ノーゲーム・俺ガイル (江波界司)
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番外編
エルキア王国奉仕部ラジオ


思いつきです。
本編とは一切関わりがないので、時系列もガン無視です。
続きだと思われた方、本当にすいません。


「エルキア王国奉仕部ラジオですの」

 

「何かよく分からない物が始まりましたね」

 

「すまん、色々と聞きたいんだけど」

 

「えっと、まずは趣旨について。これはわたくしステファニー・ドーラ、ジブリール、ハチの三人が、エルキア横断お悩み相談メールに届いた依頼を完遂していく、というものですわ」

 

「それで目の前にパソコンがあるのですね」

 

「そうですの!」

 

「で、なんで俺ここにいるの?」

 

「顧問の先生に連れてこられた、とありましたわ」

 

「顧問って?」

 

「巫女さんですの」

 

「またツッコミ所が増えた」

 

「あなたの異論に一々反応していてはキリがありません。そろそろ本題に入られては?」

 

「確かにそうですわね」

 

「まて、ステフが進行なのか?」

 

「何か不満がありますの?」

 

「いや、だってお前、ポジション的に由比ヶ浜だろ?」

 

「えっと……どういうことですの?」

 

「端的に言ってアホの子だろ?」

 

「どう端折ったらそうなるんですの!」

 

「まぁ細かいことはスルーの方向で」

 

「ざっくりしてんなぁ」

 

「では、最初のメールを。ラジオネーム:スカイさんから。『最近訳あって毒素が抜けません。どうすればいいでしょうか』だそうです」

 

「毒素って、なんですの?って、サラッと進行を取られましたわ……」

 

「つまり何かしらの有害な物質を取り込んでしまい、それが抜けないということでは?」

 

「じゃあそのうち楽になれるな」

 

「それって死ぬってことじゃないんですの!?」

 

「しかし、どれ程までの害が出るかは判断しかねますね」

 

「確かにな。まぁここには“訳あって”とあるし、物理的に出すのは可能なんだろ?」

 

「そうかもしれないですわね」

 

「じゃあ割り切って出した方がいいだろ。大事になる前に処理した方が賢明だ」

 

「『我慢こそ体に毒、すぐに出した方が良いでしょう』と」

 

「ところで、毒素って本当になんなんでしょう」

 

「続いて、ラジオネーム:ニール・フィルバレンさんから。『いつも一緒にいる友達が元気がない時、なんて声をかけたら良いですか?同性なのですが、一緒にお風呂に入るといつも気を落としてしまいます』とのこと」

 

「同性だからって、普通風呂一緒に入るか?」

 

「大浴槽ならありえますの」

 

「気を落とす原因はなんなのでしょうか」

 

「実は一人で入りたい派とかな」

 

「それはハチだけですの」

 

「いや結構いると思うぞ?温泉とか大浴槽一人派」

 

「ですが、それなら自分からそういう言うのでは?あくまで原因は直接言えない様なことだと考えられます」

 

「なるほど」

 

「確かにそうですわね。友達同士だと言い難いこともあると思いますわ」

 

「直接聞くってのはむしろ悪手だな。――いや」

 

「どうかしましたか?」

 

「あくまで依頼人の要求は“なんと言えばいいか知りたい”だろ?つまり原因は薄々勘づいてるってことにならないか?」

 

「一理ありますね。あくまでもフォローがしたいと」

 

「けれど口下手で、それが分からないってことですのね?」

 

「あぁ多分な。そんで、気を落とすってのは悩み事って可能性が高い」

 

「それで、どうしますの?」

 

「問題をすり替えればいい。例えば欲しいものがあるのに、それを手に入れられなくて悩んでるとするだろ?」

 

「ええ」

 

「なら逆にそれがなくても大丈夫だろって諭せばいい。こっちは相手が何で悩んでるのか知ってるわけだし、簡単だろ」

 

「それでは問題の解決にはならないんじゃないんですの?」

 

「けど問題の解消にはなる」

 

「『今あるもので十分だと説明する』と」

 

「なんだか無理やりな感じがしますわ」

 

「続いて、ラジオネーム:ユキユキさんから。『初めて友人が出来たのですが、距離感が分かりません。どうすればいいですか?』」

 

「普通に接するのではダメなんですの?」

 

「ステフ、もうちょい気を遣えよ。初めて出来た友達だろ?つまりそいつはぼっちだったってことだ。どんな風に接していいか、そもそも普通がわかんねぇんだよ」

 

「まさか一番の理解者がここにいるとは」

 

「じゃあハチはどうすればいいか分かるんですのね!」

 

「無茶いうな。そもそも友達なんていた事ねぇよ。俺は現在進行形でぼっちなんだ」

 

「胸を張って何を主張しているんでしょうかこの男は」

 

「じゃあどうするんですの?」

 

「接し方が分かんないって、要は何を話せばいいか分かんないってことだろ?なら、自分の得意分野を話せばいい」

 

「あぁ、それならできそうですわね。自分の好きなことなら相手にも知って欲しいって思いますし」

 

「注意事項としては、あんまりマイナーな趣味を出すと引かれるってことか」

 

「『適度に知名度のある自分の好きなものについて語る』と。この件は、感情の機微について疎い私はあまり役に立ちませんでしたね」

 

「ジブリール、次」

 

「言われずとも。ラジオネーム:アヤカさん。『自分ではカッコイイ感じになりたいのに、みんなからはカワイイって言われます。どうすればいいでしょうか?』だそうです」

 

「そのままでよくね?」

 

「でもカッコイイ女性って憧れますわ」

 

「そうなのか?」

 

「私はあまり。ですが、アヤカさんもそうなりたいのでしたらアドバイスが欲しいのでは?」

 

「アドバイスつったって、俺は男だし。てかカッコイイ女性ってどんなんだよ」

 

「例えば、運動が出来るとかはどうですの?」

 

「確かに、軽やかに動ける者に憧れることはありますね」

 

天翼種(フリューゲル)が何言ってんだか。あ、いやでもお前らでもそういうのはあるのか」

 

「強い個体に羨望の眼差しを向けることは多いですね」

 

「なら、まずは何かスポーツを始めればいいと思いますわ」

 

「始めるつっても、一人で出来るもんは限られてるだろ」

 

「一人でやることが前提なんですのね……」

 

「勝手に始めるなら、一人で出来る方が効率的ではありますね」

 

「テニスとかどうだ?壁打ちとか、スペースさえあれば永遠にできるぞ」

 

「テニス……ってなんですの?」

 

「『まずはテニスの壁打ちから始めてみては?』。これはカッコイイ女性に当てはまるのでしょうか?」

 

「まぁ第一歩ってことで」

 

「ですから、テニスってなんなんですの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ではここで一曲、リクエストにお答えしようと思います」

 

「え、そんなコーナーあったの?」

 

「ラジオネーム:オールドドッグさんのリクエストで、沢城みゆきさんで『おねがい☆すにゃいぱー』です。どうぞ」

 

「これ、完全に司会担当が変わってますの……」

 

 

『――愛はズッキュン、恋はドッキュン、らぶパワー――』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それではフツオタの紹介に入ります」

 

「おい、趣旨どこいった」

 

「ラジオネーム:剣豪将軍さ……」

 

「悪い、それ飛ばせ」

 

「え、なんでですの?」

 

「じゃあ俺が他の読む。ラジオネーム:ジブちゃんはうちのい……」

 

「飛ばしてください」

 

「だからなんですですの!?」

 

「ラジオネーム:ホワイトさんから。『奉仕部ラジオ、楽しく聞かせて頂いてます。私はチェスが得意なのですが、皆さんは何か得意なことはありますか?』だそうです」

 

「得意なことねぇ。ステフは?」

 

「一応、これでも学院を首席で卒業していますし、勉強は得意な方ですわ」

 

「勉強か……文系ならまぁ」

 

「私の場合は知識の側面が多いので判断に困りますね」

 

「お前はむしろ暴力だろ」

 

「はて、そこまで得意な自覚はないのですが。ここで試してみましょうか?」

 

「やめろ、死人がでる」

 

「ハチは何かないんですの?」

 

「特に思いつかねぇな。あ、小学六年生レベルなら家事はトップクラスだと思うぞ?」

 

「それってすごいんですの?」

 

「中学一年生以上の能力がない時点でポイントは低いかと」

 

「なんでようやく見つけた長所全否定なの?」

 

「では次に。ラジオネーム:スモールタウンさんから。『初めての投稿です!実は私、兄がいるんですが、なかなか手間のかかる兄で悩んでます。皆さんは最近、これは嫌だなぁって思ったことはありますか?』。手間のかかる兄ですか」

 

「妹さん、大変そうですわね」

 

「いやむしろ兄を甘えさせてやって欲しいくらいだな」

 

「ろくでなしの発言ですね」

 

「妹さん、可哀想ですわね」

 

「最近の嫌なこと、ですか。今まさにこの男と同じく部屋にいることはカウントしていいのでしょうか?」

 

「それ普通本人の前で言うか?俺は今まさに嫌なことがあったよ、言われたよ」

 

「なんで急に仲が悪いんですの。そういえばわたくし、最近よく仕事を押し付けられるんですの。それが寝る間もないくらいの量で、あの時は本当に死にそうでしたわ」

 

「嫌だなぁ、働きたくねぇなぁ」

 

「お便りを読まれた皆さんには、番組特製ステッカーをお送り致します」

 

「番組特製って、どんなの?」

 

「パ〇さんのイラストの入ったものですね」

 

「著察権とか大丈夫なのかよそれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「次のコーナーに参ります」

 

「もうコーナーって言っちゃってるし」

 

「ここでは皆さんからの意見を募集し、ゲームで敗者を決めて罰ゲームをします。題して、『ノーセーフ・ノーライフ』」

 

「い、いえーい、ですの」

 

「何その怖いタイトル。負けたら死ぬの?」

 

「ゲーム内容と罰ゲームはそれぞれリスナーさんから募集して決定します。では二人とも一枚ずつハガキを取り出してください」

 

「この箱の中から取り出せばいいんですのね」

 

「俺がゲームでステフが罰ゲームか。変なの引くなよ?」

 

「それでは一斉にどうぞ」

 

「「よっ」」

 

「あーラジオネーム:とべっちさんから。『無難にポーカーでよくねっ?』だと」

 

「ラジオネーム:ハルさん先輩さん。『負けた人は勝った二人からデコピン♡』……ですわ」

 

「お前なんてもん引いてんだ。ジブリールが勝ったらマジで死ぬじゃねぇか!」

 

「ご安心を、手加減はします。ではここにトランプがあるので……」

 

「三人がそれぞれシャッフルしてスタートな?交換は、まぁステフ、ジブリール、俺の順で」

 

「では……どうぞ」

 

「これで……いいですわ」

 

「……ほい。じゃあ配るぞ」

 

「いえ、公平を期して順番に上から自分で取って行きましょう」

 

「どんだけ本気なんだよ……分かったよ」

 

「……よし。じゃあ交換、ステフから」

 

「えっと、三枚ですわ」

 

「私は四枚」

 

「俺も四枚だな」

 

「フフ……よろしくて?」

 

「ええ」

 

「ああ」

 

「これで!フルハウスですわ!」

 

「ファイブカードです」

 

「ファイブカードだ」

 

「へ?……はあぁぁぁぁぁ!?」

 

「いや〜まさか最初からジョーカーが来るとは」

 

「奇遇ですね、私もです」

 

「おかしいですわ!イカサマですの!」

 

「で、証拠は?」

 

「え、えっと……」

 

「無いようなので罰ゲームを」

 

「え、ちょ、ちょっとま……」

 

「ほい」

 

「っ――!」

 

「では……」

 

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

「これ、マイク拾えてんのか?床で転がってるけど」

 

「この音量なら問題ないかと」

 

「一応俺が“5”でジブリールが“Q”だからお前が1位か」

 

「しかし、まさかこんな簡単にいくとは」

 

「お前、隠し札(パーム)はずるいだろ」

 

「お互い様ですよ」

 

「いっっったいですのぉぉぉぉぉ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では、そろそろお別れのお時間ですね」

 

「結局最後まで司会担当が乗っ取られたまんまでしたわ……」

 

「ステフ、大丈夫か?色々と」

 

「おでこが痛いですの。心も痛いですの」

 

「あまり気を落とさずとも良いと思いますよ」

 

「で、ジブリール。これ、なんか言うの?」

 

「言い忘れたこと、言い残したいことがあればどうぞ」

 

「どさくさに紛れて遺言言わせようとすんな、死なないから。これって、次回とかあんの?」

 

「一応、お気に入り件数2000件突破記念の企画だったはずですわ」

 

「急にメタいなステフ」

 

「作者の気まぐれで書かれたものですし、好評ならまた機会があるのでは?」

 

「更にメタい……何やってんだよ作者。絶対叩かれて終わりだろこんなの。いいから本編書けよ」

 

「あなたが一番メタいのでは?」

 

「そ、それでは!今回パーソナリティを務めさせて頂きましたわ。ステフこと、ステファニー・ドーラと!」

 

「え?あ、なに?続けるの?」

 

「ジブリールと」

 

「えっと、ハチこと、比企谷八幡でした」

 

「see you again!ですの!」

 

「……なんか、最後強引に司会に戻って来たな」

 

 

 




好評なら次回もあるかも……
なんて、忙しいのに何をしているのやら。
出来れば感想よろしくお願いします。


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エルキア王国奉仕部ラジオ 第2回

「エルキア王国奉仕部ラジオですわ」

 

「まさか続くとは」

 

「誰得なんだよ、このラジオ。いい加減本編書けよ作者」

 

「開始早々メタいですの。このラジオはわたくしステファニー・ドーラ、ハチ、ジブリールの三人がエルキア横断お悩み相談メールに届いた依頼を完遂するというものですわ」

 

「一回目を見てない人が二回目見るはずないし、この説明いらなくないか?」

 

「今回はなんと、二回目にしてゲストを呼んでいますわ」

 

「おい、まただけど趣旨どこ行った。三人じゃねぇのかよ」

 

「今回のゲストは――」

 

「聞いてませんね」

 

「なんと巫女様ですわ」

 

「マジかよ」

 

「やぁやぁどうも。あては巫女、よろしゅうね」

 

「よろしくお願いしますわ」

 

「よろしくお願いします」

 

「よろしく。てか、なんでゲストで巫女さん?」

 

「一応顧問という立場でしたね」

 

「あぁ、そういう」

 

「まぁあても、顧問としてなにかしてるってわけやないんけどな。今日は普通に楽しませてもらうわ」

 

「それリスナーの心構えだろ」

 

「今日はフツオタのコーナーからスタートですわ」

 

「だから趣旨どこいったんだって」

 

「ラジオネーム:神様さんから。『前回は面白かったね。楽しく聞かせてもらっているよ。せっかく面白いラジオがやっているのに、リスナーが少ないとなんだか悲しくなるよね?だから僕ができる最大限まで色んな人におすすめしたよ。これからも楽しみにしてます』ですわ」

 

「そこまで勧めるほどの番組かよこれ」

 

「結構色んな人からメールとかハガキ来とるんやろ?ならそれなりに人気なんやない」

 

「それもそうですかね」

 

「今回フツオタはこれだけなのですね。ではエルキア横断お悩み相談メールの方に移ります。ラジオネーム:王様さんから『とても真面目で一直線な孫娘がいるのですが、将来悪い男に騙されないか心配です』とのこと」

 

「まさか爺さんからも来るのかよ。そんでネームが王様かよ」

 

「孫娘言うくらいやし、まだまだ小さい子なんやろね。人間成長するもんやし、あんまり心配することもないと思うけどな」

 

「そうですわね。真面目なのは長所ですし、何も心配ないと思いますわ」

 

「『自分の孫娘を信じてください』と」

 

「って、また司会を取られかけてますわ!次は私が読みますの」

 

「なんであんな必死なん?」

 

「一応ステフが司会担当らしいんですけど、なんか前回ジブリールがその役取ってそれで」

 

「へぇそうなん」

 

「ラジオネーム:声優さんと結婚したいさんからですわ」

 

「ステフ、それ飛ばせ」

 

「却下ですの」

 

「マジかよ」

 

「『我には同士がいるのだが、そやつは我と同じ境遇にありながらけしからんことをしておる。毎日放課後になると、部活動といって教室で二人の美少女とイチャコライチャコラと!羨ましいっ!我もそんな生活が送りたい!そして声優さんと結婚したい!我はどうすればいいのだぁ!』……なんですの、これ」

 

「だから言ったろ、飛ばせって」

 

「依頼というより願望ですね」

 

「私欲に正直なんやろな、この子」

 

「まぁ学生のようですし、思春期ともなればそうなのでしょう」

 

「ジブリール、パソコン」

 

「どうぞ」

 

「おっと、転移か。……、……よし。次行こう」

 

「え、ハチ、なんて書いたんですの?」

 

「『諦めろ』」

 

「辛辣ですね」

 

「それ解決になってないんちゃう?」

 

「無理なものは無理って教えるのも奉仕部ですよ。じゃあ巫女さん、次どうぞ」

 

「あぁ、じゃ読ませてもらおか。ラジオネーム:妹と書いてジブちゃんと読むさんからやね」

 

「飛ばしてください」

 

「ん〜せっかく初めての役割やし、悪いけどこれは読ませてもらうわ。『最近妹が冷たいにゃ。それに全然“お姉ちゃん”って呼んでくれないにゃ。どうすれば呼んでくれるのかにゃ?』やって」

 

「巫女さんの語尾“にゃ”とか、空とかが聞いたら発狂するんじゃねぇか?」

 

「えぇ、わたくしもちょっとドキッとしましたわ……」

 

「あぁ、あて自身ちょっと読んだん後悔しとるわ」

 

「パソコンを」

 

「ん、ほれ」

 

「……、……では次に行きましょう」

 

「ちなみになんて書いたん?」

 

「『諦めろ』と」

 

「お前も十分辛辣じゃねぇか」

 

「ここまで全然解決になってないんやけど。いつもこうなん?」

 

「まぁこの2人は大体こうですの」

 

「ラジオとしては判断しかねますね。前例が前回しかございませんし」

 

「それもそうか」

 

「では次へ。ラジオネーム:おさかなだいすきさんから。『ゲームに勝ちてぇです』だそうです」

 

「簡潔だな」

 

「これなら巫女様やジブリールは得意なんじゃありませんの?」

 

「得意言うてもなぁ、既に人類種(イマニティ)に負けとるし」

 

「マスターの様になるのは、普通の努力だけでは難しいでしょう」

 

「確かに空や白のようにはなかなか出来ませんわね」

 

「ゲームに勝ちたいって、勝てない相手がいるとかなのか?」

 

「勝てない相手に勝つ。正攻法では答えは見えませんね」

 

「ここはあんたの出番やない?」

 

「いや正攻法云々じゃなくて、そもそも勝てない敵には勝てないだろ」

 

「じゃあ、ハチだったらどうしますの?」

 

「勝負しない」

 

「逃げるが勝ち、ということで?」

 

「絶対に勝てない相手とは戦わないってことだ。もし可能性があるなら、それを最大限まで上げてからやるな、俺ならだけど」

 

「それは誰でもそうやろ」

 

「そもそも『  』からの敗者の会みたいなメンバーだし、これ以上は答えようもないでしょ」

 

「『できる準備を万全に』」

 

「アドバイスになるといいですわね」

 

「次です。ラジオネーム:ユイユイさんから。『友達の猫の話が止まりません。本人が好きなのは知ってるし、私も話してくれるのはとても嬉しいんですが、会ってほとんどが猫トークだとちょっときついです。でもやめてとも言いずらくて。なにかいい方法はないですか?』」

 

「猫好き過ぎるだろそいつ」

 

「まぁ盛り上がってるんならええと思うけど」

 

「でもずっと同じ話というのは少々気が滅入りますわね」

 

「相手を傷つけずに話をやめて頂く方法、ですか」

 

「ここはステフの専門分野だろ」

 

「わたくしでしたら、話を別の方向に逸らしたりしますわね」

 

「けど、それも相手の反応次第でまた戻ってくるんやない?」

 

「それも、あるかもしれないですわね」

 

「流石は連合国の統治者。じゃあ巫女さんならどうします?」

 

「そうやね、相手が話す前にこっちの話に参加させるんが一番手っ取り早いかな」

 

「どういうことですの?」

 

「相手が猫の話を始めるより先に、こっちがそれ以外の話を始めるんよ。主導権がこっちにあるうちはあんまり話題の転換もないやろし」

 

「ちょっと交渉術みたいは成分入ってる気がするが」

 

「しかし理にかなってはいますね」

 

「ええ、すごいと思いますわ」

 

「そんな褒めても何も出んよ」

 

「『主導権を握る』と。これで伝わるでしょうか」

 

「あんまり長ったらしく解説書いてもしょうがねぇし、いいんじゃねぇか?」

 

「では次ですね。ラジオネーム:紫ベールさんから。『最近友人が色々と励ましてきます。嬉しいことではあるのですが、別に気にしていないのに「気にしなくてもいいのですよ」と言われると、少々心に来ます。彼女なりの優しさなのは分かるのですが、どう返せばいいと思いますか?』。どのような状況なのでしょうか」

 

「気にしなくてもいいって、なんだろうな。コンプレックスでもつかれたのか?」

 

「でも紫ベールさんは気にしていないって言っていますわ」

 

「気にしないようにしとるゆうことやろ。誰でも大なり小なり気になることはあるやろし、気にしたくなくても気にしとる場合だってある」

 

「心に来ますって言っちゃってるしな」

 

「ご友人のフォローが的外れならば、正直にそう言った方が適切だとも思いますが。変に勘違いしたままいられるのも互いに不幸だと感じますし」

 

「友達だから、それに優しさだって知ってるから言いにくいってことだろ」

 

「なるほど、やはり私には難しい問題ですね」

 

「まぁ気にしないのが一番なんだろうけど、どうしても気になるんだったらジブリールの手も悪くはないかもな」

 

「なんでそう思うんですの?」

 

「それで疎遠になるんだったら所詮その程度だったってことだ」

 

「冷めた見方するんやね」

 

「これくらいの割り切りは普通でしょう」

 

「『たまにはきつく言うのも手』ですかね」

 

「友達関係の相談はハチには向いてない気がしますの……」

 

「次のメールです。ラジオネーム:つるみんさんから。『お礼を言いたい人(男性)がいるのですが、なかなかタイミングがありません。年上で学校も違うので困っています。なにかいい方法はないでしょうか?』」

 

「随分マジっぽい相談が来たな」

 

「とはいえ、私たちでどうにかなる問題とは思えませんが」

 

「礼を言いたいゆうんなら、直接会いに行けばいいんやないの?」

 

「年上で他校って、場合によっては中学と高校みたいな可能性もある訳ですし。そうなると行きにくいですよ」

 

「そういうものですのね」

 

「電話をするというのはどうでしょうか?なにかあって礼が言いたいということなら、少なからず面識もあると思いますし」

 

「電話番号知ってるなら最初からそうしてるだろ。してないってことは電話番号を知らないし、もしかしたらあまり面識もある方じゃないかもしれん。そこまでいくと諦めろっても言いたくなるな」

 

「なんでですの。礼が言いたいのは助けられたとかだと思いますわ。なら感謝を伝えたいって思うのは分かりますし、わたくしも伝えて欲しいって思いますの」

 

「けど、仮にそこまで面識のない奴に助けられたなら無理してまで礼を言いに行く必要ないだろ。男性の方だって、別に感謝して欲しくて助けたわけじゃないだろうしな。もし逆ならもっと接触してくるだろ」

 

「それも分かることは分かるんやけどね。けど、ここは依頼人の気持ちを尊重した方がええんやない?」

 

「学生ならばまだ10代。仮に80歳まで生きるとしても、まだ60年以上時間があります。もし将来、たまたま会って今の感謝の気持ちを忘れていなければ、その時伝えてもいいのではないでしょうか」

 

「もしあっちが県外とか国外に行ったら会う機会も少なくなるだろけどな。俺はほっといて忘れる方が楽だと思うぞ」

 

「ハチ、なんでこの依頼に関してはやる気がないんですの」

 

「こん子、ずっと忘れられなくてモヤモヤするのも嫌なんやろ。だからスッキリさせたくて方法を探しとる、ってあては思うんやけどな」

 

「巫女さんはなにか案が?」

 

「他校言うても、別に国一個分離れてるとかやないんやろ?だったらまた今度会う時もあるやろってな」

 

「概ねジブリールと同じ意見ってことか」

 

「わたくしもその案に賛成ですわ」

 

「では多数決ということで。『いつか会えた時に伝えればいいでしょう』」

 

「これも解決にはなってないけどな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では一曲、リスナーさんからのリクエストを読ませていただきます」

 

「へぇ、そんなこともしとるんやね」

 

「まぁ一応ラジオですからね」

 

「あの、やっぱりわたくし司会を取られるんですの?」

 

「ラジオネーム:ハルさん先輩さんからのリクエストで、早見沙織さんで、『雪解けに咲いた花』です。どうぞ」

 

『――鮮やかに染まる空の色、綺麗だって話たい――』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リスナーさんから内容と罰ゲームを決めて頂き勝負する、“ノーセーフ・ノーライフ”のコーナーです」

 

「やっぱり司会は取られてるんですのね」

 

「次はゲームするんか。随分自由なんやね」

 

「あなた一応それの顧問でしょ」

 

「本日はゲストということで巫女さんに両方を決めて頂きます」

 

「この箱から引けばええんやな」

 

「罰ゲームの方は慎重にお願いしますわ」

 

「じゃあ……これと、これやね」

 

「あ、俺が読むんですね。えっと内容は、ラジオネーム:スカイさんから。『1から3の数字とキングと書かれたクジを用意し、それを引く。キングになった人が勝ち』。ただのクジ引きじゃねぇか」

 

「罰ゲームの方、ラジオネーム:ホワイトさんからや。『勝った人は番号越しで敗者に命令ができる。ただし18禁は無効』」

 

「いや、てかこれ完全に王様ゲームだろ」

 

「それではクジを用意したので、一斉に抜きましょう」

 

「これ絶対伝わってないよな?なんか箱の中に4本の棒が入ってるんだけど」

 

「それぞれ数字とキングのマークが付いています」

 

「ほな始めよか」

 

「わたくしはこれで行きますわ」

 

「では、私はこれを」

 

「あてはこれな」

 

「残りものって、大体福ないよな」

 

「それでは一斉、どうぞ」

 

「で、王様は?」

 

「あ、わたくしですわ」

 

「一応これは負けなんか。なんや釈然としないもんやね」

 

「ではドラちゃん、数字の指名と命令を」

 

「えっとでは、“2番が3番の頭を撫でる”!」

 

「げっ」

 

「あてが3番やけど、まさか2番なん?」

 

「ええ、そうですよ」

 

「それでは罰ゲームをどうぞ」

 

「えっと、じゃあ失礼して」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「……あっ」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「……って、だれかなんか言えよ」

 

「こんな場面を見せられて何を言えと?」

 

「いやそれはそうだが」

 

「というかこれ、本当に罰ゲームになってるんですの?巫女様、気持ちよさそうでしたし」

 

「なってるよ、ダメージ食らってるよ。主に俺に」

 

「頭撫でられたなんていつ以来やろ。それにまぁ、悪くはなかったよ?」

 

「それは、よかったです」

 

「ですから、こんな場面になにをコメントすれば良いので?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「と、色々ありましたがお別れのお時間です」

 

「なんか前回より長かった気がするが」

 

「ゲストを呼んでいますし、それも当然でしょう」

 

「そうですわね。どうでしたか?」

 

「あぁ、楽しかったよ。また撫でて貰おかね」

 

「勘弁してください」

 

「冗談やよ。ただこうゆんのも悪くないな。また呼んでな?」

 

「いや次回があるかも分かんないですし。てか、今回は何記念だよ。まだ2500行ってないだろ。お気に入り件数」

 

「1000回記念をやっていないので、その分の貯金だそうですよ」

 

「ジブリール、メタいですわ」

 

「だからさっさと本編書けって作者」

 

「仕方ないんやない?最近忙しいみたいやし。それに真・〇神転生3始めたとかも言ってたし」

 

「巫女さんの口からメガ〇ンが聞けるとは。このラジオ完全に作者の愚痴と趣味入ってるだろ」

 

「趣旨は本編にも入っているので気にしなければどうということはありません」

 

「なんで最後の最後までメタいんですの!」

 

「ただの愚痴だ。で、巫女さん。なにか言っておきたいことはないですか?」

 

「楽しかったってのは言うたし、特にはないなぁ。あ、好評なら次回もあるんやろ?ならリスナーに期待しとくわ。よろしゅうな」

 

「次回、多分ないだろうけどな」

 

「それでは!エルキア横断奉仕部ラジオ、今回はここまでですの。お相手は、ステフことステファニー・ドーラと」

 

「ジブリールと」

 

「ハチこと比企谷八幡と」

 

「ゲストの巫女やった」

 

「see you again!ですの〜」

 

「作者、やっぱバカだよな、色々と」

 




本編のできる限り早い更新も頑張るつもりです。
感想お待ちしております。

追記

ハーメルンのルールを全く分かって居なかったので一部変更しました。
申し訳ございません。
活動報告にてリクエストを募集します。
ご希望がある方はどうぞ。


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エルキア王国奉仕部ラジオ 第3回

祝お気に入り2222件突破。


「エルキア王国奉仕部ラジオにございます」

 

「ついにオープニングまで乗っ取られましたわぁぁぁ!」

 

「開幕早々テンション高ぇ」

 

「このラジオは、詳しくは前回をお読みください」

 

「説明、省くんですのね」

 

「めんどくさかったんだろうな、作者」

 

「やめてあげて下さい」

 

「今回も素敵なゲストを呼んでいます。どうぞお入りください」

 

「入室からやるのな」

 

「ひゃっはろ~。雪乃ちゃんのお姉ちゃん、雪ノ下陽乃でーす」

 

「げっ」

 

「ちゃっと比企谷くん?その反応は傷ついちゃうよ?」

 

「うそつけ。それで、なんであなたが?」

 

「ん?それはもちろん依頼人だからだよ。奉仕部は来る者拒まず、のはずだからね」

 

「拒みてぇ」

 

「えっと、とにかく!今回はこの四人でお送りいたしますわ。よろしくお願いします、えっとハルノさん」

 

「うん、よろしくね。ドラちゃん」

 

「なんで呼び方がそれなんですの」

 

「犯人分かり切ってるけどな」

 

「はて、なぜこちらを見るので?」

 

「⋯⋯まぁいいや。それで、雪ノ下さんの依頼ってなんですか?俺らにできる範囲だといいんですけど」

 

「あ、それなら大丈夫だよ」

 

「え?何でですの?」

 

「だってね。私の依頼、ラジオ(これ)に出させて欲しいってことだから」

 

「おい誰?こんな依頼受けたの誰?」

 

「それではエルキア横断お悩み相談メールに参ります」

 

「おい、無視すんな」

 

「では、どうぞ」

 

「はい、ありがとね。今回一発目、最初のお便り。ラジオネーム:修羅々木さんから。『毎朝、妹たちが叩き起こしてきます。いや本当の意味で、物理的に。この前に関しては叩くだけじゃ足りず、彫刻刀まで握って切り起しに来ました。どうすれば僕はこの命を守ることができるでしょうか』だって」

 

「怖すぎますわ、その妹」

 

「一部業界ではご褒美なのでは?」

 

「なんでこっち見てんだよ」

 

「そっか、比企谷くんはそういうのが好みなんだ、ふ~ん?」

 

「違いますから。シスコンではありますけどヤンデレは範囲外ですから」

 

「そこは認めるんですのね」

 

「疑いようがありませんからね。それで、どういたしましょう」

 

「妹さんたちに直接頼めばいいのに」

 

「それ、あなたならできますか?」

 

「ん?簡単だよ。辞めなきゃわかってるだろ?って優しく言うだけだからね」

 

「妹より怖えよ」

 

「こんなことして、親御さんは何も言わないんですの?」

 

「放任なタイプだったらまぁ」

 

「流石の説得力だねぇ」

 

「放任どころか放置されている方の言葉は重みが違います」

 

「なんで比企谷家の事情知ってんだよあんたら。てかこれ、考える前もなく普通に解決するだろ」

 

「え、そうなんですの?」

 

「だからこそ面白く話したんだよ、比企谷くん。だってラジオだよ?」

 

「『早く起きろ』。では次に参りましょう」

 

「ラジオネーム:猫に願った少女さんからですわ。『変態さんがいます。助けてください。それと、姉と折り合いがあまりよくありません。ご意見が聞きたいです』とのことですの」

 

「これ、どっちが本題?」

 

「変態さんかぁ。どうすればいいかな」

 

「それは理解者に聞くのが妥当でしょう」

 

「なるほど」

 

「ダブルでこっち見ないで下さい」

 

「前者はハチに任せるとして、後者は難しいですわね」

 

「おいステフ。お前まで人を変態扱いすんな」

 

「普通に接するのが一番だと私は思うよ」

 

「妹と折り合いがよければ説得力あるんですけどね」

 

「なにか言ったかな?」

 

「いえ、なにも」

 

「何か理由があるのでしたら、それを解決すればと思いすが」

 

「確かにそうですわね」

 

「簡単にはいかないだろうけどな」

 

「比企谷くん。私をチラ見したのはなんでかな?もしかして、変態さん?」

 

「だから違いますって」

 

「『変態には罰を。問題には答を』」

 

「ジブリールさん?タイピングに殺意が感じられるのは気のせいですか?」

 

「次です。ラジオネーム:yumikoさんから。『気になる人がいるんだけど、告るとかちょっときつくて。絶対気まずくなるし。なんか、どうすんのが正解が分かんないっていうか』とのこと」

 

「まさかガチの恋愛相談が来るとは」

 

「うんうん、青春だねぇ」

 

「こういったものは、私は力になれそうにありませんね」

 

「告る?ってなんですの?」

 

「告白することですね」

 

「難しいね。私、告った経験とかないし、う~ん」

 

「告られた経験なら多そうですね」

 

「というより断った経験かな」

 

「では断られた経験が豊富なあなたはどう思われるので?」

 

「的確にダメージ負わせんのやめろ」

 

「告白するって、あまり難しいとは感じないですわ」

 

「じゃあ空に告ってこいよ」

 

「なっ!いや、あれは違うんですのっ!そもそもこの感情も――」

 

「はいはい」

 

「難しいって言うんだったらだけど、私たちもこの子も断られる前提なんだよね」

 

「で、それがどうしたんですか」

 

「もしも可能性がないって思うなら、まだその時じゃないんだよ。自分を信じることは相手を信じることよりも大切だよ」

 

「なんだか、かっこいいですわ」

 

「いいこと言いますね」

 

「ハチが珍しく肯定的ですの」

 

「だから俺も自分を信じてる。信じすぎて他を信じれなくなってるまである」

 

「いつも通りでしたわ⋯⋯」

 

「『自分を信じてこそ、相手を信じられる』。深い言葉ではありますね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フツオタだよ」

 

「え⋯⋯ゲストにまで取られるんですの⋯⋯」

 

「ラジオネーム:デウス・エクスさんから。『楽しく拝聴しています。みなさんに質問ですが、素敵なお嫁さんの条件ってなんですか。女性目線と男性目線の両方を聞きたいです』だそうです」

 

「素敵なお嫁さんか~。比企谷くんはどんなお嫁さんがいいのかな?」

 

「質問の内容が微妙に違うでしょ。まぁ普通に、俺を養ってくれたら素敵だ」

 

「クズですわ」

 

「ドラちゃん、正しくはごみクズです。そして好みの妻を答えるのですね」

 

「比企谷くんはブレないなぁ」

 

「集中砲火かよ。で、みなさんはどうなんですか」

 

「そうですわね。料理ができるのは条件かもと思いますわ」

 

「できるに越したことはないかもね。でも最近は男の人でも料理するし、最低条件とまではいかないんじゃない?」

 

「ハルノさんはどんな条件だと思います?」

 

「そうだね。旦那さんが頑張って仕事しようって思えるような妻、かな」

 

「働きたくねぇ」

 

「具体性があまりない気が。ですがもっともだとも思います」

 

「ジブリールはどうだ?」

 

「あまり想像できませんね。結婚というものから逆算すると、互いに空白を埋め合える存在でしょうか」

 

「それ、どちらかっていうと夫婦像だろ」

 

「でも理想の夫婦なのは半分正解ってことだよ」

 

「半分不正解じゃねぇか」

 

「理想の妻あってこその理想の結婚ですわ」

 

「そんなもんか」

 

「そんなもんだよ」

 

「ところで、聞かれたのは素敵なお嫁さんだったはずなのですが」

 

「あ⋯⋯いつの間にか理想を語ってましたわ」

 

「んじゃ次。ラジオネーム:はや×はち推奨さんから。『最近、はや×はちが熱いっ!女性陣の皆さんはどんな組み合わせ派、どっちが攻めか受けか。ぜひ聞きたいです』。俺何読んでんだ……」

 

「セクハラですか?」

 

「俺の意志じゃねぇ」

 

「あはは、これはまたストレートだね」

 

「だから違いますって。いやそもそもセクハラなのかよ、これ」

 

「えっと、ごめんなさい?これ、何言ってるのか分からないんですけど」

 

「わからんままでいい」

 

「いつか文献に触れたことが。確か、属に言う腐女……」

 

「知らんままでいいってのっ」

 

「ん?このはちってひょっとして比企谷くん?そっかそっか、道理でねぇ」

 

「あんた何一人で解決した、みたいな顔してんだよ」

 

「なるほど。マスターと違い異性に対して一切の反応がないのはそういった意味で」

 

「やめてっ、本当にやめて」

 

「なんでわたくし、ここまで置いてけぼりなんですの……」·

 

「いや、この話に関しては入ってくるな。なんなら早く次行こう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここで一曲、リクエストにお答えしますわぁぁぁ!」

 

「ここぞとばかりですね」

 

「そりゃゲストにすら乗っ取られたらな」

 

「え~比企谷くんは私が悪いって言いたいの?」

 

「ノーコメントで」

 

「ラジオネーム:エイトさんから、悠木碧さんで『ヒマワリGood Days』⋯⋯ですわ」

 

「「うわっ」」

 

「おい。なんでこっち見るんだよ。うわっとか言うなよ」

 

「比企谷くん。流石に自分の出てるラジオにリクエストだすのは、ねえ?」

 

「なんで俺が送り主だって決定してんの?証拠を出せ、証拠を」

 

「そのセリフがもう犯人ですね」

 

「ハチ……」

 

「なんか言えよっ。いや言わなくていいけど」

 

 

『――見上げた空に、キラキラ太陽――』

 

 

 

 

 

 

 

 

「“ノーセーフ・ノーライフ”のコーナーにございます」

 

「んじゃ雪ノ下さん、ハガキ2枚引いてください」

 

「はいはーい。よいしょっと」

 

「1枚目、ゲームの内容ですわね。ラジオネーム:いろはすさんから。『ずばり、ポッキーゲームです!』。あの、ポッキーゲームってなんですの?」

 

「いやこれ、普通に罰ゲームじゃねえのかむしろ」

 

「むぅ、比企谷くん。それどーゆー意味だぁ」

 

「いや恥ずかしさで死にますってこれ。マジでノーライフですって」

 

「生きることにすら羞恥がないあなたなら問題ないと思いますが」

 

「愚考だ」

 

「はい、じゃあ罰ゲームの方ね。ラジオネーム:金狐さんからだよ。『敗者は勝者を三ヶ所褒める』だって」

 

「勝っても負けてもかよ……」

 

「もう、比企谷くんはこのメンバーでやるのが不満なの?」

 

「ゲーム本体が不満なんですよ。誰とでも嫌ですよこんなの」

 

「だから、あの、ポッキーゲームって……」

 

「ではクジで代表者二人に勝負していただきます」

 

「マジかっ」

 

「え〜せっかくだしみんなやろうよ〜」

 

「尺の問題と、恐らく音声だけで伝わらないだろうという点でこうなりました」

 

「ならやんなよ」

 

「ですからっ!ポッキーゲームってなんなんですのっ!」

 

「クジをどうぞ」

 

「ハァ……」

 

「は〜い」

 

「あの、無視はやめて欲しいんですの」

 

「あ、お姉さん参加権ゲットだよ〜」

 

「ぐわっ」

 

「露骨にダメージを食らったような反応を」

 

「わたくしは参加しないんですのね。まぁルールもわからないですし、別にいいですわ。ええ本当に」

 

「ステフ、代わろう。ルール教えるから」

 

「ダメだよ?」

 

「それでは、ポッキーにございます」

 

「うん、ありがと。じゃあ比企谷くん。……ふぁい」

 

「っ……」

 

「一応ルール説明を。双方が一本のポッキーを両端から食べ始め、先に口を離した方が負けになります。もし折れた場合はもう一度していただきます」

 

「えっ、それって……」

 

「あの、棄権……しない。わかった。だからその拳を下げてくれジブリール、やめろまじで」

 

「早々に始めてください。ちっ……」

 

「今舌打ち聞こえたけど」

 

「気のせいです。早く」

 

「……っ、……くそっ」

 

「双方準備が出来ましたね」

 

「すごく如何わしい絵面ですわ」

 

「では、スタートにございます」

 

「……っ!」

 

「よし、負けた」

 

「あ、比企谷くんずる〜い」

 

「ルールはルールですよ」

 

「先に離してしまえばすぐに終わると。考えましたね」

 

「流石……なんですの?」

 

「でも、忘れてないよね?罰ゲーム」

 

「大丈夫です」

 

「それは結構。さぁ、お姉さんを褒めてみなさいっ」

 

「文武両道、容姿端麗、外面完璧」

 

「ねぇ、それ褒めてるの?」

 

「それに棒読みですし」

 

「人を褒めるセンスが壊滅的なのですね。特に最後」

 

「ノルマは達成した。文句を言われる筋合いはない」

 

「ん〜やっぱり比企谷くんは比企谷くんか」

 

「人の名前、蔑称に使うのやめてね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そろそろ終わりだな」

 

「えぇ、もうなんでもいいですわ」

 

「自暴自棄になんなよ。この位は別に誰でもいいだろ本当に」

 

「陽乃さん、何か言い忘れたことはございますか?」

 

「比企谷くんにもっとちゃんと褒めて欲しかったなぁ」

 

「あれが限界です」

 

「将来性皆無なコミュニケーションスキルだなと思うばかりにございます」

 

「まぁ、ハチですし」

 

「そうだよね、比企谷くんだもんね」

 

「ちょっと?いくら俺でも傷つくよ?泣いちゃうよ?」

 

「そんなわけでお送りしましたわ、エルキア王国奉仕部ラジオ。お相手は、ステフことステファニー・ドーラと」

 

「ジブリールと」

 

「ハチこと比企谷八幡と」

 

「ゲスト、雪ノ下陽乃だったよ〜」

 

「see you again!ですの〜」

 

「バイバーイ」

 

「あ、ジブリール」

 

「なんでしょう?」

 

「お前、ゲスト担当、今後禁止な」

 

「次回は、あるのでしょうか」

 

 




ご愛読ありがとうございます。


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エルキア王国奉仕部ラジオ 最終回

祝第1部完結(今更)!!!
祝お気に入り3000件突破(今更)!!!
祝投稿再開(それはどうなの)!!!

最新話じゃなくてすみません笑


ス「エルキア王国奉仕部ラジオですわ!」

 

八「はいはい」

 

ジ「第1部が終了してからかなり経ちましたね。そして、2部が始まってからもそれなりに経っているはずですが、いかがでしょう」

 

八「メタい。あとやめてやれよ。1部とか、なんか無理矢理終わった感があるけど、作者も作者なりに頑張ったんだよ多分」

 

ジ「元より続く予定のはずなのにこの投稿速度とは、もう救いようがありませんね」

 

ス「あの……ラジオ、始まってますわよ?」

 

八「ん?おぉ」

 

ジ「今回は原点回帰ということで、私達三人でお送りいたします」

 

ス「また乗っ取られましたわ!?」

 

ジ「ではエルキア横断お悩み相談メールから。ラジオネーム:りゅうおうさんから。『大切な人を傷つけてしまいました。自分が悪いのは分かっているのですが、いざどうにかしようと思っても中々うまく行かなくて。何かいい方法はないでしょうか』だそうです」

 

八「相手、キレてんのか?」

 

ス「怒っているんでしたら確かに話し難いですわね」

 

ジ「謝りたいのでしたら、間接的に伝えるのはいかがでしょうか。人伝か、手紙などで」

 

八「謝罪するにも形ってものがあるだろ」

 

ス「手紙ならともかく、人伝だとあまり気持ちが伝わる感じがしないですわ」

 

八「けど間接的にってのは悪くないな。上手く行けば会わなくていいし」

 

ス「解決する気あるんですの?」

 

八「意外と、怒りって感情は長く続かないんだよ」

 

ジ「なるほど、つまり時効にしてしまえと。流石ですね」

 

八「言ってねぇよ。違うくてだな。時間が経ってるなら相手も激昴はしてないだろってことだ」

 

ス「それと間接的に伝えるのと、どう関係するんですの?」

 

八「聞いてもらえないなら態度で示せばいい。言葉がなくても気持ちは伝えられる。ブチ切れてなけりゃ、素直に受け取って貰えるだろ」

 

ス「ハチが珍しくいい事言ってますわ……!?」

 

ジ「『気持ちは行動で示せ』。ちなみに、さっきの言葉の根拠は?」

 

八「誰と話さなくてもコミュニケーションは取れたからな。ソースは俺」

 

ス「通常運転でしたわ……」

 

八「んじゃ次。ラジオネーム:シルバーさんから。『ロリコンの治し方を教えて下さい』」

 

ス「病気扱いなんですわね」

 

ジ「専門家に聞くのがベストでは?」

 

八「俺に視線を合わせる理由を聞こうじゃねぇか。むしろその辺、お前の方が詳しいだろ。お前のマスター、ロリコンだし」

 

ジ「はて?マスターはシスコンであって幼女趣味は……」

 

ス「そういえばソラ、いづなさんをかなり執拗に愛でていましたわ……」

 

八「そもそも白だって、歳的に幼女だろうし」

 

ス「……」

 

ジ「……」

 

八「……ジブリール、PC貸せ」

 

ス「えっと……どうしますの?」

 

八「『不治の病。千里の道も諦めから』でいいだろ」

 

ジ「マスターも治らないと……」

 

八「だってシスコンも治らねぇし」

 

ス「またハチ自身がソースでしたわ……。次に行きますわよ!ラジオネーム:ハヤトさんからですわ。『昔、自分の無力さ故に傷付けてしまった人がいます。今もその人とは疎遠、というより避けられていて、少々気が重いです。私はどうすればいいんでしょうか』」

 

八「……なんかマジな相談多くね?」

 

ジ「最終回スペシャルというものでしょうか」

 

ス「きっとハヤトさんは辛いと思いますわ。自分の無力さ……気持ちは分からなくもありませんもの」

 

八「ま、そうな。言っても無力じゃない奴なんていないし、気にしないのが1番だろ」

 

ジ「ですが、この方は何かしらの責任を負いたいようにも見受けられます」

 

八「けどこれ、謝るとか償うとかじゃないだろ、多分」

 

ジ「と、言うのは?」

 

八「相手の問題は自分の問題じゃない。だから解決しようにも、そもそも問題になってねぇんだよ」

 

ジ「つまり、諦めろということですか」

 

八「というより妥協だな。仕方ないこともあるって自分に言い聞かせるくらいしかできんだろ」

 

ス「……そう、思いたくはないですわ……」

 

八「『相手の気持ちも尊重するべき』。相手が話したくないなら、今はそうした方がいい」

 

ジ「……」

 

ス「……」

 

八「ジブリール、次」

 

ジ「はい。ラジオネーム:作者さんから。『ヤバいんです。本当にヤバいんです。実はSSを書いているんですが、終わりが見えません。どうすればいいか悩んでいます。それで題材が同じ他作品を色々読んで気が付いたのですが、そもそも原作が終わってないんです。これ、ちゃんと完結できるでしょうか』」

 

ジ「……」

 

ス「……」

 

八「……いや――『知らねぇよ!』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ス「リクエストに合わせて曲をお送りしますわ!」

 

ジ「今回はアルファさん他多くの方から頂きました。スペシャルということで、やなぎなぎさんで『ユキトキ』、同じくやなぎなぎさんで『春擬き』。二曲続けてどうぞ」

 

八「今更だが、このコーナー需要はあるのか?」

 

ジ「ラジオっぽいことと考えたらこれしか浮かばなかっただけでしょう」

 

ス「それ以上は言わないであげて欲しいですわ⋯⋯」

 

八「もう作者のライフはゼロだな」

 

『——アザレアを咲かせて、暖かい庭まで——』

 

『——こんなレプリカはいらない——』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ジ「リスナーからゲームの内容と罰を募集して行う――」

 

ス「ノーセーフ・ノーライフですわっ!」

 

八「ついに割り込んだな」

 

ジ「では、ドラちゃんどうぞ」

 

ス「え、わたくしが両手引いていいんですの?」

 

八「誰が引いても同じだしいいだろ」

 

ス「なら、引かせて頂きますわ」

 

ジ「先にゲームから決めましょう」

 

八「できればラジオで伝わる奴だといいんだが……」

 

ス「えっと、ラジオネーム:アヤカさん。『山手線ゲームなんてどうかな』山手線ゲームってなんですの?」

 

八「あれだな。お題を決めて順番にそれに当てはまるものを言ってくやつ」

 

ジ「リズムを崩すか、不適なものを言ったら敗北です」

 

ス「なるほどですわ」

 

八「で、罰ゲームは?」

 

ス「ラジオネーム:ラジオ部顧問さんから。『負けた人は、勝った人の頭を撫でる』」

 

八「ツッコミ所しかねぇ……」

 

ジ「いつからこの番外編はラジオ部になったのでしょうか」

 

八「つか、巫女さんはなんでハガキ送ってんだよ」

 

ス「とにかく始めますわ!それで、お題はどう決めますの?」

 

八「適当でいいだろ」

 

ス「それなら、休日の過ごし方で、わたくし→ジブリール→ハチの順にしましょう」

 

八「おう」

 

ジ「構いません」

 

ス「休日の過ごし方♪お料理!」

 

ジ「読書」

 

八「ゲーム」

 

ス「お掃除!」

 

ジ「散歩」

 

八「寝る」

 

ス「お洗濯!」

 

ジ「書物の収集」

 

八「……食事」

 

ス「ハチ、アウトですわ!」

 

八「は、なんで。お前休みの日何も食わないの?」

 

ジ「私は食べませんが」

 

八「お前は色々と例外だろ」

 

ス「お題は休日の過ごし方ですわ。食事なら休日でなくともしていますわよ」

 

八「待て、ならステフの声全部アウトだろ」

 

ス「わたくしも休みでなければそれだけで過ごすことはないですわ」

 

八「まぁ確かに……。いや待て、その論法だと食べて過ごすのはアウトじゃない。色々食べてたら一日が終わったとかあるだろ」

 

ジ「どちらにせよ、答えが遅れていたのでアウトですね」

 

八「くそっ……」

 

ス「なら、罰ゲームですわ!」

 

ジ「この場合、二人を撫でるでいいのでしょうか」

 

八「拒否権がないのホントおかしい」

 

ジ「では、どうぞ」

 

八「はぁ……」

 

ス「……」

 

ジ「……」

 

八「……」

 

ス「…………」

 

ジ「…………」

 

八「…………」

 

ジ「……おや、もう終わりで?」

 

八「勘弁してくれ」

 

ス「これ、普通に放送事故ですわよね……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ジ「エンディングです」

 

ス「今回が最終回ですけれど、何か言いそびれたことはありません?」

 

八「いや、最終回とか言ってるくせにアンケート出してるし、結果次第じゃまだまだ続くだろこれ」

 

ジ「続いたとして、何をする気なのでしょうね。本編を放っておいてまで」

 

八「やめてやれ。もうオーバーキルだから」

 

ス「き、きっと本編も書きながら番外編も出してくれますわ!」

 

八「ジブリールより残酷なこと言ってるぞステフ」

 

ス「と、とにかく!今回でエルキア王国奉仕部ラジオは一旦終了しますわ!今までありがとうございました!お相手は、ステフことステファニー・ドーラと」

 

ジ「ジブリールと」

 

八「ハチこと比企谷八幡だった」

 

ス「see you again!ですの!」

 

八「今更だけど、その挨拶ジャッジメント感あったな」

 

ジ「ジャッジメントされる側だからこその意見ですね」

 

八「勝手に人を犯罪者扱いするの、やめてね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回の奉仕部ラジオ、書いたのは第1部完結したくらいの時期なんですよね。
つい先日投稿しようと思い立ったのですが、もはや化石発掘の感覚でした。
ということで、番外編は一区切りです。
アンケート次第で今後どうするかを決めます。
面白いんですかね、このコーナー。

2020/05/16
続編製作決定!
詳しくは活動報告にて


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第一部 ノーゲーム・ノーライフ
乱入者― ゲスト ―


暇つぶしレベルの作品です。
多少の矛盾はスルーの方向でよろしくお願いします。


 俺はぼっちだ。

 だから、こんなことは何でもない……はずだった。しかし、揺らいでしまう。雪ノ下のあの言葉が、由比ヶ浜のあの涙が、小町との喧嘩とも言えないこの状況が。

 俺は、間違えたのか。

 一色が持ってきた面倒な依頼とその解決法について、奉仕部内で一悶着あった現在。俺は現実逃避にネットのチェスゲームに勤しんでいる。

 中学時代、かっこいいというただそれだけの理由でチェスをしまくった。ぼっち故に時間もあり、俺はそこそこの実力者になったと思う。

 現に、ランク制のこのゲームでもトップランカーになっている。

 10連勝目の勝負を終えた所でメールが来た。

『君に見てほしいものがある』

 宛名のないメールはたった一文と、URLだけが載っていた。

 誰だ?というかなんだ?

 疑問も疑念も晴れないが、現実逃避したい一心から俺は、URLをクリックする。

 それはチェスの対戦動画だった。それも、リアルタイムのもの。

 プレイヤーは……

「……これなんて読むんだ?」

 片方は無名、もう片方の挑戦者は『  』の中に何も入力されていない。

「いや……」

 俺は1度これを見たことがある。確か、俺のチェス全盛期に1度だけ戦った。結果は……引き分け(ドロー)

 

 

 

 

 動画内の勝負は、凄まじかった。

 正攻法に、悪手。挑発に、ブラフ。何でもござれの超高等技術のバーゲンセールだった。

 決着がつき、挑戦者側の勝利。

 時計を見てかなり時間が経っていることに気付く。

 と、ここでまたメールが届く。

『君は面白いのに、その才能を誰も認めてくれないようだ』

 何?

『さぞ、その世界が生き難いだろう』

 この世を生きやすいと思った事は無い。俺にとっては当たり前の事だ。それに、こいつに何が分かる。ただ……

『君は、生まれ変わりたいと思うかい』

 もし、やり直せるなら。他に、選ぶことが出来るなら俺は

『ああ、俺はやり直してみたいかもな』

 そのメッセージを送った瞬間、画面より貞子も顔負けのホラー現象が起こる。

「なら、ボクが生まれ変わらせよう」

 少年の様な声が俺の視界を歪ませ、今までいた世界が、音を立てて壊れた。

 

 一瞬の瞬き。

 

 俺は上空にいた。

 

 

「「なんじゃこりゃぁぁぁぁぁ」」

 

 誰かとハモった。ってそんなことを気にしている場合じゃない。

 これ…死んだな。

 

 落下しながら、しかしそんなことを気にしないように隣に少年が現れる。

 

「ようこそ、僕の世界へッ!」

 

 こいつが俺をこの世界に呼んだのか?だとしたらどんな死神だ。

「ここが君達の夢見る理想郷【盤上の世界・ディスボード】ッ!この世のすべてが単純なゲームで決まる世界ッ!そう――人の命も、国境線さえもッ!」

 いや、熱弁してもらってるとこ悪いが、リアクションする余裕はねぇよ。

「……あ、あ、あなた――誰――っ」

「僕?僕はテト。あそこに住んでる。いわゆる神様?」

 なんか勝手に話が進んでる。というか今話してるの誰?

「って、んなことより、もう地面つくぅぅぅ〜!」

 誰が叫んだ、やべぇ。隣を見ると白い髪をした美少女とボサボサの髪の青年が俺と同じく紐なしバンジー状態だった。

「ちッ」

 どうにか腕を伸ばして、男の方の袖を引く。そして、この状況下でどこまで意味があるかは分からないが、俺は2人を庇うように抱きしめる。

 そして遥か上空から落ちた衝撃が――

 

 無かった。

 

 俺達は地面スレスレで止まり、その後わずか数cm分の落下を体験する。

「また会えることを楽しみにしているよ」

 そんな声が聞こえたと思う。

 

 

 

「あ、ああすまん」

 そう言うと俺の上に乗っていた2人組が俺から下りる。

「いや、俺が勝手にやっただけだから」

「そ、そうか。ん?」

 男はふと周りを見る。それにつられて俺も同じ方向を見たが、そこにあったのはファンタジー世界そのものだった。

「なぁ妹よ。リアルなんて無理ゲーだマゾゲーだといい続けてきたが……」

 

「「ついにバグった。なにこれ、超クソゲー」」

 

 2人はそんなことを涙ながらに、口に出した。

 

 

 

「ふむふむ、それが【十の盟約】と」

 その後自己紹介的なものを行い、ボサボサの髪とI ♡︎人類のTシャツを着た青年が空、長い白髪の小学生が白ということは分かった。分かったが……

 何この状況。この鬼畜兄妹は、あろう事か盗賊(?)とゲームし、それに勝ち、身ぐるみを全部剥いで、この世界のルールを聞いている。俺も一応聞いたが、ゲームで決まる世界。ホントに異世界ファンタジーだなおい。

 全裸に剥かれた3人組はそそくさと逃げ、俺達は今後の作戦会議を行う。

「で、八幡。あんたは一体何もんだ?」

「いや、それはこっちのセリフだよ。それに自己紹介はしたろ」

 不思議と噛まなかった。

「いや、あのテトってやつが俺達『空白』を呼んだのは何となく分かるが、あんたは何で呼ばれたのかと思ってさ」

 なんでって言われてもな。

「ん?空白?」

「ああ、俺たちのプレイヤーネーム。聞いたことないか?都市伝説の天才ゲーマー」

 確か無数のゲームで頂点に、入力されていないプレイヤーネームが連なっているっていうあれか。

「って事は、さっきのチェスのあれは、お前達か」

「チェス?」

「……多分……にぃと白が……さっきまでやってた、やつ」

 白の言葉で合点がいったのか、空はなるほど頷く。

「見てたのか?」

「ああ、なんか動画送られてきてな」

「……テト……ゲスト……呼んだって……」

「ん?そういえば言ってたような」

「んで、そのゲストが俺だと」

 そんな特別扱いは初めてですね。ゲストとなんての呼ばれた事ないし、なんなら普通に呼ばれたことない。というか、呼ばれたと思って行ったら「え?なんで来たの?」みたいに言われたのはもう完全に黒歴史。

「なぁ八幡。お前ってゲーム得意だったりする?」

「1人でやるもんは基本得意だ。ぼっちだからな」

「お、おう、そうか」

 はい、苦笑い頂きました。やっぱそこそこ信頼関係ないと自虐はきついか。

「てか、俺ら1回チェスやってるだろ。ネットの奴で」

「は?」

 それは間抜けに声をあげた。あれ?違うっけ?やっぱ俺の勘違い?

「……にぃ……2年前に……1回だけ……やった奴……」

「妹よ、一体どれのこと言ってるの全く分からんぞ。2年前のどれだよ。何戦してると思ってんだ」

「……はちまん……ネームは……なに……?」

 え?名前?八幡ですよ。違うな、プレイヤーネームのことだろう。

「ハチでやってた筈だ」

 そう言うと白はタブレットを取り出す。てか、異世界に何持ち込んでんだ。完全にオーバーテクノロジーだろそれ。

「……にぃ……これ」

 すると白が画面の1部を指さして兄である空に見せる。

「は?マジか!じゃあこいつがハチ!?」

 え、なに?俺ってそんな有名なの?クラスでも名前知ってる奴少ないのに。知っててもヒキタニなのに。それ知らないじゃん。

 俺も白の持っているタブレットを覗き込むと、どうやらチェスの勝敗数らしい。

「15268戦15267勝0敗1分け……バケモンかよ」

「いや、こっちのセリフだ!」

 なんで空はテンション上がってんの?てか一応こいつ年上か。ニートだけど。

「なに?お前この時の事覚えてんの?二年前だよ?」

「流石に覚えてるわ!白が苦戦して、途中から俺も加わったのに最終的にドローとか!空白舐めんなよ!」

 どうやら、こいつらはゲームは負け知らずらしい。故に引き分けすら本来ならありえないほどに強いのだろう。

「……はちまんの……プレースタイル……にぃ並にやらしい……」

 やらしいとか、小学生がそんなこと言うんじゃありません。

 実際、俺のプレースタイルは正攻法とは全く違う。相手の一手から狙いはだけでなく、1番やられたくないポイントまで読み取り、逆算して悪手と搦手を混ぜて打つ。性格の悪さが出てるって?言うな、知ってるから。

「まぁそれはいいが、これからどうすんだ?」

「それはいいって……空白にドローとか世界初かもしんねぇのにちくしょう。はぁ……とりあえず町を目指そう。金も何も無いし情報も少ない」

「ま、そうだな。んじゃ行くか」

 言うと、白が俺の袖を引く。

「ん?どした?」

「……はちまん……はちで、いい?」

 えー何この感情。美少女に名前で呼んで貰うどころかニックネームとは。ヒッキーとは偉い違いだな。いや、ニックネームってよりプレイヤーネームか。

「ああ、いいぞ」

「あ……んん……」

 いかん。お兄ちゃんスキルがオートで発動してしまった。俺はほぼ無意識に白の頭を撫でる。おお、可愛い。いや待て俺はロリコンじゃない。

「おいコラ、白から離れろロリコン」

「何お前俺の心読んだの?それとも繋がったの?ココロがコネクトしたの?」

 空さんよ、そんなマジになるな。こいつもシスコンか。何となく分かってたけどな。

 一悶着あったが、俺たち3人はとりあえず町を目指す。

「行くぞ、白、八」

「「おー」」




感想お待ちしております。



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半端者― ノーマル ―

感想ありがとうございます。これをモチベーションにぼちぼち書いていこうと思います。
主人公は八幡ベースなのでよろしくです。


 自転車通学で良かった。心から思った瞬間である。

 あれからかなりの距離を歩き、俺と空白は街へと到着する。

 

「えっと……何これ」

 

 まるでそこはお祭りの様だった。いや、正確に言うなら苦手も苦手な人混み。それもそこまで広いとは言えない恐らく店内でのこの惨状。

 むしろ、なんでニート兄妹は平気なのん?俺よりコミュ力あるとかそれマジなの?

「なぁ?あれなに?」

 言ってるそばから空が第25くらい町人に話しかける。

「あれは国王選定戦だよ。何でも前国王が、次代国王は人類最強のギャンブラーに任せるって言ったんだと。それでほら、あっちの赤い髪の子、ステファニー・ドーラは王族の子なんだが、こうして王位を得るべく参戦してるんだよ」

 へー。俺には関係ないことだな。誰が好き好んで王様になんてなるんだ。

 それにあのステ……ステフは負けるな。多分。恐らく。

「あんたは出ないの?」

「ん?俺はこれがあれば充分だからな」

 そう言って男は何かが入った皮袋を指さす。まぁ、十中八九金だろう。

 むしろ、俺は空の方が気になる。あの感じ、何かする気だな。俺のサイドエフェクトがそう言ってる。持ってないけど。

「へー。まぁ確かに?負けたっていう事実さえなければぁ、後でいくらでもいえるもんねぇ?」

 ほらな。マジで俺未来見えちゃったのかよってくらい予想通り。

「お?何ならやるか?」

「じゃあ俺達はその金、全額要求する」

「おいおい、両者が対等と判断しねぇとゲームはできねぇぞ」

「じゃあ俺は、俺たち3人の身を全部賭ける」

 なるほど、確かにそれなら対等だな。それに、空が負けるとは思えん。3人の身が取られることなんてないだろう。

 ん?3人?

「「は!?」」

 おいおい何言ってんの?なんで俺の分まで賭けてんの?思わずおっさんとハモっちゃったよ。

「おいおい、正気か?あんちゃん」

「ああ、俺に勝ったら俺達を好きなようにしていいぜ」

 異議あり!

 そう言う前に袖が引かれる。

「……はち、大丈夫……にぃ、負けない」

 白が上目遣いでそう言ってきやがった。おっとそれに逆らえる男がいるなら見てみたい。いやいない。

 あと、俺はロリコンじゃない、シスコンだ。

「分かった、それで行こう」

 男はそう言ってトランプをシャッフルする。

 ゲーム内容はポーカー。

 人権を賭けてんだ。当然勝つためには手段を選ばないだろう。

 しかし、ポーカーはある条件を抜けばただの運ゲー。勝ち確の為にイカサマは必須だ。

 だが、【十の盟約】によってそれは反則負け。確か文章は、ゲーム中の不正発覚は敗北とみなす、だったか。

 いや待て。逆に言うとそれは

 

「ちょっと待った」

 

 俺はその考えを確かめるべく、そのゲームに待ったをかける。

「な、なんだいあんちゃん」

 動揺?こいつも何か仕掛けたか?いや、それはまだ分からんから何も言えんが。

「公平に行こう。ディーラーは俺がやる」

「え?」

「こっちはある意味命かかってんだ。イカサマで身売りさせられたらたまったもんじゃない」

 表向きはイカサマ防止。これなら断れまい。

「いや待て。それならあんちゃんが不正をするかもしれんだろう」

 お説御最も。だが、あんたは断れない。

「不正ってどんな?ポーカーってのは普通にやったら確率と運の勝負だ。それにどんな風に小細工するんだ?それともそんな方法があるのか?」

「……っ」

 そう、答えられない。何故なら、その答えがそのまま男が取った不正になるからだ。答えれば不正発覚で負け、沈黙は俺のディーラー参加の肯定。おっさんの取れる行動は一つだけ。

「分かった。ほらよ」

 そう言って男はトランプを俺に渡す。

 確認の為な、と言ってトランプを改める。そのままゲームがスタートしていれば、なるほど1番上にフルハウスが揃っている。予めフルハウスが出来る分のカードを手に仕込ませ、その上でカードを配り、カードチェンジのフェイクを入れて場に出す。といった感じかな。

 俺は2人に準備はいいかと確認をとる。

「「【盟約に誓って】」」

 え!なに?それ言うのがルールなの?気にしたら負けかな。

 俺はトランプのシャッフルを開始。もちろん細工はする。

「念の為だ。2人も1回づつ切ってくれ」

 トランプを受け取った男は1度あのパラパラ〜って奴をやると空に渡す。空も同じようにしてトランプをシャッフルし俺に帰ってくる。

 再度、シャッフルを加え、両者に5枚づつカードを配る。

「3枚だ」

 男の要望に答え、3枚のカードを新たに補給。その時のニヤリ顔、隠しきれてませんよ?

「5枚」

 空は全部交換。5枚のカードを空に渡す。

「なんだ?ついてないみたいだな」

「まぁそうだな。遥か上空から紐なしバンジーした挙句、炎天下の中初対面の奴と歩け歩け大会。極めつけに持ってたプランも潰されて、確かについてない」

 そのプランって、多分潰したの俺だよね?

「そうか。んじゃ悪かったな、フルハウスだ!」

 男は持ち札を場に出す。おお偶然にもフルハウスだったか。

「ああ、悪かった」

 そう言って空が出したのは……

「ロイヤルストレートフラッシュゥゥゥ!?」

 そう、ポーカー最強の役だ。だよね?全然してないから分かんないけど勝ちだよね。

「なんだこれ!65万分の1の確率だぞ!イカサマだ!」

「何を根拠に。その65万分の1が今だったんだろ」

「そんなわけあるか!」

 はい、そんなわけないです。

「そうだ!やっぱりディーラーのお前だな」

「どうやってだよ。それに、俺だけじゃなくてあんたもシャッフルしただろ。イカサマなんざ出来ねぇよ」

「……っ」

 はい、嘘です。俺がやりました。

「んじゃ貰ってくね」

 空は男から金の入った袋を受け取る。

 

 

 

「……はち……さっきの、ズル…」

「だよな〜八」

 宿屋の前でいきなり言ってきやがった。やっぱりバレてるか。

「まぁな。十の盟約があるけど、逆にいえばバレなければ不正ではないって事だ」

 さっきのは、あのおっさんがやろうとした事と同じことをした。

 おっさんにシャッフルを頼んで渡す前に、空の手札にしたい5枚を手に仕込ませて貰った。

「それは俺が確認しようと思ってたんだけどな」

 やっぱりか。

 会ってそんなに経っていないが、こいつはなかなかの切れ者だと思う。だから、こいつの鋭さならすぐにそれに気付くだろうとは思ってた。

 それはそれとして

「いやしかし良かった。あそこでお前が5枚交換してなかったら負けてたぞ」

 俺のプランは空が俺の意図を読むこと前提で成り立っている。作戦としてはかなり中途半端な出来だ。

「それは分かったよ。言い訳みたいにおっさん論破した時の顔見りゃね」

 やはり鋭い。長年のぼっち生活によって培われた俺の観察眼は正しかったようだ。

「さてこれからだが、宿とってくる」

 空は金の入った袋を持つと、カウンターに進んでいった。うわぁ、嫌な奴の顔してる。また何かする気ですね。

「……」

「こっちはどうする?」

 無言の白を見ると、どうやら先程の国王選定戦の試合を見ているようだ。ゲームは俺たちと同じくポーカー。

 うん、やっぱりあのステフってのは負けるな。なにせもう片方の……確かクラミー……だったか、は余裕そうだ。

 しかしなんだ?何か違和感が……

「……はち……」

「ん?ああ、とりあえず座るか」

 俺と白はカウンターに腰を下ろし、再び件の2人に目を向ける。




サブタイトル通り中途半端ですが1度区切りました。
それと、誤字などの修正でたまに書き直すかもしれません。
それでは、感想をお待ちしております。


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挑戦者― チャレンジャー ―

八幡視点しか書かないと言ったな。あれは嘘だ。
すいません、言ってみたかっただけです。という訳で、度々他のキャラ目線、三人称視点で書きます。


 ポーカーの必勝法をご存知だろうか。

 簡単だ。最強の役を手札にすればいい。ただし、その方法は様々で、どんな風にするかはプレイヤーによる。

 そんで、今もその必勝法を持って行われているこのゲーム。クラミーの勝ちは揺るぎそうもないな。

「よぉ〜、八。宿取ってきたぜ。あと、お前の名前で登録しといたから」

 空が陽気に帰ってきた。また悪どい事したんだろうな。

「いや待て、なんで俺の分も取ってんだ?」

「あれ?泊まんないの?」

「金が無いんだよ」

 不思議そうな空は大金だろう、が入った袋を持ち上げる。さっき無実のおっさんから巻き上げたやつだ。なんか犯罪臭がするが、法律に則ったものだ、大丈夫。

「いや、それお前の金だろ」

「いいじゃん。困った時はお互い様だろ?」

「俺は養われるつもりはあっても施しを受けるつもりは無い」

「なんだそのよくわからんプライド」

 やれやれと言った具合に頭を抱える空。だが、頭の回転が早いのか。特に熟考する間もなく言葉を繋げる。

「じゃああれだ。形の上ではさっきのゲーム、助けてもらったからそのお礼って事で」

 いや、お前なら俺いなくてもどうにかなっただろ。

「それに、白もお前の事を気に入ったみたいだし」

 え?驚きのあまり座っている白を見ると、コクっと小さく頷く白髪の小学生が1人。

「……はちは、泊まるの……イヤ……?」

 止まるんじゃねぇぞ。いや違くて。ほんとこの子あざとい。これが天然な訳がないな。マジでいろはすが可愛く見えちゃう。いや、純粋な可愛いじゃなくて、あざとさのレベルがな。

「……そういう事なら……分かった」

 渋々了承するしかない。だってこの子、妹属性過ぎるんだもん。マジで小町と張り合える。いや、小町は負けない。なんせ小町は……小町……

「……それより……にぃ……あれ、負ける……」

 白は指さしながらそう言った。

「そりゃ負けるだろ」

 白が指したのはステフの事。当然傍から見ても勝敗は明らかだ。だが、さっきから俺は何か違和感がある気がしてならない。

 それを感じたのか、空も顔を歪める。

「イカサマか?白、あれ分かるか」

 空の台詞を聞いて、俺と白はクラミーの手札に注目する。かなりの高カード、あれは勝ち確だな。しかしどうやったかは分からない。

「……計算、できない……」

 白も同じ答えを出す。てか、なんでお兄さんは妹にそんな無理難題を?実はあれか、無能なのか。ないな。むしろ、雨の日だけでも無能にならないとバランス崩れちゃう。それどこの大佐?

「なんでそんな事を妹に聞くんだよ」

 思わず口に出しちゃったよ。

「白は天才だからな。例えば、チェスの必勝法って知ってるか?八」

 理論上存在することは知ってる。

「けどそれは理論上だろ。十の百二十乗の盤面をすべて記憶しないと不可能だ」

 それはもはやコンピュータの領域だ。

「それが出来るんだよ、白には」

「は?」

 ありえないだろそんなの。

「マジ?」

「「マジ」」

 声を揃えていうゲーマー兄妹。俺はそんな奴に引き分けたのか。

「しかしそんな白でもわかんないとなると……」

 どこかの迷宮無しの名探偵の様に、空は何かを考える。マジでこいつらは頭良すぎるからなぁ。ホントに反則的な存在になるかも。あの大佐も最終話じゃ手合わせ錬成も習得したしなぁ。完璧反則。

「まさか……魔法か?」

 そんな錬金術師、じゃなくて詐欺師の空はまさかの結論を導き出す。

「魔法とかあんのかよ」

「ファンタジー丸出しの異世界だぜ?むしろ問題は」

 それもそうか。それに問題は、この先、魔法とかいう公式チート相手にゲームをする必要が出てきたという事だ。

「ってか、八。あの盗賊さんたちの語り聞いてなかったのかよ」

「いやー癖で話半分にしか」

 HRとかってどうしても寝ちゃうよね。だって眠いし、大半はどうでもいい話ばっかだし。でもバレたらどっかのアラサーに殴られるんだよなぁ。あれ体罰だろ。この前のガゼルパンチはホントに効いた。ボディじゃなかったらマジでやばかった。てか、あの人ジャンプ派じゃねぇのかよ。

「……にぃ……あれに勝てる……?」

 魔法という結論ありきで、白はそう問うた。

 だが、無言でその言葉を肯定するように、空はどこかを見据えている。

「……愚問、だった……」

「いや、なんで?魔法相手とか無理ゲーでしょ」

 間違ってないよね。思わず言ってしまったが、そんな俺を悠然と2人は否定する。

「いや、問題ない」

「どこが」

「大丈夫だ。問題ない」

「なぜ言い直す」

「「空白に敗北の二文字はない!」からだ」

 うわぁすごい自信。軽く引きそうです。しかしなるほど。これが都市伝説クラスの天才ゲーマーか。負けはない。故に、俺とのドローがありえなかったってことか。てか、どうやって俺こんなバケモンと引き分けたんだろ。そういえば、あれって結構ギリギリだったような?

 ドヤ顔の2人は人混みを切って宿の部屋があるのだろう階段を目指す。その道中、ステフに向かって空が何か呟いた様だった。

 

 

 

 

 階段、と言ってもそこまで段数はないのでほとんど登ってない状態で俺は言う。

「ちょっと用事があるんだが、いいか?」

 1度顔を見合わせたが、すぐに数段分前にいる空白の2人は頷く。

 用事ってのは、単純に魔法ってのが気になったのだ。どんなものか、どうやって発動するか。厨二病は卒業したが、やはり気になってしまう、男の子だもん。

 戻ってくると、さっきのポーカーは決着がついたようだ。もちろんドーラさんの負け。ドーラってどっかの猫型ロボットみたいだな。もしくは40秒で支度させる空賊のばぁさん。

 俺は空白の2人には何も言わず、前に出る。

「どうも」

 勝負が終わり、一息ついているクラミーにそう切り出す。一瞬驚いた様だが、すぐに冷静さを取り戻したようだ。

「何かしら?」

「一勝負と思ってな。王になる権利を賭けて」

 クラミーは俺の言葉に目を細める。何度も見たことがある、人を疑う目だ。よく知ってる目だ。だから当然、その対処方も知ってる。

「それにしてもあんた強いな。ポーカーじゃ勝てそうにない。だから、これで勝負しよう」

 言いながら、置いてあるトランプをハートとダイヤ、クラブとスペースの2グループに分ける。

「スピード?」

 察しが早くて助かる。これくらいは普通かな。

「ああ。スピードは運よりも反射神経がものを言うゲームだ。だからツキのあるあんたが相手でも、俺に勝機がある」

 さっきまで疑いの目が一転、クラミーの表情に僅かながら納得の色が伺えた。

 さぁ、ゲームを始めよう。

 

 

 

 

 ークラミーsideー

 

 

 

 なるほど、よく分かったわ。突然現れた目の腐った男。何を考えているのか分からなかったけど、ようはポーカー以外じゃ私がイカサマ出来ないと踏んで勝負を挑んで来たってところかしら。

 けれど残念。フィーならこのくらいすぐに対処出来るわ。

「一応、盟約に誓ってもらっていいか?イカサマ防止ってことで」

 男の提案、もちろん拒否するつもりはない。

「ええ、むしろ当然よ」

 あくまで感情が読まれないように、私は意識的に声を出す。

「そうか、んじゃえっと……そこの2人。ちょっといいか?」

 腐った目の男は奥にいる2人組を呼んだ。珍しい服装ね、何者?白い髪の少女と、ボサボサの髪で目付きの悪い男。

「この人達は?」

「さぁ?ただ公正にいこうと思ってな。ここに赤と黒で分けたトランプがある」

 言って男はテーブル上にトランプを広げる。

「どっちの色がいい?」

 別にどっちでも構わない。

「なら、黒で」

「よし、じゃあ俺が赤な。2人にはディーラーを頼みたい。それぞれシャッフルして俺達に渡してくれ」

 そういう事。あくまで不正無しで、真剣勝負がしたいタイプかしら。けど、私は負ける訳にはいかない。バレないようにカウンターに座る彼女にアイコンタクトを送る。小さく頷いたのを見て、私は目の前の男を見据える。

 白髪の少女がシャッフルしたカードの束が私に渡され、男も、同じようにカードを受け取る。

 自陣に出す4枚。5、2、J、Q。相手は……6、7、10、A。まぁなんでもいいわ。どうせ勝つのは私。

「「【盟約に誓って】」」

 誓約とともに始まるゲーム。ディーラーを引き受けた男の掛け声でカードを場に出す。

「それじゃあ……いっせーの、せ!」

 聞いたことのない掛け声だけど、タイミングが分かるから問題ない。

 場に出た2枚、Kと3。私はまよわずJ、Qと数を重ね、すぐに自陣にカードを補給。すぐに2と、補給で出てきたAを出す。

 相手も反射神経は悪くないようね。すぐに10を出して補給された9を続ける。けれどそれじゃ私には勝てない。何故なら

 

 私には次に出るカードが見えている。

 

 透視。魔法を使えば簡単な事。それに次に来るカードさえ分かっていれば、反射神経云々より先に行動が出来る。

 この勝負貰ったわ。

 ディーラーが場にあるカードを回収し、再び掛け声を出す。

「いっせーの……」

 次に出るのは、私がAで相手が4。私が先に3を出せば、彼は何も出来ない。

 そして両者が左手に持っている束の1番上のカードを持ち、

 

「せ!」

 

 場に出す。

 すぐさま3を持った私は……

 

 止まった。

 

 ……なぜ……?

 

 場にはAと

 

 7!

 

 

 しまった。予想外の状況に固まってしまった。6、5とカードを続け、さらに補給された4を出す眼の腐った男。

 とにかく落ち着くのよ。冷静に3を出してカードを補給。この場はこれで終了。

 しかし、何が起こったの?なぜ4ではなく7が。混乱した頭で考え、冷静さを取り戻して結論が出た。

 彼の2枚目のカードは4だった。つまり、彼が行ったのは……セカンドディール。1枚目を出した振りをして実は2枚目を取っているというテクニック。何がイカサマ防止よ、あなたこそじゃない。イカサマがバレれば即負け。これでゲームオーバーね。

 

「あなた……」

 

 言いかけて私は止まる。待って、なんであいつはセカンドディールを?普通にやれば裏側のカードの数字を知る方法はない。私が用意したトランプである以上、細工も出来ない。なら……なぜ?……ブラフ?

 こいつは私がポーカーでイカサマをしたと思い、スピードならそれが出来ないと高を括って来た。いえ、違う。こいつの狙いは、イカサマを暴いての強制勝利が目的。セカンドディールのイカサマを証明するには、カードの配列を知る必要がある。魔法を使えば簡単だけど、そもそも魔法が使えない人類種《イマニティ》に、それは不可能。だから、魔法のイカサマを証明することは出来ない。はずだった。

 しかしこの男は、セカンドディールを餌に私が魔法で透視したと証明しようとしていたのか。

「ん?どうした?」

「いえ……なんでもないわ」

 そうと分かれば簡単よ。2枚目に気を付ければいい。透視なら2枚でも3枚でも覗くことが出来るわ。

「さぁ続きをしましょう」

「はい。それでは、いっせーの……」

 2枚目のカードも透視する。Q……私に続くカードはないけれど、相手がJを出して、それに10を繋げられる。それに私が出すカードも相手の持ち札とは並んでいない。大丈夫ね。

 

「せ!」

 

 男が出したカードは8。

 

 なんで!?

 

 男は7を繋げ、Qを補給する。

 セカンドディールはしなかった?私が釣られなかったから?いえそれとも、私が2枚目を見ると予想した?

 自分でも混乱している事が良くわかる。この男は、強い。なら、私も最終手段を使おう。私は負ける訳にはいかないのだから。

 一瞬のアイコンタクト。そして私の持っているトランプの束の配列が変化する。

 あまりに不自然過ぎて使いたくないけれど、こいつは危険な相手。早々に決着を付けるわ。

 ディーラーがまた、お決まりの掛け声を掛ける。

 

「いっせーの……せ!」

 

 

 

 

 

 ークラミーside outー

 

 

 

 

 

 魔法とはどんなものかを試すためのゲーム。

 結果は俺の負けだった。4ゲーム目から、相手のカードが怒涛の繋がりを見せ、何も出来ずに俺の敗北が決定した。

 はっきり言ってお手上げだな。魔法ってのがどんなものなのか、俺には全く掴めなかった。分かったのは、ひたすらにチートって事だけだ。

「はぁ」

 思わずため息が出る。しかしまぁ、これでいいか。別に俺は王様になるつもりはなかったからな。結果的に失ったものはゼロだ。

 勝利の余韻に浸っていると思う、クラミーに一言いうと、俺はその場を後にした。一応のため、空から部屋の鍵は貰っておいて良かった。今日は疲れたし、早く寝よう。

 

 

 

 自分の割り当てられた部屋に入り、ベッドに体を預ける。

 ああ〜もう寝れる〜

 そう思った矢先、凄まじい勢いで扉が開く。

 

「さあぁ!八!どういうことか話して貰おうかぁ!」

「……今夜は、寝かさない……ゾッ……」

 

 入って来たのは天才ニート兄妹でした。……鍵閉めときゃ良かった。

 あと白さん、女子小学生がそんな事言うんじゃありません!

 

 




という訳でオリ展開です。
流石にゲームの表現は難しですね。文才が欲しい。
もはや3話目にして恒例の駄文ですが、楽しんで頂けたら幸いです。
感想お待ちしております。
追記
誤字の指摘ありがとうございます。


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協力者― パートナー ―

 人は寝ないと死ぬ。極論だが、あながち間違いではない。万物には限界があり、人の活動範囲もまた、限界がある。某汎用人型決戦兵器に関しては、活動限界時間は5分だ。スペシウム光線の使い手なんざ3分である。なら、当然人類種(イマニティ)にも活動限界時間は存在するのだ。よく耳にする「俺今日徹夜だったわ〜」「俺なんか三徹だし」「あ、俺も〜」なんて会話があるが、あんなのは自殺行為と言ってもいい。メンテナンスしない機械が壊れるように、人間もまた、睡眠というメンテナンスをしなければ壊れてしまう。

 

 何が言いたいかと言うと。

 

 

「寝かせろ」

 

「さんざん屁理屈並べた挙句、えらくこざっぱりした結論持ってきたな」

「……はち、めんどくさい……」

 なんで俺は今日会ったばかりの社会不適合者(ニート)に、ひどく可哀想な奴を見る目で見られなければならないんだよ。

「いや待て、この世にめんどくさくない人間なんていない。だから俺はめんどくさいというカテゴリー内では平均点だ。つまり俺はめんどくさくない」

 

「「めんどくさっ!」」

 

 そんな力強く言わんでも。

 実際今日は疲れたんだ。頭も体も使い切ってマジで倒れそうなんだよ。

「それより、八。教えてくれんだろ?」

「何をだ」

「さっきのやつだよ。何が狙いだ?」

 まぁ勝手に巻き込んだしな。それくらいは教えてもいいか。

「単に魔法ってのがどんなのか体験しようと思っただけだ。むしろ、お前らの方がその辺はよく分かったんじゃないか?」

 聞くと、ニヤリと笑う空。

「まぁな」

「んじゃ聞いていいか?白」

「なんで俺に聞かねんだよ」

「お前は対人には適してても、あーいうのは白の分野だろ」

 魔法やイカサマの仕組みを分析解体するのは恐らく白だ。コンピュータレベルの計算処理能力を持った天才の彼女なら、魔法の発動を知るための布石を打ったはず。

「むしろ、その布石は八が打つように仕向けた節があったぞ」

「サラッと心読むなよ。お前は何ノ下だ。空ノ下さんか」

 ハテナを浮かばせた空は一つ咳払いを入れて、目の前に手を開く。

「一つ。トランプを広げたのは何故か」

 開いた親指を折って俺に言う。正確には俺と白にか。

「しっかりとバラバラになっているのを見せるためだ」

 当然のように俺は答える。当然の答えをな。

「じゃあそれは誰に、か」

「……白に、配列を……覚えさせるため」

 おっとバレてた。というか、俺のプランは相変わらずこの空白の反則的なスペックを計算に入れたものばかりだ。他力本願過ぎて、ぼっち名乗んのが恥ずかしいな。

「二つ。使う色を確認し、クラミーが使うと言った色を白に渡したのは何故か」

「配列を……覚えた白が、クラミーの使うカードに……細工するため」

 正解だ。配列を完璧に記憶した白なら当然、シャッフルでその配列を自由に組み替えることも出来る。

「三つ。そもそもなんで今回こんなゲームを仕掛けたか」

「それは言ったろ」

「違う。お前の言葉は嘘じゃないが、足りない」

 ほんと、よく見てる。観察眼に関しては、俺はこいつには勝てないかもな。

「魔法を、俺と白に見せるためだ」

 ここまで読まれるといっそ怖い。

「正解だよ。恐らく2回目のアイコンタクトで配列組み換えでもしたんだろ」

「……はち、当たり……あきらかに、4ゲーム目から……配列が、変わった」

「てか、よく気付いたな、あのアイコンタクト」

 わざわざタイミング合わせて目逸らしたんだ。そりゃ分かる。それに

「もともとあの場に協力者がいたのは分かってたからな」

「なんで?」

 あれ?空は知らなかったの?

「……にぃ、これ……」

 白は手に持っていたスマホを空に渡す。そこに写っているのは、フードを深く被った女の子。

「白……なんで教えてくれなかったのかな?」

「……どうせ後で、話す……言っても、二度手間……」

「いやいつ言っても変わんないよね妹よ!?」

 ともかくそういうことだ。それに俺がゲームを始めた時に感じた視線の方向にいたからまず間違いない。

「それにしても、魔法ってすげぇな」

「たしかにな。原理もわかんないし、感知も出来ないんじゃマジで詰んでる」

 それにしても、なんで俺はこいつらを信用したのか。いや、これは信用でも、ましてや信頼でもないな。実力と思考回路から導き出される打算の結果だ。やはり、俺は異世界でもぼっちのようだ。

 

 

 

 

 

 

 それはそうと

「なんでお前ら俺と一緒にいんの?」

 よくよく考えたら俺達は初対面。今日知り合ったばかりの、言ってしまえば他人だ。まぁ、何となくウマが合う気がするのは、気のせいではないと願いたい。

「まぁ白もお前を気に入ってるのもあるけど、ゲームが強いってのが本音かな」

「は?なんでだよ」

「なんでって、楽しいだろ?」

 溌剌とそう言った。あれかな。強過ぎるが故にライバルを求めてしまうってやつかな。

「……空白に、ドロー……多分、人類……最強」

 なんじゃそりゃ。そんなわけがない。

「いやいやそれはない。あん時のチェスのこと言ってんだったら、そもそもあの時、俺が先行でそっちが後行。引き分けが普通だろ」

 チェスは先手絶対優勢のゲームだ。俺が先行だった時点で結果がドローなのは確定だった。

「いや、それは違う」

 だがそれを空は、空白は否定する。

「確かに、両者が常に最善手を打ち続ければ引き分けが当たり前。けど、八は違うだろ」

「……はち、正攻法……使わない」

 言われてみればそうだ。俺の武器は姑息さだ。故に、最善手なんてクソ喰らえなプレーで恐らく序盤は白だけと戦った。

「それでも、序盤から劣勢だったぞ」

 いくら最善手だから読みやすいとはいえ、流石に追い込まれる。それがスーパーコンピュータクラスの計算処理能力者相手なら尚更だ。

「……それでも……トドメ、させなかった……」

「だから俺も加わったんだが……あれはほんと凄かった。途中から勝つ気なかったろ」

 正にその通りです。実際あの状況から挽回する手はなかった。ならとことん引き分けに持ち込むしかない。そもそも1時間以上1ゲームで使ったのが初めてだったんだよ。そりゃ諦めるよ。

「ましかし、目標も達成したし…そろそろいいよな?」

 スマホを見ながら空は言う。

「……うん、いいと思う……はちも、気にしない」

 何する気でしょうかこの男は。

 

「マジでないわあああぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 絶叫。今日起きた全ての理不尽に、彼は叫んだ。

 

 

 

 

 

「と、落ち着いたところで現状確認だな」

 俺の部屋のベッドの上で空は言った。おい、なんで部屋主がソファでお前らがベッドなんだ。まぁいいけど。

「スマホにDSP、マルチスペアバッテリーとソーラーチャージャーが2つづつに、充電用のマルチケーブルとタブレットか。八、そっちは?」

 所持品確認とばかりに聞いてくる。本人曰く、自己紹介のせいで最初に確認すんの忘れてたとのこと。

「スマホと……ラノベ1、2、3巻」

 俺はこれだけ。マジでなんだろう。あれだ、不幸だ〜ってやつだ。

「……ちなみにラノベの中身は?」

「このす……」

「ああ、もういい分かった」

 されてこれからどうするか。相談を切り出そうと空達を見ると

「白寝ちまったか」

 まぁ、完全にニートのこいつらだから、あの距離歩くだけでも一苦労なのだろう。それなのに文句一つも言わずに歩いた小学生の彼女。そして、妹の頭を撫でる目付きの悪い彼。まったく、羨ましいほどの信頼関係だよ。俺と小町はどうだろうか。

 ……小町、か……

「なぁ八」

「ん?なんだ?」

「なんで異世界物の主人公って、あんな世界に帰ろうとか思ったのかな」

 その言葉には、今まで彼が、彼らが生きてきた分の重みが乗っている気がした。

「落ちこぼれも、天才も生き難い。あんな汚くて残酷でクソッタレな世界に」

 それは、確かにそうだと思う。俺は知っている。あの世界は、比企谷八幡(落ちこぼれ)も、雪ノ下雪乃(天才)も生き難い。だがそれでも、そんな世界に戻りたい奴にはあったのだろう。そして、この世界には見つからなかったのだろう。

「そいつは持ってたんだろ。自分の世界に……『本物』を」

 俺の答えに空は驚いた表情をこちらに向ける。

「八は……持ってるのか?」

「いや……持ってないな。でも……欲しかったな」

 そう、俺は欲しかった。それが見つかる気がした。奉仕部なら、あの場所なら。でも、そんなものも、ただの幻想なんだと、現実は俺に突き付ける。

「八は戻りたいか?」

 どうだろうか。俺にあの世界に心残りがあるだろうか。本物にはなり得なかった関係と、解決していない後輩の依頼。間違ってしまったのではないかという疑念、仲直りもしていない小町とのイザコザ。

「そうだな。俺は……やるべき事を、まだしてなかった」

「八には……あの世界に大事なもんがあったんだな」

 そうかもしれない。ぼっちなんて言っているが、実際は、俺は誰よりも誰かを大事に思っているのかも知れない。

 人は失って初めて気付くと言うが、俺もその1人なのか。いや、大事なのは、ずっと前から分かってた。そんな気がする。

「八がしたかったことって……なんだ?」

 そんなことは決まってる。

「小町と、妹と仲直りしないとな」

 向かい合う2人は、一瞬の沈黙の後、静かに笑う。

「シスコン」

「お前に言われたくねぇ」

 

 

 

 

 

 

 

 扉をノックする音が聞こえる。客か、なんかのサービス?

 空を見ると頼む、というジェスチャー。まぁ白が空の足の上で寝てるし、妥当だな。

 はーい、と返事をして鍵を解き、扉を開けると、目の前には赤い髪の美少女が布切れを体に巻いて、半分涙目で立っていた。

 

 

 




今回はシリアス優先ですね。どちらかと言うと俺ガイルよりな展開でした。
ここまで一気に出しましたが、今後はどうしよう。八幡のパワーバランスが難しい…
空白に引き分けてる時点で大分ぶっ壊れてますが。
感想お待ちしております。


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傍観者― レフリー ―

 おいおいおいおいおいおいおい。なんだこの状況。何がどうなってる。なんで扉を開けたら女の子がいるのん?扉開けて雪だるまつくる予定はなかったですよ?

 いや待て落ち着け。こういった類の女は知っている。美人局だ。何せ伊達に17年もあのクソ親父に育てられてない。こういう女は信用するな。これが、比企谷家の教えだ。だから大丈夫。俺には効かない。聞かないし、聴かない。壺を買って欲しいとか、そんな言葉は聞かない。

「あの……」

 長々と現実逃避していたが、当事者である彼女の声で現実にフェードアウト。どうも比企谷八幡です。

 てか、よく見たらこいつ、あのクラミーに負けた子か。

「何の用だ?」

「えっと……ここにわたくしにイカサマされていると教えてくれた方がいると……」

 そう言えば空がこの子になんか呟いてたな。その事だろうか。

「多分俺の連れだな。まぁ入れよ」

 女の子を自室に迎えることになるとは。いや、でも泊まってる部屋だし。そもそも自室じゃないし。用があるのは空にだし。

「あーえっと……誰?」

「ステファニー・ドーラですわ!さっきイカサマされていると教えて頂いた」

 確かこの子前国王の孫娘だよな?なんでそんな格好を。あの、目のやり場に困るんでやめて欲しいのだが。

「ああ。それで、なんの用?」

「なぜイカサマの内容を教えてくださらなかったのですか。それさえ分かっていれば勝てましたのに」

 なるほど確かに。

「たしか盟約その8だったか?」

 ゲーム中の不正発覚は敗北とみなす……か。

「そうですわ!」

 ふむふむと呟く空。あーあの表情見たことあるわ〜。

「えっとつまり?」

「……負けて悔しいから……八つ当たり……?」

 白起きてたのかよ。それにその言葉遣い……ソファに座っている俺からでもステファニーの顔は見えるが、おいその反応はないだろ。

 

(かかった)

 

 とか思ってんだろうなぁ、空。

「あの程度のイカサマを見破れないだけでなく、負けた腹いせに八つ当たりとか、人類が負けが込むのも納得だわ」

 いやイカサマの内容自体はお前も見破れてないだろ。だが、現状その事実に意味は無い。あるのは、前国王の孫娘であるステファニー・ドーラが、負けてここにいるという一点だけ。

「何を……」

「そりゃこんなのが愚王の孫娘とくれば、当の本人もたかが知れる」

 彼女にとって、王家の血筋とはいわば誇りであり、同時に地雷原でもある。

「わたくしのことはともかく……お爺様のことを言うのは許せませんわ!」

 そして、天才詐欺師(ゲーマー)の空は、その地雷を踏み抜く。

「オマケに沸点も低い。短絡的で幼稚な思考回路。愚王を愚王呼ばわりして何が悪い。それとも、反論できるだけの材料でもあんの?」

「――っ」

 目を見開き、怒りに表情を歪ませて、ステフは空に迫る。振りかぶられた彼女の手が、空に向かって振られ

 

 パァンという破裂音。

 

 そして

 

「じゃあ、ゲームをしよう」

 

 自らの両手を打ち鳴らしたは空は、笑顔でそう言った。

 

 

 

 

 

 

「んで、どんなゲームを?」

 激高間近のステフを一度空から離して、俺は場を整える。寝たフリの女子小学生と笑顔の詐欺師と悲惨な格好の美少女。カオス過ぎるんですよ。

「ジャンケンをしよう。ただし、俺はパーしか出さない」

 精一杯の表現で言う空。だが、俺の観察眼は騙せない。その表現の奥にある感情。こんなの、雪ノ下さんと会話するより余っ程感情が分かる。

「それで……どうなりますの?」

「俺がパー以外を出したら負け。そっちがチョキを出して俺に勝っても、俺の負け」

「あなたがパー以外で私が負けたら?」

「その場合は引き分け。それでいい?」

「分かりましたわ。ではなにをかけますの」

「俺が負けたら、あんたの出す条件を全て呑もう。イカサマのことも教えるし、愚王を愚王呼ばわりしたことが許せないなら、死ねでもいい」

「な!?」

 愚王にとんでもなくアクセント付けて言いやがったな。まぁそこがミソか。ほんと挑発が上手いと思う。

「そんで、俺が勝ったらこっちの要求を全て呑んで貰う。こっちはたかがゲームに命かけてんだ。その位はいいだろ?」

「もし引き分けたら?」

「俺達はイカサマのヒントだけ教える。その代わり、些細な願いを一つ聞いてくれ。現状俺達この金尽きたら泊まるとこも食い物も宛がないんだ」

「……つまり、宿を提供しろと?」

 ステフの質問に、空は恥ずかしそうに舌を出してニッコリ笑う。こいつどんな表情筋してんだ。俺にはできないな、あーいうの。

「分かりましたわ。では」

「「【盟約に誓って】」」

 あーあー始まった。多分これ、空の一人勝ちだろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 結果から言えば、その通りだった。

 ステフはチョキ、空はグー。本来なら引き分けだが、この勝負の要はそこじゃない。

「いいですわ。宿代くらい」

「違うよ」

「え?」

 そう違う。空の出した条件は

「白よ、兄ちゃんが出した条件は?」

「些細な願いを一つ聞いてくれ」

「八、その内容は?」

「言ってないな」

「はァァァ!?」

 驚きのあまりに声を上げるステフ。まぁそりゃそうか。

「そんな、わたくしちゃんと確認しましたわ」

「その時俺はうんとか、はいとか、Yes I am!とか言った?」

「な!?」

 そう、言っていない。あくまで舌を出して笑っただけだ。いやなんとも悪どい。

「それじゃあいこうか。出させてもらうぞ、俺の条件を」

 うわ〜嫌な予感。もうマジでこいつ詐欺師にしか見えない。きっと色んなことから教訓を得るタイプの人間だな。

 

 

「俺に……

 

 惚れろっ!」

 

 ……。

 エコーがかかったように響く、残酷な命令。いや、それはマジでないわ。引くわ。

「ま、待って欲しいですの。それのどこが些細な願いなんですの!?」

 そりゃ怒りますよね。でも仕方ないんだよ。

「些細な、なんてのは人それぞれだ。一口頂戴って言って、一口で全部食って、はいっ一口、なんてな」

「そんな……」

 ここはあいつのセリフを借りよう。

「些細なことなんて主観でしかない。つまりこの場において、あいつが言うことが全てで正しい」

 言ってみると分かるが、なかなかの暴論だよなこれ。人に屁理屈言うなとか言えないよな、あいつ。

「どうだ皆の衆。この俺のパーフェクトプランはっ。惚れさせてしまえば勝手にあれこれ貢いでくれるという寸法だっ」

 うん、ひどいとしか言いようがない。

 ただ…なんだろう。さっきから感じる寒気は。その悪寒の感じる方を向くと、見るからに不機嫌な白が、凄まじい目付きで空を見ている。

 

「……にぃ……おれの所有物になれなら……ぜんぶ手に入った……」

 

「へ?」

 うん、それある。もうそれしか言えない。てか何も言えない。言いたくない。白さんまじ怖い。

「……にぃ、願望入った……」

 白の言葉で残酷な現実を見せられたのか、空は頭を抱える。

 

「ぬあぁぁぁぁぁ!このチャンスを逃したら一生彼女が出来ないというコンプレックスが、俺の判断を狂わせたというのかあぁぁぁぁぁ!」

 

 騒ぐ空。そんな彼に、妹は更なる追撃を放つ。

「にぃ……しろがいればいいって……言った」

 うん、流石シスコン。

 白の言葉に空はフリーズ。そして思考力が戻ったか、ゆっくりと体を動かし

 

「強がってましたぁぁぁスイマセンでしたぁぁぁ」

 

 それはもう綺麗な土下座を決行した。

「だって、妹に手出せないじゃん!?それに11歳だし、お兄ちゃんだって年頃じゃん!?性欲だって性欲だって性欲だってあるじゃん!?」

 言い訳が酷すぎる。そもそも妹に手を出すって発想がもうな。

 その光景に何を思ったか、ステフは壁を殴り始める。うわ〜この部屋更にカオス。もう帰りたい。あ、帰れないや。

 

 

 

 

 どうにか落ち着きを取り戻した現在。

「とりあえずステフって呼んでいい?」

「はいですの♡」

 

「違うのですわぁぁぁぁ」

 

 叫びながらヘッドバッドするステフ。はは、全然落ち着いてねぇ。

「なあステフ」

「はいですの♡」

 特にこの変わり様は、ちょっと見てて面白い気もするが、流石に気の毒だな。

「王宮に住ませて?」

「喜んで♡」

 

「ちっがぁぁぁう」

 

 依然ヘッドバッドを繰り返すステフをよそに、俺達は今後の算段を立てる。

「とりあえず寝床は確保したが、その後はどうする?」

「まずは情報集めだな。でもそれはあしたからだとして、これどうするか」

 そのセリフは絶対に成功しないダイエットフラグだけど、こいつらはやるだろう。ゲームのためなら。

 これとは、ステフの事だろうが、いやほんとにどうすんのこれ。

「白さん、意見を伺っても?」

「……にぃ、童貞卒業……おめっ」

 グーっと親指を突き立て言う白。そのセリフでその場が完全に止まる。これなんてザ・ワールド?てかおい小学生。なんつー事言ってんだ。

「待て待て待て、白。却下だ。妹の前で18禁展開は禁止です」

「……しろ……気にしない」

 いや、しろよ。してください。

「兄ちゃんはするの」

「……じゃあ……ギリギリ健全の範囲で……」

 言いながら、白はスマホを準備する。

「白さん、それは何を?」

「……だって……にぃ、おかず……いらない?」

「ありがとうございますっ」

 おい空。お前実の妹にどんな教育してんだ。

「……じゃあまずは……」

 カメラモードのスマホを構え、白は空の背中を一蹴する。

「……不可抗力からの……乳もみ」

「不可抗力っ!」

 その言葉を聞いた空はあからさまにステフを巻き込んで倒れ込む。

「オットバランスガー」

「きゃあ」

 そして、押し倒しながら、その双丘をその手に捉える。

 何やってんだろこの変態(兄妹)

 付き合ってられないと思い、俺はドアノブに手をかける。

「……乳もみからの……」

「パンティラ」

 もう発音良すぎて聞き取れなかった。

 外に出て少し涼もう。そう思って扉を開けると

 

「今はらっめえぇぇぇぇぇぇ!」

 

 少女の悲鳴と共に人間大の質量が背中にぶち当たる。恐らく空だ。俺達は転がりながら前方の壁に衝突した。

「いててて…おい、大丈夫か?」

 声をかけた先には

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいだってこうでもしないとこの先おっぱいなんて触れないと思ったんですほんの出来心なんですごめんなさい俺とかほんと人間のくずですごみです許してくださいごめんなさい…」

 

 もう廃人一歩手前の青年がそこにはいた。

「どうなってますの!?」

 ステフが扉の向こうから出てくる。僅かに見える部屋の奥では、白がひどい表情で震えている。

「もしかして、2人でいないとこうなるのか」

 

 

 

「し〜ろ〜」

「にぃ〜」

 

 ひしっとばかりに抱き合う2人。それを見たら当然こうなる。

 

「「なんなんだ(ですの)この兄妹」」

 

 これが天才ゲーマー『 』(空白)。2人で1人、1人で半人以下、恐らく人類種(イマニティ)最強のギャンブラーの正体だ。




相変わらずの駄文ですが目を瞑ってください。
原作通りのところは空白や相手の心理描写があまりかけませんので、ご想像にお任せします。
それでは感想、誤字指摘待ってます。
…誤字がある前提なんです。


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探求者― ボッチ ―

どうも。
書けば書くほど評価が下がる、
レベル5の“評価低下《アホクソライター》”こと江波界司です。
とある3期楽しみですね。
それでは本編をどうぞ


 エルキア王国。人類種(イマニティ)最大にして最後の砦。

 現在は王が不在。前国王の遺言に従い、国では次期国王選定戦が行われている。参加権を持つのは全国民、選定方法はなんでもありのゲーム、王の条件はただ一つ。

人類種(イマニティ)最強のギャンブラー……か」

 昨夜ゲームでステフをボコボコにし(空が)、盟約で縛って惚れさせ(空が)、要求を出して王宮に住ませてもらっている(俺たちが)。

 そんなわけでエルキア王国王宮。空白と共に行動することになった俺は、ステフに頼んで本を貸してもらっている。

 ただ一つ問題があり、言語が全く違うという事だ。文法と発音自体は同じ為、暗記と慣れの必要なところではあるが、やはり大変な作業だ。

 ん?白と空とステフ?

 なんでも風呂に入るらしい。昨日の件で空と白が離れられないのは分かった。それ故に、風呂に入るのが極度に嫌いな白を入浴させるために「湯気先輩とステフに力を借りるっ」とのこと。さっき恐らくステフの従者が死に物狂いで薪を燃やしていたが、なんか可哀想でしたマル

 

 

 

 

 小一時間経ち、風呂上がりの3人がやってきた。

「これが執事服か……まぁコスプレみたいで面白いな」

 顔のパーツ自体は整っている空は、クマとボサボサの髪をどうにかすれば、かなり見違えるだろう。ステフは白に対して小さかった頃の服とかなんとか残酷なことを言っていたが、まぁいいか。

「よう。温まったか?」

「おかげ様で。……」

 何やら意味有りげな視線を向ける空。お前目付き悪くて睨んでるみたいに見えるからやめて欲しい。

「なんだよ」

「いや、似合わないな」

 ヘラヘラしながら言うな。似合わないこと自体は最初から分かってる。

 流石に洗濯の必要があるとの事で、ステフは俺たちの服を受け取ると王宮にあった執事服を着替えに貸してくれた。制服よりも更にかたい為動きにくいが、この際なんでもいい。

「それより調子はどうだ?八」

「まぁ、ぼちぼちだな」

 俺の渡す本を受け取って、空はそれを眺める。

「日本語じゃねぇのか」

 当たり前だ。ここ日本じゃねぇし。

人類種(イマニティ)語ですわ」

「「うわ〜まんま」」

 思わずハモっちゃったよ。俺と空はぐったりと呟いた。

「となると、まずは覚えることからか。どうだ?」

「「覚えた」」

 次は白とハモる。何これ流行ってんの?

「は!?覚えたってまさか…言語を一つ習得したってことですの!?」

 おい、耳元で叫ぶな。耳キーンなるわ。確かどっかの芸人は高低差あり過ぎてなるとか言ってたな。うんどうでもいい。

「お、さっすが白〜。てか八もかよ」

「……もっと褒める……」

「お前らが風呂入ってる間にな」

 白の頭を撫でながら、空は俺にも聞いてきた。と、ここで再び彼女が騒ぎ出す。

「ちょっと待ってくださいな。そんな簡単なことではありませんのよ!?」

 いやステフよ。よく考えてから話そうな。

「じゃあなんで俺達は普通に会話出来てんだよ」

「へ?」

 なんかこの反応、ガハマさんに通じるところがあるな。この子もアホの子か。

「……音声言語は一致してる……にぃ、おそい……」

 ということですよステフさん。ただね白?なんで俺の3倍以上のスピードで覚えてんの?赤い彗星なの?

「白〜兄ちゃんに天才と同じレベルの処理能力期待されても無理だよ?」

「ちなみに白って何ヶ国語喋れたりする?」

「十八カ国語の古文まで完璧に。特別なんだよ白は」

「すげぇなおい」

「……にぃだって……」

「それ言ったあとだと六ヶ国語とかめっちゃかすむわ。てか、何気に八も覚えたって意外だな」

「まぁな。国語学年三位舐めんな」

「……にぃ、おそい」

「それまだ言う!?いいか白、男ははやいよりおそい方がいいんだぜ〜」

「……にぃ、小さい」

「小さい言うなぁ!?」

 いいから先進めよ。てか早く覚えろ、何も出来んだろ。

 ステフを見ると、呆気にとられたようにこちらを見ている。

「すごい……」

 まぁ普通はそうだな。白は天才だし、空だって六ヶ国語を話せるだけの力がある。俺は今回たまたま得意分野だったってだけで、こいつらには及ばない。ステフも思っているだろうが、この先人類種(イマニティ)を救うだろう存在は、こいつらだ。

 白に教官を頼みながら言語理解を深める空。

「白、ここは古文の文法でいいのか?」

「……ただし……こっちは例外……」

 ……俺も手伝うかな。あんまり必要ない気もするけど。

「白、お前はなんでも知ってるな」

「……なんでもは、知らない……知ってることだけ……」

 おお、伝わった。

「おい、なんで白と八はそんな仲良くなってんだよ」

「「話しかけないでください…あなたのことが嫌いです」」

「やめてぇぇぇ実の妹に言われたら立ち直れないからやめてぇぇぇ」

 やっぱりこいつらとはウマが合う。

 あと空、その気持ち分かります。

 

 

 

 

「それで、わたくしに何か質問はありませんの?」

 読書もそこそこに、クッキーと紅茶のティータイムでステフはそう切り出した。

 いやアホの子に聞くことってあるか?

「まぁ大体のことは盗賊のおっさん達に聞いたしな〜」

 異世界転生初日。身ぐるみを剥ぎ返された盗賊三人衆に、俺達は引き出せる限りの情報を聞いた。この世界の生立ち、十の盟約、十六種族(イクシード)、位階序列、人類種(イマニティ)の現状。ある程度の知識は持ち合わせていることになる。

「あるとすれば魔法のことかな。どうすれば使える?」

 空の質問にステフはやや暗くなる。

「魔法は…人類種(イマニティ)は使えません。そもそも『精霊回廊』が無いため、感知することすらできませんわ」

 これまた厳しいな。

 つまり、魔法は魔法でしか対処できないってことか。

「だから、人類種(イマニティ)は勝てないと」

 ステフの感情を代弁すべく俺は呟き、ステフは小さく頷く。それを聞いたであろう空は複雑な表情を浮かべる。

 

(そうだろうと思ったよ)

 

 昨日のゲームで分かったが、魔法というのはやはりチートだ。少なくとも魔法が使えない俺達からしたら反則以外のなんでもない。それについても考えているだろう空白は、どのようにこの先を戦うか。ぼっちながらも、やはり気になる。私、気になります。

「じゃあ逆に聞くが、1番上手く魔法を使うのが1位なのか?」

 知ってるくせにそれを聞くか。こいつはステフに分からせたいのだろう。魔法云々よりも重要なことがこの国盗りギャンブルには、ゲームにはあると。

「いえ……1番魔法が上手いのは森精種(エルフ)ですわ。それに1位までいくと、そもそも存在自体が魔法、のようになっていますの」

 確か神霊種(オールドデウス)。位階序列1位の存在だったはず。

 存在自体が魔法って、それ人類種(イマニティ)にはそもそも見ることすら出来ない存在ってことにならないか?っべー、それマジっべー。思わず戸部っちゃったよ。

 休憩と腹ごしらえもそこそこに、俺達はまた調べものに戻る。

 

 

 

 

 

 

「情報が少な過ぎるぅぅぅ」

 そう嘆くのは童貞(多分)ニート(確定)18歳(いやおい)、空白の片割れ空である。

「……ほん、すくない……」

 もう片方の相棒、天才少女の白も静かに愚痴をこぼす。

 俺たち3人は1晩かけて本を読み漁ったが、なんとも情報が少ない。そもそも人類最期の砦であるエルキアの書物がこの程度の量なのがおかしい。国盗りギャンブルで本諸共取られたか?

「もういい。今日寝て明日頑張ろう」

「おい、もう日跨いで朝だわ」

『  』(俺達)にとっては、起きてから寝るまでが1日だ」

 何その新しい観点。

「てかお前ら、今日はまだやることあんだろ」

「あっ」

 本気で忘れてたのか空よ。白も空の呟きで起き上がる。お前寝る気満々だったな。

 昨日のティータイム。空はステフに聞いたのだ「どうして王になりたいのか」と。

 王族の権利、多額の財産、今までのキャリア、そしてエルキア。守りたいものは沢山あっただろう。だが、彼女は答えた。

 

「お爺様が間違っていなかったと……証明したかっただけですわ」

 

 笑顔で答えるステフ。前に空が言った言葉のように彼女の言葉にもまた、大きな覚悟と感情が感じられた。俺にはそれを完璧に理解することは出来ない。けれども、彼女のしたいことは、成し遂げようと努力したことは伝わった。

 努力は人を裏切らない。努力した分だけ、人は成長する。いつかした、雪ノ下との会話を思い出す。

 そして、努力は夢を裏切ることはある。ステフがまさにそうだろう。どう足掻いても、届かないものは、限界はあるのだ。

 だが、出来るものもいる。努力次第で、どうかすることができる奴らもいるのだ。

 ステフの言葉を聞き、空はスマホを起動させる。彼女には読めないだろう。だが俺には読めるし、むしろその決意を俺に見せているようでもあった。

 

『目標:とりあえず国王になってみる』

 

 ゲーマー兄妹は、エルキア王国の国王を目指した。

 

 

 

 

 

 

「そんで、クラミーの戴冠式が今日だと」

 めんどくさそうに言う空。実際今日中にどうにかしないとタイムアップだ。

「紅茶を……お持ちしましたわ……」

 なにやら不安そうにカップをおくステフ。どうした?あ、こいつまだ惚れてるのか。

 空は紅茶をゆっくりと飲み、出かけるかと提案する。

「リアクションしてやれよ」

「え?なにを?」

 向こうでまたステフがヘッドバッドしてるんだよ。多分自分がいれた紅茶なのだろう。可哀想に。

「……にぃ……乙女心、わかってない」

 その通りではあるが、それを男に求めるのは酷なんだよ白。

 大体、全ての行動はイケメンに限る、で片付くんだよ。逆説的に目以外はそこそこイケメンの俺は、大半の行動なら許されるという事だ。違うか。違うな。

 

 

 

 

 

 

 ステフを先頭に、俺たちは王宮の通路を歩く。いや、道が分からないから先導をね?

 と、前から来たのは……ベールが顔の半分を覆い、細身の体を紫を貴重とした衣服で包む、今日戴冠を許される次期国王候補、クラミー・ツェルである。

「今日が戴冠式ですのね……」

 力ないステフの言葉に、嘲笑しながらクラミーは応える。

「あら?私に負けてからずっとそんな恰好なの?ステファニー・ドーラ。それに、その後すぐに私に負けた男もいたの……なるほど彼女の従者で敵討ちがしたかったのね」

 いや全然全く。そもそも従者じゃない。誰かの下について仕事とか絶対やだ。俺は働く気は無い、働いたら負けだ。

「そう言えば、これはあなたの持ち物だったわね。返してあげるわ」

 ステフの着ていたドレスを見せつけるクラミー。ステフが手を伸ばすと、彼女はそのドレスを地面に放る。しゃがみ込み、涙を耐えるステフを無視して彼女は道を進む。

 ステフはドレスに手を伸ばし、だが、それより先にそのドレスは拾われる。

「これだから愚王の血筋と罵られるんだ」

 彼女のドレスを拾い上げた空は、それを持ってクラミーに歩み寄る。

 

「盟約によって行われた賭けは絶対遵守される。これはあんたのものだ…今はまだな」

 

 不敵な笑みと不吉な声で空は言い放つ。

 睨み合う両者、ドレスを乱暴に受け取ったクラミーは振り返り、早足で歩いていく。

 

「なあ白、兄ちゃんについて来てくれるか?」

「うん」

「即答かよ。兄ちゃんとしては結構覚悟して」

「……うそ……だってにぃ、楽しそう」

「……まぁあっちの世界よりはな」

 

 互いを信頼し合う空と白。その2人が今覚悟を決めた。

 そして

 

「八、お前はどうする?」

 

 俺はこいつらとは違う。信頼とか、仲間とか、そんなものはない。

 けど、俺は知りたい。『本物』を、『本物』とはどんなものかを。

 彼らを見ていれば見つかる気がする。形は違えど、あり方はその社会に受け入れられずとも、2人の関係はまた『本物』なのだと。

 だから俺は

 

「見届けるよ。お前らを」

 

 俺は空白の未来を、あり方を見届ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




あれれ?おかしいぞ?
最後の方は八幡キャラ崩壊かな。
評価って怖いですね。あげる度下がっていきます。
やはり情景描写をもっと入れた方がいいのでしょうか?基本知ってる前提で書いてはいますが、伝わりにくいかも知れませんね。
意見や感想、誤字報告よろしくお願いします。

追記
誤字指摘があり、直させて頂きました。


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報復者― リベンジャー ―

どうも。
C級書き手、サイドエフェクトは“駄文制作”の江波界司です。
ワールドトリガーの2期を未だに待っているんですよね。
感想を頂いて気付いたんですが、この作品ヒロイン不在ですね。
そして未定なんです。誰か意見を…
では、長くならないようここら辺で。
本編をどうぞ。


 大きな観音開きの扉。時間的には間もなくだろう。

 今から、エルキア王国次代国王の戴冠式が始まる。もちろん、ただでは終わらない。

 会場の入口、扉の前では既にスタンバイしている集団。

 白髪の天才少女にして11歳のコミュ障、白。その兄にして『  』(空白)の片割れ、空。前国王の孫娘にしてアホの子、ステフ。ぼっちにして空白と引き分けた男、八幡。

 そうそうたるメンツが、最強の国王候補に挑む。

 いや多分最強はこいつらなんだけどな。

「んじゃこっからは別行動だな」

 ステフがなにやら困惑してる気がするが、無視だな。

 まずは俺のすべきことをしよう。こいつらが戦いやすいような場を作ってやろう。それが見届けると決めた俺の役目だ。

 ……多分、一段落付いたらあのセリフ黒歴史だな。今夜は枕を濡らそう。

 俺は扉をそっと開け、3人を置いて中に入る。

 

 え?なんで別行動かって?ぼっちだからだよ、言わせんな。

 

 

 

 

 

 戴冠式会場。司会?を務める男が式を進める。

 俺は周囲を見渡し、目的の人物を見つける。オート発動のぼっちスキルで人混みを躱しながら進む。あの時見たフードと同じ格好。背丈も感覚だが一致する。こいつがクラミーの協力者だろう。

 俺はバレないようにそいつの後に陣取る。

 

「では、この者、クラミー・ツェルが次期国王として立候補したが、他に挑戦する者はないか」

 

 クラミーの戴冠がまさにはじまるその瞬間

 

「異議あり!」

 

 勢いよく扉が開かれ、その声が館内にコダマする。

 大衆が声の主を探し、集まった視線の先にいたのは空白の2人と、ついでにステフ。

 驚きとどよめきが広がり、騒がしい人混みの真ん中を突っ切り、2人+1人は進んでいく。

 高台にいるクラミーと空、白は再び視線を交わす。

「あら?あなた達はステファニー・ドーラの従者達のようね。自分が負けたら今度は従者を送ってくる。その上で負けたのに、懲りないものね」

「いやいやぁ俺達も本当は参加する気はなかったんだけどねぇ。流石にこれは見逃せないよなぁ」

 参加しない気なんざ微塵もなかったくせによく言う。って、そろそろ仕事かな。はぁ仕事したくないわぁ。

「例えば、エルフと結託して、魔法使って王様になったなんて事になったら、この国は終わりだよなぁ」

 空は周辺に聞こえるほどの大声で言い放つ。その効果はテキメン、民衆はざわめき出す。

「……私が、魔法を使ってイカサマしたと?」

「やだなぁ、例えばって言ったじゃん。それともぉ、なにか心当たりがぁ?」

 挑発的な声で空はクラミーを煽る。遠目だが、僅かに表情が歪んだのが俺でもわかる。空が分からないわけがないな。

「それともぉ、逃げる?」

「いいわ。異議があるというなら受けて立つわ」

 逃げ場なんてない。クラミーは受けるしかない。でもその前に

「でも、ポーカーをしたいなら、

 

 そこの協力者さんには退場を願おうかな」

 

 一瞬で声色を変え、低く威圧的に言い放つ。

 もちろん、空はクラミーから目を離していない。だが、そこと言い表した。静まり返る城内、協力者という存在を探す民衆。

 この時、突然行動を取るとどうなるか。

 

 俺は目の前の人物のフードを勢いよく取る。

 

 ざわめきと共に、民衆の視線は一点に集まる。

 そこにいたのは長い耳と金髪、白い肌が特徴の少女。その姿はまさしく森精種(エルフ)。クラミーが協力を得ただろう、魔法を得意とする種族だった。

 

「あれあれ?お友達を助けなくていいの?」

 

 混乱が城内を包む中、空の声はしっかりとクラミーの耳に聞こえたようだ。

 数秒の沈黙。

 クラミーは目を閉じたまま

「なるほど。適当な森精種(エルフ)と結託して私を悪者に仕立て上げようって魂胆ね」

 いい答えだ。即興の割にはなかなかのクオリティだな。

「面白い言い訳考えるねぇ。それともぉ、あらかじめ用意してた?」

 その可能性もありましたね。

「ではそこの森精種(エルフ)には出ていって貰おうかしら。もちろん勝負は受けるわ。イカサマの介入する余地なんてない、公正なゲームでね」

 クラミーが言うと、目の前にいた協力者は走り去って、部屋を出る。

 盟約その5、ゲーム内容は挑まれた方が決定権を有するだったか。

「ここでポーカーを選ばない所を突っ込まないあたり、俺やさしい」

 空はスマホをかざしてクラミーにシャッターを切る。

「おたく、写真写り悪いよ?もうちょっと笑えば?」

 クラミーの表情が何かを疑っているのは明らか。大方、あのスマホが魔法を感知する機械だとでも思っているのだろう。

 これは空が仕掛けたブラフ。魔法が簡単には使えないという意識を植え付けるためのハッタリだ。

 だが、今回はそれが大いに役に立つ。あくまで相手がこちらの思惑通りに動いていればだが。

 

 

 

 

 

 クラミーは準備するために席を外すとのこと。

 会場は城内の広い部屋。集まった観客の前で勝負をするらしい。

 俺達は城の外側にあるベンチに集合し、今後の算段を立てる。もっとも、今回は空白(2人)に任せるしかないが。

「どういうことですの?」

 未だ状況が呑み込めていないステフに、俺を含む3人はため息を一つ。

「いいか、できる限り分かりやすく簡単に説明するぞ」

 空は呆れ半分怒り半分落胆半分でステフに言う。あ、パーセンテージ超えちゃってる。

「まず、この国王選定戦。これが欠点だらけだ。参加条件は人類種(イマニティ)全員。裏を返せば、他の種族から干渉され放題だ。つまりこれは国交戦、外交戦略に他ならない。ここまでおーけー?」

 何ノ下さんレベルでまくし立てる空。ステフもふるふるとした態度を見せながらも頷く。

「え、ええ」

「じゃあ次、八。パス」

「おい」

 めんどくさい。ただ話が進まないと時間来ちゃうし、仕方ないか。

「では相手、クラミーについてだ。相手は森精種(エルフ)と結託して魔法を使って勝ってきている」

「ではわたくしも魔法を使われたんですの?」

「正解」

 俺も使われたからな。そこは保証できる。空達と話して検証も済んでるから、ほとんど確実だ。

「では、魔法を使ったとイカサマを証明できれば……」

 うん

 

「「「それ無理」」」

 

「は?」

 無理なんだよ。そもそも人類種(イマニティ)

 魔法を感知することすらできない。だから証明もこもない。

「では……その機械で魔法を感知するのではないんですの?」

 スマホの事だろう。

「あのなぁ。これはクラミーが魔法を使うことを躊躇わせるブラフ!そもそも人類種(イマニティ)は魔法感知ができないんだろ?」

 ステフですら勘違いしてるんだ。当然クラミーもしている…

「なあ、このブラフ大丈夫か?」

「え?なんで?」

 だってそうだろ。

「だってアホの子のステフが引っかかる様な罠だぞ」

 聞いた2人、空と白は徐々に青ざめていく。

「俺としたことがステフの頭を基準に話を進めてしまっていた……」

「……にぃ……これ、やばい……」

「納得いかないですのぉぉぉ」

 落胆する兄妹、絶叫する王族の娘、平和だなぁ。勝負を前に俺はそんなことを思うのだった。

 

「ま、それは置いといてだ」

「置いとけないですの」

 せっかく話を区切ったんだから茶々入れんなよ。

「俺達は魔法を使われたら基本的に負けだ」

「その通り。『記憶改竄』とか『伏せ札書き換え』とかされたら証明も出来ないし負け確定だ」

「ではどうしますの」

 マジですか?ここまで説明して?ほんとに由比ヶ浜の生まれ変わりじゃねぇのか?あいつ死んでないけど。

「だ・か・ら、それを避けたんだろうが」

 へ?と間抜けな声をあげるステフにさらに俺が続ける。

「さっき言ったブラフだ。相手はスマホのおかげで簡単には魔法が使えない。それこそ、俺達に直接干渉するような魔法は避けるはずだ」

「けど魔法を使わないって訳じゃない。でもまぁ、ここまでくればもう大丈夫だ」

「なんでですの?」

 ここからは『  』(こいつら)の領分だ。俺は2人を見据える。

「ここからやるのは魔法一つでひっくり返るほど単純じゃない、複雑でイカサマのバレにくいゲーム。つまり」

「……表向きは、公正なゲーム……」

「だからなんなんですの?」

 そう表向きは、だ。こっちの不利は揺るがない。だが、2人の目に恐れはない。

「原理的に勝てないゲームじゃなけりゃ「 『  』(空白)に敗北の二文字はないっ」」

 平然と、悠々と、2人は言う。

 

 と、ここで足音がきこえてくる。

 クラミーが来たようだ。

「単刀直入に聞くわ。あなた達、どこの国の間者?」

 例えそうでも答えるわけがないだろ。

「えっとー僕達はどこどこのーって答えるわけないだろ、バカなの?しぬの?」

 空の挑発は今日も冴え渡っているようだ。

「……白状するわ。私は森精種(エルフ)と結託しているわ。でもそれは、森精種(エルフ)の庇護下で人類種(イマニティ)の生存権を得るためよ。傀儡になんて絶対にさせないわ」

「「う〜わ」」

 思わず声に出しちゃったが、どうやら白とハモってしまったらしい。

「白、八。わざわざ口に出さなくていい」

 どうやら空さんも同じ考えのようですね。

「それで?」

 思ったよりも低い声が出たな。俺はクラミーに続き要求し、彼女もそれに従う。

「これから先人類種(イマニティ)が生きる道は強い勢力の庇護下で生存権を確保し、その後一切のゲームを断るしかないわ。分かるでしょ?」

 ステフに問いかけられたその言葉を、彼女は無言で肯定する。

 確かに俺達は最弱種族かもしれないが、流石の俺もそこまで卑屈じゃないぞ。

「どの種族も森精種(エルフ)の魔法には勝てやしない。あなた達が相手でもそれは例外ではないわ」

 だからと、クラミーは続ける。

「少しでも、人類種(イマニティ)として、この国を大切に思うなら……」

 今までとは違う、慈愛に満ちた笑顔で彼女は言う。

 

「この勝負を降りて」

 

 他の種族の庇護下で鎖国政策。悪くない。それはこいつらも同じく思ったことだろう。

 現に

「なるほど、悪くない考えだ」

 空はクラミーに言う。

 けど、俺はこの先の展開が読めている。あいつらならきっと言うだろう。

「……次のお前らのセリフは」

 俺はぼそっと、空達を見ながら言う。

「だが断る、だ」

 

「「だが断る」」

 

 テンションが上がったのか白も声を揃えて言う。

「……理由を聞いても?」

「なぜなら……」

 元ネタの知らないクラミーは空達に、俺も含まれているかもしれないが、続きを求める。

「さらに次のセリフは」

 

「「この『  』(空白)が最も好きな事のひとつは「自分が絶対的優位にいると思ってるやつに『NO』と断ってやる事だ……ッ」」」

 

 俺達は声を揃えて言った、あの言葉を。

 ステフとクラミーは呆気に取られている。それに対しこちらは、

「リアルに言いたい台詞第4位、リアルに言えたな」

「……にぃ……おめが、ぐっちょぶ……」

「でも八はずるいよな。なんでそれも使っちゃうかなぁ」

「いいだろ。お前らに来た質問なんだからよ」

「……はち、ずるい………マイナス10ポイン……」

「悪かったよ」

「……ん…·撫でるの気持ちいい……プラス15ポイン……」

「おいこら、白を洗脳するなロリコン」

「ロリコンじゃない、シスコンだ」

 俺たち3人は、明らかに場違いテンションで互いを讃え合う。いや讃え合ってないな。でもしょうがない。だってテンション上がるよね?あっちの世界だと誰も通用しないんだよ。てか、誰とも話さないから今まで使えた試しがないんだよ。

 呆気に取られたクラミーは咳払い1つで俺達の意識を向けさせる。そして

「分かったわ、完膚なきまでに叩きのめしてあげる」

 準備が出来ているのだろう。会場の方へ歩いていく。

「行くか」

 『  』(空白)の2人は頷き、クラミーが歩いた道をなぞって進む。

 その3歩後ろを追うように、俺とステフは歩き出す。

 

 さて、見せてもらおうか。

 天才ゲーマーの実力とやらを

 

 

 

 

 

 

 




ご愛読の皆様ありがとうございます。
前書きでもあった通り、ヒロインが不在です。
意見があればどうぞよろしくお願いします。
そもそも登場キャラがまだまだ少ないのでなんとも言えませんが、とりあえず白メインで話は進めたいと思います。
感想、批判、意見に誤字報告待っています。

追記
台詞ほんの少しだけ直しました。流石にパロディで台詞ミスはダメですよね。


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熟練者― エキスパート ―

前書きでふざけ始めてもうネタ切れ。
どうも。
江波界司です。
大筋のストーリーは原作とアニメ版のいいとこ取りで進めたいと思います。
早くジブリールを出したい…
ではでは、本編です。


 早足で歩いていったクラミーは、俺たちの視界から完全に消えていた。

 空、白、ステフと俺は会場へと伸びる通路を、迷いなく進む。

「ソラ……なぜあの要求を断ったんですの?クラミーの言うことは、間違ってはいないと思ったのですが……」

 3歩分程後ろにいるステフは、彼に問う。何故かと。

 確かに、クラミーの提案はひとつの解決案だ。負けが混むなら、そもそも戦わなければいい。他国を侵略しない、他国からの侵略を許さない、他国との争いに関与しない。完全な中立と平和主義によって国を守る事も、理論上可能だ。何せ十の盟約によって暴力や略奪は禁止されている。ゲームさえしなければ失うものは何もなく、庇護下に入れば食料云々もどうにか出来る。最弱種族から見ればむしろ理想的な形だ。

「あのなぁ〜」

 声色ですぐにわかる。落胆という言葉が1番当てはまるその感情を隠さずに、空は振り向いてステフに言う。そろそろ人を疑うことを覚えろと。

「一つ、あいつの言葉が真実である証拠がどこにある」

 俺達は魔法を使えない。嘘発見器みたいな物もないため、そんなことは証明出来ない。むしろ、相手が魔法で騙してくる可能性の方が高い。

「二つ、なんで必勝の策があるのに降りろと言ってきた?」

 魔法に対して人類種(イマニティ)は無力。故に勝てない。その理論があっているなら、何故クラミーは辞退を求めるか。それは、今から行うゲームが『必勝』から『圧倒的有利』に変わったことを示している。

「三つ、仮にあいつの狙いが本当だとして、それをどこの間者かも分からない奴らに教えてしまうような無能にこの国は任せておけない。四つ、さらに話し合いでこっちの手札を探られたらお終いです。おーけー?」

 言わずもがな、そんな結論ありきで空はステフに問う。

「そ、そこまで考えての台詞だったのですねっ」

 なんで目キラキラさせてんだよ。元ネタ知らないとこういう反応になるのか。Oh……小町から、何言ってんのごみいちゃん、見たいな目で見られたのを思い出すな。

「ま、それだけじゃないけどな」

 ステフには聞こえなかっただろう。呟くように小さく、強い感情によって低く、空は口に出す。

「どいつもこいつも、人類舐めすぎ」

 魔法には勝てない。だから最弱種族。この世界ではそれが当たり前なのだろう。

 だが残念ながら、その常識は通用しない。異世界から来た、最強の人類(最弱)、この兄妹にはな。

 

 

 

 会場の扉を開けまず目に入ったのは、白と黒の巨大なコマ。成人男性よりも大きいそのコマは規則正しく並ぶ。そして、足元には白と黒の四角形が隙間なく詰められた定盤。つまりこれは

「「チェスか」」

 空と俺が呟き、それを見てボードを挟んだ向かいにいるクラミーは笑う。

「ええ、でも、ただのチェスじゃないわ。このチェスは、コマが意識を持ったチェス」

 つまり、生きた兵を使った擬似戦争ゲーム。

「なるほど、指揮官の指揮能力、カリスマ性、統率力に戦略戦術がものを言うゲームってことか」

「理解が早くて助かるわ。でも、あなたがやるわけではないでしょう?」

 そう、俺はやらない。やるのは

「なぁ?俺達は2人でやっていいか?」

 空はクラミーに問う。

 それを聞いて前に出ていた白は空に複雑な表情を向けていた。

「……にぃ、しろが……まけるって?」

 白はチェスの完全な必勝法を実践できるほどの天才。それでも勝てないと空は言うのか。いや違う。

「白、俺達は2人で1人、2人で『 』(さいきょう)だ。チェスで白が負けるなんて万に一つもない。でもこれはただのチェスじゃない。俺たち2人で勝つぞ」

「……にぃ……ごめん……先走った……」

 分かればいいとばかりに空は白の頭を撫でる。

「それでどうだ?」

 2人に代わってクラミーに確認をとると、ご自由にとのこと。

「白、兄ちゃんが相手の狙いと策を見つけるまで勝ち抜いてくれ」

 矛盾したようにも見える要求を、しかして白は了解と肯定する。

 そして今勝負が始まる。

「「「【盟約に誓って】」」」

 

 

 

 

 

 クラミーはこちらに先手を譲った。先手有利のゲームのチェスで、彼女は最低1度の相手のミスが勝利条件を後攻を選んだのだ。

 だがそれは油断でも、ましてや愚策でもないことを俺たちは知ることになった。

「前へ」というたったひとつの指示で、ポーンは本来動けない3マスの移動を行う。感情を持つが故に、その統率力によって兵士の力は格上げされる。その後も反則的な動きをするクラミーの兵士たち。

 だが、2人には焦りなんて微塵も感じない。

「……チェック」

 もはやチェスとも呼べない程の動きを見せるコマ達を相手に、天才少女は引かないどころか追い詰める。

「すごい」

 ステフだけでなく、観客からも言葉が漏れる。

 実際すごい。ルール無視の相手と互角以上に渡り合う白は、正しく天才ゲーマーそのものだ。

「実際そうでもないさ。本当のプロ棋士なら素人相手に飛車角金銀桂香の十枚落ち、つまり王と歩兵だけで相手を完封しきる。本当の実力差は、ある程度のルール改変くらいじゃ埋まらない」

 それほどまでに白は強い。

 だが、その優勢も長くは続かなかった

「……!」

「……やっぱりそうか」

 動かない……白の指示を、コマは拒絶した。

「意思を持っているなら、当然こうなるか。わざわざ死ぬと分かっている所に行こうって兵士がいるわけないな」

 くそっ、と小さく呟いて空は顔を歪める。このゲームは動かないところにこそ重きを置く必要があった。

 そして案の定優勢は互角から劣勢へとかわり、もう盤上に白の指示を聞く兵士は残っていなかった。

 俯き、目に涙を浮かべ、彼女は口にする。

「……にぃ、ごめん……まけた……よ……」

 結果から言えば白では勝てなかった。それは事実で、けどそれは終わりを意味するわけではない。

 俺はほぼ無意識に、白の頭に手を置く。

「前向け。まだお前らは、『』(空白)は負けてないだろ。なあ?白」

 しゃがみ込んで白と目線を合わせた俺は、彼女に言った。

 白はそれを聞いて、驚きが感情の全てを支配しこちらを見る。

「まだチェックメイトなんて言われてないだろ。それに、お前の兄ちゃんは諦めてないみたいだぞ?」

 はっとした白は、隣にいる(相棒)を見る。そこにはいつもの、余裕で不敵に笑う、空がいる。

「全く、八から台詞持ってかれたわ」

「悪いな。お兄ちゃんスキルがオートで発動しちまった」

「人の妹に手出してんじゃねぇロリコン」

「ロリコンじゃねぇ、シスコンだ」

 俺は立ち上がって後ろに下がる。余計な真似をしたが、ここからは任せよう。……俺から任せようなんてセリフが出るとはな。

「白、こっからは2人で行くぞ。それにこれは兄ちゃんの担当分野だ」

 空は白を抱き上げて、前方にある手すりに座らせる。

 そして大きく息を吸うと……

 

「全・軍・に告っげぇぇぇるっ!」

 

 城内を揺らすほどの大声で彼は叫ぶ。

 

「この勝負に勝った暁にはっ国王権限でっ好きな女と一発ヤる権利を与えるっ」

 

 静まり返る大衆。だが、その静寂からは侮蔑や失望。あらゆる悪感情が空に向けられていることを示す。だが、彼は止まらない。

 

「さらに!この勝負に参加した全ての兵士には、以後の軍役を免責し、生涯の国税も免除、国から給付金を出そう。故に、童貞っ死にたもうなっ!また愛すべき家族が、帰りを待つものがいる者達も、全員生きて帰るぞっ!」

 

 もはや賢王とは言い難いほどの下劣な演説。しかして、盤上で死闘を繰り広げる騎士(ナイト)達は

『ウオォォォォォォォォ』

 自らの意志を、その漲る声と共に奮い立たせる。

「ポーン7番隊、敵は目の前だ。先手を取って奇襲をかけろっ!もはや奴らは我々の敵ではないっ」

 空の指示で動き出すポーン兵。眼前の敵を切り倒し、黒のポーンは砕け散る。

「なんでっ!」

 思わずクラミーは声をあげる。本来なら動くはずのない兵、それが自らの兵を破ったのだから、それは驚く。

「古今東西、男とはたった一つの正義のためにしか戦えず、そしてそれはひとつしかない」

 突然語り出す空。そして再び息を吸い全軍に呼びかける。

「兵士たちよ、これはこの国の行く末を決める一戦だ。この国の未来がたった一人の王に託される。それをっあんな頭の足りない愚王に任せて良いものか。そして我々が勝てば、彼女が王だ。幼き身で有りながら諸君に勝利をもたらさんと奮戦し、無慈悲と突き放され、ここで泣く彼女が王だ」

 手すりに座り、未だ涙を浮かれべるか彼女の前髪をかき上げ、空は続ける。

「これ以上、彼女を泣かせるな、悲しませるな。国民の為に王を目指して戦った、勇敢で華麗な彼女を泣かせたままとは……お前らそれでも男かぁぁぁぁぁぁぁっ」

 再び咆哮をあげる白き兵たち。そして空はクラミーを見据えて口を開く。

「たったひとつの正義、それは『かわいい』だ。男達はその為に命をかけ剣を握る。己が欲求の為、正義のために戦い続けるっ。所詮男はそんなもんだぁぁぁぁ」

 俺すらも軽く引くほどの演説を繰り返す空。しかし、その内容とは裏腹に兵士たちの士気はありえないほどに高まる。

「まだだ、彼が開けた道を無駄にするなっ!畳み掛けろ」

 疲労で動けぬポーン。だがそれを援護するかの如く、他の兵も進軍し、黒の兵士達との交戦を始める。

「ちょっと!私の手順なのに!」

 あまりの異質な光景にクラミーは前屈みでこちらに言う。

「は?本当の戦争で相手の手順を待つバカがどこにいる?」

 だがそのクラミーの指摘は間違いなのだ。これはチェスであってチェスではない。

 戦略と戦術を競い合うストラテジーゲームだ。

「この手のゲームに関しては、俺は白にも負けたことないんだよ」

 相手の出方と思考を読み合い探り合うこのゲームにおいて、もはや空は怪物と錯覚する程の適性を見せる。

「おかしいか?当然だよな?魔法で統率を上げてんだもん。言ってしまえば『洗脳魔法』ってとこか?」

 表情を歪めるクラミーを空は更に追い打ちをかける。互いの指示が飛び交い、盤上ではまさに戦争がその火を熱くしていった。

 兵士を固めて立てこもるクラミー、それを愚策と愚王と罵る空。

 現代のプロパガンダ政策を駆使し仲間の指揮を上げ、敵を貶める。もはや勝ちは見えた。そう誰もが思った瞬間だった。

 

 斬りかかった白のポーンは、突如その体が黒く塗り変わる。

 

「統率が洗脳なら、こういう事も出来るわよね?」

 クラミーは低くこちらに言った。つまり魔法による強制洗脳。ここまで来れば他の国の種族なら魔法を感知される恐れがある。それでもやったのは最終手段であり、追い詰められたからだろう。

 だが、この状況は……

 

 

 

 

 

 

 ー空sideー

 

 

 

 魔法による洗脳。ついに敵軍の兵士を味方にする手まで出てきた。有能な指揮官を演じながら一時撤退を指示。

 クラミーの奥の手とも言えるこの策。これは

 

 予想通りだ。

 

『洗脳魔法』を使っている事が推測の域を出ないが分かった時点で、この状況は想定していた。

 クラミーは勝ちにこだわる結果主義の性格。前の八がやったスピードのゲームで、その性格は掴めていた。ギリギリになったら奥の手を使ってでも勝ちに来ると。

 優勢にたったつもりか?ここまでは計算の範囲内だよ。あとは

「白、クイーンを引きずり出す。軍の采配を頼めるか」

「……よゆー、デス」

 それってなんて大罪司教とばかりに白は返事をする。もちろんクラミーには聞こえないようにな。

「……ポーン隊、側方の守備を……ナイトを近付けさせないで……」

 白の指揮の下、白い兵たちは陣形を組む。

「その程度。クイーン、王の首を跳ねなさい!」

 来た。クラミー側の黒いクイーンがキングに迫る。そして

 

「女王よぉぉぉ」

 

 盤上に降り立ち、俺は黒の女王の前に跪く。

 

「女王よ、どうか剣を下ろして欲しい。なぜなら、そなたは美しいっ」

 

 周囲が困惑してるのは痛いほど伝わってくる。だがそんなことは気にしない。

 

「女王よ、もう一度言おう、そなたは美しい。そんな美しき貴殿に剣を握らせ矢面に立たせる。ついには洗脳と圧政によって民を虐げる王の悲しき妃よ。そなたが尽くすだけの価値が、あの王にあるのか、今一度考えて欲しい。今や王は乱心の坩堝(るつぼ)にいる。それを止められるのは、止めるべきものは、かつて共に民を救おうと寄り添ったそなた以外にいないと思うが、相違あるだろうかっ」

 

 黒いクイーンのコマ。目の前にいる彼女は、身を翻し、かつて付き従った王と向かい合う。

 そして女王の黒き身体が、純白へと姿を変える。

「寝返った!?」

 クラミーの驚きように笑みがこぼれそうになるのを必死に耐える。

「なんせ、恋愛シュミレーションゲームは俺が白より得意な数少ないゲームの一つだからな」

 再び白達がいる持ち場へ戻って、俺は次の手を選ぶ。

 いくら作戦とは言え賭けの部分が大きい。どうする、1度仕掛けるか?いやしかし……

 

「これでこっちはクイーンが2人、さらに相手の洗脳も解けることが分かった……勝ちだな」

 

 熟考の最中、八はクラミーに言い放った。それを聞いてクラミーは表情を歪めている。

 全く、いい仕事するぜ。

「ナイト!裏切り者の首を跳ねなさい!」

 八の言葉の真意が分かるはずもなく、クラミーは乗った。これで……行ける。全部の条件が揃った。

 後は、勝つだけだ。

 

 

 

 

 ー空side outー

 

 

 

 

 黒のナイトは姿を変えたクイーンに向かう。だがその刃が届くことはなく、女王の前に跪いたナイトもまた、その身体を白色へと変える。

「なんでっ!?」

 理解できないか?まぁ普通はそうなのか。俺や空みたいに普段からやっている人間観察を怠るとそうなっちまうのかもな。

「あなた達……何をしたの……」

 これも1つの原因か。クラミーは俺達がどこかの国の間者だと思っている。それ故に、理解不能な全ての原因が未知数な協力者の手によって行われたと錯覚するのだ。

「今まで仕えたてきた女王を討てなど、兵に、民に酷な命令なんて下すものじゃないぞ、狂乱の王よ」

 だが、俺達は何もしていない。もちろんいるはずもない協力者も。あくまでルールに従っての行動と、それに基く結果だ。

 そのナイトに続くように、かつては黒き女王の配下として付き従った兵士達が、今は白きクイーンの前に集合する。そして

 

 その一軍は赤い姿へと更なる変化を見せる。

 

「なっ」

 クラミーだけでなく、会場中が息を呑む。

 第三勢力の登場。もはや洗脳すら効かない、反抗を誓ったクイーンとその兵達。これでクラミーの強制洗脳も封じた。

「……いいわ」

 負けを認めたか。クラミーは下を向きながら声を絞り出した。

 

「裏切り者を、その命と引き換えてでも倒しなさい!」

 

 今までにないほどの圧力が、黒の兵士達を前進させる。これでは一対一どころか優勢な現状でも、状況をひっくり返し兼ねない。

「……にぃ、てきを追い詰め過ぎると……こうなる……」

 流石の白も不安をこぼす。だが

「知ってる。だからそうさせた」

 空は言う。これが全てプランの内だと。

「古今東西、圧政によって国を収めた王が賢王だった試しはなく、またその結末も揃えたように決まっている」

 赤と白の兵団に迫る黒の騎士達。そしてそれを最奥で見据える黒の国王。

 次の瞬間、

 

 黒の王(キング)は音を立てて砕け散った。

 

「劣勢によって追い込まれ、最後は兵士ですらない第三者による暗殺で幕を閉じる」

 

 チェックメイト。




長い。
というわけでクラミー戦でした。
ちょっと雑な切り方かも知れませんが、長いのでここまでで。
感想と意見に誤字報告、出来れば高評価もお待ちしています。


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勝利者― キング ―

この早すぎる更新に好評を
どうも。
ヒキニート予備軍こと、江波界司です。
そういえばミツルギキョウヤって八幡と同じ声優の江口さんでしたね。
はいどうでもいいですね。
ここから本編です。



 誰も声をあげない。

 それ程までに今起きた出来事は突拍子もなく、常識外れの現象なのだ。

 おおよそチェスではありえない、戦うこともせずに王が倒れるという異常現象。それにいち早く反応したのは当事者のクラミーだった。

「なん……で……」

 絶望を絵に描いた様な顔で、彼女は跪く。

「残念ながら、俺たちの世界は、ここよりももっと残酷で、こと争いに関してはあんたらより余程熟練者(エキスパート)なんだよ」

 俺たちのいた世界。現実の歴史だけでなくフィクションの世界もまた、争いと戦いが膨大な数存在する世界。その醜さをも直視し、ゲームという形でソレを実践してきた『  』(彼ら)にとって、このシュミレーションゲームはクラミーよりも理解を深めていると言えるだろう。

「勝ったん……ですの」

 ようやく状況を飲み込み始めたステフが呟き、その結論が大衆へと伝わると、城内にまた凄まじい歓声が沸き起こる。

「良かったなステフ」

「へ?」

 俺の言葉を理解できなかったらしい。うん流石アホの子。

「最弱の人類種(イマニティ)が何の後ろ盾もなく森精種(エルフ)の魔法に勝ったんだ。『  』(あいつら)が証明してくれたって事だろ。お前のおじいさんは、まちがってなかったって」

 喜びの表情が驚きに変わり、そして更なる喜びの感情が彼女の表情を埋め尽くす。

「はいっ」

 

「八、サンキューな。助かった」

「何のことだ」

「最後のとどめの為の布石だよ。アレなきゃ賭けに出てた」

「俺は思ったことを言っただけだ。別に助けてない」

「あれあれ?俺は何も『言った』なんて言ってないよ?」

「揚げ足とんな」

 こいつ俺にもふっかけて来るのか。すると白が俺の袖を引く。いつも間に手すりから降りたんだろ。

「……はち、ひねデレ……」

「おいなんでお前がそれ知ってんだ。別に助けちゃいない。お前らが勝手に助かっただけだ」

 決まったな。

 すると後からいつかの様に足音が近付いてくる。

「あなた達、一体何をしたの」

 クラミーは鋭い目付きで睨みつける。だがそんな威圧は聞かないとばかりに、空はヘラヘラと応えた。

「え?なにも?」

「うそよ!一体どこと手を組んだの!それとも、人類種(イマニティ)が他の種族に力を借りないで森精種(エルフ)の魔法を破ったって言うつもり!?そんなの……」

 不可能、か。ま、普通ならな。でもこいつらは普通じゃないだろ。

「言うつもりはない、実際その通りだし」

 空はゆっくりとクラミーに近づく。その鋭い目には強い感情が宿っていると直感した。

「あんた達のせいで全パァよ。私が一体どれだけ苦労したことか…」

「確かに魔法はすごい。普通なら人類種(イマニティ)じゃ手の打ちようがない。けど……それが負ける理由だと思ってんだったら、ちょっと卑屈過ぎんじゃねぇの?それで他種族に尻尾振るとかふざけんな」

 クラミーの目の前まで来た空は、彼女の耳に口を近づけ呟く。

 

「あまり人類を舐めるな」

 

 低く、怒りという感情がこもったその声を聞いてクラミーは俯き、その拳は強く握られている。

 そりゃ文句の一つや二つあるだろう。クラミーは微かにだが声を発した。

「う……」

「う?」

 クラミーの言葉を聞いて空は続きを要求するが、あれ?これは…

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん」

 

 年頃の少女は、公の場で号泣する。

「うわっと!」

 流石に驚いた空は引き下がる。

 

「うわぁぁぁぁぁん……わたしが……けいやくを反故にするためにどれだけ……どれだけめんどくさいことを……それを……ぜんぶぜんぶあんたのせいよ……あほぉぉぉバカぁぁぁしんじゃえぇぇぇぇぇぇ」

 

 緊張の糸が切れたのか、はたまた元からの性格か。彼女はわんわんと泣き続ける。

「……にぃ……女の子、泣かせた……」

「え!?これって俺が悪いの!?」

 悪いだろ。現にこの場にいるほとんどがお前に敵意剥き出しだぞ、多分。

 しかしなんだろう。周囲を気にせず大泣きする彼女が、いつか見た幼い頃の小町に重なって、俺は……

 

「へ?」

 

 クラミーの頭を撫でていた。

 

 っておいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!

 俺何してんの?マジで何してんの?馬鹿なの、死ぬの?

 やばいこれはやばい、言い訳もこもない。だって誰がどう見ても泣きじゃくるクラミーを慰めに来たやつじゃん。もう終わった。俺の人生終了した。流石にヘヴィー過ぎる。こんな黒歴史抱えて生きていける気がしない。

 しかしその唐突さ故かクラミーは嗚咽を混ぜながらも少し落ち着いたようだ。

「ま、まぁあの……なんだ……お前の苦労は分かるとは言えないし、あいつらが勝って多分王になるけど……あれだ。文句があったらいつでも来い。相手になるから……あいつらが」

 とにかく場の整理を優先しよう。俺はどうにか言葉を紡いで、それを聞いてクラミーは小さく頷く。

「……ぜったいに……認めないから……」

 彼女はそう言い残して去っていった。

 いや〜もう後ろ振り向きたくない。絶対なんか言われる。もう分かる。帰りたいわぁ。

 ゆっくりと振り返ると、3人が一様に俺を見ている。

「お前……白だけに飽き足らず……」

「違うわ!誰が手出すか!てか白にも出してない。あれだよ、なんか妹と重なっちゃってついやっちゃったんだよ」

「……それ、犯罪者の、言い分……」

 白さんやめて。確かに不審者扱いされたことは少なくないけど、犯罪者はやめて。無罪だ。俺は法廷ではなにも認めない。

「……ハチって……優しいんですのね」

 そんでステフ?どこからそんな結論が?

「違うっての。ただあのままだとめんどくさいと思っただけだ」

 あのままクラミーが泣き続けたら今後の戴冠式にも影響が出るし、そうなると早く帰れない。つまりただ帰りたい為だけに俺は動いたんだ。

 ホントダヨ?ハチマンウソツカナイ。

 

 

 

 

 

 ともあれだ。空白はクラミーに勝利し、後は王様になって戴冠式を終えるだけ。

「では、空様が次代国王と言うことでよろしいでしょうか」

「いや、俺じゃなくて俺たちな。俺たちは2人で1人のプレーヤーだから」

「いえ、それはできません」

「は?じゃあ名義上は俺って事にして……」

「異議あり……にぃが王様になったら、ハーレムつくる……それ、だめ……」

 

 なんて思ってた時期もありました。はいもうめんどくさい。

 そう、かつてはクラミーが立っていた高台の上では誰が王様か議論が勃発したのだ。

「で、では、間をとってハチが王様って言うのはどうですの?」

 その兄妹喧嘩に紛れてステフが爆誕投下。けど、それは不発弾だ。

「いや、それは無理だ」

「八はクラミーに負けてるだろ。だからそもそもなれないんだよ、もっと考えて喋れ」

「……ステフ……アホの子」

 俺から始まる三連撃、まさしくジェットストリ〇ムアタックを喰らったステフの反応は

「なんでたった一言でそこまで言われなければならないんですのぉぉぉ」

 当然お怒りです。

 確か空達が争ってる理由は盟約その7、集団での争いには、全権代理者をたてるものとするという1文からだ。ん?でもこの文章は…

 ま、いいか。どっちみち結果は見えたし。

「ステフ、俺は帰って寝る。疲れた」

「へ?あ、はいですの」

 フッ、あまりにも自然過ぎる帰宅申請。ナチュラル過ぎて誰からも気付かれていない。それステフにも気付かれていないことになるけど、流石にないよね?やばい、不安になって来た。

「分かったぜ?そこまで言うなら決着付けようか白」

「……にぃ……次は勝つ」

 なんか聞こえたような……いや知らん。知らないし知りたくもない。俺は早く帰宅して寝る。

 ステフが分けた与えてくれた部屋に俺はback to the roomする。いやデロリアンもタイムマシンもないけど。

 

 

 

 

 

 

 

 朝って起きる気しないよな。特に月曜日とかマジで起きたくないし、何ならそこから金曜まで二度寝するまである。

 戴冠式の次の日。つまりあれから一晩がたった。

 あの後、帰ってきてからひと通り叫んで俺が昨日のうちにやった黒歴史を全部恥ずかしんで心に傷を負ってから眠った、その翌朝。

 とりあえず執事服は着心地がそこまで良くないので、ジャケットは脱いでワイシャツとズボンだけになる。時計がないからわからんが……そういやあれからどうなったかな。

 空達の後日談が気になった俺はいつも集まっていた広めの部屋へと足を運ぶ。

 そこには、生き生きとゲームに勤しむニート兄妹。色々な不安と心配に頭を回す赤髪の少女。何かを見届けるためにいるのか式にいた司会の方。各々がすべき事をしているようだ。邪魔しないでおこう。

 俺は自室に戻ると数少ない所持品であるラノベ3巻分とスマホを持って部屋を、そして城を出る。全然見てなかったし少し城下町を覗いて来ようと、柄にもなく散歩に出た。

 

 はいいのだが、ここ活気あり過ぎじゃね?

 人混みにあてられ疲れた俺はただ人のいない所へと無意識に足を運び、気が付いたらそこにいた。

 町外れにぽつんとまるでその建物だけが置かれたように存在する謎の館。声も聞こえないし、留守か?どっちみち落ち着いた場所に行きたいところだったしちょうどいい。俺は数回ノックしてから扉を開ける。

「不用心だな」

 鍵はかかっていないらしく、中にも人の気配はない。

 いや正確には、無かった。無かったはずだった。

 だがそこには、俺の目の前には

「おや?これはこれは。たかが人類種(イマニティ)の分際で、私の図書館に如何様なご用件でしょうか」

「ビッチがいた」

「その胡乱な表現は何でしょうか」

 

 

 

 

 

 

 美少女と言って差し支えない、それも人を魅了する様なその表情。もはや水着じゃないかと思えるほどの露出。そして女王様の様なスタンスと丁寧ながらも侮蔑を忘れぬ言葉遣い。これを一言で表すならなんというか。

 

「つまり痴女(ビッチ)と」

「ひき肉に致して差し上げましょう人類種(イマニティ)

 

 どうやら俺が入ったのはこいつの図書館らしい。確かに存在力強過ぎてこいつしか見てなかったが、周囲を見渡すと驚きのあまり言葉が出ない程の蔵書量。中には物理学を無視するように浮遊する本棚まである。

 そしてこいつは何者だろうか。人の様なその見た目と、明らかに人類種(イマニティ)ではないと証明するような部位、すなわち腰から羽根を生やした美少女。その正体をまずは考察することにしよう。

 といっても、俺の持ってる情報は……彼女が図書館を所有していること、羽根が生えていること、人類種(イマニティ)ではなく、更に俺を下に見てること。

 てか最後。かなりの割合で下に見られる俺にとっては実質ノーヒントだな。

 考えがまとまる前に、彼女はコホンとわざとらしい咳払いを一つ。

「それで、下等な最弱種族(イマニティ)が、一体なんの用件でしょうか」

 明らかに読み仮名と字合ってないよね?それが分かるほど馬鹿にし腐った表情。だがそれが挑発なのだとしたら、それは愚策だな。俺にその程度の罵倒が通用すると?雪ノ下と自己紹介し合ってから出直してこい。あいつ初対面なのにいきなり罵倒だったからな。

 あ、そうか自己紹介。

「人にものを尋ねる時はまず自分からってお母さんに習わなかったのか?」

「これはこれは失礼しました。人類種(イマニティ)風情に対して礼儀作法を気にすることがこの生涯あるとは思ってもいませんでしたので。ですが、そもそも不意に侵入してきたのはそちら。まず名乗って用件を言うべきなのはどちらでしょうか?」

 ま、一理あるな。

「あー悪かったな。ちょっと人気が無くて良さそうな場所だと思って扉開けたら鍵かかってなくてな」

「当たり前でございます。そもそも私が中にいるのでかける必要もないかと。いえそんなことよりも、つまりあなたはただ偶然なんの事前知識もなくここに訪れた、ということでよろしいでしょうか?」

「まぁそうだな」

 おお、意外にも話せてるぞ。なんだろう、俺はこの世界に来て色々と変わったのか?少なくともキョドったりはしないし、まだセリフを噛んでもいない。なるほど、俺は恥ずかしい体験をする度に強くなったのか。それどんな戦闘民族。

「では早急にお引き取り頂けるでしょうか。私はあなたの様な浅はかな存在に対して興味も魅力も感じませんので」

 ズバッと言うな毒舌天使。いやあくまで見た目と羽根が天使ってだけ、言動云々考えたらむしろ悪魔だな。ん?悪魔か…

 俺はこの世界に来てから読んだ書物の内容の記憶をできる範囲で呼び起こし、1つの仮定を得る。

「お前ってもしかして天翼種(フリューゲル)か?」

「はい。いかにも私は天翼種(フリューゲル)。十八翼議会の一対、数十の天翼種(フリューゲル)の全権代理者、ジブリールでございます」

 確か位階序列6位。神によって創られた、神殺しの殺戮兵。言ってしまえば戦闘種族。そんな危ない連中の全権代理者が、今丸腰の俺の目の前にいる。

 これ詰んだ。

 

 

 

 

 

 

 

「それでは、こちらは名乗りましたのであなたの名前を聞いてもよろしいでしょうか?」

「俺には興味も魅力もなかったじゃなかったのか?」

「これでも人類種(イマニティ)から見ればれっきとした化物という自覚はございます。にも関わらず、それを知った上で尚その態度を貫くことが出来るあなたの神経構造に少々興味が湧きました。もちろん、あなた方が羽虫の動向を気にする程の、暇つぶし程度の気まぐにれ過ぎませんが」

 ほんとブレないなこいつ。てか何回見下すの?そろそろ見下しすぎて見上げるんじゃねぇか?

「比企谷八幡だ。てか十の盟約で暴力も暴行も出来ないからな。別段怯える必要もねぇよ」

「なるほど。つまり十の盟約という身勝手な神によって創られたルールによって保護が確定しているために恐れはないと。いかにも最弱種族(イマニティ)が考えそうな、弱者らしい発想ですね」

「まぁな。お陰様でここで休ませて貰ってるし、ついでに本も貸してくんない?」

「なぜそこまで図々しくなれるのでしょう?あなたがここにいられるのは私の気まぐれ故にある事をお忘れなく。それにしてもですが、あなたは人類種(イマニティ)の中でも変わり者、異端者と呼ばれる類でしょうか?」

「そりゃ変わってるよ。むしろ違いがない奴なんていないだろ。なら人類みんな変わってるってことになるな」

「面白い意見ではありますが、それは俗に言う屁理屈というものですね」

 流石に上位種族の全権代理者。ステフと違って話す内容もかなり知的だな。あと、なんか全体的に言われるセリフが雪ノ下と重なるんだが。つまり俺はどの世界でも詰られるのか。

「んじゃあこっちも本を貸すから、そっちも貸してくんない?」

 こいつが天翼種(フリユーゲル)と分かった時点で考えていた手を、そろそろ使うことにしよう。

「私に書物を貸すと。もちろん構いませんが、あなたが未だ私が未読である本を用意出来るとは思いません」

 俺と目を合わせることもなくジブリールは自分で用意したお茶を口にし

「ここに異世界の書が3冊ある」

 

 

「ぶふ〜〜〜〜〜〜」

 

 それを盛大に吹き出す。

「あぶねぇ。おい本汚れたらどうすんだ」

「も、申し訳ありません。しかし、仮にあなたが異世界の書なる物を持っているとして、だとすればあなたは一体何者なのでしょうか」

 これって答えていいのか?結構異世界転生ものってそういうの隠すよな?ここは一応言わんで置くか。

「どこにでもいる普通の人類種(イマニティ)だよ。入手元は言えないが、どうだ?読んでみるか?っても言葉も異世界のものだけど」

「七百以上の言語に精通する私が読めないなどと……」

 とりあえず1巻の1ページ目、プロローグをジブリールに見せる。

「読めない……言語……。し、かし……見たこともない言語ではありますが、確かにでっち上げではなく、言語としての規則性は読み取れるようです」

 流石は博識種族を自称する天翼種(フリユーゲル)。未知の言語に対しても法則性と規則性を見出すとは。まぁこれが交渉材料として使えるのは分かった。

「んでどうする?何なら読み方も教えるが」

「え、ええ。とても魅力的な条件でございますね」

「そうか。ならここの本を何冊か貸してくれ。もちろん帰る時に必ず返す」

「よろしいでしょう。その3冊との交換というなら、その提案を受けましょう」

「いや、あくまで貸し合うだけだからな?やらないから」

「どういうことでしょうか?」

 そうか。こいつは、天翼種(こいつら)知らないのだ。命を奪い、知識を奪い、領土を奪い生きてきたこいつは、貸し合う、共有することを。もちろん、ぼっちである俺は誰かと貸し合うなんてしたことないが。

「俺のいたところじゃ、図書館ってのは本を貸し与えて、知識を広げ合う場だったんだよ。ここも図書館なら、その機能を使ってもいいんじゃねぇか?」

 案の定、ジブリールは驚きの表情を浮かべている。

「知識を収集するのではなく、ひけらかすと?」

「違う、賢く使うって事だ。せっかくの膨大で優良な知識を、使わないんじゃ勿体無い。だからこそ、貸し合うことによってそれを広げるんだ」

 目からウロコ。ジブリールは今まで自分が知らなかった新しい観点を知り、彼女の知識欲は今その刺激に耐えられないだろう。

「なるほど興味深いです。ではその図書館の機能を使うこととしましょう」

「そうか。そんじゃほれ」

 俺は異世界のライトノベル、素晴らしい世界に転生する男の冒険を書いた本をジブリールに渡す。

 

 

 

 

 




ジブリールが原作よりフライングで登場。
書いてて気付いたんですが、なんか俺ガイルとノゲノラのキャラがかぶるところあるんですよね。
パロネタ好きなのでこれからも増し増しで行こうと思います。
それでは感想、意見、誤字報告があればよろしくお願いします。


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彼と彼女は宣言し、彼はそれを見届ける

俺は今までに書いた誤字の回数を覚えているか……
どうも。
スタンドよりも波紋使いたい派の江波界司です。
でもお気に入りはホル・ホースという。
頂いた感想がモチベーションの全てです。今後ともどうぞよろしく。
と、前置きは手短に。
本編です。


 一日まるっと休日が出来たら何をするか。買い物?ゲーセン?日帰り旅行?確かに好きな人にはたまらないものだが、全てには共通した欠点がある。

 そう、金がかかる。

 どれをしようにも金はかかるし、しかも後始末がめんどくさい。なにより、そんなのはわざわざ休日にやる事じゃない。全てが歩くなり走るなり話しかけるなり労力がかかるのだ。それは一種の労働ではないか。

 つまり、休日にすべきは金がかからず、後始末も手間がなく、無駄な労力を使わないことなのだ。

 結論

 

「俺が休日に本を読むのはまちがっていない」

 

 Q.E.D.

「いきなりなんなのでしょうか」

 こちらを見ることもなく隣で呟く美少女。位階序列6位の天翼種(フリューゲル)、毒舌天使のジブリールは現在、俺の持ってきた異世界の書(ライトノベル)を人類種(イマニティ)語の資料を使いながら読んでいる。

 基本となる音声言語は共通するため、あとはその中身を照らし合わせる作業になる。もちろん物語文学故に楽しめているかは分からないが、そもそも好奇心優先で読んでいる彼女には関係がないのかもしれない。

「これは水を表すという意味でいいのでしょうか?」

「それは固有名詞な」

「なるほど」

 あとたまに分からないところを聞いてくる。教えると言った以上断ることはしないし、むしろそれ以外は静かに本を読めるというのがまたありがたい。

 それに、この状況は似ている気がする。あの空間に。

 

 

 

 

 流石に三時間程度ではできる範囲にも限界があるだろう。しかし

「まさか1巻を半分まで読み進めるとは」

 あれ?かなり遅くね?と思った方想像してほしい。全く知らない言語の本を目の前に出されて、「資料をやるから解読しろ」なんて言われたらどうか。むしろこれはかなりのハイスピードだと思うぞ。

 ん?白ならできる?確かにあいつなら日本語から人類種(イマニティ)語を数分で習得したから、もしかしたら出来るかもしれない。

 しかし逆はどうだ?日本語は簡単じゃない。慣れればそうでもないが、平仮名片仮名漢字と三種類の文字を使い分ける高難易度言語といって差し支えない。更にここに英語みたいな他国の言葉も入ってくる。それを三時間程度で100ページ越えを果たす彼女はまさしく化物ではないだろうか。

 窓から外を見ると、もう空が紅い。そろそろ戻った方がいいだろう。これ以上ステフに心配事増やすと倒れそうだ。それに誰にも何も言わずに出てきちゃったしな。

「そろそろ帰るわ」

「そうですか。もう少し時間があれば、残りも読みきれましたのに」

 残念そうに言うジブリール。良くある「本は一緒にいたい建前でした」みたいなラブコメがあるが、そんなのは幻想だ。もし本当にそんなことが起これば、まずはその幻想をぶt……

 何が言いたいかというと、彼女が言ったことは正真正銘本音であり、それ以上もそれ以下もないのだ。

 だから俺は自意識過剰に反応したりはしない。ただ落ち着ける場所が見つかったと、その程度しか感じないし、それ以上は求めない。

「暇ならまた来る」

「そうですか。それでは、次はもっと沢山の異世界の書をぜひ……」

 ヨダレ垂れてるぞおい。

 それにちょっとそれはきついですね。何せもうあっちには帰れないし、これ以上は持ち込めていない。

「それじゃ」

「ええ」

 

 

 

 

 

 

「ただま〜」

 駄女神風の帰宅をする俺を迎えるやつはいなかった。

 朝に寄った部屋を見ると、未だに2人がゲームを続けている。ステフもなんか忙しそうだな。

 城のメイドさんにパンを貰って、俺は自室に入る。そういえば、結局今日は読めてなかったと思い出し、ラノベの1ページ目を開いた。

 あと、『  』(あいつら)早く王決めろよ。まぁどうでもいいけど。

 

 

 

 翌日だ。

 最終全権代理者決定戦(勝手に命名)は30時間を越え、未だゲーマー兄妹は意地とプライドにかけてトランプを持つ。

 まだ決まらないのか。

 今日も今日とて城を出る。一応ステフに書き置きも残したし、昨日より遅くなっても大丈夫だろう。あと、ついでにパンも買っていく。

 

「ようこそおいでくださいました、下等な人類種(イマニティ)殿。確か名前はヒキ……ヒキニート様だったでしょうか」

「開口一番覚えたての言葉使ってまで罵倒すんのやめてね?あと俺の名前は比企谷だから」

 初っ端からキレキレのジブリール。図書館に入ってまずこれだよ。

 歓迎するのはラノベであって俺じゃないと言いたいんですね分かってます。

「しかし、もはや詰られるのは分かっていましょうに。それでもここに来るというのは、もしやそういったご趣味をお持ちで?」

「人をマゾみたいに言うな違う」

「では私を付きまとっているのでしょうか?残念ながら劣等種に欲情するような性癖もなければ、そもそも恋愛感情という概念すら私には理解し難いものですので」

「なんで俺がお前に好意を向けてる前提なんだよ」

 それいつか誰かとしたからいいよ、そういうのは。

 俺は昨日と同じようにラノベをジブリールに差し出す。それを受け取った彼女は奥へと進み、また複数の資料を用意してから本を開く。

「栞とか挟んで無かったけど大丈夫か?」

人類種(イマニティ)ごときと同等の記憶力だと心配されること程屈辱的なものもそうはございません。一緒にしないで頂けますでしょうか?」

 おっと目が笑ってないですね。悪かったよ、怖いから睨むな。目だけで数人殺せるくらい怖い。

 俺も目当ての本を持って昨日と同じところに座る。なんか自分から女の子の隣に座ったみたいになるのがすごい嫌だが、そもそもジブリールに教える時もあるためこの方がいい。効率重視だ、他意はない。むしろ、こんな化物に対して恋愛感情を持てという方が無理だ。ここに入っただけで何回罵倒されたんだよ俺。

 

 どれくらい時間が経っただろうか。俺は分厚い本を置いて違う本に手を伸ばし、既にジブリールも2巻に突入してしばらく経つ。

「おや?何やら騒がしいですね」

「あん?なにが……」

 俺の質問が届くわけもなく、ジブリールは本を置くと手の平に眩い光の塊を集める。頭の上に浮かぶ光輪も霞むほどの輝き。それはまさしく魔法の発動だろうと容易に想像がついた。

 ジブリールはそれを両手ですくうように持つと、そのまま腕ごと左右に大きく広げる。それに連動するが如く、光の塊は空中に楕円形を描いて展開される。そこに写っているのはエルキア王国の王城と、そこに集まる大勢の国民達だった。

「なんかあったのか?」

「なぜ人類種(イマニティ)であるあなたが知らないのでしょう?エルキアの次代国王、人類種(イマニティ)の全権代理者が決定し、これから演説をするようですね」

 誰も教えてくれなかったんだよ、なんて言えないな。

 てか思ったより早かったな。もうちょっとくらいあの二人ゲームを続けて俺の連休を続けさせて欲しかったよ。

「あなたは行かなくても良いのですか?」

「興味ないね」

 ファイナルなファンタジーの某主人公風に言っては見たが、いや伝わらないのは分かってましたよ、本当です。

「別に行かなくてもここいれば聴けるみたいだし」

「なぜ私があなたにもこれを見せる必要が?」

「おーけー分かった、帰ろう。ラノベ(この本)は持って帰るもう来ない」

「冗談です、だからそこに座っていてください少なくとも私が読み終わるまでは」

 まくし立てて必死に止めるジブリール。務めて冷静を装っているが、なんか慌ててんの初めて見た気がすんな。って会って二日も経ってないのに俺は何を言っているのか。

 ジブリールが広げた魔法式液晶を覗くと、民衆は静かに何かを待っている。すると城の上段、民を望めるだろうその場所に2人の影が現れる。

 1人はやや痩せ気味中背の男。ボサボサの髪はそのままで、いつか見たI ♡ 人類のTシャツにGパン、左腕の肘より上には、風紀委員よろしく王冠をはめている。

 1人は小柄な少女。現代世界の制服を身にまとい、長く白い髪を王冠を髪留めのようにして揃えた、幼いながらも特別な存在感を発する美少女。

 互いの手を握りあって登場した2人。男は大勢の民衆の前で口を開く。

 

『あー……んっ、んぅ〜っ。えー御機嫌よう』

 

 緊張だろうか上ずった声で、記念すべき王の第一声を飾ったのは(ニート)だった。

 少しの間を置き、空は再び息を吸って、口を開く。

 

『敬愛する国民――いや“人類種(イマニティ)同胞”諸君!』

 

 さっきとは違う、自信と勇気に満ち溢れた表情で彼は言う。

 

『我々人類種(イマニティ)は……【十の盟約】のもと、戦争のないこの世界において負け続け、最後の国家・最後の都市を残すのみとなっているが――何故だッ!』

 

 皆それぞれ意見はあるだろう。前国王の失策、魔法が使えない、魔法を感知できない。

 それを思ってか大衆はただの沈黙を続ける。

 

『先王が失敗したからか?我々が十六位(さいかい)だからか?魔法が使えないからか?最も劣等な種族だからか?我々は無力に滅ぶ運命にあるからかっ!?――否だッ!』

 

 今までよりも力強く、空は叫ぶ。

 

『かつて、古の神々の大戦において、神々が、魔族が――森精種(エルフ)が、獣人種(ワービースト)が、多くの種族が争う中、我々は戦い、そして生き残ったっ!かつてはこの大陸全土をすら、人類の国家が占めていたのは、ならば何故だッ!』

 

 彼は民に、その歴史に問いかける。

 

『我らが暴力を得意とする種族だからかっ!戦いに特化した種族だからか!?森精種(エルフ)のような多彩な魔法を使えず、獣人種(ワービースト)ような身体能力もなく、天翼種(フリューゲル)のように長大な寿命もない――そんな我々が、かつてこの大陸を支配したのは我らが戦いに特化していたからか?――断じて否だっ!!』

 

 そう、誰もが分かることだ。そんなものを人類は、人類種(イマニティ)は持ち合わせてはいない。故に思うのだ――何故だと。

 

『我らが戦い、生き残ったのは、我らが“弱者”だったからだ!何時の時代、何処の世界でも、強者は牙を、弱者は知恵を磨く!我らが何故、今追い詰められているか――それは【十の盟約】によって、強者が牙をもがれ知恵を磨くことを覚えたからに他ならないッ!我らが弱者の専売特許であったはずの、知略を、戦略を、戦術を、生き残るための力をッ!強者が手にしたからだッ!我らの武器(ちえ)は強者に奪われ同じ武器で強者を相手にした――それがこの惨状だッ!』

 

 絶望的な現実、それを躊躇いなく突きつける王と、それを聞き押し黙る民。

 人類の希望となり得る存在は、その絶望から目を逸らすことはなく

 

『――皆のもの答えよ、何故に頭を垂れるのか』

 

 今までとは一転し、優しく彼は問いかける。

 

『繰り返そう、我らは、弱者だ。そう、今もなお―かつてもそうだったように――』

 

 彼の言葉に気付いたものは顔をあげる。あくまで我らは弱者だと、言い続ける彼の言葉を理解した者は、あるいはできなかった者も、未だ力強く拳を握る彼にその答えを求める。

 

『――そう…なにも変わってなどおらぬではないかッ!強者が弱者(われら)を真似て振るう武器(ちえ)はその本領を発揮しないッ!何故なら弱者(われら)の武器の本質にあるのは―卑屈なまでの弱さ故の、臆病さだからだッ!臆病故に目を耳を、知恵を磨き、生き残ることを【学んだ】それが我ら人類種(にんげん)だッ!』

 

 もはや国民にその言葉を聞いて、弱者とは絶望だと考える者はいないだろう。何故なら彼は言うのだから。弱者とは、臆病さとは、この上ない武器であり、力だと。

 

人類種(われら)に魔法は使えん。察知することすら出来ぬ―だが臆病故に我らには魔法から逃れる知恵も、見破る知恵もある!我らに超常的な感覚はない。だが臆病故に【学習】と【経験】から生じる未来予知にすら到達しうる知恵を持っているッ!三度繰り返すッ!我らは弱者だ、いつの世も、強者であることにあぐらをかいた者どもの喉を食いちぎってきた――誇り高き【弱者】だッ!』

 

 奪われ続けてきた人類の前で、大きく暗い絶望の中で、彼はそれでも抗い勝つと

 

『我と我が妹は、ここに二十五代エルキア国王、女王として戴冠したことを宣言する』

 

 民を導く希望であると

 

『我ら二人は、弱者として生き、弱者らしく戦い、そして弱者らしく強者を屠ることをここに宣言するッ!かつてそうだったように――これからもそうであるようにッ!認めよッ!我ら、最弱の種族!歴史は何度だって繰り返し―肥大した強者を食い潰すものに他ならぬッ!誇れッ!我らこそ人類種(さいじゃく)――我らこそ最も持たざる者ッ!何も持って生まれぬ故に―何モノにもなれる――最弱(さいきょう)の種族であることをッ!』

 

 彼は豪語し、誕生する。

 人類の新たな希望が、国王が。

 その存在を祝う様に、民は、大衆は、国民は声をあげる。今までの苦痛と屈辱の日々が、逆に着火材となって燃え上がるが如く、エルキア領土は嵐のような歓声によって包まれる。

 

『さあ、ゲームを始めよう』

 

 彼は不敵に言う。

 それは誰に対してか。己か。民か。

 

『もう散々苦しんだろう。もう過剰に卑屈になったろう。もう飽きるほど辛酸も舐めただろう……もう、十分だろう?待たせたな、人類種(イマニティ)同胞諸君』

 

 否。

 彼は腕を空へと掲げ、言い放つ。

 

『今この瞬間!我がエルキアは―全世界の全ての国に対して宣戦布告するッ!』

 

 彼は言ってのける。世界全土を敵に回し

 

『反撃の狼煙を上げろ!我らの国境線、返して貰うぞ!』

 

 奪われた領土を、誇りを勝ち取ると。

 

 

 

 

 

 

 

「またこれは……人類種(サル)の分際で大きくでたものですね」

 驚きよりも呆れが大きいように、ジブリールは呟いた。まぁ普通はそうだ。本来は最弱種族、勝負を仕掛けること自体が不遜な相手。

「あいつらに興味はないのか?」

「そうですね、噂ではあのゴミのような種族で有りながら魔法の使用にだけは秀でた森精種(エルフ)の魔法を相手にし、ゲームに勝ったとか。一体どう言った方法で、あるいはどこの力を借りて看破したのか、気になるところではありますね」

 これを聞いて俺は思う。

 つまり空の狙いは上手く機能したということらしい。あいつの狙いは全世界を疑心暗鬼に落とすこと。どこの種族がバックにいるかわからない以上、簡単には手が出せない。それを利用してまずは国政の安定かあるいは。

 それはなんにせよ、こうして天翼種(フリューゲル)を騙せているのなら問題はないだろう。

 これから『  』(あいつら)は王様として国家レベルのゲームを挑んで行くのだろう。その先に何があるのか俺は分からないが、すべきことはもう決まっている。俺は見届ける、ただそれだけだ。

 だがもし、それでも『  』(彼ら)が進めないなんてことがあるなら、俺は…

 

「急に黙ってしまって、一体どうしたのでしょう?」

 ジブリールの一言で俺は現実へと帰ってくる。

「なんでもない。そっちこそなんかあんの?」

「質問に答えたにも関わらずその反応はいかがなものでしょうか。まぁ別によろしいんですが」

 ジブリールは興味を失ったように魔法のテレビを消し、また本に視線を移す。

「そうですか」

「ええ、生意気で小賢しい弱者(イマニティ)に対して礼儀作法を期待するのは無駄だと心得ております」

「他種族に礼儀云々なんぞ、特にお前には言われたくないな」

「そうですわね。そもそもこの生涯の内で下等生物と礼儀作法について話す事などありえませんので」

 いや今話してるのは違うんですかね?

天翼種(フリューゲル)って確か不老不死だったよな。つまり永遠にないと言いたいのか」

「そのつもりですがなにか?」

 はぁっとため息をつき、それ以降はまた静かな時間が過ぎる。

 互いに読む本に集中し、知識を深め合う。なにか特別なことでもないが、そんな時間が悪くないと思ってしまう。感覚的にゆっくりと、だが確実に流れる時間が心地いいと思ってしまう。

 なら俺と彼女は……

 

 

 なんてな。流石にここで友達になってくださいなんて言わない。雪ノ下相手に2回ほど玉砕してるし、俺は一週間ごとに記憶喪失する子相手に毎回友達宣言できるほどの精神力も持ち合わせてない。

 

 だから俺はこう告げる。

 

「なぁジブリール」

「なんでしょうか?」

 

「そろそろ帰りたいから本返せ」

 

「……あと5ページだけ……」

「いやそこせめて1ページだから。てか外大分暗いし、そろそろ帰らんと後々めんどくさいんだよ」

 特にステフが。

 どうにかジブリールから本を回収し、俺は帰路につく。

 

「王様、ね」

 

 これから起こる激戦は、想像しても出来るものじゃない。言ってしまえば世界大戦にすらなりうる事柄。ただし方法はゲームだが。

 『 』(あいつら)と同じ道を行くというなら腹を括らなければなるまい。

 そして、見つけよう――『本物』を。

 

 

 

 




原作のセリフを書くのって大変ですね。
ここからは更新が少々遅くなるかも知れません。
いえ、言い訳をするわけではないんですが、今までが早すぎたんです。1日平均1.5話投稿って言うのがそもそもおかしいわけで。言い訳ですね分かってます。
出来る限りの早い更新と投稿を心がけるのでこれからもよろしくお願いします。
感想や誤字報告など、お待ちしております。


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彼らの要求を彼は知る由もない

一体いつから今日更新しないと錯覚していた
どうも。
無月を撃った意味が未だに分からない、江波界司です。
ハチジブ?ジブハチ?の会話が書いてて楽しい今日この頃、もはやヒロイン決定でしょうか。
なにはともあれ本編です。



「一体どこに行ってましたの!?」

 扉を開けるといきなり怒鳴られた。最近こればっかりだな。遅くなったのは悪いが、ほぼほぼジブリールのせいだし。それにおかえりより先に怒鳴らなくてもいいのではないでしょうか。

「置き手紙書いたろ」

「夜には帰るとだけ書かれてもどうしようもないですのっ!」

 きゃんきゃん喚くステフを無視して奥に入っていく。てか、2人と会っといた方がいいか。

「ステフ、空たちは?」

「話聞いてましたのっ!?」

 いえ全然。で、どこなの?

 

 

 

「失礼致しますわソラ……様。ハチが帰って来ましたの」

「よー」

 ステフに案内されたいかにも王室と表現されたような部屋。その奥の方にはダブルキングサイズくらいのベッドと、そこに座る現国王、女王の2人がいた。

「八?どこ行ってたんだ?」

 なんと答えるべきか。まぁわざわざ事細かに今日あったことを話す柄でもないしな。

「本読みに外出てたんだよ」

 俺はポケットからラノベを取り出して空に見せる。それで納得したらしく、またゲームに戻る。

「あ、そう言えば王様には俺達2人がなったぞー」

 あくまで目線はゲーム機から離さずに空は言う。

「知ってるよ」

「…あれ…みてたの?」

 あれというのは、多分王様から一言のあれだろう。

「バッチリな。何なら聞くか?」

『あー……んっ、んぅ〜っ。えー御機嫌よう』

 俺はスマホのボイスメモの履歴をONにする。

 ライブで見た後に、ジブリールに頼んで音声だけ撮らせて貰った。あれって録画機能もあるらしい。なかなか便利だよな魔法。

「ちょっと待てやぁぁぁ。なんで撮ってんだよ、俺結構恥ずかしいこと言ったぞ!?」

「いやいやかっこよかったぞ?なんだっけ誇り高き弱者だっけ?」

 なんでと言われれば、そりゃ後々使えると思ってだが。なにせこいつとまともにやり合うには何個か弱み握る必要がある。このセリフ悪役過ぎるな。

「八……それはないわ、マジないわ」

「……にぃ、だいじょぶ……かっこよかった……」

「そこじゃないんだ妹よぉぉぉ」

 楽しそうでなによりだぁ。それに後ろでもなんか楽しそうなことになってるな。

「というかハチっ!なんでこういった時に限っていないんですのっ!全権代理者の事とか大変だったんですのよ!?」

「そうなのか、てっきり白があっさり勝って終わるかさっさと気付いて2人でやると思ってたが」

「へ?」

 どうしたこいつ。見ると空と白もキョトンとしている。

「どした?」

「あ……ああ、基本的に俺と白は互いに勝ち越したことがねぇんだ……ってじゃなくてだなっ」

「……はち、気付いてた?」

「何のことかわからんが、全権代理者に人数制限が無いことなら…」

「いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

「っと!びっくりしたぁ」

 突然ステフが叫び出す。こいつこんな騒いで大丈夫?俺のクラスの上位カーストより騒いでんぞ。

「あ……あの時間が無駄だっただけでなく……ハチに聞くだけで……すぐに終わっていたと……」

 なにやら強烈な精神ダメージで倒れそうだ。それはもう残酷な天使がテーゼするくらいの精神ダメージ。うん意味わかんないな。

「……はち…、いつから……気付いてた?」

「お前らが言い合い始めたあたり」

「先に言えやァァァァァァ」

 空が元気100倍で俺に怒鳴る。なんか帰って来てから怒鳴られてばっかだな俺。

 助けを求めようにも、ステフも白もこっちを睨んでる。三面楚歌だな。あ、正しくは四面楚歌だからな?間違えて覚えるなよ。

「悪かったよ。んで、今後はどうすんだ?」

 まずは話を変えよう、それしかない。

 

 

 

 

「で、ではお茶をいれてきますの」

 そう言い残してステフは扉を閉める。王室に今は俺と空白だけ。取り敢えず王様になる目標は達成したんで、作戦会議だ。

 

 そう思っていた。

 

 突如今見ている世界から色が失われる。より正確に表現するなら、薄くなった、だろうか。まるで今見ているリアルが現実味を失ったような感覚だ。それを2人も感じ取ったのだろう。寄り添いながら辺りを見回し、空はベランダの方には何かを見つけたようだった。

 

「久しぶりだね、楽しんでる?」

 

 ベランダの手すりには、どこにでもいそうな、それでいて神秘的な印象を受ける、ベレー帽に近い物を被った少年、俺達をこの世界に招いた張本人、神様を名乗る存在、テトがいた。

 

「まぁ思うところは色々あるけど、取り敢えずありがとうかな。生まれ変わらせてくれて」

 

 驚きもあったはずの彼は、至っていつも通りに少年と言葉を交わす。

 それを見て俺も僅かだが冷静さを取り戻す。あまりに何が起こったか分からなかったため、頭が追いついて来てなかった。

「それで、何の用だ?自称神様」

「そんなに警戒しないでよ。別に危害を加えようって事じゃない。それと僕はホントに神様だよ?」

 こいつは、何を考えているのかが分からない。それはまるで彼女、雪ノ下陽乃のように。だが彼女のように強化外骨格があるのではなく、このテトという少年は純粋に底知れない物を持っていて、それを偽装せず隠さないというスタンスが逆に彼の存在の推測を狂わせている。

 存在そのものが、まさに反則。魔法とか異能とかそういった次元にはいないような、全く別世界の存在。そんな印象を受ける。

「君達は面白いね、やっぱり。呼んで正解だったよ」

 無邪気な顔で言うテト。それに空はこう告げた。

「呼んだのはそれだけが理由じゃないだろ?」

 空気が一瞬重くなる。表情は変わらず、だが僅かに細くなったテト目がその場の雰囲気すら支配する。

「へぇ、なんで?」

「お前さ、今まで負けたこと無かっただろ?だから初めて負けて悔しかった。そして次は勝つために『  』(おれたち)を呼んだ。違うか?」

 なに?今の言葉が本当だとすれば、こいつらは神に勝ったってことか?俺に送られてきたチェスがそうなのか。

 そしてテトは静かに俯きかけていた顔を上げた。

「そうだよ。あの時僕は悔しかった。だから君たちを呼んだんだ。この世界で君たちを倒すためにね。どう?ガッカリした?」

 恥ずかしさと自嘲が混ざった表情で彼は問う。

 それを聞いて空は、笑う。堪えながら、しかしその声を漏らしながら彼は笑った。

「いや……その気持ち、分かると思っただけだよ」

 清々しいと言うような笑顔で空は答えた。まるでテトの言い分の1番の理解者だと言うように。

「俺達空白は最強だけど、お互いには勝って負けてを繰り返してんだよ。だから、テトのその気持ちはすげー良くわかる。んでも」

「……つぎも、かつ……」

 空と同意見の白が続ける。これは明らかな挑戦状。これから倒しに行く宣戦布告だ。それも世界にではなく、その創造主である神に対しての。

 聞いたテトはまた笑う。今度は自嘲ではなく、面白いおもちゃを貰った子供のように無邪気に。

「やっぱり、僕の目に狂いは無かった。待っているよ、僕のところまで来れたら相手をしよう」

 こうして結ばれたひとつの約束。位階序列最下位の人類種(イマニティ)が、神と一戦を交えるその約束。これが空白の目指すもの。この時初めて俺は、この2人の明確な目標を知ったことになる。

「それじゃあそろそろ……」

「待ってくれ」

 帰宅準備に入ってるとこ悪いがテト

「お前に聞いておく必要がある」

「なんだい?」

 果たして答えるだろうか。それにこいつが本当のことを言う保証はない。だが、それでも聞かなければならない。

「お前なら、俺を元の世界に戻せるか?」

 さっきまでとは違う、重苦しい空気。そしてテトのあの目。俺は禁忌に触れたのか、はたまたタブーを犯したか。なんにせよ、俺はテトの答えを待つ。

「この世界は、君には合わなかったかい?」

「いや、単純にやり残したことがあるだけだ。それで?」

 どうなんだと。

 あっちの世界から呼べたのなら、逆も出来るはず。だが逆に一方通行な可能性もある。

 そしてテトは

「どうだろうね?でも僕は神様だ。君が望む答えを僕はまだ言えないけれど、君の才能ならどうにかなるんじゃないかな」

 才能?こいつは何を言っている?

 そう言えば、あのメールにも……俺の才能?

「お前は俺の何を知ってる」

「おっと、ヒントはここまで。あとは君が考える事だよ。それじゃ…またね」

 一瞬にして視界からテトが消える。それと同時に世界が何かを思い出したかのように動き出す。さっきまでは時間が止まっていたのか?今となっては分からないが。

 やはりテトが俺に言った言葉が引っかかる。僕は神様だ。君の望む答えをまだ言えない。なにか意味がある気がする。

 それに……才能。自分で言うのもなんだが、俺はそこそこ優秀だと思う。だが俺に人並み外れた、それこそ沢山の候補の中から選ばれる程の才能なんて、ない。仮にあれば、そいつは天才と呼ばれるだろう。それこそ白のように。なら俺は一体……

 

「いやー面白くなってきたな。なぁ白」

「……うむ……」

 

 俺の思考をよそに、彼らは互いの意思を確かめ合う。

 ……そうだな。それも探すか。分からないから、まだ知らないから、それを知るために、知って安心するために。俺はこいつらと同じ道を行く。

 互いを信じ合う2人の背中を追って。……これじゃぼっちとは言えないかもな。いや、そんなことはどうでもいい。決めただろ、見届けると。

 

 それに俺は……信じてみたいのかもしれない。彼らを、そして彼らが示す、教えてくれるかもしれない『本物』を。幻想だとしても妄想だとしても、机上の空論で、形のない(まやか)しだとしても俺は。

 

 

『本物』が欲しい

 

 

 

 

 

 

 夢を見た。

 

 

 ただのなんでもない学校の空いた部屋。そこには長い机がひとつと、椅子が3つある。いつも座るところに彼女たちはいて、1人は立ち上がって紅茶をいれる。3人分を用意し渡すと、また席に戻って本を読む。ケータイを弄りながら、会話のタネを見つけては本を読む彼女に話しかけ、彼女もまた微笑みながらそれに答える。

 ふと、扉がノックされて全員がそちらを向く。

 こちら側に許可を貰ったノックの主は、扉を開けて入っていくる。明るく会話が得意な彼女と机を挟んで向かいに座り、仲良さげに会話を楽しむ。すると来客用の紙コップに紅茶をいれて、彼女はやってきたもう1人の女の子にそれを差し出す。

 

「なんでいるんだよ」

 

 誰が言ったのかそんな質問に、客として入って来た彼女はあざとく返す。だがすぐに用があると言い放ち、依頼者なのだと分かる。

 内容を聞いて、1人は頭を抑え、1人は前かがみに立ち上がる。そして3人の視線がこちらに集まり、こちらがなにか言うと3人は仕方ない、みたいな反応をする。

 

 

 ぼんやりとしていて、それでいて温かさを感じる。夢なら、もしこれが夢だというのなら、これは優しいだけのただの欺瞞だ。

 平和で平凡で、それでも充実した日常。けれどそんなものは俺の欲しいものじゃない。そんなのは『本物』じゃない。

 本当にあったかもしれない話。もしかしたら俺も体験したかもしれない風景。けれど俺はそれを『本物』だと呼べただろうか。

 

 分からない。

 

 なぜそんな夢を見たのか。

 

 分からない。

 

 なぜ今になって思うのか。

 

 分からない。

 

 なぜ俺は

 

「泣いてるんだ……」

 

 まだ外が薄暗い早朝。まったく気分の晴れない目覚めだ。

 




ヒロイン決定か、なんて言った途端に出てこない。
そして話が全然進まない。
それでも更新頑張ります。
なんか最近文章が迷走してきました。疲れでしょうか?
感想頂けると本当に嬉しいです。これからも誤字報告含めよろしくお願いします。

追記
誤字報告ありがとうございます


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彼は追い求めそして彼女らと再会する

日焼けの跡はニートの恥だ。
どうも。
三刀流の顎の力は魚人並みだと思う、江波界司です。
書きたいことが多すぎて話が進まない…早くいづなと勝負させたいんですけどね。
愚痴は無視して、本編をどうぞ。


 早起きは三文の徳なんて言うが、よくよく考えるとあまりいい気分になれない。

 早朝は大体の場合が寒いし、そうなると布団から出るのはむしろ苦痛だと思う。さらに三文の徳とは、せいぜい大福を1個買える程度の金額。もし早起きしてその程度の小遣いを貰うくらいなら、俺は二度寝したい。

 だが今の俺は二度寝すらしようとは思わない。何とも複雑な心境で、よく分からない夢を見てしまった。内容もうろ覚えだが起きたら泣いていたとか、トラウマ級の夢だったのだろうか?そんなわけでもう一度枕に頭を着ける気にもならず、俺は起き上がっているため足に掛けてある布団をどけてベッドから降りた。

 まだ日も登りきっていない薄い光が窓から差し込んで、そこまで広くはないこの部屋を僅かに照らす。部屋の中央にある机を見ると、いつの間に置いたのか俺が現世から着てきた服が置いてあった。

 I ♡ 千葉。緑がかった黒の下地に、白の文字がイラストされたロングTシャツだ。俺はその服に着替えて、上にYシャツを羽織る。Yシャツの部分だけ袖をまくり、ボタンはめんどくさいので止めないでいいか。

 上に羽織った理由は単純で、空と被るからである。この年で、しかも男同士でペアルックとかやってられない。

 しかし落ち着かない。昨夜見た夢もそうだろうが、テトとの遭遇や俺の事など、色々な事情が重なって精神的に疲れているみたいだ。

 こんな時はどうするか。いつもの俺を思い出しながら解決策を探し、結論が導き出された。だが、それにはどうしようもない問題があることに俺は気付く。

 

「この世界にはマッ缶が無い――」

 

 現代世界の時間ではまだ5時前だろう。にも関わらず城の厨房は機能していた。朝からお疲れ様です。ステフの、今は空たちの従者に心の中で敬礼して、俺は厨房に入る。

 

「コーヒー豆と砂糖、あと練乳ってないですか?」

 

 俺は決めた。マッ缶を作ると。

 

 

 

 

 

 結果から言えば、練乳は無かった。そもそもこの世界に練乳というのもがあるかも怪しい。コーヒー豆と砂糖で甘いコーヒーは作れたが、やはり違う。しかし砂糖や豆の備蓄に限界があるらしく、あまりに多くの回数試作品を作る訳にもいかなくなってしまった。

 まず俺がすべきは、練乳に代わる素材の調達だ。しかしどうしようか。この城にある分の植物図鑑を見た限りでは、そんなの見かけた覚えはない。流石に牛を飼い始めるのもきついし、どうしようか。

 待てよ、調べるなら適したところがある。あそこなら簡単に見つかるのではないか?

 

「というわけでジブリールタイムだ」

「まだ日も登りきらないと言うのになんと迷惑な男でしょうか」

 

 俺が知る限り最大の蔵書量を誇るジブリールの図書館。ここなら俺が読める植物図鑑もあの城よりは多くある筈だ。

「植物図鑑で俺が読めるやつってあるか?」

「もちろん人類種(イマニティ)語の物もありますが、なぜ私がそれを探さなければならないのでしょうか、甚だ疑問ですね」

 あーめんどくせぇ。わざわざ交渉しないとならんのか。

「時間が惜しいんだよ」

「そんなあなたの事情は、私には関係ありませんので」

 はぁ、と俺は息を漏らして、思考しながらジブリールに向かう。

 

「実はこの本を高値で買ってくれるって奴がいてな」

 俺はライトノベル3冊を取り出してジブリールに言う。

「へ?」

「そんで今日中に売っちまう予定だから朝早くに来たんだが、俺が読みたい本が読めないんじゃ貸す理由もないな。お前、まだ3巻読み切ってないだろ?まぁ諦め……」

 俺が言い切る前にジブリールの隣の空間に謎の光線が出現する。その線が広がると時空を割く穴のようになり、ジブリールはそこに両手を突っ込む。そして1秒とかからず引き出された両手に大量の本が積み重なっていた。

「これが全大陸の人類種(イマニティ)語で読める植物図鑑でございます」

 溌剌とした笑顔でジブリールは俺に大量の本を差し出した。

「いや、この辺の分のでいいんだけどね?」

 ジブリールが持っていた本の山から1冊の本が抜き取られ、それが空中浮遊しながらこちらに向かって来る。

人類種(イマニティ)領土とその周辺に関する植物図鑑でございます」

 こういうと怒られそうだけど……こいつマジ便利。

 俺はジブリールに3巻を渡してその場に座る。彼女が用意した辞書を開いて片っ端から読み倒していく。

 そして彼女も俺の近くに座って本を開く。既に使っている資料も大分少なくなっているし、なんならそれを使うことすら希のようだ。俺に質問することもほとんど無くなってはいるが、何となくそこが、この距離感が2人の定位置みたいになっている。

 なんて、俺が勝手に思っているだけだが。

 

 

 

 

 

 

「もいいか?」

「はい、読み終わりました。出来ることならもう一度1巻から読み直したいものですが……」

「悪いな、急いでるんだ」

 ジブリールが提示した辞書の中に気になる物があった。それはここの近くにも繁殖しているらしく、すぐに採集に行きたい。

「参考までに、この実ってどんな味するんだ?」

 俺の目当ての木の実についてジブリールに聞くと、彼女は人差し指を顎において思考する。

「どんなと言われましても、私は口にしたことがないので。知識としてなら、乳牛の乳に近い味だと」

 そこまで聞ければ十分だ。天翼種(フリューゲル)の食生活なんざ想像もできないが、そもそも知識としてある以上食べることにすら興味が無いのかもしれない。データベースを自称する少年も、せいぜいスタンプを押して回るのが関の山とか言ってたしな。多分知識を集めるためにはそういった深く知れるが面倒な手段は使わないのが効率的なのだろう。

 俺は短く礼を言って図書館の扉を開ける。

 と、言い忘れてた。

「あ、さっきの本を売るってやつ……嘘だから」

 冗談は即興に限る、禍根を残せば嘘になる。いや普通に嘘だが。

 ジブリールがリアクションする前に図書館を出て扉を閉める。当分は来ない方がいいな。何言われるか分かったもんじゃない。

 

 

 

 

 

 エルキア王国の領土のかなり外側。人気はなく、見たこともない木や植物で構成される森。スマホで撮った辞書に書いてある特徴を頼りに俺は目的の木を探す。俺が探しているのは『コミルの木』。正確にはその木の実だ。ジブリールが言ったように牛乳に近い味と、木が養分として作る糖が多く含まれているらしい。練乳に代わる自家製マッ缶の材料としては合格点のはずだ。

 1時間ほど森を彷徨いながら、やや明るい場所に出る。木の高さがさっきよりも低いのだ。コミルの木は比較的小さめの木に分類されるため、あるとすればこの当たりか。すると前方に今までと葉の雰囲気が違う場所が見える。特徴は本で調べたのと一致する部分が多いな、行ってみるか。

 生い茂る草木を分けながら進み、突如足元から草の抵抗が無くなり開けた場所に出る。そこには

 

「フィー?」

 池で水浴びをする、全裸の少女の背中があった。

 

「え?」

「へっ!?」

 

 同時だった。驚きと恐怖を表す感動詞が森に響く。そして俺がいるのとは別の方向から草木を揺らす音が聞こえ、その方向には

 

「一体なにをしているのですか〜?」

 

 金髪の森精種(エルフ)がいた。

 

 

 

 

 

 

 その後の俺の対応は……一貫して土下座だった。

 まるでゴールデンウィークに友達を助ける為に頭を下げ続けた半吸血鬼の青年の如く、俺は2人の女の子に土下座している。

 ほんと、何してくれてんの?ラブコメの神様。

「事故だ。悪気があった訳じゃない。そもそも狙って出来る事じゃないんだ、許してくださいお願いします」

「え、えっと……それは分かるんだけど……その……見たの?」

 何を?なんて言えない。見たことは否定出来ないが、全年齢対象でアウトな部分は見えてないし、かと言ってそれが許されるという訳でもない。いや俺は無罪なんだが、こればっかりは被害者の言い分によっていくらでも変わってしまう。

 だから痴漢の冤罪が増えるんだよ。もうちょっと男の人権をどうにかして欲しい。

「えっと……背中だけ……」

「そ……そう……」

 頭を上げて彼女の顔を見ながら答える。顔赤いですね、そりゃ怒ってますよねごめんなさい。

「それで〜あなたはどうするつもりなのですよ〜?」

 変わって言うのは金髪の森精種(エルフ)。笑顔なのに目が笑っていない。怖ぇ、何されるの?俺……

「どうすると言うか……俺としては綺麗さっぱり水に流して欲しいんだが」

 水浴びだけにね。上手くないな。

「つまりあなたは〜?クラミーの裸体を見たにも関わらず何も償いをしないと〜そう言いたいのですか〜?」

 怖い怖い怖い怖い。こいつマジで怖い。多分この世界来てから最恐ですわ。ん?クラミー?

「あ、お前あの時空たちと戦って大泣k……」

「っちょっっっと黙りなさぁい?」

 言いきる前に口を抑えられ、俺は呼吸困難に陥る。

 こいつはクラミー。国王選定戦で最後まで勝ち残り、まさに戴冠を許される瞬間に異議を申し立てた空白に負けた森精種(エルフ)の間者。もっとも傀儡になんてしないとは言っていたが。

「クラミー、大丈夫、わかっているのですよ。あの時クラミーは負けて、悔しくて泣いてしまったことは」

「泣いてないわよっ!」

 いや泣いてたろ。わんわん泣いてたし、多分国民のほとんどが知ってる事実だぞ。

「そういえば、あなたはその時クラミーを慰めてくれた方のようなのですよ。あのときはどうもありがとうなのですよ」

「いや別にいい」

 ということはこいつはクラミーの協力者か。何となく金髪と白い肌に見覚えがあると思ったが、フードを剥がした時に見たんだな多分。

「けれど〜それとこれとは話が別なのですよ」

 確かフィー?はまた殺気を隠そうともせずに迫ってくる。

「あーえっとあれだ。お前ら俺とゲームした時イカサマ使ったろ?だからそれでお相子ってことで」

「イカサマ?なんのことなのか分からないのですよ〜」

「いやとぼけんなよ。どうせ魔法使ったろ」

 それと同時に俺はポケットからスマホを取り出す。それを見てクラミーとフィーは一瞬固まるが、すぐに正気を取り戻す。

「まぁバレてるならいいわ、認めるわよ」

「クラミー、わざわざ認める必要はないのですよ。そもそもこの男が本当に気付いているかも分からないのに」

「いいえ、こいつはあの2人と仲間。なら当然魔法に対する策も持っていた筈よ。私と最初に勝負してきたのは私を舐めていたか、魔法を感知する術が機能するかを試したと言ったところかしら?」

 当たらずとも遠からずかな。あの時の俺は単純に魔法が気になっただけだが、それ以上に『  』(あの二人)に魔法の発動や性質を見せておきたかったってのがあったからな。

「まぁいいわ。それで?あなたはなんでこんなところに?」

 確かにそうですよね。ここら辺は全然人が来ないし、むしろ隠れ家的な場所として使うなら持ってこいだ。こんなところに来るやつは怪しいとしか言いようがない。

「コミルの木を探しててな。それでここら辺まで来たんだが、ほらそれ」

 俺はクラミーの隣に生えている木を指さす。本に書かれていた特徴と完全に一致するその木の枝には、赤茶色の実がなっていた。

「確かにこの当たりにはコミルの木は多く生えているのですよ。でもなぜその木を探しているのかは分からないのです」

「コミルの実が欲しいんだよ。作りたい料理か?があってその材料に」

「コミルの木の実って確か甘ったるい実よね?前に食べたけど、甘すぎてそこまでの量食べれなかったわ」

「コミルの実は糖分が豊富なのですよ。一年中実をつくる珍しい木で、その分養分が必要となるため多くの糖分を精製するのが特徴なのですよ」

「詳しいな」

「昔食べるのが好きでよく調べたのですよ」

 甘ったるいと言うならありがたい。コーヒー豆との分量を調整すれば、うまくマッ缶を再現出来るかもしれない。

「まぁなら良かった。でも市場で出回ってないんだよなぁ、これ」

「これは栽培できるようなものではないからむしろ不可能と言えるのですよ。もし市場で売るとなったら、ここまで取りにくる必要があるのです」

「そうなのか。なら面倒だな」

「と言うより迷惑ね」

「は?」

 なんで迷惑になるんだ?ここって私有地でもなんでも無かったはずだし。

「なんでそうなる?」

「ここに何度も来られると迷惑なのよ。主に私たちが」

「そうなのですよ。何度もクラミーの裸を見に来ると言うなら、どうしてやろうかと思うのですよ」

 おっとまだ覚えてたか。うまく誤魔化せたと思ったんだが。あと怖いって。やめてもう八幡のライフは0よ。

 それにそんな事言われてもどうしようもない。てかお前らなんなの?毎日ここに水浴びに来てんの?迷惑なのどっちだよ。

「ならどうするんだ?こっちとしてもコミルの実が欲しいし」

「コミルの木はこの辺ではここでしか生えていないのですよ」

「なら……仕方ないわね。フィーが街に行く時に実を一緒に持って行くわ。それで街で受け取ればいいんじゃないかしら」

 え?まじで?俺ここまで来るのめんどくさいなぁとか思ってたけど、街の方で受け取れるのはありがたいし、むしろこちらからお願いしたいくらいだ。

「でもいいのか?」

「ええ。どうせ食べ物を買いに行く必要があるから、そのついでよ」

 いや、あんた1人の意見で決定してもいいのかって事なんだが。俺がフィーの方を見ると彼女は頷く。

「私もいいのですよ。むしろこの男がクラミーに近付かないというなら進んでやるのですよ」

 これはかなり嫌われたな。まぁしかたないか。偶然とはいえ、やっちゃったの俺だし。

「そうか、なら頼む。それと、すまんかったな」

 散々謝ってからだが、最後にもう一度と俺は謝罪する。クラミーは決して目を合わせることなく俺に言う。

「い、いいわよ。わざとじゃないのは分かっているんだから」

「あ、ああ。さんきゅ」

 

 

 

 

 

 その後、俺はコミルの実を集めて城に戻る。

 クラミー達とは朝のうちに街の外でコミルの実の受け渡しをするということになった。なんかここだけ聞くと怪しい取引現場で、見るのに夢中になった探偵が後ろから近付くもう1人の仲間に気付かず毒薬を飲まされそうだが、そんなことはない。だって俺にはもう1人の仲間がいない。自分で言ってるがどうなんだこれ。

 城に戻って、俺は厨房に向かう。コック的な人に許可を貰ってマッ缶制作にかかる。

 そして試行錯誤すること1時間。ついに完璧な分量でマッ缶(仮)が完成する。もちろん完全再現までは至っていないが、それでもこの完成度は合格点だ。俺は完成に至った時の分量をスマホの機能でメモし、完成品第1号を飲み干す。

 もう満足だ。今日の俺終了。

 

 

 

 

 

「おい、白。なんで今回復とった?兄ちゃんの体力ゲージ見えてるよね?」

「……にぃ……赤ゲージしばり……回復とったら負け」

「防御装備全外しの兄ちゃんになんつぅルール追加してくれてんだ妹よ」

 王座に2人で座り、現代世界より持参したDSPに勤しむ全権代理者。これを国民が見たらどう思うだろうか。うん、この国終わった。

「お前らどんだけゲームすんだよ。てかステフは?」

「ああ、ステフなら今政策関係の引き継ぎしてる。おいだから回復とんなってっ」

「……しろ11さい……むずかしいこと、わかんない」

 都合のいい時だけ年頃振るなよ。てかステフ可哀想だなおい。

「…はち…それなに?」

 ポーズ画面にでもしたのだろうか?白はこっちを向いて質問する。それ、というのは俺が手に持っているものの事だろう。

「千葉県民のソウルドリンク、マックスコーヒーだ。飲むか?」

 コクっと頷く白を見て、今度は空に視線を移す。俺のも頼むと言われたので俺はまた厨房へ向かい、擬似マックスコーヒーをいれる。ついでにステフの分もお盆に持ち、まずは空たちにカップを渡す。

「……甘い」

「すげぇ量の糖分だな」

 2人の感想はこんな感じ。まぁマックスコーヒーを初めて飲んだら普通こんな反応するよな。

「嫌いか?」

「「おかわり」」

 気に入ってもらえてなによりだ。

 

 

 

 

「ステフ?入るぞ」

「あ……どうぞですわ……」

 そこにいたのはあの元気さしか取得のない赤髪の少女。しかしその疲れ切った顔には元気さを微塵も感じない。

「大丈夫か?」

「ええ……ダイジョウブですの……ただちょっとテツヤではたらいているだけで……」

 働きたくねぇ。その思いが加速世界に到達する程にステフは哀れだ。

「まぁちょっと休めよ。ほい」

「……なんですの?これは……」

「マックスコーヒーだ。疲れた時にはこれがいい」

 ポットに入ったマックスコーヒーをカップにいれてステフに差し出す。それを受け取り、彼女はゆっくりと口を付ける。そして、俯いて静かに泣き出す。え?そんなに美味かったの?

「……ハチだけですの……こんな私を……心配して励ましてくれて…下手でもコーヒーをいれてくれるなんて……」

「いやおい誰がヘタだ。そういうコーヒーなんだよ」

 あと誰も励ましに来ないのは心配してないんじゃなくてお前が尋常じゃないオーラ出してて近付けないだけだぞ。むしろ城で働いてる人たち全員が心配してたわ。

「まぁ俺には手伝えそうにないし、頑張れよ」

「はい……ありがとうございます……」

 俺は部屋を出る。なんかこれ以上あそこにいると何かに取り憑かれそうだった。ん?何故かって?だってステフ、あれだけヤバそうなのになんか時々笑ってるんだもん。怖いよ、俺の周り怖いやつしかいない。あと怖い。




というわけで今回はマックスコーヒー回、マッ巻でした。
フィーの書き方が分からない…
ちなみにコミルの木の実、気付いた人はいるでしょうか。
コンデンスミルク(練乳)からとった安直なオリジナル植物です。
感想や誤字報告待ってます。

追記
誤字が多くてすいません。報告ありがとうございます。直させて頂きました。


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彼をきっかけに彼らと彼女はことを構える

諦めたらそこで作品終了だよ?
どうも。
バスケマンガだけど喧嘩編が好きな、江波界司です。
マッ缶回を出したその日に評価がだだ下がりでした。
皆マックスコーヒーが嫌いなんでしょうか…私の駄文のせいですね分かってます。
頂ける感想が何よりの励みになります、いつもありがとうございます。
ようやく話が進み始めるので、本編をどうぞ。


「聞いていいか?」

「なに?」

「なんだこの状況」

 心の中でも言ってしまう、この状況はなんなのか。例えばだ。少し前まで王家の血筋、貴族として振舞っていた知り合いが、ある日いきなりメイド服を来ていたら驚かないだろうか。それも

「適度な露出を含んだ改造給仕服だったらどうだ」

 もう目も当てられない。当の本人であるステフは顔を赤らめながらスカートを抑え、必死に羞恥心と戦っているようだ。

「つっても、そこまで恥ずかしがる程の露出度か?」

「……ぱんつ……はかせてない……」

 空の疑問に残酷な答えをだす白。俺達が出来ないことを平然とやってのける。そこに痺れる憧れるっ!いや憧れないけど。

「人を2日も徹夜で働かせて、呼ばれて来てみればこんな事の為と…まったくいいご身分ですわねっ!」

「……しろたち、王様……王様、いいご身分……」

「しかし白よ。完全に履いてない設定なのは分かるが、これだとチラリもヒラリもないぞ」

「……じゃあ……ポロリ?」

「履いてないからそれはアウト。全年齢対象から外れます」

「……大丈夫……絆創膏貼ってある」

「え?ならいいの?いや……やっぱダメだろ。それでOKなら絆創膏あれば裸がOKになっちゃう。それはアウトだろ」

「……む……全年齢対象……むずかしい」

「なにを言ってますのっ!」

 今日も今日とて、エルキアは平和である。

 

 

 

 

 

 しかして、その後新国王こと空白は現代世界から持ってきた知識(チート)を使い政策を開始する。空曰く、こういったものは一気にやる性分らしい。ステフが必死にまとめたこともあり、空たちは盟約に誓ったゲームを使うなどなかなかの荒業も取り入れながら順調に国を復活させていく。

 そして今も、勝負を挑んで身ぐるみを剥がされた貴族たちが恨み言を言いながら逃げ去っていった。こいつら、一体いつから王様から魔王様にジョブチェンジしたのだろうか?

「はぁ……今の貴族も勢力図に加えれば、大体の勢力関係がうまくいきましたのに……」

「「へ?」」

 だがステフの言葉を聞き、ゲーマー兄妹は驚愕するのだった。

「貴族同士で互いに牽制し合うように仕向けていましたのに、最後の一勢力が仲間に入りませんでしたわ……」

「ステフ……お前……ひょっとして馬鹿じゃないのか?」

「今までなんだと思ってましたのよっ!」

「いやいや、だってステフはステフじゃん?」

「何故実名を代名詞の様に詰られてますのっ!?」

 流石にそれは酷いだろう。たった一人で国の政策関係の引き継ぎを行える時点でステフはかなり優秀だと言える。アホの子だけど。

「これでもわたくし、教育機関を首席で卒業してるんですのよ?」

「おい……嘘だろ……よくよく考えたらステフってリア充なのか……?」

「……友達いっぱい……おっぱいも、おおきい……」

 ひぃぃぃぃと恐れおののくニート兄妹。確かに彼女の社会性なら友だちも多いだろう。何せ由比ヶ浜の上位個体みたいなやつだからな。けど白?最後のは関係ないと思うぞ。確かに由比ヶ浜も凄かったし、ステフもかなりあるが。何がとは言わないが……いや言ってるか。

 

 

 

 

 

 結果だけ見るなら『  』(あいつら)は王としてかなりの功績を残した。

 この世界にはない技術を使った政治と政策により国民の生活は徐々にではあるが楽になっている。先代の愚王の意志を受け継ぎながら、その才覚で国を救う英雄。

 そんな彼らは今

 

 寝床で寝ている。

 

 一見すると別に不思議なところはない。人は眠るし、当たり前のことだ。だが今は昼過ぎなのだ。もちろん休日なら俺も同じように惰眠を貪るのだが、クラミーとフィーとの約束があるため最近は早起きを続けている。もちろん帰ったら二度寝するが、大体はステフに止められるのだ。

 そして現在小さな小屋の様な部屋では、床に敷かれた布団の上で眠気眼を擦るニート兄妹とそれを叱る赤毛のメイド。なんとも微笑ましい限りだが、ここからの展開は正直笑えない。

「ゲームで勝負ですの」

 あ……なんかもう未来見えたわ。

 

 

 

 

 

「どうして……教えてくれなかったんですの……」

 盟約による賭けは絶対。ゲームに負けたステフは今日一日空白の犬となった。それに相応しい装いを、という空の一声でステフには尻尾と犬の耳、首輪が装備させられて今に至る。かなりヤバ目のプレイに見えるが、これはある意味では見せしめの様にも思える。国王に逆らうとこうなるぞという……

 ステフが空に仕掛けたゲームはブラック・ジャックだった。ステフはフォールスカットというシャッフルをしたように見せて混ざっていない、という技術を使って勝負に望んだ。

「カードカウンティングのことか?それ言ったらお前だってイカサマしてんだからフェアじゃないだろ」

 本来は勝つはずのない空が行ったカードカウンティング。出たカードを数字で管理し次に出てくるカードを数学的に割り出すものだ。数学なんて消えてしまえの俺には使えない技術だが、結果的に空はそれを使って勝利した。

「まぁフォールスカットを習得したのは頑張ったと思うぞ。どうせならポーカーにした方が良かったと思うがな。詰めが甘い」

 まぁそれでもステフが空に勝つことはなかったと思うが。

「くぬぅぅぅ……もう一度挑んできますわ。今度は実力ではなく運で勝ちますの」

 俺が静止する間もなくステフは空に挑む。内容は次に路地を通る人が男か女かと言うもの。普通にやれば二分の一の確率を繰り返すだけだ。しかし、あのスーパー頭脳スペック少女と心理学の妖怪が普通にやるとは思えん。

 

「なんで……ですの……」

 10回勝負で、8対2のステフ惨敗。純粋な運勝負なら勝てると踏んだ彼女は白にパンツを奪われて、何故かそれを頭に被られる。

「ここを通る人達がなんの目的もなく歩いてると思うか?」

 白のデータと空の計算で導き出された結果が今の惨状だ。

「大丈夫か?ステフ」

「もう……どうすればいいかわからないですの……」

 そんなステフをよそに、空たちは先に進む。

「てか、なんか視線が痛いんだけど。俺ってそんな嫌われてる?」

「確かに性格は悪いが、全国民がお前の本性知ってる訳じゃないだろ」

 だが確かに住民の視線はこの一団に集まっている。それも敵意や悪意などあまり良い感情ではない視線だ。

「こんな格好をしていれば当然ですわ。こんなの獣人種(ワービースト)そのものですもの」

 What?

「ちょっと待てステフ、お前の今の格好が獣人種(ワービースト)と同じ?つまり何か?獣人種(ワービースト)の女の子は全員が獣耳っ娘というのか!?」

「なぜ女の子に限定したのかは分かりませんが、そうですのよ?」

「よし、俺はこれより獣人種(ワービースト)を征服に向かう。今、ナウ。獣耳っ娘王国は俺のもんだ」

 空はスマホを取り出して何かを入力すると走り出す。

「行くぞ白」

「……コクっ」

 俺たちを置いて走り出す全権代理者。それを俺は無言で見送り、ステフは

「ちょっ!む、無理ですのよ〜!」

 止まるはずのない2人に叫ぶ。

 

 

 

 

「どうして勝てないんですの……」

 そりゃ自らの欲の為だけに走り出したあいつらを見れば普通はそう思う。勝てない原因はいくつかあるが、まず第一にこれだろう。

「ステフ、お前ゲームに絶対勝つ方法って知ってるか?」

「へ?」

 突然の俺の質問に彼女は戸惑う。

「そんなの……全てのゲームに共通する必勝法なんてありませんわ。仮にあるなら、それは全ての者が実践するはずですの」

「まぁそうだな。けど理論上はある。ただ難しいだけでな。それは負けるゲームをしない事だ」

 は?とステフは明らかに俺をバカにしたような声をだす。

「いやだってそうだろ。負けるゲームをしないんだ。絶対勝つだろう 」

「いえ、そんなの不可能ですの。そんな必敗がわかっているゲーム、誰も受けないですの」

「そりゃそうだ。だから必敗に見えないようにすんだろ?」

「あ……」

 そう、この世界はゲームを断る権利もある。そんなルールの中でゲームをして勝つにはそういったゲーム以前の騙し合いが必要不可欠なのだ。

「ゲームで決まる世界つっても、それはあくまで方法であって、それ以前の用意をしないやつが勝てるようには出来てないんだよ。だから『  』(あいつら)だって闇雲にゲームしたりしないだろ。それに究極的には運なんて存在しない」

 まだステフは口を半開きにしてこちらを見ている。聞いているかどうか分からないが、一つ咳払いをいれて俺は続ける。

「運てのは一種の確率論だ。極論を言えば勝負の確率は勝ちか負けかの二分の一って言うこともできる。そこに色んな要素が含まれて初めて結果は出る。そこに作為的に入れられた要素がひとつでもあるだけで、それは偶然から必然になる。だから下手な鉄砲数打ちゃ当たるなんて作戦は、この世界じゃ悪手もいいとこなんだよ」

 目からウロコとばかりにステフは聞き入っていた。まるで自分の見てきた世界が間違っていたと感じるように。

「……なら……ならお爺様は……」

「ん?」

 俺は難聴系主人公ではないが、本当にステフの声が小さすぎて聞こえなかった。

 するとさっき走り出して遠くへと消えた2人が帰ってくる。

「あれ?ステフどこ行ってたんだ?」

「こんな格好で放置してその言い草はなんなんですのっ!」

 主人が帰って来たからだろうか。本日忠犬となったステフはまた元気に尻尾を振る。まぁ動いたから自然に揺れてるだけなんだが。

「それで、お前ら何しに行ったの?」

「……情報……収集」

「流石に城にあった分の本だけじゃ情報が足りないんだよ。最悪の場合天翼種(フリューゲル)相手に喧嘩うってその知識でも貰おうかと思ってんだが。なんでここ図書館とかないの?」

「……図書館ならありますの……」

「え?マジ?」

 おいステフ……まさかとは思うが……

「ただ先代の王が賭けに破れて……その……」

「取られたってかっ!人類唯一無二の武器だぞ!」

 図書館……取られた……この近くにある……

「…ステフ…それ、だれに?」

「……天翼種(フリューゲル)に、ですわ……」

 マジカヨ……それってつまり

「ジブリールじゃねぇか……」

「「「へ?」」」

 

 

 

 

 

 

 

 俺たち4人がいるのは件の図書館、その入口の前だ。

「んで、どうやってゲームすんの?」

「タブレットにクイズゲーム用の参考書とか図鑑とか辞書とか入ってるから、それを餌にな」

「ほんとに行くの?」

「……いく」

 もうやだ。しばらく来ないつもりでいたのに…

 そんな俺の心情が届くわけもなく、2人は扉を開ける。

 

 そして

 

「エクスキューズ?そこなパーソン方、ミーのライブラリーにワットな御用で?」

 

 いつの間にかとんでもなくキャラチェンしたジブリールがそこにはいた。

 その一言に

 

「Oh……台無し……」

 何故かステフが呟いた。

 まぁこいつ見かけはいいからな。むしろこれが本当の性格だと思ったら、そりゃ引くわ。

 

 

 

 

 

 コホンっと一つ咳払いをいれてジブリールは続ける。

「それで、エルキア王国のニューキング&クイーン、ソラ様とシロ様が一体どう言ったご要件でしょうか」

 依然おかしな話し方をするジブリール。しかしそれを見て白は空の後ろにしがみつきながら隠れている。

 こんなふざけたやつでも中身は化け物。暴力が禁止されていることを知っているとはいえ、彼女には近付き難い危険な存在である事が本能的にわかるのだろう。

「とまぁその事も気にはなるのですが…よく顔を出せましたねぇ?卑怯ガヤサン?」

 恐らく全員が感じただろう寒気。フィーの殺気が霞むほどの気迫が、俺たち全員を硬直させる。

「お、おい。名前くらい覚えろよ……博識種族が聞いて呆れるぞ……」

「そんなことはどうでもいいと思うのですが?私を嘘で騙した罪には罰を……そうですね、私に解剖されるというのはどうでしょうか?まずはゲームに負けて貰って」

 今日一の笑顔で、死刑どころか死体蹴りを提案するジブリール。こいつの場合これがマジで言ってると分かるところがほんとに怖い。

「いや……今回ゲームすんのはこいつらだ」

 俺は空白の2人を指し示し、ジブリールもまたそちらに目を向ける。

「そうですか。ではまずは要求を聞きましょう」

「あ、ああ。なんか八と仲いいみたいだな。まぁいいや……じゃあ手短に行こう。この図書館をくれ」

「仲がいいとは心外ですが、まずは話を聞きましょう」

 そう言ってジブリールは俺たちを奥に来るよう要求すると、一足先に飛んで行く。飛んでいるのに一足先にとはこれ如何に。

「それはそれとして非情ガヤサン?あとで覚えていてください」

 奥に行く直前でそんなこと言い残すジブリール。ちょっと?非情なのどっち?忘れたくても忘れられる気がしない。マジで一歩間違えたらトラウマ級の笑顔だった。

 俺の気も知らずに空と白、そしてステフもジブリールの後を追う。

 もうこのまま帰ろうかな……

 思った瞬間だった。突如俺の目の前の空間に穴が空き、その異次元の穴からジブリールが顔を出した。

「ちなみに鍵は掛かっているので、逃げようとは夢々思わぬように」

 要件が終わったのか、すぐにその顔も次元の穴も目の前から消える。

 完全に逃げ場を封じられた。あいつ俺の事把握し過ぎじゃね?何、俺のこと好きなの?冗談です。むしろあんなヤンデレこっちから願い下げだな。いやデレてないな。

 まぁとにかくだ。

 人類最強のゲーマー兄妹は殺戮種族、天翼種(フリューゲル)の全権代理者ジブリールに挑む。




次回 八幡死す しりとりスタンバイ。
というわけで次回は具象化しりとり、ジブリール戦です。
ようやく原作の2巻に入った感じですね。
今更ですがヒロインはジブリールです。
感想、誤字報告があればよろしくお願いします。


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彼女は彼らと激突し彼を理解する

立てよド三流、格の違いってのを見せてやる。
どうも。
ド三流の書き手、江波界司です。
ヒロインが決定して本格的にオリ展開へ進みます。
と言うにはまだまだ準備段階ですが……
いつも誤字多くて申し訳ありません。
ここから本編です。


 図書館の最奥の部屋。俺も来るのは初めてだ。

 そこにはテーブルといくつかの椅子、そして部屋を照らすライトと本棚を埋め尽くす書物が、その部屋の特別性を強調している。

「では、詳しい話をすると致しましょう。私の図書館を御所望との事ですが、それに見合ったものをあなた方はお持ちで?」

 俺達を案内し、先に椅子に座っていたジブリールはそう告げ、自ら用意したお茶に口をつける。あ、これデジャブ。

「白、ちょっといいか」

 俺は2人の許容範囲内ギリギリまで白を空から離す。もし、空が言っていた通りのものを賭けるとするなら

「異世界の書、計四万冊以上」

 

「ぶふ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」

 

 前に俺がラノベを提供した時以上の勢いで彼女は吹き出す。当然その向かいにいた空はその茶を浴びる形となる。

「……きたない……」

「あれ?なんで白は無事なの?」

「……はち……ぐっちょぶ」

「異世界の書……それが4万冊……フフフ……」

 そんな俺達をよそに、ジブリールはヨダレを垂らしながら不敵に笑う。なんか前よりも変人度上がってないか?

「どう?信じられないか?」

 空の言葉で現実に戻ったジブリールは失礼と言いながら咳払いし、正気に戻る。

「異世界の書があるということ自体は否定しません。しかしそれをどうやって手に入れたのか……まずはあなた方が何者なのか知りたくなりますね」

 あれ?俺の時と反応違くない?ねぇ違くない?

 はっ!なんかとてつもなくうざい奴が乗り移った気がした。誰だろう。ん?ザイモクザ?知らないですねぇ。

 何者か、という問に空は躊躇いなく答えた。

「ああ、俺たち異世界人だから」

 それ言って良かったのかよ。何故か反応の薄いこちら側の陣営、ステフを見ると知っていると言うように頷く。

 だが、彼女はそれを否定した。

「いえ、それはありえません」

「へ?なんで?」

「仮にあなた方が異世界から来たというなら、それをこの世界に留まらせるには莫大なエネルギーと高難易度の魔法が必要になります。それを実現するのは位階序列第一位の神霊種(オールドデウス)でも不可能でしょう」

 ジブリールの説明を聞いたゲーマー兄妹はステフを見る。彼女に異世界人であることを話したのなら、ステフは異世界人であることを肯定して今に至るのだろう。

 気まずそうに目をそらすステフを無視し、俺はジブリールに問う。

「つまりどういうことになるんだ?」

 言った瞬間、その事を後悔した。満面の笑みをこちらに向けるジブリール。しかしそこから感じるのは殺意など、溢れんばかりの悪感情。俺は悪感情を大変美味である、とか言えるほどチートじゃないからまじ怖い。多分盟約がなかったら一瞬で塵にされてると思う。まぁそもそも盟約がなかったらあんな事しないんだが。

 ゆっくりと俺から目線を外し、一つ咳払いを入れて彼女は言う。

「つまり、あなた方は『未知』ということになります」

 言い終えると彼女はゆっくり立ち上がり、まるで神に祈るが如く天を見上げる。

「未だ知らずと書いて『未知』っ!なんと甘美な響きでしょう。姿形は人類種(イマニティ)でありながらその本質は違う…ぜひ調べさせてくださいっ!」

 優雅という態度から一転、好奇心の亡者と成り果てたジブリールが空に迫る。あ、こいつこそですね。私、気になります。

「ま、まて。調べるって具体的には?」

「性感帯を、でございます」

「気が済むまでやってくれ、気が済んでもやってくれ」

 変態2人の会話をやや引き気味に見る俺とステフ。

「……にぃ、18禁……却下」

「くっぬう……なら下を脱がすのは禁止だ。あと、こっちが触らせるんだ、そっちの性感帯も触らせろっ」

「はい、よろしゅうございますよ」

「へっ!?いいんですの!?」

 かくして、知識欲と色欲が入り乱れる交流会がスタートする。

 

 

 

 

 

「出来れば違うところを触りたかったよちくしょう…」

 空が嘆く理由、それは天翼種(フリューゲル)の性感帯が羽根だったからだ。精霊回廊を宿す彼女の羽根は魔法を使う為に存在することもあるため、感覚的に敏感なんだそうだ。

 なんか途中から空が羽を触りながらジブリールを喘がせてたのは…見なかった事にしよう。

「……で?俺たちはどういうことになるんだ?」

「構造上では人類種(イマニティ)と同じく精霊回廊を宿していません。しかしながらこの世界とは別時空に生きる者である認識はいたしました。この世界ではあなた方は生物というより物体といった分類でしょうか」

 雪ノ下に人外扱いされる度に否定してきた俺がついに生物というカテゴリーエラーを起こすとは。

 しかしこれで異世界人という証明は出来た。あとは空白がジブリールに勝って図書館貰うだけだな。

「んじゃまぁ俺たち3人の正体も確認したことだし、早速始めたいんだが」

「かしこまりました。では、まずはお互いの要求の確認といたしましょう。そちらは4万冊の異世界の書を賭ける代わりに私の図書館をご希望とのこと。しかし、それでは釣り合いませんね」

「へ?いや…」

 空が何かをいう前にジブリールは手を自らの胸に置き口を開く。

「それでは私の全て、というのはどうでしょうか」

 あまりの大胆発言に俺たちは瞠目する。だがいち早く状況を理解した空は笑い、それを肯定した。

「本当は自らの国を賭けられないのが残念なのですが」

「そこまでされると逆に気が引ける。いいから始めようぜ?」

「そうですね。それでは、あなた方には私としりとりをして頂きます。しかしただのしりとりではなく、『具象化しりとり』です」

 ジブリールの一言によりテーブルの上に機械仕掛けの水晶の様なものが姿を現す。

 彼女の説明によるとルールはしりとりと同じ。既出の回答をする、30秒間回答しない、プレイヤーの続行不能が敗北条件。

 ただしここからがこのゲームの鍵、具象化だ。つまり有るものは消え、無いものは発生する。注意事項としては存在しないものは具象化できないことと、プレイヤーに直接関与するものは具象化できない、というより影響を受けないことだ。例えば『腕』と答えた場合、プレイヤー以外の腕がこの世界から消えることになる。何それ怖い。

「例えば『水分』って答えたら?人間の体って3分の2水分なんだけど」

「現在体に保有しているもの以外が消えることになります」

 なるほどね、とジブリールに返す空。大体は把握出来ただろうか。

「ちなみに世界と言っても、魔法で作った擬似的なものです。ゲーム中に死んでも現実には影響がないので、ご安心ください」

 それ、最後なんで俺見て言った?

「というかこれってわたくしここにいる必要ないですわよね。なら…」

「……ステフ、おすわりっ」

「ぎゃぁぁぁ逃げれなくされましたのぉぉぉ」

「なぁ?これって外から観戦ってできんの?」

「そんなことは言わずご参加ください。もちろんプレイヤーとしてではありませんが」

 なんでいちいちちょっといい笑顔で言うんだよ。

「他にはなにか?」

「ああ、一つ。俺たちは2人でやらせて貰うぜ?」

「どうぞご自由に」

 そしてプレイヤーは互いに右手を上げ

 

「「「【盟約に誓って】」」」

 

 高らかに宣言する。

 

 

 

 

 室内に声が響くとほぼ同じ。テーブルの上の水晶が輝き、周辺の世界を再構築していく。

「先行はお譲りします。精々知識の限りを尽くしてかかってきてください」

「おーけーそれじゃ『水爆』」

 プレイヤーを含む俺たちの頭上。そこに水素を大量に含んだ巨大な鉄の塊が出現する。そして一瞬の火気と共に水素が核反応を起こす。

 謎の物体であろう物を見たジブリール。しかしその火の気を目にし直感的にその答えに行き着く。

「『久遠第四加護(クー・リ・アンセ)』ッ!」

 人類史最大最悪の兵器はまさにその威力を見せ、周囲を一掃させる爆発を引き起こす。

 しかし晴れる爆煙の中、プレイヤーを含む全員が無傷で生還する。

「初手から自爆ですか?私が善意で庇わなければ敗北でしたが」

「おいおい、善意なんて言わなくていいぜ?俺はたった一手で終わりっていうクソつまんねぇシナリオは回避するだろうっつー常識的な確率に賭けたんだからよ」

 仮に本気で言ってんならそれは非常識だよ、空。

 しかし……だ。

 このゲームはどの言語も対応可能。この世界に何ヶ国語が存在するかは分からないが、俺達が元いた世界の言語も合わせると膨大な名詞の数になる。それを言い合っていたら当然終わりは見えない。このゲームを終わらせるには30秒の時間稼ぎかプレイヤー本体の排除が絶対条件となる。

 だが……

「こっちは継続不能って条件、果たせそうにないな」

 さっきの魔法で爆発から守ったのは俺たちだけ。つまりジブリールは水爆を無防備かつ生身で受けたのだ。にも関わらず

「無傷とかマジかよ」

「おや?生きていましたか。私としたことがうっかり魔法を展開する範囲を間違えてしまいました」

「それもとは俺殺す気だったってことかよ」

 浮遊しているジブリールは再び自分が座っていた椅子へと降りてくる。

「まさかとは思いますが、これで終わりではございませんよね」

「ああ、退屈はさせねぇよ。『精霊回廊』」

 するとジブリールの羽根の表面が一度光り、その後は光った存在諸共姿を消した。

「どうだ?覚えたての言葉だったけど」

「生命維持にはなんの問題もありません。強いて言うなら飛べなくなるのと、少し落ち着かないことでしょうか」

 空がこぼした感想の携帯や電波という言葉に食い付きを見せたジブリールは、正気に戻ると咳払いをする。

「では無難に『うま』」

「ほい『ま☆こ』」

 おい。なにノータイムで返してんだ。

 ステフもジブリールも何をどうしたか分からないだろう。

 白は空を見上げ、それに対して空はどうだ?と何故か聞く。いやほんとに何故か。どうだ?ってなんだよ。

「ほらほら、先を続けようぜ?」

 挑発的な空のセリフ。ジブリールはそれを肯定する様に言葉を発する。

 

 

 

 

 

 

 そこからは色々あった。

 具体的には海に行ったり、乳首が消えたり、水着を着せられたり、風に吹かれて写真を取られたり、挙句の果てには服を消されたりと。ここまで全部被害者はステフだった。だが俺はここで察するべきだった。

 矛先はすぐに変わると。

 

 人生とは理不尽なものだ。

「『ファイア』」

「あっっつっ!」

 ある時は火で焼かれ

「『穴』」

「あっぶねっ!」

 ある時は落とし穴に落ちかけ

「『ナギナタ』」

「のわっ!」

 ある時は頭上から刃物が落ちてくる。

「ってなんでお前ら協力プレーで俺殺しに来てんだァ」

 現在進行形で『一眼レフ』を首に下げたまま『妖怪』から逃げながら俺はプレイヤーどもに叫ぶ。

「てか『妖怪』って存在すんのかよ」

「怪異って言うのはそういうものだよ。どこにでもいるし、どこにでもいない」

「……おしの……パロ、乙」

「笑えねぇ」

 さっきまでいじられていたステフは空たちの後ろに横になっている。まぁ相当な疲労があるよな。だって俺もずっと疲労してるもん。疲労ingってるもん。

 

 

 

 

 

 あれからどれだけの時間が過ぎ、どれだけの言葉を交わしたか。

 今はステフが化け物に追いかけられている。

 身なりもそれぞれが変化していて、特に俺なんかボロボロ。

 上から落ちてきた『ハンマ』を躱してため息をつく。なんかこの状況に慣れてきてる自分が怖い。

 空はカレーを頬張りながら言う。

「……なぁ?ジブリールは腹減らないのか?『マントル』」

天翼種(フリューゲル)は食事を必要としないので。『ルイアーガ』」

「そうなの?でも眠くはなるだろ。そろそろ朝日も上りそうだし諦めてくんね?『外核』」

「睡眠も休養も必要ありません。あなた方から一つでも多くの知識を得るために、何日でも何ヶ月でも続けることができますのでご安心を。『クロック』」

 そう、このゲームには時間制限がない。30秒内の回答をし続ければある種無限に続くのだ。

「いや遠慮しとく。『クリーチャー』」

 ようやくステフを襲っていた化け物が消え、彼女が開放される。

「お疲れならそろそろ自ら負けてもよろしいのですが?脆弱な種族にしては良くやった方だと思いますので『灯り』」

 ここでようやく、空が動く。

「その脆弱だのなんだのって、人類種(俺たち)を下に見てんのがいちいち感に障るな。もしかして長寿なことだけが強さだと思ってんの?だとしたらお前の方がよっぽどおつむが弱い」

「……私が人類種(イマニティ)に劣ると?」

「それも分かんないってところが、お前の弱さ、暗弱なところだよ。んじゃそろそろ決めるか、なぁ?白」

「……んっ……」

 そう言って走り出し、遺跡のような建造物の階段を走り抜ける2人。

「ステフ〜ヤバいの引き付けてくれてサンキューな?おかげで勝てる。だから……ちょっと死ぬけど我慢しろよ」

 何の躊躇いもなく告げる空。そして30秒ギリギリ、空白は声を揃えて叫ぶ。

 

「「『リソスフェア』っ!」」

 

 ―同時に、足元に存在した地面そのものが消える。

『マントル』、『外核』と惑星を構成するものを先に削り、狙いはジブリールを惑星の核で焼くため。

 だが、

「まだ……私を“殺そう”としておられるので?」

 ジブリールは笑った。

 確かにそうだ。ジブリールの耐久力なら核本体にたどり着くまで死ぬことはないだろう。しかし、空たちは人間、本来この空間で生命維持できることすら奇跡的な存在。もはや終わったか―

「まだ朝はこさせませんよ―『朝』」

 それに対し空白は大きく息を吸い

「『酸素』」

 ただでさえ薄い空気中から酸素を奪う。もちろんプレイヤーではない俺とステフからは完全に酸素が抜き取られ――やべ……意識が……

 

 

 

 

 

 

 

「んで最後は『クーロン力』を無くして惑星爆発を起こしたと」

 ゲームは終了し、結果は空たちの勝利だった。ステフが死んだことに拗ねていたが、空から褒められたことですぐに機嫌を直していた。ちょろい。

「じゃまぁ俺たちの勝ちってことで。あ、あと異世界の書だけど勝負するための口実だったから好きに読んでいいし、この図書館もお前の自由に……」

 言いながら空はジブリールを見ると、彼女は跪き、空たちに頭を垂れている。そう言えばこいつが賭けたのは『ジブリールの全権』。つまり自らの全てだ。それは事実的な隷属を意味する。

 だが彼女には屈辱や悪感情は一切なく、ただ一心に忠誠を誓っていた。

 

 

 

 

 よし帰ろう。

 だってもうやること終わったし。て言いたいところだが、それは無理なのだ。

 

「んじゃまぁやるか」

 

「「「「へ?」」」」

 

 そう、帰りたいのはやまやまなんだが、まだやることがあるんだよこれが。

「……やるって……なにを?」

「だからゲームだよ」

 え?なんで皆ハテナ出してんの?俺が悪いの?

「ハチ?えっと……どういうことですの?」

「いやだからゲームすんだよ。そういう約束?はしてないか…まぁほら、ジブリール言ってたろ」

「え?あっ。いえ、あれは冗談と言いますか……私としては具象化しりとりで殺そ……嫌がらせをと思っていただけでしたので」

「いや言い直す必要ないから、分かってたから。それでもゲームはしようと思ってたんだがな。流石に解剖されるのはゴメンだが」

「そうですか。しかし私の目的も間接的には達成されたので、これと言ってする理由がないのですが」

 そうなのか。なんか覚悟決めて損した気分だな。

 ただまぁなんだ。自分がやった事のあと始末はしないとならんしな。

「んじゃあ俺から持ちかける。ゲームをしよう。内容はさっきの具象化しりとり、要求は互いに勝った方の言うことを一つ聞くこと、でどうだ?」

「なぜあなたがそこまでゲームにこだわるのか分かりかねるのですが」

「あーまぁあれだ。ちょっと言い訳をな」

「言い訳……ですの?」

「ああ。てか俺の場合それが目的だし、勝負の結果は副賞みたいなもんだ。どうだ?天翼種(フリューゲル)の全権代理者さん?」

「その呼び方にはいささか誤解を感じますが、よろしいでしょう。お相手します」

「よし。あ、でも要求に解剖は無しで頼む」

「それは決めかねますが」

 クスクスと笑うジブリール。さらに今まで空気だった彼らも口を開いた。

「なんか勝手に話が進んでるが……まぁいいか」

「……はちの実力……見れる……」

「確かにそうですわね。クラミーに負けはしてましたが、きっとハチもソラやシロみたいに強いのですわよね?」

「なにせ『  』(俺たち)と引き分けたやつだからな」

「本当ですのっ!?」

 いやそんな期待されてもな。てか空、それには語弊があるっての。それに今回俺は勝つ気がない。さっきも言ったが、俺がしたいのは言い訳だ。それが出来た時点で俺の目標は達成なんだよ。

「じゃあいいか?」

 確認をとった俺に彼女は頷き、互いに右手を上げる。

「「【盟約に誓って】」」

 

 

 

「それで、あなたは何がしたいのでしょう?」

「だから言い訳だよ。俺からでいいか?」

 彼女はそれを肯定した為、一呼吸置いて俺はこの言葉を口にする。

「『マックスコーヒー』」

 俺の手に出現したのはあの黄色いパッケージ、まさしく千葉市民の血液であり俺が愛する究極飲料(アルティメットドリンク)

 俺はマッ缶をジブリールに放って渡す。疑問を表情に出す彼女に俺は説明、いや言い訳を開始する。

「前に騙したのはこれを作るためだ。最も完全に真似ることは出来なかったけどな。こっちに来てから全然飲んでなくてな、早く飲みたい一心でやった事だ。まぁ……なんだ、悪かった」

 それを聞き彼女はマッ缶に目を向ける。どうにかプルタブの開け方を教え、ジブリールはマッ缶の開放に成功した。

 一口だけ、小さく缶からコーヒーを啜る。食事を必要としないらしいが、グルメリポーターよりも遥かに長くその味を吟味した彼女は顔を上げる。

「かなり甘味の強い飲み物ですね。なるほど、コミルの木の実はこれの為と…まさかこんなもののために私が人類種(イマニティ)風情に、いえあなたは厳密にはそうではありませんでしたね。まぁしかし、私は既にマスターの下僕。マスターがあなたを許せと言うなら私は歯噛みしてでも従います。ですが、この程度の言い訳と誠意でこのジブリール一生の不覚に許しを得られるなどとは思わないでください」

「お前の場合一生の重みが半端じゃないんだが」

「はい、それほどの事になります」

「マジかよ……」

 俺はここまで言って気付く。なぜ俺達は2人で会話をしている?

「なぁ、ほかの奴らは?」

「勝手ながらこのゲームには不参加にさせて頂きました。世界の領域も決めれば可能なので」

「なんでそんなことを?」

「あなたはマスターが認めた方だと知っています。そうでなければ、さっきあなたがゲームを仕掛けた際に止めるはずです。そしてあなたからは脆弱な生き物でありながら、それなりの覚悟と誠意が見受けられました。それにはこちらもまた(おの)が全てを持って答えるというのが礼儀というものでしょう」

「……」

 正直驚いた。こいつはただ傍若無人で、ゲームが強い知識欲の亡者だと思っていたから。

 だがこいつにも自分の信じる何かがあり、そして彼女は俺と同じくその何かを探している。身勝手で都合の良い考え方なのは分かっている。だがどうしてもそう思えてしまう。だから彼女は知識に執着するのではないか。だからたとえ相手が下等種族であろうとも全力を持って相手をしようとするのではないか。俺が『本物』を探すように、彼女もまた『何か』を見つけようとしているのではないかと。

 

 なら、俺と彼女は……

 

「なぁ、ジブリール」

「なんでしょう?」

 

「俺と……」

 

「申し訳ありません、それは出来かねます」

 

「まだ何も言ってねぇし、その断り方は心に来るんだが」

 なんで口調はともかく中身が雪ノ下と全く同じなんだよ。

 その意図を知ってか知らずか、ジブリールは俺に言う。

「現在私の全てはマスターの物。今、私に要求が出来るとすれば、それは盟約に誓ったゲームで勝つこと……と、そういえば30秒が経過していますね」

「っ………」

 そう言えばそうだった。目標達成してすっかり忘れてたが、今はゲーム中で、そのルールではジブリールの負け。つまり、俺には彼女に対して要求する権利があるってことになる。

 

「それでは、ゲームに負けた対価として要求を呑みましょう」

 

 

 何故彼女は負けた?わざとなのか……いやそれはどうでもいい。

 どうする、実際勝つ気はなかったから何も考えてなかった。しかし彼女の口振りから察するに、これは俺がしようとした要求を言えと言うことなのか。確かに盟約によって行われた賭けは絶対遵守される。俺の言ったことは必ず守られる。

 

 しかし

 

 俺はそんなことを望んでいるのだろうか。そんな関係を。盟約という肩書きを盾に、強制力にものを言わせた関係を。

 

 そんなのは欺瞞だ。

 

 なら俺は…

 

 

「ジブリール」

「はい」

 

「俺と……いや、俺に……

 

 

 

 

 

 この図書館を自由に使う権利をくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ヒロインはジブリール。
大事なことなんで前回を含めて2回言いました。白推し、ステフ推し、クラミー推し、フィー推し、そしてまだ登場していないいずなや巫女推しの皆様申し訳ありません。
そして今回いよいよジブリールがヒロインらしくなって来ました。
字数が多くなったので一度区切りますが、これからもご愛読頂ければ嬉しく思います。
感想や誤字報告、特に感想をお待ちしております。


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彼女が加わり彼は今一度決心する

でいじょぶだ、ドラゴンボールで生き返れる
どうも。
超サイヤ人より界王拳派、江波界司です。
ここ最近シリアスが続きますね。ギャグパートを入れようにも茶化しにくい…
前置きは手短に、本編です。


 特殊な機械によって隔離された別の世界。テーブルと椅子、あとは見たことのない空間しかないその世界で俺は彼女に要求する。

 図書館を自由に使う権利をくれと。

 

「本当にそれよろしいのでしょうか」

「ああ。そもそも勝つ気がなかったからな。要求なんて考えてなかったんだよ」

「そうですか。しかし困りましたね。先程も言った様に今の私の全権はマスターの手にあります。それはこの図書館も例外ではありません」

「あ、そうか。じゃああれだ、マスターに俺が使ってもいいようにすることを頼んでくれ」

「随分と要求が下がった気もしますが、よろしいでしょう。それがあなたの出す勝利者の要求だと言うなら盟約に誓ってそれに従います」

 特段心理状況に変化は見られないジブリール。そもそも空たちに絶対服従で全権を取られてるから、何も焦ることもなければその権利についてどうこう言うこともできないのか。

 しかしそれなら、と一つ疑問が生まれる。

「なあ、お前の全権が空たちに渡ったってことは、天翼種(フリューゲル)も全員傘下に入るってことか?」

「いえ、そうではありません。私はあくまで十八翼議会の一対であり、天翼種(フリューゲル)全体の全権代理者ではありません。つまりマスターの様に人類種(イマニティ)の全てをどうこうするほどの権利は持ち合わせていないのです」

「なるほどな。だから国が賭けられなかったと。いやだとしたらなんでお前ファーストコンタクトで、んな分かりにくい自己紹介したんだよ」

「そもそも天翼種(フリューゲル)人類種(イマニティ)では全権代理者というものの考え方に齟齬がありますので。まぁあの時なんの注釈も入れずに言ったのは、威圧と敵意が理由でしたが」

「ただの見栄かよ」

「なにか?」

「なんでもないデス」

 怖っ!だからなんでこいつ笑顔なのにこんな怖いんだよ。レベルで言ったら雪ノ下さんすら敵わないんじゃないか?魔王超えちゃったよ。

 話すことも尽き、沈黙が降りる異世界の中の異世界。流石にこれ以上ここに留まる理由もないし、早々に退散して帰ろう。

「んじゃ、そろそろ終わるか」

「かしこまりました」

 その言葉と共に部屋、なのかは分からないが中央から光が発生し、今まであった空間が突如として消える。

 眩い光に閉じていた目を開けると、そこには蚊帳の外にされた3人がいた。

 

「はっやっ!」

「ま、まだゲーム開始からそんなに経ってないですの……」

「……二分……十七秒……はち、なにした?」

 驚愕する三人組。確かに『  』(こいつら)の時を考えれば異様な速度だが、そもそもまともに戦ってないし。

「なにって言い訳だよ」

「いえそんなことより、どっちが勝ったんですの!?」

 そんなことよりってお前。俺が何かをいう前にジブリールが前に出る。

「私が敗北しました」

「「なっ!?」」

 俺とステフが声を揃えて驚く。そりゃそうだよね。だって俺はただマックスコーヒー出しただけなのに勝っちゃったんだもん。それをさも俺の実力で勝ったかの様に言われたら言い訳に困る。

「いや、形の上ではな」

「八、お前何したんだよほんとに。てかなんで俺達は蚊帳の外だったんだ?」

「マスター、それについては」

「俺が頼んだんだよ」

 今度はジブリールが驚いた表情を浮かべる。お返しだよ。

「流石にお前らにみっともない姿見せたくなかったからな」

「なんだ八、見栄か?」

「いや、後で何言われるか分かったもんじゃないからな」

「……はち……どうやって、勝った?」

「いやそもそも……」

「はい。たった一手で、私は敗北しました」

 待てやぁぁぁぁぁ。なんでお前はこうも誤解をウェルカムしてんだよ。確かに事実だけども、それは違うだろ。いやほんとに。

 ジブリールが言ったことをそのままの意味で捉えたのだろう。3人はまた驚愕を絵に描いたように固まっている。

 どうにか機能を取り戻したステフが口を開く。

「ソラたちがあれだけ頑張った相手を……たった一手で……」

「いやだから違うっての。そもそもゲームが始まった時点で勝負云々は度外視だったんだよ。だから形の上では俺の勝ちでも、実質的には勝負もしてないんだよ」

 俺の弁論に、白は稀に見る棒読みで答える。

「……ヘー……」

「八は謙虚だからなぁ。それで?何を要求したんだ?」

「それでしたら……」

 と言いかけてジブリールは、自らの両手を頬に当てて目を閉じながら顔を逸らす。おい、その反応はなんだ。てか頬染めんな、頬。

「へっ……ハチ、あなた……」

 おい待て、その引いた様な反応はなんだ。

「マジか八。羞恥心がない戦闘種族を辱めるとかどんな要求したんだよ」

 おい待て、なんで俺が変態みたいになってんだ。

「……はち、ハレンチ……」

「おい待てなんで最後皆まで言った。てか違うから。おいジブリール何してくれてんだ」

「いえ、負けて終わりでは癪なので」

「それと引き換えに俺の人権潰す気かよ」

 俺たちの会話を見て空だけはなんとなく察したようだ。てかそう願いたい。じゃないと俺が変態認定される。

「そういえばマスター。引きガヤサンが図書館を自由に使いたいと」

「おい今完全に俺の名前の呼び方おかしかったよね?アクセントに悪意しか感じないんだが?」

「ん?別にいいぞ」

「空、それはどっちの意味だ」

 その後どうにか弁明を繰り返して俺の容疑を解く。てか俺無実なんだけど。あのジブリールのざまぁみろ見たいな表情は当分忘れないな。

 

 

 

 

 

 

「今日は寝よう」

 鶴の一声。もとい俺の一声で今後の方針が一つ決まる。もっとも空たちは調べものをしたかったらしいがステフの負担を少しは考えてやれよということで解散となった。多分あれ以上あいつに負担かけたら倒れかねん。

 そんなことがあった夜だ。

 俺は擬似マッ缶を持って図書館を訪れる。小さい食器と同じ素材の水筒みたいなやつにマックスコーヒー(仮)を入れて持ち運び出来るようにしたのだ。空に自由に出入りすることを許して貰っているため、俺は躊躇いなく扉を開けた。

 中は暗いが一部だけ灯りが付いている。

「起きてたのか」

「私は睡眠を必要としないと申し上げたはずですが?」

 その灯りの下には空から預かったタブレットをいじるジブリールがいた。

「それで、どのようなご要件でしょうか?」

「別にお前に会いに来た訳じゃないけどな?」

「なるほど。マスターから頂いた文献による『ツンデレ』なるものでしょうか」

「誰がだよ。それにどちらかと言うと俺は『捻デレ』だ」

「そのような言葉はお見受けしませんでしたが」

「造語だ。てかどんだけ偏った知識を……」

 俺に会ってから3日以上経過しているため、ジブリールはほとんど日本語についてはマスターしていると言って差し支えない。

 今も何の苦労もなくタブレットに入った資料を読んでいたようだ。

「あー、神様にまつわる本ってあるか?」

「神……つまり唯一神に纏わる伝承でしょうか?」

「というよりそいつ本人についての本、だな。遊戯の神ってのはどんな奴なのかってこと」

「現在の唯一神、遊戯の神テトに纏わる文献は主に逸話や過去の歴史しかありません。そもそも神と邂逅することすら不可能ですから、情報を集めることすらままならないのです」

 そりゃそうか。そもそも『  』や八幡(俺達)が特別なだけで、本来なら話すことすら奇跡的なんだろうしな。つまりあいつについては集められる情報は俺が知っていること以上はないって事だ。

「あてが外れたか。まぁいいや。じゃあ獣人族(ワービースト)についての文献で頼む」

「いつの間に私は本の検索係になったのでしょう」

 文句を垂れながらもジブリールは前と同じ様に次元に穴をあけ、そこから本を取り出す。

「今関係する範囲の文献にございます」

「多くね?」

「それだけ情報が多いということです。もっとも……」

「ただしそれが真実かは別だけどな」

「……そういうことにございます」

 そしてまた、いつかの様に座って互いに本を読む。

 あのゲームで、俺は彼女との一つの形を捨てた。得ることが出来た関係を、俺は破棄した。その事に後悔はないし、この現状に不満もない。

 

「なあジブリール」

「なんでしょう?」

 言ってから気が付いた。俺は何を聞こうとしているのかと。

 俺は極力他人に踏み込まない様に生きてきた。誰だって踏み込まれたくない領域はあるし、どこに地雷が埋まっているかも分からない。

 しかし、なら何故俺は、彼女に何かを問おうとしているのだろう。

 考えもまとまらないまま、俺はどうにか言葉を紡ぐ。

「お前、なんで…ここにいるんだ?」

「それは私が図書館を人類種(イマニティ)からゲームで取った理由、ということでしょうか」

「あ、ああ」

 自分で聞いたのに不安になってしまう。ここはまだ、彼女の許せる範囲なのかと。

「私の故郷『アヴァント・ヘイム』である法案が可決されたからにございます。天翼種(フリューゲル)は十の盟約が決まる以前、首を収集していました。しかし暴力を禁止された私達は知識を集めることに精を出したのです」

 なんか凄いナチュラルに物騒な単語が聞こえたんだが。もう殺戮種(フリューゲル)でいいんじゃねぇ?

「その上で本を集め出した私たちですが、その膨大な数により本の所蔵に困ったため被りを減らそうという法、つまり『互いに集めた本を貸し合う』という気の狂った法案が議論の末、可決に至りました。…そしてそれはもう我慢ならないものでした。なぜなら私の本たちが他の者によって汚され破られ挙句消失したりと……」

「それで我慢が出来ずに自分の図書館を持ったと」

「そういうことになります」

 なんか、聞いてるとどんどん謎が増えるんだが。

「なんで他の天翼種(フリューゲル)は本を破るんだよ」

「彼女らにとって欲しいのは知識であり、本とはその手段に過ぎません。故にその本の管理というのは異端視されます」

「なるほどな。ってか、お前本の貸し合いとかそういう概念があったのかよ」

「まさかそこまでの常識の欠如を危惧されていたとは…歯痒いものですね。今十の盟約がなければすぐにでも動いて差し上げましたのに」

「どんだけ殺したいんだよ」

「ただ殺すだけでは足りません。破壊と治癒の魔法を駆使してじっくりとこの屈辱の対価を味わって貰おうかと」

「相手に治癒とか新しい拷問考えるなよ。せめて一思いに殺せよ」

「今のは『許可』でよろしいのでしょうか?」

「違うから」

 なんでこんなことに……こいつ俺のこと嫌い過ぎでしょ。まぁ思い当たる節は多いんだが。

「じゃあなんであの時貸し合うことを不思議そうにあったんだ?」

「それは……あなたを試させて貰いました」

「……?それで結果は?」

「教える義理はありません」

「さいで」

 試した……その言葉が何故かスッと胸に落ちる。

 彼女は何か俺に思うことがあったのだろうか。俺はあの日のことを思い出す。

 彼女が俺に聞いたこと。俺が答えたこと。

 名前、変わり者、知識の貸し合い……これに何か特別な意味があるのだろうか。

 ただ一つ分かることが……俺と彼女は似ているということだ。

 あの時俺が勝手に抱いた彼女への印象。それは本質とは違っていた。彼女は殺戮者でありながら、知識を得るための方法でしかない本を大切にするという、異端者(変わり者)だった。

 そして俺もまた、人間関係という一つのカテゴリの中では異物とされる存在。その共通点が、彼女に何かを思わせたのだろうか。

 

 気になる。気になってしまう。それが知らなくてもいいことで、知ったら戻れなくなることだとしても。これ以上は踏み込むべきではないとしても。

 

 俺は知りたい。知って安心したい。知らないことは酷く怖いことだから。

 けれど、とそこにまた理性が止めに入る。やめるべきだと。引き返すべきだと。ここより先に進むべきではないと。

 

 それでも……それでも俺は……

 

「俺は……『本物』が欲しい」

 

 その言葉を、彼女はただ無言で聞く。その先を求めるように、まだ引き返せると促すように。

 

 俺は止まらなかった。ただ無意識に、しかし意識的に言葉を続ける。

 

「俺は知りたい。『本物』てのがどんなものなのか。そしてそれは俺にも手に入れられるものなのか……それが『  』(あいつら)を見てたら見つかる気がした。完全な信頼の上に成り立つ2人の関係が、教えてくれる気がした。だから俺は、あいつらと同じ道を行こうと決めた……」

 

 俺は何を言っているのか。そして何故言っているのか。もし数秒前に戻れるなら今すぐにでもぶん殴って止めたい。

 徐々に冷静になっていくのを感じ、頭がさっきよりも機能して正気に戻ると、俺はすぐにでも訂正に入る。

 忘れてくれと。

 

「すまん、なんでもな……」

「確かにそうです」

 

 へ?

 俺が言い切る前に彼女は口を開いた。それも何かを肯定したように。

 

「マスターはとても偉大な方です。人類種(イマニティ)と同等でありながら天翼種(フリューゲル)を下し、今なお獣人族(ワービースト)と事を構えようとしていらっしゃる。あの方々はまさしく、この世界に革命を起こす存在でしょう」

 

 そして、と彼女は続ける。その言葉には、いつか誰かに聞いたような重みが感じられる。人生を、人命を賭けてでも欲するというその強い感情が感じられる。

 

「私もまた、あなたと同じように、マスターに『答え』を示して欲しいと願う者にございます。今までの常識や価値観を度外視するマスターの姿を追えば、きっと私のような者でもその『答え』を知れると。だからこそ私はこの身の全てを賭けようと、そしてマスターに従おうと思ったのです」

 

 打ち明けられた彼女の思い。

 人の感情に疎く、知識と力を兼ね備え、それでも下等種族の人類に負けた彼女。そんな彼女と俺は、求めるモノは違うながらも、等しく同じ目標を掲げている。

 

「そして、それはあなたもまた……」

「え?」

 

 俺は難聴系主人公でも、自称友達の少ない金髪ハーフでもない。

 ただ思考の中に意識が集中していた俺は、彼女の声を正しく聞き取ることができなかった。

 

「いえ、なんでもありません」

「そうか」

 

 自分でも不思議だが、俺は彼女に打ち明けた。

 彼女が現世にいた俺の知り合いに重なったのか。過ごした時間があの空間と似ていたからなのか。俺は心のどこかで誰かに助けを求めていたのか。そのどれかなのかは分からない。

 ただ今分かるのはたった一つで、俺がすべきことが何かという一点。それだけが重要なのだ。

 

「ジブリール。俺はお前に好かれようとは思っていない」

「奇遇でございますね。それについては私も同感です」

 

 しっかりと対面して俺たちは言葉を交わす。

 

「けど俺とお前は同じ方向を目指している」

 

 俺が誰かを信頼するなんてことはない。信じたら裏切られるのは知っているから。人の心はそれ程までに醜いことを知っているから。

 

「だから俺は……」

 

 ジブリールに向かって俺は言う。

 果てしなく醜い人の心、感情。自分が知っているように、自分もまた持っているソレを使って。

 

「そのことに関して、お前を『信用』する」

 

 本当に醜い。そして酷く汚い。

 目的の一致という打算故にしか誰かを、何かを信じられない自分が嫌いになりそうだ。

 ジブリールと俺は同じ道を進もうとしている。だからこそ、俺は…

 

 彼女を『信じ』、『利用』する。

 

「はい。私もまた、マスターが認めるあなたを『信用』しましょう」

 

 彼女の言葉は俺と同じ意味なのか、それを確かめる術はない。

 しかしここに一つの『約束』が立てられる。

 

 恐らく俺たちは互いを信頼しない。しかし騙すこともない。ただ互いに利用し合う、そんな『約束』。

 

 酷く歪で、不完全で、『本物』とは程遠い関係。

 

 そんな2人の『答え』を俺たちは互いに肯定する。

 

 

 

 

「いいのか?『  』(マスター)に言わないでこんなこと決めて」

「私はマスターの所有物であると同時に、一人の感情を持つ存在。その感情の発露さえも縛ってしまうほど、私のマスターは小心者ではございません」

「さいで」

 

 

 

 

 




一気に距離が縮まった2人……縮まっているんでしょうか?
ノゲノラと俺ガイルの共通テーマを上手くミックス出来るようにしながら、今後も話を進めたいと思います。
八幡の一人称視点が多いため、やや誤解を招くこともあるかと思いますが、優しい目で見て頂けたら幸いです。
感想や誤字報告のほど、よろしくお願いします。


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彼らは進み彼と彼女はその後を追う

ここから始めましょう。1から……いいえ、16から
どうも。
タイムリープは鬱展開がテンプレだと思う、江波界司です。
今回は少々短めです。
あと私的な理由ではありますが、これから更新が遅れるかもしれません。本当に申し訳ありません。
それでは本編をどうぞ。



「そういえばですが、マックスコーヒーなるものの模倣体とはどういったものなのでしょうか?」

 深夜の図書館。既に深夜テンションで変な事を口走った挙句なんか約束をしてしまった俺。

「今そんな余裕はない……」

 正気に戻った俺はついさっき行った自分の行動全てが急速に黒歴史と化し、ナウで両手をついてガックリと項垂れている。

「どうしたのでしょうか?身体的なダメージを与えた覚えはありませんが」

「精神的なダメージだよ。それも自滅で。あとお前からも大分受けてるからな」

「やはり人類種(イマニティ)の感情の機微については理解しかねますね」

 そうでしょうね。もしお前が人だったら今日の大半の言動が全部黒歴史になって精神崩壊しかねないわ。

「あと今日言ったことは空たちには言うなよ」

「了承しかねます。私はマスターに逆らうことは出来ませんので」

 あいつらには絶対に悟らせない様にしないとな。

 そんなことを考える最中、ジブリールは突如空中を見上げる。

「……はい、承知致しました。それでは今すぐに」

 するとジブリールは目の前に手を突き出し、だがそこからは俺には理解出来なかった。何故って、そこには空と白がいたからだ。

「ほぉ〜。魔法ってすげぇな」

「待てなんでいる。てかどうやって来た」

「……ジブリールの、まほう?」

「そっちも分かってないのかよ」

 横に首を傾げる白。元々幼いながらも整った顔も相まってかなり可愛い。おっと、これじゃまるでロリコンですね。

「それでどうしたんだ?」

「ちょっと言い忘れたことと、調べものをな」

「言い忘れた?」

「ああ。まずはジブリール。この図書館の本の管理は一任する。俺達がこれから勝ち進むに当たってお前の知識と賭け金、お前の存在が大きな武器となる。役に立つならさっき渡したタブレットも遠慮なく使ってくれ」

 なるほどな。てか、俺が言ってたこと聞いてたの?今日は寝ようって言ったじゃん。まぁ俺も寝てないから説得力ないんだけど。

「とまぁこれでいいかな。あとは調べものだけど…ん?おお準備いいなジブリール」

「はい。全てはマスターのためにございます」

 それ俺が頼んで用意したやつだよね?

 しかしまぁ、こいつらが調べものをするってなら今日は寝てもいいか。実際ステフに負担をかけない、主に心配させないっていう目的は果たしたしな。

「んじゃ俺は戻るわ」

「ん?八は調べてかねぇの?」

「お前らがやんだろ。それに俺は眠い」

「ほいほーい。んじゃジブリール、よろ」

「承知致しました」

 するとジブリールは俺に手のひらを向ける。なんなの?ビックバ○アタックなの?あれって爆煙上がったら生存フラグなんだよなぁ。いや待て、もしジブリールにそんなの撃たれたら絶対死ぬわ。

 そんなことを考えるのも束の間、俺の周囲が一瞬光を帯びた気がした。しかしそれを認識する前に俺の視界に入る風景は変化する。

 体全体に感じる浮遊感。そしてあとは重力に従って背中から地面、にしては柔らかい何かに落ちる。どうやらベッドのようだ。

「知ってる天井だな」

 そう、ここは俺のこの城での自室。ここ最近の寝床だ。

 しかしテレポートでわざわざ空中に移動させる辺り、さすがのジブリールさんだな。

 まぁいい、疲れたのは本当だ。かなり夜も遅いが寝てしまおう。

 思い立ってすぐに、俺の意識は消失する。

 

 

 

 

 

 

「継続は力なりと言うが、こればっかりはちょっとなぁ」

 なぜ俺はこんなに早く起きたのか。実質4時間も寝てないんじゃないか?

 まぁしかしだ。用事もある事だし仕方ない。俺はいつも通りに部屋を出て、城の扉を開けて外に出る。

 簡単な柔軟と準備体操で体をならし、一つ息を吐いて前を向く。

 その瞬間

 

「どちらに行かれるので?」

「のわっ!」

 

 いきなり後から声がかけられた。扉が開けられる音もなかったため、素で驚いてしまった。……オマケになんか変な声出しちゃったよ。

「ジブリールか。ちょっとランニングにな」

「はぁ、そうですか」

 クラミーとフィーとの約束があるため、毎朝俺は町の外に出る必要がある。今は自転車通学なんてことをするわけもないので、俺は体力維持の為にこうしてランニングしているのだ。

 この世界はもといた世界と違い、備えておかないと人権や命まで取られかねない。

 例えば昨日の具象化しりとり。参加者は生身でゲームを開始するため、化け物に追いかけられるのはかなりキツかった。今後もそんなゲームに参加する可能性は否定出来ないため、とにかく備えておこうというなんとも卑屈丸出しの考えだ。

「んで?お前こそどうしたんだよ」

「いえ、マスターに朝ごはんを届けるにあたってドラちゃんを起こしておこうと思いまして」

「この城に猫型ロボットはいないはずだが」

「……?ああ、確か本名は……ステ……申し訳ありません。これ以上は興味がない故思い出せません」

「いやどうにか伝わった。取り敢えずステフが猫型ロボットに昇格したこととお前が俺とステフに興味がないことは分かった」

 だってこいつ未だに俺の名前覚えてないんだもん。聞いたクセにだよ?こいつほんといい性格してる。

「んじゃそろそろ行っていいか?」

「ランニング……ということはどこかに行くわけではないのでしょうか?」

「え?なんで?」

「あなたがただの向上心の為だけに行動するとは思えませんので」

「お前、俺のことなんだと思ってんだよ」

「無駄な行動が嫌いな、悪く言えば欲深な人類種(イマニティ)、でしょうか?」

「それわざわざ悪く言った意味あったか?」

 誰が欲深いって?俺ほど欲のない人間もそういない。なんなら欲が無さすぎてそろそろ欲って概念が無くなるまである」

「あなたがそれを言うのですか」

「なにお前エスパーなの?そういう能力持ち合わせてんの?」

「いえ、普通に声に出ていました。それに、あなたには欲という概念はまだまだ無くなることはないでしょう。あなたは『本も…」

「分かった。分かったから少し黙れ」

「私に指図するとは、随分偉くなったものですねぇ?」

「悪かったから凄むなって」

 だからその笑顔でなんで恐怖を与えられるのん?。何回見ても怖い。むしろそれに慣れつつある自分が怖い。

 と、そろそろ行かないと遅れるな。流石に待たせるのも悪い。

「悪いがそろそろ行くぞ」

「そうですか。それでは」

 ジブリールはそう言うと手の平を上にして、人差し指で俺を指す。なにかと問う前に、ジブリールは姿を消した。

「まぁいいか」

 いつもする遠回りをせずに、俺は目的地へ向かう。

 

 

 

 

 

 

「いつも悪いな」

「いえいえ〜なのですよ」

 俺はいつも通りフィーからコミルの実が入った紙袋を受け取る。

「お前これから何か買いに行くんだろ?金とか払った方がいいか?」

「気にすることはないのですよ。そもそもあの場所のことを秘密にして貰えるだけで十分なのですから」

「そうか」

 それじゃ、と短く言って俺はもと来た道を引き返す。

 流石に袋を持ちながら走るわけにも行かず、帰りは徒歩だ。町もようやく目覚め始め、所々では人が行き交っている。

 ふと思う。この世界の生活にも大分慣れたなと。

「しかしなぁ」

 この先のことを考えると少々滅入る。

 この平和な街の風景は、もうすぐ空白が起こすだろう国家戦の風を受けてどう変化するのか。だがそれも含めて、俺は見届けると決めたのだ。

 そういえば、あいつらは徹夜で調べものしてるみたいだな。マックスコーヒー、持って行ってやるか。

 

 

 

 

 

「あ、ハチ。おかえりですの」

「おう。ってお前どうしたの」

 城に帰り最初に見たのは、ウキウキとしているステフだった。

「理由は簡単でございます。ドラちゃんに私の厨房をお貸しするようマスターに頼まれたので、それをお伝えしました」

 なるほどな。つまり空に手作りの食べ物を渡せるからテンションが上がっていると。

「んじゃ俺も行く。マックスコーヒー作りたいし」

 承知致しました、というジブリールの声とともに俺とステフは一瞬で厨房へと移動する。

「何が起こりましたのっ!?」

「なんでもいいだろ。んじゃやるか」

 困惑するステフを無視してマッ缶制作にかかる俺。それを見てステフも落ち着きを取り戻……してはないが作業にかかる。

 

 それなりの時間を要し、互いに調理が終了する。

 多分聞こえてるだろ。

「ジブリール〜」

 ここにはいない者に対して言った言葉に、ステフは首を傾げる。

 しかし何か声が聞こえる訳もなく、俺とステフの周囲が一瞬だけ煌めき、見えている風景が変わる。

 そして目の前にいる3人組。そのうちの一人、Tシャツ姿の男はテーブルに肘をついて手を組み

「ではジブリール君――」

 その手の上に顔を預け、某グラサンのお父さんの如くシリアスな雰囲気で

「これから俺に征服される獣耳っ娘王国、『東部連合』についての説明を」

 自らの欲求をストレートに表現した。

 それを見れば当然思うだろう。それどころかうっかり声に出してしまう。

 

「「もうこの国ダメだな(ですの)」」

 

 これがエルキアを救う、俺とジブリールが期待する者。童貞、ニート、18歳、空である。

 

 

 

 

 

 ジブリールの説明を要約するとこうだった。

「つまり獣耳っ娘王国は俺のもんだ」

「いや違うから」

 こいつ本当に素直だよな。いっそ清々しい程だわ。

『東部連合』。かつては数多の部族が争いを繰り返していたが、『巫女』と呼ばれる存在が現れ、たった半世紀で争いの絶えない獣人族(ワービースト)を統一させた。現在は高い技術力を有し、世界第三位となるほどの大国となるまでに至っている。

「んで、その国を倒しに行くんだろうが……」

「それが不可能にございます」

 ジブリールは即刻否定する。それは彼女の信じた彼らでは無理だと言うことだろうか。

「……ジブリール……」

「それはつまり『  』(俺たち)が負けると?」

 流石に空たちもジブリールの反応には異議を申し立てる。

「いえ、そうではありません。私ではその東部連合に勝つための知識を提供することが出来ないのです」

 その理由は?ズバリ聞いた俺の質問に、彼女は平然と答えた。

 

「私は一度、東部連合に勝負を挑み、負けています」

 

 彼女のこの言葉は、本来ならおかしい。仮に一度挑んでいるならどんなゲームかを知っているはずなのだ。それなら例え必勝法は分からずとも、その内容を教えればいい。『  』(こいつら)ならそれだけで勝機を見出すだろう。

「そして私は、そのゲームの内容を覚えていないのです」

 しかし俺の考えを否定するかの様に彼女は続けた。そしてその言葉の内容は、かなりの絶望を突き付けることに他ならない。

「これ詰んでねぇか?」

「確かになぁ」

 そしてそれはここにいる全員が理解できる事実だ。

「へ?なんでですの?」

 前言撤回、アホの子がいました。てかこいつなんで事務作業は出来んのにこういうことはからっきしなんだよ。ステ振り間違え過ぎだろ。ステフだけに?はいつまんないですね。

 ……なんか例えが空っぽくなっちまったな。毒されたかな。

「あのなぁステフ。普通に考えてみろ」

「ふ、普通にですの?」

「そうだ。まず東部連合にジブリールが負けている。しかも勝った権利でその記憶を消している。ここまでいいか?」

「は、はいですの」

「つまりそれは必勝の手があって、それを他国には一切漏れないようにしてるって事だ」

「な、なるほどですの」

「そうなるとこっちは情報を集めるにも、他の国に聞くことも出来ないし、わざと負け覚悟で特攻する事も出来ないってことだ」

「確かにそれは、かなりキツい状態ですの」

「おい八。俺たちは負ける気はないぞ」

「それは『  』(おまえら)のルールであって、俺のルールじゃない」

「そ、それでどうしますの?」

「どうするってお前……」

 マジでどうすんだよ。てか、そもそもこんないかにもな相手に挑むバカいんのか?負け知らずでしかも記憶を消されるとか、おまけに天翼種(フリューゲル)相手に必勝するなんぞ勝ち目ないだろ。

「ちなみにジブリール。東部連合はその手でどこから勝ってんの?つっても、そもそも挑む所がないか」

 空も同意見のようだ。だよなぁ。もしいたらそりゃかなりの大バカ野郎だ。信長が常識人に見える程のうつけ者だわ。

 

「いえ、一ヶ国、と言うより一人だけおります。その東部連合に勝負を挑んだ者が」

 

 おいおいマジかよ。確かに東部連合を倒せればかなりの物が手に入るだろう。しかし、その行動は勇者ではなく愚者だ。高望みで勝負を挑むなんぞ、この世界じゃなくても愚行でしかない。

 

「それも八回挑み、全て負けています」

 

 愚者通りこして愚者の王だろ、それ。もういっそ愚王だろう。

 

「んで、その東部連合に挑んだ奴って?」

 

人類種(イマニティ)唯一の大国、エルキア王国前国王にございます」

 

 マジで愚王でした。

 ところでステフ?なんで逃げようとしてんのかな?

 

 

 




前書きでも書いた通り、次回以降更新が遅れそうなので、先に謝罪を。
出来る限り早い更新を心掛けますので、今後ともご愛読頂きたいと思います。
感想や誤字報告、お待ちしております。


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そして彼と彼女は彼の覚悟を知る

友達はいらない――友達をつくると人間強度が下がるから
どうも。
リアルでぼっちライフ充実中、江波界司です。
でなきゃ毎日投稿なんてしませんよね。
特にないので本編をどうぞ。


 この世界は基本的に受け手が有利だ。

 事実、東部連合は自分たちに有利なゲーム、必勝の手があるゲームで過去四回、魔法のエキスパートとと言って差し支えない森精種(エルフ)、エルヴン・ガルドが敗北している。と、ここまではジブリール談だが。

 人類種(イマニティ)と同じく魔法の使えない獣人族(ワービースト)。そんな種族が森精種(エルフ)に勝っている。つまり魔法すら効かないほどの必勝法(イカサマ)を使っているということだ。

 興味本意でジブリールも挑んで負けたらしいが、要は難攻不落の防衛戦。そんな圧倒的な相手に対し

 

「領土賭けて八回負けるとかどんなマゾだよ」

 

 もうこればっかりは弁論しようがない。

「……ただいま、はち」

「おう来たか」

 突如そこに姿を現した四人。

 そして帰って来るやいなやいきなりガックリと項垂れる空。まぁ当然だわな。

 空たちはジブリールと共に東部連合の観覧に行ってきたらしい。らしい、というのは俺が同行していないからだ。だってめんどくさかったし、調べものしてた方が有意義な気がしたからな。

「それでどうだ?」

「どうもこうもあるか。負け確の相手に八回挑むとか、もうなんかの儀式かよ。どんだけ前王は残念な頭してたんだ?」

 辛辣だなおい。だが仕方ない。前にもステフに言った通り、この世界でラッキー狙いの数打ち戦法は愚策の極みだ。それを王様自らやってのけるとは……この国マジで大丈夫かよ。

「ステフ、こればっかりは弁護も弁明も出来ねぇわ。てかどうしようもないわ。お前のお爺様ってアル中だったのか?」

「んなっ。ソラはお爺様が間違ってないと言ったではありませんのっ!」

「魔法使いすら勝てないゲームに八回領土駆けた挙句全敗した奴をどう言い訳しろっての?屁理屈王の八でも無理だっつの」

「誰が屁理屈王だ」

 流石の空も少々感情的なっている。今までになくキツく言われたステフの目には涙が浮かんでいた。

「そ、それでも……お爺様は……」

「あのなぁステフ、運なんて存在しないんだよ。無知と知が重なり合って起こる変数の結果。その見えない過程を運と呼ぶなら、それは全部必然だ。それに俺たちは一回たりとも負けられない、そういう状況なんだよ」

 目は合わせず、しかし確かな力強さを込めて空は言う。

 だから、と。

 

「お前の爺さんのしたかったことが分かんねぇ」

 

 その一言がトドメになったのか、ステフは俺達には目もくれずに図書館を出て行った。

「……にぃ、言いすぎ」

「また女の子泣かせるのかよ」

「っ……。つったってよ、“酔ってました”以上に好意的な見方あるかよ」

 

 

 

「しっかしどうすっか」

 ステフを泣かせた事を少しだけ白に責められて落ち込んでいた空はとっくに機能を取り戻し、読んだ本を置いて別のものを取る。

 現在、ステフを除いた俺たち4人は東部連合に関する多量の資料の周りに集合している。かなりの時間調べに調べているが、何も進展がない。

「勝負を仕掛けるにも情報が足りないしな」

「問題はそこだ。そもそもなんでエルヴン・ガルドも前国王も複数回挑んでる?それも惨敗しただろう相手に。いやまず東部連合のスタンスが分からない。必勝の手があるのにその記憶を消しちゃ誰もかかって来ないぞ」

 ブツブツと思考を続ける空。

 ここは彼の分野だ。相手の狙いと思考を読んで突破口を見つける。その攻略法を白が実現させる。これが最強ゲーマー『  』(空白)のプレイスタイル。

 だが空の独り言を聞いて思うところがある。

「なんで複数回、それも四回と八回なんだ?」

 仮に記憶を消されるなら、リベンジを企てても普通は2回目で結果が出る。それが成功にしろ失敗にしろ、そこで終了する可能性も十分にある。にも関わらずこの二ヶ国は四回と八回勝負を挑み、負けた。何か意味があるのか?

 俺の疑問には空が答えた。

「そりゃ餌を撒かれたんだろ。例えば一回目はゲームの内容だけは記憶に残して必勝法だけ記憶を消すとか。いや待て、だとしてもだ。そんなのが七回も成功するのはおかしくないか?」

 だが自分で出した答えに空は何かを見つける。

「ジブリール、国の資料。白、前王がゲームに賭けた土地は?」

「ほれ」

 俺はジブリールよりも先に資料を空に渡す。そしてその資料に目を通しながら何かを考察する空を横目に、俺はジブリールに話しかけた。

「ジブリール、ステフに……」

 だがその先を言う必要もなく、俺の視界から姿を消す。あいつも同じことを考えてたみたいだな。

 そして俺は再び彼らに視線を戻す。こいつらはきっと社会に裏切られた存在。しかしそれ故に、彼らは身内を決して裏切らない。それが例え血の繋がらぬ仲間(家族)でも。

 

 

 

 

 

 

 既に時間は良い子は寝る時間、をとっくに過ぎている。

 現に昨夜徹夜で調べものを担当した白は寝息をたてている。いくら天才と言えど、彼女はまだ十一歳なのだ。

「マスター、そろそろ休まれた方が」

 とっくに帰ってきたジブリールはそう空に告げる。

「いや、気になるところがあるしな。もうちょっと……」

 こちらには目もくれずに彼はそう言った。気になるところがある。見つかった、ではなく見つけた、だろう。

「ステフの為にわざわざ爺さんの弁護士になる気か?」

「そうじゃねぇよ。ただ、何か引っかかるんだよ。なぜ前王は八回挑んだのか…いや、逆に言えば、なぜ八回でやめたのかっ」

 言って空はハッとする。何かに気付いたらしい。

 確かに前王がやったことは愚行以外の何でもない。しかしそれはある一点の視点から見ただけの事実。だがそこに違う視点があったとしたら?

「マスターは思慮深い方であり、人類種(最弱種)でありながら上位種すら打ち倒す程の力量をお持ちです」

「あ、ん?いきなりどうした」

 空に対しジブリールは静かに言う。

「しかし全ての人類種(イマニティ)がマスターの様に思慮深い行動が出来る訳ではありません」

 暗に、お前が特別なのだ、と。

 しかし、空はそれを笑って否定する。それは違うと。

「ジブリール、素直に言っていいぜ?脆弱で矮小で非力な人類種(イマニティ)は所詮その程度の存在だって」

「……」

 絶句するジブリール。彼が言ったのは恐らく図星だったのだろう。確かに天翼種(フリューゲル)から見れば俺達人類は非力で弱い。

「なんでそんな奴らを信じれるのかって」

 そんな弱い人類をなぜ信じて行動できるのか。その理由を彼は語る。悠然と、そこに強い感情を潜ませて。

 

「理由は簡単だ――俺は人類なんて信じてないんだよ」

 

 それが彼の答えだった。

 俺とジブリールは無言でその続きを促す。彼がどんな覚悟と自論を持ってここまで来たのか。そしてどのようにこの先を進むのか。俺はそれを聞きたい。

 

「人類なんてロクでもないんだよ。どれだけ凄くてもどれだけ酷くても避けるし、苛む。そんな奴らを信じるなんて俺にはできねぇ」

 

 同意する、俺も出来ない。あんな浅ましく汚れた奴らを信頼するのは自殺に近い。

 

「けど、そんな奴らの中にいるんだよ。『天才(ほんもの)』が」

 

 彼は希望を語るように、そしてその根拠を指す。

 

「それがこいつだ」

 

 彼は膝の上で寝る白の頭を撫でる。

 

「俺は馬鹿で、自分じゃなにも達成できなかった。だから周りに合わせて会話して、表情に合わせて笑顔を振りまいてた。そんな初対面の俺に、こいつはなんて言ったと思う?」

 

 まるで自分の武勇伝を語るように、空は俺たちに問う。いや、実際は答えなんて聞いていない。依然口を開かぬ俺たち見て彼は続ける。

 

「『ほんと空っぽ』って、俺の行動と名前のダブルミー二ングで罵ったんだぜ。その時思ったんだ、『天才(ほんもの)』はいるんだって」

 

 彼にとって、馬鹿と蔑まれて来た彼の人生にとって白とは、天才とは救いであり、希望だったのだろう。

 

「それで――身の程知らずに、憧れちまった」

 

 彼は言った。彼はなりたかったと、自分が見つけた希望に、『天才(ほんもの)』になりたかったと。

 

「けどそれは無理だった。だから俺は馬鹿になろうって決めた。ほら、俺がマイナスを進めば逆にプラスのこいつに近付けるかなってさ」

 

 彼は自らを馬鹿と語る。確かにこいつは馬鹿と言われ続けて来たのだろう。しかしそれは学問、学校という狭い世界での話だ。

「マスターそれは……」

 そして彼女も思っただろう。

 天才に憧れ、それでもなれないと分かればすぐに自分の向かう道を見つけ、さらに人として最悪な方向だろうと臆せず進んだ空。一体そんな彼を誰が馬鹿と罵るのか。

 俺からすれば超人的な情報処理能力を持つ彼女も、たとえ愚行と蔑まれようとも決めた道を進もうと決めた彼も等しく天才で、脅威的な才能の持ち主だ。

 

「だから俺は人類なんて信じない――」

 

 そんな彼は言う。そんな弱く醜い人類(やつら)は信じないと。

 

「けど、人類の可能性は信じてる」

 

 それでも稀に見る天才、人類が持つ才能(可能性)は信じると。

「だから、それが愚王でも信じるって?」

 俺は問う。その可能性は、例え愚王と罵られ愚策を繰り返した愚者にもあるのかと。

 

「確かにステフの爺さんがやったのは愚行だ。けど―信じなきゃ始まんないんだよ」

 

 ある探偵は、真実はいつも一つという。たしかに真実は一つしかない。しかしその見方に際限はない。もし先王の行動の裏になにか意図があるとしたら。

 彼はその『可能性』を信じ、再び資料に視線を落とす。

 一度目を見合わせる俺とジブリール。しかしすぐに視線を外した彼女は魔法を使って自らのマスターの手元を照らす。

 

「ソ、ソラ」

 

 その時少女の声が館内に響く。

 その声の主はステフだった。ジブリールに呼びに行くよう言って(その前に行ってたけど)帰って来た時にステフは来なかった為失敗したかと思ったが、大方入口に隠れて聞いていたのだろう。この図書館は城と離れているし、その奥にあるこの部屋にたまたま通りかかったといったことはないはずだ。

 

「……渡したい物が、ありますの」

 

 そう言って彼女は胸元に両手を当てて握っている。何かを持っているのは分かるが、それ以上は見えないため知る由もない。

 しかし少なくともこれでステフと空に(わだかま)りは無くなった。

 これでエルキア王国陣営は、本格的に仲間(家族)として機能するだろう。

 

 

 え?なんで他人事かって?舐めるなよ。その他大勢の括りからも外れる逸材だぞ俺は。

 




遅れるよりも短くても更新を選びました。
というわけでここからしばらく短めに、小刻みに進んで行きます。
話の進行が遅くなると思いますが、どうかご勘弁を。
感想、誤字報告のほどよろしくお願いします。


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彼は決意しさらど皆はそれを知らずにいる

人はいつ死ぬ……人に忘れられた時さ
どうも。
既に人から忘れられかけ、江波界司です。
既に某海賊マンガの考察レベルで高濃度のご感想ご意見を頂いていて、とても嬉しく思います。
それでは本編です。


 翌日である。

 流石に眠いし、あのままだと白も起こす必要があったため今に至る。

 場所は王室、そこに集められた五人。なんだか謎を全て解いたじっちゃんの名にかけて謎解きする探偵が答え合わせをする様な雰囲気だが、違う。俺達が集まったその理由はたった一つの鍵にあった。

 ステフ曰く、先王が残した希望の鍵であり、彼の大切なものの鍵だそうだ。そしてそれを聞いた空は言った。

 

「間違いない、エ〇本だっ」

「渡す相手を間違えましたのっ!」

 

 当然この反応にはステフも怒る。てか空、話聞いてた?先王の大事な物が隠してあるって言ってただろ。あれ?なんか怪しくなってきた。

「ハッ、ここまで来れば男の八割は持っているソレに決まっているだろう。なぁ?八」

「俺に振るなよ。あとその偏見バリバリの男性像は全世界共通じゃないから。持ってないやつも普通にいるから」

 むしろ今時持ってる奴の方が少ないだろう。俺たちが元いたデジタル世界なら本が無くてもネット……おっと、これ以上は言わないでおこう。

 俺の反応には空は異質の存在を見るが如く俺に視線を向けて言う。

「お前……ホントに男か?」

「これで女に見えるんだったら眼科に行け。腐った目の俺でも鏡越しの自分見て男って言えるぞ」

 自分で目が腐ってるとか言うとなんか切ない気が。

 流石に流れを切りたいのだろう。ジブリールは一つ咳払いをして場を整える。

「それでマスター、その鍵は一体どこの物なのでしょう。鍵と言うなら、当然何かを開ける為の物だと思われるのですが」

 ジブリールの問いに、空はああ、と小さく応じるといきなり爆弾発言を投下する。

「これがどこの鍵かは分かってるんだよなぁ」

 その言葉と共に、空と白は行動を開始する。

 

 

 

 

 

 

 エルキア国王就任当初、空と白はこの部屋を寝床にしていた。しかしベッドが傾いているため白が落ちてしまう、という理由で強引に部屋を変わった。今はステフの寝室となっている。

 王室と言うからには当然、他の使用人室などと比べて広く、ついでに物も多い。そんな王室の中を、彼ら兄妹は迷いなく動き回る。

 ギミックや暗号、文字列や数式などあらゆる方法で隠された謎の扉。本来ならどうやって、あるかも分からないその扉を、かくして二人はなんの苦労もなく解いて見せた。

「ソラ…これ、一体いつから知ってましたの?」

「ステフに部屋を代わるよう言った日。ほら、ステフが仕事でこの部屋から出てたじゃん?だからその間に、な」

 時間にして一時間足らず。彼らはそんな短い時間で平然と謎を解いた。

「これってそこの鍵だろ?」

 言って空はステフから受け取った鍵を使い、閉ざされた扉を解錠する。

 一応入る前に聞いておくか、気になることもあったし。

「お前らならこのくらいの扉、簡単に開けるだろ」

 そう、この扉の鍵は古い。俺たちの知っている電子ロックなんかと比べたらセキュリティに不満が出る程に。

 俺の問いに彼は答える。

「確かにピッキング出来るけど、それは違うだろ」

 なにが、と続けるより先に二人が声を合わせて言った。

 

「「謎解きゲーでもなんでも、チート使ったら台無しだろ」」

 

 あくまでもゲームだと。人権も人命も人生も賭け金となるこの世界。そのルールの適応外の事柄すら、彼らはゲームだと言ってのける。そして反則(チート)は使わないと。

「ままっそんなことより、さっさと御開帳と行こうぜ」

 ドアノブを捻り、開かれる扉。さっきの考察が理由だろう、白の目を塞ぎながら扉を開ける空。それを後から見守る俺たち三人。

 そして俺たちが見たのは、小さな部屋だった。

 

「これは…」

 

 誰かがそう言った。それも無理はない。この部屋、この空間の独特さを思えば。

 集められた本、中央にある机と椅子、その上に置いてある時間経過を思わせる厚いこの世界でのノート。そして先代の王が残したとさせるこの状況。

 空は中央にある一冊を手に取る。それは間違いなく手書きの文。ステフがそれを見てこぼした。

「お爺様の字ですわ……」

 空はこちらを向くこともなく、1ページをめくる。そして目に入った文を口に出した。

 

人類種(イマニティ)の最期の王ならぬ―再起の王の為、是を遺す』

『我は、賢王に非ず』

『むしろ稀代の愚王として名を残すだろう。だが我は、我ではない再起の王の為、筆を執り記す。願わくば我の浅薄で惨めな足掻きが、次なる王の力に成らんことを信じて』

 

 手書きの本、先代の王が書き記した記録。それは彼が愚王と罵られながらも、自分ではない誰かに希望を託すべく奮戦し、その地位も名誉も、己が命さえ天秤に賭けた一人の男、エルキア王国前国王の姿が記されたものだった。

 見れば分かる。先王が何をし、何を目指したのか。

 そしてそれは、本来なら出来るはずがない。

 ある男は、憧れの為に底辺を目指した。ある男は、国の為に自らの全てを賭けた。

 彼らは知っていたのだ、自分の限界を。だからこそ道を模索し、『答え』を見つけた。そして、それが例え誰にも理解されずとも、自分が進むべき道だと信じて歩いた。

 エルキア前国王。ステフの爺さん。彼は選び、そして実行した。彼は持てる全てを賭けて、たった一人で東部連合との戦いに挑んだ。

 “勝つ”ためではなく、“勝ってもらう”ために。その彼の希望を、策謀を、奮闘を、奮戦を記した一冊。それが今は新たな希望、次代にして現代、再起の王にして最強の王の手に預けられた。

 

「なぁジブリール、いるんだよ。こういう奴が」

 

 空は嬉嬉として言う。存在するのだと。力がなくとも戦い、苛まれようとも進む、天才とは違う、しかし人類の可能性を持った存在。もしそんな者がいるとするなら、それは彼であり、そして彼もまた。

 

「どうだ?――たまんねぇだろ」

「――確かに、そうかも知れません」

 

 ジブリールは静かに言う。これが主の信じた人類の可能性なのだと、ならば自分もそれを信じてみようと、彼女はそんな覚悟と意志を持った表情で答えた。

「それにステフ――」

 そして空はステフに向き直る。汚名と愚行に塗れた先王、ステフの爺さん。そんな彼の人生の一片を知り、空は言う。

 

「やっぱりこの人は、お前の爺さんだったな」

 

 ひたむきに、ただ国の為に尽力し続けた男。そんな彼の姿が、例え無理で無謀でも戦い続けた彼女、ステフと重なる。

 

「はいっ」

 

 そしてステフもまた、自分が信じた者が理解され感情が溢れだし、その目には悲しみのない涙が浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 先代の王は記憶を失っていなかった。それがあの部屋で見つけた事実であり、結論だった。

 計八回、国の領土を賭けて相手の手を探ることだけに留意した男の記録。そこには東部連合が得意とし、絶対勝利をもたらすゲームの内容があった。

 その記録を元に、空たちは今後の算段をたてるらしい。

 だが俺は何徹も出来るほど図太い神経は持ち合わせていない。俺は自室のベッドに横になりながらそんなことを考える。あいつらは俺にも手伝って欲しいとか言っていたが

 

「お前らみたいに俺は特別製じゃないんだよ」

 

 誰に言うでもなく俺はそう呟いた。実際、彼らは特別だ。その関係性以上に、その貪欲なまでの執着と、それを実現させるだけの実力を持ち合わせている者はそうはいない。

 もしそんな特別な奴をこの世界に招待するとしたなら、明らかに俺は論外だ。俺が出来るのは精々その場凌ぎの最善策には程遠い方法。そんな奴を特別と呼べるのか。いや当然、俺はそんな大した奴じゃない。

 

「そんなことないさ」

 

 突然耳に入った声。この世界で何度か聞いた、少年の様な声。この声の主を俺は知っている。

 

「テト……」

「やぁ、また会ったね」

 

 俺の目の前にはこの世界の神、唯一神にして遊戯の神テトがいた。

 思考に集中していたため気付かなかったが、いつの間にか見えている世界からまたいつかの様に色が、現実味が消えている。

「なんの用だ?」

 俺はベッドから降りて立ち上がりながら彼に問う。当然警戒という態度にも、彼はいつも通りに応える。

「答えは出たかなって思ってね」

「答え?」

 こいつはなにを言っている。いや、もし俺の考えが正しいなら

 

「俺に才能はない」

 

 今の俺が持つ答えを、俺はテトに言い放つ。

 彼が言った俺の才能。しかしそんなものは俺にはない。凄まじい計算処理能力も、人並み外れた人心掌握術も俺にはない。ましてや誰かの為の自己犠牲なんてする勇気も。だから俺は言う。

 

 しかし、彼はそれを否定した。

 

「そんなことはないって。もしそうなら、君はここにいないよ」

 

 そんなつまらない奴は呼ばないよ、と彼は言った。まるでおもちゃを探す子供の様に。

「おもしろかったらあっちの世界での人気者になってる」

「そういう所も含めて、君はおもしろいよ」

 そうかよ。けど、そんなことに興味はない。

 

「それで、お前は何しに来たんだよ」

 

 俺の問いにテトは指を顎に当ててうーん、と言いながら上を向く。考えている、というよりも遊んでいるような感じだな。

 

「本当は君の答えを聞くだけのつもりだったけど…うん。これを言わないのは不公平かもしれないし、言っておこうかな」

 

 疑問しかない、俺の表情を見てそれが伝わったのだろうテトは続ける。

 

「君を呼んだ理由さ」

「……呼んだ、理由……」

 

 こいつはゲームがしたくて空白を呼んだ。だとしたら俺は?考えなかったわけじゃない。けど見つからなかったのだ。

 

「君は異質だ」

 

 なんの脈絡もなく彼は言う。

 いや、そんなことは知っている。それがなんなのだと。

 

「僕が彼らに『娯楽(ゲーム)』を求めるなら、僕は君に『反則(チート)』を求める」

 

 反則?チート?何を言っているんだこいつは。

「どういう意味だ」

 そのままの意味の質問。それに彼は答える。

 

「そのままの意味だよ。きっと『  』(彼ら)にはこの世界を変える様な力がある。僕はそれにも期待しているよ?けど、それだけじゃつまらない。どうせやるんだ。ゲームはおもしろくなくちゃ」

 

 世界を、世界のルールを作った神は言った。つまり俺のこの世界での存在理由は、お前のただの娯楽だと?

 

『  』(彼ら)は僕の想像通り面白い事をしている。けど、想像通りであること以上につまらないこともないんだよ。楽しいことは常にイレギュラーだ。だから僕は君を呼んだ。君なら見せてくれると思ったからね。僕でも創造し得ない、想像しえないこの世界の結末を」

 

 雄大に壮大に自らの希望を語る少年。

 だが、尚も俺は彼の言いたい事が分からない。俺にそんな大層なことは出来ない。俺には『  』(あいつら)みたいな力も、先王の様な弱さ故の強さもない。なんの才能もない、ただの凡人だ。そんな俺に、こいつは想像しえない結末を求めるというのか。

 

「もしそんなことを俺に期待してるなら、それは達成しかねるぞ」

「いや、君にならできるよ。それだけの才能が君にはある」

 

 そろそろ戻らないとね、とテトは言う。まるで俺の言葉を聞いていなかったかの様に。

 

「本来なら僕は一つの種族に肩入れするのは御法度なんだけどね。君たちは見ていて退屈しない、どうしても手をかけちゃうんだよね」

 

 笑顔で神はそう告げる。

 なんだか似ている気がした、あの人に。底知れない裏側と、それを隠すだけの表を持つ彼女に。

 だが、今はそんなことよりもだ。

 

「手にかける、の間違いだろ」

「どうだろうね?」

 

 未だ表情を崩さないテトに俺は聞く。

 

「なぁ?テト」

「なんだい?」

 

「前に空たちと結んだ約束、俺にも有効か?」

「約束?」

「『お前の元に辿り着いたらゲームをする』ってやつだ」

 

 あぁ、と今思い出したかの様に彼は手を打つ。本当は最初から気付いてた気もするが、まあいい。

 

「それでどうだ?」

「うん、もちろんいいよ?次会う時には相手になるよ」

「そうか」

「うん。じゃあこの辺にしようかな」

 

 それじゃ、と言ってテトは消える。それと同じに世界が色を取り戻した。

 これで俺も、一つ目標が増えたことになるな。いや、最初から変わらないか。

 まぁしかしだ。やるべき事が決まり、それに向かう理由もある。あとはやるだけだ。

 

 

 

 

 俺は……

 

 

 




三度テトが登場っ。
2人の意味深な会話で若しかしたら八幡の『才能』について分かった人もいるかも知れませんね。オフレコでお願いします。
ここからどうにかオリ展開に持って行けるよう頑張ります。
と言っても大筋は原作通りなのですが。
感想や誤字報告お待ちしております。


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新たな出会いを受け彼らは宣告する

(更新日)逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ
どうも。
小三で二号機がトラウマ、江波界司です。
早く完結して欲しいですよね、新劇場版。
完結目指して、私も更新頑張ります。
そんなわけで本編です。


 SF。少し不思議でもすごく不思議でもない。人類が、人が想像する未来。その存在は、文字通り異世界を含む全世界共通なのかもしれない。

 なればこそ、そもそもファンタジーのこの世界でのSFとはなにか。

 

「なんでエンパイア・ステート・ビルが建ってんだ」

 

 俺が目にしたのは完全にビル、ファンタジー感ガン無視の建造物だ。

 場所は東部連合の大使館――そして元エルキア王城である。

「いやいやいや、なんでこうなった?」

 ここは他国。つまり領土侵犯でしかない。もちろんそんなことをこいつらがするわけはないが。

「そうですのっ!ここは東部連合の領土ですのっ、領土侵犯ですの」

「ん?ちゃんとアポはとったよ?」

 俺が聞きたいのはそこじゃない。もちろんどうやってアポを取ったかとかでもない。

 

「なんで関係ない俺まで来る必要がないのにここにいるかって事だ」

 

 だってそうだろ。東部連合を攻め落とそうが、獣耳っ娘王国を支配しようが、それはこいつらの目標であって、俺の目標じゃない。

 それにいくら見届けると言っても、一緒になってゲームをするってわけじゃない。クラミーとの勝負の時は完全に余計なお節介をしてしまったが、俺は別にこいつらと共闘しようとは思っていない。あくまで俺の目的はこいつらの行く末を知ることなのだから。

「なんでって、そりゃ八も会いたいだろ?獣耳っ娘」

「俺をお前と同等な欲の塊みたいに言うな」

「前から思ってたけど、お前ホントに男か?欲無さ過ぎだろ」

「お前があり過ぎるんだよ。お前は何教の大罪司教様だ。絶対強欲だろ」

「いえいえいえいえ、むしろ怠惰担当……デス」

「無駄に似てる……」

 マジで似すぎてて一瞬引きそうになった。これがリアル『引っキー』ですね。何言ってんだ俺。

 その後空はまぁそのうち分かる、と誤魔化して正面を見る。

「取り敢えずそろそろ入れてもらおうかな。なぁ?獣人種(ワービースト)さん?」

 ビルから出てきたのは犬のような耳を頭から生やした白髪の老人。丸いメガネを掛け、口から覗く牙を動かしながら彼は言う。

「ようこそおいでくださいました。エルキア国王、空様、女王、白様。お初にお目にかかります。東部連合・現エルキア次席大使―初瀬いのです」

 マジもんの外交官、というかベテラン感が漂うジジイが出てきた。

 書籍によれば、獣人種(ワービースト)には心を読む第六感があるらしい。まぁその事についてはステフの爺さんが解明してるけど、それでもかなり機能の高い五感を持ち合わせているのも事実だ。

 そんな相手に、『  』(こいつら)は外交戦を始めようとしている。これから繰り広げるのは二手三手先を読み合う、超人的な心理戦。もはや俺なんかが立ち入れる程のレベルではない。いくらぼっち故の人間観察力が高いと言っても、所詮は人間が出来る範囲内。あいつらみたいな人外級のスペックじゃないからな。

 

 

 

 

 

 

【十の盟約】が定められ、この世界は一人の人間が生まれて死ぬまでの時間とは比べものにならない程の時間が経過したらしい。

 にも関わらず

 

「なんでこんなに仲悪いんだ」

「永遠に続くとされてるほど争っていた種族が突然争いを止められたんですわ。禍根も残りますの」

「お前ら力封じられて正解だよ」

 

 俺たちが入った狭いエレベーターでは、空間とは?とでも嘲笑うが如き存在のジブリールと、さっきから下等種に対する侮蔑の視線が絶えないいのがひたすら言い合いを繰り広げている。

 それにしても凄い。東部連合の技術は元からすごいと聞いていたが、まさかテレビやエレベーターまで作っているとは。なるほど、これが魔法にすら対抗できる術というわけか。

 そう言えば空がジブリールに何やら聞いてたが、まぁどうでもいいか。

 待ち合い室に通された俺たちは、初瀬いづなを連れてくると言って奥へと消えたいのを待つ暇つぶし代わりに、今日のアポ取りのタネ明かしをしてもらう事になった。

 ジブリールが防音魔法を貼り、その中で会話を続ける。なるほど。

「ジブリールでも使ったか?」

「いや?」

「マジか。もしかして白ってマサイ族ばりの視力も持ってんのか」

「いやいやいやないから」

 空は言いながらスマホを取り出す。どうやらスーパーズームでどうにか視界に捉え、身振り手振りで伝えた様だ。

 そりゃそうですよね。ずっとゲームばっかしてる奴が視力いい筈がないですよね。

 待つこと数分、俺達が入って来た扉が開く。

 そこにはさっきあった老人いのと、着物を着た猫耳幼女がいた。

 

「初瀬いづなにございます」

 

「「キング・クリムゾンっ!」」

 

 ありのまま今起こったことを話すぜっ。気付いたら俺の真横にいた二人が消えていて、数メートル先にいる獣耳っ娘幼女をそいつらが二人がかりで愛でている。何を言っているか分からねーと思うが、俺も何を言っているか分からねぇ。超スピードとかそんなチャチなもんじゃ断じてねぇ、もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ。

「何をやっているんですの……あの二人……」

 おっとあまりの超常現象につい奇妙な冒険でポルナってしまった。

 いのに紹介されて入ってきた初瀬いづな。フェネックのような猫耳、黒髪は短く切られ、背中にはリスの様に大きな尻尾が見える。

 かの天翼種(フリューゲル)をも喘がせた空、とその妹。その撫具合に対していづなは

 

「なに気安く触ってんだ猿が、です」

 

 その見た目の愛らしさを見失わせる一言を投下した。

 もちろんその言葉を無防備で受ける『  』(二人)。凄まじい速度で後退りし、フルフルと怯えている。

「え?」

「……くちわるい……可愛さマイナス50ポイン……」

 流石に臆する空と白。しかしそんな二人にいづなは続ける。

 

「何やめてんです、早く続けろや、です」

 

 まさかのおかわり要求。マジで何が起こったか分からないのはむしろ二人。

 おずおずと空はいいのか?と聞く。

「さっきは驚いただけだろ、です。イヤなんて言ってねぇ、です」

 聞くや否やまたナデナデを再開する二人。もちろんされている側のいづなも満面の笑み。さながら顎を突き出す猫の様だ。

「……ギャップもえ……プラス100ポイン」

「お前らハゲザルのくせにじいじより撫でるのうめぇ、です」

「ハッハーそうかそうか。ならずっと撫で続けてやろーう」

「それはやめろ話進まん」

「そうですな。今日の要件を早々に済ませましょうぞ」

 俺の言葉に続けていういの。彼はさらにそれと、と空たちに向かう。

 

「なに人の可愛い孫娘に手ぇ出してんだ死にてぇのかハゲザルがぁ、と言われるような行動は今後控えて頂けますかな?」

 

 一瞬で気迫の有無が変わる白髪ジジイ。うん、なんかいづなが時々口悪いなぁとか思ったけど

 

「お前のせいかよ」

「うぜぇ」

「……ジジイきもい……あいつマイナス二万ポイン」

「単位すげぇな白」

 

 そのあまりのウザさについ俺も口出しちまった。

 ついでだ、いづなにも言っておこう。

「なぁいづな、ですって付ければ全部敬語にはならないからな」

「そうなのか、です」

「そそ、あとハゲザルもやめような。俺は空、こっちが白。あとあっちの目が腐ってんのが八な?」

「空、白、八。うん、覚えた、です」

「まぁなんでもいいけど、俺の名前比企谷八幡だからな?」

 最近ハチって呼ばれ過ぎてそろそろ自分の名前忘れそうだった。やばい、このまま湯屋で働かされちゃう。だれか助けて、白い竜呼んできてっ。

 

「「「「え!?」」」」

 

 何故か俺の一言に驚愕を表す一同。反応を示さないのは興味がないのだろう、いのとジブリール。

「いやいやいやいや、なんで驚いてんだよ」

「ハチって、ハチじゃありませんの?」

「いやハチだけど、本名な?お前のステフと同じ感じな?」

「ヒキ……ハチ……マン……です?」

「どうすんだ八っ!いづなたんが困惑してんじゃねぇかっ!」

「知らねぇよ、俺はただ本名名乗っただけだぞ」

「……ひきがや……だれ?」

「おい白?自己紹介してるよ?前に言ったよ?お前の記憶力どこいった?」

 なにこのカオス。なんで俺名乗っただけなのにこんな事に?俺って名乗っちゃいけないの?それなんてヴォルデモ〇ト?

 

 

 

 

 

 

 あれからしばらく現場の収集に時間を要し、ようやく俺たちは交渉の場についた。

「さて、それでは今回来られた理由をお聞きしましょうか」

「あらら?心読めんなら必要なくね?」

「ここは交渉の場、言葉に出すこと自体に意味を持ちますので」

「おーけー、じゃあ手短にいこう」

 ようやく本件を始める空といの。そして今回の要件、要求を空は口にする。

 

「いづなのパンツを賭けてゲームをしよう」

 

 あ、こっちはステフのパンツを賭ける、と空は付け足すが、いやいや何言ってんだお前。きっと二号機のパイロットがいたら躊躇なくあんたバカ?と言っているだろう。その言葉に両陣営が凍りつく。

「おいハゲザル、なにほざいてんだ、あぁ?」

 愛する孫娘の下着を賭けてゲームを申し込まれて半ギレのいの。まぁそうだよな。俺も小町のを賭けろって言われたら激昂するな。怒り過ぎて伝説の戦士に覚醒するまである。

「え?だめ?ならジブリールのを賭けるけど。あ、白のはダメだぞ?てか十一歳のパンツ欲しがるとか病気だぞ。それとも……まさか俺たちっ!?マジかーないわー」

「おいサル、本当の要件をいう気がないなら帰れ……」

「へぇ」

 おいジブリール、脱ごうとするな、やめろ。

 いのの言葉を遮って空はいつも見るようなあの表情を浮かべる。うん、間違いなく仕掛ける。

 

「あぁ爺さん?心読めるフリしてるとこ悪いけど、バレてるよ?」

 

 彼の一言にいのは僅かに硬直する。動揺、猜疑心。僅かにだったが、隠しきれていない。俺に分かるんだ、空に分からないわけがない。

 

「もし心が読めんなら、いづなのパンツで手を打ってるはずなんだよ。なんだって、あんたらはそのゲームの副賞――俺たちの記憶改竄をする必要があるんだからな」

 

 不敵に言い放つ空。なるほど、確かにな。俺たちは先王の記録で色々と知ってる。心が読めるならそれも分かるはずなのだ。

 それに対し未だ沈黙するいの。

 だが容赦なく空は続ける。

 

「さぁて、確認も取れたし、こいつがお望みの本題だ」

 

 さも宇宙の帝王の様に空は言う。

 そしてここからが本当の本件。空は立ち上がって、獣人種(ワービースト)の二人に宣言する。

 

「エルキア国王の権限を使い、東部連合に全領土を賭けた国家戦を申し込む。ああ、こっちの賭け金は引き続きステフのパンツな?」

 

 完全に頭のおかしい宣戦布告。勝負にすらならない要求。だがこの要求は序の口、既に勝負は始まり、空はその結果を言い放つ。

 

「悪ぃな爺さん、“チェック”だ――」

 

 彼は宣告する。お前らの負けだと。

 

 

 




短くてすいません。
一気に書きたいとも思うんですが、やっぱり更新が優先です。
八幡の活躍はもう少し待ってください。
今は完全にギャグパート係になってますが、どうにか主人公して貰うので。
感想、誤字報告お待ちしております。


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一時の平穏を彼は謳歌する

お前、そんなアニメオタクだったのか…引くなッ!
どうも。
能力は『自虐』、江波界司です。
ここで一句……
シャーロットその後が気になるアニメ勢
ただの自分語りです。
気にせず本編をどうぞ。


 東部連合大使館。そこで繰り広げられる心理戦の妖怪戦争。まさしく人間辞めちゃってる程の読み合いが入り交じるこの交渉の場。

 そこで空は相手に対して“チェック”、勝利に対して王手を掛けた。

 いや、それはいいが。

 

「空、解説」

「あれ?わかんない?」

 

 分かるわけないだろ、天才(お前ら)と一緒にすんな。どう考えても、パンツと全領土賭けて「お前は負けだ」とか言うアホにしか見えんわ。

 流石に空白以外の全員がキョトンとしているのを見て、空は説明してやろう、とかなり上からものを言う。

 まぁ王様だから俺より上なのは当たり前なんだが。

「東部連合の武器は高度文明、つまりその技術。けど島国からのスタートだった東部連合はその維持や発展、さらに利用には大陸領土が必要だった。けど?その前にエルヴン・ガルドに仕掛けられた」

 ここまでの話は分かる。

 わが祖国日本という島国も、技術は高いのにその強みを上手く使えていないのは領土という大きなディスアドバンテージがあるからだ。ならば東部連合も同じ状態なのだと考えれば理解しやすい。

「さて困った。『誘い受けの必勝ゲーム』は持っているが、逆を言えばそれしかない。それに世界最大の大国に勝ったら誰も勝負にノッて来ず大陸も手に入らない。かと言って負けるわけにも行かなかった―何故か」

 空は指を立てて言う。

「さぁて謎解きタイムだ。【問一】何故必勝ゲームの記憶を消す?」

「……消さなきゃ……必勝じゃなく、なる……から」

 内容不明な必敗ゲームを挑む奴なんていない。だからこそ記憶消去はデメリットの方が大きい。にも関わらず行うのは、それが必勝に必要だから、か。

「けど、記憶を消しても、負けたっていう“結果”は残る。さぁ【問二】何故エルヴン・ガルドは四回も挑んだ?」

「……負け、て……結果から、必勝ゲームを……崩す、ため……?」

「なるほどな。魔法のエキスパートが負けたなら、当然魔法対策って仮定が出来る」

 つい口を出してしまった。

 しかしそういうことだ。負けはしたが、記憶消去を考えれば必勝ゲームに穴はあると予想は出来る。エルキアと違って大国のエルヴン・ガルドなら多少の負けも計算に入れて勝負を挑める。

「そういうこと。だから二回目は他の種族と共闘でもしたんだろうが、それでも負けた。だから三回目、詳しい方法はともかく、ゲームの内容を暴いたんだろ」

 そうでなければ四回目は来ない。だが結果は――

 

「それでも負けた、と」

 

 内容が分かっても負けるゲーム。

 けど、だからなんだと言うのか?つまりそれは記憶消去無しでも通用する可能性のあるゲームとも取れる。

 しかし空の見解は違った。

 

「ここで疑問が二つ。一つは何故負けたのか?もう一つは、まぁこっちが重要だが、何故エルヴン・ガルドは二度と仕掛けてこないのか?」

 

 確かにそうだ。ここで重要なのは結果ではなくその後の反応。

 内容を知って、それでも負けたゲーム。そこには練度という壁さえ取り除けば勝つことも、本来なら出来るチャンスがある。しかしそれをしないのは…

「可能性は二つ。原理的に勝てないゲームと悟ったか、負けた原因はついぞ分からなかった」

 空はさっきまで上げていた手とは反対の手でピースの形をとる。この二つの可能性、だがそれは実質一つに絞られる。

「けど前者は【十の盟約】でバラしたら勝ちだろ」

「八、正解。つまり森精種(エルフ)が得た結論は後者となる」

 空は左手を下ろして、また右手を上に掲げる。

「さてこれは不思議だ。内容は分かっても敗因は分からないゲーム。普通に考えても理解不能。けど、その答えはさっき爺さんが教えてくれた」

 いのの動揺。それこそが答えだったと空は言う。

「【問三】何故獣人種(ワービースト)は心を読めるフリをする?」

「……ほんとうは……読めない、から……」

「そゆこと。そんで嘘をつくのは、隠し事があるって事だ」

 さぁ見えてきたなぁ、と空は続けて指を立てる。

「【問四】原理的に勝てるはずの必敗ゲームとは?」

 表向きはフェア。されど中身は反則のオンパレード。しかも魔法に精通する天翼種(フリューゲル)森精種(エルフ)にも感知されないもの。

 獣人種(ワービースト)が他国他種族に勝てるのは、鋭い五感と高度な文明技術。

 そう言えば空はジブリールにテレビを見たことがあるか聞いていたが、その答えはNO。一度ここに来たことがあるなら、当然知っているはず。なのに知らないのは何故か――その記憶を消されたから。

「つまり、テレビに関するゲームってことになる」

「……チートし放題の……テレビゲーム……」

 俺の言葉に確信を得たか、白は置いてある液晶を見ながら答える。

 ヒントはいらなかったか、と満足気に大きく頷く空は補足を入れた。

「当然電子世界なんて概念がない他の種族にゃ対策も取れない。心が読めるって大法螺吹くのはその“負けたっていう結果”に言い訳を作るためってこと。なにせ本当は心なんて読めないからな」

 空の言葉にいのは沈黙を続ける。しかしその目は何かを見抜こうとする懐疑の目。その反応に空は不敵に笑う。

 

「確認は済んだか?嘘はついてなかっただろ?」

 

 空の声に再び僅かな動揺を見せるいの。言った内容を説明するように空は続けた。

「早い話、あんたらが嘘を見抜くことしか出来ない、読心術は使えないってのは最初から分かってたんだよ」

 さぁいよいよ最後の問題、と空は右手の指を全て広げる。

「【問五】何故エルキア前国王は八回も挑んだ?」

 この問題はあんたにやるよ、空はいのを向く。

 表向きな行動は取らないが、あの老人もかなり熟考しているように見える。そして少しの前置いて彼はハッとする。

「そういうこと。俺たちが先王の意図を知ってる時点で、あんたらは心が読めないっていう証明になってんだよ」

 先王が残した記録。あれは先王が記憶を失っていないことを示していた。

 馬鹿な金持ちがカジノに来たとして、そいつから上手く金を巻き上げるにはどうすればいいか。わざと勝てるかもしれない要素を見せて、その上で倒し続ければいい。

 

「ゲーム内容を生涯秘密にする――その裏にある、死後は生涯に含まれないっていう意図をあんたらは読めてないんだからな」

 

 全く皮肉なものだ。下等種として扱い、カモとしか思っていない相手から、自分たちの秘密や切り札を暴かれたと言うのだから。これが空の言っていた弱者の戦い方、というものだろうか。

 

「さぁどうする?あんたらは俺の記憶を消す必要がある。けど、全領土とステフのパンツを賭けて勝負なんてしたら、俺の説を全肯定するようなもんだ」

 

 ここまで追い詰められればいのが、獣人種(ワービースト)が取れるコマンドは『逃げる』一択。ゲームをそもそもしないって手しかない。

 当然これも分かっている空は逃げるか?と問う。

 そしてその問に答えを求めていないが如く、逃がさねぇよと不気味に続ける。

 

「俺は人類種の全て――『種のコマ』を賭けようっ!」

 

 その言葉とともに空の手のひらに淡く光るチェスのコマが現れる。

 俺だけでなく、ここにいる全員が見るのは初めてなのだろう。その存在と宣言に、空と白を除いた全員が完全に固まってしまっている。

「ジブリール、種のコマを賭けて負けた場合、どうなる」

「種のコマとは即ち生物の権利そのもの。それを失えば家畜同然。事実的な死を意味します」

 慌てふためき反論を企てたステフの口を抑えながらジブリールは答える。

 つまり何か?領土と種族を天秤に載せたってことか?そりゃ完全に価値はこっちが上だろ。そうなれば当然。

「逃げる場はねぇよな?これで逃げても俺たちの妄言が真実であるって全世界に宣伝することになる」

 鮮やかとすら言える口撃。

 

「これで“チェック”――いや、“チェックメイト”だ」

 

 完全な勝利宣言。完璧なまでに追い詰めて彼は言う。

 

「自称“エスパー”――この手は読めたかぁ?」

 

 死角のない戦法、戦略。

 だが沈黙を破っていのは言う。

「なるほど面白いご想像。しかし仮にそれが全て真実だとしてお忘れですかな?エルヴン・ガルドはその上で負けた―と」

 チート反則なんでもござれのテレビゲーム。それに内容も分かった上でエルヴン・ガルドは敗北した。

 しかし俺からしたらその言葉は苦し紛れの言い訳に聞こえる。

 もし心が読めるなら、空たちが異世界の住人であることを知っているはずなのだ。

 

「それで?」

 

 空もそれが分かった上で答える。それがどうしたのかと。

 現代にいた頃に聞いた都市伝説。最強ゲーマー『  』(空白)

 曰く、チートツールすら鼻で笑う程の実力者。

「あんたらがほんとに心読めるんだったら、俺たちが異世界人って事も分かるはずだよなぁ?」

 もはや彼らにとって、テレビゲームのチートツールは相手にもならないのだと。空は暗に、万に一つも負けはないと豪語する。

 

 

 

「とまぁ大陸賭けて勝負って言っても用意があるだろうし今日は帰るよ。日取りは改めてってことで」

 今までの空気を一転させて立ち上がる空。

 あ、そうそう、と歩き出す直前に空はいのに向かう。

「こっちは全人類種の権利を駆けてんだ、当然全員に観戦権があるから、その準備しとけよ?あとこっちは四人で挑む。異論反論抗議質問は一切受けない。もちろん拒否権もやらねぇ」

 軽口の如く言い放つ空。甘いな、俺の担任は口答えすら受けなかったぞ。

 彼はいづなに手を振る。

「いづなたん、今度はゲームで遊ぼうな?」

「……よくわかんねぇ、です。けど――空と白、いづなにケンカふっかけてきやがった、です?」

 そう言った彼女の目には明らかな“敵意”があった。

「ケンカ?とんでもない、ただのゲームだよ」

「なら敵ってこったろ、です。――負けねぇぞ、です」

 見た目的には、年齢は二桁もいかないだろう少女。なんでそんな目が出来んだよ。

 だがそんな敵意に満ちた彼女に、彼らはむしろ好意的に応える。

「いいや、いづなたんは負けるよ。『  』(空白)に負けはないんだ」

「……ばいばい、いづなたん……こんどはゲームで……ね……」

 歩き出す空と白。その後を俺たちは追う。迷いなくエレベーターを操作して、俺たちは交渉の場、東部連合大使館から帰還する。

 

 

 

 

 

 

 現在の俺たちの住処――現エルキア王国、王城。

 そこではいつも通りの平和な光景が伺える。

 叫ぶステフ、笑う空、頷く白、讃えるジブリール。そしてそれを傍観する俺。まさしく平和だ。

 そんな奴らが、これから一種族の全てを賭けてゲームをするなど、誰が思うのか。

「『種のコマ』を賭けるなんて、負けたらどう責任を取るつもりですのッ!」

「責任?負けたら終わりだ、責任も何もない」

「むしろドラちゃんは、これから勝って職や命を失うかもしれない獣人種(ワービースト)に対する責任をマスターに取れ、と言うのでしょうか?」

「っ!……そ、それは……」

 いつも通りの会話、いつも通りの対応。

 しかしなんだ?ジブリールの言葉には違和感がある。

 誰かが不幸になってしまうゲーム。そんなものを誰がするのか。

 テトがどんな思想と思考でこの世界を創り、このルールを決めたのかは分からないが、この世界は酷く優しい。優しく美しく、そしてふざけている。

 我ながら今更だ。

 そもそも全てをゲームで決めようなんてルールがおかしくないわけがない。そんな“ふざけた”相手に、それでも『  』(空白)は挑むのだろう。

 

「ゲームも所詮は殺し合い――世界では未だに殺し合いが続いているのです」

「何言ってんの?誰も死なねぇよ?」

「「へ?」」

 

 何も話を聞いてなかったが、とにかく空の一言に二人は機能停止した。

 それを見て逆に空は何かしらの確信を得たように見える。

 

「なんであっちの世界と同じ考え方なのか……そりゃ神様も退屈して俺達呼ぶわな」

 

 空は言う。俺達は文字通り世界征服を成す、と。

 空は言う。東部連合との勝負は“チェックメイト”、既に終わっていると。

 空は言う。あちらに勝ち目はないと。

 

「まぁ正確にはもう一つピースがいるんだが、それももうじき来るだろ」

 

 そう言って彼はまたDSPの操作に戻る。

 聞いてジブリールとステフの二人はただ顔を見合わせている。

 まぁ、俺も何のことだか分からないんだがな。

 

 

 

 

 




解説が長い。
原作と同じ流れのため、ただでさえ進まない話が完全にスローモーション。
愚痴っても仕方ありませんね。
推しキャラ“クラミー”の皆様お待たせしました―次回はいよいよクラミー戦。
なんて、あの戦いクラミーよりも白が主役ですけど。
感想、誤字報告お待ちしております。

追記
誤字報告がありましたので修正しました。
感謝とお詫びを申し上げます。


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知らぬ間に彼は何かを失う

そんなんチートや、チーターやっ!
どうも。
『  』がSAOにいたら1年で帰ってきそう、江波界司です。
作品も早いもので20話過ぎてました。
ってまだまだ短い方だと思いますが。
何はともあれ本編です。


「そうだっ!俺が女になればいいんだっ!」

「お前そんな趣味があったのか」

 

 東部連合に対し宣戦布告した翌日。なんの脈絡もなく空は自らの特殊性癖を発表する。

「いきなりなんなんですの、この男」

 ステフ、テンプレートな反応ありがとう。

「空よ、お前どんだけ変態なの?」

「ちっげぇぇぇよっ!」

「なるほどマスター、女同士の戯れは女同士のもの。なれば己が女になれば、その領域に足を踏み入れるもなんら不思議はないと」

 ジブリールくん?何を感心してんですか?

「いや何言ってんの?」

「つまりだっ!俺が女ならあの花園でのキャッキャウフフも、全てが体験出来るということだっ!さぁ白、兄ちゃんとゲームをしよう。そして勝ってくれっ!」

 こいつ……馬鹿なのか。いや、色んな意味で。

 それに

「いや無理だろ」

「へ?」

「……にぃ、それ……多分できない」

「ほ?」

 二人がかりのツイン否定。さすがの空も困惑気味のよう。

「どうだ?ジブリール」

「はい。白様と、誠に遺憾ながらあなたの言う通りにございます」

「何その遺憾の意」

 いちいち俺を否定しねぇと会話出来ねぇのかドSリール。分かり難いな。

 しかしこの意見に賛同したくない奴が一人、空である。

「なんで?ステフを惚れさせたり、ジブリールを所有したり、盟約は絶対遵守だろ」

 この世界のルール上はそうだ。だが空よ、それにも限度があるだろ。

「その理論で言ったら、“テトを倒してこい”って言ったらこの世界終了だろ」

「あーそれもそうか」

「はい。つまりその要求に対して全力は尽くすでしょうが、実力以上のことはできません」

 故に性転換も不可能ってこと。まぁこの世界魔法があるし、究極的には出来ないこともないだろうが。

「じゃあなにか?もし俺が万が一、いや天文学的確率でステフに負けてリア充になったとして?」

「なんで引き合いに出された挙句詰られてるんですのわたくし」

「あーリア充になってる気分にはなるんじゃね?」

「リア充気取りの引きこもり童貞ニートゲーマーとかイタすぎるッ!」

 うん。それはもうイタい。

 どれくらいイタいかって言うと、BGM抜いた二刀流の黒の剣士くらいイタい。あれ絶対に現実にいたらただの厨二だよな。剣豪将軍みたい?誰だよそいつ。

「てか、なんでそんな話を?」

「……にぃ、おふろ……のぞけない」

「白よ、もし空がそれやってみろ。マジで犯罪だぞ」

 実の妹の、それも十一歳の裸覗くとかいよいよだろ。

 空によると、仲間が増える度お風呂で親交を深めるのだそう。ジブリールの時もやったらしい。

「なるほど……これは盟約の限界を測っておく必要があるな」

 空の一言にステフの目がゴミを見る目に変化する。あー俺がいつも向けられてた目ですね。俺どんだけヘヴィーな人生送ってたんだよ。

「……限定的な、性格改変……とか……」

 なるほど分かりやすい。限界というのは個人の実力まで。逆に言えばその実力のどこまで干渉できるかという測定になるわけだ。

「分かりやすいな妹よ。てなわけで八、よろしく」

「ちょっと待て、なんで俺だ。ステフにやらせろよ」

「なんでわたくしなんですのっ!」

 お前でいいじゃん。むしろなんで俺がやる必要があんだよ。ないな。これは誰でもいい。なら俺じゃなくてもいい。証明終了。

「別に誰でもいいけど、まぁ八の方が面白そうだし?」

「そんな理由で俺を選ぶな。お前はどこの神様だ」

 まさにこの世界の神様と同じこと言ってるからね?君。

 しかしなんだ。もう否定するのもめんどくさい。これ以上の否定はむしろエネルギー効率が悪いな。

「はぁ……やらなくてもいいことはやらない、やらなければならないことは手短に、だ」

「OK、じゃあジャンケンな。俺はパーで八がグー。俺が勝ったら『八の三十分間の“空化”』、八が勝ったら、まぁ『あめ玉あげる』でいいや」

【盟約に誓って】の合図とともに、俺はグーを出す。

 

 

 

 ―Other side―

 

 

「なぁジブリール」

「何でしょうかマスター」

「なんでこうなった?」

 空が言う状況。それを説明するには、およそ五分前に遡る。

 

 

【盟約に誓って】のゲームは決着が付き、“八幡”は“空”になった。

「さてと……暇だし白、ゲームしようぜ」

 八幡はそう言ってなんの躊躇いもなく白の隣に座りDSPを手に持つ。

「あーじゃあ俺、防具無し縛りな?白は……じゃあ射撃禁の爆弾、トラップ縛りで」

「……へ……?」

 あまりの突然の出来事に驚きを隠せない白。だが、仕掛けられたゲームから逃げることはなく、白もDSPを持ち直す。

 そうして白と対戦を始めた八幡。流石に呆気に取られていた空がようやく機能する。

「おい八?」

「おいこら空、それ以上白に近付いてみろ。身ぐるみ剥ぐぞ」

「えっなんでっ!?」

 八幡に話しかけるため形の上では白との距離を詰めた空。しかしその行動に“空”となっている八幡は怒りにも似た感情を向ける。

「……はち、にぃに……威嚇、だめ……」

「そうかぁ白。でもなぁ?あんまり無防備にすんなよ。じゃねぇと兄ちゃん、道行く男共全員にレーザーポインター当てにゃならん」

 そう言って八幡は白の頭を撫でる。白はその行動に拒絶は示さず、むしろ嬉嬉として撫でを味わう。

 そして気を取り直してゲームへと向かう二人。

 その光景に、流石の空もツッコミを我慢出来ない。

「うぇいとウェイトWait、なにこれ。てか八、なんでいきなりお兄ちゃん宣言してんだ、ふざけんなよ」

 そんな空の一言に、八幡はゲーム機から目を離さずに応える。

「何がだよ。俺は空だぞ?そして白は空の妹。つまり俺は兄で白は妹、ここまでおーけー?」

「おーけーなわけでねぇだろ」

「おいおいそんな怒んなよ。前にステフに沸点が低いだの、短絡的だの言ったのは誰だよ。もしかしてお前の方が余っ程短絡的で幼稚なんじゃねぇの?」

「なっ」

「お?青ざめたな?ズバリ当たってしまったか…なァ?」

 ポーズで画面を止めこちらを向いた八幡は、再び白とのゲームに戻る。

 かつて八幡が詐欺師と呼んだ空。しかしその空さえも翻弄しかねない口撃と攻撃。

 今まで飄々と相手を欺き、裏をかき、誘導してきた空。そんな彼が一対一の心理戦で押されている。たとえ事実はそうでなかったとしても、その光景にステフとジブリールは驚きを隠せない。

「あのソラが……」

「こんなことが……」

 感嘆の声を漏らす二人を見向きもせず、八幡は白とのゲームを続けている。

 だがこの場で一番の驚きを感じていたのは、白だった。

「……にぃ……?」

「へ?」

 呼ばれたのかと思い声を出す空。しかしそうではないと一瞬で察した彼は白が持つゲーム画面を覗く。

 さっきは文句を言った八幡だったが、一度白に言われているためか、特に何も反応は示さなかった。

 そして画面を見た空は驚く。それは白と同等の勝負を繰り広げている事にもそうだが、その戦略と戦術が、まるで空と同じだったからだ。

「……なん、で……」

「マジかよ八……このゲーム少し前に白と俺でボコボコにしたばっかのゲームだろ」

 二人が驚くのは当然のことだった。

 端的に言って八幡はこのゲームに関しては素人。良くてもそれに少し毛が生えた程度のはずだった。

 しかし彼はこのゲームを極めた白を相手に、たとえ縛りがあるとはいえ互角に渡り合っている。

 いや、と空は思考する。

(八が提示した縛り。あれは白の状況を狂わせるためのもの)

 そう仮定すると全てが理解できた。

 まず縛りにより白が得意とする射撃を完全に封じる。そして自分に縛りを加えることで、先の条件を呑みやすく、更にフェアに見せる。

(だが、この交換条件はフェアじゃない)

 白の圧倒的な計算力により導き出される精密かつ強力な射撃。それを完全に封じただけでなく、本来なら一撃でライフ全損の爆弾やトラップ。その性質を逆手に取って八幡は防御力をゼロにした。互いがマイナスに見えるが、デメリットは白だけ。何とも恐ろしい手法。

 そしてこれは空が得意とする戦法。状況から相手の苦手な方へと誘導して、できた心の隙を突く、まさしく詐欺師の様な手口。

「何が詐欺師だ。お前の方が、だろ」

「何言ってんだ。俺は空だぞ?これくらいするだろ」

 目は離さず、ゲームに一切の油断をつくらず彼は答えた。

 

 

 

 そして場面は“五分後”に戻る。

 先のゲームで負けた白はリベンジを申し込み、八幡の脚の上に座って再戦を繰り広げている。

「なぁ白よ。普通の縛りなしで俺が勝てるわけなくね?」

「……はち、ズルした……しろの言うこと、聞く……」

「へいへい」

 どこか諦めた声を出しながらも意気揚々とゲームをする八幡と白。

 それを周りで見ている三人はどこか複雑な表情を浮かべていた。

「これ…まるでホントにソラが二人いるみたいですの」

「マスターとあれだけ近くにいられる……ああ、あの役を私が請け負っていればっ!」

「いや言いたいことは色々あんだけど……」

 自分でつくっておきながら、最もこの状況に納得のいかない空は声を上げる。

 

「なんで俺のステが“シスコン”だけカンストしてんだぁ!」

 

 

 

 ―Other side out―

 

 

 

「はっ!」

 なんか今まで正気を失っていたような。

 そういや空とゲームして、三十分間“空化”したんだっけか。意識飛んじゃうのかよ。

 すると突然『ゲームオーバー』という音声が俺の耳に入る。なに?誰か死んだの?

「……はち、もどった……?」

 と、白が俺の方を向いて聞いてくる。

 うん、それ自体は分かるよ?けどさ

「なんで俺の足に座ってんの?」

「…………いろいろ、あった……」

 俺何したんだよっ!いつもより白の三点リーダー多くね!?

 何がなんだか分からない。そしてもっと分からないのが

「なんで空は手ポキポキしながら近付いて来んの?」

「……よし八、一発殴らせろ」

「いや嫌だけど」

 あれれ?おかしいぞー?

 なんで空は怒ってんの?俺なんかしたの?でも俺意識なかったし、原因はあなたですよね?俺悪くないよね?

 

 

 

 

 

 

 

 翌日だ。

 なんてことない日常。なんてことない朝。

 異世界転移という現実味ゼロの超常現象が起きたにも関わらず、俺はその環境に適応している。人は慣れる生き物というが、この適応度は少し異常ではないか。

 まぁしかしだ。この世界での生活も悪くない。特に不自由もなければ、ひょっとしたらあちらよりも余っ程自由だ。特に学生でありながら学校に行かない辺りが最高。あれ?俺いつの間に不登校に成り下がった?

 いや落ち着け。俺はこの城で仕事をしている、大丈夫だ。…仕事って?あれ?してなくない?

 いやあれだ、俺は専業主夫としてこの城にいる。そう、俺は夢を叶えたのだ。あれ?でもこの城の大体がメイドさん達で成り立ってない?

「……俺って、どんな役職でここにいるんだ?」

 今更だな。しかし考えてしまうと答えも出ない。まぁ王様に後で聞くか。

 さて、何をしようか。

 日が差し込む朝、社畜なら出勤しているとも言える時間帯。ここは世界観に沿ってモーニングコーヒーでも頂くか。もちろんマックスコーヒーだ。

 

 そう思い立って厨房。いつも置いてある棚からコミルの実を出すが

「まずったな、これじゃ二杯が限界だな」

 そう言えば補充すんの忘れてたな、あそこまで行くの遠いし。まぁ昼にでも取りに行くか。

 本日一杯目のマックスコーヒー(仮)を作って、一口それを啜る。

 と、そこで何故かステフが入って来た。いやなんで?

「おはようですわ、ハチ」

「おう」

「それは……あぁ、あの甘過ぎるコーヒーですわね」

 ちょっと?なんでテンション下がったの?だってマックスコーヒーだよ?最高じゃん。むしろこれ以外はコーヒーじゃないじゃん。てかその反応、千葉県民の前でしたら怒られるじゃんよ。

 寝起きの狂ったテンションで、とあるアンチスキルみたいになってしまった。

「そんなものばっかり飲んでいると、体を壊しますわよ?」

「壊さねぇよ。そんなヤバいモノ普通飲まないから」

 まぁ糖尿病にはなるかもしれないが。

「そもそも、よくそんな甘いコーヒーを飲めますわね」

「世の中、辛くて苦く苦しいんだ。だからコーヒーくらいは甘くていい」

「なんでいい事言った、みたいな反応なんですの……」

 いい事言ったろ。もうニーチェの隣に並べられるレベル。

 うん、ないな。

「てかステフ、お前は何しに?」

「あぁ、シロを起こす前にお茶を入れようと思いまして」

 言って彼女はいつもと変わらぬ動作でお茶をいれる。

 もう起こすのか。いつものあいつの事を考えるとまだ早いんじゃないか、とも思うが真面目なステフからしたら遅いのかな。まぁあいつが素直に起きるとは思わないが、俺には関係ないな。

 しかし何をしよう。予定もやる事もないし、ここは本の管理人に力をかりよう。

「ジブリールに適当に本、見繕って貰うか」

「お呼びでしょうか」

「っと!びっくりした」

 お前背後に立つなよ。俺がスナイパーだったら撃ち抜いてるぞ。あ、返り討ちだわ。てか立ってすらなかった、飛んでるわ。

「危ねぇ、貴重なコーヒー零すとこだった」

「それは失礼しました。それで私が何か?」

「聞いてなかったのか」

「偶然こちらに来た時に名前だけ聞き取れたので」

「ってことは今まさに来たとこってことか。何用?」

「ドラちゃんがそろそろマスターを起こす頃だと思われたので」

 あーこいつ本当従順。どんだけマスター好きなんだよ。ゆる百合はいいけどガチ百合はやめろよ?

 まぁ恋愛感情皆無のこいつじゃ間違いは絶対ないだろうが。

「二人とも行きますわよ」

 そう言ってステフは自分で入れた三人分のお茶を持って厨房を出る。

 自分の分はともかく、いきなり現れたジブリールの分までいれてる辺り、ホントに気が利くやつだよな。俺の分なかったけどね。気にしてない、大丈夫だ。

 てかジブリールはともかく、なんで俺も一緒に行くことになってんの?まぁいいんだけど。

 俺の理念に基づき俺はステフの三歩後ろを歩きながら、白が寝ているらしい王室へと向かう。

 

 

 

 




あれ?クラミーは?
すいません、書いてたら楽しくなってまた伸びました。
あれです、オセロ編突入したってことで。
次回こそクラミー戦開始します。…多分。
感想、誤字報告お待ちしております。

追記
誤字報告にて、表現に誤りがあったため修正させて頂きました。


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彼女が失ったものに彼はまだ気付けずにいる

なんとかなるさ
どうも。
オーバーソウルどころか憑依もできない、江波界司です。
未完で終わって後から完結、人気があるって羨ましいですね。
話の展開が遅いことこそ個性。
と、言い訳を一つ……そんなことは無視して本編へ。



「どうだ?」

「だめですね。私が呼びかけても、特に変化はありません。私の侵入も固く禁じられました」

 籠城かよ。

 なぜ俺たちがこんな会話をしているかと言えば、白が立てこもった。正確には引きこもった、だが何やら様子がおかしい。

 白はニートで引きこもりだが、こんな様子は初めてだったからだ。

 それともう一つ、おかしな点が……

「どう、ですの?」

「頑なに出てこようとしません」

「じゃあずっと“ソラ”と繰り返しているんですの?」

「はい、そちらは?」

「城中の奴に聞いたが、心当たりはなしだと」

「こちらもでしたわ」

 そう、白は“ソラ”なる人物のことを探している。

 しかしそんな奴は知らないし、そもそも会ったことがあるかも分からない。

 色々と心配なことはあるが、一番の危惧は彼女の精神だ。白はまだ十一歳。激しい感情や恐怖、不安やストレスですら体に害を及ぼす可能性すらある。

 東部連合とのゲームも近いし、早急に手を打たないと取り返しがつかないかもしれん。

「と言っても、どうするかな」

 流石に弱音の一つも言いたくなる。

 仮に“ソラ”なる人物がいたとしてだ。それを知るのは白だけ。更にその白があんな状態じゃ手の打ちようがない。

 と、ここでジブリールが口を開く。

「誰も知らない“ソラ”なる人物の記憶。順当に考えれば記憶改竄、すなわち東部連合に敗北した、ということに……」

 なるな。

 けど、それも違和感がある。なぜそんな回りくどいことを東部連合が?

 白を無力化したいならもっと色んな、手っ取り早い方法がある。

「わざわざいない誰かの情報を植え付けるより、今後一切のゲームを禁ずるとか、普通にゲームの記憶を消すとか、そんな方法の方がずっと効率的だ」

「それだと賭けが成立しないのでは?」

「だとしたら白がゲームを受けた理由がわかんねぇだろ」

「それは、確かに……」

 この世界にはゲームの拒否権がある。わざわざ東部連合を追い詰めたのにゲームを受ける必要性がどこにある。だとすれば白は別の理由でゲームをした、という可能性が高い。

 しかしいくら考えても埒が明かない。この先は白しか知らないのだから。

「ジブリール、俺を部屋に直接飛ばせ」

「拒否します。それはマスターの意志に反します」

「白が禁じたのはジブリールの入室。つまり俺は含まれてない。白が気付く前に早くしてくれ」

 一瞬の間があったが、ジブリールは頷き了承する。

 そして次の瞬間、俺は王室の中、白の目の前に移動していた。

「……っ!……はち……」

「よう」

 目の前にいる少女。ベッドの上では力なく座り込み、腫れた瞼は泣いた痕だろう。

 さてと、どうしたものか。

 流石にノープランで来たのは失敗だったかな。けど、何かしないと始まんないしな。

 とにかく会話をしよう、と似合わぬことを思い立って俺は言葉を発する。

 

「白、“ソラ”ってのは、誰だ?」

 

 言ってから思う。これはかなり直接的で攻撃的な聞き方だったと。

 しかし話を進めるためには、とまた自分に言い訳をつきながら俺は彼女の答えを待つ。

 

「……にぃは……“そら”は……しろの、すべて……」

 

 白の全て……

 彼女に取ってそれだけ大事なものってことか。もしこれが植え付けられた偽物の記憶なら、確かに白は機能停止状態だ。けど誰がそんなことをするのか。第一、白が負けるのか?都市伝説レベルの最強ゲーマーだぞ?

 

「……はち……さいしょ、この世界に呼ばれたのは?」

 

 白から出た質問。

 恐らく俺たちが初めてこの世界に来た時、テトに呼ばれた時の事だろう。

 

「俺と白だろ?俺はゲストだったらしいが」

 

 俺の答えを聞き、気を落としながらも彼女はつづける。

「……ポーカーで……金を、手にいれた……のは?」

「白だけど、俺もディーラーしたしな。まぁ結果的には白だな」

「……ステフに……勝ったのは?」

「白だな」

「……なんで……『惚れろ』って、要求した……?」

「貢がせるためだった、って言ってたけど、後で後悔してたな」

「……女同士、なのに、惚れろ……?」

「まぁ百合なんて言葉があるくらいだし」

「……ジブリールと、たたかって……勝ったのは?」

「白だ」

「……ジブリールの、マスター……は……?」

「白だって言ってたな」

「………東部連合の、ひみつ……見破った……のは……?」

「白がステフの爺さんの記録を見て、って感じか」

 それきり、彼女は黙って俯く。

 悲しいことに、俺はこんな時にかけてやれる言葉がない。俺は葉山や由比ヶ浜みたいな気の利く奴でもなければ、黒の剣士やツンツン頭みたいなフラグ建築士でもない。

 だから俺には、涙を浮かべる彼女になにかしてやることはできない。

 

 

 

 

 

 あれからどれくらい経ったか。

 一時間の様にも、数分の様にも感じられる静寂。その中で白はゆっくり顔をあげる。

 その顔にはまた一筋の涙が頬をつたり、落ちる。

 その姿が、表情がどうしようもなく心を揺さぶる。自分の中にある何かが、揺れ、揺さぶられてヒビが入る。

 

「……にぃ、は……どこ……」

 

 にぃ、お兄ちゃん。

 もし本当に、白に兄がいるとして。“ソラ”という人物が存在するとして。

 その彼がこの状況をつくったとしたなら

 

「そいつは、お兄ちゃん失格だな」

 

 口に出してしまった一言。らしくもなく感情的で、低く、侮蔑すら感じられる一言。

 その一言に、白は大きく反応する。

 

「……にぃは……わるく、ない……」

 

 初めて見る感情的な彼女の姿。淡白で途切れ途切れないつもの話し方ではない、もっと強く感情が、ともすれば敵意が乗った声。

 

 しかし、俺は体のどこかに渦巻く感情を抑えきれずにいた。

 

「妹を、それも自分を全てだと言ってくれる奴を泣かせて、それでもお兄ちゃんを名乗るのかよ、そいつは」

 

「……っ!」

 

 俺は何を言っているのか。

 まるで自分が自分じゃないかの如く、俺の声帯は声をつくり、俺の脳は言葉を並べ、俺の息がそれを空気に伝える。

 

「もしそいつが、白のためにこんなことをしてるなんて言うなら、そいつはお兄ちゃんじゃねぇ。――ただの偽善者だ」

 

 兄という免罪符を持って、妹のためにと言い訳をして、それでも彼女を泣かせるのは、ただの自分本位で身勝手な偽善者でしかない。

 

「白、もし本当に“ソラ”って奴がいるとして。そいつは本当にお前の兄ちゃんか?勝手に何かして、勝手にどっか行って、知らず知らずに妹を泣かせる…もし、本当にそいつがいるなら――そんな奴、いな……」

 

「……ジブリールッ!」

「はいっマスターっ!」

 

 白の声が部屋中にこだまするよりも早く、ジブリールは現れ、俺に手のひらを向けた。が、それを自覚したのは少し後だった。

 その事を認識する間もなく、俺は地面に肩から落ちた。

 しかし地面と言うにはあまりに固く、落ちたと言うにはあまりに低い。

 俺は横になっている体を仰向けにし、その先を視界に捉える。そこには青く晴れた空があった。

 

「城の屋外、か」

 

 ジブリールが俺を転移で飛ばしたのだろう。

 日に当たって僅かな暖かみを帯びた床と、吹き抜ける涼しい風。暗く閉ざされた部屋から一転し、青く晴れた風景は、頭を冷やせと言われているようだ。

 頭を打ったからか、空を見上げて気分が良くなったか。俺は少しずつ冷静さを取り戻していく。

 そして、それと同時に頭の中では、ついさっき起きた白との出来事がリピート再生される。

 

「ったく……俺は何言ってんだ……」

 

 何がお兄ちゃん失格だ。

 そんなの、小町と仲直りできてない俺に言う資格ないだろ。

 何がお兄ちゃんじゃねぇだ。

 そんなの、白の表情を見りゃどれだけあいつにとって大切な存在かわかるだろ。

 何が偽善者だ。

 そんなの、言い訳や免罪符を振りかざす俺の方が、だろ。

 何が――いない方がいい、だ。

 そんなの、言っちゃだめだろ。

 仮にそうだったとしても、仮に誰もがそう思っても、俺だけは言っちゃだめだろ。

 

「本当に……嫌になるな」

 

 散々御託を並べても、その本質は自分の醜さだ。

 ただ俺は、いるかいないかも分からない“ソラ”って奴に、自分を重ねただけだ。泣きながらこちらを見る白に、小町を重ねただけだ。

 さっき言った全ては、ただの自己嫌悪。

 あいつは、あいつらは何も悪くない。

 

「けどこれで、白は“ソラ”を疑わない」

 

 あれだけ言われても、彼女は“彼”を信じた。なら、もう白が“ソラ”を、その存在を疑うことはないだろう。

 

「なんて、言い訳してる自分がいるんだよな……」

 

 つくづく嫌になりそうだ。

 年端もいかない少女を泣かせて、それでも俺に罪はないと?

 笑わせる。

 俺は、とっくに嫌な奴だろ。

 

『あなたのそのやり方……とても嫌い……』

『人のこと、ちゃんと考えてよ』

 

 耳に、心に、頭に響く彼女らの声、言葉。

 あれから俺は、何も変わっていない。

 

 そんなの、今更だ。

 俺にはこんな方法しかないし、こんな方法しか知らない。

 だからまずは

 

「……なにしよう……」

 

 こんな方法しかできない俺は、何をすればいいのか……

 

 

 




短いですねぇ。
別に怠惰じゃないですよ?ほんとですよ?
話の流れ的にここで区切らないと、延々と続いてしまうんです。
本当にすみません、次回に期待を…し過ぎない程度にお願いします。
それとかなりどうでもいいことですが、小説情報を少し直しました。
まぁ気にしなくていいです。
感想、誤字報告、お待ちしております。



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そして彼女はもう一つの光を見る

ふザケルなぁ
どうも。
ガッシュはアニメで最後までやって欲しかった、江波界司です。
他の俺ガイルクロスオーバーをはじめ、作品を書いている皆様、本当に尊敬します。
あんな長期連載できる気がしません。
なんてことは気にせず本編を。


 ― 白 side―

 

 

 怖い

 にぃがいなかった過去が。

 怖い。

 にぃがいない今が。

 怖い。

 にぃがいない未来が。

 あのにぃと出会う前の、真っ白だった世界が……怖い

 

「……にぃは……しろの……すべて……」

 

 言って自覚する。

 心と体が誤作動を起こしていることを。

 にぃは、“空”は確かにいた。そして今もどこかにいる。

 体の震えが止まらない。

 はちが言ったことが、体の至るところに響いて苦しい。

 あれ以上は聞けなかった、聞きたくなかった。

 はちだってにぃを嫌いなわけじゃなはず。にぃもはちを信じてた。しろだってはちを信じてる。

 だからこそ、怖かった。

 まるで裏切られたような気がしたから。

 怖かった。

 はちの言ったことが本当かもしれないと思ったから。

 怖かった。

 本当に、にぃはいないのかもしれないと思ったから。

 

「…………でも……」

 

 そんなことない。

 にぃはいる。にぃはしろを一人にしない。にぃはしろを信じてる。

 ならしろも、にぃを信じる。

 

 頬から滴り落ちる涙を拭ってベッドの上に立つ。

 

「……にぃは……いる……」

 

 にぃは確かにいる。必ずどこかにいて、何かを成そうとしてる。

 でも、しろにはそれが分からない。

 にぃはいつもそうだった。しろじゃ思いつきもしないことを、いつも平然とやってのけた。

 にぃにできない事はしろができる。しろができない事はにぃができる。

 なら、しろじゃにぃがする事はできない。しろじゃにぃにはなれない。

 もしにぃがこの状況をつくったなら、それはしろじゃ解けない。

 

「……しろは……にぃじゃない、から……」

 

 にぃのやり方でしろはできない。

 “空”が使うのは答えから逆算する、どんな数式にも公式にも当てはまらない計算式。それを解けるのも、理解できるのもにぃだけ。

 

「……ちが……う」

 

 違う。いる、いるのだ。一人だけ。

 にぃを真似て、まるでにぃの様に振る舞い、にぃの様にゲームし、にぃの様に勝った彼が、彼なら。

 

「マスター、これから私と……」

「……ジブリールっ」

「っは、はいっ!なんでございましょう!?」

 

 ジブリールが何を言いかけたのか分からない。分かんなくてもいい。

 そんなのどうでもいい。

 

 彼ならきっと、にぃを見つける。

 彼なら、信じれる気がする。理由は分からない。にぃに似ているから?そんなこともないと思う。

 でも…信じる

 かつてにぃが、しろの、白の世界に『色』をくれたように。

 はちも、その『色』を見るための『光』をくれると。

 

 だから……だから今は

 

 

「……はちを……つれてきて」

 

 

 

 

 ―白 side out―

 

 

 

 

 

 

 

 意識的に何かを考えるのは難しい。

 本来人間の脳は常に完全かつ万全で動けるわけではないのだ。

 故に、俺はこうして虚ろな意識のなか、ただ流れる白い雲と佇む青い空を眺めている。

 体に当たる暖かい日と、時折そよぐ涼しい風がまた心地いい。このまま身を預けてしまおうか。

 しかしそんな考えを理性が止める。

 こんな柔らかく穏やかな空間のなかで、尚も眠れないとは。数学の授業中の俺ってどうやって寝てたっけ。

 もはや眠り方すら忘れ始め、しっかりとした自我のなかで、意識だけが薄くなってゆく。

 

「マスターが大変だと言うのに、いいご身分ですね」

 

 どこからか声がする。

 いつも聞く皮肉混じりの台詞。その声の主は、見ずともわかる。

 てかここに飛ばしたのお前だろ。

「あいにく俺は金髪幼女でもロリ奴隷でもないからな。俺に主様はいない」

「そもそも性別が違うので間違うはずもございませんが」

 伝わらないか、そりゃそうだ。

 まぁ、そんなことはどうでもいい。

「何か用か?」

 白にあんな事したんだ、一発殴らせろくらいはあるかな。……多分一発で一生が一瞬で終わるけど。まぁ、文句の二つや三つは聞こう。

 

「マスターがあなたを連れて来い、と」

 

 白がか?

 あんなことあってからそんなに経ってないぞ。

 いや、とっくに体内時計も体感時間も狂ってるからな、実は結構経ったのか?

「実は知らぬ間に一週間くらい寝てた?」

「一時間どころか十分もたっていませんが」

 まじか。

 だとしたらホントに何用?俺殺されるんじゃね?悪いのは俺だから何も言えねぇな。

 ……正直、しばらく顔合わせたくないんだけど。

 

「ちなみに、拒否権は?」

「強制的に転移させないだけでも、十分好意的に要件をお伝えしたつもりですが?」

「ですよね」

 

 うん、知ってた。

 しかしどんな顔して会えばいいのやら。

 

「……考えても、仕方ねぇか」

 

 取り敢えず、会ったら即土下座だけは決まったな。

 

「ジブリール、頼む」

 

 また、俺の視界が風景ごと変化する。

 

 

 

 

 

 

 

「……おそい」

「申し訳ありません、マスター。なにぶん抵抗に会いまして」

「してないよね?結構すんなり了承したよね?」

 

 転移が完了した瞬間、俺の目の前にはご立腹の白がいた。目線が同じだったし、ベッドの上に立つっているのだろう。

 てかジブリールよ。そこで抵抗とか言うのやめてね?なんか俺に誠意がないみたいに聞こえるから。

 しかしいざ向かうと何を言えばいいのか。

「あ……あー、えっと……」

「……ハァ……いい……はち、こっちくる」

 白はため息を一つつくと、組んでいた手を解いて手招きする。

 彼女の手の動きが止むまで進み、指定の位置まで来ると目を瞑れ、とのこと。

 流石に拒否するわけにもいかず、俺は素直にそれに応じる。

 そして

 

 パァァァン、という破裂音。

 

 更に左の頬に叩かれた様な痛みが。

 ちっちぇな、なんて不謹慎だが、それ程彼女の手は小さかった。

 けれど、何よりも痛いビンタだった。

 

「……これで、チャラ……だから……」

 

 恐る恐る目を開けると、白は俯きながら言った。

 そして今度は目を合わせて彼女は言う。

 

「……はち……手伝って……にぃを、見つけて」

 

 チャラなんて言ったが、全くずるい。

 その要求に拒否権はなく、そしてチャラと言いながら俺の罪悪感につけ込んでいる。

 ったく、詐欺師かよ。

 

「ああ。でも……」

 

 力になれるか分からないぞ。

 そう言いかけた俺の言葉に白は重ねる。

 

「……だめ、手伝う……」

「いや、それは分かったって。了解した。けど……」

「……だからめっ!……そういうのは、後……今は、こっち……」

 

 言い訳はなしってことか。なんか、いい様に使われてる気がする。

 でも、それでもいい。

 もしこれで、さっきの分がながなくなるなら、罪滅ぼしになるなら、俺はやろう。

 

「ハァ……」

 

 思わずため息が出た。

 こうやって理由がないと動けないのは、まだ治りそうにない。

 

 

 

 

 

 

「で、白?俺は何をすればいい」

 一息ついて、というか俺と白のあれこれは取り敢えず置いといて、今は白の目的を果たすことにした。

 俺は白が指した通りベッドに座り込んで、対面の白に問いかける。

「……にぃの、考えを……知る」

「白よ。簡単に言うが、知らない奴の考えをどう読めと?」

 知っているやつなら出来るかもしれない。仮に知らなくても、観察すればヒントを得られるかもしれない。

 けど俺は知らないし、観察することすらできないのだ。それをどうやって?

「……しろは、にぃを知ってる……でも、にぃになれない」

「は?」

「……はちは、にぃを知らない……でも、にぃになれる」

「いやなれねぇよ」

 俺に変身機能でもついてるとですか?

 誰がメタ〇ンだよ。しかもあいつだって見ないとなれないし。

「……しろが、にぃを教える……はちは、にぃになればいい……」

 なに簡単に、超無茶振りしてくれてんだよ、白。

 誰かが誰かになれるわけがないだろ。それこそ魔法でも使わない限り。

 ……あーこの世界、魔法あったわ。

「いや……」

 だが、言いかけて俺は止まった。

 どうせやるしかないのだ。ならすべきだと。

「ハァ……分かった。ってもどうするよ、実際」

「…………」

 ノープランかよ。

 俺の問いかけに白は熟考する。

 彼女はスーパーコンピュータークラスの計算能力を持っている。当然記憶力も相当なものだ。彼女が最強ゲーマーになるのも納得できる。

 そんな彼女ならすぐに答えを出すだろう。

 しかし、だ。

 コンピューターの計算にも間違いはある。バグもそうだが、もっと頻繁で単純なこと。

 計算式や数字が間違えている事だ。

 電卓は、正しい数字と計算式を当てはめて初めて機能する。

 なら、もし彼女もそうなら?

 今までは、彼女だけでは判断しきれない数式を誰かが教えてくれていたとしたら?

 もしそれが“ソラ”という、白の兄だとしたら?

 

「白、お前の兄ちゃん……“ソラ”は、ずっとお前と一緒に戦って来たのか?」

 

 突然の問に白はやや動揺するが、確かな目でこちらを見ながら頷く。

 白の兄、“ソラ”。今までパートナーとして一緒にゲームをしてきたそいつが、何故消えた。それも、白以外から記憶を消して。

 

「……にぃは言った……最後のピースを取りに行こう、って……」

 

 思考の最中、白は俺に向かって呟く。

 最後のピース……つまり何かの要素。

 今の俺たちの状況から察するに、それは東部連合との勝負に関わるもののはずだ。

 

「仮定、“ソラ”は東部連合とのゲームに勝つために、他の誰かとゲームをした」

 

 その言葉を聞いて白は、言う。

 

「……にぃは言った……東部連合に、“チェックメイト”と」

 

 チェックメイト……つまり勝ちという宣言。

 なら、最後のピースとは勝つためのものではなく、その後のため?

 仮に東部連合とのゲームに勝ったら、その後はどうなるか。

 “ソラ”の目的が白と同様に東部連合を手に入れるだとして、大陸領土を手に入れたからといって東部連合を手にいれた事にはならない。それに人材も島の方へ送られれば、事実上手に入るのは領土のみ。

 

「最後のピースってのは、東部連合の逃げ場を封じるためのもの……」

 

 口に出すと考えがまとまると言うが、今言った台詞の中に何かを感じた。

 東部連合が危惧していたこと。それは他国にゲーム内容がバレること。

 ゲーム内容がバラされている事、それを直接的でありながら間接的に東部連合に伝えるとしたら?

 間者……誰?どこの?

 東部連合に挑んだ国はジブリールを抜けば二つ。

 エルキアと……エルヴン・ガルド――森精種(エルフ)っ!

 だとすれば――。

 

「相手はクラミーかフィー、あるいはその両方」

 

 白はそれを聞いてハッとした。何か気が付いたのか?

「……ジブリール、存在を奪い合うゲーム……作れる?」

 白のその問にジブリールは気まずそうに答えた。

「残念ながら、そこまでの複雑な術式を組むことは、私にはできません」

「……森精種(エルフ)と、合作なら……?」

 合作…なるほど、ジブリールの技術と森精種(エルフ)の魔法なら

「あ、あんなゴミ虫の様な種族と私が……」

「……ジブリールっ……」

「……理論上は、可能でしょう」

 つまり、“ソラ”はクラミーとフィーとゲームをして、存在を奪われた?

 いや、だが違和感がある。

 だとしたら何故白だけは覚えている。そもそも何故そんなことを?

 東部連合を追い詰めるためにはクラミーとフィーを味方につける必要がある。その為に、仮に盟約での縛りを使わないとすれば、必要なのは…信頼。

 存在とは、自分を構成するものの集合体。それは肉体であり、思考であり、記憶。

 つまり……。

 

「“ソラ”は記憶をわざと取らせて信頼を得ようとした……」

 

 確かに、理論上は可能だ。けど、どうやって勝つ?

 いやそもそも“ソラ”は存在が消えている。

 可能性と推測、そして本来読めるはずのない思考、感情。

 そんな無数の条件と思考材料を吟味していき、一つの仮説を得る。もし、それを証明するとしたら……

 

「……全く、皮肉なもんだな」

 

 数学は苦手だってのに。

 いや、これは国語の分野だ。

 台詞や場面から登場人物を考察する、文章読解。

 なら、得意分野だ。

 

「白、二つ質問がある」

「……な、に?」

 

「“ソラ”は、ゲームに負けるような奴か?」

 

 最強ゲーマーの兄、いや“片割れ”と表現しようか。

 もしそいつが白の様に、だが白とは違う方法でゲームに勝つなら。

 

「……にぃは、負けない……『  』(くうはく)に……敗北は、ない……」

 

 負けない。つまりこの状況は負けを意味せず、しかし勝ってもいない。

 仮に引き分けでもないとするなら―ゲームはまだ続いている。

 

 それにもう一つ、聞いておくことがある。

 

「白、“ソラ”ってのは、お前の“お兄ちゃん”か?」

 

「…………っ!」

 

 ここまで“にぃ”と呼ばれた“ソラ”。

 もし彼が“お兄ちゃん”だとすれば

 

「……うんっ……」

 

 “お兄ちゃん(ソラ)”は“()”を、一人にしない。

 

「ジブリール、この部屋に魔法の反応は?」

「っ!……少々お待ちを――」

 

 数秒の間をおいて、彼女は魔法の反応、その存在を肯定した。

 

「白……こっからはお前の番だ」

 

 その言葉を聞いた白は、一瞬の戸惑いを振り払い、ベッドから降りる。

 そして段差のある床を進みながら、迷いなくある場所に座り込む。

 ふと目を向けると、彼女の手には白黒が表裏一体の石が三つ――。

「オセロ……ですの?」

 今まで完全に空気だったステフが呟いた。

 俺には、俺たちにはそのオセロの盤も、相手も見えない。

 しかし白は少し微笑んで、その三つを地面へと打ち付ける。

 

 

 

 ―白 side―

 

 

 

 にぃは怒るかな?

 ごめんなさい、はちに頼っちゃって。

 でも、それでもにぃに早く会いたかった。会って安心したかった。

 もう一人にしないで、一人は嫌だから。

 もういなくならないで、いないのが辛いから。

 もう離れないで、一緒にいないと苦しいから。

 だから

 

 だから

 

「……にぃっ……帰って、来てッ!」

 

 最後の一手を打った直後、周りの空間が音を立てて崩壊した。

 

 

 

 

 ―白 side out―

 

 

 

 

 

 

 まるで世界の終わりかの様に轟く壊音。

 そして今白の隣には――。

 

「っかはっ!」

 

 呼吸をようやく思い出したが如く乾いた声を上げ、横たわる『空』がいた。

 

「……にぃ〜!」

 

 突然現れた彼に抱きつく白。

 だがまぁ、それは仕方のないことで。

 

 時間にして約一日ぶり、本来離れる事すら致命傷の二人は、ようやく再会した。

 

 

 




なんと…まだクラミーが登場しないっ!
引き伸ばしますねぇ〜というか完全に白の回でした。
そう言えば、かなり前のマックコーヒー回。
今振り返ると、結構好評だったりする…のかな?
嬉しい限りです。
…なんで私の周辺の自動販売機にはマッ缶がないのか。
感想、誤字報告お待ちしております。


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彼女らと和解し彼は来た道を振り返る

メロスは激怒した
どうも。
身代わりの友すらいない、江波界司です。
メロスよりもセリヌンティウスの方がずっと勇者ですよね。
そんな勇者に八幡はなれるのか……
前置きは無視して本編ですの。


 砕ける空間。流れる記憶。そして現れた存在。

 それらが意味するのは、行われたゲームとその結末。

 

 

 

 

 いつもの朝だった。

 ランニングを兼ねながら待ち合わせの場所に向かい、いつも通りフィーからコミルの実を受け取る……はずだった。

 しかしそこにはいつもはいない彼女、クラミーの姿があった。

「あなたのボスに用があるわ」

 明らかな敵対心を出しながらクラミーは俺に言う。

 あの、ボスって誰?この世界のラスボス?テト?

「連れて行って貰える?」

 だからどこにだよ。

 そう聞こうとした瞬間、俺の目の前に羽根を生やした少女が現れる。

「かしこまりました。では、私にお掴まり下さい」

「待て、お前どうやってここに来た」

「私の転移は“視界に入る全て”が範囲なので」

「ル〇ラより便利だな」

 つまり見てたのか。てか、つけて来たの?

「あなたストーカー?迷惑防止条例って知ってる?」

「何やら声色を変えて、誰かの真似でしょうか?もちろん存じ上げていますが、こちらの世界にその条例はありませんので」

 おっとユキペディアさんが負けた。負けたの俺だな。

 まぁそんなわけで、俺たちはジブリールの転移で城へと向かう。

 ……ねぇ?コミルの実は?俺のマックスコーヒーは?

 

 

「それじゃゲームをしよう」

 種のコマを賭けた空を止めるべく挑むクラミー。それに対して空も堂々と応じる。

 ゲームはオセロ。ただし、コマにそれぞれ自分を構成する情報を乗せて、それを奪い合うというもの。数字が小さくなるほど、それが重要な要素ということらしい。

「それとこのゲームにはパスはない。たとえ取れなくともコマを置いてもらう」

 つまりそれだけ奪われるリスクが上がるのだ。

「そしてもう一つ……このゲームは存在、つまり体の神経や脳の情報も賭ける。だから最後の一手を打つまでは代打ちも可能とする。あんたの場合はその森精種(エルフ)で、俺の場合は後ろにいるこいつらになるな」

 そのためこの場にいる全員、つまりステフやジブリール、俺も含めて【盟約に誓って】のゲームとなる。

 勝利者には、二つの絶対要求権が与えられる。

 そしてその場にいる全員がそれを了承し、宣言する。

【盟約に誓って】と。

 

 

 

 と、回想は終了して現在に戻る。

 現状を分かりやすく伝えるなら、十一歳の少女が十八歳の兄に涙を零しながら抱き着いている。

「盟約とはいえ、マスターの事を忘れてしまったなんて…」

「一体、何がどうなったんですの?」

 俺と同じく記憶が戻った様だ。ステフとジブリールも困惑しながらも状況を呑み込んでいる。

「よ、よし白。殴っていいぞ、覚悟はできてる……」

 たとえ目的があって、それに了解を得たとはいえ、彼は妹を泣かせたのだ。その分の報いは受けるべきだろう。

 しかしそんなことをする気は無いように、白はただ空にしがみついている。

「よし、じゃあこっちで代打ちしよう」

「八、久々の再会の第一声がそれかよ」

「同じお兄ちゃんとしての情だ」

「お、おう。んじゃ頼む」

「おーけー」

 俺は右手をぶらぶらと動かし

「ジブリール、マスターの頼みだ。一発かましてやれ」

「待て待て待て待てっ!死ぬからっ!次こそいなくなっちゃうからっ!」

 ふむ、帰ってきたばっかりにしては随分元気だな。なんかこいつと軽口を言い合うのも久しぶりな気もする。

「まぁその事は後でいいし、まずはそっちだな」

 そう言った俺の指指す方向を見て、空は頷く。

 彼の視線の先、そこにいるのは横たわるクラミーと彼女に寄り添う森精種(エルフ)のフィーだ。

「そうだな……白」

 彼が胸の中にいる白を呼ぶと、彼女は顔を上げて頷く。そして手を繋ぎながら二人は立ち上がって、彼女たちの元へ向かう。

「……さて」

 そろそろ、いいか。

 俺はジブリールに一度視線を送ってから部屋を出る。

 理由か?

 マックスコーヒーに決まってんだろ。

 

 

 

 その後城中に響いた泣き声は、なんか三人分聞こえた気がするが…まぁいいか。

 

 

 

 

 

 

 城の屋外。ついさっきまで俺がいたところだ。

 別に深い意味はない。ただ静かな場所を探していただけで、俺は持ち運び型擬似マッ缶を持ってここにいる。

 また空を見上げて、頭と過去の記憶を整理する。

 

「ハァ……」

 

 理由も分からないが、無意識にため息が出た。

 今日俺がやった事、俺がやろうとした事。

 白に頼まれた俺は、自分が出来ることをした。その結果、空を見つけるに至ったわけだ。

 それが、テトの言う俺の『才能』なのだろうか。

 違うな……

 空を見つけること。それは俺じゃなくても、もしかしたら白一人でも出来たかもしれない。

 もし『才能』をそいつだけが持つ力と定義するなら、俺がした事はごく普通の、代わりも変わりも効く事だ。

 なら俺の『才能』は……?

 超人的計算能力でも、人外的心理誘導でもないもの。そしてそれは、テトが言う『反則(チート)』。

 俺はいつか、テトの言う結末を見ることになるだろう。

 その時、俺は誰かといるのだろうか。

 あの時空は言った。“チートは使わない”と。

 なら俺と彼らは、最後の最後にどうしようもなく相容れないのではないか?

 だとしたら、俺は彼らと同じ道を進むことはできないのではないか。

 

 

 

 

 

 

 

「と言うわけで、二つの要求の内、一つは奪ったものの返還と記憶の定着、二つ目がフィーの記憶改竄の権利としたってこと」

 ジブリールから呼ばれ、俺は他の奴らが集まっているテーブルに足を運んだ。

 あの後、王室でどんなやり取りをしたのかを俺は知らない。

 そこで空がクラミーにした要求の内容を聞き、今の状況を確認させて貰っているわけだ。

「まぁ大体分かった」

 つまりクラミーにイカサマ防止の監視者の役割を頼むってことらしい。

 俺が出した仮説は概ね合っていた事になる。

 しかしその説明だけでは足りないのだ。

「で、これはなんだ?」

 俺が聞きたいのはただ一つ。

 なぜここに全員が集められたか、である。

「何って、懇親会に決まってるだろ」

 決まってねぇよ。

 俺の事はお構い無しに空は話を始める。まぁその方がスムーズだし、いいんだけどね。

「これから俺たちは裏表なく信頼だけで協力し合うわけだ。そのためにここいらで蟠りは無くしておこうってわけ。共闘する上では大事だろ?」

 蟠り、ねぇ。

「じゃあまずは……」

「そ、ジブリール」

「え?わ、私ですか?」

 お前以外に誰がいるんだよ。

 あのゲームの構造を作る際、ジブリールとフィーはケンカしまくっていた。

 それもう、喧嘩するほど仲がいいとか言ってられないほどに。

「もう面倒だし、ジブリールがフィーに謝って終りで良くないか?」

「なぜ私があの忌々しい下等種に謝罪を?身の程知らずに対空魔法を張っていなければ、私も『天撃』を撃つことはありませんでした」

「ジブリール、その際のお前の被害は?」

「タンコブができました」

「フィー、そっちは?」

「首都が壊滅したのです。一体何人の同胞が死んだか分からないのですよ〜」

「ジャッジ、空白」

「「ジブリール……ギルティッ!」」

「なっ!」

 いやいや当然だろ。

 ハンムラビ法典とかのレベルじゃねぇよ。

「頭打ったから首都撃つとか、等価交換無視し過ぎだから」

 もうちょっと錬金術学ぼうか?取り敢えず真理の扉見てこようか?

 とまぁそんなわけで、マスターの命令でジブリールはフィーの足を舐めながら謝罪し、フィーはそれを笑顔で許した。

 その光景に

「実はただジブリールに嫌がらせしたいだけに見えてきた」

「奇遇だな空、俺もだ」

 あまりの満面の笑みにそろそろ違う疑惑が出てきている。

 と、それはこいつも同じだが……

「あぁマスター。森精種(エルフ)の足を舐めるという屈辱を受けたにも関わらず、マスターの為と思うと何やら胸の奥からこみ上げるものが……」

 引くな。

 もういいや無視しよ。

 それは空も同じようで、他のやつに確認をとる。

「言いたいことなら私もありますわよっ」

 と手を上げたのはステフ。

 あぁ……一応聞くか。

「そこのクラミー、国王選定戦で魔法で私を騙しましたのっ!」

「騙される方が悪い」

「なんでですのっ!」

「……はちも、だまされた……でも、なにもいってない……ステフ、見習う」

「くっぬぅぅぅっ」

 即却下。でしょうね、知ってた。

 さて他にはないか。そう思って視線を移すと、ここでフィーが手を上げた。

「言いたいこと、というなら私にもあるのですよ」

「ほうほう、ではどうぞ」

「そこの男が〜クラミーの裸を見た事なのですよぉ」

 その言葉が静寂に包まれたこの部屋に響く。

 そして、それぞれが一様にこちらを向く。

 ある者は驚き、ある者は微笑み、ある者は侮蔑、ある者は邪推、ある者は怒り、ある者は……

「ってフィー、お前笑ってんじゃねぇよ。絶対わざとだろ」

「いえいえーなのですよ?」

 てかあれはクラミーがいいって言ったからもういいんじゃなかったのかよ。

「……はち……なにした、の?」

「へ?」

「……ハチ、あなた……」

「お、おい」

「まぁ所詮は雄、そういった欲望がなければそもそも生物ですらありませんね」

「おい、オスはやめろ。人を見境なしの獣みたいに言うな」

 違うから、事故だから。

 それより、ニコニコとこちらを見ている空が気になる。

 そう言えばクラミーと空は互いに記憶を奪い合って、その上で互いを理解し合ってんだよな?

 ってことは

「おい空、お前分かってるだろ」

「え?何のことぉ?」

 分かってるんですね、教えてくれてありがとう。

 おかしいなぁ?なんで本来いないはずの自陣営に敵がいるのかな?

 このままだと居場所までなくなる。元々あって無いようなもんだが。

 さてどうしよう。

 この場を収集出来るのは空か、あるいはクラミー本人か。それでもクラミーだと何かしらの疑念を残し兼ねない。

 という訳で交渉相手は空だな。しかし何をどうすれば…

 なんで俺はこんな事に頭を使わなければならんのか。

 

「空、動画を消すからこの場を頼む」

「ハイハイまいどー」

 

 俺が撮った空の黒歴史動画国王宣誓編を消す代わりに俺の濡れ衣を晴らす事を空は了承した。

 数分の後、クラミーの助力もあり何とかその場は収まった。

 なんか一層疲れた。

 そして

 

「自己紹介をしますっ!」

「順番おかしくねぇか空」

 

 いやほんとおかしいよ?なんでこのタイミング?わけわからん。

 それ全然分かんない、意味が伝達した来ない状態の中、空は続ける。

「いや〜本当は最初にやろうと思ってたんだけど、八をいじるのが先かと思ってな」

「性格が悪すぎる」

 なんで皆の自己紹介より俺を優先してんの?

 ぼっちはそういったことがないように細心の注意を払って生きてるのに、ほんとやめてよね?

 

 そんなわけで自己紹介だ。

 まずは

「んじゃどうぞ」

「クラミー・ツェルよ」

 終わったぁ。

 簡潔かつ最小限という、実に俺好みの回答だ。

 だが

「それは悪手だろ」

 感謝を忘れない最強爺さんを思い出しながら、俺はボソッと呟いた。

 それが誰かに聞こえた様子はなく、空は口を開く。

「えっとスリーサイズは上から……」

「ち、ちょっとっ!それはずるいわよっ!」

 空に記憶を渡してるんだ、どんな弱みを掴まれるかわかったもんじゃない。

 俺だったら黒歴史あり過ぎて奴隷になっちゃうレベル。

 空の説得(という名の脅し)を受けてクラミーは自己紹介を再開する。

 しかしそれにはフィー、本名フィール・ニルヴァレンの紹介が先とのこと。

 かなり要約するが、フィーはエルヴン・ガルドの次期選挙までの上院議員代行で、クラミーは彼女の幼馴染兼奴隷。エルヴン・ガルドでは奴隷制が存在し、フィーは奴隷解放運動を企てている、と。

 ここまで整理してわかると思うが……

 

「なんとも濃いメンツだな」

 

 社会不適合者の兄妹。

 愚王の孫娘。

 天翼種(フリューゲル)のはぐれ者。

 エルヴン・ガルドの異論者とその奴隷。

 そしてぼっち。

 こうも異端者共が集まるとは。

 なんか東部連合が可哀想になってきたわ。

 

 何故って、何かやらかすのは決まって異端児だからだ。

 

 




今になって三点リーダーの使い方を知りました。
誤字報告ありがとうございます。
一話から全部、特に白のセリフを直しています。
なんか中途半端ですが、今回はこの辺で。
感想、誤字報告お待ちしております。


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彼は答えを求め何かに手を伸ばす

やっはろー
どうも。
優しい女の子に会ったことすらない、江波界司です。
わかると思います、ネタ切れです。
どうでもいいですね。
それでは本編です、とエバはただ真実を告げます。


 出会いを偶然とするなら、人間関係は必然となる。

 出会いを運命とするなら、人間関係は課題となる。

 もしも会うことに何かしらの理由をつけるなら、その後の関係は自分自身の努力が結果を決める。

 良い人間関係とは、互いに不可侵な領域を設定し、それを守ることである。ならばそこには他人も友人も大差はない。

 つまり人間関係とは、互いに騙し合う関係なのだ。

 お前は友だち、お前は他人。そうやって個人の中での優先順位を、しかしバレないようにしながら、ぶつからないようにしながら共にいる事が、一般的な対人関係だ。

 なれば、そこに確かな信頼関係をつくるにはどうすればいいか。

 互いに信じ合える部分を見つけ、それを認めてやることだ。

 端的に言って、相手を知ればいい。

 もちろん、知ったからといってどうこうなる問題ではないこともある。だが、知っているからこそどうにかなることも多くある。

 もしぶつかり合いになるならそもそも近付かなければいいし、ならないならそのままでいい。

 そのどちらも相手を知っていることで初めて分かることなのだ。

 つまり相手を知ることが、信頼を生む。

 

「と、ここまでは……まぁ分かる」

 

 しかしだ。どうしてこうなった?

 

「何か不満でも?」

「なんで俺まで風呂場にいるんだよ」

 

 突拍子もなくてすまない。

 俺は今風呂場にいる。それも湯船でも洗面台の前でもなく、一枚の衝立を隔てた浴場にだ。

 そしてその衝立の向こう側からは

 

「クラミーって、着痩せするタイプだったんですのね」

「まぁね」

「……ジブリール……シャンプー……」

「はいっマスター」

「……でも、触っちゃ、だめ……」

「そんなぁ」

「クラミー、やっぱりこういうのは礼儀が良くないのですよ〜」

「なっ!」

「さっきも空さんにバレていたのですよ〜」

 

 何故か女性陣が入浴を楽しんでいる。

 なにこれ覗き?いや断じて覗いていない。

「なんでこうなった?」

「前に言ったろ?仲間が増えたら風呂入るって」

「百歩譲ってそれはいい。なんで俺がここにいるんだ」

 白と空は本来離れられない。だからこそ空がここにいるのは納得がいく。

 しかし俺はどうだ。

 ついさっきまでクラミーとのアレこれについて散々嫌疑を掛けられたばっかりの俺だぞ。

「親睦を深めるって言ったろ?だからお前に抜けられちゃ意味がない」

 大丈夫だと思いますが?

 別に俺がいなくても東部連合戦には響かないだろうし。

 そんな事を思っていると、あちら側から会話が聞こえて来る。

 もちろん勝手にだよ?聞き耳立ててるわけじゃないよ?

 ハチマンウソツカナイ。

 

「そう言えば、どうしてシロはビンタしてハチを許したんですの?」

「なるほど、あの男にはビンタ程度では足りなかったと」

「そんな事言ってないですのよっ!?」

「……はち、あの時叩けた……だから、許した」

「どういうことですの?」

「つまりあの時、あの男に叩かれる覚悟と了承がなければ、マスターは盟約によって叩くことは出来なかった。それが出来たということは、あの男に反省の色があった、ということでしょうか」

「……そう、いうこと……」

「なるほどですの」

 

 今更言われると恥ずかしいな。

 ぶっちゃけ白に何かしらされてもしょうがないとは思ってただけなんだが、それが盟約の裏をかけたってことか。

 暴力を禁じる。しかし相手の了承を得れば大丈夫ということだ。

「そんなことあったのか八」

「まぁいろいろあったんだよ」

 こいつにも、謝っといた方がいいのか。

 しかしさっきやられたこと考えると気が進まんな。

「八、俺も一個聞いていいか?」

「なんだ?」

 さっきとは違い、ややシリアスな雰囲気でこちらを向く空。

「白……大丈夫だったか?」

「……そうだったと思うか?」

「いや……」

 そう言いながら彼は俯いた。

 やはり心配だったのだろう。

 空と白は離れられない、離れちゃいけない。

 にも関わらず彼は一日彼女の前から姿を消した。

 それがどれだけ辛いことなのか、彼には分かっているのだろう。

「なら、もうすんなよ」

「……ああ、そうだな」

 そう応えた空は、何かを決した様に外していた視線を俺に向ける。

「八、やっぱ一発ぶん殴ってくれ」

「わかった、ジブリール呼んでくる」

「そーじゃなくてだなっ!?」

 驚きか恐怖か分からないが、彼は立ち上がりながらそれを拒否。

 まぁ誰でもそうする、俺でもそうする。

 ジブリールに殴られるとか死刑宣告も良いとこだしな。

「冗談だ」

「ならいいけどよ……それで、どうだ?」

 やんわりと断ったつもりだったが、未だ彼は引き下がらない。

 要は、彼は戒めが欲しいのだ。

 自分がした事に対する責任を、あるいは彼女に対する責務を自分を責めることで償いたいのだ。

 しかし、それはただの自己満足でしかない。

 痛みを伴わない教訓に意味はないとどっかのチビは言ったが、それはなにも肉体的なものだけではない。

 むしろ精神的な傷は一生かけても消えない場合だってある。

 しかし彼はとっくにその傷を負って、罪の罰を受けている。

 それでも尚彼は自分を許せていない。きっとこれは、彼が一生背負っていくものの一つだ。

 もしそれを肩代わりする必要があるなら、それは俺の役目じゃない。こいつの隣にいるべきは俺じゃない。

 だから

「空、目瞑れ」

「お、おう」

 覚悟を決めたように目を閉じる空。

 俺はそんな彼の、おでこを中指で弾いた。

 

「へ?」

 

 間抜けな声を上げて困惑する空。

 流石に笑いそうになったが、どうにか堪えた。

「何かっこつけてんだよ、どこの厨二?それともメロスなの?激怒して走ったの?なら俺も殴られるじゃねぇか」

「え?は、へ?」

「白は許したんだろ?ならいいじゃねぇか?必要以上に自分責めてもいいことねぇぞ」

 ソースは……俺。

 あの時の事を、俺は未だに引きずっている。

 何度も振り返って、何度も考えて、何度も推敲して、何度も自分が間違えたのではないかと思う。

 その度に出てくる後悔とは違う何かと、理由も分からぬ自責の念。

 そんな何の得にもならない渦の中に、空までが入る必要はない。

 彼には白がいる。今まで二人でやってきた彼らなら、これからもそうだろう。一人で悩む必要は彼にはない。

 それは俺がすべき事だ。

 俺はぼっちだ。

 だから一人でも独りでも答えを見つける。そうしなければいけない。そうでなければならない。

 自分のために。

「まぁその辺のことは白と話し合えよ。俺は知らん」

「……八、お前ツンデレかよ」

「んなわけあるか」

 男のツンデレとか誰得なんだよ。

「あー……色々と、ありがとな」

「何がだ?」

「白を助けてくれたんだろ?」

「……助けてない。白が一人で勝手に助かっただけだ」

「それは前にやったよ」

「うっせぇ」

 いや、本当に助けてない。

 俺がしたのはあくまで手伝いで、最終的に空を見つけたのは白だ。

 と、そう言えば

「なぁ空、俺も一ついいか?」

「ん?おう、なんだよ」

 彼らがやった存在を賭けたオセロ。

 最後に白が持った三つのコマは、きっと空の最重要要素。

「お前の優先順位、上から三つってなんだよ」

 そんなことかと気を落としながら空は人差し指から三本の指を立てて俺に手の平を向ける。そして指を折りながら彼は言う。

「『ゲームの勝ち方』、『白への信頼』、そんで『白の存在の全て』だよ」

 さも当然の様に言う空。しかしそれは本来異常だ。

 白もまた、空を自分の全てと表現した。普通誰かを自分より優先して生きることは出来ない。皆心のどこかには自己中心的な思想や思考があるから。

 しかしこの二人にはそれが無い。

 俺は彼らを絶対的信頼があると表現したが、そこには“異常なまでの”という修飾が入る。

「そりゃ勝つわな」

「だろ?」

 彼らは異常だ。そしてここにいる奴ら全員が異常だ。

 奴隷というのがどんなもので、どんなことを思うのか俺は知らない。しかしそんな中でも人類種(イマニティ)の未来を考えて戦うクラミー。

 そしてそんな彼女を支え、主でありながら幼馴染として彼女と接するフィー。

 知識を求めながら、更にその先にある見つかるかも分からない『答え』を探し続けるジブリール。

 こんなとんでも連中と一緒にいながら、純粋な人類種(イマニティ)の代表として尚もアホの子なのに行動を共にしているステフ。

 そして……『  』(最強)と同じくこの世界に呼ばれた異分子のぼっち(最弱)

 エルキア王国陣営は異質さと異常さを極めた集団。だが、だからこそ神を撃つ事すらなんの躊躇もない。

 だとしたら……

 

「もう一人……いるんだよなぁ」

 

 異常者に成りうる、いや現在進行形で異常な奴が。

「どした?」

「何でもねぇ。いや……なぁ、さっきのお礼の代わりってわけじゃないが、ちょっといいか?」

「なんだよ?」

 少しやりたい事が出来た。

 となればだ。

「とその前に、ステフー?」

「へ?な、なんですのー?」

「東部連合に手紙出したいんだが?」

「えっと、構いませんが、全然取り合って貰えなかったですの……」

 後半聞こえねぇよ。まぁ離れてるし仕方ないか。

 でなに?取り合って貰えなかった?

「じゃあ仕方ねぇか。空」

「おう」

 

「――ジブリール貸してくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 入浴という名の懇親会も終了し、クラミーとフィーは帰って行った。

 俺はジブリールに頼んで、ある手紙を東部連合に出しに行って貰っている。

「そう言えば正式なアポ取れって言ってたなぁ、あの爺さん」

「そうなのか」

 全然聞いてなかった。

 まぁその事は後でだな。俺たちは絶賛作戦会議タイムだ。

 と言っても

「実際にやってるのは白だけだし、その兄に関しては……」

「おい、なに変態を見るような目でこっち見てんだよ。入浴動画だぞ?しかも全員が超の付く美少女っ!確認しないわけがないだろっ!」

「分かったから。だから見つけた『翼』無駄にしないようにもうちょっと慎み持とうな?」

「おまっ――クラミーの奴〜っ!」

 なんか帰る前にクラミーが翼だの、飛べるのかだの、戸部るかだの言ってたからな。きっと空の黒歴史だろう。あ、戸部は関係ないわ。てか誰?

 と、そこで部屋の隅に風を僅かに感じた。

 その方向を見ると、なるほどジブリールの転移が理由の様だ。

「ただいま帰りましたマスター」

「おかえり。んで?何してきたの?」

「空には言ってなかったっけ?ちょっと郵便をな」

天翼種(フリューゲル)を配達に使うとかどんな神経してんだよ八」

「その扱い方についてはお前に言われたくないな」

「この男の言いなりになるのは自害も考えるほど屈辱的でしたが、マスターの命令とあらばどこまでも」

 手紙を届けてくれるのか。流石のヤギさんでもこいつから手紙渡されたら読まずに食えなそう。理由は、主に恐怖で。

「で、どうだった?」

「はい、明日午後から時間があると」

「分かった」

「だからなんなんだよ」

「こっちの話だ。気にしなくていいし、何も害はねぇよ」

 そう、これは俺が勝手にすることであって、誰かに言う必要はなく、誰かが気にすることでもない。

 それに空は国王様だ。もしこいつに言ったら、全ての責任が空に移ってしまう。それは避けるべきだ。

 これは俺の独断専行、誰も悪くない。仮に代表者を出すなら、それは俺だ。

 

 

 

 

 

 

 ジブリールの郵便が東部連合を訪れた次の日。昼食もそこそこに俺は外出の準備をする。

 そして窓から出口を眺めると

「なんであんな事するのかと今の今まで思っていたが、まさかされる側になって知ることになるとは……」

 城の前には集まった大衆、上げられる罵声、固まった団結が伺える。

 そりゃ自分の人権賭けられたらキレるわな。

 まぁハナから出口を使う気はなかった。なにせお忍びだし。

「ジブリール」

「ハァ……何故私がこんな男と……」

「いや、流石にそろそろ割り切って貰いたいんだけど」

「マスターの命令とはいえ、まさか森精種(エルフ)に頭を下げる以上の醜態を晒すことになるとは……」

「俺に同行するのが足舐めて相手を様付けしながら謝罪するより下とか、流石に傷付くぞ」

「ここまで言われてようやく傷付く程度とは。驚きを通り越して呆れますね」

「尊敬しないか?通り越したら普通」

「私が尊敬するのはマスターと認めた方だけです」

「いっそ清々しいな」

「恐れ入ります」

「褒めてないんだよなぁ」

 俺はジブリールの転移で一気に目的地まで行く予定だ。

 ただここまで言われると他の方法がないかと考えたくもなる。しかしこれが一番効率的なんだから仕方ない。

 それにしても、とジブリールは一言を零した。

「これから行く目的はなんなのでしょう?」

 彼女の問う目には敵意や懐疑といった、およそ身内に向けるものではない色が見えた。

 え?身内じゃない?マジかー。

 こいつなら本当に言いそうだからきついな。

「安心しろ、『  』(あいつら)に害はない」

「私があなたを信じると?」

「そこまで自信過剰な自意識は持ち合わせてねぇ」

 けど、と俺は続ける。

 彼女にはこれだけで伝わるはずだと、我ながら笑ってしまうような確信を持ちながら。

 

「俺は、裏切らねぇ」

 

 この言葉の本当の意味が伝わったかを確かめる事はしない。

 ジブリールは一度目を閉じて俯き、またこちらを向く。

「……では、そろそろよろしいでしょうか?」

「いやモタモタしてたのお前のせいだからね?」

「よろしいでしょうか?」

 怖いから。

 なんで二回目は笑顔?見慣れたのに慣れないわ、その笑顔。

 あと目から光が消えたんだけど。ハイライトさーん?仕事してー?

 そんな心中が伝わるもなく、俺は一つため息をついてから頷く。

 では、というセリフとともに俺の見ている風景がまた一瞬で切り替わる。

 目の前には大きな赤い鳥居。その先には現代的な技術と歴史的な造形を含んだ背の高い建造物。

 俺が用があるのはここの主、そして東部連合一番のお偉いさん。

 すなわち『巫女』。

 明らかに幹部無視してボスに殴り込みする流れだが、まぁ気にしない。

 俺は喧嘩をしに来たわけでも、ましてやゲームをしに来たわけでもない。

 さし当たっては、こんなセリフで表してみようか。

 

「さぁ、交渉を始めよう」

「マスターの真似でしたら不快なので早々にやめてください」

 

 Oh……台無し。

 

 

 

 

 




ようやく来ましたオリ展開。
八幡がグダグダしてることが多いのでなかなか進まない……
そして次回はいきなり巫女さんが登場っ!
最近フィーとステフの口調が書きずらくて仕方なかったんですよねぇ。
どうでもいいただの愚痴です。
感想、考察、誤字報告お待ちしております。


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彼女は彼を知らずだが彼は彼女を知る

ひゃっはろー
どうも。
強化外骨格薄過ぎ、江波界司です。
早く最終巻が見たいですよね俺ガイル(原作)。
こちらも完結目指して頑張ってます。
そんなわけで超本編です。


 かつて争いが絶えず、戦火に巻かれていた種族を、僅か半世紀でまとめあげた巫女。まさしく東部連合のボス。

 獣人種(ワービースト)の中には物理限界すら超越しうる存在がいるらしい。十中八九巫女はその希少な個体だと俺は勝手に思っているが、仮にそうでなくとも嘘は通じず、気性の荒い連中すら黙らせる頭脳と持ち合わせているだろう話術。どれをとっても相手は格上だ。

 そんな相手にほぼ一人で交渉しに行くというのだから、無謀も磨きがかかれば奇策に見えてくる。

 なんて強がりを混ぜながら相手をたてて、どれだけ分の悪い勝負に出たかをわかりやすく整理しては見たが、ここにはそもそものミスリードがある。

 俺は勝負しに来たわけじゃない。

 この世界は全ての争いはゲームで決まる。ならば争いでなければどうだ。

 俺がこれからするのは交渉、つまり勝負でも争いでもゲームでもない。この世界に沿って言うなら前準備の段階だ。

 まぁその準備ってのもゲームをする必要があるんだが。

 それにだが、そもそも俺たちがここに来れている時点でおおよその結果が見えていたりする。俺たちがここにいる、つまり俺の送った手紙をあちら側が信じた事になるからだ。

 もちろん俺にはどっかの詐欺師のような技術はない。しかしそれでも出来ることがあるのでないか。それがたとえ取り柄は性格の悪さしかない俺でも。

 

「なんて、ネガティブかポジティブがよく分からんことも考えたが……まだか?」

 

 まだか、とは迎えの事だ。

 別にジブリールに置いてかれたわけじゃないぞ?ほんとだよ?

 さっきから鳥居の下で誰かが来るのを待っているのだが、かれこれ十分誰も出てこない。

「なに?勝手に入っていいの?インターフォンとかないの?」

 まぁ仮にあっても押さないけど。だっていい思い出がないし。

 呼ばれたと思って友達(だと思ってたやつ)の家のインターフォン押したら、スピーカーから小さく「え、だれ?」「お前呼んだ?」「しらねぇよ、あいつなんでいんの?」みたいな会話を聞いてからかなり抵抗がある。

 だから俺はスピーカー付きのインターフォンと前野と田中と渡辺は許さない。

「あいつらもうちょっと気使えよ」

「何を目を腐らせながらブツブツと……それに、やっとお出ましの様です」

 ジブリールの声で現実に戻ってきた俺は前を向く。

 そこにはいつか見た白髪丸メガネの犬耳爺さんがいた。

「お久しぶりと申しておきましょうか。次会うのは少々先だと思っていましたが、まさかこんなに早く再会する事になるとは」

「寒空の下客人を待たせてからそのセリフが聞けるとは流石犬っころ。小さな小屋の中で野外に繋がれることに慣れた種族は言うことが違いますね」

「これはまた随分なことを言いになる。現在進行形でハゲザルに首を繋がれた抜け殻人形のセリフとは思いませんでしたな」

「位階序列という狭い視野で見たもので下位の種族を蔑む事しか出来ない凝り固まった脳みその獣は随分と見苦しゅうごさいますね」

「はっはっ耳が痛い。ご自分をアヴァント・ヘイムより遥かに高く棚に上げて言われては返す言葉もない」

「話進まねぇからちょっと黙れよ、お前ら」

 だから仲悪すぎだろ、この世界の奴ら。

 ジブリールに関してはどことならいいんだよ。え?俺もいないだろって?分かってるよ、ブーメランなのは。

 てかそろそろ中入りたいんだけど。やっぱ冷えるだよ外は。

「とりあえず入れてもらっていいか?手紙を読んだってことは、要件は分かってんだろ?」

「あくまでも読んだのは巫女様、私めはあなた方を案内しろとだけ言われているので」

「あ、そう」

 いのはついてこいと言ってから振り返って歩いていく。それについていきながら俺は思う。

 それにしても巫女ってのはどんな奴なんだ?

 仮にも他国からの使い、その内容が記された書面を貰えば信用の置ける奴には内容を教えてもいいと思うのだが。

 不思議に思った理由はいくつかあるが、最初に違和感があったのはいのの存在だ。

 本来は大使館にいるはずの彼が案内役としてここにいる。それは巫女からそれなりの信頼を得ているともとれる。しかし彼は俺たちが来た要件も目的も知らない、つまり手紙の内容を開示されていないということになる。

 いや可能性はもう一つあるか。

「なぁ爺さん」

「何でしょうかなヒキガヤ殿」

 おお、この世界に来て最後にそう呼ばれたのっていつだっけ?まぁいいや。

「あんたこんなところにいて、いづなはいいのか?」

「何を心配されているのかは判断しかねますが、共にこちらへ来ているのでご安心をと申しておきます」

「そうか」

 ふむ、これは困ったな。

 いや目的達成のためには良いことかもしれんが、もしかしたら既に巫女にこっちの狙いがバレてる可能性があるな。

 ハナからフェアじゃない交渉はやるべきじゃない。自分が劣勢の時は鉄則だが、今はまだ判断しかねる辺りが少々やりずらい。

 いや、そこまで含めてのこの状況だろうか。巫女という人物がますます分かんなくなっていく。それも底知れなさだけを伝えながら。

 

 

 

 

 

 

「こちらにございます」

 いのによって案内された扉の前。

 彼は開ける準備をしながらこちらへ確認をとる。暗に覚悟はいいか、と。

「ジブリール」

「私に確認が必要だと?」

「一応な」

 備えるに越したことはない。これから相対するのはそれくらいヤバめの相手だ。

 俺は頷き、ジブリールもまたそれに続く。

 いのは両手を使って引き戸を開ける。

 そして眼前には、花魁を彷彿とさせる妖艶な女性。狐の様な耳と金色の長い尾と髪を持つ、美しさを体現したような女史。

 彼女は細く艶やかな視線に僅かに敵意と懐疑を乗せながらこちらを見ている。

「よう来たねぇエルキアの大使さん?あてが巫女、あんたらのお目当ての人物よ」

「お初にお目にかかる、って言えばいいか?」

「かまへんよ、肩苦しいのはあても好きじゃあらんし」

「そうか、助かる。知ってると思うが俺が比企谷八幡、こっちがジブリールだ。それでえっと……」

「ん?ああ、巫女でええよ。そんな大層な名前もあるわけやないし」

 話してて思う。本当に掴めないやつだと。

 軽い口調と態度で話しながらも一切の油断がない。腹の探り合いに関してもあちらが一枚上手だろう。

 だが、それがどうした?こっちのやることは変わらない。

「それにしても八幡……面白い名前やね」

「変わってるとはよく言われるな」

「変わってるのは名前だけとあらへんみたいやね」

「ああ、主に目とかな」

「……自分で言いよるん?」

「よく言われるんだよ」

 疑いの目は晴れない。何よりもそれを隠そうとしないのが、彼女の踏んできた場数の多さを感じさせる。

「とまぁ挨拶はこのくらいにしといて」

「せやね、本件に移ろか」

「ああ」

 相手のテリトリー、完全なアウェーの中の交渉。

 ジブリールは俺の左後ろに正座している。

 そして俺の正面には依然とした態度で座る巫女。

 俺と巫女の間、その中間地点にかつ俺たちの正面には入らぬ様に位置をとっているいの。

「じゃあとりあえず、手紙は読んで貰えたって事でいいのか?」

「ああ、読んだよ?それであんたらとの会合はあてらにメリットがあると判断して呼んだんよ」

「じゃあこっちがしたいこともおおよそ分かってる、ってことか」

「まぁそやね。ある程度は想像はできてるけど」

 俺が東部連合に出した手紙。

 その内容は至って単純なもの。

「随分気前がええんとちゃうか?『自分から手の内晒してくれる』てのは」

 巫女と交渉がしたい。こちらが提示するのはこっちのカードの一部公開。

 これから空たちとやるゲームが有利になるということになる。

「まぁそれくらいの事ではあるんだよ。それで、こっちの要求は呑んで貰えるのか?」

「それは内容次第やね。こっちにはまだなんの情報も提示されとらんし」

 手紙にはこちらが出すカードしか記していない。分からなければ当然行動も制限されるし、臆病にもなる。

 だからこそ交渉の余地がある。

 

「こっちの要求は、一対一で話す時間と機会が欲しい」

 

 静まり返る室内。

 要求された巫女とその同陣営のいの、こちら側の陣営であるジブリールも口を閉じてその言葉の意味を吟味する。

 そして、その沈黙を破ったのは巫女だった。

「どういうことなんか説明してもらってええ?」

 まぁ当然の反応だな。

「結論から言うとだな、俺たちは今回そっちに降伏して貰いに来たんだよ」

 そう告げた俺をいのは明らかな怒気を含んだ視線で睨む。

 当然だ。大陸領土を賭けたこのゲーム、やる前から負けを認めるなんて事を出来るはずがない。

 そしてそれは誰もが分かっていることであり、現に巫女も俺に問う。

「つまりなに?あてを説得して不戦勝でも狙っとると?」

「まぁ出来ればそうして欲しいところだな」

「そんなことが出来るはずなかろうがハゲザルがぁ!」

 流石にいのが口を挟む。まぁ怒るのもその反応も予想通りだから何も感じないが。

「この交渉はこの男と巫女さんのもの。もし口を挟まれるというなら、ともにご退席致しますか?犬っころ」

「ぬっ!?」

 俺はジブリールに一言も話すなとは言っていない。故にこのタイミングの援護は彼女の判断であり、正直助かる。

「で、どうだ?」

 無言で俺の言葉の意味を考察する巫女。

 彼女の目は何かを見透かしそうで落ち着かない。実際に嘘を看破できるわけだし、あながち間違ってもいないな。

「あんた、何が目的なん?」

「目的?だから降参してくれないかって」

「確かに嘘はついてへん。やけど手の内明かすだけで降伏してくれは、ちと欲張り過ぎやないの?何よりそれは、こっちに負ける可能性があるから頼むっていうてる様にしか聞こえんのよ」

 確かに、どう考えても負けたくないから負けてくれと言っているみたいだな。

 けど、あんたは一個見落としてる。いや一個だけじゃないが。

「俺は降伏してくれと頼む気ではあるが、一番は話し合いがしたいって言ってんだ」

「つまり?こちらに勝てない理由を見せつけてやろって魂胆やの?」

 簡単に言えば俺が提示するこちらのカードが、既に東部連合に勝ちはないと悟らせる程のものなのかという事だ。

「それ以上は俺の条件を呑むって事でいいんだな」

「……」

 ここで動揺してはならない。

 体の微妙な動き、仕草。視線や流れる汗の一滴まで神経をすり減らしてでも隠せ。たった一つの挙動でも、獣人種(ワービースト)の五感なら簡単に主導権を取られてしまう。

「なんや考えも読めんし、こっちにばっかり利があるのが怪しいんよ」

「互いに利がなきゃ交渉なんてしねぇよ」

「それもそうやね。ところでやけど……」

 続きを口にする寸前、声色だけでなくこの場の雰囲気さえ一変させる程の圧が俺にかかる。

 

「――あんた、何もんなん?」

 

 無意識に吹き出る冷汗を拭わずに俺は間を開けないように言葉を吐き出す。

「どういう意味だよ」

「いやな。『種のコマ』を賭けられたゲーム、それを仕掛ける相手に自陣の手札晒すって、ほんに理解できんのよ。だから聞いた、あんたは何もんなん?て」

 詰まるな。どれだけ些細でもスキを見せるな。

 自分に言い聞かせながら、俺は即席で応答を繋ぐ。

「知ってると思うが、俺とそれからエルキア国王女王は異世界人なんだよ」

「それについてはいのから聞いとったよ」

「つまり正確には俺たちは人類種(イマニティ)じゃない」

「なんだとッ!?」

 明らかな爆弾発言にいのが声を上げた。

 ジブリールの証言ではあったが、根拠がないわけじゃない。

「つまり『種のコマ』がなくなろうとも」

「あんたらに影響はない、と?」

「だから負けてもいいとは言わないが、俺は面倒くさがりだからな。極力苦労は減らしたいんだよ」

 嘘は言っていない。

 獣人種(ワービースト)が嘘を見破る目があるとしても、それを掻い潜る方法はいくつかあるのだ。

「つまり、あんたは結果にはそこまでのこだわりはあらへん。やけどどうせなら楽に決着をつけたい、と」

「まぁそこらへんも含めての話し合い、って考えてるけどな」

 嘘を見破る目を掻い潜る方法。

 その一つは嘘ですらない嘘を言うこと。

 俺や空たちはテトによってこの世界に呼ばれた。つまりこの世界ではイレギュラーな存在となる。そして恐らく作為的にではあるが、俺たちは人類種(イマニティ)として行動している。

 ジブリールは構造だけは似ていると言っていたが、テトの采配次第では俺たちの人権も人類種(イマニティ)の『種のコマ』に含まれている可能性が高い。

 しかしそうでない可能性もあるのだ。なら、俺は後者の可能性を信じる。

 二つの可能性があり、どっちが真実かなのかは分からない。ならばどちらの説を唱えようともそれは“嘘”にはならない。

 敵を騙すにはまず味方からというが、最強の嘘は自分すら騙す。

 それに自分自身にあれこれ言い訳すんのは、俺の得意技の一つだ。

 

「で、どうする?」

 

 ここらが攻め時だろう。

 これ以上時間をかけると気付かれる可能性がある。だからこそ催促で余裕を少しでも削る必要がある。

 

「ふむ……」

 

 顎に手をやり思考する巫女。

 そんな彼女は一度いのを見た後、こちらを向いて口を開く。

 

「少なくともこちらに致命的なデメリットはあらへん。むしろ手札を見せて貰えるんわ願ってもないこと。やからその申し出を受けるのは、やぶさかじゃあないなぁ」

「じゃあ、交渉成立でいいんだな?」

「ああ、ええよ」

 

 釣れた。

 いやまだ気は抜けない。むしろここからと言ってもいい。

 俺が出した条件は、後出しでこそ効果がある。つまりこちらが提示した瞬間に手の平返しを喰らう可能性がかなりでかい。

 互いに交渉成立を宣言したが、口約束にそこまでの拘束力はない。だからそこに絶対性をつくる必要がある。

 

「よしなら、ジャンケンをしよう」

「……はぁ?」

 

 

 

 




八幡VS巫女、後半へ続く。
なんか八幡が強過ぎる気がしますねぇ。
気のせいですね、そうですね。
都合の悪いことはスルーして、感想や考察、誤字報告お待ちしております。


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混沌の中で彼女は彼と相対す

はろはろ〜
どうも。
腐るなよ、江波界司です。
オリ展開って、難しいですね。
人のふんどしどころか土俵まで借りて相撲をとる身としてはなかなかの重労働に感じます。
愚痴です。
関係ないから本編なんだよ


 なんの脈絡もなくジャンケンをしよう。

 当然巫女さんも困惑している。

 だがすぐに冷静さを取り戻してこちらを見る。この切り替えの早さとか、ほんとに百戦錬磨って感じだな。

「なんやゲームをする気はないみたいなこと言うとった割に、いきなりジャンケンて、どうゆうことやの?」

「別に何かを賭けて勝負しろってわけじゃねぇよ。ただ誓って欲しい」

「誓い?」

 この世界で一番重く強い誓いは盟約。だからそれを利用すればいい。

 

「盟約に誓って、さっきの交渉がしたいって事だ」

 

 その言葉に巫女の雰囲気が少し変わる。今までは小手調べだったのか、こちらに向いている敵意は一層濃く、疑いを隠さぬ目線は更に鋭い。だがそれ以外にも何か……

「つまり?」

「これからジャンケンをする。俺とあんたは両方がパーを出して引き分け。互いに交渉する際の約束を守るって条件を相手に出して、それを呑んで貰う」

「なるほど。ゲームを約束守るためだけに使うと。また随分な奇策やねぇ。けど、忘れてひんか?こっちが裏切ってあんただけ負ける可能性があるってこと」

「ああ、だからルール追加だ。パー以外を出したら負けとする」

「あんた、それはもう」

「そうだ、ゲームじゃない」

 俺がこれからやるのはただの儀式だ。

 絶対遵守のルールを使った完全なる契約。それこそがこのジャンケン。

「どうだ巫女さん」

「……」

 だが裏を返せば、それだけ怪しい行動ということだ。

 現に彼女もまだ完全にこちらに釣れてはいない。

 次はどうするか。考えを巡らせるべく意識的に思考を始めると同時、彼女は口を開いた。

 

「ええよ」

 

 へ?

 今なんて言った?了承?

 なぜだ?こんな怪しい取引、普通ならそう簡単には答えを出さない。これが今までのキャリアから導き出された巫女の答え?どういうこと?

「いいのか?」

「かまへんよ。どうせ互いに約束を破るつもりはない。ただ形式上その確信が欲しいだけやろ?なら別にやってもええ」

 さも当然の様に言う巫女。

 しかしそれが何とも胡散臭い。まさかこちらの狙いがバレた?いやだとしたらそもそも乗って来ることすらないはず。

「どうしたん?やるんやないの?」

「ああ、もうちょっと悩むと思ってただけだ」

 しかし考えても仕方ない。

 仮に彼女が俺を舐めてこんなことをしているなら、それはむしろチャンスと言える。

「じゃあ」

「「【盟約に誓って】」」

 互いに宣言し、掛け声とともに開かれた手を前に出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「これで交渉成立やね」

「ああ」

 結果は勿論引き分けのパー。これで俺は自軍の手札を開示、あちらは話し合いの時間を設けることが約束された。

「話し合いっちゅんは、すぐがええの?」

「できれば今日中に終わりたいな」

「そうか。なら順番はどうする気やの?」

「こっちが先に話す」

「別に気使う必要あらへんよ?双方が盟約で縛られてる以上、裏切りはないわけやし」

「単にその方が都合がいいだけだ」

 そうか、と言って彼女は居住まいを正す。いつでも聞ける準備は整っているということだろう。

 

「じゃあこっちのカードを一つ教える」

 

 一度場にいる全員の顔を見回してから、深呼吸を一つした後、俺は巫女に向かう。そして親指で指しながら

 

「俺たちの手札は――天翼種(フリューゲル)だ」

 

 巫女は聞いて目を見開く。当然俺に指されたジブリールも驚いているだろうが、大きなリアクションはない。

「貴様何をっ!?」

 逆に大きく反応したのはいの。中腰になりながらこちらを威嚇する。

「なんだよ爺さん、不満か?」

「当たり前だっ!貴様らが天翼種(フリューゲル)を味方につけている事など分かっておるわっ!」

 そりゃそうだ。

 なんせ大使館に行った時もジブリールはいたんだからな。

 けど

「いんや、いの。その怒りはお門違いや」

 激昂するいのを止めたのは巫女の一声だった。流石に話が早いな。

「あんたは分かったか」

「まぁね。あんたは何も、あてらの知らん手札を見せるとは言うてない」

 そういうことだ。俺が出した条件は手の内を晒すこと。しかしそれは何も東部連合に隠しているものとは言っていない。そしてどんなカードを教えるかもこちらが決めている。なら盟約にも違反していない。

「しかし、そんな屁理屈を」

「ああ、大したもんや。よもや獣人種(ワービースト)のあてに騙し合い仕掛けてくるとは。一杯食わされた感じやね」

 これが第二の方法。嘘ではなく、本当の事を情報を隠しながら伝える。

 不明瞭な部分は嘘ではなく、ただ隠しているだけ。当然あちらからも感知はされない。深く追求される可能性はあったが、それを別の部分で隠しているため、今回はそれもなかった。

「まぁそういうことだ爺さん」

「あんた、いのと大使館で話してる時はあんまり活躍はせんかったらしいけど、なんや手慣れとるな。詐欺師にでも弟子入りしとるん?」

「当たらずとも遠からずってとこか」

 今回の作戦、その殆どが空をベースに考えている。

 騙し合い、探り合い、心理誘導に関してあいつ以上の手練はそういない。人間観察が得意な俺だ、当然あいつの事も見て学んでいる。

 人の振り見て我が振り直せというが、ぼっちはその系統は得意なんだよ。ぼっちの学習能力舐めんよ。

「なかなかの手やったよ。不明瞭な部分をつくってあんたの目的に意識を向けさせ、手の内を晒すっちゅう方から注意をそらさせた、て感じかなぁ」

「マジでバレバレじゃねぇか」

「これも結果論よ」

 巫女が言った通りだ。

 これだけ怪しい取引となれば、当然相手の狙いが気になる。だからこそ引き換えの条件がお留守になる。

 しかし……

「騙された、って割には余裕だな」

「まぁね。別に小一時間話し合うだけや。それに負けてくれ頼まれても聞く気もない。特に焦ることもないっちゅうことや。まぁなに?口説きに来たゆうなら、こっちもそれ相応の対応はするとこやけど」

「チキンハートの俺にそこまでのことはできねぇよ」

「これだけのギャンブルしといてチキンはないやろ」

 確かに確実性というならかなり低い手。普通は思いついてもやらない。なら、なんで俺はこんなことを?

 いやそんな事を考えてる場合じゃない。

「まぁとりあえずだ」

「そやね、ならちゃっちゃと話そか。二人には退場してもらって……」

 

「いや退場するのは、三人だ」

 

 三度訪れる驚き故の静寂。だが彼女だけは未だペースを崩さない。

「どういうことや?」

「俺はなにも、“あんた”と話し合うとは言ってないだろ」

 また裏をかかれたばかりにいのは表情を変える。

「なんや釣れないなぁ」

「そういうのはいい、分かってたんだろ?」

「ある程度予想は、なぁ」

 やはりバレていたか。彼女程の者がこんな言葉遊びに二回も引っかかるわけがない。

 巫女は俺から目線を外して、俺たちが入って来たとは別の方角。その戸に向かって声をかける。

 

「いづな、お呼びや」

 

 巫女の視線の先、その戸が開かれて黒髪猫耳の少女が現れる。

「何から何までって感じだな」

「そうかねぇ。あくまで可能性を潰していっただけやけど」

 俺が東部連合で面識を持っているのは三人だ。

 そして今いるジブリールを合わせて三人を退場させるとすれば、残りは自ずと絞られてくるということか。

「貴様、いづなに何を言うつもりだっ」

「少なくともあんたみたいな罵詈雑言はないから安心しろ」

「さて役者も揃うたところやし、改めてかねぇ」

「ああ、そうだな。いづなと一対一で話す。部屋は別にどこでもいいけど」

「時間は?」

「三十分あればいい」

「そうか、なら隣の部屋を使い。もちろんあてらはここにおる、そこの天翼種(フリューゲル)に見張り役頼んでもええよ」

「盟約で縛ってる。まぁジブリールはここに置いてくけどな」

 俺がジブリールに視線を送ると、彼女はこちらを見ながら頷いた。あいつ本当に頭がいいから助かるな。どっかの猫型ロボットとはえらい違いだ。

 アホの子も青の子もな。

「じゃあいづな、いいか?」

 目を合わせて頷くいづな。その目には、やはり空たちに向けたものと同じ強い敵意が見える。

 俺たちは空いた戸から部屋を移動し、すぐに戸を閉めた。

 

 

 

 

 ―いの side―

 

 

 あのハゲザル、何を考えている。巫女様を前にしながらいづなと対話。全くもって読めん。

「それにしても、ホンマに面白い子やねぇ」

「ここまでされて賞賛とは、何をお考えで?」

「そんに怖い顔せんでも、裏はないよ?ただの感想や」

「騙されたにしては随分と上機嫌のようですが。まぁいいでしょう。それと老犬、聞き耳を立てても無駄だと教えておきます、防音魔法を展開しているので」

「……」

 読まれていた――いや、当然の配慮か。奴らは我らの特性を知っていたなら備えは怠るまい。

「なんや準備がええな」

「獅子は兎を狩るのにも全力を、との言葉をご存知で?」

「面白いなぁ。ならあてらは狩られる兎やと?」

「少なくとも獅子のように気高くは見えませんね」

「ハゲザルに仕える身でよく言うなぁ」

「そのサルにすら遅れをとるなら、指し詰めあなた方は地を這う鼠でしょうか」

「負けて従ったと違うん?あんたも羽のない飛べぬ鳥、不様さはどっちが上やろね」

「飛べなければ走る、走れなければ泳ぐまでのこと」

「負け惜しみかなんかなん?」

「いえ覚悟の話にございます。もし私が地に落ちた鳥なら、他の方法で道を進むと」

「なんやよう分からんな」

「既に地に伏せている鼠には少々難しかったようで。学ぶことはおすすめします」

「ほな、あんたはサルから何かを学んだと?」

「それはあなたもいずれ知るでしょう。我がマスターと、その従者の力を」

 天翼種(フリューゲル)……一度いづなに負けた分際で吠えおる。

 だが、巫女様のあの表情は一体?

 あの男を評価し、その下に仕える天翼種(フリューゲル)と言葉を交えた巫女様の表情は何かを懐かしみながら、何かを期待するような……

 

 

 

 ―いの side out―

 

 

 

 

「八、なんの用だ、です」

「怖い顔すんなよ」

 ジブリールや巫女のいる部屋の隣、音声はジブリールがどうにかしてくれるだろう。俺は気兼ねなくいづなと話せる。

「いづな、これからお前は空たちとゲームをするよな?」

「それがなんだ、です」

「それ、棄権してくれないか?」

「何言ってんだ、です。そんな事出来るわけねぇだろ、です」

 だろうな、期待してなかったから大丈夫。

 さて、ここからが本題だな。

 意図的に声を低くして、俺は彼女の名前を呼ぶ。

 

「お前、俺たちを殺す気か?」

 

 え?と口からこぼれたいづな。その表情には驚きよりも怯えがある。

「『種のコマ』が無くなる、それがどんなことを意味するかはいづななら分かるだろ」

「……奴隷になる、です……」

「つまり生物的な死を意味する。そしてそれを実行しようとしているのは、いづな」

「なっ!それはちげぇ、ですっ!」

「確かに、『種のコマ』を賭けたのは空だ。けどその空たちとゲームで戦って、仮にもだが倒すのは、誰だ?」

「っ!……」

 いづなは俯いて口を紡ぐ。彼女には辛い現実だろう。

 俺がやっているのは脅迫だ。それも十歳にもならない少女を相手に数万単位の命を天秤にかけさせているのだから質が悪い。

 

「……でも、負けねぇ、です……」

 

 だが彼女は、まだ信念を曲げない。たとえ相手を事実的に殺すことになろうとも。

 本来これは彼女のような、幼い少女がする決断じゃない。

 そう、彼女もまた異常なのだ。彼女はこのふざけた世界の被害者で、その身に余る程の重荷を自ら背負って戦っているのだ。

 そしてその重荷とはこのゲームの賭け金。

「なぁいづな、お前自分が負けたら獣人種(ワービースト)が滅ぶとか思ってないか?」

「っ!?」

 負ければ大陸領土を取られる。それは沢山の国民を支配されることと変わらない。当然狭い見方と偏見があれば、簡単に想像できる結末だ。

「空たちはそんな事しねぇから安心しろよ」

「そんなのっ!信じれるわけねぇだろ、です」

「まぁ確かにそうだな」

 いつものあいつらを見てたら分かるけど、交渉や脅迫するあいつらしか知らなければそう考えるもの無理はない。

「まぁすぐに信じろとは言わねぇよ。だが少なくともそれはお前が気にすることじゃない」

「何言ってんだ、です。いづながやる事はいづなの責任だろ、です」

「そうだ、お前のやる事はお前の責任だ。けど、その先は違うだろ」

「その……先……?」

「この世界は普通殺し合いは出来ないようになってる。だから獣人種(ワービースト)もすぐには死なねぇよ、寿命までは。だからもし空たちに支配されて不満があったら、また勝負仕掛ければいい。あいつらはいつでも受けて立つだろうし、勝てば何も問題はねぇだろ」

「なんで、いづなが負けることが決まってんだ、です」

「お前じゃ勝てねぇからだよ」

「そんなの分かんねぇだろ、です」

「いや」

 わかる。いづなは『  』(あいつら)に勝てない。それは空たちが強いのもあるが、それだけではない。

 

「他のこと気にしてる今のいづなじゃ、ゲームの事だけ考えてる『  』(あいつら)には勝てない」

 

 負けたらどうするか、どうなるか。国の皆は、相手は。

 そんなことを頭の片隅にでも考えている内は、あいつらには勝てない。何せあの二人は、勝つことしか考えてないのだから。負ける気など毛頭ない、万に一つも負けはない、全てを勝つために賭けれる。

 そんな相手に優し過ぎる彼女が、ゲームで勝てるわけがない。

 

「だから、手を引け。もし空たちが何か悪業をするなら、俺が止めるとも言っておく」

 

 いづなは答えない。

 分かっている、これがどれだけ無茶な要求なのかは。

 彼女にとってゲームとは戦い、誰かを倒して誰かを守るためのもの。それを守れないから諦めろと、そんな事が彼女に出来るはずがないのだ。

 

「……いやだ、です」

 

 長い思考を止めて、いづなはその覚悟を目に宿らせながら俺に向かう。しかしその表情にはまだ固まらぬ思考と苦悩が見て取れる。まだ心のどこかで迷っているのだ、どちらが正しいのかと。

 彼女はその答えが見つかるまで悩み続けるだろう。勝つことと、負けること、それで得るもの、失うもの、その先の結末。これからするゲームでいづなはそれを知れるだろうか。

 それは俺には分からない。だがこうして話した事に意味がある。

 

「いづな、もし本当に空たちとゲームをやるなら、生半可な気持ちじゃただ負けるだけだぞ」

 

 歯ぎしりする程歯を噛み締め、血が出るのではないかと思う程拳を握り、彼女はまだ出ぬ答えに悩みながら、それでも言う。

 

「言われるまでもねぇ、です」

 

 強い子だ。優しい子だ。そして悲しい子だ。

 今までと同じ、しかし今までとは遥かに違う重みの覚悟を彼女は決めなければならない。

 なぜなら彼女は知ってしまったから。相手を、そしてその先を。

 自らの行動によって起こる事がたった一つの結末だけでは終わらないことを。

「覚悟があるやつ、守るべきものがあるやつは強い」

「いきなりなんだ、です」

「けどな、何かを背負ったまま戦って、その荷物を全部失うのはただの馬鹿だ」

「……何が言いてぇか分かんねぇ、です」

「まだ難しかったか」

「……」

 いや彼女にはわかるはずだ。今まで民の命を背負ってゲームをしてきた彼女なら。

 

 

 ――守るべきもの、か……

 

 

 

 

 




文才が欲しい(切実)
誤字報告ありがとうございます。
未だに無くならない辺り進歩がないですよね。
マッ缶が手に入ったため今日は清々しい気分です。
感想、考察、誤字報告よろしくお願いします。


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彼女はまだ底を見せず彼はまだ己を知らぬ

僕、男の娘、です……
どうも。
ヒロインってなんだろう、江波界司です。
リアル恋愛ゲームを起動したことすらない私に、ラブコメは書けるのか……
気にしてねェで本編でェす。


 時間というのは有限で、それ故に人の意志とは関係なく瞬く間に過ぎて行く。

 約束の三十分が過ぎ、俺といづなはさっきまでいた隣の部屋に移動した。

「ん?二人は?」

「ああ、退席してもろたよ。あちらの提案通りね」

 部屋に入ってまず気が付くのは、いたはずのジブリールといのがいない事だった。そういえばさっきジブリールが退席するかとか言ってたな。

「で、何が狙いだ」

「そんに睨まんでも、取って食ったりせぇへんよ?」

「盟約があるから、だろそれ」

 マジで要件も終わったし早々に帰ろうと思ってたんだが、流石に思い通りには動かせてくれないか。

 巫女はいづなの名を呼んで見つめ合うと、いづなが一度会釈をして部屋から出ていった。さっきまで俺が座っていた場所を彼女が指し、俺もそれに従ってそこへ座る。

「で、何か用か?口説こうってんなら、こっちもそれ相応の対応をするが」

「意趣返しのつもりかいな。まぁそれはまた今度にさせてもらうわ」

「次があんのかよ」

「あんたらが負けたら、あんたをあての従者として貰い受ける予定やからな」

「従者と書いて奴隷と読む雇用関係は勘弁願いたいな」

「辛辣やねぇ。そんな気、あてにはないよ?」

「だとしても、俺は働く気はない」

「胸を張れることやなしに随分ハッキリものを言う子やねぇ、ますます気に入ったわ」

 何この人、ラルさんなの?青い星なの?

 しかし本当に読めない。目的が分からないこと以上に、相手の行動を予測することが難しいことはない。それこそ、あの魔王のように。

「冗談はその辺にしといてくれ。じゃないとうっかり惚れそうになる」

「思わせぶりなこと言うやないの。まぁそやね、そろそろ本題に入ろか」

 そう言った彼女の雰囲気がまた重くなる。この世界、ほんとに第六感で感じられるほど気迫すごい奴ら多すぎて困る。

「本題って、俺には用がないんだが?」

「こっちがあるんよ。まぁこれはさっきの約束云々とは別件、あくまで個人的なもんや。あんたの一言でエルキアが落ちるなんてことはないから安心してええよ」

「随分強気だな。ゲームで落とされんのはどっちだよ」

「それはまぁ追々かなぁ」

 巫女はこれ以上は無駄話をする気はないと、姿勢を正すことで示した。横に持たれていた体を起こして、対話の意志を示している。

「あんたの本題ってのは、俺といづなの会話の内容か?」

「確かにそれも気になるとこではあるんやけど、今はええわ。あてが聞きたいんは、あんたの目的や」

 目的、それは今回俺がした全ての行動の最終結果。すなわち俺の狙い。

 傍から見れば降伏勧告をいづなにしに来ただけだ。だがそれにはあまりにも効率が悪い。仮に手の内を見せることで降伏を促すなら、もっと決定的なものを示せばいい。しかしそれをしなかった俺の行動は不可解でしかないだろう。

「俺がそれに答える義務はないだろ」

「確かにそやね。ならこっちにも考えがあるけど、どないする?」

「具体的には?」

「今退席しとる天翼種(フリューゲル)、特にいのとは仲も悪いみたいやねぇ。上手くゲーム仕掛けたら、あちらの負けは目に見えとるよ?」

 これはハッタリだ。いくらジブリールとの折り合いが悪く挑発に適した状況であっても、あいつが簡単に乗るわけがない。

 しかし彼女と話さないことには、こっちの狙いも達成できない可能性がある。本当はもっと後のつもりだったが、ここまでされては仕方ない。

「あんたの口車に乗ってやる」

「そいつはありがたいな。こっちも乗ってやった甲斐が有るってもんや」

 やっぱり、ここまでの全ての行動はわざとか。東部連合の頭脳が俺の希望通りに動いていたのが不気味だったが、全部はここでこの状況をつくるためってことか。

「んで、俺はあんたに俺の目的を話せばいいのか?」

「そうして貰えるとありがたいんやけど、流石にそれをペラペラ喋るほど、あんたは頭使えんとちゃうやろ」

 見透かされてるような気がする。それこそ完璧に誘導されているような。

 覚悟を決めるしかない。現状では決定打も切り札もない。だがこの先にはタイミングを作れないだろう。もし彼女が俺の想像通りかそれ以上なら、確実にそうなる。

 深呼吸の後、らしくもなく目を見ながら口を開く。

 

「あんたは、あんたらはいづなをどう思ってる」

 

 威嚇、威圧、あちらの足下にも及ばないレベルの敵意を声と言葉に乗せてぶつける。

 当然、巫女がそれにたじろぐことはなく平然と応える。

「あの子はようやってくれとる。現にエルヴン・ガルドや天翼種(フリューゲル)からもゲームで勝って東部連合を守ってくれとるからなぁ」

 予想通りの回答、それが酷く不快だった。

「あんたは何も思わないのか?」

「何がや?」

「いづなの異常さ、にだ」

 彼女は異常だ。あの年で何故あんな目ができる、何故あんた決断ができる、何故あんな覚悟ができる。そして、何故しなければならない。

 全てをこの世界のせいにすることもできる。しかしそれ以外にも理由を求めるなら、それは東部連合の一存にある。

「確かにあの子には、歳相応以上のことを要求してる節がある。けどそれはあの子の意志を無視しとるわけやあらへんよ?」

「いづなが今の状況に文句を言わないのは、それが当たり前だからだ。そいつにとってそれが普通で、他のやつから見たらどれだけ異質な行動でも、本人にとっては当然のことになってんだ」

「やから?仮にそうだとして、それに何か問題でもあるん?」

「ねぇよ」

「……はぁ?」

 そう、ない。誰も、本人も納得して不幸じゃないなら何も問題はない。それは当たり前で、ある意味理想の形だ。

 けど問題がないからこそ問題なのだ。理想は理想でしかなく、現実は理想ではない。そこには必ずあってはならないエラーがあり、しかしそれに誰も気付かない。

 問題は問題にしない限り問題にはならない。しかし問題である以上、それは問題なのだ。だからこそ、それがわかるやつが止めてやらないといけない。それが理解してやれる『凡人』の役目なら。

「これはただのエゴで、俺がただそうして欲しくないだけだ。だから俺は、自分の意志でここに来た」

「なんやいづなに拘っとるみたいやけど、気ぃでもあるん?」

「違う、俺はロリコンじゃない」

 違う、これはただの自己満足だ。

 昨日、いつもと違う空を見て思った。たった一人で悩み苦しみ進む辛さは、本来知らなくてもいいものだと。それを知っているのは俺だけで良くて、それを知らずに進めること程無難な道はない。だからそれを知ってるやつが教えてやるべきだ、空には白がいると。

 だが彼女は、いづなはどうだ。今あるこの状況にすら彼女は気付いていない。どれだけ自分が異常で、誰にも頼れない状態にあるのかを。

 だからヒントを出した、彼女が気付けるように。

 そしてもし、いづなが答えを見つけてそれを求める時が来たら、誰かが必ず側にいなければならない。たとえそれは俺じゃなくても、いや誰でもいい。しかし道を見つけるのはいづな本人でないといけない。

 叶えるのではなく手助けをする。それがあの時から俺がやって来たことだ。方法は問わない、それしかなかったから。掛け金は惜しまない、それ以外に使えなかったから。

 今の俺には、あの時より少しだけ賭けれるものが増えた。それは信頼などでは決してない打算によるものだが、それでも使えるものは使う。

 ジブリールが彼らに『答え』を求めるように、いづなにもまた、彼らは何かを示すかもしれない。そしていづなの向かう道の隣にいてくれるかもしれない。

 誰かを頼るわけじゃない。あいつらならそれが出来ると知っているだけだ。ただの効率重視、結果主義なだけで、そこに信頼はない。

 

「巫女さん、あんたはいづなの意志を聞いてやれるか?」

 

「もちろんや、それがあての役目やからね」

 

 間を一切つくらず彼女は答えた。

 未だに全てを出し切っていない彼女。そんな彼女を見て、何故かその言葉に確信を得た俺の理由を、俺自身が理解出来てはいなかった。

 

 

 

 

 

 

 巫女との会合は本当の終わりを告げ、退席していたジブリールとも合流した。

「じゃあ帰らせて貰うぞ」

「ああ、また会うやろからな。また今度って言っておくわ」

「そういやゲームの日程ついては決まったのか?」

「それについては文を送ってあるはずですが」

 は?いのお前何言ってんの?俺知らないよ?空たちが教えてくれないだけ?

「ジブリール」

「いえ、存じ上げません」

 ってことは何?下の方で止められてるってことか。

「そっちもまだまだ大変みたいやねぇ」

「急いで帰る必要が出来たんでこれで」

 挨拶に頭を下げた俺には続き、ジブリールも会釈をした後またいつものように転移の準備に入る。

 巫女さんの部屋から直で帰るのは少々礼儀知らずかもしれないが、こっちも色々あるため仕方ない。

 

 

 

 ―いづな side―

 

 

 八が言ったことが頭から離れねぇ、です。

 分かんねぇ、です。どうすればいいかも、何をすればいいかも、分かんねぇ……です。

 

「サルん中にも、あんな目するのがおるんねぇ」

「巫女様、それは一体どう言った意味なのでしょうか」

「そのまんまの意味や。久しぶりやなぁ、こんな時やのに……血湧き肉躍るんは」

 

 なんで巫女様はあんな顔できる、です。だっていづなが負けたら、みんな……

 違ぇです。そんな事考えてたら勝てねぇ、です。

 でも勝ったら……

 

 分かんねぇ……です……

 

 

 ―いづな side out―

 

 

 

 

 人類最後の砦エルキア王国。しかしそれ故か城下町はいつも賑やかなのだ。人々が常に共存し合う為に、そして絶望から立ち直る為に誰もが明るさと笑顔を絶やさずに生活している。

 そんな活気溢れるエルキアは、現在違う理由で賑やか、いやもううるさい。

「城前に来なくて正解だな」

 ジブリールの転移で人が少なそうな路地に移動した俺たちは、遠目に城の前を陣取るデモの集団を眺めている。

「本来味方である筈の国民からすら敵視されるあいつらの手腕が怖いな」

「それすら構わず進むマスターの能力と知力は尊敬に値します」

 とてつもない意見の相違に今更どうこう言うつもりはない。

 さて、さし当たってはこの中から東部連合から送られてきた手紙を持っている奴を探さねばならない。

「なんで俺がこんな面倒なことを」

「マスターの下で従順に仕えると誓ったはずでは?」

「いつの間にお前と同じ立場になったんだよ俺は」

「そして私の下で働くのでは?」

「お前は宇宙の帝王か」

 もういいと言って集団へと進む。

 だが俺の足音に気付いたのか一人の男が振り向くと、すぐに集団の奥へと進んでいく。一瞬だけ見えた男の表情には焦りが見えた。

「ジブリール、あいつ」

「ええ」

 既に人ごみに紛れている男に向かってジブリールは手の平を向ける。

 そして

「へ?え、え?」

 俺たちの目の前にさっきの男が姿を現した。

「持ってるもの、出してもらえるか?」

 まるでどこかのカツアゲみたいなことを言ってしまったが、これは至って正しい行いだ。俺は悪くない、こいつが悪い。

「な、何のことだ?」

 もうめんどくさい。一々やっている事の非合理性とか文句とか言ってたらキリがない。

「ジブリール、十の盟約で暴力は禁止されてるよな?」

「ええ、意図的な殺傷、暴行その他は出来ません」

「つまり事故なら、仕方ないよな」

「へ?」

「例えばどんなものでしょう?」

天翼種(フリューゲル)が気まぐれで地面を蹴ったら、偶然地割れが起きて、そこに偶々居合わせた奴が巻き込まれて死んでも、事故だよな」

「え!?」

「確かに、それは故意ではないため可能ですね」

「そうか、じゃあ俺は城に帰るからその辺適当に蹴りながら散歩してこいよ」

「はっ!?」

「そうですね。ではさし当たってはこの辺から……」

「わ、わかった、わかったからっ!」

 冷や汗を流しながら男は下げているカバンから手紙を取り出しこちらに渡した。そして一目散に去っていった。涙目だった。

 

「これ、俺は悪くないよね」

「責任転嫁はやめて頂けますか?」

 

 

 

 

 

 

 




マッ缶美味い。
そして文章表現が難しい……なかなかうまく書けません。
感想、考察、誤字報告よろしくお願いします。


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そして彼は彼女の存在に触れる

バカじゃないの?
どうも。
青髪さんは途中から完全に裁縫班扱いだと感じる、江波界司です。
マッ缶が欲しい……
それでは本編を“どうぞ”



 何で面倒ごとって重なるのかな。

 二度あることは三度ある、一難去ってまた一難。どうやら不幸も苦労も連鎖的に続くのが世の常らしい。

 昨日は色々あった。

 いづなの前で黒歴史確定の迷言を言い続けるわ、巫女さんから変に目を付けられるわ、街の人を脅して半泣きさせるわ……あれ?自業自得か?

 いやだとしてもだ。これは俺は悪くない。

「では準備はよろしいでしょうか?」

「良くなかったら行かなくて済むのか?」

「形式上聞いたまでです。答えは聞いていません」

 もうこの言葉しかない。これ以上にこの状況を表す言葉を俺は知らない。

 かのフラグ建築士を思いながら、俺は青い空を見上げて零す。

 

「不幸だぁ」

 

 

 

 

 

 

 その日俺はいつもと変わらぬ一日を過ごすはずだった。

 先日空たちに東部連合からの手紙を渡し27日、すなわち今日から三日後にゲームをするということを把握した。

 こんな時ではあるが、クラミー達は約束を守ってくれているため朝にコミルの実を受け取りに城を出る。今度こそ何のイレギュラーもなく帰宅した俺にイレギュラーが起こるのは、むしろこれからだった。

 

「アヴァント・ヘイムへ参ります」

「へぇ」

「それに同行して頂きます」

「へぇ」

 

「……はぁ?」

「では早々に準備を」

「いや待て、今なんて言った?」

「では早々に準備を」

「その前だ」

「マスターの命令によりアヴァント・ヘイムに用が出来たので、そこにあなたも同行して頂きます」

 意味がわからん。一発目で聞き取れたし、一応の為確認したが、やっぱ分かんない。

「えっと、なんで?」

「東部連合と事を構える上で、まだ準備が必要とのことなので」

「いやお前が行く理由じゃなくて、俺が行く理由だ」

「あの巫女を相手に単独で騙し合いを仕掛けるあなたの手腕があれば必ずマスターの役に立つと考えたので」

 一息で言いやがった。絶対上っ面だろ、感情入ってなさ過ぎだから。

「……本音は?」

「昨日いいように利用されたのが癪なので」

「えらい正直だな」

 まだ根に持ってるんですね、まぁ一日しか経ってないですけど。

「俺が昨日明確に頼んだのは一個だけだったはずだ」

「私の持てる全てを利用した分は返して頂きたいと思っています」

「マスターの命令だっただろ」

「あなたに対する個人的な感情までは縛られていないので」

 こいつこんな屁理屈言うような奴だったか?絶対空に毒されてる。

 それに確か天翼種(フリューゲル)って殺戮種族だよな?ジブリール見慣れ過ぎて忘れてたけど、本質はただの脳筋の危ないヤツらだろ?その総本山について来いと?俺に何が出来るんだよ、てか出来ねぇよ。

「丁重にお断りします」

「あなたにそれをする権利があるとでも?」

「おい、いつから俺の人権が無くなったんだ。俺は拒否権を行使する」

「仕方ありません。では酸素を無視しての転移を希望されますか?」

「話聞いてた?行かないんだって」

「つまり強引な強制移動がお望みと」

「言ってねぇよ。そして望んでねぇよ、俺は自宅待機を希望する」

「了解しました。では自室の空間諸共転移させますので……」

「それは俺以外にも困る奴らが出てくるだろ」

 どんだけだよ、何があるんだよ、怖いよ。

 こいつがここまで俺を連れて行きたがる理由がわからん。

「何お前、俺のことす……」

「何を無粋な考えを口走ろうとしているのでしょう?」

「何デモナイデス」

 怖ぇぇぇ。分かってるよ冗談だよだから本気にすんなよ。

 分かってるから、そんな事は絶対にないってことは。こいつ恋愛感情に限らず、人間的な感情全般に疎いってのは聞いてたし。

 しかしそうなると本当に分かんねぇ、なんで俺なの?

 いや理由は言ってたか……仕返しだと。

「ハァ……で?いつ行くんだ?」

 もう変に抵抗しない方がいい、絶対に酷い目にあう。

「そうですねぇ、では一時間後としましょうか。それまでに準備をお願いします」

「つっても、俺なんか持っていくもんあるの?」

「覚悟と勇気、でしょうか?」

「悪い、両方持ち合わせてない」

「なるほど、恐らく愛すら友達ではないのですね」

「どう見たら俺の頭があんぱんに見えた。それに俺に友達はいない」

 戸塚以外。というかいらない、戸塚がいればいい。

 あれ?ジブリールは?

 どうやら俺の瞑想、もとい迷走中にどこかへ行ったようだ。

 てか、なんであいつ元気百倍なアンパンヒーロー知ってんだよ。偏り過ぎだろ、現代世界の知識。

 

 

 

 

 

 

 

「そんで今に至る訳だが」

「ハチ、大丈夫ですの?目がいつもより腐って見えるんですが」

「つまりいつも腐ってんだな分かってる」

 大丈夫なわけないだろ、代わってくれんなら頼みたいわ。

 何故かジブリールに呼ばれたのは城の屋外だった。理由はあとで話すか話さないとのこと。いや話せよ。

「というかステフなんでいんの?」

「えっとお見送り……と思いまして。ソラたちは来ないので」

 え?お見送りってどこへ?天国?それとも天空の城?ある意味当たってるな。許されるならバ〇スして今日の予定を無くしたい。

「ではドラちゃん、離れて頂けますか?」

「は、はいですの」

 おーいステフー。なんつー距離離れてんだよ。見送るって言ったそばから身引いてるんだけど。

「それで一応確認をとっておきますが」

「なんだよ」

「転移の際、酸素は必要でしょうか?」

「俺はこれから宇宙にでも行くのか?」

「大気圏外とまでは行きませんが、アヴァント・ヘイムの構造上、人類種(イマニティ)が活動する場所とは酸素濃度が異なりますので」

「それいらないわけないよね?俺殺す気なの?」

「事故なら盟約に反しないと」

「明らかな故意犯だ」

 最後のツッコミは聞いてないなこいつ。

 既に魔法を展開(恐らくだが)しながらジブリールはこちらを向く。

「では」

 何故か俺の右手を掴んで、彼女は俺を上へ引っ張り上げる。

 待て待て待て、なんで手握ってんの?せめてなんか言えよ。ではって言ってたけどさ。

 でなんで女の子の手ってこんな柔らかいの?ベリーソフトなの?

 いや落ち着け、落ち着いて素数を数えるんだ。

 そして頭の中で3を浮かべたとほぼ同時に、かなりの回数体験した通りに視界が切り替わる。

 身体中に浮遊感があり、目に入った風景からここが上空である事は理解出来た。

 しかし

 

「何このカオス」

 

 話の内容的にはここはアヴァント・ヘイムだろう。だが天翼種(フリューゲル)が住む大都市と呼べるそこが、大量の巨大なルービックキューブが散乱する、道路すらない殺伐とした土地だったらどうか。

「お前らってゴミ屋敷に住んでんの?」

「酷い表現ですが、そもそも人類種(イマニティ)の常識は通用しないようなところなので」

 なるほど、言われてみればそうだ。

 道路ってのは歩きにくいから引くものであり、綺麗に並んだ町や建物は把握しやすいから作るものだ。そのどちらのスペックも反則級の天翼種(フリューゲル)にはそもそも不要なのだろう。

「移動は一瞬、飛行速度は戦闘機越え、持ってる記憶はほぼ消えない。そんなとんでも種族にこっちの常識が通用する方がどうかしてるな」

「左様にございます。それと、間もなく目的地なのでとも報告しておきます」

 依然俺の右手を掴んでいるジブリールは顔も向けずにそんな事を言った。

 そういえば手繋いでましたね。なんかそれ以上の事が起こりすぎて何も感じなくなってるな。人間は頭の処理能力を超えた物事を体験すると吹っ切れるみたいだ。

 そしてジブリールは無数にあるルービックキューブの中で、比較的大きめのスクエアを目指して降下する。

 そのキューブの中は図書館だった。それもジブリールが所有していた個人のものとは比べものにならない程の蔵書量と規模。

「え?ここ?」

「はい、私の用件が終わるまでここで待っていて貰います」

「本当に俺はなんでここにいるんだよ」

「好き勝手に使われた腹いせに自分のテリトリーで引きずり回してやろうかぁ、と」

「なんでヤクザベースの思考?」

「それにあなたがいても今から私のすることに何のプラスもありませんし」

「だからなんで俺ここにいるんだよ」

「それとも人の身で天翼種(フリューゲル)の十八翼議会の会議に参加しますか?」

「全力で拒否るな」

「というわけでしばらく待っていてください」

 ジブリールはいつかのように次元の穴から何冊か本を取り出して俺に渡す。そして俺が何かを言う前に、彼女はどこかへと転移して行った。

 この数時間で起こった不条理に文句を言うべくそれらを頭の中で羅列させながら、俺はジブリールが用意してくれた本を開く。まぁ暇つぶしにはなるだろう。

 けど表紙すら見ずに開いたのが失敗だったな。そして残りの三冊も含めてだが……あいつわざとだろ。

 

「全部人類種(イマニティ)語じゃねぇのかよ」

 

 

 

 

 

 

 

 ただでさえだだっ広いこの図書館で、さらに膨大な量の本。そこからたった一つの言語の本を探すのは本当に苦労した。そしてその苦労した理由は先に述べたものもあるが、更に二つ。

 一つはこの散らかりまくった本の山。

 もう一つは……

 

「ねぇねぇ、無視しないで欲しいにゃあ」

 

 このエセ猫娘キャラの天翼種(フリューゲル)だ。

 

 ジブリールが置いていった本の解読を早々に諦めた俺は積み重なった本の山へと足を運んだ。

 とそこまでは良かったのだが、何故かその本に埋れた誰かの羽根が隙間からはみ出ていた。

 当然、俺は関わらないようにそっと離れた。

 

「なんでだにゃあっ!」

「っとわっ、びっくりしたぁ」

 

 自分の上に積み重なった本を空中に放り出しながら一人の天翼種(フリューゲル)が姿を現した。

 なんかジブリールよりも幼く見えるのは、その口調か態度、あるいは全体から受ける漠然としたイメージからだろう。

「いやなに」

「なんで助けないにゃあっ!」

「いや助かってんじゃん、一人で」

「それはそうだけどっ!あれ?じゃあいいのかにゃあ?」

 わーこいつもあれか、アホの子か。

「ん?それはそうと君はだれにゃ?なんで人類種(イマニティ)がこんなところにいるにゃ」

「えっと、ジブリールの連れだ」

「ジブちゃんの?ああ、ふ〜ん?」

 なんだこいつ?さっきまでのアホさはどこに行ったと思う程、彼女の雰囲気が変わった。

「じゃあ君がジブちゃんを倒してアヴァント・ヘイムから誘拐したっていう……」

「人違いなうえに偏見甚だしい」

 空たちってこっちだとこんな感じなのか。確かジブリールは前に十八翼議会から抜けたとかなんとか。それで恨まれても仕方ないか。

 彼女の表情とセリフにも答えが出たし、俺は見つけた本を開いて目次を見る。

「だからなんでにゃぁっ!」

「図書館じゃ静かにしろよ」

「そうじゃなくてにゃ、なんで本を読んでるにゃ」

「いやここってそういう場所だし」

「なんでにゃ、ここはジブちゃんの話するところにゃ」

「なんではこっちのセリフだ。大体お前が誰かも分からんし」

「あーそういえば名乗ってなかったにゃ」

 コホンとわざとらしい咳ばらいを入れて、彼女はこちらを向く。

 

「種族は天翼種(フリューゲル)、名前はアズリール。そしてジブちゃんの“お姉ちゃん”にゃ」

 

 は?

 

「あいつ妹属性だったの?」

 

 

 

 

 

 

 

 




まだまだ続くオリ展開、そしておいてけぼりのいづな戦。
原作からのフライングはお約束ですね。
そろそろジブリールと色々進んで貰わないとラブコメ展開無しになりかねないのでこの辺でアズリール登場です。
というか進まない……
感想、誤字報告、その他お待ちしております。


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されど彼と彼女は未だ交わらない

こんにちは、先・輩。
どうも。
あざとすは勘弁、江波界司です。
早いもので30話、お気に入りも1000件を超えました。
なかなか進まない物語……それでも書きます終わるまで。
と、いうわけで本編だにゃ〜。


 妹とは不思議なものである。

「リアル妹なんて」とよく聞くが、待って欲しい。それはそいつの見方の問題ではないだろうか。

 例えば恋人。いずれ結婚して家族を目指す間柄だからこそ、相手に対して優しく深く理解し付き合える。

 ならば最初から家族の妹はそれを超える存在ではないか。家族を愛するのは当たり前のことで、だからこそ妹を愛するのも当たり前な事なのだ。

 つまり全世界の妹のいる兄、姉はシスコンであり、それは正しく、あるべき姿であると言える。

 やはり俺がシスコンなのは間違っていない。

 

「さぁ妹について語り合うにゃっ!」

「パス」

「にゃ!?」

 

 しかしどうだ?

 なんで俺は初対面の怪しい奴に小町の良さを伝えなければならないのだ。

 

「必要性が感じられん」

 

 当たり前だ。だってあの世界の妹小町だぞ?それはもう異世界にすら通用するレベル。そうなれば語り合う間でもなく『小町こそ至高』という結論が出る。

 

「だから語り合う必要なし、証明終了」

 

「何も言ってないのに何かの結論が出たにゃ……」

 

 あれ?言ってなかった?まぁいいわ。

 つーか早くジブリール来ねぇかな、帰りたいんだけど。

 ジブリールの用事というのがどんなものなのかは知らないが、まさか俺をここに長時間放置する程のものだとは考え……れるから怖いな。

「まったく〜本当にジブちゃんとはどんな関係なんだにゃ」

 あとこいつ、しつこいな。それはさっき言ったろうに。

 アホリールがうざったいので適当に言葉を返しながら、既に三十分は経っている。ハァ……帰りたい。

「ジブリールが言うには同業者らしい」

「でもジブちゃんがそんなどうでもいい奴を連れてくるはずないにゃ」

「嫌がらせなんだと」

「ジブちゃんを倒した人類種(イマニティ)……の従者って、ジブちゃんがいれば完璧いらない子にゃ。なのになんで君がここに来るにゃ」

 なんで俺はアホの子に罵倒されなきゃならないのか。

「てかジブリールが天翼種(フリューゲル)の用事があるって言ってたのに、お前はここにいていいのかよ」

 一応アホの子でも天翼種(フリューゲル)、当然ジブリールの用事に全く無関係とはならないだろう。

 アホリールは俺の言葉に笑顔で、むしろ胸を張りながら答える。

 

「ああ、心配ないにゃ。うちが行くまで会議は始まらないにゃ」

「おい、ふざけんなよ」

 

 

 

 

 

 

 

「お〜やっと話す気になったにゃ?じゃあ早速ジブちゃんの良さについて……」

「じゃなくてさっさと会議に行けよアホリール」

「誰がアホリールにゃ!うちはアズリールにゃ、ジブちゃんのお姉ちゃんにゃ!」

 なんかこいつの言うのこと全てが信用できなくなってきた。

「なんでジブリールの姉がアホなんだよ」

「アホじゃないにゃ。うちは天翼種(フリューゲル)の全翼代理者、つまりジブちゃんの姉にふさわしい存在にゃ」

 嘘くせぇ。なんでこんな奴に全権任せてんの?空たちを全権代理者にした人類が言うことじゃないが、大丈夫かよ天翼種(フリューゲル)

「ん〜でも、ここまで完璧に否定するってことは、君は本当にジブちゃんのマスターじゃないんじゃないかにゃ?」

「だからずっとそう言ってんだろ」

「それはそうにゃ、ジブちゃんが君みたいな平凡な人類種(イマニティ)に負けるはずも仕えるはずもないにゃ」

 喧嘩売ってんのかこいつ。

「でもそれだとジブちゃんが君を呼んだ理由が本当に分からないにゃ」

「だから嫌がらせで連れて来られたって言ってんだろ」

「そこが分からないにゃ」

 は?

「仮に、億が一ジブちゃんがマスターと認めた相手がいるとしてにゃ」

 どんだけ低い確率なんだよ。

 

「そのマスターですらない相手にジブちゃんが気を回す事なんて考えられないにゃ」

 

 アズリールの言葉にはそれなりの説得力があった。

 確かにジブリールは主に対して従順で、マスターへの愛は惜しみない。あいつはマスター資本主義なのだから、当たり前と言えば当たり前だ。

 しかしそんな奴が俺に特別な感情を寄せているだと?

 いや、それだけはないとはっきり言える。

 あいつが求めているのは『答え』であって、あいつが敬愛するのはそれを示すマスター。そこに俺が入り込む隙はない。

 もし仮にジブリールが俺に何かしらの感情を向けているとしたら、それは無知故の無力さや、求めるが手に入れることの出来ない不器用さ、そんな自己嫌悪に近い悪感情に他ならない。

 誰もが他人以上に自分を受け入れられない。それを受け入れるようになるのが成長ならば四百年もの間、変化のない人生を送り続けた彼女がその境地にいるはずがない。

「あんたの言うことも一理あるが、気の回し方にも種類があることを見落としてねぇか?」

「にゃ?」

「あいつが俺に向けてる感情は、愛とか言う綺麗なもんじゃねぇよ」

 そう、あれは親愛でも敬愛でも、ましてや純愛でもない、もっとおぞましい何かだ。俺にはその正体が何なのかは分からない。けれども、それが『本物』ではないことだけは知っている。

「またまた〜実はジブちゃんと色々あったんだにゃ?そろそろ教えてくれてもい……」

 

「理解が早くて助かりますね、暇ガヤサン?」

 

 今いる場所より遥か上より、聞き慣れた皮肉混じりの声が館内に響く。

「ジブリールか」

「随分と仲が良いみたいですし、どうです?もう二百年ほどここにいますか?」

天翼種(フリューゲル)限定のブラックジョークはやめろ。俺のいた所でも平均寿命は八十前後だぞ」

 頭のおかしい終身刑を提案するジブリールに俺の言葉が届くとほぼ同時、激しい暴風をつくりながら目の前にいた存在がジブリールへと突撃する。

「ジブちゃんだにゃ〜!」

「それで本は見つかりましたか?」

 アズリールのジェット機越えの高速抱擁を躱しながらジブリールは淡々と聞いてくる。

 当然ブレーキを考えていなかったアホリールは天井へ頭から突き刺さった。

「やっぱわざとかアレ」

「私がそんなヘマをすると?今日は嫌がらせで呼んでいると予め言っていたはずですが」

「了承した覚えはねぇ」

「答えは聞いてません」

「さいで」

 まぁ別にそれはいいんだけど。

「お前の姉ちゃん、頭から埋まってるけどいいの?」

「誰のことでしょうか?」

「いやそこの」

「誰のことでしょうか?」

「だか……」

「誰のことでしょうか?」

 聞く気ないのな。拒絶の目とオーラがすごい、そろそろキレんじゃね?もしくはもうキレてる。

「ところでアズリール先輩はどこですか?」

「いやそいつだよそいつ」

「先・輩はどこですか?」

 頑なに姉ではないと。

「お前より上で頭天井に埋めてる」

「ああここにいましたか」

「ひどいにゃ〜!」

 強引に頭を引き抜きながらアズリールが嘆いた。

「アズリール先輩、会議で決を取るので早く来てください」

「にゃ!?なんで会議が始まってるにゃ!?」

 むしろ終わりに差し掛かってるな。

「ジブリール、そいつ天翼種(フリューゲル)の全権代理者じゃねえのか?」

「全然違います。会議に来ていない時点、いえここにあの男を放置させに来た時点で先輩がここにいたのは知っていましたが、どうせ会議の結果も目に見えていたので無視させて頂きました」

 俺への説明は全くせず、ジブリールは先輩の方を見て弁明している。いやただの報告か?

「なんかジブちゃんが冷たいにゃ。誰のせいにゃ、そいつかにゃ」

「少なくともマスターのせいではないことだけは言えます」

「それは暗に俺が悪いと言いたいのか」

「被害妄想が過ぎると思いますよ、自意識過剰ガヤさん?」

「語呂悪いし。てかなんで雪ノ下から言われたあだ名知ってんだよ」

「全く存じ上げませんが、事実だからなのでは?」

「自意識が高いのは認めるがそれを揶揄されるのは勘弁して欲しい」

「随分勝手ですね」

「なんだ〜仲いいにゃ〜」

「「それはない(です)」」

「ほら〜息ぴったりにゃ〜」

 デジャブ感があるからやだな。

 てか色々と聞きたいことがあり過ぎるんだが、えっとまずは。

「てか結局お前らって姉妹なの?」

「もちろんにゃ」

「違います」

 おう、息ぴったり。ほぼ同時に言った二人、その片方のジブリールはアネリールを睨む。

「そもそも天翼種(フリューゲル)に繁殖はありません。単に生まれが早いか遅いかの差です」

「つまり親は同じ、だから先に生まれたうちは後に生まれたジブちゃんのお姉ちゃんにゃ」

 なるほど、分からん。

「えっと?」

「アズリール先輩が私の姉ではないという事実さえ伝われば問題はありません」

「へぇ」

 つまりアズリールはアネリールではなくアホリールだと。俺何言ってんだろ。

「じゃあアホリールが全権代理者とかそうじゃないとかは?」

「それは、マスターがいる次の機会にでも」

「あーそう」

「さっきからうちが蚊帳の外にゃ……ってなんでアホリールでジブちゃんに伝わってるにゃっ!」

「アホ……アズリール先輩、そろそろ会議に」

「ジブちゃん今なんて言いかけたにゃ?」

「早く行きましょう」

「ねぇ?ジブちゃん?」

 それに答えることなくジブリールは姿を消す。アズリールもそれを追うように転移して行った。

 することもないし、色々あって吹っ飛んだ本を拾ってそれを読み始める。

 ……帰りたい。

 

 

 

 

 

 

 

 ふと浮かんだ顔は雪ノ下雪乃だった。

 自分の持つ信じている何かを貫きながら、たとえ衝突しても曲げない強さのある女の子。そんな姿が、誰かに似ていたのか。あるいはそんな姿に誰が似ていたのか。

 いや似ていない、俺も彼女も全く似ていない。

 ただ、俺は雪ノ下のあり方が強く、そして気高く見えた。自分を曲げず真っ直ぐに進むその姿は美しくさえあった。

 そしてそれは俺にはないものだ。

 何か一つを信じて進み、何があっても曲げない意志をもつ。そんな事ができていたら、俺はここにはいない。

 

『うまく言えなくてもどかしいのだけれど……あなたのそのやり方、とても嫌い』

 

 あの真っ直ぐで美しい彼女にとって、俺のやり方は酷く歪で醜く見えたのかもしれない。

 しかしそんな事も、俺が思うただの推測で、推察で、根拠もなければ形もない、ただの幻。そんなものに意味はなく、俺が求めたものには程遠い。

 

 あの時、俺にはそれ以外の方法がなかった。それはいつものことで、当然のことで、だからあの結果も俺の責任だ。

 ならばあの言葉も、あの涙も、あの変わりつつある空間も、全ては俺の責任で、けれどそこに俺の意志はあったのか……

 俺は未だに、どこかで動く理由を探している。

 俺が何かをする理由、俺があの場所にいる理由、そしてあの場所を守る理由。そんな見つかるはずもないものを俺はまだ探している。

 そして、そんな馬鹿馬鹿しく滑稽なことを、四百年繰り返したやつがいる。そいつはまだそれを見つけることができずにいる。

 

 俺は多分、彼女の求める『何か』を知っている。けれどそれは誰かに貰うものじゃない。それは自分で解くものだから。

 彼女が真に求めているのは問いに対する『答え』ではなく、『回答』だ。正しい結果や結末ではなく、己で考え解いて見つけた『何か』だ。

 もし彼女がそれを探すというなら、俺はそれに手を貸す。『回答』を教えるのではなく、まだ知らぬ『何か』を見つける手助けをする。その代わりに、俺が求める『本物』を見つけるために力を借りる。『  』(あいつら)と行動を共にすることで、見つかるかもしれない『もの』のために、俺と彼女は互いを利用し合う。

 故に、俺と彼女は……『本物』になりえない。

 

 

 

 

 

 

 ―ジブリール side―

 

 

 

 きっと誰でも良かった。

 それが誰であれ、得るものが何であれ、私の見る結末はきっと変わらないから。

 なら、なぜ私はこんなことを?

 ドラちゃんはあの時、それは主従愛だと言いましたね。では本当の愛とは?普通の愛とは?

 分からない、到底理解できない。

 もしも、この理解しえないものこそ私の探す『答え』を示すものだとしたら、きっと私では見つけられない。それは恐らく、マスターと共にいても。

 マスターは素晴らしいお方。きっと私の“求めた”『答え』を示してくれる存在。しかし、マスターでは私の“求める”『答え』を示してはくれない。これは主に対する侮蔑でも軽蔑でもない。私はマスターを裏切りはしない、できない。

 だから、私が彼に求めることはない。それを求めるべきところに私はいない。それを求める権利は今の私にはない。

 

 私と彼は似ていた。

 どちらも誰にも理解されず、それでも何かを欲し続けている。それは形もない漠然とした何かで、それ以上を知ることは叶わない。

 そして今、私と彼はそれを知る手掛かりを得た。私も彼もマスターと共に進む道を選び、欲する何かを求めると誓った。

 そんな二人の間には一つの約束がある。『目的のために、互いを信用する』、それが私と彼の関係。

 私はマスターに仕える。それは盟約によって結ばれた絶対遵守の契約。

 私は彼を利用し、彼に利用される。それは互いに遂行も反故も許された拘束力のない契約。

 どちらを優先するかなど考えるまでもない。

 しかしその先にある『答え』は、私の求めるものではない。否、求めているものではない。

 故に、私は彼に……『答え』を欲する。

 

 

 

 ―ジブリール side out―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「人が仕事をして来たというのに、いいご身分ですね」

 

 暗い視界のなか、そんな声が鼓膜に届く。

 ジブリールか?なんであいつがここに?いや待て、ここはどこだ?

 霞む意識が徐々に光を取り込み始め、今いる状況と状態を知るに至る。

 顔の上に乗った本をどけて、俺は前方に視線を合わせた。

 そこには頭上に光輪を浮かせた天使、ではなくジブリールがいた。

「あいにく俺の将来は専業主夫だからな、仕事は家事であってそれ以外はない」

「それは文献にあったヒモというものでは?」

 地に横になっている俺と、それを空中から見下ろすジブリール。

 俺には彼女がクスっと小さく笑ったように見えた。

「既視感がございますね」

「あの時は俺寝てないけどな」

 あの時とは空が消え、白に俺が散々なことを言った時のことだ。

「もう終わったのか?用事」

「ご希望とあらば私一人で帰りますが」

「希望する、連れてけ」

 言いながら俺は立ち上がる。

 なんか最近こいつと軽口言い合うの増えたな。

「それでは」

「おう」

 恒例となった転移で現在の我が家、エルキア王城を目指す。

 そういえば、結局俺は何しに来たのだろうか。

 

 

 

 




あれ?これってラブコメか?
やはり俺の(書く)青春ラブコメはまちがっている。
どうしてもジブリール出すと会話増やしたくなって話が進まないですね、仕方ないです。
だって楽しいんだもん。
感情、誤字報告お待ちしております。


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それぞれの思惑とともに一同は揃う

今だよ比企谷、今なんだ。
どうも。
ヤンデレさえなければヒロインだろあの人、江波界司です。
もうすぐ春(休み明け)ですね〜♪
言いたかっただけです。
それじゃ本編ってわけよ。


 日が経つのってこんなに早かったっけ?

 何も変化のない日常は早く過ぎる。なるほど、だから俺の学校生活はすぐに終わるのか。

 楽しみですらない日でも、残酷なことにやって来てしまうのが世界の理。どうせならthe worldでずっと時を止めたい。そうすれば今日の予定も未定になるのに。

 

「随分と余裕ね」

 

 早朝の街から少し出たところ。日課になりつつあるランニングとマッ缶の素受け取りの真っ最中、いつもとは違う要素であるクラミーがそう言った。

「余裕もなにも、俺は何もしないからな」

「確かこちらは四人出るはずだったのですよ」

「ああ、だから空と白、ジブリールにステフだ」

「そう……ねぇ、あなたは出ないの?」

「だから出場者は四人なんだって」

「そう……」

 大体なぜ俺が?まぁそりゃステフよりは動けるだろうけど、むしろ空たちがステフを出場者に選んだのにも理由があるはずだ。ならそれに従う方がいい。それに、仮に出ろと言われてもめんどくさいから出たくない。

「お前らも見に来るんだろ?」

「まぁ概ねその通りね。実際に行くのは私一人だけど」

 なるほど、視界共有の魔法かな。

「流石森精種(エルフ)だな」

「そうでもないのですよ。確かに視界共有は維持こそ大変ではありますが、発動自体は簡単なのですよ」

「じゃあなに?ほかの種族でも使えんの?」

「それなりの魔法適性があれば可能なのですよ」

 へー、つまりそれ人類種(イマニティ)には関係ないってことか。少なくとも俺には関係ないな。

「じゃあそろそろ行くわ」

「ええ。……ねぇ」

「ん?」

 踵を返し、ほとんど後ろからクラミーの声が聞こえた。

 

「……頑張りなさいよ」

 

 目は合わせず、服の裾を強く握り締めながら彼女は言った。彼女はプライドが高い。ならそんな当たり前な一言をいうのも、それなりに大変だったりするのだろう。

 もちろん難聴じゃない俺にはその言葉はしっかりと届いた、が。

「いや俺はやらないし」

 言い残して、俺は元来た道を引き返す。

 

 

 ―クラミー side―

 

 

「クラミー、言った方が良かったのでは?」

「いいのよフィー、あんな男どうにでもなればいいわ」

「クラミーは素直じゃないのです」

「……あいつ程じゃないわ」

 

 

 ―クラミー side out―

 

 

 

 

 帰り道は静かなものだった。

 もちろん早朝というのもあるが、ココ最近の暴動がないのだ。おかげさまでジブリールに頼まずともコミルの実を取りに行けたのだ。

 あのデモ行為が無くなった大きな理由は、今日まさにゲームが行われるからである。皆自分の命と権利が賭けてあるゲームを見逃せるほど肝の座った奴ではないのだ。

 

「あれ?」

 

 そう思った時期もありました僕にも。

 帰り道は静かだった。しかしそれが城の前もかと言われればそうではないようだ。

 俺が城を出た早朝ならともかく、日も登り始めた今は文句のある人で閉ざされた入口前はごった返している。

「どうやって入ろうか」

 しかしそれを考える必要はなく、俺はいつの間にか王室にいた。

「ジブリールか」

「デモがあったためお困りだと思いまして」

「……本音は?」

「今のうちに貸しをつくっておこうかと」

「悪いが返す気はないぞ」

 どこかのガキ大将をイメージしながら俺は呟いた。

 さて、転移はともかくなぜここなのか。当然理由はこいつのマスター、空白だろうが。

「お!おかえり八」

「で?何の用だ空」

 何故か王室のベッドの上で妹とDSPを弄りながら言った現エルキア国王、空。

「いや〜珍しく起きてる俺を少しは褒めようぜ?」

「ゲームが楽しみすぎて眠れなかったやつらになんて声掛けりゃいいんだよ」

「……そこは、愛してる……でいい」

「おう、そうか。愛してるぞ白」

「おい待てやぁぁぁ!」

 普段は昼まで起きないこの兄妹が朝から元気な理由は言った通りだ。こいつらは起きたのではなく起きていた。それも一晩ずっと。

 そんなことして体調は大丈夫なのだろうか。

「お前ら不眠症なのか?」

「おい八、さっきのセリフは流せねぇよ?」

「ん?ああ、あれ」

 いやだってねぇ?

 いくら何でも十一歳に何言ってもって感じだし。今更なんだよって感じだし。それに

「白は妹としか見てないし」

「人の妹取ってんじゃねぇぇぇ」

 わ〜シスコンって怖い。え?ブーメラン?知ってるわ。

「別に白が気にしてないならいいだろ」

「兄ちゃんが良くないのっ!」

「知るか。で?なんの用?」

 もう色々とめんどくさいので空は流す。俺の質問に答えたのは白だった。

「……ゲームの……作戦、会議」

「任せる」

「……わ、かった」

 はい終了。だってそうだろ?

 いくら何かには貢献しろっていっても、俺はこいつらの作戦にケチを付けられる程ゲームは強くない。

「え!?終わりですのっ!?」

「え?ステフいたの?」

「そもそもここはわたくしの部屋になっていたはずですのよ」

 あれ?ほんとにいつからいたの?まさか魔法?それともステルスヒッキーの使い手がもう一人?

「ステフ、お前いつからくノ一になったんだ?」

「へ?クの、いち?」

「ご自分の影の薄さを棚に上げてよく申し上げましたね」

「おお、ジブリールいたのか。気付かなかったわ」

「それはそれは残念な眼球をお持ちで。ところでどこにおいででしょうか?」

「残念な目どっちだよ」

 とまぁこんな奴らに国の、人類の未来を託すのだ。

 幼女にゲームをさせる東部連合も、アホな全権代理者のいる天翼種(フリューゲル)もあれだが、人類種(イマニティ)も大概だな。

 

 

 

 ―巫女 side―

 

 

 いつぶりやろなぁ、興奮で寝られんかったゆうのは。

 全く場違いにも程がある言うてな。

 やけどあの目、あんなん見たら楽しみになるよ。

 なんせあの目は……

 そういえば今回のゲーム、仕掛けた張本人は違うんやったな。確か名前は空と白。ならあの訪問も二人の策の内?いやそれはないなぁ。なんせあの男は自分の意志で来た言うてたし。

 全く不謹慎やけど、目が離せんわ。何をするか、何を成すか、何を目指すか。

 見せてもらおか、比企谷八幡。

 

 

 ―巫女 side out―

 

 

 

 

 ―アズリール side―

 

 

 分からないにゃ。

 なんでジブちゃんがマスターに仕えるのに、あの男をうちに会わせたのか。何か狙いがあったのかにゃ?

 ――ジブリールが『答え』を見つけたか。

 分からないにゃ。でも、あの二人と同等かそれ以上にジブちゃんは、あの男を重要視してるにゃ。

 ――ならば見極める必要がある。

 もちろんにゃ。だから見せてもらうにゃ……

 にゃ?

「そういえば、本人に名前聞いてなかったにゃ」

 

 

 ―アズリール side out―

 

 

 

 

「じゃあ行くぞー」

「……おー……」

「ハァ……」

「はいですの」

「マスターの為ならどこまでも」

 空の掛け声にそれぞれが同意し、城門が開かれる。エルキア国内でも特に反骨精神の強いデマ隊が通路を囲むなか、ゲームプレイヤーを乗せた馬車はそれを突っ切る。

「誰も声を上げねぇ」

 本来なら罵詈雑言、野次や誹謗中傷が飛び交うだろうこの状況。それらを全て封殺しているのは馬車の屋根、その上にもはや君臨とさえ言える暴力種族、ジブリール。殺気という圧力が馬車外の人々を黙らせている。

「なんでこんなところを馬車で行かなければならないんですの……」

「あれ?八言ってなかったの?」

「何をだよ」

「『種のコマ』を賭けた理由」

「知るか」

 本当に知らない。ただし推測はある程度出来ている。

「じゃあステフへの説明も踏まえて。『種のコマ』を賭けてゲームを仕掛けたのには大きく三つ理由がある」

「東部連合を追い詰めるのと、クラミーを引きずり出すのと、国民を焚き付けてゲームの間接的な監視役にする、かな」

「ぜっんぶ言いやがったぞこいつっ」

「へ?どういうことですの?」

「ほれ、空」

「ハァ……一個目と二個目は既に終わったからまぁ分かるだろ?あとは国民全員が俺たちを敵視すれば俺の狙いは完成」

「なんでですの?」

「命懸けのゲームだ、当然イカサマとかされないよう誰もが目を凝らす。疑いの目ほど強いイカサマ抑制はないんだよ」

「なるほどですの」

 俺の推測は当たっていたようだ。まぁそうじゃないと空がわざわざ観客を入れる要求をした意味がなくなるからな。効率を求めるこいつが無駄な行動をとるわけがないし。

 そして馬車に揺られ、俺たちは東部連合のゲーム会場へと足を踏み入れる。

「よぉ〜いづなたん、久しぶり」

「……ゲーム、しよ……?」

「負けねぇぞ、です」

 プレイヤーは互いに言葉を交わす。しかしそのテンションにはあまりに差があった。

 そしていづなは空たちとの挨拶を済ませるとこちらを向いた。まだ二桁にも達していない年齢の彼女に言うのもなんだが、その表情は少し大人びて見えた。

「答えは出たか?」

「わかんねぇ、です。でも、やることは決まった、です」

「そうか」

 やること、それはさっき空に言った一言だ。

 負けないそれがこの数日悩みに悩んで出した彼女なりの回答。例えそれが正解でも不正解でも、俺にはそれを見届ける義務がある。彼女を追い詰め、問うた俺には。

 いのに案内された部屋には五つの機械的な椅子があった。恐らくこれがゲームに参加するための装置なのだろう。

 そして椅子とは対面に位置する広い窓と、その先に見える観客達。その視線はたった一つ、会場の中央に天井から吊された複数の液晶に注がれている。

 観客が詰まりながら座る中、もはや椅子すらないそこに一人の少女が見える。クラミーだ。あえて目立つ場所に立つことで東部連合側にプレッシャーを与えるのが狙いだろう。東部連合側はクラミーが森精種(エルフ)と繋がっていることを知っている可能性が高いからだ。

 俺の主義的には一番後ろで観覧するのだが、こうも満員では仕方ないか。どうにかいい場所を探そう。

「さて爺さん?準備、いや覚悟はいいか?」

「その言葉、そっくりそのまま返させていただきます」

「こっちはいつでもいいぜ?なぁ白」

「……コクッ」

 そして振り向く空に、エルキア陣営は皆頷き返す。

 対するいづなも覚悟に満ちた目をしながら、空の問いに肯定という答えを出す。

 なんか遠回りした気もするが、ようやくだな。

 人類種(イマニティ)の人権と、獣人種(ワービースト)の大陸領土を賭けたゲームが始まる。

 

 

 さて、することもないし観客席に行くか。

 ゲームプレイヤー専用の部屋から出るために、俺は入ってきた扉のドアノブに手を伸ばす。そして掴む寸前、他の誰かと手が触れ合うギリギリまで接近した。

「「え?」」

 その手を伸ばした相手は、なぜかステフだった。おい、ゲームはどうした。

「ん?どこ行くの?」

 ほら空も呼んでるぞ、早く行ってこいよ。

 

「八、早くやろうぜ」

 

「……は?」

 

 

 

 

 

 




春休みが終わります。
今まで何回か更新遅れる遅れる詐欺みたいな事をしてきましたが、流石に今度こそきつくなりそうです。
三日以内に出せるように頑張るつもりですので、ご了承ください。
とりあえず一区切り付けるために今回はここまでとさせて頂きました。
感想考察ご意見誤字報告、よろしくお願いします。


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勝負は始まりを告げしかし彼は諦めが悪い

バカなの?
どうも。
ロリロリ、ではなくるりるりって結構出番少なかったなと思う、江波界司です。
なんでやらなきゃならないことって溜まるんでしょうかね。
本編なのですよ。


 吾輩はぼっちである、名前は八幡。

 そんな俺は周りのその他大勢に迷惑をかけないように生きてきた。

 例えば映画や演劇。みんな見たいだろうそれをしかし気遣いのプロであるぼっちが行動を考えないわけがない。俺はいつも最後列で見ると決めている。

 そんな俺がだ、なぜ一番の特等席すなわち

「ゲームステージに参加しながら観戦せにゃならん」

「いやプレイしろよ」

 なんで俺が?いやそもそもだ。

「ステフはどうしたんだよ、参加者四人だろ」

「俺ら二人にジブリールと八で四人。ステフ入れたってメリットが無いだろ」

「なっ!?」

「確かになんかの囮か生け贄位にしか使えんだろうけど」

「えっ!?」

「それすらひっくり返すのがお前らだろ」

「買いかぶり過ぎたろ八。盟約とか特殊な条件下ならともかく、ただのステフなんて使えねぇだろ」

「なんでわたくしが傷付く必要があるんですのっ!?」

 

 

 

 

 

 白を天才と定義するなら、空は秀才だ。自分では至らぬ境地を目指して他の道を極めようとした努力の才覚者。それ故に彼は天才の隣に立っている。そんな奴なら誰も想像だにしないことをいくらでもやってのけるはずだ。だからこそ俺はステフの参加を疑わなかった。

 

「それが……どうしてこうなった」

 

 なんやかんやというか、色んなことが有耶無耶にされながら俺はゲームの四人目のプレイヤー、幻の4人目(フォーメン)としてあのよくわからん椅子に座らされ参加することとなった。

 いのと空が互いの要求を確認し、プレイヤー全員が【盟約に誓って】と宣言をした後、まるでSA〇のように俺たちは電脳空間へとダイブした。

 視界が開け、周囲を見渡せば東部連合が用意した特製フィールドに来ていることが分かる。

 その空間に俺たち四人はそれぞれのリアクションをとる。

「ここは一体?」

「は?東京?」

「終わった……すまん、人類は死んだ……」

「……にぃ……ど、こ……?」

 その中で明らかに聞き捨てならないものがあり、俺はそのセリフの主へと視線を向ける。

 もはや正気が感じられない空が土下座しながらヘッドバットしている。

「ごめんなさいごめんなさいもう無理ですまさか東京が舞台とか想像してなかったんですここじゃ俺たち何もできないっすもう虫以下ですごめんなさい勘弁してください……」

 人類最強のゲーマーは今、ただのニートに成り下がった。

 終わったと彼は言ったが、マジでそうだな。こいつらが戦闘不能とか詰みもいいところである。つまりこのゲームの結果は見えた。もうやる必要も無い。結論俺帰っていい。

 しかし帰れないのも事実なので、その辺のベンチで時間を潰そうかと歩き始める。

 

「どこへ行かれるので?」

 

 歩き始めて二歩目、正確にはそれを踏み出す前に俺の肩が掴まれる。後ろから聞こえる声がそのまま力となるように、俺の肩を握り潰さん威力で止めるのはあの暴力種族ジブリールである。

「パ、パトロールに……」

「それはゲームの説明を聞いてからの方が良いのでは?」

 え、何言ってんの?お前まだやる気なの?だってお前のマスターがこのザマだよ?

「お前、まさか勝つ気じゃないよな?」

「マスターに敗北はございません。なら例えマスターが動けずとも勝利を掴むのが私の役目にごさいます」

 ついて行けねぇ。そんなの誰が協力するかよ。てか俺は帰りたいんだけど。

 心の抗議を進める中、突如空中にデジタル画面が表示され、そこにはいのが映っている。

「あーあー、聞こえますかな」

「お、おう」

「とりあえずお気に召しましたかな。東部連合で今人気のSFステージを選ばせて頂きましたが」

「は?SF?」

「お、おい、確認するぞ……」

 産まれたての小鹿の如くフラフラと立ち上がり画面に向かう空。

「はい、何でしょうかな?」

「ここはあんたらが勝手に想像した世界、つまりフィクションであり実際の地名、人名、団体名その他には一切関係がないってことでいいのか?」

「ええ、そうですが……」

「おどかせんじゃぁねぇぇぇ!」

 いのの説明を聞き、空は息を吹き返した。なんかトラウマがフラッシュバックしたとか聞こえたけど、こいつ何があったんだよ。

 空の呼びかけで白もどうにか機能を取り戻し、俺たちはゲームのルールとその概要を聞くことになった。

 

 

 

 

 

 

「以上説明書より」

 全ての責任を紙切れに委ねる一言で締めくくったいの。その理由はやはりゲームの内容にある。

 このゲームはギャルゲー。目標はいづなを攻略すること。ギャルゲーなら白にも勝てる空がいるのだから勝ちは見えた。と思ったが、ここからのルールが問題だった。

 いづな攻略の方法は、LOVEガンでいづなを撃つこと。もしくはボムで爆破すること。そう、このゲームはバーチャルで銃を撃ち合うなんちゃってギャルゲーなのだ。

 他の細かいルールについては、NPCは基本的にプレイヤーを追ってきて、触れられると銃で撃つためのエネルギーが減る。逆にNPCを撃つとエネルギーが溜まり、NPCは消滅する。

 LOVEガンは本来メロメロ(笑)にするためのものなので、撃たれると撃った相手に魅了される。つまりいづなに撃たれるといづな陣営に寝返る事になる。またいづな陣営に回った相手を撃ってこちらに引き戻す事も出来るらしい。

 ちなみに既に味方のやつを撃つとメロメロ(笑)させた上でエネルギーを回復出来るらしい。さっき空たちがそれで遊んでた。

 あと気になることと言えば

「やっぱり跳弾ありか」

 空が壁に向かって撃った桃色の弾は壁から壁へと弾かれながら彼方へ飛んでいった。

「にしても体力や他は現実とあんま変わんねぇし、走るのは極力避けような、白」

「……りょう、かい」

「てかジブリールはなんで徒歩?」

「どうやらある程度の行動制限があるようです」

 具体的には?という俺の質問に対するジブリールの答えは

「魔法の使用不可、身体能力は物理限界まで、あとは飛行禁止といった具合でしょうか」

 どさくさに紛れて凄いこと聞こえた気が……

 だがなるほど、天翼種(フリューゲル)を物理限界まで弱体化させるだけでも十分有利になるか。同じ理由で魔法を封じてエルヴン・ガルドと戦えるのも納得だな。やはり相手は電子ゲームなら勝てると踏んでる。

 まぁその常識が通用しない奴らがここにいるんだけどな。

「じゃ俺はこの辺で」

「おい、八。どこ行く気だよ、今度こそ」

「俺に連携プレーは期待すんな。なんせぼっちだからな、俺は一人の方がやりやすい」

「……はち、作戦……任せるって、言った」

「従うとは言ってない」

「……むぅ……」

「で、どうだ空」

「んーちょっちー予定は狂うけど、まぁいいや。八がその方がいいってんなら許す」

「上からだな。まぁサンキュ」

「おう」

 こうして俺は一時空たちと離れる。空に酷使されるの目に見えてるからね。

 なにはともあれ、こうしてガン・ギャルゲー・オフライン、通称GGOが幕を開ける。

 え、パクリ?違うパロディだ。

 

 

 

 

 ―other side―

 

 

「クラミー……」

「ステファニー・ドーラ、ね」

 ゲーム画面を観戦するための会場。その席すらない一角で二人の少女は合流する。

「……ステフ、でいいですわ」

「そう……で?なんの用?」

「用……は特にないですわ。ただソラたちを見ようとここに来ただけですの」

「意外ね。あなたならイカサマのことを言いに来たのかと思っていたけど」

「その事は、もういいんですの。シロにも言われましたけど、ハチだって騙されたのに何も文句は言ってませんでしたわ。だから……気にしないことにしたんですの。それに、クラミーも協力してくれているんですし」

 あの男は元々の作戦があったからではないか。

 クラミーはその言葉を口にすることはなく、ただそう、と素っ気なく返すだけだった。

「あいつら、大丈夫なのよね?」

 クラミーがステフに言った。彼女は空のことを理解している。しかしそれ故にこの勝負が必勝ではないのではないかと疑問も尽きない。

「大丈夫ですの。ソラもシロも、それにハチもわたくしやクラミー、ジブリールだって簡単に倒して来たんですの。きっと勝ってくれるはずですわ」

「人類の可能性、ね……」

「ええ」

 細かな部分は違えど、等しく期待を込めた視線を彼らに送る二人の少女の姿がそこにはあった。

 会場の中央、巨大なスクリーンに映し出された空は二人の、そして人類の期待に応えるべく死力と知力を尽くして今そのゲームに身を投じている。

 

『ちくしょぉぉぉ失敗したぁぁぁ!それとも何かっ!?もしかして消せない設定かっ!?うおぉぉぉ』

 

 NPCの下着だけを撃ち抜く事が出来なかった彼は、この世の終わりを嘆くが如く膝をついて叫ぶ。

 

「「どうにでもなればいいわ(ですの)、こんな人類」」

 

 呆れるしかない二人の少女の姿がそこにはあった。

 

 

 

 ―other side out ―

 

 

 

 

 

 どれくらいの時間がたっただろう。

 時間的には昼からスタートしていただろうこのゲームのフィールドは日が沈み始め、空は赤く染まりつつある。

 未だ目立った行動がない両陣営。だがここでようやく交戦を始めた様子を、ビルの窓から俺は確認することができた。

 向かいのビルの窓が突如割れ、そこからいづなが飛び出る。僅かに見えたビルの奥、そこにいたのは白だった。

 逃げるというコマンド選択をしたと予測されるいづな。しかしそこに追い討ちをかけるべく待っていたのは、上階から落ちてくるジブリールだった。

 いづなはジブリールが投げたボムを正確に撃ち抜くと、更にジブリール本人に向かって引き金を引く。

「あ、飛べないんでしたぁ」

 何をしてるのかあいつは……

 回避行動の取れないジブリールはそのままピンクの弾丸を頭に貰う。これでジブリールはいづな陣営、いづなは一人味方を増やしたことになる。

 だがいづなの視線は既に別のところ、遥か先のビルへ向いていた。そして数秒後、二発の弾丸がいづなを目掛けて飛んでくる。

 落下しながらもビルの壁を蹴って一発目を回避。だが二発目を躱すことは出来ない。

 桃色の弾がいづなを捉える――ことはなかった。

 空中で身を捻った彼女は、着物の袖で弾丸を相殺した。

 いづなは壁から出ている橋を使って狙撃手からの射線を掻い潜ると、すぐに町へ姿を消す。敵陣営になっていたジブリールに着弾が見えたため、寝返った彼女を引き戻すことは出来ているはずだ。

 さっきまでいづなが見ていた先には、狙撃手を務めた空。そして向かいのビルの窓際には息をきらした白がいた。ジブリールはそのまま地面に落ちている。

 今回の攻撃で分かったことが一つある。それは服で着弾を防げるという事だ。空たちがトドメをさせなかったのは、そのルールを計算に入れていなかったからという一点に尽きるだろう。

 

「流石に、簡単に勝たせてはくれないか」

 

 出来ればこれで決まって欲しかった。だってめんどくさいし。

 ここからはいづなも積極的に攻めて来るだろう。標的にならん内に、俺も準備しとかないとな。

 背が低い部類に入るビルにいる俺の周囲は、日が影に入り薄暗くなって来ている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




なんで私は更新しているんでしょうね。
すべきことが溜まっているというのに。
結論は出てます、現実逃避です。
感想、誤字報告お待ちしております。


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彼は動き出し彼女は迷いを捨てる

倍返しだぁ〜!
どうも。
これでEz8想像した人とは気が合いそう、江波界司です。
銃身が焼き切れるまで撃ち続けたいこの頃です。
気にせず本編だよってエバはエバは本当のことを告げてみたり。


 既に日は落ち、周囲は完全に夜となっている。

 現代的な町の一角、街灯で照らされた公園。そこには三人の影が見えた。

「ちくしょう……白、こっからはアドリブだぞ」

「……うん」

「あの男、こんな時にすら姿を見せないとは……次会ったらどうして差し上げましょうか」

 明らかに独り言なのに被害者が出そうなセリフが聞こえたが、気の所為だな、気にしたら負けだ。

 俺は律儀に公園の入り口から彼らに近付いていく。

「おう」

「八か」

「ようやく来ましたか」

 そう言った二人は俺に銃口を向ける。え、なんで?

「おい、まてタイムっ」

 だが二人が静止することはなく、複数の弾が俺に向かって発射された。

「回避行動。やはり寝返っていましたか」

「よしジブリール、周囲警戒。八は俺が撃っとく」

「了解」

「まてまてまて、違うから。まだ俺いづなと会ってもないから」

 一応姿は見たけど、あれは一方的に見ただけで会ったとは言わないからな。

「そんなことを信じるとでも?」

「寝返ってたらこんな正気な訳ないだろ」

「んーまぁそうか」

「一応撃っておきましょう」

「だからやめろってのっ」

 どうにか弾を躱す。てか、普通はよけれんだろこんなの。

「八お前どうやって弾避けたんだよ。なに?獣人種(ワービースト)か何かなの?」

「いや向けられた銃口から体逸らしてるだけだが」

 ぼっちは視線に敏感なんだよ。だから相手の視線からどこに撃つかを推測することも不可能じゃない。まぁ普通にやったらそんな余裕ないからまず無理だけど。

「まぁそれはともかく、どんな調子だ?」

「察しろよ八」

 うん、だよね。

 現在白は公園の砂を黒板替わりに何やら数式を並べている。

 そして三人ともゲーム開始の時より装備している服が少ない。何度か着弾を防ぐために使ったのだろう。そう考えるといづなの着物の厚着も一種の対策みたいになってんのかな。

「作戦とかは?」

「今は白がやってくれてる。それでも順調とは言えねぇ」

「白ならお前ら三人でも勝てる手を出せるのか?」

「出来る。俺にできないことは白ができた。今までも、これからもそうだ」

 ノータイムで返した空。彼の目には確信めいた何が覗けた。

 なら、俺がすべきことは決まったな。

「んじゃ、もうちょい時間稼ぎして来る」

「一人でか?」

「その方がいいって言ったろ」

 こいつらならゲームに負けることはない。それは例えチートを相手が使って来てもだ。彼らはその上で正攻法でねじ伏せる。

 それに対して俺は、違う。彼らが正攻法なら俺は邪道をいく。もっと汚く、卑屈に最低に陰湿に。

 俺が出来るのはそれだけだから。

「何か策が?」

「まぁねぇことはねぇな」

「なら、勝てると?」

「そりゃ無理だ」

「それでは、ただ相手の手駒になりに行くので?」

「まぁ形の上では、な」

 よくよく考えたらバカみたいだな。多分四人でかかった方が勝率は高いかもしれん。

 けど、と俺はジブリールに告げる。

 

「俺は裏切らねぇ」

 

 いつかも言った一言。

 彼女はそれ以上追求することはなかった。

「んじゃ」

 いい残して俺は公園を後にした。

 今回のゲームは、はっきり言って負けたら俺にも被害がくる。それも人権完全消滅とかシャレにならない。

 俺が動く理由はある。そして勝つ理由もある。

 勝つのはあいつらの役目だ。

 

 だから、負けるのは俺の役目だ。

 

 

 

 

 ―other side―

 

 

 

 道路を照らす電灯。しかしその数と光の強さから、そこまでの見通しの良さは期待できない。

 そんな薄暗い道を歩く影が一つ。中肉中背で少し猫背、アホ毛のたった男がたった一人でいる。

 そしてその姿を注視している二人。一人はゲームプレイヤーのいづな。公園から彼が離れた時点からあとをつけている彼女。

 もう一人はゲームマスターのいの。常に相手を含む全プレイヤーを把握している彼だ。

 この二人が警戒していた相手は、当初は天翼種(フリューゲル)のジブリールだった。いくら制限を付けたとはいえ、その身体能力は異質。現に何度か仕掛けた攻撃も、空や白を仕留めるまで至っていないのは彼女の力が大きい。

 しかしだ。相手側からのファーストアタックから、いづなはその警戒対象を増やしている。つまり、空と白も警戒に値すると評価した。

 だからこそ現在、この中では一番目立ったところのない八幡を狙っている。例え一人でも増えれば、盾にも囮にも使える。あの三人のうち、誰か一人でも仲間に入れれるだけでも十分。なら、ここで八幡を手駒に入れるのが一番効率的といえる。

 

「いづな、サシでやろう」

 

 いづなが隙を伺う中、八幡が周囲に聞こえるように声を上げた。

 当然いづなは警戒する。彼のセリフは見られていること、最低でも聞こえていることを前提にしている。なら既に存在はバレていることになるからだ。

 

「言っとくが、俺は空と白に引き分けた男だぞ。あんまり舐めんなよ」

 

 いのはその言葉に反応を示すことはなかった。

 しかしいづなは違う。いづなは彼が自分に会いに来た時に言ったセリフを思い出す。

「いづなじゃ、あいつらには勝てねぇ、です」

 この二つのセリフを繋げるなら、彼は空と白と戦ったことがある。そしてそれに引き分けたことがあるとなる。

 それが事実かブラフか、それを確かめる術は今のいづなにはない。いや必要がないのだ。どちらにせよ、八幡が彼女にとって警戒するべき対象だということには違いないのだから。

 いづなは八幡の背後に降りるが、距離は数メートル程ある。迂闊に近付くのを避けたのは、警戒心故だ。

 できる限り消した着地音。だがその気配だけで八幡はいづなの存在を認め、こちらを向いてきた。

 

「よう」

 

 八幡の声掛けに、いづなは応えず銃を構える。

 彼の行動の全てに警戒しながら、彼女は引き金を引いた。

 いづなの撃った桃色の弾丸、それが八幡を捉えることはなく、彼は近くにあったビルへと逃げていった。

 もし、八幡の行動が陽動と見るなら早々に片を付ける必要がある。

「逃がさねぇ、です」

 八幡が逃げたのは窓ガラスの割れた廃墟のようなビルだった。しかしいづなは何も怯むことはない。

 光が殆どない、背の低いビルへといづなは足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

 暗く視界の悪い建物。床にはガラス片が散乱し、一歩先に進む度に足音とは違う音が鳴る。

「八はどこだ、です」

 廃墟の中にはいづなの踏み出す音だけが響く。

 この暗さでは、姿をまともに捉えることは出来ない。当然隠れるならもってこい、時間稼ぎが目的なら相当な好条件だ。姿が見えない相手に銃弾を当てるのは至難である。

「このくれぇ関係ねぇ、です」

 だがそれは人類なら、である。

 獣人種(ワービースト)の視力はある程度なら夜目も効く。それに聴力を駆使して相手の居場所を探ることも可能。普通に考えれば八幡が不利なのは目に見えている。

 どこに隠れているか分からない以上、いづなは耳を頼りに八幡を探す。集中した鼓膜に、僅かな心音が聞こえる。

「見つけた、です」

 前方に走りながら八幡を目指すいづな。だが進行方向から聞こえる何かが弾ける音。

 音の正体は、八幡が放った弾丸だった。

 間一髪躱したいづなは、再び聴力に集中する。こちらの動きに気付いたのだろう、八幡はビルの奥へと走って行く。

 その方角目掛けて数発の弾を撃つが、着弾はなかった。

 そしてそこからは視界ゼロの鬼ごっことなった。

 追ういづなと逃げる八幡。いづなが距離を詰めれば、すぐに八幡は奥へと逃げる。まるでこちらの動きを察知しているかのようだといづなは感じ始める。

 本来ならそんなことはできるはずがない。獣人種(ワービースト)ならまだしも、普通の人類種(イマニティ)の聴力で相手の場所を察知するなど不可能なはずなのだ。

 そう、普通なら出来ない。普通なら、だ。

 そしてここは特殊な条件下であることにいづなは気付く。

「ガラスの音で察知してんのか、です」

 改めて考えるとおかしい。このゲームのフィールドは自由に設定できる。なのにたった一つのビルだけをいのが廃墟にした意図が分からない。そうなればここは八幡が作ったフィールドということになる。

 入った時に気付いた散乱したガラス片は足音を聞こえやすくするためのもの。だから八幡はこっちより先に動いて逃げることが出来ている。

 だがしかし、といづなは考える。

 もしこのままのルートで八幡が逃げるとすれば、追い詰められるのは彼の方だ。

『いづな』

『分かってる、です』

 周りの音とは別の周波で耳に届いたいのの声。それが意味することは分かっている。

 いづなは再び走り出す。わざと足音を大きくたて、八幡を威圧するように。

 

 

 

 

 

「追い詰めたぞ、です」

 息をきらす八幡。その対面にはいづなが銃を構えている。壁を背にした彼にもう逃げ道はなく、逃走通路はいづなが塞いでいる部屋の入口しか残されていない。窓もないこの狭い部屋から逃げるには、いづなとの撃ち合いに勝つ以外には方法がないのだ。

 更に暗い部屋では八幡よりも夜目が効くいづなの方が有利。時間稼ぎという八幡の目的は達したが、いづなの配下になることは明白だった。

 それはゲーム画面を見ている観客、そしてステフやクラミーも否定することが出来なかった。

 だが、追い詰められて尚微かに笑う八幡の表情がいづなの目には映った。

 

「いづな、覚悟は決まったか?」

「……負けねぇ、です」

「そうか……」

 

 撹乱のつもりなら、それには乗らない。いづなは端的に返す。

 

獣人種(ワービースト)って目がいいんだよなぁ?」

 

 苦し紛れの時間稼ぎか、八幡は顔も見えないいづなに話しかける。当然彼女は応えない。気を逸らされるための口車に乗って隙を見せる訳にはいかい。

(空も白も、そして八も油断して勝てる相手じゃねぇ、です。)

 敵ながらもその評価は揺るがない。そんな心中をよそに八幡は続ける。

 

「そんな奴なら、強い光には、人類(俺達)より敏感だよな?」

「っ!?」

 

 視界もはっきりしない中、八幡は銃を持った右手を後ろの壁に叩きつける。そして何かを押した音とともに、暗く狭い部屋が照明によって照らされる。

 真っ暗な空間に慣れた目が、突如強い光を受ければ眩む。

 狭い上に床にばら撒かれたガラス片が更に光を反射して、照明をより強く輝かせる。

 暗視しながら八幡を見ていたいづなは、思わず目を隠す。しかし最初から目を閉じていた八幡が動かないわけがない。

(来る、です!)

 踏み出された足音が、八幡の進行を告げる。

 いづなの耳が捉えたのは二発の発射音。眩む目を微かに開きながらいづなは体を横にずらす。

 だが八幡の弾はいづなに対して向かってすらいない。

「なっ!?」

 いづなが薄目で見たのは右手に持った銃を隣の壁に向けている八幡の姿だった。

(銃弾の発射音はフェイク、です!?)

 いづなは咄嗟に八幡に銃を向けた。フェイクを入れたなら本命が来る。その本能的な反射行動が、いち早く状況に対応した。

 銃を持っていない八幡の左手からボムが投げられ、いづなは二発の銃弾を撃つ。

 一発目がボムを捉え、その場で爆風と爆煙を出しながらボムは無効化された。

 

 そして二発の銃弾が八幡の額を撃ち抜く。

 

 その様子をスクリーンで見ていた会場中が息を呑んだ。ステフもクラミーも、そしていのも声を上げない。

 いくらゲームを見るカメラがあっても爆煙の中では機能せず、八幡の安否を確認することは出来ない。

 だが、密かにある確信を得た者が一人、静かに画面を見つめていた。

 

 中々晴れない爆煙のなか、いづなは息をきらす。たった数分の間に神経を大きくすり減らした。だがそれは八幡も同じだろうと彼女は思う。

 そして小さな入口から煙が逃げ、ようやく開けた視界。

 

 いづなの先には、敵意を完全に見せない八幡がいた。

 

 

 ―other side out―

 

 

 

 

 

 

 




現実逃避だぁ〜。
はいはい、今日も現実逃避で更新です。
本当に私は何をしているんでしょうか。
八幡が頭使って戦いましたねぇ。基本的に八幡は頭がいい方だと勝手に思っているので、今回はこんな感じで。
そういえばこの作品って残酷さなくない?ってことでタグちょっと変えました。関係ないです。
感想、考察、誤字報告お待ちしております。


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彼の行動の意味を彼女だけが理解する

撫子だYo〜
どうも。
DJ☆KAIこと、江波界司です。
稚拙な文章、でも評価は上々?と思えば速攻で低評価で感想、ではバレぎみの伏線。いかせん原稿を活かせん現状。ネタ切れ間近で悪戦苦闘。
これって字で伝わるんでしょうか。
まぁ本編なのよなぁ。



 ―クラミー side―

 

 

「クラミー……」

「ええ、これで、あの男はいづな陣営になったわ」

 右手に持った銃を壁に近付けるミスディレクションで左手のボムから視線を逸らさせた一策。

 けど獣人種(ワービースト)の本能はそれを勝ったようにヒキガヤを撃ち抜いた。

 隣にいるステ……ステフにも不安が見える。空はあの男をそれなりに信用している。そんなヒキガヤが策を練っても歯が立たない。

 

 空、本当に勝てるの?

 

 

 ―クラミー side out―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―other side―

 

 

「大分経ったな」

「そうですね。恐らく、そろそろ彼も」

「ああ、やられたろ」

 月が照らす公園。

 小枝を筆代わりに地面に計算式を書き続ける白と、それを守るように銃を構える空、ジブリール。

 白が出すいづな攻略法が完成するまで時間稼ぎを提案して一人去った八幡。あれからそれなりの時間も経ち、連絡手段を持たない三人は八幡は既にいづなに負けたと考えておくことが善策といえる。

 未だ手と頭を止めない白。ジブリールがそんなマスターを不安そうに見つめる中、公園の入り口に影が一つ現れる。

 NPCと違い男性型の体型が確認できた空は迷いなく銃の引き金を引く。

 顔すら見えない影は転がりながら回避し、だがゆっくりと進んでくる。公園の街灯が照らし、八幡の顔が闇より浮かぶ。

「くそっ」

 思わず悪態が漏れる空。まだ策が出来ていない状態で八幡の襲撃。恐らくどこかにいづなが潜んでいるはず。そう考えれば迂闊に動くことも出来ない。

「ったく、なんで攻めて来ねぇ」

 だが空は八幡の動きに疑問を持つ。仮にこちらに隙を作るために来たなら攻めるのが当たり前のはず。いづなが隠れているなら尚更だ。

 未だ行動を見せない両者、いや両陣営。流れる沈黙に、白は顔を上げる。

「……にぃ、しろ……しんじる?」

「あ?当たり前だろ。兄ちゃんが白を疑ったことあったか?」

「……うん、なら……」

 白は長く繋げられた数式、その最後の変数8に“=”を結ぶ。

 

「……次は、にぃの、ばん……」

 

 言って白は立ち上がると、八幡に向かって銃を撃つ。そしてそれとほぼ同時、空に向かって草むらから弾が飛んでくる。

 それを察知していたかのように白は体を射線に被せ、空の着弾を防いだ。

「なっ!?」

「マスター!」

 空を庇い弾を食らった白。それを見届けたジブリールは空を腹から掴んで退避の行動に入る、がそれは叶わなかった。

 白の弾を躱していた八幡がジブリールの視線の先に桃色の弾丸を放ち、逃走経路を封じる。

「ジブリールっ」

 抱えられた空は強引にホールドから抜けるとジブリールの体を後ろに引く。僅かに後ろに傾いたジブリールの目の前を弾丸が通過する。頭部を狙った正確なショット。その主は、白だった。

 背中合わせに銃を構える空とジブリール。その二人を囲むように隊形を組むいづなと八幡、白。形勢は大きくいづなに傾き、空の額には汗が一筋滴る。

「超計算力の白と能力値未知数の八まで相手とか、流石にきちぃな」

「マスター、もはやここまででしょうか」

 ジブリールが弱音を吐いた理由、それは空が一任した白が作戦を完成させるに至らなかったことだ。長い計算式の末に、イコールから続けることが出来なかったからだ。

「いや、白は答えを出したんだ」

 だが空はそのジブリールの考えを読み、否定する。

 白はつくったのだと、必勝の策を、作戦を。

「ジブリール、二人をしばらく足止めしてくれ」

 空が指す二人、すなわち今現在隣合った配置の八幡といづなをジブリール一人で抑えろと。天翼種(フリューゲル)なら出来るだろうが、最悪の場合はジブリールすら相手の手札になる恐れがある。

 だがそんなデメリットは存在しないかのように、ジブリールは胸を張って応える。

「了解ですが、“別に倒してしまってもいいんだろ?”にございます」

「一応ツッコんで置くけど、それ死亡フラグだからな?」

「なんと。では、普通に倒してまいります」

 堂々と相手の眼前で作戦会議を繰り広げる二人。当然いづながそれをいつまでも待つはずがない。やはりこの状況下では隙は見せないのが空という男だと彼女は再認する。

「随分余裕だな、です」

「はは、余裕なんざねぇよいづなたん。けどよ……」

 追い詰められ、仲間も信頼する妹も奪われ、それでも彼は笑う。

 

「楽しいじゃねぇかよ」

 

 空は言うと同時にボムを地面に叩きつける。吹き上がる爆煙に向かって周囲の三人は銃を発射する。だがその弾が二人を捉えることはなく、煙の中心でぶつかり合った弾丸は来た道をそのまま反射して進む。返ってくる弾丸を躱した三人は空とジブリールがいた場所を見つめる、がそこに二人の姿はない。

 周辺に視界を広げる三人。その内の一人である白に弾丸が発射された。察知した白は地面に向かって引き金を引き、跳弾した弾丸で直撃を避ける。

 白を狙った本人である空は公園の外にいた。白は空に銃を向けながら歩き出す。

 いづなも白に続こうと足を踏み出した。だがその一歩はすぐに引くことになる。聞こえた声が指す方向から弾丸が飛んでくる。辛うじて回避したいづなは近くのビルの屋上に目をやる。そこにいるのは銃を向けるジブリール。かなりの距離があるなか、長距離スナイプでいづなを狙ったジブリールは逃げる素振りを見せず轟然と立っている。

「さぁ、始めましょうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 階段を登ってジブリールのいた屋上を目指して走っていた八幡は、ようやく屋外に出る扉を開く。そこではいづなとジブリールの激戦が繰り広げられていた。

 八幡は援護射撃とばかりにいづなの支援を開始する。

 身体能力の高い獣人種(ワービースト)と八幡の支援。それに対抗するジブリールは空たちの世界の知識、ガンゲーや銃の扱いの技術を使って互角以上に渡り合う。

 飛び交う銃弾、弾き合う弾丸。互いに距離を詰め、開けながらの攻防。

 しかしその均衡は僅かに崩れ始めていた。

 

 

 ―other side out―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―ジブリール side―

 

 

 おかしい。

 さっきからあの男はいづなの後ろからの援護射撃に撤している。本来なら不思議はない。自分の身を守りつつ攻撃するのはむしろ善策といえる。

 しかし、それはかなりの非効率な作戦。たとえ相手に操られているとはいえあの男がそんな当たり前なことをするでしょうか?あの人の裏をかくような、虚を突くような彼が。

 そう考えると、彼の動きに見えてくるものがある。

 彼はいづなと私を射線を挟みながら撃っている。こちらから撃てないという事実を裏返せば、いづなが躱すのをミスしたと同時に味方に射撃されることになる。たとえゲームオーバーにならずとも、一定時間の停止は事実的な死を意味する。では何故そんなリスクを?

 いえ、この行動はいづなの指示ではなくあの男の意志で行われているとしたら?

 こんな仮説には何の根拠もない。

 あの男はマスターのように強い訳ではない。あの男はマスターのように勝利に固執していない。ただくだらないことには頭を使い、無駄なことに言い訳をし――自分のすべきことには全力で向かう、そんな人だ。

 それに彼は言った。『裏切らない』と。マスターをそして自分の目標を裏切ることはないと。

 

 ならば彼は――

 

 

 

 ―ジブリール side out―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―other side―

 

 

 

『いづな』

 

 耳に届く別周波の声がいづなに弾道を教える。

 自分の真後ろから来る弾を正確に躱してジブリールを狙う。自分で味方の弾を躱しながら戦うのは非効率な部分もあるが、拮抗した実力同士で決着をつけるなら奇策を持つべきである。それが八幡との勝負でいづなが得た教訓だった。

 現在あの奇策を取り入れていた八幡は、ガンで仲間にした後もその個性は失わずに銃を握っている。

「これでっ」

 バックステップのフェイクを入れ、ジブリールは一歩を踏み出して距離を詰める。

 いづなはジブリールの左右に弾幕を張りながら体を横に逸らす。

 さっきまでいづなの体があった場所を八幡が撃った弾丸が通過しながらジブリールに向かう。だがジブリールがそれに回避行動を見せることはなく、横に飛んだいづなに銃口を向ける。

「っ?」

 ジブリールに弾丸が直撃するとほぼ同時、ジブリールの銃から放たれた弾がいづなの額を捉える――寸前、いづなの目が大きく開かれ、体には赤い筋が浮き上がる。

 陸上で生きる生物には到底不可能な動きを見せながらいづなは弾丸を回避した。

 着弾によりジブリールは地面に倒れ込む。それを見ながらいづなは上がった息を整えている。体の表面から赤い文様は消え、いづなは徐々に肩でしていた息を鎮めた。

「危なかった、です」

 ジブリールの行動は彼女にとって予想外だった。合理性の高い彼女が、まさか相打ち、いやそれにすらならないただの自爆をするとは考えていなかった。

 仮にあのままジブリールの弾にいづながヒットしても、後ろにいた八幡がすぐに陣営を上書きしていたはずだからだ。咄嗟に『血壊』を使ってしまったが、焦ることはなかったといづなは思う。

『いづな、空と白は――』

 司令塔のいのから情報が告げられる。あちらもまだ決着は着いていないようだ。ジブリールと八幡をどう使うかを考えながら、いづなは力の抜けかけた手の銃を握りなおす。

 

「それが本命のチートか」

「っ!」

 

 まるで嘲笑うかの如く、低い声が耳に届いた。

『いづなっ』

 声の主を見るより先に届いた声に従い、いづなは後ろに飛ぶ。動いた自分の影を弾丸が通過した。

 低い声と弾丸の持ち主、八幡はこちらに銃を向けていた。

 

「なんで、です」

「俺は何でも一人でやる派なんだよ。テスト勉強もゲームのデータの上書きもな」

 

 八幡の言葉に巡るいづなの思考がある仮説を出す。

 あの時銃を壁に向けて撃ったのはミスディレクションではなく、反射した弾丸でいづな陣営にされた自分の所属を上書きするため。

 その仮定を証明する必要はなかった。たとえ方法や工程に差異があれど、今のこの状況が変化することはないからだ。

 いづなはその回答を得ると銃を構える。

「普通にやったら、凡人の俺が獣人種(ワービースト)のいづなに勝てるわけないわな」

 心底困っていると言うように八幡はいづなに言う。警戒を下げない彼女にだが八幡は気にすることなく続ける。

 

「だから、何でも一人でやる派の俺だが……利用出来るもんは何でも使うぞ」

 

 八幡はいづなに向かって銃弾を放つ。桃色の弾を躱したいづなは反撃をすべく銃口を八幡に向ける、が

 

「なぁ――ジブリール」

 

『いづなぁ』

 

 飛んだことで死角になっていたジブリールがいづなに弾丸を発射した。

 いのの声が無ければ避けることは出来なかっただろう。

 再び『血壊』を発動したいづなは足場のない空中でバク宙を決める。ジブリールの撃った弾を回避し、荒い息を吐きながら二人を視界に入れる。

 

「負けねぇ、負けたくねぇ、です」

 

 

 

 ―other side out―

 

 

 

 

 

 

 

 

「飛行は禁止じゃなかったのかよ」

 マジでふざけたチートだな。

 物理学ガン無視か。物理限界に設定させられたジブリールが負けるのも無理ないな。

「さて、ここからのご予定は?」

「休日の過ごし方聞くみたいに聞くなよ」

 いやいやジブリールさん?あんた何言ってくれてんだよ。誰のせいで予定狂ってると思ってんだ。てかどうやって気付いたんだ?

 今回俺はあくまで予備、空たちが負けそうな時の控えのつもりだったのに。

「仮にあなたが最後まで敵の振りをしながら残ったとしても、あなた一人で勝てると?」

 あー無理ですね。やっぱ相当無理があったわこの作戦。

 にしてもなんつー威圧感だよ、いづなのやつ。話は聞いてたけどここまでふざけたチートとは思ってなかったんだが。

「それで、次の策はおありで?」

「あーないことはないな」

「させねぇぞ、です」

 ですよねぇ。

 いづなは俺とジブリールに向かって引き金を引く。

 紙一重で躱した俺はビルから飛び降り……はせずに扉に向かって走り出す。

 だが平凡な俺の足といづなの脚力を比べてどちらが勝つかは明白だった。先回りしたいづながこちらに銃を向けている。

「やべっ」

 体勢が悪く、今の俺じゃ躱せない。

 そんな俺を助けるかのようにいづなに向かって放たれた弾丸。いづなはそれを躱すのために地面を蹴る。

 的を絞らせないように動き回るいづなは、また出口の扉の前を陣取る。

「そろそろ作戦を聞いても?」

「従うのか?お前が?」

「作戦は聞きますが、言うことを聞くかは別の話ですね」

 なんでこんな時まで仲間割れしなきゃならん。いや流石に今くらいは仲間だと思って貰いたい。じゃないと勝てるもんも勝てないだろ。

 

「古来より、追い詰められたら取れる作戦は一つしかない」

 

「もったいないぶらずにお願いします」

 そう言うなよ。

 せっかくの名言だ、心置きなく言わせて貰いたい。

 銃を構え、いづなに向かって弾丸を撃つ。躱すいづなは狙いを定めるためだろう、数メートル横の位置に止まるとこちらに射線を合わせる。

 だがそれより先に俺は走り出す。

 最終手段、奥の手、追い詰められた時の秘策、奇策、それは――

 

「逃げるんだよぉ!」

 

 エンパイア・ステート・ビル(よりはかなり低いが)から俺は安全装置なしのダイビングを決行した。

 

 

 

 

 




戦闘描写って難しいっ。
どうしても長くなればなるほど言葉が被ってしまってしょうがないです。
語彙力が欲しい(切実)。
文才がないのは知ってますが、評価が両極端なのはなぜなのでしょうか……
感想、誤字報告お待ちしております。


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彼らの激闘はようやく決着が訪れる

どうも。
最近無気力気味、江波界司です。
特に書くこともないです。
本編です。


 さて、想像してみよう。本当に空から美少女が落ちてきたら。

 ある男の子なら「親方!空から女の子が!」と言えば大体解決する。しかしこれは単に少女になんの特異性もないからだ。確かに空から落ちてくる以上の異常性はなかなかないが、その上でのイレギュラーがないのだ。

 逆説的に、落ちてくる少女にイレギュラーがある場合、下にいる俺はどうすればいいのだろうか。

 

「逃がさねぇ、です!」

 

 20階程のビルの屋上から落下中、俺より後にダイビングしたいづなは何故か凄まじい速度で迫ってくる。

 現在いづなは『血壊』と呼ばれる獣人種(ワービースト)の希少個体がもつ、物理学ガン無視の超身体能力向上のスキルを使っている。当然何もない空中ですら加速が可能なのだろう。

 いづなは俺に銃口を向け、狙いを定める。空中で自由の効かない俺になら、たとえ落下しながらだろうと外しはしないだろう。

 だからこそ、手もある。

 放たれる弾丸は桃色の残像をつくりながら俺の頭部へ向かう。俺も弾丸を放ち、それを相殺。僅かに傾きながらぶつかり合った二つの弾丸は俺にもいづなにも向かわず彼方へと飛ぶ。

 予想外だったのか、いづなは再び銃を構え直してトリガーを、複数回引く。

 いくら何でも三発を捌ききる技量は俺にはない。

 しかし俺の隣には壁を蹴りながら加速と共に落下してきた彼女がいる。

 

「ジブリ――ぐふっ」

 

 助けを求めるより早く、俺の腹部に鈍い痛みが広がる。微かに見えたのは俺を横薙ぎの蹴りを入れるジブリールの姿があった。

 天翼種(フリューゲル)の蹴りを腹にくらい、その威力が俺の体を後方に飛ばす。その勢いはガラス窓をぶち破る程だった。

 ビルの窓を割りながら俺は屋内に強制避難する。

 かなり手加減したんだろうけど、あいつ名前呼び切る前に蹴りやがったぞ。

 窓の狭い視界で丸い弾が飛び交い、やがていづなが通過した。それを見届けた俺の目には、今写って欲しくないものが写ってしまった。

 向かいのビル、距離は500mはあるだろうか。その屋上から飛び降りる影が二つ。俺が今いるビルより高いその落下距離を、二人は着弾のエフェクトと共に落ちてゆく。

 これはまずい。

 今のは白を撃ったものだろう。ならば、一定時間動けない。いくら何でも空一人で『血壊』を使ったいづなを撃破するのは不可能だ。

 いづながジブリールとの決着をつけることに固執することに賭けたが、やはりそれは叶わない。

 先程下に向かったいづなは窓の視界を通過して上昇した。

 今から俺がビルを降りても間に合わない。ここらかの狙撃も彼女には当たらないだろう。

「ジブリールは!?」

 窓から頭を出した俺は、彼女を見つける。

 いづなに既に撃たれていた彼女は意識を失いながら地面へと向かっている。ジブリールに向かって俺が撃った弾丸は躱されることなくヒットした。

「さてと、どうするか」

 一択しかない選択肢に迷いながらも、俺は両手で安定さを重視しながら銃を構える。

 

 

 

 

 

 

 

 ―other side―

 

 

 

 いづなの耳に届いた声はジブリールへの着弾を確認したのとほぼ同時だった。

 隣のビルでは空と白が自由落下のなか抱き合っている。極限まで広がった視界の端で桃色のエフェクトを捉えた。

 今、白は動けない。空も体勢が悪く、迎撃は難しい。

「やれる、です」

 足場のない空中で二段目の跳躍を決めたいづなは空と白よりさらに高く舞うと、一瞬の後に彼らの真上に移動する。

 存在こそ知ってはいるものの、初の『血壊』のビジュアルと威圧感は、自然に空の目線を引き寄せる。

「終わり、です」

 空の額へと狙いを定め、引かれるトリガー。ビル街に三発の発砲音が響いた。

 放たれた二発の弾丸は、初撃がいづなの弾の軌道を逸らし、本命の二発目がいづなへと向かう。

 構えすら見せていない空、にも関わらず放たれた銃弾、そしていづなの目に写ったものはもう一つ――こちらに銃口を向けた白だった。

 当たりえない迎撃、ありえない反撃、完全に虚を突かれた者なら反応すらできない。だが――研ぎ澄まされたいづなの感覚は、その不可能性さえ凌駕した。

 正確に額を狙った弾丸を最小限の首の動きで躱す。今のいづなは何故白が動けたのか、そんなことすら考えていない。ただ勝利を目指して、ただ敵を撃ち抜き全滅させることだけを見ている。

 

「おもしれぇ、です」

 

 無意識下での彼女の笑顔を見たのは空と白。そして今まさに引き金を引く八幡だった。

 

 

 

 

「馬鹿なっ!」

 白の反撃に驚いたのはいづなだけではなく、むしろ会場中にどよめきがおきていた。想定外であり予想外、計算外であり戦略外の行動にいのは思わず声を上げる。

 ゲームマスターとして監視していた彼は間違いなく白に弾を当てたエフェクトを確認した。しかし硬直時間を無視した白の動きは説明出来ない。

 頭を巡る可能性と今までの彼らの行動。そこから導き出した答えはあまりにも滑稽で、あまりにも荒唐無稽で、あまりにも無謀故に驚愕するものだった。

 いづなが撃った弾丸。それを白はボタンで着弾を偽装した。つまり最初から白は寝返っていなかった。そして今、ワイシャツしか着ていない白の姿が示すそれは。

 

「まさかっ、本当にパンツだけを撃ち抜いたのかぁ!?」

 

 画面に両手を貼り付けながら叫ぶいの。その理由は空が行った高等技術にだけではない。今まさにいづなへと向かう弾丸を、しかし彼女は首の動きだけで躱している。

「いずなぁ!」

 監視の目が捉えたソレを伝えるべく、いのは音量に気を配ることすら忘れて叫んだ。

 

 

 

 

 

 耳に響く祖父の声、いづなは超感覚とすら言えるほどの五感でその緊急性と危険性を感じ取った。

 

「狙い撃つぜ」

 

 左方向から聞こえた男の声は今起こる現象を端的に表していた。

 彼方から聞こえる発砲音がいづなへ向けられたものだと疑う必要はない。放たれた銃弾を目視するためにいづなはその視線を左へと向ける。僅かに見えた銃弾は間違いなくいづなを狙っていた。

 迎撃を狙ういづなは、右手に握られた銃を弾に向けるより先にもう一つの発射音を聞いた。

 右へと視界を向け、白が放った弾丸を見つける。いづなの撃破を狙いながらも、八幡の弾からの回避手段を奪う一撃。白が撃った非情で正確無比な一撃をいづなは、白たちに距離を詰めるという方法で無力化した。

 自分へと向かう正面の弾丸は右頬を掠ることなく通過し、八幡が狙った場所にもう彼女の姿はない。

(もらった、です)

 リーダー格であり脅威である二人を撃破出来れば残るはジブリールと八幡だけ。ついさっき短時間ながらもジブリールを倒せたことを考えても、残った二人が相手でも問題はない。

 つまり事実上、この二撃がゲームを決める。

 

「いづな……」

 

 しかし、追い詰められたはずの空は――不敵に笑う。

 

「あんまり……俺の妹、舐めんなよ」

 

 空が呟き、彼女は思い出す。彼らには、油断したら負けると。

 後方から聞こえる跳弾性の高いもの同士がぶつかり合う衝撃音。通常時とは比べてのもにならない程の速度で機能するいづなの脳は、その音から白の狙い、起こした行動と現象を間接的に理解した。

 緊急回避――それしかないといづなは刹那の間にそう結論付けた。今は力の制限も調整もする余裕はない。彼女は全力で空中を蹴る。その反作用がいづなを後方へ飛ばし、空と白が視認できる範囲から消えた。

 

 

 

 

 

 

 

「ハァ……ハァ……」

 高まり、急かし、収まりのつかない呼吸を荒く続けるいづな。既に『血壊』は解除し、体には反動の疲労と重みが重なるようにのしかかる。

「あと……1回……です」

 いや正確には1回にも満たないだろう。いづなは自分の残りの力から『血壊』が使える時間を推測する。

 もって、10秒。それが彼女に残された時間だった。

 痺れる手足、震える四肢、鎮まらぬ心臓を認識しながらも、彼女は右手の銃を強く握る。さっきのは油断の産物、自業自得の結果。ならば、もう気は抜かない。あの四人を倒しきる瞬間まで。

 強く誓った彼女の目はまさしく獣の様に、視界にすらいない獲物を見据えていた。

 

 

 

 ―other side out―

 

 

 

 

 

 

 

「無事か?」

「まぁなんとか」

 白の機転ですらいづなを仕留め損ねた俺たち四人は合流し、最終決戦に向けた作戦会議を始める。いづなもそろそろ切羽詰まり、最後に仕掛けてくるはずだ。

「奥の手出したんだ、攻めてこないわけないな」

 空も同じ結論を出したようで、四人は顔を見合わせる。

「ちなみに空、作戦は?」

「ある分にはある。けどそれには八の協力がいる」

 俺に出来ることなんざ限られてるし、そもそも中役を担える程技量はない。だがあの空が必要だと言うなら、恐らく俺にでも出来ることだし、必要なことだ。俺は了解とだけ答える。

 作戦の全貌を俺とジブリール(一応白にもか)に伝えた空は、最後に白に言った。

「時間を合わせたい。白、タイミングで俺の名前を呼べ」

 こくっ、と頷く白を見て、四人は動き出す。これが、恐らくこのゲームの決着になる。

 

 

 

 

 

 

 開けた十字路、大通りの道に沿っていくつもの小道に分かれるその中心に俺たちはいる。右から、空、白、俺、ジブリールの順で固まり、背中合わせに銃を構える。それぞれが正面を見張り、ありえない程の静寂と沈黙が辺りを包んでいた。

 臨戦態勢のなか、しかしいづなは姿を見せない。あからさまな受け身の態勢、当然簡単には攻めては来ないだろう。だが、いづなは必ず来る。それを確信した四人は一時足りとも気を抜かず、ただ精神を研ぎ澄ます。

「……にぃ!」

 響く白の声は呼ばれた本人だけにとどまらず、俺とジブリールも一層集中力を高める。だが決して振り向かない。白が見つけたいづなの影を見ることもなく、ただ正面にだけ目を向ける。

 しかし、それでも俺が反応するには遅すぎた。

 辛うじて目で捉えた赤いオーラを纏ういづな。こちらに向けた銃からは既に弾丸が放たれている。――当たる。直感し反射行動すら取れぬ俺の目の前には、ジブリールの背中があった。

 いづなの放った銃弾は見えずとも、音とエフェクトがその着弾を告げる。意識的に握った銃を動かし、俺は引き金を引いた。

 既に前にはいづなはいない。高速移動の残像と衝撃が、その場に残るだけだ。瞬間、耳に届く摩擦音。背中越しに感じ取った殺気を確かめるべく、俺は振り向く。

 俺の視線の先、空と白の間の延長線上に立つ少女。握られた銃から飛ぶ二発の銃弾。ようやく視認し、態勢を整えようとするまさにその瞬間。

「……そら!」

 叫んだ白の声とコンマ単位の誤差で告げられた着弾音。桃色のエフェクトと共に二人が後ろに倒れる。偽装も誤魔化しもできない正確なヘッドショット。完全に『   』(空白)は戦闘不能となった。

 残された俺には今更逃げる手段もない。互いに向けあった銃のトリガーは引かれ、丁度中間地点でそれらはぶつかり合い弾ける。――だが。

「二発目っ!?」

 目視したそれに反応することはできない。こぼした言葉を最後に、俺の意識はブラックアウトする。

 

 

 

 

 

 

 

 ―other side―

 

 

 

 

 無意識にしゃがみ込んだ。体に浮き出た赤い文様はもう無く、使い切った時間と体力をいづなは自覚した。

 目の前にいるのは横たわる四人。それぞれからは敵意を感じず、力なく倒れ込む様は無防備と言う他ない。

「終わった、です」

 自然に出た言葉に、ようやく彼女は現状を理解した。終わった、勝ったのだ。その事実がいづなの体に残る疲労すら快感に変える。死力を、全力を出し尽くしてゲームに勝った喜びと達成感が、今なお動かせぬ体で飛び跳ねんばかりに心を踊らせる。

 

「ええ、これで“終わり”です」

 

 そんな彼女の鼓膜が捉えた振動は、天翼種(フリューゲル)の、ジブリールの声そのものだった。

 疲弊しきった全身で感じるほとばしる殺気。数秒前まで倒れていた彼女は立ち上がりこちらに狙いを定めている。

 回避しろ。そんな脳の指示を体は拒絶する。

(動けねぇ、です)

 体力は使い切った。『血壊』どころかもう一回の跳躍すらできるスタミナは残っていない。だが、それでも彼女は抗いをやめない。痺れ、震える右手を上げ、迎撃のための銃を構える。何故ジブリールが立っているのか、何故銃を構えられているのか、そんな事を考えているエネルギーすら惜しい。今体に残る全てを懸けていづなはトリガーに指を据える。

 そして、人差し指に伝わった信号がやがて動きに変わり、今引き金を引く。

 その瞬間、左に感じる今までにない重み。すなわち、物理的な圧力。

 それを感じながらもいづなはトリガーを引く。たとえ何が起きても、ジブリールを撃ち抜けば勝てる。正確に額を狙った桃色の弾丸が――放たれることはなかった。

「なんで、で……」

 ジブリールが放った弾丸がいづなを撃ち抜いた瞬間、彼女は意識を失う。

 

 

 

 

 ―other side out―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




更新遅くなりました。
なんか最近やる気が出なくてですね。
まぁそれ以前に忙しいのもありますが。
感想、誤字報告よろしくお願いします。


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彼女は解放され彼は再び訪れる

どうも。
シャーマンキングの方にハマりそう、江波界司です。
すいすい進む、と言うほどすすんではないですがやっぱり書いてると楽しいです。
本編です。


 途切れた意識の再生。点滅するライトの光を、徐々に明るく繋げるような感覚だ。視覚の光と聴覚の音が、その作業の工程を省くように促す。響く歓声、差し込む日差し。長い時間の中で行われたゲームはようやく終わりを告げたのだと、まだ覚醒しない意識の中で俺は確信する。

 

 

 

 

「勝者、エルキア陣営」

 いのの一言に観客は沸き返り、立ち上がった空と白にも笑みが見える。

「何が……どうなってんだ、です」

 ジブリールもいつもの微笑を浮かべる中、唯一この場で表情の強ばったいづなは声を漏らす。当然彼女には最後の数秒、一体何が起こったのか分かっていないのだろう。

「空、説明してやれよ」

「んーそうだな。爺さ〜ん、あんたらの敗因を教えてやるよぉ?」

 挑発的な声に呼ばれたいのはデジタルの画面越しに姿を見せる。恐らく彼はその場を見ていただろう。だが全ては理解できないはずだ。たとえ監視していても見れない、俺たちの心の中までは。

「さて、じゃあまずは、いづなたんを倒した方法から」

 言った空は両手を広げて、左の指を三本折る。その結果伸ばされたままの七本の指をいづなに見せながら、彼は言う。

「七秒、それがこのゲームの決着だ」

 

 

 

 

 

 少し過去を振り返ることになる。

 俺は当初、いづなのスタミナ切れを狙っていた。こちらは四人で、相手は一人。たとえ技量で負けていても、トータルのスタミナならこちらが上だ。それに、仲間を取り戻せるこのゲームなら半永久的に戦うことも出来る。

 だが思考を深めた結果、その案の不可能性が見えてきた。まずこちらの要因。四人の内二人がニートで、俺もランニングを最近している程度の体力ということ。獣人種(ワービースト)のいづなは当然人間離れした体力を持っているはずで、機動力を使ったスタミナ削りはできない。

 次にあちらの要因、これが問題だった。いづなはかつてジブリールを倒している。物理限界に設定された身体能力のジブリールを単独で倒した。つまりゲーム開始の時点でいづなは物理限界を超える『血壊』を使えるとわかっていた。そんなとんでもチートがある以上、俺の策は使えない。

 そう考えた俺は空たちに任せる道を選んだ。俺は時間稼ぎに徹し、空と白がいづなを倒すための作戦を考える手助けをした。それがあのビルでの一対一だ。

 空たちと分かれた俺は、すぐにビルを見つけてガラスを割る。そこら辺の棒を使って割ったガラス片を、今度は道に散りばめる。視界の広い入口は広く散らせたが、後は誘導したいルートにそって配置する。

 ガラスを使う理由は大きく三つ。いづなの足音を大きくすること、いづながルート通りに来ているかを確認すること、そして照明の光を増強させることだ。

 その作戦は概ね成功し、俺はいづなをあと一歩の所まで追い詰めながらも時間稼ぎという目標を達成した。だが、そこに違和感があった。空たち三人が連携して攻めた時、そしてこの作戦のとき。危なくなりながらもいづなはその場を凌いだ。それがおかしい。

 たとえば空たちとの攻防の時。近くには白とジブリールがいて、空の位置も掴めていた。いづなが『血壊』を使えば少なくとも二人、上手く行けば三人を倒すチャンスだった。俺の時だって、時間稼ぎが見え見えの策にわざわざ乗らず、一瞬で仕留めることもできたのだ。

 ここまで、俺はある仮定を得た。いづなの切り札(チート)には、使用を躊躇う程の欠点がある。

 

 

 

 

 その事を踏まえ、合流して作戦会議をしていた時の話になる。

 空が提示した作戦、その狙いはいづなのLOVEパワー、つまり銃のエネルギーの枯渇だった。ジブリール、そこから俺とジブリールの二人、そして空と白と、いづなは連続で勝負し続け残弾数もかなり減っているはずだと彼はいった。

「そこでだ、俺はいづなのLOVEパワーを削る作戦をたてた」

 いのといづな、そして観衆全員に説明するように彼は言った。

「なぁ爺さん?NPCがする二つの行動は理解してるか?」

 ゲームを作ったであろう人物に聞く空。無言のままのいのを見て空は続ける。

「“規則的な巡回”と“近いプレイヤーを捕まえる”って命令に、あいつらは従ってんだよ」

 公園で白が砂に書いていた膨大な数式。あれらはNPCの行動パターンを計算したものだった。それを空の作戦に組み込み、いづなを誘導してエネルギーを枯渇させる。それにより事実的なゲームオーバーを狙うのが空たちの策だった。

「けどこれだけじゃいづなは釣れない。仮に俺と白を囮に使っても爺さんに気付かれちまうしな」

 殺気も足音もないNPCであれど、多角的な視線から見られれば流石にバレてしまう。つまりここで全員が集中してしまう程のミスディレクションが必要だった。

「と、そこで八の登場だ」

 わざとらしい動きで俺に視線を集めさせる空。だが俺がしたのはそこまですごいこと、それこそ白や空が行った高等技術じゃない。

「ジブリールが撃たれた後、すぐに俺の弾でジブリールの陣営を上書きしたんだよ」

 それにより五秒の行動不能の後、彼女はゲームに復帰したのだ。

「だから立てた、です」

「そういうことだよ、いづなたん。ちなみに、二回目の白のセリフ。“にぃ”ではなく“そら”と俺を呼んだ。あれはNPCが5秒後にいづなを捉えるって合図なんだよ」

 そこから逆算して時間稼ぎと視線誘導をした二人。あの完璧なヘッドショット、いやここに至るまでの全てが布石となったのだ。

「後はご想像の通りだよ」

 俺の予想通り、『血壊』は体力を大きく使う。それをかなりの時間使い続けたいづなのスタミナは、恐らく最後の襲撃の時点で殆どガス欠だったはずだ。そして避けることも逃げることもできない中、ジブリールが殺気を出しながら立ち上がる。当然ありえない現象を前にして誰もがそこに集中してしまうだろう。だからこそ、いづなもいのも接近するNPCには気付かなかった。

「体力もエネルギーも使い切り、いづなたんは正真正銘全てを使い切って、負けた」

 一秒、ジブリールが撃たれる。

 二秒、移動したいづなが空たちにトリガーを引き、白が叫ぶ。

 三秒、空たちが撃たれ、俺といづなの一騎討ちとなる。

 四秒、撃たれた俺が倒れ、いづなは体力を使い切る。

 五秒、疲れきったいづなは、倒れる俺たちを見て油断した。

 六秒、静寂のなか、ジブリールが彼女に殺気をぶつける。

 七秒、抗ういづなをNPCが捕らえる。

 これが、このゲームの最後に起こった全てた。

「分かったか爺さん?あんたらの敗因」

 いづなの油断、いのの指示のミス、予想外の奇策。その要因は少なくない。にも関わらず空は言う。当たり前のように、何かを自慢するように。

 

「あんたらの敗因は、八を最後まで舐めてたことだ」

 

 ……は?

「いやいやいや、何言ってんだ空」

「ん?当然のことだろ」

 なんでこれだけの戦いをした結論が俺を舐めてたになる。いやそうもしれないが、それが一番じゃないだろ。

「最初っから最後まで、爺さんは八を警戒しきっていなかったんだよ」

 確かにそれは分かる。仮に俺をジブリールや空、白のように警戒していたら、俺がビルに入った時点でいづなに何らかの指示が入るはずだ。その素振りがなかっからかこそ、俺の誘導は成功したと言える。

「けどそりゃ……」

「ああ、そう仕向けた感じもあるなぁ」

 ゲーム開始時、俺がゲームに参加することすら聞いてない状態だった。当然驚きと抵抗を見せ、作戦だの何だのを持っているようには見えなかっただろう。実際持ってなかったし。

「けどその事も踏まえて、あっちは八を舐めてた」

 そんなことは関係ないと空は言う。それはあくまで結果論だ。しかし結果が出た以上、その要因は敗因になりうる。

『  』(空白)と同等の八、俺達と引き分けた男を無視して俺たちと戦ったのが、そもそもの敗因なんだよ」

 誤解もある、語弊もある。だが勝ったという事実がそれらを押し退けて、力ずくで現実になる。世論とは多数決で決まり、今ここにいる俺一人と、この現状を見守る大衆とでは、どちらがその意見を採用するかは考えるまでもない。

「八は、空たちに負けねぇのか、です?」

 勝負に負け、ゲームに負け、今両膝を着いている彼女は、目を輝かせながらこちらを見ている。そこには大粒の涙と、新しい希望を見るような、ともすれば美しいとさえ思える純粋な女の子の表情があった。

「ああ、八は俺たちと同じくらい強いぜ?」

「なら……八なら、空たちを止めれる、です?」

「止める?」

 彼女が言うこと。それはあの時俺がいづなに言った約束にすらならない宣言。いやそんなかっこいいものではなく、ただの負けるための言い訳。彼女が負けていい免罪符だ。

「空たちが皆を不幸にする時は、八が空を止める、です」

 キョトンという擬音が似合う表情の空は、だがすぐに声を上げて笑う。

「……大丈夫、だよ……いづなたん」

「ああ、誰も不幸になんないから」

「え?」

 そばに駆け寄り耳うちで何かを話す空。それを聞いたいづなは涙と共に笑顔をつくる。

「な?」

「よかった、です」

 俺には何が何だが分からないが、何はともあれ、彼らと彼女は和解したのだ。それは彼女にとって大きな進歩で、成長で、彼女がようやく一人の純粋な女の子として生きるためのきっかけ(トリガー)となる。

 満面の笑みを浮かべるいづなを見て、俺はそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゲームが終わり、俺はようやく現実へと戻ってくる。最も意識の中で行われたあのゲームも現実といえば現実だが、目を開けた俺が座っている機械的な椅子の方がやはりリアルと言うにふさわしいと思う。

 椅子を降り、巨大なガラスの先を眺める。未だ歓喜に沸く大衆の中、一人で立っていたクラミーは終わりを見届けた様に去ってゆく。フィーの姿はないが、彼女が言っていた通り視界共有などでフィーもこのゲームを見ていたはずだ。

「空」

「ん?どうしたいづなたん」

 同じく椅子の上から降りた空にいづなは駆け寄り言う。まだ何かを悩んでいるような顔をしているが、そこに悪意や邪悪と表現するような感情は見えない。

 

「楽しかった、です」

「おう、俺も、俺たちもだよ」

 

 ゲームを楽しむことを知り、ゲームで楽しめる相手を知ったいづなは歳相応の笑顔で空に向かう。そして彼もまた、仲間を見つけたかのように笑いながらそれに答える。

 俺の世界では、ゲーマーやニートが理解を得られる機会は少ない。だからこそそういった者達は社会というものに不信を覚える。しかしその一方で、彼らは同じ境遇にある者、同じ思想を持つ者、同じゲーマーを理解してやれる。それは友達のように曖昧な関係ではなく、互いを理解し合える仲間と呼べるものではないだろうか。ならば今空と白、いづなは本当の意味で仲間となったのではないか。相手を知り、理解できるからこそ信じられる、信頼できる仲間に。

「比企谷殿」

 この世界で苗字を呼ばれたのは驚きだ。振り向いたそこにはいのがいる。

「なんだ」

「これを」

 白髪の老人が差し出したのは一枚の封筒。丁寧に人類種(イマニティ)語で書かれた手紙だった。

 封を切り、すぐに俺はそれを広げて読む。決して長くないそれは、端的に要件を伝えるものだった。

 

『あんたとあての仲やけど、

 てがみってのもなかなかおつやろ?

 のろのろ続けるのもあれやし、

 とにかく要件だけ言っとくわ。

 こっちにも事情があるから早めに頼みたいね。

 へんじ待っとるよ。』

 

 わざわざ遠回しに伝える辺り、あの人もイタズラ好きなのだろうと場違いなことを思う。

「空、用事ができた」

 俺は手紙を空に渡す。受け取った彼はすぐに頷いた。

「俺も行った方がいい?」

「いや一人の方が都合がいい」

 了解と言った空はジブリールを呼んでこちらに向かわせる。

「よろしく」

「はいマスター」

「なに?お前も来んの?」

「あくまで案内人、ということにございます」

 一度手紙に目を通した彼女は俺と目を合わせることなくそう言った。まぁ帰りのこと考えるとその方が楽だな。彼女が転移の準備を始める中、やって来たステフの声が響く。

「へ!?ソラ、ハチはどこかに行きますの?」

「うん、ほい」

「手紙……で、どこへ?」

「なんで分かんねぇんだよ」

「……ステフ、アホの子」

「なっ!?」

 その会話が俺の聞けた最後のものだった。慣れた転移の感覚を味わいながら、俺は目的地へ向かう。一瞬で。

 

 




感想、誤字報告お待ちしております。


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彼はまだ見ぬ未来の一端を知る

「まさか正面玄関すっ飛ばして正面眼前に来るとは思ってなかったわ」

 面白いものでも見るように笑う彼女。妖艶な美しさを持つ獣人種(ワービースト)、巫女は目の前に転移して来た俺たちを見てもなんら動揺は見せなかった。

「で、どうしたん?」

「あんたが呼んだんだろ」

「やっぱりわかるか。なんや早すぎて面白くないなぁ」

 俺に渡された巫女さんからの手紙。手短に要件をまとめたそれの真意は、頭文字を縦読みすればいいだけの単純なものだ。そのくらいなら普通に書いてもいいだろうに。

「“あてのとこへ”、でしょう?だから来たんだが」

「そうやね。ああ、深い意味はあらへんよ?ただお話したかっただけやから」

 そういった巫女はジブリールの方へ目を向ける。彼女もそれで察したらしく、前に借りた部屋で待つと言って姿を消した。そういえば行ったことのある場所なら自由に移動出来るんだったな。

 ハァ、とため息を吐いて緊張しているかもしれない心に落ち着けと呼びかける。彼女の方を向いて、平静さを装いながら口を開いた。

「要件は?」

「だからお話。あんたが盟約を使ってまで漕ぎ着けたことを、あてもしたいってこと」

「いづなとのそれはそうだが、あんたとの対談はほとんど強制だった気がするぞ」

「はは、それもそうや。なら、今度もそうするわ」

 そうか、と言って胡座をかいて座る。別に威嚇とか見栄とかの意味はない。本音同士で、とは行かないだろうがそれなりの誠意のつもりだ。暗にこちらは対話の意思があるという。

「さて、何から聞こうかねぇ」

「決まってないんですか」

「んーそや、まずはこれからかな」

 何やら意味深な笑みを浮かべる彼女は俺に問う。

 

「あんたの目的は、果たせたん?」

 

 目的、俺の目的。俺がしたかった事、狙った事。それを彼女がどこまで理解しているかは分からない。仮に俺の全てを見据えていたとしても、そうでなくとも俺が言うセリフは変わらなかっただろう。

 

「何のことですか?」

 

 とぼけんでもええのに。巫女は全てを知っているように応える。だが彼女が明言するまで俺もこちらの手札を見せるつもりはない。たとえゲームは終わっているといっても、彼女を信用する理由は俺にはないのだから。

 話す気がないと悟った彼女は、俺に代わりとばかりに言い出した。

「今回のあんたの行動の目的、それは“いづな”や」

 なんとも抽象的で具体性な意味を全く持たないその言葉を聞いた俺は、これ以上の拒否に意味はないと悟る。

「まぁ概ね達成ですかね」

「それは良かった」

 本当に無邪気というか混じりのない本心からの笑みを見た気がした。すぐに気持ちを切り替えるように彼女はまた俺の目を見る。

「そうなると、あてへの質問は何の意味もなくなった、ってことやね」

「そうでもないですよ」

 あくまであれは保険でしたから。言った俺自身に、いつかのような感情が向く。俺は空と白の実力を知っていたし、信じていた。だがそれでも俺は最悪の方向へと準備を進めた。読めない未来を危惧して備えをすることは悪いことではない。むしろ賢いといえる。

 だが俺のそれは、どうしようもない人としての汚さを帯びている。

 確率的にも問題のないことですら、俺は最後まで信じていない。その事が、俺の弱さではないかと、心のどこかでそう思う自分に、また理性が言い訳を言う。臆病でも救えるものはあると。

「まぁできたゆうならそれ以上いう気は、あてにはないよ」

「そうですか」

「あ、そや。あんたからはまた一本取られたんやった」

「人聞き悪いですね」

「実際その通りやし仕方ないやろ」

 巫女さんの言うのは、どうやら俺が前に来た時言ったことについてらしい。

「『そっちの手札は天翼種(フリューゲル)』か。今考えるとすぐにでもわかるもんやな」

「俺からしたらバレなくて良かったと思いますよ」

「確実に気付いたんは、あんたらがゲームに勝ってからや」

 ついさっきか。視点が変わるだけですぐに分かるようなものなんだし、仕方ない面もあるな。いや、というよりは後付けか。

「それにしても……あんたはやっぱりおもろいなぁ」

「どこがですか」

 この人、本気で言ってそうだな。いや勘だけど。そう思っても仕方ないような笑みをさっきから彼女は浮かべているのだから。

 

「あんたは、あてに似てるからよ」

 

 困惑、せざるを得なかった。到底彼女が何を言っているのか理解出来なかった。似ている?俺と巫女さんが?一体どこをどう見たらそうなる。俺と彼女を比べたら、恐らく十人中九人が似てないと答えるだろう。だがその例外の一人である彼女は、一般論をねじ曲げてでも言う。似ていると。

「どこがですか」

「目、やね」

「は?」

 思わず声が漏れてしまった。いやいや無いだろ。あんたの色艶のある目と俺の腐った目のどこが似てると?

「今のあてに、やないよ?昔のあてや」

 昔?一体巫女さんの過去に何があったんだ。何をすればこんな腐った目になるんだ。ぜひ聞いていみたいものだ。ただ、それも俺はあまり望まないが。それはトラウマ級の黒歴史であると、俺なら推測できるからな。

 しかし彼女は、それを語りたいのではないかと思う。空の作戦通り動くなら、この先彼女と話す機会は少なくない。偶然でも何でも、彼女が今この時を選んだのにも理由があると思う。ならば、俺は一歩だけ、その小さな間合いだけ、触れるか触れないかさえ分からない距離感を縮めてもいいのだろうか。

「あんたを見てると、まるで前の自分を見てるみたいに思えてくるんよ」

 なら、俺は最大限の礼を払おう。俺らしく、いつも通り、皮肉混じりに無関心を装いながら。

「俺はそんなに優秀な指導者の目をしてたのか」

「いやいや、そんなんやない」

「なんか傷付くな」

「はは、よぉ言う。あてが似てる言うた目は、そんな大層なもんやない」

「東部連合最高権利者に似てるのにか?」

「だから昔の、や。あてが半世紀でこの東部連合を創ったのは知っとるやろ?」

 頷く俺を見て彼女は続ける。何かを懐かしみながら、時折何かを悔やむようにしながら。彼女の言う、昔の巫女の話を彼女は語る。

 

「あては東部連合を創った。その過程は、今話せるほど軽いもんでも、語れるほど綺麗なもんでもない。たった一回の負けもなく進むなんて無理や。欲しいもんのために、あては持ってるもんを捨てた。賭けて、失った。今思えば、それが惜しいことをしたっても言える。けどあん時のあてにはそんな考えはなかった。ひたすらすべき事をやって、必要なら何でも使って、欲しいもんを求め続けた。そんなある日な、ふと池に写った自分の顔を見たんよ。目を見たんよ」

 

 半世紀に渡り戦い続ける獣人種(ワービースト)のために、ある意味戦い続けた彼女の過去。その小さな一欠片を俺は今知った。その結論が、俺と彼女の似ている理由になるのだろうか。

 

「見えたその目は、腐っとったよ。醜いほどに、汚らわしいほどに濁っとった。そこでようやく気付いた。あては何して来たんやって。大事なもん得るために、少ししたの大事なもん賭けて何になるって。やからあては慎重さを、ある意味やっと真の意味で手に入れた。用意周到とか安全策やない、本当の慎重さ。それまでのあては、生き急いでなんかもしれんて、今なら思える」

 

 過去の彼女の目は腐っていた。それが、俺と同じように?聞いてみても分からない。俺と彼女は似ていないし、多分俺の目と彼女の目も似ていない。それは同類であって同種じゃない。

 目指す辛さ故にできたそれと、弱さ故にできた俺のものでは本質が違う。

「俺はそんな壮大な人生は送ってないですよ」

「そやろな。こんな人生他に送るようなんもそうはおらへん」

 やけど、と呟く巫女の表情は冷たく、だが敵意もない。排外的でも迫害的でもないその表情は、何かを諭す教師のようでもあった。

 

「あんたの目は、欲の現れや」

 

 欲深だと、そう言いたいのだろうか。私欲に満ちた存在だと、彼女はそう言いたいのだろうか。

 

「どこまでも貪欲で強欲な。それがあんたの今の目。あんたは目的のために手段を選ばん。必要なら大切なものも、それこそ本来生物が一番優先する自分さえ天秤に乗せる。それが効率的で、必要ならあんたは迷わん」

 

 否定は、できない。しかし肯定もしない。それではまるで、俺が自己犠牲の果てに何かを得ようとしているようではないか。それは違う。あれは自己犠牲なんかじゃない。少なくとも俺はそう思うし、そうであって欲しい。あの時俺がとった行動に、犠牲を必要とするだけの俺の私欲は、ない。

 

「そんなの、わかんないでしょ」

「そうかもしれんね、これからは」

「は?」

「あてが言ったあては過去やし、あてが言ったあんたは今や」

 

 意味が分からない。何を言っている。

 彼女は俺が欲深いと言った。手段を選ばぬほど貪欲だと。犠牲をなんとも思わぬ強欲だと。

 なのにそれも今だけで、彼女も過去だったと。ダメだ、本当に分からない。彼女の言葉の意図も意味も、理解できない。

 

「どういう意味ですか?」

「あんたは変われるいうことや、あてがそうだったように。あんたの目は直そうと思って直せるもんやない。それは他人にどうこうできるもんやない。それは自分でどうにかせな」

 

 なら、彼女の言葉も、この時間も全ては無駄ではないか。自分でしかできないことに、他人である彼女が何かを言うのは、どうしようもなく無意味ではないか。

 

「じゃあ、どうすればいいんですかね」

「それはあんたが見つけな。けどそやね、先輩からアドバイスってのも、ええかもね」

 

 コホンとわざとらしい咳払いを入れて、巫女さんは今までになく優しい表情で言う。

 

「あんたが賭けるのは、本当に掛け金にしてええんか、考えな」

 

 印象的な訳ではない。特別な意味を含んだ言葉ではない。

 だがその言葉はいつまでも耳に木霊し、いつまでも頭を巡った。

 

 

 

 




すいません。
これからは週一ペースで更新させていただきます。
流石に忙しいです。
それと時間がなくて今回は短めの投稿です。
巫女さんの過去について、一部自己改変してる部分もありますが、どうか目を瞑って頂きたいです。
感想、誤字報告よろしくお願いします。


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ようやく彼は真の決着を見る

ご感想ありがとうございます。
それだけが唯一のモチベーションです。


 感覚だけで時間を測るのは難しい。それが会話をしながらなら尚更だ。

 俺と巫女さんが話し始めてどれくらい経ったのかは、時計のないこの部屋で知る術はスマホを見るしかない。流石にそこまで失礼なことをする訳もなく、俺と彼女は世間話にすらならないくだらないことを言い合う。

 だが俺はその時間に何かないのかと、言葉で表しにくいものを感じていた。

「本当に、ただ俺と意味も意義もない話をしたかっただけなんですか?」

「なんや異議もうされたな。ほんに疑り深いね」

「そりゃそうでしょ。相手さんの本丸にご招待されて警戒しないわけがない」

「そうやね。でも、ちょっと緊張しすぎやよ?口調が崩れとるもん」

 おっと、俺としたことが。

 まぁそれはいいとしてもだ。この長いような短いような不思議な時間と会話が、意味あり気に思えて仕方ないのは事実。巫女さんが俺に言った全ての言葉が、頭の中で巡っているのも、事実だ。

「俺はこの対談に意味を見いだせないんですよ」

「心配なん?」

「何がですか?」

 口角を小さく上げて笑う彼女。巫女さんは面白がるように答えた。

「いづなのこと、やよ」

 心配、はしていない。いづなのことについては解決している。少なくとも、俺の中では。空たちがいるし何も問題はないだろう。

「それについてはさっき話したでしょう」

「そやね、あんたがいづなに気があるっちゅう話しやった」

「してねぇよ、そんな話」

「ハハ、いんや、半分は冗談やよ」

「半分本気なのかよ」

「あんたはいづなに気があるんはほんとやろ?」

「俺はロリコンじゃないです」

 ロリコンの意味は伝わってはいないだろうが、どうやら真意は分かったようだ。巫女さんはふむ、と手を顎に添えた。

「だとすると、あんたの行動が一気に分からんくなるなぁ」

 俺の行動とは、具体的にはここ数日の事だとは思うが、それが分からなくなる?

「どういう意味ですか?」

「ん?いやな、あんたがあてのところに初めて来てから今まで。その全部の行動理念は、あんたがいづなに一目惚れしたとかやからだと思ってたんよ」

 それはまたすごい勘違いだな。

「やけどそうやなくなった。だとしたら分からない。なんであんたがいづなの為にあそこまで行動したんかがね」

 まぁ確かに。俺のこれまでの行動を振り返ると、それはそれはおかしなことをしてる。

「ほぼ単独で敵の本丸に丸腰で挑んで、ボスを騙して実質利益なしで帰ったからな」

「それもある。でも、もっとおかしいんは、あんたが負ける可能性も含めて布石を打ったゆうこと」

 巫女さんの言ったことは、大元はあっている。あれを布石って言うのはちょっと疑問だが。

 俺は巫女さんに、いづなの今後についてある種お願いをしたことになる。それは言い換えればいづなが東部連合に残り、ひいては俺たちエルキア陣営の敗北を意味するのだ。つまり負けることも配慮して動いている。相手に手の内を見抜かれるリスクを負ってまでだ。

「それを全部恋愛観で語られるのは、ちょっとやり過ぎだと思いますけどね」

「だからあては、あんたの目が根拠やと思ったんよ」

 納得だな。俺の腐った目を貪欲さの証拠と彼女は定義したのだから。

「理由が聞きたいとかですか?」

「なに?教えてくれるん?」

 別に隠すような事じゃないしな。減るもんじゃないし、悪くてもせいぜい俺の評価が下がる程度だ。

「ええ」

「んじゃあ聞かせてもらうわ」

「俺がいづなにこだわったのは、戦力として勧誘しやすかったから、ですよ」

 クズすぎるその答えに、なぜか巫女さんはポカーンとしている。もしかしたら初めてこの人の虚をつけた瞬間かもしれない。しばらくはその硬直が続いた。

 どうにか機能を取り戻した彼女は、なぜか笑った。どうしよう、壊れたのかな?

「えっと?」

「フフっ……いや、すまんね。やっぱり、ほんに面白い子や」

 未だ堪えるように彼女は笑う。なんかここまで来るといっそ清々しいくらいの笑われ様だな。クラスメイトから笑われたのとは違って不快感もない。

 深呼吸を繰り返して巫女さんはようやく落ち着く。まだ顔は笑ってるけどね。

「はぁ笑った笑った」

「どうやらウケたようで」

「もうちょっと話してたいところやけど、そろそろ本題かね」

 本題?それを聞こうと口を開く前に、既視感のあるそれが目の前に起こる。

「転移か」

「よう、八」

 俺の問いに答えるが如く、目の前に空と白、ステフと、いづなといのも現れた。

「いつの間に呼んだんだよ」

「話し方はなにも一種類やないゆうことよ」

 ああ、獣人種(ワービースト)特有の能力か。いづなといのがゲーム内で誰にも気付かれずに連絡し合ったのと同じものだろう。

 現れた空と白は一心不乱に巫女さんを写真として保存している。何してんだこいつら。

「さて役者もそろたし、まずは言わせてもらおか。――ほんにようやってくれたな、ハゲザル」

 笑顔ではあるが、その声は威圧感の強い敵対的なそれだ。俺との対談はあくまでも個人的なものであって、今の彼女は東部連合の巫女として俺たちに向かっているってことだ。

「随分早いな。まだどこも動く前だってのに、どうしたんだよ?」

「惚けんでもええ。あんたらが森精種(エルフ)と、アヴァント・ヘイムを動かそうとしてんのは知っとるんやし」

「な!?」

 驚きの声を上げたのはいの。彼からしたら、天翼種(フリューゲル)の本体とも言えるアヴァント・ヘイムの動きは想定外だろう。

「エルヴン・ガルドはともかく、どうやってアヴァント・ヘイムの動きまで察知したんだ?まさかほんとに心読めんの?」

「そこの目の腐った子が教えてくれたんよ」

「おい」

 なんでバラすんだよ。やめて、視線が痛い。特にステフの裏切り者を見る目が。

「ならば、あの時天翼種(フリューゲル)と言ったのは……」

「そう、このことを指しとった言うことやね」

 この場で巫女戦初陣(?)を知る一人のいのはようやく理解出来たようだ。現状、彼ら東部連合に逃げ場がないことに。

「流石に二大勢力相手に手札バレてちゃ、ゲームで勝ちようもないだろ」

「ソラ、一体いつからこんなことを?」

「ステフ、だから言ってるだろ?ゲームは始まる前に決着は着いてる」

 これで本当の意味での“チェックメイト”ということだろう。ゲームはあの時既に終わっていた。

「で、どうするんだ?巫女さん」

 空はいつも通りの余裕たっぷりの顔で問う。対する巫女は、意を決したようにこちらに目を向け、口を開く。

「もちろん、即刻リベンジさせてもらうわ」

 これが東部連合に残された唯一の道。逃げれないのなら、後ろがないなら進むしかない。背水の陣どころか死に物狂いの陣。後に引けない、そして文字通り東部連合との最終決戦。

 

 

 

 

 

 

 

 

 場所は建物の前、その通路となる。

 ゲームは挑まれた方が決定権を有し、そのフィールドも自由に選べる。きっと空ならこの場所選択にも意味を持たせるはずだ。

「いい加減読み合い探り合いに疲れてんだ。手っ取り早く、これで決めよう」

 空が取り出したのは一枚のコイン。そして空が提示したゲームは、すなわちコイントスだった。

 ゲーム内容が発表され、聞いた巫女さんは、高らかに笑った。

「どうした?」

「いんや、ただな。あての半世紀が、あての半生の結晶が、まさかコイン一枚に運命を託すと思うと、おもしゅうてな」

「そいつは結構。それで?」

「もちろん引かんよ?そのゲームに乗る」

 OKと答えた空はコインを面が見えるように持つ。コインを放って、それが落ちるまでに裏か表かを巫女さんが決める。空たちは選ばれなかった方に賭けるというルールだ。

「あての要求は、獣人種(ワービースト)の権利の保証、自治権、そして大陸資源の提供や」

 巫女さんの要求は合理的であり、現実的だ。そして堅実ともいえる。

 現状東部連合がエルキア陣営に要求できる最大限度と譲歩であり、大陸資源、ひいては人材を戻して大陸を奪い返す準備が出来ることになる。

「流石だね、巫女さん」

 空もそれを分かっているらしく、満足そうな笑顔を見せる。この場に来ても尚、彼はゲームを楽しんでいるのだ。

「こっちの要求は東部連合のエルキア併合な?」

「ああ、ええよ。ただ、一つ注文してもええ?」

「ん?」

「もしそっちが勝っても、民を無下にしないと誓ってたも。たとえ種のコマを手に入れてもや」

 巫女の願いは、優しく慈愛に満ちたものだ。だがどうやら空はその答えには不服があるらしい。もちろん頷きはしたが、決して良い感情は伺えない。

「まぁなにはともあれ始めようか。世界一物騒なコイントスを」

 空の問いかけに巫女も頷き、白も含めた三人は宣言し

「「「【盟約に誓って】」」」

 今コインが宙を舞う。

 だがそれに目を奪われた者は少ないはずだ。なぜなら目の前に、『血壊』を発動した巫女がいたからだ。赤い模様はいづなの時と変わらないし、まず間違いない。彼女もまた希少個体であり、物理限界を無視できる超身体能力者なのだ。

 俺たちの体感時間ではほんの一瞬。恐らく彼女にとってはその何倍もの速度で思考されたものだろう。

「裏や」

 まだコインが頂点へと向かう最中、彼女は結論を出す。『血壊』を解いた巫女は少しばかりだが息を大きめに吐いたように見えた。

 そして、数十万の人種、種族の行く末を決めるコインは今物理法則に則り、自由落下と共に地面へと向かう。

 

 コインは真下の石で跳ね――なかった。

 表裏一体のそれは、敷き詰められた石の間に挟まり直立する。

 

「…………は?」

 

 そう漏らしたのは誰だっただろうか。その異常な光景には俺も驚きを隠せない。

「いや〜これはびっくりな結果になったな〜」

 だが空の棒読みで全てを察した。ああ、こいつ、初めから引き分け狙いか。

「さてさて困った。これは両方勝ちか、両方負けか。どうするよ巫女さん」

「待ちや、両方勝ち言うんは」

「そのままの意味だろ。空たちの要求で東部連合はエルキア傘下に入る。ただし人権やその他諸々は保証されて、資源は互いに活用し合うってことだろ?」

「解説ご苦労八くん。つまりこれで東部連合はエルキアに併合されて」

「……エルキア連邦と、なる」

 このゲームは不正があった。巫女さんが出した答えは間違っていたはずがなく、そもそもコインが直立したというあの状況は空が作り出したものだからだ。

 だがその不正を暴くことはしない。されないし、することがない。なぜなら巫女の出した勝利条件よりも、今提示された引き分けの条件、両方勝ちの条件の方が圧倒的にメリットがあるからだ。

「さてどうする?両方勝ちか、両方負けか」

 そうなれば、当然答えはこうなる。

「言わせるんかいな、このイケズ。両方勝ちでええわ」

 苦笑と微笑が混じった、それでいて美しい顔立ちで巫女は答えた。そしてここにエルキア連邦が完成し、東部連合との勝負は本当の意味での終わりを迎えた。

 と、なぜか袖を引く感触が。左の方を見ると、どうやら犯人はいづならしい。

「八の言った通りだった、です」

 小さく控えめに言った彼女は、本当に年相応の可愛らしい子供のようだった。

「何がだ?」

「空も白も、獣人種(ワービースト)人類種(イマニティ)も、誰も不幸にならなかった、です」

 俺はそうかと言って頭を撫でた。耳を少し揺らしながら目を閉じていたが、不快感を感じているわけではなさそうでよかった。だってこれ無意識だったし。

「よかった、です」

 目を合わせているわけでも、心で通じ合っている訳でもないが、彼女の切実な思いはその笑顔と言葉で理解できたと思う。

 いや、確かにこれは理解した気になっているだけだが。しかしだ。彼女の笑顔で一つ思えることがある。

 俺がやった事も、目的もまた、本当の意味での決着となったのだと。

 

 




色々と端折っているかも知れませんが、ご了承ください。
感想、誤字報告お待ちしております。


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彼女らは知り合いされど譲り合わず

「遅せぇ、です」

「その程度でしょうか」

「無茶言うな」

 同時に言った二人に悪態をつきながら、俺は真っ直ぐ続く廊下を走る。その前には天翼種(フリューゲル)獣人種(ワービースト)。追いつける気がしねぇ。

 いやそもそもだ。なぜ俺はこんなことになっている。

 東部連合とのあれこれは終わり、今はエルキア連邦として機能しようとしている。まだゲーム終了から数日しか経っていない。つまり仕事のない休みの日であるはずだ。

 なのに――

 

「どうしてこうなった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間は朝の九時と言ったところだろう。空と白、俺、ジブリールのエルキア陣営と、いづなと巫女さんの元東部連合陣営は、東部連合の首都『巫鴈(かんながり)』で集合している。不在のいのとステフはエルキアの方で仕事だそうだ。

 さて、錚々たる面子が構えているのはこれから壮絶な戦いがあるから。ではなく、これからの国政についての細部を話し合うためだ。

「面倒なことはさっさと終わらせよう」

「八の方が空より強ぇ、です」

「せやね。国としてもその方がええやろ」

「あの目の腐っただけの男が性格の悪さ以外でマスターより優れている部分があると?」

「じゃあまずは、貿易関係かな?」

「空と白の二人は強ぇ、です。でも空と八のタイマンなら八が勝つ、です」

「それよりも種族同士の衝突が問題なんちゃう?」

「マスターならたとえ数段のハンディを与えても、あの男相手なら瞬殺です。むしろあの男にゲームでマスターから勝てる要因が見当たりません」

「いや、それは追々どうにかする。というかどうにかなる。時間で解決するものもあるからな」

「八は一対一でいづなとやり合った、です」

「なるほどねぇ。じゃあ先は貿易の方から行こか」

「しかしあなたを撃破するための作戦をつくったのはマスター。なればマスターこそ至高であり最強となりますね」

「ああ。けどその前に……」

「そやね」

 空と無言の白、そして巫女は同時にある一点を見る。そして声を揃えるように言った。

「うるせぇ!」

「静かにな」

「「はい(、です)」」

 固まった様に返事をして姿勢を整えたジブリールといづな。そんな二人の間には、まだ途中の将棋盤が置かれている。

 『  』(くうはく)と巫女さんが話し合いをする傍らで、彼女ら二人は将棋を指していた。普通はおかしな状況だが、これは空の提案なのだから仕方ない。

「確かにお前ら二人でゲームして親睦会しろとは言ったよ。でどうしたら言い合いの知り合い自慢大会になるんだよ。いい加減にしろ」

 空の指摘はご最もだし、俺も同意する。てかそういうのは他所でやれよ、恥ずいから。あといづなたん?事実にないことを自慢しないでね?

「しかしマスター。たとえ他種族との理解を深めようとも、我が主を侮辱されることに関しては異議を唱えざるを得ません」

「侮辱はしてねぇ、です。ただ八の方が強ぇって言っただけだ、です」

「だあぁぁぁもうめんどくせぇ。八、その二人任せるから他所で頼む」

「おい勝手に押し付けんな」

 誰がこんな面倒くささの塊を引き受けるのか。火に油どころか火の気があるところに爆弾二つ持ってる状況だぞ。

 とっくに将棋を中断してバチバチと見えない火花を散らす二人。なんでこんなに仲悪いのかしら。誰か仲裁してくれ、葉山あたりがベストだろう。

 だが残念なことに、ここに葉山隼人なるリア充は居らず、かといって話し合いの邪魔をするのも俺の信念に反する。いや邪魔してるのはこいつらなんだが。

 ぼっちは誰にも迷惑をかけない。だからこそ喧嘩もいざこざもしないし、そもそもする相手もいない。だから、こんな時の止め方を知らないんだよなぁ。

「とりあえず、ジブリール。その件はエルキア城でやれ」

 空の一言に承知致しました、と彼女は返す。そしていづなとともに転移し、うむ、無事城まで行ったようだ。なぜ分かるかといえば、俺もそこにいるからだ。

 

 

 

 

 

 

 ―巫女 side―

 

 

「行ったみたいやね」

 三人が転移したんを見てから、あては空の方へ向いた。

「ああ、そうだな」

 二人を任せる言うたのは彼。それは信頼があると言えるもんやろ。この詐欺師とあの道化師。双方碌でもない者同士やけど、実力もやってることも評価できるんから、なんや可笑しくなる。

「ほんに面白いなぁ」

「ん?なにが?」

「あんたらが、やよ」

 ん、伝わらんか。まぁそやろね。首を傾げてる二人が微笑ましい。

「色々と聞いたんよ。彼から、あんたらのこと。あと彼自身のこと」

「え、あいついらん事まで言ってないよな」

「あんたも彼も、凄いことしとるって事が分かったって言いたいんよ」

「すごいことって、例えばなんだよ」

「比企谷が天翼種(フリューゲル)連れて交渉に来たことあったやろ?」

「ああ、八が珍しく自分で動いたやつか」

「あん時、彼は相当人の虚を突く、突拍子もないことを繰り返しとった」

「まぁ、そうだろうな」

「やのに後ろの天翼種(フリューゲル)は一切動揺せんかった」

「ん〜まぁ八とジブリールが口裏合わせしてたらそうだろ」

「いんや、そうやなかったらしい」

「と言うと?」

「比企谷はたった一つだけ、話し合いもせずに頼んどったやと」

「へぇジブリールにか」

「そう。それが驚かされるもんでなぁ」

「ほうほう」

 声は出さんけど、白の方も気になっとるみたいやね。

 

「たった一つ。何があっても動揺すんな、って」

 

 

 ―巫女 side out―

 

 

 

 

 

「それでは、この結末の見えない論争にどう決着を着けましょうか。いえ結論はともかく、結果は決まっているのですが」

「八は強ぇ、です」

 とまぁ、この二人は絶対に自論を曲げようとはしていない。そりゃ平行線なわけだ。

 余談ではあるが、いづながこうまで俺を推しているのにはいくつか理由がある。

 一つは、ゲーム前の対談で俺がいづなに対して、空は俺が止めると言ったからだ。まぁあれは実力云々があるからではなく、単に空がそんな事をする訳ないという前提から言ったハッタリみたいなもんなのだ。

 二つ目は、ゲーム本番で俺といづながタイマンをはったことがある。その時の体験が理由で、いづなの中で俺はそこそこ強いという評価になっているらしい。

 以上二つをいづな視点で結びつけると、“比企谷八幡は空に匹敵する力を持ったゲーマー”となる。これは、俺と空はプレイスタイルが似ていると白がいづなの前でも証言したために信憑性みたいなものが増しているようだ。

 当然これに関して俺は何度も否定したのだが、「八は謙虚、です」と一蹴されてしまった。

「というか、俺がここにいる理由あるか?」

「是非ともご本人の意見をと思いまして」

「……本音は?」

「マスターが仕事をしているというのにあなたが何もせずにいるというのが癪でしたので」

「ほんとブレねぇなお前」

 十中八九というか、ほぼ確実にこの二人をどうにかしないと俺の安息は訪れないだろうな。てかどうとめるんだよ、これ。

 さしあたっては方法か。ジブリールが言ったようにこの論争に結論を出してやることだ。だがいくら俺が空より弱いと主張しても、いづなはそれを認めないだろう。俺が強いとジブリールに言うのは論外。ではどうする?

 何かを決めるとなれば、方法は色々ある。例えば多数決。ぼっちにとって致命的な方法ではあるが、メリットとして決まるのが早い。まぁ勿論今回は使えない手だが。三人で多数決使ったらいじめ以外の何でもないし、俺の意見を入れたらいづなが泣くことになる。別にそれが理由ではないが、やはりこの手段は無しだ。

「決める方法……」

 無意識に呟いてしまったが、いやあるではないか。自問自答で俺はそう答えを出した。

「ゲームで決めればいい」

「何を言っているのでしょうかこの男は」

「納得できねぇ、です」

 即否定。ですよねぇ、知ってた。しかしどうだ。この世界は何でもゲームで決まる。当然自分の意見の正当性もだ。であるならこれ程効率的なことはないだろう。

「しかし将棋は決着前にこっち来ちまったしな」

「ですから、なぜゲームで決めることが決定しているのですか」

 とまぁジブリールにツッコまれた訳だが、別に良くないか?

「いやこの議論には意味も意義もない。となればその結末は互いに納得できればいいってことになる。盟約を使えばそれも容易だ。だからゲームで決めろ」

「セリフが説得から命令に変わっていますね」

 めんどくさいことは手っ取り早く。空の言葉とは少し違うが、概ね同意する。手っ取り早く行こう。

「てなわけでゲームだ。何でもいいからさっさと決めて終わらせよう」

「既に議論にもなっていませんが、しかし早々に決めるのはマスターの希望でもある。誠に不本意ですが、その案に同意しましょう」

「八が言うなら仕方ねぇ、です」

 渋々、かなり渋々だが双方了承してくれたようだ。さて、俺はマックスコーヒーでも飲むか。あ、コミルの実切れてたんだ。確か昼にフィーから受け取る予定だったから、それまで暇だな。

「で、何で決める、です?」

「そうですね。では鬼ごっこはどうでしょうか」

 どうやらあちらも話が決まりそうだ。とりあえずステフかいのに挨拶くらいはしとくか。別に帰ってきた報告みたいな訳ではないが、まぁ人としての最低限のマナーみたいなもんだな。

 だが歩き出す俺の肩を掴んで、ジブリールは静止を要求した。

「どこへ行く気でしょうか?」

「え、なんで?」

「あなたにも参加して頂きます」

「え、なにに?」

「ゲーム、鬼ごっこ、です」

「え、なんで?」

「ゲームとは楽しむもの、とマスターはおっしゃっていたので」

「……本音は?」

「先に申し上げた通りにございます」

 俺が暇を謳歌するのが気に食わない、と。ふざけんな、誰がやるか。

 そう言う前にジブリールは続ける。

「もしも参加を断るなら、今後一切のコミルの実の供給はストップします」

 MA・JI・SU・KA。まて、それだけは勘弁してくれ。マックスコーヒーが飲めないとなったら、俺はまた砂糖多めコーヒーで自分を騙さなければならんのか。それはマジで無理。

「まて、分かった話し合おう」

「ではルールを決めましょう」

 あれれ〜?おかしいぞ〜?いつの間にか俺の参加が決定してる。俺は参加しないための話し合いがしたかったんだが。

「三人なら、鬼は誰がやるんだ、です」

「ではタッチによる立ち代り制に致しましょう。時間は、そうですね。正午までのおよそ二時間と言ったところでしょうか」

 なんかどんどん話が進んでる。

「おい、俺が参加する理由はどこいった」

「確かにあなたの分の報酬も、言い訳程度には必要ですね」

 俺がやる理由も勝つ理由もないのか。まぁそもそも勝機がないんだけど。やらなければならない理由だけがあるってきついな、ほんと。

「こうしましょうか。敗者は鬼一人。勝者二人はそれぞれ一つずつ要求できると」

「ちょっとまて。それなら俺が負けた時にこの件に決着が着かんだろ」

「あなたが負ければ、あなたの弱さが証明できます」

 なるほど、それはありがたい。それならいづなを説得するための行動ともなり、俺は存分に負けられる。

「いづなもそれでいいか?」

「問題ねぇ、です。八は負けねぇ、です」

 あれ?なんか期待重くない?ここまで推されて負けたら、合わせる顔がないんだけど。

 どうにかいづなを説得できないかと考える前に、ジブリールといづなはゲームを開始しようとしている。ハァ……やるしかないのか。

「じゃあルール追加だ。いづなは『血壊』禁止。あれ使われたら俺勝ち目ないから」

「む、分かった、です」

「ジブリールは魔法と、2メートル以上の飛行禁止な。届かない相手にタッチ出来ないから」

「まぁ妥当ですね」

「で、ステージはこの城の建物内。屋上も可。俺は無理だからお前らにだが、周辺被害が出るほどの行動も禁止な」

「禁止が多い、です」

 仕方ねぇだろ。これだけハンデ貰ってもまだまだ俺が不利なんだからよ。まぁ天翼種(フリューゲル)獣人種(ワービースト)相手に実体使ってフェアなゲームとか無理だろうけど。

「周辺被害とは、どの程度までを指すのでしょう」

「とりあえず音速越えの移動は無理だな。あとステフとか城の人達に迷惑がかからない所までだ」

「承知致しました」

 いづなも頷いている。さて、それではやるか。このやる気の出ないゲームを。本当はやりたくないのだが、マックスコーヒーを人質にされては仕方ない。

 鬼はじゃんけんで。ジブリールの一言に従って、三者三様の手を出す。開かれた手が一つに、二本の指を伸ばした手が二つ。

 ルールに従って、ジブリールが最初の鬼となる。

「では、一分後にスタートとします。タイマーとしてこれを」

 ジブリールが異空間から取り出したのはDSP。空たちの予定を考えるとまだ役目は来ないため、マスターには迷惑がかからないということだろう。

 彼女はタイマーで二時間。正午に終わるように設定し、一方をいづなへ渡す。俺も自身のスマホで同じように時計を合わせた。

「終了時にアラームがなります。それ以外にも時間の確認ができるので、ここを、こうすれば――」

 いづなへ実際に操作しながら説明し、彼女もどうやら理解出来たらしい。こちらへ向いて一つ頷き、いづなはDSPを握る。

 互いにタイマーを手に持ち、今カウントのスタートボタンへと指を据える。

「それでは――」

「「「【盟約に誓って】」」」

 三人の時計は時を刻み始め、二人は走り出す。それを見据えながら、一人はただ時間の経過を待つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 文字通り秒単位で減っていく数字を見つめながら、そして時計は一分の経過を知らせる。これでジブリールが動き出すはずだ。ジブリールがスタート地点から動いていないことを考えると、今の位置条件ならここまで来るのに推定二分。それも反対方向へと逃げたいづなを追わないことを前提としているが。

「タッチした側とされた側しか鬼が分からない以上、いづなとの合流も避けた方がいい。てか鬼ごっこならそもそも対人戦か」

 大人数なら固まって的を散らす方法もあるらしいが、そもそも三人だし。らしい、ってのは経験がないからです、はい。

 俺の現在の位置は通路のほぼ真ん中。移動方向は三方向あり、どこから来ても二択で逃げられる。まぁ定石だな。

 窓を背中に正面の廊下を見つめる。そんな俺が視界に捉えたそれは、どうやら左側から来たようだ。

「八、です」

「おや、こんなところに」

 正しくはそれら。追うジブリールと追われるいづな。だが開始からまだ二分弱。ジブリールが動いてからは一分も経っていない。なのに、なんでこいつらがこんなところに。

 考えるより先に俺は正面の通路を疾走する。だが距離はそれなりに離れていた二人。その片方の鬼であるジブリールは、三歩目を踏み出した俺の背中をタッチした。

「遅せぇ、です」

「その程度でしょうか」

「無茶言うな」

 そう言った俺の前には、俺を置き去りにした二人が数メートル先に立っている。

 タッチを受けてから四歩目を踏み出した。そして加速する体と比例するように、俺の思考もまた脱力した通常時より素早く回転していく。

 俺の計算を遥かに上回っている二人の速さ。それは音速とか光速みたいな反則級なものを抜いて尚、大き過ぎるアドバンテージ。不利なのは分かっていたが、まさかここまでとは。

 遊ぶように進む二人を追いながら俺は口を開く。

「さっきの、大体どれくらい本気だ?」

「お遊び程度、と言えば伝わるでしょうか」

 うん、無理。これに鬼ごっこで、タッチした上で逃げ切れとかマジ無理ゲー。

「ジブリール」

「なんでしょうか」

「お前、俺が負けたら何要求する?」

「そうですねぇ。異世界人のサンプルとして解剖させて頂きましょうか」

「まだ諦めてなかったのかそれ」

 無理ゲーでしかも負けたら死体蹴り。なんとも残酷な世界だ。

 この世界に来て、恐らく最も意味のない俺の“盟約に誓った”ゲームを続ける。あ、それより意味無いの、一回したわ。空に変身、もとい変心した時のことを思い出しながら、俺はまた一歩を踏み出す。

 




感想貰えると嬉しいです。本当に。

追記
一部直しました。
それと誤字報告ありがとうございます。


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彼の戦いは続き知らぬ間に話は進む

気が付けば40話。
どうも。
パソコン執筆も始めました、江波界司です。
今まではスマホだけだったのですが、これからはパソコンでも書きます。
まぁ作品には直接関係はないんですが。


「ハァ⋯⋯ハァ⋯⋯」

 息を切らしながら、それでも俺は足を踏み出す。いや、もうそろそろ休もう。

 そもそもこのゲームは時間制限タイプのもの。であるならば序盤でわざわざ体力を自ら削る必要はない。いくらずっと鬼にならずとも、最後の瞬間に鬼なら負けなのだ。あの二人相手ならアラームが鳴るまで気は抜けない。

 ゲーム開始から約15分。ひたすらに城内を走り回って疲労した足腰を休めながら俺は落ち着くことも含めて大きく息を吸い、吐く。

 勝っても報酬はほぼないと同じ。負けたらジブリールに死体蹴り。いづなはそこまで無茶なことは頼まないだろうが、そもそも俺が負けたらいづなの自論が否定されることになる。俺としては別に構わないが、さすがに可哀想とまではいかなくとも思うところがないわけではない。となると勝てなくとも善戦くらいはしないといけない。いや、負けたらマジでアウトだけど。

 

「やってらんねぇ~」

 

 その声が城内に響こうと、応える者はいない。おかしいね、普通に人はいるのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―巫女 side―

 

 

「何があっても動揺すんな、か」

 あての言葉を復唱して空は何かを考えるように手を顎に添える。

「それって、盟約なしでってことか?」

「そういうこと。やからあても驚いとったんよ」

 比企谷がじゃんけんであてと約束したみたいに、天翼種(フリューゲル)にも盟約の絶対性を使えば早いし確実やったろう。やのに使わなかった。ジブリールの方が渋ったわけでもなく、あの男は最初からそうするつもりやったし、そうした。

「つまりジブリールは自分の自制心だけで、巫女さんからもばれないほど動揺を隠しきったってことか」

「まぁあてもそこまでそっちの反応を重視しとらんかったからね。もともとそちらの方での作戦会議は終わっとったつもりやったし」

 とはいえ、やはり驚くことには変わりない。なにせ⋯⋯

「自陣の手の内晒すなんて、あの天翼種(フリューゲル)にとってはマスターを裏切られたんとなんらかわらんやろ?」

「だな。ジブリールならブチ切れそうだ」

「やのに一方的な言いつけを守って黙った。比企谷は、随分と信用されてるんやね」

「まぁ、そうかもな。本人は否定するだろうけど。二人とも」

 する側もされる側も、か。

「あんたらも彼を信用はしとるんやろ?単独行動許してるわけやし」

「別に俺は個人の自由は縛ってないけどな」

「それでも敵陣にたった二人で突入するんは、普通止めるやろ」

「八が無謀なことはしないってわかってるし。あ、いや、これも一種のそれにあたるのか」

「そういうことやね」

 互いに意識し合わずとも心のどこか見えないところで、頭では認識してないところで信じとる。それは理想の関係とも言えるんやろな。例えば、この兄妹のように。

「ええコンビやね、あの二人」

「コンビ、か。あんま八とジブリールをツーマンセルで見たことなかったな」

「⋯⋯でも、はち⋯⋯最近ジブリールと、よく一緒⋯⋯」

「あ~まぁ確かに」

 今はいづなもおるけど、あの二人また一緒やね、そういえば。たまたまなんかもしれんけど、運命的なんかねぇ。

「てか八に任せたけど、あれどうにかなったかな」

「さぁねぇ。まぁあの道化師なら、案外うまくやっとるかもね」

 

 

 ―巫女 side out―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うまくいかねぇ」

 

 そう声が漏れるのも仕方ない。あれからそれなりに策を巡らせてみているが、うん、無理。

 例えばワイヤートラップ。城の中にある代用品にはなるが、転ばせて捕まえる作戦。だが飛んでるジブリールには通用しないし、いづなの視力で気付かないわけがない。袋小路に追い詰めることも考えたが、脚力が違い過ぎてそもそも不可能。俺があの二人を捕らえるのは、ほぼ不可能か。

 開始から30分。何も進展しないまま時間だけが過ぎていく。

 無駄な体力は使わないとしても、さすがに鬼が一箇所に留まるメリットはなく、俺は普段の歩行スピードで廊下を進む。そこで会った者には、現在勝手に鬼ごっこをしていることを簡単に説明している。じゃないと迷惑になりかねないからな。

 さて、改めて現状確認だ。脚力も知力もあいつらを捕まえるには足りない。移動の速さ順ならジブリールが一位か。いづなよりはこの城の構造や事情について詳しいが、ジブリールもいるため意味はない。あの二人が同じ場所にいる可能性は極めて薄い。理由は言わずもがな仲が悪いから。ルールは子供がするようなスタンダードなもの。人数は三人。考えれば考えるほど出てくる内容が薄くなってくるな。

 思えば、俺はこの手のゲームは苦手だな。なにせやる友達がいなかったし、マジで小さい頃にやったときはずっと鬼だった。てか病原菌扱いだった。当然逃げる相手は大人数だし、タッチできても狙われてまた鬼に戻る。これなんていじめ?まぁ今はもっとえぐい状態だけど。負けたら死だし。

 とまぁ自分がどれだけひどい状態にあるかはわかった。そんな中打てる手は?少なくともちょっとした罠じゃ無理だな……うむ。

「いけるとしたら、いづなか」

 絞り出した策を頭の中で何度も推考し、実現可能なところまで具体性を帯びさせていく。成功率が高いのはやはりいづなだな。できればジブリールがよかったが、まぁ仕方ない。

 勝負は残り数秒。だがその前の準備も重要。となれば今すぐ行動だな。俺はランニング時程の速度で走り出す。

 しばらく走って、俺は向かいにいのを見つける。

「いづな見なかったか?」

「いづなでしたら、そこの突き当りを左に走って行きましたな」

 いのは自分の後方を指した。

「サンキュ、愛してるぜ」

「ハッハ、気持ち悪いのでやめていただけますかな?」

 いのの隣を通過し、俺はいのが示した通り――右へ曲がった。

「なっ!」

 それを見ていたのだろう、いのの驚きの声が後ろから聞こえる。まぁ、あいつがいづなが不利になるようなこと言うはずないからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―巫女 side―

 

 

「道化師って、八のことか?」

 空と白は同じ方向に首を傾げとる。そういえば、ちゃんと明言はしとらんかったな。

「ああ、そう。あんたが詐欺師なら、比企谷は道化師やろってな」

「ピエロ、ねぇ」

「⋯⋯なんで、そう⋯⋯思う、の?」

「あんたらはゲームであてといづなを倒して、事実上東部連合を抱き込んだ。その裏であの男は、いらんかもしれんことをリスク背負ってまでやっとった。普通に考えれば滑稽、笑い者みたいやろ」

 まぁ演じるんには、少々観客不足やけどな。

「巫女さんとの会話をしに行った時か。でも八がしたのって、あくまで保険だったんだろ?俺もそう聞いたし、だから話す必要ないってよ」

「そうだったんやろけど、だとしても矛盾してたんよ。いづなに聞いた話やと、比企谷はいづなは絶対勝てない言うてたらしい」

「ふむ。八が自分から無駄なことを進んでやるとは思えんし⋯⋯八に理由は聞いた?」

「いづなに気があるんか聞いたら、ロリコン?やないって」

「ハハ、どうだか」

「比企谷の目的はいづな、それは間違いないんやけどね」

「へぇ、どゆこと?」

「あての推測にはなるんやけどな。比企谷はいづなを開放したかったんやろ」

「開放⋯⋯東部連合から、あるいはゲームの代表者からか」

「まぁ両方、最低でも後者からはかな。やからエルキアが負けた時のために、あてに直談判しに来た」

「巫女さんならいづなをどうにかしてやれるってことか」

「けどそれもあんたらが勝った時点で無意味やろ?勝つと分かってたなら尚更無駄や。やからいづなとの対談には他にも狙いがあった」

 あん時、あの男は言った。いづなの異常性が気にならないのかと。

「比企谷はいづなを異常と言っとった。彼はそれを直したかったんかもしれんて、あては思うとる」

「なるほど」

 ニヤリと笑いながら彼は呟く。空は、どうやらあてよりも具体的なもんがあるみたいやね。

「なんか分かったんやったら、教えてくれへん?」

「ん?ああ、いや。確実にそうってわけじゃないだろうし、ただちょっと思っただけだよ」

「へぇ、なにが?」

「あいつもある意味、ゲーマーだなって」

 

 

 ―巫女 side out―

 

 

 

 

 

 

 

 

「もうゲームなんてしねぇ」

 

 なんて言わないけど絶対。この世界で、それも『  』(くうはく)と一緒にいてゲームせずに暮らせるわけないし。どっちみち数回はしなきゃならんし。

 俺が珍しく、いや頻繁にだが弱音を吐くのは誰でも納得の理由がある。

「いづなが見つからねぇ」

 もちろんいのが教えたのが正解で、俺が間違った方向に来たとかではない。それはここにいる彼女が証明してくれる。

「でステフ、いづな見なかったか?」

「いづなでしたらさっき、もの凄い速さであっちへ行きましたわ」

「そうか。サンキュ、ステフ。愛してるぜ」

 やはりここを通っている。ならあとはどうやって追いつくかだな。

思考を巡らせながら走り出す。恐らく聴力で俺の位置を把握してるんだろう。策は、まぁ追いつくくらいならできるはずだ。捕まえんのは無理だろうけど。

 

「はあああああああああ?」

 

 なんか叫び声聞こえたけど、ステフが叫んでんのは日常的にだしまぁいいか。

ゲーム終了まで、あと一時間。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




当初は40話行けるかも怪しかった作品なのに、なんかまだまだ続きそう。
これからもよろしくお願いします。
感想、誤字報告よろしくお願いします。
特に感想、とても嬉しいです。


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彼に関する仮定は彼以外が証明する

 さてさてさ~て、どうしたものか。

 いくら作戦を考えても、実行できなければどうしようもない。現状、俺が実行できない理由はいづなに遭遇できていないという一点による。ステフが嘘をつく理由もないので、この方向へ来たのはまず間違いない。となれば、追いつけないのは単に脚力の問題か。それに超聴力による察知も含めれば、正面からの突破は不可能だろう。

 だが、その聴力は利用できないこともない。短所を言い換えて長所にできるとすれば、逆も言える。いづなの武器も使いようによっては、俺の役に立つ。

 まぁ差し当たってはいづなを見つけないと話にならん。ジブリールに介入されると色々厄介だし、できる限りいづなに近づけるように俺は走る。

 ランニングしててよかった。じゃなきゃろくすっぽ走れなかっただろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―巫女 side―

 

 

「どうゆう意味なん?」

 あては空の言葉は理解できひんかった。ゲーマー言うのは分かるけど、それが比企谷にも当てはまるんかは、ちょっと疑問や。

「いづなたん、最初は俺たちのこと敵って言ってたし、それが言わなくても分かるほど睨んでた。んで、俺がいづなたんとゲームする直前、“最後にゲームを楽しいって思ったのいつ”かって聞いたんだよ。いづなたんは答えなかった」

 まぁ、そやろな。いづながしてきたゲームは、およそ楽しいと思えるようなもんやなかったろう。それが、比企谷に指摘されたところでもあるんかな。

「あくまで一般的な、それも俺たちがいた世界での話であるんだが。普通いづなの歳であんな目はしないしできない。同学年と喧嘩するのとはわけが違う。真の意味での敵を見る目だったからな。巫女さんの仮定を含めると、八はそれをどうにかしようとしたってことになる」

「うん、そやね。でもそれと、ゲーマーだ言うのがどう繋がるん?」

「ゲームは楽しむもんだろ?」

「あぁ――」

 そう言うこと。それでゲーマーか。

「いづなにも、楽しんで欲しかったゆうことね」

「まぁ多分な。これは俺の、てか俺らの推測でしかないし」

 確かにそうやけど、でもその仮定を彼の行動に重ねると納得できる部分が多い。いづなに気があったんやなくて、単に気になってただけゆうことやね。それも自分の美学とか理念みたいなんを根源として。空に言わせたら、それがゲーマーって言葉になるんか。ゲーム脳言うか、そういえば比企谷が言うてたいづなが勝てない理由にそれがあったか。

 ん?ちょっと気になることが。

「空、あんたさっき比企谷のこと、ゲーマーや言うてたよね」

「ああ」

「そんとき枕詞についてた“ある意味”てのは、どういうことなん?」

「あ~うん。巫女さんには言っといていいか」

 なんのことやろ。空が言うんは、つまり同じ陣営の子らやいの、いづなには伏せておきたいことなんやろか。

「なに?」

 

「八は、俺たちとは違う」

 

 

 ―巫女 side out―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ミスった、です」

 背中を壁につけていづなは零す。形としては俺が追い詰めたということになる。

「さすがに、一時間そこらじゃ城の間取りを把握しきれなかったろ」

 簡単なことだ。俺の方が城の構造に詳しいんだから、それを利用すればいい。まぁそれだけが理由ではないが。

「さっきのこと、どういう意味だ、です」

「そのままの意味だ――手を組もうぜ」

 いづなたんは、うん、困惑気味だな。人数三人、一対一対一、勝者一人、バトルロイヤルの鬼ごっこ。そんなゲーム内ではおよそ出るはずのないセリフだろう。いづなが油断して俺に追いつかれたのも、よすぎる耳で俺の言葉を聞き取ったからだ。俺を評価しているいづななら、当然気になってほかのことが疎かになったってことになる。

 手を組むというのは、双方にとって悪い話じゃない。それにジブリールといづなの関係上、この手段は俺専用。相手はどちらでもよかったが、贅沢をいえば組むならジブリールだった。深い意味はなく、ジブリールが勝てば俺へのいづなの勘違いを解けるかもしれないというのが理由だ。ジブリールが俺の提案を受ける図が浮かばなかったから断念。消去法ではあるが、そんなわけでターゲットはいづなになった。

「どうだ?」

「八、なにが狙い、です?」

「差し当たってはジブリールが勝たないこと、だな」

 俺といづなの利害は一致している。嘘はついていないため、それが理由で断られることもない。

「⋯⋯作戦は、です?」

「ああ。このゲーム、タッチした側とされた側しか鬼が分からないだろ?」

 コクリと頷くいづなを見て俺は続けた。

「なら現状、ジブリールには俺といづなのどっちが鬼なのかは分からないってことになる」

 そこまで聞いていづなは目を輝かせて、なんかこっち見てる。

「やっぱり、八は強ぇ、です」

 そしてなんかまた評価が上がった。ただでさえ高すぎる評価が限界突破してきた。限界突破しすぎて身勝手さを極めそう。他人(ひと)からの評価って、大概勝手だからな。

「まぁつまりだ。片方が鬼のふりをしている間に、本物の鬼がタッチすればいい」

「なるほど、です」

「じゃあ、早速始めるか。ジブリールの場所は分かるか?」

「上の階、です」

 悲しいけどコレ、ゲーム(戦争)なのよね!俺が過去に苦しめられた策だ。その恐ろしさは一番知っている。数の暴力、なめるなよ。

 うん、ぼっちにはほんときつい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―巫女 side―

 

 

 俺たちとは違う⋯⋯どうゆう意味やろ。彼が変わっているとは思うけど、それとはニュアンスが違う感じやな。

「俺たち、言うんはあんたら兄妹のこと?」

「そうでもあるけど、それだけじゃない。八はゲーマーはゲーマーでも、違う部類だ」

「違う部類?」

「俺らと違って、八がやってるゲームはリアルなものってことだ」

「リアルって。あてらが現実逃避してるってことかいな」

「いや、プレイしてるゲームが違うってこと。八がしてるゲームは“リアル人生ゲーム”。最強のゲーマーがクリアできなかったクソゲー、無理ゲーだ」

「じゃあ、本当にいづなが言ったみたいに比企谷の方があんたより強いんやない?」

 最強ゲーマーゆうのは、多分この二人のことやろ。

「ど~だろなぁ。まぁそれはともかく、そんなわけで八は違うんだよ」

「なるほどね。で、そのことがなんで秘密の話みたいな表現になるん?」

「秘密の話なのは、むしろこっからかな」

「というと?」

「八と俺らは違う。だから、八は俺らと違う道を進むことになる」

「比企谷が裏切るってこと?ならあんたらが信用しとる理由が分らんな」

「俺らと八の目的が一致してるうちは、互いに裏切ることはないからな。逆に言うと相違点ができたら多分、八は俺らから離れる」

「⋯⋯あんたの読みじゃ、それはどんくらい先なん?」

「そう遠くはない、と俺は読んでる」

 近々裏切られる。推測でもそれが分ってて、なんでこの子は平気そうなんやろ。いやそれ以前に、か。

「それで、それをあてに言ったんはなんでなん?」

「八が単独で接触したのが、巫女さんだからだよ」

「なるほど。比企谷があんたらと道を違えるにあたって、あてに頼るかもしれんゆうことか」

「そこまではいかなくてもなんらかのアクションがあるかもしれないってこと」

「リアクションの準備をしといた方がええゆうことかな」

 とはいえ、あてが比企谷を手伝えるかは分からん。そもそもこれは手助けするなってゆう空からのけん制なんかな。

「八がどんな手段を取るのかまではさすがに読めない。情けない話だけどな」

「まぁどんな方法にしてもやけど。あんたはそれを止めんの?」

「止める理由がないし」

「⋯⋯にぃ⋯⋯今の、はちみたい」

「げッ⋯⋯変なのうつったかな」

「裏切られるんに、止めんのかい」

「八が俺らから離れる時が来たら、多分正面からいなくなるだろうな。立つ鳥跡を濁さずってこと」

「そっちの世界の格言かいな。意味はなんとなく分かるわ。飛び立つ鳥が比企谷ってことか」

 面白いなぁ、それは。

「ん?どったの?」

「あぁ気にせんでええよ」

 うっかり笑ってしもたな。いつかあの天翼種(フリューゲル)を落ちた鳥って呼んだけど、ほんとの鳥はあの男の方やったか。

「まぁだからってわけじゃないけど、八が巫女さんのところに来たら、その時の判断は任せるよ」

「そうか。もしそれであてがあんたらの敵になってもええの?」

「そのときは、またゲームしようぜ。今度はお互い本気で」

 あてが『血壊』使ったのに本気やないって。空が言うんはそんなことやなくて、ちゃんとした実力勝負がしたいゆうことやろけどね。

 そんなことよりも、比企谷があてのところに、か。どうやろ。あの男のしたいことってのは、最終的な目標は一体なにか。それは分からんし、それを聞いてあてがどうするかも、今は分からん。どっちも今気にすることやないってことかな。

「とりあえず、貿易関係のこと決めよか」

「そうだな。大分話逸れてたし。じゃあ――」

 事務的な話がようやく始まった。はてさて、これからどうなるんやろな。

 

 

 ―巫女 side out―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 廊下を蹴る足音は一人分。荒い呼吸音もまた、一人だけしか聞こえない。それも当然であり、前方を見ればすぐに理由も分かる。

 廊下を低めに飛行しながら移動する天翼種(フリューゲル)。ジブリールは息を切らすこともなく、遥か先でこちらを向きながら逃げている。俺が追いつくのは、原理的に不可能だな。だが逆に言えばあいつが一瞬で縮められる距離でもないはずだ。間違ってるかもしれないけどな。

「遅いですよ?」

「分かってるよ」

 屋内に響く声が会話を成立させる。距離も申し分なし。あとはあっちのタイミングだな。

 ジブリールの体が見えなくなる。魔法ではなく、単に曲がり角へ入っただけだ。ここだろう。俺はジブリールとは違う、一つ前の通路を曲がる。そして最短距離で階段へ向かうと、すぐに上の階へと移動する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―ジブリール side―

 

 

 追いつけるはずはありませんね。考えなしに動く人でないことは知っていますが、流石にこれだけ距離があれば問題ないでしょう。

 そう油断した数秒前の自分を是非とも一度殴りたいものですね。

 突き当たりを曲がった私の太ももに、何やら肌同士の触れる感覚が。視界の端に捉えたのは彼女、獣人種(ワービースト)のいづな。触られたのは恐らくタッチ。なれば今この瞬間に鬼が交代した。

「甘ぇ、です」

 驚いて止まってしまった私をよそに彼女は走り出す。なるほど、結託して私を倒しに来ましたか。あの男が私を追っていたのは鬼のふり。本命は彼女で、彼自身はどこかへ隠れてやり過ごすといった具合でしょうか。確かに逃げる上でのスペックなら彼女方が適任でしょう。

 ですが――

「甘いのはどちらでしょうか」

 私が魔法なしではたかが獣民族に後れを取ると?舐められたものですね。ええ、問題ありません。被害が出ない範囲でお相手しましょう。

「せいぜい足掻いてください。せめて私が退屈しない程度には」

 ゼロからの一気に加速する。既に距離を稼いでいた彼女を追って、その差を徐々に縮めていく。振り向かず進み、壁を蹴っての左折など、高速かつアクロバティックな逃走を見せるいづな。確かに見事ですが、終了時間まで私から逃げ切れると?

 ギアを一つ上げ、私は更に加速する。

 

 

 ―ジブリール side out―

 

 

 

 

 スマホ画面を確認し、緊張を吐き出すように息を吐く。

 ゲーム終了まで、あと30分。

 




前回も含めて短い!
更新優先なのでごめんなさい。
感想、誤字報告いつもありがとうございます。
そしてよろしくお願いします。


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彼思う故に彼あり

 厨二は卒業している。俺はもう自分を特別だとか、ありえないほどの才能の持ち主だとか、そんな勘違いはしない。それはもちろん、このファンタジー丸出しの世界に来ても変わらない。

 ある神様は、俺に才能があると言った。

 ある兄妹は、俺を互角と表した。

 ある少女は、俺を優しいと誤解した。

 ある女史は、俺を同類と悟った。

 ある幼女は、俺を強いと評した。

 ある女性は、俺を強欲と笑った。

 あるいは、この中に真実はあるのか。だが思う。周囲からの評価は、あくまで多人称視点による独断と偏見によって付けられた根拠のないレッテルでしかない。第一印象、その後の言動、対人関係、親戚関係、性格、性癖。個人を構成するものを、見えるもの見えないもので区別せずに認識して勝手に解釈した暴論の結果論でしかない。

 そんなものに真実がないとは言い切れないが、マイノリティであることは言うまでもないだろう。では、真実はどこにあるのか。

 こんなセリフをよく耳にする。「自分の限界を勝手に決めるな」――指導者から言われることが、特に多い。だがこの言葉には異を唱えるべきではないだろうか。

 自分の限界は自分で決めない方がいい。前を向き上を目指すなら、モットーとしては前向きで向上心のある言葉だ。しかし、では自分の限界は誰が決めるのか。指導者か、傍観者か、保護者か、観測者か――否だろう。

 自分を決めるのはいつでも自分だ。それは孤独とか、身勝手といったものではない。

 個人は、故人なりえるまで一人だ。周囲の言葉や対応から、個の一部が変わることもあるだろう。だがそれは一部であって全部ではない。人の根本が変わることはない。もし根底から変わったのなら、それはもう別人だ。

 生きていく上で何度も選択し決めていくのは、たとえアドバイスや意見を受け入れようとも、そうした行動を選んだ自分の決断だ。自分の限界もまた、決められるのは自分であり、自分しかいない。

 故に俺は決める――俺に才能はない。

 

 何故こんなことを考えるかと言えば、まぁ、ふと思っただけだ。

 空を見てると落ち着くというか、そんな益体もないことを思ったりとかする。そういや、こっちに来てもうすぐ二ヶ月になるのか。早いような遅いような、よく分からん感じだ。

 あれ?俺なんかしてたっけ?あぁ、そうだと思い出してスマホを取り出す。残り時間は10分。準備は、必要かなこれ。大していらないと思うが、一応のため立ち上がって屈伸などの準備運動を行う。

 安全地帯と思って油断し過ぎたな。体固まってる。入念に筋肉を細胞から覚醒させていき、硬直していた体がほぐれてくる。

 勝負は残り数秒。

「ミスれんな」

 あ、これフラグだわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―other side―

 

 

 比企谷八幡が逃げの一手を選択したのは、客観的に見ても正しい。

 エルキア王城を縦横無尽に走り回る影が二つ。正確に表現するなら、廊下を疾走しているのは一人で、もう片方は宙に浮きながら移動する。天翼種(フリューゲル)獣人種(ワービースト)の文字通り人外クラスの鬼ごっこ。その速さはたとえ人類最速を、否、現代世界から速さ自慢のネコ科の哺乳類を呼ぼうとも太刀打ちできないだろう。それでも尚この二人はセーブしているというのは、彼にとっては悲報か。

 さて、共に全力ではなくとも速すぎるその逃避と追尾の攻防は、互いの肌の触れ合いの度に切り替わる。そして同時に、また疾風のごとく二つの影は場内を駆け巡る。

「残り5分、といったところでしょうか」

 DSPを取り出すこともなく、追うジブリールは感覚的な時報を告げる。実際、彼女の告げた時間は誤差にして十秒を切っていた。既に二十分を越える追い合いを繰り広げている二人はその速度を下げることはなく、むしろもう一段階ギアを上げる。

 残りはたった5分、されど5分。いづなは焦っていた。ここまでの攻防で、彼女自身とジブリールにはやはり大きく実力差があることは証明されている。いづながジブリールを捕らえることができているのは、単に遊ばれているからだろう。

 そして当然、そのことに関してはいづなも分かっている。

 いづなは現在、比企谷と結託している。それに伴い、いづなは彼からいくつか策を受け取っている。そのどちらも時間稼ぎが目的のその場しのぎで、さらにその内の一つは一回きりの使い捨て。使えばその後は自分を不利にしかねない諸刃の剣であった。

 彼女は残り時間を考慮し、一つ目のカードを切ることを決断する。

 一直線の廊下を進み続け、やがて眼前には――壁。右折以外の選択肢が封じられる中、いづなは幾度と繰り返したアクロバット走行の態勢に入る。地面を蹴り、壁を蹴り、いづなは進む。

 だがそれは右方向へと伸びた進路へではなく、ジブリールがいる方向。すなわち前方の壁を蹴り、いづなは反発力を応用して鬼のいる方へと進行した。

「なっ」

 当然虚を突かれたジブリールの反応は一瞬遅れる。その刹那のスキを見逃さず、いづなはスライディングの要領でジブリールの下を通過する。

(飛んでるあいつと地面の間は、いづなの速さと大きさなら通れるだろ。油断してたりうまく虚を突ければ、まぁかなりの確率で成功するはずだ。)

 走るいづなの頭には、助言をくれた彼の顔と言葉が浮かぶ。

「八の言う通りだった、です」

 いつか言った言葉を無意識に繰り返して彼女は思う。

(八はやっぱり強ぇ、です)

 彼自身の策の副産物によって、彼の評価はまたいづなのなかで上昇した。もちろん、そのことを八幡自身が知ることはない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(してやられましたね。)

 いづなのつぶやきを聞き取っていた彼女はハァとため息をつく。油断したのは自分の落ち度。そしてまだあの男を正しく評価できていないことも、また自分が悪い。

「やるせないものですね」

 心のどこかで否定しているせいで、逆に評価が適切ではなくなる。いやそもそもだ。

(主観が入っている時点で、決して正しい評価なりえない、か。)

 いづなを追いながらも、ジブリールは頭を働かせる。それはターゲットの行動を警戒することもあるが、その傍らではまだあの男のことへとリソースが割かれている。

 姑息な彼ならどんな手を考えるか。読めない彼の思考を読もうとしてみるが、それがすぐに無駄だと彼女は悟った。現マスターの空と互角とは言わなくとも、やはり奇をもって良しとする戦術を推測するのは、難を極める。そんな部分に関しては彼にも力があることは、認めるのもやぶさかではない。

「ですが⋯⋯」

 それがマスターよりも強いと言われることに関して頷くことはできない。

(私はマスターに仕える者。故に負けるわけにもいきません。それに、彼に必要以上の感情を向けることも⋯⋯)

 僅かに浮かんだ邪推を頭を振って振り払う。

 八幡の考え出した策への驚きはすでに消えた。今は自分を戒め、省み、再度理解した自分の立場と目的を胸にジブリールは進む。

 そんな彼女が三度(みたび)驚くことになるのは、残り時間が一分を切ったところでだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 当たり前のことではあるが、ジブリールのトップスピードからいづなが逃げ切れることはない。

 時間も一分を切り、いよいよ本腰を入れたジブリールは今まさにいづなへ手を伸ばした。だが、それに対するいづなの行動は、加速でも回避でもなく――回転だった。

 鬼であるジブリールの方を正面にしたいづなは、慣性に従って進む体へブレーキをかける。伸びたジブリールの手はいづなに触れ、追い追われる関係は交代する。だがいづなはあくまで逃げる態勢を解かない。右足で殺した勢いを別方向のベクトルに変えるがごとく、いづなは走り出す。いづなの行動を見てから動き、ワンテンポ遅れたブレーキをかけているジブリールにタッチすると、いづなはある場所への最短ルートを、許された最大出力で進む。

「差し詰め、“タッチ返し”と言ったところでしょうか」

 これもまた、八幡がいづなへ吹き込んだ策だと彼女は直感した。鬼になった瞬間に即時報復。効率的でルールにも反しない、まさに秘策。

 そう考えたジブリールは、小さく微笑む。

「ですが、これは悪手では?」

 彼女が言うように、これは諸刃の剣。いづなが最後まで隠していた切り札だ。強力故にハイリスク。ジブリールにも使われる危険があるため、残り時間が少ない本当の勝負所でしか使えなかった。

 ジブリールはいづなの後を追う。彼女の背中を視界に捉えたジブリールは、更なる悪手を見る。

 いづなの進むこのルートは、屋上への一本道。逃げ場のない屋外へ逃げるのはまさしく死路。いづながこの二時間弱で城の全容を把握しきれていなければ、特に疑うことなくとどめをさせる。

 だが、本当にそうだろうか?いづなは彼と結託している。であるなら、この手にも意味があるのではないか。

 あの男なら、負けるリスクはとことんまで減らすだろう。このまま屋上に出れば、そこで自分といづなはある種閉じ込められることになる。彼がこのゲームをジブリールといづなの勝負と見ていれば、最後の最後まで一対一の形を作りたいのではないか。

 ここまで考えて、ジブリールは一度目を閉じる。

 たとえこの推測が当たっていようと外れていようと、自分の勝ちは変わらない。もともとこのゲームは自分が有利になるようにセッティングした。八幡を入れることではぐらかしたが、いづなと比べて基本スペックはこちらが上。誰が有利なのかは誰でもわかるだろう。

 階段を駆け上がるいづな。それを追うジブリール。DSPのタイマーは設定に従ってカウントダウンを始める。

 10――屋上への扉を開き、いづなが足場を階段から広場へ変える。

 9――後に続くジブリールは己の推測に従って、他を気にせず一気に進む。

 8――超スピード同士の二人。その片方は振り向き、片方が手を伸ばす。

 7――ジブリールの手の平が肩に触れ、いづなは再度彼女にタッチしてから走り出す。

 6――向かって右方向へ進んだいづなにジブリールはまた右手で触れる。

 5――いづなは下半身でブレーキをかけ、上半身は回転させながら伸びているジブリールの腕に触れる。

 4――タッチを受けた腕とは反対の手、左手でいづなの背中をタッチした。

 3――バランスを崩したいづなを横目に、ジブリールは唯一の出口へと進む。

 2――加速していく感覚の中で、ジブリールは“それ”、否、“かれ”を見つける。

 1――出入口の隣に佇む彼は、もはや方向転換の効かないジブリールへ触れた。

 

 

 ―other side out―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 三人のアラームが、ゲームの終わりを告げた。

 判定は難しいが、少なくとも俺は結果を確信している。

 

「私の負け⋯⋯ですか」

 

 よろよろと階段の方からジブリールが現れる。おお、まさか気付かれるとは。

「悪いな」

「いえ、これもまた私の油断の産物。あなたがわざわざ何かを言う必要はありません」

 ですが、とやや不機嫌そうに彼女は続ける。

 

「あえて言わせて頂くと――やってくれましたね」

 

 

 なぜだろうか。言い切った彼女の表情が、少しだけ、ほんの少しだけ笑ったように見えたのは、気のせいだろう。

 

 

 

 

 




伏線って難しい。
感想、誤字報告よろしくお願いします。


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まだ彼の目にそれが映ることはない

展開読まれ過ぎ。
どうも。
伏線回収が憧れ、江波界司です。
本作品の読者のみなさんの考察力の高さに舌を巻いています。




 種を明かせば簡単なことだ。

 要は、俺は最初からいづなをタッチしておらず、鬼のままだった。言い方を変えれば、あの二人は鬼でもないのに無駄に頑張って逃げたり追ってたりしていたということになる。

「私から離れて以降は、ずっとここに?」

「わざわざ逃げ場のない屋上に逃げるやつはいないだろ?」

「なるほど」

 ジブリールも理解できたらしい。これは作戦会議にあたっていづなにも話したが、相手がいると思わない場所に鬼は来ない。ジブリールが俺をどのように評価しているかはわからないが、少なくともそこまでの愚行に走るやつではないとは、思われているようだ。ならば彼女が標的を変えても、ここに追ってくることはなかったことになる。ある意味、一番の危険地帯が、一番の安全圏だった。

「つまり私は、まんまと手の上で踊らされた、ということですか」

「人聞きが悪い」

 別にこの形が最善だったわけではない。理想は階段を上ってきた時点で残り数秒。開いた扉を抜けて出てきたジブリールをタッチし、一秒ほど余裕を持ちたかった。返されるリスクはできるが、万が一俺がミスしてタイムアップはやはり避けたかったわけで。

 まぁ結果的には勝ったのだし、あとからネチネチと言う気はない。ゲームは既に終わっているのだ。

 俺は解放された緊張感を忘れるために、両腕を掲げて大きく伸びをする。いずなも疲れたようで、その場で大の字に寝転んでいた。ジブリールは、何やら言いたいことがあるみたいだな。

「なんだ?」

「いえ、少し意外だったなと」

「なにがだよ」

「あなたがハイリスクな協定を結んだことが、にございます」

 確かにこの作戦、負ける可能性が最も高かったのは俺だ。もしもいづなが誘導に失敗すれば即負けだし、それ以前にいづなが裏切った時点で詰みであった。まぁ逆に、リスクは全部俺が負うことでいづなとの協力関係を取り付けやすくしたのはあるが。

 ハイリスクだったのは認めるし、分の悪い賭けだったのも事実だ。だが、彼女の表現は少し違うくないか?

「お前は俺をなんだと思ってんだよ」

「打算によって裏付けされたものしか信じない損得主義者でしょうか」

「ひでぇ言いようだな、おい」

 なんでちょっといい笑顔で言っちゃうかな。セリフとの落差でバイバイダメージなんだけど。

「てか、それは雪ノ下の芸風だろ」

 いや芸風って表現はあってない気もするが。

「ユキノシタ、とは、度々耳にしましたが、どなたでしょうか?」

「ん?ああ、俺がもといた世界での⋯⋯知り合いだよ」

「今の間は一体?」

 しょうがねぇだろ。適切な表現が浮かばなかったんだよ。

「まぁなんだ、同じ部活の部員同士だ」

 部活については、空たちの参考書などから知識を得ている彼女なら理解できるだろう。

「そのユキノシタとは、どのような方で?」

「珍しいな。お前が他人に興味を持つってのは」

「あなたの言い分では、私と似ているとのことだったので」

 なるほど。確かに自分と似てるって言われたら気になるよな。俺も昔、小町から「ありゃりゃぎさんに似てる。目以外は」って言われてついつい調べっちゃったもん。結果は、シスコンとアホ毛以外に共通点なかったけど。俺数学できないし、困っている人をほっとけないとか思わないし。

ちなみに小町が噛んでたのはわざとじゃない。だって「噛みまみた」とかいってたもん。かわいかったですマル。

 さて、雪ノ下についてどこまで話したものか。そんなことを考えていると、いつの間にか来ていたいづなが俺の袖を引いた。

「八の向こうの話か、です。聞きてぇ、です」

「聞いてたのか」

 さすがは獣人種(ワービースト)の聴覚か。

 とりあえず座り込み、二人もそれにならって聞く態勢に入った。

「えっと、本名は雪ノ下雪乃で⋯⋯あとなにいえばいいんだ?」

 そもそも人を紹介したことがなかったからなにを言えばいいのかわからん。ぼっちの呪縛、か。

「私に似ているというのは?」

「毒舌と丁寧口調、か」

「そいつはゲームうめぇ、です?」

「ゲームはどうか知らんが、大抵のことは何でもできるような感じだな」

「一言で矛盾している気がしますが。どういった性格で?」

「あ~負けず嫌いで完璧主義だな。あと猫とパンさんが好き」

「パンさんってなんだ、です」

「キャラクターだ」

 首をかしげているいづなに、辞書の説明文を引用暗唱してジブリールが補足した。

「部活動は、お二人だけなので?」

「いやもう一人いる。由比ヶ浜結衣、まぁ、劣化ステフだな」

「あれの劣化版、ですか⋯⋯」

「ブカツ?です?」

 ジブリール、うん、つまりそういうこと。俺は簡単に部活というものについていづなに説明する。

「――と、まぁ学校という機関内で志望者を募ってスポーツみたいな半労働を強いる、社会生活の模倣活動のひとつだな」

「どう超解釈すればそんな結論に⋯⋯」

 例によってクエスチョンマークを浮かべるいづなに、またジブリールが説明を始めた。なんか、こいつら仲良くなってね?

「八のは、どんな部活、です?」

「奉仕部」

 ようやくハテナの消えたいづなの顔はまた疑問で曇る。

「どのような部活動で?部名から察するに、教員教師の手伝いをするようなものでしょうか」

「いや、依頼人に手を貸すってシステムだ」

「依頼人とは、学生のことで?」

「大体はな。部長曰く、“飢えた人に魚をやるのではなく、魚の取り方を教える”のがモットーらしい」

「あくまで自立を促すのもだと」

「そういうことだな」

 ふと空を見上げて、思う。俺はなぜあの二人のことを話したのだろう。誰かが勝手に誰かのことを語るのに、俺は少なからず抵抗があったはずなのに。

 俺にとって彼女らが他人ではなくなっているからだろうか。それとも、この二人に対して俺が何かしらの、信頼によく似た感情があったからだろうか。

 違う、と思う。

 たぶん俺が話した理由は、気にしていないからだ。どれだけ話しても、どれだけ知られようとも関係ないと、心のどこかで思っているからだ。

 それは、仕方ないことだと思う。そう思わなければ、そう割り切らなければ――

 そこまで言葉を繋げ、その先へ進むことを理性で止めた。それ以上は、今はまだいい。今気にしても意味がない。

 組んだ足を解くように立ち上がる。あぐらを掻いていただけなので、足が痺れているようなこともない。

「それより、さっさと決めようぜ」

 同意する二人に、察しがよくて助かるとしみじみ思う。

 

 

 

 

 

 

 どんな願いも一つだけ叶えてくれるなら、どんな願いが正解だろうか。永遠の命、世界征服、若返り、誰かを生き返らせる、ギャルのパンティー。選択肢も候補も多いが故に、やはり迷う。

 今回の勝者の権利は、敗者に対してなんでも要求できるというものだ。とはいえ、流石に前例ほどの自由性はない。要求の範囲は敗者、すなわちジブリール個人ができるところまでということになる。

 できるできないのライン引きをするなら、俺たちはジブリールの権利については侵害できない。それは空達が所持しているからだ。それに関しては、彼女自身でどうこうできる範囲を越えている。

 それを踏まえ、俺は何を要求するか。

「いづなはどうする?」

 同じく要求の権利を手に入れた彼女に俺は問う。だが意外にも、彼女は予想外な答えを間を置かずに出した。

「八が決めていい、です」

「え?」

 困惑した俺は悪くないだろう。決めていいって、何をどう?てかなんで?

「いづなが勝ったのは八のおかげ、です。だから八にやる、です」

 やるって、そんな簡単に権利をもらってもなぁ。

「てかいいのかよ。もともといづなの意見を押し通すためのゲームだったろ?」

「それに関しては、すでに彼女の中で達成できたということでは?」

 達成した?いづなの主張は俺の実力について⋯⋯あぁ、そうゆうことか。

「俺が勝った時点で証明ができた、と」

「そういうことだ、です」

 俺が単独で負けた場合、俺が弱いということが証明され、いづなの説が否定される。逆説的に、俺の勝ちはジブリール説の否定、いづなの肯定となるわけだ。

「じゃあ、俺が二つ要求するってことでいいか?」

「できればお断りしたいところですが、致し方ありません」

「そんなに嫌かよ」

 俺嫌われすぎだろ。まぁいいんだけど。

「じゃあ一つ目。ジブリール、いづなに謝れ」

「これはまた屈辱的な要求を。ですが、一体なにについて謝罪を?」

「いづなに敵対的な態度をとったことに、だ」

「それは彼女がマスターを軽んじるような発言をしたことが原因なのですが」

「お前、何歳年上なんだよ。少しは我慢しろよ。お前あれか、末っ子か」

「ある意味そうでしょうか⋯⋯致し方ありません。負けたのは私、ルールは絶対。不本意ではありますが⋯⋯いづなさん」

「なんだ、です」

「個人的な因縁はあれど、連邦の成立にあたって仲間となったあなたに対し敵対心を表したこと、謝罪いたします」

「おう、許した、です」

 ジブリールは下げた頭を上げ、いづなと見つめ合う。これで万事解決、とまではいかなくとも、まぁこの先は二人の問題だ。そこまで首を突っ込むのは、過保護であり過干渉だ。

 と、ここまではいづなとジブリールの関係についてだ。俺の本題というか本命はここからだ。俺のプランではいづながジブリールに要求した上でするつもりだったのだが、思った通りにいかないものだな。

 いづなが権利を破棄した時点で、これを言う必要はもうない。しかし、他に思い浮かばないし予備も用意してなかったし、変更はなしで行こう。

「んじゃ二つ目だな」

「ええそうですね。はてさて次はどこまで恥辱に塗れた要求をされるのやら」

 

「そういうこと言うなよ、しねぇから。二つ目の要求は――“自分の意思を持ち続けろ”」

 

「「え?」」

 

 なに仲良く困惑してんだ、この二人。喧嘩することも踏まえて、お前ら実はなかいいんじゃねぇのか?

「なぜ、その様な要求を?」

「俺の予想では、いづなが“八が強いのを認めろ”云々をお前に課すと思ってたんだよ。だからそれを打ち消さない、かつ“マスターは強い”という個人の意見を失わないようにするためのそれだ」

「それでは、いづなが要求していない以上意味がないのでは?」

「まぁそうなんだが、他になにも浮かばなかったし」

「さようですか。では、二言はなしということで」

「あぁ」

 なんか損した感じもするが、そもそもの俺の目的は二人の仲裁だ。それ以上は、別になくても問題ない。

 何はともあれ、これで王様からの課題は終わった。今日の課題終了、お仕事終了。時間も正午、昇った太陽が温かく心地いい。昼飯食ったらひと眠りするかな。いやその前にコーヒータイムだな、マックスコーヒータイムだな。

 ん?⋯⋯正午?マックスコーヒー?あれ、なんか忘れてね?

 

「⋯⋯やべぇ⋯⋯クラミーとの約束⋯⋯忘れてた」

 

 これ、俺は悪くないよね?ゲーム開始のとき時間設定できそうだったけど、大丈夫だよね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ノーマル鬼ごっこ編(勝手に命名)終了。
次回へ続きます。
感想、誤字報告お待ちしております。


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彼の苦労は終わらず

言い訳です。
本来は書こうとも思ってなかった話です。
そのためグダグダ感がいつもより多めです。
ご了承ください。



 初デートに遅れてくる彼女について、俺のいた現代世界では賛否両論に語られている。

 では、男の方が遅れたらどうなるか。あくまで彼女なんてできたことのない俺の予想ではあるが、ほぼ確実にキレられる。

 少々飛躍した例えではあったが、俺の現状を説明するなら最もわかりやすいはずだ。俺の責任ではないと信じたいが、どう考えてもクラミーとフィーが納得してくれる状態が想像できない。また土下座かな?⋯⋯俺は何回あの二人に頭を下げればいいのか。

「ジブリール⋯⋯」

「なんでしょうか」

「俺を転移で送ってくれ」

「地獄への移動をご希望で?」

「うん、ある意味あってる」

 ほんとは行きたくないんだけどね。しかし約束を反故にしたのは俺だし、行かないわけにもいかない。誰か俺を保護してくれない?

 距離的には今から走ってもただ遅くなるだけだ。わざわざ犯してもいない罪を重ねるほど俺は馬鹿じゃない。現状の最適解はやはり便利種族のジブリールに頼むことだ。

「ジブリール、さっきの要求変えていいか?」

「私が頷くとでも?」

 ですよねぇ、知ってた。

「じゃあ普通に頼む」

「なぜ私がそこまでしなければならないのでしょうか」

「そこをなんとか」

「⋯⋯では、帰ってからマスターにもマックスコーヒーを作っていただけますか?」

「ああ」

「承知しました。場所は、前に彼女たちと会ったところでよろしいでしょうか」

 恐ろしく早い変わり身。俺じゃなきゃ見逃しちゃうね。

 頷いた俺を見て、ジブリールはお馴染みの転移の準備へ入る。ジブリールが指した“前に”とは、あの存在強奪オセロの時のことだ。

「ところで、いづなはどこ行った?」

「先ほどあなたが頭を抱えている間に下へ。ドラちゃんに昼食を貰うと言っていましたね」

 そういや昼でしたね。そう思うとなんか腹減ってきたな。俺が昼飯にありつけるのは、もう少し先だな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遅かったわね」

 仁王立ちの彼女は身長差をものともせず、俺を見下している。

「えっと、森に迷いまして」

「その割に現れたのは転移による移動だったのですよ~」

 クラミーの隣に立っているフィーもまた、不機嫌を隠さずにこちらを見ている。

「いや、言い訳するわけじゃないが、なんで木に置手紙ならぬ巻き手紙してんだよ」

 俺たちがいつも待ち合わせに使っている場所転移に転移で移動したのはよかったが、なぜかそこにはポイント変更を知らせる紙が木の幹に紐を使って巻かれていた。今俺たちがいるのは、かつてクラミーたちと再会した湖の岸だ。気まぐれで一緒に来ていたジブリールに俺が方角を伝え、高く上昇した彼女が指定の場所を視界に入れて転移させてもらった。ジブリールはこの場所には来たことがなかったからな。

「それを差し置いても遅かったと思うわよ?」

「念のために申し上げておくと、彼は考えうる最善で最速の方法でここへ来ました」

「ということは~普通に遅刻したということなのですよ」

 あのジブリールさん?弁護のつもりが一転してるよ?立場悪くしてるよ?

「すまん、城でいろいろあってな」

「いろいろって?」

「鬼ごっこを二時間ほど」

「おい、いろいろとおい」

 俺の隣にいるどっかの誰かさんが唐突に爆弾を投下した。それに対し彼女らは――

 

「「へぇ~」」

 

 おいこら、何してくれてんだ。二人の視線が倍くらい冷たくなったぞ。こいつ俺になにか恨みでもあんのか?

「いや、ほんとに何してくれてんの?」

「及ばずながら弁護をと」

「⋯⋯本音は?」

「負けた腹いせです」

 マジぶれねぇ。そんで俺嫌われすぎだろ。大丈夫です、慣れてます。

 にしても⋯⋯やだなぁ、顔向けたくないなぁ。だって絶対怒ってるもん。それもほぼほぼ俺悪くないのに、俺に対して怒ってる。いや認めるよ?確かに忘れてたし、鬼ごっこでも時間について交渉もしなかったよ。結果十分ほど遅れたよ。けど、殺意まで持つほどキレられるのは違うくないか?

 ゆっくりと顔を向け、視界に入れる内の一人の顔はいい笑顔でした。うん、ほんといい笑顔。もう良すぎて怖い。だって笑ってるのに怒ってんのが分かるんだもん。それに対してもう一人は、なんか悩み顔で「鬼ごっこ⋯⋯」とか漏らしてる。クラミーのやつ、どうした?いや、それよりもまずはフィーのほうだ。

「待て、言い訳をさせてくれ」

「却下よ。でもそうね、ゲームで勝ったら許してあげるわ」

「ゲーム?」

「私たちとの“鬼ごっこ”よ」

「え?いや、あの⋯⋯俺今日、てかさっきしたんだけど」

「ええ聞いたわ。その上でよ」

 さいですかぁ。そうなると俺はたった一日で天翼種(フリューゲル)獣人種(ワービースト)森精種(エルフ)、そして人類種(イマニティ)とゲームするのことになるな。なんかのチャレンジなのか?

 まぁそれはともかくとして、え、何?また鬼ごっこ?なんで?

「いろいろと聞きたいんだがまず、なにを賭けるんだよ」

「そうね⋯⋯ここに二日分のコミルの実があるわ。私たちが勝ったら、この実は渡さない。あなたが勝ったら三日分にしてあげる」

 なんかもっともらしい条件がでてきた。これ「はい」選ぶまで終わらないやつじゃね?クラミーはとりあえず頷いた俺を見て続ける。

「ルールは私たちが鬼、あなたが逃げ手。範囲はこの森、時間は十分。殺傷性がなければ魔法もあり」

「私たちが鬼って、お前とフィーがってことか?」

「ええ」

「俺、魔法とか使えないんだけど」

「あらそう。それは残念ね」

 うん、わかった。よくわかった。これは単なる嫌がらせだ。それもさんざん逃げ惑った挙句コミルの実が貰えないって結末まで見えてるなかなかのものだ。こいつら、というかこの世界のゲーマーってほんと良い性格してる。

「これ、拒否権ないよな」

 独り言と判断したのだろう。ほかの三人は何も応えず俺の反応を待っている。

 実際には拒否権は存在する。だがそうすると今日から当分マッ缶がお預けとなってしまう。それは勘弁願いたい。――と俺個人の感情もあるが、一番の理由は隣にいる彼女だ。今回は空たちにコーヒーを作る交換条件で転移させてもらった。となると、ここでゲームを降りたら一方的な裏切りになってしまう。あとが怖いし、それは避けたい。

 ハァとため息をつき、俺はクラミーにゲームを受けることを伝える。

「けど俺は先にスタートしたい。鬼は一分後にスタートでどうだ?」

「ええ、いいわよ。時間は私たちが動き始めてからカウントね」

「では、時間は私が」

 ジブリールは次元の穴からDSPを取り出して告げる。クラミーやフィーにはゲーム機の機能は理解できていないだろうが、彼女の進言に頷いた。

「じゃあ、始めるわよ?」

 

「「「「【盟約に誓って】」」」」

 

 嫌がらせにも公正を期す律義さには頭が下がる。

 時間はきっちり十分。ジブリールがカウントを引き受けた以上、それは揺るがないだろう。

 いくら魔法があれど、これは鬼ごっこ。そして相手は女の子が二人。クラミーが設定したフィールドだが、この森の広さは東京ドームの球場部分と大差ない。これだけ広いうえに木々で見通しも悪い。これだけ条件がそろえば、十分間逃げきるのも難しくはない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――なんて、思ってた俺が馬鹿だった。

 ジブリールが鬼の行動開始を告げてからわずか数分で、俺は早くもクラミーの射程範囲もとい捕獲範囲に入れられてしまった。

 いくら帰宅部とはいえ、もともと自転車通学の上にここ最近はランニングもしていた。そんな俺が脚力で劣るクラミーに早くも捕捉された。その要因を推察するのは容易く、犯人はフィーだ。前にジブリールが魔法で空気中に透明な液晶を出現させて、離れた場所をライブしていたことがあった。魔法が得意な森精種(エルフ)なら、それと同種のものが使えてもおかしくない。

 結論としては、俺は常に監視されているということになる。当然身を隠すこともできないし、場合によってはルートを先読みされてフィーに待ち伏せをくらう可能性もある。

 分かっていたことではあるが、なんとも不利。不公平すぎて、ほんと不幸だ。

 だが、これはまだ救いのある状況だ。

 現状を客観的に見ても分かる通り、単純なスピードはやはり俺の方が上。先の展開にさえ気を遣えば特に問題はない。

 

「⋯⋯とでも、思ってる?」

 

 聞こえた声は、俺を追う後ろの少女のセリフだった。

 それがトリガーとなるように、突如として目の前の木が俺の進行方向を遮るようにして倒れる。予想外すぎる現象に戸惑いながらも、俺は一瞬の減速とともに倒れた木と反対方向、右へと曲がった。

 唐突な倒木。一体何が起こったというのか。クラミーの意味ありげなセリフを踏まえると、あれはあちら側の作戦だと考えられる。だがクラミーが何かモーションを起こしたようには感じなかった。だとしたら――いやしかし

「攻撃魔法は反則じゃねぇのかよ」

 物理的に考えて、実行可能なのはフィーの魔法だ。物理なのに魔法とはこれ如何に。

 だが実際にはそれは物理的なもののはずだ。例えば風の刃。不可視な上に切り込み次第で倒れる方向を調整できる。けどそれは攻撃魔法だろ。バギだろ、バギクロスだろ。

「直接の危害は加えていないため、反則ではありません」

 ご丁寧に説明してくれたのは上空のジブリール。終了を告げる者としては、プレイヤーの近くにいた方がいいとの判断だろう。

「それは、審判としての、公正なジャッジか?それとも⋯⋯」

「おそらく後者です」

 主観的な判断か。言う前に答えたなこいつ。ぶっちゃけツッコミ入れる気にもならん。走りながら話すの結構きついんだよ。

「⋯⋯それに⋯⋯」

 次々と倒れ、逃走コースを塞ぐ木々。俺とは違いそれを先に察知しているクラミーは、少しずつだが間を詰めて来ている。確かあの湖は森のほぼ中心に位置していた。フィーがまだ移動していないとしたら、円周上に広がるこの森の全体が魔法の効果範囲。まさしく死角がない。

 時間とともに逃げ場は減っていく。さすがに森を更地にするようなことはしないだろうが、的確に倒れた木が重なり合いながら効率的に俺を追い詰めている。もちろん横になっている木を跨いで進むこともできるが、それ自体が直接減速につながるため善策とはいえないのだ。

「ったく⋯⋯厄介な」

 いつの間にか追ってきていた足音が聞こえなくなっている。振り向けば、どうやらクラミーは一度姿を隠したらしい。体力的な部分を考えても妥当な作戦だな。

 第一波は互角、いや俺が少々劣勢か。

 俺は立ち止まって自問自答の作戦会議を始める。――さてどうするか。

「差し当たっては、魔法の方だな」

 ダメージ系統の魔法はないため、一番避けたい展開はバフ効果による追跡。唯一の有利な点が足だってのに、そこも負けちゃどうしようもなくなる。今のところ対処法はないが、マッ缶のためだ、どうにかしよう。

 

「五分経過です」

 ジブリールの時報、時報リールを聞いて残り時間が半分まで来たことを知る。だがその事実を味わう暇もなく、また彼女が俺の視界に入る。走り出す二人、草木を踏みながらも木々を躱しながら進んでゆく。

 これじゃただ森を周回してるだけで時間稼ぎでしかない。もちろん時間稼ぎ万歳だが、やりようによっては相手の脚力強化を引き出しかねない。

「ちっ⋯⋯」

 舌打ちが漏れたが、そんなことに労力を割いてるのがもったいないな。

 半ばあきらめかけながらも、なぜか始まった本日二度目の鬼ごっこは続く――。

 

 

 

 

 

 

 




遅くなってすみません。
これから少々忙しくなるので、また更新がまちまちになるかと思います。
それはそれとして、いつも感想ありがとうございます。
今回は感想にあったものをアドバイスとして受け取り、書かせていただきました。
これからもできれば感想、誤字報告よろしくお願いします。


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彼に彼女らは理解し難い

 ―ジブリール side―

 

 

 遥か上空、ではなくむしろ低空を私は進む。高度は木々が進行を邪魔しない程度、速度は彼の走る速さに合わせる。

「タイムキーパーを引き受けた以上、そこは守ります」

 独り言に応える者はいない。即席の簡単なものですが、認識疎外の魔法を張っているので当然です。一応驚かせることが無いよう彼にだけは見えるようにはしているのですが、どうやら聞こえなかったようで。

 常に彼の周辺を飛んでいるため、私が原因で彼自身の場所が特定されることを避けるための配慮。もちろんこれが無駄なことなのは承知の上。ここにいる全員が魔法で位置捜査をしているのは理解しているのだから。

 さて、クラミーは一度体力回復に努めるようですね。ここまで全力で走っていたようですし、不思議ではありませんね。しかし、これからの展開を思うと⋯⋯やはり不利なのがどちらかは明白。

 

「五分経過です」

 

 私は――私のすべきことをしましょう。

 

 

 ―ジブリール side out―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 残り時間は三分を切っただろか。すでに俺はある作戦を決行している。といっても大したものではない。ただ進行方向を湖の方へと変えただけだ。俺の予想では、というか間違いなくそこにはフィーがいる。

 わざわざ鬼に向かって走る理由、それはあちらの奥の手を使わせないためだ。有利な場面で切り札を使うやつはそうはいない。確信は持てないが、少なくともこれならぎりぎりまで発動を控えるはずだ。

 乱立する木を躱し、視界は開けた場所特有の明るさで照らされる。そして対岸には森精種(エルフ)のフィー、後ろからは人類種(イマニティ)のクラミー。挟み撃ち確定のこの場面、俺はブレーキをかけることなく右へと進む。

 湖をなぞるように走る俺を見ながら、一度は正面に見たフィーは俺の行く手に待ち構えるべく走り出した。その速度はクラミーよりも遅く、普通にやったら捕まるはずがない。だが今の俺は後ろから追われ、彼女自身は魔法使い。危害を加えずとも手はあるはずだ。

 湖を囲む岸の一辺、三人がほぼ直線で結べる位置まで来たこの瞬間、俺は再び森に入る。木が邪魔で見えはしないが、止まった足音の主はフィーだろう。

 さっき俺が見た時点ではすでにフィーは俺に近づくために魔法テレビを消していた。だからこそ、再度俺が森に入れば彼女はまた魔法を使おうとする。――そこがねらい目だ。

 距離にして1メートル弱、木を挟んだフィーの隣を通り、また湖の岸へと戻る。

「思ったよりやるのですよ~」

 セリフとは裏腹にまだまだ余裕を見せる彼女を見ることもなく、俺は走る。だが、どうやら追っ手は止まったらしい。足を止め振り返ると、息を切らした少女と微笑を浮かべる少女が並んでいる。

「簡単には⋯⋯いかないわね⋯⋯」

「クラミー、大丈夫なのですか?」

「平気よ」

 疲れは見えるか、残り時間動くことはできそうだな。それに魔法も考えるといよいよ分が悪い。ここは時間稼ぎに徹しよう。

「双方疲れてんだし、ここで手打ちにしないか?」

「冗談ならもう少し面白いことを言ってほしいものね」

「相方がいないからボケもツッコミも下手なんだよ」

「それは一対二のこのゲームに対する皮肉かしら?」

「俺がぼっちだっていうただの事実だ」

 ああ、そうとつまらなそうに返したクラミーは、膝についていた手を上げる。

「息も整ったし、そろそろ終わりにしようかしら」

「おお、引き分けでいいか?」

「何を言っているの?当然、勝つわよ」

 どうやらやる気らしい。残り時間は僅かだろうし、なら――来る。

「フィー!」

「行くのですよ〜」

 クラミーはまた一歩を踏み出す。だが、それを肉眼で確認できたかは定かではない。

「早ぇっ」

 条件反射で森の方に体をズラした俺の横を疾風が通り過ぎる。その風を起こした張本人、クラミーは激しい摩擦と共に地面を抉りながら止まった。

「よく躱したわね」

「備えてたからな」

 やはり使ってきたか――魔法による脚力強化。

 だが俺は既に弱点を見つけている。

「それが奥の手なら、失敗だったな」

「さぁ、どうかしらね」

 森へと走り出す俺と、それを見てから進み出すクラミー。タイミングに差はあれど、その先の道無き道では彼女が俺に触れることができる範囲まで一瞬で詰める。

 さっきのスピードを見ればそれは容易に想像でき、ならば当然対策も立つ。

 急ブレーキ。俺が進んだであろう目の前を再び風が通る。クラミーが止まったのは目的地から1メートル程の場所だ。

「その速さ、慣れないと使い悪いだろ?」

 ここまで一度も使っていなかった加速という荒業。訓練なしで車に乗れないように、強大な力には必ずそういった弱点がある。なにせ宇宙の帝王すらそれが敗因になるのだから。

「確かに、このままだとちょっと難しいかもしれないわね」

 弱音ともいえるそのセリフの主は、だが不敵に笑う。

「けど、これが奥の手なんていつ言ったかしら?」

 その不敵な笑みがあの詐欺師と重なったのと一瞬の間を開け、それは来る。木が揺れ葉が騒めく音が――正体の分からぬ“それ”の訪れを伝えた。

 危険を直感で認識した俺は右方向へ転がり、数瞬前まで俺が立っていた場所を見る。そのすぐ後ろには――フィーが立っていた。

「クラミーにだけ負担はかけさせないのですよ~」

「これでどう?」

 やられた――そう思うしかない。そしてなぜ俺はこの可能性を考えなかったのか。未だに俺は、一歩足りない半端者ってことか。

 相手は一瞬で間を詰めてくるスピードがあり、人数も二人。残り時間は?少なくともあの二人が俺を捕らえるには十分な余裕があるはず。まさしく、大ピンチ。さすがに二人を同時に躱すなんて技量は俺にはない。それにフィーはクラミーよりも制御がうまく、方向転換も簡単にこなすはず。恐らく俺が見ていないところで練習していた。もしくは既に経験済みだったか。

 やばい⋯⋯まじでどうしよう。

「⋯⋯おまえら、勢いあまって俺をふっとばすなよ?」

「降参のつもりなのですか~?」

「いいえ、ただの時間稼ぎね」

 やっぱダメか。白みたいに正確な時間を頭の片隅で数えられればいいんだが、そんな離れ技は習得してないし。いや、ほんとに白ができるかは分かんないんだけど。

 走り出す準備を整えた二人は俺から目を離す素振りを見せない。この場面でも一切の油断はなく、そして今――決着がつく。

 

「これで終わりよ!」

 

 目で見てからでは間に合わぬ速さ。瞬間移動と錯覚するほどの現象が目の前で起こり、いたはずのクラミーを見失う。

 ――否、これは⋯⋯本当の瞬間移動。

 目の前にいたはずの人物は視界におらず、その代わりのようにただ見渡す限りの湖が日光をキラキラと乱反射する。

 

「なにが⋯⋯」

 

 零してから数秒の後、対岸に鬼の二人が姿を現す。そして

 

「十分経過、ゲーム終了です」

 

 理解が及ばぬ超常現象のなか、彼女は俺の勝利を告げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「反則よ!」

 魔法を解かずに近づいてきたクラミーとフィー、上空のジブリールが集まり開口一番、クラミーは異議を申し立てた。

「なんのことでしょう?」

「とぼけないで。最後の、あなたの転移でしょ」

「ええ、そうですが。何か問題が?」

「大ありよ。なんであなたがゲームに参加してるの!」

「なぜと聞かれましても。もともと最初から私はこのゲームへ参加していましたと、それ以上は説明しようがございません」

「だから、なんでプレイヤーじゃない審判のあなたが、魔法でハチをサポートしたのって聞いてるのよ!」

 テンションが天と地ほど差がある二人の口論は続く。まぁうすうす分かってきてはいるんだろうけどなぁ、とくにフィーは。

「はて、私がいつ“審判”を引き受けると言ったので?」

「えっ?」

「私は時間の計測をするとしか明言していません」

「そ、そんな」

 屁理屈だな。だが文句が言えないのも事実、悪いのはルールを決めたクラミー自身だ。

「クラミー、お前一度もジブリールの魔法は禁止なんて言ってなかったろ」

 この鬼ごっこは魔法の使用があり。それにたとえジブリールが審判を務めたとしても、彼女自身のゲームへの干渉を禁止していないためどっちみちだったな。

「てかフィー、お前ゲーム開始の時点から気付いてただろ」

「そうなの!?」

「当然なのですよ~。でも、まさかそこの天翼種(フリューゲル)が手を貸すとは思ってなかったのですよ」

「こちらにも都合があるので」

「先に言ってよフィー」

「ごめんなのですよ、クラミー。でも、早く終わらせた方がいいと思ったから言わなかっただけなのですよ」

「それは、そうだけど」

 実はこいつら忙しかったのか?ならなんでゲームなんぞ。

「私たちはこれからやることがあるわ」

「そういや、なんか空に頼まれてたな」

 東部連合とのゲームの後、クラミーたちは一度空たちのところを訪れていた。そのときフィーの記憶を一部改竄し、エルヴン・ガルドに伝わる情報を操作したのだ。これによりあちらが攻めてくることはなく、来ても罠にはめて返り討ちにできるという作戦らしい。

 どうやらそのとき、クラミーは空から何かを頼まれたらしく、彼女もそれを遂行するつもりらしい。

「だから当分会えなくなる。コミルの実も、ここまで取りに来ていいわよ」

 はい、三日分のといってクラミーはコミルの実が入ったかごを差し出した。俺は短く礼を言ってそれを受け取る。

「では目標達成ということで。約束、忘れていませんね?」

「記憶力は良い方だ。白ほどじゃねぇけど」

 ジブリールが転移の準備に入り、やがて別の場所へと空間を無視して移動する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―クラミー side―

 

 

「クラミー、なぜ二日分なんて嘘をついてまでゲームをしたのですか?」

 彼らが姿を消したのを確認し、フィーはそんなことを聞いてきた。

「⋯⋯なぜかしらね」

 不思議そうな顔をする彼女を見て、私は自問自答を始める。

「⋯⋯あんまり、私こういうのは信じないんだけど」

 勘とかそういった根拠のないそれ。信憑性もないし、それが理由だとは言いたくないんだけど、そうとしか言えない。

 

「なんだか、そう思ったのよ――多分、もう彼とは会えないって」

 

 自分でも不思議なのだ。でも、どこかで根拠のないそれを確信している自分がいる。

「しばらくは無理でも、機会はあると思うのですよ」

 彼女が気を使ってくれているのは分かっている。だからそんな親友の思いは無下にしない。

「そうね。大丈夫、ただの私の気まぐれよ。行きましょ」

「はい、なのですよ」

 

 そういえば言いそびれてしまった。もう届くことはないし、言おうとも思わない。だから、声も文字もいらない。

 たった一言、心の中で。

 

 ――さよなら、ハチマン。

 

 

 ―クラミー side out―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 転移先はキッチン。どうやらさっさと空と白(マスター)の分を作れとのことらしい。鬼のようなワークプロデュースだな。

 あ、鬼と言えば。

「ジブリール、最後のは助かった」

「勘違いをなさらぬようお願いします。私が動いたのはあくまでマスターのため。あなたが負けるとマスターも分のコーヒーがなくなってしまうので」

「なにお前、ツンデレ?」

「一思いに死にたいとのことでしたらお手伝いしますが?」

「なにお前、詰んデレ?」

 むしろヤンデレか。いやデレてない。

 まぁいいや、とにかくさっさと三人分作っちまうか。自分で言うのもなんだが、俺は慣れた手つきでマックスコーヒーの制作にかかる。

 ⋯⋯まぁそれはいいんだけどさ。こいつどうした?ここから動く気配が全くないんだが。それに、

「お前なに笑ってんの?」

「嘲笑という言葉をご存じで?」

「傷つくからそういうのはやめろよ」

 めっちゃいい笑顔で嘲笑ですって、どんだけ表情筋豊かなのこいつ。てか満面の嘲笑とかいつ誰に使うんだよ。今か、そして俺にか。

 ほんと、ブレねぇなこいつ。

 

 

 

 

 

 

 

 




マジック鬼ごっこ編(勝手に命名)終了。
遅くなって申し訳ないです。
感想、誤字報告よろしくお願いします。


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彼はもう少しだけ回り道する

 コーヒーを作る時、大切なものはなにか。

 今俺が制作しているマックスコーヒーは甘い。故にコミルの実がないと完成しない。料理で大切なのは愛情なんてことを言うやつもいるが、違うだろ。確かにそれも一つには数えられるが、それ以前にあるのが――原料だ。

 コーヒー豆なしにコーヒーは作れず。シチューの具材にルーを入れたらカレーになるように、主役なしに作品は完成しない。

 故に、今必要なのはその主役になりえるそれであり、だからこそこの要求は正当と言える」

 

「それで、今すぐ城のキッチンに送れと?」

 

 腕を組んでなぜか不機嫌そうに返したジブリール。数分前まで笑ってたのに(嘲笑だけど)、秋の空とか比べ物にならんほど移り変わるなこいつ。

「いや、もともと俺の分しか作る予定がなかったし」

 とにかく仕方ないのだ。最近はほとんどこちらのキッチンで作っていたが、メイドさんたちが買ってきているコーヒー豆の貯蓄は城の方にあるのだ。俺の都合上ここにある量では空と白の分までは作れそうにないのだ。

「作れて一人分だ。仮にこれを持っていっても空達のどっちかに我慢してもらうことになるぞ」

「斬新な脅迫ですね」

 まぁあいつらなら一本のコーヒーを分け合うと思うけどな。

 納得してはくれたようで、ジブリールの転移によってキッチンからキッチンへと移動した。

 で、え?なにこれ?

 

「腹減った⋯⋯です⋯⋯」

 

 なぜか大きめの台に寄り掛かる様にうなだれている獣人種(ワービースト)が一人。

「なんでいづながここに?」

「はて、確か実を取りに行っている間に昼食を頂いていたはずですが」

 いづなに聞くと、どうやらこの状況は彼女自身が招いたことらしい。

「じいじが忙しそうだった、です」

 現在いのとステフはどっかの貴族とゲームをしているらしい。いのがステフの手助けのような役を担っているらしく、いづなもそれを先ほど知ったとのこと。いづなは獣人種(ワービースト)特有のテレパシー的なものでコンタクトを取ることもできたはずだが、いのに負担を掛けたくないとのことで自力で飯を探すことを選んだ。彼女曰くメイドさんたちは留守らしい。

「それでここまで来たのはいいが、結局食いものを探せなかったと」

「というより気を遣って手を付けなかった、といったところでしょうか」

 元気皆無なのは空腹故か。

「簡単なものなら作れるが⋯⋯」

「ほんとか、です!」

 おお、すげぇ食いつき。作れるのは事実だが、その前にか。

「ジブリール。多分街の方に買い物に行ってると思うから、メイドさんたちに食材使っていいか聞いてきてくれ」

「ほう、一体どんな権限を使って私に命令を?」

「お前が聞きに行ってる間に空達の分作っとくから」

「交換条件になっていませんが。では、私が戻ってくるまでに完成していなかったら罰ゲームを」

「別にいいが、逆もあるからな」

「承知いたしました。では」

 一瞬にして目の前から彼女が消えた。さてやるか。

「いづな、全速力でコーヒー豆を取ってくれ。早ければ早いほど飯が早くなる」

「わかった、です」

 返事を聞くと同時、室内に疾風が吹き荒れる。俺がしっかりとホールドしていたコミルの実と一人分の完成品が入ったポット、以外の軽めのものが宙を舞った。そして、それらを全て空中でキャッチし元あった場所に戻しながら、いづなが俺の目の前に現れる。

「これか、です」

「おお、さんきゅ」

 全速力、『血壊』を使った彼女はコーヒー豆の入った瓶を俺に手渡した。俺は左手に持っていたポットをテーブルに置き、彼女からもらった瓶のふたを開ける。

「そういやいづな、なにが食いたいんだ?」

「ハァ⋯⋯ハァ⋯⋯さかながいい、です」

「了解」

 血壊を解除したいづなは、また力なく調理台に寄りかかった。

 貯蔵庫を見る限り、マグロ大の魚が一匹見つかった。さてさて焼くか煮るか、それとも刺身か。

「流石に全部は食っちゃ悪いか」

「いえ、許可は得ました」

 あれ?なぜか魚を見ていたはずの俺の視界には笑顔の天翼種(フリューゲル)がいるんだけど。

「お、おかえり」

「ただいま戻りました。魚は全て使ってよろしいそうです」

 ずいぶん太っ腹だな。まぁ買い物の途中なら追加で買えば問題ないか。

 ジブリールの話では、メイドさんたちは俺の推測通り買い出しに行っていたそうだ。ステフのしているゲームは一時に終わる予定らしく、それに合わせて食材の仕入れをしてるとのこと。効率を含めて全員で出たんだろうな。

「それで、いかがですか?」

「ん?なにが?」

 知らんぷり、ではなく二人分のコーヒーを差し出しながら応える。早い話、完成していたのだ。今の俺なら計りなしでも及第点の比率で作れる。

「これで俺の勝ちだな。別にゲームはしてないけど」

「ちっ⋯⋯」

 あの、ジブリールさん?なんか舌打ちが聞こえましたよ?こいつどんだけ俺に罰ゲームさせたかったんだよ。んでなにをさせる気だったんだよ。

「じゃあ罰ゲーム、って訳でもないが、これさっさと持っていけ」

「それはそのつもりでしたが、あなたは行かないので?」

「いづながもう限界だからな」

 親指で指した方を見たジブリールはあぁ、となにかを察したように零す。いづなたん、しおしおだな。飯を作ってやる約束だし、今巫鳫(あっち)には行けないな。

「空達に用事はあるが、まぁ今度でいいし」

「左様で」

 ポットを受け取り、転移の際の余韻を残しながら彼女は消えた。テレポートにも慣れるもんだな。

「さて、いづな。魚料理はなにがいい?」

 焼く煮る蒸す刺身。俺ができる範囲の調理法の提案に対しいづなは――

「全部、です」

 欲望()のままに、わがままに、彼女は難題を切り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 元王室。正確にはまだ王室だが、現在ステフが自室として使っているためこう表現させてもらった。

 さて、その部屋の奥のさらに奥。隠し部屋と呼ぶに相応しいこの小室。そんでここはステフの爺さんが残した資料が隠されていた部屋でもある。

「満足か?」

「八の料理うめぇ、です」

 そいつはよかった。焼き魚を頬張る幼女を横目に、俺は本のページをまた1ページめくった。この部屋にいづなを連れて来てもいいものかと一瞬考えたが、多分こいつ人類種(イマニティ)語読めねぇだろし問題ないな。現代世界では見ることのない文字列を目で追いながら、俺は左手のコーヒーを啜る。

 クラミーからもらったコミルの実は三日分、いや三日弱分。三日⋯⋯か。過ごしてみればすぐに過ぎてしまうような時間。長いようで短い、そんな期間。――そろそろか。いや今日は疲れたから休むけど。

 とりあえず欲しかった情報は手に入ったので、本を閉じて棚へと戻す。

 

「八。これからなにするんです?」

 

 一瞬、全身に力が入ったのを自覚した。

 落ち着け、獣人種(ワービースト)に心を読む能力はない。ならばこれはいづなの直感、存在しない第六感より出た言葉。まだ確信も確証もないはずだ。

「あーそうだな。時間も時間だし、ステフ達の様子でも見てくるかな」

 空になったカップを持って立ち上がり、部屋の出口へと歩み出る。いづなはそれ以降なにも聞かず、自分の使った食器を持って後をついてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 使った食器を洗った後、昼食をとっているらしいステフのところへと向かった。

 メイドさんが示した部屋の扉を開けると、一面紙の山。積み上げられた書類と書物の間から、うめき声のような少女の呟きと、それを諭すような老人の声が聞こえた。

「ステフ、いるか?」

「おぉヒキガヤ殿」

「あぁハチですの⋯⋯っ!は、ハチですの!?」

 前国王の孫娘、貴族令嬢のステフは、その威厳も可憐さもどこかで捨ててきたような顔をしている。こいつ、その内倒れるんじゃないか?

「大丈夫か?」

「え、え、えぇ、だだだ大丈夫ですわ」

 うん、大丈夫じゃないな。

 それに食事つっても野菜とハムみたいなやつのサンドイッチだけ、か。別の意味でも大丈夫じゃない。

「いの、何があったんだ?」

「空殿より国政に関して、ほぼ全権を任されたドーラ公は、ここ数日極端に少ない睡眠時間の中仕事を続け、現在に至りますな」

 いのは少ないと表現したが、多分寝てないんだろうな。ステフが空に惚れろと命令されて以降、心身共に削って空のために奮闘するのは分かっている。他の人間に心配を掛けたくないというステフの意図を汲んだ、いのなりの配慮だろう。

「ハァ⋯⋯いの、事務記録するための資料くれ」

「「えっ」」

 別に、ステフを助けてやろうとかそんな殊勝な心掛けはない。あくまでもこれは俺の予定に必要なことだ、他意はない。

「俺は細かい政治とか政策とかは分からんからな。記録雑務くらいならできるだろ」

「は、ハチ?な、なんでそんなことを?」

「ただの暇つぶしだ。それに、何か仕事してねぇとジブリールに睨まれるんだよ」

 気まぐれ、いやあるいは。そういえば見覚えというか、身に覚えというか、過去に見たことがある。一人でできるから、一人の方ができるから、そう自分の裁量を最大限活用した奴と、その先を。

 有能であれど優秀ではなく、勇者であれど賢者ではない彼女の姿が一度重なり、すぐ意識的にそれを払拭した。あいつはまだ、倒れられただけマシかもしれん。余計に体力がある分、彼女が音を上げるのはもっと先だ。

「いの、ペンと書類」

「こちらをお使いくだされ」

「じゃあ資料もくれ。どれがいるのかはわからん」

「では、そこの整理はこちらで請け負いましょう」

 あ、そういやほったらかしだった。

「いづな、いのの資料運び手伝ってくれるか?」

「わかった、です」

 頷いた彼女はせっせと祖父の揃えた書類の束を俺のもとへ運ぶ。羽根のついたペンを握り、俺もまた役目を全うする。いのが一瞬睨んだ気がしたけど、うん、気のせいだな。

「あの、ハチ⋯⋯」

 そんな俺に声をかけたのはステフだった。手も頭も止めず、声だけで俺はそれに応える。

「なんだ?」

「その⋯⋯ありがとう、ですの」

 ふむ、なんか今日のステフはいつもと反応が違う気がする。まぁ限界に近い精神状態だし当然か。

「別に、仕事ならしょうがねぇよ」

「⋯⋯似合わないですわね」

「⋯⋯だな。とりあえず明日の昼までに必要な部分は終わらせるぞ」

「ハイですの」

 小さな子の足音とペンと紙の擦れる音が庶務室に静かに響く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、行ってきますわ」

「一時間ほどで終わる予定ですので」

「あぁ」

 ステフといのは貴族とのゲーム夜の部へと向かった。

 時間は天辺を回っているため、既にいづなは就寝している。俺もあと少しで目標の範囲までの記録が終わるし、これでステフといのも少しは休めるだろう。

「⋯⋯よし、終わるか」

 ノルマをクリアし両手をつないで大きく伸びた。体の鈍い痛みがどれだけ長時間仕事していたのかが分かる。

「あぁ、仕事したくねぇなぁ」

 まぁ明日、ではなく今日は仕事でもないのに面倒なことをしないといけないんだけどな。

 いや、これは決してmustではない。あくまでもこれは俺の一身上の都合で、一個人の希望で。だから、この先進むのは俺一人で。だが⋯⋯それすらも叶わない。

 

「ハァ⋯⋯」

 

 廊下を歩く俺は無意識にため息をつき、通り過ぎかけた扉を開いた。憂鬱さに耐えながら、自室のベッドに入り、眠る。

 とにかくだ。やるべきなら――やるしかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝六時。久々の夜更かしというほどでもないが、いつもより短い睡眠時間の分起きる時間も少々遅い。別に今朝は約束もないし、俺は目覚まし代わりにキッチンにてマックスコーヒーを作って一口舐める。

 窓から見える空は、白い雲とのコントラストで晴れた風景をより冴えさせて見せる。

「気持ちの良い朝、ですな」

「いのか」

 朝っぱらから爺さんと顔を合わせることになるとは。確かに爺さん婆さんって朝早いけど。

「ステフは?」

「今朝はまだ寝ておりますな。昨日、予定を繰り上げて書類の山を片付けたので、午前は休憩時間として使ってもらう予定です」

「そうか」

 概ね俺の目的は達成。じゃあ、朝食取ったら行くか。

「いのさん」

「今更改められるのは、何やら違和感がありますな」

「じゃあ爺さん。いづなを頼むわ。この後俺向こうに行くから」

「言われるまでもなこと。しかし、いづな自身が行きたいと言えば⋯⋯」

「その辺は任せる」

 普通に移動したらそれなりに時間がかかるだろうしな。どの道、昼まで持てばいい。

「そうですか。それでは」

「ああ」

 それぞれの目的地へと向かうべく、二人は広い廊下をすれ違う。

 先ほどモーニングコーヒーのついでがてらに拝借したパンをかじり、マッ缶を飲む。適当に通路を歩きながら、目的地に着いた。キッチンの流しで空になったカップを洗って、水切り台に置く。

 さてと⋯⋯行くか。

 おそらく聞こえているだろう。疑うこともなく、俺は何もない宙を見る。

 

「ジブリール」

「はい」

 

 案の定、ノータイムで彼女が現れた。

 

「『  』のところに」

「かしこまりました」

 

 毎度お馴染み、そういっても差し支えない転移の感覚で向かうべき場所へ向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




語彙力が欲しい⋯⋯
情景描写が本当に難しいです。
活動報告の方で番外編のリクエストも募集しています。
感想、誤字報告のほどよろしくお願いします。


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再び彼らは道を交える

 ――たまに、思うことがある。ゲームの世界とはどんなものなのかと。

 ドラ〇エやエフ〇フのように、勇者が魔王を倒そうと幾多の苦難困難を仲間たちと耐え、越え、平和な世界のために戦う。仲間を集め、魔物を倒し、迷宮を攻略し、最奥に待つ魔王を討つ。

 そんな世界にいたらどうなるだろうか。

 これはある種、誰もが1度は考えることではないか。自分の運命や使命がはっきりと明確化された世界に行きたいと、現実離れした飽くなき欲求を満たしたいと。

 そんな世界は、理想の世界(ワールド)だ。もしそんな人生(ゲーム)が送れるなら、誰もが望む――そんな美しい世界に行きたいと。

 

 では、そんな理想の世界と現実は何が違うのか。

 ゲームとリアルの、最大にして最少の違い――それは、『優しさ』という一点だ。

 

 リアルにはゲームのように絶対な規則(ルール)がない。

 リアルにはゲームのように完全な勝敗(クリア)がない。

 リアルにはゲームのように潤沢な復活(コンテ)がない。

 リアルにはゲームのように明確な数値(レベル)がない。

 リアルにはゲームのように万能な能力(スキル)がない。

 リアルにはゲームのように確実な成果(スコア)がない。

 

 逆説的に、いや語るべくもなく、これらの全てが存在するゲームは――『優し(イージー)』過ぎる。

 

 そんな世界が美しく見え、誰もが望むのは当然のこと。

 しかし皆、どこかで気付くのだ。それが現実(リアル)ではなく、幻想(ゲーム)であるのだと。

 

 もしも優しいゲームが幻想ならば、幻だというならば、きっと『優しさ』もまた嘘なのだ。形も何もない、空想上の絵空事でしかないのだ。

 

 ある者は――“虚妄(ゲーム)の世界”で『本物』を得た。

 

 ある者は――“実相(リアル)の世界”で『本物』を探した。

 

 どちらが正しい、なんて言えない。

 たとえ片方が無自覚に見つけようとも。たとえ片方が無様に見つけられずとも。

 ――そして思う。

 俺は、俺だ。それ以外でも、それ以上でも以下でもなく、ただ一切変わることなく、俺なのだ。

 自分が果たすべき運命、意思も意志も無視して決められた使命が存在する世界。それは制約によって構成された現実よりも、余程不自由ではないか――束縛的で、拘束的で。強制的で、悲劇的ではないか。

 

 故に、俺は宣言する。誰にも聞こえぬ声で、誰にも届かぬ覚悟で。そしてどこかの少年を思って。

 

「くたばれ――運命」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ただ何となく、目を閉じていた。

 転移には慣れていたし、これからの行動に対する恐怖もない。

 現実時間では一秒にも満たぬ、されど体感時間にして永遠とも感じられる思考の世界。その光のない空間から抜け出すべく、俺は一度閉ざした目を開ける。

 

「よう、八。待ってたぜ」

「⋯⋯はち、おそい」

 

 I ♡人類のTシャツを着た黒髪黒目の男と、小学校の制服を身にまとった白髪赤目の少女。目の前に重なる様に座る二人は、最強のゲーマー『  』。圧倒的なスペックと絶対的な信頼関係を武器とする、『本物』。そして今、俺が挑む相手。

 場所は前に巫女さんと丁々発止を渡り合った部屋。その時彼女がいた場所には、今は件の二人が鎮座している。そしてその横に、何をするでもなく佇む巫女さん。ジブリールは俺の傍を離れ、巫女さんとは対となる主の隣へ移動した。

「待たせたな」

「あぁ⋯⋯てか、ほんと待ったわ!早く来いや、ゴォラァ!」

「⋯⋯はち、おそすぎ」

 なんかいつも通りだなこいつら。けどまぁ、それがこいつらのスタンスだしな。

 逆にそれが安心できて、俺もまた自然と口を開く。

「ボス前はしっかり準備する派なんだよ」

「ふむふむ、では⋯⋯よくぞここまで来たな勇者⋯⋯」

「⋯⋯にぃ、イベントスキップ」

「えぇ、ちょっと楽しみにしてたのに」

 話が進まねぇ。なんかテンション高くないか?まぁ、その疑問の答えはすぐに思いついたが。

 やっぱりこいつらは、ゲームが好きなんだろうな。……そう思うと、少しだけ悪い気もしてくる。

「で、そろそろいいか?中ボス」

「ほう⋯⋯この『  』に対して、ただの通過点だと?」

 怒りはないな。あれはただの振り、偽りの感情だ。

 特に気にする必要はないと判断し、応える。

「さぁな。⋯⋯そもそも、要件は分かってるんだろ?」

「はてさてなんのことやら~」

 言うまでもなく彼は、彼らは知っている。俺がなぜここにいて、何をしたいのかを。

「じゃあ、改めて……」

 わかりやすく深呼吸して覚悟を、決めたはずのそれをもう一度自分に誓う。

 

「『  』に言いに来た――ゲームをしよう」

 

 くくっと不敵に笑う空、表情を変えずただ俺へと視線を向ける白。この場を我関せずと見守るのはジブリールと巫女の二人。

 数秒の静寂の後、口を開いたのは、空だった。

「八。それは、俺らに挑戦するってことでいいんだな?」

「あぁ」

 無敗にして無敵、最強の二人。そこに挑むは、負けることに関しては最強のぼっちだ。

 

「あの時は引き分け(ドロー)だったからな。決着をつけようぜ?」

 

 過去最大の、怪しさしかない笑顔で言い放ち――

 

「あぁ⋯⋯」

 

 空もまた、人相の悪さをフルに発揮した表情で――それに白も続き――応える。

 

「「かかってこい」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―巫女 side―

 

 

「ゲーム内容は挑まれた方に決定権がある。そのことも踏まえて、提案させてもらっていいか?」

「あぁ、問題ねぇ」

 宣戦布告が終わって、話は進む。

 しかし、驚かせられたな。空は近いうち言うてたけど、まさかこんなにとは思っとらんかった。

 空の読みじゃ、ヒキガヤはエルキア連邦から離反する。その儀式ゆうのが、このゲームになるわけか。

 裏切りでななく真っ向からの対立。それは彼女、ジブリールが言ってたこととやったな。

 

 

 

 昨日の午後、彼女がコーヒーを持って帰った時のこと。

「ジブリール、八は?」

「城に残ると。それと、マスターに対して用事があるとも」

「そっか。じゃあ、あいつの様子今見れる?」

「仰せのままに」

 魔法やろ。空中に何かを映す四角形を描く彼女に、あては少々疑問ができた。

「空、あのことは話してたん?」

「まぁな。むしろジブリールを監視につけたようなもんだし」

「最近あの二人が一緒やったのはそれが理由なんか」

「いや、そこまでは命じてない。あくまで八の動向には目を向けとけってくらいの軽いもんだから」

 その軽い命令にもジブリールは全力で従うんやろけどな。それは空も分かっとるやろし。

「現在は、いづなの昼食を作っていますね。一応彼自身の分も」

「八がジブリールに声を掛けたらこっちに来るってことのはずだ。そこんとこ、迅速によろ」

「承知いたしました」

「なぁ、あんたはなんとも思わんの?ヒキガヤが裏切ることに」

「マスターが決めた道に逆らうつもりはございませんので。それと、一つ訂正しておきましょう」

「訂正?」

「彼は“裏切り”ません。やるならば真っ向からでしょう」

 裏切りとは少々ニュアンスが違うか。それはつまり

「空と同意見ってことやね」

「いや、俺がジブリールに賛同したってのが本来だな」

「そうか」

 

 

 

 

 そんで、今まさにその真っ向勝負が始まる。

 ヒキガヤは全く油断を見せず、迷うことなく言った。

 

「俺が提案するゲームは、『すごろく』だ」

 

 はっ?思わず零しかけた。

 なんで?この場面で、この状況で“すごろく”なんもんが出てくるん。

「ジブリール。具象化しりとりの装置で必要なアイテムを作ることはできるよな?もちろんしりとり関係なしで」

「可能です。ではすぐに準備を」

 転移で消えた彼女を無視して話は続く。

「すごろくの定盤は俺が用意する。マスはスタートからゴールまで36とする」

 と、ここでジブリールが戻ってきた。例の装置は魔法で持ってきたみたいやね。

「んで、ここからだ。マスにはスタートとゴール以外の全てにイベントか記されてる。当然だが頭がおかしい内容はない。俺が当たったら危ないからな」

 理由があれな気もするけど、まぁ説得力はあるわ。

 ジブリールの持ってきた機械にヒキガヤが触れ、いままで何もなかったところに一つの盤と四つのダイスが現れた。

「止まったマスのイベントは強制。中身は何マス進む戻るとか、三回拍手とか一曲熱唱とか、そんなところだな。使うサイコロは二つで、進むのは振って出た目の合計だ。最大は6+6で12。最速なら三ターンでゴールできる」

 あぁ、もちろん、先にゴールした方が勝ちな?と彼は補足した。まぁこの辺にはなんも疑問はない。

 彼は右手で持っていたダイス二つを放って転がした。そして自らのコマを指定のマスへと移動させる。練習ゆうか実演を交えての説明やろな。

「マスのイベントはそのマスに止まらないと確認することはできない。サイコロを振って、コマを動かすと、空欄のマスにイベントが文字で浮かんでくる。えっと、指パッチン一回したら2進む、か。⋯⋯とこんな感じだ。ちなみに“スタートに戻る”はないから安心してくれ」

「要するに普通のすごろくでいいんだな?ここまでの時点ではかなり普通だけど」

「ここまでは、な。そんでこっからが重要だ。まず、このゲームは具象化しりとりのシステムで道具は作ったが、あくまでやるのは現実だ。だからたとえば一曲熱唱で声が枯れたとして、その枯れたという事実は残る」

「⋯⋯納得」

「次にだが、この盤は俺が作る。イベントの内容も俺が考えるわけだが、それだと俺だけがマスに書かれた内容を把握していることになり、お前らに不利な部分ができてしまう。だから、まぁ内容は普通のすごろくとかわらないんだが、公正を期してイベントの書いてある場所はランダムにする」

 妥当やな。わざわざイベント内容を伏せてんのに、ヒキガヤが一方的にイベントの内容と位置を知ってるんは不公平やからな。

「それとマスのイベントはそのターンに最初に止まったものだけ有効だ」

「つまり何マス進むとかで止まったマスは無視と」

「そういうことだ。で、ここまでを踏まえてルールを一つ追加する。この36のマスのうち、3つだけ俺が任意の場所に好きなイベントを書き込む。もちろんどちらが止まっても発動するものだ」

「その書き込むイベントの内容は?」

「今は教えない。それを言ったらつまんねぇだろ?」

「そりゃそうだ」

 完全に不利となる条件を出されて、やけど空に動揺は見られん。

 相手が決めた場所に決めた内容。自分を有利にするもんか、相手を陥れるもんか。どちらにせよ、それがこのゲームの主軸になるんことだけは読み取れる。

「ここまでで説明は終わりだ」

 空は手を顎にあててヒキガヤの出した条件を吟味し、一瞬の間の思考を終えて彼に向き直る。

「一つ、いいか?」

「あぁ」

 かつては共闘して東部連合とゲームし、変わって現在は挑戦者として現れた男に対して彼は問う。

 

「八、まさか運ゲーなら俺らに勝てるとか思ってないよな?」

 

 このゲームは、本気でやる気なのかと。

 運、運ゲー。ダイスとマスによって決まるこのゲームは、偶然で勝つことも負けることもある。ヒキガヤが出した特別ルールも、発動するのは十二分の一、確率としては低すぎて確実性が無さすぎる。

 たとえ思惑があるとしても答えることはないやろ。

 

「あほか。そんなわけねぇだろ」

 

 そんなあての予想を知ってから裏切る様に、彼は嘘偽りなく回答する。

 これはつまり、確率云々を抜いて策があるゆうこと。『  』に対し、対抗できる術があるゆうこと。

 端的に言って、自分が有利だゆうこと。

 やのに、それでも空は――笑う。

 目の前にいる敵対者に、全くもって敵意を向けず、どころか好意的なまでの期待すらほのめかして。

 

「オーケー、それで行こう」

 

 あの二人が負けるとは思えん。それはここ数日で見て知った彼らの実力が根拠となる。

 彼らは、単純に強い。だからこそあては、そして恐らくジブリールも、焦りを覚えることなくこの場にいれる。

 今、この場に置いて二人の敗北を想像できる者はいるんやろか?『  』自身?それともあてが?あるいは、彼か?

 彼らの実力をあて以上に知るであろう彼が、そんな希望的観測に身を委ねるやろか……いや、ないな。そう断言できる。

 

 ――だが、それではまるで、彼がただ、負けるためだけに来たようで……

 

 

 ―巫女 side out―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 釣れた、なんて思ってはいない。

 空のこの返事は予想通り。もとよりここまでではまだ、『  』がゲームを断る要因はない。

「それで?八はなにを賭けて勝負がしたいんだ?」

 空はいつもと変わらぬ軽薄な声色で問う。

 むしろここから、本命本番勝負所はまさに今からなのだ。

 何せ俺は、あの妖怪のような男との、心と心、腹と腹の探り合いをしようというのだから。

「俺が勝ったら、お前らからあるものを奪う」

「⋯⋯あるもの、って?」

「お前らは互いを信頼しきっているからこそ強い。なら、そのお互いの記憶がなくなったら?」

 こいつらの強みはその尋常ならざる高スペックさではなく、不動の関係性だ。だからこそ、その軸が無くなればひどくもろい。

 ――そう、かつての白のように。

「じゃあ逆に、俺たちが勝ったら?」

 特段空の心理状態に変化は見られない。負ける気がないのか、単純に隠されているのか。

 どちらにせよ今の俺にそれを知る術はない。

「俺は今後一切のエルキア連邦との接触を断つ」

「おいおい、それ俺らにメリットなくね?」

 ヘマするなよ――一言、自分にそう言い聞かせた。

「裏切り者が自分から出ていくんだ、十分だろ。それに――」

 これで乗ってくれば、いける。故にこれが、第一段階にして最大の難所。

 すなわち、あの“『  』の参謀()”相手に打つ、滑稽なまでに見え透いた――“挑発”。

 

「この条件以外じゃ、俺は勝負しない」

 

 これは『  』にとって、最もすべきでないゲームだ。

 相手が一方的に決めたアウェイな勝負。勝率が低く、無敗を掲げる二人としては受けるべきではない最悪の条件。

 だが、それでも――

 

「白――」

 

 空に呼びかけられた妹は、兄の足の上でコクリと無言で頷く。

 話し合わずとも、目すら合わせずとも、彼らは熟考なんて捨てて来たかのように結論を出す。

「最強名乗るのに引き分けがいたら、かっこつかないだろ?」

 すでに決まった彼らの答えを、全く無意味な軽口で要求する。

「あぁ、そうだな」

 明言なしない。それでも答えは、彼らを見ていれば分かる。

 迷いなく、二人は右手を掲げる。

 俺もそれに続き、鏡映しの動作を行う。そして――

 

 

「「「【盟約に誓って】」」」

 

 

 

 

 

 

 




比企谷八幡VS『  』、ついに開戦。
ストーリーメイクの下手な私なりの最大出力で更新頑張ります。
感想、誤字報告の程よろしくお願いします。


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交わりつつも彼らの道は繋がらず

遅くなって申し訳ないです。
最近文字が浮かんで来なくて⋯⋯そうか、これが、スランプか。
と言い訳してみました。
今回、短めです。


 ゲームを始める前に一つ、ちょっとした前説にお付き合い願いたい。なに、そこまで長くない、ただの言い訳(前語り)だ。ニューゲームのオープニングだと思ってもらっていい。

 端的に言って、俺は弱い。俺には並外れた高速計算も、化物じみた心理誘導もできない。

 だからきっと、どれだけ努力を重ねても、死力を尽くしても、彼らには遠く及ばない。

 俺がゲームに勝つことはない。

 分かっていることだ、知っていることだ。それはただの事実で、変えようのない現実で、疑いようのない真実だ。だから逆らおうとも思わないし、とっくに諦めている。

 そこまで踏まえてのこのゲーム。はなから結果を捨てた、『  』とは対極の勝負。いや、これはもう勝負にすらならない。

 俺がこの勝負ではない何かをする理由は、後ででいい。重要なのはただ一つ、決着はもうついているということだ。

 これは『  』(彼ら)が掲げる信条とは違う、純粋な意味での決定事項である。

 

 さて、では始めようか。そして終わらせよう――この茶番劇を、どう転んでも敗北(独り勝ち)のゲームを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 巫女さんとジブリールには、空に頼んで席を外してもらった。彼自身も、どうやら最初からそのつもりだったらしいが。

 作られたゲーム盤を挟んで座る一人と二人。

 こうして彼らと並ぶのは、何度目か。日常的に、だがそこまで多くはない回数だが、俺たちはこうしてゲームをした。どれも結果は同じである。

「始める前にルールの確認を一つ、聞いときたいんだけどいい?」

「あぁ」

 断る理由はなく、空も応じて言う。

「発生したイベントは全員に見えるように開示される、でいいんだな」

「それでいい。むしろ条件発動のマス移動だった場合とか、証明するためにも必要だろ」

 おーけーと、普段から見せる軽薄な笑顔で頷く空。その膝の上の白は、俺から受け取ったダイスをコロコロと手の上で転がしている。

「先行は譲る」

「まぁ、あんまし意味無いからな」

 すごろくにおいて先攻後攻の優劣は少ない。むしろ無と言っていい。ルールにもよるが、どのみち出目で全てが決まるためだ。

 それに、今回は本当に意味がない。いやあるにはあるが、それも究極どうにでもなることで。

「よっしゃっ。んじゃまぁ行くとしますか」

「……れっつ、ごー」

 11歳の手から零れるように振られた(さい)は、数回の跳躍を経て、二人の出目を示した。

「6が2つ。まさか初手から最大とはなぁ〜」

「わざとらし過ぎる」

 茶化す空はこの際無視していい。

 白が降ったダイスは両方とも6。出目は12となる。

 確率論に物申したいところでもあるが、実際に三六分の一を完璧に引いてしまう少女がいる。

「……素材、重量……その他の条件、から……出目の出し方……おおよそ、わかる」

 訂正、導き出せる少女がいる。

 全ての面が均等な確率で出るようにされたダイス。本来なら確率的に出にくいそれを、彼女は計算だけで割り出し、引き出した。

『血壊』のようなスキルなしでこれなんだから、全くチートもいいところである。そんな能力俺にもくれよ神様。

 この世界の神様は信用出来ないけどな。しないけどな。

「12っと。え〜っとイベントは、『プレイヤーは50メートル全力ダッシュ』。おい、嫌がらせが過ぎるだろ」

「運動不足のお前らには丁度いいだろ」

「……鬼ガヤ……はち、まん?」

「名前は覚えててくれてありがとう。ついでに苗字も覚えてね?」

 部屋の構造上カーブをつけながら、空は持てる筋力をフルに使って走る。当然ではあるが、終わった頃には肩どころか全身で息をしていた。

「ハァ……ハァ……」

「……ターン、交代……次、ゴー……」

「わかってる」

 用意したダイスは4つ。そのうちの二つを俺は右手に握る。

 さて、ここで数学の時間だ。文系の俺が出すお粗末なものだが、なかなかの出来だと自負する。

 ここにダイスが二つある。それぞれ1〜6の目があり、出る目の確率は全て均等である。

 条件は以下のものとする。俺には白のような超計算力と技術はないため、任意の目を出すことは出来ない。出目はルールに従い、振って出た目の合計。

 ――俺は握った正方形を手放し、自由落下していくそれを見つめる。

 問題、出目1〜3が出る確率を答えよ。

「なぁ空、白」

「なんだ?」

「俺って数学は苦手なんだよ」

「……それ、で?」

「けど、算数くらいなら、余裕だ」

 ――回転を続ける賽はやがて力を失い、赤い点、日の丸にも似たそれを真上に向けて、止まった。

 答え。

「五割、50%、二分の一。半分でも可」

 ――出目は、1。

 俺の心中を読んでいるわけもない二人は、一瞬の間を置いて問う。言ったのは空だけど。

「で、それなに?」

「俺のこのゲームの成功率だ」

 俺は出目に従ってコマを動かす。たった一つだけ進んだその場には、隠されていた文字が浮かび上がって来た。

「動揺なしですか」

「最初っから『ダイスは必ず二つ振る』なんて言ってねぇっしょ?」

「ご明察」

「……にぃに、言葉遊び(ブラフ)戦……いくらなんでも、無謀……」

 俺が言ったのは白のことだったのだが。まぁ空を信じてるなら、わざわざ取り乱すわけもなしって感じか。信頼関係ほんと深すぎ。

 空にその手の策が通じるとは最初から思っていない。それでも、バレていても問題はなかった。

 勝つために戦う彼らにとって、わざわざ使う賽を減らす理由はないからな。デメリットしかない手を打つほど、『  』は俺を舐めてはいない。多分、恐らく。

「で、イベントの内容はっと」

 上下が逆さ文字だろうが余裕で読んだはずだ。内容を確認し、認識した彼らの表情は、しかし揺れない。

「これは驚いて欲しかったんだが」

なにせ最大火力の最初っからの最終兵器だ。これ以上のサプライズは用意していない。

「想定の範囲内。とはちょっと違ったけど、許容範囲内だッ」

「……だッ」

 2人仲良く親指を立て、ウザめのキメ顔をこちらに向けた。

 あぁ、やはり、俺がこいつらを出し抜いて勝つことは、できそうにない。

 ――『勝負終了後、勝敗に関わらず相手プレイヤーから、任意のものを一つ奪える』

 俺の最大の目的であるそれが、強制イベントを表す文字によって書かれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―巫女 side―

 

 

 場所は隣の部屋。ジブリールの配慮で、音声は聞こえんようになっとる。こっちからも、あっちからもね。

「こうやってじっくり話せる機会っちゅんは、あん時以来か」

 それで伝わったやろ、目の前ん彼女は頷いて応えた。

 あん時、つまりヒキガヤが初めて来た時。いづなとの会話中、そういや今と同じく隣の部屋でやったな。

「今回のゲーム、あんたはどない思う?」

「結果から申し上げれば、マスターの勝利でしょう」

「そこは同意するわ」

 当然と言えば当然やろ。もとより始めっからヒキガヤが勝ちに来とるようには、あてからも見えんかったからねぇ。

 けど、聞きたいんはそこやない。

「気になるんは彼の目的、やね」

 十中八九勝敗は見えとる。となればヒキガヤは何をしに来たんか。

 仮にやけど、空と白、あるいはエルキア連邦と明確に対立したかったとして。それで、いくらなんでも盟約まで使うんか?少なくとも、彼が提示した条件はそうやった。

「あの男にどれだけ深い思惑があれど、それをやすやすと達成させるほどマスターは鈍くはありません」

 自分が仕えとる主の優勢は揺るがんと。そん風に言った彼女は、しかしと、否定に使う接続詞を続けた。

「そんなマスターが『警戒に値する』と判断したのも、また事実。知りうるすべてを考慮しても、少なくとも今の私では答えはでないでしょう」

 分からん、か。

 彼女にして珍しい言い方いやな、と思う。

 たとえ分からんて答えでも、普段のジブリールなら素直に言うはずや。まぁ言うほど、あてが彼女を理解しとるとも思いはせんひんけど。

「自分を理解できない」

 思考ん中、そんなことを呟いたジブリールの顔は既視のない、言いよんない表情やった。

「そのような体験はお有りで?」

「明確にあるとは言えんけど、そやな。確かに、自分んが不条理な行動やったゆうて後悔したんは、少なくないな」

 心変わりゆうんは、心がある以上珍しくはない。数分前ん行動を、なんでそないことて思うんは頻繁やったりもするかもしれん。

 やけど、そないなことをあの天翼種(彼女)が思うんか。

 それはこの世界の常識(普通)に考えて、ないやろ。ありえん、それこそが理解不能や。

「あんたは、そんなことがあったん?」

 もしもそれが何かしらの変化、あるいは成長なんやとしたら。きっかけは彼らか――あるいは。

「あった。いえ、現在進行形である、と言った方が正確でしょう」

「今も自分が分からんて?」

「えぇ、今もなお。これが感情⋯⋯なのか、それすらも」

 自分自身でも分からんことに口出しできるとは思わん。彼ん時みたく、あてと同じ境遇やったんならまだしもや。

「そうか」

 どう考えても当然、答えは出ぇひん。

 数秒間を開けたあてには、目を閉じてそう返すんが精一杯やった。

 

 

 ―巫女 side out―

 




全然書けなくて俺ガイル一巻から読み直してます。
流石本職だなと思うばかりでした。
感想、誤字報告よろしくお願いします。


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歩幅は違えど彼ら彼女らは進み行く

遅くなった上に遅れました。
本当にすみません。


 強いって、なんですか?某ボクシング漫画で知られる言葉だ。

 強さの正体。それは辞書を引こうと答えは出ないだろう。

 仮にだが、強いとは力のあること、と定義してはどうか。

 力、パワー、エネルギー。言い換えるだけでも、多様な意味を含むのは明白だ。そして意味に付随し、種類もまた数多。

 筋力、握力、腕力、脚力、視力、聴力。火力、水力、風力、圧力。攻撃力、防御力、思考力、観察力、判断力。挙げればきりがない。

 では、強いとはそんな力を持つ者か。最強とは全てを極めた者か。

 ――否だ。

 少なくとも俺はそう思う。力に種類があるように、強さにもまた、種類があるのは自然の摂理。故に彼らは、最強を謳う。

 ゲームにおいて、 『  』というプレイヤーは最強ゲーマーとして現代世界に君臨し、今なお異世界でもその名を、力を、惜しむことなく知らしめている。

 たとえ社会的に落第点で、たとえ人間的に欠落していて、たとえ持つ者故の苦しみも、持たぬ者故の苦しみを味わってきたとしても。

 悲壮な現実から目を背け、逃げてきた愚か者でも。

 他の全ステが誰より低くくとも――『  』がゲームで負けることはない。

 そんな彼らに、俺は挑んだ。

 最強(くうはく)最弱(ぼっち)。ゲームは始まる前に終わっている。辿り着く結果は変わらず、大番狂わせも叶わない、圧倒的で確定的な事実。

 言い訳も疑う余地もなく、俺の負け。

 勝つことすら棄てた勝負。出したリスクだけを負い、要求を呑む。

 奉仕、どころか隷従にも似た愚行。さながら愚者による愚劣なまでの愚の骨頂。

 いつかあるじいさんを愚王だと評したが、盛大なブーメランもいいところだ。

 しかし、ゲームは続く。

 決まりきった終わりを目指して。無情にも、確実に。刻む時と巡る順が、来るべくして来る結末へとプレイヤーを誘う。

 勝利を目指して進む彼らと、勝利を棄てて進む俺は、きっと、辿り着く場所すら違う。

 それでいい。俺はただ、次に進むだけなのだから。

 こんな三文の代金も払う価値もない演目は、さっさと終わらせるに限る。

 たった一人の、つまらなく、価値すらないただのエゴ。

 ――持つべき物を持つべき者が持つために。

 くだらない自己欲を満たすべく、俺は茶番劇(ゲーム)を挑み、負ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―other side―

 

 

「なんでも一つ奪える、ねぇ」

 気だるげに呟く空。

 切り札を切った相手に向けた彼の目は、あの探るような、八幡が言うところの詐欺師の目そのものだった。

「……盟約、で……権利の侵略……で、きない」

 そんな彼の脚の上。ちょこんと座った白は自らの見解を提示する。白自身が余裕を見せていたのはこれが理由だった。

 確かに、絶対順守のルールは他者への侵略侵犯侵攻を一切禁じている。

 だが――

「あ〜白。それは、今回は違う」

 驚いた彼女は空へと目を向ける。実の妹の間違いを指摘した兄の目は先程と違い、落胆や失望などは微塵もなく、慈愛をも感じさせる暖かなものだった。

 その表情から何かを察したのか。白は再び向き直ると、顎を手で支えながら思考に入る。

 数秒間の沈黙は、容易に彼女を答えへと導いた。

「……了承が、あれば……侵略、になら、ない」

 それは八幡が初めに言ったことだ。

 このゲームのイベントは強制であり、起こりうる現象は全てが現実だと。そこには当然、“自らの権利云々も含めて勝負を開始する”ことになる。

『盟約に誓って』行われている以上、それらは全てに対する了承と取ることが出来る。

「まぁ、ゲームが終わってからだしな。さ、お前らの番だ」

 手の平で促すと、笑顔で空はあぁと軽く応えた。

 再び賽を手にした白は、一度兄とのアイコンタクトを挟む。頷く空と、それに意味を見出した白。

 両手のそれぞれから放られたダイスは、正確無比に望まれた出目へと向かって地を転がる。

「2連続で12。まぁ4連続で6出してるってことか。狙って?」

「とーぜんだろ?」

「……しろ、なめすぎ」

 コマはゴールまでの進行度三分の二まで進み、イベントを開始する。

「『3マス進む』」

「……ふ、っつう……つまんない……」

「サイコロ振って出したの、お前だけどな?」

 ターンは既に変わっている。八幡は言いながら賽を放っていた。

 止まった賽はまた一つだけ。4を上にしたキューブは音もなくその場に置き去りとなる。

「『ジャンケンして4マス、勝ったら進む。負けたら戻る』。これ、ほとんど結果見えてるが……」

「まぁ一応。ジャンケン――」

 ――ポン。

 開かれたバンドの着いた右手は、握りこぶしの相手の負けを表す。

「うん、でしょうね」

 八幡は自分のコマをさっきまで置いてあった場所へと戻した。

「ハイハイ、それではぁ?」

「……決着、つけるの……」

 当然の如く二人が口にしたのは勝利宣言。その相手プレイヤーは異論を唱えることなく、ただ続きを促すように沈黙を守っている。

 白は躊躇いなく賽を振る。

 凡人では分からないが、彼女だけに分かる規則的な回転と跳躍は、希望の目を出すべく統率されたかのように狂いなく、ただ最大数値を天井に向けた。

「これで、ゲームセット」

 ゴール。大きく書かれたそのマスに置かれたコマは『  』のものである。

 場の三人は、誰一人その結果に違和感を見出すことはなかった。

 

 

 

 

 

 

「終わったぞ」

 敗者らしくと八幡は戸へと手をかける。

 開かれた戸の先、隣の部屋にいた二人は彼の言葉を聞き、移動した。つまりは、ゲームを行ったこの部屋に全員が集合する形になる。

「ゲームの勝者は俺たち。てなわけで、さっさとやろうか」

 結果を聞いた巫女とジブリールは驚くことなく、空が向けた視線の先を見る。

「だな」

 八幡が負けた場合、今後エルキア連邦との一切の接触を断つ。この条件を守るとすれば、ここ巫鴈(かんながり)を出てから二度と会えなくなる。

 それはゲームを行った二人だけでなく、傍観すら出来なかった彼女らもまた、分かっていることだった。

 が、一つだけ分からないことがある。

「済ますって、一体何をなん?説明してくれんかな?」

「あ、そうだった。俺がこのゲームで作ったイベントの内容、言ってなかったよな?」

「えぇ。現段階では明かさずとあなたが言って、マスターもそれに同意されました」

「あの内容な、『ゲームの勝敗に関係なく、相手から一つだけなんでも奪う』だったんだよ」

「空、そんなんは……」

「ああ。こいつ、最初っから勝つ気なかったんだよ」

 予想通りだとは、思う。巫女は無意識にため息をついた。

 最初から負け狙いの裏技狙い。そこまでは確かに読めた。だが、まさかここまで強引な手で来るとは。

「……いんや、それ以前に」

 誰に言うでもなく呟いた言葉は、彼女以外の耳には入らなかった。

(空は読んでいたんやろか?この条件、状況。それとも、全部読んどってこの選択を?)

 わからん、と。彼女の悪態は声にならずとも、心の中でこだました。

 そんな巫女の心中を読むはずもなく、場面は進む。

「覚悟はいいか?」

 いっそ清々しい程の悪役のセリフを八幡は口にした。

「最初に言ったろ?その時点で決まってるっての」

「……かかって、くるの……」

 自信に満ちた二人の答えに一番疑問を持ったのは他でもない――巫女だった。

 今彼女はゲーム開始前の会話を思い出していた。それは彼が『  』から何を奪うかと聞かれた時。完全な空と白の機能停止を要求すると暗に示したその言葉が頭を巡る。

「俺が奪うのは――」

 思考と現実の矛盾する時間感覚の中、ジブリールは思う。

 空と白が互いの記憶を失ったら?前例はあった。

 正確には二人の記憶ではなかったが、存在だけが、それも片方だけが消えたあの時でさえ、欠落人類のような様を晒したのはジブリールの記憶には新しい。

 なのに何故、マスターには一切の恐怖も畏怖もないのだ。

 勝つのはマスター、最強は主。信頼すべきお方、信仰すべき恩方。

 催眠にも似たそれは、簡単にジブリールの思考の全てを支配する。

 

「――『ジブリールの全権』だ」

 

 謎と謎。ベクトルは違えど理解しえぬものを持った彼女らは、ただ驚くことことしかできず。声を上げることも、意図を読み解くこともできず、その場に立ち尽くした。

 

 

 

 

 

 

 

 永遠と錯覚するには十分な体感時間。されど短し静寂を破った空は、曇りなき笑顔を浮かべていた。

「おっけ〜い。それじゃあ、どうぞ」

 上に向けられた手には何もない。だがその仕草は、何かを渡したという説明には最も効果的だった。

「いや、え?どうなっとる?」

 思考回路が復活して尚、事態を把握出来なかった巫女は口を開く。

「なにが?」

「いろいろ、なんやけど。……まず、あんたの要求は記憶やないの?」

 もしくは『  』の機能停止。そう補足しようかと続けかけた彼女より先に、聞かれた本人は答える。

「そんな話はしたが、それを奪うっては言ってないでしょう」

「あと補足じゃねぇけど、巫女さん」

「……それ……メリット、ない……」

 言われてから気付くとはと、巫女はまたため息一つ。

 だが、疑問は尽きない。答えた分だけ増える気すらしてくる。

「んじゃあんたら、ヒキガヤがこんなん要求するって分かっとったゆうん?」

「いや、正直全部予想通りってわけじゃねぇ。けど、少なくとも『  』を殺すようなことはしないってのは、最初っからな?」

 空が八幡の“言い方”を気にしていないわけもなく、この展開は読めていた。

(ただし展開は、ゆうことやんな)

 八幡の細部まで読めなかったのは空の力不足か。

 脳を掠めた仮説を、彼が否定する。

「むしろ読めてたら怖ぇよ。誰にも、それこそジブリールにも言ってなかったことだし」

 確かに、と頷く傍らで巫女は彼女に目をやる。

 そう、この勝負の一番の被害者は――ジブリールではないか。

「あんたは、それでいいん?」

「たとえ読み切ることが出来なかったとしても、空様(・・)白様(・・)がこれで良いと判断したのなら、私は甘んじて受け入れましょう」

 マスターが選択したのは、自らの破棄。残酷で冷酷な決断を、責める権利も攻める機会も貰ってなお、咎めない。

 根底になすのは、ジブリールを構成する如何なる要素なのか。彼女自身すら知りはしなかった。

 たとえ心拍を見れても、心中を見ることはできない。そんな巫女の獣人種(ワービースト)の五感は、確かになんの反応を示すことはない。

 だが、第六感――存在を否定されたそれ――で揺るぎない何かを感じた巫女は、それ以上口を開くことはなかった。

 およそ全ての解説がされ、納得と妥協の狭間が部屋に静けさを運ぶ。

 それを全員が感じ取ってからすぐだった。要件を終えたかのように、八幡はおもむろに立ち上がる。

「つーわけで、ジブリール」

「はいマスター(・・・・)

 新たな主の命令を待つべく、彼女は一瞬でその隣に並ぶ。

「空、白」

「おう」

「……ん」

 深呼吸は自分自身を落ち着けるために、一つだけ。

 

「じゃあな」

 

 別れの言葉。短く簡潔な“終わり”の言葉。

 

「いい夢見ろよ、あばよっ!」

「……バイバイ」

 

 絶対の盟約は、金輪際の会合を禁ずる。すなわちこれは――ぼっち(ひとり)『  』(ふたり)の完全なる離別である。

 たった一人、彼だけが望む場所へと。ツーマンセル(二人)は空間転移した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー……くそっ」

 部屋から見える区切られた大空は、何を示すでもなくただそこにある。

 見えるはずのない彼らを見つめながら、空は無自覚な感動詞を吐き出す。

「やっぱり、悔しいん?」

 読み切れず、天翼種(好カード)まで取られたのは、やはり痛かろう。

 だが巫女の常識的な考えは、空と白(非常識)には当てはまらない。

「悔しい、ってのはあるな。けど、論点はそこじゃねぇ」

「……また……勝ち越し、なし……」

 どこが?

 そう問うた彼女は至って自然だ。論点の話しなら、勝ち越しというなら合っているのではないか。

 そんな当たり前ともいえる流れに逆らうように、不自然な答えを彼らは口にする。

「『  』に敗北はない。それはそうだが、足りねぇ」

「……勝つ、なら……完全、勝利……する」

「理想って話になるけど、完全勝利は相手に要求することすらさせない」

 それに、と続ける空の顔には、二つの感情が拮抗するように現れている。

「今回はそれが出来た。けどしなかった」

 有り体に言って――勝てるのに勝たなかった。

『  』としてありえない選択肢を選んだ参謀は、このゲームの全貌を語る。

「好きな場所に好きなイベントを3つ。これ、普通にやったら十二分の一だけど、ちょっと考えるだけで二分の一に出来るんだよ」

 わかるよね?と暗に問いかける空は、未だ遥か上空に目を向けている。

 八幡が示したルールを再度頭に浮かべながら巫女は思考の末、ある結論に達した。

「最初のマス3つに配置、か」

「正解。六面で1〜3が出る確率は、白みたいな超人じゃなきゃ二分の一だ」

 聞いてから、気付いてからならわかる。

(こんなん、空が対策できんわけないな)

 八幡が後攻を選んだのは、空たちが同じ手で奪う権利を得ないため。

 だが、言葉遊びのようなこのルールでは、一手目から看破して狙いは初め3マスにあるとバレることは十分にある。というより、バレている。

 にも関わらず、彼らは勝った。まるで八幡のシナリオ通りに動くように、呆気なく、あっさりと、勝負を決めた。

「……なんでなん?」

 答えてくれるんか?自問自答に意味はないと判断し、巫女は問う。

 

「こうでしか、比企谷八幡って男は動かないから――かな」

 

 彼の自虐的な笑みは、後ろ姿しか映さぬ彼女の目に入ることはなかった。

 

 

 ―other side out―

 

 

 

 

 




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彼は振り向かず彼女は振り返らず

遅くてすみません。


 天空都市。

 高高度故の低酸素濃度は、人体にとっても毒でしかない。人体に限らず、でもあるが。

 そんな馬鹿げた場所に住むは、これまた馬鹿げた種族。俗にいう天翼種(バケモノ)だ。

 その気になれば世界を壊せるほどの種族は現在、その力の解放を禁じられ地力よりも知欲を求めることに従事している。

「本当によろしいので?」

 さてここは、とある大陸の海岸地帯(オーシャンビュー)。人っ子一人いないこの開けた場所で、バカンスを楽しむはずもない奴らが約二名。もちろん、俺とジブリールである。

 一歩分斜め後ろに着いてくる彼女は俺にそう問いた。

「なにがだ?」

 顔を合わせることすらなく、広がる海を見ながら返す。

「マスターにどのような思惑があれど、この先空様と白様、ひいてはエルキア連邦と対立するのは……」

 百害あって一利なし。なんなら害の方にゼロの桁数をもう2つほど増やしても誤解はないと思う。

 大陸の殆どを得た今の大国エルキアは、人類のライフラインそのもの。それを絶対遵守のルールを使ってまで切り捨てたのは、傍からどころか隣で見てても馬鹿げているな。

「言いたいことは何となくわかる。けどまぁ、理由がある分にはあるんだよ」

「理由……にございますか」

 ここまで無茶な行動を取った理由。それは知識欲の象徴とも言える天翼種(フリューゲル)でなくとも気になるはずだが。

「その前に、今すぐ取ってきて欲しいものがある」

「なんなりと」

 整った作法で頭を下げるジブリール。こうするといかがわしいワンシーンに見えなくもないかもしれん。いや邪推っすね、そうっすね。

「王城の俺の部屋、中央のテーブルに忘れもんがあってな。取ってきてくれ」

 かしこまりました、と言い切る前に俺はついで事も頼んでおく。

「あといづなが空たちの方に行きたいって事だったら送ってやれ」

「接触を断つのでは?」

「それは俺であってお前じゃない」

 盟約に則っても問題はない。確かに比企谷八幡はエルキア連邦に近付けないが、ジブリールはその効果の範囲外だ。

「それでは、すぐに」

 目の前から消えた彼女を確認して、俺はその場に座り込む。海岸とはいえ地面は草と土で覆われた岩の集合体。パッと見崖だが、別に絶壁という程の高低差はない。普通になだらかな丘だ。

 こうして静かに流れる時間が、妙に懐かしかったりする。デジャブとも違うが、程よく冷めた潮風と僅かに揺れ擦れる草木の音。

 ゲームというある意味戦いの中で、ここだけがずっと変わらずに平和で。……似合わねぇ想像だな。内心苦笑した。

 ちょっと調べた程度の把握レベルだが、昔は大戦という永遠に続くと呼ばれた争いがあったらしい。

 それがどんなもので、誰がどう動いたのかなんて俺は知らない。分かるのは、それが平和とは真逆の事態、時代だったということだけだ。

 だから、今ここにある日々は掛け値なく貴重で、俺には計り知れないほど価値あるものなのだろう。

 ならば、やはり俺は……。

 本当に束の間の時間はあっさりと過ぎ、隣に彼女が現れた。

「いづなは無事送り届けました。それと、お持ちしました」

 ジブリールの手に握られた二つのもの。ポットとマッ缶(仮)の水筒だ。

 俺は立ち上がってマッ缶の方を受け取ると、すぐにフタを開ける。

「ざっと二日……いや今から一日半か」

 一口、広がる濃厚な甘みとささやかな苦味を味わいながら俺はそう言った。

 ジブリールがそれで何かを察するはずもなく、首を傾げる。俺はもう一口舐めてから続けた。

「今持ってるマックスコーヒーの残量だ。その分しかない」

 材料さえあれば作れるが、ひとまずそこは置いておく。

「それが、いかがなさいましたか」

「あぁ、だから――36時間で終わらせる」

 結果的にはクラミーたちに背中を押されたことになるのか?違う気もするが、まぁきっかけにはなったか。

 かなり説明を端折ったつもりだったが、ジブリールはそれ以上何かを聞こうとはしない。ただまっすぐ水平線へと目を向けていた。

「聞かないのか?」

 逆に聞いてしまったが、いいよね。やましい事も気持ちもないわけだし。てかこっちの方が気になっちゃってるし。

「マスターが行くならば、それに全力を持って応え、進む道となるのが私の役目にございます」

「着いてくるんじゃねぇのな」

 道になるってどんな発想だよ。

 至って平静に、ジブリールはツッコミにすらなっていない俺の言葉に返す。

「ご希望とあらばなんなりと」

 多面性というのだろうか。あるいは、これが自然な流れか。

 相手との関係や感情によって、その接し方に違いが生じるのは理解出来る。これは経験則ではなく、観察眼によって知り得た法則に則ったものだが。

 昨日までと今では、圧倒的に違うのだ。俺と彼女の関係性は。

 友達ですらない、だが他人ではない曖昧な距離は、主従関係という明確な定規によっては定義された。

 親族と知り合いとの接し方が違うように、妹と恋人の愛し方が違うように、違う関係には違う接し方が付き纒う。

「じゃあ、いくつか命令する」

「どれだけ恥辱に塗れた要望にも応えると誓います」

「やめてね?俺そんな鬼畜系なやつじゃないから」

 こいつの中で俺はどんな奴なんだよ。ある意味分かったけどな。

「とりあえず、話し方戻してくれ」

「この言葉遣いはデフォルトなのですが」

「いや、空たちにするみたいな話し方やめろってことだ。今まで通りの感じに戻れ」

 一瞬、何か間があった。よく分からないが、とにかくこの短時間の間に、彼女は何らかの結論を出したようだ。

「なるほど。つまりは詰られたい、と」

「誰がマゾだ。違う、対応が変わりすぎて違和感すごいんだよ」

 まぁ仕方ないといえば仕方ないんだが。なにせ理由の根幹には俺の行動があるからな。

 てか、戻す前にも詰られてた気が⋯⋯気のせいだ。そう信じたい。

 承りましたと答えた彼女は、「それで、」と続けて問う。

「マスター。いくつかと言うなら、他にもご要望があるのでしょうか」

「あ、それ。マスター呼びもなしで」

「しかし、私にとってのマスターはマスターであって……」

「今までの呼び方的に『  』(あいつら)呼んでるみたいなんだよ」

「そう、ですか。では、なんとお呼びすれば?」

「基本何でもいい」

「ご主人様」

「却下」

 ねぇ、なんでこいつ、なにが気にくわないの?みたいな顔してんだよ。だから俺の性格判断おかしいって。

「殿方はこう呼ばれるのが夢なのでは?」

「お前の現代知識もかなり偏ってんな」

 確かに美少女に「ご主人様」と呼ばれて喜ぶ男は多いだろう。材木座とか。

 だが、例外もあるのだ。する側もされる側にも。もしかしたら俺だけかもしれないが、こいつから呼ばれるのは萌え皆無、寒気しか感じねぇ。

 適当に頼む、と適した当たりの方で頼んだ。

「で、ここからが本題だ。この先の展開に大きく関わる」

 意識的にシリアスな話だと伝えるべく、俺は低く切り出した。

「まずアヴァント・ヘイムまで行くぞ」

「かしこまりました」

 ノータイムで応えたジブリールは見慣れた動作、というにはあまりに小さな動きで転移を始める。

 歪む刹那の視界、切り替わる映像の最中で俺は思考する。

 これからの展開、狙い、方法、要素。あの二人に及ぶべくもない脳で、ただ一心に策を構築していく。

 ――大丈夫だ。

 結論、ではなくただのまじない。自分に言い聞かせるための声にならない言葉。声にならないのは物理的な意味でもだな。

 浅くとも刻まれた言葉を胸に、眼前に広がる殺風景な都市を見る。

 天空都市『アヴァント・ヘイム』――ジブリールたち天翼種(フリューゲル)の都であり、位階序列第二位『幻想種(ファンタズマ)』そのもの。

 現在地は、その天空の上空か。なんか良く分かんなくなるな、これ。

「あいつに会いに行く前に、ちょっと下に降りれるか?」

 言うべくもなく、高速移動による風圧すら感じない空間転移(シフト)で俺は地面に立つ。

 別に高所恐怖症とかではない。あの高さを常人なら普通に怖いけど。

 降りた理由は、話しやすいって一点だ。流石に安全確保されてても、あの状況下で気軽に話せる気がしない。

「ジブリール。俺はこれからアズリールに交渉しに行く」

「はい」

 大きなリアクションはないか。

 重要なのはここからだから別にいい。

「その前にやっておくことがある」

「また、一つだけ言うことを聞けといったもので?でしたら一つと限らず、いくつでも――」

「いや一つだけだ。言うこと聞けってものでもない」

 巫女さんとの時を言っているのだとはすぐに分かった。状況としては似てるか。あの時はいろいろ聞かれた気もするが、まぁいい。

「とりあえず、これ終わったらアズリールの図書館まで行くから、頼むぞ」

「承知いたしました。それで」

「ああ」

 居住まいを正した彼女は、直感的に俺の言葉の重要性を感じ取ったようだった。

 それがどれだけ無茶苦茶な内容であれど真摯に受け入れると語るようなジブリールの瞳は、常より輝く琥珀色に染まっている。

 大きく吸った息は決して大声を出そうというわけではない。意を決して、できる限り普段と変わらぬ声色と音量で言葉を紡ぐ。

 

「――⋯⋯」

 

 僅かに吹いた風が、言葉を遮ることなく彼女の髪を揺らす。

 ある種、肩透かしの様なものかもしれない。きょとんという擬音が似合いそうな顔は、日常生活で見ることのないレアショットだなとくだらないことを思う。

「それは、一体⋯⋯」

 どういった意味で?なんて続くだろう声を遮って、俺は一歩前に出る。何かしようとしたわけではなく、行動自体には意味がない。

 強いて言えば、モーションでコミュニケーションを区切ったと言ったところか。

「そのままの意味だ。とりあえず、さっさと頼む」

 主語も修飾語も省いたセリフに、ジブリールは迷いを取り払うように頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 宙に浮いた本棚は、今やジブリールの図書館で見慣れてしまって何の驚きもない。一度ここに来たことがあるのも、理由の一端を買って出ているのかもしれないが。

「俺の常識も大分狂って来てるってことか」

 確か俺はアズリールの図書館に来たはずだ。そこで彼女と交渉する予定だったはずだ。

「なぁ、天翼種(フリューゲル)って、実はお前以外全員アズリールって名前だったりする?」

「いえ、個体によって名称はしっかりと存在します」

 なるほど、では……“これ”はなんだ一体。

 現在地は目的地の図書館。アズリールのいる場所に来たのだが、俺は未だ状況が読み切れない。なにが起こっているのか分からない。そのため、事実だけを示そう。

 眼前には十を超える敵意の目を向けた天使、もとい天翼種がいる。

 それぞれが幾何学的な光輪を浮かべている中、その先頭に立つはより一層複雑なそれを持つ彼女。他の個体と違い角まで生えた姿は指導者と錯覚する程の存在感だ。

 アズリール――自称ジブリールの姉にして天翼種(フリューゲル)の全翼代理者。

 これから話し合う、つもりなのだが……すごーく無理そう。

「やべぇ、超帰りたい」

「今や背水の陣。あなたに帰る場所がこの世界にお有りで?」

 ないな。泣きそうな事実確認どうもですジブリールさん。

誰一人声を発することなく睨む彼女らの視線は依然冷たい。これ、どうすりゃいいの?

「一応――」

 沈黙を破りそう切り出したのは、以外にもアズリールだった。

「何をしに来たのか、聞いてあげるにゃ」

 だが彼女を覆う見えないオーラは完全に悪・即・斬な空気を漂わせている。盟約なかったらもう俺生きてないかも。

「話し合い、に……」

 白並のカタコトになりかけた。いやマジで怖いんだってこいつ。

 ジブリールの普段の対応で忘れかけていたが、天翼種(こいつら)は根っこのところから殺戮の天使。鎌もって魂狩りに来てもおかしくない連中だ。

「ふん、よくここに来れたものにゃ」

 普通の人間がここに来たら呼吸困難で即死だからね。

「ジブリールに空気ごと転移して貰ったからな」

「そういうことじゃ……いや、ある意味それにゃ」

 は?こいつ何言ってんの?

 思わず顔に出ていたかもしれない。アズリールの後ろにバミられた他の天翼種(フリューゲル)達の目が更に冷たくなった。

「え、なに?」

「わからない、にゃ?」

 本当に分かりません。うっかり言いかけた。多分言ってたら死んでた。

 あ、盟約がある。なんだろ、死より恐ろしいことってあるよねって言葉思い出したんだけど。

「君はジブちゃんの居場所を奪ったにゃ」

「っ――」

 息を呑んだのは、決して後ろめたいことがあったからではない。

 何故知っているのか。その一点だけが理由だ。

「ジブちゃんは新しいマスターと一緒に歩くと決めたにゃ。それを君は自分勝手に時間を奪い、機会を無くし、忠誠心すら捨てさせたにゃ」

 個人が持つ全権の掌握とはそういう意味だと、彼女は俺に告げている。それほどまでに重いものを、俺は奪ったのだと。

「ここでも、ジブちゃんはマスターの偉業を広めようと動いていたにゃ。その努力も、意味も、成果も無に期したのは、君だにゃ」

 己が主の布教か。確かにこいつならやりかねない。そしてそれもまた、俺がなかった事に、否、行動する理由すら消した。

 彼女がどれだけ労力を割いて動いていたのかさえ、俺は知らないというのに。

「どれだけ身勝手なことをしたのか、君は理解していないのかにゃ」

 まぁ、そうだな。理解はしている、どれだけ身勝手だったかは。

 だが、彼女自身の感情は……。

 

「と、ここまでが彼女らの主張にゃ」

 

 一転して軽口を叩くような声は、やはりアズリール本人のものだ。

 セリフ通りなら、恐らくここまでは全て後ろにいる十数の総意、代弁だったのだろう。

「じゃ、こっからはお前個人の意見か?」

 肯定するようにコクっと頷いた彼女は、うちが言いたいことは一つだけにゃと前置きした。

笑顔を浮かべているが、その心中は容易に掴める。この張り付いた仮面の奥の、彼女自身の本質。

だが、俺がそれを明言するまでもなく――

「ジブちゃんを泣かせるなら、ただじゃおかないにゃ」

 清々しい程のシスコンがそこにはいた。

 

 

 




いつも感想ありがとうございます。
無い文才をフルに発揮して、これからも更新頑張ります。
感想、誤字報告よろしくお願いします。


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互いを知った分だけ彼と彼女は遠ざかり

 積み上げられた三つほどの巨大なキューブ。崩れないのが不思議なほど雑にそびえ立つそれの頂点に、俺はいる。

「で、ホントのところは、どういうつもりにゃ」

 訂正、俺たちはいる。

 眼前には、空中で胡坐をかくアズリールがいる。背景の空が、羽根の生えた彼女の姿をより神秘的なものに感じさせていた。

 ここまで能天気なことを考えられる程度には、俺も余裕が戻っているようだ。

「さっきも言ったろ。話し合い、だ」

「で、うちがそんなことをはいそうですか、って信じると思ってるにゃ?」

 思ってないですよもちろん。

 俺がこいつにどう思われてるかはまだ分からんが、少なくとも好意的には見られてはいないだろうな。

「そういや、あのセリフはどこまでが本気だ?」

「ん?」

 一度首を傾げたアズリールは少しだけ間を置いて、「あ~」と今まで完全に忘れていたような声を出した。

「ジブちゃんが泣くなんて毛ほども思ってないにゃ。でも、どこまでかってことなら――全部にゃ」

 人類種(イマニティ)の五感で感じ取った殺気は、全身が鳥肌では済まないほど冷たく鋭い。俺もあいつが泣くとこなんて全く想像できないが、もしそうなったら八つ裂きどころか千切りにされて豚カツの下に敷かれそうだ。誰がキャベツだ。

「お前、妹好き過ぎだろ」

 すごーく自然に言ってしまったが、これ特大のブーメランだな。

 一方の姉リールは、こいつ何言ってんの?と言わんばかりの馬鹿にしたような表情でこちらを見ている。

「この世に可愛くないジブちゃん ()なんていないにゃ」

「全くだ。小町()が好きで何が悪い」

 あまりにも俺が言いたいことを代弁していた。おかげ様で食い気味に肯定しました、マル。

 しかしあれだな。この世界、シスコン多くね?あ、三人だけだった。しかも二人異世界人。

「そういえば、前に会った時はジブちゃんのことを語らないで終わったにゃ」

「まぁ、あの時は早く帰りたかったってのがあったしな」

「ふむふむ。じゃあ、今なら好きなだけ語り合えるにゃ?」

「時間は、ある分にはあるな」

 気は進まないが。理由はいろいろとあるけど、まず俺は語れるほどジブリール(あいつ)のこと知らねんだよな。

「なら語り合うにゃ。今!すぐ!」

「いや、語り合うって言うより一方的に語る時間になるぞ?お前はいいかもしれないけどよ」

「え、なんでにゃ?」

「なんでって⋯⋯」

 俺が理由を言おうと声を出すより先、アズリールが無邪気な笑顔で告げた。

「君も妹ちゃんのことを語ればいいにゃ~」

「いいか、まず小町はな――」

 俺は食い気味に語り出しながら胡坐をかく。それに応えるようにアズリールも地面すれすれまで高度を下げた。

 かくして、人類種(シスコン)天翼種(シスコン)は互いに自論を熱弁する。

 下界とは違う日の光は、熱く語り合う二人を照らす。キューブの散らばったあの異様な光景すら、浮かぶ妹の顔(思い出)の前では些細なものだ。

 さて、ここは周辺に何もないと錯覚するほど静かで、だからこそお互いの声がクリアに聞こえる。

 なぜ俺たちがこんなところで二人なのか。それは数分前にこんなやり取りがあったからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アズリールの一言で生まれた重い空気はこれだけの人数がいるにも関わらず、ピンと張った静寂が図書館を包んでいる。

 彼女のセリフを思い出しながら、俺は向けられた視線の意味を理解しつつあった。

 ジブリールがここでマスターの、『  』のことを布教していたとアズリールは言っていた。ならば後ろの彼女らは『  』のファンみたいな奴らだろうか。

 で、そいつらから見れば俺はジブリールを強引にマスターから引き離して来た、みたいな図になるわけだ。いや誰から見てもそう見えるけど。

「アズリールお前、どこまで知ってんだ?」

 問題はこいつ、アズリールだ。恐らくこいつは『  』のファン(後ろの天翼種)とは違う立ち位置のはずだ。

 総意という表現を否定しなかったのは、リーダー的な役割故だろう。

 となると、こいつ自身の狙いは一体。

「君がジブちゃんを拐ったことなら知ってるにゃ。どんなゲームでどう仕掛けたかも、にゃ」

 全部見られていたってことだな。となると、聞かれたか⋯⋯?

「で、俺らがここに来るって知るや否やすぐにこれだけ集まるとか。俺嫌われ過ぎだろ」

 自虐ネタ使って無理にでも何か言わねぇと心潰れそう。後ろの方々怖ぇのマジで。

「君が海岸で言ってたのを聞いてからすぐに集まって来たにゃ。なんでも君がジブちゃんに酷いことしたって、記録映像まで持ってきてにゃ?」

 見ていたのは後ろの方々だった?アズリールが見ていたわけではないのか。

 納得は、できる。『  』(あいつら)のファンなら、ゲームしている様を見ようとしても疑問はない。全員魔法使えるんだしな。

 それと、一つわかった。こいつらは俺らがアヴァント・ヘイムに来てからの会話は聞いていない。俺とアズリールが接触を持っていたことから逆算してここで待っていたのは当然の流れ。逆に監視しなかったのが謎になるが。いや、俺たちのゲームの様子を見直してたなら、その時間も経つか。

「アズリール先輩、私は――」

「おい、場所を変えてもらっていいか?」

 何かを言いかけたジブリールの声を遮りるように俺は切り出した。彼女が何を言おうと思ったのかは知らないが、今はまだ俺のターンでいさせてくれ。

 驚き混じりにこちらをみたジブリールを無視して俺は続ける。

「理由は?」

「なにするにしても、この場だと少々都合が悪い」

 シリアスな空気を出しているアズリールは、俺から疑いの目を逸らさない。

「ゲーム、うちに勝つ気で来たのかにゃ?」

「多勢に無勢じゃ自信はないけどな」

 この一言で場の緊張がさらに強くなる。普通に考えて宣戦布告みたいなセリフだからな。

「へぇ、それで?」

「どこか静かな場所あるか?そこで話そう」

 俺の狙いは文字通り話し合いだが、あちらはゲームすると取るだろう。

「いいにゃ。うちが勝ったら、ジブちゃんを返して貰うにゃ」

「あぁ」

 肯定とも否定ともない返事のあと、アズリールは宙に浮く。

「あなたは、一体何をお考えで?」

 一歩前に踏み出したと同時、後からジブリールがそう問うて来た。俺は顔を向けず応える。

「聞かないんじゃなかったのか?」

「⋯⋯どうせ、教えては頂けないのでしょう」

 あまり聞いた記憶のない声、だった。

「とりあえず、アズリールと二人で話してくる。そっちはそっちで、まぁなんだ、あれだ」

「⋯⋯そう、ですか」

 かなり曖昧な言葉に躊躇いがちに頷いた彼女は、それ以上は続けない。

「もういいかにゃ?」

「あぁ」

 わざわざ待ってくれていたアズリールの問いに、今度は肯定の意で答える。

 体験のある転移の感覚は、どうやら個体差のある技ではないのだと考察できた。視界が切り替わり、目の前に高台から見える特有の高度の空が映る。

「ゲームなら、挑まれた方に決定権があるんだよな?」

 俺はひとまず、彼女を試すためにそう質問した。

「ならもちろん全力で勝てるゲームを選択するにゃ」

「いやいや、仕掛けたのお前だよ」

 とぼけたようにあれ?と首を傾げる様は子供のように無邪気で、そんな彼女に少し嫌気がさす。

「ハァ⋯⋯」

 小さく零したため息の後、再び顔を上げて視界に入れた彼女の顔は、ふむ、どうやらさっきまでのは本気ではないらしい。ジブリールを返してもらうと言ったところは、半分本気だっただろうけどな。

 彼女の対応の変化には、驚きよりも安堵が大きかった。俺の読み通りでよかったと。

「で、ホントのところは、どういうつもりにゃ」

 一筋縄では行かない、そう自らに緊張を強制する。油断するなと戒めながら。

 ようやく俺たちは話し合いのスタート地点に立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つまり小町が最高で至高だ」

「ふん、所詮はただの妹。ジブちゃんには敵わないにゃ」

「誰が超シスター人だよ。妹というカテゴリにおいて小町に勝る存在はいない。異論は認めん」

「異論じゃなくて正論にゃ。ジブちゃんの挙げた功績は永遠に語られるほどのものなのにゃ」

「はっ、良さだけで価値を認めさせようなんざ、シスコンの名が泣くな。小町を舐めるなよ。いいか?あいつはアホなんだぞ。なのに、いやそれを踏まえてかわいいんだ」

「君こそジブちゃんを舐めてるにゃ。あれで、結構ジブちゃんには不器用なところがあるんだにゃ。そんなところがまた――」

「今更ドジっ子属性とか知らねぇよ。それにあいつ、ヤンデレ云々以前に口わ⋯⋯」

 

「私が如何しましたか?」

 

 あれ、なにこれ?ハチマン、ワカンナイ。

 目の前には妹について熱く語り合ったアズリール。そして俺の背後には⋯⋯

「わ⋯⋯ることないくらいマスターに尽くせる頑固者だよな~」

「それ、褒め切れてないにゃ」

 マジギレのジブリールがいた。

 それはもう怒ってらっしゃる。説明も台詞もいらないくらい伝わってきてます。謝るからその殺意100%の目、やめていただけません?

「一時間半」

「へ?」

 突然彼女に告げられた言葉に反応できなかった俺は悪くないだろう。なにせ説明力ゼロだし、およそ怒った奴から聞こえる言葉ではない。

 あ、あったは前例。あれだ、整列待つ教師とかだ。「静かになるまでに何分かかりました~」的な奴だ。

「なんの時間かお分かりで?」

「⋯⋯レム睡眠とノンレム睡眠の切り替わる時間?」

「今すぐノンライフ睡眠致しますか?」

「待て、冗談じゃない。ほんとにわからん」

 結構真面目の答えて永眠させられたら敵わない。

 やれやれと呟くように首を振ったジブリールは、目を軽蔑タイプに換装して言った。

「私とあなたが別れてから経った時間です」

 まさか先生説が正解だとは。あと、その言い方は少々誤解を生むだろ。もうちょっと考えてしゃべれ。

 ん?いや、待て。ってことはなにか?俺はこいつと一時間半も語り合って、なにも話進んでないのか?

「てかなんでお前ここにいるんだよ」

「黒より黒く、闇より暗き漆黒――」

「悪かったっ!だから爆裂はやめろ、今すぐやめろっ」

 こいつなら疑うまでもなく撃てるだろう。もう爆裂どころか爆絶魔法なんか使うまである。

 そもそもだが、さっきの俺の質問に他意はない。本当に不思議で分からなかったから聞いたのだが。

「いや、わりとマジでなんで?」

「ハァ⋯⋯はぐらかされたことを聞くために待たされ、仕方なく様子を見に来てみれば――喧嘩を売っているので?」

 どうやらこいつ、人がせっかく有耶無耶にした話を聞き出すためにここに来たらしい。こいつ、どんだけ話掘り返すの?重箱の隅貫くの控えろよ。貫いちゃうのかよ。

「ねぇ、なんでいつもうちが空気扱いなのにゃ」

 おっと、エアリールさん完璧放置してた。エアリールって、もはや別モンだわ。てか誰。

 話を進めるより先に、まずはこっちか。

「えっと、ジブリールさん?」

「なんでしょうか」

「もう少しだけ⋯⋯待って頂いても?」

 恐る恐る振り向き確認した彼女の顔は、清々しいほどいい笑顔だった。

 あ~怖え。

「同席させて頂いても?」

「いやそれは⋯⋯」

「同席させて頂かせろ?」

「いやそ⋯⋯命令形?」

 はいそうですか、拒否権なしか。どっかりと座った俺の隣に腰を下ろした彼女は静かに待ちの姿勢に入った。やっぱ、このまま進むんですね。

 なにが起こったか分からないと声に出しそうなアズリールは空中で小首を傾げている。同感だ、俺も分からん。

 今に始まったことじゃないが、こいつは一体なにを考えてんのか。読めるときと読めない時の差がデカすぎる。

「じゃあ、アズリール。決着は置いといて、本題に入っていいか?」

 もうだいぶ語り合った気がするけど。

 ちなみに手に入った情報は、俺とアズリールはシスコンっていうことだけだな。ん、小町が可愛い?それは当たり前でしょう。

「うん、かかって来いだにゃ」

 あ、そういや誤解、解いてなかったっけ。未だにゲームする気満々のアズリールに、まずはこう告げよう。

「俺とお前が“戦う”理由はねぇだろ」

 鳩が豆鉄砲を食ったようアズリールの顔は、すぐに疑惑と敵意を孕んだ冷たい表情に変わる。わずかに気温までもが下がったと錯覚するほどに、目の前にいる彼女は絶対的な存在感を漂わせていた。

「君にはないとしても、うちにないとは限らないんじゃないかにゃ?」

「ねぇよ、俺にもお前にも。そもそも俺はゲームしに来たわけじゃない」

 アズリールは、今度こそ天翼種(フリューゲル)がアンチマテリアルライフルを食ったような顔を見せる。

 いや、天翼種(こいつら)なら対物狙撃銃食らっても何も感じなさそうだが。

「何しにって質問に答えるなら、答えは変わんねぇ。話し合いだ」

 今思えば、巫女さんの時も驚かれた気がする。連想させるにたるリアクションをとる彼女は、一瞬でその表情を元に戻した。

「⋯⋯一つ、いいかにゃ?」

「なんだ?」

 目を離さずに思考しても解ききれなかった彼女の疑問は、知ってか知れずか俺の甘さを示すものだった。

「なんでジブちゃんがいることが、君にとって不都合なんだにゃ?」

 さっきの対応を見ていれば、まぁすぐに俺の心中は察せられるだろう。

 勝負を前に弱みを見せるのは避けたかったのだが、仕方ないか。俺は正直に答えた。

「俺の予定じゃ、そもそもここにジブリールはいないつもりだったんだ。話し合いなんて、俺一人で十分だし」

 普通に考えれば天翼種(フリューゲル)が同席するなら、むしろ戦力としてはありがたくもある。それを拒もうとするのは逆に怪しいだろう。

 あまり言いたくなかった理由だが、これは俺のプランが最初から狂ってることを指しているわけで。そうなると自然に俺の詰めの甘さも露見してしまうわけで。

 当然アズリールの疑問がこの答えで解消されるわけもなく、さらに続けようとする。

 が、それを聞く気はない。

「質問には答えた。それで、どうする?」

 あるいはこう考えるかもしれない。

 ゲームを仕掛けてくるならいざ知らず、するのは話し合い。これは、罠か――と。

「奪い合いでない以上、この話し合いにはリスクはないのでは?先輩」

 俺の、あるいはアズリールの考えを読んでの援護射撃は意外な人物であり、意外な展開だった。

 どういうつもりだ。

 そう問う意思を込めた俺の視線に彼女は答える。

「あくまで私は終わっていない方を解決したいだけにございます。勘違いなさらないように」

 さして意外でもなかった。てか援護射撃でもなかった。

 これは故意的に誤射される前に終わらせねぇとな。両方を。

 ⋯⋯故意の誤射って、ただの狙撃じゃね?

「わかったにゃ」

 別のことに逸れかけた意識がアズリールの一言で帰宅。

 確認も含め、俺は彼女に問いかける。

「交渉の余地ありってことでいいか?」

「もちろんにゃ。君にどんな思惑があっても、それで逃げたなんて言ってられないにゃ」

 そりゃそうだ。こいつ、仮にも天翼種(フリューゲル)の代表だからな。

 どっかの誰かを意識しながら、俺はこう告げた。

 

「じゃあ、トークを始めよう」

 

 これ、流行んないかな。

「無理ですね」

「さらっと心読むなよ」

 あと今のタイミング、話し合いを始めません、みたいに聞こえるからな。

 

 

 




感想、誤字報告、いつもありがとうございます。
今後もどうぞよろしくお願い致します。


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それでも彼は知っている

 向かい合う二人と、それを見守る一人。

 交渉の場は、想定内の対応と、想定外の観客の参加で整った。

「最初に、一つ聞いていいか?」

「それも踏まえての交渉じゃないのかにゃ?」

 警戒を解かないアズリールにそうだなと応え、俺は下準備を開始する。

「お前、俺のこと、どう思ってる?」

 日常生活で言ったら完全に自意識過剰で引かれかねないセリフだ。あ、普通に引かれかけてる。

 こいつ何言ってんの?みたいな表情を隠すことなく、彼女は言った。

「まさか、うちに好かれてると思ってるにゃ?」

「まさか過ぎるな」

 もちろんそんなことは全く思っていない。

 むしろ逆と言える。

「ちゃんと嫌ってるか。その確認だ」

 それが前提条件で、俺が彼女に要求するための必須条件だ。

 一切感情を見せないジブリールと対照的に、溌剌とした笑顔でアズリールは答える。

「当然にゃ」

「理由は?」

 躊躇いなく嫌いだと答えたアズリールに俺はそう追及した。

「一つじゃなかったのかにゃ」

「これがそれだ。さっきのは確認だって言ったろ」

 人を好きになるのに理由は要らないと言う。なら逆もまた然り、人を嫌うのにも理由は要らないだろう。

 しかし、残念ながら俺はこいつに嫌われる理由が明確に存在する。

 理由が有るのと無いの、どっちが残念かは判断が迷うけどな。

「ジブちゃんを不幸にするから、にゃ」

 アズリールの答えはひどく分かりやすい。

 俺がジブリール(彼女)にしたことを思えば、想像には難くない模範的な回答と言える。

「不幸か。それは、俺が今日やったことを言ってるんだろ?」

 そうだにゃと肯定したことに、俺はうっかりこぼれないように笑みを引っ込める。

「お前は全く、ジブリールを理解していないのにか?」

 挑発なんて意図は微塵もないことだが、瞬きほどの静寂を生む。

 そして、場面は一変する。

 今日だけでも数回体験した天翼種(フリューゲル)の敵意。絶対零度の瞳は、俺の心理を探ろうと怪しく光っていた。

「⋯⋯どういう、意味にゃ」

 答えによっては覚悟しろ。そう言わんばかりのアズリールに、俺は平然と、そう見えるように返した。

「お前はジブリールにとってのマスター(あいつら)がどんな存在か、全く分かってねぇだろ」

 実際には、俺も分からない。

 個人の価値観を、まして彼女のそれを俺が知っているはずはないのだ。

 だが、それはアズリールもまた同じ。

「さっき、と言っても一時間半も前だけど。お前の後ろにいた天翼種(フリューゲル)達がお前に言ったことの重要性を、お前は知らないだろ」

 当然、俺も知らない。

 彼女らが申告したのは、おそらく俺がゲームでジブリールの全権を奪ったところまで。それ以上は、説明していてもアズリールには理解できなかったはずだ。

 最弱種(イマニティ)に仕える上位種(フリューゲル)の不可解な行動の発露を、彼女が想像しうるとは思えない。

 ちなみに俺も無理。分かんない。

「さっきから、何が言いたいのか分かんないにゃ」

 やや怒気交じりの声で切り返したアズリール。

 思った通りのシスコンだなと、内心不覚にも笑ってしまう。

「お前は、俺がジブリールにしたことを、本当の意味では理解できてないってことだ」

 さっきアズリールに、ジブリールがここにいることがなぜ嫌なのか聞かれたが、うん。

 こんなことを、他でもない本人の前で言わなければならないとか。それなんて拷問?

「ジブリール本人が言った。マスターなら答えを示してくれるってな」

 アズリールが僅かに強張ったことを直感で見止める。

 やはり天翼種(フリューゲル)はと、持った疑念は確信に変わった。

「そんな存在から、俺はこいつの全権を奪うって方法で遠ざけた。俺自身の目的のために、な」

 俺が今すべきは、自分がどれだけ最低なことをしたかという証明だ。

 前に、数学の証明の問題でこう答えたことがある。

『証明するまでもなく、この結果でなければ問題が成り立たないから』

 膨大な空欄を一行で埋めた俺の証明(アンサー)は、一点たりとも部分点を貰うことなく上下反転のへの字で赤線が引かれた。

 何が言いたいかといえば、証明の答えは既に出ている、ということだ。

 ただあったことを話せばいい、至って簡単な紹介文である。俺、自己紹介苦手だけど。

 問題文は差し詰め、自分がどれだけ最低か証明せよ、である。

「四百以上の年月、探しても見つからなかった答え。今ようやく見つけたそのヒント。俺はそれに近づく機会を奪った。それがどれだけ重いのかと、ここまで言えば分かるか?」

 イメージする詐欺師を最大限に再現しながら俺はそう言った。

 どうやら分かったらしい。

 向けられていた彼女の敵意は殺意へと変わり、相対する俺は耐え難いほどの恐怖を全身に感じている。

 普段向けられている視線、ジブリールや雪ノ下からのそれらが比べることも敵わない。悪魔なんてのが存在するなら、きっとこんな冷たい目をしている。、

 頬を滴る一筋の汗がやけに熱く感じられのは、この氷河期と錯覚するような空気のせいだろうか。

「そこまで懇切丁寧に説明してくれたのは、死にたいからかにゃ?」

 必死に八つ裂きにしたい衝動を抑える様にしながら彼女はそう告げた。

 いや、もう我慢すらできていないのかもしれない。盟約の縛りが現在進行形で発動しているの可能性もある。

 そこまでいくと、シスコンも病気だな。

 歯ぎしりするほど噛み締めた口では、そんな軽口すら発せられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―other side―

 

 

 東部連合・首都『巫鳫(かんながり)』。

「はあぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 かつて二人と独りが激闘を繰り広げた部屋では、聞きなれた絶叫が大きくこだました。

「ハチがいなくなったですのっ!?一体何がどうなったらそうなるんですのよぉぉぉ!?」

 事情を聴いた側であるステフは混乱交じりに問う。

 定位置である兄の膝でゲームをする白はノーリアクション。白と同様にDSPを手にした空が、ゲームの手を止めず怪訝そうに応える。

「ゲームした」

「それで伝わったら獣人種(ワービースト)の第六感信じてますわっ!」

 残念ながら人類種(イマニティ)にも第六感はないのだ。

 未だ収まらぬ興奮は、彼女の体験を思えば理解できなくもない。

 ここしばらくの間身を粉にして働き、不眠不休で貴族たちとゲームをし続けた彼女。そんな中、唐突に「愛してる」と異性に告げられ、挙句自分が眠ってないと知ると書類仕事を深夜まで手を貸してもらった。

 そんなイケメン(目以外は)に感謝しながらぐっすりと眠った今日。

 起きてみればいきなりいづな、いのと共にジブリールの転移でここに連れて来られ、ハチがいなくなったと告げられた。

「わたくしが寝ている間になにがあったんですのぉぉぉ!」

 詰め込み過ぎなスケジュールを送ったステフのキャパシティは、とうに限界突破でサバイバルであった。

 はたしてそんな彼女を、一体誰が攻めるというのか。

「ギャーギャーギャーギャーやかましいんだよ。発情期ですかコノヤロー」

「⋯⋯ステフ、黙る⋯⋯アル」

 他でもなく、彼らである。

 発情という単語の連鎖で彼から言われたセリフが頭の中でリピート再生。頬を染めたステフは逆に羞恥で落ち着きを取り戻した。

「てか、なんでここにいるんだよ」

 一段落ついたゲーム機を置き、空はいのの方を向きながらそう問うた。

「ジブリールがついでに連れて来た、です」

 なぜか答えたのはいづな。そこに疑問は持たず、空は違うことへと思考のリソースを割いていた。

 今朝、いづなが起きると八幡がいなくなっていることを知り、彼女はいのに居場所を尋ねた。

 巫鳫(かんながり)だと聞くと、移動手段がないことに気付く。ある分にはあったが時間がかかってしまう上、いのに止められたのだ。

 仕方なく午前を過ごしたところに、ジブリールが現れた。たまたま近くにいたいのとステフもついでにと彼女はすぐにここへ送った、ということである。

「いづなたんはなんで八を追って来たんだ?」

「嫌なにおいがした、です。いつもはしねぇ、嘘つきのにおいだった、です」

「あの、そういえばジブリールはどうしたんですの?」

 冷静になり周りを見たステフは、今いないもう一人に気付く。

「比企谷が連れてったんよ」

「えっ!」

「ミスったかもしれねぇな、こりゃ」

 声を上げたステフを気にすることなく、空は誰にも向けていない言葉を零した。

「にぃ⋯⋯?」

 信じる兄の弱音にも似たそれを聞き、白は頭の上にある彼の顔を覗き込む。

「大丈夫だ白。決着は着いてねぇ」

 具体的なことは何も語らない。だが、それだけで十分だと、白は顔を前に向けなおす。

「なるほど、そんなことが」

「本当に八、いなくなったのか、です⋯⋯」

「なんでこんなことしたんですの⋯⋯」

 改めて事実を聞かされた三人は三様に肩を落とした。

 いづなやステフだけでなく、彼を常識人だと評価していたいのもまた、貴重な人材がいなくなったのだと残念に感じている。

「空、ミスゆうんは、一体なんやの?」

 一通りの説明を終わらせた巫女がそう聞いた。『  』を除けば、状況を一番理解している彼女が空の声に反応するのは当然といえる。

 言うか否かで迷った空は少しの間の後、語ることを選んだ。

「俺らが異世界から来たってのは言ったよな?」

「あぁ。そんで?」

「そのとき一緒に八も来たんだが、八はゲストだって言ってたんだよ」

 呼んだ本人であるテト以外では三人しか知らぬ事実を空は開示する。

「よく分からないですけど、それがどうしたんですの?」

「ゲストって、おかしくねぇか?ここはゲームの世界だぜ?」

 空の問いに答えを出せる者はなく、それを見て彼は続ける。

「普通は“別のプレイヤー”だろ」

 ゲームの世界に呼ばれた現代の最強ゲーマー『  』(くうはく)は、間違いなくクリアを目指す挑戦者(プレイヤー)だ。

 では、比企谷八幡は――?

「確か空達を呼んだのは唯一神のテトでしたわよね。それでテトがハチをこの世界に呼んだゲストと言ってもおかしくはないんじゃ」

「それはな、そもそも動機が違うんだ」

「動機、ですの?」

『  』(俺ら)を呼んだのは、ゲームで負けて悔しかったから。けど八は違う。だいたい八はテトとゲームしてねぇはずだし」

「では、なぜ比企谷殿を?」

 ここからはあくまで空自身の推測になる。

「俺ら側かテト側かは分からんが、面白くするための要素だろうな」

 あの神様がただゲームだけして満足するほど、今の暮らしに暇していないわけがない。

 どうせやるならおもしろく、そして勝つのが――ゲーマーだろ。

 神の思考さえ読み切る空は、しかし言ったのだ。ここでミスしたと。

「そこまで考えとって、なにがミスなん?」

「あぁ。テトは八をゲストとして呼んだ。けど――」

 決してゲーマーとは言えない彼は、たとえ多くの条件が重なったとはいえ、あの『  』(くうはく)と引き分けている。

 今までいなかった好敵手(ライバル)と呼べる存在は、『  』として、ゲーマーとして喜ぶべきイベントだ。

 だが、最高の条件、最高のステージ、最高の相手である中で、彼はゲーマーではなかった。

「八には、傍観者(ゲスト)じゃなく好敵手(プレイヤー)としていて欲しかったんだよ」

 空は東部連合とのゲーム、いづなと戦ったゲームの時のことを語る。

「あのとき八をゲームに参加させたのも、半分はそれが目的だったし」

 空はゲストである彼をプレイヤーにするために、負けることのできないゲームに参加させた。

 動く理由がないと動かない――そんな彼の性格を知った上で。

「そして今回のゲームも、理由は同じ」

 八と『  』の一戦。これもまた、エルキアを離れ進む彼がゲーマー(プレイヤー)として進むと踏んでのことだった、と。

「ジブリール取られるのは、ちょっと想定外だったけどな」

 読み切れなかった恥ずかしさからか、苦笑交じりにそう彼は言う。

 一方ここで、ようやく巫女らを含むエルキア陣営は『  』のこのゲームの狙いを知る。

 そして巫女は、空が言った言葉の意味を理解した。

 比企谷八幡が動く。

 それはまさしく、この世界(ゲーム)をプレイするということ。プレイヤーとして、『  』と同じ目標を違う方法で目指すということだ。

「ミスってゆうんは、その読み違いゆうことか」

「いや、違うんだよ」

 半ば納得しかけた巫女の推測を、空は否定した。

 なぜかと問うより先に、彼はステフの方を向いた。

「ステフ。クラミーとゲームする前に、八がなんて言ったか覚えてるか?」

 ゲーム前、空の問いに対して彼がなんと答えたか。

 白はもちろんだが、その場にいたステフもまた覚えている。

「えっと、確か⋯⋯」

 ――見届ける。

 そう、あのとき彼は言った。そして決めたはずなのだ。『  』の行く道を、最後まで見届けると。

 だが、ならばなぜ、今ここに彼はいないのか。

 答えの出せぬステフは空の顔を見直す。

「ソラ⋯⋯どういうことですの⋯⋯」

 彼女の言葉は『  』以外の全員の意を汲んだ質問だった。

 抽象的な文は、それ以上絞り込めないという事実故。不可解で不明瞭なことが多く、彼女らはどう問えばいいかさえも分からない。

 そんな心中を察し、空は呟くように言った。

「このゲーム(・・・)、もう詰みだ」

 あまりにも情報の少なすぎる彼の言葉に頷く者はいない。

 無言で続きを待つステフらを前にしながらも、空の目線は見えない天空に向いていた。

 誰も、ともすれば八幡自身さえ気付いていないそれを、空は淡々と告げる。

 

「あいつは、最初から矛盾してんだよ」

 

 

 ―other side―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 凍える瞳と気迫に慣れることはなく、引き伸ばされた感覚的な時間はとうに現実味すら失わせるほど長く続いている。

 いっそ気絶できたらどれほど楽か。

 それでもどうにかしなければならない自分の不運を呪いながら、俺は食いしばった歯を少しずつ離す。

「⋯⋯今回の要件、言っていいか?」

 頭の上下で肯定するアズリールを見てから、俺はため込んだ緊張を吐き出す。

 とはいえ、そんなため息一つでどうにかなるほど、体のどこかにつっかえた重みは軽くなかった。

 今俺がここにいる理由。

 なんとも自分本位で笑えるのだが、今は笑みをつくる空元気すら出ない。

 やるしかない。俺の特権を使うためには、こいつの助力が必要だ。

 ――ここまで来て、俺は誰かを頼るのか?

 内側から聞こえる声に、俺はまた言い訳を言い聞かせる。

 違う、利用するだけだ。

 はたしてどっちが間違った選択肢なのか、それすらもわからないまま俺はアズリールに向かう。

 どれだけ重い覚悟が必要か。

 ――大丈夫だ。

 これは必要なことか。

 ――分かっていることだろ。

 自問自答をやめることなく、俺は口を開く。

 

「俺を――殺させてやる」

 

 言葉にしてしまえば単純で。想像していたよりも簡単に、その言葉は声になった。

 ――嫌な覚悟だな。

 あぁ、そうだ。つくづく、そう思うよ。

 こんな覚悟、すること自体が、間違いだ。

 

 

 

 

 




いつも励みになっています。
ご愛読、心から感謝です。
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彼女が見る背中は彼に見えるはずもなく

遅くなって申し訳ありません。
忙しかったんです。
というか忙しingなんです。
言い訳ですはい。



 思いついて、すぐに否定した。

 だがもう一度考えて、この方法しか思いつかなかった。

 きっと『  』(あいつら)なら、絶対に使わない手だろう。使えないという事実を無視して、使える立場だったとしてもだ。

 そして、使うことを許さない手だ。

 だからこそ俺は今こうしてここにいる。正攻法を全く無視して、攻略法を完全に度外視して、ここにいる。

 そんな邪道を行く俺は、ふと思う。

 あの神様は、あの心底ゲーム脳な負けず嫌いの少年は、こんな展開を予想しているのだろうか、と。

 あいつは俺を呼んだ。

 それは奴自身が望む結末のため。異分子であるぼっちが、あの神様ですら想像だにしない未来を彼自身に見せるためだ。

 重すぎる期待だし、過大評価もいいところだとしか言えない。

 だがそんな扱いは、テトがどこまで本気なのかを示している。

 あいつはどこまでも本気で、俺が世界を変えるとかマジで思っているのだ。

 そこまでいくと洒落が効き過ぎて、逆に笑えない。堕落の王様になりそう。

 ――俺は今、この期に及んでまだ、あいつの手の上ではないか。

 いや、だとしても、後に引く気はない。

 俺の帰る場所なんてもう、この世界にありはしないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「君、本気で言ってるのかにゃ?」

 俺を見上げる形で言うアズリールは握った拳を引き、だがそれ以上は動かさない。というより動かせないのだ。

 こいつに殴られたら、疑う余地なくご臨終だろう。

 現在、俺の足は地についていない。宙ぶらりんで持ち上げられ、心底てるてる坊主とは可哀想な存在だと思える。

 胸倉を掴まれ成す術のない俺は、目の前にいる激高真っ最中の天翼種(フリューゲル)に放して欲しい意図を伝えた。

 解放され、息を整えた俺にアズリールは猜疑心を隠すことなく聞く。

「行動と発言が合ってないにゃ」

 それはそうだ。

『殺させてやる』

 物騒ここに極まれるセリフを言った俺に対して即時行動に出たアズリールの拳は、しかし盟約によって阻まれた。

 この世界は、暴力も強奪も殺戮も許されない。裏をかけば、“同意の上”ならそれらは盟約の禁止事項に触れない。

 だが“許可”を得たにも関わらず、アズリールは俺を殺せなかった。おかしいですよね?

 矛盾過ぎるこの状況を、俺は端的に述べることにした。

「話は最後まで聞けよ」

 暗にまだ提示していない項目があるのだと告げ、アズリールは空中で胡坐を掻きながら言葉を待つ。

「ある場所、ある方法でのみ、お前が俺に手を下せる許可をやる」

 よくある「死に場所くらいは選ばせてやる」「死に方くらいは選ばせてやる」のハイブリットである。

 図々しさの凄まじい要求を、彼女は俺からの譲歩と受け取ったようだ。

 アズリールは短い黙考を終え、鋭い目を向けなおす。

「それは君の自殺に手を貸せってことかにゃ」

「俺の要求が通ってお前は恨みを晴らせる。winwinだろ?」

 これなんて意識高い系なフレーズで攻め込む。

 しかしこれ、客観的に見たらどんな風に映るのか。

 自殺志願者と殺戮天使か。あるいは馬鹿と暴君。うん、どっちにしてもまともじゃねぇな。

 分かるはずもない俺の思考を読もうと押し黙るアズリールの返事を、俺はただひたすらに待つ。

 決断にはもう少し掛かるだろう。

 いつの間にか薄まった気迫に気付いて、思わず息を吐いた。一段落、にはまぁ少し早いが一区切りといったところだ。

 思えば、今ここにはもう一人いる。

 強引に参加したジブリールに俺はそっと視線を移す。

 本格的な交渉が始まって以降口を開かぬ彼女は、今も沈黙を保ちながら俺の隣で目の前の姉(自称)を見つめていた。

 お前マジで何しに来たの?と聞きたい衝動をどうにか飲み込んだ。多分聞いたらまたキレられる。

 改めて考えても、やはりこいつの目的が分からない。

 一度はアズリールが関係しているかとも思ったが、ならば彼女にこの交渉を促したことに説明がつかない。

 あれか、俺にさっさと死んでほしかったとかか?いや、ありそうだけどあの時点ではこいつ俺の狙い知らねぇし。

 例えば『  』からの命令。うん、ないな。仮にそんな命令をされていたとしても、今の彼女がそれを守る理由はない。

 一体俺からしたら空白の一時間半で何があったのか。

 分からぬことをいくら考えても仕方がない。

 頭を切り替えて前を向くと、こちらに真っ直ぐ視線を向けたアズリールと目が合った。

 どうやら答えが出たようで、彼女はゆっくりとこちらに近付いて来る。

「話はきくにゃ。それで、とりあえず――」

 収まったはずの寒気は一層の冷気とともに再起。鼻先が触れるのではないかと思えるほどの距離で、アズリールは威嚇としか言いようのないセリフを吐いた。

「今すぐジブちゃんから離れるにゃ」

 怖い。とにかく怖いアネリールさん、マジパネェっす。安心してください、吐きそうですよ?恐怖で。

 今日、俺は世界の真理を見た。

 ――シスコンって怖い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、俺が真理の扉(シスコンの怖さ)を見てからおよそ十分とそこら。

 どうにか正気を取り戻したアズリールとの打ち合わせはおおよそ終わりを迎えた。

「で、この座標に行きたいんだが」

「位置的には少々離れますが、二時間ほど経てばアヴァント・ヘイムのルートにここが重なるので特に問題はないかと」

 条件のすり合わせにはなぜか、本当になぜかジブリールが加勢し、想定よりもかなり早くまとまった。

 もともと説得も含んでいたため、正直助かる。アズリールの説得のジブリールは適任過ぎだ。

 俺が細かな部分を事細かに説明解説し、アズリールは腕を組みながら少しずつ高度を上げる。

「う~ん、むずかしいにゃ」

 呟く彼女からは、少なくとも先ほどまでの様な圧力はなくなっている。

「君がしたいことは~、まぁ大体分かったにゃ。でも、君が何を狙っているのかが分からない以上、簡単に頷くのもにゃ~」

 やはり言葉には一切の棘が感じられない。それは緊張がないとも言えるかもしれない。

 彼女が言ったようにさっきの説明では、俺の目的自体は言わなかった。

 俺が提示したのは、『俺を殺せる条件』だけ。

 目的不明な状態で聞いたのだから、怪しむのがむしろ当然。今の彼女の対応の方が不自然過ぎて怪しいくらいだ。

「いいのか?簡単に信じて」

「だから簡単にはいかないって言ってるにゃ」

 なんて言ってはいるが、そもそも判断を迷っている時点で一部分だけでも信じていることになる。

 もちろんそれは俺の聖人過ぎる人格故ではない。

 単にこの行動でアズリールと付随する天翼種(フリューゲル)達にマイナスな要素がないからだ。

 むしろ、俺をあの世に送れるならアズリールは笑顔で承諾するのではないか。

 マイナスというならば俺のこの行動の真意こそそれではないかとも推測が立つだろうが、そこはほら、俺信じられてるし。

 真面目なことを言えば、彼女には断る理由がない。ていうか受けることに大きなメリットがある。

 と思っているはずだ。アズリールはな。

「一応言っておくが、これは俺からお前への個人的な交渉だ」

 とりあえず俺は必要性すら感じない捕捉を付け足した。

 未だ迷っているポーズを続けているアズリールはくるくると空中で縦横関係なく回転している。

「それは分かってるにゃ~」

 思った通り彼女は興味なさそうに答える。

 俺を殺すメリット。それはアズリールの妹(仮)に関係する。

 ひどく簡単なことで、所持した権利は所有者がいなくなれば自動的に放棄される。

 仮に相続者がいた場合はそいつに引き継がれるだろう。

 よって俺が死ねばジブリールの全権は彼女自身に戻り、晴れて自由の身になるのだ。

「まぁ時間はあるし、前向きに検討してくれ」

「それもそうにゃ」

 アズリールは回転をやめ、ゆっくりと高度を上げていく。

「ちょ~っと考えてくるにゃ」

 言った彼女は返事を待たず、数秒の後に遥か彼方へと飛んで行った。

 元の性格なのかは知らないが、あの軽い対応のアズリールと話したからこそ思う。

 最後に見えた彼女の顔が、少しだけ悲しそうに見えたのは俺の気のせいだろうか、と。

「あいつ、どうしたんだ?」

「頭を冷やしに行ったのでは?」

 独り言のつもりだったがそれにジブリールが答えた。なんか恥ずかしい気もしてしまう。

 それに頭冷やすって、それこそ何があった。

 あ、いやさっきまで怒り狂ってたからな。それか。

「さて――」

 気配だけで彼女が立ち上がったのを理解した。

 あえて浮いていないのはなにか理由があるのでしょうか。ジブリールはゆっくりと俺の眼前に立ちはだかる。

「では、続きを始めましょうか」

 中断した激闘を始めかねない空気で彼女はそう告げた。

 それはもうハンターがハンターをハントしちゃう感じ。あれ休み過ぎだよな。

「なに、俺死ぬの?」

「それは二時間後にとっておきましょう」

 あぁ、どっち道でした。

 いや、再開すること自体は俺も賛成だ。積もる話はないが、聞きたいことはあるわけで。

 ただこのテンションのジブリールと話すのは、できれば勘弁してほしい。

「分かったから、落ち着こうな?」

 まずは承諾の意を伝える。

 うん、分かったから、話すから。

 だから、ね?そのにこやか過ぎる笑顔やめて?

 めっちゃ怖えから。

 この世界、怖い奴多過ぎな件。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 怒れる天翼種(フリューゲル)をどうにか静め、今は隣同士に並んでいる。

 眼前に広がるキューブの散らばりを眺めながら、目も顔も向け合うことすらなく、ただ並び立つ。もとい、並び座る。

 こうして座ることに懐かしさを感じたのは、彼女と会った頃の距離感と似ているからかもしれない。

 あの自家用の図書館で感じた空気と過ごした時間が、記憶を蓄える海馬とは別の器官で覚えているからかもしれない。

 なんて、似合わないことを思うのは現実逃避だろうか。それとも……。

 ふと浮かんだ勘違いを払拭するために俺は口を開く。

「で、ほんとのところはどうなんだ?」

「それは、一体何を指した質問で?」

 顔も合わせずに言葉を交わすことには特に何も感じない。

「なんでここにいるんだ、ってことだよ」

「一度説明したはずですが」

「いや、あれは建前みたいなもんだろ。お前がわざわざ待つ必要も、ここにいる理由もないんだし」

 ジブリールは少しだけ躊躇ったように間を開けた。

「⋯⋯まぁ、察しろという方が無茶でしょうか。あなたの場合は」

「は?」

「いえ、なんでも」

 こいつ、なにを言おうと、てか言ったんだ? 

 聞こえなかったんじゃなくて、純粋に意味が分からなかった。

 ほったらかしにされた俺を回収することもなくジブリールは続ける。

「待っていたのもここにいる理由も、言った通りにございます」

「言った通りって⋯⋯。てか、よくよく考えたら話すらしてないだろ」

 あの時はただ曖昧な言い方をしたってだけで、もはや会話にすらなっていなかったはずだ。

 まぁその曖昧なところが気になってるんだろうけど。

「ならば改めて聞きましょう。あれはどういった意味で?」

 改まっちゃったか。

 “あれ”とは俺がアヴァント・ヘイムに来てから彼女に言ったことのはずだ。

 どういう意味かと聞かれたら、答えてやるのが世の情け。

「世界の平和を守るため⋯⋯」

「世界の破壊は防げても、たった一人の破壊は防げないようで」

「なにその逆サイヤ人」

 それ俺死んじゃってるし。何回滅んじゃうんだよ俺。

 ジブリールは何かを待っているように黙っている。

 あぁ、どうやら誤魔化せないらしい。

 覚悟を決め、口を開く。

 

「好きに解釈しろよ」

 

 思いの外、冷たい言い方になってしまったかもしれない。

 怒りも焦りもなかった。なのになぜ?

 ただ、心のどこかで突き放したから。そんな気がする。

 自分のことを語っているのになんとも曖昧だ。

 自分のことは自分が一番よく知っている。確かにそうだ。そうだが、そんな揺るがない事実は、しかしどこか違う。

 俺が知っている自分は確かに自分で、知っている量も、質も、恐らく誰よりも多く高い。まさしく一番。

 だが、それはあくまで暫定だ。

 例えば魔法で俺の全てを読み、客観的な視点から分析すればどうか。

 当然、観測者は俺の深層心理まで読み取り、無意識下の感情思考概念をも把握する。暫定一位の俺よりはるかに多く正確に俺を知っていることになるわけだ。

 さて暫定一位の俺は、今まさに自分の知らない部分を感じ取っている。

理解不能な自分とは、また厄介だな。

 俺はこちらを向いたジブリールを視界の端に捉えた。

「好きに、とは⋯⋯」

「そのままの意味だ」

 意趣返しでもなんでもなく、俺はただ事実だけを伝える。

 また、低い声だった。

 (ぼっち)は学習する。

 二回目の声で、少しだけ分かった。部分的にだが確信した。

 俺は突き放すつもりなのだ。

 俺は彼女との関係を、この距離を、距離感を、自ら壊そうとしている。

 心地いいとすら思ったそれを⋯⋯。

「思えば⋯⋯第一印象は最悪でしたね」

 俺が自己嫌悪に陥っている中、ジブリールは呟く。

 呆気にとられててから約数秒。思考ついでに心臓まで止まってたかも。

「会って第一声が痴女(ビッチ)、でしたか。盟約さえなければその場で微粒子だったはずにございます」

「ミジンコより微小に刻むのかよ」

 条件反射でツッコんだが、おかげで少しだけ思考能力が戻った。

 ツッコミの動作で視界に入ったジブリールは、どこともなく虚空へと目を向けている。

 俺は再び前方へと目線を戻す。さっきまで見ていたように、変わらずそこにはキューブが散乱している。

「そういや、会ってからまだ二ヵ月くらいだったな。俺ら」

 彼女が語った時間での出来事に関して、俺は共有された記憶がある。

 だから、思い出す。

「勝手に入って来たかと思えば、今度は本を貸せと」

「今思うとかなりうぜぇな、俺」

「ええ、全く」

 本当に何してんだろ俺。

 この世界来てから少しおかしくなってないか?

多分空達の所為だ。俺は悪くない。

「しかも魔法で王様宣言VTRも見せてもらったな」

「挙句、たかがコーヒーもどき一つのために騙されました。今あなたとこうしていることが不思議でなりません」

 コーヒーもどき言うな。

 不思議か。確かにな、同意する。

「そんで、それを謝るためにゲームして」

「一応、あれは私の負けでしたね。形の上では、でしたが」

「マッ缶の良さが伝わったからだろ?」

「はて?」

 おっと、どうやら違うみたいだ。

「それ以降空様と白様の従僕になってから、なぜかあなたに使われる破目になり⋯⋯」

「人聞き悪いな」

「散々私を移動手段()として利用し、交渉の場では一切を任せてお前は黙っていろと。心から思いました。喧嘩を売っているので?」

 めっちゃ笑顔でこっち見て来た。うん、顔逸らすしかない。

 巫女さんとの交渉の時のことだろうが、楽だったろうし良くない?ダメですか、そうですか。

 髪の擦れる僅かな音が聞こえ、彼女が向き直したことを知る。

「先日には再びゲームに負かされました」

 負けた方が悪い。

 思いっきり言ってやりたかったが、それより先に彼女は続ける。

「そして今日。またもや移動用の便利種族扱い」

 あれ、俺こいつの前で便利種族って言ってないよね?大丈夫だよね?

 ゲームに関していえば、クラミーらとの一戦。あれはかなり助けられた。

「あー、えっと、昨日は助かりました」

「昨日は?」

「ずっと助けて頂きありがとうございます」

 ザ・平謝り。感謝って、謝ってるんだな。

 しっかりと下げた頭を上げると、こちらに目を向けるジブリールの横顔が目の前に来る。

「やはり、残念な方にございすね」

 言った彼女の浮かべた笑顔は、よく見せるそれとは違うように思えた。

 何が言いたいかは全然分からないが、まぁ褒めてはないな。

 ぼっちはこういった遠回しな暴言には慣れている。

「残念って、自覚はあるが皆まで言うなよ」

「ここまで言われてそう返せるあなたは、本当に残念です」

「そんなに大事か?二回言う程か?」

 俺の思考含めて言われた気がしてならねぇ。

 ジブリールは返答することなくゆっくりと立ち上がる。

 あー無視か。そりゃ嫌われてるしな。てか、あれだけ言われて分からん奴いないだろ。

「どこか行くのか?」

 歩き出した彼女は、背を向けながら答える。

「ええ、急用ができましたので」

 それ絶対ない奴だろ。

「ちなみに、それは何か聞いてもいいのか?」

「言ってもあなたには分からないでしょう」

「そうか」

 なら天翼種(フリューゲル)としてのあれこれか。それとも個人的な要件か。

 いや、知らん。

 分からないと言われている以上推測も無駄だと察し、俺は思考の渦から意識を戻す。

 前を向くと見飽きそうな景色。俺は思い出したようにさっきまで彼女がいた後ろを振り向く。

 そして誰もいなかった。

「ハァ⋯⋯」

 壁がないので両腕で脱力した体を支える。

 高高度のキューブから周りを見渡す。

 高い⋯⋯バベルの塔かよここ。アズリールも当分来ないだろし、俺ここから動けねぇな。

 ――疲れたな。

 会話は頭を使うものだなと改めて思う今日この頃。仕事でもないのに働き過ぎだわ俺。

 この世界に来てから、より深く癖になったことがある。

 今彼女と話したこと、さっきアズリールと交渉したこと、『  』とゲームしたこと。

 今日起きた起こしたことが頭の中で、再現できる最大画質高音質で再生される。

 『  』とも、ジブリールとも、俺は縁を切った。それも自主的に。

 後悔はない。後悔する権利がない。

 自分で選んだ道だ。例えそれしかなかったとしても、実際に実行して実現させたのは、俺だ。

 ――なら、あいつと話したのは?

 あぁ、それは、なぜだったか。

 俺は遠ざけたのではなかったか?それなのになぜ、俺はあいつと話した。

 罪悪感?罪滅ぼし?それとも他の感情か?

 ダメだ、分からん。分からないが、もういい。

「⋯⋯寝るか」

 どうせ暇だ。予定はあるが現在は進行形で暇だ。

 支えを外して仰向けに寝転ぶ。

 疲れたな、本当に⋯⋯。

 大空を映す視界がブラックアウトするのに、そう時間はかからなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




できる限り早い更新心掛けますので今後ともよろしくお願いします。
感想、誤字報告お待ちしてます。


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見えるものだけをただ彼は見据えている

 これは夢だ。

 自覚がある。自我がある。これが夢だと言い切れる自信がある。

 なぜなら、目の前には彼女らがいるのだから。

『ゆきのん、どうするの?』

『私は……私のやり方で依頼を受けるわ』

 ああ、そうだ。

 彼女は、彼女らはそうするだろう。

 だから俺も、俺のやり方で。

 どれだけ最低でも、どれだけ最悪でも。それで救えるものがあるなら――。

 間違えているなんて知っている。正解でないことは理解している。

 俺が選ぶ道はいつも間違えていて、続く道は正解には繋がっていなくて、それでも進むしかなくて。

 なら進むしかない。

 ――まだ迷ってるのかよ。

 突如風景は変化し、目の前には目の腐ったアホ毛の男が立っている。

 幾度と繰り返した自問自答。導き出した答えは確かにあって、だが、まだ俺はどこかで足踏みしている。

 ――迷わないために、今ここにいるんだろ。

 俺はあいつらと一緒にはいれない。それを察したからたった一人、俺はここにいる。

 分かっている。

 応えた俺に、目の前の男は問う。

 ――なら、なんで後ろを見ねぇ。

 ……。

 なに?何を言ってる?そして何を言いたいんだ?

 迷わないから、迷う必要がないから、見る必要もないんだろ。

 ――そう思うなら、まず振り返れよ。

 それにどんな意味がある。

 ――自分が選んだ結果を、自分の目で見ろって言ってんだ。

 まだ結果なんて出ていない。まだ終わってねぇんだよ。

 ――じゃあ、それでもいい。

 けど、と目の前の男は続ける。

 ――逃げんなよ。

 逃げねぇよ。なにせもう、逃げる道は自分で潰している。

 黒い闇だけの空間。光もないのに見える男は、いつの間にか消えていた。

 この何もない世界は途方もなく寂しく感じる。

 目に映る深い黒は、果たして何を表すのか。

 これは夢だ。

 自覚も、自我も、夢だと言い切る自信もある。

 これは思い一つで覚めてしまう、作り物の幻想だ。

 だから、これでお終いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お願いする立場の態度じゃないにゃ、これ」

 敵意よりも呆れが多く含まれた呟きに、俺は重い瞼を開けた。

「交換条件だから立場は同等だろ」

「条件の内容考えてもその対応はやっぱりおかしいと思うしかないにゃ」

 目に見える逆さの世界で、アズリールは両手の平を上に向けてやれやれといった風な反応を見せた。てか、なんでこいつ逆さ?

 まぁ天翼種(フリューゲル)が上下の方向を気にするほど小さい奴らではないことは知っている。大した混乱もなく俺は体を起こした。

 あ、単に俺の見方の問題か。

「てかそのポジション。俺の知ってるやつじゃないんだけど」

 アズリールが分かるはずもなく、彼女はハテナ?と首を傾げた。

 そりゃそうだ。前に経験した二回は、どっちもこいつは見てないだろうからな。

 一度固まった体を解すために伸びたついでに、深呼吸で取り入れた酸素で頭を覚醒させる。

「もう時間か?」

「まだ余裕はあるにゃ。うちは答えが出たから来たんだにゃ」

 答えか。さて、協力してくれると助かるが。

 薄々想像ができているそれを、俺は振り向いて促す。

「どうするんだ?」

 はは、と微笑しながらアズリールは宙をゆっくりと移動し、俺の目の前に位置取りする。

 そして――

 

「君を、殺してあげるにゃ」

 

 とびっきりのあざとさ満点スマイルで、シスコン(アネリール)は指差し宣告した。

「そりゃどうも」

「なんか変な会話だにゃ」

 加害者側の台詞じゃねぇだろそれ。いや、加害者は俺か。

「おや。もう来ていましたか、先輩」

 突如現れた存在は、アズリールを見つけ少々驚いている様だった。

 それ以上に俺が驚いてるんだが。

「ジブリール……」

「ジブちゃん。どこに行ってたにゃ?」

「答える義理はありません」

 死海レベルの濃度の塩対応で視線を切ると、ジブリールは俺を正面に捉える。

「これを」

 彼女が差し出したのは何かの本。呆気に取られ反応が遅れた俺は、題名もない分厚いそれを反射行動で受け取った。

「なんだこれ?」

「私からあなたへの冥土の土産です。ありがたく頂戴してください」

 すごくいい笑顔だったが、彼女にして珍しく、どこかにぎこちなさが見え隠れしていた。こいつ、なにか仕掛けたな。

 まぁ気にすることでもない。この本が何であろうと、この先は変わらないはずだ。

 それよりも、俺にはしておくべき事がある。

「ジブリール。約束、覚えてるか?」

 俺はまず、そう静かに切り出した。

 えぇ、もちろんと返すジブリールと困惑気味のアズリール。片方を無視して続ける。

「俺の目標は大体達成した。だから、ここまでお前を利用した事に関しては謝らない」

「問題ありません」

 彼女と交わした約束。

『互いの目標の為に、俺たちは互いに利用し合う』

 盟約にすら誓っていない口だけのそれを、俺は律儀に守ってきた。そして、それは彼女も同じらしい。

 そうでなくて、俺が良いように扱ったことを彼女が責めないはずがない。いや、少し前に責められた気もするが。

 ともかく。謝罪をしないと言った俺を許容したジブリールには、言わねばならないのだ。

 

「……悪い」

 

 謝罪の言葉を。

 ジブリールは一瞬の驚きをすぐに押し殺し、至って冷静に言う。

「それは、何に対するものですか?」

 当然の問いに、俺は何とも身勝手な答えしか用意できない。

「俺は、その約束を破棄する」

「何故でしょうか?」

 理由も告げずに、は行かないだろうな、そりゃ。最初から覚悟していた俺は詰まることなく言葉を紡ぐ。

「俺はお前の答えを探す手伝いは……」

「あ、いえ。そういう意味ではございません」

「……え?」

 多分、俺は相当間抜けな顔をしているだろう。

 ジブリールはそんな俺の顔には一切触れず、触るどころかリアクションもせずに言った。

「私が聞いたのは、何故謝るのか、にございます」

 なぜ?

 正味、理解出来なかった。

 それは彼女が約束の破棄を許すことよりも、そのセリフの方がある意味衝撃だったからでもある。

「あなたはあなたの答えを見つけた。であるなら、そもそもあの約束をこれ以上守る理由はありません」

「それは……そうか……」

 言われてから、確かにそうかもしれないと思う。だが納得といえるほど、まだ俺の中では消化できていない。

「それに、私の『答え』はもう出ていますから」

 そんな消化不良の異物は、流し込まれたセリフによって溶かされ。どころか胃酸が逆流しかねない暴言だった。

「は?……ってか、いつから?」

「そうですね。東部連合を倒した時には、もう既に」

 俺は頭を抱えることになった。

 いや、彼女が気にしていないのなら、大した問題ではないのだが。それでも俺の中ではちょっとした天変地異だ。

 つまりあれか。俺は勝手に約束を盾にしてこいつを自分勝手に利用してたってことか。なにそれ性格陰険すぎ。

「えっと……その、悪かった」

 さっきとは違い、利用した事に関して謝った俺に、ジブリールは平然と返した。

「それも含め、問題ないと言った次第です」

 その辺含めて言ってたのかよ。ここまで来るとこいつ本当は良い奴なんじゃね?とか思い始めてきそうだ。

 だが、そうはならない。

「さて、先輩。そろそろ時間でしょうし、早くこの男を殺されては?」

 明らかに許していないジブリールのセリフに何度となく思った感想を飲み込む。

 ――こいつ、ブレねぇな。

 彼女の提案に対し、アズリールは笑顔で親指を立てた。

「激しく同意するにゃ。じゃあ、覚悟はいいかにゃ?」

 そのままジブリールに向けた手を俺に差し出し、彼女は処刑人らしい確認をとる。

「覚悟ならとっくに決まってる。むしろ気が変わる前にして欲しいくらいだ」

 覚悟は出来ている。男なら、一度は言ってみたいセリフだろう。まぁ、その後に俺らしい卑屈さが滲み出ちゃってるけど。

「そうかにゃ?それじゃ……出発にゃ〜」

 既に準備をしていたのだろう。言い切るのとほぼ同時、視界は切り替わる。

 

 

 

 

 

 

 

 ―other side―

 

 

「もう、よろしいでしょうか……」

 立方体の上に立ち尽くす一人の影は、儚くもあり、美しくもあった。

 ジブリールが呟く声を聞き入れる者はおらず、ただ自分にだけ向けられている。

「別れの言葉すら、ございませんでしたか……」

 それは自分もだろうと、自虐的な思考は言葉にもならない。

 今の彼女なら理解出来る。何故あの時、クラミーがゲームを挑んだのかを。

 ――彼女は察したのだろう。この、どうしようもない別れを。

 もちろん、ジブリールは知っていた。彼が近いうち、『  』(マスター)と離別することは。

 しかし、それは永遠ではない。

 真に永遠を生きる自分と違い、彼らには限られた命があり、時間がある。

 そして向かうべき同じ目標を見据えるならば、遠くない未来、再び相入れることもあるだろうと。

 そう、彼女は考えていた。

 だが実際はどうだ。

 彼はいなくなる。もう追うことすら叶わぬ所へと。

 この世界でたった一人、自分を見つけてくれた者が、消える。

「それ……でも」

 後悔することは、できない。そんな資格は自分にはない。

 ――止めようとしなかった。

 何故?

 分からなかったから。

 理由は至極簡単なことだった。

 彼女は知らなかった。彼女が持つ感情と、その扱い方を。

 未知を既知に変える。天翼種(フリューゲル)が繰り返した歴史。

 既知を未知に変える。『  』(マスター)が起こした革命。

 では、彼は?

 それすらも、ジブリールには分からない。

「もう、いいんですね」

 だからこそ、こうして彼女は見栄を張った。

 知らぬ存ぜぬで通せるそれを、たとえ分からずとも、伝える為に。

 不安もある。彼が気付かない可能性、それは否定できない。

 そんな彼女こそ、気付いていない。

 自分の頬を濡らすのが何なのかを。

 

 

 ―other side out―

 

 

 

 

 

 

 

 空と宇宙の境は、思いの他現実的だ。

 大気圏なんてものがこの世界に存在するかは危ういが、それでも今いる空間はギリギリ引力が働いている。らしい。

「アズリール。なんか寒いんだけど」

「知らないにゃ〜」

 自分で言うのもなんだが、ここでの気温は氷点下。むしろ凍死していないのが驚きの状況である。そこはアズリールがどうにかしてくれてるんだろう。空気とかもそうみたいだし。

 さて、俺が彼女に提示した条件は大きく三つ。

 死に場所。

 死に方。

 そして死ぬ前に一つだけ言い残したい、とこれだけ。

 まずは場所。

 とある座標のとある高度。おおよそではあるが、まぁここで問題ない。

 死に方は、後でいいか。まだ死ぬ気はないし。

 俺何回死ぬって言うんだろ。

「アズリール」

「今度はなんだにゃ。早くやることやって欲しいだけどにゃ〜」

 凍える俺の横で悠々とした態度をとっている彼女。さっさと終わらせて帰りたいことだけがひしひしと伝わってくる。が、もう少しだけ付き合ってもらう。

 ……別に変な意味とかないからな?

「じゃあ一言だけ言っておく」

「はいはい。さっさと言うにゃ」

 全く興味を示さないアズリールは、しかし一瞬で態度を変えることになる。

 

「ジブリールは、とっくに自由だぞ」

 

 転移でも使ったのかと錯覚するほどの速度で、彼女は接触ギリギリまで俺に顔を近付けた。

「どういう意味にゃ」

 今までで最も温度の感じる問い方。それはジブリール、妹を思っての感情故か。

「一言の権限は終わったからな」

「ここからは死体蹴りにゃ。うちの中で君は死んだから、約束なんて無視して好きに話すにゃ」

 相当必死らしい。どうやら彼女は最初からジブリールのことだけを気にしていたようだ。

 だからこそ、俺も話す気になったんだけどな。

「じゃ、お言葉に甘えて。実は今日お前と会う前に、既にジブリールにはあいつ自身の全権を全て返してある」

 これが俺がジブリールに言ったものの正体。

 俺はあの時点で彼女からマスターとして扱われる全ての理由を破棄していたってことだ。

「なら、なんでジブちゃんをあそこに呼んだんだにゃ」

「それは言っただろ?あそこにジブリールがいることは予定外だったって」

 アズリールの中では、ジブリールが交渉の場に来たのは自分を説得するためだと思っていたらしい。確かにその面で助かったのは事実だが、それは俺の作戦じゃない。

「ジブちゃんの全権をあの人類種(イマニティ)から奪ったのは、なんでにゃ?」

「ここに来るためってのが一番だ。けど……」

 その先を言うべきかは、まだ迷う。しかし、同じシスコンの好だ。

 俺はまた言い訳を挟む。

「ただのエゴだ」

「エゴ?」

 そう……ジブリールの全権を取って、返してと訳の分からないこの行動は、全て俺の自己満足だ。

「あいつはまだ『答え』を探してる。あの時点ではそう思ってたからな。だから……」

 無意味だとは分かっていても、俺は彼女をエルキアへ戻れるようにした。

 わざわざ奪っておいてというのもあるが、強いて言うなら借りただけ。ちゃんと返しただろ?

「なら……」

 声にならなかった部分を察したのか。アズリールはゆっくりと口を開く。

「なら、“ここにいるのは”ジブちゃんでも良かったはずにゃ」

「――」

 ここにいる者。すなわち、俺を殺す者。

 今アズリールがいる場所に彼女がいて、俺を殺すのが彼女だったら。

 確かに、全権を奪っている時なら可能だ。命令は絶対。その手でマスターを殺せと言われれば、彼女は迷わないだろう。

「どうして、そうしなかったにゃ」

 なのに、わざわざ遠回りして、ジブリールに全権を返し、アズリールに交渉し、ここに来た。

 何故か。

 それもまた、俺のエゴだとは分かる。

「そこまでは、頼めないからだ」

「なんでにゃ」

 自分と対話するより遥かに鋭い言葉。重く、硬く、受け流すことすら困難なそれは、彼女の意思が乗っているからだろう。

「あくまで俺の予定だったが。ジブリールとは約束の破棄を話した上でここに来るつもりだった。そこで約束がなくなれば、俺が彼女を利用する理由はなくなるんだよ」

 表情を変えないアズリールに、俺は補足とばかりに付け足した。

「あいつも俺を嫌ってるだろうが、それ以上の適任もいたしな」

 俺を殺すなら、当然憎んでる相手がベストだろう。

 転移魔法が使える天翼種(フリューゲル)で、俺を憎んでいて、エルキアの陣営に入っていない。

 ここまで条件が揃うのは、彼女だけだ。

「……ま、いいにゃ」

 納得してくれたみたいだな。

 アズリールはまた興味を失った顔をして俺から離れた。

「じゃあ今度こそ殺すけど、いいかにゃ?」

「ああ」

 男らしい即答。よろしくアズリール。

 と、ここで彼女の姿が消える。

 いや、消えたように見える程の超速移動が起こった。

 体を支えていた謎の力が消え、重力に従って俺は地上へと向かう。

 速度はどのくらいか。白でもないし、数学の苦手な俺では数値なんてもの分かるわけもないな。

 俺が選んだ死に方。それは。

 ――上空からの落下死。

 巨大なチェス駒の傍らで、俺は人生最後のダイビングを開始した。

 

 

 

 

 

 




一週間って土曜日までですよね。ギリギリの投稿です。
すいません。今週本当に忙しくて……
まだまだ理解し難い話が続きますが、どうか暖かい目で読んで頂ければと思います。
感情、誤字報告お待ちしております。


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彼は見えぬのもを見えぬと断ずる

遅くなって……本当にすみません。





 反則(タブー)

 世界を構成する上で必要なそれは、一種の暴力だ。

 概念という見えないロープは全てを縛り、収まらぬ者にはさらに丈夫な鎖を付ける。それでも固定できないものには、専用の枷を付ける。

 力を持つ者が、力を持たぬ者に行使しないようにと。強者から、弱者を守るようにと。

 そうやって守られている――否、守られている気にさせられている弱者は知っている。

 その枷は、強者が付けた物だと。

 攻撃は最大の防御という。ならば逆説的に、防御は最大の攻撃だ。

 叩いてかぶってジャンケンポンを思い出せばわかりやすい。

 敵に何もさせない手。最善の一手。ジャンケンで負けたら、盾を取り、それで殴る。

 身を守る優れた武具は、優れた武器になる。

 いつしか本質を見失い、守る鎖は、傷付ける鎖となった。強者が持つ枷は、弱者に付ける物となった。

 ぼっちはぼっちであることを強制される。

 引きこもりは引きこもることを強いられる。

 少数派は多数派によって弾圧される。

 歯向かうな。抗うな。口答えするな。強者は強者らしく、弱者は弱者らしくするために、タブーという重りが体の自由を奪う。

 泣いてはいけません。勝ってはいけません。負けてはいけません。攻撃してはいけません。反撃してはいけません。――逃げてはいけません。

 強者のルールは強者しか守れない。守れない弱者には、タブーを犯したものには、罰がくる。

 どこまで行っても、世界は、この世は、真理は変わらない。

 理不尽で、不条理で、我儘で、汚い。

 事々左様に、反則(タブー)を犯すのは、愚策の一手。

 

 

 

 

 

 初めてこの世界に来た時のことを思い出す。あの時も、紐なしバンジーだったな。

 遥か上空から落下する風圧を受けながら、俺は体を捻って上を向く。

 数度、意識的に呼吸し、確かめた。問題ない。空気を取り込めるってことは、アズリールが浮遊力だけを取り除いたってことだ。

「やるか」

 ため息のように小さく、覚悟を決める。

 心臓の鼓動が速い。汗が滲む。喉が渇く。

 生涯最後の大博打。やってやると口では言っても、脳が、本能が恐怖を実感させる。やっぱり、怖えなこれ。

 命を賭ける。

 あの二人もして来たことだ。全く阿呆みたいなやり方だが、同じ阿呆でも、根本が違う。

 彼らには確信がある。必ず勝ち、だから失うことは無いと。

 けれど、俺は違う。これは確信も確定も確証もない勝負。いや、勝負にすらなっていない、ただの独り相撲。文字通りデッド・オア・アライブの賭け。

 ――こんなのにベットするバカは、普通いねぇよ。

 普通じゃない。俺はぼっち、異分子でマイノリティ。このふざけた世界ですら、仲間外れのはぐれ者だ。

 今更、何を心配するってな。

 全身に力を込める。筋肉が張り、緊張は拳をつくらせた。

 右手に持った本を強く握り、腹から絞り出す。

 

「――テッッッ――トぉぉぉぉぉぉ!」

 

 俺史上最高出力の最大音量で、天へと叫ぶ。

 

「お前の思い通りには――絶ッッッ対に――しねぇぇぇ!」

 

 ほとんど死ねのニュアンスで言い放ち、目を閉じる。

 背中には風が当たり、全身で低抵抗の物体を切り裂く感触を味わう。

 ――乗ってくるか?

 そこが賭けだ。あいつは自由人だが、そのくせルールには厳格だからな。

 だから、最後の一押し。駄目押し。悪足掻き。

 今度は張り上げない。素直に、俺らしく、皮肉交じりに、呟く。

 

「逃げねぇよな?たかがニートに負けた(・・・)、負け犬――いや、負け神様?」

 

 子どもっぽく、どこまでも負けず嫌いで、異世界から呼んでしまうほど我儘な神様に、俺は最後までニヒルに向き合う。

 これ以上出来ることはない。俺はただ目を瞑る。

 ――次に開いたときは、挑戦者か仏様だな。

 

 

 

 

 

 ―other side―

 

 

 正直、拍子抜けだった。

 アズリールは彼の反重力を消すと、安否の確認も取らずアヴァント・ヘイムに帰還した。

 ジブリールに全権が戻っている以上、既に彼女にとってあの男の死はどうでもいいこと。落胆と失望の感情を抱きながら、アズリールは妹を探していた。

「ずっと、いたのかにゃ?」

 そして見つけた。

 さっきまで自分もいたキューブの上。目的の彼女は、別れた時と変わらぬ位置で、何も写らぬ虚空へ目を向けていた。

「先輩」

 今気付いたように振り向くジブリール。その表情はアズリールにして初めて見るものだった。

「あの男は、しっかりと殺したので?」

「確認まではとってないにゃ。うちにはそこまでする理由がなかったからにゃ〜」

 不満なのか不安なのか、ジブリールの表情は変わらない。そもそもアズリールには、その顔が負の感情故なのかさえ知り得てはいないが。

「そうですか」

 興味を失ったように、ジブリールは視線を戻した。

「ジブちゃんは結局、どうしてうちを会わせたんだにゃ?」

 背を向けた妹に、アズリールは問う。

 彼女には、ずっと疑問だった。あの時、東部連合とのゲーム開始前にジブリールが、マスターだった二人ではなく、比企谷八幡を連れてきた理由。ジブリールに何かしらの意図があったのは察していたが、それを見い出せる程、あの男は――。

「私は答えを見つけました」

 沈黙という形で続きを待つアズリール。表情が見えない妹に、彼女はいくつもの推測を巡らせる。

「私にとって、あの男が答え――のつもりです」

 長い年月をかけても見つからなかった天翼種(フリューゲル)の『答え』。

 その正体が、あの男?

 ジブリールがマスターとした者でもなく、形ある物でもなく。

 ――自分勝手に周りを振り回した、自殺志願者の。

 比企谷八幡だと。

 理解の追い付かぬアズリールに、ジブリールは告げた。

 

  「どれだけ未知を既知に変えようと、その儀式めいた行動に意味はありません」

 

 彼女は言う。

 これまでの時間は、全てが無駄だったと。

 

「どれだけ既知を得ようとも、それらを未知に変える存在がいるのですから」

 

 彼女は言う。

 知識とは所詮、否定されていない仮定の産物だと。

 

「なれば、未知なるものが既知になることは、ありえない」

 

 彼女は言う。

 今見て、聞いて、嗅いで、味わって感じたそれは、それでも知り得ない何かなのだと。

 

「私にとって、あの男が――ひたすらに、未知なのです」

 

 彼女は言う。

 あの男が、あの男に対する感情が、分からないと。

 

「……」

 言葉が出ない。

 アズリールはため息すらつけず、空を仰いだ。

 主を失い、信じるものを見失った破壊の天使。

 そんな彼女らが――否、彼女が見つけた『答え』は、破壊とは真逆のもの。

 壊し、奪うのではなく、見つけ、生み出した感情。

 アズリールには理解できない。

 彼女は最初から、『答え』を見つけることが出来るのはジブリールだけだと思っていた。

 最終にして例外の彼女なら、と。

 それがどうだ。

 可愛い妹が見つけて来たのは、彼女以外の誰も理解しえぬ形のない『何か』。いや、そも彼女自身も理解できていない。

 曖昧で、不明瞭で。重さも価値も分からぬ幻のような彼女の『答え』の正体を、アズリールは読み解くことすら放棄した。

「ジブちゃんが何を言いたいのか、分からないにゃ」

 聞いて振り向くジブリール。その目には落胆も失望も、期待を裏切られた悲しみすら写っていない。

「――先輩。知っていますか?」

 深く吸った息を、静かな声に換えた。

 ジブリールは『答え』を見つけた。

 だが、その読み方も、見方も、扱い方も分からない。まさしく未知なるもの、感情。

 だから彼女は、その未知なる感情に、仮定(意味)を付けることにした。

 

「初恋とは、叶わぬもの――なのだそうです」

 

 ――愛だと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アズリールは空を泳ぐ。

 少し、一人になりたかった。今はアヴァント・ヘイムにすら接続していない。

「全っ然、分かんないにゃ〜」

 初恋とはなんだ。

 恋とはなんだ。

 そも愛とは。

 かつての主、天翼種のマスターへと向けていた忠誠を愛と考えれば、少しはジブリールの感情を理解できるだろうか。

 熟考――。

 仮定してみよう。

 自分がもし、主に捨てられたら。

 ――結論。辛い。

「はぁ……」

 こんな簡単にジブリールの感情を理解できるとは思えない。

 アズリールは思う。ジブリールは、もっと苦しく、もっと辛いのでは、と。

 ならば頷ける。あの表情の意味が、あの言葉の理由が、少しだけ分かる。

「全く、ジブちゃんはどっか不器用だにゃ〜」

 あれで隠したつもりなのか。

(ま、そこが可愛いんだけどにゃ)

 妹思い(シスコン)な思考は、やがて矛先を変える。

 アズリールには、たとえ心を明かされても分からないことがあった。

 ジブリールの感情を理解することは出来ないが、だとしても。

 ――何故あの男だったのか。

 マスターに選んだ者ではなく、なんの力も持たない人の子なのか。

 知っているのは、ジブリールだけだろう。

 仮定だけの数式で答えは出ない。さっさと無駄な思考は捨てて、分かることだけを確認し、決める。

 自分がすべきことは、それなら簡単だった。

 今はもう会うことすらない男に、届くはずもない声を発する。

「次会ったら、ただじゃおかないにゃ」

 ――ジブちゃんを泣かせる奴は、許さないにゃ。

 

 

 ―other side out―

 

 

 

 

 

 何も聞こえない。何も聞かせてくれない。

 それが壊れかけのラジオの所為なのか、それとも意地悪な神様の所為なのから知らんが。

 てか、俺生きてんのかな?

 脳から命令を出し、四肢を、胴体を動かす。

 ふむ、どうやら体はあるらしい。

 ならば概ね目標達成だろうかと、俺は閉ざしていた目を開く。

 

「やぁ――また会ったね」

 

 目的の人物が、神物(じんぶつ)がそこにいる。

「よう、――テト」

 ニヒルな笑みを浮かべて返し、俺は体を起こして周りを見渡した。

 一面が白い床。錯覚のように近い空。眩い光の乱反射が、俺ともう一人を照らしている。

「中々殺風景なとこにいるんだな。神様ってのは」

「綺麗だって感想もないのは、少し凹むな〜。ま、同感なんだけどね」

 どれだけ景色が良かろうと、どれだけ静かで過ごしやすかろうと。

 遊戯の神様は退屈なようだ。

 ともあれ、目標は達成。あ、まだだわ。

「それじゃ、さっそく始めるか」

 これだけで伝わるだろうと思ったが、テトはおいおいと止めに入る。

「始めるも何も、あんな方法で来られたらラスボスやってられないよ。ちゃんと地上に帰って貰うよ?」

「そうか。俺は、また同じ方法で来るけどな」

 テトは神様だ。だから一種族に肩入れはしない。それはきっと彼なりに決めたルールであって、ルールが絶対の世界(ゲーム)では守るべきもの。

 それは神様であっても同じ。

 この世界は神の権限すらゲームで決まる。なればこの世界で最も優先されるのはルール、盟約だ。

 そのルールを重んじる彼なら、きっとゲームを大いに楽しもうとする。

「これはお前が望んだ展開(シナリオ)だろ?」

 だが残念なことに、彼は退屈なのだ。

『  』が来るまで待ってられない。もちろん見るのも盛り上がるが、やりたいのはゲームだろう。

「確かに君とゲームしたいとは望んだよ?でも、君は挑戦権を持ってないじゃないか」

「挑戦権、か」

 種のコマ、全十六種コンプリート。それが神への挑戦条件だった。

 確かに俺は、持っていない。十六どころか一つたりとも。

 それでも問題はない。

「あいにく、俺には最初から挑戦権があるんだよ」

 何せこのルールは、ゲーマーに向けて作られた決まり。

 最強ゲーマーとして呼ばれた彼らには、まだない。

 

「――けど、ゲストプレイの俺には関係ない」

 

 唖然としたテトの顔は、すぐに笑顔。というか大笑いしていた。

 腹を抑えながら、声は一切抑えずに笑い続けしばし。どうにか落ち着きを取り戻してこちらを向いた。

「何を根拠に言ってるのかな?」

 どうやらまだ恍けるらしい。

 いや、むしろこれもゲームだろう。指図め、私は読者に挑戦する、といったところか。

 推理ゲームは嫌いじゃない。なにせフェアなものなら、それは解けると証明されているからな。

 正しい答えがあるなら、間違うこともさほど怖くない。本当に怖いのは、間違いが分からないことだから。

 なんて、間違ってばかりの俺が言う。

 答えが出ているなら、後は辻褄合わせだけだな。この場合は根拠の提示。

『  』風に言うなら、超ヌルゲー。

 だが、まぁそうだな。

 どうせやるなら楽しむか。それが彼らの信条だったし、ここは先人に学ぼう。

「んじゃ、答え合わせと行くか」

 思い出す顔は、いつも通り不敵に笑っている。

 そういや、礼は言ってなかったな。まぁ、そんなことしたら熱があるのかとか、……今すぐ、休むとか言われそうだけど。

 吸い込む空気から酸素を吸収し、脳へ、体へ送る。

 これが、最後だからな。その前にさっさとボス前の雑魚処理(ミニゲーム)を済ませてしまおうか。

 ――さぁ、

 

「ゲームを始めよう」

 

 

 

 

 




大人になれない私の強がりを一つ聞いてください。
――私は読者に挑戦するっ!
またしばらく開きそうなので、先に言い訳しておきました。
申し訳ないです。
感想、誤字報告よろしくお願いします。


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彼は知らずとも足を止めない

お待たせしました。
ようやく色んなことが一段落したので更新します。


「さて――」

 大きく吐き出した息を吸い直して、俺は胡座をかいて座る目の前の少年と顔を見合わせる。

 テトはニヤニヤともニコニコともいえる中途半端なのに整った笑顔をしていた。

「何から聞きたい?」

 そんな余裕を感じさせる表情を崩したくて、あえて語り手から聞いてみる。

「そうだね。ひとまず、君が言うゲストプレイっていう意味を聞こうかな?」

 こんな小細工で崩せるはずもないか。まぁ最初から分かってたし。

「お前は俺をゲストとして呼んだんだろ?つまりそういうことだ」

「確かに僕は君をゲストとして呼んだ。でも、それと今ここでこうしていることは関係がない。というか繋がりがないでしょ?」

「そうでもないさ。お前、俺と……いや、俺らとした約束は覚えてるよな?」

「もちろん」

 ――『次に会った時はゲームをする』

『  』と、あるいは俺と交わしたテトの約束。それはルールと言い換えてもいいかもしれない。

「お前はルールを破らない(・・・・)。だから、この約束を破ることもない」

 決めたことを貫く。神様でなくとも、一人のゲーマーならきっと誰でもそうなのだ。彼らがそうであってように。

「勘違いしていないかい?僕がした約束は、“会いに来たら”だ」

 正確には会いに来れたら相手をしてやるだったか。まぁどうでもいい。俺はその条件も満たしているからな。

「会いに来たろ?ちゃんとあ〜そ〜ぼ〜まで言ったし。俺そういうの苦手なんだから察してくれても良くね?」

 昔から言うの苦手でしたよ。「い〜れ〜て〜」とかも。

「分かってないのかな?もしも僕が君の投身自殺を止めに“来て”なかったら、間違いなく死んでたよ」

「分かってねぇのはお前だろ。家の前でインターホン押して誰かが出て“来て”も、遊びに“来た”のは俺の方だ」

 だってそうだろ。わざわざクーラーの効いた涼しい部屋から出て、蒸し暑い夏の道を他人様の家まで歩いてんだから。だからさ、なんで「え、なんで来たの?」みたいな出迎え方すんだよ。せめて「来てくれてありがとう。でもごめんね?今ちょっと他の奴と遊んでるから」くらいのフォローはしろよ。あ、それも嫌だわ。

 ちょ〜っと誕生日だから誰かしらが何かしら用意してくれてると思っていた純粋な頃の黒歴史がフラッシュバックしたが、気にしない。だって気にしてないし。マジで。ほんとにホント。

「……もしかして、そんな屁理屈全開の謎理論を信じて、君は身を投げたのかい?」

 さっきよりもやや低めの声で彼は聞いてきた。

 テトの表情は依然として笑顔だが、その目には僅かに暗い感情が覗ける。

 こいつが俺をよく思わないのは無理もない。何せ、こいつの中では、あるいはこの世界では、俺のとった行動は反則(タブー)だからな。

「そう怒るなって。悪かったよ。お前の作った優しさを踏みにじるようなことしてさ」

「え、ごめん。何が言いたいのか分からないんだけど」

 一瞬で目の中の闇が消えた。本気でポカーンとしているらしい。

「お前、もしかして自分で何してるか分からないただのガキなのか?見た目通り」

 やれやれと言いながら、俺はわざと大きなリアクションをとる。テトが何故かムッとした表情をしてるが、マジで子どもじゃねぇだろうなおい。

「この世界、超優しいだろ?」

 現実は、真実は厳しい。ならきっと嘘は、ゲームは優しいはずだ。

 ここは盤上の世界、ゲームの世界だ。優しくないわけがない。

 何もかもがゲームで決まる。地位も、名誉も、富も、国境線や人の命。果ては神の座さえも。全てが、だ。

 つまり、この世界は守られている。盟約という絶対的で強制的な(ルール)によって。

「ここじゃ、失うものは何も無いんだよ」

 では聞こう。失われない物に、何の価値があるのかと。

 確かに無くならない物は恐ろしく、高価に見える。だが今一度考えて欲しい。ずっとそこにあり続けるものに、真に価値はあるのかと。

 道端にある石ころは、誰に見られるでもなく生えている雑草は、出現と消失を繰り返しながらも存在する雲は。

 ――大切だが、高価ではない。

 森羅万象、形無くとも希少な物こそ高価なのだ。

「例えば、命とかな?」

 それもまた、形無くとも失う危険があり、一つしかない希少で貴重な誰にでもあるもの。

 もう一度言おう。ここはゲームの世界だ。

 持っているものは全てがチップ。賭けるものも、得られるものも自由。何を賭けようが、何を取って何を取られようが全ては自己責任。

 そう、ゲームなのだ。優しく、単純で、楽しいものなのだ。

 ――そのはずだった。

「残念なことに、全世界がゲームでも、全知的生命はゲーマーじゃない。そこで考え方の違いが出ちまう」

 この世界のある文献では、瞬間的に世界は突然変化した。

 つまり環境が一瞬にして変わった。ゆっくりと変わっていくはずの生物全てを置き去りにして。

「今まで現実を生きてた奴らが、いきなりゲームで生きろなんて。設定だけ見たらただの無理ゲーかクソゲーだわ」

 それでもこの世界の生物は頑張った。今持っているものを最大限利用して、ゲームで勝ち、生き残る術を身につけた。

 ――固定観念だけを残して。

 人は本質的に変われない。変わるのは外見や外面だけ。それも速ければ速いほど薄いところからだ。

「世界が変わってんのに、自分の中の常識が変わんないのは仕方がないが……どうしようもないよな」

 例えば、殺すことが当たり前の種族。奪うのが当たり前の種族。襲うのが、やり返すのが、君臨するのが当たり前の種族。

 皆、変えるべきところを変えずに今までを、そしてこれからを生きていくのだろう。

「で、結果としてはどうなったよ?神様。お前の作った優しい、楽しいはずの世界は、形を変えても本質は変わってないよな?」

 天翼種(フリューゲル)が、獣人種(ワービスト)が、森精種(エルフ)が。俺は知らないが他の種族も恐らく、昔と変わらずいがみ合って争っていることだろう。

 世界は人だ。

 無造作に集まった有象無象が作るのが世界という大きな括り。少し小さくすれば国ともいえる。

 集まった者が違えば、国や世界も違う。

 争うことを考えている奴らの世界は、きっと争いで満ちることだろう。

 たとえその世界“だけ”を、優しい者の手で変えたとしても。

「お前がゲーム以外の方法を盟約で禁止したのは、ゲームをしてもらう――楽しんで貰うためだ。あぁ、自分含めてな」

 ――ゲームは楽しむもんだろ?

 どっかのシスコン拗らせたロリコン性悪変態鬼畜ゲーマーもそう言ってる。

 この世界は基本自由だから、そういうルールだからテトは動かないが、この世界で命の奪い合いは御法度だ。だって楽しくないし。

 だがこの世界に生きる古い奴らはそれを理解していない。できない。だから平気で賭けて、奪って。で、楽しくない。

「そりゃ退屈もするだろうさ。誰もお前の真意なんか知らないし、なんなら興味もないだろうからな」

 ゲームの世界なら、と。ゲーマーなら誰でも分かることを一般人は理解できない。

 ゲームはクリアするべきもの、という簡単なことにすら。

「あの盟約、お前の真意は『かかってこい。ゲームで相手をしてやる』だ」

 ジャンルはRPG、ルールはゲームで勝負。ライバルは全生物(プレイヤー)で、ラスボスは神様。設定は、盟約に隠された謎を解いて全てを支配する神様を討ち取ろう、といった感じか。

「だから、来てやったぜ?」

「……」

 沈黙を続けるテト。結構喋ったつもりだったが、どうやら聞きたいことはまだあるらしい。

「で、お前が言いたいのは資格の話だよな。俺にはゲームを挑む資格がないと」

 そんな資格なんてそもそもないんだけど。

 ここで単にテトとの約束と言えば解決するか。否だ、絶対にテトは認めない。

 何せ、あの約束はラスボスとのラストバトルをするという意味なのだから。明言していなくとも、それくらいは分かる。

 ラスボスへの挑戦権は十六種族全ての種のコマを集めること。なんと手間のかかることをとしか言えないな。

「さっきも言ったが、俺にはとっくに挑戦権がある」

「まさか、既に種のコマを集め終わってる、なんて言わないよね?」

「当たり前だ。というか、そもそも種のコマが要らねぇ」

 「根拠は?」

 テトの問に、普通に答える。

「約束したろ?俺と(・・)

 思い返せば不自然だ。何故テトは俺と空たちに会いに来た後、もう一度俺と接触したのか。

 その時こいつが言ったのは、俺を呼んだ理由だ。

「お前は俺に反則(チート)を望んでると言った。その才能があるってもな」

 才能の定義にもよるが、概ね才能とは自分が持っている特出した何かだろう。

 凡人よりちょっと優秀でぼっちの俺が、この世界に呼ばれた時点で何かを持っているはずもない。ならば、あの時にテトから何かしらの才能を受け取ったと考えるのが妥当。

「お前が言う俺の才能(チート)ってのは、『種のコマを無視して神に挑める約束(権利)』だ」

 あの約束は、普通に考えれば空たちと一緒に交わせばよかったもの。

 それをわざわざ別の日、俺が一人の時に交わしたのに理由があるとすれば何か。空たちに知られることなく、尚且つ内容が微妙に違うことを悟らせないため。

「俺との約束には、会いに来たらっていう条件がそもそもないんだよ。会う方法がなかったからスカイダイビングしたけど」

「君の仮説を信じるとして、それで僕がゲームを受けない可能性も、君を助けない可能性もあった。なのに、よくもまぁ身投げなんてできたね」

「いや、確信こそなかったけど十中八九こうなるっては思ってたぞ。」

「なぜだい?」

 わざと惚けている気がする。それがまるで何かから気を逸らさせるためのように見える。

「だから言ってるだろ?お前は約束(ルール)を破らない」

 この世界で死は反則(タブー)。交わした約束を破ることも、多分テトの中では禁止事項だ。

 だからこいつは俺を死なせず、ここへ呼んで約束を守るしかない。

「僕が君を他のところに送る可能性もあったよ?」

 神様なんだし、それくらいは出来るんだろう。

「俺は死なない限り何度でもこうするって言ったからな。そんなつまんねぇ展開は望まないだろうってな」

 それに、と少しだけ吹き出しそうになって堪える。

「それに、なにかな?」

 一方のテトは少し不機嫌そうな声を出す。

「あぁすまん。俺がここにいるってことは、俺の落下の時の言葉を聞いたってことだろ?」

 テトのことだし、ずっと俺を見てる、ってほど自意識過剰なセリフは言えないが、少なくともあの時の言葉はすべて聞いているはず。

「つまりお前はあのやっすい挑発に乗ったってことだ」

 こいつは負けて悔しいから『  』を呼んだ。ゲーマーとして負けるのは性にあわないんだろうな。

 それで傷口を岩塩で磨かれるような事されれば乗ってくるだろうと思っていたが、まさかほんとに来るとは。

「やっぱお前、相当ガキだろ」

 この挑発には乗らないらしく、茶化すようにテトは言う。

「あの挑発に乗ったつもりはないんだけど……こう言うとますます負け惜しみみたいだね」

「だな」

 そこまで聞くと、テトは立ち上がってパンパンとお尻の埃を落とす。いや埃とか付くのかこの空間。

 真っ白な地面に立ち、テトは微笑む。

「そう言えば。ここに来れた経緯、というか理由は聞けたけど、君がここに来た動機は聞いてなかった。なんでわざわざ彼らと離れてまで僕とゲームしに来てくれたのかな?」

 どうやら前哨戦はこれで終わりらしい。ここからはいよいよボス戦だ。

「んじゃ、それも賭けてやるか。ゲーム」

「君が勝ったら、僕が君をここに連れてきた理由を言えばいいんだね?」

「いや、違う」

 立ち上がることもなく、俺もニヒルな笑みを浮かべながら言った。

「俺が勝ったら、全部貰う」

 別に俺が強欲(バン)だとか強欲(グリード)だとか言うつもりは無い。ただシンプルに、俺はテトの全てを貰う。

「掛け金は双方が釣り合うと判断しない限り成り立たない」

「知ってる。だから俺が負けたら、お前の見たいものを見せてやるよ」

 俺に寄越した約束(チート)の果てをテトは見てみたいと言っていた。

 全くもってできる気はしないが、これくらい賭けなければ勝負にならないだろう。

「どうだ、不満か?」

「十分過ぎるね。君から申し出てくれるなんて思ってなかったよ」

 テトは俺が言わなかったら自分で言うつもりだったのだろうな。なんとなくしてやった感があっていいなこれ。

「それじゃあ、何で決めよっか」

「一応、俺が挑んだってことにならないのか?」

「せっかくだしフェアに決めたいと思ってね」

「そうか。なら――これなんてどうだ?」

 俺が指し示したものを見て、テトは肯定の意味を込めて笑った。




ご察しだとは思いますが、この作品もうすぐ終わります。
最終話の後に番外編一つだけ出す予定です。
メタい上にどうでもいい話ですけど、全体的にシリアスばっかりの時があったのでギャグパート代わりに番外編書いてました。
感想お待ちしております。


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こうして彼らは向かい合う

ちょっと短めです。



 正方形の並んだ盤上でコマは踊る。

 さも自らが主役であるかのように。あるいは、自分が脇役であることを自負するかのように。

 ――コトリ。

 白い兵が逃げる

 ――コトリ。

 黒い兵が追う。

 ――コトリ。

 白い騎士が動く。

 ――コトリ。

 黒い女王が避ける。

 モノクロの四角い盤上でコマは踊る。

 さも自らが英雄であるかのように。あるいは、自分が犠牲であることを自負するかのように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 誘い、誘われ、嵌められ、読まれ。

 一定の間を置いて動くコマたちは、さながら曲に合わせたダンスのように盤上を駆け巡る。

 一瞬、目の前の少年を見た。

 笑顔で、それでも真剣にチェス盤を見つめる姿は年相応の幼いゲーマーに思える。

 だが、そんな風に思えるとしても油断、ましてや慢心なんて出来るはずがない。

 それほどに、彼は強い。あの二人ではないかと錯覚するほどに。

 しかし事実、テトは彼らから負けている。

 ――そんな事実がどうした?

 関係ない。過去の結果は過去でしかなく、今戦う相手は他でもない俺。全くもって要らない情報だ。

「このゲーム。僕が勝ったら二つ、聞いてくれるんだよね?」

 唐突に口を開いたテト。彼は黒いルークを左手でつまみ上げ、俺の視線を自らに誘導した。

「『俺がここに来た理由』と、『お前が見たいものを見せる』だろ?」

 これがこのゲームにおいて掛けた俺のチップ。『盟約』に誓った以上、拒否権はない。

 もちろんそれは負けた場合だし、何より後者にはこう条件が続く。

「その為にはお前から力を借りる。破るなよ?」

「もちろん。君が何をする気かは――僕には分からないけど、約束は守る」

 なら当然、俺が勝った場合も守ってくれるな。

『全てを貰う』

 テトの全権、全能力、地位、名声の全てに至るまで、だ。

「神様を引きずり下ろす賭け金にしては、ちょっと少ないか」

「いや?僕が同意した時点でそれらは対等だ」

 ならば、残る要素はゲーム内容。あくまでフェアにやりたいと言ったテトの要望通り、『チェス』で決める。

「でも良かったのかい?わざわざ自分有利に決めるチャンスがあったのに」

「それはこっちのセリフだし、忘れてないか?」

 何を?と問う神様に、俺は意識的に笑いながら言う。

「俺、あいつらに引き分けてるぞ?」

 テトは笑顔を崩さない。余裕か、あるいは別の感情を隠すための仮面か。真意を悟るのは難しい。

 一応、形の上で提案したのは俺だがテトも二つ返事で頷いて決めたゲーム。勝機がなくて挑む俺でも受けるこいつでもない。

 コトリ、と。また一つコマが動く。

「なら、そろそろ本気でやって欲しいね」

「秘密兵器は隠すもんだろ?」

 挑発のお返しに軽口と、布石のルークをぶつける。

 だが、ノータイムでポーンを出すテト。あちらも一切の油断はないようだ。

「これがそれなら、ガッカリだよ?」

「安心しろ。ウォーミングアップ前の起床だ」

「ようやく起きたところなんだ……」

 余程彼は暇をしていたらしく、こんなつまらない会話にも無駄に突っ込むし、笑う。

 根拠はないが、彼にとってはこの会話すらもゲームの一部なのだろうと。そう思う自分がいた。

 一進一退と言えば聞こえはいいが、やはりここは硬直したと表現すべきだろう。更に言えば硬直させた状況。

 動かぬ戦況のまま少しずつ、ゆっくりと、僅かだが確実に、時間とコマはすり減っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間感覚が狂って久しく感じる頃。

 静寂をテトが破った。

「こんな話に興味はないかい?」

「無いな」

「え、即答?まだ何も言ってないのに」

 わざとらしいリアクションを取りながらも、俺もテトもゲームから思考を切ることはない。

 実際、テトがどんな話をしようと興味はない。人生経験のない神様に語れることなど、精々昔話くらいだろうからな。

「君はこの世界がどうやって出来たか知っているかい?」

 ほらな、どうでもいい。これだから後期高齢者は困る。いや、こいつ生まれてからそんなに経ってない可能性もあるが。だって見た目ショタってるし。

「知らんが、まぁ大体想像はつく」

「へぇ〜。是非聞きたいな」

 なんで相手が知っていることを解説、というか仮説しなければならないのか。面倒だし意味がない。

 だが、これでテトの気が紛れるなら話してやるか。今後の為に。

「ゲームの世界はテトが創った。終わり」

「それは誰でも知ってるでしょ。僕が聞いたのは、どうやってかだよ?」

「……俺が調べた文献には、永遠に続くと思われた大戦が終わり、戦いに参加していなかったどっかの神様が消去法ってか、暫定で最高位の権利を得た、って書いてあった」

「まぁ、外れてはいないね」

 その神様がテトなのは間違いない。彼がゲームの神様であるなら、大戦に参加していないのも頷ける。

 問題はなぜ大戦は突如終わり、テトが最高神になれたかだ。

「少なくともテトが大戦を終わらせたわけじゃない。参加していないからな。だとしたら?……まぁ誰でもいいんだけど」

「そこは大事だと思うし、僕が聞きたい話の中に含まれてるんだよなぁ〜」

「知らん。で、テトが最高神になったのは何故か。暫定っても他の神様もいるはずなのに何故か」

 例えば他の神様が全部大戦で死んだとか。仮にそうならほぼ同時に全神様が死ぬような規模の事件が起きて、不参加だったとはいえテトが無事なのはおかしい。だってこの星の原形留めなかった程の衝突らしいし。

「逆に、俺はこう考えてみた。テトは大戦の時点ではいなかった。そして大戦が終わったと同時に現れた」

 この説ならテトが無事な事も暫定一位になった事も説明がつく。容姿が子供なのも単に生まれてからそんなに経ってないからだとすればどうか。

「結論、そんなとこだな。どうだ?」

「ふふふ。なら、答え合わせと行こうか」

「いや、いい」

「え、えぇ……」

 だから興味ないんだって。後期高齢者改め、見た目も頭脳もこども天長さん?この天長は天の長さんな。

「今更何を知っても、やることは変わらないだろうからな」

 残念だと表情で伝えるテトから目線を外し、また盤上へ向かう。

 ――そろそろ、いいか?

 これ以上待っても意味はない。テトが何を狙い何を考えているかは分からないが、中盤で止まった戦況を動かすのは俺であるべきだ。

 俺は――キングを前進させた。

「……」

「……」

 テトの笑みが消えた。その表情は、目は、天翼種(フリューゲル)にも劣らぬほど冷たく鋭い。

 何秒か、何分か。重い空気は時間すら捻じ曲げるかのように、一時の静寂を引き延ばす。

 そして、張り詰めた硬直は彼の声によって動き出した。

「これが、秘策かい?」

 いっそ睨んでいるとすら思えるテトの顔。先程までの和気藹々とした雰囲気はなく、ラスボスらしい敵意や悪意が覗ける顔だった。

「さぁな。もしそうなら?」

「つまらないよ。どう考えても――ここから君の勝ちはない」

 ナイトがキングを捉え、チェック。俺は生贄を差し出すか、王を逃がすしかない。

 最短で二手、多くても四手で俺は詰みだ。

 過去最高記録を更新すべく、不敵な笑みで言う。

「そうか。それじゃ……この手は読めたか?」

「……!」

 二択の選択肢から外れた三つ目。ネット版や大会では使えない一手を、迷うことなく打った。

 ――わかり易く、俺は王を売った。

 キングの更なる前進。前ターンで射程を重ねたナイトだけでなく、隅に寄ったクイーン、右翼のルークが王の退路を含めてキングを囲んだ。

「チェックメイトだ」

「……」

 自殺。リザインですらない悪手中の悪手。これはもう、ゲームへの冒涜やゲーマーへの侮辱と言えるかもしれない。

「何が、したいんだい?」

 その質問には答えよう。それも踏まえての、あの条件だ。テトは不機嫌だが気にしない。

 このゲームは、俺の負けだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 テトが用意したチェスは盤ごと消え、白いだけの空間に俺と彼はいる。

 たとえつまらなくとも、俺は最初からこうするつもりだったのだ。責められる言われも怒られる言われもない。

 これは、テトと戦うと決めた時点から決めていたことだ。

「俺はどう足掻いてもお前にゲームで勝てない。だから、最初から負けるつもりだった」

 テトは何も言わない。さっきとは打って変わって表情が読みづらい。真顔でもないが、真面目を装った笑顔だろうか。

 気にしないことにして、俺は続ける。

「察してるかもしれないが、俺がここに来たのは帰る為だ。多分それはお前にしか出来ないし、こうするしか方法がない」

 調べても、というか普通に分かるが、テトはこの世界を創った。それは同時に、彼自身がこの世界の法則の一つということになる。

 ジブリールが異世界召喚にはエネルギーが足りないと言っていたが、それが世界の法則なら実現は用意だ。

 なら当然、俺を元の世界に戻す事も出来るはずだ。

「そこまでは僕も理解出来るよ。分からないのは、なんでゲームに負ける方法をとるのか、だよ。これでは君は帰れない」

 テトに勝った時の条件なら、俺は確実に帰れるだろう。テトの全てを手に入れれば、有り体に言って神になればなんでも出来るからな。

 最初から負けるつもりだった。これは嘘ではない。

 もともと仕掛けた側の俺が有利なゲームを決められるはずはなく、テトの気まぐれでフェアなチェスになっても同じことだ。

 それに、俺とテトの戦歴を比べても勝敗は見えている。テトは万全の『  』に引き分けだが、俺は白一人に劣勢。空が加わった時点で引き分けがほぼ確定の半端者。ゲーマーではなくゲストで呼ばれて当たり前の能力値だ。

「帰るよ。可愛い妹が待ってるんだ」

「方法は、もちろん教えてくれるんだよね?」

「あぁ」

 敗者は勝者に従う。俺は盟約を守って果たさねばならない。

 ――『テトの見たいものを見せる』ことを。

「ゲーム始める前に言ったが、協力してもらうからな?」

「そこは問題ないよ」

 なら、と。俺は静かに告げた。

 

「――……、……――」

 

「……」

 無言のテトは、目線ごと下を向く。

「……くっ」

 そのうち彼は右手で口を多い、左手は腹に添えられた。

「ぷくくっ……」

 堪えるが、それでも我慢出来ていない声が漏れている。

「くっ……あはははははは!」

 やがて笑い声は天まで届くほど響いた。ここが天だと思うけど。

 しばらくの間反響した声がおさまる頃に、テトは笑いすぎで零れかけた涙を拭きながら言う。

「やっぱり、君を呼んで正解だった」

 

 




過去最高に意味が分からない回ではないかと思います。
早めに次回も出します。
出来れば感想、誤字報告よろしくお願いします。


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そして彼は知る

過去最長、かもしれないです。


 俺の知る中では最高レベルに笑うテト。この様子だと先程までの反応は全て演技だったのかもしれない。

 俺の言った言葉、内容を加味していえば要求だろうか。それには答えずにテトは言う。

「答え合わせがまだだったね?」

「それはいいって言っただろ」

「違う。それじゃなくて、僕が君を呼んだ理由云々のこと」

 言われてみればそうだ。思えばテトは、俺の見解を肯定も否定もしていない。それは、少し気になる。

「どこまで合ってたんだ?」

「難しい質問だけど、僕が約束を、そしてルールを絶対に守ることについては正解だよ」

「逆に言えば、それ以外は不正解ってことか」

「まぁね」

 つまりテトが示した反則(チート)、俺の才能については不正解だったと。結構考えたがその仮説以外は浮かばなかった。当然、分かるはずもない。

 じゃあなんで俺を呼んだのかと、俺はシンプルな質問をする。

「理由は前に言った通り、面白いものが見れると思ったからだよ。具体的には僕の知らない結末を見れるから、かな」

 と、ここで彼は人差し指を立てる。何やら塾の講師のように説明するらしい。

「このことについて、君は一つ大きなミスリードをした」

「ミスリード?」

「そう。君は僕の言う反則(チート)と才能は同じものだと考えた」

 普通はそうだろう。この世界に来た時点でチート持ちの転生系主人公でない俺は、後から才能(チート)を貰ったと考えるのが普通。それならテトが俺に才能があると言うのも納得ができる。

「でも違う。僕が言ったのは、君に『反則(チート)という名の才能がある』じゃなくて、『反則(チート)となりえる才能がある』と言ったんだ」

「は?」

 一番ありえない可能性を挙げるテト。その説は俺が一番最初に切り捨てた内容だ。

 そんなものが仮にあったら、テトが俺にした約束はなんの意味のなくなってしまうだろう。

「才能でチートができるなら、そもそもお前は俺とゲームすることはない」

「そうだよ。僕は君とゲームしない。いや……」

 終始笑顔のテトは両手を広げ、これから空前絶後の大発見を発表するように言い放った。

 

「君はゲームをしない!」

 

「……」

 ……。

 正直、何を言っているのか分からなかった。

 この世界でゲームをしないなど出来るはずがない。いや厳密には可能だが、打倒神様を掲げたからには不可能だ。

 そんな心中を察したのか、テトは続ける。

「厳密には君もゲームはする。でもそれは『種のコマ』の関係しないもの。もっと言えば、僕を倒すために必要ではないものだ」

 この世界のルール上、テトを倒すには『種のコマ』を必要とし、最低でもラスボス合わせて17勝しなければならない。

 テトが言うのはその『最短ルートの16勝』に含まれるゲームを、俺はしないということだ。

「そんなことはないだろ。現に一回やってるし」

「東部連合との一戦は実質『  』が起こしたもの。それに、君は一つたりとも『種のコマ』を所持していないし、君が主体的に参加したゲームでは一度も『種のコマ』は動いていない」

 俺がこの世界に来て『盟約に誓って』自ら行ったゲームは、クラミーとのスピード、ジブリールとのしりとり、空とのジャンケン、巫女さんとのジャンケン、ジブリールといづな相手の鬼ごっこ、クラミーとフィー相手の鬼ごっこ。それと今日の『  』とのすごろくに、テトとのチェスか。

 確かに、一度も『種のコマ』は関係していない。

「認めはするが、それと俺のチート云々がどう関係する?」

 俺が『盤上の世界』攻略のゲームをして来ていないことは結果論とも言える。それにゲームをしないことが才能だとも思えない。

 低めの声で出した質問に、テトは高らかに答える。

 

「そんな君がここにいること。それがもう、どうしようもなく反則(チート)じゃないか!」

 

「……」

 テトが言いたいことは理解できる。

 ゲームをせずにゲームのラスボスと戦う。これはチートだ。確かにそうだ。

 だが、今回の場合そのチートはテトの約束故に成り立つものであり、才能とは関係ない。

 余程俺がわかりやすい顔をしていたのか、テトは座っている俺の周りを歩きながら話し始める。

「僕と君は約束した。次に会ったらゲームをしようと。そして君はここに来た。この世界のルール、コマを集めることを無視して」

「あぁ」

「この世界はゲームをして『種のコマ』を集めなければクリア出来ない。正確には、ゲームをしなければ僕の所へ来れない。つまり、『種のコマ』を集めることはあくまでも挑戦権であり、クリアではない」

 それは理解出来る。だから俺は、あるいはテトは、ここに来るための権利を約束としたのだ。

「君の勘違いは三つある。一つは、あの約束が『ゲームをする約束』であって『ここに来ていい約束』、つまり挑戦権ではないってこと」

「……」

「君は挑戦権を得たのではなく、僕とゲームの出来る機会を得ただけなんだ」

 テトは約束を破らないが、その分本来の意味から外れた約束を守ることもないだろう。つまり、今日ここでゲームを受ける理由がない。

「挑戦権とゲームする機会は大きく違う。何故なら後者には『盟約』に誓う必要がないからだ」

「そうだよ。だからさっきやったゲームは、約束とは関係なく、たまたま僕が釣り合ったと思う賭け金を君が提示しただけだ」

 別に盟約を使おうが使わまいが約束は守られる。盟約を使えば多少の優劣がゲーム開始前についてしまうが。

 あぁ、だからか。

 あの時テトがフェアにやりたいと言ったのは、盟約による制約よりも俺とのゲームを優先したから。純粋に楽しみたかったから。

 だとしたら、少し悪いな。

「ここまで言えば分かるかな?」

 正面まで来たテトは座り直し、左手で頬杖をついて聞いてきた。

「つまり『種のコマ』を度外視して、テトの約束に関する制約も使わずにここへ来ることが、そもそもの反則(チート)ってことか」

 頷いて肯定するテトに、俺は今までを振り返る。

 俺はコマを集めることはしなかった。それは必要でないと思ったから。根拠は約束にあり、それ以外はない。

 なら、これは偶然の産物か?こうしてテトと向かい合うのは、奇跡的な変数が俺の知らないところで重なり合ったからか?

 違うはずだ。でなければ、テトが俺を呼んだ意味がない。

「お前は方法はともかく、こういう形になると最初から分かっていた」

「肯定するよ」

「その理由はなんだ?」

「君の勘違いしていることだ」

 テトは人差し指と中指、薬指を立てて左手で人差し指を握る。

「一つ目は約束について。二つ目は、さっきも言ったね――反則(チート)と才能について。それで三つ目は、君に才能があるという一点についてだ」

 まぁ、そうだろうな。自惚れではなく、テトが今主張してきたからこそそう思う。

 だが、やはり心当たりがない。それこそ、この世界のルールを無視して進めるほどの才能なんて、空や白を軽く超えたレベルではないか。

「それこそチートくさいな」

「確かにちょっと反則的なものかもしれない。でも、それは誰にでもあるものだ。偶々君が他の人より少しだけ、その分野で秀でているだけ」

 存在チートの神様がここまで褒めるんだ。なのに自覚がないってことは、多分聞いても納得ができないものかもしれない。

「教えてくれ」

 それでも聞く。興味もあるし、目の前の少年が話したくてウズウズしているもの理由だ。

 ならば教えてくあげようと、テトは俺に人差し指を向ける。

 

「君の才能は、『変える』ことだ」

 

「……」

 ……。

 ふと、俺は空を見上げた。何もない、曇のない空を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人は変わらない。

 絶対ではないが、仮に変わろうとどれだけ努力しても尽力しても、変化が見えるのは上っ面の外面だけが精々だ。

 人の本質は変わらない。もしも変わったと宣う奴がいるなら、きっとそいつは薄っぺらいのだろう。薄いから外面と内面を見間違える。

 なのに、あろう事かこの神様は、俺が『変える』ことのできるなら人間だと言った。

 ある筈が、ない。

「ある筈ないって顔だね」

「……俺は理解、分解、再構築みたいな術は使えないからな」

「ごめん。皮肉で返したってことしか分からないや」

 こほんと咳払いしたテトは、いつの間にか右手にトランプの束を持っていた。それをシャッフルしながら彼は問う。

「ポーカーをする時、君はジョーカーを抜くかい?」

「その時によるな」

「僕は抜かない。その方が面白いからね」

 テトは二枚のジョーカーを引き抜き、色合いの違うそれらを俺に見せた。

「ジョーカーは言わばワイルドカード。それ一枚だけで、なんの力も持たない手札が役をもつ」

 どうやっているのかは分からないが、恐らく魔法で四枚、束の上から空中に浮遊させる。その四枚に統一性はなく、ポーカーならブタと呼ばれるものだ。

 ここにジョーカーが加われば最低でもワンペアができる。

「ジョーカーは変えるんだ。在り方を、その意味を、たった一枚で。だから面白い。たった一枚で変わる大きな未来は、未知とスリルに溢れている!」

「……俺がその、ジョーカーだって言いたいのか?」

 さっきの彼の言葉を思えば、俺はここにワイルドカード(ゲスト)として呼ばれた事になる。

「いや、違う。君“達”が僕にとってのジョーカーさ」

 俺の推測を否定し、ジョーカーを空中に離したテトは四枚のエースを左手に持つ。

「この世界は色んな種族がいる。彼らが僕に勝つには、手を取り合って協力し合って、僕を倒せる手札になるしかない」

 彼の右手に置かれた束の中から、五枚のカードが飛び上がる。

 役はロイヤルストレートフラッシュ――いや、ただのストレートフラッシュだ。

「お前がエースである以上、絶対に勝てない」

「そう。僕がゲームで“彼ら”に負けることはない。でもね……」

 スペードの9の上に、ヒラヒラと舞っていたジョーカーが重なる。それによって、役はロイヤルストレートフラッシュへと回帰する。

「こうなれば僕は負けるかもしれない。もちろん、そうならないように僕も努力する――」

 テトは一度カードを裏向きにし、再度俺に広げて表面を見せる。彼の手の中にはクローバーのロイヤルストレートフラッシュがあった。

「これで条件は五分と五分。どっちが負けるか分からない最高のゲームだ」

「なるほどな」

 この世界でテトに勝てるものは十中八九いない。だが、そんな弱い役に一枚加わるだけで、事態は『変わる』。

 俺はテトが持っている束の上から四枚、迷うことなく取る。そこに浮いているモノクロのジョーカーを合わせて、彼に見せた。

「負けるかもしれないから、楽しいってか?」

 ――ファイブカード。

 ジョーカーを含めば最高位の一手。揃うことはまずない。だが完成すれば勝敗はほぼ確実。

 まさに賭け――ゲームだ。

「そう。そしてこれが、君だ」

 彼が指差し示す先には、俺の持ったファイブカードのジョーカーがある。

「僕がジョーカーを持っていない時点で、それが出たら即負けのワイルドカード。強制終了にも等しい反則級の一手だ」

「ならつまらないだろ、寧ろ」

「ポーカーで一番強い役は何を基準に決められるか。――手にする難しさだよ。当然、ファイブカードは難しい。成功なんて滅多にしない。けど、可能性はゼロじゃない」

「……」

「もちろん君がカードを引かず、降りる場合もある。でも君は乗ってきた。最も可能性の低い役に、君は賭け(ベットし)たんだ」

「……」

 遠くない未来。きっとあの兄妹は神すら破ってこの世界(ゲーム)をクリアするだろう。それに賭けることも俺は出来た。そこで本物を探すことも。

 だがしなかった。俺は、きっと俺には無理だと諦めて、心のどこかに残った何かに拘った。あの場所に。あの部屋にいた彼女らに。

 そして否定した。何度も。幾度も。本物は手に入らないと。この世界で手に入ることなんて、実現しないと。絶対に、ありえないと。

「ある少女は自分を主張することを覚え、またある少女は変化以外の解決法を見た」

 脈絡なく話し出した彼を見て、俺は視線を下げていたことに気付いた。

「ある男は喜びを知り、ある少女は独りよがりな自分を恥じた。――種類も大きさも違えど、皆変化した。変わった」

 テトが何を見、何を語っているのかは知らないが、そうまでして変わったと断言された者達を、俺は簡単に否定できない。

「それはこの世界でも起きた。小さな、でも確実な変化」

 テトは言う。――ある人類種(イマニティ)は信じるものに誇りが持てたと。

 テトは言う。――ある人類種(イマニティ)は打算以外の信じ方を見つけたと。

 テトは言う。――ある獣人種(ワービースト)は過去の敵を認めるができたと。

 テトは言う。――ある獣人種(ワービースト)は楽しむためのゲームを知れたと。

 テトは言う。――ある獣人種(ワービースト)は忌み嫌った目に希望を持ったと。

「そしてある兄妹は勝つ以外の選択肢を見つけ、ある天翼種(フリューゲル)は思いを持った」

 テトは言う。――変わったと。

「それを、俺がやったって?」

「全て、とは言わない。もとよりもう一枚のジョーカーである彼らでもできるとは思っていたことだ。ゲームという媒体を使えば、だけどね?」

 彼ら、とはあの兄妹のことだろう。

 テトが呼んだもう一枚のジョーカー。いや、ゲストである以上それは俺か。

「ゲーマーとゲストでは、どう考えても優劣がついたレース。一度ゲームで僕から勝った彼らが先には着くのは、確率的には九割くらいだった」

 テトの言い分をそのまま受け取れば、俺たちはジョーカー二枚を所持して挑める。とんだ反則ゲームだわ。負けたいのか勝ちたいのか、全く分からない。

 

「でも君はここに来た。人々を変え、ルールを変え、一切ゲームをせず

 ――そう、まさしく『ノーゲーム』で!」

 

 確率が低くても面白い方にベットする。それがゲーマーであり勝負師である者の本能。俺は理解できないが、その遊戯の神様であるテトなら迷わず賭けるのだろう。

 ――『ゲームをノーゲームでクリアしてくる馬鹿野郎に』

 そして彼は賭けに勝った。その事が嬉しいのか、面白いことが今まさに起きているからなのか。テトは満面の笑みで俺を見ている。

「最後まで肯定しないね。自分を」

「最初から俺の意見は変わらねぇよ。俺に才能はない」

 認めたくないとか、意地とか見栄でもない。俺はただ、知っているだけだ。

 俺は大した奴ではなくて、いつも選択できる方法は限られていて。そして、いつも間違えている。

 そんな俺に才能なんてものが、仮にあってもありえない。誰かを激的に、何かを劇的に変えられるほどの力があるなど、あるわけがない。

 だから安心して言える。何度でも言う。

 ――そんな才能は、ない。

 やれやれといった反応を見せるテト。彼は終始笑顔で、その事に少しだけ違和感を覚えた。

「お前が賭けに勝ったこと。それに喜んでることは何となく分かった。けど、俺の要求を聞いて笑ってるのはおかしくないか?」

「おかしくないさ。僕の目的は僕の知らない結末を見ること。それがどんな形であれ、僕は嬉しいのさ」

「……そうか」

 はぐらかされた気がするが、それ以上踏み込もうとは思わない。

 正直、疲れている。

 昨日から数えれば人類種(イマニティ)獣人種(ワービースト)天翼種(フリューゲル)森精種(エルフ)、そして人類最強の兄妹(くうはく)と。面倒な奴らと連戦してから、今ようやく神様との勝負がリザルト含めて終わったところだ。力も気も抜けてしまっている。

 俺は組んだ両脚を伸ばし、倒れ込むように体を背中から傾けた。

 このまま横になったら三日くらい寝て十五食分食いそびれる自信がある。一日五食計算とかどこの海賊だよ。

 俺が両手で体を支えると、目の前のテトがゆっくりと上昇し始めた。

「僕は少し準備があるから。疲れてるみたいだし、エンディング前に倒れられても困るから休んでおきなよ」

 そう言い残して彼は虚空に消えた。瞬間的に消えるのは何も魔法使いの専売特許ではないのだなとくだらないことを思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 テトがいなくなってから数秒後。

 不可抗力に欠伸が出て、重心が少しズレた。右手を動かして体が傾かないように支え直すと、何かに指が触れる。

 そこには、ジブリールから渡された一冊の本があった。

 ――そういや、冥土の土産に貰ったんだったか。

 胡座を掻き直し、手に取った本のページをめくる。1ページ目で彼女の雑な造り笑顔の理由が分かった。

「読めねぇ」

 俺が読めるのが人類種(イマニティ)語オンリーなだけに何語なのかは分からないが、少なくとも俺が読めないと分かった上で渡したな、あいつ。マジでぶれねぇ。

 かなりの厚さの本だが、一応1ページずつめくっていく。一枚にびっしりと書かれた文字列は、多分彼女自身が書いたものだろう。癖字というか、字の構成は同じなのに微妙に違う形で記されているのが証拠である。証拠といっても石像がスパイク履いて疾走するレベルで動くんだけど。

 およそ30ページを超えてからもうしばらく経ったところで、文字の無い白紙のページが現れた。

「終わりか」

 残りのページを最後までパラパラと指で弾きながら目を通す。やはりそれ以降に書き記された文字は無く、俺は彼女が最後の最後までイタズラがしたかったのだと結論付けた。

 硬い背表紙に接地した最後の一枚がハラリとめくれる。

「……」

 前言、さっき出した結論を一度撤回した。

 何故かといえば、そこには書かれていたのだ。

 たった一文。たった一行。短く、簡潔に。

 それは彼女にしては珍しい、あまり見栄えの良くはない字で。

 緊張したのか機嫌が悪かったのか、形のブレた字で。

 それとも力の入れ過ぎか、ペンが揺れたような字で。

 俺の読める、慣れ親しんだ字――日本語で。

 

 ――『あなたを愛しています』

 

 

 




さぁ、ようやくここまで来ました。
あと二話で終わりで、次回同時に出す予定なので実質次が最終回です。
少々期間が空くかも知れません。申し訳ないです。


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たった独り彼は道を踏みしめる

どうも。
江波界司です。
大分時間がかかりましたがどうにか二話分、完成しました。
お待ち頂いた皆様、お待たせして申し訳ないです。
あと両方とも長めです。


 完全なんてものは存在せず、誰もが自分の不完全性を埋めようと、あるいは認めようとしながら生きている。

 ならば生きるとは、不完全でいることではないか。そんなどうしようもないままでいることが、どうしようもなく、生きることではないか。

 完成しないパズルを誰もが持っていて、誰もが埋まらぬピースの代わりを欲する。誰もが隙間だらけの盤と睨み合いながら、形の合うピースを、その持ち主を探す。

 だが、いつか気付く。抱えたパズルの隙間をいくら代わりのピースで埋めようとも、描かれた理想の絵は見れないと。自分だけで完結するはずのそれは、どう足掻いても手に入らないのだと。

 ここで、二つの選択が迫られる。つまり――妥協か、追及か。

 たとえキレイでなくとも、今描かれた絵に満足することはできる。そう自分を騙すことはできる。

 けれど、歪に繋がれた偽物は、やはりどこまで行っても偽物で。そんなものは『本物』ではなくて。

 だからきっと、彼らは『  』なのだ。

 二人で一人、互いの空白を埋め合う関係。到底完成(クリア)できないパズル(ゲーム)を、二人で解こう(勝とう)と誓った兄妹。完全でなくとも今ある絵を完成と決めて進むから、彼らは迷わない。

 彼らは自分の盤がどれだけ隙間だらけでも、互いに補い合えると知っているから。穴だらけの馬鹿(一人)が不完全な天才(一人)完成形(一つ)になれると信じているから。

 理想には程遠い『  』(彼ら)の絵は、正解ではないピース同士で描かれようとも、『本物』だ。たとえ形だけの偽物でも、そのあり様は、本質的は、本物と差異はない。

 そして知った――これは俺には手に入らないものだと。

 誰かが俺の隣に立てようとも、一緒に進むことはない。いつでも独りで歩いてきた俺では、歩幅を合わせることすらできない。そんな方法を、そもそも知らないのだ。

 俺の隣には、誰もいない。

 あの部屋の二人も、実の妹も、かっこいい恩師も。誰も、俺と歩くことはできない。誰かと俺があの空と白(ふたり)の様に歩んだとしても、それはきっと『本物』ではなくて。

 知っていることだ。知っていたことだ。

 最初から、俺は独りだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 対決編も解決編も終わった。残るはボスを倒した者へ送られるエンディングだけ。ただ、そんな大層なものを俺が受けるのは少々気が引けるが。なにせ、俺は倒された側なのだから。

 ともあれゲームは終わった。その事実に変わりはなく、だが、まだ終わりではない。

 ゲームではない。遊びでもない。アニメじゃないと叫びたいほどにすごいものを見てしまった俺は、何もできずに固まる。

「……」

 時が止まったという感覚はこんな感じなのだろうか。

 息をすることさえ忘れ、酸欠ともう一つの何かで心臓に負荷がかかる。意識しなければ意識そのものが飛んでしまいかねないくらいに俺は困惑しているようだ。

 ――『あなたを愛しています』

 三度読み返し、今度こそ読み間違いではないと確認する。

 書いたのは、恐らくジブリールだ。彼女がこの本を渡したことと、ここに書かれた文字が日本語であることがそれを意味している。流石に白や空が書くわけがないだろう。イタズラにしては意味がなさ過ぎる。

 ――どういう意味だ?

 分からない。情報が少なすぎるし、他のページを読み返しても俺が読み取れる文字は無い。

 癖になっている自問自答。現実世界とは隔絶された意識の中だけで声は響く。

 ――これは、誰に宛てた言葉なのか。

 状況証拠だけなら、俺だろう。だが内容が内容なだけに、簡単にそう結論付けるのは避けた方がいい。

 まず、この本はジブリールが俺に渡したもの。その時彼女は感情を隠すような笑みを浮かべていた。真意は分からないが、何か意味があったのだろう。

 俺が分かるのは一つだけ。

 ジブリールが誰かを『愛する』ことなどない、ということだけだ。

 誰かを語るにはあまりにも強い断言だが、訂正はしない。

 力に種類があるように、愛にもまた多くの種類がある。彼女、ジブリールが書いたこの言葉と、俺が決めつけた言葉の意味は、違う。

 彼女は主を、『  』を裏切ることはなく、その身その命を捧げようとも役立とうと動く。そこに打算的な意がないなら、それは愛と呼べる偽りない感情だろう。それがジブリールの言う愛の正体だ。

 逆に俺が言いたいのは人と人が愛し合う、つまりは異性として意識するという意味のもの。ジブリールが俺にシンプルで偽りのない感情をぶつけようとも、それを彼女が愛だと勘違いしても、それは『愛している』ことにはならない。

 そもそも理由がない。何故、いつ、どこで、どうやって。彼女が俺に惚れるというのだ。スペックなら空に劣り、権力ならアホの子のステフにだって劣る俺に。まだステフとゆるゆりしてる方がしっくり来る。

 何より、あの破壊の限りを尽くす暴力種族のジブリールが、自分の仕える主以外の誰かを愛する、もしくはそれに近しい感情を向けるなど考えられない。

 それに俺はあいつにとって取るに足らない存在のはずだ。多分これは、最後の最期までブレない彼女の、彼女なりの嫌がらせなのだろう。

 そう結論付けて、今度こそ俺は後ろに大の字で倒れ込んだ。目の前には薄い空が広がっている。

 何も無い、つまらない空だった。

「空、か……」

 思えば、俺はこの世界で変わったのかもしれない。

 らしくもなく、そんな事を心の中で宣う。

 テトはさっき、ジョーカーは俺たちだと言っていた。それはつまり『  』(かれら)もまた、世界や人を変える者だということ。

 そうやって理論武装に状況を整理すれば、多分俺も空に変えられた者の一人なのだと思えてしまう。

 いつからか心の中にいるもう一人の自分。常に一緒で自分を問い詰める、もう一人の比企谷八幡。

 彼の正体は、空という人物を知った俺が創り出した幻影であり、空という人物の投影。名をつけるなら……

 ――ゲーマー『八』。

 ゲーマーらしくない比企谷八幡(おれ)と、ゲーマーらしくつくった(おれ)は、俺だけでこの世界ひいてはテトに挑んだ。

 けれど、ゲームをしない比企谷八幡の目的と、ゲームをしようとする八の目的は違った。

 本物を知った空を見た八は、この世界で本物を見つけたいと願った。

 本物を欲した比企谷八幡は、あの世界で本物を見つけたいと願った。

 俺は、俺達は最初から矛盾していた。

 そして先に、八が折れた。

 俺はゲームで勝つのではなく、欲しいものを得て勝つことを選んだのだ。

 さしずめ、独りで二人のゲーマーと言ったところか。

 俺達は互いの得意分野を利用しながら、全く違う方法で進んで来た。こうして、道が割れるまで。

 それでも矛盾し合う両者が欲したのは同じ『本物』。それがこちらにあるか、あちらにあるかの話だ。

 どちらが正解で、どちらが間違っていたのか。そんなのは分からないけれど、比企谷八幡(おれ)はこの道を選んだ。

 悔いはない。悔やむことは(おれ)に対する一番の裏切りだ。

 俺は誰も裏切らない。

 俺は俺のやり方で、『本物』を探す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 気が付けば、俺は白い光の中にいた。テトの力が理由なのはすぐに分かる。

 俺がテトに出した要求。敗者でありながら勝者を扱き使うような滅茶苦茶で、テトが想像し得ないもの。

 

 ——『俺と空白が来てからの記憶と記録を全部消して、俺がこの世界に来る前まで時間を戻してくれ』

 

 テトは神様で、この世界の概念そのもの。これくらいの世界改変は出来るはずだ。

 もうすぐこの世界は、俺という存在を知らない世界になる。

 記憶と記録を消すよう指定したのは時間だけの巻き戻しではなく起きた事柄、すなわち俺や空白がやって来た異世界転移という過去の事実をなかったことにするため。これならば今までに彼らがゲームに勝って起こした革命も、俺が起こしたという変化もなかったことにできる。

 これで、いいはずだ。

「本当にそうかい?」

 俺の心を読むように、舞い降りてきた少年の姿をした神様は俺に問うた。

「本当に、これでいいのかい?」

「あぁ」

「一応、いくつか条件があるけど」

 条件、とはこの世界改変にあたっての規約みたいなものだろう。

 無言で続きを促した俺に、テトは三本の指を立てて語り出した。

「まず、僕が干渉できるのは基本的にこの世界だけだ。もちろん君達を呼んだ時のようなこともできなくはないけどね。まぁつまり、これから時間を戻しても君と彼ら以外にはあちらの世界には何も影響はない」

 これはむしろありがたい情報だ。もとより時間操作で何かしらの問題が発生することがある可能性もあったため、何も無いというならそれに越したことはない。

「次は?」

「二つ目は、あちらの世界に戻ったとしてもまた君がこの世界に来る可能性があるということ」

 考えないわけがない。むしろ可能性の話をするならかなり高いと言える。

 俺が今までそうだったように、どれだけやり直しても選択肢が一つだけなら選べる道もまた一つだけ。あの時と同じように、俺はまたあのURLに導かれるようにこの世界にやってくるかもしれない。

 けれど、そうはならない。

「確信を持って言える。大丈夫だ」

「そうかい」

 それなら最後にと、テトは人差し指だけを立てた右手を突き出して告げる。

「これからすることは取り返しもつかないしやり直しも効かない。——どんな結果でも、後悔はないかい?」

「後悔は先に立たねぇよ」

 それに、後悔はしないと決めた。そうすることしか、俺が俺にしてやれることはない。

 言うと、テトは握っていた右手を開く。彼は差し出すように、白いチェスのコマを手の平に乗せていた。

「ポーンか」

「君らしいだろう」

 あくまでこいつの主観の話だろうが。

 ポーンはチェス盤の上で唯一役が、強さが変わるコマ。最弱でありながら最強になりうる存在か。ゲームにおいては彼に挑戦する資格すらない俺には皮肉が効いていて俺好みだ。

 テトはコマの先端がスイッチになっていることを言い終えると、ゆっくりと浮上する。

「君の未来を見せてもらうよ。もっとも、見るのは君を忘れた過去の僕、だけどね」

 輝く光の中に我らが神様は消え、俺だけが残された真っ白な空間は言いようのない静寂に包まれていた。

 これで、本当に終わりだ。

 俺を知らない世界。そこでなら、きっと彼らも、彼女らも、自分らしく生きれるはずだ。

 テトは俺が変えたと言った。だから、俺はそれを戻さなければならない。たとえ無意識にでもしてしまったのなら、その責任は取るべきだ。

 巻き戻し、やり直す次のこの世界なら、きっと空白はテトを倒し、ステフやクラミーも彼らと共に進み、いづなや巫女さんも彼らに変えられて。きっとジブリールも、変な勘違いをすることなく、マスターに仕えるだろう。

 これでいいはずだ。これが、最善策でなくとも、間違っているとしても問題のない一手。

 大きく息を吸い込み、強引に自分を落ち着かせた俺はコマを握る。

 その先端に親指を合わせ、力強く押し込んだ。

 ――そして、俺の見える世界が現実味を失ってゆく。

 テトが俺に会いに来た時のような感覚に近い。唯一違うのは、この白い光の空間だけがまだ、色を残しているということ。多分、変革される内容に含まれていないからだろう。

 俺には見えないが、今世界はココ最近の記憶と記録が姿を消している。テトの演出なのか、それが徐々に行われているのだと感覚的に理解した。

 その証拠にというか、俺の右手にある分厚い本が薄くなって来ている。いや、厚さがではなく、その物体そのものというか存在そのものが。

 ゆっくりと透けてゆくそれは、状態変化の如く姿を変える。端的に言って、表紙の柄が変わった。

 恐らくブックカバーを付けていたのだろう。記録は新しいものから順に消されるのだとしたら、最近付けたばかりのブックカバーが先に無くなったとしても不思議はない。

 けれど、そんなことはどうでもよくて。変化の末に見えた真の表紙には、目を疑う現実があった。

 ペンではなく、刃物や何か尖ったもので彫られたと思われる文字。それもまた、俺の読める日本語で、漢字で記されている。

 

 ――『比企谷八幡』

 

 本来、ある筈のない言葉、否、名前がそこにあった。

 書いた、彫ったのはジブリールだろう。けれど、ありえない。そんなことは、あるはずがない。

 何故なら彼女は、俺の名前を覚えていないはずだ。

 それを、あろう事か一度も見せたことのない漢字で書くなど……。

 ――……あぁ、そうか。

 分かってしまった。いや、見た瞬間に分かっていた。

 時間とともにゆっくりと、端から薄くなっていく自分の名前を見ながら、俺は口を結ぶ。

 俺は彼女が、俺を取るに足らぬ存在としか思っていないと。あの告げられた思いは勘違いだと。そう決めつけた。

 だが、そんな仮定も仮説も決めつけも、これだけ、たったこれだけで反証される。

 ジブリールが俺の名前を知っている。ただそれだけのことで。

 あいつは興味のないことを覚えはしない。現に一度たりとも、俺はちゃんとあいつから名を呼ばれてもいなかった。

 それは興味がないからだと、そう思っていた。

 彼女を不器用だと評したのはアズリールだったか。なるほど、確かにそうだとしか言えない。

 今まで、ジブリールの行動原理の全てを理解している訳ではない俺だが、それでも分かる時と分からない時があった。なぜ彼女が、そんな事をするのかと。

 それが、全て、たった一つの理由で片付いてしまう。

 ――なぜ彼女は、あの時俺とのゲームに負けたのか。

 彼女は欲したのだ。主従関係とは違った関係性を。

 盟約で縛られれば、たとえ全権を持っていない自分でも心置きなく隣にいれるから。

 ――なぜ彼女は、あの時すぐに姿を現したのか。

 フィーが言うには、視界共有の魔法は他の種族、天翼種(フリューゲル)でも使える。クラミーとフィーが空たちに挑もうとやって来たあの日、彼女は俺の目を使って彼女らを見たのだろう。盟約に反さないのか不思議だが。

 そうやって俺に視界共有の魔法を付けていたのは、マスターを常に気にする感覚と似ている。彼女は俺を、常に気にしていたから。

 ――なぜ彼女は、あの時俺をアヴァント・ヘイムに連れていったのか。

 アズリールと会わせるため、だろう。

 ジブリールにとっては、たとえ迷惑な姉気分な姉貴分だとしても大切な存在であり、自分をよく知る存在。彼女はあの時、間接的に自分のことを俺に教えたかった。

 ――なぜ彼女は、あの時一度も動揺することなくあの場にいれたのか。

 俺を信じていたから。

 痛い上に寒いセリフだが、そうでなければ出来ないはずだ。やろうと思っても、獣人種(ワービースト)のいのや巫女さんの目を欺くなどできはしない。それができるのは盟約による強制的な縛りか、信頼による絶対的な思いしかない。

 これだけ言い訳のように並んだ理由の根幹は――好きだから。

 いつからそんなに屁理屈を並べる素直じゃない奴になったのか。

 表紙から完全に消え失せた俺の名を思い出しながら、俺は誰もいない隣を見る。

 本当に不器用で、素直じゃない。まるで俺のように。

 思えばあいつは一度も、俺に本音を聞かせてはいなかった。一度も、俺の名を呼んではいなかった。照れ隠しにしては分かりにくすぎる。

 そして今になって、今更になって本音を書くとか、笑わせる。本当に今更だ。

 いつの間にか視線が下を向いているのに気が付いたのは、瞳が乱反射する不安定な光の所為だった。

「ジブリール……」

 けれど笑えない。

 俺は今更だとしても彼女の気持ちを、感情を知った。そして無意識に、あるいは理性的に排除していた可能性を思ってしまう。

 生きることが不完全であることなら、本物は完全なものではなくて、完全を目指せる関係性なのだろう。互いの空白を埋め合える、そんな存在同士なのだろう。

 今更気付いて、今更後悔する。してしまう。しないと決めたはずなのに。

 俺は彼女の想いを、感情を否定し、拒絶した。ありえないと、そんなはずはないと。勝手に思い込んで、決めつけた。

 このゲームに賭けたのは俺という存在だ。それが無くなれば、この世界はあるべき姿に戻るから。そんなエゴの為に、俺はテトに負けた。

 けれど違った。俺は知らなかった。知らぬ間に、共に賭けられていた彼女を、彼女の想いを。

 そして負けた。

 全てをリセットするために、貧乏くじを引いたのは俺でもなければ、俺でもなかった。

 巫女さんの言った言葉が、忠告が鈍く心を抉る。賭けるものを俺は誤ったのだ。あるいは、意識の外側に追いやっていた。

 どちらにしても、救いようがない。

 もしも。

 もしも、仮に。例えば。例えばの話。

 例えば彼女のことを、俺が、俺の方がもう少しだけ信じていれば、結末は変わっただろうか。俺と彼女が隣合う、そんな未来があっただろうか。俺じゃない俺なら、それが出来ただろうか。

 八はもういない。いや、最初から最後までいなかった。

 全ては俺の作った幻想で、幻で。

 だから全部、俺だ。俺一人だ。たった独りの俺だけだ。

 俺は間違えた。また、性懲りも無く、当然のように、息をするように。取り返しがつかないことも、やり直しが効かないことも知っていたのに。

 そして傷つけた。

 本物になりえないと決めつけて、遠ざけて、拒絶して。なり得たかもしれないというのに。ありえたかもしれないというのに。俺は彼女と、彼女との関係を否定した。

 許されるとも、償えるとも思ってはいない。

 それでも、俺はこの思いを、感情を忘れない。忘れても、全てを忘れても持ち続ける。それがせめてもの、俺なりの罪滅ぼし。

 思い上がった俺の独りよがりな行動は、世界を変える。

 誰も救われない、変わらない世界へと。今までと同じ、残酷で優しくない世界へと。

 やがて、瞳から零れ落ちる水滴は地面に当たって弾け、その記憶すらも消える。

 俺はこの世界から消え、俺のして来たことはなかったことになる。

 やり直しの効かないやり直し。それもこれが最初で最後。

 だから、もう来ることはないであろうこの世界に。そして彼女に、最期に。

 約束する。

 

 ――俺は、『本物』を見つける。

 

 声も出ない。ただ俺という存在がこの世界から無くなるより少し早く、心の中で、消えない感情と共に俺は誓った。

 真っ白な世界を後にする俺は、やがて意識という概念すら失う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。
結末―ゲームオーバー―


これでひとまず完結。
なのですが、色々ありまして。
出来ればあとがきも読んで頂きたいなと思います。


 春休みと呼ばれる期間が終わり、俺の狂った生活リズムを治す作業はどうにか間に合ったらしい。

 普段通り、どころかかなり余裕を持った時間帯で起床し、俺は着慣れた制服を纏って階段を降りた。

「およ?今日は早いね。お兄ちゃん」

「まぁな」

 Yシャツにエプロンという他の人間には見せたくないほど魅力的な服装の少女、比企谷小町は俺の妹だ。

 俺より更に早く起きていたらしく、既にテーブルの上には朝食が並んでいた。

 俺がいつもの席に座ると、後片付けを済ませた小町もパタパタと対面のイスに座る。お互いに手を合わせた後、愛する妹の手作りの料理を口に運んでいった。

「あ、そだ。お兄ちゃん」

「なんだ?」

「今日は友達と一緒に行くから、バスで」

「ん?お、おう。そうか」

 ちょっと動揺してしまったが仕方ない。何せ目的地は変わらないのだ。てっきり俺が自転車で送るものだとばかり思っていた。

「……なぁ、もしかして友達ってあいつか?あの……川なんとか」

「え〜、あ、大志くん?違う違う、別の子。大志くんは川崎さんと一緒に行くって」

「ほ〜ん」

 良かった。本当に良かった。小町に悪い虫が付いたらたまったもんじゃないからな。……ってか、姉弟って分かるから良いけどそいつら両方川崎だろ。

 そんなことを我が妹が気にする筈もなく、皿を空にした小町は最後に牛乳を一杯飲み干すと空いた食器を洗い場に運んだ。

「お兄ちゃん今日はゆっくりだね。やっぱり時間余裕だから?」

「まぁそうだな。俺が洗うから準備してきていいぞ?流石に登校初日に忘れ物とか嫌だろ」

「んも〜。小町がそんなヘマする様に見える?」

 ごめん。割とマジで見える。

 そもそも学力含めておバカな所のある妹である以上、お兄ちゃんその変ちょっと心配!シスコンですか?否定はしない。

 ま、ありがと〜と言い残し、小町は自分の部屋へ速足で歩いて行った。

 俺も最後の一口を飲み下して食器を片す。小町の分と合わせて皿を洗っていると小町が戻って来た。ちゃんとカバンを持ち、Yシャツの上には高校指定の制服を重ねている。小町は見事総武高校の受験に合格し、今日から俺と同じ学校に通うのだ。

「ふふん。どう?」

「ん?世界一可愛いぞ」

「……いや、それマジトーンで言われるのはちょっと引くわ〜」

 引くなよ。ちゃんと褒めたのに。

 初々しい制服姿の小町は春休み中に一度見ているが、こう見るとやはり可愛い。俺の主観だから世界一という言葉は訂正しない。そうか、可愛い妹こそ正義だったか。

 ちゃっかり親からバス代を貰っていたらしく、小町は「いってきまーす」と元気に家を飛び出して行った。

 それから五分くらい後に、俺も総武高校へとペダルを漕ぐ。

 

 

 

 

 

 

「あ、お兄さん!おはようございます!」

「おう。お兄さんはやめろ次言ったら分かってるなおい」

 自転車を駐輪場に停めてから少し歩いた所で川崎ゴミ虫こと川崎大志から無駄に溌剌な挨拶をぶつけられた。なに、物理攻撃なの?

「は?うちの弟に何する気?」

 で、その隣は威圧のコマンド選択。それが割と効くから辛い。

 大志の姉、俺のクラスメイトでもある川崎沙希は不良と言われたら否定出来ない程の目付きで俺を睨んでいた。

「何もしねぇよ」

「あっそ、ならいいけど」

 相変わらずのブラコンだな。シスコンの俺が言うのもあれだけど。

 はぁとため息を一つ吐いた川崎は、少し落ち着いた態度で向き直った。

「早いね」

「そっちもな」

「あたしは大志に合わせて来……あ、あんたの妹もそういえば」

「比企谷さん、俺と同じクラスでした!比企谷先輩も姉ちゃんと同じクラスなんでしたっけ?」

「確かな」

 そう、何の因縁か知らないが比企谷兄妹と川崎姉弟は両方とも同じクラスだったのだ。まぁ俺と川崎は文理選択が同じ文系だし当然といえば当然なのだが。

 そこまで話した辺りでどうやら大志が知り合いを見つけたらしく、俺と川崎に一言告げて昇降口へ走って行った。

「……」

「……」

 ……まぁ、お互い友達でもなければ一緒に歩くような仲でもないわけで。

 ただし、俺も川崎も個人行動が得意な部類の人間だ。こんな時ぼっち同士だとお互いに無駄な気を回すことも必要ないので気が楽でいい。

 俺と川崎は違う歩幅を合わせることなく歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

「八幡!」

 本来なら名前呼びにときめきや喜びを見出す筈なのだが、生憎こいつ相手だと何も思えないし油断したら殺意が生まれそうだ。

 季節感無視して暖かくなり始めてい春先にすらコートと指ぬきグローブを欠かさない男、材木座義輝は暑苦しく廊下で俺を呼び止めた。

「どうだった?割と上手く書けたと我ながら自負しているのだが」

「あーうん。はいはい」

「んちょ!その反応はなんなのだァ!」

 あ〜めんどくせぇ。

 一応小説家希望の材木座先生(笑)から受け取った原稿は昨日読み終わって、今彼は感想という名のクレームを俺に要求しているのだ。

「そうだな。取り敢えず文の使い方はどうしようもないから置いとくとして」

「そこ、置いといて大丈夫なのかっ?」

「知らん。で、主人公最強系書きたいならもうちょいシナリオどうにかしろよ。今は俺TUEEEEより最強だけど苦戦しながら勝つみたいなのが割と良いと思うぞ?」

「ふむふむ、なるほど。つまり脳筋に剣を振り回すだけでなく心理戦や裏の策謀を入れると面白いということか……」

 地味に自分の作品だけじゃなくて脳筋で剣振り回してる作品までディスってる気がするが、まぁいいか。

「あと長文タイトルは辞めとけってあれほど。ぶっちゃけ中身が面白ければタイトルなんて語呂が良ければ大体OKなんだよ」

 その他諸々の指導を短時間に済ませ、俺は新しい教室の俺の席に座った。

 なんか朝から疲れた気がする。主に材木座の所為で。

 ぐったりと机に突っ伏すと、朝八時過ぎまでに受けた疲労がリアルに感じられた。

「八幡!」

 そんな疲れや疲労は一瞬で吹き飛んだ。なにこれベホマ?大天使の伊吹?

 呼ばれた方を向くと、本当に天使がいた。

「と、戸塚!?」

「おはよう」

「お、おう」

 どうしよう。癒され過ぎて昇天しそう。

「また同じクラスだね。今年もよろしくね」

「あぁ、末永く」

「うんっ」

 ……はっ!あまりの可愛さにうっかりプロポーズしてしまった。あれ?戸塚?今肯定した?それOKって事ですかっ!?

 学生という立場を無視して給料三ヶ月分を指輪に注ぎ込もうかと割と本気で考えてしまってから約一秒。世界を平和にしてくれそうな笑顔で手を振りながら、戸塚は自分の席へと歩いて行った。

 あぁ……婚期逃した……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 始業式は恙無く終わり、午後の授業も半分聞き流しての現在放課後。

 習性になりつつある動作で荷物をまとめ、俺は教室を出た。

「やぁ比企谷」

 廊下に出て一歩目。声を掛けてきた女性は艶やかな長い髪の我らが担任、平塚静である。

「元気そうで何よりだよ」

「えぇ、どうも」

「特に眠った後は気持ちが良かろう?」

 あー怒ってますねはい。

 ついさっきの現国で授業時間の半分を机に突っ伏していたのはバレていたようだ。俺の固有スキル『ステルスヒッキー』を破るとは。

「いえあれですよ。睡眠学習というものがあってですね」

「それは眠る直前の学習を強化するものだろう。どうしても睡眠学習がしたければ授業後に眠れ」

 正論過ぎて言い返せない。

 自分でも分かるくらい悲壮感のある顔をしていると、破面した平塚先生は陽気に俺の肩を叩いた。

「なぁに、そこまで気にはしていないさ。今更君の問題行動に気を張るほど、成長しない私でもない」

 成長とは若さの現れというが、暗に自分は若いと言いたいのだろうか。

 あえてそこには触れず、俺はそうですかとだけ返す。平塚先生も長話をするつもりはないらしく、すぐに職員室の方へと姿を消した。

 やけに今日は会話か多いなと、男子高校生にしての平均使用文字数が明らかに少ない俺はため息を一つ。

 そして息を吐き出した瞬間に、何故か背中を叩かれた。え、なんで?いじめ?大丈夫。我が校にいじめはない。

 振り返ると、お団子ヘアが特徴のクラスメイト、由比ヶ浜結衣がそこにはいた。

「ヒッキー。部活、行こ?」

 

 

 

 

 

 

 開放された窓からは心地良い春風が流れ、室内でそれぞれの定位置に座る三人の髪を僅かに揺らす。

 学校の日程がやや変則的とはいえ、更に言えば新学期登校初日であるにも関わらず、奉仕部はいつも通りの時間を過ごす。

「いや〜始業式って面倒だよねー。なんでしないといけないんだろ?」

 学生なら誰でも一度は思う儀式への疑問を口にする由比ヶ浜。

「そういう式典への参加はむしろ社会に出てからの方が多いのだから。学校で行われるのはそういったものに対する訓練みたいなもの、かしらね」

 そんな彼女に答える清楚な印象を受ける少女、奉仕部部長、雪ノ下雪乃は手元の本から視線を外すことなくそう呟いた。

「え〜。そんなの社会に出てから慣れればいいじゃん」

 学生どころかアホの子らしい考えに思わず吹き出しそうになった。まぁ吹き出さないけど。

「そう考えるとあれだな。校長が無駄に長い話するのも理由だけは納得だわ」

「あら。珍しく面倒事に関して肯定的ね?」

「理由だけはな。ってか、それなら社会に出ずに家庭に入る俺は免除させてほしいと思うんだが」

「うわ」

「いつも通りだったわ。相変わらず、専業主夫を譲る気はないのね」

 呆れ100%の反応にもいい加減慣れてしまった。俺雪ノ下の毒舌に毒されてない?

 それから他愛もない話を由比ヶ浜が振り、雪ノ下が応え、俺が横から口を出す時間が続いた。途中で雪ノ下が紅茶をいれて、由比ヶ浜が持ってきたお菓子をつまんで、読書。いつも通りの奉仕部だ。

 と、ノック音が部室内に小さく響き、三人の視線が扉へと集まる。

「どうぞ」

「失礼しまーす」

 雪ノ下の許可を得て入って来たのは総武高校現生徒会長、俺らの一個下で二年生の一色いろはだった。

 奉仕部からすれば主に前年度の三学期に色々あり、既に常連とも言える彼女。慣れた風にイスに座ると、雪ノ下から貰った紅茶を飲みながら由比ヶ浜と何やら話し始めた。

 てか用もないのに来んなよ。

「なんでいんだよ」

「えっと〜、先輩に会いに来ました!」

「へー。で、なんでいんだよ」

「なんで同じ質問なんですか!」

 ふざけてあざとトークするのは観念したらしく、一色は普通に来たのはちゃんと用があるのだと。なら最初からそう言えよ。

「実は準備をお願いしたくてですね」

「準備って、また生徒会手伝うのか?」

「えっと……」

 やや気まずそうに目を背ける生徒会長。また面倒事か?ふと、去年のクリスマスがフラッシュバックして来た。

「人手が足りないのかしら?それとも生徒会で手に負えない程の問題があったとか?」

「いえ、そういう訳ではなくですね。もちろん生徒会だけでもできるんですけど、時間が」

 一色が言うにはどうやら明日、総武高校の一年生歓迎会を生徒会主導で行うらしい。そこで最終準備があるらしいのだが、この後教員の会議もあるらしく速やかに終わらせなければならないらしい。

 新年度早々に面倒な仕事がやって来たことに対し、奉仕部の面々のリアクションは三者三様だった。

 まずはアホの子、由比ヶ浜結衣。

「うん、やるやる!前みたいに難しい事とかはないんでしょ?」

「はい。運営とかそっち系は生徒会がちゃんとしますので」

 前のめりに立ち上がって賛成する彼女。性格からしてもその反応は不思議ではない。

 そして不思議ではない反応をするもう片方、雪ノ下雪乃は憂鬱そうに頭を抑えている。

「ここ最近、奉仕部が生徒会の下請けになって来ている気がするわ」

 確かに前年度の後期は生徒会からの依頼がほとんどだった。特にクリスマス会や三年送別会などは大変だった記憶がある。それも踏まえて生徒会からいい様に使われている気がするのは仕方がない。

 あまり賛成的でなかった雪ノ下は、現在由比ヶ浜と一色から熱烈に説得されている。うん、先読めたわ。

「ね、ヒッキーもいいよね?」

「もちろんだ」

「え、いいんですか!?」

「何故かやる気に満ち溢れている気がするのだけれど」

 案の定折れた雪ノ下の次。由比ヶ浜の質問に即答したら何故か驚かれた。え、なんで?

「なんだよ」

「いや、ヒッキーがやる気なのが意外というか、ありえないというか」

 失敬だなこいつ。仕方がない。一から十まで一言で説明してやろう。

「一年生、つまり小町の歓迎会だろ?」

「「あぁ……」」

「はぁ……、いっそ清々しい程のシスコンね」

 呆れ返る三人。やっぱり慣れたわ〜。

 やれやれといった雪ノ下が立ち上がり、それを見てから俺と由比ヶ浜も荷物をまとめる。これからすぐに作業だろうし、わざわざ荷物を部室に取りに来るのは非効率だろうからな。

 しかしなんだ。こういったものに参加するのは、似合わないなと思ってしまう。こういうのはむしろ、似合う人間がやるべき事ではないかと。

 それでも仕事なら仕方がないだろうと、いつの間にやら染み付いた社畜根性で扉を開ける。

 一色を含めた四人は体育館へと足を運んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 それから一時間ほど。奉仕部の介入で思ったよりも早く準備は終わり、残りの微量の残業は生徒会が請け負うことになった。お陰様で帰宅できる。

 小町はとっくに家に着いているだろうし夕飯も小町の手料理を食べるつもりだが、奉仕部が本来終わる時間よりも早い為少々暇がある。別に潰す程のものでもない時間なのだが、読んでいた本が良い感じのところだった事もあり、俺は喫茶店に入ってコーヒーを頼んだ。

「ほよ?比企谷くんだ〜」

「あ、比企谷くん。久しぶりだね」

 ……今すぐ第三の爆弾を発動して数分前からやり直したい。マジでいいや限界だ、押すね。

 まぁそんなことができるわけもなく、俺は店員から受け取ったコーヒーを持ちながらカウンターに座る二人に会釈で返した。

 俺の通う総武高校の卒業生である二人。どちらも歳上の先輩に当たる彼女らと、俺は理由も分からず同席することになった。

「ちょっと〜。ほら、こっち」

 華麗にスルーしようとしたがあえなく失敗。

 自分の隣の席をポンポンと叩きながら俺を呼ぶ彼女、雪ノ下雪乃の姉で強化外骨格持ちの完璧超人、雪ノ下陽乃は整った笑顔を向けている。

 この人の闇、かなり深そうだからあまりお近付きになりたくないんだよなぁ。

「部活終わりにしては早いよね?今日は奉仕部なかったのかな?」

 対して闇なんて一切感じさせないぽわぽわとしたイメージの城廻めぐり先輩。俺の一個上で前年の生徒会長。俺とは体育祭や文化祭などで顔を合わせたことはある位の間柄だ。

「依頼が思ったより早く終わったんで」

 逃げるというコマンドが魔王に通用しないことは知っているため、俺は仕方なく指定席に腰を下ろした。

「へぇ、依頼ねぇ」

「でも今日って始業式の日でしょう?登校初日から依頼があるのは、ちょっと大変だね」

「そうでもないですよ。慣れましたし。それにさっさと終わるくらい簡単なやつでしたんで」

 ふと立ち寄った喫茶店で小一時間、俺は魔王と天使に拘束された。字面だけだとちょっと面白い小説でも書けそうな長文タイトルみたいだが、そもそも長文タイトルが廃れ気味なので却下。

 腹黒い雪ノ下さんとめぐめぐ☆パワー全開のめぐり先輩が相手なだけに、対応が難しい。あと店内での男性客からの視線が痛い。超刺さってる。

「さて、めぐりの合格おめでとうの会もこの辺にしておきますか!」

「んも〜はるさん。私推薦で受かってますし、おめでとうって言われるのはちょっと違う気がするんですけど」

 三十分程の短い時間ではあったが、雪ノ下さんの口撃みたいなことも特に無かったため苦ではなかった。あ、いや、文化祭の時のことを掘り返されたのはちょっとあれだったけど。

 まぁ、何はともあれ小さな祝賀会は終了し、店内から出ためぐり先輩は駅の方へ向かって行った。

「明日からめぐりも大学か〜」

 何故か帰り道が被った雪ノ下さんが勝手に語りだし、めぐり先輩の大学が明日から始まることを知った。軽いノリで俺まで小さな会に参加させられていたが、雪ノ下さんなりにめぐり先輩の門出を祝いたかったのだろうと、俺も勝手に思ってみたりする。

「どう?少しは気が紛れた?」

 だから、そんな事を不意打ちで言われた俺は黙るしか出来なかった。

 自転車を引く俺の隣には妖艶な笑みを浮かべる雪ノ下陽乃がいる。

「……何が、ですか」

「雪乃ちゃんから、最近比企谷くんが元気ないの!って聞いてたからねぇ。ちょっと様子見。あんまり考え込まない方がいいよ?」

「……」

 雪ノ下姉妹の関係性は少しだけ変わり、雪ノ下雪乃が姉に気を許すという形で平穏を得たらしい。まぁ気を許したという基準が月一のメールなのはどうか分からないが。

 雪ノ下さんの話ではどうやらその月一のメールに俺の事が書いてあったらしく、今こうして探るような目を俺に向けている所存なのだと。

「別に元気がないわけじゃないですよ。むしろ妹が入学してウキウキしてるくらいですし」

 俺はそう適当に返す。

 彼女には珍しく、分かりやすい嘘をついている。雪ノ下が俺のことを彼女に話すことなどまずないだろうし、昨日まで春休みで会っていないのに最近とはいささか矛盾が目立つ。それに、彼女の帰り道は駅へ向かう道のはずなのだが。

 こんなお粗末な嘘をついた理由が気になるが、話す気はないらしい。

「そっか、なら良かった。あ、私ここまででいいから。じゃあね、送ってくれてありがと」

 彼女はひらひらと手を振って横断歩道を渡って行く。

 結局、最後まで彼女が何をしたかったのか分からなかったが、少しだけ、心の奥を覗かれた気がした。

 

 

 

 

 

 

 帰り道。まだ空が紅く街を照らしている時間帯。

 俺は自転車を引きながら歩いていた。

 雪ノ下陽乃に言われたからだろうか。俺は心の中にある感情を意識している。

 いつからか、気がついたらその感情はあった。不思議で、謎で、言いようのない感情が。

 感情とは反応だ。現象や状況がなければ生まれず、記憶がなければ忘れてしまう。

 それなのに、できた理由も時期も、呼び名もカテゴリーも分からないその感情を俺は忘れられない。いや、持ち続けている。

 ふと、去年の冬、恩師に言われた言葉を思い出す。

 ――誰かを傷付けないなんてことはできない。

 大切なのは自覚。大切だと思うから傷付けていると自覚する。

 無意識に、左手を胸に添えた。

 多分、俺はいつか、誰かを傷付けたのだ。そのことを、いつの間にか自覚した。

 誰を、何故、どうやって。そんな簡単なはずの事すら思い出せない。不謹慎にも、俺は忘れているのだろう。

 俺はあの時、『本物』を求めた。そして彼女らを、あの空間を望んだ。

 今あの変わらない、代わり映えのない時間が本物なのかは分からない。それでも、少なくとも悪くはないなと思っている。

 けれど、そんな妥協をこの名も無い感情が否定する。

 ――それはお前が求めた、本物の形なのか?

 否定も肯定もできない。誰よりも自分を糾弾する自分からの問に、俺はただ黙ることしかできなかった。

 出るはずもない答えを求めて、俺は紅く染まった空を見上げる。

 ⋯⋯空、か。

 あの日、雪ノ下雪乃と由比ヶ浜結衣に助けを求めた時も、きっとこんな空だった。

 俺は、変わった。ほんの少しだけ、本当に少しだけだが、確かに変わっている。それが彼女らのおかげなのか、こうして自分に爪を立てる感情の所為なのかは分からないけれど。

 そんな変わったかもしれない俺は、今もこうして悩み、踠きながら本物を探している。

 だから、と言うべきか。俺は、正体不明のこの感情が突き付ける問に俺ができる答えを、一つだけ知っている。

 証明なんて要らないし、解読なんてする必要もない。漠然と、だが確信めいて言える確かな答え。

 

 ――やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。

 

 

 

 

 




ノーゲーム・俺ガイル、ご愛読本当にありがとうございました!
駄作者の駄文にここまでお付き合い頂けて嬉しく思います。

さて、かなりバットエンド風な終わり方になってしまいましたが、実はこの作品、続く予定でした。
というのも、行き当たりばったりでやっていたプロット制作中。あることに気付いて二部以降を断念。
書き始め当初はここまでで終わるつもりだったので、これで完、という形にしようと思いました。
ですが、ジブリールが報われな過ぎるという感想を頂き、確かにと思う自分がいます。
というわけでもう一話。読み切りのような感じで出そうと思います。
しかし作品として終わるには今回で区切りが良いので、一つの物語としてはここまでです。
次回以降、二部を書くかどうかは分かりませんが、感想頂ければ嬉しく思います。
改めて、ご愛顧下さり感謝申し上げます。


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幕間―マッカン―
忘れ去った過去で彼と彼女は再会する


読み切り風のため短いです。
細かなところは全然書いていないのでご想像にお任せします。




 世界は意外にも単純だ。これは僕がそう作ったからとか、そういった事ではない。

 もっと普通に、根源的に単純なのだ。

 けれど、どれだけ単純なものであろうとも、それが多く集まり、それぞれが独立すれば、事は複雑に見えてくる。

 僕は観察者であり傍観者。

 世界を見渡す神様は、ある日イレギュラーを見つける。

 それがいつからイレギュラーだったのか、元々イレギュラーだったのか、イレギュラーになったのか。そんな事は分からないし、分かる必要も無い。

 だって、その方が楽しいだろう?

 この世界は酷く単純な、ゲームの世界なのだから。

 

 そういえば、名乗り忘れていた。いや、必要ないかな。

 僕は物語の語り部ではないからね。語るのは彼で、これは彼と彼女の物語だ。

 それでも、僕と彼女の出会いくらいは話しておこうかな。

 先立っては、やはり名乗らなきゃならない。

 僕はテト。この世界の神様さ。

 

 さて、そんな神様の僕はある日、自分が創った世界に違和感を感じた。

 世界は単純で、だからこそたった一つのピースが違うだけで大きく変化してしまうものなんだ。

 そのピースの存在を探していくと、ある一人の少女(と言うには歳を重ねてきるけれど)に行き当たった。

 一方的にだけど、僕は彼女を知っている。

 名はジブリール。十六種族の中で天翼種(フリューゲル)と呼ばれる彼女は、傍若無人な性格と破壊的思考、そしてそれらを完遂できるだけの力を持った種族の一人だ。

 そんな種族だから、彼女は他種族の感情の機微に疎い。もしかしたら自分自身についても。

 そんな彼女は自分でも分からない何かを、いつの間にか持っていることに気付いた。

 呼び名を敢えて選ぶなら、感情。

 ジブリールという一人の感情を、しかし彼女自身は理解できていない。その感情の名前も、分類も、真意も、知りはしない。

 ただ、自分はその正体不明な感情を持っていると。たったそれだけのことしか、彼女は知らない。分かっていないのだ。

 だから――

 

「僕が、その感情の答えを示してあげよう!」

 

 そう――優しい神様は救いの手を差し伸べた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 不思議な図書館、といえば分かるだろうか。

 どこにでもいる普通のぼっちである比企谷八幡、すなわち俺は今そこにいる。

 が、不思議と言っても限度がないだろうか。

 だって、本棚が宙にあるんだよ?取れねぇし、飛べねぇよ普通。

 まぁ異世界ファンタジーだからで説明できるからいいんだけど。え、何が?

 とりあえず、ここは異世界だ。

 どっかの神様を自称する謎の少年は、全てがゲームで決まる世界とか言ってたが、真相はまだ分からん。

 そんなわけで情報収集に来たのだが、色々と問題があった。

 まず――

 

「ビッチがいた」

「その胡乱な表現は何でしょうか」

 

 いや、何を言ってるのか分からないだろうけど俺もよく分からん。

 異世界転移された後。色々あってそこら辺を散策してたら俺はいつの間にかその不思議な図書館にたどり着いたのだが、そこは所有地だったらしい。

 勝手に入ったことは謝り、少しばかり互いの状況確認に務める。

 極端に露出の多い服を着た館主は、寛大なのか俺にある提案をして来た。

「では、ゲームをしましょう」

 そう言って、彼女はチェス盤を空中から取り出した。……え、空中?

 俺のリアクションをガン無視してルール説明が始まる。

 簡単にいえば、チェスの駒を取る度に相手に質問ができる、ということらしい。ゲームは三度行い、トータル勝利数が多い方が勝ち。例え先に二勝しても3ゲーム目は行う。

 おそらくだが、館主である彼女も不法侵入者の情報を集めたいから故の条件だろう。

 ゲームは白、俺の一手から始まった。

 当然の流れだが、互いにコマを取ることだけを優先し、取られることは一切気にしない。勝ち負けは度外視の戦い方だ。

 1ゲーム目は俺の勝ちだったが、質問できた数は俺の方が少ない。この世界についてそれなりに知れたので別にいいけど。

 そして2ゲーム目。両者のスタイルは変わらない。

 俺の陣営、白のルークが取られた。

「そのポケットに入っているものについて聞いても?先程目にした様子から書物だと推察しますが」

 俺がここに入って来たときの膨らみだけでそう察したらしい。すごい観察眼、通り越して変態みたいだな。

「お察しの通り、俺の地元の本だ。物語文学、って言えば分かるか?」

「えぇ。あぁ、異世界の書……かなり興味があります」

 何となくタメ口みたいになってしまったが、こいつ歳上かな?正直分からない。ただそれを聞くのに質問権を使うのも勿体ないから困る。

 大きく進んで俺のルークを取った黒のクイーンにポーンを重ねた。

「じゃあ、なんで天翼種(フリューゲル)のお前がこんな所にいるんだ?」

 さっきのゲームで位階序列や種族についてある程度聞いた。だからこそ、目の前にいるジブリールと名乗った天翼種(フリューゲル)がここにいる理由が理解できない。ついでに種族のことも聞ければ御の字か。

「もともと私達は首を収集していました」

 ……謎が増えた。てか怖い。

 

 その後もゲームは続き、互いに質問を重ねながらコマを減らしていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後日。

 誠に遺憾ながらぼっちは居候になりました。

 ラノベのタイトルみたいだが長文タイトルは廃れ始めてるので却下。最近は異世界チーレム無双してればタイトルなんて何でもいい感じだけど。

 居候生活一日目。

 俺は家主に要求された通り持っていた本を差し出し、代わりに図書館の本を借りる。人類種(イマニティ)語の理解は意外に簡単で、すぐにマスターした。マジで英語より楽かもしれん。

「これは水を表すという意味でいいのでしょうか?」

「それは固有名詞な」

「なるほど」

 分厚い本を読む俺の傍らで、ジブリールはラノベを読んでいる。ブックカバーの中身はこのす……以下略。

 一応見た目は美少女なだけに、隣に座れるのはむず痒いものがあった。しかし効率的に読むにはこれが一番だし、彼女相手に勘違いすることもないので既に気にならない。

 むしろ、心地いい気がする。

 それがあの部屋に似ている気がするからなのか、さっき感じたデジャブ故なのか分からないが。

 多分、これが最適な距離だからだろう。

 人間関係とは距離間だ。関係性というは、互いがどこまで近付くかで決まる。

 だから俺と彼女の関係は、距離は、これでいい。触れ合うには遠く、語るには近い、この間で。

 ヒラリ、と。また一枚とページをめくる音が重なり合い、静かな時間は感覚的にゆっくり進んでいく。

 時折交わされる短い会話は、決して楽しむことを目的としたそれではないけれど。読み進める本は、面白さを優先したものではないけれど。

 目で追う文字が、耳で捉える音が、肌で感じる空気が、重みを抱えた胸の中に染み込んでいく。

 そんな錯覚すら、今は否定しようと思わない。

 一冊を読み終えて、閉じた本から視線を上に向ける。窓からは、高く上がった日の光が射し込んでいた。

 ……ふと、久しぶりな気がする。

 

 名も無いあの感情が、何も聞かずに黙っているのは――。

 

 

 

 

 

 

 

 




2部希望との感想が多くて嬉しいです。
ただ……いくつか問題点がありまして。
差し当っては終わりが見えなくて、終わらないのが終わりのゴールド・エクスペリエ〇ス・レクイエム状態なんです。
それに一度終わらせた作品を続けるとなると、なんとなく蛇足感があって……

ちなみに今回の話は2部の一部(?)のつもりで書きました。
続きを書くとしたら今まで以上の不定期更新になると思いますが、その時はどうぞよろしくお願いします。
オレンジ!
ご愛読ありがとうございました。


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第二部 ノーゲーム・ノーライフ 続
再会―リスタート―


お久しぶりです。どうも江波界司です。
皆様の感想、要望ありがとうございます。
皆様の声にお応えして!
これよりノーゲーム・俺ガイル第2部、開始します。

自分で書いてなんですが、蛇足にならないことを祈るばかりです。


 この世界には、いやおそらく異世界にも、正解なんてものは存在しない。

 俺は間違い続け、誰もが間違い続け、それでも何が正解かも分からないまま今を生きている。

 善も悪も、正解も不正解も、全ては多数派によって定められた最大公約数でしかない。そこに正解を証明するに足る論理的な根拠はないのだ。

 だから俺は自分の過去を否定しない。

 たとえ間違えようとも、たとえ失敗だらけだとしても。それは俺が歩いてきた道で、俺が選んで来た道であるなら、それを否定したら俺自身を否定することになる。

 誰かが俺を間違っていると責めようとも、俺自身は俺を認めてやるべきだ。

 だから、俺は自分の過去を否定しない。

 ――そう……思っていた。

 けれど今は、その考えすら間違いの様に思えてしまう。

 俺じゃない俺が、そう感じさせる感情が、俺に問うのだ。問うて、答えを待ち続ける。その一つ一つの(とい)が、()が、俺自身を責め立てているように感じられた。

 けれど答えを持たぬ俺では抗うこともできず、言い訳を言う余地すらなく、逃げることすら叶わない。

 だから、答えが欲しい。

 そう心から願ったのは、つい最近だ。

 多分俺が求めているのはそんな答えではないのかもしれない。

 だがこうして心に残った感情に胸を張れるだけの答えが、今は欲しい。

 あるいはそれが、俺の求める本物ではないだろうか。

 確信はない。確証もない。それでも欲しいのだ。

 この問に対する答え――本物が。

 形も、存在するかも分からないけれど。確かにあるはずだと、根拠のない何かを信じながら……俺は、眩い光に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 盤上の世界――ディスボード。

 自称神さま曰く全てがゲームで決まる世界に、俺は転移させられた。

 いや、この表現は正しくない。なぜなら、俺は自分自身の意思でここにいるのだから。

 別に前の世界が嫌になった訳でも、大切な物を失ってからの自暴自棄でもない。ただ、欲しいものがあるだけだ。まぁ、この世界にそれがあるのかは疑問だが……それも追々か。

 差し当っては食料……てか、そもそもここ何処だよ。

 周りを見回すが、何もない。あることにはあるが⋯⋯遠くで飛んでるドラゴンの影と微かに見える巨大なチェスのコマって、実質何も無いって言えるよな。

 一面に広がるファンタジーな光景から意識を外し、どうする。いやマジで。

 それなりに熟考したが、こういった異世界転移物のお約束に従う以外に思いつかなかった。

 仕方なく、俺はトボトボと歩き出した。

 目的地は人がいる街。情報も食料その他諸々もそこでどうにかしようと思う。

 

 数時間の後。人が住んでいそうな地区を見つけた。

 正直、ここまででもう大分疲れてる。

 なにせ来た道はずっと太陽のターンで炎天下。俺は来ていた上着をカバンに仕舞い、脱いだYシャツを日除けにしながら歩いてきた。

 まぁそんな苦労の末、どうにか街らしい街に辿り着いたわけだ。よかった。

 だがしかし、歩き続けて辿り着いた街は、妙に静かだった。なぜ?

 辺りを見渡すが、人の姿はない。

 無人の街か?だとしたら窓や屋台に覗ける生活感の説明がつかないか。

 こういう時どんな可能性があるかと思考を巡らせ、異世界ファンタジーのお約束から検討する。

 まずは人攫い。だが住民全員を攫うのはおかしい。

 次にモンスター等が原因。街が荒れていないので、それはない。同じ理由で自然災害もなくなる。俺が無事だし。

 あとは、魔法などでどこかに飛ばされたとかか。

 異世界ファンタジーならありうるな。証拠はないが、多分これだろう。

 そうなれば、ここに何か手掛かりがある可能性は低い。大体証拠隠滅されているはずだ。

 しかし困った。これでは何も情報がない。かといって、わざわざ自分から面倒事に巻き込まれるのも気が引ける。変に首を突っ込んでラノベあるあるな展開は御免だし。

 俺は街に入ることなく方向転換し、近くの森を目指す。こういう時、生き残りとかが避難してるって展開が多いからな。なんだろ、思考が大分厨二なんだけど。

 そりゃファンタジーだから。と、言い訳を無言で零しながら、俺はまた歩き出す。

 

 

 

 

 

 

 結論から言えば、俺は誰かがいそうな場所を見つけた。

 人里からはそれなりの距離がある場所にぽつりと、存在しながらも近付くことを拒ませる空気を漂わせる建物があったのだ。

 外見を見る限り、造りは街で見たそれらとあまり差はない。使っている技術が同じなのだろう。となれば、中にいる者は街の住民か、そうでなくとも人である可能性が高い。

 そう考え付いた俺は扉をノックする。

 返事はない。だが鍵が掛かっておらず、扉は手の平で押し込むだけで簡単に開いた。

 目の前には、不思議という言葉の体現が広がる。

 ファンタジーだから、と。また誰に対する言い訳か分からない事を思ってしまった。

 何せ、その建物の内部には本棚が、浮いていた。

 これも魔法の成せる技かと勝手に自己完結。かなり短時間の間にここが図書館であることを把握すると、女性的な声が耳に届く。

 

「おや?これはこれは。たかが人類種(イマニティ)の分際で、私の図書館に如何様なご用件でしょうか」

 

 上段、というか冗談のように空中から聞こえた声の主に、俺は言葉を失った。

 理由はと言えば、そもそも人が飛んでる時点で驚くが、それ以外にも驚愕に値する部分がある。

 まず彼女の容姿。

 水着レベルで布面積の少ない服に、腰から見える一対の翼。頭の上には幾何学的な文様の光輪が舞い、顔も整っている。

 そして、丁寧な口調の裏に混ぜられた隠す気のない見下した様な声色。

 そう。俺が呼び出した張本人以外で始めて会った異世界人が、彼女なのだが⋯⋯。

 残念なことに、ファンタジーを絵に描いたような図書館には。

 

「ビッチがいた」

「その胡乱な表現は何でしょうか」

 

 うっかり声に出してしまった。

「あーすまん。とりあえず、ここはお前の私有地ってことでいいのか?」

「それがなにか?」

「いや、不法侵入は謝っとく」

 良く分からないが、彼女は恐らく人間じゃない。だって羽生えてるし。だからってわけではないが、そんな文字通り人外から目を付けられて首が飛ぶのは勘弁だ。

 小さく頭を下げた俺に対し、本の天使(仮)は小首を傾げる。

「はて?なにやら凄まじいまでの勘違いを感じますが、しかし。差し当たり、私の図書館に如何様な要件がお有りか、聞かせて頂きましょうか」

 要件、と問われても困る。いや聞きたいことはそれなりにあるが、しかしここが図書館だと考えて来たわけではない。そういう意味では、用はない。

 だがそんなことを馬鹿正直に言って不法侵入のことを責められるのもあれだ。ここは適当な言い訳で流そう。

「えっと、実はこの世界について調べたいと思っていてだな」

「世界⋯⋯ディスボードそのものについて、と?」

「あぁ」

 少しだけ、彼女の目が変わる。依然として怪しむ目だが、琥珀色の瞳に僅かな読み切れない感情が混じったように見えた。

 考えるための間を空けた後、天使(仮)は提案する。

「では、ゲームをしましょう。——互いの情報(ちしき)を賭けて」

 目の前の天使は妖艶な笑みを浮かべる。何か狙いがあるのかもしれん。だが、何かしらの情報を得られるというなら別段マイナスは無い。

 俺は肯定するように一歩を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日がよく入り、尚且つ眩しすぎない所に俺が腰を下ろすと、それに合わせるように彼女も位置取った。

「そういえば、名前を聞いておりませんでした」

「あ、そうだな。⋯⋯比企谷八幡だ」

「ジブリールにございます」

 覚悟はしてたんだが、美少女の前でも噛まなかった。

 さて、と一息入れてジブリールは今から行うゲームのルールを提示する。

「基本はチェス。ただコマを取ったごとに相手に質問できる、という規制付きです」

「質問は何でもいいのか?」

「えぇ。しかし嘘を言われるのもなんですので、『答えは偽りなく』。これもルールです」

 ルールだからなんだとも思うが、まぁいいか。

 ゲームは三回行い、多く勝った方が勝ち。どちらかが先に二勝しても三戦目は行う。

「要は普通に三回チェスして、コマを取る度に質問ってことな」

「不満がお有りで?」

「いや、ない。てかチェス盤は?」

「これで」

 ジブリールが空中からチェス盤を出した。

 もう一度言おう。ジブリールが空中からチェス盤を出した。

 いや、は?

「何が起きた」

「取りに行くのが面倒だったので、そこまで繋いだ(・・・)だけですが?」

「いや、は?」

 意味が分からないが、多分魔法なのだろう。テトみたいな神さまの前例もあるし、うん。サスガ異世界ふぁんたじーダナー。

 まぁ、その辺も後で聞けばいいか。

 向き直すと、ゲームの準備を終えたジブリールが両手を組みながら告げた。

 

「ここからが重要なのですが——何を賭けましょうか?」

 

 問うた声は冷たく、一瞬命でも取られるのかと思った。それ天使のすることじゃねぇな。

 賭けるというのはこのゲームに、って意味か。

 だとしたら少々まずい。究極勝てば良かろうなのだが、リスクは負いたくない。

「じゃあ、あれだ。勝った奴はさらにもう一個聞けるってことで」

「いいでしょう。敗者はそれに偽りなく答える、と付け足しますが?」

「問題ねぇよ」

「では——」

 すっと挙げた手の意味が分からず、今度は俺が首を傾げる。

「⋯⋯理解しかねますが、『盟約』に誓って頂けますか?」

「いや理解しかねんのこっちな?なんだよ盟約って」

「それはゲームで質問してください。まずは【盟約に誓って】と——」

「規約も知らん契約なんかできるか」

 不思議を通り越して驚愕の表情を浮かべるジブリール。俺、何かおかしいこと言いましたかね?

 いきなり黙った彼女はしばらく俺を見ていたが、すぐに視線を外して空を見上げる。何の意味があるのかは知らん。

 そうしてしばらく黙考していたジブリールは顔を上げ、なぜか深呼吸した。だからなんだよ?

「とりあえず、【盟約に誓って】と言って頂きたいのですが。単に『これから行うゲームとそれに賭けたことを必ず守る』という誓いですので」

 そういえばだが、あの時テトが十の盟約とか言っていた気がする。断片的なヒントから推察するに、これがこの世界でゲームをするということなのだろう。ジブリールが嘘をついているようにも見えんし、大丈夫か。

「……分かった」

「では——」

 

「「【盟約に誓って】」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 思っていた通り、一戦目からコマ達は大きく動いた。

 そもそも、この勝負は三戦の内にどれだけ質問権を得られるかというものであり、最終的な勝利にはコマ一個分の価値しかない。

 ならば互いに取る先方は一つだ。

 つまり、捨て身の速攻である。

「じゃあ、【十の盟約】ってなんだ?」

 先攻故に一手早く打った俺が仕掛ける。

「唯一神が定めた絶対順守の法——」

【一つ】この世界におけるあらゆる殺傷、戦争、略奪を禁ずる。

【二つ】争いは全てゲームにおける勝敗で解決するものとする。

【三つ】ゲームには、相互が対等と判断したものを賭けて行われる。

【四つ】"三"に反しない限り、ゲーム内容、賭けるものは一切を問わない。

【五つ】ゲーム内容は、挑まれた方が決定権を有する。

【六つ】"盟約に誓って"行われた賭けは、絶対遵守される。

【七つ】集団における争いは、全権代理者をたてるものとする。

【八つ】ゲーム中の不正発覚は、敗北と見なす。

【九つ】以上をもって神の名のもと絶対不変のルールとする。

【十】みんななかよくプレイしましょう 。

 なるほど。これが彼、神さまが言うところの盤上の世界か。

 この世界においての最重要要素なだけに、これだけで大分視界が開けた。今なら俺がゲーム前に言った言葉も、彼女が偽らないことをルールにしたことも理解できる。

「俺が嘘を答えた時点でゲームは終了。それ以降は情報を得る機会を失うってことか」

「話が早いようで」

 ジブリールは黒のポーンを動かす。もともと自爆覚悟で打った手だ。白いルークは退場し、質問権がジブリールに与えられる。

「あなたは何者でしょうか?」

「人間だ」

「それは見れば分かります。ですが、この世界において盟約を知らないその程度の年齢の人類種(イマニティ)は明らかに普通ではありません」

「質問は一個ずつだろ」

 舌打ち一歩前みたいな顔をしたジブリールは一度ため息を零す。

 一方の俺はと言えば、イマニティとかいう新しい単語に聞くべきことの多さを察した。

 分かっていることだが、俺この世界のこと全然知らねぇ。

 

 コマを取り、質問をしてはすぐに取られ、問いに答える。そんな作業めいた勝負は続く。

「では、あなたは異世界から来た、と」

「あぁ。イマニティってのはなんだ?」

十六種族(イクシード)と呼ばれる種別の内、あなたに一番近い人類でございます。ここにはあなたお一人で来られたので?」

「そうだな。十六ってことは、人類種(イマニティ)以外にどんな種族がいるんだ?」

「全てを説明するのは少々時間がかかりますが。まず位階序列というものがあり、第一位が神霊種(オールドデウス)、二位が幻想種(ファンタズマ)——」

 流石に十六種族全てを一つ一つ細かく説明はしなかったが、大体分かった。ついでに言うとこいつはその天翼種(フリューゲル)って種族らしい。

 偶に感想は入るが、基本的にゲームは止まらず進み行く。

 次は魔法か天翼種(フリューゲル)について聞こうかと考えた辺りで、俺のポーンが取られた。

「あなたはなぜ、この世界に来たのですか?」

「⋯⋯」

 ⋯⋯。

 なぜ、か⋯⋯。

 そう聞かれて思い出すのは、つい数時間前の記憶。

 そして今日、その時に至るまでの重い記憶……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




第1期を書き始めた時よりも更に向こう見ずの行き当たりばったりのため、更新がパワー型超サ〇ヤ人レベルで遅いです。
次回は明日出しますが、それ以降はいつ出せるか分かりません。
申し訳ないです。
頂いた感想と2部期待の言葉をモチベーションに、できる限り頑張る所存です。
どうぞこれからもノーゲーム・俺ガイルをよろしくお願いします。

ちなみにタイトルは誤字ではありません。


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こうして彼の二周目は始まる

前回の分、少しだけ訂正しました。
最後の方です。


 いつから、なんて自覚ができたのはつい最近だった。

 いつの間にかあったそれは、消えることなく胸のどこかに居座り続けている。

 名も知らない、分類さえ不明な感情は、俺に問い続ける。

 ――『それが、俺の求めたものなのか』、と。

 持ち合わせる答えもなく、俺はただ変わらぬ日々を過ごす。奉仕部という、あの部屋で。

 そんなある日、城廻先輩と一色いろはが平塚先生に連れられて部室を訪れた。依頼があるらしく、その内容は一色いろはが生徒会長に勝手に立候補させられていた事件が起こっていたこと。

 当然本人は会長になりたい訳がなく、奉仕部一同は解決案を出し合う。

 が、俺の出したそれを、雪ノ下雪乃は否定した。

 互いの意見は噛み合わず、奉仕部はそれぞれの方法で解決に当たることとなった。

 俺のやり方は、確かに正しくない。けれど今できる中で最も効率的で成功率が高い。だから、俺はこの方法を貫く。

 その作戦通りなら、俺が選挙当日までやる事はない。部活に出る必要もなかったため、有り余る時間を活字を追うことで潰していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 久々に読み直そうかと既読本を本棚から引っ張り出し、ベッドに背中を預けたタイミングでスマホが鳴る。森林かな?何も注文した覚えはないが。

 届いたメールには、『君に見てほしいものがある』という一文とURLだけ。宛名もないメールを、俺は興味本位で開いた。

 中身はゲームのプレイ動画だった。種目はチェスで、チャレンジャーである『  』というプレイヤーが白いポーンを動かす。

 そこからは圧巻だった。

 チェスに関しては俺もそれなりの腕があると自負しているが、今戦っている二人には遠く及ばないだろう。それほどまでに、繰り広げられる一進一退の攻防は凄まじかった。

 やがて、チャレンジャーの勝利で終わったゲームを見終わると、俺はスマホを置いて起き上がっていた体をベッドに沈める。

 結局メールの送り主は何がしたかったのかと。そんなことを思った矢先に、またメールが届いた。

『君は面白いのに、その才能を誰も認めてくれないようだ』

 才能、か。

 もしそんなものがあるなら、俺はこんな風になっていないだろう。

 誰もというなら、俺自身すら、比企谷八幡の才能を認めはしない。

『さぞ、その世界が生き難いだろう』

 生き難いかと聞かれれば、否定はできない。

 無意識に手を添えた胸の中で、また非物理的な重みが蠢く。それは苦しく、耐えて生きるには重すぎる。

『君は、生まれ変わりたいと思うかい』

 だが、決して、俺はそれを捨てようとは思わない。

 根拠も理由もないが、多分それは捨ててはいけない。捨てたら、きっと俺は自分を許せないだろう。

 諦めて、逃げてしまった自分自身を。

 逃げることは悪いことじゃない。それは理解しているし、辛い思いがあるなら俺は逃げるという選択肢を用意するはずだ。

 けれど、この感情はそれすら否定する。

 逃げることも、目を背けることすら許さない。だだ繰り返し、問う。それだけのはずなのに、やはり、俺は答えられない。

 そんな俺には、生まれ変わるという行為そのものが逃げのように思えてしまう。

『さぁな』

 それだけを返して、目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 謎のメールが来てから数日後。

 なんの気まぐれか、俺は部室を訪れていた。

 そこでは一人、雪ノ下雪乃が何かを紙に書き記している。

「何か用かしら?」

 短い挨拶の後、雪ノ下は手を止めて問う。俺がここ最近自由参加の部活に来ていなかったのだから、何かあったのだと思うのだろう。

「別に。ただ時間を潰しに来ただけだ」

「……そう」

 言って、彼女はまた視線を紙に戻す。あくまで推測だが、一色の代わりに生徒会長になる人物の公約文でも書いているのだろう。由比ヶ浜がいないのは……まぁいいか。

 わざわざ聞くことでもないだろうと、俺はカバンから文庫本を取り出して栞の挟んだページから文字を追う。

 カリカリとペン先を擦る音が、時計の針と共に静かに響く。

 思えば、彼女と二人だけでこの部屋にいるのは大分久しぶりかもしれない。たまに由比ヶ浜が友達とどこかへ行くことはあったが、それでも彼女という存在がこの部屋と結びついていた。

 別に由比ヶ浜が奉仕部を去ったわけではないが、今ここにある静けさは、俺と雪ノ下との間にあったそれとは違う。

 もっと冷たく、引き伸ばされた時間から凍り付いているようだった。

 別に過去に思いを馳せるつもりはない。けれどあの時の、今ではないこの部屋は、俺の中で確かに心地よかった。

 きっかけは、やはり修学旅行の時だろう。俺はあの時も、多分間違えた。

 そして変わってしまった関係は、崩れてしまった時間は戻らない。今こうして俺と彼女らが開けた間は、距離は、もう元に戻ることはないのだろう。……それに。それくらいで壊れてしまうなら、所詮はその程度のものだったのだろう。

 ならばここは、この関係は違う。俺と彼女らの関係は、本物足り得ない。

 下校を告げるチャイムと共に、俺と雪ノ下は立ち上がる。カバンを開けるのも面倒になり、俺は文庫本をポケットに突っ込んでカバンを肩に掛けた。いつも彼女が鍵を返しているので、俺は無言で軽く頭を下げると部室を出る。目は合わなかった。

 

 帰路は夕日に染まりながらも、どこか肌寒さを感じさせ始めている。

 あるいは、その寒さもこの感情の所為なのだろうか。

 俺は多分前も、そして確実にあの時も間違えた。それが今ある現状ならば、それから逃げることは許されない。

 けれど、もし打開策があるなら。打開され、大団円となる未来があるなら。選べなかった、けれど選ぶことのできる選択肢があるなら。

 あるいは、そこに本物があるとしたら。

 スマホを取り出し、メール欄から返信を選択する。

『俺はやり直してみたいかもな』

 読み直して、少し思い立った。

 『送る』のボタンを押す前に一度止まり、前の画面に戻って送り先と内容を変える。

 

 to:小町

 件名:すまん

 本文:

 帰り、少し遅くなる。

 

 P.S すまん。

 

 これで伝わるだろうか?いや、伝わるか否かに関係なく、これは自己満足だ。だから、それ以上考えるのはやめた。

 最愛の妹に謝罪のメールを送ってから、再度謎のメールの主に送る文を作る。

 

『俺はやり直したい』

 

 送信したと同時。俺の見ている世界は現実味を失い、色も、音も、肌に触れる空気の感覚すら消滅する。

 困惑の中で、右手に持ったスマホから声が聞こえた。

『なら、ボクが生まれ変わらせよう』

 眩い光に包まれながら、俺の意識は――残ったまま。

 何が起きたのか分からない。夢だと言って貰った方がまだしっくり来る程の現象に脳が追いついて来なかった。

 光はやみ、鼓膜が何かしらの音を捉える。

 一瞬にも一生にも感じられる時間を体感した俺は眩んだ目をどうにか周囲に慣らして、開けた。

 目の前には、見知らぬ異世界が広がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだ、これ?」

 ウサギを追いかけて木の根の隙間に落ちなのならいざ知らず、俺はメールを返しただけでイン・ワンダーランドしてしまった。何この不思議な国、てか世界。

「ここは盤上の世界――ディスボード。ボクの世界であり、全てがゲームで決まる世界さ」

 背中越しに聞こえた少年の声は、あの時聞いたスマホの音を一致する。

 振り向いた先に、彼はいた。

 見た目も声と同様に少年で、帽子を被り浮かべる無邪気そうな笑顔には、しかしどこか裏の感情を隠しているようにも見える。

「何者だよ」

「ボクはテト。この世界の神さま」

 痛い子か。

 そんな感想が浮かんだと同時、テトは浮かんだ。厨二?いや、宙に。

「は?」

「言ったろ?神さまだって」

 信じられないが、本当に神さまらしい。多分。

 何が起きているのか未だにはっきりしない俺をよそに、彼は何かをペラペラと話していく。途中に盟約云々とか言ってたが、俺が聞きたいのはそんなものではない。

「なんで俺はここにいるんだよ」

「君が望んだからだろう?」

 違う。それは俺の理由であって、テトの理由ではない。

 だが、こいつがそれを素直に言うはずもないと感じて、俺は黙った。

「それじゃあボクはそろそろ行くよ。また会えるといいね!」

 陽気な挨拶を残して、彼は目の前から消えた。魔法かな?

 もう一度、広がる大地へ目を向ける。視界の限り、典型的なファンタジー世界だ。

 訳が分からなすぎて笑えてくる。

 何故やり直しが異世界転生なのか。てか、せっかく神さまがしてくれてんだから神様転生させてくれよ。転移だからダメなの?それとも俺がダメなの?

 今更帰る道も方法もないし、どうしようもないか。

 そんな諦め思考は思いの外早く完成し、辺りを見る。俺と一緒にこっちへ来たのだろう。通学カバンを拾い上げて、俺は大きく息を吸い込んだ。

 とにかく、差し当っては食料か。

 生きるために必要なものを羅列させながら、俺は街を目指して歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

「で、テトって奴にこの世界に転移させられたんだ」

 俺がこの世界に来た経緯は、まぁそういうことだ。

 このゲームでは質問に偽って答えることを禁じられている。かと言って回想をわざわざ全て説明する訳もなく、俺は掻い摘んでジブリールに話した。

「唯一神に呼ばれた……。戯言とも思えましたが、あなたがこのゲームで嘘をつく理由はありませんね」

「まぁな。あいにくと実話だ」

 ジブリール曰く、どうやら異世界からの転移は不可能に近いらしい。

 この世界には召喚魔法なるものもあるらしいのだが、それと俺の案件は明らかに一線を違えているとか。

 まぁそこまで詳しい話を聞く理由も興味も……なくはないが、追求はルール違反なのでしなかった。

 

 1ゲーム目は俺の勝ちで終了する。

 勝ったのだから当然かなりの回数質問することは出来たが、トータルで見ればジブリールの方が質問数は多かった。俺としてはこの世界のルールや俺の現状などを把握できたため、そこまでの不満はない。

 そして2ゲーム目。

 戦法は互いに変えず、コマを取ることだけに留意している。

 1ゲーム目と比べると、二人が質問する内容は重要性が低くなっている。俺はともかく、好奇心の亡者であるところのジブリールが控えめに聞いてくるのは少し怪しい。

「……それでアヴァント・ヘイム?にいるのが嫌でここに来たと」

「左様にございます。ここならば本を勝手に取られ事もありませんので」

 まぁしかし、疑おうとも誘おうとも指したる変化は起きず、特筆すべきことは起きない。

 2ゲーム目は結局引き分け、ステイルメイトになった。本当は続けても良かったが、チェスのルール上終わりは終わりなので仕方ない。

 それはともかく。

「……なぁ」

「何か?」

「俺としてはもう大分聞きたいことは聞き尽くした感じなんだが」

「しかしやると言ったからには最後まで付き合って頂きます。本当に何も思いつかないのであれば、昨日の天気でもご質問下さい」

「いやそこまでどうでもいい質問は流石にしねぇよ。それに1回限りだろそれ」

「コマ全てを取られようともその回数分は記憶しております」

「バケモンか」

 バケモンでした。天翼種(フリューゲル)が人類基準じゃ完全に規格外なの忘れてた。

 

 ジブリールが準備を整え、彼女の確認に俺も首肯して3ゲーム目が開始する。

 今までと変わらず……と思っていたのだが、盤上の状況は一変した。

 ジブリールが、勝つための一手を打ち出したからだ。

「……急にどうしたんだ?」

「いえ、大したことではありません。ただ、たかが人類種(イマニティ)に負けるのは、仮に理由があろうとも気に食わないだけでございます」

 どうやらこいつ、それなりにプライドがあるらしい。それも上位種故か。どうでもいいな。

 別に勝ちを譲るくらいはどうってこともない。俺に聞かれて困ることはそうないからな。

 わざと負けるように、しかしそれを悟られない程度の一手で返す。最善手ではない以上、それは付け入る隙そのものだ。

 それを彼女が見逃すはずはなく、俺のコマを奪ったジブリールは――突如として両手を広げた。

 その両手の合間の空間には未知の光が重なり、空中に液晶を浮かべる。

「あなたは、彼らをご存知で?」

 液晶はその役目を真っ当するように、あるものを映し出す。

 それは2人の人類だった。

 一人は黒髪の男。目の下に人相を悪化させる隈を浮かべ、I♥人類のTシャツを来たその左腕に王冠をはめ込んでいる。

 もう一人は白髪の少女。身長は小さく小学生くらいだろうか。美少女といって差し支えない容姿の彼女は長い髪を王冠で纏め、隣の男を手を繋ぎながらそこに立っている。

 ジブリールが恐らく魔法で映し出した光景で察したことが二つ、いや三つある。

 一つは、彼らが人類種(イマニティ)でなく、人類であること。すなわち、俺と同じ転移者であるということ。

 二つ目は彼らはある国の王様だということ。

 そして三つ目は、あの街の不可思議な点について。

 敢えて言おう。謎は全て解けた。

 この図書館に入った時点で、俺はジブリールがあの街の住民を攫った犯人かと疑っていた。まぁそれはゲームで聞いた十の盟約ですぐに否定したが。

 俺が訪れた時、街の入口から見た限りでは住民は見受けられなかった。それは転移や魔法などでいなかったのではなく、ある理由で全住民が移動していたから。

 その理由が、今見える王様の演説。要は俺の先輩と言える彼らの所為だったということだ。

 ジブリールの問いは俺が彼らを知っているか否かだったな。

 答えは当然、NOだ。

「知らん」

 テトが俺に彼らの存在を教えなかったのは謎だ。それについては、あいつなりの思惑があったのだと考えておいた方がいいかもしれん。

 俺と彼らは一切関係のない赤の他人。だが、少なくともジブリールは俺が彼らに関係すると思っていたのだろう。

 俺はすぐに作戦を変更し、ジブリールのポーンを取った。

「この図書館に俺を入れた理由は?」

 今とは意味合いが少し違う問いに、彼女は少しだけ頬を緩める。

「ようやくお気付きになったようで」

 盟約によって不法侵入はできない。それは私有地の侵犯に当たるからだ。

 なら、彼女は俺の侵入を容認したということになる。それは何故か。

「あなたが彼らの関係者だと考えていたからにございます」

 だろうな。そうでなければ俺がここに入ることはなかっただろう。

 さて、どうするか。

 俺を呼んだテトとその思惑。俺より先に呼ばれていた二人の恐らく日本人。そして俺の事情。

 考えるべきこととすべきことが多く、どれから手をつければいいかも分からない。まず知識云々ではない部分の情報が少なすぎる。

 自分が何をすべきかを考察し、思いの外すぐに答えは出た。

 俺は自分のキングを人差し指で弾き、盤上に転がるそれを見ることなく告げる。

「リザインだ」

 降参し、いち早く俺はこのゲームを終わらせた。

 

 




ここからは完全に不定期更新です。
極力早く出せるよう頑張ります。




追記。
1018/12/23
一部修正しました。


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二人は互いに理解し難い

恒例になりつつある現実逃避で投稿です。



「これで終わり、ということでしょうか?」

 目を細め、疑心を隠すことなく告げるジブリール。

 もちろん俺は、同様なく返した。本当に。

「聞きたいことはほとんど聞き尽くしたって言っただろ?後は一つだけでいい」

 この勝負、三連戦のチェスゲームはトータルで引き分け(ドロー)。故に勝利者はなく、敗者もいない。

 だが逆に言えば、互いが勝者であり敗者。つまり双方に二つの権利がある。

「これ以上聞かれたくないものでもお在りで?」

「そりゃ聞かれたくないことの百や二百あるだろ、人間なんだし」

「おや?この世界であなたが厳密に人類と証明できるので?」

「え、できないの?」

「現状では何とも言えませんが」

 ビビるからやめろよ、そういうこと言うの。俺人間じゃないって言われて立ち直れる自信ねぇぞ?

 まぁともかく、ジブリールは俺の言いたいことを理解しているようだ。話が早くて助かる。

「じゃあ、一つだけ聞きたい」

「どうぞご遠慮なく。特に聞かれたくないことは、私にはさほどありませんので」

 少しはあるのか。まぁいいや。

「……この図書館、使わせてくれないか?」

「……」

 無言の思考は予想より短く、僅かに下げられた視線はすぐさま俺へと向かう。

「こちらの条件を呑んで頂けるのでしたら」

「条件?」

 曇りなき笑顔のジブリールは、若干ヨダレを零しながら言った。

「異世界人を知る為に、私にあなたを調べさせて頂けるのならば是非!」

 どうしよう。今のこいつからは天使とか深淵とかいう感じが全く見られない。すげぇ呑みたくない。俺、何されちゃうのん?

「……調べるって、どうするんだ?」

「貴重なサンプルとしてしばらくの間ここにいて頂こうかと。その間でしたら蔵書はご自由にお使い下さい」

 極めて良心的でした。なんならこっちからお願いしたいくらいの好条件。雨風を凌ぐ術もコネもなかった俺にはありがたい。

 だが、ちょっと待ってほしい。

「……いくつか聞きたいのだが」

「別に構いませんが、これ以上の質問に偽らない義務はございません。それでも良ければお答えしましょう」

「俺が滞在している間、具体的には何されるんだ?」

「まずはゲームで負けて頂き、権利の一部を譲渡!その後はあらゆる可能性を立証あるいは反証すべく解ぼ……。……いえ、どうぞ我が家の様にお過ごし下さい」

「おい」

 めっちゃノリノリでマッドなサイエンティストの厨二な鳳凰も真っ青な思惑が零れちゃってる。つか怖い。しかもこいつマジで言ってるのが何となく分かってしまうのが余計怖い。

 まぁ盟約があるし身の危険はないだろう。ゲームにしたって受けなければ問題はない。

「他にはございますか?」

「ここに居る条件はそれだけでいいんだな?」

「ええ。強いて言えば、私が時折質問するのでその都度答えて頂きたいこと、くらいでしょうか」

「それくらいなら問題ない。まぁ、質問に偽らない義務はないけどな」

「意趣返しのおつもりで?」

 以上の条件を飲むことで、俺はしばらくジブリールの図書館に居座ることになった。

 俺の信条に従うならこいつに限らず、誰かに頼るのは避けるべきなのだが……。

 それでも、別に良いだろうとも思う。

 何せ、こいつは人類じゃない。だから人権もないとは言わないが、それこそ一人でどこかの都市を壊滅させるような奴が俺如きに何かを思うこともないだろう。有って精々、道への探究心くらいなものだ。

「そういや、期間は決めなくていいのか?」

「私が未知なる存在を認識するまで、ではご不満でしょうか」

「そっちがいいなら問題ない」

 どっかの神様に連れてこられたぼっちは、こうして超生物の居候になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジブリールとのゲームが終わり、俺の居候が決まった翌日だ。

 図書館は静かにと、そんなルールはどうやら世界共通らしい。

 異世界であるここでも、ページをめくる音だけが時折交わされる言葉と言葉の間で谺響(こだま)する。

 今、俺の隣ではジブリールが異世界の書、通称ラノベを読んでいる。

 俺が持ってこれたのはポケットに入っていた4巻とカバンの中にあった1〜3の計4冊。中身はこのす――以下略である。

「この、詠唱とは一体どんなものなのでしょうか」

「あー小説版じゃ載ってないか」

 一度自覚的に咳を吐き出して喉の調子を整える。

「黒より黒く、闇より暗き漆黒に我が混淆を望みたもう。覚醒の時来たれり――……エクスプロージョン!」

 何故か暗唱できた。俺まるでオタクみたい。いや違うんですマジで。

 対して、誰にも聞こえない言い訳を考えしまう程のセリフをぶち込まれたジブリールは……真顔。それはもう、真顔。

「……地面にクレーターを作る程度で、人類最強……」

「それフィクションだけどな」

 実は驚いていたらしい。驚愕とか非力さに対する侮蔑とか色んな衝撃で表情が固まってしまった可能性もあるか。分かりにくい。

 こんな風に、時折彼女は俺に質問してくる。内容はほとんどが今読んでいる本についてだ。

 もちろん中身は日本語の為、読むのにやや苦労が見える。具体的には周辺に集められた人類種(イマニティ)語の資料の数が五冊。

 一方の俺は早くもこちらの人類語を読めるようになっている。ジブリールが言うには元々音声言語が一致しているらしく、習得にそこまで苦労はしないだろうとのことだったが、本当にそうだった。

 逆に、俺より遥かに頭の出来が良いジブリールがこうして資料を掘り出してまで読まなければならないというのは、それ程日本語が難しいということだろう。

「そういや……」

「何か?」

 俺は読み終わった本を閉じ、隣を向く。

 そこには思ったよりも近かった位置でジブリールの顔があった。

 勘違いする余地もない相手なので大して気にしていなかったが、鼻先が触れる寸前まで近くで美少女と言って差し支えない彼女と目を合わせるのは心臓に悪い。

 俺は身を引きなが口を開いた。

「……いや、結局この世界で俺はどんな存在なのかと思ってな」

 昨日、ゲーム中にジブリールが言ったセリフを思い出していた。

 俺は人類種(イマニティ)なのだろうか。

 ジブリールは俺に一番近い種族だと言ってたが、ならば違う部分があるとも取れてしまう。

「気になるのでしたら、私が直々に調べましょうか?」

「具体的には?解剖される気はないぞ」

「いえ、ただ性感帯を触るだけでございます」

「断る」

 即答です。なんなら食い気味に言ったくらい。

 いや、流石にね?知り合って一日未満の相手になんで性感帯触らせなきゃならないんだよ。調べるにしても他に方法はなかったのか。

 それに、ジブリールは俺を調べる為にここに置いている。ならば時間が経てば自ずと分かることでもあるはずだ。別に死活問題でもないだろうし、今は保留でいいか。

 互いに視線を外し、俺たちはまた読書に戻る。その動作に言葉はなく、ただそうすることが自然だと言うように、二人はそうした。

図書館はまた静寂にして少し音の目立つ静けさに包まれる。

そんな静けさが、少しだけ懐かしく思えた。

もちろん俺と彼女がこうするのは初めてだ。けれどデジャブの様に、あるいはあの部屋と重なるように感じる時間は、どこか心地いい。

俺と彼女の間にある言葉は互いを侵略しない。だからこそ、傷付けないからこそ、こうして交わす会話には不快感がない。

それも、距離感なのだろう。

ジブリールがそんな小さなものに敏感なタイプには見えないし思えないが、それでもいい。

今この瞬間、この距離感が、俺と彼女の距離なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺が滞在して数日が経過した。

 付き合っているわけでも、好き合っているわけでもない二人が共同生活するのは、やはり無理がある。

 何より、ここが異世界であり非日常であることを忘れていたことが致命的だった。

「やばい……死ぬ……」

 現在、俺は生命の危機に陥っていた。

 良く考えればこうなることは推測できたはずだ。なのにできなかったのは何故か。

 一つには、異世界という異常事態が精神的影響を及ぼしたことがある。

 この世界に来た俺はなんの特典も力もなくそのままの状態。いくらゲームが全てを決めるディスボードでも、知識という武器を持たない丸腰では心持たない所か自殺行為だ。

 だからこそ、俺は追い詰められていた。

 神様を自称するテトの転移から始まり、ジブリールが提示した新たな人類種(イマニティ)の王の戴冠。そして殺戮天使こと天翼種(フリューゲル)の下で居候。……異常も異常の非常事態そのものだ。

 そんな中で、俺は失念していた。

 ここ数日の間俺の隣にいた彼女は、紛れもなく天翼種(フリューゲル)であり、好奇心の亡者であり、知識欲の塊であることを……。

 そう、忘れていたのだ。

 そもそも俺は彼女にとっては実験体でしかなく、認識としてはただの異世界人サンプルだった。そんな存在に、どうすればジブリールという一人の天翼種(フリューゲル)が慈悲や他の感情を向けようか。

 事実、ジブリールは瀕死の俺を見ながらも顔には笑顔を浮かべている。

 ドSってレベルじゃない。サディスティック、サディスティッカー、サディスティケストだわ、こいつ。

 俺の必死の睨みつけすら彼女は気にする素振りはなく、何やら本に直筆で記録している。

「お前……鬼か……」

「はて。私がどうか致しましたでしょうか?」

 あぁ、本当に……。数日前の自分に言い聞かせたい。こいつはデタラメ種族の天翼種(フリューゲル)だぞと。

「なんで……」

「何故、と問われようとも私にはそれが普通でしたので」

 だからこんなことになったのか。いや、理由は分かっている。

 だが、今更だとしても後悔してしまうだろう。

「なんで……」

 紡いだ声は力なく、それでも俺は今出せる全てをぶつけるように言葉を吐き出した。

 

「なんでキッチンに何も無ぇんだよ!」

 

 俺が瀕死の理由……餓死寸前。――通称、空腹。

 

「いえ、そもそも私には不要のものなので」

「キッチンの存在意義はどこ行った……」

 幸か不幸か飲める水はあった。人は水さえあれば当分生きれるというが、それはあくまでも生命維持が可能ということである。

 つまり、食欲が満たされない。

 三大欲が封じられれば精神的にも負荷がかかり、やがて何をする気も力もなくなる。そして、餓死寸前。

 ……俺は馬鹿なのだろうか。

「いや、流石にこれはない……」

「二日ほど食事を取らなかったのはあなただと記憶しておりますが」

「キッチンがあるって聞いてたから食う物もあると思ってたんだよ」

 確かに俺にも落ち度はある。調べ物、ひいては知識が生存に直結するからこそ、最初の一日二日は食う時間も削って読むと寝るを繰り返した。

 が、いざ腹が減ってキッチンに来たらどうだ。

 食材はなく、今最も動ける彼女は何かを書きながら俺を物理的に見下している。この世界ハード過ぎるだろ。

「空腹による疲労と怒気。普通の人類種(イマニティ)と症状はほぼ同じですね」

「……それなんの診断なの?」

「これであなたがこの世界でも人類と言える材料が増えました」

「嬉しくねぇよ。代わりに命すり減らしてるんだぞ」

 ドクターというより毒盛ったの称号が似合うジブリールは満面の笑みでこちらを向いている。くそ、殴りたい。

「とにかく、何か食い物ないか?」

「では、これを」

 ジブリールはいつかチェス盤を取り出した様に時空に穴を開けて何かを取り出した。

 手に持っているのは、何かの実。大きさはりんご程度だ。

「食っても大丈夫な代物なんだよな?」

「問題ないかと。エルキアでも売られている物なので」

 この世界の人類が食ってる果物なら大丈夫だろう。

 俺はジブリールから受け取った実を芯と種を除いて完食する。味も構造もほとんどりんごだった。

 さて、空腹で死ぬことはなくなったことでやるべき事が決まった。

「食べ物が要る」

 異世界ファンタジー台無しの原始的な目標である。




日常回、みたいな感じです。
プロット完成してないのに2部書き始めてすみません。
タダでさえ遅い更新なのにゆっくり進みます。


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知らず彼らはすれ違う

現実逃避更新です。
私は何をしているのやら……


 エルキア王国。人類最後の砦にして最期の国。

 俺が最初に訪れた街はそのエルキアの一部だったらしい。

 この世界はテトの作ったルールによって縛られ、十六の種族は互いに生存を賭けてゲームをやり続けた。

 そんな上位種や公式反則手段だらけの世界で、エルキア前国王はそのゲーム戦争に勇敢にも立ち向かい、民より愚王と呼ばれた。

 理由は納得できなくない。何せ前王は負け続け、国土の半分以上を失ったのだ。

 こうしてエルキアを残すのみとなった人類は打ちひしがれ、ゲームから逃げ、一時の形だけの平和を迎えていた。というか、そうするしかなかった。

 だがそこに、ある救世主が現れた。

 彼らは次期国王選定戦、国民によるゲームのバトルロイヤルを勝ち抜き、どころか魔法を使う森精種(エルフ)の間者を撃ち破ったという。

 その後、彼らは二人で王となり全世界に向けて宣戦布告した。

『人類の領土を返してもらう』――と。

 ……全く、馬鹿げたことを始めたものである。

 そもこの世界には魔法という公式チートが存在し、何らかの方法でそれらを出し抜くことができるとしてもだ。それをあと16回繰り返すなど無理難題が行き過ぎて奇々怪々である。

「とはいえ、この二人があの魔法行使に関してのみはそれなりに才がある森精種(エルフ)を打ち破ったというのは、どうやら事実のようで。もっとも、相手は魔法以外にこれといった長点のないゴミ虫ですが」

 散々だな。まぁバケモン性能のジブリールに言わせればそんな所なのだろうと勝手に思ってみる。

 俺はそこら辺に生えていた食べられる果物を(かじ)りながら、エルキアについての資料のページをめくった。

「……」

「……何か?」

「いや……」

 台詞をガン無視したのが気に食わなかったのか、それとも俺が悲しいほど変な顔をしていたのかは定かではないが、ジブリールは読み切ったラノベを置いてこちらを覗き込んで来た。やめろ、近い。

 俺はジブリールを見ることなく、彼女の反対側にある今日の分の食料を眺める。昨日の内に集めた山菜もとい森菜だ。主は果物類だが。

「……肉が欲しい」

「確かにここ数日は植物や果実しか口にしていませんし、飽きるのは無理ありませんね」

「まぁ、それもあるが……」

 餓死寸前から蘇ってから数日。俺が口に入れているのは殆どが栄養素不明の草や実だけ。そりゃ飽きる。

 だがそれ以上に問題なのは栄養だ。俺はそこまで敏感というわけではないが、たんぱく質を一切取らずに生きていけるほどベジタリアンじゃない。

「お前と違って非力な人間は食べることで生きるための栄養を補給しなきゃならないんだよ」

「なるほど。興味がなかった故、忘れていました」

「お前の興味の有無は知らんが……そういやどうなんだ?」

「はて、何のことで?」

「この世界って肉とか食えるの?」

 今更だが、この世界は盟約によって殺しや権利侵犯が禁じられている。ならば牛や豚、果ては虫まで殺せない。不自由過ぎる。

 こんなことを食事を必要としないこいつに聞くのはどうなのだろうか。

 その辺は知識でカバーするらしく、ジブリールは戸惑いなく答える。

「盟約はあくまでも十六種族(イクシード)にのみ適応するので、家畜や知的生命に該当しない生物の殺傷に影響はありません」

「納得だし安心した」

 よかった。これで少なくとも肉は食えるし蚊も殺せる。蚊が存在するのかは知らないが。

 ともかく、俺の明日の予定は決定したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。ありがたいことに天気に恵まれ、俺は図書館から街へと足を運んだ。

 エルキアの城下町は思っていたよりも賑やかだった。てか人類最後の砦の割には明るすぎないか?それともヤバすぎて空元気を出しているのか、ゲームさえしなければ負けないと鷹を括っているのか。まぁいいや。

 ちなみに今日は馴染みに馴染んだ単独行動だ。マジで幼い頃から馴染んでるから幼馴染じゃねぇかこれってくらい馴染んでる。

 まぁ単にジブリールが来なかっただけだが。ってか人類種(イマニティ)の街に天翼種(フリューゲル)が来たら大惨事の大混乱だろうし、こっちから同行はお断りだ。

 そんなわけで一人、俺はエルキアの街を徘徊する。

 予想通り街では豚や牛らしき肉も売っていた。ついでに言葉も通じるみたいだな。日本語という名の人類種語がジブリールに通じてたんだし当たり前だが。

 ようやくたんぱく質が取れる。……と、そう思っていたのが間違いだった。

 これもまた当然な事なのだが、この世界で日本円は使えない。俺は実質無一文である。これでは買い物なんてできるわけがない。

 する気もないが万引きも出来ず、俺はベンチに腰を下ろした。

 ぐったりと背を預けて無意識的に空を眺めると、フリーになった聴力は周囲から音を拾う。

「え、じゃあ何か?前王は人類最大の武器を賭けて負けたってかっ!?バカかっ!死ぬのかっ!?死んどるけども!」

「あ、あはは……返す言葉もありませんわ」

 どうやらエルキアの一民は前王への当たりに遠慮がないようだ。無理もないか。功績が功績である。

 俺はズボンのポケットからスマホを取り出し、メモの欄から十の盟約を確認する。

 争いは全てゲームで決定する、か。

 他の文も読み直してみるが、暇つぶしとしてすら質素過ぎるな。周りからの視線も気になるし、スマホはしまっておこう。あー暇だ。

 ふと真っ赤な他人の買い物の様子を見てみる。

 買い物ってのは究極的には物々交換だ。金ってのは全ての代用が効く便利なアイテムであり、それ一個体には価値はない。

 であれば、人は無価値な物を交換して何かを得ていることになり、無価値な物例えばその辺の石ころですら買い物は成り立つはずだという逆説が言えるわけだ。

 結論。無一文でも買い物はできる。

 空腹というより食欲を満たすために、俺は行動する事にした。

 

 

 

 

 

「こっからここまで、全部くれ」

「は、はぁ!?」

 一介のサラリーマン家庭の生まれでは金輪際言うことはないだろうと予想されるセリフを開口一番吐き出し、肉屋のおっさんは困惑にまな板らしき木版を殴り付けた。

「あんちゃん。それ本気で言ってんのかい?」

「まぁな。つっても俺一人にここまで売るのは不本意だろうとは思います」

「俺はそこまでの金をあんちゃんが持ってるように見えないっていってんだが」

 俺は現世から付随して転移してきたサイフを上下に振り、無駄に入っていた小銭を鳴らす。

「一応全部買える位には持ってる。けどこれ全財産でさ」

 そこで交渉を開始する。

「ゲームをしよう。俺が勝ったら半額で売ってくれ」

「こっちが勝ったらどうする?」

「俺の所持金全額で半分の量を買う。どうだ?」

「いいぜ?吹っかけられたから俺が内容を決めるぞ」

 そう言っておっさんはトランプの束を取り出す。どうやらポーカーをしたいらしい。

「ワイルドカードは無しで頼む」

「よし、それじゃ!」

 お互いが【盟約に誓って】ゲーム開始。てかどうでもいいけどまな板の上にカード置くなよ。いや本当にどうでもいいけど。

 俺に配られた5枚のカードは綺麗にブタ。もちろん5枚チェンジだ。

「はぁ……」

「ツいてねぇみたいだな?」

「バケモンと同居してたら餓死寸前になって果物しか食べられないってのは確かにツいてねぇな」

「あん?まぁいいや。悪いな、あんちゃん」

 おっさんは自らの手札を開示する。役はフルハウスだった。

「あーほんとにツいてねぇなこれ」

 俺はワンペアの手札をまな板に落として、両手で降参を示すようにハンズアップした。

「はっは!残念だっなあんちゃん。んじゃ、どれにする?」

「じゃあこれと、それとこれで」

 さっき要求した範囲内から美味そうな肉を選別し、おっさんからそれらが入った袋を受け取る。俺は負けた代償としてサイフごとおっさんに代金を払った。

「おっさん強いな?」

「ははっ!ツキがなかったな、あんちゃん」

 ご機嫌そうに俺のサイフを小さく放ってはキャッチするという動作を繰り返すおっさんに別れを告げ、俺は踵を返して進んだ。

 百メートルほど後ろからおっさんの怒りの咆哮が聞こえたが、気にしない。俺は何も悪いことしてないからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ― another side ―

 

 

「それではあの二人と関係する者が現れたということなのですかぁ〜?」

「ええ、間違いないはずよ。あの男、空達の所持品に似ている物を持っていたわ」

 クラミーは言いながら無意識に爪を噛む。

 彼女が見た男は、人気のない森をかつて苦渋を舐めさせられた相手と同じ物を持って歩いていた。それがどんなにクラミーにとって悲報なのかは言うまでもない。

「あいつらと同種の人間がいるなんて……」

「でも〜本当に彼らが他国と繋がっていない保証はないのですよぉ〜」

 確かにいくらでも偽る事はできるだろう。しかし問題はそこでははない。

今彼女が危惧しているのは、現実として森精種(エルフ)の魔法を打ち破れる者が存在し、そんな彼らと同等かそれ以上の者が現れたということだ。

「仮にあの二人と同等だとしてもぉ〜それがクラミーにとって必ずしも不幸ってわけではないのですよぉ」

「……どういうこと?」

「理由はともかく、その男が彼らと行動を共にしていないといつことはぁ〜」

「利用できる可能性がある、ってこと?」

 笑顔で答えるフィールに、クラミーもそうねと応える。

 一度は負けた。だからどうした。

 敵が増えたかもしれない。だからどうした。

 まだ終わっていない。

 終わっていないのなら、と。クラミーは言葉にすることのない覚悟を決める。

 

 ― another side out ―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕日に染まる帰り道。獣道というにはそれなりに歩きやすい森の中を進む。

 俺は今、右手にスマホを左手に肉を持っている。攻撃力と守備力反転するのかな?しなそう。

 俺はそのスマホを見ながら考察する。

 ゲーム中の不正発覚は負け。逆に言えば、バレなきゃ問題ない。

 さっきのおっさんは十中八九イカサマをして勝った。俺は何も言わなかったが、多分イカサマをすること自体は問題ないのだろう。

 問題なのはそれを指摘され証明させること。そこまでしてようやく盟約は働き、負けが決定する。

 ジブリールから聞いた話を元に仮定のままだった俺の予想は証明され、魔法がゲームでは使えないという希望的観測は見事に打ち砕かれた。

 ため息を飲み込み、もう暫く歩いて目的地に到着する。

 俺はスマホをポケットに入れ、買い物袋とは反対の右手を扉に掛けた。

 が、開かない。

「……」

 いつも入る時は押して開いていたはずなのたが……。

 念の為ドアノブを捻りながら引く。やはり開かない。

 鍵を閉められたか、実は引き戸でしたというオチか。ジブリールが留守という可能性も一度浮かんだが、彼女自身が俺の入館を認めているのならば入れるはずだ。この世界にはそもそも所有物に関しての鍵の必要性は低い。

 まぁどの道開かないのなら仕方がない。しばらくどこかで時間を潰そうか。

 実は追い出されたという考えたくもない可能性を振り払うべく、俺はダメ元でもう一度だけ挑戦してから去る事にした。

 ……。

 ……開いた。

 いや、なんだよこれ。なんで一時的に締め出されたの?意味わかんねぇ。

 中に入るが、いつもジブリールがラノベを読んでいた場所には誰もいない。奥の方にも部屋があるし、そっちにいるのだろうか。

 まぁいいか……と思ったのだがキッチンにはあいつに言わないと行けないんだった。肉、どうしよう。

 どうしようもないことはすぐに諦める質だ。最悪の場合魔法でどうにかしてもらおう。できるよね?だって魔法だし。

 俺は定位置に座り、読みかけの分厚い本を開いた。

 

 読み始めてから数分後。

 二枚目のページをめくったところで、複数人の足音が聞こえた。

 振り向き確認すると、二人の人間と一人の獣人種(ワービースト)がいた。もっと細かく言うのなら少女と、幼女と、童貞(推測)がいた。もしかしてここは桃源郷か?ないな。

「……」

「……」

「……」

「……えっと、どなたですの?」

 無言の静寂を切り裂いた赤毛犬耳の少女は不思議そうな表情を浮かべている。

「それはこっちのセリフなんだが……」

 お前が誰だよ。恐らくジブリールの客人だろうけど。てか、あいつに獣人種(ワービースト)の知り合いがいたのか。てかあいつ嫌ってなかったか?

「わたくしはステファニー・ドーラですわ」

 すげぇナチュラルに自己紹介始めたんですけど。どんなコミュ力してんだよ。

 俺は頷くだけに留め、彼女の隣にいる二人に視線を移した。

 目の合った黒髪の青年は不敵に笑う。

「とっくにご存知なんだろ?」

「親友でも死んだか?」

 俺の答えが気に入ったのか、男は破顔した。

「やっぱお前が二人目(・・・)か」

 よく分からないが、空は俺のことを日本人だと理解したらしい。

 こいつは空。エルキア王国の新しい王様だ。そんで彼の隣にいる白髪の幼女が女王の白。そしてこいつらが人類の全権代理者である。

「比企谷八幡だ」

「そうか。よろしくな、比企谷」

「……よろ、しく」

  同郷の二人は親指を立て、混じり気のない笑顔で言った。

 

 

 




いきなり主要キャラ大量投入です。無理矢理感が凄いですよね。
恐らく次は少し間が空くと思いますがよろしくお願いします。


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そして彼らは再開する

久しぶりの更新なのに短いです。すみません。



 現世から異世界へと俺の日常は変化した。超常現象を前にして異常でない事はありえず、俺の見る景色もまた異様である。

 まぁそれでも、人間の順応性を駆使して今ある状況を日常と呼べるまでに回復したのは事実だ。いや、慣れたと言うべきだろうか。ここ最近では、変化の少ない穏やかな日々はある種貴重なのだと感じる。やだ、その内指先で爆弾作っちゃいそう。

 だが、こうして得た日常は再び非日常へと変換される。

 その最たる理由が、ある者との出会い。正確には、者達か。

 彼らは『  』(くうはく)

 現世に名を轟かせた噂の存在、都市伝説の天才ゲーマー。常勝不敗の彼らは、その身勝手に付けられた称号に後れを取ることなく、今なお世界に挑もうとしている。

 そんな彼らに関する情報や考察はいくらでも現世で聞いた、あるいは目にした事がある。だがどれも信憑性は低く、必然的に真実には到達し得なかった。

 なぜ分かるのかといえば、今俺の目の前にいるのがその彼らだからだ。

 

「さて、ジブリールくん――」

 一人は空。ボサボサの黒髪に目の下のクマ、I♥人類のTシャツを着こなすエルキア新国王の一人。

 彼は手を組み、机についた肘を浮かせることなく告げる。

「俺に征服される東部連合(獣耳っ娘王国)について説明を!」

 シリアスという言葉を少しでも信じた俺の気持ちを返して欲しい。

 そんな彼の隣。ジブリールを向くことなくひたすらに書物に向かう白髪の少女、白。空の妹であり、エルキア新国王の一人だ。

 そして彼らこそ、二人で一人の天才ゲーマー『  』である。

 場所はジブリールの図書館。時間は夜も大分深けている。

 現代世界最強のゲーマーであり、エルキアを治めた王は新たなる目標を立てたらしい。

 それが打倒東部連合。世界第三位の大国との全面戦争だ。

 もう人類はおしまいだと、俺の隣で項垂れるステフを余所に、ジブリールを含めた三人の作戦会議は続いている。

 なぜ俺がこの場にいるのかといえば、事は昨日に遡る。

 

 

 

 

 

 

 

 夕日は三日月状に欠け、着実に夜へと空が変化してきている。

 そんな日暮れ前の日が差す図書館の中央で、俺は彼らと面していた。

 彼ら、とは空と白。一応もう一人、赤毛の獣人種(ワービースト)もいるが、何となく省く。多分、色々あったんだと思うし。

 それにしてもだが、目の前の男は……なんとも変人である。

「フハハハ!来たぞこの展開!見ろステフ、最高のショーだとは思わんかねっ!」

 俺がゴミのようだってか。違うよね?

 空は高らかに笑い、彼の隣にいる白も空に同意するかのように僅かな笑顔を浮かべている。

「ど、どういうことですの?」

 ステフはそんなテンションにも状況にも着いて行けず、申し訳なさそうに問うた。

 それに対し空は、ガッカリだと言わんばかりの表情で返す。

「いいか、ステフ。これはもうお約束と言って間違いない」

「お、お約束⋯⋯?」

「ゲームするなら楽しい方がいい、戦う(やる)なら強敵がいいよな?そんで、その強敵を倒した後に現れた存在と来ればっ!」

「……ちょー強い……超、強敵」

「そう!それはもう戦闘力が桁違いな上に変身をあと二段階ほど残してるくらいに!」

 注釈を入れるが、俺は宇宙の帝王ではない。

「⋯⋯相手に、とって⋯⋯不足無し」

「どころか!掛かって行くから覚悟しやがれっ!」

 白と空の声が館内に木霊し、俺とステフは完璧に聞き取れたのに反応できなかった。

 困惑は沈黙を生む。十秒にも満たない静けさの後、空達を称えるような拍手が背後から聞こえた。⋯⋯なぜ背後?誰もいなかったはずなのに?

 俺の後ろには、まぁ順当にジブリールがいた。

「あぁ、流石はマスター。先程、文字通り死力を尽くして戦ったばかりにも関わらず尽きないその闘志と闘争心。称賛に値します♪」

 えっと、ごめん。どっからツッコめば?

天翼種(フリューゲル)にもジョークが言えるとは思わなかったぞ」

「はて。全身全霊、一言一句、語尾の一文字に至るまで漏れなく偽りない本心ですが?」

 はて、はこっちのセリフなのだが。

 まぁジョークでないならまず間違いなくこいつは嘘をついていない。なら、今のは本音ってことか。

 ⋯⋯こいつが人類に敬意を払う、だと?

 それこそありえない。好奇心の亡者であるところのジブリールは、たとえ異世界人相手でも好奇心以上の感情は向けないはずだ。ソースは俺。

 にも関わらず、恐らくは今日始めて会った人類をマスターと崇めるというのは、違和感しかない。

「⋯⋯なにがあったんだ?」

「私が負け、空様と白様が私の主になったと。それだけのことにございます」

「……そうか」

 多分、彼女は答えない。ジブリールが何を思いどんな理念を元に彼らに付き従うのかを、俺は知らない。そしてそれを推測しようとも、あるいは彼女に直接聞こうとも、俺が真に理解することは無いだろう。

 例外なく、人と人とは相容れない。人同士ですら、なのだ。人外が相手では尚更だろう。

 俺は頭を切り替えて、再び彼らを正面に見る。

「いくつか聞きたいんだが」

「一つだけ答えてやるよ」

 一つだけか、少し迷うな。

 本当に少し迷った後、俺は取り敢えず現状の整理を優先することにした。

「生ける伝説の天才ゲーマー、エルキア新国王様が俺に何の用だ?」

 今日ここに来たのは恐らくジブリールに会うためだろう。

 だが、俺に用がないなら、俺はこの図書館に入れない。彼らの許可がないからだ。入れたということは、少なからず用がある。

「決まってるだろ」

 まぁ俺も薄々勘づいていはいる。さっきあれだけ盛大に宣戦布告されたし?こいつらの正体も間接的に知ってるし?

 だからこうすることにした。

「次のお前のセリフは……」

 

「「ゲームしようぜ」――だ」

 

 タイミングを合わせ、ドヤ顔混じりに言い放った。

 空はわざとらしく「ハッ!」とか言ってる。うん、伝わるよなやっぱり。

「結構ノリノリじゃねぇか?比企谷」

「今まで伝わりそうな奴と会ったことがなくてな」

 厳密には会った事はあるけどやりたくなかった。そもそもオタクとか厨二相手にそういうネタ使うのってなんか、ね?てか話そうとも思わないし。

 それはいいとして。俺が読んだ通り空はゲームを仕掛けてきた。

 ジブリールや空達の会話から推測するに、今日ついさっき、空達はジブリールを倒して服従させた。

 この世界はゲームで全てが決まる。賭けるものによっては奴隷もつくれるってことだ。

「何を賭けるんだ?」

 最重要事項を確認すべく、俺は口を開く。

「何でもいいぜぇ?ちなみに俺たちが勝ったらもう一戦、ゲームして貰うつもりだ」

 なるほどな。

「つまり、俺は実質ノーリスクで賭け金とゲームを選べってことか」

「あぁ。どうする?」

「このゲーム、俺にはメリットしかないな」

 相手はエルキア新国王だ。立場を奪えばそのまま王に。権利を奪えば服従させられ、知識を奪えば俺が最強ゲーマーになれるかもしれない。

 これだけの好条件。悩むまでもなく答えは決まっている。

 

「だが断る」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 考えてもみてほしい。

 相手は現代世界最強ゲーマー『  』だ。都市伝説のような、というか体現者だ。

 そんな相手に、俺がどう勝つというのか。

 つまり、彼らは最初から負ける気などない。負けることもない。負けないのであれば、俺がどんな無茶な要求をしようとも無駄だということだ。

 よってこのゲームで真にノーリスクなのは彼らの方。当然その勝利者特権にも何かしらの理由があると見える。

 要求は『もう一戦ゲームする』。一見すれば何の変哲もないごく普通のゲーマーらしい要求だ。

 だが、彼らは魔法を使えるあの森精種(エルフ)天翼種(ジブリール)を倒している。その技量や思考はまさしく異常であり、その本質はくどい程に貪欲な最強のゲーマーだ。

 そんな彼らが、あたかも裏のないゲームを仕掛けてくれば、それを疑うのは自然の理。この要求にも必ず裏がある。

「へぇ〜ダメ?」

「生憎、俺はお前らと違ってゲーマーじゃないからな」

 俺の答えに、空は表情を崩すことなく微笑を浮かべている。まるで俺の答えが予想通りだったかのように。

「そっか、まぁいいや。んじゃ比企谷。俺らはこれから東部連合(獣耳っ娘王国)征服しに行くけど、どうする?」

 空はパチンと手を打つと、人が変わったように軽い声を掛けてきた。

 また随分と変わった誘い方だ。いや、これは脅迫に近いのかもしれない。

 何せ、俺はこの誘いを断ったら行く宛がない。

「多分、役に立たないぞ?」

 少々捻くれた返し方はまずかったか。

 それが邪推だったと分かったのは、満面の笑みで親指を立てる空と白がいたからだ。

「問題ねぇよ。勝つことも大事だけど、ゲームは楽しまねぇとなぁ?」

 どうやら、俺はエルキア新国王に気に入られたらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 ― other side ―

 

 

 

「ソ、ソラ!どういうことですの!?」

 八幡とジブリールがいなくなった図書館で、ステフは駆け寄った。

「ん、何が?」

「えっと、さっきのヒキ、ガヤさん?が味方になった、ということでいいんですの?」

「さぁ?」

「さ、さぁ?って……」

 展開に着いて行けず、更にはぐらかされたステフは不安を顔に浮かべる。

 そんな彼女に気にすることなく、ただ空は言った。

「味方か敵かは知らん。それでいい。その方が――面白いだろ?」

「面白い……」

 彼らにとってはそれすら駆け引き(ゲーム)、騙し合いの勝負(あそび)なのだ。

 ステフには理解できない。それでもいいと、空は、白は思っている。

 ただ二人、『  』(彼ら)だけが共有しているのだから。

「よーやく揃ったってわけだ――」

 空は、そして白も続いて天井を見上げ、その遥か先にいる誰かに向かって言い放つ。

 

「――さぁ、ゲームを始めよう」

 

 

 

 

 

 

 

 

「だぁぁぁっ!ちっくしょぉぉぉ」

「急になんなんですのっ!?」

 風呂場へと向かう途中、突然頭を掻きむしり始めた変人兄妹を前にステフは叫び返した。

「……セリフ……言わ、れた」

「は?」

「一度ならず二度までもぉ〜!ちょっとした敗北感まで感じてきたぁ〜」

「あ、あの……」

 奇妙な冒険など知らないステフには到底分からぬ悔しさを、一度は言ってみたいセリフを短時間に二つ言われたゲーマー兄妹は必ず倍返し、もとい八つ当たりしてやると誓ったのだった。

 ……そんなことを、ぼっちは知る由もない。

 

 

 ― other side out ―




更新遅くてすみません。
なにぶん忙しくて……。
言い訳ですね。
あとタイトル、誤字じゃないです。


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再来―リロード―

 とあるキッチン。ジブリールの転移によって移動した先で、俺はやや温まってしまった肉を捌く。

「これで良かったので?」

 本来は送ってもらうだけで良かったのだが、何故かジブリールが俺の後ろ隣にいる。人の料理に興味でもあるのだろうか。

 ちなみに彼女が聞いているのは、ジブリール自身がここにいることについてではない。

 ついさっき、彼らとのゲームを断ったことだろう。

「俺に勝てると思うか?」

「確率という概念すら疑う程に、不可能でしょう」

 確率論飛び越えちゃったか。

 そりゃそうだ、無理だ。俺が勝つことはできない。

「ですが、様子見くらいは出来たはず」

 何故しなかった、か。理由はいくつかある。

 まず彼らを調べる必要がないこと。『  』は最強ゲーマー兄妹。それが分かっている以上、そこから追求する理由がない。

 次にリスク、俺が負けたらどうなるかだ。負けは確定してるんだけどな。

 負けた場合、俺はもう一度彼らとゲームをする事になる。つまり、2ゲーム目は拒否権のない強引な試合となるのだ。

 これが何を意味するかといえば、例えばジブリールのような『負けたら奴隷』みたいな要求をされても、俺は断れない。ここでゲーム内容や割に合わない程の条件を出しても、勝てないのであればどうしようもないのだ。

 あの時、最初のゲームの提案の瞬間でしか、俺は断れなかった。その先は彼らの思うがままだったということになる。

 それに……。

「試されたのは、俺の方だろうな」

 意味が分からなかったのか、ジブリールは小首を傾げる。

 理由は俺も知らないが、空は俺のような存在を待ち侘びていた、あるいは探していた節がある。

 俺は彼らと違って称号もなければ自己証明の手段もない。それこそ、ジブリールやステフよりはるかに怪しく読めない存在なのだ。

 だからこそ、彼らは俺を試した。

 もし俺があそこでゲームを受ければ、失望したと嘲笑うか、盟約を使って役に立てる程度のコマにしただろう。

 まぁしかし、ここまでの全ては俺の推測なのだが。

「アイツらの方が、俺より何枚も上手(うわて)ってことだ」

「当然です」

 場を流す適当な言葉を投げながら、適当に切った肉をフライパンに入れて油と共に火を通す。

「そういや……俺の事、どこまで話したんだ?」

 空たちに、という修飾はなくても伝わるだろう。

 目を向けていないため表情は読めないが、多分通常時と変わらぬ態度でジブリールは返した。

「異界の者が一人、この図書館を出入りしていること、くらいでしょうか。マスターと繋がりがない者でしたので、それ以上言うこともありませんでしたし」

「俺への興味無さすぎだろ」

 ここ一週間俺を調べるために泊めてたんじゃなかったのかよ。それとも特筆することが何も無かったってか?どんだけ俺普通なの?

「ご生憎、自分より弱い者に興味はございませんので」

「興味なかったら俺を泊める理由はなくないか?」

「はて、『者』だと?」

「誰が『物』だ。俺の存在価値、お前からしたらマウス以下かよ」

「マウスを『者』にカウントできるものなのでしょうか、モルモットさん?」

「名前、言ったはずなんだけど……」

 天翼種(フリューゲル)の記憶力、こんなに低いの?

 俺は火を止め、こんがりと焼かれた肉を皿へと移す。いつぶりだろうか、文化的な食事は。

 見ると、何故かジブリールは方角的に図書館があるのだろう方向を向いていた。

「はい、かしこまりました」

「何かあったのか?」

「マスターがエルキア城に戻るとのことなので、ついでにあなたもお送りします。それと……」

「……なんだ?」

 なんだろう、この言い表せない嫌な予感は。

 ジブリールの顔が見た事のない変人そのものな表情へと変わる。

「マスターが私も含めて入浴するとのことなので!いかがです?御一緒致しますか?」

「しねぇよ!」

 おい待て、色々と待て。

 まずジブリールが空達と混浴?うん、百歩譲ってそれはいい。いいのだが、それって空と白も混浴ってことか?

 ダメだろさすがに。多分空は俺より年上。仮に18歳だとして……完璧ポリスメンのワーキングだろそれ。

 いや、俺は知らない。エルキア新国王がロリコンだとか、最強ゲーマーは変人だとか、俺は知らない。

「俺はコレ食いたいし、遠慮するわ」

「左様ですか。それでは」

 わざわざ指パッチンなんて洒落たアクションをするジブリール。それがスイッチだったかのように、俺の視界は一瞬にして変化した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……。

「……おい」

「どうした?」

 うん、言いたいことは色々ある。

 特に俺の隣でもぐもぐと口の中のものを咀嚼している空にはな。あとどっかのドS天使もどきにもいくつか小言を言いたい。

 取り敢えず……。

「なんで風呂場で俺の肉を空が食ってんだ?」

 状況を確認しよう。俺は今柵を一つ隔てた浴場にいる。背中合わせの向こう側では、恐らく俺の知ってる三人が入浴していることだろう。

 それは、いや、それもどうかと思うが。

 ともかく、何故か俺はここにいるのだ。何故だ。

 犯人はジブリールしかいない。

 どうやら空達は先に風呂場へと送っていたらしく、ついでに送るとはジブリール自身のついでだったらしい。

 そしてついで故に、俺は夕食諸共ここへと送られた。

「これうめぇな。味付けがまた絶妙だわ〜」

「褒めてもこれ以上はやらん」

 貴重なタンパク源なんだよ。

 ついさっき知ったことだが、空と白は離れられないらしい。だから風呂も一緒にいなきゃならないが、流石に混浴は18禁だとか。

 そんで、今はステフとジブリールが風呂嫌いの白の面倒を見ている図、らしい。だって、図って言われても見てないし。

「俺、出てもいいか?」

 よくよく考えたらここにバミられる理由がない。

「ん?別にいいぞ?」

 俺の肉を強奪するのは諦めた空はスマホを取り出し、俺に目を向けることなく返した。何してんだか。

 これ以上この空間にいるのは気が引けるため、俺は早々に空いた皿を持って出口を目指す。

 扉を開く直前、聞きたいことができて振り返った。本音で答えてくれるとは思わないが。

「空」

「なんだ?」

 彼らの次の目標は獣人種(ワービースト)だという。ならば。

「お前らのゴールはどこだ?」

 所謂最終目標を、俺は彼に問うた。

 彼はスマホから視線を外すと、真っ直ぐに俺を見る。その目は偽りのない本心を語るようだった。

 

「取り敢えず、唯一神(テト)をぶっ飛ばすってのは決定事項だな」

 

 そうか、とだけ返して俺は風呂場を出た。

 

 

 その日はやけによく眠れた。久しぶりに美味いものを食えたからもあるが、ステフから与えて貰った部屋とベッドで眠れたから、というのも大きい。

 ……そういえば、ステフ。あいつ、人類種(イマニティ)だった。しかも前国王の孫娘だった。

 風呂上がりの時、獣耳がどっか行ってたのは割とマジで驚いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日である。

 計画者の空を初めとし、エルキア陣営は打倒東部連合に向けて調べ物及び作戦会議を開始した。

 そこまでは良かったのだが、事はそう単純ではない。

 まず、東部連合は難攻不落の要塞。魔法を得意とする森精種(エルフ)を複数回に渡り返り討ちにしただけでなく、興味本意で勝負を挑んだジブリールすら退けた。

 ここで問題なのが、敗者はゲームに関する記憶を消されているということ。

 これにより対抗策や突破口を見つけることが一層難しくなる。

 ここまででも俺のモチベーションはマイナス値なのだが……更にガッカリな情報は続く。

 なんとその無敵大国を相手に、我らが前国王は八度も挑み全敗。国土の半分を明け渡す結果に終わっていた。

 これは俺も知っていた事実ではあるが、流石にステフに対して「お前の爺さんバカか?」と真正面から言うのは気が引ける。

「本は賭けるわ、無謀な攻めを繰り返すわ……なぁ、ステフ。お前の爺さんってアル中だったのか?」

 そんなデリカシーは捨てて来ているようで、空はどストレートに言っていたが。

 当然言われた方は怒る。ステフは気を悪くして図書館を後にした。そんな彼女の瞳から涙が零れていたように思う。

 まぁしかし、空の言い分も分からなくもない。

 先代の愚王を酔ってました以上に好意的に見るのは、難しい。

 

 

「俺は休憩する」

 出口へと向かう俺に、空は資料から目を離すことなく手を振って応えた。

 俺は図書館を出て、少しばかり外の空気を吸いに辺りを散歩する。気分転換も含んでいる。かれこれ半日は本を読み漁っているからな。

 図書館からしばらく歩き、月明かりが葉の影を鮮明に地面へと移す森の中。俺は人気のない木々の中心で辺りを見渡す。

 静かな場所は嫌いではないのだが、今ここにある静けさには落ち着かない。自然な割には不自然で、ともすれば人為的な何かを感じるからだろうか。

 

「こんなに早く、機会が来るとは思わなかったわ」

 

 違和感のある静寂を割いたのは、冷たく突き放すような女の声だった。

 声の主の方法を向くと、そこには黒地の服を着た少女がいる。

 多分、人類種(イマニティ)だ。だが例えば魔法による変装も可能だろうし、正体も分からないため断定はできない。

「初めまして、で合ってるか?」

「えぇ、初対面よ。私はクラミー・ツェル。名前くらいは聞いたことはあるかしら?」

「いや、知らん」

 有名な奴なのだろうか。少なくとも彼女は人類で間違いないだろう。そうでなければ、例外を除いて他種族から名前を知られるというのはまず無いはずだからな。

「そう」

「何の用だ?」

 知っている前提で聞かれた質問に否定で答えたが、クラミーに気にした様子はない。それ程重要視していたことではないらしい。

「あなたと、取り引きがしたいのよ」

「……取り引き?」

 正直、怪しい。こんな夜更けに女の子が一人で待ち伏せていたこともそうだが、俺を一方的に知った上で提案して来ている。

 どこまで調べられているのか。この世界に比企谷八幡という一人の人間の情報はそこまで無いはずだが。

 辺りを見渡すが、人の気配がまるでない。俺はジブリールみたいな戦闘種族じゃないからそこまで敏感な勘は持ち合わせていないが、ともかく近くには誰もいないし、声も聞こえない。

「安心して。ここには私だけよ。それに、音は魔法で遮断してるわ」

 魔法、か。

 ここで感じた違和感はそれか。もっとも、人為的という表情は俺の中で確信めいて言い表したものではない、あくまでも漠然としたイメージだったが。

 それに、だとすればおかしい。

 人類種(イマニティ)は魔法を使えないはずだったのだが、例外か?それはないな。何より魔法を使えるジブリールがそう言っていた。

 ならば、彼女には他種族の協力者がいる。

「それで、どう?」

「内容によるな」

 相手の素性も事情も分からないなら迂闊に頷くことはできない。

 それは彼女も十分に理解しているようだ。

「それもそうね」

 言うと、クラミーは彼女自身の事について語りだした。

 クラミー・ツェル。先のエルキア国王選定戦であと一歩の所まで王に迫った者。逆に言えば、あと一歩のところで負けた。

 その相手が彼ら、『  』。現エルキアの王と女王だ。

 そして、クラミーは森精種(エルフ)と繋がっている。だからこそ、魔法を使って勝ち進んだ。なんならそのまま王になれただろう。

 相手が、彼らでなければ。

 そこまで聞いて、俺は一度目を閉じる。

 話を聞けば、クラミーの目的は空達に関係する何かだと推測が立つ。だからこそ彼らとの繋がりがある俺に接触を持って来たのも自然といえば自然だ。

「で、あんたらは俺に何をさせる気なんだ?」

 さしあたっては、俺が彼女らにどう利用されるかが問題だ。骨折り損は勘弁願いたいし、あいつらを陥れたとなればジブリールが怖い。まじで解剖されそうだ。

「そこまで大きな動きを頼むつもりは無いわ。ただ、アイツらの動向を教えてくれればそれでいいのよ」

 隠密のスパイ活動か。ステルススキルが高い俺は確かに適役だ。

 だが、情報は武器だ。それを彼らの知らぬところに流すのは妨害工作以外の何でもない。それこそ、ジブリールに見つかればただじゃ済まない。

「リスクがデカすぎる」

「そうね。だからこちらも譲歩するわ。あなたの出す条件、それをこちらも呑めば文句はないはずよ?」

 本気で言ってるのだろうか。

 仮に俺が『空達に関わるな』と言えば、彼女らの目的は達成不能だろう。あるいは『俺に近付くな』とする事もできる。

 いや、それらに意味はないか。

 ならば、一先ず撤退だ。焦る必要もないし。

「考える時間をくれ」

「えぇ、いいわよ。返事は早めにね?ここで待つわ」

 クラミーは踵を返し、森の深い所へと姿を消した。その数秒後、夜鳥の声が耳に届く。魔法も解除していったらしい。

 俺が答えを渋るのはあちらの想定内か。だとしても、いささか潔が良すぎる気がする。

 やはり、俺の予想通りなのかもしれない。

「……取り敢えず帰るか」

 散歩に加えて少し長話をしたのだ。少し肌寒い。

 俺も元来た道を辿って図書館を目指す。闇は薄暗く、月明かりだけがやけに際立っている。帰り道に迷うことはなさそうだ。

 クラミー・ツェルに協力者の森精種(エルフ)。負かした相手が仲間になるのは、少年ジャンプと将棋くらいなものか。あとはドラゴンなクエストの5番目。あれスライムのナイトが優秀だよね。

 この先、彼らは勝ち続けるのかもしれない。

 だが、勝利が必ずしも正解でないことを俺は知っている。あるいは俺が負けしか経験がないからだろうか。だとしても、勝つことが全てではない事くらいは分かる。

 それでも俺は、何が正しいかを知らない。何が正解なのかを理解していない。

 いや、本当は何も知らないのかもしれない。

 人の感情も、涙の訳も、俺が一人で動く理由も本当の意味では理解していない。

 できないと言えばそれまでだろう。

 ――けど、違うだろう。

 あぁ、そうだ。違う。

 それでは、『本物』ではない。

 分かり合おうとか、気を遣うとか。そういった馴れ合いの先に、心地良いだけのぬるま湯の先にそれは無い。

 何処にあるかなんて知らないし、あるかも分からない。

 けれど、それでも俺は、『本物』が欲しい。

 

 

 

 




徐々に2周目らしくなって来ました。
1部で語った所はこんな感じでちょっとずつ省略していく予定です。


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辿る道が無くとも彼らは迷わない

短いです。


 深夜の散歩から帰れば、扉の奥には美少女がいた。

「随分と長い休憩のようで?」

 微笑みがここまで怖かったことはない。歴代、つまりあの魔王(雪ノ下陽乃)すら超えている。美少女という単語だけで羨ましいとか思った奴、代わってやるから申し出てほしい。

 俺は適度に追求されにくい感じで返した。ジブリールも別段興味はなかったようで、すぐに「そうですか」とだけ言って姿を消す。

 仕事ではないが、休んだ分は空たちを手伝おう。流石に十一歳の女の子がやっているのにサボるのは気が引ける。自分からやってんだけどな、白は。

「調子はどうだ?」

 ……。

 ……返事はない。ただのシカトのようだ。

 てかほんとにシカトかよ。空と白は互いの体を寄せあって、本棚に体重を掛けて眠っていた。

 ほう、今寝てて気が付きませんでした〜ってやつか。ぼっち相手にその手のブラフが通用すると?

 まぁ嘘だけど。どうやら本当に寝ているらしい。相当疲れたんだろう。元々白は俺がここを出る時点でウトウトしていたし、空も調べものに区切りが着いたってとこかな。

 俺も寝るか。

 そう思ったが、ここから城まで移動するのは少し面倒だな。ジブリールもいないし、どうしようか。

 まぁ1週間もいたのだ。ここで寝るのにも慣れている。

 適当な本を二冊重ね、それに頭を乗せて横になった。

 

 

 

 

 

 

 

 ― other side ―

 

 

 

 比企谷八幡の姿が消えた森。闇夜に紛れる如く、クラミーは足音を意識的に消しながら帰り道を進む。

 予定通り、彼は判断を保留した。最初から二つ返事で協力を得られるとは思っていなかったため、特段焦りや緊張はない。

「誰かと様子を見に来てみれば、はて。いつぞやマスターに唯一の特技である魔法を使って負けた、惨めな森精種(エルフ)の下僕様ではありませんか」

「……!」

 何故彼女がここに……!?

 面識はない。だが知識はある。今自分の後ろに降り立った存在を、クラミーは半ば確信して息を呑む。

 ジブリール。空白が倒して従えた天翼種(デタラメしゅぞく)

 比企谷八幡と接触を持ったことが早くも露見した……つまり彼がノーだと言ったのか。時間的には彼があの図書館に戻っていてもおかしくはない。

 それとも最初から監視されていたのか。自分か彼、あるいはその両方。

 推測は後を絶たないが、今はどの可能性に思考を巡らせても意味がない。

「何か用かしら?」

 平静を装って、クラミーは振り向く。

「用があったのはあなた()では?いえしかし、何かしらの思惑があったとして何か出来るわけでもありませんね」

 勝手に現れて勝手に解決して――。

「申し訳ございません。低俗な者の力量を測るのはドングリよりも微小なミジンコの背比べと同様に難題でして」

 ついでに勝手に見下してきた。何か用かと聞いただけでこの反応、理不尽の体現にも程があるだろう。

「用がないなら、もういいかしら?」

「いえ、一つだけお聞きします」

「答える義務はないわ」

 クラミーの声は届いてないように、ジブリールは表情を変えずに問う。

 

「あの男とどう言った関係で?」

 

 やはり八幡との接触はバレている。

 ……だが、その聞き方はどうだろうか。当事者である所の比企谷八幡がいれば、真っ先に別の表現で問い直すことを要求しただろう。

「ついさっき会ったばかりの、赤の他人よ」

 ――今はまだ。

 もちろん他意はなく、彼が取り引きに応じなければそれ以上の関係性に発展することはまずない。

 クラミーはそれだけを言い残して去ろうと振り向く。

 しかし、腑に落ちない点に、彼女はもう一度ジブリールを見る。

「私からも一つ、聞いてもいいかしら?」

「真実を答える義務はございませんが、それでも構わないのでしたら」

 意趣返しには触れず、クラミーはただ疑問点だけを問う。

 

「何故あの男を気にするの?」

 

 クラミーの天翼種(フリューゲル)に対する印象は、好奇心が強く、理不尽でデタラメな、忠誠心の塊。およそ好意的に見たイメージはないが、だからこそおかしい。そう彼女は思う。

 天翼種(フリューゲル)(マスター)意外の者を気にする――それだけのことが何とも気掛かりだった。

 あるいは、あの男が『  』(かれら)と同種の存在だからか。

 いや、だとしてもジブリールが彼に従っている訳ではない以上、不可解なことは変わらない。

 対して。到底聞かれるとは思っていなかった質問に、ジブリールは少しだけ間を置く。

 答える覚悟がなかわけでも、真実か虚偽を答えるかに悩んだわけではなかった。

 ――もっと純粋に、彼女自身が不思議だと感じた故の間だった。

 ジブリールは自分すら本当かも嘘かも分からぬ答えを、クラミーに返す。

 

「——”未知“故、でしょうか」

 

 

 

 ― other side out ―

 

 

 

 

 

 翌朝。

「マスターがお呼びです。早々に起きない場合は、この図書館ごと瓦礫の錆になって頂きます♪」

 俺はジブリールに物理的に叩き起される寸前まで迫られ、眠気すら一瞬で無かった事にした。でないと俺が亡くなる。

 起床から僅か五秒の脳内ロードの時間を置き、空間転移にて俺とジブリールはエルキア王城へと移動した。

 エルキア城の王室。そこには既に空、白、ステフが集まっており、今まさに何かが始まるようだ。

 

「間違いない!エロ本だ!」

「渡す相手を間違えましたわぁぁぁ!」

 

 いきなり絶叫って、ステフよ。お前、そういうキャラだったの?お嬢様系メイドだと思ってたわ。いやなんだそれ。

 どうやら昨日、俺が帰る前に図書館であるやり取りがあったらしい。掻い摘んで言うと、ステフが祖父から預かった鍵を空に渡した。

 で、受け取った空の反応が先の通り。ステフ、というかステフの爺さん曰く、人類の希望を託したらしいのだが、そんなのを廃人ゲーマーが気にするわけもないようだ。

「ま、何の鍵なのかは分かってんだけどな」

 そう言い放つと、空と白は部屋中を動き回る。そこからは圧巻だった。

 本当にあっと言う間すらなくことは進み、幾つもの暗号や謎を解いた兄弟は開かずの扉を出現させた。

 ステフから貰った鍵を使い、古い扉を開ける。彼らならピッキングなどで開けることもできただろうが、チートは使わない主義なんだと。

 そして開かれた扉の先には薄暗い、だが神秘的とすら表現できそうな小部屋があった。

 小さく差し込む光が照らすのは、一人用の机とイス。そしてノートらしき本だ。

 空はそれを手に取り、ページを捲る。

 書かれていたのは、前王の記憶と記録。

 ステフの祖父、国民から愚王と罵られながらも戦い、挑むこと、そして生きることを諦めなかった彼は、勝つためではなく、ただ人類のためにそれを記した。

 東部連合の秘密。その必勝の手とゲーム内容。

 計八回。国の領土を掛けてただそれらを暴くことだけに留意した男の戦歴が、そこにはあった。

「なぁ?ジブリール、いるんだよ。こういう奴が」

「えぇ。確かに、そのようです」

 空とジブリールの間で交わされる言葉の意味は分からない。多分何かしらのやり取りがあっての会話だろう。

 俺が今ここで分かるのは、前王は賢王でなくとも愚王でもなかったということ。そして、ステフの爺さんだったということだけだ。

 

 

 

 

 




なんだかどんどん短くなっている気が……。
次の更新は少し間が開きそうです。ごめんなさい。
感想頂けると嬉しいです。


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やはり彼はそれを求める

お久しぶりです。
ようやく色んなことが一段落したので更新です。
遅くなりました。ごめんなさい。



 確か、この辺りだったはずだ。

 クラミー・ツェル。空達に敗れ、それでも野望のために一矢報いようと俺に接触してきた森精種(エルフ)の間者。

 彼女と初めて会い、次の返事を待つと告げられた場所へと、俺はひたすらに森を進んでいた。

「来たわね」

 少しだけ開けた場所に出て、聞き覚えのある声に俺は振り向く。やはり、そこにはクラミーの姿があった。

 それと、理由も名前も知らないがもう一人。クラミーの隣に立つ金髪美女が俺から目を離さずにそこにいる。見られているというのは自意識過剰ではなく、むしろ詮索や懐疑に近い目だ。見た目から察するに森精種(エルフ)だろう。文献の特徴と一致する。

「答えは出た、ということでいいかしら」

「あぁ」

 数日前、ここで提案された共闘の誘い。内容を加味すれば、共闘と言うより利用し合いだが、まぁ大筋は外れていない。

 俺は、彼らを形式上裏切る代わりに、彼女らに対してある要求ができる。これは盟約によって結ばれた絶対遵守の契約ではないが、俺もあちらも、互いをメリットのある存在だと認識している内は破らないだろう。

 打算的な信頼。本来なら卑下する類の浅ましい関係だが、この場合はありがたい。下手な友情や愛情よりも、余程信頼に値する。

「一応聞いておくが、ゲームはしなくていいのか?」

「えぇ、いいわ。何かと不便だし」

 不便、か。それはつまり、どこかのタイミングで解約できるようにしておきたいということだろう。

「分かった」

「じゃあ、聞こうかしら。――あなたの要求を」

 覚悟の目と言おうか。鋭く研ぎ澄まされた瞳に、俺は彼女の覚悟を見た。

 そして、どんな手段も厭わぬという意志を感じさせるクラミーへと、俺は告げる。

 俺は要求する。彼らの情報に相応しい対価を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鍵の一件から一晩開けた今日。

 ステフの鍵によって開かれた扉により、エルキア陣営は本格的な行動へと向かうことになる。

 無論、今までがお遊びの類だったわけではなく、こうした明確な手掛かりの発見は直接的に東部連合攻略に影響するのだ。

 ここまで来れば、残るは倒すだけか。当然ゲームを仕掛けることになるため、戦況は不利な部分も多いはずだ。

 だが、そんなことを聞いて燃えないゲーマーはおらず、彼らもまた例に漏れることなく楽しみにすらしているだろう。

 ……だからではないが、これはどうだろうか。

「なんで寝てんだよ」

 いや、別にいいんだけどね?誰がいつどこでゲームしようが自由だし。

 恐らく完璧な攻略法を見つけたであろう最強ゲーマー『  』は現在、つまり真昼にも関わらず就寝中である。ほんと自由だなこいつら。

 一応だが、仮にもこいつらは王様だ。国政とかどうなるんだよ。

 それが気になってジブリールに聞いてみたところ、どうやらエルキアの政治はステフに一任されているらしく、今尚フル稼働の真っ最中なのだと。ステフ、哀れだ。

「それで眠りの邪魔するやつがいないってことか」

「仮にいるとしても、私が全力を持って阻止しますが」

「……それ、物理的にじゃねぇだろうな」

 だとしたら邪魔するやつが永眠しかねない。どんなミイラ取りなの?ピラミッドになっちゃうのかしら。

 空達が行動しなければ、別段俺がするべきこともない。もちろん、彼らが動くからといって俺が動くかは別問題だが。それ、どうしても動かないな。

 ステフが死に物狂いで働いているのを知ってこんな事を言うのも何だが、暇だ。することが何もない。

 ならばジブリールの、現在は空達の図書館で時間を潰そうかとも思ったが、ここ最近の疲れがどうしても脳に来ている気がする。あんまり頭使いたくないな。

 こんな時は糖分を取るなどして回復したい。けれど城のキッチンを無断で使うのは気が引ける。わざわざ森に入って木の実を探すのも手間だ。どうしようか。

 俺は脳内で手短 糖分 摂取と検索をかけ、真っ先に出てきた案について思考する。

 甘い物を食べるor飲む。確かに手短だ。

 だが先に言った通り、森まで行くのは面倒くさい。城のキッチンも使うのは避けたいので料理も除外だ。

 となると、あとは飲み物か。ジュースという概念がこの世界にあるのかは疑問だが、あったとしても無一文の俺では手に入れることは出来ないだろう。

 ……というか、俺は重大なことに気が付いてしまった。

 今更なのは、多分少し前までは生きることが精一杯だった為に趣向品まで頭が回らなかったからだろう。餓死寸前とか、まじで余裕なかったからな。

 ごく当たり前なことに、俺は飲めないそれを思って息を呑む。

 

 ――この世界には、マッ缶が無い。

 

 そこからの行動は早かった。それはもう、どっかの暗殺教室の担任くらい早かった。

 俺はジブリールに頼み、これから錬成するための材料。その資料集めを頼んだ。

 即断られた。それも超清々しい笑顔で。

 曰く、面倒くさいとのこと。

 一応、転移で図書館まで送ってくれたのは彼女なりの優しさだろうか。できればそうであって欲しい。面倒くさいから飛ばされたのではないと願いたい。

 俺は歩き回りながら目的達成に向けて本を探し、集める。

 ジブリールが空達に従ってから、図書館の本の並びが少し変わった。分かりやすい変化としては、人が自力で届く辺りに人類語(イマニティ)語の本が集約されている。ジブリールがいないと、誰も3メートル以上上空にある本棚には届かないからな。まぁ空達がここを使う時にジブリールがいないことはまず無いと思うが。

 ジブリールが几帳面なのかは知らないが、ともかく整理された図書館は使いやすい。早々に目的に合った本を見繕った俺は、エルキア領土とその周辺に関する植物を調べ直した。前に調べた時は食える実ってだけだったが、今回は条件が入る。

 甘くて、できれば練乳の代わりになる味。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気が付いたら朝だった。

 どうやら寝てしまっていたらしく、体の変なところが痛い。床で寝るからこうなるんだよな。

 痛みを和らげるように動くと俺の右手に、あるページに指を入れた状態で閉じられた本があることに気付く。そういや、調べ物してたんだっけか。

 固まった体を伸ばすように起き上がる。瞬間、目の前に見知った顔が、というか顔だけが出現した。

 タイミング良く現れたジブリールは今日の予定を語る。

 簡潔に、空達が東部連合へと赴くらしい。既にアポは取り、今日の昼にも向かうとのこと。

「それに伴い、確認をしに伺いました。マスターがあなたの同行を希望しています」

 その言い回しだと、俺が着いて行くことが強制ではないように聞こえる。

「拒否権あるのか?」

「あくまでも本人の意志を尊重しろと仰せつかっていますので」

 マジか。てっきり笑顔で、「そんなものが存在するとでも?」とか言われるつもりだったわ。空達、ナイス。

「私としては強制空間転移(シフト)で約束の一時間前には到着させておきたいと思うところなのですが」

 空達、マジでナイス。敵陣に一時間前からスタンバるとか、攘夷志士でもキツいっての。

「言うまでもないと思うが、行かない」

「では、マスターにそうお伝えします」

 要件が終わったら速攻いなくなった。効率的だね。

 宛てもなく窓を見ると、まだ日はそう高くない。本当に早朝だな。いつの間に、というかどうやって空達はアポを取ったのか。⋯⋯まぁ、どうでもいいか。

 正直、まだ眠い。一応遅くまで調べてたし、用もないなら寝ていいかな。

 睡魔に逆らうことなく、俺はもう一度枕に頭を埋めた。

 

 ……あれ?俺、枕なんて持って来てたっけ?

 

 

 

 次に起きたのは昼頃だった。

 ステフを含めた四人は既に東部連合へと赴いている。

 当然、俺は待機。誰にも何も言われていない為、やることもすべきこともない。つまり、暇だ。

 予定のない半日、何をしようか。

 思えば、明確に一人で行動できるのは肉を買いにエルキアを訪れた日以来だ。ぼっちらしくないな。

 差し当っては昼食かな。そう思いながら、俺はふと手元を見る。

 そこには一冊の本。昨日俺が調べ物に使っていたものだ。

 俺の人差し指はページの間に突き刺さっており、栞がなかったからこうしたのだと思い出す。

 指を支点にしながら本を開く。

 俺が昨日チェックを入れたのだろうページを見て、体に残った眠気を飛ばして起き上がった。

『コミルの木』年間を通して実を作る植物で、養分を多く含む為、その実は甘味が強い。木のような表皮とは裏腹に、実の内部は白く水々しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少しばかり時間を飛ばす、あるいは戻すことで話を合わせよう。

 現在、俺の目の前には黒地の服を着た少女と、金髪美女の森精種(エルフ)がいる。

 眼前の少女、クラミーとはある契約について話をする必要がある。

 内容は、俺の要求を呑んでもらう代わりに、エルキアの新国王つまりは空達の情報を提供するというもの。やるかやらないかはともかく、期間も規模も決めていないためそこら辺の擦り合わせが必要だ。

「じゃあ、聞こうかしら。――あなたの要求を」

「いや、その前に確認だ」

 クラミーは一瞬だけ目を細めた。焦っているのか?それはないな。そもそも焦る理由がない。

 俺が断るにしても、そこに彼女らが被るダメージもないしな。

「まず、俺が渡せる情報は俺が知る範囲でのみ、だがそれでもいいのか?」

「えぇ、問題ないわ」

「期間はどうする」

「どちらかが不要と判断した時点で終了、でどうかしら?」

「それだと、例えば俺が要求をした後ですぐに約束をなかったことにする場合もあるぞ」

「こちらも対価についての判断はするわ。前払いの方が良ければそうする、とかね?」

 やはりこいつは、こいつらは考え無しに動くタイプじゃない。ならば俺の推測も邪推ではない可能性が高いか。

 分かったと伝え、俺は一度視線をクラミーの隣にいる森精種(エルフ)へと移す。

 この世界のルールがルールなだけに、魔法というのはどんな効果をどれだけの範囲で使えるのかは分からない。今この場では俺の頭の中を読んでくるなんてことはしていないだろうが、この先それを使われない保証は出来ないだろう。

 ある意味、これは賭けだ。この先の展開がここから大きく変わると言ってもいい。

 まぁ、そんなことは未来視でも出来ない限り分からないが。

「んじゃ、要求させてもらう」

「どうぞ?」

 彼らの情報を得るのに対して、彼女らがどこまで譲歩してくれるかは分からない。

 だが、確信を持って言える。これは成功する、と。

 決める覚悟もないため、至ってすんなりと俺は言葉を紡ぐ。

 

「コミルの実をくれ。定期的に」

 

 しっかりと聞き取れたはずだ。

 クラミーの覚悟が見え隠れする表情は一度固まり、だがすぐに懐疑の目を持ち直した。

 クラミーは顎に手をやり、目線だけで隣の森精種(エルフ)と会話する。言葉を発していないから本当に会話しているかは分からないが、魔法とかあるしな。テレパシーとか余裕で使えそうだから、多分相談してるんだろう。

 内容はもちろん俺の真意について、のはずだ。普通に考えたら割に合わない取引だろうからな。

 ちなみに、俺は前からコミルの実については調べている。食い物が必要だった時のことだから今まで忘れていたが。

 ジブリールに聞いた時は確か、「かなり甘い実ではありますが、そもそも中身のほとんどが水分の為、空腹を満たすには適さないかと」とか言われてたと思う。だから無意識に候補から外してたんだろうな。

 コミルの実が練乳の代用になるか確たる保証はないけれど、練乳具合が足りない時は牛乳を入れるなどして調整するつもりだ。それだけでもただのミルクコーヒーよりはMAXコーヒーに近付けるはずだからな。

「いくつか、聞いていいかしら?」

「おう」

 しばらくの間を置いて口を開いたクラミー。やはり疑う視線は変わっていない。

「定期的にってことは、この契約もしばらく続けることを前提にしているのよね?」

「そのつもりだが、何か不満か?」

「いいえ。ただ、割に合わないと思うだけよ」

 そりゃそうだ。形の上では、俺は空達を裏切ることになる。クラミーは堂々と彼らの敵だと自らの立ち位置を示しているし、空達に言うことなく情報を漏らすのはただのスパイだ。当然、リスクもデカい。主に寝床とか。

 そう考えれば、スパイの代償が甘いだけの木の実ではつり合わない。天秤の片方が凄まじく重い。いや逆か、木の実が軽すぎる。クラミー達が疑うのは当然だ。二重スパイの可能性もあるわけだしな。

 だから、俺は答えを示す。

 彼女らは頭がいい。疑うことを知っていて、考えることを疎かにしないだろう。そういう奴らは、総じて論理的だ。

 論理的思考には、必ず仮定と答えが存在する。今の仮定は、俺がどういう立ち位置かという曖昧な部分の推察だ。それは仮定である以上、怪しいから先の答えは出ない。

 ならば、俺が答えを決めてしまえばいい。彼女らの仮定に反証しない、だが嘘でもない、求められる『答え』を。

「俺は元からあいつらの仲間じゃないからな。どうなろうと知ったことじゃない」

 嘘はない。今も前も、一度たりとも、俺が明確に彼らの仲間になった描写はないのだ。強いて言えば、今の関係は利用し合っているだけの他人同士だ。

 俺の返答に、クラミーはトーンを変えずにそう、とだけ返す。表情や声を意識的に抑えたように見えた。

「で、そっちの答えは?」

「もちろん、交渉成立よ」

 な?成功したろ?

 なんとなく、クラミーは俺の知る誰かに似ている気がした。明確に誰だとは言えないが、その性格と思考回路は読みやすい。

 ともかく、こうして俺達は秘密裏に共同戦線を張ることになった。

 俺は空達が東部連合攻略へと動いていること。実際に今日、ゲームをするための交渉に出ていることをクラミー達に話した。

 相談の結果、早朝にこの場所でコミルの実の受け渡しをすることが決定した。空達の行動パターンを鑑みるに、朝っぱらの俺の行動を気にする事はないだろう。

 要件も終わり、俺は図書館へ帰るべく踵を返す。

 そんな俺の背中に、クラミーは告げる。

「一応言っておくわ。あの天翼種(フリューゲル)には気を付けなさい」

 ジブリールか。そこは最初から警戒している。あいつに暗躍がバレたら解剖(バラ)されそうだからな。

「あぁ、そのつもりだ」

 振り返ることなく返し、俺は歩む足を止めない。早く帰りたいのだ。

 

 なんでって……俺、今日まだ何も食ってないよ?

 




お馴染みのマックスコーヒーの巻― マッ巻 ―です。タイトルで察した人、いるかもしれませんね。
期間が大分空いたので全体のプロット自体はそれなりに出来てきました。
ただ、落とし所というか終わり所が未だに定まらないのが悩みです。
また週1〜2話で更新していこうと思います。
感想頂けると嬉しいです。


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しかし彼はまだ彼らを知らない

 初めに言っておこうと思う。

 これは人伝に聞いた話であり、本来起こった事態とは細部が異なるかもしれない。

 先日、東部連合へと赴いたエルキア新国王はその大使に対し、いづな(幼女)のパンツとステフ(リア充)のパンツを賭けてゲームしようと持ちかけた。もう既に頭がおかしい。

 だが彼らの奇行は止まらず、賭け金を変更。幼女のパンツを国の領土、リア充のパンツを人類の全権とした。

 ……うん、おかしいよね?何がって、全部が。

 

「どういうことよぉ!?」

 

 そりゃ驚くよな、クラミーよ。

 これは俺が昨日帰ってから聞いた話であり、その事を知らせに早朝ここでクラミーに話したのだ。俺だって理解出来ていない。

 詳しい話は今日ジブリールや空達本人から聞く予定だからなんとも言えないが、この先どうなるのかと心配しない訳には行かない。だって、負けたら俺の人権も無くなっちゃうんだよ?

 それは人類種(イマニティ)であるクラミーも同じはず、なのだがそこまでの動揺は見られない。覚悟、ともまた違う気がする。

「結構落ち着いてるな」

 叫んでたけど、あれはヤバイ助けてくださいみたいな意味合いはなかったわけだし。

「危機感がそこまで大きくないだけよ。それよりも、これから何をする気なのかが問題だわ」

 確かに、東部連合を倒すだけなら問題はない。クラミーもそこはあまり気にしていないように思う。

 問題なのは、何故空達が人権を賭けたのかだ。

 東部連合のゲームの秘密を暴いたとして、それらの情報をあちら側が全て嘘だと切り捨てることはできる。だからこそ、逃げたら肯定とするような状況を作りたいのは分かるのだ。分かるが、何故人権そのものを賭ける?

 他でもいいはずなのだ。例えば国民を含む全領土でも、天秤はこちらに傾く。わざわざ人権まで賭ける必要はない。

「なんらかの意図がある、と見た方がいいわね」

「だろうな。あいつらは無駄なことはしないはずだし」

 あくまでも俺の勝手な印象だが。

 印象といえば。さっきの言い方からだと、クラミーが俺をやけに信頼しているようにも感じる。まぁそれも打算的なものがほとんどで、昨日俺が言った言葉と今こうして情報を提供していることからの信用のはずだ。

「とりあえず、今日は戻るぞ」

「えぇ。木の実は、それで足りるかしら?」

「問題ない」

 先に受け取った紙袋を持ち上げて応える。

 そうとだけ返したクラミーが踵を返すと、俺も城へと帰り道を歩いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――と、以上のことからゲームはテレビゲームだ」

 帰宅してからしばらく経ち昼頃、ようやく起床した空達から昨日の件を詳しく聞いた。今更だが、こいつら探偵かよってくらい推理してる。ゲーマー探偵とか新しいな。

 聞かされた話は納得のいくもので、完璧とすら言えるほどに東部連合を追い詰めたことは否定できない事実だ。

 だが、だからこそ聞くべきだろう。彼らが意図的、かどうかは分からないが語らない内容。かけ金の理由については。

「にしても、リスク高すぎないか?」

「ん?負けないんだし、リスクなんてゼロだろ」

「それはそうかもしれんが⋯⋯」

 やはり言いにくいことなのか。それとも単純に俺が話すに値しないのか。どちらにせよ、聞かせてはもらえなそうだ。

「しかしマスター。いくら本土を盟約によって手に入れても、そこにいる人材までは手に入らないのでは?」

「そりゃそうだろな。まぁそこらへんは追々。って言うより、残りのピースが来てからだな」

 残りのピースという表現に少し引っ掛かりを覚えたが、聞かなかった。どうせはぐらかされるだろうし。

 これ以上ここにいる理由もない為、俺は『  』の部屋から退散して城のキッチンへ向かう。

 

 昼飯もそこそこに、俺はまた暇を持て余すことになった。

 ゲーマー兄妹は現在ゲームで引き籠り中。ジブリールはそれに付き添い、本来止める役目であろうステフは国政と暴動の対処に追われている。

 暴動とは、まぁ説明する必要もないが、エルキア国民が新国王に対して行っているもの。原因は、これも考える必要なく今回のかけ金故だ。そりゃ勝手に人権賭けられたらキレるわ。

 そんなわけで外にも出られず、もちろん図書館にも移動できない。ラノベすらあちらに置いてきているのでマジですることがない。

 仕方ない。とりあえず、マックスコーヒー(仮)でも飲むか。⋯⋯午前中の試作でだいぶ飲んだけど。

 

 

 

 

 

 

 エルキア城のとある屋外。日当たりが良いため適度に暖かく、遮るもののない風は心地いい。こんな場所でマックスコーヒーが飲めるとは、なんとも心が静まる午後だな。

 ……ただし、下の暴動の声がなければだが。

 言っちゃ悪いが、うるさいんだけど。まぁ事情が事情なだけに文句を言うのも気が引ける。

 俺は彼らが負けないとなんとなく分かっているからこそ落ち着いていられるが、空白を全く知らない一般人なら流石の俺でもキレてたと思う。かと言って何かした訳でもないだろうが。

「怒り、慌てふためく民衆を見下しながら一服とは。また随分と良い趣味をお持ちですね?」

 カップから口を離したと同時、後ろから聞こえた声にそっと振り向く。

 わざわざ見て確認するまでもなかったが、そこにはジブリールがいた。

「人聞き悪過ぎるだろ。俺にそんな悪趣味はない」

「左様ですか。せっかく心の友が見つかったと思いましたのに」

「そんなことで意気投合したくないんだけど」

 どこのガキ大将なんですかね。

 俺は視線をジブリールから外し、どことなく眺めながらコーヒーを舐める。

 ふと思ったが、なんでこいつはここにいるんでせうか?俺、別に不幸な無能力者(嘘つけ)じゃないですよ?

 俺はカップを石造りの柵に置き、今度は体ごとジブリールの方を向いた。

「つかどうしたんだよ。何か用か?」

「いえ、ただ。少々お聞きしておくべき事がありまして」

 空達の付き添いから抜けて来るってことは、それなりに重要な内容ってことになるな。……もしかして、バレたか?

 いや、それはないか。仮にクラミーとの取引がバレていたとしたら、ジブリールがこうも落ち着いているとは考えにくい。空達がなんらかの命令を入れていたとしても、少なくとも裏切りに対する怒りくらいは見せるはずだ。

「俺はお前ほど物知りじゃないぞ?」

「知識を問うようなものではございません。それこそ、この世界に関することならば私の方が遥かに理解していましょうし」

「だろうな」

 ということは、やはり俺だけが知ること。俺に関する何かってことか。

 俺は自分自身が警戒していることを自覚する。だがそれを悟られるのはひどくまずいと、更に意識的にそれらを押さえつける。仕草や表情から露見しないようにと。

「で、聞きたいことってのは?」

「……あなたから見て、マスターはどう写りますか?」

「……」

 ひとまず心の中で胸をなで下ろす。この時点ではまだ、クラミーとの件はバレていないことになるからな。

 ジブリールの表情を見るに、それなりに真面目な問いのようだ。こいつの感情を表情から読み取るの難しいけど、恐らくシリアスな内容だろう。

 知識を問うようなことではない、か。確かにそうだが、どう答えればいいか分からないという点では難しい問いだと感じる。

「すまん、どういう意味だ?」

「そのままの意味ですが。マスターはとても壮大な目標を持ち、それを完遂できる程の力と知力をお持ちです。その思考は常に理性的であり論理的。生み出す技は奇策であり傑作。凡人には届かぬ観点から冷静に見れる目と、あらゆる事象を計算し尽くさん頭脳で、マスター達はこれからも勝ち進むことでしょう」

 何これ、惚気?割とマジで何を聞かされてるのか分からないんだが。

 反応することすら困惑する中、ジブリールはしかし、と反証する。

「マスターの進む先に、答えはあるのでしょうか」

 ……。

 彼女が何を言いたいのか、何を聞きたいのかを真に理解することは、俺には出来ない。

 だが、プライドもあり自己で完結するだけの思考力もある彼女は、それでも俺に問うた。恐らく何も答えられないだろうと予想しながら。

 そこまでして問うたのは、彼女になんらかの精神的な異常があったからだ。それこそ精神崩壊のようなものでなくとも、とても微小に微細な何かがあったはずだ。

 気の利いた言葉をかけるなんて、そんなハードルを超えられる俺ではない。俺にできることといえば、適当にはぐらかすか皮肉を返すことくらいなものだ。

 けれど、わざわざ返答不能かもしれないことを聞きに来た彼女にそれらを返すのはなんとも居心地が悪い。

 だからせめて、慰めでもないただの事実を告げよう。たとえ真実は残酷だろうとも、それで彼女が折れることはないだろうから。

「お前が何の、どんな問題に対する答えを探してるのかは知らんが……。少なくとも、その答えをあいつらが示してくれることはねぇよ」

「……」

「自分の問題は、自分でしか解決できない」

 だから俺は、俺達は解決させない。俺達がするのはあくまでも手助けだ。魚を捕るのではなく魚の捕り方を教えるのだ。それが、俺達のやり方だった。……。

 俺はふと浮かんだ顔を振り払うように、右手で持ったカップに口をつける。今は関係ないことだろうに。

 無意識に外した視線をジブリールに戻すと、驚きにも困惑にも似た微妙な表情をしている。

 意味が分からなかったのなら、別にそれでもいいだろう。今の言葉は、多分、俺が俺自身に向けた言葉だったろうし。

 しばらくの間、互いに無言の時間が続いた。

 本来なら静寂などぼっちには慣れたものでなんでもないのだが、どうも今のこの状況は落ち着かない。

 苦し紛れに、そして露骨に俺は話題を変えた。

「つか、空の奴。本当にパンツ同士でゲーム始まったらどうするつもりだったんだろうな」

「マスターならば最初からそんなことは起こらないと確信して提案しているはずです。もしも仮にそんなことになれば、次は孫娘の下着と大陸領土を賭けてゲームすると持ちかけるでしょう」

 愚痴を零すように言った言葉に、ジブリールはいつも通りに返す。マスターを褒める時は活き活きするなこいつ。

「いや、どんだけ孫娘好きなんだよ東部連合の大使って。流石にそこまではしねぇだろ」

「所詮は獣ですし、実際にその浅ましさを目にすれば納得もできるのでは?」

「そんな変態に会いたくないんだけど」

 けど、身内を愛するってのは当たり前なことだしな。案外シスコンであろう空とは相性がいいのかもしれんな、その大使は。

 また空達の元へ戻ると、用が済んだジブリールは瞬間的に姿を消した。それを見届けてから俺も屋内に入ろうと歩き出す。

 一息入れる為に口をつけたコーヒーは、すっかり冷めてしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 王座に座る二人。威厳や威圧感は全くないが、目つきの悪い男とその膝に座る白髪の少女は確かに強者としての何かがある。それも俺の偏見から感じるものかもしれないが。

「よぉ。どうした?」

「いや、ちょっとな」

 来るのが分かってたのか。珍しくDSPを持たずこちらを見ている二人、特に空は普段よりも瞳の鋭さが際立っている。

「一応言っておこうと思ってな」

「あー、こっちも一つ言っておくぞ。東部連合とのゲーム、四人の内一人は比企谷な?」

「いや何でだよ、ステフ呼べよあいつ暇だろ」

「いや、暇じゃないとは思うぞ」

 それは誰の所為なんですかね。今も色々と働いてるだろうなあいつ。

 つか俺もゲームしなきゃならんのか。拒否はできそうにないし、空の中では確定事項なんだろう。

「それで、そっちのご用は?」

 俺はお前らに協力も妨害もしない、と言いに来たんだが……。流石にゲームに出てもらうと言われてからそれを伝えるのはどうだろうか。

「……実は、俺は東部連合のスパイだ」

「「へぇー」」

 全く信じてねぇな。

 そりゃそうか。俺の立場で東部連合のスパイを演じるとしたら役不足もいいところだ。せめてエルキア大臣くらいの地位でもなければ最悪、ゲームをしようとする彼らに干渉することすら叶わない。それにここまでの俺の行動はどう考えてもスパイとしては失格の域だ。

「まさかそんなジョーク言いに来たわけじゃないだろ?」

「そうだな。取り敢えず、邪魔はしねぇよ。俺はゲーマーじゃないからな、ゲームのことは知らん」

「それ、この世界じゃ致命的だと思うぞ」

「……しょうぶ、放棄……?」

「いや、そもそも勝負してねぇから」

 そこまで言うと空達の瞳からあの見通すような光が消える。気を抜いた、というか自然体に戻ったといったところだろう。感覚的な事過ぎてそれ以上は言明できない。

 俺も要件は終わっているため、踵を返して王室を出る。

 今のところ俺と彼らは敵でも味方でもない。だからそもそも裏切ることすらできてはいない。

 彼らが東部連合に勝ち、その後どんな動きをするのかは分からない。だがどうなろうとも、他所は他所、俺は俺だ。俺の目指すところは決まっている。それも、決して楽な道ではないのだろうが。

 差し当っては、どこかの自称神様に会わないとな。でないと話にならない。

 そういう意味では、彼らを利用するのも悪くないかもしれないな。

 もっとも、俺が誰かと一緒に歩くなんてことはしないだろうが。

 

 

 

 

 




次回も早めに出そうと思います。
感想頂けると嬉しいです。


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一人―ソロ―

短め、です。


 ここ最近、ロクな起こされ方をされていない気がする。いや、自分で起きろって話なんだが。

 

「早々に起床か部屋ごとの永眠を選択下さい。三秒は待ちますので」

「ちょっジブリール!それはやめて頂きたいですわっ!?」

 

 せっかく貪っていた惰眠を強奪したのは、例によってジブリールの目覚まし、もとい脅しだった。てかなんでステフもいるんでしょうね。

「起床する。だから振り上げた拳をどうにかしてくれ」

「賢明な判断です」

 覚醒しきっていない体に鞭打ちながら、俺はベッドから降りる。

 どうやら何かあったらしい。まぁ、ジブリールが慌てるとなれば原因は限られる。

 白に何かあったのだろう。

 

 

 

 どうやら俺の予想通り、ステフも含めて事態を飲み込めないのは白に原因があった。

 王室で白が立て篭もった。もとより引き籠もり気質なところから見るとあまり緊急性を感じないが、白の様子が普段通りではないらしい。

 ステフが言うには、白は“ソラ”という人物を探している。もちろんステフやジブリールに心当たりはなく、調査の結果、城や城下の者も知らないということのようだ。

「そんで、白は面会拒絶か」

「はい。先程、私の入室も禁じられました」

 ジブリールは白の命令に逆らえないからな。一度禁じられれば白の復活までは部屋に入ることはできないだろう。

 しかし、白が“ソラ”という人物を探すことがそんなにおかしい事なのだろうか。白は俺と同じく異世界転移者だ。あちらの世界にいたはずの人間を思い出している可能性もなくはないだろう。

「そもそもそんなに慌てる事態なのか?単に白が疲れてるだけって可能性もあるだろ」

「白に限ってそんなことは、想像できないですわ」

「疲れてるだけ、というのはありえないでしょう。マスターの精神状況は既にかなり危険な所まで来ています。それこそ眠れないほどに」

 白はあれでも小学生、子供だ。過度な不安やストレスは確かに精神衛生上悪過ぎるな。

 だが、だからといって俺たちに何かできるわけでもない。白がこうなった原因も理由も分からないのでは手のつけようがないのだ。

 それは彼女らも理解しているらしく、歯噛みするように口を紡いでいる。

「やはり、原因は東部連合でしょうか?」

「わたくしは、白が負けるとは思えませんわ」

「まぁな。それに、既に追い詰めている相手の反撃を受けるなんてこと、白に限らずどんなゲーマーでもしない愚策だろ」

 それ以上続ける者はいない。続けられないのだ。

 これで推測も振り出し、候補もなければ手掛かりもない。

 唯一あるとすれば、白の探す“ソラ”なる存在。しかしそれも、誰も知らぬいるかも分からぬ幻のような手掛かりだ。

 現実的な問題として、俺に限らずステフも、そしてジブリールも、ただ立ち尽くす以外の選択肢は無かった。

 

 

 

 

 

 東部連合との決戦まで、まだ詳しい日程の通達は届いていない。

 いつになるのかわからないが、それまでに白が復活できるか。それ以前に精神的に大事はないのか。

 山積みとは行かないまでも重なりゆく問題に、対処も対応も追い付かない。

 こんな時にとも思うが、俺は残り少ない材料でMAXコーヒー(仮)を錬成する。目的は勿論飲むためだ。

 実際問題、現状俺ができることはない。

 白があの部屋に引きこもったならば、文字通り他の者は蚊帳の外だ。ジブリールもステフも踏み入れられず、どうにかするのは白自身しかいない。

 今更ながら、十一歳に求めるのはあまりにも重く苦しい選択と解決を、さも当然のようにしてしまっている。

 白が“ソラ”を諦めれば、白はこの先立ち上がることはできないだろう。だが今の精神状態からこの理解の追い付かない状況を打破しろというのは、たとえ超人的な頭脳をもってしても苦行に他ならない。

 誰かが支えようにも、今彼女の隣に立てる存在は居合わせない。ジブリールもステフも俺も、手を貸すには力不足だ。

 湯気の立つカップを持ちながら進む廊下。俺は目的地もなく徘徊している。正直何をすればいいか分からん。

 ふと、背後に風を感じた。窓は開いていない以上、しぜんなものではないだろう。

「……なぁ、人のバック取るの流行ってんの?それともYour favorite(マイブーム)なの?」

「……」

 なんだかかなりの回数経験してしまったような気がするジブリールの転移。彼女は何をするでもなく俺の後ろで口を紡いでいる。いや何しに来たんだよ。

「何か用か?」

「……マスターの為に、手を貸しては頂けませんか」

 ――……。

 突然の、そして突拍子もない問いに呼吸すら忘れそうになってしまった。

 彼女とは精々二週間程度の付き合いだが、少なくともこんなことを言うタイプではないと思っていた。いや、確かに彼女はマスターに仕える身であるならそれはもう献身的に行動するだろうとは思う。

 だが、それでも彼女が、なんの力も知力も持たない俺に助けを乞うなど。明日には槍が降っても驚かない自信がある位に今驚いている。

「悪いが、俺にできることはねぇよ」

「恥ずかしながら、私は人の感情に疎いと我ながら思います。ですから、今のマスターに声を掛けることすら叶いません」

 今、本当の意味で追い詰められ極限状態にいる白に掛ける言葉を彼女は持たない。

 残念ながらそれは俺も同じだ。恐らく壊れるほど辛い白に、俺が何をしてやれるというのか。

「私の入室は禁じられました。ですが私以外の者の入室は可能です。……それでも、仮に私の空間転移(シフト)でドラちゃんをマスターの側へ送ろうとも、事態は変わらないでしょう」

 自分以外の入室を禁じていない白の命令を逆手にとる、か。

 悪くは無いが……ドラちゃんというのが十中八九ステフの事だとして、ステフや俺が白と話したとしても、どの道結果は変わらない。誰も、誰かの代わりにはなれないのだ。

「お前くらいバケモンな奴にできないことを、俺なんかができるわけないだろ」

 スペックや知識の問題でないことは俺も彼女も十分に理解している。だが、だからこそどうしようもないと納得、はできずとも頭で分かってしまうのだ。

「……白は天才だ」

「ですが今のマスターは……」

 確かに今の白は危ない状況にいる。

 しかし、彼女は現代で最強と謳われた存在だ。ゲームというたった一つの分野で無敗の天才だ。

 この世界の理に従って白がゲームによって苦しめられているなら、突破もまた、ゲームで決まるはずだ。

 だから――。

「お前のマスターだろ、信じてやれよ。主様を」

 

 

 

 

 

 

 ジブリールが姿を消した後、俺はまた行く宛もなく歩く。

 今更になるが、俺は現代で名を馳せた都市伝説ゲーマーの実力を知らない。最強と呼ばれるだけの力があるのは分かるが、それがどれだけのものなのかを知らないのだ。

 だから多分、俺が信じろと言った言葉には重みがなかっただろう。知らない者が知らないものを語るなど、道化もいいところだ。

 もしも何もかも計算し尽くし、俺の行動すら読み切るような存在なら、俺は最強ゲーマー様にいいように使われた事になるか。仮にそんな化け物的存在なら、俺だけの動きだけでなくジブリールやステフの対応も読んでいることだろう。

 

 白が崩れた。エルキア、というか人類の危機と言って差し支えない。

 しかし、それこそおかしいと何故誰も思わないのか。

 白の機能不全は、少なくとも東部連合が原因ではない。仮にそうなら、今この瞬間にもこの国は終了のお知らせをもっと早くに知らされているはずなのだ。

 今この状況は、危機であれど窮地ではない。

 白のピンチは、まだ終わりではない。何も決着が着いていない以上、ゲーマーであろう者がクリアを見ずにゲームを諦めるはずはないのだ。

 まだ負けていない。負けて失うだけなら、白は最強と名乗るには弱すぎる。

 

 

 

 

 

 

 




遅くなって、その上短くてすみません。
かなり迷走してきている気がして来て少々難航しています。
それでもできるだけ早い更新頑張ります。


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ようやく彼は理由を見つける

遅くなってすみません。


 何も聞こえない。何も聞かせてくれない。俺はそんな感覚に捕らわれていた。

 白の為にしてやれることはないと、俺は自室に戻ったはず。そこで扉を開けて、入って、閉めた瞬間だ。

 俺の見ている、五感で感じている世界から現実味だけが隔離された。

 色が、音が、感触が無であるかのようになくなっているのだ。そんな体験をしたことはない。

 ……いや、一度だけある。

 この世界に来た時だ。

 あれは確かに体験した現実で、ならば今もそれと同じ状況だろう。

 ならば……。

 

「何か用か?――テト」

 

 姿が見えないとかならどうしようもないが、俺は当てずっぽうでベッドの上へと視線を向ける。

 

「やぁ、久しぶり」

 

 運がいいのか悪いのか。そこにはこの現象の張本人がいた。

「お前、一応神様だろ?暇なのかよ」

「ちゃんと神様だよ。そして残念なことに暇なんだ」

 やれやれだよねと、テトは胡座を掻きながら両手の平を天井に向ける。

 俺は別に神様の日常を知りたい訳でも、四コマ漫画で出版したい訳でもない。

 それを感じ取ったのか、テトは怪しさの伺える笑顔をつくる。

「この世界はどうだい?」

「さぁな。まぁ、面白いとは思うぞ」

「それは良かった。……でも、僕が良くないんだよなぁ」

 テトは体を後ろに反らせ、そのまま倒れ込む。背丈の分、ギリギリ顔は見えるが、視線は完全に天井を向いている。

「君達を呼んだのは、きっと面白くなるから。現に今も彼らは面白いことをしてると思うよ」

「ならいいじゃねぇか」

「うん、でもね?一人だけダイスを振らないんじゃ、面白くないだろう?」

 ダイス、サイコロ。

 何が言いたいのかは何となく分かった。

 この世界は盤上、すなわちボード。であるなら、テトはゴールでありラスボス。そこに向かうまでの道のりはゲームのマスであり、進む者はプレイヤー。

 例えるならこんなものだろう。それに当てはめるなら――。

 最短ルートを行く二人と、ダイスを振ることすらしないぼっちか。

 テトは楽しむために呼んだのに、何もしない俺がひどくつまらないと。

「勝手だろ」

「そうだね。僕は勝手だったし、君の勝手だ」

 だから――と。

 テトはくるりと立ち上がり、否、物理的に飛び上がり。空中に漂いながら言う。

 

「ゲームをしよう。――今、ここで」

 

 無言、というか唖然としてしまった。何こいつ、暗殺一家の生まれ?

 いや、驚くなという方が無理だろう。何せ目の前に現れたラスボスは、いきなり勝負を挑んで来たのだ。RPGなら即クソゲー認定なシナリオだろう。

 あっちはバケモノ、こっちは初期装備。うん、どうしろと?

 依然うんともすんとも言えない俺に、テトは笑いながら続ける。

「もちろんいきなり最終決戦じゃないよ。あくまでも個人的なものさ。神様としてではなく、一個人として、ね」

「いや、注釈されても意味わかんねぇから」

 第一勝てる訳がないだろう。空達にも言ったが、俺はゲーマーと名乗ることすら恥ずかしい凡人だ。それと遊戯神の対決?封印されし者でも呼んでこいよ。

「断るに決まってんだろ」

「話だけでも聞いてよ。悪い内容じゃないはずだよ?お互いに」

「既に黒塗り全身タイツの犯人くらい怪しいんだが」

 誰か名探偵を連れて来てくれ。そして難事件を、具体的にはこの状況を打破するヒントをくれ。無理ですよね、知ってます。

「まぁまぁ。コホン。先に賭け金を言っておくよ。僕が負けたら、――君の問の答えを教えてあげよう」

「…………」

 多分、これは悪癖だろう。言葉の裏を取ろうとする、俺の思考は。

 だが今その癖を何よりも宛にしている。

 こいつの言い方には違和感しかない。普通に「問いに答えよう」でいいはずだ。

 なのにそう言わないのは、そうする理由があるから。

 ……。まさか、な。

「……俺が負けたら?」

「君は僕の前では嘘をつかないと約束して貰う」

「ヘビィだな」

「そうかな?」

 そうだろう。

 つまり俺は、二度とテトにゲームで勝つ機会が来ない。ブラフ無しでどうしろというのか。そんなの空でも無理だろう。

 まぁしかし、俺がテトに挑まなければノーリスクと変わらない。究極的には意味がないし、なんならテトにマイナスがある。

 ならば何故、そこまでしてテトは勝負したがるのか。理由は、聞くべきだろう。

「何お前、そんなに暇なの?」

「生憎とね。それで、ゲーム内容は受け側に決定権があるけど、提案くらいはさせてもらうよ」

 俺は提案だけを了承する。恐らく狙いの本質はこのゲーム自体にあるのだろうと考えたからだ。

「ゲームは『宝探し』。君にはある物を探してもらう」

「あるもの?」

「『君が欲しているもの』さ」

「…………」

「ちなみに範囲はこの世界全体」

 俺は思考する。テトが現れた時点で頭を働かせていたが、もっと意識的に思考する。

 この宝探しは、意味が通らない。というか勝負にならない。

 俺が欲しいものが宝。だとしたら、例えば俺が「時計が欲しい」と言って時計を渡せば俺の勝ちになる。これではゲーム性すら疑ってしまう。

「その宝の証明はどうするんだ?」

「僕にそれを見せてくれればいい。それだけで正しいか否か分かるからね」

「俺の欲しいもの、なのにか?」

「そうだよ」

 なんの迷いもなくテトは頷き、断言する。

 嘘をついているかなんてものを俺は完璧に推察することはできない。だが、少なくともこんなゲームを仕掛けるほどテトは馬鹿じゃない。いや、ゲーマーじゃないわけがない。

 ならこのゲームにはゲーム性が、勝負の余地がある。

 テトの狙いは?動機は?その先に得るものは?

「…………」

 テトの言った言葉を全て鵜呑みにして、その上で仮説を建てるとするなら――。

 

「お前は、何を知ってるんだ?」

 

 こいつは神様、超越者だ。

「さぁね」

「…………」

 もしも、こいつは人の思考を読めたり、過去や未来を行き来できるようなぶっ飛んだ存在だとして。

 だとしたら、ゲームを楽しめるのか?いや、きっとつまらないはずだ。結果も過程も分かり切ったゲームなど、ただのアニメーションと変わらない。

 ならば、テトの狙いは?

 ダメだ分からん。それを推察できるほど、俺はこいつを知らない。

「テト」

「なんだい?」

「お前は、俺の欲しいものが何かを知っているんだな?」

「その理解で問題ないよ」

「そうか」

 聞いてもやはり答えは出ないか。

 ……しかし、ずっと気になることがある。

 テトが言った勝利条件と敗北した時の賞品。そのどちらも、俺から見た言い回しになっている。

 このゲームは俺が欲しいものを見つけ、俺の問いのテトが答えを教えてくれる。

 問い、答え、宝。共通点は、どれも俺を基準としたもの。

 このゲームのメリットは?俺には、とりあえず何かしらの問題が解決する。ならばテトは。

 ゲームができること?暇つぶし?

 それらしいが、推測の域を出ないのが痛い。

 神様とやるのだ。警戒しない訳には行かない。

 ゲーム内容の決定権がこちらにある以上、他のゲームでもいいだろうとも考えた。だが、それならテトは申し出を下げるだろう。

 テトの動機も不明だ。ならば――。

「悪いが、このゲームを受ける理由がない」

 それが結論。リスクどころかメリットすら微妙なところだ。やはり受けるべきではない。

「そう。それは残念だね。ところで、君は何故この世界に来たんだい?」

「お前が呼んだからだろ」

「いや、確かに僕は君を呼んだけれど、君は一度それを断っている。断って、それから自分の意思でここに来た」

「……」

「それは何故だい?」

 何故、か。確かに理由があった。まさか、今の今まで忘れていたとは。

 ……いや、忘れてはいない。

 俺はずっと覚えていた。その上で、どこか頭の片隅に追いやっていた。

 我ながらアホらしい。未だに覚悟みたいなものが足りていなかった。直視することを、恐れていたのだろう。

 これでは、ここに来た意味がない。

 そう思い出せば、忘れようとすらしていたものが思い浮かぶ。

 あの部屋、彼女らの声、顔。恩師の言葉、妹の存在。関わった依頼人。

 俺はその全てを捨ててここに来た。それだけの覚悟を持っていたはずなのに。

 申し訳なくなる。だから、すべき事をしよう。

 どうせ償いにもならないだろうが、それでも俺は考える。

 テトの思考を読むなんて離れ業はできない。だから推測できるだけの、確たる材料だけで判断する。

 そして――。

 ……俺がすべき事は。

 

「テト、条件変更だ」

「条件?」

 

 テトの動機はこの際どうでもいい。だが目的は分かった。

 ならばこの賞品設定に、テトは拘らない。

「俺が勝ったら、ある場所に連れて行って欲しい」

「……そんなことでいいのかい?」

「残念なことに、人類の足で行ける範囲ってのは狭いんだよ」

「そう。じゃあ、やるんだね?」

「ああ。期限は?」

「特にない。君がこれだと思うものを見せてくれればいいよ。ただし、チャンスは一度だけだ」

「おーけー」

 俺とテトは示し合わせもなく、自らの右手を肩くらいまで挙げる。

 何度かこうしてゲームをしたが、ここまでの緊張感を持ってするのは初めてだろう。

 

「「【盟約に誓って】」」

 

 たった一人の最終決戦が、割と早い段階で始まった。負けたらマジで最終決戦だったことになる。

 俺がテトに挑む機会は、二度と来ないからな。

 

 

 

 

 

 

 

 意識が戻ったというよりは、意識を認識したという方が感覚に近い。

 目の前にいたはずの神様の姿はなく、俺の周囲の風景も現実味を取り戻している。

 実はさっきまでのは全て夢でした、なんてオチはないよな?流石に立ちながら寝れるほど器用じゃないし。

 テトとのゲーム。俺はこれから逃げる訳にはいかない。

 退路は自ら絶った。負けたら終わり。ギャンブルの様な、勝負にもならない勝負だな、これは。

 テトの目的は、俺に何かを探させることだ。それを彼は俺が欲しているものと表現したが、その真意までは読み取り兼ねる。

 だが、テトがしたいのは俺との勝負ではなく、ゲーム。これで終わらせるつもりはないはずだ。何せこのゲームにはゲーム性が、いわゆる読み合いや駆け引きが存在しない。

 もしかすれば、俺はただテトの手の上で踊らされているだけかもしれない。

 俺はそれも覚悟でこのゲームを受けた。

 理由は?……諦めが着くから。

 負ければ俺がテトに勝つことはなくなる。俺が勝てば、色々なものに区切りがつく。どちらにせよ、デメリットは少ない。

 だから、まぁ。勝っても負けても、後悔はないだろう。

 

「「「―――!」」」

 

 突如として、城中に泣き声が轟いた。三人分くらいの合唱みたいになっている。

 よく分からないが、恐らく決着が着いたのだろう。

 俺はその足で、空達の元へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 




次こそ早めに出します。
感想頂けるとありがたいです。


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彼女は意外にも彼を見ている

俺ガイル新刊来たぁ!
新刊読んで、ノゲノラも読み返してたので更新伸びましたごめんさない。



 ひどく簡単な説明になるが、空白はゲームに勝利した。

 正直に言うとそれ以上に語ることがない。いや、ないこともないが、語るには俺が知らな過ぎる。ゲームの内容こそ知ってはいるが、全ては聞いた話なのだ。

 それでも分かっていることを整理すれば、エルキアに対しクラミーとフィーが援軍となることになって、その為には信頼が必要となる。

 故に我らが空は皆を集めて日頃の恨み辛みを語り合い、(わだかま)りを無くそうと会を開いた。

 と、まぁ、うん。分かった。なんとなくこうなるまでの経緯は理解できた。

 ……が、しかし、これはどうだろうか。

 集まった者の視線は全て俺に集まっている。理由は、ある爆弾すぎる発言から。

 

「その男、私達と裏で繋がっているわ」

 

 投下したのはクラミーだ。俺のポツダムは宣言すらできず、こうして非難の視線に晒されている。

 いや、非難ならまだいい。そんなものは慣れているからな。

 問題なのは、マジで怖い類の視線。

 つまるところ、ジブリールである。

「マスター。早々にこの男をゲームで負かしましょう。そして微粒子レベルにまで刻むことをお許し下さい」

 悪・即・斬も過ぎる死の宣告に、俺はひたすらな弁明を開始する。

 ……てか、なんでクラミーさんはこんなところで言うんですかね?蟠りを無くすためですか。

「まて、裏切ってはないから。そもそも俺は空達の味方をするとは一言も言ってない」

「つまり敵と。分かりました。今すぐ視認できない程にバラしましょう」

「どんな死人だよそれ。いや、そうじゃなくて」

 何を言っても無駄だろうと分かりながらもジブリールに抵抗する俺。マジで健気、というより可哀想。我ながら同情します。

 そんな俺たちに目を向ける残りのメンツ。その一人のステフは、まぁ予想通り嫌な奴を見る目をしているが、空と白は何故か微笑を浮かべている。

「お前ら楽しんでるだろ」

「えー?何がー?」

「……しろ、わかんない」

 ほんといい趣味してるなこいつら。

 恐らく俺の、というかクラミー含めた俺たちの動きは最初から分かっていたのだろう。分かった上で、それを利用した。

 比企谷八幡の立場を利用するなら、クラミーは必ず空達の情報を得ようと接触をもつ。ならば逆に情報を与えてしまえばいい。

 クラミーに対して空が与えたい情報だけを俺に伝えれば、既に操作された内容だけが伝わる事になる。だからこそ、空は俺に対して一度も東部連合のゲーム攻略の方法については語らなかったのだろう。

「良いように使われた挙句にミンチとか、泣く間もねぇよ」

「まだまだ使うつもりだからよろ〜」

「働きなくねぇなぁ」

 項垂れる俺を他所に、空は三度周りを見渡す。ジブリールとフィールの仲直りの義も終わっているため、残る問題は特にない。クラミーの素性もある程度知れたしな。

 そんなわけで会はお開き。とはならず、二次会のように皆は大浴場へ案内された。空曰く、裸のお付き合いらしい。

 流石に男性陣である空と俺は混浴する訳にも行かないため、前回ジブリールがエルキア陣営に加わった際に倣うつもりだ。それ裸の付き合いになるのか?

 着替えなどの理由から一度俺と空は別行動をとる。浴場に続く扉へとレディースが入っていく中、ジブリールが振り向いた。

「……ひき肉谷さん」

「まだミンチにするの諦めてねぇのかよお前」

 何か用があるらしいが、さっきの話し合いもあってあまり関わりたくない。助けを求めようとしたが、空は何故か扉の中へ入っていった。……え、え?は、行って行った?

「おい空何してんのお前」

「俺と白は離れられないって言っただろ?」

「いや、着替えとかどうする気だよ」

「もちろん目隠し」

「それでいいのか……」

「マスターがどう振舞おうとあなたに文句を言われる筋合いはないかと」

「そりゃそうだが」

 文句以前に倫理的にどうなんだ。というか、ステフやクラミー達はいいのだろうか。ジブリールはともかく、人間には羞恥心なるものが存在するはずなんですけど。

 ほいほいと手を振りながら進む背中が扉の奥へと消えた。ジブリールは扉を1度閉め、完全に一対一の体制をつくる。やばい、何されるんだしょ。

「一つ、内通の償いとしてお答え下さい」

 やはりクラミーの件か。これは俺が悪いのは否定できないが、実害がないならよくない?ダメですか、そうですか。

 それでもダメ元で俺は返すしかない。

「それに関しては空から利用されたで手打ちにしないか?」

「マスターが許そうとも、私が許しはしないので」

「マジか」

 これ、多分断ったら解剖コースだな。ゲームは絶対受けないけど。だから了承もしない。

 うんともすんとも言わない俺に、ジブリールはお構い無しに問う。どうやら拒否権はないようだ。

「今回行ったゲーム。――あなたは、最初から、マスターを忘れてはいなかった」

 さらっと流すつもりだった。過去形で表現したのは、本当にそれが過去に思ったことであり、今はその考え自体を変えようとしているからだ。

「YESかはいでお答え下さい」

「それは答えじゃなくて応えだろ。そもそも何を根拠に」

 誤魔化せるならそれでもいい。ジブリールが俺をどう思っているかは、彼女が空達に仕えることでどう変わったかは分からないが、敵対するには相手が悪い。できる限り穏便に済ませたいのが本心だ。

「思い返せば、あなたは一度も『ソラ』という名を知らないとは明言していません。更にあのゲーム開始の宣言。あの時恐らく、あなただけが、盟約に誓っていなかった」

「証拠は無いだろ」

 そう、彼女の言うそれらは状況証拠にすらなり得なく、記憶という曖昧なデータは俺を問い詰める要因になりえない。

 理解はしているのだろう。ジブリールは悪足掻きでもするかのように、だがそれを恥じる気はないように続ける。

「あのゲームは『存在を賭けた』ゲームです。自分の存在が奪われれば、その存在は無かったことになり、他者の記憶や意識からも消えます」

「その辺はルールを作ったお前とフィーだから証明できるな」

「はい。しかしこの世界の全てから存在を一時的にでも無くすことは困難を通り越して不可能。少なくとも、天翼種(わたし)森精種(あのムシども)では確実に。ならば方法は限られます」

 魔法を行使すること云々は俺にはよく分からないが、確かに世界中の生き物の頭を弄るのは一個人でできる限り範囲を超えているし、それ自体が盟約違反になるだろう。

「つまり、範囲を絞ればいい」

「その通りです。今回の場合、空様の記憶は空様が関与できる範囲内で存在消去が行われました。即ち、全人類種(イマニティ)とその従者から、と」

 だからこそ、全権代理者を含む人類種と従者であるジブリールは空を忘れた。これがルールであり魔法の範囲である以上、不思議はない。

「で、それがどうしたんだ?」

「このエルキアには例外がいるのです。ゲームに参加しなければという前提条件でなら、人類種でもなければ従者でもない者が――」

「……それが、俺だと」

 ジブリールは俺を、厳密には人類種ではないと仮定していた。さらにエルキア陣営に含まれていないと俺自身が明言しているし、空が俺に対して情報を隠していたことも知っているだろう。

 ならば、こいつにだけはバレる可能性があったということだ。気にしてなかったな、これは。

「それで問いが振り出しに戻るってことか」

「左様にございます」

 ジブリールの理論はゲームに参加していないことが前提となる。もし参加していれば、記憶改竄の対象になるからだ。

 逆説的に、俺が空を忘れなかったならば俺はゲームに参加していない、ひいては空達に協力しなかったと取れる。

 これはジブリールが良く思う話ではないだろう。答えによっては何されるか分かったもんじゃない。たとえば図書館出禁とかな。

 それは避けたいので、とりあえず様子見に移行する。

「んじゃあ仮に、俺がお前の言う通りゲームに参加していなかったとして。それに何か問題があったか?」

「いえ、マスターに負けはありませんので直接は影響しません。ですが、あなたの対応によっては、白様が苦しまなくて済んだ道をあった筈にございます」

 否定はできない。

 正直な話、俺は最初から最後まで空の存在を失ってはいなかった。だからこそ、俺は黙ったのだが。

 仮定の話だが、俺が一言白を肯定すれば、白はもっと早く答えに辿り着き、早々に部屋から出てきていたかもしれない。それは確率的にはかなり大きい結末だろう。

「にも関わらず、あなたはそれを拒みました。マスターを助けること、あなたは拒絶しました。だから問いたいのです。何故、手を貸して頂けなかったのかと」

 俺は肯定していないのだが、完全にジブリールの仮定が正しいこと有りきで話が進んでいる。まぁ否定もしてないからな。

「問いは一つじゃなかったか?」

「初めのは確認です。ちゃんとYESかはいでお応え下さいと言ったはずにございます」

「さいで」

 だからこれが本命だと。

 何故かと聞かれれば、答えてあげるが世の情けだ。が、しかし、答えれる気がしない。

 可能不可能という意味ではなく、ただ俺自身が、明確な理由があって断ったのではないと思っているからだ。頭で考えた理由と、行動の理念がどこかで食い違っている――そんな感覚がある。

 それでも答えなければならないか。ジブリールが満足はしなくとも納得できる理由を。

「俺が空の仲間じゃないからだ」

「…………」

 無言。ジブリールの目はただ静かに続きを促している。これ以上何を聞きたいのか。

 悪いが期待には添えそうにない。俺はただ言い訳じみた話を、用意していたスケープゴートのような言葉を口にする。

「俺にはそもそも空達に協力する理由がない。東部連合との直接対決はともかく、今回のゲームは完全にあいつらの受けた勝負であり、俺が関与すべきものじゃないからな」

 空には予め話したことだ。俺はゲームに積極的には参加しないと。

 これからある東部連合との一戦は、空からしっかりと出場の宣言を受けている為出なければならないが、これは出ないと俺の寝床がなくなるからという隠喩的な脅迫があったからだ。

 俺の言葉を咀嚼するように、ジブリールは少しだけ間を置いてから口を開く。

「……では、あなたの論法ならばこれから行うゲームには、参加するが協力はしない、ということでよろしいのでしょうか?」

「答える問いは一つだろ」

「償いも約束もない、ただ私一個人としての質問ですので、答えるも黙秘するも自由です」

「そうか」

 自由ならば適当でもいいだろう。ジブリールは黙秘することも止めてはいない。

 だが、ここは言っておくべきかもしれない。

 俺は空達やジブリールと仲良くしたいとか考えているわけではない。現状は仲間ですらないわけで。

 けれど進んで敵対したいわけはなく、なんなら適当な距離感でゆっくりしていたい。命懸けの勝負とかマジ勘弁。

「まぁそうだな。厳密には俺はエルキア陣営でもないし、ただの居候みたいな立場だ。一宿一飯の恩義はあっても一生一命賭けて戦う義理はねぇ」

「そうですか」

「ああ。けど……」

 しかし、事情が少し変わった。

 俺には現在やらなければならない課題があり、その為には少なからず戦歴が要る。ざっと、種のコマ全種類コンプくらい。

 そんなのは当然俺一人では無理だ。プロのぼっちが諦め早いなと俺自身思うが、俺はゲーマーでも何でもないんだし、全戦全勝とか無謀もいいところである。

「俺にも事情があってな。次のゲームは勝たないと都合が悪い」

 ならば早い話、空達を利用させてもらうことにしよう。あいつらなら簡単に神様の座まで上り詰めそうだし、そうなればテトの所まで行くのは確定だ。

 ここは小判鮫を見習って、楽して勝たせてもらおう。まぁ完全にヒモな生活しててこんな人生舐めてる発言は我ながらどうかと思うが。

「都合が悪い……。種のコマの影響を受けないあなたにどんなリスクがあると言うのでしょうか」

 ジブリールが嘘をつくメリットこそないため、本気で分からないのだろう。つまり俺がテトと会ったことも感知されていない、と。

 ならわざわざ懇切丁寧に話す必要はない。まぁ、元から話す気はなかったけど。

 確かに今回のゲームで俺は人類種からみて例外に当たることが分かった。空達と違って全権代理者でもないからな。当然種のコマが消えても俺の人権は多分守られる。

 だが、だからといってノーリスクなわけではない。

「あるだろ。損失を被る可能性」

「はて?」

 いつの間にかジブリールの圧のようなものが消えている。恐らく本題が終わっているからだろう。ならさっさと応えて会話もジ・エンドしましょう。

「空達が負けたら、俺の寝床が無くなるんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空からお呼びが掛かり、ジブリールは亜空間へと消える。俺もそれを追うように扉を潜った。

「よう」

「おーっす」

 何やら楽しそうにスマホを弄っている空の隣に、俺は柵を背にして座り込む。1枚隔てた向こうではレディース達が戯れていることだろう。

「空」

「どした?」

「正式にではないが、これでクラミーとフィーも仲間に入ったって事でいいんだよな?」

「まぁな。その為の儀式っつーか恒例行事だし」

 どうやらスマホの中身は画像編集らしい。何を撮ったのかは聞かないでおこう。

「それがどうかしたのか?」

「いや、ちょっと思っただけだ。それはともかく、少し頼みたいんだが」

「珍しい通り越して不気味だな」

「ひでぇ……。珍しいだろうが不気味ではないだろ」

「主観の話なら俺の主張こそ正義だ。まぁ、どうでもいいけど。んで何?」

 あまり人に頼らないのは良くも悪くもぼっちの性だ。だからそこまでよく知らない相手に頼みがあるというのは少々照れくさいものがある。

 若干の居心地の悪さを感じながら、俺は目線を合わせずに言う。

「俺も普通に風呂入りたいから、温度下げてくんね?」

「え、今?マジかお前」

 思わぬ返しだったようで、空はキョトンという表情をこちらに向けた。

「違ぇよ。後だ、後。他の連中上がった後に入りたいって言ってんだよ」

「いや、普通に聞いたらそうなるぞ」

「あぁ、そうか。悪い」

「まぁ気持ちは分かるから何も言わねぇよ。けど白の裸見たいとか言い出したらマジでぶっ飛ばす」

「おい自重しろよシスコン。つか違ぇし」

 かなり鋭利なブーメランが放たれた気もするが、スルーしましょう。

 興味を失ったのか、空は了承の返事を返すとまたスマホに視線を戻す。俺もそれ以上の用はない為、掻いた胡座を崩さずに天井を仰ぐ。暇だしスマホも自室なので、下らないことを考えながら時間を潰そう。

「なぁ比企谷」

「なんだ?」

「普通に風呂入んのもつまんねぇし、ゲームしねぇ?」

「俺に勝ち目ないから却下だな」

 ようやくギリギリのゲームに勝ったのに、またゲームの話かよ。あるいはそれでこその生ける都市伝説というべきか。

 ゲーマー兄妹は獣耳っ娘王国を征服するそうですよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




文が出てこない……。
納得できなくて何回か書き直しました。
遅くなってすみません。


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そして彼らは一度並び立つ

またまた遅くなって申し訳ないです。


 カポーン。

 何故そんな音が鳴るのか分からないが、俺たちが今いる浴場に銭湯のような効果音が谺響する。

 王様に頼んで丁度いい湯加減にして貰った大浴場のお湯は心地よく、特に疲れてもいないのに「あぁ〜」と思わず声が漏れる。

 まぁ、このあぁ〜は別の意味もあるが……。

「ほい、王手」

 何でできているのかは知らないが防水加工された将棋の駒と盤。ジブリールが用意したそれを浴槽の縁に置き、俺と空は何も賭けることなくゲームに勤しんでいた。

「つか、ゲーム案は却下したはずだろ」

「いいだろ暇だし。それに比企谷とはまだまともにやったことなかったからな、ゲーム」

「いや、一回だけあるぞ?チェスで」

「……は?」

 かなり前の話だが、なんとなく覚えている。ネットゲームで俺は一度、『  』というプレイヤーと勝負したことがあった。

 結果は引き分け。といっても俺が防戦一方でのスリーフォールド・レピティション、つまり千日手でドローに持ち込んだだけの泥試合だ。

 だがその事実とは裏腹に、空は立ち上がる程に驚いた。

「じゃあ何かっ!?お前があの――」

「――『ハチ』……?」

「どぉうわっと白っ!こっち向くな、両目クローズ!へいジブリールっ!」

「御意にっ」

 先程まで俺達がいた柵から顔を出そうとした白は、別次元の穴的な所から出てきたジブリールによって視界を奪われる。空曰く、白の前で18禁展開はご法度らしい。いくら風呂とはいえ、男二人が裸の付き合いはいかがわしい……か?むしろボーイズのラブった話っぽくて、それはそれでアウトですね。

 白が読んだ『ハチ』とは俺のプレイヤーネームだ。あのとき『  』と戦った時のことを、彼らも覚えているらしい。

「まぁ座れよ」

「お、おう。いやしかし、まさかとは思ってたが……」

「まさかって、名前以外の情報あったのか?」

 空の口ぶりから察するに、空は俺がハチであると最初から予想していたように聞こえる。だが2年以上前に一度だけ戦ったプレイヤーのことをわざわざ当て嵌めるだろうか?

「テトが呼んだ。それ以上のヒントもねぇだろ」

「あぁ……」

 なるほど、ゲーマーだからか。

 前に世間話程度に聞いたのだが、テトは負けて悔しいから空達を呼んだらしい。その件と合わせれば、他に転移者がいる場合そいつは自分達と同じくテトを負かすだけの実力があるゲーマーだと予測が立つ。もっとも、俺は違うのだが。

「しっかしそうなると、心強いな」

「何の話だ」

「空白と同等の奴がいるとか、いづなたんが可哀想って話だよ」

 いづなとは、確か東部連合のゲームプレイヤー(幼女)だったな。幼女に国の一大勝負任せるとか、あっちのお偉いさんはどんな神経してるんだろうか。

「いや、同等でも互角でもねぇだろ。さっきの将棋とかボロ負けだぞ」

「まぁそうだろな。比企谷と白は相性が悪かったってのもあるだろうし。んでも、テトがお前を呼んだってことは、何かしらあるってことだろ?」

「それがイコールで強いとは限らねぇだろ」

「違いないな」

 テトが俺を呼んだ理由は、面白くなるから。だがこれは明確化されていない内容だ。何がどうなって面白いのかは、まだ分からない。

 空白が打倒テトを目指してゲームをしている現在。俺はテトとの一戦、その決着の為だけに動いている。俺と彼らの利害は一致している。

 しかし……。

「なぁ、一ついいか?」

「ん?」

「なんで俺をゲームに参加させようとする?」

 しかし空達は俺の事情を、俺の目標を知らない。いやそれを差し引いても、エルキア陣営に俺を東部連合とのゲームに参加させるメリットは少ない。

「そりゃあ、勝つ為だろ」

「だとしたら、なんで四人なんだよ」

 そう、そもそもがおかしい。

 勝つ為なら一手分でも駒が多い方がいいのは理解できる。だがそれなら、ステフを含む五人で受けるはずなのだ。東部連合との交渉の際の話を聞く限り、その要求を通すことも可能だったはず。

「ステフ、使えると思うか?」

「……身代わりくらいには」

 一言で論破されましたマル。

 空からすれば、弱すぎる手札は逆効果ってことなのだろう。だとしたら俺も相当弱いと思うんですが。空達は言わずもがな、ジブリールも存在からして化け物。そんな中に一般人入れてどうすんだよ。

「つっても、俺もそんなもんだろうけどな」

「かもな。まぁその辺は参謀に任せとけよ」

 めっちゃ笑顔で肯定されたんですけど。

 空は言いたいことは全て言ったと言うかのように立ち上がり、浴場の出口へと向かう。

 その背中は決して強者が魅せるオーラが漂っているわけではない。もっと純粋な、俺とそう変わらないただの人間のそれだ。

 なのに彼は、彼らはきっと――負ける気は毛頭ないのだろう。

 語ることすらしなかった空に俺はそんな的外れかもしれない覚悟を感じ、ならばと、後を追うように風呂を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 風呂から上がると、空と最終的な打ち合わせをしたいとクラミーとフィーが王室で待っていた。

 空白はまだ調べたいことがあるらしく、白は先に隠し部屋の方へ移動を開始。空も許容範囲内で移動しながらクラミーと話している。

 そんな二人を側で見ているフィーと目が合った。

「何か用がありましたかぁ〜?」

「いや、ちょっと気になる事があってな」

 クラミーとの口約束は、どちらが不要と感じた時点で終了するという契約があった。

 クラミー達が空達に協力すること、ひいては互いの情報を交換することが確定したのであれば、あの約束はもはやクラミーにとって無駄な話でしかない。

 その事を話すと、フィーは不思議そうに小首を傾げる。どうやらあちらの中では既に決まっていた話らしい。

「それがどうかしたのですかぁ〜?」

「そうなると俺にコミルの実を届けてくれる存在が無くなるんだよ」

 俺はコミルの実がどこに生えているか、その具体的な場所を知らない。つまりクラミーとの約束がなくなると、俺はもうマックスコーヒー(仮)を作れなくなってしまう。イヤだ、絶対。

 というわけで契約延長とはいかないまでも、どこかしらでの妥協点が欲しい。

「それなら〜、いつもの待ち合わせの場所から更に北に行った所にあるのですよぉ〜」

「マジか。けどコミルの木って珍しいんだろ?群生するのか?」

「生える場所が珍しいというだけで〜、十分な水があればそれなりに多くできるのですよぉ〜?」

 なるほど。本で調べた時は群生と森林なんて記述はなかったが、希少なのは場所が限られているだけか。

「なら良かった。けど、大丈夫か?」

「何のことなのですよぉ〜?」

「多分だけど空の奴、何かしらさせるつもりだろ?」

 空は無駄な行動はしない。東部連合とのゲームに種のコマを賭けたのも、一石二鳥な理由があった。

 ならば、今回のゲーム。クラミーとの一戦にも不可解な点があり、その事が複数の事象に対応するものに思える。

「お前らを協力させるだけなら、わざわざあんなゲームをする必要がない。なのに危険を犯してまでしたってことは」

「何か狙いがある、ということなのですよ」

 詐欺師やメンタリストが本気で誰かに意識を向けたらこんな顔をするだろうか。フィーは騙し合いの駆け引きで、空の罠を見透かしたような笑みを浮かべた。彼女も何かしらを感じ取っていたらしい。

「心配はいらないのですよぉ〜。もしクラミーに何かあったら〜、私が全力で守る。ただそれだけなのですよ」

 一方的か相思相愛かは置いておいて、彼女らもまた信じ合い補い合うことで戦って来たのだろう。そして、それは恐らくこれからも。

 その事が少しだけ羨ましく感じ、俺は心にもないことを吐き出す。

「けど空達がお前らを罠に嵌めないとも限らねぇからな。もし遠出する事になったら空達の情報も少なくなるだろ」

「それはつまり〜、約束とは関係なしに密告者に興じてくれるってことなのですかぁ?」

 適当に合わせて会話を終わらせようとしたのだが、思わぬ返しに喉が詰まる。それを悩んだと取ったらしく、フィーは無言でこちらを見た。

 ……俺ではなく、俺がいる方向である。

「それはつまり、次こそマスターを裏切るということでよろしいのでしょうか?」

 冷たく告げる声はいっそ凍える程に寒気を漂わせる。寒すぎて百輪の氷の華が咲きそう。それなんて氷雪系最強。

 氷雪系どころかほぼ全属性チートランクの天翼種(フリューゲル)に向けられる敵意は化け物すぎる。

「いや待て、裏切ってないから。むしろ空達が裏切る可能性があるって話だし」

 まぁ空の場合はクラミー達がどう動くかを察した上で何かしらの仕掛けを打つのだろうし、そうなると裏切るというよりは誘導だろうな。

「もし何かあれば〜、さっき言った場所に手紙でも置いておいてくれればいいのですよぉ?偶になら見に行くのですよ〜」

「私の前で公然と密告の話をするとはいい度胸で」

「公然と密告とかいう得体の知れない状況は何だよ」

 一応協力関係にあるのだ。フィーもジブリールも正面衝突は避けているように思える。フィーはクラミーに、ジブリールは空達に迷惑をかけないようにと考えてるんだろ。

 噂すらしてはいないが、その二人もとい三人の話し合いは終わったらしく、クラミーはフィーの所へと戻って来た。

「もういいのか?」

「えぇ、大体は。あなたも大変ね。ゲームに出るんでしょう?」

「お前ら程じゃないだろ。こっちは戦力過多だから俺くらいの足でまといがいて丁度いい」

「無駄に胸を張って何を言っているのでしょうかこの男は」

 ジブリールの蔑んだ視線はスルーさせてもらう。直視したらかなりダメージ来そうだから。

 クラミー達は要件も終わっている。二人がこれ以上ここにいる理由はないため、彼女らは王室の出口へと歩き出した。

 やがて扉の前に着き、手を掛けた辺りでクラミーが振り返る。

「……ねぇ」

「ん?」

「…………。やっぱり、いいわ」

 そうクラミーは目を閉じて視線を切った。

 俺に対して遠慮するタイプではないだろうし、こう切られると少し気になる。クラミーは無意味な行動をするやつじゃないこともあるし。

 ……それに、俺らしくないかもしれないが、なんとなくクラミーが言おうとしていることは聞くべきではないかと思ってしまう。

「何だよ」

「別に、何も言うことは無いわ。……言っても、多分変わらないから」

「変わらない?」

「どうやっても、ね」

 完全にはぐらかしに入ったクラミー。それ以上言うつもりはないと分かれば諦めもつく。

 俺はそうかとだけ返し、クラミーもまたそうよとだけ言い残して部屋を出た。

 彼女に続いたフィーが俺に向けた見定めるような視線は、気付かなかった事にする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日常とは、常日頃と変わらぬ日だからこそ呼べるものだろう。

 唐突に何だと思うだろうが、要は日常足りえないものがここにあるという事だ。

 東部連合との一戦はいよいよ明日にまで迫った。役人共が協力し合って東部連合からの通達を遮断するというトラブルもあったが、ジブリールの極めて良心的な交渉と俺の確認により難なくを得たこともしばし。

 今更ながら面倒なことが始まると、憂鬱な気分が拭えない。俺は不満を飲み込むようにMAXコーヒー(仮)を流し込む。

 俺ができる範囲で調べた上で、やはり気になる点がある。空達はどうやって『血壊』なる荒業もとい裏ワザを攻略するつもりなのか。どう考えても勝てる気がしないんだが。

 まぁその辺は、あの読み合いのバケモノの領分だ。恐らく全てを読んだ上で勝ちにいくはず。ならば、やっぱ俺要らなくね?

 参加拒否が出来ないことは重々承知の上で、尚も俺は現実逃避に勤しむ。

 その思考と比例するかのように、カップは早々に空になった。

 

 

 

 

 

 

 




次回。対いづな戦、開幕。
また途切れ途切れの更新になると思いますが、どうかご容赦ください。


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出会いの感動もないまま彼らは盟約に誓う

短めです。
どうしても区切り良くしたかったので。


 よく晴れた日。天気に反比例するかのように下がる俺の気持ちは文字通りにブルーだ。

 本来お呼びじゃないであろう俺は高らかに宣言された戦争へと同行する事になっている。それはもう否定も拒否もできないところまで来ているから、まぁ諦めるとして。

 ……なぜ反感に燃える国民の波を正面突破する。空にも考えがあるのだろうが、これ一国の王としてどうなんだよ。

 そんな至って一般な意見が届くはずもなく、エルキア陣営を乗せた馬車はゲーム会場へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目的地にてステフを含む俺たち五人を迎えたのは、ゲームの結末を望むエルキア全国民と東部連合の代表であるところの初瀬いのと彼の孫娘、初瀬いづなだった。

 案内された部屋には五台のメカニカルなイスがあり、これがゲームマシンなのだと直ぐに理解できる。

 そして空達ひいては俺たちを睨みつける視線が二対――いのといづなのそれだ。

「よ〜う、いづなたん。久しぶり」

「……ゲーム、しよ……?」

「――負けねぇぞ、です」

 軽い兄妹とは釣り合わぬいづなの目には、明らかな敵意と覚悟が伺える。その事が、やけに気に障る。いや単に気になるだけかもしれない。

 誰にでも事情があり、義務や責任がある。だから時として誰かと敵対すること、あるいは集団から孤立することは決して間違っていないと俺は思う。そしてそのどちらにも、大小はあれど覚悟がいる。覚悟があればいいと言えるほどの極論は言わないが、それでも覚悟した故の選択を俺は否定しようとは思わない。

 しかしだ。今目の前にいる彼女に、その覚悟は必要なものなのだろうか。

 そんなどうしようもなく意味のない仮定が頭を過ぎり、通った足跡がじんわりと残って離れない。

「どうかしたので?」

「……いや、なんでもない」

 一歩分空達が前に出たことで、形の上で隣合っていたジブリールの声に俺は思考の渦から一度帰還する。だがやはり、飲み込めない何かが残った感触はあった。

 我に返って視界に意識を向けると、いづなの睨みつけるような眼光が俺に向いていることを知る。

「あぁ、紹介とかしてなかったな。いづなたん、あいつは八。今日ゲームする相手の一人な?」

「……はち、です?」

 名前っぽくないからだろうか、それとも偽名のようだからか。いづなは目力をそのままに小首を傾げる。

 というか、その紹介ってどうだよ。

「八?八って俺の事?俺には比企谷八幡という名前があってだな」

「マスターの希望です。いっそ改名されては?ハエさん」

「頭文字しか合ってねぇし、どうせならハチだろ」

 いや蜂も嫌だけどね。そして酷くねジブリールたん。うわ、似合わねぇ。

「どうでもいいのでさっさと準備されてはどうでしょうか、アリさん」

「ついに母音しか原型がない。というか原型もねぇよ」

 そろそろ名前覚えてくれてもいいと思うんですが、どんだけ興味ないんだよ。

「ひき……はちまん、です……?」

「長いだろ?だから、八」

「いや、ジブリールと比企谷って文字数変わんねぇと思うんだけど」

 なんなら長音含めたら俺の方が文字数少ないまである。フルネームなら圧倒的に負けるけど。

「あー、よろしくな。えっと、いづな?」

「…………」

 小さいな世論はとっくに結論を出しているため、俺は比企谷八幡の呼び名論争を諦めていづなに向かった。歳下とはいえ失礼がないように接したつもりだが、帰ってきた視線は冷たい。俺なんか悪いことしましたか?

 まぁいづなの向ける敵意の理由のおよそ全てが空達の所為なので、俺は睨まれたことを抗議するように空へと視線を移す。空はそれを軽々スルー。

 初瀬いのと向かい合った兄妹はお互いの要求――大陸領土と『種のコマ』をかけることを確認し合い、いのの指示で機械的な椅子へと腰を降ろした。俺とジブリールもそれに続く。

「それでは、始めさせて頂きますかな」

「お〜けぇ」

 ステフも空気を読んで部屋を出ている。今はホールのどこかでモニターの見える位置にいるだろう。そして恐らくクラミーたちも。

 椅子に座った五人は示し合わせもなく片手を上げる。これがこの世界、ゲームする為のルールだ。

「【盟約に誓って】」

 重なる声が絶対的なルールへの同意を確認し、いのはTVゲーム機を操作する。

 駆動音が今いる座席の裏から響き始め、これからいよいよ幕が開けるのだと自覚させられる。ほんと、帰りたい。

 一応俺の行動にも三桁超えの人類の存亡が掛かっている。……一介の男子高校生には少々荷が重いんですけど。

 だからではないが、何となく俺は視線を隣に向けて四人を見た。

 一つ隣のジブリールは、ただ目を閉じて時を待つ。

 その先にいる白と空は、互いに伸ばした手を結びながら、空がいづなに何かを告げているようだ。

 そして俺から最も遠い位置のいづなは、何を見るでもなく瞳を曇らせながら、ただ彼の言葉を聞いていた。

 彼らの間でどんなやり取りがあったのかは分からない。だが、いづなの浮かばぬ表情からそれが決して彼女にとって軽々しい何かではないことだけは察せられた。

 問うたのか、あるいは答えたのか。どちらにせよ、空の言葉を聞いたいづなの心境を俺に知る術はない。それでも問題ない。

 俺が今すべきことは、与えられた役割を果たすことだ。空という脚本家のシナリオに従い、全てを支配せん程に読み尽くした彼のビジョンを現実にする。それが結果的に、勝利へと繋がるはずだ。

 俺が誰かに従って動くなど、現世にいた俺を知る者に言ったらどんな反応をするだろうか。多分信じないだろうな。

 それ程までに、今俺がしようとしていることは俺らしくない。その自覚はある。

 らしくない事をするとロクなことがないと言うが、今回は仕方ないだろう。と、俺は何より自分に対しての言い訳を用意する。

 負ければ人類が実質滅亡。空達の権威が無くなれば俺の今後も怪しい。いくら人類種(イマニティ)じゃないとしても、住む場所も無くなるのでは生きていける気がしない。

 だから、自分可愛さに俺は俺の信念を曲げよう。別に大したプライドも持っているわけでもないからな。

 拘ることに拘り過ぎない。このゲームに勝てるなら他の勝負に負けてもいい。そうすることがたとえ消去法だろうと妥協できる選択ならば、俺は喜んで負けてやる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「負けた。……人類は今、終わった……」

 絶望を絵に描いて、更にコピペして100枚印刷したレベルで空は嘆いた。

 ゲームとは本当にゲームの中に意識を投影するものらしく、さながらVR世界の体現だった。ルールはデスゲームかな?だとしたら救いがない。週末には少し早いが誰か救ってください。

 本当に救いがない、というか救いようがないのが現状だ。

 意識だけが転送された擬似世界はさながら東京。都心特有の高層ビルと舗装された道路。アイドルや有名店らしき広告が液晶を流れる、日本人がよく知る日常のような風景だ。差す陽の光には見覚えすらあるのではないかと思えてしまう。

 だがその眩しさに、ニート兄妹は早々に打ちひしがれる。

「どうすんだよこれ」

「ごめんなさいまさか東京がステージとか想定してませんでした俺のミスですというかもう勝ち目もないっス人類終わりましたごめんなさいごめんなさい――」

「……にぃ、どこぉ……?ひとり、に……しない……で?」

 兄も妹も完全に戦意喪失通り越して意気消沈。土下座を繰り返す我らが王様は、もういっそ哀れだ。ステフやクラミーたちも画面の前で絶望していることだろう。

 こうなってしまってはもう現実にいたときの余裕はない。実質俺とジブリールだけで『血壊』持ちのいづなを倒すことが必須になってしまった。しかも、ジブリールは一度タイマンで負けている。

「マジで無理ゲー」

「それでもやる以外の――いえ、勝つ以外の選択肢はございません」

「え、本気で言ってる?」

 不甲斐ないマスターの惨状を見て尚、ジブリールの意思は変わらならしい。むしろ更に強固になった節もある。

『  』(マスター)に敗北はございません。なれば、たとえマスターが動けずとも勝利を掴むことこそ私の務め」

 これはもう下僕の域を超えている気がする。それ程までに、彼女は彼らに対して思うことがあるのだろう。確かに、今までの常識を全部ぶっ壊したような存在だからな。神の如く崇拝しても不思議はないか。

 これから始めるゲームの詳細はまだ分からないが、空達が戦闘不能になってもやはりすべき事は変わらないらしい。もう逃げられないし、ジブリールに何されるか分かったもんじゃないからな。

 俺は俺らしく、らしくない勝利を目指す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―other side―

 

 

 ゲーム画面を見つめる獣人――初瀬いの。

 説明のために用意されたルールブックへと手を伸ばす彼に、部下の一人が声を掛けた。

「いの様。至急これをと、巫鳫(かんながり)から」

 手渡されたのは一通の手紙。巫鳫(かんながり)からとなれば、やはり巫女からの通達だろう。

 そう察したいのは直ぐにそこ便箋を開けて内容を確認する。そこには至ってシンプルかつ重要な内容があった。

 

『あの腐った目には気ぃ付けな』

 

 やや癖のある話し言葉で書かれているのは、それだけ彼女が急いで伝えようとしていたという事。いのはそれを瞬時に感じ取り、カメラの1フレームに映る孫娘を見つめる。

 そして――

『いづな。あのアホ毛の男は警戒しろ』

 常人には認識不能の声がいづなに届いた。

 いのは巫女からの手紙を再度、彼女だけに聞こえるように読み返す。

 返事はなく、ただ銃を低く持ったいづなは静かに首肯した。

 それを確認し、いのは騒ぎ始めたエルキア陣営(はげザル共)を見る。そして、今度こそルールブックを手に取った。

 

 ―other side out―




いづな戦開始とか言いましたが、まだ始まらないですね。ごめんなさい。
次こそ本格的にやり合います。


余談、でもないですけど。
本作を読み直して気付いたのですが、『こうして彼の二周目は始まる』にて。
ジブリールと八幡の序盤のチェス対決が『2ゲーム目はジブリールが勝った』となっていました。
一応三戦して引き分けなので、ジブリールの二戦目が勝ちだと話が合いません。なのでその辺、少し修正します。
別段大きく直すわけではないので、気にして読み返さなくても大丈夫だと思われます。
申し訳ありません。


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二人―ペア―

 良いニュースと悪いニュースの二択を迫られたら、人はどちらを先に聞こうとするだろうか。

 俺は悪いニュースから聞く。プラスマイナスしてマイナスだったら良いニュース聞く意味ないからな。それにガッカリするし。

 ただ、この仮定はあくまでも良し悪しがある程度予想できた上での話だ。故に全く読めない状況下では、俺自身どちらから聞こうとするかは分からない。

 現状、俺たちは追い詰められている。エルキア陣営最大のピンチがほぼ初っ端から訪れたのだ。最初っからクライマックスというやつかな。

 余裕は端から無い。そんな状態で聞かされたのは、取り敢えず朗報――ゲーマー兄妹の復活だ。

 仮想世界であるここはフィードも全て仮想であり偽物。つまりここは東京ではなく、東部連合から見ればSFに近い設定らしい。

 リアルでなければ問題ない。暴論にも聞こえる理論で復活を遂げた空と白。どうにか息をふきかえしたチームエルキアは、ようやく詳細を知らされたゲームに挑む。

 内容は差詰めGGO――ガン・ギャルゲー・オフライン。……もうこれだけで伝わって欲しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シューティングゲームにギャルゲー要素を設定だけねじ込んだようなゲームに、空たちは嬉嬉として、他からすれば危機として明け暮れる。

 いのから受けた説明は基本的なものだけであり、チュートリアル的なものは各々が本番中に行っていくということで話がついた。

 白の情報では、射速とかは言われても分からないから飛ばすとして、跳弾することが一番の特徴らしい。

 あと理解必須のルールといえば、ジブリールが魔法使用不能ということ。これでエルフから連勝し続けた理由が分かった。

「体力とか身体能力は現実と変わらないみたいだな」

「あぁ。走るのはなるべく避けよう。な、白?」

「……コクっ」

 一応ジブリールの反則的な身体能力は物理限界に設定されているらしい。『血壊』と渡り合うのは、一対一じゃ無理かやっぱり。

 一通り調べ……というか空が主に遊んでルールを把握した。そろそろ本格的に試合に望むべきだろう。

「作戦はあるのか?」

「まぁ、それなりに。八も協力してくれる?」

「必要ならな。つっても、俺にお前や白みたいな射撃センス求めんなよ?」

 俺の動体視力や射撃練度は本当に一般人並みだ。基礎的な体力や筋力は空よりあるだろうけど、テクニック面に関しては精々祭りの射的で当てるくらい。もう少し練習すれば上手くなるかもしれないが、そうも言ってられないだろう。

「おーけー。んじゃ八は白に同行な。弾除けくらいにはなる、だろ?」

「任せろ」

「本来頼りになるはずのセリフを、何故こうまで卑屈に言えるのでしょうか」

「ジブリールは、取り敢えずフリーで」

「御意に」

 自由とは言ったが、ひとまずは空と行動を共にするようだ。ツーマンセルで二組に別れる形か。

 このゲームは東部連合のホームであり、フィード内やルール内にどれだけ反則が仕込まれているかは分からない。少なくとも、俺達の声は丸聞こえだと覚悟しておいた方がいいだろう。作戦も話せば筒抜けだ。

「じゃあ、白。そっちは任せた」

「……んっ……分かった」

 それは空達も十分に理解しているらしい。何一つ具体的な話はなかったが、これから何がすることだけが無言で通達された。

 一瞬だけ外した空の視線は直ぐに正面を向き直し、俺たちは二組に散開する。隣の白も無言だが、何か聞くのは愚策だろう。

 今は彼らに委ねる方が得策だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 天頂を過ぎた日は傾きながらもその輝きを弱めることはない。時間的には午後の始まりといったところか。

 ビル群の間を、俺と白は急ぐことなく歩いている。隣合ってはいるが、ルートは白が決めているので俺は歩幅を意識的に小さくしていた。

「……ここ」

「ん?」

 ふと立ち止まった白は俺のいる右側を向き、だが目線はその先を捉えている。

 大きめのビルだ。具体的な長さは分からないが、雪ノ下が住んでいるホテルくらいあるか?

 白がここだと言ったのは、目的地に着いたということだろう。そして十中八九、ここにいづながいる。

「一応、聞いといていいか?」

「……な、に?」

「……この作戦、どっちが考えたんだ?」

 俺は咄嗟に、分かり切った質問に切り替えた。今頭に浮かんだ一抹の不安は、声にしてはならないと知っているから。

「……にぃ……だ、よ?」

 白も、知っているはずのことを聞かれて戸惑い気味に答えた。すまない、ちょっと緊張しているらしい。

 そうかとだけ小さく返し、俺は大きく息を吸い込む。

 二人と別れる寸前、空は明らかに意図的に視線を外した。あれは何かを示していたに違いない。

 白とこのビルに着くまでに歩いた道のりは、かなり複雑に右折左折を繰り返した。撹乱と時間稼ぎが狙いだとすれば合点が行く。

 空が見たのはこのビルとその方角。白はそれを読み取り暗記し、ここまで迷いなく辿り着いた。空が作戦を立てたのなら今から始める襲撃にも勝算が、最低でも何らかの狙いがある。

 そこまで考えて、俺は閉じていた目を開いた。

 別に空を信用しているわけではない。これはただの打算から来る確信だ。

 最強ゲーマーなる彼らの考えに俺が及ぶはずがない。だから俺がここであれこれ考えても意味がない。

 喜ばしくはないが、精々手足になって働いてやろう。……いや、働きたくはないんですけどね。

「んじゃ、行くか」

「……んっ」

 小さく首肯した白と俺は、ほぼ同時に一歩目を踏み出す。まるでその動作を待っていたかのように、事態は動いた。

 突如として頭上から鋭い音が鳴り、見上げた先からはガラス片が落ちてくる。

 だが俺と恐らく白も同じく、見つめる先は割れたガラス窓ではない。

 あの小さな窓から、彼女が現れた。

「いづなっ」

 漏らした声は意味を持たず、俺はただその場に立ち尽くした。もはや銃を持ち上げようとも思わない。

 何故なら、彼女は俺たちを狙ってはいないからだ。

 勢いよく飛び出したいづなは、ビル群の屋上を足場にしながらある一点へと一直線に進んで行く。

「……にぃ、の……方角……っ!」

「おいおい……」

 俺の予想した当たって欲しくない不安は、盛大なフラグとなった。それともただ空の事を過大評価してしまったからか。

「いづなは序盤、様子見して来るんじゃねぇのかよ」

 でなければこの強襲作戦は発動すらできない。それこそ今のように。つまり白と俺がビルに攻め込む時点で、いづなの戦法は初手様子見であることが最低条件だった。

 空なら、あの心理誘導のスペシャリストならそのくらい読んで当然だろう。むしろこうして外したことの方が驚きだ。

「……にぃが、読み間違えた……?……ち、がう……多分、そうじゃなくて……」

 微かな声を紡ぎながら自問自答する白。空がミスった理由は、確かに気になる。

 だが今はそれどころじゃない。いづなが動いたのなら、まずはその対応だ。多少予定が狂っても、ゲームオーバーよりマシだろう。

「……多分……にぃの知らない、何か、があった……」

「かもな。んで、どうする?」

「……責めない、の……?」

「時間の無駄だろ。ゲームが終わってから皮肉のひとつでも送っとく」

「……」

 それきり白は黙る。返答を失ったとか、返しに迷ったとかではないだろう。今彼女は、彼女がすべきことを思考しているはずだ。俺もできることはしないとな。

 まずは現状か。いづなは空を狙って移動を開始した。ジブリールもそれを見てるだろうから、今あっちでは実質二対一の構図。つっても、分が悪いだろうな。

 俺たちといえば、これから援軍に向かうとしてどれだけ時間が掛かるか。最短距離を行っても……。空達がやられる前提に動くか?いや、ジブリールがいないと味方を取り返す術が無くなる。基本ステータスが一番高いのはアイツだからな。

「……にぃ、なら……逃げれる」

「えっ?」

 それはもう実写されたギャンブラーか新世界の神くらいの「えっ?」だったと思う。

 俺の隣で、空なら大丈夫だと白はそう確信めいて告げた。

 確かに、空ならやれるかもしれない。白が信じるのも、きっとただの信頼から来るものだけではないだろう。今のは経験とか、性格や考え方を理解しているからこそ言える言葉だ。

 しかし、大丈夫ではないはずだ。

 今彼らが追い込まれているのは間違いない。空の思考に余裕はあっても、少なくとも劣勢なはずだ。ならば、最悪のケースを想定すべきだろう。

「分かった。けど一応俺も加勢に行く。白は取り敢えず隠れててくれ」

「えっ……」

「体力温存だろ?必要だと思った時だけ動けよ」

 言い残すかのように、返事も待たずに俺は駆け出した。白なら止めるだろうからな。

 これは俺の独断で決めたことだ。だからもしこの選択が凶に転んでも、悪いのは俺だ。だから彼女に責任はない。

 それと白には悪いが、空は一度読み間違えている。一つのミスで全てが狂うなんてことはよくある。

 だからまずは、体勢を立て直すべきだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ― other side ―

 

 

 

(にぃなら、大丈夫)

 自己暗示にも似た思考を、彼は間接的に否定した。

 今空が大丈夫であるかを論理的に証明する術は、白にはない。あるのは今までの膨大なデータと信頼だけ。故に、不安もある。

 その不安を見通したかのように、彼は駆け出した。助けに行くと。

 止めることは出来た。後頭部に弾丸を当てるなど造作もない。

 ……けれど、しなかった。

 ここでの判断は、空から白に任されている。その白は、八幡の判断に乗った。

 大丈夫だと信じていても、分かっていても、不安はある。

 あの空がミスをした。どんな不確定要素があったのかは分からないが、その事実は否定できない。

 だから――。

「……にぃを、助けなきゃ……」

 遅れながらに白も、ゆっくりと歩み出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くっそッ……」

 桃色の弾丸が交差する、とあるビルの屋上で空は悪態をつく。

 それはいづなの動向を読み違えたことに対してではない。単純に、このパワーバランスが歯痒かったのだ。

「分かってはいたが、ここまで違ぇのかっ」

「マスター、後ろです!」

 ジブリールの声にギリギリのところで反応し、空は半身になった背中で通過する弾丸の気配を捉える。

 天翼種(フリューゲル)獣人種(ワービースト)。人類では足元にも及ばない超上級の戦闘の中で一人、空は紙一重の足掻きを見せていた。

 狭い路地では人数の強みが活かせない。徒歩での逃走を諦めた空は広い表通りに出る。

 とはいえ、ここから逆転の策があるわけではなかった。

 ジブリールといづなのタイマンなら、まだいい勝負ができたかもしれない。だが、前者は空を庇いながら戦っている。基本スペックで勝ろうとも、一手一手の合間にできる判断の余白がその差を埋めてしまう。

 かといって、空がいづなから純粋な足の速さで逃げられるはずもない。

「これは、きついな」

 思わず弱音が漏れる。これは精神的支柱の一つである白が傍にいないことも少なくない。

「……ここで殺る、です」

「これはこれは。小さいがために的の絞れぬだけが利点の小娘がよく吠えますね」

「負け惜しみか、です」

「はて、負ける気など毛頭ありませんが?」

 空といづなを結ぶ線を切るように立つジブリール。空の状態を鑑みた上で、彼女は時間稼ぎにシフトを変えた。

 だが、そう長く続くほどいづなは甘くはない。

「こっちだって、負けねぇ、ですっ!」

 低い体勢から地面を蹴り、ジブリールの横を最小限の動きで抜き去るいづな。ジブリールはそれをいち早く察知し、先読みしたルートへとトリガーを引く。

 耳に届いた司令塔の声に反射的に応え、いづなはそれを回避。弾は虚しく地面で跳ねた。

 この間、約2秒。肉眼でギリギリの残像を捉えた空は着いていた膝を地面から離し、再度臨戦態勢を取る。

「小賢しい限りで」

「……それだけなら余っ程楽だな」

 空の体力は限界が近い。にも関わらずまだいづなは切り札を残している。

 まさしく絶体絶命というものだろう。

 背中合わせに銃を構える二人は、一度身を潜めたいづなの影を探る。そう長くは続かないはずだ。声に出さずとも、二人はそう確信していた。

 あちらは残る二人が来る前に仕留めたいと考えている。だからこそ、必ずもう一波来る。

 緊張と疲労から額を濡らす汗が空の頬を伝い、やがて地面に落ちる。ここまで連続してダッシュ運動を繰り返したのだ。人なら誰でも呼吸が乱れるだろう。

 少しずつ、確実に酸素を取り込む息のリズムが休符を増やしながら続く。ゆっくりとした肩の上下は収まり始め、グリップを握りしめる手には力が入って来た。

 ――そういった休息にも近い時間の最中には、心の隙ができる。

 地面を蹴り、ジブリールと空の間を割るようにして位置どった彼女が飛び出す。

「だからこそ、来るよな?」

「二度もマスターの虚を突けるとお思いで?」

 だが、いづなを待っていたのは二発の弾丸である。

 常人ならざる反応と予測によって、空とジブリールは強襲を回避した。

 辛うじて難を逃れたいづなは、左右に揺さぶりを掛けながら的を散らす。ジブリールが撃ち落とさんと引き金を引くが、空は何かを待つように辺りを見ている。

「無駄弾撃たせるのが狙いだ」

「ご心配なく。ここに来るまでにNPCを何体かヤっていますので」

 並ぶ二人の周囲を小刻みに地面と接触しながら移動するいづなは、ここ一番の攻め手に悩んでいた。流石にジブリールの裏をかくのは至難の技といえる。

 逆に空達にも余裕はない。ジブリールのセリフから残りの残弾をカモフラージュさせてはいるが、長くは持たないだろう。この拮抗した状態が終われば、いよいよ撤退の機会は薄れてくる。

 互いに焦りを覚え始めた均衡状態の中、いづなの元に届いた知らせが天秤を大きく揺らす。

「来る、です」

 激しい銃撃戦に身を投じるいづなは、最も警戒すべき男の接近を知った。

 

 

 

 ―other side out ―

 

 

 

 

 

 




いづな戦、ようやく始まりました。
年末年始にちょくちょく書いていけると思います。


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誰一人として足掻くことを止めはしない

もう初詣なんて行かないなんて言わないよ絶対。
どうも、初詣に行ったせいで風邪気味の江波界司です。
今年の幸先が悪過ぎて笑えてきました。
遅ればせながら、新年明けましておめでとうございます。


 頭をフル回転させながら走る一方で、焦りを覚えていた俺の思考は静かに澄んでいく。

 恐らく東部連合に対して俺達の行動や音声、ひいては作戦の全てが筒抜けになっている。であるなら、あの場でいづながプランを変更しても何ら不思議はない。なんならそれすらも空は読んでいた可能性が高いまである。

 となると、俺はかなりの足でまといをしていることになるな。申し訳ない限りだ。

 だが今更引き返す方が非効率だろう。俺は速度を殺さずに銃声の響く地点へと急ぐ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんで、まぁ着いた。うん、なんか軽いか?

 相手が相手なだけに一瞬たりとも気が抜けないだろうと気構えていたのだが、俺は思いの外脱力していた。それも仕方ないだろう。

 ビルの影に背中を預けながら隠れ、そっと顔を出して横目に人類を視認する。

 逆に言うと視認できたのは空だけであり、あとは残像拳使ってんのかと思う程にぶれまくった人影だけ。あれがジブリールといづななのだと思うと、マジで別次元過ぎて逆に落ち着いてしまう。

 さてどうするか。見た限り、空達が優勢には見えない。ジブリールも空をカバーするように動いている、と何となく思う。多分、そんな気がする。

 俺一応助けに来たんだけど、これ何すりゃ良いの?邪魔しかできない気がするんだが。

 わざと派手に登場して気を引いても、速攻撃たれて手駒になりそうだ。それに俺が今ここにいることはいづなに知られているはず。下手な奇襲はできないな。

 ならば援護射撃か。いや、俺より断然プレイセンスのある空ですら今は銃を構えるだけなのだ。俺に空以上のことができるはずない。

 熟考している場合でないことは百も承知だが、何もできそうにないのに何かしなければならないというジレンマが行動を躊躇わせる。

「…………」

 もう一度顔を出して彼らの立ち位置を確認する。

 空が移動した様子はなく、事実上ジブリールといづなの一対一といったところだろうか。今はある種の均衡状態にあるな。

 大きく息を吸い込み、脳に酸素を送る。少しだけ思考に余裕ができた。今すぐにどうにかな訳ではないと分かっただけでも変わるものだな。

「ふぅ……」

 俺が今できることは、なんだ。そしてすべきこと、優先すべきこと。打開策、秘策、奇策。誰の?誰に対する?

 自問自答を繰り返し、感覚的には一時間を超えた三十秒を経て、俺は銃を強く握り直す。

 そして、大通りへと足を踏み入れた。

 わざとらしく響かせた足音に、多分三人の意識がこちらへ向いたはず。

 銃を両手で構え、狙う一点へと向け――ない。

 銃口の先は大まかな地点だけで、狙撃も何もない。

 どうせ俺の読みは読み返される。ならば狙わずに撃てばいい。よくある思考を読む系の強敵対策だ。

 当たるなよ。

 ただそれだけを願いながら引き金を引いた。

 どこを狙うとなく放たれた弾丸は、ただ虚しく通過する。まぁ、だろうな。

 ジブリールが躱せるのならいづなにもできないことはないはずだ。

 そう分かった上で、更に射撃を続ける。やはり俺の一撃が命中することはない。

 ジブリールといづなに俺が加わり、銃撃戦は一層激しさを増していることだろう。

 そんな入り交じる射撃音の中で、一際異質な行動が目に入った。

 空が、ボムを地面に投げつけたのだ。

 爆散する音と煙が彼の周囲を包み、人影すら視認を困難にする。ここがチャンスということだろう。

 俺は射撃を止めず、やや射線を上に傾けながらトリガーを引く。俺に見える見えないは関係ないからな。空にさえ当たらなければ良し。

 桃色の穴が数発分できた瞬間、空が煙の監獄から脱出する。彼はそのまま路地へと疾走した。

 ここでようやく射撃を止め、俺も空と合流するように右手路地に走る。

 体が完全に大通りから外れた頃には既に表の発砲音は止んでいた。いづなが撤退したか、それとも追撃に動いたのかは分からない。

 ビルの隙間を縫うように走りながら、三度目の曲がり角で空と再会した。

「よう。無事か?」

「はぁ、はぁ……。無事に見えるかよ」

「瀕死ではあるな体力的に。んで、どうする?」

 肩で息をしている空に背を向け、辺りを警戒しながら問うた。いづながまだ退いていない可能性は高いからな。

「取り敢えず、白は?」

「別行動中だな。ここまで走ったし」

「そっか。んじゃあ、いづな次第だけど……」

「マスター、あちらは姿を隠しました」

 至極当然のように飛来してきたジブリール。飛べないはずだが、ビルを伝うようにして勢いを殺しながら降りて来たらしい。それ摩擦熱とかどうなるんだ?

「退いた、ってわけじゃなさそうだな」

「恐らくまだ狙っているかと」

「初手様子見っていうお前の見立てはどうなるんだよ」

「最初からこの選択肢もあったさ。まぁそう選ばないとは思ってたが」

 後からならいくらでも言えるだろうとも思う。が、こいつなら本当に読んでそうだから否定はしないでおく。

 優先すべきは今だ。優劣は、どちらに傾いているだろうか。

 ……いや、それ以前に。

「つか、このままだと白が危なくねぇか?」

 いづなが散開した所を狙って来たのは間違いない。戦力的にそれが有利だと確実に言えるのは事実だからな。

 白は今一人だ。こうなると狙われる可能性で言えば合流した俺達よりも白の方が余程危険のはず。

「狙われるかって言えば、まぁそうなる可能性は高い。つーわけでジブリール。監視よろしく」

「了解しました」

 ジブリールがマスターの言いつけを破るはずもなく、彼女は人類では到底できないレベルの垂直跳びで屋上を飛び抜いた。

「いや軽くね?」

「ん?あぁ、単に白は心配ないってだけだ」

 ここまで凄まじい信頼だと、関心以上に嫉妬が生まれそうだ。そこまで無条件に信じられる相手がいるというだけで、彼らは十分に勝ち組な気がする。リア充とはまた違うだろうが。

「根拠はあるんだよな?」

「空白はお互いに引き分け続きだって前に話したろ?けど、ガンゲーに関しては白の分野だ。って言えば分かるか?」

「納得だ」

 いや本当に納得したわけではないんだけどな。ただ白が強いってことは伝わったし、ここであれこれ聞いても仕方ない。だから納得したことにする。

「つーわけで、俺はちょっと休ませて貰うわ」

 額の汗を拭うように腕を振った空はゆっくりと歩き出す。

「おい参謀。俺はどうすんだよ」

「ん?ジブリールに着いて行けばそれで大丈夫。あとは白に従ってくれ」

「……分かった」

 空がジブリールに対して出した命令は見張りだったと思うが、多分それは必要なら臨機応変に対応しろという意味を含んでいるのだろう。あいつのバケモノ性能の五感なら俺より遥かに状況把握には適してるしな。ジブリールを追えってのは、まぁそういうことか。

 必要以上の言葉を交わす必要はマジでないので、既に踵を返している空に背を向け路地を出る。

 視線を上げて向かいのビルの屋上にジブリールを見つけた。まだいづなに動きはないらしい。

 空の指示に、今回は従うと決めたのだ。だから、仕方ない。

 自動ステルス機能付きぼっちの俺を見つけたジブリールは、自由落下で地面に降りた。うん、え、自殺?

「初めてリアルに屋上から飛び降りる図を見たわ」

 いやリアルじゃないんだけどねここ。確か天翼種(ジブリール)なら高高度の地点から落ちてもタンコブで済むんだったか。この高さはなんて事ないんだろうな。

「凄まじく馬鹿にされた気がしましたが、今はいいでしょう。それで、マスターは何と?」

「あぁ」

 見張りに全神経を集中してたのか、空と俺の会話は聞いていないような口振りだ。聞いてても関係ないか。

「取り敢えず白と合流したい。今狙われやすいのはあいつだからな」

「では、先に向かいます」

 琥珀色の瞳が微かに揺らめき、俺は確信を持って頷く。

「俺もすぐに追い付く……ようにする」

「それくらいは断言して頂きたいものですが……」

 文句をそこそこにジブリールは地面を蹴ってまたビルを飛び越える。彼女は俺と白が向かった先を把握している。ならば今の地点と元の目的地を結んだルートのどこかに白がいると推理できるはずだ。

 俺も及ばすながら、ジブリールの向かう所を目指して走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ― other side ―

 

 

 

 

 

 日は夕焼けに色を変える寸前まで来ている。

 そんな日差しが遮られ薄暗い印象を与える狭い路地で、空は一人背を壁に預けて息を潜めていた。既に走った事による鼓動の乱れはなく、吸い込む空気は寧ろ冷たく感じる程に感覚が研ぎ澄まされている。

 故に、人の身ながらに捉えた音から、彼は全力で身を引いた。

「来たかっ」

 跳弾の音がビルの間を巡り、三発の桃色の塊が地上で跳ねる。

 撃った主を目視で確認する事すら選択肢から除外した空は、さらに深く入り組んだ路地を選んで走った。

 その後ろ姿を、いづなは睨み付けるように狙いを定め引き金を引く。

 行進間射撃だろうと、獣人種(ワービースト)の身体能力はスコープを覗くスナイパーのように目標を殲滅できる。

だが決定打を未だに打ち込めないのは、やはり空の技量といえるだろう。

 相手の撃つタイミング、狙う箇所、立ち位置などを全て盛り込んだ彼の読みは、いっそ未来視の如くいづなを無力化している。

 しかし、その拮抗も長くは続かない。

 いくら空が人間離れした思考から来る予測を持っていようと、人間が追いつけない程の攻撃には対応できないのだ。それが、いづなのつけ込む空の弱点(ウィークポイント)

 されど優劣の判定が動く理由はそこではない。

 なぜなら追い詰められるは、いづなの方なのだ。

「――っ!」

 瞬間、いづなの耳に祖父の声が鳴り響く。

 警告を知らせる声に、彼女の体は反射的対応を見せた。

 頭上から降り注ぐ弾丸への道を間一髪変更し、ビルの壁に突き刺した指を支点にして体を支える。

 桃色の雨を降らした者――ジブリールは屋上から威嚇的な視線を送るいづなを微笑みながら見つめていた。

「おや?まさかマスターを仕留めるチャンスだとでも考えたのでしょうか。でしたらいっそ哀れなまでに毛玉的思考にございます」

「なんでです……」

 ジブリールは確かに白の所へと向かった。それは監視していたいのが八幡との会話を含めて確認している。ならばなぜ彼女はここにいて、自分を見下ろしているのか。

「簡単な話だよ、いづなたん」

 一見して追い詰められていたはずの男は、軽薄な笑みを敵対する幼女に向ける。

「ここまで全部、俺たちの読み通りってことだ」

「ありえねぇ、です」

「いづな、知ってるか?ありえねぇなんてことはありえない、らしいぞ」

 いづなが吐露した感情に、ジブリールに追い付いた八幡が応える。

 形勢は三対一と圧倒的に不利。しかも狭い路地ではジブリールから逃げ切るルートを確保することも難しい。

 刺し違えるという選択肢はもとより無い。ならば――。

 いづなは過去にない程に思考を重ね、寸でのところで踏みとどまる。

「――まだ、負けてねぇ、です」

 クレーターを創り出すほどの衝撃が音となって耳に届く。空と八幡がそう認識した時には、いづなは屋上へとステージを変えていた。

「一対一なら勝てると?」

 確かに過去にいづなはジブリールに勝っている。だがそれは結果的な話であり、細部には注釈を入れねばならない。

 その事をジブリールは既に理解しており、この状況下になんら不安を感じてはいなかった。

 ――その慢心にも似た心構えが、半歩分だけ反応を遅らせた。

「うるせぇ、です」

 トリガーを引いたジブリールは外れることを即座に確信する。

 いづなは臨戦態勢に入った一瞬の歪みを突き、再度路地に降下。下で待つ二人を狙う。

 ジブリールも後を追うが、次弾を撃つにはリスクが伴うことを理解し断念。いづながジブリールの一手を躱せば、自分の弾はマスターへと向かってしまうのだ。

 無論、空と八幡も迎撃の体勢に入る。が、読み合いを切り捨てた力技になす術はない。

 ――取った、です。

『いづなァァァ!』

「――っ!?」

 絶叫にも似た指示が、三度いづなの動きを変えさせる。

 左へと切った視線の先には、二撃の弾丸が迫っていた。

 誰が?どこから?どうやって?――もはやそんな思考は捨てていた。

 いづなは感覚的に避け切れないことを察し、垂直な地面を蹴る。身長ゆえに大した威力は出ないが、少なくとも射線からは脱出ができた。

 だが、壁を蹴って一打目を避けた自分の頭部を、追撃の一手は正確に狙っている。

 いづなは身を捻り、厚い袖を振って弾丸を叩く。着弾のエフェクトが発生し、衣服とともに四人目の狙撃は無に帰した。

 下から来る迎撃にもすぐさま対応し、いづなは壁を交互に蹴りながら路地を抜ける。

「ジブリールっ」

「お任せを」

 空の声に反応し、ジブリールは撤退するいづなを追った。

 その一方。路地を眺めるビルの上層階に一人、息を切らしながら白は座り込んでいた。

「……はぁ、はぁ……服で、着弾……防げる、んだ……」

 己の誤算を目の当たりにし、彼女はここまで来るのに使った体力以上の疲労を感じた。

 

 

 

 ― other side out ―

 

 

 




本当は去年内に出すつもりだったのですが、色々忙しくて無理でしたごめんなさい。
次回もいつになるか分かりませんが、今年もよろしくお願いします。


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だが彼はまだ探し続ける

文が浮かばない……。
前は向かえば何となくで書けていたのですが、最近全然文字が出てこないんです。遅くなってすみません。
今回も難産というか納得のいく感じになっていませんがどうかお許しを。


 こと読み合いに関して、空という人物はバケモノだと言える。

 いづな、ひいてはチートし放題の東部連合の思考を全て見透かしたように、あのバケモノは獣人種(ばけもの)相手に一歩も引かなかった。

 とはいえ、それでも完璧に全てを予測しきることは不可能だ。だから俺はある種の伏線を張った。

「さてさてさぁて、一段落か。とりあえずジブリールお疲れ」

「不甲斐ない限りです」

 ジブリールの追跡は撒かれたという形に終わり、現在は四人が集結している。場所は見通しのいい公園の中央。

 白の体力が戻るまで、今は行動を避けるようだ。空とジブリール、俺を含む三人は周囲を警戒しつつ視線も合わせずに会話を楽しんでいる。いや楽しんではねぇな。

「欲を言えば、やっぱさっきので仕留めたかったなこれ」

「恐らく理由はめんどくさいから、などでしょうが」

「なんで分かるんだよ。魔法でも使えんの?」

「ええ、現実でならば如何様にも」

 でしたねそういえば。イメージじゃ魔法ってより破壊法だけども。

 というか、なんかジブリールの機嫌がすこぶる悪い。まぁ理由はわからんでもないな。一応下位の獣人種(いづな)に勝てなかったし、今も劣勢だし。マスターにその責任を問いたくないとなれば、残るは自分か俺への八つ当たりだろう。

「それはともかく、八の気持ちも分からんくはねぇわ」

「やっぱお前もめんどくさいとか思ってんのな」

「そっちじゃねぇよ」

 違うのか。せっかく同志が見つかったと思ったんだが。いやシスコンって意味ではそうなんですかね。

 一向に俺の視界で肩だけが見える空は、けどと否定的な接続で続ける。

「あれで終わるわけはないな」

 だしょうね。それは俺も理解している。

 いづなはまだ奥の手を使っていない。むしろ、あの場でギリギリまで追い詰めていたら逆に全滅もありえた。今回は失敗が成功だったのか。

「むしろ私としては、貴方が上手く立ち回ったことに驚きを隠せませんが」

「なら最小限驚いた表情しろよ」

 ジブリールが言う立ち回りとは、俺が空の考えを理解して動いたことについてだろう。

 このゲームはあちら側のホームであり、圧倒的に不利な条件で行われている。その一つが、音声の傍受だ。

 まぁ観客がいる以上、音声を外側に伝えることは必要なわけだが、東部連合はその声を聞いてこちらの動きを把握することができる。

 だからこそ、空の言葉に違和感があった。

 空は俺の問いに「白は大丈夫」、「狙われる可能性は孤立した奴が高い」、「俺は一度孤立する」と答えた。これは暗に、いづなの狙いを自分に向けさせるということを言っている。

 今回は俺の悪癖が役に立った。空の言動が気になり、あいつの裏を読もうとした結果がこれだ。

「で、こっからはどうするんだ?」

「……あー、まぁ大丈夫だ」

「いや何が?」

「勝てる」

「だからどうやって?」

「それは白の分野になった」

「……は?」

 なにそのぶん投げ。ノーコン主義かよ。意味違うし。

 空ピッチャーの完全な暴投に、息を整えた白が応えた。

「……しろに無理なら、にぃが……にぃに無理なら、白が……やる」

「そういうこと」

 つまり、役割の問題か。

 空は基本的に参謀として動くが、ゲームが始まれば戦略も戦術も二人でやる。どちらかがミスすればもう片方がそれを補う、ということだろう。

 しかし正直、白が空ほどの策謀型には思えない。やり方は違うのは当たり前だろうし、作戦も根本から違うと考えていた方がいいか。

「んじゃあ、その辺は任せていいんだよな?」

「……もち」

「なに?八もなんかしてくれんの?」

「いや、むしろ逆なんだが」

 俺が仕掛けた分は既に消化されてしまった。だからもう無理です。

 ジブリールに言ったらブチ切れなのが目に浮かぶので口にはしないが、俺は空たちが一度くらいミスることを前提に動いていた。

 俺が張った罠は、飾って言うならミスディレクション。視線や意識を誘導するものだ。

 もしも何らかの作戦がミスした時、いづなの反撃にあう。それに即座に対応できるように、相手の狙いを絞らせてやろうと俺は考えた。

 いくつか案を考えておいたが、一番手っ取り早いのが『空を狙わせる』ことだという結論に至る。

 そのため、ここまでに何度か空を参謀と呼び、こちらの要であることをあちら側にそれとなくアピールしていた。敵の頭から叩くのは戦法として当たり前の選択肢だし、現にいづなは俺と白のペアよりも先に空とジブリールの方を攻めた。

 結果的にいづなを退けることにも成功したし、俺の作戦は成功だろう。……多分、恐らく、成功したんじゃないかな?

 ちなみに標的を空にさせたのは、俺が単独で行う作戦だったから。自分で自分を強いぞアピールとかイタすぎるし、意味がない。ミスディレクションオーバーフローとかできるわけねぇっての。

 勝手な印象だが、空と白を比べると臨機応変に動く事に関しては空の方に分があると思っている。ジブリールでも良かったが、一度負かした相手を中々本気で警戒はできないだろう。

 というわけで消去法で空に囮物語してもらった。どんなストーリーだよ。

 な?ジブリールに話せる内容じゃねぇだろ?

「逆とはどういう意味で?」

「俺は何も出来ねぇぞってことだ」

「無能宣言ですか」

「まぁ、それは八を味方に迎える前に言ってたから気にしねぇよ」

 気にしないっすか。それ、俺が無能だって暗に言っちゃってるんですけど、そうっすか。まぁ否定はできないんだが。

 大凡の方針が決まると、白が木の枝をペン代わりに地面に何かを描き始める。難しい数式は全く分からんが、図のようなものは……地図?

「まさかとは思うが、このゲームのフィールドか?」

「そのまさかだよ」

 有り得ねぇだろ。際限まで知り尽くした訳ではないようだが、今までに動いて見た道や建物を全て暗記してるってのか?それはもうマッピングというよりグーグル先生の域だろ。

「お前の妹、前世はスーパーコンピュータじゃねぇの?」

「めっちゃ頭のいいアンドロイドだったりって?」

 そんで左手にサイコガン付けた男と宇宙を飛び回ってたとかな。それなんてレディ。

 白が作戦を練り上げるまで、俺達は時間稼ぎに徹することになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―other side―

 

 

 

 エルキア陣営の動きをほぼ完全に把握している東部連合サイド。

 司令塔であるいのは、いづなに今すぐ攻めるべきだと伝えた。

 それには彼女も同意である。

 ついさっき、あちら側の思惑を妨害するように動いたにも関わらず、最終的には追い詰められた。あちらは二手三手、それ以上先を見据えて策を練ってくる。

(考える時間はやらねぇ、です)

 ならば長期戦は不利になる。

 敵の余裕を削るように、いづなは数発間のヒット&アウェイで空達を襲った。

 ジブリールがいるとはいえ、完全無防備に近い白を庇いながらいづなの猛攻を全て凌ぐにはやはり無理がある。

 空はいち早くそれを察し、移動しながらいづなを避けて時間を稼ぐ方法にシフトチェンジ。白の作った即席のルートに従って、どうにか計八回に渡る攻撃を凌いだ。

 とはいえ、全員が無傷ではない。

 もう一度例の公園に戻って来た彼らの装備は、弾除けに使った為大分減っている。八幡と白は上がYシャツだけになっており、空もTシャツ一枚。ジブリールも数少ない衣服をマスターの盾に使っていた。

 さらに言えば、体力的にも劣勢である。

 八幡が背負っていた白はともかく、人一人をおぶって移動した八幡やニート体質の空はスタミナの限界が近い。戦力的には完全にジブリール頼りになっている。

 その状況をモニター越しに見る二人――ステフとクラミーは不安を拭い切れない。

「空、白……」

「…………」

 エルキア全国民が息を飲んで見守る。それ程までに彼らは追い詰められている。

 だが、東部連合側――いづなもまた、焦っていた。

 あれだけ攻めても有能打がない。あちらが時間稼ぎに徹しているのであれば、白に十分な時間を与えてしまったことになる。

 歯痒さにいづなはビルの壁を叩く。

「もう……やるしかねぇ、です」

 なりふり構ってられない。

 そう結論付けた彼女は、そびえる壁より遥か高く飛び上がった。

 

 

 

 

 ―other side out―

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ、はぁ……」

 息が重い。呼吸の一つ一つの動作が絶え間なく苦しい。

 ここまで自分を追い込んで走ったのは初めてかもしれん。マラソン大会が優しく思えてくる。

 単純な戦力差を考えて空ではなく俺が白をおぶったが、これマジでキツかった。赤ちゃん肩に乗せて喧嘩するのとどっちが楽だろ。どっちもどっちか。

 いづなの追撃は止み、銃を構える俺たち三人の周りには白の動かす木の枝の音だけが響く。

 ……静かだ。

 台風の前には静寂があるというが、これはまさにその一時の静けさのようだ。

 できるなら来て欲しくないな。自然災害も、人為的災害も。

「…………」

 俺の願いは叶わないらしい。

 発砲音が聞こえ、俺は感覚的に一歩後ろに下がる。

 威嚇射撃らしく、直接狙ったわけではないようだ。弾は俺が元いた場所すら通らずにどこかへと消える。

 隣で地面を踏みしめる音が聞こえた。ジブリールが臨戦態勢に入ったのだろう。さっきの弾の弾道からいづなの位置は逆算できる。ジブリールなら次弾以降は迎撃するはず。

「ジブリ――」

 ――だが、空の声はその先より続かなかった。

 着弾音が、背中越しに聞こえる。

 誰かが撃たれた。今?誰に?誰が?

 思考がまとまらない。俺の目の前でジブリールも驚きの表情を浮かべている。

「……にぃ……?」

 倒れ込むような音と細い白の声が重なる。

 俺が振り向いた時、空は既に地面に横になっていた。

 それを目視した瞬間――俺と白の間に赤い閃光が舞う。

 何かは分からない。視認することすら叶わないそれは、僅かに移動を止める。

 これ、いやこいつは――。

「……い、づな……たん」

 白の声は、着弾音によってかき消される。

 再び赤い光が散乱し、目の前にいたはずのいづなは姿を消す。……俺がそう認識した時には既に、白は倒れていた。

「な……」

 ようやく機能し始めた頭で、俺は撃たれた二人を上書きしようとトリガーに指を掛ける。

「んごっ……」

 だがそれを引くことはできず、腹部に当たった衝撃と共に俺は飛んだ。

 恐らくジブリールに抱えられているのだろう。

 自分の状況を完全に理解した頃には、空達が見えない程に公園から遠ざかっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジブリールの咄嗟の判断により、何とか全滅は間逃れた。今は高いビルの屋上に避難している。

 しかし『  』の二人はいづなによって戦闘不能、どころか相手側になってしまった。事態はおよそ最悪だろう。

 だから、悪いニュースは先に知っておきたかったんだ。空達が動けないならまだしも、敵になるとかやってられん。

 寄りかかった背中が壁にそって降りる。完全に座り込み、俺は空を仰いだ。

『  』は敵の手中、戦力はトータルで見ても負けている。策もないし、あっても東部連合から察知されずに伝える手段がない。

 ……ゲームオーバーだろ、これ。

 

 




GGO編はもう少し続きます。


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それでも彼は捨てられない

お久しぶりです。
某アニメを見てたら遅くなりました。
今回、影響を受けまくりです。


 希望的観測に賭けた一縷の望みは所詮希望でしかなく、現実に有りはしない机上の空論と変わりない。

 空は完璧なヘッドショットで撃ち抜かれ、白もまたいづなの攻撃に倒れた。その瞬間をしっかりと見ていたジブリールの発言に嘘はないだろう。

 俺とジブリール、二人だけのここは静かだ。

 だから冷静になれる。頭がゆっくりと冷めていくのが感じられる。どうしようもない現状から、逃げることすら諦めそうな程に。

 お互い無言のまま時間が過ぎる。

 いづなが攻めてこないのは恐らくジブリールを警戒してだろう。無理な特攻は空達の奪還に繋がるからな。

「……いつまでそうしているおつもりで?」

 ジブリールが何も言わないのは俺を待っているからか。いや、そんなことはないだろう。彼女も彼女で精神的にダメージを受けているはずだ。

「いつまでも何も、できることないだろ」

「ならばここに残りますか?私はそろそろ動きますが」

 動く?一人でやる気か?

 それは愚策だ。彼女自身、分からないはずはない。

 そもそもジブリールは一度いづなに負けている。その理由もさっき目の当たりにした。

 ――『血壊』。尋常ならざる程の速度で現れたあの赤い光は、間違いなく物理限界すら凌駕した力だ。

 現状、ステータスを物理限界に設定された彼女がまともに敵うはずはない。まして相手は『  』を含む三人。どこに勝機があるのか。

「負ける気か?」

「勝つ気のないあなたが問うのですか。……私の答えは変わりません」

 勝つ以外の選択肢はない、か。それは……俺の知る彼女らしくない。

 たとえ無謀だと分かっていても、マスターのためなら彼女は進むのだろう。確かにそれは俺が知っているジブリールと重なる。

 だが決して無策で挑むような馬鹿じゃない。そんな意味のない特攻をする奴じゃない。

 ……なんて、語る程に彼女を理解しているわけではないが。しかしそれでも違和感は拭えない。

「策でもあるのか?」

「否定はしません」

 それは答えになってない。どうにか意味を合わせるとしたら、肯定もしないと言ったところか。

 俺も思い付きのやり方ならある。

 基本ステータスは勝っているのだ。なら『血壊』を発動される前にいづなを倒せばいい。ほぼ確実に成功しないが。

「いづなだけならともかく、相手はお前のマスターだぞ」

「十二分に理解していますが?」

 理解している。勝率は無に等しいと分かっている。

 その上で彼女は一人でやるのか。それしかないとしても、やり方も何もない状態で死地に向かう気なのか。

「一応聞くが、俺は行かなくていいんだな?」

「勝つ気がないのでしたらそこで黙っていた方がマシにごさいます」

 足でまといは要らないか。いづな相手に何もできなかったし、力不足は否定できんな。

 俺の非難は言っても言い足りないのか、ジブリールはそれにと続ける。

「あなたは一度、我がマスターの為に力を貸すことを拒んでいます。今更頼んでも無駄でしょう」

「…………」

 ……あぁ、だからか。だから彼女は、一人でやるのか。――俺には頼めないから。

 あの時、クラミー達とのゲームの際、俺はジブリールからの依頼を断った。マスターを手助けして欲しいという願いを俺は拒否したのだ。

 今なら何となく分かる。

 恐らくあの時、ジブリールは相当な覚悟を持って俺に頼んだのだろう。らしくもなく、無力な俺にすら縋った。

 なら俺は、そのジブリールの覚悟すら無視したのか。無視して、見なかった事にして、自分勝手に拒絶したのだろうか。

 いや、違う。あの時俺は、確固たる信念を持って依頼を蹴った。

 ……それはなんだ?何故、俺は拒否したんだ?

 ジブリールがらしくないことをしたからか。まるで誰かのように、気高く何かを成し得ようとする彼女が折れたように思えたからか。

 ――違う。

『  』のゲームには関与しないと決めていたからか。エルキア陣営ではない俺には彼らに手を貸す理由がなかったからか。

 ――違う。確かにそう感じてはいたが、それは真に思ったことではない。

 なら、何故。

 自分に問うては自分で作った答えを聞く。そんな今まで幾度となく繰り返してきた自問自答に、俺はただ思考を委ねた。

 記憶や感情。考えられる全ての要素や条件に、俺は理由を探す。

 その結果思い浮かんだのは――あの部屋だった。

「あれは、ルール違反だったからな」

 ――飢えた人に魚を与えるのではなく、魚を捕る方法を教える。

 それがあの部屋のルールだった。

 あの時ジブリールがした依頼はルールに則っていない。だからは俺は拒否したのだ。

 全く、馬鹿げた話だ。

 あれ程簡単に切り捨てたと思っていたのに、俺はまだあの部屋とあの時間に拘っていて、記憶の奥底に封印したと思い込んでいた思い出は、まだ見えない形としてそこにある。

「……どういう意味でしょうか」

 声に出すつもりはなかったが、どうやら自然と口にしていたらしい。あいつにとっては全く意味の分からない返しだろう。

 俺にはまだすべき事がある。俺は大した人間じゃないが、それでも自分の責任は自分でとると決めているのだ。

「別に、頼らなくてもいいだろってことだ」

 だから俺は、話をすり替える。

 ジブリールがまだ諦めていないのはありがたい。現状の打破にはやはり彼女の戦力は必要不可欠だ。

 だが彼女の覚悟はその意をなさない方向に向いている。

 解決策があるとすれば、彼女の目指す方向を変えてやることだろう。

 ジブリールは一人でやることに拘っている。ならばその拘る理由をなくせば、あるいは拘ることを捨てる免罪符をつくってやればいい。

「…………」

 ジブリールはただ無言で続きを待つ。

「お前は空達を勝たせたい。そして俺もあいつらが負けるのは都合が悪い」

「……つまりは、お互いを信用しろと?」

 そう、信じて頼る必要はない。

 もとより俺たちの間には、信じ合える喜びも傷つけ合う悲しみも何もないのだ。今更遠慮することはないだろう。

「信じるかどうかまでは知らんが、少なくとも俺とお前の目的は一致してるってだけの話だ」

「理解はしました」

 これで彼女が一人でやる理由はなくなった。わざわざ死地に向かうことはない。

 ジブリールが俺のような奴に救いを求めることは、彼女にとって屈辱以外の何でもないはずだ。だが利用し合う、協力ではなく同盟に近い条件ならプライドも守られる。

 では……と、ジブリールは銃の持ち手とは逆の手を差し出す。

「私の下で働く気はありませんか?」

 どんな口説き文句が飛び出すのかと身構えたら、なんで帝王なんだよ。お前はむしろ働いてる身だろ。

「ねぇよ。俺は絶対に働かない」

「左様ですか。ならば精々役に立って下さい。マスターの為に」

「俺は俺の為にやってるだけだ」

 それ、どっち道働いてるんですけどね。

 微笑で応えたジブリールはこちらに背中を向け、公園の方向を見据える。いづな達がまだその辺にいるのかは知らんが警戒態勢なのだろう。

 この場において話し合いは無意味。それを理解しているからこそ、彼女は俺から視線を外した。

 まぁ仕方ない。彼女はこういう事には向かないだろうからな。

 圧倒的に不利な条件で戦う、弱者でいることには。

「…………」

 大丈夫だ。次は、今回はルール違反じゃない。

 ジブリールはただ方法を知りたいだけなのだ。今、彼女が求める中に無条件な救済はない。ならばこれはあの部屋の、奉仕部の理念に則って行動できる依頼だ。

 ――俺は奉仕部として、この依頼を受ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自慢じゃないが、俺は今まで負け続けてきた。

 友達も仲間もなく、信じられるのは自分と愛する妹だけ。ずっと一人で、ただ一度の勝利も無く、不様に、だがそれでも折れないように生きて来た。

 そんな俺だからできることもある。――最底辺にいるからこそ見えるものもある。

 弱者は強者によって蹂躙され、強者は更なる強者によって弱者とされる。

 なら、真の強者を倒すものはそれすら超える強者か。――否だ。

 いつだって負けを知らぬ者を倒すのは、敗北のエキスパート。蹂躙され、支配され、されど従属することを拒んだ誇り高き弱者だった。

 故に、連戦無敗の東部連合に勝つなら弱者であるべきだ。

 ……と、空達の言葉を借りてはみたが、なんの足しにもならないな。

 いくらモチベーションやテンションを上げようと、できないことができるようになる訳ではない。起死回生とかできるのか、これ。

 今俺にある手札は思考することだけ。ジブリールやいづなに匹敵する戦力も、空や白のような超人的センスはないのだから。

 ――考えろ。

 目的は?いづなを倒すこと。

 手段は?いづなと相対できるのはジブリールだけ。ただしまともにやれば勝ち目はない。

 戦力は?空と白だけでも厄介だ。白は恐らくミリ単位での正確射撃ができるだろうし、空に騙し撃ちは通用しないはず。

 作戦は?意思疎通の手段が極端に少ない現状、細かなやり取りは不可能だ。ジブリールとの打ち合わせができるとして、方針を決める程度の最小限でなければならない。

 勝算は?……ほぼ皆無。

「…………」

 ダメだ。考えれば考える程に負けるビジョンしか浮かんでこない。それほどまでに今の状況は危機的なのだ。

 ならばどうする。

 打てる手は限られているどころかほとんど無い。あっても愚策か自滅の先取り程度。勝つ為に、負ける事に長けた人間が考えること自体失敗か……。

 だが、それでもやるしかない。一度、たとえ言葉にしなくとも依頼を受けると決めたのならそれはやり遂げなければならない。……彼女なら、彼女らならきっとそうするから。

 俺は一度、一色からの依頼を投げ出した。投げ出して逃げ出して、無かったことにして今ここにいる。それはあの部屋に、なにより彼女らに対する侮辱でしかない。

 初めは強制された意味も意義もない戦いだったとしても、それでも俺は……。

「――はぁ……」

 ネックになっているのはやはりいづなの『血壊』と『  』の二人だ。何かをしようにも、まずはこの三人を分断しないことには始まらない。

 しかし、仮にそこまで成功しても戦力差は変わらない。トータルにしようと個々を比べようとこちらが劣るのは事実だ。

 なら、今できる、今打てる最善でなくとも不可能ではない一手は――。

「……無理だ」

 俺は立ち上がりながら、彼女に聞こえるようにそう言い放つ。

「はて、何か言いましたか?」

「だから、無理だって言ったんだ」

 振り返ったジブリールは、睨むという言葉すら優しく聞こえるほどの視線を俺に向けた。

「今更、諦めるおつもりで?」

「今更も何も、もう手段がない」

「たとえ無くとも、私達に勝つ以外の選択肢はないと言ったはず――」

「達?勝手にお前の考えを押し付けんなよ」

 食い気味に、彼女が言い切る前に俺は言葉を挟み込む。ここからは、言い訳すら言わせる気はない。

「逆に、言わせてもらうがなぁ?俺とお前が束になってもあの三人には勝てねぇだろ。そもそもまともにやったら、お前一人じゃいづな単体にも勝てなかったんだろうが」

 これは事実だ。まともにやって、それで彼女は負けている。

 だから彼女は、否定できない。

「空と白も、いづなの従者として全力で掛かって来るならこっちは防戦一方がいいところだ。一発当てるのも弾数の限られたこの銃じゃ足りない」

 そう言いながら、もはや用済みになりつつあるそれを床に放る。

「奇襲にしたって作戦は筒抜けだ。そうでなくとも空の裏をかくとか、俺もお前もできないだろ」

 あのバケモノ相手にこちらの用意した心理戦が通じる気がしない。白にしたって、計算力をコンピューター並って仮定するだけでも脅威だ。

「で、残るは相打ち覚悟の特攻か。そんなの作戦でもなければ博打でもない。ただの自滅だ」

「…………」

 反論はない。もとより彼女の中ではわかり切った結果だったのだ。今の自分では、この状況は打破できないと。

 なら、せめて分かってくれ。……もう、これくらいしかできないのだと。

 俺は踵を返し、下へと続く階段へ向かう。

「……どこへ行くつもりでしょうか?」

「いづなのところだ。お前の見てた方角が変わってないって事は、まだ公園付近にいるんだろ?」

「目的は……」

「白旗揚げに行くんだよ」

「……降参すると?」

「少なくとも、俺じゃいづなは倒せないからな」

 返す言葉を、きっと彼女は持たない。もうジブリール一人ではどうにもならないと俺ですら分かってしまっている。

 だから、背中越しに俺は言い残す。

「そんなに勝ちたいなら、お前が倒せ」

 ドアを閉めた後にも先にも、ジブリールの声が聞こえることはなかった。

 俺はただ階段を下る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ― other side ―

 

 

 

 四方をビルに囲まれた空き地のようなスペース。月の光すら弱々しい闇夜の影に、いづなと裏切りの兄妹は息を潜めていた。

 そこに――。

「…………」

「……よお」

 両手を頭位まで上げながら、八幡が現れる。

「本当に降参するのか、です?」

「俺は諦めが早いんだ」

 いづなの向ける銃に反応することも無く、彼はただ目を閉じてその瞬間を待っているようだった。

 ならばと、いづながトリガーに指を掛ける。

「――ならばせめて、どうぞそこで私の弾除けにでもなっていて下さい」

 今戦意を完全に失っている男の後ろから、幾度とその身を削りあった天翼種(バケモノ)の声が鳴る。

「……さっき、お前はなんの反論もしなかっただろ」

「肯定もした覚えはありません。むしろ何度言わせれば気が済むのでしょうか?そこまで覚えが悪いのでしたらメモでも用意して下さい」

「自分で言うのもあれだが、記憶力はいい方だ」

 具体的な内容は無い。だが二人の中で共通された中身を、いづなもまた知っている。だからきっと、裏があるはずだ。

 ――この場において、そう理解しようとリソースを割いたことがそもそものミスである。

「白!」

 突如として、一瞬の狂いもなく、二発の弾丸が左右に展開する様に放たれる。

 それにいち早く反応――否、予測し動いたのは空だった。

 声を聞いてからのコンマ数秒の差で、白が下に向いている銃をそのまま起動させる。

 打ち出された弾丸は地面で跳ね、白へと向かうジブリールの一撃と衝突し相殺。完全に虚をつかれたはずの攻撃を無に期した。

 だがもう一方、白ほどの精密射撃ができる訳ではない空は無防備に弾丸を額で受ける。

 全く反応できなかったいづなは両耳で捉えた発砲音に思考の渦を脱し、すぐさま臨戦態勢に入る。後ろの手札よりも、今は目の前の二枚をどうにかすべき――。

 回避、射撃、そして『血壊』。彼女がその全てを準備しきる僅かな時間の空白に、八幡の打ち付けたボムが地面で砕けて爆散する。

 狭い空間に広がる桃色の煙の中で、いづなは研ぎ澄まされた聴力でジブリールの追撃を察知した。

 壁を蹴りながら、的を散らしながら獣人種(バケモノ)天翼種(バケモノ)は人の踏み入れれぬステージに向かう。ここからは、本当の意味で人智を超えた戦いになる。

 比企谷八幡は、それを理解した上で動く。

 二人を見送ることすらせずに彼は、残る二人の視界が生き返る前にその場を後にしている。

 撃つ相手を完全に見失った白は、横たわる兄を撃った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 見通しも風通しもフィールド内で最も良いであろう高台の頂点で、二人は睨み合う。

「ようやく、小さ過ぎる的にも慣れました。次はその顔面に一撃入れて差し上げます」

 わざとらしく向けた銃口の先には、両の下駄を失ったいづなの姿がある。もう彼女に盾となる装備はない。

 それはジブリールも変わらないが、しかしいづなの思考はそんな所へは向いていなかった。

 何故なら――。

「さて、ここからは牽制すら無駄弾だと覚悟して頂きましょうか」

 彼女の手には――二丁の銃が握られているのだから。

 理由は考察するまでもない。片方は八幡の持っていたそれだ。

 だが、なんの示し合わせもなくこの行動に出たというのか。

 もしくは彼女の独断か。どちらにせよ、いづなにとっても東部連合にとっても、想定外の奇策にほかならない。――確かにいのの説明のどこにも、『その銃はその者専用』とは無かった。

 この銃は設定上、撃った者のパワーをエネルギーとして弾丸に生成し穿つ為の道具でしかない。ならば理論上、他者への譲渡もその使用も不可能ではない。

「ひどく単純ではありますが、弾数もリロードもこちらが上――」

 本来一つしか使わないはずのものならば、空いたもう一方でNPCを仕留めることもジブリールの技量ならば可能である。

「始めましょう獣人種。武器の残弾は十分でしょうか?」

「調子にのんな、ですっ」

 しかし、いづなとて引く気はない。彼女の双肩には獣人種(ワービースト)の未来が掛かっている。

 二人は銃を構え、示し合わせたかのようにトリガーを引く

 和音にすらならない放たれた音の重なりがゴングの如く鳴り響いた。

 

 

 ―other side out ―

 

 

 

 

 

 

 

 




次回、ノーゲーム・俺ガイル。
激突!強者と強者、弱者と弱者。
次もぜってぇ見てくれよな。


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しかし彼らが立ちはだかる

次回予告がタイトルとは限らない。


 ―other side―

 

 

 時は少し遡る。

 一人、屋上で静けさに身を委ねるジブリールは、ドアの向こうに消えた男を考えていた。

 あの男はこのゲームに勝つつもりだった。

 だが彼は今、武器も放り出して死地に自ら足を踏み入れようとしている。

 ――理解できない。

 彼女がそう思うのは無理もなく、怒りや不安のような感情が全て冷たく引いていく。

 それと同時に見えてくるのは、あの男の言動――その前後の矛盾である。

 ついさっき彼は目的は一致していると言った。お互いに勝つ為に動くと。

 しかし実際に彼がとった行動は武器を捨てた降伏。これでは自分の為に、勝つ為に負けに行くという意味になる。

「全くもって、馬鹿げたことを……」

 たった一人で矛盾するなど、破綻もいいところである。

「これでは、言っている事とやっている事が真逆では……――」

 ――真逆、逆……?

 さっきから違和感があった。それはきっと言動の矛盾だけではなくて。

 ジブリールは記憶を辿り、一言一句違わずに聞いた言葉を振り返る。自らにある違和感の正体を見つけるために。

 逆に、逆に、言わせてもらう。――逆に、言わせてもらうが。

 おかしい。普通ならば、『逆に聞くが』ではないか?

 もしそれが言葉を通りならば、さっき言った言葉は全て――逆?

 いや、流石にそれはない。彼が言ったことは否定できない事実だった。

 ならば……裏?裏をかく?

 彼は言った。

 ――束になってもあの三人には勝てねぇ。

 裏を返せば、こちらも分かれて敵を分断して戦えと。

 ――空と白が全力で掛かって来るなら防戦一方がいいところ。

 時間稼ぎくらいはできるかもしれない。

 ――弾数の限られたこの銃じゃ足りない。

 もっと弾数があれば届くかもしれない。

 ――奇襲にしたって作戦は筒抜け。

 ならば真っ向から、打ち合わせのない方法で。

 ――まともにやったらいづな単体にも勝てなかった。

 まともにやらなければ。

 ――無理だ。

 つまり、まだ可能性はあると。

 そこまで考えて、ジブリールは自然に閉じていた目を開く。

 床に放った銃。

 それは武器を持たずして、反撃も迎撃も威嚇すらも選択肢から除外した状態で、『  』(マスター)を相手に時間を稼ぐという無謀な男の覚悟。

 ……まともにやらなければよい、と。

 それを左手で拾い上げ、グリップを握り込む。

 目には目を歯には歯を――騙しには騙しを、反則(チート)には常識外れ(チート)を。

 その思考を理解した時、彼女頭にはもう一人――二人で一人の顔が浮かぶ。

 やり方を真似したのだろうか。考え方をトレースしたのだろうか。

 ……いや、もはやそんな事はどうでもいい。

 今求められているのは勝つ為の力と、常識(まともさ)すら切り捨てる覚悟。

 問題ない。どちらも今、この手にある。

 ――お前が倒せよ。

「……承知しました」

 ならばそれまで、あなたが志願した弾除けにでもなっていて頂きましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 直角の地面――否、乱立するビルの壁を二つの影は重力加速度を無視するかのように飛び回る。

 物理的に火花を散らし、駆け巡る銃弾と二人の狭間には一秒という単位すら過大に思えてしまう。

「もはや他のことを考える余裕も失せたようで♡」

 天使(あくま)の両手から繰り出される猛攻をギリギリのところで避けながら、いづなはただ来るはずの一時を待つ。

 その姿には、思考には一切の油断も余裕もない。鬼気迫るものが具現化するかのように、彼女は目の前の強敵(えもの)を見ていた。

 狙撃と言うにはあまりに無差別、弾幕と言うにはあまりにも正確な桃色の波は、だが有限の中にある。

 ――弾切れ。

 エネルギーが空になる寸前にジブリールが、そしていづなもそれを察知する。

(右手が降りた、ですっ!)

 リロードの為に下にいるNPCへ向けた銃口に気付き、いづなは照準をジブリールの右肩に合わせる。

 左で迎撃し難い部位に二発、連撃を飛ばす。

 それを目視する寸前に、ジブリールは両の手にあるトリガーを引いた。

 レフトアームはいづなの初撃とぶつかり合い、二撃目が寸分の狂いなく肩へと向かう。

 だが――。

「ニュートラルな状態で私に勝てると、まさか本気でお思いになっているので?」

 本来自由が効かないはずの空中で、ジブリールは飛ぶ弾丸よりも速く肩を引く。

 後方にずらした事でできたスペースを弾は無常に通り過ぎた。

「デタラメじゃねぇか、です」

「悪態を着くにはまだ早いかと」

「――っ!?」

『いづなァァァ!下だァ!』

 来るはずのない角度からの奇襲。――いのの声に反応したいづなもまた、人の枠を越えた身体能力で体の芯をずらし、それを避ける。

 思いもよらぬ方向からの攻撃に、しかしいづなは確かな理解を持っていた。

(地面に跳弾させて撃った、です)

 あの僅かな瞬間に、自分と敵の距離を目測だけで読み取り、撃った弾丸の跳ね返りすら計算に入れて攻撃してきた。それも、残り弾数が限りなく少なくなったあの場面で、敵の反撃がある事も分かった上で――。

「デタラメじゃねぇか、です……」

 重力に従って、いづなは真下にあった街頭に。ジブリールもまた、信号機の上に降り立つ。

「よもや奥の手も無しに私を相手取る気なので?」

 わざとらしく両手を腰ほどの高さで広げ、いづなに銃のゲージを見せる。満タンになっているそれを。

 一連の言動は全て、プレッシャーを掛けるための威嚇だと、いづなは分かった上で歯噛みする。

 今までの間に跳弾した弾丸でNPCを倒していた。つまりジブリールにはそれだけの余裕がある。

 対してこちらの補給は間違いなく妨害させるだろう。そもそもあの弾幕を掻い潜るだけでも難儀する以上、撃てるのは持っている残弾が全て。

 ――だが、ここでジブリールを倒せば相手は一人。仮に空と白のどちらかが敵になっていたとしても、『血壊』に彼らは反応できなかった。

 ならば――ここが実質的な最終決戦。

「……ここで仕留め()る、です」

 覚悟を決めたいづなの目はまさしく獣のそれであり、これから起こるであろう限界を超えた闘争に心を、全身を引き締める。

「…………」

 敵意の視線の先にいるのは、一貫して微笑を崩さぬジブリール。だがその心境に余裕はなかった。

 ここまでいづなとやり合った中での奇策や秘策。その全てはぶっつけ本番の行き当たりばったりであり、空のような計画も白のような計算もない。角度や射速などは感覚、手先や目先の勘だけで、強いていえば闘いのセンスのみでやってのけた。

 しかし、ここからはコンマ数ミリの差すら命取りになる世界。求められる精度はこれまでの比ではない。

 それでも、今目の前にいる相手を倒すのは自分の役目。

 あの弱者(おとこ)が自らの全てを持って最強(マスター)を相手しているというのに、たった独りで勝機の無い戦いに出たというのに――何故、己が退けようか。

「えぇ、終わらせて差し上げます、獣人種――いえ、雑種!」

 質量すら持ちかねない殺意と、形を成す気迫がぶつかり合う。

 いづなの皮膚には、そして目には紅い文様が浮かび、彼女の全ては物理学という括りから逸脱する。

 表現には誇張もなければ偽りもなく、いづなの踏み切った街灯は跡形もなく吹き飛んだ。

 空気抵抗を切り裂いて進む彼女の速度は、もはや目で追える範囲を越えている。

 ならばと、ジブリールは両手の凶器を構え、縦横無尽にトリガーを引く。

 大量の弾丸が不規則な方角へと放たれる中、三発だけがいづなへ向かって直進している。

 難なく視認したいづなは、空中で無いはずの足場を踏み付けてそれを回避。さらにもう一歩踏み込んでジブリールの視界から一度外れる。

 ――だが。

「――っ!?」

 研ぎ澄まされた感覚でいづなは、背後から迫る弾丸を捕捉した。

 再度空中を蹴り、自らを狙う殺意から逃れる。

 思わず取った行動故、彼女は車道というにはあまりに狭い道を抉りながら着地した。

「おや?まさか今のが全力本気の最大出力なのでしょうか」

「……うるせー、です」

 睨み付けて苦言を呈す――事はできず、またいづなは地面から両の足を離した。一瞬前まで彼女がいた位置を、弾丸が跳ねる。

 ビルにして20階ほどの高さまで来た段階で、限界を知らぬいづなの聴力は今起きた事象をほぼ完璧に把握させた。

 いづなの速度を考えれば、弾丸をビルの壁に撃って反射させてから狙うにはあまりにも距離があり過ぎる。にも関わらず、ジブリールの攻撃は時間、もしくは距離を究極的なまでに短縮された状態でいづなに飛んで来ている。

 つまりジブリールは、自らが撃った弾丸同士を跳弾させている。

「それが分かれば、問題ねー、です」

 ジブリールには、あの空のような敵の動きを手に取るように察知する離れ業はない。故に彼女は、どこへ逃げられようとも狙える弾幕――いや、既に結界と呼べる程の射程を創り上げた。

 だが、狙いと策を知れば対策も立つ。いづなの極限までに圧縮された思考回路は、それを容易に導き出した。

(弾幕が追い付けねぇ速度でやればいいんだろ、ですっ)

 単純にして明解。力業のゴリ押しこそ最も適した攻略法に他ならない。それ程に、今の二人には力の差があるのだ。

 だが――。

 精霊回廊及び術式は使用不能。戦闘能力は激減し、戦力差は凄まじく開いている。

(……なるほど)

 これが恐らく、マスターの見ていた風景。

 劣り、選べる手段も手札も限りなく削られたこの状況は、逆境と呼ぶ事すら生温い。これは強者であり続けた者に越えられる壁ではないと、弱者にすらなれなかった彼女は思う。

 されど、強者を屠る者が弱者であるならば、今ここに負ける理由はない。

 この手には、弱者故の卑屈なまでの臆病さからなる策がある。強者を屠る武器がある。

 両手のグリップを掴む手は一層強く、琥珀色の瞳に映るのは仕留めるべき敵のみ。

 いづなも同様に、ただ――その瞬間を待つ。

 ――両者が、銃を構えた。

 もはや互いに交わす言葉は無く、二人の間にあるのは無数の弾丸と(ほとば)る覚悟のみ。

 先程見せた倍は有るであろう数の暴力に、いづなはそれでも捉えられぬ速度を持って迎え撃つ。

 残像すら追いきれぬ『血壊』の猛攻。

 ジブリールには目視する選択肢はとうに無い。今彼女にあるのは、理屈すら放り出した殺意のみ。ただ狩る為に、双銃の引き金を引く。

 跳弾に跳弾を重ね、蜘蛛のごとく張った軌道の網でいづなを追い込む。どれだけ速かろうと、そも逃げ道すらなければ――と。

 しかし、未だ命中は無い。

 ジブリールとは違い一切の足場を持たぬいづなは、両足にある形のない塊を蹴り飛ばして殺意を躱す。たとえ死角からであろうと、五感を研ぎ澄ませば――と。

 空を蹴る衝撃音と跳ね回る跳弾音が、圧縮された時間の中で響き続け――。

「――――っ!」

 永久ほど長い時間軸の矛盾の果てに、二人は動きを止める。

 ――偽装不能な着弾と共に、勝敗は決した。

 

 

 

 

 ―other side out―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空達の視界から消えた俺は、闇夜を味方につけるべく路地裏に潜んでいた。アサシンかっての。

 もっとも今の俺には暗殺はおろか、まともな攻撃手段もない。手札はボム一発限りとか、どんな縛りゲーだよ。まぁこの縛りは自分で付けたんだが。

 しかし、流石に無理があるか。防衛策ゼロであの二人相手に時間稼ぎってのは……。

 要注意なのは白の射撃と空の察知だ。逃げる方向を読まれたら間違いなくやられる。常に相手の裏をかかなきゃならない。

 だが相手は空だし、そもそも裏の裏は表なわけで。二人いるなら両面にベットする事も不可能じゃないだろう。

 ならどうする。

 それ以上深く考える事はできなかった。

 俺の鼻先三寸を弾丸が通る。俺がもう少し猫背だったら即死だった。

 俺を捉えなかった弾は壁を跳ねながら路地の奥へと消える。

 これなら回避行動を取ってもやられてたな。というか、目視してない相手にこんな射撃できねぇだろ普通。できるなら言っとけよ。白、半端ないって。

 わざわざ的が銃に近付く理由はなく、俺は弾丸を追うように走る。狭い路地の方が大通りよりはマシな筈だ。

 走りながらも思考は止めない。人が考える葦であるならば、それこそが最大の武器なのだ。

 まず、直線に逃げるのはまずい。必ず複数回フェイントを入れながら角を曲がる。

 追う足は遅いが、白は跳弾して正確に狙ってくる。ならば前後移動もパターンを付けたら読まれるのがオチだ。

 意識的に歩幅を変え、体の軸を外すように右折した。

 殆どが十字路である以上、逃げるルートの選択肢はかなり多い。山勘で先回りはできないはずだ。

 ――が、曲がった先には空が立っていた。

「マジかよっ」

 咄嗟に姿勢を低くし、頭部を狙った攻撃を避ける。続く二撃目は脱ぎやすくしておいたYシャツで相殺し、白が来る前にさっきの十字路を突っ切った。

 普通に読まれた。恐らく逃げるコースだけでなく、そもそも逃げ込もうと思った地点まで。いや、誘導された可能性もある。アイツらの信頼関係なら無言で連携するなど朝飯通り越して夜食前のはず。

 ……ダメだな、想定の先にはデッドエンドしか見えん。

 およそ勝てる見込みはないのだと再確認させられ、唯一優位に立っている機動力で入り組んだ路地を走り回った。

 今なら吸血鬼にあった炎使いの気待ちがよく分かる。マジで戦おうとか思わねぇわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はぁ、はぁ」

 ……それから、どれくらい経っただろうか。

 かなりの時間、空と白の弾を紙一重で避けながらここまで来たつもりだが、実は全然経ってないとかないよな。まだ二分ですとかだったらマジできつい。

 白の攻撃力は言うまでなく、弱点である機動力は空の先読みと先回りでカバーされている。何こいつら、阿吽?

 散々走り回って体力も限界が近い。しかし試合終了のホイッスルがないってことは、まだいづなは倒されてないのだろう。

 ……まさかやられてねぇよな?

 最悪の想定を頭から切り離す。

 もしそうだったとしても、ここで逃げる以外の方法を俺は持っていない。

「まだ、やれるか?これ」

「――いえ、不可能でしょう」

 突如として、四方に続く一角にジブリールが舞い降りた。

 瞳は怪しく輝き、鋭く刺さる視線には人並に殺意を感じる。

 ……終わった。恐らく彼女はいづなに撃たれている。

 マジか、負けたのかよ。俺の立てた勝利フラグどこいった?あれ相手が油断してる事前提だからですかね。

 ジブリールは俺に右手の銃口を向け、だが引き金を引かない。なんでだ……?

 地面を踏み込む足音が聞こえ、左右を横目に確認する。

 左翼に空、右翼に白。走った感じがないってことは、ここまで予測されてたってことだろう。そして、眼前にジブリールがいるとするなら……。

 嫌な予感と言うよりは嫌な予知だった。

 振り向いた先、俺の背後だった地点には利き手にガンを握るいづながいた。

「逃がさねーぞ、です」

 左右前後から四丁の銃口を向けられ逃げ場はない。真の意味で終わりなのだと理解させられる。

 結局、俺のしたことは完璧なまでに無駄だったらしい。まぁ所詮はゲーマー検定落第確定者の悪足掻きだからな。失敗して当然だろう。

 けれど、それなら――。

「……あと一回、悪足掻きしても変わらんだろ」

 元々、最悪の事態は想定していたのだ。唯一の装備品は、常に右手に握られている。

 俺の出せる最速の動きでボムを起動し、いづなへ投擲する。

 これが俺の持つ正真正銘最後の攻撃。……まぁ、当たらないだろうが。

 目の前でいづなに迎撃されたボムは無残に霧散し、最後の最後まで何も成さぬまま。

 ――後頭部に感じた衝撃と共に俺の意識はブラックアウトした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―other side―

 

 

 

 路地には桃色の煙が広がり、視界は濁らざるを得ない。

 しかしいづなならば、『血壊』を使わずとも目の前の男の心音を聴くことはできる。

 異常はない。つまり、完全に気を失った。それを確認するかのように、空と白は八幡の元へと進む。

 煙幕が効果を失うことで、いづなと同じく心音を聞いていたいのも、そしてモニター越しに見ていたステフやクラミー、エルキア国民の全員が決着を目にする事になる。

 倒れた四人目と、いづなに撃たれた三人。

「そ、そんな……これで、終わり、なんですの……?」

「……っ」

 ありえないと思える現実にステフは震え、空を知るクラミーは黙り込む。

 確かにいづなの強さは想像以上だった。その姿は怪物と呼ぶに相応しく、本来なら太刀打ちできるはずのない上位種(フリューゲル)すら沈めるほどに凄まじい。

 だが、空達の想定を越えていたのだろうか。

 あのどこまで本気か、どこまでが底なのかも分からぬ兄妹が死力を尽くし、それでも勝てない相手だったのだろうか。

 ――分からない。

 理解できるのは、比企谷八幡――最後の砦の敗北だけ。

 だが、それでも彼女らは目を逸らさない。どれだけ絶望的で失望的な光景であろうと、静かに目を向け耳を傾ける。

 黙する二人の共通する思いは、ただ一つ――空達がこれで終わるなど、考えられない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それに応えるがごとく、声が鳴る。

「勝手に終わらせんなよ?」

「……まだ、だよ……いづなたん……」

 

 

 ―other side out―

 

 

 

 

 

 

 

 




次回、ノーゲーム・俺ガイル。
決着!?ゲーマーVSゲーマー。
次もぜってぇ見てくれよな。


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つまりこれが彼らの違いである

長らくお待たせしました。
ほぼ一か月放置してしまったことに我ながら驚いています。
きっと冴えない彼女とかとあるアニメとかの所為ですね。
……はい、自分の所為ですごめんなさい。


 —other side—

 

 

 架空の生物について、あるいは人類を越える存在について。

 もしもそのような超越的なものがいるとするならば、はたして人類はそれらに理解を示せるだろうか。

 仮にそれらが人類と会話できるのならば可能かもしれない。

 仮にそれらと意思の疎通ができるならば可能かもしれない。

 仮にそれらが人間に対して友好的ならば可能かもしれない。

 それが、恐らく不確定要素だらけの予測変換から導き出せる結論だろう。

 ……もっとも、仮の話になる以上、この問の結論には然したる意味はない。

 ことの本質は、脳内処理を越えた情報に理解を示すことがいかに難しいかである。

 理想的な仮定の状況と、過大な希望的要素を踏まえてすら、あくまでも可能かもしれないという仮称の結論しか出ないのだ。

 その先を求めるのは誰にもできず、誰に対しても求めることはできないだろう。

 ——故に、理解不能な状況に対して、時間すらも静まり返ったような錯覚を覚えることに不思議はない。

 

 創作された世界——ゲーム内の幻想世界で、彼らは笑みを浮かべる。

 負けたはずの二人、死んだはずのコンビ、反撃の旗を無くしたはずのゲーマー兄妹。

 誰もが抱いた固定観念をあざ笑うかの如く、『  』(そらとしろ)は勝利を確信した瞳と銃口をいづなに向けた。

「まぁ~、タネを明かせば簡単だ」

 空は笑顔を崩さず、向けた銃を揺らさずに口を開く。

「このゲーム、装備品(ふく)で着弾を防げるんだよな?」

「……なら……これでも、できる」

 続けて、白が握っていた左手を開いた。

 彼女の手に平には、自身のYシャツから取ったであろうボタン。これ自体には何の仕掛けもない。

 だが、二者の言葉を踏まえれば、見えてくる信じがたい攻略法。

「まさか、ボタンを飛んでくる弾に当てたって言うんですのっ!?」

 まさしく人類を代表し、ステフが画面に驚愕を吐き捨てる。

 確かに驚くべき、そしてひどく馬鹿げた話である。

 しかし、と。見つめる会場でただ一人、クラミーだけが揺るぎなく空の言葉を信じていた。

 あの白ならば、可能だろう。

「……えぇ、そうね。あなたの知る白なら。……けれど」

 けれど、納得できたわけではない。

 なぜなら空の仮定には大きく、致命的な誤算があるはずなのだ。

「……そんなの、できるわけねーだろ、です」

「そーかね?できなきゃ、そもそも俺らはここにいないと思うけど?」

 大衆が見つめる先でいづなもまた、あるはずの誤算を噛み締めながら言葉を吐き、空は不気味さすら感じさせる口角の上がった表情で答える。

「理屈じゃない。必要なのは結果だ」

 そう続けた空には、そして隣に並ぶ白にも笑みはない。

 あるのは、果てしなく深い覚悟と必勝の手のみ。

「あえて宣言させてもらう。次の一手……いや、この一手(・・・・)で――」

 

「「……いづなの、詰みだ」」

 

 言葉はもういらない。

 放たれた双銃の狙いは狂い無く、回避行動を最も難しくさせる地点へと弾が飛ぶ。

 それらを視認し、いづなは踏み込んだ。

 地面にヒビが入り、風が割かれ、抵抗に逆らう質量が直進する。

 狙うは、偽装も回避も不可能な間合い。

 倒れた比企谷八幡の僅かに手前、立ち位置的には中間かつ最短となる二人の隙間にいづなは走った。

 右手のいづなの銃(メインアーム)と、左手の奪った銃(サブアーム)を二つの標的に向ける。

「――だろうな。『血壊(・・)が使えない(・・・・)なら、そうするだろうよ!」

 だが、彼らはそれすらも読んでいた。

 いづなが来るであろうポイントを完全に先読みし、無防備な頭部に銃口を突き付ける。

 三者を四丁の銃が狙い、一斉にトリガーを引く。

 弾速と距離を考えればいづなにも、もちろん空白にも回避はできない。

 弾丸は正確な直線を描いて額へと向かう。

 ――ある二撃を除いて。

 いづなは広げた両手を振り上げる。

 腕の先、手の平に掴まれた銃は力に従って上昇し、飛ぶ弾丸と接触し合う。

 狙いが正確ならば、その軌道を読める。

 意図的にではないにしろ、いづなは空と白が行った超人的神業をこの局面でやってのけた。

 装備品(ふく)ではなく装備品(じゅう)で着弾を防ぎ、相打ちという敗北の未来を彼女はねじ曲げる。

 当然、超人的であろうと超人ではない二人は、防御もできずに弾を受ける。

 ――ただ、確信めいた笑みを浮かべたまま。

 心音という確かな証拠が、次こそ『  』(くうはく)の脱落を確信させる。

「……今度、こそ――」

 終わった、です。

 そう声に出すより速く、それは動いた。

 いづなは反応できない。

 何故ならそれは、速く、意識外から、なんの素振りもなく打ち込んできたのだ。

 ジブリールという――最後の一打を。

 目で捉え、頭で理解し、いづなは察した。

 これで終わりだと。

 これで詰みだと。

 これで、ここまでで、一手(・・)なのだと。

「ありえねー、です……」

 敗北を理解した彼女は――笑った。

 無慈悲に弾丸は額を穿つ。

 

 

 ―other side―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さっさと起きていただけますか」

 何故か怒気を感じる声に意識が戻る。

 怒られる原因に覚えはないし、何かの間違いだろう。

 しっかりと光を捕らえる瞳で、俺は眼前の景色を認識する。

「床で眠ることに何かしらのこだわりでもあるので?」

 真っ先に見えたのは、ジト目に近い琥珀色の目をした疑似天使だった。なんで機嫌悪そうなんだよ……。

「好きで寝てるわけじゃないんだが……」

 そもそもこの世界に来てまともな寝床につけたことの方が少ないことがおかしいんだって。

 誰に届くはずもない愚痴を心の中でぶちまけ始めた辺りで、俺は騒々しい歓声に気付く。

「なんだ、これ」

「まだ頭が機能していないご様子で」

 まだ俺に対する当たりが厳しいジブリールを紙一重でスルーし、立ち上がりながら辺りを見渡す。

 まず、俺の背後にはジブリールがいる。これは俺の向いた方向によるもので、彼女は一切移動していない。

 次に眼前。男女二人組……というか兄妹二人が、項垂れた幼女……いや、獣耳幼女の前に立っている。いや、この言い替えに深い意味はない。ほんとだよ?

 空と白が仁王立ちして、いづなががっくりとしているということ。そしてギャラリーの比率から歓声の大きさを鑑みれば――。

 文系のテストに出したらサービス問題だな。

(1)の答えは、エルキアの勝利。満点の回答だろう。

 まぁ(2)で、『その方法を答えよ』とか聞いてくるんだろうけど。ああいう問題って、大体予想がついちゃってもう問題文見ずに書いちゃうよね。そんで見直したら全く違う記述問題で書き直したり。

 ともかく、俺の回答は花丸がもらえるレベルで正解しているらしく、空中に出現したモニターには悔し気な初瀬いのが映し出された。

「残念だったなじーさん、あんたらの負け。せめてもの抵抗に俺らの作戦、暴いてみたか?」

 ここまで挑発が板につく男も珍しい。空はいつもどおりの口調でいのを煽る。もうゲーム終わってんだよね?

「……ボタンを使っての着弾偽装、敵ながら見事と言わざるを得ませんな」

「ん~、まぁ、どうも」

 いのの言葉はどうやら空の琴線には振れなかったらしく、返事はおざなりだ。

「けど本質はそこじゃねぇ。つーか、ついさっき丁寧に解説したとこ言い直すとかどうなのよ」

「なんかメタっぽくなるからさっさと先進めよ」

「お、八、いたの?」

「それは暗に俺の影が薄いと言いたいのか。それとも直球で言ってんのか」

「どちらかと言えば後者」

「そこはぼかせよ」

 てか、せめて「いつの間に起きた?」じゃねぇの普通。

 まいいや、と空は向き変える。

「じゃあシンプルに、俺たちがやったことを簡単に言うとだな……」

「……意識、視線の誘導……ミスディレクション」

「あの、白さん?にぃちゃんのかっこいいところ持ってかないで?」

「……今回……しろの出番、少なかった……バランス、大事」

「なんかメタいよ白さんッ!?」

 出番がどうかは知らんが、あまり聞きたくない単語が聞こえたよ?ミスディレクションって、それ俺がやろうとしたのと同じ奴っすかね?

「と、にかく、俺たちがやったのはそれだけだ。ボタンによる防御はおまけだし」

 なにそのセクシーなコマンド。煮汁とか溢れ出さないよな。

「ありえねーだろ、です。それだけで勝てるわけねー、です」

 空の声に、いづなが苦言を呈す。

「それが、そうでもない。生き物の意識ってのは、存外適当だからな」

「適当って?」

「意識外のことには、誰も反応できないってこと」

 確かに本とか集中してると時間が飛ぶよな。それは時間って存在が意識外にあるからってことだろう。

 じゃなきゃ俺は集中する度キングクリムゾンしていることになってしまう。

「んで、肝心のいづな達の敗因は――八を見過ぎたことだ」

「……は?」

 いや、流石に俺は悪くないと思う。訳わかんな過ぎて喧嘩腰みたいな声を出してしまったのは俺だが、俺に責任は無いはずだ。……だからそっと隣に並ぶのやめて頂けませんかね、ジブリール殿?

「どういうことだよ」

「そのまんま。俺たちは一貫して、八に意識を向けるように仕向けたってだけ」

「それはむしろ俺がやろうとしたことなんだが」

 対象は違うけど。

「それ踏まえて、いづなは、東部連合は八に集中してたんだよ」

 なぜ、と聞きかけた。つまり聞いてない。

 言われてみれば、そして東部連合側に立てば理解できないこともないのだ。彼らが俺如きに意識を割く理由を。

「『種のコマ』を賭ける一大勝負で、いきなり現れた新キャラ。能力も性能も未知数。まして相手の一軍は上位種を真っ向から倒したことのある存在と来れば――」

「当然俺がエルキアの真の秘密兵器に見える、ってことか」

「そーゆーこと」

 今更ながらそうだ。

 俺は東部連合との交渉(という名の恐喝)の際はその場にいなかった。マジでいづなとは今日ついさっきが初対面だったし。

 ついでに言えばこのゲームのルール決めの時に、空は「エルキアは四人で挑む」といっていたはず。となれば自然と参加者は『  』の二人にジブリール、残る一人はステフだと考えるだろう。

 しかし実際に参加したのは名前も顔も知らない目の腐った男。嫌でも警戒するな。目は関係ないけど。

 ……となるとこいつら、俺が東部連合との初対面式に出向かないことまで計算してたってことになる。もし後出しだったとしても、俺の思考読まれ過ぎじゃね?プライバシーとかないのこの世界。

「さて、そうなると東部連合はどんな戦法をとるか。候補はいくつかあるが、一番は警戒対象の優先順位をつけての撃破だろう」

 他の戦法は、例えば『血壊』による奇襲か。それは成功して空達はやられたわけだし。

「まず最も警戒すべきは八。次が戦闘力の高いジブリール、未知数な俺たちと続く」

「未知数と言うなら、こちらが狙うべきは人類種(イマニティ)である御三方からとなるのではないですかな?」

「いや、ならない。なぜならあんたの目には、八こそが真の『  』に見えたはずだからだ」

 いのの指摘を空はノータイムで否定した。東部連合は空達をジブリールよりも優先すると。

「優先順位が決まれば、次は倒す順番。ステフ辺りは勘違いしてそうだから言っておくけど、このゲームは強いから先に倒しておくって戦法は使いにくい」

 何故か分かるよな?と聞くように、空はこちらを見る。

 正直俺もステフ寄りの思考だったのだが、指摘されれば別解も生まれる。

「わざわざ倒したのに復帰させるのは厄介だから」

「正解。まして相手はデータ皆無の敵。味方につけたとしても扱いに困る」

 ならば空や白もその扱いにくいキャラに属すだろうとも言えるが、そこは俺の仕向けたミスディレクションのお掛けだろうか。

「かといってすぐにジブリールは攻め落とさない。いづなにとって、相当好条件でもない限りは切り札を切らざるを得ない相手だからな」

 全く違いました、てへっ。

「そんで、ゲームの長期化にいづなは焦った。体力を使う切り札の使いどころが難しくなるからな。だから逆に、『血壊』による奇襲という策に出る。しかしいづなには誤算が二つあった」

「……一つ……はちが、なにも仕掛けなかった、こと」

「もう一つは、『  』(おれら)奇襲(それ)に備えていたこと」

 話を総合すればなるほど、俺の知らんところで何が起きたのか想像がつく。

 空の言葉通りいづな達が俺を必要以上に警戒していたとするなら、いづなにとって賭けに近い戦法の際はどうしても気になってしまう。つまり意識が向いてしまう。

 対して空達はいづなからチート級の攻撃が来ると初めから予測し、その対策を持っていた。いづなに打たれたのはフリで、ずっと彼らはこちらの陣営から動いていなかったと。

「いくら『血壊』を使ってるとしても、意識外のことまで思考は回らない。いづなは白を完全に仕留めたかという確認を怠った」

 油断怠慢すなわち何とやらか。

「俺が何もしなかったってのは?」

「いづなは常に警戒していた。八なら俺や白を倒している間に何かしてくると覚悟してたんだよ」

 さも知っているかのように言うが、いづなは何も言ってないよ?否定もしてないけど。

「覚悟してたってことは、深追いもできなかったってことか」

「そういうこと。あとは八の作戦に乗っかって、いづなが来るのを待つ。特別なことは、誘導(これ)だけだろ?」

「いやおいちょっと待て。となるとお前ら、俺を追ってる時点でこっち側だったってことか?」

「当然。つか、俺と白からあれだけの時間逃げられるわけねぇだろ普通」

「……はち、しろたち、舐めすぎ」

「お、おう、すまん」

 通りで紙一重で躱せた訳だよ。何せこいつらが、紙一重で躱せるルートに撃ってたんだし。

 というか、もし俺がこいつらに打たれてたら……それ以前に、いづなを追い詰めるだけの策を用意できなかったらどうするつもりだったのか。

 そこまで読んでの話なんだろうけど、いろんな意味で信じらんねぇなこいつら。

「……そら、しろ。、答えろ、です」

「なんだい?いづなたん」

「なんでいづなが、『血壊』使えねーってわかった、です?」

「簡単だよ」

「……切り札あるなら、(それ)……ジブリールから取る必要、ない」

 今更気付いたが、いづなの傍には二丁の銃が落ちていた。

 白の言い分通りならいづなは、一度ジブリールを倒して、体力を使い過ぎたことに対する保険に銃を追加装備したってことか。未知数の敵を前に切り札無しというのは心持たないから。

 なんとなく『血壊』は大幅に体力を消費するイメージだけがあったが、これでいづなが温存したがる理由にも説明がついた。

 しかし、そうなると……。

「それ以上先を思考するのはお勧めしませんが?」

「サラッと心読むなよそして考えてないだからそのとびきりの笑顔どうにかしろよ下さいお願いします」

 わざと視界に入るようちこっち見ないで欲しいです。まだゲーム内なので暴力許可って有効だよねここ。

 空と白の答えを聞いてから、いづなはただ俯いて動かない。

 ただ、僅かに身体が震えている。何かを堪えるように、弱々しく。

「え……なんで、なんで、です?」

 ポトリと落ちた一滴が、いづなの塞きを壊した。

 瞳から溢れふ涙は、次第に大きさと量を増していく。

「なんで、止まんねー、です……いづなのせい、なのに……」

 分かった。分かってしまった。

 いづなが誰のために泣いているのかが。

 彼女は今日このゲームに、自国の命が掛かっていると覚悟していた。自分の敗北は、多数の死だと。

 ならば彼女の涙は、誰に向けた涙なのだろうか。

 ――守れなかった国民だろうか。

「それは違うだろ?」

 空は否定する。

「今いづなは、どうしていいか分からないだけ。だろ?」

「え……?」

「一生懸命、全力で、死力を尽くして戦って、それでも勝てなかった。それが悔しくてしょうがない」

「それは、それはちげー、です」

「いえ、恐らく相違ないかと」

 予想外にも、感情の論争にジブリールが足を踏み入れる。

「私がトドメを指す瞬間、あなたは確かに笑っていました」

「それは、そんなの……」

「いいんだよ、いづなたん。笑ってさ」

「え……」

「これはゲームだぜ?楽しんで悪いわけがない」

「でも……」

「本気でやって、楽しんで、負けたら悔しくて。それでいいんだよ、ゲームなんだし」

「でも、いづなが負けたら、みんな不幸になる、です」

「……あ……いづなたん……それ、違う」

「そもそも俺達が獣人種(ワービースト)を滅ぼすわけねぇじゃん」

「ど、どういうこと、です。お前ら、いづな達倒しに来たんだろ、です」

「ああ、ゲームでな!」

 ゆっくりと近付いた空がいづなに何かを耳打ちする。

 それを聞いたいづなは、初めて見せる満面の笑みを浮かべる。

「じゃあ、いづなは悔しいって、言っていいのか、です」

「……ん、もち」

「それが言えれば、それが分かれば、いづなも立派なゲーマーだ」

「……ぐっと、いづなたん」

 根っからのゲーマーを前に、小さなゲーマーは、力強く立ち上がった。

「……次は負けねーぞ、です」

 年相応の笑顔と熱意を秘めた瞳は、間違いなく彼らと同じものに感じれる。

 彼女はゲーマーだ。

 負けることが悔しくて、勝ちたくて。

 だがその思いを抱くことを許せなかった。

 彼女の双肩には、何万という同族の命が掛かっていたから。

 だから、いづなは笑えるようになった。ゲームを楽しめるようになった。

 彼らとの勝負が、殺し合いでないと知ったから。

 もう、彼女の瞳に涙はなかった。

 自分の気持ちに困惑する涙は。

 ある必要のない、自責の涙は。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ところで、結局最後は何がどうなった?」

 ジブリールが決めたってのはなんとなく話の流れで掴んでいたが、実際にどんな熱戦を繰り広げたのか俺は知らない。

「八がいづなに撃たれてる間に、俺と白の弾を跳弾させてジブリールを復帰させた。あとは分かるだろ」

「いや、俺気絶してたんだけど……」

「奇襲すら可能な場面であえてこちらの手札を提示し、意識を向けさせる。流石はマスターです」

「あー、ミスディレクションって、そこまで含まれてんのね」

 いづながジブリールに気付けなかったのは、そういうこと。

 総合してやはり、思うことがある。

 俺、いる意味あった?こいつらなら、俺無しでもやれた気がするんですけど……。

 

 




かなり期間が開いてしまい申し訳ないです。
本職の方々がいかに血反吐を吐いて仕事をしているのか……尊敬します先生方。



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問題―プロブレム―

 お約束とは、あるいは王道テンプレートとは愛されるからこそ存在し、求められるからこそ存在し続ける。

 ならば、お色気イベントにお風呂イベント、ラッキースケベと、現実から逸脱した現実味有る展開は推して知るべし。

 曰く──。

「……そろそろ、本格的にTS主人公目指そうかな……」

 そこには、何故かいつも以上に童貞を拗らせた男がいた。さっきジブリールとどっか行ってたみたいだけど、何かあったかよ。

 一応注釈を入れるとさっきのセリフは空なので、勘違いしないでよね! 別に私はそんなこと思ってないんだから! 

 誰を対象にしたツンデレイベントだよ……。

 と、明らかにどこかのゲーマーに毒され始めた俺は、絶賛その主犯と並んで仕切りに背を傾えていた。

 いつもに増して考え方のおかしい空だが、決して頭が湯気の温度で沸いた訳ではない。

 以前クラミーたちと風呂に入った際、「魔法で性転換は可能か」という話になった。目的は女子同士のキャッキャウフフを味わいたいとか。

 フィーが言うには、可能だが戻れないらしい。

 つまり女体化の一方通行。合法ロリコンである。いや空はシスコンか。

 後ろからは白やいづなのキャッキャウフフが聞こえており、彼のタブレットを操作する顔は犯罪者じみていた。

 

 その後、ステフの知らせで、東部連合が重要な人員や資材を本国に持ち帰っていたことが分かった。空は完璧に読んでいたみたいだが。

 東部連合がゲームで賭けたのは『大陸領土の全て』であり、要求に大陸外は含まれない。

 獣耳娘王国(とうぶれんごう)を完全制覇しようと言っていた空は、ニヤリという笑みで応えた。

「もちろん、全部もらう」

 彼が受ける大罪は強欲か、傲慢か。はたまた怠惰か色欲か、分かったものではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 風呂上りから数分経って巫女なる人物からお呼びが掛かり、エルキア一同はいづな、いのを含めて東部連合の首都へと足を運んだ。

 もちろん、俺は自宅(エルキア)待機である。

 だって俺行く理由ないし、言っても何もしないし。

 しっかりと(空に)許可をもらい、図書館で読書に勤しむ。

 他人を一切気にせず、ただ黙々と書物に向かうのはいつ以来だろうか。文芸部もとい奉仕部にいた時も、大体は周りにどうでもいいような話をする声があったからな。 

「これが最終兵器なんて、信じたくないにゃ~」

 そう、こんな気の抜けるような……。

「は……?」

 まるで知ったように受け入れようと思っていたが、誰が何をどうした。

 言葉を発したことだけは分かったが、理解不能過ぎて俺は声のした方を向く。

「これが、ねぇ……」

 目が合った。

 二色のオッドアイが俺を吟味するように、内側の闇を隠し切れないかのように光る。

 直感的に、相手が天翼種(フリューゲル)である認識した。

 見つめ合う目線を外し、オッドアイの彼女の容姿を視認する。

 腰から生えた翼に、異常に多い露出度、頭の上を回る幾何学的な紋様。俺の知る、天翼種(ジブリール)の特徴と一致する。

 逆に一致しないのは、天使にはあるはずのない一本の角。まぁ、あいつも天翼種(フリューゲル)も天使ではないが。

「君がジブちゃんの言ってた、同僚かにゃ?」

 オッドアイの角有り天翼種(フリューゲル)は、癒し系マスコットのキャラ設定のようなしゃべり方で首を傾げた。

 何がしたいんだこいつ。てか、何言ってんだこいつ。

 そもそもおかしい。

 ここは『  』の所有地だし、ジブリールが管理している。許可がない者は入れないはずだ。

 それに相手は天翼種(フリューゲル)獣人種(ワービースト)ならまだしも、招かねざる相手を招き入れるなど、彼女が許すとは思えない。

 何故なら現状、ジブリールは同種族で言うところの裏切り者に近いはずだ。仮に天翼種(フリューゲル)側が接触を求めて来ても本陣に入れるだろうか。

「あ~、警戒しなくても何もしないにゃ。というかできないにゃ、盟約で」

「いや警戒しないわけないだろ」

 俺、前に初対面のばけもの(ジブリール)に対してかなり舐めてるような対応をした気もするが、こいつは色々と違う。

 まず、こいつは何かしらの思惑を持ってここにいる。騙し合い、腹の探り合いに警戒心ゼロで臨むわけがない。

 そしてもう一つ、ついさっき見えたモノ。あの微表情とも呼べる僅かな、しかし確かな深み。あれは、間違いなく彼女の裏だ。

「本当に危害を加えるつもりはないにゃ。ただ、ジブちゃんの同僚ってのが気になって見に来ただけにゃ」

「……色々と気になる部分はあるんだが……おい同僚ってなんだよ」

 感度レベルマックスの深読みで彼女の言う「ジブちゃん」をジブリールと仮定するとして、同僚ってなんだよ。やめとけやめとけとしか思わないんだが。

「ジブちゃんが前にアヴァント・ヘイムに来た時、多分君のことをそー言ってたにゃ」

 前というのは、東部連合とのゲーム前にしておくべき準備の時だろう。確か空の指示でアヴァント・ヘイムに行くとか言っていた気がする。あんま覚えてないけど。

「ジブリールが言ったのか」

「? 何かおかしかったかにゃ?」

「そうじゃないが」

 あいつと意志の疎通が取れてないと再認した。

 なんでジブリールの中で俺が働くことを前提に話が進んでいるのか。俺は働く気はない。働かせようとするな。やめろ、やめとけやめとけ。

「で、俺に何か用かよ」

「だから、見に来ただけにゃ」

 俺は校庭に迷い込んだ犬かよ。めっちゃ人気者じゃねぇか。

「なら用は済んだな、よし帰ろう。……つかどうやって入ったんだよ」

「転移だにゃ」

「いやそういうことじゃなくてだな」

「あぁ、君のマスターにちゃーんと許可は貰ったから安心していいにゃ」

 何を安心してどこにツッコめばいいんですかね。

 敵意満点のバケモン種族と一つ屋根の下で、俺に何をしろと? あいつらは俺に何を期待してる? 

 つかなんで許可してんだよ。んでいつ会ったんだよ。

「なにより俺が従者ってことがおかしいだろ」

「うちに聞かれてもどうしようもないにゃ~」

 言ったのはお前だろ。正確にはジブリールか。

 俺がジブリールの同僚なら、従者の同僚=従者になる。だから働いてないんだって。……なにそれニート? 

「あー、空達に会ったのか?」

「君たちのゲームが終わった後に、にゃ」

 そういや風呂に入る前にあいつら、「先に用意しとけ~」とか言ってどこかに行ってたな。ジブリールの転移で。

 すぐに帰って来たから何も重大なことがあったわけではないと思ってたが、めちゃくちゃ重大じゃねーかっ。主に俺にとって。

 なんで俺はこうも天翼種(えせてんし)に縁があるのだろうか。俺、前世に何かあった? 

「そういえば、まだ名前を聞いてなかったにゃ」

「じゃあ俺のことなんて聞いてたんだよ」

「目の腐ったアホ毛の男にゃ」

 絶対にジブリール談だろそれ。ほとんど蔑称だし、なんでこいつもその条件で俺を見つけてんだよ。俺、どんだけ嫌われてんの? 

「うちはアズリール、ジブちゃんのお姉ちゃんだにゃ」

「え、あいつ妹なの?」

 確かに末っ子気質というか自由人というか傍若無人だけど、そんな家族事情は聞いたことがなかった。まぁ俺からは絶対聞かないし、あいつからも話す内容じゃないか。

「ジブちゃんはうちの自慢の妹にゃ」

「妹を自慢する気持ちは大いに分かるが、なら会うべきは『  』(あっちの方)じゃねぇのかよ」

「もう会ってるにゃ」

「いや、だからそういうんじゃなくてだな」

 まず調べるべきは同僚より主だろ。まぁ俺が同じ立場なら両方調べ尽くすけど。

 というか、妹の一言でこんなことしてる辺り、こいつ相当なシスコンなんじゃ……。

 そうなると、俺と空と、そしてアズリール。この世界のシスコン比率すごいな。

 思わぬ同族発見にアズリールへ目を向けると、ニュートラルに不自然な笑顔が見える。

 さっきから違和感があった。

 こいつは一色いろはに近い。自分の裏を隠し、建前だけで会話している。

 だが、アズリールは俺に一瞬、意識的か無意識かはさておき、本心らしき裏を見せた。

 それこそが、俺が彼女を雪ノ下陽乃ではなく一色いろはと例えた部分でもある。あの魔王なら、最後まで隠しきるはずだ。

 あの表情に何の意味があるかは分からない。

 しかし、少なくともアズリールは俺に敵意を抱いている。あるいは隠し切れないほどに。

「……さっきの、どういう意味だ?」

「さっき? 何のことかにゃ?」

「お前言ってたろ、最終兵器とか何とか」

「あぁ~、単に弱そうだにゃ~、って思っただけだにゃ」

「思ったんならもう少しぼかしてくれよ。傷つくんだが」

「訂正するにゃ。弱いにゃ、心が」

 なんで俺に対する態度ってみんなキツいの? 異世界でもこれとか、二週目プレイすら人生ハードモードなんだけど。

 明らかに傷ついた俺を見て呆れたのか、アズリールはこちらに背中を向ける。出口は使わないだろうが、帰るというサインだろう。

「……最後に、これは絶対に言っておかないといけないにゃ」

 こういう前振りでいい感じのセリフが続いた試しがないんだが、聞かないと帰ってくれないならば仕方ない。

「もし、ジブちゃんが不幸になるようなことがあったら──絶対にゆるさないにゃ」

 そういった彼女の横顔は、先ほど俺に見せた本心から(うら)の表情だった。

 

 よく分からないやつは消え、図書館には静けさだけが残る。

「……結局、名乗ってねぇな俺」

 あいつも忘れて帰っちゃってるし、アホなのか? 

 

 

 

 

 

 

 

 ―other side―

 

 

 東部連合、首都──巫鳫(かんながり)

「で、どっちにするよ? 巫女さん」

 すでにエルキアと東部連合との勝負は最終局面を迎えていた。

『  』対『巫女』のゲームは、互いの要求を賭けて引き分けとなる。

 ならば、その決め方をどうするか──すなわち、両方勝ちか、両方負けか。

 空は不敵に笑い、対戦相手の巫女は恥ずかしそうに苦笑する。

「言わせるんか、……両方の勝ちでええわ」

 こうして、エルキア連合は誕生した。

 

「マスター」

「ん、どした?」

「下僕でありながら、我が主にこうして問う無礼をお許しください」

 熱戦に次ぐ連戦を終えた主に、ジブリールは回りくどい前置きから口を開く。

「何故マスターは、わざわざあの男をゲームに参加させたのでしょうか」

 念の為に防音術式を張っている。ステフや東部連合側に聞かれたくない内容である可能性を考慮しての判断。

 その意も伝えた上で、ジブリールは二人(マスター)の言葉を待つ。

「なーんか、いろんな奴に聞かれた気がすんな」

「……だって、にぃ……これ、非効率だった」

「否定はしない。ステフ達もそれを感じてたんだろうし。だから白、わがまま聞いてくれてサンキューな?」

「…………しろも、にぃに同意……だから……問題、なし」

「それもそうだな。まぁ、ジブリールに話しといても損はないだろうし、いいか」

 効率厨と白に認定されている空が、非効率な方法を選んだ。

 そのわがままの理由を、彼は口にする。

「八を、比企谷八幡を動かす為だ」

「…………」

 ジブリールの無言は、ただ続きを待っていた。

「八は、自分を主観的に客観視する。だから自らの行動に、必ず理由が必要なんだよ」

 理由、行動理念、信念。その一切が確固たるものでなければ、彼は動かない。

「あいつは俺達と違う。あいつはまだ、この場に立ってすらいない」

「この場、とは?」

「あいつはまだ、ゲーマーじゃない」

 この世界において、ゲームに勝てないことは死すら意味しかねない。

 そんな中で、彼はまだ、ゲームをしようとはしていないと。

「勝つとか負けるとか、そんな話にすらなってないんだよ」

「では、マスターはあの男をゲーマーにしようとしているのでしょうか」

「当たり前だろ。何せあいつは、俺らに引き分けた男だぜ?」

 当然だと、空に続いて白も拳を握る。

「今度こそ、ちゃんとぶっ飛ばす」

「……じゃなきゃ……『  』の、名が廃る」

 今日この時までに、空も白も、『  』としても、何度となく八幡とゲームをしては勝って来た。

 だが満たされない。

 やるからには全力で、強敵と、惜しみなく。

 ゲームで負けることはない。楽しくやらねばゲームじゃない。

 そんな『  』にとって、比企谷八幡──否、ゲーマー『八』とやらねば気が済まないのだ。

「……マスター。それでは、マスターはあの男に、理由を求めるのですね?」

「理由?」

「あの男が、自らが動くに値する理由を。ゲーマーとして戦う理由を」

「まぁ、そういうことになるか」

 無いならば、与えてしまえ、ホトトギス。

 持ちえぬならこちらから用意しようと考えていた空は、少し考える。

 ……あの八が、与えられた理由で戦うのか、と。

「確かに、そうじゃなきゃつまんねぇな」

「……にぃ……?」

「八が自分で動く。じゃなきゃ、意味がない」

 そう、それでは今までと同じなのだ。

 誰かに与えられた理由で戦う彼はまだ、『本物』じゃない。

「承知しました」

 ジブリールは、そっと目を閉じ頭を垂れる。

「ならば不肖ジブリール、全身全霊、全権全能力を持ってマスターの悲願の為、尽力いたします」

 優雅な一礼を刊行した彼女は、指を鳴らすと防壁を消し、空間転移へと体制を移行する。

「先輩の件もありますので、一度エルキア本国に戻ります。必要の際はどうぞお呼びかけください」

 空と白の許しを得、ジブリールはその場を後にした。

 

 

 ―other side out―

 

 




気がつけば本作品、投稿開始から一年が経過していました。
速いようであり遅いようであり、実感が持てない今日この頃です。
ここまでご愛読して下さった皆様、本当にありがとうございます。
120話くらいを目安に完結(今度こそ)するつもりですので、引き続きお付き合い頂ければ幸いです。

※120話とはあくまで目安であり、進み具合により大きく前後する場合があります。


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故に彼女は過去を問う

アニメ俺ガイル3期制作決定。
誠に嬉しゅうございます。


 アズリールがいなくなってから、俺はまた読書に戻った。

「…………」

 ……文字が頭に入って来ない。なんなら、今俺の手元にある本が人類種(イマニティ)語であるかも怪しい。

 さっきからずっとこんな調子で、作業的にページをめくっている。

 記憶力とは違った面で、こういう部分は制御ができないから面倒だ。

 一度思い出してしまったものは、簡単に消えてはくれない。

 頭の中で、ずっとあの光景が、あの場所が、あの二人の言葉が終わりが見えぬ程に渦巻いていた。

 ――これで、良かったのか?

 久しぶりに、直接心臓を貫くような感覚が言葉として思考に生まれる。

 この世界に来てから息を潜めていた、あの声だった。あの、感情だった。

 何に対する問か、何に対する糾弾か。俺は未だにはっきりとした事は分からないまま。

 何故この感情は、こうもしつこく、こうも卑屈に問うだけなのだろうか……。

 ……俺は、後悔しているのだろうか。

 あの世界を捨てたこと、あるいは、この世界で『やり直し』を望んだことに。

 確かに、ボタン一つでリセットしてしまうことに、思うことがなかったわけではない。

 ただ、それ以上に俺は望んだのだ。

 この名の無い感情の、掛けられ続ける問いの答えを――。

 ならば俺は、何故、何を気にしている。

「ルールを、守ろうとした」 

 ルールは守らなければならない。小学生の頃から、洗脳の如く刷り込まれた常識。

 だが間違っていない。そも守られなければ、それはルールにすらならないのだ。

 それ自体には何もない。ならば、何が気になっているのか。

 ……思えば、俺は今まで何を成して来たというのか。

 奉仕部に入れられてなお、俺の性根は変わっていない。人がそう簡単に変わることはないのだし、それは仕方がないが。

 それでも、依頼には応えてきた。例え模範解答でなくとも、間違っていたとしても、奉仕部の理念(ルール)に従って動いた。

 ――それで、何を得た?

 何もない。それが奉仕、ボランティアというものだろう。

 ――なら、あの時間は無駄だったのか?

 無駄だった、無かった方がよかった。依頼なんて、無い方がよかった。

 ……いや、そうじゃない。

 そんな理想論はどうでもいいことだ。

 あの部屋に、あの空間に、あの時間には、意味はなくとも価値はあった。

 そうでなければ、俺は、俺たちは今まで何をして来たというのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先輩は既に帰ったようですね」

 背後からの声で、俺は意識を現実に接続する。

 めっちゃびっくりすんだけど。なに、天翼種(フリューゲル)の中で人の背後取るの流行ってんの?セルゲームでも始める気かよ。

「……お前の姉ならさっき帰ったぞ。先輩は知らんが」

「先輩は既に帰ったようですね」

「いや、だから先輩は知らんって」

「先輩は既に帰ったようですね」

 マニュアル対応かよ。今どきコンビニバイトでももう少し語彙力あるぞ。

「……えっと、アズリールって」

「先♥輩は既に帰ったようですね」

「あぁ、そうだな」

 絶対に俺は悪くない。こいつが不機嫌なのは絶対俺の責任じゃない。裁判じゃ俺は何も認めないぞ。

「では、今まであなたは正真正銘、独りぼっちだったと」

「その誰も救われない事実確認必要だったか?」

「いえ、単に都合がいい、というだけにございます」

「色々と聞きたいことが増えたぞおい」

 俺一人に対し、こいつがしたがりそうなことと言えば……解剖、暴力、セッ――なんでもないっす。

 つか天翼種(フリューゲル)に性欲とか、愛しさとか切なさとか心強さとかあるのだろうか。

「前にここでしたゲームを覚えておいででしょうか?」

 割と真剣な話らしく、ジブリールは静かな声で問う。まぁ、こいつと真剣じゃない話ってそんなにしないけど。

「ゲーム……」

 あぁ、あれか。少し間は空いたが、すぐにに思い出した。

 この世界に来て初めて俺がやったゲーム。それがジブリールとのチェスだった。

「その結果と賞品は――」

「追加で質問、だったか」

「はい。そこで、保留だった私の権限を使わせて頂きます」

「なん、だと……」

 てっきり無かったことになったと思っていた。というかそんなことしたな~、ってくらいに忘れてた。

 わざわざ『偽ることを禁止』してまで、俺に何を聞こうというのか。

 こいつが聞きそうなことに心当たりが無さ過ぎて覚悟が決められない。

 そんな俺のことなどお構いなしに、ジブリールは問う。

「あなたの言った『ルール』とはなんでしょうか?詳細な説明を」

「…………」

 想定も想像も完璧に超えられた。驚きすぎて声も出ない。

 なぜ彼女がそんなことを聞く……?

「……答える前にこっちが一つ、聞いていいか?」

「はて、なにか?」

「なんでそんなことを俺に問う?」

 そもそもこいつには縁も関係もないことだ。

 先の東部連合とのゲームで、俺が言った『ルール』は奉仕部に関すること。それを説明して、こいつに何の得が生まれる?

 俺と会った当初ならいざ知らず、こいつは今空達の従者だ。ならこんなところで、こんな質問に権限を使うことに違和感しかない。

「マスターのため――。それ以上の説明は必要でしょうか?」

「………………」

 言葉は使わず、俺は静かに首肯する。もし聞けるなら聞いておきたい。

 ダメ元での返しだったが、どうやら一方的な尋問ではなく、会話の意思があるのだと分かった。

「これから先、あなたはよくも悪くもマスターのゲームに関わることになることでしょう。ならば、一刻も早く不明瞭な部分を把握することこそ、今私がすべきこと――」

「俺が、あいつらを嵌めるって言いたいのか」

「その可能性も含め、あなたに問うのです。――『ルール』とは?」

「……」

 迂闊だった、と言うべきだろうか。

 俺は今、自分の本心に手を伸ばされている。そしてジブリールが、比企谷八幡の芯に迫ろうとしている。

 彼女が指したルールとは、俺が動いた理由であり、俺の行動理念にも似た存在だ。

 なぜ、何を根拠にしてジブリールがこれに近しい仮説を得たのかは分からない。

 彼女は俺に何を思っているのか。それともなぜ、今なのか。

 いや、そもそも俺はなんと答えるべきだ――?

 盟約によって偽ることは許されない。真実だけを語って誤魔化すか?……何をだ?

 ジブリールは何も口にしない。俺が答える時をただ待っている。

「…………」

 少し考えて、今までのことを整理する。

 自分が何を悩んでいるのかも分からなくなって来たが、彼女が何故この場面でこの問いを持って来たのかは理解できた。

 ジブリールにとって、そして『  』にとって、正体不明な俺の行動理念を知ることは重大な要素だ。

 だが迂闊に権限で聞くことはできない。抽象的な問いでははぐらかされる可能性があるのだ。

 だからジブリールは、俺に『ルール』というキーワードを突き付けた。これが俺の根幹に関わると察したから。

 ならば、何と答える。

 盟約がどこまで俺に真実を強要するか分からない。手探りで話すのはむしろ悪手か。

 ……いや、何か悩むことがあるだろうか。

 なんか読み合いとか駆け引きが当たり前みたいな世界なせいで、要らんことまで考えてしまってる気がする。

 確かに、確かにちょっと死にたくなるくらい恥ずかしい話をすることにはなるが、それを聞かれてマイナスになることはないはずだ。

 むしろ下手にはぐらかすよりも、ここで裏切りの意志はないと証明しておいた方がいいまである。

 心のどこかで拒絶していた話を、俺は理性的に語り出す。

「この世界に来る前、俺は奉仕部って部活に入ってた。……というか入れられてた」

 そこは普段何もしないような所だったが、依頼人の訪問によって活動が始まる。

 部員は俺以外に二人、優秀な負けず嫌いさんと劣化版ステフ(一部を除く)なアホの子。

 名の通り、その部活動は奉仕、依頼人と助ける部活だ。正確には手伝うだけだが。

「その奉仕部の理念、つまりルールが、『飢えた者に魚を与えるのではなく、魚の取り方を教える』ってものなんだ」

 自立を促し、依頼の達成を手助けする。それが奉仕部であり、俺たちがしてきたことだ。

 ……そのはずだ。

「なるほど――」

 俺の説明を全面的に受け取ったらしく、ジブリールは腕を組んで片手を顎に当てる。

 そして――。

「つまりあなたは、そちらの世界で言うところの『リアじゅ……」

「お前実は俺の話全く聞いてないだろ」

 確かに傍目で見れば両手に華なのかもしれんが、片方は薔薇の棘と言うより猛毒持ちだし、もう片方はちゃんとリアルが充実してる系の相手だぞ。そもそも俺とセットで語ること自体がおかしいレベルの奴らだ。

 まぁ、そんな裏設定まで話す気はないため、俺はいつも通りの口調を意識して口を開く。

「……で、俺は信頼に足る人物か?」

「はて?信頼する必要はないと言ったのはどこの馬の骨でしょうか」

「言葉の綾だろ。あと一々罵倒しないと気が済まねぇのかよ」

「罵倒される方に問題があるのでは?」

「なんだそのいじめられる方にも責任がある理論」

 あれ完全に死体蹴りだよな。理由なんてなくともいじめは起こるのに、それで責任はお前にもあるとかオーバーキルだっての。ソースは俺。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから、俺たちは読書した。

 特殊イベントは何もない。

 ただ、いつも通り読書をした。

 仕方がない。

 何をするにも、用事が済んでるジブリールと、そもそも用事のない俺で何か特別なことをするわけがない。お色気イベントがあるわけがない。隣の奴は常にお色気イベント用みたいな服装だけど。

「……」

「……」

「…………」

「…………」

 一貫して、無言だ。ただし無音ではない。一定の間隔で、紙をめくる音が耳に入る。

 静寂ではないが静かだ。けれど、気まずさとか緊張といったものはない。

 むしろ、心地いい。

 この時間が、この距離感が、この空間が。具体性も何もないこの時間が、意味もなく落ち着く。

 ……きっと、似ているのだ。

 今ここは、この瞬間は、あの教室に似ている。

 雪ノ下雪乃と送った短い時間と、由比ヶ浜結衣が詰めてきた距離感と、いつか無くなると理解してしまう空間が。

 多分、重なってしまっている。重なって、混ざり合ってしまっている。

 現実と記憶が、現在と過去が、今と今までが。本来両極にあるはずの二つは、俺の中で隣合って存在している。

 俺は今、ここにいる。

 けれど、過去を見ている。

 後悔なんてしないと決めておきながら、後になって思い出してしまっている。

 俺はあの部屋に、あの世界に、置いて来てしまったものがある。

 そしてそれは、俺が捨てたと思っていたものよりも遥かに多く、大きく、重かった。

「――はぁ……」

 耐えきれず、口から重いものを出した。溜めに溜めた息を吐き出した。

 ……やはり俺は、もう一度戻る必要がある。

 けれどその為に必要なものが、まだ手元にない。まだ見つかっていない。

『俺がほしいもの』。

 問に対する答えが欲しいと思いながらも、心のどこかで俺は別の何かを求めている気がしてしまう。

 だから、結局のところ分からない。

 俺は一体、何が欲しいのか。

 それが何なのか分からないまま、俺はまたページをめくった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さっさと起きて頂けますか?」

 ……いつの間に寝ていたのだろうか。

 俺が読んでいた本はとっくに片されたらしく、枕らしいものも何もない。というか体が痛い。どれだけ寝てたんだ俺。

「マスターがあなたを連行しろとのことなので、早々に準備してください」

「連行って、どこに連れて行かれるんだよ」

「東部連合ですが、何か?」

 今更?とも思ったが、よくよく考えたら今空達はそこにいるのか。

「そういや、ゲームとか決着は着いたんだよな?」

「えぇ、マスターの勝ち……というより、一人勝ちでしょうか」

「それ同じじゃねぇのか?」

 どうやら少しニュアンスが違うらしい。

 ジブリール曰く、『  』VS巫女のゲームは引き分けに終わった。

 だがその内情は、引き分けこそ『  』の狙いであり、実質的なエルキアの勝利とのこと。引き分けすら勝ちにするとか、マジでバケモンだなあの兄妹。

 だが、そうなると俺は何故呼ばれたのか。

 仮に事後処理とか、東部連合とエルキア陣営の思想のすり合わせをするにしても、ステフと『  』がいれば問題ないだろうし。

 ……俺、何もしてないよ?

「空の奴、俺に何させる気だよ」

「マスターと対等のような物言いは寛大な心をもって断罪を先延ばしにするとして」

「そこは許すところじゃないの?」

「あなたの対応次第では、この先寝床に困ることになることは確かかと」

「それ、空の考えじゃなくてお前の考えだろ。断罪執行しちゃってるぞ」

 すごく腑に落ちないのだが、こいつの俺に対する当たりが前よりも厳しい気がする。だから、俺何もしてないよ?

 まぁ、これは今に始まったことじゃないし、別に頭を抱えるようなことでもないからいいけど。いいのかよ。

 そしてこちらも今に始まったことではなく、拒否権のない呼び出しに俺は従うことになった。

 

 




俺ガイルだけでなく、リゼロ、ワンパンマンも二期決定。劇場版にはこのすばや冴えカノが……。
ノゲノラ二期、待ってます。


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そして未来は未だ見えず

 場所は東部連合の首都『巫鳫(かんながり)』。

 時間は、日の傾き的に夕方くらい。

 俺は何故かここにいる。

 ……うん、何故だろうか。

「どうしてこうなった……」

 もしも俺が異世界転生するなら幼女姿で戦場を駆け抜ける運命に立ち向かうことになるだろう。

 そう思えるほどに、どうしてこうなった。

「どうかしたん?」

 いや、どうかしたん?じゃねぇよ。というかこの人誰よ。

 俺はついさっき、空の指示に従ったジブリールから和室に連れて来られ、初対面の女性と二人きりである。

 もしもこれがラブコメ展開だと思ったやつがいるなら、モンスターではなく神のゴッドハンドにクラッシャーされてくれ。

 本当に、この世界は俺に厳しすぎじゃないだろうか。

 俺は何故ここにいるのか結局わからないし、説明役であるはずのジブリールは速攻で退室したし、唯一事情を知ってそうな目の前の女性はずっと様子を見ている。

 ホントに何なの?で誰なの?

「いや、これは一体どういう状況だって感じなんで……」

「何も聞いとらんの?空には話を通しといたはずやけど」

「ここに呼ばれた理由どころか、あなたの名前も知りませんよ」

「ほうか」

 そう言って、目の前の女性はクスリと笑う。

「なら、当ててみ?」

 その仕草は、俺の瞳にはやけにわざとらしく映った。

 どうやら答えないと教えてはくてないらしい。

 別に何かを賭けている訳ではないが、一応考えてはみる。

 彼女は獣人種(ワービースト)だろう。金髪に、狐のような耳と尻尾を持つ妖艶な姿。そして余裕が感じられる振る舞いと寛美な服装。

 そして俺の面識のある、もしくは名前を知っている可能性のある獣人種(ワービースト)……。

 いや、まさかとは思うが……。

「……巫女さん」

 また、彼女はクスリと笑う。

「正解、あては巫女」

 東部連合の全権代理者、最大権力者、国のラスボス。

 それが今、俺の目の前にいる。

 なんと馬鹿げた話だろうか。

「初めましてやね。比企谷八幡、であっとる?」

「あぁ、はい、比企谷です」

 もっと馬鹿げた、というか馬鹿馬鹿しい話。この世界の平均コミュ力値はどうなっているのだろうか。

 繰り返すが、俺たちは初対面である。

 なのに、なぜ彼女はここまで落ち着いて、俺を吟味できるのか。

「なんや硬いなぁ。もっと楽にしてええよ?」

「それは何ですか、死ねと?」

「ハハッ――別に緊張しとるわけやなさそうやね」

 めっちゃ緊張してるっての。軽口で返さないと色々ともたないんだよ。

 さっきから、巫女さんは俺を試しているように思える。

 基本的に、初対面の相手を疑い、試し、結論を出そうとするのは自然な行為だ。

 だが、彼女の言動には明らかに不自然な点がある。いや、これは俺の邪推かもしれないが。

 彼女は、巫女さんは、俺を試そうとしていることを隠そうとしていない。

 つまりあからさまに俺を試そうとしている。吟味している。

 疑うだけならともかく、分かりやすく疑いの目を向けることは不気味にすら思えてしまう。

「空に話は通したってのは、俺に用があるから連行して来いってことですか?」

 不自然なことは他にもあるが、ひとまず俺は状況把握を優先させる。

「まぁ、そうな。連行までは頼んどらんけどね」

「空じゃ駄目だったんですか?ぶっちゃけ、俺より優秀ですよ、あいつ」

 おーけー、用事があるのは確認できた。

 そこで不自然な点その二。巫女さんが俺に用事があるということ。

 俺は何か特別なことができるわけではない。

 行政ならステフが、大半のことはジブリールが、ゲームに関しては『  』が、俺よりはるかに活躍できる。

 だから、そもそも彼女が比企谷八幡を呼ぶことに違和感しかない。

「別に、何かしてほしいゆうことやない。ただ、気になってなぁ」

「何がですか」

「あんたの目的が、よ」

「…………」

 黙るべきではなかったかもしれない。

 これは傍目にもかなり怪しい。

「……そんなの、あいつらの方が余程謎でしょう」

「いや?あん二人はむしろ分かりやすうかったよ。神を倒すこと――やってなぁ」

「信じるんですか?」

「信じられんとも思うし、信じてみたいとも思う。まぁ、時間はかかるやろけど」

 あぁ、この人は上手い。上手くて、卑怯だ。

 自己開示。交渉のテクニックだろう。

 こちらの手札を見せることで相手側に開示することへの抵抗を和らげる。

「そうですか」

 だが、俺には効かない。そんなことで俺のA.Tフィールドは壊せはしない。

「そう。やけどあんたのことは何も分からん。いづなを追い詰めた、あんたの目的がね」

「その表現には語弊があると思いますが……」

「あらへんよ。あんた一人でいづなの、あるいは『  』(空達)の策は瓦解しとった」

「いづなの方は知りませんが、あいつらは俺がいること前提に、というか俺を最大限利用できる策を作っただけでしょう」

「それが、そうも言いきれんのよ」

 何度目になるか、巫女さんはクスリという笑みを挟んで続ける。

「あんたがいづなの切り札を封じんかったら、結局のところジリ貧やったろ?」

「どう、ですかね」

 もしも、いづなに『血壊』が使えなくなるほどの消耗がなかったら。

 このIFに意味は見出せないが、少なくとも、今回ほどスマートに決まったかは疑われる。

「あんたが、あんたの策で動いたジブリールが、いづなを追い詰めた。やから最後、いづなは決めきれんかった。どこか違うけ?」

「……事実上そうかもしれませんが、俺の過大評価だけは間違いです」

 これは断言できる。彼女は俺を過大評価していて、それだけは事実にそぐわない。

 だが、大した覚悟もなく言い返したことを、俺はすぐに後悔する。

 

「ハッ、よくゆうなぁ。――他人(ひと)の評価なんて、聞く気もないあんたが」

 

 思わず息を呑んだ。

 その反射的反応は言葉の意味にではなく、彼女のまとった空気にである。

 体を覆う赤い雰囲気――いや、いっそオーラと呼んだ方が理解できるそれに、俺はやけに冷たく感じる汗をそのままにする。

 その汗は、頬を伝って地面に落ちた。

 この数秒の沈黙すら、俺には数十倍に引き伸ばされたように思える。

「……『血壊』ですか」

「先にゆうとくと、沈黙で終わらせる気はあらへんよ?」

 これは、ふざけている。

 獣人種(ワービースト)はもとより言動の嘘を見抜く術を持っている。わざわざ『血壊』を使う必要はない。

「改めて聞こか。あんたの目的は、何?」

「……ゲームとか、仕掛けないんですか?」

「受けんやろ」

「まぁ、そうっすね」

 では、何故巫女さんはここまで本気を見せるのか。

 必要のない威嚇と、意味のない脅し。どちらもこの場において何ら力を示すに値しないものだ。

 嘘は見破れても『血壊』は要らない。危害を加えられないのなら拷問もできない。

 それなのに、恐らく俺より遥かに頭がキレて、理性的で、合理的で、こと交渉や対話における戦歴は『  』すら敵わないであろう彼女がこんなことをするのか。

「俺だけ答えるのはフェアじゃないでしょう」

 踏み込む気はない。ただ気にはなるのだ。

 あの巫女が、東部連合を創った有力者(バケモノ)が、俺ごときに興味を示していることに、その理由に。

 あるいは、俺に対する過大評価故かもしれない。

 だがそれだけではないはずだと、心のどこかで思う俺がいる。

「ええよ?何が聞きたいん?」

 でなければ、こうもあっさりと条件を呑みはしないはずだ。

 巫女さんは赤いオーラを仕舞い、緊張させていた脚を崩す。

「結構、すんなり受け入れるんですね」

「まぁ、こっちから聞いとるんやし、フェアやないってのも分かるからなぁ」

「散々聞いて、俺が答えないとか、疑わないんですか?」

「あぁ、それはない。あんたはそういう人間やない」

 あんたは俺の何を知ってるんだよ。

 ……そう、心の中でツッコんだ言葉は、確かに声になってはいないはずだ。

 

「あんたの、目を見れば分かる」

 

 なのに彼女は、俺の心を読んだかのように、声にならない声を聞いたかのように答えた。

「……目って、腐ったことに定評のある俺の目ですか?」

「その目であっとるよ。腐って濁って死ぬ手前みたいな、滑稽なその目で」

「そこまで言うかよ……」

 自虐掘り返すとかどんだけだよ。この人、実は雪ノ下姉より闇深いんじゃなかろうか。

 ブラックジョークにも黒を上塗りするブラック二乗の巫女さんは、細い瞳を向けながら続ける。

「別にええやろ?自虐なんやし」

「それは俺が言って初めて自虐でしょう」

「いんや、あての自虐やよ」

「は……?」

「あても昔、(おんな)じ目しとったからね」

 そう言った彼女の顔は、確かに自虐的な笑みをしていて。

 だから俺も、聞く態度を崩そうとは思わなかった。

 彼女言葉を聞くべきだと、理性とは別の部分が決めてしまっていた。

「まぁ深く語るつもりはないけどな。ただ似とるゆうだけのことよ。あんたの目が、昔見たあての目に」

「そうですか」

「ほん?深くは聞かんの?」

「語らないんでしょ」

「自分からは、な。でも聞かれたら、答えるかも知れんよ」

「まぁ深く聞くつもりはないですけど」

「そうか」

 何かを諦めるかのように、巫女さんは瞳を閉じた。

 ……彼女は、聞いて欲しかったのだろうか。聞かれて、答えたかったのだろうか。

 だが、もしそうだとしても俺は聞かない。

 俺と彼女は違うのだ。

 だからきっと、違う。

 たとえ瞳が似ていても、どうなるのかは、どうなっていくのかはきっと違う。

 似ているとは、違うことの証明だ。でなければ、それは類似ではなく同一だ。

 近いからこそ、違うのだ。

「それが、俺に目的を聞く理由ですか?」

 違うからこそ、彼女も俺に興味を示した。

 そういうことなら、確かに筋が通る。

「……それも一つやね。期待もするし、興味もある。それは否定せんわ」

「なら、一番は何ですか?」

「簡単なことやし、さっきも言ったことやよ。あんたの目的が分からん」

「振り出しですね」

「かもなぁ」

 そうじゃないと知っていながら、巫女さんは嘲る。

 目的を知りたいと思うことに、理由は必要だ。

 理由がなければ、聞く必要すらないのだから。

「あては過去を生きた。そんで今を生きとる。これから未来も生きるんやろな」

 脈絡があったかは分からないが、彼女はそんな事を語り出す。

「誰だってそうでしょう」

「さてなぁ。偶におるやろ?前ばっか見とって、足下を見んひん奴とか。逆に振り向いてばっかおって、進もうとせん奴とか」

「まぁ、いますね」

「あんたは、どっちやろね?」

「…………」

 ……何故、だろうか。

 何故彼女にはそんな事が言えるのだろうか。

 そんな、核心を突くような問いを。

「俺は、今ここに生きてますよ」

「まぁ、目はともかく体は死んどらんからな」

「目のことはもういいでしょ」

「けど、心は死んどるんやない?」

「いや、死んでないですって」

「あぁ、すまんすまん」

 戯けたように、巫女さんは軽く手を振りながら訂正する。

「言い方変えるわ。――今ここに生きとらんやない?」

「…………」

 あぁ、クソッと、そんな悪態すらつけない。

 恐ろしいと感じるほどに、彼女は俺に問う。

 まるで今俺の心を読んでいるかのように、声を聞いたかのように問うてくる。

「俺の何を、知ってるんですか」

「あんたの事は知らんよ。何があって何を思って、何を経てここにいるかなんて何も知らん。あてが知っとるのは、その目のことだけ」

 それだけで、こんなに分かるものなのか。

 目は口ほどに物を言うとは、よく言ったものだ。

「それは、その目はなぁ。溜め込んで、飲み込んで、積もり積もってできる目や。やから、見えんのよ」

「見えない……」

「見えとらん。というか見れんのよ。腐って濁って死ぬ手前の目じゃ、前は見れん」

 まるでメガネのように言うが、存外そうかもしれない。

 瞳だってレンズだ。濁れば、霞めば、光を通さない。

「じゃあ、どうすれば見えるんですかね」

「それは、自分で探すしかないなぁ。自分の業の分だけ霞んだ目は、自分でしか治せんから」

「まぁ、でしょうね」

 自分でしか治せない。自分でしか覆せない。

 その言葉は突き放すように冷たいはずなのに、やけにあっさりと飲み込む事ができた。

 多分、彼女は治したのだ。

 自分で、自分一人で、持て余した濁りを振り払った。

 彼女のように、俺もできるだろうか。

 いや、俺と彼女はやはり違う。

 だからやり方も、やるスピードも違うはずだ。

 そして恐らく、できるかできないかの結末すら、違うのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――なぁ、そろそろええか?」

 巫女さんの声が耳に届いた段階で、俺はようやく視線を落としていたことに気が付いた。

「あ、すいません」

「ええよ、別に。ほな、さっさと本題行こか」

「本題……」

「ここまで話したんやし、答える気ぃなったやろ?」

 あぁ、そうだった。

 俺は今、巫女さんに問われている側だった。ただ彼女が交換条件に頷いてくれただけで。

「えっと、じゃあ最後に一つ、いいですか?」

「内容によるけどなぁ」

「……あなたの目的はなんですか?」

 これが本当に最後だ。

 彼女に嘘が通用しない以上、最低限の理解は欲しい。

 ステフやジブリールは、そしてあの兄妹は、目的も手段も確立していて、そういう方向では信じることができる。

 彼らは、彼女らは決して自らを裏切らない。

 その観点から言えば、俺は巫女さんを知らな過ぎる。

「なんや、意趣返しかいな」

「別に、他意はないですよ」

「目的か。それは、あてがエルキアに積極的に協力する目的、ゆうことでええん?」

「まぁ、そうですね」

 東部連合はエルキアに事実上の敗北を期し、連合として協力することとなった。

 だが、そこに互いの干渉を密にするという内容の契約はなかったはずだ。少なくとも、俺が聞いた感じにはそうだった。

 そして巫女さんは、何故かエルキア勢の中でも特に特筆すべき事のない俺に接触を持って来た。

 これはエルキアに、ひいては『  』の最終目標に協力的であると言えなくもない。

「あては見たいだけ。あん二人がどこまでやれるか、ね」

「傍観、ってわけじゃなさそうですけど」

「観るだけやったら、別に協力はせんよ。やけど、どうせ見るんやったら特等席がええやん?」

「あの二人、お互いが隣の席(とくとうせき)みたいな感じですけど」

「なら、せめて見やすい指定席座らせてもらうわ」

「そうですか」

 見たいだけ、というのは嘘ではなくとも全てではない気がする。

 気がするというだけで、それ以上は踏み込めないし踏み込むつもりもないが。

 こちらは騙り切ったと言わんばかりに、巫女さんは脚を組み直す。

「それで、そっちのはどうなん?」

「俺は……」

 巫女さんは見てみたいと言った。彼らの、『  』の先と結末を。

 では俺は、俺の目的はそうだろうか。

 彼女と似た目をしているように、目的もまた似ているか。

 いや、これは似てすらいない。根底から違っている。

 

「俺の目的は、まだ無いです」

 

 なぜなら、存在しないからだ。

 その根底が、似ているとか違うとか語る以前にそれ自体がもう無い。

「無いって、そんなことないやろ」

 確かに、俺は動いた。彼らと共にゲームをした。

 だが、それは理由を貰っただけに過ぎない。

 俺が俺自身の目的で動いたわけではないのだ。

 あの時俺は空や白に、ジブリールに、そしてテトに理由を貰った。

 そうまでしてようやく、俺はゲームに参加することになった。

「嘘はついてないでしょう?」

「……やから、驚いとるんやけど」

 そんな風には見えないが、動揺くらい隠すのは朝飯前なのだろうか。

「欲しいものはありますし、住む場所が無くなるのは困ります」

「何で、いきなり世知辛い話になっとるん?」

「けど、それらは事情であって目的じゃない。だからまだ無いです」

 ここまでの言葉に嘘がないことを確認したであろう巫女さんは、組んだ脚をまた緩めて、静かに笑う。

「つまりあてには、あんたを信用する理由はないゆうことやね」

「そうですね。こんな怪しいヤツ、信用する方がどうかしてますし」

「違いないわ」

 もう彼女の表情には陰がなかった。

 それが本心なのか、テクニックで隠されているのかは分からないが、笑う彼女はそれ以上俺に問うことはしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―other side―

 

 

 

「おっす、おつかれ」

「勿体ないお言葉で」

 瞬間的に現れたジブリール、空は動揺することなく労いの言葉を放り投げる。

 現在、比企谷八幡を除くエルキア陣営はいづな、いのと共に別室で待機。巫女の要件が終わる時間を待っていた。

「マスター。少し、よろしいでしょうか?」

「お〜、あと三十秒待て。あ、剥ぎ取るから四十秒で」

「……にぃ、素材……獲る?」

「……要らねぇか」

 モンスターを文字通りハントし終え、空と膝の上の白は、目の前のジブリールに目を向ける。

「あの男について、いくつかお話しておきたい事が」

「調べて来たの?わざわざ?」

「それが最善だと判断しました。マスターもお止めになりはしませんでしたので」

 ジブリールはついさっき、権限で聞き出した一部始終を語る。

 それは奉仕部という存在であり、彼の過去であり、彼の元いた世界の話である。

「……あ〜、うん。分かった、とりあえず、うん」

 少々思うところのある空は、内容だけをできるだけ客観的に、無感情に知識として取り入れる。

 そして目を閉じて咀嚼し、噛み砕き、必要な部分だけをろ過して抽出する。

「つまり――」

 今聞いたジブリールの話を統合すれば、ある一点が浮かび上がる。

「八はリア充ってことかァ!」

「急に怒る意味も内容も、訳が分かりませんわ」

 奮起し立ち上がる兄妹を眺め、ステフが悪態をつく。

『リア充』――それは以前に、空自身がステフに対して要求した常識人の上をいく存在。

 すでにステフの中で常識人の範囲に入っている八が、その上を行ったとして何がおかしいのかと、赤毛ごと首を傾げる。

「これは、深刻な問題だな」

「……ん、八……信用、できない……」

「どういう経緯でそういう結論になるんですのよ……」

「なぁステフ、そういえばさ」

 理解に苦しむステフに、空は優しく微笑みながら振り向いた。

「前にやったゲーム、まだ有効だよなぁ?」

「へっ……?」

 前に、という単語でステフの脳に浮かび上がるゲームがあった。

 ジブリールとの遭遇の前。

 ステフが『  』に対して王政を要求するが為にゲームを仕掛けた事がある。それも一度に限らず、かなりの回数。

 その度に衣服を取られたり、犬耳を付けられたり、そもそも犬にさせられたりしたが、それだけではない。

『鳥がいつ飛び立つか』というゲームの勝敗はやはり『  』が制したのだが、その対価をステフはまだ支払っていない。

「ちょ、いつの話をしてるんですのっ?」

「盟約は絶対遵守される。期限は決まってなかっただろ?」

「んぐっ……」

 いつしか空の表情は、いつものゲーマーらしい笑みに変わっていた。

「よって、我が令呪を持ってステフに命ずる」

「レイジュってなんですの……?」

「八を調べろ。期限は俺がいいと判断するまでだ」

「え……」

 

 

 

 

 ―other side out―

 




基本的に、八幡が関与していない部分は原作通り進んでいる、ということでよろしくお願いします。


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罪科―メモリー―

三ヶ月ぶりの更新で読んでくれる人がいるのでしょうか。
誠に長らくお待たせしました。
江波界司、ようやくハーメルン戦線に復帰です。
戦わないけど。

追記。不注意で更新ミスしました。申し訳ないです。



 時間が解決することもある。……とか、よくそんな言い訳を耳にする。

 けれどそんなことはない。時間は何かを成すことはなく、ただ流れるだけだ。

 それはただの保留であり、時効と言う免罪符を得るために覚悟のない者が作り上げた形のない、ただの逃げ道なのだ。変化という選択を放棄した敵前逃亡だ。

 俺はそんな言い訳も、逃げ道も否定する。そうやって作った偽物は、過去と現在を否定するものだから。

 それに、なにより。

 時間をいくらかけようと、あの時(・・・)は戻らないのだから。

 もう、戻ることはできないのだから……。

 

 

 

 

 

 

 

 東部連合との完全決着から約半月が経過した。

 エルキアは今、この世界で革命を起こそうとしている。

 史上初の異種族統合。正確を期せば密接な関係を持つ連合国の建設ではあるが、然したる違いはないだろう。

 異例の取り組みには困難が待っている。

 中でも問題なのは文化や化学力、そして物価や価値観と言った両種族の大きな違いのすり合わせだ。それも、ただでさえ面倒極まりない工程を、少し前まで大戦の中にあった国同士という前提条件で行わなければならない。何かの嫌がらせかよ。

 そして嫌がらせ張りの仕事と責任を一挙に押し付けられたのは、我らがエルキアの公爵にして実質的な最高立法権力者、ステファニー・ドーラである。

 今も王城で、東部連合から助力に来た初瀬いのと共に奮闘していることだろう。

 一方その頃の俺はと言えば、もちろん怠惰に日常を過ごしている。

 責められる云われはない。ただの現役男子高校生に国の存亡がかかった仕事ができるはずないのだから、俺が大人しく読書に勤しむことはむしろ正しい判断だ。

「……いや、もう少し何かに貢献しなさいよ」

 責められました。

 目の前で腕を組みため息交じりに俺の行いを責めるクラミーは、何故か顔色が優れない。

 時刻は正午過ぎ。

 湖を中心に広がる森の中で、俺はクラミーとフィールの二人に会っていた。

「めっちゃ貢献してんだろ。これ以上手間が掛からないようにじっとしてるんだよ」

「胸を張って言うセリフじゃないのですよ~」

「まぁ、私の気にするようなことじゃないんでしょうけど……。今報告すべきものはこんなところかしら?」

「おう」

 二人との接触の主な理由は定期報告だ。いや定期ではないな。今回で初だし、今後の予定もないし。

 主な、というにはもちろん他の理由もあった。前にフィーが言っていた置手紙が機能するのを確かめておきたかったのだ。返事には本当に一週間くらい掛かることが分かった。

「そう。そっちから聞きたいことは無いの? 深くまで答える気はないけれど」

「予防線張るなよ。聞く気も聞く事もない」

 彼女らは空との交渉の延長で動いている。ならば空達が俺に伏せている内容については聞き出せないだろう。

 もともと気にしてもいないしな。この世界の攻略は空達がやればいい。俺には他に優先すべき課題があるのだ。

「なら~さっさと戻るのですよ~、クラミー」

「そうね。それじゃ」

「おう。呼びつけて悪かったな」

「別にいいわ。そっち側の動きも把握しておいて損はないから」

「そか」

 踵を返すクラミーに続くように、フィーも歩き出す。

 俺も帰ろうと足を浮かせたのとほぼ同時、フィーの瞳が俺に向いていることに気付いた。

「……やっぱり~、似てないと思うのですよ~?」

「…………」

 聞かせるために言った言葉ではなかったのだろう。だが俺は微かな彼女の言葉を耳にした。

 何のことかと考え、ふと思い出したのは巫女さんとの会話。あの時、巫女さんは俺と彼女自身の共通点について語った。

 しかし、と思い直す。

 あの会話は二人だけで行ったもので、他の者が知る類の話ではないはずだ。

 では、何のことだ。

 いや考えても仕方がない。俺が彼女らのことを知らないように、彼女らが俺の何を知っているというのか。どうせ益体のない話だろう。

 自分なりの結論を得、コミルの実が入った袋を片手に俺は今度こそ来た道を戻る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 孤独には慣れている。

 むしろ好きなくらいだ。静かな場所に穏やかな時間、どちらも心地いい。

 故に、こうしてソウルドリンク片手に分厚い本を読むだけの時間も悪くない。

 空いた窓から入る柔らかい風邪が髪を微かに揺らし、続く物語の先を促すようにパタパタとページを鳴らす。

 ふと前を向く。目線の先には入口の扉がある。俺以外は録に開くことのない、そんな扉。

 本に意識を戻そうとした時、三度扉を叩く音がした。それは珍しい来客の知らせだった。

「鍵は掛かってないぞ」

「……失礼、致しますわ」

 聞こえるようにやや大きめの声で応えると、扉から赤毛の少女が顔を見せた。

「ステフか。……なんか久しぶりだな」

「ええ、そうですわね。ちゃんと話すのは一週間ぶりになりますわ」

 ここ最近はこっちで寝泊まりしてたからな。

 ステフの顔色は悪くないが少し疲れが見える。余程仕事を頑張ったのだと分かってしまうので、心優しい俺は心から労いの言葉をかける。心の中で。

「お前がここに来るってのは、何か調べものか?」

「いいえ、ようやく一段落着いたので、ちょっと休憩に」

 なんでわざわざ図書館に……? 

 疑問に思ったが敢えて聞かなかった。彼女なりに休みたいからリラックスできる場所を探した故の結果なのだろうと、俺は勝手に結論付けた。

「そうか。んじゃコーヒーでもどうだ?」

「その甘ったるい飲み物以外ならありがたく頂きますわ」

「マックスコーヒーを否定するなよ。疲れた時は甘い物が効くぞ? 俺のことは嫌いになってもいいがマックスコーヒーのことは嫌いになるな」

「なんでそんなに必死なんですの……」

 渋々カップを取ったステフは、そのまま俺の隣に腰を下ろした。

 なんでとも思うが、ここには椅子がない。わざわざ離れるのも意味がないし、ステフにそれ以上の理由はないだろう。

 ステフはカップに口を付けると少しだけ嫌そうな顔をしたが、その後は特に反応を示すことなくマックスコーヒーを味わう。

 俺も今度こそ本に目を戻し、文字を追う。……少しだけ違和感を抱きながら。

 違和感──いや、もっと単純にいつもと違う気がするのだと思う。

 ここにある静かな場所も穏やかな時間も、何かが違うのだ。もちろん隣にいるのがステフなのだからいつも通りではないのだが、それだけではなく……。

「あの、ハチ?」

「ん、え? あ、お、おう」

「どうかしたんですの?」

「いや、何でもない」

 気が付くとステフが俺の顔を覗き込んでいた。てか近い。いろんな意味でビビるからやめてくれ。

 こいつ、普通に顔整ってんだよな。こっちの世界に来て顔面偏差値が爆上がりしてたから感覚おかしいわ。ちなみにアニメやマンガで美少女しか居ないのは、単にカメラがその方向しか向いていないだけである。勘違いしないように。

 そして勘違いしたくないからそういう天然みたいな行動は辞めようぜステフさんよ。

 俺は体を引き気味にステフから視線を逸らす。

「なんだよ」

「いえ、その……。聞きたいことが、あるんですの」

 見ると、ステフも俺から視線を外していた。僅かに頬を染めた顔を俯かせ、彼女は恥ずかしそうに俺の返答を待っている。

 全く、気遣いができるのも考えものだ。別に拘る事でもないだろうに。

 まぁしかし、ステフの気持ちも分からなくもない。

「安心しろ。俺はそんなに強情じゃねぇよ」

「そ、そうですの? それじゃ……」

おかわり(・・・・)だろ?」

「違いますわっ!」

 大声を浴びせられ、俺はポットに伸ばした手を反射的に引っ込めた。

「なんだよ。てっきりマックスコーヒーが思いの外美味くてもっと欲しいのかと」

「ハチの中でわたくしはどんなレベルで甘党なんですの! いえ、そう言うことを言いたいのではなくて」

「んじゃ聞きたいことってなんだよ」

「え、えっと……その」

 また口ごもるか。マックスコーヒーが俺の好物だからおかわりを頼みにくかったということかと思ってたんだが、どうやら違うらしい。

 彼女なりに、聞く事にそれなりの覚悟がいることなのだろうと、俺は静かにその時が来るのを待った。

「……ハチは、どうして助けてくれるんですの?」

「は?」

 ようやくその時は訪れたのだが、なんだそれは。今俺は相当ひどい顔をしていることだろう。

「どういう意味だよそれ」

「そのままですわ。ハチは東部連合との試合にも、その後のすり合わせにも助力してくれましたわ」

 その後のすり合わせというのは、ステフといのさんが空達に丸投げされた政治政策のことだ。

 エルキアに帰った俺も最初の一週間くらいは城の方で生活し、多少なりともステフの手伝いをしていた。とは言っても俺に専門的な仕事はできなかったので、やったのは記録雑務とステフの相談相手くらいなのだが。ああ、あと適当にアドバイス? 

 ……なんだ、俺異世界に来てもやってること変わらねぇな。

 ともかく、そのことをステフは気にしているらしい。

「流石に手伝いくらいするだろ。ゲームに関しては仕方ないところがあるし、お前らが徹夜で仕事してる中何もしないのは気が引ける」

 自分で言ってて思うのだが、なんだこの社畜は。あの文化祭で俺はエリートぼっちからエリート社畜ぼっちの進化したようだ。それ進化か? 

「けどそれは、ハチらしくない気がするんですの」

 ほら見ろ、ステフにすら言われてしまった。

「誰かに頼まれてやってるってか?」

「頼まれてやっているんですの?」

「いや頼まれてないけど」

「……わたくしは、ただ知りたいんですの。ソラやシロも、何を考えているか全くわからない時もありますわ。けれど、それ以上にハチはもっと分からないんですの」

 知りたいと、半月前に違う人にも言われた。俺の行動はそんなに謎なのだろうか。

 思い返してみると、うん。行動以前に存在がもう謎だったわ。空達もよくこんな事を聞かれるのだろうか。

「まぁアイツらの場合、行動理念はほとんど楽しみたいっつー私欲だろうからな」

「ええ、それには良くも悪くも迷惑してるんですのよ……」

「つか、俺らしくないとかお前俺を何だと思ってんだよ。俺が人助けすることがそんなに意外か」

「少なくとも理由も無しに何かをする人だとは思いませんわ」

 否定できねぇ。

 いや、そもそも理由も無しに動く人間がいるかよ。誰かを助けるのに理由はいらないとかどこの主人公ですか? 

 ……聞かれたからには答えるべきだろうか。

 生憎と俺は人のポケットからモンスターを盗む趣味はないのだ。答える義務も義理も理由も有りはしない。

 というか、そもそも俺自身理解できていない。

 俺がこの世界でやってきた行動の大半は、俺らしからぬものだった。巫女さんにも答えたが、まだ俺はその理由を得ていない。つまり答えようがないのだが、どうしましょうよこれ。

「これは俺の知り合いが言ってたことなんだが」

「なんですの急に」

「変わらないと事態は変わらないし、誰も救われないらしい」

「どういう意味ですの?」

「さぁ、知らん。そいつ、世界を変えるとか言っちゃうくらいによく分からん奴だったし」

 ステフを見ると呆れ顔でため息をついていた……なんてことはなく、むしろ考え込んでいた。ほわぁい? 

「ハチは……変わりたいんですの?」

「いや、そういうことはないけど」

「じゃあどうしてそんな話を?」

「さっきのを逆説的に言えば、事態が変わったら誰かが変わってるってことだ」

 よく分からないと、ステフは首を傾げる。彼女は秀才だし国を一人で動かせるほど頭がいい。伝わらなかったのは俺の言い方のせいだろう。

「あー、つまりだな。何か起きた時は決まって、誰かが変わった事をしてるってことだ」

 意外性のない所に変化は起きない。想定外で予想外で、意識外の所からしか現状の崩壊は訪れない。

 エルキアが、東部連合が、この世界が変わろうとしているのは、変わった奴らの登場の所為だ。

 そんな変な奴らの中には、残念な事に俺も含まれる。

「別に大したことじゃない。単に俺らとお前らの常識が違うだけだ」

 ステフは俺らしくないと言ったが、あくまでもその感覚はステフ自身の主観があってのものだ。

 俺は特別じゃない。ステフにとって俺という異分子がスペシャルな存在であったとしても、それはあくまでこの世界での話だ。

 あの世界で俺は、どこにでもいる普通の男子高校生なのだから。

「ハチの言うその知り合いは、どのような方なんですの?」

「え、そこ聞く?」

 それ君が聞きたいことと関係なくないですかね。

「だって、ハチが誰かの話をするのは珍しいですわ。どんな方なのか興味がありますの」

「それは俺が語るほども知り合いがいない程のぼっちだと言いたいのか」

「そこまでは言ってないですわよ……」

 まぁぼっちなのも誰かを語らないのも事実だからどうしようもないんだけどな。普通、自分語りもそんなにしないのに他人語りしないだろ。

「そうだな。まぁあれだ、同じ組織で上司に当たる奴だ」

「上司をそんな風には言うんですのね」

「上司つっても同い年だし。それにそこまで大仰な上下関係もないからな」

「ハチは元いた世界でも何か組織に属してまで人助けをしてたんですの?」

「え、なんでわかるの?」

 さすがに驚いた。

 いくらステフが空から心理学のあれこれをゲームで負ける度に皮肉と罵声のアンハッピーセットで聞いていたとはいえ。

 ここまで的確に言い当てるとか、ついに人間辞めたかステフさん。

「ハチが自ら組織入ることがそもそもおかしいですわ。それこそらしくないですの」

「断言しちゃったよ」

 まぁ実際その通りなんだが。平塚先生からの強制送還が無ければ、俺は奉仕部という存在すら知ることなく総武高を後にしたはずだ。

 で、その俺らしからぬ発言と今までの流れからステフは、組織が俺の行動に関わっていると考えたわけだ。なんつーか、凄いコミュ力。

「否定はしないけどな。なんなら俺、組織というカテゴリからも外される存在な訳だし」

「サラッと凄まじく悲しい事を聞いた気がしますの……」

「その組織は奉仕部って言ってな──」

 そこから簡単に説明をした。前にジブリールに話したよりも簡単に。

 というより、あの時はあっちからしつこく質問されて答えまくった感もあるんだよな。なんで俺はわざわざ律儀に答えたのだろうか。

「──と、俺は困った人を助けることのできる人間として当たり前の存在な訳だ」

「どう好意的に解釈しても嫌々仕方なくやってた様にしか聞こえませんでしたわよ」

 今日だけでも何度見たか分からないステフの呆れ顔から目を逸らし、俺はカップに口を着ける。だが望みのものは舌に当たらず、俺はここでようやくそれなりの時間を過ごした事に気が付いた。

「俺の身の上話はそんなとこだ。どうだ、俺の真人間さが分かったろ」

「だからどこをどう読み取ればそうなるんですのよ……。ええ、でも、聞けて良かったですわ」

「そうですか」

 よくよく思えば俺の行動理念云々を語った記憶はないが、納得している様子のステフは奉仕部=ヒッキーの指針とでも解釈したのだろうか。それ間違いよ? 

 しかし誤解でも解は解だ。疑問に対する回答も、問題に対する解答も出たのだからこれ以上は必要がない。

 

 ステフは城に戻るといい、即席のテーブルの上に(から)のカップを置いた。

「ハチはどうしますの?」

「……たまにはベッドで寝るか」

 ステフに続き、俺も図書館を出る。施錠は必要がないので、使った食器を片手に持ちながら扉だけを閉めた。

 んじゃ、行くか。──と、そんなセリフを言うことはできなかった。

 何となく恥ずかしいからとかそういう事ではなく、もっと咄嗟的に俺は言葉を飲み込んだ。

 瞬間移動。

 体験ではなく視認でそれを理解する。

 見ている景色は変わらず、ただ眼前に今までいなかった存在が突如として現れた。

 何でもありの化け物、天翼種(フリューゲル)の一人でありエルキア国王の従者でもある彼女──すなわち、ジブリールがそこにいた。

 だが何かが違う。こいつとは何度も話した事のある程度には知り合いだし、こいつがテレポート可能な人外である事も承知の事実だ。

 なのに、なんなのだ。俺は彼女に違和感を覚えずにはいられなかった。

「あの、ジブリール……? どうしたんですの?」

 俺より先にステフが問う。だがジブリールはそれに答えず、琥珀色の双眼を俺に向け続けていた。

「──比企谷八幡様」

 彼女から発せられた声を聞き、頭より先に体が理解した。

 指先が震え、筋肉が硬直し、毛が逆立つ。頬に感じる汗がやけに冷たい。

 これは、敵意だ。それも今までに俺が受けてきたそれとは比べ物にならない程に、純粋で強大で凶悪なもの。

 喉が口内の水分を欲して上下した。

「マスターの名においてあなたの身柄を拘束致します。どうぞ無駄な抵抗など考えませんよう」

「……盟約で暴力は禁止されてるだろ」

「事実上の死刑をご所望であれば止めはしません。ですが、あれだけ嫌がった餓死をお望みなので?」

 辛うじて出した声は、すでにここにはない。張り詰めた空気の中では、俺の些細な反論も無に帰す。

「……分かった。痛いことするなよ」

「誠に残念ならが拷問の類は指示されていませんので」

「っちょ、ジブリールッ!? あなた何を……」

「ドラちゃんには後ほど説明しますのでご安心を」

「説明って、ハチが何を──」

「あーステフ」

 長引きそうなので、ジブリールの代わりに俺がセリフを遮った。

「暇な時でいいから、今度料理教えてくれ」

「え……?」

 ステフの反応が帰るより先に、俺の目は一変した景色を捉えた。

 




改めまして。
本当に長い間お待たせして申し訳ないです。
言い訳はしませんがこの三ヶ月、とにかく忙しかったので。
お待たせした分、プロットの方もだいぶできてきました。これから完結に向けてガンガン更新していくつもりです。
とは言ってもブランクもあるのでそれなりに時間はかかると思いますが……。
感想頂けると嬉しいです。モチベーションになります。
更新頻度は作者のテンションに一任されているのでかなり不定期ですが、毎話0時に出していくつもりです(すごく今更)。


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つまり彼に逃げ場はない。

週一投稿は少々難しいかもしれないです。


 転移した先は和室だった。

 障子に薄く遮られた光が、弱々しくも確かに部屋を照らし出している。

 6畳ほどの空間を見渡した後、俺は眼前に座る少女に今更ながら気が付いた。

「来たか、です」

 高いケモ耳をピクリと動かし、いづなはそっと目を開けた。どうやら俺を待っていたらしい。

 下手すぎる敬語のことは無視して、俺はいづなに問う。

「なぁ、これは一体どういう状況だ?」

「知らねー、です。ただ空と白に、ジブリールのこと待ってろ、言われた、です」

 またあの二人か。いや、最初から首謀者として名を明かしている以上不思議はないが。

「んじゃ、お前に聞けば何か分かるんですかね」

「まさか、私がマスターからの命令外の情報を漏らすと?」

「思ってねぇよ」

 つまり、そういうことだ。

 現状、俺にはこの意味も目的も不明な連行の理由を知る術がない。じゃあ仕方ないな。諦めよう。

「では、見張りをお願いします」

「どうすりゃいい、です?」

「この部屋からこの男を出さなければ、如何様にも」

「……分かった、です」

 短い対話の後、ジブリールは前置きもなく姿を消す。

 刺すような冷たい目を俺に向けたまま、その凍えそうな温度だけを残して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、どうするか。

 俺の正面には胡座をかき、じっくりと俺を見詰めているいづなが一人だけ。

 選択肢は、いくつかあるな。

 一つ、逃亡。

 二つ、交渉。

 三つ、ゲーム。

 いや最後のはどうなのよ。遊んでていいのかこれ。

 真面目な話をすれば、ゲームは遊びでもなければ現実逃避でもない。というか、これほぼ一択になるつーか、総括してゲームで交渉して逃亡するにならないか? 

 ちらりといづなを見る。彼女の双眼からは、少なくとも友好的な何かは感じられない。

 逃亡はできそうにない。いづなは物理的に俺をどうにかすることはできないだろうが、出口らしき扉から退いてもくれないだろう。

 正直な話、さっさと帰りたいのですが……。どこかの忍者学校よろしく、トップの突然の思い付きに付き合わされるのは面倒極まりない。

 だが、ジブリールの様子やステフの反応、そしていづなの言葉を鑑みても、ただ遊びたいから呼んだと言うにはあまりにも空達らしくない。

「いづな、本当に何も聞いてないのか? それこそ、今後の予定とか」

「言われてねー、です。空も白も、巫女様も何も言わなかった、です」

「そうか」

 この発言が嘘か本当かは置いとくとして。

 そもそも、俺は逃げるべきなのだろうか。

 ひたすらに意味不明な事態だが、ここで逃走という手にどれだけの意味があるか。……ないな、うん、ない。死ぬだけだわ。

 俺に他国、他種族との交流があれば亡命もできただろうに。くっそ、これがぼっちか……。辛すぎるぜ。

 因果逆転の槍なんてそうそうない。ので、俺は自分の固有スキルを呪うことにする。

 閑話休題。

 今打てる手札のことは置いておこう。マジで少なすぎて数えるのも憂鬱になる。

 考えるべきことは二つ、今と未来だ。過去は見ても意味がないからな、この場合。

 今を考えても、手札不足と情報不足という悲しい現実があるだけだった。ならば、あとは未来に目を向けよう。前を向け、少年。

 予測のできそうな範囲なら、なにゆえ俺がここに連れてこられたのか。そしてどんな処遇を受けるのか。まぁ、この辺だろう。

 まずWhyだが、空達の思考を読むのは不可能なので諦める。諦め早いな、俺。

 次にどうなるか。十中八九ゲームが関係するだろうが、分からん。駄目だな、俺。

 分かるのはジブリールが俺の身柄を拘束し、いづなが部屋で俺を監視していること。あとステフには告げられていない内容であることか。

 ここから何を読み取れと? 常識外れなゲーマーと常識人の俺では思考が違い過ぎる。思考のトレースも何もない。もう無理じゃん、俺。

 だが、まぁ、逆に言えば、常識的に考えなければ答えが出る……か? 

 ならまず常識とは何かについて考える必要があるな。

 常識とは多数決によって決められた固定観念であり、一個人の主義主張その他アイデンティティは一切関与されない。

 ならば誰かの考えを読もうとした際、それらを常識に当てはめようということ自体が間違いということになる。

 なるほど。だから分からないのか。

 やり方が分かれば問題ない。まず常識という概念を捨てて、誰かを拘束するとしたらどんな理由があるかを考えよう。

 ……それ、どんな特殊性癖? 

 それ以外無くないか。いや、あるにあるんだろうけどさ。

「常識的に考えて、何も無しに誰かを捕まえたりしねぇよな」

「そりゃそう、です。それに何かあっても、ゲームすりゃいいだけだろ、です」

 俺の独り言に、いづなが言葉を返す。そういや、いづなもいたわ。かなり真面目に忘れてた。

「だ、だよな、この世界って俺の常識の範囲外だもんな」

「八は、ちげーのか、です?」

「ほら、俺らって異世界人なわけだし」

 何かを納得したような、それでいて悩ましいような表情を浮かべるいづな。どうかしたんでせうか? 

「……八。今のうち聞いときてー、です」

「なんだよ」

 やや俯きながら、彼女はそっと呟いた。

「八は、空と白に勝てるか、です?」

 質問の意図が分からない。というかなんでそんなことを今のうちに聞こうと思ったのか。

 いづなの言動に困惑しながら、俺は確かな真実だけを告げることにした。

「無理だな」

 断言されたいづなは、驚きが混じった様子でこちらを見た。

「ぜってー、無理か、です?」

「どうやっても無理だな。俺じゃアイツらに勝てない」

 そもそものスペックが、格が、戦力そのものが違いすぎる。俺と彼らは多分、戦える世界にすらいないのだ。

 前にチェスで引き分けたなんて話もあるが、それは白の油断と空の油断が絶望的かつ奇跡的に重なりできた運命上の偶然でしかない。

 この世界に運は存在しないというが、あれはもう幸運とか豪運とかそういったカテゴリからも外されるほどのアクシデントだったのだろう。

 だから、俺が彼らに勝つことはない。

「じゃあ、なんで八は、ここにいるん、です……?」

 問いかけではない。心に収まりきらなかった独白がぽつりと聞こえた。

「いや、ジブリールに連れてこられたんだけど」

「……なんでもねー、です」

「そうか」

 それきりいづなは黙り込む。熟考しているのか、何かを我慢しているのか。その沈黙はやけに人工的な気がした。

 俺はいづなに背中を向け、この静けさから意識を遠ざけた。

 やがて、目の前の空気が目に見えて歪み、その裂け目から見知った顔の少女が現れた。

「これよりある場所へ移動して頂きます」

「そりゃ、ご苦労なことで」

 わざわざジブリールの転移で送り迎えとは、中々の待遇だ。これはひょっとしたらエルキアの社畜から食客へジョブチェンジも夢じゃないかも知れない。

 なんて、現実逃避しながら立ち上がる。こいつの冷たい目を見る限り、暖かい幸せな何かが待っている気がしない。

 ジブリールの正面に立った際、背後からいづなに呼び止めらた。

 振り向いて見た彼女の顔は、いつになく真剣で、悲しそうだった。

「気ぃつけろよ、です」

「なんだよ急に」

「空から、嫌いな匂いした、です」

「匂い?」

 いづなは黙る。続きは聞けそうにないな。

「そうか」

 何も分かっちゃいないが、俺はそう言い残す事にした。

 また、景色が変わる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 転移した先は和室だった。

 広さは6畳を優に超え、内装も先程の部屋よりはるかに華やかだ。

 その煌びやかな大部屋の床の間を背負う一人の女史。彼女は東部連合全権代理者にして獣人種(ワービースト)最強の勝負師、巫女である。

 目の前で優雅に座る彼女に、俺は挨拶代わりに問う。

「週末って何してます? 暇なら助けてもらえません?」

「生憎と暇はないなぁ。というか、あっても助けひんやろけど」

「あ、そうですか」

 どうやら俺のヘルプについてくれる人ではないようだ。改めて友達いねぇな俺。

「んで、今度はなんの用だよ王様女王様」

 ジト目を横に向け、本日俺を呼び付けた主役達を右に見据える。

 盟約上のエルキア国王、空と女王の白。

 二人は一つの座布団に座り、待っていたと言わんばかりの笑みを浮かべる。魔王かよ。

「なぁに。ただ、ちょっと決めとかないといけねーことがあってな」

「それ、俺必要?」

「……もち、……だから、呼んだ……」

 相変わらずの息ぴったりな返答で。

 ため息が隠せなかった。厄介事だと覚悟はしていても、嫌なものはいやなのだ。

 俺に逃げる気がさらさらないことを察したのだろう。空は俺から視線を外す。

「よし、ジブリール。さっさとやりたいから、残りのセッティング済ませちゃってちょ」

「了解しました」

 空間転移で姿を消すジブリール。もう今日だけで何回見たかねこの光景。

「さて、と」

 白が立ち上がり、空もその隣に並ぶ。そろそろ聞かせてもらえません? これから何するのん? 

「細かいとこは追々、説明するとして」

「……巫女さん……準備、いい……?」

「心のだけはしとるよ。何するんかあてにも説明ないんから、他にしようもないやろて」

「そりゃあ上々。サプライズを提供する側としちゃあ喜ばしいこったな」

 こんな不安しかないサプライズはいらねぇよ。

 悪態をつくことは我慢して、無言で空に説明を求める。

「まぁ、大凡は言っとかないとめんどくさい。つーわけで言わせてもらうが、八」

「なんだよ」

 ニヤリという悪役じみた笑顔で、空はそれを指さした。

 

「お前、敵だろ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんの説明もないままに、俺は……というより俺達はまたもや転移による移動を体験した。

 場所は大広間。さっきまでいた部屋とはまた別の意味で広い。生活感のない広さ、というべきか。

 そんな淡泊な広間の中心で、俺は用意された椅子に座っている。孤独感が凄いな。端よりも孤独とか、もうこれトップ・オブ・ぼっちじゃねぇの? 

 俺の真正面に一段上がった席があり、それぞれに三人が控えている。

 いづなと巫女さんが両端に座り、その二人の間にジブリールという並び。何か意味があるのだろうか。

「よーし役者も揃ったところで、さっさと本題にいきましょか」

 俺の右側より、これまた一段上がった所から空が宣言する。なんの選手宣誓? 

 その宣言に、ジブリールが立ち上がることで応える。

「では、これより罪人への断罪を開始します」

「おい待てジブリール。俺を見ながら断罪宣言した理由があるなら聞こうじゃねぇか」

「申し訳ありません。手順をいくつか省略してしまいました」

「それ、俺が罪人であることが決定事項になってるんだが」

 わざわざカンペまで用意されてるのになんでそんなミスした? 

 気を取り直すように、コホンと咳払いした彼女はカンペを読み直す。

「では、これより被告の処遇を決定する公平な裁判を開始します」

「え、は?」

 ここ最近聞くことのなかった単語が聞こえ、俺は割とマジで、こいつ何言ってんの? 的な声を出してしまった。

「裁判、というものについてはあなたにも理解があるのでは?」

「そりゃそうだが、……どういうことだよ」

 被告が明らかに俺を指していることすら無視して、俺は彼女の言葉の真意を読み取ろうとする。が、分からねぇ。

 答えを求め、空と白に目を向ける。

「ジブリールの言った通り、裁判をする」

「お前、この世界のルール忘れてないよな」

「まさか。これからやるのは列記としたゲームだ」

「もう既に異議があるんだが」

 黙殺された。

 結局のところ、また彼らの思いつきで呼ばれたということだろう。

 裁判でゲームとか、逆転できるんですかね。

「つか、俺被告なのかよ」

「そりゃそうだろ。裁判ってのは厳密には原告と被告の勝負であって、検事と弁護士の戦いじゃない」

 確かに、検事はともかく弁護士に関しては代理人だからな。

「で、ゲームなら当然本気でやる。それが『  』のポリシーだ。つーわけで付き合って貰うぜ、八」

「なんで俺が……」

 めちゃくちゃ帰りたいが、そうもいかない。物理的にも、論理的にも。逃げたら餓死だからな。

「安心しろよ。これで最後だ」

「あ、そう」

 観念して、俺は司会進行を請け負ったジブリールに向き直す。

 

「さあ、ゲームを始めよう」

 

 

 

 

 

 




原作に欠片も存在しないゲームが始まります。

感想ありがとうございます。読んで頂けると思うと創作意欲が湧きます。


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なるべくして彼らは共闘する

遅くなって申し訳ないっス!


 状況を整理しよう。

 俺は今大広間のド真ん中に座っていて、その三方向には一段分高く設置された席がある。

 俺から見て右側に、ご存知ゲーマー兄妹こと空と白。

 俺から見て正面に、巫女さん、ジブリール、いづなが並んで座っている。

 俺から見て左側は、現在空席。傲慢な方でも募集してるんですかね。

 空の宣言を受けて、ジブリールが裁判ゲームを進行する。

「それではこのゲームについて確認します。双方の勝利条件は『自らの正当性を証明する』こと。すなわち被告、比企谷八幡が罪人であるか否かを言い争って頂きます」

 質問をすることもない程に、当たり前すぎる程にこれは裁判のようだ。

「なお、正当性を判断する裁判官はここにいる三人──巫女、いづな、そしてこのジブリールが引き受けます。全ての議論が済んだ後、裁判官のみで別室にて話し合いを行い、裁判長の私から判決を下します」

「おい、それ俺勝てなくね?」

 明らかに現代日本のそれらと相違する事項に、俺は現段階裁判長へ異議を申し立てる。

 そりゃそうだ。ジブリールは空達の下僕的ポジションであり、命令には絶対服従なのである。どれだけ俺が正論をぶつけようと、空の一言で裁定がひっくり返るのではゲームにすらならない。

「ご安心下さい。ゲームの開始につき、マスターよりこの裁判を公正に行うよう言われています。とはいえ証拠はありませんね。申し訳ありませんがマスター、もう一度ご命令を頂けますでしょうか」

「ほいほい。ジブリール、この裁判を公正に行え」

「承知しました」

 ここまでされては文句は言えない。どころか、むしろ俺にとってはありがたいまである。

 ジブリールは盟約による絶対性によって公正に結論を出すと言うならば、空のペテンという屁理屈を無視して話を進められるかもしれない。

 かもしれないと言えば、空達が権限でさっきの命令を撤回するという可能性も捨てきれない。が、それは彼らの信念に反するだろう。

 そんな勝つだけの作業に、ゲーム性はない。つまりゲームとしての前提がなく、楽しくない。

「全体の流れを説明します。まず、原告からの起訴内容説明および証拠提示と、有罪時の要求。続いて被告側の反論、反証。その後は互いに証拠提示と反論反証を繰り返し──双方が論を言い尽くした際もしくは私が千日手であると判断した際に議論を終了し、裁判官による判定に移ります」

 お互いに提唱し合う、か。これは中々に難儀だ。

 分かっていたことだが、やはりこのゲームは始まりの時点から不利有利が確定している。

 全体を見渡しながら、ジブリールは問う。

「ここまでで何か質問はございますか?」

「あてから、ええ?」

 ジブリールの隣で、巫女さんが手を挙げた。

「何か?」

「いづなを含むあてらと、あんたでこの裁判の判決を決めるんやろ? プレイヤーの二人はともかく、あてらは何を根拠に公正な判断を下せばええん?」

 極論になるが、正しさなんてものは存在しない。

 この世には善も悪もない。あるのは解釈と価値観だけと、そんな言葉を残した偉人はいただろうか。

 そもそも存在しない正義を決めるには、大なり小なりこじつけでも、何らかの主軸を必要とする。この裁判ゲームは、その主軸についてまだ説明がないのだ。

「マスターの元いた国の言葉を借りましょう。裁判官は己の良心によって判定して下さい」

「良心、なぁ……。まぁええよ、分かったわ」

 ヒラヒラを手を振りながら応える巫女さん。適当な返事の割に、その内容への不審感を隠す気はないらしい。

 ジブリールの出した根本には、矛盾がある。いや、矛盾というほど大きな食い違いではないか。

 簡単に言えば、この裁判は裁判官の自分正義理論で決められる。よって不確かな正義は、理論上存在する各々の正義へと変換されている。

 ならば、聞かねばなるまい。

「ジブリール。この裁判に置ける裁判長の権限はどれくらいあるんだ?」

 ジブリールはさっき、裁判長の私から(・・・)判決を下します、と言った。

 これは、ジブリールが自らの正義のみで判断して結果を決める、ということにもなりかねない。

 もちろんルール上は他の二人とも話すことになっているが、どこまでを公正な進行と呼べるのか。その細かいルール設定が必要だ。

「裁判長の大きな役割は、議論の進行と裁判官の総意を発表すること。よって今ゲームの最大権力を持つ訳ではなく、あくまでも裁判官代表という立場になります」

 そこまで聞いて俺は頷く。たとえ裏ではこのルールが存在していようとも、やはりこの証言は必要だった。あとで証拠がないとも言われかねない。

「それでは次に、プレイヤーの賭け金に承諾を頂きます。賭け金は、『勝者が敗者に与えられる正当な罰』とします」

「どういうことだ?」

「よく分かんねー、です」

 いづなとほぼ同時に、俺は小首を傾げることになった。それは誰が得をする報酬なのか。そりゃ勝者か。

「このゲーム内で、被告側は原告側に何らかの罰が必要だと主張を受けます。その反論として、被告側は原告側に対して要求をすることとなるでしょう。その主張と要求こそ、このゲームに置ける勝者への報酬となります」

「マジか」

 これは想像以上にバヤいゲームだ。いやマジでヤバい。ほんとパない。流石というか、空達が考えたことはある。

 このゲームのミソは、『賭け金をゲーム中に変更ができる』ということになる。

 本来盟約によるゲームは、互いに賭け金がつり合うと判断しない限りはゲームができない。

 だが逆を言えば、そう判断してしまえばゲームができるということ。たとえゲーム開始前に賭け金を言っていなくても、である。

 そして互いに賭け金の変更をする権利がある以上、公平でもある。まぁ、俺は公平でなくとも逃げられないんだが。

「……空、白。聞いときたいんだが」

「なんだ〜い?」

「これは俺が仕掛けられたゲーム、だよな?」

「ああ」

「なら俺にゲームの決定権がある。そうだろ」

「確かにそうだな」

 そう言って、上段の二人はいつもの様に邪悪に笑う。

「──けどいいのか?」

「……しろたち、この条件でしか……ゲーム、しない……」

「まぁ、そうだろうと思ってはいたけどな」

 これが逃げられない理由である。

 空達はゲームをしない。よって俺のエルキア追放が確定する。俺が逃げれば、さらば人間らしい生活〜異世界編〜なのだ。それは嫌だ。餓死は本当に辛いからね?

「んで、どうする?」

 黒く目付きの悪い瞳を光らせながら、空は問う。

 少しだけその問に問いに対する答えを探し、見つけ出した。

「弁護士を呼べ。俺は裁判じゃ何も認めないぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「と、ゆーわけで。エルキア王国が誇る敏腕弁護士に来て頂きました〜。はい、拍手〜」

「……はく、しゅ〜……」

「来て頂きました〜、じゃ、ないですわあああぁぁぁっ!」

 空の気の抜けた声に、聞き慣れた絶叫が重なる。

 ジブリールの転移によって、俺の左上段に登場した少女は──言うまでもなく、ステファニー・ドーラであった。

「半月以上城を留守にしたかと思えば、いきなり呼び付けてハチを裁判にかけるっ!? なんですのっ!? バカなんですのっ!?」

 まだゲームは始まってもいないのに、うちの弁護人は早くも対戦側と火花を散らしている。あの子、戦闘民族かしら? 

「いやいや、ステフさんや。それについてはさっき説明したでしょ。ジブリールが」

「それで納得できたら苦労しませんわ。というか、どうしてこんな事に……」

 叫んだと思ったらいきなり頭を抱えるステフ。どうやら仕事が終わってり数時間の体にはダメージがデカかったらしい。

 情報量おかしいからな。俺も徹夜明けでいきなり知り合いが拉致られて裁判開くとかなったらまともに対応できる気がしない。……その前にそんな状況なる程知り合いがいないわ。

「気持ちは察するが、とにかく頼むわステフ。俺の未来の八割はお前に掛かっている」

「急に重すぎる責任を押し付けないで頂けますのっ!?」

 リアクションに忙しいステフに責任を押し付け、俺は正面の裁判長を見据える。

 このゲームの鍵はやはり彼女だろう。

 いづなは仕方ないが、ジブリールと巫女さんは裁判がどんなものかをかなり広い範囲でりかいしていはずだ。その場合、己の良心や正義で判決を下す際、彼女らは迷わない。

 そしてエルキアの図書館にてジブリールが俺に向けた目は、敵意に充ちたそれであった。

 公正な裁判か……。

 意味深に思える単語を飲み下し、仕方なしに腹を括る。

「それでは、これより盟約に誓って頂きます」

 よろしいでしょうか? とジブリールが全員に確認をとる。

 彼女の両隣にいる巫女さんといづなが頷き、空と白も首肯した。

 俺は左上段にいるステフを呼ぶ。

「なぁ、大丈夫だよな?」

「それは、……勝って、みせますの!」

「それは大丈夫じゃないってことだなおーけーよく分かった」

「だ、大丈夫ですわ。空達もまさか死刑なんて言わないはずですし」

「それ負けることが前提じゃねぇか」

「そ、それに……」

 まぁ、仕方ないことではあるか。

 ステフが今までに空達に勝った試しはない。というか、この空間にいる中でまず最強のプレイヤーが彼らだ。大丈夫な訳がない。俺としたことが愚問だった。

 すまんと一言かけようと思った矢先、ステフが拳を握りしめながら言う。

「今日はハチが付いていますわ!」

「え? あ、お、おう……」

「だからきっと、大丈夫ですわ」

「あー、うん、そうですね」

 そこで勝てるとか言えないあたり、彼女は正直者だ。俺も言えないけど、弄れた意味で。

「──よろしいでしょうか?」

「あ、おう。すまん」

「では──」

 そう言ってジブリールは右手を上げる。

 あの、めっちゃ声が冷たかったんですけど。その所為で反射的に謝っちゃったよ。こいつどんだけ俺の事嫌いなの? 

 広間にいる各々が手を上げ、ジブリールに合わせて宣言する。

 

「【盟約に誓って】」

 

 人生初の裁判が幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 




なんかすんません。
ここ最近の更新が謝ってばかりだと思う作者です。
なんかもう忙しいです。夏休みってなんでしたっけ?忘れてしまいました。
遅い上にルール説明で終わってしまいました。
次回こそ、チーム常識人と『  』がやり合います!


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だが彼らは断罪する

お久しぶりです。
どうも、江波界司です。
ホントに亀更新でした。
言い訳はしません。読んでいただけると幸いです。


 裁判。この言葉に、あるいはこの存在に良いイメージを持つ者は少ないだろう。

 いくらそれを生業としてる裁判官だろうと休みたい時は休みたいし、犯罪や揉め事の話を聞くことが楽しいとか言うわけがない。検事や弁護士にしても、裁判が起こることに喜ぶことはできない。それだけ犯罪や揉め事が起きている証拠だからな。

 そうなると、これはもう裁判という方式自体に問題があるのではないか。

 そもそも人が人を裁くことに疑問がある。裁くのは俺のスタンドだ。裁くのかよ。

 人はあくまでも人であり、どれだけ機械的に振る舞おうと限界がある。我が国日本でも行っている裁判だが、これらを取り仕切る裁判官には法を守る番人としての責務が求められている。

 が、しかし。そうして法を厳守すべき裁判官ですら、人なのだ。感情もあれば間違いもある。そんな彼らに、一個人の未来すら委ねようというのだ。

 故に、俺は裁判という方式で人の善悪を測ろうとすること自体を否定したい。

 当然だ。何せ俺史上、裁判をして良い結果になった様を見たことがない。

 あれは小学生の時。学級裁判という偽名を得たあの帰りの会は、さながら一人を生贄に正義を召喚する儀式のようだった。壇上に差し出された少年は、「しゃーざーい!」「しゃーざーい!」と繰り返される周囲の掛け声に泣きながら、頭を下げた。

 あれ以来、泣いたことはない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 誓ったからには、我々はゲームをしなければならない。

「では、原告側より被告側の罪状と求める刑罰の提示をお願いします」

 ゲームの開始とともに、ジブリールは口を開く。

「ほいほーい」

 冷たい声とは対称的に、空は軽々しく口にする。

 

「比企谷八幡は──悪である」

 

 それがお前の罪だ、と。

 

 さてさてさーて。

 何の因果だ。いつしか俺が職員室に呼び出される原因となった作文の出だしに酷似したそれは、俺の未来を変えかねない裁判の出だしとなった。

「す、ストレートですわね」

「あのステフさん?それ俺が悪だって認めちゃってない?」

 頼りない弁護士に肩を落としながらも、早速俺は今まで得た情報を咀嚼する。

『  』の主張。それは『比企谷八幡=悪』というかなりぶっ飛んだもの。この場合イコールが数式上正しいのかは知らん。数学って何だ、知らん。

 この主張は厄介な面を持っている。それは、悪という価値観の相違だ。

「原告側『  』、証拠の提示と説明を」

「まず、比企谷八幡がここにいること。それが俺達の第一の主張だ」

 そう言い、空はクルクルと人差し指を宙で回す。コクリと頷いたジブリールは、当然のようにワープホールみたいな穴から数枚の紙を取り出した。

「それは現在、ここにいる全員が共通して把握している八の情報だ」

 裁判長の計らいか、ステフや俺にも同様の紙が届けられた。

 表記されているのは基本的な内容だった。名前、性別、歳、推定身長などなど。

「で、これがなんの証拠になるんだよ」

「もちろん、八が悪だって証明のだよお〜」

 文句が来ると分かっていたように、空は俺に目を向けていた。

「……まず、この資料……すべて、事前にステフを含む、全員に確認して……つくった、もの」

 その全員の中に俺は入ってないんですかそうですか。

 ジブリールによって渡された資料に、黙々と目を通す。あ、これは俺が入ってなくて当然だわ。

「で、この資料から分かることは一つ。八の目的が不明であるということだ」

「…………」

 いや、確かに、この資料に比企谷八幡の目的なんて項目は無い。けどそれは自己紹介カードにも書かない類の項目だろ。今時小一でも書かないから。

 俺の無言の抵抗を無視し、空は話を進める。

「巫女さん。正直に答えて欲しい」

「なんや?」

「巫女さんは八に目的を聞いた。それも答えやすいように誘導や交換条件を取り付けて」

「否定はせんへんよ。なんや人聞きが悪いねんけど」

「……そのとき……はちは、目的を言った……?」

 ひらりと、一瞬だけ巫女さんと目が合った。彼女が何を思ったのかは、もちろん分からない。

 細く艶やかな瞳を俺から離して、彼女は白の問いに答える。

「……いんや、言うてない」

 彼女の答えは嘘ではない。確かに俺は、質問には答えたが目的自体は言っていない。

 この問答はあまりにもフェアにアンフェアだ。なぜならこの答えは、空達の主張に大きな説得力を生んでしまう。

「八は巫女さんに目的を言わなかった。エルキアと東部連合の信頼関係にヒビが入る可能性があったにも関わらずだ」

 そう、これはエルキアおよび東部連合から俺に対する不信性を示してしまうのだ。

「い、異議ありですわ」

 一撃目から劣勢に立たされ、それでもステフは抗議する。

「目的を教えないことが悪とは言えませんわ。そもそもソラ達だって目的も言わずに行動してばかりですの」

「ステフ弁護士。論点はそこじゃあないのだよ~」

 反論虚しく、空の挑発に白が続く。

「……論点は、ひとつ……はちが、ここにいる……その理由を、言わない、こと……」

 これはステフのミスだ。いや、訴えること、打って出ることに関して言えば間違いじゃない。だが、それだけでは空達の策を崩せない。

「目的不明で、非協力的。東部連合とのゲームにこそ参加したが、それもかなり強引に俺達が引きずり込んだだけ。つまりだ」

「被告……はちは……エルキア、および東部連合にとって……」

「——極めて大きく、敵対的な可能性をもった存在である」

 原告側、空と白はそう結論を突き付けた。

 まぁ、そうだな。うん、これは無理だ。

 何せこれは可能性の話であり、否定しようにも材料が無い。もしもを突き詰めてしまえば、俺でなくとも反論はできないだろう。

 だが、ここで引き下がることはできない。

 このゲームは、裁判官である三人にどれだけアピールできるかの勝負だ。

 ならば、正しくある必要はない。

「異議ありだ、裁判長」

「被告の発言を許可します」

 本来こういうことを言うのはステフの役目なのだが、やはりここは俺の領分だ。

 理屈ではなく、納得した気になれる屁理屈の刺し合いである。

「敵対的な可能性って言ったな。それはつまり、俺がエルキアや東部連合を裏切る可能性がある、と。そういうことでいいんだよな?」

「ああ、そうだが?」

「それは逆説的に、可能性が高いというだけってことでもある。可能性なんてのは誰にでも言えることだろ。俺だけじゃなくお前ら自身、ステフ、巫女さんやいづなにジブリール。ここにいる全員が、何かしらの行動をとる可能性はあるんだ。そんな中で、可能性が高いとかいう曖昧なものだけで俺を悪だとは断じれないんじゃないか?」

「はっ、よくしゃべるな~、八~」

「そらしゃべるだろ」

 何もいいことはなかったけど。むしろ良くないことしか起こってないまである。

 というか、この期に及んで無言を貫くやつは勇者ではなく愚者だ。自分の命が掛かってるんだから必死にもなる。

 この反論は想定していたのだろう。空は悠々と応える。

「まぁ確かに、可能性ってのは否定も肯定もしにくい話ではある。が、俺たちの主張はこれからだ。まずはこの、被告側が否定しきれなかったということを覚えておいてほしい」

 生粋の検事の如く、あるいは詐欺師の如くそんなことを言う。

 そう、このやり取りはこちらの劣勢だ。俺達が可能性を否定しきれなかったということは、いくら屁理屈をこじつけようとも残る事実なのだ。

「じゃあ、早く本題に入ってほしいんだが」

「慌てんなよ。逃げ道を封じてくのは勝負の基本だろ?」

「では、原告側は続きをお願いします」

 ジブリールが促し、今度は白が口を開く。

「……第二の、主張……はちが、異世界から来た……という、事実について」

 彼女の口からは、また突拍子もなく、そしてどうしようもない話題が振られた。

「言いたいことは分かるが、まずは聞いてもらおう。八、俺の質問に答えてほしい」

 反論よりも先に、空は俺に行動の制限を要求した。この一言のせいで、俺は応答以外の初動を封じられたとも言えるのだ。

「質問を許可します」

「どーも、裁判長。んじゃ、質問。──八はこの世界に来るまでは、普通に学生をしていた。合ってるか?」

「……ああ」

 質問の真意を考え、読み取れず、俺は正直に肯定する。

 かなり注釈を入れればプロのぼっちとして反リア充のカリスマ的ポジションを確立してはいたが、これって普通だよね?爆発すべきだよね?ソロモンでも落とそうかしら。

「八は普通に学生をしていた。前にいた世界には少なからず知り合いや家族がおり、順風満帆とはいかずともまともに生活ができていた。だな?」

「…………」

 ここは答えない。この僅かな言い換えを肯定すれば、必ず後に響いてしまう。ダメージを最小限にするために、俺は沈黙を選択した。沈黙こそ答えだ。

「逆説的に、八はそれら全てを裏切った上でここにいるとも言える。ここまで言えば、分かるだろ。俺達が何を主張しているのかをさ」

 あぁ、分かる。俺だけでなく、ここにいる全員がそう答えるだろう。

 これは告発だ。それも、間接的な結論から導き出される架空の罪に対するもの。目の前にいる俺ではない、形のない存在に対するもので。

 彼らは俺を断罪しようとしている。それは今ではなく、過去によるもの。

「被告、比企谷八幡は——裏切りの前科がある、と」

 ジブリールが明言することで、『  』(くうはく)の主張は形を帯びた。

 確定的だ。彼らは今、過去の俺を裁こうとしているのだ。

 だとしたら、彼らの目的は……。

 俺は否定することができず、口を結ぶ。簡易裁判所には静寂が広がり、妙な冷たさを感じた。

「い、異議あり、ですわ」

 その静けさを切り裂くのは、小さくも力強い否定の声だった。

「ハチがここに来るまでに、何を思い、何を考え、何を成して来たのかは関係ありませんわ。仮にハチが過去に誰かを裏切ったことがあるとしても、それは過去の話でしかないですわ」

 ありがたい援護。過去の俺を肯定する言葉。

 しかし俺は、そんなステフの言葉を受け入れることはできなかった。

 俺は過去の自分を否定しない。したくない。それは現状に対するアンチテーゼであり、現在の自分を否定する行為だ。

 過去があるからこそ現在があるのだ。だからこそ、過去の自分を否定してはいけない。そういった間違いや失態も、行ったのは自分自身なのだ。

 間違うことは間違いではなく、真に間違いなのはその間違った自分を否定する行為だ。

 間違った。ならばその結果から学び、反芻し、反映させるべきだ。例えできなくとも、そうしようとした意志は偽りなく過去を受け止めようとした証拠だ。

 過去の自分を肯定できずに、今の自分が肯定できるはずがない。

 俺はそう思う。俺は、過去の自分を受け入れる。過去を肯定するのだ。

 だから、俺は彼女の言葉を否定する。

「……いや、ステフ。それは違う」

 まさか起こるはずのない味方からの反論に、ステフは驚愕を隠せないらしい。まぁ気持ちは分かる。ごめんね。

 ステフの言い分は過去の俺を肯定している。

 だが違うのだ。

 関係ないわけがない。過去の成功も失敗も、全ては自分の行動に対する結果だ。それすらを否定して得た自己肯定は、ただの自己満足に成り下がる。そんなものに、価値はない。

 俺はあの部屋を、あの関係を、彼女らを裏切ったのかもしれない。もしかしたら、最愛の妹すらも。

 これは仮定だ。なんの確証もないただの仮初の自説だ。そして、この仮説に答えは無い。証明しようにも、そもそもの条件が不足してしまっている。

 だからではないが、俺はそうした自分を否定したくない。俺の過去の選択を、判断を、否定したくない。

「俺が過去に何をしたか。何を考え、何を成して来たか。それは重要なことだ。じゃなきゃ、ここにいる俺は誰でもない」

 これはこの裁判において自らを不利にする言葉だ。だが言わなければならない。

 ここを折ってしまったら、折れてしまったら、俺は多分何も得られない。何も救えない気がするのだ。

 俺が俺ではなくなる。それは避けなければならない。でなければ、俺は何のためにこの世界に来たのだろうか。

「それは俺達の主張を肯定するってことでいいのかい、八くん?」

「肯定はしてない。お前らの主張とは論点が違うだろ」

「なんで弁護されているはずのハチと論争しそうになっているんですの……」

「ともかく、原告側の主張は把握しました。お二人もよろしいでしょうか?」

 ジブリールが会話を切り、彼女の左右にいる巫女さんといづなに確認をとる。

「かまへんよ」

「もんだいねー、です」

 そんな返答を受け、ジブリールの目は彼女から向かって左側にいる空と白に向けられた。

「では、原告側は被告が受けるべきと考える正当な罰を提示して下さい」

「……んっ……原告、くうはくは……被告、比企谷八幡に対し……」

「俺達の許可なくゲームをすることを禁じ、俺達のゲーム参加に関する命令の絶対順守すること──を要求する」

 ここが奇妙な冒険を繰り広げる世界なら、後ろの大きくドヤァと文字が浮かびそうなほど、ゲーマー兄妹はどや顔で告げた。

 この盤上の世界でゲームの自由性を禁止するという、事実上の死刑宣告を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




一応、山詰みだったものが片付きました。
まだまだ忙しいのは変わりないですが、今度こそ早めの更新を・・・。
感想貰えると励みになります(強欲)。


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そして彼の罪は露見する

筆が、進む……!
長めです。
そして恐らく皆さまがお待ちかねの回でしょう。


 行動には必ず原点がある。原点、オリジンってやつさ。

 その原点に種類はあれど、その本質は一つだ。

 感情である。

 感情が全てのトリガーとなり、そこから思考や心理が働くのだ。

 この法則に従うならば、今こうして始まったゲームにもまた、思考や心理やがあり、感情がある。

 対戦相手、『  』(くうはく)の感情。それさえ分かってしまえば勝ちも同然だろう。

 まぁ、そんなものが分かるなら苦労はしない。俺が分かるのは精々、感情を理解するのがどれだけ難しいかということくらいだ。

 ないものねだりをしても仕方がない。だから俺がするのは、感情ではなく思考や心理を読むこと。それ以外に、俺たちが勝つ術はない。

 このゲームの目的、それを達成しようとするときの考え方。これが唯一、彼らに付け入る隙だ。

 目的も目標も、理論も方法論もないままゲームをするほど、彼らはバカじゃない。

 このゲームには必ず、彼らの感情からくる目的があり、必勝法がある。

 そうでなければ、彼らがゲームを仕掛けるはずがない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 罪を償えと原告側から要求されたのは、この世界での事実上の奴隷化。

 もちろん俺らは抵抗する。拳、ではなく言葉で。

 差し当たっては反論のための材料がいる。こちらと違い、原告側は準備を整えた上でここにいるのだ。苦し紛れのその場しのぎでは相手にならないし歯が立たない。

 だから、ここは待つ。あるかは分からないが、ミスや付け入る隙を待とう。

「原告側。その罰が正当である根拠をお話しください」

 ジブリールがそう促す。

 ここで言う正当な理由とは、俺の罪状に対してのもの。つまり、悪である比企谷八幡に何故この要求が必要か、という話だ。

「根拠はもちろん、八が裏切るリスクがあるからだ。この要求を呑むなら、今後エルキアや東部連合の大敵になる確率はかなり下がる」

 これは理解できる。むしろ分かりやすすぎて逆に怖い。あれだな、常識問題過ぎて深読みしたら間違っちゃうみたいな。

 俺があやしいから、先に選択肢を削っておく。理にかなってるし、内容全体を鑑みれば、比企谷八幡というカードをローリスクで使い放題ってことだ。なんだこのブラック契約。作業が簡単でもなければアットホームさも皆無なんですけど。訴えてやる、第三者委員会に。

「あてから質問なんやけど」

 いつから挙手性になったのか分からないが、そう言って手を挙げたのは巫女さん。

「個人的なゲームの禁止と、こっちが指定したゲームへの強制参加。これでリスクがなくなるゆうんは、ちょっとあまくないけ?」

 あまくないな、この人。だから俺もこの要求はローリスクに云々と表現した。

 巫女さんが指摘したのは、ゲーム外の行動についてだろう。

「これやと、他国への干渉はできるゆうことやろ?なら情報を渡すでもなんでも、反逆の手段はあるゆことになる」

 そう、裏切りにしても色々とやり方はある。

 ゲームに参加できないのなら別のプレイヤーに代行させればいいし、この世界でも情報と言うのは大きな武器なのだ。『  』(くうはく)の正体を知っていることは大きな交渉材料にもなる。巫女さんが危惧したのはその辺だろう。

「それに、こんな裁判まで開いた。むしろ裏切りの理由にすらなりかねんよ?」

 そこまで話し終えた巫女さんは俺に一瞥し、空へと視線を戻す。

 可能性の話をすればきりがないと分かっていながらも、彼女は空に問うた。それに対し空は、いたっていつも通りである。

「そりゃそうだ。八が裏切るとなったらどんな手段でも使うだろうさ。けど、その時にゲームができない。これだけでも十分な収穫だ。行動は大きく制限される」

「……それに……どうしても必要、なら……ゲームで、負かせば、いい……」

 空達の要求において最も重い罰は、ゲームの禁止ではなくゲームへの強制参加を約束させることだ。

 白が言った通り、今後更に条件を付けて行動を制限したいのならゲームで負かして追加条項を足すだけでいい。効率的というか、ここまでくると悪魔的だ。人権とかないのかよこの世界。

 二人の説明に納得したらしく、巫女さんは「ほうか」と一言。それ以上聞く気はないらしい。

「それでは、被告側。原告側から出た主張に対しての反論をどうぞ」

 裁判長に促され、俺とステフは互いに目を合わせる。

 場所が離れているために密談もできなかった。これもこのゲームで俺たちが不利な部分だ。相談なしでは作戦も立てにくい。

 悲観的に状況を見た俺に対し、ステフは一度大きく頷く。何か策があるらしい。

 ならばここは弁護士に頼もう。俺は俺で、できることから。

「反論しますわ。まず、ハチが異世界からここに来たことについて。ソラとシロは、ここに来たことは元居た世界にいる人達を裏切る行為だと言いましたわ。けれど、それが必ずしも悪であるとは言えないはずですの」

 さっきは俺が出鼻を挫いてしまったが、そんなこともお構いなしに彼女は俺の過去の話をしようとしている。

 これは悪くない手かもしれない。踏み込んでほしくない部分がある俺としては今すぐハチマンストップをかけたいところだが。

 比企谷八幡という一個人に対して、原告(くうはく)弁護士(ステフ)も等しく他人だ。俺のことをどこまで知っているか選手権をした場合、ここにいるメンバー全員に然したる違いは出ないだろう。

 つまりこの戦術なら、ステフは『  』と同等の立場で論争ができる。

「ハチはソラ達がいない間は行政の手伝いもしてくれましたし、東部連合とのゲームもハチがいなかったらどうなっていたか分からないですわ。それにハチがエルキアを裏切るそもそもその理由がないじゃないですの」

 さっきの空達の主張には、エルキアと粒連合にとって敵対する可能性とあった。ステフはそのエルキアで事実上の王様権限を持っている。ならば彼女の思いはエルキア王国の思いとも言える。

 個人ではなく王国から見た比企谷八幡の活躍。なんか過大評価が多分にしてあるが、少なくとも反論するには問題ない内容だ。

「八の功績。それは否定できない事実だ。ステフが嘘を吐くわけないし、行政に関しちゃ、じいさんに確認すれば裏もとれるだろ」

 けど、と空は続ける。

「八に裏切る理由がない。残念だが、それは間違いだ」

「どういうことですの……?」

「何故なら八は、俺達『  』と相いれない存在。もっと言えば、最初から敵対するはすべき関係なんだよ」

 ここが恐らく、このゲームの山場だ。勝敗を決める分水嶺だ。

 今までの主張はあくまでも、俺の逃げ場を塞ぐための下準備。何せここまでの話は、比企谷八幡が悪であるという具体的な説明になってなかったからな。

 だからここだ。俺を完封しつつ裁判官に正当性を感じさせられることのできる確かな証拠提示。

 俺とステフ、裁判官の三人も静かに続きを待つ。

 張り詰め始めた空気感の中で、空は口を開いた。

 

「何故なら──比企谷八幡は、リア充だからだ」 

 

 世界が、静止した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……。

 …………は?

「……いや、ちょっと待て、待ち過ぎろ」

 もう反論どうこうじゃなかった。

 今この重度のシスコン廃人童貞ゲーマーはなんと言った。

 俺が、リア充、だと……?

「お前ケンカ売ってのか」

 MAJI☆GIRE寸前の俺は、怒気を孕んだ声でそう問うた。

「いやいや、ケンカ売ってのはそっちだろ、この鈍感系青春学園ラブコメ主人公が」

「いやいやいや、お前ほんと何言ってんの?」

 誰がラブコメ主人公だ。俺は難聴でもヤクザの息子でもラッキースケベの貴公子でもない。

 俺はプロのぼっちだぞ。そんな俺を、あろうことかリア充(笑)と呼ぶ?

「本気で言ってんのかよ」

「俺たちは最初からマジだぜ?」

 おーけー、ならば戦争(クリーク)だ。

「人をリア充(笑)呼ばわりするってことは、証拠があるんだろうな」

「もちろんだ。ジブリール、以前調べてもらったやつのレポート呼んでくれ」

「承知しました」

 証拠品提示ということで、ジブリールはいつの間に用意したか分からない紙に目を通しながら報告する。

「比企谷八幡は盤上の世界ディスボードに来る以前は、学生として高等学校に通っていました。その際彼は、現役JK(じょしこうせい)二人と、放課後の教室で、奉仕活動に毎日に二時間ほど勤しんでたそうです」

「待て、待てよ、待って頂けません?」

 なんだその犯罪者臭のすごいプロフィール紹介。放課後とか奉仕とか現役JKとか如何わしさを醸し出すなよ。津田は、ツッコミの津田はぁ!?

 というか、最後のは俺も現役男子高校生だから別に問題はなくないか?なんなら現役ジャパニーズ高校生で俺もJKなんですけど。JKな感じだしぃ、みたいな?

「どこか事実と違う部分があったか?」

「事実だが、表現に悪意があり過ぎるだろ。間違っていないが大間違いだ」

 恐らく空編集長の加工が加えられた文だろう。こいつほんといい性格してんな。どんだけリア充嫌いなんだよ。

「否定はしないんだな」

「否定してるから。俺リア充じゃないから」

「ジブリールの読んだ文が仮に誇張した表現だったとしても、八が放課後の教室で女子二人と何かしらの活動をしてたのは事実だろ」

「さも何か意味がある様に言うなよ。んなこと言い始めたら登校するだけで意味深ってことになるわ」

「登校するのが普通ですか~。流石、ひきこもりの俺たちとは違いますわ~」

「効率を考えたらそうなっただけだ。お前らはゲームの方が重要だって考えただけで、別に俺が特別ってわけじゃあない。というかそのことと俺がリア充云々は関係ないだろ」

「あるさ。俺達ゲーマーやひきこもりとは一線を引いた存在。それは交わることのない者同士ってことでもある」

「それの数式じゃお前がここにいる全員と手を組めることがおかしいってことになるぞ」

「仮に交わらない関係だったとしても、ここにいるメンツとは必ずゲームをしてる。だからこそ信頼でる部分があるんだ。その点で言えば、まだまともに戦ってもないのに友好的なハチは裏切りの可能性が高いよなぁ?」

「ならなんで俺だけが例外になる。ステフだってスペックだけなら十分リア充の類だろ」

「ステフに関してはまぁ言いたいこともあるが、今はいい。俺が気に入らないのは、なんでそんな普通の男子高校生してたやつがここにいるんだってことだ」

「気に入らないとか言っちゃったよ。つか、お前最初からそれが言いたかっただけだろ」

「当たり前だろ!何が奉仕部だ、同級生と毎日いちゃこらいちゃこらと……爆発しろ、いいや限界だ、押すね!」

「ただの八つ当たりじゃねぇか!どんだけ拗らせてんだよ。そもそもいちゃこらとかしてねぇし。部室での俺の扱いとかほとんど部活の備品だぞ」

「それは何か、そういう趣味的なあれか!?」

「ちげーよ、ふざけんな。人を特殊性癖持ちみたいに言うんじゃねぇよ」

「はっ、そんな扱い受けてて毎日部室行くとか、むしろそういう性格じゃねぇかと疑いたくもなるわ」

「お前そろそろほんとにやめとけよ。つーか、もう俺が悪だのなんだのと関係ないだろこれ」

「あるわ!リア充は悪だろ。爆ぜろリア充滅びろパリピ、消えてなくなれ不純異性交遊っ!」

「一周回って風紀委員みたいになってんぞ。いや、だからその括りに俺は入んないんだっつの」

 ジャッジメントですの!あれもなかなかに過激だよな。……総武校に風紀委員てあったのかな。記憶にねぇ。

「あの、ジブリール?これ、どうしますの……?」

「なんや不毛な話になってきとるね。もう空はんに至っては私怨が見えとるし……」

「りあじゅーってなんだ、です?」

「双方、静粛にして下さい!」

 ジブリールの一声で、俺と空は論争をやめる。裁判長の言うことは聞かないとね。

「この主張に対する答えは一度先送りに致します。原告側、または被告側に他の主張があれば挙手してください」

 なんか学級裁判みたくなってきたな。まぁ、挙手性なら何かと分かりやすいしいいけど。

 視線を向けると、やはりというか、表情を見るに原告側にはまだまだ余裕がありそうだ。ブラフという可能性は低いだろう。あいつらの手札がこれだけとは考えにくいからな。

「主張、というより聞きたいんですけれど」

「弁護人、発言を許可します」

 やや遠慮気味に手を挙げたステフ。まぁ、難しいよね俺の弁護とか。俺だったら真っ先に諦めるまである。

「ソラはリア充は悪と言いましたけれど、結局のところそれはどういうことなんですの?」

 俺もどちらかと言えば空と同意見ですけど、その根拠を説明しろと?それはちょっと酷じゃないですかね。

 ステフの聞きたいことと言うのは、どうやらそうではないらしい。

 前に空はステフとのゲームにわざと負けてリア充になりたいとか言ったらしく、その時リア充は常識人の遥か上位に君臨する存在と定義したそうだ。こいつ何やってんだか……。

 まさかの問いに、流石の空も言葉を詰まらせた。ナイス、ステフ!流石エルキア一の敏腕弁護士!まぁエルキアに弁護士って職業は存在しないだろうけど。

「……ここでの悪、は……くうはくと敵対する、という意味……にぃの説明は、間違って、ない……」

 が、兄にできないことは妹が補うのが彼らのプレースタイル。白は完璧なカウンターでステフを切り捨てた。

「他にございますか?」

 残念ながらその先に答えることはできない。まじでもう手札がないんすわ。

 唯一の救いと言えば、まだ被告側である俺たちの要求を言っていない点だ。

 ステフが狙っているのかは分からんが、このカードはまだ切れない。

 このゲームの勝利条件は、裁判官を納得させて要求を通すことだ。

 だからこそ、出した要求が正当であると思える時でなければならない。

 このゲームは俺たちが圧倒的に不利だ。まず準備の段階から違うし、主導権は常にあちら側にある。

 俺たちのアタックチャンスであるこのカードは、まだ切れない。

 しかし、かといってここでなんの主張も出せなければ負けが確定する。

 何か、何かないか……考えろ。

 空達の目的はなんだ?俺にゲームの参加権を奪うこと。

 それは何故?俺が裏切る可能性があるから。

 確かに納得できる。できるが、何かが違う。違う気がする。

 この違和感の正体はなんだ?『  』らしくない気がする。

 何処がだ?方法か。いや、ゲームで決めようとするならそれはむしろあいつらの正攻法だろ。

 ……だめだ、答えが出ない。答えを出すには、俺は彼らを知らなすぎる。

 どうする。情報を集めようにも、時間も手段もない。

 それに、ここで負ければ俺は……俺はこの世界に来た意味すら失ってしまう。

 それだけは避けなければならない。

 しかし、どうする。

 辺りを見渡すが。景色は変わらない。ここには裁判官の三人と、原告の二人と、弁護士しかいない。

 弁護士、いるじゃん。

「ジブリール」

「何か?」

「弁護人と少し話したい。数分だけ席を外してもいいか?」

 ジブリールは一度黙考し、それから隣にいる巫女さんに視線を向けた。

「別に構わんやろ。準備時間がなかったゆうことも考えたら、それくらいあった方が公正やないの」

「いづなもおんなじ意見、です」

 同じように視線を向けられたいづなも賛成し、裁判長は結論を出す。

「では、五分ほど別室での相談時間を設けます。音声は周囲に聞こえないように致しますので、ご安心ください」

 時間になったら再び知らせると言い、俺とステフはジブリールの空間転移で場所を移動した。

 何もない和室で、俺はステフに問う。

「空達が俺について、何か言ってなかったか?最近のことじゃなくても」

 あまり時間はない。

 すぐに本題に入ったわけだが、その辺はステフも覚悟していてくれたようだ。すぐにいくつか心当たりを話し始めた。

「これは、あまり言いたくないんですけれど。ソラはわたくしにハチを調べるように言っていましたわ。といっても、報告は何もできていないんですけれど」

「それはいつ頃からだ?」

「えっと、巫女様がハチを呼んだ日からだったはずですわ」

 ということはつい最近だ。これじゃあ調べて今やっているゲームに生かすにはあまりに短い。それにステフは報告もまともにできていないとか、意味あったのかこれ?。

「他にはないか?」

「他に……といっても、ソラもシロもあまり話してくれないんですのよね。初めてハチと会ったときも、なんにも言わずに城に招いたわけですし」

 確かに、それもそうだ。

 いくらステフの方が俺よりも空達と付き合いが長いと言っても、それが詳しいとはならない。

「俺を城に招いたとき、何も聞かなかったのか?」

「聞きはしたんですけれど、はぐらかされた感じでしたわ」

『  』とジブリールの初対面にして初戦のゲームの後、俺もまたエルキア城の住人なった。

 その日の内にステフは俺を受け入れた理由を空に聞いたらしい。

 その時の空の答えを聞き、俺は違和感の正体に思い当たった。

 それは、目的の違いだ。

 俺が想定していた目的と『  』の性格が一致しなかった。だが、ステフの話通りなら新しい可能性が生まれる。

 これで分かった、あいつらの真の狙い。

 ならば次は方法だ。

 最初から引き分け狙いなら、俺たちの勝ちもなくはない。

「時間です。転移しますので少々お待ち下さい」

 瞬間的に現われたジブリールに大したリアクションもしないまま、景色は再び裁判所となった大広間に変わった。

 目的は恐らくだが分かった。

 ならあとは、勝つだけだ。

 俺に吟味するような眼を向ける空。表情でバレたか?

 まぁいい、読まれているとしても関係はそんなにない。

 ここからだ。今考えた即席の策だが、勝率は悪くないはず。

「では、被告側。何か主張はありますか?」

「ああ、発言させてくれ」

「許可します」

 さあ、反撃開始だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




感想、ご愛読ありがとうございます。
かなり久しぶりの更新でこれだけ読んで頂けてうれしいです。
おかげ様でモチベーションがプルスウルトラしました。
感想、誤字報告お待ちしております。


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故に彼女らは決断する

原作やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。
ついに完結しましたね。



 たまに思うことがある。

 ある分野において秀で、もはや誰にも負けない程に一つを極めた者は、その先に何を求めるのだろうか。

 どこかの格闘家は感謝の境地に至って音速を超えたらしいが、今は置いておこう。

 極めたというのならば当然、その者にかなう敵はいない。本当の意味で頂点に君臨することだ。

 そして思う。頂点とは常に孤独なのだと。

 俺のような凡人と何かを極めた超人は、決して同じ景色を見ることはないだろう。立ち位置も立ち振る舞いも、立つ意味すらも違うのだから。

 誰一人として登れぬ山を登った時、頂上で味わうのは達成感や優越感だろう。だがいつか、きっと感じてしまうのだ。考えてしまうのだ。

 ここには、俺しかいないのだと。たった一人、たった独りぼっちの自分だけなのだと。

 誰にも共感もされず、誰かと並ぶこともできず、ただ敬われ称えられ神格化されるだけ。

 そんな限界の先にある袋小路を見た時、人は何を望むのだろうか。

 これは俺の想像でしかない。

 本当はもっと、うれしいことや楽しいことを感じた上でその世界のトップに君臨しているのかもしれない。

 だが俺は、俺にはそんな輝かしい成果と実力に彩られた者達が、時折哀れに見えてしまう。

 誰一人として隣に立ってはもらえず、共感を得られず、無敵であり続ける。

 それはまるで、最底辺にいるぼっちと変わらないではないか。

 だからではないが、俺は空の言葉を忘れられずにいる。

 凡人の役目は、天才を理解してやること。

 彼は理解するために凡人をやめた。凡人にすら及ばない自分になった。

 そうまでして彼は、彼らは頂点に上り詰めた。

 ならば、その先に彼らが望むものはなんだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 裁判もいよいよ大詰めだ。

 この俺たちの主張がおそらく最後の反撃のチャンスだろう。

 目的はある。手段も考えた。集められるだけの情報と条件があり、勝機がある。

「確認するが、空達の要求は俺が敵対するリスクヘッジとしての対策ってことでいいんだよな?」

 彼らの主張は、『悪である比企谷八幡はエルキアと東部連合を裏切る可能性があり、その対策としてゲームに関する自由を一部禁止する』というもの。たとえ真意がそうでなかったとしても、いままでの口論の中ではそういう結論に至る。

 空と白は静かに首肯した。

「なら俺は要求する。俺のエルキアでの生活を保障しろ。そうすれば、テトを倒す目的に関してお前らに協力する」

 全員が黙った。見ればステフすらこいつ何言ってんの?と目で言っている。まぁ、だよな。

 これはもう裁判の意を成していない。だがそれでいいのだ。

 もとより、民事でも刑事でも魔女でも極東軍事でもないのだ。最初からこの裁判は間違っていたのだから。

 だから、いっその事その原型すらぶち壊す。格ゲーで勝てないなら格ゲーによく似たストラテジーで挑めば良いのだ。

「引き分けで手を打たないか、っていかにも負け確なセリフだけどな」

「……はち……それだと、疑い、晴れない……」

 空と白、二人は大した動揺も見せずに言う。

「かもな。んで、何か問題があるか?」

 ならば俺は問い直そう。この裁判に、裁判官に。

「俺が怪しい。それは分かる。だが、だからって面倒なゲーム権の剥奪とかする必要はないだろ。現に白が言ってる。必要ならゲームで負かせばいいってな」

 これには誰も、言った本人の白も反論できない。

「お前らは俺にゲームで勝てる自信がある。だからお前らは、ゲーム外での裏切りをなくそうとしたわけだ」

 ここまでは誰でもわかることだろう。

 空白に敗北はない。しかしそれはゲームでの話であり、それ以外の分野では負け越しているニート兄妹だ。

 目標達成の途中で、思わぬ揚げ足取りに足を掬われては居た堪れないだろう。

「そこで、俺の提案だ。俺は安住の地を貰う代わりに、お前らが打倒神様を掲げる限り裏切らない。もちろん盟約に誓ってな。これでお互いにwin-winってやつだ。誰も苦しまなくて済む」

 ピクリ、といづなの耳が動いた。俺の言葉の何かに反応してくれたらしいが、よくわかんねぇな。まぁいいや。

「お互いにマイナスは少なく、それどころか盟約による強固な契約ができる、か。悪くないな」

「そこで、だが断るってのはなしだぞ」

 なんとなく先読みしてみた。

 空はえ~、と肩を落とす。

「ま、まぁ、そんな天丼はする気ないから」

「ほんとかよ」

 めっちゃ溜め息ついてるけど。

「八の要求、これが互いにとって有益なのは認める。けどこれは交換条件だ。八は自分自身に罰を与える代わりにこっちの要求の軽減を求めてるってことになる」

 その言い分は間違ってない。この裁判は勝者にこそ要求の権利が与えられる。だからこそ、相手の要求を呑むことは敗北宣言であり、俺の要求は引換条件と言える。

「それはつまり、こっちの主張が正しいって認めるわけだ」

 間違いではないが、これには頷けない。

「お前らはいくつか主張したが、その全てを肯定するわけじゃない。ただ、お前らにとって俺がリスクのある存在だってことだけは認めるってだけだ」

「んじゃ、情状酌量の余地ありって結論でいいわけね」

「なんか引っ掛かる言い方するなおい」

「別に~、なにもないっすよ~?」

 すげぇ、人ってここまでうさん臭くしゃべれるのか。

 もう怪しいとかのレベルじゃない。妖怪の域だろ。時計にでも入るのかしら。俺の場合は妖怪ボッチだな。言ってて悲しくなって来た。

 とにかく、と頭を切り替えて俺は再度二人に目を向ける。

「お前らの目的と、俺のリスク。それらを鑑みての最高率の手段を提示しただけだ。つか、もう裁判とか形式的なものはどうでも良くないか?」

「いや、それは無理。ルールは絶対であるべきだ。じゃねぇとゲームとしての定義が崩れる」

「まぁ、そうか。んじゃ、形の上では引き分けってことで」

「いや、それは無理」

「その天丼はするのかよ……」

 こいつらは腐っても捻くれてもゲーマーだ。その辺のプライドは捨てられないのだろう。

 とはいえ、それはあくまでも彼らの話だ。この裁判の勝敗は裁判官によって決められる。

 勝ちも負けも引き分けも、彼女ら次第なのだ。

「ってことで、こっちの要求は以上だ。裁判長」

「では、両者追加の主張はありますでしょうか?」

 俺も空達もここで黙る。

 追加が無かったのは予想外の幸運だった。棚餅だな。

「承知致しました。それではこれより、裁判官のみでの会議を行います。会議が終わり次第判決を言い渡しますので、それまではどうぞ自由にお過ごし下さい」

 そういって、上段にいた三人はどこかへと移動して行った。

 あとは祈るのみか……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パチパチと、乾いた拍手をする二人がいた。『  』である。

「いや~、いい勝負だったぜ、八」

「……ん……はち、ぐっちょぶ……っ」

「何がくっじょぶだよ。俺は働く気はねぇんだ」

「文句はそこなんですの……?」

 検事と弁護士が部屋の中央に集まる。これでようやくゲームが一段落した実感を得た気がした。

 ステフのよく分からん指摘にハテナを浮かべると、それを察して彼女は言う。どんなコミュ力だよ。

「いきなり裁判と言われて、それも国家反逆のような悪者扱いに腹が立ちませんの?」

「いや、まぁ慣れてるし」

「な、慣れてるんですの……」

 普通に引かれた。今更引くなよ。

 しかしなるほど。ステフがほぼほぼ無関係なのにも関わらず真面目にゲームに参加してくれた理由はそういうことか。

 無実の罪で裁かれる者を見過ごせなかったと。どんだけいいやつなのこの子。うっかり感謝の気持ちで告って玉砕しちゃいそう。振られるんだよなぁ。

「お前らはこれで満足かよ?」

 俺は怒りとは別の感情を空達に向けた。

 怒りではなく、呆れに近い。

「ま、及第点ってとこかな」

「随分と厳しい採点だな」

「とびきり甘く付けたぞ?これで本気だったってんなら赤点だ」

「じゃあ赤点じゃねぇか……」

「え、まさかあれがお前の全力なの?」

「生憎と、俺は二段階も変身は残してない」

 いつかの勘違いを俺は否定する。俺は宇宙の帝王じゃないんだ。

 はぁとため息を吐く空。どんだけがっかりしてんのこいつ。

「おいおい頼むぞ。お前には俺達を超えて貰わにゃならん」

「いや、それは無理。てかほんとに無理だろ。今の俺のスペックとかステフ以下だぞ」

「わたくしの名前が蔑称に使われているのは気のせいですの?」

「いやステフ未満だろうけどな。ゲームで俺達に真っ向から勝つとかぜってーないし」

「ねぇ!気のせいですわよね!?」

 なんかステフがうるさい。何かあったの?……いつものことか。最近とか、こいつが城内だ叫んでもみんなノーリアクションだし。

 

「──けど、それがイコールで無理ってわけじゃない」

 

「は……?」

 いつになく真面目に、空は言う。

「八、こっからだ。……ここから始めろよ。一から、いや、ゼロから」

「お前それ言いたいだけだろ」

「…………お前にはそれができるはずだ」

「あのーもしもし?話聞いてます?」

「なにせお前は──『  』に引き分けた男なんだぜ?」

「………………」

 それは、もう色々とおかしい。誤解も誤答も甚だしい。

 俺は彼らと同等じゃない。たまたま、幾多の、虚数の彼方にあるほどの偶然を引き当てただけなのだ。

 そんな相手に、何故そんな大層な夢を、いっそ幻とすら呼べる希望を持つのか。

 ……いや、あるいは当然なのかもしれない。

 彼らは幾たびのゲームにおいて不敗。ただ一度も敗走はなく、ただ一度も理解されなかった。まるで体が剣で出来ているように、彼らは彼らの世界に生きている。

 そんな彼らの生涯に意味があったかは分からない。だが、そんな彼らだからこそ望むのではないだろうか。

 真に好敵手(ライバル)と呼べる存在を。

 淡い期待だろうと、ありはしない幻想だろうと、たった一度のあの引き分けに彼らは夢を見、望んだ。

 人類種(イマニティ)でも森精種(エルフ)でも天翼種(フリューゲル)でも獣人種(ワービースト)でもなく、神でもないただの人に。

 彼らは、自らを超えて欲しいと願った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジブリール達が現れたのはそれから小一時間経ってからだった。

「では、判決を言い渡します」

 わざわざ御丁寧に内容が記された紙を、彼女は読み上げる。

「原告の主張は概ね正当と判断し、被告比企谷八幡は有罪とします」

 ことの他あっさりと、俺の負けは決定した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




気がつけば一か月半が経過していた事実に驚きを隠せません。
遅くなってすいません。

感想で何度かジブリールは幸せになるのか、と問われてました。
正直、分からないです。
ネタバレしたくないのもそうですが、今作品はかなり行き当たりばったりで書いているので、一寸先は闇です。
私から言えるのは、2部は1部との対比がテーマということだけです。
その辺り、意識して読み返してみると面白いかもしれません(露骨な時間稼ぎ)

感想頂けると嬉しいです。
次回こそ早めに出せるようにしたいと思います。


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それが彼女の望みである

本当に、本当に遅くなりました。
言い訳はしないです。
ごめんなさい。


 勝機はあった。勝算はあった。だが、それは勝てるかもしれないと言うだけのことでしかない。

 裁判長は一切の慈悲なく、俺の有罪判決を告げたのだった。

「ちょっと待って欲しいですわジブリール」

「認めません。議論は尽くしています」

 どうにかしたいのは分かるがステフ、こればかりはどうしよもない。

 歯痒い顔を浮かべるステフを一瞥し、ジブリールは書類に目線を戻した。

「審議の結果、被告に対し、『  』が指定するゲームへの参加を言い渡します」

 実刑については軽減されているらしい。あちらの話し合いの中で情状酌量の余地ありと判断したのだろう。ならば甘んじて受けるのが今の俺のすべきことか。誠に遺憾ではあるが。

 ですが、と反語でジブリールは続ける。

「公正さを保つべくエルキアおよび東部連合における利点を考慮した場合、被告の提案は両国にとって有益であると考えられます」

「……は?」

 俺だけでなく、ステフもまた困惑した表情をしている。

 そりゃ困惑するわ。ジブリールの言葉にもそうだが、何をどう考慮してそうなるのか。その道筋が全く見えない。

 だが、俺たち以外の面々にそんな感情はなかった。

 さも当然のように話は進行し、ジブリールは巫女さんと『  』を交互に見遣る。

「被告に安住可能な場所を与える代わりに、唯一神打倒のための協力を約束させる。この条件について、エルキアと東部連合の全権代理者として意見をお願いします」

 俺は空の顔を見る。そこでようやく、今何が起きているのかを理解した。

 何が議論は終わっているだ、暴力天使。これはつまり、まだ結論が出てねぇってことじゃねぇか。

 文句の一つでも言いたいが、それは後にするべきだろう。

「そ~だな。ゲームに強制参加させるより全面協力って方がこっちにうま味がある」

「あても同意見やね。まぁやからゆうて、それをそのまま被告に要求するんは、バランスが悪いゆう話なんやけれど」

「つまりだ。八に非はあるが、互いの譲歩次第ではもっといい解決案になるってことだな。どう思う?巫女さん」

「あては全面的に賛成するわ。なんせ提供するんはあくまでもエルキアの方なんやろ」

「まぁそうだな。つーわけで裁判長。俺達は肯定派ってことで」

「承知しました。では、改めて被告に対し判決を言い渡します。比企谷八幡は有罪とし、打倒唯一神に関する事象に協力すること。ただし被告には情状酌量の余地があるため、エルキアでの生活は保障するものとします」

 俺は何もしていない。ただひたすらシナリオステップをしていた結果、何故かだ。

「以上、閉廷」

 何故か、こうして俺たちの逆転に次ぐ逆転も特になかった茶番劇は幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、あの、ハチ?これは、どういうことですの?」

 俺が聞きてぇよ。

 裁判終了からすぐに、ステフがこちらに来た。

「まぁ、なんだ。出来レースってかんじか」

「出来レース……」

 ついさっき、ステフの話を聞いて考え付いた『  』の狙い。それは、もっとゲームがしたい。ただそれだけ。

 これが正しいという仮定があったからこそ、俺の策には一定の勝算があった。

 ついさっき空が言った言葉を加味しても、やはりこの仮説は揺るがない。だとしたら、このゲーム、この裁判に意味はあったのか。

 空は、これが最後と言った。それは、俺の動く理由を与えるのは最後ということだろう。

 俺はこの裁判の中で、俺がゲームをする理由を自ら提示した。そしてそれを誓った。

 恐らく俺の行動は空の、『  』の望むものだった。だからこそ最後の最後で、手番をひっくり返してまで俺の提案を受理した。

「いや……出来レースっつうより、誘導尋問ってとこか」

「そんなつまんねぇことはしねぇよ」

 否定しながらこちらに来た空と白。面白さの基準がわからねぇっての。

「じゃあ何だったんだよ、この一連の流れは」

「んー、説明してる時間ももったいないなー。つーわけで、さいならっと」

「は?いやおい」

「細かいログはジブリールにってことで。俺らからは一言だけ」

「……はち……ごー、かく……ね……っ」

 何だそりゃ……。

 プラプラと手を振りながら、空と白は踵を返す。何を聞いても答えねぇな、こいつら。

「ソラ、シロ!結局これは何なんですの!?」

「なぁステフ、ここで話しかけるのはどうなのよ」

「なっ……ちゃんとした説明をしないあなたが悪いですわよ!」

「説明したら意味ねぇだろ。あっ、あともういいぞ(・・・・・)

「へ……?それはどういう……」

 大部屋の出口に向かう三人。飄々とした空に、隣を歩く白、その二人に振り回されるステフ。なんと見慣れた光景か。ほんと、違和感ねぇな。

 ……まったく、違和感がないことがおかしいってのに。

 俺もあいつらも異世界人だ。なのに何の違和感もないのは、彼らがこの世界で生きるべき存在だからだろうか。

 なら俺は、比企谷八幡はどうなのだ。

 俺は彼ら彼女らといることに、違和感を覚えるだろうか。

「マスターの指示により説明をしに来ましたが、どうかしたので?」

 ……これで違和感を覚えない方がどうかしてるな。

 何の気なしに浮遊するジブリール。空間転移に音声遮断、都市壊滅まで一人でこなすバケモンがいるんだった、この世界。

「いや、俺も慣れたもんだと思ってな」

「はて、それは一体何の話でしょうか」

「何でもない。つか、質問するのは俺の側じゃないのか?」

「そんな約束をした覚えはありませんが、どこかで頭でも悪化させましたか?」

「もとが悪いみたいに言うな。俺は基本スペックは高めだっつの」

「……確かに、それなりには考える頭はありましたね。マスターの駒になっていないことですし」

「駒……?」

 なんだそれ。意味が分からないってわけよ。そんな俺も誰かが応援してくれるのかな。シャケ弁とか奢ってもらおう。

 さて、どこから話しましょうか。そんなことを言いながら、ジブリールは視線をさっきまで自分がいた上段の席に目を向ける。

「場所を変えますが」

「理由は、聞いても答えないか」

「学習能力は高いようで」

「お前そういうことを純粋な褒め言葉で言えない病でも患ってんの?」

 もしくは俺のこと嫌い過ぎだろ。ここまで徹底的に攻められると一周回って好きなまである。ねぇな。

 益体もないことを考えている最中、ジブリールは俺の肩に手を置き景色を変える。

 本日何度目の転移だろうか。俺、多分日間最多回数で転移してるだろ。人類中で。

 場所はいつもの図書館。なんでここに?

 あー、多分獣人種(ワービースト)の建物に長く居たくないとかそんなとこだろ。どんだけ仲悪いんだよ……。

「んじゃ、説明頼むわ」

「ええ、ではまず今回のゲーム目的について。これは分かりますか?」

「分かりますかって、普通に教えるんじゃダメなのかよ」

「相手の理解力によって説明の方法も変わることくらい察して欲しいものです」

「その言い方だと俺の理解力がかなり低いことを前提にしてるってことになるんだが」

「ああそうでした、高スペックなんでしたね。──自称」

「おいその馬鹿にした笑顔やめろ」

 クスクスと笑うジブリール。楽しそうだなおい。もうちょっとまともな趣味を見つけた方が良いと思うぞ。趣味の少ない俺が言えないけど。

「自称高スペックなら、目的程度なら分かると思いますが」

「……あくまでも仮説だが、空達の目的は俺にゲームへ参加するための理由を与えること。それも俺自身の意志でだ」

 白はゲームの後、俺に合格だと言った。それは俺を試していたととれる。

 試した。今回のゲームは俺を試すために行った。だがそれだけでは最後の強引な結論変更に説明がつかない。

 最終目的はあくまでも俺に理由を与えること。その過程で俺のことを試したとする方が納得がいく。

「マスターはあなたを必要な戦力と判断しました。そのため味方に引き入れるために必要な儀式としてこのゲームを行ったと聞いています」

「前に空と風呂入った気がするんだが」

「マスター曰くあなたは、理由があればエルキアと東部連合の両方だろうと敵に回す、とのこと」

「できるかっての……」

『  』だけでも倒すの無理ゲーなのにジブリールとステフ、巫女さんにいづな、いのさんも追加でやり合うとか、それどんなマゾゲー。

 そもそもどんな理由があったらそんなことすんだっての。最愛の小町のためとか。うん、世界も敵に回せそう。

「まぁとりあえず、空達が俺を戦力として迎えたいことは分かった。じゃあ、なんでこんな回りくどいことをしたのかって話だ」

 俺を試すためにゲームをする。そのこと自体に不思議はない。

 解せないのは、わざわざ勝ち負けをひっくり返すような展開を用意したことだ。

 合格なら勝ち、不可なら負け。単純にこれだけで事足りるだろう。

「回りくどい、とは?」

「最後の審判のことだ。なんで答えを変える必要があった。最終の結論をそのまま言えばよかっただろ」

「……それについては、やはり説明すべきでしょうか」

「できるなら、そうしてくれ」

 無理にとは言わない。ただ、彼女が一瞬声を詰まらせたことに、俺は幾分かの不思議を感じた。

 それは彼女が踏み込んで欲しくない一線なのだと、進んで話したいことではないのだと察してしまったからかもしれない。

 あの傍若無人の権化のようなジブリールに言いにくいことがあるのかと。そんなデリカシーのかけらもないことを思ってしまった。

「あのゲームは、一切の不正なく行われました」

「おう」

「それはつまり、私が実刑判決の際に行った確認も全て、正当かつ必要不可欠な事柄であったということです」

 あの確認はあくまでもゲーム進行上必要だった。そしてこのゲームは決して出来レースではなかった。

 彼女に嘘を吐くメリットがない以上、この話は真実だ。

「となると、裁判官のみでやった会議の結論はあくまでも『  』案をそのまま執行することだった、と」

「その通りです。その後、私はマスターの命令に従い、公正に裁判を進めるべく再考を行いました」

「それ、ルール上は問題ないのか?」

「ルール内に、一度出た結論を再考しないという条文はありません」

 あいつららしい裏道だ。いや、裏技か。空ならこういう裏技、他に十や二十は仕掛けてただろう。それもう表じゃん。

「まぁ、結局はあいつらの手の平の上だったってことか」

「そう易々とマスターを欺けると思っていたので?」

「流石にそこまで鼻伸ばしてねぇよ」

 天狗になれるほど大した人生送れてねぇし。

「それで、あなたはマスターに味方するのでしょうか」

「そりゃ、協力するしかないだろ。盟約に誓ったわけだし」

「盟約がなければ、協力はしないと?」

 やけに深く聞いてくるな。いつもの、私気になりますってやつか。それはジブリールじゃなくてチタンダエル。

「……普通、理由も無しに協力はしないだろ」

 空の言う通りだ。俺は自分の納得できる理由無しには行動できない。

 この世界に来てからずっと、俺は誰かに与えられた理由でゲームをしてきた。

 俺自身の理由でやったゲームと言えば、ジブリールとのチェスくらいだろう。それだって、情報収集という間接的に与えられた課題ともいえる。

 なら俺は、この世界で一度でも自らの意志でゲームをしたか。

 あ、したわ。というかしている。

 唯一神にして遊戯神、テトとのゲーム。宝探し。

 探すのは、俺の欲しいもの。

 ほとんどなぞなぞだ。やべぇ、これ勝たないと俺この世界で実質詰むんだよなぁ。

「俺の欲しいものって、なんだ……?」

「急になんの話でしょうか」

「あ、いや、何でもない……」

 普通に声出てた。恥ずかしい。

 心の声が漏れるって危険だよね。特に誰かに対して文句を言ってるときとか、相手に聞こえたらもうケンカじゃん。ガンダムファイト、レディゴーじゃん。古ぃ。

「あー、そういや機嫌戻ったんだな」

 ここはとにかく、強引にでも話を変える。

「機嫌、とは?」

「今日俺を連行していった時、お前不機嫌だっただろ」

「はて、そうでしたでしょうか」

「いや明らかにそうだったっての。めっちゃ怖かったぞ」

 目だけで殺されるかと思ったわ。

 俺が練の修行を怠っていたら倒れてたな。その理論だとステフが超強い。あいつ普通に強いけど、色々と。

 そんな殺意の波動も全く感じさせない目を、彼女はこちらに向けることすらなく応える。

「私は、マスターを裏切りません。もしもマスターがこの世界の全てを敵とするのなら、私はたとえいかなる理由があれど、その全てを排除しましょう」

「悪魔的な決意表明だな」

 しかしかなり遠回しだが、言いたいことはわかった。

 空と白は俺を敵とした。そうでなければあの裁判は開けない。

 あるいは、そのことを俺に伝えるためにジブリールをけしかけたのかもしれん。普通に、敵意は悟られるなとか言うだろうし。

 つか、あれはマジで凍えそうだった。平静を装えた俺、実はこの世界最強説あるぞ。主にメンタルが。

「ですが、あなたを排除することはないようですね」

 ひらりと半身になっていた体をこちらに向け、彼女は十字の映る琥珀色の瞳を細める。

「それは何か、俺は排除にすら値しないと?」

「なぜそこまで自虐的なのでしょうか……いえ、単にマスターがあなたを敵とすることはないからです」

「今日まさしく敵にされたし、なんなら今後ずっとお前敵だよ宣言されたんだが」

「語弊がありました。広い意味では、確かに敵でございます」

「おい」

「あなたは、マスターの好敵手となる。不満がありますか?」

 決まった事だろうと言うように、顔を傾けて彼女は言う。

「……いや、なれんだろ」

「何故でしょうか?」

「力不足だ」

「高スペックなのではなかったので?」

「白のスペックにゃ負ける。比べるにしても、空単体とどれだけ違いがあるか」

 空は、別に運動が得意なわけでも勉強ができるわけでもないだろう。できてたら引き込もらんだろうし。

 あいつの強みは、超常的な心理誘導、対人戦にのみ特化した妖怪だ。

 だから、機械的に強い白を対人に持ち込むことができる。それはスペックとはまた別ジャンルだろう。

 互いの欠点を埋め合える擬似的なワンプレイヤー。最強だ……。

「……では、せいぜい足掻くことですね」

「無理なの前提じゃん」

「失礼、せいぜい悪足掻くことですね」

「無理どころか一回挫折してんじゃん」

「既に挫折しているのでは?」

「否定できねぇ」

 前提条件からして既に無理だもんなぁ。スタート前に挫折しちゃってるわ。

「…………私はそろそろ戻ります」

「俺は、ここで待機か?」

「いえ、恐らくあなたも呼ばれるはずです」

「呼ばれる、ねぇ」

 はて、何か用があるのでしょうか。似てねぇな。

「ところで、何か言いかけたか?」

 帰ると言う寸前、変な間があった気がしたのだ。

「……あなたの悪足掻き、高見から見物させていただきます」

「物理的にかよ。それくらい普通に言えよ。いややっぱいいわ、言うな」

「不満でしたら目線程度なら合わせますが?」

「どんな妥協点だ」

 別に見下ろされることにとやかく言いたいわけじゃないんだが。

 あとこいつの譲歩が微妙に真っ当でびっくりだわ。迷ったら一緒に考えてくれるのかな。考えるとは言いましたが、それを伝えて私に何のメリットがあるので?とか言いそう。今の、ちょっと似てね?

 ジブリールははぁと小さくため息をつくと、そっと手を差し出す。

「移動か」

「はい。思ったよりも早く、話が進んでいるようです」

「話って、何の」

「詳しくは後ほど。さっさとして頂けますか?」

「あ、はい」

 呼ばれたのなら、行先は東部連合だろう。

 差し出された手の平に触れると、また風景が切り替わる。

 転移の後は、決まって面倒事だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回、1部では未登場キャラが初登場!
1部でできなかった章を2部ではしっかりとやろうと思います。
感想頂けると、本当に嬉しいです。励みになります。





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依頼―トラブル―

新章、突入です。


 前に、確かこの世界に来たばっかの頃。ある人魚の話を、本で読んだことがある。

 うろ覚えだが、大体こんな感じだった。

 

 昔むかし、あるところに、それは美しい人魚姫がいた。

 彼女は全てに愛され、全て尽され、全てのものを持っていた。

 そんな彼女は思う。真実の愛とは何だ、と。

 美しい人魚姫は、真実の愛を欲した。そして、深い眠りについた。

 いつか、自分にそれを教えてくれる者を待つために。

 

 おとぎ話にしては、ヤマもオチもない。それとも俺が読んだ本の原作はもっと続くのだろうか。人類種(イマニティ)語に翻訳された程度のやつだし、その方が確率的にはありそうだ。

 何でこんな事を思い出したのかといえば、いつもの如くあいつらの所為である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや、今日だけで何回こう思ったか分からんが」

「ああ、言いたいことは分かる。だがまずは聞いてくれ」

 もしも過去に戻れるとしたら、まずは何をどうするか。

 答えは簡単だ。近場の奴に、こう聞こう。今日は何月何日だ!?何年の!?

 ここは東部連合のとある部屋。正面にはその家主の巫女さんがいる。彼女の隣には、いづなが付き人のように位置取る。

 そして向かって右に、俺を諭したゲーマー兄妹。と、先程俺ごと移動してきたジブリール。

 何だこれ。俺には時を巻き戻す能力でもあるのか?

 なるほど、時をかけるんだな。けどそれが原因で真夏の戦争が起きそう。何それ怖い。助けて!誰か化け物の息子さん連れて来て!

 などと現実逃避していても始まらない。

 差し当っては、俺の眼前にいるニューフェイスのディスクリプションをリクエストしたい。

 ここに一人だけ、初対面の少女がいる。やらたらと露出度の高い服装に、小悪魔のような黒い尻尾と翼。見るからに年齢の低い、文字通りの少女だ。

 この時点でかなり異常事態だが、残念ながらことはこれだけに収まらない。

「お願いしますぅ~。どうか、どうかボクたちを助けてくださいぃ~」

 エアギター世界一も青ざめるんじゃないかと思う程ヘッドバンキングしながら土下座している。マジで誰なのこの子。そんで何なのこの状況。

 聞けと言われたため、仕方なく空の説明を待つ。

「んじゃディスクリプションする前に、一つ聞いておきたい」

「お前自称引きこもりなのに意識高いのな」

「なあ、八……愛ってなんだ」

「しらん」

 こっちが聞きてぇよ。愛って何、LOVEマシーン?機械じゃん。

「どういう意味のある質問だそれ」

「いや〜、そこでしらんと即答されるとこっちが困るんだが……」

「実際困ってんのこっちだからね」

 ヒントの一つでもないものかと、俺は正面の巫女さんに目を向ける。

 彼女はため息混じりに首を横に振った。こういう仕草を見るとやっぱ年上というか人生経験豊富そうに見えるな。

 もう一度空に向き直る。どこから話そうかと呟いた後、すぐに言った。

「実は昨日、プラムがここを尋ねて来た」

「誰だよプラム」

「は、はいぃ〜、ボクのことですぅ〜」

 そーっと手を上げる初対面の少女。ようやくまともに顔が見れた。普通に可愛くね?

 プラムか。よし覚えた。多分もう忘れない。

「んで、そのプラム──っつうより吸血種(ダンピール)からエルキアの王に依頼があった」

「依頼、ねぇ……まさか、どっかの種族を滅ぼしたいとかじゃないよな」

「いんや、むしろ逆だ」

「……ボクたちを、助けて……」

 一人称を鑑みるに、白のセリフはプラムの言葉をそのまま言ったものなのだろう。

 助けて欲しいか。んじゃあプラムの種族、ダンピール?は危機的状況にあると。

「何があったんだ?」

「はいぃ〜。それは、ボクの方から説明させて頂きますぅ〜」

 プラムはそっと上げた手を仕舞いながら、語り始めた。

 位階序列十二位、吸血種(ダンピール)。他種族の血を吸って生きる、文字通りの吸血種族。ヴァンパイアって感じか。

 プラム達は存外、力を持った種族らしい。なんと吸った血を力に変えるため、他種族の特徴を取り込むことが可能だとか。略奪の能力者かな。

 けれど、そんな吸血種(ダンピール)は、『十の盟約』の成立と共に窮地に立たされることとなる。

『十の盟約』で他者を傷付けることはできない。これにより、許可のない吸血は禁止された。

 ならばゲームで負かせて血を吸えばいいものだが、どうやらそうもいかないらしい。

「なるほど、血を吸われると吸血鬼になるから危ないと」

「いえ、ただ病気になります。吸血鬼になる、ということはありません」

「え……」

「つまり、ただの病気持ち。許可が無ければ血も吸えず、吸えたとしても無駄に害を撒き散らす、蚊以下の欠陥種族でごさいます♡」

 居た堪れない、本当に居た堪れない。

 ただでさえゲームが行いにくいのに、吸血の代償が変な病気を移されるとか、どれだけメリットを積めば盟約に誓ってもらえるんだよそれ。

「ん?でも待て。十の盟約ができてから結構経ってるよな。そんな状況じゃ速攻絶滅しそうなもんだが」

「絶滅寸前のボクの前でよく言えますねぇ〜。まぁ、その辺はご先祖さまが頑張ってくれたと言いますかぁ〜」

 やべぇ、どっかの毒舌が移ったか?くわばらくわばら。

 プラムの話を聞く前に、もう一つの種族の知識が必要だった。

「ボクたち吸血種(ダンピール)は、海棲種(セイレーン)との共生を試みたんですぅ〜」

「そのセイレーンってのは……」

「究極的に一道を突き進んだ、……魚類でございますね」

「限界まで譲歩した結果の説明がそれなのかよ」

 詳しい説明はジブリールが始める。

 海棲種(セイレーン)、位階序列は十五位と人類種(イマニティ)とそんなに変わらない種族。

 彼らの一番の特徴は、海の中で生きるために必要なものがあり、皆がメスであること。まさしく人魚種族か。

 が、しかし、ジブリールはそうは思わないとそう言う。

「いや確かに、お前みたいな個性の塊ならそう思うだろうけどな……」

「いえ、そういった身体的特徴を言っているのではありません」

 普通に説明されているように聞こえるが、この楽しそうな笑顔を見るに、ただ事実を言っているだけではなさそうだ。ほんとサド、サドってる、サドingだ。

「まぁいいや。んで、お前らはその人魚種族と共生して生き永らえてきたと」

「はいぃ~。といっても、それは失敗に終わったんですぅ~……」

 失敗した。失敗した。失敗した。過去改変に?

 プラムの話では、こんなギャグが言えない程に、吸血種(ダンピール)たちは追い詰められていた。

 当時、というか現在進行形だが水棲種(セイレーン)もまた、十の盟約によって生命の危機に瀕した種族だった。

 彼らは他種族を性的な意味で食らうことで繁殖するらしい。吸血種(ダンピール)と同様にこれが封じられてしまい、やはり絶滅寸前。

 ここに、プラムの先祖はつけこんだ。

吸血種(ダンピール)水棲種(セイレーン)に餌を与える代わりに、血を貰う約束をするゲームを仕掛けましたぁ~」

「なるほどな。それで引き分け八百長でお互いハッピーになったが、何か問題が発生したって感じか」

「あ、いえぇ~」

「そっからが、俺達も目を伏せることになる話なんだよ」

「は……?」

「何を思ったか水棲種(セイレーン)は——勝ったのです♡」

「えっ……」

 ノリノリのジブリール。どうやらここからの語りは彼女が請け負うらしい。

「お互いが救われるはずのゲームを、理解できず──自分たちの置かれた状況を、認識すらしておらず——しかしてそんな水棲種(アホウ)に、吸血種(ダンピール)は意図せず詰まされたのです♡」

 このなんと滑稽なことでしょうかと、他人の不幸(蜜味)を味わい尽くすジブリール。甘党過ぎる。

 ああ、もう可哀想すぎる。怪異の王じゃなくて下位から追い詰められてるよこの吸血鬼。

「このゲームで、吸血種(ダンピール)水棲種(セイレーン)に完全協力しなければならず、またほかの種族から血が吸えない状況になりました」

 いやしかし、この説明の中ではまだ絶滅確定ではない。

「待て、吸血種(ダンピール)は繁殖ができなくなったのは分かった。けどそれなら、お互いの存命のために血を貰えばいいんじゃねえの?」

「いえ、それが不可能なのです」

「一応聞くが、理由は?」

「一つは、吸血種(ダンピール)は繁殖のために血がいるのであり、存命のためには体液のみで問題が無いこと。それともう一つ、これが重要なのですが——」

「人魚様との交尾は、激しすぎて命を落とすんだと……」

 そう空は、幼いころからの夢を打ち砕かれたような眼で言った。

 え、何それ、怖い。

「つーことは……」

「はい。血の供給以前に、物理的に繁殖ができなくなりました♡」

「は、ははぁ~」

 乾いた笑みを浮かべるプラム。この子、相当苦労したんだろうな。

「つまり、吸血種(ダンピール)の男は、全滅したと……」

「あ、いえぇ~、まだです。そこから一応挽回はしたんですよぉ~」

 こっから挽回?それはもう起死回生だな。卍っ解!

水棲種(セイレーン)の中にはぁ~、一代に一人だけ繁殖に使った相手を絞りつくしても死なせない個体がいたんですぅ~」

「マジもんの救世主じゃん」

 繁殖協力を強制されていた吸血種(ダンピール)はその個体を『女王』と崇め、彼女のみに協力。これにより義務を果たすため、男は死なずに済む。まさしく起死回生の一手だ。

「んじゃあ、残る問題は血をどうやって確保するかだな」

「残念ながら、問題は山積みになります。それも、史上最大の水棲種(バカ)女王(チャンピオン)によってです」

 バカの、世界チャンプ……何、悪魔なの、サタンなの?

「一世代に一人しかいない女王の救済は、次代で幕を閉じました」

「暗殺でもあったってのか……」

「暗殺とは言いえて妙ですね。何せ、完全犯罪を成し遂げたのは、他でもない女王自身ですから♡」

「え、自殺?」

「はい、永眠にございます」

 水棲種(セイレーン)の次代女王は、本当に永い眠りについた。

 彼女はあるおとぎ話に感化され、眠りを覚ます王子様を待とうと決めたらしい。

「自らの美に有り余る自意識と自信を持った女王は、自分が惚れるに値する男が来るまで眠ると宣言しました。しかし——」

「はは……眠った状態で、一体どうやって惚れるんですかねぇ~……」

 絵画の巨匠も絶望と名付けるであろう顔をしながら、プラムはどこか遠いところを見ている。可哀想すぎてうっかり救いたくなってしまう。

「盟約によって血は吸えない。ゲームを仕掛ける材料もない。唯一の救いである女王は、真の愛を知りたいと言って永めの昼寝……ひでぇなこれ」

「ここまで聞けば、いくらあなたでも状況が飲み込めるのでは?」

「女王を起こしてくれってことだろ?いやそれは分かってんだがな」

 プラム、ひいては吸血種(ダンピール)の依頼内容は理解できた。

 女王を起こす。そうすることで、少なくとも眼前の問題からは解放される。絶滅カウントダウン中から、絶滅危惧種に格上げだ。それ上がり切れてねぇな。

 しかし、ジブリールの説明で分かるのはここまでだ。

「それ、プラムが俺に土下座してる説明できてなくね?」

「ん?ああ、いやいやいや、八、八くん、八様。君意外に頭を下げる意味がないでしょう?なぁ、真のエルキア国王様」

「は……?」

「……はち、エルキア、こくおー……」

「は、え……?」

 にやりと笑うゲーマー兄妹。こいつら、今度は何を仕掛けやがった。

「え、えぇとぉ……あの、エルキアの本当(・・)の国王、ハチ様でいいんですよねぇ~?」

 キョロキョロと周りを見渡すプラム。最後に俺へと向けた目は、僅かに潤んでいた。

 本当の国王、だと?誰が何の、何だって?

「あなたが、バカの、世界チャンピオンです」

「心読むな。しかも二重で。あと結局罵倒なんだけど」

「失礼、噛みました。あなたが、エルキアの、国王です」

「違う、わざとだ」

「失命、仮死ました」

「二回死んでんだけど」

 片方仮だけど。

 んで、何?エルキアの国王、俺が?何言ってんの。

「いや俺、この国じゃ役し……」

「間違いなく、そいつがエルキアの国王だ」

 あの、空さん?

「いや、だからね……」

「……はち、は……しろたち、の……上司~……」

 あの、だから白さん?

 再びヘルプを求めて巫女さんを見る。目が合うと、彼女はクスリと言う微笑みを袖で隠した。

「そういうことやさかい、この依頼、受けたってもええんやない?」

 色々知った上での言葉、だと思う。でなければ、あの用心深い巫女さんが即決するわけがない。

「空、白。ちょっと、話を聞かせろ」

「ま、そうなるな。ジブリール」

「御意に」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺達三人は別室に移動した。配慮か知らんが、ジブリールは席を外している。

「んで、これは何の冗談だ」

「生憎ギャグセンスには期待しないでくれ。これはマジだ」

 こいつらが原因でため息を吐くのは何回目だろうか。

「はぁ……とにかく、詳しい説明が欲しいんだが」

「そう言うと思って、八以外にはちゃんと説明してある」

「肝心の俺に説明ないってどゆことよ」

「あとは八だけってことだ。何も問題ないだろ」

 問題大ありだろうに。抗議の目で見るが、生憎俺に邪眼はない。

「今回のゲームの攻略にあたって、必要なことがある」

「俺が参加することか」

「理解が早くて助かるぜ」

「それ絶対必須じゃないだろ」

「必須だ。これに関しては、どうしようもない」

 いつにないテンションとセリフだ。こいつらがゲームを放棄するとは、ゲーマーとしてどうなんだ。

「珍しく弱気だな」

「弱気、っつうより無理なんだ。俺達じゃあな」

「無理って、あれか。クリアのためには二人が離れる必要があるとかそういう」

「いや、もっと根本的なところだ」

「ああ」

 やや俯きかけ、しかしそれを止めて二人は目を細める。

「俺達兄妹は──「リアル人生ゲームとリアル恋愛ゲームはプレイすらしたくないっ!」」

「帰っていいか」

 目の前で現実逃避とアンチ恋愛をキメ顔で宣言される身にもなってほしい。

 ゲームをしていると忘れがちだが、こいつらはマジもんの引き籠りだった。一度リアル人生に挫折している。

 まぁ、こういうことを言うこと自体に反論はしないでおくが……。

「だから、俺にクリアしろってか」

「少し違うな。八にはもっと重要な役割を担ってもらう」

「先に聞くが、それは必要事項なんだな?」

「ああ」

 何をどう考察したらこんな結論になるのか。いや、差し当たっては結論から聞こう。こいつらが俺に何をさせる気なのか。

「八には——エルキアの国王としてゲームに参加してもらう」

 

 




プラム登場!
次回、誰かイラストを描いてほしい回。本当、画力が欲しいです……。


感想、誤字報告あれば、よろしくお願いします。


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彼は彼女を知らずとも感じている

二ヵ月以上放置してしまいました。
申し訳ない。
気が付けば投稿開始から二年を超えました。
果たして読んでくれる人はいるのでしょうか。


 状況を整理しよう。

 正直展開とか説明とかがぶっ飛びすぎててついていけねぇ。

 時は、大遊戯時代。

 場所は、東部連合巫鳫(かんながり)のとある一室。

 この部屋にいるのは俺を含め三人。言わずもがな、他二人はゲーマー兄妹。

 さて、俺は彼らにやっかいな話を持ち掛けられた。

 それは、エルキアの王としてゲームをクリアしろ。何言ってんだと思う?何言ってんだろうな。

 そもそも彼らがエルキアの王と女王なのに、俺に王になれとか言ってます。

 日本一の高校生になるとか、一週間でシュート二万本とかとは訳が違う。安西先生も言わねぇよそんな無茶ぶり。

 これだけでも意味がだいぶ分からないのだが、話は更にややこしくなる。

 クリアしなければならないゲーム。これはある二種族の存亡を賭けたものだ。

 吸血種(ダンピール)水棲種(セイレーン)。どちらも『十の盟約』によって繁殖を大きく妨害された種族なのだ。

 で、彼らは互いに力を合わせて生きていこうとしたが、片方が危機的状況だと理解しておらず、契約が破綻。

 どうにか救いを求めた結果、水棲種(セイレーン)の女王が誕生した。

 が、その女王は深い眠りについた。真実の愛を探すため。

 その結果、二つの種族は絶滅の危機に瀕してる。

 ……いや、おい。

 俺が言う前に散々言われただろうけど、敢えて言うわ。

 どうしてこうなった。

 共存を求めて裏切られ、救いを求めて眠られて。吸血種(ダンピール)が不憫すぎる。

 水棲種(セイレーン)もひどいわ。なんで危機感ないんだよ。せめてルールーブックくらいは読んで理解してくれ。

 もうここまでくると、その女王にツッコむ気も失せてきた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 で、話は現在に戻る。くうはくの謎発言の現場だ。

 女王を目覚めさせるためのゲームを、彼らはクリアできないらしい。

 理由は、リア充なにそれおいしいの?だから。

 十の盟約がなかったら、強制力が発動するレベルの言葉の暴力で文句言ってたまである。よかったな、盟約があって。

 空達の最終目標である盤上の世界(ディスボード)攻略には、全種族の協力が必要。

 頭が可哀想な種族も、存在が可哀想な種族も救わなければならない。

 救うためにはゲームクリア、ゲームクリアのためには俺が王になる必要があるという。

 ダメだ、整理しても何言ってんのか分かんねぇ。

「ちゃんとした説明を求む」

「乗り気になってくれてうれしいねぇ」

「ノリは良い方じゃねぇぞ」

「そうか?オタクな話には結構ノリノリだったぞ」

「俺はオタクじゃねぇよ。オタク名乗るほど命燃やしてねぇから。本職の方に失礼だから」

「なぜそこまで本気なんだよ」

 こっちこそ何でだから。何故お前に呆れられなきゃならないんだっての。

 つかそれ以前に話が進んでないんだけど。

 白も同じことを考えたようで、袖をひいて空に促した。

「これから話すことは、全部推測だ」

「いきなりな注釈だな」

「あくまで確定した証明がないってだけ。予想ってことだな」

「それで?」

「ああ。奴らは俺達を嵌めようとしてる」

 ……なんか、うん。

 驚くところなんだろうけど、妙に納得できてしまった。

 この世界に生きてる奴ら、歪み過ぎじゃない?罠とか嘘とか嵌め技とかされても普通に感じちゃってる俺がいるもん。

 究極的にはじゃんけんで国が亡ぶ世界だし、今更騙し合いだよって言われてもそうですよねって感じ。このゲームには必勝法とかありそう。

 空は予想と注釈しているが、根拠もなくこういうことを言うやつじゃない。ソースは過去の実績。

 コンギョを言えってことで聞くと、空は三本の指を見せる。

「一つ。女王のゲームには報酬が設定されていない」

「それが判断材料になるのか」

「……二つ……助けてもらう、メリット……プラムたち……ない」

「メリットはあると思うが……いや、なるほど」

「そんで三つ。果たして吸血種(ダンピール)は本当に事故で詰んだのか」

 ここまでの要素を踏まえて仮説を立てるなら。

 吸血種(ダンピール)水棲種(セイレーン)は結託して俺達を取り込もうとしている。

 白が言ったメリットの話。あれは、助けてもらうより騙して全部奪った方が得ってことだ。こういう考え方は空みたいだし、とっくにこいつらの中で話し合いは終わってるんだろう。

 だが、遡っていくと俺の知らない話があった。

「待て、報酬がないってどういうことだ?」

「正確に言うなら、プラムからその話がされていない」

「まだゲームの本質については俺知らないんだけど」

「八とステフ以外は知ってる話だ。んで、プラムは助けてと言った際、オーシェンドの水資源の譲渡とプラム自身の身柄を差し出した」

「初耳だ」

「今初めて伝えた。で八、この話、おかしいと思わないか?」

「そうか?まぁ、確かに女王を起こした報酬としては足りない気もするが」

「そうじゃない。この報酬は、どこから出てきたものかって話だ」

「……理解した」

 報酬の出所は恐らく水棲種(セイレーン)の住んでいる水の都オーシェンド。その女王だからと思えば疑いはいなかった。

 空はその話に違和感を突き付けた。

 女王様は、何を賭けて眠ったのかと。

 この女王様を起こすゲーム。このゲームのポストは女王自身だ。

 彼女は何年も前から眠っている。そんなやつが、ここまでエルキアに都合のいい条件を設定するか?

 明らかにおかしい。

 ということは、この報酬は今女王の代わりをしている誰かの設定したもの。

「罠じゃない訳ねぇな」

「だろ?」

「……だ、ろ……?」

 だわ。

 ここまで誘ってると分かってるんだし、もうオーシェンドに行く気とか起きないよね。行かないよね。俺要らないよね。

 ただ、行かないと詰みなんだよな。

 さっき整理して百も承知なんだが、ゲームクリアのためには全種族の『種のコマ』が必要だ。

 必要である以上、空達はこのゲームを降りられない。ついでに俺も、さきの裁判ゲームの制約がある。

 罠だと分かっていて逃げられない。

 この追い詰められた状況下で出来る選択は二つに一つ。諦めるか、抗うか。

 窮鼠も猫を前にこんな選択を迫られていたのなら気の毒もいいところだ。諦めることの方が何倍も楽なのに、どうせやられるならと猫を噛んでるわけだからな。ほんと、疲れるだろうに。

 俺はやらなくてもいいことはやりたくないし、やるべきこともできればやりたくない。

 だが、やるべき理由があるのならやらないわけにはいかなくなる。これが真理なら世界は滅べばいい。

 その観点から言えば、俺はこの提案に賛同できない。

 賛同し、参加し、参戦する理由がないからだ。

「ふざけんな。仮にその罠ごとひっくり返せる手があるとしても、俺がゲームに参加する理由はないだろ」

「おいおいおい、ついさっきその理由を作ってやったじゃねぇか。これで最後だってことで」

「これでって、ここまで入ってるのかよ」

「じゃなきゃわざわざ選手宣誓させねぇよ」

 先見の明というより、最初から手の上だったって感じだな。斉天大聖ってこんな気分だったのか。オスッ、オラヒッキー。誰だ。

 どこまで強制力が働くか分からないが、誓ったからにはやらなければならないか。ならせめて手短に終わらせたい。

「……作戦、聞かせろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、お待ちしてましたぁ~」

 少々の作戦会議の後、ジブリールを呼んで俺たちは他のメンバーが集合している部屋へと戻った。

 プラム、吸血種(ダンピール)の少女はそれはもう胡麻を擦りながら俺を迎えた。やめろ、引くから。

「それでぇ、お話はどうなりましたかぁ?」

「そうだな。取り合えず、巫女さん」

「なんや?」

「プラムの出した条件には、東部連合の頭としてどう考えてる」

「そやね。ま、悪くないと思うとるよ。こん子が言うには、必勝策もあるようやし」

「必勝策?」

「はいぃ~!これはボクたちの見つけた、まさしく最強の策ですぅ!」

 説明を促すとプラムはその必勝策の秘密を語る。

 女王を起こすゲームの勝利条件は、女王を惚れさせる事。今まで幾多の挑戦者が敗れた無理ゲーへの回答。

 それは、魔法で惚れさせればいい、ということだ。

 うん、暴論。

 だが、同時に現実的だった。

 プラムたち吸血種(ダンピール)は偽装や幻惑系の魔法に秀でた種族。その力量は森精種(エルフ)をも凌ぐらしい。

 そんな彼らなら、惚れたという感情に偽装をかけることもできるという。

「それ、どうなんだ。盟約とか、色々と」

「危害を加える気がなければ可能かと。何より魚類王は惚れたいと明言していますし、間接的な承認になるのでは?」

「まぁ、そうか。しかし、ホントにできるんだろうな。実験無しの不確定魔法とか怖すぎるんだけど」

 そんなことを言いながら空達を見る。

 こればかりはまだ確認を取っているわけではないらしく、兄妹は揃って首を振った。

「それなら、試しますかぁ~?」

 プラムの提案は即時承認された。

 確認を取ったが、魔法の発動と解除は自由で永久型のものではない。

 かなりぶっ壊れの魔法だが万能ではないらしく、あくまでも生物のみの発動が可能。

 で、発動のスイッチは、胸を揉むこと。

 ……。

 …………は?

「いやいやいや、お前何言ってんの?」

「ただのモーションですよぉ~。それにぃ、惚れさせればこっちのものですぅ」

 だからって、もうちょっとどうにかならなかったの?

 ほら見ろ、女性陣が軒並み引いてんじゃねぇか。

 いづなは啞然とし、白は目を見開き、巫女さんはごみを見る目をしている。ジブリールに至っては真顔だ。最後のが一番怖い。

 ちなみにステフは空に何かを頼まれてどっか行った。

 試す、といった以上この三人の内の誰かが生贄になるのだからそりゃこうなる。

「それでぇ、誰にしますぅ~?」

「誰にもできねぇよふざけんな。名前呼ぶだけでセクハラになるんだぞこれ」

「なぁ、八」

「んだよ……」

「これ、ジブリールが適任じゃね?」

「何お前、俺に死ねと申す?」

 しゃあしゃあとそんなことを言ってくる空。許されるならマジ殴りしたい。

 ギギギと錆びたロボのように首を回すと、ジブリールと目が合った。

 すっげぇ真顔だった。

「……って意見が出ましたけれど」

「なるほど。愛や羞恥心以前に動物的な感情に疎い私は、確かに適任ですね」

「まぁ、ロジックだけならな……」

「なんにせよ、私はマスターの意志に従うのみです」

 そういうことは言わないでほしかった。

 それはそれとして。いつの間にか、試す役が俺になってるのおかしくない?

 白といづなに対象を任せるのは論外。残るは巫女さんとジブリールだが、男役を空に押し付けると必然的に巫女さんが対象となる。

 どれ選んでも地獄の選択肢。バッドエンドしかないマゾゲーとか、それはもうD〇Dだろ。

 以降沈黙を貫くジブリール。マジで命令しろってか……。

「あのぉ、どうしますぅ?」

 俺が聞きてぇよ。つかこの空気の原因君だからね。

 現状、俺はエルキアの国王だ。

 妄想でも妄言でもバグでもない。

 俺はついさっき、くうはくから制限時間付きである権利を譲渡されている。具体的には、最低限度の人権以外の全て。

 当然そこには、ジブリールの全権も含まれる。

 ここまで異常な譲渡をした理由。それはプラム達の罠にわざとかかるために、エルキア国王という肩書がどうしても必要だったからだ。

 つまりだ。俺には今、ジブリールへの命令権があるのだ。

 ほんと、嫌なんだけど。

 だってさ、これさ、揉ませてくださいっていうのと変わらないじゃん。セクハラどころか現行犯の痴漢じゃん。即ゴーポリスじゃん。

 だが、この検証は作戦会議の段階でやると決定した。これを外すと今度こそ詰みまである。断れる話じゃないのだ。

 空達の権利を返すのは48時間後。その時、ジブリールに殺される覚悟をしよう。

「……ジブリール」

「はい」

「…………やるぞ」

「はい」

「ではではぁ~、始めさせて頂きますぅ!」

 気の重い俺のことなど気にすることなく、プラムは幾何学的な魔方陣を展開した。

 さながら血〇戦線の如く、血色の線が空中で結ばれていく。

「それではぁハチさん!揉んじゃってくださいぃ~!」

 ジブリールは俺の眼前で微動だにしない。

「えっと、ほんとにすまん」

 心から謝罪し、構える。

 ほんとどうしてこうなった。

 俺はどこで間違えたのだろう。

 思えば今日一日、とんでもないことしか起きてない。

 朝っぱらから天翼種(フリューゲル)に拉致られ、人類最強ゲーマーとゲームをし、エルキア国王になって、セクハラしてる。

 こればっかりは死ねと言われても仕方ないと思うし、立場が違ったら俺も思ってた。

 だから精一杯の謝罪を口にして、触る。

 柔らかな感触と暖かな温度を感じる中、宙の魔方陣は強く輝く。

 真顔を貫いていたジブリールは魔法の発動を感じたのか、ピクリと体を動かす。

 そして、その表情はありえない程に穏やかな微笑みに変わり——。

 

「ああ、マスター。これが、これこそが愛——惚れるということなのですね」

 

 天使と呼ぶに相応しい笑顔を向けた。

 そんな顔をされれば、誰だって思う。

「誰か俺を殺してくれ」

 ……怖いと。

 いやマジで怖い。怖いを天文学的数で累乗しても足りないくらいこいつ怖い。

 膨大な量の情報がある辞書の中に優しさだけが欠如した奴の笑顔だぞ。睨むより怖いから。

「……プラム。解除してやってくれ」

「ソラ様?どうしたんですぅ?」

「人として、男としてあれは見てられねぇ……」

 プラムは返事をすると魔方陣を消滅させた。俺は光の速さでジブリールから離れる。

 そんな俺の肩に、空はそっと手を置いた。

 分かってくれるか。

 俺は初めてこいつを心の友と呼びたくなった。まぁ絶対呼ばないし、まず俺の辞書に友って単語がない。

「…………」

 魔法が解かれたジブリールは、珍しく放心状態だった。

 まぁ感情に干渉されるとか、普通に考えてわけわかんないもんな。そりゃそうなるわ。

「で、どうだジブリール。八に惚れたか?」

「はい、空様。言語化し辛いですが、確かに私はマスターに惚れました」

「そか。……あれで惚れてたのか」

「なぁ空。俺本当に生きてる?実は幽体だったりしない?」

「大丈夫だ八。お前はよく頑張った。ちゃんと生きて帰って来たんだ」

 軽口を言えるくらいには精神が安定してきた。もう少し解除が遅かったら本当に昇天してたまであるなこれ。

 余計な情報が消えた俺の思考は、先ほどまでのことを思い出す。

 他意はなく、俺はジブリールに触れて魔法をかけた。そのことは間違いない。ジブリール自身そう言ってるしな。

 だが、何故か。

 俺には、彼女の笑顔が本物だとは思えなかった。

 根拠も証拠もないけれど、これはただの思い込み以下の感覚に過ぎないけれど。

 あの表情は、いつも俺に向けている偽物のようだった。




読んで頂き、ありがとうございます。
これからまた忙しくなるので更新が遅くなるかもしれませんが、エタらないように地道に書いていこうと思います。

感想や高評価貰えると励みになります。


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そして彼らは彼女らを崇める

二ヶ月ぶりに更新したら沢山の方が読んでくれて、感想もいっぱいくれました。
ああ、僕には帰る場所がある。こんなに嬉しいことはない……!
ということでモチベが上がりまくってます。
皆様、今回はイマジネーションをフルにユーズしてリード下さい。




 眩しい日差し、煌めく波。

 広がる砂浜に、吹き抜ける潮風。

 青春を謳歌するに相応しいロケーションに、一同は脱力する。

 

「「海、滅べ」」

 

 いっそ清々しい程に、犬と猿はこぼした。

 なんで来たんだよ。

 水棲種(セイレーン)の都オーシェンドは海底都市だ。そこに行くためには当然、海に入らねばならない。

 どうせ海に行くなら、楽しむべきだろう。

 そう結論付けた空の提案で、東部連合のメンバーも連れて俺達は海辺まで来ていた。

 プラムとの打ち合わせが終わって、翌日。

 オーシェンドからの迎えを待つ間、俺達は海を満喫する。

 ……予定だった。

 開口一番、犬猿の中である初瀬いのと空が言ったように、残念ながらここに海が好きなメンバーはほとんどいないのだ。

 東部連合は獣耳っ娘王国と呼ばれるくらいなのだから、泳げるとしても積極的に水には入らない。

 エルキア国王のゲーマー兄妹はそもそもが引き籠り体質であり、ジブリールは人並みの楽しさを知らない。

 そんなわけで、恐らく海をまともに楽しめるのは常識人のステフくらいだろう。

 俺?俺はこの後のことで頭一杯だっての。別に海でテンションとか上がらんし、なんなら今すぐ帰ってステイホームしたい。

 晴れ晴れとした海岸の演出も、主観というフィルターを通せば地獄絵図だ。

 熱射病の権化たる日差し、眩しいだけの波。

 焼けるよな砂浜に、肌と癇にさわる潮風。

 ……どうやってこれでテンションを上げろと?

 太陽の光がそもそも嫌いな空は空元気(からげんき)を出すしかなく、とち狂ったのかもしれないいの(・・)はふんどし一丁で肉体を晒している。そんな様子を、少し離れた木陰で見ている俺。

 これはひどい。

 ちなみにプラムは直射日光=死なので宝箱の中に入ってる。傍からみたら、ひとくいばこかミミックかパンドラボックスだ。

 と、ここまで本日のマイナス点を挙げてみたが、メインイベントはここからだ。

 もちろんゲームのことではなく、この海水浴のイベント。

 すなわち、水着である。

 そも、この海水浴の始まりは空と白のこんな会話からだ。

「夏だ!海だ!水着イベントだ〜!」

「……ポロ、リ、は……なし……?」

「はっはー!なしなわけないだろう妹よ!このメンツで水着イベントとポロリイベントをスキップできる訳がなかろうっ!」

 ……と、まぁ、そういうことだ。

 この海水浴にはエルキアと東部連合のメインキャストがフル参加している。

 戦力的に必要なジブリールやいづなはもちろん、本来裏方に徹するいの、ステフ。さらにはあの巫女さんすら足を運んだ。

 そう、海はここからなのだ。

 いやね、俺も男だから。ここで期待してないとかは言わないよ。

 さすがに空みたく騒げはしないが、失礼にならない程度には反応しようと心掛けている。

 何故なら、この水着イベントの最大の立役者は空ではなく、ステフだからだ。

 俺たちがプラムとゲームに関する会議を進めている中、ステフは空に注文された水着をひたすら作っていた。

 いの以外の全員、計7人分。俺と空のパーカーまで仕上げてくれた。頭が下がるし、今すぐハーゲ〇ダッツで労ってあげたい。

「ソ、ソラ!準備、できましたわよ……」

 そんなステフは、自ら作った水着姿で現れた。

 人類種(イマニティ)の水着文化はほとんど発展していない。時代が時代なだけに仕方ないだろう。

 つまり、ステフが着ているフリル付きのピンクを基調としたビキニは、空がステフに渡した現世の知識をアレンジしたものだろう。

 いつも叫んで泣いて魂抜けてるから忘れるけど、この子普通に高スペックだよな。顔も身体も整ってるし常識あるし家事とコミュスキルはほぼカンストだもん。

 そのあまりのパフォーマンスに、空は戦慄していた。

 ただ、見ただけでバストサイズが分かるお前の脳内スカウターはおかしい。あとそれ普通にセクハラなのでは?それで赤面してるステフもおかしいけど。

「ん、ソラ。なんで騒いでやがる、です」

 ステフの後ろから、いづなが続く。

 コーディネートしたのはもちろん空。いづなが身にまとうは、ジャパニーズスクール水着。性癖暴露もいいとこだな……。

 いのと空が何かしら言い合ってるが、どうでもいい。

 状況が飲み込めないのだろう。いづなな大人しく座っている俺の方へ来た。

「ハチ、いづなの服、おかしーか、です?」

「いやおかしくないし、普通に似合ってるぞ」

「そーか、です。ならなんで、ソラとじーじ騒いでやがる、です」

「そりゃあれだ、あの二人はデフォで仲が悪い」

「そーか、です」

 こんなことを思うのはあれだが、やっぱ華があるな。

 さっきまで蒸し風呂に筋肉の塊と童貞二人だったのが、ステフといづなのおかげでだいぶ眺めても不快にならない景色になった。

「やぁやぁ、はしゃいどるな〜」

 そんな眺めるだけの目を、巫女さんは一瞬でクギ付けにする。

 大人びた巫女さんのビキニ姿は、ステフやいづなの可愛らさとは対極の極地。すなわち、美しさの極だ。どんだけ極めてんだよ。身勝手なの?

 いや、こういう反応はおかしくない。男なら普通に綺麗だって思うに決まっている。むしろこれは見ないのが失礼なのではと思うほどに神々しい。

 空といのに至っては、得体の知れない何かを拝んでいる。

「意味わかんねー、です」

「……まぁ、俺もあそこまでは分からん」

「──はて?全身を舐め回すように凝視しておいて、何を言っているのでしょうか」

「おい、そこまで変態的なことしてね……」

 背後から、いつも通りの暴言を、アイスピックで貫通させるかの如く放つジブリール。声とセリフだけで俺の後ろにいるやつがすぐ分かったわ。

 背中越しに言われるのも、皮肉を言われるのもいつも通りだと思えるくらいに慣れてしまった感がある。

 だが、そこにいたのはいつも通りのジブリールではなかった。

「……え?」

「何か?」

「……えっと、誰?」

「あなたの脳はクーリ〇シュか何かで?」

 なんでお前俺の地元のアイス知ってんの。

 いや、その前にこの人誰?というか人?

 ジブリールの水着は、白いワンピースのような露出を抑えたものだった。普段着の方が肌出してるのおかしい。

 恐らく空も、その部分をあえて変えようとしてのコーディネートなのだろう。大胆なイメチェンだ。

 イメージチェンジとは大体失敗して、長い時間をかけて慣れていくものだと思う。

 そんなイメチェンに対するイメージも、ジブリールという一人のイメージもぶっ壊れた。

 言動も服装も概念すら人間味のないジブリールが、人らしい服を着ている。

 このアンバランスな矛盾を、ギャップと呼べばいいのだろうか。

「こういう際は感想を伝える、というのがあなたの世界での常識なのでは?」

「……あー、えっと。似合ってる、と、思うぞ」

「なんでハチ、ことばつまってやがる、です?」

「……いや、ほら、下手なこと言ったら俺殺される」

「今すぐ死にたいようで」

 あっぶねぇ、いづながいなかったら気まずさで海に投身してたまである。

 いMG!いMG!いづな・まじ・ぐっちょぶ!

 ジブリールさん、その蔑んだ目をやめて下さいごめんなさい。心臓潰されるような感覚で言葉に詰まったんです。それなんてバルス?

「はぁ……そちらもサイズが合ったようで。寝ている間に採寸した甲斐がありましたね」

「ああ、このパーカーか。……おい待て今なんつった?」

 思い返せば、俺はステフに自分のサイズを言った覚えがない。城での生活は更衣室にある服を自分で選んで着てたからな。

 で、ジブリールは俺が寝ている間にサイズを調べたと。

 それ個人情報保護とかどうなの?権利侵略にならないの?盟約さん仕事してよ。

「水着を制作する上で必要だっただけですが、何か?」

「いやまぁ、ステフにこれ以上手間を掛けてもらうのもアレだしな。そういうことなら別に殺意とかないか」

「はい。ですから真っ先に手を抜けるあなたの水着は私が制作しました」

「……は?」

「あなたの着ている服は私が作ったものです」

「…………いや、は?」

 全然分かんない、意味が伝達してこない。一体どういうことだってばよ!?

「すまん、何言ってるのか全く分からん」

「本人に確認した結果、ドラちゃんでも一日で7人分の水着を作るのは無理と結論が出ました」

「おう」

「当然、このままでは空様が企画した水着イベントなるものが崩壊します」

「おう」

「そこで、一番イベントに関係ないでなろうあなたの服については、私が知識とドラちゃんの方法をトレースして制作しました」

「おう?」

「もとより人類種(イマニティ)の裁縫に関する知識はありましたし、難しくはありませんでしたね。しかしなにより!この世界に無いものを自ら作る喜び!ああ、思い出すだけでも高まります!」

「おう……」

 駄目だ、理解するより先にジブリールの変なスイッチが入った。もう止められる気がしねぇ。ここで変なこと言ったら殺る気スイッチ入るまである。

 性癖が暴走し始めたジブリールは、自分を待ちかねている空の元へと向かうようだ。

 遠くには、白の水着姿に困惑している空が見える。

 よく見てようやく分かる程度だが。空の着ているパーカーはデザインが似ているが、俺の方が質素な気がする。

 その辺、オシャレなステフと機能性重視ならジブリールの違いだろうか。

 遠くからは「「海、最高!!」」という男たちの叫び声が聞こえる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから、俺たちは海を満喫し尽くした。

 海が嫌いではあるが、まぁせっかくだしと言った具合に騒いだのだ。楽しいかこれ。

 空と白がいづなとゲームをし、ステフが叫ぶ。

 海に出て戯れる彼らは、本気でビーチバレーに興じた。

 ジブリールと巫女さんが鬼ごっこをし、みんなが立ち尽くす。

 水着を強奪したジブリールを追う巫女さん。物理法則をねじ曲げる両者の戦いは、もうほのぼのと見ていられるものではなかった。

 これ、本当に満喫できたか?

 頂点を回った太陽は沈みかけ、それでもプラムの言った迎えは来ない。

「つか、プラム。迎えとかいつ来るんだよ」

「日を跨いだあとですよぉ……皆さんが早く来すぎなんですぅ」

 ようやく箱の蓋を僅かに開けられるプラム。まだ夕日が見えてるし危ないとも思うが。

 空の作戦通りなら、そろそろ移動だ。

 自分達を嵌めようしている奴らの迎えとか、三途の川下りと変わらねぇからな。

 そんで、俺の仕事もここからだ。

 本格的なオーシェンド攻略に向けて、大きな問題がある。

 それは、勝利条件が不明であること。

 プラムが言うには、女王が惚れるとゲームクリア。だけど誰にも俺はなかったからやってられない。

 この論法は分かるが、プラム達には必殺のチートがある。

 何故それを、今用意したのか。

 普通に考えて、男が全滅する前に完成させるだろ。今は繁殖ができない男子が一人とか手遅れもいいところだ。

 だが、もしもこのタイミングにすら意味があるとしたら。

 このチートは罠にはめるための布石であり、実際に俺たちが試して信用させるのが狙い。

 あのチートは、女王には効かない。あるいは、そもそも女王が惚れてもゲームクリアにならない。

 大きくはこのどっちかだろう。

 そして前者は、ぼぼ確実にない。

 プラムは巫女さんの前で、必勝の手だと言った。罠をはるなら魔法は試しておかなければ作戦としては落第になる。

 プラムは、嘘をついていない。

 女王に効かないと分かっているなら、あの場面で必勝とは言えない。だが、そうなると後者もおかしいということになる。

 なぜクリアできないと分かっているのに、必勝の手だと嘘がつけたのか。

 巫女さんはプラムの言葉に嘘はないと言っている。じゃなきゃ賛成してここに来ない。

 あまり考えたくないが、プラムの記憶を改ざんして寄越した可能性もある。

 この辺りの謎解きをしないと勝てない。そのためには、やはり情報が必要だ。

『  』だけではできない。

 どう足掻いても時間が足りない。

 アイツらはゲーマーだ。

 だから、ゲーマーにできない部分を俺がする。

「本当に、あんな馬鹿げた作戦を実行するので?」

 ……だからさ、お前背後から声かけんの好きな。

 昼とは一転して、普段と変わらない声色のジブリール。ちなみに巫女さんの水着はかなり前に返してるから大丈夫だ、問題ない。

「馬鹿げたとか、ひでぇな」

「あなたの作戦ほどではありません」

「お前の口の悪さほどじゃないだろ」

 お互いに、顔も合わせずそんなことを言い合う。

 慣れたもんだな、色々と。現在のこいつの格好にはまだ慣れないけど。

 それにしても、ジブリールが忠告みたいなことを言うのは珍しいな。いつもなら、俺が何かしたあとに文句を言ってくる流れだけど。

「お前から見て、勝率はどれくらいだ?」

「皆無です」

「手厳しいなおい」

「もとより、あなたに勝つ気などあるのでしょうか」

「負けようと思ってゲームするやつとか普通いないだろ」

「あなたのどこが普通だと?」

「おまいう」

 正攻法じゃないのは認める。そんなのは空達も同じだし大したことじゃないけどな。

 これの仕込みにはジブリールの協力が必要不可欠だったんで、巫女さんとの戯れる(?)が終わり次第色々と頼んだ。マスター権限超便利。

 仕込みが終わったし、あとは調理して食べるだけ。癖の強い素材だけどアレルギーとか出ねぇよな……。

 時間も頃合、覚悟もまぁできた。

 のそのそと立ち上がると、パンドラボックスが少し開く。

「あのぉ……どこに行くんですかぁ……?」

「そうだな、ボス戦ってとこか」

「ボス……女王様ってとこですかぁ〜」

「いや、もうちょいランクが高い相手な」

 暗くて分からないが、多分プラムは首を傾げているだろう。

「つーわけで、ジブリール」

「承知しました。こちらも手筈通りに」

「ああ」

 ふわりと、周囲の空気がまとまったように動く。

 いつもの空間転移の感覚だ。

 視界にいるジブリールと箱入り娘が、無数の本棚へと変わる。

 背景すら一瞬で変換されたそこは、見知った図書館。

 オレンジ色に染まった夕日が窓から室内を照らしている。

 中央の暖かな陽だまりに、彼女はいた。

 

「うちに何のようかにゃ──人間」

 

 天使を思わせる翼、幾何学的な光輪。そして、艶やかな髪とともに生えた一本の角。

 自称、ジブリールの姉にして重度のシスコン。

 彼女は天翼種(フリューゲル)アズリール、今回の俺の相手だ。

 今更ながら無理ゲーだと思うわ。

 単身天翼種(フリューゲル)とバトル。『  』だって二人でやってるっての。

 開始前からクソゲー確定だが、やらなきゃやられるんだわ。

 ということで、俺は最も強いと思う男を模して言う。

「ゲームをしようぜ、自称お姉さま?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




水着回!ノーゲーム・ノーイラスト!
作者には描けませんでした。いかにノゲノラ原作者さまが凄いのか分かりますね笑

いきなり急展開!ということで次回は、まさかのVSアズリール戦。
原作ファンの方なら、なんとなく先の展開が読めてしまうかも知れませんね。
その辺はオフレコで……。




感想や高評価頂けると嬉しいです。


2020/05/16
アンケートの結果、番外編も続編を書こうと思います。
ただし問題があり、ネタ切れ中です笑
詳しくは活動報告を読んで頂ければと思います。


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しかし彼女は彼を侮る

ご愛読ありがとうございます!
感想や高評価が嬉しくて、頑張って更新中です。
この作品、SSにあるまじきモヤモヤ感があるんだと感想を頂いて気付きました。
ノゲノラのような心理戦と俺ガイルのようなもどかしさを求めた結果でしょうか…。
どうぞモヤモヤ感にご注意ください。


 時は少し遡る。

 ビーチで遊ぶという青春の真似事にも飽きた頃。

 巫女さんはジブリールとの鬼ごっこの為に『血壊』を使い、その反動で横になっている。相当に疲れたらしい。

 そんな隙だらけの彼女を見逃すはずのない変人兄妹は、彼女をモフり続けていた。

 日焼け止めを塗っていても日の下に居続けるのは苦痛なので、俺とジブリールは日陰に避難中である。

「つか、なんでお前巫女さんから水着盗めたんだ?」

 水着を取られた本人の前でこんな話はできないので、それなりに離れたところでそんなことを聞く。

 水着を取った本人のジブリールは、静かに応えた。

「それはもちろん、許可があったからですが」

「許可って、何をどうしたら許可すんだよ」

「空様の指示がありました。先程の戯れもその一つです」

 なんで一つ質問したら疑問が二つになるんだろ。不思議だな〜。

 空の指示なのがもうおかしいし、あの巫女さんとの鬼ごっこを戯れって言えるのもいとおかし。残念、それは趣があるです。

「どういうことだよそれ」

「空様曰く、二種族攻略には巫女の『血壊』を海中で発動することが必須だそうです。それも、発動自体は隠せるようにと」

「隠すってのは、あの赤い筋が出ないようにってことか」

「はい。あれは血の流れ、すなわち血管が浮き出たものです。ならば、水圧によってその表面化を防げないかと試していました」

 うむ、わからん。

 わからんが、血圧と水圧を上手く調整すると血管が浮き出なくなるとかそんな感じだろう。わからんけど。

「それ以前に、何故あなたがそれを知らないのでしょうか」

「ゲーム攻略は空と白に任せてる。俺の役目は別だ」

「というと?」

「この勝負には、情報が要る」

 女王を起こすゲーム。その確かな勝利条件とプラム達の本当の狙い。

 東部連合で話した限りではボロが出なかったことも考えると、正攻法ではゲームクリアは不可能だろう。

 で、情報を集める上で最も効果的な場所はどこか。

 答え、図書館だ。

 過去の記録を遡れば謎解きのヒントくらいにはなるはず。希望的な観測だが、逆に言うとこれくらいしか頼れるところがない。

「情報を集めるなら天翼種(フリューゲル)の図書館を借りるのが一番。と、これは空のセリフだけど」

「まさか、あなた一人でアヴァント・ヘイムの天翼種(フリューゲル)全員を相手にするおつもりで?」

「まさかにも程があるな。そんな条件なら神速のリザイン決めるわ」

「では、一体何をしでかす気でしょう?」

「聞き方に悪意しかねぇ……」

 俺が何かをしでかすって前提なのかよ。

 ゲーマー未満の分際で天翼種(フリューゲル)に喧嘩売るって考えたら、あー、普通にやらかしてるな。知り合いだったら精神科か外科の診断を勧めるまである。

「何を企んでいるにせよ、あなた一人ではアヴァント・ヘイムには入ることすらできません。私に、頼むことがあるのでは?」

「アヴァント・ヘイムに関することは取り敢えず置いとくが、頼みがあるのはそうだな」

「では、なんなりと」

 そういう催促の仕方は嫌なのだと正直に言えたらどれだけ楽か。

 一応、今はエルキアの王様って設定を守らねばならない以上、できる限り『  』の言動とスタンスを真似ておかなければならない。なんでこんな所に気を使わねばならないのか。

「じゃあ、あれだ。お前の先輩、アズリールを図書館に呼んでくれ」

「……それは、アヴァント・ヘイムへのアポイントということでしょうか?」

「ん?ああ悪い、そうじゃねぇ。呼ぶのはエルキアの図書館」

「……それは、一体どういうことでしょうか?」

 珍しくジブリールが困惑している。無理もないか。途中の説明、全省きだし。

 順を追って説明する。

 まず、昨日の段階で俺と『  』間の方針は決定している。

『  』は女王強制起床ゲームの攻略、俺は情報収集と担当を決めた。

 当初の空と白の予定では、俺がゲーム開始直後にドタキャンしてプラム達の嘘を暴くつもりだった。

 プラム達の狙いは、十中八九エルキア国王だと踏んでいる。

 エルキアを罠にはめるなら、人類種(イマニティ)の全権すなわち『種のコマ』を持っている奴を狙うのが最も効果的だからな。

 その辺を空達と話して分かったのが、クリア条件の不明瞭なところ。

 ここを解決するためには大きく二つの選択肢がある。

 一つは、全員で情報を集めてゲームを攻略。

 もう一つは、ゲームを攻略しつつ情報収集を同時に行うこと。

 情報を集めるためには天翼種(フリューゲル)の図書館を利用したい。

 だが、海の二種族と天の天翼種(フリューゲル)を順番に攻略するのは時間も体力もかかり過ぎる。

「説明する前に、確認したいことがいくつかある。まず、アヴァント・ヘイムに言った場合、図書館の利用は可能かという問題だ」

「それは可能です。忌々しい法が存在しますので」

「じゃあ、その本は全て読めるか」

「規制はありません。ですが、世界中の言語で記されていることを考えれば、不可能かと」

「それを翻訳してる時間はねぇな。他の天翼種(フリューゲル)に手伝って貰うとかってできそうか?」

「全ての天翼種(フリューゲル)が協力するということはないでしょうが、私が布教している者達ならあるいは」

「布教?」

「空様と白様の活躍を綴った日記(きょうてん)をアヴァント・ヘイムで配っていますので、その読者ですね」

「……それ、人数的にはどんくらい?」

「100を超えますでしょうか」

「空達人気あり過ぎだろ」

「当然です。更に言うなら、外伝として書いたあなたに関する調査書も中々の売れ行きですし♡」

「ちょっと?どさくさ紛れに何売ってくれてるのん?」

 調査書とか売れるものでもないし、なんなら売るもんじゃない。

 そもそもなんで俺を調査してんだって話だが。

「おや、お忘れで?」

「何をだよ」

「私たちの契約についてです」

「契約……そんなのしたか?」

「記憶力の自己評価を見直してはいかがでしょう」

 そこまでいうなら、まぁ契約はしたんだろう。

 しかし覚えがないし、俺はそれで何を得た?魔法少女にもなってないしサーヴァントも貰ってない。

 あーでも、現在進行形でマスターだわ俺。ジブリールがサーヴァントとか、余裕で願望器獲れそう。やっちゃえバーサーカー。

 いや、そういえば貰ったな。願望器ではないが、願望故にそうしてもらったことがある。

「図書館のことか」

「はい。ようやく思い出されたようで」

「思い出したが、あれ続いてたのかよ」

「期限は私が満足するまでですので♡」

 契約と呼べるほど仰々しいものだったかはともかく、二ヵ月以上前だぞ。こんなことを覚えてるのは、俺か天翼種(フリューゲル)か白くらいだ。結構いるじゃん。

 俺がジブリールと初めて会った日。俺は図書館の使用を彼女に求めた。

 見返りは、異世界人の情報。俺という存在が長期にわたり近くにいるというのは、それだけでジブリールの知的好奇心を満たす。

 その時に話したのは、俺は人類種(イマニティ)に分類されるのか否か、だったか。

 だが、それがどうして天空の城で天翼種(フリューゲル)に売りさばかれることになる?

「調べてもいいとは言ったが、それを広めることをまで許した覚えはねぇぞ」

「はて?ではいつ、その行為を禁止されたのでしょう♡」

 こいつ……。

 本当に嫌だわ。何がって、別に怒りもないしジブリールならそうするかと納得してしまうのが特に。

 なんで遥か年上にお兄ちゃんスキルが発動してるんですかね。

 ……いやお兄ちゃんスキルでもないわ。悪口書かれたノートを回されたら流石に小町にもキレる。キレて説教して泣かれて親父にボコられる。なにこれ理不尽。

「もうそれはいいや。んで、さっきの話だ」

「先輩をエルキアの図書館に呼ぶと。簡単に釣られるとは思えませんが、方法は考えているので?」

「そりゃ、相手は自称でもなんでも——お姉ちゃんだからな」

 (ジブリール)は、(アズリール)を釣る最高の手札だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時を戻そう!

 大量の天翼種(フリューゲル)を相手にするなど不可能だ。

 逆説的に、究極的なまでに少量なら相手にはなる、かもしれない。

「君が、ジブちゃんに言わせたのかにゃ」

「そうだな。ジブリールの全権を取り返すチャンスだってのは確かだろ?」

 こいつは、アズリールは俺の事を知らない。いや、俺だけでなく『  』のことも深くは知らないだろう。

 普通はここで、罠だと疑う。

 疑うが、こいつはここに来た。何故か。

 俺がジブリールに頼んだ伝言、今ジブリールの全権は本来のマスターから

 離れた。

 これは嘘でも冗談でもなく、チャンスである。

 例え相手が『  』だとしても、アズリールは勝負を望んだだろう。それがシスコンの性だ。

 まぁ、今回は少しばかり特殊だが。

「なるほど、確かにうちを釣るには持ってこいにゃ。それで?」

「なんだよ」

「きみは、ジブちゃんをエサにしてまでうちに何を要求するんだにゃ?」

 ごもっともな話だ。

 これはバレバレの誘導で、挑発で、宣戦布告だ。それ相応の対価を賭けねばならないと、アズリールは覚悟して来たはず。

 覚悟はいいか俺は出来てるところ悪いが、ジブリールの全権とは釣り合わない類の要求を俺は口にする。

「力を貸してほしい。あんたができる最大限の協力ってところか」

「具体的には?」

「それは言えん」

「……きみ、ゲームを始める気があるのかにゃ」

「俺から始める気はねぇよ」

 ここからが、本当の勝負だ。

 無論、ゲームはまだ始まっていない。これはこの世界の法則ともいえる話。

 いかにゲームを始めるか。それが今、そしてこれからも重要な要素だ。

 双方が賭ける以上、負けるリスクは負いたくない。

 逆に言えば、ゲームを始めた段階でおおよその結末は決まってくるということだ。東部連合のやつは、『  』(あのふたり)が例外なだけ。

 俺はゲーマーじゃない。

 それでも、やり様はある。

 ゲームじゃないなら、勝ち目はある。

「俺は別に、お前の協力が必要なわけじゃない。あればいいくらいの、要はサブプランだ」

 互いに動揺はない。俺は嘘をついていないし、あっちも分かってるんだろう。

「なら、うちがここで帰っても問題はないということだにゃ」

「そりゃ、止める権利はねぇな」

 心理戦、駆け引き。

 その気もないことを言うアズリールと、ただただ事実を言う俺。

 話は進まない。

「うちからゲームを仕掛けて欲しいのはわかるにゃ。でも、目的が分からない。万に一つもないけれど、うちを倒せる策があるのかもしれないにゃ」

 語尾ににゃあにゃあ付けるのは萌えるはずなんだが、今は何も感じねぇな。

 そんなことを思うくらいは、心の余裕がある。天翼種(フリューゲル)を相手取るのは初めてじゃないし、その辺ジブリールには感謝すべきかね。ないな、ない。

「策か。少なくとも、考えなしに勝負はしかけないな」

「ならせめて話してくれないかにゃ。うちに何をして欲しいのかにゃ?」

「だから言わんて。けど、強いて言うならあれだ。ついでだ」

「ついで?」

 食いついたというよりは、純粋な疑問だな。

 アズリールは僅かに表情を曇らせている。

「たまたま、お前を釣る餌が手に入った。それだけだ」

「じゃあ、なんで今なんだにゃ」

「今しかねぇんだ。俺がジブリールの全権を持っていられるのは、そう長くない」

 俺が名義上のエルキア国王でいられる時間は、もう24時間をきっている。

 そのことをこいつは知らない。

 アズリールは、無言で俺を睨む。

 これはゲームではない。商談だ。

 俺が提示したメリットは、彼女に被るリスクに見合うか。

 このまま迷ってくれても一向に構わない。なんなら制限いっぱいここで待ってくれて欲しい。

 だが、そうはならない。

「いいにゃ——きみの口車に乗ってあげるにゃ」

 アズリールは笑顔で告げる。

 時間制限、手札不明、宣戦布告、敵地、不利。

 あらゆる圧力を受けてなお、彼女は微塵の動揺も見せない。

 規格外だな。基本スペックも、心臓も。

「いいのか?」

「きみがどんな策を持っているかは、この際どうでもいいにゃ。ジブちゃんを元に戻せるなら、リスクを負うにたるにゃ」

 元にって、あいつはずっと素だと思うが……。

 それとも、何かが変わった姿が今の彼女なのだろうか。

 人はそう簡単には変わらないだろう。人外も、多分そうだ。

 ましてや、変わったというのはあのジブリールだと。あいつの性格を考えると、世界がぶっ壊れるくらいしないと変化も何もないんじゃないか?

「それで、うちが君に勝負を仕掛ける以上、君にゲームを決める権利があるにゃ」

「ああ、そうだな」

 あぶねぇ、上の空だった。意識を切り替えようと、一度目線を切りながら頭を掻く。

 下げた視線の先には、左胸に付いている白い羽があった。

 ジブリールの作ったパーカーの数少ない飾り。これなかったら完全に無地だ。

 ……ああ、そういや、これ作ったのあいつだった。

 くそ、変に意識しちまうだろ……。

 ジブリールの話題で意識が逸れたはそのせいだな。俺は悪くない。

 邪念を振り払って、深呼吸する。

「ゲームは、ノージャンルだ」

 そして、できるかぎり不敵に告げた。

 ビビってくれないかな。

 

 

 

 

 

 




Q,今回はアズリールとの心理戦が魅力ですか?
A,いいえ、八ジブ回です。

なぜこうなってしまったのか、私自身理解できません。
さわり程度に準備段階の話を書こうと思っていたら、この二人が勝手にいちゃこらしてました。
この作品、どこに向かっているのでしょう・・・。

感想など頂けると嬉しいです。

あと、番外編がネタ切れ中です。
活動報告にて、助けて欲しいです(切実)


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それが彼の覚悟である

少し遅れました!
感想、高評価ありがとうございます。
テンションが上がった結果、少し長めになりました。



「……は?」

 ゲーム内容を告げて、アズリールは約二秒の思考を経て言った。

 こいつのマジで驚いた顔を見れた気がする。

「そのままの意味だ。ゲームの内容は、ゲーム中に決める」

「詳しく聞くにゃ」

 説明すれば単純なことだ。

 まずは何でもいいからゲームをする。負けた方が別のゲームを選んでまた勝敗を決める。

 それで先に三連勝した方の勝ち。

 風呂で将棋をしながら空に聞いた、王様を決めるときの対白戦をふんだんに取り入れたものだ。

「質問はあるか?」

「聞きたいことはかなりあるんだけれどにゃ……」

 そうだろうな。

 このゲームの仕掛け方はそもそもおかしい。

 この世界でゲームをして、あるいは見てきて分かった。

 勝負するゲームは、大きく二種類に分けられる。

 それは、勝負するためのゲームか、勝つためのゲームか。

 戦歴で例えるなら、『  』がクラミーとフィールとやった情報略奪オセロが前者、東部連合のFPSが後者だ。

 あるいは、ゲームの始め方の違いともいえるか。

 互いの同意がなければゲームをできないのがこの世界のルール。

 だから重要なのは、いかに同意を得るか。

 基本的にはやはり、フェアなゲームを提示して盟約に誓う。前者のパターンだな。

 なら後者はどうするか。

 絶対にゲームをしなければならない状況に追い込む。これだけでいい。

 今回の場合、ゲーム前の交渉はその後者にあたる。

 アズリールはゲーム内容に関係なく、そのメリットのみで戦うと判断した。

 なら、勝つためのゲームをすべきだろう。

「きみは、うちとフェアに勝負したいのかにゃ?」

 だが、俺の提示した条件は平等性を重視したもの。

 わざわざ負ける可能性を増やしてまでするゲームではない。

「なんだ、怖気づいたのか」

 だから俺は挑発する。

 この条件は相手に対する油断でも譲歩でもない。

 俺が絶対に負けないための条件だ。

 分かりやすい挑発に乗るほどアズリールはバカじゃない。

 二色の双眼で、俺の真意を読み取ろうとする。

「……確認するけど、種目を決めるのはその前の種目で負けた方、でいいのかにゃ?」

「そうだ。勝った方は選択権を持たない。じゃないと簡単にハメ技で連勝するだろ」

 懐疑の目はいっそう冷たく、俺の心臓を直に目にしているようだ。

 当たり前だが、これは罠だ。

 それはアズリールをここに呼んだ段階でほとんど完成している。

 呼ばれて来たということは、ゲームをするきだということだからな。

「んじゃ、お互いに要求を決めとくか」

「うちは『ジブちゃんを返してもらう』にゃ」

「それは、ジブリールの全権をお前に渡すってことでいいのか?」

「いや、うちにじゃないにゃ。ジブちゃん自身に返すにゃ」

「なるほど」

「それで、きみがうちに求めるものは何にゃ?」

「『俺の願いを一つ聞いてもらう』でいいか」

「やっぱり、明言しないんだにゃ」

「もし気にくわないなら、お前も条件を変えていいぞ」

「追加、でもいいのかにゃ?」

「流石に一つにしてくれ」

「なら別にいいにゃ。きみにジブちゃんのこと以外を頼んでも無駄にゃ」

「あそう。んじゃ——」

 

「「盟約に誓って」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 —ジブリール side—

 

 

 

 空様の指示で、私たちはオーシェンドへと移動しました。私の空間移動(シフト)で、空気ごと。

 あの女狐の『血壊』を偽装しながら、ついにゲームは始まります。

 その場の全員が盟約に誓い、八百長イカサマゲームへと参加しました。

 血を吸うことを禁じられた吸血鬼(笑)の魔法で、魚の女王の夢に干渉していきます。

 その夢の中で、人魚姫(笑)を口説く。なんと馬鹿げた話でしょうか。

 空様と白様は形だけの攻略を進めるため、異界の学校生活を再現しました。

 これが制服、学園。彼らの生きる世界。なんと麗しい光景でしょう。

 ……しかし、そもそも『  』様はその学校生活が嫌いのようです。

 結果、性欲を持て余した犬コロが開始直後に特攻し、盛大なセクハラを魚に浴びせ。

 ドラちゃんは真面目に情報を収集し、その他一行はただ茫然と放課後を過ごしました。

 それがかれこれ一ヵ月、スキップ機能を使っていますし、現実では半日程度でしょうか。

 することもなくなり、ほぼ全員がこの生活に飽き始めていました。

 私もです。

 そうなると、ゲームには一切関係のないことも考えるようになります。

 例えば、あの男のこと。

 全く、何故あの男はあのようなことを平気で実行するのでしょう。

 アホ毛に腐った目の、私の現マスター。

 まさか、一人で先輩を相手にするなど。

 馬鹿げているを通り越して頭が痛いです。理解に苦しむとはこういうことなのでしょう。

 一応、『  』様とは打ち合わせをしているとのことですが、無謀な賭けをする必要が一体どこにあると?

 いくら備えているとはいえ、ここまで変わらないのはいかがなもの。少しは成長すべきでしょうに。

 あなたは、それができるはずでは……。

 私は造られた存在です。この身体も、翼の精霊回廊も、力も術式も全て、今亡き主によって生まれたもの。

 生命体である私には、生物としての進化は存在しない。

 何故あなたは、私の欲しいものを持っているというのに、そんな選択しかできないのでしょうか。

 勝つ気がないというなら、何故あなたは立ち向かおうとするのでしょうか。

 

 もうじき、このイカサマゲームは中断されます。

『  』様の意志によって、あの魚と蚊を詰ませるために。

 

 

 

 

 —ジブリール side out—

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「またチェスかにゃ~!」

 広い図書館に、アズリールの声が響き渡る。

 ゲーム開始から約10時間。

 試合数は50を越している。正直それ以降は数えてない。

「しょうがねぇだろ。これが一番得意なんだよ」

「その得意ジャンルでうちと五分五分なの、本当に意味が分からないにゃ」

 最初の試合はアズリールが選択し、天翼種(フリューゲル)恒例の具象化しりとりをした。初手で死んだ。

 それからはほとんど同じことの繰り返しだ。

 負けた俺がチェスを選び、勝ったらアズリールが俺を潰し、負けそうになったら強引に引き分けに持ち込み、またチェスを選ぶ。

 頭がおかしくなりそうだ。

 それはアズリールも一緒なようで、さっきからダルそうにコマを進めている。

「……きみさ、ほんと何がしたいんだにゃ」

「何って、悪いけどまた『チェス』だぞ」

「そうじゃないにゃ~!」

 初見のカードゲームでボコボコにされ、俺はまたゲームを選んだ。

 そしたらアズリールが頭を掻きながら立ち上がった。

 イライラしてんな。気持ちは分かるが、そこまでか?

「きみは!一体!何が目的なんだにゃ!」

「その話はさっき済んだだろ」

 ガシガシと髪を揺さぶったアズリールは、大きなため息をついて座った。

 怖いよ、この子情緒不安定だよ。

 まぁその理由は主に俺だけど。

 観念したかのように胡坐を掻き直すと、ポーンを動かすアズリール。彼女は、鋭い目つきで俺を見る。

「聞き方を変えるにゃ。きみは、なんでこんなことをしているにゃ」

「聞き方を変えられても答えは変わらんぞ」

「これは済んでない話だにゃ」

「済むっつーか、する話でもないだろ」

「きみはさっきからなーんにも答えないにゃ。それくらい、話してくれてもいいんじゃないかにゃ?」

 そこまで回答拒否した記憶はないんだが。

 俺がこいつに話せることはどれだけあるだろうか。ねぇわ。あっても今ここで話す内容か?

 仮にもゲームの対戦相手だ。既に長期戦になることは互いに覚悟している。俺もそういう意味では気晴らしが欲しいのが正直なところだ。

 とはいえだ。俺の情報をたとえ利き手の一つでも教えることが、果たしてどんなメリットとデメリットを生むか分からない。

 黒のポーンを取り、盤にさす。

「ゲームで負けてんだよ。それで、手伝わされてんだ」

 こうして話したのは、別に油断でも慢心でも舐めプでもない。

 情報の公開は、情報を引き出す。

 フェアであろうとするからこそ、アンフェアな踏み込みができる。

「それが、このゲームの本当の理由かにゃ?」

「本当も嘘もねぇよ。動機が常に一つとかないだろ」

「まー、それは分かるんだけどにゃ~」

 ふに落ちないと、アズリールはまたコマをつまむ。

 それを、宙で円を描くようにクルクルと揺らす。

「うちに勝負を挑むにしては、杜撰(ずさん)だにゃ」

「どこがだ?」

 ここぞとばかりに、ターンとコマをうつ。

「どう考えても、うちを倒す気がないにゃ」

 真実だった。

 だが動揺はしない。それくらい、考えればすぐにわかることだ。

 何より、アズリールがゲームを仕掛けた段階で勝敗は決している。

「そうか?なら俺は、最初からジブリールを返すためにお前とゲームしてるってことか」

「それはないにゃ。最初から負ける気なら、ここまで粘る説明がつかないにゃ」

「前提が間違ってるってことかもな」

 揺さぶり。安易で雑で、とてもアズリールが引っ掛かるようなものじゃない。

 それでもいいのだ。

 こいつには絶対に辿り着けない。

 このゲームが、すでに終わっていることを。

 

 

 

 

 

 

 更に二時間が過ぎた。

 チェスに飽きたと、アズリールはわざと負けてゲームを変える。

 とはいえ流石に三連勝は譲れないらしく、適度な負けと勝ちを繰り返していた。

 

 

 

 

 

 更に三時間が経過した。

 そろそろ頭が痛い。

 俺は少しだけ時間を貰って、図書館の地下にあるキッチンから食料を持ってきた。

 

 

 

 

 

 

 更に五時間、ゲームは続く。

 ここ数年、インフルにも新型感染症にもかかったっていない。

 だから、頭痛めまい吐き気睡魔。その他状態異常のコースメニューを味わうのは久しぶりだった。

 空腹だけはないのが救いか。この素晴らしくもなんともない世界に来て最初に体験したからな。そら学ぶわ。

 

 

 

 

 

 

 

 更に、どれくらいだ。もう分らん。

 そもそも図書館に入る日と月の光で判断してるだけだ。窓は薄っすら明るいし、丸一日以上経ってるか?

 17年生きて来たが、24時間を超えてここまでゲームしたのは初めてだ。

 おなじことの繰り返しとはいえ、きつい。

 きつい、というかもう感覚がない。

 何だっけ、俺は何してたんだっけ。

 あー……分からん。

 俺の意識は、静かに消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 視界は暗い。

 今が夢か現実かも分からない。

 そんな無の世界で、声がする。

 

「──でに、この男と戦う理由は──」

「じゃあ──ームはどうするにゃ──」

「はて──は関係ない──先輩──」

 

 誰だ。

 なんとなく聞いたことのある声だけが、感覚のない耳に残った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目が覚めた時、そこにアズリールはいなかった。

 代わりに、見慣れた天翼種(フリューゲル)の顔があった。

「……これは、一体どういう状況だ?」

「分不相応にも戦ったあなたが、無様に倒れているだけですが?」

 こいつは、なんでこうも口が悪いのか。

 皮肉にも慣れてしまったが、少しは黙ってればいいのに。……いや、ダメだわ。黙ってると怖い。

 徐々に脳に血が回り、今ある環境を認識していく。

 あずアズリールとのゲームは決着も着かぬまま終わり、俺は力尽きて地面に寝ている。

 そんな俺の眼前、空中にいるジブリールは頬杖を突きながら皮肉を飛ばす。

「さて、ことも済んだところで話していただけますか?」

「何をだ」

「ここまで無茶をした理由です」

 そう言えばアズリールにも聞かれたな。あのときは、適当な情報で返した。

 別に大したことじゃない。

 俺が『  』と別行動したのは、それが普通だからだ。

「それは、これが俺のやり方だからだ」

「…………」

 俺は負けることを知っている。負けるからこそできることを知っている。負けることが敗北でないことを知っている。

 アズリールとの勝負は、俺の負けで、俺の勝利だ。

「お前がここにいるってことは、あっちは終わったのか?」

「はい。滞りなく、とは行きませんでしたが、マスター(・・・・)の勝利です」

 俺がしたのは、ただの時間稼ぎだ。

 アズリールと『  』は相性が悪い。それは戦力とか性格ではなく、立場的な問題だ。

 天翼種(フリューゲル)の住処、アヴァント・ヘイムで情報を集めるとしたら、必ず責任者のアズリールは敵になる。

 一度、前にもここで俺はあいつと話していた。だから分かっていた。

 あいつはジブリールにこだわりがある。

 どんな種類であれ、そんな彼女が新たなジブリールのマスターとすぐに打ち解けられはしないだろう。

 ここにアズリールを釘付けにしている間に、ジブリールの用意した『  』教信者を利用して情報を集める。

 どんな手でクリアしたかは後で聞くが、これで騒動は終わりだ。

 達成感も何もないな。

 まぁでも、終わったって事実だけでも十分だ。とっくに切れていた緊張が更に緩む。

 寝返りを打ちながら、弱々しい力を腕に込めて地面に座り直す。

「つか、俺どんだけ寝てた?」

「先輩が帰ってから10時間程でしょうか」

 独り言のつもりだったが、ジブリールは律義に答える。

 それが、もう違和感しかなかった。

「待て。なんでお前がそれを把握できてる」

 アズリールが帰ったのは恐らく俺のゲーム続行が不可能と判断した辺りだろう。それは俺が眠ったタイミングだ。

 それを、なぜこいつは知っている?

「聞いていただけです」

「聞いてたって、ここ盗聴器とかあんの?」

「あなたの世界のようなものはありませんが、天翼種(フリューゲル)は通信魔法が使えます」

「それでアズリールと話したのか」

「いえ、私が聞いたのはあなたです」

 そういうと、彼女は俺の左胸を指さす。

 細い指が示す先には、パーカーにワンポイントで付けられた白い羽があった。

「は?」

「それは私の翼の一部です」

「何その鶴の恩返し……」

「早急に恩を返していただけますか?」

「鶴に恩を返す話じゃねぇよ。つか、鶴の織物システムと通信がどう関係すんだ」

 ジブリールはひらりと体を起こすと、腰から生えた両の翼を広げる。

「私の翼には精霊回廊が集まっています。魔法とは体外に存在する精霊を、体内に精霊回廊を通して取り込むことで行使します」

 急にファンタジーな話で困惑したが、どうにかついていく。普段から小説呼んでる文系なだけあるな、我ながら。

 イメージ的には携帯の電波みたいな感じだろう。携帯という媒体を通して電波を捉えて、機能を果たす。

「つまり、この一枚の羽根にも精霊回廊があるってことか」

「その通りです。とはいえ、流石にその体積の精霊回廊では通信が精々ですが」

「……で、なんでそんなものがこの服に付いてんだ」

「おや?それが命の恩人に対する言葉でしょうか?」

「意味が分からん」

 普段の三割増しで傲慢なジブリールは、馬鹿にした笑みで胸を張る。

「場合によっては、今なお先輩がここにいた可能性もありますが?」

「確かにそれは死ねる」

 この極限状態であれとゲーム続けたら脳が焼ける。ベイクブレインとか中古のゲーム屋に並んでても違和感ないな。

「じゃ何か?お前わざわざ俺に貸しを作るためにこんなことしたのか。鶴の恩押し売りかよ」

「そんなことのために、わざわざ術式を組み直す訳がないですね」

「よく分からんが、じゃあなんでだ」

「未だあなたはマスターの不安要素です。勝手に負けられては迷惑なのだと分からないのでしょうか?」

「分かったのはお前の俺に対する評価とヤンデレ属性だけだわ」

 人の服に盗聴器仕掛けるとか怖すぎる。ちょっとしたホラーだからね。

 俺の行動については『  』と話がついている。別に迷惑は掛からんだろ。

 問題はこの服をどうするかだが……。

 何かを察したのか、ジブリールは笑顔で言う。

「ご安心を。一度(ほど)いた術式の行使は手間がかかるので、今後はただの飾りでしょう」

「これを取るって選択肢はないのか」

「面倒です」

「即答な上に雑だな」

「元来天翼種(フリューゲル)は、術式の構築については専門外ですので」

 どうやらこの羽一つ取るのに術式とやらが関係するらしい。分からん。

 まぁ、今回俺が単独で動いたことに対する特別処置なら問題はないか。普通に着るの楽だし、普段着が増えと思おう。

 べ、別に異性からの贈り物がうれしくて着るわけじゃないんだからね!勘違いしないでよね!

 ただ扱い次第じゃジブリールから殺されそうなだけなんだからね!

 ツンデレじゃなくてヤンデレじゃん。

 で、どこがデレなの?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ご愛読ありがとうございます。
今回もまたゲームよりも八ジブ優先な気が……問題ないですね。
ジブリールにヤンデレ追加?
いえいえ、ただ常人と価値観が違うだけです。きっと多分そうだといいですね。

コメントたくさん頂いてとてもうれしいです。
その中で結構八とジブリールの話があったので正式回答します。
2020/05/31 訂正します。
カップリングは『ジブ八』です。ソースははや×はち。
色々調べて分かりました。ヒキタニくんは受けだそうです。

なお、本当にカップル成立するかは分かりませんが(暗黒微笑)


感想、高評価頂けると嬉しいです。


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再開―リベンジ―

お久しぶりです。
最近リアルに忙しくて更新大変でした汗
ここから今作はラストシーズンへ……はもうちょっとありますかね。




 今回のオチを語るために、俺はジブリールから事の顛末を聞いた。

 つまるところ、オーシェンド攻略戦は騙し合いのさらに向こうへ行ったことで勝利したという。

 前提としてだが、吸血種(ダンピール)水棲種(セイレーン)は協力関係にはなかった。彼らは各々が、各々の未来のために人類にケンカを売ったらしい。

 吸血種(ダンピール)は、盟約によって縛られた生活から抜け出すべく、女王の復活とそのゲームでの賞品『女王の全権』を欲しがった。

 対して水棲種(セイレーン)は、その暗躍すら考慮し、女王のゲームクリアは不可能だと分かった上で俺達を招き入れた。

 そう、このゲームは最初から三つ巴の賭博ゲームだった。

 吸血種(ダンピール)は『  』の勝利にベットし、水棲種(セイレーン)は『  』の敗北にベットした。

 そして、俺達はその二種族賭博に巻き込まれながら、自らの勝利に確信を持ってコールしたわけだ。

 結果として、空達は女王の覚醒条件を見つけゲームクリア。完全なるハッピーエンドに終わった。

 ……まぁ、この女王とか目覚めた後の特典については色々あったが、俺には関係ない。

 女王様が実はドМで愛されるより虐められたい系の変態だったとか、女王の全権=女王の全義務ってことで吸血種(ダンピール)の繁殖に協力させられそうになったとか、俺は知らない。

 全ては解決したのだ。

 だから今、俺達はごく普通の平凡で平和で平穏な平日を送っている。

 

「やぁ、久しぶりだね、比企谷八幡」

 

 ……。

 いや、平日にしてはイレギュラーだな。

「はち、こいつだれだ、です?」

「俺も知らん」

「でも、はちのこと知ってるみてーだぞ、です」

「似てる知り合いならいるが、あいつは獣耳も尻尾も生えてねぇんだわ。だからきっと人違いだな」

 ああ、きっと人違いだ。

 この目の前の虎のような耳と尻尾を生やしている少年が、俺の知っている唯一神なわけがない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今朝はなんとなく早く起きた。

 畳の部屋で寝るのも、なんとなく懐かしさを感じて心地よかった。東部連合の文化って本当に日本に近いな。

 エルキアに戻ったステフやいのさんは、今頃社畜レベルをカンストしている頃だろう。ご苦労様です。

 怠惰な王様に習って惰眠を貪っていたんだが、たまに目が覚めることもあるよな。

 たまに起きたんなら、たまには東部連合の街並みでも見ようかと普段着に着換えたところで、いづなに見つかった。

 朝飯でも探すかって話になって屋台通りに繰り出したんだが、そこで俺達は見知らぬ獣人種(ワービースト)の少年に声を掛けられたのだ。

 ……いや見知ってはいるんだけど、だれだよこいつ。

「ひどいな~、わざわざ会いに来てあげたのに」

「わざわざ会いに来てくれたところ悪いが、わざわざ会いに来てくれるような知り合いに心当たりがねぇんだよ」

「そうかい。その分だと、探し物はまだ見つからないみたいだね」

「…………」

 あ、そう。

 今更不思議だとは思わないわ。こいつ神様だし、耳を増やすぐらいどーってことないんだろ。

 俺に話しかけ、フルネームを呼んだ虎耳虎尾の少年は、唯一神にして遊戯神テトだ。

「いづな、先に帰ってくれるか?」

「なんで、です?」

「クソガキにケンカ売られたからな。ちょっといづなには見せられないレベルのプレイする」

「ちょっと見てー、です」

「コンプライアンス的にダメです」

「こん……ぷりん、あいす、です?」

「そんな甘さの権化じゃないから。あとで焼き魚作ってやるから、な?」

「わかった、です」

 いづなは即答し、家の方へ走って行った。

「ぷっ……くっ、くくっ……」

 そんで、ケンカを売ったクソガキは笑いを堪えきれないらしい。

 

 ゲームの一つでもするつもりで来たのだろう。

 笑いきったテトは将棋盤のある店先までの移動を提案した。

「それで……くくっ、人に見せられないレベルのプレイっていうのは、ぷっ……どういうのかな?」

「変な意味もないし、する気もないからな」

 どうやら俺のジョークが気に入ったらしい。けどそこまで笑いますかね。ないわーそれないわー。

「はぁ……それで、何しに来たんだよ」

「何って、ゲームに決まってるじゃないか」

「決まってねぇし、やらねぇよ」

 厳密には現在進行形でゲームをしてるんだが、それもそれだ。

 俺はまだ、答えを見つけていない。

 比企谷八幡の欲しいものを、見つけられていないのだ。

「そんな事言わないでさ。ほら、せっかくだしヒントも上げるから」

 そう言って、カラカラと常盤の上に将棋のコマを広げるテト。

 こいつの表情は、一貫してゲームを楽しみたい子供のようだ。

「ヒントってなんだよ」

「決まってるでしょ。君の欲しい物の、だよ」

 もちろん、ボクに勝ったらだけどね。

 そう言いながら、無邪気な笑顔とともにコマを並べる。

 おい、それなんて無理ゲーだ。

 俺はチェスに関してはそれなりの腕があると思うが、それは別に強い訳ではない。

 単に、負けないだけだ。

 負けない。けれど勝てない。つまりは引き分け狙いの逃げ切り戦法。

 この方法なら、連勝でなくともランキングのレートは上がる。負けないからな。

 そんなやり方で現代ゲームをしていた俺が、チェスでもない将棋で遊戯神に勝てるわけない。

「参考までに聞いとくが、お前が勝ったらどうなる?」

「そうだねー。んー、そうだ!朝ごはんをボクも貰おうかな。実はお腹ぺこぺこなんだ」

「お腹ぺこぺこって今日日聞かねぇな」

 軽口で返したが、頭は別の事でいっぱいだ。

 こいつの言い分が謎すぎる。

 負ける気がないのは分かる。だからヒントなんて俺にしかメリットの無い賞品を提示できる。

 問題は、何故勝っても負けてもいいような条件なのかだ。

 俺と純粋に将棋がしたいってことか?なら条件を出す理由がない。

「目的は何だ、って聞いたら答えてくれたりするか?」

「そんな仰々しいものはないよ。強いて言うなら、負けっぱなしが気に食わないから、かな」

「負けって、俺はお前に勝ったことないだろ」

「確かにゲームで負けたことはないよ。でも、あれは完全に負けだからね」

「は?」

「こっちの話、ボクの個人的な過去の話さ」

 あ、そう。ならもう聞かねぇわ。

 別にこいつの過去とか興味はないし、動機が分かったのなら聞く必要もない。

 さて、帰るか。

 ゲームを受ける理由がない。

 勝ち目はないし、負けてもさほどデメリットはないがメリットは皆無。おまけに動機は逆恨みだ。

「悪いが、俺も腹減ったから戻る」

「えー!なんでさ!?」

「なんでさって、俺がゲームするメリットないだろ」

「ヒントが欲しくないのかい?」

「タダで貰えるなら」

「それじゃゲームにならないよ!」

「じゃそういうことで」

「あー!待って、待ってよ分かったから」

 まるで駄々をこねる子供のように縋るテトは、振り向いた俺に言う。

「少しだけ、先払いするから。それでもダメかい?」

「先払いってなんだよ。第1部と2部があんのかそのヒント」

「というより、序破急かな。あるいは起承転結」

「物語かよ」

「そう、物語さ。誰にも語られない忘れ去られた、無かったことにされた物語」

 それのどこがヒントになるのか。

 まぁ、しかし、タダというなら貰っておいても損は無いだろう。

 ただ話を聞くだけだ。

 俺が椅子に座り直すと、机を挟んで向かいにいるテトは帽子を被り直す。

「それじゃあ、拝聴願おうかな。寂しがり屋の魔女の話を──」

 そう言って、テトは飛車と歩兵を持ち上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―テト side―

 

 

 

 

 

 むかしむかし、ある所に一人ぼっちの魔女がいた。

 魔女はいつも退屈だった。

 彼女は誰もが恐れる力と、永遠の若さを持っていたからだ。

 長く生きれば、やがて何もかもが虚無虚無しく思えてくる。

 圧倒的なまでに超越的な彼女にとって、その世界は灰色だった。

 

 そんなある日、彼女の元にある男がやって来た。

 誰もが恐れ、誰もがひれ伏し、誰もが対話を諦める魔女の館の扉を叩いたのは──一人の道化師だった。

 彼は言う。

「これは、随分と派手な女性がいたものだ」

 道化師の言葉に、魔女は思わず笑いそうになった。

 ここまで身の程知らずで世間知らずな事を言う者が、まさか目の前にいるとは──と。

 魔女は、その道化師に興味が湧いたのだ。

 それからしばらく、道化師との奇妙な日々が続いた。

 言葉を紡げば、返事が帰ってくる。そのまるで対等な会話に、魔女は新鮮さを覚えていた。

 道化師は色々な話をした。それも、魔女の知らぬくだらない話をいくつも持っていた。

 時には冗談を言って、魔女を唆そうとする。それがなんと滑稽で、面白いことか。

 

 気が付けば、魔女は彼との時間に違和感を覚えなくなっていた。

 まるで、ここに彼がいることが当たり前のように感じていたのだ。

 

 とある日、魔女は大いなる存在と出会った。

 彼は自らをも超える何かを持っていた。

 魔女は、その不可思議さに魅入られた。

 気になって仕方がない。自分もそれが欲しいと。

 

 ──ボクは、くるりと王将を盤に立たせる。

 

 魔女は彼と共に生きることにした。

 そうすることで、この灰色の世界が変わるかもしれないと思ったからだ。

 

 それから、幾分かの時が過ぎた。

 世界の色はまだ変わらない。

 やがて魔女は、胸の奥にぽっかりと空いた穴に気付き始める──。

 

 

 

 

 ―テト side out―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 テトはそこまで語ると、コマを初期配置へと戻した。

 どうやら、体験版は終わったらしい。

「続きはWebでってことか」

「ボクとゲームをするなら、続きも聞かせてあげるよ。もっとも、結末を知れるかは君次第だけどね」

 イタズラっぽく笑う遊戯神。どうやらゲーマーは皆そろって性格が悪いらしい。

 続きが気にならないと言えば嘘になる。本当に、いい所でそれでは来週された気分だ。

 けれど、それ以上に俺は、この胸の奥にある感情の声を聞き流せなかった。

「……【盟約に誓って】」

 そう言って、歩兵を進める。

 俺を見て、テトは笑った。

「そう来なくちゃ。【盟約に誓って】!」

 テトもまた、コマを進めて応える。

 本当に楽しそうだな。羨ましいぜ。

 俺は一手ごとに、胸を締め付ける声がする。

 ──逃げるなよ。

 たった一言、たった一つの事だけを繰り返す、名も知らぬ感情の声だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ご愛読ありがとうございます!
原作で言うところの『ノーゲーム・ノーライフゼロ』枠。
本来はいづなにテトが語るところを八が引き継ぎましたね。

これから更新速度どうなるか分かりませんが、多分私のモチベーション次第だと思います。
完結まで続けるつもりではいます。
気長に待っていただけるといいな〜と。


感想や高評価いただけると大いにテンションが上がる作者です。
次回もお楽しみに。


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彼はその物語を語り上げる

遅れてしまいました…
恒例の何を伝えたいのか分からない回かもしれません



 将棋とか、本気でやるのはいつ以来だろうか。

 確か、あっちの世界で雪ノ下と一戦さしたのが最後だ。

 最初は初心者だった雪ノ下がだんだんムキになったんだっけか。

 そんで一週間ひたすら部室で将棋してた記憶がある。何部だよそれ。

 流石に歴があったから勝負になったが、あのまま続けてたら一ヵ月もしないうちに超えられてただろうな。

 俺の棋力は、どこにでもいる普通の高校生レベルだ。神には勝てない。

 まぁ、この勝負に勝敗は関係ないんだけどな。

「で、続きはまだか?」

「せっかちだね」

「十分に待った方だろ」

 試合は既に中盤だ。

 お互いに攻める気はなく、けん制と様子見が続いている。

「それもそうだね。じゃあ、どこから話そうか」

「さっきの続きからじゃないのかよ」

「さっきのは続かないよ。前語りというか、あらすじみたいなものだからね」

「なら最初から頼む」

「妥当なところかな、うん」

 そういうと、テトはわざとらしく咳ばらいをして喉を整える。

「では、今度こそしっかりと語るとしよう。寂しがり屋の魔女の物語を——」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 —テト side—

 

 

 

 

 むかしむかし、なんて語り出しだけれど、実際のところこの物語がいつの時代のものかは定かじゃない。

 ただ少なくとも、これは今よりも過去の物語だ。

 そして、今は無き物語だ。

 

 まずは彼女の紹介から始めようかな。

 この物語の主人公、魔女のことさ。

 彼女は、とても恐ろしい魔女だ。

 有り余る力と知性を持ちながら、何のためらいもなく他の命を奪える。

 空を舞う姿は天使の如く美しく。

 命を狩る姿は悪魔の如く禍々しい。

 だから誰もが彼女を恐れた。

 あいつにだけは関わるな、とね。

 けれど彼女も全能じゃない、全知でもない。神ではない。

 強大な力も、膨大な知識も、永遠の命でさえ——彼女にとっては取るに足らないものだった。

 そう、彼女は退屈だったのだ。

 

 いつしか、彼女の見る世界はとても殺風景なものになっていた。

 色も音も匂いも気にならない、気に入らない、何もない世界だった。

 魔女は暇を持て余していた。

 だから、彼を迎え入れる気になったのかもしれない。

 

 ある日のことだ。

 彼女の館に、一人の男が来た。さっきも言った、道化師が来たんだ。

 何のためらいもなく扉を開け、魔女に皮肉交じりの感想を言う道化。

 魔女にとって、こんなに面白いことはなかった。

 道化師を受け入れた魔女の館で、二人は共に暮らすようになった。

 

 それからは、他人から見れば取るに足らない——魔女にとって退屈しない日々が続いた。

 

 道化師は、まるで退屈していた魔女を笑わせるためにそこにいるようだった。

 本当の理由は分からないけれど、道化師はどうやら魔女を知らなかったらしい。

 魔女は問う。

「あなたは、一体何者?」

「ただの道化師ですよ」

「名前は?」

「必要ないでしょう」

 そう言って、また道化師は道化を演じる。

 彼は名乗らない。

 きっと、名をおぼえられたらこの関係が終わってしまうことを知っていたのだ。

 だが、魔女は気になった。

 一度でもいい。彼の素顔が見たいと思うようになっていった。

 しばらく続いた質問責めに観念したのか。

 道化師はある提案をする。

「なら、こうしましょう。僕の夢が叶った時、僕はこの仮面を取り、名を教えます」

「あなたの夢?」

「ですから魔女様は、僕の夢に協力してください」

「いいわ。それで、あなたの夢って?」

「それは言えません」

「どうして。それを聞かないと、何をすればいいか分からないじゃない」

「教えてしまったら、僕の夢は叶いませんから」

 なんとも言いくるめられた気分だった。

 しかし魔女は、そんな屁理屈のような約束を存外あっさりと受け入れた。

 これでまた、退屈しない日々が続くことになる。

 

 

 しばらく経った頃だ。

 魔女は新たな出会いをする。

 彼との出会いが、二人の約束を大きく動かすきっかけとなったのは言うまでもない。

 魔女は、彼を師と呼んだ。

 師は聡明で、けれど型にはまらない魔女をも超える逸材だった。

 魔女は師を尊敬し、敬愛し、妄信した。

 師は言う。

「お前の力と知識は、これから大いに役立つ」

 残酷だとは思わなかった。

 むしろ、必要とされ求められることが何よりもうれしかった。

 師の存在が、魔女の世界に潤いを与えた。

 鮮やかな色が、心地よい音が、香しい匂いが、魔女の世界の全てになる。

 だが同時に、得体のしれない喪失感を心のどこかに感じていた。

 

 師と出会って笑うことの増えた魔女。

 彼との生活は確かに魔女にとって充実したものだった。

 けれど、では違和感と呼ぶべき感覚は何なのだろうか。

 魔女には、分からない。

 

 ふと思う。

 そう言えば、自分はまだ名前を聞いていない——と。

 結局、あの名も知らぬ道化師との約束はどうなったのか。

 魔女は館に戻ると、彼を呼んだ。

 いつもと変わらぬ道化師は、いつも通りの冗談を言う。

「あなたの夢は、叶ったの?」

「その答えは、魔女様にこう聞かないと答えられません」

「何?」

「あなたの望みは叶いましたか?」

 道化師は問う。

 表情の変わらぬ仮面のまま、いつもより少し低い声で。

 魔女は考える。

 一体、望みとはなんのことだろうと。

「もしも、はいと答えたら?」

「僕は仮面を取り、名乗りますよ」

「なら、はいと言うわ」

「嘘じゃダメですよ」

「嘘じゃないわ。私はもう、退屈していないもの」

 そう、それが彼女の願いだったはず。

 魔女は自らの望みを仮定した。

 なぜ自分がこの道化師を迎え入れ、なぜこんな約束をし、そして師を慕ったのか。

 この世界が退屈だったから。

 今はもう、そんなことは感じない。ならばきっと、望みは叶ったのだ。

 魔女の言葉に、道化師は頷く。

「そうですか。よかった。なら——もうこれは必要ありませんね」

 道化師は仮面を取り、素顔を見せる。

 そして、短く本名を名乗った。

 魔女は彼の声から、言葉から、表情から悟った。

 ——ああ、自分はまちがえたのだ、と。

 魔女は退屈だったから道化師を受け入れた。

 だが、今はもう退屈ではない。

 もう自分に、彼を受け入れる理由はない。

 知って、ようやく理解する。

 自分と彼の間にあった関係は、たった一つの小さな約束だけだったことを。

 魔女は、あの充実の中にあった喪失感の正体を感じ取った。

 失ったのは、失うことになると分かっていたのは、道化師との別れ。

 魔女にとって、道化師はただの暇つぶしだった。

 そのはずだった。

 やがて、魔女は自分自身を理解できなくなる。

 魔女は師を敬愛している。

 師のおかげで、今自分は存在する理由を得たのだ。

 では、今魔女は道化師のことをどう思っているのか。

 それだけが、分からなかった。

 

 

 

 

 

 

 —テト side out—

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……終わりかよ」

「この先はボクに勝ってからだよ」

 またお預けか。俺が飼い犬だったらちゃぶ台返ししてる。犬にちゃぶ台で餌をやるやつ見たことないけど。

 テトは語りながらも、ゲームを止めない。

 あわよくば、なんて思考を見透かしたように一手を打ってくる。

 普通に強くて嫌いだわー。

「ところで、その話どこまで本当だ?」

「ひどいな。ボクが嘘つきに見えるのかい」

「平気で人を欺きそうだろどう見ても」

「君、存外失礼だよね」

「お前には負ける」

「ボクは偉いんだけど」

「自分で言うなよ。お前はまぐれで80点とった中学生か」

 俺頭いいから~とか言ってるやつは大体頭悪い。ソースは俺の中学時代。頭いいなら俺より高得点取ってから言えよ。その理論だと俺超頭いいじゃん。

 ちなみに俺がそいつの点数を知ってるのは、そいつが自慢げに周りで言いまくってたから。

 だから俺の点数は知られてないんだよな~。ほんと俺のプライバシー管理、国家機密並。こりゃいつ国から依頼が来ても守れるぜ。絶対に働かないけど。

 じゃあさ、とテトは摘まんだ歩兵をくるりと裏返して言う。

「この後、道化師はどうすると思う?」

「なんだそれ。アバウト過ぎて答えらんねぇ」

「じゃあもっと具体的に聞こうか。君だったら、どうする?」

 何も変わってねぇし、意味のない仮定が増えたぞ。

 俺だったらどうするなんて仮定に意味はない。過去のことは、どう足掻いても変わらないのだから。

「さあな。つか、そのピエロは結局何がしたかったんだ?」

「道化師って言うくらいだし、きっと魔女を笑わせたかったんじゃないかな」

「……だとしたら、名乗るわけないだろ」

「そうかい?だって約束したんだよ」

「いくらでも誤魔化せただろそんなの」

「なら、なんでそうしなかったんだろうね」

 知るか。

 ……知らないが、分からなくもない。

 多分、ピエロは自分がもう要らないと思ったんだろう。

 テトの言うように、道化師が魔女を笑わせたくて傍にいたなら、もうその必要はなくなる。

 魔女には、師がいるからな。

「魔女は、師がいるから分からないのか」

「分からないって?」

「道化師をどう思ってるか分からないって言ってただろ」

「ああ、そういうことね。でもさ、師がいなかったら魔女は道化師くんをどう思っているか気が付けたのかな」

「無理だろ」

「断言するんだ」

「師がいなかったら、そもそも魔女は満たされてない。道化師じゃ魔女を笑わせられても、理由になってやれない」

 魔女が満たされたのは、存在する理由を貰ったからだ。

 魔女にとって、師と道化師のどちらが大切なのかはそれだけでわかる。

 ……ああ、そういうことか。

「魔女が悩まないように、道化師はいなくなる」

「…………」

「魔女が道化師をどう思ってるかは分からない。ただ、そのことで魔女は悩むかもしれない。なら」

「その悩みの原因を取り除けばいい、ってところかな」

「ま、可能性の話になるけどな」

 道化師が名乗った後にするとしたらそれくらいだろう。

 まぁ、道化師が魔女のために傍にいるってのが前提だけどな。

 つかなんでそんなこと考えてんだよ。まんまとテトの口車に踊らされてるってことか。

 いや、別にあの意味のない仮定の答えを探してるわけじゃない。

 テトの語った話から登場人物の心情を読み取った。それだけだ。

 ……なら、なんで俺は道化師の考えを読み取ろうとしたのか。

 このゲーマーに誘導されたということもあるだろう。

 けれど、俺は最初からこの物語の主人公ではなく道化師に注目している気がする。

 悪い癖が直ってないな。

 いつも言葉の裏を読もうとしている。

 だからきっと、この物語の主役すらも捻くれて捉えてしまったのだ。

 俺が道化師に感情移入しているのも、きっとそのせいだ。

 

 




ご愛読ありがとうございます。
テトがなぜこんな話をしたかは次回明らかに。



SSなのに複雑な話を書くのが楽しいですけど大変ですね笑
結構色々考えて作っているので、コメントなどで考察など見つけるとうれしくなります
ただ、自分が考えてるシナリオより面白そうな感想もあるんですよね…


感想や高評価貰えるとスーパーハイテンションになります
その結果更新が早まる、かもしれません



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だから誰もその物語を語らない

ジブ「さて。では三ヶ月以上放置した言い訳を聞きましょうか」
作者「ジブさん違うんです。マジで色々忙しかったんです」
ジブ「確かにF〇teやはたら〇細胞の映画を見に行ったり、ス〇ブラしたり忙しいようでしたね」
作者「マジですみません」


 朝食と言えば何を想像するだろうか。

 朝はパンのやつもパンを通り越してハンバーガーのやつも、バランスよく定食を食べるやつもいる。多種多様の十人十色な答えがあるはすだ。

 だが、いくらなんでもこれは多様と言うより異様だし、十一色目もいいところではないか。

「それで、何をどうすればこのような渾沌極まれる状況になるので?」

 そのセリフは本来俺のものだ。できることなら俺が聞きたい。

 生まれも歳も種族も違う4人は、何故か一様にテーブルを囲んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺とテトのゲームは、あっけなく俺の敗北に終わった。

 語りを語り終えた語り手に対して、聞き手に為す術はなかった。

「それじゃ、約束通り朝食を頂こうかな」

 神様はとても空腹らしい。

 負けたのだから拒否権もなく、俺はテトを連れていづなの家に戻る。

「はち、おせーぞ、です」

「悪かったよ」

「?そいつは、さっきのやつか、です?」

「ああ、えっとこいつはだな……」

 出迎えたいづなに、さてどう説明するか。

 流石に、こいつは唯一神で遊戯の神様で変身してここにいます……とか言えんよな。

 ちらりと隣にいる猫耳の少年を見る。

 テトは視線に気付くと、少し微笑んでからいづなに言った。

「ボクはテノ(・・)。どこにでもいる普通の獣人種(ワービースト)さ」

 テト(・・)は、唇に人差し指を添えてこちらを向いた。

 いづなに正体を言う気は更々ないが、そのライトノベルの主人公みたいな自己紹介はなんなの。

 てか、テノって何、誰?手乗りタイガーさんなの?

 俺のこと、ではなく朝食を待っていたいづなにテノ(仮)を紹介して、俺はキッチンに入った。

「で、なぜお前がここにいる?」

「朝食を作ると聞いたのでここかと思っただけですが、何か?」

 食事を必要としないジブリールがそこにはいた。

 彼女曰く、朝早くにここを出た俺といづなを見たので目的を聞こうとしたらしい。

 先に戻ったいづなに確認すると、俺は朝食を作る役割があることを知ってここに来た、と。

「え、何待ってたの?」

「ほんの数分前に来たばかりです」

「あそう。つか何、どうしたの。何か用?」

「特には。強いて言えば、勝手に負けて帰って来られた敗北者に感想でも聞こうかと」

 取り消せよ、今の言葉。

 誰が敗北者だ。俺ですねそうですね。

 にしても、だな。

 最近、こいつの様子がおかしいことがある。

 理由もなく俺を詰ったり、詮索したり、罵倒したり、同情したように見せて笑ったり。あ、これ前と変わらねぇや。

「感想も何も、俺がどこでどんなゲームで負けても関係ないだろ」

「関係ない……はて、今やマスターと正式な協力関係を結んだあなたがゲームで負ける。これをどう正当化しろというので?」

「いや、俺もコンビニ感覚で他国に攻め入って負けて来ねぇから。相手とか賭け金は選んでるからな」

 まぁ、相手を選んだ上で神様とバトってるのは説得力どうなのって感じだが。

「では、一体何を賭けてあのトラ耳とゲームをしたのでしょう?」

「別に、下らないことだよ」

「言いやがりなさい」

「おいキャラ、初期設定。あとそれ、いづなの芸風だろ」

 敬語崩れてますけど、どんだけ知りたいの。知識欲あり過ぎ定期だわ。

 何やら話すまでここを離れないような空気を出してくるジブリール。

 言いたくないんだよなぁ。

 賭けたものは、本当に下らないことだ。だから言いたくない。

 こんな、自分勝手で身勝手なエゴの話なんて。

 話し手も聞き手も損しかない。

「負けたからこうして、三人分の朝食を作ってんだよ」

「では今すぐ五人分に変更願います」

「え、お前飯食うの?」

 しかも二人前。天翼種(フリューゲル)は胃袋まで規格外なのか。

天翼種(フリューゲル)は食事を必要としません」

「だからびっくりしてんだけど」

「マスターの分ですが、なにか?」

「あ、そう。まぁ知ってたけどね」

 だが残念ながら俺の用意は三人分だ。これを五人で分けるとなると、誰かは魚の骨で我慢しなければならない。

 このことを言うと、「骨しかないならあなたが食べればいいじゃない」とギロチン女王も真っ青ドs発言が飛んでくる。これは予想ではない、確定事項だ。

 てなわけで、ここは穏便にお断りする。

「材料が足らん」

「左様ですか。では、マックスコーヒーで構いません」

 なんで?

 いや俺も飲むから作るんだけどさ。それはちょっと、生粋の千葉民でもえ?って思うよ。

「流石の俺も飲み物を朝食カウントするのはどうかと思うぞ」

「コーヒーとは趣向品では?」

「飯ではないってことな了解。空と白の分でいいんだな?」

「いえ、三人分頂きましょう」

 あー、ステフか。確かに今あいつに一番必要なのは糖分だろうからな。空達のついでに渡すんだろう。

 焼き魚の片手間に、ジブリールが指し出したコミルの実でマックスコーヒー(仮)を錬成していく。

 三つのマグカップを受け取り、ジブリールは転移した。

 行き先は、多分空達のいる巫女さんの場所。今日も今日とてゲームしてんだろうな。知らんけど。

 いづなとテノの分も含めて朝食を持ち、二人のいる茶の間を目指す。

 ところで、空達は巫女さんちでステフはエルキアにいると思うんだが。その距離、転移できるとしてもついでじゃ無くね?

 じゃあそのマックスコーヒー誰の分だよ。巫女さんか?巫女さんか。巫女さんだな。

 ……あの二人、差し入れをするほど仲良かったっけ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやー、おいしかったね。何というか、家庭の味を感じたよ」

「はち、さかなうまかったぞ、です」

「おーう、そうか」

 そいつは良かった。

 本当に上手かったんだろうな。俺の分まで食っちゃうほどに。

 三匹あったはずの焼き魚はいつの間にか骨だけになり、三人分あったはずの飯を平らげた二人はご満悦だ。お粗末。

 おかげで朝食抜きである。仕方なく、俺はマックスコーヒーを舐めた。

「で、なんでお前も並んでるの?」

「それはむしろ私が聞きたいことです」

 目を閉じ、空にしたカップを置くジブリール。食事に参加する必要のない彼女が、俺らに交じって食卓を囲んでいる。

 こうなったのは、テノ(を名乗った性悪神様)の所為だ。

 ジブリールはわざわざ律義に空達の飲んだカップを返しに来た。で、顔を出したらテノがそれはそれは悪だくみをしているであろう笑顔を浮かべ、彼女をこの食事会(?)に誘った。

「いや、普通だったら断るだろお前。なんで並んでんの」

「気になることがあるだけです。それで、何をどうすればこのような渾沌極まれる状況になるので?」

「その混沌の片棒担いでんのお前なんだけど」

 つーかそれこそ俺が聞きたい。何をどうしたら獣人種(ワービースト)天翼種(フリューゲル)唯一神(テト)転生者(ぼっち)が円卓囲むことになる。

 俺はただ朝飯を買いに行っただけなのに。

「はっは、仲がいいね君達」

「よくねぇよ」

「ボクはテノ(・・)、見ての通り獣人種(ワービースト)だよ。よろしくね」

「……左様で」

「君の名前は、ジブリールでいいのかな?」

「ええ、問題ありません」

 珍しいこともあるな。あの傍若無人にして殺戮天使にして暴力女神のジブリールが、完全に初対面の獣人種(ワービースト)とまともに会話するとは。

 まさか、な。

 ただでさえ種族変えるレベルで変装した上に完全初対面のテトが相手だ。目の前にいるタイガーが実はゴッドですとか分かるわけない。

 俺だってこいつの性格知らなかったら他人の空似で納得してたしな。

「それじゃあ顔合わせも済んだし、ゲームしよっか」

「しねぇよ」

 テノの提案にノータイムで返した。正直そう来ると思ってたよ。

 これ以上こいつの悪ふざけに付き合うのはごめんだ。早々に退散させてもらう

「なんのゲームやる、です?」

「いづなたん?なんで乗り気なの」

「ジブリールも、してくれるよね」

「私に参加する理由はありませんが」

「そんなこと言わないでよ。そうだ、こんなのはどうかな。『敗者は勝者の質問に偽りなく答える』って言うのは」

 軽々しく情報開示を要求するテノの顔は、罠を張るゲーマーそのものだった。

 だが、おかしい。

 この条件のどこにジブリールを参加させる要素がある?

 ゲームはそもそも、提示したかけ金が互いに平等だと判断しない限り始まらない。

 有利過ぎれば罠を疑い、不利なら受けるはずもない。

 抽象的な条件とは言え、情報一つでジブリールを釣るってのは流石に無理があるだろ。

 いや、そうじゃないのか。

 この条件は、俺を釣る為のもの。

 さっきの話の、昔話の、語りの続きを聞くチャンスを提示するための間接的な罠。

 俺ではなくジブリールに言うことで、その真意から意識を遠ざけさせるのが狙いか。

「その条件、私にメリットが有るとお思いで?」

「さあね。でも、デメリットならあるんじゃないかな」

「つまり、そこの二人が負けると」

「そうなったら、ボクはうっかり彼らに何かしらの情報を貰っちゃうかもね」

「はて、そこまで重要な質問をされると聞いて、ゲームを受けるでしょうか」

「質問によると思うよ。例えば──誰が誰と知り合いか、とかね」

「…………」

 話が見えん。それに俺はやるとはいっていないのだが。

 まぁ、テノの中で俺の参加は決定事項なんだろう。

 しかしジブリールは、参加しない。

「なるほど。全く、虫唾が走る話ですが、仕方ありませんね」

「というと?」

「私も参加します。ただし、ゲームは私とこの男がチームであることが条件です」

 ほらな。いくら空達に対して過保護なジブリールでも、メリット無しのゲームを受けるわけない。

「……は?」

「なにか?」

「なにか?じゃねぇよ。え、なにどゆこと?お前ゲームすんの?で何で俺とお前ペア?」

 エスニックだ。じゃない、ピクニックだ。じゃなくて、パニックだ。

 ジブリールがゲームに参加するのが分からんし、俺とチーム組もうとするのも理解できん。

 何よりなんで、テノはともかくお前まで俺の参加を決定してんだよ。

 もうわけがわかんないよ!

「……現状、あなたにゲームで負けられてはマスターに迷惑です」

「それは分からなくもないが、ならそもそも受けなきゃいいだろ」

「私にはこのゲームに勝ってもメリットはありません」

「余計に受ける必要ないじゃん」

「ですが、あなたにはありますね?」

 何かしらの確信を持って、彼女は言った。

 その言葉を否定することはできない。下手に否定してもきっと、そんなつまらない嘘は見透かされてしまう。

 こちらに向ける琥珀色の瞳に、俺はそんなことを感じた。

「じゃあ何か。お前手伝ってくれんの?優しすぎて怖いんだけど」

「対価は貰うつもりです。無論、あなたの良心次第ですが」

「良心的な交換条件でありがたい」

 こいつ相手なら、心臓を差し出せとか契約して魔法少女になってよと言われても俺は驚かない自信がある。

 だから、今は逆に驚きすぎでエルキア国王になるまである。これがホントの驚キングなんつって。やかましわ。

「問題ありませんね?」

「もちろん。ゲームを仕掛けたのはボクだからね。決定権は君たちにあるよ」

 テノは笑顔で応える。

 多分、ここまであいつの手の平の上だ。

 ならここからも、あいつのターンは続く。

「それで、何のゲームするんです?」

「そーだね。チーム戦で、特に用意もなくとなると──うん、これがいい」

 思い付いた、って動作がわざとらしい。最初から考えた上でのトラップだろうに。

 いづなに対して、俺達に対して、テノは言う。

「『ケイドロ』なんてどうかな?」

 ケイドロ。警察と泥棒。ケイサツとドロボー。略して、ケイドロ。

 ジブリール相手に身体能力が要るゲームを選ぶ辺り、何か狙いがあるのだろう。

 もしくは何かしらの皮肉。

 それは俺が警察沙汰になるような行いをしたと言いたいのか。ロリコンじゃねぇぞ。

 もしくは俺が泥棒だってか。いいえ、俺はとんでもない物を盗んで行きました。あなたの心です。誰だよあなた。

 まぁ何にせよ、即興で全員が納得できるゲームは提案できそうにない。

 ここはテノのゲームを採用しつつ、ルール決めで有利を取るのがベストだろう。

 無言で見渡すと、ジブリールもいづなも同意見らしい。

「とりあえずゲーム自体に問題はないな」

「君達がオッケーなら、さっそくルールを決めていこうか」

「そうだな。いづな」

「八、なんです?」

「いづなはテノと同じチームでいいか?」

「もんだいねー、です。二人とも倒してやる、です」

 気を遣っている感じでもないな。本気でゲームをして勝ちたいってことか。

 滅茶苦茶な流れで俺とジブリール対テノといづなの構図ができた。

 いづなには悪いが、今回ばかりは負けられん。

 元々受ける気はなかったが、こうなってしまっては勝つ必要がある。

 あの話の結末を知らないといけない。

 それは使命とか願望ではなく、責任だ。

 確信はない。

 けれどあの話には、あの昔話には俺の過去が関係している。

 テト(・・)がわざわざ俺に聞かせたのだ。

 あの何でもは知らなくても知ってることくらいは知ってそうな神様がした話。

 その中には恐らく、俺の思い出せぬ過去について、俺の名も無い感情について、俺の欲している何かついての内容が含まれている。

 だから、これは責任だ。

 俺が犯した罪に対する責任。

 俺へ問う感情に対する責任。

 俺の探しものに対する責任。

 そして、俺が放り出してきた全てに対する責任だ。

 

 

 

 

 




ご愛読、長い間お待ち頂きありがとうございます。
違うんです。まえがきで全バラシしたけど違うんです。

ルール説明とか勝ち方とか、書き始めると自らの文才のなさを自覚する感じとか色々あって筆に詰まってました。
感想にも返信してなくて申し訳ないです。
ようやく覚悟決めて書き始めたので楽しんで貰えたら嬉しいです。

感想、高評価あると励みになります。
これからもよろしくお願いします。


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なればこそ彼らは手を取り合う

感想と評価だけがモチベーションさ〜♪
皆さんありがとうございます!
お陰様で少しずつですが続き書きます!

今回はルール説明回です。
展開バレないか心配……


 ケイドロ。

 小学生の時よくやったあれだ。

 俺の場合、よくもやってくれたってかんじだが。

 警察と泥棒を模しているだけあって、このゲームはなかなかに理不尽だ。

 前提として、警察側が圧倒的に人気がない。

 これは鬼ごっこの鬼を連想して、友達を追いかけると逃げられるという精神的苦痛に由来すると思われる。(俺は友達いないから知らないけど)

 その上で警察側になってサボるとキレられる。そりゃ追うやつ居ないとそっちは暇だろうな。

 だが冷静になって欲しい。

 警察側は鬼ごっこの鬼と違ってペナルティがない。誰かを捕まえなければならない理由もないのに追う必要があるだろうか。

 まして警察側は最初からかなり不利なのだ。

 全員捕獲を目指すなら門番は一人以上必ず要る。これだけでも人数制限がかかる。

 基本性能がものをいうシステム。鬼ごっこのような騙し討ちができないため、相当な異常事態でもない限り足の速さ次第で結果がほぼ決まる。

 そして、これだけの悪条件の中、泥棒をいくら捕まえてもボーナスすら出ないブラック公務員制度。いったい、誰がなりたがるのか。

 結論。

 やはり働くのは間違っている。働いたら負けだ。

 昨今は魔王さまから細胞に至るまで働く大ブラック時代だが、俺は絶対に働きたくないでごさる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『敗者は勝者の質問に偽りなく答える』と、これがテノの出した賞品だ。

 この提案でテノは、海老レベルの俺をエサに鯛どころかメガロドンクラスのジブリールを釣り上げた。

 勝つことが最低条件の俺。

 そんな俺を負けさせないことが目標のジブリール。

 を相手にゲームを純粋に楽しみたいいづな。

 とチームになった裏の読めないテノ。

 キャラ説明だけでお腹いっぱいなんだが、本題はこれからだ。

「で、ルールはどうする?」

 そう、ケイドロにも色々ある……と思う。知らんけど。

 ここはゲームの世界。ルール次第で有利不利は大きく動くことになる。

「ふつーでいいだろ、です」

「警察側と泥棒側に分かれ、タッチで逮捕。逮捕者は所定の牢にて待機。制限時間まで逃げ切れば泥棒側の勝利、逮捕すれば警察側の勝利といったところでしょうか」

 オーソドックスなケイドロならそれでいい。

 だが、ケイドロはそもそもが理不尽なゲームであり、公平性の欠けらも無いものだ。

 スタンダードルールで唯一神と獣人種(ワービースト)を相手取るのは、足でまとい確定の俺とジブリールじゃ分が悪い。

「う〜ん、それなんだけどさ」

「なんかおかしーか、です?」

「前々から納得いかないんだよね、このケイドロってゲーム」

「はて、私の説明に不備が、もしくは文句があったでしょうか?」

「君の説明じゃなくて、ゲームの設定にかな。僕が物申したいのは」

 テノはそういうと、片していない箸を一本ずつ持ち上げた。

「警察が泥棒を追うのは分かる。それが仕事だからね。でも、じゃあ彼らは泥棒なのかな?」

「泥棒でしょう。あくまでゲームではそう設定されています」

「そうだね。じゃあ、彼らは何を盗んだのか」

「……?なにも、盗んでねー、です?」

「そう!彼らは盗んでいない。盗んでいないのに彼らを泥棒と呼ぶのは、なんとも座りが悪いじゃないか」

「ただの設定だというのに、随分な言い分ですね。ではケイハンザイシャとでも呼び替えますか」

「それだと普通に軽犯罪者になっちゃうけど」

「それはもう別物だね。だから、泥棒は何かを盗むことをルールにしよう」

 何かってなんだよ。

 俺の内心のツッコミを読んだように、テノはポケットから謎の指輪を出す。

「お宝はこの指輪にしようか。泥棒はこの指輪を盗まなければならない」

「それでは泥棒側が不利になるのでは?」

「確かにね。泥棒側だけミッションがあるのは、公平性に欠ける。だからこうしよう。泥棒が指輪を盗むまで、警察は泥棒を捕まえることはできない」

「泥棒は泥棒するまで泥棒じゃないってことか」

「そういうこと。これなら泥棒は正当に追われる理由ができる」

 テノは本気でゲームの設定に文句があるわけではないだろう。多分、見た目通りの子供じゃなければ。

 あくまでルール変更を受け入れやすくする為の文言。なら、俺はそれに乗る。

「いいんじゃね?普通のケイドロなら俺が何もできずに終わるの目に見えてるし」

「現状主義もそこまでくれば卑屈さすら感じませんね」

「それ褒めてんの?センス無さすぎでしょ」

「皮肉です。まさかそれすらも読み取れなかったとは」

「分かって言ってんだよ」

 皮肉言った後にも皮肉を飛ばすジブさんセンスありすぎでしょ。罵詈雑言の。

「まー、と言っても、このルールだと泥棒に有利すぎるんだよね」

 テノは持っていた箸を置きながら言う。

 気付いてたか。残念。

「泥棒は宝を盗むまで逮捕できない。となれば、制限時間ギリギリでそれを取れば警察側は詰みだ」

「正解。これじゃゲームにならない」

「では、泥棒側に時間制限をつけましょうか」

「妥当だね。どれくらいにしようか」

 ジブリールの提案もテノの誘導もごく自然なものだ。

 俺は一度テノのルールに賛同している。それはつまり、そのルールに幾分かの勝機を見出したということになる。

 ジブリールがルール撤廃を阻止したのはそのため。

 ならばテノはどうするか。

 こちら側に決定権がある以上、テノはできるかぎり自分に都合のいい議題を持ち出すべきだ。

 だからこいつは、俺を見ながら時間設定に話題を変えた。

「全体で2時間。泥棒は残り一時間を切る前に宝を盗む、でどうだ?」

「ボクはそれでいいよ。警察側も泥棒側も有利な時間は同じだし」

「異論はありません」

「いづなも、もんだいねー、です」

「んじゃ、あとは会場だな」

「エルキアの城でしたら、それなりの広さがありますね」

「それ、迷惑にならないかな?」

「迷惑をかけない範囲で借りればいいんじゃないか?」

「めーわくにならねー、です?」

 そうだ、そこを決めないと話にならん。

 このゲームは俺達、というより俺個人が完璧に不利だ。

 こいつらとまともにケイドロをするには、それなりのレギュレーションを設ける必要がある。

「まず、城に被害が出うる行動は禁止だ」

「音速を超える移動、壁を破壊しての逃亡といった具合でしょうか」

「その認識であってる。次に、いづな。『血壊』は無しな」

「だめなのか、です?」

「あれやったらそれこそ城内で被害が出そうだし、使われたら俺に成す術がない」

人類種(イマニティ)じゃ、追っても逃げても勝ち目ないもんね」

「んで、ジブリールも転移で移動するの禁止な」

「妥当ですね。このメンバー内に空間転移(シフト)に干渉できる者はいませんし」

「それと、人に危害を加えそうな魔法とかも無しにして貰えるかな?行動不能にするのはゲーム的にアウトだし」

「構いません。もとよりそのつもりですし、厄介な『盟約』があります」

「そんなところか。んじゃ、移動するか」

 ジブリールが頷き、転移の準備に入る。

 その僅かな時間でテノが聞いた。

「そういえば決めてなかったけど、どっちが泥棒だい?」

「俺達だ。警察は不利だからな」

「やっぱりね。そう来ると思ってたよ」

「ここまで計画通りってか」

「ここから先はそうならないことを期待してる」

「碌でもない期待だ」

「それでも君なら、いや、君達ならできると信じてるよ」

「そりゃどうも」

 移動した先はエルキア城、城内。

 ステフに話をつけて、二階と三階のフロアを借りた。

 説得するのはそれほど難しくなった。

 いつも空の無茶ぶりに全力で応えているステフは、二時間ほど鬼ごっこの為だけにフロアを貸し切るくらい訳ないようだ。

 適当な空き部屋に台と指輪を設置し、牢となる部屋も設定した。

 そして──

 

「『盟約に誓って』」

 

 ゲームは始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 泥棒チームがフロアに散ってから約3分後、ゲーム開始の時間となった。

 ひとまず猶予を貰った俺達は作戦を決める。

「それでは聞かせて貰いましょうか。あなたの、勝率100%の策を」

「そんな大層なものないし。というかついさっき決まったゲームでそうポンポン必勝法が見つかるかよ」

 騙し合いのゲームに出てるイケメン詐欺師でも、必勝法を見つけるのに30分は使うっての。むしろ早すぎるんだが。

 ちなみにこのゲーム、泥棒と警察の勝利条件は初期案と少し変わっている。

 泥棒は逃げ切れば勝ち。

 対して警察の勝利条件は、泥棒を一人でも捕まえた状態でゲーム終了となること。

 それはつまり、一人でも捕まっていたら泥棒は負ける。

 これはテノが出した当たり前のルールで、宝を盗みに来ない一人は圧倒的に捕まるリスクが下がるからだ。

 一人見捨てても問題ないなら、ジブリールが無限に逃げ続ければいい。そりゃルール変更もやむなしだろう。

 さて、そんな訳で俺は逃げ切った上で指輪も手に入れなければならない。

 普通に考えたら、ジブリールの背中に乗って孫悟空よろしく逃げ回りたい。

 まぁ、流石に俺がどれだけ清い心を持っててもその作戦は無理だろう。

 普通の大勢でやるケイドロならともかく、今回は2対2。固まれば簡単に挟み撃ちで詰みになる。

 だから単独で逃げるのが基本戦法になるわけだが、どうするか。

 いづなにしてもテノにしても、デフォルトの俺では逃げ切れん。

 どこまでできるかは分からんが、ここはミスドラえもんことジブえもんに頑張って貰おう。

「そういや前、着てる服に精霊回廊を混ぜるみたいなことしてたよな。あれまたできたりしないか」

「ゼロから作るとなれば半日は欲しいところです。もともとそういった作業は専門外なので」

「んじゃあ、廊下とかを強化して絶対に壊れなくするとかは」

「今の私ではできかねます。複雑な術式の構築はそもそも天翼種(フリューゲル)が不得意とするもの」

「そこらへんは森精種(エルフ)とか吸血種(ダンピール)の分野ってことか」

 ジブリールの魔法で身体能力強化とかは無理か。結構期待してたとこもあったんだがな。

 そこらへんがジブえもんとドラえもんの決定的な違いってことだろう。青タヌキに負けたとか、本人に言ったらキレるから言わないけど。

「そういえば、前に空中から色々取り出してたけど、あれは空間転移(シフト)とはまた別だったりしないか」

「いえ、原理的には同じものです。ある地点二つを別次元間で結ぶことで瞬間的に移動させる術式なので」

「もっと分かりやすく言うと?」

「入口と出口をつくってその間を移動するもの、と言えばその小さな頭でも理解できますか?」

「人並みの頭でも理解できたよありがとう」

 そろそろこいつの罵倒が気にならなくなって来たな。これはガウタマ・ハチマーンルタと呼ばれる日も近いな。来ねぇ。

 現状、俺の装備はジブリールが作った連絡術式入りのパーカーと八幡100%。安心してください、着てますよ。

 いづなは『血壊』無しでもシンプルに足が速い。テノに至ってはもうなんでもアリの存在だ。

 ジブリールはそれなりの能力制限付きで、俺はそもそもスペック負け。この手札でどうやって戦えばいいんだ。

 神のカードでも地面から引きたいところだが、相手もモンスターではなく神なんだよなぁ。

 まぁ、しかし、最強の天敵は最弱らしいからな。

 テト(・・)は俺が相手するべきだろう。

 そのために、まずは一時間しっかり準備だな。




ご愛読ありがとうございます!
投稿の度に感想貰えてとても嬉しいです。

次回からはいよいよゲームスタート。
最強と最強VS最弱と最強。
いづなたんも単独のジブリール倒してますし最強クラスでいいですよね。

感想、高評価貰えるとモチベになります。


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そして彼ら彼女らの戦いは始まる

久しぶり過ぎて忘れられてそう。
そろそろ私の青春にも決着をつけねばならないかもしれない。
学生時代にノリと勢いとパスタでこの作品を書き始めた私。
今では社会の一歯車になってしまった。
働きたくなってなかったのに……。


 ― テト side ―

 

 さて、どうしたものかな。

「どーしたんだ、です?はやく二人探さねーのか、です」

「いや、まずはフロアの確認だね」

「なんでそんなことするん、です?」

「ここはボク達にとってアウェーだからね。あちら側がどんな風に逃げるかを想定しないと勝てない」

「ん、がってん、です」

 エリアは全3階。

 八の字に繋がった通路の四隅に螺旋階段。

 二階の中央に対面する二部屋には、それぞれ宝の置き部屋と牢屋がある。

 このゲームは二人が逃げ切らなければならない。

 なら、宝を取りに来た一人は、実質的に2対1にならざるを得ない。

 一番の難所はそこかな。

 どんな裏技、荒業で逃げる気なのか、わくわくする。

 残り一時間になるギリギリまで、ボク達はこの建物の構造把握に努めた。

 そして、時間だ。

 ……そう、時間なのだ。

 けれど誰も来ない。

 宝の置き部屋の前に来る者はいない。

 ……まさか。

 扉を開け、ボクは目にする。

 とっくに宝を手にしていた彼を──。

 

 

 

 

 

 ―テト side out ―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おっす、おら八幡」

「まさか、ここまで堂々と、正面から来るとはね」

「まぁな」

 驚きを隠さないいづなとは対称的に、テノ(・・)は笑う。

「いづな。ここはボク一人で大丈夫そうだ。ジブリールを追ってくれるかな?」

「ん、がってん、です」

 すぐに廊下を走り出すいづな。

 まさか、いきなりこうなるとは思ってなかった。

 いや、あるいは当然の流れか。

 こいつが俺の思った通りのゲーマーなら。

「んじゃ、早いとこ捕まえてくれ」

「潔いが過ぎて、気味が悪いな」

「笑顔で言うなっての。これで俺は囚人になったな」

 宝があった台の前から移動し、そのまま向かいの部屋に入る。

 設定上の牢獄。

 ここからは許可無しに出ることはできない。

「じゃあ、そこに座ってくれるかな?」

 テノが指定した場所には机も椅子もない。

 部屋のど真ん中で胡座になる。

「そこに、ねぇ。なんか意図でもあるのか?」

「さぁね。それより、事情聴取の時間だ」

「ジブリールを追わなくていいのか?お巡りさん」

「それが狙いなら、期待外れもいいところだね」

 やはり、読まれている。

 流石というか案の定というか、こいつはやっぱり強い。

 このゲーム。

 2対2である以上、本来は1人が捕まった段階で圧倒的にドロボーは不利だ。

 救出が勝利条件な上に、そもそも2対1で限られたこのフィールド内で逃げなければならない。

 その固定観念を捨てる必要があった。

「ケイドロというか、鬼ごっこ系全般を指すんだが、足の速さが全てだと思うか?」

「い〜や、全く。優位を決める一要素ではあるけど、全てじゃない。むしろ──」

「思考と読み合いこそ本質、か?」

「──やっぱり、君はおもしろい!」

 友達と鬼ごっこしようと言われたら、まぁいないから間違いなく言われないんだけど。

 人と人との勝負なら、足の速さは優劣のかなり大きなウェイトを占める。

 だが、例えば猛獣とならばどうだろうか。

 ほぼ間違いなく、人は頭を使って逃げる術を編み出すだろう。

 では、更なる難問だ。

 相手が人並みかそれ以上の知能を持った猛獣(バケモノ)ならどうか。

 もはや足の速さなど考える時間すら無駄だ。

 いかに効率よく、いかに緻密に、知略策謀を巡らせられるかが鍵になる。

 このケイドロもその例外ではない。

 知らない奴のために言っておこう。

 ケイドロはアクションゲーム(スポーツ)ではない、戦略ゲーム(ストラテジー)だ。

「つまり君なら、ボクがジブリールを追わない理由が分かるかな?」

「俺をフリーにするデメリットがあるからだろ」

「正解さ。でもね、君が一人になった段階でボク達は勝ちなんだよ」

「だが、そうは問屋が卸さない」

「そうだね。何せ、転移による移動(・・・・・・・)は禁止だから」

「逆に言えば、移動以外はOKってことだ」

 癖になってんだ。言葉の裏かいて話すの。

 ただの痛いやつになってしまった。

 本家の十分痛いやつだからノーカン。

 ジブリールの使う空間転移にはいくつか条件がある。

 それは一度行ったことがあるか、視界に入っている場所にしか繋げられないこと。

 まぁ有って無いような条件ではあるが。

 今回で言えば、前者の条件こそ重要になる。

「座標による転移での空間接続が可能なら、彼女はある地点ならどこにでも手を伸ばせるということになる」

「つまり、いくら捕まえても打ち合わせした場所に俺がいれば簡単に脱獄可能ってわけだ」

「ならば二人で見張ればいい──と思ってもうまくいかないんだよね」

「そりゃ、この部屋に入るまでに逃げられちゃどうしようもないからな」

「とすれば、ボクたちも切り札を使う必要があるね」

お前(・・)の『血壊』だろ?」

「気付いてたんだね。いや、敢えてそうしたのかな?」

「お前なら言葉の裏をかくと思っただけだ」

「誰もボク(・・)が『血壊』を使うことを禁じてはいない」

「『血壊』自体を禁止したって解釈もできるが、ルールで厳密に決めてない以上反則じゃないな」

 いくら周りに被害の出ない範囲でとはいえ、物理学なにそれ?おいしいの?状態の相手から逃げるのはあまりにもキツい。

 それをされれば、空間接続してのリスポーンを無限にやっての耐久戦しかこちらに手はない。

 となれば今度は俺を捕まえる必要がある。

 だが、それも空間接続が防げなければ意味はない。

「その切り札があっても、お前はジブリールを追わない」

「当然、君を監視する担当だからね」

「けど、そこまでが俺の狙いだって考えなかったか?」

「もちろん。その上で、手は打ってあるよ」

 そう言うと、テノは手描きの地図を広げる。

 ここからは盤上の闘争。

 いや、逃走だな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―ジブリール side―

 

 

 

「いつぞやのリベンジといきましょうか」

「次も負けねー、です」

「あの時とは状況が違うことをお忘れなく」

 速さではこちらに分がある。

 とはいえ、油断ならないとあの性格の悪い男はいいましたね。

 こちらに地の利がある以上、近付くことすらさせませんが。

 空を切り、螺旋階段を直線的にかけ登る。

 当然、あちらも手すりすら足場にして追う。

 ですが、届かない。

 単純な鬼ごっこでしたら、負けはないですね。

「よもや、それが限界でしょうか」

「うるせー、です!これからだぞ、です!」

 彼女は蛇行するように左右に動く。

 その風圧で、カーテンがめくれ上がった。

 隠れるため?

 否、カーテンの向こう側にはいない。

 ではどこへ?

「上、でしょう」

「なんで分かりやがる、です」

「視覚も聴覚も不要。それは既に、聞いていますから」

 撹乱による死角への移動。

 なるほど、思考を鈍らせるには十分な奇策。

 これもあの獣人種(ワービースト)が考えたものだと。

 よくもまぁここまで的確に読めるものです。

 あの男は。

 通路の構造上、先回りが考えられるこのフィールドでは相手を見失わないことも戦術的に必要。

 その思考を逆手に取ると、なぜ分かるのか。

 恐らくそれも、彼がそう考えるからでしょう。

「逃がさねー、です!」

「この短時間で地図を暗記されている様子。しかし、それだけで捕まる私ではありません」

「それだけじゃねー、です」

 そう言い残して、消える。

 階段を降りた?

 角を曲がった段階で彼女を見失った。

 私から遠ざかるメリットはないはず。

 ということは、何かしら仕掛けがあってのこと。

 1階は比較的広めのラウンジになっており、遮蔽物がない分逃げるには向かない。

 2階は牢屋があるため2対1の構図を作りかねない。

 そして3階。

 中央の道を挟むように配置された二つの大広間があるだけでもっともスタンダード。

 いえ、その大広間こそ仕掛けでしょう。

「誰も、通路だけが逃げ道とは言っていませんね」

「読んでやがんのか、です!?」

 扉から現れた彼女の手を躱す。

 大広間は各通路に出入口が設置してあるため、全てを開ければ8の字の円の中に十字を描いた構図になる。

 通路だけを逃げる相手には先回りになりますが、それすら──。

「想定の範囲内、ということでしょう」

「なんで分かりやがるだ、です」

「さぁ、私にも理解しかねます」

 ここまで奇策を思いつくあの思考は本当に理解に苦しむ。

 しかし、一つだけ分かります。

 あの一時間の間に言われた全ての情報が、既に始まっていた二人の頭脳戦だった。

 それだけのことなのでしょう。

 

 

 ―ジブリール side out―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「となると、いづながジブリールを捕まえるのは難しいかな」

「まぁ、それ踏まえてってことだろうがな」

 ジブリールといづなは、今頃上のフロアで鎬を削ってる頃だろう。

 互いが互いに貰った知恵と作戦と対策を武器にしながら。

 だが、その硬直こそテノの狙いでもある。

「さてと。そろそろ時間だけど、悪あがきは無しかい?」

「足掻くも何も、ここまでの話し合いで決着はついてる」

「へぇ。それじゃあ、答え合わせといこうか」

 壁にある時計の針が、間もなくゲーム終了の時刻を知らせる。

 話して一時間。

 経ってみると早いもんだ。

「そうだな。正解は──」

 

「「俺(ボク)の勝ちだよ」」

 

 秒針は無常に頂点を過ぎる。

 重なった矛盾の声は、やがて訪れた事実へと返還された。

「まさか、上書きしたとでも言うのかい?この部屋で」

「そりゃ驚くだろうな。わざわざ座標による転移を封じたってのに」

 テノがこの部屋に来て、俺の座る位置を指定した。

 それは座標による空間接続でタッチを上書きさせないためだ。

「ヒントを言うと、この部屋じゃない」

「ということは、宝のあった部屋か。でも、どうやってタイミングを合わせるのさ?死角でやったとしても、ボクがいつ君をタッチしたか彼女には分からない」

「こればっかりは、情報の不平等が出たな」

「おかしいなぁ。手札は全部見えたつもりだったけど」

「お前、ゲームにしか興味ないだろ」

 俺たちの戦いをどこからともなく覗き見していたのなら、俺たちのカードは全て見てきたのだろう。

 だが、ゲーム外の日常。

 それもよく分からん趣味で作った服のことまで見てはいない。

「このパーカー、通信機能付きなんだよ」

「……はは、なるほど。囚人になったって、言ってたねそういえば」

 宝のあった部屋なら、好きな場所にいられる。

 座標も完璧に合わせられるし、俺がヘマをしなければ転移がバレることもない。

 とはいえ、賭けではあった。

 そもそもいづなではなくテノがジブリールを追っていたら話は変わっていた。

 ジブリールが『血壊』つきのテノから逃げられる保証はないし。

 テノといづなの二人から逃げながら空間接続でのリスポーンを続けるとか、できたかも怪しい。

 俺がさっき話していた内容の半分は机上の空論だろう。

 はっきり言ってデマカセと誤魔化しのハッピーセットだ。

 どこまで正論か分かったもんじゃない。

 そう思うと、勝負に徹していればテノといづなが負けることはなかった。

 そうしなかったのは、やはりゲームだからだろうな。

 最大効率で倒すのはもちろん勝利の鉄則だ。

 だが、他の全可能性を見てみたくなるのがストラテジーゲームの魔力でもある。

 結局、挑発に乗ったテノの一人負けだな。

 つかやべーよ。

 俺神様倒しちゃったよ。

 これから神殺しって名乗れそう。

 それジブリールじゃん。

「いや〜まさかそう来るとはね。やっぱりボクが見込んだだけはあるよ。あの二人を超える日も近いんじゃないかな?」

「お褒めに預かり光栄至極ってか」

「これで心置きなくリベンジできるね」

「お前、まさかわざとかよ」

「いや?本気だよ。本気で負けた。だから是非ともリベンジさせてもらうよ。君と彼女のコンビにはね」

「セットにすんな。殺されるぞ。俺が」




読んで頂けたら嬉しいです。
長編にしてしまったからにはちゃんと終わらせたいな。
忙しい身ですが、ぼちぼち書いていこうと思います。

感想、誤字報告、お待ちしております。
特に感想貰えると嬉しかったりします。


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