「迷子の迷子の神主さん。あなたの神社(おうち)はどこですか」 (Veruhu)
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第1章 「災厄」
1. 「狂い」
「オホホホホホホホホホホッ! アハハハハハハハッハハハッ、イヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒッ!!」
笑いが止まらない。なんか物語で死を悟ったキャラが最後発狂して笑い始めるけど、あれマジだから。マジで死にかけると、マジで笑い止まらなくなるから。マジマジ。真剣と書いて、マジよ。極寒の中、禊とかしてみ。笑えて来るから。
いやだってほら、考えてみてよ。明かりも武器も何もない状態で、真夜中の森の中に急に単身放り出されてみ? 周りからは聞いたことがないような動物や虫たちの声が聞こえるし、森は冷たい風に靡いて不気味な音立ててるし。何より暗すぎてほぼ前が見えないんだぜ。かろうじて月明かりでここが森なのはわかるけどさ。その月自体も深い森の枝葉に苛まれてほとんど見えてないし。
あれだ。この先の死しか見えてこないんだよな。動物に食い殺されるか、植物にやられるか、餓死するか、
俺はさっきまで間違いなく例祭に奉仕していたはずだ。んで当然神殿で正座してて、足痛ぇって思って気づいた時にはここに居たんだぜ。わかる?
「って、服汚れんじゃねぇかっ!?」
命よりも服のほうが大事なのかと自分に嫌気がさしながら、とりあえずその場に立った。こんなことで我に返るのかと自分に嫌気がさしながらも、頭の理解がだんだんと追い付いてきた。
――――要するに、例祭に奉仕中、気づいたら怖い夜の森の中で正座してたってことだな。
「よしッ! 全然理解できてないってことを理解できたなッ!」
アンダスタンドアンダスタンド。キャントアンダスタンドをアンダスタンド
しかし気味悪くねぇか? 例祭中に、気づいたらこんなところに居たんだぜ。こりゃもう、入っちゃ行けないところに入っちゃったって感じ? 先生も言ってたし。祭典中の神職は、
となると、俺の頭がイカレタ説が濃厚か? 現実の俺は本当は脳溢血か何かでぶっ倒れてて、これはその俺が見てる夢だったりするのかね? 臨死体験? お迎え来るの? 黄泉の国はあるの? それは山の上にあるの? それとも西洋的な上? それとも東洋的な下?
こんなことにいちいち好奇心を示してる俺も馬鹿だが、やっぱり現実を直視したくないんだよなぁ。でもほんと、
「うーん、日が昇ってくれさえすれば、もう少し希望はあるんだろうけどなぁ」
こういう時に生き残るためには、不用意にその場から動かないようにしなければならないって聞いた気がする。あてもなくさまよっても同じ場所をグルグルするだけだし、夜の森は足元がわからないから危険だってね。ここが山なら高いところを目指して、脱出先を探すってのも手なんだろうけど、どっちか上なのか下なのかも暗くて見えない。近くに安全な場所があるのかもわからない。暗すぎて本当に有視界距離が狭いのだ。
相変わらず森からは、聞いたことのない不気味な動物や虫の鳴き声や、枝葉が風で揺れてかすれる音が不気味に響いてくる。冷静になればなるほど、恐怖が増してくる。正直また笑ってしまいそうだ。
文中の「……冠つけて、緑袍着て、
現在の神社本庁に属する神職には、「神職の祭祀服装に関する規程」というものが定められており、祭祀の種類及びその神職の身分に基づいて装束を着装することとなっております。
祭祀の種類とは、大きく分けて「大祭」、「中祭」、「小祭」の3種類があり、「装束の種類」を決めます。
身分とは、階級のようなものなのですが、神職には階級のようなものが「階位」、「身分」、「職階」と3種類あり、「装束の色を決めます」
「冠と袍」を着つける場合は、「大祭」であり、「緑袍」及び「
皆さんが少しでも神職という職業に興味を示して貰えれば幸いです。
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2. 「足音」
その時、妙な悪寒が走った。いや、これまで全然悪寒してなかったのかよと聞かれるとしてたのだが、その倍を行くような悪寒を感じたのだ。
俺は一層警戒しながら、闇夜の森の中に耳を澄ました。
――――ザクッ……ザクッ……ザクッ……ザクッ……
何かがこちらに向かって、地面を踏みしめながら歩いてくる音が聞こえた。二足歩行の動物のように聞こえる。となると人か?
俺は一瞬、その主に助けを乞うてみようか迷う。しかし、この悪寒はなんだ。俺の身体の本能が、あれは危険だと警戒信号を出しているように感じる。人だったら助けてもらえるのかもしれないが、もし敵対的な者だったらどうする。嬲り殺されるかもしれない。はたまた、もしかすれば人ならざる者なのかもしれない。俺は、その体の中にある本能から、
この足音は、明らかに俺に対して敵対的な者の足音だと、そう本能が言っているのだ。
俺は、静かにその足音から離れようとした。
――――ザッ……
足袋で地面を静かに踏みしめる。そうしてもう一歩ゆっくりと危険と思われる足音から離れようとした時、その危険な足音は止まった。
足音が聞こえない。相手は俺の動きを察知したのかは分からないが、止まったのである。闇の森の中にありえないほどの静寂が訪れた気がする。
俺は直感的にそう思った。相手は、俺が逃げようとしていることに気が付いている。捕食者が、捕食対象と決戦前のにらめっこをしている時のように、俺はへびに睨まれたような気持ちって、一歩も動けなくなる。
その時だった。
―――――ダダダダダダダダダダダダダダッ
相手は走った。まず間違いなく俺に向かって、脇目も触れずに突進してきた。俺自身はヤツの姿を明確に捉えることはできないが、ヤツは俺のことを間違いなく補足しているのだ。
ヤツから逃げるように、必死に走った。だが俺は装束を着込んでしまっている。動きは全体的に拘束され、満足に走れるはずもない。しかも余りの暗さから地面に何があるのかもわからない。だが俺は生存本能から、そして恐怖から逃れたいという、もはや反射に近い動きで逃げた。
だがこの闇夜の森林という環境が、そしてこの装束に固められた格好から俺は満足に走ることもできずに、おそらく木の根に足を引っかけてしまい、転んだ。
転んだ拍子に、右手に握っていた
――――畜生。もう逃げるのも無駄か
俺は悲痛な思いを感じつつ、振り向こうとした。しかし……
「なーにこんな真夜中に森の中で鬼ごっこやってんのよ。…………そこの妖怪。悪いけどその獲物は諦めなさい。博麗の巫女として、眼前で人間を見捨てるわけにはいかないの」
そんな女性の声が、空から地上に轟いた。俺は思わず上空を見上げてしまう。
――――月夜に人が浮いていた
俺はそんな、ありえない光景を見ながらも、俺を追いかけてきたヤツを振り返って見てしまう。
どす黒い影が、俺のすぐ後ろに居た。恐怖の固まりかのような影、あるいは煙は、闇夜の黒に紛れてほとんど見えない。しかし
「諦めないって言うなら、私が相手になるわよ。最近暇で暇で仕方がなかったから、良い暇つぶしになりそうね」
月夜に浮く人は、そんな事を黒い影に向かって言った。黒い影は少し思案したようだが、やがて踵を返し、納得の行かなさそうな足音を立てつつ、闇夜に消えていった。
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3. 「脇巫女」
今まで激しく感じていた悪寒が収まり、精神の安定を感じる。生命の危機から、救ってもらえたのだ。しかしあの人は
――――――――やはり此処は、普通の場所では無いようだ。
俺がそう考えていると、私を助けてくれた人は俺の目の前に降り立った。俺はその命の恩人である人に対して、最大限の感謝を述べようと顔を上げた。
「
巫女服? 巫女さん? でもなんだこの格好……。バイト巫女か? コスプレか?
ん? ん!? んんんんんんんんんんんんんんんんんんん!?!?!?!?
「な、なによ……」
俺はそのあまりの恰好に驚いて、目を回しながらその
でも、でもっ! だって、だってっ!!
脇がッ! 脇が見えてるうううううううううううううう! エロイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!
やべぇ……鼻血出そう。
「ご」
「ご?」
「ごちそうさまです」
「…………」
――――スタ、スタ、スタ、スパコーンッ!
「ほげぇっ!」
その巫女さんは、こちらに歩いてくると棒のようなもので俺の顔を横なぎに殴った。視界に星が散り、地面に倒れ伏す。
「キモイ」
巫女さんは倒れこんだ俺を、俗物を見るかのような冷たい目で睨み、自分の体を守るかのように後ずさる。
止めて! そんな目で見ないで! ご褒美……もとい、俺のライフはもうゼロよ!
「はぁ……。助けたのは間違いだったようね……」
巫女さんは、ため息を吐きつつ右手で頭を抱えた。
「あぁ、いやっ! あの! さ、先ほどは助けて頂き、誠にありがとうございました……。貴女が居なければ、今頃私もどうなっていたことか」
俺は、命の恩人に対して、あまりに失礼な真似をしてしまったことに気が付き、地面ではあったが合手礼にて礼を申した。
「たまたまよ、たまたま。いつもだったら放っておいたかもしれないわ。だって真夜中に森に入ってるんだから、
「はぁ……」
巫女さんは呆れたように肩をすくめた。
「……それで、
「わ、私は……」
俺は自己紹介をしようと頭を捻った。しかし
――――頭に
名前を思い出そうとすると、
では、俺は何処の人間だ。
だめだ、
「私は……私は…………お、俺は……俺は……いったい……」
――――――――
「ふーん、やっぱり外の人間なのかもね。外の世界はだいぶ進んでるって聞いてたけど、そんな古い恰好して、大したこと無いのかしら」
「あ、あの……。すみません……」
俺は、自分が誰なのかを言うことができず、謝ることしかできなかった。
「はぁ……、いいのよ。たまにあるのよね、外の人間がこっちに紛れ込むことが。大抵は
「ゆ、ゆかり?」
巫女さんは、目をつぶり両手を腰に当てた。
「知らなくて当然……か。私を気持ち悪い目で見たのも、仕方がないのかもしれないわね」
巫女さんは、面倒そうに目を開けて俺を見ると、つまらなさそうに話す。
「――――私は、
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