異世界召喚勇者太郎ーTaro has spread to the world!ー (ヒノキ)
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Act.1 Care kills a cat,but curiosity abeted a fool. And to be…?
「ったく、味を占めてやがんだよなぁ……」
太郎は真夏の炎天下、いつ人がいるのかわからないような、半分以上シャッターが下りたままの廃れた商店街を汗だくでぐったりと歩きながら、割れたアスファルトの亀裂をなぞるように視線を下げ、今日の妹の言葉を思い出しぼやいていた。
『お兄ちゃんも外に用事あるならついででしょ、つ、い、で。それともこのかわいい妹に灼熱地獄を歩けっていうの?』
夏休みも中盤に差し掛かり、宿題を終えて暇つぶしにちょっと最寄りのコンビニでも行こうとした太郎にそんなことをのたまった妹から頼まれたお使いを終え、その帰り際の一言であった。
『はぁ? 別方向だろ、おれが行くより早く済むんだから自分で行けよ』
『いいじゃん! あたしこれから友達と約束があるの! 学校の時はあんなに変わってくれたのに、なんで今日だけダメなのよ!』
『それとこれとは話が違うだろ』
『違わないもん! お願い! ねっ?』
『……しょうがねぇなぁ』
『早く帰ってきてよねー!? 今日お菓子持って行くって約束しちゃったんだからー!』
以上が、その時玄関で交わされた会話の内容である。
妹である小春は最近調子こきだ。太郎の苦手な国語が得意とあって、言葉巧みに丸め込んで雑用を押し付けてくるようになった。難しい熟語だのことわざだのを引っ張り出して、どこで覚えてきたのかと親をもよく驚かせていた。
……最初にお使いを代わったのはいつだったか。家事手伝いの延長として簡単な買い出しを任されていたのだが、その日は小春の調子が悪かったと記憶している。別に動けないほどではなかったが、無理に外出させられるはずもなく、その日は代わりにお使いに行ったのだ。
そこからの流れが悪かった。言葉でかなわないのなら小学四年生の妹に中学生の兄が抵抗する手段はない。たびたび代わりを頼まれるようになり、今や当然といった態度でよこしてくるようになってしまった。
世間一般では兄は妹に、弟は姉にかなわないとよく言う。本当かどうかはさておき、この兄妹においては真理であった。
ふと寄り道がしたくなって、太郎は商店街の脇を抜け路地裏へと足を踏み入れた。なんてことはない、ただそのまままっすぐ帰るのが嫌になっただけだ。妹への少しの嫌がらせにでもなればいい。
そのままふらふらと歩いていると、廃墟と化した元は店だっただろう建物の奥で何かがきらりと光ったような気がした。
表側の壁がすべて取り払われ、ショーケースの残骸が散らばる中で舞う埃を幻視するような荒れ具合。店の主がいなくなって久しいのだろう、管理もされていないこのような建物が増えているのを見ると、本格的な商店街の終わりを感じ、少し寂しく思った。
思わず足を止め、中をのぞいてみる。
「誰かいるんですか~……?」
返事はない。奥に階段があるが、二階に誰か居るような気配もないので建物の中には誰もいないようだ。
少し考えて薄暗い店内に一歩を踏み出す、周りを警戒するように、店の奥へと慎重に足を進めていった。
その奥で太郎が見つけたのは、とても古い、今はどこにも売っていないだろうラジオらしき機械だった。
一目で古いとわかる外見だというのに、よく見ればさびの一つ、汚れの一つさえない、新品のようなありさまだ。
古いのに新しいとはこれいかに。
太郎はそのラジオらしき物を手に取ると、つい動作するかどうか試してみたくなり、普通にボタンを押してみるが、動かない。
仕方ない。ちょっといじってみようか、といろいろと弄り回した。
どう弄ったかというと、持ち歩いているポケットタイプのドライバーセットを取り出して、解体しようと試行錯誤しながら螺子を外していった。
このまま家に持ち帰って、それからやればいいんじゃないかとも思ったが、なぜかこの機を流してはならないという気持ちが太郎を突き動かしていた。
太郎は理科が好きだ。好きが高じてネットや書籍をあさりまくり、関連する様々な分野での知識を身に着け、それは中学生にして高校、大学レベルに達するほどであった。
自分のいるこの世界の仕組みを知るのが、とても楽しい。だからか、それと同じくらいには機械いじりが好きだった。
仕組みを知ろうと解体してよく戻せなくなっては怒られる太郎は、戻せなくならないように気をつけてそっと外部を開けてみることにした。
ただ元に戻すことはできる、しかし、それは普通に解体した時の場合のみだ。夢中になって復元も不可能になるほどばらばらに分解してしまえば、自分でやったことであろうと元に戻すことはできなかった。
どうも好奇心が勝ってしまえば後先考えないのでよろしくない。そうはなるまいと慎重に取り外した外装を広げたハンカチの上に置き、その内部を観察する。
そこにはよくわからないとしか言えない、複雑な機械がこれでもかと詰まっていた。
かといって、よくあるはんだや銅線のようなものは見つからず、基盤すら見当たらない、一目でラジオのような単純な機械ではないことがわかる。
奇怪だ。それは見たことのない部品が組み合わされ造られた、ラジオの外装をまとった謎の機械だった。
よく見るとどこか中心となる部品が内部にあるようですべての部品がそこに繋がるようにされているのがわかった。その部品自体は見えないが、単一の向きに構成された配線は工学の視点から見ても明らかにおかしい。
――知りたい。
なぜその配置なのか、どうしてそれで成立するのか、そもそも、これはいったい何なのか。
……悪癖が出ている。まずいな、と頭の隅で制止する自分自身の声とは裏腹に、太郎の手はその中央部へ向けての解体を始めていた。
一つ一つ慎重に、その機構を取り外しては調べていった。しかしどれも見たこともない、本当にこれで動くのかという疑問さえ覚えるような奇妙な機構だ。
そして外装をハンカチの横に置き、広げたハンカチの上がいっぱいになり、さらにコンビニ袋もいっぱいになるころに、ようやくそれは姿を現した。
最後に取り出した、中央にある少し厳重そうな立方体の部品がそれら全ての部品の終着点。整然とした、又は混沌とした、一定以上の技術の産物特有の計算されつくした配置はどこかの芸術品の一部のようにも思えた。
CPUか何かだと思い外側を剥がしてみると、中にまばゆい光を放つ金属塊のようなものが埋まっており、取り出そうとして逆さまにすると簡単に取れて、床に落ちていってしまった。
全ての部品が接続されていたのに、簡単に外れるとは思わず、焦ってその場に這いつくばり、外傷がないかを確認する。
……配線すらつながっていないとは。ますます、これは何なのだろうという疑問が湧き上がってくる。
床に転がっている金属塊に手を伸ばす、とりあえず熱くは無い様なので手にとって観察しようと拾い上げ、調べている事、数秒後。
――まずい!
突如あふれ出した光に、真っ白な空間に自分一人になってしまったかの様な錯覚に陥り、その光が太郎の思考を真っ白に染めていく。
金属塊が発光していた。触れ続けたのがいけないのか、それとも落とした拍子にどこかを壊してしまったのか。
どこかで機械を修理している最中に誤って壊し、電池が爆発したという記事があったことを思い出す。
後ずさり、尻もちをついた太郎の視界の中で頭を守ろうとした腕を交差させる。しかし時はすでに遅く、その光とともに脱力感が身を襲い太郎はそこで意識を閉じることとなった。
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