ともかく一族滅亡は逃れたい (藤猫)
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生まれ出でた世界について


年齢や名前が出ていない兄弟の名前は全て捏造になります


 

例えばの話、マンガとか小説があったとして、その物語の中では簡単に人が死ぬ。

それは、物語という筋書きをより盛り上げるためには必要なことだ。

けれど、それでも、死んでしまったキャラクターたちが生きていて、悲劇など存在せずに生きていくという筋書きを読みたくなるのが人情だろう。

彼自身も、そういった感覚で二次創作のサイトなどを巡っていたこともあった。

だからと言って、別に自分自身でそんなことをしたいと思ったことはなかったのだ。

 

(なのになんで転生先が殺伐マックスのNARUTOの、よくも知らない柱間とかマダラの時代なんだよ!?)

 

怒号と刃物と、そして忍術の飛び交う戦場で、彼、うちはヒヨリは生まれた時から幾度も考えたことを反芻した。

 

 

 

「ヒヨリ、聞きましたが千手一族を討ち取ったそうですね。父として鼻が高いですよ。」

「・・・・はい、ありがとうございます。」

 

ヒヨリは、傷を負った体に鞭を打ちながら、現在の父であるタジマに返事をした。

初陣から数年、その間に生き残っていく中で人を殺すということにおいてある程度は耐性はついた。少なくとも、動揺を外に出すほどではなくなった。

ただ、人を殺したことを褒められる、ということはいつまでたっても慣れはしない。

今回は、羽衣一族との連合での戦だった。そして、敵には千手一族も加わっていた。

 

(・・・・うちが相手だって知れ渡ると、結構な確率で千手を雇うからなあ。)

 

おかげで、千手との確執はどんどん広がっていく。

疲れた体を引きずって、父や一族の人間と己の集落への道を進める。

己の衣装についた返り血は拭いきれることも無く、べったりと張り付いたままだつた。

 

 

 

「それでは私は今回の戦でのことで話し合いがあるので、お前は先に家に帰っていなさい。」

「分かりました、父様。」

 

集落へと帰って来ると、出迎えのために集まっていた一族の人間に出迎えられた。一族の皆は、それに緊張させていた体の力を抜き、それぞれの近しい者たちの元へ行く。

あまり戦場の経験が無い年少者などは母に会い、安心したのかそのまま崩れ落ちる様に眠りこけてしまっているものもいた。

そして、そんな中、すすり泣く様な声が響く。皆の視線がそちらに向けば、そこには老いた女とその背を撫でている年若い男が一人。

 

「・・・・シガクの弟、帰って来れなかったんだな。」

「千手に討ち取られたらしいぜ?」

「ああ、また千手か。」

 

ひそひそと聞こえる声に、淀みに淀んだ憎悪とも言えるどす黒い何かが混ざっていることが分かる。

今回の戦は、どちらかと言えば小競り合い程度だ。それでも、少なくない一族のものが死んだ。それもほとんどが子どもだ。

訓練さえ碌に出来ていない存在を戦に連れていくことは、ヒヨリも反対の意見を唱えているが、所詮は子どもの言葉だ。聞き入れられることなどない。

そして、そういった兄弟や夫の死を知った一族が立ち去ると、生き残ったものたちも自宅に帰り始める。

そんな中でも、長であるタジマは何かしらの話し合いがあるのだろう、集落の寄り合い場のように使われている建物へと行ってしまう。

それを見送り、ヒヨリは己の家に足を進めた。

 

「若、お帰りなさい。」

「若!手柄を立てたそうですね!」

 

集落を一人で歩いていると、すでに広まっていたらしい話を種に一族の人間に話しかけられる。

ヒヨリは、ひらりとそれに手を振ってこたえる。それを見ていた一族の者たちは口々に言い合った。

 

「さすがは、長の長男様だ。齢八にして、千手の大人を討ち取るとは。」

「ああ、おまけに驕ることも無く鍛練も怠っていない。」

「これでうちはも安泰だ。」

 

(聞こえてんだけどね?つーか、中身はあんたらよりもはるかに、とまでは言わねえけど、十も違わねーんだから。そんなに褒め称えても意味ねんだけど。)

 

しょせんは、ヒヨリは凡才なのだ。平和ボケした世界で生きてきて、この世界に適応しているだけ、確かに優秀なのかもしれないが。

ヒヨリと名付けられた少年は、確かに天才であった。イメージ通りに動く身体や教えられたことをまるでスポンジに沁み込む水のように吸収する頭。それがあったからこそ、戦というものを恐れていたヒヨリも生き残ることが出来た。

下のきょうだいたちの成長を見る必要も無く、ヒヨリという存在は周囲に才能を見せつけた。一年前、わずかに、齢八にして、彼は千手一族の忍を殺して見せた。

 

(・・・・そうだ、あの時、俺はこうゆう世界で、こんなふうに生きていくことを決めたんだっけ。)

 

そんな彼を、一族の皆はもちろん、父のタジマも褒め称えた。

もしかすれば、千手一族との因縁に終止符を打てるのかもしれないと。

それを、ヒヨリは内心で嘲笑さえしていた。

無理だと、知っていた。ヒヨリは、マダラという男の実力を真に知っていたわけではないが。それでも、漫画やアニメで見たことを考えれば、自分という存在はどれほどのものだろうか。木遁という力を知っている身としては、いつか来るヒヨリという存在の無力さを彼らが知る日が来なければいいのにと、そんなことさえ思った。

内心で憎々しくそう思いながら、道を行く身内一同に挨拶をする。そして、今までのことを思い出し始めた。

一歳の時に熱病で生死を彷徨った際、何の因果か前世というものと思い出したのが運の尽き。自分の苗字がうちはだったと知った時の衝撃は今でも覚えている。うちは特有の容姿だとか、あの有名な家紋だとか。

転生するとしても、なんでもここなんだよと叫びたくなったのは割愛するべきか。

長男だったせいか、父親の期待もお察しの通りで、扱き倒されたのも今では懐かしい。

 

(・・・・・あそこまで扱かれたから、俺も何とか今、生き残っていられるんだろうけど。)

 

最初に比べれば、ずっと、戦場で息がしやすくなった。

この時代、齢六つにして、すでに戦場に出ることになっている。ヒヨリ自身、すでに戦場に立つようになって三年が経過した。

人を殺す様になってから久しい。摩耗し、麻痺した精神は、少しずつ何かが削り取られていく感覚もしてはいるが、それでも逃げ出すわけにはいかなかった。

 

「兄様!」

 

そこで思考に割り込んできた声に、ヒヨリは視線を向けた。

そこには、彼よりも少しだけ幼い子どもがおんぶ紐に赤ん坊を背負って駆け寄って来た。

 

「兄様、お帰り!迎えにいけなくてごめん。父様はどうされたのですか?」

「・・・・ああ、父様は少し話し合いがあるから後で帰って来る。迎えの事は気にしなくていい。弟たちの世話もあるし、仕方がないからな。」

 

ヒヨリは湧き上がって来る何とも言えない感情を押し殺し、彼女に微笑んだ。

 

「ただいま、マダラ。」

「うん、おかえり、兄様!」

 

元気よく返事をした妹のマダラに、ヒヨリはうーんと心の中で唸り声を上げた。

 

 

 

最初に、タジマという父親の名前に思うことが無かったわけではない。

あれ、アニメで聞いたことあるくね、なんて思わなかったわけではない。

自分の家がうちはの族長筋って聞いたけど、時代がちがうのかなとか思ってたけど。

まさかの自分の次に生まれてきたのが、女の子で、マダラって名づけられるなんて思わないじゃないですか・・・・・!!

マダラのあとからわらわらと湧いて出て来た残りの弟二人をあやしながら、ヒヨリはぐったりと息を吐く。

次男であるアサマの頭を撫で、三男のホノリを腕に抱いて、マダラにおんぶされた四男のイズナに目を向ける。

 

(上がマダラで、下にイズナって完璧にそうだよね?)

 

確か、マダラは五人兄弟だったはずだ。なら、一番上に自分がいるせいで、一つ繰り下がったというのが妥当なのだろうが。

(・・・・けど、マダラが女ってことは、もろもろのフラグはすでに存在、しないのか?)

うちはになってから知ったが、基本的にこの一族では女は忍にはならないものらしい。理由としては、女はあまり戦力として期待できない。だから、他の一族でも言えることだが、くのいちは主に諜報活動を行い、そのために色事に関することも必要になるわけだ。

うちは一族には血継限界がある。そういった色事で下手に妊娠でもされれば、血の薄い子が生まれてしまう。そのため、うちは一族では女性は基本的に家について任されている。

 

(ここらへんは、出稼ぎっていうか、内と外で役割を分担してるわけだ。)

 

このままいけば、マダラは一族のどれかの男と結婚し、この集落で生涯をすごすのだろう。

それならそれでいい。マダラの将来を考えれば、退屈かもしれないが人並みに幸せな人生だろう。

 

(・・・・・・つーことは俺が柱間とか木の葉の里とかお膳立てしないといけねえの?いやあ、むりむり。)

 

彼と対決するには最低条件で万華鏡写輪眼が必要になるわけだが。

それを開眼するイメージが自分にわかない。というか、体術や忍術において、あそこまで行ける自信が無い。

 

(嬉しくないことに、写輪眼は開眼したけどさー。うちはの病とか、つーか下の弟二人下手したら死ぬんだよな・・・・・)

 

記憶が正しければ、柱間とマダラは河原で出会ったのは、背格好からして十は超えているだろう。その間に、柱間の弟の板間と、イズナを除いた弟が死ぬのだ。

 

(・・・・つって、俺も生き残れるのか、分かったもんじゃねえけど。)

 

そして、自分たちはマダラを一人にするのだ。

苦々しい未来になるかもしれないそれを思って、ヒヨリは顔を歪めた。

それに、下の弟妹たちは不安そうに、ヒヨリに声をかける。

ああ、逃げられない。

ヒヨリは、まるで呪いのように、そんな彼らを愛してしまっていた。

 

 

 



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とある平穏なある日


主人公が過ごす集落での日常。タジマさんがけっこう出てる。


 

忍の一族がいくら傭兵集団という位置づけでも、そうそう頻繁に戦が起こっているわけでも、依頼を受けているわけでもない。

ある程度の間は開けて戦をしている。

その日も、戦が終わってすぐ、平和なものだった。

朝、まず起きればヒヨリは簡単な鍛練をする。習った刀の型の復習と、それに加えて体術の練習。それを終えた後は、朝食の準備をするのがヒヨリの集落での日課だった。

 

(・・・・この時代って未だに竃使ってんだよなあ。)

 

火をつけるのは火遁を使えば済むため構わないのだが、火勢の調節には今でも苦心している。

母親は、一番下のイズナを産んで亡くなっている。そのため、基本的な家事はヒヨリが受け持っていた。現在九歳、といっても中身は中年の域に片足を突っ込んでいるのだ。支障はない。

そこで、背中でもぞもぞと動くような感覚に振り返る。ヒヨリの背には、一番下の弟であるイズナがおんぶされていた。

 

「・・・・どうした、イズナ、腹減ったのか?」

 

声を掛けつつ顔を見るが、どうやらまだ眠っているらしい。それにヒヨリはほっと息を吐く。眠っているという事は、まだおむつも食事も大丈夫なのだろう。

もう母乳等は卒業し柔らかめの離乳食に移っているので、今ではだいぶ楽になったものだ。

 

(前は隣りの人に貰いに行ってたからな。)

 

それに加えて、母がいないため、子育ては殆どヒヨリが行っている。タジマは族長の仕事が忙しく、下の弟妹たちに赤ん坊の世話をさせるのは恐ろしかったため自然にそうなった。

 

(最初は慣れなかったが、死ぬ気でやればなんとかなるよなあ。近所のおばちゃんたちにはほんと世話になったよ。まじで。)

 

今ではマダラに少しずつ世話を任せるようになったが、やはり心配は残る為、出来るだけヒヨリが世話をしている。

ヒヨリはそんなことを思いながら、簡単に汁を作る。丁度あった大根の葉っぱも味噌と一緒に煮込んでいく。

 

「兄様、なにか手伝う事ある?」

「ああ、マダラ、起きたのか?」

 

後ろを振り返れば、台所がある土間の手前の板間にマダラが立っていた。未だに少しだけ眠そうな様子に、もう少し眠っていればいいのにとため息を吐く。

 

「眠いなら、もう少し寝ててもいいんだぞ?」

 

ヒヨリの言葉に、マダラはその容姿に相応しく、むすりと口を尖らせた。ヒヨリはそれに思わず胸を押さえた。

 

(ちくしょう!可愛いな、おい!)

 

マダラと言えば、漫画やアニメにおいてどうしてもあのクレイジースマイルが思い浮かんでしまうが、元をたどれば顔がよくて有名なうちはの出なのだ。

 

(よくよく見れば、鼻筋通ってるし、肌白いし、目も切れ長だし、髪も癖っ毛だけど手入れすればめちゃくちゃ美少女だしなあ。)

 

ちなみにマダラの髪は現在背中まで伸ばされており、手入れもヒヨリがせっせと焼いていたりする。もちろん、その下の弟たちもどこに出しても恥ずかしくはない美少年に育ってきている。

 

(・・・・・・あの人にも、兄弟の中で一番似てる。)

 

今世でのヒヨリの母に、マダラはよく似ていた。そのせいか、タジマもよくに気にかけているように思う。

前世ではそれほど子どもが好きだった記憶はないが、懐かれれば情が湧くのは世の理だ。今ではせっせと世話を焼いている。

 

「これでも兄様がいないときは、私が家のことしてるのよ!?」

「あー、そうだな、分かったから。そう言えば、アサマとホノリは?」

「まだ寝てる。起こしてこようか?」

「いや、後で俺が起こしに行く。あと、手伝い頼めるか?」

「!何すればいいの?」

「魚の干物を焼いてくれるか?七輪の場所も分かるだろ?」

「はーい!」

 

ヒヨリが頼みごとをすれば、嬉々としてマダラは土間に降りてその準備を始める。

使いかけの炭が入っている小鉢と七輪、そして魚の干物。そして、口から火遁を吹いて火をつける。

 

(・・・・やっぱあいつ才能あんだよなあ。)

 

マダラはすでに火遁・豪火球の術を会得している。自分よりも大きな火の弾を吹けるのだ。それに加えて、七輪にちょうどいいぐらいまでに火を小さくするという火力の調整もあの年で出来ている。それを見ていたタジマが小さく、男であればと言っていたのは記憶に新しい。

ぱたぱたと七輪で干物を炙っているマダラを横目に、ヒヨリは板間に寝ているイズナを下ろした。

 

「じゃあ、兄ちゃん水汲みに行ってくるから、少しの間イズナの事見といてくれるか?」

「分かった!」

 

元気のよい返事に、ヒヨリは薄く微笑みを浮かべて頷いた。

 

 

 

ヒヨリは台所の隅に置いてあった甕を持って家の近くにある、というか殆どヒヨリの家専用になっている井戸に向かう。

そして、井戸から引き揚げた桶を使い、甕に水を溜めていく。

 

「おや、ヒヨリ?」

「あれ、父様。朝からどうしたのですか?」

 

近づいて来た気配と声に振り返れば、そこには父のタジマが立っていた。

 

「いえ、さっき軽く体を動かしてね。少し汗を流そうかと思って。」

「ああ、なら手拭いは?」

 

ヒヨリは水を汲んでいた桶と持っていた手拭いを差し出した。

 

「いえ、自分のがありますから。」

 

タジマが軽く体を拭うのを眺めながら、ヒヨリは下に置かれた水の張った桶をまじまじを見た。

ヒヨリはタジマに似ている。一目で親子だと分かるほど、その面立ちは似ている。髪型も、タジマのように刈り上げてないだけで、そっくりだ。

 

(うーん、それを置いておいて整った顔立ちしてるよな、自分でいうのもなんだけど。)

 

男前、というよりは美形という言葉が似合うだろう、柔らかな顔立ちだ。そんな己の顔にヒヨリはしみじみとした思いを抱く。といっても、己の顔を自慢に思うことはない。

何故か、答えは簡単だ。うちは一族は基本的に美形だ。ぶっちゃけ、自分の顔に自信を持つ前に一族の中に居れば、まあ、そこそこじゃないかな、程度で収まってしまうから恐ろしい。

 

「・・・そう言えば、父様。今日って俺は何かしなくちゃいけない事ってありますか?」

「いや?戦は当分ないだろうし。お前に主だった用はないが。どうしたんだ?」

「アサマたちが鍛練つけろって強請って来てるんです。あと、家の事も出来るだけ片付けとこうと思って。」

「・・・・すいませんね。家事についても、きょうだいたちのことも全部任せてしまって。」

「大丈夫です。父様は、長としての役割とか色々ありますし。俺はまだ何もないので、今のうちはやっておきたいんです。大人になれば、出来ないことも出てきますから。」

 

最後の言葉に、ヒヨリの顔が陰る。其処には、大人になった折、己に課せられる責任について理解しているようにタジマには見えた。

そして、その後に軽く肩を竦めた。

 

「それに、シガクのことが気になるので様子を見に行こうかって。」

「・・・ああ、そうだね。」

 

先の戦で弟を亡くしたシガクは、たった一人残っていた母親も先日亡くした。年が離れているとはいえ、弟については年が近くよく気にかけていた身としては、ヒヨリは気になっていた。

 

「……そう言えば、ミホリのおじさんの所に行く用事ってないですか?」

「ミホリか?」

 

ミホリはタジマも腹心の一人ではあるが、ヒヨリとそう親しいという話は聞かない。

 

「急ぎではない用事ならあるが、どうした?」

「あー、まあ、ついでに済ませたい用事があるので。」

 

 

「うおりゃあああああ!」

 

アサマの威勢のいい声が、家の中にまで届いた。

タジマは、その掛け声に元気な事だと目を細める。彼は、一族内で決まったことを簡単にまとめている最中だった。

 

「兄ちゃんつええ!」

 

少し騒がしい印象を受ける声は、次男のアサマだ。今年で五歳になる彼は、うちはの人間にしては少々やんちゃな性格だ。よくいたずらをして怒られているが、体術については筋がいい。

 

「・・・でも、やっぱり兄様も強いけど、アサマ兄様も正面から行き過ぎだよ。」

 

少々気弱に聞こえる声は、三男のホノリだ。今年で四歳になるが、同年齢に比べて聡い子だとタジマは思っている。アサマとはよく一緒にいることが多い。

どこからか微かに子守歌が聞こえて来る。

それが、タジマにとっては可愛くて仕方がない一人娘のマダラの子守唄であることが分かる。おそらく、イズナを寝かしつけているのだろう。

マダラは今年で六歳、イズナは一歳になる。

病弱だった妻に似ず、よくよく健康な子どもに育ってタジマも安堵している。弟妹たちの世話も積極的にしてくれているし、自分の出来る範囲んで家事も手伝っている。

今は、一族の人間に手伝ってもらっているが、将来的にはどこにいっても恥ずかしくない女性になるだろう。

ただ、一つ言えるなら、体術などについても才能を見せているため、男であったならばと思わないではなかった。

 

「確かに、アサマは正面から来過ぎだな。格上だって分かるなら、不意をついて攻撃しなくちゃ絶対に勝てねえぞ。」

 

苦笑交じりのたしなめる様な声は、タジマにとって一番気にかけている長男のものだった。

ヒヨリは、族長筋の長男として、およそ理想的な子どもだった。

我儘をいう事もなく、およそ大人に反発することも滅多になかった。勉学に励み、体術などのタジマの厳しい指導について文句も言わずに食らいついてくる。子どもにしては理知的で、優しいせいか戦場において人を殺すことを恐れていた面もあったが、それも吹っ切れた様だった。

 

「・・・・一族の事も、よくよく見ているようですね。」

 

タジマが見ていたのは、一族内で決まった婚姻についてだ。先日話の中心になっていたシガクと、ミホリの娘についてのものだ。これを提案したのはタジマということになっているが、本当はヒヨリが言い出したものだ。

これのおかげか、シガクは大分精神的に安定してきている。

一族の事は、息子に任せても大丈夫なようだとほっとしながら、それと同時にタジマには一つ懸念していることがあった。

ヒヨリという存在に、どこか距離を感じるのだ。

うちはという輪に属していながら、どこか時折、その輪から外れているような危うさがある。

仲間であり、身内であるというのに、まるで他人であるかのような不可解さを感じるのだ。

もちろん、彼がタジマの息子であることは疑いようのない事実だ。けれど、ヒヨリはタジマでさえ知らないような感情を孕んだ顔をする。近しい家族や、一族の事ではない、どこか遠い場所を見る様な顔をする。

けれど、そうであるからこそ、皆がヒヨリという存在を気にせずにはいられない。思わず、こっちを見ろと言いたくなるような危うさが、人を惹きつけるのだろう。

けれど、タジマはそれに危機感を覚えているのだ。

それが、具体的にどんなものかは言い表すことは出来ないが。その感覚が現実にならないこと彼は切に願っている。

 

 

 



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きょうだいたちの日常


日常が続いた。次から進展していくと思います。


「姉ちゃん、兄ちゃんはー?」

「自分の部屋じゃないの?」

 

マダラは兄が取り込んでくれた洗濯物をちまちまと畳みながら、アサマの質問に答えた。その隣には、小さな人形を持って遊ぶイズナが寝転んでいる。

戦も無い昼下がり、アサマは兄に稽古をつけてもらおうと家の中を探していた。

 

「分かった!」

「アサマ、兄様の邪魔しちゃだめよ!?」

「しないよ!」

 

どたどたと走っていく後ろ姿にマダラため息を吐く。来年には戦に出なければならないのに、落ち着きのない弟が心配になる。アサマは、他の一族の同い年に比べてずっと落ち着きがない。戦場のことをよくよく知っている兄や父は、戦では冷静であることが大事だと常々言っているが、大丈夫なのだろうか。

そこで、マダラは畳んでいた服に目を向ける。丁度、手に持っていたのはアサマのものだった。先ほど持っていた兄の服に比べれば、ひどく、ひどく、小さなものだ。そんな、小さな体の弟が、来年には戦に行く。

マダラは、きつく、服を握りしめた。そして、心の中でゆっくりと、幾度も、幾度も呟く。

 

(・・・・大丈夫、大丈夫、大丈夫。)

 

アサマは、同年代に比べればずっと体術や剣術について優秀だ。ホノリも落ち着いた性格の子だ。

二人とも鍛練だって欠かしていない、兄にも時々とはいえ鍛えてくれている。

そう、だから、大丈夫なのだ。

己にそう、言い聞かせてマダラは掴んでいた服を放す。

 

(・・・・服、タンスにしまって。もっと、出来ることを増やしたいなあ。)

 

マダラは、まだ家のことを全て任せてもらっているわけではない。兄や父が戦でいないときは、弟たちと自分だけが家に残る。隣には叔母一家がいるため、食事などはそちらに食べに行っている。

けれど、マダラとしては早々と自分で食事を作れるようにして、叔母の負担を少なくしたいと思っていた。

 

(・・・・兄様、私には禁止するんだもん。父様から聞いたけど、兄様は私ぐらいからご飯を作ってたって聞いたのに。)

 

マダラの母はあまり体が丈夫でなかった。そのせいか、いつも寝ている風景しか覚えていない。そんな母の代わりに家の仕事をしていたのが兄だった。

もとより忍のせいか、体力があったらしく大人の手を借りる時はあったらしいが、ほとんど自分で家事をしていたらしい。

ヒヨリとしては、内面の年齢が年齢な為仕方がないのだが。彼としては、マダラぐらいの年で包丁を使うのはさすがに恐ろしいのだ。正直言えば、マダラにはまだ遊んでいてほしいと思っている。

けれど、マダラからすれば、女は家のことをするのだから早く出来ることを多くし、父や兄の役に立ちたいのだ。

 

(・・・・兄様はすごいもんなあ。忍術とかだけじゃなくて、家事も出来るんだもん。)

 

マダラは、どんなことでも褒めてくれる兄が好きだ。小さなことでも、できたらすごいなと褒めてくれる。そのせいか、もっと出来る様になりたいと思うのだろうが。

マダラは、ちらりと隣に寝転ぶイズナを見る。

イズナが今遊んでいる人形も、兄が端切れで作ったものだ。

 

「兄様に、針仕事教えてもらわなくちゃなあ。」

 

マダラは叔母が話していたアサマの戦装束の件について思い出す。

うちはの女は、どんなことがあっても夫や息子、兄や弟の戦装束を己で作る。無事で帰って来るようにと、一針、一針、縫っていくのだ。

 

(・・・・叔母様に頼んで、私も手伝わせてもらおう。)

 

兄のものも、父のものも、手伝わせてもらおう。

今は、己だけで仕立てることは出来なくても、せめて、それだけはしたかった。

女である自分に出来ることは、それだけしかないのだから。

 

 

「兄ちゃん!!」

 

どたどたと騒がしい足音共にアサマは兄の部屋の襖を開けた。

 

「・・・・・アサマ兄様、声ぐらいかけなよ。」

「アサマか、どうした?」

 

兄の部屋は、薄暗い。なぜかというと、部屋の壁に沿うように棚や台が置かれている。棚には戦のための武器や、その手入れ道具。そして、大半を占める巻物や紙の束が置かれている。

部屋に入ると、紙と墨のにおいが鼻を衝く。

それは、アサマの苦手な座学を思わせるためどうも好きになれない。けれど、それと同時に兄の部屋を思い出せるため、嫌いだとも思わなかった。

部屋には、何やら巻物が広げられ、それを覗き込むようにホノリとヒヨリがいた。

 

「なんだよ、ホノリ、ここにいたのか?自分だけ兄ちゃんとずるいぞ!」

「アサマ兄様が、ヒカク従兄様たちと修行するって飛び出していったんでしょう?」

 

ヒカクは、隣りの家に住むアサマたちの従兄だ。ちょうどアサマと同い年で、来年には初陣をきるため、この頃は熱心に互いで鍛練をしている。

 

「・・・まあ、そうだけど。」

 

アサマはホノリに指摘されて、気まずそうに頭をかきながらヒヨリの隣に座った。

 

「そういや、何してんの、兄ちゃん。また術の発明?」

 

アサマは誇らしさを隠そうともせずに、巻物を覗き込む。

ヒヨリは、戦場に立つようになって忍術の開発も行うようになった。アサマはあまり知らないが、父であるタジマが褒めているのを聞いたため、きっとすごいことなのだろう。

アサマは兄が好きだ。怒る時は怖いが、それでもそれ以上に褒めてくれる兄がとても好きだ。

体術や剣術だけでなく、忍術に関しても秀でた兄は、ホノリの誇りだ。それに加えて、周りの同い年に比べて冷静で皆の中心に立つ兄はまさしく彼の自慢だった。

何よりも、戦場に出る前から兄は写輪眼を開眼させたのだ。

 

(俺も早く開眼しないかな。そしたら、もっと強くなれるし。兄ちゃんも褒めてくれる。)

 

アサマは、そんなことを思って心を躍らせた。

 

「違う、ホノリに、大名同士の関係について少しな。」

「え、勉強?」

「アサマ兄様も知っといた方がいいよ。忍者なら、雇われる人の現状は知っといた方がいいよ。」

「えー、それならお前が覚えとけよ。俺、こういうの苦手。」

 

不服そうに顔を逸らすアサマに、ホノリは眉を寄せた。そこでヒヨリが困ったような顔をして、アサマの顔を覗き込んだ。

 

「そういうなよ、アサマ、知っておいてそんなことはないぞ?」

「・・・・そういうのって、頭領になる兄ちゃんが知ってりゃあいいじゃん。」

 

ぶすりと口を真一文字に結んだアサマに、ホノリは不機嫌そうな顔をする。

 

(・・・・せっかく兄様と勉強してたのに。)

 

普段、家事や戦で独り占めできる機会など滅多にないのだ。ホノリは、間に入って来たアサマに少しだけ顔を歪めた。

ホノリは兄が好きだ。戦で手柄を立てるほどの強く、そして頭も良い兄は、彼にとって自慢の兄だった。

 

(・・・・ぼくは、あんまり体術とか好きじゃないから、こういう時ぐらいしか褒められなのに。)

 

別に苦手、というわけではなかった。ただ、本などを読んだり、忍術についての勉強をしている方が性に合っていた。

周りの大人は、どちらかというと戦闘において才をみせるアサマのほうを褒めることが多い。けれど、兄は違った。

ホノリは、その時のことを思い出すと自然に頬が緩んでしまいそうになる。

 

(お前は、お前の得意なことをすればいい。俺も全能じゃないんだ。もしもの時は、助けてくれ。)

 

そんなことを言われた時、ホノリはまさしく有頂天になった。

憧れの兄に、自分が頼られることができるかもしれない。といっても、戦場の事を考えれば体術等もしっかりするように言われはしたが。

 

(ホノリは、鍛練の時なんかによく褒めてもらえるんだから、こういう時は譲ってくれてもいいのに。)

 

ヒヨリは、不服そうな顔に戻ったアサマを横目に捕らえつつ、小さく肩を竦めた。

 

「そういうな、いつまでも俺がいるとは限らないんだから。」

 

その言葉に、アサマとホノリは飛び上る様に顔を上げた。ヒヨリは、やはり笑っていた。いつもと同じように、優しげな顔に、ホノリが声を上げようとしたがそれに被さる様にアサマが叫んだ。

 

「何言ってんだよ兄ちゃん!そんな、そんな!」

 

感情が先走り、肝心な事が言えないのか口をぱくぱくと開いては閉じとアサマは繰り返す。それにホノリはヒヨリの反応を伺った。

それに、ヒヨリは驚いたように瞬きをした。そして、その後に、苦笑をしながらアサマの頭を撫でた。

 

「あー・・・勘違いさせたか。そういう意味じゃないんだ。」

「なら、どういう意味だったんですか?」

 

ホノリの震えた声に、ヒヨリは一瞬だけ動きを止め、そして軽く首を振った。

 

「そりゃあ、お前らが大人になってまで世話できることは少ないだろうしなあ。」

 

本当に、それだけ?

そう問いたくなった。けれど、それを素直に聞いて応えてくれることもないだろう。兄は、昔からそういうところがある。

ホノリは湧き上がって来る不安に、顔を歪めた。

ヒヨリは、皆の中心にいるようで、時折ぽつんと一人で物思いにふけっていることがある。

その時の顔が、ホノリは好きではない。

ひどく、遠くを見るような顔で何を考えているのか。それでも、聞いたとしても教えてはくれないのだが。

アサマは、それに素直に納得したのか、なーんだーと声を上げた。

 

「でも、それならホノリが覚えればいいじゃん。こういうの得意なんだから。」

「そう言うな、それに、アサマだってずっと一緒にいるわけじゃないだろう?アサマも覚えてくれると俺も嬉しいな。」

「・・・・兄ちゃんも嬉しいの?」

「ああ、俺ももしかしたら忘れちまうかもしれないし。そう言う時、お前は覚えておいてくれたら、俺も助かるんだ。兄弟だからな。俺はアサマやホノリのことを助けるが、お前たちも俺のことを助けてほしいって思ってるぞ。」

 

そう言われると、がぜんやる気が出てきてしまう。アサマがそれに反応し、広げられていた巻物をチラリと見る。すると、ヒヨリはふふふふと小さく笑い声を上げながら、地図をなぞっていく。

小さなネタ話を交えながら、飽きないそれにいつのまにかアサマは夢中で聞いていた。

その横で、ホノリだけは胸騒ぎをさせながらヒヨリを見つめた。

 

(・・・・・もっと、頑張ろう。)

 

その胸騒ぎも、兄の言葉の意味も、良く分からなかった。ただ、もっと、強くなって、勉強しようと思った。

きっと、もっと強くなれば、もっと賢くなれば。

 

(・・・・兄様だって、あんなこと言わないはずだ。)

 

何故だか知らないが、そう思った。自分にできない事ならば、ホノリにしてもらえばいい。そうだ、兄弟なのだ。兄たちのことを助けられる、そんな人になりたい。

ヒヨリの説明を聞きながら、ホノリは、そんなことを誓った。

 

 

「はあ・・・・・」

 

夜も更け、ヒヨリは布団に入っていた。

 

(・・・・・マダラが強い。)

ヒヨリの悩みの種は、彼の可愛い妹であるマダラの事だった。

写輪眼が開眼してすぐ、彼は自分の覚えていることを出来るだけ書き出し、それを覚えて燃やした。

それによれば、マダラは柱間に出会った時、大人にも負けることはなかったらしい。そこから考えて、おそらく幼い時から頭角を現していたのだろうが。

マダラと下の弟たちや従弟の組み手を見ていて感じたのは、強い、その一言に尽きる。

 

(たぶん、あれじゃあ俺も負けるかもしれねえなあ。)

 

戦場で実際に殺し合いを行っているヒヨリでさえ勝てないマダラは、さすが主人公のライバル役、というべきなのだろうか。

 

(どうも、柱間は次の戦ぐらいで初陣をきるみたいだしなあ。)

 

その話を大人たちから聞き、期待の視線をもらったがそれに応えられそうにはない。たしか、柱間も幼いころから強かったはずだ。

アサマも、来年には初陣をきることになる。

迫りくるタイムリミットと考え、彼はため息を吐いた。

これからのことを考えて、出来るだけ弟たちは鍛えてやっているとは思うが。それでも、不安が残る。というか、不安感しかない。

 

(・・・・俺自身も、もっと強くならなくちゃいけねえよなあ。)

 

原作では、イズナを残し、マダラの兄弟は全員死んだ。ならば、自分もその死ぬ範疇に入っているのかもしれないのだ。

 

(・・・・というか、もしも、俺ら全員が生き残ったとして。木の葉の里って出来んの?つーか、ゼツはその場合どうなんの?)

 

考え出してもしょうがないのだが。どうしても一人でいると、そんなことばかり考えてしまう。

ヒヨリはまた、深くため息を吐いた。

 



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最悪な初陣

難産だった戦闘シーンのある回。何回も書き直して、最終的にこれでいいやと諦めました。やっぱり苦手なもんは難しいですね。



千手の長、仏間の長男が初陣を迎えるらしい。

とある戦への出陣前、周りから漏れ出て来る話に、アサマはふん、と鼻を鳴らした。

 

(・・・・絶対に兄ちゃんの方が強いに決まってる。)

 

だというのに、まだ戦ってもいない千手の人間のことを噂する大人たちにアサマは不快感を覚える。

せっかく、新品の武具に、姉と兄が整えてくれた戦装束を着ていい気分だったというのに。

 

「・・・・アサマ、大丈夫?」

「別になんともおもってねーよ。」

 

アサマは隣りにいた、今日初陣のミヨリに返事をした。

 

「相手の頭領の息子だから、みんな噂をするのも仕方ないよ。」

「だから、何にもおもってねえって。」

「それならいいけど。」

 

ミヨリは心配そうにアサマを見ていた。その顔が、どこか弟のホノリと似ていて、罪悪感が湧く。

ミヨリは、アサマの鍛練仲間だ。他に比べて少し気弱というのだろうか、控えめな気はあるが、思慮深い性格は弟のホノリによく似ている。

そのせいか、アサマにとってはミヨリは気になる存在であり、いつの間にかよく端にいる彼と話す仲になった。よくも悪くもすぐに熱くなるアサマと、慎重なミヨリは凹凸ではあるが、息があった二人組だ。

 

(・・・・こいつも、俺のこと心配してくれてるんだよな。)

 

少し冷静になれば、アサマは自分の行動が恥ずかしくなる。

 

「・・・・ごめん、そんでありがとな。俺の事、心配してくれたんだよな?」

「ううん、別にいいよ。でも、戦の前だから、少し落ち着いて来たら?」

「わり、そうするわ。」

 

アサマは、一言断りを入れて、人の輪から外れた。

 

(・・・・とうとう、初陣か。兄ちゃんとも同じ戦だ。)

 

これからの戦場について考えて、一人で浮足立たせていると、そこに頭上から声がかかる。

 

「・・・アサマ、大丈夫か?初陣で緊張してるのか?」

「兄ちゃん!そんなことあるわけねえじゃん!」

 

咄嗟にそう返せば、ヒヨリはそうなのか、と心配そうにアサマは覗き込んだ。

 

「誰だって初陣は不安なものだからな。俺も、そうだった。」

「だーかーらー!俺は別に不安になんて思ってねえって!」

 

ぽすりと頭の上に置かれた手に、アサマは表面上は不機嫌そうな顔をするが払い落とそうとはしなかった。どんな理由でも、兄に構ってもらえるのは嬉しい。それを自分の手で台無しにするのはあまりにも残念な事だ。

ぷいっと、視線を逸らしたアサマにヒヨリは苦笑をする。そして、心の底から後悔しているような、そんな悲しそうな顔でアサマの逸らされた顔を見た。

 

「・・・・・本当なら、本格的な初陣はもっと先だったんだが。」

「なんだよ、兄ちゃんは俺のこと、そんなに信用できないのかよ?」

 

忍の子は、六歳になれば初陣をきる。といっても、いきなり戦場に放り出すということはない。その前に、戦場の空気に慣れさせるために、比較的安全な役目に着かせるのが普通だ。

けれど、アサマはそういった役目に着くことなく、今回は兄や父がいる先陣部分に配置された。

それは何故かというと理由は簡単で、先の戦で思った以上に一族の人間が戦死し、数合わせとして初陣をきるアサマを含めた数人が配置されたのだ。

 

「俺だって、うちはの人間として立派に戦える!」

 

兄に心配されることは嬉しくもあるが、それ以上に自分を信用できないのかという腹立たしさも感じる。

少しだけアサマよりも背が高いヒヨリは、己を上目遣いで睨み付ける弟に小さく微笑んだ。いや、それは笑みと呼ぶには歪だった。眉を寄せ、無理やり笑みに仕立て上げた表情にアサマは兄が心配になった。

そして、ヒヨリは体を屈めて、アサマと同じぐらいにまで視線を下げた。

 

「・・・・アサマ、兄ちゃんとの約束、覚えてるか?」

「・・・・うん。」

 

アサマはこくりと頷いたが、どこか不満そうに口を尖がらせた。ヒヨリは、その様子に納得していないことを察して、彼に鍛練を付けるようになってから幾度も繰り返したことを口にした。

 

「いいか、アサマ、初陣で功を得ようなんて考えるなよ?」

 

アサマは口を尖らせたまま、それを無言で聞く。

 

「あのな、兄ちゃんも初陣じゃあ逃げるだけだった。まともに戦えるようになったのも一年経ってだ。いいか、アサマ、弱いということを恥じるんじゃない。誰しもが最初は弱い。その上で強くなっていけばいいんだ。順番は守れ。」

 

ヒヨリは、アサマの頬を両手で包み込み、逸らされた視線を己の方に向けた。真剣な、真面目そうな表情をした兄に、アサマは居心地が悪いというように体をねじった。けれど、ヒヨリはそれも気にせずに、言葉を続けた。

 

「・・・・いいか、アサマ。命の使いどころを間違えてはいけないよ。」

 

兄の言葉の最後には、よくその台詞があった。

本当は、もっと長いのだが、良く分からないので聞き飛ばしてしまう。

いつだって、兄の言葉は、アサマには難しかった。頭の良いホノリには分かっているようだった。自分には理解できないことが面白くはなかったが、それでも兄から言葉がもらえるのは嬉しかった。

そして、その言葉に、いつだって切なるものがあるのだってアサマにも分かっているのだ。

アサマは、その発言に、もう一度こくりと頷いた。

初陣で求められるのは、第一に生き残ることだ。特に、今日は千手一族が相手。守ってもらえるような状況ではないのだ。けれど、兄にそこまで言われるほど、アサマは自分が弱いとは思っていなかった。

その様子にやっと安心したのか、もう一度アサマの頭をぐりぐりと撫でると、その場を後にした。ヒヨリは、その年にして精鋭が集められた斬り込み部隊だ。

自分も早く、兄と同じようにその部隊に所属することを夢想しながら、彼は思いきれない頭の中で、名案を思い付いた。

 

(・・・・そうだ!今日は千手の長男も初陣だ。きっと強さも俺と同じぐらいのはず。そいつと戦うぐらいなら、兄ちゃんもそんなに怒んないはず!)

 

もしかすれば、功績をなしたと褒められるかもしれない。

アサマは、己の命の使いどころをちゃんと自分では理解していると思っていた。

そう、彼の命は、いつだって一族と家族、そして兄に褒められるために存在しているのだと。

 

 

 

戦が始まってすぐに、乱戦にもつれ込んだ。兄とも離れ、アサマは同い年の友人たちと敵側の目をひき、そこを大人たちに叩かせるということを繰り返していた。

出来るだけ、死なないように、且つ危険を排除できるようにとヒヨリは弟妹たちや年少者に受け身の取り方や回避の仕方を叩き込んだ。おかげで、アサマは今のところ大きな怪我は負っていなかった。おそらく、このままなら、無難に初陣を迎えられただろう。

けれど、アサマは遠くで、叫ばれた声を聞いてしまった。

 

仏間の長男だ!

 

それにアサマは飛びついた。所詮は、一族と敵が混ざり合う乱戦だ。素早く、その場を駆ける小さな体躯を正確に狙えるものは少なく、アサマと、そして彼を心配しついて来た友人のミヨリはあっさりと目的の人物の元にたどり着いた。

 

「あいつか・・・・!」

 

茶色がかった黒のおかっぱ頭の、同い年くらいの少年。そして、彼は現在、うちはの人間と対峙していた。

それにアサマは駆け寄った。その実力について、知りたかった。

抜き払った刀は、やはり少しだけ重い。

 

(・・・・あいつを討ち取れば、兄ちゃんも俺のことを強いって認めてくれる。)

 

周りの大人たちだって、自分を鍛えた兄を天才だと誉めそやすだろう。

けれど、アサマは彼に挑みかかる直前、後ろ姿しか確認していなかったうちはの者が血を飛び散らせながら倒れ込んだ。

アサマは、それに動揺した。目を丸くして、崩れ落ちた存在に隠れていた千手の長男の姿を凝視した。

ドングリまなこの、目が、確かにアサマを捕えていた。くりくりとしたそれは、普段なら愛嬌があると思えるようなものだというのに、ぞわりと背筋に寒気が走った。

勝てない、そんな言葉が浮かんだ。

 

(・・・・・・いいか、アサマ。勝てないのだと分かったなら、すぐに逃げろよ。勝てもしない賭けに命を費やすな。)

 

けれど、アサマはそんな言葉を振り払う。

うちはとしての誇り。

彼は、それによって引けなかったのだ。幾度も、幾度も、兄に言われた言葉があっても、それでもなお、うちはとして、何よりも兄の弟として、逃げ出すという選択を除外してしまった。

アサマには自負があった、周りからも言われ続けた。

頭領の子として、兄の弟として、けして逃げてはいけないのだ。

 

(・・・あっちだって、俺の存在に驚いてた!今なら、動揺してる!)

 

一太刀程度なら、浴びせられる。

アサマは弾丸のようなスピードで、千手の長男に真正面から斬りかかる。よくよく確認すれば、相手は倒れ込んだうちはの人間に刀を突き立てている。

アサマと千手の長男の距離はあまりない。その間に、刀を抜き取りアサマに向けるのは恐らく無理だろう。

いける、と思った。少なくとも、相手に手傷を負わせるぐらいならば出来るのだと。

少年は、刀で応酬するよりも早いと思ったのか手の甲に巻かれた籠手を刀の軌道上に置いた。

 

(刀の重さと、走ってきた分の勢い、少ねえけど俺の腕力。籠手を断ち切ることは出来なくても、衝撃で片腕を少しの間ぐらいは潰せるはず!)

 

がきん!!

金属同士がぶつかる音がした。そのまま、腕の力が弱まり、刀を振り下ろせると思った。そうすれば、近距離で相手に深手、それが無理でも傷を負わせることぐらいは出来ると思っていた。

けれど、予想に反して、刀は自分が思っていた以上の力で振り払われた。それも、力を駆けていた上方向ではなく、右方向に振り払われたため、緩んだ手から弾かれた刀が飛んでいく。

ああ、死ぬ。

振り払われた衝撃で、崩れた姿勢ではどう足掻いても逃げられない。視界の端には、くるりくるりと宙を舞う刀が見えた。

頭の中に、まるで本の頁を捲り続けたように今までの記憶が浮かび上がった。

逃げる?

いや、倒れる寸前の今では刀から逃れられない。

忍術を発動する?

印を組む時間はない。

ああ、死ぬ。

もう一度、そう思った。

まるで、自分だけが取り残されたかのように迫りくる刀が見える。

後悔だとか、それを思う暇も無く、茫然とアサマはその刀を見つめた。

けれど、それは突然、アサマたちの間に割り込んできた。

 

「あああああああああああ!!」

 

感情を何とか吐き出すための絶叫と共に、ミヨリは持っていた刀を千手の長男に振り下ろした。

致命傷ではなかったがミヨリは相手の太腿部分に刀を突き立てた。それと同時に、アサマは地面に倒れ込む。それでも、ヒヨリとの組み手で畳みこまれた受け身により、彼はすぐに立ち上がり距離を取ることが出来た。

ミヨリのことを気にする余裕はなかった。それでも、おそらく大丈夫だろうと思った。いくら傷は浅かろうと、傷つけられれば動揺は生まれるだろう。

その隙に、きっと逃げられる。

距離を取り、ミヨリの状態を確認しようと彼の方向に目を向ける。

赤い、飛沫が宙を舞った。

 

「え?」

 

漏れ出た言葉と共に、アサマの口からそれが飛び出た。

どさりと、何か重いものが地面に転がった音がした。

 

「み、より?」

 

どこを斬られたかまでは分からない、それでもまるで決壊した河辺のように流れ出る血が彼の命の危うさを示していた。

それに、アサマは危機感も無く、咄嗟にミヨリに駆け寄る。けれど、ミヨリに振り降ろされた刀は、そんな時間を与えることも無くアサマに向けられていた。

けれど、その刀がアサマに届くことはなかった。

何かが空を切るような音がした後、アサマの前を一つの手裏剣が横切った。それに足を止め、思わず後ろに飛んだ彼の前に、まるで今までそこにいたかのように誰かが立っていた。

 

「兄ちゃん!?」

 

その後姿は、見慣れたアサマにとっての兄のものだった。

ヒヨリは見開いた写輪眼で辺りを素早く確認する。アサマは、安堵のために弾んだ声を上げた。

 

「に、兄ちゃん、ミヨリが・・・・・」

 

アサマは安堵のあまり、兄の後ろ姿を見つめて話し始めようとした。

自分一人では、勝てなかった。それでも、兄が一緒ならばきっと勝てる。ミヨリのことだって、兄が一緒なら助けられる。

そう思った。アサマは、兄を信じていた。誰よりも強い人だと、誰よりも完璧な人なのだと。

けれど、その期待は、ヒヨリの冷たい声で遮られた。

 

「・・・アサマ、お前はうちは側に撤退しなさい。」

「え?」

 

ヒヨリは、息を整えるようにして肩を下ろし、刀を構える。それに、じっとこちらを見ていた相手も、改めて刀を構えた。

 

「でも・・・・」

「ミヨリのことは俺に任せろ。お前はさっさと行け。」

「でも!」

 

アサマが更に言葉を続ける前に、ヒヨリは一瞬だけ振り返り、持っていたクナイを投げた。それに、蛙が潰れた様な声と共に、何かがどさりと倒れる音がした。それに視線を向ければ、丁度喉にクナイの刺さった、千手の忍が倒れ込んでいた。

 

「それにさえ気づかないお前がいても無意味だ。」

 

冷たい言葉と共に吐き出されたそれは、明確な拒絶の意味があった。アサマは、それでも戦う意思を見せるために、男の喉から短刀を引き抜いた。それによって勢いよく吹き出る血に、少しだけ手が震えた。

 

「だめだ・・・・・」

「でも、ミヨリが!」

「もう死んでる。」

 

短く紡がれた言葉に、アサマの目が見開かれた。思考が暗く、遠いどこかに飛ぶ前に、目の前の兄から湧き出る冷気のような何かに、現実に戻される。

 

「行け!足手まといのお前を抱えたまま、あいつとは戦えねえ!」

 

それが、決定的だった。

目の前の相手が強いことは、アサマ自身がよくよく分かっていることだった。アサマは、憎い相手を睨んだ。

そして、ミヨリが刺した刀が引き抜かれ、その傷が何故か完治していることに気づいた。それと同時に、顔についていた細かな傷もすでに完治していた。

それが、けして医療忍術でもなく、千手の高い生命力でもない、もっと途方もない何かだとアサマは感じた。

アサマは、それに咄嗟に、侮蔑の意味も込めて叫んだ。

 

「・・・・・化け物!」

 

彼はそう言って、周りに気を配りながらうちは側の方向へと撤退した。

弱い、自分は弱いと、そう感じながら、彼はただ、逃げるしかなかった。

 

 

 

後ろで遠ざかる気配に、安堵を抱きながらヒヨリは改めて息を整えた。目の前の存在は、ヒヨリにとっては一方的とはいえ見知った存在である千手柱間は刀を構えてじっと自分を見ていた。

別段、待っていてくれたわけではない。柱間との間には、ある程度の距離がある。そして、周りは乱戦と言えどもいつ弾かれたクナイや何かしらの術が飛んでくるかわからない。

柱間が、隙も無く周りに気を配っていることは察せられた。

逃げる、という選択はなかった。周りにいる一族の手前、それは出来ない。

 

(・・・・やるしかない、んだよなあ!!)

 

ヒヨリは、刀を構えて一気に柱間との距離を詰める。

知っておきたい、そう思っていた。

知っている物語の主軸、その中心にいる存在の強さというものを。

 

 

(ああああああああああああ!これが本当の主人公補正!まじで理不尽!)

 

ああ、なるほど、そう納得さえできる。

天才とは正しく彼のような存在の事なのだろう。

そんな確信が生まれるほどに、千手柱間は強かった。

打ち合う刀は、何とか守りに入るしかなく、柱間の攻撃をなんとかいなすことしか出来ない。

腕力で押し切ろうとしても、それさえできなかった。攻撃に出れば、それはあっさりと受け流される。相手が攻撃にでればそれこそ、守りに入るということしか出来ないのだ。

写輪眼は、チャクラ量を考えれば温存しておきたい。

 

(・・・・・・忍術、は出来れば使いたくねえしなあ。)

 

戦場において、子どもは基本的に体術と剣術だけで戦うことが前提とされる。それは何故か、簡単だ。チャクラが少ないのだ。

ヒヨリは、身体的には子どもとはいえ、精神面では成熟している。そのため、平均よりもチャクラの量は多い。だからといって、そう簡単に忍術を使えるほどのチャクラ量ではないのだ。

 

(・・・おまけに、さっき、瞬身の術(仮)無駄打ちしまくってそんな余裕もねえし。)

 

刀を打ち合い、距離を取るために大きく後ろに飛ぶ。そして、乱戦状態で時折割り込んでくる敵や武器などいなすこともしなくてはいけない。

ヒヨリは、今回の戦において最初から柱間と戦うことは目的の中に入っていた。もちろん、殺す気はなかった。

 

(・・・・つって、殺す心配の前に、殺される心配しなくちゃいけねえぞ、これ!?)

 

まだ木遁は使えないようだったが、洗練されてはいない、ただ、粗削りではあるが純粋な才能で彼は戦っていた。

それに、覚悟を決めた。これぐらいでは、おそらく死にはしないだろうと直感して。

 

(勝負に出るか。)

 

ヒヨリは、印を組む。それに、柱間も警戒によるものなのか同じように印を組み始める。

 

(火遁・豪火球の術!!)

 

ヒヨリの口から吐き出される身の丈もある火の弾は、まっすぐに柱間に向かう。けれど、それは柱間の術によって防がれる。

水遁の一種なのだろう、口から吐き出される水鉄砲のようなそれによって防がれる。けれど、水の蒸発の為か、白い靄が辺りに広がった。

それに、ヒヨリは飛び込んだ。彼が、一応開発したというのだろうか、瞬身の術(仮)も発動させる。何故、仮というものがついているかというと、これが本当に瞬身の術なのかどうか分からないからだ。

高速移動、という情報しかなかったために、ともかくチャクラで身体能力を高め、それによって高速移動を実現させているのだが。

まあ、チャクラの燃費も悪ければ、発動させるために一定は体が負荷に耐えられる程度でなくてはいけない。というか、負荷に耐えるためにチャクラのコントロールも必要になる為、実戦で使うには難しいものになっている。

おかげで、もう残りのチャクラはカツカツだ。

 

(隙は付けるか?)

 

前方に人影が見える。ヒヨリは、その人影の首筋に刀を添えた。

 

「な!?」

 

近づき、刀を付きつけると同時にヒヨリは気づいた。人影に見えていたのは、ただの土人形だった。

それに気づくと同時に、右方向から何かの気配を感じる。なんとかそれに反応し、刀を向けるが予想外のことに、ヒヨリは倒れこんだ。

自分にふり降ろされた刀をなんとか受け止めるが、チャクラを消費したせいか、疲労も感じ始めていた。

目の前には、漫画でよく見た柱間がいた。その、幼い顔に比べて、その表情はどこか硬質なもののように感じる。

戦うことを知っている目だ。今まで、幾人も、そんな目をした存在を見て来た。

ヒヨリは、ぎりぎりと己に迫る刀に恐怖を感じる。けれど、それは死に対しての恐怖ではなかった。

ヒヨリは、弟や妹を置いていってしまうことに恐怖した。そして、脳裏には、彼にとって可愛い、たった一人の妹の顔も浮かんでいた。

自分の死は、彼女を追い詰めてしまうのかもしれない。そして、原作のように、疎まれて、騙されて、理解されずに。その果てに、優しい少年を、騙して、利用していくのかもしれない。

ヒヨリは、それに叫んだ。己を奮い立たせるために、そして、何よりも、その言葉が目の前の少年にとって弱点になりえるのではないかと無意識に感じていたからかもしれない。

 

「駄目だ、俺は死ねないんだ!」

 

吠える様に、ヒヨリは叫ぶ。

 

「俺は、兄ちゃんなんだ!」

 

それに、柱間の目が少しだけ見開かれた。それに、ヒヨリはあらん限りの声で叫ぶ。

 

「弟たちのところに、帰らなくちゃいけねんだよ!」

 

それに、振り下ろされた刀に加わっていた力が緩んだ。その瞬間、ヒヨリは刀を振り払い、柱間から距離を置く。そして、ヒヨリは見てしまった。薄れゆく靄から見える柱間の顔を。

子どものような顔だった。迷子の子どものように、途方に暮れた様な顔で、柱間はヒヨリの方を見ていた。

いや、違う。彼は、どうしようもなく子どもであるはずなのだ。

靄から飛び出れば、いつの間にか、うちははうちは側に。千手は千手側に移動しはじめていた。

戦が終わろうとしているのだろう。ヒヨリは、それに素直に従った。

そして、彼は約束通り、すでに血の気のないミヨリの死体を背負い、走り始めた。

ずしりとしたそれは、はっきり言えば捨てていった方が早く走れる。けれど、せめて、弟と最後の別れをさせてやりたかった。

一目散にヒヨリは駆け出しながら、胸に広がる苦い感覚に歯を噛みしめた。

それが、ミヨリの死によるものではなく、あの柱間の表情のせいだということは分かっていた。

弟や妹とダブって見えたあの幼い表情に、ヒヨリはひどく、ひどいことをしてしまったような気がして仕方がなかった。

 

 

 




柱間さんたちの戦がどんなものか分からないので殆ど想像になりますが。戦闘シーンってこんな感じなのかだろうか。
というか、柱間さんをチートにし過ぎたかな。でも、たぶんマダラさんと柱間さんは子どものころからチートでも違和感はないかな。


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避けられなかった分岐点

書いてる人間の能力がシリアスに全振りしてるので、ギャグ成分がどんどん減ってきてます。



忍術には、五つの性質と呼ぶことのできるものが在る。火、水、風、土、雷、である。

ヒヨリは、忍術に関しての覚書を記した巻物を前に首をひねる。

戦というものを知らない彼としては、戦闘スタイルを確立する上で原作は参考にはなった。

そこで彼が目指していたのは、某写輪眼使いの先生なわけだが。

 

(・・・未だに雷切の術、発明できてないんですけどねえええええ。)

 

ヒヨリは大きくため息を吐いた。

この時代にも一応チャクラ紙は実在していた。それで調べてみると、ヒヨリには火と雷が在ることが分かった。これが分かった時は、それこそ内心では小躍りした。目標としていた存在に近づけ、かつ戦闘のスタイルが定まったためだ。

けれど、そんな思いはすぐに砕け散ることとなった。

基本的に、性質というのは遺伝で使えるものが定まっている傾向がある。例えば、原作ではうちは一族が火遁を得意としていた。

さて、ここで問題が発生した。

遺伝によって決まる性質では、近親婚を繰り返しているうちははどうなるか。簡単だ、性質自体で、火遁以外が生まれ難くなる。そのため、うちはでは主に火遁を主流の忍術として使っていた。そのため、うちははまさしく火遁スペシャリストといっていい。そのため、火遁についての知識はそれこそ唸るほど存在していた。だが、その他の忍術はどうなるか。

 

「まさか、うちはに雷遁について詳しい存在がほとんどいないとは、なあ・・・・・」

 

ヒヨリはぐったりとため息をまた吐いた。

うちはでの主な戦いは写輪眼を使ってのものだ。火遁以外の術が使いたいのなら、それでコピーすれば早い。かといって、コピーしていたとして、皆がそこまで多様な雷遁をコピーしているわけではない。ヒントも少なければ、新しい忍術を発明するほどの知識や経験を持っているわけでもない。

それに加えて、うちは自体が血継限外持ちの排他的な一族だ。忍術の指導を頼めるような伝手などない。

ヒヨリ自身は、どういった術なのかということは知っていても、印や性質変化については誰かにある程度教えを請わなければならなかった。

おかげで雷切の開発は思うように進んでいなかった。

 

(だからと言って、あの戦法を諦められるわけもないし。)

 

代わりになる術を火遁で開発することは出来ている。何よりも、ヒヨリが瞬身の術(仮)の開発を決意した理由自体が、この火遁を使うためであったりする。

けれど、その火遁の術と瞬身の術(仮)を合わせて使うとすると、チャクラの燃料に合わせて、チャクラのコントロールの難易度もバカ上がりするという仕様になり使えなくなっているのが現状だ。

 

(・・・・ともかく、雷遁は少しずつ極めていくしかないよな。極められたら、夢の超電磁砲も出来るようになるかも。)

 

思いはせるのは、某有名なライトノベルの光景だったりする。

そして、そこまで考えてヒヨリは、廊下を歩く音に気が付いた。

とたとたと、可愛らしいとも思える音と、尚且つわざわざ足音を立てる様な存在は、家に一人しかいない。

己の部屋の前で止まり、そして一向に襖を開けないことに、ヒヨリは苦笑した。そして、出来るだけ穏やかな声を意識して、襖の向こうに声をかけた。

 

「・・・・マダラ、用があるなら入って来い。」

 

その言葉の後に、少しして、襖がゆっくりと開けられた。

 

「・・・・兄様。」

 

その、心細そうな表情に何故彼女が来たのか、ヒヨリには察せられた。

 

 

 

先の戦の後から、妙に集落が浮足立っているというのだろうか、落ち着かない様子であることは、戦に関係のない女児であるマダラに察せられた。

何よりも、初陣で会った一番目の弟であるアサマの様子がおかしいことが何よりも気がかりだった。

聞いた話では兄とよく話していた友人、マダラも面識のあったミヨリ、が戦死してしまったそうだ。もちろん、マダラも悲しかったが、それ以上に弟が生きて帰ったことに安堵していた。

けれど、帰って来たアサマの様子がおかしい。部屋に籠りきりで、食事も部屋で一人食べているようだった。兄も、戦で友人を失ったことはあるが、父であるタジマも食事を一人で取ることまで許したことはなかった。

マダラが話しかけても必要最低限の返答しかかえってこなかった。あの騒がしいアサマがそんな態度の為、どうにも無理やり話を聞くことも出来なかった。

何よりも、家にやって来た一族の大人たちが話しているのをマダラは聞いてしまった。

ヒヨリが、千手の長男に負けてしまったという。

それは、小さなうちはという箱庭で育った彼女にはまさしく世界がひっくり返る出来事だった。

大人たちは、今までのヒヨリへの態度について手のひらを返す様に彼を無視し、千手の長男を畏怖した。

そんな大人たちの話を聞いたマダラは必死に耳を塞いだ。

 

(・・・・ちがう!兄様は、誰よりも強い!天才なんだ!)

 

彼女はタジマが戦場から持って帰る兄の手柄話が大好きだった。戦場の事はよく分からなかったが、タジマが誇らしげに語るたびに、弟たちと嬉々として聞き入った。

そうだ、兄は強いんだ、天才なんだ。

誰よりも、何よりも、マダラはそう思っていた。

彼女にとって、ヒヨリは短所など存在しない、完璧な存在だった。それを否定される現実は、まさしく彼女にとって天地が無慈悲にひっくり返ったような心地だった。

名前さえ知らないその千手の長男に、兄が劣るなんて絶対に思えなかったのだ。

マダラにとって、父や大人たちに手放しに褒められる兄は正しく英雄だったのだ。

マダラは耳を塞いで、その場を離れた。そして、まるで腫れ物に触るかのように誰も近づかない兄の私室に向かった。

兄に、アサマに何があったのか聞きたかった。そして、何よりも、兄が千手の長男に負けたことを否定してほしかった。

 

「・・・・兄様?」

「ああ、なんだ。マダラ?」

 

感情のままに来てしまった兄の部屋で、マダラは改めて声を掛けたはいいもののどうすればいいのかと途方に暮れた。けれど、心配の対象である兄は思った以上にけろりとしていた。

 

「どうしたんだ、何かあったのか?」

「う、ううん・・・・・」

「そう言えばイズナは?」

「叔母さんが預かってくれてる。」

 

その様子に拍子抜けしながらも、マダラはヒヨリに促されるままに部屋に入る。けれど、改めて兄と向かい合っても、口を噤んでしまう。マダラが部屋にやって来た理由を察していたのか、彼は苦笑交じりに頷いた。

 

「千手の長男の事で俺が落ち込んでるって思ったのか?」

「・・・・・はい。あと、アサマのことも。」

 

見透かされた様にそう言われ、マダラは妙に恥ずかしくなり、体を縮こませた。それに、ヒヨリは仕方がないなあ、というように微笑むと胡坐をかいていた自分の足をとんとんと叩く。それに、マダラはその動作の意味が一瞬分からなかったが、それが膝に乗れという合図であることを思い出す。

 

「ほら、おいで。」

 

マダラは、それに恐る恐る胡坐の上に座った。

基本的に弟たちの定位置のそこは、ひどく久しぶりな気がした。

やはり、十歳と七歳では体格はだいぶ違いがある。それに加えて、日々鍛錬を続けているヒヨリの体はがっしりとしており、マダラがもたれても支障はなかった。

腹の前で組まれた手に、安心感を覚える。

 

「久しぶりだなあ、マダラを抱っこすんの。少し前まで、もっとちっこかったのになあ。大きくなってるなあ。」

 

ヒヨリはマダラを抱えながら、揺り籠のように体を揺らした。

その、のんびりとした態度に、マダラは千手の長男に負けたことなど嘘だったのでは思えて来た。

そこで、マダラは気になっていたアサマのことを問う。

戦場のことなら、兄が一番知っているだろう。

 

「ねえ、兄様、アサマ、どうしたの?」

「そうだな。少し、兄ちゃんと父様で叱り過ぎたのかもな。」

「え、アサマ、何かしたの?」

 

ヒヨリはそれに、少し口をつぐみ、悩んだ後にようやく口を開いた。

 

「あいつはな、あんまりにもうちはとして誇り高すぎたんだ。そのせいで、暴走した。」

「暴走って、何があったの?」

「・・・一人で突っ走って、一族に損害を出した。」

 

そんな風に語る兄の顔は強張って、後悔しているように沈んでいた。

 

「俺がもっと、戦場でのことを言い聞かせて置けばよかったんだがなあ。いつか、何かを失ってしまっても、それでも失い方は色々ある。アサマはな、最悪の失い方と奪い方をしてしまったからなあ。」

 

ヒヨリの言葉を、全て理解することはマダラには出来なかった。それでも、アサマが何かの瀬戸際にいることだけは理解した。

 

「大丈夫、なの?」

「・・・・・そうだな。俺も、少しあの子に話しに行こうと思うよ。」

 

その言葉に、マダラは安心し、ほっと息を吐いた。兄が大好きな弟のことだ、すぐにいつものあの子に戻るだろう。そして、次に彼女にとっては重大なことを再度聞いた。

 

「兄様、千手の長男に負けたって本当?」

 

マダラがおそるおそる聞けば、ヒヨリはあっけんからんとした態度で答える。

 

「ああ、負けた。というか、殺されかけた。」

「え?」

 

あまりにあっさりとそれを認められ、マダラは目を見開いてヒヨリを振り返った。彼は、宙を眺めながら、しみじみとした様子で頷いていた。

それにマダラは悲鳴のような声を上げる。

 

「なんでそんなに平然としてるの!?」

 

ヒヨリは、それに驚いたように目を丸くした。そして、不思議そうにマダラに聞いた。

 

「マダラこそ、なんでそんなに怒ってんだよ?」

「だって!一族の人みんな、千手の長男のことを言ってる!兄様の方が、絶対強いのに!」

 

駄々っ子のようにそう言ったマダラは、うっすらの瞳に涙がにじんでいた。それを、ヒヨリは指で優しく拭い、彼女の抱きしめた。

 

「・・・・みんな不安なんだよ。彼に勝てる様な奴がいなければ、一族としては不利になる。それに、俺としては、どうしても彼を嫌いにもなれないしなあ。」

「何おかしなこといってるの?敵なのに。」

 

ヒヨリの言葉に、マダラが肩に顔を押し付けながら聞いた。ヒヨリはそれに、うーんと唸りながらぼんやりと呟いた。

 

「・・・・・兄ちゃんなあ、ものすげえひでえことしちゃったんだよ。」

「・・・・・戦に、ひどいことも何もあるの?」

「いいや、そんなんじゃねえの。ただなあ。同じ兄貴として、ものすげえひどいこと、しちゃったんだよなあ。」

 

その声音からにじみ出る後悔に、マダラは思わずヒヨリの頭をその小さな手で撫でる。そして、その小さな体で彼女は兄を抱きしめる。

 

「大丈夫、大丈夫だよ。」

 

何が大丈夫なのかも分からない中、彼女は続ける。

 

「何があっても、私は兄様の味方だから。」

 

その言葉に、ヒヨリは少しだけ体を震わせた。その後に、マダラの脇に手を入れて、ヒヨリは彼女を持ち上げる様に自分から引き離した。

そして、どこか父のタジマによく似た表情で、にこりと笑った。

 

「安心しろ、兄ちゃんだって強くなるから。お前らのことぐらいは、守れるぐらいに。」

 

その言葉に、何か、並々ならぬ覚悟がある気がして。マダラは黙り込んだ。その後に、ヒヨリはお道化る様に胸を張った。

 

「ま、安心しろ、妹よ。確かに勝負では兄が負けたが、千手の方よりも俺の方が勝っている面は多くある。」

「例えば?」

 

こてりと首を傾げるマダラに、ヒヨリは顎に手を当てて、キメ顔を作る。

 

「顔。」

 

マダラはその言葉に、目を瞬かせた。

 

(・・・・滑ったか?)

 

内心でひやひやとしているヒヨリに、マダラは呆れたように言った。

 

「・・・・そんなの当たり前じゃない。」

「えっと、そうか?」

「うん!うちはの中でも兄様が一番かっこいいもの!みんな、兄様が兄で羨ましいって言ってるよ?」

「思ってる以上に好反応。」

「それに、千手の人間は無骨で、ださいってみんな言ってるもの。そこの長男が兄様より顔がいいなんてありえないわね。」

 

(未来の親友(予定)よ、哀れな。)

 

こんな時から、ださいって言われたのか。

 

「兄様は世界で一番かっこいいわ!将来は兄様と結婚する!」

 

目をキラキラとさえながら、めいっぱいの愛嬌をヒヨリに向ける。

その言葉に、ヒヨリは胸に手を当てて、感慨深いというように震えた。

というか、自分の妹が今日も可愛い。フルフルニィとか絶対阻止する。

 

「おそらく、父や兄なら一度は言われてみたい発言第一位は、あれだな。こう、ヤバイな。」

 

突然、ぶつぶつと呟きはじめた兄を心配し、マダラはその顔を覗きこんだ。

 

「どうしたの、兄様?」

「い、いや、何でもねえよ。というか、マダラ、その理論で行くと俺の顔は父様とうりふたつなんだが。」

「父様には母様がいるもん。」

「あ、そういう理論なの。」

 

いつの間にか緊張していた空気は和やかなものに変わっている。そのまま、二人はのんびりと、ヒヨリがいない間の集落や弟たちの話に移っていた。

 

 

 

「・・・・ヒヨリ、とマダラもいたんですね。」

 

一通りマダラとヒヨリが雑談に興じていると、部屋の襖を開ける存在があった。顔を出したタジマは、どこか静かな目でじゃれ合っている兄弟を見た。

 

「父様、どうしたんですか?」

 

こてり、と首を傾げるマダラにタジマは何とも言えない顔で微笑んだ。ヒヨリは強張った表情で、タジマを見つめる。

 

「いえ、ヒヨリに用があるんですが。マダラにも用があったんですよ。」

「私にですか?なんでしょうか?」

「・・・・・少し、兄様と組み手をしてほしいんです。」

「組手、ですか?はい、分かりました?」

「・・・・・父様。」

 

マダラの後ろでヒヨリが強張った声を出す。それに、タジマは何も言わず首を振ることで応えた。ヒヨリは、顔を歪める。

マダラは兄と父の間に何かがあるのは察せられたが、それがどんなものかまでは分からなかった。ただ、良くないものであることしか分からなかった。

不安がるマダラの頭をヒヨリは軽く撫でた。

 

「・・・・兄ちゃんは後で行くから、マダラは先に行っといてくれ。この頃ぜんぜん見てやれなかったから、試してやる!」

 

朗らかなヒヨリに、マダラは少しだけ安心感を覚えて頷き、ヒヨリの部屋から出ていった。マダラの出ていった後の部屋では、タジマとヒヨリの間に不安な空気が生まれる。

 

「・・・・父様。」

「お前も準備が出来たなら、すぐに来なさい。」

 

ヒヨリの言葉に、タジマは言葉少なに部屋を出て行ってしまう。

それに、ヒヨリは顔を手で覆い、ぐったりと息を吐いた。

そして、ヒヨリは己の手を握りしめては開いてと繰り返した後に、彼は悲しそうに微笑んだ。

 

「・・・俺は、まだお前に勝てるかな。」

 

 

うちはでは、女は戦場に出ないと言っても忍術や体術は一応一通り習う。それは、護身術であり、子どもに教えるためであり、そして万が一を想定しての事だった。

マダラに忍術と体術を教えたのは、ヒヨリだった。ヒヨリがいないときは、叔母などに教えてもらい、後は弟や従弟のヒカクと共に空いている時間に鍛練をするぐらいだった。

それ故に、マダラは己がどれほどまでに強いか、自分自身では理解していなかったのだ。

 

 

マダラが父に連れてこられたのは、うちはの大人たちが話に使う集会所だった。板張りのそこは、手合せを行うこともできることは知っていたが、あまりマダラには縁のない場所であった。

集会所には、うちはの男たち、戦場に出る面々が集まっており、何故か自分と兄の手合せの見物をするという。

どうして、大人たちがそんなことをしているのかもわからずに、居心地が悪くてそわそわとするマダラに対して、ヒヨリはいつも通り彼女と対峙した。

それに、マダラの肩からも力が抜ける。

 

(・・・・私が兄様に勝てるわけないもんね。それに、兄様と一対一で戦えることなんてないもん。)

 

よくよく考えれば、これも兄を独り占めできる貴重な機会だ。

マダラは意気揚々と体を構えた。

 

(・・・・それに、私が強いってみんなに知ってもらえば、私に稽古をつけた兄様のこと、また見直してもらえるわ!そうしたら、千手のやつのことなんて、みんな気にしなくなる。)

 

そう思えば、この稽古が己にとって有意義なものに感じて来た。

マダラは、顔にうっすらと笑みを浮かべ、ヒヨリへと一歩進めた。

 

 

 

(これが、主人公補正ならぬ、ライバル補正。理不尽だなあ・・・・・)

 

つい最近同じようなことを感じた気がしながら、ヒヨリは板間に転がっていた。

結論を言えば、ヒヨリはマダラに負けてしまった。

組手ということと、室内であることを考慮され、忍術、火遁等はなしではあったが体術等を駆使したものの、勝てなかった。

ヒヨリは、それに対して何かを思うことはない。劣等感もなければ、悔しさも無い。

というか、あ、だよね、と己の予想が的中したことに少し笑えてさえ来そうだった。

しんと静まり返った集会所の中で、ヒヨリはゆっくりと起き上がりながら現実逃避の一種のようにマダラについて考えた。

ヒヨリは、何よりもまず弟妹たちを含めた年少組を鍛える際、基礎的な体力の向上と、そして受け身や回避術を叩き込んだ。

マダラは、その基礎をきちりと積み上げていたのだろう。

 

(まあ、攻撃は当たんねえし、受け流されるし、かといってマダラの攻撃さけられねえこともあるし。)

 

己のしてきた努力を、才能という力であっさりと飛び越えていかれるのは少々虚しくもあるが、それでもヒヨリはほっとしていた。

少なくとも、この妹は、彼女だけは戦場で死ぬということはそうそうありはしないだろう。

そして、ヒヨリは目の前の幼い彼女に、周りの大人から向けられる視線に気づく。

そこには、畏怖、驚き、期待、その他多くのものがあるが、やはり一番強いのは畏怖だった。

戦場にさえ出ていない幼子が、戦場に出ている自分に勝つ。

彼らは、それこそ、化け物を見るような目でマダラを見ていた。

静まり返った空気が、兄と姉の間にある絶望的な才能の差を表しているようだった。

マダラは、己と兄の間に何が起こったことがわかった。けれど、やはり、幼い彼女にはそれが何か明確にわからない。唯、立ち尽くすしか出来なかった。

そんな沈黙の中で、誰が言ったのか分からなかったが、ぽつんと言葉が漏れ出た。

 

「マダラ様が男として生まれてくださればよかったのに。」

 

がしゃんと、何かが壊れた気がした。

それが明確に何であったのか、ヒヨリにも分からない。ただ、何かが壊れてしまった。

自分に視線が集まる、それはけして良い意味のある視線ではない。

それに、ヒヨリは少しため息を吐きたくなる。あからさますぎるだろうと。

 

(まあ、視線の意味もわかるけどな。こんな子どもに負ける跡取りとかやべえもん。でも、落ち込んでる場合じゃねえよなあ。)

 

ヒヨリは、あっさりと立ち上がり、視線をマダラに移した。

その顔に、皆が驚いた。ヒヨリは、笑っていた。

けして無理に浮かべた笑みではない、清々しい、どこか、何かを悟ったような笑みで、マダラを見た。

皆が唖然としている中、ヒヨリはパンパンと土埃を払い、マダラに歩み寄る。そして、彼女の頭をぐりぐりと撫でた。

 

「強くなったな、マダラ。」

 

そこには、嫉妬など一欠けらだって存在しなかった。妹の成長を祝うそれと、そして、もう一つの感情。その時は、マダラは理解できなかったが、大人になってようやくそれが諦観といえるものであると知った。

そして、ヒヨリは特に動揺した風も無く周りを見回した。

 

「それじゃあ、父様、俺たちは家に帰りますね?ああ、そうだ、少し近くの町で買い物をしてきます。」

「・・・・・ええ分かりました。」

 

タジマはそっけなくそう返事をすると、ヒヨリはマダラの手を引いて、集会場から出た。

マダラは、なにか恐ろしいことをしてしまった気持ちで黙り込んでいた。そうしていると、マダラの肩に手が置かれた。

びくりと肩を震わせ、後ろを振り返ればやはり微笑みを浮かべているヒヨリがいた。

 

「に、兄様、私は・・・・」

「安心しろ、お前は何にも悪くない。大丈夫だよ。」

「でも。」

「マダラ。」

 

ヒヨリは、もう一度囁くようにマダラに言った。

 

「強い妹を持って、兄ちゃんは誇らしいよ。」

 

いつも通りの、優しい笑みだった。心の底から、マダラが己より強いことを誇りに思っているのだと、そう理解してマダラはようやく肩の力が抜けたような気がした。

それを確認したヒヨリは、その背中を叩きながら、声を上げる。

 

「・・・・安心しろ。なんにも、怖いことなんてなんだから。」

 

その言葉に等々今までの不安感が爆発し、マダラはヒヨリの腹に顔を押し付けて抱き付いた。

ああ、よかった。

マダラは、ただ、安堵した。

何かが壊れた気がした、何かが崩壊した気がした。

けれど、きっと、大丈夫だ。大丈夫なのだ。だって、兄がそう言った。強くて、かっこよくて、天才である、そんなマダラの兄がそう言ったのだ。ならば、きっと、何もかもが大丈夫だ。

その様子に、ヒヨリは大きく叫ぶように言った。

 

「よっしゃ!マダラが強くなった記念に、今日は兄ちゃんが稲荷寿司作ってやるぞ!」

「え、本当!?」

「おお!酢飯に入れる具は何がいい?」

「え、ええと、ええとね!」

 

はしゃぐマダラに、ヒヨリは目を細めて頷いた。

今だけは、今だけは、せめて笑っていてほしい。

何もかもが間に合わなかったことに、ヒヨリは己の無力を呪った。

 

 

 

 

「・・・・・ヒヨリ、お前はいつからあの子の才能に気づいていましたか。」

 

日もすっかり暮れ、弟妹たちを寝かしつけた後、ヒヨリはタジマの私室に呼ばれた。蝋燭にぼんやりと照らされた己の父を見ながら、ヒヨリは内心では舌打ちしたい気持ちでいっぱいだった。

柱間の実力を目の当たりにし、まざまざと自分との差を思い知った。それこそ、脇役と主人公の差、というべきものだろう。

だからこそ、知りたかったのも事実だった。主人公のライバル、そう言う風に生まれてしまった妹の実力を。

結果はお察しの通りで、ある種、自分と柱間はどう足掻いてもライバルにはなれないということをまざまざと知れたわけだが。

 

(・・・・・子どもの間で、マダラの実力は確かに有名だった。だからって、大人たちがそんな子どもの言葉に、俺と組み手をさせるのは予想してなかったな。)

 

いや、違う。

たった一度の敗北に、そこまで柱間という存在がうちはの中で畏怖されるべき存在になったという事に驚くべきなのだろう。

事実、彼は初陣にして手練れのうちはを討ち取ったそうだ。

あの時、柱間と対峙した時、逃げるべきだったのかもしれない。せめて、己が彼のライバルとしての役割を果たせる程度になるまで。

自分の軽はずみな行動でマダラの実力を露見させてしまったのだ。途中で急に戦うのを止めるのは余りにも不審な為続行したが、無理にでも止めておくべきだった。

 

「・・・・・普段の鍛練や、術の使い方を知っていましたので、才能についてはある程度は。」

「何故、私に報告しなかったのですか?」

 

静かではあるが、威圧感を伴わせたその言葉に、ヒヨリも出来るだけ冷静に返した。

 

「必要を感じませんでした。」

「それはお前の判断でしょう。」

 

凍土に吹く風のような冷え切った声に、ヒヨリは体を強張らせた。さすがは、うちは一族の頭領だ。その一言だけ、ヒヨリの怯えを駆り立てる。

けれど、ヒヨリは目の前の存在がけして暴力を振るうようなタイプではないことも、己に言い聞かせる。実質的な被害が無いなら、怯える必要はない。

これ以上怯え、己が次代の頭領に相応しくないと思わせたくはなかった。

 

「マダラは女です。うちはでは女は戦に出ない。ならば、あの子にどんな実力があろうとも、関係ないと考えました。違いますか、頭領。」

 

ヒヨリはあえて、父を頭領と呼んだ。それに、タジマは顔を歪めた、そして、正座していた足の上に置いた手をぎしりと握りしめた。

そして、震える声で言った。

 

「・・・・お前は、千手の長男に勝てますか?」

 

その震えた声に、何となく、大人たちの間でどのような会話がされたのか察せられた。

 

(・・・・・ミヨリが死んだとき、柱間に勝てなかったことを素直に言ったのが仇になったか。)

 

ヒヨリと柱間の戦いを見ていた存在は少なからずいた。そこで嘘を吐き、不信感に合わせて、その程度で意地を張るほどの存在だと侮られるのは避けたかった。

それが裏目に出、大人たちはヒヨリの影にいたマダラに目を付ける結果になった。

ヒヨリは、もう一度舌打ちしたい気持ちでいっぱいだった。それでも、マダラのことを父に報告しなかったのは、彼女を少しでも戦から遠ざけたかった。

 

(俺が、柱間と互角になるまで。)

 

けれど、ヒヨリはすでに知ってしまった。

己が柱間の片割れにはならないのだと。

知ってしまっている原作の風景に自分は至ることはできないと、先の戦で理解してしまっていた。

柱間(アシュラ)にはマダラ(インドラ)でないと勝ち目はないのだと。

それでも、ヒヨリは妹を守りたかった。原作では、確かにマダラは狂っていた。

けれど、ヒヨリにとって妹は、どこにでもいる少女だった。

いつか誰かと結婚し、母になる。そんなことを願っている少女だった。

柱間に勝てないヒヨリが、マダラを戦から守りたいと願うのは愚かだろう。それでも、ヒヨリはマダラに日溜まりの中にいてほしかった。兄として守ってやりたかった。

けれど、分かってもいる。この程度の強さでは、マダラは別として他の弟たちでさえ守れるかわからない。

ヒヨリは嘘をついてもしょうがないと理解し、返事をした。

 

「・・・・今は、勝てないでしょう。」

 

あえて今、とつけたのはせめてもの彼の意地だった。それに、タジマは分かっているというように頷いた。

 

「うちははけして、一枚岩ではありません。私の言葉だけでは、止めることができないことは多くあります。」

「それは、マダラを戦に出す意見が出ていると理解しても?」

「ヒヨリ、お前では、千手の長男には勝てないでしょう。」

 

お前も理解しているとおり。

 

ヒヨリはそれに激昂し、叫ぶ。

 

「あの子は女の子だ!!昔からの掟を破るというのですか!?そのしわ寄せは、あの子に行きます!」

「そんなことは私にとて分かっています!!」

 

叩きつけるような声は、ヒヨリも初めて聞いたような激情を孕んだものだった。

 

(あの人が、亡くなった日も、こんな声で泣いていた。)

 

その声に思い出したのは、ヒヨリの母が死んだ日。誰にも悟られぬ様に、くぐもった声で、それでもなお、激情を孕んだ声で、彼は泣いていた。

あの時と同じ、普段内に秘められた激情が、表面に溢れ出ている。

 

「息子ならば、まだ、納得しましょう。我らは忍です。遠い昔から、それが我らの孕んだ業です。けれど、あの子は、あの子は・・・・・・」

 

掠れた声に、目の前の男がどんな思いで、その意見を聞いていたのか、分かった気がした。

彼とて同じだ。無力な己に、きっと、憎悪さえしている。

ヒヨリが、口を開く前に、彼はゆっくりと首を振った。

それは、すでに何も話すことがないのだと、そう示していると分かり、ヒヨリは無言で部屋を出た。タジマの私室からは、何の音もしなかった。

それでも、ヒヨリは、そこから、すすり泣く様な声を聞いた気がした。

 

 

 

(俺は弱い。)

 

ヒヨリは、川原で大きな石、というよりも岩の上でたそがれていた。

そうしていると、原作の二人がどうして川辺に来ていたのか、わかる気がした。流れていく川を見ていると、少しだけ精神的に安定するような気がした。

といっても、そんな安念はすぐにたち消えてしまう。

 

(どうすれば、いいんだ?)

 

アサマ、ホノリ、イズナ。

彼らは、死ぬ。

戦の果てに、自分よりも後に生まれてきたというのに、酒の味も、子をなすこともなく、死んでしまう。いや、自分でさえも、彼らをおいて逝ってしまうのかもしれない。

そして、独り残った妹は孤独の内に多くの人間を不幸にする。

何よりも、原作を、自分は進めていけるのだろうか。

ヒヨリは熱烈に、木の葉の里という場所が欲しくなっていた。

せめて、子どもが、子どもとして過ごすことが出来る場所。

冷たくなったミヨリのことを思った。

 

木の葉の里(箱庭)がほしい。)

 

熱烈に、ただ、欲しいと思った。

弟たちや妹、そして集落の子どもたち。そして、ひどいことをしたと思っている、一人の少年(柱間)の顔が浮かんだ。

 

(同盟なんて、今の状態でなんて絶対に組めない)

 

木の葉の里が出来るには、まず大名たちに納得させられる材料として、忍としての有名なうちはと千手の同盟は必須だ。そして、他の忍の一族が集まるような信頼も必要だ。

今の千手と、うちはの上層部では同盟など無理だ。

 

(なんで、俺は二次創作みてえにチートとかないんだろ。)

 

やけくそのようにそう思って、ヒヨリは顔を上にあげて、何ともなしに歌をうたう。

有名な、青いネコ型ロボットの歌だ。

ヒヨリが、あのメガネの少年のように助けを求めても、意味がない。

だから、ヒヨリは漏れでそうな、悲しみを、怒りを、苦しみを、飲み込んで己の体を抱き締める。

今、一人でそれをさらけ出せば、立ち上がれる気がしなかった。

少しでも、木の葉の里までの時間を早めなくてはいけない。

マダラは、戦に出るだろう。弱い自分の代わりに。

今度こそ、変えなくてはいけないのだ。

そのためには、強くならなければいけない。弱い自分の言葉なんて、誰も聞いてはくれない。

ヒヨリは心細さを誤魔化すように、きつく自分を抱き締めた。

 

 




忍術については、書いてる人間の想像です。あの時代の忍術って体系化とか、伝授とかどうなってたんでしょうね。


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とある子どもの運命

ヒヨリはあんまりうちはっぽくないようにしてるんですが、逆にうちはっぽい性格ってどんな感じでしょうね?


アサマは、自分の部屋に籠り、欝々としながら膝を抱えていた。

先の戦が終わって少し経つが、アサマは最低限の用事以外は部屋に籠っていた。父も、兄も、放っておいてくれていた。

それをありがたいと思うと同時に、どうしても心はどんどん重くなっていく。

ミヨリの件は、戦に出ていた者たちの間で内々に処理されることとなった。幸いというべきなのか、戦に出ていた一族の中にはミヨリの身内はおらず、表立ってアサマを非難するものはいなかった。

いや、どちらかというと皆はアサマに対して同情的な目をしていた。初陣で功を焦り、先走る人間はなかなかに多い。そして、それによって命を落とすことも珍しくないのだ。

兄に庇われたと言えども、相手は皆も知る通り柱間だ。大人たちは、口々にアサマを幸運だったと言っていた。

けれど、皆の目が非難でなく、同情であったからこそ、アサマの心は余計に沈んでいく。

 

(・・・・冷たくて、重かった。)

 

兄が連れ帰ってくれたミヨリの遺体を、アサマの手にしっかりと刻まれていた。

その冷たさが、その重さが、ミヨリの手に張り付いて離れない。

ヒヨリに渡された、その体にアサマはいつの間にか泣いていた。まるで雪のように冷たく、石のように重いそれからは命を感じることはない。

死んでしまったのだと、自分の行いが、彼の命を奪ってしまったのだと、まざまざとアサマにミヨリの死を刻み込む。

それに、タジマは静かな声で咎めた。

その程度で泣いていては、忍としてなどやっていけないと。

その言葉に、アサマは膨多の涙と共にタジマを見上げた。己を見る父は、いつもの穏やかな目ではなく、静かで冷たい目をしてアサマを見ていた。きっと、あの時の父は、父ではなく頭領としてアサマを見ていたのだろう。

 

 

「・・・・アサマ、今回、初陣であるお前は、他の補助をするようにと言っていたはずですが?」

「・・・・はい、功を焦りました。」

「お前には失望しました。戦場を知らぬお前のその傲慢さにより、友を失う結果に繋がりました。」

 

タジマはそう言って、アサマに、彼自身をなした結果を突き付ける。

アサマは茫然としながら、タジマの言葉を聞いていた。彼は、その光景にため息を吐いた。

 

「お前は少しの間謹慎を命じます。頭を冷やしなさい。」

 

アサマにそれだけを告げると、一族の皆に撤退の意を伝え始める。そして、皆が撤退の準備を進める中、アサマはミヨリの遺体に縋ったまま涙を流し続けていた。

それに、タジマに何とも言えない顔をして、一言だけ付け加える。

 

「・・・・泣いていても、何も変わりませんよ。」

 

その言葉に、頭の奥が冷えていくような気がした。見上げたタジマは、ため息を吐きながら、首を振っていた。

皆は、拠点にしていた場所の片付けや負傷者の手当てのためにアサマの居た場所から離れていく。

後ろ姿を見送り、辺りには人の気配は亡くなる。涙はいつのまにか収まっていた。

 

「アサマ。」

 

今まで黙り込んでいたヒヨリがアサマの横に立つ。

 

「・・・・ミヨリのこと、連れて帰ってやろうな。」

 

ヒヨリはそう言って、腰の物入れから大きな布を取り出した。そして、それでミヨリの遺体を包んでいく。それは、戦場から遺体を持ち帰る時のための布だ。

アサマは、兄になんと言えばいいのか分からず、それを手伝っていく。

そうしていると、ヒヨリは少しだけ硬くなりかけたミヨリの頬を撫で、そしてぽつりと呟いた。

 

「俺よりも、後に生まれて、先にいっちまうんだな。」

 

その言葉に、兄が自分を責めているようにさえ感じた。

 

「・・・・兄ちゃん。」

「アサマ、俺の言った事、聞いてなかったのか?」

 

その声に、怒りはなく、込められているのは悲哀だけだった。それが分かるからこそ、アサマの胸には重く罪悪感だけがのしかかる。

 

「・・・・きいて、た。」

 

掠れた声に、ヒヨリは返事をせず無言でミヨリの体を布で包み終わる。布を掴んでいたヒヨリの手が強張った。そして、震える声でアサマに聞く。

 

「なら、どうして、あんなことをしたんだ?」

 

ヒヨリの台詞に、アサマは胸に蓄積されたありとあらゆる感情を爆発させて叫んだ。

 

「だって!俺、兄ちゃんに認めてほしくて!」

 

ヒヨリは、その言葉に驚いたのか、目を見開き茫然とアサマの顔を凝視していた。

アサマは立ち上がり、ヒヨリに訴えかける様に叫び続ける。

 

「父さんもおじさんたちも、兄ちゃんみたいになれっていつも言ってた!兄ちゃんみたいに、一族の誇りになるような奴になれって!だから、初陣で手柄を取れれば、みんな褒めてくれるって思って。なによりも、兄ちゃんだって褒めてくれただろ?」

 

アサマは目の前にいたヒヨリの服を掴み、まくし立てる様に言葉を続ける。

 

「千手の長男は強かった、俺には勝てない。それで、ミヨリだって、死んだ。でも、今度は、ちゃんとやるから。だから、今度こそ、上手くやったら、俺の事認めてくれるよな?兄ちゃんの弟として、うちはの子として、認めてくれるよな?」

 

ミヨリのことを赦されようだとか、肯定してもらおうだとか、そんなことは考えていなかった。

ただ、知っていてほしかった、もう一度だけでもいいからチャンスが欲しかった。

アサマは、ただ、一族の皆に期待されたような存在になりたかった。頭領の子として、天才と誉れ高い兄の弟として、一族の皆から認められるような者でありたかった。

アサマは、父がする戦場でのことを多くは語らぬ兄の話が好きだった。その話の中の通りの兄と肩を並べられるような存在になることが、戦場に出る上でのアサマの拙い夢だった。

必死に言い募るアサマを見て、ヒヨリの目は暗く、淀んでいった。

 

「だから・・・・・!」

「アサマ!」

 

ヒヨリはアサマの肩を掴み揺さぶる様に、彼の体を揺すった。

 

「そんなことのために、お前はあんな危険なことをしたのか・・・・!?」

 

一瞬、兄が何を言っているのか分からなかった。

そんなことなど気づいていないのか、ヒヨリは暗く淀んだ瞳でアサマは見つめる。

 

「一族の誇りも、大人の期待も、いったいなんの価値があるんだ・・・・!?」

「兄ちゃんは、何の価値も無いっていうのかよ?」

 

アサマはヒヨリの言葉に驚きながらも、兄の淀んでいく瞳に恐怖した。強張る体に、ヒヨリは無意識に指をきつく食い込ませた。

 

「死んだら終わりだろう!」

 

漏れ出た声がけして大きなものでなかったが、アサマの耳にまざまざと刻み込まれるような迫力のあるものだった。

 

「大人に期待されて、その期待で大人になれずに死んでどうするんだよ?一族の誇りが、いったい何をもたらしてくれるんだよ?あんなの、死んだ人間たちや自分が死ぬとき、納得するための言い訳でしかないだろう!?」

「そんなこと!」

「それ以外のなにがある!?そうやって、子どもに言い聞かせて。それで、お前が死んで。一族のために犬死にするようなもんだろう!?それに意味なんてあるのか!?」

 

アサマの激昂に、ヒヨリは沈み切ったように彼の体から手を離し地面に膝をついた。

そして、兄にしては震えているのだろうか、怯えたような動作でミヨリの遺体の上に手を置いた。

震えた声が、ぽつりと吐き出された。

 

「・・・・・お前が、こうならなくてよかった。」

「え?」

 

項垂れたことで、ヒヨリの顔は見えなかった。それでも、その、ヒヨリにしては珍しく弱々しい様子にアサマはどうすればいいのか分からなかった。

 

「アサマ、頼むから、自分のために生きてくれ。お前が、死んだら、俺は、生きていけねんだよ。」

静まり返った中で、ヒヨリの声が響いた。

それに、アサマは、自分の生きる意味を否定された気がした。けれど、それと同時に、自分の全てを肯定された気がした。

 

 

 

あれから、集落に帰ったのち、タジマはしばらくの間とアサマに自室での謹慎が命じた。アサマ自身も、集落に帰った所で何をすればいいのか分からなかった。

必要最低限、鍛練のために外に出ることは赦されたため、それ以外は食事でさえも自室に籠っていた。

アサマは、自分がどうすればいいのか分からなかった。

戦場で、兄を支えることが彼に求められた役割だった。兄という存在を生かすためならば、自分が死んでもいいとさえ思っていた。

アサマはそれに何の疑問も持っていなかった。父に、ホノリやマダラと共に言い聞かされたそれは、ある種神からの天啓に等しかったと言っていい。

けれど、そんな言葉は兄によって否定されてしまった。

自分のために生きているつもりだった。けれど、そんなものは、無意味であるかのように、兄は言う。

泣いたままでは、前に進めない。けれど、否定された己の存在価値により、アサマはまるで溺れるような息苦しさを覚えていた。

そして、何よりも、手に残った冷たさと重さが、アサマに夢を見せる。

幾度も、幾度も、何もできずに見送ったヒヨリの死んだ情景だけを夢に見る。

ミヨリは無言で死に、物言わぬ死体としてしか登場しない。

そこに慰めも無ければ、罵倒も無い。アサマの中の、後悔と罪悪感を刺激するだけだった。

 

(・・・・俺が死んでしまえばよかった。)

 

喉の奥に溜まるような熱と、手足の先が冷えていく様な感覚を覚える。

そして、ミヨリへの後悔の次にやって来るのは、千手の長男の顔だ。

 

(・・・・・殺してやる。)

 

その言葉だけが、自分の中に反復する。

幾度も、幾度も、その言葉だけがアサマの中にある。

それには熱はなかった。ただ、凍える様な、考えれば考えるほどに意識は冴えわたっていく

アサマは自分の顔を覆った。

 

(・・・・・殺してやる。)

 

絶対に勝てはしなくても、勝ち目なんて無くても、兄でさえ勝てなくても。それでも、いつか、隙をついてでも、あの少年を殺さなくてはいけない。

 

(絶対に、どんな手段を使っても、殺してやる。)

 

何をしても、どんなことをしても、いつか、強くなって、あいつを殺す。

 

 

 

殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる

 

 

 

 

汚泥のような思いが降り積もっていく。赤く澄んだ感情が、混ざりに混ざって、アサマの感情を濁していく。

ミヨリ、ミヨリ、敵を取るから。絶対に、敵を取るから。

アサマは、ミヨリの顔を思い浮かべる。

弟に似て、けれど弟よりも気弱な、アサマのことを気にかけてくれていた、大事な友人。

自分が殺した。自分が殺して、自分で奪った。

それで、報うことが出来るとアサマは確かに信じたのだ。それしか、アサマには残されていなかった。

 

 

 

「・・・・アサマ、少しいいか?」

 

突然、部屋の外から聞こえて来た兄の声に、アサマはびくりと体を震わせた。

兄が自分に会いに来たことに関してアサマが動揺しながら、襖の方に目を向けた。会いたいような、会いたくないような、どちらとも言えない気分になる。

けれど、断ることも出来ないと返事をした。

 

「・・・・・・・どうぞ。」

 

それに襖を開けて、ヒヨリが部屋へと入って来る。

部屋の真ん中にいたアサマに、ヒヨリは無言で目の前に座った。

 

「・・・・久しぶりだな。」

「・・・・うん。」

 

掠れた声で返事をすると、ヒヨリは思っていた以上に、柔らかな微笑みをアサマに向けた。

アサマは、落ち着かずにそわそわと体を動かした。

 

「アサマ、ずっと会いに来なくてすまないな。」

「そんなことねえよ、今回は、俺が悪かったから。」

 

そう言いはしても、互いの、というかアサマが一方的に感じている気まずさに、沈黙が部屋を支配した。

ヒヨリは、少しの間黙り込んだ後に、口を開いた。

 

「アサマ、千手の長男を、殺してやろうだなんて思っていないか?」

 

それに、アサマの肩が震えた。それに、図星であると悟って、ヒヨリは目を細めた。

 

「アサマ、何回も言ったはずだ、死に急ぐようなこと・・・・」

「なら、兄ちゃんは、俺にどうしろっていうんだよ!?」

 

アサマは、ヒヨリから遠ざかる様に立ち上がり、後退った。

 

「俺、もう戦にだって出てるんだ!なら、復讐ぐらい考えたっていいだろう!?確かに、俺は弱い!でも、鍛練をすれば、隙を付くぐらいのことは出来るかもしれない!」

 

アサマは何かを振り払うように、自分の右手を縦に振った。

 

「ミヨリの敵を取ることだって、俺は願っちゃだめなのか?そんなこともしてもらえない、ミヨリはいったいどうなるんだよ!?」

 

ギラギラと輝くアサマに、ヒヨリは落ち着き払った態度で向かい合った。そして、遠のいたアサマにヒヨリは手招きをした。

それに、何故かアサマはそれに逆らいたいという欲求が生まれる。けれど、それ以上に彼に培われた常識である兄に逆らわないという感覚がそれを阻んだ。

兄に導かれるように、アサマはヒヨリの指定した位置、それこそ膝と膝をすり合わせるほど近くに座った。まじかで見たヒヨリは、薄く、けれどアサマが近寄りがたいと思ってしまうほどに美しい笑みを浮かべていた。

 

「なあ、アサマ、俺が写輪眼を開眼したときの事、知ってるか?」

「兄ちゃんが、開眼したとき?ごめん、俺、まだ赤ん坊だったから知らない。」

「・・・そうか、そうだな。それぐらいだったな。それじゃあ、アサマ、少しだけ、兄ちゃんの話、聞いてくれるか?」

 

それを拒否する理由も無く、アサマは頷く。それに、ヒヨリは同じように頷いた。

 

「あのな、兄ちゃんな、この家の人じゃないけど、違う家系の人だったけど。兄ちゃんみたいに思ってた人がいたんだ。」

「・・・・兄ちゃんじゃないのに?」

「うーん、そうだな。血縁的には、けっこう遠い人だったよ。でも、俺のことよく構ってくれてなあ。俺は大好きだったよ。」

 

それにアサマは首を傾げる。兄は確かに、一族の中では顔が広く、年齢を問わずに仲の良い人間は多い。けれど、兄のようなどと扱っているような存在はいないはずだ。

 

「兄ちゃんぐらいすごい人?」

「まっさか!・・・・落ちこぼれ中の落ちこぼれだった。写輪眼を開眼するのは早い方だったらしいけど、忍術も、体術も、ドベ中のドベで。正直、十五まで生き残ってたのが奇跡みたいな人だったなあ。」

「そんな人、いたっけ?」

「死んだからな、さっき言った通り、十五の時に。」

 

あっさりと告げられた答えに、アサマは目を見開いた。ヒヨリは、そんな反応は予想済みだったのか、淡々と続きを語りだす。

 

「死ぬ少し前に、千手の人間に弟を殺されてな。当たり前のように復讐誓って、当たり前のように殺し合って。相討ちで、死んで。俺は、その時戦には出てなかったが。よく、覚えてるよ。ひどく、満足そうな死に顔だった。」

 

言葉を失ったアサマに、ヒヨリは薄く微笑んで続ける。

 

「・・・・・なあ、アサマ。お前も、そうなのか?」

 

アサマは、まるで何かの糸に絡み付けれた様に上手く動けない。兄は、ひどく、柔らかくて、優しい声で囁きかける。

 

「アサマも、兄ちゃんを置いていくのか?」

 

その言葉だけは、震えていた。微笑んだ笑みが、少しだけ引きつって、悲しそうな事が分かってしまった。

その台詞だけが、まるで沁み込むように頭の奥に留まり続ける。固まったアサマに、ヒヨリは続ける。

 

「・・・・・お前も知っての通り、俺は、千手の長男に勝てなかった。そんで、さっき俺はマダラと組み手をして負けた。」

「え?」

 

兄が姉に負けたという部分に関しては、固まっていたアサマも反応した。

 

「兄ちゃんが、姉ちゃんに?」

「・・・・ああ。体術だけだったけどな。でも、負けた。大人たちは、マダラを戦場に出そうって考えてる。」

「でも、女は戦に出ないはずだろう!?」

「マダラを千手の長男にぶつけようって考えてる。おそらく、掟を捻じ曲げることになるだろう。なあ、アサマ、頼みがあるんだ。頼むから、生きてくれ。生きて、強くなって、マダラのことを守ってくれ。」

 

兄からの頼み、という単語は自尊心と言えるものがズタボロになっていたアサマには、まさしく涎が出て来そうなほど魅力的なものだった。

それを、知ってか知らずか、ヒヨリは更に畳みかける。

 

「おそらく、戦場で一番長く生き残るのは、マダラだろう。だから、アサマ、頼む。少しでも、マダラの味方が欲しいんだ。何が何でも生き残って、マダラの味方になってやってくれ。」

 

頼む、お前やホノリぐらいしか、頼れないんだ。

ヒヨリは、アサマに縋る様に手を添え、体を縮ませて頼み込んだ。その動作は、アサマの自尊心を擽った。

それと同時に、アサマの脳裏には、小煩くて、それでもいつだって自分の世話を焼く姉のことが思い浮かんだ。

年が上であると言っても、アサマにとって女であるマダラは守るべき存在であった。

いつか、大きくなれば、どこかの家に嫁に行くはずだった。それを寂しく思いながら、仕方ないとも思って、誰なんだろうと気になって。

優しい姉だ。いつだって、自分のことを案じてくれる人だ。

なのに、そんな彼女を戦場に引っ張り出してしまう、己の弱さを改めて自覚した。

 

「アサマ、だから、頼む。一族の為じゃなく、ミヨリのためじゃなく、きょうだいのために生きてくれ。生き足掻いてくれ。俺だけじゃ、マダラたちを守れないんだ。お前の力が必要なんだ。」

 

切なる声で、兄はアサマに告げる。その顔が、泣きそうなほどに情けなく歪んでいるのが分かってしまった。

だから、アサマは、分かってしまった。今まで、必死に目を逸らしてきた、事実を、分かってしまった。

全部、全部、自分が悪いのだと。

千手の長男に向けていた憎しみで目を逸らしていたそれは、ヒヨリの言葉によって全て引きはがされてしまう。

己が弱いから、姉は戦に行く。己の浅はかな自尊心で友を失った。己の安易な復讐心で兄は悲しんでいる。

自分は弱い。

アサマは、心の中で幾度も反芻する。

肉体も、心も、自分は弱い。

そして、アサマは兄を見上げて頷いた。

 

「・・・・兄ちゃん、俺は、何があっても姉ちゃんの味方でいるからさ。弟たちのために、生きるから。だから、大丈夫だ。」

 

そんな弱い自分でも、兄は必要としてくれる。生きて欲しいと、弱い己を認めてくれる。

そして、ホノリやイズナは、そんな自分よりも弱いのだ。守ってやらなくてはいけないのだ。

 

兄ちゃん、兄ちゃん、兄ちゃん。

こんな俺でも、兄ちゃんは必要としてくれる。

 

ヒヨリの顔が安堵に染まる。

それに、アサマは、心の中で、また幾度も呟いた。

ごめんなさい。

そう、何度も呟いた。

 

ミヨリ、庇われてしまってごめんなさい。ミヨリ、殺してしまってごめんなさい。ミヨリ、俺の代わりに死んでしまってごめんなさい。ミヨリ、お前の復讐をしてやれなくてごめんなさい。ミヨリ、お前に助けられてしまうほど弱くてごめんなさい。

ミヨリ、ミヨリ、ごめんなさい。お前に生かされた命を、お前のために使ってやれなくて、ごめんなさい。

それに、アサマの目から、涙がいつの間にか零れ始める。ぼたぼたと、ぼたぼたと。

内に溜まった汚泥は降り積もったまま、己の弱さへの嘆きはそのままに。ただ、喉の奥に溜まった熱は、それによって流れ去っていく。

涙で歪んだ視界の中で、兄の顔が何故か引きつった。

そして、次の瞬間に、何故か兄はアサマを強く抱きしめた。

 

「それでいいんだ、泣いていいんだ。悲しいって認めなくちゃ、どこにも行けないんだよ・・・・・」

 

悲しい?そうだ、自分は悲しい、ミヨリが死んでしまって悲しい、ただ、ただ、悲しい。悲しくてたまらない。

ようやく、彼という存在を悼めるような気がした。

ミヨリは泣いた、泣き続けた。

忍としてではなく、ただの子どもとしてアサマは泣いた。

アサマは、何故か前よりもよく見える様な気がする視界の中で、その震えた声をぼんやりと聞いていた。

 

 

 

 

その日、ヒヨリはまた河原にやって来ていた。

河原近くの岩の上で、ヒヨリは日向ぼっこする様に横たわっていた。

アサマのことや、現状のことについて整理をするため鍛練と称して、集落から遠い場所にまで来ていた。

 

(・・・・・たぶん、これでアサマの行動はだいぶ制限が出来た。)

 

ヒヨリは、また絶え間ない罪悪感に曝されながら、丸まる様に自分を抱きしめた。

ミヨリが死んで、ヒヨリが何よりも恐れたのはアサマの暴走だった。

アサマでは柱間には勝てない。けれど、アサマはそれでも復讐のために、柱間に挑むだろう。

ヒヨリの言葉なんて聞きもしなかった、兄のように思っていたあの人のように。

 

(あの時、俺は思い知らされたんだよなあ。うちはの情の深さってものを。)

 

あの人には、母がいた、おちこぼれといっても婚約者のような人もいた、弟のように扱ってくれていた自分がいた。

それでも、それがあってもあの人は復讐へと駆り立てられた。

そして、死んでしまった。

基本的に、うちは一族はそこまで功を焦るわけではない。他の一族に比べ、近親婚が進んでいるせいか子が生まれにくいというのは、己たちとて分かっている事実だ。だからこそ、一族の誇りになれるようにと言ってはいても、他に比べてその戦術は慎重な方なのだ。

そうはいっても、プライドが高いため、興奮状態で初陣になり、先走るものはいる。

けれど、一様に、皆が皆何かを失った瞬間に崩れる様に狂っていく。

ヒヨリは、それを逐一見た。うちは一族ではないからこそ、その狂っていく様が手に取るように分かった。

ヒヨリは、それに恐怖した。その、炎のような激情を恐怖した。

そして、それゆえに、アサマがそんな風に狂っていくことはすぐに察せられた。

ヒヨリは、悩んだ。アサマという存在がそうなっていくことが恐ろしく、そして、その憎しみを理解できないわけではなかった。

アサマの性格は熟知していた。どうすれば、アサマの行動を制限できるかぐらいは割り出せた。

アサマの復讐心を全うさせてやるか、それを阻止するか。

そして、ヒヨリはマダラが戦に出るということを聞き、アサマの行動に楔を打つことにした。

アサマは、ミヨリを愛していた。そして、それ以上にアサマは家族を愛していた。そして、一等にアサマはヒヨリを愛している。

自分の世話をしてくれた兄として、父や大人たちに言い聞かされた上司として、戦場における憧れの英雄として。

うちは一族の人間は、優先順位を間違えない。

アサマにとって、ヒヨリの存在が何よりも最優先すべき存在であるとヒヨリには分かっていた。だからこそ、彼は、幾度も、幾度も言い聞かせた。戦場での在り方を。

けれど、それは無意味に終わってしまった。

そして、アサマは後悔し、柱間に復讐を誓った。それは何とか、防げるだろう。

 

(・・・・・アサマは、これで死に急ぐようなことはしないだろう。でも、アサマは。)

 

アサマには、写輪眼が開眼した。

ヒヨリがアサマに、意図的に柱間への復讐を禁じたあの時、その眼には赤い色が宿ってしまった。それに、ヒヨリは胸がつぶれる様な思いを抱いた。

守れなかった。弟に、己と同じように呪いを抱かせてしまった。

きっと、あの時、アサマは何かに絶望したのだろう。それは、きっとヒヨリが原因だ。けれど、ヒヨリは、アサマを死なせることは出来ない、きょうだいたちが死ぬ要因は一つでも潰さなくてはいけない。

 

(箱庭には、あの子の、俺の幸せには弟たちの生存は必要だ。)

 

一人でも、一人でもいい。木の葉の里が出来るまでに、一人でもマダラの兄弟が生き残ってさえいれば、自分の勝ちなのだ。

(・・・・・でも、駄目だ。まだ、駄目だ。うちは一族の中で、千手への感情は、変わらない。何よりも、うちはだけが変わっても、千手が変わらなければ意味がない。)

 

八方ふさがりの袋小路の中で、ヒヨリは、どうしようもなくまた苦しみがせり上がって来る。

どうすればいい、どうすればいい、どうすればいい?

冷たくなったミヨリの姿が、弟たちや妹とダブって見えた。

恐怖で小刻みに震えはじめる体に、抱きしめた。

感情と冷静な思考が混ざり合って、暗く沈んでいきそうなそこに、唐突に一つの声が割り込んできた。

 

「・・・・・ねえ!!」

 

自分以外はいないはずの空間に響いたそれに、ヒヨリは素早く起き上がり体を低くして、辺りを伺う。そして、声の主はあっさりと見つかった。

声の主は、ヒヨリが寝転がっていた岩の手前に立っていた。

年のころは自分と同じほどの髪の長い少女だろうか。その顔は、誰かに似ている気がした。

ヒヨリは、その状況を疑問に思う。今、自分の居る山は険しい場所だ。一般人では到底登るような場所ではない。そんなところに子ども一人で来ている時点で、相手が忍びであることは察せられる。

けれど、それは相手も同じだろう。相手も、ヒヨリが忍であるとは分かるはずだ。ならば、何故、わざわざ自分に声をかける?

ヒヨリはどんな反応をしようかと思案していると、少女は覚悟を決めた様な目でヒヨリを見上げた。

そして、大きく口を開いた。そして、歌い続ける。

有名な、自分の顔を分け与える正義の味方の歌を。

 

「は?」

 

思わず、ヒヨリは声を漏らした。少女は、そのまま歌い続ける。あらん限りの声で、まるで叫ぶように、彼女は歌う。

ヒヨリもよく知る、正義の味方の歌を。

ヒヨリは、それをただ、聞き続けた。あまりにも、懐かしい、懐かしいと表現していいのかもわからない、懐古を誘う歌を。

そして、彼女は一しきり歌い終わると、荒い息と共にヒヨリにもう一度話しかけた。

 

「・・・・知ってるでしょう、この歌!」

 

それに、ヒヨリは思わず頷いた。少女は、それに、泣きそうなほど顔を歪めて、岩を登った。手を伸ばせば触れられるほどまでに近づいても、ヒヨリは両腕をだらんと垂らしたまま、目の前の少女を凝視した。

 

「あのさ!あのさ!お前さ、同じなんだよね!?」

 

少女は必死に言い募る。

 

「私と、同じなんだよな!歌ってたから!青い猫の歌、だから、もう一回会いたかった!ようやく会えた!最初に見つけた時、驚いて声かけられなかったから!お前は、私と同じなんだよね?」

 

それに、ヒヨリは、微かに頷いた。

少女は安堵の表情を浮かべて、ヒヨリに抱き付いた。

ヒヨリは、自分がどんな思いを抱けばいいのか、どう処理していいのか、分からなかった。

ただ、会えたと思った。

唐突に会った。間抜けな出会いでも、それでも、ヒヨリは会うことが出来た。

味方かどうかもわからない。それでも、自分と同じ存在を。

 

 




最後の彼女は、出すか迷ってたんですが。
シリアスな空気がすこしでも、薄れることを願っています。


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それは、敵か味方か

話の中の戦国自体の情勢は書き手の捏造と想像になります。実際、あの時代の争いの原因って何だったんでしょうね。五大国自体はなかったみたいですけど。

気づいたら、お気に入りが千を超えてました。ありがとうございます。


「・・・・・・・・・・・・・・」

 

感極まった後に残ったのは、筆舌しがたい気まずさだった。

岩の上に向かい合って正座し合い、互いに何とも言えない顔で見つめ合った。

名前も聞いていない、少女はどちらかというと気恥ずかしさが勝っているのか、居心地が悪そうに体を小刻みに揺らしている。

その間に、ヒヨリは己の中に生まれた警戒心に従って少女を観察する。

炎のような赤い髪は、腰まで伸びていて、癖のないストレートだ。色素自体が薄いのか、肌も雪のように白い。

顔立ちを言えば、美人に属するのだろうが。切れ長の目や、全体的な配置のせいなのか、少々厳しそう、というか高圧的な印象を受ける

そして、ヒヨリは彼女の顔に強烈な既視感を覚えていた。

 

(・・・赤い髪に、白い肌。もしかして、うずまき一族か?でも、わざわざここまで、どうして?いや、それにしてもこの既視感は?)

 

それに飲み込めない違和感を覚えながら、ヒヨリは目の前の存在の目的を考える。

この少女は、自分に対してどんな目的を持っているのか。

おそらく、自分と同じように前世の記憶のような者を持っているのは明白だ。そして、自分がうちは一族であるという事実は色濃く受け継いでしまった容姿から察せられる。それに加えて、忍ばない忍である自分という存在は戦場では非常に目立つ存在だ。自分の立場も、目の前の少女が知っている可能性は高い。

何を、望んでいる?

木の葉の里についてか?

それが、一番に、うちはに属する自分に関わってくる可能性が高いだろう。

 

(・・・・いや、もしかしたら、この時代についてまったく知らない可能性もあるのか。)

 

柱間たちの時代は、あくまでNARUTOという漫画の中ではそこまでクローズアップされていない部分だ。自分は、そこそこ鮮明に覚えていたが、彼女がそうだとは限らない。ナルトたちの時代だけ覚えていて、今についての情報収集をしたいという可能性もある。

それとも、安易に同じように転生してきた存在というだけで係わってきた可能性もある。

 

(・・・・・その場合、どうする?どれほどの情報をもたらせばいい?)

 

自分の目的に、彼女は使えるのか?

ぐるりと、渦巻く息の中、少女が口を開いた。

 

「あー・・・・・えっと、突然抱き付いてすまない。なんというか、自分と同じ存在に感動して。」

「・・・・いや、それについてはいいんだ。たぶん、俺もあんたと同じ立場だったら、同じことをするから。」

 

困り切った顔で頭をかくさまに、また強烈な既視感を覚える。

誰だ、誰に似ているんだ?

頭の中をひっくり返しても、明確な答えが出てこない。

 

「えっと、そんで、あんたはうちはの人間で。ああ、いや。その前に、名乗った方がいいよな。私の名前は、千手百合って名前だよ。」

「千手?」

 

明確な出自、方向性をもたらされたことで、彼の中で答えが見つかる。

 

「千手、仏間?」

「・・・・・やっぱり似てるのか。まあ、親子だからしょうがないか。」

 

吐き出した名前に、少女はまた何とも言えない、微妙な表情でヒヨリを見た。

ヒヨリは、自分が出した答えに、目を見開き声も出せずに固まった。

そうだ、彼女は千手仏間にそっくりなのだ。

戦場でも、遠目であるが一度だけ見たこともある。

 

(そうだ、千手仏間!あの男に似てるんだ。)

 

すぐにそれが出てこなかったのは、仏間に似ていると言っても瓜二つというわけではないからだ。おそらく、全体的な顔立ちは似ているのだが、細かなパーツが違うため既視感は覚えても合致にまでは至らなかったのだろう。それに加えて、彼女は赤毛だ。そのため、どうしても千手一族だと分からなかったのだ。

それが示すのは、彼女は千手柱間によく似ているということでもある。

そして、それにヒヨリは声を上げる。

 

「いや、待てよ!確かに、お前は千手仏間に似てるが、本当に親子なのか!?大体、お前、俺と一つぐらいしか違わないだろう!?なら、噂話ぐらいは聞いているはずだ!いや、その前に、お前はどう見てもうずまき一族じゃないか!?」

 

基本的に少女の方が成長は早いものだが、体格的なものからして百合と名乗った少女はどう考えてもヒヨリとそう変わらない。だが、もしもそうならば彼女は仏間の長子ということになる。

初陣はとっくにすませているだろうし、そうならばその時に噂として耳に入っているはずだ。何よりも、彼女はどうみても千手一族には見えない。

その言葉に百合は、肩を竦めた。

 

「・・・・・遠回しにものすげえディスられたような。まあ、いいけど。私は、柱間と違って才能がない、良くも悪くも平均的な人間だったからね。柱間の時、噂になったのは、次の跡継ぎの才能の宣伝の為さ。まあ、あいつはそうされても初陣で殺されないぐらいの才能はあったし。あと、私の母親がうずまき一族で、その母に似てるだけだよ。」

「・・・・それもそうか。いくら頭領の子どもでも、敵対してるうちはにまで柱間の噂が流れてきたのは、意図的に流したもんだったからか。」

 

驚きで思わず慌ててしまったが、百合の言葉にヒヨリはいったん息を落ち着ける。

そして、千手一族について分かっていることを頭の中で並べた。

千手一族は女性も戦に出る。うちはと違い、多数の人間を抱えている千手一族は戦である程度の人間が死んでもそこまで痛手にはならない。

それに加えて、千手一族は忍の世界でも有名なほど頑丈だ。

千手一族は、はっきり言えば特徴のない一族だ。うちはのように血継限界を持つわけでもなく、猪鹿蝶で有名な奈良家などのようにオリジナルの忍術を持つわけでもない。

けれど、そんな一族が忍の世界で有名なのは、その頑丈さ故なのだ。

生命力が強い。一言で表してしまえば確かにその程度だが、死ににくいというのは戦場でのアドバンテージとなる。

前の戦で殺したと思っていた存在と、戦場で出会った時などはぞっとする心地になる。

柱間も確かうずまき一族と婚姻を結んでいたはずだ。それが、彼の父の代に行われてもおかしくない。

 

(・・・・・・そういや千手一族が有名なのに、うずまき一族がそんなに有名じゃないのは疑問だったけど。どうも、うずまき一族は、神事に関わってる節があったな。)

 

しょせんは、うちはと言えども子どもが調べただけのことだ。敵対している千手一族の遠縁であるうずまき一族の情報は殆ど手に入らなかった。

 

(この世界では、忍宗は忍術になってる。でも、六道仙人が残したことがなくなったわけじゃない。うずまき一族は結界術が得意だけど、そこらへんに関わりがあるのか?)

 

考え込んでいたヒヨリを見つめていた百合は気だるそうに息を吐く。

 

「まあ、長子っていっても、所詮は女だし。柱間にも勝てないから、そういう頭領争いからは脱落してるしねえ。母親も亡くなって、今は二番目の奥さんだった人に育ててもらってるけど。」

「はい!?」

 

ヒヨリは目をかっぴらいて百合の顔を凝視する。思考に浸っていたヒヨリにとってはユリの言葉が現実に引き戻されるほどの衝撃的だった。

ヒヨリの驚き様に、百合はのんびりと返事をする。

 

「あ、うちはってやっぱ一夫一妻制?」

「当たり前だろ!?え、千手って違うの!?」

「うーん、千手は良くも悪くもそこまで血の濃さにはこだわってないから、他の一族との婚姻関係も少しはあるんだよねえ。だから、人数が多いのは知ってる?」

「ま、まあ、それぐらいは知ってるが。そのおかげで、千手って一族の人数多いよなあ。」

 

羨ましいと前から思っていたことを口にしていると、百合はうんうんと頷く。

 

「まあ、下っ端は一夫一妻だけど。ある程度地位が高い存在は、絶対的に奥さんが数人いることが多いよ。地位が高ければそれだけ強いし、そう言った存在は出来るだけ優秀な子は残しておいてほしいだろうからね。」

「・・・・うちは頭領だろうが、奥さんは一人なんだが。」

 

ヒヨリは昔の記憶のせいか疑問に思っていなかったが、確かに今は戦国時代。そういった、側室的な存在はありえるのだろう。

 

「えっと、じゃあ、あんたは正妻の?」

「うん、政略結婚みたいなもんでさ。といっても、私を産んですぐに亡くなったらしいけど。それで、二番目の奥さんだった人が今は正妻的な立場に立ってるけど。」

「・・・・あの生命力の強いうずまき一族が、か?」

「・・・・・任務に出て、死んだらしい。私もその時は昔の記憶なんてなかったから、よく知らないけどね。まあ、今は柱間たちのお母さんに良くしてもらってるよ。」

 

どこか、無愛想に答えた彼女にこれ以上何かを聞くことは出来なかった。

 

「そ、そうなのか。すまない、変なこと言って。」

 

ある意味、久方ぶりのカルチャーショックと彼女の事情に動揺していると、百合は口を開いた。

 

「それで、あんたの名前教えてほしいんだけど?」

 

それに、ヒヨリは自分が名前を名乗っていないことに気づいた。彼女が自分の名前を知っている可能性はもちろんある。礼儀として聞いている可能性もあるが、ここでかまをかけていることも考えられる。

 

(・・・・・いや、深く考えすぎてドツボに嵌ってる。少なくとも、相手も目的があって会いに来てるんだ。なら、少なくとも、敵対はしないはず。)

 

ヒヨリは、小さく息を飲み、そして口を開いた。

 

「・・・ヒヨリ、うちは、ヒヨリだ。」

 

百合は、だろうな、と返事をした。

 

「君は、ヒヨリっていうんだ。」

百合はヒヨリ、という単語を幾度か繰り返した後に、改めて彼を見た。

 

「・・・・そんで、うちはタジマの長男で、マダラの兄貴か。」

 

しみじみとした口調でそう言った彼女の気持ちは、ヒヨリも感じていた。

柱間とマダラの時代に、柱間の姉と、マダラの兄として自分たちは生まれて来た。裏で何かがあったのかと勘繰りたくなる気持ちはわかる。

 

「まあ、そうはいっても、分かんねえことはわかんねえんだけど。」

 

気だるそうに百合は肩を竦めた後、改めて姿勢を正してヒヨリを見た。それに、ヒヨリもこれから彼女が何を言いたいかを察した。

 

「それでさ、私があんたに話しかけた理由なんだけど。私は、木の葉の里を早く作りたいんだ。」

 

単刀直入に差し出された目的に、ヒヨリは目を細める。口を噤んだままのヒヨリの沈黙を了承と受け取ったらしい。

 

「まあ、それで、未だ子どもの私らがどうにかできることもほとんどないのが実情なんだけど。」

「・・・・一族で発言権を得るには、実力が必要だからな。」

 

さすがに無言を貫き通すわけにはいかずに、ヒヨリは無難に返事をする。

忍にとって、強さは美点だ。

一族の中で頭領に選ばれるのは、もちろん、当代で一番の強者になることが殆どだ。一個人での強さを持っていても、率いることが不得手な場合もある為例外もある。けれど、強いという事は、一族を鼓舞するために、引き付けるために必要不可欠なのだ。

 

「そうだけど、私はどう足掻いても今からそれが期待できるほどの強さは持てそうにないけど。そんで、だ。君んとこの、マダラって何歳?まだ、初陣の噂は聞いてないから、五歳ぐらいか?」

「・・・ああ、もうすぐ初陣だ。」

 

嘘は言っていなかった。ただ、本当の事も言えなかった。

百合は何ともないような気軽な声で、ヒヨリに問う。

 

「あんたは、マダラに勝って頭領になれる?」

 

何の躊躇も無く問われたそれに、ヒヨリの目の端はぴくりと動いた。けれど、彼はそれに反射的に答える。

 

「無理、だ。」

 

ヒヨリはそれに素直に答えた。すでに相手には自分が柱間に敗北したことは伝わっているだろう。ならば、下手に取り繕ってもしょうがないだろう。

百合はそれに予想通りの反応だったのか、納得したように頷いた。

 

「だよね、柱間に負けたんだから。相手のマダラに勝つのも難しいよね。」

 

はあああああ、とため息を吐きながら、百合は腕を組んだ。そして、じっとヒヨリを見る。

無言で自分を凝視する百合を不審に思い、ヒヨリは眉をひそめた。

 

「どうしたんだ?」

「・・・・いやさ、そんなに私の事信用できない?」

 

早々と自分の内心が相手にばれていたことに動揺しながらも、ヒヨリはそれをなんとか押しとどめる。そして、否定の意を込めて首を振った。

 

「そんなことねえよ。どうしたんだ、突然。」

「・・・・・私は、あんたの存在を知った時、めちゃくちゃ嬉しかった。だって、同じ存在となんて絶対に会えないと思ってたからさ。そりゃあ、私とあんたは違うけど。でも、あんまりに、あんたは静かだ。」

 

あんたは、私を信用してないんだね。だから、私が何をしたいかを探ってる。

あっさりと看破された己の感情に、ヒヨリは動揺して体を揺らせた。それに、百合はやっぱりなあ、と悩む様に顎に手を添えた。

 

「理由とかって教えてくれない?確かに、私は千手で、そっちはうちはで。でも、あんたはだってこれから何が起こるか知ってるはずでしょ?少なくとも、こんなことを相談できる人間はいた方がいいと思うけど。少なくとも、私はそんな存在が欲しかった。」

 

ヒヨリは、時間を稼ぐようにゆっくりと瞬きをした。

その問いに、素直に答えていいのか分からない。

確かに、百合の言う通り、ヒヨリにとっても、相手にとっても互いの存在は有益なものだ。それでも、ヒヨリには目の前の存在を信用していいのか分からない。

千手とうちは違う。ひどく極端な話をすれば、千手一族には木の葉の里は必要ない。

うちはは千手に勝てない。柱間という理不尽な存在が、二つの一族の均衡を崩すだろう

いや、違うのだ。柱間という存在はただのきっかけに過ぎないのだと、うちはという世界に属しているヒヨリは分かっていた。

うちはは近親婚を繰り返してきた。そして、その血に限界が近づいてきている。

総人口自体が少なくなり始め、それに加えて病弱な人間が増えてきているように感じている。おそらく、元より備わった個体としての素質はうちはは優っているだろう。けれど、物量に押し流されてしまっては勝ち目はない。

このまま、緩やかに、柱間とマダラが出会うことを阻止ししてしまえば、うちは一族は滅ぶだろう。そして、千手一族だけが残れば、後に敵になる存在などないはずだ。

そうだ、極端な話、千手一族の中で完結するというなら、木の葉の里はさほど重要ではない。

だからといって、この考えをやすやすと口にすることも出来ない。この考えが、本当になる可能性など一つでも潰しておきたいのだ。

 

「いや、すまない。俺も、その、混乱しているんだ。」

 

濁してしまったが、否定の言葉を唱えると、百合は疑うように目を細める。それに、自分の内心を見透かされるような感覚を覚える。

そして、百合は口を開いた。

 

「・・・・私さ、記憶が戻った時はけっこう気楽に思ってたんだよね。そん時は、自分の父親の事とかあんまり気にしてなかった。女だったし、結婚の事とか我慢するんなら戦のこととかもどうとでもなるしね。それに、本当に嫌なら逃げ出すって選択もあったからさ。」

「は?」

 

唐突に話し始める百合に、ヒヨリは困惑する。そんな彼のことなど気にもせずに、百合は話し続ける。

 

「そんで、自分が柱間の姉って知った時は面倒事はごめんだーって!どうやって逃げ出そうかって思ってたよ。柱間と、扉間とか、一応姉って扱ってくれてたけど。何が起こるか知ってるから、どうしていいかもわからなかった。さっさと、あいつらから逃げてしまいたいとも思ってた。戦場も、殺し合いも、何もかもが恐ろしかった。勝手にやってくれって、そうも思ってた。」

 

淡々と紡がれる彼女の話に、ヒヨリは思わず聞いていた。

そこまで考えて、何故、戦場に出てまで木の葉の里を望むのか。

それに、少女は笑った。

困り果てた様な、仕方がないとでもいうような、妙に老いた目で微笑んだ。

 

「・・・・何の、本だったか。いや、アニメとかだったかもしれないけどさ。下の子ってずるいんだって。」

「何が?」

 

百合は胡坐をかき、その上に肘をついて頬杖をつく。どことも言えない方向に視線を向けた。

 

「あんたさ、下が生まれた時の事、覚えてる?」

 

問いの意図は分かりはしなかったが、ヒヨリはそれに素直に頷く。

 

「ああ、全員、全員の分、ちゃんと覚えてる。」

「そんな時に、柱間が生まれたんだよ。奥方がさ、私にも抱かせてくれてさ。下の奴らってずるいよなあ。だって、上からしたら、その抱っこしたときの温さとか、柔らかさとか、重さとか、全部、覚えてんだもん。」

 

その言葉に、ヒヨリは、彼女がなぜ、木の葉の里を望んでいるのか、分かった気がした。

きっと、全部が同じではない。全てを話してくれたわけではないのだろう。けれど、彼女は自分と、そう違わない。

恐れている。恐れて、そして、同じように箱庭を欲しがっているのは確かだと思った。

ほんの少しだけ、震えた声が彼女の声に混じる。

 

「見捨てらんねえじゃん。それで、見捨てたら、私、一生引きずるって分かるじゃん。瓦間さ、七歳って幼さで死ぬんだよ?」

 

死にたくない。死にたくない、でも、死なせたくもない。

 

最後のそれに、ヒヨリは頭を殴られたような衝撃を感じる。

それは、ヒヨリがずっと目を逸らしていたようで、ずっと頭の片隅にちらついていた事実。

漫画において、死んだときの年齢がはっきり載っていたのは、瓦間ただ一人。その瓦間は七歳までが期限だ。そして、彼が死ぬ以前に、マダラの弟は少なくとも一人死ぬ。

そして、それからさほど時間を置かずに、板間と、残りの兄弟が死ぬ。

タイムリミットは遠くない。

喉からせり上がって来る熱い塊に、ヒヨリは喉を手で覆う。

 

「・・・・分かったでしょう。ヒヨリ、時間はもうそんなにないんだ。瓦間は、今、四歳になった。期限まで、あと三年。いや、そっちはもっと早い。それに、仮に瓦間も、七歳って期限を何とかしたとして、死はいつだって離れることはないんだ。」

 

暗く淀んだ瞳は、彼女が嘘は言っていないのだと確かに思えた。そして、それだけが本心ではないような気も、またした。

百合は正していた姿勢を、だらんと崩し、疲れたように首を振った。

 

「・・・・そうだね。そっちもそう簡単に選択は出来ないのが分かる。だから、協力するかどうかは少し考えてほしい。でも、その前に少し話がしたいのも事実なんだ。」

「話?」

「・・・・現状把握っつうか、木の葉の里って望んでも、打開策が見つかんないし。誰かに話せば、なんとか打開策が見つかるかなって。それぐらいは、いいでしょう?話したくないことは話さなくていいし。」

 

それはヒヨリにとっても魅力的な申し出だった。自分自身、八方塞がりであることは事実だった。

 

「・・・・ああ、それは俺も頼みたい。」

「よっしゃあ!なら、さっそく話そうよ!」

 

先ほどまでの疲労感などなかったかのように明るい表情にヒヨリは何か、力が抜ける様な感覚を覚えながら彼女に向き合う。

 

「えっと、それじゃあ、まずは問題点から話そう。まず、私達は少なくとも木の葉の里が欲しい、ってことでいいの?」

「・・・・そうだな、俺はそう思ってる。」

「うん、なら、木の葉の里が出来る上で何が必要なのか、だけど。」

「一つ、後ろ盾としての大名の存在。二つ、千手とうちは両族の同盟。それに伴う、他の忍の一族との同盟、か。」

「・・・・まず、大名への伝手もねえし、一族での同盟も現在無理だしねえ。」

「そうだな。」

 

ヒヨリが感じるに、今現在の情勢は、日本の戦国時代に似ているように思う。

どうも、昔には大きな国もあったらしい。

鎌倉時代のように封建制度を築いていたらしいのだが、それが戦国時代のように地方の政を任されていた大名と呼ばれる存在に、権力が移ってしまっている。

忍が雇われているのが、そういった分散されてしまった大名たちの小競り合いについてが殆どだ。

 

「こう考えると、今の時代って複雑だよね。」

「ああ、小国はたくさんあるが、原作のような火の国なんかはまだ出来てねえな。」

 

ヒヨリが不思議に思っていたのは、基本的にその地に住む忍は自らの集落近くから出ることはないことだった。それについてはどうも、大名たちは近所の忍しか雇おうとしないためであるらしい。

その理由も、単純な話で、金銭面のことがあるためだ。まず、忍たちへの報酬は、一族に対して、一まとめに支払われる。暗黙の了解のようにそれぞれの一族に対しての基準額があるそうだが。

その一まとめにされた報酬で、一族はその戦に対しての費用や生活費を捻出する。それに加えて、戦場までの距離が遠い場合、そこにいくまでの費用も報酬から捻出しなければならないのだ。

数日に渡る場合は、兵糧についても必要になる為、場所が遠ければ遠いほど忍側にはうまみはない。忍ならば、移動などすぐにできるはずと思われるだろうが、そう簡単にはいかないのだ。

移動するまでの間に、大名たちの領土や他の忍たちの集落がある場合もある。報酬が生じえない戦を自分たちからしていくほど戦闘狂ではないのだ。慎重に進まなくてはいけないのだから、その分日数がかかってしまう。

 

「まあ、それぞれの国が内部でごたついてる分、食いっぱぐれはないけどさあ。」

「それで、子どもを数合わせに戦場に出して、人口の偏りが出てる時点でだめだろ。戦続きで、一般人の子どもも死亡率がひどい。」

 

苦みの走った口調に、百合もそうだと頷いた。

 

「そう言えばさ、侍ってきいたことある?確か、この時代にはまだいるよね?」

「ああ、見たことあるぞ。」

「え、まじで!?あの人たちって、今の時代の扱いどんな感じなの?」

「忍が台頭してきて、だんだん居場所を失ってきてるな。忍はそれこそ諜報も戦も出来るが、あの人たちは戦うことしか出来ないし、仁義的なものも気にするから使いにくく思われてるみてえだけど。戦えないから、文官みたいな働きをしてる人もいるらしい。」

 

侍は、忍と違い、一つの主君に仕えることが主流であったらしく、忍のような道具まがいではなく、一般人と貴族の中間のような立ち位置のようだ。

だが、それゆえに忍と戦う上では、総合的に金がかかり、応用性もない。忍を雇うならば、少々割高でも、そこから生活費も、戦の費用も支払えるが、侍は戦があろうとなかろうと、ある程度の金を投資し続けれなければならない。そして、侍は剣術だけだが、忍術という手数の多さには勝てない。

 

「そのせいなのかはわからねえけど、侍の人たちはけっこう穏健派が多いらしいが。」

「穏健派?戦に反対ってこと?」

「一応、そうらしい。彼ら自体、俺たちのせいで戦での有用性を示せなくなってきてる。さっきも言ったが、そのせいで文官にシフトする人もいるし。まあ、子どもの死亡率が高いせいで、人口も少なくなってる。生産性って面で、この世界自体が打ち止めになりかけてるが。」

「そうか、戦うためにある一族なのに、戦いを止めさせたいのか。まあ、お役目御免になった人たちからすれば、戦争なんて旨味はないよね。それでも、戦は終わんない、か。」

「そりゃあ、そうだろう。負ければ、食らい尽くされるだけだ。誰だって、そうなんだ。死にたくない、奪われたくない。誰だって、弱者の側になりたくないんだ。」

 

どれだけ、戦なんか止めたくても、戦うのを止めれば一気に弱者に成り果てる。だから、皆、必死に殺し合う。

忍だってそうだ。殺さなくては殺される。戦わなければ、金は稼げず、生活さえできない。

 

「・・・・・いいよなあ。なんでそこまで情報持ってんの?」

「俺は一応次代として期待されてたからな。大人たちの会合やら、雇い主との顔合わせも連れて行ってもらってたんだよ。」

「く、そこそこ自由な身だけど、そこら辺の情報はどうしてももらえないし。」

 

羨ましそうに唸る彼女を見ながら、ヒヨリはどこか微笑ましい気持ちになる。彼女の動作は、少しだけ騒がしい時のアサマと被る。

 

「結局、戦だってみんな利があるからしてるんだよなあ。」

「そりゃあな。原作での千手とうちはの同盟だって、うちはにとってメリットがあったからだし。」

「メリット、ねえ。」

(そうだ、メリット、利があるからこそ人は動く。うちはと千手を動かすには、それこそ何か上回る利がなければだめだし。)

 

うちはにとっての利益、望むことは何か。

うちははプライドが高いため、誤解されがちだが単純な感覚を持っている。忍としてのプライドを満たされること、そして愛しい家族さえいれば彼らは他にはあまり何かを望まない。

単純であるからこそ、それを満たすのは難しい。

 

(だが、皆、心の底から願っている。家族が、愛しいものが、子どもたちが死なないでいい世界を望んでいるのだって事実だ。)

 

侍、世界の情勢、穏健派、大名、両族の欲しがる利。

ばらばらと頭の中で、並べられる単語たち。

人は利益があるからこそ、幸福を望むがゆえに足掻き続ける。

誰もが望んでいるのは、なんだ?

大名たちを動かすにも、利益が必要だ。

(・・・・・・利益。忍たちに戦を止めさせるぐらいなら、その前に雇い主が戦を止めれば。)

 

深まっていく思考の中で、突然、百合の声が入る。

 

「なあ、そろそろお開きにしよう。」

「え、ああ。」

「・・・・日も陰って来た。そろそろ帰らないと、一族の人間に疑われる。」

 

そう言われてみると、日もだいぶ傾いて来ていた。確かに、そろそろ帰らなくてはいけない。

百合は立ち上がり、背伸びをした。

 

「それじゃあ、来月の今日、もう一度会おう。その時、協力するかどうかを決めておいてほしい。」

「・・・・もしも、協力を拒んだら?」

「それは、互いに好き勝手するしかないよ。敵対するかも、今の状況じゃ分からない。」

「・・・・腸を見せ合えってか。」

「うっわ、今、それが出て来るの。でも、そうだね。私は、少なくとも腸の一篇を見せられたと信じてるよ。」

 

百合はそう言った後、ヒヨリに背を向けて歩き出した。けれど、すぐにヒヨリを振り返った。

 

「・・・・ヒヨリ、一つだけ言っておきたいんだけど。」

「何だ?」

 

百合はそういって、一旦離した距離を詰めた。そして、耳打ちをした。

「ゼツには気を付けて。」

「・・・お前は、会ったことはあるのか?」

「ぜ、いや、黒いのは私も気配を感じたことはない。でも、柱間とマダラが生まれてる。もしかしたら、接触してくる可能性もある。」

 

確かに原作でも出てきたが、いくら警戒しても気配が感じられずに、頭の隅に追いやっていたことだった。

 

「あいつは、目の事で何度もアプローチを重ねて来たって話してた。私たちに関心を払ってる可能性は低いけど。でも、あんたの弟について、あんたの命を狙う可能性もある。」

「忠告、感謝する。」

 

それに彼女は頷き、今度こそヒヨリに背を向けて森の中に消えていった。

取り残されたヒヨリは、疲れたように大きく息を吐いた。

百合、という存在は、自分にとってどんな意味を成すのだろうか。

何よりも、彼女に差し出された協力関係を、自分は受けるべきなのか。

 

(・・・・疲れた。)

 

また、ばらばらに散らばった単語たちに思考をはせながら、ヒヨリは額に手を当てた。

 

 

 



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最善への決意


今年に入ってめちゃくちゃ忙しくて投稿できませんでした。
完結までがんばります。


(あ・・・・・)

 

その日、ホノリは修行のために家から少し遠出をしていた。

来年には初陣をきることになっている彼は、苦手な体術の特訓を一人で行っていた。正直な話をすれば、組手の相手をする片割れがいればよかったのだが。

組手をするならば、自分よりも実力が上の存在が望ましい。体術というのは、センスのほかに慣れというものが求められる。

見切り方などはどうしても実地で行くしかないのだ。そのため、ホノリの同い年の少年たちはほとんど自分の兄に相手にしてもらっているのだが。

ホノリが目当てにしていた兄貴分たちはほとんど予定が埋まっていたし、一番期待していたアサマについては、彼自身あまり近寄る気になれていなかった。

初陣から、ホノリの兄は変わってしまった。

アサマはずっと物静かになり、妙に老いた瞳をするようになってしまった。何よりも、彼は写輪眼を開眼した。

それは、喜ばしいことであるはずなのだ。

事実、大人たちはアサマが開眼したことを喜んだ。才能のある子がなんと多いことかと。

けれど、アサマはそれを喜ばなかった。

何故か、アサマはヒヨリと同じように考え込むことが多くなったように思う。父は、それを成長と言ったが、ホノリにはそうは思わなかった。

変わってしまった、けれど、それは大人になったということなのだろうか。

ホノリは、この頃熱心に体術の修行を繰り返している。

大人たちは、それを苦手を無くすためだと言っているが、実情は違う。

ホノリは不安なのだ。

変わらないと、そう信じていた存在たちがどんどん変化していることが、彼は恐ろしかった。

彼の好んでいる座学では、その不安を打ちのめすには不向きだ。頭を空っぽにして、体を動かすことのなんと気楽な事だろうか。

全てが、変わっていっている。

アサマはもちろん、ヒヨリとマダラも、何か変化があるようだった。

けれど、それが何か分からない。

誰も、初陣を迎えていないホノリに何かを話してくれない。

怖かった。変わっていくきょうだいたちが、家族が怖かった。

 

「・・・・・兄様?」

 

ホノリの目に留まったのは、うちはの集落から少し離れた場所に作られたクナイの鍛練場だった。

四方八方に立てられた的を前に、ヒヨリは数本のクナイを両手に構え、たんと軽やかに飛んだ。ヒヨリは、くるりと宙で回りながら散らされた的に次々と当てていく。まるで、全方向が見えているかのような命中していく。

降り立ったヒヨリは、その結果に特に驚きも見せずに当たり前という態度でクナイを取りに行く。

 

「わあ・・・・」

 

ホノリは思わず感嘆の声を上げた。

それが聞こえたのか、それとも気配を察したのかヒヨリがくるりと振り返った。ヒヨリは驚いたような顔をした後に、薄く微笑んでホノリに歩み寄って来る。

「どうした、ホノリ。お前がここら辺にいるなんて珍しいな。」

久しぶりに二人だけでヒヨリと話せることを嬉しく思いながら、ホノリは少しだけもじもじとしながら答えた。

 

「え、えっと、もうすぐで初陣だから、体術の鍛練をしてました。」

 

照れくさそうに下を向いたホノリは、ヒヨリがどこか悲哀を帯びたような目で己を見つめていることに気づかない。

それに、ヒヨリは少しだけある身長差を無くすために屈みこむ。

 

「そうか、頑張ってるんだな。」

 

それにホノリは首を振る。

 

「い、いえ!兄様に比べれば、全然で。」

「クナイのこと言ってるのか?まあ、お前さんが赤ん坊のころから練習してるからな。大体、止まってる的にどれだけ当てられても、戦場じゃあ役にはたたないからなあ。」

 

苦笑していたヒヨリは、ふと気づいたようにホノリに問いかけた。

 

「クナイ、教えてやろうか?」

「え、いいの!?」

 

拙い敬語を放り投げたホノリにヒヨリはおう、と頷いた。

 

「そうだな、この頃あんまり教えてやれなかったし。ちょうどいいだろ。クナイは、確か苦手なほうか?」

「はい、体術は苦手で。」

「・・・・そうか。なら、基本的なとこから頑張るか。」

 

ヒヨリはそう言って、的が置かれた方向に歩き出した。ホノリは、目をキラキラとさせながら、たったっ、と追いかけて行った。

 

クナイ、飛び道具の類は遠距離攻撃の基本である。弓などの類はサムライたちの専売特許で、忍はそれよりも忍術を飛ばしたほうが効率的かつ、威力が高いのだ。

それでもクナイや手裏剣を使うのは、手数を増やすことや弓に比べてコンパクトで持ち運びがしやすいことが挙げられる。

 

「それじゃあ、ホノリ。クナイを投げるには気を付けなくちゃいけないことがあるんだが。はっきり言って、子どもにはクナイを投げることは難しいんだ。何故か、分かるか?」

「えっと、クナイを真っ直ぐ飛ばすための腕力がないこと、真っ直ぐ飛ばせないから当たる部分の予想が付きにくいこと、あ、腕力に関しては風向きに勝てるほどない、こと?」

「おお、いいな。そこらへんはよく分かってるんだな。アサマならここで、素直に分かりませんって帰って来るんだが。机上でのことだろうと、何故そうなるかを知ってることは重要だ。」

 

すごいな、とヒヨリに頭を撫でられてホノリは顔を限界まで緩ませる。

出来ないなら、どうして出来ないのかを知るのは大事なことだ。がむしゃらに何かをするよりも、その方が最短を行けることもあるのだとホノリは考えた。

アサマにはまどろっこしいと言われたが、ヒヨリからの肯定にホノリは鼻高々だった。

 

「それじゃあ、まずは、クナイを投げてみるんだが。ちょっとごめんな。」

 

ヒヨリはそう言って的に立ち向かうホノリの後ろに立った。ホノリは己の手に添えられたヒヨリのそれに、ドキドキとしながら姿勢を正した。

 

「いいか、腕は真っ直ぐだ。飛んでいく方がブレないように。脇は閉めろ、力が入るから。そうして、しっかり的を見る。そんで、投げる!」

「えい!」

 

その言葉と共に、ホノリが思いっきりクナイを投げた。

とん、と軽い音が響いた。

ホノリの目には、的の端であっても、しっかりとそれを捉えたクナイが目に入った。

 

「あ、当たった!すごい、兄様。簡単に当たった!!」

「おうおう、ホノリはすごいなあ。」

 

興奮気味のホノリを落ち着かせるようにヒヨリはその頭を撫でながら、肯定の言葉を投げかける。

 

「すごい!いっつもなら、十何回ぐらい投げてようやく当たるのに。」

「当てよう当てようと焦るからダメなんだ。お前はその焦りで当たりが外れるな。」

 

ヒヨリの言葉に、ホノリはしょげたように顔を下げた。

 

「・・・・でも、アサマ兄様はもっと簡単に当てるんですよ?もっと、簡単に当てられるようになって。」

 

それにヒヨリは驚いたような顔をして、くすくすと少女のように笑った。それに、ホノリがヒヨリを見ると、彼は手を伸ばしてきた。

ホノリのまろい頬をヒヨリの未だ頼りない両手が包み込んだ。けれど、その小さな手はけして柔らかく幼いわけではなく、がさがさと乾燥しており、タコのように所々固くなっていた。父とよく似たその手は、目の前の兄と自分との間にある差を思い出させる。

 

「・・・・・馬鹿な奴だな。アサマの奴と自分を比べる必要なんてこれっぽっちもないんだよ。」

 

柔らかなその声は、何故か、もう記憶もぼんやりとした母を思い出させた。ホノリは、己の頬を覆う手に自分のそれを重ねた。

互いのよく似た黒の瞳が交わる。

 

「他人と己の長けた部分を比べなくていいんだよ。お前とアサマは兄弟でも、違うんだ。俺も言ったろ。得手不得手は必ずある。出来ない部分があるのなら、自分の出来る部分を増やしていけばいい、補っていけばいい。」

 

お前は、お前にとっての最善を探しなさい。

 

ホノリは、自分よりも少しだけ高い兄を見上げた。

ホノリの目にはじんわりと、水が張る。

それに、彼は慌ててそれを拭おうとする。けれど、ヒヨリはその手をそっと止め、あやす様に抱きしめた。

 

「ほれほれ、泣け泣け。我慢は体に毒なんだから。」

 

それに、ホノリの瞳から留めなく滴が溢れてやまなかった。

よかったと、少年は安堵していた。

少なくとも、ホノリの一等に大好きな兄は変わることなく、そこにいた。

泣くなという大人に混ざって、いつだってヒヨリは誰かの涙を肯定した。

涙を弱さと斬り捨てず、その涙を拭ってくれる人だった。

ホノリは泣き虫だった。兄のアサマに比べて気弱な彼はよく泣くなと叱られていた。けれど、ヒヨリは違った。

泣け泣けと、彼は言ってホノリの頭を撫でてくれる。

だから、ホノリはヒヨリが一等に好きだった。

怒るのでなく、飽きれるのでなく、泣き止むまで待ってくれる。ホノリの強くなる未来を信じてくれる。自分の弱さを肯定してくれる兄の事が好きだった。

ぎゅーぎゅーとホノリはヒヨリに縋る様に抱き付いた。

変わってなどなかった。きっと、この兄だけは変わることなくここにいてくれる。

それだけを胸に、ホノリはヒヨリの衣服を掴んだ。

 

 

とん、と軽く、何かが硬いものに当たる様な音がタジマの耳に入った。

所用からの帰り道、タジマはクナイの練習場として使われている広場の近くに通りかかった。

夕暮れも近い時間、誰かがしているのかとそちらを除くと、そこには彼にとって馴染んだ人物が淡々とクナイを投げていた。

 

「ヒヨリ。」

 

その声に、反応して彼はタジマの方を振り返る。

 

「・・・・父様。」

「こんな時間まで鍛練ですか、珍しいですね。」

 

ヒヨリは出来るだけ家で弟たちの世話をすることを好んでいる。そのため、彼が一人で行動していること自体が珍しい。ヒヨリは大抵、誰かに囲まれていることが多い。

 

「・・・・・マダラを戦に出す件、本格的に決まったんですか?」

 

その言葉に、タジマの顔が強張った。それに、ヒヨリは苦笑して、何気ない雰囲気でクナイを的に投げた。

とん、と軽い音と共にクナイが的の中心に刺さる。

彼にしては、目上の存在を前にしてぞんざいな仕草に、その心境を慮る。

 

「分かりますか?」

 

掠れた様なタジマの発言にヒヨリは肩をすくめる。

 

「他の方々の俺を視る目やらを見れば、察するのは難しくないですよ。」

「ええ、皆との話し合いで決まりました。次の戦にでも、あの子を戦に出すことになりました。男として。」

「・・・・・妥当でしょうね。あの子がいくら強かろうと、うちはの女であることは伏せた方がいいでしょう。幸い、うちはは華奢な人間が多いですし。衣装も線が出ないので早々ばれることはないでしょう。」

 

その熱のない声に、タジマは己が子に責められている様な感覚を覚える。

いや、実際責められているのだろう。責められるべきなのだ。

女を戦に出すという異例の責任は、全てマダラに背負わされるのかもしれないのだ。妹に一層の情を注ぐこの息子には、赦せぬことなのだろう。

タジマは、父として、長として、己の言葉を安売りしてはならぬと分かっていても、その口からは謝罪の言葉が吐き出されようとしていた。

けれど、それに被さる様にヒヨリが先に言葉を吐いた。

 

「父様、すいません。」

 

その言葉の意味が分からずに、タジマがヒヨリに視線を向ける。そこには、静かに、けれど悲壮に微笑むヒヨリがいた。

 

「マダラよりも、才ある者として生まれてこなかった俺のせいです。」

 

その声に、目立った感情はなかった。震えているわけでも、吐き捨てるようでも無く、まるで断罪を望むそれのような、静かで重みのあるものだった。

タジマは、その、息づかれたような瞳と、そうして大人に押し付けられた未来を背負う覚悟を、子どもに見た。

タジマはそれにかぶりを振る。

 

「お前のせいであるはずがないでしょう!?」

 

掴んだ息子の肩は、年相応に華奢であり、未だ彼は年の行かない子どもであることを示していた。

もしも、もしも、ヒヨリに責があるというならば、それはマダラを戦に出さなくてはいけない程度の実力しかないうちはの全てに責があるはずなのだ。

ヒヨリは、それに首を振る。

 

「それでも、俺がもっと強ければ、あの子は戦に出る必要はありませんでした。父様、マダラは、婚姻をすることさえ出来なくなるのではないですか?」

「・・・・・ええ。その、可能性は強いでしょう。」

 

マダラほどの才を持つならば、子をなすことが一族としては一番だ。けれど、子を産むというのは女にとっては負担だ。出産で儚くなる女は多い。

子が腹にいる間は、マダラは戦に出ることが出来なくなる。出産から回復するまでは。もしも、子を産んで儚くなった場合は。

懸念材料が多くなりすぎる彼女の婚姻は、実際に成立するか分からないのだ。

それに、ヒヨリは、やはり微笑んだ。覚悟を決めたという様な、静かで穏やかな微笑みを。

ヒヨリは、タジマを見上げた。

 

「父様、一つ、聞きたいことがあったのですが。よろしいですか?」

「・・・・なんですか?」

「父様、一族を率いる立場として、何よりも優先すべきこととは、何でしょうか?」

 

予想しなかったそれに、タジマは目を少しだけ見開いた。けれど、それに彼は躊躇なく応える。

 

「一族の存続と繁栄。何を犠牲にしようと、それは変わりません。」

 

タジマのそれは、確固たるもので、強く、決意を含んだものだった。ヒヨリは、それにゆっくりと頷いた。

 

「それは、誰かの意思に反していたとしても。一族の繁栄に繋がるのならば、決断をすべきなんですね。」

 

タジマは、一瞬だけ躊躇した。それは、マダラの犠牲の上に一族の繁栄を願っていることを意味していた。兄に、妹を贄としろと言っているのだと分かった。

けれど、けれど、それでもタジマは一族の長であった。一族を背負っているのだと、分かっていた。

だから、頷いた。

 

「ええ。そうです。何よりも優先し、そのための道筋を志向し続けることが、一族を率いる立場にある者の役目です。例え、何を切り捨てようと、蔑ろにしようとも。」

 

ヒヨリは、それにゆっくりと頷いた。ゆっくりと、薄く微笑んで、彼は頷いた。

 

「分かりました。長、心にとめておきます。」

 

静かな声に、タジマは臍を噛むように瞳を閉じた。

残酷だ。この世とは、なんと残酷なのだろうか。

この齢にして、これほどの覚悟を、思考を、努力を重ねられる存在に、神というのは妹ほどの才を授けてはくれなかった。

長、と言った声に熱はなく、己が子が早々と忍としての在り方を受け入れてしまったとタジマは悟った。

それでも、それ以上に安堵した。

きっと、きっと、この子がいれば、マダラの歪さを埋めてくれるであろうと期待した。

うちはの未来に、安堵した。

きっと、きっと、この子とマダラがいるのなら、憎き千手を滅ぼしてくれるだろうと。

 

 

「兄様!」

「お、何だ。ホノリ。」

 

クナイの修行から一足先に帰っていたホノリは、縁側にて帰って来た兄に依然と同じように甘えた。

ヒヨリは、縁側の上にいたホノリの頭をぐりぐりと撫でる。ホノリはそれに嬉しそうに顔をほころばせながら、笑う。

そこでホノリは、兄の顔が何故か明るくなっているように感じた。

 

「兄様、なんだか嬉しそうだけど、どうしたんですか?良いことでもあったんですか?」

「うん?いや、少し父様と話してな。なあ、ホノリ。みんなと、きょうだいたちとずっと一緒に居られたら、幸せだよな?」

 

問いかける様なそれに、ホノリは首を傾げるが、一族の会議にも出られる兄のことだ。何か、心配していることがあるのかもしれないと当たりをつける。

幼い彼は、至極素直に答えを返す。

 

「はい!兄様や姉様に、イズナとずっと一緒にいたいです。」

「どんなことがあっても?」

 

ホノリはそれにも、また、至極簡単に答えた。

 

「兄様たちがいれば大丈夫だよ!」

 

幼く、無邪気な返答にヒヨリは薄く微笑んだ。

 

「そうか。そうだな、そのために頑張らないとなあ。」

「兄様、大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫だ。そういうお前は大丈夫なのか?この頃、俺のこと避けてたろ。」

「え、どうしてわかるんですか?」

「ふふふ、お前のことぐらいお見通しだからな?」

 

ヒヨリはそういってホノリの頭をぐりぐりと撫でる。そうして、掠れた声で囁いた。

 

「そうだな、兄ちゃん、頑張るな。」

 

頷く兄にホノリは微笑んだ。兄の心配事を察することはできない。ただ、兄に力を貸せるほどに立派になりたいと願った。

いつか、憎き千手を滅ぼすための助けが出来るように。もっと、強くなろうと誓った。

 

 



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とある片割れの姉弟たち

これからの展開に悩みまくって、片割れのひとたちの日常を書いてました。


「・・・・ええっと。ほか、何かあったかな?」

 

千手百合はそう言いながら、はてりと首を傾げた。

ちょうど、彼女は自分の家の庭に大量の洗濯物を干した後だった。さすがは、忍の、しかも年端もいかない男四人兄弟がいる家だ。あまり簡単に衣服が用意できないとはいえ、それでもその量はけして少ないとは言えない。

しかも、今干した分は二回目で、彼女の持つ洗濯籠には一度目の洗濯物で満たされていた。

長女であり、戦場にも出られる歳である彼女は家事を担っている部分は多い。それも、彼女にとっては継母であり、柱間たちにとっては実母である女性が病弱であるという部分も多いが。

 

(いや、正直、医療も栄養もろくに取れない中、あんなばかすか子ども産んで生きてるだけですごいよ。あの人。)

 

脳裏に浮かぶのは、雪のような肌と髪を持った女性だ。良くも悪くも控えめな人で、奥方である自分が家の事をせねばと思っているらしく、よくよく百合の事気遣ってくれる。

外身はまだしも、中身はすでに成人して久しい身だ。さほど、気にしてはいない。

百合からすれば、行事ごとだとかはあちらで取り仕切ってもらっているし、自分は言われたことをやればいいので楽な事だ。

 

(・・・・・もう、そんなに日はないなあ。)

 

百合の脳裏に浮かぶのは、良くも悪くもうちは一族らしい、黒髪の少年だった。

そうして、自分と同じ、現代の記憶を持っているらしい少年。

正直な話をするのなら、百合は彼に出会うまで、自分の記憶をただの幻想のように思っていた。

けれど、その少年によって証明されてしまったのだ。

この記憶は、本当の事なのだと。

 

(どんな結論に至ってるのか。)

 

けれど、今の状態でそれを防げるなんて夢想は抱いていない。

彼の少年がどう動くかで、百合のやるべきことも決まるのだ。

どんな結末になるのか、憂鬱な気分ではあと息を吐いていると、家の中から幼子の叫び声が聞こえて来る。

百合は、思考を中断し、声の方に顔を向ける。そうして、その声の理由を察してあーあ、とまた息を吐いた。

 

 

「僕のだったのに!!」

「お前があんなとこに置いとくのが悪いんだろ!」

 

百合が洗濯籠を抱えて声のする部屋を覗くと、そこには瓦間に飛びつくように泣きついている板間と、その後ろで微笑ましそうにそれを眺めている扉間と柱間の姿だった。

そうして、扉間と柱間のいる机の上には、空の皿が一つ。

それによって、何があったのか察せられた。

 

「あー。もう、なにやってんの!?」

 

百合が洗濯籠を置いて、板間と瓦間の間に割って入ると、板間が百合の腰に抱き付いた。

 

「かわらまあにじゃがおやつ食べちゃったんだ!」

「あねじゃに言いつけるなんてずるいぞ!」

 

己を挟んで響き渡る子ども二人の騒ぎに、百合はぱんぱんと手を叩く。

 

「はいはい!分かったから。板間、ちょっと待っときなさい。」

 

百合はくるりと二人に背を向けて、部屋から出て行こうとする。そうして、もう一度、四人に振り返った。

 

「・・・あと、瓦間。逃げ出すんじゃないわよ。」

 

ぎろりと睨まれた瓦間は思わず固まり、小さくはいと返事をした。

百合はそう言うと、二人を置いて台所に向かう。そうして、とある戸棚を開けて、そこから皿を取り出す。そこには、今日のおやつとして用意していた干しイモを取り出した。

それを持つと、百合はそそくさとまた元の部屋に戻る。

そうして、泣きべそをかいている板間にそれを指し出した。

 

「ほら、姉ちゃんのあげるから。」

「いいの?」

 

ぐずぐずと鼻を啜っていた板間は、姉から差し出された皿を受け取った。ひとまず泣き止んだ板間に安心し、百合は無言で瓦間に向き直った。

瓦間は、どこか気まずそうに下を向いていた。百合は、それにまださほどない身長差を縮めるために、少しだけその身を屈めた。

 

「・・・・どうして、食べちゃったの?」

 

そこには、責める様な色はなく、どちらかというと純粋な疑問の方が勝っていた。瓦間は、いじいじと己の服を弄った。

 

「おやつ、足りなかった?」

 

瓦間は、それに、こくりと頷いた。それに、百合は仕方がないなあ、と笑う。くすりと、綻んだ笑みに、瓦間は恥ずかしそうに顔を下に向けた。

瓦間とて、わざと、板間をいじめたくてやったわけではないのだ。

ただ、おやつが足りずに、目の前にあったおやつをついつい食べてしまったのだ。瓦間は、百合が怒っていないか、内心ではびくびくしていた。

 

「あのね、足りないならまず私に言いなさい。そうしたら、何かしらは用意してあげるから。あんただって、弟とわざわざ喧嘩したいわけじゃないでしょう?」

「・・・うん。ごめんなさい。」

「謝る相手が違うでしょう?」

 

その言葉に促されるように、瓦間はちらりと百合の後ろを見た。そこには、ひょっこりと板間が顔を覗かせていた。

瓦間は、少しの間迷うような仕草をした後にごめん、と囁くように言った。

 

 

「・・・・・というか、あんたたちも見てたなら止めてほしいんだけどね。」

 

先ほどの喧嘩などなかったかのようにおやつを食べ終わった板間と瓦間は遊びに出かけてしまった。

それを見送った百合は、今まで静観を続けていた弟二人に皮肉気に行った。

 

「・・・・止めに入ると、もっとめんどくさくなる。」

「そうぞ。姉者を待つのが一番かと思ってな。」

 

扉間は、居心地が悪そうに顔を背け、柱間は、あっけんからんと言い放つ。それに、百合はそうかもしれないけど、と頷いた。

そうして、目の前の二人も、未だに生きた年数が二桁もいっていないのだ。そんな二人に、年長者としての対応を求めるのも間違っているだろう。

 

(それを言うなら、私にこういう躾系の役目をやらすのやめてほしいんだけど。)

 

百合の義母は、基本的に寝込んでおり、彼女の世話係兼使用人も、百合の出来ない家事の為かあまり柱間たちに構えないのだ。

さすがに、喧嘩を止めぬわけにもいかず、手探りなまま姉役を引き受け続けている。

 

(・・・・私は、姉をやれてるのかねえ。)

 

考えたとしても仕方がないことを思う。百合は、そんなことを漏らしもせずに、また喧嘩をしているようなら止めるように二人に言い含めた。返って来た返事に頷きながら、立ち上がり洗濯籠を持ち上げた。

 

「俺も、手伝うぞ!」

「うん?そりゃあ、助かるけど。って、柱間、あんた今日の分の書き取りは終わってるの?」

「ちゃんと終わらせた!」

 

その言葉に、百合は思わず扉間の方を見た。扉間は、それに軽く頷いた。

どうやら、本当らしい。

 

「む、疑うなんてひどいぞ!」

「あんたそう言って、書き取りとかの座学すーぐサボんじゃない。」

「・・・・・座って何かすると、むずむずする。」

 

それに百合は、らしいなあと苦笑して、その頭をぐりぐりと撫でた。それに、柱間はにへえと、普段から緩んでいる顔をさらに緩めた。

 

「それなら、洗濯物畳むの手伝ってもらうかな。」

「・・・姉者、ワシも。」

「あら、扉間も?助かるわね。」

 

とてとてと近づいて来た扉間に、百合は微笑んだ。

 

 

柱間は、百合という姉の事が好きであった。

 

「・・・・柱間、どうしたの?頭痛い?」

 

三人で洗濯物を畳んでいる時、百合はそう言って柱間のおでこに手を当てた。その時、柱間は、珍しく扉間と百合が話している間黙り込んで作業を続けていた。

それを心配した百合は、柱間に矢継ぎ早に気分は悪くないかと問いかける。柱間は、己におでこに当てられた手のぬくもりに心地よさを覚えた。

 

 

「姉者は、兄者に過保護すぎる。」

 

大人のようにしかめっ面をする扉間に、百合が呆れたように言った。

 

「何言ってんの。あんただってこの前熱出して寝込んでたでしょ?」

「兄者がかぜなどひいたことない。」

「いくら風邪ひかなかろうと、怪我が治るのが早くても、万が一があるでしょう。だいたい、あんたたちぐらいには過保護でいいのよ。この前好奇心で薬草食べて熱出したあんたが言えることなんてないでしょ?」

 

百合の言葉に、扉間はまた、思いっきり顔をしかめた。そうして、自分にとって恥ずかしいと認識している出来事を蒸し返されることを避けるためか、洗濯を畳むことに専念しはじめる。

 

「大丈夫ぞ、姉者。」

「そう?気分が悪かったら、すぐに言いなさいね?私たちのぐらいの子どもなんてすぐに体調崩すんだから。」

「・・・姉者とて子どもだろうに。」

 

百合は、大人のような顔でそんなことを言うものだから、扉間は顔を又顰める。それに、柱間は、その顔が父親に似ているなあとぼんやりと思った。

 

「まあ、それならいいんだけど。何かあるなら、すぐに言いなさいよ?」

 

それに、柱間ははにかむ様に笑って頷いた。柱間は、姉である百合の過保護さが何よりも心地が良かった。

 

 

千手一族は基本的に病気などはあまりしない。柱間たちの母のように白髪をしたもの、聞いた話では昔入った血筋の影響、は病弱なものが生まれることはあるが。それでも、やはり子どもの内はそれ相応で寝込むことは数度は重ねるものだ。

けれど、柱間は生まれた時から病気など一つとてしたことはなかった。幼いころから、異様に頑丈な彼を父は誇っていた。病弱であった母も、柱間を生んだことによって当主の妻としての立場を確立したのだ。

そうであるがゆえに、柱間は物心ついたころより跡取りとして在り方を求められた。

元より、素直な資質のせいか座学をサボることを抜けば手のかからない子どもであった。そのために、柱間はあまり構われることのない子であった。

元より、母は病弱で在り父も又子に厳しく、それに加えてすぐに弟も生まれてしまったため両親を独占できる時間などほとんどなかった。

柱間も弟の事は可愛かった。ふにゃふにゃとした暖かな体を抱っこさせてもらった時の喜びは、彼に刻み込まれて久しい。母が乳飲み子であり、自分よりも幼い弟たちを心配し、優先するのも嫌ではなかった。父が、柱間に厳しい言葉をかけるのも、期待しているが故だと知っていた。

もちろん、愛されているのだと、分かっていた。

母は、柱間が顔を出すたびに気にかけてくれていたし、父は、柱間に期待して稽古をつけてくれた。

一族の皆は、柱間を可愛がり、同年代の子どもたちを何くれと柱間を頼ってくれた。

二人は、柱間に期待してくれた。柱間を愛してくれていた。

そうであるがゆえに、柱間は、甘えるということが下手な子どもになっていた。

 

柱間は、頑丈であった。病気をしたことなどなく、怪我もそうそうに治ってしまった。だからこそ、柱間は跡取りとして以外では優先されることはなかった。

人はどうしても慣れてしまうものだ。

そういうものだと柱間を扱い、心配するということはあまりなかった。

何よりも、やんちゃな性質の人間の多い一族では怪我をする子どもも多く、風邪を引く兄弟がいれば必然的に柱間の構われる頻度は少なくなった。

それは、当たり前であり、辛いと思うことはあまりなかった。

ただ、時折、意味も無く、一人でいることが嫌になることがあった。わけも無く、母に躊躇なく抱き付く弟たちを見るのが嫌になることがあった。弟たちと、母が話すのを見ていると皆と共に居るはずなのに、独りでいるような気分になった。

それを寂しさと名付けるには、柱間は幼過ぎた。

転んで擦り傷を心配される遊び仲間を見て、転んでみたことがあった。擦り傷なんて出来ていなかった。

組手で殴られたことがあった。父は、立ち上がれと叱りつけた。

なんだか、寒気がする気がして母に言いに行った。弟の一人が熱を出したと慌てていた。

 

わけも無く、母に己だけを見てほしいと思った。少しだけでいい。弟たちを置いて、自分の事を見てほしいと、そう思って母の袖を引いた。

母は、困ったように言った。

 

「柱間。あなたは、熱を出したことも、怪我で長い間寝込んだことも無いから分からぬでしょうが。あの子は今、とても辛いの。我慢してください。」

 

やんわりと、母は柱間を諫め、そうして拒絶した。

するりと、手から服の袖が抜け落ちた。母は、丈夫でない体を引きずって、自分もあまり体調がよくないというのに、熱を出した兄弟の元へ行く。

父でさえも、熱を出した弟の元に顔を出す。

遊び仲間は、怪我をする、病気になる。

 

柱間だけが、それを知らない。柱間だけが、ずっと、ずっと、変わらぬまま。

それに、柱間は何かに気づきそうになる。気づきそうになるけれど、幼い柱間にはそれが何か分からなかった。

ただ、一つだけ、柱間だけが、そうであることが分かった。

 

それから、柱間は特に何かしらの事があるわけでもなく、その違和感を抱えて生活していた。けれど、その違和感をひっくり返す出来事が起こった。

 

「・・・知っているだろうがお前の姉の、百合だ。」

 

そう言って、紹介されたのは、焔のような髪をした少しだけ年上の少女だった。緑色の瞳を真ん丸に広げて、少女は柱間を見ていた。

姉がいることは知っていた。何故か、違う家で暮らしている彼女はよく知らないが、柱間が生まれた時に立ち会ったそうだ。弟たちが生まれた時も、その時だけふらりと連れてこられ赤子を抱き上げていた。

滅多に関わることのない立場である彼女を、柱間は絵空事のように感じていた。姉という存在に興味が湧かなかったわけではないが、それ以上に柱間の周りにはたくさんのことが溢れていて、ふだん遠くにいる姉に割く時間を持っていなかったのだ。

 

「・・・・ああ、訳あって離れて暮らしていたが。今日から共に住むことになった。百合。」

 

その言葉に、じっと柱間を凝視していた百合は弾かれた様に、声を上げた。

 

「百合と、言います。よろしく、柱間。」

 

それに、柱間は何と言えばいいのか分からず、こくりと頷いた。

 

百合は、柱間の家にさほど苦労をすることも無く馴染んでいた。元より父は姉に対して思うところがあるらしく、さほど口を挟むことも無かった。母の方は、男ばかりで出来た娘が嬉しいらしく何くれと気遣っていた。元より、妻を多く持つ傾向にある千手の当主の妻だ。腹違いのきょうだいなど、とっくに覚悟していたのだ。

まだ幼い弟たちもいつの間にか出来た姉に違和感も無く受け入れていた。

もちろん、柱間も、姉を嫌っているということはない。

ただその姉は、なんだか、不思議な人だった。

 

「大丈夫、怪我してるんじゃないの?」

 

それは、父親との鍛練から帰って来て柱間を出迎えた姉は心配そうに言った言葉だった。

柱間は、それに、驚いた。

なんだか、久しくそんな言葉など聞いていない気分だった。

 

「ん、うん。だいじょうぶぞ。」

「本当に?擦り傷なんかもないの?」

 

姉はそう言って、柱間の腕を取り傷がないことを調べる。それに、くすぐったさと照れくささを覚えた。

 

「えっと、俺は、怪我もあんまりしないぞ。」

「そんなこと言って、化膿してたりするのよ。いくら傷の治りが早いからって、それがいつもだってわけじゃないでしょう。」

 

心配ぐらいするわ。

 

その言葉は、衝撃だった。その言葉は、驚きだった。その言葉は、不可思議だった。

その少女の瞳は、どこまでも、どこまでも、柱間を弟たちと同じものとして映していた。

その瞳に映っていたのは、ただの、子どもであった。

 

「まあ、いいわ。ほら、さきにおやつでも食べましょ。お腹、減ってるでしょ?」

 

百合はそう言って、柱間の手を取った。そうして、彼女は姉らしく、柱間を弟のように手を引いた。

 

「鍛練頑張ってるし、みんなより少しだけおやつの量、多くしてあげる。」

 

少女は、そう言って、少年の頭を撫でた。

 

「無理しちゃだめよ。」

 

その時、確かに柱間は、ただの子どもであったのだ。ただ、怪我を心配される、姉に甘やかされるだけの子どもであった。

柱間は、柱間だけではないように思えた。

 

 

柱間の姉は変わることなく、弟たちと平等に扱った。父との鍛練のたびに、柱間の心配をした。すねた柱間を、いの一番に見つけるのも百合であった。

父のように柱間に厳しくすることも、母のように柱間に兄であるからと後回しにすることはなかった。

抱きしめられて、頭を撫でられることがなんだかたまらなく心地が良かった。

百合は、柱間に過保護であった。

怪我をしていないか、病気をしていないか、喧嘩をしていないか、嫌なことはないか。

百合は、どこまでも柱間を心配していた。

父や母や、一族のように柱間をこういうものであると扱うのでなく、逐一柱間の様子を気にしていた。

ただの、弱い子どものように扱われることが嬉しかった。皆と同じもののように扱われることが、ただ、嬉しかった。

姉の前では、柱間は、ただの子どもであれた。ただの、幼いだけの子どもであれた。柱間は、ひとりでないのだと思えた。

柱間は、幼い子どもとして、姉に甘えることが出来る己を気に入っていた。

姉は、不思議な人だった。

姉は、どこまでも、柱間をただの子どものように扱う人だった。

 

 

(・・・・寝たか。)

 

洗濯物を畳んでいる間に、いつの間にか眠ってしまった柱間と扉間を前に、百合は息を吐く。

そうして、洗濯物をまとめながら、柱間と扉間の頭を撫でた。

さらさらとした髪と、癖のある髪を撫でた。

 

(・・・・可愛い、弟、私の、弟。)

 

百合は、元々、千手仏間の元にいなかった。どう言った経緯があったのかは知らないが、少しの間他家に預けられていた。どんな経緯があるのかは分からないが、仏間の元に引き取られたのだ。

 

(・・・最初に、この顔を見た時に、よくぞ叫ばなかったな。私よ。)

 

仏間という父親の名前に、覚悟は出来ていたのだ。自分の生まれた、環境やら、立ち場というものに。

 

(・・・・・生まれてこなければ、よかったのに。)

 

弟二人を前に、そんなことを思うのは、彼女の中に欠片だけ残った、読者であった自分だった。

それは、どこか、小説の一節を読むように熱も無く、実感もない単語であった。

生まれてこなければ、自分の弟として、生まれてきてさえくれなければ、百合の地獄は存在しなかったのに。

死にたくない、痛いのなんて御免だ。彼女の、人として当たり前の感情はわめきながら、戦場を恐れていた。

最初は、無視できていた。ただ、赤子として抱き上げただけ。ただ、血がつながっているだけ。

それだけだった、それだけなら、無視だって出来たのに。

否応なく、百合は柱間の近しい場所に立ってしまった。

百合は弱い人間だ。自分よりも、ずっと幼いくせに父親に鍛えられる子どもを無視できなかった。

手のかからない子どもとして、独りでいる子どもを、無視できなかった。

いつか、死んでしまう二人の事を想うと、どうしても、無視することが出来なかった。

怪我の心配だって、病気をしているかもしれないと、どうしても気にせずにはいられなかった。

きりきりと、きりきりと、百合の中で、見捨ててしまうかもしれないという罪悪感が暴れている。分かっているのだ、無視してしまえば、百合はきっと生きてはいけない。

その罪悪感を抱えて、あの柔らかい体温に、苛まれて続けるだろうと。

百合は、もう一度、弟たちの頭を撫でた。

愛しているのだろう、その弟たちを。もっと、簡潔に言えば、どうしようもなく罪悪感に引きずられるような情を抱えていた。

あの記憶の事でさえ、最初は妄想か何かだと思っていた。

いや、思っていたかったのだ。そう、思い込もうとしたのだ。

だって、あんなことが起こるなんて、どうして信じたいと思うだろうか。

百合の弟たちは、二人を残して死ぬのだ。

幼子のまま、恋も、酒の味も、子を残すこともなく、蕾になることさえ許されずに死んでいくのだ。

例え、二人残るとしても。だからなんだ?

それでも、半分は欠けてしまうのだ。

自分の生死さえも分からなくても、百合はそのことを思うだけでたまらなくなる。だから、無視しようとした。

百合は逃げ続けようとした。けれど、それでも、無視し続けることも出来ぬほどに、百合は弱かった。無意識のうちに、百合はずっと死んでしまうかもしれない未来を恐れても、なおのこと、罪悪感を抱えて生きる覚悟を持てなかった。

 

 

(・・・・生まれてこなければ、もっと、気楽に生きていけたのに。)

 

愛している、幸福と願っている、生き残ってほしいと思っている、何よりも、何よりも、そう思っている。

軋み続ける心の奥で、生まれて来たくなかったなあと、他人事のように呟いた。

 

 

 



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友でもなければ、好敵手でもなく

何というか、展開についていろいろありまして。心がぼっきりと折れてたんですが、少しずつまた投稿できたらと思います。
練習というか、少し短めです。


 

うちはヒヨリは、決められた日時に、またとある河原へと向かっていた。

たん、たん、獣道といえるような山道を少年は急ぐ。

彼女と会った日から、寝不足が続いているせい少しだけ続いている頭痛に顔をしかめた。

それでも、出来る限りの速度で少年は足を進める。

そうして、少年は覚えている道筋をさっさと進み、目的の河原へとやって来た。

 

ぽちゃん。

 

何か、小さなものが沈む様な音がする。その音に、意識を向ける。

そうすると、河原には、燃える様な赤毛の少女が、手で石を弄びながら立っていた。

スライダーのような手の動きと共に、少女の手から石が放たれる。

それに、ヒヨリはわざとなのだろうかと考えながら、自分も出来るだけ平たい石を拾い上げた。

そうして、それを手で弄び、川に向けて放つ。

ひゅっと、という音と共に、石は数度跳ねて川に沈んでいった。

 

「・・・向こうに届かせるなら、投げた方が早いのにね。」

 

その言葉が何を意味しているか察しながら、ヒヨリはそれに応えなかった。百合は、気にしていないのか、くるりとヒヨリを振り返った。

 

「・・・・のんきなことしてるんだな。」

「まあ、暇だったから。これぐらいしかここで暇をつぶすのなんてないしね。」

 

簡潔な答えに、ヒヨリはため息を吐いた。そうして、隣りだった二人でちらりと互いを見る。

疲れ切った目に互いにため息を吐いた。

 

「・・・・それじゃあ、始めるか。」

「今日もかあ。」

 

二人がそう言って見下ろしたのは、数枚の地図だった。

 

「新しい情報は?」

「残念ながら。」

 

そういった二人は、はあとため息を吐いた。

 

 

 

悪魔に魂を売り果てて、それでもなお守れる物があるのならどうするのか?

ヒヨリにとってその問いへの答えは一つしかない。

もしも、知られればどうなるだろうか。下手をすれば、一族を追放されるか。

 

(殺されるのが重々だろうな。)

 

千手の人間と密かに会い、なんとか同盟にこぎ着けるための話し合いをしているなんて知った日には、父はどうなるだろうか。

いや、その前に、頭領の子がそんなことをしたと知れれば、次の戦で秘密裏に処分される方が確かだろう。

一族にばれれば、どれほど戦意という物はそがれるか想像に難くはない。

それでも、ヒヨリは選んだのだ。

裏切りに等しくとも、それでも多くの一族が生き残る道を。

いつか、滅ぶ血族のことを知っている。

肥大した自尊心と、駆り立てられた猜疑心、そうして信じられぬが故に殺された愛しい誰かの子供たち。

いつか、死んでしまうかわいい兄弟。

血縁の果てに、たった一人残される、寂しい子供。

そうして、一人で戦い、一人で憎み、わかり合いたかった友人と決別する、愛しい妹。

全てが変わらないわけではないのかも知れない。それでも、全てを変えなければいけない。

ずっと、一緒にいたいのだ。ただ、大事な誰かだけでも幸せになって欲しいのだ。

例え、その箱庭以外が地獄であろうとも。

だから、決意した。どんな業も、どんな怒りも、どんな憎しみも飲み干して、たどり着く場所に行かなくてはいけない。

ヒヨリは約束の日、約束の場所にやってきた。家族には少しだけ走り込みをしてくるとだけ伝えた。

追うものがいないのかできるだけ確認して、河原にやってきた。

そうして、そこには真っ赤な髪をした少女がいた。

 

「うっわ、ほんとに来た。」

 

発せられたそれに思わず頭を抱えたくなったヒヨリの気持ちがわかるだろうか。

 

「・・・・・来ることを期待してたんじゃないのか?」

「でも、期待はしてなかったからさ。私は、まあ一族でもみそっかすみたいなもんだし。いなくなってもそこまで支障はないけど。でも、あんた長男でしょ?下手な不祥事は本当に何人か首が飛ぶんじゃないの?」

「うちはの末路を知っていて、そんなことを言うのか?」

 

思わず出てきた皮肉気なそれに彼女は少しだけ悲痛そうな顔をする。そうして、軽く肩をすくめた。

 

「ごめん。でも、正直、話に乗ってくれるなんて思わなかったのよ。実際のとこ、やれることなんてほとんどないでしょ?」

 

彼女はそう言って、近くにあった岩に腰掛ける。

 

「ある程度、強ければそれ相応に発言もできるけどさあ。でも、結局年功序列なところもあるしね。そっちの場合眼の段階がもう少しよければそれ相応に良い感じだったかもだけど。私もなあ。チャクラが多いだけでそれだけだし。」

 

どん詰まりなのだ。結局の話。

それでも、どうにかしたくて、助けて欲しくてここにいる。

誰にも信じてもらえない未来の結末を、変えたくてここにいる。まだ、これが原作の話であるならば、それ相応に売れる情報も、あがける何かもあっただろう。

けれど、今はあまりにも不確定要素が多すぎる。

わかっている結末の時期さえも曖昧なのだ。千手百合はわかっている。

父は、きっと止まりはしないだろう。例え、己の息子たちの半分が死ぬとしても。

最終的に、千手は記録に残る。歴史にさえも残る。

原作では滅多に出てこなかったが、それでも木の葉の里に脈々と千手の血は繁栄し続けるだろう。

それを教えなくとも、滅びの事実だけを教えても彼はきっと信じない。今、目の前にある現実と憎しみだけを見つめ続ける。

きっと、それだけで父は満足する。うちはに勝ったのだと高らかにそういって死ぬだろう。

 

(くそだ。)

 

百合も、うちはについて忌避感はないわけではない。原作について知っていれば、その一族がどれほど爆弾を抱えているかなんてお察しの通りだ。

それでも、百合は目の前の少年にならば賭けて良いと思っている。

うちはの性質がどんな物で、尚且つ結末を知っている彼は誰よりも柔軟なはずだ。

信じるしかない、この選択肢しかない。

見捨てることだってできた。けれど、それでも、抱えてしまった情が、前世で背負った価値観が彼らを見捨てることを赦さない。

自分に無邪気に伸ばされるその手を振り払った瞬間、百合はきっと何かを捨てるのだろう。

人としてあり方というものを。

ヒヨリがすっと、百合の隣に立った。

 

「そんなこと、わかりきったことだろう。」

 

少年の、やたらと重みのある声がした。それに、百合はうろんな眼をする。五月蠅いとばかりに顔をしかめた。

ヒヨリは気にしたふうもなく、よっこいしょと彼女の隣にかがんだ。

 

「ばれればそれこそ一族への反逆だ。状況は更に悪くなる。それでも、俺の賭けにのるか?」

「何?名案でもあるみたいな口ぶりね。」

「ある。」

 

それに百合は怪訝そうな顔をした。それにヒヨリは淡々と言い切る。

 

「なあ、どんなことだろうと。死んでも成し遂げるぐらいの覚悟はあるか?」

 

問いかけたそれに、緑の瞳がじっと自分を見ていた。そうして、醒めきった目だ。

 

「だからこそ、ここにいる。」

「・・・下の奴らに誓って?」

 

そんな言葉を吐いたのは、自分たちにとって家名も、自分の名前もほとんど意味がないとわかっていたからだ。自分たちがここにいるのは、脳裏で笑う子供たちのためだけだ。

百合は全てを察したように頷いた。

 

「誓うわ。」

 

吐き捨てるようなそれに、ヒヨリは頷いた。それを期待していたからこそ、ヒヨリとてリスクを考えても彼女へ手を組むことを選んだのだ。

百合はじとりとした眼でヒヨリを見返した。

 

「それで、その名案ってなんなの?」

 

それにヒヨリは非常に言いにくそうに頬を掻いた。それほどまでに、自分の思いついたそれは突飛もなければ、そうして成功する可能性も低い物だった。

それでも、それこそが最短だ。

 

「案はシンプルだ。」

 

尾獣を味方にして世界自体をひっくり返す。

 

百合は眼をまん丸にした。心の底から、理解できないというように口をあんぐりを開けた。

そうして、口からほとばしった絶叫じみたそれにそっと耳を塞いだ。

 

 

 

両者の一族を同盟までさせるには、それ相応の影響力という物が求められる。

原作では、同盟が叶ったのはうちはの勢力がそがれ、且つ千手柱間がそれを求めていたからだ。

が、この現状ではお世辞にもきっかけさえも存在していない。

そこでヒヨリは思い出したのだ。

誰の味方でもなく、勢力なんてものさえもひっくり返そうな存在について。

 

 

「馬鹿だろ!?無理に決まってる!?」

「荒唐無稽の自覚はある!だが、これ以上の案があるか?」

 

その言葉に百合はぐっと言葉を飲み込んだ。

 

「それでも、どうするのさ。」

 

彼女自身、言いかえしたもののほかに案があるはずもない。その様子を察して、ヒヨリは更に言葉を続けた。

 

「未来についていろいろと情報は持ってるだろ?それを使えばある程度話もできるはずだ。」

「話って。してる間に殺されるんじゃないの?」

「まあ、温和なやつと接触を図る気ではいる。この時代なら、まだ人柱力もない。まだ、話ができるはずだ。」

「そりゃあ、一匹だけでも十分に一族への影響力はすさまじいけど。」

 

百合は考え込むように顔をしかめた。そうして、ヒヨリと顔を寄せてひそひとと話を始める。

 

「使えそうな情報ってなんだろう。」

「尾獣たちの未来は知ってるだろ?あいつらだって、最終的に十尾に立ち戻るなんてごめんのはずだ。だからこそ、早々と人間と組むことを進める。」

「それをどうやって証明するの?」

「六道仙人の話と、あいつらの個別の名前について知っていればそれ相応に反応は得られるはずだ。」

「そうね。今の時代ならまだちょっかいかけて来る奴らに切れてるだけでまだ、余地はあるかもだけど。」

そう言った後、百合はジト眼でヒヨリの方を見た。

 

「それでも、さすがにぶっ飛んでるなあ。」

「なら、降りるか?」

 

念を押すようにそういえば、百合は苦笑して笑った。

 

「いいや、乗るよ。」

どうしようもないことぐらい、わかってるから。

 

それに、ヒヨリはやっぱり目の前の存在が自分と同じ物なのだと理解する。どうしようもなくて、それでも生きるか死ぬか大ばくちに賭けている。笑えるほどの滑稽さだ。

それでも、そうするに足る理由があった。

互いに互いで言葉を多く語らないのはここに来た時点でとっくに意思など固まっていたからだ。

 

「でもさ、もしもこれでうまくいった場合。元々の筋書きってどうなるんだろ。」

「気になるのか?」

「いや、まあ。殺しあいってものがどれほど後を引きずるか。憎しみやらなんやらがどれほど心にとどまり続けるか。もう、理解できるから。」

 

おそらく、一番に激しい戦国の時代に生きているからこそ、わかる。

あの終わりは、そうそうないほどに綺麗な着地点だったのだ。

共通して、戦うしかない状況、敵。

何よりも、若い世代に戦争を知らない、ひいては憎しみを背負っていない存在たちへの転換期であったことが大きいのだろう。

自分たちの及ぼす影響というのは、後にどれほどの結末になるのだろうか。

そんなことを、考えて。

 

「余計なことは考えるなよ。」

 

思考に入り込んできた冷たい声に、思わず百合はヒヨリの方を見た。

赤い瞳が、彼女を見ていた。赤いそれの浮かんだ瞳が、じっと百合のことを見ていた。

 

「俺たちは神ではない。ただ、ここに入り込んだ異分子だ。己の優先すべき物を間違えるな。」

なにを勘違いをしているのか。

 

ヒヨリは立ち上がり、百合を見下ろしていた。逆光により表情はよく見えなかったが、それでも確かに無表情のまま自分を見下ろしていることはなんとなく察せられた。

百合は、それにまるで反射のように自分の前にある少年の脛を殴り飛ばした。

 

「ってえ!」

 

脛を押さえて座り込んだヒヨリと入れ替わるように百合は立ち上がった。そうして、彼のことを見下ろした。

 

「協力しようって時に、その目を向けてんじゃないわよ。」

 

叱りつけるようにそう言った後に、百合は眼を細めた。

そうして、しみじみと思う。

 

(こいつも、うちはであるのはそうなのね。)

 

赤い、冷たい眼が自分を見ていた。その目、その表情。どこか、何かが欠けて、ねじ曲がっている気がした。

 

(でも、狂っているって言うなら。私もそうか。)

 

弟たちを愛している。それは、ここまで育ってしまった情だ。未来を知っている。悲しむ弟のことを知っている。それでも、百合の意識は平和なあの時代から地続きなのだ。

そんな自分が、どれほど見捨てられないとはいえ、あっさりと命を手放す選択肢をしている。

それは正常なのだろうか。

わかりはしない。

それでも、決めてしまったのだ。なら、腹をくくるしかない。

 

「それじゃあ、尾獣たちの情報を集めていきましょう。どこに誰がいるかとか。噂話ぐらいなら、集められるのもあるだろうし。」

「・・・・ああ。その間、鍛錬も続ける気だ。ともかく、どれぐらいの周期で来るか。そうして、互いの暗号も考えよう。情報を互いに集めてすりあわせをする。そうして、誰に接触を持つかも話さないと。」

 

立ち上がったヒヨリはそう言いつつ、そっと百合に手を差し出した。百合はそれに怪訝な顔をする。

 

「・・・・形式みたいなもんだ。」

 

俺たちの間に、愛はない、友でさえない。それでも、俺とお前は同じ場所に行く。

 

「握手をしよう。忘れないために、愛でも、友にさえもなれない。それでも、忘れないためだ。」

なあ、共犯殿よ。

 

皮肉を効かせたそれに、百合は顔をしかめた。そうして、はあとため息を吐いた。

一瞬だけ躱されたそれには、百合にとってやたらと堅くて小さいように思えた。

 




この話自体、どうしようかと悩んでいたんですが。また、少しずつ考えて書いていけたらと思っています。

感想、いただける嬉しいです。


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