骸骨と天使 (怪盗K)
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第一話

駄文ですが、よろしくお願いします。


「あ、モモンガさん。この後って時間あります? ちょっと装備の新調に必要なアイテムがアンジャドゥリリ山脈でドロするんで掘りに行きたいんですけど、手伝ってもらえませんか?」

「あ、全然大丈夫ですよ。あそこは確か、氷系モンスターの場所でしたっけ」

「そうですねー、ちょっとバフってもらわないとソロ掘りはきついんで」

 

 薄暗い森の中を二つの人影が歩いていた。時折、顔のアイコンをピコンと出しながら、彼らは楽しげな声音で連れ立って歩いていた。

 

 一人は歩く骸骨。その手にはしわがれた人の手を重ねて作られたような杖が握られており、身に纏う紫紺ローブも相まって悪の死霊術師と言った様相を呈していた。事実、現在の彼は死者の大魔法使い(エルダーリッチ)という種族であり、そのビルド構成も死霊系の魔法を中心とした凶悪なものとなっている。

 

「っと、ストップです。人間種プレイヤーの反応ありですね」

 

 もう片方の人影がモモンガを手で制す。

 彼は大きな三対六翼の翼を携えた主天使(ドミニオンズ)であった。しかし、その服装は黒で統一された軍服であり、その右腕には鉤十字の腕章が付けられていた。長い金糸のような髪をうなじの辺りで結び尻尾のようにしてある彼の顔は神の造形と呼べるほどに整えられており、前時代的な格好であったとしても彼がすることで様となっていた。

 信仰系の魔法を中心に習得し魔法戦士としてビルドしていた彼は、種族特徴としてその広い探知範囲で他のプレイヤーの反応を拾い上げる。

 しかし、それは相手方も同様であり、その反応が自分たちの方へ向かっているのを天使は自覚していた。

 

「最近このあたりのエリアで異形種狩りがあるって聞きますけど。どうです?」

 

 言外に彼らがその異形種狩りであるかを問う骸骨に、天使は呆れる顔のアイコンを出して答える。

 

「あー、確実にこっちに来ますね」

 

 二人は今現在のゲームにおける風潮を知っていながら、そして実際に何度か襲われていながらもその声に緊張感はさほどもなかった。

 それはほとんどを二人で返り討ちにしたからであり、それに裏付けされた自信であった。一人では狩られるだけだっただろう。一人ではこの理不尽へと対抗できなかっただろう。

 だが、今ここに信仰系の魔法で回復しながら敵の攻撃を受け持ち、その天使としての力を振るう前衛と、アンデットを生み出しダメージを分散させながらも自身も多様で凶悪な魔法を操る後衛が轡を並べているのだ。

 

「それじゃあ、モモンガさん、いつも通りで行きましょうか」

「はい、前はお任せしますよ、ラストさん」

 

 彼らは何の気負いをすることもなく、迫りくる獲物を見据えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ナザリック地下墳墓、悪名高い異形種ギルドであるアインズ・ウール・ゴウンの本拠点であったその場所は今まさに一つの世界の終焉を迎えようとしていた。

 それはユグドラシルというゲームのサービス終了であり、今まで彼らが築き上げたすべての終わりであった。

 かつての栄光は去り、最後に残された墓守たちはただただ、その最後の時を迎えるだけとなっていた。

 

「やっぱり最後はモモンガさんと一緒にかー。どうせなら骸骨じゃなくて可愛い女の子がよかったな」

「ちょ、ひどくないですか!? 最後なんですし、もうちょっと湿っぽくなったりしましょうよ」

「ははは、そうは言われてもですねぇ」

 

 四十一作られた広い円卓の席で、今現在席に座っているのはたったの二人。それは死の支配者(オーバーロード)となり、その姿もかつてとは比べるもなく魔王へと変わった骸骨と、変わらず旧時代の軍服を纏った天使であった。

 ただ、天使も最上位種族である熾天使(セラスフィア)の背中から伸びる翼はより大きく、さらに六対十二翼になり、その輝かんばかりの神々しさは魔王然としているモモンガに勝らぬも劣らないものとなっていた。

 

「ほら、最後は玉座にでも行きましょうよ。何なら邪悪な魔王と聖なる天使ロールでもします?」

「うっ、あれは黒歴史なんだから、二人でロールプレイしてるところをタブラさんたちに見られて大笑いされちゃったじゃないですか」

「そんなこともあったなー。あ、それ、持っていきましょうよ」

 

 天使はその白い手袋で包まれた指先で円卓の奥、壁にかけられた一本のスタッフ。

 ヘルメス神の杖(ケーリュケイオン)をモチーフにして作られたギルド武器は、まさしくギルドの象徴であり、このアインズ・ウール・ゴウンの心臓であると言って過言でもない。

 モモンガはそれを持ち出すことをためらう、これは自分だけの物じゃなく、ギルド全員のモノであるからと。自分だけの我儘で持ち出してしまっていいものではないと。

 

「……いいんですかね。皆の大事な武器持ち出しちゃって」

「いいんですよ。最後ですし、何より、モモンガさんはそれだけの資格があるんですから。今まで、最後の最後まで、ずっとナザリックと一緒だったんですから」

 

 そんなモモンガに、ラストは諭すように言いながら笑顔の顔アイコンを出す。その心には誰よりも現実(リアル)から逃げてきた自分たち、この幻想の中でしか夢を見ることすらできなかった目の前の彼に、後悔の無い最後を迎えてほしかったからだ。

 

「……」

 

 そんなラストの言葉に、モモンガは壁にかけられた杖を手に取る。

 

「うわ、演出凝りすぎ」

「ヘロヘロさんたちAIガチ勢の本気だなぁ」

 

 モモンガが手に取った瞬間、赤黒いオーラが湧き出て、それは人の顔を形取っては消え、その度に苦悶の声をあげるような演出まで出てくる。

 

「……」

 

 モモンガはそれを見ながら、過去に思いをはせるようにじっと杖を見つめている。

 ラストはそれに気づき、表情は変わらず、そっと心の中だけで苦笑を浮かべる。誰よりもこのギルドを愛し、誰よりもこのギルドに執着していたことを知っていたからだ。そして、それはまた自分もであり、このギルドで得たものは今までの人生でかけがえのないものであった。

 

「行こうか、我が友よ」

 

 ギルマスとしてのロールを始めた友だちに、ラストも恭しく答える。

 

「ああ、是非もないよ。我が友よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当に、終わるんだな」

 

 玉座の間にて、骸骨の魔王は過去を懐かしむように、そしてその終わりを惜しむように言葉を漏らす。玉座の隣には黒い翼を持つ純白のドレスを纏った美しい女性。そして眼下には最後だからとこの玉座の間へと招いた執事であるセバス・チャン、その部下であるプレアデスたち。

 誰もが首を垂れ、玉座に座る死の王とその傍らの熾天使に忠節を示していた。

 

「ああ、終わるんだ」

 

 その小さなつぶやきに、ラストも返すように小さく頷く。

 

「楽しかったんだ。そう、楽しかったんだよ」

「私もですよ。モモンガさんのお陰で、ユグドラシルはただのゲームじゃなかったですもん」

「ははは、お互い、会うまでは結構PKされたりしてましたしね」

「ほんとほんと、なんやかんやでたっちさんに誘われて、弐式炎雷さんがナザリック見つけて……」

 

 数々の冒険をした。それら全てが仮想現実であり、現実(リアル)でなかったとしても、そこに確かに想いはあったのだ。かけがえのない思い出がこのナザリックを創り上げたのだ。

 八ギルドによる1500人の討伐隊を退けた時は、アインズ・ウール・ゴウンの誰もが喝采し、自らがなした偉業とも呼べる、ユグドラシルの歴史に自分たちの名を刻んだことを誇りに思ったのだ。

 

「ほんと、色々ありましたよね」

 

 言葉を萎めながら、モモンガがそう締めくくる。ふと、手持ち無沙汰になったのか、手に持つスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを使い傍らのNPCの設定を開く。すると、一瞬にして現れたのは長文の列、列、列。

 読む気が失せてしまうほどの長い設定に、モモンガも、隣からのぞき込んでいたラストも声を漏らす。

 

「うわ、設定長っ!」

「タブラさん、設定魔だったからなぁ。アルベドでしたっけ、確か。どれどれ、『ちなみにビッチである』って。えぇ……」

「……ギャップ、萌え……?」

 

 見つけてしまった最後の一文に二人は揃って困惑の表情を浮かべる。二人とも『ギャップ萌え』について熱く語っていたタブラ・スマラグディナを思い出す。人一倍設定にも凝っていた彼なら、この驚きの設定にも二人は納得していた。

 ただ、それを理解できるかは別であった。二人からすれば、美しい女性であるアルベドがビッチという設定を持っていることに憐憫とも悲哀とも思う複雑な思いを抱いた。二人ともがその股座に存在する武器を未だにその使用意図通りに使ったことがないことも、女性への一種の幻想染みた妄想へ拍車をかけていた。

 

「流石に可哀想じゃないですか……? ビッチって」

「うーん、タブラさんにはちょっと申し訳ないですけど。なら、こうしてみます?」

 

 モモンガがコンソールを操作し、『ちなみにビッチである』の一文を消す。そして、そこに同じ文字数だけ文字を打ち込む。

 

『ビッチだが一途である』

 

「なんか矛盾してません?」

 

 ビッチと一途という相反する属性にラストが首をかしげる。モモンガも少し腑に落ちないと思いながらも、ある人物を挙げながら弁明する。

 モモンガにとっても、ラストにとっても様々な意味で色々な影響を与えたある鳥人(バードマン)のことであった。

 

「いや、なんか昔、ペロロンチーノさんが処女ビッチって話してた気がするんですよ。ビッチだけど、一途で清純派って」

「うーん、ありなの、かなぁ?」

 

 鳥頭の友人の顔を思い出し、彼ならそんな素っ頓狂なことを知っててもおかしくはないと納得する。

 そして、アルベドの設定を上書きし、最後の最後、二人の出会いから始まり、仲間たちと出会い、ここまで歩いてきた。

 そう、楽しかった。満たされていた。願うなら、永遠に続いてほしかったのだ。

 お互いに親友と呼べると思っている二人は、名残惜しくも、最期の時を二人で迎えられたことに感謝した。

 

 (我儘を言うなら、皆ともこの最期を共有したかったな)

 

 モモンガは心の中だけで、そう呟いてため息を漏らす。この時ばかりは、動くことのない骸骨の表情に感謝した。どうせきっと、目の前の親友も同じようなことを思ってるのかなと思いながら、その時計を見つめた。

 

 23:59:35、23:59:37………。

 

「っと、もうほんとのほんとに最後ですね」

 

 23:59:46、23:59:49……。

 

「えぇ、ラストさん。あなたと、そしてアインズ・ウール・ゴウンの皆んなとユグドラシルをプレイできて、本当に良かった」

「私もですよ」

 

 死の支配者はその杖を大きく掲げ、熾天使である明けの明星はその翼を神々しく広げて天を仰ぎ羽根と輝きを撒き散らす。

 高らかに、我らはここに居たとどこまでも響き渡れと。

 

 23:59:55、23:59:57……。

 

「「アインズ・ウール・ゴウンに栄光あれ!!」」

 

 0:00:00。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 0:0:1、0:0:2……。

 

「……ん?」

「……あれ?」

 

 刻は終わりを過ぎ去り、玉座の間に未だ二人は残されていた。二人の意識はサーバーダウンとともにブラックアウトするはずであった。

 しかし、今なお二人の意識はしっかりとし、お互いの顔を見合わせる。その表情には骸骨は分かりにくいが戸惑いが、熾天使には分かりやすく動揺があった。

 

「サーバーダウンの延期?」

「ですかね? 運営からお知らせは……あれ、コンソールが開かない。GMコール。……あれ?」

 

 彼らは思いつく可能性を挙げながら、運営との接触などを試みてみる。しかし、その手段を行うコンソールは開かず、またGMコールといった手段も同様に取ることが出来なくなっていた。

 

「……どういうことだ?」

 

 はじめは戸惑いが大きかった。モモンガは疑問を自分の中に溶かし込むように、小さくつぶやく。しかし、次第に焦りが大きくなる。

 ログアウトができないという明らかな異常事態への焦りから、続く言葉は怒気と動揺が滲み大きくなってしまう。

 

「……どういうことだ!」

 

 ちらとモモンガのいやに冷静な部分が傍らのラストへと意識を向ける。しかし、彼も同じようにGMコールなど、そして他の手段を焦った表情で試みているようだった。

 そんな彼に声をかけようと声を発そうとし、一つの異変に気づく。

 

(表情……?)

 

 そう、彼の表情が変わっているのだ。

 仮想現実では常に玲瓏な微笑みで固定されていたはずだったラストであったが、今は焦る表情でコンソールを動かし、翼をせわしなく羽ばたかせ羽根を周囲へ零してしまっている。

 まるで、本当の天使がそこであたふたしているようだ。

 モモンガはそう思った。そして、これまた冷静な思考が一つの仮説を出そうとした時、女性の声が二人にかけられた。

 

「どうかなさいましたでしょうか? モモンガ様、ラスト様」

 

 それは先ほど二人の側にいた、命令無しで動くはずのないNPC。

 その声の主はアルベドであった。その表情もラスト同様変化し、恭しく礼を取りながらこちらへと笑みを投げている。

 

 今度こそ、モモンガも混乱の極地へと放り込まれるのであった。

 

「……GMコールが効かないようだ」

 

 絞り出すように、モモンガがアルベドに答える。さきほど混乱の極みに落とし込まれた思考の波は抑えつけられるように鎮められ、冷静ながらも困惑しているという奇妙な状態へと陥っていた。

 

「……申し訳ございません。無知な私では、GMコールというものに関してお答えすることができません……どうかお許しを。そして、叶うのならばこのような無能な私に失態を挽回する機会をお与えくださいませ」

 

 モモンガは会話が成立していることを確信した。まるで生きているようなアルベドの様子に混乱し、そして再度抑制されるように動揺が鎮められる。

 そして、ラストも今のやり取りに気づいたのか。口をぽかんと開けながらモモンガたちを見ていた。そして、自身の翼を撫で、さらに周囲に散らばった羽根を拾い上げる。

 

 何をすべきであるか。どのような行動がこの時に最適であるか。モモンガとラストは同じく思考を巡らせる。

 モモンガが目に付けたのはアルベドとは別に、玉座の下で首を垂れている執事と六人のメイドたち。彼らもアルベドと同様に動き出しているのか、もし動くのならば自分たちへの反応はどんなものか。

 ラストが思いついたのはこのナザリック墳墓の外、この墳墓の外には毒の沼、そしてモンスターたちが跋扈していた。

 そこはどうなっているか、この異常はこのナザリックだけなのか。

 

「セバス! そしてメイドたちよ!」

『はっ!』

 

 モモンガの声に、執事であるセバス・チャンとプレアデスたちは声を合わせ答え、頭を上げる。

 

「玉座の元へ」

『畏まりました』

 

 躊躇うことなく、彼らは命令に従う。モモンガの命令はAIに組み込まれてはいないものであった。モモンガは彼らが自分の言葉を理解し、その命令に従うことを確信した。

 

「──セバス」

 

 今必要なのは情報だ。モモンガはそう判断し、命令を下す。その様子を見て、ラストも焦りを必死に抑え込んでモモンガに合わせようとする。

 

「ナザリック周辺の地形を確認せよ。そして、知的生命体及び脅威となりうる存在があった場合、敵対行為ではなく交渉を優先しろ。相手の提示する条件はほとんど受け入れてもかまわん」

「も、モモンガ、私も同行していいかな? あー、えと、魔法での探査とかもしたほうがいいだろう? スクロールは私が持ってるからさ」

 

 純粋な魔法職では無い分、モモンガの方が魔法での調査という点では適任である。さらに、より正確な情報を第五階層に居るNPC、ニグレドで行うこともできた。

 ラストはそれを思いつくほどに、事態に慣れていないというのもあった。

 

「そうだな。ラスト、任せる。だが、何があるか分からないので、気を付けてくれ」

「ああ。もちろんさ」

 

 死の支配者とその友の明けの明星ロールプレイは何度もしてきた二人だ。それのせいでギルドの仲間に冷やかされたり、より恥ずかしい黒歴史を作ったりしたが、それのお陰で今こうしてNPCたちの目の前でロールができた。

 

「セバス。あーと、えっと、ナーベラルに補助のために一緒に来てもらって構わないかい?」

「もちろんでございます」

「勅命いただき、ありがとうございます! ラスト様!」

 

 セバスとナーベラルが承服したことを確認したモモンガは、ラストに小声で耳打ちをする。

 

(セバスと外に行って様子を見てきながら、他にもスクロール魔法とかが使えるか確認お願いします。感覚的には使えるってのは感じられるんですけどね)

(分かりました。それにしても、いったい何が……)

(それの確認も、後々しないとですね)

(はい、それじゃあ後で)

 

 ラストは、セバスとナーベラルが目の前で傅いているのに少しむずがゆさを感じながらも命令を出す。

 

「それじゃあ、行こうか。セバス、ナーベラル」

『はっ!』

 

 ラストがセバスとナーベラルを伴って、玉座の間を退室していく。扉の向こう側へと手を軽く振って向かうラストへ頷きを返す。

 

「プレアデス。お前たちは九階層の守護を。アルベドは各階層守護者を六階層のアンフィテアトルムに集めろ。時間は今から一時間後。アウラとマーレには私から知らせるので必要はない」

「承知いたしました。モモンガ様」

 

 アルベドも恭しく礼をし、玉座の間から退室をしていく。

 その後ろ姿を見ながら、モモンガはしばしの間呆けてしまっていた。ようやく人の目が無くなり、一息付けたということもあった。

 そして、その空虚になった頭蓋の口から、一つの仮説が零れ落ちた。

 

「仮想現実が……現実になった……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目の前に広がる光景に、ラストは言葉を失った。ここがユグドラシルであれば、目の前に広がるのは毒の沼であるべきだったはずだからだ。そして、それ以上に驚愕すべきことがラストの思考を混乱させていた。

 

「これは……」

 

 後ろに控え、周囲へと目を配るセバスと、情報収集系の魔法への対抗魔法に対してのスクロールを使用しているナーベラルのことも、事態を知らせるべきモモンガのことも、忘失してしまうほどの衝撃にラストは襲われていた。

 

 満天に広がる星空、見渡す限りの緑の草原。息を吸えば肺に流れ込んでくる新鮮な空気。

 そのどれもが、ラストにとって知識でしか知らなかったことだった。ギルメンの一人が熱く語っていた雄大な自然が目の前に広がっていたのだ。

 そして、それとともに確信する。ここが仮想現実ではなく、現実であると。自分が感じる見渡す限りの現実(リアル)を五感総てで感じ取っていた。

 

「ラスト様、準備が済みました。これより<広範囲・敵感知(マス・エネミーセンス)>を使用したいと思います」

「あ……すまない。任せきってしまったか。ちょっと待ってくれ、特殊技術(スキル)で範囲と効果を広げるから」

 

 メイド姿のナーベラルの肩にそっと手を乗せる。その瞬間に本能に近いものに従い、特殊技術(スキル)を使用する。

 

熾天使の加護・魔法拡大範囲(セラスフィアブレス・マジックダブルエリア)

熾天使の加護・魔法拡大確実化(セラスフィアブレス・マジックレリアブル)

 

 これは接触によって対象に使用することのできる特殊技術(スキル)であり、対象の使用する魔法の効果を拡大する能力である。接触によってしか使用できないうえに、一度の魔法に限るという欠点はあったが、奇襲などを範囲魔法でする場合やこういった場合には重宝する特殊技術(スキル)であった。

 そして、もう一つ発動させたたのは確実に相手に魔法を届かせる特殊技術(スキル)であり、もし敵が耐性などを持っていた場合、それを貫通して届かせるというものである。この加護を受けた魔法は無効化系のスキルすらも一度は無視して貫通するという凶悪なものであった。

 

「これがラスト様のご加護……。では、魔法を使用します」

 

 ナーベラルがわずかに頬を紅潮させ、そして数瞬後に切り替えるようにスクロールで魔法を発動する。

 魔法の波動と思われる不可視のナニカが周囲へと広がっていく。ナーベラルは自身に流れ込んでくる情報と、自身の本来の能力を大きく超えて発動した魔法に驚愕する。これが至高の四十一人の力だと、そしてその力が自らの中に流れ込んでいると思うと、自然と体が忠誠心で熱くなるのをナーベラルは感じていた。

 

「いかがですか? ナーベラル」

「はっ、この周辺には知的生命体及び人種族はおりません。小動物の類は居ますが、どれも一般的な動物でありモンスターなどではないようです」

 

 その報告を聞いたラストは、満足げに頷く。

 

「ありがとう、ナーベラル。流石だな。セバスもよく護衛をしてくれた。私はモモンガの元へ報告へ行ってくる」

「……っ。お役に立てて光栄です! 至高の御方のために働けることこそ我が身の喜びです……」

「はっ! 畏まりました。では、この後はどういたしましょう。ラスト様」

 

 ナーベラルは今にも泣きだしそうなほどに喜び、セバスも表情は変わらぬが少し雰囲気が柔らかくなっている。ラストは再び伝言(メッセージ)の魔法を使って、モモンガへとひとまずの結果を報告する。

 

『モモンガさん、そっちはどうでした? こっちは周りは草原になってて、周りにも敵とかモンスターは居なさそうです』

『こっちもゴーレムとかアイテムもきちんと使えるみたいです。この後、階層守護者にアンフィテアトルまで来てもらうように言ったので、ラストさんにも来てもらっていいですか?』

『了解です、いつ頃向かえばいいです?』

『そうですね。あと20分後ってところで、お願いします』

 

 

 

 

 

 時刻は僅かに遡り、アルベドが退室した後の玉座の間から指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)を使ってモモンガは自身の私室へと戻っていた。

 

指輪(コレ)も使えるか。本当に現実になったって言うなら。色々検証しないとなぁ。それにラストさんが戻ってきたら色々話し合わないと」

 

 この世界には何があるか分からない以上、ラストも一緒に外へ向かわせたのは軽率だったかもしれないとモモンガは少し反省していた。だが、今現状で最も信頼できるのもラストであり、彼なら自身の望む情報を得てくるだろうとも思っていた。

 

「それなら、俺も俺でできることをするか」

 

 モモンガはそう言いながら、ナザリック内の設備、ゴーレムなどを確認していくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「セバスたちはもう九階層に戻ってて構わないよ。私は、ここでもう少し星を見ていようと思う」

 

 モモンガが言っていた時間まではもう少しだけ余裕があったラストは、生まれて初めて見る夜空に心が奪われていた。

 かつて、自然に関する薀蓄を語っていたギルメンと、それに付き合いながらも曖昧な相槌しか打てなかった自分を思い出す。

 

(ブループラネットさんが言ってたこと、今なら本当の意味で分かった気がするなぁ……もっと、ちゃんと聞いてあげようとすればよかったな)

 

「お言葉ですが、御身に何かあったら私共、この身を幾ら引き裂いても足りませぬ。どうか、ナーベラルだけでも御身の御側に置いていただけはいけないでしょうか」

「そうか。それじゃあ、一緒に星でも見てるか? ナーベラル」

 

 セバスは目の前の主がこの星空に耽りたいということを察していた。ならば、その願いを叶えるのが執事たる自身の務め。しかし、至高の造物主の一人であるラストを一人にするわけにもいかない。彼の身の安全は自分たちで確保しなくてはいけない。

 そこで白羽の矢が立ったのはナーベラルであった。信頼できる彼女を傍に置き、自身は少し距離を置き周囲を警戒する。瀟洒な執事であるセバスは瞬き一つもしない内にその思考を導き出していた。

 

 驚いたのはナーベラルであった。至高の御方であるラストから勅命の使命をされ、今は共に夜空を眺めようと誘われている。嫌だという思考は微塵もない、ただただ、総身に畏れ多いという震えが駆け抜けていたのだ。

 

 そして、それとともに、ラストの横顔を見つめてしまった。その、誰もが神の指先で作られたと疑わぬ美しい横顔を。ラストが星空に心を奪われたのなら、ナーベラルはそのラストの憂いを含んだ横顔に目を奪われてしまった。そして、その頬に月と星の灯りに照らされた涙を幻視してしまった。

 

 なぜ、この人はこんなにも儚げな表情をしているのだろう。その頬を伝う涙を拭って差し上げたい。

 

 ナーベラルの胸中にはそのような思いが浮かび上がった。真に芸術というべき彼の方の支えとなりたいという、感情がちくりと胸に棘を指し始めていた。それは仮想現実から現実へとなった彼が持つ特殊技術(スキル)故か、それとも彼自身が為したのか、誰にもわかりはしない。

 

「ナーベラル? どうかしましたか?」

「も、申し訳ありません。セバス様」

「具合でも悪いのか? ナーベラル、それならメイド長のところまで送るが」

「い、いえ! 滅相もありません! 大丈夫です! 星見のお供、畏まりました!」

 

 ナーベラルは自分の中に生まれた不敬な感情をかき消すように声を上げる。そのことにセバスは少し眉根を寄せながらも、主人が気に止めぬというのなら、自分が言うことではないと判断した。 

 自身の隣へと手招きし、ナーベラルが畏れ多いとばかりに引き下がるのに苦笑いしたラストとナーベラルの様子を見て、セバスはさっき決めたとおりに少し離れた位置から周囲へと眼を向けることにした。

 

「それじゃあ、もう少しだけ、一緒に見ていようか」

 

 ナーベラルから目を離し、再度空へと目を向ける。薄い雲が流れてきているのを確認したセバスは消し飛ばしに行くか悩み、派手な行動を控えるようにとも言っていたモモンガの言葉を思い出し自重した。

 幸か不幸か、雲は風に流され、ラストとナーベラルの星見を邪魔することはなかった。

 

 その後、決めた時間に遅れ、ラストはモモンガに怒られることとなった。




ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
出来る限り、次も早く投稿できるように頑張ります


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第二話

お待たせしました、第二話となります。
駄文ですが、よろしくお願いします。


(遅い……)

 

 モモンガは時間になってもラストが来ないことにその骸骨の中の赤い瞳を怪訝そうに潜める。

 目の前では自身がギルド武器で呼び出した、根源の火精霊(プライマル・ファイアーエレメンタル)と双子の闇妖精(ダークエルフ)が戦っていた。

 魔法の検証を行ったあとに、様々な検証を行っており、この模擬戦もその一つであった。自身の魔法が満足に使えること、特殊技術(スキル)も本能ともいうべき部分で使えるようになっていること。

 

(現実世界だけど、ユグドラシル的な縛りもある。随分とちぐはぐな状況だなぁ)

 

 モモンガは、溶けていくようにして倒された根源の火精霊(プライマル・ファイアーエレメンタル)と、はしゃぐようしてこちらへと走り寄ってくる双子に巡らせていた思考を呼び戻す。

 

「素晴らしいな。アウラ、マーレ」

 

 モモンガは先ほどの二人の戦いぶりに感嘆を正直な言葉に表す。アウラは自身の特性と相手の特性をきちんと理解し、相手の攻撃を一撃も喰らうことはなかった。さらに、マーレも森司祭(ドルイド)として、バフとデバフを使い分け、的確な支援を行っていた。

 NPCとしての闘い方ではなく、確固たる思考を持って思考を巡らせて連携していることは、モモンガにより一層NPCがシステム的なNPCではなく、一つの生命であると思わせていた。

 

「いえいえ! これくらい当たり前ですよ。久しぶりに運動ができました! ありがとうございます、モモンガ様!」

 

 雫となった汗がアウラの頬を伝う、根源の火精霊(プライマル・ファイアーエレメンタル)の凄まじい熱気に晒されながらも前衛を一人で引き受け、さらにその攻撃を一撃も喰らわぬように動いていたのだ。ダメージはなくとも疲労は蓄積したのだろうと、モモンガは一つのアイテムを取り出す。

 

無限の水差し(ピッチャー・オブ・エンドレス・ウォーター)

 

 モモンガ自体はアンデットであったため使用する機会はなかったため、騎獣やラストしか使わずほとんどアイテムボックスの肥やしになっていたマジックアイデムである。

 続いて取り出したコップに水を注ぎ、二人に手渡す。

 

「アウラ、マーレ。飲むといい」

「え? そんな、畏れ多いですよ」

「そ、そうですよ。水ぐらいならボクの魔法で」

 

 二人の畏まるような様子に微笑ましいなと笑みをこぼしながら、支配者としてのロールで押し通す。

 

「これは私から、二人へのささやかな労いのようなものだ。いつもご苦労、さきほども素晴らしかったぞ」

「ふわー」

「ふえー」

 

 尊敬する支配者であるモモンガから、ねぎらいの言葉とともに手ずから渡されるコップを受け取り、二人はコクコクと喉を鳴らして水を飲む。

 それを見てモモンガは自身の喉元へと手を運ぶ、そこにはあるべきものがなく、しかし、それが正常な状態であると本能が言っていた。そして、この体には睡眠も食事も不要となってしまったであろうことも。

 

(このことも、早急にラストさんと話し合わないとな。結局……こいつを使うことはなかったな……)

 

 使われることもなく使用不可に近い烙印を押された股間の一物を、薄くなった性欲から寂しげに見つめる。

 

(ペロロンチーノさんがなんか言ってたなぁ。魔法使いになれるとかどうとか。本当になれちゃったよ……ぐすっ)

 

「どうかされましたか? モモンガ様」

「ああ、すまない。少し考え事をしていた」

 

 大きな喪失感を覚えるが、下品な思考を目の前の双子の前で考えていたことに、彼女たちの創造主含めてものすごい罪悪感に襲われてしまった。そして、またしても精神の動揺がアンデットの特性からか沈静化されてしまう。

 

「おや、わたしが一番乗りでありんすか」

 

 幼い少女の声と共に、闘技場の地面に影が生まれる。それは半円状にせり出すとともに、その向こう側から一人の少女が現れる。

 転移が阻害されているナザリック内で使用することのできる数少ない転移魔法である転移門(ゲート)の魔法を使い、現れたのは白磁のような肌をゴシックなドレスに納めた、モモンガもよく知る少女であった。

 

「よく来たな。シャルティア」

 

 アウラが何か言いそうであったが、モモンガは機先を制してナザリックの第一階層から第三階層の守護者である、シャルティア・ブラッドフォールンを出迎える。彼女を作成したペロロンチーノは、属性過多と言えるほどにシャルティアに設定を詰め込んでたなぁ、とモモンガは彼女がどんなキャラだったかを思い出そうとする。

 

「ああ、我が君。わたしが唯一支配できぬ愛しの君」

 

 シャルティアがモモンガの胸へとふんわりと飛び込んでくる。両手を首の後ろに回され、妖艶な表情をモモンガへと向けてくる。

 これが彼女の創造主であったなら、即座に陥落したであろうが、モモンガからすれば幼い子供が背伸びして見せているように思え、沈静化すら発動しなかった。モモンガはロリコンではないのだ。

 

「ちょっと、近すぎんじゃないの? モモンガ様に屍肉の臭いが移るわよ?」

「あら? チビすけ、居たんでありんすか? 小さすぎて分かりんせんでありんしたわ」

 

 ピキっと、そんな擬音が聞こえてきそうにアウラの顔が歪む。シャルティアはモモンガの首から手を離し、アウラと向き合う。その表情は嗜虐的な笑みになっており、微かに身長の低いアウラを見下していた。そんな二人からマーレはそそくさと距離を取り、モモンガもそれにならった。

 

「はん、あんたこそ、偽乳で盛ってて、それが崩れないようにって周りが見えないんじゃない? あそっかぁ、さっきも転移門(ゲート)で来たのは、その胸の詰め物が落ちないようにってこと?」

「な、な──」

 

 意外とアウラも言うなぁと、モモンガは無いはずの目を遠い目にして二人を見つめる。そんな間にも二人の言い合いは過激になり、お互いに罵倒の言い合いへとなっていく。

 

「おんどりゃあー! 吐いた唾は飲み込めんぞー!」

「上等よ! マーレ! 手伝いなさい! その偽乳、晒して笑ってやるわよ!」

 

 モモンガは二人のやりとりに、彼らの創造主である姉弟を重ねてしまった。マーレもおろおろとしており、そろそろ止めるかなと動き出そうとした時であった。

 

「サワガシイナ」

 

 明らかに人の声帯以外が無理矢理に人の言語を音として発したような声であり、物理的な冷気を伴って、二人の諍いも凍り付かせた。

 

「御方ノ前デ遊ビガ過ギルゾ」

 

 それは輝く甲殻を持った二足歩行の虫であった。ナザリック第五階層守護者である、蟲王であるコキュートスは、冷気を纏い二人を諫める。

 

「コキュートス、止めないでよ。この女が」

「そうでありんす。この小娘には一度教育しないといけないでありんす」

 

 それでもなお、二人はお互いに敵意を治めようとはしない。モモンガも、流石にそろそろ止めないとなと思った。支配者が配下を注意する時ってどんなだったけ、と自身の上司を思い浮かべ、そして思い出した上司のせいで沈静化を受けながら、できる限り低い声を意識してみる。

 

「……シャルティア、アウラ、戯れもその程度にしておけ」

『申し訳ありませんでした!』

 

 二人が怯えるように頭を垂れる。

 

(あれ? そんなにかしこまるなんて……ちょっと脅しすぎたかな)

 

「さて、よく来たな。コキュートス」

「オ呼ビトアレバ、即座ニ御前ニ」

 

 コキュートスと一つ二つ言葉を交わし、彼らの忠誠心が自分の想像以上に高いことにモモンガは不安を覚え始めた。

 

「皆さんすいませんねお待たせしました」

 

 そして、さらに赤を基調としたスーツを纏った悪魔、第七階層の守護者であるデミウルゴスがそしてその隣にはアルベドの姿が闘技場の入り口にあった。

 

「これで、私が呼んだものは全員揃ったな」

「はい、モモンガ様からお呼びのあった者は皆。では皆、至高の御方に忠誠の儀を」

 

 アルベドが号令をかけ、そして守護者たちがその後ろに整列し、並び立つ。

 

「第一、第二、第三階層守護者、シャルティア・ブラッドフォールン。御身の前に」

「第五階層守護者、コキュートス。御身ノ前ニ」

「第六階層守護者、アウラ・ベラ・フィオーラ。御身の前に」

「お、同じく。第六階層守護者、マーレ・ベロ・フィオーレ。お、御身の前に」

「第七階層守護者、デミウルゴス。御身の前に」

 

 シャルティア、コキュートス、アウラ、マーレ、デミウルゴス。

 各階層守護者がモモンガの前に膝をつき、首を垂れる。その所作は幼い見た目であるアウラやマーレを含め、全員が堂に入ったものであった。

 

「守護者統括、アルベド。御身の前に」

 

 最後に全員より一歩前に出ていたアルベドが膝をつき、首を垂れる。

 

「第四階層守護者ガルガンチュア、及び第八階層守護者ヴィクティムを除き、各階層守護者、御身の前に平伏し奉る。ご命令を、至高なる御方よ」

 

 モモンガは目の前の守護者たちにかつてないほどの緊張感を強いられていた。言葉を間違えてはいけないというプレッシャーがじくりじくりと無くなったはずの胃が痛むような気さえした。

 

「……面を挙げよ」

 

 モモンガの声に一糸乱れぬ動きで顔を上げる守護者たち、ひぇっとモモンガの動揺がまたしても沈静化で沈められる。さらには、つい絶望のオーラを発動させてしまう。

 

「よく集まってくれた。まずはそのことを感謝しよう。」

「感謝など……モモンガ様からの御命令があれば、それを忠実に果たすことこそ私たちの役目。お呼びがあれば集まるのは当然のことでございます」

 

(忠誠心高くね? 助けて、ラストさん! てか何してるのあの人! 時間もうかなり過ぎちゃってるのに!)

 

 今だ姿を表さないラストにモモンガは声にならない悲鳴を上げる。はたして、その願いが届いたのか。闘技場の入り口から見慣れた天使の姿が現れる。

 

「待たせてしまったかな、モモンガ」

「いいや、ちょうどいいタイミングだ。ラスト」

 

 モモンガは内心、遅かったラストを責めまくっていた。ラストの後ろに控えるように、セバスとナーベラルも闘技場へと姿を現す。ラストはモモンガがなんか凄まじいオーラを溢れ出してるのに目を剥きながらも、特殊技術(スキル)を使い恐怖耐性などを引き上げる。

 そんな動揺を押し殺しながらラストはモモンガの隣に並び立ち、セバスとナーベラルは守護者たちより一歩後ろに同様に膝をつく。

 

「っと、守護者たちももう集まっていたか。すまないね、皆、私が遅れたばかりに」

「そんなことございません! この身は至高の御方々に捧げた身でございます!」

 

 ラストの言葉にアルベドがいの一番に反応を返す。その必死な様子にちょっと引きながらも、ラストはモモンガと小声で会話する。

 

(えっと、どういう状況です?)

(いや、なんか、忠誠の儀って……と、とりあえず、報告をする流れに持っていきますね!)

 

「守護者たちよ。お前たちを呼んだのはほかでもない。今、このナザリックは未曾有の危機に見舞われているといって過言ではない。この事態に際し、お前たちは何か異変を感じることはあったか?」

 

 守護者たちの顔は一様に真剣であり、モモンガの言葉を一言たりとて逃さないという意思が伝わってくる。そして、誰も自身の守護する階層に異変はなかったと告げる。

 

「先ほどまで、セバスとナーベラル、そしてラストに外の様子を見に行ってもらっていた。この異変がナザリックの外まで及んでいるのかも含めて、な」

「ああ、随分とおかしなことになってたよ。周囲五キロの範囲で調べてみたけれど、草原と森しかなかったし、もっと範囲を広げれば別かもしれないけれど、ひとまずは特に脅威になる生物や知的生命体は居なかったみたいだ」

 

 モモンガは顎に手を当て、ユグドラシル時代に存在してありえ得る可能性を考える。

 

「そうか。天空城とか、ユグドラシルを思わせるものはあったか?」

「なかったね。空も満天の星空でとても綺麗だった、うん、すごく綺麗だったよ」

 

 さきほどまで見ていた夜空を思い出したのか、僅かに頬を緩ませる。天使の微笑みであったが、モモンガからすれば、遅れといて自分だけ星空満喫していたラストにイラっとした。

 このまま守護者への対応押し付けてしまおうか。そんなことを思いがむくりとかま首をもたげるが、何とか自制をする。

 

「んんっ! まあ良いものが見れたのならそれはよかったな。ふむ、そうだな。アルベド、ナザリックの運営システムに関してだが────」

 

 そのままアルベドたちにひとまずのナザリックの警戒態勢の指示を出すと、モモンガは最後の確認をするために守護者たち全員とセバス、そしてナーベラルを眺める。

 

「ひとまず、この後は指示通りに動いてもらうこととなるが。最後に、お前たちに聞いておきたいことがある。シャルティア─────お前にとって、私たち二人はどんな存在だ?」

 

 さらっと聞きにくいことを聞きにいくなぁと、ラストは思っていたが、その他人面した内面はすぐに打ち破られることとなる。

 

「モモンガ様は、まさに美の結晶。この世界で最も美しいお方であります。その白きお体に比べれば、宝石すらも見劣りしてしまいます。そして、ラスト様はまさに明けの明星と呼ばれるに相応しい、何よりも尊い至高の天使であります」

 

 おや? とモモンガとラストの思考がシンクロする。

 

「──コキュートス」

「モモンガ様ハ守護者各員ヨリモ強者デアリ、マサニナザリック地下大墳墓ノ絶対ナル支配者ニ相応シキ方カト。ラスト様ハソノオチカラヲ無為ニハ振ルワヌ義ニ溢レル御方カト」

 

「────アウラ」

「モモンガ様は慈悲深く、深い配慮に優れたお方です。ラスト様はその愛を以て世界を包み私たちを見守ってくれるお方です」

 

「──────マーレ」

「も、モモンガ様は凄く優しい方だと思います。ラスト様も、凄く優しい方です」

 

「────────デミウルゴス」

「モモンガ様は賢明な判断力と、瞬時に実行される行動力を有される。まさに端倪すべからざる、という言葉がふさわしいお方です。ラスト様も同様に聡明であり、その賢智は遥かな地平を見渡すの如き。まさに天上よりすべてを見通しておられるお方です」

 

「──────────セバス」

「至高の方々の総括に就任されていた方。そして最後まで私たちを見放さずに残っていただけた慈悲深き方です。ラスト様もその無償の愛を我々に注ぎ、我が子のように大切にしてくださる方です」

 

 モモンガの目がこの中で唯一レベル一〇〇ではなく、他の者たちより一段低い立場であるナーベラルへと向けられる。

 

「─────────────ナーベラル」

「私如きが守護者の方々と並んで語るべきではないと自覚しながらも述べさせていただくならば、モモンガ様は死の支配者にして私たちの絶対の主として相応しいお方であり、ラスト様も至高の天使であり、その威光は地平の彼方まで輝き、その光は今も私の身を忠誠という炎で焦がしてしまいます」

 

 もうお腹いっぱいですモモンガさん。私もです。でもこの中でアルベドだけ聞かないわけにはいかないじゃないですか。

 伝言(メッセージ)ではなく、アイコンタクトでそれだけをやりとりする二人であった。

 

「最後になったが、アルベド」

「モモンガ様は至高の方々の最高責任者であり、私どもの最高の主人たちであります。ラスト様も最後まで私たちを見守ってくださる尊きお方です」

「……そうか。お前たちの忠誠、嬉しく思う。これからも、その意気込みでナザリックのために励んでくれ」

「さて、私たちは二人で話すこともあるし、九階層に戻ろうか。皆、よろしく頼んだよ。セバスとナーベラルは付き合ってくれてありがとうね」 

 

 それじゃあ、と言い、ラストの姿が消える。続くようにモモンガの姿も目の前から掻き消えてしまう。

 二人の姿は闘技場から円卓の間へと移っており、周囲に誰も居ないことを確認してから二人は揃って大きく息を吐く。

 

「疲れた……」

「なに、あの高評価」

 

 何一つ自分の自己評価と合致しない守護者たちの言葉に、二人は笑い飛ばしたくなっていた。しかし、先ほどの彼らの表情を思い出し、それが絶対に冗談で言ってる様子でなかったことは察していた。

 ─────────つまり、マジであった。

 

「これからどうすんだよぉ、モモンガさん。俺あんなかしこまられて生活するなんて無理だよぉ」

「泣かないでくださいって……ああもう、泣きたいのは俺ですよ。それより、これからのことですよ。いや、NPCたちのいやに高い評価も捨てておけないですけど」

 

 一緒にゲームをプレイしていた頃から、すぐに泣く涙もろいラストの様子に、さらに自分の不安を煽られてしまうモモンガだが、アンデットの特性である精神の鎮静化が冷静な思考を取り戻してくれる。

 

「うぅ……少なくとも、他にユグドラシルのプレイヤーは居なさそうでしたよ。ほんと、旧時代の自然って感じでした。あの星空は一度は見てた方がいいです」

「あ! そう! 時間遅れたでしょラストさん! 何かあったんじゃって焦ったんですからね!?」

 

 心配したし、守護者たちの目の前に一人で立ち会ったときのプレッシャーから少し怒る様にモモンガは黒い威圧を出す。ラストはたらりと汗をこぼす、特殊技能(スキル)では無効化できない素の動揺から来る冷や汗であった。

 

「それは……すいませんでした。でもブルプラさんのこと思い出して。もっとちゃんと話聞いておけばよかったなって思っちゃって」

「……そうですか。まあ、ひとまずこの辺りは敵は居ないって感じですかね。でも、油断はできないですよね。この世界のレベル一がユグドラシルのレベル一〇〇とかだったら洒落にならないですし」

 

 どんなに警戒をしたところで、この非常事態ではし足りないと言える。そう考えれば、ラストをセバスたちと行かせたのは軽率だったかもしれないとモモンガは反省する。だが、この周辺に脅威がないことも分かり、同時にラストを向かわせてよかったとも思っていた。

 

「そうですね。すいません、こんな時に心配させちゃって」

「ほんとですよ、もう。もう怒っちゃいませんけど」

「それじゃあ、これからどうするかですね」

「そうですね。先ずは──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 残された守護者たちは、支配者たちが姿を消すとともに、そぞろに立ち上がってお互いに向き合う。

 すぐ前まで、目の前には死の重圧が物理的な重みを伴ったのではと思えるほどの気配があったのだ。その表情はたった今緊張から解放された安堵にも近い表情とその威光に敬服しきりの表情が混在していた。

 

「いやー、緊張したなぁ」

「そ、そうだね、お姉ちゃん。すごく怖かったよ」

 

 モモンガとラストは気付かなかったが、モモンガが持つスキルの一つである<絶望のオーラ>を発動させていた。それは本来同レベルである守護者やセバスには効くはずのスキルではない。

 しかし、スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンにより強化された結果、耐性を貫通して効果を発揮していたのだ。

 

「しかし、なぜナーベラルは無事だったの?」

 

 自身たちでも押しつぶされてしまいそうになっていたオーラは、レベルで劣るナーベラルであれば素の耐性では即死してもおかしくないと思えた。

 アルベドの疑問はまっとうであり、アルベドがセバスの方を見ても心当たりはないと首を横に振った。

 

「恐らくはこれのお陰でしょう。流石ラスト様、そのお優しさはまさに福音そのものと呼ばれるお方だ」

 

 デミウルゴスがナーベラルの背中に付けられていた一つの羽根に目を付ける。純白の淡く輝くソレは、守護者たちもよく知っているものであった。

 

「それは、ラスト様の羽根!?」

「ナゼ、ナーベラルガラスト様ノ羽根ヲ」

 

 彼らのもう一人の主であるラストが羽を与えることによって加護を与えていたのだ。そして、その加護がナーベラルの耐性を守護者レベルにまで引き上げていたのだ。

 天使であるラストは加護を与える特殊能力を多数持っており、その効果も種族として天使を極めたラストのものは非常に強力な加護となっている。

 

「う、羨ましいなぁ」

「も、申し訳ありません!」

 

 自身よりも位の高いマーレから羨ましがられ、ナーベラルは身を縮こまらせてしまう。そして、自身ですら気づかない内に加護を授けてくれていたことに深い感謝と僅かな、言いようのない優越感を抱いてしまった。

 

「ところで……静かですね。どうかしましたか、シャルティア?」

 

 そんなナーベラルの様子から、気を利かせたデミウルゴスが話題をそらすため、未だ膝をついたままのシャルティアへと話を振る。

 微かに痙攣するシャルティアが頬を上気させ、その表情は陶酔するように蕩けていた。

 

「モモンガ様の凄まじい気配を受けて、下着の中がすこぉしまずいことになっているでありんす」

「……」

 

 思いもよらなかった回答にデミウルゴスを含め、周囲の空気が静まり返る。

 

「このビッチ」

 

 アルベドからの軽蔑を含んだ表情でシャルティアを見下ろしていた。

 

「はぁ? 超絶美形のモモンガ様から、あんな力の波動、ご褒美を受けておいて、濡りんせん方が頭おかしいでありんす! この大口ゴリラ!」

「ヤツメウナギ!」

「この姿は至高の御方々に作られたものでありんすぇ!」

「それはこっちも同じことだけどぉ!」

 

 ヒートアップするように、周囲にオーラをばら撒く二人。その様子に処置無しとデミウルゴスはため息を一つつく。女性の諍いに首を突っ込んで、いい結果に終わることなどないのは彼の聡明な頭脳には察せらた。

 

「あー、アウラ、ナーベラル。女性のことは女性に任せるよ」

「ちょ! デミウルゴス!?」

「デミウルゴス様!?」

 

 デミウルゴスやコキュートス、マーレとセバスたち男性陣は、女性たちの喧騒から距離を取る。

 二人の諍いをどうにか諫めようとあたふたするナーベラルの背中、もっと言うなら、その背中に添えられている純白の羽根を見て笑みを深める。

 

「全ク、喧嘩スルホドノコトカ」

「個人的には、結果がどうなるかは気になるところではあるけどね」

「どういうことですか?」

 

 デミウルゴスはその丸眼鏡の奥の瞳をより細め、マーレに諭すようにする。

 

「偉大なる御方の後継はあるべきだろう? モモンガ様にしても、ラスト様にしても、最後までこのナザリックに残られた方ではあるが、他の方々のようにいつかこの地を去られるかもしれない。そんな時に、我々が忠誠を誓うべきお方を残していただければ、とね」

「ソレハ不敬ナ考エヤモシレヌゾ?」

 

 コキュートスが冷気を吐き出しながら、友の言葉を諫めるように言う。

 

「ただ、モモンガ様やラスト様のご子息にも忠義を尽くしたくはないかね?」

「ソレハ……!」

 

 コキュートスの脳裏に自身が偉大なる御方の子どもの教育係としての未来が映る。

 自身が剣技を指南するところ。敵を目の前に、その子どもを背に戦うところ。そして、成長した子供に忠誠を誓う自分。

 

「オォ……素晴ラシイ……素晴ラシイ光景ダ。……爺ハ……爺ハ……」

 

 自分の世界に入り込む自身の友の姿に、デミウルオスは嘆息を一つ零す。

 

「ラスト様は、ナーベラルがお気に入りになられているご様子ですね。いやはや、ナザリックの未来は明るいですね」

「え、えぇ! や、やっぱりラスト様のお羽根ってそういう意味が?」

「ラスト様がそのお優しさから、モモンガ様の御威光にナーベラルが押しつぶされないようにとも考えられるけど。以前、私の創造主であるウルベルト様がラスト様のことを『ポニーテール好き』とおっしゃられてもいたからね。可能性は、充分にあると思われるよ? コキュートス、いい加減戻ってきたまえ」

 

 マーレからすれば、寝耳に水のような話であった。しかし、確かにラスト自身も髪型はポニーテールにしているし、ありえない話じゃないだろうとも思えた。実際には先ほどナーベラルに特殊技術を使用したときに、つい他の加護系の特殊技術(スキル)も諸々ナーベラルに付与していただけである。

 コキュートスも、デミウルゴスから声をかけられてトリップしていた思考を引き戻す。数度頭を振るい、名残惜しくもその幻想を振り払った。

 

「良イ光景ダッタ……アレハマサニ望ム光景ダ」

「そうかね? それは何よりだ。アルベド! シャルティア! まだ喧嘩をしているのかね?」

 

 女性陣もそろそろ帰ってきてもらい、アルベドには守護者統括として指示を出してもらわないといけない。デミウルゴスはそう考えて女性陣に声をかける。

 

「喧嘩は一段落したよ。モモンガ様のオーラはご褒美、ラスト様の御加護もご褒美。濡れる? ってのも仕方ないってさ。どういう意味か私はよくわからないけどね」

 

 アウラは少し理解が足りない部分があるようだが、ひとまず話は着地点にたどり着いたようだとデミウルゴスは眼鏡を押し上げる。

 

「今はモモンガ様とラスト様、御方々が誰を第一夫人とするのかを話しているでありんす」

「……」

 

 それ、君たちじゃ延々と終わらない議題にならないんじゃないか? デミウルゴスはそう言いそうになったが、目の前の筋力系女性陣を前になんとかその言葉を喉に押し戻すことができた。

 

「あー、その話は非常に重要なものだろうが、ひとまずはモモンガ様からの御命令を果たすべきじゃないかな? 守護者統括殿」

「そうね。それじゃあ────」

 

 アルベドの指示に従い、守護者たちは動き出す。

 すべては、このナザリックに残られた、最後の至高なる御方たちのために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、そうだ、モモンガさん。お腹空いたけど、一緒に食堂に行かない?」

「飲食できない俺へのあてつけですか!? だからあんたは綺麗なるし★ふぁーなんだよ!」

 

 なお、ラストが現実(リアル)では味わえなかった美食に涙を流し、食堂の一般メイドたちを困らせたのはまた別の話であった。




 モモンガ様が綺麗なるし★ふぁーというのは、「空気が読めない」「人の心をもっと察せ」「反省はするがたまに悪乗りが過ぎる」、種族を天使で統一してたオリ主への暴言としてユグドラシル時代から使ってたものです。
 周りの仲間たちも面白がって使っていました。

 ここからできる限り独自展開へと引っ張っていきたいと思います。
 感想、評価など、これからもよろしくお願いします。


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第三話

感想、評価、誤字報告ありがとうございます。皆様のお言葉は私のやる気燃料となっております。
さて、お待たせしました。第三話となりますが、この辺りからアルベド様やデミえもんがアップを始めます。


では、駄文ですが、よろしくお願いします。


 ユグドラシルが終了し、ラストとモモンガがこの世界にナザリックごと放り出されてから丸一日ほどが経過した。

 彼らは自分が自室から出れば、常に儀仗兵が付いて廻るのにちょっとドン引きしながらも、慣れてきたのか支配者ロールをしたりして意外と二人ともこの世界を満喫していた。

 

「そういえば、モモンガさん、この世界でひとまずプレイヤーとしての力が使えるってのは分かりましたけど。なんか違和感とか感じませんか? 特にモモンガさんって、アンデットですし」

「今度はどうしたんですか……まあ、食欲も睡眠も感じないので、確かに人間の頃とはだいぶ勝手が違いますね。こんな能力、現実(リアル)で欲しかったですよ」

「あったとしても戻りたくはないですけどね」

「それはそうですね」

 

 軽く笑い合う二人だったが、ラストは内心では懸念していた。

 自身は食事も睡眠も性欲もばっちりと存在している。むしろ、ただの人間だったころよりも健康的な身体になったと言えるし、せいぜいが背中の翼を動かす感覚にテンションが上がったくらいだ。天井にぶつかってモモンガに怒られたが。

 だが、モモンガはどうだ。人間の三大欲求が全滅しているではないか。眠ることも、食事に舌鼓を打つことも、可愛い女の子に胸を熱くすることもないのだ。そのことが、モモンガという個人に一体どういう影響を与えてしまっているのか計り知れない。

 少なくとも、ラストは危惧していた。このことがモモンガに何らかの変調を齎しているのではないのか。

 

「……モモンガさん」

「ん? どうしました? あ、あと、流石に儀仗兵たちを戦わせるってのは止めておきましょう。あれはナザリックの大切な子どもたちみたいなものですし、そんな遊び半分で俺らが戦わせたりすべきじゃないです」

「そうですね。お互い悪乗りが過ぎました」

 

 ナザリック、ひいてはアインズ・ウール・ゴウンを想う気持ちに変わりはないことが救いか。

 ラストは自分の中にある思いをひとまず封印する。考えたところでどうしようもないからだ。宝物殿にある”アレ”を使えばどうにかなるかもしれないが、それは最終手段である。

 

「ふぁ……」

 

 ふと、ラストの口からあくびが漏れ出た。天使となった体は人間だったころと比べるもなく、数日くらいなら眠ることなく万全な体調を保つが、人間であった頃の習慣が生きているのか、じわりと睡魔が忍び寄ってきていた。

 

「ああ、ラストさんはそろそろ寝ますか? もう丸一日寝てないってことですし」

「そうですね……ふぁ、でも、こんな高そうなベッドで寝れるかなぁ。モモンガさんはどうするんです?」

「そうですね。遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)で外の様子でも見てましょうかね」

「……」

 

 眠りに就けない、それは残酷なことなのではないのか。ラストは平然としているモモンガに、そう思ってしまった。

 モモンガさんは、大丈夫なのだろうか……。

 こんなネガティブな思考をしてしまうのは眠いからかもしれない。ラストは小さく左右に首を振り、モモンガに「おやすみなさいー」と言いながら自室へと向かうことにした。寝て起きれば、すっきりとした思考がもっといい答えをくれるだろうと思いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほんとに眠くもならないしお腹も空かないな……」

 

 モモンガはラストが自室から出て行った後、頭蓋になった頭に指を手に当てながら自身に起きた変化を考えていた。それはラストが考えたことでもあり、二人の危惧していたことはまたしてもシンクロしていたのだ。

 そして、モモンガはどうしたものかと頭を悩ます。

 睡眠が必要なラスト、必要のないモモンガ。食事の必要なラスト、必要のないモモンガ。

 性欲があるラスト、ほとんど性欲が無くなったモモンガ。

 

「最後のが一番酷くないかな」

 

 モモンガはどこか不公平じゃないかと思うのを止められなかった。

 

「っと、言ってても仕方ないか。寝る必要や食事がないってことは便利は便利なんだし」

 

 モモンガはアイテムボックスから遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)を取り出し、ナザリックの外の様子の観察を始めた。調べるのはラストたちが魔法で調べたそのさらに範囲外、現状で人っ子一人見つけてられていないことが、モモンガは心配していた。

 

「……」

 

 しかし、思うように動かせなかった。ユグドラシル時代であれば、パネルをタッチするだけで動かすことが出来たが、現実になってしまった以上、そんな便利な機能は存在していなかった。

 

 (ラストさんも寝たし、どうせ時間はあるから、気長にするかぁ)

 

 手を振ったり、指を振ったり、モモンガは鏡の向こう側の視界を動かそうとする。

 そんなことをしばらくしたのちに、適当に手を動かしたときに、視点が大きく切り替わる。

 

「……ん? 廃村? 人は居るのか……?」

 

 切り替わった視界の中、モモンガは鏡の向こう側に破壊されつくした小さな村のようなものを見つけた。

 家屋は焼き払われたのか、多くが無残に崩れ去り、村の畑らしき場所は灰が積み重なり微かに煙を立ち昇らせている。

 

「……」

 

 そして、その村の中にはちらほらと人の死体のようなものさえあった。本来であれば、本来の鈴木悟であれば倒れた人の姿に声を上げていただろう。

 しかし、モモンガは何の感情も抱かなかった。

 道端に虫の死骸があったところで、心を揺り動かされることのないように。ただただ、そこに亡骸があるな、ということしか考えられなかった。視点を街の中心に切り替えれば、そこには折り重なるようにして、無数の亡骸が無造作に打ち棄てられていた。しかし、それすらもモモンガの心を揺り動かすことはない。

 背筋が凍り付かせるような感覚に襲われた。自分が本当にアンデットとなってしまったせいではないのかと、人間を既に同族であると見れなくなってしまっているのではないかと。

 モモンガは自身の掌を見つめる、肉が削げ落ち、骨だけとなった手の平だ。死者となっても、なお何かを求め続けた死の支配者(オーバーロード)

 

 なんだ、化け物じゃないか。どこが人間なんだろうか。

 

 モモンガはその手の平を握り、顔を上げる。もうすでに化け物になったのなら、人間の死に何の感情も抱けないのは道理だと、こんな感慨を抱くのも鈴木悟だった残り滓のせいだと。

 そして、顔を上げたモモンガは、めいっぱいまで顔を寄せていたラストと目が合った。

 

「ふぁあっ!?」

 

 どアップだったラストから飛びのくようにしてモモンガが仰け反る。ラストは悪戯が成功したとばかりにくつくつと喉を鳴らす。

 

「おはよう、モモンガさん。悪い夢でも見てました?」

「悪い夢って……寝たんじゃなかったんですか、ラストさん。心臓が飛び出すかと思いましたよ」

「飛び出す心臓ないじゃないですか、モモンガさん」

「いやまぁ、あえて言うなら……この宝玉?」

「アンデットジョークかな」

 

 ラストはモモンガの自室の椅子を、モモンガの側に持ってきて座る。

 

「そういや、ラストさん寝るんじゃなかったんですか?」

「いやー、そう思ったんですけどね。なんか勘が囁いたんですよ、これも特殊技術(スキル)のせいなら、従っておこうかなって」

 

 ラストの持つ常時発動特殊技術(パッシブスキル)である天上の直感(センス・オブ・ヘブンズ)が戻る様に囁いたのだ。ユグドラシルではクリティカルヒット確率軽減などのささやかな効果しかなかったスキルであったが、現実ではどのような効果が発生するかわからなかったのだ。特に詳細な説明文が書かれていたスキルであった分、フレーバーな要素がどの程度作用するかは分からなかった。

 

「天使の勘ってやつですかね。ぼんやりとこうした方がいいって」

「うーん、自分の特殊技術(スキル)もなんか仕様が変わってそうだなぁ」

 

 軽口を言い合う二人だったが、ラストはモモンガから目を離し、遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)の向こう側の景色をのぞき込む。その顔は無表情に変わり、モモンガはその心の内を察せなかった。ユグドラシルの時代であれば、動くことのない表情であってもお互いに通じ合えてた気がしたのに。

 モモンガは見られたくないものを無理矢理に暴かれた気分だった。見てほしくなかったとも言う、ここに居るのはラストの友であるモモンガではなく、一人のアンデットのモモンガでしかないのだと、そう思ってしまうから。

 

「人が、死んでますね」

 

 積み重なった亡骸をラストはその美しい表情で見下ろす。そして、モモンガへと目線を戻す。その目に射竦めるように、モモンガの、鈴木悟であった人の残滓が悲鳴を上げた。

 自分が人の死に何の感情も抱けなくなったことは、目の前のラストにとっては理解しがたいことなのかもしれない。もしかしたら、その無情な心に憤慨してしまうかもしれない。

 

 

 もしかしたら、こんな人外を見放してどこかへと行ってしまうかもしれない。

 

 

 まるで、判決を待つ罪人のような気持ちだった。顔を俯け、ただ天使に赦しを乞う罪人のように。

 

 

 見捨てないで欲しい、こんなになってしまったけれど、君にだけは隣に居てほしい。

 皆に置いて行かれた自分には、このナザリックと君しかないのだから。

 

 

 

「モモンガさん」

 

 天使の手が肩に置かれる。優しく、骨のみの人外と成り果てた身体に滲み込むように、心が熱を持つ。流せぬはずの涙を、心が流す。

 天使は傲慢な存在である。自分勝手に罪を定め裁く者である。

 

「あなたの罪を、私は赦しましょう。あなたの罪を、共に背負いましょう」

 

 罪とは人の死へ不感となったこと。罪とは人であった頃の残滓をないがしろにしたこと。罪とは己を愛さぬこと。

 

 

 

 罪とは一瞬でも友を疑ったこと。

 

 

 

 しかし、天使()は全てを赦そう。唯一天使()のみがあなたを赦せるのだから。

 

「私はあなたの友だから。あなたは私の友だから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「実際のところ、俺も人の死には感じ入ることはあまりないんですよね。むしろ、これを引き起こした、つまり、無辜の迷い子を虐殺した者に断罪を振り下ろしたくなる程度で」

「なんか天使っぽいですね。私も、アンデットになったせいか。虫が死んでるなー的な感想しか抱けなかったんですよ」

「虫って……例えがひどい……もっとこう、犬とかペットにしてあげましょうよ」

「そういう問題ですか……?」

 

 天上の直感(センス・オブ・ヘブン)には、このような説明が加えられている。

『天上の住まう者だけに許された天啓とも呼べるスキル。このスキルは所持者自身の身に降りかかる危険を感じ取るだけではなく、迷える者や悩める者を所持者に教えることもある。その者の福音と為れるのはこのスキルの所持者だけである』

 ただ、ラストはこの効果をモモンガに語ることはないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エンリ・エモットの朝は早い。

 ただの農村であるカルネ村にとって、エンリの年齢では立派な働き手の一人であり、重要な労働力であるからだ。

 朝早くに井戸から一日の糧となる水を運び、両親や妹と共に家事や家の畑仕事を手伝う。

 平凡な村娘の一日の始まりである。今日も昨日と同じように、平和な、それでいてかけがえのない日々となるだろう。

 しかし、その日は違った。

 

 エンリは初め、理解できなかった。地を揺らす音と、その意味を。

 けたたましい蹄の音だと気付くころには、遅すぎた。

 その音と村の異変に父親が焦る様にして妻と、エンリたち子どもたちを家から押し出した。

 

「エンリ! ネム!」

 

 エンリが家を飛び出した瞬間、母親に妹とまとめて押し倒された。腕の中に妹を抱え、倒れ込んだ衝撃から息が漏れる。

 生温かい、どろりとした物がエンリの顔に垂れてきた。しかし、思わず目を瞑ってしまった彼女にはそれが何かは最初分らなかった。

 

「逃げろ! エンリ!」

 

 父親の声に、エンリは顔を上げる。

 エンリの体の上には、母親が覆いかぶさっていた。その顔は、いつも通り優しい笑みだった。

 

「逃げなさい……エンリ……ネムを連れて……!」

 

 母の向こう側に剣を振りかぶる男が居た。ぼうっとした思考が、冷や水をかけられたように凍り付く。

 お母さん、とエンリが言うよりも早く、その剣は振り下ろされた。母の身体が揺らぐ。

 肉が割け、骨を打つ音がエンリの耳まで届く。しかし、母親は歯を食いしばり、少女とその妹の上からどくことはしなかった。

 母親として、血が滲ませながら、愛する者を守るために声を吐き出す。

 

「いきなさい! エンリ!」

 

 母の怒声に、少女の身体が弾かれるように動く。火事場の馬鹿力というべき力で、母親の下から自分ごと妹を引っ張り出す。

 涙がこぼれた。家族を置いて逃げることと、手を握る小さな妹と、どうしようもない自身に。

 しかし、足が止まらない。エンリは、最後にちらと両親へと目だけを向ける。父親は鎧を着た男に組みつき、周囲へ怒鳴り散らしていた。鎧の騎士たちがそちらへと注意を向け、血に濡れた剣を手に父へと群がっていく。

 笑っていた。優しい、頭を無骨な手で撫でてくれた父親の顔だった。

 笑っていた。優しい、子守歌を歌ってくれた母親の顔だった。

 

「……あぁ……! あぁあああ……」

 

 両親の願いを、エンリの身体は忠実に実行する。ただ、その目からは止めどなく涙が流れ落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「モモンガさん、そろそろ話に決着を付けよう」

「そうですね。いつまでもこうして言い合ってても仕方ないですし」

 

 ラストとモモンガは円卓の間でも、自室でもなく、ナザリック九階層内にある会議室で今後について話し合っていた。

 しかし、話し合うと言っても一つの議題の是非を問うているだけであるだが。

 

 それはナザリックの外へ進出するか否か。

 

 ラストは先日見た村の惨状から、今すぐにでも外部調査を行い、無法者へ断罪を下すべきと考えており、モモンガは軽率に動くべきでなく、少なくとも、その無法者たちを遠隔から捕捉、実力を調査してからと主張しているのだ。

 この世界での初めの議題は紛糾した。お互いがお互いに理があり、譲れぬものがある以上、話は平行線上を辿っていた。

 

「それじゃあ、守護者たち呼びましょうか」

「確かにアルベドやデミウルゴスなら絶対俺らよりも賢いし」

 

 モモンガはアルベドに<伝言(メッセージ)>を使う。

 

「アルベドか。今、時間はあるか?」

『モモンガ様!! 大丈夫でございます、たとえどんなことがあろうとも、御方の御言葉より優先されることなどはありません!』

「そ、そうか。今すぐ守護者たちを九階層の会議室に集めてくれ。ラストと話をしていたのだが、お前たちの意見も聞きたくてな」

『そんな! 私ども程度の意見など……! 深淵なる思考をお持ちのモモンガ様と総てを見渡す目を持つラスト様に必要などとは……』

 

 はぁとモモンガはため息をつきたくなった。

(どんだけ超人みたいに思われてるんだろう。ただ骸骨になっただけの凡人なのに)

 

「構わん、それでもお前たちの意見を聞きたいのだ」

『……畏まりました。すぐに守護者各員に召集をかけさせていただきます』

 

 アルベドがそう言った後に、モモンガは<伝言(メッセージ)>を切る。そのまま椅子に深く座り込み、大きく息を吐く。

 

「相変わらずです? アルベドたち」

「ええ……俺たちは深淵なる思考と総てを見渡す目を持ってるらしいですよ?」

「ワロエナイ」

 

 そろそろ守護者たちが来ると、二人は支配者ロールを始めることにする。最近はこの支配者ロールも板についてきたし、守護者たちやシモベの気配を察して自然と支配者ロールへシフトできるようになってきていた。

 

「お待たせしました。モモンガ様、ラスト様」

「よく来た、デミウルゴス」

「よく来たね、デミウルゴス」

 

 一番初めに姿を現したのは階層的にも距離が一番近いデミウルゴスであった。恭しく礼をするスーツの悪魔はやり手の営業職のように優し気な笑みをな浮かべており、ノックから入室して膝をつくまでの一連の所作も洗礼されたものであった。

 その後ろにはナーベラルが控えており、彼女もデミウルゴスより一歩後ろに膝をつく。そのことにラストとモモンガが訊ねるよりも先に、デミウルゴスが顔を伏せたままに喋り出す。

 

「モモンガ様、ラスト様、申し訳ありませんが、ナーベラルをこの度の会議の末席に加えることをお許しいただけないでしょうか?」

「ああ、構わない」

「うん、私もかまわないよ。むしろ歓迎さ」

 

 モモンガもラストも何で連れてきたんだろうと内心で首をかしげるが、それを顔には出さない。

 しかし、デミウルゴスは我が意を得たりとばかりに、その笑みを深める。

 

「流石は至高の御方々、私の浅慮など、お見通しであらせられましたか」

 

(分かります? モモンガさん)

(全然分かりません)

 

「ほう、デミウルゴス。よければ聞かせてはくれないか? お前が浅慮と言っても、私たちは実際にお前の言葉でお前の考えを聞きたいのだ」

「ああ、そうだね。しかし、デミウルゴス、君はナザリックでも随一の知恵者なんだから、浅慮なんて変に遜らなくてもいいのさ」

 

 なんとか、なんとかデミウルゴスの意図を支配者としての尊厳を失わずに聞き出そうとするモモンガと、何とか守護者たちの自己評価というか、自分たちとの比較評価を修正しようとするラストである。

 

「では、僭越ながら────」

 

 デミウルゴスが伏せていた顔を上げ、手に胸を当てて答えようとした時に、会議室の扉がノックされる。

 

「お待たせしました。モモンガ様、ラスト様。アルベド以下各階層守護者を招集しましたので、ご入室の許可を」

「ふむ……すまないな、デミウルゴス。また、後で聞かせてもらってもいいか?」

「是非もなく、御身の御言葉のままに」

「いいよ、入っておいで、アルベド」

 

 ラストの声に、扉が開かれて守護者たちが入ってくる。アルベドはデミウルゴスの後ろに控えているナーベラルに顔を少し歪めさせる。ナーベラルはすまなさそうな表情をアルベドへと向けながらも、顔を伏せる。

 

「デミウルゴス? なぜナーベラル・ガンマをここに呼んだのかしら? 至高の御方は守護者たちをお呼びになられたのよ?」

「モモンガ様とラスト様には、ナーベラルの同席の御許可はいただきましたよ。アルベド、それに、貴女なら私がナーベラルを呼んだ意味を理解できるでしょう?」

「そう……分かったわ」

 

(分かります? ラストさん)

(全然分かりません)

 

「んん! まずは、先日からお前たちの働き、その忠勤への感謝を述べさせてもらおう」

「そんな! 感謝など! 私どもは至高の御方のために創造された者たち、その役目を果たすことは当然の義務でございます!」

「アルベド、それでもさ。私たちのための働いてくれる愛し子へ、私たちからの感謝という愛を届けさせてくれ」

「ら、ラスト様……!」

 

 ラストは上座から一歩アルベドに歩み寄り、その肩に手を当てる。労いと親愛を伝えるつもりだけだったが、アルベドが微かにナニカを堪えるように小刻みに震える。

 

(あれ? 選択ミスった? やっぱり女性に軽々しくボディタッチは軽率だったかなぁ。上司からのお疲れの肩ポン的なイメージだったんだけど……セクハラで訴えられそうだな……)

 

 ラストはロールプレイに夢中になり過ぎたと冷や汗をこぼす。翼の付け根当たりに汗とかが溜まってしまいそうな感覚にさいなまれながらも、表情を微笑から動かすことなく、元の位置へと戻る。

 

「あー、それで、お前たちを呼んだのはほかでもない。私とラストでは、現状結論が出せていない議題があってだな。お前たちの意見が聞きたくて呼んだのだ」

 

 モモンガの言葉に、アルベドとデミウルゴス以外の者たちがざわついた。至高の存在である、モモンガとラストを以てしても結論が出ない話題に、一同に緊張感が走る。

 

「そ、それは一体どんな議題なんですか? モモンガ様」

「至高の存在である御二方が答えを出せない議題に、わたしたちの知恵が役立つでありんしょうか……」

 

 アウラとシャルティアの戸惑う様子に、ただ外に行くのにどうするか意見聞きたいだけなんだよなーとモモンガとラストは大袈裟だと思った。

 

「現在ナザリックが別の世界へと転移したことは知っているな? 私は先ほど、この世界で人間たちの集落だったものを発見したのだ」

 

 おぉ、と守護者たちとナーベラルが声を漏らす。このナザリックから出ることなく、至高の存在たちはこの世界の調査を行っており、その成果をいの一番に生み出したのだ。

 実際はアイテムを使って、適当に操作してたら見つけただけだと、モモンガは口が裂けても言えなかった。

 

「しかし、そこは何者かが破壊しつくした後であり、生存したものは確認できなかった。私とラストは、この世界に進出するに当たり、この破壊を行った者、もしくは者たちを警戒し、どう動くかを決めかねていたのだ」

「ああ、この世界への一歩となる大事な選択だからね。私は積極的な調査を行い、その破壊者を捕捉、可能なら撃滅すべきだと思い、モモンガは遠隔的な調査を行い、対象の大体の戦闘能力やレベルを計ってから動くべきだと思った」

「そして、ここで議論が尽きず、お前たちの意見を聞きたいと思った次第だ。各員の意見を聞かせてくれ」

 

 モモンガとラストの言葉に、一番に反応をしたのはアルベドだった。その顔は紅潮しており、息も荒い、口が僅かに広がっており、その目は陶酔染みた色に満ちている。

 

「至高の御方がなんら恐れることはありません。ナザリックの軍勢を以てすれば、その破壊者の補足から撃滅、捕獲まで思いのままでしょう。御身はただ、玉座よりご命令をしていただければ、全て私どもで解決いたしましょう」

「なるほど、確かにそうだ。隠密に長けた者もナザリックには居るから。そのシモベたちを使うのもよさそうだ。ありがとう、アルベド。貴重な意見だ」

「く、くふー!! 勿体ないお言葉です!!」

 

 モモンガとラストは自分たちが行くつもり満々であったが、確かにアルベドの言う通り、シモベたちを使うことも可能であった。ラストがセバスとナーベラルを連れて外に出たことをすっかり二人とも忘れていたのだ。

 

「では、僭越ながら、私からも」

「よかろう、デミウルゴス。話してみろ」

「はっ、至高の御方がにおかれましては、この世界においての一歩を慎重になさる必要があると愚考しますが、それ以上に、この破壊者を利用し、この世界への足掛かりとするべきだと考えさせていただきます」

「ほう……」

 

 デミウルゴスの言葉に、モモンガは興味深そうに骸骨の奥の目を光らせる。ラストも目の前の知恵者の悪魔がどんな知恵を出してくれるのか、期待と興味から翼を一度揺らす。

 

「その破壊者が村を破壊していたということは、なんらかの戦力的な組織であることが考えられます。つまり、盗賊などではない限り、この者たちの背後には国家という者が存在しているということが考えられます。彼らと接触するときには、そのことを考慮しなくてはいけません。ですが、これは逆に捉えれば、その国に関しての情報や、交渉の材料になると考えられます」

するときには、そのことを考慮しなくてはいけません。ですが、これは逆に捉えれば、その国に関しての情報や、交渉の材料になると考えられます」

「……」

「……」

「彼らへの姿勢は戦闘能力次第ですが、友好的にまたは敵対的に接触をし、この世界の情報を引き出すべきかと」

 

 二人からしてみれば目から鱗であった。村を破壊した者たちから情報を引き出すまで考えが至らなかったのだ、彼らの破壊者としての側面しか見ておらず、撃滅や放置などばかりを考えていた。

 感心しきりの二人の様子を知ってか知らずか、デミウルゴスの口は止まらない。

 

「さらにですが」

 

(まだあるの!?)

(お腹いっぱいだよデミえもん!)

 

「彼らが断続的に破壊行動をする、もしくは複数の村を襲っており、これからも襲うというならば、私からの一つ策としましては、村を襲う彼らを確保、この世界での情報源とするとともに、我々が救出した村を一先ずのナザリックの出先機関として利用することができるでしょう」

「……なるほど、素晴らしい考えだ。デミウルゴス」

「いえ、この程度のことならば、至高の御方々ならばお考えでしたでしょう」

 

(ですって、モモンガさん)

(他人事じゃないですよ。ラストさん)

 

「では、アルベドとデミウルゴスの意見を考慮し、隠密に長けたシモベを放ち、調査を進めるようにし、その後、彼らの動きに合わせて、我々は交渉、または彼らが村などを襲った場合は救世主として村を接収する目的を持って動くこととする」

『はっ!』

「シモベの指揮はデミウルゴスに一任する。補佐には、アウラを付ける。こちらの存在を悟られぬことを優先し、情報の報告を密に行いようにせよ」

「御身の御言葉のままに」

「はい! 頑張らせていただきます!」

 

 デミウルゴスが恭しく、アウラが元気に返事を返す。そんな二人を羨ましそうに見ていたアルベドに気づいたラストがいいことを思いついたと、またしてもアルベドの元へと近づく。

 そして一つの指輪をアイテムボックスから取り出し、アルベドへと差し出す。

 

「そうだ、さっきは感謝の言葉だけ言わせてもらったけど。やっぱりきちんとした形で褒美を渡した方がいいだろう?」

「こ……これは……! いけません! これは至高の御方々にのみ許された指輪、私たちのようなものが身に着けるには分不相応でございます!!」

 

 前々からモモンガとラストは話し合っていたことがあった。

 純戦闘職であるアルベドでは、転移が阻害されているナザリック内で自由な転移を行うことができない。守護者統括としての職務を果たすうえで、そのことは大きな障害となっているのではないだろうか? と思っていたのだ。

 転移してからの守護者たちの中でもアルベドの功労はきちんと評価しないといけないものと二人は思っていたし、その褒賞としてもふさわしいものだと、渡すこと自体は二人の間でほとんど決定していたのだ。

 

「モモンガとは前々から渡そうって話していたんだ。守護者統括の仕事をする上じゃあったほうがいいものだしね。よかったら、受け取ってほしいんだ。アルベド」

「ら……ラスト様……」

 

 アルベドがそっと左手を、手の甲を上にして差し出してきた。

 

「……」

 

 ラストの動きが止まる。これは、そういうことなのかと。一瞬の葛藤の末に、ラストは指輪をアルベドの中指に嵌めようとする。

 

 

 

 一瞬アルベドの手がブレて、指輪は薬指に収まっていた。天使の動体視力を以てしてもその動きを見逃してしまった。

 

 

 

「……」

「……くふ」

 

 アルベドの表情が怖くて、ラストは目を合わせられなかった。

 

「……では、守護者各員は、デミウルゴスかアウラから要請があった場合は作戦に協力するように。以上で解散とする」

 

 モモンガは自室へと逃げるようにして、転移していった。ラストは見捨てやがったあの骸骨と心の中で悪態をつく。

 

「あ、アルベド? 私も自室に戻ろうかな? あ、指輪はナザリック外には持ち出さないようにね?」

「はい、後のことは私どもにお任せくださいませ」

 

 淑女然とした雰囲気に戻ったアルベドが、ドレスの裾を持ち上げて礼を捧げる。デミウルゴスの後ろのナーベラルはこの会議の間、一言も発してなかったが、デミウルゴスを見ればその表情からは何も読みとれない。

 何で連れてきたのか聞きたかったが、今は目の前で微笑む淫魔(サキュバス)から逃げたかったラストであった。

 

「そ、それじゃあ、後は任せたよ」

 

 ラストもモモンガ同様、逃げるようにして転移したのだった。

 




ここまで読んでくださりありがとうございます。


天使「ずっ友だよ!」 という回でした。
時系列としてはカルネ村のことは他の描写よりも若干後となっております。

ここから原作と乖離し始め、原作と設定の齟齬も起こり始めてしまうかもしれませんが、どうか温かい目で見守ってくださいませ。
では、これからもよろしくお願いします。


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第四話

お気に入り、感想、評価、誤字報告などありがとうございます。皆様のお声が私の力になってくれます。


では、お待たせしました。第四話となります。
駄文ですが、よろしくお願いします。


「くふ……! くふふ……!」

 

 モモンガとラストが退室した後の会議室に、アルベドの陶酔しきったような笑みが零れる。情欲に濡れた瞳で、掲げた左手の薬指に嵌められた指輪を見つめている。

 その目からは光が失せ、その思考は自身の世界へと飛んでいってしまっていた。

 

「あ、アルベド……?」

 

 明らかに様子のおかしいアルベドにアウラが恐る恐ると声をかける。しかし、気味の悪い笑い声しか返ってこず、アウラは助けを求めるように弟へと目を向ける。

 マーレはそっと目をそらした。誰も、進んで奈落へと身を、放り出したりはしないのだ。

 

「あ、アルベドが壊れたでありんす」

「御方カラ指輪を下賜サレタノダ。気持チハ分ラナイデモ無イガナ」

 

 シャルティアとコキュートスも遠巻きにアルベドを見ているだけに留めており、唯一デミウルゴスだけが感嘆するように息を漏らす。

 

「やはり、至高の御方には私の考えなんてお見通しだったご様子ですね。すまないね、ナーベラル。余計なお節介を焼いてしまったみたいだ」

「ソウイエバ、何故ナーベラルヲ連レテキタノダ? デミウルゴス」

 

 こきりと、コキュートスが蟲の骨格、人間で言えば首に当たる辺りを傾げさせる。

 

「そうだね、コキュートスは以前私たちが話した中でお世継ぎのことが出てきたのを覚えているだろう?」

「アア、アレハ素晴ラシイ未来デアッタ」

「も、もしかして、ナーベラルさんをモモンガ様かラスト様の伴侶にってことですか?」

「そんな! それならわたしは……!」

 

 マーレが出した答えに、シャルティアが焦るように食いついてくる。死体愛好家(ネクロフィリア)としての設定を持つ彼女にとって、美しさの極みと人に称されるであろうラストよりもモモンガの方が超絶美形に映っているのだ。

 デミウルゴスは眼鏡を押し上げながら、未だの自身の世界から帰ってこない守護者統括殿に視線を向ける。

 

「それじゃあ、最初から説明させてもらうがとしようか。まずは、至高の御方が、積極的にか慎重にかの違いはあれど、この世界への進出を望んでおられることは確かだ。それはさっきの会議からも分かることだというのはいいね?」

 

 他の守護者からの質問がないことを確かめた後に、デミウルゴスは続けるようにして指を一つ立てる。

 

「ここで一つ考えられるのは。モモンガ様、ラスト様の御二方のどちらか、または御両名が、直接この世界への調査を行うことだったんだ」

 

 ざわりと守護者たちの間に衝撃とも違う、焦りにも近い空気が流れる。

 

「し、至高の御方が直接向かわれるなんて……全部、僕たちにお任せしていただければ……」

「どういうことでありんすか? もしかして……わたしたちは信頼されないということでありんすか?」

 

 マーレとシャルティアは絶望するように、その表情に影を落とす。コキュートスやナーベラルも、差はあれど似たような、至高の二人に失望されるのを恐れるようであった。そして、その気持ちはデミウルゴスも同じであった。

 

「確かに。すべてを私たちに任せてくだされば、と私も思っているさ。だが、私たちだけでは、至高の御方のお考えを全て汲み取ることはできないだろう。私やアルベドでもね。それは仕方のないことだ……だからこそ、至高の御方は足りない私たちのために慈悲深くも自ら動かれるのだと思えるのだよ」

「ツマリ、至高ノ御方タチハ、ソノオ優シサカラ、自ラコノ世界ノ調査をナサレルノカ」

「その通り。だが、それでは私たち、至高の御方に創造された者たちの本懐を果たせない。故に、調査に向かわれる至高の御方には供を付けるべきであり、それが至高の御方のご厚意を無駄にせずかつ私たちがお役に立てる方法だ。私はそのために、ナーベラルを供へ推薦するつもりだったのさ」

「なるほど、そういうことでありんしたか。でも、それならどうしてわたしたち守護者じゃなくてナーベラルでありんす?」

 

 シャルティアがデミウルゴスの意図を理解したとばかりに安堵の息を漏らすが、それとともに疑問が生まれた。なぜ守護者の中でも最強である自分ではなく、レベルが六十前後のナーベラルをと考えたのか。

 万全を期すなら自分、少なくとも守護者レベルの実力を持つべきであるだろう。

 

「それは先ほどの話に繋がるんだが、私はナーベラルにラスト様の伽もお願いするつもりだったんだ。モモンガ様はまだ、どなたをお気に入りに成られているか判断が付かなかったからね。それで、後々には妃に、果てはお世継ぎ、をとね」

「そ、それなら! わたしが! わたしがモモンガ様の夜伽をするでありんす!」

 

 デミウルゴスへと、その胸倉をつかみかかるほどにシャルティアが詰め寄る。しかし、デミウルゴスがそれを止めようとするよりも先に、部屋の中に響いたものがあった。

 

「……伽? ……妃? ……お世継ぎ? どういうことかしら、デミウルゴス」

 

 凍土よりも冷たく、灼熱よりも苛烈な声であった。聞き捨てならないフレーズに、守護者統括は現世に帰ってくる。

 ゆっくりと振り返ったその顔は美しい女性のものであったが、凄絶な愛に彩られ、見る者に背筋の凍る感覚を思わせるものであった。

 

「はぁ。だから、お節介だったと言ったのですよ、アルベド。どうやら、ラスト様は君をお妃にとお考えのようですしね」

「く、くふふ! そうよね! だって指輪ですもの! あぁ、ラスト様……。申し訳ありません、モモンガ様、私はラスト様に愛を捧げさせていただきます。タブラ・スマラグディナ様、娘は今お嫁さんになります……」

 

 般若のような顔から一転、恋する乙女のような表情へと戻ったアルベドの様子に、他のメンツはドン引きであった。そして、そんな面々は視界に入らないとばかりに、アルベドはナーベラルに近づき、肩に手を乗せる。

 ナーベラルは心底恐ろしかった。目の前の守護者統括様に、自分が僅かにでも抱いた懸想を感づかれてしまったのではないかと。デミウルゴスに言われるがままに、自分が至高の御方の寵愛を受けるのをよしとしてしまったことを断罪されるのではないかと。

 

「……第二夫人までなら、許すわ」

 

 ぼそりと呟かれた言葉に、ナーベラルは脱力する。見抜かれていた、自分でも不敬と思い信じられなかった、微かな渇望を。そして、恐る恐る顔を挙げれば、聖母のような笑みを浮かべたアルベドがそこに居た。

 

「あ、アルベド様……」

「むしろ、貴女だからこそ、共にラスト様を愛することを許せるわ。もしお供になるのなら、分かるわね?」

 

 邪魔な虫が付かないようにしろよ。言外にそう言い含められていた。

 

「そ、そんな……私など」

「でも、一番は私よ。いいわね?」

 

 アルベドは有無を言わせず、ナーベラルは何も言えなかった。デミウルゴスはアルベドが凶行に走らなかったことに安堵しながらも、至高の御方に与えられた仕事を果たすために動き出す。

 

「では、アルベド。私はこれからシモベの選抜に入りますが、私の仕事の一部をそちらにお任せしてもいいですか? アウラ、手間をかけさせるが、森への潜伏に適した魔獣を何体か見繕ってくれないかい?」

「分かったわ。何か支援が必要になったらまた報告してちょうだい」

「りょーかい! 任せといて!」

 

 

 

 

 『一途だがビッチである』

 これにさらに童貞たちの妄想により、「処女ビッチ」という概念を加えられたこの設定は、方向性を一度決めれば暴走特急となる。ラストは、まさか、ただ指輪を渡すだけで、こんなことになるとは思ってもいなかっただろう。

 モモンガは難を逃れ、ラストはその蜘蛛の糸に引っかかってしまったのだ。天使はいつだって、色欲に堕天する可能性を秘めた存在であることを、人々は語り継いでいることを、二人はすっかり忘れてしまっていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「モモンガさん、外に行くときには偽名を使いませんか?」

「そうですね。私たち以外のユグドラシルプレイヤーが居たら、厄介なんてもんじゃないですし」

 

 モモンガとラストは守護者たち、特にアルベドの話題を避け、ナザリック外に進出するにあたり、どのようなことをしておくべきかを話し合っていた。

 

「あ、でも、逆に考えれば、ヘロヘロさんとかももしかしたら居るかもしれませんね」

「あー、ログアウトしきれずに寝落ちしたとかだったらあり得そう……」

 

 どれだけ低い確率かは分からないが、アインズ・ウール・ゴウンの仲間たちがこの世界に迷いこんでしまっているかもしれない。そう考えれば、少しはアインズ・ウール・ゴウンの存在を仄めかすものが必要であるだろう。

 

「いっそのこと、モモンガさんがアインズ・ウール・ゴウンを名乗るとか?」

「流石にそれは馬鹿でしょ」

「うわ、ひどっ!」

 

 二人は偽名をつらつらと並べていく。ムササビ、タスマニアデビル、エゾリスなど何故か小動物の名前が多く出されていたが、中々いい名前が決まらなかった。

 中にはオグロプレーリードッグなどというぶっ飛んだネタネームも出たりした。

 

「モモンガさんのネーミングセンスが久しぶりに爆発してる」

「うーん、うーん」

 

 骸骨が頭を悩ませ、天使は自身の偽名として縮めて「ラト」とすぐに考え出していたので高みの見物と洒落込んでいた。

 ふと、ラストはモモンガは外の風景を見ていなかったなと思い、気分転換も兼ねてもう一度夜空を見てみたくなった。

 

「モモンガさん、気分転換に外の様子でも見に行ったらどうですか?」

「外って、大丈夫ですかね」

「大丈夫大丈夫、この辺りには誰も居なかったんですし。あの夜空を見れば、ちっぽけな悩みなんて吹っ飛びますよ」

「それじゃあ、ちょっと見に行きましょうかね。ラストさんはこの後どうされますか?」

「俺は寝ようと思います。結局寝てなかったですし」

 

 ふあと、あくびを漏らし、ラストはモモンガの自室から自身の自室へと戻る。

 残されたモモンガは久しぶりに、部屋の中がしんと静かになった感覚に少し寂しく思いながらも、言われたとおりに外の様子でも見に行くかと考える。

 

上位道具創造(クリエイト・グレーター・アイテム)

 

 モモンガの姿が漆黒の鎧に包まれる。部屋の外だからと四六時中支配者の姿勢を保つのは非常に精神的に疲れるし、この姿ならば自分がモモンガだとラスト以外には分かるまいと思ってのことであった。

 指輪の力で第一階層のもっとも地表に近い場所まで転移する。墳墓として作られた薄暗い中であっても、アンデットとしての特性である闇視(ダークヴィジョン)があるモモンガは何ら不自由なく見渡すことが出来た。

 鎧の靴音を鳴らしながら、出口へと向かうモモンガの前に、三種類四体ずつの十二体のモンスターが居た。そして、その奥にはスーツ姿のデミウルゴスの姿まである。

 彼らはモモンガの姿、黒い甲冑で変装したはずのモモンガを認めると全員が迷いなく膝をつく。

 

「これはモモンガ様、供も連れずに、このような所へ。いかがなされたのでしょうか」

 

(一瞬でバレてるし……なんか臭いでもしてるのかな)

 

 アンデットになって体臭は無くなったはずなのに、と、モモンガは自身の身体に無いはずの鼻をひくつかせた。

 

「ご苦労だ、デミウルゴス。先ほど命じた仕事は順調か?」

「はい、現在は影の悪魔(シャドウ・デーモン)などを斥候として放ち、アウラからも隠密能力に優れた魔獣を借り受けて探索を行っております。もうしばらくお待ちいただければ、満足していただけるご報告ができるかと」

「そうか……私は少しやることがある。周囲の安全は確保されているか?」

「はい、周囲にもシモベを配置し、マーレによるナザリックの隠蔽工作の準備も進んでおりますので、危険は皆無かと」

 

 なら大丈夫か、とモモンガはデミウルゴスたちに御苦労と告げ、その間を歩き去ろうとする。

 

「お待ちくださいませ、モモンガ様。モモンガ様の御配慮は重々承知しておりますが、やはり、供も連れずに、となりますと、私も見過ごすわけにはいきません。ご迷惑かと重々ご承知しておりますが、何とぞこの哀れな者に寛大な御慈悲を賜りますようお願い申し上げます」

「……仕方ないな。一人だけ、同行を許す」

 

 モモンガは内心配慮って何だろうと思いながらも、優雅に笑みを浮かべるデミウルゴスにそれ以上なにも言えなくなってしまっていた。

 

「私のような者のお言葉を受けいれていただき、ありがとうございます。では、お前たちはここで待機し、任務を継続しておけ」

「畏まりました、デミウルゴス様」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ナザリック墳墓から外に出たモモンガの眼前には、圧倒的とも言える光景が広がっていた。ユグドラシル時代であれば、常闇と冷気に覆われた、陰惨な風景であり、天空には分厚い黒雲が覆っていただろう。

 しかし、今は素晴らしい夜空がそこにはあった。

 モモンガは、ラストと同様。その世界に心をしばし奪われていた。彼らが知る空は大気汚染によって薄汚れた空であり、このような澄み切った夜空は写真や映像資料の世界のものであった。

 

「凄いな……。仮想現実でもここまでは。大気汚染が進んでなくて、空気が綺麗な証拠か。……こんななら人工肺も要らないだろうな。ラストさんが時間に遅れてくるわけだ……」

 

 もっと近くで、そう思い魔法で空を飛ぼうとするも、着ていた鎧が魔法の発動を阻害していることを思い出した。

 アイテムボックスの中から一つのアイテムを取り出す。それは翼を象ったネックレスであり、見た目通り、このネックレスにはある魔法が込められている。

 

飛行(フライ)

 

 モモンガの身体が重力を無視して空へと浮かび上がる。そのまま、モモンガは後ろに控えていたデミウルゴスのことさえも一時忘れてしまい、さらに上へ、上へと飛翔していく。そんな主人にデミウルゴスも慌てて、自身の変態の一つを使い、空へと追従する。

 

 雲を突き抜け、現れた世界に、モモンガは鎧の兜を剥ぎ取るようにして外す。

 

 巨大な月、夜空に散らされた星々は宝石のように輝いている。その輝きは地平の果てまで届き、雲は銀色に煌めいている。世界はかくも美しいものだったのか、ありのままの自然の姿にモモンガは言葉を漏らす。自分の語彙では表現しきれない、だが、それでも何かを口に出さずにはいられなかった。

 

「綺麗だ……いや、そんな言葉じゃ表現したりないな……ラストさんが、ブループラネットさんに見せたいっていったのがよく分かるよ」

 

 自然を語る場ではアインズ・ウール・ゴウンに誰一人として譲らなかった男を思い出す。自然を愛していたロマンチストであり、よく自然に関する薀蓄を語って聞かせてくれたものだと。

 

「星と月の明かりだけで世界が照らされるなんて。……本当に現実の世界とは思えませんよ、ブルー・プラネットさん。……キラキラと輝いて、宝石箱みたいです」

「そうなのかもしれません。この世界が美しいのは、モモンガ様とラスト様の身を飾るための宝石を宿しているからに違いないかと」

 

 デミウルゴスの言葉に、モモンガは少しばかり思い出に浸り過ぎていたのかもしれないと思考を戻す。しかし、奪われた心までは戻せず、夜空を見上げ、その月と星の輝きに満たされた世界に目を向ける。

 

「本当に綺麗だ。こんな星々が私たちの身を飾るためか……。確かにそうかもしれないな。私たちがこの地に来たのは、誰も手に入れてない宝石箱を手にするためやもしれないか」

 

 

「お望みであり、ご許可さえいただけるのであれば、ナザリックの全軍をもってこの宝石箱をすべて手に入れてまいります。そして、最後まで残られた至高の御方であるお二方にそれらを捧げさせていただければ、このデミウルゴス、これに勝る喜びはありません」

 

 背中から皮膜の大きな翼を生やし、蛙のような顔つきへと形態を変化させたデミウルゴス。そんな悪魔と呼ぶにふさわしい姿となったデミウルゴスの姿に、モモンガは彼の創造主である、悪を語る一人の悪魔を思い出す。そして、彼らとともに語った、一つの夢物語も。

 

「この世界にどのような存在が居るかも不明な段階で、その発言は愚かとしか言えないがな。ただ……そうだな。世界征服なんて面白いかもしれないな」

「……!」

 

 もし、モモンガが夜空から目を戻し、背後に控えるデミウルゴスの顔に浮かんだ表情に気づいていたのなら、決してモモンガは先の言葉が冗談であると告げたであるだろう。

 しかし、既に賽は振られたと言える。モモンガは自身の言葉に、デミウルゴスがどう思ったのか。気づくことなく星空を見ていた。

 

 

 ちなみに、モモンガはこの景色に感銘を受け、モモン・ザ・スターダストという名前を思いついたそうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 モモンガが夜空を宝石箱と例えていた頃、ラストはナザリックの九階層では自室へと足を向けていた。

 結局、天上の直感(センス・オブ・ヘブン)に従ってモモンガの元へ戻ったため、一睡もできてないのだ。抑え込まれてた睡魔がぶり返すようにして襲い掛かっていた。

 一般メイドとすれ違う度に頭を下げられても気にならない程度には、ラストの頭は眠気にやられていた。

 

「ラスト様、お帰りなさいませ」

「おや、ナーベラル。どうかしたのかい?」

 

 自室の前にナーベラルが待っていたので、自然と支配者ロールへと移行する。ラストが優し気に笑みを浮かべれば、ナーベラルの冷たさを思わせる美貌に少しばかりの朱が差しこむ。しかし、思い出したかのように、焦ったような剣幕で扉の前へと割り込んでくる。

 

「い、いえ。少々お待ちくださいませ! お部屋の掃除がまだ済んでおりませんので。もうしばし、もうほんのしばしお待ちになってくださいませ」

「あ、ああ」

 

 言うが早いか、ナーベラルはラストの部屋へと身を隠してしまう。

 

 

 

 

「アルベド様! ラスト様がお戻りになられました……!」

「……そう、私は戻るわ。ありがとうね、ナーベラル・ガンマ。今度お礼をするわ」

「いえ……ラスト様とアルベド様の仲を応援させていただくだけで私は十分ですので……」

「そう、謙虚も美徳ではあるけれども、貴女自身も叶えたい望みをちゃんと考えておきなさい」

「はい……ですがアルベド様、なぜラスト様に隠れてベッドに……?」

「……恥ずかしいけれど………私、女淫魔(サキュバス)だけれど、そういった経験がないのよ……。ラスト様とそういう関係になるって考えただけでも悶死してしまいそうになるし……それに、何か粗相をしてしまったらって思ったら踏ん切りが効かなくて……」

「わ、分かりました。ひとまず、ラスト様をお待たせしてしまってるので、今のうちに御退室なさってください。ベッドの乱れは直しておきますので」

「本当にありがとう、ナーベラル。やっぱり今度何かお礼をさせてもらうわ」

 

 

 

 

 しばらく、それこそ十分も無かったであろう時間でナーベラルが部屋から出てくる。若干疲れたような表情をしているが、ラストは気のせいだと思うことにした。

 

「ありがとう、ナーベラル。ご苦労様」

「いえ……メイドとして当然のことをしたまでのことです……」

「それでもさ、ありがとう。ナーベラルもゆっくりと休んでくれ」

 

 ナーベラルは深く礼をし、顔を隠す。ラストは自室に入るとともに、どことなく甘い、いい匂いが漂ってきた。

 ラストはナーベラルがアロマでも焚いてくれたのかと、ベッドへと身を投げ出す。ふわりとした羽毛がラストの身体を優しく受け止め、そっと押し戻す。

 ここまで高価な寝具に身を委ねることなどなかったラストは、うぼあーと変な声を出しながら脱力していく。寝間着に着替えなきゃとも思ったが、それよりもベッドから起き上がりたくないという思いが勝っていた。

 

「……ん? ベッドからもなんかいい匂いが……柔軟剤的なものってナザリックにあったっけ」

 

 どこかで嗅いだことのあるような、それでいてどこか安心感を覚えるソレにラストは翼を折り畳んで、仰向けになる。シーツを被り、そっと目を閉じる。

 モモンガとこの世界に来て、NPCたちと触れ合って、色々なことがあったせいか、ラストの意識はすぐに眠りに落ちていく。この胡蝶の夢のような現実が、目が覚めても続いてますようにと、少しだけ思いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ、アインズ・ウール・ゴウンの名前を結局使うんです?」

 

 翌日、ラストの部屋にラストを起こすついでに一晩考えていたことを伝えるモモンガと、一般メイドに運んできてもらった食事を食べるラストである。寝ぼけたラストに代わって、モモンガが食事を受け取っていたが。

 

「はい、モモン・ザ・スターダストは他のところで使う時に取っておくとして、ひとまずアインズ・ウール・ゴウンの名前を使って行動したいと思います。もし他のプレイヤーが居るにしても、できる限り敵意を持たれないように動けば問題はないと思いますし、ギルメンが居るなら一発で分かってもらえますから」

「そうですねぇ。俺はいいと思いますよ? 昨日なんか馬鹿とか言われた気もしましたけど」

「だから、すいませんって。だってアインズ・ウール・ゴウンはあんま評判よく無かったじゃないですか」

「ぶーぶー……。まあ、いいですよ。悪くはないと思いますし、モモン・ザ・スターダスト以外は」

 

 ラストからすれば、正気を疑うようなネーミングセンスであった。もっと他になんかなかったのだろうかと。

 

「かっこいいじゃないですか! 星屑ですよ!? あの夜空見て思いついたんですよ!」

「あの景色を見て、そんなネーミングセンスを爆発させるな!」

 

 ぎゃーぎゃーと騒ぐ二人であるが、ラストの自室なので支配者たるモモンガとラストではなく、友人のモモンガとラストとしての二人なりのじゃれ合いでもあり、ナザリックに二人きりになってからは何度も繰り返された光景であった。

 

「まあ、一先ずは、デミウルゴスたちの報告待ちですかねぇ」

 

 六階層の一画で育てられたという林檎をデザートとして齧りながら、ラストはその顔を不快気に歪める。モモンガはラストが天使として無法者の存在を許せず、断罪という業が色濃く出ていることを察していたが、ラストは元々曲がったことが嫌いな性格であったし、その部分が天使となったことで色濃く出てしまってると結論を出した。

 

「まあ、やりすぎないようにしてくださいよ? ラストさん、天使っぽいロールじゃないですよね、今の」

「あー、はい……分かってはいるんですけどね。どうも……多分ですけどね、天使になったせいか。随分とちぐはぐになってるんですよ」

「ふむ……」

「自分が、というか、ナザリックが他者を利用するのは多分何のためらいもないんですよね。まあ、子どもや力のない女性とかは別でしょうけど。そのくせ、他の人たちが力ない者たちを蹂躙するのは許せないっていう」

 

 ある種の上位者としての傲慢だと、モモンガは思った。自身が試練と称して苦痛を与えるのは天使として間違っていない、それでいて、弱き者を守る者としての天使の側面としても間違ってはいない。

 自身以上に複雑そうな状況に陥っているラストに、モモンガは少しばかり心配になる。

 

「なんか変な所とか、違和感とかあったらすぐに言ってくださいね。最悪、宝物殿の奥に仕舞ってある”アレ”を使いますから」

「あー、それ、昨日私もモモンガさんに思ってたんですよ。アンデット化のせいで変調が酷かったら勝手にだけど使おうって」

 

 考えることは一緒か、とモモンガとラストは笑い合う。

 

「宝物殿と言えば、パンドラズ・アクターはどうするんです?」

「……」

 

 ラストが挙げた黒歴史(モモンガが創ったNPC)にモモンガの動きが固まる。

 

「あれは……もっと非常事態の切り札に……?」

「……アッハイ。分かりました」

 

 結構かっこいいのにまだ苦手なのか、と思いながら、ラストは林檎の最後の一切れを食べ終える。

 

「モモンガさんも食事できたらいいんですがね、何かいい方法はないかな……」

「うーん、そこまで言うなら食べてみたいですけど……星に願いを(ウィッシュ・アポン・スター)でアンデットが飲食できるようになるとかいう選択肢あったかなぁ」

「あー、もしかしたら星に願いを(ウィッシュ・アポン・スター)の効果も変わってるかもしれないですよ。テキスト的には、願いを叶えるって感じですし」

 

 二人はこの案件を要検証として、それでいて回数や機会が限られているのでその内に、とした。

 

「お待たせしました。モモンガ様、ラスト様。デミウルゴスです。ご下命された調査の任、報告書を作成いたしましたので、ご報告に参りました」

「やっべ、寝ぐせがそのままだった……デミウルゴス! 少し待っててくれ。身だしなみを整える」

 

 寝て起きてそのままだったラストだったので、着ている制服は神話級(ゴッズ)アイテムであるため、しわや汚れは一切ないが、その金糸のような髪は幾らか乱れていた。

 

「ああもう、ラストさん。はい、櫛」

「さんきゅです」

 

 モモンガから部屋に据え置きの櫛を投げ渡され、撫でつけるようにして寝癖を直す。天使の寝ぐせは素直なのか、一度撫でればすぐさま櫛がすり抜けるような滑らかさを取り戻す。

 そこでラストは自身の翼も寝ぐせが出来ていることに気づく。しかし、自分の手では背中にまで届かない。

 

「モモンガさん! 背中! 翼の寝ぐせを!」

「なんで翼に寝ぐせ!? 早く櫛貸してください!」

 

 その後、一般メイドや守護者統括を巻き込んで、ラストの翼の寝ぐせを直す権利争奪戦が行われることなるが、それはもう少し後の話。




ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

アルベド様は「処女ビッチ」を含む複数の属性を骸骨と天使という童貞によって植え付けられ、さらに元々あった設定も混ざり合ってヘタレストーカー気質になってしまいました。
原作のアルベド様も好きですし、モモンガ様とのやり取りも好みですが、今回は「先に」オリ主へと心を決めてしまったため『一途』という設定に従ってアルベド様には邁進していただきたいと思います。

フォローするナーベラル可愛いよナーベラル。

そして、次こそ……次こそカルネ村へ……! エンリちゃんの活躍を……!


という訳で、今回はこの辺りとなります。皆様のご感想等、楽しみにしております。

では、これからもよろしくお願いします。


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第五話

感想、お気に入り、評価、誤字報告などありがとうございます。
お待たせしました、第五話となります。

駄文ですが、よろしくお願いします。


 デミウルゴスからの報告を聞いたモモンガとラストは、再度守護者たちを会議室に集めていた。すぐさまに召集された守護者たちは、モモンガとラストを前に改めて忠誠の儀を捧げていた。

 

「よく集まってくれた。度々申し付けてすまないと思うが、時間も差し迫っているからな。では、これより昨日話していた案件の報告会を行う。デミウルゴス、任せたぞ」

「はっ、では、僭越ながら、先日モモンガ様が発見された廃村から存在が推測されていた暴力集団ですが、今回の調査でその存在が確認されました」

 

デミウルゴスの言葉に、守護者たちはその雰囲気を剣呑なものへと変える。明確な敵の姿に守護者たちの功名心が刺激されたのだ。デミウルゴスはそんな守護者たちの様子に、報告を続ける。

 

「その実力は影の悪魔(シャドウデーモン)やアウラの魔獣を探知することもできず、装備なども貧弱と言うほかありませんでした。ナザリックに対する脅威度としては零に近いでしょう」

「つまりは、外の世界には脅威はないということでありんすか?」

「いえ、そう決めつけるのは早計と言えるでしょう。この村を襲っていた者たちの他にも、周辺に存在する騎士たちも確認され、その中には実力的にはレベル二十前後の戦士職の存在が確認されています。私たちからすれば弱者の一言で片付きますが、彼ら以上の存在が居ないとは言えません」

 

 シャルティアの言葉に対するデミウルゴスの推察には、モモンガとラストも同意していた。目の前に居る兵士だけが弱者である可能性も存在するのだ。慢心というものが如何に愚かであるのか、二人はきちんと理解している。

 

「さらに、この騎士たちのさらに後方には、神官風の部隊も確認されています。この神官風の部隊ですが、他の二部隊よりも練度が高いものと思われます。恐らくですが、この村を襲っている部隊は囮であり、騎士たちを釣り出すとともに、神官風の部隊で騎士たちを殲滅するという作戦なのでしょう」

 

 わずかな情報から、デミウルゴスはその頭脳から兵士たちやその背景についての考察を出す。そして、それはまさしく的を得ていた。

 

「それができるということは、後ろには国家的な存在が絡んでいるということね、デミウルゴス」

「ええ。つまり、彼らに不用意に干渉することは、本来であれば控えるべきでしょう」

 

 現状の、この世界の情報が少ない状況では、国家などの大きな組織に関わるべきではないのが普通だ。

 モモンガとラストは、たしかにそうだよなー、とデミウルゴスとアルベドの話を聞きながら思っていた。

 

「ですが、至高の御方であるモモンガ様とラスト様は、この機にこそ動くべきだとお考えでしょう」

「……え」

「彼らが国とつながりがあることは、逆に考えれば、国同士が対立という関係にあるということです。ならば、私たちはそれを利用して、醜く争う人間から領土をかすめ取ることもできるということです。まさに先の先を読む慧眼、私も先日、モモンガ様とラスト様から任を受け、実際に彼らを捕捉するまでそこまで考えは至りませんでした。ナザリックの出先機関をと考えられていたのは、このことだったのですね。」

 

(今も至ってないんですがそれは)

 

 モモンガとラストの心の声が合致する。国同士の諍いに介入することと、出先機関を作ることが繋がらないのだ。

 

「素晴らしいわね……問題はどの部隊に助力をし、どの部隊を撃滅するかね」

「ええ、それに関しても、確信的な情報が得られています。先ほど述べた部隊の内、騎士たちの部隊は破壊された村々での救助活動を行っていたので、彼らがこの一帯を治める者たちの武力なのでしょう」

「つまりは、その騎士たちの国に恩を売り、さらに私たちよりもその国に非難の目を向けるってこと?」

「ええ。この世界における戦闘力の実験にも、村を襲った者たちを捕虜とすればその国の情報も得られるでしょう。さらには村を秘密裏にナザリックの支配下に置く。この三点も含めて多くの利点がこの作戦にはあります」

 

 アウラも作戦の全容を理解し、他の守護者たちも感心するように息を漏らす。

 

「素晴らしいね、デミウルゴス。私たちもそこまで考えつかなかったよ」

「御冗談を。この程度のこと、お二人であれば昨日の時点でお考えでしたでしょう」

 

 デミウルゴスが頭を深々と下げる様子に、守護者たちの感心と感嘆が自分たちへと向けられるようになったことを自覚するモモンガとラストである。

 

「では、モモンガ様、そろそろお時間と思われますので、<千里眼(クレボヤンス)>と<水晶の画面(クリスタル・モニター)>の巻物(スクロール)使用許可を」

「いや、それくらいなら遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)を使おう。この世界に巻物(スクロール)の材料があるとは限らないからな」

「これは……! 非才なこの身をお許しくださいませ……」

「構わんとも」

 

 モモンガはアイテムボックスから遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)を取り出し、会議室内に一つの廃村の光景が映し出される。そして、モモンガが視点を切り替えると、そこでは一つの村が蹂躙されている光景が浮かび上がった。

 村人たちが鎧を着た者たちに虐殺されている光景に、モモンガとラストは自分たちが人としての感性が変質してることを再確認しながら、これからの出撃の後のことを考える。

 

「すでに、彼らは行動していたようだな。デミウルゴス、後詰の準備は出来ているか?」

「はっ、御身自らが出撃されるとのことでしたので、八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)を中心とした部隊で周辺を固めております」

「すでに村が襲われているみたいだし、もう出撃するかい? モモンガ」

「ああ、そうだな。しかし、その前にお前たちに告げておくことがある。私はこれ以降、アインズ・ウール・ゴウンの名を世間に知らしめるために、アインズ・ウール・ゴウンと名乗ることとする。ラストからの同意も得ているが、お前たちからは異論はあるか?」

 

 モモンガは彼らから異論が一つでも、いや、その顔に不満が走ったのならばすぐさま撤回するつもりだった。しかし、守護者たちのその顔に浮かぶのは信頼。最後までこのナザリックに残ったモモンガであれば、そしてその一番の友が認めているのならば、自分たちからは何も言うことはない、誰もが表情でそう語っていた。

 モモンガは、否、アインズはその様子に頷く。

 

「アインズ・ウール・ゴウンがこの地で行う最初の軍事行動だ。各員、あらゆる事態に対処できるように備えておけ」

「そして、私たちの姿を見ておいてくれ、愛し子らよ。私たちのこの世界への最初の一歩を。行こうか、モモンガ。いや、アインズ」

 

 アインズが遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)の光景を切り替える。そこでは、今まさに二人の少女たちが騎士に惨殺されようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ネム……! こっちよ!」

 

 両親がその命を使って作ってくれたわずかな時間、それを無駄にはしまいと、エンリは妹の手を引いて足を動かす。

 逃げなきゃ、逃げなきゃ、逃げなきゃ!

 必死に思考を逃げることだけに塗りつぶそうとする。脳裏にチラつく、両親の最後の表情に足がとまってしまうことのないように。

 近づいてくる村の外れにエンリが微かな希望を抱いた瞬間、後ろから金属音が聞こえてくる。振り返らずとも分かる、すぐ後ろから死が迫ってきていることに。

 

「あっ!」

 

 エンリは手を引く妹の足がもつれ、それに引っ張られてしまう。しかし、繋いだ手が離れることはなく、転んだりしてしまうことはなかった。

 しかし、その時間は致命的だった。

 

「無駄な抵抗はするな」

 

 すぐ側で、その嘲笑うような声が聞こえてきた。それはすぐ様にでも命を奪える、生殺与奪の権利が自分にあると確信しきった声音であった。

 エンリの胸の中に、凄まじいまでの激憤が沸き上がる。

 

 ふざけるなと、自分はお前たちに殺されるような家畜なのではないのだと。

 

 騎士が剣を振り上げたその瞬間、エンリの身体が動く。一歩前へ、死へと立ち向かう勇気と、目の前の不条理への限りない怒りを込めて。

 

「なめないでよね!」

 

 兜に守られた頭へと、エンリの握った拳が砕けかねない力で叩き付けられる。骨が砕けてしまおうが知ったことか、それ以上に知らしめねばならなかった。一矢報わねば気が済まなかった。

 騎士がよろめき、その隙に妹の手を引いて逃げ出そうとする。

 

「き、貴様ぁああああ!!」

 

 しかし、エンリの背中から鮮血が散る。熱した鉄棒を肉の内側に入れられたような痛みに、エンリの顔が歪む。零れ出そうになる涙を堪え、妹の手を引いて逃げようとする。

 そのエンリの後ろから、その命を奪うための一撃を振るうため、剣が振り上げられる。

 せめて、妹だけは助かってほしい。そんな叶わぬと分った願いを心の中で捧げながら、自身の命が絶たれる瞬間に目を瞑ってしまう。

 

「……え?」

 

 しかし、一秒、二秒、待てど、その最期の時は訪れない。

 エンリは恐る恐る、目を開く。

 

 

 そこには、光と闇があった。

 

 

 一人は、闇を纏い、死という概念そのものが姿を象った恐ろしい仮面の魔王。

 一人は、輝きを纏い、地平を照らす明けの明星を司る天使。

 

心臓掌握(グラスブ・ハート)

 

 死の支配者が騎士に掌を差し出し、握り込む。ナニカ柔らかい物が潰れる音が、その握られた手の内から響く。

 それとともに、エンリの後ろから金属音が響く。目の前の死の支配者から目が離せないが、エンリは好奇心に負け後ろを見てしまう。

 そこには、さきほどまで、エンリにとって死を齎さんとする騎士が死んでいた。そう、一目で分かるほどに、その体からは生気というものが抜け落ちていた。

 

「大丈夫かな? 助けに来たのだけれど」

 

 光の使者が、へたり込んでいたエンリをのぞき込む。優し気な笑みを浮かべるその輝く貌に、エンリは状況を忘れて心奪われてしまう。その瞳も金色に輝いているように、それでいてエンリの心を焦がしてしまうように、エンリは吸い込まれてしまうような感覚を覚える。

 

「<大治癒(ヒール)>」

 

 呟き一つ、暖かい光がエンリを包み込むとともに、背中の痛みも、骨が折れ鈍痛が走っていた手も治っていく。腕の中でネムがわぁと声を上げるのが聞こえる。

 その様子に満足げな笑みを浮かべ、天使は立ち上がり魔王の隣へと並び立つ。

 

「これでひとまず、大丈夫だと思うよ。アインズ、すまないね。待たせてしまって」

「なに、構わないとも。ラト、お前の優しさは、私もよく理解しているつもりだからな。それに、もう一人も片付け終えたところだ。弱いと聞いてはいたが、龍雷(ドラゴン・ライトニング)で死ぬとはな」

「それは重畳。スキルも試してみたらどうだい?」

「そうだな。実験にはこの程度が手ごろかもしれん」

 

 死の権化と、優しい天使が並び立ち、仲良さげに語らう姿に、エンリは目の前で神話の一幕が繰り広げられているのではないかとも思った。

 アインズ、そう呼ばれた仮面の魔王が、先ほどの騎士を奪ったような動きで掌を虚空へと出す。

 

 ───────中位アンデット作成・死の騎士(デス・ナイト)──────。

 

 中空から形容しがたき黒き影が姿を現す。そして、さきほど心臓を握りつぶされた死体へと覆いかぶさる。

 ドクリと、騎士の死体が一度大きく跳ね上がり、その肉体が膨張していく。

 

「ひっ!」

 

 そんな様を間近で見せられ、エンリの人間としての忌避感が悲鳴を上げた。その間にも死体は膨れ上がり、その鎧も、武器も、生きた痕跡すらもどす黒く塗りつぶされて生み出されたのは、まさしく死の騎士と呼ばれるに相応しいアンデットであった。

 

「ごめんね、怖がらせたみたいだ」

 

 そう言いながら、天使は、その六対十二枚の翼を広げる。

 ───────中位天使創造・断罪の能天使(パワーズ・ジャッジメント)──────。

 

 アインズの作成した死の騎士(デス・ナイト)が防御に優れたアンデットであるならば、ラストの創造しようとした天使は攻撃という点に特化した天使であると言える。

 トータルのレベルとしては死の騎士(デス・ナイト)とほぼ変わらないが、その特殊能力と攻撃に偏重したステータスから、ユグドラシル時代には自爆特攻用のモンスターとして召喚していた。それでもやはり、アインズやラストからすれば、死の騎士(デス・ナイト)断罪の能天使(パワーズ・ジャッジメント)も雑魚というべきモンスターである。

 

 ラストの翼から一枚の羽根が零れおち、光を放つ。ここまではユグドラシル時代と変わらないエフェクトであった。このまま光が天使を形取り、召喚という流れでった。しかし、ここからその羽根が驚きの動きをする。

 

「は?」

「え?」

 

 その羽根は、ひらりと風に流されるように、エンリの胸元へと飛び込んだのだ。そして、そのままエンリの体の中に、羽根が溶けていくようにして入り込んで行ってしまった。

 それとともに、エンリは体の内側から熱を帯びるような感覚を覚えた。それはさきほど騎士に切り付けられたものとは違う、うなされる様な熱である。

 その熱が背中がへと集まり、やがて何かが突き出てくる。

 

「お姉ちゃん……髪が……」

 

 妹に言われて、三つ編みにして肩から垂らしている自分の髪を見てみる。エンリはそこにあるのが燃え上がるような朱に変わっていることに気づく。そして、背中へと目を向ければ、二枚の翼、純白の綺麗な翼が服を突き破って生えてきていた。

 その光景を見て、アインズとラストの動きが止まる。

 

(モモンガさん、ヘルプ)

(こっちのセリフですよ!? 何やってんすか!?)

(だって! モモンガさんが死の騎士(デス・ナイト)呼び出したんだもの! 俺だってスキルで天使呼び出してもいいじゃん!)

(呼び出せてないじゃないですか!! なんか憑依転生させてるじゃないですか!)

(さっきアルベドたちにも言ってたじゃないですか! あらゆる事態に対処できるようにって!)

(想定外過ぎるんだよ! この綺麗なるし★ふぁー!)

 

 アインズとラストは表面上は冷静そのものであったが、内心では回線がパンクするほどに混乱していた。ラストが名前を変えたはずのアインズを、モモンガと呼ぶくらいにはテンパっていた。

 

「き、気分はどうだい?」

「え……あ、はい、大丈夫です」

 

 なんとか口を再起動をさせたラストが、断罪の能天使(パワーズ・ジャッジメント)の特徴を宿した村娘に声をかける。

 

「……死の騎士(デス・ナイト)、お前はこの先の村を襲っている騎士たちを生け捕りにしろ。ラト、私は先に村へと言っておく。その娘のことは任せたぞ」

 

 モモンガはひとまず放置することに決め、死の騎士(デス・ナイト)に指示を出す。目の前で起きた緊急事態は元凶に押し付けることにした。<飛行(フライ)>の魔法で空へと飛び、使命を果たすべく動き出した死の騎士(デス・ナイト)と共に村へと向かった。

 

「あー、そうだね。名前を聞いてもいいかな?」

「……エンリ・エモットです……貴方は……?」

「私はラト。さっきのは私の仲間のアインズというんだ。あのような見た目だけど、君たちを助けに来たから安心してくれ」

「はい……その、ありがとうございます」

「あ、ありがとうございます!」

 

 エンリと、その腕に抱かれたネムが深々と頭を下げる。エンリの背中から生えた翼がばさりと音を立て、はらりと羽根を散らす。

 

「その、一つ聞きたいのですが……私は……どうしたのですか?」

 

 聞くのは当然と言えば当然だが、ラストは答えに窮してしまう。だって、自分でも何が起こったのかは分かってないのだから。

 特殊技術(スキル)で召喚されるはずだった断罪の能天使(パワーズ・ジャッジメント)が彼女になってしまったのだろうか。ユグドラシルの仕様ではありえない事態だが、さっきほどのアインズが使用した特殊技術(スキル)が死体に作用していた。

 つまり、仕様が変わっている部分があるということだ。

 

(どういうことだ……? でも、なんか繋がりっぽいのは感じられるんだよな)

 

 そう考えてエンリの方へと顔を向ければ、琥珀色から黄金色に変わった瞳と目が合う。小首をかしげるように、エンリがその愛らしい顔をきょとんとさせる。

 

(ヘルプミー、モモンガさん!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 村では、アインズが来る前から変わらず、蹂躙が行われていた。しかし、先ほどまで蹂躙する側であった騎士が蹂躙される側であり、その騎士たちを痛めつけるようにして嬲っているのは一体の巨体を誇るアンデットであった。

 その死の騎士は突如として現れ、その瞬間には今まさに殺されようとしていた村人も呆気に取られてしまっていた。

 そのアンデットは決して騎士たちを殺すことはなく、逃げようとした者には回り込んで足を潰し、向かって来る者はその腕を鎧ごと斬り捨てていた。

 逃げることもできず、弄ばれるようにして騎士たちはその身を地に伏せ痛みに呻いていた。

 健在な者は既に半分以下、その者たちも、動けば手足を斬り捨てられるために逃げ出すこともできなかった。

 

「そこまでだ。死の騎士(デス・ナイト)

 

 頭上から、重々しい声が響いてきた。その声に反応するように死の騎士(デス・ナイト)が構えていた武器を納める。健在だった者も、地に伏した者も、助けられた村人たちも、その声に釣られるようにして顔を上げる。

 そこには、闇のようなローブを纏った、仮面で顔を隠した人物が宙に浮いていた。

 

「まずは自己紹介をさせてもらおう。我が名はアインズ・ウール・ゴウン。この村が襲われているのを見て、義憤に駆られて助けに来た者だ」

 

 仮面で隠された表情からは何もうかがえない。ただ、騎士たちは自分たちを裁きに来たと、村人たちは自分たちを助けに来たことだけを理解し、その表情を明暗に分けた。

 

「投降するというのなら、君たちの命は保証させてもらおう。いかがかな?」

 

 未だ武器を手にした騎士四人へと、アインズの仮面が向けられる。直接見据えられていることに、騎士たちは弾かれるように武器を投げ捨てる。

 

「よろしい。では、今すぐこの場から失せろ。逃げる分には、私は追わないことを約束しよう」

 

 当然、村の周囲にはシモベが配置されており、騎士たちは万が一にも逃げ出し、帰還することはないだろう。これは村人たちの目に届かない場所で、騎士たちをナザリックへ誘拐するためである。

 

「ふむ……」

 

 騎士たちは命からがらといった風情で逃げて行った。残されたのは歩くこともできず、置いて行かれた負傷者であった。彼らは村人から一先ずの死なないためだけの応急手当だけをされ、縛り上げられて野ざらしにされていた。村人たちが復讐心から騎士たちに私刑をしないのは、ひとえに村の恩人である仮面の人物が居るからであった。

 村の村長の家に招かれたアインズが、変に遜る村長からなんとかこの世界の情報を聞き出した後、村の葬儀が行われている間、空き家になった家の一つを借りて一人になっていた。

 モモンガは未だにやってこないラストと、その特殊技術(スキル)によって天使になってしまったと思われる少女をどうしたものかと額に当たるところを一度二度、叩く。

 

「あ、アインズ様! 何かが飛んでやってきます!」

 

 葬儀の途中だった村長が、慌てた様子でアインズの待っていた空き家にやってきた。打合せ通りとは言えないが、天使であるラストに村人たちが驚くのは予定通りではある。

 

「安心してください。それは私の仲間です。村の離れで逃げ遅れていた者が居たので、その人を助けに行ってもらってたのですよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は少し遡り、モモンガが<飛行(フライ)>の魔法で飛んでいった直ぐ後のことである。

 

「すまない、エンリ。私が君に治療を行ったときに、力を注ぎ過ぎてしまったみたいだ」

「そ……うなんですか……」

 

 ラストは必死にこじつけを考えていた。明らかに天使になってしまったこの少女をどうしたものかと。いっそのこと、ここで始末して証拠を残さずに消し去ってしまった方がいいのではないかと考える。

 しかし、目の前で抱き合う姉妹に、ラストは慈愛にも似た感情を抱くようになってしまっていた。さてと、ラストは立ち上がる。

 エンリが天使となったことで、何か繋がりにも似たものを感じ取っていたことも、その理由として多分にあった。

 

「エンリ、君は天使になっても村に受け入れてもらえるかい?」

「え……? その、まだ分かりません……村の皆は優しいですけど、流石に、こんなになっちゃうと、どうなるか分かりません……」

「お姉ちゃん、綺麗だよ?」

 

 苦笑いし、エンリは翼をばさりと動かす。ネムは目をキラキラさせながら、羽根を撫でるようにして触っている。

 エンリは自分の身体が創り変えられたことに、戸惑いながらも、不思議と忌避感はなかった。微かに目の前で申し訳なさそうにしている天使様とのつながりを感じると、仄かに温かいものを感じ取れた。

 

「そうか。もし、村に受け入れてもらえないとなると、私のせいだからね……私たちの組織に来てもらうしかなかったよ」

「私たち……さっきの、その、仮面の方でしょうか」

 

 仮面、そう口にした瞬間、どこからかゾワリと神経を逆なでするような感覚に襲われた。エンリはネムを抱きかかえて慌てるように周囲を見渡す。そして、すぐ側に何か潜んでいるのを感じ取ってしまう。

 

「そこまでだ、控えろ。エンリも。すまないね、彼にはアインズという名前があるんだ。これからはそう呼んでくれるかな」

『……ハッ』

「は、はい」

 

 声だけが響き、エンリの側から、ナニかが離れていく。

 

「今のは……?」

「私とアインズの仲間さ」

 

 エンリは今も繋がっている首を擦り、そっとラストの服の裾を掴んでしまっていた。ラストは困ったなと言いながらも、その手を振り払うことはしなかった。

 

「村は、大丈夫でしょうか」

「アインズが向かったから、大丈夫なはずさ」

「……はい」

 

 アインズの方は、上手く村長とか村の上役と交渉できたのだろうか。そんな風に自分の目の前にある問題から現実逃避気味に思考を巡らせるラストであった。

 

「安心してくれ、エンリ。何かあっても、私がどうにかするから」

 

責任感というべきものか、自分の身勝手なスキルの使用のせいで人外にしてしまった彼女。いわゆる、ラストからすれば、自分の行いに責任を取るという当たり前のことであった。

 

「はい、よろしくお願いします……」

 

顔を赤らめ、恥じらうようにするエンリが、どのように受け取ったかは、ラストには分からないことであった。

 

 

 

 

 

「っていうことがあったんですよ」

「あーはい、壁でも殴ればいいんですか?」

「うっ、やっぱりロールプレイの方向性変えようかなぁ。優しい天使ロールから断罪スタイルに……」

「別にそれはいまのままでいいと思いますよ。まぁ、こんなことはもう滅多にないでしょうけど」

「ハイ、気をつけます」

「それで、結局どうするんですか? その子」

 

 人払いをし、借り受けた空き家で二人は打ち合わせをしていた。

 大体は当初の予定どおりではある。ただ一人、エンリ・エモットの存在を除いては。

 アインズとラストは、この村を将来のナザリックの出先機関とすることを見据え、異形種への忌避感を薄れさせるために、ラストは天使の姿ままで活動させる予定ではあった。

 アンデットや悪魔と比べ、天使は人類種からの忌避感は薄いと判断し、また村の恩人という立場を利用する予定だったのだ。

 実際にアインズと合流し、村人の治療を行った後には、村人たちは口々にラストを讃えていたことからもこの案はひとまずの成功を収めていたと言えるだろう。

 

「ナザリックで引き取るとかはできないですかね」

「うーん……」

 

 エンリが天使になってしまったことは、彼女の今までの日ごろの行いと、ラストが村人の治療を行ったことでそれなりに受け入れられていた。ただ、明らかに人外となってしまった彼女を、アインズ・ウール・ゴウンとしてどう扱うかを頭をひねっていた。

 

「いっそのこと、この村のナザリックの外交官にするとか?」

 

 この村をナザリックの出先機関とするなら、その窓口になる人材が必要ではある。それがこのカルネ村の元住人であったのなら、より円滑なものとなるのではないだろうか。

 アインズはそう考え、一先ずはこの村の村長からナザリックへの従属を引き出さないとなと一人これからの交渉に頭痛を覚えてしまった。

 表向きは王国所属のまま、それでいて裏側ではナザリックの拠点の一つとして。それがこの作戦でアインズとラストが考えていた理想形である。

 

「それが一番ですかねぇ。とりあえず、天使創造スキルは封印で」

 

 もし使う度に天使が増えるなんて洒落にもならない。そのことはラストも自覚しているのか、その顔を自責の念で影を落としながらも、小さく答える。

 

「……はい」

 

 翼ごと項垂れるようにしているラストに、モモンガは嘆息しながらも、これから村長へナザリックへの従属をどう交渉するかと考えていたのだった。

 




ここまで読んでいただきありがとうございます。

能天使エンリちゃん爆誕。
ということですが、今回の大きな原作との乖離としましては、エンリがオリ主のせいで天使となってしまいました。彼女が能天使のままか、覇王天使炎莉となるかは未だ未定です。
ゴブリンさんたちも好きなので、出してあげたいところではあるのですよね。

次回は村長vsアインズ様と、戦士長登場となるかと思います。ニグンさんまで出せると嬉しいな。

結構こじつけ感が強い話ではありましたので、若干の修正を後に加えるかもしれませんが、ご了承くださいませ。

では、今回はこれにて。これからもよろしくお願いします。


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第六話

感想、評価、お気に入り、誤字報告ありがとうございます。
お待たせしました、第六話となります。

駄文ですが、よろしくお願いします。


「アインズ様、よろしいでしょうか」

 

 ラストとモモンガがエンリの待遇についてあーだこーだ議論していると、空き家の扉が控えめにノックされる。

 アインズはその声の主が誰か分かっていたので、努めて穏やかな声で答える。

 

「ああ、村長ですか。構いませんよ」

「失礼します。この村に騎士風の集団が訪れたと村人が気づきましたので、お話に参りました」

 

 デミウルゴスから報告を受けていた、恐らくカルネ村を治める国の兵士たちであるだろう。アインズは怯える様子の村長を、安心させるように宥める。

 

「安心なさってください。一度助けた村が再び襲われるとあっては、我々も見過ごせません。私も死の騎士(デス・ナイト)を連れて同行しましょう。安心してください、今回は報酬は要りませんので」

「それは本当ですか! ありがとうございます、アインズ様!」

「それじゃあ、アインズ、私は姿を隠しておくよ。エンリちゃんも、流石に天使になった姿を村人以外に見られる訳にはいかないからね」

「ああ、そちらは任せる」

 

 ラストはアインズに手を振り、空き家から出ていく。ラストを村長と共に見送り、アインズは脳内でこれから会う騎士たち相手の交渉をシュミレーションをしていた。

 まず、自分たちナザリックの存在は国には気取らせない。そのためには、村長との話の中で出てきた魔術師(マジック・キャスター)、それも長い間魔法の研究で引き籠っていたということでひとまずはいいだろう。

 続いて、交渉材料としてこの村を襲っていた騎士たちの捕虜を引き渡すことで、この国、リ・エスティーゼ王国に対して恩を売る。アインズ・ウール・ゴウンという名だけならば、国の中枢へと渡っても問題はない。むしろそれに対して何らかのリアクションがあったのならば、プレイヤーの存在がその後ろにはあると確信できる。

 

「では、行きましょうか」

 

 警戒はする必要はあっても、恐れることはない。そう思いながらアインズは、村長に連れられて村の広場へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

「さて、見えてきましたね。彼らですか」

 

 まず、騎兵たちが堂々とした様子で、綺麗な隊列を組みながら近づいてきていた。

 村長は村人たちを集め、避難させるとともに、自身はアインズと共に向かってくる騎兵たちの姿を見つめていた。側には死の騎士(デス・ナイト)を控えさせており、アインズは仮面の中の目──目玉はないので仮面の奥、頭蓋の中の赤い灯──を細める。

 

(先ほどの騎士たちと違って、鎧や武器に統一性がないな。これなら、騎士や兵士というよりは傭兵って言う方が近そうだ。ただ、隊列自体や行進は綺麗だから、訓練はされているってことか)

 

 やがて、騎兵の一団は村の広場、アインズと村長たちの前でその歩みを止める。整列した騎兵の中から、一際屈強な男が歩み出る。その目が村長へと向かい、次に死の騎士(デス・ナイト)で驚きに目を見開かれ、最後にアインズへと視線が留まる。

 アインズは目の前の男、戦いと命の奪い合いに慣れた男の視線で射抜かれても、さざ波ほども心がざわつかなかった。

 それは目の前の男が自分にとって何ら脅威にならないということであったかもしれないし、アンデットの身体となったことによる度々起こる精神の鎮静化の影響かもしれなかった。

 

「私は、リ・エスティーゼ王国、王国戦士長の我ガゼフ・ストロノーフ。この近隣を荒らしまわっている帝国の騎士たちを討伐するために王の御命令を受け、村々を回っているものである」

「王国戦士長……」

 

 アインズは自身が思っていた以上の立場の人物であったことに、若干の驚きを覚える。ただ、その地位故に命を狙われていることも理解できた。

 

「この村の村長だな。横にいるのは、一体誰なのか教えてもらいたい」

「それには及びません。はじめまして、王国戦士長殿。私はアインズ・ウール・ゴウン。この村が騎士に襲われておりましたので助けに来た魔法詠唱者(マジック・キャスター)です」

 

 口を開きかけた村長を押し止め、アインズは軽く一礼をして自己紹介をする。

 それに対して、ガゼフは馬から飛び降り、アインズの前へと歩み出る。そして、ガゼフはその頭を深々と下げた。

 

「この村を救っていただき、感謝の言葉も無い」

 

 アインズは驚いた。目の前の人物、恐らくは国の要職に就き、特権階級である人物が身分も明らかでないアインズに頭を下げ、感謝をしたのだから。そのことが、アインズの中での、目の前のガゼフ・ストロノーフの評価を一段上げる。

 

「……いえいえ。私も報酬目当てですから。お気になされずに」

「ほう。報酬か。とすると、冒険者なのかな?」

 

 冒険者ってなんやねん、とアインズは内心で思いながらも話を合わせる。ここで知らないなどとは口が裂けても言えない。後で村長とかにきちんと聞いておこうと心に留めておく。

 

「ええ、それに近いものです」

「ふむ……なるほど。かなり腕の立つ冒険者とお見受けするが、寡聞にしてゴウン殿の名は存じ上げませんな」

「私は長い間、魔法の研究で僻地に引きこもっており、最近ようやく出てきたところでしたので、知らないのも仕方ありません」

「なるほど。優秀な魔法詠唱者(マジック・キャスター)であらせられるようだ。お時間を奪うようで心苦しいが、村を襲った不快な輩について詳しい説明を聞かせていただきたい」

「もちろん、喜んでお話しさせていただきます。それに、何人かは捕虜としてとらえておりますので、そちらもお引渡ししましょう」

「なんと! 本来我々がすべきことをしていただき、本当に感謝する」

 

 再び頭を下げるガゼフであったが、上げた顔の視線が向かう先は死の騎士(デス・ナイト)であった。その身に漂う、血の臭いと沸き立つ悍ましさを感じ取っていたのだろう。

 

「今ここで二つだけお聞きしたいのだが……そちらの騎士は?」

「あれは私が魔法で生み出したシモベです」

 

 ガゼフが感心するように息を漏らし、鋭い視線でアインズの全身を観察するように動く。

 

「では……その仮面は?」

「この魔物の制御に必要なマジックアイテムです。なので、仮面を外すことはできません。申し訳ありません」

「そうか。では、取らないでいただいた方がよろしいな」

 

 アインズは内心で、仮面を取れと強要されなくてほっとした。ガゼフは視線を村長へと戻し、穏やかな声音で話しかける。

 

「さて、では椅子に座りながら詳しい話を聞かせてもらいたいと思う。それと、もしかまわなければ時間も時間なので、この村で一晩休ませてもらいたいと思っているのだが……」

「分かりました。では、宿泊に関しましても、私の家でお話しできれば─────」

 

 村長が答えようとした時、村の広場へと一人の騎兵が駆け込んできた。息は乱れ、その表情は焦るようにしていることが、運んできた情報の緊急性を物語っていた。

 

「戦士長! 周囲に複数の人影。村を囲むような形で接近しつつあります!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「各員傾聴、獲物は檻に入った」

 

 一人の男の声が、彼らの中に響き渡る。それは彼らが信頼する隊長の声であり、その内容はこれから彼らの作戦、その核となる部分が実行されるということである。

 その声の主は、今まで何度も死線を共にした部下たちの落ち着いた様子に、この作戦の成功に何の疑いも抱かない。

 

「汝らの信仰を神に捧げよ」

 

 全員が黙祷を捧げる。

 それと共に、全員の思考が戦闘、殺人を生業とする冷徹なものへと変貌する。何百、何千と繰り返し行われたそれは、一種のトランス状態へと移行するためであり、彼ら、スレイン法国にある神官長直轄特殊工作部隊群、六色聖典の一つ、陽光聖典たちが作戦前に行う儀式であった。

 彼らの信仰心は厚く、そしてその信仰心は非合法な行いや残虐な殺戮に対しての罪悪感を正当化させるほどであった。

 やがて、祈りを終えた瞳が開かれる。その瞳はガラスのようなものへと変化していた。

 

「開始」

 

 短く、ただ必要なことだけを告げられた彼らは動き出す。標的の入った村を囲み込み、逃げ場を無くす。

 その動きは尋常ならざる訓練の賜物であり、それは彼らがただ信仰のために築き上げられたものであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど……確かに居るな」

 

 家の影から、ガゼフは報告された人影を確認する。

 村を等間隔で囲む者たちは軽装であり、ただ、ゆっくりと村への距離を狭めてくる。しかし、ガゼフはその横に浮かぶ翼を持った者たちへと目を向ける。

 天使。

 異界より召喚されるモンスターであり、特にスレイン法国では神に仕えていると信じている者が多い。ガゼフにとっては、どこから来ているなど、宗教家にでも論じさせておけという程度の存在である。

 しかし、敵として目の前に存在するなら話は別である。ガゼフからすれば、天使は様々な特殊能力に加え、魔法を扱うこともできるため、厄介な敵というランクに定められる。

 

「戦士長、私やこの村には、彼らのような者たちに狙われる心当たりがないのですが」

「ゴウン殿に心当たりがない……つまりは、私か」

 

 ガゼフは困ったように眉を顰める。

 それは村々が襲われていたのは自分をおびき出すためであり、そのために村人たちが殺されたことへの憤りも多分に含まれていた。

 

「戦士長殿は、随分と憎まれているようだ」

「戦士長という地位についている以上は仕方が無いことだが……本当に困ったものだ。貴族どもを動かして、装備をはぎ取ってまでとは……それに、天使を召喚するものをあれだけ揃え、このような任務に従事することを考えれば……恐らく、スレイン法国の神官長直轄の特殊工作作戦群、六色聖典の一つだろう」

「ほう……」

 

 ガゼフの漏らす言葉を余さず、アインズは心のメモ帳に書き記していく。村長から話に聞いていたスレイン法国であるならば、やはり帝国の鎧は欺瞞工作であったということである。

 

(デミウルゴスの言ってた通りだな。となると、彼らの戦闘を一旦静観して、手の内を見せてもらった方がいいか。俺たちが介入するのはその後でも遅くはないはずだし)

 

「……それに、あれは炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)? 外見は非常に似ているが……なぜ同じモンスターが? ……魔法による召喚が同じ? ……だとしたら……?」

 

 ぶつぶつと呟くアインズに、ガゼフは一縷の望みをかけて問いかける。この悲劇的な状況で、切り札になりうる可能性がある人物に。

 

「ゴウン殿。良ければ雇われないか? 報酬は望まれる額を約束しよう」

「……お断りさせていただく」

 

 一瞬、この世界の貨幣という魅力に心が揺らいでしまったが、それでもアインズは、最初に予定していた通りに彼らで殺し合いをしてもらうことにした。

 

「……かの召喚された騎士を貸していただけるだけでも構わないのだが?」

「……ふむ」

 

 アインズは手を顎に当たる部分へと当てる。

死の騎士(デス・ナイト)は所詮雑魚モンスターだ、失ったところで、アインズにとっては何ら痛手とはならない。

それに、死の騎士(デス・ナイト)炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)を戦わせることで、あれがユグドラシルのそのままのモンスターであるかの確認もできるだろう。

 

「いいでしょう、戦士長殿。私はこの村を守りますが、貴方に私の騎士をお貸ししましょう」

「本当か! ゴウン殿!!」

「ええ。その代わり、報酬は期待させてもらいますよ?」

「ああ、もちろんだ。私にできることであれば、何でもさせていただく」

 

 おどけるように言うアインズに、ガゼフは笑顔で返す。そんな実直な男へ、アインズはある程度以上の好感を抱いていた。出来るならば、友好的な関係を築きたいと思うほどには。

 出した答えは間違ってはいないはずだ、リスクとリターンを考え、その上で答えを出したはずとアインズは考える。

 ガゼフは目の前の底知れない騎士を従える魔法詠唱者(マジック・キャスター)の助力が得られることに、それも、その騎士そのものを貸してもらえることに勝機を見出していた。

 

「本当に、本当に感謝する。無辜の民を理不尽から救っていただいただけでなく、素晴らしい力を持つであろう騎士を貸していただけること。何度感謝しても足りはしないだろう。もし、王都に来られることがあれば、ぜひ私の家を訪ねてほしい。ガゼフ・ストロノーフの名にかけて、できる限りの便宜を図らせていただく」

 

 ガゼフはガントレットを外すとすっと手を差し出す。アインズはガントレットを外すことが出来ないことを少し残念に思いながら、その握手を返す。

 

「戦士長、死の騎士(デス・ナイト)にはあなたの指示に従うように命令を出しておきます。それと、こちらを」

 

 アインズは懐から、小さな木彫りの彫刻を差し出す。ガゼフからすれば、なんら特別なものには見えない。しかし──

 

「君からの品だ。ありがたく頂戴しよう。ではゴウン殿、名残惜しいが私は行かせてもらおう」

「御武運を祈っておりますよ、戦士長殿」

 

 戦士長は、その顔に必勝を抱き、木彫りの彫刻を腰の皮袋へと仕舞う。アインズはそんなガゼフに、強い意志を持った人間の輝きを感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 小さくなったガゼフたちの背中を見送りながら、アインズはそっと伝言(メッセージ)を開く。それは信頼する天使であり、戦士長たちの前では姿を出すことのできなかった対天使に限定すれば、最強の切り札(ジョーカー)

 

「ラト、今何をしている?」

『ああ、すまない、エンリ。アインズからの連絡が来た。……お待たせ、アインズ。今はエンリの能力の確認をしていたところだったよ』

 

 ラストがいう能力の確認というのに、相方が時間を無駄にしてなかったことにアインズは安堵する。天使となってしまったエンリの能力とやらについて聞きたくなったが、今はそれよりもすべきことがあった。

 

「ラト、村の周囲を囲んでいる天使だが、確認しているか?」

『天使? ……今確認したよ、外を囲むアレ。あれは炎の上位天使(アークフレイム・エンジェル)だよね』

「そうだな。ユグドラシルのモンスターが、ユグドラシルの召喚魔法で呼び出されているとみて間違いないだろうが、同種族として確信できるか?」

 

 自身では確信は抱けないが、同種族であり、天使系統の特殊技術(スキル)を豊富に持つラストであれば、何か分かることがあるかもしれないと思った。

 

『なるほどね。同じ天使として、あれは炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)と断言してもいいね。それで、簡単に状況を説明してもらってもいいかな?』

「ああ、構わない。それぐらいの時間はありそうだからな。今は村人の目しかない、来てもらってもかまわないか?」

『ああ、すぐに向かうよ』

 

 アインズの側に、影が生まれる。

 転移門(ゲート)の魔法で、ラストと、その後ろにエンリが姿を現す。エンリはアインズに一度礼をすると、そっとラストの横に控える。

 

「それで、走って行った彼らは王国の兵士たちだったのかい?」

「ああ。それも、戦士長という立場の人間が居たぞ」

 

 アインズの戦士長という言葉に、ラストは驚く。しかし、それと同時にこの村を取り囲んでいる軍勢の目的を察する。

 

「となると、彼は囮になったわけか。死の騎士(デス・ナイト)は彼の援護に?」

「ああ、レベル二十前後とは聞いていたが、どの程度かは調べないといけないからな。実際にそれを討ちに来た戦力と死の騎士(デス・ナイト)と戦わせてみようと思っただけだ」

 

 なるほどね、と呟きながら、アインズがその戦士長を気に入っていたことをラストは気付く。不器用だなぁと内心だけで苦笑いをし、そっとそこには触れないでおく。

 元々、目の前のモモンガは強い意志を持つ人間に憧れを抱きやすかった。それはモモンガが尊敬した一人の純白の聖騎士からも分かったことであった。

 

「それじゃあ……っと、村長が来たようだ」

 

 これから自分たちがどうするのかを話し合おうというタイミングで、村長たちがやってくるのがラストの探知に引っかかる。

 そのすぐあとに、息を切らした村長が部屋の中に入り込んでくる。

 

「アインズ様。私たちはどうすればよろしいのでしょう? ……何故、戦士長殿は私たちを守ってくださらず、村を出て行かれるのでしょう」

 

 村長の声には恐怖だけではなく、見捨てられたという怒りが隠し切れていなかった。

 守られるだけをよしとする、その姿勢に対して。さきほどの村人を守るために、寡兵で敵に向かっていく彼の姿勢と比べて、僅かに不快な感情を抱く。

 

「村長殿、村を取り囲んだ者たちの目的は戦士長の暗殺でした。つまり、彼らはこの村を戦場としないために、出て行かれたのですよ?」

「なんと……! そんな、勝手な想像で私は……」

 

 善良な人物ではあった。

 戦う力を持たず、ただ守られるだけの自分たち、そんな自分たちを守るためだけに、決死の覚悟を持って戦いの挑む戦士長を、己たちを見捨てたと思い込んでしまった自分を恥じたのだろう。

 

「私たちは……これからどうすればよいのでしょうか」

 

 村長が項垂れるようにしながら、ラストとモモンガへと言葉を絞り出す。

 

「私たちは今まで、森の近くに住んでいましたが、決してモンスターに襲われることはありませんでした。今まで幸運だっただけなのに安全だと勘違いし、自衛という手段を忘れ、結果、村人は多くが殺されました……」

 

 それは後悔であった。日々を安寧に過ごし、生きていることが当たり前であると勘違いしたことへの。それは、村長だけではなかった。親しいものを失った村人、目の前で大切なものを奪われたエンリも同様であった。

 アインズからすれば、彼らを慰める義理もなければ、それを言うだけの資格もないと口を閉ざしていた。

 ラストはそんな村長に声をかける。それは試練を課す天使のようでもあり、しかし迷えるものを導かんとする天使のようでもあった。

 

「村長殿、恥じることはありません。今まで、それでよかったから、今までが大丈夫だったから。そう思ってしまうのは、仕方が無いことです」

「……」

「ですが、忘れてはいけない。奪われた悲しみを、守れなかった後悔を。そして、今生きているあなたたちが何をできるかを、考えなさい」

 

 ラストの言葉が、優しく村長とエンリの胸へと溶けていく。そして、村長はその言葉を呑み込むように、俯く。そんな村長の様子にアインズは嘆息しながらも、自分たちも行動を開始する。

 

「さて、村長殿。お悩みのところ申し訳ないが、村人の皆さんを大きめの家屋に集めてください。私の魔法でちょっとした防壁を張っておきましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 馬の蹄から伝わる振動が心地よかった。

 何の憂いもなく、ただ眼前の敵にだけ、ガゼフはその意識を集中させる。

 隣には馬の脚と並走する漆黒の騎士が居た。その顔は生者のそれではないが、ただ今はその凄まじい身体能力がガゼフには心強かった。

 

「敵に一撃を加え、村の包囲網をこちらに引き寄せる! しかる後に撤退だ。そのタイミングを逃すなよ」

『はっ!!』

「行くぞ! 奴らの腑を、喰い散らしてやれ!」

 

 こんな愚かな指揮官に付き従ってきてくれた部下に、ガゼフは心に熱いものがこみあげてくる。

 ガゼフは背中の弓を取り出し、引き絞る、狙いは頭部、必殺を持って。しかし、敵の頭部へと寸分違わずに放たれた矢が、何の効果も示さずに弾かれる。

 魔法によって守られていることに、ガゼフは舌打ちをしながら弓矢を捨てる。目くらましにもならない以上、荷物になるだけであるからだ。

 前方に居た敵の一人が、こちらに手を向けてくる。魔法と思い、ガゼフは体勢を引くくし身構える。しかし、その対象はガゼフではなかった。

 

「どう! どう! どう!」

 

 突如として馬が制御を失う、上体を持ち上げ、それとともにガゼフの身体も一瞬重力から解放される。ガゼフは馬から放り出される前に、手綱を引き、なんとか落馬を避ける。

 しかし、馬はガゼフの指示に従わず、動き出そうとはしない。

 精神支配系の魔法とガゼフは思い至り、その対策をしなかった自分へ悪態をつきながら、馬から飛び降りる。並走していた死の騎士(デス・ナイト)がガゼフの隣へと守る様に並び立つ。

 そして、部下たちが二人を避けるようにして分かれ、先へと進んでいく。部下の一人が速度を落とし、自分に手を差し出してくる。しかし、それよりも先に空中から天使が襲い掛かってくる方が速かった。

 ガゼフは剣を抜き放ち、一閃。

 王国最強であり、周辺国家にも並ぶ者は居ないと謳われるその剣閃は、まさに全てを両断する勢いがあった。しかし、天使の肉体に深く食い込むも、絶命までには至らない。

 

「ヴォオオオオオオオオ!!!」

 

 ガゼフの横で、死の騎士(デス・ナイト)がその剣を振るう。ガゼフと同じく、その一撃は風を斬り、そのままの勢いで天使を両断してしまう。そのまま雄たけびを上げ、迫りくる天使へと再びその剣を振るう。

 

「……心強いな……これは」

 

 奮迅の活躍を見せる死の騎士(デス・ナイト)に、ガゼフはその力と、それを躊躇いなく貸してくれた魔法詠唱者(マジック・キャスター)の懐の深さに感謝した。

 そして、ガゼフも負けていられないと武技〈戦気梱封〉を使用する。刀身に微かな光が宿る。その力を込めた隙を狙うように、天使が剣を振りかぶる。

 

「──遅い」

 

 しかし、それはガゼフからすれば緩慢にすぎた。先ほどと同じように一閃。その一撃は先ほどとは違い、天使の身体を容易く両断する。ガゼフは消えゆく天使から目を離し、顔を持ち上げる。

 

「魔法ってのは何でもありか」

 

 そこには先ほど見たよりも数を増やした敵。天使も、それを召喚する者たちも。それは本来なら絶望に足る光景なのであろう。しかし、今のガゼフには力強い味方が居る。それはともすれば、今まで自分に付き従ってきた部下たち以上に、己の背を預けるに足る騎士であるだろう。

 

「言葉が通じているとは思わんが、それでも、言わせてくれ」

「……」

 

 当然、ガゼフは明確な返事を期待していなかった。独り言のようなものであり、自分に比肩する騎士と肩を並べて戦えることへの感謝の言葉と共に戦う者への決意のような者であった。

 

「背中は任せたぞ──!」

「オオオオァァァアアアア!!」

 

 生者を呪うはずである叫びが、自身の言葉への返答に思えたガゼフは、笑みをこぼしながら剣に握る力を強める。そして、敵の背面、その向こうから向かってくる騎兵たちも目に入る。

 剣を抜き、馬を走らせ、雄たけびを上げながら部下たちが敵の目を引かんと突進を仕掛ける。自ら死地へと、吶喊する彼らは口々にガゼフのことを叫んでいた。

 

「包囲が縮まったら撤退だと言っただろうが。……本当にバカで、本当に……自慢の奴らだ」

 

 共に戦い、死ぬ覚悟。遠目にでもその意思を感じ取ったガゼフは、その心が熱されるように熱く燃え上がるのを感じていた。それと同時に、優れた戦士としての冷静な思考が判断する。

 これが勝機であると。部下が命懸けで作ってくれる、最大にして最後かもしれない勝機であると。

 

「おぉおおおおおおお!!」

 

 ガゼフが駆ける。狙うは敵の指揮官。周囲の天使と兵士たちは背面からの突進に対処している今、足の筋肉が込められた力に比例して膨れ上がる。地を大きく削りながら、身を低くして駆ける様はまるで獣のようでもあった。

 当然、ガゼフを止めようと天使たちと法国の兵士たちが動きだす。しかし、ガゼフはそれを一顧だにしない。

 

「ヴォォオオオ!!」

 

 ガゼフの動きを止めようと動き出した天使が、死の騎士(デス・ナイト)によって切り伏せられる。ガゼフの身を守るように、その巨大な盾で放たれる魔法を弾き飛ばす。

 

「ち、より多くの天使で囲め! 後ろから来た雑兵は天使ではなく魔法主体で蹴散らせ! 天使を失った者は再召喚を速やかに行え!」

 

 法国の指揮官が冷静に指示を出す。敵ながらその判断は間違ってはいないと、ガゼフは目の前に並ぶようにして天使たちが囲い込むようにして距離を詰めてくる。その数は三十、幾ら死の騎士(デス・ナイト)が守り優れた騎士であったとしても、数が多すぎた。

 

「邪魔だぁああああ!!」

 

 判断は一瞬、ガゼフは道を文字通り切り開くべく、自身の切り札たる一撃を繰り出す。ガゼフ・ストロノーフが王国最強であり、英雄の域であると証明する一撃にして六の剣閃。

〈六光連斬〉

 最も近い六体の天使が光へと還る。しかし、天使はさらに数が多い。ガゼフは止まることなく、次の武技を発動させる。

〈即応反射〉

 攻撃後の身体を無理に動かし、次の攻撃を放つことのできる態勢へと整える。強引に動かした体にミシリと、心地悪い音が響くことを自覚しながら、ガゼフは攻撃を止めない。

〈流水加速〉

 そのまま流れるような動きで、向かってきた天使たちを斬り飛ばす。その光景はまさしく人の領域を超えたとも言え、ガゼフの部下たちの間にも希望に満ちた空気が流れ始める。

 しかし、その希望を塗りつぶそうとするように、冷ややかな声が周囲に響く。

 

「見事だ。アンデットに頼ってまで、戦おうとする生き汚さには称賛しか覚えんよ。そこまで堕ちたか、ガゼフ・ストロノーフ。………天使を倒された者は再召喚しておけ。ストロノーフには魔法での攻撃を集中させろ、アンデットには私の監視の権天使(プリンシバリティ・オブザベイション)で対処する」

「舐めるなよ……」 

 

 先ほどの隙に敵の指揮官を倒せなかったことに、ガゼフは今回の闘いで何度目かわからぬ舌打ちを零す。敵に態勢を整えさせてしまった以上、天使を倒し、敵の魔法から耐えながら再び機を狙うしかない。

 しかし、その目に絶望はない。ただ、勝利への道を探る戦士の目しかなかった。

 




ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

死の騎士(デス・ナイト)先輩が居るだけで、ガゼフさんたちは戦況がかなり好転するのではと思っての、アインズ様からのご助力でした。
作者の中では、死の騎士(デス・ナイト)先輩が戦線に加わることで、トントン程度まで持っていけると思いながらも、勢い余ってニグンさんが倒されたらどうしようと思っておりました。

死の騎士(デス・ナイト)がレベル三十五。第四位階で安寧の権天使(プリンシバリティ・ピース)が呼び出されるので、ニグンさんの監視の権天使(プリンシバリティ・オブザベイション)もそれらと同レベル帯と考えまして、二体でなら死の騎士(デス・ナイト)先輩が防御寄りのモンスターであることやニグンさんのタレントも考えてギリギリ対処可能かなという推察でした。

次回 大天使エンリの怒りの炎がニグンさんを襲う

では、これからもよろしくお願いします。



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第七話

感想、お気に入り、評価、誤字報告ありがとうございます。
お待たせしました、第七話となります。
戦士長殿とデスナイト先輩、そして大天使エンリの活躍をお楽しみくださいませ。


では、駄文となりますが、よろしくお願いします。


 すでに限界であるはずである。これが英雄である者だとでもいうのか。スレイン法国の指揮官、ニグンは信じられないものを見るようにして、眼前の血まみれの男を捉えた。

 ガゼフ・ストロノーフは満身創痍と言っていい体でありながらも、その目は未だ輝きを失わず、数度短く呼吸をすることで僅かにでも息を整えようとしている。

 

「……しぶとい……これが王国最強の戦士か」

 

 既に部下の中には魔力切れ寸前となり、飛礫などで攻撃を加えるようにしている者たちも居る。ガゼフの部下たちも、多くは既に倒れ、傷が軽い者は重傷の者を庇うように前線から距離を取っている。

 その戦況にニグンは舌打ちを零してしまう。本来であれば、確実に殺すことができたはずである。

 王国の貴族を秘密裏に動かし、至宝と呼ばれる装備をはぎ取り、この僻地に少数でおびき出した。ガゼフの戦闘能力を見誤った訳ではない、ただその執念を見誤っていたのだ。

 

 そして何より、黒い巨躯を誇るアンデットの騎士の存在があった。

 

 その黒き騎士はこの戦場でまさに、イレギュラーとしての姿を現していた。

 炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)よりも高位の召喚魔法で呼び出され、さらにニグンの生まれながらの異能(タレント)によって強化された監視の権天使(プリンシバリティ・オブザベイション)。それを二体引き受け、さらに時折隙をつくように他の天使に攻撃までしていたのだ。

 アンデットならばと神聖属性の魔法を射ち込むも、その盾を破るには至らなかった。

 そして、時間をかけながらも二体の監視の権天使(プリンシバリティ・オブザベイション)を撃破してしまう。間違いなくこの戦場での戦功で一番を問うならば彼であろう。

 ニグンの完全な計算外とすれば、それはこの騎士であった。

 今も、黒い騎士が庇いたてる隙に、ガゼフの体力は幾らばかりかの回復をしてしまった。このままでは負けかねない、ニグンの脳裏に敗北の二文字がよぎる。

 

「幾らでもかかって来い! お前たちの天使なぞ、大したものではない!」

「オオオオァァァアアアア!!!」

 

 戦士長が吠え、それに呼応するように黒きアンデットも咆哮する。ニグンは自身の部下たちに動揺が走るのを感じながらも、そっと懐にある”至宝”に触れる。

 それはともすれば、国にとってニグンの命、さらに言えば陽光聖典そのものよりも価値があるかもしれないものである。

 逡巡は数秒。ニグンはやがて、こちらが消耗しきる前に決断をする。

 

「お前たち! 時間を稼げ! 最高位の天使を召喚する!」

『ハッ!』

 

 ニグンは懐から、一つの輝く水晶を取り出す。その輝きにこの戦場に居る全ての者が顔色を変える。

 法国の兵士たちの顔には勝利の希望であり、ガゼフと王国の兵士たちは相手が切り札を持ち出してきたことへの焦りであった。

 法国の兵士たちは間違いなく優秀であった。ニグンの指示に従い、動揺を即座押し殺し指示通りに敵に対して、天使を再召喚し、あるいは召喚していた天使を突撃させる。

 

 

 

 

 

 

 

「まずい……!」

 

 ガゼフも戦士として直感する、目の前のあの水晶、あれを解放させてはならないと。武技を使い、身体能力を上昇させながら駆けだす。死の騎士(デス・ナイト)がそれに合わせるように、ガゼフよりも速い足を活かして敵軍へと吶喊する。

 ガゼフはとうに限界を迎えている体に無理を言わせ、敵の指揮官を倒すためだけに動き出す。天使を倒すための武技も、数を払うための大技もここでは必要ではない。ただ、何よりも早く、敵を切り札ごと切り伏せることを目的とする。

 天使が群がり、その剣を突き立てんと迫る。ガゼフは被弾を省みずにさらに、あえて一歩先へと進む。それは串刺しを覚悟したわけではない。

 

「オオァ!!」

 

 黒い影がガゼフを包み込む。その盾は厚く、全ての攻撃を引き受け、その光の剣に貫かれた身体からは浄化されている証である煙が昇る。天使の波が、一瞬だけせき止められる。盾越しに睨む亡者の瞳に、表情を持ちえないはずの天使が動揺するように動きを止めてしまう。

 まさしく不退転が如く、一歩もその身を引くことはなかった。さらにはこの程度の攻撃かと、手に持つフランベルジェを振るい二体の天使を返り討ちにする。

 

「……恩に着る!」

 

 その一瞬こそが、ガゼフが何よりも求めてやまなかった好機。天使たちを潜り抜けてきたガゼフに法国の兵士たちに明らかな動揺が浮かぶ。それは今まで天使で壁を作り、遠距離から魔法を撃つだけだった者たちにとって、そして幾千もの戦場を剣で切り抜けたガゼフにとっては決定的な隙であった。

 

「これで、終わりだぁあああああ!!」

 

 大上段に振りかぶり、一撃を以てこの戦いを決さんと剣を振るう。まさしく、その剣は決着をつけるに相応しいものであっただろう。

 しかし、それは一コンマ、一秒にも満たない時間だけ遅かった。

 

「見よ! 最高位天使の尊き輝きを! 威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)

 

 水晶から光が溢れ、ガゼフの一撃と衝突する。英雄であるガゼフの一撃は容易く弾かれ、自らの攻撃の衝撃で大きく弾き飛ばされてしまう。

 

「ぐぅ……」

 

 着地のタイミングで受け身を取り、しかし、再度攻め込むことはできずに顔を上げる。側に寄ってくる黒い騎士が低く唸り声をあげる。

 そして、ガゼフは召喚されたそれを目にしてしまう。

 

 それはまさしく、神の威光を世界に示すために使わされた天使であった。

 

 光り輝く翼の集合体であり、王権の象徴たる笏を持つ手以外、すべてがその翼の内側へと隠されている。異様な外見であるが、その場にいる誰もが、その存在が聖なるものであると感じ取っていた。

 戦場が聖なるものに満たされる。

 至高善である最高位の天使に、ニグンは感嘆の言葉を漏らす。それはニグンの部下も同様であり、誰もが戦場でなければ膝をつき祈りを捧げていただろ。

 

「……くそ……」

 

 ガゼフは急激に自分の中からナニカが失われていくのを感じた。それは勝利への渇望であり、この国の敵を倒し、民を守るという意思に支えられた戦意であった。鋼と呼ぶにふさわしい精神を持つガゼフをして、目の前の存在はそれだけの力を感じさせる存在であった。

 

「せめてもの情けだ。ガゼフ・ストロノーフ、貴様の闘いぶりに免じ、苦しみなく一撃で殺してやろう。……<善なる極撃(ホーリースマイト)>を放て!」

 

 威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)が召喚主の指示に従い、その笏を振るう。第七位階という人智を超えた魔法を、独力で発動させる。

 その光が収束する一瞬、ガゼフは村に居るアインズと名乗った仮面の魔法詠唱者(マジック・キャスター)のことを思い出した。それが何故かは、ガゼフ自身にも分らなかった。

 そして、究極クラスの魔法が、ガゼフの頭上へと降り注ごうとした。

 

「な……?」

 

 ガゼフは、どん、と何かに突き飛ばされた。それが誰かを確かめるよりも早く、ガゼフの視界に光が溢れる。目を潰さんばかりに、その光に思わず目を瞑ってしまったガゼフの耳に、この場において聞き慣れた呻き声のような、呪詛の声が聞こえてくる。

 

「馬鹿な!? 最高位天使の魔法に、耐えただと!?」

「き、貴殿は……」

 

 光が収まったその場に立っていたのは、黒き騎士。

 未だう呻き声のような声を挙げながら、ガゼフを庇うようにしてそこに立っていた。しかし、その身は既にいつ崩れ落ちてもおかしくはなかった。盾は消し飛び、剣も失われ、その鎧の大部分はその体と共に浄化されながらも、その騎士は立っていた。

 弱点である神聖属性、それもアンデットであるならばその罪深さから同格はおろか格上すら滅ぼす一撃を受けて、なおその死の騎士は健在。

 

「ありえん! ありえるはずがない! 魔神と単騎で闘える最高位の天使の魔法だぞ!!」

 

 ニグンが狂ったように叫ぶ。その様を笑うように、黒き騎士は脚を進める。

 ガゼフは察していた。その身がもう一撃、それこそ自身が振った剣の反動ですら消え去りかねないものとなってしまっていることに。

 それでもなお、目の前の騎士は敵を倒さんと歩みを止めていないのだ。

 

「もう一度だ! もう一度<善なる極撃(ホーリースマイト)>を放て!」

 

 ガゼフは己を奮い立たせる。もう一度、あの極光には彼は耐えられないだろう。いやむしろ、先ほどの一撃を耐えたことが奇跡なのだ。

 ガゼフは剣を握る。呼び出された天使そのものには敵わない、しかし、敵の召喚主であれば話は別である。

 

「させるかぁああああああ!!!」

 

 ガゼフは立ち上がり、駆け出さんと身をかがめる。その瞬間であった、すぐ横、耳元から声がかけられた。

 

 

 ────そろそろ交代だな。

 ────ああ、行こうか。アインズ

 

 

 ガゼフの視界が切り替わる。夕暮れに染められた平原ではなく、土間を思わせる素朴な住居の一画のような光景。

 周囲を見れば、部下たちが倒れており、村人たちが心配そうにこちらを見ていた。

 

「こ、ここは……」

「ここはアインズ様が魔法で防御を張られた倉庫です」

「そんちょうか……、ゴ、ゴウン殿の姿が見えないが……」

 

 急激に切り替わった世界に、思考が追い付かない。目の前に居るのは敵ではなく、守るべき村人たちと誇りである部下たちなのだ。

 

「いえ、先ほどまでここにいらっしゃったのですが、戦士長さまと入れ替わるように姿が掻き消えまして」

 

 ガゼフは全身から力が抜ける感覚に、剣を取りこぼしてしまう。ふと、腰の革袋に入れていた木の彫刻を取り出した。そして、それは役目を終えたかのように光となって溶けていく。

 そして、ガゼフも緊張が抜けるように、地面へと倒れてしまう。

 己にできることはすでにない。あの強大な力を持つ魔法詠唱者(マジック・キャスター)ならば、必ず勝利をするだろう。

 そんな確信と共に、ガゼフの意識は泥のように沈んで行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 天使が放った極光が収まる。それが憎たらしい黒き騎士を跡形もなく消失させていることに、ニグンは安堵を抱く。しかし、ニグンはさっきまで居たガゼフ・ストロノーフの姿が無くなっていることに気づく。

 ニグンは突如として消えたガゼフ・ストロノーフの姿を探した。

 その男が居たはずの場所には、三人の人影があった。それは先ほどまで存在していなかったものではなかったことが、ニグンをさらに困惑させた。

 一人は仮面を被った魔法詠唱者(マジック・キャスター)風の男。

 一人は夕暮れの中でもなお赤く、燃え上がるような髪に黄金色の瞳を持った、純白の翼を持った村人のような格好をした少女。

 そして、その二人を守るように頭上を飛ぶ少女と同じ翼を持った天使。その美麗な表情を微笑みのまま固定した、ニグンも知らない天使たちであった。

 

「貴様、ガゼフ・ストロノーフをどこにやった?」

 

 ニグンは目の前の魔法詠唱者(マジック・キャスター)がガゼフを隠し、さらに天使を召喚したと判断する。自身たちの知らない天使であり、その姿が人のものとほぼ同じであることに疑問を抱いたが、ニグンの元には最高位の天使、権威の主天使(ドミニオン・オーソリティ)が居ることが態度を大きなものへとさせていた。

 

「はじめまして、スレイン法国の皆さん。私の名前はアインズ・ウール・ゴウン。アインズと親しみを込めて呼んでいただければ幸いです。戦士長殿ですが、皆さんとお話をするために一時的に村の方へ引き下がっていただきました」

 

 その声はなんら緊張感と言うものが抜けていた。ニグンはそのことに薄気味悪さを覚える。しかし、それを確かなものとする前に、目の前のアインズと名乗った魔法詠唱者(マジック・キャスター)は言葉を続ける。

 

「そして隣に居るのがエンリ・エモット。頭上ですました顔をしているのはラストと言います。まずは皆さまと取引がしたいのですが、少しばかりお時間をいただけないでしょうか」

 

 疑問は尽きない、ゆえに、この会話で一つでも情報を引き出さんと、ニグンは顎をしゃくるようにして続きを促す。それとともに、権威の主天使(ドミニオン・オーソリティ)にいつでも魔法を撃てるように指示を出しながら。

 

「素晴らしい。……お時間をいただけるようでありがたい。さて、もう日が落ち始めておりますし、要件だけをお伝えしたいと思います。まず、皆さんでは私には勝つことはできません」

 

 ニグンはそんな世迷言を言い放つ魔法詠唱者(マジック・キャスター)に嘲笑を隠せなかった。彼我の実力を測ることもできないのかと。アインズという魔法詠唱者(マジック・キャスター)がニグンの中で最大級の愚者と位置付けられた。

 

「無知とは哀れなものだな。この権威の主天使(ドミニオン・オーソリティ)の偉大さすら分らぬ異教徒なだけはある。すぐにその愚かさの代償を支払うことになる」

「……さて、それはどうでしょう? 私たちは皆さんの戦いを全て観察していました。その私がここに来たというのは必勝という確信を得たから。もし、皆さんに私が勝てないようだったら、あの男は見捨てたと思われませんか?」

 

 確かに、とニグンは思うが、それ以上に側にいる最高位の天使がその可能性を叩き潰した。目の前の敵に何一つとして勝機は存在していないのだと。目の前の愚かな魔法詠唱者(マジック・キャスター)は姿を隠す魔法でガゼフ・ストロノーフを隠し、この問答もただの時間稼ぎにすぎないと。

 

「それを理解してもらったところで質問があります。まあ、確認程度ですのでお答えしていただかなくて───」

「やはり、貴様の取引とやら聞くことはないな。それより、こちらの質問に答えてもらおう。ストロノーフをどこにやった?」

 

 喋る男を遮り、絶対な上位者としての傲慢さを滲ませながらニグンは笑う。まだそう遠くにまで逃げられていないだろう。最高位の天使の力があれば容易く追いついて殺すことができる。

 

「人が話している最中に、それも一度は了承したのを遮って……」

「ふん、同等の立場ではないから当然のことだ。それで? ストロノーフはどこにやったんだ?」

「村の中へ、と先ほど述べたと思いますが。私の魔法で村の中へと転移させたのですよ」

「……何? 愚かな。偽りを言ったところで、村を捜索すれば分か────」

「────偽りなど滅相もない。お聞きになったからお答えしましたが、実は素直に答えたのにはもう一つ理由があります」

「……命乞いでもするか? 私たちに無駄な時間をかけさせないというのであれば、考えよう」

「いえいえ、違いますとも。……実は、お前たちにはある実験に付き合って欲しくてな」

 

 嘲りを含んだニグンに対し、アインズの口調と雰囲気が一気に変わった。既にニグンから興味を失ったかのような、取るに足らない虫けらにでも向ける様な感情を、ニグンはアインズから感じ取った。

 

「エンリ。後はお前の時間だ、好きにするといい」

「はい」

 

 アインズに代わり、天使の翼を持った少女が前に一歩歩み出した。それに対応するように、ニグンも権威の主天使(ドミニオン・オーソリティ)を自身の前へ出す。

 

「あなたたちは……あの村をどうするおつもりですか?」

「なに? ……天使が喋る……? まあいい、知れたことだ。我々の存在を知られるわけにはいかないからな、皆殺し以外あるまい」

「……そうですか」

 

 ニグンの答えに、エンリの黄金色の目に何か決意を秘めた色が宿る。それは守るために剣を振るった、先ほどまで手こずったあの王国最強の戦士と同じものであった。

 そして、今まで静観していた男の天使が口を開く。その声は美しき調のようであり、戦場であると言うのに、優美な天上の宮殿を思わせる。そんな美しい声であった。

 

「では、アインズ、エンリ。始めよう」

「ああ。そうだな、何かあれば私たちがすぐに助けに入る。だから、充分に勝てるはずだ」

「分かりました。ラスト様、アインズ様」

 

 エンリが翼を広げ、重力と言う楔から放たれる。そして、天使としての力を解放する。ぼぅっと、エンリの周囲の空間が歪んだようにニグンは見えた。

 

「行きます!」

 

 赤熱を帯びた髪から、火の粉が散り、周囲の気温を上昇させる。ニグンにエンリの周囲が歪んで見えたのはそれだけの高熱が、エンリを包み込み始めていたからだ。

 エンリが右手を突きだせば、その手には燃え上がる炎そのものが剣を形どった。ニグンは、エンリと言う天使が脅威であると感じざるをえなかった。

 しかし、こちらには最高位天使が居る。

 

権威の主天使(ドミニオン・オーソリティ)! 身の程を弁えない者たちに己の分と言うものを知らせてやれ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 天使となったことで、エンリは自分が今までではあり得なかった力を得てしまったことを自覚していた。そして、それが自身の精神に少なくない影響を与えているということも。

 それは戦うこと、命の奪い合いに対する忌避感が薄れてしまったこと。

 もちろん、エンリ自身は争いごとなどしたことはないし、今も望んでしたいとは思っていない。しかし、自分の大切な妹や、村長を始めとしたカルネ村の皆を守るためであれば、この力を振るう事に躊躇いはなかった。

 

『ですが、忘れてはいけない。奪われた悲しみを、守れなかった後悔を。そして、今生きているあなたたちが何をできるかを、考えなさい』

 

 宙を駆けるエンリの脳裏に、ラストの言葉が思い返される。その言葉は、エンリに己が何を為すべきかを教えてくれた。

 炎がエンリの身を包むようにして、さらにその熱量を上昇させていく。

 

「私が……皆を守る!」

 

 炎が剣を形どった一撃を、戦闘本能に任せて振るう。天使に転生しことは、天兵たる断罪の能天使(パワーズ・ジャッジメント)に必要な技術、剣の振るい方、効率的な戦い方まで授けていた。

 ラストの授けた羽根は、エンリに戦うために必要なことを教えてくれた。

 

 敵を焼却させんと、炎が奔る。

 

 断罪の能天使(パワーズ・ジャッジメント)はそのステータスが攻撃に大きく傾いているモンスターであり、その攻撃力は実質四十レベル以上を誇っている。

 その特徴はエンリにも表れており、その中には大きなデメリットが存在しながらもお釣りが来るほどの大きな攻撃力を得る特殊技術(スキル)が存在していた。

 一つは大量のHPロスを受けることによって、それに比例して攻撃力を上昇させるものである。エンリは目の前の天使を確殺せんと、その特殊技術(スキル)を発動させていた。

 目指すは一撃。炎が自身の身体を焼く感覚に顔を歪めながらも、炎剣を振りぬく。その炎剣は防御に使われた笏を焼き切り、その翼に覆われた身を大きく削る。

 勝利を信じて疑っていなかったニグンは、その光景に顔を驚愕で歪める。

 

「まだ、終わりじゃありません!」

 

 エンリが突き刺したままの炎剣に力を籠める。そしてもう一つの断罪の能天使(パワーズ・ジャッジメント)の切り札を発動させる。

 突き立った炎の剣が膨れ上がり、エンリの身体ごと巨大な爆発を巻き起こす。

 いわゆる自爆技、先ほどのHPロスを前提とする特殊技術(スキル)と合わせて使用すれば、一気にエンリ自身が瀕死になってしまう程の捨て身の一撃である。

 

大治癒(ヒール)

 

 エンリの背中から、暖かい光が包み込む。炎と爆発の衝撃に意識が飛びそうになる中、傷が癒される感覚にラストの顔が思い浮かんだエンリは笑みを浮かべる。

 空いた左手に、もう一度炎剣を呼び出す。その炎は先ほどと同じくエンリの身体ごと天へと届かんばかりに燃え上がる。

 

「これで! 止め!!」

 

 二度目の自爆技。エンリの全身が再び爆炎に包まれる。激しい痛みに、エンリは歯を食いしばる。しかし、この程度の痛み、両親を失った時に比べれば、と根性で我慢する。

 元より、素手でその怒りから騎士へと拳による一撃をお見舞いするだけの気概があったエンリである。守るためなら、大切なものを奪われんとするためなら、エンリは自身をどれだけ傷つけてもかまわなかった。

 そんな息をつかせぬ決死の連撃に、権威の主天使(ドミニオン・オーソリティ)は悲鳴にも似た声を上げ、その身を光の粒子へと変えていく。それは権威の主天使(ドミニオン・オーソリティ)が敗北を示すものであり、エンリが勝利した証であった。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 その身は既にボロボロである。美しかった純白の羽根は焼け焦げ、衣服もただの村人の服であったため大半が燃え既に服の体を為していない。

 しかし、その燃え上がるような赤い髪と強い意志を宿した黄金色の光は輝いていた。そこには、魂までも燃やしている凄絶な美しさがあった。

 燃ゆる火の粉が、日の光が夜へと追い立てられていく世界を赤に染め上げていた。

 ラストと、そしてアインズはその勇猛な天使、つい数刻前まではただの村娘だったエンリに関心とも、感動とも言えるような感情を抱く。

 

「馬鹿な! ありえん! 最高位の天使だぞ! 人の身では召喚できない、そんな存在なんだぞ!」

 

 一呼吸もしない内に消え去った最高位の天使に、ニグンは絶叫にも似た声を上げる。そして、エンリの炎の剣が向けられると共に、ひぃ! と腰を抜かしてしまい、倒れ込んでしまう。その目は揺れ、過呼吸を引き起こす。

 最高位の天使と信じていたモノを消し去られた彼らは、既に目の前の天使からの断罪を待つ罪人でしかなかった。

 

「降伏をしてください……。まだ私は、人を殺めたくありません……」

 

 ただの村人であった少女は、この瞬間をもって完全なる天使へと転生を遂げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(あれ、ラストさん。あなた彼女にバフかけました?)

(いや、攻撃系のバフは何も。せいぜいが死んだら即時全快蘇生する聖者の復活(イースター)をかけてたくらいですよ)

(あんたの切り札じゃねぇか! しかも一日に一度しか使えないタイプの!)

(いやだって、流石にエンリちゃんのステが攻撃寄りで、俺たちが相手が魔法を撃ってきたときに打ち消すとしても万が一があるじゃないですか)

(はぁ……まあいいです、一概に間違った判断でもないですし。ひとまず、完全に戦意喪失したみたいですし。いいですよ。それにしても、断罪の能天使(パワーズ・ジャッジメント)ってあそこまで火力ありましたっけ。権威の主天使(ドミニオン・オーソリティ)を瞬殺するとはさすがに思ってなかったんですが)

(そうですねぇ、私の自軍強化系の常時発動型特殊技術(パッシブスキル)のせいかもしれませんけど……まだまだ要検証ですかね。エンリちゃんの資質とか、リアルになったならそう言った要素が絡んでいる可能性もありますし。それに、スキル自体が強化されてるかもしれませんからね)

(また勝手に天使増やさないでくださいよ? 本当にびっくりしたんですから)

(すいませんでした……)

(ひとまず、完全に戦意喪失したみたいですし、八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)を呼んで運んでおいてもらいましょうか)

(了解です)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「流石は至高の御方々。ここまでお考えだったとは……」

 

 アインズ達がカルネ村に向かっている間、守護者たちは、二人の様子を遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)を使い見守っていた。

 たった今、ただの村娘であったエンリが格上のモンスターを焼却したのを見納めたデミウルゴスが感動を零してしまうようにつぶやく。

 

「ドウイウコトダ? アインズ様トラスト様ガ、村娘ト騎士ノ死体を眷属ニシタノニハ何カ深イ意味ガアルノカ、デミウルゴス」

「ああ、もちろんだ。御二方が今回頑なに供を拒否した理由も、ここまで深い意図があったなんてね」

「そうでありんすねぇ。現地で眷属を作る予定でありんしたのかしら?」

「それだけじゃないさ、シャルティア。アインズ様とラスト様は、現地の、それこそ脆弱な人間ですら、あれだけの力を持つ眷属へと変わるものだということをお示しになられたのさ。実際、あの村娘はラスト様の御手自ら天使になったことで、本来レベルで勝るはずの敵を二撃で屠れるようになってしまったからね」

 

 その答えに、コキュートスは興奮したように冷気の息を吐き出す。武人であることを望まれ、また己も一振りの剣でありたいと願う彼は、二つの戦いに感じるものがあったのだろう。

 

「君たちも、あの人間たちを見て……っと、一人は既に天使だけど、何か感じるものがあっただろう?」

「アノ戦士長と死の騎士(デス・ナイト)の連携ハ見事デアッタ。ソシテ、敵ガ格上デアルト感ジナガラモ決死ノ覚悟デ自身ノ身体ヲ燃ヤシナガラ剣ヲ振ルッタアノ娘モ、マタ敬意ヲ払ウニ値スル」

「私はその辺分かんないけどさ。ただ、人間たちもアインズ様やラスト様の役に立つってことは分かったよ?」

「そ、そうだね、お姉ちゃん。でも、あの天使になった人、凄いよね。レベル差が結構あるはずなのに、倒しちゃうんだもん」

「当然よ! だってラスト様が自ら転生させたんだから! ただの天使なわけないじゃない」

 

 アウラが目の前での戦いが面白いゲームだったとばかりに、身体をソファに持たれかける。ただ一人、アルベドだけは鏡の向こうのエンリと言う娘にあまりよろしくない目を向けていた。どろりという表現が合うようなその瞳は悪魔であるデミウルゴスをして寒気を覚えてしまいそうになるほどであった。

 

「ラスト様の眷属……いや、羽根を分けた娘……つまりは、私の娘?」

「……」

 

 デミウルゴスは頭痛がするような感覚を覚えながらも、後であの村娘には、アルベドのことを母親と呼ぶように忠告しておかないと、と心にとどめておく。

 守護者の様子を見れば、総じてエンリ・エモットという元人間に好意的であった。それはつまり、ナザリック外の存在でありながら、その勇気を、その力を、その覚悟をある程度認めさせたということである。

 デミウルゴスは将来、ナザリックの増強という意味でも、至高の御方々が人間を含めた外の世界に価値を見出していることに思い至る。ナザリックの多くは異形種であり、総じてそれ以外の評価は低い。それは一般メイドたち戦闘能力を持たないものも含めてだ。

 ナザリック至上主義、それはデミウルゴスも当然の義務であると考えているし。ナザリックの者たちでそうじゃない者は守護者として誅罰を下さねばならない。だが、それが慢心や驕りを生み出してはいけないということを、御方たちは伝えたかったのだろう。

 そして、守護者たちの意識は今、程度の差はありながらも修正された。至高の御方々は見抜かれていたのだ、人間を侮るその愚かな思想を。それは至高の御方々が目指す世界征服にとって、大きな足かせになりかねない感情を。

 

「皆、これでアインズ様とラスト様のお考えは分かったと思うが、人間も含めて、外の世界の敵を侮るということはできなくなっただろう? いやはや、まさに目から鱗と言うべきだね」

「そうでありんすねぇ。わたしも、現地で活きがいいのが居たら眷属にしようと思わされたでありんす。ちょっと外が楽しみになってきたでありんすね」

「ワタシモ、外ノ世界ノ強者ニ興味ガ沸イタ。実力ダケデハナク、弱クトモ立チ向カウソノ心ニ」

 

 つまりは、人間の有用性、そして侮りがたさ、それをこの作戦で余さず守護者たちに伝えたのだ。

 ナザリックが、選ばれし資格を持ち得る人間を受け入れる下地。そういった意味でもあのエンリ・エモットという少女は価値があるだろう。

 デミウルゴスは自身では考えつきもしないその叡智に、更なる忠誠と敬服を払うのだった。




ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

前半はデスナイト先輩大活躍回でした。
ボロボロになりながらも戦士長を庇い、最後はHP1になりながらも光の極太ビームに耐えきる。まさに騎士の鏡。けど流石に最高位天使には勝てませんでした。

後半は大天使エンリちゃんの断罪がニグンさんたちに振り下ろされました。火力特化の捨て身モンスター、ユグドラシル時代もレベルで無効化するスキルを持って無い敵に波状自爆攻撃をしていたのでしょう。
まだ覇王の称号は付きませんが、大天使炎莉は名乗っても許されると思います。
目指せ覇天使炎莉。まずは打倒(ネタバレのため自重)!

そして、大天使炎莉のお陰で、守護者内での人間を含む外の世界の評価が上昇しました。人類さんにはハードモードになった可能性も上昇しました。
外の世界の人間も、捨てたもんじゃないな程度ですが、それでも十分すぎるでしょう。流石至高の御方々、ここまでお考えとは。

では、今回はこの辺りで、これからもよろしくお願いします。


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第八話

感想、評価、お気に入り、誤字報告ありがとうございます。
お待たせしました。第八話となります。

今回はオリキャラが出てきます。ご了承くださいませ。


 村へと戻ったのはアインズだけであった。戦士長たちが居る以上、ラストとエンリは面倒の種にしかならないと判断したからだ。ラストはエンリをこっそりとカルネ村へ連れて行ったらそのままナザリックに先に戻っておくと言っており、アインズもまた守護者たちへの説明もあるだろうと許可を出した。

 村へと戻ったアインズを村長を含めて、多くの人が取り囲む。

 村人総出での無数の賛辞や感謝の言葉を受けている中、ガゼフ・ストロノーフが姿を見せた。

 

「おお、戦士長殿。ご無事で何より。もっと早くにお救いできればよかったのですが、何分時間のかかるアイテムでしたので、申し訳ない」

「いや、ゴウン殿感謝する。私が助かったのは、あなたと、あなたの騎士のお陰だ。……ちなみに、彼らは?」

 

 その身に傷の無い個所を探す方が困難という有様の戦士長では、あったが、それはむしろ戦士と言う彼の価値を高める勲章のようでもあった。

 アインズは努めて、何の感情も抱かないように淡々と戦士長に答える。

 

「ああ、彼らでしたら追い返しましたよ。流石に全滅させるのは無理でした」

 

 無論、嘘である。陽光聖典の者たちは全員がナザリック地下大墳墓へと送られており、デミウルゴスがその後を引き継いでいるはずである。

 ガゼフはアインズの答えを聞くと、驚きに目を見開き、そして深く息を吐く。

 

「お見事。幾たびもの危険を救ってくださったゴウン殿に、この気持ちをどう表せばよいのか。王都に来られた時は必ずや私の館に寄ってほしい。歓迎させていただきたい」

「そうですか。では、そのときはよろしくお願いします」

「そういえば、あの騎士殿は……?」

 

 ガゼフは薄々察しながらも、聞かずにはいられなかった。あの光に、自分を庇い呑まれてなお立っていたあの騎士のことを。

 

「彼なら、仕事を終え、帰るべき場所に戻りましたよ」

「……そうか」

 

 礼のひとつだけでも、言いたかったのだがな。ガゼフは心の中だけで思い、彼の騎士に魂の安らぎがあらんことを、信じても居ない神に祈るだけにとどめた。

 彼の騎士が役目を果たしたというのなら、それは惜しんだとしても、間違いではなかったのだろう。

 

「では、ゴウン殿はこれからどうされるのかな? 私は部下たちと共にこの村で休ませてもらうことになっている」

「そうですか。私はこれから出立するつもりです。どこに行くかは決めておりませんが」

「もう夜。この中を旅するのは……いや、失礼。ゴウン殿のような強者には不要な心配でしたな。では、王都に来られたときは是非に」

 

 アインズは、ガゼフに頷きを返し、今日、この村ですべきことは終わったと判断する。なんだかんだと予想外の出来事が重なり、少々長居をしすぎてしまったとアインズは思った。

 何より、早く家に帰って休みたかった。

 

「帰るかぁ。家に」

 

 アインズは、仕事が終わり、家路につく時のような小さな声で呟いてしまうのだった。それはどことなく、現実(リアル)で営業を終えた後のようだなと、思うアインズであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カルネ村への外地調査から一日経った後、諸々の報告会を終えたアインズとラストは何故か感動をしている守護者たちに首をかしげながら、ひとまず戦士長たちがカルネ村から離れるのを待つことにした。

 そんなアインズの私室には、キングサイズよりも広い、巨大なベッドが存在している。

 アインズ一人では使い切れず、もしアインズは自分が寝れるとしても、こんな高価なベッドじゃ逆に寝れなくなりそうだという感想を抱くほどに立派なものである。

 そのベッドに、骸骨と天使が身体を投げ出して、あーとか、うぼあーとか唸っていた。

 アンデットであるアインズは本来、疲れを感じないはずではあるが、ナザリックのNPCたちが向けてくる忠誠心やそれに応えようとするプレッシャーなどの精神的な疲労まではカバーしきれていない。

 ラストも同様に、精神的な疲労も感じている上に、天使はアンデットと違い疲れを感じるのだ。

 

「すっげぇ疲れたぁ。いや、アンデットだから肉体的じゃなくて、精神的に」

「私は両方ですよ、モモ……アインズさん」

「気を付けてくださいねー、守護者たちの前で呼び間違えるのもアレですし。あー、ベッドの柔らかさに寝れそうなのに寝れないー」

「アンデットですからなー。あ、寝落ちしそう」

 

 二人を見守っているのはアインズが改めて呼び出した死の騎士(デス・ナイト)だけであった。戦士長とともに戦い、天使に消滅させられた死の騎士(デス・ナイト)が明らかに時間を超えて存在していたから、実験を兼ねて呼び出したのだ。

 二人がゴロゴロだらだらとしているのは、死の騎士(デス・ナイト)が消えるまでの時間を待っていたこともあった。

 

「あ、死の騎士(デス・ナイト)消えた」

「となると、やっぱ死体が原因ですかね」

「ですかねぇ。……よっと、寝てたらほんと寝落ちしちゃいそう」

 

 ラストがベッドから立ち上がり、伸びをするように翼ごと背中を伸ばす。部屋の端から端まで届かない程度には抑えているが、それでもずっと折り畳んでた翼を伸ばすと気持ちがよかった。

 アインズはまだベッドに寝ころび、天井を見ながら仕事終わりのおっさんのごとく口から間抜けな声を出している。アインズからすれば、実際にひと仕事を終え、家に帰ってきたと言っても過言ではなかったのだが。

 ラストとアインズが部屋に二人で籠る時は、八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)を含め誰も居ない完全なプライベートな時間となっている。だからこそ、この時だけは二人は素で接し合えていた。

 

「となると、できる限り死体は集めた方がいいかなぁ」

「そうですねー。天使創造は……なんか色々取り返しがつかないですし」

「絶対に勝手に使わないでくださいよ。あのエンリって娘だって、これからどうするつもりなんです?」

「ナザリックにうまく溶け込めるならいいんですけどねぇ。時間かかりそうですし、うーん、カルネ村に匿っててもらうのが正解かな」

 

 しかし、存外にエンリたちは守護者たちから高評価であった。特にデミウルゴスとコキュートスが一目置いており、それなら、本人が希望するならコキュートスに鍛錬とかお願いしてもいいかなとか考えていた。

 

「そうですねぇ。まあ、現地の人がナザリックに協力してくれるって言うのはいいことですし、今回は結果オーライですよ」

「ありがとうございます」

 

 ラストとアインズは各々、思い思いに楽な姿勢をしながらダラダラとしていた。ラストは翼をはためかせずとも飛べるということで、無重力を満喫するかの如く宙にごろ寝をしている。天使が空中でごろ寝し、アンデットがベッドでごろ寝をするという、シュールな絵面が出来上がっていた。

 

「確か、一番近い都市がエ・ランテルでしたっけ」

「そうですね。近々情報収集を兼ねて行かないとですねぇ」

「うーん、それならやっぱりエンリちゃんに付いてきてもらったらいいですかね。文字とかも流石に日本語じゃないでしょうし」

「……あ、そっか。あんまりにも普通に話せてたから気づかなかったです」

 

 あまりにもすんなりと言葉が話せてしまっていたことから、文字が読めないという事にも思い至ってなかったアインズが、固まるように動きを止める。

 アインズ自身、この世界が翻訳コンニャクを食べていることをカルネ村で確かめたばかりであったが、文字にまでは気が回っていなかった。

 

「ラストさんは、常時発動型特殊技術(パッシブスキル)がありましたよね。確か」

「ええ……旅の守護天使ってのが……ユグドラシルの時はゴミスキルでしたけどね。モモンガさんは何か言語解読みたいな魔法は持ってましたっけ?」

「まさか、異世界に来るなんて思わなかったからなぁ……結構な数は取ってますけど、言語解読の魔法は無いですね」

「解読のアイテムも、数があるわけじゃないしなぁ」

 

 ラストは天使ロールをするために、天使っぽいと思ったスキルを片っ端から偏らせて取っていた。その癖にわざとレベルダウンしてスキルや職業レベルを最適化させるこだわりも持っていた。主にパーティを一時的に切ったアインズの即死魔法によって行われていたが。

 そんな過去の自分に感謝しながらも、ラストは自身はともかくアインズはどうしたものかと腕を組む。文字をマスターするなど、一般庶民であった自分たちには一朝一夕でできることではない。

 

「宝物殿に解読のマジックアイテムの予備がないか探しに行きます? ナザリックの皆も必要になるでしょうし」

「……」

 

 宝物殿と言う言葉にアインズは黙り込んでしまう。宝物殿にはアインズが封印した黒歴史が居るはずだからだ、そして、おそらくそいつは自分の意思を持って動き始めている。

 アインズはその光景を想像し、アンデットなのに鳥肌が立ってしまいそうな感覚を覚えてしまった。守護者たちに見られでもしたら、悶死するかもしれない。

 

「あー……なんなら、私が取ってきましょうか? 私の創ったNPCも居るはずですし」

「それなら私が一人で行った方がましですよ! ……いや、やっぱり二人で行きましょうか」

「あっはい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ラストとアインズは、指輪で宝物殿へと向かう。現状指輪を持っているのはラストとアインズ、そしてラストから指輪を渡されたアルベドだけである。

 アインズはその内他の守護者にも折を見て渡さないとなと、思考を巡らす。

 宝物殿で二人を出迎えたのは数えきれないほどの金銀財宝たち、ゲームの頃とは違う、重量を感じさせるその光景に、ラストとアインズは凄いたくさんお金があるなーという大雑把な小市民的な感想しか抱けなかった。

 

「そんじゃ、行きましょうか」

「……そうですね」

 

 ラストが自身に毒属性を無効化する魔法をかけ、翼をはためかせて先へと進んでいく。アインズも<飛行(フライ)>を使いそれに続くが、その速度は若干遅い。

 毒無効をしていなければ三歩と待たずに死んでしまう薄い紫色の煙を抜け、ラストの翼が黒いぬりかべのような壁の前で止まる。

 

「えーと、確か……かくて汝、全世界の栄光を…………?」

「あー、っと、我がものとし、暗きものは汝より離れ去るだろう……?」

 

 ラストが途中でど忘れしたパスワードをアインズが思い出すように探りながら、答える。しかし、そんな答えでよかったのか、黒く塗りつぶされた壁が中心にブラックホールに吸い込まれるように中心に集まっていき、二人の目の前には続く通路が現れる。

 その通路には左右に様々な武具が整理され、飾られている。それは神聖さを思わせるような白い羽のような細剣から、この世の怨嗟全てを合わせたかのような表情をしている兜、、渦のような螺旋を描き中心には全てを呑み込んでしまいそうな大楯から様々なものである。

 二人は勝手知ったるやといった感じで通路を進んでいく。ここには二人がプレイヤーキルをして手に入れた装備もあれば、かつてのギルドメンバーが昔使っていたが新調したために使わなくなったといった武器が多く、思い出を遡るように足を進めていた。

 やがて、通路は終わり、待合室のような空間に出る。そこにはソファーとテーブルのみであり、左右には今まで来た道と同じように通路の出口が存在していた。

 そして、そこには居たのは鳥人(バードマン)。ラストの翼が天上の美しさを思わせるものならば、こちらは生命の力強さを思わせるものだろう。その鳥人(バードマン)の正体を知っている二人は、久々に見た、エロゲに語っていたペロロンチーノの姿に苦笑いを零す。

 

「もうよい、パンドラズ・アクター。元に戻れ」

 

 アインズが手を振り、ペロロンチーノの姿がぐにゃりと歪む。一拍した後に、そこに居たのは卵のようにつるりとした埴輪のような顔をした、ドッペルゲンガーであった。

 

「おぉ…おぉ! よぉこそおいでくださいました! 私の創造主であらせられるモモンガ様! そしてその無二の友にして明けの明星たるラスト様!!」

 

 言葉の区切り区切りごとに、大振りなポーズを決めながら、ドッペルゲンガー、パンドラズ・アクターがこれまた大きな声量で答える。一つ一つの動きがオーバーなうえに、それを行っているのは埴輪顔であったことから、いっそシュールと表現すべきな動きとなってしまっていた。

 

「……ぅぉっ……」

 

 自分が思ってた以上にひどい自分の創造したNPC(我が子)の姿にドン引きしてしまうアインズ。そして、ソファーの陰となっていた部分から、小柄な細長い物体が出てくる。それはするすると俊敏な動きでパンドラズ・アクターの身体を登っていき、肩口からその顔を覗かせる。

 

「これはこれは、ようこそおいでくださいました。モモンガ様、そして我が創造主、ラスト様」

 

 それは二股に分かれた舌を出し入れしながら、恭しく頭部を下げる赤い鱗の蛇であった。パンドラズ・アクターも慣れた様子で片腕を持ち上げて蛇が巻き付きやすいようにしてある。

 

「久しぶり、になるかな? 元気にしていたかい? シャーロット」

「もちろんでございます。パンドラズ・アクターともども、宝物殿守護の任を問題なく遂行させていただいております」

「それはなにより。そら、アインズ、そろそろ再起動しなよ」

 

 ラストの作成したNPCであり、パンドラズ・アクターの補佐として設定されているシャーロット・ミカエリスは舌先でチロチロと空気を舐める。そんな自分が作り出したキャラが動き出していることに、少なくない感動とそれと同じくらいの気恥ずかしさを感じた。

 

「……よし、気を取り直せ。アンデットなのに精神的動揺を覚えている場合じゃないぞ」

 

 黒歴史的な割合が多すぎて自己暗示もどきをしているプレイヤー(アインズ)も居たが。

 

「んん、パンドラズ・アクターにシャーロットよ。今後、私をアインズと呼ぶように。アインズ・ウール・ゴウンだ」

「おお! かしこまりました。我が創造主、アインズ様!」

「かしこまりました、アインズ様。ですが、一体どういった由縁でしょうか? 異論は勿論ありませんが、少し疑問に思いましたので、お聞かせしていただけるのならば、お教えくださいませ」

 

 ラストはそう訊ねるシャーロットの様子に、自身が書いた設定である、知識欲の塊という一文を思い出した。

 

「話せば長くなるが、ナザリックがユグドラシルとは違う世界に転移したようでな。この世界にもしアインズ・ウール・ゴウンのギルドメンバーが迷い込んでいたら、私がこの名をこの世界に広めることで、仲間たちの道標となればいいというだけだ」

「なるほど。そうでございましたか。考えが至らず、申し訳ございません。ただ、新しい世界ですか……では、僭越ながら、私のもう一つの役職から、何か助言をさせていただきたいと思いますが、よろしいでしょうか」

「もう一つの役職……?」

「あー……アレか……」

 

 シャーロットがにょろにょろと、パンドラズ・アクターの手から降り、ラストとアインズに蛇の身体だけでソファーを指し示す。アインズは知らない設定に内心首を傾げ、ラストは過去の趣味から勝手に付けていた設定が生きていることに思い至った。

 

「ナザリック専属顧問探偵という役職でございます」

 

(あー、そういえば、一時期シャーロックホームズにハマってましたっけ)

(いやー、懐かしい……。きちんと短い文だったとしても反映されてるみたいですね)

(確か、智慧の蛇ってことで、パンドラズ・アクター、アルベド、デミウルゴスと同等の頭脳であり、人物観察と推理と言う点では三者を凌ぐ、でしたっけ)

(そうですそうです。パンドラズ・アクターがワトソン的な感じだとしっくり来ますし。まあ、元ネタを聖書とかエクソシストとかから引っ張ってますから、ごちゃごちゃになってるキャラなんですけどね)

(いやいや、パンドラズ・アクターのあのすっごいダサいポーズとかよりはずっといいセンスだと思いますよ)

(パンドラズ・アクターなぁ……顔が埴輪じゃなかったらなぁ……ユグドラシル時代よりも動きがキレッキレだから、なおさら……)

(まさか、こんなことで精神の安定化が引き起こされるとは思ってませんでしたよ。今だけはアンデットであることに感謝してますよ……)

 

「では、アインズ様。ユグドラシルとは違う世界に転移ということでしたが、全くの未知ということでよろしかったでしょうか」

「ああ、そうだな。ただ、ユグドラシルの魔法が存在しているが、誰もユグドラシルの存在を知らない。そして、ユグドラシルと同じモンスターが存在しているが、未だ未知数と言ったところだな。私たち以外の他のプレイヤーが居るかも不明、と言っていいだろう」

「なるほどなるほど。同系統の魔法が存在していながらも、誰もユグドラシル、ひいてはナザリックのことを知らないのですね」

「ああ、ただ私が遭遇した者たちが知らないだけかもしれないがな」

「恐らくは、アインズ様の御推察の通り、その者たちが知らなかっただけでしょう。これも私の勝手な推察でございますが、ユグドラシルの魔法が一般的に使用されているというのなら、それが人々に認知されるに至る、つまりは常識となるだけの時間が経過しているということであります」

「……なるほど」

「そこで考えられますのが、遥か昔、ユグドラシルにおけるプレイヤーがこの世界で魔法を広めたと考えられます。その者が存命か、既に死んでいるかは分かりませぬが、百や二百年と言った昔ではないでしょう」

「ふむふむ、続けてくれ」

 

 気が付けば、アインズはシャーロットの推理とも言えるこの世界への考察に聞き入っていった。それはアインズやラストたち自身では気づかなかったことを気づかせてくれる、大変興味深いことであった。

 

「未だ未知数と思われますが、マジックアイテムなどはいかがでしたでしょうか。ユグドラシルに存在していたものがあったとしたならば、少しだけこの話は深刻なものとなってきます」

「なに? 確かに、この世界の特殊部隊にあたる者たちが、魔封じの水晶を使用する場面があったが……」

「でしたら、世界級(ワールド)アイテムの存在も否定できなくなってまいります」

「……な……!」

「……そういえば、そうだね」

 

 言われて気づく、そして、プレイヤーの存在に思い至りながら、そのことに気づかなかった自分たちがどれだけ間抜けかを思い知らされたような気分だった。

 

「我らアインズ・ウール・ゴウンは、至高の御方々たちの御尽力によって、十二の世界級(ワールド)アイテムを保持しておりますが、 この世界に魔法を広めた者が世界級(ワールド)アイテムを持っていたという可能性は、これでより大きくなってまいります。例えば、世界級(ワールド)アイテムを用いて、この世界に魔法を布教したなど、でしたらいかがでしょうか」

「……」

「……」

 

 確かに、とアインズとラストは二人で考え込む。二十と呼ばれる使い捨て故にとりわけ強力な世界級(ワールド)アイテムの中には、運営に対してシステムの一部変更を要求するようなものまでもが存在している。

 仮に、それを使用してこの世界に魔法を広めた、つまりは世界のシステムを改変したなどとしたら、辻褄が合うと考えられる。

 

「差し出がましいようではございますが、御身がこの世界の外へ向かわれるのでしたら、宝物殿の世界級(ワールド)アイテムを開帳することを、顧問探偵として助言させていただきます」

 

「……ああ、私もシャーロットに言われて世界級(ワールド)アイテムの存在に思い至った……礼を言う」

「これが私の役目ですので、感謝などもったいなくございます」

「いやいや、シャーロット。君の功績は誇るべきだよ、私たちがこのことに思い至らないで、世界級(ワールド)の、たとえば聖者殺しの槍(ロンギヌス)を使われてしまったりしまったら、それこそ取り返しのつかないものだったからね」

「ありがとうございます。父上様」

 

 シューシューと、褒められて嬉しそうに、シャーロットは微かに身をくねらせる。明かりに反射して、赤い鱗がキラキラと反射して僅かに虹を思わせるような光沢を帯びる。

 

「ということは、アインズ様。ついに! 世界級(ワァルド)アイテム! それが宝物殿の外へと出るのですね! あぁ! 世界を変え得る弩級の、、いやそんな言葉では表し切れない! そんな至高の御方々に相応しいアイテムが。ついに出番が来たという訳ですね」

 

 マジックアイテムマニアという設定が存在するパンドラズ・アクターが、その名の通り役者の如く大仰なアクションをキメ、最後に軍帽の唾を片手で引き下げながら、目線────埴輪顔なので空洞だが────をアインズとラストへと向けてくる。

 

「そ、そうだね」

「嬉しそうですね。パンドラズ・アクター」

 

 ラストはテンションが上がったパンドラズ・アクターに苦笑いを返し、シャーロットはほほえましいものを見る様な声音であった。

 

「おいー、ちょっとー、こっちに来ーい」

 

 アインズはパンドラズ・アクターの腕をつかみ、壁際に引っ張る。そして、壁際に追いつめるようにして壁に手をつけ、顔を寄せる。

 

「俺はお前の創造者だ、そうだな?」

「その通りでございます、アインズ様」

「だったらな、そんな主人からの命令でも頼みでもいいからさ……! 敬礼はやめないか……?」

 

 そっとアインズの話を聞こえないように、顔をそむけるくらいにはラストはどんな会話が行われているかを察していた。向かい側のソファーではシャーロットが首をかしげていた。

 

「うん、ほら、なんというか。敬礼って、変じゃないか……? 軍服はまぁ……強いから良しとしてさ。な、本気でその敬礼は止めような」

 

 アインズがさらに顔を寄せ、眼を紅く光らせる。そんな主人にパンドラズ・アクターは最大の敬意を以て答える。

 

我が神のお望みとあらば(Wenn es meines Gottes Wille)

「ドイツ語だったか……! それも止めような。いや、やってもいいけど、俺の前ではしないでくれ、頼むぞ?」

 

 何度もアインズの中で羞恥による精神の混乱と、沈静化が連続で巻き起こる。パンドラズ・アクターはぽかりとした瞳が、気圧されたように微妙な感情を宿したような気がした。

 キスでもしてしまいそうなほどに近づいていた顔を離し、アインズは力無くソファーへと戻る。

 

「……お疲れ、アインズ。私も軍服は好きだよ」

 

 ラストの慰めが、アンデットなのにささくれた心に染みたアインズであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 怒涛というべき一日を終え、エンリは自宅のベッドに横になっていた。

 同じベッドには、妹であるネムが自身に新しくできた翼を羽毛布団にして泣きつかれたように眠っていた。

 村を襲ってきた兵士たちによって、自分たちの両親が死んでしまった。そのことを、エンリは存外に冷静に受け入れていた。今でも涙を流してしまいそうになるし、生きていて欲しかったと思っている。

 ただ、このどこかすっきりとしたような、やり遂げたような清々しさは、エンリが自身の力で決着を付けてしまったからなのかもしれない。

 

「……眠れないなぁ……」

 

 エンリは妹に縋りつかれていない、右手を持ち上げて、透かすように見つめてみる。畑仕事でささくれ、皮がむけ固くなっていたその手の平は、まるでエンリが思う貴族の令嬢のように綺麗になってしまっていた。この灯りの無い部屋の中ですら、はっきりと周囲も見えてしまう。

 何もかもが急速に変わり過ぎてしまった。エンリ自身のことも、エンリの周りのことも。

 今だ自分が夢の中に居るのじゃないかとも思ってしまう。でも、エンリの胸の中にある、何か繋がりのような物が、これが現実だとも伝えてくれていた。

 

(そういえば……ラスト様、迎えに来るって言ってたけど……)

 

 天使にしてそのまま放り捨てるなんて無責任なことはできない、そう言っていた天使のことを思い出す。

 ラストの友人であり、エンリにとってはもう一人の命の恩人であるアインズは、ナザリックと言う組織に興味がないかとも言っていた。初めは凄く怖いアンデット、死そのものみたいだと思っていたが、その実はラストと同じようにどこか人間味のある人だったなとエンリは感じた。

 ラストとアインズが居る組織になら、きっとカルネ村も、ネムも悪いようにはならないだろう。

 そんな信頼とも言える様な思いがあるのは、ラストの力で天使になったからなのかもしれない。

 

「でも……悪くないな」

 

 自分が天使になった時の、あの優し気な少し困ったような笑顔を思い出すと、エンリは自然と自分もクスリと笑ってしまいそうになる。途方もなく、自分とは住む世界が違うのに、ちょっとおかしくて。

 

(早く明日が来ないかな……)

 

 明日に迎えに来るとは言ってなかったけれど、それでも、エンリは明日が来るのを待ち遠しく思いながら、腕の中で眠る妹と同じように、そっと瞳を閉じた。




ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

まだカルネ村篇が終わらない……だと……。

事後処理のようなものと、フラグ折りでした。

オリキャラと言うことで、主人公作成の赤い蛇、種族は特に決めてませんが蛇です。ナーガが上半身人間で原作で既出なので、ただの蛇は何て言えばいいのやら……。
蛇さんこと、シャーロット・ミカエリスは素直だし、礼儀正しいし、パンドラズ・アクターをダサいと思ってません。
主人公以上に天使なのかもしれないですね。

シャーロック・ホームズとセバスチャン・ミカエリスが元ネタですが、作者自身はシャーロキアンという訳ではなく、ただ顧問探偵と言う響きがかっこいいなと思ってナザリックに設置しました。お許しくださいませ。
ワトソン枠はパンドラズ・アクターです。

ちなみにシャーロットちゃんは女の子です。にょろにょろテカテカしてて可愛い子です。

では、これからもよろしくお願いします。


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