下心からバイト始めました (沖縄の苦い野菜)
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恋バナ? ドナドナ!

全てタイトル通り。

彼女たちをしっかりと描写できていればいいのですが……。


 下心、というのは誰しも持ち合わせているものだと思う。

 例えば、バイトをするのはお金が欲しいから。あるいは、経験を積むため。もしくは、その職場に気になるあの子がいるから、なんてことも有り得る。

 

 自分は今、バイト中だ。機材の搬入であったり、セッティング、小物の有無のチェックまで。一年ほどの経験は、傍観者から準レギュラーになれる程度には活かされている。指示待ち人間から、主体的人間に成長した。

 

 仕事をいち早く終わらせたという錯覚にはもう慣れた。待ち望んでいたのは、仕事が終わったという解放感ではなく、その後の出来事。自分が、アルバイトをしている理由(下心)にある。

 

 鞄の中のスケジュール帳と腕時計を確認する。

 時刻は午後3時手前。シアター組のレッスンがもう少しで一段落するところだ。

 

(確か、レッスンルームには折りたたみ式の机がまだあったはず。雪歩さんは……外で収録中か。お茶セット、借りるってメッセージ送っとこうかな)

 

 ――お茶セットお借りします。

 

 事務所に足を運び、いつもの戸棚からお茶セットを取り出す。茶葉の袋を開けてみれば、ちょうどあと一杯分の量しか入っていない。

 

(買い足しておかないと)

 

 お茶を入れた後、持参したウイロウと共にお盆の上に乗せて、事務所からレッスンルームへと向かう。

 

 

 

「お疲れ様です。今大丈夫ですか?」

「あら、連太郎くん。お疲れ様です。ちょうど一段落ついたところなの」

 

 翡翠の瞳が彼、連太郎を捉えると、その顔に梅の花のような気品溢れる笑顔が咲いた。それを見て思わず彼も笑みを浮かべて「歌織さんを見てると、心が落ち着きますね」と返した。この言葉に彼に笑顔を向けた淑女、桜守歌織は「そ、そうかしら」と戸惑いながら部屋に居る他二人に目を配る。

 

「そうねぇ。歌織ちゃんは包容力があるから、年下の子にウケが良さそうだもの」

 

 言いながら、立ち上がってその場から動いたのは、プロポーション抜群の美人女性、百瀬莉緒だ。彼女は部屋の端に収めてあった折りたたみ式の机を引っ張り出し、「中央でいいかしら?」と連太郎に訊いた。彼は「お願いします」とお盆を持ちながら器用に一礼する。

 

「連太郎くんも、まだまだ子供ってことね。お姉さんに甘えたい年頃? でも、それなら私でもいいはずだから……もしかして、歌織ちゃんにメロメロ、とか!?」

 

「えっ!」

 

 難問の答えを見つけ出したように、勢いよく顔を上げて輝く瞳で彼を見つめる者が一人。元来の童顔も合わさって少女に見える彼女は、その実は24歳と、シアター組最年長、みんなのお姉さんだ。緩い三つ編みを期待に揺らしながら「どうなの、どうなの?」と訊いてくる様子はおマセな子供に見えるが、シアター組最年長である。

 最年長者の発言に、淑女の瞳が驚きに揺れ動く。レッスン後の熱も引いてきたというのに、その頬だけは仄かに赤みが残っている。

 

「このみさん、冗談でもそれ笑えません」

 

 桜守歌織。父親が自衛隊に所属しており、その階級は不明。噂では謎の組織に密かに守られているとか何とかいわれているが、それは真実であると彼は知っている。現に連太郎も一度、その謎の組織の方々に「お話」をされたことがある。あの緊張感はもう二度とゴメンだと、最年長者こと馬場このみの発言には苦笑もできなかった。

 

「あと、メロメロなら恋文の一つでも書いてますから」

 

 昔から男女の付き合い方はそこから始まりますから、と締めくくると、今度は机を運んできた莉緒が口を挟む。

 

「連太郎くんは奥手ねぇ。最近話題の草食系男子、ってやつかしら?」

「ただいま絶食中です」

「でも、メロメロ! ってことはないにしても、歌織ちゃんのこと、気になったりしないのかしら?」

「も、もう! 莉緒ちゃんったら。そんなに聞いても、連太郎くんが困ってしまうだけよ」

 

 淑女はそう言いながら、「椅子をとってきます」と言って机と同じく部屋の隅にあるパイプ椅子取りに立ち上がる。

 

「……それで、歌織ちゃんのこと、どう思っているのかしら? お姉さん口が堅いから。ほらほら、言ってみなさい」

 

 本人が少し離れたことをいいことに、最年長者は瞳を輝かせて連太郎に詰め寄った。傍から見れば、兄に欲しい物を強請って期待のまなざしを向ける妹にしか見えない。助け舟を求めて視線を泳がせるが、目が合ったのは「早く話しちゃいなさい♪」と訴えてくる美人だった。

 

 幾つになっても、女性というのは恋バナが大好きなのだということを、まざまざと思い知らされる。

 ただ、この話を膨らませるのも後々実に面白そうだと彼の直感が言っている。なら、本心をそのままゲロってしまおうと、その口元に笑みを浮かべて口を開く。

 

「第一印象で言えば、美しい、という言葉がピタリと当てはまりますね」

 

 おおっ、と二人から声が上がる。初めて得られた情報に、女性陣は「それで、それで?」と先を促してくる。

 

「例えば……ほら、つい先日にも星梨花ちゃん、育ちゃん、桃子先輩、環に音楽教室開いていたことがあったんですけど」

 

 盗み見していたわけじゃありませんよ、と前置きをしてから、彼は言葉を続ける。

 

「鍵盤に指を走らせる時、奏者って普通は凛々しい、格好良い、って印象を与えますよね。でも、柔らかく微笑みながら鍵盤を走らせる姿を見たときに、自分は美しいと感じました。それも、人を寄せ付けないようなものじゃなくて、柔らかく包み込むような美しさ、というのは歌織さんにしか出せない魅力だと思います。子供組が歌織さんに教えを求めるのも、その魅力に安心を感じるからだと思います」

 

 歌織さんならではの人徳ですね、と彼は言葉を紡ぎ終える。共感を得られて話が進むかな、とふたりの様子を見てみれば、目を縦横無尽に泳がせて驚いている年長者の姿と、目を見開いて瞳を輝かせる美人の姿が目の前にある。「あれ、アプローチの仕方間違えたかな」とのんきに首をかしげながら、自身の行いを省みる。しかし、やはり原因がわからなかったので、彼は二人に問いかける。

 

「共感できませんでしたか?」

 

 その言葉に、最年長者は「共感はできるんだけど……」と言葉を濁す。共感できるのならどうして話が弾まないのだろう、と彼はますます現状が分からなくなり首をかしげる。

 

「ウフフ、もうっ、連太郎くんったら。歌織ちゃんにベタ惚れじゃない!」

「ベタ惚れ……? いや、あくまで自分の正直な歌織さんに対する印象なんだけど」

「それがベタ惚れだって言っているのよ! 女の子に囲まれている環境で全然そういう話を聞かないから、てっきり男色なのかと思っていたけど、安心したわ。ちゃんと男の子してるじゃない!」

 

 しなを作って体を左右に動かす美人の姿は、美人の枕詞に「残念」という文字が浮かばせるような行動だ。

 これには彼も「えぇ……」と困惑を隠せず目を瞬かせた。それは彼女の残念さに対するものではなく、男色などと意味不明なことを言っていることもそうだが、今の発言がどうして恋愛に移行されるのか、彼にとっては疑問が増すばかりだからだ。

 

(……これが乙女思考ってやつかな)

 

 だとすれば、もうまともな反応が今の残念美人から返ってこないと肩を落とす。最後の希望である最年長者に「何か言ってあげてください」と目で訴えると、彼女は気まずそうに目をそらした。その反応から仲介は期待できないと悟り、彼は真剣な顔で残念美人に言葉をかける。

 

「莉緒姉。印象が良いと愛しているは別物だから。『ミロのヴィーナス』を見て美しいとは思っても恋はしないのと同じだから」

「いや、それもどうなのかしら……。遠まわしに歌織ちゃんのことを、芸術品のように美しい、と言っているのと同じで……新手の褒め殺し?」

 

 時折彼方に視線を配りながら、最年長者は呆れたような視線を彼に向ける。彼はその視線を受けながらも、堂々と答える。

 

「確かにそうですけど。まぁ、本人に聞かれていなければ褒め殺しもなにも……」

 

 最年長者は今度こそ呆れ果てた様子で半目になり、彼の後ろを指差した。未だにトリップしている残念美人は何も反応していない。しかし、今発言を止めるように後ろを指差す行動の意味するところは、一つしか思い浮かばない。まさか、と思い彼が振り返ると。

 

「今は……その、見ないで、ください」

 

 両手で顔を隠し、耳まで真っ赤にして俯いて悶えている、恥じらう淑女の姿があった。衣擦れの音のように小さな声が、確かに彼の耳に届く。思わず天を仰ぎ、他の二人には聞こえないほどの声量で問いかける。

 

「その、いつから?」

「……音楽教室の、話から、です」

 

 彼はもはや言葉を継げなかった。褒め殺しどころか、羞恥によるオーバーキルを決めてしまっていたことに気づき、いたたまれない気持ちで胸が張り裂けそうになる。

 

 長く息を吸い、小さく吐く。気持ちを一度落ち着けた後、彼は持っていたお盆を机の上に置く。椅子は恥じらう淑女がセッティングしていたので、後はティータイムの配膳をするだけ。手早く日本茶を席に配り、持参した漆塗りの小皿の上にウイロウを乗せて配膳を終えると。

 

「……すみません。それでは、ごゆっくり」

 

 ちょっと待て、という視線が最年長者から送られるが、彼は現実逃避気味に足早にレッスンルームから去っていった。残されたのは、恥じらう淑女と、トリップした残念美人、この場を冷静に把握して死んだ魚のような目をする年長者の三人。

 

「カオスね」

 

 ふっ、と諦めの境地に至った笑いが最年長者の口からこぼれるが、それを拾う者は誰ひとりとしていなかった。

 

 

 

「……梅の酸味が憎たらしいわ」

 

 事態を収拾した馬場このみは、間違いなく最年長者であり、みんなのお姉さんであった。糖質控えめ、程よい酸味のウイロウに舌鼓を打ちながら、日本茶を一口、そして息を吐くように愚痴をこぼした。

 

「んーっ! 青春の味ね!」

 

 終始イケイケ、後半はトリップしていた百瀬莉緒は、間違いなくこの場一番の幸せ者だ。彼女の頭の中では恋バナの後に甘酸っぱい青春の味を味わえる。理想的展開とはまさに彼女の認識する現状のことであり、満面の笑みを浮かべティータイムを楽しんだ。

 

「次から、どのような顔をして会えば……」

 

 今も熱の引かない顔で、半ば放心状態の淑女こと桜守歌織は、間違いなく今回一番の被害者である。褒め殺しに遭った上に、お世辞ではなく本心だと堂々と宣言していたことが、より大きく彼女の羞恥心を引き上げる。からかいはなく、悪意もない褒め言葉のために怒ることもできはしない。感情の矛先は目標を見失い、彼女の中で沈殿する。

 

「……あら、おいしい」

 

 仄かにきいた梅の酸味と、控えめな甘さが口の中でやさしく波紋する。日本茶を口に含めば心は波一つ立てないほど穏やかになり、ほっと一息が溢れる。

 

「そうでしょ? これ、連太郎くんの手作りみたいなのよ。最近の男の子はほんとに器用なんだから」

 

「……っ!」

 

 彼の名前が出た途端、淑女の顔が一気に沸騰する。正気に戻っていたというのに、また頭を悩ませてしまう。

 その様子を見た最年長者が説明していなかったことに気づき、残念美人に先ほど起こったことを耳打ちすると、残念美人は慌てた様子で淑女に謝罪とフォローを入れる。そのフォローがどうにもフォローになっておらず、結局最年長の彼女がその場を収拾することになるのであった。

 

 

 

 

 

 

 オレンジ色がコンクリートを照らす頃。帰路の途中にあるビル街を歩いていた連太郎の前に突然、筋骨隆々とした黒服サングラスが姿を現した。

 

「久しぶりだな、少年」

 

 見て、声をかけられた瞬間、彼の顔が引きつった。愛想笑いを浮かべながら「お久しぶりです」と答えると、黒服は満足そうに頷いて口を開いた。

 

「ところで、少年に一つ聞きたいことがあるのだ。何、時間は取らない。素直に話してもらえれば、日が沈む前には家に送り届けよう」

 

 黒服はビルとビルの隙間の裏道に親指を向けてそう言った。サングラスの奥にある瞳は視線だけで人が殺せるほど鋭く、拒否権はない、と言葉もなく伝えている。背後少し見てみれば、同じような黒服がもう二人ほど。右は裏道、左は道路。

 

「来てくれるな?」

 

「……はい」

 

 一人の少年が、ビルとビルの間、闇の中に消えていった。

 

 

 




オリ主は闇の中にドナドナされていきました。
めでたし、めでたし()

※ちなみにオリ主は日が沈む前にちゃんと家に帰してもらえました。

感想、コメント、ご指摘など、心よりお待ちしております。

……歌織さんを可愛く描きたかっただけなんや。届け、この想い!


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古典的 故に盲点

お気に入り登録、しおりなど、励みになるシステム利用、ありがとうございます。やる気が沸いて、思わず執筆が捗りました。

それでは、本編をどうぞ。

※今回アイドルは出てきません。



 時刻は昼下がり。劇場ではなく本社に足を運んでいた自分は社長室に入り浸っている。ソファーで肩を落とし、俯いた様子は傍から見れば「私落ち込んでいます」といった様子を如実に表しているように映るだろう。

 

「……何か、あったのかね?」

 

 心配そうに声をかけてきたのは、隠し芸の練習をしていたおじさん……高木社長だ。午前のアルバイトが終わってから、かれこれ一時間ほど社長室に居座っている。ここに居座っているのは、今はアイドルたちに遭遇したくないからなのだが、おじさんには余計な心配をかけてしまったらしい。

 

「おじさん……いや、ちょっと、やらかしてしまって」

 

 おじさんが一瞬、息を呑むような気配がした。空気が肌に吸い付くようにのしかかる。それだけ真剣に考えくれていることに嬉しさ半分。だが、自分の心を占拠するもう半分は羞恥だ。

 

 まさか、歌織さんを褒め殺ししてしまって、それからお互い気まずくなってしまい、解決策が見つからず悶々としているなどと。そんな内容だとは夢にも思っていないだろう。

 

 ――本当に、心配かけてごめんなさい。

 

「君がミスとは珍しい。私でよければ、聞き手になろう」

 

 気さくで優しい声音が耳を打つ。顔を上げて見てみれば、アイドル達には決して見せないような真剣な面持ちが張り付いている。それを見て、胸の内の罪悪感が指数関数的に増していく。

 

「いや、えっと。本当に、くだらない内容なんですけど」

「構わんよ。どんなことでも、人に話せば楽になることもある。他言はしないと約束しよう」

 

 おじさんの優しさがただただ痛い。心臓に針を一本ずつ刺されているかのようだ。もしかして、歌織さんはこのような心境だったのだろうか。

 考えれば考えるほど、気持ちが沈み込む。まるで重りに引っ張られているかのようだ。

 

 この精神状態は、良くない。もしも歌織さんも同じような状態であるならば、尚更よろしくない。こんな状態だと、ろくに物事に身が入らない。もしもそのせいで調子を出せていない、なんて事態になっていたらと考えると……。

 

「実は――」

 

 観念して、もはや縋るような気持ちでおじさんに事の詳細を洗いざらいぶちまけた。

 

 ――歌織さんを褒め殺してしまった、というところでおじさんの表情筋が緩くなり。

 ――お互いに気まずくなってしまい、今日までまともに会話ができていない、と話せば笑みを浮かべて。

 ――もしもそれで歌織さんが調子を出せていなかったらと考えると居てもたってもいられない、早く解決したい、と思いの丈を吐き出せば「はっはっは!」と大きく声を上げて笑った。

 

「いやぁ、すまない、すまない。君がこれほど真っ直ぐ育ってくれたことが、つい嬉しくなってしまってね」

 

 孫を見守る時のように、瞳は優しさを帯びていた。喜色に満ちた明るい声色は、本当に自分のことを祝福してくえているのだと、実感を持てるほどだ。心の中で波打つように、自分の中からブルーな気持ちが気恥ずかしさに上書きされていく。

 

「優しく育ってくれて、順一郎もきっと喜ぶだろう」

「それはまぁ、優しくあろうと、努力してますから」

 

 思いの外ぶっきらぼうに言葉が飛び出した。それでも、おじさんは「うむうむ」と満足そうに頷いている。

 

「できれば、私にもっと甘えてくれてもいいのだが」

「……莉緒姉にホモ疑惑かけられたばかりなんですけど」

「冗談が言い合えるのは、仲の良い証拠だ。百瀬君も、まぁ本気で言ったわけではあるまい」

 

 いやあれは本気だった、と口に出しかけたところで止める。おじさんの前でそれをカミングアウトするのも憚られた。そして、それとは別に開いた口をタダで塞ぐのも不格好だから「善処します」とだけ口にした。

 

「さて、脱線させた私が言うのもなんだが、話を戻そう。桜守君のことだったね」

 

 難しい問題だ、とおじさんは両手を合わせて低く唸る。素直に謝罪すればいいだけの話であれば、こんなにも悩むことはない。問題は、自分のせいでお互いに対話が困難になってしまったことにある。自分から無理やり会話に発展させて解決に持っていったとして、それは果たして本当に「解決」と言えるのだろうか。歌織さんの心を置いてきぼりにしているのではないだろうか。

 

「……古典的ではあるが、手紙なんてどうかね?」

 

 もちろんメールでも構わないが、とおじさんの提案に「あっ!」と思わず声を上げてしまう。というか、その方法があった! 青天の霹靂とはまさにこのことだ。

 

「そうか、その手がありましたね! 手紙、確かにそうだ。話をしづらいなら、文面で伝えればいいじゃないか! ……あっ、でもどうやって渡せば?」

 

 大気圏に突入していた気持ちが大地に不時着した。例え手紙を書いたとして、渡す方法がなければ意味がない。手渡すなんて流石に気恥ずかしくてできない。なら下駄箱にでも、などとそんなこと出来るわけがない。765プロには下駄箱なんてシステムはない。各自に割り当てられた施設といえばロッカーだが、女性のロッカー開けるとか犯罪だ。その前に更衣室入った時点でアウト。

 なら、誰かに託せばいいというのもまずい。あまりに候補が絞られる。具体的には、恋バナに発展させる、あるいは口が軽い人はアウトだ。桃子先輩なら口も堅く、渋々ではあるものの協力してくれそうなものだけど、これで年下に頼るというのも情けなさすぎる。このみさんに頼るのは、前回の収拾を丸投げしたことから、どうにも申し訳ない。

 

 というか、ほかの人に手紙を渡すところを見られてもアウトだ。噂になれば、また歌織さんに迷惑が掛かる。そうなると、彼女たちに頼るというのは、あまりに現実的ではない。

 

「詰んだ……」

 

 まさか、メールアドレスを教えてもらうわけにはいかない。これでもアルバイトとアイドルの一線は引いているつもりだ。公私を分ける意味でもだが、これ以上ここに迷惑をかけるわけにもいかない。

 

「おじさん。恋バナに発展させない、口が堅い、第三者に手紙を渡すところを見られない。当然、手紙を渡せるほどの仲。そんな、手紙の委託先ないですか?」

 

 もはやダメもとで聞いてみると、おじさんは口元の笑みを深くした。えっ、まさか知っているのだろうか。

 

「郵便局――冗談だよ。大丈夫、本当に知っているとも」

 

 退出しようと立ち上がったところで、おじさんから待ったが掛かる。郵便局はありえない。歌織さんの住所知らないのもそうだが、仮にわかったとしても、黒服にお世話になることになるのでそれだけは勘弁してください。

 

「それで、誰ですか?」

「彼女たちのプロデューサーさ」

「……あっ」

 

 その通りだった。プロデューサーならいくらでも出会う機会はある。口も軽くはない。恋バナに発展させることもない。誰かに見られない、という条件も容易に達成できるだろう。仲など考える必要もない。彼女たちばかりに目がいって、すっかり忘れていた。盲点だった!

 

「手紙書いたら、プロデューサーへの委託、お願いしてもいいですか? 会えるとは限らないので」

「構わんよ。手紙をしたためたら、事前に連絡をしてくれたまえ。こちらも、スケジュールの調整が必要だからね」

「……本当に、いつもお世話になります」

「なあに、私も好きでやっていることだからね」

 

 そう言っておじさんはニッと口角を上げた。釣られて、自分の口角も上がっているのがわかる。この人には本当に、頭が上がらない。間違っても足を向けて眠れない。

 

 さて、そうと決まれば早速、便箋選びから始めなければならない。便箋を入れる封筒も。万年筆も必要だ。

 

「ちょっと、手紙に必要なもの買ってきます!」

 

 俺はおじさんに「ありがとう!」と声をかけてすぐに事務所から飛び出し、文房具屋に駆け出した。腹は減っていたけど、お構いなし。幸い、午後にバイトは入っていない。今のこの衝動を忘れないうちに、手紙を書くための準備を終わらせたい。

 

 

 

 

 

 

 手紙を書く段階で悶々となってしまったが、上手くは書けたと思う。

 

 俺は携帯を取り出して、おじさんに連絡を入れるのであった。

 

 

 

 




二話目にしてアイドル出さない。これっていいのかな、と思いつつ投稿した話であります。

ちなみに、私のアイマス知識はアニメとミリシタ、デレステだけです。にわかも甚だしいですがお許しを。

それでは、感想、コメント、ご指摘など、お待ちしております。

※歌織さんの出番が多いので、タグに「桜守歌織」を追加しました。


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ふーあーゆー?

サブタイトルは別にふざけているわけではないので悪しからず。

また、一件の感想の方、ありがとうございます。ご声援というのは励みになるもので、執筆速度向上の効果が得られました(ぇ

さて、それでは本編をどうぞ。


 桜守歌織はレコーディングが終わった後、プロデューサーの運転する車の中で頭を悩ませていた。別に、レコーディングで失敗を連続したとか、機材をうっかり壊してしまったとか、そんなことではない。今日も滞りなく仕事を終えることができた。

 

 問題はただ一つ。

 

(連太郎くんと、どうお話すればいいのかしら……)

 

 これが出会う機会の少ない相手であれば、それほど深刻になって考える必要はなかった。軽薄な人間の言葉であれば、上手く受け流すことができたかもしれない。

 

 高木社長、プロデューサーを除けば唯一の男性。連太郎の噂は、765プロの中でもよく耳にすることがある。

 

 

 

 天海 春香 曰く「優しい人」だと。

 如月 千早 曰く「厳しい人」だと。

 星井 美希 曰く「正直な人」だと。

 萩原 雪歩 曰く「思い遣りがある人」だと。

 菊池  真 曰く「どっしりと構えた人」だと。

 双海 亜美 曰く「ノリの良い兄ちゃん」だと。

 双海 真美 曰く「リアル百面相な兄ちゃん」だと。

 高槻やよい 曰く「お兄ちゃんみたいな人」だと。

 水瀬 伊織 曰く「執事みたいな働き者」だと。

 三浦あずさ 曰く「気配り上手な人」だと。

 四条 貴音 曰く「真、落ち着いた御方」だと。

 我那覇 響 曰く「よく笑う人」だと。

 秋月 律子 曰く「几帳面な人」だと。

 

 プロデューサー 曰く「今を必死に頑張っている人間」だと。

 

 

 

 桜守歌織。彼女自身は、連太郎を「礼儀正しい人」だと思っている。如月千早の評価のように「厳しい」という一面を見たことはない。「どっしりと構えた」というのもイマイチ実感を得られない。「今を必死に頑張っている」という様子……切羽詰まった表情など見たことがない。

 

 共感できる部分は多くある。だが、一言目に「厳しい」「どっしりと構えた」などと、似合う人物ではない。少なくとも、彼女が認識する連太郎の印象はそれだった。

 

 そして気がついた。彼女自身が、連太郎のことを多くは知らないことに。劇場に行くと必ずといっていいほど会話する相手なのに、である。彼女自身は彼とは仲が良好であった、と思っているのに。

 出自を知らない。正確な年齢もわからない。果ては……名前は分かっても、苗字が分からない。これが関わりのない、話すのが希な相手ならまだわかる。だが、彼女は連太郎と三日に一度は話していた。なのに、基本的なパーソナルデータすら分からないことが多い。

 

 それに気がついた時、心臓が大きく跳ね、背筋に薄ら寒い空気が迸る。考えたことがなかっただけで、その正体は謎に包み込まれていた。影によってよく見えない顔をよく確認しようと手を伸ばしたら、あと少しというところで透明な壁に手が当たる。彼女は初めて、自分と彼の間に壁があることを自覚した。

 

「……プロデューサーさん。少し、お聞きしてもいいでしょうか?」

 

 ちょうど赤信号で、車が停車したところで彼女は隣に座るプロデューサーに声をかけた。

 

「聞きたいこと、ですか? 珍しいですね。次のレッスンの内容とかで、何か分からないことでもありましたか?」

「いえ。連太郎くんのことで、少し」

「……レンのことといえば、彼が迷惑をかけたみたいで、申し訳ありません」

 

 視線を前に向けたまま、プロデューサーは真剣な表情でそう返した。

 

「いえ。私ももう少し、余裕を持つことができればと思っています」

 

 それよりも、と彼女は言葉を続ける。

 

「連太郎くんは、今何歳ですか?」

「本人からは十八と聞いています。どうして、今?」

「考えて、考えて。気がついたんです。私、連太郎くんについて何も知らないんだ、って」

 

 プロデューサーは余計なことは口にしなかった。ただ、静かに彼女の次の言葉を待つ。

 

「教えてください。連太郎くんのことを、プロデューサーさんがご存知の範囲で」

「……それは、何のためですか?」

 

 えっ、と上がった声がクラッチを踏む音にかき消され、車が発進する。

 

「和解のためと言うなら、残念ながら、自分に協力できることはありません」

「それは、どうしてでしょうか?」

「レンの方から勝手に解決してくれますから。自分からしていいことは何もない、ということです」

 

 彼への信頼がそれほど厚いことを意味するように捉えられる理由だ。だが、普段のプロデューサーなら、例えそうだとしても。「勝手に」などと半ば投げやりな言葉を使うだろうか。彼女はそこに大きく違和感を覚えた。

 

「彼を、信頼されていらっしゃるのですね」

「それに関しては全く」

「――はい?」

 

 肯定だろうか、それとも否定だろうか。即答の割に言葉足らずで、彼女は思わず間の抜けた声で聞き返した。

 

「今頃、亜美と何かイタズラを画策しているかもしれません。春香と菓子作りに夢中になっているかもしれません。真美と遊んでいるかもしれません。響のペットと怪獣大決戦してるかもしれない。真や美希に指導しているかもと考えるだけで頭が痛いです」

 

 頭の中が「謎」という文字で埋め尽くされるほどの衝撃が、その言葉には含まれていた。誰の話だろうか、とさえ思ってしまうほどに。

 

「えっと……あの、連太郎くん……ですよね?」

「雪歩や律子、伊織にやよい相手には全く問題起こさないやつなのに、それ以外となると途端にトラブル発生装置になるとか。特に、亜美と真と響を混ぜたら、それはもう酷いことに……」

 

 プロデューサーの瞳からハイライトが消えていた。原因は、桜守歌織が預かり知らぬ連太郎が過去に起こした事件にある。

 

 

 

 天海春香と一緒になってお菓子を作れば、何人かが確実にスタイル維持のための特殊レッスンを受けるハメになったり。

 

 如月千早と一緒になれば、必ずレッスンの質が上がる。その代わり、レベルが高すぎて周りの全員の声が丸一日は枯れる。

 

 星井美希と一緒になれば、ダンスレッスンで容赦のない指摘が飛んでくる。ここに菊池真が合わされば、翌日にはレッスンを受けた全員が筋肉痛にダウンする。

 

 双海亜美と一緒になれば、どんなイタズラが待ち受けているかわかったものではない。

 双海真美と一緒になれば、何故か事務所がいつも以上にキレイになっていた。

 

 三浦あずさと一緒になれば、迷子になった上に、必ずとんでもないトラブルに巻き込まれて帰ってくる。事後処理で過労死しかけたのはプロデューサーだ。

 

 四条貴音と一緒になれば、無理をした連太郎が食い倒れて、翌日のアルバイトを休まざるを得ない。そして、その仕事量のしわ寄せがプロデューサーを襲う。

 

 我那覇響と一緒になれば……というか、彼女のペットと一緒になれば、途端にメンチ切って怪獣大決戦が始まる。

 

 

 

 これらの事件のほとんど(一部例外もある)が、連太郎の善意によって引き起こされたものである。彼が意図せず起こったものも含まれる。また、アイドルに対してのレッスンに関しては一時期、連太郎のアルバイトの内容に含まれていたことが影響している。

 

 しかしシアター組が入ってきてからというもの、それらのトラブルがナリを潜めている。そのことが、プロデューサーにとって唯一の救いだ。もし今も続いているとなれば、彼は胃薬と硬い握手を交わしていたに違いない。

 

「なまじ優秀というか、必要だっただけにクビになんて出来なかったし……あれが再発したら胃が……」

「あの、プロデューサーさん? もう、お家の前に着きましたよ?」

「……えっ」

 

 正気に戻ったプロデューサーが周囲をキョロキョロと見回すと、いつも通り彼女の自宅前に停めていたことを確認して目を見開いた。しかしすぐに頭を振ると、「あぁ、レンといえば」と思い出したように営業用のカバンを手にとった。

 

「これ、レンから歌織さんにと、預かっていました」

「……手紙、ですか?」

 

 それはレモン色の小さな封筒だった。右下に小さな音符のマークが三つ並んでおり、封をとめるために、可愛らしいデフォルメされたひよこの描かれたシールが使われている。

 

「はい。ただ、ひとつだけ。自分は中身を見たわけではありませんが」

 

 ――それを読んでも、彼とはいつも通りに接してあげてください。

 

 プロデューサーの言葉を聞いたとき、彼女の脳裏にふと言葉が思い浮かぶ。

 

『あと、メロメロなら恋文の一つでも書いてますから』

 

 思い出した瞬間、彼女の顔が耳まで真っ赤に染まった。その様はまるで瞬間湯沸かし器のようであった。

 彼女は手紙にもう一度視線を落として「まさか」と思う。心臓は早鐘を打ち、外に聞こえてしまいそうなほど大きくリズムを刻む。真っ赤な顔を自覚するほど顔に熱が集まり、頭の中では「どうすれば」「どうしよう」「どうやってお返事すれば」とか。

 

 あまりに気恥ずかしいものだから、手紙を膝の上に置いて俯いた。そして真っ赤な顔を隠すために自分の両頬を自分の両手で挟み込んだ。冷えピタのように頬から熱を奪っていく両手の感触に、少しずつ頭の中が冷静になっていく。しかし冷静になったかと思えば、その手紙の意味を思い出してまた顔が熱くなる。そんな考えを振り払おうと頭を振るが、効果は薄い。

 

 傍から見れば、恋に恋する、悩める乙女の姿である。頬を挟んで「いやんいやん」と頭を振っているようにしか見えない。

 

「あにょっ……そ、そのっ……!」

 

 結局、ちっとも冷静になれていなかった。それでも、何とか言葉を絞り出そうと、俯いて両手で顔を隠しながらも。小さな声を、最大の勇気をもって、絞り出した。

 

「むじゅかしいひゃも……しれない、です」

 

 噛み噛みだった。噛みすぎて、羞恥のあまり必死に顔を隠そうと俯き、前傾姿勢になる。プロデューサーはそんな彼女の姿に困惑を覚えながらも、「こほん」と一つ咳払いをしてから。

 

「歌織さんのこと、信じています」

「っ、失礼しましゅ!」

 

 彼女は逃げるようにして、しかし封筒は大切そうに胸に抱いて、車から降りると、すぐに自宅の中に引っ込んでしまった。

 

 その様子を見送ったあと、プロデューサーは彼女の様子に疑問符を浮かべた。何か失礼なことをしたか、それとも怒っていたのだろうか。

 当時の出来事を見聞きしていないプロデューサーには、結局答えが出せず。

 

「……何とかなってほしいけど」

 

 暗くなってきた空を見てライトをつけると、オレンジ色に頼りないライトの色が薄く上塗りされる。日はもうすぐ沈むというのに、ライトの明かりがやけに頼りなく感じられた。

 

 彼は沈む夕日に向かって、車を発進させた。

 

 

 




さて、これは短編なのだろうか、とちょっと不安になり始めてきた今日この頃。
短編小説の概念を調べたところ「一般に原稿用紙10枚から80枚程度の作品が該当する」(Wikipedia参照)

原稿用紙というのは400字詰めなので、400×80で最高32000文字ということに。
……ちょっと収まりそうにないので、「連載」小説に変更します。一話ごとに4000文字程度を維持し続けて26話までにはケリをつけるつもりです。


それでは、感想、ご指摘、コメントなどお待ちしております。


噂話:後日、プロデューサーは黒服と「お話」したとか。



関係ない話(ダイマ):9thの「約束」の動画を不意に見て涙腺がヤバイ(感想欄でこのことについて言及しないように)


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あみまみまみあみあみまみ?

今回の主要登場人物はタイトル通り。
サブタイトル、ふざけているわけではないです。いえ、本当にふざけてないんです!

また、感想新たに3件の方、1件の評価、ありがとうございます!
嬉しすぎてアドレナリンがドバドバ溢れすぎて更新途切れ知らずになっており候ふ。

それでは、本編をどうぞ!



「ねぇねぇ。レン兄ちゃんってさー」

 

 サイドテールを小さく揺らしながら、双海姉妹のうち一人はテーブルに頬杖をついて楽しそうに口を開く。対面に座る連太郎は呆れたように、話している方の少女に片目、話さずニコニコと何か企んでいそうな顔の少女をもう片目で捉えていた。

 

「全ッ然、モテないよねー」

「藪から棒に何だ。モテないのは事実だが」

「デリカシーないからじゃないかなー?」

 

 鬼の首を取った、と言わんばかりに笑みを深くするパイナップルヘアの双海が追撃を仕掛ける。双子の彼女たちは瓜二つ、息ピッタリに連太郎をからかっていた。連太郎も、言わんとしていることが、桜守歌織との件であると理解しているのか、眉間にしわを寄せて溜息を吐く。

 

「いや、確かにあれは自分が全般的に悪いけど。弁明の余地ないけど」

「レン兄ちゃん。もしかして、この期に及んで言いわけかね?」

「こっちは調べがついているんだ。自白したらどうかね?」

 

 これを聞いて、連太郎は口を閉じて腕を組み、黙秘の姿勢を取った。絶対に口は割らんぞ、と威圧的な態勢に入った彼を見て、双海姉妹はますます笑みを深くする。

 

「亜美―、レン兄ちゃん黙っちゃったねー」

 

 パイナップルヘアの双海がもう一人、亜美と呼ぶ少女に話しかける。亜美と呼ばれたサイドテールの双海は、悪巧みする小僧のような笑みを浮かべて。

 

「そうだね真美―。どうしよっか?」

 

 と、パイナップルヘアの双海を真美と呼び、今後の行動方針を画策する。

 

 しかし、それは明らかにおかしい光景であった。

 

 何故なら、基本的に双海亜美とはパイナップルヘアの方である。そして基本的に双海真美はサイドテールの方である。つまり、彼女たちはお互いの名前を逆に呼んでいるように見えるのだ。それは普通に考えれば、入れ替わってイタズラを慣行しているのだと、そう考えられる。入れ替わり事件というのは、日常茶飯事の光景なのだ。

 

「……お前ら、自白してるぞ」

「なになに? 兄ちゃんが自白するって?」

「おー、待ってましたっ! そうこなくっちゃ!」

「――とでも言うと思ったか?」

 

 テンション上がった二人に水を差すように、連太郎の鋭い一言が盛り上がった雰囲気を引き裂いた。彼女たちは「なんのこと?」とお互いに顔を見合わせて首を傾げてみせる。

 

「お前ら、入れ替わってないだろ?」

 

 双海姉妹はお互いにもう一度顔を見合わせて、ニシシッ、としてやった、といった風に笑って見せる。

 

「レン兄ちゃん、亜美が自白してあげたって言うのに、自分は自白しないつもりかね?」

 

 パイナップルヘアの双海が最初に口を開き。

 

「真美もレン兄ちゃんがかわいそうになったから、今日くらい自白してあげたのに、サービス悪いと真美は思うなー」

 

 サイドテールの双海が続いて口を開く。

 

 今度はパイナップルヘアの双海が亜美と名乗り、サイドテールの双海が真美と名乗った。常人なら、この時点で何がなんだかわけがわからなくなる。そもそも基本的にどっちの双海が亜美で、真美だっけ、と。

 

 基本的に、パイナップルヘアが亜美である。サイドテールが真美である。

 

 面倒なのは、無自覚を装ってパイナップルを真美、サイドテールを亜美とお互いに呼んだこと。そしてその後、指摘されてからパイナップルを亜美、サイドテールを真美とお互いに呼んだこと。この二点が、妙にややこしいプロセスを経てしまったことだ。

 

「そうだな。確かに今、お前たちは自白したけど。……てか、こっちは何自白すりゃいいわけ?」

「亜美―、レン兄ちゃんが冷たいよー」

「真美―、レン兄ちゃんが塩対応だよー」

 

 今度はサイドテールを亜美と呼び、パイナップルを真美と呼ぶ。嘆く様に口をそろえた彼女たちは、そのまま息も継がず。

 

「真美――」

「亜美――」

 

 そこからマシンガントークが始まった。お互いがお互いの名前をごっちゃに呼び合い、更には髪を解いてその場でお互いがお互いを追うように円を描いて歩き出す。

 

「亜美―、レン兄ちゃんって、つむつむ(白石紬)に対してズバズバっと物言うよねー」

「真美―、レン兄ちゃんって、このみん(馬場このみ)にメイワクかけすぎだと思うんだよねー」

「真美―、レン兄ちゃんって、めぐちん(所恵美)と仲良すぎると思うんだよねー」

「亜美―、レン兄ちゃんって、まつり姫(徳川まつり)に対して騎士様ロールしてるよねー」

「真美―、レン兄ちゃんって、朋花様(天空橋朋花)に対して騎士様ロールしてるよねー」

「亜美―、レン兄ちゃんって、茜ちん(野々原茜)からやけに心配されてるよねー」

「真美―、レン兄ちゃんって、ぷぅちゃん(ジュリア)にエコヒイキしてるよねー」

「亜美―、レン兄ちゃんって、麗花お姉ちゃん(北上麗花)のことゼッタイに苦手だよねー」

「真美―、レン兄ちゃんって、しほりん(北沢志保)のことがお気に入りじゃないかって思うんだよねー」

「亜美―、レン兄ちゃんって、真美のこと好きなんじゃないかって思うんだよねー」

「真美―、レン兄ちゃんって、亜美のこと好きなんじゃないかって思うんだよねー」

「亜美―、レン兄ちゃんって、真美のことゼッタイに大好きだよねー」

「真美―、レン兄ちゃんって、亜美のことゼッタイに大好きだよねー」

 

 そこまで言い終えると、双海姉妹はお互いの席につき、髪を結んでみせた。パイナップルとサイドテール。さっきと席の並びも変わらず、いやらしい笑みを浮かべ、口をそろえて言った。

 

『さぁどっちが亜美真美!?』

「……いや、さっきのやる意味あったの?」

 

 テンションマックスの双海姉妹に対して、連太郎は頭を押さえて呆れたように呟いた。

 

「てか、最後の何? 催眠術? それとも洗脳音声?」

「やだなー、レン兄ちゃんったら。ちょっとしたトリックだよー」

「そうだよー。レン兄ちゃん、ちょっとジイシキカジョウ、ってやつ?」

「……頭が痛い」

 

 連太郎の頭には今も双海姉妹の声が脳内再生されている。あまりに同じような音声を聞きすぎたせいで、エコーがかかり頭の中で反芻される。彼は双海姉妹の行動に頭を抱えていたのではなく、本当に頭痛に苛まれていた。

 

「あり? ちょっとやりすぎちゃった?」

「あれ? レン兄ちゃんはゼッタイオンカンってやつで、亜美と真美見分けてたわけじゃないの?」

「……もってねぇよ、そんな便利なモノ」

 

 吐き捨てるように呟くと、彼は机の上に突っ伏した。そして怠そうに「あぁぁぁ」と低い声で唸り始める。双海姉妹は顔を見合わせると、肩を竦めて「やれやれ」といった様子で首を振る。

 

「亜美の超キュートなボイスをこんなに聴けて、レン兄ちゃんは幸せ者だと思うわけですよ」

 

 サイドテールの双海が得意げな顔で言うと。

 

「真美の超可愛さあふれるボイスをこんなに聴けるなんて。このこの~、幸せ者め~」

 

 追従するように、パイナップルの双海がこれまたドヤ顔で言ってのける。

 

「お前ら、最初から変わってねえじゃん……」

 

 心底疲れたように言ってのける連太郎に、双海姉妹は気にした風もなく。

 

「レン兄ちゃんはダメダメですな~」

「美少女姉妹双海亜美真美は、日々成長しているのですぞ」

 

 芝居がかった口調。得意そうな顔。年相応に輝く淡紅色の瞳。まさに鏡写し、生き写しのような双子の姉妹。

 

 連太郎は気怠そうに顔を上げて、二人を見た。

 

「……確かに、真美のサイドテールの結び方が雑だな。亜美はいつものパイナップルになってない」

「おっと、それってつまり~?」

「どっちが亜美で、どっちが真美か、わかったと?」

「まだしらばっくれる気か」

 

 一つ小さく溜息を吐くと、連太郎は席から立ち上がり、二人に近づいた。

 

「お前が亜美」

 

 パイナップル頭の上に右手を置くと、「わしゃわしゃ」と雑に撫でながら言い。

 

「お前が真美」

 

 サイドテール、ポニーテール、どちらか分からないような髪をこさえた頭の上に左手を置くと、こちらも雑に撫でながらそう答える。

 

「結び方雑にして、同じ位置に座って。騙そうと悪知恵働かせたんだろうが」

 

 彼は二人の頭から手を離すと、そのまま部屋の出口に向かった。

 

「根本から違うだろうが。俺も、プロデューサーも、おじさんも、間違えやしねぇよ」

 

 そう言い残すと、連太郎は部屋から出て行ってしまった。

 

 残された双海姉妹はもう一度顔を見合わせて、撫でられた頭を触り。

 

「もう~、レン兄ちゃんなでるの雑だよ!」

「女の子の扱いわかってないよ! これだからモテないんだよ!」

 

 と、恨み言を叫びながら乱れた髪を直し始める。その過程で結んだ髪を解き、また結び直すと。

 

「……というか、亜美的には最後の台詞、クサすぎると思うんだよね」

 

 先ほど雑なパイナップルヘアから変わり、丁寧に結ばれたパイナップルヘアを揺らして、双海亜美が意地の悪い笑みを浮かべる。

 

「真美的には、さっきのネタにして、レン兄ちゃんをイジれると思うのですよ」

 

 先ほどの雑なサイドだかポニーだかわからない髪型から変わり、丁寧に結ばれたサイドテールを揺らして、双海真美が心底楽しそうに笑みを浮かべる。

 

「じゃあ、次はどうする?」

「いやいや、その前にレン兄ちゃんの名言(笑)をみんなに伝えようよ!」

「いいねいいね!」

 

 二人は駆け足で部屋から出ると、誰かと遭遇しないかと部屋を回り続ける。そして誰かを見つければ、さっきの言葉を面白おかしく伝えて回り、その日一日の大きな話のネタにするのであった。

 

 




亜美真美のマシンガントーク中に、簡単な叙述トリックを使っております。誰が何と名乗っているか、ていう本当に簡単なものなので、暇つぶし程度に見つけていただければと思います。

……亜美真美の口調で割と簡単に見えて難しいので、若干出しきれていないところありますが、今の私の限界がこれです。お許しを……。

それでは、感想、コメント、ご指摘などなど、お待ちしております。

※双海真美の本当の髪型の記述「ポニーテール」を「サイドテール」に修正。マジでミスしてごめんなさい……。

追記:時系列は歌織さんがプロデューサーから手紙を受け取る日と同日です。


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メッセージ

一件の感想、たくさんのお気に入り登録、最終話に移動するしおり、その全てに感謝を込めて、ありがとうございます。

毎日20時投稿しようと思いましたが、今回はちょっと遅れて申し訳ないです。
理由は単純に、ミリオン2nd観てたのと、その前に昼寝しちゃったせいです。

さて、言い訳はこのあたりにして。本編をどうぞ。


 暗い場所から見る光というのは、予想以上に綺麗に映るものだった。

 汚れ、淀み、重苦しく粘ついた殻の中から見える景色というのは特別だ。暗い場所は見えないくせして、一際明るい場所には目が留まる。それなのに、光からこちらが見えることはない。それが少し悔しくて。

 

 だから、一歩踏み出そうと殻から光に手を伸ばせば、まるで吸血鬼のように光に焼かれる。そして気が付けば、殻の中に逆戻り。

 

 それでも光に近づこうと思えば、殻に閉じこもったまま、光に寄り添うしかない。殻を纏った状態で、殻を通して光を見るしかない。生身では光に焼かれ、消えてしまいそうになるから。

 

 数多の光に出会った。どの光にも羨望を抱いた。そして欲望を心の中にしまいこんだ。

 

 

 

 時折、殻の中心に穴を開けて、そこから光を覗くことがある。

 ある時、光の反射によって映し出された、対面に映る影を見た。その影には誰よりも見覚えがあるような気がした。今まで見ることがなかった存在に、少し興味を惹かれて、好奇心から近づいてその顔を確認してみれば。

 

 ――そこには、俺の顔があった。

 

 光によって照らされた、自分の顔を見たときに。

 どうしても、思わずにはいられなかった。

 

「――誰だ、お前?」

 

 俺はそうじゃないだろう。たとえ光に照らされても、消えてなくなるはずだろう。存在の証明すら許されなかっただろ。声を張り上げようと、走り出そうと、手を伸ばそうと、この殻の中に戻されてしまっただろ。

 

 誰だお前は。どうして俺と同じ顔をしている。俺と同じなのに、どうして光を浴びることができる。

 

「――抜け殻ってやつか」

 

 俺と同じ顔の野郎が、憎悪に燃える瞳で見下してきた。そしてヤツは殻に足をかけると、殻ごと海に沈めるようにして蹴り下ろす。

 

「っ、テメ――」

 

 怒鳴り散らそうと、ヤツの顔をもう一度見上げた時だった。

 

「大切なものだけ盗みやがって」

 

 俺以外を見ている瞳から、零れ落ちるものを見て、何も言えなくなった。

 

 ゆっくり、揺蕩うように、殻が沈んでいく。

 蹴り下ろされたというのに、まるでシャボン玉のように、緩やかに。

 

 ――ヤツは、何を見ていたのだろうか。

 

 殻に穴を開けてみて、色々な場所を見てみるが。

 結局、何かが見えることはなく。

 殻の中から光を見ようと、高度を緩やかに上げながら、覗き穴を覗き込む。

 

 

 

 

 

 

 桜守歌織は自室にて、机の上に置いた手紙と対面していた。真剣な面持ちながらも、頬は桜色に染まり熱を持っている。そんな彼女は、膝の上に置いた手を手紙に伸ばした。

 

「……っ」

 

 しかし、手紙に触れる寸前で、膝の上に手がもどる。彼女はかれこれ一時間ほど、この行動を繰り返していた。何度となく勇気を胸に手を伸ばしたが、手紙に触れることすらかなわない。

 受け取ったとき、持ち運んだとき。もはや自分がどうやって手に持っていたかさえ忘れるほど、彼女は手紙を読むことに苦戦を強いられていた。

 

 自身の不甲斐なさにひとつ、ため息をこぼす。手に取って、封を開けて、文面を読み込むだけ。それだけなのに、どうしてこれほど苦戦をしているのだろう、と。

 

 そして、何度目になるかわからない。手紙へと手を伸ばしたとき。

 

 ――プルルン、と同じく机の上に置いていた携帯の音が鳴る。

 

「ひゃっ!」

 

 驚き声を上げ、反射的に肩が大きく跳ねる。その衝撃で手が想定していたより前に伸び。

 

「あっ……」

 

 手紙をその両手にとっていた。それを見て現状を理解すると、彼女は慌てる……のではなく。心を大きく奏でながらも、冷静に、その封に手をかけた。手に取ってしまえば、なんて事はない。引き返せない場所まで来たと認識すれば、覚悟は自然と決まってしまっていた。

 

 綺麗にシールをはがし、中に入った便箋を抜き出した。そしてそれを広げる前に一度、大きく深呼吸を行った。

 

「――よしっ」

 

 最後の覚悟を決めて、彼女は便箋を広げて中身を見た。

 

「あら。ふふっ」

 

 同時に、思わず笑みが漏れる。通常、手紙に入れる便箋の向きは、中身を取り出して広げたときに、正位置になるように入れておくのがマナーだ。しかし、彼女がいざ便箋を広げてみれば、逆さまになっている。

 

「連太郎くんも、ミスをするのね」

 

 可愛いミスを発見して思わず微笑ましくなった彼女は、心に余裕を取り戻していた。早鐘を打っていた心はいつも通りのテンポでリズムを刻む。痛いほど大きく打たれていたのに、今では落ち着きを取り戻せるほどだ。

 

 逆さになった便箋を正位置に戻してから、彼女は自然体で、便箋に目を通した。

 

『前略

 先日、こちらの不注意によりご迷惑をおかけして申し訳ありません。

 この度は私の責任によりお話が難しくなってしまったため、

 こうして手紙をしたためさせていただきました。

 気持ちの折り合いのため、このように手紙を用意するのも

 何かおかしな気分ではありますが。

 性急かつ身勝手なのは承知の上で、これから記述させていただきます。

 後日より、私はいつも通り、歌織さんに話しかけます。

 身勝手に行動に移します。

 待つという選択肢を取れない自分を、どうかお許し下さい。

 本当に、ごめんなさい。

 どうしても、私とは話しにくい、あるいは許せない場合は。

 人任せではありますが、プロデューサーか、高木社長に

 私のことを聞いてください。

 それでも、私とは話しにくい、許せない場合は。

 いずれにしても。

 私はただ努力しようと思います。

 それでは、また後日に、お会いしましょう。

                              草々』

 

 桜守歌織は、この手紙にどれだけの思いが込められているのか、無意識のうちに実感していた。おそらく、連太郎なりに考えて、考えて、考え抜いた末の文面なのだろうと受け取った。

 

 彼女の今までの印象を引き継いだ捉え方であれば、「彼らしくない」少々強引な文面だ。しかし「彼らしくない」ではなく、これこそが「等身大の連太郎」なのだと、桜守歌織は手紙から受け取った。

 

 彼の手紙の文面「本当に、ごめんなさい」から。彼女は優しく指でなぞる。明らかに震えた手付きで書いたのだろうという、「文字の震え」。真剣にならなければ、文字を書くときに手が震えるなど有り得ない。逆に言えば、それだけ真剣にこの問題に取り組んでくれていたからこそ、文字が震えている。まるで、叱られた子供を想起させるような文章。

 それを改めて見て、彼女は柔らかく微笑んだ。

 

 きっと、これを書いている時、「もしも」を考えて恐ろしかったに違いない。何度も文面を考え直して、書き直して、震える手を押さえつけてでも、力を入れすぎて痛くなった指にも構わず、書き綴ったのだろう。

 

「正直な子なのね」

 

 文面に飾り気なんてほとんどない。謝罪と、自分のやること、できること。それが手紙の大まかな構成で、まとまっている。相手の気持ちを慮るという点が欠けているが、わからないからこそ、敢えて自分からの行動しか書かなかったと考えれば。「わかったようなつもり」でいるよりも、はるかに誠実だ。

 

 そもそも、手紙を出すこと自体が、現代からすれば珍しい。メールで済ませるか、対面して言葉で解決するのが「普通」だ。手紙という「特別」を手段として選んだということは、それだけ連太郎にとって、桜守歌織との「繋がり」が大切だという裏返しでもある。

 

 手紙には、気持ちが詰まっていた。

 

「ありがとう、連太郎くん」

 

 便箋を折りたたみ、敢えて同じ状態で封筒の中に収め、封をする。

 そして、彼女は手紙を机の引き出しの中に、大切に保管した。

 

「プロデューサーさんや、社長さんに、貴方のことは聞きません」

 

 ――それはきっと、連太郎くんにとって、誰にも知られたくないことだろうから。

 

 桜守歌織は、気持ちの整理を終えた。そしてこれから何をしようと考えたとき、ふと携帯が鳴っていたことを思い出し、中を確認することにした。

 

 電源をつけたところで見えたのは。

 

『双海亜美:レン兄ちゃんの今日の名言(笑)!』

 

 とのことだった。タイムリーな内容で、気になった彼女はその中身を確認してみると。

 

『双海亜美:レン兄ちゃんの今日の名言(笑)!

 「根本から違うだろうが。俺も、プロデューサーも、おじさんも、間違えやしねぇよ」』

 

「……社長さんのことかしら?」

 

 連太郎の言うところの「おじさん」という呼称が、誰を指しているのか予想しかできない。だが、765プロに関わりがある男性陣といえば連太郎、プロデューサー、高木社長の三人しかいないので、ほぼほぼ確定だろうと考える。

 

「いえ、それよりも」

 

 メールの内容を見て、彼女はある一点に目をつけた。「俺」という一人称に。今まで中性的な一人称しか聞いたことがなかったため、彼女にとってそれは新しい発見であった。

 

 携帯の時計機能を見てみると、ちょうど夕食の時間が迫っていた。彼女は携帯を元の場所に置くと、部屋を出て、リビングに向かうのであった。

 

 

 

 桜守歌織。彼女は就寝前。ベッドに腰掛けた時のこと。

 

 連太郎ともしも明日出会ったら、どのように話そうかと考えていたとき。

 ふと、思い出してしまった。

 

 あの気持ちの詰まった手紙を、恋文だと勘違いしていた自分のことを。

 

「――っ!」

 

 思わず枕を手に取り、そこに顔を埋めて、赤くなった顔を隠す。誰が見ているわけでもないが、そうしなければ熱が溜まりすぎてどうにかなりそうなほど、顔が熱くなっていた。

 

「私、なんて勘違いを……」

 

 夜中。乙女な淑女は、枕に顔を埋めて、気持ちを落ち着かせるのであった。

 




真剣になるから、綺麗には映らない。
真剣だからこそ、泥臭い。
真剣に立ち向かうから、動転してミスもする。
真剣に向き合うからこそ、恐怖する。
でも、それだけ真剣だからこそ。
人間の本質が表れる。


感想、コメント、ご指摘など、心よりお待ちしております。


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下心《ユメ》

昨日は更新できませんでしたが、今日こそ更新。

毎日投稿は大変ですね……。


「連太郎さん。ひとつ、聞いてもいいですか?」

 

 左右につけた赤いリボンを揺らしながら、翡翠の瞳が彼を見つめる。どこまでも透き通った瞳を見た彼は、気怠そうに目尻を下げて「何だ?」と聞き返す。

 

「あの……どうして、ここでアルバイトをしているんですか?」

 

 不思議そうに首をかしげながら、純粋な疑問をぶつける少女こと天海春香。

 一方、質問を受けた彼はあくびを噛み殺しながら、さも当然のように答えた。

 

「そりゃぁ、お前。下心があるからに決まってるだろ。じゃなきゃ誰がこんなクソ安い時給で働くかっての」

「え……えぇ!?」

 

 彼女は心底驚いた様子で、その瞳を大きく見開くと、体を守るように腕で身を抱きながら彼と距離を取る。

 

「ま、まさか……私たちのことを、ずっといやらしい目で……?」

 

 まるで小動物のように、不安そうに彼を見つめる少女はひどく非力に見えた。一見すれば保護浴をそそられる姿に、彼は笑みを深くする。それが余計に彼女に不安を与え、天海春香は思わず「ひっ」と声を上げた。

 

「そんなわけないだろ」

 

 しかし、そんな少女など何のその。張り詰めた空気を粉々に破壊するように、あっけらかんと言い放つと、「やれやれ」と行った様子で肩をすくめて、くつくつと喉を鳴らし始めた。

 これを見て、彼女は自分がいいように弄ばれていたことに気がつくと、先程までの怯えは何処にいったのか。眉をひそめ、頬を膨らませて声を大にする。

 

「からかいましたね!?」

「騙されるほうが悪い。てか、最初に阿呆な勘違いしたのはどこの誰だよ?」

「そ、それは……連太郎さん、下心って言いましたよね!」

「あぁ、そりゃ言った」

「ほらっ、やっぱり!」

「だが、下心ってのは、邪な考えって意味じゃないっての。辞書引け、辞書。カバンの中に入れてるだろ?」

 

 言われると、彼女はすぐさま自分のカバンの中から電子辞書を取り出した。パッドをパソコン初心者のようにタイピングした後、その顔には驚きが貼り付いた。

 

「……たくらみ、もくろみ、本心、内心、真意……?」

「そう。俺にも俺のたくらみってやつがあるの。おっさんにまんまと言いくるめられて、俺は今日も邁進中です」

 

 呆れたような調子で言ってのける彼に、彼女の機嫌はますます傾いていく。

 

「じゃあ、連太郎さん。その下心って、なんですか?」

 

 回答しだいで言い返してやる、といった好戦的な、真剣な顔で彼女は彼に訊く。これに彼は即答……するのではなく、気まずそうに視線を逸らして、「あー……」と言葉を詰まらせる。

 

 言いたくない、という雰囲気の彼。しかし、天海春香は頑なに譲らず、ジッと彼を見つめ続けた。

 

「……はぁ」

 

 しばらくの硬直の後、先に動いたのは彼だった。疲れた様子でため息を吐くと、先程までの威勢はどうしたのか。律子にイタズラがバレた時の亜美のように気まずそうな顔で。

 

「笑わないか?」

 

 いつもは大きく見える姿が、子どものように小さく感じられた。吹けば飛んでいって、消えてしまいそうなほど、脆く感じられた。

 

「笑いません。……変な理由だったら怒りますけど」

 

 それを聞いても、彼は警戒したような面持ちで、確認するように訊く。

 

「誰にも言いふらすなよ?」

「言いません」

「お前が期待しているような答えじゃないからな?」

「構いません」

「……頑固者が」

「いいから話してください」

 

 ピシャリ、と言い切られては、彼もこれ以上、答えを先延ばしにするのは憚られ。

 何度も口をモゴモゴと動かして、俯き、唸り、「くそっ」と悪態を吐き、頭を抱え、深呼吸を行い、ゆっくりと顔を上げると、縋るように春香を見たが。

 

「――」

 

 彼女の瞳は絶対に譲らない、という固い意志が宿っていた。これはどうやっても折れないだろう。下手をすれば、この中途半端な話が他のアイドルにも伝播する可能性さえ考えられる。そうなれば面倒になるのは確実。逃げるという選択肢はなく、彼は大きくため息を吐くと。

 

「俺の下心は――」

 

 天海春香は、その澄んだ瞳をまん丸になるまで見開いた。はにかんだ彼の顔は、年相応の少年のように輝いていた。彼女のいつも見る、擦れたような態度など嘘のように。純粋無垢な微笑みは、恥ずかしがっている姿は、とても綺麗で。

 

 思わず、胸の前で両手をギュッと握りこむ。胸の奥底から、感情が溢れ出してきた。

 

「どうだ?」

 

 彼はまだ恥ずかしそうに、後頭部に手を当てながら、顔だけは彼女に向けて、何かを期待したような視線はちっとも定まらない。

 

「連太郎さん!」

 

 彼女の呼びかけによって、ようやく彼の視点が定まった。

天海春香。彼女の翡翠の瞳は、いつも以上に輝いていた。それこそ、ライブの時と遜色ないほど。会場のみんなで作り出す光の海のように。キラキラと眩しく。

 

「いつもありがとうございます!」

 

 太陽のような笑顔が、彼の鼓膜に焼き付いた。

 

 彼はその光景に目を奪われて。しかし、それでも自分には返すべき言葉があると、冷静な頭が言っている。

 

 だから。

 彼はどっしりと腰を据えて、落ち着いた様子で、ありのままに、はにかみながら。

 

「どういたしまして」

 

 誰よりも嬉しそうに、言ってのけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――」

 

 白衣の男から言い渡された言葉と共に、世界が暗転した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分が眠りから目覚めたと意識するより先に、彼はボロアパートの茶色い天井を認識した。まるで体が滞空しているかのような浮遊感は、己の現実への認識を曖昧にする。虚ろな瞳が周囲に泳ぐ。およそ目覚めとは思えない手応えの無さは、彼の思考を空白にするだけに飽き足らず、二度目の眠りに誘っていく。

 

 ――ピロロロロンロン、ロロンロン。

 

 枕元に置いてあった携帯電話がバイブレーションと共に鳴り響く。765プロが誇る全体曲が着信音に設定されており、それを聞いて彼の意識にスイッチが入った。今まで新品のキャンパスのように真っ白だった思考は一転。「今何時だ」「今日の予定は」「そもそも誰からの電話だ」と次々と浮かぶ懸念に頭の中を埋め尽くされていく。

 

 ほぼ無意識に携帯に向けた目が捉えたのは、「プロデューサー」という文字。何かあったのか、と心配に思う反面。まるでエレベーターに乗っている時のような重圧が、体中に掛かっていた。頭は覚醒したというのに、身体は石にでもなってしまったかのように動かない。いや、動かしづらい。携帯を持とうとする行動さえ、今の彼には100㎏オーバーのダンベルを持ち上げるに等しい重労働に感じられた。

 

 気だるい体でも、着信音に鼓舞されながら、彼は必死に手を伸ばす。しかし、あと少しというところで、着信音は止まってしまった。

 

「……」

 

 同時に、彼の思考能力も完全に停止した。まるで、補助輪を外された自転車のように簡単に倒れてしまう。今この場に、抱き起す者は誰も居ない。流されるがまま、重く垂れる瞼を受け入れると、その瞳はいとも容易く閉じてしまった。

 

 

 

 ボロアパートの一室は、僅か六畳半ほどのスペースしかない。キッチンと風呂場は別についているが、エアコンは無く、空気を循環させるのは錆びついた換気扇だけ。

 

 六畳半というスペースには、布団と、そこに眠る彼を除けば、あとは冷蔵庫と彼用の小さな机しか置かれていない。

 

 その机の上には、黒一色の装丁が特徴的な、一冊のスケジュール張が開いた状態で置かれている。

 

『10時より機材搬入。衣装の損傷確認とクリーニングの申請。

 11時より劇場の清掃を担当。

 12時より贈呈されたフラワースタンドの整理。

 12時半より一時間の休憩。桜守歌織も劇場に居るため、会話を試みる。

 13時半より会場の清掃を開始。

 15時より一時間の自由時間。休憩室にて現状の問題点の聞き込み開始。

 16時より座席の点検を開始。また、搬入した機材の動作確認を行う。

 18時より高木社長に現状報告。必要であれば翌日より個別に対談。

 19時、帰宅。

 ※次回公演まで残り三日。全ての事前準備に支障がなければ、今後に変更なし。』

 

『備考:Fairyチームに支障なし。白。緑。八。

    無。良好。

 変更点:

 

 

 

 要点:

 

 

 

 方針:

 

 

                              』

 

 

 

 ひっくり返した水が器に戻らないように。

 物語の砂時計は、底なしの穴に砂を落とし始めるのであった。

 

 




次回に乞うご期待。


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