帰る場所 (ペンギン隊長)
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アオの世界1

 

 

歴史修正主義者なるものがいるらしい。具体的に何をどう変えたのかは知らないが、それで町一つ分、まるごと歴史が変わってしまったらしい。

そう、町一つ。僕の住んでいた町は、歴史改変の影響をもろに受け、住民の全てが別人に代わってしまった。一人として、僕の知る人がいない、建物さえも異なる町になってしまった。同じなのは地形くらいなものだ。そしてそれは、僕の家族だって例外じゃない。家も、家族も、見覚えのない別物になっていた。否、その人たちも僕の事を家族と認識はしなかったのだけど。

気が付けば僕は、天涯孤独になっていた。というか、両親どころか祖父母たちも存在しないのに、何故僕だけが存在し続けているのかがわからない。

僕一人残っても意味なんてないのに。

「なーお」

ああ、そうだった。正確には僕一人ではないのだ。何故だか、くるみだけは僕と一緒に改変をまぬかれていたのだ。だから今は、くーちゃんだけが、僕の残された家族なのだ。

 

 

 

現在僕は、時の政府に"保護"されている。改変をまぬかれるものは、審神者の力を持っていることが多いらしい。よくわからないが。落ち着いたら、審神者の力に関する検査を受けてそれ如何で何処の部署に配属されるか決まるそうだ。まあ、ただ飯ぐらいを養う義理なぞないのだ、仕方ない。身一つで戸籍さえおぼつかない僕はそれに従う他ない。…己に超能力とかがある気はしないのだが。まあ、確かに、予知夢的なものは偶に見るが、大して役に立つものでもないし。

「…くーちゃんといられるところに配属されるといいんだけど」

具体的な情報はまだ与えられていない。否、もらってもよくわからないかもしれないけれど。

…普通なら、修正主義者に対して、怒りとか憎しみとかを持つ境遇なのだろうとは思う。文字通り、私の知る世界の全てを奪われたも同然なのだから。だけど、僕はそういうものは全く湧いてこなかった。ただ、ひたすら、自問自答を続けている。"僕の記憶は本当に確かなのか"、と。本当は天涯孤独の孤児か何かで、こんな家族がいたら、と夢想していただけなのでは、とか。世界か、己か、どちらかが間違っているというなら、それは当然僕が間違っているに決まっている、はずだ。だけど、自分の記憶を否定するということは、確かにいたはずの家族の存在を否定するという事に等しい。それは、したくなかった。だけど、僕は世界で一番信用できないのは己の記憶だと思っている。物的証拠は一つたりと残っていない。

だったら僕は、何を信じればいい?

 

 

 

なんだかよくわからないが、刀の霊を降ろして目覚めさせればいいらしい。正しくそれができるのなら審神者に、できなければサポート要員に回されるのだと。

言われた通りに、見よう見まねで依代刀を手に取る。試験用に、打刀に合わせて用意されたもの、らしい。上手くいけば初期刀になるのだとか。

…争うのは、嫌いだ。だけど、生きるために戦わなきゃならない時があるのは知っている。

「…かしこみもうす」

柏手を打つ。依代刀が光を帯び、姿を変える。リン、と鈴の音が響いた。姿を変えた刀を手に取り、鯉口を切る。桜吹雪が弾け、目の前に何者かが現れる。

「小狐丸と申します。私が小、大きいけれど!」

「こぎつねまる」

でかい。というか、何で人の形してるんだろう。いや、刀は人が人を斬るための道具だけれども。

小狐丸は嬉しそうに、満足そうに笑って、姿を消した。この依代刀は長く顕現できない仕様なのだと聞いているからそこに不思議はない。

「これでいいんですか」

さっきからずっと黙ったままだった試験官に問う。それとも実は、さっきのは別物だったりするのだろうか。

「あ、ああ。文句なしの審神者適合者だ」

ということは、さっきのは刀の霊で間違いないのか。もっと…なんというか、殺伐としたイメージだったのだが。まあ、アレのユーモアについていけるかはわからないが。

 

 

 

初期刀の準備が出来るまでの間、軍本部で座学の授業を受けることになった。まあ、少しは気がまぎれるから文句はない。およそ一週間は最低でもかかるそうだ。まあ、一週間で覚えろというなら、出来る限り覚えるしかない。元々、勉強は嫌いじゃない。好きかと言えば、興味のある分野なら吝かではない、くらいだが。

 

 

 



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アオの世界2

本丸引継ぎ



 

 

 

「我らに審神者はいらぬ」

他の刀剣を庇うように前に出た三日月がそう言って目を細める。猫を抱えた少女は少し困った顔をして「そうですか」と言った。

「でも、僕も他に行き場がないので、申し訳ありませんが暫く離れをお借りしますね。…どうしても必要でなければ、そちらに顔を出したりはしませんから」

そう言って、お辞儀をして、小走りで去った。

「あっ…」

三日月は、完全に審神者を拒絶するつもりではなかった。ただ、審神者の人柄を見極め、人を怖がるこの本丸の刀剣たちに慣れさせるための猶予が欲しかったのだ。

少し迷って、少女を追う。西の離れの周囲に、丁度短刀たちが頭の天辺まで隠れてしまうような生垣と鉄の門が巡らされていた。もっとも、三日月のように大人の体格をしていれば十分中を見る事は可能なのだが。

「審神者さま!」

こんのすけの声がする。

「そんなにあっさり引き下がってしまってどうするのですか。きちんとお話しをしませんと」

「だ、だって…怖いんだもん」

「怖い?でしたら尚更、早く契約を結んでしまえばよいのです。そうすれば危害を加えられなくなりますから」

「無理強いはよくないよ。それに、そういうことじゃなくて…」

少女が小声で言った言葉を、三日月は聞きとることができなかった。聞こえたらしいこんのすけが頓狂な声を上げる。

「審神者さまがそのような事でどうするのですか」

「だ、だって、だって(ぐすっ)、おれ、かぞくいがいで、じゃけんにしないで、ゆうこうてきにしてくれたひと、いないもん。きらわれものなんだもん。なにもへんなことしてないはずなのに、きらわれるんだもん」

三日月は、己が致命的に言葉選びに失敗したことを悟った。事情を知らなかったとはいえ、頭ごなしに否定の言葉を投げてはならなかったのだ。よく考えれば、引き継ぎでやってきた少女は、外見で言えば短刀たちと幾らも変わらない程度の年の頃だったように思う。そのような子供が、いきなり見知らぬ男たちのところに寄越され、冷たい視線を向けられればそれは恐ろしかろう。

「いえ、今回ばかりは審神者さまがそのように深刻に考える必要はございません。この本丸の刀は、つい先日まで虐げられておりまして、非常にナイーヴになっているのです。落ち着いて向き合えば大丈夫ですので…」

こんのすけは状況を察しているらしく、宥めるように言うが、少女の反応は芳しくないようだった。三日月は暫く考え、門の内側に声をかける。

「審神者よ」

出来る限り穏やかな声を出すように心がけて言う。

「話はまだ途中だぞ」

「え、あ、ご、ごめん、なさい…」

「さぁ、審神者さま、もう一度表に出てくださいませ」

「う、うう…」

三日月は門を挟んで再び少女と向かい合った。少女の背は厚や薬研とそう変わらないくらいだろうと思う。抱えられていた猫は、門の内側で我関せずと毛づくろいをしている。

「…えっと」

「手入れの必要なものがいる。そなたに直接手入れせよと言うつもりはないが」

「…手入れ部屋の、式神さんたちにお願いしたらいいんですよね。本丸の管理者登録を書き換えれば霊力が供給されるようになるはずなので、それで大丈夫なはずですけど…」

完全に逃げ腰である。ふと、少女が一振りの太刀を背負っていることに三日月は気付いた。

「…その太刀は」

「たち…?…え、あ、この刀ですか?…僕の、初期刀、です」

「…ほう」

審神者が初期刀として降ろす刀は打刀になることが多いのだと、聞いた事があった。しかもその太刀は、レア度詐欺と名高い、三日月の兄弟刀である。ただ降ろすだけでも難しいものを、他の刀(きんじ)の力を借りられない初期刀として降ろせるのは、大変なことだ。それこそ、非凡な才の持ち主であろう。

「えっと、えっと…」

「顕現させぬのか?」

「本丸の契約を更新してからにしなさいって、言われてて、えっと、だから…」

「審神者さま、落ち着いてくださいませ」

「(ぐすっ)ごめん、なさい…」

「何故謝るのだ」

「三日月宗近、練度限界に達しているのですから、ひよっこの審神者さまを威嚇しないでください。鬼ですかあなたは」

「む…すまん」

他にもっと威圧感があるのがいるので失念していたが、三日月もなかなか威圧感のある方である。長身で整った顔をしている上に練度限界(カンスト)に達していることもあり霊的な影響力も高い。真面目にしている時の威圧感は相当なものなのである。

「ふぐっ、うぅ…僕なんて必要ないって言うなら、そのまま放っておいてくれたらいいじゃないですかぁ…」

目にいっぱい涙を溜めて、少女が言う。三日月は少し考え、言った。

「…先の言葉を訂正しよう。"今は、審神者を受け入れられん刀剣がいる"。今は、だ」

「・・・」

三日月自身は、人間に対する隔意も恐れもない。ただ、人の中には横紙破りを平気でしたり、非道な事に躊躇いがないものもいることを知っているだけだ。以前に主と認めた審神者とは深い信頼で結ばれていたと思っているし、(本来行くはずだった本丸とは別の場所とはいえ)新たに肩を並べることになったこの本丸の刀剣たちを年長者として守り導いてやらねばならないと思っている。

それで、新しく来る審神者のことが蔑ろになっていたのは否定できないだろう。刀として存在した年月から見ても、顕現してからの年月から見ても、己よりはるかに幼い人の子をだ。

「…すまぬな。俺も少し、焦っていたようだ。あやつらには、少し時間が必要なのだ。いずれそなたの手を必要とする時が来ると思う。それまで、待ってはくれぬか」

「…その判断は、僕にはできません。上から任務とか、来るかもしれませんし。…でも、僕の裁量でなんとかできるうちは、頑張って、みます」

「そうか。…よろしく頼む」

 

 

 

彼女が、本来ならある程度経験を積んだものが行う本丸引き継ぎを命じられたことには、勿論政府の思惑が絡んでいる。諸々の事情を鑑みて、彼女には早急に強力な守り手の存在が必要と判断されたのである。

彼女が全ての縁を喪った歴史改変、存在こそ保っていたが、書類上、記録上、彼女は存在していない。彼女は、存在するはずのない人間となっているのである。戸籍も何も、ないのだ。彼女が生まれ存在した記録の全てが、改変によって消失している。改変によって他者に代わっているということもないのである。

その事から、政府はその改変の目的(の一つ、というべきかもしれない)が、彼女という人間を消失させることにあったのではないかと考えている。ならば、こうして生き残った彼女は、今度は直接狙われる可能性がある。審神者として優秀な資質を持っている彼女をむざむざ失わせる理由は政府には無い。

だから、ベテラン審神者に鍛えられた刀剣の所属していて、管理者が空位になっている本丸であったこの本丸が選ばれたのである。

 

 

 

本丸の管理者登録を書き換え、離れを独立した生活空間として使えるように改造してから、彼女は改めて太刀を手に取った。試験の時と同じように、鯉口を切る。桜吹雪が舞う。

「小狐丸、まかり越してございます。あなたは私がお守りいたします、ぬしさま」

小狐丸は彼女の前に跪いていた。彼女は少し困ったような顔をした。

「えっと、碧猫(あおねこ)です。よろしく、お願いします」

「ぬしさまは主なのですから、小狐めにかしこまらずとも良いのですよ?」

「え、でも…」

「私自身が申し上げているのですから、問題ありませぬ。神は嘘偽りは吐かぬものです故」

「・・・」

碧猫は眉をへにょりと曲げたまま小狐丸をじっと見る。小狐丸はにこりと笑んでみせた。

「…でも小狐丸はそんなしゃちほこばった話し方するんでしょう」

「お嫌ですか」

「慇懃無礼、って言うんでしょう?」

「まさか。私は口先だけではございません」

「狐は化かすものでしょう」

「それは尊重すべき相手ではないものに対する話でございますれば」

「小狐丸にとって、己を降ろした人間は無条件に尊重すべきものなんですか?」

「いえ。いくら降ろしたものだとして、敬意の持てぬ相手に謙る程小狐丸の矜持は安くありませぬ。ぬしさまの魂の清らかさに魅かれたために私はこうして此処におります故に」

「僕は、そんなじゃないと思うんですけど…」

「御謙遜を。ぬしさまのような方は、数十年に一度生まれれば良い方ですが、その上で穢れぬまま成長される方は滅多におりませぬ。世と隔絶されたところで育てられたというわけではないのなら、奇跡にも等しいものなのでございますよ、ぬしさまは」

「それは、大袈裟なんじゃないでしょうか…」

「こうしてぬしさまの最初の刀として仕えられることは、私にとって望外の喜びにございます」

「…えっと、えっと、じゃあ、こうしましょう」

碧猫は小首を傾げる。

「お互い、もう少し気安い話し方をしましょう。初めて同士なんですから」

「ふむ…では、私は今のぬしさまの話し方ほどにしましょう。ぬしさまはどうなさるので?」

「えっと、えっと…じゃあ、これくらいでいい、かな?」

「小狐めに文句はありませぬ」

その時、猫がにゃーと鳴きながら駆け寄ってきた。

「…あ、くーちゃんどうしたの?」

すり寄ってきた猫に、小狐丸は一瞬面白くなさそうな顔をした。

「…その猫めは?」

「くるみちゃん…僕に残った、唯一の家族だよ」

「!」

 

「…お辛いことを、思い出させてしまいましたか?」

「ふぇ?……ううん、家族の事は、嫌な思い出はないよ。思い出せなくなってしまわないか、心配なくらいで…」

碧猫は僅かに目を伏せる。

「お父さんもお母さんも、おじいちゃんも、おばあちゃんも、弟も妹も、僕にとって大切な相手だもの。思い出すことは嫌なことじゃないの」

「しかし…今はその猫が唯一なのでしょう」

「・・・」

碧猫は少し困った顔をした。小狐丸が僅かに訝しげな顔をすると、碧猫は苦笑した。

「小狐丸は多分、勘違いしてるよ」

「勘違い、ですか?」

「僕の家族は、死んでしまったわけではないんだ」

「しかし、今はいないのでしょう。…まさか、此処(ほんまる)にはいない、ということではあるまいし」

「うん、そういう意味じゃないよ。……僕の家族はね、現在存在しないんだ」

「…存在しない?」

鸚鵡返しに繰り返した後、少し考え、小狐丸はハッとした顔をする。

「…歴史改変の被害者、ですか」

「その改変で、存在が消滅せず、保っていられたのが、何でだかわからないけど、僕とくーちゃんの二人きりなの。…っていっても、僕も存在しない人間ということになってしまっているらしいんだけど」

「しかし、ぬしさまは此処に存在していらっしゃいます」

「んー…なんて言えばいいのかな。普通はね、改変されると、存在そのものが残っているなら、関係者が他人に入れ替わる形になるし、関係者が消失してしまえば存在消失してしまうものなんだって。…僕の家族は消失してしまっていて、"改変された別人"が代わりに存在している、ってわけじゃなくて…僕の家があるはずの場所に住んでる人は、僕の家族じゃないし、あちらも僕を見知らぬ人間と認識したんだ。戸籍とかも存在してなくて、今、僕の存在は此処にある実体以外の全てが宙ぶらりんなの」

誰の子で、何処で育ち、誰と関わり、何処に住んでいるのか。その記録全てが抹消されたも同然である。現住所は本丸になったが。

「…それで、他に行き場がないと」

「いっそ、死んで実体も消失してしまった方が楽かな、ってくらいにはね」

冗談めかして碧猫は言うが、それが真実冗談なのか否かが小狐丸にはわからなかった。

「…というか、顕現してない状態でも意識ってあるんだ?」

「一度でも顕現していれば、ではございますが。それに、実体を保てなくなって刀に戻っている場合は、意識も保てていない場合もありましょう」

「ふぅん…」

 

 

 

「ぬしさまが望むのであれば、小狐めはぬしさまの家族になりましょう」

「…いいよ」

「お嫌ですか?」

「嫌っていうか…それに是って言っても、小狐丸は僕のことをぬしさまって呼ぶんでしょう?…家族になってくれるより、僕はあーちゃんって呼ばれたい」

「…主をぬしさまと呼ぶことは"小狐丸"のあいでんていていにも関わります故、確かに変えられませんね」

「僕は、あなたが僕を裏切らなければ、それでいいよ」

「私がぬしさまを裏切ることなど、天地がひっくりかえってもございません。安心してくださいまし」

「僕とあなたの価値観が重なっていることを祈るよ」

碧猫は肩をすくめた。

 

 

 

「主さま、そろそろ食事を取られてはどうでしょうか」

未だ、本丸に来られてから何も食べられていませんよね、とこんのすけが確認する。碧猫は少し考え、「…ああ、そういえば、状況的に自分で用意しなきゃならないよね」と返した。

「空腹を感じてはおられないのですか」

「あんまり」

ちなみに、猫の餌(ドライフード)はキッチンスペースの隅に水と並べて放置されている。時間を決めて与えるという形にはしていない。

「小狐めが何か用意いたしましょうか」

「…料理とかできるの?」

「ぬしさまが苦手としていることでないのならば」

「こんのすけとしては、顕現したばかりの刀剣一体に任せきりにするのはお勧めできませんと申し上げる他ないのですが」

碧猫は小首を傾げる。

「傍についてるくらいなら自分でやった方が早いよね」

「…そもそも主さまの料理の腕は如何程なのですか?」

「んー…まあ、簡単なのはできるよ。味噌汁とかルー使ったカレーとかムニエルとか」

レシピがあればもうちょい、くらいかなあ。

「レトルトや冷凍食品を温めるだけ、などではなくて安心いたしました」

「寧ろ、そういうジャンクフードにあんまり縁がなかったんだよねぇ。お母さんの方針で。お父さんはよくお惣菜とか買ってきて太るよって怒られてたけど」

お母さんの作ったご飯に加えてお惣菜もお酒のつまみにしたりするものだから。

「自分一人となるとインスタントで済ませてしまおうとする審神者さまも多いそうですから、主さまには健康を考えてきちんと栄養の取れる食事をしていただきたいのです、こんのすけは」

「栄養考えて献立作るのは苦手なんだよなぁ…」

 

 

 

 




元ブラック本丸。寿命死本丸から引き継ぎで余所に送られるはずだった口下手な三日月 
レアは微妙に集まってないし、非レアはちらほら折れてる 暴力系ブラック
血の気の多いのは大体折れてるか重傷になっている この本丸の初期刀も折れてる組 
三日月の前主はベテランで顕現して何十年レベル(極になってそう)

ブラック面もあるけど、非道なだけではない政府


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アオの世界3

わるいゆめ
SANチェック失敗、短期発狂(不定持ち)的な



 

 

 

――どなたですか?うちに一体何の用で

 

――該当データなし…?!

 

――お気の毒に。あなたは、歴史改変に巻き込まれたんですよ。

 

 

 

 

 

夢から覚めた彼女は、動揺を引きずったまま、部屋から彷徨い出る。混乱したまま、裸足で庭へ降りる。夜中の庭を、何処へともなく歩く。門を越え、"見知らぬ大きな建物"からは視線を逸らす。あちらは、自分の向かうべき場所ではない。

覚束ない足取りで向かうのは"外"。己の知る場所に出たかった。

 

 

 

手入れによって傷は治ったものの、大人しく眠っているのも落ち着かず、和泉守は本丸の見回りをかって出ていた。助手である堀川も兼さんが出るなら、と名乗り出たが、疲労を原因にドクターストップが入っている。故に、本日の見回りは和泉守と同じく手入れで疲労も取れ切った同田貫、蜂須賀、長曽祢、大倶利伽羅、宗三の六振りが交代で組んで行う事になった。和泉守と組になったのは長曽祢である。

「…しかし、新たな審神者、か」

「手入れをきっちり全員やってくれたことには感謝してもいいかもしれねーけど」

「まあ、そうだな。ちゃんと向き合える俺たちが見極めないとな」

彼らは審神者と顔を合わせていない。どんな人間なのか、外見的なことすら知らない。一応、多少なりと話は聞いたが、己で見るまでは、と考えることを保留している。

ふと、何か聞こえた気がして和泉守は足をとめた。それを見て長曽祢も周囲の様子を伺う。

「…ん?あれは…短刀、か?」

暗色系の長髪を背に流し、着流しらしきものをまとっているように見える、おそらく短刀であろう小柄な人影が庭をふらふら歩いているのを和泉守は見つけた。すぐ庭に下り、その人影の元へ向かう。

「夜中に目が覚めちまったのか?厠はそっちじゃねぇぞ」

和泉守が肩に手をかけるとその人物はゆっくりと振り返って和泉守を見上げた。見覚えのない、少女。その表情は怯えと混乱で泣きそうに歪んでいる。

「!」

「どうした、和泉守」

「…審神者、か?」

「!」

和泉守の言葉に長曽祢もそちらに駆け寄る。

「おれの、なまえは、さにわじゃ、ないもん」

「え、あー…」

「そういえば審神者の名前は聞いてなかったな」

 

 

 

少女が裸足で足元が汚れているだけでなく恐らく傷を負っている事に気付き、和泉守は少女を有無を言わせず抱き上げた。

「話はあっちで聞くぞ。何やってたのかもな」

「し」

「し?」

「しらない、やだ、やだ、はなして、しらない、しらない、しらない」

「あ、おい」

半ば恐慌状態になった少女が暴れるが、和泉守は何とか踏ん張る。

「落ち付けって。別に取って食ったりしねぇから」

「しらない、なんで、なんで、なんで、しらない、ちがう、しらない」

長曽祢が猫だましを放つ。びくりとして、少女の動きが止まる。

「長曽祢さん」

「俺たちは君の敵ではない。そうだろう?」

「…、…。…ぁ、え、あ、えっと、えっと…ごめん、なさい。何か、ご迷惑を…?」

「いや、詳しい話は後だ。一度場所を変えよう」

 

 

 

宿直室に移動した。灯りのある所で見れば、少女の目元には酷い隈ができているのがわかった。

「見ない顔ですが…もしかして、審神者ですか?」

「早速発言内容を裏切ることになってしまい、申し訳ありません…」

申し訳なさそうにする少女の目は宗三を捉えていない。声のした方を向いているだけ、といった様子だ。

「…で、何であんなとこにいたんだ。しかも裸足で」

「えっと、なんというか…夢見が、わるくて。夢を否定するものを見つけなきゃって、気が動転していたといいますか…。…此処には、ないのは、わかっているんですけど」

「怖い夢でも見たってことか。ガキだな」よしよし

「あ、あっは…」

「具体的にどんな夢だったか、話してくれるか?」

「・・・」

「…無理にとは言わないが」

「…いえ、夢は、人に話してしまえば本当にならないって言いますからね。………家に、僕の家族が誰もいなかったんです。…いえ、この言い方は正確じゃないですね。家に帰ったつもりが、そこは自宅じゃなかったんです。それだけです」

「…?それで何であそこまで取り乱す程怯えることになるんだ?要するに家を間違っただけだろ?何か怪物でも出てきたってんならともかく」

「…解説させないでください、恥ずかしいじゃないですか」

「え、おう」

「「・・・」」

宗三と大倶利伽羅はその夢が何故"悪い夢"なのかがわかった。それは、"歴史改変"の夢だ。それも、"被害者"としての。

「…何処に行こうとしてたんだ?」

「え?えっと…海…だと思います。実家は海の近くで、子供のころから歩いて出掛ける場所と言えば砂浜か近くの神社でしたから」

海は、昔から変わっていないから。少女は口の中でそう呟いた。

本丸(ここ)から行ける海なんて、戦場しかねぇぞ。下手すりゃ遭難してたんじゃないか」

和泉守の言葉に少女は困った顔をして肩をすくめた。そもそも彼女は本丸の外がどうなっているかも把握していない。

「それだけ動転していたということだろう…もう大丈夫なのか?」

「大丈夫、です…」

「いや、大丈夫じゃねぇだろ。裸足で庭歩き回ったりして、変なもん踏んづけてないか」

「え、うー……何か蹴飛ばしたような覚えがないではないですけど、大丈夫、だと思います。洗わないとばっちぃかもしれませんけど」

「いや、刀剣(おれら)ならともかく、人間は手入れでぱぱっと怪我が治る、ってわけにはいかないんだろ?」

「僕は基礎しか学んでないので詳しくないですけど、治療呪術というものもあると聞きましたよ」

「お前それ使えるのかよ」

「頑張れば多分」

「・・・」

少女には己を大切にしようという気持ちがないように思う。自暴自棄とまでは言わないが。

 

 

 

ちりんと鈴の音をさせて、小さな猫が姿を現した。少しかすれた声で少女に己の存在を誇示し、頭を擦りつけて喉を鳴らす。

「あれ、くーちゃん何で此処に?」

少女は猫を抱き上げ、その肉球に砂が付いていることに気付き、猫も己と同じように庭に出て門をくぐって出歩いてきたのだと察した。

「猫用の足ふきマットとか用意した方がいいのかな?」

「お前の猫なのか?」

「はい、くるみちゃんです」

少女はゴロゴロいっている猫を撫でながら言う。

「人間にはとりあえず媚びてゴロゴロいっとけばいいと思ってるビッチです」

辛辣である。

「びっち」

「尻軽女的な罵倒語ですね」

 

 

「…あの子、視力がないわけじゃないんですよね」

「流石に、盲目なら何かしら知らされているだろう。悪いだけじゃないか」

「相手が盲となれば特別の配慮が必要ですからね」

しかし、そういう話はなかった。…健康優良児とも言われてはいないが。

「眠かっただけってのは」

「そうは見えなかったが」

「おそらくあなた存在認識もされてませんでしたよ、同田貫」

 

 

和泉守は少女を離れまで抱えて運んだ。

「おーい、こんのすけ、いるかー?」

「こんな夜中に何ですか、和泉守兼定…って、主さま?」

「…ご迷惑を、おかけしました…」

「こいつ、裸足で庭ふらふらしてたから、怪我してるかもしれないと思うんだが」

「すぐチェックと処置をいたします」

 

 

 

式とこんのすけが洗浄とチェックを行った結果、植物などで切ったのだろう傷が幾つかと、左足の裏にぱっくりと裂けた傷が見つかった。ぱっくり開いた傷は、刃物の欠片を踏んだものだろうとこんのすけは思う。この本丸の庭は、折れた刀剣が放り捨てられたことが幾度かある。分霊の抜けた後の依代刀とて、刃物に変わりはない。

「何故裸足で降りられたのですか…」

「ちょっと気が動転してて…」

「動転?」

「…夢見がわるくて」

「そういえば、主さまは政府に保護されてから本丸に来られるまでカウンセリングを受けていたという話でしたね。こちらでも何か手配した方がよろしいのでしょうか」

「えっ…いいよ、そういうのは。自分で向き合わなきゃならないことだし」

「カウンセリングは、自身と向き合う為の手助けとして行うことですよ、主さま。必要とあらば、通信設備を使うなり、こんのすけにインストールするなり、横町で会うなり…いえ、主さまは状況が落ち着くまで外出はしないよう言われているのでしたね」

「…別に、そう行きたいところがあるわけじゃないから、僕はいいんだけど」

「…こんのすけ、かうんせりんぐ、ってぇのは何だ?」

「…簡単に言えば、会話を用いて行う精神治療の一つです。…主さまの場合はPTSD…心的外傷後ストレス障害というものですね」

「その心的なんとか、ってのは?」

「自分の力だけではどうしようもない恐ろしい体験をしたものが、そこから助けられた後も、精神に強い後遺症を残し恐怖心に苛まれるという症状です。一般的には、人死にの出るような事件や災害に巻き込まれた後や、虐待やDV被害者などによくあるものと言われています」

「・・・」

「…それは、刀もなるものなのか?」

「さて。人のように扱われ、人と同じような精神を持っていれば、そうなる場合もあるかもしれませんね」

似たような症状が見られた例がないわけではありません。

「そういえばあの青い人が此処の刀剣には時間が必要だって言ってたっけ」

「…主さま、その呼び方はどうにかなりませんか」

「だって僕、あの人の名前とか知らないし」

「…もしかしなくてもその青い人ってのは」

「三日月宗近のことですね」

「審神者のくせに天下五剣もしらねぇのかよ」

「てんかごけん?」

「…。…まあ、詳しい話はその内な。夜も遅いし、ガキは寝てる時間だ」

「主さま、このまま眠って大丈夫そうですか?」

「え?うーん…まあ、大丈夫、だと思うよ」

眠れなければそのまま起きているだけだ。

 

 

 

 

 




正確には時期的にASPかもしれない

こんこん丸はこんこん丸で寝付けなくてふらふらしてる
多分三日月に寝かしつけられてる


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アオの世界4

翌朝、厨にて こんこん丸は三日月に懐いた


 

「おはようございます」

「おはよう、光忠」

「おはよう、ございます…?」

光忠は目を瞬かせた。三日月はゆったりと微笑する。

「…えっと、誰、かな…?新しく来た審神者の、刀?」

「小狐丸じゃ。そなたの言うとおり、ぬしさまの初期刀になる」

「小狐丸さんだね。僕は燭台切光忠。…厨にいるってことは、当然ご飯を作りに来たんだよね?」

「うむ。ぬしさまは食事に執着や興味がないようでな。管狐めに言われねば食事を抜いてしまいそうであったので、私がぬしさまの食事を用意出来たらと思い、兄上に手伝ってもらおうとな」

顕現したばかりのものが一振りで厨に立つのは勧められんと管狐が言うから、一応知識としては私もそれなりにやり口はわかっているのだけれど、経験のあるものの助けを借りるのだ、と小狐丸は言う。

「三日月さんって、料理できるんですね」

「これでも顕現して長いからな。少し腹を満たす程度のものなら自分で作れるようになったよ。…まあ、根気よく教えてくれるものあってこそだな。ははは」

「ぬしさまに料理の心得はあるのじゃから、私も基礎的な知識はあるのじゃぞ。ただ、力加減味加減等は実際作ってみなければわからんからな」

そういう小狐丸の前には、綺麗な韮炒り卵がある。料理の練習として作ったものなのだろう。

「それが小狐丸さんの作ったものかい?とても初めての(ひと)のものには見えないけれど」

「兄上のやるのを横で見て、真似をしたからな。手本があればそう失敗せんじゃろ」

「…小狐丸さんは器用なんだね」

三日月は若干情けない顔をしているのはそれでか、と光忠は思う。恐らくあちらは、料理を覚えるのに苦労した(或いはさせた)のだろう。光忠も顕現してすぐからそれなりに上手く料理のできた刀ではあるが、手本を真似するというのはまた別の話かもしれない。

「私はぬしさまの初期刀じゃからな」

小狐丸はえへんと胸を張る。

大なり小なり、刀剣男士は己を喚んだ審神者の影響を受けるものだが、初期刀はそれが特に顕著だという。場合によっては、初鍛刀辺りもそれに含まれるが。

小狐丸は三日月と同じく三条宗近の作とするなら1000年の歴史を持つ、老練の付喪神であるはずだが、顕現したばかりということを勘定に入れても随分無邪気と言うか、子供っぽい。おそらく、主の気質が影響しているのだろうが。

「厨のことだったら、僕と歌仙君も詳しいから、聞いてくれていいよ。…といっても、そろそろ朝餉の用意を始める時間だけれどね」

「うむ…その内、いくらか尋ねるかもしれぬな。よろしく頼む」

小狐丸は少し難しい顔をする。

「ぬしさまはどうやら偏食の気があるようじゃからな。調理法(レシピ)はその気になればいくらでも調べられるじゃろうが、献立を考えることに難儀しそうじゃ」

僕らと一緒に取ろうという気はないの、と聞く事が光忠にはできなかった。他の刀剣…特に、打刀から短刀あたりの気弱な刀の中には人を恐れているものもいる。彼らには、少し時間が必要だ。

「偏食か…好き嫌いするのかい?」

「生のとまとは見るのも臭いを嗅ぐのも嫌なぐらい嫌いじゃと仰っていたな」

赤茄子(とまと)か。美味い夏野菜なんだがなあ」

「私は実物を見た事がないので知らぬ」

「トマトだったら、畑で育てたことがあるよ。…といっても、それだけはっきり言われてるなら、出さない方が無難かな。生はダメでも、火を通したりしたら大丈夫…って可能性もあるけど」

「まあ、一度苦手意識を持つと、なかなか克服は難しいともいうしな」

 

 

 

「ぬしさま、お味はどうでしょうか」

「んー…おいしい、んじゃないかな。僕は玉子は甘めの方が好きだけど」

「では、次はそういたします」

残さないからといって、彼女がそれを気に入ってくれたとは限らない。彼女は礼儀として、どうしても受け付けないというのでない限り、口を付けた皿は空にしなければならないと考えているのだ。寧ろ、残されたら相当不味いということである。見るからに地雷であればそもそも口を付けてももらえないだろうが。

「ぬしさまは、好きな料理などはありますか?」

「え?んー…改めてそう聞かれるとなあ…そうだなあ、魚も肉も、脂少なめのやつを煮たり焼いたりしたのは好きだな。後、とろろとかうどんとかあんまり辛くないカレーとかから揚げとか」

「成程…」

「まあ、大体ご飯と一緒に美味しく食べられればそれでいいかな」

「昨今ではぱんというものもあるそうですが」

「パンはすぐお腹すいちゃうからね。小腹を満たす程度ならいいんだけど」

それにご飯の方が好きだし。パンはどちらかというとおやつかな。

「ぬしさまはあまり空腹を覚えない様子でしたが」

「んー、なんていうか、それは無視しようと思えば無視できちゃって、放っとくと感覚が鈍る、て感じかな」

やったらわかると思うよ。おすすめはしないけど。

 

 

 

 



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アオの世界5

ドロップ刀は顕現した主の影響を受ける
碧猫が引き継ぎ第一弾なので、他の審神者を拒んだ実績はない 


 

 

 

小狐丸が彼らに伝令してきたところによると、審神者の一存で処理できないものがあるので、誰か判断のできるものを寄越してほしいらしい。

「具体的には何なんだ?」

「"受け取り箱"じゃ。随分溜まっておったので、とりあえず分類わけをしておくと言っておったな」

「…未顕現の刀、か」

三日月はその場の刀たちに目をやる。何振りかは痛ましそうに表情を歪めていた。

「…審神者はどうしたいって?」

「そこまでは聞いておらぬな。だが…そうじゃな、呆れて、戸惑っておられるように見えたな」

それがどういう意味なのか、彼らには判断しかねた。

「決めるのに時間がかかるのなら私は先にぬしさまの元に戻るぞ。ぬしさまにあまり力仕事をさせたくない」

 

 

 

離れの一室が一時的に大広間ほどに拡張されており、刀剣や資材なんかが並べられている。

「ぬしさま、ただいま戻りました」

「おかえり、小狐丸」

碧猫は簡素な袴姿で、頭に狐面をひっかけている。

「何故面を?昨日は付けていなかっただろう」

「緊張しないで済むおまじないです」

三日月は目を瞬かせる。和泉守と同田貫が部屋の中を見回してげんなりした顔をした。大倶利伽羅は目を眇めただけ、光忠は苦笑している。彼らを改めて見て、碧猫は目を丸くした。

「…えっと、随分大所帯ですね…?」

「小狐丸を含めても一部隊分だ。そう大所帯ということもあるまい」

「そう…ですね」

「思ったより多くてびっくりしたのかな。僕は燭台切光忠。光忠でいいよ。君が新しい審神者なんだよね」

「あ、はい。碧猫です。はじめまして、光忠さん」

「碧猫ちゃんだね」

「…つか、刀剣だけじゃねぇんだな」

「流石に、重要書類は放置されていませんでしたけど、それ程でもない連絡便なんかは放置されているようでしたから…」

僕では、同じものを一纏めにして仕分けるくらいしかできなくて、と碧猫は言う。確かに、同一の刀、道具などが一纏めにして置かれている。

「刀見て同じだってわかるのは小狐丸くらいですし」

「……まさか、あったのか?小狐丸」

「?はい。政府からの支給品を示すラベルがついた状態で」

そっちです、と示された所に、小狐丸と、ついでに三日月宗近が置かれている。

「あの男…!」

「そういえば、先だって俺と小狐丸を条件を満たした審神者の元へ配布する、ということをしておったな。詳しくは知らんが」

「マジかよじーさん」

彼らの反応に碧猫は首を傾げた。

「――主さま、手続き整いましてございます。…おや、やはり荒れましたか」

「うん…」

「やはりこの本丸に顕現していない刀はともかく、被りは何振りか小狐丸に連結してしまって後は刀解してしまえばよろしいのでは」

「でも、これは僕に所有権があるわけじゃないし」

僕のものじゃないのに勝手に処分したらダメでしょ。

「少なくとも、今この本丸の(かんりしゃ)は主さまなのですが…」

 

 

 

全ての負傷刀剣を手入れしたため、本丸の方で所属刀剣を参照できる状態になっている。現在顕現していない刀剣は、ひとまず、他の刀剣たちが落ち着くまでひとまず顕現せず安置しておくことになった。被りはこんのすけの提案通りである。ただし、例外もある。小狐丸と三日月宗近は政府に送り返すことになったし、何故受け取り箱に入っていたのかわからない刀が他にもあったのである。扱いはドロップとなっているようだが。

「…数珠丸恒次と信濃藤四郎、不動行光、一期一振ですね」

「何か特別なの?」

確かに一振りずつしかないけれど。

「信濃藤四郎と、ついでにあちらの後藤藤四郎、博多藤四郎は前任が横着してそのまま忘れたという可能性もありますが…前任は短刀に興味がなかったもので」

こんのすけは数珠丸恒次と一期一振を調べる。

「…ふむ、少なくとも余所で一度顕現された刀ではないようですね」

「…?」

「こんのすけとしては、主さまの守りを担う刀は増やしていただきたいところですが…練度が低ければ役に立つか微妙なところですからね」

刀装を多く持てる分有利で、基礎能力が高めとはいえ…。

「暫く出陣もできないしね」

「連結で上がる能力にも限度がありますからね」

「私一振りではぬしさまの守護が不十分と?」

「練度1の太刀が何を言っているのです。練度の低いものしかいないのなら、数を揃える必要があるのも当然でしょう」

短刀なら室内夜戦での有利という利点もありますが。

「兄弟刀が別の人間に顕現された場合の反応は予想し難いものではあるが…この本丸の刀は確かにそやつと契約を結んではおらぬが、何故そこまで守りに気を使う必要があるのだ?」

三日月を一瞥してこんのすけは言う。

「現在の歴史で、主さまは存在しないはずの人間だからです。…といえば、わかりますか?」

「…!」

動揺したように天を仰いだ後、三日月は少し震える声で言う。

「そのような人間が、何故此処にいる?」

「状況的に、主さまの存在に気付かれれば、今度は直接狙われる可能性がある、と上が判断しました。審神者として優秀な資質を持っている以上、見過ごすのは損失ですので、現在フリーの刀剣男士の中で人に友好的であり実力の高いあなたがいるこの本丸が適切であろう、と」

改変の被害者であれば、修正主義者側に傾くこともまずないであろう、というのもあるかもしれませんね。

「・・・」

三日月は眉を眇めて押し黙った。碧猫はその反応にきょとんとしている。

「…何怖い顔してんだじーさん」

「…和泉守、そなたは昨夜、審神者が夢に魘されて庭をふらついていたのを保護したのだと、言っておったな」

「ん、おう」

「…悪感情がないのであれば、支えてやってくれんか」

「は?何であんたが俺にそんな事頼むんだよ。頼みそのものもそうだが、何で俺に頼むんだ。本人目の前だぞ」

「俺は頭が堅過ぎていかん。…随分酷い事をした。顔向けできん」

武力の意味での守りは担うが、それ以外は務まらん。

「よくわからんがじーさんがすげー動揺してるのは判った。つうか、俺は短刀だと思ったから声をかけただけで…いや、審神者と気付いてても不審者として声はかけたかもしれねぇが」

「…"わるい夢"とやらは実体験だったのか」

大倶利伽羅が口を突っ込む。それに碧猫はびくりと肩を震わせた。それで、和泉守も遅まきながら理解した。

「………わりぃ」

「どういうことだい、伽羅ちゃん」

「どうもこうも、そのまま、それだけの話だ」

「主さま、夢見が悪かったとは、そういう意味だったのですか?…まだ生傷とそう変わらないということではありませんか」

「…だって、そりゃあ、一ヶ月もかからず吹っ切れる程図太くないよ、僕だって」

碧猫の言葉に三日月は完全にうなだれてしまった。

「…一月?何が?」

「・・・」

「…そいつが、突然家族とか家とかそれまで当然のように存在してたはずのもんをなくしてから、ってことだろ」

「!」

大倶利伽羅の代わりに同田貫が直接的に指摘する。光忠は思わず碧猫を凝視した。如何見ても、戦いの心得など欠片もない、ただの一般人である。

「…僕は、"可哀想"なんかじゃない」

碧猫は地を這うような声で言う。

「同情されるに値する、気の毒な状況ではあるんじゃねーの」

同田貫が投げやりに言う。

「だとして、俺の事情を少し知っただけで、勝手にあれこれ考えて態度を変えられても不快なだけだ。…そんな安っぽい同情、くそくらえだ」

その発言に光忠はむっとして何か言おうとして、碧猫の鋭い目つきに怯んだ。"敵愾心を持たれている"。

「人間が信じられない?そんな簡単に相手に共感したつもり(・・・)になれる奴が人間不信だなんて、ちゃんちゃらおかしいね。一番信じられないのは、利害も責任も価値観も一致しないのに力になる、なんて言ってくるやつだろ。いや、半端に責任だけあるやつが一番信用ならない。あいつらは勝手にあっちの都合で最善を決めつけて押しつける癖に、それで俺に実害があっても助けてなんてくれないんだ。俺が悪いって、何が悪いか具体的に教えてもくれないくせに!」

小狐丸が碧猫を抱き上げ、落ち着かせるように背をさする。

「ぬしさま、小狐丸はぬしさまの初期刀で、味方です。ぬしさま一人で何もかもと戦う必要はありません」

「しらない、貴様なんて、おれの知る世界にはいなかった。のこってるのはくーちゃんだけだ。だれも、だれも、だも、だれも、おれのしってるやつは、おれをしってるやつは、だれもっ…だれも、このせかいには、いないって、いないって」

ひっく、ひっく、と碧猫は目にいっぱい涙を溜めてしゃくりあげる。

「私がぬしさまに出会ったのは、改変の後ということになりますから、仕方ありません。…改変がなければ、こうしてぬしさまの初期刀となることもなかった可能性もありましょう」

「じゅじゅつとか、かたなをたたかわせるとか、さにわとか、かみさまとか、ひげんじつてきだ。おれのあたまがくるったといわれたほうが、まだなっとくできる」

「ぬしさまは気狂いではございません。全て現実です」

「だって」

碧猫の瞳から涙が零れる。

「証拠になるものがなにもないんだ。おれの記憶以外に妹弟たちがたしかに存在した根拠になるものがないんだ。おれがうまれている以上、両親はなんらかのかたちで存在してたはずだっていえるけど、妹弟たちは、おれの、とうていしんようできないきおくいがいになくて、どこにもたしかなしょうこはなくって、おれのきおくもかんたんにかわってしまってもおかしくなくって」

「…それは、小狐めには何とも言えませぬ」

「そもそもきさまがいちばんしんようならないんだ。おれのこともほとんどしらないくせに、そんなふうに、おれだからって、刀剣は顕現させたものにほぼ無条件で懐くとでもいわれたほうがまだ納得できる。どうせぼくがしんようしたらうらぎるつもりなんだろう。他に選択肢ができたらそっちにいくんだろう。本当はおれのことなんてなんともおもっていないんだろう。きさまのことなんて、しんじてたまるか」

ぽかぽかと猫パンチしながら泣きじゃくる碧猫に小狐丸は少し困った顔をしつつも根気よく宥める。

「事実なのですがねぇ」

「大体あなたがたの自業自得ですよ」

こんのすけがふんと鼻を鳴らす。

「どう見ても非力な主さまが心細くも誠実に歩み寄ろうとしたというのに、その気になれば腕力でどうにでも出来てしまう刀剣男士が、怖いだのなんだの…契約を結び直してすらいない非力な女性が、どうしたらあなた方の脅威になるというのでしょうね」

こんのすけの棘のある言葉に数振りうっとなっている。三日月のダメージが特に深刻だ。碧猫は眼鏡を取って袂にしまい、袖で目元をぬぐう。

「…いいよ、どうせみかたがいるなんておもってない。いつもどおりだ。かぞくじゃないひとはぼくのことなんてみてない。ふかかちだけだ。わかってもらえるともおもってない。ぼくもわからないし。つごうよくはたらけばそれでまんぞくなんだろ。…なら、おれのことはほうっておけよ。本当はどうでもいいくせに自己満足で同情のまねごとをされてもうっとうしいんだよ」

碧猫は小狐丸に降ろせ、と示すが、小狐丸は静かに首を振る。

「今のぬしさまを一人にはできません。私では力不足かもしれませんが、傍にいることくらいはできます」

「そばにいてほしいなんていってない」

「小狐はあーちゃんが大好きですよ」

碧猫は無言で小狐丸の肩口に顔をうずめた。

「…そんなことじゃ、ごまかされないからな」

「元々信頼関係は一朝一夕に作られるものではないのは承知しています。…失われるのは一瞬でしょうが」

小狐丸は碧猫の頭を撫でる。

 

 

 

「主さまの事情は他言無用ですよ」

「・・・」

「主さまが何故あなた方に何も言っていなかったと思うのです?…言ってはなんですが、ただ協力を得たいのであれば、あなた方が今そう(・・)であるように話してしまった方が早かったでしょう。同情と引き換えですが」

可哀想な子供を見捨てるなど、神としてとうていできる事ではないでしょう。

「けれど、その後あなた方は主さまを主として、采配を振るう相手として、認められるようになると思いますか。あの方を共に闘う仲間と扱えますか。――きっと、できないでしょう。守るべき、か弱い、お飾りの大将にするのが関の山です。それをよしとする方ではないのですよ」

 

 

 

未顕現の刀剣を安置する場所は、離れと母屋の間に新たに一つ社を作った。刀掛において並べられている。一度顕現された刀というわけではないので、そこに意識はないだろう。ただのものだ。

まあ、霊力が溜まってしまえば別だろうが。

 

 

 

社に安置された刀剣の話はすぐ母屋の刀剣に伝わった。それで、そこにいる刀に会いたい、と思うものが出るのも当然の流れだった。ただ、それで碧猫に顕現してほしい、と頼みに行くことは和泉守、光忠、三日月が止めたが。

彼女に真摯に向き合う覚悟もないくせに、そんなことを頼もうというのは、虫が良すぎる。

「…一兄に会いたいです」

「…。…言ってはなんだがな」

三日月は物憂げな瞳をして言う。

「刀剣男士は、己を顕現した主の影響を受ける。あの子との間にわだかまりのある状態で顕現すれば、一期一振はそなたらと主の間で板挟みになって苦しむのではないか」

いや。実の所、板挟みになるくらいならマシというくらいかもしれない。当然ながら、まっとうな主を持つ刀剣は主を最優先するに決まっている。本霊が審神者の元に分霊を送るのは、今を生きる人の子のためである。他の刀剣のためではない。本丸での再会はあくまで副産物である。であれば、彼らが、主と敵対するもの、苦しめるものと見做されればどうなることか。身内での争いほどやりきれないものはない。

「一兄に会えるなら、僕は頑張れます」

「それでは駄目だ」

「駄目?」

「あの子は、他者から向けられる感情に敏感だ。そなたらが表を取り繕っても本心で疎ましく思っていればそれを感じ取って心を閉ざすだろう。それでも、頼みは聞いてくれるかもしれんが、だがな…あの子は呪術師としては素人だが、霊力は豊かだ。無意識に行使できる程度にはな。無意識なのだから当然、"己は嫌われていると感じている"ことを顕現する刀に隠すという事は発想からしてない」

口に出すという事はなくとも。

 

 

 

 

 



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空のサカナ

短刀達の歩み寄りチャレンジ
前田と乱と平野は安置組 


 

 

 

碧猫が本丸に来て数日が経った。依然状態は膠着しており、改善の目途は立っていない。碧猫は離れから出てこないし、離れに顔を出すのは一度顔を合わせたものだけだ。小狐丸は一振比較的自由に動いているが。

そもそも歩み寄りというのはお互いにそうしようという気持ちがなければ成立しないものである。一方的であれば、それはただの押しつけだ。

「多分、こっちから動かなきゃ何も変わらないぜ」

「でも、三日月さまが、表を取り繕うだけじゃ駄目だって」

「逆にいやあ、見せかけだけじゃなくて、本心でお姫さんと友好的な関係を作ろうって俺たちが思えるようになれば問題ないってことだろ。…そうだな。まずは、お姫さんがどんなお人なのか、探ってみよう。三日月の旦那たちの反応からして、そう悪いお人じゃなさそうだし、怖がる必要はないってわかるだけでも違うだろ」

「だ、大丈夫、なんでしょうか…」

「仮に前の大将みたいなやつだったとして、今の俺たちはお姫さんと契約を結んじゃあいない。その気になればやれる。…まあ、こんな事を考えてる内は友好関係にはなれないだろうが」

「あうぅ…」

「別に最初っから直球で会いに行く必要はないだろ。まずは遠くから観察するところから始めるってのはどうだ」

 

 

 

「…何をやっているの?」

「あ、小夜君」

「俺たちは、お姫さんのことを知る必要がある。違うか?」

「…それはそうかもしれないけど…そんなあからさまに不審な事しなくてもいいと思うんだけど」

「偵察は大事だろ」

「・・・」

小夜は目を細めた後、言う。

「…新しい審神者は厚と変わらないくらいの背丈の子供だって、宗三兄様が言ってたよ。戦場に立つどころか、刀を握ったこともなさそうだったって」

「俺たちだってそういう情報は別口からもらってるぜ。けど、実際自分で見ることでわかることもあるだろ」

「それはそうかもしれなけれど」

だからといって、目隠しとして植えられている生垣によじ登ったりするのはいかがなものか。大体、相手がいつ建物から出てくるかもしれないのだから。

「…直接会いに行った方が早いんじゃない」

離れへの門は開け放たれてはいないが、鍵もかかっていない。

 

 

 

猫を構っている大倶利伽羅を見て、碧猫は猫を持ちあげて言う。

「わたしのこと丸々太らせてぽよぽよする気でしょう、同人誌みたいに、同人誌みたいに」

「…何だそれは」

「くーちゃんは餌付け禁止です。遊んでくれるのは別にいいんですけど」

「…餌付けはしていない」

「お腹壊したり、病気になったりすると困るので、市販のキャットフードではないものをあげないでください。…いや、キャットフードでも勝手に上げられると困りますけど」

「・・・」

「人間向けの味付けだと塩分濃すぎたりして駄目なんです。後はうまく消化できないものがあったり、毒になるものがあったり」

「…駄目なのか」

「野良の子だと胃が強靭だったり自分で警戒したりするんでまあいいんですけど、くーちゃんはほぼ箱入りみたいなものなので。…別の子ですけど、食べ慣れないウェットタイプの…缶詰のキャットフードは食べると毎回吐いちゃってた子とかいますし。同じもんばっかだと飽きるだろう、とか人のエゴです。本当に嫌な餌は食べないとかで無言の抗議をされますからね」

「…吐くのは、よくないな」

「生態的に、病気じゃなくても自分で吐こうとする場合もありますけどね」

毛玉の関係とかで。

「…?!」

「まあ、その辺は本猫が自分でどうにかするので、飼い主は選択肢の用意と後片付けをするところですね」

猫はごろごろ喉を鳴らしている。

 

 

「…俺がこいつに危害を加えることを心配したりはしないのか」

「いくらくーちゃんがクソビッチでも危機察知能力がないわけじゃないかなって。それが駄目だって気付かずに変なことする可能性はあるにしても、言って判らない人じゃないでしょうし」

「・・・」

「あ、塩ジャケは本当にあげちゃ駄目ですからね。人間も塩分過多で死ぬことあるんですけど、体が小さい分猫の方が致死量少ないんですからね」

「…絶対やらない」

「…あ、ちなみにその子、立派な大人であって仔猫じゃないので、これ以上大きくならないです。おデブになる可能性はありますけど」

「…成猫はもう少し大きいものだったように思うんだが…品種か?」

「多分突然変異みたいなものだとは思うんですけどねー。異母兄弟は普通のサイズなんで」

「異母兄弟」

「くーちゃんは仔猫の時に拾ったんですけど、その前からうちで飼ってた雌猫が野良猫とワンナイトラブした子たちと父猫同じなんじゃないかと」

「わんないとらぶ」

「一晩脱走して帰ってきたら妊娠してたんですよ」

室内飼いなので他にタイミングないんですよね。

 

 

 

「…伽羅の旦那が慣れ合ってる」

「確かに背丈は俺たちと同じくらいみたいだな」

「何の話をしているんでしょう?」

「どんな感じの人ですか?兄さん」

「うーん…穏やかそうな…いや、でもなんか…」

「…なんとなく、小夜みたいな雰囲気がある気が」

「えっ」

「小夜君みたいな、ですか?」

「…それは、何を指して言っているの」

「人当たりが悪いわけじゃないんだが、不用意に寄ってくと拒絶されそうな雰囲気」

「・・・」

「俺は小夜っていうか太郎太刀みたいな浮世離れしてる感じもある気がするなあ」

「総合すると冗談を言っていることがわかりづらい感じの人ですね」

「えええ…」

「なにしてるんですか?」

「あ、今剣さん」

「お姫さんの偵察だ」

「…しょうめんからあいにいったほうがいいとおもいますよ?」

「え、でも…」

「ひりきなおなごひとりに、なにをおびえるひつようがあるのです。それでもおのこですか。さむらいですか。まあ、そもそも、あのかたがぼくらのまもるべきひとなのですが」

「…そういうあんたも、お姫さんと顔を合わせちゃいないんだろう?」

「ぼくはきをまっているんです。こぎつねまるのはなしをきいたかぎり、あのかたはいま、せいしんのやすらぎがひつようですからね」

「…どういうことだ?」

「しらないのですか?…あのかたは、かぞくを、いもうととおとうとをうしなったばかりらしいのです。あのかたのとしごろのいもうとおとうとというなら、さらにおさない…それこそ、ぼくらのようなとしごろのみめでしょう。ぼくらがすがたをみせるのは、すこしまったほうがよいとおもったのですよ」

 

 

 

「・・・」

大倶利伽羅は短刀達に気付いた。

「…あんた、子供は嫌いか?」

「え?うーん…まあ、しいて言えば、ルールを守らないガキは嫌いですけど、子供全般に対して特にどうという事はないですかね」

それが何か?と碧猫は首を傾げる。大倶利伽羅は無言で立ち上がって生垣の…短刀達の方へ向かう。

「…お前達、何をやっているんだ?」

「げっ」

「こういう時は見ない振りをするのが筋ってもんだろ、伽羅の旦那」

いつも慣れ合うつもりはない、って放っておく癖に。

「他にどうにかする奴がいるならな」

「………おう」

「あ、あの、あの人って、どんな人なんですか?」

「…自分で確かめればいいだろう。門は開いているぞ」

「…怒られたりとか、しませんか?」

「余程の不作法をしなければ大丈夫だろう。…そもそも、あいつは激情で自傷するタイプだ。他者に危害は加えない」

威嚇くらいはするかもしれないが。

 

 

 

「おや。伽羅さんに用というわけではなかったんですね」

碧猫はゆるく首を傾げてみせる。

「…慣れ合うつもりはない」

「お姫さんとは仲良くしてたんじゃないのかい」

「俺は猫を構いに来ただけだ」

「お姫さんなんて柄じゃないんですが」

碧猫は肩をすくめ、六振りの短刀を見る。

「大所帯ですね」

「一部隊分だぜ」

「えっと、ご迷惑、でしたか…?」

「さて。何の用で訪ねてきたかによりますね。こちらは特に用事は思い当たらないもので」

「あ、あうう…」

「あのですね、同じ本丸にいる以上、いつまでもお互いそっぽを向いているより、仲良くした方が良いと思ったんです。本当ですよ」

「・・・」

碧猫はじっと秋田を見る。秋田は暫く見つめ返していたが、耐えられなくなって僅かに視線を逸らした。

「…まあ、その考えはわからないではないです」

肩をすくめ、見回す。

「それで、おちびさんたちは何が望みなんです?鬼ごとでもしますか」

「おちびさん、って…俺たちはあんたとそう背丈も変わらないだろ」

「他に何と呼べばいいんです。姿を見ただけで名がわかる程詳しくないのですが」

 

自己紹介が終わった。

 

「あの、碧猫さんは、妹弟がいたって聞きました。…どんな方なんですか?」

「…どんな、と言われてもな。…まあ、僕よりはるかに世間との折り合いの付け方の上手い子ばかりですよ。まっとうにお友達がいて、就職もしていましたし。…いえ、真ん中の妹はまだ大学でしたかね」

今剣があれ、という顔をする。

「あおねこさまの、ちのつながったいもうとおとうとなのですよね?」

「そりゃどういう意味の確認ですか。多少人数が多いだけで普通の家庭ですよ、うちは。…僕の年子に一人、一つ開けて一人、また一つ開けて一人の三人の妹と、その下に一つ開けて双子の弟で六人兄弟です。まあ、双子と言っても、二卵性なので言う程似てないんですけどね」

「・・・」

「…あれ、そうなると碧猫さんって」

何歳ですか、と聞こうとした秋田の口を厚が塞ぐ。

「さて、何歳でしたかね。25は越えたような気がしますが」

刀剣たちに衝撃が走る。どの世代から見ても、とうに大人と言える年である。時代によっては年増かもしれない。

「人の背が低いからって、その反応は酷いと思います。そりゃあ、妹弟全員に負けてますけど」

 

 

 

「ぬしさま、お昼寝いたしましょう」

「眠くないからパス」

「こぎつねまる、じょせいをみだりにとこにさそうものではありません」

「私はぬしさまに安らかな眠りを取っていただきたいだけじゃ。それの何が悪い」

「だめですこのきつね、もんだいをわかっていない…!」

「…いや、なんというか、嫁入り前の娘さんと間違いがあったらいけないだろう」

「私とぬしさまで何をどう間違うというのじゃ」

心底不思議そうに小狐丸が言う。碧猫も目を細めて言う。

「まあ確かに未婚だし結婚の予定もないが余計なお世話です。男の人はおっぱいたゆんたゆんの大人のおねいさんが好きなんでしょう、知ってますからね」

「それも論点が違うんじゃないか」

「ほほえましくみまもれません…ききかんをもってください、あおねこさま」

「何故です?」

碧猫はきょとんと首を傾げる。

「とうけんだんしはおのこで、あおねこさまはおなごなのですよ」

「…ん、ああ。小狐丸に関してはその手の心配はないです。僕と同じく、性欲の類は皆無なので」

興味そのものはないではないようだが。

「…小狐丸の旦那は余所の本丸では野生故そっちの手も早いらしい、って評判なんだが」

「余所は余所です」

「ぬしさまの嫌がることをわざわざする理由もないじゃろう。ぬしさまが自ら望まれれば話は別じゃが」

「それはない」

 

 

 

「あなたは、復讐は望まないの…?」

小夜の問いに、碧猫は少し考えて言う。

「面倒くさいですし、それで特にすっきりする気はしないのでいいです」

「それは、面倒くさくなくてすっきりするならする、ということ?」

「復讐なんて所詮は自己満足ですよ。自分がすっきりするためにやるものです。まあ、デメリットやコストと天秤にかけて、どうするか、何するか決めるんじゃないですかね」

そして、ぼそりと呟く。

「…仮に、目の前に僕の世界を壊したやつが現れたりしたら、まあ、殺すけど」

「…いや、それでどうにかならないんだったらやっぱり生かすかな。トラウマだけたっぷり刻んで五体満足で返す」

「殺さないの」

「嫌な奴が苦しんでるのを見てザマァって言えたら殺すんでもいいんだけど、僕そういう趣味ないですからね。死んだらそこで終わりだし、不快なもの抱えて僕も生きていかなきゃいけないなら、相手にも同じぐらいの期間苦痛を抱えてもらう方が対価に吊り合うかなって。全くもって趣味が悪いことこの上ないから、よほどやらないですけど」

「…綺麗事の欠片もないんだね」

「これでも現実主義者(リアリスト)ですからね。現実にありうることとありえないことの区別は大事です」

 

 

 

 

「なんだ、お前ら離れに行ってたのか」

「和泉守」

「その様子じゃ、碧猫に塩対応されてきたのか」

「…まあな」

「碧猫さんは、僕らのことが嫌いなんでしょうか…」

「嫌われても仕方ないような。非常識なことでもしたのか?」

「…いえ、かおをあわせたじてんでだいぶしおたいおうでしたね」

「…あいつ、興味がなければ反応しないってだけで、偵察自体は高いぜ?」

「…ああ、気付かれてたんですね、大倶利伽羅が反応するより前から」

「マジか」

「…やっぱり、最初から直接行った方が良かったんじゃない」

「でもなあ…」

「…お前ら、何で塩対応されたのかわかってるか?」

「それは、僕たちの行動で不快に思われたから、じゃないんですか?」

「あー…まあ、ざっくり言うとそういうことになるんだろうけどなあ」

和泉守は言葉を濁し、少し悩んだ後言う。

「あいつ、他に選択肢があったら、自分は選ばれないと思ってるんだよ」

「…ああ、なるほど。それでこぎつねまるはしんようできないといわれてしまったわけですね」

「は?あの状態で信用できないって言うのか?」

「信用できないって言うか、信用したくない、ってことかもしれないけどな。…で、まあ、お前らあいつを見極めよう、とか思っただろ?光忠もやって塩対応くらってんだよ」

「…彼が塩対応されてるのは、意外ですね」

「後から考えると、って話ではあるんだが…見極めようってのはつまり、より良いものを選ぼうって考えから出るだろ?…他の選択肢を意識してる、選んでやろうって考えてるってことになるんだよ。もっと露骨にいやあ、値踏みしてるってことになるかな」

「・・・」

「お前らも、他の刀とか、他の"自分"とかと比べられて、まあこっちで妥協してやるって言われるのは不快だろ」

「くらべるのはともかく、だきょうしてやるっていわれたらキレますね」

「…そういう風に言われると、自分は選ばれないだろう、って思う気持ちは、なんとなくわかります…」

「五虎退」

「僕より、兄さんたちの方が強い刀だと思いますし、戦うのは、得意ではないですから…」

「…でだ。あいつは選択肢を取り上げられて此処に来たし、本来なら俺たちにも選択肢なんてないようなもんなんだよ」

「俺たちに選べるのは。刀解か、再契約かの二択だ。引き継ぎを受け入れる気がないなら、さっさと本霊に還るのが筋ってやつだぜ。…三日月のじーさんはあんなだけどな。アレで、再契約を受け容れることは決めてんだ。元々再契約を選んでこっちに留まったわけだしな」

「…あの刀は、人間に対するわだかまりがないですしね」

「あるじさまのことがなければ、とっくにあらたなさにわとけいやくしなおしているはずですしね」

「…刀に主を選ぶ資格はないってか」

「少なくとも、碧猫はこの本丸の管理者(あるじ)と認められてる。追い出す権限は俺らにはねぇよ」

どのような形であれ、この本丸を出ていくって選択肢はあるかもしれないが。

「…そう思うなら、あなたは何故再契約していないんですか。認める気がないというわけではないのでしょう?」

「あー…そりゃ、時機(タイミング)を逃したっつーか…国広たちを放っとけないしなあ」

一振先に契約してしまえば、彼らはそれを裏切りと取るだろう。本刃にそのつもりはなくとも。

「…あと、その二択だってのが管狐に言われるまで知らなかったしな」

本来の、正常な引き継ぎであれば、引き継ぎの審神者を寄越す前にまず選ばせるらしい。そして、残る刀が規定に満たなければ本丸を解体し、バラバラに引き取られることになるのだと。三日月の場合は規定数関係なく審神者の遺言で別々に引き継がれることになったそうだが。

「・・・」

「お前は自分が選ぶ側だと思うのか?」

「…俺っちは、弟たちを守らなきゃならねぇ」

「戦働きでの話はともかく、主が変わった今、その覚悟は必要ねぇよ。あいつに刀を虐げるって発想はそもそもねぇ」

「…他者が苦しんでいる所を見るのはどんな相手でも不快だって言ってたしね…」

「すくなくとも、ぼうりょくやにくたいてきにしいたげられることなどは、もうないのでしょうね」

ついでにいえば、性的なアレもない。

「次こそ、良い大将の下で兄弟といたいって思っちゃいけねぇのか」

「…なら、何で碧猫がそのいい大将になってくれるって信じてやらねぇんだよ」

「っ…」

「…まあ、あいつが一筋縄で行く相手じゃねぇのは俺も判ってるが…前任がクソだったこと以外で、俺たちがあいつを疑ってかからなきゃならない理由があるか?そういう先入観抜きで、アイツに俺らが先を心配したくなるようなことをされたか?」

少なくとも彼女は、いたって善良で謙虚な人間だ。三日月の咄嗟の頼みにも大人しく頷いた。今もその頼みを聞いて(・・・・・・・・・・)刀剣たちと(・・・・・)積極的に関わっていない(・・・・・・・・・・・)。…三日月はその頼みを後悔しているようだが。

「…和泉守さんは、僕たちが最初から碧猫さんにまっすぐ向き合っていたら、優しく迎えてくれたと思いますか?」

「…もしもの話なんてしても不毛なだけだ」

それに最初というのを何処と取るかにもよるだろう。

 

 

 

「光忠の旦那、お姫さんに塩対応されたって聞いたんだが、詳しく聞かせてくれないか?」

「…何でそんな人の傷口えぐるようなことしたいんだい、薬研君」

「俺っちもさっき塩対応くらってきたからだな。けど、だからって刀解を選ぶってのも違うだろ?」

「…あぁ、うん…君は喰らうだろうね、塩対応。…まあでも、それってやっぱり僕らの自業自得なんだけれどね」

「自業自得…なぁ」

「だって、あの子を疑ってしまうのは、僕らが弱いからだよ。刀剣男士としての強さと、何より心がね。…冷静に考えてみると、あの子からは脅威の感じようがないんだよね。見るからに戦う力のない一般人の女の子だし。僕たちに何かを強要しようとしてきた事もないだろう?」

「…強ければ疑わないですむのか?」

「だって、三日月さんはそうだろう?」

「…いや、あの刀は元々わだかまりとかないだけだろ?」

「そうかなあ。長く生きていればそれだけ、嫌なものに会う機会は増えるだろうし、実際被害を受けた期間は短いっていっても、僕らの主に嫌な思いをさせられた事に違いはないだろう?それなのにこうして、本来行くはずだった本丸に行かずに僕らについてくれることを選んだのはあの刀が強いからなんじゃないかな」

「うーん…」

「…でも正直、あの子の塩対応を僕らの側からどうこうすることはできないんじゃないかって気もするんだよね。ストレスも原因っぽいから」

「…ストレス?」

「…いや、ええと、あの子にとって、僕らが敵対関係に近い、ひとりぼっちで味方がいないようなものだろう?そりゃあ、小狐丸君はいるけど、あんまり全面的に頼りたくないみたいだし、心の休まる時があんまりないんじゃないかな」

「…そういや、小狐の旦那がお姫さんを寝かしつけようとしてたな。拒否されてたが」

 

 

 

 

 




気付いても興味がなければスルーだからなあ… 
自分の利のために利用しようとして近付いてくる奴、って地味に地雷なんだよなあ
若干亜種の匂いのする今剣 多分顕現してすぐ位 数珠丸100時間チャレンジ辺りで来た感じの
見極めようとする→他に選択肢があればそちらを選ぶ→塩対応 的な


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コンピューター・オーバーチュアー

本丸きて二週間くらいかなあ


 

 

 

 

色々有耶無耶になったりタイミング逃したりで渡せていなかったが、と小狐丸を介して届けられたのは、刀剣男士一人ずつの専用の携帯端末だった。いわゆる多機能おサイフケータイである。携帯に便利なようにバングルに形態変化する機能が付いている。

ちなみに、都合上、三日月のみ仲間外れになる。これは三日月が前の本丸にいた時の出納管理端末をそのまま使っているからである。…というより、本来は前任から刀剣たちに渡されていなければならなかったものだ。これは碧猫の魔改造が施されているが。

「…いや、こんなもんいきなりぽんと渡されても困るぞ」

「それを私に言われても困るな。私はただ届けただけじゃからな。…ああ、そうじゃ兄上、私の端末と兄上の端末のアドレスを交換したいのじゃが」

「…残念ながら、俺はこの手の物には疎くてなあ…」

「では、この件に関しては私が兄上に教える側というわけじゃな」

にぱっと小狐丸が無邪気に笑う。

 

 

 

「…などといいつつ、僕がまとめて面倒を見るのか」

「兄上の端末はぬしさまの用意されたものと全然違ったのです。別物と言ってもよいものでした」

「…まあ、魔改造レベルだしなぁ」

「うむ?そなたが作ったもの、ということか?」

「…なんというか、凝り性なもので」

「拘ってものづくりをするのは良いことだ」

「…で、改造しちゃっていいんです?外見とか残したいものがあったら配慮しますけど」

「思い入れがないわけではないが、強く執着する程でもない。そなたに都合が良い方で構わぬぞ」

「何でも自由って言われるより、一定の制約がある方が楽な場合もあるんですけどね」

などと言いつつ、ちょちょいのちょいでコンバートする。端末形式を整え、アプリを追加し、コンパニオンプログラムを仕込む。

「とりあえずこんな感じですかね」

「まるで魔法のようだなあ」

「実際呪術も使ってますからね。アプリは既製品ですし」

「ふむ…」

コンパニオンプログラムは自作だが。

 

 

 

碧猫は小狐丸にもたれてうたた寝を始めてしまった。

「…なんだかんだ、やはり信頼されておるのだな」

「好き嫌いと信用はまた別の話だとぬしさまは仰っていたがな。ぬしさまは人を信じられぬだけで根本的な心根そのものは素直でいらっしゃる」

好意には好意を、疑念には疑念を、敵意には敵意を返すし、やさしくしてくれた人にはやさしくし返す。何も特別なことなどない。

「…すまなかったなあ」

本人に言ったらキレられることがわかっているので言えない台詞である。特定の分野でしか表に出ないが、現在の彼女の沸点は相当低い。精神的な余裕がないと言い換えてもいい。そもそも、彼女の人間不信はいささか偏執的と言えなくもないのだが。

「現世で何があったかはわからんが、少しでも心の中の澱を取り除いてやれたら良いのだがなぁ」

「まず無理じゃろうなぁ。ぬしさまは何事も、それはそれ、これはこれ、と分けて考えておられる節がある。刀剣男士に関する誤解なら我らにはらす事も出来ようが、人に関することはどうにもなるまいよ」

「我らはあくまでも刀だからなあ」

 

 

「きさま…」

碧猫はむにゃむにゃと寝言を口走る。

「きさま、なぜそこでくつろぐ。ノートのうえでねるんじゃない」

うなされているような、そうでもないような。

「みーちゃんきさま…にゃあじゃない」

「…一体どんな夢を見ているんだろうな」

「猫に書き物を邪魔されておるのじゃろ。猫はそういうものらしいぞ」

「にゃあああ!…!」

碧猫は自分の声に吃驚して目を覚ました。

「にゃ、にゃ…?」

「どうされました、ぬしさま」

「だ」

「だ?」

「…、…小狐丸、お前僕の眼鏡何処へやった」

「外した方がいいと思って此処に」

小狐丸から眼鏡を受け取り、掛け直す。

「…すまん、寝落ちした」

「いえ、眠い時は眠るのが一番です故」

「いや…(ふぁあ)べつに、ねるつもりはなかったんだ。…そりゃあ、こんのすけに実践をするならしっかり睡眠取れるようになってからにしろとは言われてるが、細切れじゃそう意味はないし」

「…眠れておらんのか」

「…いや、最低三時間くらいは眠れてますよ」

「…それは短すぎるのではないか」

「…否定はしませんけど」

碧猫は目を泳がせる。

「…目が覚めると、暫く眠れないので、夜中に目が覚めてしまう内はどうしようもないです」

「剣兄上には私がぬしさまと添い寝をするのは倫理的に問題があると止められておるしなあ」

「そもそも僕、猫以外と添い寝する習慣ないからね」

 

 

 

 

 



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ナイト・オーバー・ナイト

睡眠関係の話 
同じ布団で一緒に寝る(同衾)で添い寝って認識 
この√の担当さんは割と良心的 刀剣男士はやさしい神さまって言われてきたところにアレである
特定の記憶だけ忘れるなんて器用な事はできない
三日月はさらっと地雷踏んでた感じのアレ 特に追いかけてからのフォローのつもりのアレが駄目だった感じの


 

 

 

忘れてしまった方が精神衛生上良い、けれど、心情的に忘れてしまう事が恐ろしい。そんな、矛盾した心情を解消する為に碧猫が考えたのは、己の記憶を記録として残しておくことだった。歴史改変によってまた意味がなくなる可能性もなくはないが、データのバックアップがあることは一つの安心材料になる。

だから彼女は、眠れない時間を、ノートに自分の記憶を綴る時間に当てることにしたのだった。自分と家族の名前。誕生日。遊びに行った場所とその時あったこと。話した事。思ったこと。本人さえ不正確だろうと感じるそれは、いってみれば消失した歴史(せかい)の欠片だ。他の誰に見せるつもりもない、碧猫が自分で読み返す為だけにあるノート。

それが一冊、なんとか埋まったのは書き始めてからおよそ20日程してからのことだった。

 

 

 

「…一時過ぎ」

勿論、昼ではなく、日付を越えてからのことである。このところは、眠気が起こるまで夜更かしをしている。支障はない。どうせ、眠れるのは3時間程度だ。悪い夢でとび起きない事の方が珍しい。

のびをしたらパキパキと音が鳴った。体が大分強張っていたらしい。

「…そろそろ寝るか」

眠りたくない訳ではない。怖い夢を見るのが嫌なだけだ。このところは、夢を見ればいつも同じ夢である。それが、とても嫌だった。

 

 

 

夢から跳び起きた彼女は、辺りを見回し、ぬいぐるみを抱きしめる。心臓が早鐘を打っている。

「…ゆめ」

あの日から、殆ど毎日に近い頻度で見ている夢。彼女の悪夢(トラウマ)。世界の何処にも、居場所はないのだと、味方はないのだと、突き付けられる夢。

「…ゆめ、じゃない」

そこは、彼女の"家"ではない。ぬいぐるみも、愛用の物をなんとか再現したコピー。家族は、此処にはいない。

「うぅぅ…」

嗚咽を押し殺す。誰も頼れない。頼っていいと思える相手がいない。

「…おかあ、さん」

 

 

 

眠れないので本を読む。魔導書。実用書。小説。時間が潰せればそれでいい。そもそも今の彼女には生きる目的がない。死を選ぶ程の衝動がないから惰性で生きているだけだ。小狐丸やこんのすけが世話を焼かなければ衰弱死しているだろう。緩やかに死んでいっているようなものだ。

だって、色んな意味で彼女が此処にいる必然性はない。"別に彼女でなくても良かった"。此処に配属されたのは審神者だからだ。審神者になるには、審神者として必要な能力さえあればいい。そこに彼女である必要はない。他の審神者が配属される可能性だって勿論あっただろう。こんのすけが彼女を気にするのはこの本丸の審神者だからだ。小狐丸が彼女を慕うのは、彼女にはよくわからないが彼の持つ基準に合致したからだ。なら、他にその条件を満たすものがいればそちらを選んだって何もおかしくない。

もっと条件のいい審神者が現れれば、そちらを選ぶのだろう、と思っても何ら矛盾は感じない。そして、彼女は自分がさして好条件だとは思っていない。自分の事が好きではない。態々好き好んで自分を選ぶものがいるとは思えない。

そして、だからといって、無理に縁を繋ごうとは思わない。それで当たり前だろうし、改善しようと思えない。別に選んでくれなくてもいい。ずっと"そう"だったのに、今更変えられるとは思わない。それに何かを想うだけの執着がない。此処にも、彼らにも、そもそも生きる事にも。

 

 

 

日が差し込む。朝だ。眠気は曖昧で、頭の巡りは微妙。疲労もきちんと取れずに蓄積している。このままの生活が続けば、ほぼ間違いなく、彼女は壊れるだろう。別に、それでもいいと思う。壊れて本当に困るものなどいるものか。この本丸に新たな審神者が現れるだけだ。それだけだ。

 

 

「おはようございます、ぬしさま」

「…おはよう、小狐丸」

気だるげにそう言って本を閉じた碧猫の手をさりげなく取り、立たせる。

「今日の朝餉は根菜の味噌汁にございます、ぬしさま」

「根菜…」

まあ、食べられればいいか。小狐丸の器用さ、勤勉さは碧猫も良く知っている。彼の料理は一定の水準は保証されている。ただ、チャレンジ精神からかメニューの拡大に余念がないだけだ。食べ物の好き嫌いの多い碧猫には割と大きな問題と言えなくもないが、嫌いと伝えたものは二度と出ないので許容範囲だ。

 

 

 

 



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哀惜デモクラシー1

就任一ヶ月くらい まだ悪夢はどうにかなってない


 

 

 

「乱藤四郎だよ」

「平野藤四郎と申します」

「前田藤四郎と申します」

「…碧猫です」

「よろしくね、主さん」

「よろしくお願いします、主様」

「よろしくお願いします、主君」

「よろしく…?」

頭がうまく働かず、碧猫は小首を傾げた。乱が内心で苦笑して碧猫の手を取る。

「僕たちは主さんの守刀だから、どんなものからも主さんのことを守るから、安心してね」

「どんなものから?」

「主さんを傷つけるもの、主さんを否定するもの、主さんに害をなすもの…主さんが殺してほしいものがあったら、何でも殺しちゃうよ」

「…ん、そういうの、多分頼まないですけど、ありがとうございます」

「けど、まずは…主さんの寝不足からかな」

「…はあ」

「まだ朝ですので、うたた寝をするのに相応しい時間ではありませんが…」

「主君の顔色はあまり良くないように、お見受けします。休息が必要でしたら、床の用意をいたしますが」

「…食べてすぐ横になるのは良くないと言いますので遠慮します」

朝食を取って、書類に目を通そうかとしていた所である。

「では、何か僕たちにお手伝いできることはありますか?」

「んー…」

碧猫はあまり頭が働いていない様子である。

「主さん、頭がしゃっきりしてない時にお仕事しようとしても効率が悪いんじゃないかなあ」

 

 

 

「主の様子はどうたい?」

「完全に寝不足ってやつだね。ちゃんと眠れてなかったみたい」

「根本的なところからどうにかできたらいいんだけどなー…」

「そこはほら、三人寄れば文殊の知恵、って言うし、皆で考えたら良い方法も出てくるんじゃないかな」

「…船頭多くして船山に上る、とも言うけどな。…つぅか、何で俺も加わらなきゃいけないんだよ…」

「いいじゃん、大将の短刀同士、協力は大事でしょ」

「俺以外粟田口じゃん」

「いや、俺も粟田口じゃないからな」

「あんまり騒いではいけませんよ、皆さん。主様が起きてしまいます」

碧猫は乱に膝枕されるような形で眠っている。安らかかはともかく、少なくとも魘されている様子はない。

「だったらそもそも別室で話した方がいいんじゃないか?」

「ううん、主さんは人の気配がある場所の方が落ち着くみたいだから、これでいいと思う」

「なら、案外夜俺たちが一緒に寝るだけで睡眠不足が改善されたりして」

「それも一つの方法やね」

「…それ、倫理的にどうなんだ?」

「守刀を寝所に持ち込むことの何処に問題があるのさ」

「・・・」

不動が顔を歪める。

「かといって、皆でご一緒する事はないと思います。狭くなりますし」

「でも、今日くらいは皆一緒がいいな。大将に断られなかったらだけど」

「(他には断られない前提なのか)」

 

 

 

仮眠を取って多少顔色が良くなった碧猫に残りの短刀も自己紹介して契約を結んだ。

「…君たちを顕現した覚えがないのですが」

「でも、パスは一応繋がってたから、霊力を蓄積すれば顕現もできたんだぜ。主さんからの供給が途絶えたこともなかったし」

「うーん…そういうの、よくわからないですけど…つまり、他の刀も自分で顕現する可能性があるんですか?」

「ええ、刀身が大きいほど霊力が必要になるので、時間はかかりますが」

「・・・」

「ねえ大将、懐、入っていい?」

「ふぇ?質問の意味がわからないんですが」

「俺、大将の懐に入りたいなーって。駄目?」

「…。…まあ、いいですけど」

「やった。じゃ、お邪魔します」

信濃はそう言って、己の本体を碧猫の懐に入れた。そして、碧猫を抱えるように抱きしめる。

「…うん?」

「大将は俺たちと同じで小さいよねー」

「信濃の、お前…」

「あ、ずりぃ」

「…主はおそらく、簡単に騙される人ばい」

「…周りがどうにかすりゃあいいんじゃねぇの」

「(あうあう)」

「信濃の…」

「僕もハグとかしとけばよかったかな」

「…もしかして僕は喧嘩を売られているのだろうか」

「喧嘩なんて売ってないよ。俺が大将を抱き締めたかっただけ。後、短刀だから、誰かの懐に入ってるのが一番落ち着くんだよねー」

「…いや、個刃差あるからな、それ」

「まあ、落ち着くのは落ち着くよな」

 

 

 

「…おぬしら、呼ばれてもおらんのに何故おる」

「来ちゃ駄目とも言われてないもんね」

「こんのすけも言ってたじゃん。主さんを守る刀は多いに越した事はないって」

「主さんの安寧を守れない初期刀一振に任せられないよね」

「・・・」

小狐丸はとても嫌そうな顔をした。

「…おいおい、その戦争に俺のことを巻き込むなよ?」

「巻き込まれたくないなら、そもそも同日に顕現するべきじゃなかばってん」

「…あの空間に残りたくなかったんだから、仕方ねーだろ。こえーんだよ、お前らのにーちゃん」

「それはほら、一兄は大将のこと完全に庇護対象認定してるから…」

「それなのに自分は顕現出来ないしな」

「まあ、主さんに害はないだろうし」

他に害がないとは言ってない。

「ぬしらはたまさか、ぬしさまが手に取られただけであろう。ぬしさまが何を選ばれたわけでもない」

「うん、そうだよ。僕らは、偶々、主さんが同じ刀の中から無作為に一つ手に取っただけの一振。"僕"である必要はなかった。でもさ、わかってる?主さんは自分もそんな存在だと思ってるんだよ」

「たまたま、丁度いい所にいたとか、偶々縁があったとか、そういう偶然で審神者になって、あなたが初期刀になったって思ってる。…自分を喚んだ人だから、愛しいんだって言えば良かったのに」

「私は嘘はつけん。私がぬしさまを慕うのは、ぬしさまの魂を気に入ったからに他ならん」

「"だから、喚んだものよりも、気に入りの魂の相手がいれば、そちらへゆく"」

「――」

「そう取られても、仕方ないってことだよ?主さん以外に絶対上回れない、主さんにも納得できる価値は"一番最初に僕らを顕現させたこと"なのにさ」

「…私は、ぬしさま以外の人間に興味はないのじゃがな」

「他者に比べられる価値で論じる時点で問題外だよ。そもそも主さんに自分が価値ある存在だって自負がないのに、そういうこと言っても逆効果だから」

無条件に認める位の事を言わなければ、碧猫は信じない。価値ある存在だから認めるというのは、価値のない存在なら認めないということだし、より価値のある存在があればそちらの方がいいということだ。裏切りを恐れるものが、何故裏切りの可能性のあるものを信じられるだろう。

「ある意味、どう珍しくもない俺らだから安心させられる、って点もあると思うぜ?だって、態々余所から取らなくても手に入るんだから、狙われる事もないだろ」

「・・・」

「小狐丸様には、何処か自分が選んだのだという傲慢さがあるように思います。実際そうなのかもしれませんが…主様にはそのようなつもりはないのではないでしょうか」

 

 

 

「…あおねこさまはみょうれいのじょせいのはずですが」

「精神年齢は精々十を越えて幾らか、程度って感じもするけどな。大体、俺みたいな駄目刀に何が出来るってんだよ」

碧猫は不動に抱えられてぐっすり眠っている。不動は若干やさぐれている様子でもある。

「主君は休息を必要としていらっしゃるんです。人の子は心臓の音で安心するとも言いますし」

「…鼓動の音で安心するというのは、僕もわかるよ」

小夜は碧猫を見る。

「人に抱えられて落ち着くのは短刀としての習性かもしれないけれど」

「ひとのこがしんぞうのおとでおちつくのは、ははおやのたいないにいたころの、ぜったいてきなあんしんかんをおもいださせるからだそうですよ」

今剣は碧猫の前にしゃがみこみ、頭を撫でる。

「…いっそ、さっさとけいやくしてしまうべきですかねぇ」

「それはそれで、一つの手だよね」

 

 

「ところで、こぎつねまるがすねていたのですが、なにかしましたか」

「…あー」

「主君を心身ともに支えられないようでは初期刀失格だ(意訳)と兄弟が」

「…。…まあ、もっともあるじをささえてしかるべきなのはしょきとうですからね」

「…信用してたまるか、と言われてはいるけれど、嫌われているわけでもないと思ったけど」

「この本丸に来た時点で、主君が頼れるのは初期刀だけだったのですよ。それなのに、信頼を得られないのでは、主君は誰を頼れるというのです」

「ぼくにいわれてもこまります。…しかし…はあ、みかづきのあれもそのあたりがげんいんでしたか」

みかづきは、さにわをこりつさせたかったわけではないはずですし。

「その辺りは僕たちは管轄外です」

「…けど正直、普通にすんなり再契約してたらこんなややこしい事にはなってなかったと思うぜ?こいつが寝不足になるのは止められなかったかもしれないけど」

「どっちですか」

「寝不足と不仲に直接の因果はないだろ。支えてくれるやつがいたら少しはマシになるかも、ってだけで」

「ぼくたちがいうのはどうかというはなしではありますが…あおねこさまがこのほんまるにやってきたひからやりなおしたいきぶんです」

「時間遡行は御法度だけどな」

「色々、巡り合わせが悪かったよね…」

そんな話をしていると、猫がやってきて、今剣を見上げてにゃあと鳴いた。

「おや、あおねこさまの…たしか、くるみでしたか」

「…随分人懐こい猫だよね」

猫はごろごろと喉を鳴らしている。

「どちらかというと、世渡り上手という感じがするのですが」

媚を売るのが上手いとも言う。

「ところで、あなたたちはどこまでみたんです?」

「そうですね…主君にどう接するべきかわかるくらい、ですかね」

 

 

 

 

 




自分で霊力取り込んで顕現してきた短刀’s(モンペ)積極的に知識を得ようとした結果、通常より共有知識が多い だから粟田口は油断ならないって今剣に言われる感じの
レア4で元からいるのは江雪と膝丸くらい。イベント配布枠 折れてるのは切国、加州、獅子王、鳴狐、骨喰、太郎 元からいないのは御手杵、明石、次郎 今いるのが折れた経験ないとは言ってない
碧未接触:歌仙、安定、長谷部、陸奥、山伏、堀川、鯰尾、江雪、青江、石切丸、蜻蛉切、岩融、物吉、膝丸、浦島
物吉、膝丸、蜻蛉切、江雪、浦島は玉集めイベ報酬で一振りのみ 膝丸は特二


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哀惜デモクラシー2

覚えられないというのは、冷たくされたり邪険にされたりした相手は無意識に記憶から排除してしまうからというのもある


 

 

「乱に平野?なんで…」

「霊力さえ満ちれば、顕現できる状態になってたからね」

「…ってことは、一兄も…」

「そうですね、一兄も…一月かからずに顕現してくると思います。このままいけば、ですが」

「一兄に、会えるんですか?」

「…兄弟刀の(よしみ)で警告しておこうと思うんだけど」

「?何ですか」

「一兄、今すごい怒ってるし、"そっち側"の刀剣を敵視してるから」

「えっ」

「多分、主さんの影響もあると思うんだけど、一兄、"身内"にすごく執着してるみたいなんだよね。後、主さんのこと、完全に庇護対象扱いで、早く支えになってやりに行きたがってた。…で、"身内"の基準は同じ主に仕えてること、みたい」

薬研が僅かに蒼い顔になる。

「…そりゃあ、拙いな」

「敵視までしているのは、一兄含め、僕たちがすぐ顕現されなかったのが主様と"そちら側"の関係性が良好とはいえないからだったためですね。…その上で、早く一兄に会いたい、と言われたことが火に油を注いだ様子で…」

「っ…」

五虎退が泣きそうな顔をする。

「…だから、一兄が起きてくる前に主さんと和解してくれないと、色々キツいと思うよ。…脅したいわけじゃないけどさ」

ちなみに小狐丸に対しても若干塩対応になる可能性が高い。

「…でも、碧猫さんは」

「主さんは、そっち側の刀剣を嫌ってはいないよ。刀剣も人間と変わらないんだな、って思ってるだけで」

「…?どういうことだ?」

「人は裏切るもの、他者を利用するために"やさしく"してくるもの、って思ってるみたい。主さん自身がどうであるかは別でね」

「簡単に言うと、審神者は替えの利く便利な道具だと思われている、と思っているということですね」

「誰だそんな非道なこと言ったの」

「直接的にそう言ってなくても、態度とか発言とかからそういうニュアンスを読み取ったってことじゃないかな。自分は搾取対象で、駄目になっても他の審神者がいるし、もっと条件のいい審神者がいたらそっちに乗り換えるんだろうな、って」

「・・・」

「そんなことない、なんて言えないでしょ?少なくとも、最後のは」

「………まあ、な。今度こそ良い大将の下に付きたいとは、思ってるよ」

「主さんさ、見鬼の才はないし、一般の家の育ちで霊的なものにも戦にも縁がなかったから、自分は並以下の審神者だと思ってるわけ」

「いや、小狐丸の旦那初期刀にしといて並以下、とかねーだろ」

「主様には、それを普通ではまずないことだと判断出来るだけの知識がありません」

「自分がすごいと思える根拠もないのに、塩対応されて自信持てるわけないじゃん」

「あー…」

「けど、今更自信付けさせるってのも無理な話だろ?」

「それは、ね…僕は、余所の審神者を見て客観的な情報が増えたら多少はマシになるんじゃないかなって思うんだけど…難しいかな」

「どうだろうな…万屋とか妖横町ならいけない事もなさそうではあるが」

「僕らは顕現したばかりで弱いから、そっちのある程度腕が経つ刀に協力してもらわないと危ないかもしれないし」

「そこは和泉守の旦那に頼めばなんとかなる…んじゃねぇかな。まず双方の了解がいるが」

 

 

 

「長谷部のおいちゃん、久しぶりたい」

「な、博多?!それに、愛染…?」

「よっす」

「御存知、博多藤四郎ばい。おいちゃん、思ったより元気そうやけん、なして主と会わんと?」

「………何故それをお前に話す必要がある?」

「俺たちは今、そっち側の刀剣の意識調査中ばい。主の精神安寧と、一兄の暴走ば防ぐためには重要な事っちゃね」

「…主の、精神安寧?」

「主さん、味方だって信じていいやつがわからなくて心細くなってるのが悪夢を克服できない一因だと思うんだよな。眠ってる時って、人が一番無防備な状態だろ」

「…。…俺は、あの狐とは仲良くできん。主の前で争いになりたくないからな」

「ということは、おいちゃん、主んこつば悪く思っとらんと?」

「寧ろ、何処に今の主を悪く思う理由がある?…俺は顔を合わせていないが、本丸に満ちた霊力と偶に離れに顔を出している連中を見れば、邪な人間ではないのは明白だろう」

「…そう思ってるなら、さっさと再契約しちまえばよかったのに」

「主の意に沿わないことを無理にするつもりはない」

「…主も似たようなこと言ってるけん、誰か動かんと膠着状態ばい」

「なん…だと…?」

長谷部はショックを受けた素振りを見せる。

「とりあえず、長谷部のおいちゃんは味方と思って大丈夫そうやねー」

「まあ、少なくとも敵視はしてないだろうとは(部屋に近付いた時の雰囲気から)思ってたけどな」

「主と顔ば会わせとる刀はいいとして…次は誰んとこばいく?」

 

 

 

「初対面の時に三日月殿のことを怖がられたと聞いたからな。躯の大きい自分は余計怖がらせてしまうだろうと」

「いや、でかかったら怖いんなら、小狐丸さんの方が三日月さんより怖がられて然るべきなんじゃないか?それに、大将勘が良いからさ、怖がる基準はそこじゃないと思う」

「あの(ひと)練度高いしねー」

「正直、下手すると物の弾みで大将なんて殺せちゃうそうな感じあるよな」

「いや、そもそも大将は短刀でも殺せるひ弱さだよ、明らかに」

「…新しい主、確か、あおねこ殿、だったか。一体どのような方なのだ?」

「どう、って…うーん、ちっちゃくて、ひ弱で、素直?」

「多分寂しがりなところあるよな」

「でも、警戒心強くって、それなのに警戒しなくていいってわかるとすごく無防備になるんだよね」

「…いや、あれは疲れてただけじゃねーかな」

「…?」

「大将、寝不足っぽかったから、朝から乱のが寝かしつけてたんだ。さっきも前田のと不動が寝かしつけてたし」

「…人間にとって睡眠は重要なものだと記憶しているが」

「くっきり隈出来てたぜ。放っといたら駄目なんだと思う」

「俺たちに何ができるかっていうと、難しいんだけどね」

 

 

「兄ちゃんたちが新しい審神者の子は落ち着くまでそっとしてやった方がいいって言ってたからさ。自分から離れの外に出てくるようになるまでそっとしといた方がいいのかな、って」

「結果的に、僕らが追いやったような形になってしまったから、出てこないかもしれないとは思っていたけれどね?…離れから、ってことだよ」

 

 

「お互い、落ち着く時間が必要だろうと思ってね。…訪ねる切欠もなかったし」

 

「…あの方に特に悪印象があるわけではないのですが、会いに行くのは躊躇われて…向き合う自信がなかった、んですかね」

物吉は自嘲のように笑う。

 

「俺の方から訪ねる理由がなかっただけだ。特に避けようと言うつもりがあったわけではないが…嫌悪感も、好意も今の所ないものでな。暫く様子見することにした」

 

「ちらっと様子を見には行ったんじゃが、わし一人で訪ねるのは躊躇われたきに、門から入れんじゃった。…訪ねても何を話したもんか難しいっちゅうんもあるがのう」

 

「小夜や宗三から、どのような子かは聞きましたし、再契約をするなら早々に訪ねるべきかとは思いましたが…あの子は私の力を必要とするだろうか、と思いました」

「拙僧も同じだな。求められれば力を貸すつもりはあるが、あの子供は力を求めてはおらんだろう」

 

「あー…なんとなく?」

鯰尾は僅かに視線を泳がせる。

「薬研たちが塩対応されたらしいって話も聞いたし、俺もそうなるかなーって」

 

「まあ、一言で言えば様子見だな。三日月を怖がるような童子なら、俺はもっと怖がらせてしまうようにも思った」

「今剣にも少々話は聞いていたけれどね。…悪感情はないけれど」

 

「特に僕から訪ねる理由もなかったからね。兼さんも、仲良くする気がないなら近付かない方がいいって言ってたし」

 

「光忠さんに止められたんだよね。喧嘩腰になったら駄目な相手だって」

 

 

 

「…思ったより主のこと悪く思ってる刀はおらんかったたいね」

「口にしたのが全部本心なら、だけどなー。俺たちが主側だってのはわかっただろうし」

「でもって、膠着状態だったのもよくわかったばい」

「それはな…」

どちら側も概ね相手の出方を伺っていたのだ。動いていたものもいたのはいたが。

「後藤たちと合流したら、もっかい話し合おうぜ」

 

 

 

「…う?」

「ん、目が覚めたのか、あんた」

「うー…」

碧猫は眉根を寄せて不動を見る。

「なんだ?駄目刀にゃ守刀は務まらないってか?」

「………不動君、でしたっけ」

不動が卑屈混じりの返事をする前に、前田が碧猫に眼鏡を渡す。

「主君、眼鏡はこちらです」

「…ありがとう」

碧猫は目元をぬぐって眼鏡をかけ直した後、現状を把握して表情を引きつらせる。

「遺憾の意を表明します」

「へいへい、駄目刀が守役で悪うござんした、っと」

「もたれかかるだけならまだしも、抱っこされてうたた寝するなんて、一生の不覚です」

「そこなんですか」

「体重が完全にバレるじゃないですか」

「あんたは気にする程重くないと思うけど?」

「女の子のパーソナルデータは基本的にシークレットなんですー」

「…つっても、13貫ってところだろ。ちゃんと飯食ってんのか?」

「尺貫法で言われても正しいかわからないですけど、シークレットって、言いましたよね?なんでそゆこと言うんです?」

「人の子の、しかも女の、標準的な重さなんて俺にはわからねー」

「…碧猫さんの体格なら、もう少し目方があってもいいと思うけど」

厚より大分軽い気がする。

「脂肪より筋肉の方が重いんですよ」

「たしかに、あおねこさまはすこしきんりょくをつけたほうがよいとおもいますが」

 

 

 

胡坐をかいた不動に横抱きにされている形の碧猫と、その周りに座っている前田、今剣、小夜が何の話をしているのか、陸奥と歌仙が理解するまで少し時間がかかった。

「…雅じゃない」

「まあまあ、そう目くじらをたてることでもないきに」

「男所帯だったからといって、女性に失礼なことをしても許されるわけではないだろう」

「それは…そうじゃが」

歌仙の足元で猫がにゃあと鳴く。

「ん?…ああ、すまないね。これは、出直すべきかな」

「いや、此処まで来たら顔を合わせるべきじゃろ。…あの話に入ってく気はせんけんど」

 

 

「僕の体重の話とかそんな広げなくていい話題ですからねっていうかやめろください」

「…まあ、そうひろげるわだいでもありませんでしたね。…ねぶそくとききましたが、なにか、しんぱいごとでも?」

「え、いえ…心配というか、夢見がわるくて。…あ、前田君、不動君、他の子にも言っといてほしいんですけど、人間に寝溜め機能はありませんので、日に何度も寝かしつけようとしないでください。かえって頭が痛くなります」

「…けど、寝かしつけられて寝ちまうってことはあんたが眠いってことなんじゃねぇの?」

「君たちの寝かしつけ技能が高いだけで、行動に支障がある程の眠気はありません」

「なんだそりゃ」

「眠気が全くなかったわけではないんだね」

「まあ、ぼーっとしていたら眠ってしまいそうな程度には」

「無理はされないでください、主君」

「無理をしているつもりはないのですが…」

「無理してない人がそんな簡単に寝かしつけられちゃうんですか~?」

「こんな積極的に人から寝かしつけられたのは今日が初めてなんで知りません」

 

 

「僕は歌仙兼定。見ての通りの文系名刀さ」

「わしは陸奥守吉行じゃ。よろしくしとぅせ」

「碧猫です」

「…聞いてはいたけれど、本当に短刀とあまり変わらないように見えるね。審神者の年齢制限が事実上なくなったとはいえ、政府は何を考えているんだ」

「まあまあ、わしらがしっかりしとればいい話やきに」

今剣と小夜が微妙な顔をする。

「…僕、そんな童顔ですか」

「刀剣《ぼくら》の基準で言えば、10年20年なんて誤差の範囲だから…」

「ま、まあ、あおねこさまが、たたかいにうといのはじじつですし」

「事実ですけど」

 

 

 

「知らない人がたくさんいるところに行くのは、怖いので遠慮したいです」

碧猫は目を伏せる。

「顔合わせだけでも、しておくべきじゃないかと思うのだけど」

「でも、三日月さん、少し時間が必要だって、言ってました」

少しというのがどのくらいか、碧猫にはさっぱりだが、今は審神者を受け入れられん刀剣がいる、と言われたことは強く心に残っている。碧猫は、拒絶されるのが怖い。

「それでも、誰かが動かなければ状況が変わらない」

「…変えなきゃ駄目ですか?」

「君は、現状のままでいいと思うのかい」

「…わかりません。僕はそちら側がどうなっているか、さっぱりですから。でも、僕は…。…そうしたいと思える理由がありません」

「・・・」

「…アオは、刀剣が嫌いになったかえ?」

「…いえ。僕、人の顔と名前を一致させるのが苦手なんです。まず覚えられません」

「…個性の強い刀が多いと思うけど」

「覚える数が増えたら同じ事ですよ」

 

 

「主君に嫌な事を強要することは、僕が許しません」

「…前田」

「そちら側が先に主君を拒絶したのだと聞いています。縁は切れなかったとはいえ、こちら側にどうしてもそちら側と良い関係にならねばならない理由はありません。…戦力には、僕らがなれますから」

最悪、全て刀解する事になったとしても、構わないといえば、構わない。碧猫には、今いる刀剣に拘る理由がない。自分の刀剣ではないのだから(・・・・・・・・・・・・・)

「本気かい」

「こう言ってはなんですが」

前田は僅かに眉をしかめて言う。

「一兄と数珠丸さんたちもいますし、三日月殿は事態に収拾が付けばこちら側に来てくださいます。"即戦力ではない"だけです」

そもそも、本来、新人審神者は初期刀のみのところから刀を増やしていくのだ。そういう意味では、既に十分戦力の頭数は揃っている。

「前田は一兄に賛成です。主君を脅かす不穏分子は排除してもよろしい。そもそも、主を同じくする気のない刀剣と同じ本丸にいる理由はありません」

「…成程、君たちの中にも派閥があるのだね」

「派閥という程ではありません。選ぶまでの猶予をどれだけ与えるか、その後どうするかに各々意見があるだけです。"主を同じくしない刀"は狭義には仲間ではない、というのが僕と一兄の意見です」

「…三日月殿たちが本当に危惧していたのはそこだったのだね」

なんら心構えなくそんな刀と相対し、冷たい対応をされればSANチェックものだろう。特に、その刀を慕っているものは。

 

 

 

小夜が碧猫と再契約する。

「あ、ぼくも。…ぼくは今剣。よしつねこうのまもりがたなだったんですよ。どうだ、すごいでしょう」

「…おんしら、兄貴たちに言わんと再契約してもええんか?」

「僕が自分で判断することですから。それに、兄様たちに止められていたわけじゃないですし」

「こちらもにたようなものですね」

「それに、誰かが動けば状況が変わるのなら、碧猫さん…主じゃなくて、僕たちでもいいはずです」

「…そいつはその通りじゃ」

陸奥守も碧猫と契約を結ぶ。小夜は端末を取りだして言う。

「これ、顔を合わせなくてもやり取りができるんだよね」

あどれすの交換?をすればいいんだっけ。

「あ、はい。交換するんですか?」

「うん」

「むぅ、さよくんばっかりずるいです。ぼくも」

「・・・」

「ついでにわしも交換するかの。不動も自分の端末をもらったら、交換しゆうか?」

「…俺はそういうのはいい」

 

 

 

「・・・」

「おう。歌仙も加わるかぇ?」

「人が真剣な話をしてる時に君たちね…」

「…主が動いた方が事態が早く進むのは確かですが、そうやって強引に動かさないと拙いという程ではないでしょう」

「…大部分はそうだろうね。だけどね、お小夜。時間制限がないわけではないんだよ」

「時間、制限?」

「望むと望まざるとに関わらず、一期一振たちが顕現してきたら状況が変わる。…否、出来ればそれより前に事態を改善して、主の手で顕現させるのが一番だろうね」

そう言った後、歌仙がじと目になる。

「僕が前田藤四郎と話してる間に皆して再契約したのかい」

「ぼくはもともと、よいきかいがあればけいやくしなおしたいとおもっていたのですよ」

「…善は急げ、というでしょう?」

「わしも便乗したわけじゃな」

「…えっと、ごめんなさい」

「いえ、主君が謝る必要はありません。そもそも、この本丸に残って戦うつもりがあるなら、審神者と契約していなければならないのですから」

 

「歌仙も再契約そのものを怒っちょる訳じゃないじゃろ?」

「…それは、そうだよ」

「…ということは、かせんはひとりだけなかまはずれになったので、すねたということですか?」

「なっ」

歌仙は赤面する。

「…(ああ、そういえば歌仙はすごい人見知りの気があったっけ)」

「…僕は、拗ねたわけではないよ。雅じゃない」

「そうですか?」

小夜をちらりと見る。

「本刃がそういうなら、そうなんじゃない」

と返しはするが、今剣の言った通りなのだろうな、とは思う。

「それより、歌仙もアオと再契約したら丸く収まる話じゃろ?」

「陸奥守、そのように明け透けに言うのは風流じゃないよ」

「そげにゆうても、はっきり口にした方が良いこともあるきに」

「君は審神者との契約をなんだと思っているんだ。お互いの今後に関わることなのだから、軽い気持ちで結んでいいものではないだろう」

「歌仙」

「なんだいお小夜」

「嫌なら、(契約)しなくてもいいですから」

「…嫌だとは、言っていない」

「(面倒くさいやつぜよ)」

 

 

 

結局歌仙も再契約した。

「…君、ちゃんと審神者としての教育は受けてきたかい」

「…座学は、一週間ほど受けましたよ。実技は、本丸で実際に見せてもらった方が早いと言われましたけど」

後、一応こんのすけに資料をもらって読んでいる。

「陸奥守」

「わしらで色々教えてやらんとじゃの。…その前に本丸内の問題をどうにかした方がえいかもしれんが」

「きょうしやくはぼくたちだってできますよ」

 

 

 

「大将、今夜は皆一緒に寝ない?」

「…皆って具体的には?」

「大将の短刀全員!」

「………離れにはそれが可能な大部屋はない気がするんですが」

「大丈夫大丈夫」

「…後、僕、すごく寝相が悪いので、潰しそうで怖いです」

「俺たちは大将に潰されるほど柔じゃないよ」

「…。…どうなっても責任はとれませんよ」

 

 

母屋の大部屋でお泊まり会することになった。ちなみに、他の短刀と、鯰尾、小狐丸、三日月、岩融、石切丸も参加している。

「…僕は端っこがいいです」

「大将の両隣じゃんけんが片隣じゃんけんになったら大惨事だよ?」

「端っこの方が落ち着くんです」

「じゃあ、主さんは端から二つ目じゃ駄目?」

「…うん」

ちなみにパジャマで抱き枕がわりのぬいぐるみ装備である。

「前田は主君の向かいがいいです」

「なんか祭りみたいだな」

「あなたはのんきですね」

 

 

 

翌朝、大惨事の発生と共に碧猫の刀は皆寝相が悪いことが判明したのだった。

その場で回転していたり、布団を蹴飛ばしているだけならまだいい方で、布団三つ四つ分移動したり他の刀の懐に潜り込んだり、襖に激突したりしていた。

ちなみに、特にひどかったのは石切丸の懐に入っていた信濃、岩融に乗り上げていた小狐丸と愛染、三日月に激突していた平野である。碧猫は鯰尾の懐に入っていた。

 

 

 

 



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Voice

次の日


 

 

 

「再契約しにきたぜー…って、どうした?」

「よりにもよって、よりにもよって…!」

碧猫は室の隅で丸くなっている。同田貫はそれに面妖なものを見る顔をした。

「おーい、アオ?」

「へぁっ?!…え、あ、同田貫さん、どうかされましたか?」

「いや、お前がどうしたんだよ。何か変なもんでもくっ…てるわけないか」

「拾い食いなんてしません。…いえ、なんというか、久しぶりに安眠できたことだけは良かったんですが、ちょっと…はい」

「…?」

「それで、同田貫さんは僕に何の用ですか?」

「ん、おう。そろそろ戦に出ねぇと体がなまっちまうし、再契約しにきた」

「戦、ですか」

「ゲートで過去に行くのは審神者と契約した男士じゃなきゃ駄目だとさ。ついでに出陣に付き合ってくれそうな奴も連れてきた」

「…慣れ合う気はないが、手を抜くつもりもない」

「お初にお目にかかります、蜻蛉切と申します」

「源氏の重宝、膝丸だ」

「長曽祢虎徹という。贋作だが、本物以上に働くつもりだ。よろしく頼む」

「カッカッカッ。拙僧、山伏国広と申す」

「え、あ、はい。碧猫です。よろしくお願いします」

「(…小さい)」

「(やはり小さいなあ)」

「(確かに小さい)」

「碧猫殿は、歴史改変について、どう思っておられる?」

「…山伏」

「カッカッカ。念の為の確認と言うものだ」

「ん、えーと…正直、よくわからない、です」

「よくわからない」

「それで、人が消えてしまうことがあるのだとは、聞きましたけど…そうやって変えて、一歩間違えたら自分自身だって喪ってしまうかもしれない事を、自分からしようと思う意味はわかりません」

「一般論ではあるが、現状に不満があり、過去を変えたいと思うからそうするのではないか?」

「でも、思い通りに変えられるわけではないでしょう」

碧猫は小首を傾げる。

 

 

 

「…危い子だな」

「否。あの主は絶対に改変はせぬだろうな」

「…根拠は」

「主は歴史に価値を見出していない。否…寧ろ、価値あるものと思っているものがあるか疑わしいかもしれぬな」

「・・・」

「価値のないもののために命をかけるものはござらぬ。故に、主は自分から動きはしない」

「…それなら、守ろうとも思わないのではないでしょうか」

「…あいつには、正しい歴史を守ろうと思う理由はあるはずだ」

「…いや、よく考えると、もしかしたらあいつ、改変された歴史がどうしたら元に戻せるかわかってねーんじゃねぇか?」

「…!」

「どういうことですかな、同田貫殿」

「…詳しいことは管狐に口止めされてンだがな。アオは歴史改変の被害者だ。それで家族を喪ったから審神者になった」

「…孤児か」

「…アイツ、可哀想扱いされるの嫌いだぞ」

 

 

 

「アオちゃんちょっといいですか?」

「え、は、はい」

「そんな緊張しなくてもとって食ったりしませんって」

鯰尾は苦笑する。

「…アオちゃんは俺の事嫌いだったりします?」

「いえ。……遺憾ながら、昨夜しっかり安眠できた原因の一つはあなたにくっついていたことだと思いますし。僕多分抱っこされるの好きなんです」

「遺憾なんだ…」

「ほぼ初対面の相手に、というのはやはり」

碧猫は目を逸らす。

「俺はそんなに気にしてないですよ。一兄がいないと、俺が粟田口の長兄みたいなものですからね」

頭撫で撫で

「アオちゃんは弟たちとあまり変わらないですし」

「弟」

「同じ刀工に作られた刀は兄弟みたいなもんです」

「…かなり、多いですよね」

「藤四郎の短刀は縁起物としても人気がありましたからね。"本当は"偽物もあるかもしれないですけど…まあ、そういう細かい事は気にする必要ないですよね」

 

 

 

「へし切長谷部、といいます。主命とあらば、何でも斬ってさしあげますよ」

「しゅめー」

「はい、主の思うままに」

「さしあたって、これを斬ってほしい、というものはないですけど」

「刀として主の望むものを斬るのは当然の事ですが、それ以外にも、主命とあらば何でもこなしましょう」

「…ですか」

「はい」

 

 

 

「おや、へしべではありませんか」

「妙な呼び方をするな」

「あるじさまは…しつむちゅうですか?」

「?執務というか、テキストを読んでいただけですよ。僕に何か用事ですか?」

「どうせなので、いわとおしたちもあるじさまとちゃんとかおをあわせたほうがよいとおもいまして」

「あ、はい」

「俺は岩融、武蔵坊弁慶の薙刀よ」

「石切丸という。加持祈祷なら任せてくれ」

「碧猫です」

二人とも大きいなあという顔。

「おぬしは俺たちに比べると小さいなあ」

よしよし

「ふひゃ」

「あなたのようにおおきなにんげんはそもそもそうはいないそうですよ、いわとおし」

「そうだね、長谷部君や三日月くらいの背丈の人間ならば見た事があるけれど。それに、女人なら彼らくらいでも滅多にいないそうだよ」

「俺は小さきものも好きだぞ」

「主くらいの背丈も愛らしくて良いと思いますよ」

「…僕だって、後10cmくらいは背が欲しかったですよ」

 

 

 

 

碧猫に対して特に悪感情のないもの大体再契約しに来た。

「今日は何かありましたっけ?」

「今日何が、というより、昨日だね。そろそろ様子見はやめて動く頃合いかなって」

「ご迷惑、でしたか?」

「いや、迷惑とかではないんですけど、一度にたくさんは覚えられないと思うので、間違えて覚えたりしたら申し訳ないなあ、と」

眼鏡にインテリジェントグラスの機能とかあるので、ズルもできんことはないのだが。

「まあ、なんとかなりますって」

「大丈夫大丈夫、あだ名ってことにしちゃえばいいよ」

「…ですか」

 

 

 

「実際会ってみたら、案外平気でした」

「そりゃ、物吉君だって人間が嫌いになったわけじゃないからねぇ。人の子が好きで、嫌われるのが怖かったから不安だったのさ」

「アオちゃんはなんだか俺たちが守ってやらないと、って感じがしますよね」

「あー、わかる。ちっちゃいし、簡単に死んじゃいそうって思った」

「うんうん、ちょっと頼りない感じもするけど、だからこそ支え守ってあげないと、って感じだよねぇ」

「はい、今度こそ主さまに幸運を届けます」

「アオちゃんはどんな幸運なら喜んでくれるかな?」

 

 

 

「あの、碧猫さん」

「なんですか、五虎退君」

「僕、本当は、虎を退けてないですけど、そんな僕でも、大丈夫でしょうか」

「別にいいと思いますよ。虎が倒せなくても。短刀はそもそも虎を倒すためのものではないでしょう」

平然と碧猫は言う。

「刀は、人を斬るためのものでしょう?」

「っ」

「つっても、戦場で実際使われた短刀は、俺っちや厚、後は乱とかくらいだからなあ。大体は守刀として伝えられてたもんだ」

「そうなんですか」

まあ、短刀は間合いが狭いですしね。

「打刀や太刀の旦那方は実戦で使われてた猛者が揃ってるな。例外は神社に奉納されてた大太刀の旦那と、伝承の刀である小狐丸の旦那とかか」

「っていっても、石切さんも太郎さんたちも奉納される前は実際に戦場で振るわれたことがあるらしいぞ」

脇差以上で本当に戦場に出てないのは小狐丸くらいなんじゃないかなあ。

「じゃあ、小狐丸は例外みたいなものなんですね」

「そんな感じだな」

「話題を戻しますとですね」

「お、おう」

「過去に何を成したか、成さなかったか、というのはそこまで重要ではないと思います。大事なのは、今、これから、何をするか、何をしようとしているか、じゃないですかね」

そして虎を退治していないことが気になるのなら、これから倒しに行ったっていい。

「虎退治なんて、無理です!だって、虎が可哀想なんで…」

「僕も虎とか猛獣は好きなんで実害がないのであれば無理に倒しに行く必要はないと思いますよ」

「それはつまり、害があれば倒すということですか?」

「必要と実力があれば」

僕に虎退治が出来る戦闘力はありません。

「…まあ、必要とあらば虎退治もやってのけるやつは揃ってるだろうしなあ」

「でも、そもそも日本に野生の虎はいませんからね」

 

 

 

「アオは俺たちが戦場で何と戦ってるか知ってるか?」

「…えっと、確か、そこうぐん、でしたよね」

「おう。やつらは歴史を変えるため、変わった状態を保つために出てきやがる。…此処までいやあ、わかるか?」

「………!なら、原因になった改変を元に戻せたら」

「…ま、そういうこったな」

「…でも、今すぐそうできるわけじゃないですよね」

「…まあ、俺たちが今までに行ってる戦場は歴史上の大きな転機になった事件とかだからな。アオの関わった改変がそん中にあるってことはねーだろ。そっちは改変を阻止し続けてるはずだしな」

「・・・」

「けど、政府も馬鹿じゃねぇんだ、改変された歴史があるってんなら、そのままにはしとかねぇだろ。いつかは特定して、そこへ行けって任務が下されるはずだ」

「・・・」

碧猫は真剣な顔で考え込んでいる。暫く考え、碧猫は言う。

「戦う理由ができました」

僅かに微笑を浮かべ、碧猫は同田貫に言う。

「教えてくれてありがとうございます。…僕にできる限りのサポートをしますので、僕の敵(・・・)を倒す手助けもしてくれますか?」

「おう、良い顔になったじゃねぇか。俺は雅な事とかはわからねぇが生粋の実戦刀だ。主《あんた》が斬れっていうなら、何だって斬ってやるぜ」

「はい、よろしくお願いします」

 

決意一つで人は此処まで変わるものか、と彼は思う。ひ弱な幼子にしか見えなかった子が、己の成すべきことを見据え自ら立つことを決めたら化けた。未だ実力は伴っていないので危なっかしいが、その決意を含んだ凛とした眼差しは、一人の将のものだ。いずれはこの人の子についてゆけばよいと、そう思わせる人間になるという予感を覚えさせる。

 

「僕、覆水盆に返らずだと思っていました。でも、どうにもならないというわけではないんですね。…抗うことができるんですね」

碧猫は笑う。

「戦うのなら、備えることも必要ですよね…学ばなきゃいけないことも、あるけど、それよりまず…」

母屋の方を見る。全ての刀と契約が更新されているわけではない。それは、よくないことだろう。

「…同田貫さん。堀川国広さんと大和守安定さんは、僕が今から向かって契約の話をした場合、どうなると思いますか?」

「ん、あー…俺より和泉守の方がその二振りとは仲が良いぞ。前の主の時からの付き合いだしな。…けど、あいつらとは審神者の話はしないからなあ」

「成程、蔑ろにされてるんですね、僕」

「・・・」

「ところで、僕がこの本丸に来てそろそろ一ヶ月になりますし、改めてお話しさせていただこうかと思うんですけど」

「…まあ、少なくとも契約したやつは聞いてくれるんじゃねぇの」

「和泉さんに頼めば二振りも引っ張り出せますかね」

「…まあ、出てくるんじゃねぇの」

「ふむ。それじゃあまあ、善は急げと言いますし、動きますか」

 

 

 

「短刀とはいえ、ぞろぞろ連れてれば威圧感があると思いますので…そうですね、前田君と平野君だけついてきてもらえますか?」

碧猫が初めて自分から出ようとすることに彼らは驚き心配するが、碧猫は平然とそう返した。大きく変わり過ぎな位だ。

「どうされたのですか、主君」

「動く理由ができましたので」

「動く理由…ですか?」

「はい。僕、実はやられたらやり返す主義なんですよ」

にこにこと笑みを浮かべる碧猫に短刀たちは戸惑いはするものの、主が元気になったのは良い事だと思いなおす。それに、一期が彼女に直接顕現されることになれば、それが一番いい。

 

 

 

「…主?」

「あ、歌仙さんこんにちは」

「………もしや君は、多重人格とやらだったりするのかい」

「うーん…まあ、広義にいえばその気はあるかもしれませんが、この本丸に来てから人格交代があったという事実はないですよ」

さらっととんでもない事を言う碧猫に歌仙は困惑を隠せない。

「そんな与太話はともかく…歌仙さんは和泉さんが今何処にいるかって知ってます?」

「うん?…この時間なら、道場か、書庫あたりだろうけれど…あの子が何かしたのかい」

「いえ、僕が顔を合わせていない二振りが和泉さんと縁深いと聞きましたので」

「…ああ。彼らは、仕方ないんだよ」

「あ、そういうのいいです。僕、そういう話がしたいわけじゃないので」

むっとした歌仙に碧猫は肩をすくめて言う。

「不幸だったら誰かに酷いことしていいわけじゃないですし、だとして、僕にはやり返す権利があります。まあ、不幸を免罪符にする気もさせる気もないですけど」

笑って、碧猫は言う。

「俺、自分の不幸に酔ってるやつは嫌いなんですよね」

 

 

「…碧猫さん?」

「ん?ああ、五虎退君、薬研君、こんにちは」

「何か、あったんですか?」

「うーん…まあ、何もなかったわけではないですけど、特に悪いことがあったわけじゃないですよ」

「…憑き物が取れた顔してるじゃねぇか、碧の大将」

「戦う理由ができましたので」

碧猫は二コリと笑う。

「…いや、うん。あんたはそうやって笑ってる方がいいんじゃねぇかな」

「ありがとうございます」

 

 

 

「あ、和泉さん」

「…碧猫?なんでお前が此処に」

「一応、確認しておこうかと思いまして」

「確認?」

「一応、こんのすけから色々言われてはいたんですよ。その時はピンとこなかったんですけどね。…なにもかも、どうでもよかったから」

「・・・」

「あなたと、そちらのお二振りは、僕と契約を結ぶつもりはありますか?」

「!」

「…脅すつもり?」

「真っ先にそう思考が向かう時点で、立ち位置がわかりますよね」

碧猫は肩をすくめる。

「別に、今すぐ契約を結べと要求しにきたわけじゃないですよ。無理強いは趣味じゃありませんし、きっと、短い付き合いじゃ終わりませんから。…でも、はなっから僕と再契約をする気がないというのなら」

こてん、と首を傾げて碧猫は続ける。

「この本丸に留まっていただく理由はないですよね」

「…僕らを追い出そうって?何の権利があって」

「あなたたちが今顕現を保つために使っている霊力は僕のものですよね」

「っ」

「僕の霊力を使って此処にいるというのなら、相応の対価をもらう権利がある。違いますか」

「・・・」

「だから、教えてください。あなたがたには、僕の敵と戦うために手を貸してくれるつもりはありますか?」

にこり、と碧猫は笑うが、その瞳は虚言は許さないと言っている。もっとも、真っ当な神ならば偽りを口にすることはできないのだが。

「ないのであれば、この本丸から立ち去ってください。余所の本丸に行くのでも、とうかいとやらでも、御随意に」

 

「兼さん」

堀川の呼びかけに和泉は悲しそうな顔をする。相棒だから、わかるのだ。彼がどう思っているのか。だから、無言で首を振った。

「…僕は、人間を信用できない」

大和守が碧猫を敵意を持った目で見て言う。碧猫はそれに微笑を返す。

「僕は別に引き止めませんよ。背中を刺される趣味はありませんし、どうしても"あなた"じゃなきゃならない理由もありませんし」

「なっ」

「僕の目的は一朝一夕に実るものではありませんし、もしかしたらこの子たちが練度限界を迎えても達成できていないかもしれないくらい、当てのないことです。ですので、今現在の強さは必須事項ではありません」

縁があれば、他のあなたも来てくださるでしょうし。

「それに」

ふっと、碧猫は嗤う。

「人間が信用できないからなんだと言うんです?そもそも、何の利害の一致もなくやさしくしてくれる人間がいるとでも?…僕は自分に縁もゆかりもない他人のモラルの欠如の尻拭いをする気はありませんよ」

「なんで、縁もゆかりもないって言い切れる。僕たちを、そんな簡単に斬り捨てられる」

「だって、僕"あなた"のこと知りませんもん。知らない相手と手を切る事に、何で躊躇わなくちゃいけないんです?相手と良い関係を築けそうもないのに」

「後、前任に関しては本当、縁のない人間だと思いますよ。誰か知りませんけど」

「…何で知らないのにそう言い切れるんだ」

「だって、僕が僅かにでも縁を持った人間は、今この世界には存在していないそうですから」

いっそ朗らかに、碧猫は言う。

「兄弟家族、親戚は勿論、ご近所さん、かつての学友、いじめっ子、電車で隣に座った人、宅配便の配達人、それから…うーん、まあ、内訳はいいか。とにかく、僕の存在を認識した事のある人は、一人残らず、歴史改変に巻き込まれて、存在が消失しているか、別人に置き換わっているらしいです。だから、縁ある人だったとしても、改変で別人になってるので知らない人です」

「…家族だけじゃ、なかったのか」

「らしいですよ。少なくとも町一つ分は丸ごと変わってしまっているらしいです」

住んでる人も、建物も。

「ね、だから」

碧猫は小首を傾げてみせる。

「僕に不幸自慢みたいなこと言わないでくれます?"可哀想な僕"にやさしくしてくれ、って主張したいなら、他の人に言ってください。僕、不幸を免罪符にする気もさせる気もないんですよ」

「・・・」

「僕は、不幸自慢とか、憐れまれたいとか、思ったわけじゃ…」

「何処が違うんです?僕はこんな不幸な目にあってきた可哀想な刀なんだから、配慮してしかるべきだ、という主張以外の何だって言うんです。あなたが人間を、僕を信じられようがられまいが、仕事さえきちんとこなして他の方に迷惑をかけなければ僕は構いませんよ。他者の心の中まで縛るつもりはありませんし、自分が人に好かれる性質だとは思いませんから」

 

「俺は、碧猫を悪く思っちゃあいないさ。だがな、こいつらは俺の"仲間"だ。どうでもいいとは、言えねえよ」

和泉は碧猫に歩み寄る。

「何でいきなりそんなこと言い出したんだ」

「三日月さんは、少し時間が必要だ、と言っていました。実際、他の方は今日までで概ね、僕と向き合いに来てくれました。そこの二振りだけなんですよ、ちらりとも交流のない方は。…後は、僕にも戦う理由ができたから、ですね」

にこにこと碧猫は笑う。

「僕、やられたらやり返す主義なんですよ。やり返すことに意義を感じなければ無視することもありますけど。争うことが好きというわけではありませんから」

「それだよ、突然何と戦おうと思ったんだ」

「同田貫さんが気付かせてくれたんです。審神者と刀剣男士は遡行軍…歴史改変を成そうとするものと戦うためにいる。…それなら、僕の家族を消失させた改変を正す機会も、いつかは巡ってくるはずだって」

「…え、まさか、気付いてなかったのか?」

「刀剣男士は遡行軍と戦うためにいて、僕は歴史修正主義者なるものに命を狙われる危険があるとしか言われていませんでしたから」

「マジか…」

「兼さん、兼さんはその子と再契約するつもりでいるの」

「…そうだな。最初にこいつに遭遇して、抱え上げた時にはそう思ってたかもな。今思えば」

己は、この小さな人の子を守ってやるべきだと。

「えっ」

「だったら、何でそれを話してくれなかったの」

「だってお前、言ったらこいつのこと闇討ちしにいってただろ」

「・・・」

「俺が相棒の考えることもわからねぇと思うのか?…仲良くする気がねぇなら近付くなつったら、本当に近付かねぇしよ。…俺らが現世に降りるのは審神者、人間の力になるためだろ?そういう気持ちは、お前にはもうねぇのかよ」

「…それでも僕は、もう兼さんや兄弟の折れるところは見たくないよ。そうなるならいっそ、僕が」

「何で俺が折られる前提なんだよ…」

和泉は深く溜息をついた。

「こいつが刀を折るような采配をするような人間かもわからないだろ。いや、そもそも、お前は新しい審神者(あおねこ)がどんなやつなのか知ろうともしなかっただろ。審神者ってだけで敵だって決めてかかって」

「じゃあ兼さんはそうじゃないって言い切れるの」

「国広、俺たちはあくまで刀だ。人間の真似して鈍らになるために此処にいるわけじゃねぇんだよ」

真剣な顔で和泉は言う。

「正直、俺も碧猫がどんな采配をするかはわからねぇ。けど、こいつが俺たちの意思を蔑ろにするやつじゃないのはわかる。だったら十分だろ。こいつが間違いそうになったら俺たちで止めてやりゃあいい」

「それじゃあ不十分だよ」

「意見を変える気がない人は、何を言ったって意見を変えませんよ。迷いなく自分の意見を盲信してる人には何言ったって無駄です。自分の信じたい事しか信じませんから」

碧猫の言葉に堀川はむっとする。

「君に、何がわかる」

「僕は、自分の知ってることしかわかりません。知らないことはわかりません」

肩をすくめる。

「残念ですけど、僕の刀になる気がないというのなら、お三方で余所へ行っていただいて構いませんよ。こんのすけに手配させますので」

「碧猫」

「僕、あの時和泉さんが気遣ってくれたことは、素直に嬉しかったですし、安心しました。…無暗に僕を嫌うヒトばかりではないんだな、って」

「でも、そちらのお二振りの方が付き合い長いそうですし、心配でしょう?僕の事は見捨ててくださっても結構ですよ」

「…お前のそれは、わかっててやってんのか、無意識なのか、どっちだ」

「それ、とは?」

「…俺は他の本丸に移る気も、勿論刀解を選ぶ気もねぇ。再契約するってさっき言っただろ」

「兼さん?!」

「国広、本当なら、こいつが来た時にはもう選んでなきゃならなかったんだよ、俺たちは。このまま此処に留まるか、留まらないか、ってな。でもって、留まるってのは当然もう一度新しい審神者を信じてみるってことだ」

「…兼さんは、僕に刀解を選ぶべきだって言うの」

「俺だって相棒にこんなこと言いたいわけじゃねぇよ。…だがな、道理を曲げて意地張って周りを困らせて、それでトシに俺はあんたの刀だって胸張って言えるのか」

「・・・」

「士道不覚悟は切腹だ。違うか」

「…違わないよ、兼さん」

「…じゃあ、僕も切腹ってわけだ」

「安定君」

「…本当は、清光の事この子に任せていいか不安だけど、そこの二振り見てる限り、余計なお世話だって怒られそうだし。…もう、いいや。僕は一足先に本霊に還ることにするよ」

 

 

「・・・」

「僕は、謝らないよ、和泉さん。…契約してくれて、ありがとう」

「…寧ろ、謝るなって言おうと思ってたところだよ」

 

 

 

 

「三日月さん、僕と契約してくれますか?」

「…他の刀剣たちは、選んだのか」

「はい」

「…俺に恨み事やなんかはないのか」

「別に、恨んでませんよ。三日月さんは、他の刀剣は少し時間をおいて落ち着けば、僕を利用する為に向き合うんだって、教えてくれただけじゃないですか」

三日月は眉尻を下げる。

「俺はそのようなつもりで言ったのではないのだがなあ」

「別に、人を利用すること、己の利のために動くことそのものは悪いことではないと思いますよ。相応のリターンを返すのであれば、ですけど」

「そのような殺伐とした関係では気が休まらぬだろう」

「何故殺伐としてると決めつけるんです?承認欲求、依存、助け合い、幸福の共有、自己満足、優越感、使命感、愛玩、性欲愛欲、自己肯定…幾らでも即物的でなく本人以外価値の定義できない利はあるじゃないですか」

「…そうか、そなたには、お互いを思いやって行動するというのも利己的な関係の一種なのだなぁ」

「誰かに何かをしてあげる、というのは、承認欲求か、褒められたいか、自己満足か、といったところでしょう。してもらった側の返礼に対する反応でわかります」

「そのように考えるのは虚しくならぬか?」

「何故です?」

碧猫はきょとんと首を傾げる。

「うまく言えぬのだがな、その考えは、殺伐とし過ぎているように思う」

「まあ、後ろに、"だから利害が変化すれば裏切るものがいるのも当然のことである"という結論が付きますからね。否定はできないでしょう」

「・・・」

「別に、三日月さんが気にすることないですよ。僕のこの考えは此処に来るより前からのものですから。ただ、刀剣男士にも人間と同じように適応できるのだとわかっただけです」

「刀剣男士は、基本的に主を裏切れん。そういうものだからな。…主があまりにもどうしようもない時は引導を渡すことはあるが」

「はあ、そうですか」

 

 

 

三日月と再契約した後、碧猫は刀を安置している社に向かった。

短刀達が置かれていた刀掛台はそれぞれが自室に持ち帰っているので、空間だけが空いている。

碧猫は順番にその場の刀を顕現する。

「骨喰藤四郎だ」

「鎌倉時代の打刀、鳴狐と申します。私はお供の狐にございます」

「よろしく」

「俺、加州清光。よろしく、主」

「…山姥切国広だ」

「私は太郎太刀、といいます」

「俺は獅子王。よろしくな、主」

「数珠丸恒次、と申します」

「私は一期一振、誠心誠意お仕えいたします、主」

「碧猫です。よろしくお願いします」

碧猫はへにゃりと笑う。その頬はほんのり朱に染まっている。

「こうして主に手ずから顕現されたということは、母屋の刀剣とは和解された、という事で良いのですかな」

「ええ、まあ…全員と再契約を結ぶ、というわけにはいきませんでしたが、一応」

「それは重畳です」

「…なんだか、随分嬉しそうですね」

「それは勿論「当然でしょ、だって漸く主に喚んでもらえたんだから。こうして主の目に映って、お話しして、お互いに触れられるのはすっごい嬉しいことだよ」…加州殿」

「一期一振ばっかり主と話してたらずるいじゃん」

「…僕の何処にそこまで価値を感じる要素があるんです?」

「だって、主は主だよ?俺たちにとって、主より価値ある存在なんて、よっぽど存在しないからね」

「主にもわかりやすいよう説明するのなら、そうですな…主は、刀剣男士として今此処にいる"私"の親のようなものですからな。主も、子が親を慕う感情はおわかりになるでしょう」

「…成程」

実際には微妙に違うのだが、それを言うのは野暮というものである。

「主と対面したらしたいこととか、ずっと考えてたんだぜ。…あーでも、今から、って感じじゃないかな」

「獅子王殿…」

「俺だって主と遊びたい」

「あ、俺も。でも、俺は寧ろ、主を可愛くしたり、可愛くしてもらったりしたいなー」

「そんなこと言ったら、私だって主を甘やかしたいです」

碧猫はぽかんとしている。…否、ぼーっとしている。

「…主?」

偵察の高い骨喰が異常に気付き、碧猫に近付いて手を伸ばす。ゆっくりと碧猫の躯が傾く。

「!」

骨喰が慌てて抱きとめると、その躯は随分熱い。どうやら、発熱している。

「主?!」

「医者?!」

「我々が慌ててもどうにもなりません、他のものへ連絡を」

「主君、しっかりしてください」

「室に連れていってやった方がいいんじゃないのか」

「疾病平癒の加持祈祷は専門外なのですが…」

阿鼻叫喚である。

 

 

 

「無茶したら駄目だって言っただろ、大将」

「無茶をしたつもりは、なかったんですけどねぇ」

碧猫は苦笑する。

「食事は取れそうでしょうか」

「うーん…あまり食欲はないですけど、食べられないということはないと思います」

「でも、今日はもう夕餉を取ったら大人しく休んでてくれよ。大将が指名したやつが近侍として側につくからな」

「だったら…誰か戦に詳しい方に出陣についての話をお聞きしたいのですが」

「大人しく休んでくれって、俺言ったよな?そういう、頭使うのはなしだ!」

「えぇ…」

 

 

 

「倒れた?…一度に何振りも契約を書き換えたり、顕現したりした疲労か?」

「いや、どうも熱を出したらしい。風邪、というわけでもないらしいが…」

「熱とは確か、病にかかった時に出るものなのだろう?大丈夫なのか?」

「霊力に大きな乱れはないし、休めば元気になると思いたいが…そもそも、此処に人の病に明るいものがいないからな」

「…まあ、明日になっても伏せっているという話を聞いてから心配することにするか」

「…俺たちは何もできないからな」

「…そう思うと、あいつは丈夫だったんだなあ、あいつが倒れたとか体調崩したとか、そんな話になったことなかっただろ」

「いや、二日酔いでいつもより機嫌が悪い、なんてことはあった気がするぞ」

 

 

 

 

 




どう考えてもベストエンドではない


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R.I.P.不忠者たち


デストロイヤルif 和解出来てない状態で一兄顕現


 

 

 

 

「選択する猶予は、十分にありましたな?さて。つけは清算させていただきましょうか」

一期一振はそう言って微笑した。その後ろでは、加州と骨喰が気だるげに、乱が不敵な笑みを浮かべて刀に手をかけている。

「同族殺しは趣味じゃないけど、まあ主の害になるんじゃ仕方ないよね」

「…主のために動けなければ、降りた意味はないからな」

「できれば自分で蹴りを付けてほしかったけどね」

「…何のつもりだ?」

「何のつもりも何も、言われなければわかりませんか?…この本丸に、主に仕える気のない刀剣が必要ですかな」

にこにこと笑みを浮かべ、一期は言う。

「人の子のため、今を守るため、戦うのが我らの役目。それを放棄した輩に存在する価値があると?主の手を拒むというなら、さっさと本霊の元へ還ればよろしい。主と共に戦う気のないものが、主のための刀剣の居場所を奪う権利などありません。今一度主の方からあなたがたに手を差し伸べろと?その手を拒み、本丸の片隅に追いやっておいて、更なる献身を求めるなど、何様のつもりだ。仲間も居場所も持ち合わせているくせに、おこがましいんですよ。己の縁を、己の物を、己の存在の全てを奪われ、政府の元で審神者となる以外の選択肢を与えられず、ただ安心して眠る事も出来ない主に、これ以上何の関わりもないあなた方に献身せよというのですか。主を安心させる事も出来ない癖に、まだ自分の力で立つことくらいはできるはずのあなた方は主に身を削れというのですか。…冗談ではない」

「まあ、一期はごちゃごちゃ言ってるけど、要するに、お前らの所為で俺たちが顕現を後回しにされて、弱っていく主を見ていることしかできないのって、すっごい不条理だよねー、ってところかな」

加州はひらひらと手を振る。

「主に仕える気がないならさぁ、何でお前らこの本丸に留まってるわけ?俺たちは主のために色々してあげたいって思って顕現される時を待ってたの。俺らが皆こうなんだから、主に顕現される刀は皆そう思うはずだろ?ね、"俺たちの仲間"のために、主に仕える気のないやつはこの本丸からいなくなってよ。そうしたら、俺たち皆ハッピーじゃん?お前らがいなくなったら、その分主にちゃんと顕現してもらって"俺たちの仲間"が主に仕えられる。仲間じゃない奴が同じ本丸にいても邪魔なだけなんだよね」

「――」

「いち、にい…」

「私の"弟"は、この場には乱と骨喰だけですが。主と契約を結んでいるのは、この場にはこの二振りだけですからな」

「そんな言い方ないだろ」

「何故ですかな。世には数多と粟田口の刀剣男士がおり、藤四郎の刀と一期一振がある。その全てを同列に扱う訳にはいかんでしょう。となれば、同じ主に仕えるもののみを"私"の愛する弟として扱うというのが、適当な所ではありませんかな」

「"五虎退吉光"が"一期一振"の弟であるのは確かですが、そこの五虎退は"私"の弟ではない」

「っ…」

五虎退が声にならない嗚咽を噛み殺し、崩れ落ちる。乱は声に出さずに、"だから言ったのに"と呟いた。

「…で、お前らは何をどうするって?」

「とりあえず、主に仕える気のない刀は折ります」

「別にぃ?今からでも主と再契約するって言うならそれはそれで、止めたりはしないけどね。あくまで俺たちは、この本丸に"仲間"じゃない刀がいるのが嫌なだけだし」

「主のため共に戦う仲間を拒む理由はない」

「練度1四振りで俺らが折れるって?」

「おや、気付いておられませんでしたか。今朝、こんのすけに頼んで、本丸と刀剣のパスを切断していただきました。主と直接パスの繋がっている私たちには関係ありませんが、主と縁の繋がっていない方は遠からず顕現が解けるはずです。…そうなったら、練度の差など関係ありませんな?」

「…!」

「そもそも、契約を結ぶ気もないのに主から霊力を奪って顕現を保つというのがふざけている。主が本丸に来てから今日まで、あなた方が顕現を保っていられたのは主の無知と優しさにつけ込んだ搾取だったと言っても過言ではないでしょう。…時間も、正す手段もあった。実行しなかったのはそれ自体が過失です。私は、それが腹立たしい」

一期の顔から笑みが消える。

「私は主の不安を拭い去ってさしあげたくてもできないのに、それができるはずのあなた方は主を支えるどころか搾取するばかりで、与えられたものを返す素振りもない。…何故ですかな?主に何の罪があるというのです。あなた方に、何の権利があるというのです」

 

 

 

乱、他、契約した短刀達のおかげか、碧猫の睡眠状態と精神状態は緩やかに改善してきている。といっても、まだ完全に良くなってはいないのだが。特に日中は、寧ろ気が抜けたのかウトウトすることも多くなってきている。心身ともに疲弊しているために、躯が休息を求めているのだろう。特に、何がどう作用したものか、不動が傍にいるとすぐ彼にもたれかかって眠ってしまう。安心するらしい。不動はとても複雑な顔をしているが。

「…どうなると思います?」

「全滅ってことはないんじゃねぇの?三日月のじーさん抜きにしても」

「大倶利伽羅さんなどは契約は結んでいないなりに主君のことを気にかけてくださっていたようですしね」

一期は皆顕現が解けるような言い方をしていたが、碧猫はこの本丸に来た時点で極端に縁を喪っていた。それ故、それこそ、顔を合わせ一言二言話しただけでも多少なりと縁が形成される状態である。

また、短刀たちがそれとなく、碧猫を主にする気が少しでもあるのなら、一度は顔を合わせ、碧猫に認識されるよう促していた。睡眠不足で目減りしていても、碧猫の霊力は膨大だ。特に霊力を使用する状況になければ、余剰の霊力が薄い縁から流れる程度の余地はある。

なにより、彼らが顕現したのは、碧猫に直接触れられ、彼女が呪術で形成した掛台に安置されていた、という薄い縁から伝わってきた霊力を溜めこんでのことである。同様の事ができないわけがない。

「けど…チビどもとかは、駄目なんじゃないか?」

「彼らが主君の刀になることがなくとも、すぐちゃんと主君に仕えてくれる刀が現れますよ」

粟田口の刀剣の大半は、簡単に顕現される。前田たち自身も、大量の同じ刀が受け取り箱に入っていたくらいだ。まあ、受け取り箱に入っていた被りの刀は既に皆処分されてしまっているのだが。

「縁がなかったのであれば、仕方ありませんからね」

別に彼らは、必ずしも母屋の刀を許せないわけではないのだ。彼らが正しく契約を結び仲間となればわけ隔てなく接するつもりはある。仲間にならなければただの同族だが。

 

 

 

数珠丸、獅子王、太郎、鳴狐、山姥切が碧猫と顔を合わせ契約を結んだのは昼前の事である。

「アオ、俺と遊ぼうぜ。そうだな、将棋とか囲碁とかはどうだ?」

「ん、えーと、将棋は、駒の動き方は一応わかりますけど、定石とかはさっぱりなんです。囲碁も、ルールとかあんまり…」

「…そもそも、道具そのものがあるのか?」

「ないのか?」

「僕の行動範囲には、ないですね」

「そっかー…良い考えだと思ったんだけどな」

「…大将棋なら倉庫で見かけたぞ」

「大将棋…?」

「ん、古いからアオには難しいか。そうだ、五目並べとか弾き将棋とかにしよう。それなら簡単だから覚えられるだろ」

獅子王がその倉庫に案内してくれ、と不動を引きずっていく。

「では、獅子王たちが戻るまでの間、手遊びでもしていましょうか」

「てあそび?」

 

 

何か幼児扱いされてるような気がする、と、僅かに釈然としないものを碧猫は感じるが、口にはしなかった。馬鹿にされているというわけではなく、彼らなりに碧猫のことを思っているのだとはわかるからである。釈然としないが。

意図は掴めないが、彼らが碧猫を慈しみ守ろうとしてくれる"やさしい神さま"なのはわかる。若干ピントがずれていても、気遣ってもらえるのは嬉しいのだ。ズレてなければと思うのは詮無きことである。

 

 

 

「一期一振と申します。藤四郎は私の弟たちですな」

「骨喰藤四郎だ」

「俺、加州清光。よろしくね、主」

「碧猫です。えっと、よろしくお願いします」

 

 

「ねぇ、主さん、今日は母屋の方でごはん食べようよ」

「えっ…でも…」

「主さんも知ってる刀ばっかりだし、主さんと契約する気のない刀剣は本丸を出たから、心配しなくても大丈夫だよ」

「本丸を出た、んですか?」

「そっちは主さんは気にしなくていいことだよ。だって、嫌々一緒に暮らす方がお互いストレスでしょ?それだったら、他の主さんのところでやり直してもらう方が良いに決まってるよね」

「そう…ですね」

変な話、そう言われて碧猫の胸のつかえのようなものが一つ取れたのも確かだった。

「いなくなった刀がいるのは残念だけど、縁があれば新しく本丸に来てくれるだろうし、他の刀もいい機会だからちゃんと主と契約結び直したいって言ってるからさ。ね、いいでしょ」

加州もそう言って笑う。碧猫は少し考え、頷いた。

「(好き嫌いの話は…しない方がいいんだろうなあ。嫌いなものが出ないといいんだけど)」

実の所、碧猫が母屋の刀剣と食事をともにしないのはそれがメインである。かっこわるいので関係を第一にあげてはいたが。

 

 

 

 

 



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Outernet Explorer

章と章の間の幕間的な


 

 

 

 

あれから、碧猫は好奇心に瞳をキラキラさせて本丸内の色々なところを歩き回るようになった。刀剣たちへの対応もわりとフレンドリーである。偶にピントのずれたことを言うが。

何かをふっ切ることができたのだろうとは、事情をよく理解していないものにもわかった。それは、少なくとも悪いことではないだろう。部屋に閉じこもってぼうっとしているよりもずっといい。

「…とはいえ、まるで別人のような変わりようだね…?」

「別人に入れ替わったりはしてませんよ。そもそも、人間の出入りがありませんし」

「霊力も変化していませんしね」

短刀たちが言葉を交わし合う。ついでにいうと、本丸内を自由にウロウロするようになったのはくるみも同様である。といっても、母屋は仲良くしているものの傍にしか寄らないのだが。

 

 

碧猫は近侍を決めていない。必要であればその時傍にいたものに頼む程度だ。此処で問題(?)になるのは、碧猫を熱烈に慕っている刀剣は複数いるということである。碧猫の前で露骨に争ったりはしないのだが。特に熱烈なのは、小狐丸、一期一振、へし切長谷部、加州清光の四振りになる。ちなみに、この本丸の刀剣を引き継ぎと顕現の二派に分けた場合、小狐丸と長谷部は両者の異端となる。

 

 

碧猫の好感度が高い刀剣は誰か、という話は難しい。

裏切ることはけしてない、と認識されているのは小狐丸を除いた顕現刀だが、だから好感度が高いというわけでもないようなのである。

いずれ、状況が変われば裏切ることもあるだろう、という前提を持たれた上で、好感度の高いものもいるのである。同田貫や大倶利伽羅なんかがそうである。和泉守は好感度自体は高いが、やはり気拙さはあるらしく、若干ぎこちない。

小狐丸になるとその感情は相当複雑になる。本人は信用できないが、好意的である、と言っているが、そうは言いつつも、小狐丸が裏切ることはないという事が感覚《ほんのう》的にはわかっているのか、無意識に信頼しているのである。自覚はないが。

 

 

 

厨組は碧猫の好き嫌いの多さに渋い顔をしている。小狐丸が実際作って調べただけでも、かなり多い。野菜など、確実に食べられるものはほぼないくらいである。調理法によっては食べるものもあるが、どう調理しても食べないものもある。そもそも、一見して食べられないと判断すると皿に口を付けず、一度口を付けた皿はどうしても受け付けないのでない限り空にする、というのがややこしい。一度食べて嫌いだと判断すると次は食べないのである。毎回感想を聞いて対処していた小狐丸は偉い。

「もー、アオちゃん、何で好き嫌いするの」

「別に好き嫌いしても死にはしませんよ。だったら、口に合わないものは食べたくないです」

「僕らの料理、美味しくないかい?」

「好みじゃないです」

不味い、とは言わない。美味しくないわけじゃないが、好みじゃない。相当に微妙なニュアンスである。

「…君の御母堂は苦労しただろうね」

「いえ、割と早々に匙を投げられました。うちの人たち、同じようなメニューは続いたからとそこまで文句を言うわけでもなかったですし」

にっこりと笑って碧猫は言う。

「それに、最近は何時の間にか食べられるようになったものもありますし、昔よりは好き嫌い減ってるんですよ」

「…参考までに聞いてみたいんだけど、何が克服できたんだい」

「えっとですね…まず、相当昔は苺が種がダメで食べられませんでした。というか、果物が林檎と蜜柑とメロンくらいしか食べられませんでしたね。生クリームを食べると気持ち悪くなるのでケーキがダメでしたし、一時期ハンバーグが嫌いでした。それから、ピーマンとか大根とかは、味付けがしっかりしてるものなら食べられるようになりましたし、しめじも食べられるようになりました。それから…」

「いやいやいや、それって、一体何食べてたんだい、昔は」

「昔は魚中心の食卓だったと記憶しています。カレイの煮付けとかフライとか、サンマの焼いたのとか、シャケのムニエルとか」

後アサリの味噌汁とか豚汁とか。

「…一周回って健康的だったのか?…いや」

「ニンジンは昔からちゃんと食べられました」

「うん、まあ、人参が嫌いな子はそこそこいるって話は聞くけどね…」

「お母さんの実家でトマトも作ってたけど、昔から目の敵にしている」

「なんで?」

「…何ででしょう?とにかく味も臭いも食感も駄目です。加工品は平気ですけど」

 

 

 

 



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nothing but


初鍛刀 ドロップ刀(かぶり)自体はこれ以前にもあった


 

 

 

碧猫は少しずつ日課任務をこなすようになった。本日挑戦するのは鍛刀である。日課任務としては一回と三回になる。鍛錬所は最大解放されている。本日の近侍は愛染である。で。

「三時間、二時間半、三時間」

「どっちも被る確率の方が高いし…手伝い札、使うか?」

短刀レシピでないのは、現在確認されている短刀は皆揃っているからである。

「うーん…まあ、待ってるとすっかり忘れちゃうってこともありそうですし、使いましょうか」

式神に札を渡し、完成したのは大太刀が二振りと槍が一本。

「あっ」

「知り合いですか?」

「おう。すっげぇなぁ、主さん。早く顕現してくれよ」

「わかりました」

 

 

蛍丸、次郎太刀、御手杵の三振りが顕現された。

「…ちっちゃいなあ」

「あなたが大きいんですよ」

碧猫はむぅ、と不満そうな顔をした。

 

 

 

「アオ!」

「あれ、そんなに慌ててどうしたんですか?膝丸さん。えっと…確か、あなたは今日は出陣…白刃隊として何処かの戦場に出ていましたよね」

「うむ。それは生憎賽の目が振るわず敵将には辿りつけなかったのだ。だがな、その道中でだな、兄者の依り代を手に入れたのだ!」

「膝丸さんの兄者さんというと…ああ、それで早く顕現していただくために持ってきてくれたんですね」

「うむ、頼む」

膝丸は碧猫に太刀を渡す。碧猫はそれを受け取り、一拍置いて静かに鯉口を切った。

「源氏の重宝、髭切さ。君が今代の主でいいのかい?」

「碧猫と言います。よろしくお願いします」

「うん、よろしくね」

「久しいな、兄者」

「おお、弟の……久しぶりだね、弟よ!」

「兄者!!」

「…膝丸さんは髭切さん相手になると語彙が無くなるんですか?」

「あはは」

「そ、そんなことはないぞ。ただ、色々と胸にこみ上げるものがあって言葉にならなかっただけだ」

「(…僕も、また会えた時にはそうなるのかなあ)」

「…弟丸、僕にこの本丸を案内してくれるかい?」

「案内は構わないが、俺は膝丸だ兄者」

「うん、肘丸」

「兄者!!」

 

 

 

「…あるじさまがししおうのくっつきむしになっているとは、めずらしいこうけいですね…」

「まあ、珍しいことではあるよな。…あ、別に嫌ってことはないからな」

碧猫は獅子王の腰に後ろから抱きついて…いや、しがみついて?いる。ぐずっている、とまでは言わないが。

「ま、主もそういう気分の時はあるよな」

「みたら、すねそうなかたなが、なんふりかいますけどね」

 

 

 

「何だか、主ちゃんは現世に根付いている存在という感じがしないねぇ。兄貴は何か知ってる?」

「…主は、歴史改変によってそれまでの縁を全て喪ってしまっているようです」

「縁を?」

「少なくとも、主が現在縁を繋いでいる存在が、この本丸の刀剣以外にいないのは確かです」

「ふぅん…なんだかちぐはぐな感じがするのも、それでなのかねぇ」

「ちぐはぐ、ですか?」

「兄貴にはピンとこないかね。主ちゃんくらいの年になると、女の子は色気づいてくるもんさ。けど、あの子は化粧っけも見目を気にする様子も全然ないし、振る舞いも幼子のようだろう。それが悪いとは言わないけれど…心配ないとは言えないねえ」

 

 

 

「何故獅子王なのですか主…」

「…こういうのって普通の本丸だと長谷部さんのポジションだよね」

「一兄は…いわゆる亜種だろうからな」

「…だよねぇ」

この本丸の(というより、"碧猫の"と称した方が良いかもしれない)一期一振は、碧猫に頼られ、碧猫を甘やかすことを至上の喜びとする、考えようによっては変態である。そんな性格になってしまったのはひとえに環境の所為と言えるだろうが。

「それにしても、実際なんで獅子王なんだろ?そりゃ、まごうことなき主さんの刀だろうけど」

自嘲混じりに鯰尾がこぼす。骨喰は肩をすくめた。

「そもそも何故少し憂鬱になっているのかがわからない。…誰かが変な事をした、というわけではないとは思うが」

「確かにそれはねー」

基本的に、なんだかんだ言ってこの本丸の刀剣は碧猫に甘い。その理由は多少個刃差があるが、碧猫が我儘や道理に合わないことを言う事が少ない事もあり、碧猫の望みを否定することは少ない。精々、偏食に苦言を呈すものがいるくらいである。

「…もしかしたら、憂鬱の理由と、獅子王を選んだ理由は繋がっているのかもな」

具体的に何なのかは骨喰にはわからないのだが。

 

 

 

 

 




獅子王はコミュ力高そうだしぼっちにはならなさそうだけど、こいつとは絶対仲良いって繋がりがない


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心の質量1

新章突入的な 鶴丸事変 
鳥太刀と安定堀川貞ちゃん以外そろった
逆に言うと、現在町にいる人の何割かは本来存在しない人という事でもあって
この光忠は政府の人と一対一で契約してる三日月の元同僚


 

 

碧猫、平野、三日月の三名は軍本部に来ていた。碧猫への出頭命令が出たからである。護衛として三日月を付けるようにとの要請もあった。

出頭の理由…いや、目的と言うべきか。それは、彼女の巻き込まれた改変の源の特定である。彼女を通して虚数領域にアクセスし、本来の時空座標を特定し、差異の発生したポイントをと規定してどうのこうの、と説明されたが碧猫にはよくわからなかった。一度のアクセスで特定し切れる規模ではないので、今回のみでなく、また何度か向かわねばならないという事はわかったのだが。

「…三日月様の前の主も、このような要請を受けたことは?」

「…いや、なかったように思う。主は天涯孤独ということはなかったが、徴兵で家族と縁遠くなっていてな」

二振りは控室に通された。調査の術式にノイズを入れないためだそうだ。

 

 

二刻程して、碧猫は二振りのところへ戻ってきた。眠そうにしている。

「主様、お加減はいかがですか?」

「んー…少し、疲れました…」

「ふむ。爺が抱えてやろうか?」

「いえ、そういうのはいいです」

碧猫はふぁ、と欠伸をする。

「僕、霊力のコントロールが出来ていないらしくて…術式に影響を及ぼさないレベルまで抑えるのに時間がかかってしまって…」

 

 

 

 

「君、俺をもらってくれないか」

碧猫の手を取って、白い太刀が金色の瞳を怪しく輝かせる。三日月は突然の事に目を丸くしている。碧猫はきょとんとした後、少し考えて言う。

「どなたか知りませんが、お断りします。そうする必要性を感じません」

「君が良いんだ…君ならきっと、俺を…」

白は碧猫の辞退にますます笑みを深めて迫る。

「他と比べて僕を選ぶような方はお断りです。…何がお気に召したかは知りませんが、より条件の良い方が現れればそちらを選ぶということでしょう?」

にこりともせず碧猫は返す。

「だが君は他の俺と契約も縁も結んでいないだろう?だったら、"俺"だっていいはずだ」

碧猫は顔を歪める。面倒くさいから関わりたくない、と書いてある。

「主様から離れていただけますか、鶴丸国永様」

飲み物を買ってきた平野が、白の手をはたき落とす。そして、鋭く睨みつけた。

「契約を結んでもいない余所ものが、主様に馴れ馴れしいんですよ」

「その契約を結んでもらうために口説いていたところだろう。しかし、平野にそのような反応をされるとはな。驚いた」

「…?平野君ってこういう子じゃないんです?」

「…言いにくいことだがな、主。主の刀剣でしいて言えば標準的な性格をしているのは獅子王くらいのものだと思うぞ」

「そうなんですか」

その獅子王も一般的なものより保護者的な性格が強めである。

「主様以上に優先するべきものがありますか?」

「主より優先しろとは言わないが、知らない仲じゃないんだ、そんな冷たいこと言わなくてもいいだろう」

「主を同じくする方ならそうしますが、異なる主を戴く方と旧交を温める必要は感じません」

「そうきたか…」

鶴丸は眉を寄せる。平野はにこりともせず、眉をしかめている。

「喧嘩はそれぐらいにしておかぬか?平野、鶴丸。主が面くらっている」

「…ああ、主様はこの方を御存知ないですよね。彼は鶴丸国永、僕と同じく、皇室に献上された刀です」

「そうなんですか」

「はい。要注意刃物ですので、不用意に近付かないでください」

「おいおい、要注意って、君は俺を何だと思っているんだ」

「…まあ、鶴丸国永という刀は、驚きを求めるが故に審神者にも悪戯をしかけたりもするからなあ」

「初対面の主様をいきなり口説きにかかる時点で不審者ですので」

「そういえば、こうして顕現している以上、他に主がいるのではないんですか?」

「いや、俺は」

鶴丸が何か言おうとした時、黒い手袋に包まれた手がその頭を下げさせる。

「――ご迷惑をおかけしてしません。ほら、鶴さんも謝って」

「いっ、おい光坊、自分の打撃を考えろ」

「鶴さんが突然姿を消して幼気な少女に迫ったりしてるからいけないんでしょ。…って、三日月さん?…ってことは」

「うん?…ああ、その反応はもしや、同じ主に仕えた光忠か?誰ぞと再契約を結んで留まる事にしたとは聞いたが」

「まあ色々縁もあってね…。三日月さんこそ、面倒事に巻き込まれたって聞いた時は心配したんですよ。…まあ、解決したって話もすぐ聞きましたけど…」

「まあ、巡り合わせというやつだなあ」

 

仕切り直し。

「この鶴さんは特殊な事情持ちで、現在は審神者と契約が切れているんだ」

「特殊な事情、か」

「信頼のおけるベテラン審神者のところに引き取ってもらおうってことになっているよ」

「その言い方からして、そなたの主ではないのだな」

「僕の今の契約者(あるじ)は審神者ではないからねぇ。鶴さんを制御できる器量はないし」

「ああ、その件だがな、光坊。先程気が変わった。俺の主はこの子がいい。他の審神者は嫌だ」

「えっ」

「お断りします」

「えっえっ」

「主様が拒否されている以上、平野も拒否いたします」

「…こちらも少々特殊な事情持ちなのだがなあ」

「突然そんな事言われても僕も困るんだけど。それに、その子ってまだ新人だよね?」

「ええと…審神者歴三ヶ月程度ですね」

「ひよっこじゃないか」

「そんな事はどうでもいい。俺はこの子がいいんだ」

「後ろから刺される趣味はないのでお断りします」

「後ろから刺すなんて、そんなつまらない事をするわけがないだろう。刺すなら正面から刺す」

「比喩的な意味もあったんですが、どちらにせよ、刺してくる方はちょっと…」

「俺だって主を刺す趣味があるわけじゃあないぜ。なあ、何がいけないって言うんだ。そいつは君が自分で降ろした刀じゃないんだろう?だったら俺だって受け入れてくれてもいいはずじゃないが」

「…。僕、好んで面倒事に関わる趣味はありませんので」

「つれないねえ」

「…。…成程、なんとなく事情を把握したよ。要するに、こっぴどく振られたから余計に気にいっちゃったんだね」

「なんて不毛な…」

「…こういうのをどえむ、というのだったか」

「いや、鶴さんは別に被虐趣味がある訳じゃないと思うよ?」

 

 

鶴丸は金色の瞳を光らせ碧猫の瞳を覗き込む。

「なあ、ただ、俺と契約して主になってくれればいいんだ。今はそれ以上は望まない。だから、いいだろう?」

鶴丸は微笑するが、その顔は獲物を前にした肉食獣じみている。

「鶴さん!」

「嫌です。そうする事に利点を感じません」

「いい加減しつこいですよ、鶴丸国永様。主様の意思は変わりませんので諦めてください」

「・・・」

三日月は僅かに眉をしかめている。

「俺も諦める気は毛頭ない」

光忠が鶴丸に後頭部からアイアンクローをかける。

「鶴さん、断られたんだからそれくらいにしておこうね?」

「光坊、頭が砕ける、砕ける!」

「鶴さんはそんなに軟じゃないでしょ。まったく、新人さんを困らせたら駄目だろう」

 

 

 

最終的に、鶴丸は光忠に有無を言わさず連行されていった。

「…三日月さん、なんだか難しい顔をしていましたけど、どうかしましたか?」

「…いや。流石にしつこすぎてはしたないと思っていただけだ。特に何というわけではないよ」

三日月はそう言って微笑してみせる。

「…。そうですか」

 

 

「しかし、本日の事で一つ、僕自身の課題がわかりました」

碧猫は自分の手を見ながら言う。

「霊力制御の精度を上げなくては。毎度このように手間と時間をかけていてはコストがかかりすぎです」

そして、肩をすくめる。

「…問題は、制御以前に僕が自分自身の霊力を認識できていない、ということですね。事実としてあることは聞いて知ってはいますが」

「審神者だからといって、見鬼とは限らぬからなあ。…だが、そなた程の霊力を備えていれば、見鬼か、でなくても何か霊感のようなものはあってしかるべきだと思うが」

「でも僕、そういうオカルトに遭遇したことないですよ。幽霊とかも見たことないですし」

「そもそも、低級霊はそなたには近づけなさそうだが。その浄化の霊力が垂れ流しになっていれば、弱い霊など浄化されよう」

「そうなんですか?」

「主様が自覚していないだけで、主様の勘の良さも霊感に由来しているのではないかと」

「そういうのって関係するもんなんですか?」

「全くの無関係ということもないのではないでしょうか。主様は武道の心得はないのですし」

「・・・」

確かに、無意識が捉え処理している何かが勘なのだとすれば、そこに霊感が含まれてもおかしくないのだろう。

「まあ、それはともかく、そろそろ帰ろう。一期たちが首を長くして待っているのではないか?」

「それもそうですね。霊力については帰ってから改めて考えてみることにします」

 

 

 

「そうですか…では、また妙なものに目を付けられる前に鶴丸殿と鶯丸殿を喚ばねばなりませんね」

この本丸では、鍛刀を日課の三振りのみしかおこなっていない。日に何度も行うことに固執する必要もないのである。そもそも現在確認されていて本丸にいない刀自体五振りしかない。

 

 

 

 

 




欲されブラック巡りをする羽目になった鶴丸、二つ名「誘惑」手に入らないものが欲しい系なのですごい不毛
二つ名持ち:性格上の差異に留まらない亜種 というか、性能上の亜種 性格も違うかは場合による
実は三日月も二つ名持ち 元の二つ名は「狂(わせ)惑(わす)」だったが、前の主の言霊で「導(く)明(かり)」に変えられた 前主のところに引き取られるまでブラックたらい回し状態だった


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心の質量2

三日後


 

 

「よっ、俺みたいなのが突然来て驚いた、か…」

「何故あなたが此処にいるのです?」

「三日でか?いや、巡り合わせだから、例え一時でも縁があれば来るものではあるが、だからって、だからってっ…」

「タッチ差というやつですな」

一期が笑う。碧猫は首を傾げている。先程鍛刀されたばかりの鶴丸国永と鶯丸がひょいと顔を出す。

「主、鶴丸国永(おれ)の気配がするが、一体どんな用件だい?」

光忠(くりや)から茶と菓子を預かってきたぞ、主」

「鶯丸さん、それは客間に通してから持ってくるものです」

「そうか?まあ、細かいことは気にするな」

「鶴さんが撃沈しちゃったから僕の方から説明させてもらおうと思うんだけど…聞いてくれるかい?」

光忠が苦笑する。

 

 

 

要するに、引き取られた先でゴネて、再契約を拒否し、あの子がいいと我儘を言った結果、そこまで執着してるならそいつに任せるしかないんじゃね、って事になったということらしい。しかも、先程までは鶴丸国永は所属していなかったし。

「そんなに執着されるなんて、君は一体(おれ)に何をやったんだ」

「もらってくれと言われて断固拒否した以外に特に何をした覚えもありませんが」

「うん…多分、それが原因なんだよね」

「えっ」

「この鶴さんは二つ名持ちなんだ」

「二つ名…?」

「"そういうもの"がいる事自体機密レベルだから、君は知らないかな。簡単に言ってしまうとね、主に降ろした審神者の妄執から、特殊な性質を持ってしまった刀剣のことを言うんだ。それも、大抵は人を狂わせるようなものが多い。彼の二つ名は"誘惑"。人に彼を欲させ、惑わせる魅了の魔力みたいなものを持ってる」

「…ああ、僕がそれに引っかからなかったことが興味を引くことになったと」

「君に向けて魅了を使おうとされた時には肝が冷えたよ。…それでも塩対応だったからには余程の抵抗力を持ってるんだろうけど…」

「魅了封じの枷が付けられているからな。それで耐性が高めで影響を受けないのかとも思ったが、俺の目を見ても全く反応はないし、心を揺らした様子もなかっただろう。あんな、路傍の石以下の反応をされたのは初めてだった!」

「枷のない時は老若男女、いずれの人間も存在を認識したものはしなだれかかってきた俺にだ、驚きだろう」

「…変態さんですか?」

「不愉快だったなら何故自害しなかったのか理解に苦しむな」

「命は大切にするものだぞ、鶴丸」

「主には絶対近づけたくない御方ですな」

刀剣たちも塩対応だった。まあ、ある意味一期は通常運転だが。

 

 

少し考え、碧猫は誘惑の鶴丸の耳元で囁く。

「俺がお前を要らないと言ったのは、俺が必要としているのは、俺と共に俺の敵と戦ってくれるものだけだからだ。俺の敵を屠るために役に立ってくれない刀ならいらない。…お前にそういうつもりはないんだろう?」

「俺は俺の刀剣に俺の敵を屠る以外を求めないし期待もしていない。斬れない刀ならいらないんだよ。それで、お前は僕に何を望み、何をするつもりだって?」

誘惑の鶴丸は腰砕けのようになって、頬を染め、潤んだ目で碧猫を見上げる。

「主に、一生ついていく」

「「「?!」」」

「そんな話はしてないんだけど」

「主の目に映してもらえるのなら、幾らでも敵を屠ろう。誉を奪い首級を上げよう。君が俺を刀として、戦の駒として必要としてくれたら、そんな嬉しいことはない。主に刀として武器として愛されることが俺の望みだ」

「待て待て待て、主の鶴丸国永は俺だ。この本丸の鶴丸国永は一振いれば十分だ。そうだろう、主」

「まあ、同一の刀は同一の部隊に配置できませんし、特に同一の刀を複数運用する必要性はありませんね」

特に刀が不足しているということもない。そもそも軍は複数運用は推奨していない。禁止まではしていないが。

「そもそも私は、主を裏切りかねない刀が主に近付くことそのものに反対ですが」

「・・・」

鶯丸は難しい顔をしている。

「こちらとしては、この本丸で鶴さんを引き取ってもらえる方が助かるんだけどね…」

 

 

 

とりあえず一週間から二カ月程度様子を見ようということになった。それで合わなければいっそ刀解してくれ、というのが誘惑の鶴丸の弁だが、刀解は困ると光忠に返された。何やらしがらみがあるらしい。二つ名持ちは通常の分霊より本霊に近い可能性があるとかなんとか。健やかに育っている二つ名持ちは滅多にいないのがアレだが。

とりあえず、誘惑の鶴丸の事は区別も兼ねて"夕鶴"と呼ぶことになった。

 

 

 

 




いうて"誘惑"に負けたらそれはいらないものになるので相当面倒臭いやつだぜこいつ 実は刀剣同士でもその気になれば効く 刀剣の元々の性質からかけ離れた二つ名にはならない


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心の質量3

二週間くらいかな 
誘惑はどちらかというと性欲肉欲方面だから…ってのもある ある意味呪いがえしくらってるに近い状態


 

 

 

鶴丸と夕鶴はいまいち仲が良くないが、それ以外はさして大きな問題もなく、夕鶴は本丸に溶け込んだ。いや、しいて言えば、鶴丸以外にもなんとなく夕鶴を避けるものもいるのだが。主に大太刀。逆に、三日月は夕鶴のお目付け役を名乗り出てこなしている。

 

 

「っ、はぁ、あるじっ…」

空き室で一人、夕鶴は自慰に耽っていた。

碧猫に会うまで、彼は自らの劣情を持て余した事などなかった。いつも、劣情を募らせるのは相手の方で、彼はそれを受け止めるばかりだったのである。

それが今は逆に、彼が碧猫(あるじ)に対して劣情と色欲を募らせている。夕鶴がこんな事をしていると知れたら、彼女はどれくらい蔑んだ目で彼を見るだろう、と考えて更に興奮するので、自分でも相当おかしくなっている自覚がある。

夕鶴の碧猫への気持ちは、恋などという甘く可愛らしいものではない。性欲色欲だけということも勿論ないが、そうした気持ちを強く持っていることも確かだ。夕鶴は碧猫を強く欲している。彼女に求められ、滅茶苦茶にされたい。けれど、これまでの主のように夕鶴と色欲に溺れるような事があれば失望するであろうという事も判っていた。

「あぁ、あるじっ…」

 

 

「夕鶴、妖横町の見世にいくか?」

「………いや。俺の"誘惑"で大変な事になるだろう。何しろ、人にしか効かないわけじゃないからな」

ただし、碧猫の霊力に満たされた碧猫の領域である本丸では打ち消されてその効果が現れることはない。今では本丸内でなら枷を外しても問題ないと見做されているくらいだ。

「自分の能力(ちから)を適切に使い制御することが出来なければ、困るのは自分自身だぞ、夕鶴」

「・・・」

というか、そもそも、その提案は彼が性欲を持て余しているという認識があってこそのものである。ざっくり言うと、ばれている。

「…なあ三日月、君は何を見た、或いは、聞いた?」

「主をあのような目で見ておいて何を言っている。まかり間違って主に手出しなどすれば一期一振に斬り落とされるぞ」

「…初期刀ではなく一期一振なのか」

「あやつは、主に害があるとなれば同族でも斬る」

「…そりゃあ恐ろしいな」

 

 

結局見世にいって遊女を抱いた。しかし、こんなものはその場しのぎでしかないと夕鶴にはわかっている。彼は女を抱きたいわけではない。寧ろ主に抱かれたいのである。主に乱され、その腕の中で果てたいのである。望んでも叶わぬことと知ってはいるが。

 

 

 

「夕鶴さん、何のつもりですか」

「何のつもりも何も、見ての通りだ。…俺は君に焦がれているんだよ、主」

「…僕の事など碌に知りもしないくせに、何の冗談ですか。あなたは、別に僕でなくてもいいのでしょう?望む反応さえ得られれば」

「だとしても、俺の望む反応を返してくれる相手を俺は君以外に知らない。俺を全く欲しがらない審神者は、君しか知らない」

眉をしかめ、碧猫は言う。

「あのねえ、一応言っておくけれど、僕だって自分を好いてくれるものには相応の好意を返そうという気持ちはあるし、嫌な奴は嫌いになるし関わりたくない。不仲の関係を維持するのは色々な意味でしんどいしね。…だからさあ、わざと嫌われるような、嫌がらせのようなことをしたり、人の気持ちを試すようなことをするのはやめてくれないかい。鬱陶しい」

「そういう、蔑んだ目で見られるのが一番興奮する」

「変態か」

「勿論、君に蛇蝎の如く嫌われたいとは思っていないとも。ただ…そうだな、俺は君に焦がれていたいんだ。君の物になりたい、君に愛されたい、と」

「けれど愛してくれなくてもいい。俺の望みは手に入らないものだと知っている。万が一にでも手に入ってしまったら、それはもう望むものではない」

「…不毛ですね」

「ああ、不毛なのはわかっている。だけど、俺は、一方的に主に焦がれ、主を愛していたいんだ」

「相当面倒くさいですよ、夕鶴さん。変に愛されることを願うものより余程面倒くさい。マゾか何かですか」

「否定はしない」

「否定してください」

 

 

「ところで君は誰かとまぐわった経験はあるかい」

「まぐ…?何ですか?」

「いや、一応聞いただけだ。気配からしてわかることではあるが、一応な」

「あなたに僕の何がわかるというんですか」

「君は童貞処女だろう」

ばちんといい音がした。碧猫が夕鶴の頬に張り手をした音だ。まあ、デリカシーのない発言だったのでその反応も当然なんだろう。

「いや、真面目な話、神は生娘を好むんだぞ。刀剣にはそこまで関わりのない話だが、仕えるものは純潔を望まれるものだ」

「それが、どうかしましたか」

 

 

 

 

 



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消えない瞳

ifいわゆる見習い乗っ取りネタ 呪具とかは使ってない 夕鶴正式加入後
からだに自信ネキというよりは高慢な少女系列かな


 

 

 

 

鶴丸は見習いの言葉を鼻で笑う。

「君が主より優秀?で?だから、何だって言うんだい。君が主と比べて優秀だろうが劣悪だろうが、そんな事は"俺"の知った事ではないのだが」

「なっ…あなたたちだって、優秀な人間に率いられた方が」

「優秀なら態々主のものをかすめ取ろうとせずとも自分で喚んで揃えればいいだろう。主は半年で今いる刀皆揃えたんだ、君が主より優秀だというならそれより短い期間で揃えられるんじゃないか。…優秀なんだろう?」

「・・・」

「そもそも俺は、主に仕えるために降りたんだ。他の人間に乗り換える理由などない。余計な御世話だ」

 

 

 

夕鶴はそもそも見習いを避けて回っていた。顔を合わせれば、嫌悪感を隠そうともしない。

「国永様、お待ちください。私があなたに何かしましたか?」

「何かしたか?…ハッ。そもそも、俺には君に関わらなきゃならない理由がない。主以外の人間など、穢らわしくて視界に入れたくもない」

「なっ…。…何故、そのようなことを仰るんです。私のこの身が穢れているとでも?」

「その身の穢れなど知った事か。…お前、欲しているだろう。この本丸の刀を、俺を、主の刀剣を!…あぁ、穢らわしい。他者のものを奪おうと欲するなど、穢らわしいにも程がある」

「そんなことは…」

「取り繕っても無駄だ、俺にはわかる。…俺は望んで主の刀になったんだ。それを奪おうとするなら、お前は敵だ。容赦はしない」

 

 

 

三日月は困ったように微笑する。

「すまんな。俺には、主を…アオを守ってやらねばならん理由がある。あの子の信用すら失いかねんことはできんよ」

「それは、三日月様はあの人に無理やり従わせられているということですか?!」

三日月は静かに首を振る。

「俺は自分で選んで決めた。…罪滅ぼしという面は否定できんが、あの子を守ると決めたのは俺の意思だ」

「…何故、ですか?」

「見習い、お前にはおそらく理解できんよ」

三日月は憐れむような目でそう言った。

 

 

「…私はぬしさまの初期刀ですよ。ぬしさまが健在であるのに他の方に鞍替えするわけがないでしょう。…いえ、それ以前に、主を裏切れとは、随分不躾ですね、見習い」

小狐丸の目は笑っていない。

 

 

 

「すまないが見習いさんよ、俺たちは今、十分幸せなんだ。余計なちょっかいを出そうとしないでくれるか」

薬研は少し困ったような顔をする。

「僕たちは、主様に不満はありません。…一兄が、主様ばっかり気にするのは、少し寂しいですけど…」

「一兄が変態なのは大将の所為じゃないだろ。…多分」

「うん、一兄がああ(・・)なのはどっちかっていうと薬研たちの所為だし」

「…やっぱアレか」

「あれ以外ないよ」

「あうぅ…」

「あれ、って何ですか?」

「一兄はこの本丸に来てすぐ顕現されたわけじゃないんだ。顕現されないで安置されていた時期があってな。…まあ、その時色々と…な」

「一兄、大将至上主義になっちゃったんだよねー、あれで」

「…僕が悪いんです。僕が早く一兄に会いたい、なんて言ったから」

「いや、あれは火に油注いだだけだから、言ってなくても結果は同じだったと思うよ?

 

 

 

「見習い殿は一体どんな冗談を仰っているのかな?」

かくりと首を傾げた一期の目は完全に座っている。

「私が主を乗り換えると。ははは、冗談でもありえませんな。私にとって主、碧猫さまよりも優先するべきものは一つたりともありません。あなたなど…そうですな、優先順位を付けるなら、精々政府の次程度ですかな。主とは比べるまでもありません。

 

 

 

数珠丸は溜息をついて言う。

「私の主になりたいのならば、まず物欲を捨てなさい。"数珠丸恒次"は欲深い人間を嫌いますので、あなたが現状のままなら、降りることはないでしょう」

「…ああ、だからレべリングステージとしか考えてなかったアオちゃんの采配の時に四振りもきたんだ…」

「予備にしてもあれは多すぎましたね」

 

 

 

「…あんた、頭おかしいの?」

蛍丸は呆れた顔をする。

「何をもって主があんたに劣るって思ったのか知らないけどさ、基本的に刀剣男士って、選んで主の元に降りるわけ。俺も、国行たちもそう。主がいいから此処にいるの。それなのにあんたを選ぶわけないじゃん」

「そうですなー、主はんが自分らを見限るんはあるかもしれませんけど、自分らが主を見限るってのはまずないやろなー」

 

 

 

 

 



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心の質量4

愛せないなら殺してくれって言われて殺せるかっていう


 

 

「俺は、君に抱かれたいんだ」

「……は?」

はっきりと、理解できない、という顔をした碧猫に、夕鶴は淫靡な笑みを浮かべて、彼女の手に頬を摺り寄せる。

「君の手で乱され、果てたい。…勿論、君が女子であり物理的に"ついていない"ことは承知している。この望みが果たされない…果たされるべきではないことは分かっている。それでも俺は、この欲を捨てられない」

「……あの、もしかして、せ…性的なアレをお望みだと?」

「ああ。俺は君に恋焦がれ、劣情を抱いている。君を抱きたいのではなく、君に抱かれたい。…ドン引いているな?見ればわかる。俺自身、こんなことは初めてなんだ。こんな望みを抱いたのは君が初めてだ」

「いや…それは、なんというか…僕の浄化で君の魅了がかき消されることへの反作用的なものなのでは?僕がどうとかじゃなくて」

「だとして、俺にとって重要なのは、俺がこうなっているのは君の力が原因だということだ。…これまで、老若男女色んな人間を抱いたり抱かれたりしてきたが、薬を盛られたわけでもないのにこんな欲求を持ったのは君だけなんだ」

「そんなこと言われても僕別に君とセックスしたいと思ったことないし」

「わかっている。そんな君だから、俺はこんなにはしたない欲を抱いてしまうんだ。…身も心も全て主のものにされたいと」

無意識に後ずさる碧猫を夕鶴が静かに追いかけ、いつの間にか、壁に追い詰める形になっていた。壁に背がついてそれを認識した碧猫の顔が強張る。夕鶴は碧猫の手首に口付ける。

「君を犯したいわけじゃないから、君の前で自慰するだけでもある程度満足できると思うんだ」

「いや、いやいやいや、落ち着け?正直僕はそういうの見たくないというか、性的なことには興味がなくてだな?」

「許してくれ、主。俺は君に犯されることを想像して自慰をしてしまう。君のその手に触れられることを想像しては劣情を募らせてしまう。正直、きみに刀解してもらった方がいいくらいかもしれない」

「そ、そんなこと言われても困るんだけど…!ていうか、そんな理由で刀解したくないし、何故刀解したか聞かれた時にそんな返答したくないんだけど」

「性的な目で見ていない君には、そういう目で見る俺は気持ち悪いだろう?」

「それは…」

碧猫は少し困った顔をして目を泳がせる。

「…正直、いい気持ちはしないね」

「俺が言っても説得力はないだろうが…わかっているんだ。興味のない相手に迫られることが苦痛だということは」

夕鶴は自嘲のように微笑って、陶酔した瞳で碧猫を見て、また彼女の手に口付ける。

「君の元にいる限り、この情欲を抑え続けるということは出来ないし、君の元を離れたくない。だから…君にとって受け容れ難いことなのであれば…どうか、俺を刀解してくれ。俺の失恋に決着をつけてくれ」

「そ、そんなこと、言われたって…っ」

動揺からか、碧猫の瞳には涙が浮かんでいる。

「――そこまでだ、鶴丸国永。あまり主を困らせるな」

隣室から襖を開けて入ってきた三日月が、夕鶴を退かして碧猫を自分の腕の中に匿う。

「三日月、さん」

「三日月…」

苦い顔をした夕鶴に三日月は困ったように微笑する。

「忠告したはずだぞ、夕鶴。お前は己の力を制御できるようにならねばならん、と」

「そんな簡単にどうにかできるなら、俺はこんなことになっていない」

「そのような泣き言は精一杯の努力をしてから言え」

「ぐっ…」

「自分の能力を制御するのは、お前自身の為でもあるし、周りの為でもある。お前が傷つかないためにも、お前が傷つけないためにも」

「…いくら君が長く()きた刀だからといって、そんな、知ったようなことを」

三日月は少し困ったような顔をして、小さく肩をすくめ、そして、碧猫と目線を合わせるように膝を折った。

「アオにも、契約は結んだが正式に名乗ったことはなかったな。…俺は太刀、号・三日月宗近。二つ名(・ ・ ・)を導明。まあ、この()は前の…この本丸の前任ではない、アオの前に正式に結んだ審神者の付けてくれたもので、以前はもっと物騒な名が付いていたのだがな」

「…三日月さんも、二つ名が?」

「永らく力は使う機会がなかった故、今はただの爺だがな」

「…で、先輩として俺に忠告してくれたってわけか」

皮肉気に夕鶴が言うと、三日月はこくりと頷いた。

「俺も…まあ、なかなか厄介な力を宿していたからな。封印具に頼るばかりでは根本的な解決にはならん、とな」

小首を傾げて三日月は問う。

「お前も、己の幸福を(ねが)う心がないわけではないだろう?」

「…俺には、その資格がない。望んだことではないとはいえ、多くの人の子を破滅させてきた」

「だからといって、お前が不幸になれば帳尻が合うというわけでもなかろうさ」

「・・・」

「それに、アオはお前が目の前で不幸になることに心を痛めず済む人間ではない」

「…まあ、もう、よく知らない相手ってわけじゃないし…」

「っ…いや、俺は…」

言葉に詰まり、夕鶴は俯く。

「…主を悲しませたいとは、思っていない」

 

三日月の戦装束の袖に隔てられて、碧猫は夕鶴に見えないし、碧猫も夕鶴が見えない。声の調子で相手の心情を推し量るしかない。そして、二人ともそういうことが下手らしかった。

「…君にこちらの心情を気遣おうという気があるとは思わなかったな」

しみじみという響きをもった碧猫の言葉に、夕鶴は狼狽える。

「俺は、そんな…あ、いや…そう思われても仕方ないな…君に対して、俺は己の我を通してばかりいるからな…」

最初に会った時からそうだったが、夕鶴は碧猫に強引に、性急に迫りすぎなのである。何としてでも手に入れなければならないと強迫観念にでも駆られているようにさえ見える。本刃に自覚があるかはわからないが。

「人の縁はともすれば一期一会のものとはいえ、夕鶴は少々がっつきすぎではあるな」

「…主のような相手には、二度と会えないのではないかと思うと、どうもな」

「…僕はそこまで特殊な人材かなぁ…」

「……どうだろうなぁ」

「少なくとも、俺は顕現して10年以上経つが、主のような人間は他に知らない。めぐり合わせかもしれないが、主だけだ」

三日月は苦笑のような顔をして二人の頭を撫でる。

「心や霊力の清さなら、他にもいるだろう。浄化に特化した霊力も珍しくはあるが、唯一ではないな。だが…アオのような経験(・ ・)をした人間は、そうはおらぬだろうよ」

「…あー。まあ、そうそういても困るよね」

碧猫のような…歴史改変被害者が、生来の縁全てを喪いそれでも存在消失を免れた人間が、そうそういても困る。彼らは歴史の改変を阻止するために戦っているのである。

「俺が惚れ込んでいるのは、多分その霊力の清さと心の強さだけどな」

「霊力は、よくわからないけど…僕は、そんなに強くないよ」

「…其方がそう言うなら、そうなのかもしれんな」

「いや、初対面の時の塩対応は余程強い心がないと無理だと思うぞ。断られたことなかったぞ、俺は」

「それは心の強さというか、合理主義と危機管理意識(めんどくさかった)というか…」

「アレは見ているものが違っただけだろう」

「…どういう意味だ?三日月」

「そのままだ。…アオは引継ぎの、他者に励起された刀と己で顕現した刀の両方を従えているから、お前を引き取るということを短期的な評価だけでなく長期的な評価でも見られたのであろう」

そもそも、彼女がいわゆる難民状態と言えるのは某二振りに関してだけである。それ以外は縁あれば来るだろう、と緩く構えていたら、なんか大体来た。某二振りに関しても特に熱心に探しているかというとそうでもなく…まあ要するに、基本的に来るもの拒まず去るもの追わず、というか。彼女自身は特に特定の刀を求めてはいない。

「わかりやすく言うのなら、主はあまり刀集めには熱心でない、ということだな」

「…あー」

三日月は、わずかに眉尻を下げて碧猫を見る。碧猫はわずかに肩をすくめた。

「現状に、早急に改善すべき不足は感じていません」

「主は名誉とか、ステータスってやつにも興味はないのか?」

「名誉って何の役に立つんです?」

「………権力?」

「まあ、ないよりはある方が便利だが、アオの求むるところではないだろうな」

そもそも、審神者界にいわゆるランキングの類はない。他の本丸の現状や成績は本人に直接会って話でもしなければわからないし、わかりやすく成績が評価されたりもしない。しいて言えば、審神者レベルという形でおよその実力が示される程度か。演練はレベルの近しいものから対戦相手の八割くらいが選ばれることが多い。

「…主、俺はきみを困らせてばかりで、すまない」

「ええと……べつに、謝罪してほしいとは思ってない、というか…」

碧猫は戸惑った様子で目を泳がせる。

「…正直、俺もどうすればいいかわからないんだ」

「俺が思うに、夕鶴が己の能力を制御できるようになれば丸く収まる話だぞ?」

「うぐっ…」

「…確かに、何にせよ自分の能力は制御できるに越したことはないですね…」

碧猫も自分の手を見ながら呟く。彼女自身、己の霊力の制御があまりうまくできていない。

「ど、努力する…」

「必要であれば俺も手を貸そう。円満に解決するのが一番だ」

「そうですね…」

「円満…俺はそういうのにはあまり縁がなくてな…」

「主も夕鶴も、一人で抱え込んだり突っ走ったりせず周囲に相談なり助けを求めるなりするのだぞ」

「…努力する」

「…まあ、頭からすっぽ抜けなければそうするさ」

二人の返答に三日月は少し困ったような顔をした。

「そういうのは"ふらぐ"と言うのだろう?駄目だぞ。やるといったらやる、やらないといったらやらない。己の言ったことを嘘にしてはいかん」

「嘘にするつもりはないですけど…」

「その言い回しであってるかどうかはわからんが、俺は別にそういうつもりで言ったわけじゃないが」

「多分間違ってはないと思いますけど…」

「他者を頼るのは悪いことではないのだ。一人で無理をして問題を大きくする方が拙いのだからな」

 

 

 

 



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オッドアイドキングダム

夕鶴の話の一応の決着


 

 

「それじゃあ、彼は正式にこの本丸の所属になる、ということでいいのかな」

「はい。…まあ、なんとかやっていけそうではあるので」

碧猫はそう言って苦笑のような表情を浮かべた。夕鶴も嬉しそうに、あるいはほっとしたように、微笑を浮かべている。ちなみに、三日月と数珠丸の天下五剣コンビが碧猫を挟んで座っている。意図してるものかそうではないかは不明だが、威圧感がある。

「じゃあ、手続き上必要な書類を書いてもらっていいかな?刀剣移籍手続きで届け出てもらわないといけないのがあってね…」

「はい。…あ、アナログ書類ですか?」

「うん、デジタル書面じゃないんだ」

 

 

 

指示に従って書類の記入が行われた。

「…はい。それじゃ、この書類は受理されたら、鶴さんは正式にこの本丸の刀剣ということになるので…数日中には受領届けがくると思うので、確認してね」

「わかりました」

「はい、おつかれさまでした」

それまで静かにしていた三日月が口を開く。

「正式な移籍手続きというのは、面倒なのだな」

「基本的には、本丸の運営上の問題とかがない限り移籍は認められないからね。簡単に行える選択じゃないから、手続きも煩雑になるみたい」

「そういえば、俺は正式移籍はこれが初めてだな。これまでは仮所属と違法譲渡ばかりだったからな」

「あれ、鶴さん、歴代の譲渡先でのことは覚えてないって証言してなかったっけ」

「流石に、違法で行った本丸と正規ルートで行った本丸の区別はつくが、いつどこで何があったかは曖昧でな…あまり興味がなかったというか」

「物は言いよう、というやつですね」

「別に嘘をついてるわけじゃないぜ」

「(でも面倒くさがってはいるんだろうな…)」

「でも、鶴さんの行脚したブラックが全部崩壊してるわけじゃないだろう?摘発のためにも証言してくれると助かるんだけどな」

「そもそも、非正規に譲渡された相手の号は聞いてない方が多いんだよなぁ」

 

 

 

 

 

「どうやら鶴さんはこの本丸に馴染めそうだね。良かった」

政府所属の燭台切光忠はそう言ってにこりと微笑した。碧猫本丸の光忠は曖昧な笑みを浮かべる。

「彼なら何処でもそれなりにやっていけそうに見えるけど、違うのかい?」

「うーん…どういったら伝わるかなぁ…あの鶴さん、碧猫ちゃんに出会う前は、鶴丸国永らしくない…見た目のイメージそのままな刀だったんだよね」

「見た目のイメージそのままって言うと…儚い、薄幸そうな感じ?」

「うん。厭世的、っていうのかな。僕の知ってる…昔所属してた本丸の鶴さんとは全然違うから、僕も驚いちゃって…今思うと、刃生に絶望してたのかな、以前の彼は。仕方ないといえば仕方ないだろうけど…」

この本丸では夕鶴と呼ばれているあの鶴丸は、いくつもの本丸を渡ってきた刀である。それは本刃の望むところではなかったし、渡ってきた本丸の大半はいわゆるブラック本丸と呼ばれるものだった。およそ、健やかに育てる環境ではない。

「…想像がつかないなぁ。僕は、この本丸の二振りしか知らないから」

前任は鶴丸を顕現させなかったし、対刃演習の参加経験もほぼない。演練では姿はわかっても人となりはわからない。刀としての面識はあった気もするが、はて、どのような刀だったか。少なくとも、儚い印象を持った覚えはない。

「まあとにかく、碧猫ちゃんに会えたから、あの鶴さんはああして前向きに動こうと思ってくれたみたいなんだ」

「…アオちゃんは良い子だからね」

「良い子というか、多分あの尋常じゃない意志の強さに希望を見出しちゃったんだろうね…碧猫ちゃんにはちょっと災難だったかもしれないけど」

「…え?」

「善良な審神者なら他にも面識はあるはずだよ。元々彼を引き取ることになってた人とかね。でも、善良なら鶴さんの誘惑を退けられるってわけじゃないから」

まあ、彼が自分で能力を制御できれば何も問題はなかったのだが。

「三日月さんもそうだけど、いつでも揺らがず微笑んでいられるのは一つの強さだろうし…まあとにかく、鶴さんが此処に落ち着けそうで僕もほっとしたよ。やっぱり、安心していられる場所が一つでもある方がいいもんね」

「え、うん」

「正直、三日月さんの件もあったり、不安点がなかったわけじゃないけど、碧猫ちゃんはいい子だし。君たちもまだ大丈夫な方だったみたいだし」

「あはは…」

 

 

 

「政府の方の燭台切、か?」

「どうも、お邪魔してるよ。…といっても、そろそろ帰るんだけど」

「そうか」

燭台切をじっくり眺めて、長谷部が言う。

「…練度上限か」

「そりゃあ、一応、これでも元はベテランの主の元に居たからね。今も鍛錬は怠っていないし、刀がさび付いているつもりはないよ」

「まあ、そうだろうな」

「あ、うん」

燭台切は照れたような気まずいような笑みを浮かべる。長谷部は僅かに眉根を寄せた。

 

 

 

 

 



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