Fate / Assassin cried (JALBAS)
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《 第一話 》


第五次聖杯戦争で、アサシンのサーヴァントは、同じサーヴァントのキャスターに召喚されました。
本来の話では、召喚されたのは架空の英霊“佐々木小次郎”でしたが、この話では、生前の記憶を喪失している、謎のサーヴァントが召喚されます。




 

―― 聖杯戦争 ――

冬木の地で、アインツベルン・遠坂・マキリの魔術師家系の三家によって200年前から始まった、どんな望みでも叶えるという万能の器“聖杯”を求めて、7人のマスターが、7人のサーヴァントと呼ばれる特殊な使い魔を使役して戦う儀式である。

サーヴァントとは、伝説の英雄が聖杯の魔力によって“英霊”として蘇った、一種の超人である。

“セイバー”、“ランサー”、アーチャー“、”ライダー“、”キャスター“、”アサシン“、”バーサーカー“の7つのクラスが有り、”令呪“と呼ばれる紋章を持つマスターと契約する。

”令呪“は、サーヴァントの意志を完全に抑えてでも従わせる絶対命令権であり、3回のみ使用する事ができる。使い切れば、基本新たに付与される事は無く、使い切らなくても、サーヴァントを失えば喪失する。但し、”マスターを失ったサーヴァント”が現存していれば、新たに契約を結ぶ事も可能となる。

最終的に、全ての相手のサーヴァントを倒したマスターが勝者となり、聖杯を手にすることができる。だが、サーヴァントは強力で、容易には倒し難い。そのため、マスターを倒す方が効率的となり、結局はマスター同士の殺し合いになるのが常であった。

基本的に戦闘は人目を避け、夜間等に人気の無い所で行うのがルールとなる。

 

冬木独特の霊脈を利用し、過去に4度行われていてる。通常は霊気を溜めるのに60年の歳月を必要とするが、この度、前回から10年しか経っていないにも関わらず、第五次聖杯戦争が行われようとしていた。

ひとり、またひとりとサーヴァントが召還されて行く。ここまでで、未だ召還されていないのは、“セイバー”、“アーチャー”、“アサシン”の3人となっていた。

まだ、マスターとサーヴァントが出揃ってはいないが、水面下で戦争は既に始まっており、早くも2人のマスターが命を落としていた。

 

 

夜、柳洞寺の山門の前で、ひとりの女が魔方陣を敷いて、何やら呪文を唱えている。

紫のローブに身を包んだ、妖しき女サーヴァント、キャスター。

彼女は、最初のマスターに裏切られ、自らそのマスターを始末した。その後他のサーヴァントに狙われ、一度は深手を負い消滅仕掛けたが、新たなマスター“葛木宗一郎”と契約を結び持ち直し、柳洞寺を第2の拠点としていた。

 

「……汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!」

目の前の魔方陣から光のカーテンが立ち昇り、中に、ひとつの人影が浮かび上がって来る。黒と灰色の軽装の鎧に身を包み、口元は白い布で覆っている。更には赤いフードを被り、顔を隠している。

「……お前が、私のマスターか?……」

召喚されたサーヴァントが、キャスターに問い掛ける。

「ええ……そうよ……あなた?アサシンかしら?」

「そうだ……しかし……お前は、キャスターのサーヴァントか?」

「そうよ……私がマスターでは、不服かしら?」

「サーヴァントがサーヴァントを召喚するのは、ルール違反では無いのか?」

「魔術師である私が、サーヴァントを召喚して何が悪いの?」

少し考え込んだ後、アサシンは答える。

「……そうか……」

「特に、不満は無いようね?なら、私と契約なさい。」

「分かった……」

アサシンがそう答えると、キャスターの右腕に、令呪が浮かび上がる。

「では、マスターとして尋ねます。あなたの真名は?」

「真名?……」

「あなたは、どういう英霊なの?」

「英霊?……」

「何してるの?早く答えなさい!」

「……」

「どうして答えないの?私を、マスターと認めたのでは無いの?」

「……分からない……」

「は?」

「私は……誰だ?」

「はあ?」

素っ頓狂な声を上げてしまうキャスター。

「だめだ……何も、思い出せない……」

呆れて、天を仰ぐキャスター。

触媒も用いず、ルールも破った強引な召喚のツケで、呼び出したサーヴァントは前世の記憶を失っていた。

「……フードを取りなさい。」

キャスターは、アサシンに命令する。

「私が、この目で確認します。フードを取って、顔を見せなさい!」

アサシンは、言われた通りにフードを取り、口元の布も取る。

黒い癖の付いた短髪、少し痩せこけた感じの顔付、目も黒いが、生気の感じられない死人のような目をしている。もっとも、英霊なのだから既に死んでいるのだが……

「東洋人のようだけど……見た事も無い顔ね、本当に英霊なの?あなた?」

「……」

「聞いても、分かる訳は無いわね……なら、宝具を見せなさい。」

「宝具?……」

「まさか?自分の宝具も、覚えていないと言うんじゃ無いでしょうね?」

「……思い出せない……」

「な……」

動揺するキャスター。

自分は、何の役にも立たない雑兵を呼び出してしまったのか?そんな事で、貴重なサーヴァントの枠をひとつ削ってしまったのか?徐々に、焦りを覚え、それは、次第に怒りに変わって行く。

「……それで、あなたは何ができるの?何か、武器は持って無いの?」

少しヒステリックな声で、キャスターは尋ねる。

すると、アサシンは、いきなりキャスターに向けてナイフを投げ付けて来る。

「なっ?!」

すかさず、防御壁を張ってこれを防ぐキャスター。その隙に、アサシンは目の前から姿を消す。

「何ですって?」

辺りを見回し、魔力を探るキャスター。しかし、アサシンの魔力は感じられない。

「ど……何処に行ったの?……うぐっ!」

突如、背後から銃撃があり、キャスターの体を打ち抜いた……かと思われたが、弾は直ぐに傷痕から排出され、傷口は何事も無かったかのように塞がっていく。完全に傷口が塞がったところで、アサシンは、キャスターの背後に姿を現す。

「ふん、それなりに戦闘力はあるようね……でも、その程度で他のサーヴァントに対抗できるかしら?……まあいいわ、殺られたら、別のサーヴァントを引き込めばいいわ……」

そう言って、キャスターはアサシンの方に体を向ける。

「あなたに、この山門の門番を命じます!聖杯戦争が終わるまで、ここで、他のサーヴァントの侵入を阻止しなさい!」

「……了解した……」

そう言って、アサシンは、再びフードを被って顔を隠した。

 

 

その夜、ひとりのサーヴァントが柳洞寺に向かっていた。

それは、キャスターを、一度は追い詰めたサーヴァントだった。

彼も最初のマスターを失っていたが、新たなマスターの命により、キャスターを狙った。今再び、キャスターが動き出した事を察知し、その偵察に来ていた。

 

青い軽装の鎧に身を包んだサーヴァントが、石段の下に現れる。一飛びで何段をも飛び越え、一気に山門をくぐろうとするが……

「ちっ!」

突然、その男を投げナイフが襲う。赤く長い槍を取り出し、男はそのナイフを弾く。しかし、進行は止められて、石段の上に着地する。その男の少し上方の石段の上に、アサシンが姿を現す。

「てめえ、アサシンか?」

槍の男が問い掛ける。

「そう言うお前は……ランサーか?」

アサシンが問い返す。

ランサーは、分かり切った質問には答えず、更に問い掛ける。

「ここは、キャスターの根城だと思ったんだが?何で、てめえが俺の行く手を阻む?」

「……」

「答える気は無いか……なら、圧し通るまでだ!」

「やってみろ。」

「じゃあ、行くぜ!」

ランサーは、槍を構えてアサシンに突進して行く。すかさずアサシンは投げナイフを放つが、それは難無く槍に弾かれる。

「喰らいなっ!」

そのまま、ランサーはアサシンを突く。

「何?」

しかし、突かれた瞬間にアサシンの姿が消える。

「ど……何処に行きやがった?」

辺りを見回し、魔力を探るランサー。だが、アサシンの魔力は検知できない。

「?!」

背後から、銃弾がランサーを狙う。

「甘めえよ!」

ランサーは、振り向きざまに銃弾を弾き、発射位置に向かって槍を突く。アサシンは姿を現し、ランサーの頭上を飛び越してこれを交わす。

このような攻防が、しばしの間続けられる。

お互い有効打は出ていないが、形勢は徐々にランサーに不利になっていった。柳洞寺一帯はキャスターの結界が張られているため、ランサーの魔力消費は通常の倍以上だった。それに対し、アサシンには常にキャスターからの魔力供給があり、魔力が尽きる事は無い。

「けっ……このまま、門もくぐれねえで帰ったら何を言われるか……」

ランサーに、焦りが見え始める。

「様子見のつもりだったが、そうも言ってられなくなった……ここで、討たせてもらう。」

ランサーは、槍を両手で持って深く構える。すると、ランサーの体から赤いオーラが発せられていく。

「その心臓貰い受ける!ゲイ・ボルク!!」

アサシンに向かって、鋭い槍の突きが放たれる。アサシンは、素早く体を交わしながら、手に持ったナイフで槍を弾く。

「何?!」

だが、次の瞬間に時間が巻き戻る。槍は、弾く直前に戻り、今度は絶対に交わせないタイミングで襲い掛かって来る。

「これは?因果の逆転か?」

槍が心臓を貫こうとした瞬間、アサシンの本能が反応する。

「time alter triple accel!!」

無意識にそう叫んだ。それと同時に、アサシンの体は神速で反応し、槍を回避する。

ランサーは必殺の槍を交わされ、アサシンの後方、石段の数段上で止まる。その顔は、驚きで引き攣っていた。

「な……何だ?今のは……てめえ!どうして俺の必殺の一撃を交わせた?!」

振り向いて叫ぶランサー。だが、アサシンは何も答えない。

“何だ?今のは……私は、何を言った?何故、あんな事ができた?”

アサシン自身も、自分が何をやったのか、分かっていなかった。

「……ちっ……槍が交わされた以上、今夜はここまでだな。」

ランサーは槍を収め、アサシンの頭上を飛び越える。そのまま、石段を飛んで降り、何処かへ去って行った。

アサシンは、ただ茫然と、その場に佇むだけだった。

 

 

その数日後、聖杯戦争発起御三家のひとつ、遠坂家の現当主“遠坂凛”が、満を持して最強のサーヴァント、セイバーを召喚しようとするが……

「……あんた何?」

「開口一番それか……これはまた、とんでも無いマスターに引き当てられたものだ……」

召還されたサーヴァントはアーチャーであった。

そして、アーチャーを連れて夜の街を偵察中に、凛達はランサーと遭遇する。即座にアーチャーとランサーの戦闘になるが、その戦闘をひとりの男子学生が目撃してしまった。その少年は、当然の事ながらランサーに命を狙われてしまう。

一度は難を逃れ、自宅に戻ったが、そこでまたランサーの襲撃を受ける。少年は自宅の土蔵に追い込まれるが、危機一髪のところで、突然召喚されたブロンドの髪の女性サーヴァントに命を救われる。

「問おう、あなたが私の、マスターか?」

7人目のマスターとなった“衛宮士郎”が、最後の7人目のサーヴァント、セイバーを召喚した。

ここに、全てのマスターとサーヴァントが出揃い、第五次聖杯戦争は完全に幕を開ける事となった。

 






アサシンがメインの“Fate / stay night”の二次創作を書いてみたくて、この話を書きました。
ただ、ハサンじゃ主役向きじゃ無いし、佐々木小次郎でも面白みに欠けるので、記憶喪失の謎のサーヴァントとしました。
と言っても、もう皆さん正体には気付いてしまったと思われますが、ここは気付かない振りをしておいて下さい。(謎のヒロインXみたいに……)
あくまで、私の妄想設定のサーヴァントです。既存の他シリーズのサーヴァントと似ているかもしれませんが、似てるだけです。

タイトルの“Assassin cried”は、“アサシンクリード”を捩って付けました。
まあ、記憶喪失で悩むアサシンの叫び(嘆き)という意味も含めたつもりですが。


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《 第二話 》


キャスターが、ルールを破って召喚したサーヴァント、アサシン。
それが原因で、正規のサーヴァントとは違う異質な者が召喚されてしまいました。その上、前世の記憶を失っています。
しかし、そんなアサシンの正体に、気付く者が現れます。




 

全てのマスターとサーヴァントが出揃った、第五次聖杯戦争。

その中にあって、異端のマスター“衛宮士郎”。

聖杯戦争の事も、サーヴァントの事も全く知らないこの少年は、偶然サーヴァント同士の戦いを目撃したために、聖杯戦争に巻き込まれる事となる。そればかりか、最優のサーヴァントであるセイバーを召還し、7人目のマスターとなってしまった。

アーチャーを召還した“遠坂凛”は、士郎と同じ穂群原学園の同級生であり、彼に密かに好意を持っていた。一度はランサーにより瀕死の重傷を負った、彼の命も救っていた。

彼女は、士郎に聖杯戦争が何であるかを説明し、言峰教会に連れて行き、聖杯戦争の監督役である“言峰綺礼”に引き会わせる。そこで士郎は、言峰から聖杯戦争の全容をより詳しく聞かされる。

自身も命を落とし掛けた、10年前の大火災も聖杯戦争によるものである事を知った彼は、二度とその悲劇を繰り返させないため、聖杯戦争への参加を決意する。

 

言峰教会を出た直後、士郎達は、聖杯戦争発起御三家のひとつアインツベルン家のマスター、“イリヤスフィール・フォン・アインツベルン”と、そのサーヴァント、バーサーカーに襲われる。

イリヤスフィールは、見た目は小学生くらいの少女だが、全身が魔術回路という最強と言っていいマスターだった。そのサーヴァントであるバーサーカーも、1体で他の6体を一度に相手できる程の、最強のサーヴァントだった。

その強大な力の前に、セイバー、アーチャー陣営の共闘でも苦戦を強いられたが、その場はイリヤスフィールが士郎達を見逃す形で、戦闘は終結した。

 

後日、士郎と凛は、学校内でライダーのサーヴァントに襲われる。学校内には、ライダーによる結界も仕掛けられており、士郎と凛は、学校内にもうひとりマスターが居る事を知る。

もっとも、キャスターの第2のマスターである“葛木宗一郎”も穂群原学園の教師であるため、学校内には4人のマスターが居る事になるのだが、士郎達はまだこの事を知らなかった。

バーサーカーや学校内のマスター対策のため、士郎と凛は同盟関係を結ぶのであった。

 

 

キャスターは、冬木市全域に監視の目を張り、これまでの各マスター、サーヴァントの動きを監視していた。

そして、セイバーのマスターである衛宮士郎に目を付けた。

「あの未熟な坊やなら、ここに誘き出す事も可能ね?そうして、令呪を奪ってしまえば、セイバーを私の手駒にできる……あんな、素性の知れない胡散臭いサーヴァントより、最優のサーヴァントであるセイバーの方が、余程頼りになる……」

キャスターは、自分で召喚したアサシンに不満を持っていた。記憶も無く、自らの宝具を使う事もままならないという事もあるが、それ以上に、自分の中に彼に対する嫌悪感があった。その理由は、キャスター自身にも分からなかった。

 

深夜、衛宮家の土蔵の中では、士郎が強化魔術の鍛練に疲れて、そのまま眠り込んでいた。

その土蔵の中に、風のように幾多もの細い糸が流れ込んで来る。糸は、見る見る内に士郎の体に絡み付いていく。そして、士郎の体が勝手に動き出す……

士郎は、夢遊病者のように夜の街を歩いて行き、柳洞寺の石段の前に辿り着く。そのまま、ゆっくりと石段を登って行く。

山門の前には、アサシンが立っていた。

意識の無い士郎は、アサシンには気付かない。そのまますれ違って門をくぐって行く士郎を、アサシンは無言で見詰めていた。

境内に辿り着いたところで、士郎は目を覚ます。

「はっ!……こ……ここは、柳洞寺?」

『ええ、そうよ。』

どこからともなく声がして、突然目の前に黒い霧が立ち込める。その中から、紫のローブを纏った、魔道師のような恰好の女性が現れる。

「き……キャスターの……サーヴァント?」

「ええ、その通りよ。セイバーのマスターさん。」

士郎は、体を動かそうとするが、金縛りに合ったように体は全く動かせない。

「無駄よ、一度成立した魔術は、魔力という水では洗い流せない。ましてあなたの魔術回路のような弱々しい流れでは……」

「お……俺を、殺す気か?」

「安心しなさい、殺してしまっては魔力を吸い上げられないわ。始めは加減が分からず殺してしまったけど、今は程度良く集められる。もう気付いていると思うけど、新都のガス漏れ事故も全て私の仕業……」

「む……無関係な人間を、巻き込んだのか?」

「この街の人間は皆、私の物……」

「き……キャスター!」

「さあ、それでは話を済ませてしまいましょうか?」

そう言って、キャスターは士郎の耳に顔を近づける。

「その令呪を、貰ってあげるわ。」

 

 

その頃、異変に気付いたセイバーは士郎が居ない事を知り、魔力の流れを追って柳洞寺の石段の前まで辿り着いていた。しかし、一気に駆け上がろうとしたセイバーの前に、ひとりのサーヴァントが立ち塞がった。セイバーは、そのサーヴァントに問い掛ける。

「聞こう、その身は如何なるサーヴァントか?」

「……アサシンだ……お前がセイバーか?」

「そうだ!悪いが、ここは通してもらう!」

「こちらも悪いが、通す訳にはいかない……ここを通りたいのならば、圧し通るがいい。」

「そうか……ならば!」

セイバーは見えない剣を抜き、アサシンに斬り掛かる。

ところが、アサシンは、まるで剣が見えるかのように最小限の動きでこれを交わし、即座にナイフでセイバーに斬り掛かる。

「くっ!」

セイバーは、とっさに後方に飛び避けるが、そのアサシンの対応に驚く。

“な……何故だ?私の剣はカモフラージュしているのに、どうしてアサシンは、初見で間合いを見切れたのだ?”

一方のアサシンも、自分の感覚に驚いている。

“私は、この英霊と戦った事があるのか?何故かは分からないが、あの見えない剣の全容が分かる……”

 

 

「令呪を……奪うだと?」

「そうよ、令呪を私のマスターに移植する。そしてセイバーには、私の手駒になってもらうわ。令呪を剥がすという事は、あなたから魔術回路を引き抜くという事でもあるわ。」

キャスターに操られ、士郎の左手が上がっていく。その手の甲に、キャスターの指先が迫る。キャスターの指先からは、淡い光が発せられている。

「くっ……」

そこに、無数の光の矢が天から降って来る。

「はっ!」

とっさに、キャスターはそれを交わして士郎から離れる。

「ふん、とうに命は無いと思ったが、存外にしぶといのだな?」

そこに、遠坂凛のサーヴァント、アーチャーが現れる。アーチャーがキャスターの糸を断ち切ったため、士郎の体は動くようになる。

「アーチャーですって?!」

それまで冷静だった、キャスターが突然騒ぎ出す。

「ええい!アサシンめ、何をしていたの?!」

思い切りヒステリーを起こすキャスターを、アーチャーは鼻で笑う。

「女の激情というのは中々に御し難い……全く、少しばかり手荒い事になりそうだ。」

 

 

門の前の石段では、アサシンとセイバーの攻防が繰り広げられていた。

セイバーは、見えない剣で何度もアサシンに斬り掛かるが、アサシンは巧みにそれを交わす。アサシンは隙を見てはナイフを投げ付け、姿を消しては死角から銃撃を試みるが、セイバーもその全ての攻撃を弾き返す。

背中を見せれば容赦無く攻撃されるので、一気に石段を駆け上がって行く事もできない。無情に時間ばかり過ぎて行き、セイバーは焦り始める。

“早く、ここを抜けなければ……このままでは、士郎が……”

セイバーは、意を決し勝負に出る。

「あなたには、このような小細工は無効のようだ。」

そう言って、セイバーは剣のカモフラージュを解く。凄まじい風が剣から解き放たれ、黄金に輝く聖剣がその全容を現す。

「行くぞ!」

聖剣の力を一部開放し、アサシンに斬り掛かるセイバー。その動きは今迄とは桁違いに早く、アサシンも反応しきれなかった。

セイバーの聖剣が、アサシンを捕えたと思われた瞬間!

「time alter double accel!!」

無意識にそう叫んだ、アサシンの動きが加速する。

セイバーの剣撃を紙一重で交わし、すれ違いざまにナイフで横腹を切り裂く。

「ううっ!」

蹲るセイバー。ただ、鎧の上からなので傷は浅く、大したダメージは無かった。そんな事よりも、完全に決まっていた一撃を交わされた事に、衝撃を受ける。

「な……どうして?」

直ぐに立ち上がり、身構えるセイバー。

“確かに、私の攻撃はアサシンを捕えた筈……どうして交わされた?何故、一瞬アサシンを見失った?”

アサシンは、冷静に身構えて次の攻撃に備えている。もう、彼は動揺していなかった。緊急時に、本能的に体が反応する。それが自分の能力なのだと、そう認識していた。

 

 

ヒステリーを起こしているキャスターに、アーチャーが言う。

「アサシンの事ならば、奴は、セイバーと対峙している。あの英霊何者かは知らぬが、セイバーを圧し留めるとは大したサーヴァントだ。むしろ、褒めてやるべきではないか?」

「ふん、ふざけたことを……あなたを止められないようでは、英雄などとは呼べない。あの男、英霊を名乗らせるには実力不足です。」

「その言い振り、やはり協力し合っているのか?君達のマスターは?」

アーチャーの質問を、キャスターは笑い飛ばす。

「私が、あの犬と協力ですって?私の、手駒に過ぎないアサシンと?」

「手駒だと?」

「そう……そもそも、あの犬にマスターなど存在しないのですからね。」

その言葉に、アーチャーは顔を顰める。

「キャスター……貴様、ルールを破ったな?」

「うふふ……魔術師である私が、サーヴァントを呼び出して何の不都合があるのです?」

「きゃ……キャスターが……アサシンを?」

士郎が呟く。

「全うなマスターに呼び出されなかったあの門番は、本来のアサシンでは無い。ルールを破り、自らの手でアサシンのサーヴァントを呼ぶとは……」

「うふふ……」

キャスターは相変わらず笑っている。

「だが、それは貴様の独断ではないのか、キャスター?」

「何の根拠があるのかしら?」

「マスターとて魔術師だ。自分より強力な魔術師を召還したのなら、例え令呪があろうと警戒する。その状況で、貴様だけの手足となるサーヴァント召還を認めるとは考え辛い。となれば、この間抜けなマスターのように、とっくに操り人形にされてると予想はつくさ。」

間抜けと呼ばれ、士郎は憮然とした表情をする。

「聖杯戦争に勝つ事なんて、簡単ですもの。私が手を尽くしているのは、単にその後を考えているだけ。」

「ほう?我々を倒すのは容易いと?逃げ回るだけが取り得の魔女が……」

すると、この言葉にキャスターが大きく反応した。再び、さっきの激昂した口元を見せる。

「……ええ……ここでなら、私にかすり傷さえ負わせられない。私を“魔女”と呼んだ者には、相応の罰を与えます。」

「かすり傷さえと言ったな?では、一撃だけ……それで無理なら、あとはセイバーに任せよう。」

一瞬間をおいて、アーチャーは素早くキャスターに切り掛かる。しかし、マントを残して、キャスターは煙のように姿を消してしまう。

「残念ね……アーチャー!」

突然、蝶のように翼を広げ、上空に姿を現すキャスター。その前に、幾つもの魔方陣が現れ、アーチャーに向けて攻撃を放つ。アーチャーは、何とか攻撃を受け止めるが、士郎は爆風で少し吹き飛ばされて、尻餅をついてしまう。

「空間転移か?固有時制御か?この境内なら、魔法の真似事さえ可能という事か?……見直したよ、キャスター。」

「私は見下げ果てたわ、アーチャー。使えると思って試してみたけど、これではアサシン以下よ。」

キャスターはまた攻撃して来る。アーチャーは素早く避ける。更に、雨あられのように降り掛かる攻撃を、アーチャーは巧みに避けて行く。

しかし、キャスターは、今度は士郎を狙う。それに気付いたアーチャーは士郎を助けるが、“余計な事をするな!”と士郎が喚き立てて口論になる。

それでも、お構いなしに攻撃を続けるキャスター。その挙句、士郎を庇ってアーチャーがキャスターの罠に嵌る。アーチャーの体は、霧状のオーラに包まれてしまう。

「気分はどうかしら、アーチャー?如何に三騎士とはいえ、空間そのものを固定化されては動けないのではなくて?ふっ……これでお別れよ。」

ところが、その前にアーチャーは仕掛けていた。いつの間に放っていたのか?アーチャーの2本の剣が、キャスターに襲い掛かった。

「ちっ!」

キャスターは何とか攻撃を受け流すが、魔方陣は消え、アーチャーの体も自由になる。更なるキャスターの攻撃を交わして、アーチャーは弓を出す。そして、魔力を込め、剣を弓で矢のように放つ。

キャスターは、慌てて目の前に魔方陣を敷く。しかし、アーチャーの攻撃は魔法陣を突き抜けて彼女を襲う。

「ああああっ!」

アーチャーの矢が、キャスターを貫く。わざと外したのか、急所は逸れていたが、多大なダメージを受けて彼女は地上に落ちてしまう。傷口からは、大量の血が流れ出す。次の攻撃に備えようとするが、直ぐには立ち上がれそうもなかった。

ところが、アーチャーからの次の攻撃は無かった。彼は、じっと佇んでキャスターを見詰めていた。

「……ううっ……アーチャー……何故、止めを刺さないのです……」

「試すのは、一撃だけと言っただろう。」

いたって冷静に、アーチャーは答える。その間に、治癒能力で徐々にキャスターの傷は塞がっていく。

「で……では、私を殺す気は無いと?」

「私の目的は、この男にあったからな……不必要な戦いは、避けるのが主義だ。」

少し回復して、ようやくキャスターは立ち上がる事ができる。

「ほほほほほ……では、あなた達は似た者同士と言う事?」

『はあ?』

士郎とアーチャーが、同時に声を上げる。

「そこの坊やは、無関係な者を糧とする、私のようなサーヴァントを許せない。あなたは、無意味な殺戮は好まない。ほら、全く同じじゃない?」

「だ……誰が、こんな奴と一緒なもんか!」

士郎が叫ぶ。

「同感だ、平和主義者である事は認めるが、根本が大きく異なる。」

アーチャーもキャスターの言葉を否定する。

更に、二人で口論になる。そのやりとりを聞いて、キャスターはまた笑いながら言う。

「気に入ったわ。あなた達は、力もそのあり方も希少よ。私と手を組みなさい!私には、この戦いを終わらせる用意がある。」

「断る!俺は、お前みたいな奴とは手を組まない!」

士郎は、即座に誘いを断る。アーチャーは、少し考えた後に言う。

「拒否する。君の陣営は、いささか戦力不足だ。いかに勢力を伸ばそうと、バーサーカーひとりに及ばない。まだ、組する程の条件では無いな。」

交渉は決裂したが、アーチャーは独断でここに来ているので、この場ではキャスターを見逃すと言う。

「以外ね?あなたのマスターは、私を追っていたのでしょう?なのにあなたは、私を見逃すというの?」

「ああ、お前がここで何人殺そうが、私には与り知らぬ事だ。」

「あら?酷い男……」

キャスターは、笑みを浮かべながら宙に浮いていく。

「待て!キャスターっ!」

追おうとする士郎の頭上で、キャスターは、細かい光の蝶となって姿を消してしまう。

アーチャーに、キャスターを見逃した事を責める士郎。それに対してアーチャーは、逆にキャスターを利用してバーサーカーを倒させた方が有効だと説く。そのためには、多少の犠牲はやむを得ないと。士郎は、その意見に反論する。

「遠坂は、そんな方針は取らない!」

「そうだな。だからこそ、キャスターには手早く済ませて欲しいものだ。何人犠牲になるかは知らんが、人間など結局は死ぬ生き物、誰にどう殺されようが、結果的には変わるまい。」

「お前っ!」

思わず、アーチャーに殴り掛かる士郎。しかし、その拳は難無く受け止められてしまう。

「私達は、協力関係では無かったか?」

「ふざけるな!俺はお前とは違う!勝つために、結果のために周りを犠牲にするなんて、そんな事絶対にするものかっ!」

そんな士郎に、アーチャーは、何の犠牲も出さずに全員を助ける事はできないと言う。その言葉を聞いた士郎の脳裏に、かつて父親の“衛宮切嗣”から聞かされた言葉が浮かぶ。

“誰かを救うという事は、誰かを助けないという事なんだ。”

「無関係な人間を巻き込みたくないと言ったな?ならば認めろ!ひとりも殺さないなどという方法では、結局誰も救えない。」

だが、士郎はその言葉を認めず、本堂に向かおうとする。

「キャスターを追うつもりか?せっかく助けてやった命を無駄に……」

「うるさい!頼まれたって、お前の手助けなんているものかっ!」

止めようとするアーチャーの言葉を遮って、士郎は叫ぶ。

「そうか……なつかれなくてなによりだ。」

すれ違って、本堂に向かって歩いて行く士郎に、アーチャーは背後から斬り付けた。

「ぐはっ!」

背中を大きく斬られ、士郎は、その場に倒れ込む

「戦う意義の無い衛宮士郎は、ここで死ね。」

士郎は、起き上がる事ができなかった。本堂に向かうのを諦め、何とか這って山門の方に向かって行く。そんな士郎を、ゆっくりと歩いて追うアーチャー。

「自分のためでは無く、誰かのために戦うなど、唯の偽善だ。お前が望むものは勝利では無く平和だろう?そんなもの、この世の何処にもありはしないというのにな……」

「な……何だと?」

何とか山門に辿り着き、よろけながらも立ち上がる士郎。その直ぐ後ろで、剣を振り上げてアーチャーが叫ぶ。

「さらばだ、理想を抱いて溺死しろ!」

 

 

石段の上では、相変わらずセイバーとアサシンの攻防が続いている。

『?!』

そこに、境内の中から、傷付いた士郎の姿が現れる。2人はそれに気付いて、戦闘を中断する。

「し……士郎?!」

叫ぶセイバー。

だが、アサシンは、セイバーが叫ぶより早く行動を起こしていた。

ふらつく士郎の背後から、二刀の剣を構えたアーチャーが襲い掛かる。その剣を、士郎とアーチャーの間に割って入り、二刀のナイフでアサシンが受け止める。

「何っ?!」

これには、アーチャーも驚く。

寸でのところでアサシンに救われた士郎だが、ふらついて石段を踏み外し、そのまま倒れ掛かる。

「士郎!」

ようやく動いたセイバーが、倒れる寸前で士郎を受け止める。

「大丈夫ですか?士郎?」

「……せ……せいばあ……」

士郎は、意識が朦朧として、そのまま項垂れてしまう。

「その男を連れて戻れ!セイバー!」

アーチャーの剣を防いでいる、アサシンが叫ぶ。

「な……私達を、見逃すと言うのか?」

「いいから早く行け!」

何やら鬼気迫る様相で、アサシンは叫ぶ。

「そうか……かたじけない、この礼はいずれ……」

そう言って、セイバーは士郎に肩を貸し、その場を去ろうとする。

「させるか!」

アーチャーは、すかさず剣を引き、アサシンを飛び越えてセイバー達に襲い掛かる。

しかし、アサシンもすかさず銃を取り出し、背後からアーチャーを撃つ。

「くっ!」

反転してそれを弾くアーチャー。結果、セイバー達を取り逃がしてしまう。

「貴様……何故邪魔をする?」

「……さあ……どうしてかな?」

実際、アサシンにも良く分かっていなかった。殆ど本能的に、行動していた。

「先程、私が境内に行くのはわざと見逃しただろう?それが、今は邪魔をする……いったい、何を考えている?」

「……」

これも答えられなかった。自分でも、どうしてそうしたのか分かっていなかった。

「お前はいったい何者だ!」

アーチャーは、今度はアサシンに斬り掛かる。アサシンは、ナイフでこれを受け流すが、徐々に圧されて行く。そして、遂にナイフを弾かれ、アーチャーの剣でフードを切り裂かれた。

「何っ?!」

フードが取れ、素顔を晒したアサシンを見て、アーチャーの動きが止まる。

「お……お前は?」

思いの外驚いているアーチャーに、アサシンも疑念を抱き、戦闘を中断する。

「……何だ?……どうした?」

「な……何故?あんたがここに居る?」

「何?……どういう事だ?お前は、私の事を知っているのか?」

しばらく硬直していたアーチャーだが、ようやく体勢を戻し、納得したような顔をする。

「そうか……それで、最初は私を見逃し、次は私の邪魔をした……全ては、衛宮士郎を助けるためか……」

アーチャーは勝手に納得しているが、アサシンには訳が分からなかった。

「何を言っている?何故、私がセイバーのマスターを助ける必要がある?」

「はあ?……何故って……」

アサシンの言動がおかしい事に、アーチャーは気付く。

「まさか……あんた、記憶が無いのか?」

「……」

アサシンは、何も答えない。敵に、自分から内情をばらす訳にはいかない。

しかし、反論しない事で、アーチャーはそれを確信していた。

「ふん……キャスターめ、とんでも無いサーヴァントを召喚してくれたな……全く、相当面倒な事になりそうだ……」

そう言い残して、アーチャーはアサシンに背を向け、そのまま柳洞寺から去って行く。

特に攻撃もせず、アサシンはその後ろ姿を見詰めていた。

 






セイバーの足止めをしていながらも、本能的に衛宮士郎を庇ってしまうアサシン。
そんなアサシンの正体に、気付いてしまうアーチャー。
しかし彼は、この事は士郎やセイバーには言いません。もちろん凛にも……

ちなみに、序盤は凛ルートをベースにしています。
ただ、後半以降はどうなるか分かりませんが……


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《 第三話 》


ライダーの結界が発動されます。
慌てて止めさせようとする士郎達。
その一方で、キャスター陣営はこの混乱に乗じて仕掛けます。

そして、アサシンは……




 

柳洞寺での一戦から、一夜明けた早朝。その柳洞寺の山門の前で……

「ぐはああああっ!」

アサシンは、胸に大きな穴を開けられて、その場に倒れる。彼の胸に大穴を開けたのは、キャスターだった。

「舐めた真似を……これは、お仕置きよ!」

わざと、アーチャーを足止めしなかった事に対し、キャスターは激怒していた。しかし、現状でアサシンを消去してしまうのはデメリットが多いため、死なない程度に痛めつけていた。

サーヴァントには、治癒能力が備わっているため、致命傷にならない傷ならば数日で回復する。マスターの魔力が高ければ高い程、その治癒速度は早くなる。冬木市内から生気を集めている今のキャスターの魔力なら、1日足らずで回復してしまうだろう。

「次は無いわよ……今度こんな真似をしたら、完全に消滅させてやるわ。」

更に、キャスターは令呪も使って、再度命令を下す。

「あなたに、改めてここの門番を命じます。私達の敵であるサーヴァントは、一匹たりとも通してはいけません。いいですね?!」

キャスターの右手から、赤い波紋が放たれ、アサシンを包み込む。

「……りょ……了解……した……」

仰向けで、胸の大穴から内臓を曝け出しながら、アサシンは答える。

朝から、山門の前でこのような事をやっていれば、寺の者に気付かれるところだが、キャスターの結界により一般人には、二人の姿も見えず声も聞こえ無くなっていた。

「キャスター……」

そこに、境内から声がする。

現在のキャスターのマスター、葛木宗一郎がゆっくりとそこに近づいて来る。

「宗一郎様。」

それまでの鬼のような形相が、恋する乙女のような甘い表情に変貌する。

「時間だ、行って来る。」

そう言って、門を出て立ち止まる。顔だけを横に向け、仰向けに倒れているアサシンを見る。しかし、全く表情は変えず、無言でそのまま行こうとする。

「あ……お待ち下さい、宗一郎様。」

そのまま行き掛けた葛木を、呼び止めるキャスター。

「これを……」

キャスターは、小さなお守りを葛木に渡す。

「いつ、ライダーの結界が発動されるか分かりません。これを、常に身に付けていて下さい。中に入っている護符で、短い時間ですが結界の効力を防げます。」

「うむ……」

「それと、もうひとつ……」

更に、少し大きめのお守りも渡すキャスター。

「結界が発動したら、私でも容易に中には入れません。この中に、私の魔力を込めた、私の分身が入っています。万一の時は、この袋を開けて下さい。そして、私の分身の指示に……」

「分かっている。戦闘時は、お前の指示に従う……分身であろうとも。」

葛木は、その袋も受け取り、懐に入れる。

「あ……ありがとうございます……では、お気を付けて、いってらっしゃいませ。」

「うむ……行って来る。」

葛木は、前に向き直って石段を降って行く。キャスターは、その姿が見えなくなるまで、じっと見送っていた。

葛木の姿が完全に消えると、キャスターは普段の表情に戻り、境内の中へ入って行く。もう、アサシンには見向きもしなかった。

 

 

その日の昼休み、衛宮士郎と遠坂凛は屋上で昼食を取っていた。

昨夜の、アーチャーの行動を詫びる凛。そして、令呪によって同盟関係が続く間は、士郎達とは戦わないように命令した事を告げる。

その後、二人はライダーのマスターの話をする。ライダーのマスターは2人の同級生である“間桐慎二”であり、別々に2人に共闘を申し込んで来たが、2人ともそれを断っていた。

その時、異変は起こった。

突然校舎が大きく揺れ出し、校舎内、校庭、至る所から赤い帯のようなオーラが発せられ、学校全体をドームの様に包み込んでしまう。

「こ……これは?」

「結界が発動してる?」

「と…とにかく、止めさせるんだ!」

士郎と凛は、階段を降りて校内に入る。途端、異様に息苦しくなってしまう士郎。

「な……何だ……これ……」

「体内で魔力を生成し続けるのよ、衛宮くん!」

「はっ……桜はっ?」

士郎達は、後輩で士郎の家に毎日手伝いに来てくれる“間桐桜”を心配して、彼女の教室に向かう。

 

 

その頃、職員室でも教師達が苦しんでいた。

「う……ううっ……」

ひとり、またひとりと倒れていく教師達。そんな中、ひとり涼しい顔をした者が居た。キャスターのマスター、葛木宗一郎である。葛木は、懐からキャスターから預かった大き目のお守り袋を取り出し、開く。その中から、黒い霧が溢れ出し、徐々に人の姿に変わっていく。紫のローブに身を包んだ魔女、キャスターの姿に……

 

 

士郎達は、桜の教室に辿り着いた。

そこは、地獄のような光景だった。どの生徒も、衰弱し、苦しみ、倒れている。士郎は、教室の奥で倒れている桜のところに行き、顔に耳を近づける。

「息はある。まだ、間に合わない訳じゃ無い。とにかく、サーヴァントを捜して結界を解かないと!」

凛は茫然と佇んでいたが、直ぐに更なる異変に気付いて声を上げる。

「……衛宮くん!」

そして、廊下に向かってガンドを放つ。士郎もモップを強化して、ドアをぶち破って攻撃する。敵は、獣のような、骸骨の化け物だった。それが、何匹も襲い掛かって来ていた。

「何だ?こいつらは?」

「ゴーレム、使い魔の類よ!」

敵は、次々に湧いて出てくる。これでは、先に進めない。こうしている内にも、校内の皆が生気を吸い取られていく。

「セイバーを呼ぶ。」

「え?」

「遠坂は、昨日令呪を使ったんだろう?なら、今度は俺の番だ。」

士郎は、左手の甲の令呪を眼前に翳し、叫ぶ。

「頼む……来てくれ、セイバアアアアアッ!」

士郎の前に、光り輝く球体が現れ、その中からセイバーが姿を現す。出現と同時に、セイバーはゴーレムの集団に突進し、あっという間に一掃する。そして、姿勢を正して士郎に言う。

「召喚に応じ参上しました。マスター、状況は?」

凛は、アーチャーと連絡を取ろうとするが、結界の中では繋がりが断たれていた。

また、凛は結界の基点を一階だと感じていたのに対し、セイバーはそのフロアにサーヴァントの魔力を感じていた。

士郎達は、このフロアのサーヴァントをセイバーに任せて、二人で結界の基点の一階に向かう。

 

 

葛木は、一階の廊下を早足で進んでいた。その葛木の脳裏に、キャスターの分身の言葉が響く。

『ライダーとそのマスターは、化学室に居ます。セイバーは私が足止めしますので、お急ぎください。』

「うむ……分かった。」

 

化学室では、ライダーのマスターの間桐慎二が、窓の外の状況を見ながら呟いていた。

「いいね、いいねえ……優れたマスターってのは、こうでなくっちゃ……へへへへへ、後で、萎びた衛宮でも見に行ってやるか?」

その時、脇で控えていたライダーが、敵の気配を察知する。

「どうした?ライダー?」

慎二の声と同時に、化学室の戸が荒々しく開けられる。

「ん?……おい……何でだよ?何でお前動けてるんだ?」

化学室に入って来た葛木に、慎二が尋ねる。が、葛木は何も答えず、慎二に向かって歩いて来る。

「おい……来るなよ……来るなって言ってんだろ!」

ライダーの結界の中で、平然としている葛木に脅える慎二。そんな慎二にお構い無く、葛木は彼に迫って行く。ライダーは、武器を握り締める。

「な……何だよ?……ひっ!ライダアアアアっ!」

「マスター、下がって!」

ただ怯えるだけの慎二を庇って、ライダーが前に立つ。そして、鎖付の鉄杭を葛木に向けて放つ。しかし、葛木は素早くそれを交わす。

「何?!」

その反応の早さに、一瞬ライダーが怯む。その僅かな隙に、葛木は一気に間合いを詰めて、ライダーに襲い掛かる。

「ぐふううううっ!」

キャスターの魔力で強化された、葛木の正拳を喰らい、ライダーは体勢を大きく崩す。間髪入れずに、葛木は次の攻撃を放つ。数発は交わすが、結局は捕まって連打を喰らい、ライダーは壁際に追い込まれる。

「くっ……」

ライダーは、目隠しを外そうと顔に手を当てようとする。

『マスター、ライダーに目隠しを、外させてはいけません!』

葛木の脳裏に、キャスターの分身の指示が飛ぶ。

即座に、その指示に反応した葛木は、ライダーの手を弾き、反対の手で彼女の首を掴む。

「うぐっ!」

そして、教室の反対側の壁に向かって、思い切りライダーを投げ付けつる。

「ぐはあああああああっ!」

凄まじい力で壁に打ち付けられ、ライダーの体は壁にめり込んでしまう。そこに、またも一気に間合いを詰め、助走で勢いを増した葛木の正拳が飛ぶ。それは、ライダーの右顎の当りに炸裂する。

「うぎっ!」

短い悲鳴と、骨が砕けるような鈍い音と共に、ライダーの首は捩じ折られてしまう。

こうして、ライダーは、完全に沈黙した。

「ひ……ひいいいいいいいっ!」

慎二は、ただ、隅で怯えているだけだった。ライダーを倒した葛木は、ゆっくりと慎二の方に向き直る。

「や……やめろ……来るな、来るなああああああっ!」

慎二に向かって歩き出そうとした葛木の脳裏に、再びキャスターの分身の指示が飛ぶ。

『マスター、セイバーとアーチャーのマスターが、そちらに向かっています。』

それを受けて葛木は、慎二に向かうのを止め、窓から校庭に出て行ってしまった。

 

 

上階では、セイバーがゴーレム達を蹴散らしていた。そこに、ようやくライダーのサーヴァントが現れ、セイバーに襲い掛かって来る。

鎖の付いた鉄杭の攻撃を交わし、セイバーの剣がライダーを貫く。

「ふふっ……」

しかし、胸を貫かれたライダーは、何故か笑みを浮かべる。そして、徐々に姿が変わっていく。紫のローブを羽織った、キャスターの姿に。

「お……お前は?」

驚くセイバーの前で、キャスターは、無数の光の蝶に姿を変えて消え去ってしまった。

 

 

ゴーレムを蹴散らし、士郎達はようやく一階に辿り着いた。そこで、士郎達は脅えて廊下に蹲る慎二を見つける。責めたてる凛に対して、慎二は叫ぶ。

「ち……違う、僕じゃない、僕じゃないいいいいっ!」

話の噛み合わない慎二に疑念を抱き、士郎は化学室に入る。そこで士郎が見たものは、壁にめり込み、首が拉げて項垂れるライダーの姿だった。

士郎達の見る前で、ライダーは崩れ落ち、消滅していった。

ライダーが消滅するのと同時に、学校に張られていた結界も消えて無くなった。

凛は、ライダーを殺した犯人を慎二に問い詰めるが、慎二は答えず、

「次に狙われるのは、お前達だからな!」

の捨て台詞を残して逃げてしまった。

セイバーと合流した士郎達は、セイバーと戦ったのはキャスターの分身であった事を聞く。ゴーレムを操っていたのもキャスターの分身で、結界の発動を利用して、逆にライダー達を罠に嵌めた事を知る。

 

その後、教会に連絡し、倒れた教師や生徒達の処置を依頼した。皆、衰弱していたが、命に係わるような状態では無かった。

動揺して、殆ど呆然としていた凛は、冷静にてきぱきと対処した士郎を見て言う。

「衛宮くん……随分冷静なのね?意外だった……」

「冷静じゃ無いぞ、怒りで我を忘れていただろ。」   

「それでも、皆の傷を把握してたじゃない……私には、できなかったけど……」

「別に大した事じゃない……死体は見慣れているだけだ。」

「見慣れてる?」

更にその後、外界との繋がりも元に戻ったので、アーチャーも現れた。校内には、倒れた生徒達を病院に運ぶため救急隊員が入って来たので、士郎達は校舎裏の雑木林に移動する。

学校内に、もうひとりマスターが居る事を知った士郎達は、まずはキャスターのマスターを見つけ出す事が先決との判断をするのだった。

 

 

日が暮れた頃、葛木は柳洞寺に帰って来た。

石段を登った先、山門の前で、キャスターとアサシンが葛木を出迎える。

「お帰りなさい。お勤めご苦労様でした、宗一郎様。」

真っ先に、キャスターが労いの声を掛ける。

「うむ……今日は、助かった。」

「勿体無いお言葉です……宗一郎様こそ、見事なお手際でした。」

キャスターは、葛木に寄り添って、一緒に境内に入って行く。

アサシンは、黙ってそれを見届けていた。

 






今回の話は殆ど原作通りですが、キャスター側をメインにして書いてみました。
葛木対ライダー戦も含めて、キャスター陣営が、どのようにこの混乱利用したかを妄想してみました。

でも、主役のアサシンは、何もしないで門の前に立っていただけです。
まあ、門番を命じられているのに学校まで行く訳にはいかないので……


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《 第四話 》


葛木がキャスターのマスターだと疑い、その帰り道で罠を張る士郎達。
一方、アーチャーはこの待ち伏せメンバーから外されます。
ところが、これ幸いとばかりに、単独行動でアサシンに戦いを挑んでしまいます。
果たして、その結末は……




 

早朝、柳洞寺の山門から、葛木とキャスターが姿を現す。通勤する葛木を、キャスターが見送りに来ていた。

「宗一郎様、セイバーとアーチャーのマスターが、あなたの事を嗅ぎまわっています。しばらくは、ここに留まる方が安全かと?」

「心配無い。学校内では、おいそれと手は出せまい。まだ正体が割れていない内は、下手に休むのも業務に支障をきたす。」

「はい……分かりました。お気を付けて。」

いまひとつ納得のいかない表情で、キャスターは葛木を見送る。例によって、葛木の姿が完全に見えなくなるまで見送った後、境内に戻って行く。山門の前に立つアサシンには、一切目を呉れる事無く。

 

 

士郎達は、士郎の親友で柳洞寺の住職の息子でもある“柳洞一成”から、葛木が3年前から柳洞寺に住んでいる事、2週間前からその婚約者という女性も同居している事を聞き、葛木がキャスターのマスターだと疑い、葛木の帰り道で罠を張った。

 

日が暮れた後、士郎、凛、セイバーの3人は、市街地から少し離れた、潰れたガソリンスタンドに来ていた。

「ここから柳洞寺まで一本道だから、葛木は必ずここを通るわ。ここで罠を仕掛けて、迎え撃つ。おあつらえ向きの場所でしょ?簡易的ではあるけど結界を張ったから、外から見られるのはアウトだけど、防音だけは完璧よ。」

「凛、アーチャーはどうしたのですか?」

セイバーが問う。

「アーチャーは置いて来たわ……今は、アーチャーとキャスターを会わせたくないの。」

凛は、士郎との同盟関係について、アーチャーと揉めていた。“同盟を組むのならキャスターの方が有効”というアーチャーの考えを、抑え付けていた。

 

 

 

丁度その頃、アーチャーは柳洞寺に来ていた。

石段をゆっくりと登り、山門に近づいて行く。そのアーチャーの前に、アサシンが姿を現す。

「生憎、キャスターもそのマスターも留守だ……もっとも、居ても通すつもりは無いが……」

足を止め、アーチャーが答える。

「知っている。私のマスターが、キャスターのマスターを襲撃中だからな。」

「お前は、参加しなくても良いのか?」

「ああ……“来るな”とのマスターの命令だ。」

「では……何用だ?」

「私の標的は、あんただ。」

「……お前は、不必要な戦闘を好まない、平和主義者では無かったのか?」

「そうだ……だから、これは必要な戦闘という事だ。」

「……そうか……」

「あんたの記憶が戻ると、私の目的の妨げになるやもしれん。なら、記憶の戻らない今の内に片をつける……トレース・オン!」

アーチャーの両手に、白と黒の夫婦剣“干将・莫耶”が投影される。

「投影魔術……だと?」

「行くぞ!」

アーチャーが、アサシンに斬り掛かっていく。

 

 

 

潰れたガソリンスタンドに、葛木が近付いて来る。士郎と凛は建物の中に、セイバーは木の陰に隠れている。葛木がスタンドの手前に差し掛かったところで、凛がガンドを放つが、現れたキャスターによりそれは防がれてしまう。

「忠告した筈ですよ、総一郎様。このような事があるから、あなたは柳洞寺に留まるべきだと。」

「そうでも無い、実際に獲物が釣れた。」

これで、葛木がキャスターのマスターである言は確定した。凛は士郎に指示を出すが、士郎はそれを拒んで、キャスター達の前に出て行く。

「遠坂に衛宮か?間桐だけでは無く、お前達までマスターとはな……魔術師とはいえ、因果な人生だ。」

葛木が言う。その葛木に、士郎は質問を返す。

「葛木、あんた、キャスターに操られてるのか?」

「その質問の出所は何だ、衛宮?疑問には、理由がある筈だ。言ってみるがいい。」

「あんたは、魔術師じゃない。まともな人間だろう?なら、キャスターがやっている事を知らないんじゃないかって思ったんだ。」

「キャスターがやっている事だと?」

「そいつは柳洞寺に巣を張って、町中の人間から魔力を集めてる。ここ最近のガス漏れ事故や昏睡事件は、全部そいつの仕業だ。このまま放っておけば、いずれ死んじまう人間も出るだろう。」

「成程、確かに初耳だ……だが、それは悪い事なのか?衛宮?」

「何だって?!」

葛木の回答に、士郎は愕然とする。

「キャスターも、随分半端な事をしているな。一息に命を奪った方が、効率がいいだろうに。」

「あんたは、無関係な人間が巻き込まれてもいいって言うのか?」

「構わんな、他人が何人死のうと、私には関係無いことだ。私は魔術師では無いし、聖杯戦争とやらにも興味は無い、誰と誰が殺し合おうと構わん……私は、そこいらに居る朽ち果てた殺人鬼だよ。」

「そうか、では、ここで死しても構わぬのだな?キャスターのマスターよ!」

葛木の言葉に激昂したセイバーが飛び出し、葛木に向かって突進して行く。

しかし、葛木は肘と膝で、セイバーの剣を受け止めてしまった。

「何?」

「侮ったな?セイバー!」

そして、魔術で強化された拳で、セイバーを圧倒する。大きなダメージを喰らい、セイバーはスタンドの奥に弾き飛ばされてしまう。

「そんな……馬鹿な?」

驚く士郎と凛。

「マスターの役割を、後方支援と決め付けるのはいいがな、例外は常に存在する。私のように、前に出るしか能の無いマスターも居るという事だ。」

 

 

 

斬り掛かるアーチャーに対し、アサシンはナイフで剣撃を受ける。しかし、剣に対してナイフでは得物の大きさに差が有り、徐々に追い詰められていく。そうしている内に、ナイフは弾かれてしまう。

「貰った!」

アーチャーの剣が、アサシンを捕えるかと思われたが、アサシンの姿が消えて空振りに終わる。

「ぬっ……何処に行った?」

魔力を探るが、感知できない。そして、突如死角に出現して、銃撃を放つ。

「くっ!」

何とか剣で銃撃を受けるアーチャー。体勢を立て直し、再びアサシンに斬り掛かる。アサシンは、今度は攻撃を飛び避けて、投げナイフで攻撃する。これも、アーチャーは剣で弾き返す。

剣撃で決めきれないと判断すると、アーチャーは戦法を変える。

「トレース・オン!」

弓と剣を投影し、剣を矢に変えて放つ。

強力な光の矢が、アサシンに迫る。アサシンは飛び避けて交わすが、矢は軌道を変えてアサシンを追尾して来る。

「ちっ……」

狭い石段では、逃げ場も少なかった。脇の林の前に追い詰められたアサシンに、光の矢が迫る。

「time alter double accel!!」

アサシンの動きが加速し、寸でのところで矢を交わす。

「何っ?」

驚くアーチャー。背後の雑木林の一部が、光の矢によって派手に吹き飛ばされる。

“あれは……固有時制御か?……あんなものを常時使われたらやっかいだが、記憶が無いから、反射的に発動しているだけか?”

 

その後も攻防は続く。

終止アーチャーの方が優勢だったが、土壇場では固有時制御が発動するため、あと一歩のところで決められずにいた。

「ふん……これでは、埒が明かない……」

小競り合いを続けながら、アーチャーは呪文を唱え始める。

「I am the bone of my sword……」

そして、一旦アサシンから離れて距離を取り、最後に言う。

「……Unlimited Blade Works.」

突然、アーチャーとアサシンを包む景色が一変する。

見渡す限りの荒野、そこには無限の剣が、まるで墓標のように刺さっている。

「これは……固有結界か?」

「ご覧の通り、貴様が挑むのは無限の剣……剣撃の極地、その身に受けるがいい!」

 

 

 

倒れたセイバーにはキャスターが向い、葛木は凛達に迫る。

凛は葛木に向かってガンドを放つが、素早い動きで全て交わされ、腹部に強烈な一撃を喰らい後方の手摺に叩きつけられてしまう。

「遠坂あああああっ!」

士郎は、強化木刀で葛木に飛び掛かるが、いとも簡単にそれは砕かれ、葛木の正拳を何発も喰らってしまう。倒れそうになるが、項垂れる凛が視界に入って、何とか踏み止まる。

“殺される、こいつを止められなければ、遠坂が死ぬ!……武器、強い武器が欲しい!そうだ、あいつが持っていたような!”

「トレース・オン!」

士郎の両手に、アーチャーが持っていた白と黒の夫婦剣が投影される。

「はあああっ!」

士郎はその剣で、葛木の正拳を弾く。

「?!……うそ?」

それを見た、凛が驚く。

「マスター!」

そこに、キャスターの叫び声が響く。復活したセイバーが、葛木に切り掛かる。だが、間一髪、キャスターが葛木を抱えて飛び避ける。

「せ……セイバー……うっ!」

士郎は、そこで力尽きて跪く。

上空から、攻撃をしようとするキャスターを、葛木が制止する。

「待て……ここまでだ、引くぞキャスター。」

「は……はい、マスター。」

葛木の助言を聞き入れ、キャスター達はそのまま姿を消した。

セイバーは、心配して士郎に寄り添ってくる。そこで、士郎の投影した剣は消失する。

そんな士郎に、凛が問い質す。

「衛宮くん、それは何?あなたの魔術って、強化だけじゃ無かったの?」

「あ……いや、そうだけど、始めに出来た魔術が投影で……」

「それ、頭に来るくらい聞いてない!」

 

 

 

固有結界の中では、既に勝負はついていた。

アーチャーは弓を引いて、あとは矢を放つだけの体勢で佇んでいる。その矢の先に、酷く傷付いたアサシンが蹲っている。フードも口を覆う布も粉々に引き千切られ、その素顔が晒されている。

しかし、アーチャーは矢を放たなかった……いや、放てなかった。同じ体勢のまま、体は小刻みに震えていた。眉間にシワを寄せながら、唇を噛みしめている。

「……どうした?……何故、止めを刺さない?」

アサシンには、もうその矢を交わすだけの力は残っていなかった。ただ、右手の指を離すだけで決着がつくのに、アーチャーにはそれが出来なかった。

「ひとつ聞きたい……あんた、本気じゃ無かったんじゃないのか?」

「……何故?そう思う……」

事実、途中からアサシンは、無意識の内に本気を出せなくなっていた。但し、本人にその自覚は無かった。

しばらくの間硬直した後、アーチャーは弓を収めてしまう。

「……止めだ……」

アーチャーは、固有結界も解く。二人は、再び柳洞寺の石段に姿を現す。

「……何故だ?私が……邪魔なのでは無かったのか?」

「ふん……気が変わった。まだ、あんたには、利用価値があるかもしれないからな……」

そう言い残して、アーチャーは去って行った。

 

 

 

しばらくして、キャスターと葛木が柳洞寺に戻って来た。葛木はそのまま境内に入って行ったが、キャスターは、山門の脇に蹲っているアサシンのところに寄って来る。

「随分と手酷くやられたようね……相手は誰?アーチャーかしら?」

アサシンは、何も答えない。

「でも、ここを通った形跡は無い……門番の責務は果たしたようね?それとも、情けを掛けられたのかしら?」

アサシンは、やはり答えない。

「ふん、役に立たない男……」

そう言い捨てて、キャスターは境内に入って行ってしまった。

 






アサシンを討てなかったアーチャー。
過去の自分は殺せても、やはり特別な他人を、簡単に殺す事はできませんでした。
一方のアサシンも、本能的にアーチャーの正体に気付き、本気で戦う事ができませんでした。

キャスターは、どうにもアサシンが気に入らない模様。
そんなキャスターが、次に狙うのは……


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《 第五話 》

アサシンに代わる手駒を、手に入れたいキャスター。
いろいろと暗躍を進めます。
事態がキャスター有利に展開して行く中、アサシンは……




その日柳洞寺には、衛宮士郎の家の近所に住み、彼の姉替わりでもある“藤村大河”が墓参りに来ていた。

山門には、霊体化したアサシンが門番をしている。大河はアサシンに気付く筈も無く、その前を通り過ぎて境内に入って行く。

アサシンは、しばらくの間じっと大河を見詰めていた。そして、持ち場を離れ、大河の後に付いて行ってしまう。

 

境内の裏の墓地の墓の前で、大河は礼拝をしている。その背後には、何故か付いて来てしまったアサシンが、霊体のまま佇んでいた。

礼拝を終え、大河は境内の方へ戻って行く。しかし、アサシンは動かず、大河が拝んでいた墓をじっと見続けていた。

“何故だ?……どうして、私はこの墓が気になるのだ?”

大河は境内に戻る参道に差し掛かるが、その前に、ひとりの女性が現れる。

「あら?あなたは?」

紫の、魔術師の服装のままのキャスターは、大河に向かってにっこりと微笑んだ。

「え?」

突然、酷く酔いが回ったように、大河の視界が回り出す。

「な……どうなって……」

そのまま意識を失い、大河はキャスターの胸に倒れ込んでしまう。

「ふふふふふ……」

キャスターは、マントを広げて大河を包み込む。すると、手品のように、大河の姿は何処かに消えてしまう。

キャスターはそのまま立ち去ろうとするが、墓地に佇むアサシンに気付く。

「あ……あの男……」

ずしずしという感じで、墓地まで歩いて行くキャスター。墓を見詰めて微動だにしない、アサシンに向かって叫ぶ。

「アサシン!こんな所で何を油売ってるの?早く持ち場に戻りなさい!」

キャスターの叱咤で我に返り、アサシンは無言で山門に戻って行く。そのアサシンを、キャスターは不満げに睨み付けていた。

“本当に、気に入らない男……でもどうして、こんなにも嫌悪感を感じるのかしら?”

 

 

どうしても、アサシンに代わる手駒を手に入れたいキャスターは、士郎達を罠に嵌めた。

士郎、凛、セイバーの3人が新都に出掛けたのを見計らい、冬木大橋に罠を仕掛けた。3人をまんまと結界の中に閉じ込め、大河を人質に、士郎にセイバー共々自分の軍門に降る事を要求する。

しかし、士郎は非道なキャスターと組む事だけは断固として拒んだ。その代わりに、大河と引き換えに、令呪ごと自分の左手を差し出そうとして来る。

それに反してセイバーが斬り掛かって来るが、大河が巻き込まれる事を恐れた士郎は、最後の令呪でセイバーを制止してしまう。キャスターはその隙を見逃さず、彼女の宝具“ルールブレイカー”をセイバーの胸に突き刺す。これにより、セイバーとの契約を士郎から奪い取り、自らの左手の甲に新たな3つの令呪を得るのだった。

キャスターは大河を士郎に返し、もうマスターでも無くなった士郎も見逃そうとするが、未だマスターの凛だけは別だった。早速セイバーに、令呪で凛の始末を命じる。だが、士郎が身を挺して凛を庇い、凛の身代わりでセイバーに右肩を貫かれる結果となる。

キャスターは続けて凛を討つ事を命じるが、今度はセイバーが必死に抵抗し、

“逃げて!”

と士郎に叫び、自らの攻撃まで逸らしてしまう。キャスターは、令呪にさえ抗うセイバーの耐魔力に驚嘆する。

そこに、結界を破ってアーチャーが救援に駆け付け、凛達には逃げられてしまうが、セイバーを配下に敷く事には成功するのだった。

 

 

その夜、柳洞寺の山門で、ひとり佇むアサシンの前に、キャスターが姿を現す。

「何か異常は無かった?アサシン?」

「……おかしな鳥を、見掛けたくらいだ……」

そう言って、アサシンは自分の足元を指差す。そこには、鳥の姿をした使い魔の残骸が転がっていた。

「監視役の使い魔ね……アインツベルンの小娘が、もう少し無能なら、教え子にしてあげても良かったのに……」

“アインツベルン?”

その名前に、聞き覚えがあるように感じるアサシン。

そんなアサシンに、キャスターは笑みを浮かべながら語り出す。

「今迄、ご苦労だったわねアサシン。でも、もうここを護ってもらう必要も無くなったわ。」

そうして、キャスターはアサシンの令呪の付いた、右手を前に翳す。

「あなたはもう用済よ、自害なさい!」

残った全ての令呪を使い、キャスターはアサシンに命令を下す。アサシンの体は勝手に動き出し、自らのナイフで、自らの胸を突く。

「ぐはあああああっ!」

口から大量の血を吐き、アサシンはその場に蹲る。

その時、アサシンの脳裏に記憶の波が押し寄せる。今この瞬間、失っていた全ての記憶が蘇る。

「そ……そうか……僕は……」

最後にそこまで言って、アサシンは崩れ落ち、姿を消していく。

「結局、何者だったのかしら?この男……でも、もういいわ……」

冷たく言い放ち、キャスターはその場を後にする。

 

続いて、キャスターは言峰教会に向かった。

言峰綺礼に、聖杯の器のありかを問い掛けるが、それに対して綺礼は言う。

「サーバントが最後のひとりになるまで、聖杯は現れない。」

「それは大きい方でしょう?小さい方は、ここに隠してあるんじゃないの?」

しかし、頑なに答えない綺礼に、キャスターは見切りを付ける。自分で探すから良いと、ゴーレムで綺礼に襲い掛かる。八極拳で対抗し、中庭に逃げる綺礼。しかし、圧倒的物量差に仕留められてしまう。ただ、キャスター自身は、その最後を見取ってはいなかった。

 

教会を乗っ取ったキャスターは、教会内を捜索するも、小聖杯は発見できなかった。見つけるまでは、ここに陣取る事を決めたキャスターに、葛木も同意し拠点を言峰教会に移す。

そして、セイバーを完全に自分の傀儡とするために、令呪による苦痛と恥辱を与えていた。

セイバーは、教会の地下の祭壇のところに、キャスターの趣味で純白のドレスに着せ替えられ、両手を糸で縛られ繋がれていた。

セイバーは、令呪による支配に必死に抵抗していたが、それは自身に厳しい苦痛を与える事になっていた。

 

 

キャスターが、拠点を言峰教会に変えた事を知った凛は、キャスターがセイバーを完全に支配する前に倒すべきと、アーチャーと共にキャスター討伐に向かう。

それに付いて来ようとする士郎には、

“あなたは、もうマスターじゃないのよ!”

と言って突き放す。

その一方でアーチャーには、士郎が自分から降りると言わない限りは、士郎との同盟関係は破棄しない事を告げていた。

 

言峰教会に着き、乗り込む直前に、凛はアーチャーに言う。

「キャスターは、必ずここで倒す。そうすれば、セイバーだって元に戻って、士郎と契約し直せるでしょう。」

この言葉に、アーチャーの表情が変わる。しかし凛は、それに気付いていなかった。

 

士郎は、止められたにも関わらず凛達を追って来ていた。

遅れて教会内に忍び込んだ士郎は、教会の地下で、囚われのセイバーとキャスター達と対峙している凛達を見つける。

凛は、宝石魔法でキャスターに攻撃を仕掛ける。葛木が介入しようとして来るが、それをアーチャーに託す。だが、間に割って入ったアーチャーが跳ね飛ばしたのは、凛の方だった。階段の下まで突き飛ばされ、戸惑う凛。

「な……何するの?アーチャー?」

「さてキャスター、ひとつ尋ねるが、お前の許容量にまだ空きはあるか?以前の話、受ける事にするよ。」

土壇場で、アーチャーはキャスターに寝返ってしまう。

キャスターはこれに応じ、ルールブレイカーをアーチャーの胸に指す。これによって、凛の令呪と契約も、キャスターに奪われてしまう。

呆然とする凛に、葛木が迫る。そこに、士郎が飛び込んで来る。凛を庇って葛木に挑み、一度は強化した棒を砕かれてしまうが、再び白と黒の夫婦剣を投影して葛木の拳を弾く。だが、そこまでが限界で、セイバーに受けた傷の痛みで蹲ってしまう。そんな二人を、キャスターのゴーレムが取り囲む。

「待てキャスター、お前の軍門に降るには、ひとつだけ条件を付けたい……」

アーチャーは、この場では士郎達を見逃せと要求する。もう士郎達に何の脅威も感じないキャスターは、この条件を呑む。

この場は、大人しく引き下がろうとする凛に、アーチャーは言う。

「恨むのなら筋違いだぞ、凛。マスターとして、この女が優れていただけの話だ。私は強い方を取る。」

「そうね……けど、後悔するわよ。私は絶対に降りない。いい、キャスターを倒して、あんたを取り戻す。その時になって、謝っても許さないんだから……」

凛は唇を噛み締め、その場を後にした。

 

教会を出て、凛は士郎に、傷も癒えていないのに何故あんな無茶をしたのか問う。

“凛が好きだから”

と臆面も無く答える士郎に、照れながらも勇気付けられる凛。

更に士郎は、遠坂家で見つけて勝手に持って来てしまったと、凛がアーチャーから返されたペンダントを渡す。同じ物を以前拾い、衛宮家で持っていると言う士郎の言葉に、凛は衝撃を受けるのだった。

 

 

 

その後アーチャーは、キャスターに教会の周りの警護を命じられていた。

ひと通り見回った後、アーチャーは一旦教会に戻って来る。そこで、中庭に佇む葛木を見つけ、近寄って行く。

「何か用か?」

「いや何、今迄、あんたを知る機会は無かったと思ってね?」

葛木の横に、並んで立つアーチャー。葛木は最初は無言だったが、少しして、アーチャーに自分の事を語り始める。

「私は、自分を育てなかった人間だ。自分の欲というやつが薄い。そんな私が、うまく言えないが、あの女の願いを叶えてやりたいと思った。これは、人間らしい欲望だと思うのだが……」

アーチャーは、その考え方が誰かに似ていると思ってしまうが、何も言わなかった。そうして、持ち場に戻ろうとして歩き出し、ふと立ち止まる。

「ひとつ聞き忘れていた。あんたが思う、正しさとは何だ?」

「そうだな、例え自分の選択が間違いであったとしても、後悔はしない事だろう……」

その言葉は、アーチャーの胸を深く抉った。顔を顰めながら、アーチャーはその場を後にする。

 

葛木と別れた後、アーチャーは教会の外の見回りに戻る。

そして、何かに引き寄せられるように、裏手の雑木林の中まで歩いて行く。その先には、ひとりの男が立っていた。黒と灰色の軽装の鎧に身を包み、赤いフードで顔を隠しているサーヴァントが……

「驚いた……キャスターは、あんたを消去したと言っていた。令呪で自害させられたそうだが、消滅していなかったのか?」

「僕は、正規のサーヴァントじゃ無い……だから、令呪の縛りも不完全だ。令呪で、完全に支配される事は無い……」

「ん?……その自称……記憶が戻ったのか?」

「ああ……」

「そうか……それで、私に何か用か?」

すると、アサシンはフードを取り、素顔をアーチャーに見せて頭を垂れる。

「……すまない……」

「何?」

「お前がそうなったのは……僕のせいだ……」

しばしの間、2人は無言で見詰め合う。そして、アーチャーが先に口を開く。

「ふっ……よしてくれ。別に、私がこうなったのはあんたのせいじゃ無い。例え、そのきっかけを与えたのがあんただったしても……」

「どうしても、士郎を殺すのか?」

「ああ……邪魔をするのなら、あんたでも容赦はしない。次は、確実に殺す。」

今度は、しばし無言で2人は睨み合う。そして、アサシンが先に口を開いた。

「分かった、お前の邪魔はしない。これは、お前達の問題だ。僕が口を挟む事じゃ無い……但し、ひとつ提案がある。」

「提案?」

キャスターの目の届かない所で、しばらくの間、2人は密談を交わすのだった……

 





セイバーのみならず、アーチャーまで奪い取る事に成功したキャスター。
もう用済みという事で、アサシンを破棄してしまいます。
しかし、アサシンは消滅してはいませんでした。
失っていた記憶を取り戻し、ここからが本番です。


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《 第六話 》


セイバー・アーチャー奪回のため、イリヤに協力を求めに行った士郎達は、そこで居る筈の無い、8番目のサーヴァントの存在を知る事に……
更には、その場にアサシンまでもが現れて……




 

士郎と凛は、キャスターを倒してセイバーとアーチャーを取り戻すために、他のサーヴァントの協力を求めようとする。

ランサーはマスターの素性が分からないため除外し、バーサーカーの協力を得るため、冬木市郊外のアインツベルンの城に向かっていた。

その道中で、凛は士郎に、士郎が凛に返したペンダントの事を語る。士郎とアーチャーが別々に同じペンダントを持っていたが、本来それはひとつしか無い筈の物である言を。

その事実により、士郎も凛も、薄々アーチャーの正体に気付き始めていた。

 

アインツベルンの城に辿り着いた士郎達を待っていたのは、意外な光景だった。

城のあちこちは崩れ、大穴も開いている。庭には、イリヤに仕えていたと思われる召使い達の死体もあった。更に城の中からは、激しい轟音が響いている。二人は、警戒して裏側から城の中に入り、玄関のホールに向かう。そこでは、金髪の見た事も無い男と、バーサーカーが戦っていた。

それを見た士郎達は驚く、あのバーサーカーが一方的に攻められ、複数の武器に体を貫かれているのだ。

「貴様の敗北は決定した。どうだ?どうあれ死ぬのなら、最後に荷物を降ろすというのは?」

バーサーカーはそれらの武器から、イリヤを抱え込んで庇っていた。

「裸の貴様なら、まだ我を仕留める余地があるぞ。」

しかし、バーサーカーは金髪の男の言う事は聞かず、イリヤを離して、その前に仁王立ちして対峙する。

「そうか……では、主共々、死ぬがいい。」

金髪の男の背後に、無数の時空の歪が発生する。そして、その時空の歪から、無数の宝具と思われる武器が現れる。それらは、一斉にバーサーカーを襲う。バーサーカーは巨大な石斧剣で、その武器を悉く弾く。時空の歪は、バーサーカー達の背後にも現れ、イリヤに目掛けても放たれる。バーサーカーはこれにも反応し、素早くイリヤの背後に回って武器を弾く。

必死に戦うバーサーカーを見て、涙ぐみながらイリヤが叫ぶ。

「負けないで……バーサーカアアアアアアッ!」

この声に反応して、雄叫びを上げ力を増すバーサーカー

「ならば……最大の試練をくれてやる!」

新たな時空の歪が現れ、更に強力な武器の嵐がバーサーカーを襲う。弾ききれずに、また幾つもの武器に体を貫かれるバーサーカー。それによって命を落とすが、直ぐに蘇生して立ち向かう。

「これで11、いよいよ後が無くなったな!ヘラクレス!」

更に襲い掛かる武器の嵐に貫かれ、とうとうバーサーカーは沈黙してしまう。

士郎達は、圧倒されて、その光景をただ見ている事しかできなかった。

「早々に主を見捨てていれば、勝ち目はあったものを……」

そう呟いて、金髪の男はバーサーカーに近付いて行く。

しかし、バーサーカーはまだ死んではいなかった。再び動き出し、金髪の男に襲い掛かろうとする。だが、時空の歪から今度は無数の金の鎖が放たれ、あっという間にバーサーカーは絡め取られ、完全に動きを封じられてしまう。

「戻りなさい!バーサーカー!」

このままではバーサーカーが殺されると、イリヤは令呪で霊体化を命じるが、バーサーカーは霊体化する事ができなかった。

「な……何で?私の中に帰れって言ったのに……」

「無駄だ人形!“天の鎖”、この鎖に繋がれた者は、神であろうと逃れる事はできん!いや、この男のように、神性が高いほど餌食となる。令呪による空間転移など、この我が許すものか。」

そして、黄金の巨大な矢が、動けないバーサーカーの胸を貫いた。これにより、バーサーカーの12個目の命も尽き、バーサーカーは完全に沈黙した。

「や……やだよ、バーサーカアアアッ!」

泣いて、バーサーカーに寄って行くイリヤ。金髪の男は、時空の歪から剣を一本取り出し、そんなイリヤの両目を切り裂いた。

「ああああああっ!」

両目を抑え、その場に蹲るイリヤ。

「い……痛い……痛いよ!バーサーカー!」

それを見た士郎は、怒りに任せて飛び出しそうになる。それに飛び付いて、乗っかって抑え込む凛。

「てめ……」

叫ぼうとする士郎の口を両手で塞いで、士郎を必死で止める。

「お願い……我慢して、士郎……」

更に、金髪の男は手に持った剣をイリヤに突きたてる。その剣が、イリヤの胸を貫こうとした瞬間、イリヤの姿が消失する。

「何?!」

驚く金髪の男。すかさず後ろを振り向くと、背後には、イリヤを抱いたアサシンの姿があった。

『アサシン?!何で?』

士郎と凛も、アサシンの登場に驚く。

“誰?私を抱いているのは?バーサーカー?……ううん、違う……でも、何だろう?すごく、安心できる……まるで、母様に抱かれているみたいな……”

イリヤは、何とも言えないぬくもりを感じていた。

「何だ貴様?それは、我の獲物だ!横取りは許さんぞ!」

「それは、こちらの台詞だ。お前に、この娘は渡せない!」

「戯けたことを……」

その時、沈黙した筈のバーサーカーが動き出した。

「何?!」

さしもの金髪の男もこれには驚いたが、飛び掛かる直前で、またも時空の歪からの武器に貫かれ、今度こそ消滅していった。

「呆れた男よ……最後の最後に、己が神話を乗り越えたか……」

金髪の男は、最後はバーサーカーに、敬意を示すような言葉を漏らす。

 

その隙に、城の中庭まで逃げ出して来たアサシン。しかし、そこに高らかに金髪の男の声が響き渡る。

「そこまでだ、こそ泥!」

気付くと、360度、全方位を時空の歪が取り囲んでいた。そして、城の屋根の上に金髪の男が姿を現す。

「今ならまだ許す。その人形を置いて、早々に立ち去れ。さも無くば、人形諸共串刺しになるぞ!」

しかし、アサシンは応じない。

「断る!この娘は人形なんかじゃ無い……人間なんだ!」

「ならば、その娘と一緒に死ねい!」

時空の歪から、武器が飛び出す。全方位から、アサシン目掛けて飛んで来る。

「time alter square accel!!」

アサシンは、固有時制御を発動する。今迄よりも何倍も高速で動き、全ての武器の攻撃を交わす。そのまま、一気に城を抜け、森の中へ消えて行った。

「何だと?!」

この動きは、金髪の男でも追いきれなかった。気付いた時にはもう、アサシン達の姿は何処にも見つから無かった。

「お……おのれ……」

 

 

このどさくさの間に、士郎達も城を抜け出していた。

たまたま見つけた廃屋の前で、士郎と凛は、先程の謎のサーヴァントとバーサーカーの戦いについて話していた。

「何なのよあの金ピカ?何で、8人目のサーヴァントが居るのよ?」

「あの男……何の英霊なんだろう?」

「湯水のように宝具を使ってたけど、ひとりの英霊が、あんなに無限に近い宝具を持てるの?あれじゃあ、何処の英雄か絞り込めもしないじゃない。」

少し考え込んだ後に、士郎が言う。

「もしかしたら、武器自体が宝具じゃ無いのかも……」

「え?」

「奴が使った武器は、どれも見た事も無い物ばかりだった。もしかしたら、あれは宝具の元となった武器じゃないのか?だとしたら、相当古い物だ。大昔に、全ての財を自分の物にしていた者……」

凛は、はっとする。

「世界最古の英雄王、ギルガメッシュ?!」

「そして、その宝物庫が、奴の宝具……」

それを聞いた凛が、呆れたように言う。

「それなら、バーサーカーが倒された事も納得いくわね……それだけの武器があれば、相手の弱点を突く事なんて、造作もないでしょうから……」

また、二人は考え込んでしまう。

「けど……とりあえず金ピカは後回しね。まずは、キャスターを何とかしなくっちゃ。頼みのバーサーカーがやられちゃったんじゃ、あたし達だけでやるしか無いわ。」

「お前達だけでは無理だ。」

『何?!』

突然割り込んで来た声のする方を向いて、士郎と凛は驚く。そこには、イリヤを抱いたアサシンが立っていた。

「イリヤ!」

イリヤの目には、包帯が巻かれていて、彼女は眠っている。

心配そうにイリヤを見詰める士郎に、アサシンは言う。

「心配はいらない。この娘の治癒能力は、常人の何倍も優れている。数日もすれば、目は元通り見えるようになる。」

「そ……それで、私達に何の用なの?アサシン!」

ガンドを放つ体勢をして、身構える凛。

「この娘を、頼む。」

『え?』

士郎と凛が、同時に反応する。

「衛宮家で、保護して欲しい。」

「何だって?」

「馬鹿を言わないで!何で私達が、そんなぶっそうなお子ちゃまを保護しなきゃいけないのよ!」

「ただでとは言わない。」

「はあ?」

「この娘を保護してもらえるなら、お前達に手を貸そう。」

「何ですって?」

凛は、何をふざけているんだという顔をする。

「キャスターの手下が、何で私達に手を貸すのよ?」

「既に、私とキャスターの契約は切れている。」

「そんなの、信用できる訳無いでしょ!」

「待ってくれ、遠坂。」

それまで黙っていた、士郎が会話に割り込む。

「あんた、いったい何者だ?」

「……」

「何で、イリヤを助けた?自分のマスターでも無いのに……それを、どうして敵である俺達に託すんだ?」

「……すまない、今は、理由は言えない。」

「はあ?それじゃ、お話にならないわ!そんなんでどうやって、私達にあんたを信じろって言うのよ!」

「……」

アサシンは、それ以上語らない。

しばらく、沈黙が続く。その沈黙を破ったのは、士郎だった。

「……分かった。」

「え?」

驚く凛。

「イリヤは、俺達で保護する……セイバー奪回に、手を貸してくれアサシン。」

「ちょ……ちょっと待ちないよ!士郎!」

ひとり、取り乱す凛。

「感謝する。」

アサシンは士郎に近づき、イリヤを渡す。士郎は、丁寧にイリヤを抱きとめる。

「では、出陣の時に、お前達のところに行く。」

そう言い残して、アサシンは去って行った。

その間、凛はずっと何かしら喚いていたが、士郎は完全にそれを無視していた。

「ちょっと士郎、何とか言いなさいよ!」

痺れを切らす凛に、ようやく士郎が答える。

「大丈夫だ遠坂、あのサーヴァントは、信用できる。」

「な……何を根拠に言ってるのよ!」

「ん?……アーチャーから聞いてなかったのか?柳洞寺でアーチャーに襲われた時、俺を助けてくれたのは、あのアサシンだ。」

「え?何、それ?私、聞いてない……」

「それに……俺は、あのサーヴァントを、昔から知っているような気がするんだ……」

「はあ?何なのよ、それ?」

凛は、どうにも納得がいかない顔をし続けていた。

 

 

新都にある、古びた洋館。

第三次聖杯戦争の時に、エーデルフェルト家のマスターが使用していた建物だが、その後放置されたままになっていた。

誰も居ない筈の洋館の一室に、明かりが灯っている。中には、妖しい二人の男が居た。死んだ筈の、聖杯戦争の監督役の神父“言峰綺礼”と、金色の髪の、居ない筈の8人目のサーヴァント“ギルガメッシュ”であった。

顔を顰めて、ギルガメッシュは綺礼に問い掛ける。

「何だ、あのサーヴァントは?あんな英霊、我は知らんぞ。アーチャーのような、紛い物の守護者か何かか?」

少し考え込んだ後、綺礼は逆にギルガメッシュに問い掛ける。

「待て、アサシンは、イリヤスフィールを助けたのだな?」

「そうだ。」

「奴は、以前には衛宮士郎も助けている……そうか、そういう事か?」

綺礼は、うっすらと笑みを浮かべている。

「何か分かったのか?」

「ギルガメッシュ、悪いが、ここは私のやり方でやらせてもらいたい。」

「何だと?……ならば、まずは納得のいく説明をしろ!」

「よかろう……」

綺礼は、自分が出した結論を、ギルガメッシュに語るのだった。

 






イリヤを助け、そのイリヤを士郎に託すアサシン。
そんなアサシンに、士郎は何故か親近感を覚えてしまいます。
更に、アサシンは士郎達に手を貸しますが、アーチャーとも、何やら密約を交わしています。

一方で、生きていた綺礼はどう動くのか?


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《 第七話 》


いよいよキャスターとの最終決戦。
原作では、キャスター達を騙し討ちするのはアーチャーですが、この話では……
その後は、原作通り士郎を狙うアーチャー。

教会でそんな騒動が起こっている頃、衛宮家では……




 

イリヤの回復力は予想以上に高く、目の傷は一晩でほぼ完治していた。

しかし、バーサーカーを失ったショックは大きく、イリヤは、衛宮家に来ても臥せって寝込んだままだった。

ただ、士郎達にはイリヤに気遣っている余裕は無かった。イリヤは奥の間にそのまま残し、出陣の準備をしてアサシンを待つ。

そして、門の前で待つ士郎達の前に、アサシンが現れる。

「準備はいいか?」

「ああ。」

3人は、一路言峰教会を目指す。

 

 

言峰教会に辿り着いた士郎と凛を、アーチャーが出迎える。アサシンは、姿を消している。

「遅かったな凛。それで、どんな手を打った?君ともあろう者が、無策という事はあるまい?」

アーチャーがそう言うと、士郎と凛の前に、アサシンが姿を現す。

「驚いたな……私を失って、直ぐに他のサーヴァントと契約したのか?いや、君の移り気も中々のものだ。」

「あんたと一緒にしないで!契約なんてしてないわよ!そもそも、このサーヴァントを引き込んだのは士郎よ!」

アーチャーの皮肉に、凛が即行で返す。

アサシンは、士郎達の数歩前に出る。

「ここは任せろ……お前達は、先へ行け。」

「あ……ああ、分かった。頼んだぞ、アサシン!」

そう言って、士郎達は教会へ走って行く。アーチャーはそれには目をくれず、アサシンと対峙する。

「では、始めようか?」

「そうだな……」

アサシンとアーチャーの3度目の対決が始まる。

 

 

教会の地下、アーチャーと教会の周囲を監視していたキャスターが驚く。

「な……何故?アサシンが……確かに、令呪で自害させたのに……」

「何か問題が生じたのか?キャスター。」

うろたえているキャスターに、葛木が問い掛ける。

「い……いえ……ご心配には及びません。マスター……」

葛木にそう答え、自分にも言い聞かせるキャスター。

“そうよ……いかにアサシンが生きていたとはいえ、あの男は、一度アーチャーに敗れている。アーチャーが足止めしている限り、ここには来られない。私達の相手は、あの小娘と未熟な坊やだけよ……”

 

 

教会の中、地下室に降りる階段の前で、士郎と凛は、戦略の再確認をする。

「本当に、キャスターを任せていいんだな?遠坂。」

「ええ……とことんまで追い詰められるだろうけど、それでも手は出さないで。士郎は、葛木先生をできるだけ引き離してくれればいい。」

「分かった。」

 

地下に降りた2人を、キャスターと葛木が出迎える。

「せっかく助けてあげた命なのに、わざわざ捨てにやって来たのかしら?お嬢さん?」

「捨てに来たんじゃ無くて、取り返しに来たのよ。とことん気に食わない、あなたを倒してね!」

言葉で牽制し合う、キャスターと凛。キャスターの後ろでは、祭壇に囚われたセイバーが、気を失って倒れている。

そして、両陣営戦闘態勢に入る。

キャスターは、攻撃用の魔法陣を自分の周りに展開し、宙に浮かぶ。凛は、魔力を込めた宝石を握り締める。士郎は、白と黒の夫婦剣を投影する。葛木は、静かに士郎に正対する。

 

 

教会の外では、アサシンとアーチャーの戦闘が開始されていた。

投げナイフを放つアサシン。アーチャーは白と黒の夫婦剣でこれを弾き、接近して斬り掛かる。アサシンは姿を消し、死角から銃撃する。アーチャーは、これも剣で弾く。

再び、斬り掛かるアーチャー。アサシンは、今度は二刀のナイフで受ける。だが、徐々に圧されていき、また姿を消し、死角から銃撃する。何度も銃撃を浴びせる事でアーチャーの剣を砕くが、アーチャーはまた新しい剣を投影する。

その内にアーチャーは戦法を切り替え、追尾する矢をアサシンに放つ。アサシンは逃げ回ってできるだけ引付け、土壇場で固有時制御を発動してこれを交わす。

既に、柳洞寺の石段で散々行った攻防である。以前の戦いを見た者であれば、明らかに戦っている振りと見抜けるだろうが、以前の戦いを見ていないキャスターには、それは見抜けなかった。

しばらくして、アーチャーは攻撃を止める。

「思ったより、キャスターを苦しめているようだ……監視の目がやんだ。」

それを聞いて、アサシンもナイフを収める。

「では、手筈通りに……」

「ああ、分かっている。」

 

 

キャスターは、魔方陣から凛に攻撃を浴びせる。凛は、宝石魔術で防御壁を張って、これを防ぐ。しばらくは、その繰り返しであった。

士郎は、夫婦剣で葛木の正拳を弾き続ける。何度か剣を砕かれるが、その度に再投影して挑む。しかし、それにも限界があり、徐々に追い詰められて行く。そして、とうとうその身に連打を喰らい、壁に叩きつけられてしまう。

ここで、凛は攻撃に転じた。今出来る最大の魔術で、一気にキャスターを攻撃する。

だが、その攻撃は難無くキャスターに防がれてしまう。衝撃を受ける凛に対して、キャスターは勝利を確信し、魔方陣を消して床に降りて来る。ところが、これが凛の作戦だった。

凛は、予め落としていた宝石を発光させ、キャスターの目を眩ませる。

その隙に一気に間合いを詰め、魔力で強化した手足で、護身術の突きをキャスターに喰らわせる。

「はうっ!」

胸に強烈な一撃を喰らい、吐血するキャスター。

「あ……あなた……魔術師のくせに……殴り合い……なんて……」

「お生憎様!今時の魔術師ってのは、護身術も必須科目よっ!」

今度は、足技でキャスターのバランスを崩す。そこに、更にもう2撃加えて、キャスターを砕けた柱まで吹き飛ばす。

「あああっ!」

項垂れるキャスター。だが、もう一息というところで……

「そこまでだ。」

いつの間にか、葛木が、凛の真後ろまで間合いを詰めていた。

「きゃあああっ!」

凛は、葛木の正拳で弾き飛ばされてしまう。

「遠坂っ!……ううっ!」

何とか立ち上がり、駆け寄ろうとする士郎だが、まだ葛木に受けたダメージが残っており、数歩進んでまた倒れてしまう。

「勝機を逃したな……4度打ち込んで決められなかった、お前の未熟だ。」

葛木は、静かに言い放つ。

「か……感謝します、マスター……あなたが居なければ、あのまま倒されていました。」

ようやくキャスターは起き上がり、葛木に歩み寄る。

そして、凛に止めをさそうと、魔力を高め、自分の前に巨大な魔方陣を作り出す。

「本当に……あなたは良くやったわ、でも、それもここまで……」

万策尽きて、凛は目を閉じ、悔しさに唇を噛み締める。

「さようなら、お嬢さん。」

キャスターが、魔方陣から攻撃を放とうとしたその時……

「起源弾!!」

突如、背後に出現したアサシンがキャスターを撃ちぬいた。

「うぐっ!」

蹲って、顔だけを後ろに向けるキャスター。

「な……何を……うっ……あああああああああっ!」

突然苦しみ出し、悲鳴を上がるキャスター。体から魔力が放出していき、魔術回路が崩壊していく。

「な……何故、生きているの?……あなた……」

苦しそうに、アサシンに問うキャスター

「僕は不完全なサーヴァントだ……故に、完全な契約もできない……令呪では、僕は殺せない。」

「ふん……それで……私に……仕返しに来たという訳?」

「まさか……僕は、そんな感情では動かない……サーヴァントとして呼び出された、責務を果たしただけだ。僕は、“魔術師殺し”なんでね。」

「ふっ……あなたに感じた嫌悪感は……そういう事だったのね……正に……私の天敵……」

前を向き、葛木の方を見詰めるキャスター。葛木は、こんな状況にも関わらず、全く動じていない。

「そ……そういちろう……さま……」

よろけながら、葛木のところまで歩いて行くキャスター。

「も……もうしわけ……ありません……わたしは……もう……」

葛木に、もたれ掛るキャスター。

「心配するな。お前の願いは、私が叶える。」

葛木は、静かに言い放つ。

「そ……それは……むりでしょう……だって……わたしのねがいは……さっきまで……かなっていたの……ですから……」

そこまで言って、キャスターは消滅してしまった。

葛木は、アサシンに近付いて行く。既にキャスターが消滅したため、拳の強化も解けている。それでも、歩みを止めない。

「や……やめろ葛木、もう、戦う理由は無い筈だ!」

士郎が叫ぶ。

「理由はある。私が、一度やると決めた事だ。途中で止める訳にはいかない。」

「……そうか……」

葛木の言葉に、アサシンは静かに返し、ナイフを構える。

そこで、葛木は駆け出し、一気に間合いを詰めて拳を繰り出す。しかし、アサシンは難無くこれを交わし、すれ違いざまに葛木の喉元を切り裂いた。葛木は、そのまま崩れ落ちた。

「終わったか?」

階段の上に、アーチャーが姿を現す。

「ああ……済んだ……」

アサシンが答える。

そのやりとりを見ていた、凛が言う。

「あんた達、まさか手を組んでたの?……もしかしてって、思ってたけど……」

そんな凛に、アーチャーは答える。

「言ったろう凛、私は、強い方をとると……」

「これで、私の役目は終わった。」

アサシンは、ゆっくりとアーチャーに近付いて行く。階段を登り、すれ違いざまに二人は小声で会話を交わす。

「この後は、私の好きにさせてもらう。」

「分かっている……僕は、一切手出ししない……だが、ひとつ聞いておきたい。お前が士郎を殺すのは、お前のためか?」

「何?……どういう意味だ?」

「いや……お前が、自分のために動くとは思えなかったんでね。」

「では、誰のためだと言いたいんだ?」

しかし、アサシンはその問いには答えず、そのまま地下室を出て行ってしまった。

「セイバーっ!」

ようやく起き上がった士郎が、令呪の縛りから解放されたセイバーに駆け寄って行く。

その後ろで、アーチャーが呟いた。

「トレース・オン。」

「し……しろう……」

士郎に抱き起されたセイバーの目に、士郎に迫る無数の剣が映った。

「あぶない!」

セイバーは、飛び付いて士郎をその場から遠ざける。直後、先程まで士郎が居た場所に、幾つもの剣が突き刺さる。

「ちっ、外したか……」

士郎を狙ったのは、アーチャーだった。そして、攻撃の前の言葉を、士郎は確かに聞いた。

“トレース・オン……確かに奴は口にした。寸分違わず、俺と同じ言葉を……“

凛は、アーチャーを叱り付ける。

「アーチャー、何のつもり?芝居はこれで終わりでしょ?キャスターは倒したんだから、もう勝手な真似は許さないわよ!」

「許さない?何故、俺が許されなければならない?俺のマスターでも無いお前に……」

「え?」

突然、無数の剣が、サークル状に凛を囲むように刺さる。凛は、剣の檻に閉じ込められてしまう。

「お前との契約は切れている。」

「ま……まさか……そのために、キャスターに契約を書き換えさせたの?」

「そうだ……自らの手で衛宮士郎を殺す……それだけが、守護者と成り果てた俺の、唯一の願望だ!」

セイバーは、残り少ない魔力で立ち上がり、剣を構えて士郎を護ろうとする。

「アーチャー……あなたは、まさか?」

「いつか言っていたな、セイバー。俺には、英雄としての誇りが無いのかと……当然だよ。俺に残ったものは、馬鹿げた後悔だけだった……俺はねセイバー、英雄になど成らなければ良かったんだ。」

何かに気付き、はっとするセイバー。

「退いているがいい、騎士王。マスターが居ない身で無茶をすれば、直ぐに消えるぞ。もう、衛宮士郎はお前のマスターでは無い。」

「私は彼を護り、剣となると誓った。契約が無かろうと、この制約に変わりはありません!」

「そうか……ならば!」

アーチャーは白と黒の夫婦剣を投影し、セイバーに斬り掛かる。セイバーは懸命に受けようとするが、魔力が無く、鎧を纏う事もできず、力負けして吹き飛ばされてしまう。

蹲って項垂れるセイバーに、アーチャーは切っ先を突き付けて言う。

「では、偽りの主共々、ここで消えろ……」

「うおおおおおおおおっ!」

そこに、アーチャーと同じ剣を投影した、士郎が斬り掛かって来る。アーチャーは、難無くその剣を受けて言う。

「ほう?あとしばらくは竦んでいるものと思ったが……」

「うるさい!相手を間違えるな!」

アーチャーは、そんな士郎を一蹴りで吹き飛ばしてしまう。

「うわっ!」

「人真似も、そこまで行けば本物だ。だが、お前の体は、その魔術行使に耐えられるかな?」

「う……うううっ!」

激しい頭痛に、士郎は苦しみ出す。

「分不相応の魔術は身を滅ぼす。それともまさか本気で、自分が大成するとでも思っていたのか?」

「うるさいっ!」

苦しみながらも立ち上がり、アーチャーに挑む士郎。しかし、結局は剣を砕かれ、その場に両手を付いて項垂れてしまう。

「それが、衛宮士郎の限界だ。無理を積み重ねて来たお前には、相応しい幕切れだろう。」

アーチャーは、項垂れる士郎の前で、大きく剣を振り上げる

「告げる!汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に!聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うなら……」

突然、凛がセイバーに向かって右手を伸ばし、契約の呪文を唱える。

アーチャーは、それに気付き阻止しようとするが……

「てやあっ!」

士郎が回り込み、アーチャーに斬り付けて食い止める。

「ちいっ!」

「……我に従え!ならばこの命運、汝の剣に預けよう!」

りんの右手の甲に、新たな3つの令呪が刻まれる。セイバーは立ち上がり、凛に向かってその手を伸ばす。

「セイバーの名に懸け誓いを受ける。あなたを我が主と認めよう、凛!」

セイバーと凛が、眩い光に包まれる。直後、凛を閉じ込めた剣の檻が砕かれ、銀の鎧の身を包んだセイバーと、凛の姿がそこに現れる。セイバーは魔力を取り戻し、体からは青いオーラを放っている。だが、アーチャーは動じる事無く、静かに問い掛ける。

「どうする、セイバー?凛と契約した以上、お前は本当に衛宮士郎とは無関係になった訳だが?」

「言った筈です、アーチャー。士郎との誓いは無くならないと。」

セイバーは、剣を構える。

「あなたこそどうするのです?今の私を相手にして、勝機があるとは思わないでしょう?」

「ふん、高々魔力が戻った程度で、よくもそこまで強気になる。」

アーチャーは、一気に間合いを詰めて斬り掛かる。セイバーは悉くそれを交わし、一撃でアーチャーの剣を砕く。更に次の一撃で、アーチャーにダメージを与えたばかりか、床まで大きく抉ってしまう。

「ここまでです、アーチャー。先程の言葉を返します。マスターを失い、魔力の供給もままならない、今のあなたに何ができる?」

「ふん……アーチャーのサーヴァントには、単独行動の技能が与えられていてな、マスターを失ったとしても、2日は存命できよう。それだけあれば、あの小僧を仕留めるのには充分だ。」

「馬鹿な!まだそんな事を言うのですか?……アーチャー、あなたの望みは間違っている。」

「ふん、間違っているか……それはこちらの台詞だ、セイバー。お前こそ、何時まで間違った望みを抱いている?何も残せなかったのでは無い、全てをやりきった上での終わりだと考えられないのか?」

「そ……それを知っている……やはり、あなたは?」

アーチャーは、剣を床に落とし消滅させる。

「俺はアーチャーだ。元より、剣で戦う者じゃ無い。まあもっとも、その弓すら、借り物の贋作だがな……」

アーチャーの体から、白いオーラが立ち昇り始める。

「真髄を見せよう……それが俺に出来る、お前への最大の返礼だ……I am the bone of my sword.」

「や…止めろ、アーチャー……私は、あなたとは……」

「Unkown to Death. Nor known to Life.」

魔力の渦が、アーチャーを包み込む。

「セイバー、いつかお前を解き放つ者が現れる。だが、今の俺の目的は、衛宮士郎を殺す事だけだ。それを阻むのなら、この世界はお前が相手でも容赦はせぬ……」

そしてアーチャーは左手を前に翳し、最後の呪文を唱える。

「Unlimited Blade Works.」

突如、周りの景色が一変する。見渡す限りの荒野、そこには無限の剣が、まるで墓標のように刺さっている。

「固有結界?心象世界を具現化して、現実を侵食する大禁呪……つまり、あんたは剣士でも無ければ弓兵でも無くて……」

「そう……生前、英霊となる前は、魔術師だったという事だ。」

凛の問い掛けに、回答するアーチャー。

「俺が持ち得るのは、この世界だけだ。宝具が英霊のシンボルだと言うのなら、この固有結界こそが俺の宝具。武器であるのならば、オリジナルを見るだけで複製し貯蔵する。それが俺の、英霊としての能力だ。」

「これが……こんな荒野が、あなたの行き着いた先だと言うのですか?」

「ふん……言ってくれるな?試すか、セイバー?お前の聖剣、確実に複製して見せよう。こちらも自滅を前提にした投影だが、相打ち程度には持っていけるだろう……だが、聖剣同士が衝突した時、果たして周りの人間は生きていられるものかな?」

「あいつ……」

士郎は、アーチャーを睨み付ける。

アーチャーは、頭上に複数の剣を投影する。

「交わすものいいが、その場合、背後の男は諦めろ。」

アーチャーは、頭上の剣を放つ。身構えるセイバー。その時、士郎がセイバーの横を駆け抜け、アーチャーに向かって行く。

“今迄、散々真似して来たその道理。法則に間違いが無いのなら……”、

「トレース・オン!」

士郎は、飛んで来る剣を次々と投影し、悉く相殺していく。

“早く……上手く……より強く……俺には、あの構造が見えている……”

「ふざけてんじゃ……ねえええええええっ!」

全ての剣を、相殺する士郎。

「し……士郎?!」

「手を出すなセイバー!こいつとは、俺がやる。俺がやらなきゃならないんだ!」

「待って士郎、まだ今のあなたじゃ……」

止めようとする凛に、士郎は言う。

「遠坂、それにセイバーも、もうこいつの正体は分かっているんだろう?」

「ええ、サーヴァントはあらゆる時代から呼び出される。現在と過去、そして、まだ見ぬ未来からも英霊と成る者なら呼び出せる。かつて自分が生きていた時代、生きていた街に呼び出されるサーヴァントが居ないとは限らない……」

「その機会だけを待ち続けた……ただ、その時だけを希望にして……ようやく、俺の望みが叶うのだ。」

凛の言葉に応じ、アーチャーは、士郎を睨み付けて言葉を返す。

「アーチャー、衛宮士郎という人間の理想、英雄としての姿があなたの筈だ。その理想が、何故自分を否定するのです?」

セイバーが、再び問い掛ける。

「俺はお前のように、自らの光で英雄になった者じゃない。死後の自分を売り渡す事で英霊になった、守護者に過ぎないからな。」

「守護者とは死後、抑止力となって人間を守る者と聞きます。なら、経緯は違えど、同じ英霊ではないですか?」

「それが間違いだセイバー。守護者は、人など救わない。守護者というものが、自動的な装置である事は知っていた。死後、己が存在を守護者に預けた者は、輪廻の枠から外れ、人類史を護る道具になるのだと。それでも誰かを、窮地にある誰かを救えるのなら、それでいいと思った。だが、実際は違った。既に起きてしまった事、作られてしまった人間の業を、その力で無にするだけ。霊長の世に害を与えるであろう人々を、善悪の区別無く処理する殺戮者……そんな者は、唯の掃除屋に過ぎない。」

誰も、言葉を返せない。アーチャーは、更に続ける。

「確かに俺は、理想通りの“正義の味方”とやらになったが、その果てで得たものは、後悔だけだった。守護者となった俺は、抑止力として、世界のバランスを崩す者と戦った。命じられるがままに、数えきれない程の人間を殺し、殺した人間の数千倍の人々を救ったよ。それが、終わる事など無かった。そこでようやく、自分が抱いていたものが都合のいい理想論であった事を悟った。

誰も死なせないようにと願ったまま、大勢のためにはひとりには死んでもらった。誰も悲しませないようにと口にして、その陰で、何人かの人間には絶望を抱かせた。それがこの俺、“英霊エミヤ”の正体だ。そんな男は、今の内に死んだ方が世のためだとは思わないか?」

ようやく、セイバーが言葉を返す。

「英雄と成る筈の人間を殺してしまえば、その英雄は誕生しないとあなたは考えるのですか?それは無駄です。あなたは既に、守護者として存在している。時間の輪から外れているのです。今の士郎を消滅させたところで、あなた自身は消えはしない。」

「そうだな……だが、可能性の無い話ではあるまい?潰える物が肉体だけでは無く、精神を含めるのなら、少なくともこの世界に、“正義の味方”などという間違いは現れまい。」

「アーチャー……あなた、後悔しているの……」

涙ぐみながら、凛が問い掛ける。

「無論だ。」

「ふっ……それじゃやっぱり、俺達は別人だ。」

「何?」

それまで無言で聞いていた、士郎が口を開いた。

「俺はどんな事になったって、後悔だけはしない。お前が俺の理想だって言うんなら、そんな間違った理想は、俺自身の手で叩き出す!」

士郎のその言葉に、かつて葛木から聞いた言葉が、アーチャーの頭の中で重なり合う。

“例え自分の選択が間違いであったとしても、後悔はしない事だろう”

「その考えが、そもそもの元凶だ。お前もいずれ、俺に追いつく時が来る。」

「来ない……そんなもの、絶対に来るもんか!」

「そうか……確かに来ないな……ここで逃げないのなら、どうあれ貴様に未来は無い。」

『トレース・オン!』

アーチャーと士郎は、同時に夫婦剣を投影し、お互いに向かって歩き出す。

「俺の剣聖についてこられるか?僅かでも精度を落とせば、それがお前の死に際だ……」

2人は同時に駆け出し、剣を交える……

 

 

 

その頃、衛宮家の玄関から、出て来る男がひとり……

黒の司祭服を着た、厳つい様相の神父、言峰綺礼である。綺礼は、脇に少女を抱えていた。それは、イリヤスフィールだった。

門を出て、そのまま去ろうとする綺礼の前に、別な人影が現れる。その人影を見て、綺礼は笑みを浮かべる。

「ふん……やはり現れたか、アサシン……いや……」

「言峰、お前にイリヤは渡さない。」

ナイフを構え、奇礼に斬り掛かろうとするアサシン。しかし、その行く手を青い影が遮る。

「おっと、まずは俺の相手をしな。」

「お前は……ランサー!」

ランサーが、アサシンの行く手を阻む。

「ランサー、この場は任せる。もう一切止めはしない、決着が付くまで戦うがいい。」

奇礼は、令呪を使ってランサーに足止めを命じる。

「ふん、初めて納得のいく命令をくれたじゃねえか!じゃあ、思う存分、楽しませてもらうぜ!」

「くっ……」

ランサーがアサシンの足止めをしている間に、綺礼はイリヤを連れ去ってしまった。

 






キャスターを倒すのは、アーチャーでは無くアサシンです。話の中でも書きましたが、本職は“魔術師殺し”ですから。
そして、去り際にアーチャーにひと言……これが、後で利いてきます。戦いには直接関わりませんが、アーチャーの心を大きく揺さぶります。

後半はほぼ原作通りですが、一旦凛を連れ去って再戦では無く、そのままここで決戦となります。
アサシンが士郎達に加勢したんで、ランサーの出番は別なところで。
悪側に付くというより、純粋に戦いに殉ずるランサー。アサシンとの決着は次回で……


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《 第八話 》


序盤は、アーチャー対士郎の自分同士の戦いです。
決着が付いた後、再びギルガメッシュが姿を見せます。

その一方で、衛宮家の前ではアサシンとランサーの戦いの決着が……
そして士郎達は、ついにアサシンの正体を知る事になります。




 

固有結界の中で、アーチャーと士郎の戦いが続く。

セイバーと凛は、黙ってその戦いを見詰めていた。例えどのような結果になろうとも、他者の介入による結末では、この2人は絶対に納得しないと知っているから……

 

最初は一方的にアーチャーが優勢だったが、戦う度に士郎は成長していき、互角に迫って来ていた。何度倒され、傷付いても、士郎は立ち上がり、その傷は回復していく。

“ちっ……奴の体の中に聖剣の鞘が有る限り、決定的なダメージを与えなければ直ぐに回復してしまう……やはり、先に奴の心を折らなければ……”

アーチャーに、焦りが見え始める。

アーチャーは、斬り掛かって来る士郎の腕を受け止め、士郎に問い掛ける。

「聞くが、お前は、本当に正義の味方になりたいと思っているのか?」

「何を今更……俺はなりたいんじゃ無くて、絶対になるんだよ!」

アーチャーの腕を払い、斬り掛かる士郎。アーチャーをそれを交わし、お互いの腕を絡ませて、士郎と背中合わせになる。

「そう……絶対にならなければならない。何故ならそれは、衛宮士郎にとって唯一の感情だからだ。例えそれが、自身の内から現れたもので無いとしても……」

「くっ……」

「ほう?その様子では、薄々感づいてはいたようだな?俺にはもう、かつての記憶は無い。だが、それでもあの光景だけは覚えている。一面の炎と、充満した死の臭い。絶望の中で助けを乞い、叶えられた時の感情。衛宮切嗣という男の、俺を助け出した時に見せた安堵の顔を……それが、お前の源泉だ。助けられた事への感謝など、後から生じたものにすぎない。お前はただ、衛宮切嗣に憧れた。あの男の、お前を助けた時の顔が、あまりにも幸せそうだったから。自分もそうなりたいと思っただけ……」

その言葉は、士郎の心に大きく響く。

“そう……あの時、救われたのは俺の方じゃ無い。誰一人生存者が居ない大火災。助かる筈も無い子供と、居る筈の無い生存者を見つけた男……どちらが奇跡だったかと言えば、それは……”

「子が親に憧れるのは当然だ。だが、最後に奴はお前に呪いを残した。お前はあの時、正義の味方にならなくてはいけなくなった。お前の理想は、ただの借物だ。衛宮切嗣という男が取り零した理想、衛宮切嗣が正しいと信じたものを、真似ているに過ぎない。」

「そ……それは……」

「正義の味方だと?笑わせるな!誰かのためになれと、そう繰り返し続けたお前の思いは、決して自ら生み出したものでは無い!そんな男が他人の助けになるなどと、思い上がりも甚だしい!」

アーチャーは士郎の剣を砕き、士郎の足に剣を突き刺した。

「がはあああああっ!」

苦しんで、跪く士郎。

「そうだ!誰かを助けたいという願いが、綺麗だったから憧れた!」

士郎に斬り付けるアーチャー。士郎は、何とか後方に飛び退き、再び剣を投影する。

「故に、自身から零れ落ちた気持ちなど無い!」

更に、襲い掛かるアーチャー。

「これを偽善と言わず、何と言う!」

猛攻を続けるアーチャー。士郎は、防戦一方になってしまう。

「その理想は破綻している……自身より他人が大切だという考え、誰もが幸福であって欲しい願いなど、空想の御伽噺だ。そんな夢でしか生きられないのであれば、抱いたまま溺死しろ!」

「ぐはああああっ!」

決定的に近い傷を受け、倒される士郎。

『士郎!』

セイバーと凛が叫ぶ。流石に、これで勝負がついたと思われた。

士郎は、肉体だけで無く、心も打ちのめされていた。アーチャーと剣を交える度に、アーチャーの守護者としての記憶も、士郎の中に流れ込んで来ていた。それは、無限に続く地獄のようなものだった。

士郎は、仰向けに倒れ、朦朧とした意識の中で考える。

“あいつの言う事が正しい……俺は、切嗣のあの表情に憧れた。正義の味方に……全ては、借り物の理想だった……だけど……何か、納得ができないことが……”

10年前の、大火災の様子が士郎の脳裏で蘇る。まるで、臨死体験のように、士郎は外からそれを見ていた。唯一生き残った少年を、見つけ出し助け出す切嗣の姿を……地獄のような光景の中、その一角だけが、光り輝いて見えている……

“……そうだ、確かにきっかけはそうだが、俺は感じたんだ”美しい“と……全てが偽りの俺でも、この気持ちは偽りの無い俺の感情だ。俺の行動が間違いだらけであっても、”誰かのためになりたい“という思いが、間違いの筈は無いのだから……”

士郎の傷が、再び回復していく。

「何?!」

そして、士郎はまた立ち上がろうとする。

「何故立つ?」

アーチャーは、両手の剣を士郎目掛けて投げ付ける。

「お前には……負けられない!」

士郎は、新たな剣を投影してアーチャーの剣を弾く。その剣は、今迄の物より遥かに精度が上がっていて、アーチャーの剣と比べても遜色が無かった。

「誰かに負けるのはいい……でも、自分にだけは負けられない!」

「ようやく入口に至ったか……だが、それでどうなる?実力差は歴然だと、骨の髄まで理解できた筈だが?」

「手も足もまだ動く……負けていたのは俺の心だ。お前を正しいと受け入れていた、俺の心が弱かった。」

「何?」

「確かに、お前は正しいのかもしれない……でも、それが絶対じゃ無い!自分が納得できないのに、はいそうですかと受入られるか!それこそ、俺の正義じゃ無い!……お前が俺を否定するように、俺も死力を尽くして、お前という自分を打ち負かす!この思いは、間違い無く俺の意志だ!」

再度、アーチャーに挑む士郎。ここに来て、士郎の投影はほぼアーチャーと互角になった。アーチャーの剣とぶつかり合っても、簡単には砕けない。そればかりか、剣聖までもアーチャーのそれに匹敵していた。

“ええい、何を馬鹿正直に応じているんだ俺は……こいつにできるのはここまでだ。戦法を変えれば、まだ俺には付いて来られない。こいつを殺すなら、冷静に隙をついて……”

アーチャーは、士郎を蹴り飛ばして間合いを取る。そして戦法を変えようとするが、その時……

“お前が士郎を殺すのは、お前のためか?”

アサシンの言葉が、アーチャーの脳裏に浮かぶ。

“そうか……俺は、自分がこうなった恨みを、こいつにぶつけていいる訳では無い……世界のために、エミヤという英霊を抹殺したい訳でも無い……こいつのためだったんだ!俺と同じ思いを、こいつにさせないために……”

「うおおおおおおっ!」

士郎はまた立ち上がり、アーチャーに向かって突進して来る。

“だが、俺は知っている……そんな事、こいつには大きなお世話の筈だ。例え地獄のような未来しか待っていなくとも、こいつは決して退かない。こんな力押しで抑え込んでも、絶対に自分を曲げたりはしない……”

最後に残った剣で、アーチャーの胸目掛けて突いて来る士郎。それに対し、アーチャーは右手の剣を大きく振り上げる。

良くて相撃ち、大方はアーチャーの剣が先に士郎を捕えるタイミングだった。

しかし、アーチャーは途中で手を止めてしまう。士郎の剣が、アーチャーの胸に突き刺さった……

固有結界が消え、周りは元の教会の地下に戻る。

2人は交錯したまま、動きを止めている。

「俺の……勝ちだ……」

士郎が呟く。

「ああ……そして、私の敗北だ……」

アーチャーが、それに答える。

「ふっ……結局……私は、また同じ間違いを繰り返していただけだった……」

「はあ?……」

「こっちの話だ……だが、これだけは覚えておけ……善意を押し付ける事は、時として悪意になり兼ねないという事を……」

アーチャーの胸に刺さった剣が消滅し、士郎はよろけて数歩後退し、その場に尻餅を付いてしまう。アーチャーの持っている剣も、同時に消滅する。

「し…士郎……アーチャー……」

凛が、心配そうに2人を見詰める。

「ふふ……もう、私がここに居る意味も無くなった……早々に退散……」

「アーチャー!」

アーチャーの言葉の途中で、セイバーが叫ぶ。その直後、アーチャーの背中を、複数の剣が貫く。

「うぐっ!」

「楽しませてもらったぞ。偽者同士、実にくだらない戦いだった。」

階段の上に、金髪のサーヴァント、ギルガメッシュが立っていた。それに真っ先に反応したのは、セイバーだった。

「まさか……貴様?!」

「10年振りだな、セイバー……さて、理解したか?それが、本物の重みというものだ。如何に形を似せ力を似せようが、所詮は作り物、偽者が作り上げた贋作など見るもの汚らわしい……クズめ、他人の真似事だけで出来上がった偽者は、疾くゴミになるが良い。」

ギルガメッシュの周りに、幾つもの時空の歪が現れ、そこから無数の武器が放たれる。

それらは、士郎とアーチャー目掛けて飛んで来る。

アーチャーは、士郎を突き飛ばして庇いながら言う。

「イリヤを護れ……あの男と……」

「何?」

ギルガメッシュの攻撃が、アーチャーに集中する。無数の剣の雨に晒され、アーチャーの体は消滅していった。

「アーチャーっ!」

叫ぶ凛。

「他人を救う余裕があったとはな……」

ギルガメッシュは、冷たく言い放つ。それに激昂した凛は、ギルガメッシュに向けてガンドを放つ。

「このお……誰に断って、私のアーチャーに手を出してんのよっ!」

しかし、凛の攻撃はギルガメッシュを逸れてしまい、脇の壁に当たる。

「……死に底ないを先にするつもりだったのだが、順序が変わったな、小娘……」

ギルガメッシュの周りに、再び時空の歪が現れる。

「凛、下がって!」

セイバーがすかさず庇って、剣を構えて凛の前に立つ。

「何故、あなたがここに居る?アーチャー?」

『アーチャー?!』

士郎と凛が、セイバーの言葉に驚く。

「決まっていよう。前回の戦いが終わった後、我は消えずにこの世に留まった。」

「そんな馬鹿な?」

「我は、聖杯を浴びた唯ひとりのサーヴァントだ。この時代における受肉など、10年前に済ませている。そう、お前の功績だセイバー。お前が聖剣で聖杯を破壊したため、真下にに居た我が、聖杯の中身を浴びる事になった……」

「セイバーが聖杯を?」

「い……いやそれより、セイバーは、10年前の聖杯戦争でも召還されていたのか?」

凛と士郎が、次々に驚きの声を上げる。

「あれが何であるか、我は誰よりも熟知している。何しろその腸をぶちまけられ、中にある物を見たのだからな。だが……まあ良い。我が使うつもりであったが、今回は言峰の我儘に付き合ってやる事にしたのでな。」

「言峰?……あんた、綺礼とグルだったの?」

「グルも何も、この10年間の我の根城は、この教会だったからな。」

ギルガメッシュは、背後の時空の歪を消し、士郎達に背を向ける。

「本命は仕留めた、此度はここまでとしよう。こんな穴倉では、余興も色褪せる。」

そう言って、ギルガメッシュは教会を出て行った。

しばし呆然としていた士郎達だが、はっとしたように凛が切り出す。

「セイバー、10年前の事を教えて!あなたが聖杯を破壊したって、どういう事?何で、あの金ピカの事をアーチャーって……」

一方士郎は、ずっと考え込んでいた。

“何故、あいつはイリヤを護れと?それに、あの男って?……まさか、アサシン?”

士郎は叫ぶ。

「そうか!あのアサシンは……」

 

 

衛宮家の門の前では、ランサーとアサシンの攻防が続いていた。

ランサーの槍の攻撃を、アサシンは二刀のナイフで受け流す。時に姿を消し、死角から銃撃も試みるが、ランサーもこれをことごとく弾き返す。

「槍を引けランサー、今は、お前に構っている場合じゃ無い。」

「そうはいかねえ。何せ、令呪で命じられちまってるからな。それに、てめえもう時間がねえだろ?ここで決着付けねえと、そのままとんずらされ兼ねねえからな。」

ランサーは、アサシンの現界期限が迫っている事に気付いていた。

どちらも有効打が出ず、膠着状態が続く。今回は、焦っているのは、時間の無いアサシンの方だった。それでも、先に痺れを切らしたのは、やはりランサーだった。

「このままじゃ埒が明かねえ、俺の全魔力をつぎ込んで、一気に決めさせてもらうぜ!」

ランサーは、槍を両手で持って必殺技の構えを取る。今迄に無い程の、凄まじいオーラがランサーの体から発せられていく。

「今度は外さねえ……てめえの心臓貰い受ける!ゲイ・ボルク!!」

超高速で、ランサーはアサシンに向かって突進して行く。

「は……速い?!」

通常の反応では対応しきれないと、アサシンは固有時制御を発動する。

「time alter triple accel!!」

3倍速で動き、体を交わしながら槍を弾く。

しかし、時間はそこから巻き戻る。槍は弾く直前に戻り、3倍速でも交わせないタイミングで襲い掛かって来る。

「time alter square accel!!」

アサシンは、更に加速する。だが、それでも避け切る事はできなかった。

槍に胸を貫かれ、アサシンは、そのまま壁に串刺しにされた。

「ぐわっ!」

「ふっ……」

不敵に笑うランサー……しかし、直ぐにその表情が歪み、口から血を流し始める。

「……反則だぜ……その速さはよ……」

槍から手を離して、よろけて後ずさりするランサー。その心臓の位置に、アサシンのナイフが深く刺さっていた。

「へっ……あばよ……」

最後にそう言って、ランサーは消滅していった。同時に、アサシンを串刺しにしている槍も消滅する。アサシンの胸にはその傷跡が残っているが、心臓からは外れていた。

「くっ……」

心臓は逸れていたが、かなりのダメージを受け、アサシンは壁に背を付けたまま腰を落としてしまう。

「アサシン?!」

そこに、士郎達が戻って来た。家の門の前で傷付いているアサシンを見て、士郎達は駆け寄って来る。

その時、突如強風が吹いて、アサシンのフードが飛ばされて素顔が晒される。

「?!」

アサシンの素顔を見て、足を止める士郎達。そして、士郎とセイバーが叫ぶ。

「やっぱり……親父?!」

「あ……あなたは……切嗣?!」

一番驚いたのは、それを聞いた凛だった。

「ええっ?!……アサシンが、士郎のお父さんだったの?!」

 

士郎と切嗣の治癒のため、4人は一旦家の中に入る。

居間で、切嗣は自分のそれまでの経緯を、士郎達に語った。

「だ……だけど、どうして親父がサーヴァントに?」

「それは分からない。僕は、世界と契約もしていないし、英雄として語られる成果も残していない……何かの、イレギュラーとしか思われない。」

「あの……切嗣さん?」

凛が、少し遠慮がちに聞いて来る。

「何だい?」

「何で、綺礼はイリヤを連れ去ったんですか?あの金ピカも、最初イリヤを狙っていたけど……」

少し躊躇いながら、切嗣は答える。

「……イリヤは……あの娘は、聖杯の器なんだ。」

『ええっ?!』

士郎と凛が、驚きの声を上げる。セイバーは、特に驚きもせず、黙って聞いている。

「キャスターが探していた小聖杯、それがあの娘だ……僕の妻、イリヤの母親のアイリもそうだった。聖杯戦争のために、アインツベルンが造り上げたホムンクルスなんだ。」

「イリヤの母親が、あなたの妻って……じゃあ、イリヤは?」

「ああ……イリヤは、僕の実の娘だ……人間と、ホムンクルスのハーフだ。」

この言葉に、士郎と凛がまた驚く。

「そ…それで、綺礼の目的は?」

「聖杯を、完成させる事だろう。奴は、10年前もそれを望んでいた。」

「ちょっと待ってくれ親父。」

そこに、士郎が口を挟む。

「聖杯が完成したら、イリヤはどうなるんだ?」

「倒されたサーヴァントの魂は、一時的に器であるイリヤの中に蓄えられる。だが、それはイリヤの人間としての魂を蝕んで行く。全てのサーヴァントの魂を吸収した時には、もう完全な器と化し、人間としてのイリヤは死んでしまう。」

「ば……馬鹿な!そんな事が、許されていいのか?」

「その通りだ、絶対に、そんな事はさせない!」

「切嗣、」

今迄無言だった、セイバーが口を挟む。

「あなたは、10年前、私に聖杯の破壊を命じました。」

「……ああ……」

「あなたも、聖杯に触れていたのですか?あなたは、聖杯について、何か知っているのですか?」

しばしの沈黙の後、切嗣は答える。

「あの聖杯は、既に呪われている。」

「呪われている?」

「理由は知らないが、“人を殺す”という呪いに憑りつかれている。そのため、全ての願いを“人を殺す”という手段でしか叶える事ができないんだ。」

「何だって?」

「そんな物を、綺礼は完成させようとしているの?」

「そうだ……だから、聖杯は、絶対に完成させてはならない。イリヤを、助けるためにも。」

士郎も凛も、その意見に同意する。セイバーも、ゆっくりと頷いた。

「あの、切嗣さん。もうひとつ、教えて欲しいんですけど……」

凛が、再度切嗣に問い掛ける。

「あのギルガメッシュって……10年前、誰のサーヴァントだったんですか?」

「え?言峰じゃ無いのか?」

士郎が口を挟む。

「……10年前、アーチャーのサーヴァントを召喚したのは……“遠坂時臣”君の父親だ。」

「えっ?」

士郎が驚く。しかし凛は、そう予想していたのか、特に驚きは見せない。

「じゃあ……今、あいつが綺礼と組んでるって事は……」

そう言いながら、凛は俯いてしまう。そんな凛に、切嗣は静かに語る。

「僕も、詳しい事は知らないが……おそらく、君の考えている通りだろう……」

その後、凛は部屋を出て行ってしまう。士郎達は、掛ける言葉が見つから無いため、誰も追おうとはしなかった。

しばしの沈黙の後、切嗣が切り出す。

「士郎、セイバー、奴らと戦う前に、お前達に言っておく事がある。」

「え?」

「な……何ですか?切嗣?」

「セイバー、僕が10年前、君を召喚する時に何の触媒を使ったか知っているか?」

「い……いいえ、聞いていませんが?」

「それは、先の聖杯戦争の間、アイリの体の中に隠していた。最後の決戦の前に、僕の中に移し替えたが……」

「そ……それは……まさか?」

「そう……聖剣の鞘だ。」

「そ……それは、今何処に?」

セイバーは、体を乗り出して切嗣に問い詰める。

「士郎の体の中だ。」

『えええっ?!』

士郎とセイバーが、同時に驚く。

「10年前、焼け跡で士郎を見つけた時、酷く衰弱して危ない状態だった。あの鞘には、無限の治癒能力がある。僕は、士郎を助けたい一心で、士郎の中にそれを入れたんだ……」

士郎もセイバーも、驚きでしばらく言葉が出なかった。

その後、士郎がばつが悪そうに、セイバーを見て言う。

「す……すまない、セイバー……そんな大事な物を、ずっと俺が隠してたなんて……」

「いいえ……」

セイバーは怒るどころか、救われたような、安堵の表情を浮かべて答える。

「私は、先の聖杯戦争で、何ひとつ護れなかった事を悔いていました……でも、そうじゃ無かった。私は、あなただけでも救えていたんですね……良かった……本当に、良かった。」

セイバーは感動し、士郎は少し照れている。非常に話し掛け難い雰囲気になったが、切嗣は構わず続ける。

「ギルガメッシュとの戦いは、非常に厳しいものになる。おそらく、その鞘の力が必要になるだろう。」

「で……でも親父、それ、どうやって取り出すんだ?」

「投影と同じだ。」

「え?」

「自分の中で、“最強”をイメージするんだ。」

 

 

日付が変わった頃、切嗣、士郎、セイバーの3人が衛宮家の門から出て来る。聖杯の完成を阻止し、イリヤを助けに行くために。

少し遅れて、凛もそこに加わる。

「大丈夫なのか?遠坂?」

士郎が尋ねる。

「当然でしょ!私のアーチャーばかりか、父さんまで奪ったあいつらを、絶対に許さないんだから!」

 






アーチャーの思惑を、原作とは変えています。士郎を殺そうとする本当の理由は、士郎に自分と同じ思いをさせないためです。結局は、自分よりも他人(過去の自分ではありますが)のために行動していた事になります。それに気付き、アーチャーは剣を引いたという事です。いろいろ異論もあるかもしれませんが、まあ、私の勝手な妄想ですので、ご容赦願います。


ちょっと疑問に思ったのですが、第四次聖杯戦争で、セイバーは小聖杯しか破壊していないのでしょうか?そのため、聖杯の泥が流れ出して、未曽有の大火災が起こってしまったんでしょうか?
だとすると、それは何故なんでしょうか?
切嗣が“小聖杯を破壊しろ”なんて言う訳は無いので、そうなると、切嗣もセイバーも小聖杯だけを聖杯と勘違いしたのか?それともセイバーの耐魔力が強すぎて、必死に抵抗したから小聖杯しか破壊できなかったのか?
聖杯の器の提供元のアインツベルンのマスター切嗣が、聖杯の仕組みを知らないというのも変なので、やはりセイバーの耐魔力が原因ですかね?


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《 最終話 》


いよいよ、聖杯戦争の最終決戦です。
士郎達は、協力して最強の英霊ギルガメッシュに挑みます。
そして切嗣は、綺礼との因縁の対決に……
これが、最終話です。




 

柳洞寺に到着した切嗣達は、立ち込める膨大な魔力に驚く。

「魔力の密度が高い……10年前と同じです。おそらく、上ではもう……」

「聖杯の召還が始まっているのか?」

セイバーと士郎が言う。

「え?でも、まだサーヴァントは最後の一体になっていないんじゃ?」

「いや、今の段階でも、聖杯を誕生させる事は可能だ。10年前も、セイバーとギルガメッシュは残っていた。」

凛の疑問に、切嗣が答える。

「時間が無い、急ごう!」

切嗣達は、石段を駆け上がる。

 

山門をくぐると、本堂の前でギルガメッシュが待っていた。

「良く来たな騎士王、それと雑種ども。」

「ギルガメッシュ、あなたの望みは何だ?」

剣を構え、セイバーが問い掛ける。

「今のところは特に無い。言峰の願いを、優先してやっている……だが、強いて言えばそうだな、お前達と戯れる事かな?」

全員、戦闘態勢を取る。士郎は白と黒の夫婦剣を投影し、凛は魔力を込めた宝石を構える。

そんな切嗣達に、ギルガメッシュは言い放つ。

「その前に……切嗣と言ったか?お前は先へ行け。特別に、ここを通る事を許す。」

「どういう事だ?」

「言峰に頼まれてな。どうも、お前との直接対決を所望しているようだ。」

「親父、行ってくれ。こいつは、俺達に任せてくれ……イリヤを頼む!」

士郎が言う。

「分かった。」

切嗣は、この場を士郎達に託し、寺の裏手に向かう。

切嗣が去った後、凛が尋ねる。

「いいの?いくら綺礼が強いからって、サーヴァント相手に勝てるのかしら?」

「ふん、別に言峰が負けても構わん。その時は、お前達を始末した後、我があのこそ泥を殺すだけだ。」

「そうはいかない!あなたは、私達が倒す!」

セイバーが言う。

「忘れたかセイバー、お前は、10年前に我には勝てなかったであろう?」

ギルガメッシュの言葉に、士郎と凛が反論する。

「セイバーひとりじゃ無い!俺達だって居るんだ!」

「そうよ、私のアーチャーを奪った罪、その命で償ってもらうわ!」

しかし、そんな士郎達の意気込みを、ギルガメッシュは一笑に付す。

「笑わせるな!フェイカーと小娘が数匹加わったところで、何の足しにもならんわ!」

「ギルガメッシュ、人間の力を舐めるな!」

セイバーは怒りを露わにし、ギルガメッシュを睨み付ける。

こうして、士郎・凛・セイバー対ギルガメッシュの戦いの幕が開く。

 

 

切嗣は、柳洞寺の裏手の参道の前まで行く。

そこには、中空に大きく穴を開け、そこから黒い泥を吐き出す聖杯があり、その穴にイリヤが磔にされていた。穴から吐き出された泥は、その下に巨大な溜池のようなものを作っている。

言峰綺礼は、その前に立ち切嗣を迎える。

「待っていたぞ、衛宮切嗣……よもや、10年前の決着を、この手で付けることができるとは思わなかったぞ。」

切嗣は、綺礼を睨み付けて言う。

「僕は、お前との決着などには興味は無い。イリヤを降ろせ!」

珍しく、感情を剥き出しにする切嗣。

「そうはいかん。聖杯は現れたが、その穴はまだ不安定だ。接点である彼女には、命の続く限り耐えてもらわねば……」

「ならば、力ずくで取り戻すまでだ。」

「そうだ。それこそ、私の願いだ。」

奇礼は、10年前と同様に黒鍵を両手に構える。

「それは、死徒用の装備だろう?サーヴァントとなった僕には、効果が無い。」

「ふっ……それはどうかな?」

切嗣はナイフを構え、綺礼に向かって行く。綺礼も、同時に動き出し、切嗣に向って行く。中央で互いの武器を繰り出し、打合いが始まる。お互いの武器がぶつかり合い、激しい火花が飛び交う。

最初は互角だったが、徐々に綺礼の方が圧されていく。

「10年前と同じだと思うな。お前は、既に全盛期を過ぎている……更に、僕はサーヴァントとなった。身体能力は、10年前の比では無い。」

「ふん……そんな事は、承知の上だ。」

その時、突然切嗣の背後から、聖杯の泥が触手のように襲い掛かって来た。

「何?!」

とっさに、それを交わす切嗣。だが、そこに隙ができ、綺礼の黒鍵が切嗣の腕を切り裂く。

「ぐわっ!」

激しい血しぶきが飛び、ダメージを受けてしまう。

「ふふふ……こちらも10年前とは違う。一度聖杯の泥に呑まれた私は、この泥により生かされているのだ。大いなる悪“アンリマユ”も、私に味方してくれている。」

「何だと?」

「それに、お前は完全なサーヴァントでは無い。だから、この黒鍵でもダメージは与えられる。そもそも、お前が再び生を受けたのも、聖杯の導きだ。」

「何を言っている?」

「お前はサーヴァントであるキャスターが、触媒も無しに召喚した。そのため、正規の英霊は呼び出されず、この冬木に、聖杯に縁の強い霊体が選ばれた。更に、聖杯は私の願いも聞き入れていたのだ。お前との決着を付けたいという、私の願いをな。だから、お前を呼び出したのは、この私なのだ!」

嬉々とした表情で、綺礼は語る。

「そんなに望むのなら、決着を付けてやる……もちろん、お前の死という決着をな!」

そう言って、切嗣は本気で綺礼を始末にかかる。

「time alter double accel!!」

固有時制御を発動し、2倍速で綺礼に迫る。

「甘い!」

だが、泥の触手が、その速度に対応して切嗣に襲い掛かる。

「ならば……time alter triple accel!!」

速度を3倍に上げる切嗣、しかし……

「うぐっ!」

ランサーに貫かれた傷が影響し、急激な加速に耐えかねて、一瞬動きが止まってしまう。その隙に、泥の触手は切嗣の手足に絡み付く。

「ぐあああああああっ!」

激しい痛みが、切嗣を襲う。絶好の好機とばかりに、綺礼は更なる泥を放つ。

「かつてお前の命を奪った、この世全ての悪……もう一度、アンリマユの呪いを喰らうがいい!」

切嗣の体が、聖杯の泥に包まれていく。

「うわああああああっ!」

「お前もサーヴァントなら、その泥には抗えまい。アンリマユに呑みこまれて、聖杯の一部になるがいい!」

 

 

境内では、ギルガメッシュと士郎達の戦いが始まっていた。

ギルガメッシュは、幾つもの時空の歪から、無数の武器を放ち攻撃して来る。これを、士郎とセイバーは剣で弾き、凛は宝石魔術の防御壁で防いでいた。

「中々がんばるではないか……では、これではどうだ!」

ギルガメッシュの背後の時空の歪が増え、更に大量の武器が襲い掛かって来る。

「うわあっ!」

「きゃあっ!」

士郎の剣は砕かれ、凛の防御壁も破られる。致命傷では無いが、2人は傷付き倒れてしまう。

「士郎!凛!……ううっ!」

2人に気を取られ、セイバーも武器の攻撃を受け、蹲ってしまう。

「ははははははっ!少し手加減を弱めただけで、その有様か?これでは、遊びにもならんな?」

「お……おのれ……」

よろけながらも、セイバーは立ち上がる。

「そんな状態で、どこまで持つかな?」

ギルガメッシュの背後に、新たな時空の歪が出現し、無数の武器が顔を出す。

「と……トレース・オン!」

「何?!」

士郎は、目に映るギルガメッシュの武器を投影し、それを時空の歪目掛けて放つ。武器が放たれる前に、入り口で武器を相殺した。

「ふ……フェイカー風情が!」

「はああああああっ!」

この隙をついて、セイバーはギルガメッシュに斬り掛かる。

「ふん!」

即座に、ギルガメッシュも相応の剣を取り出し、これに対応する。2人の間で、激しい剣戟が交わされる。

一度は倒された凛だが、こちらも戦意を喪失してはいなかった。ギルガメッシュの注意がセイバーに引付けられている隙を突いて、一気に反撃に出る。

持てる宝石の全てを、ギルガメッシュ目掛けて投げ付ける。そして……

「Welt、Ende!」

凄まじい爆発が、ギルガメッシュを包み込む。セイバーは、凛の動きを察知して、一瞬早く離れていた。

しかし、爆煙が晴れた後には、全く無傷のギルガメッシュの姿があるだけだった。

ただ、その姿は、先程までとは大きく変わっていた。その金色の髪は逆立っており、体は黄金に輝く鎧に覆われていた。

「そ……そんな……全く、無傷だなんて……」

「惜しかったな小娘、我の鎧は耐魔力に秀でている。その程度の魔術では、傷ひとつつかぬ。」

再び、ギルガメッシュの背後に、無数の時空の歪が現れる。

「だが、この我に鎧を纏わせた攻撃は、評価に値する……褒美だ、少しだけ本気を出してやろう。」

時空の歪から、より強力な武器が凛目掛けて放たれる。

「……」

凛は、茫然として反応ができなかった。

「遠坂っ!」

そこに、士郎が割って入り、光の防御壁を張る。

そう、アーチャーが使っていた、ロ-・アイアスを……

「うわああああっ!」

「きゃああああっ!」

だが、完全では無かったため、何とか攻撃は相殺させたが、防御壁は砕かれ2人はまた吹き飛ばされてしまう。

「士郎、凛、離れて!」

セイバーは聖剣を上段に構え、魔力を高める。

「はああああああああっ!」

「ふん、そうくるか?ならば……」

ギルガメッシュの背後の、時空の歪がひとつになる。ギルガメッシュはその中から、何とも異様な雰囲気を醸し出す、巨大な剣を引き抜く。その剣は黒く、赤い渦のような螺旋が付いている。そして、ドリルのように回転を始める。

セイバーとギルガメッシュは、ほぼ同時に剣を繰り出す。

「エクス……」

「エヌマ……」

「カリバアアアアアアアッ!!」

「エリイイイイイイッシュ!!」

ふたつの凄まじい剣撃が、二人の中央でぶつかり合う。

「うわああああっ!」

「きゃああああっ!」

士郎と凛は、その凄まじい衝撃に吹き飛ばされる。

最初は互角かと思われたが、徐々にエヌマ・エリシュのそれが、エクスカリバーを凌駕していく。

「ば……ばかな……うわああああああっ!」

凄まじい剣撃に、セイバーは飲み込まれてしまう。

その爆煙が晴れた後、大きく抉られた地面の中央で、セイバーは、更に手酷いダメージを受けて倒れている。

「はははははっ!相殺する事もできんのか?人類最強の剣も、所詮その程度か?」

「くっ……」

それでも、立ち上がろうとするセイバー

「もうよせ、どう足掻いてもお前達に勝ち目は無い。」

「セイバーっ!」

士郎が、セイバーの元に駆け寄る。

「士郎……来てはいけない……」

士郎は、セイバーの前に立ち、ギルガメッシュと正対する。

「失せろフェイカー!お前如き、本気になった我の敵では無い。今逃げ出すのなら、特別に見逃してやろう。」

「ふざけるな!俺達は、最後まで絶対に諦めない!」

「なら、2人仲良く逝け……」

ギルガメッシュは、再びエヌマ・エリシュを放とうと構える。

その時、士郎は、切嗣に言われた事を思い出す。

『自分の中で、“最強”をイメージするんだ』

“そうだ!今こそ、親父が言っていた鞘を……イメージするのは……最強!”

「トレース……オン!」

士郎の目前に、激しく光り輝く、鞘が形作られる。

「あ……アヴァロン!」

それは、セイバーの叫びに呼応して実体化する。荘厳な、溢れんばかりの力を感じる鞘が、士郎の手に収まる。

「士郎!」

セイバーは起き上がり、士郎に寄り添って、聖剣をその鞘に納める。それにより、更に激しい光が、聖剣と鞘から放たれる。

「な……何だこれは?」

その眩い光と強大な魔力に、圧倒されるギルガメッシュ。

「な……何て……力と、輝き……」

凛は、その凄まじい光に見とれていた。

「こけおどしを!」

ギルガメッシュは、それでも構わず剣を放つ。

「エヌマ……エリイイイイイイッシュ!!」

凄まじい剣撃が、士郎とセイバーを襲う。

しかし、それは聖なる鞘に跳ね返されてしまう。剣撃は拡散して周囲に放たれる。一部は寺の境内を破壊し、一部はギルガメッシュを襲う。

「ぬおおおおおおっ!」

拡散されているので、大したダメージでは無かった。だが、この隙をセイバーは見逃さない。

「はああああああああっ!」

すかさず聖剣を抜き、ギルガメッシュに突進して行く。

「エクス……」

「お……おのれ……」

相殺させようと、剣撃を放とうとするギルガメッシュ。しかし、数歩及ばなかった。

「カリバアアアアアアアッ!!」

「ぐぅはあああああああっ!」

エクスカリバーが、黄金の鎧諸共ギルガメッシュを斬り裂いた。その衝撃はギルガメッシュの体を突き抜け、後方にあった本殿も半壊させてしまった。

決定的なダメージを受けたが、それでも、ギルガメッシュは倒れなかった。

「アヴァロン……彼の王が、死後に辿り着くと言われる理想郷……5つの魔法すら寄せ付けぬ、何者にも侵害されぬ究極の守り……それこそが、貴様の真の宝具、伝説に言う聖剣の力か……」

体は、塵のように消滅仕掛かっている。それでも、その場に仁王立ちし続けた。

「我の、負けだ……だが、中々に、愉しい余興であった……」

最後にそう言い残し、ギルガメッシュは消滅していった。

 

 

聖杯の零す泥に、包まれしまった切嗣。

泥の中で、切嗣の体はその呪いに蝕まれていく。

『死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね……』

人間だった頃よりも、何倍も辛い痛みと苦しみが、切嗣に襲い掛かる。

「う……うううっ……」

徐々に、意識も遠退いていく。

が、その時、切嗣の脳裏に微かな声が響く。

『……きり……つぐ……』

本当に弱々しい声だが、その声は、薄れ掛けた切嗣の意識を呼び覚ます。

「こ……この声は?」

『切嗣……』

「アイリ?!……アイリなのか?」

『切嗣……お願い……イリヤを……イリヤを助けて……』

「そ……そうだ……僕は……イリヤを……」

切嗣の心と体に、力が蘇って来る。

「うおおおおおおおおおおっ!」

切嗣の発する魔力が、聖杯の泥を吹き飛ばす。

「ば……馬鹿な……あれを振り払ったというのか?サーヴァントが、聖杯の泥に抗うなどと……」

驚く綺礼。

「お前もさっき言ってただろう!僕は、完全なサーヴァントでは無いと!」

「ならば、完全に呑まれるまで、何度でも喰らうがいい!」

綺礼は、再び泥の触手を放つ。

「time alter square accel!!」

切嗣は、一気に最高速に加速する。

全ての泥を交わし、瞬く間に綺礼との間合いを詰め、その胸に、ナイフを深く突き刺した。

「がはああああっ!」

口からも血を吐き、綺礼はその場に蹲ってしまう。

高速化を解いて、切嗣は、綺礼に言い放つ。

「お前は、ひとつ勘違いをしている……聖杯は、お前の願いなど聞いていない……僕を呼び出したのは、お前じゃない……」

「なん……だと……」

「アイリだ!10年前、アンリマユに呑み込まれたが、それでも僅かに残ったアンリの自我が僕を呼んだ……イリヤを、助けてと……」

「そ……そんな……」

蹲っている綺礼の額に、切嗣は銃口を当てる。

「最初に言ったが、僕は、お前との決着などには何の興味も無い……だが、これはお前に対する慈悲だ。これで、満足だろう……」

静かに、引き金を引く切嗣。頭を打ち抜かれ、綺礼はその場に崩れ落ちる。

 

綺礼を倒した切嗣は、ナイフを投げてイリヤの拘束を解く。落ちて来るイリヤを受け止め、優しく抱きしめる。

「親父!」

そこに、士郎達が駆け付けて来る。

振り向いた切嗣は、イリヤを士郎に渡そうとする。それを見た士郎は、

「トレース・オン。」

毛布を投影し、それでイリヤを包んで受け取る。

切嗣は、今度はセイバーを見て言う。

「セイバー……頼む。」

「は……はい……凛、令呪で命令を!」

「え?……ええ、分かったわ!」

凛は、令呪のある右手をセイバーに向けて命じる。

「全ての令呪をもって命じる。セイバー、聖剣で聖杯を破壊してっ!」

「了解しました、凛!」

セイバーは聖剣を上段に構え、魔力を高める。

「はあああああああああっ!」

令呪の魔力も加わり、眩いばかりの光の柱が、天に向かって伸びて行く。

「エクス……カリバアアアアアアアアッ!」

セイバーは、光の柱を聖杯に向けて放つ。

凄まじい閃光と轟音と共に、聖杯はその大穴と一緒に完全に消滅した。

その光景を見て、安堵する士郎。しかし、士郎はある事に気付く。

「?!……せ……セイバー?」

セイバーの体が、徐々に透けていくのだ。

「どうやら……これで、お別れのようです……」

契約も切れ、魔力も使い果たしたセイバーは、消滅しようとしていた。

「告げる!汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に!聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば我に従え!ならばこの命運、汝の剣に預けよう!」

突然、凛が契約の呪文を唱える。再び、凛の右手の甲に令呪が刻まれ、セイバーが眩い光と共に実体化する。

「と……遠坂?これは……」

「再契約したのよ……結局聖杯は手に入らず、満足に別れの言葉も交わせずにさよならじゃ、セイバーも納得いかないでしょ?」

「り……凛……」

凛に向かい、笑みを返すセイバー。

「士郎、ぼやっとしないで!切嗣さんとは、あなたが契約するのよ!」

「あ……そうか、俺が契約すれば親父も……」

「無駄だ……」

凛の考えを、切嗣は否定する。

『えっ?』

「何度も言うが、僕は正規のサーヴァントじゃない。聖杯の力で、一時的に生を受けた唯の亡霊だ。聖杯が無くなれば、僕は完全に消える。」

「そ……そんな……」

「別に、悲しむ事では無い……本来なら、僕はもう居ない筈の人間なのだから……」

「切嗣……」

セイバーが、切嗣に話し掛ける。

「私は、あなたに謝らなければなりません……あなたの言った事が、正しかった……10年前の聖杯の事も、あの時はああするしかなかった。それを、私は……ずっと、あなたの事を誤解して……」

険しい表情で俯くセイバーに、切嗣も答える。

「セイバー……それは、お互い様だ。」

「え?」

「自分で否定していながらも、僕は、君達英霊に対して偏見を捨てられていなかった。君達の事を、理解しようともしなかった……自分が近い存在になって、初めて、君達の苦しみを知った……すまなかった……それと、ここ迄士郎を護ってくれて、ありがとう。」

「き……切嗣……」

セイバーの顔が、晴れやかな表情に変わっていく

「キリツグ!」

そこに、目を覚ましたイリヤが割り込んで来た。

「い……イリヤ……」

切嗣は、少し戸惑ったような表情をする。

「キリツグウウウウウッ!」

イリヤは、両手を伸ばして、真っ直ぐ切嗣に向かって駆けて来る。

切嗣は腰を落とし、自分も両手を広げてそれを迎える。イリヤは、躊躇無くその胸に飛び込んだ。

「お……お帰り!キリツグ!」

涙を流し、しっかりと切嗣に抱き付くイリヤ。

「あ……ああ、ただいま……」

切嗣も、イリヤを強く抱きしめる。

「すまなかった……ずっと、迎えに行けなくて……」

「ううん……いいの……こうして……ちゃんと、来てくれたんだから!」

泣きじゃくるイリヤ。切嗣の表情も、優しい父親の顔に変わっていく。

感動の再会だが、もう切嗣の時間は残されていなかった。徐々に、体は塵のように霞んでいく。

「すまない、イリヤ……もう、お別れの時間だ……」

「そ……そんな……逝っちゃやだ!キリツグっ!」

泣いて縋るイリヤ。

「僕は、もうこの世界の人間じゃないんだ……士郎と……お兄ちゃんと仲良くな、イリヤ……」

「き……キリ……父様……」

顔を上げ、イリヤはゆっくりと頷いた。

イリヤを優しく見詰めた後、切嗣は、厳しい表情で士郎を見て言う。

「士郎……お前に言っておく事がある。」

「え?」

「前に、お前は僕の代わりに“正義の味方になってやるよ”と言ったな?あの時、僕は“安心した”と言ったが、それは間違いだった。」

「な……どうして?」

「今のお前は、到底“正義の味方”とは呼べない。」

「何だって?」

「“誰かのためになりたい”というのは、大いに結構だ。しかしそれは、確固たる自分があって初めて言える言葉だ。」

「お……親父……」

「思い上がるな!他人の幸せが、自分の幸せだなどという考えは、ひとりよがりの妄想だ!自分ひとり幸せにできない人間に、他人を幸せにする事など絶対にできない!」

「……」

最後に、切嗣は凛に顔を向ける。

「凛……」

「え?」

「士郎を……頼む……」

そう言って、イリヤを抱きしめたまま、切嗣は消滅していった。

 

 

 

 

柳洞寺の人達は、生気を吸い取られ昏睡状態にあったが、命に別状は無く数日で回復した。寺はギルガメッシュとの戦闘で一部倒壊していたが、原因は突発的な局地的大嵐によるもと片付けられた。

 

住職達の回復後、寺の修繕作業が大々的に行われ、士郎達もその手伝いに来ていた。

その合間を縫って、士郎は父切嗣の墓の前に来ていた。

特に何をするでも無く、じっと佇んでいる士郎。そこに、セイバーが寄って来る。

「また、ここに来ていたのですか?士郎。」

「ああ……」

士郎は、静かに答える。

「未だに、俺には良く分からない……俺は、自分が正しくないと知りながらも、道は変えられないんじゃないだろうか……」

そうして、また考え込む士郎。セイバーは何も言わず、ただ士郎を見詰めている。

「……だけど、がんばってみる……もう一度、親父が“安心した”と言えるように……」

セイバーは、黙って頷く。

「安心しなさい。士郎は、私が変えてあげるから。」

そこに、凛も現れる。

「と……遠坂?」

「士郎を真人間にして、思いっきりハッピーにするのが、私の野望なんだから。」

「凛になんか任せて置けないわ!」

更に、別な声が割り込んで来る。

「お兄ちゃああああん!」

イリヤが走って来て、そのまま士郎に抱きついて来る。

「お……おい、イリヤ……」

「ちょっと、イリヤ!」

「は……離れなさい!イリヤスフィール!」

「だ~め!お兄ちゃんは、私が幸せにしてあげるんだからっ!」

「そうはいかないわ!私は、切嗣さんから直々に頼まれているんですからねっ!」

墓の前で、大騒動を始めてしまう士郎達であった。

 






最後まで読んで頂いて、ありがとうございました。
こんな話を書いた理由は、どうもFate / stay nightやZEROを見ていて、あまりにも切嗣やイリヤが不憫なのと、セイバーと切嗣の関係を改善させたいなんて思いがあったからです。
あと、勝手に士郎に夢を託して“安心した”でさよならじゃ、切嗣も無責任だと思い、士郎の道を正す助言くらいはさせたい、というのもありました。

この話の切嗣サーヴァントもどきは、FGOの英霊“エミヤ(アサシン)”ではありません。多少格好と能力はコピらせてもらいましたが、切嗣本人であり別物です。髪も黒いままです。


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