俺様だって真剣で幸せになったっていいだろ! (岳人×義経 【習作】) (雲寺香月)
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プロローグ

※ATTENTION

ゲームではまったく関わりない2人ですが、ストーリーを思いついちゃったから仕方がない!
とりあえずプロローグ


運命の神様というものは、時に面白がって残酷な事をしでかす。

 

直江大和・・2.5枚目だが天性のタラシスキルとベッドヤクザの魂を持った少年は運命の神様のいたずらで記憶のないまま何度も転生し、さまざまな相手と恋に落ち、幸せに暮らして死んでいった。

もちろん、その周囲の登場人物も記憶をなくし、当人の知らぬまま何度も何度も同じ世界でほんの少しだけ違う人生を歩んできた。

 

島津岳人という、唯一の男を除いて。

 

*************************************************

 

「大和、好き。大好き!」

昔いじめていた、今はファミリー大事な一員となった椎名京が嬉しそうに彼に抱きついた。俺様は祝福しながらも心で涙を流した。愛が重かろうがちょっと変だろうが美人の彼女はうらやましい。

数年後、奴らの結婚式に出た帰り道、暴走した車にひかれて俺様は死んだ。それが1回目。

 

「お前達の事は男として見てないからなあ。」

そんな事言ってた幼馴染の武神は、あの恋愛音痴のキャップを愛に目覚めさせた快挙をした張本人はあっさり弟分に転んだ。そして半年もたたずにその弟分にメロメロになった。

その弟分は気づいたら総理大臣になってて、SPとして働いてた俺様は奴を守って死んだ。それが11回目。

 

 

そうやって回って回って俺様が島津岳人として死んで生まれて20回とウン年。どうしてこうなったとか俺様の頭で考えたってわかるけねえからただひたすら生き抜いてきた。1つわかってんのは、川神学園での3年間くらいまでは出会う奴らが一緒ってことだ。あ、何度かクローン組や燕先輩が入ってこなかったとこもあったっけ。よく覚えてねえが。

 

 

 

ちなみに今までの19回のうち、大人の階段を上ったのは3回だけ。それも店だったり女に捨てられたりろくな人生じゃねー。ヨンパチなんか1回結婚してたんだぜコノヤロー。

でも、俺様なりにいくつか学んだ事がある。

 

 

一つ、一度でも俺様の周りのリアルイケメンを見た女は手に入らない。絶対にそちらに流れていくからだ。

 

 →俺様の身近にいる女が媚びて来たら気をつけるべし。奴らは俺様をダシにしてイケメンと仲良くなることしか考えていないからだ。

 

「ごめんね、私、やっぱり風間君が好きなの。」

わかってたさ、最初からよう!と泣き寝入りした5回目の俺様。うすうす感づいてても、俺様のそばにいてくれるからなんとかなるだろうとプロポーズして、結婚式場の予約までしてたのに、前日に逃げらた。

まだはっきり覚えてるんだぜ。

 

 

 

一つ、女は自分より強い男が好きだ。強いというのも、自分にない強さを求める。川神みたいに武士娘が多い土地では、軍師とかいう頭のいい男連中がモテル。直江くんちの大和君とか葵冬馬とかその筆頭だちくしょう。

 →武士娘は観賞用にとどめるべし。

 

過去19回モモ先輩やクリスや清楚先輩(項羽)にアタックしては飛ばされ殴られ拒否された積み重ねを20回目にして活かすにはこれしかない。タフガイの俺様だって、心はあるんだぜ。

 

 

 

 

これらふまえた上で設定した、今回の俺様の人生の目標は

『遠距離で、本当に俺様を好きになってくれる、可憐な美少女を捕まえて結婚して家建てて子供産ませて幸せに暮らす』

だ!どうだ!すげえだろ?

 

難易度は高いが、俺様はあきらめん!

目指せ真剣な幸せライフ!

 

 

 

 

 




突発的に思いついたお話。

短くても完結させられるように頑張りたいと思います。


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俺様とバイクとファミリーと

5月某日(日) 快晴 

 

 

 

 

「ふっふーん、今日もがっつり晴れて、いいナンパ日和だなあ!普段の俺様の行いがいいからだろう。」

 

朝の日課であるジョギングと筋トレを終えて愛車のオートバイを家の前に引いてきた岳人は上機嫌だった。

 

『ヤマハ ドラックスター400(中古)』。遠くまでナンパをするため、深夜の道路工事などでコツコツ稼いでようやく購入した、岳人の愛車である。

 

「今日もヨロシクな、相棒」

 

鼻歌を歌いながら黒く光る車体を丁寧に磨いていると、隣にある寮からファミリーの連中がぞろぞろと出てきたのが見えた。翔一、大和、卓也、クリス、京、まゆっちの6人である。

 

 

 

ファミリーの中で一番早く岳人に気がついた卓也が手を振って来た。

 

「あ、岳人おはよー。相変わらず日曜日だけは早いね。」

 

「毎週毎週実らないナンパの為だけに早起きしてバイク磨いて・・その努力だけは凄いと思う。今回も無駄な努力に終わるのが目に見えてるけど・・。」

 

「うっせえぞ京。お前らこそぞろぞろとどこにいくんだ。」

 

岳人が手を止めて6人を見やると、軍師が手に持った白いボールを投げてきた。

 

「俺たちは河原で野球。珍しく岳人以外全員用事がなかったんだ。」

 

「なあ、岳人も不毛な事やめて野球行こうぜ!女探しに行くよりファミリー皆で遊んだ方が楽しいじゃんか。どうせ今回もだめなんだろ!」

 

「そうそう。彼女できるどころか、ねーちゃんの横にバイク止めて話しかけた時点で警察よばれちまうかもダゼ。」

 

「こ、こら松風っ!」

 

「否定できないところが辛いな。自分の場合は警察ではなくレイピアで攻撃してしまいそうだ。」

 

松風(まゆっちの本音)の陽気な毒舌ととクリスの真面目な頷きが岳人のピュアなハートにつきささる。生まれ変わって20回、タフガイな彼のハートは以前よりちょっぴり弱くなってしまっていた。

 

「うがーっ!言いたい放題言いやがって!見てろ、今日こそ彼女をゲットしてラブラブ写真を見せつけてやるからな!」

 

半泣きになりながら岳人はボールを翔一の顔に向けて投げ返す。

 

キャップはと言えば、ひょいと顔をよけて右手であっさりとボールをとり本当につまらなそうに口をとがらせた。

 

「なんでそんなに外に女が欲しいかねー。彼女なんて変に束縛されるだけじゃん。俺には全然わからねーな。」

 

「ふっ・・歩けば女の方から声をかけられるキャップには俺様の気持ちはわからねえだろうな。束縛ってのは、愛の証なんだよ!そのくらいじゃねえと結婚して家庭なんか一生築けねえんだよ!周り皆の結婚式ににご祝儀だけだして自分は一生もらえない負け組の気持ちがお前らわかるか!」

 

「急に話が大きくなったな。」

 

「まだ学生なのに、まるで体験してきたかのように言うよね。」

 

血の涙を流す岳人と対照的に若干引いてる卓也とクリス。

 

「ていうか、岳人は普段から普通の格好して普通に生活してればいずれ川神(こっち)で彼女できると思うんだけど。」

 

京の言葉にファミリーの視線一斉に岳人の服に向く。緑色の渋いライダースーツは岳人に良くにあっていた。普段過剰に露出している筋肉を完全に隠しつつているのもいい。『身長があり、体が引き締まってる普通のお兄さん』に見える。

それに比べて普段着のタンクトップとジーパンは・・もはや何も言うまい。

 

「川神でモテることは諦めている。俺様が狙うのは外の女のみ。」

 

「なんでだ。普通にしてればいいという京の意見には自分も賛成できる。それに、川神にはかわいい子がたくさんいるではないか。」

 

「なに!なんだクリス俺様に気があるのか!」

 

「どこをどうつなげばそういう話になるんだっ!!」

 

「ふぐおっ!」

 

だらしない顔をして詰め寄って来た岳人の顔面にクリスの怒りの右アッパーが直撃し、巨体が宙に舞う。ドスンと背中から地面に落ちた岳人だったが次の瞬間にはがばっと飛び起きた。むろん無傷で殴られたところは赤くなってもいない。岳人本人も気づいてないが、幾度もの人生で数多の武士娘(筆頭は武神)から鋭い突っ込み(拒否反応)を受けているうちに壁一歩手前くらいの頑丈さを得ていたのである。

 

「しかし俺様は不死身だっ!とうっ!」

 

「わわ!」

 

「こら岳人、クリスをいじめるな。」

 

一歩下がったクリスを庇うように大和が体を割り込ませた。クリスが安心した様子で息を吐いたのが気に入らず、岳人は鼻をならした。

 

「ふん。ちょっとちょっかいかけただけでビビるとはなさけねえ。俺様の純情をいじるからこうなるんだ。」

 

「実際やられたのは岳人のほうじゃないかな。」

 

「うるさいぞモロ!とにかく、凶暴な武士娘や川神のねーちゃんは観賞用って決めてるんだ。手に入らない物ばっかり追いかけるのは疲れたのさ。俺様は、俺様だけの運命の人を見つけるんだ。」

 

岳人は思う。

 

クリスはもちろんきれいだし、昔― 一度目や二度目の人生ではあわよくばと思っていた。しかし、彼女は8回目の人生で大和の彼女だった。クリスのみならず京、ワン子、モモ先輩、まゆっち、クラスメイトの千佳、委員長、武蔵坊弁慶、葉桜清楚(項羽)・・果ては担任の梅先生も過去の人生で大和の彼女だった。

今は何の関係もなくても親友の女を取る気にはならないし、親友の彼女になりそうな女に手を出す気は全くない。

 

だからこうやってじゃれあって、ふっとばされてる関係が岳人には丁度よかった。

 

「というわけで俺様行ってくるぜ!ではな諸君。」

 

岳人は磨きかけだったことも忘れ、バイクに颯爽と飛び乗ってエンジンをかけ格好よくその場をさろうとした。が。

 

「こら岳人!ヘルメット無しでバイク走るなんて母ちゃん許さないよ!ちゃんと被って行きな。」

 

「うおっ。」

 

実家の台所の窓から投じられたバイクのヘルメットが体に当たり、盛大に地面に転倒したのだった。

 

 

 

 

 

20回目の人生・・はたして彼は真剣で幸せになれるのだろうか?




20回目のファミリーと彼の関係をざっくり書いてみました。

ファミリーの中でクリスあたりがこっそり岳人に恋心抱いてくれないかなあなんて思ったけど、全力で拒否されました(笑)



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俺様と東西交流戦

6月●日 

 

東西交流戦 3日目 

 

梅雨入り前の6月。修学旅行で川神にやって来た九州の天神館との交流戦が市内某所にある工場地帯で行われていた。

初日は、1年のプッレーミアムな武蔵小杉大将が無謀な突撃を仕掛けて砕けて天神館勝利。2日目は天神館がが学年の全総力を結集して作り上げた天神合体で川神の武神に立ち向かうも、力及ばず川神学園の勝利。

 

そして、最終日の2年生同士の対決。

この物語の主人公である島津岳人はというと…

 

 

 

「ふふん、東の軟弱者など我々にかかれば赤子も同然よ。」

 

「このまま道をまっすぐ行けば敵本陣。ふふ、今夜は労せずして勝利を得ることができそうであるな。」

 

余裕の表情で通路を駆ける天神館先鋒、その数およそ10人。各々得意武器を片手に、アスファルトの地面を足音も消さず突き進んでいた。

 

気が大きくなるのも無理はない。川神学園側が多く生徒を配置していた中央に小細工なしの少数で突撃し、その大半をなぎ倒してここまで進んできた猛者たちだからだ。

 

その足音の一つが、本陣目前で急に停止する。

 

「む…?」

 

「どうした?」

 

「前方に敵兵発見なり。」

 

先頭の男が言うように、一本道の先に大きな影があった。月明かりのみが差し込むこの狭い道は薄暗く、はっきりしていないが、確かに人のように見えた。

双方、条件に大した違いがないため、人影の方からもこちらの姿は見えているはずだ。なのに人影は何の反応も示さない。

天神館の先鋒隊は困惑した。

 

「どうする?敵の罠かもしれぬぞ。一度引き返すのも手だが。」

 

天神館の先鋒その1の言葉にその2が首を振った。

 

「ここまで来て引くことなど出来ぬ。罠であっても我らの実力なら踏み抜ける!皆の者、突撃だああああ!」

 

『おおーっ』

 

天神館先鋒その2の掛け声に続き天神館先鋒隊全員が鬨の声をあげて人影に襲いかかる。先鋒その一の武器である棍棒が空を切って人影の頭部に振り下ろされ―真っ二つに折れた。

 

「なん…だと?」

 

茫然と立ち尽くす天神館先鋒隊。それに対して人影―島津岳人は額から流れた血をすっと右手で拭って一言。

 

「フン。普通の奴らを倒すには十分かもしれねえが、俺様を倒すにはちょっと物足りねえなあ!」

 

―そう、彼は味方本陣へ最短距離で到達する狭い一本道を、たった一人で壁となって防いでいたのである。

 

どちらが有利だとか、そんなもんは岳人には関係なかった。今までの人生でそうだったように、彼は仲間の為にただ自分が与えられた役割を果たすこと―この道を全身全霊で死守する事に全力を注いでいた。

自分がここを離れなければ、今回も仲間が勝ちをもぎっとってくる。そう信じて。

 

「くらえ、ハンサムラリアーット!」

 

「だ、だから引き返そうって言ったのにーーぐあああああ!」

 

お返しとばかりに彼の必殺のラリアットが先鋒その1の首に直撃する。先鋒その1の体は右の壁を突き破り、誰も使っていない空き部屋の床に叩きつけられた。

それを見て、残りの先鋒隊が一斉にひるむ。

その隙を岳人は見逃さなかった。

 

「ここから先は川神一のナイスガイ、島津岳人様が通さないぜ。でりゃあああああ。」

 

巨体が似合わぬスピードで彼らに肉薄し、ショルダータックルで全員を吹き飛ばす。先鋒隊は各々が狭い通路の四方に叩きつけられ、ガクリと力を失った。

 

「へへ、俺様大活躍!」

 

岳人は自慢げに気絶している連中に向けてガッツポーズをした。必要以上に己の筋肉を盛り上げて見せつけるようにしている。彼の調子が上がって来た証拠である。

 

その大活躍を、岳人の視界に入らないギリギリのところで見ていた一団がいた。西方十勇士、宇喜多率いる体力筋力自慢の女性陣である。

 

「あかん。こんな狭い場所でこいつと戦ったら無駄に時間を食うてまう。そうなると1番乗りを他の奴らに取られて賞金がパアや。それになんか生理的に受け付けへんし・・きもちわるいし。皆、ちょっとだけ回り道すんで!」

 

宇喜多の小さな声での指令に、隊員たちも小さな声で返事をして岳人に気取られないように通路を戻って行った。

ちなみに、その頃本陣は各地の戦闘員に指示をだして態勢を立て直すのに精一杯の状況だった。岳人が宇喜多にこの道を突破されていれば、その時点で詰んでいただろう。

 

一方、迂回路を通った宇喜多隊は初めの予定より少し遅れて川神学園の本陣に到達した。が、時既に遅し。態勢を整えて終わっていた川神学園の生徒達に一般兵は倒され、宇喜多本人は不死川心の柔術の前に敗れたのだった……。

 

 

そんなこともしらず、岳人は調子にのって通路で勝利のポージングを行っていた。その様子が隠しカメラで撮影され、脱落者・救護班・見学者等の前にばっちり公開されている事も知らずに…

 

「はっはっは!もしかして今俺様、格好いい!?」

 

 

 

 

(「・・キモ」)

(「千佳ちゃん、頑張った島津君に対してそんなこと言っちゃだめですよ!」)

 

 




当初の予定から狂った事

宇喜多対岳人の予定だったのに、書いていたら宇喜多が逃げてしまった・・。

メインヒロインの義経がまだ出てきてない



つ、次こそは義経登場します。あう・・。


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俺様とトラックとばあさんと

朝5時起きで夜9時に帰って来て明日も5時起きだけど書きたかったので書きあげたっ!





6月×日

 

時間は交流戦数日前のまで巻き戻る。日曜日の朝早くに、岳人はバイクで千葉県に向かった。

 

しかし、突然のゲリラ豪雨で人が居らず、みるみる道路が冠水してきて岳人自身も命の危険を感じたため、早々に引き返してきたのだ。全身びしょ濡れで川神に帰って来たのが午後3時頃。

 

川神は、嫌がらせのようにからっと晴れたいい天気だった。

 

「ちくしょう、ついてねえなあ。」

 

岳人は川神市に入って一番最初に見つけたコンビニに泥で汚れたバイクを止めた。

 

店の床を泥や雨粒で汚したせいで店員に嫌な顔をされたが気にせず、着替えの黒Tシャツと灰色のハーフパンツ、スポーツタオル、そして大きめのビニールバッグ等を購入しトイレの個室に閉じこもる。

 

人様の迷惑よりまず俺様をどうにかしねえとな、と岳人はトイレに入ってすぐ素っ裸になった。

手洗い場の上の鏡に映る自分の姿に思わずポーズをとってしまったのはご愛敬である。

 

新品のタオルは全身をぬぐうとすぐに黒く汚れてしまった。持ち歩くのも面倒なのでゴミ箱にシュート。

次に、泥水につかってびしょ濡れになってしまったライダースーツを洋式トイレの上で絞る。自慢のパワーで絞り取れるだけ水を出してやったがライダースーツもぐしゃぐしゃになってしまった…。

多少むしゃくしゃしてたとはいえ、俺様ウカツすぎる・・と岳人男泣きの状態で愛用のライダースーツをそっと畳みビニールバッグに入れた。

 

岳人がビニールバッグを右肩にかついでトイレから出た時には、1つしかないトイレの前には3人の人が鬼気迫る表情で並んでいた。すれ違いざまトイレに駆け込んだ一般人にガンをつけられた気もしたが、口笛を吹いたまま何食わぬ顔でコンビニから出る。

 

……俺様だって大変だったんだもん。そう言い訳をしながらそそくさとバイクを道路に向けて、またがりかけたその時である。

 

―コンビニの目の前には大きな交差点があった。コンビニに真っすぐ向かってくる横断歩道を、黒い傘をさしたおばあさんがふらふらと歩いていた。コンビニ側の歩道までおよそ5メートル程だ。

 

歩行者の信号は青。足元がおぼつかないおばあさんだが、今のペースなら問題なく歩道までたどり着ける。

しかし、左のから強引に右折して来るトラックがおばあさんに迫っていた。

 

運転席を見ると、運転手は左手に持つ携帯電話の画面を見ていて、目の前のおばあさんには気がついていない。

おばあさんも足元しか見ておらず、車には気がついていない。

このままだと、ぶつかる・・・!

 

 

「あぶねえっ!」

 

『マープル、危ないっ!』

 

どこかで聞いたことのあるような(・・・・・・・・・・・・・・・)女の子の声と、岳人の声が重なる。―

 

目の前の光景に岳人は反射的にバイクを放りだして10メートル前の交差点に突っ込んだ。

 

1回目の人生、己の身に迫った黒いベンツが脳裏をよぎったが、岳人の足は止まらない。

 

―ここであのばあさん身捨てたら、男じゃねえ!

 

岳人の大きな空だが、宙に舞った。

 

「間に合えええ!」

 

『…!』

 

岳人は巨体と自らの発達した筋肉ですっぽりとおばあさんの体を包む事に成功した。トラックには及ばないが、その衝撃でおばあさんの手から黒い傘が離れる。

細い体を壊さないように抱きしめて庇ったまま、岳人は右肩から道路に突っ込んだ。

 

「ぐっ。」

 

ざりざりと岳人のむき出となった肌と道路が擦れる。痛みはさほど感じなかったが、擦れるような熱さに岳人は無意識に眉をひそめた。

 

持ち主に置き去りにされた傘は、まるで身代りのようにトラックのフロントガラスにぶつかりぐしゃりとつぶれて元の姿を失った。

ようやく気付いたのだろう、横断歩道から車体5個ほど離れたところで停車したトラックから慌てた様子の運転手が転げ出てこちらに走ってくる。

あわや惨劇かとの状況に、周囲には人だかりができ始めていた。

 

「だ、大丈夫ですかっ」

 

「俺様はな。あんたが謝るのはこの人だろ。おい、ばあさん。大丈夫かよ。」

 

岳人は(いまさらだろ俺様が居なかったら昼下がりののどかな風景がスプラッタだぜ馬鹿運転手。こんな奴に免許やるとか教官アホじゃねえの)という内心を隠して、手の中のおばあさんに声をかけた。

が、予想とは外れおばあさんは冷たい目で命の恩人であるはずの岳人を冷たい目で見上げると、体を抱えている腕を振り払って立ち上がった。

 

「ばあさんとは失礼な。あたしゃ大丈夫さ。あんたが助けてくれなくても大丈夫だったさ。くそ、こんなめまいさえなけりゃこんな気持ち悪い男にさわられることもなかったのに・・・。」

 

パンパン、と体の泥を落として踵を返したおばあさんは茫然としている岳人を一瞥して一言。

 

「助けようとした心意気に免じて、タダでアタシの体に触ったことは不問にしよう。じゃあね。」

 

「な、なんだよ!その言い草!いくらなんでも俺様に失礼…」

 

驚きに怒りが追いついて来た岳人がおばあさんに詰め寄ろうとした時、おばあさんはその場から一瞬で姿を消した。

そう、まるで今までそこに誰もいなかったかのように。

 

そして、空気を全く読めない若い運転手が一言。

 

「…えっと。もしかして今のは夢だったのかな?ラッキー!仕事クビになるところだった。」

 

「んなわけあるか!あのババアも腹立つが、お前も人殺しそうになって仕事の事気にしてんじゃねえ!」

 

岳人は跳ね起き、擦れて血が滴っている右腕を怒りのまま運転手の脳天に振り下ろす。ぐえ、と運転手が変な声を出して地面に倒れた。

岳人は心配してやる義理も気力も全くなくなって、イラついた様子を隠そうともせずにコンビニの方向にいるギャラリーに向きなおりガンをつける。

 

「おい、見世物じゃねえ。どけ。」

 

「は、はい。・・その、救急車は。」

 

「いらん!」

 

最後に集まってきたギャラリー全体を一睨みして散らし、コンビニに置き去りにしたバイクのそばまで戻って来たところ…盛大に倒したせいで、横のボディが陥没していた。

 

走れなくなる程の傷ではないが、修理に出さないと格好悪い。

踏んだり蹴ったりの状況に岳人はその場に膝を付き、頭を抱えて叫んだ。

 

「厄日だああああ!」

 

『ようやく、現場についた!』

 

その叫びに、また先ほどと同じ少女の元気そうな声が重なる。頭を抱える手を強引に取られ、岳人は無理やり右に引っ張られた。

 

「うおっ、なんだあ?」

 

「君がマープルを助けてくれたのか!義経では間に合わなかった。ありがとう、本当にありがとう!」

 

空気を読まず、岳人の手を握って頭を下げる美少女。その瞳には涙まで浮かべていて、本当に岳人に感謝している様子である。

 

「…義経、だと?」

 

予想外の美少女の登場に、岳人は唖然とした。今までの人生で、こんなところで彼女に会った事はない。

過去になんどかすれ違った源義経のクローンがそこにいた。




こんばんは。

浮かんだ場面を呼び起こしながら書くから時間軸が前後していまいました。
精進せねば。
でもきちんと義経は出した!(最後にちょっぴり)

うちのマープルさんはちょっと持病もどき持ちです。



ちょっと立ち寄って読んで下さる方、お気に入りしてくださる方、感想してくださる方、みなさんありがとうございます。
感想全部大事に読んでます。
返信遅れてますがちゃんと返しますので、もうちょっと待っててください。


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俺様とクローンと経験しなかった出会い

遅くなって大変申し訳ありませんでした(土下座)!



6月×日 事故後

 

岳人が義経との出会いに驚いているのもつかの間、どこからか九鬼従者部隊十数人が現れて現場の後片付けをしてしまった。警察への連絡と犯人の確保、誰かが呼んで来てしまった救急車の対応にその後の交渉まで九鬼が介在してやってくれるらしい。

 

反射的に助けたのに暴言を吐かれ、あげくの果てに保険会社との折衝やら現場検証やらにいちいち引っ張り出されるのは面倒だったのでそれは助かった。事故の調書もその場で書いてしまったので、後で警察に行く必要もない。

 

すっかり元の風景を取り戻したコンビニ脇の歩道で、最後に残った老齢の執事が深々を岳人に頭を下げていた。

 

「島津岳人様、でしたね。うちの部隊のものが大変ご迷惑をおかけしました。マープルは最近体調が芳しくなく、精神的にも不安定で…。島津岳人様はお体の方異常ありませんか?怪我をした直後は後で症状が出るものですし一度病院で検査された方が良いかと存じます。」

 

従者部隊序列3位、クラウディオと名乗った老齢の執事-これも岳人にとっては20回目にして初めての出会い方だが―が頭を下げる横で、義経もウンウンと心配そうな顔でうなずいている。

が、しかし美女に心配されている手前、恰好つけたくなるのが男の子の心理。多少の痛みはあれど岳人は平然とした顔を作り胸をはった。

 

「フン、普段武神にぶっ飛ばされてる俺様だぜ。こんなかすり傷なんともねえよ。そんなことより!俺様のバイク、何とかしてくれんだろうな。」

 

「島津様がそう仰るのでしたら…。はい、うちの者を助けてくださったのですからそのくらいはこちらで無料で修理させていただきます。つきましては本日私どもの方で持ち帰ってもよろしいでしょうか?1週間いないに島津様のご自宅の方にもっていきますので。」

 

「おう、よろしくたのむぜ。」

 

鷹揚にうなずいた岳人だったが、内心ははほっとした。

岳人の愛車だが、直接車に当たられたわけじゃないので通常は損害補償もでず修理費は自腹となる。九鬼が出してくれなければ、趣味関係は全部自腹の岳人にとっては痛い。もう良いことなんかしてやるか!という気分になる。

 

・・・たとえそういう気分だとしても、次があれば気にせず体を投げうつのが島津岳人という男の良さであるが。

 

 

「じゃあ後は任せたぜ。俺様は帰る。」

 

「待ってくれ。」

 

ヘルメットを左脇に抱えて、踵を返そうとした岳人。その腕をいままで黙っていた義経が掴む。

 

「島津君は大丈夫と言うが、義経は心配だ。直接引かれていないとはいえ、骨が折れている可能性もある!病院に行くべきだと義経は考える。」

 

「心配いらねえよ。俺様はこの通りぴんぴんしてるぜ。」

 

「それでもだっ!クラウディオも素直に帰そうとするのはおかしいぞ。」

 

義経は岳人の腕を引っ張って、つま先立ちで岳人の顔を見上げた。真面目な顔であっても美少女に上目使いでのぞきこまれるなんて人生初の体験で、真っ赤になって目をそらす。

 

 

―落ち着け俺様、義経は武士娘でいずれイケメンに流れることが決まってる美少女だ。上目使いがまたたまらん!じゃなくて恋愛対象外なんだ。胸だってモモ先輩の方が格段にでかいから、このアングルだと穏やかなふくらみが見えそうで見えないのがたまらん!でもなく。武士娘でも女の手ってやわらけー…でもなく!あああとにかく落ち着け俺様!-

 

 

岳人が心中穏やかでないのを知ってか知らずか、非難されたクラウディオがひとつ溜息をついて義経をたしなめる。

 

「義経様、島津様は頑丈さだけは壁を越えているといってもいい。実力は義経様が編入される川神学園でも上位に入るでしょう。」

 

「俺様の筋肉を普通の壁にたとえられても嬉しくねえけどな。俺様の筋肉はもっと芸術に近い!」

 

反射的に空いていた右腕だけでマッスルポーズを取る岳人。もちろん、クラウディオの言った壁の意味を理解していない。

義経は困惑した様子で岳人とクラウディオを見比べる。強い者が持つ特有の気が岳人から感じられないので、クラウディオの言葉に納得できないようだ。

 

「クラウディオのいう壁を越えた強さは義経には感じられない・・・。本当なのか?」

 

「はい。それ以外の能力は武人にしては下に位置するそうですが。私もヒュームから聞いていただけなので、今の様子を見るまでは疑っていたのですがね。島津様は本人の自覚がない事も合わさって特殊のようです。」

 

「特殊…。」

 

「普通の人間なら骨折していてもおかしくない。義経様のお考えはわかります・。ですが今回の場合は特殊な島津様ですので、本人が痛くないというならば検査の結果も異常はないでしょう。無理に病院に連れて行って、担当の医師を困惑させるのも気の毒かと。」

 

「なんかひでえ事言われてる気がするのは気のせいか?」

 

「うーん。ヒュームが言うならそうなんだろうか。わからない義経はまだまだ未熟だということだろう。義経は反省する。」

 

「そこまで落ち込む必要はありません。なにせ特殊ですから。」

 

岳人の文句は無視されて二人の会話は進んでいった。哀れ岳人。

 

「義経は了解した。島津君を病院に連れて行くのは諦める。」

 

改めて岳人に向き直った義経。まっすぐに見上げてくる視線にどぎまぎして視線を泳がす岳人。にこにこと微笑ましそうに2人を見守る老執事。

この場面だけ見れば、初々しいカップルに見えなくもない…かもしれない。

 

「そのかわり、島津君を家まで送らせてほしい。自宅にいればお家の方もいらっしゃるだろうから義経も安心できる。」

 

「へ?」

 

「ほう、それはいいですね。義経様は川神に来たばかり。島津様の自宅は川神学園に近く、先日一通り見て回ったコースにも入っておりました。地理の復習にも丁度良いでしょう。」

 

「壁を越えた島津君にこんな申し出は失礼かもしれないが、ここは義経の顔を立てるということで送らせてもらえないだろうか。もちろん、迷惑はかけない。…島津君が義経と歩くことが嫌でなければだが。どうだろうか?」

 

まっすぐ岳人を貫いていた義経の視線がどこかすがりつくような上目使いに変わる。島津岳人として生きて初めて、義経クラスの美少女に上目使いでおねがいされてしまっては、当然ながら『武士娘は対象外』とか『誰かに見られたらヤバイ』とかその他の理性は一瞬で吹っ飛んでしまい。

 

「も、もちろんよろこんでおねがいしまっす!」

 

と直立不動の態勢となって、真っ赤な顔と上ずった声で元気よく返事することとなった。

その直後、ぱっと花が咲いたような笑顔を浮かべた義経に、岳人の頭は真っ白になる。

俺様、もうダメかもしれねえ…。

 

「そうか。では行こう!島津君の家はこの道をまっすぐ行けばいいのだろうか?川神学園の方向はこっちだが…。」

 

「お、おう。」

 

「わかった。実は義経ももうすぐ川神学園の2-Sに編入することになるんだ。島津君と一緒だな!島津君は何年何組なんだ?」

 

「お、俺様は2-F」

 

「そうなると別のクラスになるのか。でも…」

 

と、一見うぶな彼氏とイケイケな女子というようなカップルに見える二人が誕生した。初めに引き留められた形のまま岳人は義経に腕をひかれて実家までの道を歩いたのだった。

家についても母は買い出しでおらず、知り合いにも見られなかったのは岳人にとっては幸いだったのだろう。美少女好きの武神にでも見かけられていたら…次の日彼の命はなかったかもしれない。

 

ちなみに、クラウディオはいつのまにか消えていた。

 

 

そして、頭が真っ白になってしまっていた岳人は人生初の『美少女と手をつないで歩く』イベントであったにもかかわらず、話した内容などはほとんど覚えていなかったのだった。

後で彼が死ぬほど後悔したことは、皆さんの想像通りである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




天然な義経を可愛くかきたかった・・が、作者にはこれが限界でした。
岳人は、まあいつも通りです。

私事ですが、つい先日マープルが事故にあいかけたところと同じような場所で歩いていたら、本当に脇見運転していた車に引かれた作者だったりします。命は助かったのですが痛かった・・。
岳人のように壁を越えた頑丈な体がほしい!!

次は時間が戻って学校対抗が終わった後に時間軸が戻ります。


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俺様と義経と変わっていく日常 その1

もし待っている人が…もういないよなあ。長い事中断していてすみませんでした。
楽しんでくれるといいなあ。


6月▽日

 

東西交流戦、クローン組とロリ&おっさん1年生の転入事件から数日が経った。岳人本人はもちろんピンピンしているし、事故で壊れたバイクは新品同様になって岳人のもとに帰ってきた。

それに対してボロボロなのは転入時に義経と決闘したワン子である。ワン子は、壁を越えた姉には遠く及ばないものの、決して弱くない。岳人が生きてきた今までの人生の中でも、何度か義経と対戦しているがいつもいい勝負をしていた。

だが、今回は違う。学長の開始の合図と同時に飛び出したワン子得意の薙刀を最小限の動きで躱して、すれ違いざまの一瞬でワン子の右肩を切り上げた。

その一撃でワン子は右肩を骨折、戦闘続行不可能となりあっさり決着がついてしまったのだ。負けたワン子も、なぜか勝った義経も茫然としていた。

 

義経の圧倒的勝利に殆どの川神生は歓声をあげたが、ワン子サイドの人間からしたら面白いはずもない。

 

岳人はパンチラ写真狙いのヨンパチと一緒に決闘を見ていたためその場にはいなかったが、その試合を見ていたモモ先輩は許可さえあればすぐにでも戦いに飛び出ていきそうな様子だったし、キャップは周りも見ず興奮して義経をほめるし、対照的に仲間思いの京やモロは黒いオーラをあたりにまき散らす勢いで義経を睨みつけていたらしい。

 

皆を抑えるのは骨が折れたよ、と、教室で合流した大和は疲れた顔で言っていた。

 

その役割はモテモテの道をたどるお前にしかできねえよ、という意味を込めて大和の背中を軽く平手で叩いたら「なにするんだよ!」と涙目で睨みつけられた。

学生生活を繰り返すたびに大和がひ弱になってる。きっとモテ度に比例して打たれ弱くなってるんだろう。

 

にしても、今回の人生はなんかいつもと違うと、岳人は感じていた。

義経。彼女だけが今までの人生と違い、『浮いている』気がする。マープルとかいう人を助けたことで知り合った彼女は、なんと東西交流戦のあとに俺を見つけて走ってきてあいさつをぶちかますという事件を起こした。転校したあともあいさつと、2-Sからわざわざ俺に会いにきたしな。プチリア充の気分を味わえた。そして弁慶に『主をたぶらかすとは・・このゴリラ、ゆるさん』とか言われて突然錫杖でぶんなぐられた。壁に体がちょびっとめり込んだ。いてえよこのやろ。

義経がかばうから、また弁慶からの殺気がすさまじいことになってたし。マジで今回の死因撲殺かと思った。

空気の読めないワン子がその馬で義経に歓迎の決闘を申し込んだから、そんな空気ふっとんだけどな。

てか、今回の人生の義経がマジ強い。今までにないくらい強い。チートなモモ先輩ほどじゃないけど、ここまで特定の人が強化されたのははじめてだ。

変わったことといえば、俺様が川神じゃなく外に彼女を作りに行っていることか。それがこのクソみてえに狂った人生周回に影響を与えているなら、嬉しいんだがな。

 

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そんな岳人とはといえば、決闘の日の放課後、童帝(ヨンパチ)からの命令で、売れそうな女子の写真もしくはアイテムを探して校内をうろついていた。

今回は義経が好意的なせいで、危うく魍魎の宴からはじき出されそうになっているのだ。いくら川神女、武士娘から手を引くと決めたとはいえ、魍魎の宴の参加から手を引くのは健全な男としておかしい。

 

彼女にするとしても、義経が美少女なのは認めるが俺様の好みとしては胸と尻の肉付きがもうちょっとあるほうが・・ゲフンゲフン。

などと妄想しながら、岳人は隙のある美少女を探していたのだった。

 

最終的に岳人が向かったのは、弁慶たちが転校してきたときに必ずできていた非公認の部活、だらけ部。今は大和が髭先生と使ってるんだっけか?それとも弁慶がもう入ってだらけ部になってるのか。このへんの時期は何回体験してもわからん。…俺様はだらけ部に入ってないからなあ!!入れてくれって頼んだこともあるが、大和にすげなく追い返された。ちくしょう。

それはさておき、弁慶が入っていたら、こっそり寝顔の写真撮って逃げることもできるかもしれん。

 

部屋に入る前にぶちのめされるのは勘弁なので、岳人はスパイのようにだらけ部のあるところに入る通路の廊下の角に張り付いて、そーっと向こう側をうががってみた。

そうしたら、なぜか、義経がはらはらと落ち着かない様子で、だらけ部の部室の戸に張り付いてこっそり覗いているのを見つけてしまった。流石の俺様も予想外だったぜ。

義経はこちらには全く気が付いてないようで、弁慶ほどではないが引き締まった尻が、彼女が動くたびに無防備にふりふりと揺れる。

これはもしやシャッターチャンスというものじゃないのかね!!

 

岳人は俊敏な動きで膝立ちになり、取り出した携帯電話のカメラを義経の後ろ姿に合わせる。斜め下のアングル、義経のスカートの中身がちらりと見える。た・ま・ら・ん!

 

岳人が震える指でボタンを押すと、ピロリロリーンと、間抜けなシャッター音が大きく廊下に響いてしまった。その音に驚いて携帯電話を落としてしまう。

慌てて拾おうと身をかがめたときに、義経がのぞきをやめてこちらを見たのが視界の端でわかった。

そりゃあね、こんだけ大きな音を出したら気づかれますよね~。

 

「し、島津君!?」

「よ、よう義経。こんなところで奇遇だなあ、あっはっはっは。」

 

岳人は白々しく挨拶をしながら、膝立ちのまま落とした携帯を拾って、ズボンの後ろポケットにさりげなく戻す。おそるおそる義経の様子をうかがうと、どこから取り出したのか刀を両手に持ったまま真っ赤になってプルプルしていた。

そのまま猛スピードで走ってくる。終わった。

…強化された義経にぶちのめされたら、入院何か月くらいでもどってこれっかな。

 

だが、岳人の予想と違って、義経は岳人の目の前に膝立ちになって目線を合わせてきた。うるんでいる純粋な目を見ていられず、明後日の方向を向く。

「みた、よね?」

「はい…。」

嘘をついても無駄だろうと岳人は頷く。

ばっちり見えました、きれいな白色。一瞬だけど目にやきついております、はい。

 

それを聞いた義経がゆっくり立ち上がるのを見て、岳人は目をつぶった。こういう場合はぶちのめされてボロボロになるのがいつものパターンである。逃げたら余計罪が重くなってひどくやられるので、おとなしく待っていたほうがいいと今までの人生で学んだ。

別に殴られたいわけじゃねえよ!逃げれないから仕方ねえんだよ!

 

しかし、義経のとった行動は岳人の想像をはるかに超えていた。彼女はいきなり岳人の左手をとると、いきなり走り出したのである。見かけによらない怪力に引っ張られて、体が宙に浮く。

岳人はそのまま顔面から地面に一度激突して跳ね返ったあと、なんとか二本足で地面を蹴る態勢に戻った。顔がいてえ。

「おい、どうしたんだよ!」

「いいから、ちょっとこっちに来て!」

「は・・!?」

 

わけもわからぬまま、岳人は額から血をだらだら流したまま義経に引っ張られるしかなかったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 



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俺様と義経と変わっていく日常2

デレマスのリズムゲームにはまりました。
MVはだいぶ集まってきましたが、星27以上の難易度がどうしてもクリアできません



岳人の手をひいた義経が止まったのは、校舎裏の木の下だった。校舎裏はくまちゃんが良く鍋パーティーを開いてくれる場所でもあり、学生に人気の場所なのだが、今は誰もいない。

義経から手が離されると、岳人はぜえぜえと荒い息のままその場にへたり込んだ。

ここまで来るのに何度足が追いつかなくて地面にぶつかったことか。

「こ、ここならいいかな。島津君…って、顔が血だらけだ!一体何があったんだ!」

「気が付いてなかったのかよ!俺様を思いっきり地面にぶつけて走りまわったくせによ。」

「え、でも、島津君は走ってついてきてくれた・・よね。」

「引きずられたらたまらねえから自力でもちなおしたんだよ!」

「そ、そうだったのか。しかし、壁を越えた強さである島津君を怪我させてしまうなんて…。力の加減ができていない証拠だ。申し訳ない、義経はしきりに反省する。」

しょぼんと肩を落とす義経。

これはもしかして、自分が携帯で写真を撮ったことに義経は気が付いていないんじゃないか、と岳人は思った。

「あー、まあ血は止まったからいいけどよ…。いてて。」

岳人にしてみれば、エロのために悪い事したという引け目あり、義経に落ち込まれるとと居心地が悪くてしようがない。落ち込んでいるのが超ど級の美少女となると尚更だ。

困ってほおをかくと、擦り傷の上をかいてしまった。

走り回った間に乾いてくっついた血が爪の間に挟まる。これだけ血を流したのは久々かもしれない。最近はモモ先輩にいじられる時も痣になるだけだし、この前トラックにぶつかったときも血がでなかったからなあ。

無意識なのにこれだけのダメージを与えるとは。義経、そして学園の廊下、恐るべし。

「本当に申し訳ない。義経はこんなものしか持っていないが、少し待っててほしい。」

義経はポケットから取り出したハンカチを、水道まで走って行って水で濡らしてくると、丁寧に岳人の顔を拭いた。身長の関係で地面に膝をついている義経は、至近距離で岳人を見上げる格好になる。

その状態の岳人はというと、美少女のどアップという展開に顔を熱くさせながらも、義経の胸の谷間が見えないか目だけ動かして四苦八苦していた。義経は弁慶と違って制服をきっちり着ているので、残念ながら見ることはかなわなかったが…どこまでもブレない男である。

 

傷を上手に避けて、岳人の顔を拭いおえた義経は、ふうと息を吐いて綺麗な笑みを浮かべた。

「よし、きれいになったぞ!血が止まっていて義経は安心した。…あれ、島津君、顔が真っ赤だけれど、どうかしたか?」

「なんでもねえ、きにすんな!」

岳人は体の前でぶんぶんと手を振って否定した。

貴方の笑顔に見とれてましたなんて、たらしの大和でもないのに言えるかよ。

と、そのとき岳人は義経の手にあるハンカチが自分の血で赤黒く汚れていることに気が付いた。白地に可愛い鳥が刺繍されているハンカチは、既製品というよりは誰かが手作りで作ったようにみえる。

「ハンカチ、汚れちまったな。」

「あっ。」

岳人が指摘すると、義経は慌てた様子でハンカチを後ろ手に隠した。

「すまねえ。絶対買って返すからよ。手作りのモンにはかなわねえかもしれねえが。」

「そんな、気にしないでほしい。義経は島津君をこんな目に遭わせた上に、しかもこれから図々しいお願いをするわけだし。」

「だがよお…。」

「いいんだ。それよりも、その…義経が直江君たちの事を覗き見していたことは誰にも言わないで欲しいんだ。しかも近づいてきた島津君にも気が付かないなんて、不覚にもほどがある。このことが他の人に…弁慶に知られてしまったら、義経は恥ずかしくてもう生きていけない…。」

義経は力なく首を振り、両手で顔を覆ってしまう。指の隙間から見える肌は、先ほどの岳人に負けず劣らず真っ赤だった。

 

その様子は今まで大和に惚れてきた武士娘たちの様子にそっくりに見えた。

そして、『直江君を見ていたことを弁慶に言わないで欲しい』という言葉。これは親友と男を取り合って三角関係という、ギャルゲーお約束の展開なのか!

今まで繰り返してきた人生の中では義経が大和の彼女だったことはない。

それで確か、前回の人生では弁慶が大和の彼女だった。で、大和は義経から兄上と呼ばれていた。今回は弁慶(モトカノ)義経(いもうと)が大和を巡って…ぐぬぬ、ちょっとは苦労してしまえ、このモテ男野郎!

前の弁慶の時だって、うらやましすぎて何度血の涙をながしたことかっ。ちゃんと結婚式では祝福してやったけどよ!

全ての武士娘は大和に集まる。理屈はない。この世がそういう風にできているんだ。大和がファミリーの軍師で親友じゃなかったら呪い殺していたところだ。

 

とはいえ、やっかみの気持ちを全て捨て去るほど、岳人はできた人間じゃない。自分がした犯罪まがいのことを棚に上げ、義経をからかってやろうと、少しいじわるな質問を投げた。

「大和を?ははーん、義経ちゃんは、あいつに惚れたのか。」

「そ、そういうわけでは!」

「じゃあどういうわけだよ。正直に言ってくれたら、俺様も協力してやれるぜ。何せ俺様は大和の親友だからな。」

クリスが見たら『気持ち悪い』と物理的に一蹴されるようなにやけ顔で、岳人は義経を見下ろした。

「それは、その…義経にも色々事情があって。うー、とにかく黙っていてほしい。おねがいする、この通りだ。」

義経は顔を赤くしたまま、岳人に頭を下げた。黙っていたらそのまま土下座に移行しそうな勢いである。

岳人は焦った。校舎裏で美少女を土下座させる大男。誰かに見られていたらこの学校から追放間違いなし。ついでにモモ先輩やら九鬼から折檻されて人生が終わる。そんなつまんねえ終わりなんて嫌だ。早く義経に頭を上げてもらわないと。

「わ、わかった。誰にも言わねえよ。男の約束だ。」

「本当か!ありがとう、島津君。」

義経は心底ほっとした様子で、岳人の両手を取って言った。

「まあ、これからは気をつけろよ。」

「うん、不覚心に刻むよ。島津君、今日は本当に、本当にすまなかった。」

「傷は男の勲章っていうだろ?気にすんな。」

「ありがとう。では、義経は行く。島津君、また明日!」

「おう、またな。」

軽やかな足取りで駆けていく義経を座り込んだままの状態で見送って、深く息を吐いた。

岳人としては、怪我をしても、きわどい写真を撮ったことがばれて義経の好感度が下がらなかった分、もうけものだった。

いずれ大和のモノになるにしても、純粋で、しかも今までの人生に比べて好感度が高い義経に避けられるのは心にくる。

だったら写真を撮らなければよかったのに、とはならないのだが。

 

「さてと、じゃあ俺様もこの携帯電話を持ってヨンパチのところにでもいくか。」

岳人が腰を上げかけたとき、

「みーたーぞー、岳人。義経とずいぶん仲良くしてたなあ~。」

「げえっ、ヨンパチ!!」

いつからそこにいたのか、校舎の陰から恨みがましそうな顔を半分だけ出して、こちらをにらんでいる我らが童帝。ホラー映画の貞子のような黒い影が後ろに見えるような気がした。

「俺は、なんかネタになるようなブツを持って来いっていったんだ。それをお前は義経といちゃいちゃして…うらやましすぎるだろー!!お前なんか、お前なんか魍魎の宴から追放だあああああ!!」

「ま、まてよヨンパチ!義経は手当してくれただけなんだよ!ほれ、見ろよ、この俺様の傷を!」

学園生活におけるオアシスの魍魎の宴から追放されたら、岳人のエロい楽しみがほぼなくなってしまう。

必死で傷だらけの顔を指差しながら、ヨンパチに迫るが、ヨンパチは聞く耳をもたず。

「リア充なんか絶滅しちまえばいいんだあああああ!!」

と、血の涙を流しながら叫び声をあげてどこかへ走り去ってしまった。

岳人も必死で追いすがるが、超人的な足の速さを発揮したヨンパチに追いつくことはできず、がっくりと肩を落とした。

 

それからすぐ、魍魎の宴参加者に童帝から島津岳人の追放宣言がかかれた重要メールが一斉送信され、岳人は魍魎の宴に二度と参加することができなくなってしまったのだった。

 

岳人の手に残ったのは、携帯にばっちり撮られていた義経のきわどい写真のみであった…。




今回も楽しんで頂けてたら嬉しいです。
プロットの関係でいままでは格好悪い岳人ばかり書いていたのですが、次からはちょっとだけ格好いい岳人が出てきます。欠点はあるけれど、いい男の岳人をきっちり書いていけるよう、がんばります。


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俺様と水上体育祭1

のんびりまったり投稿
楽しんでいただければ…


6月 26日 

 

水上体育祭。 

それは、クラス対抗で豪華景品を争う本気の戦いであり、そして学長を初めとするエロい男たちにとっての一大イベントである。

岳人は自分の肉体美の活かせ、かつ美人の水着見放題のこの体育祭をを心の底から楽しみにしていた。

 

しかし、当日。岳人は自らの肉体を見せつけるでもなく、水着のねーちゃんを見てスケベな妄想をするでもなく…。制服姿のまま、競技で沸く海辺を尻目に、舞台設営要員の中心となって働いていた。

 

学長の不手際で舞台の床に使う板や、幔幕が痛んだカビだらけの状態で発見されたのが今朝の6時。

困った生徒会長が超人的な力でなんとかできないかと百代に泣きつき、百代が学長を怒りながらも軍師の大和に相談し、大和が使えそうな知り合いに声をかけて体育大会の会場に集合させた。この時点で午前7時。

いままでの人生でで建築系の仕事につくことが多かった岳人が腕を買われて臨時のリーダーに選出され、昼の水上歌合戦までに舞台設置完了を目指すことになったのだ。

 

「おい、追加の資材まだこねーのかよ!」

 

「ひげ先生に催促のメール送ったら、東大通りの渋滞に巻き込まれたって返事がきたぜ。しばらく時間かかりそうだってよ。」

 

「ちっ。早く来ねえと昼休憩までに完成するか微妙だぜ」

 

作業をしながら答えた準の言葉に、砂を蹴りあげる岳人。学校からかき集めてきた資材だけじゃどうあがいても足りない。

舞台では、昼休憩の間に水上歌合戦―水着女子限定のカラオケ大会-が行われる予定だった。クラスのポイントはつかないが、成績上位者には豪華景品贈呈ということで、かなりの人数の参加が見込まれていた。噂では、あの納豆小町も参加するとか。

しかし、舞台が完成しなければ、カラオケ大会は中止になる。

それは、断固として阻止しなければならないのだ。歌って踊る美女のために。岳人は燃えていた。

 

「東大通りだな!義経が走って取ってくる!」

 

「量が多い、一人じゃ無理だ」

 

岳人の補佐についている大和が義経を押しとどめる。

武士娘だけに重くて持てないことはないだろうが、いかんせん量が多く、持ちにくいものばかりである。

 

「なら、私も行くわ!」

 

「自分もいくぞ!」

 

「一子さん、クリスさん!」

 

「いや、二人増えたところで無理だから」

 

「まあ、私がいけば車ごと持ち上げて走ってくるには十分な戦力だろうな」

 

「姉さんまで…」

 

「これだけ頑張ったんだから、間に合わせたいだろ」

 

「…無茶なことはしないでよ」

 

「わかってるさ。ルー先生もいるしな」

 

百代がもう引かないと悟った大和が無言で肩をすくめる。犠牲になる宇佐美先生の事は考えないことにしたようだ。

百代はそれに獰猛な笑みを返し、3人に合図して走り出す。あっという間に姿が見えなくなった。

 

「女4人が車抱えて歩道爆走するってシュールな光景が現れるわけだ…」

 

針を動かす手を休めて遠い目をした準に、同じく紅白幕を舞台用に縫い直していた忠勝から注意が飛んだ。

 

「おいハゲ、サボってねえで手を動かせ」

 

「ハゲじゃねえ、こいつは剃ってるんだ!わかってるよ」

 

準は文句を返しつつ、手元の紅白幕に針を通し始めた。流石ユキのお母さん(?)、隣にいる忠勝に負けず劣らずのスピードで幕が縫われていく。

…女子がたくましい世界だと、男子も色々と大変である。

 

 

百代達の奮闘で、まもなく車ごと資材が到着した。

頭が痛そうな宇佐美先生を無視しつつ、生徒たちは大和の指示通りテキパキと動いて組みあがった骨組みに床板をはめていく。

岳人はいかれたスピーカーの電源ケーブルを取り外し、2芯ケーブルの先を電光ナイフで剥いたものをかわりにとりつけた。ケーブルの反対側にはコンセントを取り付け、電光ドラムに差し込む。

(前の人生)で似たような仕事についたことを思い出して、ちょっと懐かしくなった。

 

「モロ、マイクのスイッチ入れてみてくれ」

 

「わかった。あー、ただ今マイクのテスト中…ばっちりだよ、岳人」

 

「よっしゃ!!あとは舞台の上に乗せるだけだな」

 

「岳人、改造が終わった紅白幕かけるの手伝ってくれ」

 

「おう、任しとけ!モロ、床板の作業終わったら読んでくれ」

 

「了解」

 

「岳人、分裂してこっちも来てくれよー。俺もう疲れた~」

 

「んなことできるか!キャップはもうちょっと頑張れよ!」

 

「えー」

 

岳人はスピーカーのケーブルで誰かが転ばないように一度丸めてから、紅白幕を抱えている大和の所に走っていった。その後も次々と声がかかり、岳人は全力で走り回る。懸命に働く姿はまさに輝いていた。

 

その様子は普段の岳人しか知らない人からしたら予想外だったようだ。百代に声をかけられて手伝いに参加していた燕もその中の一人だった。

 

「島津君、モテモテだねえ。大和君たちだけじゃなく、S組や生徒会の人たちにまで取り合われちゃって」

 

「岳人はなあ…本当にいつもこうだったらモテるんだろうになあ」

 

傍にいた百代が溜息をつく。

小さなころからの付き合いで、岳人のいいところも駄目なところも知っているだけに嘆きには実感がこもっている。

 

「見境ないのがよくないんだよなあ。美人のチャンねーがいるとすーぐ鼻の下伸ばしちゃって」

 

「あはは。目線で体見てるのとかわかっちゃうもんね」

 

「そうなんだよ。大和もエロイけど、あまり顔に出さないだろ。それでまあ、女子の知り合いも多いんだけど、岳人はなあ。岳人をある程度コントロールできて、エロイところを気にしない心の広~い女子がどこかに転がってるといいんだが」

 

「中々そんな子いないよねえ。あ、でも、岳人君って男の子には人気なんでしょ?」

 

「良く知ってるな、燕。根は悪いやつじゃないから、普通にしていれば慕われるんだよ。信頼できる男友達の多さは一番だろうな」

 

「へえ~。それは凄いね」

 

手をとめてのんびり岳人の様子を観察する二人を発見した軍師から檄がとぶ。

 

「姉さん、燕さん、暇ならこっち手伝ってよ!時間がないのわかってるだろ」

 

「あ、ごめんね大和君。モモちゃんいこう」

 

「私としては、もうすこし休んでいたかったんだがなあ。仕方ない」

 

三年生組も復帰したことで(一人はかなりしぶしぶだったが)、舞台設営のスピードはさらに上がり、昼休憩の10分前に無事に舞台設営は完了したのだった。

『まにあったぞ~』

完成に喜ぶ生徒たち。生徒会所属の生徒たちの中には泣き崩れる者もいた。大会の運営サイドからしても気が気じゃなかったんだろう。

 

そのころ、完成した舞台の裏では学長と岳人が涙を流しながらがっちりと握手していた。

 

「島津岳人よ、よくやってくれた。これで水着のねーちゃんが歌って踊るさまを見られる。わしの寿命と健康も守られた」

 

「学長、いいんです。この企画を考えて実行までこぎつけた学長に、文句はありませんっ」

 

「そうか…その苦労までわかってくれるか…。」

 

「学長っ!」

 

幸い、この光景を見ていた者はおらず、岳人の株は上がったままであった。

 

 




水上体育祭という題名だけど、岳人が競技に参加するのは次話からになってしまいました。
義経との絡みも次にはもっと入れたいな。


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俺様と水上体育祭2

お気に入り、評価ありがとうございます。
今回も、すこしでも楽しんでいただけると嬉しいです。


昼休み。学長の計らいで特等席で水上歌合戦を堪能しながら風間ファミリーは昼食を堪能した。

 

一時は持ち歌の納豆ソングを披露した松永燕が優勝かと思われたが、燕にデレデレしている大和を見た京が発奮、飛び入り参加して優勝をかっさらった。

久々に本気の京の歌を聞いた風間ファミリーの面々は、歌に関して本気の京に勝つならプロの歌手でも難しいと、改めて思った。

その京は、表彰式後の優勝者のコメントの際に、全校生徒前で大和に告白したが、あらかじめ予測していた大和は京ルートを回避しお友達でいることに成功し、全校の男どもほぼ全員(岳人含む)からブーイングをもらっていた。

 

そして、歌合戦の優勝賞品『地元商店街で使える食事券』は、京の発案で風間ファミリーの体育祭打ち合げに使うことになった。『大和が告白を受けてくれたら二人きりで食事デートでもとおもってたんだけどね、ククク』とは、京の談であるが。なんにしても京様様である。

 

競技の方だが、午前中が終わった時点で、2Fの順位はS組、A組に次いで3位。主力がほとんどいなかった状態を考えると大健闘だ。

午後は得点の高い団体競技が多く、逆転優勝も夢じゃあない。

最初の競技は水上レスリング。各クラスから選ばれた選手2名が不安定な浮島の上で乱闘し、落ちずに残っていれば多くポイントが入る。

出場前に人脈を使っていち早く多クラスの選手を把握した大和の指示で、F組からは男子は岳人と忠勝、女子はクリスと一子が出場することになった。

 

「この水上レスリング部門は男女のどちらか優勝しないと、逆転がきつくなる。だからみんなには死ぬ気で頑張ってほしい。まず女子だけど、S組からは弁慶と不死川がエントリーしてる。弁慶と不死川が連携をとるとは思えない。クリスとワン子はスピードで攪乱しながら二対一になるようにしながら戦ってくれ。二人なら必ず勝てる」

 

大和の指示に、二人は頷く。大和としては、クリスが『二対一なんて卑怯だ、自分は正々堂々と戦う』とか言い出したらどうしようかと心配していたのだが、杞憂だったようだ。

 

「わかったわ!毎日お姉さまについて走っているんだもの、スピードでこの二人に負けるわけにはいかないわよね」

 

「それに、大和が信頼して自分達にまかせてくれたのだからな。騎士として期待には応えなければ。行ってくる」

 

やる気満々で二人は海上の浮島に向かっていった。二人の遠ざかる背中を見つめながら、大和は二人の前では見せなかった不安げな表情でため息をつく。

 

「不死川はともかく、弁慶はかなりの強敵だよな。うまく戦ってくれればいいんだけど」

 

「何言ってんだボケ。軍師が選んだ選手を信頼しないでどうすんだ」

 

「いてっ!あ、ゲンさん」

 

大和の頭を、女子の歓声とともに歩いてきた忠勝が強めに小突いた。忠勝にとっては、大事な幼馴染が信用されてないというのは看破できることではない。

 

「もちろん、信頼はしてる。ただ、普段のあいつらを知ってる分、心配もあるわけでさ」

 

「そうだとしても、弱気な顔をみせんじゃねえよ。今はお前が2-Fの大将なんだからな。胸張って立ってりゃそれでいい。俺たちはそれに全力で応えるだけだ」

 

忠勝らしい不器用な励ましだった。

 

「ありがとう、ゲンさん」

 

「礼を言われることじゃねえ。大将が弱くみられるとクラス全体がなめられるから言っただけだ」

 

「…ゲンさーん!」

 

フンと鼻を鳴らしてそっぽをむく忠勝。大和は感極まって抱きつこうとするが、忠勝にあっさりかわされため頭から砂地に埋まってしまった。

大和は、優しく抱きとめてくれてもいいじゃないか、でもそれだったら忠勝が忠勝じゃない、ツンデレな忠勝の良さは自分だけが知っていればいいのだ、と思った。…頭を打って少し錯乱しているようである。

 

「そんなことより、男子の方はどうなってんだ?」

 

「S組は与一と九鬼英雄がエントリーしてるよ。他のクラスはまあ、岳人とゲンさんの敵じゃないね」

 

「九鬼英雄か…」

 

口に入り込んだ砂をはきだしながら、砂だらけのまま立ち上がった大和。次いで体についた砂を手で払っていたら、さりげなく忠勝が後ろに回り込んで背中をやってくれた。やはり優しい。

 

「与一は、午前中のサボりでかなり弁慶に絞られてた。たぶん命がけで挑んできてる」

 

監視二人がいないのをいいことに、ダラダラ競技していたことがバレたらしい。

昼食中に、S組のほうから与一の悲鳴があがっていたし、負けたらさらに折檻が待っているとなると本気で優勝を取りにくるだろう。

 

「ま、いざとなりゃ島津が何とかするだろ。こんな競技はあいつにもってこいだ」

 

「ゲンさんも頑張ってくれないと困るんだけど」

 

「女子達みたいに連携はとれねえだろうが、やるだけやってやるさ」

 

忠勝はそういうと、片手をあげてどこかへ去って行った。

大和はその背を見送った後、岳人にも相手を教えてやろうとあたりを見渡したが、当の岳人はヨンパチとともに美女ウオッチングをしてたので、近づくのをやめた。忠勝の言っていた通り、相手が誰だろうと、岳人なら大丈夫だろうからと、自分の中でいいわけして。

 

 

 

水上レスリング女子の部は、まさに大和が予想した通り進行した。まず、乱戦の中で注意を怠った不死川を一子が先に落とし、最終的に弁慶対一子、クリスの二対一に持ち込むことに成功した。

その後、予想以上に速い弁慶の動きに苦戦するも、弁慶が一子を海に突き落とした時のわずかな隙をついて後方からクリスが渾身の体当たりをぶちかました。弁慶は踏ん張ろうとしたが、耐え切れずに落下。F組の勝利となった。

 

その様子を、より近くでみていた次の男子部門の選手達もおおいに盛り上がったのだった。

中でもS組の九鬼英雄が、滂沱の涙を流して一子に向かって手を振り続けていて、周囲の選手は引いていた。不幸にも偶然隣にいた忠勝も迷惑そうに片耳をふさいでいる。

 

「うおおおー!一子殿おおおお!惜しかったぞーー!」

 

「うるせえよ。なんでS組のてめえが喜んでんだ」

 

「一子殿の勝利は我がクラスの勝敗にも勝るのだ。それに、この敗北は今から我自身が取り戻すので、問題ない。一子どのー!お、今手を振ってくれた!次は我の番、しっかりとその目に焼き付けてください!」

 

浮島につかまりながら、苦笑しながら手を振りかえす一子を視界に入れて、英雄のテンションがさらに上がる。

忠勝はそれが面白くない。

 

「どこのアイドルのファンだ。けっ」

 

燃える九鬼英雄を放置して、離れた位置で準備運動をしている岳人のところに向かった。

 

「おい、島津」

 

「なんだ?」

 

「一子たちみたいな戦い方は俺らにはできねえ。各個撃破でいくぞ。それで、」

 

「九鬼英雄は譲れってことだろ」

 

忠勝の言葉をさえぎって、岳人はにやりと笑う。忠勝が一子に秘めた思いを抱いているのは知っている。どのくりかえしの人生でも、どんな結果になろうとも、一途に一子を想い、幸せを願っていた忠勝。その武士のような男らしさを、岳人は認めていた。

 

「与一とその他雑魚は俺様に任せな。思い切りぶん殴ってこいや」

 

意外な返答に、忠勝は驚いたようだった。だが、すぐ不敵に笑って岳人にむかってこぶしを突き出す。

 

「おう。直江の話じゃ、与一も命がけできてるらしい。余裕見せたまま格好悪く落ちんじゃねえぞ」

 

「誰に物いってんだ。拳での殴り合いでまけねえよ」

 

「フン」

 

ゴツン、と二人の拳が合わさった。

 

そして、水上レスリング男子部門が、いよいよはじまる。

 




見事、主役をゲンさんに奪われた岳人でした(笑)
競技に入ったらどこで切っていいかわからなくなったので、こんな感じに。






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俺様と水上体育祭3

いつもこの作品を読んでくださり、ありがとうございます。
今日も楽しんでいただけたら幸いです。


「いくぞ、まず島津をなんとかするんだ!」

 

『うおおおおお!』

 

開始の合図と同時に、クラス関係なくほとんどの男子生徒が一斉に岳人に襲い掛かった。男子勢の中では間違いなくトップクラスの岳人の相手は数で圧倒するしかないとわかっているからだ。

一方、狙われることを予測済みだった岳人も浮島の端から中央に陣取り、余裕の表情で男たちを迎え撃った。

 

「へっ、大人数でご苦労さん」

 

「その余裕もここまでだ、くらえ島津」

 

「決まりきったセリフしか言えねえやつには負けねえよっ」

 

顔面に向かって放たれたストレートを捕まえ、そのまま手繰り寄せて一本背負いで海に放り込んだ。海から大きな水柱があがり、派手な攻防に観客席から歓声が上がる。

 

 

岳人は大和とちがって避けることは下手である。

各クラスで選抜された運動能力が高い生徒たちの攻撃は全て岳人の体に当たった。しかし、彼の筋肉の鎧を破ることができずに手や足を痛めるものが続出した。

 

「ぐ、いってえ!やっぱりこいつ固いぞ!」

 

「あー、今なんか触ったか?全然効かねえなあ」

 

百代を筆頭に武士娘にどつかれる繰り返しの人生のなか徐々に身についた、壁越えといわれる耐久力は伊達じゃない。体を覆うしなやかな筋肉はダメージを通さず、いくばくかの衝撃を与えるのみ。それではいくら不安定な水上の浮島とはいえ、岳人を動かすことはできない。

岳人は効かない攻撃をもろともせず、趣味の筋トレで地道に培ったベンチプレス180キロの怪力を活かして、群がる男子生徒たちを片端から海に投げ入れて言った。

 

「このままじゃ、俺様無双で終わっちまうなあ。ゲンさんと九鬼英雄の一騎打ちを観戦して終わりかね」

 

手ごたえのない相手に自分たちの勝利を確信し、岳人の気がゆるむ。その一瞬の隙を見逃さない相手が、ここにはいた。

 

「…なめんじゃねえ、ゴリラ」

 

那須与一。天下五弓に数えられた彼も、また壁を超えた強さをもつ。不得手な接近戦とはいえ、普段は義経や弁慶、さらにヒュームなど人間を超えて化け物じみた執事たちと強制的に鍛錬を行っている彼だ。男子生徒の隙間を縫って横から岳人に接近し、みぞおちに膝蹴りを叩きこんだ。

 

「ぐっ」

 

的確な急所への強烈な一撃に、岳人の体がよろめく。振り向いて追撃しようにも、与一はすでに肉の壁の向こうへ退避していて手が届かない。

そして、与一の攻撃は萎えかけていた男子生徒たちのやる気をも復活させた。雄たけびをあげて殴りかかってくる男たち、それにかまけていると与一の接近を許して他とは段違いのダメージをくらう。

岳人も急所への攻撃は許さないが、それでも確実にダメージは蓄積されていった。

弓兵だけあり、動きが素早い。岳人の苦手なタイプだった。

 

「おい与一、男なら正々堂々と勝負しろや!」

 

「野獣と正面から殴り合うなど、愚か者のすることだ。人間は人間らしく、頭をつかって戦わせてもらうさ。敗北すれば姉御に何をされるか…」

 

そこまで言ってガタガタ震えだす与一。色々と台無しである。が、その状態でも足は止めず、先に倒すのは無理そうだった。

 

「ちっ、コノヤロウが。…てめえらは早くどきやがれゴラァ!」

 

「うわあっ」

 

岳人は乱暴に2人の男子生徒をまとめて抱きかかえて振りまわし、観客席側に放る。

その時にどちらかの海パンが指に引っかかって脱げてしまい、海パンを取ろうとした岳人にわずかな隙ができる。

水柱の向こうで女子の悲鳴が聞こえてきた気がしたが、気にしている余裕はなかった。

案の定、無防備になった脇腹に与一に一撃もらうが、与一が離れきるまえに顔面に海パンをぶつけることに成功し、胸がすっとした。

岳人は離れていく与一は追いかけずに、そのまま他の男子生徒たちに襲い掛かった。

与一がヒットアンドウェイを崩さないのであれば、最低限邪魔な障害―この場合は肉の壁になっている男子生徒たち―を早く除くことが大事だ。

F組の優勝がかかっている。それになにより、忠勝に大見得切った手前、小細工に負けましたなんて格好悪くてやってられない。

 

そして、もう一人のS組、九鬼英雄は離れたところから乱戦を見守っていた。英雄は小さなころ事件に巻き込まれたせいで肩を痛めている。戦闘は与一に任せ、できるだけ無理はしないようにというあずみの忠告を守ってのことだった。

 

「いいぞ、与一。そのまま島津を海に叩き落としてしまえ」

 

「後ろから高みの見物とはいい身分だな、九鬼」

 

「む」

 

背後からかかった声に英雄は眉をひそめて視線をやる。

源忠勝。英雄が一子に声をかけようとすると、さりげなく妨害してくる邪魔な男。同じ施設にいた幼馴染だというのは、調べて知っていた。自分の知らない想い人の姿を知る忠勝を、英雄が好きなはずもない。

 

「貴様こそ、劣勢の島津の加勢にはいかないのだな。あのままでは与一に負けるぞ」

 

「負けねえよ。あいつは、約束を守る男だ」

 

忠勝はこぶしを構えて英雄を挑発する。

 

「一騎打ちだ。まさか、落ちこぼれのF組から逃げるわけじゃねえよな、S組のエリート」

 

英雄も忠勝がそこそこやるとは知っていた。しかし、九鬼の後継者としては、挑まれて背を向けるという選択肢はない。気に食わない男と正々堂々と殴り合える数少ない機会である。英雄は、あずみの忠告を空の彼方まで投げ捨てることにした。

 

「フっ。わざわざ我に声をかけて勝負を挑んだこと、後悔させてやる。一子殿のまえで無様に散るがよい!」

 

「それはてめえだ、九鬼英雄」

 

両者は構えて正対する。忠勝が喧嘩で鍛えた適当な構えに対し、英雄が武術の基本の構えで待っているのが対照的である。

先に動いたのは忠勝だった。

なめらかな体重移動から顎を狙って左右のジャブ、そこから勢いをつけての回転蹴りをとっかかりに、怒涛の連撃を繰り出す。川神の不良程度であればすぐノックアウトされただろうが、相手は元武術四天王の姉を持つS組の王様である。忠勝のすべての攻撃を受け止め、いなしきってしまった。

 

「その程度で我に刃向うとは笑止!」

 

「くっ、」

 

忠勝が飛びのいた隙を素早くつめて、反撃とばかりに蹴りを放つ。

体勢が整う前の腹部を狙う重い攻撃に、忠勝は両手でガードしたものの浮島の端まで運ばれてしまった。ぎりぎりで踏みとどまるが、目の前にはすぐに英雄が距離を詰めていた。

英雄は忠勝に向けて、体をひねりながら渾身の左ストレートを放った。しかし、事故の影響が残っていた左肩は、英雄の思い(一子への想い)全てを支えきるには脆すぎた。

ビキリ

 

「ぐっ」

 

稲妻のように左肩に走った鋭い痛みに、英雄の攻撃が鈍る。おかげで忠勝はぎりぎりでそのこぶしをかわすことができた。忠勝の背後の海に、勢いのまま英雄だけが落下していく。

ゆっくりと近づいてくる海面を前に、しかし英雄は諦めなかった。雄たけびをあげてむりやり体を反転させ、右腕で忠勝の腕をつかむ。

 

「ふははは、九鬼英雄に諦めという文字はないのだ!」

 

「くそっ」

 

慌てた忠勝がふりほどく暇もない。慣性の法則に従って二人とも同時に海へ落ちて行った。

―九鬼英雄、源忠勝 脱落―

 

 

忠勝と英雄が同時に脱落したのほほぼ同時刻に、岳人も与一以外の生徒を全て海上に叩き込み終えていた。

 

「へへっ、ようやく一対一だなあ与一」

 

「くそ、化け物め」

 

「ははは、普段から真面目に鍛えている男は違うのだよ、与一くん」

 

利き腕をぐるぐるとまわしながらから、岳人は与一に向き直った。他の生徒を片づける家庭で顔面や顎に数発、腹部にもいいものをもらったが、うっすらと痣がうかぶ程度で済んでいて、まだまだ元気である。

一方、与一は無傷だったが、不安定な足場の上で慣れない近接戦闘を行っていたため大分息があがっていた。

近年稀にみる熱戦に、観客席も大盛り上がりだった。

 

「与一…負けたらわかっているだろうな」

 

「岳人、頑張って!」

 

「島津君っ、ファイトだよっ」

 

二人に向かって声援が飛ぶ。その中でも、めったにかけられないファミリー以外の女子からの応援が岳人の耳に入ってきた。慣れない黄色い声援に、岳人の体が硬直する。

岳人の鼻の下が伸びて、頬がゆるんだのを隙とみて、与一がつっこんできた。

 

「そこだ!」

 

「今回は、隙じゃあねえんだなあ、これがよ!!」

 

体力が消耗し、スピードが落ちてきた与一の攻撃をかわして、岳人はカウンターで首にラリアットをぶちかます。弁慶に脅されての焦りが与一の動きを鈍くしていたのもあり、女子たちの応援(ステータスUP魔法)を受けて威力があがった岳人の攻撃をまともに受けてしまう。

源氏のクローン、九鬼の秘蔵っ子である与一もこれは耐え切れない。意識を失って浮島の上に崩れ落ちた。

すぐさま学長が瞬間移動で現れて、与一の状態を確認する。

 

「那須与一、戦闘不能。よって、勝者は2-F、島津岳人とする」

 

「いよっしゃーー!!」

 

観客席で飛び跳ねている生徒たちに向かって、岳人は高々と手を突き上げたのだった。

わーわーと自分に降ってくる声援が心地よかった。

 




格好いいゲンさんと岳人を書けて満足です。
水上体育祭編は、あと2話くらいで終わらせられるかな。
そろそろラブコメ的な要素に入りたい…。


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俺様と水上体育祭4

いつもこの作品を読んでくださり、ありがとうございます。
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水上レスリングの男女優勝により、F組はS組と同点首位にたった。その後は両者一歩も譲らずまま、最終競技に持ち込まれた。

最終競技は、学長考案の種目『ごちゃまぜ借り物競争!!』である。

海岸からスタートして途中に浮かべてある風船を割り、中に入っている紙の指示通りの物を借りて、海の中のゴールまで走るというもので、普通の借り物競争と変わりない。

ただし、代表者全員の出走順はくじでクラスも学年も関係なく9人同士のグループふりに分けられるのだ。場合によっては同じクラスの者同士があたることもある。

借り物の内容も含めて、選手の運がかなり試されるものだった。

 

この競技において岳人は最終グループに入り、大和はその前のグループになった。

集合場所ににずらりと並んだ面々は、各クラスの代表だけあり有名どころばかりだった。なかでも、大和と同じグループは濃かった。矢場弓子、葉桜清楚、九鬼紋白、井上準、それに生徒会長までいる。

一方、岳人の入っている最終組はS組もいなければ女子が一人もいない、むさくるしい集団だった。運がいいのか、それとも岳人自信の女運の無さなのか判断に困るところだが、グループとしては当たりだろう。

 

「岳人、順番変わってくれないか」

 

「やだね。それに大和の方が俺様より足が速いだろうが」

 

「それはそうだけどさ。この面子じゃ俺も岳人もそう変わらないよ」

 

「せいぜい自分のくじ運を呪ってくれや。それに、俺たちが勝てば優勝だ、ヒーローになれるぜ?」

 

この競技では1位は30点、2位は20点所属クラスに追加されるが、3位以下は点数が入らない。現時点でF組はS組に20点の差をつけられている。皆の頑張りと、S組どうしがつぶしあってくれたおかげで、大和の岳人の二人の結果次第では逆転が可能だった。

 

「そういうのはキャップの役割だろう。それに、井上が2着以内に入れば岳人が一位になってもS組には勝てない。気が重いよ」

 

大和は周りの武士娘に鍛えられてはいるものの、回避能力以外は普通の男子生徒とそう変わりない。この面子で2位以内に入る自分の姿が想像できず、そっと胃を抑えた。

 

「ここまで来たら、なんにも考えずがむしゃらに走りゃあいいんだよ。お前が今まで全力でやってきたのは皆知ってんだから、誰も責めねえさ。あともうちょっと頑張れや」

 

岳人は激励のつもりで、強めに大和の背中を叩いた。

大和はよろめいたが、倒れはせずに叩かれた場所を痛そうに抑えて苦笑する。

 

「ちょっとは手加減しろよな。…行ってくるよ」

 

「おう、行ってきやがれ。俺様に楽させてくれよ」

 

多少は顔色が戻ってきた大和にこぶしを向ける。互いにこぶしを合わせて、大和はスタートラインに向かっていった。

 

 

 

 

 

「おう、大和、お手柔らかにたのむぜ」

 

偶然隣になった準が大和に声をかけてきた。スキンヘッドに光が反射して大和の目をやく。まぶしさに目を細めつつ、大和は答える。

 

「そうはいかない。F組の優勝がかかってるからな」

 

「ま、そうだよな。俺も全力で走れって若の指令があるからね。負けねえよ」

 

彼には珍しく鋭い顔つきでそういったのだが、あいにく光のせいで大和にはよく見えていなかった。残念である。

 

「選手同士のおしゃべりはそのくらいにして、そろそろ次のグループスタートさせるぞい。では、位置に…はついてるので、スタートじゃ!!」

 

学長のスタートで準を含む数名がずっこけている間に、大和は先手を取る。必死に走って1位で風船のところに到着することができた。

 

「各選手順調に風船をゲットしてますね。あ、ちなみにここからの解説は納豆小町こと松永燕と」

 

「走り終わった武神こと川神百代がお送りします。今のところ大和が一位で、清楚ちゃんが2位か。水をきって走る文学少女、震える果実、たまらないなあ」

 

「モモちゃん、セクハラ発言禁止だよ。」

 

「すまん、つい。さて、この競技はここからが大変だぞ。いったいどんなお題を引きあてたのかな」

 

大和が引いたのは『タイヤ』

持ちにくいし、借りるにしても難しい。はずれの方をひいたかと、大和は内心舌打ちする。

一瞬自動車のタイヤか自転車のタイヤを外して持ってくることを考えたが、そういえば舞台設営の際にいったゴミ捨て場に、ゴムタイヤが数個捨てられていたのを思い出した。

ゴミ捨て場は本部のすぐ裏にある。ボランティアも何かの役にたつものだと考えながら、大和は再び走り出した。

 

 

一方ライバルの井上準も、風船を割ってお題を手に入れていた。紙にかいてあったのは、

『身長150センチ以下の女子

―ただし自クラス以外―』

である。これもかなり難しい課題だった。男子に取って他クラスの女子を借りるだけでハードルが高いし、川神学園は女子の平均身長が高く、150センチ以下の生徒は数える程度しかいない。そして、数少ない小さい女子生徒、九鬼紋白は同じレースに出ている。

普通の生徒であれば諦めてもおかしくない課題だったが、これを引いたのはロリコニアの住民、井上準である。

準は一度目をこすってお題を確認する。自分の願望が幻をみせたのかと思ったからだ。

そして、見間違いじゃないと確認したあとの準のテンションは凄かった。

 

「ひゃっほーう!」

 

準は奇声をあげて猛然の2Fの席に向かって走りだした。目は血走っていて、顔を見てしまった生徒がひい、と悲鳴をあげる。

しかし、準は気にしない。頭の中は、ルールの中であこがれのあの子に近づける、そのことでいっぱいだったから。

 

「委員長どの~!!ぜひこの井上準にご協力くださいっ!!」

 

「え、ええっ!?」

 

頭を地面に擦りつけて、砂を巻き上げながらの、ジャンピング土下座。周りの生徒に砂埃を浴びせながらも、対象の委員長こと甘粕真与には全くかかっていないのはさすがというべきか。

 

「委員長の身長は149センチ。俺が引いたお題は150センチ以下の女子!どうかよろしくおねがいしますっ!」

 

「ちょっと、なんで真与の身長を知ってんのよ」

 

さりげなく真与をかばう位置に立ちながら、親友の千花が尋ねる。真与はまだ状況についていけないのか、口をあけたままぽかんとしていた。

 

「甘粕委員長の身長は目測で計測済みだ。測れるデータについては、全て把握しているといっても過言ではない!!」

 

準の大声に、F組だけではなく周辺の生徒たちが一斉に黙り込んだ。普段準とつるんでいる冬馬も小雪も、どうしようもないな、という顔をしている。

 

「委員長、こいつ危ない系……」

 

黒子の一言に全てが現れていた。

ロリコン趣味だという噂は薄々知っていても、間近で実際に感じるのとはわけが違う。みんなドン引きである。

現にS組のほとんどの生徒も汚物を見るような目で準を見下ろしていた。

 

「F組よ、貸す必要はない。今回はこいつを選んだこなたたちの負けじゃ」

 

「不死川あ!お前俺と同じクラスでしょ。味方でしょ。わかってんの?」

 

準は地面から顔をあげて心を怒鳴るが、心も負けずに怒鳴り返す。その顔はちょっと涙目だった。

 

「うるさいわ!こなたは今ほどお主と一緒のクラスであるということを恥ずかしく思った事はない。とっとと病院に行くがよい!」

 

「これでも準は医者の息子ですからねえ」

 

「ロリコンにつける薬はないのだ~」

 

「ひどいっ。俺だって自分のクラスのために必死に頑張ってるのに、そりゃないわ……」

 

散々に言われて、よよよ、と泣き崩れる真似をする準。気持ち悪いだけで全く効果がないものかと思われた。

しかし、『クラスのため』と聞いて心優しい彼女が動かないわけがない。

 

「そうですよね。クラスのために頑張る。それを聞いて動かないわけにはいきません」

 

「真与!?」

 

「それが、他のクラスであっても。だって、私は委員長なのですから。競技の進行に協力するのは、委員長の義務です」

 

真与は千花の手を払いのけて前に出ると、土下座した準に視線を合わせるようにしゃがみ込んだ。その姿にはまさに後光が差していたと、後に準は語る。

 

「一緒に行きましょう、井上さん」

 

ふるえる手を、差しだす。それを見た時、準の中にある大事な何かが、爆発した。

 

「安心してください。この井上準、どこまでも、あなたをお連れします。いざゆかん、我々のゴールへ(ロリコニア)へ」

 

「えっ」

 

真与の膝の裏に左腕を、背中に右手をうやうやしく添えて抱え上げる。いわゆる『お姫様抱っこ』の形だ。真与と周囲の生徒が素早い動きに対応できないのをいいことに、そのままゴールにむかって爆走する。

 

「ちょ、井上さん、この格好は恥ずかしいですぅ」

 

「しっかりつかまっててくださいね、委員長。今はこの旅を楽しみましょーう」

 

バランスを取るためにとっさに準の首に腕を回してから、自分の体勢に気が付いた真与が真っ赤になりながら抗議する。しかし、準は取り合わない。

真与は早くも準に協力するといったことを後悔していた。

 

そして準は、右足が沈む前に左足を出すという、神業のような走り方で、先行していた集団を一気に抜き去る。とても人をお姫様抱っこしているスピードじゃない。

実況も予想外の展開に、声を張り上げた。

 

「今一位で清楚ちゃんがポットを持ってゴール!やはり足が速かった。次にゴールに近いのはうちのクラスの弓ちゃん、続いてモモちゃんの舎弟の大和君が続いている!しかし、ここでビリだった2Sの井上君が猛チャージをかける!借りるのに手間取った時間を取り戻せるかっ」

 

「あいつあんなに足早かったのか。これはぎりぎり2位狙えるぞ」

 

タイヤを抱えて先行していた大和を抜き、弓子の背中を目の前に捉える。

実況で準が上がってきたのに気が付いた弓子も必死に足を前に出す。彼女が引いたのはボールペン。これだけいいものを引いて、人ひとり抱えた下級生に負けるわけにはいかない。

 

「うおおお~!」

 

「抜かせないで候!」

 

弓子が必死に体を伸ばしてゴールに飛びこむのと同時に、準が駆け抜けた。ゴールの横に立って勝負を見守っていたルー先生がすかさず声を張り上げる。

 

「2着が矢場さん、3着が井上君。井上くんは、0.001秒の差だったよ、惜しかったね」

 

「なん、だと…。いや、しかしまだ先輩の判定が終わっていない!先輩が失格なら俺が繰り上げ2位にっ」

 

かすかな希望を捨てず、準はしっかりと真与を抱えたまま借り物の判定を行う小島先生を見る。

しかし、現実は無常だった。

 

「矢場弓子、合格」

 

「当然で候」

 

死刑宣告を受けたように、準はがっくりと肩を落とした。

準がうつむいたせいでで顔が触れるほど真与は、小さい手で必死に準の頭を押しやろうとしているが、動かない。

順位よりなにより、早く準の腕から解放されたかった。

 

「井上くん、競技が終わったので離してください」

 

嫌がる真与の様子をみて、観客席からブーイングが上がる。

 

「おい、委員長嫌がってるぞ」

 

「井上やめろーー!」

 

「……与一」

 

「わかってるぜ、姉御」

 

ざわめく観客席の中、弁慶の指示で、与一がどこからともなく取り出した弓に矢をつがえて引き絞る。

きりきりと自分を狙う矢には気が付かず、準はその状態で目を閉じて真与に謝った。

 

「委員長、せっかく協力していただいたのに、ふがいない結果で申し訳ない……」

 

「あ、あはは。気にしないでください。それより、恥ずかしいのでできれば早くおろして頂きたいんですけど。あと離れていただけると……」

 

「いえ、委員長のことは自分がこの状態のままきちんと客席までお運びしますので」

 

「い、いいです。自分で歩いて帰ります」

 

「いやいや、遠慮せずに」

 

「遠慮じゃないですよぅ」

 

途方にくれた真与が完全に涙目になった瞬間、与一の手から矢が放たれる。

 

「永劫に解けない呪いに侵された者に罰を…Go to Hell」

 

「ふごぶっ!」

 

矢はまっすぐ準の後頭部に命中し、その威力で準は意識を失う。ぐらりと準の体が前に傾き、真与を押し潰す形で海面に倒れそうになる。

 

「わわっ!」

 

「委員長!」

 

しかし、そこでようやくゴールした大和が間一髪で真与の腕をつかみ、助け起こした。

 

「どこも痛めてないか!変なことされてない?」

 

「直江君。ありがとうございます」

 

タイヤを投げ捨てて、駆け寄ってくれた大和に真与は浮かんだ涙をぬぐって頭を下げた。心の中は安堵と感謝でいっぱいだった。

一部始終を見ていた生徒たち―Sクラスの人からも―歓声があがった。その中心にいる与一はというと、またくだらぬものを射ってしまった、といつも通りニヒルに決めポーズをとっていた。

 

 

…そして、倒れて海に沈んでいく準を助けようとする者は誰もいなかったのだった。

 

 




難産でした。そして長くなってすみません。

早く岳人のシーンに入りたかったのに、準が暴走してしまって、収まりがつかなくなり…結局こんな長さに。
この組はもっとダイジェスト風に流すつもりだったのに、なぜこうなったのか。

でも、委員長の尊い犠牲で、このあとF組の選手がSクラスに借り物に行っても断られない空気になったので…。



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俺様と水上体育祭5

お待たせしました。水上体育祭編、最終話です。


大和は点を取れなかったものの、井上準が2着を取れなかったせいで、いよいよ二年の一位争いはわからなくなった。

Fクラスの勝利条件はただ一つ。岳人がトップでゴールすること、ただそれだけである。

がぜん、岳人のテンションもうなぎ上りだ。

 

「これで俺様がトップとりゃ、うちのクラスは優勝。単純でいいなあ、やる気が出てくるぜ」

 

ぐるぐると腕を回しながら、岳人がスタート位置に着く。

他の学年はとっくにSクラスで優勝が決まっているためか、同じグループの生徒たちからはあまりやる気を感じられない。

学長は遠くからスタートラインに並んだ面子を眺めて、ぽつりと言った。

 

「うむむ、最終組はむっさい野郎ばかりじゃのう。わし、ちょっとやる気がでないんじゃが」

 

「学長!マイク入っているんですカラ、発言には注意してくださいネ。だいたい、籤に文句言ったって始まりませんヨ」

 

「聞こえたって、かまいやせん。はあ……最後に水しぶきを上げながら輝く女体がみたかったのう。スタートじゃ!みんなきばれい」

 

「げっ、そんなのありかよっ」

 

眉を下げてつまらなそうに言う学長。流れでスタートの合図まで言ってしまう。

慌てて選手たちが飛び出していく。

しかし、ぼーっと話を聞いていた岳人は反応がおそくなり、数メートル他の生徒たちから遅れてしまった。

確かに、水しぶきを上げる女体、プルプル揺れる果実は最高だよなあとか考えているんじゃなかった。

岳人は必死に腕を振りながら、全力で前を目指す。

 

「各選手、ほぼ同時に風船のところに到着しましたっ」

 

「出遅れた2-Fだけまだ遠いけど。岳人の事だ、じじいの言葉でエロイこと連想して遅れたんだろ」

 

「いやいや、流石にそれはないんじゃないかな。2-Fにとっては優勝が決まってる、大事なレースだよん?」

 

「いや、あいつはそういう奴なんだ」

 

解説席で腕を組み、ジト目で岳人を眺める百代。

長く接しているだけあり、岳人の内面をしっかり把握している。

一方、付き合いの短い燕は首を傾げていた。

 

「そうかなあ?」

 

「うん。ま、これは借り物競争だからな。このくらいの差はなんてことない。今までのレースもそうだったけど、籤運が良ければ一気に逆転もありうる。当たり前だが、最後まであきらめずに走ることが大事だな」

 

美女二人の解説が流れる中、ようやく岳人が残った風船のところにたどり着く。

 

「はあ、はあ……頼むぜ、いいやつ来てくれよ」

 

他の生徒たちは既に借り物を探しに散っている。

それを横目で見ながら、岳人は自慢の握力で、風船を割る。中から出てきた紙を開くと、こんなことが書いてあった。

 

 

 

『2-Sの武士娘(美人)』

 

 

 

「な……」

 

岳人は青ざめた。運が悪いにもほどがある。

思わず、お題を書いたであろう学長を見ると、岳人に向かってピースサインを返してきた。

ふつうならこの距離で紙の文字が読めるわけがないが、なんかあの学長ならあり得そうでいやだった。

 

「なんてアホなこと考えてる場合じゃねえ、なんとかしねえと」

 

岳人は一度平手で自分の頬をぶったたいた。最大出力で叩いたため、傷つきにくい岳人の頬といえど赤くはれ上がった。

ズキズキと痛みが酷かったが、おかげでいくらか冷静になれた。

 

 

(不死川、榊原あたりは完全にむり、あとは源氏組……弁慶は駄目だろう。だが、義経なら上手く話せば借りられるかもしれん)

 

 

何せ、先ほどのレースで甘粕真与がS組に協力している。まだS組に染まり切っていない義経であれば、岳人に協力してくれる可能性がある。

 

「うおおお~!!」

 

岳人は少しでも後れを取り戻そうと、よりいっそう激しく走った。汗が水しぶきと混ざって飛び散り、鍛え上げられた筋肉が躍動する。

E組の男子の熱烈な視線をもろともせず、岳人は2-Sの応援席の前に滑り込む。目を丸くしている義経を見つける、目の前に行って土下座する。

 

「義経!後生だから俺と一緒にはしってくれ!頼む」

 

「ええっ!!」

 

先ほどの井上準のジャンピング土下座に勝るとも劣らない勢いだった。

目を白黒させながらも、義経は岳人に差し出された紙を受け取る。内容を理解した時、ボンっと義経は頭から火を噴いた。

 

「そそそそんな、義経がこのお題で走るなんて……万が一不合格になった時に申し訳ないし、」

 

「いやいや、絶対不合格になんかならねえから大丈夫だ!!」

 

「えっと、それにこのお題なら弁慶の方がよっぽど適しているというか、なんというか」

 

「えー?わたし?なんて書いてあるのさ」

 

真っ赤であたふたしてる主に弁慶はゆったりと近づいて、その手元を覗き込む。

 

「あー……ウチのクラスの美人の武士娘ねえ。確かに私も合格するけど、走るのヤダ」

 

「弁慶~」

 

「第一、島津が勝ったらうちのクラス負けちゃうからね~。まあさっきうちの井上が迷惑かけちゃったから、誰かが協力するっていうなら文句は言わないけど」

 

「こなたもとうぜん走らないのじゃ。……そちらのクラスの委員長には悪かったがの」

 

「お前にゃあ最初から期待してねえよ、不死川」

 

「なんじゃと!このゴリラめが」

 

「頼むよ、義経。俺と一緒に来てくれないか」

 

両手を振り回して怒る不死川を無視して、岳人は尚も頭を下げ続ける。

 

「島津くん……」

 

岳人の必死な様子を見て、義経は迷っているようだった。黒の瞳が不安に揺れている。

その背中を押したのは、意外にも弁慶だった。

 

「ま、義経なら不合格になることは絶対ないからさ。2-Fに借りを作ったまんまって言うのも癪だし、走ってやってもいいんじゃない?」

 

「弁慶」

 

「ま、義経に変なことしたら後で殺すけど。そのくらいの覚悟はあるんだろう?」

 

「変な事なんかしねえ!神に誓ってな」

 

「……」

 

義経は目を閉じて、一つ息を吐く。次に目をあけた時には、決意の炎が燃えていた。

 

「頭を上げてくれ、島津くん」

 

「義経」

 

「Sクラスではあるが、この義経、島津君に力を貸すことにする。ただ……ゴールで不合格になっても勘弁してほしい」

 

「サンキュー義経、恩に着るぜ!!」

 

岳人はガバリと立ち上がり、義経を促して共に走り出す。

これがモテ機能付きの大和であれば、紳士らしく手を取ってエスコートしても許されるのだが、悲しいかな、岳人にはその能力がない。視界の端で既に与一が弓を構えているのも見つけてしまった。

心の中で泣きながら、それでも岳人は走る。

 

 

「場面変わってこちらは放送席の松永燕です。現在トップは1-C、それから3-Aがわずかな差で続いてる状況です。他のクラスは借り物選びに難航中かな?一番遅れていた2-Fが3位に上がってきてますなー」

 

「とはいえ、前の二組との差はかなりあるぞ。……しかし、義経ちゃんの走る姿は可愛いな~。岳人、良く説得した。GJ」

 

「もー。ももちゃんたら、助平なんだから」

 

「じじいよりはマシだろ。こうやって見てると素直な気持ちがでちゃうんだよ。……早く可愛い義経ちゃんと闘いたいなっ」

 

「そっち!?」

 

放送席の漫才は、もちろん選手たちにも聞こえている。

 

「ちっくしょ、モモ先輩達は気楽でいいなあ」

 

前の2組はよほどいいものを引いたらしい。後ろから見ると、手ぶらで走っているように見えるのだ。

このままじゃ、追いつく前にゴールされてしまう。走っても走っても縮まらない距離に、岳人はつい愚痴ってしまった。

 

「島津くん……」

 

その愚痴は、もちろん隣を走っている義経にも聞こえた。

 

「島津くん、勝ちたいか?」

 

「あ!?当然だろ?男は勝負に出た以上、常にトップを目指すもんだ。それがたとえ、体育祭の借り物競争であってもなあ!!」

 

「そうか」

 

義経にも、実は助っ人としてのプライドがあった。

しかしこれは借り物競争である。借り物の身分で出しゃばりすぎるのもよくないと、岳人のペースに合わせていた。が、借りた相手が勝ちたいというならば、それに応えるのが借り物の役目だ。

 

「島津くんのその心意気、義経は買った!ここからは全力でいくぞ」

 

義経はためらいなく、岳人の手の平をにぎった。

女の子独特の柔らかな感触に岳人がどきりとする暇もなく、義経はローになっていたスピードギアを、一気にトップギアまで引き上げた。

以前と同じように、岳人の体はものすごい力で引っ張り上げられ、宙に浮く。

 

「おおお!?」

 

びたびたと何度も岳人は水面に叩きつけられている。鍛えられた筋肉であってもノーダメージではいかず、すでに皮膚が真っ赤だった。まあ、引っ張られているのが岳人以外であれば、水面に数度ぶつかったあたりでスプラッタな絵面が展開だっただろうけれど。

そして、かなりの抵抗があるはずなのに、負荷を感じさせない軽やかな走りで義経はぐんぐん前を追っていた。

手をつないだ二人組は、みるみる前二人に近づいていった。

そして、大男が美少女に引きずられるという予想外の展開に、観客席からは悲鳴や歓声が混じった声が響いてくる。

放送席でも、燕がマイクを握りしめて大声を上げていた。

 

「おおー!なんと借り物が借主を持って走るという異常事態が起こっている!!さすが義経のクローン、予想がつかない動きだっ。てか、あれゴールしても大丈夫なのかな?認められるの?」

 

「選手と借り物が一緒にゴールすればいいというルールだからな。問題ないだろう。な、じじい」

 

百代がスターターの位置にいる学長に問いかけると、学長は頭の上に手で大きく丸を作った。

どうやらオーケーのようだ。

 

「ってわけだから、前の2選手は今以上の速さで逃げなきゃいけなくなったな。本気の義経ちゃんにあっと言う間に抜かれるぞ。可能なら、の話だが」

 

「確かにね~。……あ、話しているうちに2選手ともあっさり抜かれてしまいました。その勢いのままゴール!劇的な幕切れになりましたっ」

 

「これは、普通の男の走力じゃあ太刀打ちできないな。上手く義経を乗せた、岳人の作戦勝ちってところか」

 

 

作戦なんか何もなかった。そう返す気力もないくらい、岳人はぼろぼろだった。

義経は走り切った達成感からか、満面の笑顔である。まだ手をつないだままなのに、岳人の状態には全く気が付いていないようだ。

 

「島津、力尽きているところ悪いが課題を見せろ」

 

「……うす」

 

最後の気力で立ち上がった岳人は、判定員の小島先生に課題の紙を手渡す。

持ち主がぼろぼろだというのに、紙は一つ折り目がついているだけできれいなものだった。

小島先生は紙を開き、義経を一瞥した。

 

「ふむ、全く問題ない。島津岳人、合格!!」

 

わっと、2-Fの観客席から歓声があがる。2-Fの総合優勝が決まった瞬間だった。

一方、負けたというのに、2-Sの面子はどこか納得したような複雑な顔をしていた。ようやく生還したハゲが、居心地悪そうに隅っこで正座している。2-Sの負けは、おおよそこの男がやらかしたせいだと全員が思っているからだろう。

 

そして、小島先生の言葉を聞いた義経はほっと胸をなでおろしていた。本人は、美人のところで引っかかったらどうしようと、本気で心配していたからである。

 

「よ、よかったー。義経はどきどきした。よかったな、島津くん……うわ、どうしてそんなにぼろぼろなんだ!?」

 

ようやく相方の岳人の状態に気が付いたらしい。手をぱっと放して、あたふたとする義経を岳人はジト目で見る。そして、大きく息を吸い込み、叫んだ。

 

「それはなあ……義経がゴールするまでの間、俺様は何度も水面に叩きつけられたからだよ!!!めちゃくちゃ痛え!!でも一位とれたのは義経のおかげだ。ありがとよー!!」

 

「うわわ、なんだかよくわからないけど、ごめんなさーい」

 

義経の涙声が海辺に響く。

 

 

学長は、長いひげをいじりながらその様子を見ていた。

 

「ふぉっふぉっふぉ。若いもんは元気でええの~。水上体育祭、これにて閉幕じゃ!!」

 

 

 

 




更新停滞中も感想等々で励ましをくださり、本当にありがとうございました。
おかげで、なんとか心折れず、この話の投稿に結びつきました。

というわけで、Fクラス優勝です。
当初は、岳人がパニックのまま義経をお姫様だっこする、というような話を想定していたのですが、どうしてもキャラが動いてくれず。諦めてキャラが動くに任せたらここまで書くことができました。
義経が嫌だったのか、岳人がシャイだったのか(笑)困ったもんです。

これからもマイペースな更新になると思いますが、気長に見守ってくれると幸いです。


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外伝
お正月編1(仮)


attention!
この話は、本編よりかなり未来の話になっています。(岳人と義経は既につきあっています。)
また、大和×弁慶をにおわす描写があります。


それでも呼んでくださる皆様が、すこしでも楽しんでくれますように。 



1月3日

 

年明けの正月休みだけあり、七浜のショッピングモールは初売りを楽しむ人たちでごった返していた。

アーケードの前、流れていく人ごみの中で、岳人は自分の彼女-義経を待っていた。

約束した10時はとっくに過ぎている。

 

「おっかしーな。寝坊でもしたか…」

 

義経に限って事故はないだろうし、初売りが楽しみすぎて夜眠れず、寝過ごしたという可能性の方がたかそうだった。

 

 

一日の初詣の時も、義経の性格を考えてかなり早めに待ち合わせ場所の川神院前に行ったのに、義経はとっくに先に来ていたのだ。

赤い振袖姿で顔を輝かせて走ってくる義経はそりゃあとても可愛かったんだが、握った手がすっかり冷たかったのは焦った。

よく見たら鼻が真っ赤だし、手はかじかんで細かく震えている。

寒いから中に入って待っていればよかったのにというと、

 

『早く岳人君に会いたかったんだ。ここにいたら、すぐにわかるだろう?』

 

とか、はにかんだ笑顔で言われてしまっては真っ赤になってだまりこむしかなかった。

とにかく体をあっためねばと義経の手を引っ張って川神院に入り、京が売り子をしていた甘酒を体があたたかくなるまでがぶ飲みさせた。

その結果甘酒に酔ってしまった義経は岳人の腕を抱きしめて思いきり甘えモードに入り、駄々をこねたり絡んできた燕先輩に嫉妬したりと…まあ普段見れない一面を沢山見られて幸せだった。

来年は自宅で甘酒を飲ませたら、もっと凄い物を見られるかもしれない。

そう、たとえば今はできないあーんなこともこーんなことも…。

と、岳人の思考がずれたところで、年末に買い替えたスマートフォンが震えてメールの着信を知らせてきた。

…義経からの連絡だろうかと思ったら弁慶だった。嫌な予感がしつつも本文を開くと一言だけ

 

≪義経はもらった、午前中は渡さない≫

 

と書いてあった。

 

「…は?」

 

その直後に

 

≪なぜか弁慶がだきついて離れてくれなくてでかけられない(><)。本当にすまな

い。≫

 

と、義経からメールが届く。

そういえば、今日は大和が帰国した両親と出かける日だった。彼氏である大和がいない寂しさに義経を拉致したのか。あの二人、正月から今朝までいちゃいちゃしてたはずなんだが。

大和が、弁慶はちょっとさびしがりだからと言っていたが、これはちょっとじゃないだろうと頭を抱える。

 

とりあえず、義経には≪あまり気にするな、近くにきたら連絡くれ≫と返信をする。

で、弁慶には≪早く返せ≫と送っておいた。

 

「あー…」

 

そして、岳人は大きく天を仰ぐ。これで午前中一杯は時間が空いた。弁慶相手に強く出れないことはわかっているので義経を怒るつもりはないけれど、楽しみにしていた分凹むのは仕方がない。

さっきまで視界に入っても全く気にならなかったリア充共に、無性に腹が立ってくる。

 

「いかん。このままだと俺様の精神が崩壊する」

 

いきなり負け組に突き落とされた苛立ちが、体の内側でふつふつと膨れ上がるのを感じる。

川神なら路地に入れば喧嘩相手が腐るほどいるんだがな、と物騒なことを考えつつ、岳人は手近なファミレスに移動することにした。

 

 

 

食事をするのは中途半端な時間だからか、ファミレスの中は空いていた。

岳人も特に腹は減っていなかったが、むしゃくしゃしていたのでとんかつ御膳をかっこむことにする。

 

「すんません、注文いいすか」

 

「かしこまりました」

 

制服を閃かせて、女性の店員さんが優雅にむかってくる。その姿をみた瞬間、岳人の頭の中から苛立ちやらなんやらが一気に吹っ飛んだ。スタイル抜群、胸も、義経よりかなり大きい。

ダメだとわかっているが、生唾を飲み込んでついみてしまう。

 

「ご注文は?」

 

「とんかつ御膳とドリンクバーで」

 

「とんかつ御膳とドリンクバー1つですね。最初のお飲物決まっていたらお持ちします

が」

 

「コーラ」

 

「コーラですね。かしこまりました」

 

店員さんはそんな岳人に対しても嫌な顔をせず、きれいな笑顔を一つ残して戻って行った。

岳人はしばらくぼーっとしたまま後姿を追いかけていたが、すぐにはっと我に返る。

いかん、こんなところを義経に見られたらまた落ち込ませてしまう。義経は岳人が鼻を伸ばしていると怒らずしゅんとしてしまうのだ

 

「おにーさん、一人なの?」

 

「へ?」

 

その後ろの席からまだ幼い声をかけられて、岳人は振り返る。制服を着た女学生3人がにやにやしながらこちらをみていた。多分中学生だろうが、髪を染めていたり派手なマニキュアをしていたりと、体型以前に岳人の好みじゃない。

とはいえ、女の子に話しかけられて無視するという選択肢は岳人の中にない。ぶっきらぼうに、返事だけはする。

 

「関係ねえだろ。」

 

「いやー、店員さん相手に鼻を伸ばしてる寂しい変態見たらかわいそうで声かけちゃうってー」

 

「うちら優しいからねー」

 

「ねー」

 

「余計なお世話だっつの」

 

「あはは、図星だー」

 

「おにーさん、格好いいのに勿体ないよね。どうせ彼女なしの童貞でしょ?」

 

「今日はナンパしにモールきたけど、収穫なしでここに入ったとみた」

 

「でもまだ午前中だよ。諦めるのはやくない?」

 

矢継ぎ早に侮辱されて、流石に岳人も黙ってはいられなかった。

 

「お前ら、流石に俺様に失礼だぞ」

 

「あ、怒っちゃった。ごめんなさーい」

 

「あはは、一人称俺様とかマジうけるわー」

 

そこらにいる不良なら震えあがるような殺気にもまったく気が付かない。全く悪いと思っていない態度で、彼女たちはケラケラと笑う。

 

「でも、おにーさんイイカラダしてるよね」

 

「うちらもさー、買い物しちゃって暇だし懐もさむいんだよねー。いくらか出してくれ

るんだら、相手してあげてもいいけどー。」

 

人がいないとはいえ、昼間のファミレスで堂々と援助交際を持ちかける女学生たち。そのうちの一人が、岳人に見せつけるようにシャツの胸元を開く。

 

「うっ」

 

好みじゃなくても、見たくもないと心では思っていても、広げられた胸元に視線がいってしまう。

流石に自分で自分がちょっと情けなくなった。

 

「うちら、ぴっちぴちだし。一生童貞で終わるよりはいいんじゃないかな」

 

もう一人も流し目で岳人を誘惑する。

義経と付き合う前だったら、かなりぐらりと来たかもしれない誘いだ。しかし、彼女持ちの今は鼻で笑うような誘いだった。

島津岳人は、今は男の性に振り回されるだけの野獣ではないのである。

 

「誰がするか、第一俺様にはれっきとした…」

 

「申し訳ないが、この人は義経が予約済みだ」

 

突如現れた美少女に、女子学生たちは言葉を失う。

今日の義経は珍しくパンツスタイルで、ボーイッシュにまとめ上げていた。岳人の肩に手を添え、笑顔を浮かべながらも周囲の人を固まらせるような冷気を放っている。正直怖い。岳人は冷や汗が止まらなかった。一体いつから聞いていたのか。そもそも午前中は来られないのではなかったのか。弁慶のメールから全て仕組まれていて、義経が自分の行動を遠くからずっと見ていたとしたら。

うん、俺様終わったな。

 

「島津君、行こうか」

 

「あの義経、さん。俺様、とんかつ御膳とドリンクバーを注文しているんですが」

 

「お金さえ払えばキャンセルしても問題ないはずだ。では、失礼する」

 

義経は笑顔のまま岳人の腕を取って立ち上がらせると、レジのところまで引きずっていった。

島津君呼びに、逃がさないとがっしりホールドされた腕に、氷った笑顔。

逆らうことができるはずもなく、粛々とレジでお金をだす。

 

「すんません、ドリンクバーととんかつ御膳なんすけど、いくらですか」

 

「お出ししてないものにお金はいただけません」

 

「そ、そうっすか。ほんとすんません」

 

お兄さんは毅然とした態度で支払を断った。凄く申し訳ない気持ちでそそくさと財布をしまう。

店を出る岳人だけに聞こえるように、お兄さんは声をかけてきた。

 

「…頑張ってください」

 

うん、頑張っても俺様駄目かもしれんけど。

ドナドナをBGMに、岳人はずるずると義経に引きずられていくのだった。

 

 




新年あけましておめでとうございます。今年も宜しくお願いします。

本編のラブコメが思うようにかけず、色々書き直しているうちにつまる→気晴らしに書いた話が出来上がる。
前回の投稿から時間が空いてしまったし、皆さんの楽しみにでもなればと思って外伝として投稿することにしました。


この話は一応プロットは続きがあるんですが、こんなマイナーなカップリングでR-18展開って誰か読んでくれる人がいるのか?という問題が…。で、ちょっとぶつ切りで終わってしまってます。

ぼかして飛ばすと文字数が少なくなるけど、この話の後半にくっつける形で投稿すればいいかなとか…悩み中です。

ここまで読んでくださりありがとうございました。





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