楽園の子 (青葉らいの)
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1章 漂流 00『リベラリタス島嶼群にて』

とりあえず書き終わってるところまで。
主人公は次から出ます。視点は一話ずつ変わるかもしれません。


 

 

                        1

 

 

 ヒィヒィ、ハァハァとかすれた呼吸が、ため込んだ脂肪のツケと運動不足を明確に示していた。

 商人風の男がモンスターの脇をすり抜け、また新たな小島を目指す。

 荷物は投げ捨てはしたが、胸に抱えた麻袋だけは絶対に手放さなかった。

 服の上からゴツゴツとした石のような感触が伝わってくる。これが自分の生命線だ。生きるも死ぬもこの石次第。なんとしても、なんとしてでもこれをアヴァリティアに!! と、いう怨霊じみた執念が血走った目から伝わってきた。

 息も切れ切れな状態にも関わらず、商人風の男は口から唾を飛ばしながら叫ぶ。

 

「どうにかしろ、コタロー! お前はそれでも私のブレイドか!」

 

 脂肪をたっぷり蓄えた壮年の男の足元から返事があった。商人風の男の卑しい風貌に似つかわしくない、愛らしい小型犬のブレイドが並走していた。明るい茶色の毛並みに、体長は男の脛に届くか届かないかくらいの小ささである。首輪の位置には青色のコアクリスタルが跳ねるように駆ける度、太陽光を反射してキラキラと光る。その可愛らしい容姿に似つかず、そのブレイドの声は意外と若々しい闊達そうな男の声で反論する。

 

「ならその抱えてるもんを捨てちまいな! 命あっての物種だろうが!!」

「ばっ、馬鹿をいうな! これは私が長年かけてアーケディアで貯めたコアクリスタルだぞっ! これだけで100万Gはくだらない! こ、これをアヴァリティアに持って行けさえすれば、バーン会長が――」

 

 そこまでだった。そこから先は、派手な爆発音でかき消されてしまい、足元を物理的にすくわれた男はもんどりうって特注の服を泥と草にまみれさせた。

 遠距離からの砲撃だった。

 わざわざ男の足元を狙い地面を抉った理由は男の足元にあった小石や貝の破片。爆発の衝撃でそれらは派手に破片をまき散らし男の足をズタズタに引き裂いた。もはや悲鳴も上げられなかったが、そこまでされてなお、散らばっていた青い石――ブレイドの眠るコアクリスタルを手の届く範囲で回収していく。その根性はもはや狂気にも近しい。

 

「サタ。ヨシツネの言ってたコアクリスタルの密輸人ってのはこいつであってんだよね」

「あぁ、間違いない。証拠にほら。あちこちにコアクリスタルが散らばってるだろ? ずぶずぶに真っ黒だよ」

 

 襲撃者は彼らの背後から悠々と歩いてやってきた。

 男女一組み。男の方は金色の髪を後ろになでつけ、甘いマスクで隣の少女に微笑みかけている。赤い鎧が彼の容姿の自信を表しているようだった。一方、笑いかけられた少女はその美貌に似つかず鼻の上にしわを寄せ「ウザイ」の一言で男を一蹴する。切りそろえられた前髪と腰まで届くつややかな黒髪が人形のような少女の美貌をいっそう際立たせている。そして、その後ろに更に巨大な亜種型種族が顔を出す。金髪の男の手には両手より巨大なナックルを。少女の方には身の丈に合わないほど巨大なバズーカ砲をそれぞれ装備していた。彼らもまた地面に転がる男と同様にブレイドと呼ばれる存在と同調したドライバーである。

 その時、商人風の男の頭にある単語がよぎった。

 密輸人たちの間で実しやかに囁かれる目的も正体も不明な【コアクリスタル狩り】と呼ばれる存在のことを。まさか、まさかと可能性を否定している間に己のブレイドの声が逃避に走ろうとする男の意識を揺さぶり戻した。

 

「今ならまだ()()()! 抱えてるもん捨てて武器をとれ!!」

 

 男の瞳が激しく動いた。抱えている物を手放したくはない。けれど手放さなければ死んでしまう。優先事項がどちらも高すぎた挙句、男は半狂乱になって叫んだ。

 

「いっ、嫌だあああああああああああああああ!!!!!!」

 

 そうして男は辛うじて自由に動く両手で麻袋を抱え込んだ。饅頭のような体勢になったというのは、せめてもの防御姿勢なのかもしれない。ただしこの時点で運命は確定した。

 結果は間もなくやってくる。

 

「もういい? あんた、サタよりウザいよ。()()()()()

 

 男に突き付けられたのは、自分の頭と同じくらいあるバズーカ砲の銃口だった。その状態でトリガーを引かれたらどうなるか。結果は自明である。

ッドォォンッ!!! と派手な爆発音がリベラリタス島嶼群の小島で炸裂した。付近にいたモンスターたちは警戒の雄たけびを上げて翼のあるものは雲海に向かって滑空していく。そこに生きて残ったのは襲撃者たちだけだった。首から上のない胴体だけとなった男の死体は横倒しとなり、彼が抱えていたコアクリスタルを詰め込んでいた麻袋を赤い鎧の男が回収する。

 

「あーよかった。血ぃ付いてなくて。あのクソ坊主が関わってるってだけで虫唾が走るのに、こんな薄汚れたヤツの血までモノケロスに持ち込みたくないからさぁ。……? なにしてるの、ベンケイ?」

 

 元標的の首なし死体の隣で熱心に地面を見つめていたベンケイは、赤い鎧の男――サタヒコに呼ばれて肩を震わせた。しかし、それ以降彼女のアクションはない。それを不思議に思いつつ、男が散らばらせたコアクリスタルを自分や彼女のブレイドが拾ってきて腕の中の麻袋にしまいこんでいた。その時にようやく合点がいった。

コアクリスタルの数が足りない。少なくともドライバーとの同調が切れて間もないコアクリスタルは、色がくすむはずだ。それが、少なくともさっきの男のブレイドの分だけはあるはずなのに、一つもない。

 

「え、もしかしてさっきの爆風で……吹き飛ばされた?」

「…………」

「この雲海の下に……?」

「…………」

「無言で視線逸らせてないで、そうだったらそうだったって言って! 別に怒らないからさぁ!」

 

 むしろさっさとに泣きついてくれた方が助かるのだが、じゃじゃ馬どころか暴れ馬もびっくりな気性の荒さのベンケイは親の仇でも見るような眼で雲海を睨みつけていた。

 折れたのはサタヒコの方だった。

 

「とりあえず、モノケロスに戻ってコアクリスタルを保管しに行こう」

「サタッ――!!」

「勘違いしないでほしいんだけど、シンには後で報告するよ。シンには秘密で他のコアでもなんでも回収できれば、帳尻を合わせたことで報告すればいい」

「回収って、具体的には」

「そこは、ベンケイが頑張ってよ。ヨシツネの……厳密にいえばカムイだけど、その探索能力があればなんとかなると思うけど」

 

 サタヒコの予想通り、ベンケイは辟易とした顔をしたが帳尻を合わせる方法を具体的に提案されて、少しは頭が冷えたのかもしれない。「クソッ」という言葉は後悔と借りを作ってしまった悔しさが入り混じった悪態をつきながらもサタヒコの後を追い抜いてのしのしと歩いて行ってしまう。左右に揺れる黒髪が眩しく、その後を多腕と大柄のブレイドたちも追っていった。

 最後尾になったサタヒコはふと予感に駆られて振り返った。そこには先ほどの男だった死体が散らばっている。ほどなく血の匂いに惹かれ小型のモンスターが群がってくるだろう。それを狙って大型のモンスターが食い荒らしてくるかもしれない。

 本当にこの世界は、反吐が出るほど何事もなく回っていく。

 上手くいかないのは自分たちばかり。なんて500年も前から分かっていたはずなのに。

 

(あーあ、ここらで一発、何か起きないかなあ。番狂わせとかいらないから、ちょっとした……そう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()())

 

 世界樹は平等に各巨神獣(アルス)から望める。もちろんサタヒコのいる小島からも遥か天空に伸びる大樹を簡単に見つけることができた。今日も今日とて世界樹は天空を貫くように聳え立っている。

 

 

 

 ――そして彼は知る由もない。その時、彼らのいる場所からかなり離れた雲海に小さな水柱が立ったことを。

 

 




次話『インヴィディア烈王国 フレースヴェルグ』


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01『インヴィディア烈王国 フレースヴェルグ』

                          1

 

 

 

「姉ちゃん、姉ちゃーん! ロイとマルコが喧嘩してる! 今度はやばい! しゅらば!!」

 

 入口から点在する大きな丸テーブルと小さな木の丸椅子を縫うように褐色の子供が飛び込んできた。

 この子はソーラという。戦争孤児のグーラ人でちょくちょくこの保健室にやってくる彼は、いつもロイとマルコのけんかの仲裁役に私を呼び出す困った子だった。

 私は村の中の食堂みたいな場所の奥で整理していた救急箱に包帯を詰めなおして蓋を閉めると、改めて10歳くらいの男の子に向き直る。もう、三日に一度くらいの頻度で呼び出されるから慌てることもなくなっちゃったよ。

「放っておいていいよ。どっちかが泣き出したら勝手にもう片方も泣きだすから。そうしたらここに連れておいで。ヴァンダムさんのお説教の前に手当てしてあげる」

「わ、わかった! へへー、やっぱり姉ちゃんは優しいんだな!」

「ちなみに、先に治療するのは後のヴァンダムさんのお説教で高確率で落ちるげんこつの痛みを、より味わわせるためだからね」

「やっぱり違った! 姉ちゃんの鬼!」

 別に怒られるわけでもないのにソーラは歯を「いーっ」とむき出しにしてまた来た道を戻っていった。

 なんでこの喧嘩に関して無関係なはずのソーラに鬼と言われなくちゃいけないんだろう。

 取り残された私は空いている席から三つ分の椅子を確保して対面できる位置に置いておく。そうして、準備を整えてから、再び背もたれのない木製の丸椅子に腰を落とした。膝の上に置いたオリジナリティあふれる中身の救急箱を撫でて、ため息を一つ。

 

 拝啓、養護施設の皆様。

 お元気でしょうか。

 私、芹沢朝陽は今、異世界に来て頑張っています。

 

 

 

                          2

 

 

 

 もしも死に方を選べるとしたら、私は誰かを助けて死にたい。

 

 そう考えるようになったきっかけは、やはり自分の過去のせいだと思う。

 両親は新生児だった私を児童養護施設に預けて蒸発。形見のように銀色の認識票(ドッグタグ)だけ残して。

 クリスマスや誕生日にカードやプレゼントを贈ってくれるなんてことは15年間の一度もなかった。私にとって親は私を生んだ存在。ただそれだけ。それはもはや赤の他人だ。生きているのか、死んでいるのかさえどちらでもいい。

 あんな人達のようにならないように、と誰かから言い含められた幼少のころの私は、その言葉に多少は思ったところがあったみたいで、誰に指示されるでもなく自然と人を助ける行動をし始めたらしい。

 けがをした人がいれば、救急箱を持って行って積極的に絆創膏を張ってあげた。

 苦しんでる人がいればすぐに大人を呼んででいた。

 急病人に対して迅速に通報をしたと、一度だけ市から表彰を受けたことだってある。

 自分より年が下な子の方が多い児童養護施設では、けんかや暴力沙汰、病気なんて日常茶飯事で誰かを介抱したり手当てする技術はどんどん上がっていった。そして、そのうち一般的な知識では賄えない病気やケガや衛生管理を家庭の医学などの本を図書館で借りて読み漁って治療や医術を覚えて。いつしか養護施設の中で救護班のような立場を確立していた。

 そして私は今、中学三年生。

 その三学期最後の登校日の帰り道。

 校門の脇に植えられた桜のつぼみはまだ固く閉じて、春が遠いことを告げている。

 裏門から反対方向にある校庭からは金属の小気味のいい音が冬の薄雲の中に吸い込まれていった。

 建物を隔てた向こう側なのでホームランなのかファウルなのか分からないけれど、その後に黄色い歓声が聞こえてきた。きっと打ったのは野球部のエースの早瀬君ではないだろうか。

 薄水色のマフラーに顔を半分を埋め、胸の下くらいの高さしかない両開きの引き戸を人一人通れる程度開ける。

 この門を次に潜るときは、この学校の卒業式の日だ。そしてその二週間後には施設を出て、奨学金を貰いながら進学先の高校の寮に入る。そこで三年間、看護学校に受験するための勉強をする。

 

 ――はずだった。

 

 顔を上げた途端、私の視界は真っ白に塗り替えられた。

 光は痛覚さえも刺激する。という話は本当だったらしく瞼を閉じてもまだ強い光を感じ、涙がジワリとあふれ出る。いつの間にか足元の固い感触さえ消えて、次に襲い掛かったのは重力だった。

 痛すぎるほどのまぶしさはとっくに消え去っていた。とはいえ、目を開けた瞬間に空中に放り出されていたら誰だってパニックになるに違いない。パニックになった時の行動は大体二パターンある。騒ぐか、黙るかだ。

 私はそのうちの黙るタイプだったみたいで、喉が干上がるという感覚を生まれて初めて体感した。

 その間にも私の体は落ちる。落ちていく。

 ごうごうと耳元を通り過ぎる風。分厚い空気の層を破っていっているようなものなので口を開けても空気なんてもちろん吸えないし、逆に必死に息を止めて体を丸めた。パっと見たところ下は靄がかかっているが海、らしい。こんな状況でなければ感動するくらい綺麗な光景なのに、今はそれがとても怖い。

 あとどれくらいで水面に着くかなんて考えたくもなかったので、私は一度下を確認した後はずっと目を強く瞑っていた。それが長かったか短かったかなんて分からない。それでも30秒もしないうちに。叩きつけられるような衝撃を感じて私は水面にたどり着いたことを理解した。……誤算だったのは、そこにクジラサイズの何かがいて、それがまさに口を開けて私のいる海水(?)もろとも吸い込もうとしていたことだった。

 この光景見たことある。とその時場違いにも私はそんなことを考えていた。

 ピノキオとゼペットじいさんがモンストロに飲み込まれるシーン。

 私が今見ている光景は、あの有名なシーンにそっくりだ。

 ふふっ、と笑い声がこぼれた直後、私の記憶はそこで途切れている。

 

 

 次に気が付いたのはベッドの上だった。

 布を何枚も重ねて作られたそこに寝かせられていた私は、起き上がってあたりを見回した。

 ずいぶんと異国情緒の溢れる装飾に目が回りそうになった。

 壁は恐らく私が今敷いている布団と同じ材質の分厚い布で、テントのような六角錘の作りだった。 

 モンゴルとかの遊牧民族の家のような感じだ。動物の毛皮や手織りの布のタペストリーと、おおよそ日本では一般的でないインテリアにますます混乱が進む。バカバカしいと思いながら本当に「ここは日本じゃないかもしれない」なんて思いもした。けれど実際、ここは日本じゃなかった。私の知っている地球でもなかった。

 

「あら、あんた。目が覚めたかい?」

 

 天幕のような家の出入り口と思われるところから褐色の肌の女の人が入ってきた。

 そこで私は最初の絶句をさせられた。

 人間の頭には到底生えてこない動物の耳が、その女の人には生えていた。衣装も、民族衣装っぽいワンピースに木の桶を抱えている以外は普通に人間のように見える。耳だけが、完全に空気を読まずにピコピコと動いている。

 

「………………っ!?!?」

「なんだい、人の顔じろじろ見てさ。グーラ人なんて珍しくもないだろう?」

「ぐ、グーラ……?」

「あれま、グーラ人も分からないのかい? それとも巨神獣(アルス)に飲み込まれたショックで記憶喪失にでもなったのかい?」

「あ、あるす?」

 

 そこでようやく自分の言葉がこの人にも通じていることが分かったが、それでも単語単語が分からなさ過ぎて、日本語は通じるのに言っている意味が分からないという状況に恐怖を覚えた。常識を疑われている。それでも、都合よく頭の中にその意味が浮かんできたりはしてくれなかった。

 そうこうしている間にも、猫のような動物の耳を生やした女の人は煎餅布団のような寝床に桶を置き、私の前髪を払って私の目を見ようとした。

 

「見たところスペルビア人みたいな容姿だね。名前は?」

「あ、朝陽です。芹沢、朝陽」

「セリ……? あんたスペルビアのお貴族様かなにかかい? アサヒとセリザワ、どっちが名前なのさ?」

「あっ、朝陽が名前です」

「そうかい。じゃあ、アサヒ。あたしはエドナさ」

「エドナ……さん」

 

 躊躇いつつ復唱すれば、エドナさんは私の肩を思いっきり叩いて「よっし、大丈夫だね!」と笑った。

 たぶん私の健康状態を見てくれたんだと今更ながらに分かったけど、今しがた私は肩をぶっ叩かれた衝撃で前かがみで悶えることになった。

 

「熱もないみたいだし、よかったよかった。あ、あんたはそこで寝てるんだよ。あたしはちょっと出るからね」

「え、あ……。はい……」

 

 タオルと水の入った木桶はそのためだったのか。

 寝床に置いた桶を抱えなおしてエドナさんは出ていった。再び取り残された私は落ち着かずにきょろきょろとあたりを見回していると、またすぐに出入り口の布がバサリと動く音がした。

 エドナさんが戻ってきたのかな? とそちらに顔を向けると、縦に並んだ小さないくつもの目と目が合った。

 

 

 

                          3

 

 

 

「うぇっ……ぐずっ、ひっく……!」

「っ……! うぅ……!!」

 

 大きな目から流れる涙を手で拭ってしゃくりあげるのがマルコ。涙をいっぱい貯めて唇を噛みしめつつ涙を何とか堪えているのがロイ。そしてその横でおろおろと見守っているソーラ。いつもの問題児三人組だ。彼らはいたずらもするが喧嘩も絶えない年頃の子だ。けど大体、お互いに一発殴ってどちらかが泣き出しておしまいになる。ところが今回の彼らの喧嘩は一味違っていたらしく、あちこちに引っかき傷と痣の他に、ちょっと周りが引くくらいの鼻血が見て取れた。

 この悪ガキども、どうしてくれよう。と、三人がここに来るまでは思っていたけど、いつもと様子の違う二人を見てそんな考えも消えてしまった。慌てて駆け寄って椅子に座らせて、消毒と手当てをしていく。

 

「どうしてそんなに喧嘩しちゃったの?」

 

 養護施設でそうしていたように、私は尋ねる。ロイとマルコは口を開いたら泣いてしまいそうなので、ソーラを見て説明を求めた。

 

「……俺たち、コアクリスタルを拾ったんだ」

「コアクリスタルって、あれだよね? ヴァンダムさんやユウやズオがいつも連れてる……」

「うん、ブレイドが眠ってるやつ。俺はここが長いからさ、コアクリスタルに適性が無いのは知ってたんだけど。ロイとマルコはあんまり長くないだろ? だから、二人とも「俺がドライバーになるんだ!」って同調しちゃって……」

「えぇっ!!? 同調って、確か適性が無いと体のどこかから出血するんじゃ……!?」

 

 その時、ぐずっていたマルコが再び大声で泣き始めた。それに釣られるようにロイもすすり泣き初めて、空気は一気にドツボに陥った。引っかき傷と痣はともかくとして、この鼻血は喧嘩が原因じゃないというのは、なんとなくわかった。

 

「二人とも、同調できなかったのね」

「うん。最初はどっちが先に同調するかで喧嘩して、姉ちゃんを俺が呼びに行ったときにマルコが……」

 

 経緯はわかった。ソーラも恐らく本当に同調をするとは思っていなかったのだろう。けれど、自分たちが戻ってきたときには、二人は鼻血を出しながら泣いていた。となると、よくぞここまで連れてきてくれたとソーラは後で褒めてあげるように言っておこう。

 

「あの、姉ちゃん。ヴァンダムさんが帰ってきたら……」

「一緒についてきて、でしょ。その前に二人とも、自分たちがどれだけ危ないことしたか分かってる?」

 

 追い打ちをかけるような真似はあんまりしたくないけど、コアクリスタルの同調に失敗するということをあまり楽観視しないほうがいいことだけは、きちんと伝えておかないと。

 

「血が出るっていうことを、軽く考えちゃダメなんだよ。君たちが生きるために必要な酸素も栄養も、すべてこの血が血管を通って運ばれて行ってる。無駄な血管なんて一個もないんだよ。たくさんあるからって言っても、もし心臓や脳に栄養を送る血管から出血してたら、体に血が溜まって、栄養も行かなくなって君たちの体は死んじゃうかもしれないんだよ。ヴァンダムさん、いつも同調する時には自分か、ユウかズオがいるときにしろって言ってたでしょ? それは、万が一の時でも自分たちが対処できるようにって意味だったんだよ?」

 

 まぁ、ヴァンダムさんがいないときに秘密でドライバーになってみんなを驚かせたかったという気持ちは想像できるけど、それ以前に同調に失敗した子供に対して、その場で適切な処置ができなくて死なせてたという事実を作ることのほうがまずい。そうしたら、大人はその責任を取らなくては行けない。その結果、同調は危険だと後ろ指をさされ、他の子供たちにも思うように同調をさせにくくなってしまう。

 

「もう二度としないっていうのは、分かってると思うけど。もしも、いつかこの村にやってきた子がコアクリスタルを大人に黙って同調しようとしてたら、君たちが止めてあげるんだよ。いいね?」

 

 三人は真面目な顔をして頷いた。

 それを見届けて、私のお説教は終わりだ。

 そのタイミングとほぼ同じ時に、ヴァンダムさんがユウとズオを連れて戻ってきたことを聞いた。

 かくして、

 

「ぶぁっかヤローがぁぁああ!! コアクリスタルの同調は拒否反応によっては死ぬかもしれねえって、いつも!! 言ってた!! だろうが!!」 

 

 話を聞いたこの村の総領であるヴァンダムさんは烈火のごとくお怒りになり、ガンッ、ガンッ、ガンッ!! と、岩みたいなげんこつがマルコたちの頭に落ちた。なんでソーラもって思ったけど、たぶん連帯責任なんだと思う。そこから改めて同調に失敗することの怖さとドライバーになることの苦労を子供たちに語って聞かせるヴァンダムさん。それを遠くから見ていると横からちょんちょんと、肩を突かれて思わずそちらを見た。とげとげなパンクな頭とは裏腹に分厚い眼鏡をかけたズオは、そのレンズの奥の目を少し伏せて謝罪の言葉を私に告げた。

 

「悪かったなぁ。俺たちがいなかったばっかりに」

「……ソーラは、一応止めてたみたいなので後でヴァンダムさんにフォローしておいてあげてくださいね」

「ソーラが……。分かった」

 

 ズオが気落ちしているように見えるのは子供たちが危ないことをしたからだけではないだろう。それは私に関係することでもあるから、こうして目を伏せて気まずそうにしているのだ。

 

「何も、見つからなかったんですよね?」

「面目ねえ……」

「いいんです。大事なものは肌身離さず持ってましたので大丈夫ですよ」

 

 私は服越しから鎖骨の真ん中にある硬さを確かめる。この村でお世話になることが決まって何度か、ユウとズオとヴァンダムさんだけでなく、他のドライバーの人たちも私の身分がわかるようなものが無いか、たびたび巨神獣の頭部に探しに行ってくれている。

 ここのフレースヴェルグの村は、私がモンストロに例えた巨神獣と呼ばれる巨大な生き物のお腹の中にあるらしくて、その巨神獣がたびたび雲海を吸い込むことから、村に使えそうな資源が一緒に吸い込まれていないか定期的に探しに行く。私の荷物はそのついでだそうだ。

 

「今度、アサヒも探索に加わってみたらどうだ?」

「うーん、でも私……足引っ張っちゃいそうですし……」

 

 行きたいのはやまやまだが、野生生物やらモンスターみたいなのがいる未知の領域に挑むには、まだこの世界の経験が浅すぎると思っている。できればもう少し、ここで保健室みたいなまねごとをしていたいのだけれど……。

 

「おう、アサヒ。そのことなんだけどよ」

「おやっさん」

 

 ズオの見た方向につられて顔を向けるとヴァンダムさんが頭を掻きながらこちらにやってくる。

 マルコたちはユウが食堂に連れて行ってあげたらしい。泣きわめいている三人の背中を押しながら、ここから離れるユウ後ろ姿が見えた。

 

「アサヒ、手ぇ出せ」

「?」

 

 言われるがまま手を出すと、何かゴツゴツとした石のようなものを渡された。

 日に焼けたような色の大きなヴァンダムさんの手が離れると、そこにはコアクリスタルが明るい青い光を放って私の目を眩ませる。

 

「――うわっ!」

「バカ! 放り投げるんじゃねえ!!」

 

 そんなことを言われても! と心の中でヴァンダムさんの理不尽な所業に反発しながら、反射的に放り投げてしまったコアクリスタルを何度かお手玉した後に無事キャッチ。どうやら、コアクリスタルっていうのはただ触っただけじゃ同調をすることは無いらしい。

 

「これは、あいつらが同調しようとしてたコアクリスタルだ」

「あっ、はい。これが……」

「おう、それでだ。アサヒ」

「はい」

「こいつと、同調してみねえか?」

「……はい?」

 

 コアクリスタルを掌にのせたまま、私はヴァンダムさんを見返した。

 

 

 

 手の中のコアクリスタルは海でも空でもない独特の青色の光を放っている。

 ヴァンダムさんが私に同調を勧めた理由は三つあった。

 まずは、私がこの村の新参の人間だから。コアクリスタルの適正者は年々数を減らしていることから、一人でも多くドライバーとなれるならそれに越したことは無い。村の戦力の拡大にもなるし、単純にモンスターと戦う力を得ることから行動範囲が広くなり、村での仕事に幅を持たせることができる。

 二つ目は、マルコたちが望んだことだということ。彼らが拾ったコアクリスタルが後後も残っていたら幼いころの苦い記憶として、しこりにもなりかねない。売ってお金にすることをヴァンダムさんは勧めたけれど、子供達が私が同調できなかったら売っていいと答えたらしい。

 そして三つめは、ヴァンダムさんの口から厳かに語られた。

 

「アサヒ、村の外の連中がお前をどう呼んでるか知ってるか?」

「知ってますよ。楽園の子、でしょ?」

 

 この世界に来て間もない頃。私はこの世界の地理も情勢もおとぎ話も、何も知らない漂流者だった。

 意思疎通はできるけれど、出身地がわかりそうなものは一つもなく、なおかつグーラ人もノポン族もブレイドも見たことが無い聞いたこともないということから、ただの記憶喪失じゃないと分かるまで時間はかからなかった。 

 私は、自分がどこから来たかについては、言葉の思いつく限りには話したつもりだ。けれど、それがどう捻じれてしまったのか、飢えのない満たされた肥沃な大地に身分のない社会という点から、私の世界はこの世界で言う『楽園』という場所と類似していると思われてしまった。

 そうしてついたのが『楽園の子』というおとぎ話から出てきたような二つ名だった。

 

「でも、その呼び方に何か問題でもあるんですか?」

 

 たかがあだ名一つ。と、考えていたのだけれどヴァンダムさんの表情からするとそうじゃないらしい。苦虫を噛み潰したみたいな顔で言い渋るヴァンダムさんの横からズオが補足を入れて来る。

 

「どうやら、天の聖杯が目覚めたらしいんだよ。天の聖杯のドライバーは、アサヒとおんなじくらいの少年だとかで、うわさに聞けばどうやら楽園を目指してるらしい」

「楽園って……おとぎ話なんですよね?」

「そうだなぁ。でも、アサヒは本物の楽園か、それに近しい世界を知っている。もしアサヒが天の聖杯を楽園に連れていくとするなら、どうする?」

「あぁ……。聞きに行きますね。たぶん」

 

 なるほど。楽園の子っていう二つ名に釣られて、天の聖杯とそのドライバー御一行様がここにやってくるかもしれないと。するとズオはまだ何かあるように、ためらいがちに口を開いた。

 

「天の聖杯は、伝説にもなってるブレイドだ。もちろん、フレースヴェルグに来るとするなら俺たちも相応にテストをするつもりではあるけどなぁ……。アサヒも、出来れば自衛できる力は持っておいた方がいい」

 

 ズオの言葉に私は頷き、ヴァンダムさんに向けてまっすぐ視線を上げた。団子鼻の白髪のおじさんであるヴァンダムさんの鼻の上には×印の傷がある。ドライバーになるということはああいった怪我もするかもしれないということだ。……でも、

 

「ヴァンダムさんは村も私も心配してくれたんですね。……なら、私も村のためになら挑戦します。ヴァンダムさん、同調のやり方を教えてください」

「……焚きつけたのは確かに俺たちだけどよ。あくまでこれは提案だ。強制じゃねえ。嫌なら嫌だって断るのも手だぞ?」

「それこそ今更じゃないですか。それなら、一度くらい同調を試してみて、失敗だったらそれはそれで経験になりますし……マイナスなことは無い、と思います」

 

 そう。私はもう覚悟を決めたんだ。どこから出血するかは分からないけど、次からはユウもズオもヴァンダムさんもいなくても、私が同調を見届けてあげればいいようになれるかもしれないから。

 掌の上の綺麗な青い塊が巨神獣の皮膚から差し込む日光とは、また別の光を放っているように見える。まるで、私を呼んでいるみたいだ。

 

「同調っていっても難しいことはねえ。息を深く吸って、胸にコアクリスタルをゆっくり押し当てろ。それですべて終わる」

「はい」

 

 どくん、どくんと心臓の高鳴りが何もしないでも聞こえてくる。

 強く緊張すると出てくる指先のしびれを感じながら、コアクリスタルを落とさないように慎重に慎重にそれを胸に押し当てる。すると、触れた面から細い帯状の光が放射線にあふれ出して――。

 そこからふっと、意識が遠くなった。

 目を閉じた覚えはないのに、私は別世界にいた。

 殺風景な黒い背景と灰色の地面の空間の向こうから何かがやってくる。四つ足だ。短い四つ足を必死に動かしてこちらに何かがやってくる。どこからともなく土煙がその足元で立っていて、私の目の前に来ると急ブレーキをかけた。そこから投げ込まれたボールを口でキャッチした姿は、どう見ても元の世界で見た世界の犬猫特集の飼いたいペットの上位ランカー。豆柴だった。そのお犬様はしばし投げ込まれたボールで遊んでいたが、こちらの足元にボールがぶつかると私たちはようやく対面を果たした。

 

「よぉ! 俺の名前はコタローだ! よろしく頼むぜ、ドライバーさんよ!」

 

 可愛らしい外見とは裏腹な若い男の人の声。

 目の前でちょこんとする愛玩動物が、これから私の相棒となる……らしい。

 

 




次話『青の岸壁』


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02『青の岸壁』

                      1

 

 

 ギャオオオオオオっっ、と獣の嘶きが洞窟上になった巨神獣の体内に響き渡る。

 ツインサイスを握ったヴァンダムさんとスザクの一撃がとどめとなって、赤いキリンのような胴長のモンスターがばったりと横倒しになった。そうして、その体はいくばくかのお金とコアチップになり青い粒子となって空気の中に吸い込まれていった。

 これが、この世界の戦い。

 モンスター相手の場合、その死体は残らず、巨神獣の一部となるように消えていく。そして、しばらくしたらまた同じところに同じようなモンスターが復活している。それが、私たちの倒したのと同じなのか、それとも違うのかは、誰も知らないそうだ。

 

「まだ来るぞ! 構えろ、アサヒ!」

「はっ、はいっ!!」

 

 スザクの声に私は意識を戻した。

 ぼんやりとしている暇はない。さっきのモンスターの最期の嘶きで、別のモンスターがつられてきてしまったのだ。手にしている棘のついた変則的な地球儀のような形のボールを抱え足元にいる小さな相棒に視線を送る。金色の緒でつながったコタローは、何も言わずともきりっとした表情で頷いた。

 私はサイのようなモンスターのお尻側にいる。頭の方ではヴァンダムさんとユウが二人がかりで敵の注意を引いていた。体勢を崩したモンスターをユウの扱う槍が足をすくって、ズドンとその巨体が倒れ伏す。チャンスだ!

「コタロー! お願い!」

「おう! 俺様の妙技、とくと見やがれ!」

 投げ渡したボールをコタローはうまく空中でキャッチして一回転する。その時に目で見えるほど風を纏ったボールをモンスターの背骨に向かって砲弾のように打ち出した!

「「エアリアルハウンド!!」」

 ダウンと呼ばれるエフェクトと合わさり、今度のモンスターは悲鳴を上げることも許されず、青い粒子となったものを私は見送った。

 

 

「だいぶいい動きができるようになったじゃねえか。えらいぞ、アサヒ」

 戦闘が終わると、鎌を収めたヴァンダムさんが私の頭をぐりぐり撫でた。撫でるというより頭を掴んで左右に揺さぶっているので、赤ちゃんの起き上がりこぼしみたいに世界が揺れている。

 ブレイドと同調できた私は晴れてドライバーとして、正規の傭兵団のメンバーに加わることができた。その中でまず私に求められたのは、戦い方を覚えるというものだ。

 ブレイドとは人間ともノポン族とも違う、亜種生命体という括りらしく、巨神獣の動力源であり不思議な力の源であるエーテルという力を使ってアーツと呼ばれる現象を引き起こすらしい。ブレイドには武器ごとに攻撃、防御、回復と役割がありドライバーはブレイドの生成する武器、コタローで言えばボールだけど。そこに溜まる力を純化したり凝縮したり圧縮したりしてブレイドに渡すことで必殺技を出すことができる。さっきのエアリアルハウンドは四段階溜められるエーテルの力を二段階分圧縮して放ったものだ。……って、原理や仕組みを頭でわかっていても、必殺技を出したり味方の傷を癒したりするたびにファンタジーな現象に感動を覚えてしまう。あとちょっと、この必殺技がうまくいって派手にモンスターを倒せた時の爽快感がものすごい。これは、はまってしまったらだめなやつだな。と連携がうまくいくたびに自制を言い聞かせる必要があった。

 コタローは回復が得意なブレイドだから、前線には立てないしどちらかというと後衛タイプだとなかなかとどめを刺す機会なんてないけど……。と頭を撫でられながら考えていると、その横でユウがしみじみと言った。

「やっぱり回復ブレイドがいると安定するっスねえ。安心感が違うっていうか……」

「……悪かったな。どうせ俺の武器は槍だよ」

「あ、あれ、なんで怒ってるんスか」

「知らん。あと、さっきの一言はズオにも伝えておく」

「だから、なんで!?」

 そんなやりとりが聞こえてきて、私は思わず吹き出してしまった。少しの間、ユウとそのブレイドの漫才のようなやりとりをコタローと一緒に見ていると、その光景を横切るようにずいっと、ヴァンダムさんの手が差し出された。手には動物の皮をなめして作った巾着が握られている。

「ほら、これが今回の取り分だ。しまっておけ」

「わぁ! ありがとうございます!」

 ヴァンダムさん達に戦い方を教えてもらうために傭兵団の簡単な討伐依頼を回してもらっている。依頼を終わらせれば報酬が出るので、それをちょこちょここなしているうちに徐々にお金が溜まりつつあった。

「今日はそれで美味いもんでも食え! よく食ってよく休むこともドライバーには必要なことだからな!」

「はーい」

 よく食べてよく休むか……。今日は傭兵団のみんなが寝泊まりしてる固いベッドじゃなくて宿屋に泊まってみようかな。そのためにはいったんコタローの意見も聞いておきたいと思って、私は足元に視線を移した。いつもなら寄り添うように足元をちょろちょろしているはずなんだけど、見た限りではコタローの姿を見つけることはできなかった。

「コタ?」

 ひそかに気に入っている愛称で呼びながら、あたりを見回す。すると、私のいるところからちょっと離れた、人一人通れるくらいの狭い岩盤と岩盤の間にしっぽを振り振りしているわんこを見つけた。コタローは見た目の習性からか、自生している植物や生き物を見つけるのがうまい。うまいというか、勝手にホリホリしに行く癖みたいなものがあった。そこで得られるものも多いから、いいんだけど。はてさて、今回は何を見つけたんだろう。

 ……前みたいに虫じゃないといいなぁ……。

 

「コタロー、何か見つけたの?」

 

 いざ虫だった時のために、私は少し距離をとった位置からコタローに声をかけた。小さな鼻から聞こえる鼻息がほんのちょっとだけ荒いのがわかる。何かに興奮してるのかな。と、更に近づこうとしたとき、コタローがぐるりと振り返った。口に何かくわえてる。そのままこちらに胸を張って歩いてくる自分のブレイドに身構える。

 その突き出た口で甘噛みしているのは緑で、甲羅を持った……んん?

「亀?」

 差し出した掌にペッと吐き出されたそれは、まぎれもなく亀だった。お祭りとかでよく見るミドリガメ。手のひらサイズで私の手の上で不思議そうにあたりを見回している。

 なんでこんなところに亀? とコタローに説明を求めて視線を送ると、同調して日の浅い私のブレイドは何をくみ取ったのかこう言った。

 

「こいつ、飼い主に食われそうだから助けてくれって言ってきてるぞ」

「えぇっ!?」

 

 

 

                       2

 

 

 

 岩盤の隙間は私は楽に通れるけどヴァンダムさんには難しい幅をしていた。ユウならいけるかもしれないけど、さっきの一件からブレイドの機嫌を損ねたままみたいで言い出しにくい。

 結果、私はいったん村まで戻って、こそこそとお店で食べ物を買ってから亀ちゃんが待つところまで戻ってくることにした。幸いなことに、この場所は村からそこまで遠くない。八百屋で買った食べ物と酒場で作ってもらった軽食を持って速足で戻れば15分くらいでたどり着ける。

 軽食を買ったのは自分たちで食べる訳じゃない。コタロー曰く、あの亀ちゃんは食べられそうになっているって言っていた。ということは、飼い主の人はお腹が減ってる可能性が高い。まぁ、食べなければ私たちの夕飯になるだけなんだけどね。ちなみに今日の報酬は、このご飯代でほとんど消えてしまっている。

 岩の近くに隠しておいた亀ちゃんを拾って、改めて私たちは出発する。

 その道中、

 

「そういえば、コタローって動物と話せるの?」

 

 ミドリガメを頭にのせて先導するコタローの尻尾を追いながら話しかけてみた。

 ブレイドにはバトル中に発揮できるバトルスキルの他に、戦闘中以外で使えるフィールドスキルというものがある。スザクは風を操れるほかに鍵開けのスキルが使えるらしいけど、コタローのは動物と話せる力なのだろうか。

 コタローは岩肌がむき出しな道をひょいひょいと歩きながらほんの少しこちらに顔を逸らして、また前を向いて話し出した。確かに、ここはよそ見をしたら盛大に転びそうな地形だ。

「フォネクス以外は大体な。犬とか猫とか、ネズミとか」

「フォネクスはなんで駄目なの?」

「フォネクスはフォネクス語ってのが別にあるんだよ」

 投げやりに返事をされた。動物界でも、その言語体系は複雑らしい。

 それにしても、動物の言葉がわかる……かあ。

 

「……ドリトル先生かな」

 

 施設で読んだ児童文学を思い出した。

 何度も映画になったり翻訳された有名な作品で、動物の言葉がわかるお医者さんが世界中を旅していく物語だったと思う。そういえば、コタローの声も、施設で見た日本語吹き替え版のドリトル先生の声に似ている気がした。

 案の定、ドリトル先生って誰だという話になったので、覚えている限りのお話をかいつまんでコタローに聞かせるうちに、岩壁の切れ目が見えてきた。私たちは慎重に足を運び、そっと岩陰から先の様子を窺う。

 ちょうど岩と岩の隙間にぽっかりと空間ができている。そこで黒い服の男の人と緑色のショートヘアーの女の人がうろうろと何かを探しているようだ。

 

「カメキチ~。どこや、カメキチ~!」

「もぉ、王子があないなこというから、カメキチ隠れてしもうたやん」

「せやかて、あんときは腹が減って腹が減って仕方なかったんや……。おーい、カメキチ~。もう鍋にして食うなんて言わへんから、出てきぃや~……」

 

 か、関西弁だ……。と、この世界初めての元の世界のとっかかりを見つけて感動したい気持ちはあるが、いかんせん内容が内容だけに口元がひきつった笑いしか出てこない。会話を聞いて、コタローの頭の上にいる亀ちゃんに視線を向ける。

「あいつらだとよ。こいつの飼い主」

「あ、そうなんだ。……えっと、悪い人じゃなさそうだけど……」

「あぁ。悪い奴じゃなさそうだけどよ……」

 たぶん、私とコタローの言いたいことは同じだと思う。なんかとても、そう、言いたくないけどとっても頭が残念そうな……。初対面の人に抱くには、だいぶきつい第一印象を植え付けられた感じだけど、ここで回れ右をするのは本末転倒だ。なるべく刺激しないように、そっと岩陰から地面に膝を突いて岩と岩の間を探す男女二人組に近づいて行った。二人はカメキチ君を探すのに集中しすぎてこちらに気が付いてない。

 どうする? という表情でコタローが見上げてきたので、私は覚悟を決めて一歩前に踏み込んだ。

「あ、あのっ! お探しの亀はこの子ですよね?」

 掌にカメキチ君を乗せて女の人の方に見せると、曇っていたメガネが閃いた。

 まるで至高の宝を掲げるようにカメキチ君を受け取ってから天に差し出し、感動の涙を流していく。

「カメキチ~! 王子! カメキチが、カメキチが~!」

「おおお! よぉ見つけたで、サイカ!! ワイらのアイドル、カメキチ~!」

 その二人の喜び方を見ていると、天上から光が差し込んで天使がラッパを吹きながら紙吹雪が飛んでいるイメージが見えた。私の目もおかしくなったのかもしれない。ごしごしと目をこすり、視界を元の岩壁の間に戻してから二人がこっちの世界に戻ってくるのを待った。

 一分か、二分。そろそろ声をかけようかなと思ったその時に、黒い服の男の人が初めてこっちを向いた。

 片目に亀柄の眼帯を付けたその人は、バスケットボールの選手みたいに背が高くてがっしりとした体型で大剣を担いでいる。後ろの女の人は、頭や肩に電球をあしらった奇抜な格好をしているので、人とは違う雰囲気にブレイドなのかなと勝手に推測した。再び視線を移す間に男の人はずんずん近づいてくる。その顔はお世辞にも優しそうとは言えない。しかもこっちに歩いてくるときに黒くて長いコートのポケットに手を突っ込んで背中を曲げた姿は、どう見てもガラの悪い怖い人のイメージそのものだった。

「んで? 自分はなんや? まさかその年で迷子っちゅーわけでもないやろ」

「そっちこそご挨拶じゃねえか。そのカメキチ、誰が連れてきてやったと思ってんだ」

「ちょ、ちょっとコタロー!?」

 眼光鋭く睨みつけて来る男の人に対して、一歩も引く気もないと私のブレイドは啖呵を切った。なんで突然そんな喧嘩腰なの!? と新米ドライバーは泣きそうになるのに、絆が浅いのでうまく伝わってくれない。しかし、眼帯極道な男の人はそれに気分を害した様子はなく、きょとんと、本当にきょとんとコタローを見つめていた。

 

「ちょっと王子、こんな小さな子に威嚇しぃな! ごめんなぁ、王子お腹が空いてて気ぃ立っとるんよ」

 

 果敢にもコタローと男の人の間を、ブレイドと思われる女の人が割って入ってきた。おろおろとする私に向かって眼鏡の奥の垂れた目が優しく笑いかけて来る。そこで私は、もう一つ用意していたものを思い出した。

「あ、あの、もしよかったらこれ……」

 ごそごそと、フレースヴェルグの村の酒場で作ったサンドイッチを差し出すと、それを横からかっさらわれた。

 そのサンドイッチが消えていった方を見ると、先ほどコタローとにらみ合いをしていた眼帯の人がいつの間にか私の差し出したサンドイッチをものすごい勢いで頬張っている。

「あぁっ! ウチのサンドイッチ!」

「んぐっ……! ごほごほっ!」

「わぁ! お腹空いてるところに一気に食べ物詰め込んじゃだめですよ!」

 クロザクロスープを器に注いで、むせていた眼帯の男の人に差し出しつつ、眼鏡のお姉さんと二人がかりで介抱してようやくその人は落ち着いた。

 

 

 

                     3

 

 

 

「ふぅ~っ。よぉ食ったなぁ」

「ほんまになぁ~」

 

 私が持ってきたサンドイッチとクロザクロスープ、漬けスパーク一本串は一つ残らず眼帯の人と眼鏡の女の人のお腹の中に納まった。どれだけ食べてなかったんだろうと思ったけど、ペットの亀を食べようとしたくらいだから相当な日数だったんだろう。気持ちいいくらいにパンのカス一つ残らず食べて貰えたので用意した方としてはうれしい限りだ。

 カメキチ君も返したし、飼い主の人たちも落ち着いたみたいだからこれ以上私がやることは無いかな。本当は宿屋に泊まろうかとも思ったけど、それは次に持ち越したほうがいいかもしれない。そんなことを考えながら「それじゃあ、私はこれで」と、携帯の食器を片付けて挨拶をすると、焚火を調整していた眼帯の人が目を剥いて私を呼び止めた。

「ちょぉ待てや! 自分、ワイらのこと何も聞かんのかい!?」

「え、えぇと……?」

「もうちょい助けた人間に対して興味持てや! せめて、名前くらい聞かんかい!!」

 唾が飛んでくるレベルの至近距離で捲し立てられて、怯みあがらないほうがおかしい。

 私は関東圏に住んでたので、そちらのノリには付いていけません――!! と心の中で絶叫してみる。すると、なぜか眼帯の人は大きくため息をついて私から二、三歩離れた。そうして、眼鏡の女の人と並び立って、シャキーンと謎のポーズをする。

 

「ワイの名はなぁ……!」

 

「ジーク!」

 

「B!!」

 

(アルティメット)!!!」

 

「玄武!!!!」

 

 アルティメットは『極』と書くらしい。

 という至極どうでもいい情報を織り交ぜながら、ジークさんの自己紹介は続く。その後、後ろで腰に手を当てモデル立ちをしていた女の人はやはりブレイドだったそうで、名前がサイカさんだということはわかった。ジークさん曰く、二人は「アルスト最凶のドライバー」だそうだ。

 多分、生まれてから最も濃い自己紹介を一通りされ終わった私は、その勢いに気圧されて言葉がうまく出てこなかった。それでも、反応待ちのようにぐいぐい顔を近づけて来るジークさんに、私は半泣きになりながら答えた。

 

「わ、私は、アサヒ……です。芹沢朝陽……。あと、この子は私のブレイドのコタローですぅ……」

 

 今までも、そしてこれからも、こんな脅迫まがいの自己紹介をさせられることは無いと思う。

 そんな散々な自己紹介が終わり、ジークさんは満足そうに頷いて、

「よっしゃ、アサヒか。お前は自分が何をしたか、分こうとるか?」

「え……。か、カメキチ君を助けて、お二人にご飯をあげただけですけど……」

「せや。つまり、このアルスト最凶のドライバー、ジーク・B・(アルティメット)・玄武様に貸しを一つ作ったわけや」

「特に見返りを望んで助けた訳じゃなかったんですけど……!」

「やめとけアサヒ、反論するだけ無駄だぜ」

「おう、コタローの言う通りや! つーわけで、飯を食わしてもらった礼や。なんか困ってることがあるなら力を貸したるさかい、言うてみい」

 自分より年齢が10ほども離れた大人の男の人からくる期待のまなざしが、こんなに重いものだとは思わなかった。力を貸す、とは言われても。特に困っていることもない場合にはこの状況こそが困ってることになるわけで。とはいえそんなことも言えず、私は腕を組んでうんうんと悩みこんだ。

「あ、そうだ。困ってることじゃないんですけど聞いていいですか?」

「おう、なんや」

 

「その喋り方。ジークさんはどこから来た人なんですか?」

 

 色々あったので忘れそうになったけれど、考えてみれば一番最初に気になったのは二人の喋り方だった。なんで関西弁なのか、どこで知ったのか、少しでも元の世界とのつながりがあればと思ったのだけど……。私がそれを聞いた途端、ジークさんは表情を目に見えて険しくした。き、聞いちゃいけないことだったみたい。

「スマンが、その質問には答えられへん。トップシークレットっちゅう奴や」

 気まずくしているのが伝わってしまっただろうか。頭を押さえられるように撫でられてしまった。言いにくそうな顔をしてたし、おどけて言ってるけど本当に言えない理由があるんだろうな。と私は納得する。

「なんや自分、ワイの喋り方が気になるんか?」

「気になるというか……。そういう喋り方をしてる人をここでは初めて見たので、珍しいなぁって……」

「ここでは、っちゅーその言い方やと、まるでワイの喋り方が別ん所じゃ一般的みたいに聞こえるで。この口調はワイとサイカしか使ってへん」

「あう……」

 今度はこちらがやり返されてしまった。私もその言葉に返すことはできない。だってそれは元の世界の話だから。これ以上楽園の子というあだ名を証明するような言動や態度は控えようと思ったにもかかわらずこの体たらくだ。答える言葉を無くして俯いた私に、足元にいるコタローが心配そうな顔で見上げて来る。

「なんや、嬢ちゃんも複雑な事情がありそうやな。……っと、日ぃもじきに暮れる。村ん近くまで送ったるさかい、今日はもう帰りや」

 そう言われて、はっと顔を上げてようやく気付いた。巨神獣の背中から差し込む光が日光ではなく、月と星の光になりつつある。思った以上に長居してしまったようだ。確かにそろそろ帰らないと、あの岩肌を真っ暗闇で歩くのは危険だ。

「えっ、いえ、そんな、悪いです。一人で帰れます」

「遠慮せんでええよ。ウチらも村で食べ物買うてくるつもりやったし。一緒に行きましょ」

 サイカさんとジークさんに押し切られて、私とコタローはサイカさんに手を取られながら岸壁の隙間を通り、言葉通り村の近くまで送ってもらった。一緒に入ると怪しまれてしまうので、私が入って少し経ってからジークさんたちは村に入るとのこと。村の裏門の少し離れたところで別れようとしたその時、ジークさんから「さっきの、礼の話やけどな」と切り出される。

 

「あれで終わった訳とちゃうからな。なんか困ったことがあったら、ワイが助けたる。これはワイが納得するまで有効やから覚えとき」

「……律儀な野郎だな。だとよ、アサヒ」

「ふふっ、はい。()()()()()()()()()()()()()()()、その時はよろしくお願いします」

 

 バイバーイ、と手を振るサイカさんとその横で腕を組んで笑って見送ってくれるジークさんにもう一度頭を下げてから私は村の裏門を潜った。

 

 

 

                     4

 

 

 

 なだらかな傾斜のついた洞窟のような入口に、黒髪の少女の背中が消えていくのを見届けて、ジークとそのブレイドのサイカは詰めていた息を吐いた。不運に不運が重なることはジークたちにとっては珍しくもはないが、その中でも今日の応酬は不運と片付けるには肝が冷える思いだった。

「ええ子やったね」

「ああ」

 眼鏡の奥の緑の瞳を優しく細めながらサイカが先ほど出会った少女をそう表現した。その言葉に対してジークも異論はない。アサヒと言う少女は、この戦争と混乱の時期に珍しいほどの『いい子』だ。まるで本当に飢えも沈む大地も知らず、戦争なんて今まで生きてきて一度も出会わなかったような育ち方をしている。本当の楽園から来たように。

「法王庁になんて報告するん?」

「そら、正直に報告するに決まってんやろ」

 ジークはこれから待っているであろう、定時報告の内容を思って辟易とした。法王庁の使いを買って出ているとはいえ、最優先項目の天の聖杯の前に、楽園の子と呼ばれる少女の方が接触してきてしまったなんて誤算中の誤算だ。だかしかし、そこでただでは終わらないのがこのジークという男だった。

 

「楽園の子と呼ばれているであろう少女と接触はしたが、その少女に特異性は見受けられず。漂流者の噂が独り歩きしたものだったと思われる。継続観察の必要はナシ……。こんなんでどうや」

「ええと思う。あの子は、きっとこの村にいるのが幸せやろしね」

 

 自分のブレイドは、どうやらあの少女がいたく気に入ったらしい。ドライバーとブレイドは互いの影響を受ける。ジークも、あの少女のことを割と気に入っていることにようやく気が付いた。だからこそ、別れ際のセリフをジークは苦い思いで繰り返した。

「いつか、本当に困った時が来たら――か。そんな時が一生、来なければええな」

「そうやね……」

 そんな話をしているうちに、楽園の子と呼ばれている少女が村に帰って十分な時間が経っていた。二人は、黒いフードを身にまとって、静かにフレースヴェルグの村の門を潜っていく。 

 

 

 

 

 

 




次話『魂の頂』


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03『魂の頂』

                    1

 

 

 ジークさん達と出会ってから数日経った。

 二人と会えたのはあの時一回きりで、その後何度も村の人が『青の岸壁』と呼んでる場所の、狭まった岩壁を潜り抜けてもあの人たちは影も形も見せなくなった。きっとどこかに移動してしまったんだろうな。と予測はつくのだけど、ちょっとした拍子に携帯食料を多めに持って行ったり、お散歩がてらに岩肌の間を覗くのはやめられなかった。

 今日も二人と会うことはできず、自分のやっていることがストーカー染みてるなぁと、自分で自分の行動に引きながら、青の岸壁から村の裏口へとたどり着いた。すると、入口に常駐している見張りの人とは別に、ヴァンダムさんとスザクが手近な石に座っているところに出くわした。

 

「おう、アサヒにコタローか」

「こんにちは。ヴァンダムさん、スザク」

「よぉ!」

 

 こうしてブレイド同士を対比すると、コタローがいかに小さいがわかる。所詮豆柴と人間大。いや、スザクが大きいのかなと思いながら足元のコタローを抱き上げてスザクとも挨拶を交わした。こうやって持ち上げないと、スザクとコタローってお話しするのが大変そうなんだよね。

 それから、村に体調不良やケガした人がいないかなど、いろいろお話ししているうちにこの後の予定についての話になった。

 

「そういやお前、今暇か?」

 

と、聞かれたので何か依頼の話しかな。と考えながら肯定する。そうすると、ヴァンダムさんがスザクに向かって頷き口を開く――と、言うところでがやがやというにぎやかな声に視線を引っ張られた。

 青いダイバーのような服を着た私と同じくらいの年の男の子に、赤い髪の背の高い翠色のコアを胸に持ったブレイドの女の人と黄色のつなぎのグーラ人の女の子。茶色い毛並みのノポン族と小学生くらいの女の子に白い虎。そのカラフルな一行を見て腕の中のコタローが「チンドン屋か?」と呟いた。確かに、楽器鳴らしてたらそう見えたかもしれないなと、心の中で同意しておく。

 

「ヴァンダムさん、お待たせ――って、その子は?」

「遅かったじゃねえか、お前ら。こいつはアサヒって言ってな、この村での救護係兼新米のドライバーだ」

「そうなんだ。俺はレックス! あとこっちはホムラ。こっちはじっちゃん」

「よろしくお願いしますね」

「よろしく頼むぞ」

「……えっと、よ、よろしく」

 

 ヘルメットの中から飛び出した薄ピンクの小さい生き物とホムラさんがひょいと手を振るので、私もつられて手を振った。そうしてようやく戸惑いながらなんとか挨拶の言葉を捻り出す。

 同年代の子って、ちょっとだけ苦手なんだよね。村には小さな子か大人しかいなかったっていうのもあるし、施設でも同年代の子って大体お互いをライバル視してたり人間関係が複雑なことが多いから。学校にいた時みたいに表面上だけ繕っている方がいいかもしれないなぁ。と、そんなことを考えてるうちに、グーラ人の女の子がきょろきょろと辺りを見回して首を傾げた。

「ドライバーっていうけど、この子のブレイドはどこにいるのさ?」

「おうおう仔猫ちゃんよ。ここにいるプリティー且つナイスミドルな俺様が見えねえってのか?」

「うっわ、犬が喋った!?」

「なんと面妖な……。こんなブレイドは見たことがありません」

「ビャッコも大概だと思うも」

 腕の中のコタローが前足をビッと突き上げて存在を主張したことから、グーラ人の女の子と白い虎とノポン族が集まってきてしまった。コタローはこういう時に物おじしない。よく回る口と軽快な言葉でさっそくみんなと仲良くなろうとしている。私は、その輪の中に入るタイミングを外してしまい、コタローたちがワイワイ話しているのを静観することしかできなかった。

 

「じーっ」

「ハナ、どうしたも? こっちのねーちゃんが気になるも?」

「はいですも、ご主人。この人から不思議な何かを感じるですも」

 

 そう言ってきたのは、小学生くらいの女の子だった。頭にターバンのような白い帽子を被って赤いマントとユリの花の造花を挿した二つ結びの、女の子。……なんだけど。

 腕や、目が生物のそれとは違い、その子の体はほぼ金属でできているようだ。腕や足は金属がむき出しにされていて、さながらロボットというか、こういう場合はアンドロイドっていうのかな。と拙い知識を引っ張り出す。

 ご主人と呼ばれたのはトラ柄のノポン族だ。頭にゴーグルとサロペットを着ていて技術屋か工夫の人みたい。

「ビビビビビーってするですも。ビビビー、ビビビー」

「ハナのセンサーが何か感知しているも? アサヒ、電波か何かが出るものでも持ってるも?」

「ん、んーと、これといって特に何も……」

 携帯電話などの電子機器は雲海の底だろうし。こちらでは定期的に電子回路や基盤みたいな機械の部品が出回ってくることはあるらしいけど、そっち方面に疎い私はそういった品を買うことは無い。

 結局。ええい、わからん。という結論に至って話しの区切りがつくとそのタイミングでパァンッとヴァンダムさんが手を叩いた。注目の合図だ。

 

「大噴気孔付近に異常な力の反応があるって、調査を依頼されていたんだが……。どうだ、手伝ってみる気はないか?」

 

 尋ねられたのはヘルメットの中にさっきの小さい生き物を入れたレックスという男の子に向かってだった。あの子がこの人たちのリーダーなのだろう。赤い髪のホムラさんと並び立って委縮することなく、あのヴァンダムさんと向き合っている。

「いいよ! ただし、手間賃はきっちりもらうからね!」

「言うじゃねえか! それじゃ行くぞ! アサヒ! お前は俺たちの支援だ!」

「はーい」

 

 なるほど、ヴァンダムさんが私の予定を聞いた理由が今分かった。

 同行する人たちから口々に「よろしく」と言われて返しているうちに、ようやく団体行動をするときの感覚を思い出すことができた。

 

 

                    2

 

 

 大噴気孔は村から歩いて少しかかる場所にある。コタローと同調してからちょくちょく村の外に出ることも増えたので、一度か二度そこにたどり着いて、そのたびに大きな風の吹き溜まりみたいなものが邪魔をして通れなかった。まぁ、その先に特に用事があるわけでもないし、行ける距離を少しずつ伸ばしていくのが目標なので大きな目印ぐらいにしか考えていなかった。その空気のわだかまり、エーテル瘴気という巨神獣の老廃物はスザクの力であっさりと消すことができて、更に私たちは進む。

 その道中は今までに無いぐらいに賑やかだ。何せドライバーが4人もいるのだからブレイドと合わせて8人。私を入れれば10人。この世界に来てここまでの大所帯でどこかに行くことは初めてだった。

 

「アサヒ―。ハナがコタローを抱っこしたいって言ってるも。いいかも?」

「いや、了承取る前にすでに抱き上げてるけどな。って――おっふ、か、固え! なんだこれ、金属か!? 鎧でも着こんでるのか!?」

「いえ、ハナは人工ブレイドなので、体は金属でできてますも」

「道理で全身ガッチガチなわけだぜ! 交代だ! そっちのナイスバディなお姉様へ交代を要求する!!」

「えっ、わ、私ですか!?」

「そっ、そんなのだめに決まってるだろ!? ホムラも、真に受けなくていいから!! ハナ! ホムラに渡したら駄目だからな!!」

「はいですも」

「ぐ、ぐぎゅうう……」

 

 ハナちゃんの腕でぎゅうぎゅう圧迫されるコタローが苦し気な悲鳴を上げるのを、私はみんなからちょっと離れたところから見ていた。あの輪の中に入るには、いろんな意味でちょっと勇気が足りない。

 

「なーにやってんだかって感じだよね。レックスも、あんなに必死にならなくてもいいじゃないか。ねえ?」

「ニアちゃん」

「ちゃん付けって、なんだかくすぐったいね。ニアでいいよ。ねえ、アサヒってさ、楽園の子なんだろ?」

「えっ、なんで……どこで聞いたの?」

「その反応、っていうことは本当なんだね。いろいろと噂になってるよ。――とは言っても、ホムラとレックスほどじゃないけどさ」

 

 ニアの……いや、慣れないからやめよう。ニアちゃんの視線の先ではレックスとホムラさんがくすくすと笑い合いながらお喋りをしている。間にノポン族のトラとハナちゃん、ビャッコさんを挟んで二人からは十分距離がある。

 私はニアちゃんの頭上の耳に向かってこそこそと尋ねてみた。

「あの二人、有名人なの?」

「はぁっ!? あんた、天の聖杯の話知らないの!?」

 耳をピン! と立てたニアちゃんの声は意外なほどよく響き渡った。

 先を歩いていたみんなが一斉に振り返り、私たちは慌てて誤魔化して、再び内緒話を再開する。

「レックスとホムラさんが天の聖杯とそのドライバーだったんだね」

「あんたって、本当に何にも知らないんだね。楽園の子って呼ばれてるのも納得だよ」

「……それって、ただの世間知らずってことだよね……」

 がっくりと肩を落として呟いた。それでも、心の中ではちょっとだけ安心していた。楽園の子と呼ばれる由来はまではほとんど伝わってないみたいだ。このまま世間知らずの子供だって、勝手に肩透かしを食らって、いつか、みんなが楽園の子なんて言葉を忘れてしまえばいいのに。

「ね、ねね。楽園ってどういうところなのさ? っていうか本当にあるの?」

「私は楽園から来たわけじゃないから、楽園が本当にあるかどうかはわからないよ」

「じゃあ、あんたはどっから来たんだ? スペルビア? アーケディア? アヴァリティア? まさかのテンペランティアとか?」

 知らない地名をどんどん挙げられて行って、私は言葉に詰まった。適当を言えば疑われてしまうので、ここはひとつ一計を案じてみる。というか、数日前に出会ったジークさんとのやりとりをそのまま再現することにした。

「ええっと、ごめんね、その質問には答えられないかな。トップシークレットっていう奴、なので……」

「えぇ~! なんっだよ、それ!」

「ご、ごめんね。でもただ一つだけ言えるとするなら――私のいたところはみんなの言うような楽園なんかじゃなかったよ」

 

 確かに私のいた世界は飢えも、土地が無くなっていく恐怖もなかった。資源枯渇も噂はされていたけれど、それによって物流が制限されたり、戦争がおきたりすることは私が知る限りなくて、飽食の時代だなんて言われていた。……けれど、私のいた施設ではいつも誰かが泣いていて、施設の人間関係や親との軋轢、身体的と精神的な痛みと恐怖で苦しんでる子供達がいっぱいいた。大人も、子供たちを泣く泣く手放した人や、子供を亡くして養子に迎えようとする人が頻繁に出入りしていて、職員さんだっていつも、どこか疲れた顔をしていた。

 飢えや戦争で死ぬことが無い(イコール)楽園だというなら、それはそうなのかもしれない。

 けれど私は、あちらの世界が()()()()()()と言われたら素直に頷くことはできない。だって、そこで暮らしていたって、泣きながら苦しんでる人たちを知っているから。

 

「おい、お前らちょっと静かにしろ」

 

 ヴァンダムさんの声で、一瞬でおしゃべりが止まった。

 大噴気孔にたどり着くまではあともうちょっとかかる場所で、なんで足を止めるように指示されたかと言うと、岩壁を覗き込んだ先の少し開けた場所に理由はあった。

「アルドンだ。ちょうどいい、レックス。アンカーを使うのは得意か?」

「えっ、まぁ、そこそこには」

「貸してみろ」

 アルドンというのはこの辺りに生息するサイのようなモンスターだ。草食で、こちらから仕掛けない限り襲ってくることもない温厚な性格をしている。今は足元の草に気を取られているみたい。それを、レックスから受け取ったアンカーを器用に使って、アルドンの足元に輪を作りひっかけて体勢を崩させその巨体がひっくり返った。コツはアンカーが伸び切ったところでたわませることだと、ヴァンダムさんはレックスにレクチャーしている。ひとしきりコツやタイミングを伝えたら実践だ。

「アサヒ、念のためお前は下がってろ。後ろからモンスターが来てないか見張りだ」

「はーい」

 ハナちゃんにコタローを返してもらうと、コタローは私の腕の中で「やっぱり、ささやかでもあるのとないのじゃ大違いだよなぁ……」としみじみしていたので、後でヴァンダムさんかスザクにめ一杯抱きしめてもらえるように頼もうと決意した。そうこうしている間にレックスたちは実践を終えたらしく、ヴァンダムさんの声に釣られてみんなのいるところに戻る。

 

「いいか、お前ら。ドライバーのアーツってのはなぁ、何もブレイドの力に頼ったアーツがすべてじゃない。自分の力を使ったアーツ、相手の力を利用したアーツ、いろんなアーツがある。そのアーツを駆使してブレイドを守るのもドライバーの役割だ」

「ブレイドを、守る?」

「そうだ、ブレイドに頼り切るな。流れてくる力を常に意識しろ。無駄遣いせずに確実なアーツを決め、守れ。それができて初めて一人前のドライバーになれる」

「一人前か……。なんだか遠そうだなぁ」

 

 私もレックスと同じく顔を俯かせた。

 レックスはヴァンダムさんが会得するのに5年もかかった技を、たった一度見ただけでできてしまったらしい。これを天才と言わないで、なんといえばいいんだろう。それに比べて私は、一人前のドライバーに向かってちゃんと成長できているんだろうかと不安になった。

 ニアちゃんやトラのように誰かの戦いを支える人になれているだろうか。

 

 大噴気孔まではもう目と鼻の先だ。

 

 

                    3

 

 

 

 大噴気孔は、インヴィディアの巨神獣の背中の上だ。ものすごく久しぶりに直射日光に当たった私は思わず太陽を見て、暖かいなぁと頬を緩めた。確か人間はある程度太陽の光を浴びないと鬱になるらしいけれど、村のみんなは巨神獣の皮膚超しの太陽光でも暗くなっている素振りが無いので、この世界でどのあたりまで私の知識が通じるかは未知数だった。とりあえず、このお日様を浴びたことでまたちょっと頑張れそうな気はする。

 魂の頂、と呼ばれるそこには一体の小型のクジラみたいな生物が岩壁に寄り添うように倒れていた。真っ白いのは風化してしまったからなのか、それとも元からこの色だったのかは予想がつかない。

 それを見るや、ヴァンダムさんは顔をしかめて呟いた。

 

「やはりな……」

「巨神獣!! 確認された異常な力の反応って、これのことだったのか?」

「ああ、見ての通りだ」

 ピクリとも動かない巨神獣の死体。それを見つめるレックスのヘルメットの中から薄ピンク色の羽の生えたジッチャンと呼ばれる生き物が出てきた。

「老衰、というわけではなさそうじゃの。事故に巻き込まれたか――あるいは何者かによって倒されたか……」

 本当にお爺さんみたいな喋り方で冷静に分析するじっちゃんの言葉に、辺りにしめやかな空気が漂う。その中でただ一匹、私の腕の中にいたコタローだけが耳をピンと立てて辺りをせわしなく警戒し始めた。

「おい、お前ら警戒しろ! 何かやってくるぞ!」

 その直後、ズシンという地響きが私たちを襲う。巨神獣の死体を揺らすほどの巨大な蜘蛛のモンスターと二本の角を持った人型の何かが私たちの前に立ち塞がった。

 

「お手柄だ、コタロー! こいつ……巨神獣の死に煽られて迷い出てきやがったな!」

 

 コタローのお陰で冷静に戦闘準備に入った私たちは、ヴァンダムさんの声を皮切りにして一斉にそのモンスターに向かって駆け出した。 

 

 

 

 10対2では戦力差は明らかだった。トラが敵の注意を引いて、その間にヴァンダムさんとレックスが攻撃をしつつ、みんなが傷ついたり疲れてきたらニアちゃんと私が回復するというサイクルで、五分くらいだっただろうか。1メートルは優に超すくらいの大きさの蜘蛛と二足歩行の黒ずくめの角の生えた人間……? はどさりと地面に倒れ伏す。ただし、人の形をとっていたほうだけはすぐに輪郭が青く光り出し、粒子となって消えてしまった。その場所にはころりと見慣れたコアクリスタルが色を灰色に変えて転がっていた。

 

「ブレイドが、コアクリスタルに……!」

「モンスターがブレイドと同調していたんですね」

 

 ホムラさんはどこか納得しているみたいだけど、モンスターがブレイドと同調することってあるんだ。と私はまたこの世界の新しい現実を知った。

 

「これが、ドライバーを失ったブレイドの姿さ」

 鮮やかに光る青は鳴りを潜めて、硬質な鈍い鉄の色をしているコアクリスタルは、時間が経てば再び青い光を帯びだして同調できるようになるとヴァンダムさんは言った。ただし――とその人は続ける。

「そん時にゃ、以前の記憶はない。まっさらな新しいブレイドとして誕生することになるんだ」

「そうなんだ。なんだか哀しいね。以前のことを覚えてないなんて……」

 レックスの視線は、くすんだ色になったコアクリスタルに注がれた。確かに、記憶をなくすことは哀しいことかもしれない。でも、と続いた私の気持ちはレックスの隣にいた彼のブレイドのホムラさんが引き継いだ。

「覚えているからこそ、辛いこと、苦しいことってあると思います。コアが存在する限り、ブレイドの寿命は永遠……。その永遠の時間を、記憶のせいで苦しみ続けるとしたら」

「ホムラ」

「ごめんなさい。――忘れることができるのも幸せなんじゃないかって思ったんです」

 もしもブレイドの人たちが、すべての記憶を有して永遠の命をめぐるとしたら。恐らく、肉体の前に心が壊れてしまう。彼らがコアクリスタルに戻るということは、あちらの世界で言えばパソコンの初期化と似ているのだ。それが犯罪に使われるような用途として使われていたとしても、逆に人の命を救うための用途だったとしても、初期化されたパソコンには前の持ち主の功績も罪科も引き継がれない。それは立派な救いだと思う。

 

「さぁ、本来の目的を達成しちまおう!」

 

 微妙な空気になってしまったのを察して、ヴァンダムさんは明るい声を張り上げて死んだ巨神獣へと向かっていった。そのお腹のあたりをごそごそと探っていると、巨神獣の分解が始まったらしく、大小さまざまな青い粒子が立ち上り始めた。巨神獣の体が完全に消える前に戻ってきたヴァンダムさんの手には、さっきのブレイドのとはまた違う、青い輝きを放ったコアクリスタルを持っていた。

 

「ブレイドのコアは巨神獣から生み出される。こいつはまだ、何者とも同調していない、正真正銘生まれたてのコアだ。このコアは今後、数多のドライバーと出会い、その死を経験し、そしてまた記憶を新たにして別のドライバーと同調していくんだ。

 巨神獣の死、ドライバーの死、数えきれない死の上にブレイドはある。意志ある再生が歴史を作っていく。永い永い――人以上の歴史をな……」

 

 私の世界には人しかいなかった。ノポン族も巨神獣もブレイドも、永遠の命を持ったり永遠に同一のものとして繰り返すものの中で意思を持った存在はいない。

 この世界は、何もかも元の世界と違い過ぎている。

 そんな現実に打ちひしがれながら、私は還りゆく巨神獣に向かっていくホムラさんを見つめた。赤い髪を揺らし、まっすぐとその歴史の一部となるであろう巨神獣と向き合い、黙祷を捧げているようだ。

 私も静かに指を揃えて両手を合わせ、そっと目を閉じた。

 

 どうかこの巨神獣に安らかな眠りが訪れますように……。

 

 

 

 

 




次話『勇ましの修練場』


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04『勇ましの修練場』

                         1

 

 

「コタローにあんな特技があったとはねー」

 

 私はフレースヴェルグの村の酒場で、救急箱の中身を補充しながら足元であくびをするコタローに話しかけた。

 魂の頂で異常な力の反応の調査に行き、原因である巨神獣の死体からコアクリスタルを回収した私たちは、いったんフレースヴェルグの村に戻ってきた。

 回復ブレイドがいるとはいえ、かすり傷程度でいちいちアーツを使うこともない。というヴァンダムさんの言葉からレックスたちは勇ましの修練場と呼ばれている、傭兵団の訓練場として開放されている空き地で治療をしているはずだ。私の救急箱を渡してあるので、ある程度は治療できると思うけど。念のために救護室として間借りをさせてもらっている酒場に、ガーゼなどの医療品の追加を取りに来たというわけだ。

 

「ブレイドの気配を感じたことか?」

「うん。ヴァンダムさんもお手柄だって言ってたでしょ?」

「この程度で驚いてちゃ困るなぁ。俺様の力はこんなもんじゃないぜ? まぁ、それを引き出せるかはドライバー次第だけどな」

「………………」

「お、おい、そんな不安そうな顔すんなよ。お前さんはよくやってるよ。右も左もわかんねえって世界で自分の居場所を作って、守ろうとしてるんだからな。大したもんだ」

「……コタにはわかっちゃうんだね。私が――」

「まぁな。ブレイドっていうのはそういうもんだ。お前の気持ちが直に伝わってくる。アサヒ。お前は、この世界で生きるには向いてないってくらいに優しい。優しすぎる。そんなじゃいつか、ぶっ壊れちまうぞ」

 

 私もコタローのドライバーだからだろうか。コタローが私を心配する気持ちが痛いほど伝わってくる。

 この世界では『死』は珍しいことじゃない。でも、私のいた世界では『死』は珍しいことだ。だから私は人より死というものに耐性が無くて、誰よりも重く悼んでしまう。そんなことを続けていたら、いつか――。という発想も少しはある。

 私は抱えていたガーゼや包帯を一式、丸い机の上に乗せると、心配そうな顔の相棒を抱き上げた。額と額をくっつけ擦りつける。村や施設で慣れない環境で不安がる子にやってあげるおまじないのようなもの。

 

「大丈夫。大丈夫だよ、コタロー」

「何が大丈夫なんだよ……。俺は子供じゃねえんだぞ……」

「………………」

 

 この気持ちをはっきりと言葉にするのは難しい。だからこそ、私は目を閉じてコタローと額を引っ付き合わせている。この言葉にできない気持ちよ。伝われ、届け、と願いながら。

 

「……わかったよ。今はお前の大丈夫を信じてやる」

 

 かっこいい男の人の声で根負けしたように、コタローは鼻から息を吐いて言った。

 ぱっと額を離してお互いの顔を見合う。

 それからコタローを再び地面に下して、よそに置いといたガーゼと包帯の追加を抱える。すると、勇ましの修練場からヴァンダムさんの驚いた声が聞こえてきて、私たちは咄嗟に振り返ってそちらまで走り出した。

 

 

 

                         2

 

 

 

 勇ましの修練場と呼ばれる空き地には、ヴァンダムさんの声を聞いてユウとズオも集まってきていた。

 資材の詰まった木箱で治療をしていた二人には、まったく同じ場所に包帯が巻かれている。

 ブレイドは、傷を負ってもすぐに再生するなずなのに。

 そこからレックスが語ったのは、天の聖杯であるホムラさんとの出会いの話だった。

 伝説のブレイドであるホムラさんを狙う組織がいて、その調査と運び出しの任務に何も知らずに同行したレックスは古代船と思わしき船の中で封印されていたホムラさんと出会い、依頼人だったその組織の一人に胸を刺し貫かれ死んだという。しかし今、彼が生きている理由はホムラさんから命を分けてもらったからだとレックスは語った。ホムラさんの胸に輝く翠色のコアクリスタルが×印に抜けている部分がレックスの胸に光っている。それが、彼女に命を分けてもらった証拠でもある。

 大方話し終わったその内容を、信じられないと唸るヴァンダムさんにレックスは「でも事実だ」と返した。

 ヴァンダムさんの視線は、レックスの鎖骨の下に輝く翠色の光に注がれる。

「ただのアクセサリーだと思ったぜ」

 私も、この世界ではレックスみたいなアクセサリーが普通にあるのかななんて思っていたけど、レックスが真正面から否定したので、()()()()()()そういうものは珍しいのだなと考え直した。

「ブレイドはどんな傷を負ったとしてもすぐに回復する。コアを破壊されるか、ドライバーが死なない限り不死身だ。しかしお前らは……」

「まぁ、仕方ないよ。こうなっちゃったんだから」

「困ったもんだなぁ、これじゃどっちがぶっ倒れてもアウトじゃないか」

 腕を組んでヴァンダムさんが顔をしかめる一方、レックスは事態を重く見ていないのか、それともそれだけ自信があるのか、「一人前のドライバーはブレイドを守るんだろ? なら俺は、ホムラを守って見せる」と口を叩く。案の定、村の子供たちが危ないことをするときと同じようにヴァンダムさんが「馬鹿野郎」と一喝した。

「口で言うほど簡単なこっちゃねえぞ」

「ヴァンダムさん、俺さ……この命をくれたホムラのために二度と死なないって決めたんだ。だから絶対に死なない。そして必ず、楽園に行って見せる。ホムラと一緒にね」

 レックスは真っすぐな眼差しで、ヴァンダムさんにそう言い切った。清々しいくらいその眼の力には不安も恐れも何もない。純粋で、だからこそレックスは天の聖杯のドライバーになれたんだなと納得できるくらいに。

 その紛れもなく一片の曇りもない気持ちはヴァンダムさんにも伝わったらしい。その大きな喉がごくりと唾を飲んだ気配がした。

 

「――アサヒッ!」

「!?」

 

 静かだった修練場に足元のコタローから最大限警戒するような声で名前を呼ばれ、私は体を大きく震えさせた。コタローの視線は明後日の方向を向いていて、釣られてそちらに目をやると青い鎧を着た赤い眼鏡の男の人と、銀色の蝙蝠のような翼が生え、顔を隠した少女のブレイドが、ゆっくりと勇ましの修練場に降り立つところだった。

 

「おや、気配は消していていたはずなんですが……なかなかどうして勘の鋭いのがいるみたいじゃないですか。こっそり話を聞いて割り込むつもりだったんですが。おかげで脚本が台無しですよ。困るんですよ、脇役ごときに出しゃばったマネをされるとね」

「ヨシツネ……!」

 

 ニアちゃんの知り合いだろうか。でも、二人の間には親しさは感じられない。もっと、緊迫した何かをにじませたヨシツネと呼ばれた人は、呆れたような顔でニアちゃんに向かって鼻で笑う。

「裏切り者に名前を呼ばれる覚えはありませんよ」

「うっらぎっりもの♪ うっらぎっりもの~♪ ニアちゃんってばとんだ悪女だったって訳だ~! にゃははははは♪」

 ドライバーもドライバーならブレイドもブレイドみたいだ。揃いも揃って嫌な感じ。

 蝙蝠の翼を生やしたブレイドは、意外なほど可愛らしい声で囃し立てる。裏切り者と呼ばれて、ニアちゃんの頭に生えた猫耳が激しく動いた。

「! あたしは裏切ってなんかない!」

「なら、なぜそこに? そこがあなたの居場所とでも?」

「あたしは……」

  裏切り者とは穏やかじゃないけれど、もともとこの人たちから一欠けらたりとも好意を感じることは無い。

 言葉に詰まって俯いたニアちゃんは、今はそんなことを言ってる場合じゃないと頭を振って毅然と顔を上げて因縁の相手であろう人に尋ねる。

「ヨシツネ。あんた、なんだってここに?」

「そりゃあ、そこの天の聖杯ですよ。主演女優の顔くらい見ておきたいじゃないですか。それに……」

 赤い眼鏡のヨシツネと言う人は、少しだけ首を動かしてこちらを見た……気がした。一瞬目が合って息を呑むけれど、その人はそれ以上何も言わない。何事もなかったかのように「シンの差し金かい」というニアちゃんの問いに再び顔を向けてオーバーリアクションで返事をした。

「ご明察。あぁ、そうそう、シンからあなたのことは好きにするようにって言われました。意味、分かりますよね?」

「シンが……? ――嘘だっ!!」

「おやぁ、ショック? まさか見限られないとでも思ってたぁ? お花畑過ぎるでしょう!」

 ヨシツネはせせら笑う。ニアちゃんが傷つくのが楽しくてたまらないと嗜虐心に溢れた笑みを浮かべてその反応を窺っている。何も言い返すことができないのか、ニアちゃんは悔しそうに身を引いた。

 

「ともあれ、あなたたちの出番はここで終わりです。さぁ、まとめて退場してください」

 

 ニアちゃんを弄るのは飽きたのか、その人はまるで本当の演出家みたいに、武器である日本の刀を抜き放って言った。自分も演者にカウントしているのか、大仰に振りかぶった銀色の光にここにいる全員が警戒を露にする。その時、後ろから唇を噛みしめても漏れ出てしまったような怒りの声が聞こえた。

 発せられた声はヴァンダムさんからだった。同じく後ろにいるユウとズオも自分のブレイドと一緒に怒りと敵対のまなざしでヨシツネと言う人を見ている。

「これまでイーラの手で多くのドライバーの命が奪われてきた。俺たち傭兵団だって、例外じゃねえ。コアを奪うのがその目的って話だ。そうかぁ……! 奴がイーラのヨシツネ!  ――ユウ! ズオ! アサヒ! 村の連中を避難させろ!」

「わかったッス!」

「わぁ~かったぁ!」

「わかりました!」

 私たちはヴァンダムさんに指示を飛ばされると、弾かれたように村の方に走り出す。その振り向きざまに小さく名前を呼ばれた気がして、私はそちらに目を向けてしまった。そこにいたのは、レックスでもニアちゃんでもなく、イーラのヨシツネ、その人からだった。なんで、私の名前を……? と首を傾げる時間もなく、目と目が合ったのも一瞬だ。やはり、その人はこちらから目を逸らして眼鏡をくいっと上げた。

 こちらに何かを仕掛けてくる様子はないので、この際無視を決め込んだ。みんなが武器を取る音を背中で聞きながら、私は子供たちのいる場所へと全速力で駆けていく。

 

 

 

                         3

 

 

 

 傭兵団は、言ってしまえば難民と自警団の集まりのようなものだ。そのため連絡経路の確認や避難訓練のようなものを定期的にしていたため、この村の暮らしが長い人たちは冷静に新しく来た人たちをフォローしながら避難場所である青の岸壁まで逃げることができた。

 避難も八割くらい終わった頃に、先ほどのヨシツネと言う人は村から去ったと知らせを受けて、村に人が戻っていく。さすがに今日は厳戒態勢で夜を明かすため、村には煌々と松明が焚かれて、夜でも昼間のように明るさを保っていた。

 いつもは傭兵団の寝床を貸してもらっているけれど、今日は村の子供達と一緒に休むことになった。村に悪い奴らが来たと言って興奮気味の子供たちはなかなか寝付いてくれなかったが、エドナさんと私の二人がかりで寝かしつけて、深夜の……今、何時ごろだろう。ようやく静かになったテントのような家屋から外に出ると、修練場に焚いてある火の傍でぼんやりとしているレックスを発見した。

 ヨシツネは無事撃退できたけれど、その時に負った傷でホムラさんが倒れてしまったらしい。私の医療知識は人間専門だから、ブレイドは診れない。ホムラさんの状況を調べたのは、ニアちゃんのブレイドのビャッコさんだった。

 ビャッコさん曰く、ホムラさんの傷は大したことは無く疲れて眠ってしまっているだけなのだと言った。それ以降、私はホムラさんの姿を村で見かけてはいない。

 私は酒場に寄った。厳戒態勢である今日は、お店の人がいなくても傭兵団の人が気軽にご飯を食べたり飲み物を飲んだりできるように解放はされていた。ただ、お店の人はいない。全部セルフサービスだ。食べた分、飲んだ分は全部募金箱のようなところにお金を入れていく。

 シンクの下の方には小さな扉のついた箱があった。どうやらここに氷はしまってあるらしく、がぱりと小型冷蔵庫のように扉を開けるとキューブ型の製氷皿には氷ができていた。これ、電源とかにつながってるわけでもないのに、どうやって氷を作っているのか謎だ。けれど、今はそれを不思議がってる場合じゃない。

 ゴムのような手触りの袋に、水と氷をいくらか入れる。アイシング用じゃないから空気は抜かなくても大丈夫だ。それを持って、私はぼんやりしているレックスの背後に立って首筋に氷の詰め込んだ袋を押し当てた。

 

「えい」

「うっ――うわぁあ!!!?? 冷たっ!? 何!?」

 

 飛び上がって前のめりに焚火に突っ込んでいきそうになるレックス。

 おお、ナイスリアクション。と思っていると、レックスは目を白黒させてこちらを振り返った。そして、その犯人が私だと分かると、更に目を見開いて固まった。

「あ、アサヒ!? なんで……!?」

「えっと、レックスが悪いことを考えてそうだったから……」

 そう答えるとレックスはあからさまにむっとした表情になって、焚火の方へとそっぽ向いてしまった。

「悪いことってなんだよ。俺は、イーラの連中みたいにホムラを利用したりなんか考えてないぞ」

「あっ、ゴメンね。悪いことっていうのはそういう意味じゃなくて……。不安とか、迷いとか、そういう心に悪いことを考えてそうだと思ったんだ」

 訂正すると、レックスは目に見えて目を泳がせた。伊達に養護施設で救護班はしてない。夜に眠れなかったり不安で泣き出す子の面倒は、私が一番看てた。この氷の袋も、そういう子たちのために覚えたものだ。

「頭の後ろをね、冷やすとちょっと気持ちいいでしょ? それにタオルを巻いて枕の上に置いて寝るといいよ。

 夜は無条件に不安になったり怖くなったりするけど、そういう時は、頭の脳が熱を持ってることがあるから冷やすといいの。それから、できれば楽しいこととか考えるともっといいんだけど……」

「………………」

「えっと……余計なお世話、だったかな」

「あ! いやゴメン! 昼間、アサヒからあんまり話しかけられなかったからさ。てっきり俺のこと苦手なんだと思ってた……。氷、ありがとう。すごく気持ちいいよ」

 気まずさを吹き飛ばすように、レックスは笑顔で氷の袋を首筋に押し当て「冷たっ」と慌てて離した。気を使ってくれているのがバレバレで、それもお互い様だなと思って私は微笑み返す。そうして氷を後頭部や額に押し当てながらも、レックスはぼんやり焚火を見るだけだ。眠気はとうの昔に遠ざかってしまったのかもしれないな、と無理に寝かしつける方向は諦めた。

「一人の方がいい?」

 念のため聞くと、レックスは無言で首を横に振った。

 

「今一人にされると、アサヒの言ったように悪いことを考えちゃいそうだからさ。一緒にいてくれると嬉しいよ。アサヒが眠くなるまででいいから」

「それなら、昼間に話ができなかった分、たくさんお話ししようよ。そうだね、まずは……何から話そうか?」

「アサヒってさ、楽園から来たって本当?」

「あぁ、うん。そうだね、それ最初に聞くよね。じゃあ、その話から……。それが終わったら、レックスがここに来るまでどんな旅をしてたきたか聞かせてね」

「あぁ、いいよ!」

 

 二つ返事で頷いてレックスは目を輝かせて傾聴の体勢に入った。

 その表情が、施設で読み聞かせをするときの子供たちと同じ目の輝きをしていて、同い年くらいのはずなのにレックスがとても幼く見えてしまう。本人に言ったらきっと怒るだろうけど、心の中で微笑ましく思うくらいは許してほしい。

 

「昼間、ニアちゃんには話したけど……私は楽園から来たわけじゃないよ。現にホムラさんとは知り合いじゃなかったでしょ? 具体的な地名は伏せるけど、私のいたところはね――」

 

 施設の子に物語を聞かせていた時を思い出しながら、私はゆっくりと話し出す。

 レックスの中の不安が掻き消えるまで。

 東の空が白むまで。 

 

 

 

 

 




次話『ウニータ交易所』


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05『ウニータ交易所』

                         1

 

 

『俺さ、ホムラと出会う前はサルベージャーだったんだよね。いや、今もだけどさ』

『サルベージャー?』

『雲海に沈むお宝を探して換金する仕事。交易所とかで見たことない?」』

『あぁ、あの機械部品みたいなの? あれが雲海に落ちてるの? 水とか入って壊れない?』

『……アサヒってさ、自分が楽園の子ってこと隠す気ある?』

『……………………』

『まぁ、とにかく。俺はじっちゃんの背中で雲海に潜りながらサルベージしたお宝を交易品として売って生活してたわけ』

『ねえ、レックス。レックスはサルベージしたものたくさん見てきたよね?』

『え? う、うん』

『これと同じの、見たことないかな?』

『これは……?』

 

 ―――――――。

 

『ごめん、俺は見たことないよ』

『そっか……』

『あぁ、でもトラなら』

『トラ?』

『あいつ、あれでも人工ブレイドを自分で作っちゃうような奴だからさ。アサヒのそれも、もしかしたらわかるかもしれないぜ』

『ありがとう。明日聞いてみるよ』

 

 

                         2

 

 

「ももっ! アサヒとコタローも! 交易所に来るなんて珍しいも~!」

「こんにちは。店主の人は……留守?」

「王都に買い物に行ってるも! その間はこのレララが店番を務めるも! さぁ、何をお探しですかも? 初回利用のアサヒにはいろいろおまけしちゃうも~!!」

 

 店主不在で勝手におまけしたら怒られないのかな。

 やたらとテンションの高いレララに愛想笑いを浮かべて、私はゴザのような上に綺麗に並べられた交易品の品々をじっくり見ていく。三角形に紙を折ったところにはその部品の名前と値段が書かれているのだけれど……。正直言って、こちらの世界の文字は私のいたところのものとは全然違う。数字だけは辛うじてアラビア数字を使ってくれているのだけが救いだ。

「お店で売ってるのはこれで全部なの?」

「もも? 裏手に回れば選別中のものがあるも。でも二束三文で買い叩いたガラクタと一緒だから、探すの大変も~。探し物があるならレララが探してくるも。何が欲しいんだも?」

「ええっと……正式名称が分からないから、自分で探してもいい?」

「お店の商品になるかもしれない物をお客さんには触らせられないも~! 自分で探したいなら、前金を払うも! 保険料だも~!! 1500Gも!!」

「おいおい、それはいくらなんでも足元見過ぎ……って、払っちまうのか!? アサヒ!」

「? だって、必要なんでしょ?」

 お財布から1500Gをレララに渡すと、ほくほくと飛び跳ねながら私を裏手へ連れて行ってくれた。足元のコタローが「俺か……!? 俺の金銭感覚がおかしいのか……!?」とブツブツ呟いている。高かったのかなぁ。と思うけどいまいちこちらの世界の高い安いが分かっていない私としては、自分で探させてくれるなら何でもいいやと気にしないことにした。

 バザーのテント見たいなお店の裏手には、大中小様々な木箱が積み立てられている。手前側には小さな木箱。奥に行けば行くほど大きい木箱が置いてある。うわ、思った以上に骨が折れそう。

「後は好きにするも! あぁ、でも持っていく前に一度レララに見せるも!」

「部品と部品がくっついてたら分解しちゃってもいいかな?」

「ももっ!? それも一応相談してほしいも!!」

 あとは鋭いものもあるので怪我しないように注意することと、物によっては追加料金を貰う場合があるなど、色々言われてレララはお店番に戻っていった。ぴょこぴょこ跳ねる後ろ姿が完全に木箱に隠れるのを見届けてから、私は地面に膝を突いて小さい箱から検分していく。わぁ、細切れのケーブルとかネジとかバネとかごちゃごちゃだ。でも思った以上にいろんな部品がある。これなら、と思っていると視界の端っこで部品と格闘する私をみてコタローがよろりとふらついた。

 

「朝っぱらに帰ってきたと思ったら、交易所に行こうとか。行ったら行ったで部品弄りだすわ……。あの一晩でアサヒに何があったってんだ? まさか大人の階段を……!? いや、上ったにしても、もっと…こう……! あっただろ! いろいろな方面の人が喜ぶような、そういうのが!」

「コタロー、まだ寝ぼけてる? 結構時間かかるかもだから、寝ててもいいよ?」

「素で言ってんのか、それともあしらわれてんのかもわからねえような高度な返事はやめようぜ、アサヒ!」

 

 勝手に妄想している愛玩ブレイドは置いておいて、私は部品の選定を続ける。

 ざらざらと手の上で小型の部品を転がしながらコイル、端子、イヤホンジャック、確保した。あとは……エナメル線とイヤホンと適度な大きさの箱と木片とかがあれば言うことないんだけど……。一つ目の箱からそれ以上は出て来ず、二つ目、三つ目と小さな箱を開けていってエナメル線はほどなく手に入って、しかも奇跡的にクリスタルイヤホンを見つけることができた。そこで喜んだもの一瞬、はたと気が付いて私は検分の手を止めた。

「そういえば……この世界ってアルミホイルとかビニールとか見たことないかも……。困ったな。石油とかってあるのかな……? コタロー、見たことある?」

「言ってることが全然わからねえ時点で察してくれ」

「そっかぁ……」

 こちらの世界の代替品が思い浮かばず、作業の手を止めて考えてると「ももっ!」という特徴的な声が聞こえてそちらを振り返った。レララは今接客中だ。と、いうことは――

「ハナの言う通りだったも! アサヒ―、探したもー!」

「えっへんですも」

「トラ、ハナちゃん。ちょうどよかった、相談したいことがあったんだ」

 「「相談したいこと(です)も?」」

 反応がそっくりな二人に、私はかくかくしかじかと状況と目的を伝えると、トラが目を輝かせた。

 

 

 

 交易所で必要なものを購入して、私たちは骨休めの広場で車座になって座っていた。

 お弁当箱サイズの木箱に十字の対角線上に木とエナメル線を這わせた菱型のアンテナを伸ばして、中にはアースとコンデンサと呼ばれる回路、そして出力には交易所で購入したクリスタルイヤホンを付けて完成だ。

 

「じゃじゃーん、鉱石ラジオ―」

 

 出来上がったラジオを持ち上げトラとハナちゃんに見せると、二人はパチパチパチとまばらに拍手をくれた。コタローはふんふんとでき上がったラジオに鼻を近づかせて、危ない物じゃないかを確認している。

「すごいも! おもしろいも! トラ、こんなの見たことないも!」

「これ、何をするものですも?」

「えーと、あたりに飛んでる電波を検知して音にして流すものだよ」

「! すごいですも!」

 元の世界で読んだ本で知った知識だったが、作ったのは二度目ということもありだいぶうまくできたようだ。学校で一度作った時には、すぐ壊れてしまったけれど、トラのハナちゃんのメンテ用の素材と道具を貸してもらえたお陰でかなりしっかりと作ることができた。さて、後は実際に動かして試してみるだけ。

 私は首の後ろに手を回して、細い金属の感触を確かめる。噛み合っていた金属のチェーンを外して、中心に垂れ下がっていた銀色の板状のものを掌に転がした。

「アサヒ、それはなんだも?」

「これが鉱石ラジオの要になる鉱石だよ。前にハナちゃんが私からビビビビーってするって言ってたから思い出したの。――っと、その前にトラ。こういうの他に見たことある?」

「「ない(です)も」」

 きっぱりと言い切られてしまっては取り付く島もない。

 この認識票(ドッグタグ)は私が施設に預けられた時から持っていた、いわば唯一の身元を証明するものだ。

 掌の上で光る銀色の板には、英語でもロシア語でもない不思議な文字が刻まれている。あちらの世界にいた時にも、市役所の人も施設の人も誰一人としてその文字を読むことはできなかった。

 銀色の塗装は端っこの方が一部剥げていて、緑色の地金が見えている。いつ剥がれたのか。そのあたりには全く記憶が無い、ただのアクセサリーだけど。他の認識票(ドッグタグ)とは違い、これは特殊な金属で覆われていることからこの鉱石ラジオの検波器に使える。それを知ったのは、私が数年前にこの鉱石ラジオの試作機を作った際、面白半分で咬ませてみたら聞こえたという経緯があるからだ。この銀色の金属が何でできているのかは、知らない。もしかしたら全く未知の金属なのかもしれない。

 とりあえず、首から外した銀色の板を検波器の部分に咬ませて、アンテナ代わりの金属の板と板をこすり合わせる。

 

「音がしないも」

「違いますも、ご主人。音が小さすぎるんですも。ハナがスピーカーの代わりになるですも」

 

 そう言うとハナちゃんはイヤホンをジャックから抜き取って、代わりに小指をジャックに蓋するようにくっつけた。そこからどう接続されているのか、ハナちゃんの口から「ジジッ、ザザーッ」とノイズのような音が聞こえてくる。女の子の口から聞こえてくるノイズって、怖いな……。と思いながら、周波数を弄るために金属を縦にスライドさせていく。

 

「ジッ……ザッ……ね」

 

「シ…。…………ね」

 

「シ…。ザザッ――ね。ザザザザザッ!」

 

 ブツンっという音と共に鉱石ラジオの音は途切れた。

 ラジオから流れたのは無線傍受とかではなく、完全に呪怨とかのそれだった。

 スピーカーを買って出てくれたハナちゃんも端子から指を離して自分が発した音源に対して首を傾げる。

「なんだったんですも? 今の、女の人の声みたいだったですも」

「こ、怖いも……。アサヒは何か怒らせてはいけないものを怒らせた気がするも……!」

「おいおい、こりゃ洒落になんねえぜ……」

「え、いや、こんなはずじゃなかったんだけど。おかしいなぁ」

 向こうの世界で理科の先生に手伝ってもらって作った鉱石ラジオは確かに音はか細いし、聞きにくいこともあったけどこんな怨霊の声を受信するような代物ではなかった。この世界特有のものなのなのかな。それに、みんなは何も言わなかったけれど、さっきの女の人の声。泣いてる……ような気がした。それを確かめるためにその後も、イヤホンを接続して音を拾おうとするも、ノイズばかり走って特に何も聞こえてこなかった。

 ザリザリという音と逆の方からコタローが鼻を鳴らしてトラに問いかける。

「そういやお前ら、アサヒを探してるって言ってなかったか?」

「!! そうだったも! 忘れてたも! ヴァンダムのおっちゃんがアサヒを呼んで来いって言ってたも!」

「えっ!? そ、そういうことは早く言って欲しかった……!」

「ごめんも。トラ、珍しい機械を見て当初の目的を忘れてしまったも!」

「ご主人……」

 憐れむようなハナちゃんの視線からトラは乾いた笑いを浮かべて回避する。

 これ以上何を言っても時間が戻ってくるわけじゃない。認識票(ドッグタグ)を抜き取った鉱石ラジオはトラとハナちゃんに預け、私とコタローは駆け足で傭兵団本部へと向かう。

 

 

 

                         3

 

 

 

 一方その頃、雲海の底近くに隠された秘密基地のような場所に黒い潜水艦が接岸した。

 そこから降りてきたのは10代後半の風貌をしたイーラの参謀ヨシツネとそのブレイドのカムイである。

 ヨシツネは疲れたようにため息を吐き、逆にカムイは銀色の蝙蝠の翼のようなものを使って縦横無尽に宙がえりをしながらふと、接岸した施設の岸辺に金髪の青年と黒髪の少女が立っているのを発見した。

「あっれ~? ベンケイとサタヒコじゃん! どしたのにゃ~!? まさか、お出迎えとかぁ~?」

 甲板も階段も無視してカムイは同じイーラの二人の前に降り立った。サタヒコと呼ばれた金髪の青年はカムイに軽薄な笑みを浮かべたが、隣のベンケイはぶすくれて目を合わせようとしない。するとようやく、カムイと違って空を飛ぶことのできないヨシツネが彼らの輪に加わった。

 

「これはこれは、我が愛しの妹じゃないですか。あなた自らが出迎えとは……明日は槍でも降りますかね?」

「うるさい。あたしは面倒だから来たくなかったんだよ。それをサタがしつこく言うから仕方なく……」

「心外だなぁ。もとはと言えばベンケイのミスなんだから、ベンケイから頼むってのが筋だろう?」

「チッ……」

 

 見るからに訳ありな二人に対してヨシツネとカムイは顔を見合わせた。ここから先は茶化しても話は進まないだろうということで、カムイはワクワクしながらちょっとだけ黙って三人の様子を窺った。

 

「……あのさ、コアクリスタルを探してんだけど……」

「正確に言うと、とある商人が同調してたブレイドのコアクリスタルが望ましいんだけど……。まぁ、数が合えば別段それじゃなくても構わない」

「コアクリスタル、ですか? 具体的には?」

「属性は恐らく風、武器はボールの回復系ブレイドだろうね。これが一番特徴的なんだけど――犬型だ」

「風で、回復の犬型ブレイド……?」

 復唱するヨシツネよりも早く、ピンときたカムイはにんまり笑って「ヨシツネぇ~! それって、さっきの――!」と言う前に自分のドライバーに発言を制される。赤い眼鏡をくいっと上げて、ヨシツネは高ぶった声色で言う。

「あぁ! 事実は小説より奇なりと言いますが、これぞまさに運命! 最っ高の演出ですよ! ベンケイ!」

「意味わかんないんだけど。そのブレイドのこと知ってんの、知らないの?」

「ええ、もちろん知ってますよ。そのブレイドは新たなドライバーと同調して今はフレースヴェルグにいます。天の聖杯と一緒にね……」

「チッ! まためんどくせえのと一緒にいやがる……! ちょっと今から行ってそいつのコアを――」

 踵を返して己のブレイドであるラゴウを呼びに行こうとするベンケイの進路をヨシツネが腕一本で阻んだ。足を止められ不機嫌そうに兄を自称するその仲間に目だけで抗議をすると、得意げに眼鏡を押し上げ、更にオーバーリアクションで語り始めた。

「いいえ! ここはこの僕が、可愛い妹のためにそのブレイドのコア共々奪ってきてあげますよ。天の聖杯と一緒にね!! まぁ、あなたはそのまま千本狩りでもしていてください」

「策でもあるのか?」

「僕を誰だと思っているんです? サタヒコ。今の話を聞いて、より創作意欲がわいてきました! 早く思いついた脚本を紙にまとめなければ……! カムイ、いくよ!」

「あいあいさ~!」

 一応形だけとは言え生活スペースも完備された秘密基地の奥に進むヨシツネとカムイ。

 ヨシツネはエンジンがかかってくると身振り手振りが大げさになり、声を張り上げる悪癖があった。ブレイドのカムイはそんな彼の影響を受けているのか、やんや、やんやと楽しそうに奥へと進んでいく。それを見送るベンケイとサタヒコは背筋にうすら寒いものを感じていた。

 

 

「天の聖杯にも犬型ブレイドにも彼らのドライバーたちも全て!! すべては僕の手のひらの上です!!」

 

 

 人目も憚らず、愛しの妹などと豪語している割にはその妹にドン引きされていることも知らず。

 このポンコツお兄ちゃんはどこまで行っても止まらない。

 

 

 




次話『青の岸壁 再び』


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06『青の岸壁 再び』

                    1

 

 

 

「アサヒ、王都のフォンス・マイムって知ってるか?」

 

 鉱石ラジオ作りに夢中になってしまい、ヴァンダムさんの呼び出しに気付かず(トラが忘れてたんだけど)走って傭兵団本部にたどり着くとヴァンダムさんは怪訝な顔をしていた。どうやら急ぎではなかったらしいというので、完全に走り損だ、と肩を落とした私にヴァンダムさんはそう尋ねた。

 ここ、王政だったのかと静かに驚きながら、私は頷いた。村の中で何度か聞いたことのある地名だ。もちろん行ったことは無いけれど。確か、インヴィディアで一番大きな都市だったはずだ。

 

「そこにいる俺の古い友人が体調を崩していてな。ちょっと見舞いがてらレックスたちにそいつを紹介してやることになったんだ。悪いが、お前にもその旅に同行してほしい」

「その人を診ればいいんですね。わかりました。えっと、その体調を崩してる人の症状は? 吐き気とか咳とか鼻水とか……」

「普段は何ともないらしいが、時折激しい咳と胸が締め付けられるような痛みがあるらしい」

 症状を聞いて私は現代の医療知識を引っ張り出す。咳と胸を締め付けられる痛みか……。

 気管支炎だったらいいけど、心臓の病気とかだったらどうしよう……。コタローのアーツって外傷以外治せるかは試したことないからなぁ。

「あの、どこまでできるか分からないですけど……」

「そう気負わんでもいい。ただ後学のためにも色々な奴がいると分かってくれりゃあ問題はない」

「……? そうですか?」

 なんだろう、ヴァンダムさんのその言い方だとまるで治せないのが当たり前って意味に聞こえる。私の気にし過ぎだろうか。

 

「出発は明日だ。一日二日は野宿になるだろうから、準備はしっかりとな」

「あ、は、はい」

 

 この世界初めての遠出。

 私にとって人生初めての冒険の旅はこんな普通のやりとりで幕を開けた。

 

 

                    2

 

 

 王都フォンス・マイムへ行くには村の裏門から青の岸壁を通り、ローネの大木からベルザ水門を通りサルデ門を抜けて崩れた岩門から列柱街道を進むと到着する。と、ヴァンダムさんが教えてくれたけれど、私はおろか他のみんなもぽかんとその話を聞いていた。地名にとっかかりが無さ過ぎて「そうなんですか」以外の反応は難しい。

 とにかく、目的地を短いスパンで決めていって一つずつ着実に進んでいこうと方向性が決まり、まずは一番近い青の岸壁をみんなで目指しているときだった。

 ちょうど、ジークさんのカメキチ君を見つけたあたり。

 ほんの数日前のことなのに懐かしいなと思っていると、頭上から特徴のある高笑いが聞こえてきた。

 

「はーっはっはっはっは! 天の聖杯の噂、ほんまもんみたいやな」

「誰だっ!!」

 

 姿を見せない謎の声に向かってレックスは声を張った。みんなも辺りをきょろきょろ見まわしているけど、私だけ足元にいるコタローと目を合わせた。その時のコタローの顔は怪訝そうな顔でこちらを見返すばかりだ。

 

「ガキのくせにいっちょまえにしよってからに、ボンには荷ぃが重いわ」

 

 黒いフードを被った二人組が、私たちの前を立ち塞ぐ。

 その人は大剣を背中にさしたバスケットボール選手のような体格の男の人と、先端に電球のついた尻尾が特徴的な女の人。私が数日前に二人のアイドルであるミドリガメを助け、ご飯をあげた以降会うことのなかったジークさんとサイカさんだった。二人はお互いに顔を見合わせ、そして

 

「ワイが天の聖杯のドライバーになったるさかい。――その娘、今すぐ渡しぃや!」

 

 この人、動きながらじゃないと喋れないタイプの人だったっけ。いや、前会った時にはそんなことなかったような気がするけど……。一言一言喋る間にシャカシャカと動きが入るので、なんとなく場に緊迫感が出てこない。

 それはレックスも同じだったようで、戸惑った表情でなぜか私の隣にいるヴァンダムさんに顔を向けた。

「え、なに? ヴァンダムさん。また、あのくだりやるの?」

「え。ヴァンダムさんもあんなことやってたんですか?」

「俺はあんな奴しらんし、アサヒはそんな顔で見るんじゃねえ。天の聖杯のドライバーが危ないやつじゃないか試すって以前ズオから聞いてただろう」

 腕を組んで不服そうにするヴァンダムさん。いや、試したことはいいんだけど、あんな感じで前に出たら完全に盗賊とかと勘違いされたんじゃないかな。という言葉は飲み込んだ。機会があったらレックスたちに聞いてみようと心に閉まって、ジークさんに私たちは向き直る。すると、注目が集まったところで二人は纏っていたフードをばさりと脱ぎ捨てた。

 ドヤ顔を決めている二人組はやっぱり、ジークさんとサイカさんで間違いなかった。

 ……一度会えば喋り方で分かっちゃうから何のために顔を隠してたのか意味が分からないなぁ。

「ええっと、お久しぶりです……?」

 そっとレックスの前に出て挨拶をしてみると、私の反応にニアちゃんが目を丸くした。

「え、アサヒ知り合い?」

「し、知り合いというか、なんというか……。えっとこの人たちは、ジーク……もがっ!!??」

 二人の紹介をしようとした瞬間、ジークさんが閃き私の口に何かを押し込んで口を封じ、また元の位置に戻っていった。そのチョコバナナみたいな棒付きの何かの味を確認して、私は膝から崩れ落ちた。

 きゅっ、キュウリーーーーーーーーっっっ!!??

 

「ぷはっ! げほごほっ! おえっ!」

「アサヒ!? くっそぉ! お前、アサヒに何をした!」

「落ち着けよ、レックス。嫌いな物を無理やり口に入れられただけだ」

「き、嫌いな物?」

「あぁ、アサヒはキュウリが大嫌いなんだ」

「うえっ……。あうー……」

 

 そう、何を隠そう私はキュウリが嫌いだ。恐らく、ここで手に入るキュウリと言えば村にある漬けスパーク一本串が妥当だろう。保存食として酢漬けにされたキュウリは私の最も苦手とするもので、それを口いっぱいに詰め込まれた私はグロッキー状態になっていた。

 口の中で酸味と青臭さが消えてくれない。私の代わりに答えてくれたコタローに感謝しかなかった。

 ホムラさんに付き添われ、私は後ろに下がらせてもらう。今はとてもこのテンションについていける状況じゃない。

 

「お、おう……。なんや、そこの嬢ちゃんには悪いことしてもうたな。……が! 今は天の聖杯の話や!

 この、アルスト最凶のドライバー! ジーク!  B!! (アルティメット)!!! 玄武!!!! 

 そしてワイのブレイド、サイカが(つるぎ)を前にしたのが運の尽きやったな!!

 紫電参式轟のサビになりたいんやったら――かかってこんかぁーい!!!」

 

 今日もジークさんは絶好調のようだ。とスザクの後ろに隠れるようにして、ハナちゃんが背中をさすってくれている中で、私はそう思った。もしかしたらあのスパーク一本漬けは口止め料代わりだったのかもしれない。

 そして、一触即発かというこの状況はレックスの「いや、いい」というものすごく淡泊な返事で流れた。

 ジークさんを無視するような形でみんなが歩き出すので、私もその後ろをのろのろとついていく。

 その後ろから、思ったような反応じゃなかったジークさんが「あ――ちょ、ちょ――」とうろたえる声がした。

 

「おんどれぃ、ちょっと待ていや!」

 

 レックスたちは にげだした ! しかし まわりこまれてしまった !

 ゲーム知識には明るくないけど、感想としてはそんな感じの動きでジークさんたちは再び私たちの前に立つ。

「なんっだよ、めんどくさい奴だね」

「ぐっ――。お前ら……! ワイら三人をなめとんのか?」

「三人って、二人じゃん。あと一人は? まさか、アサヒとか言わないよね?」

 私はあの中に入る勇気はない。とニアちゃんに言いたいところだけど、気持ち悪さが勝ってるので首だけを横に振っていた。……ん? いま何か、ホムラさんの足元に緑色のものが見えたような……?

「あぁん? 決まってるやんけ。ワイラのアイドル、このカメキチが見えへんのか! って、あ、あれ、カメキチ? カメキチどこいった? ……カメキチィィイイイ!!」

 あぁ、またカメキチ君逃げ出しちゃったのか。そのあたりも相変わらずだな。

 律儀にレックスたちも辺りを見回していると、下を向いたホムラさんが逃げ出していたカメキチ君を発見した。

「わぁ、可愛い! どうしたの? こんなところに君一人で?」

 ホムラさんは意外と小動物とかが好きみたいだ。ヴァンダムさんとスザクがホムラさんの手のひらの上にいるカメキチ君を覗き込むと、どすどすという足音が聞こえてきて「返さんかい!!」と大股で近づいてきたジークさんは、ホムラさんの手にいたカメキチ君を奪い返した。そのままサイカさんとなにやらキャッキャとカメキチ君と戯れ始めると、その様子を見ていたレックスが呆然と呟く。

「あいつ、ホムラごとつれていけばいいのに、なんでワザワザ亀だけ持ってったんだ?」

「さあ、馬鹿なんだろ」

 散々な言われようだけど、フォローできないのが事実だ。

 

「ご、ごほんっ。ま、まぁええわ。とにかく、そいつはワイのもんや。――嫌やったら、実力でこのワイを倒してみいや!!!」

「こいつ――マジモンだっ!!」

 

 そう啖呵を切って大剣を構えるジークさんは恍惚の表情を浮かべ、晴れてニアちゃんたちに本物の××扱いをされることとなった。

 

 

 

 どんなに気が抜けるやり取りだったとしても、武器を構えて襲ってくる相手に油断は禁物だ。この時ばかりは私も口の中の不快感は押し殺して武器であるボールを構える。でも、

 

「ローリングスマーッシュ!」

「バタフライエッジ!」

「ぐんぐんドリル!」

「マッスルスラーッシュ!」

 

 5対1じゃ、いくら相手がドライバーでも、ぼっこぼこにされるよね!! と、言うことで私はちょっと下がったところでコタローの回復アーツを使いながら支援に徹することにした。しかし予想に反してジークさんもそう簡単には倒れない。時に躱して、時にいなして致命的なダメージを食らわないように立ちまわっている。

 さっきの登場シーンはどうあれ、二人は戦い慣れをしているらしい。遠くから見ているからこそわかる。ジークさん、あんな見た目でも実はいろんな修羅場を乗り越えてたりとか?

 それでも多勢に無勢は変わらず、レックスの切り払いを大剣でまともに受けるジークさんは、吹き飛ばされ荒い息を吐きながら足でブレーキをかけて滑るように後退した。

 

「な、なかなかやりよるな。……けどなぁ、ワイの究極アルティメット技を見たらその薄ら笑いも凍り付くで」

「笑ってないし。っていうか究極とアルティメット被ってるし」

「いくで」

 

 ニアちゃんの突っ込みを無視してジークさんは腰を落として力を溜めると大剣を振りかぶった。サイカさんの属性である雷がドライバーであるジークさんに供給され帯電しているのか、青白い光が私たちの目を眩ませる。

 すごい力……! これはホムラさんの力を発揮するレックスにも引けを取らない!

 

「轟力降臨――極・電斬光剣(アルティメット・ライジングスラッシュ)や!!!」

 

 幾本の稲妻があたりに迸り、ジークさんの大剣が地面に突き刺さる!

 地面に『極』の字を浮かべ、その人はにんまりと顔を上げた。これはわざと外しただけだ、と誇示するように。

 だけど、ここの地名をよく思い出してほしい。

 ここは()()()()。切り立った崖があるのはもちろん、私たちの戦っている場所も、一歩踏み外せば崖下に真っ逆さまになる場所だ。しかも、ジークさんが吹き飛ばされた位置は少し迫り出した地形の上。

 そして、地面を貫くような衝撃を与えたら――。

 

「あっ」

 

 まず最初にホムラさんが何かを感じたのか、一歩後ろに下がる。その次の瞬間ミシミシミシィッ!! とジークさんの剣が突き刺さった場所から地割れが起きた。ヒビはどんどん広がって細かい砂煙を巻き上げながら私たちの足元までも迫った。幸い、みんな少し下がっただけで崩落に巻き込まれないで済んだけれど、崩壊の発生源であるジークさんたちに為す術はなかった。

 

「おんどれぇ~~~!!」

「うひゃあああああああーーーっ!!」

 

 ジークさんの何に対して言っているのかわからない怨嗟の声と、サイカさんの甲高い悲鳴が遠ざかっていく。

 咄嗟に崖下を確認しに行こうとすると、ヴァンダムさんに首根っこを掴まれた。

 

「馬鹿野郎、アサヒ! お前も落ちてぇのか!?」

「私の前にすでに二人落ちてますが!?」

「まぁ、大丈夫だろう。水の匂いが風に乗ってきている。この下は水辺だろうよ」

「ああ、スザクの言う通りだ。ついでに派手な水音もしたから、結構深いんじゃねえか? 死にゃあしないさ」

 

 豆柴型のコタローはその見た目通り耳もいいのかもしれないが、そういう問題じゃないと思う……。

 私はそっと崖下を覗き込んでもその下には崩れた岩の破片ばかりで二人の姿は見えなかった。

 ほ、本当に大丈夫かなぁ……。

 向こうではレックスがポカーンとジークさんたちの落ちて行った方を見たまま動けないでいた。いきなり突っかかってきて勝手に崖から落ちたら、たぶん誰だって驚く。

 

「な、何だったんだ。あいつら……」

「さぁ? バカなんだろ」

「稀にみる、な」

 

 散々な評価を受けた挙句、ニアちゃんに時間が勿体ないとも言われ私たちは再び足を進め出した。

 旅の初日から、散々な出だしだ。

 

 

 

 

 




次話『首都フォンス・マイム』


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07『首都フォンス・マイム』

                       1

 

 

 村と首都の間は普通に歩けば半日で着くらしいが、この世界では野生動物の他にモンスターも生息しているため、王都へ行くのも一筋縄ではいかない。腕の立つ人なら勝手にモンスターが怖がって近づかないらしいけど、今の私たちはまだその域に達していない。

 強さが同等くらいのモンスターは積極的に狙ってくるし、時には徒党を組んで襲ってくる場合もある。

 けれど一番厄介なのは、魂の頂で出会ったような、その地域で一体しかいないという名を冠する者(ユニークモンスター)だった。こちらから敵対の意思を見せなければ襲ってくることは無いが、手元が狂ってそれらをひっかけてしまった時は、最悪の一言に尽きる。

 

「アンカーショット!!」

 

 レックスの腕から放たれたアンカーのフックが二階建てバスくらい巨大な花を模したモンスターに当たり、緑色の瓶が二つほど宙に舞った。回復ポッドと言うこの世界特有の傷薬のようなものは、地面に落ちても一定時間は消えないのに人の手で力を入れただけで簡単に割れてしまう不思議な薬だ。この薬には殺菌、造血、組織再生の三つの効能があり回復手段が無いドライバーの命綱でもある。しかし、レックスのアンカーショットはそれだけじゃない。体勢を崩した敵にアンカーショットを撃つと地面に倒れ伏すダウンというリアクションが発生するのだ。

 そしてそれに続いて、取り囲むように位置取りをしていたヴァンダムさんが、スザクの鎌を構えて下から上に突き上げた!

 

「マッスルアッパー!!」

 

 ゴガッ! という音と共にユニークモンスターの体が宙に浮きグルグルと回る。ライジングと言う敵を浮かす技は今のところヴァンダムさんしか使っているところを見たことない。そしてその後に続く締めは私の役目だ。

 金色の緒でつながったコタローから伝わってくる力を手にしていたボールに籠める。

 

「ラピッドドロップ!!」

 

 そしてそれを両手を使って高く打ち出した。重力を伴って落ちてくるボールは見事にその花を模したドライバーであるそれの中心に、流星を連想するスピードで落ちた。

 足元を崩し、倒れさせ、打ち上げ、撃ち落とす。一連の流れはドライバーコンボと呼ばれこれが決まると相手に大ダメージを与えることができる。今戦っているユニークモンスターもゆらりと立ち上がるが、やがて光の粒子となって天へと昇っていく。そうして残ったのは足元にはお金と、コアチップにコアクリスタルが転がっていた。

 

「つ、強かったも~~! 日和散歩のマドレーヌ!」

「そ、そんな美味しそうなお名前でしたっけ……?」

「違いますも、ご主人。日和散歩のマードレスですも」

 

 そんなやりとりがありつつ、みんなはお互いの健闘を称え合ったり、落ちたお金などの回収をしている。その中で私は他のモンスターを倒した時にはなかった虫眼鏡のような不思議な形をした石碑に目が行った。

 これ、なんだろう? お墓のようにも見えるけど、何かのモニュメントだろうか。

 私は好奇心が刺激されてその石碑に近づいてまじまじ観察し、手を伸ばしてみると。

「あっ! アサヒ、それに触っちゃだめだ! さっきの奴がまた出て来る!」

「ええっ!?」

 あと1関節分のところでレックスの静止がかかり、私は石碑からぱっと距離をとった。

 咄嗟に突き飛ばすつもりだったのか、レックスも私の傍に駆け寄って安堵したような息を吐く。ドライバー5人がかりでようやく倒せた強敵と、もう一度戦いたいとは流石に思わない。

 二人して胸を撫でおろしていると、おっとりと笑ってホムラさんと私たちの様子を見たヴァンダムさんが歩み寄ってきた。

 

「大丈夫ですよ、レックス。触るだけならさっきのモンスターは出てきません」

「あぁ、あいつは墓に再戦の意思を伝えないと出てくることは無いからな。とはいっても気を付けろよ、アサヒ。お前の行動で、仲間が危険な目にあうこともあるんだからな」

「気を付けます、ごめんなさい……」

 

 気まずく謝ると、ヴァンダムさんはまた私の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。気にするな、ってことかな。

 

「おーい、サルデ門はこっちだってー。行くよー」

 

 ニアちゃんに呼ばれて私たちは旅を再開させた。

 ゆっくりでも着実にフォンス・マイムへは近づいて行っているはずだ。

 

 

                       2

 

 

 首都フォンス・マイムはサフロージュの木が至る所に植えられた都だった。

 インヴィディアの外は夜なのだろう。半透明の背中から差し込む月明かりが桜よりも少し濃いピンクの花を照らして、周囲を紫色に染めている。吹き抜けて来る夜風に乗って、サフロージュの花弁が視界を掠めていく。

 

「こういうのを花明かりっていうんだよね。綺麗だね、コタロー」

「あぁ、そうだな」

 

 インヴィディアの巨神獣の体内に広がる場所は大体が薄暗く、ぼんやりとした明かりが差し込むことが多い。そのため毎日日照不足に陥っているため、自生している花々は自ら光を発するように独自に進化を遂げた。しかしそれは巨神獣から離れる、花を手折ったり引き抜いてしまうとエーテルを供給することができなくなってしまうのか時間が経つと光が消えてしまうので、サフロージュの木も他の植物もここでは貴重な光源として自生するままになっているのだろう。

 向こうの世界の夜桜を思い出しながら景色を眺めていると、後ろからビャッコさんとヴァンダムさんの真剣な声が聞こえてくる。みんなはこの景色ではなく、近くに停泊している巨神獣船を見ているようだ。

 聞けば、ここインヴィディアと別の国のスペルビアの開戦が間近ではないかという話だった。その証拠にインヴィディアは軍備を拡張しつつあると、ヴァンダムさんは語る。この巨神獣船も輸送か、それとも兵器なのかは分からないけれど戦争に関するものであることは間違いが無いらしい。

 この世界で、巨神獣という生き物は人と寄り添う献身的な生き物らしい。様々な改造を施されても文句ひとつ言わず、その体を人間のしたいようにさせると言っていた。レックスのヘルメットの中にいるじっちゃんも、元は巨大な巨神獣だったらしい。なにせ体がまだ大きかった時には、背中に小屋を建てられお尻にクレーンを刺されても、文句ひとつ言わなかったというのだから巨神獣というのはそれだけ従順な生き物なのだ。

 私は腕の中のコタローに小さく声をかける。

 

「コタローは巨神獣と話せる?」

「いや、あいつらも無理だ。あのじーさんみたいなのはともかくとして、言語が違うとかじゃなく発声なんかの方法が違うんだろうよ」

「イルカが超音波で会話するのと似てるってこと?」

「まずイルカってなんだよ……」

 

 犬猫はいるのに、イルカはこの世界にはいないのか。

 まだまだこの世界の生態を把握するのは程遠いな、とその途方のなさに息を吐いた。

 

 

 

 巨神獣船が停泊していた場所よりさらに奥に進むと、石造りの要塞のような街が見えてきた。階段が多くて入り組んでいる。入ってすぐのところに広場のような場所があってそこで交易などをしているらしい。石畳の暗い色のせいか、それとも戦争が間近なせいか、陰惨な雰囲気を感じ取る。サフロージュの木の花弁がこの街にも吹き込んできて、暖色の蛍のような光の軌跡を描きながら、いずこかへと飛んで行く。幻想的な街並みにもかかわらず、この街の人たちはどこか暗く沈んだ顔をしている、

 白熱灯だろうか。二股に分かれた街灯に照らされる石畳の広場の一角で、長蛇の列ができていた。

 顔をすっぽりと覆った兵士が何かを並んだ人に手渡している。今は女の子がパンを受け取っていた。

 歴史の教科書とかテレビで見たことあるやつだ。ええっと、確かあれって――

 

「配給、かな……?」

「よく知ってるな、アサヒ。あそこは配給所だ。少ない物資を国の管理下で分け与えているんだが、ほとんど早い者勝ちっていうのが実情さ」

 

 日本でも世界大戦のときにはよく見られた光景だったはず。

 それが目の前で繰り広げられているというのは、やっぱり不思議な気分だった。そして、それを不思議と思う自分の中で苦いものを感じる。この光景がこの世界の普通であるならば、日本はやっぱりこの世界の人たちにとっては楽園なんだろうな。と思っていると、足元のコタローが「おい、なんかやべぇ雰囲気じゃねえか?」と注目を促した。改めて配給所に視線を戻すと、先ほど並んでいた女の子のパンを横から来た男が割り込み、女の子を突き飛ばして物資を受け取っていた。

 突き飛ばされた女の子は固い地面に倒れる。ホムラさんが慌てて駆け寄った後を私も着いてその子に近づいた。

 

「お、俺は国のために働いた兵士だぞ……! 優先的に配給を受け取るけ、権利があるはずだっ!」

 

 ホムラさんが女の子を庇うように立ち塞ぎ、私に抱き起こされた女の子は、こちらではなく取り上げられた配給品を今にもあふれ出しそうなほど涙を湛えて見上げていた。その泣き出しそうな目に配給を横取りした男は「な、何だよその目は……!」と意外にもたじろいだ。しかし、もう後には引けないと思ったのか振り切るように罵声を張り上げる。

 

「子供は大人の言うことを聞いてればいいんだよぉっ!!」

 

 そこで、レックスがホムラさんの横に並び立つ。

 こちらを向いて頷いてくれたので、この場は二人に任せて私は女の子の手当てをすることにした。

 普通の手当てだと時間がかかるので、今回は武器のボールを両手で持ってアーツを発動させる。

 

「リザレクションスフィア」

 

 ボールが女の子の足元から頭までくるくると回り、優しい緑の光が小さな体に振りかかる。

 その光を浴びたところから地面に擦った傷も痣も、目に見えて綺麗になっていった。

 あちらはレックスの一言で交戦になってしまったようだけど、4対1なら負けるはずはない。だがそれは、女の子の方には分からないようで、私の服を掴み焦った表情でレックスたちの方を指さす。

「お、お兄ちゃんたち戦っちゃうよ!?」

「大丈夫、あのお兄ちゃんたち強いから。もう、痛いところはない?」

「え……? う、うん……」

 キョトンとした顔で体の痛みが無いことに女の子は驚きを隠せないようだ。体を捻って傷を確認する女の子を見ている間に兵士は情けない声をあげて仲間を呼びに行ったらしい。どうやらホムラさんの噂が、この街の一般兵士にも伝わっているとのことだった。早くここを移動しようという話になると青みがかった白い髪の女の子は兵士がいなくなったのを確認すると、私を支えに立ち上がってヴァンダムさんに近づいて行った。

 

「ヴァンダムのおじちゃん……?」

「あん? ――お、お前、もしかしてイオンか!? 見違えたぞ! コールのじいさんは元気か?」

「………………」

「そうか、あまりよくないか……」

 

 この二人はコールという人を通じて知り合いという話だ。

 イオンという女の子はそのコールという人のところでお世話になっているらしい。

 まずは移動が最優先。私たちはイオンちゃんの保護者であるコールと言う人に会いに行くことにした。

 

 

 

                       3

 

 

 

「その時私は見た! 暗黒の力がすべてを飲み込む様を――人も巨神獣も暗黒の力に飲み込まれていく姿を! 

 このままでは世界が終わる。終わってしまう!! だがその時! 満身創痍の身を起こし、わが師。英雄アデルは決断したのだった!!」

 

「神よ! 我に力を!! 暗黒を灼き払い世界を照らす光の力を!!」

 

「――おおおっ! そなたは天の聖杯! 神の僕! どうか、我に力を!! この世界に光を!」

 

「こうして暗黒は払われた。しかし、その代償は大きかった。多くの大陸が、雲海の底へと沈んでいったのだ……」

 

「神の僕よ……。そなたのお陰で世界は救われた。その命の代償、我が償おう……! 我は語り継ぐ! そなたの伝説を! 我の名と共に、永遠に……」

 

 

 ――――――――――。

 ――――――――。

 ――――――。

 ―――。

 

 

 そのコールさんは劇団の座長を務めているというので、フォンス・マイム唯一の劇場にやってきた私たちはちょうど公演時間だったということもあり劇を見ていくことになった。

 それがさっきの話、そしてクライマックスのシーン。

 タイトルは『英雄アデルの生涯』。

 この世界では当たり前に知られている英雄譚だそうだ。あちらで言う、桃太郎とか金太郎とかの位置づけになるのかな。それとも世界の成り立ちを語ってるから古事記になるのかな、と思いながら私たちは大人数でぞろぞろと裏手のスタッフがいる控室の廊下を歩いていく。後ろの方でこそこそとレックスたちがもめているので、後ろの方が来ないことにヴァンダムさんが不審そうな顔をした。

 

「なにやってんだ? あいつら?」

「天の聖杯がいるのに、天の聖杯を題材にした公演をぶつけたんだ。こうなることは予想してたんだろ? ヴァンダム」

「まぁ、スザクにはバレちまわぁな。公演してたのは本当に偶然だったんだが、ちょうどいいと思ってな。それだけ重要だろ? 自分のブレイドの前のドライバーを知るってのは」

「………………」

 

 スザクが押し黙ったところを見ると、その意見にいくらか賛同するところがあるということだ。

 私は心配になって、抱え上げていたコタローの耳元にこそこそと話しかける。

 

「後ろ、どうなってる……?」

「レックスがホムラに妙な話をしてるな」

「まぁ、難しいよね……」

 

 耳を逸らせて聞き耳を立てたコタローの言葉にちょっとだけ落胆を見せてしまった。

 当事者でもない私が聞いてもデリケートな話だから、言葉に迷うのもわからなくはないけどここは、こう、天の聖杯のドライバーらしく、ホムラさんの不安を取り除くような話をしてあげて欲しかった……。

 なんだか居心地の悪そうなレックスと、心ここにあらずなホムラさんが角からようやく出てきて、私たちは劇場の廊下の突き当りの部屋にたどり着いた。部屋の中で物音がするので、中に人はいるんだろう。

 

「入るぞ。お前ら、いいか?」

 

 頷いた私たちを見て、ヴァンダムさんは扉を開けた。

 明かりの乏しい部屋は物が散乱している。その中で、ローブを着た人がごそごそと何かを探しているのが見えた。

 

 

 

 

 




次話『パジェナ劇場』


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08『パジェナ劇場』

                         1

 

 

「おいおい、また増えたんじゃないか?」

 

 インヴィディア烈王国、フォンス・マイム唯一の劇場『パジェナ劇場』の一番奥にやってきた私たちは、そこの座長でありヴァンダムさんの古い友人と言うコールさんと出会った。

 コールさんのいる部屋は彼の私室らしく、ライティングデスクに備え付けられたランプのか細い明りに照らされてぼんやりと部屋の様子がうかがえる。脚本家も兼ねているのか、分厚い本と舞台の小道具が至る所に乱雑に置かれているが、それより目を引くのは舞台でも出てきた真っ白い天の聖杯に関する一枚絵だ。

 

「なんだ、ヴァンダムか。人の趣味にケチをつけるな」

 

 机の上で探し物をしていたその人はヴァンダムさんの声で振り返ってそう言った。

 しゃがれたお爺さんの声だった。分厚いローブのフードを室内でもなぜか被ったこの人がコールさんなのだろう。

「戦友相手になんだはねえだろう」

「戦友?」

「あぁ、傭兵団を作る前はフリーでな。若さに任せてコールのじいさんとあちこち駆け巡ったもんさ」

「情にほだされて、すぐにタダ(ロハ)にする誰かのお陰で金にはならんかったがな」

 私は村に来て間もないから、村の運営をしっかりとしているヴァンダムさんしか知らないけど、昔はそんな無茶なことをしてたんだな。正直情にほだされてしまうというほうがヴァンダムさんらしいと言えばらしいのかもしれない。そんな昔話をするコールさんをヴァンダムさんは豪快に笑って吹き飛ばした。

 

「それはお互い様だろう! 劇団なんか始めやがって!」

「へっ。――で、今日は何の用だ」

「……爺さん、無駄に長く生きちゃいないだろう。知らないか、世界樹に渡る方法を。楽園への行き方を」

「楽園だとぉ? 行ってどうする? あそこには――」

 

 コールさんが何かを言いかけたところで、その視線がヴァンダムさんの後ろにいるホムラさんへ移動したのがわかった。特徴的なコアクリスタルの色を見て「そのコアクリスタル……! あ、あんたは……!」と信じられないようなものを見る目つきでホムラさんを見た。それで大方の事情は察したのか、剣呑な目つきで彼女のドライバーを探し、それがレックスであるということに心底驚いた顔をする。

「お前が……!? まさか、子供とは……」

「どうだ爺さん、知ってたら教えてくれんか」

「ふぅーむ……。世界樹への渡り方を聞きに来たということは一度は行ってみたんだな?」

「うん、でも駄目だった」

「だろうなぁ……。アレがいる限り、誰一人として世界樹には渡れん」

 アレって、何だろう? 指示語で話されても、同行していなかった私はみんなの話についていけない。完全な置いてけぼり状態だった。このタイミングで詳しく聞いていい所か、ちょっと迷うところがあるので今は静かにしておいたほうがいいだろう。こんなことになるなら、ヴァンダムさんの体調の悪い知り合いの人がこの人のことか聞いておけばよかったな。

 思考が散乱する私とは逆に、部屋の中の会話はスムーズに続いていく。

「アレは世界樹を守っている。だが……かつてただ一人だけ、世界樹を登り神に会いに行ったものがいる」

「世界樹を……!? 本当に?」

「あぁ……。その男ならアレのことを――世界樹の渡り方を知っているかもしれん」

「それは誰?」

「…………………………」

 そこまで言ってコールさんは言い淀んだ。

 よっぽどの理由があるのかわからないけれど、それでもレックスの楽園へ行きたいという真摯な気持ちを汲み取って重たい口をゆっくり開いた。

「教えてもいいが……その前に二人だけで話をさせてくれないか。そこの――天の聖杯と」

「ホムラと?」

「……わかりました」

「奥へ」

 この先はコールさんの寝室になっているらしく、私たちはどうすることもできずに部屋で二人が出てくるのを無言で待つことになった。

 

 

 

 二人を待っていると、イオンちゃんが私たちのいる部屋を覗き込んできた。彼女は私を見つけるなりぱっと顔を明るくさせて、こちらに走り寄ると目の前でぺこりと一礼をした。

 

「さっきのお姉ちゃん。怪我、治してくれてありがとう。ワンちゃんも、ありがとう」

「どういたしまして」

「おう!」

「…ねえ、お姉ちゃん。さっき私にしてくれたこと、コールのおじいちゃんにもしてあげて。おじいちゃん、最近具合が悪そうなの……。だから、治してあげてほしいの!」

 

 あぁ、やっぱりか。

 半分くらい予想していた展開だったので感情を出すことなく、そっとヴァンダムさんに視線を向けた。ヴァンダムさんは口を引き結んで深刻な顔で頷いただけだった。大事な人が病気になっているからか、イオンちゃんの顔はやはりどこか沈んでいる。私はイオンちゃんの目線に合わせるために身をかがめた。

 

「お姉ちゃんね、そこのヴァンダムのおじちゃんに頼まれてここに来たんだよ。フレースヴェルグの村ではね、怪我した人を癒したり、治したりするのが私のお仕事なんだ」

「本当!?」

「うん。だからね、私がどこまでできるかは分からないけど、コールさんが少しでも痛かったり苦しくなくなるよう精一杯頑張るつもりだよ」

「ありがとう、ヴァンダムのおじちゃん、お姉ちゃん!!」

 

 イオンちゃんは出会ってから一番明るい笑顔を見せてくれた。バラしちゃってごめんなさいと、ヴァンダムさんに視線を向けると、小さな子の笑顔を無碍にしたくないのかそれとも気恥ずかしさからか難しい顔のままコールさん達がいる部屋を睨みつけていた。

 ほどなくして、話が終わってコールさんとホムラさんが出て来る。そんな中でヴァンダムさんが怖い顔をして睨んでいたのでホムラさんが驚いて固まり、コールさんが「なんだ、怖い顔しおってからに」と不思議そうな顔をしていた。長い付き合いのコールさんはそれ以上は尋ねずに、机の上あたりをごそごそし始める。

 

「さぁーって、どこにしまったかな」

 

 ホムラさんとコールさんのお話は恙なく終わったらしく、楽園に行くために力を貸してくれるという話で落ち着いたそうだ。書きかけの脚本、資料などが散乱する机を大雑把にかき交ぜると、そこに降り積もっていた埃が舞い散りランプに照らされてキラキラと光った。

 しかしそれが悪かったのか、コールさんは体をくの字に曲げて激しい咳をし始める。……この咳をした後にヒュウヒュウ、ゼェゼェした呼吸。ヴァンダムさんが事前に教えてくれた症状はこれだったか。

「大丈夫ですか!?」

 慌てて駆け寄って折れ曲がった背中を擦ると、コールさんは私の方を向いて苦し気に笑いかけた。

「だ……大丈夫だ。すぐ、収まる……。心配ない……心配ない……」

 口ではそう言うけれど、ゼェゼェと掠れた呼吸は全く大丈夫そうに見えない。イオンちゃんも不安げな顔で、でもどうしたらいいか分からないという風にコールさんを見上げている。

 

「今日は引き上げたほうが良さそうだな……。悪かったな、爺さん」

「い、いや……。も、もしよければ、明日また来てくれ……。渡したいものがある……」

 

 喋るのもやっとだろうに、コールさんはそれだけ言うと書き物机に備えられていた椅子に座りまだか細く咳込んだ。このまま放っておくのは危ない。イオンちゃんとも約束したし、私は顔を上げてヴァンダムさんに言った。

 

「ヴァンダムさん、私はここでコールさんを診てから戻ります。先に行っててください」

「あ、あぁ。爺さんを頼んだぞ、アサヒ」

「はい!」

 

 今晩泊まる宿屋の場所だけ聞いて、私はみんなの背中をコールさんたちと一緒に見送った。

 

 

 

                         2

 

 

 ゼェゼェという呼吸と埃が舞い飛んで咳が起こったことから、もしかしたら喘息のような発作なのかもしれない。そう考えた私はコールさんとイオンちゃんに話をして窓際にコールさんを移動させてもらい、まずは新鮮な空気を吸い込めるように手配をした。次にイオンちゃんにお水を貰いに行ってもらった間に、私はコールさんのローブの喉元をくつろげようと手をかける。

 

「すみません。ちょっと、服ゆるめますね」

「……あぁ……。服の下は、少し人と違っているから……驚かないでくれ……」

「? 分かりました」

 

 言っている意味が分からなかったが、それは分からなくて当たり前だった。

 コールさんのローブの下。鎖骨の部分には赤色が混じったコアクリスタルが埋め込まれていたのだ。

 咄嗟に言葉は出なかった。けれど、だからと言って治療を止めるまでには至らない。

 

「コタロー。回復アーツってエーテルの力を流して細胞の活性化を促すんだよね?」

「あぁ、そうだが……」

「エーテルの流れって、こっちで操作できない? 例えば狭まった気道を広げるとか、そのうえで炎症を抑えるみたいなことは?」

「その位置に近いところに触れて直接エーテルを操作できればいけるかもな。やるのか?」

「他に手掛かりはないし……。コールさん、出来るだけゆっくり……鼻から息を吸ってお腹に空気を溜めながら細く細く吐いて行ってください」

「……あ、あぁ」

 

 コールさんが腹式呼吸を始めたくらいから、私はコタローのエーテルをコールさんの喉と鎖骨の間辺りにボールを近づけて目を閉じて集中する。体の中の血管や気道が広がり楽に呼吸ができるように一連の流れをイメージした。新鮮な空気が鼻から気道を通り肺に届き二酸化炭素を吐き出していく。

 二度、三度、コールさんが腹式呼吸をする間に、喉がゼェゼェとなるのは落ち着いた。そして、息苦しさの無くなったコールさんはやんわりと私の手を握って下す。もう大丈夫だと語るように。

 

「ありがとう、だいぶ楽になったよ」

「爺さん、あの部屋で書き物はしないほうがいいぜ。さっきみたいなこと割とあるんだろ?」

「できればお掃除したほうがいいと思いますよ。窓を開けるとか換気だけでも……」

「扉は開けておくことは多いが、あの部屋には窓が無くてね……。だが、掃除は頑張ってみよう」

 

 そこで私たちの会話は一瞬途切れた。あの胸のコアクリスタルについて聞いていい物か迷ううちに、コールさんの方から話しかけられる。

「君が、楽園から来たという子だな」

「……………」

「なに、長く生きていれば何も言わんでもわかるものさ。――そうか、天の聖杯のドライバーといい、君といい、世代は次に進みつつあるのだな……」

 何かを噛みしめるように、コールさんは遠くのサフロージュの花弁が散る夜景に視線を移した。そろそろ人々が寝静まる時間。今日初めてであったにもかかわらず、この人の作り出す柔らかい静寂が心地よかった。

「君も、楽園を目指しているのかね」

「……わかりません」

「楽園に戻りたいとは、思わないのか?」

「私がいた場所と、みんなの言う楽園は似て非なる物だと思っています。ホムラさんやレックスが目指す楽園が、私の元いた場所と本当に同じなのか。確証はありません」

 確かに、元の世界に戻らなきゃいけないという気持ちはある。それでも、どうしても戻りたいかと言われたら、即答はできない。それはこちらにやってきてから何度となく考えたことだけど、結論が出ることは無かった。

 コールさんの気遣わしげな視線が心苦しい。そこから逃げるようにそちらから目を離すと、誰かの足が見えた。劇団の人だろうかと顔を上げたそこには、見知った顔と全く見知らぬ顔がそろって立っていた。

 

「興味深い話をしてるじゃないですか。僕らも混ぜてくださいよ」

「っ! あなたは、イーラの……!?」

「おや、噂の楽園の子に顔を覚えていただけているとは光栄ですね。本日はそちらのご老人に話があったのですが、交渉材料をつぶされてしまったのでとんだ無駄足になってしまいましたよ」

「ヨシツネ」

「おっと失礼」

 

 力関係では横に立っている大柄な男の人の方が強いみたいだ。前髪を逆立てたラグビー選手みたいな男の人は全身真っ黒の鎧で上半身をがちがちに固めている印象だ。赤眼鏡の人が隣に立っているだけで外国人と日本人くらいの差異ができている。黒い人は私ではなくコールさんにまっすぐ視線を向けて言った。

「言っておくが、同窓会をしようと思ってきたわけじゃねえぜ」

「天の聖杯なら既に旅だったよ。同じ根をもつ者よ……」

「はっ、抜け抜けと……!」

 私は、この世界の知識が足りなさすぎる。だからこそ二人の話している意味も分からないし、この状況が何を示しているのかも分からない。それでも、この状況はきっとよくないものだ。

「コタ……!」

「駄目だ、アサヒ。俺たちだけならともかく、そこの爺さんも庇ってとなると戦力は絶望的だ」

「おやぁ? まさかこの僕たちを退けようなんて、思ってませんよね? まぁ、外にはカムイも待機させてますし、たとえあなたたち二人だけだとしても、逃がすつもりはサラサラないんですけどね」

「ワシはいい。だが、この二人はワシらとは関係ないだろう!?」

「せっかく見つけた腕のいい医者を手放す気ですか? 引き取った難民の子供たちが悲しみますよ。そうでなくとも、楽園の子と呼ばれてる存在を僕たちがみすみす見逃すとでも?」

「……私に、何かさせたいんですか?」

「アサヒ!?」

 コタローが驚くのも無理はない。けれど、ここはこうすることが一番だと思ったのだ。コタローはブレイドだから私が死んでもコアクリスタルに戻るだけ。でも、ここには普通の人間もいるし、なによりコールさんが長い時間をかけて作った劇場だ。街の人の憩いの場だ。

 傷一つ、窓一つ割らせるわけにはいかない。

「私にしてほしいことがあるなら従います。その代わり、ここではない場所にしてください」

「自ら人質になろうってか。健気だねえ」

「っ!」

「へぇ。あのメツを相手にそんな風に睨みつけるなんて、脇役にしては肝が据わってるじゃないですか。いいキャラクターですよ、あなた」

「何を馬鹿なこと言ってやがる。行くぞ」

 メツと呼ばれた男の人は、私に目だけで着いてこいと示して、劇場の出入り口に向かって歩き始めた。

 その後ろを悠々とした足取りで、赤眼鏡のヨシツネが付いていく。その一番後ろで私もコタローを抱き上げて後を追おうとしたときに、コールさんが私を呼び止めた。

「君は、なぜ……?」

 私は答えを言わない代わりに、後ろを振り向かずに言った。

 

「レックスたちには、知らせないでください。次会った時ヴァンダムさんにごめんなさいって伝えて貰えると嬉しいです」

 

 

                         3

 

 

 ふわり、と銀色の蝙蝠みたいな翼の生えたブレイドがサフロージュの木の花弁と踊るように夜に舞う。

 月光に照らされて鈍色に光るその子は楽しそうだった。

 一方そのドライバーであるヨシツネと呼ばれた人たちは、足の長さの差を考慮せずどんどん歩いて行ってしまっている。どこに連れて行くのかは知らないけど、もう少し歩調を緩めてほしい。メツと呼ばれた人なんてあの人の一歩分は私の二歩に相当するのだから。

 強制的に競歩を強いられている私は、時々小走りになって青い鎧を追いかけるしかない。

 そこからどれくらい歩いただろう。

 山の頂上にある階段の長さが自慢のお寺でも、ここまで長くないだろうという大階段をようやく登り切って見えたのは、円形の屋外の劇場だった。白い石で作られた壇上の観客席の一番下が、ホールのような舞台になっている。ここはインヴィディアの巨神獣の背中なのだろう。空に浮かんだ天然のスポットライトが景色をぼんやりと照らしている。

 

「あいつを呼んでくる。お前は手早く済ませろよ」

「はいはい」

 

 円形の観客席の適当な場所に私は座り込んだ。コタローは赤い眼鏡の人のブレイドに……お手玉のようにもてあそばれている。キャッキャッと、可愛らしい笑い声が敵に捕まっているということを一瞬忘れるくらい楽し気に月明かりの下に響いた。

 先ほどの大階段を下りていく黒い男の人を見送ると、先ほどの赤い眼鏡の人が近づいてきた。

「あいつって……?」

「天の聖杯のことですよ。進んで人質になったんですから、それくらい予想はつくでしょう?」

「ホムラさんを? どうして……」

「さっきから言ってるでしょう。あなたは人質。――ならば、本命がいて当たり前じゃないですか」

 私は自分の愚かさに唇をかみしめた。最初から、この人たちの目的はホムラさん。

 この人の言う通り、私はただの脇役。私がいなくなれば全部丸く収まるなんて、どうしてそんなことを考えてたんだろう。誰も、誰もそんなこと言ってなかったのに――!!

 しかしヨシツネと呼ばれた人は、こちらを向いてにんまりと笑った。私の馬鹿さ加減に笑ったのかと思ったが、それは違った。こちらへ向けている視線の熱量が高い。

「あぁ、やはり――あなたは何も知らないんですね。天の聖杯のことも、このアルストのことも! 巨神獣も、ブレイドも、あなたはこの世界で当たり前のことを何も知らない! だからこそ興味深い……!!」

 ヨシツネは私の首元を掴み、顔を近づける。そうしてこう続けた。

 

「さぁ、話してください。あなたの知っている世界のことを! この世界の誰も考えつかなかった至高の脚本の足掛かりを!! そのために、あなたをここまで連れてくるなんて寄り道をしたんですから!」

 

 妙に高ぶったその声が私の困惑した思考をぐわんと揺さぶった。

 

 

 

 




次話『カラムの遺跡』


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09『カラムの遺跡』

                   1

 

 

 

「おい、もうあいつが来るぞ。用意しろ、ヨシツネ」

 

 共通の世界を通じて、同じ天の聖杯を呼び出したメツは己のブレイドであるザンテツと、カラムの遺跡に人質と共に置いてきたヨシツネに声をかけた。返ってきた言葉は一人分だ。ヨシツネのブレイドであるカムイは待ちくたびれたのか飽きたのか、ヨシツネの周りをいつも通り自由気ままに飛んでいた。

「――あぁ、もうそんなに時間が経ってましたか。まぁ、それなりに実りのある時間ではありましたね」

 ヨシツネは今まで、楽園の子と呼ばれる少女と話をしていたはずだ。何を話していたかはメツには興味もないことだが、機嫌を見る限りそこそこの成果はあったのだろう。

楽園の子(人質)は?」

「騒がれると面倒なので、あそこに」

 ヨシツネの指さす方向には意識を失った黒髪の少女が倒れていた。その体は不気味なほど沈黙していてパッと見るだけでは生きているのか死んでいるかこの暗がりでは判断がつかない。

 よってメツは念には念を入れて、尋ねた。

「殺しちゃいねえだろうな?」

「そんなへましませんよ。証拠に、ほら。彼女のブレイドはそこにいるでしょう」

 言われてから気が付く。己の足元にも満たない犬型のブレイドが尻尾と耳をぺたんと伏せてドライバーの顔に鼻を近づけていた。もし彼女が死んでいれば、あれは今頃石くずのようなコアクリスタルになっていることだろう。

「…………」

「意外そうな顔をしてますね。僕だって物事の優先順位くらい弁えていますよ。今は、天の聖杯が最優先だ」

「そうかよ。……おっと、来たな」

 

 

「――醜態だな。いつまでその姿でいるつもりだ」

 

 

 カラム遺跡に唯一繋がる大階段から顔を出したのは、記憶に残る太陽の光のような金色の髪ではなく、燃えるような鮮烈な赤い髪をした少女だった。

 

 

 

                   2

 

 

 

 頭が、重い……。ズンと脳の真ん中に重しが入ったような鈍い痛みが、心臓の鼓動と同じタイミングで痛みを発する。こういうのを、拍動痛っていうんだっけ、と思い返す行為によって脳を徐々に動かしていく。

 乾いた匂いに交じって金属が弾け合う音がした。そして、私の顔を湿った何かが押し当てている。

 顔を少し上げて目をうっすら開くと、豆柴型ブレイドのコタローが耳をぺたりと伏せたまま悲しそうな顔をしていた。飼い主に置いて行かれてしまったようなそんな顔だった。

 うっすらと見える青い緒からコタローの気持ちが伝わってくる。

 

 ――すまない、と。

 

 コタローが何に対して謝っているか、それは視線を移動させればすぐにわかった。

 いつの間にやってきたのかレックスたちがホムラさんを助けに来ていた。よかった、と思う反面、戦況はレックスたちの分が悪いようだ。みんなの武器からはブレイドの力の象徴である青い光が出ていない。その代わり、辺り一面に漂うのは赤い禍々しい色の粒子だった。

 そこでようやく体を動かせるようになって、私は痛む頭を押さえながら体を起こす。そうすると、コタローは私が起きたことにひどく動揺しているらしかった。

 

「……なんで、このタイミングで起きちまうんだよ……? アサヒ……!」

「コタロー……。状況は……?」

「そんなこと気にしてる場合じゃねえだろ! あのヨシツネってやつに殴られて、今の今まで気絶してたんだぞ!? 動くこともままならねえじゃねえか……!」

「…教えて、コタ」

「……くそっ! 赤眼鏡のブレイドが生み出す反属性のエーテル場で、レックスたちはアーツを使えなくなってる! 俺たちも、たぶんあそこに行けば同じだ。ここは大丈夫みたいだが、あいつらにアーツを使うには遠すぎる」

「じゃあ、私には使えるね……」

 

 深く眠っていたところを無理やり起こされたような体の重みと不快感を無理やり抑えつつ私は回復アーツを発動させた。緑色の光を浴びていると、首の後ろ辺りが痛かったんだなと遅れて自覚する。

 アーツのお陰で、頭の重さとそれに伴って思考を妨げていた靄のようなものはだいぶなくなった気がする。

 円形の舞台ではニアちゃんとヴァンダムさんがヨシツネと、ホムラさんが見覚えのない黒いサソリのようなブレイドと、レックスがメツと呼ばれていた大柄な男の人と戦っていた。トラとハナちゃんは状況に応じて動いているらしいが、ブレイドの力を阻害する力が働いているのではうまく力が引き出せないようだ。

 集中すると、まだ少しめまいがする。気絶なんて初めてさせられたけど、こんなに気分が悪くなるものなんだ。

 

「逃げるぞ、アサヒ! 村の奴を呼んでくるんだ!」

「今から行っても間に合わないよ……」

「だからって、俺たちがここにいて何ができるんだよ!? お前は本調子じゃないし、俺は回復ブレイドで、しかもビャッコみたいな図体もない! どう考えても足手まといになるだけだ!」

 

 逃げるにしても、少しぐらい――なにか少しは援護をしたい。

 これは私の我がままだというのはわかっている。だけど、と、機会をうかがっているうちに、あのメツという人は迷う私の前で新たな力を見せつけた。

 黒にも見える紫色の力の柱が立ち上る。

 私はそれを本能的に恐怖した。だからこそ、目が離せない。あの力が、あの敵意がこちらに向くと想像しただけで体がすくみ上る。

 みんなも、その異常さを目にして一瞬動きが止まったようだった。

 

「めんどくせぇから終わりにするぞ! ヨシツネ!!」

「同感です!」

 

 曲芸のように二本の刀を振り回したヨシツネは獰猛な笑みを浮かべ、同時に走り出した。

 メツはレックスとホムラさんを、ヨシツネはニアちゃんを、それぞれ狙っているらしかった。

 

「っコタロー!」

「あぁ、もう!! しょうがねえっ!!」

 

 あのメツと対峙するのに比べれば、ヨシツネという人の方がまだ怖くない。

 私はたまたま近い位置にいたヨシツネと、そのブレイドに狙いを定めて走り出した。階段状になっている観客席を降りているわけだけど、重力の力を借りた足取りは思った以上に速度が出る。その分、足をもつれさせて転んだら大惨事になりそうだった。それでも、私たちはそうなる直前にコタローの風の力を使って補助を受けながら夜空に向かって――飛んだ。

 ヨシツネの真上を取るような位置に行き着くと、私は手にしていたボールを膂力と重力に任せて投げつけた。飛んだ直後から武器の発する青い光はどんどん弱まっていくのが分かる。それでも純化、圧縮、凝縮した力が全部抜けるまで少しは時間がかかるようだ。想定していたのよりも一段階下がっちゃったけど、それでも一矢報いることができるなら――!!

 ヨシツネがボールに気付いて弾き返すまでは想定通りだ。私は返ってきたボールを、コタローに受け渡した。

「お願いっ!」

「あぁ! 俺様の妙技、とくと見やがれ!」

 視認できるほどの風が渦巻いたボールが、砲弾のようにヨシツネに向かって打ち出される!

 

「「エアリアルハウンド!!」」

 

 これが、今の私たちに撃てる最大の攻撃だった。

 けれど、それは呆気なく彼のブレイドである少女の作り出す盾に防がれた。

 後はもう、抵抗する間もない。落ちてきたところでヨシツネに服の襟ぐりを掴まれて遠心力に任せて投げ飛ばされる。続く追撃は、ビャッコさんがヨシツネに飛び掛かってくれたおかげで回避はできたが、固い地面に胴から落ちても勢いは殺せず、二度三度と地面を跳ねてようやく止まった。背中に冷たい風を感じる。どうやら、円形の迫り出した縁の近くで何とか留まったらしい。

 

「アサヒ! ビャッコ! ――貴様ぁっ!!」

 

 ニアちゃんの怒りを孕んだ声が遠くから聞こえてくるが、それは間もなく短い悲鳴に変わった。

 痛みに呻いている間に、目の前に転がるボールからは青い光が失われていくのを、何もできずに見つめるしかなかった。

 逃げて助けを呼ぶつもりだったのに、出口から遠ざかっちゃったな……。

 さっきアーツで回復したにも関わらず、全身が悲鳴を上げている気がした。体を動かそうとしても、脳がそれを拒否する。これ以上動いたらもっと痛くなるぞ、と言外に伝わってくる。

 

「アサヒ! 動けるか!?」

「ん……」

「ちっ、この赤い変なのが無けりゃ治してやれるのに……!」

 

 コタローの忌々し気な声と一緒に、出入り口側にいるレックスたちの声が聞こえた。

 ヴァンダムさんが奇策を取ったらしいのが、吹き付けて来る風で悟る。領域外の攻撃、ということはきっと離れたところからの援護射撃のようなものだろうか。何とか首だけ動かしてそちらを見ると、ヴァンダムさんが石造りの観客席から飛び降りたタイミングだった。

 壮年の男性とは思えないほどの身体能力で、しっかり両足を地面につけたその人は、自身のブレイドの武器であるツインサイスを構えて、近くに倒れていたレックスに向かって言った。

 

「いいか、レックス! ブレイドの武器にはなぁ、こういう使い方もある!!」

 

 そうして、ヴァンダムさんはスザクのツインサイスを自分の腰のあたりに深く突き刺した。

 ヒッ、と喉が干上がったのを止められず、私は後悔した。ヴァンダムさんをあそこまでさせてしまうほど、私たちは絶体絶命の状況なのだ。そんな状況を、あの人は一人だけの力でどうにかしようとしている。

 いくら同調したブレイドの武器だと言っても、体内に直接エーテルエネルギーを注入するのは莫大な負荷がかかるらしい。ヴァンダムさんは苦し気なうめき声をあげ、その姿にメツとヨシツネが初めてひきつった声を発した。

「貴様、まさか――!?」

「武器に残ったエネルギーを、直接体内に……!?」

「へっ……。こうしてりゃ、エーテルの流れなんかは、関係ねえって訳だ!!」

 ツインサイスを腰から生やしたヴァンダムさんが、ゆらりと動き出す。そのまま彼は走り出して、スザクが作り出すような小型の竜巻を腕から噴出させ、渾身の叫びと共にまずはヨシツネと言う人を吹き飛ばした!

 

 「っ!!」

 

 交差するように、あの紫色の力をまとわりつかせたメツと拳が交わった。

 拮抗する力はメツが一度退いて、その間に青黒いトカゲのようなブレイドが飛び込むが、上からの奇襲でスザクがそのブレイドを地面に縫い付ける。その後はメツとヴァンダムさんの、二人の闘いだった。

 ここまでの時間でなんとか体を起こすことはできたけれど、戦闘の格が違い過ぎる。今、あの中に向かっていって、私に何ができるのだろう。

「逃げろ!!」

 ヴァンダムさんの声に弾かれるように俯きかけた顔を上げた。

「ホムラを連れて、さっさと逃げやがれ!!」

 それはレックスに向かっての言葉だった。ヴァンダムさんは、命を懸けてレックスとホムラさんを逃がそうとしている。なのに、レックスは呆然と倒れたままヴァンダムさんから目を離せないでいる。

 スザクが、あの青黒いブレイドに捕まり、逆に地面に叩きつけられた。

 青い剣からの斬撃を受け止め、躱し、必死に注意を逸らすヴァンダムさんだが、それでもレックスは逃げない。

 ヴァンダムさんを、私たちを置いて逃げたくないというのは痛いほど伝わってきた。

 それを振り切らせるように、ヴァンダムさんが叫ぶ。

 

「レックス! 死なないんだろ――死ねないんだろう!? なら、こんな所にいるんじゃねえ! 生きて――生き延びて――楽園に行くんだぁああああっっ!!!」

 

 直後、誰よりも冷え切った声が響いた。

 

「行かせねえよ」

 

 一瞬だけ吹き飛ばされたメツの蹴りが、まともにヴァンダムさんの体にめり込んだ。

 サイスのエネルギーも底を尽きかけているのか、差し向けた手から生み出された竜巻は、簡単に払われただけで消失する微弱な物。一方、メツはダメージらしいダメージを食らった素振りもない。

 残る結末は、一つきりだ。

 

 

 

「いいか、レックス! ――お前の(いくさ)を、戦ええええええええっっ!!!」

 

 

 

 ヴァンダムさんの魂のような叫びが、月明かりの照らす劇場に響き渡り、そして――。

 鈍く重い音をたててヴァンダムさんはメツに切り伏せられた。

 

 

 

                   3

 

 

 ヴァンダムさんが、倒れ、て――いく。

 その映像がスローモーションのようにゆっくりと脳に焼き付けられていくのを感じた。

 

「うあああああああああああああああああああああ!!!」

 

 レックスの天を貫くような咆哮が、ビリビリと鼓膜を震えさせる。

「よくもヴァンダムさんを――! ヴァンダムさんをおおおおおおおっっ!!!」

「だ、駄目、レックス! 戻って!!」

 ホムラさんの声さえ、今のレックスには届いていない。怒りで我を見失い、猛然とあるいは動物のようにメツに向かっていく。二度、三度の剣戟。それでも、力量差は目に見えていた。

 

「あ……あぁ……」

 私は、舞台際の風が冷たく感じるそこで恐怖に身を震わせていた。

 ヴァンダムさんが、斬られた。

 遠目からでも見て取れるくらいに、その下から血が溢れてきている。

 ブレイドの力を阻害する赤い粒子みたいなものはまだ残っている。これじゃあコタローの力も使えない。

 だからと言って、見捨ててもいいの?

 ヴァンダムさんが受けたのは、胸への一撃。一か所の致命傷だ。

 それであれだけの血の量となると、静脈か動脈を傷つけられたのかもしれない。

 この世界に病院はない。輸血もない。あの傷を見ればもう助からないものなのかもしれない。それでも、それでも。考えて。思い出して。この世界のルールをきちんと把握して。本当に、助ける方法が無いの?

 

「アサヒ?」

 

 息が苦しい。呼吸がうまくできない。空気を吸って吐くってどうやるんだっけ。

 駄目だ。酸素が極端に減って鈍った脳ではもうこれしか考えられない。

「お、おい! アサヒ! どうしようってんだ!?」

 コタローの声が聞こえるけれど、頭でその意味を理解するまでの間に私は豆柴の体を抱き上げてヴァンダムさんに向かって駆け出していた。その先にいる追い詰められたレックスに対して、ホムラさんの絶叫が、私が駆け出したのとほとんど同時に木霊する。

 視界を埋め尽くすような莫大な閃光。視線の先には、真っ赤なミディアムショートのホムラさんではなく、太陽の光のような金髪の女の人がホムラさんのいたところに立っていた。

 その不思議な光景を、私は全力で無視した。途中でヨシツネこちらに気付いて敵意を向けるが、メツの怒鳴り声が私に彼の牙が向くのを奇しくも抑えてくれる。その間にも、私はヴァンダムさんのところまでたどり着き、交戦しているレックスたちに背を向ける位置で彼の巨体に自分の体をねじ込んで仰向けにさせた。ウエストポーチの中にある布という布をすべて使ってあふれ出た血を拭っていく。

 外側は外気に晒され色を濃くして冷たくなっていたが傷に近づくにつれて、温かさをまだ感じていた。

 

(布が足りないっ……!!)

 

 緊急用のガーゼも、包帯もすぐに血を吸って真っ赤になってしまう。これ以上吸い込むことはできないと、赤い液体を滴らせているのを確認して、私はそれを地面に放り捨てた。

 べしゃり、という水っぽい音が気持ち悪い。

 辺りに使える布が無いか見まわすけれど、ここは遺跡だ。石でできた冷たい地面以外にはなにもない。

 そうして見下ろした自分の体は、ヴァンダムさんの血に濡れて赤く染まっていた。けれど、自分の着ている服は彼の血に汚れてはいなかった。

「……っ!」

「おい!? どうした、いきなり服脱ぎ捨てて! 気でも狂ったか!?」

 コタローの混乱した声が聞こえる。それを無視して私は上着に手をかけた。薄手の下着姿になりながらも、裏返しで脱いだ服を丸めて血の溢れるヴァンダムさんの傷に布を押し込んだ。

 

「レックス!!」

 

 振り向いて叫ぶ。レックスは金髪の女の人と共に、メツとヨシツネの二人と交戦中だ。

 私は砂利で足を取られながら、力の入らない足に鞭打ち走り出しながら叫ぶ。

「アンカーショットを!」

「っ!!」

 私の希望通り、アンカーショットを撃ったレックス。標的はヨシツネ。

 そういえば、彼らのブレイドの姿が見えないけれど、それなら好都合だ。あのブレイドの力を阻害する赤い粒子もいつの間にか消えていたから。

「このっ、雑魚風情があああああああああっ!」

 レックスの攻撃より私の迎撃を優先したヨシツネは、まさに鬼と言っていい形相でこちらに武器を振りかぶった。その後ろで何か、蛍光色の緑が跳ねて飛び出す。

 回復ポーション。アンカーショットの副次作用で生成される体力や傷を回復するもの。

 

「ああああ―――っ!!」

 

 渾身の力で銀色の軌跡を描く刀の軌道から外れる。そして転がるように滑りレックスの作り出したポーションを二本手の指だけで掴むと、踵を返してヴァンダムさんのところにとんぼ返りをした。

 

「あいつ、この状況で治療を!?」

「馬鹿野郎! 目を逸らすなヨシツネエっ!!」

 

 剣戟の音が鳴りやまないが、こちらに攻撃が飛んでこないようにレックスが庇っているのか、何事もなくコタローのいるヴァンダムさんの元へとたどり着く。

「お前、なんつー無茶してんだ!」

「お説教は後で聞くから! 今は一刻を争うの!!」

 丸めて血を吸った服を抜き取り、その上から回復ポーションを振りかけていく。どういう作用でどういう成分で傷を癒しているのか分からないけど、振りかけた傍から出血は目に見えて止まり、傷もうっすらだが塞がれた。けれど、自発呼吸には届いていない。私は脱ぎ捨てた服をヴァンダムさんの首の後ろに押し込み、気道を確保して心臓マッサージをする体勢をとる。こういう場合は素人だからとか、失敗したらとか思っちゃダメなんだ!!

 

「コタロー! ヴァンダムさんに呼びかけて!」

「畜生! あっちでもこっちでも何しようとしてんだか全くわからねえ!」

 

 コタローの視線の先でいったいどんなものが繰り広げられてるのか、今は気にしている余裕はなかった。

 本で読んだ知識、聞きかじりの知識、テレビでの知識を総動員して心肺蘇生を行う。やり方が正しいか、正しくないかは拘泥している暇はない。心臓のある部分を的確にとらえて圧迫と弛緩を繰り返す。

 数を数えながら、一方では心の中でヴァンダムさんを呼び続けた。

 戻ってきて――!

 戻ってきて――!!

 お願い! ヴァンダムさん――!!

 

「アサヒ!!」

 

 ニアちゃんの叫ぶような声と「ばはっ……」というヴァンダムさんが詰まっていた空気を吐き出したのは同時だった。そして、私たちのいる5㎝先のせり出した半円の舞台に罅が入るのも。

 コタローが軽くジャンプして崖から下がり、それにつられて顔を上げるとメツとヨシツネが崖下に吸い込まれていく瞬間を見た。

 

 

 

 脅威の去った遺跡の上で、ヴァンダムさんのか細い呼吸がやけに目立つ。まだ、気は抜けない。心肺蘇生を繰り返しながら脳に酸素を送り込むポンプ役を続ける。その間に、ばらばらと足音が聞こえてきた。

 

「アサヒ! ヴァンダムさんは……!?」

「レックス! 誰でもいいから、回復アーツを!」

「わ、分かった。ニア!」

「う、うん!!」

 

 ニアちゃんのヒーリングハイローだろうか。

 しゅわわーん、という音と共に緑色の光がヴァンダムさんを包み込む。

 傷がみるみる治っていって、それと一緒に、目に見えてヴァンダムさんの体が跳ねた。

 

「――がっ! がはごほっ!!」

 

 激しくせき込むヴァンダムさん。ゼェゼェとかすれた呼吸ではあるが自分で呼吸をできるようになったその人は、うっすらとその瞳を開く。

 

「っ、やった! 目を覚ましたよレックス! アサヒ!!」

「ヴァンダムさん。ヴァンダムさん、俺たちが分かる?」

「お前、ら……?」

 

 寝ぼけたような顔であたりを見回すヴァンダムさん。そうだよね、一度切り伏せられたんだもの。状況がつかめないのは容易に想像がつく。けれど、それを説明するにはここにいる全員が満身創痍だ。誰も彼も口を開くことさえ重く、その中で私は真っ赤になった手の甲で零れ落ちて来る涙をぬぐうことしかできなかった。

 手はおろか、体がまだ恐怖で震えている。

 それでも、ヴァンダムさんを助けられたことができて本当に、良かった。

 

 

 

 




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次話『酒場ヴァーゲル』


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10『酒場ヴァーゲル』

                         1

 

 

 

 騒ぎを聞きつけたフォンス・マイムの軍の人にフレースヴェルグの村へユウとズオを呼びに行ってもらい、私たちは傭兵団の手を借りながら村へと帰ってきた。ヴァンダムさんは重傷。他のみんなも無傷の人なんて誰もいない。それでも、最悪の展開だけは避けることができた。

 村の総領が重傷を負ってきたことで村は少し騒然としたけど、その騒ぎも二、三日も経てば徐々に落ち着いていくものだ。レックスたちも、回復アーツと薬と美味しいご飯で順調に元気になっていったらしい。らしいというのは、私がその姿を見ていないからだ。

 

 

 ヴァンダムさんの寝泊まりしているテントで、私は太い腕を抱えながら手の先を押したり曲げたりしてみる。特に抵抗なく指は私が動かす通りに動く。けれど、そこにヴァンダムさんの意志は感じられなかった。

「……やっぱり、動きませんか? 左手……」

「ああ、肘から上は動くがその下はさっぱり動かねえ。触られてる感触はあるんだがな」

「………………………」

「そんなしょぼくれた顔するんじゃねえよ。生きてただけ奇跡ってもんだ!!」

 わーっはっはっは! と太鼓みたいなお腹の底から響くような豪快な大笑と一緒に自由に動く右手で頭をワシワシ撫でられる。私はそれを黙って受け入れた。

 ヴァンダムさんは、他の人から見たら奇跡の生還を果たしたと言われているけど、その裏では左手のマヒが残ってしまっていた。私があの時、すぐに動けなかったせいでヴァンダムさんはもうツインサイスを振るえない。

 心臓が止まって、脳に酸素がいかなくなった時間によって後遺症が残る場合がある。ということは知識としてあったのに、恐怖に捕われた私は目の前の状況を理解することを一瞬でも拒んでしまった。それが、自分ではなく誰かの致命傷になるにも関わらず。

「ヴァンダムさん」

「おう?」

 両ひざに握り拳を押し付けて私は頭を下げて謝罪の言葉を口にした。

 

「ごめんなさい、私がもっと早く処置ができてたなら」

 

 謝ってどうなることじゃないのはわかっている。それでも、謝らないと私の気が済まなかった。

 狡い、というのは理解していた。こんな風に言われたら、誰だって許すしかなくなってしまう。

 だが、ヴァンダムさんの声が聞こえてくる前にぽかり、なんて生易しい音じゃない。ゴンッ! という重量級の音がさして広くもない布張りの部屋に響いた。私の頭に特大のげんこつが頭に落ちた音だった。

 

「~~~~~~~~っっっ!!!」

「おめえ、何謝ってんだ。謝るような悪いことでもしたのか? ああんっ!?」

「ひ、ひいっ、な、なんで怒ってるんですか!?」

「当たり前だろうが! テメェの命の恩人が助けた人間の前でグジグジとしけた面してたら、誰だってこうするだろうがよ!! いいか! お前は何も悪いことをしちゃいねえ! 間違ったこともしてねえ! お前は人一人の命を救ったんだ! もしも、俺の左手がどうのだとか文句を言う奴がいたら、連れてこい! 左手が使える使えねえなんざ関係ねえ、俺がぶっ飛ばしてやる!! それがお前でもだ、アサヒ!!」

「っ!! でも、私は――!」

「まだ言うかっ!?」

「あわわわわわっ!! も、もう、言いません!!」

 

 げんこつの二発目を予期してこれ以上たんこぶは増やしたくない私は、両手で頭をガードして身を縮こませる。しかし、いつまで経っても二発目は落ちてこず、そうして訪れた静寂にゆっくりと顔を上げると、眉をを下げて笑うヴァンダムさんがいた。あぁ、この目は養護施設で見たことがある。子供たちが大人の注意を向けたいがために反発したり、困らせたりした時に大人が見せるあの「しょうがないなぁ」と許すまなざしだ。

 私は自分で作り出してしまった空気を取り払うように、話題を引き戻した。

 ヴァンダムさんの左手を取って指を一本ずつ畳ませ、開いていく。ヴァンダムさんはされるがままにその様子をじっと見つめていた。

 

「え、えっと……ヴァンダムさんの左手は、脳から左手に命令を送る信号がうまく伝達できないから動かないんだと思います。なので、こう……こうやって毎日少しずつ手を動かしていって、脳にもう一度命令の送り方と手の動かし方を学ばせることによって、全快とはいかなくても、日常生活には差し障りがないくらいには動くようになるかもしれません」

「それも、お前の世界の知識か?」

「はい」

「お前のいた場所では、誰でもそういう知識を持ってるのか?」

「知識だけなら、誰でも調べれば学べるとは思います。でも、基本的には専門の人に掛かるのが普通です、私もそっちの専門に進みたかったんですけどね」

「誰でも、医者に掛かることも目指すこともできる世界なんだな。お前の世界は」

「……どうしたんですか? 今日はやけに私の世界の話を聞いてきますけど……」

 

 治療を開始してから私は、ヴァンダムさんには私の世界のことは包み隠さず話すようにしていた。そうすることで何のためにこうしているのか、どういう意味のある行動なのかを理解してもらえれば治療の効果も上がるかもしれないからだ。けれど、ヴァンダムさんは必要以上に私の世界のことは聞いてこなかった。

 それなのになぜ今日に限って、と思っていると言いにくそうにヴァンダムさんは重い口を開いた。

 

「元の世界に、戻りたくなったりはしねえのか?」

 

 それは、フォンス・マイムでコールさんに聞かれたことと同じだった。なんでいきなりそんなことを尋ねたのだろう。もしくは当然の流れだったのかもしれないが、問われている内容が同じならそれなら私の答えは同じだ。

「ない、とは言えないですけど……。私がいた場所と、みんなの言う楽園は似て非なる物だと思っているので……。ホムラさんやレックスが目指す楽園が、私の元いた場所と本当に同じなのか確証はありませんし、あまり考えないことにしてます」

「今回みたいな目に遭っても、同じことを言えるか?」

「………………」

 私は、数日前のことを思い出して、そのたびに寒気が走る体を両手で擦った。

 村の外でモンスターと戦うのとは全く違う明らかな敵意と殺意、命のやりとり。

 元の世界ではおおよそ経験することのなかった出来事を私はまだうまく消化できていない。

 しかも、あのイーラという組織の本当の目的は人類の抹殺だと、後にレックスたち聞いた。

 本当にゲームかアニメのようなお話だけど、あのメツと呼ばれたもう一人の天の聖杯は、実際500年前に世界を滅ぼしかけたらしい。

 自分の住む国が他国と戦争しようとしている他、世界は困窮状態で尚且つみんなの知らないところで人類は抹殺されようとしている。

 それでも尚、元の世界に戻りたいか迷っているなんて、本当に自分でも意味が分からない。

 膝に置いた両手を凝視して沈黙を続ける私を、ヴァンダムさんはどう理解したのか「いや、もういい」と言われてしまい、慌てて顔を上げた。今、もしかして呆れられた?

 

「なぁ、アサヒ。この村は好きか?」

「えっ? はい、もちろん!」

 

 反射的に答えるとヴァンダムさんは一瞬面を食らったような顔をして「よし! なら、俺から言うことはなにもねえ!」とまた豪快に笑うのだ。ころころと顔色と話が変わるので、私の混乱は増すばかりだ。

 

「やっほー、ヴァンダムさん。お見舞いに来たよ」

「楽しそうですね。なんのお話をしていたんですか?」

 

 レックスとホムラさんが見計らったように訪ねてきてくれたので、私はヴァンダムさんに目配せをして二人に挨拶をしてから席を外すことにした。

 狭いテントの出入り口を譲ってもらって先に外に出ると、待ちかねたようにお腹が控えめに鳴る。

 そういえばここ数日は、ずっとヴァンダムさんの看病してたから、ご飯もお見舞いの果物を分けて貰ったりばっかしてたなぁと思い出す。

 分厚い天幕の中ではレックスたちの声は不明瞭に漏れ聞こえるだけだ。この分ならあの怒鳴り声はあたりに聞こえてない……といいなぁ。と希望的観測を抱きながら野営地のような私は酒場に向かった。

 

 

                         2

 

 

 

 時間帯としてはお昼とおやつの間くらいの時間だ。この時間に食堂兼酒場を利用している人は少ない。大体これから夜にかけて仕事をする人たちが軽食や夜食を作りに来る時間だ。ガラガラな丸机が目立つ中で、黄色のツナギのような服のグーラ人の女の子と白い虎見つける。

 

「ニアちゃん。ビャッコさん」

「ん? おっす、アサヒ」

「こんにちは、アサヒさん。お加減はいかがですか?」

「あ、えっと、大丈夫です。元からあんまり怪我してなかったですし」

「あれ? コタローは?」

「コタはお散歩だよ。ニアちゃんたちは?」

「レックスがヴァンダムに話があるっていうから、待ってんの。終わったらフォンス・マイムに行ってコールに会いに行く予定だよ。そこからどこにいくかはまだ分かんないけど……」

「そうなんだ。見つかるといいね、楽園」

「ありがと」

 ニアちゃんの足元には買い物の荷物が置かれていた。ずいぶんすごい量を買ったみたいだけど、この量だけでみんなの旅がどれだけ大変なのかわかる気がする。旅なんてずっと縁のないものだと思っていたけど、実際に数日間とはいえ旅をしてみて、余計に私には無理だと感じることが多くなった。私はフレースヴェルクとフォンス・マイムの往復で十分だ。

「……自分には無理だって顔してるね」

「えっ!?」

「あんたってさ、感情は表に出ないのに何考えてるかすぐわかるよね」

 歯を見せて笑うニアちゃんに、私は何も答えられない。そんな風になってるなんて考えてみたこともなかった。

「そんなにわかりやすい……?」

「少なくとも今のは。旅なんて私にはできないー、自分はフォンス・マイムとフレースヴェルクの往復だけでいいやー。って顔してた」

「そこまでわかるんだね……」

 むにむにと自分の頬を触ってみる。鏡でも見れば何かわかるだろうか。

 そんなことを考えていると、横にいたニアちゃんが突然表情を暗くした。いきなりどうしたんだろうと、顔色をよく見ようと覗き込むと小さな八重歯の生えたニアちゃんの口から「ゴメン」という言葉が飛び出してさらに驚かされた。

 

「ヴァンダムが斬られたとき、何もできなくてゴメン……。あたしがあの時動けてたら、ヴァンダムを――ヴァンダムが斬られることもなかったかもしれないのに……」

 

 胸の前で握った拳をもう片方の手で覆うニアちゃん。

 それが、あまりにもさっきの私と似ていて思わず、私も手をげんこつの形にした。そしてそれを目の前で振り上げて、咄嗟に目を瞑ったニアちゃんに向かって、そっと彼女の頭を小突いた。

「それ、ヴァンダムさんの前で言ってたら、この百倍の勢いでげんこつが落ちてたよ」

「は? ……え?」

「かく言う私も、ほら」

 呆然とするニアちゃんの手を取って頭頂部に誘導すると「うわ、ほんとだ……!」と驚きの声を上げた。

 やっぱり、こぶになってたか。と知りたくなかった事実に苦笑いが浮かんだ。

 

「あの時、みんなは自分の最善を尽くそうとしてたよ。ヴァンダムさんは命を懸けてレックスを逃がそうとした。レックスはホムラさんを守ろうとしたし、ニアちゃんたちも守ろうとしてくれたよね? もしも、誰かがあの時自分のこと一番に考えて、手を抜いてしまっていたら、絶対にみんな生きて帰れなかったと思う。だから、私はヴァンダムさんに怒られた。お前は何も悪いことをしていない、間違ったこともしていない。お前は人一人の命を救ったのに、なんでうじうじした顔してるんだって。

 ――ニアちゃんもそれは一緒だよ。あなたは何も悪いことをしてない。間違ったこともしてない。最善を尽くそうと頑張ってくれたのに、それを誰が責める権利があるの? もしもそんな人がいたら教えて。私が――う、うーんと……お、お仕置き? してあげるからさ」

 

 慣れない単語を使ったからか、最後はものすごく締まらない形になってしまって羞恥心が煽られた挙句、尻窄んでしまった。これじゃあ説得力もなにもあったもんじゃない。案の定、ニアちゃんは私の言葉にキョトンとした後、堪えきれないというように噴き出した。

 

「ふはっ――! あははははは!! アサヒが言うと全然怖くないね! お仕置き……! お仕置きって! 他に言い方なかったのかよ……! ふふっ!」

「えっ!? ひ、酷くない!?」

「ごっ、ごめんごめん。あんまりにもアサヒに似合わなくてさ……!」

「なにもフォローになってないし!」

 

 と、ちょっと怒っては見せたけど、すぐに怒りはしぼんでしまった。あまりにもニアちゃんが笑うから、私もつられて可笑しくなってきてしまった。声をあげて笑い合う私たちを、ビャッコさんはとても優しい眼差しで見守っていた。

 

「はぁー、笑った笑った。なんかレックスたちと旅を初めてからは、こんな風に笑ってばっかな気がするよ」

「それは何よりだと思うよ」

「ねえ、アサヒはやっぱりここに残るの? 楽園の子って呼ばれてんだろ? 楽園に行ってみたいとか、ううん。他のアヴァリティアとかグーラとかを見てみたいとは思わないの?」

「う、うーん、そういうのはあんまり……。私はここで拾われたから、他の国とか知らないし。ここでも、コタのアーツが必要な人はたくさんいるから、私はここにいるので、いいかな」

 

 村に帰ってから、回復したレックスに一緒に行かないかと誘って貰えた。楽園の子という名前でイーラに興味を持たれたことも含めて、一緒にいたほうが安全だとも。けど、それでも私は断った。ヴァンダムさんは傷は治っていても重傷患者だ。感染症の危険性やリハビリもあるし、最近はヴァンダムさんを助けた話が徐々に広がりつつあって、私に直接会いに来る人がちらほらと出始めていた。

 今、旅立つわけにはいかなかった。

 ニアちゃんもダメもとで声をかけたのだろう。もう一度、説明をすると「そっか」とちょっとだけ寂しそうに笑って、それ以上何も言わなかった。少し気まずい沈黙が下りる。すると、ピクリとニアちゃんとビャッコさんの耳が同時に動いてその音の方向に二人は同時に振り向いた。

 彼女の視線を辿ると、ホムラさんを連れたレックスがこちらにぶんぶんと手を振っている。ヴァンダムさんとのお話が終わったようだ。そのレックスの顔を見て、ニアちゃんに視線を戻すとそのネコみたいな金色の瞳に淡い感情が揺れているのがわかった。憧憬とほんの少しの……。

 

「ねえ、アサヒ。もしも、あんたが今後、あたしたちと一緒に楽園を目指すことがあるなら。その時は聞いてもらいたい話があるんだ」

「? 今じゃダメなの?」

「その時まで秘密。トップシークレットってやつだからね」

 

 いつかの言葉を言い返されてしまった。

 楽園を目指す旅に出る自分なんて今の自分には想像もできないから、どうしても返事が曖昧になってしまいそうになる。でも、いつかもしも万が一本当にそんな時が来た時のために私はきちんと頷いた。

 

「わかった。もしいつか、一緒に楽園に行くときが来たら聞かせてね。――あ、でも途中からじゃ迷惑かな……?」

「なぁーに言ってんのさ! あんたが仲間に加わるのに、レックスに駄目だなんて言わせないよ!」

 

 頼もしい限りの言葉に私たちは笑い合う。いきなり話に巻き込まれたレックスは「なに? 何のこと?」と私たちを見比べて不思議そうな顔をしている。

「なんでもないよ、もう出発する? レックス」

「あぁ。ヴァンダムさんから引き継ぎもしてもらったし、後は旅をしながらちょくちょくこっちに帰ってきて課題をクリアーしていく感じになるかな」

「……? なに? ヴァンダムさんからの引継ぎって、何の話?」

「アサヒ、ヴァンダムさんから聞いてないんですか?」

「何をですか?」

「ヴァンダムさんが傭兵団の団長を退いて、これからはレックスが傭兵団の団長になるんですよ」

「へっへーん。っていっても最初は見習いみたいなもんだけどね」

 

 鼻の下を擦って胸を張るレックスを見て、それが冗談ではないということはわかる。分かるからこそつまり、知らなかったのって、私だけ……? なんで?

 

 

 

                         3

 

 

 時間はアサヒがテントから出て行った時まで遡る。

 天の聖杯であるホムラを引き連れたレックスが、ひとつの決意をヴァンダムに語った。

 もしも何かが間違っていたら、ヴァンダムの墓前に語り掛けたかもしれない内容を本人の前で語ることができた。それだけでこの状況を生み出したアサヒに感謝しかない。一通り話すだけ話して、言いたいことを全部告げてレックスは清々しい気分で息を吐いた。

 

「俺が話したかったのはこんなとこ。聞いてくれてありがとう、ヴァンダムさん」

「なぁに、いいってことよ! まぁ、その代わりと言っちゃあなんだが、レックス。二つほど頼まれちゃくれないか?」

「なに? 俺にできること?」

「お前にしか頼めねえことだ」

 ヴァンダムはそう言いながら懐を探って、コアクリスタルをその手の上に乗せた。

「スザクのコアクリスタル……?」

「おう、どうやら遺跡で俺たちの同調は切れちまったらしい。レックスが拾っておいてくれたおかげで、こいつはまた同調できるようになってる。こいつを――お前に託す」

「ええっ!? だってそれ、ヴァンダムさんにとって大切なブレイドだろ!?」

「おう、俺の元相棒だ。けどな、俺は今、左手を動かせない。こいつの武器はツインサイスだ。ドライバーが振るえないんじゃこいつと俺が同調する意味は薄いんだよ。だからこそレックス、お前にこのスザクと……傭兵団を預けたい。ゆくゆくはお前が団長になるか、団長なんていなくても大丈夫なくらいに強い組織にしてくれ」

「…………」

「すぐにってわけじゃねえ。すぐに頭を挿げ替えるっつっても納得しないやつも多いからな。お前にはちょくちょく傭兵団の仕事を流してやるから、無理しない程度にそれをこなしてくれ。ある程度規模がでかくなったら引継ぎの試練を出してやる。それをクリアー出来たら、もっと難しい仕事を斡旋してやる。それを繰り返して、傭兵団をでかくしちゃくれないか」

「ユウやズオは……?」

「相談済みだ。許可も出てる。お前が引け目を感じる必要はねえ」

「……どうしても、ヴァンダムさんが引退しなきゃダメなの?」

 

 恐る恐るレックスは尋ね返す。彼くらいの少年には重すぎるくらいのものだが、それ以上重い声でヴァンダムはまだ生々しく残る自分の死について語り始めた。

 

「俺は……一度死んだ。今がどうあれ、死んだんだ。ユウとズオもそうだが、村の人間には俺が死んだときのことをよく言い含めてあった。本来なら、遺言通りにユウとズオがお前に同じことを頼んだろうさ」

「でも今は――!」

「あぁ、俺はいま生きてる。運よくな。だが二度目があるとは思っちゃいない。左手が動かねえのはその戒めだろうさ。だからこそレックス、今こそお前みたいな若いやつが、フレースヴェルグを引っ張っていかなきゃならねえ。それが、一つ目の頼みだ」

 レックスは言葉に窮した。こんな大役を自分が引き受けられるのだろうかと、不安になるのも尤もだ。だからこそヴァンダムは時間をかけて行っていけるように提案をしたのも理解している。

 待ってくれ、と言えばきっとヴァンダムは待ってくれるだろう。だが、ドライバーとしての師匠のようなヴァンダムたっての願いを無碍にする方がレックスには難しかった。

「……わかった。きっと、すごく時間がかかると思うけど……それでもいい?」

「もちろんだ! それでこそ俺が見込んだドライバーだぜ!」

 契約の証として、スザクのコアクリスタルがヴァンダムから手渡される。これを持つ意味と重さを分からないほどレックスは子供ではない。まだその時じゃないとカバンの一番大切なもの入れる場所に青いクリスタルをしまいこみ、深呼吸をして覚悟を決める。その凛々しくなった横顔をホムラは優しい笑みを浮かべて見守っていた。

 

「よし、じゃあ次の頼みだ」

「あ、そっか。二つって……。まさか、次のも今みたいな重いもんじゃない……よね?」

「さぁてなあ! 受け取り方はテメエ次第だな! がーっはっはっは!!」

 

 訝しんで警戒を露にするレックスをヴァンダムはその大笑で一蹴した。そういわれると余計に不安になるのが人の情というものだが、そんな中でもすぐに前向きなのが彼の長所だ。暗澹とした想像を頭の隅に追いやって、レックスは話を聞く姿勢をとった。

「で、二つ目の頼みって?」

「あぁ。アサヒのことだ」

 アサヒという名前を聞いて、レックスとホムラはほとんど同時に顔を引き締めた。彼らの中のアサヒという少女が、それだけ真剣なまなざしを引き出せるような存在になっていることを実感し、ヴァンダムはひっそりと笑みを噛みしめた。

「アサヒを、どうするの?」

「今はどうもしねえさ。あいつが望む限り、このまま傭兵団にいさせるだろうよ」

「……よかった~。ヴァンダムさんだから大丈夫だと思ったけど、外を旅してこいーって追い出されちゃうのかと思った」

「旅を望んでねえ奴にそんなことするわけねえだろ。まぁ、この話は保険程度に考えてくれ」

「保険、ですか?」

 と首を傾げるホムラにヴァンダムは頷く。

「おうよ。俺の直感からするとあいつは楽園に行く。行かなくちゃならねえ。それを裏付けるようにお前たちが来て、イーラが来て、あいつは天の聖杯に関わった。ただの取り越し苦労ならそれでいい。だが、万が一あいつが何らかの理由で、自分の意志で楽園にたどり着こうと決めたなら――」

 

「手伝ってやってくれねえか? あいつをお前たちの旅に同行させてやってほしい」

 

 思ってもない言葉にレックスは目を丸くする以外リアクションが取れなかった。いくらフレースヴェルグが傭兵を多く輩出していると言ってもドライバーの数は限られている。更にその中でも回復ブレイドといえば村の貴重な人材だ。アサヒにもその自覚があり、同行を断られている。

 それをヴァンダムが直々に連れて行ってくれというには、それだけの確信があるのだろう。

「わかった。アサヒならいつ来てくれても歓迎するよ」

レックスはそう言って椅子から立ち上がった。だいぶ長話をしてしまっている。

 

「すまねえな。後これは、アサヒには秘密だ」

「了解。アサヒに話したら気にしちゃうからね」

「ま、タイミングを見計らって俺から話しておく。お前も、ちょくちょく顔出しに来いよ」

 

 そこで二人には認識の相違が発生した。

 レックスとホムラはアサヒが楽園関係に今後も巻き込まれるだろうということ、そしていつか旅立つことになる、ということを秘密にすると思っていた。一方ヴァンダムは、傭兵団の団長をレックスに譲ることも含めて秘密にしておいてほしいというつもりだった。

 

 そうして発生した行き違いによって、ヴァンダムの休むテントにアサヒが突撃し、先ほどの話が全部ばれたのは言うまでもない。

 

 

 

 




1章『漂流』完。
次章『船出』


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2章 船出 11『癒しの診療所』

                         1

 

 

 

 雲海の深く潜ったその場所に、イーラの秘密基地はある。

 そこは広大な軍用基地で、5人しかいないイーラのメンバーはそこの好きな部屋を思い思いに使っていた。

 アルストの建築様式は木造や石造りが基本だが、この基地はどちらでもない。超古代文明に詳しいサタヒコがどこからか見つけ、いまだ解析作業をしているような未知の素材だった。

 その灰色の無機質な材質でできた床をベンケイはカツカツと踵を鳴らして進んでいた。その後ろには多腕のブレイドであるラゴウが同じく無言で着いてきている。

 ベンケイの表情は険しく、まるで何かに追い立てられているような雰囲気を醸し出していた。

 

「そんな怖い顔してどこに行くつもりだ? ベンケイ」

「あんたにゃ関係ないだろ。サタヒコ」

 

 モノケロスの発着場に行く途中、待ち構えたように赤い鎧を着た優男が壁に背を預けながら彼女のいく手を遮った。その横には彼のブレイドであるオオツチが物理的に通せんぼをしている。

 今のベンケイはお世辞にも機嫌がいいとは言えない。にもかかわらず、ある意味無謀にも、そんな彼女に対して、サタヒコは続けた。

 

「ヨシツネ、気落ちしてるみたいだね。まぁ、天の聖杯は奪えず仕舞いでカムイまで失って、しかも君に頼まれてたブレイドのコアもとり損ねたらそうもなるよね」

「あっそう」

「あれ、それだけ? 冷たくない?」

「大見得きって失敗したのはあいつだ。アタシはアタシの仕事をする」

 だから早くそこを退けと、目は口以上に物を言う。その射抜くような視線に肩を竦めるだけで済ませるサタヒコはやはり大物なのかもしれない。

 ここでようやく、話は冒頭のサタヒコの問いに戻った。

「どこへ?」

「ああ? ウッゼェなぁ。アタシがどこに行こうとあんたに関係ないだろ」

「シンからの伝言。俺とベンケイにお仕事だってさ」

「……内容は」

「アヴァリティア商会に依頼していた品物をスペルビアまで受け取って来いって」

「面倒くさ……。あんた一人で行けば?」

「何のために俺とベンケイに言われたと思ってるんだよ。積み荷の搬入とか諸々、人手が必要なの」

「チッ」

 シンと言う単語が組み込まれた途端、ベンケイは苦々しい顔をするが強行突破しようとする気概はなくなったらしく、射殺すような視線をほんの少し弱めた。それだけシンという存在が彼女の中では絶大なのだ。

 ここで、サタヒコは内緒話をするようにベンケイに近寄った。

 そうして形のいい耳に手を添えて、こっそりと彼はこう囁きかける。

 

「だからさぁ、あっちは積み荷を用意するまで時間がかかるっていうし、ちょっとくらいなら寄り道してもバレないんじゃない?」

 

 その囁きに、すべてを見抜かれているのかそれとも彼女の挙動だけでわかる事実だけを述べたのかは彼女には判断が付かなかった。けれど、どちらにせよサタヒコはベンケイの意に沿おうと話を持ち掛けている。悪い話ではないのは承知だが、腑に落ちなさ過ぎて、彼女の美麗な眉間に皺が寄った。

「…………」

「どうする?」

「……礼なんて言わないから」

「まぁ、ここはお兄ちゃん思いのベンケイに免じて何も言わないでおいてあげるよ」

「はぁ? ウザ。馬鹿じゃないの?」

「辛辣だねぇ……」

 

 並べる影を2つから4つに増やして、彼女たちは仕事へと向かう。

 

 

 

                         2

 

 

 

「はい、これでもう大丈夫ですよ。お大事に」

 

 モンスターに襲われた人の怪我を治してその背中を見送ると、外の色は微かにオレンジ色を帯びた夕焼けの色だった。分厚い布の中で過ごしてると、どうしても時間の感覚が狂うなー。と、思いながら私は凝り固まった身体を天に向けて伸ばした。お昼を食べてからずっと治療に続く治療だったので、体がだいぶ疲れているようだ。

 それは私と同調しているコタローも同じなようで、患者さんがいなくなった途端に大きな欠伸をして診察台を兼ねた布のベッドの隅で丸くなってうたたねをしている。

 

「お疲れ様も~! 今日も大盛況だったも!」

「モミミもお疲れ様。今日の売り上げは?」

「治療費が2000Gで薬や医療品の販売額が600Gも! そのうちの三割はもうモミミの給料分で貰ってあるからあとはアサヒの分も~」

「ありがとう!」

「じゃあ、また明日になったら来るも~」

「お疲れ様、気を付けてね」

 

 モミミの青緑色の背中が遠ざかっていくのを見ながら、私は診療所の売り上げを頑丈で鍵のかかる箱の中にまとめて入れる。その音を聞きつけ、コタローがこちらに歩いてくるのが見えた。

「順調に売り上げが上がってってんな」

「うん、モミミとコタローのお陰だね」

「よせよ、照れるじゃねえか」

 まんざらでもなさそうなコタローについ笑みがこぼれた。本当に、コタローがいなかったらこうして診療所なんて開けなかっただろうし。と、私は相棒の下あご辺りをわしゃわしゃとくすぐった。アニマルセラピーだ。

「今日の診察は終わりか?」

「うん。えっと、包帯とかの補充はまだあったよね? 追加は必要ないかな」

「モミミが在庫を帳簿に付けてんだろ?」

「ゴメン……、また後で読んでくれる?」

「しょうがねえなぁ。まったく手の焼けるドライバーだぜ、お前は」

 とは言いつつ、全力でにやつかせて尻尾をぱたぱたさせているのにコタローは気が付いていない。

 私はこちらの世界の言葉は話せるが、文字を読み書きはできないので帳簿などの読解は全てコタローにお願いしている。いや、私も覚えなきゃいけないのはわかってるんだけど、それ以上に診療所を一つ任されてしまった身としては文字の他にも覚えることはたくさんある。例えば、医療品の輸入のルートとか、行商人さんの顔とか……。後はあちらの世界での医療技術をこちらの技術に落とし込む方法とか。

 そう考えると、運営に関してはまだまだモミミとコタローにおんぶにだっこ状態であることを嫌でも自覚させられる。

 うう、考えたら胃が痛くなってきた……。

 

「よ、よし! ご飯食べよう! 今日は酒場のキッチン借りてご飯作るよ!」

「おっ! アサヒの世界の飯か!?」

「酒場に何があるか次第だけどね」

「プリンとか蒸しパンにしようぜ!」

「それは、ご飯じゃなくておやつだよ。あー、でも親子丼とか食べたいかも」

 

 卵から連想して、今日の食べたいものを決めた私たちは時間帯的ににぎわっている酒場へと足を向けた。

 

 

 

 レックスたちが旅立って一週間が経過していた。

 その間にヴァンダムさんがイーラに襲われ、奇跡の生還を果たしたという噂は村の外まで広がり、それが楽園の子の噂にさらに拍車をかけることになった。

 楽園の子に治療をしてほしいという人は日に日に増え、酒場の一角で構えていた保健室では広さも道具も到底足りず、ヴァンダムさんたちに相談して、中くらいのテントを一つ貸してもらい小さな診療所を名乗るようになった。

 どうやらこの世界では、病院というものはほとんど無いらしく、村や町に代々受け継がれた町医者のような人や、旅をしながら人々を診る旅医者が主流とのことだった。

 回復ブレイドや回復ポッドがあるというこのアルストでは、回復ブレイドを持つドライバーがいれば医者いらずなんて認識がある。そのため、彼らが治せないケガや病気にかかった人は、どうすることもできず死んでいくしかない。

 なんで人は血を出し過ぎるとが死んでしまうのか。なんで心臓を刺されると死んでしまうのか。それをまともに解明しようとした人は、話を聞く限りいないのだろう。一般的な医療知識は民間療法の枠を出ない。そんな中で、今回施した心臓マッサージはこの世界に置いて大変革新的な医療技術だったらしい。

 その話を聞いてどれだけ回復ブレイドに頼り切っていたんだろうか。と苦い感情が芽生える。それとも、限りある資源を奪い合う世界だからこそ、あえて医療技術を発展させないことで人口が増えないようにしていくという意図でもあるのだろうか。

 考えても考えても全然わからない。

 分からないと言えばもう一つ。

 

 私の胸に提げた認識票(ドッグタグ)の塗装が、いつの間にか斑に剥がれていた。

 

 緑色の地金が見える範囲は広がり、それはどうやらただの金属の板ではないようだった。

 例えるならそう……機械の基盤のような。不思議な溝が刻まれ、ICカードなどの四角い金箔が埋められているようだ。

 それに気が付いたのはカラムの遺跡から帰ってきたあの夜。

 ヴァンダムさんの止血用に使った服を抱えて薄手の下着姿でいたところ、ハナちゃんに指摘されたのがきっかけだった。その剥がれたと思われる銀色の塗装は私の皮膚に一部くっついていた。鎖骨の認識票(ドッグタグ)が下げられていた辺りに銀箔がひらりと剥がれ落ちたのを覚えている。

 そこに書いてあった文字も、最後の部分は一緒に剥がれてしまったようだ。

 あの日から怒涛の勢いで毎日が過ぎ去っていった。

 レックスたちと別れ、医療技術をドライバーに伝授するため診療所としてテントを貸し与えられて、運営のためにノポン族のモミミをスカウトして、そうしてようやく今日。

 この認識票(ドッグタグ)を確かめる時間が取れたというわけだ。

 夜も更けた時間に、人気のないテントの外に座り込んでごそごそと準備を始める。

 旅立つ直前にトラから返してもらった鉱石ラジオ。その検波器のところに緑色の地金が四割くらい見えている認識票(ドッグタグ)(とも、もう呼べないかもしれない)を咬ませて金属の板と板をこすり合わせた。

 

 ――ザザッ……。ジジッ……ピー、ザザザッ。

 

 ん。今、変な音拾ったな。

 金属の板を擦り合わせる手を慎重に動かすが、気のせいだったようだ。

 だが、銀色の塗装が剥がれてもノイズが聞こえるということは、電波を受信していたのは銀膜じゃなかったっていうことか。と、更に私は金属の板をゆっくり、ゆっくりと動かす。

 

 ――ザザザッ……。シ……。ジジザザッ……ね、ザザザーッ。

 

 私は反射的に金属の板から手を離した。

 コタローたちがこぞって幽霊の声だと騒ぐあのチャンネルを見つけた。

 今度は位置を忘れないように、黙視でその位置を頭に叩き込む。

 右耳にはクリスタルイヤホンから聞こえてくるノイズと一緒に、か細い女の人……いや、女の人と言うにはちょっと声が高い。どちらかと言うと女の子の声、の方がしっくりくる。

 

 ――シ……。ジジッ…ね、ジッザザーーッ。

 

 あと、もうちょっと。もうちょっとで何か聞こえてきそうだ。

 身を乗り出すようにして鉱石ラジオを見つめる私の頭上に、半透明の巨神獣の皮膚から月明かりが差し込んだ。

 

 ――ガガッ……。シ……。ジジガッ…ん……ね、ズザーッ。

 

 ――シ……。ザザザーっ! ……ん、ね……。

 

 聞こえてくる音はそこですべてノイズにかき消された。

 私は、ひとつの推測を立てて、耳からクリスタルイヤホンを外す。

 考え事をするときに癖になっている人差し指を当てて、ふむ。と間をおいてから誰も聞いてないのをいいことに呟いた。

 

「……ごめんね、かな」

「なにが、ごめんねなんだ?」

「わひゃいっ!?」

 

 しゅ、集中しすぎて気が付かなかった。背後から聞こえてきた声は覚えのあるもので、特に警戒することなく振り返る。すると、寝ていたはずのコタローがじとーっとした目でこちらを見ていた。

「この前の、お化けラジオを聞いてたのか?」

「鉱石ラジオだよ」

 コタローの頭にはお化けとして刷り込まれてしまっているらしい。

「あの、死ね死ね言ってた奴だろ? あんなの聞いてて気味悪くねえのか?」

「いや、本当に怨霊渦巻くレベルの恨みのこもった声だったら二度度聞きたくないけど、この声は違うよ。その、なんて言うか……泣いてるような気がするの」

 この声を聞くたび、脳裏に映像がちらつくのだ。何かにすごく後悔して、もうどうにもならないことが分かってるのに謝ることが辞められない。服の袖で涙をぬぐいながら誰かに向かって「ごめんね、ごめんね」とずっと繰り返している私と同じくらいの年の女の子の映像が。もちろん荒唐無稽な私の妄想だと言われてしまえばそこまでだ。だけど、児童養護施設で過ごしてきて、たくさんの訳ありな人たちと関わってきた私の、こういった直感はあまり外れることが無い。

「この……なんだ? 幽霊が言ってるのが本当に『ごめんね』ってことなら、何に対して謝ってるんだ?」

「ごめんねの前に『し』って聞こえるから、しのつく言葉なんじゃないかな」

 と言って、頭数を一人から二人に増やした私たちは考える。

 しのつく言葉なんていっぱいある。

 白、霜、知る、四季、指令……。でも、ごめんねに掛かる言葉なんて、あんまりいいものではない気がする。

「死んじゃってごめんね。……とか?」

「おいおい、穏やかじゃねえな。それなら幽霊確定じゃねえか。もしかしたら幸せ過ぎて、とかかもしれねえぞ?」

「それだったらこんな風に泣くかなぁ……」

 とは言っても、鉱石ラジオから聞こえてくる音声ではこれ以上のことはわからない。

 今後は継続的にラジオを聞いていくしかなさそうだ。

 いつの間にか、空は白みを帯びていてインヴィディアの巨神獣から発する青と空の青が混じり合い幻想的な色合いになっていた。

 今から寝れば二度寝くらいはできそうな時間。

 冷え込んだ空気に身を震わせて、早く布団に戻ろうと顔を上げたその先に――黒髪の女の子と金髪の男のドライバーが立っていた。みんなが寝静まっている早朝に、彼らの存在は明らかに異質だった。

 多腕で武器を何本も持ったブレイドと、あのメツという人よりも大柄なブレイドを連れた二人のうち、黒髪の年上そうな女の子の口が動いた。

 

 ――見ぃつけた。

 

 声はなかった。離れすぎて聞こえなかっただけかもしれないけど。

 引き裂くように唇を歪ませたその人は、次にこちらにキャノンを構えて引鉄を引いた。

 高出力のエネルギーの光線が、まっすぐこちらに牙を剥く!

 

「アサヒ! 耐えたらすぐに走れ!!」

 

 ブレイドであるコタローが作り出した障壁は全てのダメージは無効化できない。それでも、威力は格段に抑えてくれる。六角形をつなぎ合わせた透明な盾から洩れた力の余波で腕や足を灼かれる痛みに声が漏れても、私は彼の言う通りに行動した。こんな時でも鉱石ラジオを抱えたのは我ながら英断だったと思う。

 後ろのテントを巻き込まない位置まで逃げて、武器であるボールを構えた。

 

「誰なんですか!? どうしていきなりこんな……!」

「かわいい女の子の質問を無碍にするのは気が引けるんだけどさ。あいにく俺たち時間が無いんだよね」

「とか言いつつ喋ってんじゃないよ。さっさとこいつ殺してコアクリスタルを回収するよ。

 ったく、ヨシツネも楽園の子なんかに興味なんて持たなきゃ、こんな面倒なことにならなかってぇのに」

「ま、待って! ヨシツネって……もしかしてあなた達、イーラの……!?」

「あぁ!? 人の話盗み聞きしてんじゃねえよ! 狩られる側の獲物風情が!」

 

 その理不尽な言葉に憤る間もなく、それでも言葉遣いにヨシツネと似通ったものを感じながら、エーテルキャノンから放たれた光線が足元を灼いた。縫い付けられるように動けない私たちに向かって多腕のブレイドが距離を詰めて、四本ある槍を、斧を、刀を、ハンマーを振りかざした。

 

 

 

 

 

 




次話『ローネの大木』多分


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12『ローネの大木』

 

                         1

 

 

 

 ガキィンっっ!!

 

 

 という金属音が早朝のフレースヴェルグの村に響き渡った。

 

 

 

                         2

 

 

 意識は、ある。

 体も、痛くない。

 咄嗟に閉じた目を恐る恐る開くと、ユウが槍の柄の部分を横にして私を攻撃から守ってくれているところだった。一瞬、なにか幻でも見ているのかと思ったけど、歯を食いしばって耐えるユウの漏れ聞こえた声を聞いて現実だとにわかに悟った。そうして、今の状況も。ユウは多腕のブレイドの攻撃を必死に抑えつけている。しかしそれだけでは、攻撃を弾くことは困難だ。

 私は多腕のブレイドのがら空きの胴に向かってボールを投げつけた。大した威力ではないにしても、仕切り直しをさせるくらいには役に立つ。距離を取られてユウはほっとした顔でこちらを向き笑いかけた。

 

「アサヒ、大丈夫かぁ?」

「無事か!?」

「ズオ! ヴァンダムさん!?」

 

 ユウに遅れてズオとヴァンダムさんまでこちらにやって来てくれた。

 ヴァンダムさんは片腕を三角巾で固定している状態だけど、それでも私を庇うように前に立ち塞がる。それに合わせるようにして、テントからばらばらと人影が出てきた。この村の規模はそこまで大きくない。気が付けば、騒ぎを聞きつけた傭兵団のみんながブレイドや己の武器を準備して、イーラの四人を取り囲むように警戒していた。

 

「チッ! 面倒くせえなぁ! そこの奴だけ殺せりゃ済む話だったのに!」

「この数ならやってやれないことは無いけど……。どうする? ベンケイ」

「決まってんだろ! 全員ぶっ潰す!」

「りょーかい」

 

 数に圧されて逃げてくれるかなって、一瞬期待したけど余計に火をつけたらしかった。

 より好戦的な目をしてしまったドライバーの二人に向かって、数人の傭兵団が飛び掛かる。しかしブレイド二人だけであっという間に払われて吹き飛ばされてしまった。これだけの数に囲まれても戦力が圧倒的だ。

 戦況を即座に分析したのか。ユウやズオの戦う後ろでヴァンダムさんはイーラの人たちから目を離さず、背を向けたまま囁くように言った。

 

「アサヒ、逃げろ」

「っ!? い、嫌です!」

「馬鹿野郎! カラムの遺跡でお前は何も学ばなかったのか!?」

「だからこそ嫌なんです!」

 

 今なら、あの時のレックスの気持ちがわかる気がした。

 嫌だ。大切な人に守られてばかりで、何もできないまま逃げるなんて。

 それでこの人たちを失うなんて。

 何もできずただ逃げ出して、せっかくできた居場所を手放すなんて。

 いつかは元の世界に帰らなければいけない時がくるかもしれないとは思っていた。そのため、この場所を自分から旅立つ日も来るんじゃないかとは思っていた。でもそれは、この村を犠牲にして、踏み台にして、それらを胸に旅立つものだなんて考えたこともなかった。

 そんな旅立ちなんてまっぴらだ。

 いつかこの世界と別れる日が来るとしても。私の、このアルストでの帰るべき場所はここであってほしい。

 

「……コタロー。私が今考えてること、分かる?」

「あぁ。死ぬほど嫌な予感がな。でも、俺も同じ気持ちだ」

「そっか。なら――」

「あぁ、俺に遠慮すんな! 地獄にだって付き合ってやるよ! アサヒ!」

 

 その言葉で、覚悟は決まった。

 コタローと頷きあって、必死で逃がそうとするヴァンダムさんに向かって必要最低限の言葉だけを告げた。

 

「ヴァンダムさん、ごめんなさい。行ってきます!」

 

 ヴァンダムさんに聞き返す暇なんて与えず、私はその大きな体の横をすり抜け、ユウとズオの横を通り過ぎ、そしてイーラの四人のすぐ脇さえも通り抜けた。驚愕の表情を浮かべるみんなの顔を見ながら、村の裏口の辺りまで十分な距離を取った私は朝日を背中に受けみんなに向かって声を張り上げた。

 

「助けを呼びに行ってきます! きっと、きっとレックスたちならこの状況をどうにかできると思うから! 今から走れば間に合うはずです! ですからどうか、持ち堪えてください!」 

 

 その言葉で村にいるほとんどの人たちは私が何をしようとしているか分かったはずだ。

 レックスたちは一週間前に旅立った。

 今どこにいるか、何をしているかも知らないし、ましてや走って追いつけるわけがない。

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 黙って助けを呼びに行かなかったのも一種の作戦だった。

 そもそも、この人たちの狙いは私だけだったはず。

 その標的が単独で逃げ出すというだけでも、この人たちを村から引き剥がす効果はある。それでレックスたちを呼んでくると言ったのは、天の聖杯の脅威はこの人たちにとっても周知の事実があるからだ。

 万が一、億が一の可能性だとしても、絶対に天の聖杯との合流を見過ごすわけにはいかないはずだ。

 予想通り、イーラ―の人たちはこちらに向けて半信半疑のまなざしを向けた。ここで反応を待っていてはブラフだとバレてしまう。言い終わってすぐに、私たちは村の裏門から青の岸壁まで駆け抜けた。

 

 

 

 

「おい! これからどうしようってんだ!? このままフォンス・マイムまで走る気か!?」

 

 青の岸壁を抜け、フォンス・マイムへ向かうための道をひた走る私に、コタローから当然の質問が飛んできた。

 今は武装を解除して身軽さを重視している。カラムの遺跡以降この辺りのモンスターたちはこちらから襲ってこない限り無視してくれるようになった。私は後ろを気にしないようにコタローに問いかける。

 

「コタロー、あの人たち付いてきてる!?」

「あぁ、とりあえずな! あの黒髪のやつ、めちゃくちゃ怖い顔して追いかけて来てるぞ!?」

「その情報は知りたくなかった! とにかく走って! ローネの大木まで!」

 

 そうしてまた、私たちはあの人たちが見失わない程度の速度で走り続ける。これだけ村から引きはがせば、村の方はもう大丈夫だろう。ばててしまわないくらいの速度で、時々後ろを振り返りつつ距離を確認する。今頃、後ろのイーラの人たちにはおかしいと思っているはずだ。でも、それでいい。私たちの目的地は、もう、すぐそこなのだから。

 本来、ローネの大木に行くには高低差のあるジグザグな道を進まなくてはならないが、いちいち下りていたら追いつかれてしまう。私は並走するコタローを抱き上げて、階段の踊り場から踊り場にジャンプする要領でショートカットを試みた。膝を曲げてクッションにして勢いを殺し、時にはコタローの風の力を使って衝撃を緩和する。

 段々やってることが人間離れしてきた。なんて思っていると、風上からレーザーが私の5mくらい先に着弾した。見ればあの人たちも、本来の道など使わずに飛び降りる要領でショートカットをして来ている。

 こっちは決死の覚悟で飛び降りてるのに、あちらは恐怖心など微塵も感じさせない。

 

「このままだと追い付かれるぞ! 策はあるんだろうな!?」

「あるよ! 策と言うには他力本願過ぎるのがね! ――見えたっ!」

 

 私はローネの大木を突っ切り、その先の滝のある行き止まりまで走る。そして、目前に迫ってきた虫眼鏡のような石碑に向かって飛びつくように座り込んだ。

 水場の多いインヴィディアで、ここは例にもれず水浸しだが拘泥している暇はない。まだ苦い思い出の残るお墓の前で、コタローと短く作戦会議をしてその石碑を隠すように立ち上がって正面でイーラの人たちと対面した。

 

「はっ! さっきのは全部コケ脅しってわけ。ずいぶんなめた真似してくれたじゃないか」

 ジャキン、という音と共に、エーテルキャノンの銃口がこちらに向けられる。その一挙手一投足を見逃すまいと必死に目を凝らしてタイミングを読む。

「―――――」

「……あぁ? 何ぶつぶつ言ってんだテメエ。恐怖で頭でもおかしくなったか? まぁ、なんでもいいけど、面倒だからさっさと死んでよ」

 エーテルキャノンの銃口が、エーテルの力を溜めて白く輝きだす。足元にはコタローがいるので、一、二発くらいは耐えられるはずだけど、だとしても怖いのは当然だ。

 それでも、石碑の冷たさを手に感じながら、私は先ほどコタローに教えてもらった言葉を小さな声で復唱する。

 

 

「――私は、あなたとの再戦を望む者」

 

「――私は、あなたの名前に挑む者」

 

「――ただ一つの名を冠する者よ。もう一度、私の前に現れよ!」

 

 

 キャノンを構えたその人の後ろで、金髪の男の人が何かに気付いたように顔を上げた。

「まずい……! 撃つな、ベンケイ!」という制止の声は間に合わない。キャノンのエネルギー充填は恙なく完了して光線が放たれるその直前に、私は口に溜めていた墓に眠る者の名前を呼んだ。

 

 

「出てきて! ――日和散歩のマードレス!!」

 

 

 私の声に応えるように、燐光みたいな光がその形を作り出すまで1秒も必要なかった気がする。

 二階建てのバスくらいの巨大な花のモンスターと、そのモンスターに青い緒でつながれている四つ足のブレイドが私とイーラの人たちの間に現れた。

 名を冠する者(ユニークモンスター)『日和散歩のマードレス』

 フォンス・マイムにへ向かう道中に一度だけ戦った、私を含むドライバー5人がかりでようやく倒せた強敵。

 それが現れた直後、花を模した巨体が振動を受けたように微かに揺れた。イーラの一人が放ったエーテルキャノンが、日和散歩のマードレスに直撃したのだ。最初の印象では年上で怖かった黒髪の女の人だったが、モンスターの隙間から垣間見えたその「あっ」という顔だけは、年相応にも見えた。

 モンスターの攻撃の優先順位はまず、攻撃した人。次いで攻撃姿勢のある武器を構えている人。そして目立つ人だ。……と、なれば、

 

「くそっ! 狙いがこっちに……!?」

 

幾本もの植物の蔓が鞭のようにしなり、ベンケイと呼ばれた女の人の足を止める。それを庇うように赤い鎧を着た金髪の男の人が自分のブレイドと一緒に前に躍り出た。

 

「一度下がれ、ベンケイ! 俺が狙いを引き受ける! オオツチ!」

「サタ! あいつが逃げる!」

「構ってる場合か!」

 

 サタ、と呼ばれた男の人は自分の腕がすっぽり覆われてしまうほど大きなナックルを構えて日和散歩のマードレスに殴りかかった。目という器官がこのモンスターにあるのかは分からないが、与えた一撃は先ほどの女の人のキャノンよりダメージがあったようでターゲットが移るのが分かる。

 黒髪の女の人がこちらに向けて怒りを露わにした目を向けたけれど、その頃に私たちはすでにベルザ水門に向けて走り出していた時だった。

 咄嗟に思い付いた作戦にしては、うまくいってよかった。なんて胸を撫でおろしたいが、その暇はない。それは自分の安全が確保できてからでいい。

 

 今はフォンス・マイムを目指す。先のことは全てその後だ。

 

 

                         3

 

 

 サタヒコは楽園の子と呼ばれた少女を追いかけているときに聞こえた、彼女のブレイドに対して返したその言葉の意味を、今更ながらに理解をして思わず苦笑いを溢した。

 

『あるよ! 策と言うには他力本願過ぎるのがね!』

 

 他力本願。なるほど、これは確かに他力本願だ。

 この辺り一帯に名を馳せるモンスターの力をあてにするなど。いや、それともこちらの戦力のことを言っていたのかは、今になっては判別はつかないところだった。

 今まさに光の粒子となって再び墓の下で眠りにつく名を冠する者(ユニークモンスター)は、何はともあれきっちりと役目を果たした。石のモニュメントになってしまったそれに、苛立ったままのベンケイが足蹴にするが、先ほどのモンスターが再び現れる気配はない。むしろ現れてしまったら困る。

 

「やられたね。まさかあんな奇策をうってくるとは思わなかった。なかなかどうして、頭が回る子だったということかな」

「暢気なこと言ってんじゃないよ! クソっ、いまからでも追いかけて――!」

「無理だって。ここで結構足止め食らっちゃったし。それに、俺たちのほうもそろそろタイムリミットだよ」

 

 インヴィディアに来たのは紛れもない寄り道だ。それはベンケイの方がよく分かっているだろう。

 ちょうど先ほどのモンスターを倒した時にコアクリスタルを運よく拾ったので、以前の彼女のミスは数字だけで言えば帳消しとなった。これ以上、あの少女に割く時間は、今この二人にはない。

 サタヒコは楽園の子という存在に対して、もともとあまり興味はなかった。楽園が今更見つかったとして、それがなんだ。彼が楽園を渇望した時代はとうに終わっている。

 けれど、その考えは今日で改めることにした。あの少女の目。その光の中に、500年生きた自身の淡く苦い記憶をチクチクと刺激するものがあった。

 今もまだ、楽園なんて半信半疑だ。でも、だとしても――

 

「まぁ、出来るならもう一回くらい会いたいね」

「はぁ? あんな奴がいいっての? 趣味悪っ」

「なんだよベンケイ、嫉妬したか?」

「死ね」

「ガチなトーンはやめて。割と傷つく」

 

 少女の向かっていった方向とは別の方向に、彼らは歩き出した。

 瞬間的な交錯を果たす場所となったローネの大木に静寂が再び訪れる。

 

 

 

 




次話『フォンス・マイム港』


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13『フォンス・マイム港』

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 フォンスマイムの門を潜った時には、私はもう息も絶え絶えな状況で、思わずその場に座り込んだ。

 ブレイドのコタローでも、この道のりは辛かったのか熊の毛皮みたいな大の字で冷たい石畳に伏せる。

 本来であれば、何もトラブルがなくても半日くらいかけて到着するフォンス・マイムにお昼前にたどり着いたのだから、どれだけの速度で走っていたのかは推して知ってほしい。

 

「ゼ……ゼヒュ……。ゲホゴホッ……! と、とりあえずは……撒けた、かな……」

「っ、あ、あぁ……。あれでまだ、追い掛けて来てんなら……大したモンだぜ……」

 

 と、とにかく今はお水が欲しい。いくら水の豊富なインヴィディアとはいえ、生水を飲む勇気はないので何かしら買わないといけないんだけど。と考えるそんな私たちに、一つ重大な問題が発生した。

 私の荷物は全部フレースヴェルグの村にある。手にあるのは鉱石ラジオただ一つ。

 つまり私たちは今、完全無欠の無一文だ。

 

「……あっ」

「お、おい、やめろよ。今まさに死線を超えてきたところじゃねえか。何なんだよ、その反応は……!? お、俺は嫌だぞ! これ以上問題が起きるのは! もう俺はお腹いっぱいです! わんわんっ!!」

「お財布、というか……荷物全部、村に忘れちゃった……。て――てへっ☆」

「よりにもよって死活問題(そっち系)かよおおおおおおっ!!!!」

 

 コタローが全力で嘆く。ただでさえカッコいい男の人の声であるため、コタローの声はものすごく人目を引いた。このままだと憲兵さんとかが集まってきそうなので、私は慌ててコタローの口を塞いで抱え上げ、広場から脱出そうとする。

 そんな時だ。

「お姉ちゃん?」という、可愛らしい声が背中にかかってきたのは。

 聞き覚えのある声に振り向くと、白い髪を揺らしたイオンちゃんが配給の食べ物を抱えてこちらにやってくるところだった。

 

「やっぱりお姉ちゃんだ! ワンちゃんの声ですぐにわかったよ! 今日はどうしたの? 劇、見に来たの?」

 

 にこやかに尋ねてくるイオンちゃんだったが、私たちの恰好を見て観光じゃないことをすぐに悟ったようだった。確かに私たちの恰好はお世辞にも綺麗とは言えない。名を冠する者の墓でずぶぬれだし、それ以前にフレースヴェルグの村から来たにしては軽装過ぎる。

 

「あ、あのね、コールのおじいちゃんがお姉ちゃんと会いたいって言ってたから、よかったら私と劇場に行かない? 今新しい劇も練習してるんだよ!」

「イオンに付いて行こうぜ、アサヒ。この後どうするにしろ、いったん身を隠すのが最善だ」

「う、うん。いざとなったら裏口からでも逃げさせてもらおうね……」

「? 裏口から逃げるって……お姉ちゃんたち、鬼ごっこでもしてたの?」

「あぁ、割と命がけのな」

 

 詳細はこの年の子に話すには憚られる。コタローの言葉に疑問を抱かないうちに私はイオンちゃんを先に促して私たちはパジェナ劇場へと向かった。

 

 

 

                         2

 

 

 

「なるほど……。そうしてここに来たわけか……」

 

 劇場の中の一番奥まった部屋に通してもらってコールさんとの再会を果たした私とコタローは、ここに来た経緯をかいつまんで話した。アレからコールさんは部屋の片づけなど努力をしてくれているようで、発作は出ていないとのことだった。整理された薄暗い部屋の中で、私たちはお水に口をつける。

 あぁ、生き返る……!

 

「それで。やはり、イーラの狙いは楽園の子だったのか?」

「いえ。それが多分違うような気がして……。もしかしたら、イーラの目的はコタローだったんじゃないかなって思うんです」

「何か根拠はあるのかね?」

「カラムの遺跡でも、さっきもあの人たちはコアクリスタルに固執していました。私のことはそのついでみたいな扱いで。でも、コタローはイーラには見覚えはないって言うし……」

「前のドライバーが何か関係しているのかもしれんな」

 

 ブレイドは、ドライバーとの同調が切れるとコアクリスタルに戻る。それから新たに別のドライバーと同調した時には、ブレイドに以前のドライバーの記憶はない。けれど、そんなルールがあっても過去の因縁というものは恐らくなくならない。彼の前のドライバーが善人であれば、何人かの人を救ったのだろうが、逆だった場合何人かの命を奪ったことさえあるかもしれない。

 ブレイドと同調するということは、ブレイドの過去を背負うことに他ならない。

「たく、神様っていうのが本当にいるなら、なんでこんな面倒くさい仕組みにしたのか問いただしてやりたいところだぜ」

 私の膝の上でコタローがぼやく。と、神様という単語で世界樹に向かったレックスたちを思い出した。

 レックスたちが旅立つ前に、ニアちゃんから聞いた話だとコールさんに世界樹の行き方を教えて貰っていたはずだ。

「コールさん、レックスたちの行方を知りませんか?」

「知ってどうする? お前さんたちも楽園に行くのか?」

「……どちらにしても今、私はフレースヴェルグの村には戻れません……」

 後悔はなかったつもりだった。けれど、どれくらいの間を村から離れればいいのかなんて見当もつかなかった。それなら、レックスたちの手伝いをしようと考えたのだ。彼らの目指す楽園が私の知る世界でも、そうでなくても。確かめる意味は、きっとあるはずだから。

 自分なりに積み上げた拙い根拠をコールさんに伝えると、その人はローブの下の顔をしかめた。

 

「やれやれ……。ヴァンダムはどこまで見透かしていたのか分からんな」

「? あの……?」

「少し、待っていなさい」

 

 そう言うと、コールさんは自分の寝室に戻っていってしまった。なんだろう、とコタローと顔を見合わせると、大きめのショルダーバッグを持ってこちらに戻ってきた。運動部が使うくらいの大きさで、中身は入っているらしい。それをコールさんは当然のように私に差し出した。

 

「天の聖杯が旅立った後に、傭兵団から荷物の配達があってな。添えてあった手紙には、万が一お前さんに村に戻れない事情ができて、レックスを追うと言ってきたら渡してやってほしいと書いてあった。これは、お前さんのものだよ」

「え? えっ??」

「まぁ、当然の反応だな。――いいか? あのヴァンダムと言う男はな、時々とてつもなく勘が冴える時がある。現に、ワシに世界樹の行き方を聞いてきたのもそうだ。あいつと世界を駆け巡ったのだってここ40年くらいの話で、あいつはワシが天の聖杯と面識があることも、ワシがある男のブレイドであることもずいぶん昔に一度か二度話したきりだ。それにもかかわらず、ただ長く生きているからという理由だけで世界樹の行き方を聞いてきたんだ。考えられるか? 普通。しかも、ワシの話なんてきれいさっぱり忘れたうえでだぞ? ……全く、あいつの直感は奇跡みたいなもんだ……」

「き、奇跡……」

「そう、奇跡だ。そしてそのヴァンダムがそう直感したからこそ、こうしてあんたはここに来た。お前さんの選択はきっと、順当なものであるんだろうよ」

 と、コールさんは語りながら微笑んだ。私は膝に荷物を置いて、そのうえにコタローが乗っかった。体が小さいとスペースを取らなくていい。膝が重たいことを除けば、だけど。

 

「天の聖杯たちは、アーケディアに向かったはずだ」

「そこに世界樹の渡り方を知ってる人がいるってことですか?」

「あぁ、そうだ。この世界で唯一世界樹に登ったことのある男がそこにいる。――わしのドライバーでもあった男だよ」

「ドライバー……って、そういえば、コールさんの胸にも……」

「あぁ、わしは元ブレイドで、今は人の細胞を持つが故にブレイドの特性を失ったマンイーターだよ」

 マンイーター。直訳すれば、人食い。

 目の前で微笑むおじいさんが、人を食べたというのはにわかには信じられない。

「人を、食べたんですか?」

「より正確に言えば、体細胞を取り込んだというべきだな。500年前の聖杯大戦のときに、ブレイドをより強化する実験が行われた。その時に作られたのがマンイーターだ。うまく適合できたものは、特異な力を授かったが適合できなかったものは皆、ろくな末路を辿らなかった」

「ブレイドは、確かドライバーが死なない限り不老不死なんですよね。じゃあ、コールさんは」

「私は無限の時間を失った。だからこそ、この姿となった……」

「ひどい……。人体実験じゃないですか、そんなの……!」

「憤ってくれるのか、優しい子だ……。だがな、時代もあってこういった存在が出るのも仕方がなかった。それに、私は不老不死を失ったおかげで、老いや死を恐怖する人間の気持ちをより理解することができたんだ。それは脚本にも生きて、今日も私の書いた劇はこうして毎日演じられ、そのたびに誰かの記憶に留まり物語は継承されていく。これ以上の喜びは、ないさ……」

 コールさんの表情は、本当にそう思って納得している顔だった。

 その表情は養護施設の院長にも、少し似ていた。院長は女性だったけれど、定年して自分の子供も全員一人立ちをして残りの人生をすべて、身寄りのない子供たちに捧げようと、あの児童養護施設を作ったという。

 たくさんの事情を抱えた子供たちを、本当の子供のように接してくれたその人はいつも、今のコールさんのような表情をしていた。一片の後悔もない、それ以上を望んですらいない穏やかな顔。

 

「話が脱線してしまったな。アーケディアに行くなら船しかない。イオンに港まで案内をさせよう。あぁ、その前に、カバンの中身を確かめてくれんか?」

「? はい」

 

 カバンの上で足を折りたたんでいたコタローに声をかけて降りてもらうと、私は荷物を受け取ったカバンのふたを開けた。中身は旅に必要な道具一式と、手紙が添えられている。そして、その中になぜか煌々と青い光を放つコアクリスタルが入っていた。そっと手に持ちあげたそれは、薄暗い部屋の中でキラキラと辺りを海色に照らす。

「追われているなら、戦力はあるに越したことは無い。ここで同調していくのも悪くはないだろう」

「ブレイドって複数同調していいんですか?」

「なんだ、お前さんはそんなことも知らないのか?」

「まぁ、昨今はドライバー自体が希少だし、コアクリスタルも手に入りくいからな。ヴァンダムもユウもズオも、ブレイドは一体しか同調してねえし」

「なるほどな……」

 コタローのフォローのお陰で、コールさんの疑問は氷解したらしい。

 

「ブレイドは複数同調することは可能だ。戦闘は一体ずつだが、フィールドで使えるスキルは複数のブレイドの力がないと解決できない物もあるからな。今のお前さんなら、コタロー含めて二体までなら同時に力を引き出せるだろう。習うより慣れろだ。やってごらん」

 

 コールさんに促されて、コタローにも頷かれ、いよいよやらざるを得ない雰囲気になってしまった。

 一番初めにヴァンダムさんに教えられたことを思い出しながら、私は手に持ったコアクリスタルと向き合った。

 ええと、気持ちを落ち着けて、そっとコアクリスタルを胸に押し当てる……。そうすれば、放射状に延びる光の量がだんだん増えてきて、気が付けば再び見知らぬ世界にいた。

 殺風景な黒い背景と灰色の地面の空間は相変わらずだ。コタローの時はボールを追いかけたコタローが走ってくるところから始まったけど、今度は何だろう。するといきなり、ベンッという三味線の音があたりに響いた。その音の間隔はだんだん狭くなっていって、かき鳴らすような三味線の音と共に、どこからともなく高下駄を履いて八の字のような歩き方をする前帯をした赤い着物の女性が現れた。

 チューブトップのドレスのように肩と胸の上半分が露出している。その真ん中には青々と光るコアクリスタル。

 多種多様なかんざしを挿した重そうな頭に、顔にはおしろいと紅があしらわれたその恰好はどう見ても歴史の教科書で見た『花魁』そのものだった。

 彼女の手には番傘と呼ばれる骨組みのしっかりした身の丈ほどの傘が握られていて、ゆっくりとした所作で私の前までやってくるとその緋色の傘を私の目の前でバッと開き、肩のあたりで固定をするとくるくると傘を回す。それに合わせてどこからともなく、水しぶきがキラキラと絢爛な着物の色を弾いた。

 

「わっちは、トオノといいんす。よろしくお願いしんす、ドライバー」

 

 その妖艶が服を着て歩いているようなブレイドに、私はかける言葉を見失ってしばらく視線をさ迷わせた。

 

 

 

 

                         3

 

 

「すっごーい、綺麗なお姉さんだ!」

禿(かむろ)は退きなんし。わっちは見世物じゃございんせん」

「何言ってるか分からないけど、かっこいいー!!」

 

 トオノはイオンちゃんを冷めた目で見るが、そのきらびやかな外見とのギャップに更にあこがれを募らせてしまったようだ。コタローとトオノが並ぶ光景は完全にクールジャパンで、その二人のドライバーである私って傍から見れば大の日本好きに見られるんじゃないだろうか。うーん、コタローとは違うベクトルで目立ってる。

 子供を邪険にはできないのか、なんだかんだと言いつつトオノはイオンちゃんに港の案内をされていた。

 フォンス・マイム港は、文字通りインヴィディア唯一の港で、巨神獣船が頻繁に行き来している。さて、アーケディア行きの船ってあるのかな。

 

「コタロー、代読お願いできる?」

「それよか、あそこのノポン族に直接聞いたほうが早くないか?」

 

 運航表の代読をお願いしようとしたら、コタローがチケットもぎりのようなカウンターで渡航者をさばいているレモン色の体毛のノポン族を前足で指し示した。お客さんがいなくなるタイミングを見計らって、コタローを抱えたまま屈みこむ。

 

「あの、アーケディア行きの船ってありますか?」

「もも? リベラリタス島嶼群行きの船はスペルビアからしか出てないも。ちょうどよかったも! 最近スペルビア行きの船を利用してくれる人が減って、このままだと廃線になってしまうところだったも! お安くしておくので、スペルビア直通のチケット、買わんかも?」

「なんで利用する人が減ってんだ? いくら戦争前つっても、宣戦布告をしてねえなら物流もあるだろ」

「確かにスペルビアの輸出は止まってないも~。これ以上のことを聞きたければ、チケットを買ってくれたら話してあげるも~!」

 ノポン族は商魂凄まじいと聞くけど、チケットを売りつけるために情報を出し惜しみするとはさすがだ。

 他の行き方はアヴァリティア経由でスペルビアに行く方法があるそうだが、今は時間が惜しいし早めにレックスと合流するためにもスペルビア直行便を使うことにする。

 チケットの代金を指定通り差し出して、搭乗券をもらうと腕の中のコタローが「さぁ、買うもんは買ったんだ。情報だしな」と柄悪く促した。

 

「どうやら、インヴィディアから来る船にだけ入国審査がちょっと厳しいらしいも。スペルビアは誰かを探してるってもっぱらの噂も~!」

「えっと、それって入国拒否とかされちゃうんですか?」

「どんな奴を探してるんだ?」

「シュガシュガにはそれ以上わからんも。でも、入国拒否はありえないも~。ただ入国するのに時間がかかるだけも!」

「それなら……」

「まぁ……」

 

 そこで、妥協してしまったのがきっとそもそも間違いだったのだろう。

 

 

 

 

 乗船時間6時間を経て降り立った赤熱の大地。

 そこで、主要な町に入るどころか、その手前でたくさんのスペルビア兵に囲まれるなんて誰に予想ができようか。

 

 

 

 

 




次話『スペルビア帝国 アナンヤム第二船着場』


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14『スペルビア帝国 アナンヤム第二船着き場』

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 アルストの空は今日も青い。

 特にスペルビアに来てからは雨が降った記憶はなく、いつも乾いた赤土に砂埃が舞っている覚えしかない。

 ここまで乾燥していると、ひとつ前のインヴィディアの涼しさや湿気が恋しくなってくる。そこにいるであろう大切な人の顔が思い返され、レックスは彼らの顔を振り払うように頭を振る。

 今は帝国を騒がしている人工ブレイドの足取りを追うことが最優先だ。その出どころには、トラの父親が深く関わっているらしい。その事実を探るべく、傭兵団に人工ブレイドを作る際に必要な物資の積み荷の行方を調べて貰っている。今は結果待ちの段階だった。

 一度スペルビアの街に戻ってきたレックスたちに、涼やかな女性の声がかかった。

 

「戻ったわ、レックス」

「メノウ、お帰り!」

 

 積み荷の行方を追うほかに、インヴィディアに派遣していたメノウをリーダーにしたチームが先に戻ってきた。白いとんがり帽子に所々ピンクの鉱石を散りばめさせたその女性型ブレイドは、任務の結果の報告もそこそこに、荷物から手紙を差し出した。レックスはその手紙に見覚えがある。それは、インヴィディアに残っているアサヒという少女に宛てて自分と仲間たちがしたためたものだった。

 それがこうして戻ってくるという事態に、レックスの頭は混乱する。リーダーのメノウは真面目な性格だ。渡し忘れたということは恐らくないだろう。なら、考えられる可能性は限られてくる。

 

「私たちがフレースヴェルグの村に到着した時には、アサヒという子は村を出た後だったわ」

「え、どういうこと?」

「レックス、落ち着いて聞いてね。実は――」

 

 メノウは、同行していた情報収集の得意なブレイドたちから聞いた詳細をレックスに語った。

 フレースヴェルグの村に何者かが襲撃し、アサヒという少女を狙っていたこと。

 彼女は村の人々の力と機転で襲撃者を引き連れ村を出たということ。

 その後フォンス・マイムの劇場でコールという老人と会って、港まで送られた後の行方は知れないということ。

 話の単語単語を聞き拾い、いつの間にか全員が深刻な顔をしてメノウの話を聞いていた。

 

「時間的には、入れ違いだったと思うの。そこの責任者の人に手紙を預けてきてもよかったのだけど、逆に伝言を頼まれちゃってね」

「ヴァンダムさんから? なんて?」

「『アサヒはレックスを追いかけて行ったはずだから、絶対旅を止めるな。お前らの歩いた道があいつの導になるはずだから』って。私もそう思うわ。あなたはあなたのやるべきことをやりなさい」

「レックス……」

「分かってる。大丈夫だよ、ヒカリ。……教えてくれてありがとう、メノウ」

「どういたしまして。ドライバーのためですもの、これくらいどうってことないわ」

 

 微笑むメノウにレックスは笑い返し、先ほどから少しも話さないニアに目を向けた。

 彼女は胸の前で拳を作って不安そうな顔をしていた。年も近い分、アサヒと一番親しくしていたのはニアだった。隣ではビャッコがそんなニアの様子を痛ましげに見守っている。

 

「ニア、大丈夫ですも。アサヒはカラムの遺跡の時も諦めてませんでしたも」

「そうも! コタローもいるからきっと、アサヒなら大丈夫も!」

 

 声は出さず、レックスは頷いた。

 カラムの遺跡でアサヒは瀕死のヴァンダムを死の淵から救い上げた。彼女は命を決して諦めようとしない。

 それなら、自分の命だってきっと放り出したりしないはずだ。

 ニアもそう考えたのか、ほんの少し表情を緩めて「うん、そうだね」と明るさを取り戻した。

 これで、旅はきっと続けられる。いや、続けなければならない。けれど、今アサヒのために何かしてあげられることはないだろうか。

 長考した結果、ひとつの案を思いついた。

 

「――そうだ。あいつなら、もしかして……!」

 

 ここはスペルビア帝国。

 そこで絶大な権力を握る人物を、彼は知っていた。

 

 

 

                         2

 

 

 

 フォンス・マイム港からスペルビアのアナンヤム第二船着き場へは6時間の乗船時間を要するとのことで、道中私はコールさんから渡された旅の荷物の中を確認していた。港のノポン族の話通り、スペルビア直通の巨神獣船の利用者はバスくらいの座席がありながら、数える程度の人しか乗っていない。席が有り余っているのをいいことに、一番後ろの広めの席を陣取って、荷物を開ける。

 いくらかのお金が入ってたのは最初に確認はしてたけど、それに含めちょっとした薬や医療品が多めに入れてあるのを見て、本当に私のために用意してくれたんだなと、ヴァンダムさんの直感には驚かされるばかりだ。

 他には携帯できる食器や裁縫道具。あとは手紙が一通入っていた。

 開いてみると、こちらの文字で何か書かれている。

 

「コタロー、読める?」

「あぁ。こりゃ、ヴァンダムからだな。……えーと、要約すると、いつでも戻ってきていいから無理はするな。旅の無事を祈ってる。…って感じだな」

「? ドライバーは、字が読めささんすか?」

「いろいろ事情があってな。割と突飛な行動やらもあるから、今のうち覚悟しておけよ、トオノ」

「心配ござんせん。わっちは主様(ぬしさま)が白と言いんしたら白、黒と言いんすなら黒とするだけでござんす」

「つまりそれって、何を間違えても教えてくれないってことだよね……」

「さぁ? どうでありんしょう?」

「……ガンバリマス」

「おい、すでに主導権握られてんぞ」

 

 そんなことを言われても、トオノから滲み出るなんか凄く高貴なオーラにあてられた小市民に為す術はない。

 とかなんとかやりとりをしつつ、トオノのブレイドとしての特徴や、突発的なコタローの文章講座を入り混じらせたら6時間は思った以上に早く過ぎて行った。

 巨神獣船にアナウンスの機能はないのか、窓の外から陸地が近づいてきたことで到着を知る。ほかの乗客の人たちも、思い思いに荷物を担ぎ出して、接岸を待ちわびた。

 

「うわあ……!」

 

 外に出た時、目の前に広がる赤土の色に声が漏れた。

 インヴィディアの巨神獣は半透明の皮膚をもって体内で村や町が栄えていたため、太陽の光は柔らかく気温はあまり上がらなかった。気候的には涼しいくらいだったのに対して、ここのスペルビアは気温が高い気がする。そしてとても乾燥していて、写真でよく見るグランドキャニオンとかハリウッドの地質に乾いた砂が混ざっている。

 緯度や経度がこの世界でもあるのかはわからないけど、巨神獣を移っただけでここまで気候が違うのには驚いた。

 接岸した巨神獣船は出入り口にタラップが備え付けられていて、乗船客はみんなそこで兵士の人と会話をしている。これが港で聞いていた入国審査なのだろう。座っていた位置もあって一番最後に船を降りた私は、最後尾の行商人と思われる男の人の後ろに並んだ。

 漏れ聞こえてくる声を聞く限り、スペルビアに来た目的と簡単な手荷物検査があるようだ。二人一組で、左の兵士が主に質問をして、もう一人は紙と乗船客を見比べながら黙っている。

「何見てるんだろう?」

「手配書、とかじゃねえか?」

 腕の中にいるコタローの言葉になるほどと頷いた。

 列は滞ることなく進んでいき、前の男の人が終わると私の番になる。

 西洋の甲冑のような鈍色の鎧をまとった兵士の人が、こちらをじろりと見た。厳密には私じゃなくて、コタローとトオノだけど。その目が何か値踏みしているようで、感じが悪い。

「入国の目的は?」

「えっと、アーケディアに行くための乗り継ぎです」

「滞在は?」

「えっ、うーんと……。街で一泊していくならどれくらい必要でしょうか?」

「……三日でいいな」

「じゃあ、それでお願いします」

 質問された内容は他の人と同じだったけれど、私と話していたのとは逆の兵士の人が一番最後の紙をめくった時に、食い入るように紙を見つめていたのを目撃してしまった。同じくらいに、相方の兵士さんも様子がおかしいことに気が付き、二人はこそこそと喋り始める。

 

「この、―――項目、は―違――ない」

「あぁ。だが――。いつ――? 朝には――」

「ついさっき、追加――。だから、時間は――」

「もし――人工――――絡み――?」

「わか――。とに――、――を」

 

 断片断片で聞こえた単語はお世辞にも穏便な会話とは言えない、ぎすぎすした雰囲気だった。

 方向性が決まり、スペルビア兵の二人がこちらを向く。そこには先ほどまでの、流れ作業的な雑さはなくどこか緊張をした気の抜けない雰囲気を感じた。

「特別執権官メレフ様より、貴様の風貌とよく似た者を連れてこいという命令が出ている。身元の確認ができるまで、お前を拘留させてもらおう」

「えっ!? い、いきなりそんなこと言われましても……。私、本当にここには乗り継ぎに来ただけで、もし入国をしちゃいけないというなら、今すぐアーケディアに行きますから――」

「お前の都合など聞いていない。すべてはメレフ特別執権官のご命令だ。お前に拒否権などない!」

 たぶん、その特別執権官と言う人はスペルビアのすごく偉い人なんだとは思うけど、そんな人に呼ばれるなんて身に覚えがなさすぎる。もしかして楽園の子って単語がこのスペルビアまで届いてる……? 今まで他の巨神獣から私を訪ねてきたことが無かったので油断していたけど、可能性としては十分ありえそうだ。

 

「手間をかけさせるな。さっさとこっちに来い!」 

 

 考える暇も与えてもらえず、有無言わさずに手首を掴まれたときに、思った以上の力で握られて私は思わず体を強張らせた。そのままの力で連れて行かれそうになって、私は何とか踏みとどまろうとしながら、連行する人の注意を向けようとさせる。

「いっ……! 痛いです! 離してください、離してっ!!」

「ドライバー!」

 そういってトオノは番傘の柄を掴んで、その中身を引き出した。質量保存の法則を完全に無視した青い光を放つ刀が飛び出す。所謂、仕込み刀というものだ。

 武器を取り出したのを抵抗の意思表示であると受け取ったスペルビア兵の人は、この時を待っていたと言わんばかりににやりと笑った。

「我らスペルビア軍に反抗の意思を見せるというわけだな?」

「トオノっ! こっちから手を出しちゃダメ!」

「もう遅い! おい、お前たちも手伝ってくれ!」

 その声で辺りを哨戒していた他の兵士の人たちがわらわらと集まってあっという間に取り囲まれた。

 中にはドライバーも混じっているようで、ちらほらとブレイドの姿が見える。

 後ろは雲海。前には兵隊。逃げ道はない。

「今武器をしまえば、穏便に済ませてやるが?」

「数で黙らせようとしてるくせに、穏便だって!? どの口が言ってんだ!?」

「コタロー! 挑発しないで!」

「この人数相手に勝てると思っているのか? 万が一勝てたとしても、お前は本当にお尋ね者なるぞ。さぁ、嫌なら我々に同行してもらおうか」

 これはもう、正当防衛だとか気にしてる場合じゃない。

 私と並ぶ様にいるであろうトオノに視線を向けようとした瞬間、青白い光が――閃いた。

 

 

 突然のまばゆさに目を眩ませたほんのわずかな時間だった。にもかかわらず、その人は私に背中を向けて立っていた。バスケットボール選手のような体格で、大剣を背負ったその人は、スペルビア兵から私を守るようにして、その特徴的な訛りのある言葉で言った。

 

「自分、困っとるか?」

「え?」

「困っとるか聞いとるんや。――どないや?」

 

 その時、私はいつか青の岸壁の近くでのやりとりを思い出した。

 本当に最初の最初。コタローと同調したばかりで、レックスたちとも出会ってなかった頃に、私は同じことを聞かれていた。あの時は碌な困りごとが無かったから有耶無耶にしてしまったけど、その別れ際に、結果的にご飯のお礼を返しそびれたその人はこう言っていた。

 

『あれで終わった訳とちゃうからな。なんか困ったことがあったら、ワイが助けたる。これはワイが納得するまで有効やから覚えとき』

『……律儀な野郎だな。だとよ、アサヒ』

『ふふっ、はい。()()()()()()()()()()()()()()()、その時はよろしくお願いします』

 

 そう、それはアルスト最凶のドライバー。ジーク・ B・(アルティメット)・玄武さんと、そのブレイドのサイカさんと交わした約束だ。

 スペルビアの気候とは別の理由で干上がりそうになりそうな喉を、私は必死に震わせた。

 胸の前で拳を作って、俯かないように毅然と顔を上げ、その人をまっすぐ見上げる。

 

 

「こ、困ってます! すごく、すごく困ってます! だから、お願いします。――助けてください!」

 

 

 すると、目の前の黒い服を着た大柄なその人――ジークさんは、なにか感慨深いものを感じているように黙り込む。そうして息を深く深く吸い込むと、お腹の底から出しているような声を張り上げた。

 

「よっしゃぁ! あんときの礼、ここで返させてもらうで! ――サイカ!」

「あいよー! ウチに任せときぃ!」

 

 いつの間にか、その人のブレイドのサイカさんまで前に立っていて、その光景はまるで、絶体絶命のピンチに正義のヒーローが駆けつけてくれたように見えた。

 そうなれば、結果は決まっている。

 今この状況で、正義のヒーローが負ける可能性は1%たりともないのだから。 

 

 

 




次話『廃工場』


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15『廃工場』

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「轟力降臨……! 極・電斬光剣(アルティメット・ライジングスラッシュ)改!」

 

 青の岸壁で使ったジークさんのアーツは進化していた。威力もさることながら『改』の部分だけ範囲が広がったらしく、かなり多くのスペルビア兵の人たちが吹き飛ばされた。

 負けじと、私もコタローと視線を合わせ、おもむろにコタローを抱き上げ空高く放り投げる。

 

「コタロー!」

「おう! 秘められた野生の力、見せてやろうじゃねえか!」

 

 大量の空気を纏ったボールを中心に、巨大な狼の顎がコタローのいる空中に浮かび上がる。

 空気だって、圧はある。それを使えばこんなことだってできるんだ。

 

「インビジブルバイト!!」

 

 不可視の牙がスペルビア兵の人たちを襲う。風に、雷に吹き飛ばされて活路を見出した私たちがようやく息をつくが、それも長くは続けられなかった。蜂の巣をつついたような騒ぎっていうのはこういうことを言うのだろう。

 騒ぎを聞きつけた他の兵隊の人たちが次から次にこちらへと走り寄って来る。

 

「キリがあらへん! どないする、王子!」

「今のうちや、逃げるで!」

「えっ! うひゃあ!?」

「サイカはコタロー抱えや!」

「やったー! もふもふ!」

「やったー! ふかふか!」

 

 私はジークさんに小脇に抱えられ、コタローはサイカさんに抱っこされた。だらしなく鼻の下を伸ばすコタローを見ていると女の人なら誰に抱っこされても幸せなんだろうな、と思う。そんな様子を横目で見ているうちにスペルビア兵はこちらにどんどんと距離を詰めて来る。

 ジークさんたちがどこに連れて行こうとしているかはわからないけど、この人たちまで連れて行くことは無い。

 

「コタロー! 風で砂とか巻き上げられる!?」

「おう! 朝飯前だ!」

 

 でれっとしていた顔を引き締めて、コタローは首だけ動かしてスペルビア兵を見やった。私も同じように首を動かして後ろを見る。その直後、ゴアッという大量の空気が巻き上げられる音が聞こえた。ここは乾燥地帯で、風が強く吹き付ける土地のようだ。コタローの風は思った以上の勢いでスペルビア兵にぶつかり、目くらましというより風圧でその場に押しとどめるような形になった。風の正体は空気だ。その分厚い壁に阻まれてスペルビア兵の声はそんなに離れていないにもかかわらず、くぐもって聞こえる。やがてその声も聞こえなくなり、姿もどんどん小さくなっていくのを見て、私はようやく本当に息をついた。

 

 

 

                         2

 

 

 どれくらいジークさんは走ったのだろう。

 土地勘のない私はここがどこかなんて見当もつかないけれど、人里から遠ざかっている感覚はした。

 この人の走る先にあるのは赤茶けた大地、乾燥した植物、モンスター、モンスター、モンスター……。

 時々、人の手が加えられているような建物だったり施設の断片が見える時もあるけど、人の気配はやはり感じられなかった。そろそろどこに向かっているのか聞いてみようと思った時に、不意に視線の先に今まで見てきたものとは明らかに違う、人が立っているのを見つけた。

 女の人だろうか。天女の羽衣のようなものを巻いて、長い杖を支えにまっすぐ雲海の方を向いている女性は、ジークさんたちの足音に気付いて、ゆっくりと視線をこちらに向けた。

 茶色の髪を緩く結んだ女性だった。年は大学生くらいだと思うけど、どこか人とは違う雰囲気にこの人もまたブレイドなのかもしれない。

 

「おーい、ファンー!」

「ジーク様、サイカ様!」

 

 サイカさんがコタローを片手で抱えて、空いた手をぶんぶん振るとファンと呼ばれた女の人が微笑む。

 第一印象はすごく優しそうな人だな、だった。ふとその人と目が合う。日本人に近い顔立ちに不思議そうな表情が浮かんだ。

「あの、ジーク様。この方々は……?」

「あぁ、こいつは……」

 と、ジークさんが私を下ろして紹介しようとしたときに、はっとファンと呼ばれた女の人の顔が強張り、言葉の続きを待たないでこう言った。

 

「ジ、ジーク様! いくらマルベーニ聖下から楽園の子を連れてくるように指示されたとは言え……誘拐はダメです!!」

「なんでやねん!」

 

 流れるようにジークさんの突っ込みが決まって、ファンと呼ばれた女の人はきょとんとジークさんを見返した。

 意図が伝わっていないことを察して、助けを求めるような視線がジークさんから飛んでくる。ともすれば、私からも何か言ってくれと、言外に語っているようだ。

「……ええと、その、ジークさんには困っていたところを助けてもらったというか……」

「そうそう、ウチらは命の恩人やもん!」

「持ちつ持たれつって感じだけどな」

 各方面からのフォローを受けてようやくジークさんの嫌疑は晴れたらしい。丁寧に謝る女の人に対してジークさんは留飲を下げたようだった。

 ようやく話が落ち着いて、口火を切ったのはコタローの一言だった。

 

「で、結局この集まりは何なんだ? 俺たちを連れてこいって話らしいが、この美人はどこの誰なんだよ」

「申し遅れました。私はファン・レ・ノルンと申します。アーケディアの法王、マルベーニ聖下の指令から、アサヒ様とレックス様をアーケディアに迎えに来たのです。よろしくお願いいたします」

 

 丁寧にお辞儀をされて、私は慌ててお辞儀を返した。その間にも、ファンさんが紹介の時に言った言葉が頭の中で回る。アーケディアの法王と言う人も、私を探している。レックスはわかるけどなんで私まで……?

 

「あー、意味が分からへんのはしゃーないけどな、今はゆっくり説明してる場合でもないやろ。ボン達がイーラの連中とぶつかる前にファンを合流させな」

「げっ、レックスだけじゃなくてイーラまでスペルビアにいるのか!?」

「なんや。自分らも知っててスペルビアに来たんちゃうんか?」

「私たちがスペルビアに来たのはアーケディアに行くための乗り継ぎ目的だったので……」

「まぁ。それでしたら、ここでお会いできたのはすごい偶然だったんですね」

 

 両手を胸の前でポンと打つファンさん。すごく無邪気に偶然を喜んでいるように見えるけれど、これが本当に偶然ならちょっと怖い。

 聞きたいことは色々あったけど、本当に時間が無いらしくジークさんはもう次の質問に移っていた。

 

「ボン達はこの下の廃工場にいるんやな?」

「はい。報告ではそのようです」

 

 ジークさんの言った『下』というのはファンさんのいた場所の先だった。

 試しにそこを覗き込むと青の岸壁の比じゃないくらいの切り立った崖だ。もちろん、水辺なんてクッションになりそうなものがあるはずもなく、むき出しになった配管やモンスターの影がうろうろとしているのが見える。

 へっぴり腰になった私は後ろに下がろうとするけど、いつの間に移動したのか気付けば再びジークさんに小脇に抱えられた。

 

「……ほな行くで!」

「え!? も、もしかして……!?」

 

 一瞬の浮遊感の後に、その後に続く言葉は吹き付けて来る風に飲み込まれた。

 そうして、果てしなく長いような一瞬が過ぎ去って地上に着いて――

 

「とっ、飛び降りるなら飛び降りると一言でもいいから声かけてからにしてくださいよ! し、死ぬかと思ったじゃないですか!!」

「これくらいの高さなら、足場さえ確認しとったら大丈夫や。なんや、楽園から来たっちゅー割には怖がりやなぁ、アサヒは」

「楽園と高所恐怖症は何の接点もありませんし!?」

 

 高層ビルの屋上から飛び降りたような背筋がぞわぞわする感覚に、私は地面に下されてからへたり込みながらジークさんに抗議した。

 青の岸壁から落ちてからこの人の恐怖心は壊れてしまったのだろうか。紐なしバンジーなんて、一生に三度だってしたくない経験を無理やりさせられた私はトラウマになりかけている。

 一方、平然とした顔で落ちてきたコタローとサイカさんとファンさんが苦笑いをしながら私たちを見守っていた。ファンさん達はやっぱりブレイドだからか、怪我をしても一瞬で治るという余裕があるのか、早くも先にある道に向かって視線を移している。手でひさしを作ったサイカさんが遠くを望んで、

「いやー、ここも数時間ぶりやね。もう大岩が転がったりなんてして来ぉへんよね?」

「そういえば先ほどレックス様達を試す、と仰ってどこかに行かれていましたけど……。もしかして、そのような危険な試し方を?」

「あー、ちゃうちゃう。大岩が来たのはこっちや。いつもの王子の不運が発動しただけや」

「不運……?」

 ファンさんはよくわからないという風に首を傾げた。

 そうこうしているうちに、紐なしバンジーのショックから何とか立ち上がった私たちは、恐らく見つかったら即アウトであろうモンスターたちの隙間を縫うように前方に見える建物へと向かった。

 そこは、使い古されて誰も近寄らないような廃工場のようだった。

 

 

 

 レックスたちがいるというこの工場は、スペルビアの巨神獣がまだそこまで消耗していないときに作られたものだと後にファンさん達が教えてくれた。今、そこは人工ブレイドの工場として密かに稼働しているということも。

 アーケディアは全てのブレイドのコアを管理している。ブレイドが供給過多になり過ぎないようにということだが、そこに人工ブレイドが大量に出てきてしまうと、結果各国のコアの供給バランスが崩れてしまうし、何より今までドライバーの適性が無かった人たちにも個人単位で大きな戦力を持つことができる。それは戦争の助長に他ならない。加えて最悪なことに人工ブレイドの取引先はイーラということだった。今のところ、なぜイーラが人工ブレイドを求めているか不明だが、それは阻止しなければならない。

 廃工場の中は見た目よりもずっと広かった。コンクリートのような灰色がかった壁で囲まれ、その中で二足歩行するオウムみたいな鳥人間があっちこっちで作業をしている。

 天井のベルトコンベアーによくわからない物が音を立ててどこかへ運ばれていくのを私は呆然と見送った。

 

「アサヒ、ちょいこっち来ぃや」

「は、はい」

 

 周りに圧倒されている間に、置いてかれてしまっていたらしい。

 足元のコタローがジークさんたちのいる方に駆け出したその後ろをついていくと、焼け焦げた跡のある床をみんなは見ていた。戦闘をした後だったのだろう。焦げ跡を付けた時間は最近なのか、()()()が端の方でチリチリと残っている。

 一目見ただけでこの色はホムラさんの炎じゃないと分かった。

「蒼い炎……。もしかして、スペルビアの炎の輝公子もここにいるのでしょうか……?」

「炎の輝公子?」

「スペルビア最強のドライバーと呼ばれてる奴や。この国の特別執権官でもあるな」

「――あっ!」

「なんや? アサヒ、そのなんとか執権官について知っとるん?」

「え、えっと。直接は知らないんですけど、スペルビアの港で兵士の人が言ってたんです。『特別執権官メレフ様』って人が私によく似た人を探してるって」

「スペルビアがアサヒ様を?」

「スペルビアがそんな大っぴらに楽園の子を探してるなんて、ワイもサイカも聞いたことあらへんな。ファンはどないや?」

「私も聞いたことがありません。お役に立てずに申し訳ありません……。ですが、そのお話が本当なら、このままレックス様達とアサヒ様を合流させるのは危険かもしれませんね」

「せやな。国の力関係的含めて、楽園の子と天の聖杯を今引き合わせるのは避けたほうがええ。イーラもいるっちゅーしな」

 レックスたちとの合流がさらに遅れそうな言葉に、私は口を開きかけてぐっとこらえた。

 国の力関係、なんてものを引き合いに出されたら私の一意見なんて子供のたわ言にしかならないだろう。

 なんだか神妙な顔をして話し合っているファンさんとジークさん達を見ていると、この場から離れたい衝動が一気に襲ってくる。自分の存在がたくさんの人に影響を与え、今ここにいる人たちを困らせてしまっている事実を突き付けられている気分だ。

 私は視線をさ迷わせ、不安に駆られて誰かに手を握ってもらいたいと動きそうな手を固く握って堪える。

 

「なぁ、王子~。そんならアサヒはウチらと一緒に来てもらったらええんちゃう?」

 

 そっと、寄り添うように並んだ影がそう言った。

 

「結局、目指す場所は同じやん。ファンをレックスたちのところに送ったら、ウチらは一足先にリベラリタス島嶼群に行くんやろ? あの子らの見極めも終わってへんし、アサヒに着いて来てもろたら行き違いになることも、合流した後の説明をするのも楽やん」

「そうやなぁ……。それでええか? アサヒ」

「は、はい! 私は、ジークさんたちの迷惑でなければ、それで……」

 

 ジークさんは口をへの字にしていぶかしげな顔をするが、その顔はすぐにファンさんに向けられた。

 ファンさんは柔らかく笑って「ジーク様とサイカ様が一緒なら、安心ですね」と送り出す気が満々だ。

 そうして、ようやくこれからの方向性が定まって、私達は本格的にファンさんをレックスたちのところまで送り届けるために歩き出す。その際に、電球の尻尾を揺らすサイカさんの隣に並んで、私は小声でお礼を言った。

 

「サイカさん、ありがとうございました」

「? ウチ、お礼言われるようなことしてへんよ?」

 

 サイカさんは、心当たりがないという風に首を傾げた。

 本当に無意識での行動らしいと分かると、私は堪えきれず噴き出してしまった。

 だって、あんまりにも()()()から。

 

「な、何やねん急に。ウチ、なんかおかしいこと言うた?」

「いいえ。なんでもないです」

 

 不思議そうな顔をするサイカさんには多く語らず、私は前を向いてジークさんとファンさんの背中を追った。

 ブレイドはドライバーに似るとよく聞くけれど、ジークさんの後ろ姿にほんのちょっとサイカさんの姿が見えるような気がした。

 

 

 




間隔が空いてしまいすみません。
廃工場への決死ジャンプは結構な人が試したのではなかろうかと思っています。
試しましたよね?

次話『巨神獣船 船内』



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16『リベラリタス島嶼群行き 巨神獣船船内』

 

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「朝にフレースヴェルグの村をたって、フォンスマイム、スペルビア……で、今からリベラリタス島嶼群」

「地獄の弾丸ツアーって感じだね……。や、やっと休めるぅ……」

 

 私はアーケディア巨神獣船の船尾にぐったりともたれかかった。観光用に使うものではないので、荷物などが散乱しているけれど、構わず適当な木箱に体重を預ける。

 今は巨神獣船の駆動部分にエネルギーを送るために出航待ちの状態だ。船に乗り込んでからジークさんとサイカさんは私の部屋を作ってくれるということで、兵士の人に掛け合ってくれているらしいので別行動だ。

 

「暑……。いや、熱っ!?」

「? なんだ? どうした、アサヒ」

 

 船尾の邪魔にならない位置でコタローと過ごしていると、スペルビアの気候とはまた別の熱に私は体を跳ねさせた。じりじりと焼かれるような太陽の熱じゃない。もっと直接的な……熱湯の注がれたマグカップを素肌へ直に充てられているような痛みを伴った熱さだ。

 鎖骨部分から感じるその場所には認識票(ドッグタグ)が提げてある。慌てて噛んでいる金具を外して目線の高さまで持ち上げると、斑の銀色の塗装の下にある緑色の板が薄く光を放っていた。

 何これ、と呆然とその緑の光を見ていると、その先のスペルビアのどこかで光線が落ちた。

 その光景を見た兵士が報告に走り、船尾に人が集まってきたけど、その以降二発目が降ってくることは無かった。段々人混みがまばらになっていく船尾で、ジークさんたちが膝の上に乗せていた認識票を覗き込む。

 

「ん? アサヒ、なんなん? それ」

「なんや。ボンの持っとったやつに色が似とるな」

 

 男の人らしい、大きな手が認識票に伸ばされたので私はそれをジークさんに手渡した。その時、銀色の膜が雲海の風にさらされて剥がれ落ちた。銀色の細かな光は船の進行方向とは逆の方向に飛ばされていく。その軌跡を見送っていると、慌てたジークさんの声に振り向いた。

 

「わ、ワイは何もしてへんで!」

「大丈夫ですよ、ただ塗装が剥げただけですから」

「刻まれてた文字、見えなくなっちまったな」

「だね」

 

 コタローが鼻をふすふす鳴らして漏らした感想に同意する。

 四割ほどだった地金の部分はその範囲を七割までに広げ、銀色の塗装に書かれていた文字は最初の文字を除いて剥がれ落ちてしまった。誰のせいと言うわけではないと思うけれど、今まで二回、この現象が起きた時の共通点が頭を掠める。

 

「……光?」

「カラムの遺跡の時のことか?」

「うん。それもあるけど……」

 

 ここに来るきっかけになった、あの光ももしかしたら……。

 

「あの、ジークさんたちはこの文字とか、これに似た物を見たことありませんか?」

「アルストの公用語とはちゃうようやな」

「ウチ、歴史はちょっと~……」

 顎に手を添えてまじまじと認識票を見つめるジークさんとは逆に、胸の前で人差し指同士をくっつけて顔をそむけるサイカさん。別に読めないからと言って追及したりはしないんだけどな……。

「アサヒ、トオノにも聞いてみたらどうだ」

「わっちを呼びんしたか?」

「うわっ!?」

 

 まだ呼んでなかったのだけれど、いつの間にか赤い前帯の着物の女性が私の隣に立っていた。

 さほど離れていないのに、手にひさしを作ったジークさんが感嘆の声を上げて、サイカさんに肘鉄を食らっているのを横目で見ながら、トオノに向き直る。

 そういえば、今までどこにいたんだろう……。と、いうのは聞かないほうがいいのかもしれない。

 

「トオノ、この文字かこれ自体に何か見覚えはあったりする?」

「……あぁ、これは良いものでござんすなぁ。古い香り……歴史の香りがしんす」

「読めそう?」

「一文字だけでは読めささんす。でも、これは相当古いものでありんすな」

 

 トオノに見覚えがあるということは、この認識票に書かれている文字はアルストで過去に使われていた文字と言うことなのだろうか。それなら前の世界で誰も読めなかったことには納得がいく。――でも、これは私が生まれて児童養護施設に預けられた時から持っているものだ。なんで私は、アルストの文字が書かれているものをあちらの世界で持っていたんだろう?

 

「なぁなぁ。それ、楽園に関係ある物なん?」

「お、おお、思った以上にずぱっと聞いてきたな。サイカ」

「コタローはアサヒとずっと一緒やから知っとるかもしれへんけど、ウチら全然その辺の事情知らんもん。王子も聞きたいこと色々あるやろ?」

「そら、無いとは言わへんけどなぁ」

「まぁ、こっちとしても聞いておきたいことは山ほどあるし、ここはひとつ情報交換と行こうじゃねえか」

 

 

 

                         2

 

 

 

 情報交換と言われて、移動した私たちの前にはなぜかキッチンがあった。船の中とはいえ、キッチンは一般的な広さと三口コンロと洗い場だけ。冷蔵庫のようなものは見当たらなかった。机だけは大きく、六人掛けだ。基本的に食べ物は常温保存をしているようだ。

 何か食べたり飲んだりしながらの方が話しやすいだろうという、ジークさんたちの気遣いから移動してきたわけだけど。とりあえず、ここにある物は好きに食べていいという許可は既に貰っているというので、各々が好きそうなものを各自で集めていく。

 

「ジャーキーにサラミって、全体的に乾物じゃねえか。甘味がねえ……」

「コタロー、甘いの好きだもんね」

「堪忍なぁ。この船、酒飲みが多くてこういうものばっかりやねん」

 

 コタローはフレースヴェルグの村ではバニラエッセンスとカラメル抜きのプリンとかお芋の蒸しパンなどを喜んで食べていた。塩気ばかりのものが不満なのだろう。

 

「キッチン使えるなら、甘い物作れるんだけどね」

「そういうことなら使ってええよ! ウチが許可するし!」

「なんや、サイカ。自分、そこまで甘いもん好きやったか?」

「今は甘いのが食べたい気分なんよー!」

「なら、わっちにも主様のをおひとついただきんすえ」

「ほんならワイも、楽園の味っちゅーのを食わしてもらおか」

 

 ……あ、あれ。コタローたちのためにお菓子を作ろうじゃなくて私の料理スキルの品定めに目的が移ってないかこれ? 特にトオノとジークさんは完全に便乗してきている。

 でも、まぁこうなったら作るしかない。

 

 地球流、フレンチトーストを!!

 

 

 

 フレンチトーストの作り方は、材料と容器とフライパンさえあればさほど難しい物じゃない。容器に卵と牛乳を入れて混ぜたものに、固くなったパンを半分に切って断面を下にして漬け込む。あとは適当にバターで焼いて上から砂糖なりハチミツなりをかければ出来上がりだ。この世界には箸の文化が無いので、フォークでがしゃがしゃと種液を作って、 人数分のパンを浸して漬け込んだ後にバターを溶かしたフライパンで焼く。

 表面に薄い黄色とこげ茶のまだら模様が出来たら、お皿に移して完成だ。ほかほかと湯気を上げるフレンチトーストを机にスタンバっていたみんなが前のめりに凝視している。

 

「えっと、後はハチミツとかお砂糖を好きにまぶして食べてください」

「ウチ、ハチミツ―!」

「あっ! ずりぃぞ、サイカ! 俺にもハチミツくれ!」

 

 食べ方を教えた後は、サイカさんとコタローは奪い合うようにハチミツの取り合いをし始めた。争いに参加しない大人組は、まず卵と牛乳で味付けされたそれだけを口に運ぶ。

 トオノの見た目からしたら、ナイフとフォークを使ってるのに違和感を覚えるけど、もっと意外なのはジークさんだった。結構な大きさに切り分けているはずなのに、音を立てずに綺麗にトーストが裁断されていく。

 

「? なんや?」

「あっ、いえ。綺麗に食べるなぁって思って」

「手掴みで食うようなもんやないやろ?」

「んん~~~! 王子~、これめっちゃうまいで! 王子も食べよ!」

 

 ほっぺたに手を押し当てて、至福の表情でフレンチトーストを食べるサイカさん。演技でもなくお世辞でもなく、本当に気に入ってくれたようだ。

 サイカさんの食べ方は普通だった。フォークの進むペースは速いけど、ジークさんのような丁寧さは見当たらない。

 

「そんで――がつがつ。アーケディア法王が俺たちを連れてこいって、もぐもぐ、どういうことなんだよ。がふがふ」

「コタロー、喋るか食べるかのどっちかにしようよ」

「ちゅーか、コタローはフレンチトースト食べてるん? それともハチミツ食べてるん?」

「どっちでもいい。甘いもんは正義だぜ」

 

 口の周りをハチミツでべっとべとにしてドヤ顔を決めるコタロー。これは後で行水だなぁ……。と思いながらフレンチトーストに塗すためのお砂糖を手に取った。あちらの世界とは違う茶色いお砂糖がどれくらいの甘さなのか分からないので、控えめに一掬い。

 

「自分、アーケディア法王庁についてはどれくらい知っとるんや?」

「ええと……ごめんなさい。何も知らないです……」

「アーケディア法王庁はブレイドの供給を管理しとるっちゅーのは、さっきファンから聞いたやろ? そこの法王はマルベーニ言うてな、メツのドライバーや」

「へえ……。――ええっ!? メ、メツって、あの天の聖杯の黒い人ですよね!?」

「せや。その反応を見る限り、アサヒは天の聖杯のコアクリスタルがどうやってアルストにもたらされたかもしらんようやな」

「あっ、確か……世界の滅亡の時に神様がもたらしたってお話し、だったような……?」

「『英雄、アデルの生涯』ではそうや。しかし、実際は500年前にそのマルベーニが世界樹に登って神から賜ってきたゆう話になっとる。真実がどうだったかは知らんけどな」

「500年前!? 何かの間違いじゃないのか!?」

 コタローがハチミツまみれの顔を上げた。私としては500年生きている法王様より、コタローの顔面に驚いた。これは、トオノの実戦投入前にトリミング用に力を借りる必要がありそうだ。

「アーケディア人は長命やからねえ」

「サイカ、ワイにもハチミツくれ」

「ええよー」

 ハチミツを一口分のパンに垂らすと、大きく口を開けてジークさんはフレンチトーストを頬張った。私も近くに来たハチミツを拝借してフレンチトーストにかける。トオノに目配せをすると静かに首を横に振られ、また元の位置に戻した。

 

「まぁ、マルベーニが500年生きてることは、この際重要じゃあらへん。重要なのは、マルベーニが世界樹に登ったことがあって、尚且つ神の持ち物を持ってきたっちゅーところや」

「だからレックスはアーケディアに……。でもどうして楽園の子()まで?」

「今ゆーとったやろ、アサヒが楽園の子だからや。楽園は神の住まう場所。そしてマルベーニが法王の座に着いたのも偏に、楽園から天の聖杯を持ち帰ってきた功績として『神の代弁者』であるところが大きい。だからこそ、アーケディアは見定める必要があるんや、楽園の子っちゅう名の第二の神の代弁者が現れたのか否か、な」

「えっ。だって私、世界樹から来てないですし、神様とも会ったことなんてないですよ?」

「そんなんアサヒの自己申告にしか過ぎひん。ほんなら、アサヒはどこから来た? どこでその知識を学び、何がしたくて旅するんや。それが今ここで、ぱっと答えられるか?」

「それは…………」

 

 私は何も答えられなくて、顔を下げる。

 答えられないことが、アーケディアに行かなければならないことを、明確に示していた。

 

 

                         3

 

 

 

 雲海のあるこのアルストは、巨神獣船は泳ぐというより空気をかき分けて進んでいるのに近い。海や湖を船が進むときに船尾にできる白い波はここでは見えないようだ。船尾を照らすのは巨神獣のエーテルを使って生み出す心もとない明りと月の光だけ。あちらの世界と比べて、光源が少ないからその少しの明かりだけで視界は十分確保できている。

 昼間はずっとジークさんたちとお話ししていたので、一番試したいことを試すのにこんな時間になってしまった。同室のサイカさんを起こさないように客室から出てきた私は、誰もいない船尾のデッキで鉱石ラジオを取り出して、いつものようにセットする。クリスタルイヤホンを耳に差し込み、この前覚えた「ごめんね」と謝るチャンネルにひとまず合わせた。

 

 ――ザザザザザーッ……。ジジジッ、ザザーッ。

 

 ――ガガッジジガガガガッ…、ズザーッ。

 

 チャンネルをいくらすり合わせても、今夜はあの声が欠片も聞こえてこない。試したタイミングはまちまちだからいつでも聞こえるものだと思っていたけど、もしかしてインヴィディアでしか聞こえないとかあるのかな。

 そんな予想をしつつそっと微調整を繰り返すが、やはり成果は芳しくなかった。

 唯一の成果と言えば、何かの電子音声みたいな声の聞こえるチャンネルが発見できたくらいか。

 

 

 ――……こ……、ザザザジッ…ン。ズザザザッーー。…い、れい……き…ジガガガーッ……す。

 

 ――……ら、セ……ザザザジッ…。ズザザザッーー。ガガガッ――い……き…ジガガガーッ…す。

 

 

 

 文章が途切れ途切れで、意味の通じるように組み立てるには単語が足りない。

 そうこうしているうちに、やがてどのチャンネルからも音がしなくなると私は、サイカさんたちが起きてしまう前に鉱石ラジオを抱えて客室へと戻ることにした。

 

 

 

 

 




次話『リベラリタス島嶼群 リジデ港』


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17『リベラリタス島嶼群 リジデ港』

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 リベラリタス島嶼群には眠っている間に着いたらしい。泊りがけの船旅なんて初めてだけど、巨神獣が生き物だからか波の衝撃を吸収してくれるお陰で、すごくよく眠れた気がする。まぁ、ここ数日は目が回るほどに走り回ってたから疲れてたというのもあるだろう。

 船室の窓から覗いた景色は、小さな島が連なってできた土地だった。青い空に、萌黄色の明るい草花とのんびりと草を食む生き物がいる世界。ここが楽園だと言われれば信じてしまいそうだ。

 

「リベラリタス島嶼群は小型の巨神獣が集まって磁場を影響させて一つの陸地にしているんだとよ。俺たちが目指すアーケディアは遥か先に見える雲海の尾根の更に先にあるそうだぜ」

「コタ、おはよう」

「おう、寝坊だぜー? サイカたちはもう起きて準備してるみたいだぞ」

「えっ!? だ、だって誰も何時に起きろとか言われなかったし、起こされなかったから……」

「さっきそこでサイカと会ったけどよ、起きるまで寝かしといてやれって言ってたからな」

「じゃあ、別に寝坊じゃなくない?」

「なくなくないな」

 

 全く、どこでそんな言い回しを覚えて来るんだろう。どこか誇らしげに鼻を鳴らすコタローの顔は、腐っても愛らしい小型犬の姿なので頭のてっぺんと顎のあたりを高速でわしゃわしゃしてうっ憤を晴らした。 

 

「お、コタローの声がしとるから大丈夫やと思ったけど、ちゃんと起きとるやん。感心感心」

「サイカさん。おはようございます」

「おはよーさん。あ、ちょうどよかった! アサヒとコタローに伝えときたいことがあったんや!」

「「私(俺)たちに?」」

 

 とにかくまずは支度をしようという話しになって、薄手の下着とレギンスを履いて寝ていた私は膝上10センチくらい丈のあるワンピースを上からすっぽりかぶって準備完了。とサイカさんに目を向ける。

 そういえば、ジークさんはどうしたんだろうと聞くか聞くまいか迷っているうちに、サイカさんは船室の出入り口を立ち塞ぐように仁王立ちになって、人差し指を振り上げた。

 

「二人には王子と一緒に旅する時の心得を教えたるわ」

「なんだ? ジークってのは細かいところを気にするやつなのか?」

「あー、ちゃうちゃう! ウチが言いたいんは王子と旅する時の注意事項みたいなもんや。ウチに続けて復唱してな?」

 

 

「一つ! 港では王子の立っとる位置より巨神獣に近づかない! さん、はい!」

「「一つ! 港ではジーク(さん)の立ってる位置よりも巨神獣に近づかない!」」

 

「二つ! 王子と一緒に崖や岩が転がってきそうな坂には近づかない! さん、はい!」

「「二つ! ジーク(さん)と一緒に崖や岩が転がってきそうな坂には近づかない!」」

 

「三つ! 自分の身は自分で守る!」

「「三つ! 自分の身は自分で守る!」」

 

 

 言われた通りに復唱すると、サイカさんは満足げに「よく出来ました~!」とコタローの頭を撫でた。けれど、コタローは水気を飛ばすときと同じようにプルプル頭を振らしてサイカさんの手から逃れ、キャンキャンと聞こえてきそうな勢いで捲し立てた。

「なんなんだよ、今の復唱!?」

「何って……王子と行動する時の心得やで? なぁ?」

「ええと、私に同意を求められても……。あの、そんなにジークさんは活発に動き回るんですか?」

「いや? 王子の行動範囲は普通やで。ただ、王子はな――めっっっっちゃくちゃに! 運が悪いねん!!」

 

 はぁ? という声は私とコタロー二人から同時に発せられた。

 意図が通じていないと分かって、サイカさんは勝手にヒートアップしていく。

 

「二人も、青の岸壁の時見たやろ? 王子のアーツで崖下に真っ逆さまになったの! それだけちゃうで! 巨神獣にどつかれて雲海に落とされたり、野宿して目が覚めたらモンスターに群がられたり……! とにかく王子はめっちゃ運が悪いねん! せやから、さっき復唱したこときちんと守らへんと、大変なことになるで~~?」

 

 わざわざ、おどろおどろしい雰囲気を作り出してサイカさんは脅す。私は何と言ったらいいか分からず、口ごもり、コタローは「まっさかー」と完全に信じていないように笑う。そんな中で、ふと見た窓の外でジークさんが兵士の人と何か話をしている姿が見えた。うん、すごく普通に兵士の人とお話ししている。

 後ろを振り向いてサイカさんとコタローを窓際に呼び、何も問題ないと言おうとしたその時だった。

 

「「あ」」

「……え?」

 

 窓際に寄ってきたサイカさんとコタローが同じ口の形で窓の外を見て固まった。ワンテンポ遅れて私もそちらに目をやると、同じ港で停泊していた巨神獣がジークさんの頭にかぶりついていた。それはもう豪快に。

 

「わああああああっ! お、王子ー!!」

 

 先ほどの口ぶりからすると日常的にジークさんの不運に巻き込まれているサイカさんも、この事態には動転したらしく部屋から飛び出して行ってしまった。部屋に取り残されたコタローと私は真剣に視線を交わし合う。

 サイカさんの言葉、絶対に守ろうね。と目で訴えかけるとコタローも厳かに頷いた。

 

 

 

                         2

 

 

 

「アーケディアに行くためには、まずはこのリジデ港から真反対にあるイシェバ港に向かわなあかん。船やと遠回りやから、ここからは徒歩やな」

 

 春の終わりのような温かくも少し乾燥した風が吹き抜けた。視線を上げた先から吹き付けて来るその風は、ジークさんのまなざしの先から雲に押しやられるように私たちの頬を撫でて行った。

 小島と小島をつなぐのはプラスチックみたいな材質の真っ白な何か。ひざ下くらいまである背の高い草をモンスターたちが食み、その上を悠々と大型の鳥か巨神獣が飛んでいく。昨日までいたスペルビアとは違い、このリベラリタス島嶼群は人の手がほとんど加えられていない自然豊かな場所だった。

 ジークさんが巨神獣に頭をかじられた後、驚くことに当の本人は全く意に介していなかった。血相を変えてあちこち確かめるサイカさんに対して「なんでそんなに慌ててるんや?」と言い放つほどに。

 念のため回復アーツをかけてはおいたけど、正直いらなかったんじゃないかと思うくらいにはピンピンしているその人は、はるか遠くを見つめながら尚語る。

 

「ボン達がいつこっちに来るか、正直時間との勝負や。けど、他にも問題はある。――アサヒ」

「は、はい?」

「ここから見えるモンスター、どれでもええ。一人で倒せそうなやつはおるか?」

「う、い、いません……」

「せやろな。ここはインヴィディアやスペルビアよりも人間がおらん。ちゅーことはモンスター同士の生存競争が激しいっちゅーわけやな」

 

 私の視線の先には、因縁の日和散歩のマードレスと同じ形のモンスターまでいる。他にはインヴィディアでは見たこともないような、どう猛そうなモンスターばっかりだ。あの中を通り過ぎるなら、端っこをこそこそ通り過ぎるしかないと思う。けど、話の流れからそれは許してもらえないだろう。

 

「イシェバ港に行くためにはな、いくつかルートがあるんや。比較的安全で港にも近い、途中にイヤサキ村っちゅー村を通るルートと、回り道且つどう猛なモンスターが多く生息する非推奨のルート。どっちを選ぶかはアサヒに任せたるわ」

 

 にやりと、眼帯をしていないほうの目を細められた。恐らく、ジークさんたちにとってはどちらを選んでも問題ないのだろう。と、なればどっちを選ぶかによって変わるのは私に関わることだ。私は少し考えてからジークさんにこう質問した。

 

「途中でイヤサキ村に行くルートに変えることはできますか?」

「可能やな」

「私に聞いてくるってことは、ジークさんたちはどちらでもいいんですよね?」

「おう」

「じゃあ……。非推奨ルートに行きます」

 

 私が非推奨ルートを選んだ事が意外だったのか、ジークさんはかすかに目を瞠った。あれ、おかしいな。ジークさんの言い方だと、遠回しだけどこっちを選ぶように聞こえたんだけど……。しかし、更に驚いていたのは足元にいるコタローだった。

「おいおい! わざわざ危ないほうに行くってのか!? なんだってそんな方に……」

「今しかないと思ったの」

 コタローの声にかぶせるように、私は言い切った。案の定、小さな犬の姿のブレイドは、私らしくない言い切った言葉に「何がだよ?」と困惑気味に尋ねた。私は身をかがめて、自分のブレイドと視線を合わせて告げた。

 

「レックスたちと合流した後、私はどんなことに巻き込まれるのか、何かに巻き込んじゃうのか全くわからないけど。――レックスたちはフレースヴェルグの村をたって今まで、色んなところに行って、ホムラさんを狙う人たちやイーラと戦ってきたんだと思う。でも、それなら私は?」

「………………」

「私だけ、逃げて、誰かに助けて貰ってばっかり。イーラから逃げて、スペルビアでジークさんたちに助けられて……。こんなんじゃ、いざというときに動けなくなる。私はレックスと合流したときに、足手まといになりたくないの。みんなに、迷惑を掛けたくないの」

「アサヒ……」

「だから、今しかないと思う。今なら、ジークさん達も居てくれる。無理だと思ったら安全なルートにも戻ることができるし、これから先、こんな風に私が強くなるためだけの時間を取れるかも分からないから、出来る時にやれるだけのことはしなくちゃって、ずっと思ってた」

 

 そう。ずっと思っていただけで、今日まで実行できてこなかったそれが、今できる環境にいる。この機会を逃したくはなかった。

 コタローはまだ何か言いたげだったが、それを振り払うように体を震わせてこちらを見上げた。そこにはもう躊躇いはなかった。ただまっすぐに私の目を射抜く。全て任せた、と言ってくれているように。

「それなら、メインは俺じゃなくてトオノに代わっておけよ。トオノとの連携も鍛えるんだろ?」

「うん。回復が必要になったら呼ぶね。――トオノ!」

 名前を呼ぶと、コタローの小さな体が光になってその場から消え、代わりに長身の花魁が私に向かって妖艶に微笑んで見せた。

「わっちを呼びんしたか? ドライバー」

「……あなたとの戦い方を教えてほしいの。しばらくは、前線に出てもらえる?」

「ドライバーの思う通りに」

 明らかに自分より年上の人に畏まられると、どうしていいか分からなくなる。でも、と私は精一杯強く首を縦に振って彼女の傘を装備した。

 

 

                         3

 

 

 

 非推奨ルートの敵は、さすがに非推奨とされているだけあって、どれもこれも一筋縄ではいかないモンスターばかりだった。

 空を飛ぶ敵は攻撃が当てにくいし、攻撃を弾いてまともにダメージが与えられない敵もいる。吹き飛ばしたり、臭いにおいを擦りつけてきたりと、様々な方法で狩られまいとするモンスターたちを、私は襲ってくる端から相手をしていった。おかげで治しても治しても生傷が絶えないけれど、確実に自分の中で何かが蓄積していっているのを感じる。

 自分より何倍も大きな青い極彩色な四つ足のモンスターは、もう虫の息だった。四肢を折りたたみ、それでもその瞳からは好戦的な光が消えていない。ちょっと離れたところで戦っているジークさんの視線を感じてそちらを向くと、一つ頷かれた。ちょうどよく、トオノの刀にエーテルが溜まっていたので、これで終わりにしろと言うことだろう。

 

「トオノ! お願い!」

「わっちに任せなんし」

 

 投げ渡した青く光る刀身から、トオノの属性である水が泉のようにあふれ出す。

 

「断裁・雨月」

 

 凛と通るトオノの声と共に刀身が通常の何倍もの長さに伸び、その圧倒的な水量で刀の周りが白く煙る。

 硬いものを水圧で削るというのは確か、歯科の治療でも用いられた技術のはずだ。

「クォオオーン」というか細い嘶きを残して、そのモンスターは体を地面になげうった。

 他に襲ってくるモンスターもいないので、ジークさんたちがこちらに合流してくる。眼帯を付けたその人は、息を切らして立ってるのもやっとな私を、意外というまなざしで見つめた。

 

「この短時間で、目に見えて動きがよぉなったな」

「そ、そろそろ限界ですけどね……」

 

 肩提げカバンから水筒を取り出して呷ると、私は辺りを見回した。こちらを侮って襲ってくるモンスターと全部戦ってたら、今いる島から動物が消えた。吹き抜ける風は、空を旋回している大型の鳥や巨神獣のモンスターの余波だ。彼らの視界の先には私たちなんて目に入っていないように、どこまでも気ままに飛んでいく。

 トオノとコタローのスイッチのタイミングや、ジークさんの戦い方の特徴や、トオノのブレイドとしての癖を叩きこまれた頭は少しオーバーヒート気味だった。熱のこもった頭と汗をかいた肌に吹き抜けていく風が気持ちいい。

 連戦に次ぐ連戦で、その場で座り込んでしまったけれど顔を上げた先の小島には、まだうようよとモンスターがいる。あれも、倒すのかぁ……。と、ちょっとげんなりするけど、それを決めたのは私なので、何も言えない。

 

「よい、しょ……」

「もう、休憩はええんか?」

「はい。あんまりずっと休んでると、余計に疲れが溜まっちゃいそうですし」

「さよか。なら、行くで!」

 

 勢いつかせるためか、ジークさんは私の髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜた。

 これでも一応女の子なので、あんまり髪をぼさぼさにされるのは嬉しくない。手櫛で整えるのも限度があるけど、その間にもジークさんは頭の後ろで手を組んで、蟹股でどんどん先に行ってしまう。

 な、なにがしたかったの、あの人……。

 

 

 

                         4

 

 

 

「ボンと言い、アサヒと言い、ほんまに目が離されへんな」

「王子には言われたくないやろけどね」

 

 少女と花魁のいるその先を歩く二人が、そんなやりとりをしていたことを彼女たちは知る由もない。

 




すみません、どうしても主人公のレベルアップイベントは書いておきたかったんです…。
次こそはレックスたちと合流する所存です。
次話『イシェバ港』必ずや


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18『イシェバ港』

                         1

 

『親愛なるフレースヴェルグのみんなへ。

 

 ヴァンダムさん、村の皆さん。

 お元気でしょうか。

 なかなかお手紙が出せず、ごめんなさい。

 私は今、リベラリタス島嶼群のイシェバ港でレックスたちを待っている間にこの手紙を書いています。

 みんなと合流した後に、アーケディアのマルベーニ法王様という人に会いに行く予定です。

 勢いで村を飛び出した形になりましたが、あの後、村と診療所では何も問題が起きなかったでしょうか。子供たちが怖がったりしていないか、モミミやヴァンダムさん達に迷惑が掛かっていないかが少し心配です。

 なるべく早く、村に顔を出せるようにできるといいのですが、いつ戻れそうか。それすらも分からない状態です。迷惑をいっぱいかけてごめんなさい。レックスたちと合流できれば、お手紙もこまめに出せると思うので、合流できた時にはまたお手紙を書きます。

 それでは。

                              アサヒより』

 

 イシェバ港に滞在して早二日。

 暇を持て余した私とコタローは、村に送るための手紙を書こうと机に向かっていた。

 ヴァンダムさんの手紙を参考に文字の勉強を兼ねて、のつもりだったんだけど。書こうと思っていた内容を口頭でコタローに伝えたら、ワナワナと相棒が震え出した。

 

「……なんつーか、真面目かっ!」

「え、え? なんか変? 近況報告のお手紙なんだからふざけちゃ駄目だよね?」

「それにしたって硬すぎる! 逆に心配されかねないぞ、こんな手紙送ったら!」

「えぇー……。じゃあ、どう書けばいいの?」

「そうだな……。『やっほ~、アサヒだよ☆ みんな、元気にしてる~?』みたいな感じか?」

「そっちの方が絶対心配されると思うよ」

 

 結論:手紙は難しい。

 

 

                         2

 

 

 

 イシェバ港に到着して三日目の朝、ようやく事態は動き出した。

 どんな情報網を持っているのかは分からないけれど、今日中にレックスたちがこのイシェバ港に到着するらしい。みんなに会えると喜ぼうとした矢先、それ以上にテンションの上がったジークさんたちからの報告を受けたので逆に冷静になってしまった。こういうのを、人の振り見て我が振り直せっていうんだなと胸に手を置いて姿勢を正す。ジークさんの言葉の中に、納得できない部分があったからだ。

 

「ええと、それで。どうして私は船の中で待機してないといけないんですか?」

「そりゃあ、アサヒとボン達が顔見知りやからな。真の実力を見んなら、顔見知りが居たらやりにくいやろ」

「あの子たちの手も鈍るやろうしね」

「う……。そう言われちゃうと……」

 

 ここに来るまでの間、色々な話をした中にジークさんがレックスの前にちょくちょくと顔を出してる理由を教えてもらった。なんでも、ジークさんは旅から旅の放浪の身らしく、今は縁あってこれから向かう法王庁(アーケディア)で特使という役職に就いてるとのことだ。

 ジークさんは特使として、レックスが天の聖杯のドライバーとしてふさわしいか、そしてアーケディアで悪さを起こさないかを見定める必要があるという話だ。

 

「あ、じゃ、じゃあ、私もアーケディアに行っても大丈夫かレックスと一緒にテストしてもらえれば……!」

「アホか。アサヒはとっくのとうに問題ない言うて、法王庁に報告済みや。いまさらテストも何もあらへんし、仮に合流したときワイらのこと黙ってられるか?」

「……………………」

「すっげー目が泳いでんな。こりゃ無理そうだぞ、ジーク」

「せやろな」

 

 膝の上のコタローが余計なことを言ったおかげで説得の難易度が跳ね上がった。

 まずい、味方がいない。とサイカさんに視線で加勢を求めようとするけど「まぁ、アサヒは心配せんでウチらにドーンと任しとき!」と豪語されてしまった。こういう時、私と同じくらいの子ならどういう反応をするんだろう。と考えてしまって私は頭を振ってその疑問を払いのけた。違う、いまこの場で気にするのはそういうことじゃない。

 

「わか、り、ました……。それならせめて、あの、船室とかで隠れて覗いてる分には問題ないですよね?」

「言い方がかなりあかん方向に聞こえるが、まぁ、顔出さへんようにするならええで」

 

 意外とすんなり許可が下りて、私はちょっとだけ驚いた半面、安堵で胸を撫でおろした。

 

 

 

 そこで話は一度お開きになり、ジークさんは船外でレックスたちを待ち伏せしに行くと言って出て行った。

 私はというと、港全体が見える部屋を借りてそのカーテンをほんの少し隙間を開けて外が見えるように調整して待機していた。薄暗い部屋の中でコタローのコアクリスタルだけが青く光っている。

 

「な、何だろう。私まで緊張してきた……」

「なんでアサヒが緊張してんだよ。――っと、来たみたいだぜ」

「窓、少しだけ開けちゃおうか。コタなら何か聞こえるかもしれないし」

「とは言っても、俺はブレイドだからなぁ。聴覚はほとんど人間と同じだぞ。一応やるけどよ」

 

 なんだかんだ言っても、ちゃんとやってくれようとするコタローの頭を撫でて、私はカーテンの隙間から外の様子を覗き見る。港と小島をつなぐ桟橋のようなところを、大人数が歩いてくるところだった。

 

「なんだか、人増えてない? レックスにホムラさん、ニアちゃんとビャッコさんとトラとハナちゃん、後はファンさんはわかるけど……あの黒い軍服の人と、隣の青い女の人はブレイド……かな?」

「さぁな。お、ジークが出て行ったぞ」

「コタ、何か聞こえる?」

「『待っとったでぇ』ってジークの声は聞こえたが、駄目だな。会話が早くてついていけねえ」

 

 私も耳を澄ませてみるが、ところどころの声が聞こえるだけだ。やっぱり、音を集める能力はコタローの方が上なのかもしれない。とか、考えているうちにニアちゃんの呆れた声に耳を傾けた。

 

『三日もって、馬鹿じゃないの? ――――、まずはあんたが実力――さいよ』

『―――。おもいっきし見せたる―――、構えや』

 

 おもむろにジークさんが背中の大剣を引き抜いて構え、その少し下がったところでサイカさんが片腕をジークさんに向けて伸ばし、臨戦態勢を取っていた。けれど、ジークさんはすぐに斬りかからず、レックスたちの輪からなぜか離れた黒服の人に顔を向ける。

 

『あんさんもやるかい?』

『――、――――――――』

『だそうや。残念やったなぁ、――――――様の助けが得られんで』

 

 あぁ、ちょうどあの黒い人の名前が聞き取れなかった。でも、話の流れからすると、その人は今回のテストには参加しないみたい。けれど、その程度でレックスたちが怯むなんてことは無い。むしろ余裕綽綽といった風に各々武器を構えるなか、チラッとニアちゃんがこっちに顔を向けたのを見て私はパッとめくっていたカーテンから手を離す。

 

「み、見つかった?」

「いや、ただ辺りを見回しただけみたいだぜ」

 

 コタローの言葉を受けて、私は再びカーテンを少しだけめくって窓の外を覗き込む。

 その瞬間に、青白い光がフラッシュのように瞬きまばゆさに目が慣れた時にはレックスたちの叫び声が遅れて聞こえてきた。

 スペルビアの港で私を助けてくれたのと同じく、ものすごい速さでレックスたちの合間を移動し、攻撃したのだろう。

 

「ガチじゃねえか、ジークの奴……!」

「あ、でも、レックスたち動いてるよ。わざと外したのかも」

 

 青の岸壁でも、そうだったけどジークさんは結構そういうパフォーマンスが好きみたいだ。格の違いを見せつける、みたいな感じで。あぁ、サイカさんもノリノリだし……。

 地面に這うように倒れるレックスたちとは別の、もっと桟橋寄りに移動したその人たちの中から、女の人にような声が聞こえてきた。

 

『雷轟のジーク……。ルクスリア王家第一王子にして王国随一のドライバー』

「「『ルクスリアの、お、王子――!?』」」

 

 その衝撃の事実に、私とコタローは隠れていることも忘れて、同じく驚くニアちゃんと一緒に室内で大声を上げた。

 レックスたちの戦っているところとは少し離れているとはいえ、私のいる船室は静観組の人たちの声がここからでも聞こえてくるくらいの位置だ。こちらの声が聞こえていても、少しもおかしくない。

 私たちは慌ててカーテンから手を離してその場にしゃがみこんだ。幸い、窓の外ではそのまま話が進んでいるらしく、ジークさんの「もっと褒めて~」と催促する声が聞こえてくる。

 

「ご、誤魔化してくれたのかな……」

「いや、あれ絶対素だろ」

「本当に王子様だったんだ……。というか、王子様なのに……」

「王子の種類も色々あるんだろ。それよかどうする? まだ覗くか?」

「んー……」

 

 コタローを抱えた状態で、カーテンをちらりとめくると誰もこちらの船室に目を向けていなかった。だからと言ってバレてないとは断言できないけれど、さっきみたいなことが起きないように、息を殺しながら私とコタローはみんなの戦う様子を見守った。

 レックスたちは、前に会った時とは段違いで強くなっていた。

 同調しているブレイドも増えたようで、ホムラさんの炎の他に地面や氷がジークさんたちを追い詰める。

 いつの間にか、高校生くらいの女の子に変身する能力を身に着けたハナちゃんの小型ミサイルがジークさんを取り囲み、ニアちゃんがビャッコさんと共に飛び掛かり、レックスが青の岸壁の時と同じように大きく振りかぶった一撃でジークさんを桟橋の手すりギリギリまで吹き飛ばした。

 ギリギリで踏みとどまってくれて良かった。あの手すりの下は、雲海だ。

 

『やりよるな、ボン』

『あんたもね、驚いたよ。まさかメレフとカグツチの他に、こんなドライバーとブレイドがいるなんて』

『まだ使こうとらんのやろ、天の聖杯の力』

『ヒカリの力は悪い奴にしか使わない』

『何ゆうてんねん。ワイは善人やとでも言いたいんか?』

『違うのかい?』

 

 そういうと、レックスは炎の灯る武器を下した。

 戦う意思はもうない。という意思を言葉でなく行動で示せるレックスを私は本当に尊敬する。

 そして、ジークさんがその言葉と態度に対して返したのは、空を破るような大笑だった。

 

『なかなか言うやないけ、ボン。さすがは天の聖杯のドライバーや』

『……よろしいですか? ジーク様』

『あぁ、合格や。こいつやったら法王庁に入っても問題起こさんやろ。それと――もう出てきてええで!』

 

 ファンさんと話しているのを切り上げカーテンをめくったこちら側を向いて、ジークさんはそう言った。

 その言葉をずっと待っていた。

 私はコタローを床に降ろして船室から飛び出す。船の中の狭い廊下で、兵士の人とすれ違いながら私は全速力で船の出口を目指した。外の光が差し込む扉の下を潜り抜け、ずっと会いたかったみんなの元にまっすぐ向かう。

 

 

「レックス! ニアちゃん! みんな!!」

 

 

 我慢できずに声を上げると、みんなの驚いた顔が向けられる。

 その中で一番近くにいたニアちゃんに私は飛びついた。ほとんど背の変わらないその子は勢いに押されてちょっとのけ反ったけど、見事に私を抱きとめてくれた。

 

「アサヒ!? あんたなんで亀ちゃんと一緒に……!?」

「ええと、話せば長くなるんだけど……。スペルビアで助けてもらったの」

「スペルビア?」

「? スペルビアがどうかした?」

「い、いやぁ~……」

 

 ニアちゃんはなぜか言いにくそうに視線を背けた。その先にいるレックスたちも、どう反応すればいいか分からないような微妙な顔をしている。

 

「おう、そこの見せつけてる二人ー。今は大人のお話しを聞く時間やでー」

「べっ、別に見せつけてなんかない!!」

 

 即座に否定するニアちゃん。

 とは言っても、私も飛びついたりして少しはしゃぎすぎたなぁ。と反省しながらニアちゃんからちょっと離れてジークさんに向き直る。再び注目が集まったところで、ジークさんは自分が法王庁の特使であることを明かした。

「すまんかったな、何度も試さしてもろて」と、いい雰囲気でまとまりそうだったのをサイカさんの一言が混ぜっ返した。

 

「ホンマは一回で済ませたかったんやけどな。なんせ、ウチの王子様めっちゃ運が悪うてな」

「あー、なんとなくわかる」

「サイカもボンも何言うとんねん。あれはたまたまやろが。たまたま――」

 

 バキッ。いや、ボキッ。だったかもしれない。普段はあまり聞くことのない固いものがへし折れた音が、ジークさんの立っているはずの方向から聞こえた。一拍遅れてそちらを見ると、ジークさんが体重をかけようとした木製の手すりが根元からばっきり折れて、雲海にジークさんもろとも落ちる直前だった。

 

「あっ――」

 

 と言う声は、誰のものかはわからなかったけれど、その「あっ」と言う間にジークさんは雲海に向かって真っ逆さまに落ちていく。

 

「なんでやねーーーんっ!!」

 

 という断末魔を残して。

 心配と言うより、興味が先導して下の様子を見に行ったレックスたちは真っ白な雲の浮かぶ雲海を眺め、ジークさんが本当に落ちてしまったことを確認した。

 

「あ、本当に落ちた」

「本当にって……ニアちゃん何を予想してたの……」

「あ、あのっ助けに行かなくていいんですか?」

「心配あらへん。そのうち自力で戻って来はるやろし、先に船で行ってましょ」

 

 この場の唯一の良心であるホムラさんの言葉は、こんな状況に慣れっこのサイカさんの前では通用しない。私も、巨神獣に頭からぱっくり齧られてもびくともしてない姿を見ているので心配する気はあまり起きなかった。

 ジークさんのブレイドがそういうんだから、大丈夫なんだろう。というすごく大雑把な流れで船に移動を開始する私たち。そのはるか下で、ジークさんがうつ伏せに雲海に揺蕩っている姿を私は全力で見ないふりをした。

 




次話『アーケディア行 巨神獣船船内』


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19『アーケディア行き 巨神獣船船内』

 

 

                         1

 

 

 合流して、船に乗ってから法王庁へは二時間程度で到着するというお話しだった。

 そこまでのわずかな時間、船室の一つを借りて私と代表してレックスが今までどういう経緯でここまで来たのかを話し合う。

 

 まずレックスたちは、村をたった後まっすぐにアーケディアに向かおうとしていた。

 私と違うのは、レックスたちは、アヴァリティア経由でスペルビアに行くルートを取ったことだろう。しかし、その出立直前にグーラ人の少年にヴァンダムさんから譲り受けたスザクのコアクリスタルを盗まれてしまい、その犯人を追ってグーラに。そして、孤児であったその少年たちが孤児になった理由である盗賊を影ながらに懲らしめ、軍に引き渡した後にようやくスペルビアに向った。

 そこでレックスたちは、トラのお父さん(トラは親子三代で人工ブレイドを作る技術者の家系だそうだ)の助手であるノポン族と再会する。その日の夜にハナの先代にあたる人工ブレイド『キク』がスペルビアの街を一部破壊する事件が起こり、キクの調整役として高確率で傍にいるであろうトラのお父さんを探して、スペルビアの廃工場に向かったそうだ。そこでは、アヴァリティア商会のバーンというノポン族が量産型の人工ブレイドを作ってスペルビアに卸していたついでに、イーラとも取引をしていたためその施設をファンさんと共に稼働を停止させ今に至る、という。

 ちなみにものすごく要約してこれなのだ。その旅がどれだけ長く険しい物であったかは言わなくてもわかる。

 

 時々レックスの後ろからじっちゃんとホムラさんが注釈を加え、こちらからもコタローのアシストで情報の共有は恙なく終わった。

 そのやりとりで出てきた感想は一言。

 

「なんか、すごい大冒険だったんだね……」

「そういうアサヒだって、大冒険だったじゃないか。しかも、ファンさんを送り届けてくれたのもジークとアサヒだったなんて……」

「レックスに比べたら足元にも及ばない気がするけど……。そういえばどうだった? ファンさん、間に合ったんだよね?」

「そりゃあもう、タイミングばっちりだったよ!」

 

 それは良かった、と私はレックスに返した。あの後はすぐに港へとんぼ返りしてしまっていたので、結局間に合ったかどうかが分からなかったんだよね。と、私はホムラさんの淹れてくれたセリオスティーを口に含みながら頭の中で付け加える。

 紅茶のような味なのに、後味はお花みたいな不思議なお茶の香りがほんわりと湯気になって立ち上る。

 

「あ、そうだ。アサヒに会わせたい人がいるんだけど……」

「ん? あ、あの黒い服の人?」

「うん。メレフって言うんだ」

「メレフ、さん?」

 

 名前を口に出して、ふと既視感を覚えた。その名前には聞き覚えがある。さっきのジークさんとレックスのやりとりの中と、スペルビアの港で兵士の人の口から二回。

 

「もしかして、特別執権官のメレフ様?」

「やはり覚えられてしまっていたか……」

「わっ!?」

 

 背中から聞こえた声に、冗談抜きで私は飛び上がった。

 向かい合った形で先にメレフさんが来ていたことを知っていたレックスは暢気に「船内探索は終わった?」と声をかけている。そんなつもりはなくても、ちょっとだけ腰が引けたまま振り返ると、そこには私よりも背の高い帽子を目深にかぶった人が腕を組んで立っていた。

目の前のその人からは威圧されるような体格差はない。胸から腰に掛けて流線形のある軍服を見るとその人の性別が分かった。ちらり、と目深にかぶった帽子の下を見ると凛と澄ました瞳と視線がぶつかる。

 さらにその後ろにはホムラさんと同じくらいの背のある、青く長い髪を揺らした女性ブレイドもいた。糸目、なんだろうか。大胆にスリットの入った真っ青のドレスが陽炎のように地面近くをゆれる。

 

「君が噂の楽園の子か。アサヒ、と言ったか? 大体の話はレックスから聞いている」

「あ、え、えっと、そうです。アサヒ・セリザワと言います。よ、よろしくお願いします」

「そう畏まらなくてもいい。むしろ、頭を下げなければならないのはこちらの方だ」

 

 メレフさんは頭の帽子を外して胸に置き浅く一礼した。帽子の中にまとめてある髪をみると私と同じくらいの長さはあるんじゃないだろうか。謝罪の方法が元の世界を彷彿させる。またこちらとあちらでの共通点を見つけた。

 

「私はメレフ・ラハッド、こちらは私のブレイドのカグツチだ。この度は、我が国の兵士が君に手荒な真似をした挙句、君を拘留をしようとした一件、大変に申し訳なかった」

「わわっ、ちょ、ちょっと待って――あ、あの、顔を上げてください! 私の方こそ、何も知らないでその、抵抗して兵士の人たちに怪我をさせてしまってすみませんでした! あの後、兵士の人たちは……?」

「彼らに重傷者はいなかったわ。あなたたちが手加減してくれたおかげよ」

「カグツチの言った通りだ。しかし、知らなかったとはいえルクスリアの第一王子と楽園の子に剣を向けて、あれだけで済んだのだから彼らは僥倖だったな」

 

 そう言いながらメレフさんは再び帽子をかぶりなおす。ツバの部分が格子上に切り取られていて長い前髪がひと房零れ落ちた。

 

「スペルビアが、私を探していた理由を聞いてもいいですか?」

「……あー、それについては多分、俺が原因なんだ」

「レックスが原因? どういうこと?」

「俺、村に傭兵団を派遣したついでにアサヒに手紙を届けてもらおうとしたんだ。その時、アサヒはイーラに襲われて村から出てった後でさ。話を聞いたらコールさんの所に行った後だっていうから、多分アサヒもアーケディアに向かったと思ったんだ。それでメレフにアサヒの容姿を伝えて、もしもその子がスペルビアに来たら行き違いにならないように保護してほしいって頼んだんだ」

「メレフ様もいけないんですよ。通常、港の検問に情報を伝達するには様々な部署に偏りなく情報を展開しなければならないのに、一足飛びに管轄の違う部署と直接やりとりをされて……。そのようなことをしたら、下には情報が歪んで伝わってしまうに決まっています」

「あれは、万が一にも他の誰かが楽園の子を手中に収めないようするため、やむを得ない手段だったのだが……。今回の件でもう十分に身に染みた。もう二度と時間を惜しんで手順を飛ばして申請はしない」

「約束ですよ」

 

 どうやら今回の件は各々がちょっとずつ情報不足によって引き起こされた一件だったようだ。

 そのおかげでジークさんとも会えたし、結果オーライではあるのだけど。

 各々自省モードに入ってしまったレックスとメレフさんに声を掛けられず、私はティーカップを両手で包んで中身のお茶をちょっと啜った。あ、お茶を啜るのってマナー違反なんだっけ。

 

「……話が逸れてしまったな。以上の経緯から、港での一件はスペルビアがというよりかはレックスが君を探していたということになる」

「そうだったんですね。それを聞けて、ちょっと安心しました」

 

 ティーカップから口を離してメレフさんに向かって笑って答えると、その人は不思議そうに首を傾げた。

 

「安心した、とは?」

「スペルビアでも楽園の子の噂が広がっていたら、どうしようと思っていたので」

 

 自惚れていると思われるかもしれないけど、もしもスペルビアでも楽園の子の噂が伝わっていたら、私の存在はスペルビアとインヴィディアの戦争の引き金になってしまいかねない。

 私単一で何ができる訳でもないけれど、楽園の子の名前はこの世界では強烈だというのは十分に思い知っている。

 楽園の子はフレースヴェルグの村、ひいては傭兵団に所属しているというのは周知の事実だし、在籍的に私はインヴィディアの人間になるだろう。もしも、スペルビアで私の身に何かが起きた場合、誰かに『楽園の子はスペルビアの手に掛かった』なんて噂をされてしまったら、もう目も当てられない。

 フレースヴェルグの村では確実にスペルビアは悪者扱いだろうし、スペルビア側はどんなに弁明をしたとしても、確たる証拠を提示しなければ信じてもらえない。

 私の存在が戦争の引き金になるのだけは、絶対に避けたかった。だから、メレフさんに「スペルビアは大々的には楽園の子を探していない」と言ってもらえて安心した。

 

「君は、楽園の子の噂が広がって欲しくないと見えるな」

「はい。できれば、世間知らずの子供ってことにしておいて欲しいくらいです」

「……それなら、まずはその口調を改めてみてはどうだろうか」

 

 思ってもみない方向からの指摘に私はメレフさんの顔をまじまじと見つめた。その顔に答えが書いてあるはずもないので、メレフさんはその意図を顔ではなくきちんと言葉で伝えてくれた。

 

「君の口調はやけに丁寧だ。私やルクスリアの王族である彼ならば敬語には慣れているが、それだと市井の中では目立つぞ」

「……ねえ、レックス。私、目立ってた?」

「うーん。サルベージャーには年功序列って意識は薄かったからなぁ。でも、確かに知らない人からすると女の子が敬語で話しかけてきたらちょっとびっくりするかもね。嫌な気はしないけどさ」

「そ、そっかぁ……」

 

 嫌な気はしない、とレックスが言ってくれたおかげでほんのちょっとだけ安心した。けれど、思い返してみれば村の中ではみんなヴァンダムさんには砕けた口調だったし、確かにその中で敬語で話す人間が居たら目立っていたかもしれない。一番最初にエドナさんに「スペルビアの貴族」と言われた理由がなんとなくわかった気がした。

 今までの出来事に関して記憶を漁るのに忙しい私に、ホムラさんの声がかかる。

 

「アサヒ。とりあえず、敬語を止めてみたらどうですか?」

「うぅ~。急にやめろと言われても……」

「でも、アサヒはコタローや自分のブレイドとは普通に話してるだろ?」

「それとこれとは話が全然違うよ……」

 

 とは言っても、どこがどう違うのかを説明するのは困難だったので、苦し紛れにお茶を含んで言葉ごと飲み下した。すると、ひょっこりとレックスのヘルメットの中から顔を出していたじっちゃんが小さな羽を使って私の前まで飛んでくる。私は両手をお椀の形にして足場を作ってあげると、じっちゃんはその中に小さな足を着地させた。和毛の柔らかい感触がちょっと病みつきになりそうになる。

 

「なら、まずは手近なワシらから敬語を止めてみてはどうじゃ?」

「そもそも私、レックスのじっちゃんとこうして喋ることさえ初めてな気がするんですけど……」

「細かいことを気にするんじゃないわい。物は試しというじゃろう。今からワシらには敬語はなしじゃぞ」

「……わ、わかり――わかった……」

 

 言われた傍から危ない私に、レックスたちは先行き不安という顔を向けた。

 やめて、そんな顔で見ないで。

 

 

 

                         2

 

 それからほどなくして、ファンさんがもうすぐ法王庁(アーケディア)に到着すると教えてくれたので、私たちは支度を済ませてから巨神獣船の甲板に出た。いつの間にか雲海の尾根を越えた巨神獣船の舳先からアーケディアの巨神獣が肉眼で捕らえられる位置まで来ている。そこまで速度は出ていないのか、遊覧船に乗っているときのようにゆったりと空に浮かぶ雲が後方に流されているのを首を動かして目で追った。

 そこで、時間差で呼ばれたサイカさんが、私と同じように舳先から見える巨神獣を一望して子供みたいに笑った。

 

「いやー、いつ見ても巨神獣船から見るアーケディアの巨神獣は圧巻やねぇ」

「サイカさん」

「ん? どないしたん? なんか疲れてるみたいやけど」

「な、なんでも、ない……よ?」

 

 苦しい。ものすごく苦しい。そもそも十年以上の間『施設の職員以外の大人には敬語』を貫いてきた私にとって敬語を止めろと言われても「さん、はい」と敬語がやめられるわけがない。

 この世界ではこの世界なりの言葉の距離感というものがある。貴族でもない一般人が敬語で話すことが変だというなら、この世界の郷に従うのは私の方だってわかってる。わかってるんだけど……!

 

「あれ、敬語止めはったん?」

「う、うん。私の口調は町中じゃ目立つって言われて……。変、かな?」

「普通とちゃう? まぁ、ウチとしては砕けてもろた方が嬉しいけど。王子かて、堅苦しいんよりも気楽なほうがええって言うやろしね」

 

 確かに、ジークさんならそう言いそうだ。と、分かるくらいにはそれだけの時間を過ごしていることに今更気が付いた。

 フレースヴェルグの村をたって五日間。この世界に来てから、もうかれこれ一カ月は優に過ぎている。

 このまま、流されていったら私は最終的にどこに行き着いてしまうのだろうか。

 突然降って湧いた疑問は小さな棘となって、しばらくの間私の胸を刺激し続けることになった。

 




つなぎ回はやはり難しいです。
そしてここから怒涛の偉い人のお話しコンボが待ち受けているという。
次話『セイリリオス広場』


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20『アーケディア法王庁 アーケディア大聖堂』

 

 

                         1

 

 

 私の中で今まで渡ってきた巨神獣にイメージカラーのようなものが存在する。

 傭兵団のあるインヴィディアの巨神獣は『青』。

 赤土がどこまでも続くような乾燥地帯であるスペルビアが『赤』だとする。

 それならばここ、アーケディアは目が眩むくらいの『白』だ。

 しかも、阿古屋貝のような虹色の光沢に包まれた巨神獣の皮膚は見る角度によってパステル調に色を変える。どこもかしこも美しくて、言葉は知っていても使いどころに恵まれない荘厳という二文字がしっくりくる世界だった。石畳でできた白亜の国。それが私の中のアーケディアという場所の第一印象だ。

 

「はぁぁああ~~! 綺麗なところも~!」

「素敵ですも~!」

「こりゃ圧巻だなぁ。全体が見える前に首が痛くなっちまいそうだぜ」

 

 仲間内では比較的背の低い三人が高くそびえるアーチを見て、早くもテンションマックスと言った風だった。特に足元のコタローは元が小さいのでどんなに首を反らしても、全貌までは見えないのかもしれない。

 私はコタローの前足の隙間に手を入れて、「よいしょー」という掛け声と一緒にフォークリフトのようにコタローを自分の視線の高さ以上まで持ち上げた。所謂、高い高いというやつだ。

 

「おわっ!? なんだなんだ!? アサヒ!?」

「こうしたら高いところまで見えるでしょ?」

「お、おおー。なんつーか……でかいな!」

「え? 感想それだけ?」

 

 せっかく高い高いまでしたのに、と肩透かしを食らった気分の私にコタローは「それも立派な感想だろ」とそっぽを向いてしまった。ごめんごめん、と取り成しているとファンさんの澄んだ声が場を引き締めた。

 

「マルベーニ聖下との面談は明日を予定しています。まずは皆さまで教区内をご覧になってはいかがですか?」

「アーケディアの中を? そりゃめったにない機会だよなぁ」

「キョーミあるも! いろんなところ、ぐるんぐるん回りたいもー!!」

 

 異常なテンションのトラたちにニアちゃんとビャッコさんが「まるで観光だな」と笑う。その様子を見て私は首を傾げた。アーケディアって入国するのがそんなに大変な国なんだろうか。

 その事実を聞く間もなく、観光気分のトラとレックスたちを先頭に一行は進みだす。

 私たちが見上げていたのはヤーナス正門と呼ばれている場所だった。その下を潜り抜けるとカルトス通りと言う露店の建ち並ぶ通りにボルティス円形広場と言う市民の人の憩いの場がある。その一つ一つを丁寧に案内してくれるファンさんに、町の人は気軽に手を振ったり、よそ者であるはずの私たちに声をかけてくれる。ファンさんって慕われてるんだなぁ。と町の人との交流にほっこりしつつも、円形広場を通り過ぎようとする私たちの拓けた視界の先。その先は一段低い場所にあるらしく、そこからだと景色とちぐはぐなテント暮らしの集落の全貌が見える。その中で、吸い込まれるようにニアちゃんが手すり際に寄り、座り込んでる男の人の看板を読み上げた。

 

「ブレイドは戦争の原因だ? ――って、なにあれ」

「法王庁のブレイド施策への反対デモやな。難民の連中が去年位から盛んにやっとる奴や」

 

 その声はサイカさんではない。振り返るとつい数時間前に雲海に落ちたジークさんがいつの間にか私たちの後ろに立っていた。音もなく現れたその人に「忍者か!」と突っ込みたかったけど、それ以上にニアちゃんが思いっきり跳ねて「どっから湧いて出た!?」とまるで虫のような言いようだったので、言わないことにする。

 ニアちゃんの反応が、元の世界で見たキュウリに驚く猫の動画を彷彿とさせたのは秘密だ。

「ブレイド、なにか悪いことしたのかも?」

 揃って首を傾げるノポン族とそのブレイドに対して答えたのはメレフさんだった。

「各国で産出されるコアの管理、供給のバランスは一手に法王庁が担っている。たまに、モーフやバーンみたいな輩が出るがな」

「つまり、法王庁こそが戦争の原因だと?」

「そういう側面もある、ということだ」

 ビャッコさんの言葉にメレフさんは頷いた。

 モーフとバーンと言う人については私は直接会っていないけど、確かコアクリスタルの密輸入などを手掛けていた悪い人たちという話だった気がする。

 ニアちゃんはドライバーとブレイドは戦力の一つに過ぎないと憤慨していたけれど、サイカさんがそれを分かってもらうのは簡単なことじゃないと窘める。確かにパッと見てわかりやすい力というのはそれだけで脅威だ。その使っている人や使い方がどうであれ。

 レックスが改めてテントの張られているキャンプ地を見下ろす。釣られるように視線を移すと、テントの前でグーラ人の子供たちが走り回っているのが見えて、一瞬インヴィディアのフレースヴェルグの村を思い出した。

「難民、グーラ人が多いね」

「10年前のグーラ争奪戦じゃな。あの戦から逃れてきたんじゃろ」

「けったいな連中やでほんま」

 吐き捨てるようにジークさんが言う。

 

「家建ててもろて、メシ食わさしてもろて、ほんで文句言う。衣食足りて礼節を知るってのは、あれは嘘やな。人間余裕ができ始めるといらん事考え始めるんや」

「手に負えない物は目を向けず、手近なものを攻撃するのは容易いからのぉ」

 

 ジークさんとレックスのじっちゃんの言葉に、私は思わずそんなことない。と言いそうになって、無理やりに口を閉じた。ここから見る景色だけで言うなら、ジークさんたちがそんな感想を抱いてしまうのは仕方ないことだ。

 衣食足りて礼節を知る。なら、元の世界で似たような境遇だった私はできていたのか。と問われたら自信はない。思わず俯いた私の腕に肉球付きの前足がポンポンと触れた。

 

「まともな奴はとっくにこのキャンプから出てんだろうさ。ここに残ってんのは自分の身の振り方を決められない子供と、ジークの言うけったいな奴って訳だ。だから、そんな顔すんな。アサヒ」

 

 ブレイドとして私の過去を知っているコタローは、私の気持ちはお見通しだった。私は何も言わず、感謝の気持ちだけを込めてコタローの頭をぐりぐりと撫でた。

 

 

 

                         2

 

 

 

「この門から向こうが法王庁の内壁、主要な施設や行政区がある区画になります。それでは宿までご案内しますね」

 

 あの後、ホムラさんとメレフさんのお話を聞いたりしながらアーケディアの観光をした私たちが、宿屋のあるこの場所に辿り着いた時には日が暮れかける時間帯だった。そこは巨神獣の背中に近い位置なのか、他の場所より高い位置にあり階段を上った上にある。区役所や市役所が併設された大きな公園や広場のように足が付けられるような水路みたいな水場が設置されたそこは天に聳えるパイプオルガンのような形だ。

 巨神獣のエーテルで光る街灯がオレンジに照らす広場を通り過ぎ、私たちは左手の小さめの建物に案内された。

 その目の前でファンさんは立ち止まる。ここで案内は終わりだ、ということらしい。

 

「謁見は明日、大聖堂の謁見室で行われます。お忘れなきよう。それでは」

「うん、色々とありがとう」

「おやすみなさい、皆さま」

「おやすみ!」

 

 口々にファンさんたちにお休みなさいと伝えて、私たちは案内役の人の後に着いて自分にあてがわれた部屋の中に入る。あてがわれた部屋はツインベッドの置かれたホテルの一室みたいだった。特に目新しい物もない。

 ……うーん、ファンさんはお休みなさいって言ってたんだけど、時間的にはまだ寝るには早いんだよね。

 運ばれてきた夕飯を食べてからは、さらに時間を持て余す。

 部屋の中で荷物の整理やコタローのブラッシングなど必要なことを済ませても、あまり時間は潰せない。

 他の人ってこういう時にどんなことしてるんだろう?

 ふと思い立った私は腰かけていたベッドから立ち上がって、隣でごろ寝していたコタローに声をかける。

 

「コタロー、レックスのところに行くんだけど、来る?」

「? 今から行くのか?」

「そうだけど……。あ、今から行ったら失礼かな。寝ちゃってるかも?」

「まぁ、ドア叩いてみて反応無けりゃ出直せばいいんじゃねえか?」

 

 それもそうだ、と私は荷物を置いて部屋を出た。時間的には20時を過ぎている。

 当たり前だけど建物の中は暗くて人影もまばらだ。ちょっと耳を澄まして他の部屋から微かな生活音が聞こえてくるのを聞きながら廊下を歩く。レックスの部屋は一番入り口に近い部屋だった。

 コンコン、と2回ノックするとすぐに「はーい」というホムラさんの声がして扉が開けられた。

 

「あら? アサヒ、どうしたんですか?」

「えっと、ちょっとホムラさん――というか、そのカラムの遺跡で会ったもう一人の……」

「ヒカリちゃん?」

「あ、そうです。そのヒカリさんに聞きたいことがあって……。あ、もう寝るなら明日出直すので――」

「ふふっ。敬語、戻ってますよ?」

「うっ」

「ヒカリちゃんに用事なんですよね? レックスには聞かれないほうがいいですか?」

「いえ……じゃない。ううん、別に秘密にしてるわけじゃないから、大丈夫」

「そうですか。じゃあ、中へどうぞ」

 

 道が譲られてレックスたちにあてがわれた部屋の全貌が露になる。間取りはほとんど私の部屋と同じ。ただ、庭に面する壁には円形の窓が備え付けられていて、ガラスが部屋の光を反射して鏡のように映していた。

 部屋に入ってすぐのベッドに座っていたレックスが片手を上げると、足元からコタローが中に滑り込んだ。

 

「よぉ、レックス」

「あれ、コタローもいたんだ。てっきりアサヒだけだと思ってた」

「ブレイドとドライバーは一心同体、なんだろ? じゃあ、アサヒがいるところに俺がいるのは当たり前じゃねえか。つーわけで、邪魔するぜ」

「お邪魔しまーす……」

 

 扉を潜るとホムラさんがドアを閉めて、それからすぐに目の端で光の粒が見えた気がした。不思議に思って後ろを振り向くと、カラムの遺跡で会ったきりだった金髪のブレイド、ヒカリさんが立っていた。

 す、すごい。全然別人になっちゃってる。

 

「あなたがアサヒね。この姿で直接話すのは初めてね」

「あ、えっと、初めまして……!」

「ちょっと、やめてよ。私とホムラはいつでも入れ替われて、記憶の共有もできるの。厳密には初めましてじゃないし、今までのやりとりも全部知ってるわ。堅苦しいのもなし、いいわね?」

「う、うん。分かった」

 ホムラさんが垂れ目なのに対してヒカリさんはキツめの顔立ちだった。だからだろうか、なんか言葉尻までキツくなってるような……。

「それで? 私に用事ってなんなのよ?」

 促されてようやく私はここに来た目的を思い出した。

 襟元を緩めて銀色のチェーンにぶら下がる、もはや認識票(ドッグタグ)とは呼べない形のそれを取り出して、手のひらに置いてヒカリさんに差し出す。横から頭にコタローとじっちゃんを乗せて鏡餅状態になったレックスも覗き込んで私以外の一同がそろって首を傾げた。

「これって、前に見せてもらったアクセサリー? 俺が見た時とだいぶ違うけど……」

「レックスに見せたのと同じのだよ。訳あって、ちょっと塗装が剥がれちゃったんだけどね」

「ふーん。で? これが何なのよ?」

 ちょんちょんと、その細い指で認識票(ドッグタグ)の金属部分を触るヒカリさんは、どう見ても興味がなさそうだった。

 

「ヒカリさん。これに見覚えとかない?」

「そもそもこれ、何なのよ? サルベージャーの交易品?」

認識票(ドッグタグ)っていうんだ。本当ならこの銀色の所に持ち主の名前とかを書いて、個人の特定とかに使うものなんだけどね」

「形だけじゃない。それが何で一番大事なところが剥げてて、その下に金属板が剥き出しになってるのかってことよ」

「それは私にもわからない。だからこそ、ヒカリさんに聞きに来たんだよ」

 

 トオノはこの認識票をみて古いものだと教えてくれた。それなら、古いことを知っていそうな人に話を聞けばいいと考えた結果、私たちの中で一番古いことを知ってそうのはヒカリさんだった。

 ヒカリさんがそれを知らなかったとしても、500年より前か後かくらいのことはわかるだろう。

 

「この銀色の塗装ね、最近剥がれたみたいなの。一回目はカラムの遺跡。二回目は、スペルビアの廃工場にファンさんを送り届けたちょっと後」

「……!! もしかして…!?」

「よくわからないけど、あの時の光が関係してるのは間違いないと思うんだ」

「………………」

 

 自分が関係しているとはっきりわかってから、ヒカリさんは前のめりに私の認識票を見つめた。触っていいかと聞かれたので、そのまま認識票をヒカリさんに預ける。すると彼女はチェーンの部分をもって自分の顔の前に認識票の板をぶら下げると、金色に輝く瞳を閉じて集中し始めた。

 無言でその様子を見守っているその時、そっとレックスが鏡餅状態のまま私の横にすり寄ってくる。

 集中の妨げになってもいけないので、レックスは私の耳に顔を寄せてこう言った。

 

「なぁ、今の話本当?」

「……確証はないんだけどね」

「だってアサヒは、その、俺たちの言う楽園じゃない世界から来たんだろ?」

「でも、共通点はあるよ」

 ブレイドの名前、お辞儀と言う文化、思い返したらきりがないほどだ。

「なんで無関係のはずの世界で生まれたはずの私が、レックスたちの世界のものを持っているのか。そもそも、本当にそうなのか。何か一つでも手がかりが見つかれば、予想は絞られると思うの」

 それだけ答えて、私は固唾を呑んでヒカリさんを見守る。

 手がかざされている認識票(ドッグタグ)は、何かに呼応するように淡く光り始め、そして――

 

「きゃああああっ!?」

「ヒカリっ!?」

 

 いきなり目を見開いて悲鳴を迸らせるヒカリさんに、それまでの雰囲気が一変した。

 体を強張らせて中空を見るその人は、まるで何かに感電したようだった。突然のことに金縛りを受けたように動けない私に代わって、レックスが体当たり気味に抱き留める。すると、手のひらから認識票が滑り落ちて、ヒカリさんもまた脱力した形でレックスにもたれ掛かりながら荒く呼吸をした。

「っ、はぁっ、はぁっ……。な、なんなのよ、これ……」

 胡乱な目で認識票を見つめるヒカリさんに、私はようやく金縛りが解けて走り寄る。

「ごっ、ごめんなさい! 私、こんなことになるなんて知らなくて……! 本当にごめんなさい!!」

「なんでアンタが泣きそうな顔してるのよ……。私が勝手にしたことなんだから、謝る必要はないわ。……って君も、いつまで抱き留めてるのよ」

「――うわっ、ご、ごめん!」

 ヒカリさんのちょうど胸の下に腕を回すように抱き留めていたレックスは、ジロリと睨みつけられて慌てて距離を取った。ちょっとだけ調子を取り戻したヒカリさんは、深く息を吸って吐くと太ももに手を当てながら恐る恐ると立ち上がって、埃を払うように体を二度三度叩いた。

 

「それで、先ほどのお前さんには何が起こったんじゃ? そんな風になるのだから、その認識票はよほどのものじゃったんじゃろ?」

「えぇ。……結論から言うと、これはすごく高密度な情報媒体よ。この天の聖杯()が一瞬で処理限界に陥るくらいにはね」

 

 冷や汗を手の甲で拭いながらヒカリさんは続ける。

 どうやらこれは、ものすごい大量の情報を集めて保存する記録媒体だそうだ。受信機付きのUSBやHDDみたいなものを想像すればいいのだろうか。天の聖杯はそこら辺のスパコンと同じくらいの情報処理能力がある。それを持ってしても表層をなぞっただけであの状態になってしまうほど、この認識票にはデーターが詰まっているということらしい。

 

「中にはどんなデーターがあったんだ?」

「色々よ。それこそ、この世界じゃない言語、文化、歴史、数式、化学式、物理、法律……。表層だけで読み取れないくらいなんだもの、きっとこれを読み取れるのは(とうさま)だけね」

 

 へえー。と感心するレックスをよそにヒカリさんの厳しい視線が突き刺さった。

 先ほど床に落ちていた認識票はすでに私が回収していつものように首にぶら下げてある。

 

「アサヒ、これ私たちの他に誰かに見せた?」

「えっと、レックスとフレースヴェルグの村の一部の人と、トラと……ジークさん達、かな」

「メツ達は、このことについては誰も知らないのね?」

「う、うん。そもそも、これの塗装が取れたのってカラムの遺跡の後だったし」

「………………そう。なら、いいわ」

 

 ちょっと安心したようにヒカリさんは私から目を逸らした。けれど、それもつかの間、何かを思い出したようにもう一度顔を上げるとさっきより近い位置で私に迫ってきた。

 

「今後は、これを誰にも見せちゃ駄目。明日会うマルベーニにもよ。約束できるわね」

「そういや、あの法王様ってのはメツのドライバーだったな。しかも楽園から来たお前が、第二の神の代弁者として現れたのか否かってのを聞くために呼んだんだよな。じゃあ、楽園に関係しそうなものを持ってるって知られるのも危険って訳か」

「コタローの言う通りよ。いい? これから楽園の子って言葉を風化させたいなら、絶対にそれは見せないこと。分かったわね? 返事は?」

「わ、分かりました……」

 

 半分脅迫に近い勢いで言い含められたら誰だって頷くしかない。

 妙な制約が加わって、私は明日の謁見に望むことになった。願わくば、法王様の興味がレックスとヒカリさんたちだけに行きますように……!

 そう願わざるを得ない夜は刻々と更けていく。

 




遅ればせながら誤字報告ありがとうございます。
次話『アーケディア大聖堂謁見室』


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21『アーケディア法王庁大聖堂謁見室』

                         1

 

 

 どんなに嫌でも、どんなに辛くても、朝は平等にやってくる。

 この部屋には窓がないのでいまいち外の時間が分からないんだけど、恐らく寝付いたのは明け方だったと思う。そこからほどなくして、隣の部屋から聞こえてくる生活音に目が覚めた私は、同じベッドで体を丸めて寝ているコタローを起こさないように起き上がった。

 頭の中で、昨日のヒカリさんの言葉がグルグル回る。

 

『今後は、これを誰にも見せちゃ駄目。明日会うマルベーニにもよ。約束できるわね』

 

 その憂鬱さの最たる原因である認識票(ドッグタグ)を服の下から引っ張り出す。

 どこからどう見ても何かの基盤にしか見えないんだけど、そんなに危ない物なら捨ててしまったほうがいいのかな。と起き抜けの頭でぼんやり考えた。

 例えば雲海に向かって放り投げたり……。地面に埋めたり……。

 頭の中ではそう考えても、実際に行動に移せないのは、どこかでまだ『両親』というものに期待をしているからか。前の世界でも考えていた。この認識票を持っていたお陰で、父親か母親が私だと分かってくれて迎えに来てくれる、なんておとぎ話じみた空想を。

 

「バカみたい……」

 

 八つ当たり気味に認識票(ドッグタグ)を強く握るけど、当たり前だがそれは痛がる素振りはない。

 ただ、私の手が痛くなっただけだった。

 

 

                         2

 

 

 朝早くに、扉が叩かれたので開けてみるとそこには昨日ぶりのファンさんが立っていた。

 恐縮したようにお辞儀をしたファンさんが言うには、今から謁見をするが構わないか、というお伺いだ。

 てっきりレックスたちと一緒に謁見をするつもりだった私は首を傾げる。

 

「申し訳ありません。本来でしたらレックス様達のお時間に合わせるべきなのですが、聖下が是非アサヒ様と先にお話がしたいとのことで……」

「ええと……」

 まぁ、偉い人なんだからスケジュールもかなり埋まっているんだろう、というのは理解できる。

 でも、こちらものっぴきならない理由はある。

「あの、私一人で……ですよね?」

「コタロー様の同伴は認められております。それに、マルベーニ聖下は『楽園の子』のお話をお聞きされたいと申されておりますので、そこまで緊張しなくても大丈夫ですよ」

 いや、緊張するって。と頭の中でツッこんでみるけれど、ファンさんはにっこりと笑って反対意見は受け入れてもらえなさそうな雰囲気を醸し出した。腹をくくるしかない、のか。

 承諾の意思を見せて部屋を出ていくファンさん。それを追ってトコトコと足元に来たコタローを抱き上げた。

 謁見の際に唯一の同伴者となるコタローに、驚くくらい固くなった声で私は言った。

 

「もし、私が法王様の前で変なこと言いそうになったら止めてね……」

「おう、噛みついてでも止めてやるから安心しとけ」

 

 頼もしい限りの言葉を貰って、私たちはファンさんの後ろをついていく。

 

 

 

 

 見上げるほどの高さの岩を切り出したような白亜の大聖堂。

 そのたった一つの玉座の前にその人はいた。

 500年も生きていると言っていたので、どんなおじいちゃんなんだろうと思っていたけれど、その人は青い肌に白い髪。威厳のために髪と同じ色のひげを蓄えた若々しい男性だった。動きにくそうなローブと重そうな帽子をかぶって、階段状になっているその上から私を見下ろす。左右には二名ずつ兵士兼神官みたいな人がいた。

 

「君が楽園の子――アサヒと言ったたかな」

「はい、アサヒと申します。初めまして、マルベーニ法王様」

「……なるほど。これは教育が行き届いているな」

 

 マルベーニ聖下は目を細めて感心したように言った。何に関しても弱みとならないように、細心の注意を払って対応しようとすると、どうしてもこんな風に固くなってしまう。でも、今はそれの方がいいだろう。

 どんな話をされるんだろう。楽園の行き方か、楽園の証明か、あるいは……。なにか、もっと別のことか。

 

「そう身構えなくてもいい。別に君に害をなそうなどと言う考えはない。安心してほしい」

「……は、はい」

「とは言っても、簡単に緊張など取れはしないだろう。君の楽なようにするといい」

「ありがとうございます」

 

 私は詰めていた息を吐き出して、意識して肩の力を抜く。

 腕の中で私を心配そうに見つめるコタローに一つ頷くと、改めてマルベーニ法王様に顔を向ける。

 その人は何を受け取ったのか、私の顔を見るとほんの少し微笑んで見せた。

 私もなるべく笑おうとしたその時、突然ノイズがかったかと思うとマルベーニ法王の胸の辺りに黒い影が映る。がっしりとした体型に短く整えられた髪、そして胸に光る紫色の光は、かつて一度だけ合い見えたメツその人だった。しかし、その映像はまるで見間違いだとでもいうようにすぐさま掻き消えて、普通の景色が戻ってくる。

 

「どうかしたかね?」

「いえ、ちょっと眩暈がしただけです……」

 頭を振って先ほどの景色を振り払って、私は今度こそ法王様に向き直る。

「すみません。――それで、法王様は私とお話をされたいと、仰られたそうですが、何からお話しすればいいですか? どんなことを聞きたいのでしょうか?」

 

「あぁ、そうだな。君の体調もあるから手短にするために端的に聞こう。私が聞きたいのはただ一つ。――君は、楽園で神に会ったことはあるか?」

 

 やはり、という気持ちが滲む。私は静かに首を振って否定を示した。

「ありません。私はアルストで信仰されている楽園から来たわけではないんです。神様にも、一度も会ったことはありません」

「そうか……。ならば、なぜ君は楽園の子と呼ばれるようになったのか。その経緯を話してくれないだろうか」

「はい……。私は、このアルストとは別の世界からやってきました。心肺の蘇生方法も、そちらの世界で学びました。この世界に来たばかりで何も知らなかった私は、拾ってくれた村でその話をして、話を聞いた人たちがいつの間にか楽園の子と呼び出したんです」

 腕の中でコタローが驚いたような顔でこちらを振り返っていた。恐らく、元の世界の話をするとは思っていなかったのだろう。けれど、逆にここで別の世界から来たと言わなければ、この人たちに嘘を言うことになる。嘘は重ねれば重ねるほど苦しくなるし、つじつまも合わせるのが大変になる。

 どうせ戻り方はわからないし、私一人がこちらに与える影響というのもたかが知れているはずだ。だからこそ、ここで元の世界のことを隠すのは無意味だと考えた。

 法王様は厳しい視線で、私の中の真偽を見極めようとしている。どちらに取られても構わないので、法王様が口を開くのを待った。

「何か……、この世界とは別の世界から来たというなら、それを証明するようなものはあるか?」

「物、と言う形でというならありません……」

 フレースヴェルグの村まで行ければ、最初に漂流したときの学生服が残ってるけど、他の荷物は雲海に流されたままだ。今ここで証明することは不可能に近い。……ヒカリさんとの約束もあるし。

 気まずい沈黙が場に下りる。きっと、法王様にとっては期待はずれに違いない。でも、それでいい。……それが、よかった。結局楽園の子の噂はただの噂に過ぎなかったと思ってもらえれば。

 

「……君の経歴はわかった。その上で確認したいのだが、君はこの後どうするつもりだ? 天の聖杯と共に楽園に向かうか? それとも、世話になった村に帰るか?」

「できるなら、私は元にいた村に帰りたいです……」

「ほう? なぜ?」

「最初に拾ってもらった村ですし、あそこには私の診療所を作ってもらった恩もあります。看なくちゃいけない怪我人も、子供たちもいっぱいいます。だから……」

「なるほど。だが、そうするには君の、楽園の子と言う名前は世間に広がり過ぎている。それはどう思う?」

「今すぐに帰りたいというわけではないんです。しばらくは、レックスたちと一緒に行動して、それで楽園の子の噂がある程度消えたら帰ろうと思っています」

「ふむ……。それは少し、具体性に欠く内容だな」

 

 私の頬を冷や汗が伝う。確かに『楽園の子の噂が消えたら』という内容は具体性には欠けるだろう。方法にしても、タイミングにしても。でも、それならどうすればいいのかなんて、すぐに打開策なんて見えてこない。そもそも、この人たちがどんな答えを期待しているのかが私には全く分からない。

 結果的に、駄目だと思っても私は俯いてしまった。

 

「おい、法王様よ。こいつはこっちの世界のルールってのをまだ覚えきれてねえんだ。あんまり意地の悪いことを言わないでやってくれねえか」

「コタ……」

 

 そう言ってくれるのはすごく嬉しいけど、いつも通りの言葉遣いに逆に血の気が引いた。けれど、法王様はそれに対しては何も言わずに、顎に手をやって考えるようなしぐさをする。

 

「意地悪、か。確かに、少し答えにくいことを聞いたかも知れない。そこは謝罪しよう」

「いえ……。ええと……」

「――そこで提案なのだが、君をこのアーケディアに迎えたい。といったらどうするかね」

「アーケディアに迎える?」

「そうだ。報告を聞いたところ、君は楽園の子という名前が持つ影響力をしっかりと理解している。だからこそ、君がどこの国にいるかが今後は重要になっていくだろう」

「アサヒがインヴィディアにいると、戦争が起きるってことか?」

「……っ!」

「さすがに、そこまでではないが……。私は一宗教の代表という立場上、君がインヴィディアにいることを黙認することは難しい。こうして楽園から来た子共と噂されている以上、私たちは君を形式的でも我々の傘下に入って貰えなければ、国家として他国と軋轢が生じてしまう」

「自分の率いる宗教に深く関わってる人物を、なんでアーケディアが確保してねえんだ。ってことか?」

「話が早くて助かる。そうなると、法王庁はインヴィディアに何か弱みでも握られているのか。などの下馬評に上ってしまうかもしれない。痛くもない腹を探られるのは誰だって嫌だろう?」

「私がアーケディアに所属すれば、国同士のそういうことが、減るんですか?」

 

 そう尋ねれば、法王様は頷いた。

 もし、本当にそうなのなら。

 それが巡り巡ってフレースヴェルグの村やほかの国の人が平和に過ごせるというなら。

 きっと受けるべきなんだろう。

 でも、

 

「……。すみません、それは今ここで決めなければいけませんか?」

「待遇面と立場に関しては法王庁が保証しよう。君にはジークと同じ特使に――」

「そういうことじゃないんです。そんな、国同士の関係に関わることを私の一存では決められません」

 

 ひとまずレックスたちには相談したい。欲を言えばヴァンダムさんがいいけど、手紙のやり取りだと時間はそれなりに掛かるだろう。

 レックスは傭兵団の次期団長だし、スペルビアの偉い人であるメレフさんや、ルクスリアという国の王子でいながらアーケディアの特使として働いているジークさん。この三人なら、それぞれの視点から私がアーケディアに所属することでどんな影響が考えられるか、より具体的に教えてくれる。……と、思う。

 よく考えたらすごいメンバーに囲まれてるんだな。と、その豪華さに今更ながら慄いた。

 

「そうだな……。こちらとしては、君の意思決定が非常に重要である以上無理強いはしないが、なるべく早く結論を出してもらえれば助かる」

「わ、分かりました」

 

 ここで話は一旦終わりとなった。

 法王様が片手を軽く上げると、後ろに控えていた衛兵の人が私に近づいてきて、仕草と雰囲気だけで付いてこいと言う。私は戸惑いながらも、法王様にお辞儀をして衛兵さんを追いかける。

 一応は猶予を貰えたけど……。ここから出たら、とりあえず謁見が始まってからずっと溜めていた息を全部吐き出したい。そう思っていると、背中を向けたその位置から法王様の声が聞こえた。

 

「アサヒ、良い返事を期待している」

 

 私は一度立ち止まって、もう一度深々と礼をしてから衛兵さんの後を追う。そのとき、腕の中のコタローが苦々しい声で呟いた。

 

「……良い返事が来ること前提かよ」

「コタ、しーっ……!」

 

 

 

                         3

 

 

 

 よく晴れたアーケディアのセイリリオス広場で私たちはレックスたちの謁見が終わるのをコタローと一緒に待っていた。その間もコタローとトオノと意見交換をしていたのであまり待ったという印象はない。

 そうして大聖堂から出てきたレックスたちを見つけて私はみんなに向かって駆け出した。その中でホムラさん(ヒカリさん?)の姿だけはなかったのが気になったけど、予想をする前にみんなの前にたどり着いてしまった。

 

「レックス!」

「あ、アサヒ! ちょうどよかった。今、ホムラが法王様とお話ししててさ、終わるまでどこかで時間潰さなきゃいけないんだけどアサヒも――」

 

「お願い! 相談に乗って!」

 

 切羽詰まった私の気持ちはみんなにも通じたらしく、緩い空気が一瞬にして引き締まったのを感じた。

 




話の進展が遅くてすみません
22話『タイトル未定』


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22『インヴィディア烈王国 傭兵団本部』

                         1

 

 

 フレースヴェルグの村に一陣の風が吹いた。

 人々は吹き抜ける風に髪を押さえ、サフロージュのほのかに光る薄紅色の花弁が舞う。

 この村で強風が吹くのは珍しいことだ。半透明の巨神獣の皮膚に包まれたここでは、陽の光は入ってきても風はほとんど吹き込んでこない。不思議な現象に目を丸くした村人であり傭兵団の人々はつい、その風が吹き抜けた方向を見る。すると、その先に丸いフォルムの白っぽい何かが跳ねているのを目の当たりにしてさらに目を丸くした。そんな時だった、風の吹いてきた方向とは逆の方から息切れした声が聞こえてきたのは。

 

「イ、イダテン、待ってよぉ~……」

「ホタル~! こっちッポ~!」

「置いてくなんて酷いよー! ほらほら、みんなまだ来てないから待たないと」

「イダテンは早くお使いを終わらせて、ご飯の時間を長めに取りたいポッ」

「はぁ……。じゃあ、せめてメノウが来るまで待ってないと。手紙はメノウが持ってるんだから」

 

 草花の妖精のような中性的なブレイドは腰に手を当ててイダテンと呼ばれたブレイドを睨む。しかし、つぶらな目のそのブレイドには表情があるのかないのかポヨンポヨンと飛び跳ねているだけで反省しているのか反省していないのか、はた目から判断するのは難しい。

 やがて、白いとんがり帽子にピンクの鉱石を散りばめたアックスを担いだ女性型ブレイドが追いつくと、今は引退した彼らの団長だった人物が滞在するテントに入っていった。

 

 

「こんにちは。傭兵団の責任者の方はいる?」

 

 分厚い布張りのテントの出入り口をめくりあげて現れた白いとんがり帽子のブレイドは、そう声を掛けながら中の様子を窺った。中には厳めしい顔つきの褐色の中年の男性が一人、突然の訪問者を驚いた顔で出迎えた。

 頑強そうな肉体に対して目立ちすぎる三角巾でつられた左腕を揺らしながら、彼はメノウたちの前までやってくる。

 

「なんでぇ、レックスんところのブレイドじゃねえか。名前は確か……メノウって言ったか?」

「あら、傭兵団の団長に名前を憶えて貰っていたなんて光栄ね」

「よせよ、今は『元』団長だ。今の団長はお前たちのドライバーだろうが。そんで、今日は何の用だ? アサヒならまだ戻ってねえぞ」

「そのアサヒって子から手紙よ。大至急のね」

 

 白い封筒を渡されると同時に聞いた名前に、元傭兵団の団長であるヴァンダムは厳つい顔をより険しくさせて背中を向けた。意外にも手紙はペーパーナイフで開けるタイプらしい。机に動かせない左手で肘をつき、その下に手紙を置いて固定すると、器用にその場で手紙を開けた。

 その不自由そうな手紙の開け方に回復ブレイドであるホタルの顔が心配そうに歪む。

 

「ねえ、その腕……。ボクのアーツでも治せないのかな……」

「この腕は、俺のアタマの問題だそうだ。腕に直接傷を負ったわけでもねえし、胸の傷自体は治ってる。以前、胸に傷を受けて心臓が止まった影響で脳に酸素がいかなくなったのが悪かったらしい。後は、シナプスだとか……ニューロンだとか、小難しいことは分からんが、そういう手を動かすための何かが新しく出来ねえと難しいってよ」

「ずいぶん物知りなんだね、シキみたい」

「俺がすごいんじゃねえさ」

 

 気遣うような場の空気を飛ばすために、ヴァンダムは改めて手紙の中身を見る作業に移った。

 手紙の枚数は結構あるみたいだ。それだけ報告することが多いのだろう。

 一枚一枚、読み終わった手紙が机の上に落ちていくのを砂時計が落ちていく時のような心持でメノウだけが見守っていた。あとの二人はこの場をメノウに任せ他の傭兵団の仕事をしている。

 何か質問があった時には答えられるようにと思ってのことだったが、この沈黙の時間はメノウは嫌いじゃない。

 そこから、唯一自由が利くヴァンダムの手が下ろされたのはほどなくしてのことだった。机に散らばった手紙を順序通りに整えようとメノウが近づくと、ヴァンダムは文章を読み疲れたのか思った以上に静かだ。表情を盗み見れば、何か深く考え込んでいる様な、訝しげな表情をしている。

 

「これはアサヒが書いたもんか?」

「いいえ。最初はアサヒが書こうとしていたんだけど、お手本があっても量があるから書き写すのを断念していたの。代筆したのはニアよ」

「ほお、ニアがな……。能ある鷹は爪を隠すってやつか」

「他に何か質問はあるかしら? ドライバーから手紙の内容で分からないことがあれば、私が補完するように言付かっているのだけれど……」

「いや、それには及ばねえ。……が、アサヒは思った以上に各国の要人と関わってるな」

 

 手紙の内容は、アサヒが村を出てから今の状況を端的に記したものだった。メインはアーケディアの特使になることへのヴァンダムの見解が知りたいという旨だが、各国要人の意見や今後の見通しも織り込まれた文章は、彼女が楽園の子ということを差し引いてもしっかりし過ぎている。恐らく手紙にあったスペルビアの特別執権官とルクスリアの第一王子兼アーケディアの特使たちとよくよく話し合ったのだろう。

 天の聖杯のドライバーであるレックスと一緒に行動させれば、楽園の子という存在も希釈されると思ってのことだったが、ヴァンダムが思っている以上の速さで楽園の子の存在は各国に伝わっているらしい。もはやアサヒ単体で国交に影響を及ぼすほどだとは思いもしていなかった。というのがヴァンダムの率直な感想だ。

 

「アーケディアの特使になることは、俺は賛成だ。傭兵団所属の楽園の子よりは、アーケディアの特使である楽園の子ってほうが後ろ盾としてはでかい。ほかの国や団体への牽制にもなる」

「でも、あの子はこの村に帰りたいのよね?」

「それが今すぐに無理だってことも、あいつは理解してる。それに必要なのはインヴィディアにいる理由じゃない。傭兵団のつながりだ。それなら、俺が書状でも出してやるさ。未来の傭兵団の団長であるレックスの護衛って名目でな」

 

 メノウはなるほど、と言う顔で頷いた。その間にもヴァンダムは片腕が使えないながらも器用に便箋を引っ張り出して、使えない腕をあえて重しとして使い文章を書きだしていく。さすがの行動力だ。

 そのタイミングで他の傭兵団の手伝いをしていたホタルとイダテン達と合流し、インクも乾ききっていない手紙を受け取ったメノウにヴァンダムはこう言った。

 

「法王庁の条件は破格だ。だが、その分何か裏があるかもしれねえ。特使になるんなら、その辺り含めて慎重に見極めろ。一人でじゃねえ。手に余りそうなら、誰にだって相談しろ。そうアサヒに伝えておいてくれ」

「わかった。その話は私のドライバーにもしておくべきね。あの楽園の子と私のドライバーは似た者同士な気がするもの」

「わぁーっはっはっはっは! 違えねえ!!」

 

 腹の底から響いてくる大笑に後ろにいたホタルが微かに肩を縮めたが、メノウは微笑みを浮かべるだけだった。

 

「そろそろ行くわ。私たちが居ない間に、ドライバーたちがまた何かに巻き込まれてるかもしれないから」

「おう、気ぃ付けてけよ!」

 

 笑顔で送り出すヴァンダムに手を振り、彼女たちは村の出口を目指す。

 

 

                         2

 

 

 この世界の月は地球と同じような色と形と周期がある。あちらの世界にいた頃に流行っていたアイドルの曲の月の形を、まさかこのアルストで見るとは……。と思いながら私は板張りの床で膝を抱えてぼんやりと空を見上げていた。

 ここからだと、巨神獣のヒレがよく見える。寄りかかっている壁から漏れる窓の明かりは疾うに消えていて、船の中は巨神獣が雲海をかき分ける音しか聞こえない。

 吸い込む息は冷たいのに、体が寒さを感じないのは隣にある温度のお陰かもしれない。少し前から寄り添うように隣に座ってくれた同年代の男の子のお陰だ。

 

「……ねえ、レックス。いくら緊急事態だからって、メノウさんたちに何も言わないで来ちゃって、本当に大丈夫かな?」

「大丈夫、大丈夫! これまでも何度もこういうことがあったけど、みんな何でかきちんと俺たちのいるところに戻ってきてくれてるからさ!」

「いや、そういう問題じゃないような……。あれ、そういう問題でいいんだっけ……?」

 

 腕を組んで首を傾げても、私自身なにも出て来なかった。出てきたのは、夜中にたたき起こされた欠伸だけだ。

 強く瞑った目尻から滲み出た涙を擦って拭うと、レックスの方からもつられたように大きな欠伸が飛び出る。

 眠そうな顔を晒し晒して、私たちは笑い合った。

 

 こんな夜中の時間に起きている理由。それは今から数時間前、ヴァンダムさんへの手紙をみんなで作って、傭兵団に急ぎ送ってもらった後まで遡る。

 二日連続でアーケディアの大聖堂に宿泊する私たちは、その日用意できた部屋の都合で男子部屋と女子部屋に分かれ、眠っていた。そこで、慌てた兵士さんの声がして飛び起きたら、急いで謁見室に来るように言われ謁見室まで走っていくと、そこでマルベーニ聖下とファンさんが状況を説明してくれた。

 なんでも、国同士が取り決めた非武装地帯で、スペルビアの一部上層部が密かに発掘をしていた兵器がインヴィディアの駐屯地に進軍しようとしてる。という話だった。

 あの時のメレフさんのピリピリした様子を思い出すと、今でもちょっとだけ怖くなる。でも、それだけ深刻な内容であることは理解した。そして、そのタイミングでアーケディア内に不審に出入りしていたスペルビアの議員に尋問かというレベルでお話を聞いた後、事故か本当に戦争を始めたのかを見極めにメレフさんはテンペランティアに行くという話になった。そこでレックスはレックスでその兵器についてイーラが関わっているかもしれないこととメレフさんに借り、みたいなものがあるらしく、それを返すためにもメレフさんに同行すると言う。

 アーケディアでは、ブレイドと巨神獣の力の抑制を行えるファンさんも来てくれるというわけで、謁見室に集められた法王様以外の全員は漏れなくテンペランティアに行くことになった。

 この中だとジークさんは厳密には関係ないらしいけれど、特使という立場でなく個人的に、イーラとは因縁浅からぬ何かがあるらしく同行している。私はこれ幸いと特使のお仕事を見学するという名目でみんなに着いていくことにした。まぁ、一緒に行けるなら名目は何でもよかったんだけど。

 いま私たちはテンペランティアに向かう巨神獣船の中にいる。船内は、静かなのに妙な緊張感があって眠気はあるのに目が冴えてしまった状態だ。寝足りない人たち用に仮眠室も作ってもらったのに、私たちは多分お世話になることは無いだろう。

 夜はまだ長い。これから向かうテンペランティアは日が昇る少し前に到着するだろうという話だったし、何もしないのも勿体ないので、同じように眠れなくて一緒に居てくれるレックスに向かって、私は世間話感覚で話を振ってみる。

 

「給水塔の修理費分くらいは働かせて。って言ったけど、壊したことあるの?」

「えーと、まぁ、うん。アサヒと出会う前、グーラでメレフと戦ったことがあってさ。その時に、給水塔を倒してカグツチを弱らせて、何とか逃げたってことがあったんだ」

「……意外とすごいことするよね、レックスって。それで給水塔の修理費かぁ。ジークさんも言ってたけど律儀だよね。こういうのを大人な対応っていうんだよね、きっと」

「まぁ、伊達にサルベージャーやってないからね! 仕事の交渉も全部自分でやってたんだからな!」

「すごいなぁ。私も、レックスみたいになれるかなぁ……」

 

 膝に顔を埋めるように呟くと、レックスのきょとんとした視線が返ってきた。

 

「? アサヒって学校に通ってるんじゃなかったっけ」

「この世界に来る前まではね。でも、万が一元の世界に戻れた場合、私は多分働かなきゃいけなくなるから」

「えっ、それってどういう……? 学校に通いながら働くってこと?」

「あー、えーと、私のいた世界って年齢に合わせてより専門的で詳しい知識を学ぶために学校を変えるの。私は医療系の学校に通うはずだったんだけど、今はここにいるでしょ? そして学校でも会社でも、どんな場所であれ長くそこに居なかったら居場所ってなくなっていくものだから……。多分、あっちの進学先の学校には私の席はなくなってると思う」

「じゃあ、その学校にはもう二度と入れないの?」

「うーん、普通の家だったら来年受験しなおせばいいけど、私の場合は親も親戚もいないし。誰も私を支援してくれる人っていないから、どうしてもお金の問題がね……。学校の寮に入る予定だったから今まで住んでた家からも出なくちゃだし。そうなると、どこかで働くしかないんだ。だから、私もレックスみたいにしっかりしなきゃって……」

 

 レックスの言葉にできない心配のまなざしを受けて、そこでようやく気が付いた。

 なんで私、こんなことをレックスに話してるんだろう。吐き出すだけ吐き出した途端に、後悔の二文字がぶわりと襲い掛かった。膝に顔を押し当ててる場合じゃない。レックスに変な心配をさせないようにフォローしなきゃ!

 

「ごっ、ごめんね!! こんな時に私の話なんて聞きたくないよね! っていうか今話すべきじゃなかったよね! ほんっとうにごめん!! あの、えっと、今のは忘れて――」

「俺さ、アサヒのことずっと『すごい』って思ってた」

 

 私の必死のフォローをすべて無駄になるような言葉がレックスから放たれて、私は思わず閉口した。

 二の句を継げないのをいいことにレックスは考え考えという感じで言葉が続いていく。

 

「カラムの遺跡でヴァンダムさんを助けてくれた時もそうだった。けど、特使になるって話が来た時にさ、アサヒは自分の利益より先に周りのことを心配してたよね? 法王様に待ってって言うのも、メレフやジークにも躊躇わずに相談するのも、すごい勇気がいったと思う。俺がもし、アサヒの立場だったら怖くてただ「分かりました」って受けちゃうんじゃないかなって。

 俺はただ闇雲に突っ走ってるだけなんだ。だから、アサヒのそういうところを見習いたいって思ってた。必要な時にきちんと立ち止まれて、周りを見渡して気遣えるだけの冷静さって、いうのかな……。だから、俺はアサヒが思ってるほどすごくなくて、アサヒは自分で思っている以上にすごくて……! あーーー! 話がまとまらない!!」

 

 頭をぐしゃぐしゃぐしゃー! とかきむしるレックスに私はむず痒いような気持ちを抱えながら苦く笑った。

 レックスは私のことを買いかぶり過ぎてる。

 私なんて全然すごくなんてないのに。レックスが自分のことを闇雲に突っ走ってるだけっていうなら、私は――。

 その時、視界の端が強烈な光を浴びて、少しの間目が眩んだ。それはレックスも同じだったようで、手で直射を遮ると同時に、その光源を二人で探る。答えはすぐそばにあった。

 

「わぁ……!」

「あれが、テンペランティア……?」

 

 船の柵のギリギリまで近づいて、私たちは遥か前方に屹立する巨神獣の姿に同時に声を漏らした。

 空は白んで、地平線から差し込んできた太陽がちょうどテンペランティアの陸地から顔を出しているところだった。先ほどの差すような眩しさの原因はこれだ。

 あそこでは、今まさに戦争が起きようとして、それでなくてもスペルビアが密かに発掘していた古代兵器が誰かの命を奪おうとしている。それなのに、この景色は一瞬それを忘れてしまうくらいに綺麗だった。

「ねえ、アサヒ」

「ん、なに? レックス」

 呼ばれたので呼び返すと、どことなくまだ話しにくそうな不自然な溜めがあった後に、彼は言った。

 

「俺たちは多分、お互いに足りないものを相手に見てるんだと思う」

 

 そう言って握手を求めるように差し出された右手を私は呆然と見つめた後に、レックスの顔を見上げた。

 朝焼けを背に、レックスは同い年とは思えないような決意に満ちた表情で私に笑いかけていた。吸い込まれるような金色の瞳は奇しくも、地平線の色と酷似していて、思わず自分が目を見開いたのが分かる。

 

「だからさ、俺たちが一緒にいる間は、お互いの足りないところを補えあえると思うんだ。そうしたら、俺たち最強だぜ? 全方位死角なし、ってね」

「あはは、伝説の天の聖杯にアルスト最凶にスペルビア最強が揃ってるのに、私たちは二人揃ってようやく最強なの?」

「あ、駄目?」

「ううん、レックスらしくていいと思う」

 

 私たちは、ジークさんやメレフさんたちに比べたらまだまだ子供だ。だから二人でようやく一人前というのは、理にかなっていると思った。

 

「……決めた。私も一緒に行く。レックスの行くところに、レックスの行きたいところに」

 

 分厚い革のグローブに包まれたレックスの手を、私はそっと握る。そして一度だけ上下に振ってどちらともなく手を離した。その指切りのような作法に、私たちの思いが込められていた。一緒にいる間は、私がレックスの不足を補う。どこまでできるかは、正直分からないけど。

 手を離して、私は言った。

 

「これからもよろしく。レックス」

「こちらこそよろしく。アサヒ」

 

 

 




遅くなりまして申し訳ございませんでした。
次回『テンペランティア』予定は未定


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23『テンペランティア』

                         1

 

 テンペランティアは荒廃した大地という表現がふさわしいような、そんな土地だった。

 スペルビアは赤土に覆われた乾燥した大地だったけれど、ここは削岩機も通らないような硬質な岩肌が剥き出しになっていて足場が悪い。厚手のブーツを履いているのに、足裏から岩の固さを感じる。

 いくら非武装を約束されているとはいえ、ここは既に戦争の最前線だ。

 足を進めるみんなの口は重く、そして速足だった。

 テンペランティアの丘陵を登っていると、時折そこに住んでいるモンスターとすれ違うことがある。彼らは人間の私たちなんて目もくれず、何かから逃げるように反対方向に走っていく。

 それを見ると、私たちが今向かっている先にある物に対して言いようのない恐怖が募った。

 そうして、いくらか走った丘の上。空が群青色に染まり出した頃、その下にある雲はこの船上から登った煙なのか、自然発生したものかが見分けのつかないというほどの悲惨な状況が目の前に広がっていた。

 高いところから見渡してる私たちの眼下には、子供が遊び散らかした玩具の兵隊のように散り散りにされたインヴィディアの兵士の人たちがいる。のそり、のそりと這うように移動を続けている人もいるけれど、その大多数は沈黙していた。その奥にあるのは恐らくインヴィディアの巨神獣兵器なのだろう。所々で火を上げるそれは、ようやく日が昇り出した暗がりを唯一照らすかがり火のような役割となっていた。

 その光景に絶句する私の横で、恐らく、何の抵抗も出来ずにただ一方的に攻撃されたのだろう。とジークさんがつぶやいた時だった。

 

「来た、あそこだ……!」

 

 レックスが注意を促した先に、巨大な四本足の何かが歩いてくる。

 視認するだけでも大きさが桁違いなそれが、スペルビアで秘匿されていた兵器らしい。平たい四本足の上に楕円形の種のような形の何かを乗せたその兵器は、おもむろに装甲を開いてそこから砲身を露出させた。

 早朝には明るすぎる白い光が、膨大なエネルギーとして充填されていく。

「危ない、避けて!!」

 警告してくれるヒカリさんに返事をする間もなかった。今いる場所から足元のコタローを抱えて、爆風に背を向けるようにしゃがみこんだ。コタローが抗議したそうに口を開いたけれど、それはド派手な爆発音とみんなの悲鳴にかき消される。

「みんな、無事か!?」

「あぁ、なんとかな」

 みんなを代表してジークさんが答える内に、スペルビアの兵器は二発目の充填に入る。そこから無差別に放たれる死の光線は私たち以外にも、スペルビア、インヴィディア関係なくそこかしこを破壊していった。

「止めないと……!」

「でも、どうやって!?」

 私の気持ちをレックスとニアちゃんが先に言ってくれた。

 今すぐにでも止めなければいけない。でもあんなに大きくて怖いものを私たちだけでどうやって止めれば……!

 

「――背中の上に、スペルビア製の補助駆動器がある。そこから各脚へと伸びるケーブルを切断すれば、エネルギーの供給が断たれ、停止する」

「メレフ様の仰っていることが本当だとすると、ヒカリ様のお力で破壊はできないのですか?」

「それだ!」

「確かに、破壊することは可能だろう。ただし、この辺り一帯が消し炭になるのと引き換えにな」

「どういうことや」

「以前読んだ報告書によると、あの兵器の主兵装はガス化させた巨神獣の体液を利用したものらしい。ガス化した体液は非常に不安定となり、少しの衝撃や熱量で大爆発を引き起こす。――実際、三カ月前にここで大規模な爆発事故が起きている」

「知らずに撃ってたら大変なことになってたわね」

「くっそう……!」

 

 せっかく見えた活路が潰されて、レックスが歯噛みした表情を浮かべた。

 

「なぜ、そのような危険な兵器を?」

「よしんば敵陣中で撃破されたとしても、敵もろとも殲滅できる。そういう設計思想なんだそうだ」

「考えたヤツの正気を疑うわ……」

 

 辟易したジークさんの言葉に内心で同意する。スペルビアも、そういう理由があるからこそ、その兵器の開発の中止を厳命したそうだ。スペルビアの陛下、英断過ぎる。

 と言うところで、話は具体的にあの兵器を止めるためのものに移行する。口火を切ったのはニアちゃんだった。

 

「乗ってるやつを引きずり出せないの?」

「操作槽は10層もの強化装甲で守られている。外から入ることも、破壊することも難しい。だが、駆動器とケーブルは全てが装甲で覆われているわけではない。やるとしたら、そこだな」

「でも、どうやって背中に飛び移るも?」

「トラはハナちゃんが飛べるからいいとして……問題は私たちだよね」

 

 家の屋根から屋根に飛び移っていくパフォーマンスとかも世界にはあるらしいけれど、巨大でも動いている何かに飛び移るのは、どんな身体能力を持っていても至難の業だ。ましてや一般人の私にはハードルが高すぎる。

 すると、ヒカリさんが振り返り、じっくりと移動中の兵器と近くの立地を見渡して、何かに気付いたように白い手を右のほうに指さした。

 

「この少し先、崖がせり出している場所があるわ。そこからなら、背中に飛び移れると思う」

「じゃが、タイミングを誤れば崖下へと真っ逆さまじゃぞ?」

「しかも、攻撃をかいくぐってとなると至難の業ですね」

 

 あぁ、だめか。と私は声に出さずにそう思った。足止めだけだったら全員の必殺技か何かで落石を起こして動きも止められると思ったんだけど。レックスのじっちゃんとビャッコさんの言葉で、それは破綻した。

 他に打つ手を考えている中で、「私がやります」と進み出たのはファンさんだった。

 

「私の力で巨神獣の動きを止めている隙に、皆様は巨神獣の背に」

「ファンさん……。わかった、でも無茶はなしだぜ?」

「ええ、承知しています」

 

 ファンさんはレックスに真剣な表情で頷いた。

 これ以上拘泥している暇はない、とファンさんは真摯に頷いた。

 

 

 

 ヒカリさんが示したこの先、にたどり着くために移動した私たちだったけど現実はそんなに甘くいかなかった。

 高々500メートルくらいの場所に走っていく間、件の古代兵器から飛び出してくる砲撃が牙を剥く。

 打ち上げ花火を真横で打ち上げられている様な音が、四方八方ひっきりなしに聞こえてきた。唯一の救いは、移動をする私たちに向かって正確に砲撃を当てられないところだけど。それでも、自分たちの走る1メートル先に砲撃が落ちた時には本当に生きた心地がしなかった。

 ヒカリさんが指示したせり出た場所までもう少しと言うところで、砲弾の量が増した。相手も私たちが何をしようとしているか気付いているらしかった。

 降り注ぐ砲弾の雨。その勢いに足を止めざるを得ず、粉塵とチリチリとした焦げた匂いのする風が視界を奪う中で、一人先行して走っていく人影が見えた。

 

「ファンさん!」

「任せましょう。大丈夫よ、彼女なら」

 

 アーケディアの女神と呼ばれたその人は、その時だけはブレイドとしての力をいかんなく発揮しているようだった。シューティングゲームの弾幕のように振り落ちる砲弾を、奇跡のようにかいくぐっていく。

 大丈夫と豪語したヒカリさんの言葉の意味を遅ればせながらに理解する。

 無事に迫り出した崖の上に到着したファンさんは、手に持っていた杖を地面に着けて空を仰いだ。ブレイドの力が一定以上のエーテルを動かしたときに見える、金色のオーラのようなものが、私たちや古代兵器のいる辺り一面をドーム状に包み込んだ。

 兵器からの砲撃が止まり、足も止まったことも確認して私たちは風の力を受けて巨大兵器の背中に飛び移る。

 もう、無事に着地しただけでも褒めてほしいのに、状況は待ってなんてくれない。

 レックスが一番に目を付けた巨大な機械のような何かが動き出して、変形物のロボットみたいにいくつものアームを展開させて私たちの行く手を阻む。かぎ爪のような先端には赤く光るレーダーがあるので、そこで私たちを認識しているんだろう。

 

「独立稼働機構があるとはな。我がスペルビアの技術、恐れ入る」

「それって、自動迎撃装置みたいなものってことですよね!?」

「しょーもないもん作りおってからに……」

「アサヒも亀ちゃんも、文句は後! 来るよ!」

 

 ニアちゃんの声と同時に、私はボールを手に構えた。

 

 

 

                         2

 

 

「トオノ!」

「わっちを呼びんしたか?」

 

 ブレイドスイッチでトオノを呼び出し、傘から彼女の武器である刀を引き出す。

 目の前の自動なんとか機構はヒカリさんやサイカさんの高火力をもってしても、傷をつけられないほどい固い。

 今は少しでもダメージを与えないといけない。となれば、コタローよりもトオノに変わったほうが攻撃力は増す。それでも炎、水、雷、地面、各方面から各属性の攻撃を受けてもびくともしないこの兵器に、どこまで通じるか。そんな時に、この中で誰よりも機械関係に強いトラが声を上げた。

 

「ももっ! 兄貴、こいつ自己再生プログラムが組まれてるも!」

「なんだって!? 通りで何やっても傷つかない訳だよ!」

「どこかに力を供給してるケーブルがあるはずも! それを壊せば、動きが止まるかもしれないも!」

「どこかにって……!?」

 

 辺りを見回すレックス。すると、彼は何かを見つけて機械の背面へ走っていった。それを目で追うと私たちが戦ってる機械の後ろに隠れるように、太いケーブルが隠されているようだった。

「あれか!?」と、即座に発見して走り出して斬りかかりに行ったまではいい。だけど、完全に自動迎撃装置から目を離したレックスを、それは見逃さなかった。ぐるんとその機械は方向を変えて無防備に背を向けるレックスに触腕を振り下ろす!

「危ないっ!!」

 私は叫ぶと同時にレックスと機械の間に体をねじ込み、刀を納めたトオノの番傘を開いた。トオノの武器である番傘型の仕込み刀は刀さえ収めれば、傘の部分にもブレイドの力が行き渡り盾のようにも使える。

 待ち受けてたとは言っても真上からのものすごい重圧がかかり、押しつぶされそうになるのを私は食いしばって耐えた。やがて、傘が軽くなり頭から外すと、トラとメレフさんがブレイドの力を使って注意を逸らしてくれていた。ほっとしたのもつかの間、背後からレックスの声がかかる。

 

「ありがとう! 助かったよ、アサヒ!」

「どういたしまして! それよりそのケーブル、何とかなりそう?」

「俺一人じゃ無理だ。誰かに手伝ってもらわないと!」

「じゃあ、ジークさんとニアちゃん! 私とメレフさんとトラはあの機械の注意を引くから!」

「オッケー! みんな、アサヒの言った通りに頼む!」

「「「「了解(も)!!」」」」

 

 ニアちゃんとジークさんと位置をバトンタッチして、私はトオノと一緒にメレフさんとトラのいるところに駆けつける。こちらの到着を待っていたメレフさんは、手に伸縮する二本の剣を持ってうっすらとこちらに向かって微笑んでいた。

 

「先ほどの動き、いい判断だった」

「あ、えっと……。あ、ありがとうございます……?」

「あぁ。こちらでの君の活躍も期待している。さぁ、行くぞ!」

「は、はい!」

 

 足元に潜り込んでしまったほうが触腕からの攻撃を受けることは少ないのだけれど、あえて横並びになることで攻撃の防波堤になるように戦った。しかし金属に対して有効な一撃を与えられないまま、ただ攻撃を弾き、いなし、後ろに被害が及ばないようにするので精いっぱいだ。人間の力とは比べ物にならない勢いの金属を弾くだけでも息が上がる。

「敵はかなり固い。それに、ケーブルがある限り致命傷を与えるのは不可能か」

「なら、足止めに徹しますも!」

「ハナ、アレは固定されてるから足止めも何もないも」

「言葉の綾ですも、ご主人」

 どことなく力の抜けるやり取りが展開されている間に後ろの方を盗み見るが、あちらはあちらで自動反撃の装置が働いているらしくまだ時間はかかりそうだ。こちらとしても、まず体力がなくなってしまっては話にならない。私は頭の中の知識を総動員して考えた。

 ゲームやアニメだと機械は雷に弱かったり水に弱かったりするけど、耐水、耐電加工なんて想定の範囲なはず。他に、機械じゃなければ金属で考えたら?

 

「――そうだ。金属なんだから、たわんだり歪んだりしたら動き止められないかな」

「そうなると、必要なのはハンマーなどの打撃でござんすなぁ。わっちらとは相性が悪ぅござんす」

「……ううん。金属だって熱で溶けるもの。表面が解けて歪んじゃうくらい熱くできればもしかしたら……!」

「アサヒ、何か手があるですも?」

「えっと、もしかしたらなんだけど――」

 

 相手が機械であるのが幸いした。操縦者のいない自動迎撃装置なら作戦会議を聞こえるようにしたって対抗策なんて出して来ない。一通り話終わると、メレフさんとカグツチさんは了承の意味を持って頷いてくれた。

 トラとハナちゃんにも顔を向けると、同じように頷いてくれる。

 私の作戦に乗ってくれるみんなを見て覚悟を決めた後、トオノの刀を構えて、息を吸い気合を入れた。

 

「みんな、うまくいかなかったらゴメン!」

「気にするな、その時にはまた考えればいい。行くぞ!」

「もももーっ!」

 

 それぞれの武器を構えて、私たちは一斉に駆け出した。

 レックスたちに影響が出ない程度に散り、今までは受けるだけだったのを攻撃に転換する。

 刀なんてこちらの世界に来るまでは触れたこともなかったけれど、今ならトオノのアシストもあって体が勝手に最適な動きをしてくれる。ギィン、ギィンと固い金属に弾かれる手ごたえだけが返ってくるけれど今はそれでいい。

 

「ハナ・ミサイルですもーっ!!」

 

 JKモードになったハナちゃんの両腕から撃ち出されるミサイルが、機械の一番大きい本体にぶつかり大爆発を起こす。圧倒されるような火力だが、持続的に燃えている範囲は少ない。この炎も、やがては消えてしまうだろう。

 時間との勝負だった。私はトオノを横目で見て、合図を図る。

 ここまでで圧縮できたエーテルは二段階。

「トオノ! やっちゃって!」

「わっちに任せなんし」

 上に放った刀は空中でくるくると回り、トオノの手に吸い込まれるように収まる。まるでダムが決壊するような、お腹に響く重低音と共にトオノの刀の刀身から水があふれ出した。

 緋色の着物の花魁は、それを天に掲げるように構え一直線に振り下ろす。

 

「両断・竹取――!」

 

 名の通りの両断する勢いに圧縮された水と、先ほどのハナちゃんのミサイルの影響で残っていた炎が反応しあう。それは大量の水蒸気となって、私たちの視界を覆い隠した。

 みんなの姿が見えない。だからこそ、私はありったけの声量でその人の名前を呼ぶ。

「メレフさん、お願いします!」

「メレフ、やっちゃえやっちゃえも~!!」

 その声に応じるように水蒸気の一部が歪み、そこから蒼い炎が噴き出した。

 

「渦龍!!」

 

 渦を巻き、本物の龍のような蒼い炎は触腕を振り回す機械もろとも飲み込んだ。そしてさらに、細かな粒子となって漂っていた水蒸気に着火する。

 水蒸気爆発。同類で小麦粉のようなもので爆発をする粉塵爆発の仲間だ。

 機械の装甲が固くて、武器で傷つけられないのではドライバーの連携は無意味。そこでメレフさん達が教えてくれたブレイドのアーツ同士の属性を相乗したブレイドコンボだった。

 派手な爆発音とともに、辺りを覆っていた水蒸気のカーテンが四散する。そうして、そこに立っていたのは、流線形の鎧をまとう特別執権官その人だけだった。

 機械の触腕は力尽きたように地面に倒れ伏し、ピクリとも動く様子がない。

 

「派手にやりおったなぁ! メレフ!」

「あぁ、俺たちも負けちゃいられないよ! ね、ヒカリ!」

「当然よ!」

 

 後ろからの声に私たちは振り返った。それまでも攻撃を受け続けていた太いケーブルはもはや虫の息という様子だ。どうやらかなり苦戦させられたらしいけれど、破壊具合は素人の私が見ても「あぁ、これ直せないな」と思うレベル。

 そこからあっという間にジークさんの大剣、レックスの片手剣、ニアちゃんのチャクラムでケーブル断絶されると、先ほどに比べたら小規模な爆発を二度、三度繰り返してケーブルは完全にエネルギーの装填を停止した。

 スペルビアの巨大兵器も動きを止めた、と分かって武器を納めた私たち。

 そんな時だった。

 私たちの頭上から、冷たく刺すような男の人の声がどこからか聞こえてきたのは。

 

「やはり、お前だったか」

 

 その人は私たちのいるところよりさらに上、操縦席に近いところに立っていた。

 頭からつま先まで真っ白で、顔の上半分を鬼のような形の仮面をつけたその人は、背中に日本刀のような武器を背負っている。その印象はどこまでも冷たくて、機械よりも感情を読み取れない目をしていた。

「シン……!」

 レックスがその人と思われる名前を呼んだ。

 シンという名前は聞き覚えがある。確かフレースヴェルグの村でヨシツネという人が襲って来た時に、ニアちゃん達が出した名前だ。ということは、この古代兵器を操って、インヴィディアとスペルビアに戦争を起こそうとしていたのは……。

「イーラ、だったんだ……」

 その人は私たちをただ見降ろす。

 その無機質な目から、私は視線を外すことができなかった。

 




スパイクを見逃すと大体あそこで二、三度死にますよね。
最初は全滅した意味が分かりませんでした。

そして、ここからは戦闘ラッシュ。でもすでにこの回で戦闘描写はお腹いっぱいなのでどうなることやら……。先行きが不安です。
次話『古代兵器甲板部分』うまくいけば


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24『古代兵器甲板』

                         1

 

 

「やはり、お前だったか」

 

 頭からつま先まで雪のように真っ白なその人は、顔の上半分を鬼のような形の仮面をつけて私たちを見下ろしていた。背中に背負う日本刀のような武器が、ようやく昇り始めた太陽の光を受けて鈍い光を放つ。

 その印象はどこまでも冷たくて、機械よりも感情を読み取れない目をしていた。

 あれが、フレースヴェルグの村でニアちゃんが言っていた、イーラを指揮している人。そして、この騒ぎを引き起こした張本人。

 

「イーラの首魁 シンですね? このファン・レ・ノルン。アーケディア法王マルベーニの名の下にあなたを連行します!」

 

 手にした杖を水平に構え、ファンさんはイーラのトップに向かってそう言い放った。捕り物系の時代劇のような言葉だったが、シンから出たのは許しを請うでも怒りに身を任せた反論でもない。自分の不幸を知らない人に対する同情の声に似ていた。

 

「憐れだな。己が何者かもわからずにあの男の名を口にする。その姿で――」

「あなたは、私を――?」

「天の聖杯 お前も何を涼しい顔でいる? 無関係でいられると思うなよ?」

「そうね、ではあなたの口から教えて。かつて私達と共にメツと戦ったあなたがなぜ今、彼といるのかを」

「シンが、ヒカリ達と!?」

「単純な理由さ……。あいつの中にこそ真理があった。それだけだ」

「言うほど単純じゃなさそうね」

「小賢しいな。相変わらず土足で踏み込んでくる」

「悪いわね、そういう性格なものだから」

 

 勝手知ったると言った応酬が続く。言っている意味なんて、わからなくて当然だった。

 あの人たちの中には、500年間分のいざこざが複雑に絡み合っていて傍目から見た程度で理解出来るようなものじゃない。口を出すだけ野暮だというものだし、それがあったとしてもスペルビアとインヴィディアの関係に亀裂を生むようなことをしていいという理由にはならない。

 

「ヒカリ、まさかシンの奴も」

「そう、彼もブレイドよ。500年前に滅んだ国。イーラ最強のブレイド」

「自分で沈めておいてよく言う……」

「誰よりも強く、誰よりも優しく、そして――誰よりも戦いが嫌いだった。そのあなたがなぜ!?」

「原因の一端がお前にあると言ったら?」

「私に?」

「お前が、眠りにつかなければ……彼女は――!」

 

 意味深げなその言葉に、ヒカリさんは一瞬驚いた顔をしたがすぐに「やっぱり……」と顔を俯かせた。

 彼女? と首を傾げている暇もない。

 シンはおもむろに背中に手を回すと、自分と同じくらいの長刀を引き抜き、構えた

 そして、その顔の上半分を覆う仮面に手を持っていき、外す。何かを私たちに見せつけるように。これが理由だと言外に語るように。シンの顔の全貌が露になる同時に私たちの視線は彼の額に集中する。

 そこにあったのは、赤すぎるほど真っ赤なコアクリスタルだった。

 普通、ブレイドのコアの色はヒカリさんやメツなどの例外を除いてすべて青で統一されている。

 けれど私の中では、その青いコアの中に赤が混じる事例を知っている。レックスたちも、きっと覚えている。

 それは人喰いブレイド(マンイーター)。フォンスマイムのコールさんとシン、彼らが同じものだとするなら、シンのいう彼女と言うのは……。

 

「メレフ様、用心を。あの色、普通ではありません」

 

 カグツチさんの声に、自分がシンたちの発する空気に飲まれていることを自覚して、慌てて刀を握る手に力を籠めてシンを睨む。しかしそのブレイドは私たちの不安を煽るように、あろうことかその二本の足で、ゆっくりと近づいてきた。

「剣を収めなさい」

 ファンさんからシンへ警告が飛んだ。

「私の力はブレイドの行動の抑制。あなたがブレイドである以上、この力の影響下では動くことすらままならないはずです」

「ならば、試してみるがいい」

 

 逆にこちらが不安になるような絶対的な自信をもって、その挑発とも呼べる言葉で、シンは言い放つ。

 そして辛うじて均衡の保たれていたその場の空気は、壊れた。

 

 

                         2

 

 

 ファンさんの力はブレイドと巨神獣の力の抑制。

 それでも、目の前のシンはそんな制約を受け付けていないかのように剣を振るう。

 

「絶刀」

 その身の丈ほどもある刀から二回の斬撃を放ち、

「虚空斬」

 防御に集中している一瞬のスキをついて、体勢を崩させ、

「刹那」

 何もできないまま周囲もろとも、四回の斬撃を食らわせ、

「朧燕」

 そして、打ち上げて地面に叩きつける。

 

 この一連の動作をもって、彼は1対6という圧倒的な戦力差を覆していた。

 昔読んだ本の中で誰かが言っていた。戦争は数であると。

 シンはそんなセオリーを堂々と無視していた。ヒカリさんが言っていた「イーラ最強のブレイド」というのは何の比喩表現でもなく事実だということを証明している。 

 私もここに来るまで何度も戦ってきたはずなのに、その経験が何一つ活かせない。それほどシンは圧倒的な強さだった。その異常とも言える光景にレックスも剣を止める。

 

「なんで……ここまで動けるんだ? ベンケイってやつは、動けなかったっていうのに!」

「いいえ、これでもかなり制約を受けているはず。彼は、史上最強と謳われたブレイドなのよ」

「それでも、今なら倒せる! 俺たちの力を合わせれば!」

 

 そう言って己に対して発破をかけるレックス。しかし、シンの表情は動かなかった。

 いや、きっとレックスの言葉に取り合う気もなかったんだろう。シンのその底冷えするような視線は、ある一人にだけ注がれていたのだから。

 その予兆を感じ取れたのは、幸運だったのかもしれない。もしかしたら不運だったのかもしれない。どちらにしろ嫌な予感というものが本当にあるのだと私は知った。

 背筋に寒いものが湧き上がる感覚に、頭ではなく体が即座に反応した。

 

「トオノ! ファンさんを守って!」

 

 一段階だけエーテルの溜まっていた刀をトオノに投げ渡す。一瞬だけ不思議そうな顔をしたトオノだったが、その金色の緒で結ばれているところから何かを感じたのかもしれない。

 トオノの刀から圧を伴った水が噴き出し、鞭のようなしなりを加えてファンさんのいる場所、一歩先めがけて飛んでいく。一見的外れに見える場所への攻撃かのように思えるけど、それは確かに、捕えていた。

 

「惜しいな。その属性、水でなければ一矢報えたかもしれないものを」

 

 その感情を含まない、無機質な声に私とトオノは同時に息を呑んだ。

 何をどうやったのか、見当もつかないけれどシンは片手で持った自身の刀を使ってファンさんの胸、青く光る三角形のコアクリスタルを刺し貫いていた。その一方でトオノの放った威力を上げた水の刃をもう片方の手だけで制している。あの一瞬の間で、少なくとも10メートルは距離が空いている位置から移動している事実も含め、私はもう、何を見たらいいか分からなかった。

 やがて、ピシピシ、パキパキと薄氷を踏むような音がシンの手から聞こえてきて、その白く変色した範囲は一気にトオノの手まで侵食した。ヒヤリとした冷気がトオノの刀から放たれる。

 

「トオノ!」

「ファンさん!!」

 

 レックスと私の声が重なった。

 パンッ! と薄いガラスが割れる音と共に、まとわりついていた氷が割れ、赤い着物の花魁が膝から崩れ落ちた。刀が地面に落ちる音が早朝の渓谷に響く。柄を握っていたトオノの手は、自身の体温との温度差でうっすらと水蒸気が見えるほど冷やされ真っ赤になっている。指があるだけでも、奇跡だ。

「ドライバー、前を見なんし!」

「で、でも!」

「今はわっちを気に掛けている暇じゃございんせん! 前を見なんし! まだ、主様にはやることがありんしょう!?」

 膝立ちで片手を押さえて痛みに耐えるトオノに言われ、私は顔を上げる。

 そして、見てしまった。

 

「解き放とう。その軛から」

 

 そんな、言葉と共にファンさんを貫いているシンの刀が更に押し込められるところを。

 

 

「――――っ!!」

 言葉が出なかった。悲鳴も、声も、出し方を忘れてしまったように息だけが漏れた。

 一瞬だけ目を見開いたファンさんがその手から杖を落とす。だが、そちらに視線を投げることもなく、ファンさんは自由になった片方の手を持ち上げた。もどかしいほど、ゆっくりと。

 そうして、シンの頬に柔らかな掌をそっと押し当てたのだ。母親が子供にするようなそれに、どんな意味があったのかはわからない。でも、今まさにコアクリスタルを貫いたシンは、明らかに何かを感じ取ったようだった。

「っ!!」

 一息で、再びシンはファンさんから10メートル以上離れた。

 

「ファンさん……」

 

 震える声がレックスの口から漏れた。「なんで……、なんで……!?」とつぶやいた疑問の矛先は、今しがたファンさんの命を奪ったシンに向けられた。

 

「シン! お前の目的は何だ、なんでこんなことをするんだ!?」

「なぜ、か――。ならば俺も問おう。超常的な力を神によって与えられたにもかかわらずブレイドはその記憶を持ちえない」

 

 話はこの世界では当たり前なところから始まった。彼は、ドライバーが死ねばコアに戻り、次に同調するときには記憶が消えるというブレイドにしたら当たり前である状況からすでに疑問を抱いていたのだ。

 その後、シンが語るには、ブレイドには人や文化が進化をするために不可欠な記憶という骨子を意図的に制限されていると言った。彼はそれを『(くびき)』と、事あるごとに表現する。そして、その軛を課しているのはコアの供給を制御するアーケディア法王庁であるとも。

 なぜ法王庁がそんなことをするのか。

 それは、()()()()()()()()()だとシンは言う。

 

「――なぜ人ごときに軛をかせられなければならん!! ブレイドこそが世界そのものなのに!」

「ブレイドが世界そのもの? こいつ、何を――」

「この先の世界を見れば自ずとわかる。お前はここまできてしまった。引き返すことは許さん。……だがここで止まることは許そう」

 

 こちらの疑問は、まるでお構いなし。理解をしてほしいとも思っていないのだろう。ただ、彼の言葉のそこここに、何か慈悲めいたものを感じていた。何も知らない私たちが、これ以上傷つかなくてもいいように。ファンさんを、貫いた時にも……。

 

「くっ、がはっ!!」

 

 思考の海に突入しようとした私の意識が、苦し気な息に強制的に戻される。一瞬ファンさんが、奇跡的に息を吹き返したのかとも思ったけれど違った。

 目の前にいたイーラの首魁、シンが自身のコアクリスタルを押さえながら膝を突いて苦しんでいた。何か持病でも持ってるのか。

 思わず、フォンスマイムにいるコールさんの咳が頭をよぎる。駆け出して、至近距離で様子を見るのは正解か、否か。その判断が私には付けられない。

 

「ボン! 今のうちや!」

「えっ――」

「何チンタラしてんねん! あいつはアカン奴や!」

 

 ジークさんの言っていることは尤もだった。けれど、レックスは今まさに苦しんでるシンを攻撃していいか迷っているのが見て取れる。その短い躊躇いの時間の中で、赤い閃光が私たちとシンを分断するように突き抜けたのはどちらにとって幸運だったのか。

 

「何っ!?」

「ヨシツネ!?」

 

 赤い砲撃の発生源は、カラムの遺跡以降姿を見せなかったヨシツネ、その人だった。彼の後ろには誰も居ないところを見ると、あの空を飛ぶブレイドはカラムの遺跡で居なくなったのか、それとも連れてきていないのかは定かではない。以前見た時に、ヨシツネと言う人はずいぶん演技がかった喋り方をしていたけれど、シンに肩を貸し、撤退を伝えるその表情にはふざけている様子はない。

 動くこともままならないシンを担ぎ上げたヨシツネの前に、立ち塞がったのはジークさんだ。

 

「おっと、逃がさへんでぇ!」

「ふっ、あなた達は何もわかっていない。まだ戦いは終わっていませんよ?」

「何やと!?」

 

 不穏な言葉に応じるようにゴゴン! と古代兵器の甲板が揺れる。

 それは、してやったりと笑うヨシツネの後ろで沈黙をしていたスペルビアの自動迎撃装置が息を吹き返した音だった。あれだけの爆発、破壊をして、尚且つ動力源のケーブルも断った。にもかかわらず、なんで動いてるの!?

 

「なんで!? レックスやニアちゃんたちがケーブルを切ったのに!?」

「確かにね。でも、こいつのコアには、まだエネルギーが残っている。同じなんですよ、ブレイドの武器と!」

 

 唖然とする私たちに対して、どこか勝ち誇ったような顔と共に「いずれまた」なんて、そんな不吉な言葉を残したヨシツネは古代兵器の壁を足場にして跳躍し、見えなくなった。

 追いかけることも叶わず、私たちは自動迎撃装置の残存エネルギーを今度こそ空にするために、武器を取るしかなかった。

 

 

                         3

 

 

 先ほどから人数を倍にした時点で、自動迎撃装置が止まるまで時間は必要なかった。しかし、それでも失った時間は致命的で、終わった時には既にヨシツネとシンの姿はなく、ファンさんのコアも鈍い色に変色して横たわっているだけだった。

 すべてが手遅れな古代兵器の甲板で、仰向けに倒れて二度と目を覚まさないファンさんに向かってレックスが語り掛ける。

 

「何なんだよ……。俺、ドライバーになったんだぞ。ドライバーになって、だけど何にもできなくて……」

 

 抱き上げたファンさんの横顔は、まるで眠ってるようだった。

 レックスの気持ちが、痛いほどに伝わって来る。彼のブレイドであるヒカリさんはそれ以上に。

 誰も――誰も声を出せなかった。レックス含めて、自分の無力さに打ちひしがれていた。

 

「ファンさん……。これじゃ何にも――何にも変わってないじゃないかよおおおおおっっっつ!!!」

 

 吠えた。

 叫んだ。

 それでも、現実は何も変わらなかった。

 やがて、彼はファンさんの体をそっと元に戻し、天を仰いで呟く。

 

「シン……。あいつの過去に、いったい何が……」

 

 私も釣られて空を仰ぎ見る。明けたばかりの薄青の空が、憎たらしいほどいつも通りに存在している。けれど、その中にぽつりぽつりと、豆粒みたいな黒点が見えて、私は首を傾げた。

 そして、時を同じくしてニアちゃんもその異変に気付いて声を上げた。

 

「なんだ――あれ?」

 

 その黒点は段々と大きくなっていく。やがて、肉眼で形が分かる位置に来てやっと飛行船のようなものが飛んでいるというのが分かった。ここからだと、遠すぎてあれが具体的に何なのか分からなかったけれど、横から飛び出たハナちゃんは、さすが人工ブレイドと言うだけあって視覚は望遠レンズのようにも使えるらしい。そうしてその小さなブレイドが、言うにはあれらはインヴィディアの軍隊とのことだった。

 軍隊、という不穏な言葉に血の気が引いた気がした。

 

「――いかん!!」

 

 そこからメレフさんが何かを予期して振り向く。逆方向には空飛ぶ王蟲と言ったら分かりやすいだろうか。インヴィディアの軍のものよりもよりメカメカしいスペルビアの軍隊がすぐそこまでやって来ていた。地面を見れば、戦車のような巨神獣兵器と、兵隊まで――

 

「誰だ!? 展開命令を出したのは!」

「いけません、このままでは両軍は戦闘に――」

「どういうこと?」

「スペルビアがインヴィディアを攻撃したと思っとるんじゃ。宣戦布告もなしにな」

 

 レックスのじっちゃんのやけに冷静な声が、余計に混乱を加速させる。

 

「こりゃアカンで。事態を説明せえへんと収まらんで」

「だが、今からでは間に合わん」

「どうするのさ!? 何か方法はないの!?」

 

 ここで対策を練っている間にも、両軍の戦闘準備は進む。インヴィディアは蛍の光のような蛍光緑の主砲を充填し始め、それに応じるようにスペルビア軍も主力兵器の展開に入る。

 最悪に最悪を重ねた状況。そもそも、止まっているとはいえこの、破壊したら辺りが消し炭になると言われた古代兵器の間で戦争が始まってしまったら、ここにいる私たちも無事では済まない。

 緊張と混乱の空気が支配する中で、ただ一人沈黙を保っていたレックスが立ち上がる。

 

「間に合う間に合わないかなんて関係ない。――インヴィディアへ行こう!!」

「おう!」

「レックスもジークも、ちょっと待って!」

 

 ヒカリさんが止めたその時だった。

 両軍の間に割って入る影があった。 

 それは私たちのいる場所もろともインヴィディア軍、スペルビア軍を覆いかぶせられるほど巨大で、阿古屋貝のような虹色の光沢に包まれた皮膚。どこもかしこも美しくて、言葉は知っていても使いどころに恵まれない荘厳という二文字がしっくりくるその街を擁した巨神獣が、空を渡って現れた。

 

「何や!?」

「これってもしかして、アーケディアの巨神獣……!?」

 

 あまりのスケールの違いに、レックスが半信半疑で声に出す。

 私はそれに肯定も否定も出来ずに、ただただ茫然と事の成り行きを見つめるしかなかった。

 




2章『船出』完
次章『怒涛』に続きます。
次話『アーケディア法王庁 大聖堂の一室』

そろそろキズナトークとか番外編とか書きたいですが、まず誰のから書いて行こう……。



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3章 怒涛 25『アーケディア法王庁 大聖堂の一室』

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 幼い頃、私は両親というものが分からなかった。

 児童養護施設は、様々な理由で親と暮らせない理由のある子たちが来る場所だ。けれど、両親の記憶や繋がりが全くないという子は私以外は一人もいなかった。だから私は、本に、映像に誰かの中に家族と言うものを求めた。――そうして知った。

 どうやら私は生まれた時から、その枠からはみ出しているらしい。

 施設の先生たちは親じゃない。

 施設の子供たちはきょうだいじゃない。

 赤の他人が寄り集まって、集団生活をしているだけの容れもの。

 ゆくゆくは社会に放流するために、一定の年齢になるまで育てられる。稚魚みたいに。

 そうして、生きていくうちにやがて思い至った。

 あぁ、私――誰とも繋がれてない。

 血縁と言う意味でも、社会的な立場としても、私の周りにある縁というのは時間が来たら切れてしまい、やがて忘れ去られてしまうような薄弱なものでしかない。

 施設から出たらその職員の人たちは私を気にかける時間はなくなる。

 学生だとしても、卒業したらそれまでだ。

 会社なんて遠い未来過ぎてわからないけれど、きっとあまり変わらないだろう。

 中には、繋がりなんていらない。親や親戚との縁なんて切れてよかった、と言う人もいるだろうけど、それはその繋がりを持った人だからこそ言えることだと思う。

 

 

 ある日、娯楽室でテレビを見ていた時のこと。

 ボールを追いかけて車道に飛び出した女の子を主人公の男の人が命懸けで突き飛ばすという、よくあるドラマのワンシーンを見ていた。話の3割も分からない年だったはずなのに、その時呟いた言葉だけはなぜか今でも忘れることは無かった。

 

『いいなぁ』

 

 その時周りには誰もいなかったので追及されることは無かったが、もし聞かれてたらカウンセリング待ったなしだったように思える。だって、私は命を懸けて救って貰った女の子ではなく、体を張って女の子の命を救った男の人を羨んでいたのだから。

 そのドラマの中で主人公は死にかけ、たくさんの人が意識不明で入院している主人公にはたくさんの人が集まった。彼の親や友人はもちろん、助けた女の子の両親も涙ながらに主人公に感謝し回復を祈っていた。

 その主人公が結果的に生きていたのか死んだのかは覚えていないが、あの時を思い返すたびに私があの男の人のようになったら、と考えて、そして悟った。

 私にはあんなふうに心配してくれる人なんていない。

 

 『――人間は、個としては刹那であって集団として文化として記憶は受け継がれ進化していく』

 『――だが、ブレイドは刹那』

 

 古代兵器の甲板で戦った時の、シンの言葉が甦る。

 彼の言葉からすれば、私の存在はブレイドに近い。私は誰も語り継ぐことのない刹那の人間。

 だからこそ、もしも死に方を選べるとしたら、私は誰かを助けて死にたい。

 誰とも繋がっていない私みたいなのが生きるより、誰かと繋がっている人が生きている方がきっといい。そのたくさんの繋がりの末端にでも、私を置いてくれれば、それで。

 

 

 ――――――――――。

 ――――――――。

 ――――――。

 ―――。

 

 

「ん……」

「――よぉ。アサヒ、起きたかよ」

「コタ……?」

 

 動くたびに高級そうな掛布団のシャリシャリと擦れる音と滑らかな肌触りに、私が今どこにいるかを思い出した。ふかふかのお布団。トラの言っていたそれがあるのは、アーケディア法王庁の大聖堂だ。

 頭に血が巡るようにゆっくりと、昨日のことが思い出される。

 インヴィディアとスペルビアの政情緩衝域で、スペルビアが研究していた古代兵器がインヴィディア軍を襲って。そこの調査をしにいったら、イーラのトップであるシンが、その攻撃の首謀者で……。

 そして、ファンさんが……。そこから先は口に出したくなくて、私は無理やり意識を変える。

 

「えっと、アーケディアの巨神獣が迎えに来てくれたんだっけ……」

「よく考えたらとんでもねえ話だぜ。ついでとは言え、国が迎えに来たなんて経験なんざ中々できねえぞ」

「そうだね……」

 

 まず私の世界では国は移動しない。という大前提は置いといて、コタローに一言声をかけてベッドから抜け出る。あれだけのことがあったのに、ちゃんと眠れてた。昨日ヘロヘロになりながらもベッドに潜り込んだ時には全然眠れる気がしなかったのに。

 

「変な夢も、見たような気がするし……」

「んあ? なんか言ったか?」

「う、ううん、何も。――えっと、とりあえず起きて身支度したら中庭に集合でよかったんだよね。昨日のジークさんの話だと、たぶん今日あたりにインヴィディアとスペルビアの偉い人が来て、会議するって言ってたような?」

「各国緊急首脳会談だな。メインは戦争の停戦協定になるだろうよ」

「ジークさんとメレフさんが、イーラが仕組んだことだって証言してくれるんだっけ?」

「あと、ヒカリだな」

「……停戦してくれるといいね」

「させなきゃだめだ。戦争なんざ、誰も望んじゃいねえ」

「うん」

 

 蚊帳の外の人間が何を言っても、話すのは国家首相とかそういう人の役目だから任せるしかないんだけど。

 祈るくらいなら許されるよね。誰だって、戦争は怖いはずだから。

 

「よっし、準備終わり! おいで、コタ」

「おう!」

 

 ぴょんと私の胸に飛び込んできた豆しばを抱き留めて、ちょっとだけ頬ずりをした。

 柔らかい毛の感触が今日見た夢でささくれ立っていた心を癒してくれる。

 

 

                         2

 

 

 中庭には既にメレフ達さんとジークさん達が集まって、立ち話をしていた。これから重要な会議だし、その打ち合わせ中だったのかもしれない。二階のサンルームでその様子を見た私は下に降りるかちょっと迷う。でも、サイカさんがこちらに向かっていい笑顔で手を振ってくれたのでみんなにばれてしまった。

 悪いとは思いつつジークさんたちと合流して、ほどなくレックス達が集まった。トラとハナちゃんとビャッコさん以外には、目の下に隈ができている。

 

「皆の衆、おはようさん。よう眠れたか?」

「いや、全然だよ」

「せやろな」

 

 みんなが眠れなくて当たり前の状況で、普通に寝れていたことが胸に刺さる。

 各々にスッキリしない顔を抱えている私たちを見て、ジークさんは「首脳会談の会場まで気晴らしに散歩をしよう」と提案をしてきた。それ、本当に気晴らしになるのかな……。と思っていると、メレフさんを送り届けるというタスクも追加されて、不服そうなメレフさん達を連れて会場へ。

 

「そういえば、インヴィディアは王女様らしいですけど、スペルビアはどんな人が来るんで……来るの?」

 

 道中、たまたま隣を歩いていたのがメレフさんだったので私はふと思い立って聞いてみた。その最中に、敬語禁止と言われたことを思い出して慌ててタメ口に戻した。咄嗟だったり、戦闘中に敬語が抜けきっていないのはちょっと見逃してほしいと思っていると、その様子が伝わったのかクスリとメレフさんが笑った。

 その下がった眦は男の人の姿をしてるのが、もったいないほどの美人だ。

 

「スペルビアは代々男士継承の国だ。現皇帝陛下はネフェル・エル・スペルビアという」

「あ、男の人なんだ」

「……アサヒ、君は皇帝という名前にどんなイメージを持つ?」

「う、うーんと、がっしりしてて、いかついおじさん系……? いや、おじ様かな?」

 

 アニメなどで見る皇帝陛下なんて肩書を持つ人は、自分から戦場に出て戦果を揚げてくるようなおじさんのイメージがある。ちょっとしゃがれた声で、豪快に笑う。――って、これただのヴァンダムさんだ。

 そんな風に皇帝という名前で思いつく印象を上げ連ねていくと、隣を歩いていたメレフさんが「ふっ」と楽し気に噴き出した。

 

「えっ? あ、違う?」

「いや……。そうだな、そのイメージだと皇帝陛下にお会いした時に驚くかもしれないとだけは言っておこう」

「ど、どっちの意味で?」

 

 待って、帽子のつばで顔を隠さないでメレフさん! 助けを求めてカグツチさんに目で助けを求めると、眉を八の字にした糸目のお姉さんは困ったように閉口した。他に視線をさ迷わせても、みんな微妙な顔でいるか、ジークさんとサイカさんに至ってはにやにやと笑っている。からかわれていると分かった時には謁見室にたどり着いてしまったため、実際にスペルビア皇帝陛下がどんな人なのか、真実は闇の中だ。

 

 

 

 

 当たり前だけど、会談の入口までジークさん達と来たらそこから先は大人の世界だ。

 同行を遠慮されたメンバーは宿で待機するようにヒカリさんに言われ、どこかに寄るという発想も出ずに来た道を引き返す。その短い道すがらに、白い封筒に包まれた手紙を二通、レックスが私に手渡した。

 

「渡すのが遅くなってごめん。これヴァンダムさんからの返事、封蝋のしてるのは法王様に出すものだってさ」

「私、封蝋って初めて見た……」

 

 封蝋っていうのは本の中でしか見たことが無いけど、なんとなくわかる。あっちで言う親展みたいなものだと認識してればよかったはず。……はず。

 赤い蝋燭を垂らして固めたそれには、何かの紋章が押されていた。誰のかは分からないけど、偉い人からのものらしい。

 

「各国の緊急首脳会談ですので、ヒカリ様達のお戻りは遅くなるでしょうね」

「みんなはこの後どーすんのさ?」

「トラはハナのメンテナンスをするも!!」

「よろしくお願いしますも、ご主人!」

「俺はどうしよっかなー。トラに倣ってサルベージの道具でも磨いてるよ」

「そうじゃな、道具は大切にしないと、いつか手痛いしっぺ返しが来るのが相場じゃ」

「うーん、じゃあ私はヴァンダムさんにお礼のお手紙書こうかな。コタ、手伝ってくれる?」

「あぁ、ニアも時間があったら手伝ってくれよ。俺一人じゃ限度があるしな」

「いいよ。ビャッコの毛繕いと一緒でいいなら」

「恐縮です、お嬢様」

 

 いつどんな理由で呼び出されるか分からないので、あてがわれてる部屋の中で一番広いレックスとホムラさんの部屋へみんなと一緒に向かう。

辿り着いたその部屋は日当たりが良く、中庭から午前中の柔らかな光が差し込んでくる。二つあるベッドの窓際に男子が、扉側に女子が各々固まって宣言通りに行動した。私はコタローを膝に乗せて封蝋のされてないほうの手紙を広げる。

 

「えっと、親愛なるアサヒ、へ……。ヴァンダムさん、コタローに読ませる前提で書いてるから、分からない単語ばっかりで全然読めないよ……」

「でもちょっとは読めるようになってるじゃねえか。感心感心」

「だって、出だしの言葉全部一緒なんだもん」

「よし、じゃあこの単語はわかるか?」

「……元気、で次に来るのが良いって単語で後ろについてる文字が過去形だから、元気でよかった――かな」

「正解だ」

 

 こちらの世界は使われている文字こそ未知のものだけれど、文法は日本語に近いらしい。

 単語さえ覚えられれば読むこと自体は難しくない。子供の読み聞かせをするようにコタローを膝に置いてうるさくない程度に音読していると、ビャッコさんのブラッシングを終えたニアちゃんが横に腰かけた。

 

「アンタってさ、こーゆうの好きなの?」

「こーゆうの?」

「勉強」

「んー……。必要に迫られてるから、かな。勉強自体はあんまり好きじゃないよ」

「アサヒ様くらいのお年の方でしたら、勉強が好きという方は少ないでしょうね」

「それもそっか」

「ニアちゃんは勉強好き?」

「アサヒはアタシが勉強好きなように見えるのか?」

「………………」

「うぉい! 黙るなよ!!」

「いや、だって、今の聞き方絶対否定する流れだったでしょ!?」

 

 いったん反論はする者の、私は両手を小さく降参のポーズでニアちゃんが詰め寄ってくるのを阻止した。猫耳をピコピコさせるその子は少し不満げに鼻を鳴らして乗り出すようにしていた身を引いてくれた。

 これでようやく、手紙を読める。少し訳しては休んでと繰り返しながら、ぼんやり考えたことを私は口に出した。

 

「今度、本買おうかな。子供向けの簡単な単語が多い奴」

「いいんじゃない? 小難しい手紙から入るより興味のある物から入っていった方が覚えられるよ」

「うん。欲を言えばお手紙も、もう少しほのぼのしたやり取りがしたいなぁって思ってるんだけど……。こればっかりは相手がいるからね」

「ヴァンダムは忙しいだろうしな。それに、ここじゃ文章の代読や代筆なんかは珍しくもねえ。普通に読めて普通に書ける奴自体が珍しいだろうよ」

「あー、俺も仕事で使う単語以外はからっきしだよ」

 

 コタローの言葉に反応したのは、今まで自分の道具を磨いていたレックスだった。その横でトラも「トラは設計書は読めるけども、コムズカシー内容はさっぱりも」と宣言してハナちゃんに呆れられている。

 この世界で文通相手を探すのはなかなか難しそうだな、と考えてからふと疑問がよぎった。

 

「やっぱり、ニアちゃんって勉強できるよね?」

「へっ!? な、なんでだよ、勉強は嫌いだって言っただろ?」

「嫌いでも、勉強ができる環境はあったんじゃないのかな。この前の代筆についてヴァンダムさんが手紙でほめてたよ。能ある鷹は爪を隠すって書いてあったし」

「え、と――。それは……」

 

 ニアちゃんは眉を八の字にして項垂れてしまった。先ほどまで元気だった耳もぺたんと頭に伏せてしまって、ようやく聞いちゃいけないことだったんだと思い至った。ニアちゃんが答えなくていいように、何とかしてあげたくて顔を上げると残念ながらトラとハナちゃんコンビは興味津々と言った様子でニアちゃんが話し出すのを待っているようだった。

 だったら――と、この場の唯一の良心であるレックスに顔を向ける。すると、彼の顔には『どうにかしてあげたいのは山々だけど、どうすればいいのか分からない』と堂々と顔に書いてあった。

 あちゃあ、と私も内心項垂れた。仕方ない、ここは多少不自然でも……!

 

「トラ、今何時ごろ?」

「今は午後5時57分32秒ですも」

「そっか。もう6時か……。ヒカリが出て行ってからかなり経つけど……」

 

 レックスは中庭の見れる窓の外を覗き込んだ。お世辞にもいい天気と言えない雲の多い空に、不吉にも会談の進行が重なっているように見える。朝の早いうちから会談は始まって、いまだヒカリさん達が出てくる気配がないとすると、そういうことなのだろう。

 

「ヒカリ達に任せときなよ。大国のトップ同士の会談だよ? アタシ達が出て行って、どうなるもんでもないさ」

 

 ちょっとだけ調子を取り戻したニアちゃんが、不安そうに窓を見るレックスに現実を突きつける。まぁ、確かにどうにもできないことではあるので、何も間違っては無いんだけど……歯に衣着せなさすぎだと思うのは私だけかな……。

 

「会談って、大変そうなイメージなんだけど……。ビャッコさんはどう思い……思う?」

「はぁ、確かに国のトップの集まる会談ですので、和やかにとは言えないでしょうね」

「うーん、じゃあさ、ヒカリさん達が疲れて帰ってきたときにすぐ休めたりできるように、準備しておくのはどうかな。軽くつまめる物作ったり、飲み物用意しておいたりしてさ」

「あ、いいね。それ賛成!」

 

 こういう提案をした時に真っ先に乗ってくれるレックスの性格が本当に助かる。

 一人が賛成したら、あとは芋蔓式に同意を得られて、私たちはいそいそと準備をし始めた。なぜか、軽食だけは絶対に外で買ってくるようにと言われて、私とコタローが買い出しに出かけ、後のみんなは軽く部屋を掃除したり飲み物の準備をしてくれるらしい。

 あいにくの空模様でも、雨が降ってくる前に大聖堂内に戻れた私たちは、ヒカリさん達ように休憩する場所を一通り用意して、ベッドに転がった。セミダブルぐらいの大きさのベッドは私とニアちゃんが二人で転がってもまだ余裕がある。

 そこでちょっと休憩のつもりで目を瞑ったのがいけなかった。いつの間にか私たちは、そのままベッドに横になって眠ってしまっていた……。

 

 

 

                         3

 

 

 

「遅くなってしもたな。ボンたちの奴、待たされ過ぎて拗ねてるんとちゃうか?」

「レックスに限ってそんなことしないわよ。それよりも私は早くお風呂入りたいわ」

「ウチも~……。いろんな空気が混ざり過ぎて、気持ち悪いわ……」

 

 白亜の聖堂内にぼやく声が小さく響く。

 つい先ほど会談が終わり、もろもろの書類の締結やサインなどの後処理を含めて終わらせたのは。日付が変わろうとする時間だった。ほとんどの人間が寝静まってる中で、同伴者たちを置いてきてしまった会談参加組の大人たちは足早に廊下を行く。そうして見えてきた居住区域の扉をヒカリが遠慮なしに開けると、その部屋の状況を見て彼女は足に急ブレーキをかけた。

 

「ジーク、サイカ!」

 

 時間も考慮して小さな声で二人を呼ぶと、自室に荷物を置いていたジークたちがなんだなんだと顔を出した。

 ちょいちょい、と手招きをしてアルスト最凶を呼びつける天の聖杯。

 そして彼らが並んでヒカリとレックスにあてがわれた部屋を覗くと、彼女がなぜ入口で止まってるのかの理由が判明した。

 

「こりゃあ……」

「ふふっ、ウチら愛されとるねえ~」

「もう、私の寝る場所がないじゃない」

「とか何とかいうて、内心は嬉しいくせに~!」

「そ、そんなんじゃないわよ! 変なこと言わないでよ、サイカ!」

 

 真っ暗な部屋から差し込む月の光で、ぼんやりと浮かび上がるその部屋には冷めても飲める飲み物と、パンなどを詰めたバスケットがどこかから調達した机に乗せられていた。また別の机にはヒカリやサイカのお風呂好きを考慮されたのか、ふかふかなタオルと、いい香りのする石鹸にアロマ。この辺りは女子の入れ知恵だろう。

 そして、その部屋のベッドを占領するのはこれを用意した彼ら――。

 

「この子らに免じて、今日はウチらの部屋で寝ればええよ。王子は別の所使ってなー」

「せやなぁ、まぁ折角用意してもろたもんを使わんのも悪いし、ちょっと遅めの飯にするか」

「先にお風呂よ!」

 

 そんな不毛なやりとりが繰り広げられていることをレックスたちは知る由もなく、笑って眠っていた。夢の中で、同じように喜んでいるヒカリ達の夢でも見ているのかもしれない。

 

 




遅くなり申し訳ございません。
長い、そして進展がない……。
次話『展望地 ミラ・マー』順調にいけば


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26『展望地ミラ・マー』

                         1

 

 

 気づいたら朝だった。しかも布団もかけずにベッドの上でごろ寝したままレックスたちの部屋で一晩過ごしてしまったらしい。らしいというのは、今の私に時間の感覚がないから断言できないためだ。

 感覚的にはまだ夜明け前か、日の出直後ぐらいの時間だと思うけど体を動かそうとしたところ、何かにがっちりと拘束されて動けない。そして顔に掛かる妙な圧迫感と温かさに私は疑問を抱いてうっすらと目を開けた。

 

 まず飛び込んできたのは、同性であっても恥ずかしさを煽る強烈な胸の谷間だった。

 

 シトラス系の香水の匂いが、次いでその人の体温に交じって香ってくる。流れるような金色の髪にミニと言うより危うい丈のスカート。そして、鎖骨に輝く翠のコアクリスタル。寝顔は穏やかで、熟睡していることが分かる。つやつやとした肌の感触は異性同性関係なく病みつきになりそうな魅力を持っていて、ずっとそうしていたいような気もした。けれど、その前に明確な息苦しさを感じて私はもがき始めた。

 息が!! ヒカリさんの谷間に顔が埋まって息ができない!!

 

「ん゛ー!」

 

 熟睡しているところを起こすのは本当に心苦しいけれど、このままだと私の命に関わってしまう。女の人の谷間に顔が埋まって窒息死とか情けなさ過ぎる。コタローなら一片の悔いもなく受け入れそうだけど……。

 もぞもぞ動いて叩いて、ようやくヒカリさんが身じろぎをしてほんの少しだけ隙間が確保される。

 ぷはっ、と詰めていた息を吐いて新鮮な空気を取り込んでいると、とろんとした寝起きのヒカリさんと目が合った。お、起きた? と反応を窺っていると、へにゃり――と、いつもはつり上がっている目が緩む。

 

「なぁに、アサヒ……? 甘えに来たの……?」

「えっ!? いや、あの、ちがっ――」

「しょーがないわね……。ほら、もっとこっちに来なさい……」

「は、話を――むぎゅう……!」

 

 可憐な見た目とはいえ、ヒカリさんは伝説のブレイド。私みたいなひょろひょろした子供の抵抗なんて、仔猫が暴れるくらいのものでしかないのか、ヒカリさんは速やかに夢の中に戻ったようだ。

 確保できたのは息を吸って吐ける隙間くらいだ。最初はここからどうやって脱出しようと頭を悩ませていたけれど、ヒカリさんの寝息と体温には何か魔性のものが宿っているのか、気が付いたら二度寝していて、そのまま朝になっていた。もちろん、その姿は同じ部屋に寝ていたレックスやニアちゃん達に目撃され、やがて、同じ部屋で寝ていたはずのヒカリさんがいないと、サイカさんがやって来て、最後に騒ぎを聞きつけたジークさんにまで見られたのは言うまでもない。

 

 こうして私は、伝説のブレイドの腕の中で朝を迎えるという謎の称号をゲットした。

 

 

 

                         2

 

 

 

 さて、朝にあんなことがあったというのに、今ヒカリさんはキリッとした表情で広場の中心を見据えていた。

 今日はファンさんの国葬なので、私たちは葬儀の執り行われる広場にやってきている。

 カラーン、カラーンという鐘の音が、薄青い空を背景にしたセイリリオス広場に響き渡る。いつもなら巡礼に来た旅人や市民の人の憩いの場になっているはずのそこは、人の数は変わらずともその場の空気はしめやかであるものの花の匂いが微かに香ってくる。

 ファンさんはマルベーニ聖下のブレイドでもあるけれど、アーケディアの女神と呼ばれているほど誰からも慕われているのもあり、葬儀は国葬として大々的に執り行われている。とは言っても、聖職者の恰好をしているのはマルベーニ聖下たちだけで、一般参加の人たちの服装には色や形に統一感はなかった。みんないつもの私服だ。気持ち、綺麗なものを着てきているようだけど、普段着だとしてもそれをとやかく言う人は見当たらない。この世界には喪服というものは無いのかもしれない

 民衆の人たちに交じって白いバラのような花をファンさんの棺に納める。石灰石をくりぬいたのような白い無機質な箱に入ったその人は眠っているようだった。ただ、胸の真ん中で色を失った()()()()コアクリスタルを見て、胸にざわつくものを感じた。

 ――彼女のコアクリスタルの土台には不自然に下半分が空いている。もし、ここに、ファンさんと同じ形のコアクリスタルがあったらぴったりはまるんじゃないだろうか。

 もし私の考えているのが本当だとすると、ファンさんの元のコアクリスタルの本当の形って――

 

「おい、アサヒ! どうしたんだよ、後ろ詰まってるぞ!」

 

 小声でコタローが言ってくれたおかげで、私はハッとしてそこから不自然ながらも脱出した。ただし、広場には人があふれていてレックスやニアちゃん達とははぐれてしまったようだ。しかも、運悪く参拝を終えて帰っていく集団の波にさらわれてしまった私は、コタローと一緒に半ば押し出されるようにセイリリオス広場から放り出された。

 大きく開かれた門の左右には、人一人が歩ける程度の幅の道がある。本来その下にある街には長い階段を降りないと下に行けないのだけれど、左右に伸びた道をまっすぐ突き当れば、先ほどまで鳴っていた鐘のすぐ下まで来ることができる。

 私たちは一旦鐘のあるそちらに落ち延びて、今しがた押し出された門の方を見る。

 ひっきりなしに人が行き交っている。これは、落ち着くまでに時間がかかりそうだ。

 その様子をどこか遠い世界のように見つめてから、方向を真逆に変えた。この道をまっすぐ行ったその先には小さな屋根のついた円形の展望台のようなところがある。ここの屋根に鐘が吊られてる。

 まず、コタローを先に展望台の床に乗せてから、私は短めのはしごをよじ登り、転落防止用の柵に手を置いた。薄曇りの青いパステルカラーの空には雲が手前から奥へと押しやられていく。

 吹き付けてくる風に嬲られる髪を押さえて、耳にかけながら私はコタローに尋ねた。

 

「……この世界では、死んだ人はどこに行くのかな」

「さぁな、死後の話ってのはあんまり聞いたことがねえ」

「そっか。私の世界ではね、死んだ人は空の上の天国に行くって話なんだ」

「テンゴク?」

「天の国って書くの」

「ふうん。こっちでいうトコの楽園みたいなもんか?」

「あ。うーん……。どうなんだろう。私の世界では天国は誰も見たことが無いけど、こっちだと世界樹はちゃんとあるでしょ? 実際に楽園から来たホムラさん達もいるし……。だから、楽園は未開の地。天国は死後の世界。って感じかな」

「へえ、面白い考えだな」

「でしょ?」

 

 私はコタローに笑いかけると、肩に提げていたカバンから鉱石ラジオを取り出した。

 さっきの言葉と今の行動が頭の中で繋がっていないコタローは、首を傾げる。

 

「コタローはこれのこと、お化けラジオって言ってたよね」

「あぁ。……っておい、まさか……!?」

「試すだけ試してみようと思うの。それだけの価値はあるはず」

「マジかよ。もし! 仮に!! 万が一!!! ファンの声が聞こえてきたらどうするんだよ!?」

「………………。ファンさんの声なら、怖くない気がしない?」

「なるほど確かに――って! いや、普通に怖えよ!!」

 

 目を剥いて突っ込むコタロー。残念、誤魔化されてくれなかったみたい。

 コタローを道連れにはできなかったけど、それなら私が試すまでだ。首元から認識票を取り出して鉱石ラジオの中にはめ込み、片耳にイヤホンをはめ込む。最初はやっぱりノイズだらけだ。

 コタローは、心の底から嫌そうな顔をしているのに、私の傍からは離れようとしない。何かあった時のために見張ってくれているのだろう。

 しばらくチャンネルを調整しながらザリザリと言うノイズを聞いていたけれど、目新しい音は聞こえてこなかった。私はちょっと残念に思いながら耳からイヤホンを外した。

 

「駄目みたい」

「それでいいんだよ。もし本気でファンの声が聞こえてきたらどうするつもりだったんだ?」

 

 コタローに聞かれて私は「ん?」と改めて頭をひねった。そういえば、声が聞こえるかもしれないとは思ったけど声が聞こえたらどうするかは考えていなかった。と言うのを正直に言ったら、思いっきり落胆される。

 

「あのなぁ、死者の声なんて聞こえないほうがいいんだよ。聞こえたところで、俺たちは何にもできない。なぜならそいつは死んでんだからな」

「でも、伝言ぐらいはできるよ」

「積極的にやってく必要はないってことだよ。それだけお前が抱え込むことが増えるだけだ」

 

 コタローはこの鉱石ラジオを使うことを良しとしない。それは、私のために言ってくれている。

 でも、と思うところがあった。確かに死んだ人に対して、してあげられることは少ない。でも、何かできることがあるならやらない理由はないと思う。

 私はなんとなく諦められず、耳にもう一度イヤホンを付けてチャンネルを調整した。今度は闇雲に探すわけではない。あの、いつもの何かに対して謝っている声のチャンネルに金属の板を固定した。

 

 

 ――ガガッ……。シ……。ジジガッ…ん……ね、ズザーッ。

 

 ――シ……。ザザザーっ! ……ん、ね……。

 

 

 それはいつかの時と同じようにノイズ交じりで聞こえてきた。

 コタローの制止の声が聞こえるのをちょっと無視して、声に集中する。

 風が吹きつけて髪を激しく揺らす。空に浮かぶ大きな雲が太陽を隠して横断し、再び光が私たちのいる展望台に差し込んだ時に、奇跡のような静寂が訪れた。

 そして、それはまるでそこにその子がいるように、はっきりした音声でこう言った。

 

 ――シン、ごめんね……。

 

 その意味を理解して、私は思わずイヤホンをしたまま後ろに身を引いた。コードにつながっていた鉱石ラジオが、私の動きに合わせて地面に落下する。その後の光景を予測して壊れる! と思わず目を瞑っていた。

 

「おっと!」

 

 という声と共に恐る恐る目を開けると、地面と鉱石ラジオの間に茶色いモフモフが滑り込んだ。鉱石ラジオはその小さな背中をクッションにコロンと地面に転がる。それと見届けて、私はその場にへたり込んだ。片耳から聞こえてくるイヤホンからは、さっきのことが間違いだとでも言うようにノイズしか聞こえてこない。

 それでも私は確かに聞いたんだ。女の子の声で「シン、ごめんね」と謝る声を。

 

「おい、どうしたって言うんだよ。まさか、本当にファンの声が聞こえたっていうのか?」

「……そ、それ以上かも」

 

 もし、この声が言うシンが私の知っているシンであるならば、絶対に私たちへ報せることは無い物だったはずのものを私は無断で聞いてしまった。知ってしまった罪悪感と後悔が襲う。

 放心状態の私を心配したコタローが、膝を前足でてしてし叩いて、ようやく私は意識をそちらに向けることができた。

 

「何を聞いた?」

「……知らないほうがいいよ。たぶん」

「馬鹿言え。そんな状態のドライバーを「はい、そうですか」って放っとけるか」

 

 鼻息を荒く聞く気満々なコタローを見て、私は先ほど聞いた声について教えた。

 さすがの彼もどう反応すればいいのか分からないのか、犬の顔に渋い顔を張り付けている。

 

「誰なの……?」

 

 答えが返ってこないことはわかりきっているのに、それでも尋ねずにはいられなかった。

 

「あなたは、誰なの……?」

 

 

 

                         3

 

 

 

 一方、朝陽のいる場所より離れた建物の屋上で、怪しげな影が蠢いていた。それはオペラグラスのようなものを覗き込みながら、片言の言葉で互いにコミュニケーションをとっているらしい。

 

「見つけタ、見つけタ」

「報告! 報告!」

「……アレ、誰ニ報告するンだっケ?」

「とにかク、報告!」

「「「クエー!!」」」

 

 

 

 

 




Twitterにてキズナトークのお題募集中です。

次話『アーケディア法王庁 大聖堂謁見室再び』


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27『アーケディア法王庁 大聖堂謁見室再び』

 

                         1

 

 

 

「おーい、アサヒー! こっちこっちー!!」

 

 ファンさんの葬儀が終わって人波が一段落したところで、私とコタローはセイリリオス広場へと戻ってきた。広場の真ん中あたりでニアちゃんがこっちに向かってぶんぶん手を振っていたので、みんなのことはすぐに見つけることができた。

 展望台でのことはコタローと話し合ったうえで、みんなにはまだ秘密にしようという結論になっている。

 理由はいくつかあるけど、一番はみんなを混乱させてしまいかねないからだ。特に、ヒカリさんとニアちゃんはシンと深く関わっていることから、話せば何かわかるかもしれないが、逆にこの声に関する深追いを止められる可能性が高い。それに聞こえてきた内容からして、今すぐに何かできる訳でもないから一旦保留、という歯がゆい選択しかできなかった。

 

「ごめん、人波に流されちゃった」

「それだけファン様が慕われていた証拠ですね」

 

 もっともらしい言い訳をするとビャッコさんがうんうんと頷いていてくれたので、私も同意してみんなの真ん中にいたレックスに視線を移す。

 ファンさんの国葬の後の話はまだ聞いていなかった。

 

「それで、この後どうするの?」

「法王様が俺たちを呼んでるみたいだから行ってくるよ。アサヒも来る?」

「うん。特使になるかのお話も保留のままだし」

「どないするつもりや? 特使の話、受けるんか?」

「はい。……えーっと、ヴァンダムさんからのお手紙で、私はレックスの護衛のために傭兵団から派遣されたってことにして、所属はアーケディアの特使だけど傭兵団との繋がりは確保しておけばいいってあったので」

「さよか。なら心配いらへんな。それにしても、敬語が抜けきらへんなぁ」

「なら、ジークさんが今すぐに標準語に戻せって言ったらできますか?」

「人間自然体が一番やと思うで」

 

 あっさりと手のひらを返したジークさんに「あ、逃げた」とニアちゃんの手厳しい評価が下る。すると、隣にいたサイカさんが「王子もやればできるんやけどな。ほら、各国首脳会談の時だってちゃんと――」となんだか気になることを言いかけた口を片手で制したジークさんがそのまま謁見室へと連行していった。

 腑に落ちない私たちは取り残され、顔を見合わせた。そういえば各国首脳会談の結果は聞いたけど、そこでどんな風に話し合いがされたかは聞いていなかったな。と思っているうちにアルスト最凶の二人組はどんどん遠ざかっていく。下手すると誘拐にも見える光景に周りがざわつき始めたところで、私たちは慌ててジークさんたちの後を追った。

 

 

 

 白亜の大聖堂の緩やかな階段を上っていくと、その上で見張りをしていた兵士の人たちが私たちの足音を聞きつけてこちらに視線をやる。その何とも言えない「またお前らか」と言うような表情に委縮しそうになるが、階段を登り切った奥の謁見の間で行われていた神秘的な光景に、それまでの嫌な気持ちを忘れてしまった。

 中空に規則的に浮くコアクリスタル。その下ではマルベーニ聖下が目を瞑って両手を広げながら、そのコアクリスタルから放たれる蒼い蛍のような光を浴びていた。

 何かの儀式なんだろうか。そう思いながら様子を窺っていると、マルベーニ聖下が浴びていた蛍のような蒼い光が私たちの方に流れてきた。それはヒカリさんやレックスたちを避けて、私の胸元辺りに吸い込まれていく。光が消えた場所は認識票がぶら下がっている辺りだ。

 これは大量の情報を収める記録媒体であり情報を取得する受信機のような機能もあるとヒカリさんから言われたのを思い出して、私は内心あわあわしながら首元の認識票を取り出して両手で覆った。しかし、それはあまり意味がなくて光が集まってくるのは止められない。

 ヒカリさんも私の様子に気付いたのか、驚いた顔で振り向いてそっとマルベーニ聖下のから私を隠すように位置をずれてくれる。

 

「――すまない、少し待たせてしまったかな?」

 

 法王様の声がする。

 その間も早く光が収まってくれるのを祈りながらヒカリさんの後ろで待っていると、レックスと今の光景についてやりとりをしている間に私に集まってきた蛍のような光は全て認識票に収まったらしかった。

 ほっと胸を撫でおろしていると、先ほどの光景はコアクリスタルの洗礼だとマルベーニ法王様からの説明が始まった。この洗礼をするとドライバーとの同調率が格段に上がり、同調の危険性が少し下がるということだ。具体的なイメージができないけど、料理とかで味を染み込みやすくする工夫。とでも思っておけばいいのかな。

 

「天の聖杯のドライバーとなったことで、私はこの力を手に入れた」

「……ってことは、もしかして俺にも?」

「どうかな。人には向き、不向きというものがある」

 

 一瞬期待を持ったレックスに、法王様は静かに笑って答えた。この言い方だと、たぶん天の聖杯のドライバーだと言ってもその人の資質によって使える力に差異があるらしい。あからさまにがっかりするレックスだけど、これは法王様しかできないからこそ、この人はアーケディアの法王様を名乗れているのだと思う。もしコアクリスタルの洗礼がレックスにもできたら、第二のアーケディア法王庁ができてしまうかもしれない。

 

「それにしても、先ほどの洗礼……」

「な、何か変でした!?」

「……いや。私の気のせいかもしれない、気にしないでほしい。――さて、今日の私の仕事はこれで終わりだ。ついてきなさい」

 

 一瞬認識票の異変についてバレたかと内心冷や冷やしたけれど、それ以上に慌てた声のレックスに対して法王様は疑問をちょっと持っただけで、それを私たちに追及してくることは無かった。ゆったりとしたローブを翻してどこかへと歩き出す聖下の後をみんなが追っていく中、私は縮み上がりそうになった心臓を押さえて何とか落ち着けようと深く息を吸った。

 

「お、おい。大丈夫か?」

「大丈夫じゃない……。心臓痛かった……」

 

 まだドキドキと強く鼓動を打つ心臓を何とか宥め賺して、謁見室のさらに奥にある小さな部屋を目指す。いつのまにか一番最後になってしまって、謁見室には誰もいなくなっていた。

 

「早くいかねえと、色んな意味で注目浴びちまいそうだな」

「そ、それは嫌だ。行こう、コタ」

「おう」

 

 小走りで駆けだすと、大理石のような白い石畳の床がカツカツと鳴った。

 

 

 

                         2

 

 

 

「ルクスリアへの特使、ですか? 俺が?」

 

 謁見室の奥にある広めのその部屋は各国首脳会談にも使われた、所謂一般に公開されていないブリーフィングルームらしかった。そこでお話は急展開を迎える。

 法王様はレックスにルクスリアの特使となってほしいと切り出してきたのだった。

 その人は机の上に地図を持ち出し、私たちに見せる。それはアルスト全体を描いた地図だった。

 中心辺りに世界樹が聳え立ち、その根元はドーナツの穴のように空いている。その周りを五体の大きな巨神獣が旋回しているというのがこの世界だ。世界地図にしてはものすごくわかりやすい。

 

 世界樹に行くためには、その周りに空いた穴『大空洞』を越えなければならない。

 そもそも大空洞は500年前の聖杯大戦以降にできたものであって、それより前にはなかったものとの話だ。

 この大空洞は、サーペントと呼ばれる巨大なモンスターが作り出していて、そのサーペントというモンスターはかつては天の聖杯(ヒカリさん)の『(デバイス)』だったが、500年前の大戦のときに雲海に沈んだ。

 それを甦らせ新たな命令を与えたのが、ジークさんの故郷であるルクスリアの王家の人々だ。

 かつてのジークさんの祖先は、サーペントにこう命令したそうだ。

 

『何人たりとも、世界樹に近づけるな』

 

 と。聖杯大戦の悲劇を繰り返さないためということだったけど、私はそれに首を傾げながらマルベーニ法王様のお話にただ耳を傾ける。

 

「サーペントに与えられた命令を解除するモノがルクスリアある」

「モノは神聖なる鎖(サンクトスチェイン)っちゅー王家が管理してるもんや。案内はワイがする」

 

 自分で自分の胸を親指で指すジークさんに法王様は頷いた。

 そうした後に、真剣という単語だけでは伝えきれないほどの熱のこもった視線でレックスに視線を向ける。

 

「特使としての書簡は用意した。楽園に行くのは君たちの目的だったはずだ。だが、油断はできない。メツ達はいずれ神聖なる鎖(サンクトスチェイン)に辿り着くだろう。そうなる前に、彼らより先に楽園に行き、その何たるかを確かめてきて欲しい。愚かであった、この私の代わりに。この朽ちていく世界で、人が生き延びるために――」

 

 部屋には静寂が満ちた。法王様の言葉を噛みしめるように一度目を閉じたレックスは、真っすぐ顔を上げた。すべてを受け止めるように。その横顔を見つめるヒカリさんの眼差しが初めて不安げだったことに気付いたけれど、すぐに微笑んで法王様にレックスと同じくまっすぐ視線を返した。

 

「ルクスリアへの船はこちらで用意しよう。君たちは支度ができ次第、すぐにルクスリアへ向かって欲しい」

「分かりました」

「ほんなら、この後については客室に戻って話すさかい」

 

 なんだかいい感じに話がまとまってしまいそうな雰囲気なのは大いに結構なんだけど、ちょっと待って。私まだ法王様と話せてない。思い思いにジークさんの背中を追うみんなと法王様を見比べて私は視線をさ迷わせた。

 

「あ、あの――」

「そう言えば、君には特使の話を受けるか結果を聞いていなかったな。時間があるなら少し残ってくれないか?」

 

 声をかけたが最期、私が一番恐れていた展開が自分の身に振りかかった。

 レックスたちは法王様の言葉でようやく思い出したのか、一度だけこちらを振り向いて「じゃあ、俺たちは先にジークから話を聞いてくるから」と完全に私を置いて行く気満々だ。待って、せめてヒカリさんかサイカさん残って! と念を送るも空しく、そして、無情にも扉は音を立てて閉められて、会議室のような広い空間に法王様と二人きり……。いやコタローがいるから三人か。それでも心細さは変わらず、内心でレックスたちを詰る。

 学校で、先生と二人きりにされたような気まずさが襲い掛かってくる。

 正直に言うと、ちょっとだけ逃げたい。

 

「それで、特使の話は受けてもらえそうかな?」

「は、はい。えっと……そのことで法王様にこれを――」

 

 私はカバンの中から封蝋のされたヴァンダムさんからの手紙を取り出して法王様に預けた。

 手紙を裏返して封を切ろうとする聖下は、そこに押された蝋の紋章を見てはたと手を止めたように見える。

 

「君はインヴィディアの貴族にも知り合いが?」

「え? い、いないですけど……」

 

 封蝋の紋章のことを言っているのかな。でも、私には貴族と呼ばれるような人の知り合いはジークさんくらいしかいない。向こうの世界では身分階級なんてなかったし……。

 そもそも傭兵団では、自分から話されない限り相手の過去を探らないというのが暗黙の了解であるので気にしたことなかったけど、あの人かな? それともあの人かな? と、ヴァンダムさんの知り合いで貴族っぽい人を頭の中で列挙しているうちに法王様は手紙を開いて中身を見る段階に入っていた。

 目で文字を追うのがもどかしいくらい、時間の流れがゆっくりに感じる。そうして、ようやく法王様が手紙を読み終えたと同時に、ふうと息を吐き出した。何のため息なのか私には想像もつかない。

 

「ここに書かれている内容を君は承知していると取って構わないだろうか」

「はい。ええと――私の所属はアーケディアとしていただいたうえで、活動としてはインヴィディアとアーケディア両国の特使になります。インヴィディアの特使としての最重要任務はレックスの護衛であり、それに競合しない命令である限りはアーケディア法王庁の命令に従います」

「……手紙の内容と相違はなさそうだな。よろしい、アーケディア法王庁マルベーニの名において君を特使として任命しよう」

 

 私宛のヴァンダムさんの手紙の中で法王様に渡した手紙の内容は知っていたものの、その中身をそらんじられるくらい読み込んでおいて良かった……!

 法王様は手紙をしまって懐にしまい込む。なんとかお話しに区切りが付きそうな雰囲気に少しだけ気を緩めた。

 

「これは私が預からせてもらうが、いいかな?」

「は、はい。えっと、特使として、これからよろしくお願いします」

「あぁ、こちらこそ。――そういえば、この国で過ごすにあたって何か問題は起きていないか?」

「問題……ですか?」

「その様子だと、まだ問題は起きてなさそうだな」

「?」

 

 問題はいろんなところにあると思うけど、法王様の言わんとしていることが分からない。

 コタローに視線を寄こしても一緒に首を傾げるばかりだ。その問題について聞こうと「あの」と言いかけた時に、部屋の中にノックの音が響いて私たちは同時にそちらを向いた。

 

『お話し中に失礼いたします。マルベーニ聖下に急ぎご報告したいことがあります』

「……すまない、追加の仕事のようだ。話はまた次の機会でいいだろうか」

「分かりました」

「感謝する。――入れ」

 

 法王様が入室許可を出すのと同じくして、私は一礼をして入ってきた神官の人とすれ違って部屋から出た。

 その途端、詰めていた息が逃げ場を失ったようにせり上がって、私は口を押えてその息を飲み込む。

 

「お疲れさん」

「うん……」

 

 労ってくれるコタローに言葉を返すのもそこそこに、早くみんなの所に行きたくて一目散に大聖堂の客室へと向かった。マルベーニ聖下の言う、次の機会がすぐに来ないことを祈りつつ。

 

 




港が遠い(お話的に)

次話『カフェ・ルティーノ』


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28『カフェ・ルティーノ』

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 ぱたぱたと私とコタローが走る音が大聖堂内で反響する。走ったら怒られるかな、って衛兵さんたちを見ても知らん顔されるので同じように知らん顔をしてレックスたちが向かったはずの客室へ急いだ。

 

『――船に乗った――らええ』

『ジークは運が――も。なんだか沈没―――も』

『はっはっはっはっは! ほんまやな!』

『笑いごっちゃ――んだけど』

 

 あ、ジークさんの声だ。と意識した方に向かって進んでいるうちに本当に先に説明し始めちゃってる。と、ほんの少しだけど疎外感を感じてしまった。でもそれ以上に、なんか楽しそうだな。何の話してるんだろう。

 声のする部屋に辿り着いた私は、そのまま部屋に入らず開けっ放しの扉の裾から顔を少し出した。

 うん、当たり前だけどみんないる。

 

「何してるのよ、アサヒ。ほら、早く入りなさいよ」

「あ、う、うん」

 

 ヒカリさんに促されてみんなと合流すると、「そういえばジークさ」と話を切り出した。

 

「テンペランティアに行く時に、自分はイーラと無関係じゃないって言ってたけど、あれどういうこと?」

「ん? あぁ、あれか。あいつらのことは知らんけど、500年前に滅んだイーラっちゅう国はな、ワイらルクスリアの前身――ルクスリア人はな、イーラの滅亡から逃れた英雄アデルの末裔なんや」

「じゃあ、ホムラが眠りについた後、アデルはルクスリアに?」

「そういうこっちゃ」

 

 みんなにとっては驚きの事実、なんだろうな。私にしてみたら英雄アデルの足跡はあまり興味がないんだけど……。と思っていると、度たび歴史の知識を披露してくれるビャッコさんがその話に食いついた。

 

「それは初耳ですね。歴史はそれなりに勉強してきたつもりですが、まったく知りませんでした」

「こーゆうのは、あんま表には出さんからな」

 

 と言って、ジークさんは自分の腰に手を回して万年筆を取り出した。その握りに彫られている金色の装飾を私たちに見やすいように見せてくれる。炎のようなマークのそれが、ジークさんの王家の紋章であり英雄アデルの紋章らしい。今では、こういった形でしかアデルの末裔も証は残っていないそうだ。

 それを見ていたヒカリさんの表情がどこか寂しそうに思えるのは、きっと見間違いじゃなと思う。

 

「まぁ、そんなわけでワイらの先祖であるイーラ騙る奴らは見逃せへん。目的もいまいち分からんし、ルクスリアに行くんなら急いだほうがええ――んやけどな」

「何か問題がおありで?」

「大したことあらへん。ただ、久々に故郷に帰ることになるやろ? 長い間ここには世話になったからな、ちっとは思い出に浸りたい思うてたんや。ちゅーわけで港までゆっくり散歩しながらでもええか?」

「ジークって意外と感傷的だよね」

「ボンにはまだ分からんかもなぁ。この男の哀愁が」

「まぁ、お土産もいっぱい買うて帰らんとね」

「いらんいらん、オヤジにはそんなん不要や。ほなら、港まで歩いていくで」

 

 ルクスリアの王子様であるジークさんのお父さんだから、ルクスリアの王様ってことになるのかな。家族の話題になった途端、パタパタと手を振りだして話を切り上げさせようとするジークさんは、そのまま勝手に歩きだしてしまった。

 そんなにお父さんの話題が嫌なのかな。他の人の家族の話って結構聞いてて楽しいんだけど……。そのままずんずん先に行かれてはぐれても大変なので、小走りでジークさんの背中を追う私たち。

 ニアちゃんが「途中でオーディファ、飲んでもいいからな」とジークさんの横でからかうと、ルクスリアにはオーディファは無いということで、サイカさんが嬉々としてニアちゃんに乗っかり飲みたがるのをジークさんが諫めている。

 うーん、ちょっと離れたところから三人の様子を見ていると、ジークさんが姉妹におねだりされてるお兄ちゃんに見えるなぁ。

 

「ジークってオーディファが好きなのかな?」

「でも、アニキ。ジークがオーディファ飲んでるところ見たことないも」

 

 そんなトラとレックスの話を聞いて謎は深まるばかりだった。

 

 

 

                         2

 

 

 

 私たちドライバーは普段持ち歩く荷物の他に、娯楽品や嗜好品を入れるポーチを一つは持っている。中に入れた物がブレイドの好きな物だったら上機嫌になるし、そうでなくてもきれいな絵や美味しい飲み物は戦闘中にいい影響を与えてくれることもある――らしい。

 まぁ、私の場合はあんな小さなポーチに食べ物や飲み物を入れるというのが文化的に慣れなくて、というか中身が零れたり割れたりしたら嫌という気持ちがぬぐい切れずに緊急の救急セット代わりにしか使ってない。

 

「ジークの好物オーディファじゃないのかよ!」

「何言うとるんや、ボン。ワイはそんなこと、ひとっ言も言うとらへんで?」

「ちっくしょー」

 

 展望地、ミラ・マーでコイン投げをした後、難民キャンプの壁画の謎を追いながら、カルトス通りのお店を冷かしつつジークさんの思い出巡りに付き合っていた私たちは、立ち寄ったカフェで小休憩をとっていた。

 レックスは不貞腐れたようにストローが刺さってる紙コップを啜っている。最近のレックスの趣味は人の好物当てらしく、今回もオーディファという謎の甘くてまろやかな飲み物がジークさんの好物だと意気込んでいたけれど、それが空振りに終わって悔しいのだろう。そんなレックスに対して笑っているジークさんに苦笑いが漏れる。

 しかし、その笑い声を押さえてしまう。それくらいカフェの周りにはスペルビア兵とインヴィディア兵が行き交っていて物々しい雰囲気を醸し出していた。

 

「なんか、物々しいね……」

「うん……」

 

 お隣でジュースを啜っていたニアちゃんに頷くと、更にお隣の白いモフモフのビャッコさんが、スペルビアとインヴィディアの二国間で首脳会談が開かれるらしいと小さな声で教えてくれた。

 その言葉に対して、レックスと顔を見合わせたニアちゃんは自分のブレイドに視線を戻し、

 

「首脳会談って、この間のテンペランティアの件? でもそれって――」

「マルベーニ法王が間に入って解決したんじゃ?」

「アーケディア法王庁に聞かれたくない話もあるのでしょう」

「それに、インヴィディアはこことは少し距離を置いとる。法王に容喙(ようかい)されたとあっちゃ、メンツが立たん。更にアサヒの所属がアーケディア法王庁に移ったのもここ、最近の話やしな。形だけでもってことやろな」

「ヨーカイ――って、なに?」

「口出しされるってこっちゃ」

「うわっ、亀ちゃんのクセになんでそんな難しい言葉知ってんの!?」

「なんや『クセに』って! うっさいわネコ娘!!」

「ま、待って待って!! 二人ともこんなところで険悪にならないで! えっと、そ、それじゃ最近メレフさんと会えない理由って、そういうこと――なんだよね……?」

「アサヒ様のご想像通りでしょう。ご多忙と聞きます」

「そっか……」

 

 テンペランティアでの一件以来、メレフさんは自国の船に駐在している。こちらから会いに行ければいいんだけど、今の私の立場では軽々しくスペルビアの船に近づくことはできない。

 これから遠いルクスリアに向かうことになるので、一緒に行けないとしても、一言くらいは挨拶していければと思ったんだけど。

 

「どうにかならないかなぁ……。ね、コタ」

 

と同意を求めて足元の相棒に声をかけるけれど、反応は返ってこない。おかしいな、と思ってそちらの方を見てみると先ほどまでいたコタローの姿の影も形もなかった。

 

「? コタロー?」

「あ、あれやない? 今、角曲がってったの」

「えぇ? もう、しょうがないなぁ……」

 

 サイカさんの指さした先を見ると確かに見覚えのある短い尻尾がお店とお店の間の細い路地を曲がっていくところだった。コタローの犬的好奇心が先走ってしまうのはフレースヴェルグの村でも珍しくない。

 でも、ここはあんまり慣れてない土地だし単独行動は決して褒められることじゃないから……。

 

「コタロー連れ戻してくる」

「手伝おうか?」

「ううん、大丈夫。ニアちゃん達は先に港に行ってて、すぐ追い掛けるから」

「分かった」

 

『早くねー』とニアちゃんの声に手を振って、私はコタローの消えた裏路地に駆け込んだ。表通りとは違って目立つようなもののない裏通りは白亜の建物がひしめき、複雑な道を作り出している。

 あちら、こちらとフラフラと一心に追いかけながら、時折立ち止まるコタローにようやく追いついて、身柄を確保すると腕の中の豆柴は前足と後ろ脚をパタパタさせて自由を求めた。

 

「コラ! 一人で行っちゃ駄目でしょ!」

「放してくれアサヒ! チョコットが俺を呼んでるんだ!」

「チョコット?」 

 

 チョコットは、インヴィディアの首都フォンス・マイムで売られているお菓子だ。読んで字のごとく、こちらの世界のチョコレートだ。甘いもの大好きな私の相棒は、その見た目通り嗅覚が発達しているのか「チョコットの匂いがしたんだ、絶対だ!」と頑として譲らない。

 さすがブレイド、と思うような力で私の腕の中から脱出すると、コタローは再び路地裏に飛び込んでいった。

 

「分かった! 分かったから一人で行かないで!」

 

 まさに犬まっしぐらと言う感じでコタローの進む速度は変わらない。小さな背中を見失わないように追い掛けるので精いっぱいだ。そうしてどれくらい走ったか。

 ちょこまかと路地を曲がり、方向感覚を失い始めた私の鼻にも、明確にチョコレートの甘い匂いを感じ取ることができた。しかし、ここはアーケディアの裏路地のさらに奥。こんなところになぜチョコットが売られているのか。まずは疑うべきだった。

 

「ようやく見つけたぜ、俺のチョコット!!」

「まだ買ってないでしょ! ――って、あれ?」

 

 コタローが飛び込んだ路地の先は行き止まり。日の光も差し込まないような、キノコの生えていそうな日陰にずんぐりむっくりとした何かの影が三つ、固形燃料化のようなもので火にかけた小鍋をかき回していた。

 陰に目が慣れてくると、それは南国にいるような顔の半分以上あるくちばしにきゅるんとした目に黒い羽と二足歩行できる体。確か、廃工場で働かされていた種族の一種だと思った。名前は、ええと……。

 

「ターキン族がなんだってこんなところにいるんだ?」

「ターキー……」

 

 鳥の丸焼きみたいな名前のその鳥人間たちは、私たちの存在に気付くと狭い路地にもかかわらず「クエーっ」と鳴いて羽を広げた。

 

「上手くいっタ! 上手くいっタ!」

「ククク、馬鹿メ! 誘き出さレたとも知らず!」

「馬鹿メ! 馬鹿メ!」

「誘き出しだぁ? ――って、うぉっ! 何じゃこりゃあ!?」

「コタっ!! きゃあっ!?」

 

 前方ばかりに気を取られていた私たちは、路地の手前から他のターキン族の仲間が近づいていることに気付かず、まずコタローが淡く黄色に光る網のようなものに捕らえられたすぐ後に私も同様に捕えられてしまった。驚くべきは、この光る網みたいなの伸縮性に富んでいるのか一瞬にして簀巻きにされてしまった。

 

「何これ!?」

「アサヒ! くそっ、エーテルが流せない! この網のせいか!?」

 

 コタローの場合はサイズがうまく合っていないのか、簀巻きにされるというより網に絡み取られている様にもだもだと小さな短い脚をばたつかせた。

 

「アサヒ、トオノは!?」

「遠征に行ってて、まだ帰ってないよ……!」

「何でこんなタイミングで行かせたんだよ!?」

「こんなことになるなんて思わなかったんだもの!」

 

 エーテルをこの網が阻害しているというコタローの言葉は間違いではないらしい。トオノはナナコオリちゃんたちと遠征に行っていてしばらくは帰ってこない。それ以前に、私たちを捕える意味が分からない。このターキン族たちも、私たちを捕まえたはいいけど、さてどうしよう。みたいにこちらを見下ろしている。

 すると、転がされている路地の入口から、ひとつの影がふてぶてしく現れた。逆光になっていてはっきりとした姿は見えないけど、ノポン族であることはわかる。

 

「お前たち、よくやったも! 」

「テメエがこいつらの親玉か!」

「ふん! 教えてやる義務はないも! お前たち、浮かれてないで給料分の仕事をするも! きちんとこいつらを船に乗せてアヴァリティアまで連れて行った奴にはボーナスを出してやるも!」

「「「「「アイアイサー!!」」」」」

 

 えっ、ちょっと、なんで持ち上げて……私たちどこに連れて行かれるの!?

 

 




この辺りは迂闊に飛ばせないお話しばかりなので、どうしても進行が遅くなります。


次話『???』
ようやく港に辿り着きました。問題は山積みですが……。
8.19 本編内に発生した矛盾解消のため、書き換えました。


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29『???』

                         1

 

 

「コタロー、様子おかしかったね。王子もそう思わん?」

 

 カフェのあったカルトス通りからヤーナス正門を抜けた先の港に辿り着いたレックスたちは、ルクスリアへ行くために法王庁が用意しているはずの船を探していた。しかし、見つけ次第出発するというわけではなく、先ほど何かに誘導されたようにその場を離れてしまったコタローを追いかけたアサヒと合流した後、すぐに乗り込めるようにという考えの元での行動だ。

 眼鏡の奥の表情を曇らせるサイカが言う通り、コタローは少なくとも自分のドライバーを困らせて楽しむような性格ではない。何の断りもなくアサヒから離れることに、口には出さなかったが皆、違和感を覚えていた。

 

「大方、なんか甘いもんにでも誘われたとちゃうか?」

「そうなんかなぁ……」

 

 納得いかなさそうに首を傾げるサイカ。

 その横で、猫耳グーラ人のニアが「ねえ、亀ちゃん」と呼んだ。すっかり亀ちゃん呼びの定着してしまったルクスリアの第一王子は、何の疑問もなくそちらに意識を向けた。

 

「なんや?」

「メレフ達、置いてっちゃっていいの?」

「置いてくもなんも、元々立場も目的もちゃうやろ」

「そりゃま、そうだろうけど……」

 

 どことなく納得のいかないニアは、ジークの当たり前の指摘に歯切れ悪く同意する。そこに、レックスのヘルメットから飛び出したじっちゃんが「それに今は公務で忙しいじゃろうしな」と追い打ちをかけ、完全封殺の図となってしまった。

 ニアとしては、短い時間と言えど、共に背を預け合って戦った仲間である。

 イーラという、以前所属していた組織から足を洗った彼女としては、仲間を置いていくというのは他の仲間たちが思っている以上に罪悪感が募ることなのかもしれない。少なくともレックスも、ニアと同じく気落ちをしているのをジークが慰めていると、見知った黒い軍服姿が港の方から彼らの方に向かって近づいてきた。

 

「お? 噂をすれば影や」

 

 一同の視線が集まる中、堂々とした立ち居振る舞いの特別執権官は、隣にスペルビアの宝珠と称されるカグツチを連れて立ち止まった。

 挨拶でもされるのだろうと、全員は思った。

「私は陛下の護衛があるため、お前たちと同行はできないが旅の無事を祈る」と、軍人気質らしい彼女の口からそんなお堅い言葉が出てくるのだと疑っていなかった。

 しかし、その予想は覆され、尚且つ遥か斜め上に飛ぶ勢いの言葉が、メレフの口から放たれた。

 

「お前たちに折り入って話したいことがある」

 

 

 

 

                         2

 

 

 

 えっさほいっさ、とお神輿のような感じで運ばれ(コタローはサンタクロースのプレゼントのように肩に担がれて)人通りの少ない道からアーケディアの巨神獣の縁を通って船の中に連れ込まれた。

 エーテルを通さない素材の網に簀巻きにされて、もぞもぞ芋虫のように這うことのできない私と、できて小さな足をばたつかせる程度の抵抗のできないコタローはされるがままにどこかの巨神獣船の中の操縦室のようなところに降ろされ――というかいきなり支えていた手を離されて地面に落とされた。

 

「あうっ!?」

「大丈夫か!? アサヒ!」

 

 心配してくれるコタローに答えられないくらいの主に鼻の痛みに顔を伏せて耐えていると「やったも~! やったも~!」という野太いノポン族の声がした。声に釣られて首だけ動かして顔を上げると、私の知ってるノポン族より二回りか三回りくらい大きな青緑色のノポン族が、彼ら特有の踊りのようなジャンプをしながら歌っていた。その耳兼手である両耳の甲のようなところには、細い金色の鎖に大振りの赤い宝石が輝いているし、片方の目には宝石とかを鑑定する眼鏡みたいなものを身に着けていた。服も、光沢のあるエジプトの豪商といった極彩色に金糸をふんだんに使っているのが目に見えてわかり一目見て『成金!』と恰好をしている。

 

「やったも~! 以前の損失も取り戻せただけでなく、オマケで楽園の子も付いてきたも~! これはラッキーも! ようやくこちらにも運が回ってきた証拠も~!」

「誰だ? このでっかいノポン族は?」

「ももっ!? お前たち、アヴァリティア商会のバーン様を知らんのかも!?」

「アヴァリティア商会の」

「バーン様……?」

 

 私を連れてくる時に先導していた通常サイズのノポン族の言葉に私たちは首を傾げる。

 アヴァリティア商会のバーン。名前だけ、どこかで聞いたことがあるような気がするんだけど……。

 

「あっ! もしかして、メレフさんが話してたコアクリスタルをアーケディアに黙って売ってたって言う――」

「モーフって奴の仲間か!?」

「ふざけるなも!! あんな奴の仲間なんて誤解でも腹が立つも!! 大体、事の発端はモーフのせいで、ここまで堕ちてしまったも! 二度と! そいつの名前を出すんじゃないも!!」

 

 モーフと言う言葉にこんなに反応するということは、このノポン族がコアクリスタルの違法売買をしていたのは間違いないだろう。今さっきまで小躍りするくらいのテンションだったのに、今は地団太を踏んで怒り狂っている。それだけモーフと言う人への恨みは深いらしい。

 

「――ふーっ、取り乱してしまったも。過去の損失より目先の利益! 手始めにお前たちを売った金で祝勝会の頭金にしてやるも!」

「ふざけんじゃねえよ! 勝手に決めるなってんだ!」

「ふんっ! その減らず口は相変わらずだも。しかーし! お前はそこでキャンキャン吠えてればいいも、まさに負け犬の遠吠えだも!」

「なっ……!? お前もしかして、昔の俺を知ってんのか!?」

 

 目を剥いて尋ねたコタローに、バーンはにんまりと笑った。思わぬ腹いせの方法を見つけたという風に、加害者の顔でバーンは胸元辺りから巻かれて筒状になった紙を開いて、私たちの真ん中あたりに見せつけた。

 A4サイズくらいの少し色褪せた黄みがかった紙。下の方に署名があるので何かの契約書みたいだけど。……どうしよう。全然読めない単語だらけで何が書いてあるのか分からない。

 

「借用書……。担保は――俺!? おい待て、待ってくれ! 俺はこんな借用書知らねえぞ!」

「知らないのは当たり前も。これはお前が、そこの楽園の子と同調する前に交わされた、前のドライバーとの借用書も。ここには、仕事に失敗してアヴァリティア商会が損失を被った時に、ここに書かれた物品を担保にする旨が書かれているも。つまーり! 今や貴様はアヴァリティア商会のものだも!」

 

 コタローは絶句した。私も、何も言えなかった。

 確かに今考えると誘き出し方がこれ以上ないというほど的確だった。それはコタローを昔から知っていて、その好みを把握しているからこそできたのだ。恐らく、コタローの情報はほとんどバーンも知っていると思っていい。

 勝ち誇ったように笑うバーンにコタローは先ほどの事実に強い衝撃を受けたように俯いていた。彼に顔色があるなら、きっと青ざめているのだろう。

 

「私たちをどうするつもり?」

「コタローは既に買い手が決まっているも。本当ならコアクリスタルに戻したら、すぐにでも売りつけてやるはずだったも。だーけーどーもー」

「っ!? 顔、近っ!」

「楽園の子が付いてくるなら話は別も。売約している相手には入手に苦労したという話を盛って値段を吊り上げた後に、お前の身柄を使ってアーケディアに身代金を請求してやるも!!」

 

 まずい……! これ、本当にまずい奴だ……!

 アーケディアの特使として任命してもらったのがどこから漏れたのかは分からないけど、私の存在をそんな風に扱われるには絶対避けないといけない。どうせ、万が一にも身代金が手に入ったとしても、コタローをコアクリスタルに戻すために、私は遅かれ早かれ死ぬ運命だ。

 何とか一発逆転でもできないかと頭を巡らせていると、私たちの足のある方向から甲高いノポン族の声がした。

 

「バーン様! グレートサクラの準備が整いましたも! これからスペルビア戦艦に運び込みますので、ご搭乗をお願いしますも!!」

「うむ、分かったも! これでスペルビアとインヴィディア、そしてアーケディアから金を搾り取る算段が付いたも。お前たちは、そこで戦争が始まるところを指をくわえてみているがいいもー!」

 

 そうしてバーンは、ノポン族特有のような高笑いをしながら操舵室から出て行った。

 取り残された私とコタローは、バーンと入れ替わるように入ってきたターキン族が、来た時と同様に持ち上げて来る。

 

「わあっ!? 次は何、どこに連れて行かれるの!?」

 

 問いかけてもターキンたちは何も言わずに部屋から出る。すると、私を抱えた組とコタロー担いでいる組で真反対に分かれて歩き出した。私は奥に、コタローは手前に。

 

「離せっ! 離しやがれ!」

「コタ!」

 

 抵抗するも空しく、コタローの声はどんどん遠ざかっていった。

 胸に冷たいものを感じながら、私は事態がどんどん取り返しのつかない方向に転がり落ちていくような、そんな感覚を味わっていた。

 

 

 

 

                         3

 

 

 ところは変わり、ゴートイスウト港。

 途中ではぐれたアサヒ達の状況を知る由もないレックスたちは、別行動をしていたメレフから聞かされた内容を信じられない思いで反芻していた。

 

「バーンが首脳会談を狙ってるって?」

「暗殺とはまた穏やかではないのぉ」

 

 レックスと彼のヘルメットに収まっていたセイリュウの言葉に、メレフと彼女のブレイドであるカグツチが頷く。停戦要請をしたアーケディアとの首脳会談とは別に、スペルビアとインヴィディアの二国間で首脳会議が行われる予定があるというのは記憶に新しい。

 

「首脳会談の場で血が流れれば戦争になるわ」

「戦は金になるからな。それを利用して商会に返り咲こうっちゅう腹かいな」

 

 アヴァリティア商会はかつて豪商のノポン族が一人で作り上げたと語られているだけあり、そこの座に収まっていたバーンも、金の匂いがあれば手段は惜しまない。レックスたちも、最初はバーンに躍らされていたようなものだった。今までで二度、バーンとかちあったことがあり、前回の人工ブレイド騒ぎで彼を退陣させたはずだった。だからこそ、バーンの卑劣さも危険さも理解している。

 

「あいつ、どこに消えたのかと思ったら、そんなこと企んでたのか……」

「ニルニー代表代行としては、商会が絡んでいる案件だけに、秘密裏に処理したいとのことだ」

「――で、俺たちに?」

「軍を動かせばことは公になる」

 

 不思議そうな顔をするレックスに対して、一足先にピンときたニアが「なるほどね」と納得の声を上げる。つまるところ、アヴァリティア商会と因縁があり、尚且つスペルビア軍ともつながりがある第三勢力がレックスたちとなる。彼らは様々な国の集まりでもある。しかし、彼らは彼らでルクスリアへ行って神聖なる鎖(サンクトスチェイン)を取得し、世界樹へ向かう目的があることを、メレフ達は忘れてはいなかった。

 

「無理にとは言わん。その場合は、私とカグツチで何とかするつもりだ」

「水臭いやっちゃな。わざわざ頼みに来たっちゅうことは、それだけ難儀やと思とるんやろ?」

「まぁ――な。あのバーンのことだ。単なる要人暗殺で済むとは思えん」

 

 いつになく神妙な顔つきのメレフに、事態の深刻さが窺える。

 

「ニルニー代表代行の話によれば、例の工場ではいくつかの巨大兵器が作られていたそうよ。そして、そのうちの一つが行方不明になっている」

「巨大兵器……」

 

 カグツチからその単語を聞いて、トラが俯く。巨大兵器とバーンの因果関係を一番深く理解しているのはトラだろう。そして、父や祖父の技術を悪用するバーンに対する怒りも。

 

「――わかった。会長…じゃない、元会長とは腐れ縁だしね」

「すまない。これで私は陛下の警護に専念できる。よろしく頼む」

「任せてよ!」

 

 話はまとまった。

 そうして、バーンの陰謀を阻止するべく、レックスたちは今後の行動について話し合おうと、車座に向き合った時だった。踵を返し自分の船に帰ろうとしたメレフが思い出したように立ち止まって、再びレックスの方を向いたのだ。

 

「そういえば、ずっと気になっていたのだが……」

「なんや?」

「……アサヒはどうした?」

「「「「「あ」」」」」

 

 バーンの陰謀阻止の他に、アサヒ探しも加わってしまった彼らはそろって口をぽかんと開けた。

 呆れ顔のメレフとカグツチに先ほどの経緯を説明すると、口元に白い手袋をした指先を添えるメレフは、得心行ったと頷いた。

 

「バーンの件で軍を動かすことはできないが、迷子の捜索と言うことなら話は別だ。片手間の作業になってしまうが、アサヒ達を見かけたらお前たちが探していたことを伝えよう」

「頼むよ、メレフ」

「いつかの時みたいに、スペルビア兵に変な命令せえへんようにな」

「……あてこするな、貴殿は」

 

 思わぬ意趣返しをされたメレフは、じろりとジークをねめつけるも、今度こそ踵を返して自国の船に戻っていった。その背を、小さくなるまで見送ったレックスたちは、再び全員で顔を突き合わせる。

 

 




バーンとコタローの経緯は0話を見てもらえると大体わかります。

次話『宿屋 エルナタウロ』
一昨日時点でTwitterで進捗が30%と言っていたな。
あれは事実だ。


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30『宿屋エルナタウロ』

 

 

 

                         1

 

 

 

 ルクスリアの第一王子、ジーフリト・ブリューネ・ルクスリアは、勝手知ったる顔でアーケディア法王庁の大聖堂に飛び込んだ。少し遅れて、彼のブレイドである眼鏡のチャキチャキ関西弁使いのサイカがその後を追う。

 一時的に旅に同行していたスペルビアの特別執権官のメレフから、スペルビアとインヴィディアの両首脳の暗殺計画の話を聞かされたのは、少し前のことだ。それに合わせるようにいなくなった、楽園の子と呼ばれる(本人は嫌がっているが)恐らく別世界から来た少女アサヒの行方が分からなくなって、ジークを含めた仲間たちは情報収集をするために二手に分かれようという運びとなった。

 その結果ジークとそれ以外と言うバランスもへったくれもないチーム分けになってしまったのは、それもこれも、自分とサイカ以外が全員同じくチョキを出したのが悪い。これもサイカの言う「不運」なのか。薄々と自分の中でも、そういう傾向があるかもしれない。とは思いつつも認めるのは癪だった。

 その理不尽さをスピードで表すジークは、緑あふれる中庭の壁画を見つめていたマルベーニ法王を発見して、速度を緩める。休憩中なのか、不用心にも兵士は連れていないようだ。

 大の男の足音に気付いたマルベーニは、ジークが声をかける前にこちらへ振り向き、不思議そうな顔をする。

 

「どうした? 船は港に停泊させているはずだが?」

「アサヒを見てへんか?」

「特にこちらに戻ってきたという報告は受けていない。彼女に何かあったのか?」

「まだ、何かがあったとは断言できひんけどな。別行動した後アサヒが見つからへん」

「どこかで寄り道をしている可能性は?」

「無いとは言い切れへんな。でも――アサヒは、誰かに迷惑を掛けることを必要以上に嫌ごうとる。そのことは、ボンたちより長く旅をしてたワイらがよーく知っとる」

「……そうか」

 

その言葉に何を思ったのかはジークはわからない。だがマルベーニは少し考えこんだ素振りをした後、おもむろに顔を上げて、語り出した。

 

「実は、アヴァリティア商会の船がニルニー代表代行の申告より一隻多いと報告を受けている。加えて、コタローは以前アーケディアのとある商人が同調していた記録も残っている」

「なんや、コタローはアーケディア出身やったんか」

「そうだ。しかも前のドライバーが取り扱っていた商品は――洗礼済みのコアクリスタルだ」

「……なんやて?」

「こちらで掴んだ情報では、以前のコタローのドライバーは商売がうまくいっていなかったらしい。負債を抱え、それをアヴァリティア商会のバーンが聞きつけ、コアクリスタル密輸の話を持ち掛けた。仕事を成功させた暁には莫大な報酬を約束したが、代わりに担保としてそのドライバーの家財、財産、そしてコタローのコアクリスタルを指定して――な」

「ちゅーことは、今コタローがアサヒと同調してるんは……」

「そのドライバーはリベラリタス島嶼群で見つかったよ。腹をモンスターたちに食い破られ、無残な姿で。そして首は……どこを探しても見つからなかった」

 詳細を語るマルベーニに、その光景を重ねてしまったのか、ジークの隣で話を聞いていたサイカは口元に手をやって吐き気を押さえるような素振りを見せた。自分のブレイドを気遣う視線を向けるが、それ以上に今はコタローの話を聞く必要がある。一瞬だけ詫びるように目を伏せると、再び眼帯の青年はアーケディアの法王に向き直る。

「殺された理由は物取りか? それとも私怨か?」

「どちらでもあると言えるし、どちらでもないとも言える」

「どういうこっちゃ」

「手を下したのはコアクリスタル狩りではないかと報告が来ている。その商人の荷物は途中で投げ捨てられていたが、密輸されたコアクリスタルとコタローのコアクリスタルはその首同様、見つからなかったそうだ」

「なんで、そんな重要な話を黙ってたんや。事前に少しでも話しとったら今頃――」

「意図して隠していたつもりはなかったが、単に話すタイミングが無くてな」

「………………」

「君が信じるか信じないかはこの際どちらでも構わない。今はここで拘泥している場合ではないのではないか? もしも、いなくなった理由がコタローの前のドライバー絡みなら、彼女だって無事ではないはずだ」

 

 ジークはぐっと言葉を詰まらせた。

 今の話を聞いて、アサヒ達が消えた理由がただの迷子でなくなった可能性が出てきた。いや、狙いがコタローであるならそのドライバーのアサヒの身も危ない。最悪の展開では、殺されてしまう可能性だってあった。

 二国の首脳暗殺に楽園の子の失踪。確かに法王であるマルベーニを追及している場合ではない。

 

「……王子」

「分かっとる」

 

 気遣うようなサイカの自分を呼ぶ声に短く返すと、いまだに何かを隠していそうなマルベーニを正面から見据える。

 

「万が一、アサヒがこっちに来たんならワイらが探しとったこと伝えてくれ」

「承知した。こちらから言える立場ではないが、彼女を頼む」

 

 言われるまでもない。と返すのは簡単だが、それは結果で示せばいい。

 ジークは背中に法王からの視線を感じながら、再び大聖堂を後にする。

 一見バランスの悪いチーム分けが、こんなところで功を奏するとはジークも考えていなかった。

 ただの迷子かと思いきや、これは面倒なことになった。と、内心で舌打ちをして、彼は別れを告げたばかりのアーケディアの道を再び駆ける。

 

 

 

                         2

 

 

 

 集合場所である宿屋にアサヒを除いた全員が集まっていた。

 レックスたちには港側の情報収集を主に頼んでいたのだが、ジークが合流した時にはレックスは頭を抱えていた。

 

 港にターキン族と思しき姿を見たというクッキー売りの少女。

 毒薬の取り扱いを尋ねたノポン族がいるという輸出入を管理する商人。

 強烈な臭いを発する食料と、巨大な荷物をを運んだというスペルビア兵。

 インヴィディアの女王に忠誠を誓い、女王の命がなければ戦う意思はないというインヴィディア兵。

 

 スペルビア、インヴィディア、アーケディアの三つの勢力に属している人々に平均的に聞いて回ったはずだが、聞いた人数の、その分だけ憶測と事実と会談の話題が出るわ出るわという状況だった。

 あまりの情報量のためこうして情報を整理する場が必要になるほど。 

 そうして、すべての情報を統合すると、以下のようになる。

 

「会談中の食事に毒を盛るのが一番効果的……か」

「強烈な臭いのするもんが運び込まれたっちゅーんは、毒の違和感をかき消すためかもな」

「ターキンを雇ったのも、一流の暗殺者を雇うより安上がりに済むからでしょうね」

「バーンは人工ブレイドを作っていた時も、ターキンを手先にしてたも! アニキ、冴えてるも!」

 

 ぴょこぴょこと飛び跳ねて褒めるトラに、レックスは照れ臭そうに頭を掻いた。

 その横で複雑そうな顔を擦るニアがぽつりと呟く。

 

「首脳会談の情報は集まったけどさ――」

「アサヒ様の情報は、まったくと言っていいほど出てきませんでしたね……」

「そのことやけど、大聖堂で王子が法王様と話した時には、アサヒは戻って来てへんて。でもその時、コタローの話になったんよ。ね、王子」

「――あぁ」

 

 さすがにサイカの口から首のない死体の話をさせるのは酷だろうと、ジークはその後の話を引き継いだ。

 コタローにまつわる意外な過去の話に、レックスたちの顔色が曇る。

 

「コアクリスタルの密輸にコアクリスタル狩りか……」

「コタローは珍しいブレイドや。見た目は動物やし、体も小さくて回復っちゅーんが御しやすい。貴族の令嬢なんかが好みそうなもんやな」

「なるほどのぉ。しかも人間の言葉が喋れるとなれば、余計ということじゃな」

「………………」

「ニア、大丈夫ですも? 顔色が悪いですも」

「ありがと、ハナ。でも、今はアタシの心配じゃなくて、アサヒとコタローの心配が先だろ? ――どうするのさ、レックス」

「とりあえず、毒が盛られる可能性があるってわかったし、スペルビアの巨神獣戦艦に行ってみよう。メレフにうまく引き継げれば、未然に防げるかもしれない」

「せやな。そうと決まれば、早速――」

 

 そう言ってジークが港の方に顔を向けた時だった。

 いくつもの巨神獣船が停泊している港が、いつになく騒がしく、また先ほどまではなかった人混みができつつあった。そのざわざわとした雰囲気に、てっきりインヴィディアの女王ラゲルトがスペルビアの船にやってきたのかと思ったレックス達だが、国の首相が来たことによる色めきだった様子ではなく、何か事件があったような不穏なざわめき方だと、直感した。

 

「行ってみよう」

 

 レックスの一言で宿から飛び出した彼らは、騒ぎの中心は港に停泊しているとある船に近づいた。そこにはカラスのような黒い羽を反射させたターキン族が、中規模の巨神獣船から木箱を手あたり次第下ろしている最中だった。その中心で取り仕切っているのは、見覚えのないノポン族だ。

 

「早く荷を下ろすも!! 少しでも商品に傷が付いたら、お前たちに全額弁償させるも!! それが嫌なら、きびきび動けも!!」

「クエーッ!」

 

 本人たちは切羽詰まっているようだが、会話の内容だけでは全貌を把握できない。

 モンスターでも入り込んだのか。それとも……と考えているレックス達の目の前に、木箱にしまわれていなかった荷物がターキン族によってぞんざいに地面に放り出される。その中に、見覚えのあるカバンが見えた気がした。

 

「ねえ、あれってアサヒの荷物じゃない!?」

 

 ニアの声に弾かれるようにレックスたちは荷物のところまで走って、悪いとは思いつつ中身を検める。

 中身は医療品が多い物の、見覚えのある日用品がいくつもある。インクやペンも入っていた。その中で決定的だったのは、ヴァンダムからの手紙だ。

 

「間違いない、アサヒの荷物だ!」

「じゃあ、コタローもこの中にいるの!?」

 この、異様な雰囲気に包まれた船の中で? と、怯むニアとレックスの横合いからジークが一匹のターキンを捕まえて、どすの効いた声で尋ねる。

「中で何があったんや!?」

「ダ、誰ダ!?」

「答えや!」

 眼帯をした屈強な男から全力で出される尋問に恐れをなしたのか、勝手に両方の羽を上げて降伏状態のターキンが言うには――

「船カラ煙ガ出テル! 火事、カァージっ!!」

「火事やて!?」

「た、大変だも! 船の動力部分は気体化させた巨神獣の体液を循環させてる可能性が高いも! もし、動力部まで火が燃え移ったら大爆発しちゃうも!!」

 

 機械や物の構造に強いトラの言う通り、巨神獣船内では引火しやすい巨神獣の体液などのため火気厳禁を強いている場合が多い。ホムラやカグツチなどのブレイドについては、乗船の際に火災の原因になった時には全責任を負うという誓約書を書かせてようやく乗船を許可することもある。そういう船は通常、人を運ぶ巨神獣船ではなく、貨物運搬用の巨神獣船であることがほとんどだが。

 そんなことは常識なアルストで、巨神獣船での火事というのは色々な意味で憶測が飛ぶ。

 

「火はまだ中で燃えとるんか!? 消火したんやろうな!?」

「ワカラナイ! ワカラナイ!!」

「船の中にいる人間の避難は!?」

「ワカラナイ! ワカラナイ!!」

「くそっ!」

 

 突き放すようにターキンを解放したジークは、振り返ってレックスたちの様子を確認した。

 アサヒの荷物をじっと見つめていたレックスは、ジークの視線に気づいて頷く。それを同意とみなして、ジークは船の入口に目を向ける。すると、内燃に突き動かされる二人を諫めるような制止の声がレックスの首の後ろから届いた。

 

「バーンの計画の方はどうするんじゃ!? まさか放っておく訳にはいくまい」

「あっ、そ、そうだった。メレフにそれだけでも伝えておかないと……!」

 

 急ブレーキをかけたレックスは、慌ててスペルビアの船のある方向に視線を向ける。すると人波をかき分けてくるキャスケットを被ったノポン族が「いったい何の騒ぎですも?」と見た目に反したダンディな声で顔を出し、レックスの顔を見つける。

 

「ニルニー代表代行! ちょうどよかった!」

 

 駆け寄ったレックスから事情を聴いたニルニー代表代行は、首脳会談の料理に気を付けるようにと聞くと、すぐさま了承の意思を彼らに伝え、その小さく丸い体を上下に小さく跳ねさせながらどこかへ走っていった。

 暗殺の件はこれで恐らく大丈夫だろう。

 

「急ぎましょう、レックス!」

「あぁ!」

 

 ホムラに後押しされるように、レックスは巨神獣船に乗り込んでいく。その後を追って、彼の仲間が同じように船の中に消えていった。レックスの腕の中には、アサヒの荷物がある。絶対に落とさないように、それが彼女の命綱であるように。

 

 




と言うことで、オリジナル展開に入りました。
ジークのミスター味っ子回は、申し訳ありませんがゲーム本編でお楽しみください。

次話『アヴァリティア商会 巨神獣船船内』予定です。
新ブレイド、ヒバナちゃん可愛いヤッター。


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31『アヴァリティア商会 巨神獣船船内』

 

 

 

                        1

 

 

 捕まっちゃった。

 何もない殺風景な部屋に地べたに座った私は、その事実を反芻した。

 目の前を立ち塞ぐ扉は木製で、外側からカギがかかるようになっている。私の頭一つ上の位置にあるのは鉄格子性の覗き穴みたいなみたいな小窓。360度辺りを見回してみるけれど、ベッドもなければ私以外床には何もない。

 ただ、反対側の窓には丸い開閉のできない窓から白い光が降り注いでいる。

 倉庫を無理やり牢屋っぽく改造したような部屋だ。唯一の出入り口である扉を叩くと、そんなに分厚くなさそうな感触が返って来たけれど、体を張って壊せそうなほど軟でもなさそうだ。

 耳が痛くなりそうなほどの静寂に私は思わず目を瞑った。

 悪い夢を見ているようで、次目を開けたら宿屋のベッドだったりしないだろうか。

 恐る恐る目をもう一度開く。私を取り巻く環境は変わるわけがなかった。

 

「どうすればいいのかな……」

 

 ここには誰もいない。

 指示してくれる人も、方向を示してくれる人も、私を見てくれる人も。

 

 私は、ずっと周りの人達の視線を読んできた。施設にいる時からずっと。

 周りの人たちが私にどういうことを望んでいるのか、どういうことを言って欲しいのか、私なりに読み取ってそれに沿うように行動してきたつもりだ。

 だから、一人になると、もうだめだった。

 途端に、何をすればいいのか分からなくなった。

 思い浮かべる人たちの一人一人の思考を再現する。コタローだったら、レックスだったら、ニアちゃんなら、メレフさんなら、法王様なら、バーンなら――と。

 そうすると、ここから出ることと、このまま助けを待つことの、二つに自分の中で意見が割れる。

 

(コタローだったら、何とかここから出ようとすると思う。なんか無茶しそうだし、無理やりにでも出た方がいい。でも、レックスたちが私たちが居なくなってることに気付く可能性もある。行き違いにならないように動かないほうがいいのかな……)

 

 それに、ここからもし出るとするなら、安全に――とはいかないだろう。

 ターキンたちと交戦する前に、目の前を塞ぐ扉をどうにかしなければいけない。体当たりなんかで無理に突破したとして、それだけで終わってしまう可能性が高い。

 私はうっすら埃の積もった床に座り込んだまま、床の一部を凝視していた。

 無理やりここから出る方法に心当たりがないわけじゃない。

 背中に当たる日光の温かさ、私の呼吸に合わせて舞い上がる埃を見て思いついたのだが、絶対的に足りないものがあるのと、この方法は私だけじゃなくてこの船に乗ってる人全員の命に関わることだ。

 もし、そんなことをして、万が一誰かが死んでしまって、みんなから責められたり嫌われたらと思うと、とてもじゃないが行動に移せなかった。

 

「どうすればいいのかな。――どうすれば、正解なんだろう?」

 

 口に出しても、誰も答えてくれる人なんていない。

 それでも、私は願ってしまう。

 

 誰か、教えて。

 私は何をすれば誰にも迷惑を掛けずにこの状況をどうにかできるの?

 

 

 

                        2

 

 

 

 その同時刻、別の部屋に捕らえられていたコタローは、その小さな体を酷使して扉を破ろうとしていた。

 

「――キャインッ」

 

 固い扉から跳ね返ってきた衝撃に、もんどりうって情けない声が漏れる。

 それでも、彼は諦めなかった。ブレイドの特性である治癒能力を活かして、また四肢に力を入れる。体に問題なく力は入る物の、痛みを感じないわけじゃない。先ほどから苛まれる全身を駆け巡る痛みの余韻に、心がまだ追い付いていなかった。

 体には傷の一つもないのに、足が震える。ガチガチと鳴りそうな歯を折れるほどに噛みしめて、扉を睨みつけた。

 その小さな彼の体のどこにそこまでの動力があるのか。

 そう尋ねれば、その小さなブレイドは、間髪入れずに答えるだろう。

 

 ――決まっている、アサヒのためだ。

 

 ブレイドとドライバーという関係だけじゃない。

 自分の過去の清算のためだけというわけじゃない。

 コタローは、アサヒという少女がそう言ったもの抜きで好きだった。

 この世界で楽園と呼べるような世界から一人でやってきて、右も左も分からないまま自分と同調して、天の聖杯と関わって愛着のある村から飛び出して、少なからず命を狙われたりもして、それなのに時として誰かの命を救ったりして。

 あんまりにも、あんまりじゃないかと、コタローは憤らずにはいられなかった。

 ブレイドとしてキズナが目に見えて繋がっているコタローは、時としてアサヒの感情がダイレクトに伝わって来る。

 その中に、恐怖や不安はあっても不満や恨みはなかった。

 なぜかは、聞かなくてもわかる。

 アサヒは、息をするように他人の気持ちに同調できる。それは言い換えれば、自分の気持ちに鈍感であるとも言える。恐らく、具体的に話を聞いたわけではないが、彼女の出身と育った環境が彼女のをそうさせるのだろう。

 だからこそ、コタローはそのたびに己の不甲斐なさを噛みしめていた。

 

 カラムの遺跡でも、テンペランティアでも、コタローはアサヒの本当の助けになることはできなかった。

 体が小さい故、ビャッコのような助け方はできない。いつも抱き上げられて、矢面に立つのはドライバーだ。

 それなら気持ちで守ってやろうとするけれど、駄目だった。

 アサヒは彼女自身が思っている以上に、嘘がうまい。気づかないフリをするのが得意、だともいう。他人を欺くんじゃない。自分の心を欺くことが。それが、彼女の精一杯の心の防衛本能だった。

 それが分かっているから、コタローは立ち上がる。誰に聞かせるでもなく、自分で自分の意思を確認をするために恥ずかしげもなく、声に出す。

 

「だから、駄目なんだ……! 俺が理由で、あいつが傷ついちゃなんねえんだ……!」

 

 ――ガンッ! と扉を固い音を立てる。

 自分で扱えるエーテルの量はドライバーがいるときに扱えるそれとは格段に落ちる。

 それでも自分の周りに空気の壁を作って、コタローは扉に向かって渾身の体当たりを繰り返した。

 その音を聞きつけてターキン達が集まってくる可能性も頭をよぎるが、あえてそれを無視をする。

 この扉が壊れても壊れなくても、どちらでもいい。

 ただコタローは、アサヒのために何かをしていたかった。 

 

「俺は、どうなってもいい。俺でよけりゃ、どれだけ傷ついても構わねえ……!」

 

 ――ガンッ!! 二度目の体当たりも無駄に終わる。

 反動からか体を覆っていた風の壁が薄くなったらしく、無様に地面に倒れ伏した。

 

「でも、アサヒだけは……! あいつをこれ以上傷つけたくねえ……!」

 

 ――ガンッ!!! 今度はうまく力が伝わったのか、扉の蝶番が甲高い音を立てた気がした。

 コタローは、尚のこと四肢に力を入れて、体の中のエーテルをありったけかき集める。

 

「だから開け……! 開いてくれ……!!」

 

 ――扉の先の、その更に先にいる少女の笑顔を思い浮かべながら、彼は渾身の力を振り絞って

 

「あいつを迎えに行くんだ! 心の中で、不満も恐怖も何もかも飲み込んじまうような、不器用な俺のドライバーを! だから――開きやがれえええええええっっ!!!!」

 

 ガアアアンッッ!! という音がした。

 鼓膜を通って脳を揺さぶるような音にコタローの視界が歪む。どうやら、打ち所が悪かったのと、酸欠にもなったらしい。頭がくらくらして、立ち上がる力が片っ端から抜けていく気がした。

 脳震盪を起こしたのだろう、とひどく冷静に分析をする自分がいてコタローのはふっと、鼻で笑う。

 そして、歪んだだけでその先を固く閉ざしている扉を見て、彼は思った。

 

(やっぱり、俺の役割(ロール)(もと)より、無理やりこじ開けるのは無理か……)

 

 自分の意思に反して重くなる瞼に抗うことはできず、そこから先、コタローの記憶はない。

 

 

 

                        3

 

 

 

 埃の溜まる床に膝を抱えて、どっちつかずの思考を整理する。

 今の自分の行動が、時間の浪費以外の何物でもないことは私が一番理解している。

 時間の浪費は駄目だ、急いで決めないと。でもそれで考え不足の見切り発車で誰かの迷惑になったら? そうならないように、ちゃんと考えないと。あぁ、でも、だけど――。

 

「ううううう……!」

 

 焦りだけが空回りして、誰もが賞賛してくれるスマートな解決策なんて一つも出て来なかった。

 それが悔しくて、不甲斐なくて、苦しくて。私は涙がこぼれないようにギュッと目を瞑って唸り声を上げるしかできなかった。

 テンペランティアに向かっていた時、レックスは周りに気遣える冷静さが凄いと言ってくれた。でも、それは全くの見当違いのお門違いだ。

 結局私は、一人じゃ何も決められない。

 誰かの顔色を窺って、さも自分で考えて決めたかのように振舞っていただけ。だから私はあの時苦笑いを浮かべたんだ。

 レックスの言葉を否定する勇気がなかった。否定した後に向けてくるレックスの表情を想像できなかったから……。

 そんな取るに足らない、時間の空転以外の何物でもない私の意識を逸らしてくれたのは、扉の向こうの廊下の更に先から聞こえてくる固いものへ、力任せにぶつかるような音だった。

 

『――めなんだ……! 俺が――で、あいつが傷――なんねえんだ……!』

「……コタ?」

 

 ブレイドがドライバーに力を送れる距離は大体数メートルが限界だ。アクセサリーなどで、距離を伸ばすことはできても部屋を三つも四つも離されてしまったら、コタローとのキズナの緒は見えなくなってしまう。

 ブレイドだけでも、少しは自分の属性の力が使えるけれど、武器を通してドライバーが凝縮、純化させた物に比べたら威力は比べるまでもない。 

 けれど――それでも、そんな声と一緒に暴れるような音がしたら、思い浮かぶ光景は一つだ。

 コタローは、出ようとしてる。

 万が一、私がこのまま殺されてもコタローは記憶をなくして、また新しいドライバーと同調するだけなのに。

 誰のため、なんて考えるまでもなかった。

 今、同調している(ドライバー)のため。

 

『俺はどうなってもいい、俺でよければどれだけ傷ついても構わねえ……!』

「っ! いいよ、コタロー。無理しないでいいから……!」

 

 扉のについている格子状の鉄枠がはまった窓に向かって、私は声を出した。

 声を張り上げれば届くはずの距離にいるのに、私の喉は弱弱しい声を出すばかり。

 そんな声じゃ、コタローの声が聞こえる方向から一緒に聞こえてくる痛々しい音は止まらない。

 

『でも、アサヒだけは……! あいつをこれ以上傷つけたくねえ……!』

「私は大丈夫だよ。だから――」

 

 そこから先、「やめて」という言葉は私の口から出ることはなかった。

 その言葉はコタローの思いの否定に他ならない。

 私は再び、項垂れて床を見つめた。何もできていない私が、どの口でコタローにやめてと言えるのか。

 それでもコタローが無理をするのが嫌で、顔を上げて口を開いても、私はまた迷いだす。

 そうこうしているうちに、ひと際大きな声が聞こえて私は弾かれたように顔を上げた。

 

『あいつを迎えに行くんだ! 心の中で、不満も恐怖も、何もかも飲み込んじまうような、不器用な俺のドライバーを! だから――開きやがれえええええええっっ!!!!』

 

 そうして、響くような固い音が鳴ったかと思うと、コタローの声はそれきり聞こえなくなった。

 血の気が引いてく感覚と言うのを私は直に味わった。

 騒ぎを聞きつけてターキンの声がにわかにし始める。

 そうしてようやく、私は扉にしがみつくようにドアに備え付けられている窓から廊下を覗き込むと、一匹のターキンが大きな体を揺らしてコタローのいる部屋に走っている途中だった。

 

「ね、ねえ! どうしたの? なにがあったの!?」

「大人シクシテロ!」

「お願い! 教えて!」

「シツコイ奴ダナ!!」

 

 ぐりんっ、とターキンの顔がこちらに向いた。イライラしたような声に気圧されて息が詰まりそうになるけど、足に力を入れて何とかその場から動かずに済んだ。

 ターキンと目と目が合――ったのは、ほんの少しの間だけ。ターキンは私の顔の少し下の所を熱心に見ているようだった。視線からすると首だけど、何かあったかな。

 不思議に思って首元に手を伸ばすと、認識票をぶら下げるための細い金属性のチェーンが指先に触れる。

 

「――キラキラ」

 

 キラキラ? あ、もしかしてこのチェーンのことかな。

 もしかして、これあげたらコタローの様子とか教えてくれるかも。と、思い至ったその時にタイミング悪く他のターキン達がより騒ぎ出した声が聞こえ、その音に釣られたターキンはそのまま廊下を行ってしまった。

 耳を澄ましてターキン達の声を聞くと、コタローが一頻り暴れて静かになったことを知った。

 

 そうして、船の中に静寂が戻った時に頭の中で『カチン』と音が鳴った気がした。

 私の中で何かのレールが、今まさに切り替わった。

 誰かの迷惑になることが怖い。それで誰かに責められるのも、怖かった。――でも、その中でも一番怖かったものから私は無意識に目を逸らしていたことを知った。

 

 私なんかが動いたところで何も変わらない。

 そんな不確定要素のために本当にやりたいことを、誰かの指示に乗っかることで責任から逃げていた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 それをコタローが、示してくれた。

 私たちを隔てる扉は壊れなかったかもしれない。それでも、私の中にあった恐怖は、彼の言葉で粉々に崩れ去ったんだ。

 

「コタローは嫌がるかもしれないけど……」

 

 怒られちゃうかもしれない。

 俺の役目を取るなって、拗ねてしまうかもしれない。

 でも、それでも私は、やめようとは思わなかった。だって、コタローだって同じだから。

 私は、私のために。私がそうしたいから立ち上がるんだ。誰に怒られても責められても知る物か。

 

「私も迎えに行く。コタローが私にしてくれたように」

 

 声に出して、頭に刻もう。

 この気持ちをずっと忘れないように――。

 




初あとがきを書き忘れそうになる。
投稿時間を見て頂いて察していただければと思いますが、まぁ、今回は難産でPC前でのた打ち回ってました。乗り切った、と思いたいです……。

次話『アヴァリティア商会 巨神獣船船内一室』

8.15あとがきのみ追記
全然乗り切れてなかったというより乗ってもなかった……。


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32『アヴァリティア商会 巨神獣船一室』

 

 

                        1

 

 

 ここから出る。そう決めた私の頭の中は、さっきの迷いが嘘のように晴れやかだった。

 必要な手順と道具を思い浮かべながら、膝丈まであるチュニックの裾をめくる。そこには、肌着にぴったりとしたズボンと腰に巻いたベルトにポーチがぶら下がっている。

 ドライバー必需品である衝撃に強く水漏れしにくい構造のその中から、何枚にも重ねられたガーゼで挟み込まれた瓶と包帯を取り出した。万が一の救急箱として使っていたけれど、こんなところで役に立つとは思ってもみなかった。

 包帯を切るために使う小さな鋏も出して、ポーチの中身を空にする。

 麻紐で縛られたガーゼの束を解くと、挟み込んでいた瓶が現れる。人差し指くらいのサイズの透明な瓶は栓の近くで緩いカーブを描いている。中身は消毒液なんだけど、今使うのはそっちじゃない。

 次に首の後ろに手を回して、認識票(ドッグタグ)のぶら下がるチェーンを外す。中心にある緑色の板だけを掌に残してチェーンはもう片方の手で握る。

 少し考えてから、認識票はポーチに入れることにした。なくしても困るし、ここならズボンのポケットに入れるより落ちにくいはずだ。

 これで、準備は整った。

 

「後は……」 

 

 私は立ち上がって扉の窓から廊下を見た。するとうまくターキン族の一人がこちらにやってきたので、これ幸いと声をかける。

 

「ねえ、あなたはさっきのターキン族?」

「ム、ダレダ?」

 

 不思議そうに首を傾げるターキンにあれ? と思う。

 さっきのターキンとは違うみたいだけど、まあいいかと鉄格子がはまっただけの窓から手だけを廊下に出す。掌には先ほどの細いチェーンが収まっていて、それを不思議そうに見つめるターキンの前に示した。

 

「これ、欲しい人に心当たりはないかな?」

「コ、コレハ……キラキラ!!」

「あ、う、うん。キラキラしてるよね。これ――」

「クレ!!」

「わっ!?」

 

 思っていた以上の食い付きを見せたターキンが、何の前触れもなく掌のチェーンを奪おうとしたので、慌てて手を引っ込める。すんでのところで持っていき損ねた鳥人間は逆に飛びつくように扉についてる格子を握った。

 

「キラキラ!! 欲シイ!」

「え、えっと、交換でならいいよ?」

「ムウ……。交換。何ト、交換?」

「そうだなぁ。ここの扉を開けてくれるとか?」

「――ダメ! 怒ラレル!!」

 

 だよね。ダメ元だったから別にいいんだけど。

 

「じゃあ、紙は?」

「カミ?」

「紙。文字を書くやつ。えっと……ペーパー?」

 

 難易度をいきなり下げ過ぎたのか、ターキン族は格子に飛びついた状態で黙って考え込む素振りをしてしまった。

 こっちの世界に来る前、心理学の本で自分の要望を通しやすくする方法として、このやり方が書いてあったから試してみたけど……。やっぱり、交渉素人なら真摯にお願いしたほうが良かったかもと、後悔し始めたその時にターキン族が格子越しから消える。

 もしかして、諦められちゃった?

 

「えっ、ちょっと待――」

 

 今度は私が格子に飛びついて、廊下の先を見ると先ほどのターキンと思われる背中が廊下の奥へ走っているのが見えた。何か他の目的を思い出してしまったのか、それとも単純に諦めたのかはわからない。でも、これは交渉失敗と見たほうがいいかもしれない。

 私はがっくりと項垂れて、格子窓から手を離すが、両頬を掌で挟み込むように叩いて気合を入れなおす。パンッ! といい音がした。

 それでも、ここで諦める訳にはいかない。と、気持ちを入れ替えた私の耳にガサガサという何かが擦れる音が廊下からしているのを捕えた。不思議に思って格子窓の方に近づくと、にゅっとその窓から黒光りする頭とつぶらな瞳が飛び出した。

 

「っ!?」

「紙、持ッテキタ!!」

「え――? うわぁっ!?」

 

 ターキンは格子窓の隙間から紙の束をぐりぐりとねじ込み始める。あまりにも力任せに入れるものだから、紙が変形してぐっしゃぐしゃだ。なんかもう、手あたり次第に持ってきたんだろうなって分かるくらい大小、質、様々な紙が扉の前に溜まっていった。

 

「紙、交換! キラキラ!」

「分かった、分かったって!」

 

 地面に落ちた紙類を避けて扉に近づき、約束通りチェーンをその翼兼掌のような場所にひっかけてあげる。

 チェーンが手に入ったことが分かると、ターキンはさらに目を輝かせて、どこかに走り去っていった。同族に自慢でもしに行くんだろうか。それとも、カラスみたいに自分の巣に持ち帰って大事しまうんだろうか。

 そこまではわからない。でも別にいいや。

 私は静かになった部屋の中で屈みこんで、地面に散らばった紙の内容を選定していく。大半は読めない資料ばかりだけど中にはバーンが見せたコタローとの契約書に似た物をいくつか見つけたので、より分けた。もしかしたらコタローと同じような契約を結んでしまっているブレイドやドライバーもいるかもしれない。

 そうして残ったのは、文章が書かれているものと、絵の描かれている物の二つだ。その絵の描かれている紙の中で、ひと際目の着く資料を見つけた。というのも、それには唯一英語が書かれていたからだ。

 

「グ……グレートサクラ?」

 

 額にGのマークを付けた、黒髪のおかっぱメイド服姿の女の子の絵は所々に注釈が書かれているから、多分説明書や設計書のようなものなんだろう。単語単語が分からないものが多いけれど、絵の中にはボタン一つだけが付いたリモコンみたいなイラストの下に、ご丁寧にも爆発のイラストが描かれている。

 

「自爆……?」

 

 自爆といえばロボット。だとすると、これはトラのお父さんたちの作った人工ブレイドの一部なのかな。

 一瞬、これも持っていくかどうか悩んだけれど、この紙が一番私の目的にあっている。それ以外はインクの量が心許ない。結果、私はその紙を着火剤として使うことにした。

 扉を背にして、窓から差し込む光が作る陽だまりに小瓶を翳す。位置を調整して光を一点に集めると、後はさっきのグレートサクラの説明書を一番上にして、下に何枚か紙を重ねて紙を半分に折る。

 後は一点に集めた光を、イラストの黒髪部分に当てれば簡単な発火装置の完成だ。

 これでボヤ騒ぎでも起きれば、人質である私やコタローは避難させられるはずだ。騒ぎを聞きつけた他の軍や運が良ければレックスたちに私たちを見つけてもらえるかもしれない。

 私は作戦を実行するまえに、目を閉じて心の中で謝った。

 危ない方法と言うのは分かってる。周りに迷惑を掛けるということも。

 最初、この方法を教えてくれたのは鉱石ラジオ作りを教えてくれた理科の先生だ。そのときに危ないことには使わないという約束は、守れそうにない。

 

「先生、ごめんね」

 

 思わず声に出してしまった、それを皮切りに私は瓶で集めた光の下に紙を差し込んだ。

 ほどなくして、紙から微かに煙が上がってくる。焦げ臭い匂いが恐怖心を煽るけれど、理性で押しとどめた。

 ある程度燃え広がったところで、次は燃えた紙を大きく振る。すると、空気を含んだ小さな炎は目で見えるほどに燃え上がった。振り回した勢いのまま、床に散らばらせた余りの紙に放り投げると、見る見るうちに炎は燃え移って黒い煙を上げ始める。それは扉付近の格子窓の隙間を通って廊下の先へと向かっていった。

 それでも少なからず逆流した煙を吸い込んでしまい、私は慌てて部屋の隅で体を低くする。ガーゼで口を塞いで呼吸は何とかなったけど、煙で沁みる目はどうにもならない。

 黙って蹲って耳を澄ませていると、異変を察知したターキン達の慌てる声が聞こえてきた。

 

『火事! 避難!! クエーっ!!』

『オカシ! オカシ! ホウレンソウ!!』

『オ前タチ! 早ク逃ゲルゾ!』

『クエーッ!』

 

 ――話が予想外の方向に進んでる!?

 驚いたあまり、反射的に顔を上げると思った以上に部屋に煙が充満していることに気が付く。

 それをもろに吸い込んでしまった私は、いくらガーゼで口を塞いでいるとはいえ咳きこんだ。

 無事に騒ぎにはなったけど、こうもあっさり見捨てられるとは思わなかった。――いや、違う? ターキン達、もしかして私たちを捕まえてること忘れてる?

 どちらにしても、すぐに助けは来そうにない。

 

(せめて、コタローは連れて行ってあげて欲しいな。なんて……虫が良すぎるかな)

 

 あれからコタローの声は聞こえなかったが、なんとかこの匂いや騒音で目を覚まして、騒いで自分が残ってることをターキン達に伝えてくれればいいな。という他力本願をするしかなかった。

 紙は後どれくらい燃えるかは分からない。扉とかに燃え移らないことを祈りながら、私はもう一度顔を伏せる。

 

 そうして、私の真横を凄まじい熱風が通り過ぎたのは、それから少ししてのことだった。

 

 

 

                        2

 

 

「何とか、戻ってきました……! ……あれ? みなさん、どうしたんですか?」

 

 ナナコオリが自分のドライバーの所に帰って来て感じたのは逼迫した空気だった。

 一緒に連れていたトオノ達を含めた他のブレイドたちと顔を合わせると、彼らの帰還に気付いたトラが耳を上げハナが「おかえりなさいですも」とねぎらいの言葉をかける。

 しかし、その声に振り向くレックス達の顔には暗鬱とした表情が込められていた。

 

「トオノ、大変も! アサヒとコタローがバーンに捕まってしまったも!」

「ドライバーが? 詳しく聞かせなんし」

 

 ナナコオリ達は一先ず報告を後回しにし、代わる代わるレックス達の説明を聞いたトオノは、今まさに火事が起きている巨神獣船の中に一番で乗り込んでいった。後に続いて、レックスたち他のドライバーも花魁ブレイドの後を追う。

 中はもぬけの殻だった。確かに焦げ臭い匂いはするものの目に見えて燃えている場所は確認できない。外見とは裏腹の入り組んだ通路の側面に扉がいくつか確認できた。

 ターキン全員も一足先に避難を終えたのだろう。そうなれば取り残されているのは、コタローとアサヒだけになる。

 

「ご主人、近くにブレイドの反応を確認したですも!」

「よくやったも、ハナ!」

「そっちは勝手にやりなんし。わっちはドライバーを探しに行きんす」

「ちょ、ちょっと待ちなよ、トオノ! ブレイドの反応ってことは多分コタローだろ!? 同じタイミングで連れて行かれただろうし、闇雲に船内探し回るよりコタローと合流して大まかにでも当たりを付けたほうがいいって!」

「お嬢様の言う通りです、トオノ様。心中はお察ししますが、だからこそ無駄な時間をかけるのは得策ではないかと」

 

 トオノは不服そうな顔をして黙り込んだ。そうしてトオノは大人しくハナを見つめ返すと、紅が引かれた艶やかな唇を開き、人工ブレイドの少女をまっすぐ見つめて言った。

 

「頼みんすえ、小さきお人」

 

 その言葉だけを残して、トオノは廊下の先へと走り出した。30センチはあるかという高下駄を履いているにも関わらず、移動速度は普通にレックスたちが走るのと同じくらいの速度だ。

 

「トオノ!? あぁ――もうっ! 行っちゃったよ!?」

「ど、どうしましょう、レックス?」

「とりあえず、コタローを助けよう! ハナ!」

「お任せくださいですも!」

 

 ハナが先導して辿り着いた部屋は、一見すると普通の客室だった。

 三人のドライバーとそのブレイドという大所帯が廊下に広がるように散らばると、赤い髪の天の聖杯とそのドライバーであるレックスが、扉の前に立った。

 

「ホムラ!」

「はい、レックス!」

 

 その場慣れした様子に、見守るようにニアの隣にいたビャッコがハッとして扉に向かって吠えた。

 

「コタロー様! 私の声が聞こえていたならすぐに部屋の壁に寄って伏せてください!」

 

 そうして、扉が融解するほどの灼熱の炎が目の前の部屋を貫通したのは一拍後のことだった。

 ホムラの生み出したそれは、周囲に熱風を引き起こしビャッコ達の肌を嬲っていく。扉は下半分が溶けてなくなり、風通しの良くなった出入り口から部屋を覗くと、壁もろとも貫通していることが分かる。床も黒く焼け焦げ、ぶすぶすと煙を上げている更にその奥で、茶色のモフモフが縮こまって、廊下から覗き込んでいるレックスたちを涙目ながら見返していた。

 

「お前ら、俺を殺す気かっ!?」

「ご、ごめんなさい! 火力調整がどうやっても慣れなくて!」

「い、いや、ホムラちゃんが悪いんじゃねえんだけどよ――」

「いや、どう見ても火力の調整に失敗したのはホムラでしょ」

「シャラップだ、ニア! 俺は女の子には優しいジェントルでありたいんだよ!」

 

 とは言っても、これ以上ここを掘り下げてもどうにもならない。一度ビャッコが赤熱する扉を冷やしてコタローが出てくると、周囲をざっと見まわして顔を曇らせると、一番近くにいたレックスに視線を向けた。

 

「おい、アサヒはどこだ? もしかして――まだなのか!?」

「……ごめん。でも、先にトオノが向かってる。それにコタローならアサヒがどこにいるか分かるだろ? どっちに連れて行ったとか、大まかな場所も分からないか?」

「そういうことかよ……! それならこっちだ!」

 

 先導する背中を人工ブレイドの少女から豆しばに変更して、一行は再び巨神獣船内を駆ける。

 すると、そう走らないうちに鮮やかな緋色の着物姿の花魁ブレイドの背中が見えてきた。どうやらまだ炎には巻かれていないらしい。

 それを安堵したのもつかの間。突如、白い霧のようなものがあたりを覆いつくした。

 

「な、なんや!? 煙やないな……。霧か!?」

「普通の霧とちゃうよ、王子! これって、もしかして水蒸気……!?」

 

 そこまでだった。

 幅もない廊下にまき散らされた大量の水蒸気は、自然に消えるまでもなく()()()によって、辺りの空気もろとも攪拌され、白い景色は薄らいだ。

 再び視界が戻ってくるのももどかしく、視線の先の景色を目を凝らして見る。そこでは、トオノが自分の武器である番傘型の刀を抜き放ち、何者かと交戦していた。

 

「――ドライバーを離しなんし!」

「出会い頭で不審者扱いとは、それはないんじゃないか、別嬪さんよ!」

 

 ギィンッ! と、金属同士が打ち付け、切り結び合う音が響く。息を呑む彼らの目には、着物を翻しながら戦うトオノの姿と、彼女と対峙するように二本の剣を振るう白髪の若い男。そしてその若い男の後ろでおろおろとしているアサヒの助けを求めるような視線がぶつかった。

 

「レックス! トオノを止めて!」

「えっ!?」

「誤解なの! この人は、私を助けてくれたの!」

「ええっ!?」

 

 混乱が伝播する中で、とりあえず全員がトオノ達に向かって駆け出した。

 そうして、この火事騒ぎがアサヒが起こしたものだと説明を受けたトオノ含めた一行は、見知らぬ男を混ぜた巨神獣船の廊下で気まずく顔を合わせるのだった。

 

 

 




オリジナル展開はもうちょっとだけ続くんじゃよ。

次話『スペルビア戦艦 格納庫』
予定です、予定。


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33『スペルビア戦艦 格納庫』

 

                        1

 

 

 

 

 時間はちょっと遡る。

 部屋の隅に丸まっていた私の真横を爆風が通り抜けた瞬間、ホムラさんかと思って顔を上げた。しかし、そこでまず飛び込んできたのは通常じゃあり得ない色の炎だった。

 幻想的にも見えるその白い炎の先に立っていたのは、全く見知らぬ男の人。

 その人は、チリチリと残る炎と同じ色の長い髪を一つに結んで、メレフさんのような軍服を着ていた。いや、軍服と言うには装飾が多い。王子様、というか騎士様と呼ぶにふさわしいような気品あふれる服装だった。そして、何よりも印象に残ったのはその瞳の色。吸い込まれるような金色の瞳は、私と目が合うとすっと細められる。思わず肩が大げさに震えた。その目が、なんとなく怖かったから。

 そうして、その男の人の口が――開く。

 

「どーも、新キャラです。あっははははは、違うか」

「へ……?」

 

 突然のおどけたような口調に、色んな意味で思考が追いつかない。

 床にお饅頭みたいに体を縮こませたまま呆然と見上げる私にその人はへらへらと笑いながら近づいてきた。腰には薄青く光る二本の剣が提げられている。けれど、ここにいるのはこのお兄さんだけだ。

 ドライバー、なのかな……。でも、それだったらブレイドはどこに?

 じっくり観察している時間もなかった。私が背にしているはずの壁から、新鮮な空気が流れて行ってる。それに伴って、部屋に充満していた煙まで薄れていく。燃えていたはずの紙の束はこの男の人がその白い炎でもろとも吹き飛ばしたようだ。

 

「立てるかい?」

 

 腰を折って手を差し伸べてくれる男の人は、キラキラとした微笑みを浮かべてやけに手馴れてた様子だ。

 

「あ、ありがとうございます。大丈夫です」

 

 元から怪我はしてなかったし、跳ねるように身を起こすと私はお礼のつもりでお辞儀をした。

 顔を上げると、まだその人はいてくれている。面倒見のいいひとなんだろう。無事を確認したから「はい、それじゃあ」ってなってもおかしくないのに。何を考えてるか読み取りにくい、金色の瞳でこちらを見つめる男の人は、十分間を置いてこう言った。

 

「良ければさ、出口まで一緒に行ってくれない? 俺、この船に密航してて、今このまま外に出たら面倒なことになりそうだからさぁ」

 

 これが、私が外に出られた大体の経緯だ。

 後は、扉から出た途端トオノに斬りかかられて、レックスたちと合流するまでオロオロと二人の様子を遠巻きに見ているしかなかった。

 

 

 

 そうして今、粗方の誤解が解けた私たちは気まずい雰囲気でその場に留まっている。できるならすぐにでも船から出たいけど、目の前に立ち塞がる天の聖杯ことヒカリさんがそれを許さない。腰に手を当てて仁王立ちで凄むヒカリさんの目は、ずっと白い炎を操る男の人に注がれていた。

 

「カイ」

「げっ、ヒカリ……!? 風の噂で目覚めたのは聞いてたけど――」

「記憶があるようで何よりだわ」

 

 カイと呼ばれた男の人が突然震え出す。対して、一歩ずつ踏み込んでくるヒカリさんに黄金色のオーラが見える。絆が最高値になった時に見える奴とは違う。なんだろう、なんかすごくすごいオーラとしか言葉が出て来ない。秘められた天の聖杯の力でも覚醒したような。

 恐々とするのはレックスたちも同じだった。誰も声を掛けられない。かけたが最期、絶対巻き込まれる。

 

「よくもアタシの前にのこのこ顔出せたわね、あんたはぁぁあっっ!!!」

「こうなると思ったから密航しようとしたんだって――ぶるがばっ!!??」

 

 ヒカリさんの渾身の右ストレートがカイさんに炸裂した。そのまま吹き飛ばされて廊下に二転三転ともんどりうつその人は、這う這うの体で手近な部屋に飛び込んでいった。

 待ちなさい!! と天の聖杯自らが後を追おうとする直後、離れたところからドポンッという重たいものが水に潜るような音が聞こえる。多分、私の捕まっていた部屋に空いた穴から、カイさんが雲海へ飛び込んだのだろう。ヒカリさんもそう思い至ったのか、それ以上追うことはせず、それでも怒りが収まらないと言った顔で廊下の先を睨みつけていた。

 

「え、えっと……知り合い?」

 

 この状況でヒカリさんに尋ねられるあたり、レックス、勇敢過ぎる。

 

「あやつはカイといってのぉ。このリベラリタス島嶼群を根城にしていた正体不明の男じゃよ」

「え、ジジイも知ってんの?」

「まぁな。この辺りを回遊する巨神獣にランダムに乗っておるから、滅多に会うこともなかったんじゃが……」

「そんな奴が、なんでヒカリと知りおうてるんや?」

 

 ジークさん、駄目ですって! 今それ聞いちゃあ!

 ほら、睨んでる! ヒカリさんが睨んでる!!

 

「……昔の、腐れ縁みたいなものよ」

 

 そうなると、500年来の知り合いってことになるんだけど。

 明らかに、それ以上は聞いてくれるなと言わんばかりにそっぽを向かれ私たちは閉口せざるを得なかった。

 でも、この騒動のお陰で私のやらかしは有耶無耶になっているようでほんのちょっと安心――

 

「ドライバー、コタロー、わっちのいないときのオイタはこの後たっぷりと……。お覚悟え?」

 

 安心していた矢先、年上のお姉さんの凄みに成す術なく私は身を震わせた。

 怒られるとは分かってたけど、やっぱり怖い。

 ちなみに「なんで俺もなんだよ!?」と抗議の声を上げたコタローだったがトオノには一顧だにもされず、私も私で大事なお説教仲間を絶対に逃がすつもりはない。

 

 

 

 

                        2

 

 

 

 どうにかこうにかしてアヴァリティア商会の巨神獣船から脱出する間、私がいない間に起こった首脳暗殺事件のあらましについて説明された。どうやら、ニルニー代表にスペルビアに毒殺の可能性があると言伝を頼んだらしいけど、そのまま放っておいていい事件でもない。結局のところ、結果は聞かなくちゃいけないだろう。

 急ぎ足でスペルビアの巨神獣戦艦が停泊する方に走っていると、ちょうどその巨神獣戦艦から派手な爆発音があたりの空気を一変させた。

 横を走るレックスに、気になったので聞いてみる。

 

「……レックス、毒殺じゃなかったんだっけ?」

「お、俺に聞かれても知らないって!」

 

 分かりやすく慌てふためくレックス。

 そんなやりとりをしつつ、巨神獣戦艦に辿り着いた私たちは混乱を鎮めようとするスペルビアの兵士さんの前で止まった。詰め寄るようにニアちゃんが「何事!?」と尋ねれば、兵士の人は一瞬のけ反るもメレフさんから事前に何かを聞かされていたのか、すんなりと事情を話してくれた。

 

「格納庫で爆発が……! くそっ、ラゲルト女王が到着したばかりだって言うのに!」

 

 ラゲルトと言う人は、傭兵団のあるインヴィディア烈王国の王女様だ。顔は見たことないけど。というか、格納庫って倉庫みたいなもの――だよね?

 そんなところで爆発なんて、ますます意味が分からない。

 船内も顔パスだった。道行く人みんなが道を譲ってくれて、格納庫への道も教えてくれる。それでも巨神獣戦艦内部は広大で入り組んでいた。道に迷いながら捕まっていた時のことで思い出したことがある。

 その確認をするために丸い体を跳ねるように走るトラに声をかけた。

 

「ねえ、トラ! グレートサクラって知ってる?」

「ももっ!? 何でアサヒがサクラのことを知ってるも!?」

「実は、船に捕まってるときに聞いたの。『グレートサクラの用意ができました』って言われて、出掛けて行ったんだけど。これがどんな意味なのか分かる?」

「アニキ――」

「分かってる。アサヒ、サクラってのはトラのお父さんが作った設計図を基に作られた人工ブレイドの名前だよ。あの時は、グレート、とはついてなかった気がするけど……」

「もしかしたら、バーンが改造したのかもしれないも! こうしちゃいられないも!!」

 

 人工ブレイドって言うと、ハナちゃんみたいなの……だよね?

 なんとなくハナちゃんを見てみると、件の人工ブレイドは不思議そうに首を傾げられてしまった。

 

「アサヒ、行くよ!」

「――あ、待って!」

 

 順路を見つけたニアちゃん達の背中を私は慌てて追いかけた。

 その間もグレートの意味合いを考えてしまう。機能がグレートなのか、それとも武装がグレートなのか。

 実際は、どっちでもなかった。

 たどり着いた格納庫は体育館くらいありそうな広さで、鉄筋の骨組みが組まれていて木箱がいくつも重なっておかれている巨大な空間だった。その天井はクレーン車とかも入れそうな高さ。――にもかかわらず天井にたどり着くほど大きい人工ブレイドが、長いスカートを揺らす中年の女性とその前を守る二人の護衛の前に聳え立っていた。なるほど、大きさがグレートって意味だったんだ。

 

「待て、バーン!!」

 

 威勢のいい声が格納庫に響いた。

 黒髪、おかっぱ、メイドのような服装にフリルの着いたカチューシャの真ん中には大きく光る『G』の文字とその上には操縦席があるのか、ぼんやりした影からバーンがいるのだろうと推測できる。

 一目見た瞬間から、私は感動に包まれた。

 

「おおおお、すごーい……! 巨大ロボットだ……!!」

「感動しとる場合とちゃうやろ! アサヒ! テンペランティアにあったんと似たようなもんやで!?」

 

 ジークさんはわかってない。テンペランティアで戦った自動何とか迎撃装置とこれは全然違う。

 なんというか、全然物々しくない。むしろちょっと面白そうとも思う。

 ごごん、とゆっくりグレートサクラの顔がこちらへと向いて、どこかからスピーカーを通した時のような電子音声っぽい声が聞こえてくる。

 

「お前は――レックス! それに、楽園の子!? なぜお前がここにいるも!?」

「え? えっと、逃げたから?」

「くぅっ!! お前、俺を馬鹿にしているのかも!?」

 

 まさかこちらに話が振られるとは思ってなくて、正直に答えたらバーンの逆鱗に触れてしまったらしい。キュピーンとグレートサクラの目が光り、ひび割れるほど大きな声でバーンの声が聞こえてくる。

 

「やはり貴様も、そこの女王と同じく生きて返しはしないも!」

 

 グレートサクラの両手を勢い良く上げた傍から火の手が上がる。

 明確な戦闘開始の合図に私たちは武器を引き抜き――

 

「何事です!?」

 

 そんな言葉が割り込んできた。驚いた振り向いた先に、羽を模したようなサークレットを付けた男の子がメレフさんと見知らぬ男の人を引き連れてこちらにやってくる。メレフさんの弟さんだろうか。そう言ったお話は聞いたことなかったけど……。

 その男の子はグレートサクラとインヴィディアの王女様と私たちをそれぞれ見やって、瞬時に状況を把握したらしい。同時に、それを見つけたバーンは、スピーカーから聞こえてくるようなくぐもった音声で、こう言った。

 

 

「これで役者が揃ったも! ここからがバーン様の快進撃の始まりだもぉ―っ!!」

 

 

 かくして火ぶたは切られた。

 グレートサクラの内部には、音響機能も搭載されているらしくロボット物のアニメで流れてきそうな曲が流れだす。雰囲気作りもばっちりらしい。

 こちらの世界に来てからは、アニメやゲームの世界でしか体験できなさそうなオンパレードだったけど、これは今までの中でも群を抜いてアニメっぽい。

 

「くそっ、やっぱり気が抜けるなぁ!」

「えっ? え、そう? 面白くない?」

「そう思ってんのはアサヒだけだよ!」

 

 顔は苦笑いだったけどはっきりと言い切ったレックスは、グレートサクラに向かってヒカリさんの剣を構えて走り出す。

 え、面白そうって思うの私だけなの?

 




グレートサクラ戦の曲は燃えますよね。

次話『続・スペルビア戦艦 格納庫』

さて、問題のシーンが近づいてきたわけですが……ここからどうしよう。


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34『続・スペルビア戦艦 格納庫』

                        1

 

 

 いくら見た目が面白……可愛くても、相手は超合金製の人工ブレイド。

 ハナちゃんを見ていてわかる通り、外は固くダメージが通りにくい。一方相手は自身で生み出すエーテルを巧みに操り、レーザーみたいな熱線やミサイルを連射してくる。サイズもあって有効範囲が広い。

 グレートサクラのてっぺんから見下ろすバーンにとってはつまようじくらいのサイズしかない私たちは劣勢を強いられる――と思っていた。

 

 

「みんな、サクラの腕からモーター音がしたも! 5秒後、ミサイルが飛んでくるも、防御するも!」

 

「サクラの目が光ったも! ビームレーザーが飛んでくるから位置に注意するも!」

 

「アサヒー! そこにいるとロケットブンブンの当たる位置になっちゃうも! 距離をとるも!」

 

 

 トラの忠告が的確過ぎて怖い!!

 サクラの前身である人工ブレイドの生みの親の息子だし、それ以上にカスタマイズしたハナちゃんを完成形までこぎつけたトラだからこそできる芸当ではあるのかもしれないけど、それにしたって。それにしたってだ。

 私は言いようのない感情を無理やり飲み込んで、渾身の力でコタローと一緒に後ろに飛びのいた。その瞬間、鋼の塊が私の一歩手前をギリギリ通り過ぎる。

 ――あ、危なっ!!

 ロケットブンブン、という技名のそれは範囲攻撃のため、当たるとかなり体力を持っていかれる、けれど目検で周囲を確認したところ有効範囲に入っていたのは私だけだったらしい。

 今までトラの読みに従っていたため、こちらの被害はほぼないに等しい。全く関係ないとは思うけど、以前読んだライトノベルでボスの攻撃パターンを全部覚えていた主人公がいたなぁ。なんて、なまじ被害が少ないため、そんなことを考える余裕ができてしまう。そうなると、面白くないのはバーンの方だ。自分の攻撃が先読みされて全く当たらない。その怒りが、バーンの行動を狭めていく。

 

 

『ムキィーッ!! なんだなんだも! なんでそんなに避けられるも!! 狡いも! チートも!』

「うわっ、何あいつ。地団太踏み出した!」

「まぁ、そうなるわなぁ。ワイかて同じ状況になったらそうなるわ」

「なんやウチ、トラが怖いわぁ……」

 

 剥き出しの腕を擦るサイカさんに若干共感を覚えながら、コタローを控えさせてトオノを呼ぶ。傘から質量保存の法則完全に無視した青く光る刀を抜き放ち、構えをとると次いでトラの声が上がった。

 

「モーター音も! みんな、ミサイルドリドリに注意も!」

 

 割と全方向にランダムに飛んでくるミサイルドリドリは、白い煙を描きながらいくつかはこちらに飛んできた。飛んで避けるか、ガードするかで考えれば防御するのが最適。

 一度引き抜いた刀をもう一度柄の中にしまって、代わりに傘を開いた。そのまま露払いをするように傘を振りぬいて視界を確保する。

 すると視界の端でレックスが飛び退くところを目撃した――んだけど。ヒカリさんが乱暴にレックスのヘルメットを掴んで飛ぼうとしていた方向とは真逆に引っ張る。完全に首が締まる体勢だったけど、それは些細なことだった。レックスが飛ぼうとしていた方向にミサイルドリドリが集中したのだ。

 

「ももっ!? 偏差射撃も!? バーンの奴……意外にやるも!!」

「専門用語過ぎて、もう訳が分からないっ!」

 

 最早、トラとバーンの技の読みあいみたいな雰囲気になっている。

 バーンからの攻撃は当たらなくても、こちらの攻撃が通らなければいつまで経っても倒せない。そうなれば不利になるのはこちらだろう。

 ドライバーコンボかブレイドコンボがうまく発動してくれればいいんだけど……。

 

「崩れろっ!」

 

 焦れていたのは私だけじゃなかったらしい。グレートサクラの足元に潜り込んだニアちゃんがチャクラムを振り回す。しかし、人間対巨大ロボットでは体格差でうまく崩れさせられないようだ。キキィンッ! という金属音と共に装甲に少し傷がついた程度だ。

 

「ニア! 危ないっ!!」

「帯電し始めたも!! その位置はウルトラビリビリに当たっちゃうも!」

「――きゃあっ!!」

 

 レックスとトラの忠告も空しく、一瞬の光の後に甲高い悲鳴が聞こえた。反射的に目を瞑ってしまい、気付けばニアちゃんがグレートサクラの足元で倒れている。あの位置は危ない。下手したら押しつぶされる!!

 

「ニアちゃん!」

 

 慌てて駆け寄って床に倒れている体に触れると、ニアちゃんは気絶しているらしかった。

 頬を軽くたたきながら覚醒を促すために声をかけようとするが、それを見逃すほどバーンは甘くなかった。

『踏みつぶしてやるもー!』と上げられた超合金製の足が私たちの頭上に影を作る。みんなが慌てて走り寄っては来てくれているものの、間に合いそうにない。

 ギュッと身を縮こませて、痛みに身構えたその時だった。

 

「傘とは元来、持ち主の災禍を祓うものでござんす」

 

 いつの間にかトオノが自分の武器を取って、その傘を勢いよく開いた。

 私とグレートサクラの間に挟まるように傘を開くトオノが、不意に数センチ縮んだ気がする。上から襲い掛かった重圧に耐えているのだろう。歯を食いしばりながらも、こちらに向けたトオノの視線が早く逃げろと告げている。ビャッコさんに手伝ってもらいながら、ニアちゃんを抱えて離脱する。

 

「ニアちゃん、こんなところで寝ちゃだめだよ」

 体を揺すってニアちゃんに声をかけると、その瞼がうっすらと開いた。

 良かった、思ったより意識ははっきりしてるみたい。

「か、カッコ悪いところ見せちゃったね」

 と、気まずそうに起き上がるニアちゃんは、視線の先にいるグレートサクラの姿を見て顔をしかめた。あれから、グレートサクラの耐久は減っていない。レックス達にも疲れの色が見え始めている。

 

「どうしよう。あんな馬鹿でっかいの、どうやって倒せばいいんだよ」

「それなんだけど。ニアちゃん、ちょっと私の作戦聞いてくれる?」

 

 ――ニアちゃん、ナナコオリちゃんと同調してたよね?

 

 

 

                        2

 

 

 

 作戦、なんて銘打ったけど実際はただの罠だ。しかも、すごく単純な。

 ブレイドコンボのためにはもう一人必要だったので、近くにいたトラを巻き込むことにする。攻撃力の要はレックスとジークさんなので、二人の手を止める訳にはいかなかった。

 

「ニアちゃん、トラ、準備は良い?」

「ハナにお任せですも!」

「は、はいっ! がんばります……!!」

 

 頷くドライバーにやる気に満ちたブレイドのみんなの反応を見てトオノに目配せをする。一つ頷いてくれるのが嬉しい。

 作戦のタイミングは、グレートサクラの挙動を完全に読めているトラに任せることにして、私はエーテルを溜めることに努める。ニアちゃんは私よりさらにエーテルを溜めないといけないので、早速グレートサクラに殴りかかっていっている。主に、ナナオコオリちゃんのくまりんが。

 

「アサヒ! ニア! いくも!!」

「「オッケー!」」

 

 トラの声に私とニアちゃんは同時に構えをとった。作戦を伝えられていないレックスとジークさんたちは、何を始めるのかと目を丸くしている。

 

「ハナ・ミサイルですもー!」

「両断・竹取!」

 

 ここまではテンペランティアの自動何とか迎撃装置までと流れは一緒だ。

 大量の水蒸気が爆弾のようにまき散らされ、奇しくも目隠しのような効果を生み出した。

 前はそこから炎が飛び出したけれど、今回は息が白くなるほどの冷気。

 

「お願い、――くまりん!!」

 

 ナナコオリちゃんの声がするとともに、ピシピシ、パキパキという甲高い音を立てながら空気が凍り付いていき空気中の氷となった粒子がキラキラと光を放つ。

 それはグレートサクラの足元だけでなく、地面にまで薄い氷を張るまでに至った。そこでターゲットを取っていたトラがグレートサクラを誘導して一歩、踏み出させる。それだけでいい。

 

『ももぉっ!?』

 

 バーンのくぐもった声が響いた。そして、氷と水で消えた摩擦により足場が不安定になったところをニアちゃんの攻撃で体勢を崩させる。ずるっというよりもガガっ! と言うような固いものが地面を滑る音が格納庫内に反響する。そして、その状況を見逃すほど、レックス達も甘くはない。

 アンカーショットで見事ダウンを取ったレックスに続き、ジークさんのやたら長い技がグレートサクラの巨体を持ち上げた。

 

「スザク!」

「俺は生まれた時からスザクだ!」

 

 レックスの呼ぶ声に応じて、いつ聞いても不思議な前口上なスザクが風とともに現れた。レックスのツインサイスが唸りを上げ、グレートサクラは頭から地面に叩きつけられる。

 ブレイドコンボとドライバーコンボが綺麗に決まったことで威力は駄目押しのレベルだ。いつの間にか軽快な音響も止まり、グレートサクラはあちこちから白い煙を吐き出していた。

 ここで、やったか。なんて言おうものなら第二第三形態とかが出てきそうなので、口を強く引き結んでおく。それが功を奏したのか、何とか態勢を立て直したものの、膝から崩れ落ちたグレートサクラのカチューシャの部分から一匹のノポン族が吐き出される。

 火花を散らせ関節から蒸気をまき散らすグレートサクラをバーンは絶望した表情で見つめていた。最早、バーンに対抗策は残されていないのは火を見るよりも明らかだった。

 

「ここまでだな、バーン。貴殿を拘束する。裁定は法王庁に委ねるが、国家元首の暗殺未遂。軽く済むとは思うなよ」

「稀代の政商の末路、こんな形で立ち会うことになるとはね。残念です」

 

 特別執権官とインヴィディアの女王がバーンに詰め寄っていく。追い詰められたバーンは、じりじりと下がっていったが、これ以上はグレートサクラが邪魔をして下がれないというところで、その短い手を後ろに回した。

 その目にはぎらついた執念の炎が宿っているように見える。それと同時に、とてつもなく嫌な予感が私を支配した。私は、アヴァリティア商会の巨神獣船で見ていたはずだ。

 

「お、俺は――俺は、こんなところで終わる男じゃないも!!」

 

 ボタン一つだけしかないあからさまなリモコンに、みんなはわかりやすく動揺した。メレフさんとインヴィディア女王様も危険を感じ取ったのかバーンから身を引いた。

 

「みんな離れて! あれ、たぶん自爆スイッ――」

「お前ら、死なばもろともだも!!」

 

 一瞬だけ早く忠告ができたおかげで、一番前にいた二人は距離をとることができたけれどあの大きさの金属の塊が大爆発を起こせば、機械の破片が、どこにどんな飛び方をするか分からない。

 ほんの一瞬。本当にほんの一瞬迷ってる間に、私のいる後ろ――守るべき立場の人たちの中から小さな影が飛び出していったのを信じられない気持ちで見つめた。

 その人はこの中で私やレックスたちと同じくらいの年の男の子だった。

 

「ワダツミ!」

「――承知」

 

 その子もドライバーらしく、後ろに控えていた男のブレイドが刀を水平にして水のバリアを作り上げる。みんなを守るだけなら、それだけで十分なはずなのに、男の子は止まらない。自爆ボタンを高々と掲げるバーンに速度を緩めず走り寄っていった。

 時間にしたらわずかな、そして決定的な差によってその男の子は自らの体をバリアの外に晒した。

 

 そして私も――。

 

 気が付いた時には男の子の後を追っていた。

 その間の時間はスローモーションのようにゆっくりと流れて行ったように感じる。時間感覚がおかしい。でも、そのおかげか男の子の動きもゆっくりに見えて、私は数歩分だけ先を走るその子の白い服に包まれた腕を限界まで伸ばした手でつかみ取った。

 その勢いのまま、体を半回転させる。遠心力で吹き飛ばすために。ダンスのようなターンをして私と男の子の位置が入れ替わる。

 

「あなたは……!?」

 

 驚いた顔をするその子に、何と言ったらいいか分からなかった。

 きっと腕を無理やり掴んで痛かっただろうし、こんな手荒なことをして驚かない訳がない。それでもその体は彼のブレイドの作り出した水のバリアの中に飛び込み、背中からメレフさんが抱き留めたのを見届けた。

 その間も、その子は私に問いかける視線だけを寄こして。

 それに対して私が反射的に出てきた言葉は、

 

 

「ごめんね」

 

 

 

 ただ、その一言だけだった。

 それだけ伝えて私はさらに体を翻らせ既に光を迸らせ始めたグレートサクラの前でトオノの番傘を開いた。

 直後に物凄い光が迫ってきて、私はなすすべなく意識を手放した。

 




次話『続々・スペルビア戦艦 格納庫』


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35『続々・スペルビア戦艦 格納庫』

                        1

 

 

 カン、カン、カンと固い格納庫の床を硬質なものが跳ねる音が妙に良く響いた気がする。辺りにはそれだけの静寂があった。

 焦げた臭いを発する煙と、肌を撫でる熱を伴った微風。そして、木っ端微塵と化したグレートサクラとレックスたちの間に立ち尽くす一人の少女。その黒髪の少女は、スペルビアの特別執権官とよく似ているようで、実際はまだあどけなさの残る顔に笑みを湛えて振り返った。

 

「――っ……」

 

 微かに唇が動いたと思うとぐらり、と少女の体が揺らぐ。膝から崩れ落ちるようにその場に倒れこんだ。

 少女の仲間たちが、口々に彼女の名前を呼び駆けつけていく。その中には見知った顔もいくつかあった。

 自ら盾に、いや盾にさせてしまった少女は、異国風の衣装をまとうブレイドに抱えられいる。その細い体はいつも皇宮に引きこもっている自分以上に頼りなさを感じた。

 スペルビア帝国の第一継承者であり皇帝陛下を務めるネフェル・エル・スペルビアは、書類上では何度か目にしたはずの『死』の匂いを、初めて、まざまざと突き付けられた気分だった。

 

「……なぜ」

 

 声変わりをしたのはつい最近だった気がする。まだ子供の名残を残した声が掠れた音を発した。

 本来、あそこで(たお)れるべきは自分だったはずなのに。

 

「なぜなのですか……!」

 

 自分の隣に控えるブレイドは一言も発さない。それ自体が優しさだというように沈黙を守る。

 ネフェルも、誰かに返事を期待して問いかけた物ではなかった。

 内から湧き出た様々な感情が言葉になった結果の問だった。

 答えの出ない疑問は、悪戯に彼の時間を奪っていった。その間にも、事態は刻一刻と変化し、移り変わり、やがて置いて行かれた。そこには、ネフェル・エル・スペルビアという人間を必要としていなかった。

 

「陛下」

 

 自分のブレイドであるワダツミの落ち着いた声が、今ばかりはネフェルの鈍った思考を現実へと戻した。

 

「……分かっています。――メレフ特別執権官!」

 

 求められていないからこそ、彼はできる限り声に芯を持たせ、自分が最も信頼する腹心の名を呼んだ。非常時であるにも関わらず、すぐさまメレフは左胸に手を置いてスペルビア式の礼を尽くす。

 こんな時にでも、変わらない態度に苦笑がこぼれそうになったが今はそれどころではない。ネフェルは思考をフル回転させ、スペルビアの皇帝としての立場を全うする命令を下す。

 

「今よりあなたを皇帝護衛の任から解き、新たに命じます。負傷者の治療を最優先、特に重傷者の延命を第一に考えてください!」

「はっ!」

「ワダツミ。こちらは至急、バーンの身柄の確保と拘束。船にいる軍医に連絡をして治療と部屋の準備を!」

「かしこまりました」

 

 一通りの命令を出すと、同じように待機をしていたインヴィディアの女王に向き直った。

 独りとなった彼を一回りも二回りも年齢が上な女王は、幼い彼の対応を注意深く観察する。さぁ、この状況でお前はどう出る。という無言の問いを、ネフェルは受け取った。

 一国を預かる存在が、恭しく頭を下げることは決して褒められたことではないが、彼は自身の判断でスペルビアの行儀作法の中で相手を最上位に扱う礼を行った。

 

「女王陛下、ご無事で何よりです。この度は我が国の不手際により、危険に晒してしまいましたこと深くお詫び申し上げます。今回の非礼については、後日改めてさせていただくとして、本日はお引き取り頂ければ幸いに存じます」

「……まぁ、この状況では会談どころではありませんからね。分かりました」

 

 頭を下げているネフェルは、ラゲルト女王の顔色を知るすべはない。だが、声色を聞く限りは及第点は貰えたのかもしれない。安堵の息を漏らしそうになるネフェルだったが、お腹に力を入れて渾身の力で抑えつけた。

 

「ネフェル皇帝陛下」

「なんでしょうか、ラゲルト女王陛下」

「……あなたのブレイドのお陰で助かりました。それについては感謝します。そして、あの少女のことをくれぐれもよろしくお願いします。――いくらアーケディアの特使と言っても、彼女の望む居場所はフレースヴェルグの傭兵団。ひいては、私の国民です」

「……最大限、努力をいたします」

 

 遠ざかっていくラゲルト王女とその護衛の足を見送ってから、ネフェルはようやく顔を上げた。

 ワダツミの後を追うために、振り向いた時にちらりと天の聖杯たちの様子が見えた。何やらもめているらしいが、今の彼にできることは少ない。

 だからこそ、その少ないできることをせめて完璧に果たすために、碌に走ることも無い足を珍しく急がせた。

 

 

 

                        2

 

 

 ジークは、目の前に広がる光景を信じられない眼差しで見つめていた。

 膝から崩れ落ちるように倒れたアサヒは、その両腕を所々、少なくない血の色を滲ませていた。

 

「アサヒ!!」

 

 他の仲間たちが駆け寄ったタイミングはほぼ同時。その間に、彼女は冷たい床に静かに横たわった。

 一目散に駆け付けたのはトオノだった。次いで戦闘状況が解除されたことからコタローがどこからともなくアサヒに駆け寄っていく。ジークも少し遅れてアサヒの傍にやってくると、その体をつぶさに観察した。

 そうして分かったことは、彼女の上半身は思っていた以上に傷が少ないと言う事実。恐らくギリギリのところで開いたトオノの武器がうまく爆発を弾いたのだろう。しかし、軽減する以上に強大な爆発だったことから、トオノの武器自体が持たず内部から膨らみ破裂するように四散したのだろう。

 致命傷ではないにしろ、このまま放っておけばいずれ彼女は息絶える。

 その証拠に、彼女の手のひらから肘にかけてトオノの刀の青みを帯びた破片が刺さっていた。その細い腕に対してあまりにも痛々しすぎる破片。一刻も早く取り除いてやりたいと思っていたのは、その武器を持つブレイドも同じだった。そっと沿わせた指先が、武器の破片に触れると微かに光を帯び始める。

 その光の意味は明白だった。ブレイドは、自身の武器を再構成することができる。今回はばらばらになった武器を新たに作り出すことで、アサヒの腕に刺さる破片を取り除こうとしたのだろう。しかしそれは、明らかな悪手だった。

 制止の声を上げようと、手を伸ばそうとするジークの斜め後ろから、小柄な影が飛び出した。

 

「あかん! 今、その破片を抜いたら本当にアサヒが死んでまうよ!」

 

 死、という単語を見過ごすことはできなかったのかトオノは指先を寸でのところで止める。それでも、ジークのブレイドであるサイカは、トオノの横に膝を着いて伸ばしていたトオノの手を握った。

 顔を俯かせているので、表情は読めなかったがアサヒにも負けない細いサイカの手は、微かに震えているようだった。

 

「……そうだ、シキやホタルだったら――」

「無理よ、この傷を治すには空間のエーテルが足りなさすぎるわ」

 

 ヒカリが言う通り並の回復ブレイドでは、彼女の傷は深すぎる。最悪、フレースヴェルグの元傭兵団長と同じ末路を辿る可能性もある。活路を見いだせないレックスは、これ以上の案が思いつかないのか打ちひしがれたように俯き、血の気の引きつつあるアサヒの顔を見降ろしていた。

 

「王子……。アサヒの傷、法王様なら何とかできんかな……?」

「…………」

 

 その言葉の意味はジークだけにしかわからないものだった。

 王子と呼ばれた彼はサイカの胸のコアと、自分の胸にある物を改めて思い出す。だが、ジークはサイカの言葉に何も返すことはできなかった。なぜなら、ジークはそれを施された側であり、その技術も条件も何一つとして知らないからだ。

 レックスたちの怪訝そうな表情にも、何も言えない。ただ一つ言えるとするなら、

 

「どちらにしろ、ここじゃ満足な治療もできひん。とりあえず、法王庁へ知らせに行かんと」

「……それについてなのですが、先ほどから黒い影がこちらを窺っているように思えます。もしかしたら、バーンの残党かもしれません」

「なんやて?」

「アサヒ様の容態を鑑みれば、今は退路の確保を優先するべきかと」

 

 動物型のブレイドならではの何かをビャッコは感じ取ったのかもしれない。

 ジークは逡巡し、レックスに視線を向ける。レックスもまた、ジークの視線を受けて頷いた。

 しかし、コタローとトオノはその視線はアサヒに注いでいた。無理もない。彼女が死んでしまえば彼らもまたコアクリスタルに戻ってしまう。

 だが、

 

「コタローはワイらと一緒に来ぃや」

「……なんでだ」

 

 固い声は言外についていく気はないと言っている。

 それでも、ジークはコタローを何とかして連れて行く必要があった。アサヒをアーケディアの力で助ける場合、それにはどうしてもコタローの助力が必要だったからだ。しかしそれを、レックスたちに話すのはまだ気が引けた。そっと片膝を着いてコタローにだけ聞こえる声で理由を囁くと、その小さなブレイドは驚いたように目を見開いて、小さくうなだれ、アサヒに顔を近づけた。閉じられた瞼は開くことは無かったが「すぐに戻ってくるからな」とコタローの声がジークの耳にだけ聞こえる。

 そうして、彼はジークの足元に寄ってきた。

 

「トオノ、アサヒを頼むで」

 

 それだけ声をかけて、後ろ髪を引かれる思いでジークたちは格納庫の出口へ駆け出した。

 その時、トオノ以外に一人、いないことに気付かずに――。

 

 

 

                        3

 

 

「あの方らに、着いて行きんすか」

 

 その場に残った存在にトオノは声をかけた。全員が、アサヒを救うために己にできることを全うすべく、この場から離れた。普段の様子を見ていれば、いの一番に飛び出していきそうな間柄にも関わらず、トオノが見つめる存在は哀しそうに目を伏せ、静かに首を横に振った。

 まだ、やることがある。とその人物は言った。そのためにはトオノの力を借りる必要があるとも。

 

「こんなわっちに何ができると?」

 

 膝に乗せた己のドライバーは、自分の武器が致命傷となり命綱となっていた。ただでさえ並の回復ブレイドでは治せない傷だと言われているのだ。防御型のトオノの出る幕はない。そう思っていた。

 あんたがいれば、出来る。と彼女は言った。ただの励ましにしては無責任にも聞こえるその言葉に、怪訝な顔で視線を向ける。すると、そこには今まで見慣れた姿とはかけ離れた一人のブレイドの姿があった。

 

 

 ――誰にも言わないで。少なくとも、今はまだ。

 

 

 凛とした声には、様々な痛みの感情が織り交ざっている様に聞こえた。笑っているはずなのに、泣きそうで、それでも覚悟を決めたという表情のブレイドに、トオノはかける言葉を見失った。けれど、どうしても気になったことが一つあった。それだけは尋ねずにいられなかった。

 

「なぜ、そこまでして主様を……?」

「なんでって、決まってんじゃん」

 

 

 友達だからだよ。

 

 




遅ればせながら誤字脱字報告ありがとうございます。
次話、『スペルビアの戦艦 一室』

予定ですので変わるかもしれません。


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36『見知らぬ船の一室』

 

                        1

 

 

 うっすらと瞼に光を感じた私は、反射的に眩しさを感じて一気に覚醒を強いられた。

 まず真っ先に映ったのは濃紺色の闇。眩しさの原因は窓から差し込む青白い月の光からだったようだ。

 上半身を起き上がらせて薄暗い部屋の中で手を握ったり開いたり。うん、問題なく動く。

 だいぶ怠さを感じるも、どこかが痛かったり引きつったりは感じなかった。

 見下ろした視線にある服は先ほどまで着ていたものじゃない。簡素な作りの洋服だったけれど、それ以上に気になったのは袖をめくったその下。生白い地肌には傷一つさえない。

 

「……?」

 

 私は暗がりの中で首を傾げて、次に真暗な部屋の中を見渡す。

 普通の大きさの部屋にベッドが真ん中に一つおいてあって、私はそこに寝かされているらしかった。枕元には小さなランプと観葉植物が。少し離れた場所にはドレッサーが置かれていた。部屋に備え付けられた唯一の窓から外を見ると雲海が見えた。ここはどこかの巨神獣船なのだろうか。

 ゆっくりとベッドから出てみて、木製の床にそろりと足を置く。それから、軽くジャンプをして体の調子を確かめた。足も、手も、ぜんぜん問題ない。まるで、あの出来事が夢だったと言わんばかりに。

 周囲にコタローやトオノの姿はなく、一人で寝かされていたので、状況を説明してくれる人がいない。

 ドアの向こうに誰かいないかな? と木製の扉を開くと、そこは無人の廊下だった。

 人の気配を求めるように廊下に出るけれど、壁に備え付けられた扉からは物音ひとつしない。人の気配もないと分かると、余計に不安が募った。

 もしかして、置いてかれた? なんて益体のないことが頭の中で浮かんでは消える。

 

「……あぁ、よかった。目が覚めたのですね」

「っ!?」

 

 いきなり背後から声を掛けられて、私は思いっきり肩を震わせて振り向いた。

 そこにいたのは、私よりも少し背の低い男の子だった。たしか、巨神獣戦艦の格納庫でメレフさんの隣にいた、鳥の羽を模したサークレットを付けた子だ。紺色の髪を短く整えた、利発そうな子。その落ち着き方は、なんとなく年齢と釣り合っていないような雰囲気がした。

 

「あ……!」

「え?」

 

 見知らぬ場所で一人きりだったところに、接点は薄いとはいえ見知った人が来てくれた。そのことから私は思わず目の前の同年代の男の子に近づいて両手で男の子の手を握って感触を確かめていた。

 

「よ、よかったぁ。無事だったんだね、怪我はなかった? 腕掴んじゃったけど痛くなかった? 大丈夫?」

「え、えっと、あの……」

「あ、一人で捲し立てちゃってごめん。とりあえず、元気そうでよかったよ」

 

 そう言って笑いかけたら、男の子は口を結んで顔を少し顰めてしまった。

 

「あの、今は遅い時間ですので、声は控えめに……」

「あっ、ご、ごめんなさい」

 

 あぁ、だから周りがこんなに静かだったんだ。具体的に何時かは分からないけれど、みんなが寝静まった時間だというなら納得できる。と言うことは、レックスたちは別の部屋にいたりするんだろうか。

 男の子は取っていたままの私の手を軽く引いて、後ろの扉に導いた。そこは、私が出てきた部屋だ。

 どうしよう、これってこのまま寝ろってことだよね。その前に、レックスたちがどうしてるか、あの後どうなったか知りたかったんだけど。しかし、その男の子は流れるように私を部屋に押し込めると同時に自分も扉に身を滑り込ませ、扉をぱたりと閉じてしまった。

 薄暗い部屋、月明かりが差し込むだけのベッドが置かれた部屋に男の子と二人きり。

「えっと……?」と男の子に声をかけると、その子は居心地が悪そうに顔を逸らせて、どこでもない場所を見つめたまま言った。

 

「申し訳ありません。この時間に女性の部屋に入るというのは失礼にあたることは重々承知しているのですが、どうしてもあなたに聞きたいことがあったんです」

「え、や、別に私は大丈夫なんだけど」

「とにかく、あなたはベッドに。私は、聞きたいことが聞けたらすぐに行きますので」

 

 やたらと何かを聞きたがるなあ。と思いつつ、男の子が背中を押すので私はキングサイズのベッドに一人だけ寝そべった。あんまりも大きいので真ん中まで行くとお話ししにくい。私は端っこに近いところで上半身を起き上がらせた状態で、その子と話をすることにした。

 男の子は、ドレッサーの下に備え付けられていたピアノを弾く時によく見かける丸椅子を引っ張り出してきて私の寝てるすぐ横に腰を下ろした。

 

「……あの」

「はい?」

「あなたは、メレフさんの弟さん?」

「そうですね。似たようなものです」

 

 似たような、と濁すくらいなら表ざたにできない親戚か何かかもしれない。と言うことは、スペルビアの偉い人の子供なのかなぁ、腹違いとか? そんな推測をしていると、背筋を伸ばした男の子は笑って「私についての詮索は程々にお願いします」と先に釘を刺されてしまった。その笑みは、同年代では到底出せないような凄みを感じる。

 

「この夜の出来事はすべて不問に付すつもりですので。そちらも、そういうつもりでいてください」

「こ、怖いなぁ……。それじゃあ、名前も聞かないほうがいいのかな? 敬語も――その様子だと、いらなさそうだね」

「そうしていただけると助かります」

 

 本当に、心の底からほっとしたようにとこの子は微笑んだ。正直名前が呼べないのは不便だけど、その姿を見てこの子の言葉は自分の保身のためではなく、私を守るために言ってくれているのだと分かった。

 メレフさんの親戚らしいし、多分危ないことにはならないだろう。

 了承の意味を込めて一つ頷くと、私はその男の子が話し出すのを待った。彼は、言葉を探すようにじっくりと時間をかけて、まずは私に確認を取った。

 

「あの格納庫での出来事をどこまで覚えていますか?」

「と言うことは、あれって現実だったんだ……」

「? どういうことでしょうか?」

 

 逆に首を傾げるその子に、私は着ている服の袖をめくって見せた。突然の行動に目を剥いて驚いたけど、そこに傷一つないと分かると更に困惑したような顔をした。

 

「あなたを庇ってトオノの傘を開いたところまでは覚えてるんだけど、その後のことはさっぱり。ねえ、あの後どうなったのか分かる? みんな大丈夫だったんだよね?」

「報告を受けた限りでは負傷者はあなた以外いないとのことでしたが、私も実際に見ていたわけでないんです。こちらに運び込まれたときには、その、外傷は一切消えていたと……」

「え、それって――」

「えぇ、あなたの想像通りでしょう」

「……うわぁ」

 

 私は顔を両手で覆って項垂れた。なんとなく、心のどこかでそんなことじゃないかって思っていたけど、さすがに改めて肯定されると、思いのほか心にくる。

 

「ど、どうして顔を覆うのですか? ま、まさか具合でも――」

「いや、だって……。それって、私怪我してないのにただ気絶しただけってことでしょ?」

 

 恥ずかしい……。と私はか細い声で付け加えた。

 あれだけカッコつけた挙句、ただ気絶しただけなんて。どこぞのライトノベルで、女神さまに指さされて爆笑されていた主人公の気持ちが、今ならよくわかる。定期的に思い出してお布団で身悶える案件だ。

 遅れて合点がいったのか、男の子は一瞬キョトンとした顔をした後に堪えきれないというように噴き出した。その時の顔だけは、澄ました利発そうな仮面を投げ捨てて、年相応の男の子に見える。だがしかし、私の今の精神状態で笑われたという事実は思った以上に心を抉った。

 

「笑うなんてひどい……」

「すみません。あまりにも予想していないことを言われたので」

 

 じゃあ、さっきの『想像通り』ってどんなことを指していたんだろうと気になったけど、あんまり詮索はしないほうがいいと言われたばかりだ。みんなと会った時に話しを聞いて総合的に判断するしかないだろう。

 周りに配慮をして声を押さえて笑うその子の波と、私の頬の熱が引くのを待ってから、私はその子に話の続きを促した。

 

「――それで、えっと、聞きたいことって?」

 

 すると、その子は柔らかく上げていた口角を元の位置に戻して神妙な顔つきになる。空気には感触はない。でも部屋の雰囲気が少し硬くなった気がした。

 じれったくなるほどの間を空けて、その子は私の目をまっすぐ見つめながら短く問いかけた。その時、私はその子の目が海のように青いのだと今更気が付いた。

 

「なぜ、あなたはあの時私を庇ったのですか」

「………………」

 それは質問をしているようで、していない。ある種の確信を持ったうえで確認のための言葉だった。

 私は言葉を頭の中で貯めてから、逆に男の子にこう尋ねた。

「それなら、あなたはどうしてあの時に飛び出したの?」

「それは……」

「私に言わなくてもいいよ」

 男の子は何も言わなかった。

 それを肯定と受け取った私は、深く息を吸い込んで肺の中に夜の空気を溜めこんで、そして言った。

 

 

「死にたかったから。――かもしれないね」

 

 

 吐き出す息と一緒に出した声は夜闇に溶けるように消えた。

 長い、長い沈黙が横たわる。なんでこんなことをほぼ初対面のこの子に言えたのだろうと考えた。でも、それはこの子が初対面だからだと、思い至った。

 私のことを何も知らないからこそ、誰にも打ち明けるつもりのなかったものが漏れ出てしまったのだろう。

 どうせ今夜の話は不問にするという話しだし、らしくないとは分かっていたけれど、私はあえてそちらの方に話の舵をとった。

 

「私ね、生まれた時から親がいなくて、ずっと施設で育ったの。国の支援や同じ国の人たちのお金を頼りに生きてきた。そのうち誰かの役に立たなくちゃ生きていちゃいけないんだと思って、自分でできることを探して、医療の道を目指した。けど、その間もずっと、今すぐに私が死んだら私の使っているベッドが空いて、施設に空きができる。空きができれば私よりもずっと苦しい境遇の人が、一人救われるのにって思ってて……。でも、自殺は外聞も悪いし、危ないことをする勇気もなかったから、誰かを守って死ねたら楽なのにって思ってた」

 

 それは、言葉にしたら最低な、私の醜い願望だった。

 その願望はアルストに来ても変わらなかった。

 目の前に広がったまたとない機会。気づいたら、体が動いていた。でもそれは、決して善意だけではなかった。

 

「……どうしても、憧れは捨てきれなかった――のかな。だから、あの時あなたを庇ったのも高尚な信念の元とか、慈愛の心があってとかじゃなくて、全部私の都合。本当に、ごめんなさい」

 

 ベッドの上で頭を下げると、解きっぱなしの黒髪がはらりと崩れた。

 許して貰いたかったわけじゃなかった。

 慰めてほしいわけでもなかった。

 ただ、謝らずにはいられなかった。ただそれだけ。

 本当に、私はどこまでも自分勝手だ。

 

「顔を――。顔を上げてください。あなたのお陰で、私が助かったのは事実です。そこにどんな思惑があったとしても、あなたが私の恩人であることは変わりませんよ」

「そうだとしても、幻滅したでしょ?」

「いいえ。自分の存在に対する引き算は()()()覚えがあります。あなたの苦しみがすべてわかるとは言えませんが、そこについてあなたを糾弾するつもりはありません」

 

 意外な言葉に思わず顔を上げると、その子はこちらに向かって微笑みかけた。誰かを安心させるような、思いやりに溢れた表情だった。

 

「あなたは『自分が死んだら、すべてが丸く収まるんじゃないか』と思ってしまっていたんですね。自らの責任を放棄して、ただ自分が楽なほうに行きたいと願って、行動してしまった、と」

「……どうして」

「言ったでしょう。覚えがある、と。……僕にも、あなたと同じように思う人がいたんですよ」

 

 その男の子は自分の膝に置いた両手を組んで、自嘲するように笑った。私から聞いてもいいことなのか分からなかったので、じっと私はその子の胸の辺りを見る。何かの勲章のようなものが、いくつかぶら下がっているのが見えて、すごい功績でも持ってるのかなと考えた。

 

「自分が生まれたから、立場を追われた人がいた。自分が生まれたから人生を狂わされた人がいた。本来ならば、自分がいる場所には、自分以上にふさわしい人が座るはずだったのに。自分が生まれたせいで、それらをすべて台無しにしてしまった。

 今となっては、僕自身もなぜ、あの時に飛び出したのかが分かりません。もしかしたら、あなたと同じ理由もあったのかもしれないし、ただ純粋にバーンの自爆スイッチを取り上げたかったのかもしれません。ですが……」

「?」

「僕もあなたも今ここにいるということは、決して偶然じゃない。これもまた、誰かが望んだ結果なのではないかと、思うんです。僕たちが自分の都合でそうしたように」

「私が無傷だったのも、それを誰かが望んだってこと?」

「それはあなたが見極めることです」

 

 その男の子は淡い笑みを浮かべて顔で私に言い切った。自分だけ答えにたどり着いてスッキリしたような顔の男に、狡いなぁ。というやっかみが出てきてしまったのは仕方がないと思う。

 私は、私がこうしていることに理由が見いだせないままだというのに。

 

「さて、長居をしてしまいましたね。私はそろそろお暇します。あなたも、ゆっくり休んでください」

「…………」

 

 部屋を出て行ってしまいそうなその子に、声を掛けたかった。けれど、なんていえばいいのか分からない。

 名前も聞いちゃ駄目。今日のことは不問にするって言われたから、きっともう二度とこんな風に会話ができないくらいの人なんだろう。今日会ったばかりなのに、寂しいというのは卑怯だろうか。未練があるような言葉は逆にその子を困らせてしまう気がした。

 だからこそ、私は声で表情で態度で、ありったけの気持ちを込めてその言葉を口にした。

 

「私の話を聞いてくれて、ありがとう」

()()、あなたと話せて楽しかったですよ。時が経つのが惜しいと思うくらいでした」

 

 それでは、と優雅に一礼をして部屋を去っていった男の子の影が完全に見えなくなってから、私は起き上がらせていた上半身を倒して後頭部を枕に埋めた。

 とろり、としたまどろみが私の意識をさらいつつある。そんな中でも、あの男の子と話した余韻はいつまでも残っていた。

 私と僕。一人称を使い分けているのはだいぶ前に気付いていたけど、きっとあの子の素は『僕』なんだろうな。それなら、私との話の中では少しでもあの子の素の自分に戻せてあげられていただろうか。

 

「そうだったら、いいな……」

 

 私が、こうして生きている理由。それがあの男の子と話をするためだけだったとしても。

 全然悪い気はしなかった。

 

 

 

 

 

 

 




ネフェルのキャラを掘り下げたかった人生だった……。

次話『スペルビア巨神獣戦艦 医務室』
次くらいにはルクスリアに行きたい所存です。


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37『スペルビア戦艦 医務室』

                        1

 

 

 正直、アルストに来て初めて、私はこの世界のお医者さんを見た気がする。

 その人は気難しそうな男の人で、怪しげなメガネをかけている、いい歳のおじさんだった。

 私の腕をつぶさに観察するその人は、腕を動かしたり曲げてみたり、また別の所を見ていたりと何かと行動がせわしない。何を調べてるのか分からなくて、隣の助手のような若い男の人に助けを求める視線を向けたけれど、恐縮したように小さく頭を下げてきた。

 このジェスチャーは、日本人特有の『どうしようもできなくてゴメン』と謝る物だと理解してしまい、思わず小さくうなってしまった。……お医者さんって清潔感とか大事だと思ってたんだけど。

 

「何度見ても同じだ。問題ない、つまらん。薬もいらない」

「ありがとうございます」

 

 めくりあげられていた袖を元に戻すと、お医者さんは「ふん」と鼻を鳴らして扉に目を向けた。 連られて後ろを振り向くと無愛想なお医者さんの声が、机に何か書きつける音と共に聞こえてくる。

 

「迎えが来た。さっさと行け」

「迎え?」

 

 レックス達だろうか、それにしては廊下が静かな気がするけれど。私は診察用に座っていた丸椅子から降りて、扉の方に体を向けた。助手の人が気を効かせて扉を開けてくれる。その先にいたのは、つばのある帽子を目深にかぶった軍服姿のクールな特別執権官のメレフさんだった。後ろには、水のバリアでみんなを守ってくれたあの男の子のブレイドも一緒だ。

 無言で私を待つメレフさんに対して、疑問しか浮かばない。とりあえず、もう一度振り返ってお医者さんたちにお辞儀をしてその人の待つ巨神獣船の廊下に出た。

 向かい合ったメレフさんは私を見ると、どこか安心したようなほっとした表情で「大丈夫そうだな」とつぶやいた。心配させてしまったことが申し訳なくて俯き気味に頷くと、軍服姿のその人は背中を向けて歩き出してしまった。そんなメレフさんを不思議に思いながら追いかけていく。

 

「レックス達との合流にはまだ少し時間がある」

 

 だから、時間が来るまで少し話をしよう。とメレフさんは言って、連れて行かれた先は、巨神獣船の甲板だった。

 まだ日が真上に来ていない時間のこの場所には、他のスペルビアの兵士さんの姿はなく、ただ青い空と白い雲が私たちの足と頭を挟んでいる。

 涼しい風が、私とメレフさんの髪を揺らした。甲板の縁まで歩き雲海を見下ろすメレフさんの目的が分からない。でも、自分から話しかけられるような雰囲気でもなかった。

 

「アサヒ、今回の件について改めて礼を言わせて欲しい」

「い、いえ……。その、」

 

 ごめんなさい。と謝るのも違う気がする。そもそも、厳密にいえば私がメレフさんの弟さんを庇ったことには訳がある。その理由は昨日の夜だけの秘密で誰にも言うつもりはなかったが、面と向かってこう言われてしまうと罪悪感が首をもたげた。受け入れてしまえばいいと、頭では分かっている。でも、私の心がそうはさせない。

 だから――

 

「弟さんは、その後、大丈夫でしたか?」

 

 誤魔化した。作り笑顔を浮かべて、昨日のことなんて無かったように。

 メレフさんは一瞬不思議そうな顔をしたが、すぐにふっと笑って「あぁ、大丈夫だ」と答えてくれた。

 昨日のことはどうやらメレフさんにはバレていないようだ。よかった、怒られたりしてないみたいで。

 

「アサヒ、君に話しておかなければならないことがある。昨日の件についてだ」

「はい……」

「君の行動は、インヴィディアとスペルビアの国家間に大きな影響を与えたと言わざるを得ない行動だった。君の立場は非常に複雑で、君自身はインヴィディアに在籍を望み、アーケディアの特使としてその身を置き、そしてスペルビアの要人をその身をもって助けた。この意味がわかるか?」

「私のせいでスペルビアはインヴィディアに借りを作らせてしまったっていうことですか?」

「正解だ。しかし、スペルビアは彼の力でラゲルト女王を守った。貸し借りと言う点では痛み分け、というところだろうな」

 

 メレフさんが視線をやって、連られて振り返った私の後ろで控えていたあの男の子のブレイドが丁寧に会釈をした。なるほど確かに、状況的には引き分けだ。

 

「それに、格納庫で起きたことは正式な場ではないという見方もできる。その上で表向きはスペルビアもインヴィディアもバーンが両国の首脳を襲い、それを天の聖杯たちが倒したとして詳細は語らないように合意してくれた」

「よかった……」と胸を撫でおろしたのもつかの間、間髪を入れずに「ただし」というメレフさん声が、遮った。

「ただし、合意するにあたってインヴィディアは二つ条件を出してきた。一つはレックス含めた天の聖杯と楽園の子の所属の権利をスペルビアは恒久的に放棄すること。もう一つは今やインヴィディアの中で唯一、天の聖杯の傍にいる君を天の聖杯同様に守ること。これが、インヴィディア側からの出された条件だ」

「え、あの、ホムラさんとレックスのことはわかりますけど、そこに私まで入っちゃうんですか?」

「では聞くが、君はインヴィディアの戦力が何か知ってるか?」

「………………。もしかして、傭兵団(わたし達)ですか?」

「そうだ。インヴィディアは自然派を謳い、巨神獣の兵器開発はしていない。そうなると、フレースヴェルグを中心とする傭兵が重要な戦力になる」

「なるほど」

 

 そこでようやく腑に落ちた。私はインヴィディアにとっては重要な戦力の一人なのだろう。

 レックスも、いずれは傭兵団の団長になる。インヴィディアの女王様が私とレックス達の所属権利を放棄するように言うのは納得できる。それにしても自分の所属する国のトップに、自分の存在が認知されているというのは不思議な感覚だった。芸能人と知り合いー。とかいうレベルじゃない。ちょっとだけ、怖い。

 

「そういったことから、スペルビアはインヴィディアの条件を呑むこととなった。そして、私は特別執権官として君たちの護衛役に本日任命された」

「わぁ……! じゃあ、これからも一緒に来てくれるんですか!?」

「あぁ。そこの彼も一緒にな」

 

 彼、とメレフさんの視線を送る先には、あの男の子のブレイドがいる。てっきりお見送りに着いて来てくれたのかと思ったいたから「え?」と変な声が出てしまった。

 

「だって、あのブレイドって…メレフさんの弟さんの……」

「言いたいことはよくわかる。私も最初混乱したが、少しでも君たちを守るために必要だった。これは、あの方の意思だよ」

「そ、そうじゃなくて。ブレイドとの同調って、そんなに簡単に付け替えたりできるんですか?」

「普通はできないな。だが、この世界にはブレイドの同調を移行する道具がある」

 

 それはオーバードライブという、この世界に七つしかない幻の道具らしい。スペルビアはたまたま一つ保管していたが、メレフさんでさえその時になるまでそれがどういう形状でどう使うものかも分からなかったそうだ。

 メレフさんは、ワダツミさんに向けていた視線を、別のどこかに向けた。その視線の先には、きっとあの男の子がいるんだろう。

 

「私は彼を譲り受けたとは思っていない。あくまで借り受けただけと思っている。もしもこのアルストがいつか、平和になった時には必ずワダツミを陛下にお返しする。その時までに、私はオーバードライブを探さなければならないが……」

「私も、私もそれ欲しいです……! っていうか、え? 陛下って…もしかして、スペルビアの皇帝陛下?」

 

 あの男の子のブレイドが今はメレフさんと同調していて、それを返す人物が陛下っていうなら、そういうことなんだろう。その事実を裏付けるように、メレフさんの顔が思いっきり「しまった!」という顔をしている。

 なんてわかりやすく、雄弁なんだろう。というか、あの子スペルビアの偉い人に関係するとは思ってたけど皇帝なんて立場の人だとは思いもしなかった。同じ年くらいなのに。

 それよりどうしよう、すごいため口聞いちゃったし、皇帝陛下にしょうもない悩みを話してしまった。なんでこう、私は……。私は……!!

 

「あ、アサヒ? 大丈夫か?」

「ふむ……。かなり混乱しているようだね。今は君の声も届いていないだろう」

「参ったな、これからレックス達と合流するというのに……」

「私も陛下から彼女への預かり物があるのだけれど……これはしばらく無理そうだな」

 

 そんなやりとりがされているともつゆ知らず。私は自己嫌悪にしばらくその場から動けなかった。 

 

 

 

                        2

 

 

 

「ワダツミは、あれを渡せたでしょうか……」

 

 法王庁から自国に戻る巨神獣船の中で、羽を模したような王冠を頂いたネフェル・エル・スペルビアは眼下に広がる雲海を眺めながら独り言ちた。物心ついた時から傍らにいる存在を、自分の最も信頼する腹心に預けた彼は、今まで感じていた気配がなくなるのは、こんなに寂しい物だったのかと、静かに衝撃を受けていた。

 だが、後悔はしていなかった。

 ドライバーとして同調はできていても、その真価を発揮できないで何がドライバーだとネフェルは常々思っていた。過去の皇族の栄光を示すものとして、カグツチとワダツミは代々スペルビア皇国で重宝され、彼らと同調することが王位を継承する者との証になっていた。その結果、ワダツミは自分の傍に控えるお飾りになってしまっている。宝の持ち腐れとはまさにこのことだ。

 

(あの時、私はブレイドとドライバーの絆の在り方を見た)

 

 あの時、と言うのはグレートサクラとの戦いのときだ。天の聖杯たち、ドライバーとブレイドが互いに武器を受け渡し戦っていく様はネフェルの心を強く震わせた。そして、同時に愕然とした。

 自分には戦いの才能はない。かつて、自分とそっくりの風貌であるスペルビア皇帝の祖。ユーゴ・エル・スペルビアの伝説は数多く聞かされてきて、その度に「あなた様もユーゴ陛下のようになられるのですよ」と言い含められてきたが、実際その光景を間近で見れば、それはもはや次元が違うといってよかった。

 ネフェルは自分の無力さを痛感し、同時に隣に立つ従姉の横顔を盗み見た。あの時の従姉の顔は特別執権官として見慣れたものではなく、今すぐにでもあの中に飛び込んでいきたいと仲間を案じる一人の人間。メレフ・ラハッドとしての表情だった。

 そうしないのは、自分がいるから。そうさせないのは特別執権官だから。

 

(もしも、私が生まれていなければ、あの人はカグツチとワダツミの両ブレイドと同調ができただろう。そして、その玉座に堂々と腰を下ろして民を導いただろう)

 

 けれどそれは、従姉が本当に望むことなのだろうか。

 自分の性別を偽り、お仕着せられた皇帝の冠を戴いて、そこに天の聖杯、ひいてはあの少年への興味は続いただろうか。仮に続いたとして、今のスペルビアの情勢では玉座から離れることも難しいだろう。

 義務ではなく権利として、天の聖杯たちの行く末を見守りたいと思いつつ、また自分の意思を犠牲にしようとした優しくも自分に厳しい従姉を送り出せてよかったと、ネフェルは今、心からそう思う。

 

(今、ここに自分がいることは、決して偶然じゃない。私や彼女が自分の都合で身を危険に晒したように、他の誰かが私に生きていて欲しいと思ったからこそ、私も楽園の子もここにいる)

 

 けれど、それでいいんだ。とネフェルは思う。

 世界はきっとそんな風に作られていく。誰かの願いに、またほかの誰かの願いが重なり、複雑に絡み合った糸と糸が折り重なって、でも――それでも一本ずつ紐解いていけば、他と変わらない一本の糸があるだけだ。

 願っていい、祈っていい、望んでいい。それが世界を作っていく。歴史を紡いでいく。

 今、ネフェルは望むことを躊躇わない。最も信頼する存在の手を放し、その足で世界を渡り、そして泰平に導いてほしい。敬愛する従姉が、それを望むのと同じように。

 

(あの楽園の子も、同じように何かを見つけられれば良いのですが……)

 

 ネフェルにとってアサヒは、自分を映す鏡のような存在だったが、アサヒにとってネフェルが同じように映るかと問われれば、それは違う。彼女はまた別の鏡が必要なのだろう。

 今日は昨日の寝不足をおして朝早くに起き出し、ネフェルは手紙を書いた。

 勿論、アサヒ宛てに。

 先に答えに辿り着いてしまった者として、そしてまだ自分自身で答えを見つけられていない彼女のために、ネフェルは「またいつか、あなたの話を聞かせてほしい」と文章にしたためた。

 手紙が返ってきても、返ってこなくてもどちらでもいいと思っていた。けれど、彼女が気持ちを吐き出す相手は少し遠いくらいの存在がちょうどいいのだろうとネフェルは分かっていた。自分がそうであったから。

 そして、その役が自分にできるならばあの時助けてもらった恩に少しでも報いることができる。そこまで考えて、ネフェルは頭の中で「それに」と付け足した。

 

(それに、私も彼女の関係があの夜だけで終わってしまうのは、いささか寂しく思いますしね)

 

 その感情を定義することは野暮というものだ。

 ネフェルは、朝にしたためた手紙の痕跡のようなインク瓶と書き損じの紙を片付ける。そうしてふと、手を止めると脳裏に焼き付いたその時の光景を目を閉じて思い返した。窓から見える雲海の遥か先。地平から覗く太陽と空の、金色と藍色の移り変わり。

 あの朝は、少女の名前と同じ美しい空であったことを。

 

 

 

 




第三章『怒涛』完
次話第四章『理由』

皇帝が文通友達になりました。
次話『ルクスリア王国 リザレア広場』

誤字脱字報告ありがとうございます!!
反映させていただきました。


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4章 理由 38『ルクスリア王国 リザレア広場』

 

 

 

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 日の暮れた巨神獣船に吹き抜ける夜風は思った以上に冷える。

 防寒具を身に着けてても身震いしそうになる体を縮こまらせながら、私はそれでも船の縁に備え付けられた手すりを握って、そちらの方をじっと見つめていた。

 濃紺色の夜闇。空を仰げば私のいた世界では到底見られないような数の星々。そして、視線の遥か先に、仄かに翠色の光を発しながら聳える世界樹がある。樹と謳っているのに、灯台のように光を放っているので、私はアレが本当に樹なのか密かに疑っていた。

 私たちは今、あそこを目指している。手を伸ばせば掌の中に納まってしまいそうな場所にあるそれに、私はそっと手を伸ばした。

 ついこの間まで、あそこにはレックスが行きたいからと言う理由で目指して来たけれど、今は違う。私は私の意思で、世界樹を目指す理由ができた。きっかけはあの、グレートサクラとの戦いから。

 本当は見たくない。でも、いつかは見なくちゃいけない。相反する気持ちがない交ぜになって、それを押し留めるように世界樹に伸ばしていた手をぎゅっと握って、ぱたりと腕の力を抜き雲海を見下ろした。真っ白い綿のような雲が、巨神獣船の縁に当たっては砕ける。

 世界樹を見る度になんとも言えない気持ちに陥るので、今までは意識的にないことにしていたけれど、もうそろそろ本当に目を背ける訳にはいかなくなった。

 

「アサヒっ!」

「ひゃいっ!?」

 

 後ろから切羽詰まったような声で呼ばれ、私は冗談抜きで飛び上がった。

 巨神獣船の上が静かすぎたのもあって、突然の大声に心臓がバクバク言っている。恐る恐る振り返れば、そこには目を見開いて同じく驚いた顔のニアちゃんが立っていた。

 

「ど、どうしたの? ニアちゃん」

「どうしたのって……それはこっちのセリフだよ。なにしてんのさ、こんなところで」

 

 若干早口になったニアちゃんにそう問われて、私は返答に困って曖昧な笑みだけを返す。

 何をしていたと言われると特段何もしていない。あえて言えば世界樹を見ていただけだ。ただ、それを正直に言ったとしても余計になぜ? と疑問に思われそうで、理由を口にするのは諦める。するとニアちゃんは少しだけ顔を伏せてから、無言で私の横に並び立った。転落防止の柵の欄干に手を乗せるその小さな手にはぴったりとした白いグローブがはめられている。いつもの黄色いつなぎに猫耳フードの着いた白いケープ姿のニアちゃんを見て、ルクスリアにその格好で寒くないのかな。と、自分の恰好を見降ろしてみる。そうこうしていると、欄干に置いているニアちゃんの小指の先と私の手の小指の先が触れ合った。

 思わず顔を上げる。けれど、ニアちゃんは俯いていて下がった前髪のせいで表情が見えなかった。

 何か悩んでるのかな。とは想像がつくけれど、その上で私にどんな反応を求めているかが分からない。なので、手の位置はそのままで、私は逆にニアちゃんの顔を見ないように世界樹の光をぼんやりと見つめる。

 

「ありがとう、ニアちゃん」

「へっ!? な、なんだよ、いきなり――」

「私の怪我、ニアちゃんとビャッコさんが治してくれたんだよね? トオノから聞いたよ。だから、ありがとう」

 

 今更ながらにお礼を言うと、ニアちゃんはキョトンとした顔で私を見つめた後「あ……。あ、あぁ、そのこと」と、まるで思ってもみなかったことを言われたときのように視線をさ迷わせる。そうして、俯き加減の彼女は小さく何かを呟いたが、小指の先が触れ合う距離でも聞き取れないほどの小さな声だった。きっと私には、聞かれたくないことなのだろう。

 

「ねえ、ニアちゃん。トオノのこと好き?」

「は? なんだよ、急に。……別に嫌いじゃないよ」

「そっか。なら、よかった」

 

 本当に、良かった。私は心の底からそう思った。

 グレードサクラのときのことを、後から聞いた時にトオノはニアちゃんに『きちんとお礼を言うように』と言ってくれた。私が倒れている間に二人の間でどんなやりとりがあったかは分からないけれど、トオノが私以外のドライバーを認めるのは珍しいことだった。そして、ニアちゃんもトオノのことは嫌いじゃないと言ってくれた。これなら、きっと大丈夫。トオノは、私にはもったいないくらいのブレイドだ。少し周りの人にツンケンするところもあるけど、ドライバーのことを一番に考えてくれる優しいブレイドだ。

 

「アサヒ……?」

 

 ニアちゃんの不思議そうな声が風に乗って雲海の彼方に溶ける。

 首に巻いたマフラーが、風に嬲られてはためいた。

 何かを口にしなくちゃいけない。でも、私からは何も言うことができなくて、逃げるようにニアちゃんの視線から目を逸らして、甲板の木目を見つめる。すると、その夜空へ突き抜けるような笑い声が聞こえて思わず私は顔を上げた。ニアちゃんも耳を笑い声の聞こえる方に反らせている。

 

「この声――レックスかな?」

「そうじゃない? 亀ちゃんの声もしたし」

「良く聞こえないけど……なんか、楽しそうだね」

「あいつらには、緊張感ってもんが足りないんだよ」

 

 呆れたように腰に手を当てるニアちゃんは、一体どこまで聞こえているんだろう。その「しょうがないなぁ」と言いたげなニアちゃんの顔を見て連られて微笑みながら、ちょっとだけ安心する。先ほどまでの張り詰めた空気が緩んだのを感じて、今ならさっきのフォローができるような気がする。

 勇気を出して、ニアちゃんに向かって口を開いた、その時だった。

 

「――ニア、アサヒ。ルクスリアに着いたみたいだから、船首に集まってちょうだい」

 

 視界の端で、青い炎のドレスがひらめいて落ち着いた女の人の声が聞こえてくる。

 私は弾かれたようにカグツチさんに視線を向けると、すぐに笑顔を張り付けた。

 

「今行きます。行こ、ニアちゃん」

「あ、あぁ。うん……」

 

 私はニアちゃんの手を取ってカグツチさんの横を通り過ぎていく。その船首に着くまでの短い時間に、後ろから着いて来てくれているであろうニアちゃんに、心の中で謝りながら。

 

 

                        2

 

 

 ルクスリアのあるこの巨神獣の名前はゲンブといって、インヴィディアの巨神獣と同じ可潜式の巨神獣だ。その姿はニアちゃん曰く、でっかいカメキチ。サイカさんの胸にあるコアから放たれる光に導かれるように、雲海を持ち上げて現れたその巨神獣の中を潜っていって辿り着いたゲンブ港からルクスリアの帝都、テオスアウレまでは徒歩で行くしかないそうだ。

 サク、サク、ギュッ、ギュッという軽快な音が断続的に聞こえてくる。見渡す限りの一面の雪景色に白い息を吐き出しながら見惚れてていた。船の中でサイカさんが言うにはルクスリアの季節的は初秋だと言っていたけれど、これのどこが秋なんだろう。雪もちらついているし、真冬と言っても問題ないくらい寒い。

 今、感じてる寒さが身が引き締まる程度に済んでいるのは羽織っている外套とマフラーのお陰だ。でも、私たちの中でも、みんながみんなこの寒さに耐えられるわけじゃないらしい。

 

「あ、あの、ニア? ちょっと、歩きにくい……」

 

 寒さが苦手なニアちゃんはホムラさんの腕にギュッとしがみついて雪原を歩いている。確かに、ここに来る前に、火属性のブレイドであるカグツチさんとホムラさんから近くにいてもいいって言っていたけど、ホムラさんもここまで密着されるとは思っていなかったんだろう。困った顔で小さく抗議するも、ぽかぽかのホムラさんにくっついてるニアちゃんはご機嫌で返した。

 

「いいじゃん、減るもんじゃなし。ホムラにこうしてると、暖かいんだよねぇ」

「遠赤外線効果というやつじゃな」

「詳しいな、じっちゃん」

「私、ストーブじゃないんですけど……」

 

 レックスのヘルメットから顔を出すじっちゃんに小さく反論するホムラさん。そのやりとりを聞いて『むしろ炬燵では?』と、私は心の中で小さく突っ込んだ。童謡でもネコは炬燵で丸くなるってあったしなぁ。

 そうなると、と私は辺りを見回す。一面の雪景色の中で岩肌に刻まれたエーテルラインと言う巨神獣の血管みたいなものが淡い光を放っている。ゲンブはエーテルのめぐりが悪い巨神獣らしく、結果このような寒冷な土地になってしまっている。というジークさんたちの話を小耳に挟みながら、きょろきょろしているとトラが不思議そうな顔をして首を傾げた。

 

「も? アサヒ、どうしたも?」

「んー? コタローどこ行っちゃったのかなって」

 

 ゲンブ港に来た時も、初めて見る雪にテンションを上げた(そして30分で飽きた)レックスとトラに交じってはしゃいでいたし、童謡通りならその辺駆けずり回ってると思うんだけど。

 周囲を見渡せば真っ白な雪の照り返しとエーテルラインから漏れ出る仄かに緑色を帯びた光の粒がキラキラと夜の雪原を照らしている。時折、鹿みたいなモンスターがのっそりと雪原を横断していくその先に、豆粒台になった茶色いモフモフが飛び跳ねているのを見つけ、私は肩を落とした。

 

「あぁ……。あんなに遠くに行ってる……」

「コタローの笑い声、ここまで聞こえてくるも」

「何がそんなに面白い要素があるんだろ……。コター、置いてっちゃうよー」

 

 モンスターを刺激しない程度の声じゃダメだ。雪にテンションが上がり過ぎて全然こっちを見てくれる気配がない。これなら呼び戻すよりも迎えに行っちゃった方が早いかもしれない。

 コタローのいる場所は私たちのいるところから、結構急な下り坂を降りなければいけない。しかもゴルフ場にあるような小さめだけど池もある。位置関係を見て、最悪な展開が容易に思い浮かんだ。なんというか、こう言ってはなんだけど……。

 

「すごい、不穏……」

 

 そうつぶやいた瞬間だった。

 いざ、一歩踏み出した傍からずるっ、という嫌な感覚がして「あ」と言う間もなく視界がぶれたと思ったら、私は雪のスライダーを滑り落ちていた。案の定、視線の先には池がある。

 

「ちょ――嘘ぉおおおっ!!?」 

 

 身を切られるような冷たさは次の瞬間にやってきた。

 幸いというかなんというか。池はそこまで深くなくて、ちょっと大きめな水たまりだったのかもしれない。荷物は奇跡的に無事。でもそれ以外は、言うまでもない。

 ここは雪国だ。小雪のちらつく銀世界で水びだしになったらどうなるかなんて、結果は瞭然。

 凍えた。

 見事に凍えた。

 寒さ避けの外套も、水に濡れてしまえば重いし冷たいし。マフラーも手袋も水に濡れてしまってはいたずらに体温を奪っていくだけだ。仕方なく防寒着を脱いだ私は、さっきのニアちゃんよろしくホムラさんの腕に縋りついた。さすがに、震える私をホムラさんは蔑ろには扱わなかった。

 

「スマン、アサヒ……」

「………………っ!!」

 

 足元でコタローが謝ってくれているけれど、それに返す余裕もない。

 まだ、体が震えてるくらいで済んでるうちにルクスリアに到着したいと思う私は、案内役のジークさんに視線を向ける。その人は、眼帯をしていないほうの目を可哀そうなものを見る眼差しで見返して、ひとつ頷いた。

 

「アサヒが風邪ひかんうちに、ルクスリアに入るで」

「……アサヒ、王子の不運が移ったんちゃうん?」

 

 

 今それ言っちゃうんですか、サイカさん。

 

 

 




大変長らくお待たせいたしました。
第四章突入です。

次話『宿屋 アナスタージウス』

次のお話は少し早く書ければいいなと思っています。


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39『宿屋 アナスタージウス』

 

 

 

                       1

 

 

 

 ルクスリアの王都テオスアウレは石造り門と壁に囲まれた堅牢な国だった。

 ところどころで、どこか既視感のある緑の光が灯る謎の技術が施されているのを見て、目を見開いたのはアルスト唯一の人工ブレイド技師のトラではなく、スペルビアの特別執権官であるメレフさんだ。

 

「これは――文献で見た古代文明の姿、そのものじゃないか……!」

「見てくれだけはな」

 

 ジークさん曰くその昔、ルクスリアの前身になった古王国イーラは機械技術が発達した文明国家だったらしい。そこに双璧をなすのが、今のテンペランティアであり、生物に関する技術の発展した後、天の聖杯の手によって滅びたユーキディウムという国で、イーラの血を受け継いだのがルクスリアとのことだ。

 

「じゃじゃじゃ、い、いイーラといいう国は、も、元はげげ、ゲンブに……?」

「そういう訳とはちゃうが……なんや、アサヒ。両手にホムラとカグツチ抱えといて、まだ寒いんか?」

「あばばば……!」

 

 不思議そうに首を傾げられても、寒い物は寒いのだ。下に何枚か着こんでいるとはいえ、実際はちょっと薄手のワンピースの下に七分丈の細身のズボンスタイルは変わらない。足から水に入ったため靴はぐしょ濡れなのに脱ぐことも出来ない。人間が温めていないといけない首のうち、二つが温められていないなら、寒さの根本解決は難しい。天の聖杯とスペルビアの宝珠と呼ばれるブレイド二人をストーブ替わりなんてなんて贅沢。これ絶対、ヴァンダムさんやメレフさんの弟さんには言えないなぁ……!

 時折吹き付けて来るか細い風の音に交じって、ビャッコさんが何やらいいことを言っているみたい。だけど、今の私には聞けはしない。とにかく、早く宿に行って体を温めたい。

 王都参道と呼ばれる大きな石の橋の手前でそんなやりとりをしていたら、城門の前で立っていた兵士さんが私たちの姿を見つけ駆け寄ってきた。

 

「ジーフリト殿下、ご帰還を心からお喜び――」

「あー、そんな畏まった話はええわ。それより『ワイらは宿に寄ってから城に行く』親父に伝言頼めるか?」

「――はっ!」

 

 一瞬、兵士さんが私を見た時に、ぎょっとした顔をしていたけれどすぐに敬礼をして橋から門の中を抜けて行ってしまう。なんだったんだろう、って不思議に思ったけど、今の自分の状況を思い返して納得した。この雪が舞うルクスリアで、薄着の人間見たら誰だってあんな反応するよね。

 

「さ、行くで」

 

 ジークさんに促されるまま、私たちは王都参道を通ってテオスアウレの中に足を踏み入れた。 

 モルタルで作られたようなテオスアウレ正門を潜った先から、先ほどまで広がっていた銀世界は無かった。石畳の街並みの中心には大きな塔が置いてあり、その周りにバザーのような簡単な作りのお店が軒を連ねている。

 蝋燭の明かりのような暖かな色の照明が町の所々に使われていて、ぼんやりとした光が幻想的な雰囲気を生み出していた。

 

「あれ? 雪が降って、ない?」

「本当だな。それに、足元がほんのり暖かい。こりゃどういうことだよ」

「それな、町の中央の塔あるやろ? そこでゲンブのエーテルエネルギーを使(つこ)てお湯を作って街に巡らせとるんよ」

 

 サイカさんの指さす先は、バザールのある場所だ。

 私もホムラさんから腕を解いて、手のひらを石畳の地面にそっと置いてみる。本当だ。コタローが言う通り、ほんのり暖かい。古代文明の技術を使ったセントラルヒーティングみたいなものかな。

 ともかく、この中ならこれ以上凍えることはなさそうだ。

 先ほどまでさんざん暖房器具にしてしまっていたホムラさんとカグツチさんと、その二人のドライバーにお礼を言って離れると、ジークさんに案内されながら宿の方に向かうことに。

 

「へぇ、ずいぶんと活気のある市場じゃない」

 

 その道中、中央のお湯が沸く塔の近くを通ったニアちゃんが率直な感想を漏らした。

 ルクスリアの王都、テオスアウレは鎖国状態だと事前に説明を受けていたので私も意外に思っていた。しかし、その言葉にジークさんは喜んだ顔はしなかった。

 

「闇市や」

「闇市?」

「寒冷なルクスリアではな、地産の作物はほとんど出回らん。見てみぃ、普通の店はみんな閉まっとるやろ?」 

 

 言われてから改めて中央広場以外の場所に目を向けると、確かに城壁に面した露天と思われる場所にはすべて板が張られていて、そこを歩く人は今が夜ということを除いてもほとんどいなかった。

 一様に納得したと頷くと、ジークさんはさらに苦々しい声で続けた。

 

「せやから、ああやって裏で仕入れた他国さんの作物をべらぼうな値段で売っとる。飢餓にならへんのやったらそんでええ言うてな。行政も見て見ぬふりや」

「……つまりは、生産活動の多くがただ生きることに費やされ、国力は衰退していくのね」

「これだけの古代文明の支えがあっても、不可能なことはあるのだな」

「古代文明言うと聞こえはええけどな。こんなもん観光客のおらん、ただのでっかい博物館や。飯の足しにもならんわ」

 

 冷静に分析するカグツチさんとメレフさんに対し、ジークさんの発言一つ一つに重苦しいものを感じる。サイカさんも複雑そうな顔をして、ジークさんの後を追ってしまった。重苦しい空気の中で、ふと歴史の授業を思い出して想像してみる。鎖国していたころの日本も、こんな感じだったのかな。

 

 

 

                       2

 

 

 

 そんな過疎気味のテオスアウレの中にある唯一の宿屋、アナスタージウスはそれなりに大きなところだった。多人数掛けの机と椅子にカーペットと割とシンプルかつ壁や床に賭けられたタペストリーによって暖かに見える内装。しかし、他国の人は提携した商人だけしか出入りしていないからか、宿の屋のエントランス兼酒場には数人の人しかいなかった。鎖国故、宿泊客がいないらしく、部屋にはすぐ通される。

 各々も割り振られた部屋を確認しに行って、一時的に別行動が許されると私はようやく着替えることができた。

 行儀悪く靴を脱いで逆さにして壁に立てかけ、濡れたとマフラーを上から下に勢いよく振って水気を飛ばしていると、開け放したままの扉が控えめに叩かれる。音に気付いて振り向くとレックスとニアちゃんとトラ。そして三人のブレイドがひょこりと開けたままの扉の影から顔を出した。みんなの顔はなんとなく浮いていない。

 すると、一番扉の近くにいた花魁姿の艶やか姐さんブレイドのトオノが対応してくれた。

 

「いかがしんした? もう出発するので?」

「違いますも。アサヒに相談があってきましたも」

「私に?」

「うん。実はさ、神聖なる鎖(サンクトスチェイン)と取りに行く前に王様に挨拶しにいく。って亀ちゃんが言ってたんだけど。アサヒ、服濡れたままで乾いてないだろ? その恰好で王様に会うのはその、まずいんじゃないかって話しになってさ……」

「……そうだね。水気は飛ばしたけど、生乾きだし……」

「相手は王様だもんな。つーことは、俺たちは留守番か?」

「さすがコタロー。話が早いも」

 

 ふふん、と突き出た鼻を高々と伸ばすコタローに曖昧な笑いを浮かべる。

 なるほど、みんなが言いにくそうにしてたのはこのことか。

 もちろん私も頷いた。ジークさんのお父さんである王様はちょっと見てみたいけど、それよりも神聖なる鎖(サンクトスチェイン)を取りにルクスリアを出るなら、また凍えてしまわないように対策をしておかないといけない。と、考えた途端に鼻がムズムズしだした。

 

「――へ、へっくしっ! ……うぅ」

「まだ、お体も万全ではないようですね。私共が戻ってくるまで、アサヒ様は暖かくしてお休みになってください」

「すみません……」

「レックス、炎のブレイドで誰かアサヒに付いていてもらうのはどうですか?」

「ホムラ、ナイスアイディア! って言ってもホムラとカグツチとハナは俺たちに着いて来てもらわなきゃだから。他の炎属性のブレイドって言うと……」

「ニューツさんと、最近だとヒバナちゃんも炎属性だったっけ。あと……」

 

 指を折って数えて、自分が渋い顔をしたのが分かる。

 あと一人炎属性のブレイドがいるんだけど、思い出した端から高笑いにかき消された。黒い髪を優雅に撫でつけたモフモフのマントを羽織ったあの人の姿が頭をよぎる。

 クビラさん、苦手なんだよなぁ……。

 奥歯に物が挟まったように、その人の名前を出せないでいたら何かを察したホムラさんが優しく笑いかけてきた。

 

「アサヒ、私からヒバナちゃんにお願いしてみましょうか?」

「え、あっ――と。……はい。お願いします……」

 

 三人に申し訳なくて、最後の方は声が小さくなってしまった。それでもホムラさんは「はい。じゃあ、呼んできますね」と言って何事もなかったかのように部屋を出て行って、5分ほどで元気な声を引き連れて戻ってきた。

 ヒバナちゃんは頭に生えた二本の鬼の角のような部位から火花を噴き出しながら鼻息荒く、私のあてがわれた部屋に乗り込んできたと思うと、大胆にも私の首に腕を回して抱き着いてきた。身長があまり変わらないので、ちょっと視線を向けると、その子の鬼の角がすぐ近くに見える。

 

「不肖ヒバナ! ホムラ先輩に頼まれ、馳せ参じました! アサヒさんを温めてあげればいいんですよね? ホムラ先輩たってのお願いですから、私にドーンッと任せてください!」

「あ、熱い熱い。あの、火の粉飛んできてるから! 温まる前に燃えちゃうから!」

 

 肌にチリチリとした熱いような痛いような感覚に声を上げると、ヒバナちゃんは慌てて私から離れた。

 ばつが悪そうに頭を掻きながら、笑って誤魔化すヒバナちゃんにみんなのじっとりした視線が刺さる。

 

「ヒバナちゃん……。本当に大丈夫ですか?」

「まぁ、大丈夫だろ。俺もいるし、トオノもいるからな」

「わっちは消火器じゃありんせん」

 

 不服そうだけど、風属性のコタローと水属性のトオノがいるなら万が一のことがあっても大丈夫だろう。私と同じように納得したレックスたちは王様の謁見のために準備をするために部屋を出ていってしまう。

 部屋に残されたのは私と、コタロー、トオノとやる気に満ち溢れたヒバナちゃんだった。

 

「さぁ、アサヒさん! まず初めに何をしましょう!?」

「とりあえず、傍に座っててくれるだけでいいかな」

 

 

 

                       3

 

 

 

 お城に出発するみんなを宿の入口まで見送った後、私はあてがわれた宿のベッドでヒバナちゃんと背中合わせになるように座ってみんなの帰りを待っていた。膝にはコタローが丸まっていて、その柔らかいベージュの毛を撫でながら、ここが宿だって忘れるほど静かな部屋で窓の外を見つめる。

 雪は周りの音を吸い取るっていうけど、聞こえてくるのが部屋にいる人間の息遣いだけというのも不気味だ。フレースヴェルグの村では、常に誰かしら、何かしらの音が聞こえていたから。

 ……みんな、大丈夫だよね。

 理由はあれども取り残された不安感からか、私は思わずコタローを撫でていた手を止めて俯いていた。すると、コタローの心配そうな目と目が合う。気まずくて、曖昧に笑いかけるとその視線はさらに強くなった。

 

「すぐ帰ってくるって、ジークたちも言ってたろ」

「うん。そうだね……」

 

 それよりもっと撫でろと、コタローは催促するように私の手のひらに湿った鼻先を押し付けた。

 背中でふわあと、ヒバナちゃんが欠伸をした気配がする。

 

「トオノ、私の荷物を取ってくれる?」

「これで、なにを?」

「鉱石ラジオを聞こうと思って。……そんなに嫌そうな顔しないでよ、コタ」

 

 犬でも鼻の頭に皺って寄せられるんだな、と新たな発見をしながら私は荷物の下に紛れていた木箱に収められた鉱石ラジオを取り出す。結構荷物の扱いが荒くなっても、壊れない優れものだ。

 ごそごそと荷物を漁っていると、興味が出てきたのかヒバナちゃんがこちらを振り向いてベッドに手を着いてこちらに身を乗り出してくる。

 

「何ですか、それ?」

「うーん、鉱石ラジオって言うんだけど聞こえない声を聞く機械……かな」

「???」

 

 良く分からないという顔をして首を傾げるヒバナちゃんの説明は置いておいて、私は首に提げた新調したばかりの皮ひもを解く。アーケディアでターキン族に金属チェーンを上げてしまった間に合わせだ。

 あれから色々あったけど、認識票(ドッグタグ)の銀色の膜は今以上に剥がれることは無かった。やっぱり、ヒカリさんの空から降らせる光線が影響しているんだろうな。

 そう考えている間にも、手は手順通りに鉱石ラジオを展開していく。

 エナメル線を張った木を十字につなぎ合わせたアンテナを立てて、ドッグタグを下の箱の定められた位置に置きイヤホンを耳に入れて板を動かす。

 

 

 ――ガガッ……。シ……。ジジガッ…ん……ね、ズザーッ。

 

 ――シ……。ザザザーっ! ……ん、ね……。

 

 ――ザザザザザーッ……。シ……ジジジッ、ザザーッ。んね……。

 

 ――ガガッジジガガガガッ…、ズザーッ。

 

 

 聞こえた。あの女の人の声だ。

 アーケディアであの奇跡のような瞬間に聞こえたような、はっきりしたものではない。いつもの、ノイズ交じりの声だ。

 でも、なんでだろう。聞こえるときと聞こえないときの何が違うんだろう。

 巨神獣のいる位置? それとも、一緒にいる人?

 それとも……。

 背中からヒバナちゃんの温かさを感じながら、今までこの声が聞こえた時のことを思い出す。

 今までこの鉱石ラジオを試したのは四回。

 一回目、二回目は、インヴィディア。フレースヴェルグの村で。

 三回目はスペルビアからリベラリタス島嶼群にいく巨神獣船の中で。

 四回目はアーケディアで、ファンさんの国葬のとき。

 そして、今回。ルクスリア。

 

「場所じゃない……? タイミング?」

「主様?」

 

 三つの方向それぞれから、コタロー、トオノ、ヒバナちゃんの視線を感じる。そんな中でも私は口元に手を置いて、その前後で起こったことを、私は思い返す。

 そして――電気が走ったように頭の中で一つの仮定が閃いた。

 

「そうだ、イーラだ……! この声が聞こえるときって、もしかしてイーラが近くにいるときだけ……?」

「イーラって、ホムラ先輩を狙う悪い奴らですよね? そいつらの声がそこから聞こえるんですか?」

「そ、そういう訳じゃないんだけど。でも、関係はあると思う。この声が聞こえた前後に、イーラの人に襲われてる気がするの」

「確かに言われてみりゃ、そんな気はするが……。おい待て、それって――聞こえちまったのか? 今?」

「聞こえちゃった……」

 

 私は深く項垂れた。私の仮定が正しければ、そういうことなんだろう。

 事情を知らないヒバナちゃんにも『イーラが近くにいるかもしれない』ということだけは伝わったらしく、緊張した面持ちで、窺うような視線を投げかけて来る。

 今、この場の決定権は私が握っていた。

 私は一度目を瞑ってから、開くと同時に手を固く握る。そうして、震えそうな喉を抑えつけてなるべく毅然とした態度で言った。

 

「お城に行こう」

「しかし、あの方々になんと説明するので?」

「なんとでも言うよ。寂しかったから来ちゃったとかでも、体が温まったから迎えに来たでも、なんでもいい。とりあえず、神聖なる鎖(サンクトスチェイン)を早く取りに行けるようにしないと」

()()()()()()?」

「いいよ」

 

 イーラが近くにいるかもしれない。その可能性をより強める核心については話したくはなかった。

 この声が、イーラの首魁であるシンに「ごめんね」と言ってることを知っているのはコタローと、トオノだけだ。ヒバナちゃんのドライバーであるニアちゃんにも、ヒカリさんにもまだ言えない。

 少し前までは、シンに関わりの深い二人のためにだったけれど、今は私のためである。

 私は――シンの事情を知るのが怖い。

 

「と、とりあえず、お城に行くんですよね?」

「うん。えっと、ヒバナちゃんには悪いんだけど、このことみんなには……」

「わかってます! 皆さんを不安にさせないためなんですよね? ホムラ先輩に黙ってるのは心苦しいですが、そういう理由なら!」

「ごめん……」

「謝らないでくださいよぉ! あっ、わ、私先に宿の外で待ってますね!」

 

 この場の空気が耐えられなかったのか、ヒバナちゃんはローラーブレードのようになっている靴で地面に火花を立てながら滑って出て行ってしまった。しかし、部屋のドアを出て曲がったかと思うと、そう立たずに「わぁぁあっ!!」という、声とどしんという音が部屋にまで聞こえてきた。

 

「ありゃ、誰かにぶつかったな」

「えっ!? た、大変!」

 

 耳のいいコタローが言うのだから、それは当たっているのだろう。

 私はようやく乾いた防寒具を一式身に着けて、水気の抜けた靴を履くと荷物をひっつかんで部屋から飛び出した。案の定、あまり広くもない石造りの廊下で目を回してるヒバナちゃんと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が座り込んでいた。

 その人には見覚えがあった。

 ついこの前まで滞在していたアーケディアで、私が捕まっていた巨神獣船に密航していた――

 

「カイさん!?」

 

 名前を呼ばれて顔を上げるカイさんと目が合うと、あちらも私の顔を見て目を見開いた後、見るからに慌てた様子で辺りを見回した。

 ヒカリさんの右ストレートは、彼のトラウマになっているらしかった。

 

 




あと一話くらいは、ちょっと早めに更新できる(といいな)

次話『王宮 テオスカルディア』


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40『王宮 テオスカルディア』

                       1

 

 

 ルクスリアの国王、ゼーリッヒはレックスたちが今まで出会った中で一番頑健な体躯をしていた。

 蓄えられた顎髭に随所に動物の毛皮をあしらった重厚な鎧を身に着け、厳格な雰囲気を醸し出しながら玉座に鎮座している。その王としての威厳に一瞬気圧されるレックスだが、周りの仲間たちに準えて慌てて片膝を突いた。ジークとサイカ以外は膝を突き、頭を垂れることで一国の王へ最上の敬意を示す。

 そうして、アーケディアの特使として派遣されたレックスは懐から法王から預かった書状を提出した。

 王の横に控える臣下が、レックスの手からゼーリッヒ王へ書状を渡す。

 王が書状に目を通す間、恭しく頭を下げたままのレックスだったが、突如頭上から聞こえた紙を破る断続的な音を聞いて、彼は許しも得ずに顔を上げた。

 書状に目を通したゼーリッヒの手によって、それは散り屑となったいた。

 その光景に唖然とする一同に見せつけるように、細切れにされた法王庁の親書がレックスたちの前で舞う。

 思わず国王の顔を窺うレックスは、ゼーリッヒの目に剣呑な光が宿っているのを感じる。その無言の圧を受けて怯んだレックスたちを城の衛兵たちが取り囲んだ。

 最敬礼の姿勢から思わず立ち上がった彼らは、突然の事態に目を白黒とさせていた。しかし、ルクスリアの国王はそれだけに飽き足らず、手を一度だけ彼らの方に伸ばす。それが合図となって、天上から青みを帯びた白いエネルギーがホムラに降り注いだ。

 

「きゃあああああっっ!!」

 

 いくら天の聖杯と言えども不意打ちに近いその一撃には耐えられなかった。そしてコアを分けたレックスにも同様の衝撃と痛みを与えられ、二人分の悲鳴が謁見の間に木霊する。

 (くずお)れるホムラに対し、更にどこからか拘束具が降りてその身を捕える。磔にされた彼女はいとも簡単に彼女のドライバーと引き離された。追いすがるようにホムラの名前を呼び、取り戻そうとするレックスは、衛兵二人がかりで抑えつけられた。

 最早、王の御前であることもアーケディアとの国交も拘泥している暇はない。一触即発の空気に割って入ったのは、両陣営に属するルクスリアの第一王子であるジークだった。

 

「待ってや、オヤジ! どないしたんや!? レックス達が何したって言うんや!」

「何かが起こってからでは遅いのだ、ジークよ。――世界を灼かせるわけにはいかぬ。天の聖杯には消えてもらう」

 

 ここまでやっておいて、いまさら冗談で済ませられるはずがない。

 それをいち早く察して実際に言葉にしたのは、猫耳を生やしたグーラ人の少女だ。

 ――冗談じゃない。

 ニアは、威嚇するようにそう呟くと腰に提げたツインリングを引き抜き、顔色一つ変えない国王に牙を剥く。

 

「ビャッコ、レックスを助けるよ!」

 

 腰を落としエーテルエネルギーと共に足に蓄えた力で衛兵との間を詰める。

 だが、その青い光は霧散するように空気に溶け、踏み込んだ勢いの力だけで衛兵の持つ槍に食らいつき、金属がぶつかり合う甲高い音がした。

 

「エーテルエネルギーがっ!? ――きゃあっ!」

「お嬢様!! ぐああああっ!」

「ビャッコ!!」

 

 エーテルエネルギーの無くなったブレイドの武器は少し頑丈なガラクタに近い。小柄な少女の一撃を大の大人が受け止めるのは容易かった。驚きと、相対した兵士との体格差も相まって、ニアは一瞬の隙を突かれて槍の柄で払われ吹き飛ばされる。

 その直後、ホムラに降り注いだ閃光が、ビャッコの体にも降り注いだ。

 ニアは自身の武器から発されたエーテルエネルギーが、この古代文明で作られた翠の光を放つ柱に吸い込まれているのを目の端で追って知る。この城は、恐らくスペルビアが開発した捕縛ネットと同様の機能がある。ブレイドがドライバーの武器にエーテルを送るのを遮断しているのだろう。その事実をニアとほぼ同時に気が付いたトラは、臨戦態勢を維持したまま衛兵と睨み合った。

 

「無益な抵抗はやめよ。我が目的はあくまでも天の聖杯の消滅。そなた達の命まで取ろうとは思わん」

「ゼーリッヒ陛下」

 

 この場においてただ一人、ゆっくりと帽子をかぶりなおす余裕を見せつける特別執権官は、語気を強めてゼーリッヒに語り掛ける。目深にかぶった帽子のつばの隙間から赤銅色の瞳に怒りの色を滲ませ凄む。

 

「私はスペルビア皇帝の命を受け特使としての立場でここにいる。それをご承知の上でか?」

「承知している。そして覚悟もしているよ」

「覚悟だと――」

 

 ルクスリア国王はそれ以上は語らなかった。

 連れて行け。という冷たい声で兵士に命じる。

 ただ、それだけだった。

 

 

 

 

 

                       2

 

 

 

「い、痛ったぁ~」

 

 石畳の床にお尻を強く打ったらしいヒバナちゃんは、目に涙を浮かべて悶えていた。

 一方、そのぶつかった相手である謎のお兄さん、カイさんは私たちを見るや否や、ここが雪国であるにも関わらず、冷や汗をかきつつ辺りをしきりに警戒している。

 恐らくヒカリさんを探しているのだろう。それだけ天の聖杯の右ストレートは、彼のトラウマになっているらしい。

 

「この人、アサヒさんのお知り合いなんですか?」

「知り合いというかえっと、この人はカイさんって言って……、えーと」

 

 説明はそこで行き詰った。

 そういえば、私はカイさんのこと全然知らない。

 悪い人ではなさそうなんだけど、ヒカリさんに出合い頭に一発殴られる程度のことはしているらしいし。そもそも出会ってから別れるまでの時間が短すぎてお互いのことを話す暇もなかった。

 本当に顔見知り程度のことしか知らない私は返事に困ってしまって、思わずコタローの方を見つめる。すると、そのコタローからは『俺に助けを求めるな』という視線を返され、あえ無く「あー」とか「うー」とか言葉にならない言葉しか捻り出せずに終わる。

 件のカイさんはいつまで経ってもこの騒ぎにヒカリさんが顔を出さないことから、ほっと息を吐くと、すぐに柔和な顔をこちらに向けてきた。

 

「どーも、新キャラです。アッハッハッハ、違うか」

「そのフレーズ気に入ってるんですね」

「あぁ、ここ100年くらい会った奴ら全員に言ってるんだ。嘘だけど」

「嘘かよ」

「その犬っころは良い反応するなぁ。まぁ、他人以上知り合い未満ってところだな」

 

 他人以上知り合い未満、言いえて妙だ。

 妙に掴みにくいキャラクターなのはアーケディアで知っていたので、特にツッコミはしない。

 

「というか、ルクスリアに来てたんですね……」

 

 アーケディアで雲海にダイブしたことは記憶に新しい。そこからどうやってルクスリアに来たかは分からないけれど、わざわざ私たちのいるところにやって来てしまうのを見ると、なんとなく運命めいたものを感じてしまう。

 それはカイさんも同じだったようで、「ははは……」と気まずそうに目を逸らした。

 次の目的地を知ってたらなにがなんでも回避してる。と言いたげな顔だった。

 

「雪は、まだ姫君が見てなかったんじゃないかと思ってな。それでここまで来たんだが……。まぁ、行けども行けどもただ寒くて白いだけだったわな」

「姫君……?」

 

 カイさんの口から出てきたその人は、今は一緒にいないのだろうか。巨神獣船に密航していた時も、今も女の人を連れていたところは見たことがない。

 しかし、今はそれどころじゃないのだ。

 

「あの、カイさん。申し訳ないんですけど私たち――」

 

 これから、ヒカリさんたちと合流するつもりなので、もし会いたくなければ早めに別の国に行った方がいいですよ。と言うつもりで口を開いて――不意に何かが引っ掛かった。

 変なところで言葉を切ったことから、カイさんたちだけでなくコタロー達からも怪訝な視線を受けるが、声にしたら消えてしまいそうな些細な引っ掛かりをしっかり留めるために、口元にそっと手をやる。

 

「……カイさん」

「ん?」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「どうって……。()()()()()()()()()()()()に決まってるだろ?」

 

 それだけで、どれだけそれが普通じゃないか。彼の反応でコタローたちにも異常が伝わったようだ。けれどカイさんはそれが分からないらしく、首を傾げてこちらを見つめ返す。

 その無言の問に答えたのはトオノだった。

 

「この国は鎖国しておりんす。故に、許可のない一般人は入れささんすえ?」

「ははぁ、なるほどなぁ。確かに俺がこの国に来たときは、参道から門に着くまで兵士はいなかった。するってぇと、門番の兵士を一時的にでも招集せざるを得ない事態が起こってるってことか。きな臭いねぇ」

「アサヒ」

「うん」

 

 まだお城で何かがあったとは確定しているわけじゃないけど、何も起きていないわけでもないらしい。

 私はカイさんに軽くお辞儀だけをして、駆け足で横を通り過ぎようとする。しかし、「待った」という声が振ってきたかと思うと、にゅっと突然伸びてきた腕阻まれて、足に急ブレーキをかけた。

 玉突き事故のように、背中にヒバナちゃんの驚いた声が聞こえる。

 

「あんたらだけで行くつもりかい?」

「そうですけど……」

「女子供だけじゃないか。もっと、こう……でっかい奴はいないのか?」

「おいこら、ここにダンディでナイスミドルな俺がいるだろうが!」

「お前は愛玩動物枠だろ?」

「がおー、がるるるる!!」

「うぉっ!? いきなり噛んでくるなよ!」

 

 コタローの逆鱗に触れたカイさんの袖に、豆柴が食らい付く。腕を振り回されても離そうとしない光景は、なんかすっぽんを彷彿とさせた。

 

「そうは言っても、私たち以外はみんなお城に行ってますし……」

「なんだ、あんたらだけ別行動してるのか」

「も、もろもろの事情があったんです」

 

 その部分は別に話す必要はないと思うけれど、それがなんなのだろうか。

 そうして、愛玩動物扱いを謝ってようやく腕を解放されたカイさんは、私を見つめると天井を向いて何か思案を始める。

 

「まあ、ここで会ったのも何かの縁か……。なぁ、アサヒ嬢」

「は、はい」

「ヒカリと合流する前までなら、あんたに付いて行ってやってもいいぜ」

「え?」

「代わりに条件がある」

 

 

 

                       3

 

 

 

 ルクスリアの第一王子であるジークは、レックスたちと引き離されたのち、この国の自分の出生に関する真実を父親であるゼーリッヒから聞いた。

 彼は今、自由の身である。しかし、城の高台で考え込むジークへ、あくまでも彼のブレイドとして横に立つサイカが優しく尋ねる。

 

「どないするん? 王子」

 

 その問いにジークは「――つくなぁ」と、何かを呟いた。

 口元を手で覆い隠し、くぐもってしまった声はサイカには届かず、丸い眼鏡のブレイドは再度聞き返した。

 

「え? なんて?」

「――むかつく、言うとるんや。何が世界のためや、方便にも程があるわ」

「ほんなら?」

「方便に方便を重ねて、鎖でがんじがらめになったんが今のワイらや」

 

 ジークは城の宝物庫で見た光景を思い返す。

 そこには、自分の見知った炎の立ち上る紋章ではなく、まったく別の紋章が木箱に焼き印されていた。

 つまるところそれは、ジーク含むルクスリアの血筋は、英雄アデルに直結する者ではないことを示していた。彼が拠り所にしていたアデルの紋章が刻まれていた万年筆。あれは、国民もろとも自分を騙す父親の方便だったのだ。それなのに、自分は無邪気にそれを信じ、勝手に自分の父親に失望し、そうして、今。マルベーニと自分の父親に板挟みにされ、身動きが取れなくなったのが今のジークだ。

 

「ボンならその鎖、断ち切れるかもしれん」

「あの子が?」

「賭けんのはいやか?」

「…………。ええよ、王子がそう言うんならウチも乗っかるわ」

 

 少し考える素振りはあれども、たったそれだけ。いっそのこと胸を張るような勢いで了承するサイカに、ジークは面を食らった。

 レックスを信じているから、ホムラやヒカリを傍で見ていたから。()()()()

 ジークだから、信じる。彼女はそう言って頷いた。

 

「ボンは純粋や。純粋過ぎて危うい時もある。それを助けてやるんが、大人の務めっちゅーもんやろ?」

「せやな。ウチ、王子のそういうとこ好っきやわ」

「……苦労かけるな」

「いまさら何言うてんの! 苦労なんてかけられっぱなしやわ」

 

 眼鏡を押し上げ、そう豪語するサイカに今まで真剣なまなざしを向けてたジークは耐えきれず噴き出した。

 確かに、いまさらだ。この国を出ると決めた時サイカはもう決意していたのかもしれない。ならば、今ここでジークが躊躇うことも()()()()だ。

 

「――ほな、いくでぇ!」

 

 己の決意を声に変えて、外套の裾を翻す。

 目的地は地下の牢屋だ。ブレイドの武器も取り上げず、ホムラ以外の全員を閉じ込められるのはあそこしかない。まずは、宿屋にいるアサヒを迎えに行って――と、ジークの頭の中で順路を作ろうとしたその時だった。

 派手な爆発音が、ジークのいる城の小高い見張り塔まで聞こえてきた。

 慌てて踵を返し、バルコニー状になった城壁から身を乗り出して辺りを見回す。

 

「なんやっ!?」

「王子、あれ!!」

 

 遠くの爆発を警戒したジークだったが、サイカの指し示す指先は意外なほど近く、彼らのいる場所のほぼ真下を指していた。そちらに向けて目を向けると、白い炎が警邏中の兵士たちを丸呑みにするところだった。

 焼かれたかと思ったがそうではない。どうやら手前に炎を集めて一気に開放することで、衝撃と爆音で相手の意識を刈り取る戦法のようだった。

 その炎の影からゆらりと出てきた影は、大小合わせて5人と思ったより多い。しかし、陰になっている且つ遠巻きからでも分かる。あれは――

 

「アサヒ!?」

「と、カイやったっけ。なんでここにおるん!?」

「わからん。もしかしたらワイらを迎えに来たかもしれんな」

 

 兎にも角にも、彼らを迎えにジークたちは石造りの城の階段を駆け下りる。

 彼らがたどり着くのが早いか、カイが城の兵士たちを刈り取るのが早いかはジークたちにも分からなかった。

 

 




遅ればせながら誤字脱字報告ありがとうございます!
カイはお題箱でいただいた案から生まれたブレイドです。

次話『エルム広場』



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41『エルム広場』

                       1

 

 時間はちょっとだけ遡る。

 土地勘はないけど、あまり広くないテオスアウレの街の中で、みんながいるであろうお城はすぐにわかった。けれど、お城の入口が見えてきた辺りの広場に差し掛かった時に条件を呑んで着いて来てくれたカイさんが、引き留めるように私の腕を引っ張って、お湯を循環させているという塔のようなものの後ろに身を隠した。

 

「待った」

「?」

「アサヒ嬢。あれ、見えるか?」

 

 その鋭い眼光が向けられた先には、ヒカリさんやホムラさんのコアの色に似た翠色の光を放つモニュメントがある。確か、アレを見てメレフさんは古代文明がなんとか。と言っていた気がする。

 

「あれは、古王国イーラで開発されていたブレイドの抑制機器だ」

「ブレイドの抑制とは、また物騒なことで。では、城の中ではアーツは打てささんすと?」

「えええ~。ど、どうするんですか?」

「ヒバナはニアと離れてるから、あんまり関係ないだろ?」

「もし何かあった時、アサヒさんがアーツで戦えないんじゃ危ないじゃないですか!」

 

 何かが起きてるとはいえ、その何かが分からないのだからヒバナちゃんの心配は尤もだ。でも、ここから見る限り、お城の兵士さんは普通に城門を守っているし、耳をそばだてても戦う音とかは聞こえてこない。

 どうしようか、と腕をつかんだままのカイさんに振り向いた時に影が一人増えていることに今更気が付いた。

 目深にかぶった白銀の鎧に、さすまたのような武器を持ったその人は、こそこそとお城の入口を窺っていた私たちにこう言った。

 

「お前たち、天の聖杯の仲間の一人だな?」

 

 声をかけるや否や、柄の長い武器を構える兵士さんに周囲の空気は一気に張り詰めた。

 その異様な雰囲気を察して露天商の人たちが慌てて荷物を纏めて避難していくのだから、状況は限りなく良くないものだと嫌でもわかる。

 そっと顔を正面に戻して無抵抗の意思表示をするために両手を上げるけど、果たして伝わるかどうか。

 

「なぁ、兵隊さん。その質問、ここで俺たちが『はい』と答えたらどうなる?」

「儀式が終わるまで、天の聖杯一行の身柄を拘束せよという命が出ている。心配せずとも、命までは取らん」

「……そうかい。それを聞けて、安心した」

 

 安心した、と言いつつ後ろにいるはずのカイさんの声は不敵に笑ったような声がした。

 そのすぐ後に、兵士の人たちの慌てた声とゴッという空気が燃えるような音がしたのは同時だった。

 

「ちょっ、カイさん!?」

「おい、なにしてんだ!? そいつらに着いて行けばレックスの所に――」

「こんな物の言い方をするやつが、まともに信じられるかよ! お仲間は城の中にいるんだろ! それなら、誰かが連れて行ってくれるのを待つんじゃなくて、自分の足で迎えに行け! それが一番確実だ! ――走れ! アサヒ嬢!」

「えっ!? わっ!!」

 

 背中を強く押されてバランスを崩しながらも、私はカイさんに向けて振り向いた。

 案の定、その人は取り囲まれていたけれど助ける間もなく、今度はお城の中から他の兵士の人たちが飛び出してくる。完全に挟み撃ち状態だ。

 

「ってか、今のカイの声で余計注目集めたんじゃねえか!?」

「わっ! わわわわっ! ど、どうするんですか!? アサヒさん!」

 

 進むか、戻るか。逡巡している暇はない。

 カイさんのいる方向とお城の方向に何度か視線を行ったり来たりさせて私は決断した。

 

「――別々に相手するより、固めて吹き飛ばしちゃった方が早い! トオノ!」

「わっちに任せなんし」

 

 私は番傘型の武器から青みを帯びた刀身を抜き、トオノから送られてくるエーテルを武器に溜めた。

 狙うは、カイさん。――の周りにいる兵士の人。その人を高圧水流で作られたアーツで一転集中で吹き飛ばすと、左右から防御を固めようとする他の兵士の人たちの足元にヒバナちゃんの放ったネズミ花火が躍った。

 細かい閃光を散らしながら不規則な円運動をするそれに怯んだのが目に見えてわかる。ドライバーがいなくても、ヒバナちゃんはいくつかの花火を独自で作れるらしい。

 なんにせよ、道は拓けた。

 武器をトオノからコタローのボールにチェンジして、この状況を呆然と見守っていたカイさんの近くに駆け寄った。

 アーケディアでも、ルクスリアでも、理由まではわからないがカイさんはブレイドのように炎を出すことができるようだ。今はその力を貸してもらう。

 

「カイさん! コタローの風の力でカイさんの炎を増幅させます! あの人達をまとめて倒せますか!?」

「あ――あぁ! 任せとけ!」

 

 一瞬、不自然な間があった気がするけどカイさんは腰に提げていた二本の片刃の剣を抜いて背面を合わせる。二本の剣は一つの大剣となって、柄の近くにあった半球が一つの球体を作るとカイさんは精神を集中させ始めた。その薄青い珠の中心にぼんやりとだが、見覚えのある漢字のような何かが浮かび上がるのを目の当たりにするが、こちらもこちらで準備が必要だ。そこから無理やり視線を外しコタローに声をかけて、風の流れを作っていく。

 吹き抜けのようになっているテオスアウレの街に、凍えるような風の渦が瞬く間に出来上がった。

 その風に吸い込まれるように、白い炎の断片が舞う。

 風の核に炎をまとわりつかせ、それを更に風で包む。

 ドライバーのアーツは、何もブレイドの力に頼ったアーツがすべてじゃない。自分の力を使ったアーツ、相手の力を利用したアーツ、いろんなアーツがあると、ヴァンダムさんの声が耳元で甦る。

 それならこれは、仲間の力を借りるアーツだ。

 

「し、城の中に避難しろ! あの中ならブレイドの力は使えない!」

 

 順調に炎を蓄える風の渦に恐れをなした兵士の中のリーダーのような人が、合流した部隊に向かって指示を出すがそれを高圧水流とネズミ花火が彼らの足元に炸裂する。

 

「そうは――」

「させません!!」

 

 武器を構えたトオノとヒバナちゃんの援護を受けて、私はカイさんに視線を送った。

 彼の放出する炎は神々しいほど白い光を放ってる。そうして白い炎を蓄えた風の渦は、その摩擦を受けてバチバチと青白い電気が走っていた。

 

「コタ!」

「了解だ! 吹き飛ばされるなよ、アサヒ!」

 

 そう威勢良く返された次の瞬間、コタローが風の力でうねりと流れに乗った炎が一気に放出された。解放した地点は私たちのいるところから5mくらい離れていたはずなのに、分厚い壁に押されるような熱を伴った爆風が吹き抜ける。予想していたはずなのに、踏ん張っていた足はあえ無く地面から引き離され、倒れこみそうになるのをカイさんが腕一本で支えてくれた。

 ふわり、と焦げた匂いを運びながら突風の余波が私の髪を撫でる。それを合図に顔を上げると、兵士の人たちは半円状に吹き飛ばされていた。なんだっけ、こういう写真をSNSで上げるのが流行ったことがあった気がする。

 ……じゃなくて。

 

「わぁ……、大惨事」

 

 いや、固めて吹き飛ばしちゃった方が早いとは言ったけど。 

 さすがにここまで大事になるとは思っていなくて、恐々としていると別の方向から足音が聞こえてきた。

 増援かな。とそちらに目を向けると、足音は立った二つ。しかも、見覚えのある二人がお城の外壁沿いにある階段を走っておりてくるところだった。

 

「ジークさん! サイカさん!」

「派手にやったやないか、アサヒ」

「ウチらのこと心配して迎えに来てくれたん?」

 

 思わず駆け寄ろうとする足が、周囲の状況を見て止まる。

 ジークさんと対面するピッタリ一歩手前で、私は体の半分を折る形で頭を下げた。

 

「ご、ごめんなさいっ! お城の人たち吹き飛ばしちゃって……。でも、不可抗力だったんです!」

「あぁ、事情は察しが付いとる」

「事情って……。そういえば、レックスたちはどこに……?」

「………………」

 

 急に黙り込むジークさんに嫌な予感を覚えて「教えてください」と急かすと、その人は音が鳴るほど歯噛みをしてから、ゆっくりと口を開いた。

 ジークさんが言うには、天の聖杯の力を危ぶんだ王様が、ホムラさんを捕え消滅させようとしている。それに伴いレックスたちはお城の地下に拘束されていると言う。

 ここで、私はお城の兵士の人たちの言葉をようやく理解した。

 そして、カイさんが兵士の人に攻撃をした理由も。

 

「消、滅……? それって、ホムラさんを――こ、殺すってことですか? でも、どうして!?」

「ヒカリは500年前のメツとの戦いで、3体の巨神獣を沈めている。天の聖杯っていうのは、この世界の人間にとって破壊と力の象徴みたいなもんなんだよ」

「カイさん……?」

「なんや、自分。見てきたように言うやないか」

「別に、実際に目にしたわけじゃない。一般論さ。――さて、アサヒ嬢。あんたは、ヒカリがそんな力を持ってると知った今、どう思う?」

「どうって……。今はそんなこと言ってる場合じゃ……!」

「じゃあ、質問を変えよう。今の話でヒカリが――ヒカリ達が怖くなったかい?」

 

 考えるまでもなく私は首を横に振った。

 でもそこから先は言葉になってはくれなかった。

 言いたいことはたくさんあるのに、心と口がちぐはぐで、ただ俯いて爪が掌に食い込むくらいに握りこむしかできない。

 瞼の裏に浮かぶのは、ヒカリさんとホムラさんの優しい笑顔。

 あの二人の笑顔を知っているからこそ、その言葉を否定できるような上手な言葉が見つからない。それが、悔しくてしょうがなかった。

 

「ヒカリさん達は、優しかったです……」

 

 自分で聞いてても、絞り出すような声だった。

 インヴィディアで、小型の巨神獣の死体に祈ったホムラさん。

 アーケディアで私の認識票(ドッグタグ)を調べてくれて、忠告をしてくれたヒカリさん。

 ホムラさんの作ってくれたポトフは美味しかったし、ヒカリさんは私が甘えに来た時(誤解だったけど)に嫌な顔一つしないで一緒に寝てくれた。寒がっている私の傍にいてくれたり、戦いのときには守ってもらったことも何度もあった。

 

 

「500年前の戦いで、どういう理由でヒカリさん達が巨神獣を沈めてしまったのかは、私にはわかりません……。でも、その事実があったからと言って、ヒカリさん達が『怖い物』だって決めつけられません……!! 確かに、()()()()は怖い物かもしれない。でも()()()()()()()()()()()は優しかった。きっと、私の中でそれはずっと変わらない。……と、思い、ます……」

 

 

 周囲の音が遠くなった気がした。カイさんの目を見るのが怖くて顔を上げることができなかった。私がいくら怖くないと言っても、所詮は子供の言うことでしかない。

 何を甘いことを言っている。

 お前は、別の世界から来たからそんなことを言えるんだ。

 何も――この世界で何が起こったかも知らないくせに。

 そんな言葉が脳内を埋め尽くす。

 

「……せやね。ウチもアサヒとおんなじ気持ちや」

 

 そっと、寄り添う影はいつかの時と同じだった。気が付くと、くっきりと爪の痕が着くほどに握りしめた手を黒と紫のグローブが包み込む。

 眼鏡の奥の眦を下げて、私の味方をしてくれるように隣に来てくれたサイカさんが、こちらの視線に気づいてウィンクしてくれる。そうして続々と、私の傍に寄り添ってくれる影が増えた。

 

「そっ――そうですよ! ホムラ先輩たちは大陸を沈ませたりしません!!」

「あぁ、それに過去は過去だ。大事なのはこれからだろ?」

「わっちは今の主様に従うだけでござんす。主様がそう言うのでしたら、そうなのでござんしょう」

 

 続々と増えていく味方にカイさんは「参ったな」と言って頭を掻いた。その苦笑いが、どこか嬉しそうに見えるのは私の見間違いじゃないはずだ。

 カイさんと同じ背丈位で色が真反対なジークさんは腰に手を当てて、カイさんの出方を窺っている。

 

「これじゃ、完全に俺が悪人だな。悪かったよ、試すような真似して」

「本当だぜ。お前のせいで余計な時間を食っちまったじゃねえか」

「悪かったって。この詫びはいつか体で返してやるさ」

「なんなら今でも良いぞ?」

 

 冗談めかしてコタローが言うと、カイさんは肩を竦めて笑った。

 

「お前らは俺の出した条件を呑んだ。だから俺もそうしてるだけだ」

「なんや、よう分からんが行ってええんか? ちゅーか、まさか自分も着いてくる気やないやろな」

「アサヒ嬢とは『ヒカリと合流するまでなら手伝う』って約束したからな。まぁ、短い時間かもしれないが、仲良くしようや。えーと――眼帯のオニーサン」

「ジークや。同じ年くらいの男にオニーサン呼びされたないわ。気色悪い」

「あっはははは! 全く同意だな!」

 

 ぽんぽんと言葉の応酬が続く。ジークさんとカイさんとコタローは案外相性がいいのかもしれない。

 顔を空に向けてひとしきり、見ているこちらも笑ってしまうようなよく通る声で笑ったカイさんは、ふっと肩の力を抜いて顔に笑みを浮かべたまま小さく呟いた。

 

 

 

「優しい、か……。そうか、優しくなれたんだな。よかったな、ヒカリ……」

 

 

 




次話『富饒の間』
こんどこそ…多分、きっと。

そして、2月24日でこのハーメルンで活動を開始して一年となります。
この一年の間に沢山の閲覧、お気に入り、コメント、評価、誤字脱字報告、フォロー、いいね! をありがとうございます。
今後も『楽園の子』をよろしくお願いいたします。





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42『富饒の間』

                       1

 

 

 話が一度まとまったところで、私たちは時に石畳の上を、時に雪の降り積もったテラスのような外階段を、ジークさんの先導で走る。走る。――走る。

 途中で警邏中の兵士の人と遭遇しても、私たちの足は止まらなかった。

 いや、止めてくれなかった。

 

破天剛勇爆雷昇(スカイハイブレイブサンダー)!!」

暴陣白閃破煌剣(インペリアルホワイトミラージュエッジ)!!!」

 

 雪は音を吸い取るって聞くけれど、吸ってあまりある二人の声が王宮の石畳に木霊する。白銀が積もった外階段のテラスで『ばうーん』とか『どかーん』という戦隊ものの爆発みたいに雪の煙幕が舞い上がっていた。

 事の発端は、ジークさんの使うアーツの名前をカイさんが「それ、かっこいいな!」と言ってしまったのが始まりだった。その一言で気をよくしたジークさんが次々にアーツを見せて、それを真似てカイさんもオリジナルの究極アルティメット技を繰り出し始めて、今の状況ができあがった。ちなみに、サイカさんはすでに出来上がった流れを手が施しようがない。と、既に首を横に振っている。

 

「お城の人、めちゃくちゃ吹き飛ばしてますけど大丈夫なんですか!?」

「もともと放蕩息子や! かまへんかまへん! なーっはっはっはっはっは!!!」

「かまへんかまへん! あっはっはっはっはっは!!」

 

 カイさんもジークさんも攻撃が主体だけど、ジークさんは防御型のブレイドとも同調しているので私が前に出て注目を集める必要はない。なので、後ろの方から回復アーツに専念しつつ、文字通り笑い飛ばしながら侵攻する二人の様子を観察する。

 カイさんはやっぱり一人であの白い炎を操っていた。剣もブレイドの作り出すものに似ている。そのエーテルを一人で純化、圧縮してアーツを撃っていた。それができるということは……。導き出した結論で胸に重たいものを感じながら、私は足元のコタローを抱き上げてふわふわの耳に向かって話しかけた。

 

「ねえ、コタロー。カイさんってやっぱり……」

「あぁ。マンイーター……なんだろうな」

「そっかぁ。でも、私たちの知ってるマンイーターとは、だいぶ雰囲気が違うような……」

「悲しいことがあった奴が、悲しい顔をするのは当たり前だ。けど、その当たり前ができない奴だっているってことだろ。……見えねえけど」

「うん、見えないけど……」

 

 もちろん、私もコタローもカイさんのコアクリスタルを見た訳じゃないから、断定はできない。でも、その可能性が一番高くて納得できる。

 アーケディア法王庁でカイさんがいなくなった後、ヒカリさんがカイさんの過去を語ることは無かった。ヒカリさんがカイさんに怒っているだけじゃなくて、何か話せない理由があるのかもしれない。

 

「お前と少し似てんな」

「えぇ……。今そんなこと言われても、リアクションに困るよ……」

 

 カイさんは明るい。今まで会ってきたマンイーターの中で、誰よりも底抜けに明るくて、話しているとつられて笑顔になってしまう。私とは似ても似つかない。 

 コタローの言葉の真意が分からなくて、なんとなく先行するカイさんの方を見る。すると、その人は雪のように真っ白な肩の付近で一つ結びにした髪を揺らしながらこちらに向かって手を振った。厳戒態勢のお城の中だというのに、輝くような笑みを浮かべて。

 まるで今こうしていることが楽しくて仕方ないという風に。

 

「アサヒ嬢! あんたも必殺技撃とう!」

「撃とうと思って撃てるものなんですか、それ!?」

「あの王子様曰く『かっこよく動こうとする気持ちがあれば、誰でもできる!!』だそうだ!」

「こ、根性論……!」

 

 やっぱり、似てるって言われてもあんまり嬉しくない。

 

 

 

                       2

 

 

 どうやらレックスたちは地下の牢屋に閉じ込められているらしく、私たちは同じような階段を下に下にと下り続けた。そうして、とある正方形の部屋に辿り着いたその時には、レックスたちは巡回中だった別のルクスリア兵と対峙していた。まさに一触即発の雰囲気……だったんだけど。

 

「轟力降臨――極・電斬光剣(アルティメット・ライジングスラッシュ)・改!!!」

「炎魔招来――白焼星剣(イクシード・ゼロ)!!」

 

 青白い雷の閃光と莫大な熱と光を伴った白い炎がレックスの鼻先まで肉薄したように見えた。

 呆然とするみんなを差し置いて、すっかり肩を組むほど意気投合してしまった二人の後ろから、私はひょっこり顔を出す。兵士の人の様子を窺うと、お城の入口で倒したときのように、爆音と閃光とで意識を刈り取ったようだ。こういうところは、大人の対応なのになぁ……。と、目の前にいる大の白黒コンビに残念さが募る。

 そんな視線に気づかず、隔てるものが無くなって見晴らしがよくなった先をカイさんは額に水平に手を置いて、遠くを望むように笑って言った。

 

「おっ! お仲間と合流できたじゃないか。よかったな、アサヒ嬢!」

「はい……。本当に、よかった……」

 

 私は肩で息をしながら膝にに手を着いて、かすれた声を漏らした。

 もちろん、みんなが無事だったのは素直に嬉しいけれどこの二人のテンションにそろそろついて行けそうになかったので、ここで捕まっていたはずのみんなに会えたのは本当に幸運だった。成人してる男の人のペースで、広大なお城を駆けずり回ったのは掛け値なしに辛かった。

 

「なんで亀ちゃんとアサヒがこいつと一緒にいるのさ?」

「おいおい、こいつとは散々な物言いじゃないか。グーラ人のお嬢ちゃんよ。それとも俺の名前忘れたか?」

「あたしの名前はニアだ。あんたはカイ、だろ? それより、質問に応えなよ」

「ま、紆余曲折があってな。あっはっはっはっはっは!」

「笑って誤魔化すな!」

 

 ニアちゃんのツッコミは絶好調らしい。あぁ、ツッコミが居てくれるってすごいありがたいことなんだなぁ。と、私は今回のことでしみじみと思う。サイカさんはジークさんへのツッコミで精一杯だし、それに加えてもう一人ボケが増えたとなると、いかにアルスト最凶のブレイドでも、手に負えなかったようだ。

 

「――カイ?」

 

 ニアちゃんとカイさんの応酬が続く中で、ふと大人びた女の人の声がやけにはっきりと聞こえた。

 声のした方に視線を向ければ、青いドレスの糸目のお姉さん、カグツチさんが細い顎に軽く握った拳をあてて、何かを考えているようだ。

 そう言えば、カイさんと初めて会ったのはアヴァリティア商会の巨神獣船に捕まっていた時だ。あの時、確かカグツチさんはスペルビアの皇帝陛下の護衛のためにいなかったはず。知らなくて当然だ。

 カグツチさんとメレフさんにカイさんのことを説明をしようと、口を開けたけれどその先は続かなかった。カグツチさんは、別の切り口から彼の名前を知っていたからだ。

 

「もしかしてあなた、シヤの宝剣のカイ?」

 

 その瞬間、カイさんのへらへらと笑っていた顔があからさまに引きつったのが分かる。

 シヤの宝剣? と私が首を傾げるのとメレフさんがカグツチさんに視線を送ったのは同時だった。

 

「知っているのか? カグツチ」

「はい、メレフ様。先ほどの白い炎……。以前日記で読んだ特徴通り、間違いないと思います」

「か、カグツチ女史……」

「あら、なによ。私だけニアやアサヒと呼称が違うの?」

「いやだって、嬢って呼ぶ年じゃ――って、うおおおおおおおっっ!!??」

 

 蒼く輝く炎がカイさんに向けて襲い掛かった。カイさんは寸でのところで自分の炎を使って軌道を反らせ、これを回避。そうして部屋の中を二転三転ともんどりうって、私たちが入ってきた雪の積もるテラスの方に逃げ出していく。その光景に、どこか既視感を覚える。これが俗にいう天丼というやつだろうか。

 カグツチさんからは、怒りのあまりか自身の発する熱と周囲の空気の温度差で軽く湯気を発していた。メレフさんが「お、おい、カグツチ……」と恐る恐る声をかけるくらいには威圧感が凄い。

 

「お、お仲間も揃ったことだし、もう大丈夫だな! じゃあ、俺はここでっ!」

「え!? ちょっ、カイさん!?」

「待ちなさい!」

「ヒカリたちのことよろしく頼む! じゃあな!」

 

 そう言い残して、カイさんは階段の踊り場の手すりの先へひらりと体を躍らせた。白い雪景色に尻尾のような白髪の名残を残しながら。姿を消した彼を追いかけようとするカグツチさんの正面から私は抱き着いてこれを止める。姿が見えなくなってからようやく、カグツチさんは元の冷静さを取り戻した。

 次第に周囲の空気が冷えて行って、それと同時にみんなの頭も冷えてくる。そしてその中でも一番最初に現実に戻ってきたのはレックスだった。

 

「サイカ、ジーク! ホムラは!?」

「こっちや、着いて来ぃ」

 

 ジークさんが手を煽ってカイさんの消えたテラスの階段に向かっていく。その後を追っていく時に、誰かに私の紺色のコートをちょいちょいと引っ張られた。

 

「? サイカさん?」

「アサヒ、なんでカグツチの方を止めたん?」

「なんでって、それは……えっと――」

 ちょっとだけ考えてから、自分の感じた直感をなんとか言葉にした。

 

「カイさん、私たちと別れるタイミングを窺っていたみたいだったから……」

 

 もともとカイさんは、ヒカリさん達と合流するまで手伝ってくれるという条件に基づいて同行してくれていた。でも、さっきの雰囲気じゃ、別れるって言いだし辛かったんじゃないかな。ともすると、このまま一緒にヒカリさんたちを助ける流れになりそうだったし。だからこそ、カイさんはカグツチさんをわざと怒らせるようなことを言って、逃げ出したように見せたかったんじゃないか。と、あの時そう直感した。だから、私はカグツチさんを止める方に回った。この憶測が正しいのかは分からないけれど、それが正しかったかは知らなくていいことだ。

 

「…………。ふぅん」

「な、なんですか?」

「べつにー? コタローの言うことも分からんでもないなーって」

「どういう意味ですか? あの、サイカさん?」

 

 不思議の国のアリスに出て来るチェシャ猫のように、にやっと笑ってサイカさんはみんなの後を追っていく。

 色も黒と紫だし。と、どうでもいい共通点を発見しながらここに来るまでのコタローの言葉を思い返した。

 

 

                       3

 

 

 王宮 テオスカルディアの地下深くまで降り切ったその先でホムラさんは拘束されていた。

 潜水艦の地下のように広い部屋の中央には物々しい大きい機械が置かれている。固定式の砲台みたいで、銃身は筒状の真ん中から半分に分かれその奥から赤熱した光が溜まり始めている。恐らくあそこから、なにかのエネルギーを放出するのだろう。その砲台の直線状にホムラさんは磔にされている。

 レックスがホムラさんの名前を大声で呼びながら猛進していく。どうやらホムラさんは無事みたいだった。意識もあるみたいで、名前を呼ばれたことから視線だけをこちらに寄こし、安心したように顔をほころばせた。

 一方、顔をしかめたのは円形の部屋に鎮座した砲台を見たジークさんだった。ルクスリアの第一王子であるその人は、この機械に見覚えがあるらしい。

 

「エーテル加速器!?」

「カッコよく言えば、エーテルアクセラレータですか……」

「二人で納得してないで、あたしたちにも分かるように説明してよ!」

「大昔に造られた、ゲンブのエーテルエネルギーを利用した兵器や。ちゃんと修理されとったとはな……」

「具体的に言うと、エーテルの力を粒子レベルで加速して物凄い力にしてから撃ち出す兵器、かな」

「せや。オヤジの奴、あれでホムラを消し去る気や。あんなもん使(つこ)たら、どんなブレイドかて再生でけへんで!!」

 

 その視線の先には、一人だけお城の兵士の人とは違う服を着た大柄な体格の男の人が腕を組んで仁王立ちをしていた。その左右に控えた兵士の人が、真っすぐにこちらに向かってくる。あの人がジークさんのお父さんで、この国の王様なのだろう。

 その表情は読めなかった。激高するわけでもなく、取り乱すわけでもなく、ただ静かに口を真一文字に結んだまま国王様は私たちを静かに見据えていた。

 

『悲しいことがあった奴が、悲しい顔をするのは当たり前だ』

 

 不意に、コタローの言葉が脳裏に蘇った。

 なら、この王様の表情にはどんな感情が込められているんだろう。そんな、絶対に聞けないであろう疑問を抱えながら、私はコタローの武器を構えた。

 

 




難産……!

次話『正義の間』

ラノベなど本の好きなアサヒに『アクセラレータ』って言わせたかったんです。
予定は未定です……。


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43『正義の間』

                       1

 

 

 戦闘を始めて間もなく、私たちが入ってきた唯一の出入り口からバラバラと音がした。

 不審に思ってちらりとそちらを振り向けば、ずいぶん前に倒したお城の兵士の人たちが、私たちを挟み撃ちにせんと、武器を構えて走って来るところだった。この部屋、大きい割に扉は出入り口用に一つしかない。扉に向けて誰かがアーツを撃ってみるのもありだが、恐らく今ここにそんな余裕のある人はいない。期待できないならば、速度勝負。

 

「二手に分かれるで! アサヒとニアとメレフは制御装置を、ワイとトラとぼんはエーテル加速器や!」

「あぁ! そっちは頼んだよ、メレフ!」

「任せておけ!」

 

 綺麗に男女のドライバーで分かれた私たちだったけれど、王様側も黙っているわけはない。

 右手を優雅に突き出して、今まさに加勢せんと迫りくる兵士の人に命令を出した。

 

「制御装置を最優先に死守しろ!」

 

 なら、その人たちが到着するまでに止めてしまえばいい。

 みんなで同じことを考えていたのか、口に出さずともお互いの目配せだけで分かった。

 古代兵器というだけあって、エーテル加速器の近くには兵士の人が待機していた。恐らくあのレバーを上から下に引くことで兵器は動き出すのだろう。壊すにしろ、制圧にするにしろ、単純な造りと言うわけではなさそう。なのでここは、ビャッコさんの古代文明の知識の出番だ。

 

「ニアちゃん、行って!!」

「分かった!」

 

 ビャッコさんにまたがったニアちゃんから頼もしい返事が返ってくる。私はサポートに入るために、兵士の人とニアちゃんの間に割って入るように立ち塞がった。

 

「ラピッドドロップ!」

 

 まずは牽制のためにコタローのアーツの中でも唯一の範囲攻撃で兵士の人を散らす。その間に、エーテルを純化、圧縮、凝縮していくことは忘れない。別の場所では、蒼炎が輝きを放っている。制御装置まで高々十メートルのはずなのに、それが異様に遠く感じる。白銀の鎧に身を包む兵士の人たちの隙間からは、ルクスリアの国王様が、野趣あふれる容貌とは正反対の複雑そうな表情をしているのが窺えた。信じられない物を見るような、そんな顔だ。

 どうして、という声を聞いた気がした。それは誰にとっての、どんな意味の言葉だったのだろう。

 その声の主を見つける前に、入口から兵士の人たちがなだれ込んできた。あれよあれよという間に取り囲まれて、なかなかニアちゃんを制御装置まで連れて行ってあげられない。

 見れば、レックス達も同じように動きを封じられて、エーテル加速器のところまでたどり着けていないようだ。ここでようやくエーテルが溜められる最大限まで溜まり、青色の強い光がボールから放たれる。

 

「コタロー! 力を貸して!」

「おう! 遠けりゃ音に聞け! 近くの奴は目にも見てろ! これが俺たちの最大火力だ!」

 

 限界まで純化、圧縮したエーテルはブレイドコンボには繋げられない。けれど、同等ぐらいの威力は出る。

 無色透明な風の力が、埃や様々な細かい粒を巻き上げて形になっていく。

 

「吠えてっ!」

「吹き飛べっ!」

「「テアリングハウル!!!」」

 

コタローの遠吠えを合図にそれらは分裂し、オオカミの群れのように目の前に立ち塞がる兵士の人たちに襲い掛かる。風の狼の群れに引き裂かれ、吹き飛ばされた白銀の鎧をまとう兵士の人の間から、ルクスリア国王と目が合った。その人は、目で謝っていた。

 

「許せよ」

 

 それは誰に向けての言葉だったのだろう。

 それでもその人は、振り上げた手を止めることはしなかった。たった一度の合図。そうして制御装置の前にいた兵士の人は、大仰なレバーを上から下に引き下ろした。

 エーテル加速器が唸りをあげ、赤い電撃が砲身に溜められていく。

 

「しまった……!」

 

 メレフさんが視線を向けた先に連られて目をやると、レックスの「ホムラ!」と言う声が次いで聞こえた。

 

「――させへんで!!」

 

 同時に黒い人影が跳躍した。その人はエーテル加速器の上にうまく着地をすると、青い輝きを放つ大剣を巨大な兵器に突き立てた。

 青い電流と赤い電流が瞬く。――けれど、足りない。

 その時に閃いたのは、いつかテンペランティアで戦った古代兵器の甲板での光景だった。あの時は確か、スペルビアの発掘した古代兵器をシンが操ってて、独立なんとか機構っていう自動迎撃装置のケーブルを断ち切っても、動きを止めなかった。

『確かにね。でも、こいつのコアには、まだエネルギーが残っている。同じなんですよ、ブレイドの武器と!』

 あの眼鏡のヨシツネという人の言葉が思い返される。

 もしかして、このエーテル加速器もあれと同じ?

 

「ハナ! チェーンジ、JKモード!! 下から押し上げるも!」

「了解ですも! ご主人!」

 

 マントが解け、丸い殻のような物に隠れたハナちゃんが、メイドさん姿のJKモードになって空中を駆ける。

 その派手な演出を目で追っているときに、ルクスリア王様の方に偶然視線が行った。壮年と呼べるくらいのその人は、先ほどの私と同じようにハナちゃんを視線で追って、お互いの目が合う。途端に、なにかモヤモヤした気持ちが浮かび上がってきて、私は慌てて視線をエーテル加速器の方に戻した。

 

「うぉぉおおおりゃあああ!! ですもーーーっっ!!!」

 

 エーテル加速器の上にいるジークさんごと、砲身を持ち上げたJKモードのハナちゃんの活躍によってその軌道がわずかに逸れる。その一拍後に、エーテルの充填が完了した赤熱したレーザーがホムラさんの背後にある巨大な円形の窓のようなものを貫通した! 赤い一筋の閃光は、数秒間光を放った後にがくん、と砲身を項垂れさせ動きを止めた。

 

「やったよ、レックス! あいつら、止めたよ!」

「うん!」

 

 弾むようなニアちゃんの声とは対照的に、ルクスリアの王様は石造りの片膝を着いて俯いていた。

 なぜか、私は王様の方にばかり気が向いてしまい、気が付いたら拘束具を断ち切って地面に倒れたホムラさんに向かってみんなが駆け出しているところだった。コタローに促されて、後ろ髪を引かれるように王様から視線を外し、ようやくそちらへと駆け出す。

 みんなの隙間から見えたホムラさんには目立った傷はない。ようやく安堵の息をみんなが吐いた時に、私たちの後ろから低い男の人の声が聞こえた。

 

「500年だ」

「っ!」

「500年の間、我がルクスリアは神聖なる鎖(サンクトスチェイン)を秘匿してきた。なぜかわかるか?」

 

 王様はレックスに向けてまっすぐ問いかける。しかし、レックスが口を開く前に、王様はゆっくりと語り出した。

 

「聖杯大戦で古王国イーラは滅亡し、国の英雄アデルは帰ってこなかった。古王国イーラは、あくまで英雄アデルを中心に纏まっていた国だった。だが、父祖たちはそうではなかった……。我が王家はイーラにおいては傍流。戦後の混乱に乗じて今の地位を得たにすぎぬ」

 

 世界を救った英雄の伝説は、人心に深く根付いている。その英雄アデルの名前を使うのは必要悪だった。だって、そうしなければ、そうでもして民を纏めなければ多くの血が流れ、ルクスリアとして国を纏めることができなかったから――。

 そういう時代だったのだ。と、王様は言い訳をするように呟いた。

 

「それでも――。世界を二度と灼かせないという思いも本物だったのだ……」

「……なに綺麗ごと言うとんねん。早い話が、うまいこと権力の座におさまっただけやろ!! ムカツクわ……!」

「歴史とは、そういうものだ……」

「我がスペルビアだって、いつそうなるか――」

「あぁ、軽々に責めることはできんな」

 

 国を背負う立場としてカグツチさんとメレフさんが、同情の眼差しをルクスリアの王様に向ける。

 私には国を纏めるとか、そんなお話しにはついていけないので、静かに大人の人たちの話を静かに聞いてるだけだった。そんな折、同じように静かに話を聞いていたニアちゃんがふと、顔を上げた。

 

「アデルって人は、本当に帰ってこなかったの?」

「うむ。記録では天の聖杯を封印した後に、行方知れずとなっている。恐らく帰国の途中、いずこかで命を落としたのであろう……」

「――行方知れずではありません」

「なんと言った? 天の聖杯」

「彼は――アデルは全て予見していました。国が滅んだ後、人々がどうなるかを。……でも、あえて戻らなかった」

「アデルの意思でそうしたと? なぜだ?」

 

 ルクスリアの王様の問いかけに、ホムラさんは言葉ではなく左耳の翠色のピアスを外して手のひらの上に差し出した。その動きが何かのスイッチになっていたのか、映写機のように放射状に光を放ちだすと、私たちと王様の間辺りにフードを被った男の人の姿が立体的に浮かび上がった。確か、こういうのってホログラムって言うんだっけ。翠色のちょっとノイズがかった映像は、機械を通したような音声で滑らかに語り出した。

 

『我が後胤達よ。私はアデル・オルドー。私は今日ここに、天の聖杯を封印する。しかしそれは、永劫のものではない。いつの日にか、我々人が天の聖杯にふさわしい存在となれた時のため、彼女を後世に託そうと思う。

 彼女は希望だ。人がよりよき存在として、生きることができた時、彼女はきっと応えてくれるだろう。その日が来ることを信じて、我が願いと共に――』

 

 たった一分もない過去からのメッセージ。

 英雄アデルの立体映像は、それだけを告げると微かな残像を残してその場から掻き消えた。役目を終えたピアスは光るのを止め、完全に停止したのを確認するとホムラさんは再び元の位置にピアスを着ける。

 

「彼は後の世の、様々な混乱を予見していました。その上で彼は、迷う私に言ったんです」

 

 

 ――これは、試練だと。

 

 

「私が眠りについたのもそう。これは、人間が越えなければならない試練だと。でなければ、人は私たちと共に歩む資格はない。とアデルはそう言ったんです」

「歩む、資格……?」

「どういう意図から出た言葉なのか、私にはわかりません。単に、人間とブレイドとの共存を指したのか、それとも……。でも、それは覚悟だったと思います。人が、生き残るための――」

 

 その時だった。ホムラさんの言葉が言い終わる前に、部屋が大きく揺れ出した。

 私と近くにいたニアちゃんは、転ばないようにお互いに支え合いながら辺りを見回す。すると、ルクスリアの兵士の人が『陛下!』とこちらに駆け寄ってきた。

 

「何事か」

「ゲンブが――我々の制御を外れ、雲海に沈み始めました!!」

「何!? まことか!?」

 

 血相を変える王様たちに置いてけぼりを食らっていると、ジークさんの横に控えていたサイカさんが、胸のコアを押さえながら突然苦しみだして膝を着いた。慌ててサイカさんの近くに駆け寄って全体を見てみるけど、何か怪我をしたりとかではないみたいだ。

 ただ、冷や汗が止まらないようで、私は額や頬に流れる汗を拭ってあげることしかできない。

 みんなの話を聞く限りだと、さっきのエーテル加速器の一撃が巨神獣に何か影響してしまったみたいだけど……。

 

「ゲンブの制御には神聖なる鎖(サンクトスチェイン)が使われとるんや。さっき、エーテル加速器使たやろ? 多分、ゲンブに流れているエネルギーが逆流して過負荷に耐えられんかったんやろ」

「えっと。ゲンブ、壊れちゃったんですか?」

「もう、ウチノ言葉も届いてへん……。このままやと、どんどん深く潜ってしもうて、そんで――」

 

 そこで、サイカさんは言葉を切ってしまって肝心なところが分からず仕舞いだった。唯一知ってそうなジークさんは「阿呆が、あないな骨董品使うからや!」と頭に血が上ってしまって聞けそうにない。

 続きを聞きたくても、蹲っているサイカさんの息がどんどん上がってく。その途切れた言葉を続けたのは、意外にもレックスだった。

 

「雲海は、密度的には水とほとんど同じなんだ。深く潜れば、それだけ圧力が高くなる。500も潜れば人間なんてペチャンコさ」

 

 その言葉を聞いて背筋が凍り付いた。圧死、という単語が脳内にちらつく。

 

「深度は今なんぼや?」

「およそ2200メルト。一分につき、120メルトの速さで沈んでいってます」

「外郭の限界深度は?」

「2万5千が限界かと……」

「ほんならもって3時間ってとこかいな」

「計算早っ!」

「亀ちゃんの癖に!」

 

 普通に感想を漏らしたつもりだったけれど、続いたニアちゃんの言葉で茶化したようになってしまう。

「あほ」とジークさんから手厳しい反応が返ってくると同時に、再びゲンブが揺れた。

 ジークさんの眉間の皺が深くなった。

 本当に、一刻の猶予もない状況の中、私は何もできずに苦しむサイカさんの背中を撫でてあげることしかできなかった。

 

 

 




次話『ルクスリア王国 下層』
多分。

こちらでは描写はしないですが、ゲーム内で一、二を争う迷子ポイントまでやって参りました。あそこをゲーム内時間で3時間で行くのかと思って「無理やん!」となったのはいい思い出です。




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44『ルクスリア王国 下層』

 

                       1

 

 

 状況は依然として変わらず、私たちのいるルクスリアを内包した巨神獣ゲンブは毎分120メートルの速さで沈んでいっている。唯一状況を打破できるのは、ルクスリアで受け継がれるブレイドのサイカさんだけ。しかし、ゲンブは彼女の制御下さえ離れ暴走状態だった。

 ゲンブの外郭の限界深度に到達するまで後3時間。

 

「ボン、王宮の南塔に耐圧ポッドがある。お前らだけでも、それに乗って逃げや」

「ジークや街の人たちは?」

「ワイらのことはええから」

 

 優しく、諭すようなジークさんの提案に同意するように、黒と紫の手袋をはめた手が私の手を軽く抑えつけた。ルクスリア最凶のブレイドであるサイカさんは顔を苦痛に歪めて冷や汗をかきつつも、懸命に笑って強がろうとしていた。

 

「ええって、そんなことできる訳ないだろ! 何か方法はないのかよ? みんなが助かる方法は?」

「ゲンブのコントロールはサイカしかできひん。そのサイカが無理なら、あかんやろな。後はできるだけ多くの人間を脱出させたいところやが――3時間しかあらへんしな」

 

 長くて短いような3時間という制限。今すぐに港に向かって巨神獣船を用意できたとしても、街の住人の説得や状況説明に準備などを差し引いたら、3時間ではどう考えても無理だ。

 

「このゲンブの制御は神聖なる鎖(サンクトスチェイン)によって行われていたんですよね?」

「あぁ。そうや」

「その場所は?」

「ゲンブの頭ん中、王宮の南の脊柱を通って渡った先や」

「…………。私が行きます」

「行くって……! ホムラ、お前――」

神聖なる鎖(サンクトスチェイン)は元はといえばサーペントの制御コア。そして、サーペントは私の(デバイス)。断言はできませんが、私になら直せるかもしれない」

 

 サーペントとは世界樹を取り囲むように空いた穴『大空洞』を守る巨大なモンスターだ。レックスたちがグーラからインヴィディアに来る原因にもなったもの。

 そのサーペントというモンスターはかつては天の聖杯(ヒカリさん)の『(デバイス)』だったが、500年前の大戦のときに雲海に沈んだ。それを甦らせ新たな命令を与えたのが、ジークさんの故郷であるルクスリアの王家の人々だという話だったはず。ここにきて、ようやくアーケディアの法王様の話が現実味を帯びてくる。

 

「ホムラちゃん、本気なのかも?」

 

 周りと比べ、だいぶ身長の足りないトラが、ホムラさんを見上げていた。黒目がちな、むしろ黒目しかないトラの目が鏡のようにホムラさんの姿を映し出している。

 

「さっき殺されかかったのに、助けるのかも?」

 

 当然の疑問だった。つい先ほどまで磔にされて、コアが再生できないほどの高出力の兵器を向けられていた。どんなおためごかしがあったとしても、それは覆せない事実だ。もしもホムラさんが彼らを助けるどころか見捨てる選択をしても、きっと誰も文句は言わないだろう。

 そうだとしても――

 

「それはそれ、これはこれ。って、レックスなら言いますよね?」

「えっ? あ、あぁ……。そうだな!」

「――だからです」

「ホムラちゃん……。わかったも! そういうことなら、トラもハナも手を貸すも!」

 

 耳兼手をパタパタと動かしながら、トラが返すとその様子を見ていたニアちゃんが、小さくため息を吐いて笑った。その視線の先には、彼女のパートナーである白い虎のブレイドがお行儀よく座っている。

 

「仕方ないね……。ビャッコ」

「元よりそのつもりです」

 

 ニアちゃんビャッコさんも、ホムラさんの提案に乗った。すると、抑えるというには弱弱しい力しかなかったサイカさんの手に少しだけ力が入った。そちらに意識を戻すと、髪と同じような緑色の瞳が私に向けられていた。

 

「……ええの?」

 

 この小さな声の問いかけには、たくさんの意味が含まれているんだろう。

 例えば、確実に助かる方法が分かってるのに、あえて危険な方に行くこととか。その結果、私たちには何のメリットもなくて。ただ仲間を害そうとした人たちが助かることとか。原因である身内である自分たちが何にも責められずにいることとか。色々と。きっと、私が思い至らない感情も含めて。

 

「もちろん」

 

 だから、私は迷わずにそう言った。サイカさんの不安やずれた気遣いを拭い去るために。

 その後でコタローの意見を聞いてなかったことに気が付くが、そちらに目をやれば『やれやれ』とでも言いたげな微妙な顔で、尻尾だけをご機嫌に振っていた。あれ、多分自分では気づいてないと思う。

 再びサイカさんに視線を向けて頷くと、その人は目が大きく見開いた。

 

「……おおきに。アサヒ、コタロー」

 

 すぐそばにいた私だからこそギリギリ聞き取れた声量で呟いたサイカさんは、私の手を支点に、いまだに冷や汗が引かず、いうことの聞かない体に無理やり力を入れて立ち上がろうとした。

 慌ててその細い体を支えて持ち堪えようとすると、別の方向からルクスリア国王の声がする。

 

「そなた達は、命を張るというのか? 天の聖杯を抹殺せんとした、このルクスリアのために」

「国のためなんかじゃない」

「では、なぜ――」

「王様なんだろ? なら言わなくったってわかるよね?」

「レックス、そなたは……」

 

 そこから先は聞くまでもないのか、レックスは傍に控えていたメレフさんに振り向いた。

 

「メレフ?」

「……仕方ないな」

 

 いつものクールさを保ったまま、メレフさんは一言だけレックスに応える。スペルビアの特別執権官であるメレフさんが着いて来てくれるか不安だったのか、その答えが聞けたことでレックスは安心したようにちょっと笑った。

 これで、みんなが行くことが決定した。

 神聖なる鎖(サンクトスチェイン)に至るまでの道案内はジークさんにお願いする。快諾してくれた彼は、万が一の時のため住人の避難を王様に任せた。けれど、このルクスリアの第一王子様は、父親と国王の二つの顔のどちらを向けるか迷うその人に向かってこう言った。

 

 

「まぁ、ワイらが行くんや。万が一なんて起こらへんと思うけどな」

 

 

 また、そんなことを言ってハードルを上げてくれる。

 失敗するなんてこれっぽっちも思っていなかったけれど、これでさらに失敗することはできなくなってしまった。

 

 

 

 

                       2

 

 

 

 

 

 神聖なる鎖(サンクトスチェイン)のあるゲンブの頭への道のりは、ジークさん基準で『結構険しい』場所にあるそうだ。ルクスリアの王都、テオスアウレは目的地であるゲンブ大雪原の遥か上層にある。

 とりあえずは、王宮の中と同じく下へ下へと降りていけばいいのだけど、ゲンブ大雪原はただの通過地点。そこを突っ切って聖大列柱廊という場所があり、そこを抜けるとようやく――。ということらしい。

 聞き慣れない土地名ばかりで内心ちょっと辟易する。フォンス・マイムに行く時のヴァンダムさんの説明と、通じるものがあった。

 タイムリミットは3時間。ここから先は急ぎつつも確実性を重視した移動となった。

 首元に提げた認識票が、分厚いコートとマフラーで隠れていながらも、その存在を固い感触で主張してくる。そうだ。王様のことが無かったとしても、私たちは急いで神聖なる鎖(サンクトスチェイン)を確保しなければならない。メツ達イーラは、神聖なる鎖(サンクトスチェイン)を狙っている。そして、彼らはもしかしたら意外と近くにいるかもしれない。

 みんな、言われなくても急いでる。これ以上、みんなの心労になりそうなことは言いたくない。

 

「また難しい顔をして……。眉間に皺、できてしまいますよ?」

 

 てっきり自分のことを言われてるのかと思って顔を上げると、カグツチさんがメレフさんに対しての言葉だったようだ。スペルビアの特別執権官であるその人は、つば付きの帽子の奥にある綺麗な眉を顰めて立ち止まっていた。

 

「――解せないんだ」

 

 メレフさんが言うには、ルクスリアの祖。つまりジークさんたちの祖先である反アデル派が戦後、鎖国を強いたというのは他でもないルクスリアの王様自身が語っていた。けれど、メレフさんは他にも王様は隠していることがあるんじゃないかと疑っている。

 

「何かって?」

「今回の件は、法王庁からの申し出だ。それをあそこまで拒絶する理由。まるでその関係を断ちたがっているかの様に見えてな」

 

 私も、その言葉に静かに頷いた。

 

「何か別の弱みを握られていたということですか? メレフ様」

「それならば説明もつくのだが……。ジーク、その辺の事情は?」

「わからん、記録にも残ってへんからな」

「カグツチはどうだ?」

「私のその頃の日記には何も。多分、何らかの事情でコアに戻っていた時期かもしれません」

 

 本国の王子様も、他国だけど記録を続けていたカグツチさんも駄目。

 他に長生きといえば――。思わずレックスのヘルメットの中にいるじっちゃんにも視線を向けてみるが、同じことを考えていたレックスがそれを聞いてくれた。しかし、その回答はあえ無く『知らない』だった。

 

「つまり、王様が語ったことがすべてじゃないってこと?」

「可能性はあると思う。その、私も王様の態度がちょっと変だなって思ったし」

「アサヒ、なんか知ってんの?」

「国の事情とかのお話しじゃないよ。ただ……」

 

 あの王様は、私たちがエーテル加速器を止めようとしていた時も、誰かにずっと謝っていた。悲しそうに目を伏せて、私たちが抵抗する姿を見たくないような気さえした。それでも、エーテル加速器の発動は止めなかった。それが私にはとてもちぐはぐな行動に見えた。

 

「あのエーテル加速器って、結構充填時間短かったよね? 調整とか色々あったのかもしれないけど、それでも私たちが着く前にホムラさんを、その、消滅させることはできたんじゃないかなって」

「そう言われてみれば……。でも、それじゃ王様があたしたちを待ってたみたいじゃん。変だよ、そんなの」

「うん。私もそこが引っかかってて……。それに、あの王様『世界を二度と灼かせないという思い()本物だった』って言ってた。ということは、他にも理由があるってことだよね?」

「それは、シン達がイーラの名前を継承しているのと関係があるのでしょうか?」

「………………」

 

 ビャッコさんの問いに私は答えられなかった。

 私が推測できたのは王様の心情面だけ。そこまで疑問を広げられてしまうと、推測から憶測に変わってしまう。しかし、あくまでも私の推測でいいなら、あの王様はきっと色々な状況に板挟みにされて、誰かにどうにかして欲しかったんじゃないかということだけ。現状が打破できるなら、なんでもいい。そうは思いつつ、国や世界のことは諦めきれなくて。自分の納得できる折れるタイミングを推し量っていたような、そんな気持ちだったのかもしれない。

 私が王様の気持ちを考えている間に、レックスも別のことを考えていたらしい。

 隣でふと顔を上げたレックスは、思い出したようにこう言った。

 

「この先の世界――」

「?」

「シンが言ってた『この先の世界』って、未来のことかと思ってたけどあれって過去の、人間の歴史って意味だったんじゃないかな?」

「その歴史の中に、彼らの戦う理由が?」

「うん――」

 

 カグツチさんの言葉にレックスは頷いた。

 先ほどの『この先の未来』はシンがテンペランティアで放った言葉だった。

 あの時、シンはブレイドの存在を人が人として存在するために軛を課された存在だと言っていた。

 ブレイドこそ世界そのものであるとも――。

 英雄アデルとヒカリさんと共にメツを倒そうとしたシン。法王様のブレイドであるメツに、聖杯大戦後の反アデル派が建国したルクスリア。今の話を統合すると裏に法王庁の姿がちらつく。

 

「もし――もし、そうだとしたなら……。やっぱり私は、眠りにつくべきではなかったかもしれない……」

 

 胸に手を当てて空に顔を向け、ホムラさんは思いを馳せる。

 私たちはまだまだ、世界の真相には辿り着けていないのだろう。

 

 

 




次話『ゲンブの頭』



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45『ゲンブの頭』

 

 

                        1

 

 

 

 ゲンブの頭に辿り着く前、私たちは500年前の聖杯大戦の痕が生々しく残る場所を通りがかった。

 ルクスリアもスペルビアと同じく、高度な文明があったのだろう。社会科見学いったダムで見たような硬質で重厚な壁が、その耐えきれない熱でドロドロに溶かされ固まっていた。他には、瓦礫が奇跡的なバランスで保たれている場所とか。それだけでも、どれだけの破壊がゲンブを襲ったのか想像に難くない。そんな生々しい痕跡をみんなで見上げていると、不意にホムラさんが口を開いた。

 

「天の聖杯の(デバイス)は、ヒカリちゃんが行使するセイレーンや、サーペントだけじゃありません。当時は、無数の(デバイス)がメツによって行使されたんです」

 

 私は改めて、500年前の惨状を見上げる。

 どうやってやったかも想像がつかないほど、壊され滅茶苦茶にされた惨状に言葉を失くす。

 

「ねえ、(デバイス)って一体何なのさ? サーペントは見たことあるけど、セイレーンってのは降って来る光しか見たことないし」

(デバイス)は天の聖杯に与えられた力。遥か天空の楽園に眠ってる神の剣」

「……ちょっと、楽園ってもしかして滅茶苦茶恐ろしいとこなんじゃ?」

「いや、そこで私を見られても……。私の世界にはサーペントも(デバイス)も無いし」

 

 未だに私が楽園から来たと思っているのか、ニアちゃんが胡乱だ目で私を見るので、パタパタと手を振って否定しておいた。残念だけど、ないものは無い。

 でも、それだと余計にこの認識票(ドッグタグ)がニアちゃんが言うところのセイレーンの光に反応する意味が分からなくなる。これ、本当に何なんだろう……。

 

「楽園がどんなところなのか、私にはわかりません」

「わかりません、て。ちょっとホムラ」

「私の記憶の片隅にあるのは、あの街並みだけ。なぜ(とうさま)が私を、そして(デバイス)を創ったのか、私はそれが知りたい」

 

 初めてじゃないだろうか。ホムラさんの口から楽園に行きたい理由を語ってくれたのは。

 口ではそう言っているのに、なんとなくその人の表情は曇ったままだ。躊躇う気持ちはわかる気がする。

 

「いいじゃないか、そんなの行ってみればわかるさ」

「そんなのって、アンタねぇ……」

「宝の箱は開けてみるまでわからない。でも、開けなければそれは只の箱。サルベージャーの合言葉その4ってね!」

「――ったく。サルベージャーの合言葉と一緒にすんなよ」

 

 レックスのお陰で場の空気が少し和らいだ。みんなの顔から少しだけど笑顔がこぼれるのを見て、今は一刻を争うときだって分かってても、ちょっと安心する。正直、あのピリピリした空気のままだったら窒息してたかもしれない。

 ジークさんが言うには、ゲンブの頭はもう目と鼻の先だそうだ。少しだけお喋りしてしまった分、みんなは速足にそちらへと走り出した。私も、遅れないように足に力を入れると、踏みしめた雪がギュッと鳴った。

 

「宝の箱は開けてみるまでわからない――か」

 

 一番最後にいることを良いことに、私はみんなに聞こえないように呟いた。

 

「その箱が、パンドラの箱みたいのじゃなければいいけど……」

 

 

 

                        2

 

 

 

 最終目的地であるゲンブの頭は、テオスアウレと同じく、石のブロックを積み上げて作られた長い回廊を通った先にあった。その場所だけ丸く区切られた広場の正面にドーム状の建造物が建っていた。

 剥き出しの岩といい、なんとなく青の岸壁を彷彿とさせる。

 古代文明の知識に精通するビャッコさんが、正面にある建造物が500年前の建築様式そのままであることを教えてくれた。ジークさんも、場所は知ってるけど来たことは初めてらしく、きょろきょろと物珍しそうに辺りを見回している。

 どうやらここを開けられるのは、ゲンブと意思疎通ができるサイカさんだけのようだ。

 サイカさんにドームの扉を開けてもらうと、中はテオスアウレのお城の地下と似た雰囲気の円形の広場だった。真ん中にポツンと何の支えもなしに空中で静止している鈍い金色の球体がある。よく見たらそれは、何枚もの長細い金属の板が複雑に組み合わさって中の物を守っているらしい。

 これ、どうやって開けるんだろう? と思っていると、ジークさんが手を翳した台座がかすかに光る。そこから一拍遅れて、機械が動くような音がした。

 そのすぐ後に金属の丸い物体が動き出す。その様子は、まるで知恵の輪を早回しで解いているような動きだった。

  あっという間に開いたその中には、人間の心臓のような赤いものが同じように支えなしに浮いていた。

 それは水晶の様に赤い結晶で全体が覆われ、四方八方に結晶のような棘が伸びては縮むを繰り返していて、見るからに痛そうな色と形だった。

 

「これが、神聖なる鎖(サンクトスチェイン)……」

「えぇ、これがサーペントの制御コア。天の聖杯()とサーペントが意思の疎通を図るために必要なものです」

 

 その時、ゲンブが大きく揺れた。こうしている間にも、この巨大な巨神獣はどんどんと雲海に潜っている。

 急がないと、と促したカグツチさんにホムラさんは一度頷くと、その人はもう一人の人格であるヒカリさんに姿を変えた。ホムラさんとヒカリさんはお互いに記憶を共有しているので、何の説明もなしで真っすぐ神聖なる鎖(サンクトスチェイン)に向かう。

 ヒカリさんが神聖なる鎖(サンクトスチェイン)に向かって手を伸ばすと、その赤い水晶のようなコアのとげとげが反応したように見えた。

 

「どう、ヒカリ。直せそう?」

「静かに」

「ご、ごめん……」

 

 そうしてどれだけ経ったか。

 怒られてちょっと凹んでるレックスをどうフォローしようか悩んでいる間に、ヒカリさんが神聖なる鎖(サンクトスチェイン)がひと際赤く輝き出したかと思うと、すぐに海のような蒼い色に変わる。

 それは、ブレイドのコアクリスタルにも似ていたけれど、形は正六面体だった。

 息を呑んで経過を見守る私たちに対して、ヒカリさんがつめていた息を吐き出した。

 

「ヒカリ?」

 

 恐る恐るレックスが声をかける。すると、天の聖杯であるその人は柔らかく笑って答えた。

 もう大丈夫、ということらしい。

 神聖なる鎖(サンクトスチェイン)の修復も終わり、サイカさんがゲンブにコアを通じて話しかけて間もなく、ぐぐんとエレベーターに乗った時のような浮遊感を感じた。

 

「王子、浮上したら雲海を回遊するようにゲンブに伝えといたわ」

「おう、どうやら間におうたみたいやな」

「よかったも~。トラ、アヴァリティア・アンコウみたいにならなくて済んだも」

「一件落着、だね」

「そうだね」

 

 ニアちゃんに笑いかけられて頷くと、サイカさんがレックスに神聖なる鎖(サンクトスチェイン)を外しても大丈夫だと言っていた。嬉しそうに青い立方体を取り外したレックスは、それを荷物の中でも特に大事なものを入れるらしい場所に大事にしまい込んだ。

 それを見届けてから、みんなの後を追って神聖なる鎖(サンクトスチェイン)の隠されていたドーム状の建物から出る。ここまでの間で私は誰にもわからないようにそっと安堵の息を漏らした。

 とりあえず、イーラはまだ来ていない。このまま、何事もなく世界樹に向かえたら――

 

 

「こんな僻地に隠されていたとはね。わからなかったわけだ」

 

 

 ……………………。

 ………………………………。

 …………………………………………。

 

「正直、脱出するか迷ってたんですが……。ご苦労様でした」

「今日はあの厄介な女もいないし、思いっきりやれるね」

「君との輪舞(ロンド)楽しみにしてるぜ、ニア。――と、楽園のお嬢さん」

 

 もしここで許されるなら、私は頭を抱えてしゃがみこんでしまいたかった。そんな気持ちをぐっと堪えて、ため息だけで済ませられた私を誰か褒めて。

 同意を求めるように足元のコタローに視線を向けると、豆柴型ブレイドは尻尾と頭を項垂れさせて、私以上に感情をダイレクトに表現している。

 イーラの手下らしい三人組を前にして、旧知であるニアちゃんはロンドがどうのこうのと言ってた金髪の赤い鎧を着たその人に「いちいち気色悪いね、アンタは」とばっさり切り捨てていた。

 

「私も、会いたくなかったなぁ……」

 

 と涙声で便乗して呟けば、イーラの中でサタヒコと呼ばれていた金髪の男の人は呆然と「そんな、ひどい……」と傷心の様子だった。

 彼らの目的は案の定神聖なる鎖(サンクトスチェイン)だ。

 見た目通りの軽薄そうなサタヒコに変わって、黒髪眼鏡のヨシツネがこちらに向かって手を差し出した。「素直に渡せば――」と、言いつつもその手はすぐに引っ込められた。

 

「なぁんて、陳腐なセリフは言いません。全力で叩き潰してあげますよ。シンのためにもね」

 不敵に笑うヨシツネに対して、対峙したのはヒカリさんだ。

「シンとメツはどこ? 彼らには聞きたいことが沢山あるの」

「あなたに話したいことなんて、ないと思いますけどね」

「そうかしら?」

「そうですよ」

 

 彼らはどこまでシンから聞かされているんだろう。

 言葉の端々から感じ取れるシンへの想いは、もはや傾倒とも呼べる域に達していた。

 

「勇んでるとこ悪いけどなぁ、ブレイドもなしにどないして戦うんや? 舐め過ぎちゃうか?」

「……そんな間抜けた動きで、僕たちを挑発してるつもりですか? 別に舐めちゃいませんよ。その必要がないだけです」

「なんやて?」

 

 ジークさんとサイカさんのいつものシンクロニシティポーズはどうやらイーラの人たちには効かなかったらしい。アルスト最凶を鼻で笑ったヨシツネは、どこからか取り出した宝石のようなものをこちらに見せつけてくる。

 赤色の交じる青い宝石は、瞬時に光の粒に姿を変えるとそこからメタリックブルーの弓が生み出された。ベンケイという名前の女の人の手には薙刀、そして反対側のサタヒコという金髪のその人の手には大きな扇が黒い羽を舞わせていた。

 それは私たちがブレイドスイッチをした時に武器を取り出す光景とよく似ていた。

 あの宝石の色といい、この人たちはもしかして……!

 

「マンイーターか!?」

「――すごい! ご明察!!」

 

 同じ結論に至ったメレフさんの言葉に、ヨシツネという人はアーチェリーにつかうような大型の弓を振り回して大げさに反応した。

 

「これまでいろんな邪魔が入りましたけど、今日はそれもなさそうだ。これで心置きなく戦える」

「やってみなよ。簡単に行くと思ったら大間違いだよ」

「まさか! 思っちゃいませんよ。言ったはずです。全力で――とね!」

 

 そうして、今。全力のイーラが牙を剥く。

 




次話『続 ゲンブの頭』

ここからが、長いんだ……。
それはそうと、ここのイーラ戦のBGMが好きです。


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46『続・ゲンブの頭』

                        1

 

 

 イーラは3人。対する私たちは6人。ブレイド含めれば12人。

 人数は圧倒的にこちらが有利だが、しかしそれだけいれば動き回るスペースも必要になる。

 私たちはお互いにお互いの動きを阻害しないように立ちまわるのが精いっぱいだった。

 一方で、イーラの三人組は仲間の癖や特徴を把握しきっているのか、息をするようにフォローをしながら戦っていた。

 あっちの攻撃の要はベンケイという名前の長い黒髪を靡かせた女の人のようだ。リーチのある薙刀に地面を砕くほどの力でこちらを圧倒してくる。

 同時に厄介なのは、こちらの注意を惹きつけてくるサタヒコという二枚の扇を両手に持った男の人だ。『挑発』という効果を持つアーツを使うのは私たちの中にも何人かいるけれど、敵に回られると本当に厄介な効果だと思う。攻撃を集中されることが前提としてるだけあってタフだし。

 最後にヨシツネという黒髪眼鏡の人は、見た目に似合わず回復が専門らしい。変形する武器が特徴的で、弓からの遠距離と死神のような大鎌で遠近構わず立ち回る。

 攻撃、防御、回復とバランスの取れた彼らの立ち回りは、人数差があったとしてもそれを感じさせないほど息が合っていた。

 

「敵の属性が氷に変化したぞぃ!」

 

 レックスの背中のヘルメットに収まったじっちゃんの声で、はっとした。

 各属性には反対属性がある。火なら水、雷なら土、そして氷は風。

「そいつの弱点、私ならっ!」

 レックスに声を掛ければ、振り向いたレックスの金色の瞳と目が合った。それだけで十分に伝わる。声の掛け合いもなしにレックスに代わってその場に躍り出れば、金色の髪を撫でつけて赤い鎧をまとったその人と視線が交わる。

「絶対に当てる! ――お願いっ!」

 エーテルの溜まったボールをコタローに投げ渡すと、風の圧がボールを中心にして巻き起こる。

 

「エアリアルハウンド!!」

 

 当たれ! と念じながら固唾を飲んで見守れば、サタヒコと呼ばれていた金髪の男の人はその二枚の扇でコタローの必殺技を防いだようだった。余裕綽綽の青い瞳にほんのちょっとだけ焦りが募る。

 でも、別に致命傷を与えたかったわけじゃない。巻き起こした風からブレイドコンボにつなげるのが目的だった。けれど、

 

「っ!? なに!? 風がかき消されて――」

「んなこと言ってる場合じゃねえ! 前を見ろ、アサヒ!」

「えっ……。あっ!」

 

 声を出せたのはそこまでだった。コタローに言われて消えていく風から目の前の敵に視線を戻した時には、両腕をクロスさせて力をたくわえた扇で薙ぎ払われていた。武器の見た目で侮っていたのも悪かったかもしれない。圧縮されたエーテルをまともに食らって、私はコタローもろとも後方へ吹き飛ばされる。

 攻撃が当たるギリギリのところで意識を全部後ろに飛ぶことに集中したおかげか、ゲンブに降り積もった粉雪を舞い上がらせながらなんとか空中で体勢を整えて、滑るように着地をした。その時にボールを抱えていない手の指と靴の踵を思いっきり地面にこすり付けてブレーキ代わりにしたので、そこだけ線を引いたように地面が見えた。

 体全体から鈍い痛みを感じる。それに堪えて顔を上げれば、先ほどのサタヒコという扇使いはレックスが引き受けてくれていた。別のイーラも他のみんなが抑えつけてくれている。

 その間に私は視線を巡らせた。あの風が掻き消えるという不可解な現象の理由を探るために。

 

「烈火!」

 

 メレフさんの蒼い炎がベンケイという薙刀使いの女の人に迫る。攻撃は当たりはしたが、周囲に蔓延するはずの火属性のエーテルは、やはりどこか頼りなさげに揺れていた。

 そこで、ふと気が付く。メレフさんが対峙しているベンケイと呼ばれた女の人の武器が最初見た時とは変わっている。確か、元は柄の長い薙刀を使っていたはずなのに、今は青い刀身に直接持ち手が付いたような武器を奮っていた。じゃあ、さっきまであった棒の部分は?

 

「ご主人、あんなものさっきまでありましたも?」

「ももっ! 何か地面に刺さってるも! きっと、あれが場のエーテルをかき乱してる原因も!」

 

 トラとハナちゃんが注目している方につられて目を向ければ、みんなの戦っている場所から少し外れたところに細いアンテナのようなものが地面に深々と突き刺さっていた。そして、その上空に向けられた先端から確かに何か放出しているようにも見える。

 私とトラはブレイドを連れて二人でそちらに駆け出した。

 

「チッ!」

 

 いち早く私たちに気付いたのは、弓と鎌と二種類の武器を変形させてジークさんと戦っていたヨシツネだった。忌々し気に舌打ちをしたと思えば、ジークさんの攻撃をいなしてこちらに駆け寄ろうとしてくる。

「させると思うたか!! 轟力降臨――」

 ジークさんのアーツ、アルティメットなんとか改がヨシツネの動きを阻害するように地面に『極』という字を浮かび上がらせる。しかし、その人はどこか馬鹿にしたように振り返ると、眼鏡のブリッジを押し上げて得意げに笑っていた。

「残念! 僕に雷は効きませんよ!」

「こいつ、サイカと同じ属性か!」

「ご明察です!」

 コタローの言葉に返すヨシツネの手にしていた弓が、死神が使うような大鎌に変形する。そうして、その切っ先がトラの無防備な背中に差し迫った。

 

「トオノ!!」

「わっちに任せなんし」

 

 咄嗟にトオノとブレイドチェンジをして、私は無理やりトラとヨシツネの間に体とねじ込んだ。

 ガキィィンッ! という硬質なものがぶつかり合う音が、周囲の剥き出しの岩に跳ね返り反響する。刀でいうなら峰の部分がトオノの傘と触れあい、つばぜり合いに持ち込まれた。見た目は細いのに、男女差からかそれとも彼がマンイーターだからか、トオノから身体強化を受けてるといっても一瞬でも気を抜けば押し負けてしまいそうだった。

 渾身の力で大鎌を退けると、足に力を入れて腰を落とし飛び込むように距離を詰めようとした。そんな私の後ろから声が迫る。

 「アサヒ! そのまま伏せぇや!」

 直後、頭上ギリギリに青く光る大剣が掠めた。野球じゃあるまいし! と、全体的に無茶なフルスイングをかましたジークさんに対して文句を言う暇もなく、雪の積もる地面に胸から倒れこむ。

 地面に四つん這いになって着いた手の跡が雪に残るのを見て、その土の感触に私は思わずトラの方を振り返った。

 

「トラ! それ引っこ抜いたり、壊したりできそう!?」

「無ー理ーだーもー!! がっちり地面に突き刺さって抜けないも!」

 あの様子だと棒自体を壊すのも一苦労だろう。現にハナちゃんが足元からジェットを出して引き抜こうとしてもそれはびくともしなかった。私はもう一度地面に目をやり、考えた。周囲を見渡して、あの時と状況が似ていることを受けて確信を得る。きっとあの人ならこの状況を打破することができるはずだ。

 私は大鎌と切り結んでいるアルスト最凶と謳うジークさんに向かって声を張り上げた。

 

「ジークさん! その人は私が相手します! なので、ジークさんはあの棒の根本に究極アルティメット技を!」

 

 相手に私の目的が分からないように言葉を選んだつもりだったけれど、脚本がどうのと事あるごとに言っていたヨシツネにとっては、別の意味で許せないことがあったらしい。

「はっ! 何ですかそのセンスの欠片も感じられないネーミングセンスは!」

「なんやとぉ!? もういっぺん言ってみぃ! 眼鏡こらぁっ!!」

「ジークさん、早く!」

「こんのっ――覚えとけよぉ!」

 自分で急かしてなんだけど、負け惜しみ染みた捨て台詞を残して私とジークさんは場所を入れ替わった。その間際、横を通ったジークさんからそのアーツを撃つまで少し時間がかかることを聞く。

 その時間分、何とか持ちこたえろということだろう。

 了承の旨を伝えるため頷いた直後、変形させた大弓の弦を目いっぱい引き絞っているヨシツネと目が合った。

 咄嗟に傘を広げ防御すると、直後真っ白な閃光と衝撃が傘から伝わってきた。

 トオノの番傘は防御力と範囲に優れる反面、視界が塞がれてしまう。傘の隙間から顔を上げた時には、そのマンイーターは間近に迫っていた。

 それでも何とか傘を閉じて、片足を軸にその鎌の切っ先を弾くように体全体を一回転させる。遠心力を利用しただいぶ無茶な動きのフルスイングに、ジークさんのこと悪く言えないなぁ! と内心で反省する。

 

「次の相手はあなたですか、楽園の子!」

 

 360度、視界が回転して元の位置にまで戻る。真正面から攻撃を受けていてはやがて力負けしてしまうので、横にずれるように位置を変える。上手いことアーツを溜めているジークさん達の方に行かないようにはできたけれど、正直この人とは顔を合わせたくなかった。案の定、その人は対峙した私に向かって、嘲るように鼻を鳴らした。

 

「というか、まだ楽園を目指してたんですねぇ。自分で自分の世界を否定した、あなたが!」

「――っ!」

「あなたはなぜ楽園を目指すんです? 嫌いなのでしょう、自分のいた世界が!!」

「そんなことないっ!」

「ならばなぜ!? あの時僕に『あんなこと』を言ったんです!?」

 

 その怒りを孕んだヨシツネの目に怯んで、武器の奮う手が鈍る。すぐにトオノから集中しろと叱責をくらったが、その声もどこか遠く聞こえた。私の脳裏にはあの時の記憶が鮮明に甦っていたから。

 

 それは、ヒカリさんが目覚めるきっかけにもなったカラムの遺跡でのことだった。

 わざわざ私を人質として連れて来るくらいにはヨシツネというマンイーターは私の世界に興味を持っていたらしい。メツがホムラさんを遺跡に呼び出すまでの短い時間、この人は私に元の世界の話を聞いてきた。

 その時の目が爛々と輝いてて怖いくらいだったのを今でも覚えている。

 満天の星の下で冴え冴えとした月に照らされた劇場のような場所で、私は自分の世界のことをぽつり、ぽつりと語った。

 別におかしいことを話したつもりはない。いつかニアちゃんに聞かれたのと同じ通りに話しただけだ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と。

 

 結果として、それは彼の中の何かを砕いたようだった。

 そこから先の記憶はない。ただ彼の目にあった熱が怖いほど静かに消え失せたのを見た。恐らく、直後にヨシツネは私を気絶させたのだろう。

 けれど、その時のことは鮮明に覚えている。

 横倒しになって意識を失う直前、ヨシツネは泣きそうなのにどこか強がった笑みを浮かべて私を見下ろしていた。それが意味することが最初は分からなかった。けれど、ずいぶん後になってからも胸にチリチリとした痛みを感じていて、そこでようやく、私は自分が何をしでかしたかを理解した。

 

「……ごめんなさい」

「あなたに謝られる筋合いなんてありませんが?」

 

 確かにそうなのかもしれない。

 そうだとしても――

 

「でも私は、あなたの理想を壊してしまったから」

 

 今更こんな謝罪に意味はない。この人だって私に謝ってほしいなんて一ミリも思ってない。私だって、この謝罪が受け入れられるなんて考えてない。けれど、そうせずにはいられなかった。

 このヨシツネという人は、私の世界に勝手に期待を抱き、そして勝手に失望した。

 だから私も勝手にしてもいいはずだ。勝手に抱いた罪悪感を、勝手に謝って勝手に自分の中で消化しようとした。――なのに、それなのに。

「別に」という声がした。黒く短い髪を凍てつくような風になびかせて対峙しているその人は、あの時と同じような泣いている様な強がった笑みを浮かべてこう言った。

 

「別に、最初からその程度のものだと思ってましたよ」

「………………」

 

 嘘だ。

 ヨシツネの顔は、カラムの遺跡の時と同じ、欲しいものが手に入らないと分かって、それを最初から欲しくなかったと強がるときの顔だった。そしてその顔は『ずるい』と思った。折角自分の中の罪悪感を消化できると思ったのに、そんな顔を見せられたら嫌でも忘れられなくなる。

 どう反応することも出来ないうちに、ヨシツネは鎌を振りかぶった。まるで、この対話を断ち切るように。

 こちらとしても、ヨシツネの行動は願ったり叶ったりだった。時間稼ぎも十分したはずだし。と、ヨシツネの大鎌とトオノの刀で切り結びながら、私は期待のこもった視線をジークさんのいる方に送る。

 眼帯をしているジークさんの目と目が合い、斬馬刀のような大剣を肩に担いだ彼は小さく頷くと、そこに青白く弾ける雷電をまとわりつかせた。

 

「轟力降臨――極・電斬光剣(アルティメット・ライジングスラッシュ)・改!!」

 

 ジークさんの究極アルティメット技が雪の降り積もった地面に突き刺さる。

 放射状に地面ごと雪に亀裂が走ったのを確認してから、私は近くで控えていたトラとJSモードのハナちゃんに向かって大声を上げた。

 

「今なら崩せる! 引っこ抜いて!!」

「ハナ!」

「了解ですも! ご主人!!」

 

 ハナちゃんの足元から白い炎が吐き出され、しっかりと突き刺さっていたはずのアンテナのような棒が少しずつ上に引っ張られていく。そうしてひと際ハナちゃんの足元から強く、地面に向かってロケットブースターが噴射されると、最後の抵抗のように残っていたアンテナの根元が細かい岩と一緒に引っこ抜けた。

 ハナちゃんはそのままの勢いで棒を遥か彼方に放り投げる。キラーン、という効果音が聞こえてきそうな勢いで、それは瞬く間にルクスリアの分厚い雪雲の中に消えて行った。

 私は「おぉー」と感嘆の声を上げ、敵対するヨシツネも呆気に取られたように、その棒が飛んで行った方向を一緒に見ていた。

 ……変なの。今は戦いの最中で、この人は敵なはずなのに。――笑いそうになるなんて。

 

「これでエーテルの属性を乱せなくなりましたよ。……どうしますか?」

「まさか、その程度のことで僕たちが退くとでも?」

「ですよね」

 

 案の定な返事に、私は苦く笑った。その反応が意外だったのか、先ほどまで見せていた不敵な笑みを引っ込めてヨシツネは目を丸くした。

 でも、もう私は取り合わない。

 トオノの刀を握る手に力を籠めてヨシツネと正面から対峙した。

 

 

 




海外旅行に憧れを抱いていた人が、現地を知っているバックパッカーから「あそこ、あんまりいい所じゃないよ」と聞かされたみたいな。
小説って難しい……。ちょっとだけでも伝われこの気持ち。

次話『続々・ゲンブの頭』


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47『続々・ゲンブの頭』

                        1

 

 

 エーテルの属性をかき乱す棒が無くなったことで、私たちはブレイドコンボを駆使しつつ順調にイーラの三人組を追い詰めて行った。私が最初そうされたように、今度はヨシツネと呼ばれていた人喰いブレイド(マンイーター)は雪の降り積もる地面に膝を着いた。

 

「あり得ない! この僕らが――!」

「当然やろ? 雷轟のジーク様やで? 誰相手にしてると思うてんねん」

 

 歯噛みするヨシツネに向かって馬さえ斬り殺せそうな大剣を担いだジークさんがゆったりと近づいていく。黒い丈の長い外套に眼帯のルクスリアの王子様は、野球のバットの様に剣を素振りをして「後でぎょーさん尋問にしてやるさかいなぁ」という脅しをヨシツネたちにかけていた。それを少し離れていた場所から見ていた私は、ジークさんには聞こえない声で呟く。

 

「これ、完全にこっちが悪役じゃ……むぐっ」

「ドライバー、お黙りなんし」

 

 花魁ブレイドは私の口をほっそりした手で塞いだ。恐らく水を差すなという意味だと思うけど、いきなりされるとびっくりするのでやめて欲しい。目尻に紅をさしたトオノから「めっ」とでも言ってきそうな注意を受けて、それに対して肩を竦めて返事を返そうとした。

 ――その時、視界の端に赤い飛沫が舞った気がした。直後に、うめき声が聞こえる。

 イーラの人たちの声じゃない。

 嫌な予感を感じながら視線をジークさん達に戻せば、私たちとジークさんの間にイーラの首魁であるシンが立ちはだかり、ジークさんが膝を着いていた。まるで、さっきとは立場が真逆だった。

 

「雷轟の名は伊達ではないようだな。この俺が急所を外したのは初めてだ」

 

 ジークさんは振り向きざまに大振りな斬撃をシンに向けて放つ。しかしそれは軽々とよけられた。そもそも、ジークさんも攻撃を当てるつもりはなくこちらに戻ってくるため布石として撃ったに過ぎない。サイカさんに抱き留められたジークさんは掠り傷だと強がるけれど、肩が深く切り裂かれていてまともに剣を振るのも辛そうだ。

 

「コタロー!」

「おう! 任せとけ!」

 

 トオノからコタローにブレイドスイッチをして私が癒しのアーツを使う間、シンは何もしてこなかった。ジークさんの傷が癒えても関係ないって言いたいのかな。と思いつつアーツに集中する。柔らかな緑色の光がジークさんの傷を逆再生の様に癒していき、皮膚にようやく薄い膜が再生したところで、ジークさんが私の手を制した。

 

「もうええ。十分や、アサヒ」

「え、でも、まだ傷が――」

「ええから。――今は、黙って言うこと聞いとき」

 

 敵に向けるような有無言わせぬ気迫に、私は息を呑んだ。

 私は、ジークさんに倣ってゆっくりと視線をイーラの人たちに向ける。

 ジークさんの視線の先にはシンといつの間にか現れたのかもう一人の天の聖杯であるメツがいた。しかしメツは壁に寄りかかって静観の構えだった。曰く今回はシンが戦うらしく、白く輝く長刀を構える彼はこちらを見据える。

 ゆっくりと。

 獲物を狙うように。

 

神聖なる鎖(サンクトスチェイン)と聖杯、共に貰い受ける」

「やってみろよ。確かにあんたは強い、だけど――ホムラもヒカリも絶対に渡さない!」

 

 イーラの首魁を前にしてレックスは真っ向から挑みかかった。私もコタローのボールを持って交戦の構えだ。――けれど、イーラ最強と呼ばれ更に人喰いブレイド(マンイーター)として存在しているその人は、どこまでも冷たい視線だけをレックスに返していた。

 

「強いな。だが、言葉だけだ。お前がそれを望むのならば、言葉ではなく――自らの力で示して見せろ!」

 

 冷たくて、冷たすぎて火傷してしまいそうなほどの視線と声に合わせ、シンの周囲に突如として旋風が巻き起こった。

 彼自身の属性である氷が何かに反応しているのか、足元に降り積もった雪さえも巻き上げて辺りが白く煙る。その中心で唯一見て取れるのは、血の様に赤いシンのコアクリスタルの光だけ。

 その時、足元が大きく揺れた。

 サイカさんがゲンブに浮上命令を出してから大分時間が経った。恐らくゲンブが雲海の外に出たのだろう。その証拠に揺れが収まると、私たちの頭上には金色の満月が浮かび上がり、辺りの影を青白く浮かび上がらせた。そして、その月の光の下でシンは今まで着ていた白い服から禍々しいほどの黒と腰に半透明の虫のような羽を生やした姿に変わっていた。

 

「あれが、シンの本当の姿……」

 

 喉を通る空気さえ冷たすぎて痛いような緊張感。アレはカラムの遺跡で見たメツにも引けを取らないほどの力を感じた。シンはマンイーターと言えども元は普通のブレイドだったはず。それなのに、今は天の聖杯とも引けを取らないほどのエネルギーを宿していると人工ブレイドであるハナちゃんは言った。

 

「くるぞ、構えろ!!」

 

 叩くようなメレフさんの声で現実に引き戻される。

 引き戻されて、()()()()()()()。次の瞬間には、痛みと衝撃が襲い掛かってきて一歩も動く間もなく私は雪の上に倒れ伏していた。唯一立っているのは、コタローだけ。

 豆しばブレイドは私がいきなり倒れたことに驚き、駆け寄って鼻先を押し付けてきた。

 

「おい、どうした!? もしかして……!」

 

 体の痛みに頷くことしかできない。

 あの一瞬で、斬られた。しかも一度だけじゃない。見えない速度で何度も色んな方向からだ。

 むしろ、なんでコタローは斬られなかったんだろうと理由を考えられるほど思考に余裕がない。体に力を入れようとしても、すぐにこれ以上動くなと本能が警鐘を鳴らしてくる。何とか首だけを動かして状況を確認すると、もぞもぞと立ち上がろうとするレックスとヒカリさんの姿を捕えた。それをシンはつまらなさそうに見降ろし「無駄なあがきだな」と吐き捨てた。

 

「俺の力は、すべての素粒子を操作する」

「素粒子、だって?」

「故に、己の肉体を光速度まで加速させることも容易い。どれだけ先を予測しても、その後に動くのはお前自身。所詮、俺の敵ではない」

 

 ヒカリさんの因果律予測のことを言っているのだろう。すべての素粒子の操作、なんて突然言われても全然ピンと来ないし、それがどれだけ非現実的なことかもわからない。でも、これだけはわかる。

 シンの言葉は自信でも驕りでも慢心もない。ただの事実を言っているだけだと。

 

「……っ!!」

 

 突然、胸の辺りが火傷しそうなほどの熱を持ち出し、思わず声を上げそうになる。胸に提げた認識票(ドッグタグ)が反応しているのは明白だった。これが起こるのは――。

 見ればヒカリさんから翠色の光が溢れているのが分かる。もしかしなくても、空に浮かぶ神の剣。セイレーンの一撃をシンに撃つつもりだ。

 

「みんな! 巻き込んだらゴメン!!」

 

 それ多分ゴメンじゃ済まないよね!?

 ヒカリさんからのエーテルを受けて金色のオーラを纏うレックスに対しツッコミをしたいところだけれど、それこそ、それどころじゃない。私は咄嗟にトオノを呼び出し、バーンの時のワダツミさんのように水のバリアを張ってもらうように頼んだ。正直、バリアを張れたのはかなりギリギリだった気がする。

 そして一拍もしないうちに、夜空を引き裂くような金色の光がシンに向かって一直線に落ちた。