失恋したから剣にて空を目指した男のラブコメ学園生活 (神の筍)
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一章
一刀目!


「――俺と結婚してください!」

 

 その少年は、一世一代の 告白 (・・)をしていた。

 

「ごめんなさい」

 

 その少年に間違いがあるとするならば、それは急ぎすぎたこと。

 結婚とは長年連れ添った男女が自分のことを理解し、分かち合い、やがてたどり着く人類史上最高の契りの儀式。

 つまり、彼は 早すぎた(・・・・)のだ。

 

 少年が――小学生の頃の話である。

 

 

 

 

一、

 

 

 

 

 初めに それ(・・)以外の全てを斬り捨てた。

 

 二つ目に友を斬り捨てた。

 

 三つ目に家族を斬り捨てた。

 

 四つ目に自分を斬り捨てた。

 

 五つ目に――愛を斬り捨てた。

 

 斬り捨てる度に五。

 少年は青年へと変わる頃、なにも持っていなかった。

 初めの全ては不必要なものだった。二つ目は「お前はおかしな奴だ」と云われた。三つ目は「それも男だ」と受け入れてくれた。四つ目はいつの間にかいなくなっていた。最後は最初から持っていなかった。

 

 道はなく、自分で斬り開いてきた。

 

 それが あそこ(・・・)へと行ける近道だとして。

 

 一人目に師匠を斬った――自分の力を感じ嬉しかった。

 

 二人目に悪党を斬った――良いことを成したと自慢気になった。

 

 三人目に強敵を斬った――俺には敵わないとわかり鼻が高くなった。

 

 四人目に誰かを斬った――俺はなにをしているのかとわからなくなった。

 

 五人目に自分を斬った――目の前が暗くなり道に迷った。

 

 斬り捨てる度に五。

 青年となった少年は故郷へと帰ってきた。

 自分のために振るっていた剣を、誰かのために振るいたいと思ったからだ。

 

 ‟おかえり”

 

 三つ目に斬った家族は、あの日のように出迎えてくれた。

 

 

 

 

 

二、

 

 

 

 

 

「ほら、せっかくの入学式なんだから写真撮るわよ!」

 

「お、それはいいな。なら父さん真ん中行っちゃおっかな」

 

「なに云ってんの父さん、お兄が真ん中に決まってるでしょ」

 

「ほんと、馬鹿じゃないの」

 

「あ……うん、ごめん……冗談だよ?」

 

 母と父と妹が笑いあっている。仲睦まじい光景だ。いつものような、長閑なひと時だ。

 

「――ほら、早く来なさい 剣心(けんしん)

 

「――お前が主役だぞ、しょうがないから真ん中は譲ってやる」

 

「――お兄は私の隣、早く来てよ」

 

 平凡な両親と平凡な子供。

 それが俺―― 剣城(つるぎ)家の剣心だ。あの時より背筋は伸び、身長は一八〇を超えたと云ったところで、顔立ちは両親に似てなかなかいい……と思う。''国巡り''をしていたときも幾たびか声をかけられていたので自惚れではないはずだ。

 

「よし、タイマーセットしたぞ!」

 

「ほら剣心に寄って」

 

「はい、チーズ!」

 

 フラッシュが焚かれる。

 一瞬瞼を閉じそうになったがなんとか耐える。朝が弱く体はまだ寝惚けているが柔な鍛え方はしていない。

 

「あら、もう八時過ぎだわ。二人とも早く行きなさい。お父さんは遅刻ね」

 

「げっ、また課長に怒らえる!」

 

「私も行くね! お兄また放課後」

 

「じゃ、お母さんもあとで行くからまた」

 

「行ってきます」

 

「行ってらっしゃい」

 

 入学式が始まるのは九時と明記されていた。確か体育館に集まるのは八時四十五分なのでここから二十分程度の学園には十分間に合うだろう。

 

「あ―― 刃引き(・・・)はちゃんとしてるわね? 彼女もちゃんと作ってきなさいよ。第一印象が大事なんだから」

 

「ああ、大丈夫だよ。それと彼女は作る気ないから」

 

 刃引き。

 文字通り、刃を引いて斬れなくすることだ。

 この国では刃引きしている武器のみ国から厳正な審査と、資格を取った場合のみ''帯刀許可''が出ており、公式の場合でも''剣聖''という職業がある。

 俺が生まれる前に起きた第三次世界大戦の折、日本の弱体化を嫌った総理大臣が日本国民の実力を底上げするために''武人法''という法律を、憲法改正に至るまで作り上げた。それと同時にもう一つ''文人法''という義務教育をさらに高める法律を作り上げ、テレビニュースでは二つ合わせて''文武両道法''などと呼ばれている。

 要するに、今の日本では刀を持った人物が歩いていてもおかしくはないのだ。メディアでも議論されたが、アメリカの銃国家に比べればましだと国民の半数が受け入れたため可決された。

 しかし、その資格を手に入れるためには医療資格よりも合格率の低い試験を超えなければならないため、持っているだけでどれだけ強いかの証明になる。

最近は少なくなってきたが、改正された当初は資格を持っていると虚偽する者が出るため''帯刀許可書''を常に携帯している。

 

「今日もいい天気だ」

 

 四年間国巡りをしていた俺は色々な空を見てきたが、やはり故郷の空は感慨深い。どこが違うのかと聞かれると答えにくいのだが、体に感じる空気の質がなんとなく懐かしいのだ。

 

「おはよー、一緒の学校だね!」

 

「うん、今年もよろしくっ」

 

「お、昨日のテレビ見たか?」

 

「ドラマだろ? 松岡菜々子可愛いよな」

 

 どうやら中学のときから一緒だったグループがあるみたいで、道すがら同じ制服の子たちが騒いでいる。

 帯刀をしている俺はなかなか目立つが、視線には慣れたのでいちいち気にさない。巨乳の女子はこういう気持ちなのだろう。

 決して俺の刀が巨乳と同じだとは思ってないが。刀のほうが可愛い!

 

「おっと、煩悩退散煩悩退散」

 

 危うく欲界に堕ちるところであった。

 仏門に下る気は無いが、できるだけそういうのを考えるのは避けている。むろん俺とて男子高校生、体が反応してしまうがそういうことを表に出してしまうと周りに奇異な目に見られてしまうことは明白なので避けているだけだ。

 

「剣術部があるらしいから、ぜひ覗かせてもらおう」

 

 文武両道法ができてから悪いこともあったが、良いことのほうが多くなったと聞く。

 武人法で体を動かし、生活習慣病が改善されて平均寿命が延び、なおかつ六十を超えても背筋が曲がった人は少なくなったのだ。むしろ長年鍛え上げられた体は若者に勝り、力仕事は高齢者のほうが得意なのだ。

 文人法でも、その人の質にあった仕事を政府が案内することで社会全体が円滑に周り経済の活性化に繋がったなど。

 そして学生である俺たちにどんな恩恵があったのか? それは部活動の種類だ。

 運動部では剣術部を主体に槍術部、弓術部など''道''では学べないもの。

 文化部ではもっとマイナーなものまで学校側が援助してくれるようになった。それに伴い校舎も新設され、俺が通う高校はかなり大きいと噂だ。事実、受験日には校舎内で迷った。

 

「八時二十分、予定通り」

 

 砦のようだと誰かは云うだろう。

 コの字のような校舎に、真ん中にサッカー、野球が同時にできるようなグラウンドがある。

 それが俺の通う高校、

 

 ―― 私立星詠学園(私立つほしよみがくえん)高等学校

 

だ。

 名前が少しキザっぽいが、三年間中学を幽霊在学していた俺が入れる高校は当日の筆記試験合格のみを条件に入学できるここだけだったのだ。

 だが侮ることなかれ。なんとこの学園は大学、就業率一〇〇パーセントであり倍率ニ〇〇倍越えというとんでもないエリート学校なのだ。

 

「……桜が綺麗なところだ」

 

 四月となった今でも桜は今日の日差しを浴びて少し冷たい風に吹かれている。

 グラウンドにはそんな花びらが踊るように舞っている。

 その様子を見ながらグラウンド沿いの道脇を桜を眺めながら歩く。

 

「甘い香り……?」

 

 二日前に雨が降っていたため、桜木の土は濡れている。そのため雨水に曝された落ち葉や花びらが虫除けに匂いを出しているのだ。

 この匂いなら逆に寄ってくるんじゃないか、など思ったりもするが風に吹かれ腰にさした 二振り(・・・)の刀が音を立てたのを聞いた。

 

「時間潰しにどこかで抜くか」

 

 そうとなれば場所探しだ。

 今日は入学式初日なため在学生は殆どいない。目的地の体育館は校舎を抜けた先にあるため入学生はグラウンドを突っ切って中に入ったのを見ている。つまり、奥先には誰かいるだろうが側面の校舎裏などには誰もいない可能性が高い。

 

「場所、場所……あまり見られたくないものだからな」

 

 とりあえず抜くために足を早める。

 道脇に逸れていく姿は今も後ろでグラウンドを横切っている誰かが不思議そうに見ているだろうが、関係ない。抜けるときに抜いておかなければ授業があるので、この先抜き時間はどうしても少なくなるのだ。

 

 ――隙あらば抜け

 

 それが国巡りをしてきた俺の自訓だ。

 ここでいいか、と思い周りを見る。

 どうやら裏庭のようで、小さな池と台車に乗せられたジョウロ以外はなにもない。もちろん誰もいない。

 

「よし」

 

 腰に手をやり目を瞑る。

 視覚情報が途絶え、聴覚が鋭敏になるのが感じる。

 手に握るのはごつごつとした感触、一定の重さがあり全てが俺にマッチしている。

 

 風が吹く。

 

 桜が舞う。

 

 そして——抜く。

 

 音がした、まるで金属を裂いたような。

 抜刀の音ではなく、抜刀のさい音速を超えたため刀身が空気を 撫でた(・・・)音だ。

 

「……」

 

 型は無い。

 我武者羅に振るっているように見えるだろう。

 

 上から下、右下から左上、左横から右横へ

 

 まずは一刀、次に二本目を抜く。

 

 腰の回転を入れ、まるで舞踊のように。

 かつて師匠が云っていた——武道とは舞道。

 最近になってようやくわかった気がする。

 

「――ふ」

 

 たまたま舞っていた桜を斬り散らす。

 斬り散らす度五。

 刀身には僅かに含んだ水滴すら付着しない。

 こうやって剣を振るうっている間が一番楽だと思う。

 頭で考える段階はとうに超え、次の段階は身体が動く。

 無心になって剣を振る。

 

「――っ」

 

 一瞬、 あのとき(・・・・)のことが脳裏に浮かぶ。

 俺が剣にのめり込むきっかけになった過去。

 今思えば、自分が悪いと理解できるし馬鹿なことをしたと思う。逆にあの子には悪いことをしただろう。

 あの日から俺は学校に行かず、師匠のとこに入り浸り国巡りを始めたのだ。

 優しい女の子だった彼女は自分のせいだと嘆いているかもしれない。

 

 そんな想いを払うが如く刀を伸ばし、大きく回転する。

 

 この瞬間が、一番スッキリする。

 嫌なことも、面倒なこともすべて斬り払えたと感じるのだ。

 

「……ふぅ」

 

 身体に熱は感じるが汗は掻いていない。

 逃すように息を吐き、刀を鞘に収めた。

 

「まだまだだな……」

 

 目指すは頂のその向こう。

 誰も見ぬ果ての先。

 誰からも聞かず、云われずにいつの間にか目指していた (から)の場所。

 自分なら行けると信じ、鍛え続けている。たとえそれが、総てを斬り捨てこととなっても。

 

 二刀のままに、空を目指す。

 

 剣聖すら斬り捨てる覚悟はある。

 そろそろ時間だな、と思い道を戻る——ときだった。

 気配がする、誰かに見られていたか? 別に見られても問題ないが……。

 

 

 

「――すごいですよあなた!」

 

「――私と同じ二刀なんだ!」

 

 

 

「ふ、二人……?」

 

 左右の物陰から出てきたのは二人の女生徒。制服についている桜のブローチから入学生だとわかる。

 しかしその腰には——刀がさしてある。

 

「あれ、私以外にもいたんですか?」

 

「おっと、私以外にもいたんだ」

 

 左から出てきたのは桜と同じ色の髪を持つ少女だ。真っ白な肌は病弱そうだが、身体の芯は整い強者のそれを感じる。

 右から出てきたのはまるで紅葉のような髪を持つ少女だ。さした簪で髪をあげ首元が眩しい、腰にさした刀は二刀で俺と同じだ。

 

「すまん、誰……?」

 

 二人はきょとんとした顔を見せると、和かに名乗った。

 

「――天然理心流が門下、沖田総司です!」

 

「――二天一流が継承者、宮本武蔵ここに推参!」

 

「あ……特に何もない流、剣城剣心!」

 

 一重にこれが運命の出会いと呼ぶ奴なのだろうか。

 奇しくも出会った三人。

 

 一人は、愛を捨て (から)っぽになった男。

 

 一人は、病弱さと戦いながらも信念を曲げぬ少女。

 

 一人は、祖が遺した記憶を頼りにそれを越えようとする少女。

 

 それは、やがてかけがえのない仲になっていく三人の初めての――、

 

 

 

「トクニナンモナイン?流ってなんですか?」

 

「お爺様に聞いたことがあるわ。徳仁難門那陰流、それは恐ろしい剣術流派だって」

 

「ええっ、そんな流派が……」

 

 

 

 三人の初めての出会いだった。

 

 




・剣城剣心【主人公】

名前が厨二っぽいが文字打ってると逆に好きになってきた。
拙僧は猫に田中さんと名付けるような人間なので、割と気に入っている。
小学生の頃一世一代の告白をしたがあえなく撃沈。それから逃げるように剣にハマった。

・沖田総司

本人だが本人ではなく子孫みたいな設定。
天然理心流が門下生で、実力も高い。

・宮本武蔵

本人だが本人ではなく子孫みたいな設定。
二天一流という新免の子孫のみが継ぐ流派の継承者。実力も高い。

・文武両道法

背景設定というやつで、沖田さんや宮本ちゃんが刀さしても違和感ないような法律です。

・国巡り

これは世界規模ではなく、尾張国、武蔵国、播磨国などのこと。家族に許可をもらって師匠と二人珍道中。

・家族

基本放任主義。もちろん正すときは正すが、本人が強い意志を持っているときはそれを尊重する。

・特に何もないん流

作中で主人公が適当に考えた流派。特に何もない。

・徳仁難門那陰流

剣術界において魔王の系譜とも呼ばれる極僅かな者が使う作中では実際にある流派。
日本の山奥にてその実態があり、完璧に継承しているのは一人や二人。山をも斬ると都市伝説になっている。

・最後に……

夜の寒さが一時的にぶり返してきましたね。
花粉症もひどくなって、鼻にかさぶたできました。


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二刀目!

 

 新入生が集められた体育館は騒めきに包まれていた。元々知り合いだった者、たまたま座席が隣同士で気があった者など千差万別だ。その中でも特に目を引いている二人――沖田総司、宮本武蔵の両名だ。

 日本人離れしているとしか思えないほど流麗な筋、されど大和撫子な雰囲気を儚げに散らす。片方は桜のように、片方は紅葉のように。かつ目を引くのは腰、すなわち帯刀だ。全国的に見ても希少価値の高い帯刀許可者、その二人が同時に入学してくるのだ。

 

「――さて、少し騒めいていますが学生はそれで結構。目に余る行為は注意しますが、若いうちは無茶や無謀を通すのが成長につながります」

 

 学長と思わしき妙齢の女性が前へと現れた。着慣れたスーツから二つ三つと折られた紙を取り出すと辞を唱え出す。

 

「春の風が吹く中、あなたたち一年生は今日――」

 

 そんな中、俺は体育館一番後ろの右端に座っていた。後ろには保護者席があり、右側少し前を見たところには学園の幹部らが座っている。式典の独特の雰囲気に思はず欠伸が出そうになるが、なんとか自制をして飲み込む。帯刀している二本は邪魔にならないように足の間に立てており、前に座っている二人よりではないが少し目立っている。現に隣に座る女生徒は、奇妙なものを見るような目つきでこっちを見てきた。まぁ、外国では新しい『日本の天然記念物』的な扱いをされているとニュースで見たことがある。仕方ないことではある。

 

「これにて私の祝辞とします」

 

 会釈をして学長は暗幕へと下がる。

 

「新入生祝辞。代表、春狩目黒(はるかりめぐろ)さん」

 

「はい」

 

 最前列、左端に座っていた女生徒が返事をした。絹のような黒髪を腰丈まで伸ばし、白布で先を結んでいる。顔立ちは端正で、ほんの少し切れ長な目は蠱惑的なイメージを抱く。体つきは額縁からできた女性らしく、紺色を基調とした制服が山のように――

 

「やめろやめろ、煩悩滅し滅し」

 

 水を掛けられた犬のように頭を振った。

 周囲の生徒が見てきたが気にしない。

 

「――青い空が広がる中、私たちは高校一年生になりました。胸に希望を膨らませ」

 

 胸が希望だと!? けしからん! 膨らませるなんてとんでもない……

 

「笑いあえる仲間を作りましょう。互いに競い合える友達を見つけましょう。人生を豊かにする恋人に会えるかもしれません。私たちには大きな可能性があり――……――これを、私の祝辞とさせてもらいます」

 

 およそ高校に入ったばかりとは言えない佇まいに、会場は拍手が起こった。

 なるほど、あれが次世代を担うにふさわしい人物なんだろう。俺みたいな自己中心的な求道者ではなく、周囲を気遣える声が出せる人柄。

 

「これにて入学式は終わりです。新入生は解散次第、グラウンドに張り出されているクラス表を見て九時半までには各教室に入ってください。また、諸注意等保護者様に――」

 

 特別時間割になっているのだろう、入学式の終わりが告げられると同時にチャイムが鳴った。星詠学園のチャイムは、本校の真ん中の一番上にあり、デジタルのものではなく実際に動かしているものだ。

 一番後ろの席に座っていた俺は、入り口で渋滞に巻き込まれるのを嫌いすぐに出た。

燦々と光っていた太陽は、星鐘の音に驚き飛び立った白鳩によって遮られ、グラウンドに影を作り出していた。

 

「なぁ、あの新入生代表可愛かったな」

 

「だよな。胸も大きかったし」

 

 ふむふむ、俺と同じ歳の男子はああいう会話をするらしい。なにぶん、とある出来事から国巡りをしていた俺は渡世に疎い。半ば世捨て人のような生活をしていたため、同年代のミーハーというものがわからない。

 

「でもよ、前に座ってた女の子二人も可愛くなかったか?」

 

「ああ! あの桃色と茜色の髪の子たちだろ?」

 

「そうそう! しかも帯刀許可者!」

 

「絶対やばいよな。俺同じクラスになったら絶対話しかけるわ」

 

「なに言ってんだよ、俺は同じクラスじゃなくても頑張るわ!」

 

 沖田と宮本のことだろう。

 

「ちょ、お前。あいつも帯刀してないか……?」

 

「ば、そんな何人もいるわけ……あ」

 

 男子生徒の方を見ていたわけではなく、後ろから聞こえていた話に耳を傾けていただけだが面倒くさいことになりそうなので足早にクラス表が張り出されている場所まで歩いた。

 

「つ、つ、つ、剣城……」

 

 まだ多くは来ていないようで、俺と同じ、人と積極的に関われなさそうな風貌の男子生徒がちらほらいる。しかし努忘れるな、両親に無理を通してきた手前心配されるような学園生活を送る気は毛頭ない。

 

「お、あった」

 

 1年Bクラス。

 三十四人クラスの十七番目、ど真ん中だ。こうなると席は真ん中の列辺りになるだろう、寝るつもりはないが周りが人だらけというのも気が休まらなさそうだ。教室は本校にクラス教室があるようで、一年は本校三階、二年は本校の隣に垂直に隣接している別棟二階と三階、三年は本校二階となっている。配分がバラバラで分かりにくい気もするが、今年の二年がミレニアムチャイルドかなんだかで母数が多く特別処置的なことらしい。まぁ、自分の学年以外には興味がないので関係はない。覗く予定の剣術部に入部した場合、先輩やらなんやらで尋ねることもあるかもしれないが。

 さて、関係ないことを考えて居座るのも間が悪い。ささっと教室に向かって待ちぼうけをしよう。

 

「広……」

 

 思はず口に出す。

 独り言が多いと自覚はあるが、この広さには誰もが驚くだろう。目測だけで(殆ど行ってなかったが)中学の二倍はある。

 まだ誰もいない教室と、黒板には席順の用紙が磁石で貼り付けられていた。予想していたように真ん中の方に位置し、少し後ろというところ。黒板を前に、縦横に六列。ど真ん中というわけではなく、真ん中の列の後ろから二列目の位置だ。

 教室特有の木張りの匂いに少し心驚かせながら座る。卓上には名前が書かれていない生徒手帳が置かれ、未だ折り目すらない。

 

「教室とうちゃーく! 一番乗り! ……じゃなかった……あー」

 

「もうダメだよいぶり(・・・)ちゃん、あんま大声出しちゃ」

 

「あはは、ご、ごめんなさーい。失礼します……」

 

 活発そうな黒茶髪の女性徒と、大人しめな女性徒が入ってきた。一番乗りかと思いきや俺がいたため、いそいそと席順を見て二人で駄弁っている。

 

「ねぇねぇ、君が一番乗りだよね? 何時くらいに来たの?」

 

「わぁ、いきなり話しかけたら迷惑だよ」

 

「大丈夫だって、見た目ごついけど同じ歳じゃん。私の名前は室蘭(むろらん)いぶり、彼女は倉吉伯耆(くらよしほうき)。同じ中学なんだ、君の名前は?」

 

「よ、よろしくお願いします……」

 

 ふむ、推定カップCが室蘭。推定カップDが倉吉。なるほど、覚え――馬鹿野郎! 女の子を体躯で覚えるなんてクズのすることだ! 俺はなんのために剣を振って来た! 煩悩を滅す、至らんとするため! ……人間の屑がこの野郎。

 

「剣城剣心だ。剣の城に、剣の心を。目がチカチカするような名前かも知れないが、よろしく頼む」

 

 至って普通だ。

 極平凡な自己紹介。

 女性と話すのに抵抗はなく、吃ることもない。いろんなところに行った際、見た目が若いということもあり行き先ではいろんな人にお世話になった。特に女性は優しくしてくれたものだ。

 

「すご、めっちゃカッコいい名前じゃん!いいなぁいいなぁ、私もそんな名前が良かったなぁ」

 

「そうか? 室蘭という名前も、いぶりという音の響きも室蘭に似合っているぞ」

 

「だよね! 私も気に入ってるんだ私の名前!」

 

「お世辞だと思うけど……」

 

「お、他の人もぞろぞろ入って来たね。行こ、ほうき。一日で友達百人作るぞー! ……じゃ、剣城くん。なにかあったらよろしくね! なにもなくてもよろしくぅ!」

 

「よろしくっ、剣城くん。じゃ、じゃあ……」

 

 二人は軽くを手を振って前に行った。入って来た者に同じように自己紹介をするのだろう。ああいう潤滑油みたいなクラスメイトがいるのは非常に頼もしい、嫌われないようにしよう。学園に通う前に読んだ本に『高カーストの人物には嫌われるな』と書いてあった。

 座席が殆ど埋まったようで、教室は楽しげな声に包まれている。俺は話すよりも、今は生徒手帳を読む方が大事だと思っているのでその輪には入っていない。別に話しかけるのが怖いとか、別にコミュニケーションが取れなさそうとか思っているわけではない。今は生徒手帳を読み、規則をきっちり把握してから順風満帆な学園生活を、

 

「――動くな、筋打てば斬る」

 

 首元に鋭いものが刺さっている。

 痛くはないが、鋭利なものだとすぐさま判断する。教室内、厚みや幅から斬ることに特化したものではない。腕の力を利用して抉り斬るものだ、つまり、

 

「なんて、ビックリしちゃった?」

 

 あはは、と笑い声が聞こえた。

 溜息を吐きつつ後ろを振り返ると先の女性徒——宮本武蔵がいた。

 

「どうやら同じクラスみたいね。近くに剣士がいるとかラッキー」

 

 爪を伸ばして。

 紅葉色の布で括られた髪が笑い声と同じタイミングで揺れていた。

 

「同じクラスだったのか」

 

「うん。クラス表の君の名前を見た瞬間、ビビっと来たよ。競い合える仲間がいるっていうのはいいからね!」

 

 どうやら俺が見逃していた、というよりも自分の名前だけを探していたから気づかなかったようだ。

 

「そんで——」

 

「――動くな、挙動を見せたら斬る」

 

「それやった」

 

「えぇっ、ホントですか?」

 

 困惑しつつも、なんですかーと声を上げながら現れたのは――沖田総司だった。

 

「こっちも一緒でしたー」

 

「えへへー、よろしくお願いします!」

 

 寄らば芳しいとは言うが二人の場合はなんかヤバイことを起こしそうだ。今日初対面だが、二人とはなんかシンパシーがあう。それもいい方向じゃない、間違いなく騒動のほうだ……!

 

「いやぁ、なんとなく二人とはなにかあるんじゃないかと思っていましたがまさか同じクラスとは」

 

「私の勘が君たちとなにかあると囁いていたけどまさか当たるとは」

 

 やめろやめろ、二人同時タイミングで言うんじゃない! 口に出してはないが、俺も似たようなことを考えていたんだ!

 

「お、宮本さんも中々の勘の持ち主」

 

「沖田もご慧眼の持ち主であらせられて」

 

「「あはは!」」

 

 まるで初めて会ったようには思えない二人に、もしかしたら知り合いだったのかと勘ぐる。

 だが今朝に会ったとき、時間の関係もあって適当に済ましたが二人とも、俺も含め初対面だと語っていた。

 

「あ、ああ。俺も同じクラスで良かったよ。よろしく」

 

「よろしく、剣城くん! ――余所余所しいから剣心でいいや! 私も武蔵って呼んで」

 

「では私も剣心くんで! 私の方は総司でもいいですけど、男っぽいので尊敬と感謝の意を込めて沖田さんでもいいですよ!」

 

「うぇ、総司でそれだと私の方がおじいちゃんだよ」

 

 なんだ感謝の意とは、と突っ込みたかったが本人が胸を張って自信ありげに言っているので流した。

 

「そうか。じゃあ武蔵と沖田さんと呼ぶ」

 

「おぉ、学生っぽい」

 

「ですねですね」

 

 確かに、名前を呼びあうのは中々どうして学生っぽい。ただ沖田さんだけさん付なのはいかがなものか。

 

「中学の頃はずっとお父さんと剣に明け暮れてたから、あんまり友達とか居なかったんだよね……」

 

 武蔵が言ったことは俺にも当てはまる。

 知り合いはいれど、友と呼べる人たちはいない。肉親は友達とかとはまた違うし、小学校の友達だった奴らとはすでに縁を切っている。

 

「私は兄弟と、道場の門下生が怖くて誰も寄って来ませんでした!……とくに兄さんが人間関係にうるさくて……規律にもうるさいし、家でだらだらしてたら雪が降ってても問答無用に首根っこを掴んでくるんです」

 

「あぁ、私は道場に入ったことないけど人間が濃そうなイメージがある」

 

 君たちの人間もすごく濃い。

 

「そうなんですよそうなんですよ! 兄さんもそうなんですけど、門下生のおじいちゃんたちもすごくて。孫のように可愛がってくれるのは正月とかにはありがたいんですが、いつも見守られてるような気がして」

 

「ひぃ〜、地元ゆえのってやつか。大変だね」

 

「うう。ほんと……。剣心くんはどんな感じだったんですか? 中学時代」

 

「俺か?」

 

 俺の中学時代。国巡り真っ最中の記憶。ただ一心に至らんと、まだ若造と罵られながらもついていけるように頑張った日々。

 

 ――行きな! 剣心、男なら氷海くらい泳いで渡って見せな!

 

 ――ちょうど噴火したんだよ。無人島だから人様の目は無いし、獅子は子を溶岩に落とすんだよ!

 

 ――私がこの棒で殴るから防がずに耐えてみせな。痛みになれる訓練だ。

 

 ――下着も脱げ。……そう、ほら行け。一ヶ月後にまた来るから生き残ってみろ。ここは山奥だから余裕だろう?

 

 ああ、いい中学時代だ。

 

「ど、どうしたんですかいきなり顔を伏せて」

 

「きっと思い出して耽っているのね」

 

 至って普通だ。

 二人とは思ったより馬があい、話は弾んだ。話し上手の聞き上手、と言わんばかりの二人に俺も舌が回っていた。そしていつの間にか中学の話から、今日から高校でやりたいこと、そして剣の話へと移った。

 

「俺は国巡りをしていたんだ。だから二人みたいに流派なんかなくて、説明するのが難しい」

 

「私はご覧の通り二刀流! 二天一流が祖、同名新免武蔵より継いだ流派」

 

「私も天然理心流が門下兼師範代行。柔軟な流派と名乗っていますが、私は速さに重きを置いています」

 

 やはり二天一流に天然理心流。二天一流はある意味世界で一番有名な流派だろう。ジャパニーズソードマン『Musashi Miyamoto』。彼を描いた一枚の絵はあらゆる生物学者が武に通ずる完成された姿勢と評したほどだ。天然理心流も多くの派閥があり日本トップクラスだ。お稽古技術から、超実践主義といった誰でも親しめるマルチな流派。しかしその流派の師範クラスは猛者が集い、数十年以上剣を続けても狭き門と語られる。

 

「剣心、お国巡りをしてたんだ」

 

「ん、まあな……」

 

「中々その年でできないことですよね」

 

 そうだ。

 俺はいつの間にか(・・・・・・)剣に憧れて、あの頂きに辿り着くべく猛進したのだ。世を捨て求道を進む。

 

「でも、剣士が三人揃ったら口だけじゃあ面白くないよね?」

 

「む、それはその通りです」

 

「ああ。同意する他はない」

 

 つまるところ、

 

「刀合わせりゃ口より軽し。鍔迫ったら今よりも分かり合える!」

 

「お、望むところだ!」

 

 刀は口より軽く、合わせればなんでも語ってしまう。手に人の人生が現れるように、剣士は一太刀に生き様が浮かび上がるのだ。

 

「となればさっそく……!」

 

「広い場所、グラウンドだー!」

 

「「「おー!」」」

 

「――ちょっと待てーい!!」

 

 いざ鎌倉へと言わんばかりの勢いで教室から出ようと立ち上がると俺たちの前にスーツを着た女性がいた。黒色のメガネをかけ教鞭を持っている。教鞭……?

 

「今からホームルームなんだから、私闘なんか許されるわけないでしょ。ましてやこの学園の校則は品行方正、スポーツ以上のことなんてお上が許しません!」

 

 びしぃ! っと教鞭を振るうと、

 

「いたっ」

 

「きゃっ」

 

「うへ」

 

 頭を小突かれた。

 

「今からホームルームを始めるから、みんなも席に座りなさい。入学式で浮かれる気持ちはわかるけれど、やることは先に終わらすわよ」

 

 ヒールを鳴らしながらあるく姿は品すら感じさせる女教師だった。

 

「叩かれちゃいました。今日はホームルームで終わりなんで放課後にでも話しませんか?」

 

「うん、全然いいよ!」

 

 俺も特に予定はないので快く返事をした。

 

「さ、みんな座ったところで私の自己紹介から始めるわよ。そのあとはみんな順番で自己紹介するから適当に考えておいてね。最低でも、名前、出身地、好きなもの、中学時代になにをしていたかは言ってもらうわよ?」

 

 一瞬盛り上がった教室だったが、咳払いと共に静かになる。切り替えのよく効くクラスだ。

 

「私の名前は尾鷲紀伊(おわしきい)。漢字は尾のある鷲に、紀伊山地の紀伊。呼び方は普通に尾鷲先生でいいわ。教師歴は今年で四年目、年齢の逆算はやめてね? 一応ここの卒業生でもあるから勉強面以外でもわからないことがあったらどんどん聞いて。特に恋の話題なんかは私頑張っちゃう」

 

「少しで三十路がなに言って」

 

「――なにか言った、篠山くん?」

 

「い、いえ……」

 

「ま、いいわ。教師として言えるのはとりあえず一学期目はこの学園に慣れること。一学期中ならある程度ミスをしてもみんな許してくれるから。ただ浮かれたり調子乗ったりしてたまに分を弁えない生徒が出てくるのだけれど私のクラスからはそんな生徒は出さないでね。この学校は一発退場だから」

 

 特に、と

 

「今年の注目生徒でもある帯刀許可者、剣城くん、宮本さん、沖田さん。あなたたちはいい意味で注目されてるから問題は起こさないように。許可書を持ってるからには国から保証された一握りということ。正直そんなレア物をなんで私のクラスに寄せ集めたのかお上に拳で語りたいけど……さすがにね? 私闘、乱闘、特別扱いする気はないし、法外の存在じゃないんだから学園生活に落ち着いて臨むこと。いいわね? 返事」

 

「はい」

 

「わかりました」

 

「了解です」

 

「よろしい。じゃあ自己紹介を始めるわ。赤磐くんから順番にお願い」

 

「……はい、僕の名前は――」

 

 あ行から順番に自己紹介が始まる。意外とみんな話せるようで、詰まることなく淡々と進む。

 

「沖田総司です。呼び方に指定は特にないです。武蔵さんや剣心くんと同じ帯刀許可者ですが、気にせず仲良くしてくれるとありがたいです! 甘いものが好きなので、美味しいお店を知っていれば教えてください! よろしくお願いします!」

 

 沖田さんの件はどこに行ったー! っと野次を入れてやりたいが居た堪れない気持ちに俺がなりそうなので首を振る。そして案の定、恵まれた容姿から男子どもが騒いでいた。

 いわゆるお調子者キャラなど、クラスが盛り上がりながら俺の順番になる。

 

「剣城剣心です。剣の城、剣の心と書きます。沖田さんや武蔵と同じ帯刀許可者で、中学は平凡だったので高校で楽しめればいいと思っています。今はみんなの前で敬語ですが、普段はタメ口なのでよろしくお願いします」

 

「名前がかっこよすぎる」

 

「浪人の剣心みたいな!」

 

 ふぅ、どうやら自己紹介は何事もなく通過。沖田さんは沖田さんで、今更ながら自分が沖田さんと言ったことに恥ずかしがったのか名前を口にしたときダメージを受けた顔をしていた。

 

「宮本武蔵です! ご存知の通り二天一流が開祖新免武蔵から継いだ流派の一刀! 剣心くんも二刀使うみたいだけど、そのアイデンティティは日本一いや世界一なつもりです! 剣の道以外の趣味はこれから見つけていくつもりなのでよろしくお願いします! あとうどん好きです!」

 

 こちらも男子生徒が騒めき、親しみやすそうな性格から女子生徒もあとで声をかけてみようと話している。帯刀しているぶん、奇特な目で見られそうだと思ったがそうではないらしい。ひと昔から前からテレビでは国民に文武両道法を浸透させるため帯刀者たちが出演していたから居てもおかしくない(・・)と考えるのだろうか?

 

「よし、みんな終わったみたいね。今年一年、来年も再来年も同じ学び舎で学ぶ同郷たちよ。いざこざもあるだろうし、合う合わないあるだろうけど最後はありがとうと言えるような関係になるよう頑張っていきましょう」

 

 尾鷲先生はそう締めくくると諸連絡を始めた。

 楽しい学園生活になりそうだ、と俺は放課後のことを思いながら考えるのであった。

 

 

 




・オリキャラ集

学長(初老の男性)、春狩目黒(新入生代表、おっぱい)、室蘭いぶり(快活黒茶髪女生徒)、倉吉伯耆(おっとりひかえめ黒髪ボブカット女生徒)、尾鷲紀伊(女教師)

・1年Bクラス

三十四人クラス。縦横六列の広々教室。

・その他

高校時代なつかしいなぁ、俺もなぁ。
沖田さんのふわふわお○っぱいを鷲掴みしながら武蔵ちゃんに◆◆◆しながら▲▲したいです。







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三刀目!

 ホームルームの終わりはチャイムが鳴るとともに合図された。担任である尾鷲先生は最後にもう一度「やることはやって遊び、限度よくやること」と、高校生になってからの責任を説いてくれた。中学のときはわからないが、良い先生すぎやしないだろうか。

 

「終わって参上沖田さん!」

 

「お早い登場なようで」

 

「ふふん、何事も早さが肝心。天然理心に翳りはありません」

 

「どこで流派の長所を出してるんだ、それ。ここで言うことじゃないだろ」

 

「な、なんですと」

 

「――私も帰り支度が終わったよー。三人でどこかに行く?」

 

 右斜め後ろに席がある武蔵も来たようで、朝と同じように三人が揃った。俺が言うのもなんだが、二人は些かキャラが濃すぎではないだろうか。帯刀許可者な時点で一般人を逸してるが、それに比べこのノリ……只者ではない。

 

「もうすぐお昼ですし、駅の方に行ってご飯でもどうですか?」

 

「あ、いいねそれ。私おうどんに一票」

 

「昼、かぁ。確かにそんな時間だな。俺も賛成だ」

 

「じゃ、武蔵のうどんはともかく歩きながらなに食べに行くか決めますか」

 

 沖田さんの一声でそれが決まり、俺たちは駅の方にお昼ご飯を食べに行くこととなった。入学初日に女子二人とお昼ご飯。なかなかの進展ではなかろうか、母親よ。一体どこへ向かって進展しているのかはわからないが……。

 

「しゅっぱーつ」

 

「ですです」

 

「おー」

 

 武蔵、沖田さん、俺と並んで教室の入り口へと向かう。やがて引き戸に手をかけた武蔵を止めたのは今朝初めて話した「室蘭いぶり」、室蘭であった。

 

「ちょっと待ったー武蔵ちゃんに沖田さん、そしてケンケン!」

 

「け、ケンケンっ……」

 

 初めて呼ばれたあだ名に思はず復唱してしまう。真面に学校に行っていた小学校はそんなことはなく、ただ剣城と呼ばれるだけであったのだ。新鮮味溢れるあだ名呼びは学校を楽しみにしていた俺にとって心湧かせるものだった。

 

「そっ、剣城剣心クン。上と下の‟ケンケン”から取ってケンケン! 我ながらナイスネーム」

 

 チェック風にした指を顎に当てた室蘭は丸っこい目をウィンクしながら言った。

 

「で、ね――」

 

と、これから俺のあだ名について話題が膨れると思いきや颯爽と流されると本来の話に入って行く。

 

「実はね、明日の晩ご飯はクラスのみんなで食べないかって話になってて。明日朝いきなり言われても仕方ないだろうから、今日のうちに言っとこーって」

 

「ほんと、私そういうの行きたいと思ってたんだ! 今までお父さんと二人三脚の毎日だったから嬉しいや」

 

「わかりました。では明日の夜は開けておきますとも」

 

 武蔵と沖田さんが了承すると、俺はどうしようかなと思案する。特に予定はなく、また予定が入るのも無いだろう。

 

「じゃ、みんなに私たち三人も行くって言っといて」

 

 返事を返す前に武蔵に俺も行くと言われてしまった。ま、そのつもりだったから構わない。

 

「うん。なら――赤外線ビーム!」

 

 室蘭は胸元ポケットからスマートフォンを取り出すと、最近流行っている連絡アプリ「ROPE」を開いてこちらに見せた。赤外線ではなくバーコードリーダーなのだが、赤外線と言ったの彼女なりの冗談なのだろう。俺も乗じてスマホを取って、最近妹に指示されて入れたROPEでそれを読み取った。

 

 室蘭いぶりさんが友人に追加されました

 

 画面に表示されたOKを押すと、また追加メッセージが来た。

 

 宮本武蔵さんが友人に追加されました

 沖田総司さんが友人に追加されました

 

「ふ、ふ、ふ。隙あり、ですよケンケン」

 

 勢いのままOKを押してしまった。くっ、これでは負けたみたいではないか。が、

 

「なに、こっちにも剣心君の連絡先の追加メッセージが」

 

「沖田さんはともかく、武蔵にまでは遅れはとらない」

 

「くっ、この借りはいずれ必ず……!」

 

 悔しがる武蔵を横目に、室蘭の方を見るとスマホの画面を操作している。ポン、とスマホが鳴る

 

「2- B(28)」のグループに招待されました

 

 と表示されてそのまま入った。

 

「一応、今日の夜にはどこに食べに行くか連絡するから見ておいてね。今のところ新都(しんと)の食べ放題な感じだから」

 

「わかった」

 

「了解です」

 

「はいよー」

 

 室蘭は「また明日」と手を振ると教室の中心へと戻っていった。男女合わさったグループができているようで、輪に加わると楽しそうに会話している。

 

「私たちも行こっか」

 

「ですね」

 

「ああ」

 

 

 

 

 

一、

 

 

 

 

 

 私立星詠学園高等学校は山の中にある。

 

 東西には 甲六山(きのえろくざん) と呼ばれる合戦の歴史が残る霊山、少し西に寄った南には第二次世界大戦のおり戦闘機の演習場に使用され岸壁がむき出しとなった渓谷、 獅子ヶ岩(ししがいわ) が存在する。そこから少し東へ進むと 猪ヶ池(いのししがいけ) に繋がり、獅子ヶ岩と猪ヶ池の間が道路になって、南の新都へ繋がる唯一の道だ。

 しかし、山の中と言っても砂地の地面が続いているとかではなく当然開拓されたのだ。コンクリートに舗装された道は都会に比べれば少ないが、商店もそれに寄って接しているため交通の便が良いと言えば良い。よく母親が電動自転車一つで済むと零していたのを思い出す。大型スーパーと、ホームセンターだけなのが玉に瑕である。

 

「いやぁ、良い天気ですね」

 

「小春日和、なのか」

 

「小春日和は秋の季節言葉だから今の時期は違うよ」

 

 武蔵に間違いを指摘されつつ落ちた枝を踏みしめながら駅へと歩く。どんぐり大の石が敷き詰められた黒い歩道はどこか歩きにくい。そのまま山をくり抜いたような道路と歩道は自転車であればがたがたとお尻にダメージが入るに違いない。

 

「む……」

 

 さて。お尻、と言えば沖田さんと武蔵である。ああいや、別に直接二人のお尻に関係するわけではない。もちろんグレー色のスカートの中にあるお尻は気になるのかと問われれば、将来の結婚相手は誰か教えてやろうと聞かれるくらいの早さで「はい」と返事をする。いやむしろ――

 

「んん、お腹が空いたな」

 

 我が心は剣に寄って、剣にある。愚考に気をやる暇があるならば、すべては鞘に収めるべきであろう。やがて辿り着こうとするそこは生半可な気持ちでは至れない。

 頭を振って邪な気持ちを払った。

 

「なんかこう、がっつりしたものが食べたいですね」

 

「牛丼、豚丼……。カツとかも良いかもしれない」

 

「う(どん)

 

 はいはい、と沖田さんと二人で武蔵を流しつつ、駅に着くまでの間なにを食べるか議論する。

 ちなみに駅は新都に続く道路とは逆の北にある。学園からは歩いて40分ほど、自転車で15分だ。駅を使っている学生は歩いてくるか、学校から貸し出している自転車をその間のみ使用している。駅には学園専用の駐輪場もある。二人は自転車が無いようなので、駅は利用していないのかもしれない。

 

「――二人とも、初めて会ったような気がしないのよね」

 

 少し街に差し掛かった頃、武蔵が笑いながら言った。

 

「剣心もお国巡りなんかしてて、沖田も小さい頃から道場で学んできた。私もそんな感じだからさ、いまいち学校とか行っても馴染めないと思ってたの」

 

 気恥ずかしそうに、頰を掻きながら彼女は続ける。

 

「でも、まさか二人も私と同じ帯刀許可者がいると来た、そして強者と見た。二人がいてくれて良かったよ」

 

 帯刀許可者は尊敬されると共にどこか人と乖離しているイメージを抱かれる。国に認められ、刃物を持つことが許可された存在。刃引きされているとは言え武器を持っているのだ。どこか浮いた感情で接せられるのは想像に容易い。

 

「一緒です、武蔵さん」

 

「まあ、俺も同じだな」

 

 暖かい風がブレザーを揺らした。春の陽気が鼻腔を突くと瞼が垂れそうになる。気合いと力押しで欠伸を殺すと頷いた。

 

「ほんと、二人がいて良かったよ」

 

 俺はコミュニケーションに自信がない部類の人間なのだ。よく「俺から◯◯を取ったらなにが残るんだよ!」みたいなシーンがあるがまさにそれなのだ。俺から剣を取ってしまえば残るものは変態思考と少しガタイの良い目つきの悪い男だけだ。前者、剣という特徴があれば学校の友人(・・)は興味本位からできるだろうがそれ以上の関係は成り立たない。やはり、類は友を呼ぶと古人が言うように蛇の道は蛇なのだ。

 

「やっぱみんな同じなんだね」

 

「ま、俺たちの年齢で帯刀許可された者なんて、遡っても少ないからな」

 

「私も知っているのは、兄さんくらいですね……」

 

 つまり、帯刀許可者などと大層な資格を持ちつつも根はやはり年齢と変わりはない。武蔵なんかは少し浮世離れした感じはあるが、俯瞰的に世の中を眺めていたから知った感覚もあるのだろう。

 かく言う俺も、三年間丸々中学に行ってなかったため内心はらはらだ。表情筋が硬いので表には出ていないはずだが。

 

「まっ――辛気臭くなっちゃったけど、二人に会えて良かったよ!今日出会ったばかりだけど、なんだか沖田と剣心くんとは竹馬の友になれそう!改めて、よろしく!」

 

「よろしく」

 

「よろしくお願いします」

 

 花の色が美しい季節になった。春風は鮮やかな桃色と香りを乗せて三人を抜けていく。期せずして集った剣士。一つの場所に集まるにはあまりにも目立つ者たちで、話題を呼んでしまう。だが、世に起すことに意味の無いものは存在しない。きっと彼、彼女らが集まったのもなにか意味のあるものなのだろう。

 

「――あ、おうどん屋さん!」

 

「――丼物もあるみたいですよ!」

 

「――あそこで決まり、だな」

 

 三者三様、少し個性的すぎるのが仇なのかもしれない。

 

 

 

 

 

二、

 

 

 

 

 

「では、三人に提案してみるかい?」

 

「ええ。当学園には''剣術部''もありますが、帯刀許可者たる者が邁進できるほど名の知れたものではありません。むしろ、日本全国探しても……下品かもしれませんが人外(・・)と称される彼らを伸ばすことのできる組織は教育機関には無いでしょう」

 

「ふむ、その言い方は君の通り今後慎むように。彼らは帯刀許可者であり我が国の誇り、人間国宝に等しい子たちだ。それでも人の枠から外れることはない。私の学園の、可愛い生徒だからね」

 

「失礼しました――山城学園長」

 

 銀縁眼鏡をかけた女性が、執務室と思われる机に座る初老の男性に頭を下げた。品のある様相は、先に自ら下品と前打ち発したとは思えはないほどである。

 山城学園長は並べた書類三枚、右から——剣城剣心、沖田総司、宮本武蔵の生徒プロフィールを見ている。

 

「一人は中学へ卒業時の証書を貰うためだけにしか行かず、およそ義務教育をまともに受けてはいない。

 一人は世に有名な道場の娘。先方からは一通り教育はしているが失礼があれば厳しく指導して欲しいと来ているな。

 そして、最後はかの世界的に知られる二天一流の担い手。こちらも剣城学生と同じような経歴だが、異色と見て良いだろう」

 

「我が学園きっての生徒なのは間違いありません」

 

「だろう? やはりいるものだな。原石、いや、すでに宝石か。ただの書類でしか見れぬ者は今の世の中必要ない」

 

「実力主義、というわけですね」

 

「ああ。こうやって、当日の試験だけで測る学園も一つくらいはあっても良い。出席はどうなるかわからないが、それはこれからの話。なにはともあれ、良い影響を与え、彼ら自身も受けてくれると幸いだ」

 

「きっと良い結果をもたらしてくれるでしょう」

 

「たしか、三人の担当は尾鷲先生でしたね。彼女にも話を通し、彼らに回るようにお願いします」

 

「把握しました。この後すぐ連絡しておきます」

 

 女性は一礼をして部屋を出た。木製独特の開閉音を立てると山城学園長だけになる。

机の書類三枚を丁寧に重ねて引き出しへとしまう。身を覆うサイズの椅子へ背中を凭れると一息吐いた。

 

「……今年も面白い学園になりそうだ」

 

 

 




・山城学園長

別に悪い人とかそんなんじゃない。ただ現代の評価法について疑問を持ち、自身の資産で学校をたてた。
元々政治家で、良家の出。ヒゲを伸ばした好々爺。イベントとか祭りが好き。

・私立星詠学園高等学校

日本で唯一、当日試験のみで合否が下される特殊な学園。
試験は数学や国語、基本教科もあるが倫理や人間学といった高校授業では修学しない分野も含む。基礎教科の点数が低くとも、あらゆる分野に精通した学園なため特殊分野が高ければ将来の社会貢献を期待されて入学が可能となる。過去に犯罪歴が無ければほとんどの人が入学可。
高校なため、もちろん推薦も存在する。



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四刀目!

 

 

「見てくれ、妹よ。友達が三人も増えた」

 

 家のリビングでスマホを印籠のようにしながら言った。

 

「お、お兄に初日から友達……だと……」

 

 いつもは眠たげな瞼をぶら下げた妹の女が見開かれている。思いがけないところで新しい表情を見れたわけだが、馬鹿にされているようで素直に喜べない。四年間家族をほっぽり出して放蕩していた俺への罰なのか。

 

「沖田さんに宮本さん、そして室蘭さん……このアイコンは女……!」

 

 桜に団子、紅葉に温泉、新都のほうで撮ったであろうイルミネーションのアイコン。妹がどこから導き出したのかわからないが当たっている。先日母親が妹はよく友達を家に連れてくると話していたが、ここまでの推理を見せられたら認めざるを得ない。

 ぴこんぴこん、と妹が凝視する最中もグループ会話が進んでいるのか音が鳴っている。

 

「み、見てもいい?」

 

「うん。構わないぞ」

 

 妹は細長い指で画面を触る。さすがに一人で見るのは申し訳ないと思ったのか、ソファに座っていた俺の横に腰を下ろした。

 

 室蘭いぶり『明日の夜は新都の春日野宮(かすがのみや)の食べ放題に決まりました。(URL〜〜.)

       ウラル山脈貼ったので各々で確認お願いします』

 

 倉吉伯耆『いぶりちゃん、ありがとう』

 

 篠山丹波『あざっす』

 

 益田いわみ『ありがとー! 絶対行くっ』

 

 千島紗那『さんきゅーべりーまっち』

 

 後志(しりべし)小樽『いぶりさんありがとう╰(*´︶`*)╯♡』

 

 岩城そうま『お、URLまでわざわざありがと』

 

「へえ、お兄明日ご飯食べに行くの?」

 

「ああ。室蘭から直々に誘われてな。どうやら俺たちが必要らしく是非、とのことだ」

 

 少し胸を張った。誇張した気もするが間違いではないので良いだろう。

 

「いや、クラスだし数合わせだと思うけど……それに帯刀許可の話を聞きたいのもあると思うけど」

 

「む、それだが沖田さんと武蔵も俺と同じ帯刀許可だぞ」

 

「ええっ。同じクラスに三人も……そんな奇跡が」

 

 もっと驚いても良い気がするが、俺が友達ができたと言った時に比べやけに淡白だ。それでも信じられないのか瞬きが多くなっている。

 

「はい。返信返さなくて良いの」

 

「お、そうだな」

 

 妹から返してもらうと、お礼ラッシュが起きているグループを眺める。スマホを持ったこと自体数ヶ月前からなので、この流れが当たり前なのかはわからない。ま、初日なので話題を出して話すのは敷居が高いというものだ。

 キーボードを開き、いざありがとうの''あ''を打つとはたと指が止まった。

 

 ――ありがとう

 

 送るのは当然だが「ありがとう」だけで良いのか?他の人に倣って「ありがとう、助かった」なんて一言付け足したらどうだろう。感謝も伝えられ、これから学園生活に馴染むきっかけを作ってくれて助かりましたといった意味を伝えられる。

 そこまで打って、また指が止まった。

 よく考えろ。助かった、これだけじゃあ何から助けられたかわからないではないか。ただでさえデジタルなマシン。これによっていじめなどが始まるとニュースで特集されていた。思いが伝えにくいツール、ならば正直に思いの丈を綴った方が俺も相手もすっきりする。

 そんなことを考えつつ、打ち終わった文章に不備がないか確認する。

 

「――待て待て」

 

 掻っ攫うように、送信ボタンを押すだけのスマホが取られた。

 

「なにこれ……『‟ありがとう”室蘭。俺は小学校の上回生から中学のすべてをまともに行かないで暮らしていた。そんな俺が高校から、いかな当日試験で決まる奇特な学園といえど友人やクラスと馴染めるか不安だった。でも、室蘭が話しかけ、食事会を設けてくれることで俺にもさらに友人を増やすきっかけができた。まだ室蘭のことを知らない俺だが、室蘭が力を貸して欲しいときがあればすぐに尽力しよう。改めて、ありがとう室蘭。‟助かった”』……全消し」

 

 な、なにぃぃぃ!

 妹よ、なぜ消した。俺の感謝を誠心誠意込めた一文。これから始まる室蘭との学園生活の足掛かりが……。

 

「良い、お兄。こんなものは短くで良いの。室蘭さんは別にメッセージで承認欲求を満たそうとしてないだろうし、どうせ明日会うんでしょ?そのとき、この場合はご飯のときかな。直接『ありがとう』の一言が伝えられたら十分なの……ほい」

 

 キーボードをスライドさせて画面を押した妹は投げるようにスマホを返してきた。一体なんて返信したのだと見返すと、俺のメッセージはわけのわからない『ありがとう猫』とかいうブッサイクな猫のスタンプと化していた。

 

「なっな、なんだこれ」

 

「スタンプ。今はそれで良いの。お兄は見た目ゴツくて堅物なんだからギャップ萌え狙いでおーけー」

 

 室蘭いぶり『@剣城剣心ケンケンってスタンプ使ったりするんだね(`・ω・´)』

 

「なんかよくわからない顔が送られてきた」

 

「無理に返さなくても良いよ。グループは別に返信を期待するもんじゃないし。なにか用があるなら個人で送ってくるだろうから。良い、お兄。返信はできるだけ短くで良いから。もしなんか意地悪な言い方になりそうだったら、それは電話するなり翌日直接言うとかで処理すること」

 

「わかった」

 

「ちゃんと覚えといてよ」

 

「任せてくれ、覚えた」

 

 お風呂入ってくる、と一言言うと妹はリビングから出ていった。今日は両親ともに会社泊まりで帰ってこない。テレビを見ようかとリモコンを取るべく腕を伸ばすと、俺しかいない空間にROPEの通知音が鳴った。

 

「武蔵からか」

 

 ホーム画面に武蔵の名前が見えるとスライドさせて開く。茶色のアプリをクリックすると武蔵の個人メッセージを見た。

 

 武蔵『今日は美味しかったよ、ありがと!』

 

 いつの間にやら撮ったのか、俺と沖田さんが並んで丼を傾けている写真が送られてきた。

 

 ――返信はできるだけ短く

 

 妹の言葉が脳裏によぎる。

 俺は言われたことは次から意識して直すタイプである。で、あるならば悪いが武蔵でお試しさせてもらおう。素早く打ち、スマホの電源を落とした。ソファの角に投げ置くとテレビを見るべくリモコンを取った。

 そして、俺は気付かなかった。俺の返信を見た武蔵が『???』と返してきているのを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 武蔵『ちょっとちょっと沖田、剣心くんから意味わからない言葉送られてきた!(トーク画面添付)』

 

 沖田『え、なんですそれ。‟た”ってなんかの暗号……というか、いつの間に写真撮ってたんですか!』

 

 武蔵『えへへ。ついつい嬉しくなっちゃって、あんまり美味しそうに食べてるから』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど、それで昨日の意味わからない単語が送られてきたのね」

 

「いや、‟た”って単語なんですか。単語というか文字じゃないですか」

 

 翌日の昼休み、武蔵とそれを知った沖田さんに事の経緯を説明した。

 武蔵から送られてきたメッセージに「俺も楽しかった」の意味も込めて「楽しかった」と送ろうとし、さらに短縮した‟た”を送ったのだ。さすがに寸前でどうかと思ったが、とりあえず送って見ようと送った。翌朝、武蔵からの返信にうまく文字にできなかった俺はこうして話している現状に戻る。

 

「それはそうと剣心くん。妹さんがいたんですね」

 

「ああ、今は中学二年なんだ。一応俺の方が年上だが、昨日みたいな現代っ子的なことは妹の方が圧倒的先輩だからな。助かっている」

 

「それわかるかも。私もたまにスマホの使い方とかわかんなくなるもん」

 

 やはり俗世離れした人間にとってハイテクマシンは難しいものらしい。俺も連絡ツールとして持っているだけで、思えばそれ以外の活用はしていない気がする。

 

「沖田さんは別に苦手じゃない感あるな」

 

「うーん……私の家は別に山奥にあるわけじゃないですからね。兄さんはともかく、上の姉二人がそういうのが大好きで……」

 

 話を聞くと、沖田さんには姉が二人いるとのこと。特に聞く兄さんとは道場で師範をしている兄貴分のことで血は繋がってない。頼れる兄貴らしく、どうやら道場も主に彼主導で纏められ規律厳しいらしい。まあ、厳しくない道場はあっても意味ないので当たり前と言えるが。

 

「昨夜も剣心くんたちのことを根掘り葉掘りと大変でしたよ」

 

「武蔵は飄々としてるからな。そんないい加減な奴といるのは心配なんだろう」

 

「ちょっと剣心くん?昨日が初対面なのに二日目で辛辣じゃない!」

 

 馬が合うとはこの事で、武蔵はこのあたりがあってるような気がする。

 

「や、むしろ剣心くんのほうに興味津々でして。男っ気がなかった私にてんやわんや……おまけに兄さんの許嫁であるお琴さんまで知りたがってる様子で」

 

 とほほ、とじゃっかん白い顔でぼやいた。

 

「もしかすると、我が道場に召される可能性があるのでそのときは張り切って来てくださいね!」

 

「天然理心流か……国巡りで幾人か相対したことがあるが、師範クラスはまだ無いな」

 

「ずるい!私も行くんだから!」

 

「あ、はは。そこで拒否しないあたりがらしいですね。道場はいつでもその門を開いています。中に入れば狭くなりますが、大歓迎ですよ!」

 

 門を表しているのか身振り手振りを揺らしている。それと同時にメロンさんも美味しそうにブレザー越しに動いている。今日も一日頑張れます、ありがとうございます。

 沖田さんの話から、やがて話題は授業の話題へと移り変わる。英語が苦手など現代国語は行けそうだ。生物は天体は好きなど色々である。

 

「――剣城くん、宮本さん、沖田さんはいる?」

 

 教室の前入り口から尾鷲先生が入ってきた。次の授業は古典であるから、数Ⅰ担任である彼女は俺たちのために来たのだ。三人で歩いて行くと、手招きしながら廊下に出た。

 

「来ましたね」

 

 外に出ると、尾鷲先生とはまた違った女教師がいた。銀縁眼鏡と切り揃えられたボブカットは少し(いかめ)しそうな雰囲気を漂わせる。

 

「初めまして、私は一年の学年主任を担当する高岡です。担当教科はないけれど、なにか相談があれば聞くのでよろしくお願いします」

 

 頭を下げられたので、こちらも頭を下げて返す。癖で名乗り上げそうになるがここは学校、必要はない。

 

「今日は折り入って、三人に提案、相談があって来ました」

 

 高岡先生から話されたのは思いも寄らぬものだった。

 簡潔に述べると——創部しないか、という提案。帯刀許可者である三人は当然剣術部に興味を抱くだろうと見越していたが、仮にそれに入っても剣術部員には申し訳ないが帯刀許可者に比べると実力は落ちる。ならば新しく創部し、三人が自身を除く他二人の帯刀許可者と切磋琢磨出来るような場所を作らないか、とのこと。

 

「創部、ですか」

 

「……」

 

「もちろん、学園側からは最大限のバックアップをさせていただきます。帯刀許可者三人入学という星詠学園創始に比肩する事。これだけで当学園の評価が上がりますが、さらに帯刀許可者が所属する部活動は日本に一つです。どうか、考えてはもらえないでしょうか」

 

 さらに提示されたのは創部した場合の利点。まず、活動内容は剣術部よりもより実践的になるため今は使われていない体育館を貸してくれるとのこと。場所は学園から約五分南東に歩いた、猪ヶ池を挟んだとこにある。二回生と、昨年卒業した三回生が多かったため元あった講堂を補強した建物らしい。そして、部費関連。これは少し生々しい話になるのだが、帯刀許可者を抱える公的組織は国から金銭が支給される決まりになっている。俺たち学生からすれば未来への投資、と前向きな言い方ができるが要するになにかあったとき頼みますよという前払いみたいなものだ。それはさて置き、部費は通常の三倍は出るらしい。一体なにに使うんだと言いたいが、そう言った裏の事情があるから仕方ない。

 

「部費の使用申請さえ出していただければ、こちら側が受諾して許可を出せます。よほど無関係で私的なことには出せませんが、そこの判断はあなたたちに任せることになるでしょう」

 

 要するに、みっともないことはしないでくれということだ。

 

「まあ、夏合宿と称してどこかに行くのもありですね。現に、他部活動も毎年計画して合宿には行っています」

 

「山に温泉海の幸……!」

 

「スキーに観光雪だるま!」

 

 琴線に触れたのか二人の目が輝いている。

 

「私たち学園側は生徒に楽しい学園生活を送ってもらいたいです。帯刀許可者であるあなたたちと言えど、年齢はまだ学生。身を削り修練をすると聞きますが、長い人生世に倣って学生らしいことに精を出すのもいかがでしょう?」

 

「剣心くん、これは良いチャンス!」

 

「だよだよ、創ろう創ろう部活動!」

 

「…………」

 

 考えろ考えろ。拒否する理由はない。もとより二人の剣客がいるだけでこの学園に来て良かったと思う。さらに専用の部活を作ることで、実践的な鍛錬もして良いと来た。さらには合宿。

 

 ――武蔵におっぱい沖田さん!

 

 答えは得た。

 

「別に俺は構わない。二人は良いのか?」

 

「良いとも!実践的な鍛錬に合わせ、金銭的援助もしてもらえるなら断る理由はなし!」

 

「私も大丈夫です。同じ帯刀許可者、競い合うことができるならば尚更です!」

 

 決まりみたいだ。

 

「良い返事を聞けて良かったです。こちらも創部に向けて書類を用意しておきますが、一応保護者の方にもご説明を」

 

「わかりました」

 

「了解です」

 

「はい」

 

 高岡先生は最後にそう言うと、また一礼をして去って行った。厳しそうと思ったがそれは第一印象だけで、聞くと声音は優しいものでまた話したいと感じる。

 

「ひぇ〜、まさかの部費三倍。さすがね……」

 

 後ろで聞いていた尾鷲先生は口に手を当てて声をあげた。

 

 

 




・ROPE

まああれみたいな連絡アプリ。

・妹

妹。兄貴がこんなんだけどしっかりしてる。小さい頃から主人公とは関係が薄かったが、むしろそれがあるから関係は良好。家族以上兄弟未満みたいなすごい関係。

・沖田さん一家

兄さん一、姉ニ。お琴さん。

兄、沖田さんの兄。実際は兄貴分、が正しい。たくあんを推し、鬼のルールを遵守する鬼の人。本来は流派でくくれない人だが、今作では新撰組のような役割も追加されている。

姉ニ。いずれ出てくる。

お琴さん。兄の婚約者。芯の強い人間。いずれ出てくる。

・高岡先生

銀縁眼鏡の学年主任。能面だが休日は飼い猫に話しながら家事をしている。

・真剣術部

剣術を超えた、特例部活動。詳細は本文に出てきます。


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五刀目!

 

 そして六限目も終わり、放課後が来た。今日はクラスメイトでご飯を食べに行くので18時には新都にいなければならない。

 高岡先生と話した後、特に二人とは放課後について話していないので俺は件の体育館を見に行きたいと思う。入れはしないだろうが、外観だけでも暇つぶしに行くのだ。

 

「ねえ、この後はどうするの?」

 

 と、鞄を持つと武蔵が話しかけてきた。

 

「さっき高岡先生が言っていた体育館を見に行こうと思っている。まだ決まったわけじゃないが、時間を潰すにはちょうど良い」

 

 現在の時間は15時30分。新都にはバスで20分、そこから春日野宮までは15分ほど歩くので行って帰ってバス停までは良い時間になるだろう。

 

「そうなんだ。私もついってて良い? というかついて行こ」

 

 なんと横暴な、だが許そう。

 

「沖田も誘う……って、なんだか忙しそうだからやめてあげるか」

 

 武蔵の目線の先を見ると、何やら数人の女生徒と戯れる桃色娘が一人。スマホを出しながら話しているあたり、すでに友人ができたとみた。やるな、そっち方面でも天然理心が出ている(意味不明。

 

「私もああやって喋れると良いんだけどね」

 

 教室を抜け廊下へ出る。木張りの床は一歩踏み出すと軋む音がしてなかなか風情がある。テレビなどで紹介される学校はコンクリートが常だが、この学園では耐震補強部分以外は木造建築という珍しい特徴を持っている。さすがに消火栓等は鉄製だが、雨戸も木製なのはきっと学園長の趣味であろう。

 

「そうか? 武蔵の性格なら余裕そうだが」

 

 一回生の教室は三階にあるが、特に人も多くなかったのですぐに外へ出た。二回生、三回生は三日の明日から登校するようなので今は部活動の声しか聞こえない。

 

「んー……たしかにそうなんだけどやっぱ根は剣士なつもりだから趣味とかが合わないんだよね。剣心くんみたいに丸々いなかったわけじゃないから、何度か中学も行ってたんだけど微妙だなぁみたいな――いや、お話するのは全然楽しいから好きなんだけどね!」

 

 気持ちはわかるような気がする。まだ二日と経つ学校だが、なんとなく自分は浮いた感覚があった。帯刀許可者という特殊な存在で、いつの間にか剣の道を歩かされていたためどこか普通の精神がすり減って老成したようだ。

 師匠と会う前の俺はどこにでもいる少年。クラスの女の子のスカートをめくったり、女教師に甘えるふりをしてその胸を堪能したものだ。それが今はどうだろう、隣を歩く武蔵のスカートをめくってないし胸に顔を埋めていない。これはもう成長だろうか、成長だ。

 

「これから見つけていけばいいんじゃないか、そんなものは」

 

「……?」

 

「趣味も経験もない人間なんて路傍の石より多くいる。幸い意欲はあるんだ、武蔵なら簡単だろうさ」

 

 少し呆けたような顔して、武蔵は表情を崩した。

 

「あはは、そう言ってくれて頼もしいよ……なんだかお爺ちゃんみたい」

 

 おいそれはどういうことだ。たしかに表情と喜怒哀楽は師匠のせいで削がれた気はするがそこまではいっていないはず。外に出すことは無いが、内に眠る情欲はいつでも昇龍波となって打つことができる。

 

「『見た目より老けてるね』とはよく言われる」

 

 妹にも、近所の人にも。失敬な。

 

「気にしてたらごめんね……」

 

「別に、いまさらだ」

 

 校門に差し掛かったときだ、後ろから慌しく声を出しながら走ってくる気配があった。

 

「――ちょいちょいちょーい! なーに沖田さんを残して二人で帰ろうとしてるんですかぁ!武蔵さんと剣心くんが教室にいなくて取り残された感半端なかったんですからねっ!」

 

 ずざーっ、と砂埃を立てながら滑り込んできたのは沖田さんであった。勢いよく靡くスカートにちらりと見える太ももが目の保養になる。

 どうやら沖田さんは一緒に帰る予定だったらしく、新しくできた友人と話している隙に俺たちが教室からいなくなっていたのこと。気を遣ったのが裏目に出たようだ。一言謝ると「別に怒ってませんしー」と拗ねたように唇を尖らした。

 

「今から猪ヶ池のほうに行くが、沖田さんも来るか?」

 

「むむ、もしや体育館ですか?」

 

「ああ。先に見ておいても罰は当たらないだろうし、活動拠点になるんだ。気にならないか?」

 

「ええ、ええ。是非お供させていただきましょう。というか、どう考えても私に関わりそうなことによく省いてくれましたね!」

 

「気にしないんじゃなかったのか?」

 

「それとこれは話が別ですぅ。これから切削琢磨する仲間を良くも置いてきやがりましたね。合宿のとき覚えといてくださいよ、剣心くんだけ野宿で申請しときますから!」

 

「それはおかしい。野宿でも構わないが、そのときは二人とも一緒だぞ」

 

「私は良いかなぁ、楽しそうだし」

 

「なっ、武蔵さんまでまさかの乗り気ですか!」

 

 師匠が言っていた。「一人で生きていくの絶対無理、なんてことを言う人がいるけど人間、案外一人で生きていけるんだよ」と。そして、俺は樹海に放り出され二ヶ月間のサバイバルに突入したのだ。最初は食べる物に困ったがなんとか選び出し、洞窟を寝ぐらにしていたが雨が溜まった。そのため、洞窟に居続けることが困難になりボロ屋を建てた。最後には風車付きの小洒落た洋風建築に仕立て上げたものだ……懐かしい。

 むろん、浮浪者等に使われないため自分で壊したのだが。

 

 

 

 

一、

 

 

 

 

 

 新都——かつては酒の醸造で栄えた山と海に挟まれた、日本でも少し珍しい地形を持っている都市だ。なだらかな山脈から吹き降ろされる山颪(やまおろし)は海を越え、新都民はその風を受け成長してきた。東には京都に寄った寺社仏閣、北にはロープウェイや展望台、西には中央から並ぶ繁華街、南には過去の大震災の名残を感じることができる施設も存在する。

 

「久しぶりに来たけど相変わらず人多いなー」

 

「ですね」

 

 後頭部に手をやりながら言った武蔵に沖田さんが賛同した。

 時刻は18時と少し、集合時間は18時30分と連絡があったので十分間に合うだろう。場所は貸切店らしく、なんとクラスメイトの両親が経営する店舗で優しいお値段になったとのこと。食べ放題式で、立食と座席が選べるマルチなお店らしい。

 

「あそこだな」

 

 小洒落た看板が目立つ、達筆な字で''春''と書かれた店だ。小さくガラス張りになった窓から中の様子が見え、伺うと見知った制服がいる。どうやら時間までに殆ど集まっているようで俺たちが最後かもしれない。

 淵についたドアベルを鳴らしながら扉を開けると、奥に続く廊下にいた何人かがこちらに向いた。

 

「おお、ケンケンに武蔵ちゃんたち!こんばんは」

 

 店内は暗めの茶色に、灯篭のような灯りが淡く光る。決して見えないというわけでなく、落ち着いた雰囲気を醸し出す場所だった。

 ほんの少し、制服であるのが場違いな気がする。

 

「お邪魔しちゃうよ、いぶりちゃん」

 

「こんばんは」

 

 名簿を取っていたのだろう。バインダー片手にペンを動かしていた室蘭と、その隣にいた倉吉が控えめに手を振った。

 

「お座敷と、立食部屋があるけどどっちにする?もちろん移動できるから安心して」

 

「どうしようか」

 

「荷物もありますし、先に座敷が良いんじゃないですかね」

 

「同じく」

 

「じゃあ座敷の方をお願いします」

 

「了解。赤い暖簾のところだよ」

 

 案内された赤い暖簾をくぐる。畳座敷と、掘り炬燵のような机が置かれておりおそらくだが六人部屋のだろう。

 

「見てくれ。帯刀許可者用か刀掛台がある」

 

 俺が指差した方向は、回の字のように机が中心になっている一番奥だ。誰かの親が経営していると話していた手前、俺たち三人のために用意していてくれたのかもしれない。確かに普通の食事処では困ることもあるため大助かりである。

 

「立食もあるって言ってたので少し食べたら行ってみますか?」

 

 もちろん立食には行くつもりだ。というか、人数もそちらの方が多いはず。ならば友達百人斬り計画を密かに企てている俺に行かないという考えはない。ちなみに沖田さんと武蔵、室蘭がいるので残り九十七人だ。

 とりあえず、沖田さんの考えに賛成して少し食べて行くことにした。立食といえど話すことが大半になるため、並べられた食べ物も食べる暇がなくなるだろうとの予想である。

 

「春野菜もありますよ」

 

「俺は川魚が良い」

 

「大皿に小鉢をいくつか頼もっか」

 

 機械式なようで、パソコンの画面のようなスマホから選んで注文していく。使い方には厨房に直接表示されると書いているので店員を呼ぶ必要はないようだ。

 

「これからは密会するときにここを使えますね」

 

 と、沖田さんがよくわからないことを言っていたので苦笑いで流しておいた。武蔵のほうは少年心を擽るような単語に反応したのか、面白そうだと話が広がっていく。それを流し目で見ていると「失礼します」と声が聞こえ、店名と同じ柄が入ったエプロンの店員が料理を持ってやってきた。

 

「春野菜の天ぷらに川魚の彩り和え、鳥の燻製ハーブ——」

 

 一品、二品と並んでいく。小鉢が多いとはいえこんなに頼むとは。確実に元を取りに来ているな。少し食べていくという(げん)はどこに行った。

 そして、

 

「――でかっ! なんですかこれっ、ちょっと剣心くんなんてもの頼んだんですか!」

 

「あははっ、なにこれ。こんなもの見たことないや!」

 

「いや、待て。本当に俺は知らないぞ」

 

 鮮やかな料理が並んでいくなか、真ん中を裂くように陣取るのは銀鱗を持った巨魚――イトウであった。

 

「いやぁ、まさかこんな大食漢だったとは……それだけお腹が空いてるなら私たちは(つま)めませんなぁ武蔵さん」

 

「だねぇ。これは仕方ないや」

 

 何と意地の悪い輩達……!誰がこんな大きいのが来ると思っていたか。二人は通常サイズの川魚が出されれば適当な言葉を並べてその嘴で啄むつもりだったに違いない。だがしかし、どうだ今の二人は。ニヤニヤと目を細めながら笑っている。

 

 

 

「――こんばんは。宮本様、沖田様、剣城様」

 

 

 

 と、如何して二人にこれを押し付けようと考えていると店員が去った後に現れたのは同い年くらいの制服を着た女生徒。

 

「……!」

 

 あれは——あのおっぱいは……!

 

「おおー。あなたはたしか、新入生代表さんだね」

 

「春狩目黒、と申しますわ」

 

「ここを用意してくれたのは春狩だと聞いた」

 

「ええ、お父様が是非にと」

 

「ありがとうございます、春狩さん」

 

「気に入ってくださると幸いです。帯刀許可者様方に懇意にしていただけると父も喜びますわ」

 

「ちゃっかりしてますね」

 

「てへ」

 

 可愛い。

 

「さて、他の方々にもご挨拶しなければならないので行きますわね。よろしければ立食室でお話を聞かせていただける嬉しいです」

 

「おっけー、またあとで」

 

「立食室はここを出て左手奥にありますので。では」

 

 慣れた様子でお辞儀をすると春狩は別の座敷に行ったのか立ち去った。

 できればイトウさんを一口でも処理していってほしかった。

 

「じゃ、食べますか」

 

「ですね」

 

「ああ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へぇ、てことは剣城は中学に一度も行ってないのか」

 

「沖田は東京から来てんだね」

 

「武蔵ちゃんのこの簪すごい可愛いよ!」

 

 なんとか三人でイトウさんを片付け、座敷から立食へとやってきた。どうやら大半は立食で食べながら親睦を深めていたようで出遅れてしまった。

 

「(最初からこっちにしとけばよかったですかね?)」

 

「(ああ。あのイトウさんがあったからな……)」

 

 隣で会話していた沖田さんが耳元で囁いてきた。俺はまだあのイトウさんを忘れていないぞ。

 

「俺さ、帯刀許可者に会ったときに一回だけ聞きたいことがあったんだけど……どうやったら認められるんだ?」

 

 そして、見事なマスコットになっていた。

 三人で団体行動していた手前、ここに来て扉を開けたときのみんなの目は怖かった。まるで羊と狼である。

 

「許可、か……」

 

 そういえば、俺は許可を得る試験などしただろうか。師匠と国巡りをした四年と少し、それらしいことをした記憶がない。適当なことを言うにもいけないので、二人に目をやると微妙な顔をしていた。

 

「強いて言うならば私は同じ帯刀許可者である兄さん、道場の方々と試合をしましたかね?」

 

「んー。私はたぶん、こっちを打ったときに決まったのかな?」

 

 やはりこれといった試験はなかったのか二人とも曖昧な風に答えた。

 沖田さんは道場で試合、武蔵は腰にある二本のうち一本、長刀のほうを指の腹で撫でながら言った。

 

「武蔵ちゃんの剣は自分で造ったの?」

 

「そうだよ。私の一族……流派かな。すべてを納めた者は代々その証として自分で刀を打ってものにする。そこでやっと一人前、世に出られるレベルだからね」

 

「――二天一流金打(かねうち)。私も噂に聞いていましたが本当だったとは……」

 

「ま、知る人は知るってやつかな。私も天然理心流、成人待たずして印可(いんか)を持った天才剣士の名は耳にしていたよ、沖田」

 

「えへへ。恥ずかしいですねー……まあ、沖田さんはその名の通り天才剣士なので仕方ないんですけど!」

 

 でれでれと囃し立てられたのに気を良くしたのか、沖田さんは人差し指をつんつんしながら言った。

 

「剣城のほうはなにかあったのか?」

 

「なにか、か――」

 

 武蔵ら含める視線が刺さるが、あいにくと特にない。

 

「たぶん、師匠と国巡りしてる間に何かあったんだろうが……何も言われなかったな」

 

「あ、聞いたことある。それはあれだね、師匠が表に出さない合格条件をいつのまにか満たしていたーみたいな」

 

「SUBUTAのコケシ先生もそんな感じだったな」

 

「うんうん」

 

 と、周りのクラスメイトは憶測を立てながら話している。

 俺としてはいつのまにか師匠が帯刀許可書改正式名称――「国家太刀別認許状(こっかたちわけにんきょじょう)」を投げ渡して来たためそれほど大事とは考えていなかった。

 

 

 





・地域
モデルは原作通り神戸の街です。
新都も神戸(こうべ)の読み方をもじって「しんと」にしただけです。

学園は北側にあり、南側に山を超えておりたところに新都があります。

・イトウ
巨大川魚

・国家太刀別認許状
通称、帯刀許可書。正式名称。
国家太刀別認許状を保持した成人に認められた場合のみ発行される。なお、認許状を保持するものは年一回に特別試験を受け、帯刀に相応しい人物か評価される。


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六刀目!

 

 恙無く親交会(?)も終わり、家に帰ると妹に様子を聞かれた翌日。昨日と引き続き晴れた空の下学園の校門を潜るとそこはまるで祭りのような活発さが顔を見せていた。見渡す限りの——人、人、人。ほとんどが上回生だろう、それぞれの看板やプレートを首にぶら下げた生徒が一年生の勧誘合戦を行なっていた。

 

「バド部、今上回少ないのでレギュラーに入れます!」

 

「水泳部どうですかー?夏は冷たい水、冬は温水プールでやってまーす」

 

「ダンス部員募集中です!初心者大歓迎!」

 

 と、声を張って自身の魅力をアピールする。どこの部も力を入れているのか、強引そうな引き合いで連れてかれる一年生もいるが、やはり絡み文句を言われたおかげか表情がにやけ面なのは勧誘者の手腕なのだろう。

 軽く校門を超えてゆっくりと歩きながら考える。

 

 おかしい。

 

 心の中で呟く。

 最近妹から貸してもらった漫画で『最強チート学園物語アルティメットティーンズ』というものがあった。その漫画は異世界、などではなくこの世界を題材に描かれた物語。文武両道法が生まれ、日本に多くはないが武人が存在する世の中に若い男子学生が一人、その腕は剣聖に勝らずとも劣らずといわれる帯刀許可者であった。ネット動画などを通じてある程度名の通った彼は俺と同じよう、入学式を終えた部活動勧誘会で運動部の引っ張りだことなるのだ。

 しかし、

 しかしだ。

 今の状況はどうだ。多少なりとも腕に覚えがあるのに俺という帯刀許可者に興味を持って声をかけてくださるのは、

 

「あの……オカルト……興味ないかな?ひひ、守護霊が入った方が良いって言ってるよ」

 

「未来が見える、未来が見える。ああ、これは危険な相だ。はやく占い研究部に入った方が良い」

 

 なんだこの二人!?

 一人はオカルト研究部と言っているぼさぼさの髪を伸ばした死装束のような白衣。もう一人は中世の魔女のような帽子に、内側が赤く外側が黒紫のマントを羽織り、水晶を持った占い研究部の何某。

 どう見ても文化部である。バカにするわけではないが、曲がりなりにも腰に刀をぶら下げている男が学園敷地内に入ってからこの二人にしつこく勧誘されているという現実。というかそれ以前は俺を見た運動部勢が誰から話しかけるか、とお見合い状態で鍔迫り合いあっていたのが二人が来てから波が引くように消えていった。

 

「お願い……入って……」

 

「むむ、水晶によると君が入らなきゃ今年の部費は三割カットと出ている」

 

 何とか曖昧な笑みを浮かべてまだ決めかねていると伝えるが柳に風で返されている。

 どうするかと思案していると彼女たちの背後から見知った顔が一人。ぞろぞろと引き連れた運動部を巧みにかわしながらこちらに向かって来ている武蔵の姿があった。

 

「おはよー、剣心……お、やっぱり勧誘を受けてたか。いやぁ、活気があってすごいや」

 

「おはよう、武蔵」

 

 後頭部に手をやりながら寄ってきた武蔵に挨拶を返す。二人を抜けて横に立つと、ん、と首を傾げた。

 

「――っ」

 

 死装束の女生徒が顔を青くして震えていた。

 尋常ではない。なにか怖いもの、いやその感情に限定されずとんでもない(・・・・・・)を見たときの表情だ。

 

「ど、どうしたんだい? 幽ちゃん」

 

占子(せんこ)ちゃん、この子すごいよ……」

 

 小さい頃に見た怪獣映画を思い出した。たしかあのときも彼女と同じよう、町に現れた怪物を——ゆっくりと、信じられないと言わんばかりの瞳で見上げたあの姿。

 俺ではない、武蔵が来てからだ。

 胡散臭いと一蹴するだろうが、武蔵だからなにか本当にとんでもないものが憑いてそうだ。ああ、ゴジラとか。

 

「くっ、覚えておくと良い男子学生よ。私たち草の根文化部はまだ諦めていない。あと三年、無事に過ごせると思うなよっ、行くぞ幽ちゃん」

 

「うんっ、あ……ひひ、ばいばい」

 

 一人は指をさし、もう一人は手を振って去って行く二人を見送ってようやく校舎に向かって歩き始める。なんだかうんと疲れた数分だった気がした。

 

「沖田はもう教室にいるらしいよ。職員室に用があったらしくて、部活勧誘の嵐を免れたって」

 

「俺も早く来ればよかったな」

 

「ほんとその通りだよ。他の運動もしてみたいけど、私たちは一応すでに創部が決まってるからね」

 

「しまった。俺もそう言って断れば良かったのか。あの二人のキャラが濃すぎて思い出せなかった……」

 

「あはは、たしかに」

 

 未だ歩き慣れていない校舎に入り、すぐの階段を上がって教室に向かう。教室にはあの嵐を抜けて来た猛者どもと、開いた窓からさすにもたれかかって下を見る沖田の後ろ姿があった。

 ああ、お尻がちょっと突き上がってる、鷲掴みにしたい。

 

「おはようっ、沖田よ!」

 

「おっ、と。おはようございます、武蔵さんに剣心くん」

 

「おはよう、沖田。(いろんな意味で)良い朝だな」

 

 っと、南無三南無三。

 

「すごい人ですね。二人も上から見てすごかったですよ。こちらに向かって歩いてく二人に声をかけようか何十人かついて来てましたし」

 

「さすがにねー。やっぱり目立つかな」

 

「ですね。ちなみに剣心くんが変な二人に絡まれたのも見てましたからね」

 

「なに、助けてくれても良かったものを」

 

「無理ですよ。出たらきっと私も引っ張りだこですからね!教室から助けようとでもしたら私は三年間変人扱いで青春を終えることになります」

 

 指を立てて説明する沖田。

 

「それに」

 

 続けて、

 

「二人は新しい部活――真剣術部の部員なのでしっかりしてもらわないと」

 

 そう言った沖田は胸ポケットから丁寧に四つ折りにした一枚のプリントを取り出す。

 再生紙かなにかはわからないが、そこには真剣術部の設立決定とともに、その大々的な発表を学園内で行うために体育館での部活動紹介の時間で「模擬実践/演武」を行って欲しいと通達されていた。

 

 

 

 

 

一、

 

 

 

 

 

『真剣術部創部について』

 

真剣術部とは、2×××年4月から創部された部活である。部員は国から支給された「国家太刀別認許状」を所持している者に限る。

必須事項については下記に記す。

 

 

・「国家太刀別認許状」所持者のみ入部可能とする

・活動場所は「講堂体育館」とする

・「講堂体育館」は三年間一般生徒の立ち入りを原則禁止とする

・責任者は学年主任高岡越(たかおかえつ)とする

・沖田総司、宮本武蔵、剣城剣心が学園に所属する三年間のみとする

・真剣術部の規則については、学園の部活規則ではなく国の「国家太刀別認許状」所持者の規則を第一遵守とする

・しかし、一部私立星詠学園高等学校の部活規則に則るものもあるとする

 

……

 

以上

 

 

 

 

 

二、

 

 

 

 

 

 「模擬実戦/演武」と実戦の差は一体何なのか、と聞かれるとその明確な差は当てるか当てないかであろう。模擬実戦は当てないが戦っているように見せ、実戦は斬り合って血を見る場合もある。

 さすがに生徒の前でそういったものを見せるわけにはいかないので今回は当然模擬実戦なのであろう。かと言って、実戦より見応えのないものと問わればそれはないと即答する。斬る前に剣を止めるのはかなりの技術が必要だ。それなりの達人となれば僅かに寸止めにしようとした隙間に容易く刃を入れて反撃をしてくるし、そも普通に寸止めが難しいときもある。

 即ち、模擬実戦といえど気は抜けないのだ。

 

「……」

 

 一年生の授業開始初日はどれも自己紹介ばかりで少し退屈である。たまに教師がおもしろい話題を振ってくれるため笑えるはするのだがお堅い教師に当たったときの自分語り、もとい教科の説明は何度夢うつつとなったことか。

 ちらりと横を見遣れば、左斜め上には沖田さんが退屈そうだが真面目に話を聞いている。右を見れば武蔵が盛大に舟を漕いでいる。ほんとどこのバミューダなんだと突っ込みたくなるほどに。そして一度がくんとジャーキング現象を起こすと目を開けた。奇跡的に見ていたクラスメイトは少なかったのか、気恥ずかしそうに様子を伺う武蔵と目があった。

 俺は静かに前を向いた。

 

「――さて、ともかく数学とは一見なにに使われているようかわからないが、私たち身の回り全てのものに応用されて使われている。その基礎を学ぶために……」

 

 時計の針がもうすぐ授業の終わりを告げようとしている。やっと数学が終わる。一番苦手な教科である。

 

「では今日の授業はここまで、明日からは触りといえど本格的な内容が始まるので目を通すくらいは教科書を読んでくるように」

 

 教師は最後にそう言い、挨拶をして出て行った。

 入れ替わるように尾鷲先生が入ってくる。

 

「ほいさー、じゃあホームルームして終わるぞ」

 

 尾鷲先生はとりあえず一日なにか無かったか、明日は部活動紹介なのでできるだけ休まないこと、授業でわからないことがあれば水・金の放課後は補修授業が誰でも受けられることを伝えた。

 

「あ、沖田と宮本と剣城。3人はあとで話があるので残っておくように」

 

 教室が一瞬騒つく。普通ならば悪いことをしたのか、と勘ぐるがそれも杞憂で三人の共通点を挙げれば栓無きことだ。

 

 どうせすぐわかることなので特に考えずにホームルームが終わり、放課後がやってくる。前の教卓で作業をしている尾鷲先生のところに行く前に、沖田さんが小走りで寄ってくる。

 

「なんの話ですかね?」

 

「む、沖田さんも知らないのか?」

 

「ええ」

 

 今朝も創部の紙を持ってきていた手前、事前に話があったのだろうと勘ぐっていたが違っていたらしい。彼女の桃色のアホ毛が心なしかはてなマークに見えてくる。

 

「ま、行けばわかるでしょ」

 

 武蔵も来たようで、三人で教卓へ向かう。

 

「先生、お話とは一体なんでしょう」

 

 沖田さんが先頭を切って尋ねる。

 今日の日誌の返信を書いていた先生は顔を上げた。

 

「大したことじゃないんだけどね。学年主任に聞いたんだけど、三人は明日、部活動紹介に出るんでしょ?」

 

「ええ、まあ」

 

 規則上、俺が所属することになる真剣術部は新入生の募集などしない。しかしそれでも参加することになるのは話題性と宣伝、そして「学園にはこんな生徒がいる」という刺激促進だろう。打算的なものも多いだろうが、それよりもこの実力が注視される学園では切磋琢磨という言葉どおりの効果を見込んでのものと思われる。

 

「高岡先生は創部申請で忙してまだ詳しく話を聞けてないんだけど、服装とかはどうするつもり?」

 

 ユニフォーム的な話だろうか。

 バスケ部ならば全体的にゆったりとしたノースリーブ風。野球部は砂地に擦れて良いよう少し強めに作られている。ユニフォームに限らず、バッシュやスパイクといった道具の話も含めてだろう。

 

「一応会議で上がったのは学園側は特に指定の服装は無いってことかな。さすがに相応しくないものくらいの区別はつくだろうけど、そうじゃなければ自由。でも部活動紹介っていう行事の中だから、ジャージとか着るなら学校用体操服にしてほしいかな」

 

「なるほど、軽薄な感じじゃなければ構わないと」

 

「そう」

 

「でしたら私の方は道場着があるので、それを着れば問題ないと思いますが……」

 

「ん、私も大丈夫かな」

 

「ああ。俺も国巡りをしていたときの袴がある」

 

「そういうのだったら全然おーけね。よろしく。

刃物のことだけど、当然刃引きしてるだろうけど血が流れるようなことはご法度。あなたたちにこういうのも失礼かもしれないけど、万が一にもないようにお願いします」

 

「わかりました」

 

「はーい」

 

「了解です」

 

「それくらいかな……あとは、うん。特にない。明日はきっと注目されるだろうから緊張しないようにね。それに、私も含めて学園長や先生方も生で見られる帯刀許可者の模擬実戦はすごく楽しみにしてるから、頑張って」

 

 楽しみにしている。

 ああ、それはきっと俺も同じである。希少価値の高い帯刀許可者。彼らは世に尊まれる存在であり奇人変人の代名詞である。かくいう俺も逸人だと自覚は少しあるがまだまともな方だろう。

 それでも、それでもだ。やはり、強い者と戦えるのは、なんと楽しいことなのか――。

 最後に、妙に苦笑いをしながら「終わりかな」という尾鷲先生が妙に印象的だった。

 

 

 

 

 

三、

 

 

 

 

 

 家に帰ってきた俺はそそくさと自室へ入る。

 ずっと空きにしていた部屋で帰ってきたときには小学生のままの内装だったが、さすがに今は置いていたものをほとんど捨てて年相応のものになっている。やはり一番変わったのはベッドの大きさだろう。子供用だったもの大人用、セミダブルを越してダブルになっている。寝返りを三回うっても落ちないのは魅力的であった。

 そのベッドの下にある、付属タンスを開ける。そこには俺が国巡りのときに集めたものや、ずっと着ていた袴が仕舞われている。

 

「問題ないな」

 

 灰色の上着に、黒色の袴。汚れが目立ちにくいように選んだ師からの頂き物だ。ほつれがあれば自分で治し、身体が大きくなれば当て布をする。さすがに子供用を今の体躯に合わせて誤魔化すことはできなかったため、二代目だが補修した傷跡が少し目立つ。

一番下にあった‟徳”の字が金糸で彩られた黒い羽織は置いたままに立ち上がる。ベッドの上に上着と袴を置くと、今度は刀掛にかけた刀を取る。

 鞘から抜き、柄を顎に持って直線にする。鈍りはない。特殊な技法で刃引きされた刀は刀身に一つの傷もない。銘を、

 

 ――姫鶴一文字(ひめつるいちもんじ)

 

 俺が持つ二刀のうち一つ。

 鍔が無く、通常の刀より太い刀身が特徴的だ。柄はもう一本も同じく黒色に統一している。

 この刀の持ち主は武家上杉の上杉景勝。今では重要文化財に指定されるほどの上物だ。

 鞘にしまって元に戻す。明日は模擬とはいえあの二人と刃を合わせるのだ。無駄に夜更かしなんてして身体に不調が出れば申し訳ない。ならば、今夜はなにも考えず眠りにつくのが吉だろう。

 

 春少し風が暖かい今日日。

 現代に生きた剣客が鉄を打ち鳴らす。

 それでも安らかに眠れるのは、やはり彼ら彼女らが世に相応しく奇人変人なのだからだろう。

 

 

 




・占子ちゃん、幽ちゃん
占い研究部、オカルト研究部。一応違う部活だが、人数の少なさから合同部として存在している。
占子ちゃんはほんのり赤っぽい黒髪を肩まで伸ばし、制服の上に中世魔女風のコスプレをしている。
幽ちゃんは燻った銀髪を腰までのばし、大きな目の下の隈が目立つ。ちなみに寝不足ではなく体質。白装束姿。ちなみに授業時間などはちゃんと制服を着ている。





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七刀目!

 

 

 学園の体育館は恐ろしく広い。

 それは一般の高校とは想像できないような、まるで室内競技場と呼称されるほどの広さである。新都に降りていけばいくつか借りられる総合体育館はあるが、もしかするとそこよりも……これで長期休暇以外は一般開放していないのだから学園は贅沢なことこの上ない。

 現在の時刻は午前十時を過ぎた頃。

 部活動紹介は一限、二限と時間を取っているためちょうど中間あたりだ。先ほどトイレ休憩が行われ、今再び部活動紹介が始まったところだ。ちなみに真剣術部のお披露目は一番最後。あえてそうしたのかはわからないが、本来あった剣術部が一番最初だった。

 ふと、昨日三人で話した会話が頭に浮かぶ。

 

『明日、私たちが会うのは体育館の真ん中にしよう』

 

帰宅途中、歩いていた武蔵が唐突に言った。

 

『きっと時間よりも早く会えばお互いに我慢できなくなっちゃうから。そのほうが良い』

 

ずいぶんと物騒だ、と言おうとして口を閉ざした。

 

『ええ』

 

『ああ』

 

 短くそう答えた。

 今日に関する話はそれだけだった。二も三も言葉を交わすことなく当たり前かのように今日を迎えた。まだ一度目、一度目だが、同年代よりも起伏の少ない感情が揺れ動いた感触が心の臓と喉の渇きから理解できる。

 少し空いた扉の隙間——舞台裏とでもいうのか——から覗くと体育館の中心が盛り上がって四角形の舞台となる。いやはや、金をかけ過ぎである。その様子を見た新入生は、二階座席部分で騒々とする。

 前に終わったのは弓道部、それは最後から二番目を表す。故に、次に現れるのは部活動紹介のプリントに書かれた最後の項目——真剣術部。一部生徒は最初の剣術部となにか違うことに気づく。一年Bクラスは三人がいないことにようやく見当がついたのか他クラスより盛り上がっている。

 

「『さて、本日最後の部活動紹介です』」

 

 放送部による紹介が始まる。

 

「『今年度、私立星詠学園高校にはある三人の生徒が入学いたしました。

 私たちが生まれるよりも前、日本は文武両道法という武道、スポーツ、芸術、勉強……ありとあらゆる才覚を育てる法を成立し、国民がより豊かに生活ができるようにしました。

 時には世界選手権で日本人が金メダルに輝き、時には学術論評で日本人が高く評価され、改めて日本は隆盛の一歩を踏み出しました。』」

 

 おう、なんかマイクパフォーマンスが凄くないか?

 

「『しかしどうでしょう。

 未だ実際の目で、私たちの目で、現実で彼ら彼女らを見たことがある人物がいるでしょうか?「ある」と答える方もいるでしょう。

 ――だが、それでも、

 今日という日は違います。

 「真剣術部」とはその名通り真剣による剣術を競い合う逸脱した部活動。今年より創設された、おそらく今年より三年間のみ存在する幻の部活です!』」

 

 きっと彼はこの先もなにかマイクと関わって生きていくのだろう。

 そんなどうでもいいこと(・・・・・・・・・)を考えていると、上回生である案内人が扉をあけて掌を見せる。

 

「『では、入場してもらいましょう。

 真剣術部の皆さんです――!』」

 

 案内人が掌を下ろし五本指を舞台へ向けた。

 

 

 

 

 

一、

 

 

 

 

 

 寡黙なまでに音の無い体育館にからんからんと小気味の良い足音が鳴る。音の主は一人の男――下駄を履いた、剣城剣心だ。

 静謐であるあまり神聖さすら感じさせる体育館にこつんこつんとヒール音のような足音がなる――刺し々な雰囲気があるヒールブーツを履いた、宮本武蔵だ。

 異様な閑寂さを取り巻き息苦しさすら覚える体育館に無音なるままに歩く――足袋のようなものを履いた沖田総司だ。

 

「……」

「……」

「……」

 

 ここ三日ほど、会えば動物ですら言葉を話すとも思われた騒がしい三人に言葉はない。

 その空気は見事な前フリをしていた放送部員にも伝わったのか思はず声が出ない。それでもなにか言わなければならないという使命感に駆られ、息を呑んで発する。

 

「『な、なんという空気でしょうか。まさに今より死闘が行われるかのような、それこそ日本刀のような鋭さ。しかし、ご安心を。三人が用いる刀はすべて刃引きされ、また今回は当てることなく寸止めで決着をつけるルールとなっております!』」

 

 見ていた者に、というよりは佇む三人に向けられた言葉であった。

 

「ずいぶんと煌びやかな彩りだな、武蔵」

 

「でしょ。手作りなんだよ」

 

「く、乙女的に負けた感が……」

 

 張り詰めた糸から一変、和やかな雰囲気が生まれる。

 なお剣心の皮肉ともとれる言葉にそんな意味はなく本心である。

 

「『ご、ごほん。ではそれぞれの紹介を……』」

 

 一人、天然理心流師範位一年B組沖田総司。

 一人、二天一流継承者一年B組宮本武蔵。

 一人、特に流派はないが国巡りをした実績がある一年B組剣城剣心。

 剣心はともかく、度々テレビで特集が組まれている天然理心流の天才剣士の名は高いのか「知っている」と声が上がる。海外にも名高い二天一流の唯一の継承者である武蔵も、その腰にさす二刀をまじまじと見られている。

 

「『さて、もはや語ることはないでしょう。

私たちは今日、改めて帯刀許可者たちの実力を見ることができます——真剣術部の皆さん、お願いします!』」

 

 

 

 

 

二、

 

 

 

 

 始めの数秒は沈黙。あとの一秒は普段の歩行動作と変わらないような一歩と、中心でかち合う三人の姿であった。

 

「やはり、初撃で崩せるほど甘くないですね」

 

「はは、わかってたけどそこまで簡単に受けられるとは!」

 

「……む」

 

 突き、袈裟斬り、薙ぎ払い。

 それぞれ三人の最速を出し合ったが、タイミングよく刀が弾かれた。

 火花が散る。

 刹那の間、取られるほど生半可な力量ではない。

 沖田は一歩下がり刀を肩に乗せた構えで次の一撃を出す。

 武蔵は左足を前に出し腰を低く二刀を横に並べる。

 剣心は納刀し、一本の刀にのみ手を添える。

 

「……は」

 

 少し漏れた息、耳ざとよく拾った剣心は誰よりも早く刀を沖田の前へ出す。それは武蔵に向けられた突きを止めることになる。

 このまま押し出し下がり、それから肉薄すると考えた沖田だが触れた刀先と刀身は揺れるばかりで前に押し出せなかった。

 その二人を見て黙る武蔵ではない。出した左足を軸に半回転。右足を前に出す形をとり、脇を開いた構えで大きく両手を振るった。

 

「――と」

 

「っ……」

 

 沖田は一歩下がり、剣心はその場で後ろへ倒れるように伏せることで逃げる。右手の刀を沖田への牽制として出しながら武蔵は体勢を崩した剣心へ追撃を加えるが、歪な体勢で脚を広げ踏ん張る剣心は刀を両手に持ち鍔迫り合う。

 腰の入った一撃は剣心の態勢をさらに崩そうと凌ぎ合う。

 

「――」

 

「手前に出した剣だけとは、甘いです!」

 

 地面に紙が舞い落ちたような、か細い足音とともに沖田が二人に突きを出す。どちらかを仕留める、などは考えていない。どちらも仕留める、が常に脳内にある。

 突き(・・)ならば斬るよりも寸止めの勝敗法がわかりにくいが、認めないなど小狡いことをして勝つような真似はしない。

 

 ――一歩、

 ――二歩。

 

 彗星のような突きが繰り出される。

 対し、二人がとったのは回避行動一択。見た目は華奢だがその威力は油断することなかれ、全身運動を使って空気を裂いてくる一撃は容易く自身の持つ刃を弾いて迫ってくる。

 

「はっ」

 

「ぬ」

 

 回避行動をとった武蔵と、突きを出した沖田の耳に入ったのはからんと下駄が付く音。頭が考えるよりも先に身体が動き剣心の方に刀を出す。

 ――しかし、

 二人が目にしたのはこちらに向かってくる姿ではなく地をかける狼のように低い姿勢で二人の間を抜ける剣心。「しまった」と猛省する前に晒した背に来る攻撃に迎撃態勢を整える。

 横薙ぎ一閃。

 

「……まじか」

 

 呆れともとれるのか、諦めともとれるのかぼやいた剣心はくつくつと笑った。

 肌を切るつもりはなく布地一片で済まそうと思った不意打ちは二人にあたることなく、武蔵は左足を回すように背後へ出したヒールブーツの下面で逸らし、さらに沖田のほうへと誘導した。その逸らされたものを沖田は右手に持った刀の柄を左の脇に通すことで弾いてしまった。

 

「無理だな」

 

「終わりません」

 

「だね」

 

 ほぼ同時のタイミングで三人は後ろへ下がる。初期位置に近い場所で見合った三人は揃って鍔を鳴らした——つまり、納刀した。

 

「【…………】」

 

 一分も経っていないのだろうか、僅かの攻防に体育館の殆どが飲み込まれていた。息をする暇さえなかったのか汗をかいてる生徒もおり、至高が垣間見えた均衡に魅せられたのか満面の笑みを浮かべた者もいる。

 停滞した時間にバツが悪そうな顔をする三人は互いに何とかしろと視線で訴え合うが動かない。

 数秒して負けた沖田が舞台端にあったマイクをとった。

 

 

 

 

 

 

三、

 

 

 

 

 

 

「――えー、おっほん。もしかすると見ていた方たちにとってはあまり見栄えのない競り合いだったかもしれませんが……私たちとしては以上です」

 

「……」

 

「……」

 

 う、うわぁ……。

 当たり障りもないし起伏も何もないセリフである。

 先までのマイクパフォーマンスはどこいったと言いたいほど押し黙る放送部員に、一応は喜んでくれたのかちらほらと拍手が聞こえる。別にそういう意味でやったわけではないが何となく嬉しい。

 

「(なんかほら、部活について!)」

 

「あっ、そうですね……んん、ご覧の通り私たち真剣術部は三人全員が帯刀許可者です。真剣術部の「真」とは別に真なるとかではなく「真剣」という意味です。なので剣術部とはまた違った視点から剣の道を歩く部活と思ってもらって結構です」

 

 渋紫色の袴を揺らしながら剣術部との比較はしないでくれ、と遠回しながらに言った。

 

「ともかく、私たちは私たちでこの学園の新しい部活として切磋琢磨、また勇往邁進していきたいと思いますのでよろしくお願いします!――ッ(なんか二人も行ってくださいよぉ!)」

 

「「……よ、よろしくお願いします」」

 

 様になっていた気がするがそれでも思うところあったのかこちらに降ってきた沖田さんの言う通り頭を下げた。

 顔を上げると大きな拍手が起こり「よろしく」といった掛け声が降り注ぐ。ようやく放送部員も復活したようで退却をしようか決めかねていた俺たちを促してくれた。

 

「【いや、すごい攻防でした。こんな人たちがいるとは同じ学園生として非常に嬉しいです。真剣術部の三人方、ありがとうございました!】」

 

 舞台から降り裏へ行く。今回は来たときと違って三人で並んで歩いている。

 

「あぁーわかってたけどさすがに決着は付けらんないよねぇ……」

 

「斬り合いならばわからないが、寸止めだとな」

 

「真剣じゃなくて木刀で申請してたらワンチャンありましたかね?」

 

「先に木刀が折れそうな予感」

 

 世にいう達人は紙であっても胡瓜を切れる、などいうが現実にそんな者はいない。もちろん科学的に解決する方法はいくらでもいるが、この場合は道具の扱いについてだ。例えオリンピック選手であっても輪ゴムで百メートル先のリンゴを撃ち抜くのは不可能であるし、それと同じように俺たち、少なくとも俺の技は真剣であるのが前提に倣い編んだ技が殆どなので仮に木刀であっても不本意な結果で終わっていた気がする。

 

「それにしても武蔵さん、本当にその武着は不思議で可愛らしい装いですね」

 

「ふっふーん。良いでしょう?元々は丈夫な紺色の布地だったんだけど、少しずつ改造していって動きやすさと可愛らしさを追求していったんだ」

 

 むふーんと胸を張る武蔵。

 いやはや極楽極楽、往生せなんだせなんだ。かーっ、胸元素晴らしいなぁ、雫になって滑り落ちたいものだ。

 と、培った表情筋で無表情を保つ。

 

「沖田さんの道着も良いと思うぞ。髪色にあって、桜のイメージだ」

 

「なんと言っても特注ですからねぇ!印可をもらったとき特別にうちの父が作ってもらって、これとはまだ別に正装もあるんですが、今回のような場にはぴったしです!」

 

 きっと聞いて欲しかったのだろう。噛むことなく言い切った沖田さんの袴はふりふりと揺れている。肌触りの良さそうな生地だが、是非とも腰あたりから太ももを撫で回して確認させてもらいたい。決して変な意味ではなく材質把握のためだ。

 

「剣心君は?灰色の道着は見るけど、あんまり無いよね」

 

「うちの道場も年配者が使ってるイメージですかね」

 

 ふむ。まあ、確かにこの道着は珍しいものではない。灰色も割とあるものだし、汗が滲むことや汚れを気にする者ならば近い色のものを選ぶだろう。

 ——だが、どこにでもあるからこそ、それにある思い出という付加価値はより鮮明に映える。

 瞼を閉じることなく思い出せる色褪せない始まりの記憶。俺が初めて師匠について行くと決めたその日、なにも言わずに師匠は俺の手を引いた。

 

『私からの餞別だ。これから苦楽を共にする衣服を決めな』

 

 襟を握る。

 洗濯しているとはいえ滲んだ汗はそう簡単に落ちない。当然洗濯機なんて上等なものはなく、時に雨の下洗ったものだ。

 

「ふっ、大したものではない。師匠からもらった餞別品だ」

 

「剣心くんの師匠……」

 

「間違いなく帯刀許可者、それにたぶん並みの実力じゃない」

 

 ああ、そうだ。

 高尚なものではなく、むしろ質素な品。二人を否定するわけではないが俺にはこれくらいがちょうど良い。雨風を防げ肌を隠せれば結局のところなんでも良いのだ。

 

「聴きたいなぁ剣心のお師匠の話」

 

「ああ、興味あります興味あります!」

 

「また今度、もっと時間があるときにな」

 

 決してこれが……本当に二人の特注でかっこいい道着と違って、初めて師匠に首根っこ掴まれて連れていかれたホームセンターコー○ンのスポーツコーナーで買ったものであることを隠すためにはぐらかしたわけではない。

 

 

 

 







・名もなき放送部員。
将来、どこかの地下格闘技場で司会をやりそうなタイプ。

・その他
更新が遅れて申し訳ないです。こちらを中心に本日より更新していきます。
書きだめが多いわけではないので不定期なのはご了承ください。




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八刀目!


チラシ裏でも呼んでくれている人がいる。
当作がチラシ裏である理由は、原作より大きく設定が変わっているからであり、表で望まれているものではないため。
そしてなにより、チラシ裏は書きやすい。
原作を借りたオリジナル話を書くのは、プロット作成含め楽しいんだ!!


だって、たまに気付いた人がフラットやってきて、にやっとしながら表へ帰っていく。まるで秘密基地のようだ。





 それは沖田が実家兼天然理心流道場に帰った矢先に起こった。

 

「――こら沖田!てめぇ勝手に道着持ち出してどこに行ってんだ!」

 

「ぎゃあっ!」

 

 ——鷲掴み。

 アイアンクロー、いわゆる脳天締め。沖田の顔程大きい掌が脳を締め付ける。まさか自分の実家で襲われると思っていなかったため身構えることなく捕らえられた。

 

「この痛みは土方さんっ!?」

 

「人を痛みで覚えんな、失礼な奴だな」

 

 もはや足が浮いた状態でばたつかせる沖田に逃げ場はない。

 土方と呼ばれた男はそのまま沖田に問う。

 

「沖田。通常の道着はともかく天然理心流の桜道着を外に持ってくのはいつも一言言えって言ってんだろ。わざわざ学校に持ってくなんてなにしてんだ。見せびらかしてきたんじゃねえだろうな?」

 

「なっ、なわけないですよ!今日は部活動紹介で模擬実戦して欲しいとあったのでそのために……」

 

「部活動紹介?……昨日言ってたやつか」

 

 ようやく力が緩み沖田は解放される。思はず地べたに膝をついて息をするのは決して力不足ではない。こと土方という男は沖田の仕置のさいに関しては倍以上に力が出るのだ。

 

「相変わらずの馬鹿力……」

 

「誰とやったんだ?」

 

「武蔵さんと剣心くんです」

 

「ああ、二天一流の麒麟児か」

 

「武蔵さんのことを知ってるんですか?」

 

「逆にお前が知らなかったことが驚きだ。

 二天一流の宮本武蔵。そもそも二天一流にとって武蔵(・・)という名前がどれだけ大事か知ってるか?剣術宮本家において開祖と同じ名前を持つのは先祖返りか、その技量に到達した者のみ。後名(あとな)が武蔵ならともかく、元名(もとな)が武蔵なのは開祖を除いた今代の、つまりお前があったその宮本武蔵だけだ」

 

「開祖宮本武蔵……じゃあ武蔵さんは」

 

おかると(・・・・)を信じるわけじゃねえが、その武蔵が産まれたときになにか天命でも降ったんだろうな。一昔前から武蔵の名前は武人の間では良く聞いた」

 

「なるほど」

 

「まあ、お前が天才剣士って言われてるのに対し向こうは麒麟児。いや、おそらく‟児”は超えて成体にすら届いてるかも知れん。二天一流の奥義は見たことはないがとんでもないもんと聞く。不甲斐ない鍛錬ばかりしてるとあっという間に置いてかれるぞ」

 

「わ、わかってますよ。道場に行ってきます」

 

 決着付かずの模擬実戦。決して自分が劣っているとは思わない、思えない。それほどまでに積んできた鍛錬と確かな実力への自負。だが、同世代にも勝敗が見えぬ相手がいるならばそれは確実に沖田総司という人間をさらに成長させる糧となる。

 

「持って行った道着、洗濯機に出すのを忘れるなよ」

 

 早足に去る沖田の背に土方は適当に投げかけた。良い発破になったか、と考えるとともにその環境を少し羨む。

 あの二天一流の麒麟児が隣にいるのだ。開祖宮本武蔵が書いた『五輪書』は穴が空くほど読んでいる。剣術家ならばその人生で必ず読む本と言って良い。

 しかし、もう一つ土方には心残りがあった。

 

「剣城剣心、か」

 

 名前に剣が入っているが土方の聞いた範囲では著名な実力者はいない。特別な家系でもなければ、一応は平凡な一族のはずだ。それよりも気になるのは沖田が入学初日で話したその流派。

 

「――徳仁難門那陰流(とくにんなんもんないんりゅう)が本当に存在していたとはな」

 

 曰く――魔王の系譜。

 正式な継承者はその時代において必ず一人しか存在せず、不確かな流出を防ぐために流派の師匠は幼い頃から適当な子を攫う。そしてありとあらゆる流派から、ありとあらゆる技を洗脳のような環境の中教え込み、産まれた一人の剣士は伝えられた技を完璧に模倣、モノにして新しい技を作り出す。

 その形から、

 

 ――剣術を記録するための流派

 

 と言われている。

 

「幻の流派。噂話程度の眉唾だと思ったが……はぁ」

 

 土方は雑に頭を掻いて元いた居間に戻る。

 

「今年はあいつにとっての厄年だな」

 

 普段は厳しい目で見ているがそれでも妹分。幼少の頃から付き添った保護者の立場もある。ならば、その素性は調べておかなければならないだろう。

 

「道場に招く、か」

 

 当人にとっては幸い、土方も師範としての仕事や道場には予定が半年は詰まっている。仮に近いうちに呼ぶとしたらそれは――七月以降、夏休みになるだろう。

 剣心にとって過酷か否か、知らぬところで目をつけられたのであった。

 

 

 

 

 

一、

 

 

 

 

 

 春狩目黒『今日のお三方、すごかったです』

 

 剣城剣心『別にそんなことはない』

 

 春狩目黒『いえ、そう謙遜なさらないでください。刀を振るう剣城君はかっこよかったですよ』

 

「……」

 

「なにニヤニヤしてんのお兄」

 

「別に」

 

「あらあら、息子もついに彼女の一人や二人連れてくるのかしら?」

 

「いやお母さん二人連れてこられたら困るでしょ」

 

「その二人が認知してたらかまわないわよ。お母さん孫はたくさんの方が良いもの」

 

「えぇ……」

 

 

 

 

 

二、

 

 

 

 

 差し込む光は暖かく、開けた窓からは風吹いて埃を攫っていく。

 俺たちがいるのは真剣術部の活動拠点となる旧講堂体育館。六限までの授業が終わり、初日から本格的に活動はせず、使用させてもらう礼儀で自ら掃除に勤しんでいる。

 

「雑巾掛けで一日終わりそうです」

 

「その前に上の埃落とすからな」

 

「高いところは苦手ですか?」

 

「特にそういうのはない。足を滑らせないように気をつけよう」

 

 俺と沖田さんは二階構造になっている、いわゆるキャットウォークからできるだけ埃を落としてしまう仕事を担当。武蔵は講堂脇の部屋を部室扱いにしようと中を整理している。

 借りてきた掃除用具で壁や窓枠を叩くが面白いように埃が湧いてくる。これは業務用の掃除機も借りてこればよかったかもしれない。

 

「くぅ、中々の埃っぽさ。けほっけほっ」

 

「大丈夫か?」

 

「すみません……」

 

 咳き込んだ背中を撫でる。

 ――む、これは下着のホック。後ろ派か。

 

「一通り叩き終わるまでそっちで休んでいてもかまわないぞ。落ち着いたらここからさらに下へ埃を落としてくれ。上の埃を落とすよりはマシだろう」

 

 俺はそう言うと、二階の座席部分に持ってきていた霧吹きをかける。湿った座席を使っていないタオルで拭くと座れるように整えた。

 

「ありがとうございます、剣心くん」

 

「気にするな」

 

 少し距離を開けた位置で作業を開始する。沖田さんが座っている場所は一際風通しが良い場所なので届かないだろう。

 沖田さんの方を見ると口に巻いていたタオルをとって窓の外を眺めている。時折顔に影ができていることから鳥でも飛んでいるのか。

 

「昔から埃とかが苦手でよく咳き込んでいたんです」

 

「喘息のような感じか?」

 

「はい。器官が弱くて小さい頃は頻繁に熱を出して両親を困らせていました」

 

「そうは見えなかったがな」

 

「今は剣術を始めてから少し丈夫になったんです。体を動かすことくらいなら大丈夫なんですが、さすがに埃に当たると厳しいです」

 

「ならば尚の事綺麗にしなければならんな。斬り合って咳き込んで、見せられた背中は斬り難い」

 

「いやそこは斬れないって言いましょうよっ!」

 

「ふっ、つまらぬものを斬ってしまったな」

 

「残酷ですね!というか斬ること前提!」

 

 沖田さんと意味のない会話を交わしながら、小さな蜘蛛の巣も排除していく。粘着性のある液体を箸に塗ってはくるくると回せば容易い。使った箸を入れる袋には殺虫性の餌が仕込んであるため出てくる心配もない。

 

「武蔵さん、武人の間ではすごい有名な人なんですよ。なにやら麒麟児とか、知ってました?」

 

 完全に昨日の受け売りなのだが剣心は知らない。

 

「そうなのか……?まあ、確かにあの技量があれば麒麟児と呼ばれても不思議はないな」

 

「ですよねぇ。天才剣士とか言われてちょっと調子乗っていた私が少し恥ずかしいです」

 

 冗談めかした様子で沖田さんは言った。

 麒麟児、か。あの場で単純な技量は確実に武蔵が一番だった。ただの技量とは少し違い、身体の使い方が巧い。最後の斬りを足裏で流されたこともそうだが、完全に二刀を手足のように扱っていた。

 あくまでも推測だが、技量は武蔵、速度は沖田さん、力比べは俺といったところか。

 それでも三人は名前が付いた技を出していない。本当に戦えば下馬評など簡単に覆る。

 

「いや、天才に恥じぬ突きだったぞ。あの速度の突きを連続されていれば受けられなくなるか、舞台から弾かれていたかのどちらかだったな」

 

「えへへ。沖田さん天才ですから」

 

 おい謙遜どこ行った。

 

「武蔵さんももちろん気になるんですが、剣心くんのアレはどうやったんですか?」

 

「アレ?」

 

「ええ……下駄音がして、私たちの間を抜けて背後を取った技です」

 

「難しいことはしていないぞ。それに、なんとなくわかってるんじゃないか?」

 

「予想ですが」

 

 目線で続きを話すよう促す。

 

「反応――反射ですかね?それを利用されたような気がします」

 

 さすがである。

 

「初心者や素人は基本見て打つ(・・)が当たり前ですが、私たちや玄人の領域に入ると目で見るのは二番手、一番手に気配や直感というものが殆どです。それは決して適当なものではなく、言うなれば無意識に相手の動きすべてから予測し、体が勝手に動いている状態と言えましょう。

 それを、剣心くんは反射的な動きに繋がる聴覚を利用した。あの音の踏み込みは最速で私たちに突起してくる、だからこそ刀を剣心くんのほうに向けて迎え打とうとした」

 

 大正解だ。

 

「単純な技ですが、それは寧ろああ言った世界で生きる人間にとっては致命的な隙に繋がる要因にもなりうる」

 

「あの場は三人、一対一じゃないからこそ引っかかったこともあるが」

 

 目で一人を見るならば、あとの一人はそれ以外で捉えなければならない。ならば次に信用するのは聴覚と決まっている。さすがに一対一のときに小手先過ぎるあれは使わない。

 

「ですが剣心くん。剣心くんの刀の使い方はああじゃないですよね?」

 

「……」

 

「私はてっきり武蔵さんのような二刀の構えで来ると思ったのですが……それは良いでしょう。

 納刀の仕方です。剣心くんは右手に持った刀を左手で一度持ち替えて、刀を回しわざわざ逆手にして納めていました。以前から少し疑問に思っていたんですが、普通刀は反りが下向きに下げますよね?」

 

 今は掃除中で、三人とも刀は近くに置いている。現に俺と沖田さんは最初に埃を落とした窓際に立てかけていた。腰にかかってはいないが、幻視するように見てくる沖田さん。

 

「本来の構え方は――右手に正手、左手に逆手の形じゃないんでしょうか」

 

「む、さすがだな。ああ、言っておくがあの場で真剣ではなかったわけじゃないぞ。まだ未熟ゆえ、逆手を持つと寸止めができる保障が無いんだ」

 

 未だ発展、空には依らず。

 帯刀許可書はもらったが師匠からのお墨付きはもらっていない。何も言われていないが、それは恐らく自分がまだ未熟だからこそ。勝手にその意を汲んで危険を避けるしか無かったのだ。

 

「いえいえ。それは私も同じですから……なにが起こるのかわからないのが勝負の常、私の突きも多少の鈍りがありました」

 

 沖田さんめ、それは宇宙支配軍の親玉と同じくまだまだ強化状態があるという遠回しな言い方だな!

 

「いつか本気の太刀合いは必ずくる。そのときはよろしく頼むぞ」

 

「もちろん!私が勝ちますけどね!」

 

「いや俺が勝つ」

 

「いえ私が勝ちます」

 

「いやそれ以上に俺が勝つ」

 

「いえそれ以上の以上に私が勝ちます」

 

「俺はまだ三倍強くなるから俺が勝つ」

 

「私は六倍は強くなるので勝ちますね」

 

「勝負着来たら百二十倍は強くなるから絶対勝つ」

 

「私も勝負着を来たら二百八十倍は強くなるので絶対の絶対勝ちますし」

 

 勝負下着も着ろ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――へっくし。窓が小さいから換気がし難いや。沖田と剣心のほうは終わったかな……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局終わりの見えない小競り合いは武蔵が作業に一区切りを付けるまで続いた。まあ、二階のほうはとりあえず埃は片付いたので良しとしよう。

 

 

 




・天然理心流道場
学園から南へいくと新都。学園から北東に電車で一時間ほどのとこで道場。

・土方さん
バーサーカー。沖田さんの兄貴分。婚約者がいる。

・後ろ派
わかるか?
おそらく晒しを巻いているであろう、本来の沖田のキャラクター性を現代になじませることで、大きな胸をきつく巻いているのではなくブラジャーをつけるこのエロさ。
前もいいが、取るときは沖田さんの白い首筋を見ながらとる、この後ろという尊さ!!!

・その他
「勝負下着も着ろ!」っていうツッコミ初めて書いた。




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九刀目!

 

 

 入学式から一週間は経ち、だいたいの友達やグループが出来て来た頃。それでも度々話題に上がるのは件の三人だった。どうやら学園のことはテレビでも特集され、今年度異例の帯刀許可者三人の入学と、改めて学園の異色性を中心に紹介されていた。

 学園内までカメラが来なかったのは学園長の配慮か、電話取材等は了承したが勝手に写真や動画はとらないでくれと契約したかららしい。さすがに元政治家である学園長には向こうも食い下がれなかったのか多少の伺いはしたがすぐに下がったとのこと。

 

【いかにこの若き剣士たちが、同世代の子たちに良い影響を及ぼすか――もちろん三人にも注目ですがこの三年間で星詠学園からの卒業生にも注目です】

 

【そうですね、本当に『国家太刀別認許状』を持った方々は心、技、体の三つが誠実でなければ貰えないものです。

 これ中村さん、かなり生徒たちにとって良い環境と言えますよね?】

 

【ええもちろんですよ。私も同じ学生なら転校したいくらいですね】

 

【ははは、いやぁお気持ちはわかります】

 

 夕方のニュースで俺たちのことが紹介されていた。

 星詠学園についてのフリップがスライドされると、今度は影になった三人の人型パネルが出される。

 

【では次は実際に入学した三人について見ていきましょうかね】

 

 むふ、何だろうか。少し恥ずかしい。

 

【あのですね、最初の一人はおそらく皆さんも知っていますでしょう天然理心流の天才剣士沖田総司さんです】

 

【あぁ、知ってるわ。去年私取材行ったで】

 

【見たことありますね。すごく可愛らしい()でした】

 

 箇条書きに沖田さんのことが書かれている。

・十四歳にして印加を取得。以来天然理心流史上最年少師範となる。

・帯刀許可書を取ったのはその前後。

・愛刀は加州清光。

など国の文武省のホームページに載っているようなことが纏められている。

 

【さて、お次はこの天然理心流に負けない、むしろ海外ではこちらの方が有名ではないでしょうか。二天一流、開祖と同じ名前を持つ宮本武蔵さんです】

 

【ええー、すご!本物?】

 

【はい本物でございます。文武省に確認をとったところ、正式な二天一流の継承者です。二天一流は当代とその教え子は必ず一人。なので唯一の二天一流ですね】

 

【すごいなぁ。というかすごいとしか言えんわ】

 

【またビッグネームが出て来ましたね……】

 

・二天一流唯一の継承者。

・噂では開祖に匹敵する技量を持つ。

・金打ちに到達し、愛刀は自身で打ったもの。

 中々どうしてこの番組は持ち上げてくれるじゃないか。深くソファに座ってくつろいでるが、手元に置いていたリモコンの録画ボタンを押す。それと同時に二人からスマホにメッセージが届いた。

 

 沖田さん『見ましたか、天才剣士!いやぁ申し訳ないですねー(写真付き)』

 

 武蔵『ビッグネームだなんて嬉しい(写真付き)』

 

 それぞれ自分が解説されているタイミングを計らって撮った写真を送ってきた。

 なるほど、ならばと俺も次は自分の番なのでカメラ機能をオンにする。

 

【さあ最後でございます。女子学生女子学生と来まして男子学生。剣城剣心さんです】

 

 等身大を目標に作られたであろう一番大きなパネルに横へ来ると、アナウンサーがフリップを持って立つ。捲られたフリップは二人と同じように簡単に……、

 

剣城剣心

・男

 

「……」

 

【……】

 

【……実は彼、素性が掴めない謎の剣士でして、文武省の説明を見ても年齢性別などしかありませんでした。特に流派もないのか、言うなれば野生の剣士なんですかね】

 

【なるほど、求道者タイプ】

 

【むしろ今の時代では二人より珍しいですよ。型にはまらない剣術は戦国時代には主流でしたがそれ以降は流派に分かれて行きましたから】

 

 補足や付け足しはそれはそれは饒舌になり足るや。

 

 沖田さん『説明欄男は草(写真付き)』

 

 武蔵『どんまい(写真付き)』

 

 ――沖田総司がグループのプロフィール画像を変更しました。

 

 この後ろ派ホックめが!

 

【ただ学園側の電話取材によりますと、彼はこの歳で国巡りを終えて経験は二人以上にあるんじゃないか、と言っておりまして……今回特集を組むきっかけにもなりました星詠学園真剣術部。その紹介のときに行った模擬実戦では前の二人を出し抜き背後を取った技量を見せたようです】

 

 剣心『出し抜かれた二人、精進するんだぞ』

 

 沖田さん『次は無いですし!』

 

 武蔵『同じく!』

 

 

 

 

 

 

一、

 

 

 

 

 

 ということがあった日の翌日。

 

「男が来ましたよ武蔵さん」

 

「男が来ましたなぁ沖田さん」

 

 ニヤニヤする二人を無表情でやり過ごし、昨日の特集もほどほどに話題はゴールデンウィークについてだった。

 

「新都の方は何度か行ったことはあるんですがゆっくり見て回ったことがないんですよね」

 

「私も落ち着いて来たのが最近だから観光でもしたいな」

 

 前から聞いていた通り、二人は新都で遊んだことはないという。沖田さんは実家が電車で北東に向かって一時間ほどのところにあり、暇だからと行ける距離ではなかった。武蔵は関東の方から来ているためまったく縁が無かったとのこと。

 仕方ない。

 

「案内しようか?」

 

「お、いいの?」

 

「ああ。俺も詳しくはないが何となくわかる」

 

 小さい頃はよく母親に連れられていたので僅かに覚えている。繁華街は今やどんな風かわからないが、場所の案内くらいは可能だろう。

 

「でしたらゴールデンウィークは街に繰り出しましょうか」

 

「賛成、お昼も食べよ」

 

「昼前に学園前集合で大丈夫か?」

 

「了解です」

 

「おっけー」

 

 起きて食べて寝て食べて寝てという予定を入れていた俺はゴールデンウィークに二人と遊ぶという予定を入れた。きっとこれで俺もりあじゅう(・・・・・)という仲間入りだろう。

 

 

 

 

 

二、

 

 

 

 

 

『良い、お兄。初めて一緒に遊びに行くんだからまずは無難に服装を褒めるんだよ?今ははまだ入学したての猫被りでだらしなさとかを見せられない時期だからきっと向こうも服装には気を使ってくる』

 

 そしてゴールデンウィーク初日、俺は約束の学園前で妹の言葉を思い出していた。

 妹によればまだ出会ったばかりの俺たちは隙を見せていない仲であると。また、互いに良い印象を抱かせようと模索しながら、手探りに仲を深めている途中らしい。

 そうであるならば、それをわかっている俺たち自陣の方が先手を取れる。

 妹はものの数秒で検索をかけて二人が着てくるであろう今流行りの服装に見当をつけ、ある程度の身体付きを俺に問うとさらに選択肢を絞った。別にそんなにあいつらの身体など覚えていなかった俺だが、とりあえずスリーサイズと身長は口頭で伝えておいた。

 訝しむような妹の目は初めて見た。いろんな表情が出来てお兄嬉しいぞ。

 

「おーい剣心くーん!」

 

 将来が楽しみな妹は一先ず置いておき、駅方面からやって来た沖田さんの声に反応する。そちらを見ると軽く手を振りながら歩いてくる姿があった。

 

「おはよう、早かったな」

 

「そういう剣心くんこそ、楽しみにしてたんじゃないんですか?」

 

 策得たりと聞いてくる沖田さんに、まあ確かに楽しみにしていたので「そうだ」というと「弄り甲斐がありません」と返してきた。

 並んだ沖田さんの服装をバレないように眺める。

 布地が何枚も重なったような桃色のロングスカートに、ゆったりとした白シャツはサッシュベルトによって止められ、スタイルの良さが際立っている。お山が二つ、眼福だ。

 さて、なんて言おうか。

 

「沖田さん」

 

「はい?」

 

「似合ってるぞ」

 

 シンプルに。事実だけを伝えた。及第点だろう。

 

「――どこがですか?」

 

「……!」

 

 その一言は俺を震撼させるのに、現状一番適切なものだった。

 

 ――どこが……?

 

 どこが似合っているのか。全部だ。全部に決まっている。元あった沖田さんの可愛らしさは春色の服装によってさらに際立っている。

 それをどこ、という返しできた。俺は何て言えば良いのだろうか。そうだ、強いて言うならば、

 

 

 

(――キュッとしまったお腹から滑り台のような胸が良いです)

 

 

 

 などと言えるわけはない。

 そうやって太刀合うとき以上に脳を回転させているともう一人待ち合わせの彼女が来る。

 

「お待たせ、私も早く来たんだと思ったんだけど二人の方が早かったか」

 

 一人暮らしだという武蔵は学園から歩いて少しのとこにある住宅街からやって来た。それを見た沖田さんは小走りに寄るが、俺は先の回答がまだできていない。いや、あの様子から沖田さんまた揶揄う気で言って大した答えなど期待していないのだろう。

 

「……で、剣心くんが私の服装を」

 

「うんうん」

 

「似合ってるって……」

 

「意外とそんなこと言えるんだ」

 

「なので私はどこが、と聞いたわけです」

 

「なるほど。だから固まってるわけだ」

 

 おい沖田ァ!なに話してんだよ!

 

「んふふー、そういうことなら。どう、私も似合ってる?」

 

 ファッションモデルのようにその場で回転した武蔵の格好はデニムパンツに薄い橙色のセーターを着た、学生服の武蔵とはまた違う装いだ。

 

「も、もちろん似合ってるぞ」

 

 だけでは終わらず先に先手を打っておく。

 

「その髪飾りとかオレンジ色のセーターとかズボンとか。あとスニーカーと靴下も良いと思うぞ。ポケットに入ってるのは財布か、それも良い、うん」

 

「うわ、雑な褒め方!」

 

「ポケットに入ったまま財布を褒められてる人初めて見ましたよ……」

 

 結局俺に対する弄りは武蔵にも伝染し、女心、とまではいかないものもこういうときは何と言えば良いかを教えてもらった。女性的には具体的にかつ一番凝ってるところを言ってもらえるのが嬉しいらしい。

 沖田さんの場合は髪色と季節に合わせた彩さを。武蔵は普段の学生服とは違う感触の服を着て来たことに。

 師匠からそういうことを学ばなかった俺はまだまだということだろう。

 

「なあ二人とも」

 

 学園からバス停へ向かう道中、ほぼ葉桜と化した桜を指差す。

 

「なぜあれが綺麗か、風情があるのか説明できるか?」

 

 二人は葉桜を見て首をかしげる。必ずどこかであれは綺麗だと口にしたことがあるだろう。だが、なぜ綺麗か考えたことがある人が世に何人いるか?昔の歌詠みならば息をするように考えただろうが、普通に生きてその美しさに理由をつける者などいない。

 

「桜の木だから、葉に桃色が混ざっているから、風に吹かれる姿が寂しく感情を揺さぶられるから……色々あるかもしれない」

 

 それでも、と続ける。

 

「なにか足りない。あれを表現するには言葉では捉えきれないなにかがあるんだ。

俺が二人に抱いたのもそんな漠然とした、しかし確かなものだった。今更だが、どこが、と聞かれて簡単には答えられないな」

 

 語彙力の無さは仕方ない。これから勉強していけば良い。ただそれらしい言葉を並べるのも申し訳ない、そう思った。

 

「……」

 

「……」

 

「無知な俺を許してくれ」

 

 バス停に着くとちょうどバスが来たところだった。行き先表示は『新都行き鶏噴水前』。

 これであっているな。乗ろうとし、後ろを見ると二人は向かい合い視線を交わしていた。

 

「乗るぞ」

 

「……わかってますよ」

 

「タイミング良き良き、かな」

 

 ぎこちない笑みにどうしたんだと疑問を持ちながらバスへと乗車した。

 

「……誰から学んだんでしょうね、あれ」

 

「……どうだろう、意外と天然物なのかも」

 

 なにはともあれ、ようやく新都へと出発したのであった。

 

 

 



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十刀目!


おっおっおっ沖田さん。おっおっおっ、水着沖田さん……おっおっおっ。


 

 

 

 ――りあじゅう(・・・・・)

 

 この世界にはおよそ二種類の人間に分かれる。

 一つ、陽のあたる場所に生き、学生ならばクラスの者たちに発破をかけ先導したりするタイプ。

 二つ、陰さす場所に身を置き、決して先頭には立たず裏方に徹することで前者を補佐するタイプ。

 これを陽キャラと陰キャラと言い、二分割した社会で人間は生きている。あくまでも妹に聞いたことを適当に掻い摘んで解釈しただけなので当っているのかわからないが、確かに社会の縮図を表すに適した言葉だと思われる。そして、それらの中に階級制度を取り入れた結果、りあじゅう(・・・・・)非りあじゅう(・・・・・・)に分けられる。

 

「おぉ!おぉ!ここが新都の中心ですね!」

 

「人がいっぱいだなぁ。それになんかお洒落な感じ」

 

 二人とも都会に馴染んだ容姿と服装だが、如何せん行動が田舎者のそれだ。自身が他と抜けたところがあり、迷惑をかけること度々だが、それをやられるとなんとも恥ずかしいこと……。

 

「二人とも、眺めるのも良いが移動しないか?」

 

 随分と目立っていた。

 俺たちがいるのはバス停前、新都中心と言われる丸ノ宮(まるのみや)のあくまでも入り口だ。別に入り口などは正確に無いのだが、ここから先はより繁華街になるのだ。

 

「む、そうですね。お昼を食べて散策といきましょう」

 

 一先ず移動を開始する。

 何を食べるか決めながら散策するが、道中目移りすること多々。外から唾をつけるくらいならば良いが、さすがに中に入られるとお昼の時間が過ぎそうだ。

 

「先にお昼だ。これ以上過ぎると、会社員でいっぱいになる」

 

 指を指しながら小物店に入っていく二人の腕をとる。

 もう適当に目に付いた店で良いだろう。

 

「剣心……」

 

「むぅ、絶対あとで付き合わせますからね!」

 

 

 

 

 

一、

 

 

 

 

 

 『宮本惨(みやもとむご)し』とかいう、武蔵と似た名前の定食屋で昼食を済ませた。いつもはずるずると駄弁りながらの食事だが、今日は早めに行きたいのか手短に食事を終えた。

 

「――これは!うどん君の限定ストラップ!」

 

「うわ、なんですかそれ……微妙」

 

「な、なにをぅ!

 このざらつきをも再現した丼、艶で油を表現した天ぷら、絹のような麺!これを至高と言わずなんと呼ぶか!」

 

「うどんさんも良いですけど私はこちらの桜餅のほうが……」

 

「うどん()、ね!たしかにそっちも可愛いけどさ――」

 

 色々なキャラクターのストラップなどが陳列する棚の前で二人は楽しそうに言い争っている。いや、本人たちにとってはただの会話なのだが、沖田さんに比べ武蔵の熱が入っているため少々苦笑いしてしまう。一体どこからそのうどんに対する過剰な気持ちが湧いてくるかはわからないが、''うどん君シリーズ''とやらを次々と籠に放り込んでいるので余程欲しかったのだろう。

 

「どう思いますか、剣心くん」

 

 小さな歩幅で寄ってきた沖田さん。

 

「武蔵さんはこれよりあっちのほうが良いんですって」

 

 真横の位置に着くと胸の前に手を広げて二つのストラップを見せてきた。

 

 ――俺の右肩に左手を乗せて。

 

「…………」

 

 ……………………。

 

「…………」

 

 ――っ。

 …………!――ッッ。

 …………ふぅ。

 この娘はまったく。やれやれ、だぜ。

 

「どっちも良いと思うよ」

 

「――え?」

 

「んん――どちらも良いんじゃないか?」

 

「えぇ、そうですかぁ?絶対桜餅の方が良いと思うのに……はっ、よもや剣心くんも武蔵さんの仲間!」

 

 安心しろそれはないから。

 

「ちぇ、剣心くんならわかってくれると思ったんですけどね」

 

 そうぼやいて沖田さんは再び武蔵の下へ戻って行った。

 しかし、うどんと桜餅か。

 武蔵はうどんで、沖田さんは桜餅。なかなか二人の好物として似合っているというか何というか、俺も二人を見習ってキャラ付けをしたほうが良いのか。だが、漫画の主人公を参考に一度試そうとしたのだが公然わいせつ罪で捕まる可能性があったので断念した。

 武蔵なら武蔵で、普段から白目を向いて「うどん……うどん……」と連呼しているので、食べ物関連で立ち位置を確立するのは難しいだろう。むしろその何も無さそうな、不気味なまでの無表情が俺のキャラだとクラスのみんなにも度々言われたので、すでにそういうのはあると考えても良いのか。

 

「けんしーん!」

 

 お前もか、武蔵。

 

「沖田がこのぴんくのほうが良いって言うの」

 

「はぁ……俺はその手のものはわからんぞ。むしろ武蔵のほうがわかるだろ」

 

 小走りで来た武蔵は俺の左肘付近の服を指先で摘み「ちょっと来て」と合図するかのように引っ張って来た。

 精一杯の表情筋を駆使し、緩みそうな顔を誤魔化す。剣術やってて良かったと心から思った。

 

「この人形なんですけど――」

 

 どうやら今度はストラップから人形へと変わったようだ。次はどんなキャラクターがいるんだと先に立っていた沖田さんが振り返ったとき、二人の正気を疑った。

 

「この――ウデムシ君なんですけど……」

 

「私は絶対ヤスデちゃんの方が可愛いと思うんだよね」

 

 両手に抱えるように持っていたのは、刺々しい外殻に強靭な腕が特徴的なウデムシ。 それに絡まるように巻きついているのはオオヤスデと言われる不気味な虫。樹脂製なのか、異様にリアルなのがネックだ。

 

「いや……それはどうだ……」

 

 というか、先に行こうとしていた店はどこに行った。最初に入ろうと止めた場所はなにやら女性が入りやすそうな門構えだったぞ。こんな変なマニアックが好きな場所ではなかった。

 

「ほーう、そう言うなら剣心くんはどんなのが良いんですかぁ?私たちのセンスを疑うならば自分のセンスを見せてくださいよ!」

 

「お、それは気になる。日頃の無趣味な剣心くん、ここで隠されたセンスが光るのか!」

 

 めんどくさそうなことに巻き込まれた。普通に買い物することはできないのか。

 

「よし、ならば三十分後にそれぞれの相手に合いそうな品物を持ってこの店の入り口に集合!」

 

「良いですね。勝負事には負けませんよ!」

 

「じゃあ開始!」

 

 武蔵はさらに店の奥へ、沖田さんは店の外へと飛び出して行った。取り残されたの俺一人、今の会話を聞いていたのか店員が不憫そうな顔でこちらを見ていた。小さく会釈をし、互いに視線を逸らすとどうするかとため息を吐いた。

 

「どうしようか」

 

 誰にも聞こえないように漏らした。

 

 

 

 

 

二、

 

 

 

 

 

 いきなり始まったが、中途半端なものを送っても面白くない。どうせなら二人が喜ぶような、笑えるものが良い。

 この店にはすでに武蔵がいるため、とりあえず外へ出る。

 モールのようになったこの場所は多数の店が点在しており、幸いウィンドウショッピングには最適だ。

 

「む、スマホケースにもこんなに種類があるのか……」

 

 ぶら下がった見棚的なところを見遣って歩く。雑貨屋が多く、やはり今の流行なのかスマートホンのケースやイヤフォンが並んでいる。

 互いに気にいるもの、なんて言っていたが要するにプレゼントだ。渡しも渡されもあまり無かったが、個人的に普段使いしているものをプレゼントされても困る。特にスマホケースなどは人の視線に敏感だ。的の外れたものを渡されても部屋の隅で埃まみれになるのが関の山。

 ぐぬぬ、難しい。

 

「ふむ……」

 

 女性用下着屋だ。

 買って持っててやろうか。あの店頭の紫と黒のやつとか。

 女性店員が察したのかこちらを横目で見た。

 踵を返す。

 

「残り二十分か」

 

 壁にかけられていた時計はすでに開始から十分進んでいる。適当に歩いたわけだが、目ぼしいものは見当たらず。このまま歩いていても仕方ないので店を定めて入った方が良いだろう。

 小物やアクセサリーが見える店に入ろうとしたとき、背後から名前を呼ぶ声がした。

 

「――あ、剣城君」

 

 振り返るとそこには清楚な装いをした……春狩がいた。

 

「奇遇だな、春狩」

 

「ええ。剣城君も……お買い物ですか?」

 

「そんなところだ」

 

 肩越しから行き先を覗いた春狩はくすりとサイドの三つ編みを揺らした。学園とは違う髪型に妙な新鮮さを覚える。

 

「ごめんなさい。剣城君がそういう店に入るのは想像できなくて」

 

「気にするな。俺も入りたくて入るわけではないからな」

 

 手短に訳を話す。何か力になってくれるかもしれない。

 

「――なるほど。それでここに…………両手に華ですね」

 

「まあ、そう見えるかもな」

 

 食虫タイプの。

 

「わかりました。ではこの春狩目黒、剣城君のお手伝いをさせてもらいましょう」

 

 張った胸に拳を乗せる。

 頼もしくはあるが、いつもの凛々しい様子と違い可笑しく見えた。

 

 

 





・丸ノ宮(まるのみや)
新都の中でも特に賑やかな繁華街。
主要企業や、様々なお店が乱立している。怖い人やえっちなお店、おたく御用達の二次ショップなど、だいたいは行けば揃う。

・春狩目黒(はるかりめぐろ)
学年主席、おっぱい清楚。クラス会のときは彼女の両親が経営する店を使わせてもらった。尋常じゃないほどの金持ち。




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十一刀目!

 

「お二人の趣味はご存知ですか?」

 

 武蔵が始めた「互いに何か気に入るものを持ってくる」という競争が始まった矢先、俺は春狩目黒という頼もしい今時女子の手を借りることに成功した。どうせなら二人が喜ぶようなものという漠然であり難しい拘りを伝えると、春狩は嫌味な様子を見せることなく知恵を絞ろうと思案してくれる。

 

「趣味、か……」

 

 思い返せば、今日が来るまでの約一月互いの趣味について話したことはあっただろうか。

 毎日の話題はそれぞれ違い、テレビや流行のらしい(・・・)話題を上げて会話しているのだが、俺たちに踏み込んだ内容はあまり無かった気がする。たまに鍛錬の方法や刀について話すが、これを趣味に繋げることは難しい。

 

「武蔵はうどんで……沖田さんは弁当箱に沢庵が詰まってるな」

 

「そ、それは趣味ではなく好物だと思いますが……」

 

 いや、春狩もあの量を見れば好物の域を超えてると理解するぞ。

 

「では、無難なものにしますか?

 女の子同士だと櫛や手鏡など、身だしなみ用品を贈りますが今回は剣城君からお二人です。剣城君自身もそういったものを贈るのは抵抗があるかもしれませんし、文具などが妥当では」

 

「文具か」

 

 無難だろう。

 無難だが、無難が過ぎる。

 俺は知っている。いや、わかっている。あの二人が俺のことなんか考えずに、ただ二人が贈って面白いという私欲を満たすためだけに何かを買ってくるなど。

 そう来るとわかっていながら俺だけが使える物を贈っても悔しいだけだ。

 

「……二人で回ってみましょう。一人で回っていらした先ほどより、二人で見ればまた新しい案が思い浮かぶかもしれませんわ」

 

「む、そうするか。すまないな、春狩」

 

「いえいえ。こうして休日、殿方と歩くのも女子高校生らしいというものです」

 

 あ、なんか緊張してきた。

 

 

 

 

 

一、

 

 

 

 

 

「――ありがとう、春狩。おかげで助かった」

 

「剣城君が満足そうで何よりです。私も空いた時間に見て回れたので、おあいこですね」

 

 なんて良い子なんだろうか……これは本当にお返しをしなければ。

 

「いや、それだけだと俺の気がすまない。俺なんかで良ければ、なにかあったときに声を掛けてくれ。こういう類は苦手だが、役に立てることがあるかもしれない」

 

「まあ――棚からぼたもち。それならば大切にしなければなりませんね。剣城君のお手を借りれる券は貴重です」

 

「ああ。遠慮なく言ってくれ。尽力する」

 

「ありがとうございます…………そろそろ時間ですね。私はこのあたりで」

 

「最寄り駅までくらいなら送っていくが」

 

「大丈夫ですわ。私が外出する際は常に警護の者が付いておりますので」

 

 なるほど、だから半径二〇メートルに殆ど位置の変わらない人間が四人いたのか。名家だとは聞いていたがここまでとは。

 てっきり誘拐を企んでいる者たちかと勘違いした。

 

「わかった。また学園で」

 

「また学園で、剣城君」

 

 春狩と別れて約束の場所へと向かう。

 手に持ったのは二人用の贈り物、紙袋に入っている。

 やれやれ、最初からこれにすれば良かった。

 

 

 

 

二、

 

 

 

 

 

「お、剣心が最後」

 

「女子を待たせるなんて最低ですよ」

 

 何故俺は着いた瞬間罵倒されているのか。

 

「どうでした?」

 

「まあ、二人が好きそうなものがあった」

 

「ほぅほぅ、剣心くんのセンスが光りますね」

 

 そういえばこの発端はセンスがどうのこうのだったな。二人に合うものを自分で考えて、ならば少し失敗したか……。

 

「ついでにストラップにできるよう加工してもらってな」

 

「へぇ、そういうのだと鞄に付けれて良いですね」

 

「だろう?だから沖田さん、ゴールデンウィーク明けからはぶら下げてくれ」

 

「お任せください。初めてのプレゼントです。三人の思い出として、ずっと大事にしてますよ!」

 

「武蔵も、な」

 

「りょーかい、良いよ」

 

 約束を違えないのが武人の常だ。

 二人も了承した手前、これで逃げられない。

 

 

 

 

 

三、

 

 

 

 

 ゴールデンウィークも終盤、明日から普段の授業日がやってくる。

 ここ、私立星詠学園では中間試験というものが存在せず、期末試験によって学期の成績が決まる。唯一、三学期のみ一年間の範囲が出題されるため中間試験と分けられるが、それを吉と見るか凶と見るかは人それぞれだろう。なにが言いたいのかと言うと、ゴールデンウィーク終盤にもかかわらず、こうして真剣術部の部室となる旧講堂体育館の一室で駄弁っているのは中間試験の心配がないから、なのだ。

 

「使用しない備品から貰ってきたけど、ソファは正解だったね」

 

 革張りの茶色、武蔵が手を広げて寝転んでもまだ少し余裕のあるソファを見ながら頷いた。

 

「ですね。他にも色々と持ってきたおかげで随分と快適空間になりました」

 

 学園から持ってきたものはソファをはじめに、カーペットにラックや本棚になりそうなもの、自分たちで水を入れて使用する電子レンジほどの冷水機もある。

 トイレは舞台を挟んで反対側に男女別トイレがあり、元々が体育館だったためシャワー室も完備されている。あとは台所があれば済むことも可能だろう。ちなみにシャワー室は使えるように、壊れていた水道管を誠心誠意修理させてもらった。他意はない。

 色々なものを搬入したわけだが、それでもまだ空間に空きはある。一応顧問である学年主任の高岡先生に聞くと、今は現体育館に移動したが元は卓球台やマットを保管しておく部屋らしく、そのため広い空間であると。

 結局、二〇畳弱の広さは三人では持て余している状況だ。

 

「あとはあれですね、ベッドとか布団があれば完璧です」

 

「それ良いかも!宿直室の使わなくなった布団とかもらえないかなぁ……」

 

 まったく、この神聖な部室をなんだと思っている。

 そんなものは近くのホームセンターで羽毛のものを買ってくるぞ。三人で川の字で寝よう。

 

「たしかに布団があれば昼寝くらいはできるな」

 

「ええー、そんなの地味ですよ。どうせなら毎月最後の週はお泊まりとかどうですか?家から持ち寄った食べ物で、夜まで語り合いましょうよ!」

 

「コンロとかいるかな?」

 

「買える場所はあるが、少しでもボヤ騒ぎになれば面倒だ。ある程度の食料ならば俺の家から持って来られるぞ」

 

「そう言えば剣心の家は学園から近かったね。もしかしたらお世話になるかも」

 

「台所を貸していただければ、私たちが手作りしても良いですしね」

 

 毎月はともかく、俺も彼女たちの手料理が食べられるのは役得だ。連れて行ったときの妹の反応が気になるが、機会があれば招待しよう。

 ちょうど読んでいた漫画が読み終わったので、机に重ねている次巻を手に取る。

 

「さっきから何の漫画を読んでるの?」

 

「これか。妹から高校生活の参考にしろともらってな。『PANI(ぱに)っくダークネス』という漫画なんだが、浮世に見識の薄い俺からすれば、今時の高校生活が理解できる良いものだ」

 

 表紙は鮮やかで桃色の色調が濃い。

 妹曰く、一見勘違いされそうなジャンルらしいが読めば読むほど良さがわかるらしく、俺も一巻ずつ丁寧に読んでいる。当初は『魅!!男ゼミ』を渡す予定だったが、学園のことを聞いてからこちらに変更したらしい。

 一冊取った武蔵が食い入るように読んでいる。

 

「うわぁ……中々刺激的な……」

 

「わ、私も剣心くんがどんなものを読んでいるのか検閲を――」

 

 それに釣られた沖田さんも一冊取る。

 

「世の中こんな転び方があって良いんですか……」

 

「ちょっと刺激的だけど、内容は意外と面白い」

 

 武蔵は偶然一巻を取ったようで、ちょうど導入でわかりやすい内容だ。やはり一度読んでしまうと気になるのかそのまま読み進めている。

 

「ねぇ、この漫画ここに置いていく?」

 

「そのつもりで持ってきたからな」

 

 返事に満足したのか、武蔵は「ありがと」と言って目線を戻した。

 沖田さんの方を見て見ると、読んでみたいが一巻は武蔵のところにあるので断念した模様。

 

「何か他にも持ってこようか」

 

「良いんですか!?」

 

「あ、ああ」

 

(うち)ではアニメや漫画は鍛錬の妨げになるからって、厳しい目で見られるんですよね……主に兄さんが」

 

 道場内部の事情は聞いていたが、サブカルチャーを弾圧されるほど厳しいのだろうか。

 

「リボンは良くて単行本は駄目とかいつの時代ですか……」

 

 なるほど、そっち系か。(ぴー)TAタイプの兄弟。

 

「妹が集めているから、暇があるとき家に来れば良い。興味があるならば馬が合うだろうさ」

 

「剣心くんのお話によく出てくる妹さんですね」

 

「ああ。俺よりできた妹だ」

 

 今年で中学三年生、来年は高校生だ。家からの距離と、大学へ進学する予定なので良条件が揃っている星詠学園を受験するとのこと。試験の異質さから、何か一芸に秀でていなければ入学できないと勘違いされがちだが、余程の芸が無ければ学力の有無を躱すことはできない。四月から受験勉強に力を入れているようで、朝の時間にテキストを広げている姿をよく見る。

 

「妹さんも剣術を学んでるの?」

 

 兄妹の話が気になったのか、それともひと段落ついたからかはわからないが武蔵が聞いてくる。

 

「いや。妹は特に武術の心得はない。ただ運動神経は良いから、もし始めたら五輪くらいは軽く出場するだろうな」

 

「妹贔屓だ」

 

「シスコンですか」

 

 失敬な、妹を想わない兄などいない。

 しかし、贔屓目に見ずとも妹の身体能力が高いのは事実だ。普段は半目開きの眠たそうな表情だが、一度遅刻しそうになったとき、二階窓から飛び降りて塀に着地し、走り去った光景を忘れてはいない。学力の方は言わずもがな、である。

 

「妹も二人に会いたいと言っていた。また連れてくるよ」

 

妹と会わせる約束をし、その後も他愛無い話で時間は過ぎていった。

 

 

 

 

 

四、

 

 

 

 

 

 ゴールデンウィーク明け初日。

 

(いか)ついストラップ付けてるね、武蔵ちゃん……」

 

「う、うん……貰い物なんだ」

 

「沖田さんも、すごいね」

 

「でしょう!?私も可愛いと思って付けてるんですよ!」

 

 無関心を装い、頬をついてその声を聞いていた。元凶たる青年は、視線の先にある二人の鞄に付けられたウデムシとオオヤスデを眺め、あいも変わらず感情の無い表情で鼻を鳴らしたのであった。

 

 

 




・らしい会話
らしい会話、というのは別に冷めているわけではありません。話数的には十話重ねていますが、一応まだ出会って一ヶ月なので入学してまだ猫被ってるあの状況です。あの感じ苦手なんすよねぇ……。
はやくイチャイチャさせろ。

・プレゼント
主人公から二人にはウデムシ君ヤスデ君。念押されてカバンにつけてくれるように頼まれたため、泣く泣く付けている。
二人から主人公がもらったものは……決めてない。やべぇぞ、やべぇぞ……後から活躍させるかもしれないから、大丈夫大丈夫。

・部室
学園から歩いて数分の池、その周りを半周して横に入ったところにある旧講堂体育館を再利用した。部室は体育館に入って、舞台を見た右側にある元用具室。様々な部活が物置として使用していたため、かなり広く20畳弱ある。三人で(というかほぼ主人公が)使わなくなった備品を運んで良い感じにしている。

・『PANIっくダークネス』
ある日、高校生だった主人公のもとに女の子が落ちてくる。
一体何なんだと驚くが、女の子は追われているから「助けてくれ」と主人公に助けを求める……。

——その日主人公は、運命に出会う。




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十二刀目!

 

 埃一つ無く、ただ朝陽差す旧体育館の中心に甲高く鉄が当たる音。時にリズム良く、時に不規則的に、摩擦による火花が起きていた。

 それは、星詠学園にて新しく発足した真剣術部の活動。基本的に自由活動なのだが、三人は部活動紹介の日の放課後には顧問である高岡先生も含めておよその規則と志し……家訓ならぬ()訓、そして活動内容を決めていた。

 

《部訓》

 

一、剣は勝ちに有らず

一、己をもって刀と為す

一、One for all,All for one

 

《規則》

 

一、鍛錬怠ることなかれ

二、隣人に優しくあれ

三、毎日掃除

 

 などなど、あくまでも一部を上げただけだ。

 さて、お気付きの方もいるだろうが、部訓・規則ともに三は真剣術部唯一の男たる剣城剣心――俺、であり、弁明をさせてもらいたい。

 もはや言い訳の類であるのだが、これらを定めた放課後、俺はいきなり沖田さんに武蔵とともに会議室に呼び出されてそこで待つ高岡先生とこれらの話し合いが始まった。活動内容はそれぞれが出し合い、簡潔にまとめたのだが上記二つについていきなり武蔵が決めようと切り出し、唐突に始まったのだ。沖田さんに武蔵は道場、あるいは二天一流という形式流派の下学んでいたので参考になるものはあっただろう。しかし、俺は違う。まったくない。野生のライオンが言葉で生存方法を教えるだろうか――? ……否。ライオンは子を崖に、つまりあえて生態系の沼へと放り出すのだ。

 …………。

 なにもなかった。

 俺も武蔵みたいに「剣は勝ちにあらず」とか、沖田さんのように「己をもって刀と為す」のようにかっこいい部訓を作りたかったさ! しかし、その場では思いつかなかった。「毎日おっぱい」とか「お尻が二つ」とかしか思いつかなかった! 追い打ちに、武蔵が「こういうのは直感だから今決めよう」と言い切り仕方なく俺は英語の授業で聞いた「One for all,All for one」にしたのだ。……

ああ、恥ずかしい。唯一の救いは高岡先生が嬉しそうに聞いてたことだ。

 

「――――考えごと、かなッ!」

 

 ――そこで、意識が戻る。

 決して、目の前の存在に集中していなかったわけではない。

 ほぼ同時、数瞬違えて三方向からやってくる蓮撃。刀は二本しか持っていないはずだが、彼女——武蔵の技量は容易く幻の一本を作る。

 

「違う――どうやって切り崩すか、考えていた」

 

「はっ――簡単には!」

 

 大きく跳躍し、身を翻して着地する。しかし、その隙を逃さずに武蔵が肉薄してくる。

 

「せい!」

 

「ふっ――」

 

 右手に刀を、左手に鞘を。

 武蔵の二刀を受け止め、刹那の攻防に付いて来れない脳を置き去りに感覚を頼る。

 腕力で無理やり鍔迫り合いをずらし、回し蹴りを繰り出すが俺と同じような、それよりも小さなステップで避ける。回し蹴りによって背を向ける俺と、僅かに宙を浮いた武蔵。

 適当に鞘を背後に振った。

 

「――おわっ! ……でも」

 

 喉仏狙って出した一撃は避けられ、武蔵の追撃を許す。左に偏った身体を無理やり捻って右手の刀を出す。

 

「……っ」

 

「これで――」

 

 が、読まれていたそれは、まるで跳び箱の容量で俺の真上にいる武蔵の存在で意味のないことを悟る。

 膝を伸ばし、足先を床につける。

 

「――終わりッ!」

 

 衝撃とともに二十メートルは離れた壁付近まで飛ばされた。刃を潰しているため、切り傷はないがその勢いは簡単には消せない。三、四歩蹈鞴(たたら)を踏んでようやく静止した。

 

「勝負有り! これは武蔵さんの勝ちですね!」

 

「……ああ。俺の負けだな」

 

「はっはー! この前に出し抜かれた返しはとったよ! でもしっかり当てたかったなぁ」

 

 「当てたかった」、武蔵はそう言った。

 

「ふむ。剣心君の回避能力は三人の中で一番かも知れませんね。私も防御力にはあんまり自信がないので鍛えていますが、なかなか匹敵するような……」

 

「勝つのも大事だが、俺は負けないことを根幹としている。どんな状況であれ、いつでも脱することができる動作を確保しているのが俺の戦い方だ」

 

 だから、小技が多い。

 いわゆる必殺技のような一撃はなく、小さな技を集めて量で圧す。鍛えた一撃に匹敵するには、同じく鍛えた一撃か、それに匹敵する質量を持つ技が必要だ。幸いにも師匠は数多の技術を知っている人であったため、色々なものを教えてもらった。

 

「なるほど。たしかに負けなければ勝ちに繋がるわけだから、そういうのも大事か……」

 

 む、余計なことを言ったか。このまま行けば次も負けそうだ。

 むろん、負けるつもりはない。

 

「よしよしっ、次は私と武蔵さんですよぉ! 剣心君、審判お願いします!」

 

「わかった」

 

「よっしゃ、行くぞ沖田!」

 

「行きますよ武蔵さん!」

 

 真剣術部、ある日の風景だ。

 

 

 

 

 

一、

 

 

 

 

 

 昼休み、俺は教室で昼食をとっていた。しかし、いつもの二人は一緒ではなく、沖田さんと武蔵は互いの友人と食堂か中庭に繰り出している。俺は寂しく一人でと考えたが、弁当箱を取り出したときに話しかけてくるクラスメイト(人影)があった。

 

「――けんけん、一緒に食べないか」

 

「かまわないぞ」

 

 座った状態なので声の主を見上げ……ることなく、まっすぐ見遣る。そこにいたのは紺色の髪を膝裏まで伸ばし、どこか眠たそうなイメージを思わせる幼、

 

「んんっ」

 

 少女――千島紗那である。

 

「風邪か?」

 

「いや、なんだかボクに対して不愉快なことを考えていた奴がいるようだ」

 

 見た目は幼いが、口調は芯が通っている。

 どうやら本当に変わっていないようで、本当に……

 

 ――本当に七年前から変わっていない。

 

「勘違いだろ」

 

「いや、あれは絶対に勘違いじゃない。きっとボクを見た目から判断するか、数年来にあった幼馴染がボクのことを幼女と言った感覚だった……」

 

 どんな感覚だそれは。そのシックスセンスには脱帽せざるをおえない。

 

「千島――」

 

「紗那」

 

「……千島」

 

「紗那」

 

「…………紗那」

 

「ん。ボクに用かい、けんけん」

 

「ああ、いや……何でもないんだが。とりあえず座ったらどうだ?」

 

 俺の机に弁当箱を置いたまま立っていた紗那を尻目に、立ち上がって隣の椅子を借りる。何度か話したことはあるので、あとから断りを入れれば良いだろう。

 

「ありがと。気を遣ってくれるのは相変わらず変わってないね」

 

「別になにも変わってないぞ?」

 

「いや、それは無理があるよ。

 身長もルックスも強さも人気も、昔とは大違いだ」

 

 真正面からそう言われると、少し照れてしまう。顔に出すことはないが、雰囲気で伝わってしまっているだろう。

 これで紗那が胸が大きく、尻が丸ければ鉄の意思で一切外に出さず抑制できるのだが……。

 

「ボクは取り残された気分だよ」

 

 気分というかもはや姿は七年前に取り残されている。

 

「そんなことはない」

 

 当然、正直に言えるわけがない。

 

「そうかなぁ……たしかに身長は4ミリ伸びたから……自分ではあんま自覚ないけど、他の人から見たら結構変わってるのかなぁ」

 

「――ッ!? ……!」

 

 よくわからない感情の渦が心底から浮上してこようとしたので無理やり押さえつけた。

 もはやその未成長遺伝子は不老の類か長寿のものなのではないか? 献血とかいけばなにかしら事件に巻き込まれそうだ。とは言いつつも、身長に変わりはないが顔付きなどは女性らしく成長している。俺が知っている紗那はもっと幼く、一緒に泥だらけになってはしゃいでいた記憶にいる。今はその雰囲気はとうに消え、第一印象はともかく、話してみると理知的な声音が澄んでいる。見た目に惑わされなければ、中学はきっとモテていたに違いない。

 

「それにしても、まさかけんけんがこの学園に来ると思わなかったな」

 

「そうか?」

 

「うん。だって、けんけんはいきなりあのとき(・・・・)ボクの側からいなくなったんだもん。一言くらいあったらともかく、何も言わずにどっか行っちゃったからもう会えないのかなって」

 

「それは、な……」

 

「いや、責めてるわけじゃないよ? けんけんにもやりたいことはあるだろうしさ、そこに文句を言う権利をボクは持ち合わせていない。

 でも、幼馴染に一言くらいあっても良いんじゃないかなって」

 

「紗那――悪い」

 

「……ははっ、不器用だなぁ。

 前はそんな感じじゃなかったのに」

 

 前――つまり、俺が師匠と出会い、剣の道を歩む前。剣にまったく興味はなく、戦うことにも、その山巓たるを知らなかった自分。

 今を形成する全ての始まりは――

 

「――あのときがきっかけなのかな、けんけん」

 

「さぁ、な。

 そのときは師匠についていこうと必死で、覚えてない」

 

「……君はまだ彼女を――」

 

 

 

「――沖田さんが帰ってきましたよー、剣心くん!」

 

 

 

 紗那が何かを言おうとしたとき、後ろの扉が開いて沖田さんに名前を呼ばれた。顔だけそちらに向けると、目があった沖田さんは陽気そうにこちらへ寄ってきた。

 

「おやおや。あなたはたしかクラスメイトの千島さん」

 

「やぁ、よろしく。沖田さん」

 

「よろしくです。

 それで、お二人が昼食をとっているとはなにやら親密そうな……」

 

「どうかなぁ。ボクとけんけんの関係は内緒だよ?」

 

「――幼馴染だ」

 

「もうっ、けんけん乗ってよ!」

 

「幼馴染の方でしたか……」

 

 俺と紗那がほとんど空の弁当箱を並べている端に、沖田さんが持っていた小さな二段弁当を置いた。そのまま俺の両肩に手を添えると、「幼馴染」という単語を反復した。

 

「ということは、今も昔話に花を咲かせていたんですか?」

 

「そうだよ。昔はけんけんも今みたいな感じじゃなくて、活発な子だったんだよね」

 

「活発な剣心くん!? この強面能面、GW(ゴールデンウィーク)に出掛けた際私たちをナンパしようとしていたしつこそうな人たちが隣に歩いて話す彼を見ただけで方向転換した剣心くんが!」

 

 やめろその長い突っ込みは地味に傷付く。

 

「よしよし、じゃあ話してあげようじゃないかそのときのけんけんを!」

 

 そう言った紗那に、一瞬目を向けるが彼女は小さく頷いた。

 

「くくく、千島さんからの昔話があればこれで私も剣心くんにマウントをとれるわけですね」

 

 一体何だその理由は、まったく。

 沖田さんはいつの間にかもう一つ椅子を持ってきており、隣に座ると紗那に昔話を催促している。大した思い出もないので、聞いてもつまらないと思うが……そのときばかりは、見た目と違い察しの良い幼馴染に感謝するのであった。

 

「ん? 何か思ったかい、けんけん」

 

「いや――」

 

 鋭い。

 

 





・星詠学園真剣術部、部訓ッッッ!

一、剣は勝ちに有らず——宮本武蔵の剣術思想からくるもの。「剣は勝ちに有らず」。五輪書は精神的強さを学べたり、落ち着きたい時に読むとかなり効果的であるッッッ! 以上!

一、己をもって刀と為す——かの天才剣士沖田総司は、剣術を部下に教える際「刀で斬るな。体で斬れ」と言ったという噂からくるもの。個人的におっぱいは沖田さんの方が好きッッッ! 以上!

一、One for all,All for one——星詠学園コミュニケーション英語Ⅰ、教科書からくるもの。意味は「一人はみんなのために、みんなは一人のために」。良い言葉だねッッッ! 以上!

・宮本武蔵
 このss、武蔵ちゃん強すぎ問題。仁王とかどうやって勝てば良いんや……。

・千島紗那
 主人公の幼馴染。
 錯覚していないかな? いつから、数年来に会う幼馴染が学園の姫様系美乳黒艶幼馴染に成長していると勘違いしていた?
 ほんと鏡花水月と言ってあげたいくらいのロリ体型(需要アリ)。

・その他
 お待ちなさっていた方、申し訳ない。ようやく次エピソードが固まりましたので、書いていきます。いや、出来ていたのですがキャラ構想に手間取りました。書いていくうちに、いつのまにか2.30話くらい先の話を三話ほど書いてしまって……てへ。
 週末書き溜めて来週から連投できれば良いなぁって……。



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二章
十三刀目!


 『一意専心』と掲げられた道場には、不乱に木刀を振るう生徒たちがいた。ある者は流れる汗をそのままに振り続け、ある者は何かを模索するように振り続ける。それが半刻程経ったか、神棚の下で正座をして見守っていた老人が手を叩いて合図をする。

 

「――そこまで。

 今日の鍛錬はこれで終わりとします。皆さん、一所懸命に努力(ゆめりき)み続けることは構わないですが、どこか蟠りがあるようですね。心の緩みは剣の緩みに繋がります。来週までに解消できるよう、部員(・・)全員で話し合うように。以上」

 

 そこまで告げると老人は歩き去った。

 残された生徒たちは老人の言葉に呆然とすることなく、張り詰めたような表情を見せる。

 その様子を見ていた女生徒――山内理念(やまうちりねん)は黒い包帯の巻かれた中にある目蓋を細めて呟いた。

 

「やはり――」

 

 

 

 

 

一、

 

 

 

 

 

 放課後、鍛錬もそこそこに部室で駄弁っていると武蔵が口を開いた。

 

「そういえば、今日は客人が来るみたいだよ」

 

「客人、ですか……?」

 

「うん。何か『挨拶』がどうのこうのだって」

 

「あー……なるほど」

 

 沖田さんが納得したような声を漏らしたのと同時、ようやく俺も察することができた。

 

「別にそういうの、いいのにね」

 

 大多数を抱える天然理心流、その師範位を持つ沖田さんはともかく、類似流派が蔓延りながらも本派の後継者はだだ一人である二天一流の武蔵はそう言った礼節においては苦手意識を持っているらしかった。かくいう俺も、国巡りで師匠の弟子として挨拶はされど、帯刀許可を得て正式にそういったことを経験するのは初めてなので少し辟易としている。なぜなら、あまり真面目な雰囲気は武蔵同様面倒臭いからである。

 

「いつ来るんですか?」

 

「ーっとね、たしか……」

 

 「十六時くらい」——と武蔵が言ったとき、部室の扉前に気配がした。

 俺と沖田さんは目を合わせ、もう少し早く言えば良いものをと愚痴りながら武蔵を見遣る。舌を出しながら頭を下げるのを見て扉先への応対は任せた。

 

「どうぞー」

 

 入ってきたのは一人の老人。年齢は七〇に届くくらいか、皺はあるが長年鍛え上げられた肉体が若々しさを印象付ける。特に目立つ長い髭は灰色に燻んでおり、袴を履いた腰には木刀をぶら下げていた。

 

「わざわざ儂のような老体のためにお集まりいただけていたようで、感謝を」

 

 一歩、踏み出し、中へと入る。武蔵が誰も座っていない一人用ソファに手を出すと、そこに向かいあったソファへ俺たち三人は並んで座った。

 

「いえ、そちらも長年鍛錬を積んできたとお見受けします。本来ならば、あなたがいるこの場へ乗り込むような形で入学した手前、私たちからご挨拶をしなければならないにも関わらずご足労いただきありがとうございます」

 

「ほほっ、気になさらんでください。儂は元より外部顧問という立場でおります。教師と生徒ならば出会うことはあったでしょうが、本来ならば決して交わらぬ関わり。年齢だけが取り柄でございますが、どうか容赦を」

 

 これだ。俺がいわゆる『挨拶』を苦手としているのは自分より遥か年上の人物から頭を下げられるからである。

 『帯刀許可者』――。

 今ではその名をテレビでも聴くようになったが、彼ら彼女らの真価を理解している者は少ない。なぜ日本という法治国家が忌避されるべき刃を法的に所持することを許したのか、これを語れば堅苦しい歴史の勉強になるので詳しくは言わないが、注目すべきはその条件。徹底的に秘匿され、それを知るのは俺の師匠や沖田さんの肉親類、武蔵の父親など、帯刀許可者になって数十年、弟子がいるなどいくつかの項目を埋めなければならない。

 では、一体何の条件なのか……? 

 岩を斬ればなれるのか——否。音より早く動けばなれるのか——否。国に仇なす者を斬ると誓えば良いのか——否。

 おそらく――単純な力量。

 才ある者が、才を超えて努力しても辿り着けるかという剣の山巓。歳も、鍛錬の年数も関係ない。なるべくして、そこに在る。

 

「改めてまして自己紹介を。星詠学園剣術部(・・・)の外部顧問を務めております。柳剛流、岡田常良(おかだつねよし)と申します」

 

 その出会いは波乱か、それとも――。

 

 

 

 

二、

 

 

 

 

 岡田先生……とでも呼べば良いのか、とりあえず剣術部の顧問との邂逅から翌日、俺たち三人は最近よく話すようになった紗那を含めて世間話をしていた。もっぱら話題は紗那から話される俺の昔話で、何とか紗那のことを思い返して応酬しようとするが、手八丁口八丁の巧みな話術に叶うことはなく頬をひくつかせるばかりであった。

 

「そんな可愛いときもあったんですねぇ」

 

「いまいち想像できないね。今の剣心は全然人前に出るタイプには見えないし」

 

「だよね。ボクも何となく顔つきは昔のままだけど、話してみると全然違って驚いたもん」

 

 ううむ、中々人の過去で盛り上がられるのは勘弁して欲しいものだ。妹曰く、結局女性が一番会話として盛り上がるのは昔話と、人の恋愛話だと言っていた。三人も当然漏れずにそうであったらしい。

 

「沖田さんと武蔵の小学時代はどうだったんだ?」

 

 俺は苦し紛れにそう投げかけた。しかし、それが功を成したのか紗那の興味もそちらに惹かれ、促すように視線を向ける。

 二人の小学生時代。たしか、沖田さんは真面目に通っていたと聞く。やはり道場、それも若くして幹部格なので幼年期からカリスマ性みたいなのはあったのではないだろうか。真剣術部の活動も基本的に沖田さんが部長のような役割に付いてくれているので、意外と委員長などの経験があるのかもしれない。

 

「私は別に普通でしたかね。今より小さいときは実家が道場なのは少し恥ずかしくて、猫を被ったりしてたので……」

 

「む、そうなのか。実家が道場なのはかっこいいと思うが」

 

「いやいや、考えてくださいよ。男の子ならばともかく、女の子の実家が道場なんて虐めの対象ですよ」

 

「私は良いと思うけどな、道場。(うち)なんかそもそも家が木を繰り抜いたような場所にあったから先生も来るの嫌がってたもん」

 

「今はいいですけど、昔は隠すのが大変で……」

 

「人の悩みはそれぞれだね。でも沖田はまさしく生まれるべくして生まれた天才剣士というわけだ」

 

「えへへ、照れますねー」

 

 尻尾のように立ったアホ毛が忙しなく動いている。これは本心から嬉しがっている証拠で、帰り道に食べ歩きをしているときによく見せる光景だ。

 次は武蔵を掘り下げようと口を開いたとき、教室の前から声が上がった。

 

「――ここが1年B組か」

 

 そちらに目を向けると、短髪の、俺より少し背の低い男子生徒が鋭い目付きでクラスを見回している。何かを探す風貌に女子のクラスメイトの中には小さく悲鳴を漏らす者もおり、穏やかな気配ではなさそうだ。最後にこちらを見ると、俺たちの腰に下げられた刀と、顔とを激しく行き来させてどかどかとこちらへ歩いて来た。

 

「誰だろ」

 

「さぁ」

 

「む」

 

「ボク、隠れてたほうが良いかな?」

 

「大事ないと思うが、俺の後ろにいろ」

 

「ん、ありがと」

 

 そして目の前までやってきた男子生徒は腕を組んで鼻を鳴らした。

 

「オレの名前は――口宮冬三郎(くちみやふゆさぶろう)

 

 そう名乗った彼のシャツ色は赤色を示していた。この学園は、一年は緑、二年は赤、三年は青で分けられているため、二年であることを表している。

 

「流派は田宮神剣流、剣術部副主将だ!」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

 沈黙が広がっていく。

 今のところ大声で自己紹介をされただけなので、何も言うことはない。かと言ってこちらが自己紹介を始めれば良いのか? しかし、彼の瞳はまだ続きがあると言わんばかりにぎらついている。流し目に沖田さんと武蔵を見てみるが二人も向こうの出方を窺っているようだった。

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「……以上!」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「……けんけんたちも自己紹介、したほうが良いんじゃないかい?」

 

 思いがけない流れにどうしようか考えていると、背後にいた紗那に小突かれるようにそう言われた。それは二人にも聞こえたようで、沖田さんが先陣を切って自己紹介をする。

 

「真剣術部。天然理心流、沖田総司です」

 

「同じく、二天一流宮本武蔵」

 

「同じく……剣城剣心」

 

 やれやれ、スムーズに流派を名乗るものだから詰まってしまった。

 

「そうか……」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

 再び、沈黙が広がる。

 

 

 

「――何をやっているのですか、口宮副主将」

 

 

 

 光明か、ようやく進展があった。聞こえてきた声音は風鈴のように澄んでおり、何となく川辺を想像させる。俺たちの後ろにある扉から現れたのだろう、口宮副主将の顔が僅かに緊張に包まれている。釣られてそちらを見ると、一人の女生徒が凛とした佇まいで立っていた。

 

「ご機嫌よう、帯刀許可者様方。私の名前は山内理念、そちらの口宮冬三郎が副主将を務める剣術部、主将を任せられております」

 

 山内理念――そう名乗った彼女は沖田さんや武蔵に勝らずとも劣らずと言った容姿を持っていた。いや、もしかするとそれ以上の……可愛さや美しさではない、均整(・・)を保持していた。黒より紺鼠に近い長髪は、前髪を中心に分けられ、筋の通った高い鼻も完全対称。すべてにおいて正中線が取れた彼女に唯一の特徴があるとすれば、それは瞳を覆うように巻かれた黒い包帯である。

 包帯の奥で動いた眼球が、俺を捉えたのを確認する。

 

「この包帯が気になりますでしょうか? 気に障られたら申し訳ありません。私は少々特殊な瞳(・・・・)を持っていまして、こうして光を抑えなければ頭痛が鳴り止まないのです」

 

「特には」

 

 短く返した俺に、向こうは気にすることはなく微笑んだ。絵になるな。というかもはや絵だ。

 

「ここでは少々騒がしいです。よろしければ、休憩場の方へ移動しませんか?」

 

「そうしましょう。二人も、良いですね?」

 

「おっけー」

 

「ああ」

 

 俺たちと、剣術部の二人は教室を出た。

 

 休憩場とは、一階層に一つある自動販売機とベンチが置かれている空間である。元々周囲に高い建物が無いため日当たりが特別良く、春先や秋口の涼しい季節には人気スポットとなる。

 到着したそこは運良く無人であった。

 

「何かお飲みになられますか?」

 

 と、言われたので丁重に断った。初対面の人に奢られるのは申し訳ない。

 入り言もそこそこに、結局何の用があって来たのか武蔵が尋ねた。

 

「実は、お願いがありまして――」

 

 彼女から語られたことは、そう難しいことではなかった。

 剣術部は現在、九割を越した部員がそれぞれの流派を学んでいる。剣術部と名打ってはいるが、実際は烏合の衆に等しく、彼ら彼女らが固まって剣術部であるのは将来道場を継ぐ、もしくは経営する際にそのノウハウを学べる機会が剣術部にあるかもしれないから、ということであった。多少のぶつかり合いはあれど、互いに同じ屋根の下を過ごす仲間であるわけだから大事だって喧嘩をすることはない。しかし、やはり武道が関わってくるためか主将や副主将の地位は実力奪取が基本であり、主将の山内理念は入部初日に当時の主将を打ち倒した猛者であるとは口宮副主将の言葉である。

 顧問の岡田先生は柳剛流を名乗っているが、基本的な振り方はどの流派も一緒なため素振りなどは息を合わせて日課としているらしかった。

 剣術部の事情を一通り話した山内主将は、そこでようやく「本題なのですが」と切り出した。

 

「御三人方には是非、私たち剣術部の鍛錬を見ていただきたいのです。帯刀許可者であわせられるのはもちろん、その歳で師範位を持つ沖田総司様。世に聞く二天一流の麒麟、宮本武蔵様。そして部活動紹介の際、華麗な技術をお見せになった剣城剣心様……どうか、お願いできませんでしょうか。声をかけていただく必要はありません。道場の中に御三人がいるだけで身の締まる鍛錬ができると思うのです」

 

 ううむ、なるほど。

 自分で言うのも何だが、たしかに実力が上の者がいればいつもより鍛錬にやる気が出る。事実、俺も師匠が横にいたときは肩に力が入りすぎてよく(はた)かれたものだ。

 すぐには返答せずに、三人で顔を寄せる。

 

「どうしましょう」

 

「どうしよか」

 

「どうするか」

 

 あれだけ丁寧にお願いされたのならば、断るのは後味が悪い。見ているだけでも良いと言っているので、受けても良い気がするが。

 

「期間を設けるのはどうですか? 一週間とかにすれば、大丈夫かと」

 

「私たちの活動もあるから毎日は無理だもんね。来週いっぱいとかだと、別に構わないんじゃないかな?」

 

「それで良いと思うぞ。俺も剣術部がどういうところなのか興味がある」

 

 いつの世も汗を流す女性は美しい。

 

「では」

 

 山内主将に『来週一週間ならば構わない』と伝える。それを聞いた彼女は花が咲いたような笑顔を浮かべると、後ろにいた口宮副主将とともに深く頭を下げた。

 

「ありがとうございます。

 では、週末にもう一度連絡をしたいので……剣城様、連絡先をいただいてもよろしいでしょうか?」

 

「――はい」

 

 棚からぼた餅とはこのことだな。

 

「山内主将、別に剣城とはオレが……」

 

「口宮副主将。本来、今回のお願いですら烏滸がましいことなのです。一介の弟子である私たちに唯一御三人方と繋がりを持てたのが星詠学園剣術部。そうであるのならば、長たる私が直接連絡を取り合わなければ無礼というもの」

 

 罰の悪そうな顔をした口宮副主将は黙って下がった。

 スマホを出して連絡アプリLOPEのバーコードを見せ、山内主将を追加する。

 

「後日、剣城様を通して改めてご連絡させていただきます。

 来週から、よろしくお願いします」

 

 かくして俺たち三人は、一週間という期限つきではあるが剣術部の鍛錬を見ることになったのであった。

 



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十四刀目!

 山内主将と連絡先を交換し、約束の週になった初日。俺たち三人は放課後になって剣術部の道場へ訪れていた。

 『一意専心』と掲げられた内部は隅々まで丁寧に清掃され、床が鏡のように反射している。一応畳敷きの空間も存在しており、当然埃一つ落ちていない。

 ある種の神聖さが包む空間に足を踏み入れた三人を待っていたのは、規律良く正座をして待つ部員だった。

 

「おはようございます、皆さん」

 

『おはようございます、山内主将』

 

「今週は先週にお伝えした通り、帯刀許可を所持する御三人に来ていただきました。基本的に私たちの鍛錬を見ていただくという形ですが、身を締め、痴態を晒さぬよう普段より真剣に取り組むように」

 

 そして鍛錬が始まった。

 

 ふむ、どうやらこの部活では全員が同じことをするのではなく、それぞれが違う技を習得することに重きを置いているようだ。

 俺たち真剣術部の活動場所である旧講堂棟よりひと回り小さいくらいの道場にはいくつかの塊が点々とできている。木人形に、腰に下げた木刀で居合をする者がいれば、二人一組で交互に激しく打ち合っている者もいる。その様子を見ていた俺たちに山内主将が歩いて来た。

 

「いかがでしょう。未だ未熟、しかし将来有望な後輩たちがいると思うのですが……」

 

 そう言われて、改めて見渡す。

 

「えーっと……私はあんましわかんないんだけど……良いんじゃないかな?」

 

 武蔵は沖田さんに助けを求めるように視線を流す。

 

「剣術部の鍛錬はともかく、この形態ならば各々道場で鍛錬したほうが良いのでは?」

 

「たしかにそうかもしれません。しかし、道場で鍛錬するよりも、こうして同年代同士が肩を並べ、剣を振っている状況のほうが互いに発破をかけられると思うのです。自分自身が言うのもなんですが、やはり私たちは少年少女の半端者。隣人に今よりも上を目指そうと努力している者がいれば、明日の自分よりも強くなろうとするのが……その、私も含め、ここには負けず嫌い(・・・・・)が多いですから」

 

 包帯を隔てた目尻はきっと下がっているに違いない。それほどまでに、彼女の言葉には優しさがあった。

 

「ライバルがいるのが一番だからね。剣心と沖田みたいに」

 

「そうですね。やはり、負けて悔しい人と競い合うのが一番強くなる近道だと思います」

 

 師匠が言っていた。

 人にとって、若者とは熱した鉄であると。

 叩けば形を歪め、冷やせば成型される。そうやって成長し、何でも吸収する時期なのだと。

 

「ライバル——か」

 

 思わず呟いたその言葉を、無視せず拾った武蔵が意味ありげな笑みを浮かべて己を指した。サムズアップ、というのだろう。

 

「ふむ……剣城様。修行中、あなたにもそのような方が?」

 

「いや、いなかったな。俺は師匠と二人きり、全国を歩き回っていた」

 

 しかし、ライバルではないが同い年の強者はいた。

 あれはたしか東北のほう、春日山城の方へ行ったときの思い出だ。師匠と同じ帯刀許可者が寺にいると聞き、二人で向かったのだがそこの弟子が俺と同い年だったのだ。

 その寺の師匠も突飛な性格だったが、弟子もなかなか痛烈な感じだったので今はどう変わっているだろうか?

 ……まあ、昔話はさておき、剣術部の方へと集中する。

 道場鍛錬の経験は無いのだが、この場所では沖田さんが言ったように特殊な形態が取られているようだ。多流派が入り乱れ、それぞれのグループによる鍛錬。実戦練では様々な技を見て経験できるために良いと思う。何気なく全体を見るが、殆どが考えながら剣を振っている。

 ふと気付くと、隣で山内主将と話していた二人が消えている。どうやらただ立っているのも飽きたようで、時々歩きながら声をかけている。本来なら俺もそうすべきなのだろうが、如何難しい。

 

「む——」

 

 それぞれの間を縫うように歩いていると、端の方、一人で木人形相手に木刀を振っている女生徒がいた。

 

「やぁ! せぁ! はぁ!」

 

 その剣筋は世辞にも良いとは言えず、すべてが辿々しい。使い方もわからない幼児に箸を渡したかのように剣先が揺れ、木人形を切っていると言うよりはぶっていると言ったほうが正しそうだ。

 さしもの俺もそれは無視することはできず、そちらへ向かった。

 

「ふっ! しゃっ! はっ!」

 

 位置的には真横にいるにも関わらず気付く様子はない。集中しているとはいえ、一心不乱過ぎやしないか。

 

「あー……すまない」

 

「やっ! せっ! どりゃ!」

 

 ……無視をされた。

 だが、めげない。

 

「んんっ、聞こえているか?」

 

「そりゃ! らぁ! せい!」

 

「聞こえているか!」

 

 少し声を張り上げると、ようやく動きが止まった。

 肩で息をしながら剣を下げると、こちらへ向いた。

 

「何の用でしょうか?」

 

 紺髪は肩まで伸ばされ、前髪は目に掛かる程度。猫のように鋭い瞳ははっきりとこちらを捉えている。ハスキーな声音が特徴的だ。

 明らかに警戒色が漏れているが気にせずに口を開く。

 

「真剣術部一年、剣城剣心と申します。山内主将が最初に言われた通り、剣術部を見学させてもらっています」

 

「もちろん、聞いてました。なにやらとんでもなく強い人たちが見にくると」

 

「強いかどうかはさておき、あなたは」

 

「——猫屋敷音子(ねこやしきおとこ)です。学年は一年生で剣城君と一緒なので、敬語は必要ないです」

 

「そう……か。わかった。じゃあ猫屋敷も」

 

「私のこれは癖のようなものでして、できればお気になさらず」

 

「了解した」

 

 ひとまず名前を交わし、自己紹介をする。猫屋敷の様子から無駄話を続けても意味はないだろうと感じたのですぐに本題に入る。

 

「猫屋敷、正直に答えてほしい。剣術に触れてどれくらいだ?」

 

 彼女の鍛錬を見て、まず思ったのは剣の握り方。基本はできているが、それだけであり自分の握り方ができていない。木人形に振り付ける様子から慣れていないのは一目瞭然で、どこか振り回されているような感覚があった。たとえ女子、それも肉体的に小柄であっても何万何百万と素振りを繰り返せば筋力が足らずとも振方に慣れが生まれ、体全体を使った動きができるようになる。

 しかし猫屋敷は、特にそういったこともないようだ。

 

「——一ヶ月です!」

 

 ビシィッ! と、さも当然のように言い切った彼女の言葉に花火が散った。

 

「あー……詳しくは知らないが、ここは剣術部だ。みんな色々な流派に入っているようだが、猫屋敷は?」

 

「——我流です!」

 

 

 ……おぅ。

 

 

 

 

 

一、

 

 

 

 

 

 猫屋敷音子、一年A組。

 身長は高く、一七〇を若干超える程度。猫のように鋭い瞳にその体躯から入学当初は怖そうな人物と思われていたが本人にそのような気はなく、雰囲気からくる勘違いだと周囲に理解されたためクラスでは特に浮くことなく過ごしている。性格は一度決めたら「やめない・曲げない・諦めない」タイプらしく、良い意味で実直、悪い意味で頑固である——と、教えてくれたのは我がクラスメイトこと室蘭だ。猫屋敷の名前を出したことから色物っぽい目を向けられたが、剣術部の名前を出して何となく説明をしておいた。

 剣術部に訪れることになってから一日目の夜。

 俺は自室にて猫屋敷について考えていた。

 猫屋敷によれば、最初は剣術部に入る気はなかったのだが高校からは新しいことを始めたいと思い剣術部に入ったようだ。部活、と銘打っているが現実は各々が通う道場の延長線上であり、ある意味一生を剣術に従事するような志を持った者の集まりであるため浮いてしまっている。むろん、山内主将はそんな彼女を疎外することはなく、他の部員も彼女を仲間外れにすることはないのだが自身の鍛錬もあるために必然的に彼女を一人きりにしてしまっている状況が続いているらしい。

 

『彼女はまだ剣を振ることに慣れていませんので基本を教え、回数を重ねるのが今の目標としています』

 

 猫屋敷についてメッセージを送るとすぐに返信があった。

 

「……」

 

 たしかに慣れていない。

 何本も木人形を相手にさせるのは当然といえる。

 しかし——どこか違和感があるの事実。

 今一度猫屋敷の動きを思い出す。

 剣を振り上げ、振り下ろす。木人形に当たり、弾かれながら下がる。限りなく簡素化すればこうだ。

 爪先に力を入れ、土踏まずに勢いが伝達される。踵から腰へそのままの流れで持っていき、腰に乗せた重心を崩さぬように前へ、そして上半身全体で両手に持った木刀を振り下ろす。甲高い音とともに木刀があたり、弾かれて後ろに下がる。

 一連の光景を思い返すと、紐解くように違和感が解れていく。

 この考えが合っているのかどうかは明日確かめるとしよう。幸いにもバランスよく沖田さんと武蔵が見ているようなので、初心者である猫屋敷を俺が注視することに対してヘイトが集まることはないはず。

 山内主将にもそれを伝え、俺は明日のことについて考えるのであった。

 

 

 







・猫屋敷音子(ねこやしき おとこ)
 2章におけるおっぱい枠その2。1は誰かって? ふん、出ているよ。
 見た目、雰囲気共に刺すような感覚が出ており、第一印象は怖い人。しかしそれを自覚しているためか口調は敬語をとり、一度話せば勘違いだったとわかってもらえる。
 沖田さんよりおっぱい大きい(重要)
 肩まで伸ばした紺色っぽい髪の毛。身長170あるのでモデル体系といえばそう。猫目が特徴的である。


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十五刀目!

 



 昼食を終えた俺は昔馴染みであるクラスメイト——千島紗那と話していた。内容は昨日見た猫屋敷についてであり、口を出すか否か決めかねている中、思わず相談事のように漏らしてしまった。相談、と言うが昨日見たことを話しただけであり、何をどうしたいかなどは触れていないので彼女にとっては適当に相槌を打つばかりだろう。

「君はどうしたいんだい?」

 と、思っていたのだが、いざ話終えると紗那がそう問うてきた。

「どう——か……」

 言いたいことはわかる。
 俺がやろうとしていることは、そしてやってしまったあとの影響も容易く想像できる。それを含めて俺はどう動くべきか。

「何だ、答えは出てるじゃないか…………というか、君のその表情は最初から一切悩んでいないね」

「む……表情」

 自分の顔を触ってみるが、どこか動いていたか。

「やはは。わかるわけないだろ、この無表情男。雰囲気だ、雰囲気」

 小馬鹿にしたように笑ってくる彼女はやけに楽しそうだった。







 

 

 

 二日目、昨日のように山内主将が挨拶をしてから鍛錬に入った。昨日はふらふらとしていた俺だが今日は違い、真っ直ぐに猫屋敷の下へと向かった。なお、沖田さんと武蔵には予め説明をしており、理由を聞いた二人には「かまわない」と了解をもらっている。

 いつものように、かはわからないが木刀を持って木人形に相対していた猫屋敷に声をかけた。

 

「猫屋敷、少し待ってくれ」

 

「……何でしょう?」

 

 今にも振るぞと気を張っていた猫屋敷。

 

「少しだけ猫屋敷の手助けをしたい。どうか、付き合ってくれないだろうか。一応、山内主将からの許可ももらっている」

 

「本当ですか……? 

 むしろこちらからお願いしたいというか……」

 

 良かった。どうやら彼女も乗り気なようだ。

 

「なら、早速入りたいんだが——」

 

 昨日感じた違和感と、その答え合わせをしていく。

 まずは猫屋敷の身体がどのような動きが可能なのか把握するところから始まる。一度木刀を置き、気を付けの体勢を取ってもらう。

 

「これで良いですか?」

 

「ああ……これは……」

 

 中々のおっぱいだ。

 そこはかとなく猫背だったので気付かなかったが、これはこれは……武蔵より……いやもしかすれば沖田さんよりも……。

 猫屋敷の使っていた木刀を拾い、一言断りを入れてから木刀を背中に当てる。背筋はあるが、この様子から猫背気味なのが彼女にとって一番楽な体勢なようだ。

 

「いつもの体勢にできるか?」

 

 横目でこちらを見ていた彼女は息を吐いて力を抜く。その差は、強いて言うならば肩から力が抜けた程度なのだが肩甲骨にある筋肉の硬さがはっきりと変わった。

 再び離れて眺める。

 やはり、猫背気味だと着ている上衣がダボついてわかりにくくなるな……。

 今度は気を付けの体勢から、この一月弱の間に習った振り下ろすときの体勢をとってもらう。下は袴着なので詳しい幅を見ることは難しいが、浮かび上がった膝小僧で何となく予想はつく。やはり基本に忠実な肩幅を意識しているようだ。

 もう一度肩甲骨へと木刀を当てる。

 

「猫屋敷、嫌だったら断ってもかまわない。今から肩甲骨に手を当てるぞ」

 

「大丈夫です」

 

 親指を肩甲骨の淵に合わせて触れる。

 俺が触れたためか余分な力が入ったかもしれないが……やはりな。

 

「息を吐きながら楽な体勢はとれるか?

 今は基本を忘れてもいい。とにかく自分が木刀を持って一番楽な形だ」

 

 木刀を渡してから動いてもらう。

 その際、俺は肩甲骨に手を当てたままにしている。

 猫屋敷は腰の高さや肩の位置、脚幅など色々と工夫しながら動く。しかしどの位置も納得がいかないようで、首を捻りながら調整していく。

 

「全部合わせて考える必要はない。

 まずは土台、脚の位置から考えるんだ」

 

 俺はそう言うと、手を離して彼女の前に立つ。

 腰に刀を差したままだが前屈やそれよりも横の位置にある床に手を当て、そして後ろに倒れるような姿勢をとる。後頭部が腰の高さまでやってくると普段の立っている姿勢に戻った。

 

「ただの体操にも見えるが、上半身の動きに対して下半身が動いていなかったのがわかったか?」

 

「はい。まったく、動いていませんでした……」

 

「仮に仕合うとすれば、まったく動かないなんてことはほとんどない。しかし、自分の基本となる身体の動かし方、それによって生じるバランス感覚などは把握しなければならない」

 

「……なるほど」

 

「猫屋敷は中学のときにスポーツか何かをしていたか」

 

「三年間、テニス部にいました」

 

 テニス部か。

 

「わかった。

 ならば、山内主将に言われた通り基本からやっていこう。だがこの場合、剣術の基本を習っても猫屋敷自身に合わない可能性がある」

 

 猫屋敷は山内主将に基本を習った、と言っていた。様々な流派が集まる剣術部の主将たる山内先輩だ、当然基本的な型は網羅していると考えて良いだろう。しかし、山内主将の場合、見た目や普段の姿勢からかなり綺麗な基本をとっているはずだ。それに、僅かにでも自身の流派の基本が現れていたに違いない。猫屋敷の場合、特に拘っている流派もないようなので昨日「我流」と名乗った通り彼女には彼女らしい基本を身につけてもらおうと思う。

 

「まずは、今俺がやったみたいに地面に手のひらを付けるかどうか試してみてくれ。手のひらが無理なら脚幅を調整してもかまわないし、何なら踵を上げても良い」

 

 そう言うと猫屋敷は前屈から試していく。これに関してはただの体操と変わらないので余裕そうだ。

 地面に手をつき、言われた通りに脚幅も開いて調整する。そのまま四足歩行の獣のように上半身を横に向けると、何回か元の位置に戻れるのかを試している。

 

「……」

 

 くそぅ……この体勢はやばい。

 中には体操着を着ているが……。

 

「ほっ……こっちのほうが。ここだと爪先が……」

 

 てくてくと地面に手をついた猫屋敷はようやく定まった脚幅を見つけたようで動きを止めた。その形は山内主将に教わった剣術の基本たるや左足を後ろに、右足を前にといった縦の形ではなく肩幅より広く横に構えた形だった。

 

「出来たみたいだな。確認のため、今から適当に木刀を動かすから膝は曲げずに避けてくれ」

 

「わかりました!」

 

 猫屋敷から持っていた木刀をもらい、横に凪いでいく。高さは首の位置ほどで、かなりゆっくりめの速さだ。僅かに上半身を逸らすと簡単に避ける。初めを皮切りに次々と木刀を動かす。斜め、下から上へ、腹の位置、後ろから横へ動かしたのだがしっかりと避けて見せた。中でも目を見張ったのは、鳩尾に向けて正面から突いたのだがそれを避けたことだろう。

 

「膝を曲げてもかまわない。避けて見せてくれ」

 

「はい!」

 

 そのまま突いていくとブリッジの容量で上半身が後ろへ下がっていく。しかし反比例するかのように上がっていく標高。何だこの矛盾は。地面に手をつきそうになるや膝が震えてきたので、体勢を崩しても良いと言うと地面にへたり込んだ。

 

「はぁ、はぁ……中々キツかったです」

 

「ふむ。あそこまでバランスを崩さずに動けるようなら大丈夫だな」

 

「本当ですか?」

 

「ああ。

 今、猫屋敷に必要なのは剣術の基本はもちろんのこと、自分の身体の動かし方の基本だ。そのため、今のは基本を確実にするため基礎を確認したんだ」

 

「基礎?」

 

 基礎とは、猫屋敷に説明した通り基本の土台となるもの。基礎は基本に繋がり、基本は行動に繋がり、行動は技術に繋がる。技術はやがて戦いに結びついて勝敗を左右する。つまり、技を学びたくとも基本が、基礎ができていなければ習得することができないのだ。

 俺はそのことを説明した。猫屋敷は納得したように頷くと立ち上がったが、周囲を見てみると休憩のようだ。

 

「他の者も給水しているようだ。猫屋敷も休憩を取ると良い。後半は振り方を見るから、ここに集合で頼む」

 

「わかりました!」

 

 猫屋敷を見送ると、俺は彼女の動きを思い返す。身体の柔軟や、地面に手をついたときのバランス感覚を加味すれば基本的な部分はすぐに飲み込めるだろう。

 俺は猫屋敷が戻ってくるまでに何度も彼女の動きを反芻すると、次の振り方について頭を動かすのであった。

 

 

 

 

一、

 

 

 

 

「彼女はどんな感じ?」

 

 木人形の前にて猫屋敷の胸を思い出していると、隣から声をかけられた。いつの間にか武蔵が立っており、興味津々といった眼差しでこちらを見ていた。

 

「そうだな……強くはなるだろう」

 

「へぇ——」

 

「ああ、勘違いするな。

 強くはなると言っても今の実力から、という意味だ」

 

「む、わかってるよ。さしもの私も昨日今日で剣を握った人と戦うほど馬鹿じゃないもん」

 

 口を尖らせて武蔵が言ったので、苦笑いで返事をした。

 

「二人は何をしているんだ?」

 

 たまに見ていたが、俺は俺で見過ごせない事態が連発して起こっていたので詳しくは知らない。

 ちなみに沖田さんは山内主将らと話し合っている。

 

「私は適当にこうしたほうが良さそうなとこを指摘して、沖田は流派ごとに長所と短所を捻り出して鍛錬のアドバイスをしてるよ」

 

 ほぉ、やはり沖田さんは範位を持っているだけあって合理的な見方ができるようだ。刀を下げていなければ見た目淡い感じのする彼女だが、真剣術部では最早部長格なので頼りになる。

 二人でしょうもない会話をしていると数分経ったようで、ぞろぞろと部員たちが戻ってきた。出入り口を見ると猫屋敷も来ているので鍛錬の再開だ。

 

「じゃ、頑張ってね」

 

「無論」

 

 

 

 

 

二、

 

 

 

 

 

「またよろしくお願いします」

 

「ああ。では早速だが、木人形へ木刀を振ってもらおうと思う。先ほど、基礎固めのために自分が一番バランスの取れる脚幅を探したわけだが、今回はいつものように振ってくれ」

 

「わかりました」

 

 猫屋敷は中段の位置に木刀を構え、猫目をさらに鋭くさせ木刀を振りかぶる。勢いよく振り下ろされた先にあったのは頭、当たった瞬間弾かれるように木刀の先が上に向いた。

 

「もう一度」

 

「せぁ!」

 

「もう一度」

 

「はぁ!」

 

「最後にもう一度」

 

「そりゃ!」

 

「ふむ、止まってくれ」

 

 やはり、と言うべきか。

 昨夜に考えていた違和感の正体が当たっていたようだ。

 

「順序立てて説明しよう。

 まずは猫屋敷、木刀を両手で持ってどう感じる」

 

「えっ……と——どう?」

 

「難しく考えなくて良い。変な感じがするとか、持ち難い……むしろ何も感じない、と思うのもかまわないが」

 

「……持ち難いのは、あります。どうしても振ったときに先の方から暴れて、戻すときに両手をどこに置けば良いのかわからなくて……」

 

「なるほどな——ふむ。両手で持って振り下ろす、というのは山内主将から習った基本だな?」

 

「はい」

 

「わかった。ならば、その山内主将から習った基本は一先ず放り出し……猫屋敷、お前の基本を作っていこう」

 

「……私の、基本?」

 

「ああ、猫屋敷自身の基本だ」

 

 剣術部に滞在できる期間は一週間。それ以降、来てはいけないと言われているわけではないが、帯刀許可者という自覚くらいはある。期間を超えてまで贔屓にしてしまえばややこしいことになるかもしれない。それは決して俺ではなく、猫屋敷のことだ。であるならば、その(かん)は小手先の技術を教えるのではなく、長期に渡って活用できるものを助言した方が彼女自身に一番役に立つだろう。

 

「たとえば、向こうにいる沖田さん。部活動紹介のときのことを覚えているか?」

 

 天然理心流沖田総司。

 彼女の構え方はよく見る中段の構え方ではなく上段の構え方に類するものだ。しかし、ただの上段ではなく、上段の基本とされる鋒を上へ向けた体勢ではなく鋒を相手に向けた体勢をとる。これは沖田さんの得意とする一撃が''突き''であることが理由だ。

 

「もう一人、武蔵のことも思い出してみると良い」

 

 二天一流の宮本武蔵。

 彼女の構え方もまた独自さを追求したかのようなもので、一度旧講堂体育館で相対したときは隙のない構え方に攻めあぐねたものだ。

 

「二人の構え方を強引に特徴付けるとすれば、沖田さんの構え方は自身が最速で突きを出せるかつ、予想だにしない一手が来ても刀で防ぐことができる……木刀を貸してくれ」

 

 受け取って、見真似で沖田さんの構え方をとる。木人形に対して頭、水月、股間の三点を突いた。そして構えた木刀を身体を覆うようにして前に出すと上半身が守られる。

 

「なぜ中段にするのか、というと上半身も下半身も素早く守れるようにするためだ」

 

 今度は中段に構え、上へと下へと動かす。

 

「だが、沖田さんの機動力は当たる面積の少ない脚を狙っている間に引くこともできる上に相手より速く突ける」

 

 横に一歩、飛ぶようにして動いた。

 胸を狙って木人形を突くとがしゃんと音を立てる。

 

「次に、武蔵の構え方だ」

 

 木刀は一本なので、腰に差した刀を鞘のまま取り出す。

 若干猫背に足を開き、脱力した姿勢で木人形を見る。

 

「この構え方の一番の利点は相手にどの方向へ攻撃が飛んでくるのか悟らせないところにある」

 

 下から掬い上げるように打つのか、扇のように脚を狙ってくるのか、様々な振り方をやってみせる。

 

「二刀は選択肢が広がるのは事実だが、扱いが難しい。もちろん、一刀で下段をとることもできる」

 

 刀を腰に戻し、木刀を下段に構える。両手だと少し扱い難いが、堅実な守りをとれる構え方の一つであることは間違いない。

 

「山内主将の基本はおそらく、中段だ。

 だが、猫屋敷がそれに拘る必要はない。

 

 なぜなら、猫屋敷が——我流、と名乗ったからだ」

 

「…………勢いもあったんですが……」

 

「かまわない。でも、我流、流派に入っていないことは事実だろう?」

 

「はい」

 

「なら、構え方に基本はない。自分が一番楽で、動きやすい構え方をとれば良い」

 

「上段、中段、下段ですか……」

 

 猫屋敷はそう呟きながら、何も持っていない手を頭の上に持っていく。その後腰、腹、腰へと下げていった。

 

「ああ——決めるのはまだ早い」

 

 悩んでいるところ悪いのだが、今はまだ説明しただけで決めてもらうわけではない。彼女には構え方より決めて貰わなければならないことがあるのだ。

 

「少し待っていてくれ」

 

 俺は猫屋敷に言うと、道場の神棚付近で素振りをしている山内主将の下へと向かった。

 

 

 



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十六刀目!

「うちのアナログ道場と違って木人形まであるとは良い道場ですねー」

 

「いや、それ自分で言って大丈夫なの?」

 

「良いんですよ別に。アナログなことは間違いないですから」

 

「ええ……」

 

 道場の中心にて、部員たちが鍛錬する様子を見ていた沖田と武蔵は剣術部の環境に自身の道場を比較してぼやいていた。

 

「見に来るだけだったけど、意外と来てみると楽しいかも」

 

「ですね。

 帯刀許可者と区別された私たちではありますが、そうでない人からでも学べる機会はたくさんあります」

 

 武蔵は腕を組みながら大きく頷いた。

 

「それで、剣心くんは何をしているんですか?」

 

 沖田は端の方で、何やら木刀で木人形を三点突きした剣心を見ながら聞いた。

 

「隣のクラスの子なんだけど、学園に入学してから剣術部に入ったらしくて、まったくの初心者だから剣心が基本だけでも教えるって言ってた」

 

「なるほど。まぁ、私たちを放っているのは何か嫌なので明日の朝練にでも追求しましょう」

 

 ある種内輪が強い空間に、まったくの初心が一人。基本的なことを主将が教えたとはいえ、それでも聞きたいことはたくさんあっただろう。猫屋敷も困ったことがあれば素直に尋ね、部員たちも答えてはくれるのだが、やはり流派間の考えの違いというものは大きく、特定の人物に聞かなければ専念して成長することは難しい。しかし、それをしてしまえば当人の鍛錬時間を潰してしまうことを猫屋敷は理解していたため、最初に教えてもらったことを実直に、自分が納得できるまで繰り返していたのだ。

 

「今どき我流なんていないもんなぁ」

 

「難しいですからねぇ」

 

 どことなく優しい目付きになっている二人は剣心の説明を熱心に聞き入る猫屋敷を見ていた。

 

「おや、剣心くんに動きが」

 

「これは山内主将の下ですな」

 

 

 

 

 

一、

 

 

 

 

 

 山内主将に案内され、道場入り口すぐ横にある準備室へと入る。そこには木人形の手入れ用具や新品の袴着、果ては籠手や具足なども丁寧に保管されていた。

 その一番奥、使わなくなった様々なサイズの木刀が大量に差し込まれている手作りであろう木箱に近付いた。

 

「これでよろしいですか?」

 

「これだけあれば、十分です」

 

 伺うように聞いてきた山内主将にそう返した。

 背中から覗き込むようにしてこちらを見ているが、気に留めることなく幾つかの木刀を抱えていく。ちなみにあと二歩ほど踏み込んでくれれば非常に気に留める事態になるのは言うまでもない。

 

「猫屋敷さんの様子はどうでしょう」

 

 使える木刀を選別していると、彼女は呟くように尋ねてきた。

 振り返った先には長椅子に座る彼女がおり、心なしか眉が下がっているように見える。

 

「どう、とは」

 

「……猫屋敷さんが入部して一月。私は基本を教えるつもりで様々な振り方を教えましたが、それが彼女にあっていたのか疑問に思っています」

 

 ふむ、どうやら山内主将は自分の選択に蟠りを持っているらしい。

 基本を教え、まずは剣に慣れる。

 言葉にすれば当然で、たとえ行動に移しても納得できる。しかし、彼女は剣の振り方すら知らない猫屋敷をそのままのやり方で、半ば放置してしまっていたことを悔やんでいたようだ。

 

「ご自身の道場で、初心者の方を教える経験はなかったんですか」

 

「ありました——ですが、私たちのようにある程度身体ができている者ではなくもっと小さい、幼児を対象としたものでした。彼ら彼女は未だ身体はできておらず、教えることのできる範囲も少ない。

 剣術部の主将をしていると部員に教えを乞われることもありますが、それは元から基本を習得している者に対して。この二年間で、猫屋敷さんを除いて初心者が入部してくることはなかったので、私自身その差に如何し難い感覚を覚えていました」

 

 そして——自身を「浅はか」と括った。

 

「——申し訳ありません

 帯刀許可者の剣城様に、このようなことを……」

 

 跳ね起きたかのように立ち上がり頭を下げてきた山内主将に首を振って気にしていないと仕草をする。

 物理的悩みならば解消できるかもしれないが、精神的悩みに安易に関与することはできない。今はこうして、猫屋敷の面倒を見ていることが彼女の荷を軽くすることに繋がれば何よりである。

 何本も持った木刀を抱え直し、猫屋敷の下へと戻った。

 

 

 

 

 

二、

 

 

 

 

 

「戻った」

 

「あ、おかえりなさい……?」

 

 語尾に疑問符をつけながら猫屋敷に迎えられる。彼女は熱心にも最初やった脚幅の確認を反復していたようだ。

 さて、と息をついて抱えていた木刀を並べていく。

 色、太さともにおよそ変わらないが、サイズはそれぞれ二本ずつ違う。一番短いもので 約30cm(一尺)から約180cm(六尺)に至る長いものまでを用意してきた。並べられた木刀に首を傾げた猫屋敷を見遣りながら口を開く。

 

「その木刀、両手、片手、どちらで振っても振りにくいと感じるだろう?」

 

 猫屋敷が木刀を振り続けて一月。ようやく剣を振ることに慣れてくる時期だが、それでも違和感のある動きをしていた。猫屋敷の様子を見るに特別怠慢を犯していたわけではないようで、一月経ってその感覚があるならば限りなく性に合っていないか、そして長さが合っていないかの二択に絞られる。昨日今日を見ると、根本的な問題であるセンスの有無を考えても意味はなさそうなので、山内主将に頼み余りの木刀をいくつか借りてきたのだ。

 そう言われた猫屋敷は両手で振り、その後片手で振ってみる。

 今まで両手振りだったため、片手に慣れていないことは当然だ。

 しかし、

 

「両手より……片手のほうが振りやすい気がします」

 

「そうか——では、猫屋敷が一番振りやすい長さを選ぼう。長さはどれでもかまわず、持ち方にも特に意見するつもりはない。

 自分が一番振りやすく、持ち易く、持てるだけ持つんだ」

 

 俺はそう指示すると、猫屋敷が木刀を一本ずつ手に取るのを見守る。

 一本一本、氷の張った湖を歩くかのように吟味するその姿に少し懐かしい感覚を思い出す。俺が初めて木刀を持ったときも、あのように師匠に並べられた木刀を選ばされたのだ。当時は剣=かっこいいという考え方だったので、興奮しながら選んでいたのを覚えている。

 

「これは……ん……短いほうが……」

 

 持っては振り、繰り返す。

 その様子を眺めながら思案する。

 一月前まで、剣術のけの字も知らなかった彼女がなぜ剣術部に入ったのだろうか。新しいことを始めるならば、中学時代に継続していたテニスを除いて女子サッカー部やソフトボール、文化部でもこの学園にはかなりの数存在している。その中でも敷居の高い剣術部を選ぶに至ったのは、何故か。

 

「——これが、良いと思います」

 

「振れるのか?」

 

「はい。今までのものよりは」

 

「わかった。ならば、その二本(・・)を軸に猫屋敷の基本を作り出していこう」

 

 二本——そう言った視線の先には、約45cm(一尺半)の小太刀を二本持った猫屋敷が立っていた。

 その姿にやはりと納得する反面、希有な才能を持ったものだと内心興がった。

 それもそのはずで、彼女には初めから一般的長さの剣を振る才よりも、小太刀のような短いものを振る才のほうが優っていたのだ。気付いたのは昨日に見た振り下ろしから、弾かれた木刀の動き。上衣の上からはわからないが、彼女は元々左右の腕に偏りがあったのだ。ましてや中学時代にテニスをしていたとなればその差は然と現れる。両手に持てば腕の長さと筋量から違和感を感じるのは当たり前で、たとえ努力しようとも何年も振り続けて身体を変えるしかないだろう。だが、身体が整形された年頃の彼女に、それを伝えるのは酷なこと。ならば、早めの段階から彼女——猫屋敷には猫屋敷独自の動きを身につけてもらおうと考えたのだ。

 そして、俺は自分が使うようにと持ってきていたまったく同じサイズの木刀(・・・・・・・・・・・・・・)を二本抜いた。

 

「同じ——もの?」

 

「まあ、そう言うことだな」

 

 脚幅を確認し、自分が振れる剣を選択した。この時点でようやく、猫屋敷は入り口に立ったのである。

 

「俺が教えるのは基本となる、さらに骨の部分だ。その後、上手く肉付けが行えるかは猫屋敷の努力次第にある」

 

「——は、はい!」

 

「では、素振りの基本から入る」

 

 流派とは——到達地点が見えているものだ。

 奥義の習得をもって皆伝とし、弟子たちはそこを目指して鍛錬を積む。皆伝者はそこからさらに研鑽をするか、その場で満足した者は無気力なままに己の実力に胡座を掻く。

 しかし、我流ともなればどこまで走り続ければ良いのかわからず、見えず重たい樹々を斬り倒して歩まなければならない。たとえ彼女が三年間のみ、剣術に関わるとしても生半可な努力ではどこかで倒れるのが関の山。

 

 我流と銘打ったその先に、一体なにがあるのかは——俺も知()ない。

 

 

 



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十七刀目!

 

「どうして、猫屋敷さんにあそこまでするんです——かッ!」

 

「……っ——特に意味はない」

 

 細身の白い腕。

 しなやかな脚。

 女性らしい腰付き。

 その見た目からは到底思いつかない強烈な突きが沖田さんから繰り出される。

 風を裂く音——それを知覚した瞬間にはすでに刀は引かれた状態にあり、追いかけようと床を踏み込むが重心の崩さぬ体勢のまま彼女との距離は十数メートルに離れてしまう。

 思考する。

 無闇に間合いに入ればこちらが蜂の巣になってしまう。

 こと突きという攻撃は、武器の種類に依存せず威力を発揮する。たとえ丸い石であろうが、近接格闘を考えていない銃身であろうと突きに至っては相手を致命傷に至らしめんとするのだから末恐ろしい。

 

 ならば、と。

 

 今し方突きを逸らし、抜身のままとなった愛刀——『姫鶴一文字』を納刀する。

 最速の突き。齢十五といえど、一〇〇年に匹敵するほど錬磨されたそれを完全に受け止め無傷にいられる保障は皆無。

 腰を下げ、右肩を出すように居合をとる。

 その姿は異様、一般的なものとは格別する。

 あわや背中が見えるほどに肩を迫り出し、柄は握り込まずに掌は開き、親指の付け根に触れているだけだ。

 袴着から足首が見えるほどに脚を縦に開き————彼女の瞬き、間隙。音を消し、そのままの姿で彼女へ迫る。

 審判役で見ていた武蔵は二人に悟らせないように目を見張った。なぜなら、その移動法は数秒前に沖田さんが見せた、相手から距離をとった技術と同じものなのだから。重心を崩さず、袴着は脚の動きによって揺れず、地面と平行のままに移動する技術。相対してわかる厄介さはその距離感の測り難さ。見ている景色がほとんど変わらないために、脳の理解が付いてこないのだ。

 

「な……」

 

 当人が動いているというよりは、景色が動いているあり得ない動き。

 接敵まで〇秒以下、彼女は避ける選択を外し、己への被害を最小限に収めるため受けることを選択した。

 

 

 

 

 

 

一、

 

 

 

 

 

 朝の鍛錬が終わった三人は、使用した体育館を軽く掃除して学園に向かっていた。

 旧講堂等を抜け、池のほとりに出る。淵を沿うようにつづく道は大して舗装もされておらず、本当に昔使われていたのかと疑問に思ってしまう。入学前、学園長は風情や情緒に拘る人物であると聞いていたのでもしかすると軽い山道のようなここに何かを感じたのかもしれない。

 

「鴨だ」

 

「鴨ですね」

 

「鴨だな」

 

 池に浮かぶ鴨が……十二羽。毛繕いをし、時折水中に頭を下げて何かを食べているようだ。小鴨が親鴨に追いつくべく必死に脚を動かしている姿は可愛らしく、自然と目尻が下がってしまう。

 

「そういえば、あと少しで梅雨の時期ですね」

 

「雨かー。嫌いじゃないけど、髪がべたつくから好きでもないんだよね」

 

「ですね。縁で庭を眺めてるぶんには良いんですけど、家は木造なんで湿気がすごいです」

 

「山のほうだったか。寝起きは辛いな……」

 

「ええ……なので起きたときはいつの間にか脱ぎ散らしてます……」

 

 沖田さんは「たまに風邪を引くときも」と付け足すと項垂れた様子を見せた。

 朝方に脱ぎ散らした沖田さんか……良い。

 この前、適当な休日に出かけたとき、寝巻きの話になったのだが沖田さんは古くなった襦袢を寝巻き代わりにしていると言っていた。即ち、汗をかいてしまう季節、薄い襦袢は彼女の二房の、仰向けであるがゆえに形の歪めた柔らかい胸に押されて透けているに違いないのだ! 困ったときの神頼みというが、仮に襦袢になりたいと願えば叶えてくれるのか。

 俺が襦袢になりたいと願い、叶えてくれない神様など存在していないに等しい。たとえ神様が存在していても、俺を襦袢に変えてくれない神様なら——神様だって切り刻んでみせる。

 盛り上がった妄想、汚れた煩悩を流すかのように小鴨を眺める。きっとこの池は俺の煩悩まみれに違いない。

 梅雨の話もほどほどに、ようやく池を抜けて歩道に出る。ここからは歩いて少しなので、駄弁りながらでも十分間に合う。もとより余裕を持って鍛錬も終わっているので、わざと遅く歩いて登校しているくらいだ。

 普段はしょうもない会話を交わしながら歩く道のり、武蔵が口を開いた。

 

「それで剣心君や、なぜ猫屋敷さんをあそこまで目をかけているのかね」

 

 やけに演技口調だ。

 先ほど沖田さんにも聞かれた内容なため、同じように返す。

 

「特に意味はない、と言っただろう」

 

「本当かなぁ? たとえば顔が好みだったとか」

 

「む、たしかにそうですねぇ……猫屋敷さん、可愛らしい顔をしていますし」

 

 悪戯っ子のような眼差しで武蔵の言葉に、沖田さんが乗ってくる。

 これは面倒臭くなりそうだと思いながら、どうしたものかと考える。

 

「本当に理由はないんだが……」

 

 顔は……可愛いだろう。それは同意しよう。

 胸も——ある。あれは驚異的だ。

 しかし、それくらいで何かを教えるほど、俺は他者に何かを教えることができる人間ではない。

 日頃道場で過ごす沖田さんは、師範位を持っているがために門下生たちに技を教える。それが可能なのは彼女が昔から''教える''という行為を間近で見てきたからであり、また彼女もそれが当たり前だと思っているからであろう。しかし、俺の場合、武蔵も入るかもしれないが何かを教えることには向いていない。教えるという行為には何かを収めている必要があり、少なくとも俺の収めるという行為に''教える''行為は入っていなかったからだ。

 何度も言葉を繰り返したが、要するに俺は流派という一般向けに開かれた門を潜ったわけではなく、師匠という無茶苦茶な人に首根っこを掴まれ、絶対開かない門をこじ開けるわけでもなく門の上を通るように投げ入れられたタイプなので教えるには向かないだけなのだ。

 より簡単に言えば、生まれてすぐ崖に落とされた子ライオンである。

 

「……」

 

「……」

 

 少し長く考えてしまったためか、人知れず黙認のように感じた二人がジト目でこちらを見ていた。

 

「…………が、我流と名乗ったからな……」

 

 適当。

 その場凌ぎ。

 突発的。

 怒涛の視線が俺を刺す。

 

「んん——それに、俺と似ていた。

 彼女は、猫屋敷は何か新しいことを始めようとして、偶然剣術を見つけた。俺は沖田さんや武蔵みたいに生まれた頃から刀に囲まれて過ごすことが決まっていたわけじゃなかった」

 

 こういうときにだけ達者になる口は本当に頼りになる。

 

「俺もそういう感覚で今の道にいるからな。やはり、似たような人を見れば手助けしたくなる」

 

 どうだ——といった感じに視線を合わせる。

 邪な気を感じたのか訝しげに見ていた二人は発していた妙な緊張感を緩めた。

 

「剣心くんの言う通り、猫屋敷さんはすごいです。まったくの素人でありながら、一所懸命について行こうとするその姿、私も見習わなければなりません」

 

「うん……私たちにとっては当たり前のことでも、やっぱり他人から見れば特異な目で見られることがある。彼女もそれを知りながら頑張れるなんて、強いよね」

 

 ……ふぅ。

 

「ああ。別に三年間でもかまわないから、最後まで続けてほしい」

 

「剣心くんがしっかり向き合えば、猫屋敷さんもそれに応えてくれるはずです」

 

「だね。頑張りなよ、剣心」

 

 二人の声を受けて、俺は放課後のことを考える。今日は剣術部に向かう四日目だ。一日目に彼女を知り、二日目にスタートラインに立った。三日目には素振りを見せ、今日も教えるつもりだ。今週が終わってもたまに見に行こうとは思うが、毎日行けるわけではない。それに、自分の立場も理解しているので剣術部に足を運びすぎるのも良くない。

 今週のうちに、基本の骨くらいは教えられれば良いと俺は思った。

 

 

 

 

 

ニ、

 

 

 

 

 

 四日目。見慣れてきた道場の端に俺と猫屋敷の二人は立っていた。

 互いに持っているのは小太刀の二本。猫屋敷が自ら振りやすいと選んだものである。素人がいきなり二本持つのも大丈夫なのかと思われるが、幼児がかっこいいと憧れて持ったわけじゃない。ある程度考えと、自身の動かせる身体にあわせて選んだのだと彼女を尊重したい。

 

「今日も素振りを行う。基本となる構えはとってもらったが、まずはその確認からしよう」

 

 横並び、剣術部でもよく見る素振りの位置をとる。

 膝を曲げ、脚幅は猫屋敷が動きやすいと言った幅。右小太刀は刀身が額に来るまで上げ、左小太刀は隙ができないように脚を囲う。

 

「行くぞ——壱」

 

「壱!」

 

「弐」

 

「弐!」

 

「参」

 

「参!」

 

 肆、伍、陸と続いていく。

 囲った左小太刀はそのままに、腰の位置を動かさぬように右小太刀を振り下ろす。鋒がおよそ水月のあたりを狙うのは、頭を打つときに油断なく昏倒できる力を入れられるようにするためだ。

 こちらが平坦な声にもかかわらずやる気のある声を出してくれる猫屋敷は、横目で見ると真似るようにして素振りをしている。いくら中学でテニス部に所属していたとはいえ、腰を下げた体勢はしんどいのだが三十を超えてもへこたれる表情は見せない。仮に表に出にくいとしても、汗一つ流れるはずなので、やはり運動能力は高いようだ。

 五〇に到達し、一度切り上げる。

 少し肩で息をしている。

 休憩を入れても良いが、事前に休憩は剣術部全体の休憩時間だけで良いと言われているのでそのまま継続する。よほど顔色が悪い場合は無理にでも休憩するつもりだ。

 今度は振る速度を遅めにし、丁寧に形を削っていく。骨盤や肩の骨、余分な動きがあればすぐに訂正していくことに限る。

 

「構え」

 

「はい!」

 

「触るぞ」

 

「はい!」

 

 猫屋敷は基本的な構えをとる。

 首から肩に触れ、変な強張りがないか確認する。

 肩が硬い。

 

「鋒を上へ」

 

「……」

 

 ……よし。

 柔らかくなった。

 肩が硬ければ、振り下ろす際の時間はそうでないときと比べてかなり変わる。もとより人間の関節は上に上げることに向いておらず、それだけで負担が掛かるのだ。付け加えて、肩は損傷しやすい箇所でもあるので他の部位より注視しなければならない。

 

「脚はどうだろう。踵が、側面が痛いとかはないか」

 

「痛みはありません。ただ、まだ慣れていないためか少ししんどいです」

 

「まあ、それは始めたばかりだからな。……よし、楽な姿勢で良いぞ」

 

 ふむ。短い期間だが、我ながらマシにはなったのではないか。正直、最初は無闇に手を出すのはどうかと思ったがこの猫屋敷、存外呑み込みが早い。一を言えば二を飛ばし自分に合わせて三や四を考え、適応して行動に移すことができる。この分だとテニスもかなり良い成績だったに違いない。さすがの一週間、正確には四日で基本を作るのは不可能な気もしたが彼女の才能は俺の予想を凌駕してみせた。

 半年も経てば、一芸特化の妙手くらいには届きうるのではないか……。

 

「あの、剣城さん……?」

 

 彼女を透視でもするかのように見ていると、それに気付いた猫屋敷が声を上げた。

 一言謝りを入れ、俺は次の鍛錬に入る。

 

「素振りはあのままで続けるんだ。あれを基本な形にするのならば、あの形が身体に悪影響を与えずに負担がかかる。何日も続けていれば、自然と必要な筋肉は付いていく」

 

「わかりました」

 

「ならば、次は足運びについて——」

 

 構え、素振り、そして足運び。

 戦いに向くための要素として一番大切な部分と言える。初めは難しいかもしれないが、彼女なら何とかできるだろうと思いながら説明に入るとき、いやに常人を越した俺の聴覚はその言葉を拾った。

 

 

 

「——じゃあ、折角だし私と戦ってみる? 口宮副主将」

 

 

 

 声音の主は——武蔵。

 俺の口も止まり、同時に周囲の音も無くなる。

 一体なにがあったのかとそちらを向くと、いつものようににへらっと笑う武蔵と鳩が豆を食らったかのような顔をした剣術部副主将、口宮冬三郎がいた。

 

「え——お、俺と宮本が!?」

 

「うん。そう」

 

 どうやら、別に喧嘩とかではないようだ。

 いきなりの展開に口宮副主将も驚きの様子を隠せないでいる。てっきり武蔵がなにかをしたかと思ったが……いや、悪いやつでも嫌なやつでもはないこともわかっている……ただ、トラブルメイカーに属しているのは間違いない……。

 

「少し外す」

 

「うぇ、ええ……」

 

「もし剣術部で集合があれば、行ってもらってかまわない」

 

「わかりました」

 

 さて、なにがあったのだろうか。

 俺は武蔵のほうへ、ちょうど俺と武蔵の間くらいに立っていた山内主将の下へと向かった。

 

「一体何が?」

 

 尋ねると、山内主将が話し始める。

 

「剣城様。実は——あちらの一年生勝草君と言うのですが、彼の流派が口宮副主将と同じでして」

 

「田宮神剣流ですか」

 

「ええ。田宮神剣流は主に居合術に力を入れているのですが、中には二刀流で名を馳せた武人もおられます。ですので、近年では二刀流を派生流派として生み出そうと動いており、あの勝草君の一族が田宮神剣流二刀において一代目開祖になる予定なのです」

 

 ふむふむ。

 

「あそこで勝草君が二刀流の鍛錬をし、二刀流の経験がある口宮副主将が勝草君の動きを見ていたのですが……」

 

 なるほど、何となくわかった。

 ぶらぶらとしていた武蔵は二刀流がいたのでちょっとくらい口を出せるかなと思って口を出したのか。ただ、それくらいなら口宮副主将と試合する理由が……。

 

「実は……あちらの勝草君。口宮副主将を偶像崇拝するほどに慕っておりまして……」

 

「……」

 

 ぐ、偶像崇拝……。

 山内主将からとんでもない言葉が現れた。たしか妹の部屋にそんなジャンルがあった気がする。信仰系ヤンデレ同性愛者なのか……。

 

「あ、いえ。もちろん恋慕ではなく尊敬の意でございます。口宮副主将は田宮神剣流道場にて、積極的に後輩の支持をしていると聞きます。

 まあ……それはそれでアリなのですが……」

 

 たとえ小声で言おうが、胸の内は声に出さない方が良いものである。

 それから山内主将に聞いたのは、口宮副主将に丁寧ではなくとも、できればこうした方が良いと話す武蔵で、それを聞く口宮副主将とその二人を見る勝草。口宮副主将に教えてもらっていたにもかかわらず武蔵が入ってきた状況に軽く憤慨した彼は、武蔵に向かって口宮副主将は「そんなこと言われなくともわかっている」と言ってしまい、それに目を丸くした武蔵はからからと笑って今に至る、というわけだ。

 本当は恋慕じゃないのか……。

 

「武蔵」

 

 名前を呼ぶと振り返った武蔵。

 

「本当にやるつもりか?」

 

「いやぁ、別にダメだったらダメで良いんだけど……やっぱり二刀を見ると、ね?」

 

 なにが()だなにが。

 果たして大丈夫なのだろうかと口宮副主将を見たとき、隣にいた山内主将が二人に向かって歩き始める。

 

「良いのではないでしょうか、口宮副主将。

 お相手は帯刀許可者——国に実力を保障され、仕合うことを許された武士。こんな機会、並の人生ではあり得ないでしょう。

 それを踏まえて考えなさい——口宮冬三郎」

 

「……主将」

 

 これがカリスマ性、か。

 この場の空気を支配し、一瞬で言葉が通る。剣術部の主将、どうやら単に剣の実力だけではないようだ。

 

「宮本様。大丈夫でしょうか?」

 

「うん、良いよ。それに、人形相手に剣を振るのも良いけどやっぱり強くなるには斬り合わないと!」

 

「口宮副主将」

 

「——やります。

 やらせていただきます……!」

 

「では——」

 

 ふむ、と腰に下げた真剣を触る。

 その出番はずるいだろうと思いつつ、同情、心配をした。

 

 帯刀許可者と、そうではない剣術家。

 

 その差は一体何なのかと、ほんの先週考えた記憶が新しい。

 

「帯刀許可者様真剣術部。そして私たち剣術部、

 

 

 

 ——三本勝負といきましょう」

 

 

 

 どうやら、山内理念という女性は思っていたより強かな人であったらしい。

 

 

 



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十八刀目!

 

 《星詠学園剣術三本勝負》

 

・真剣術部と剣術部 両部による三対三の勝負である

・前提とし 両部に属している者のみが参加資格を持つ

・種目は問わず 

・武器は問わず

 ( 刃引きされた真剣 模擬刀 木刀 その他いずれも可 )

・制限時間はなし

・範囲は剣術部が使用している 基本的な正方形( 二〇×二〇 )の枠にて行う

・枠から全身が出た場合 その者の負けとする

・枠内での決着は どちらかが負けを認めた場合 もしくは 戦闘不能を判断した場合である

 

 以上。

 

 

 

 

 

一、

 

 

 

 

 

 急遽、山内主将の粋な計らいによって剣術部と三本勝負をすることになってしまった俺たちは、今すぐ行うことは剣術部側が実力を発揮しきれないという理由で金曜日の放課後、即ち三人が山内主将から頼まれた最終日に執り行うこととなった。

 ちなみに剣術部側の実力とは、昨日決まった時点で結果的に発端となってしまった口宮副主将、一番の実力者である山内主将はいるが、三人目がいないからであるという。

 しかし、剣術部は実力主義と聞いたが、二人に迫る部員がいるのだろうか……?

 夕飯を終え、風呂も済ませて部屋で明日の準備をしているとベッドの上に置いていたスマホ——連絡アプリLOPEが鳴った。

 

 猫屋敷『明日の三本勝負、頑張ってください』

 

 てっきり沖田さんか武蔵、次いで他愛もない話をする春狩だと思ったが猫屋敷からのメッセージだった。

 

「『頑張って』か。仕合う前にそんなことを言われたのは初めてだな」

 

 『ありがとう』と返信をし、相手の反応を見るよりも早く明日のことを考える。

 三本勝負はもちろん、一番は猫屋敷の鍛錬をどうしようか、である。一応、三本勝負が決まったあとも時間はあったので足運びの仕方も見せながら教えた。見様見真似で繰り返すが、さしもの猫屋敷も難しかったのか何度か横向きに転ぶことがあった。細かく脚を働かせる動きは、慣れていない者にとってもう少し時間がかかるだろう。しかしテニスをやっていたおかげ、基礎的な体幹はあったので時間次第だ。

 猫屋敷から再びメッセージが送られてくる。

 

 猫屋敷『勝てますか?』

 猫屋敷『山内主将は強いです』

 

 見た目ぶっきらぼう感じだが、中々心配してくれている。

 『頑張って』と初めて言われ、さらには『勝てますか』の初めてまで奪われた。これはもう責任をとってもらうしかない。

 

 剣心『問題ない』

 

 猫屋敷『すごいですね』

 猫屋敷『剣城さんは強いです』

 猫屋敷『明日、応援しています』

 

 ……俺はそんなに頼りないだろうか。

 この三日ほど付き合って頼り甲斐のある同級生くらいにはランクアップしていると思っていたが、まだまだだったらしい。

 俺は鼻を鳴らすように笑うと、今日は寝ようと最後に武蔵へメッセージを送って電気を消した。

 

 

 

 

 

 剣心『阿呆』

 

 武蔵『馬鹿』

 

 沖田さん『草』

 

 

 

 

 

 ちなみに、仲が悪いわけではない。

 

 

 

 

 

ニ、

 

 

 

 

 曰く——鉄と鉄がなる音。

 たとえ木刀同士、即ち剣が交わり合う音には魔除の効果があるという。

 

 そう言われるようになったのは数百年前か、数千年前から、それはきっと遥か昔に遡る。故に、古来より人々は己が戦士となり、もしくは育て、超常的存在に闘いの讃歌を捧げたのだという。だからこそ、か——星詠学園剣術部、その道場。木枠の窓からは陽射しが入り、霊峰と言われた甲六山(きのえろくさん)から吹き荒ぶ山颪によっていつもより神聖なハレ(・・)の気が漂っている。

 既に集まっている剣術部員たちは、自然と普段より背筋を伸ばし、試合範囲の正方形から二回り距離を取るように囲み座している。 

 道場の出入り口から真っ直ぐ伸びた中心には、本日戦うことになる三人が相手の三人を待ち構えていた。

 

 一人——口宮冬三郎。

 居合術を長所とする田宮神剣流の門下生。未だ師範位に届く実力はないが、近畿に限れば居合という技術においては上位に並ぶ腕前であり、剣術部においては二番手、副主将の位を持つ。

 

 二人——山内理念。

 黒い包帯でわからないが、筋の通った鼻や血色の良い唇から彼女の顔は均整のとれた芸術品的美しさがわかる。

 雰囲気は無論、今の衣装は普段の鍛錬に着用している無地の上衣と袴着ではなく群青色の上衣、黒色の袴着を纏っていた。

 ただでは見えぬが、上衣の裾に書かれた流派の名は————平常無敵(へいじょうむてき)流。江戸時代前期、山内一真により開かれた剣術流派である。

 

 そして、三人目。

 

 タイミングよく、眼を開いたときに真剣術部の三人——武蔵、沖田、剣心が足を踏み入れる。

 三人の格好は、今週を通して剣術部の指導に当たっていた体操服ではなく、それぞれが部活動紹介のときに見せた格好をしている。強いて挙げるならば、武蔵はブーツを、沖田は足袋を、剣心は下駄を履いておらず裸足のまである。

 互いに三人、視線が交差した瞬間に沖田の口が開いた。

 

「なるほど。昨日ではなく今日にしたのは、三人目があなただったからですか——岡田常良(おかだつねよし)さん」

 

「はははっ、すみません。山内主将から連絡が入りまして、年甲斐もなくはしゃいでここにおります」

 

 三人——剣術部顧問、岡田常良。

 柳剛流師範代、かつては帯刀許可者を目指したが至れなかった武士(もののふ)。しかし、未だ己の道場にて研磨を積みながら高みを目指している実力者である。

 

「剣術部所属だったら問題ないもんね」

 

「ああ、なにも問題はない」

 

「むしろ良いです」

 

 納得したように頷く三人に緊張した様子はない。理念にとって、失礼と思いながらも小さなサプライズだったのだが意味はなかったと苦笑を漏らした。

 

「こんにちは、真剣術部の御三人方」

 

 山内が挨拶をすると、他の面々も挨拶を交わす。

 

「急な催しですが、それでもお付き合いくださること感謝を述べさせていただきます」

 

 そして、三本勝負の説明に入る。

 無制限。範囲は六人が立っている正方形の中であり、全身が出た場合のみ場外反則とする。降参、もしくは審判が戦闘不能と判断した場合は有無を言わせずに勝敗が決まる。

 「有無を言わせず」の部分が厳しい気もするが、ここは道場同士の試合ではなくあくまで部内の試合だ。そのため、後遺症等が残れば部としての成立が危ぶまれるという岡田の判断である。

 そこまで話すと、いよいよ誰が一番手に入るのか決めることになる。周りを囲む部員たちが、どうするのだろうと疑問を浮かべた瞬間、誰よりも早く武蔵が声を上げた。

 

「私は、昨日言ったとおり口宮副主将で良いかな? こうなったのも私が原因だし、一応その延長線上でここにいるわけだから」

 

 名前を出された口宮も含め、五人を見渡して武蔵がそう言った。

 

「俺も異論はありません。昨日言われたように、宮本と俺がやります」

 

 口宮ははっきりとした口調で断言する。

 険しく、しかし山巓を眺望したる眼差しには意志が込められており、踏破せしめたる武威を感じ入るが、彼を前にして武蔵は子供のように笑う。

 それは一重に余裕なのか、本当に楽しんでいるのか判断し難くはあるのだが一試合目は武蔵と口宮に決まった。

 

「二番手と三番手はどうしますか」

 

「ふむ……そうですな。

 まあ、それは巡り合わせということで」

 

「かまわない」

 

「では、そういうことで」

 

 決めることなく残りが決まった。

 岡田は朗らかな面持ちで頭を下げて試合範囲から出る。それに伴い沖田と剣心、そして理念も出ると必然的に武蔵と口宮が相対しながら立つ。

 

「さぁ、宜しくお願いします! 口宮副主将!」

 

「よし——勝負だ、宮本ッ!」

 

「では、一本目の試合は沖田(わたし)が務めます」

 

 

 

 星詠学園剣術三本勝負。

 

 【一本目】——。

 

 真剣術部所属   二天一流

          宮本武蔵 

 

       対

 

 剣術部所属副主将 田宮神剣術流

          口宮冬三郎

 

 

 

「両者構えて……。

 

 

 

 ————始め!」

 

 

 

 

 

三、

 

 

 

 

 

 知っていたのか。

 

 わかっていたのか。

 

 理解していたのか——。

 

 最早、何も考えられない。

 下校中、ただ存在したから蹴られ転がっていく空き缶のように。

 強風の日、風化した留め具が外れてしまい吹かれた看板のように。

 いつの日か、適当に投げ入れられた枝が激流に流されるように。

 

 やりたいことは——考えていた。

 どうすれば勝てるのか、勝つことができるのか、たとえ至らなくとも喰らいつけるのかを。

 

 そのすべてが泡沫のように弾けていく。

 

 声を出そうにも口が動かない。

 麻痺をしたかのように舌の感覚もなく、初めての感触に現を抜かすことを余儀なくされる(・・・)

 ふわわと浮いた身体は——その主……口宮冬三郎の身体は自らが潜っていくかのように床へと沈んでいった。

 

 

 




・口宮冬三郎
 登場人物設定を書いたノートをどっかにやったので書くのがめんどくさい。
 おっぱいが無い。
 拘っていない髪を短くしている。行き当たりばったりな性格をしているが、やる気はあるので後輩に慕われている。
 勝草君の崇拝相手。

・岡田常良
 柳剛流頭目たるや、かつては帯刀許可者を目指していた武人。
 七十を超えてもなお鍛錬を続け、鋼の肉体を持つ。
 かつて、一度だけ帯刀許可者と試合したことがある。


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十九刀目!




 二天一流、宮本武蔵。たちまち青竹を振ればバラバラにわかれたみたいですよ(わかる人にはわかるやつ)


「——勝負有り。

 場外反則兼戦闘不能により、口宮冬三郎の負けとします。

 よって、勝者は宮本武蔵」

 

 目の前で起きた非現実に、見ていた部員たちは目蓋を激しく瞬かせている。平然と告げられた決着の言葉を聞いているものはおらず、立ち合い当人である理念は僅かに奥歯を動かし、この場において帯刀許可者に一番近い岡田は驚きもなく瞑目していた。

 

「く、口宮さんが……一撃?」

 

 ある意味原因となった、口宮と同じ道場門下の勝草が呟いた。

 部員たちに広がるのは、驚きの反応。

 それぞれが通う道場にも、強い者はいた。しかし、口宮冬三郎という男はそれらに匹敵するほど強く、こと居合術においては殆どの者が彼以上のものを見たことがなかった。

 故に、唖然。

 そして、驚愕。

 

「続いて、二本目に入ります」

 

 覚めやらぬ中、沖田が次試合を言うが部員たちは騒ついてそれどころではない。

 帯刀許可者という存在が世間では最早当たり前の単語になっている。

 文武両道法の成立当初、バラエティ番組や報道番組では日夜特集が組まれ、それらの存在が比較的近くなったのだが——。

 

 当然といえば、当然なのだ。

 

 帯刀許可者たちは、真剣を用いて(・・・・・・)仕合う。

 法律の庇護下、刃物を持つことが許された例外なのだ。

 その者たちが剣を交わせば——流血し、皮膚を裂き、腹に穴が空く。

 仮にテレビで紹介されたとし、そんな凄惨な現実を伝えるわけがない。

 

 成人男性を一撃で吹き飛ばす。

 大岩を真っ二つにする。

 四メートルの塀を容易く飛び越える。

 

 噂には聞いたことがあり、帯刀許可者ならばあり得るだろうとも考える。

 だが、部員たちは未だ本物(・・)に出会ったことがないため感ぜられることはなかった。

 部活動紹介で垣間見た実力——先に打ち合わせをしておけば、彼らでもできる芸当。逆に言えば、打ち合わせを前提としたFiction(非現実)を無自覚に無計画にNonfiction(現実)で起こせるのがここにいる帯刀許可者(三人)なのだ。

 

「ありがとうございました。

 居合の体勢はもう少し低いほうが、相手のほうが速かったときに対処できると思います」

 

 納刀、そして一礼。

 宮本武蔵は、その儀をもっていつもの笑顔へと戻った。

 

 

 

 

 

一、

 

 

 

 

 

 武蔵の一撃によって場外へ吹き飛ばされた口宮は、岡田の軽い触診により自然に目を覚ますと判断された。今は畳の敷かれた場所に、部員の一人が準備室から持ってきたバスタオルの上で眠っている。

 

「審判、変わるよ」

 

 一度、試合場から出た武蔵は沖田にそう言った。

 沖田が剣心の方へ向き、視線を合わしたかと思えば二人は入れ替わるように位置を変えた。

 

「二番手、私が行きます」

 

 範囲を示す枠線に立つのは——天然理心流、沖田総司。若き天才剣士として名高い彼女を知らぬ者はこの場におらず、彼らが目指す目標でもあるのはたしかである。

 彼女に対するのは、

 

「儂が行きましょう」

 

 持った木刀を——いや、その身は先にかけて細くなっておらず、持ち手のままに伸びている。鋒はなく丸いそれを形容するならば、木杖が正しいだろう。

 元より武器種は自由。

 さずかに飛び道具は一言いるが、あの程度ならば気にかけるほどではない。

 ほぼ同時に頭を下げ、開始線にまで辿り着くと真剣/(じょう)を構える。

 

「では、二本目の試合は私が務めます」

 

 

 

 星詠学園剣術三本勝負。

 

 【二本目】——。

 

 真剣術部所属   天然理心流

          沖田総司

 

       対

 

 剣術部外部顧問  柳剛流 

          岡田常良

 

 

 

「両者構えて!

 

 

 

 ————始めっ」

 

 

 

 

 

三、

 

 

 

 

 

 合図とともに飛び出したのは、音超えの速さを持つ沖田ではなく、岡田の方だった。

 齢七〇を迎えて脚力に反応速度、戦いにおける全て肉体は衰えを知らず、唯一悩みがあるとすれば視力が落ちたことだった。だが、僅かな障害すらも、他の感覚を研ぎ澄まして対処することによって、未だ柳剛流において最強の名を持つのが岡田常良という男である。

 飢えた狼のように地を蹴り、何十年と練り上げた下腿三頭筋が熱くなる。

 歳を経て、体力の衰えは感じていた。

 それでもなお、自身より歳若い者に勝つにはどうすれば良いか。彼は答えを——短時間による決着にあると見た。

 

「ォ——!」

 

 片手で持った杖を横に凪ぐ。

 一撃は薄い鉄板ならば、凹ませる一撃を持っていた。

 

「甘い……!」

 

 沖田は冷静に対処し、迎え打つのではなく迎え受ける(・・・)ことで対処する。

 鉄の真剣と木製の杖。

 単純に交わった場合、どちらが壊れるかといえば白旗は杖に上がる。刃引きしているといえ抜身の刃、真正面から向かい打てば当たり前の結果だ。

 仮に割れ、予想外の動きをされるほうが敗北に繋がる。それを加味した、受けるという行動。

 

「——ぬ」

 

 極限まで力を抜き、完全な受け流し。軽装を主装備とし、攻撃を受けないことが前提の戦い方をとる沖田にとっては容易いこと。

 杖が止まり、一瞬の停滞。

 互いに反応が出来ていないわけではなく、敢えての間。隙を作るための隙。さらにその上を突こうとする技術。

 競り勝ったのは沖田。

 杖の太身が祟ったか、岡田の視線と被り交差する。

 膝を曲げず、その場で跳躍する。

 身長は沖田の方が低いが、岡田は元より低い体勢だったがために受け身の取りにくい体勢となっている。さらに威力を上げるための跳躍。

 一撃必殺。

 繰り出される突きは、

 

「ふっ」

 

「放し——いや、弾いたっ」

 

 限界まで研磨された、武器を持つ岡田の指は鉄のように硬くなっている。時に自身の体重を支える指先で杖を弾くなど、造作もないことだった。

 空中で隙を作ったはずの杖は、そこから反し攻撃に転ず。

 当たろうとも致命傷には圧倒的に届くことはないが、その後の保障もない。

 回転する杖が眉間に迫る。

 半ば反射、沖田の色濃く錬磨された身体は勝手に正解を掴みとっていく。

 勝利よりも先に、敗北の芽を摘み取る。

 

「————!」

 

 音速の剣戟。瞬きの速さ。

 杖が弾かれ、今度は逆に岡田の方へ向かう。あわや掴み取ろうとする岡田だが、それよりも速く杖が——失墜した。

 上から刺さるように岡田に向かう筈だった突きは、彼よりも先に杖に繰り出されることになった。

 空を掻いた岡田は、意識の切り替えを行う。

 武器を失えば次の武器は——己の肉体。

 ひっくり返るように地面に手を付くと、捩るように踵を左に出す。手首を思い切り捻るように鎌となった足首が沖田に迫る。

 

「聞いたことがあります——」

 

 静かに、沖田の声がした。

 先ほどまで杖に合わせていた視線はすでに岡田を捉え、今にも食い殺そうと——壬生郎の(まなこ)を向けている。

 心臓が掴まれたような感触に岡田の攻撃が鈍った。それと同時にまたもや何もないところを通過していく己の攻撃。

 

「柳剛流は刀に長刀、杖など様々な武具を扱うと。

 しかし、そうでありながら本当の(こわ)さは目に見えた武器ではない」

 

 磨かれた床に、沖田の裸足が摩擦した。

 

 体勢は整っている——。

 

「力ある刀、巧い長刀捌き、卓越した棒術。一時期は関東で一大勢力を誇る北辰一刀流すら凌いだ流派。

 一番危険視すべきは、その鍛えあげられた鋼の肉体……!」

 

 柳剛流は他の流派より自由な戦い方である。

 その証左として、初撃は持っている武器ではなくそれすらも囮にした足技にある。硬い武器、長い武器、強い武器——こと柳剛流においてその原点は、肉体にある。だからこそ己の肉体を鋼に至るまで鍛え上げる。

 武器という技術。

 さらに奥にある、何よりも信頼する肉体というどれよりも裏打ちされた武器。

 

「今回は知っていた私の勝ちです————破ァッ!」

 

 強烈な、彗星の如く尾を引いた一撃。

 

「ぐぉ——ぅぅうう!!」

 

 突出した鋒は岡田の水月を穿ち衝撃を与える。

 壁がなかったのが幸いだろう。

 周囲を囲っていた部員が柔らかい肉壁となり、勢いをつけて飛んできた岡田のクッションとなった。

 

「——勝負有り!

 この勝負、場外反則により岡田常良の負け。

 沖田総司の勝ちとします!」

 

 高らかに沖田の勝利が告げられた。

 部員たちも一本目と違い、まだ一連の動作が見られたためか次第に拍手の音が二人を包んでいった。

 

 

 

 

 

四、

 

 

 

 

 

「……あの突きは堪えますね」

 

 唐竹で殴られようと声一つも漏らさない肉体を持つ岡田も、さすがにあの突きには耐えられなかったようで部員の肩を借りて立ち上がった。痛みが響いているのか片目を閉じ、ようやく歳に合わせた弱々しさが出たといったところだ。

 

「申し訳ありませんが、少し休まさせていただきますよ。

 痛みが引くまでちょっとかかりそうだ」

 

「ええ。

 立ち合い、ありがとうございました」

 

「はい。

 帯刀許可者と立ち合えてこちらも満足です。ありがとうございます」

 

 互いに頭を下げると、再び爽やかな拍手が起きた。

 岡田常良という一流派の頭目が負けた事実よりも、沖田総司の技術、そして敗北しながらも潔く身を引く顧問の姿に戦いの余韻に煽られたのか自然と腰の上がった者もいる。

 審判役をしていた武蔵が真っ二つ、僅かにささくれのように繋がってはいるが使い物にはならないであろう杖を試合場の外へと出した。どこからともなく部員が箒と塵取りを持ってくると綺麗に片付ける。最後に霧吹きと雑巾、それから乾いた雑巾で(ぬぐ)うと試合前の綺麗な状態に戻った。

 

「俺か」

 

 三本目、最後に出てきたのは真剣術部唯一の男——剣城剣心。

 

「ええ。よろしくお願いします、剣城様」

 

 対するは、剣術部主将——山内理念。

 二人は前の四人と同じように頭を下げ、開始線まで歩いて行く。

 一人は日常の如く柔らかな笑みを携えて。

 一人は不気味なほどに無表情な顔を携えて。

 対照的までとは言わないが、落差のある両者の雰囲気に部員たちは息を呑む。

 

「審判は武蔵(わたし)が継続します。準備はよろしいでしょうか?」

 

「ああ」

 

「はい」

 

「では——」

 

 

 

星詠学園剣術三本勝負。

 

 【三本目】——。

 

 真剣術部所属   とくになんもないん流(我流)      

          剣城剣心

          

 

       対

 

 剣術部所属副主将 平常無敵流

          山内理念

 

 

 

「試合……、

 

 

 

 ————始め!」

 

 

 



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二十刀目!

 身を貫く一撃を受けた岡田は、痛みの元を撫でながら畳敷の空間に足を崩して座った。

 久しくなかった敗北は、痛み以上に彼に響き、かつて帯刀許可者——国家太刀別認許状(こっかたちわけにんきょじょう)の取得に奮起していた頃を思い出させた。

 岡田がこの世に生を受けるよりずっと前、帯刀許可者という存在は現れた。

 彼ら/彼女らは皆、性別に関係なく常人の枠組みから超えた力を持ち、世間の考えなど遥か高くを踏み越えて行く。一時期、当時の与党は徴兵制を元に組み替えた彼らのような存在を完全に国に置くべく法令を定めるべきであると政策を打ち立てたが、野党や関心のある国民が本格的に人権侵害であるなどと声を上げる前に、そういった者達(・・・・・・・)は法という、いつでも断ち斬れる鎖に縛ることはできないと与党が判断し、砂上の楼閣の如くいつの間にか消えていた。

 その考えに至るまでに何があったのか。

 政治史や国史学に連なる学者たちは、独自に研究を進めているが、今現在も仮説ばかりが挙げられるだけで確証に至っていないの現実だ。

 

「…………」

 

 岡田は一度だけ帯刀許可者と立ち合ったことがあった。

 その人物は『天下五剣』と称される、一時代における最高、最強の剣士五人に与えられた勲章を持っていた人物。今では日本の武術界前線を抜け、関東方面で後任育成に汗を流している為『天下五剣』ではないが、現在でも帯刀許可者である確かな実力者だ。

 そのときも、何も出来ず空を仰いでいた。

 いやに晴れた蒼穹は色濃く、空を思い出せば驕った自身の敗北を思い出し、敗北を思い出せばあれほど美しい空はなかったと思い返す。

 またいつか帯刀許可者と戦いたいとは思っていたが、まさか今日、そして岡田より圧倒的に若い者が相手になるとは思わなかった。最初に負けたとき、今より強くなると気合いを入れていた過去の自分に教えたいほどである。

 

「大丈夫ですか、岡田先生」

 

「む……口宮君ですか。おはようございます。怪我はないですか?」

 

「ええ、自分は。

 先生と沖田がやり合ってるときには目を覚ましていたので……随分と吹っ飛ばされてましたが……」

 

「やぁ、まったく……強いですね、彼と彼女らは。儂では——敵わない」

 

「ですが、杖を使ったフェイクは」

 

「いや、無理でしょう。

 たとえ全盛期、体力や反応速度が今よりあったとしても……その悉くを踏み越えてくる」

 

「……っ」

 

「口宮君。最後の突き、見えましたか?」

 

「……正直、微妙でした。沖田が突きの構えをとって、気付いたら先生が吹き飛ばされてて」

 

「実は言うと……儂も見えなかったんです。

 あの突きは速すぎる。さらに言えば、儂がよく見えぬよう、角度をこちらが一番薄く見える位置に瞬時に調整した。あの技術は生半可な努力や才能では達することのできない動きでしょう」

 

「それが——」

 

「ええ、それが帯刀許可者。国に実力が保障された、いや、そうして少しでも鎖を付けなければならない存在なのです」

 

 清々しいほどの負け。

 悔しさはない。

 だが、明日からどう鍛錬しようかという考えはある。

 勝てないならば、まずは喰らいつく方法を。七〇に至りながら貪欲なまでに己を練磨する姿は、人生を武に捧げた柳剛流、岡田常良であるから。

 それに、と岡田は続ける。

 

「儂の上衣に鋒が当たった瞬間、彼女は刀を引きました。

 わかりますか? あれだけ吹き飛ばされたにもかかわらず、実質身体にはあたっていない(・・・・・・・)んです」

 

「——な」

 

 目を開き、声が裏返る。

 

「あの勢いで——っ」

 

「ええ…………おや」

 

 まだ聞きたいことがあったが、岡田は視線を中心に向ける。釣られて口宮もそちらを見ると、そこには主将たるや理念と剣心が立っていた。

 

「山内主将なら、勝てますか」

 

「どうでしょう。今のを聞いて勝てると思いますか?」

 

「それは……」

 

「——しかし、たとえ勝てると言われようが否定はしません」

 

 岡田は大して髭も生えていない顎を触りながら、今から始まる試合について考える。

 この場で知っているのは顧問、かつて立ち合いもしたことがある自分だけ——。

 あの何重にも巻かれた黒い包帯の向こう側にある特殊な瞳(・・・・)。それがあれば、あるいは……。

 

「いずれにしろ、面白い試合にはなるでしょう」

 

 今はただ、純粋な興味を抱く。

 山内理念という剣術家——彼女もまた、時の世に名を残す剣士なるだろうと、岡田は思っている。

 

 

 

 

 

一、

 

 

 

 

 剣心が刃引きされた真剣を腰に据えているのに対し、理念もまた真剣——ではなく、限りなくそれに近い模擬刀だった。真剣を据えるには、別に帯刀許可者に限らず申請を出せば飾りとして置いておくことはできるが、立ち合いに使用するとなれば話は変わる。しかし模擬刀ならば、互いに了承した前提の下使用することができる。

 刃を引いた真剣と、初めから刃を与えられることのない模擬刀。

 生まれ方は違えど、限りなく近い条件で存在しているには変わりない。

 

「……」

 

「……」

 

 武蔵が開始を唱え、既に一分経つが両者に動きはない。

 抜くことなく、柄に手のひらを置いたままにしていた剣心へようやく理念が口を開いた。

 

「剣城様、申し訳ありません」

 

「……」

 

「お待ちいただいたのでしょう」

 

 理念の言葉に、沖田、そして審判を担う武蔵を除いてわかる者はいない。たとえいたとしても、後方にて二人を見る岡田のみ。

 理念の腕が動き、遂に刀を抜くのかと思われたが後頭部へ手を伸ばした。

 

「……」

 

「小さい頃、私はこれが嫌いでした」

 

「……」

 

「人と違う色が。

 人と違う世界が。

 人と違う流れを視てしまうこれが」

 

「……」

 

「ですが、今この時を思えば——感謝こそすれば、というものでしょうか」

 

 理念は黒い包帯の留め具に手をかけ、解いていく。髪色と同化するような包帯、部員ですら一度も見たことのない瞬間を剣心は静かに見守っている。

 一度回し、二度回す。

 そしてようやく出てきた瞳——いや、目蓋は閉じられている。

 部員の中には、失明しているのか心配する者もいた。だが、その答えとして理念は首を振る。

 失明など、していない。

 彼女の瞳は、彼方を見続ける瞳は——。

 

「私の流派。平常無敵流にて開祖返り(・・・・)と呼ばれるこの瞳は……」

 

 

 

 ——黒洞。

 

 吸い込まれるような、穴の空いた瞳——その中心には淡く輝く青い輪が揺らめいている。

 

 

 

「——今を以て、私の力となりましょう。

 

 尋常に、仕合おうではありませんか。剣城様」

 

 

 

 

 

二、

 

 

 

 

 

 先手、初撃。

 それをもって見極めた試合の流れは、すべてそちら側に流れていく。

 だからこそいつものように脚を踏み出した剣心は——直感的に後退の歩を選んだ。

 

「——む」

 

 ふわりと羽根のように跳んだ剣心の袴着が空気を含んで膨らむ。それほどまでにして跳んだ、元いた位置を見遣ると木床には小さく一条の傷が付けられていた。

 

「さすが……」

 

 部員たちが気付くことはなく、当人のみによる最初の邂逅。

 武蔵は眉を上げ、沖田は目を細めた。

 

「ですが、十ともなればどうでしょう……!」

 

 抜かず、柄を握る山内から気迫のような、まるで風が吹いた威圧を感じた。

 それは周囲の者も巻き込み、経験の足らぬ一年生は不気味な感覚に肝を冷やした。

 すぐに着地した剣心はそのまま脚を動かして何かを避ける。

 右へ、左へ、緩急をつけながら前に進むが阻まれたように後退を繰り返す。もう一度大きく跳んだと思えば、鞘に入ったまま真剣を床に叩きつけた。

 柏手のように、二度。

 剣心から溢れた威圧と理念を中心としたそれが相殺されるように掻き消える。

 

「剣気か」

 

「はい」

 

 今のは技か——一体。

 それを知るのはやはり実力者たる三人で、他の者たちが見えることはない。だが、理念が何かしたのは理解でき、何をしたのか見えずに剣心が動き回る光景に首を傾げるばかりだった。

 交わされた言葉も束の間、縫うように剣心が理念へと迫る。 

 一本目の目視出来ぬような武蔵の動きではなく、ただ速いと理解し得る動きである。

 

「……っ」

 

 首を横にずらし、回避行動をとる。

 右脚に力を入れ、旋回。遠回りながらも確実に距離を詰めていく。

 接敵まで残り数メートル、数秒。

 ようやく、身動き一つ取らなかった理念が刀を抜く。

 

 ——凛

 

 音が鳴り、耳を刺激する。

 心地が良いほどの抜刀音。

 彼女に迫るのは、自身の身の丈より二回り以上は大きい男。やはり完全に受けるのは悪手、とるべき行動は——。

 

「ふ——っ」

 

「……くっぅ!」

 

 直前まで剣気と呼んだ技を避け続け、体勢が崩れたままに放たれた重い一撃。

 ほぼ平行、鍔に触れないように受け流す。

 

「なるほど」

 

 手首に負担が掛かったのがわかる。

 視えてはいた(・・・・・・)

 単に技量の問題。

 予想よりも早く、脳内と現実に視えているものに差が生まれていた。

 修正。

 二撃目、眼を開き備える。

 考えるよりも早く毅然と身体が反応する。

 完全な死角からの、顎に向かって出された膝蹴り。

 理念の瞳は「ふむ……」と感心する剣心の表情を捉えた。そして、上から掴むように出された何も持っていない手を後ろに下がることで避ける。

 

「逃さんぞ」

 

「速い——」

 

 理念は蹈鞴を踏みながら、しかし剣心は一飛びで肉迫する。

 突き出されたのは未だ鞘に収まったままの刀の柄先。額を撃ち抜くが如く勢いは頭を下げることで避けようとするが、その行動に意識を移した瞬間、今度は鞘に包まれた刀身が下から繰り出されたのを見る。

 

( 読まれた——違う、私が誘導された。

  どこから?

  最初の一撃、隠された膝蹴りが、それとも額への攻撃も含めすべてはこの伏兵に対する…… )

 

 斜めに向いた剣心の刀を、鞘に収まってるが故に躊躇なく踏み後方転回。袴着ながら華麗に宙を回って見せた理念はすぐさま鋒を前に油断なく向ける。

 

「……」

 

 しかし剣心は、まるで彼女を睥睨するかのように見下ろし、再び真剣を腰に戻して見せた。

 試合放棄とも取れそうな姿に憤慨することなく、果たして次は居合か、それとも……と思案する。

 隙だらけの姿を、

 眺め、

 凝視、

 注視、

 一寸の動きも、

 捉え、

 逃さず、

 離さず、

 脳が焼き切れるほどの集中。

 だからこそ、反応出来たと言える。

 

「————ッ!?」

 

 背中が反り返るほどの勢いで上体を起こし、握った刀を前に出した。

 思わず瞬きし、はっとする。 

 何もない視界に、顔を向けるよりも速く動いた視野の広がった瞳が滑空するように己の懐に入った剣心を捕捉する。

 

( 間に合わな——)

 

 何とか触れた刀ごと、後方へ吹き飛ばされる。またもや黒い刀身、即ち鞘に包まれたままだがそれに気を留めることなく理念はすぐに刀を床へ刺す。模擬刀であるため、深くは刺さらずとも彼女にとって前に出るように入った傷跡を残したおかげか、足裏一つぶんの幅を持って場外反則は免れた。

 

「今のは、私と同じ剣気ですね?」

 

 痺れた掌を誤魔化すように強く握る。

 

「ああ。俺も好き技だからな、よく使う」

 

「……あそこまで洗練されているとなれば」

 

 剣気とは、読んで字の如く『剣の気』である。

 流派によれば飛び燕、燕打ちなどと呼ぶが、正体は見えぬままでありながら質量を持った威圧と気力による——いわゆる空気砲。しかし、それよりも柔軟な動きが可能であり、理念のように短時間で集中し圧を練り込むことが可能であれば何本も飛ばすことが出来る。

 

「簡単な剣気はそれなりに鍛錬を積んだ者ならば誰でもできる。しかし、何十も重ねたその剣気、山内主将はかなりの時間を費やして修得したのでしょう」

 

「ええ。私にとって、この技は自信があったものなのですが……」

 

 彼女は理解した。

 己が動きを止めてまで集中して出した剣気。それが先ほどの理念が反射的に刀を出して受け止めたものの正体。彼が戯れに出した一撃は自らのものより重く、大きかった。

 

「——次は、何をする」

 

 到達点。目指すべく極地。

 いざ相対して見ると感じる絶対的な差——。

 その壁が何枚なのか、どれくらいの高さなのか、表情一つ崩せぬ己の実力と眼前に立つ存在に、そのときばかりは少し——足がすくんだような気がした。

 

 

 



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二十一刀目!

 

 

 私の世界は、すべて遅れて視えていた。

 

 母の言葉、父の笑顔、そして家族に匹敵するほどの仲である門下生の皆様。

 産まれたときのことを、私は覚えています。

 泣き叫ぶ中、耳に粘り付くように残っているのは助産婦の小さな悲鳴。

 本当に怖いものを見たとき、人は大きく声を出せないものでしょう。

 故にそのときも、助産婦は怖いものを見たのだと私は今でも思っています。

 

 こんな世界がおかしいと感じたのは物心がついた頃です。

 相変わらず視界は遅く、しかし聴覚は見ている映像を残して進んでいく。その不気味な現実に私は何度倒れたでしょう。

 

 眼を抉り取りたいと初めて考えたのいつでしょうか。

 開祖返りと持て囃されようが、私は全く嬉しくはなかったのです。

 

 風に吹かれ香る桜の薫りはすれど、桜花は散っていない。

 入道雲から太陽が出ようと、私の身体にはその熱が伝わらない。

 雅に紅葉が朽ち落ちようとも、同じタイミングで風情を感じる隣人がいない。

 白く冷たい雪が降ろうとも、伸ばした手のひらの上に降るよりも先に雪は落ちている。

 

 嫌なことも長く見てしまうこの瞳が、どれだけ嫌いだったのでしょう。

 

 私はいつの日か、瞳を覆うように黒い包帯を巻いた。

 

 

 

 

 

一、

 

 

 

 

 

 激しく肩を上下させた理念が額に流れる汗を鬱陶しそうに払う。

 

「……今のも、届きませんか」

 

 平常無敵流に伝わる技、秘技、奥技。そのどれもが未だ無傷のまま、疲弊すらしない男——剣心の前では弾かれていく。

 彼の技術への関心よりも、もはや理念の技を受けて傷一つ付かぬ鞘すらも超えられぬような感覚に彼の肉体に辿り着くまであといくつ壁を越えなければならないのかと次の一手を考える。

 

( 動きは見える。

  幸いにして、この瞳は彼の動きを捉えることができている。最初の一撃、あれがおそらく彼の最高速に近いもの。一撃目は流せる——ですが、二撃目を流すとなれば体勢を崩され、瞬く間に蹂躙される )

 

 風に吹かれる柳のように、中心に立つ剣心との間合いを見極める。

 数度、鍔迫り合った情報から理念は剣心の強さを見極めていく。

 力は——負けている。

 速さは——負けているが、瞳による補填が可能。

 技は——わからない。しかし受けられているのは事実。

 

( 疲弊しているのはこちら。

  精神的優位に立っているのは向こう側。

  それを踏まえ。さて、どうする )

 

 廻っていた理念の身体が止まる。

 奇しくもその位置は三本勝負が始まる前に見合った場所。

 神棚を背に向けた理念、入り口を背に向けた剣心。

 その二人の左右にわかれるように座す部員たち。

 

( 勝機はない )

 

 負ける機もない。

 しかし、このまま怠く続けようがじり貧のままに埋もれるのは理念のほう。

 ならば、

 

「……——」

 

 相手が幾度となくこちらの技を(しりぞけ)るならば、理念は今出せる、技をも越したただの一撃。

 見ていた剣術部員と、真剣術部の二人は次で決着がつくと感じた。

 理念はそれが当たり前と言わんばかりに己の頭上へ刀を上げる。

 

 

 

 それは——袈裟斬り。

 

 

 

 ただ上から振り下ろし。

 真剣であれば人体を容易く真っ二つにする技。

 斬れずとも、脳天への一撃はたちまち意識を失墜させる。

 誰よりも速く、誰よりも強く、その想いを胸に理念と剣心の彼我の差を埋めようとする一歩は、部員たちをもって今まで最速といえた。

 

「これが——最後です」

 

 次を考えぬ一歩。

 

 受けられることなど理解している。故に、上から叩き斬ることを目的とした動き。

 今まさに、彼女の最適化した脳は剣心の一足一刀を視る。

 

 脚は……動かない。

 

 膝も……動かない。

 

 腰は……動かない。

 

 胴も……動かない。

 

 肩は……動かない。

 

 腕も……動かない。

 

 理念のすべてを見抜く瞳は露呈している。

 腕力で負けようが、袈裟斬りの振り下ろし、それも模擬刀の重さを持つならば()しきれる。

 たとえ動きを読まれないように直前で動かれようが、

 

( ——私はそれを凌駕する……! )

 

 そして、

 二人の邂逅が為されようとしたとき、理念は剣心の瞳を見た(・・・・・・・)

 

 

 

 

 

「————ッ……」

 

 

 

 

 

 容姿から似合わぬ、獣のような低さから迫った理念の勢いが止む。

 三歩四歩と初めて歩いた幼児のように冷たくなった道場の床をぺたぺたと鳴らした。

 

「なっ……なぜ——」

 

 均整のとれた顔に、ようやく人間らしい表情が現れた。瞳に浮かんだ青い輪は集中力が途切れているのか炎のように揺らぎ続け、理解ができない現状に口を魚の如く開閉する。

 

「なぜ——」

 

 

 

 

 

「————あなたがその瞳を、か」

 

 

 

 

 

 極めて静かに、いつもの能面さを貼り付けた剣心が被せるように言った。

 その顔を、試合を見ていた者たちが伺うことはできないものの、唯一彼と肩を並べる沖田と武蔵は理解していた。

 

「その瞳は……だって……私の——」

 

「見たことがあった」

 

 鋒を地面に付けるまでに隙を晒した理念を前に、剣心は動くことなく口を開く。

 

「初撃で俺の一撃を防いだ反応」

 

 鞘に纏ったままの大振り、隠された膝蹴り。

 

「人間が認知してから意識を送り出す時間を超えていた」

 

 その裏にある柄の突出からの、さらに奥から出る鞘による掬い打ち。

 

「で、あるならば。

 初めからフェイクを交えて攻撃したことを見抜いていたか、全てを見てから動いたと考えるのが常」

 

 その言葉——理念にとって刹那の攻防は、剣心にとって確認作業に過ぎなかったと物語る。

 

「なるほど、あれが剣心くんの奥手なわけだ」

 

 武蔵が呟いた。

 何を言っているのか、沖田を除いた部員たちにはわからない。何が起きているのか、何があったのか、今すぐ駆け出して主将たる山内の下に駆け寄りたいが道場の中心にいる剣心の存在が彼らの足を縫わせる原因となっていた。

 

「その瞳は、ただ圧倒的動体視力、視界の良さにあると理解したようだが本質はそこではない。

 この(・・)瞳は相手を視、全ての技の真贋を視抜くところにある」

 

「…………」

 

 理念が思っていたこの瞳は、人より世界が遅く見えるからこそ真贋を見抜くことが可能だと思っていた。しかし、剣心が語るところ、それとは逆——真贋を見抜いているからこそ、世界が遅く見える。

 

「結果的には同じだろうと、本質を違えば嫌なものまで見えてしまう。

 たとえどれだけ音の速さを越えようが、すべてを捉えて正面から挑むことを可能にさせるこの瞳は、常人の脳には耐えきれないほどの負荷がかかる」

 

「…………」

 

 怯えたように身体を震わせる理念と目を合わせた剣心の瞳は、

 

 

 

 ——角膜の縁へ沿うように、不言(いわぬ)色に光っていた。

 

 

 

「俺が師匠から聞いた名前は…………龍眼(りゅうげん)

 元は中国、曹一族が持つ異能であると。だが、あなたの流派はそこから少し違う進化を辿ったようだが」

 

「…………」

 

 身体を開くように構えていた真剣を腰帯に差した。その行動は居合を出すためではなく、何か小細工をするためでもなく、すべてが終わったから。

 身を翻し、試合場から出るべく歩みを進める。

 沈黙が少し続けば、立ち竦む理念に背を向けた剣心へと見ていた部員が水をかけられたように声を上げた。

 

「……って、まだ終わってないだろ!」

 

 それが皮切りになったのか他も口々に戻るように言うが、審判である武蔵は静かに理念を見つめている。

 

「戻る必要はない——」

 

 剣心が場外範囲である場所へ踏み出すよりも先に、背後で乾いた音が鳴る。

 部員たちは呼吸を忘れそちらを見た。

 

「なぜなら」

 

「————」

 

 持ち主を失った模擬刀は足元へ転がる。

 意識が無いにも関わらず膝を付き、肘へと向かったのは普段から受け身の練習をしていた賜物か。

 

「——すでに斬っているからだ」

 

 その身体に一切の傷はなく、剣心が真剣を抜くことすら無かった。

 ただ一つわかるのは、中心で倒れ伏す理念が負け、佇む剣心が勝ったということ。

 

「勝負有り」

 

 異様なまでに場を飲んだ空気が晴れるとともに、決着の言が紡がれた。

 

 

 

 

 

二、

 

 

 

 

 

 

 崩れ落ちた音が背後でする。直後、武蔵によって告げられたのは己が勝利したという事実。腰帯に収められた真剣を抜くことはなく、結局鞘のまま終わらせてしまったという空虚さが身を包む。

 至らず、空也。

 剣気という技を見たとき、「簡単に」など言ったもののその鍛錬の積み重ねと才能は半端なものではない。ここで言った「簡単に」とはただ人から見たものではなく帯刀許可者たる自身から見たもの。使い方は違ったが、少なくとも床に付いた一条傷は心を揺らしたるや技だった。

 目蓋をいつものように閉じると、すでにそこには鈍く光る不言(いわぬ)色はない。

 体得してから何年か。既に倒れ伏した彼女のように振り回される段階は踏み終えている。

 さて、と思考を切り替える。

 すでに三本勝負は終わり、真剣術部たる俺たちの三本勝ちである。

 一礼をし、再び試合場へ入る。

 未だ気を戻さない山内主将の下へ近付いた。

 

「武蔵、包帯は持っているな」

 

「あるよ」

 

 寄越せと言う前に察した武蔵は手のひらに巻いた、山内主将の黒い包帯を渡してくる。

 別に汚れてもいないので大丈夫だろう。

 

「猫屋敷、いるか」

 

 もはや呼び慣れた彼女の名前を呼ぶと、部員の垣根から恐る恐る腕を上げながら前に出る。

 

「彼女を準備室の長椅子に運ぶ。起きるまで見てやってくれ」

 

 猫屋敷に言うと、彼女はもう一人の名も知らぬ女子部員を呼んだ。

 俺は前倒しになって倒れた山内主将を仰向けにし、正面から手を回して上体だけ抱き上げた。左手で後頭部を支え、何とか右手で包帯を巻いていく。仮に龍眼を制御出来ていないならば、起きたときにパニックになる可能性もある。どうやら生まれたときから付き合ってきた先天的なものらしいので、どうかはわからないが。

 

「…………ふむ」

 

 いつも口癖が漏れる。すると後ろで見ていた武蔵が首を傾げた。

 

「どうかした?」

 

「いや、何でもない」

 

 手短に返すと包帯を巻く速さを緩める。しっかりと、外れないようになっているかの確認だ。

 何となしに、左手が疲れたので体勢を整える。

 

「…………」

 

 やはり——な。

 

 そう、俺は気付いていた。

 

 山内理念という剣術家。

 彼女の鮮烈な太刀筋と、己が肉体を容易に浮かび上がらせる脚力。そこから導かれるのはしなやかで僅かに浮かび上がる触りごたえがあるだろう太もも。現に、俺は見たのだ。あのとき、

 

 

 

 袴着ながら華麗に宙を回って見せた山内はすぐさま鋒を前に油断なく向ける。

 

「……」

 

 しかし剣心は、まるで彼女を睥睨するかのように見下ろし、再び真剣を腰に戻して見せた。

 試合放棄とも取れそうな姿に憤慨することなく、果たして次は居合か、それとも……と思案する。

 

 

 

 飛ぶ鳥を落とす反射神経。

 一里先の文字を読む視力。

 素振り千本を行う集中力。

 そのすべてが動員され俺が見たのは紛れもない——袴着の奥(・・・・)

 さすがに一番奥までは布という性質上、見ることは叶わず、太もも付け根までは見えなかった——しかし! 俺には確信がある。

 

 彼女は袴着の下は付けない派(・・・・・・・・・・・・・)であるとッッッ!!!

 

 そして、確証すべく動いたのが今。

 包帯を巻くのはもちろんのこと、報酬として欲しい答えをもらうのは妥当と言えない(言える)。 

 即ち、下を付けていないならば上も付けていないのではないかという疑問。

 確かめるしかない。

 故に、俺は今の状況を利用した。

 そして、確信に至る。

 

 山内理念、剣術部主将は晒を着用している。

 

 きつく結ばれた腰帯だが、この体勢ならば回した左手を動かして上衣をずらすことができる。最低限の位置、他の誰からも見れぬように僅かばかりの肌。見えたのは、真っ白の晒、しかし溢れんばかりに段差になった上顎。

 こりゃあ……とんでもねぇ……。

 正直、舐めていた。

 初め会ったとき、特段気にすることはなかったのだが……。

 

『その瞳は眼に視えたもの、視えぬものの真贋を判断する異能。

 使い方、本質を見誤ればお前に刃を立てるだけのもんに変えちまう。だから、まずはその瞳の真贋を見極めることから始めるのさ』

 

 師匠。

 どうやら、俺はまだこの眼を使いこなせなかったようだ。

 

 








 おっぱいが無かったので戦いはカットしました。
 この作品はおっぱいがメインです。
 良いですね? だから、チラシ裏なのです。


 やばいな。
 正直迷走した。
 誰に焦点を置くか迷いまくったまま書いた結果、結局誰の成長もなく終わった。
 なので、今章はいかに帯刀許可者たちが強い、を示す章にシフトしました。

 次から梅雨から夏休みへ!
 透けたおっぱいだ、わっしょいわっしょい!




 「龍眼」
 真剣で私に恋しなさいA 登場人物 史文恭より参照
 同作品出、ヒューム・ヘルシングによれば「視野の拡大、圧倒的な動体視力の良さ」が特徴的であり、単純であるが故に——強い。
 本作ではさらに「真贋」を見分ける、という能力を本質とし、上記の「視野の拡大、圧倒的な動体視力の良さ」を付随効果としました。




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二十二刀目!

 2章終了でございます。


 

 数えてみれば五日。たった五日なのだが随分と濃かった気もする。初めはただ見るだけで良いと言われながら、いつのまにか口を出し手を出してしまった。まあ、沖田さんも武蔵も楽しそうにしていたので良かったのだろう。

 剣術部との三本勝負は先週の出来事で、もう六月も半ば梅雨の時期となっている。どうやら今年の梅雨入りは早く、一週間も長い梅雨になるとの予報だ。星詠学園の近所出身の俺としては、山中にあるこの地域は霧と湿気が溜まりやすいことを知っているため煩わしく思う。

 ソファベッドというのか、男一人が寝転がっても大丈夫な椅子に半分寝転がりながら漫画を捲る。妹から借りたこの漫画はバトル系ラブコメ漫画に属しており、日本刀を構えた主人公が悪の組織に捕まったヒロインを助ける内容となっている。

 適当に読み流し、ページを捲りながら三本勝負のことを思い返した。

 あの日、真剣術部の三本勝ちという結果に終わった三本勝負だが、山内理念という部員たちにとって他道場を含んでも強者たる彼女の敗北を前に唖然としていた。それもその筈で、相手はまともに攻撃をしたのは数度、自ら踏み込んだのは最初と次の二回だけ。ましてや鞘から抜かぬ戦い方に見ていた部員の一部は内心立腹し、今にも白線を踏み越えてくる所存だったがそれは出来ず、最終的には目に見えぬ攻撃によって主将が倒れるのだから穏やかではなかっただろう。

 常人には理解し得ない強さ——。

 驕るつもりはないが帯刀許可者を表すには相応しい言葉だ。

 一先ず山内主将をそのままにしておくわけにはいかず、猫屋敷ともう一人の女子部員をつれた俺は彼女を抱き抱え、準備室の長椅子へと寝かせることにした。保健室という選択もあったが、外傷はなくものの数分で目を覚ますことはわかっていたので、二人に口宮副主将と同じようにタオルで枕を作ってもらい、寝かせると彼女が起きるまで猫屋敷と話しなが待っていた。本当に他愛もない内容を交わしながら少しすると、ふと目を開けた山内主将と包帯越しに目が合った。彼女は微笑むと、猫屋敷たちに礼を言い、元の場所に戻るように指示をした。

 

『手合わせ、ありがとうございました』

 

『こちらも』

 

 準備室から二人が出ていくのを確認し、扉の閉まる音が止む。

 それと同時、

 

『剣城様——』

 

 俺の名前を読んだ声音は、おそらく出会って一番に力の入った様子で、

 

『帯刀許可者とは、皆あそこまでの強さなのでしょうか』

 

 久しぶりに聞いた言葉だった。

 ここに来る前、まだ師匠と国巡りをしていた最中、戦った者の殆どはそう言っていた。

 俺が『国家太刀別認許状』を取得したのは今年初めになるので、その多くは俺に対してではなく——師匠。ふらりと寄った剣術道場、まるで看板破りのように挑んだ先の師範代が言い放ったのだ。

 師匠の強さは今より小さく、帯刀許可者という存在にまだ理解を示していなかった俺をして異常で、災害と称して良いほどの力を持っていた。現在はどこか、学園入学に際し一度故郷に戻ると言っていたのでふらりと旅でもしているのだろう。

 そんな師匠が同じ帯刀許可者と戦っているのを俺は二度、見たことがある。

 一度は、林泉寺に棲まう武芸百般の猛虎。

 そこにいた帯刀許可者は剣だけに留まらず、長刀、弓、棒、杖——ありとあらゆる武器を使いこなし、あの師匠を追い詰め、また拮抗に持ち込まれようが類稀なる技量で最終的な決着は付かず終いとなった。何故決着を付けないのか聞くと、あれ以上は命を失う覚悟が必要で、その場にはまだ未熟な俺と向こうの同世代(弟子)がいた。故に、二人は決着付かずに幕を落としたのだ。

 二度目、伊豆の三島に宝刀を携えた剣客がいると聞き、俺と師匠は海を泳いで訪ねたのだ。そこには噂通り無精髭にざんばら髪を束ねただけの一見浮浪者にも見える男がおり、互いに語るより早く剣を抜いたのであった。

 つまり、俺が人生で見た帯刀許可者は三人……沖田さんと武蔵も含めれば五人か。

 二人が前者三人よりも強い、また同等の力を持つのかはわからない。奥の手がまだあるのは当然で、それを知るのももう少し先になるだと思っているからだ。

 そのため、俺は山内主将の問いに対して「わからない」と答えた。彼女は納得したような、まだ何か言いたそうな表情をして口を結んだ。

 

「はぁ……すごい雨でした……」

 

「だね。まさかいきなり降ってくるとは思わなかったや」

 

 そこまで思い出していると体育館の中をパタパタと走る足音と、開かれた扉から沖田さんと武蔵の二人が入ってきた。

 

「む、雨が降っていたのか」

 

 漫画を閉じ、机に置いて立ち上がる。

 振り返って扉の方を見ると、入り口で小さなハンカチで拭いたのだろうがまだ滴の着いた二人が勘弁と言ったばかりに眉根を寄せていた。

 

「少し待て、今タオルを用意する」

 

 いつか俺が運ばされた大きめの棚から、使わなくなりそれぞれが家から持ってきたバスタオルを取り出した。

 

「どのくらい強さだった」

 

「結構強めだったかな。ここの前の砂地、水溜りになって泥だらけだったもん」

 

「早めに制服を干さないと臭くなりますね」

 

 ついでに棚の取手にぶら下げていたハンガーを二本取った。とりあえずバスタオルを頭に投げ被せ、制服を脱ぐように言った。

 

「ありがとうございます。少々お待ちを……」

 

 一応優等生な沖田さんは止めていた全てのボタンを丁寧に外していく。大して武蔵は暑かったのかボタンをしていなかったので、腕を抜いてこちらに渡してきた。

 

「ごめん、ありがと」

 

「気にするな」

 

 受け取った制服を素早くハンガーに通す。別に持ったままである必要もないので元々ハンガーがあったところに掛けた。ほんのりと温かい。

 脱ぎ終わった沖田さんからも制服を受け取り、ようやく息をつける時間になった。

 

「やっぱり梅雨の時期は降水確率40%でも傘を持ってきたほうがよかったですね。失敗しました」

 

「折り畳み傘を鞄に入れとこうと思っても、明日で良いやって思っちゃうんだよね」

 

「二人とも新都の方の天気予報を見たのか?」

 

「違うの……?」

 

 なるほど。それならば傘を持ってきてないのも理解できた。

 

「星詠学園があるこの地域と、新都の方は間に甲六山(きのえろくさん)があるだろう? そのおかげか、雨や晴れの予報は当たるが降水確率はこっちの方が新都と比べて高くなるんだ」

 

 感覚にして10%から15%ほどだろう。降水確率40%と50%は結構な差があるので大きい。こればかりは地元民だけしか知らない情報だろうな。

 

「な、なんですかそのご当地あるある! 剣心くんが言ってくれてたら濡れずに済んだじゃないですか!」

 

「ふっ……悪いな。ここに住んでいると当たり前のことだから忘れていた」

 

 鼻を鳴らしてそう言うと沖田さんはぷんぷんと腕を上げる。

 

「そういうのは山あるあるだもんねー」

 

 と、笑った武蔵の方に目をやった。

 

「…………」

 

「……?」

 

「…………」

 

「……。

 …………?」

 

「…………」

 

「…………どしたの?」

 

「いや……」

 

 ようやく言葉を発した俺に武蔵は目を丸くした。何事かとこちらと武蔵を見る沖田さんは気付いたように口を開く。

 

「あ、そういえば剣心くんは髪を下ろした武蔵さんを見るのは初めてでしたか……?」

 

 そう——。

 沖田さんが言うように、机を挟んで前に座った武蔵はいつも飾っていた簪を抜いて髪を下ろしていた。薄紅藤(うすべにふじ)色の髪は肩より下へ、頭を拭くために上げられた両腕によって心なしか豊かな胸が突き出されており扇情的な雰囲気を醸し出す。雨露によって全体的にしっとりとした感じを覚え、男女分け隔てなく接する武蔵を嫌にでも女であると意識してしまう。

 数秒して、若干頬を赤く染めた武蔵が気恥ずかしそうにした。

 

「あ、あはは……その……ちょっと恥ずかしいかな……」

 

「……すまん。見慣れていなかったからな」

 

「……」

 

 そこまで塩らしい反応を見せられるとこちらも困る。

 目にかかった髪を払う振りをして前髪を触り、表情が崩れていないかさり気なく確認する。良かった、相変わらずの無表情男だ。

 

「おや、おやおやおや剣心くん……?」

 

 くっ、やはり反応してくるか天然理心流ッッッ!

 座っていた一人用お誕生日席から身を乗り出すように歩いてくる。後ろ手に組んだ指と細くニヤついた目が妙に感に触る。

 容姿が整ってるだけあって強く出れないのが裏目に出た。

 

「はぁ、へぇ、そうなんですねぇ……髪を下ろした武蔵さん可愛いですねー」

 

 肘掛けにもたれるようにして座っていた俺の隣に尻をつけると、背凭れ部分に左手を付けて迫ってくる。

 

「近いぞ——元の位置に戻れ」

 

「やぁですよーだ。初めて見る剣心くんの惚けた様子ですからね。散々に弄ってやりますとも!」

 

「なんだそれは、性格が悪いぞ!」

 

「ふふん。どうとでもー? 別に沖田さんは雨に濡れたことなんて怒ってませんからねー」

 

 根に持ってたのかこいつ……というよりは、どうにかしてマウントを取ろうとしたところ俺が隙を晒したのだろう。

 

「どうですか、剣心くん。髪を下ろした武蔵さんも可愛いですよね?」

 

 挟むようにして頬を掴んできた沖田さんは、首を折る勢いで武蔵の方へ向けた。

 首の痛みに文句を言うよりも先に再び目の合った武蔵が目を逸らすと、いつもの反応と違い戸惑ってしまう。

 

「く、首が折れたらどうするんだ……」

 

「むぅ、正直じゃないですね。

 武蔵を可愛いって言うまで離しませんよ!」

 

「っ——舐めるなよ沖田さん。俺は昔、首に蔓を巻きつけられて大木から吊るされたこともある!」

 

「なんですかその修行!? ただの自殺を装った殺人未遂じゃないですか!」

 

「——離せ」

 

「ダメですっ」

 

「この——」

 

 肩を掴んで沖田さんを退かそうとする。

 ちなみにこのときラッキースケベはない。

 

「ちょ、二人とも喧嘩しないでよ!

 二人というか、むしろ発端みたいになってる私が恥ずかしいからさっ!」

 

 カラリパヤットゥのように激しく打ち合う二人に、顔を赤くして止めようとする一人。

 梅雨初め、誰も寄らない旧講堂棟には雨にも負けない楽しげな声が響いていた。

 

 

 




 このssを書くに至って、よく知らなければならないのは武蔵ちゃんと沖田さんのこと。
 沖田さん……去年の福袋で当たり、アサシンの方は宝具5にしました。

 さて、武蔵ちゃんは?
 水着……持っておらず。
 セイバー……今年の福袋、当たりませんでしたッッッ!!!
       海馬社長! あなたはいつから、サーヴァントになったんだ!!!

 オリュンポスにて狙うしかねぇ!!!!!

 以下、2章後書き。

 1章は三人、また「帯刀許可者(正名:国家太刀別認許状)」について書かせていただきました。
 沖田さんと武蔵ちゃんについては基本的に設定と変わらず、制服を着た二人や体操服を着た二人を……体操服……? 書かなきゃ(使命)
 
 まあさて、2章では「帯刀許可者」の存在について。
 詳しくはまたあとに構想している章にてなのですが、彼ら彼女の存在について、いかにやべぇやつらなのか連ねました。完全にfate/世界を想像してもらうより、刃牙とか何かありえそうな強さを想像していただけると詠みやすいと思います。ローファンタジー的な……。
 登場人物とし、
 剣術部主将 山内理念。副主将 口宮冬三郎。
 顧問 岡田常良
 そして、
 まったくの初心者である 猫屋敷音子。
 「かつて帯刀許可者を目指していた者——岡田常良」
 「次世代の帯刀許可者''候補''——山内理念」
 「ただ剣術を修めるものとしての同世代——口宮冬三郎」
 「素人——猫屋敷音子」
の四名を出しました。
 隔絶した力の差と、憧れ。また、まったくそれを知らなかった者たち(部員など)。
 帯刀許可者との「距離」を示せれば良いなと思い書きました。ただ、年内に描き切りたいと焦りだいぶ端おったところがあるのは……不徳致すところ……くそぅ。

 戦いやそういうぶぶんより!!!
 日常的エロスを書く方が良かったんや!!!
 わかるでしょう! お読みいただいている方々!!! あきらかに二人との絡みを書いている方が地の文がしっかりしており、状況把握がしやすいことを!!! 私もわかってる!!!

 まあ、そんなこんなで主人公の師匠の情報を小出しにしたりした2章最終話でございます。
 では次話は「体操服を着た沖田さんと武蔵ちゃん」で会いましょう。



 猫屋敷さんと理念さんはおっぱいがあるんでちょくちょく出ます。



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三章
二十三刀目!


 気付いちゃったんですけど……沖田さんのおっぱいが揺れてると揉みたくなるじゃないですか? でも揉んじゃったらおっぱいは揺れなくなるじゃないですか? なら、武蔵ちゃんのおっぱいを揉みながら沖田さんのおっぱいが揺れてるとこを見れば最強ってことで良いんですよね?
 仮に武蔵ちゃんのおっぱいが揺れてるとこを見たくなったら沖田さんと交代して沖田さんのおっぱいを揉みながら武蔵ちゃんのおっぱいが揺れてるとこを見れば最強越して無敵じゃないですか!

 いつかこの内容を俺はこのssで書きますよ(鋼の意思

 と、いう考えを書きたくてこの話を執筆しました。


「ていやっ!」

 

「ふん——っ」

 

「そやさ!」

 

「甘い!」

 

「何をぅ!」

 

「そら!」

 

「なっ――小狡いことを! はっ!」

 

「まだま……端に弾けた、が!」

 

「ほりゃぁ!」

 

 本格的な梅雨入りをしたことにより、毎日が雨か曇りの今週の体育は例によって室内競技になっていた。週に二日あるうちの、今日は金曜日二日目の方でバスケットボールをした週始めと違い今日はピンポン——卓球をしていた。

 

「す、すごい……! ケンケン、普通は取れないボールも凄まじい体勢で取ってる!」

 

「うぅ……この二人と決勝やるなんて勝てないよぉ……」

 

 激しい打ち合いをする傍ら、二人を見ているクラスメイトの一番前にいたのはラケットを胸に抱える倉吉伯耆(くらよしほうき)とその親友室蘭いぶりだった。

 現在、沖田と剣心の二人はトーナメント形式に分かれたBコート決勝、Aコートも含めるとベスト4を決める試合を行なっており、どちらも譲らぬ戦いを繰り広げている。そして、ラケットを持っている彼女――伯耆はなんとAコート決勝にてあの武蔵を破るという快挙を成し遂げ二人より先に決勝進出の駒を進めた猛者なのである。

 

「喰らえ必殺――ジェット一段打ちィ!」

 

「小癪――正面から打ち破るッ」

 

 顔に風圧が掛かる勢いに伯耆は倒れそうになった。

 Aコート決勝でぶつかった武蔵は反射神経や動体視力は圧倒的に高かったものの、どうやら卓球は苦手だったようで自ら失点することが多々あった。しかし、今目の前で親の仇と相対したようにラケットを振る二人にそんなものは無いと――。

 

「む、無理……吐きそう……」

 

「おー、裏拳の要領で勢いあるスマッシュ! 沖田さんのラケットが吹き飛ばされて壁に刺さった!」

 

「……」

 

 人外魔境たる今の状況に、一般人である伯耆が顔を白くすることに時間は然程掛からなかった。

 

 

 

 

 

一、

 

 

 

 

 

「はーい。じゃあSHR(ショートホームルーム)ささっとして帰るわよ」

 

 六限が終わり、すぐに尾鷲先生が入ってくる。どうやら授業終わり直行らしく、籠に入った教材が重たそうである。

 

「来週から衣替えです。長袖か半袖シャツになるので、ブレザーは今のうちにクリーニングに出してしまっておくように。解れがあるんだったら早めに直しておかないと後々面倒くさいことになるからね」

 

 衣替え、か。そろそろ私服の方も入れ替えなければならない。今はまだマシだが、最近は雨のせいもあってか蒸し暑く感じる。何気なく教室を見渡すと、男子生徒の中にはブレザー脱ぎ、長袖シャツを腕捲る者が目立つ。

 

「あと、来月は期末テストと球技大会があるから体調不良には気をつけるように。この学園は試験に休めば平常点を貰えるんじゃなくて、夏休みの間補修授業を経て普通の試験よりひと回り難しい試験を受けさせられることになるから無闇に休めば追い込まれるのは自分よ」

 

 最後にそう告げると尾鷲先生は日直に合図を出し、終わりの挨拶を済ませた。

 いつものように真剣術部の方へ行くか、剣術部の猫屋敷の方から何か連絡が入っているかも知れないと思いスマートフォンを確認する。

 余談だが、猫屋敷とは剣術部との交流から経った現在も続いており、山内主将からも度々毎日の鍛錬をしっかり行なっていると聞く。最近では自身の基礎的戦い方に慣れてきたのか木人形を打つ姿に無駄がなくなってきているらしく、後数ヶ月もすれば素人の雰囲気は無くなるだろうとのことだ。夏休みにあたりにもう一度、様子を見れれば良いと思っている。

 案の定というか通知は0件だったので大人しく活動場所の方へ向かうことにする。机横に掛けていた鞄を取ると、いつの間にか来ていた武蔵が肩を二度叩いた。

 

「お買い物、行こ?」

 

「今日か?」

 

「そ、今から。沖田と今日の活動はお休みにして新都に衣替え用の服を見に行かないかって話してたの」

 

「今からか……」

 

 今日の予定は……特にない。

 真剣術部の方も二人がいないなら、俺もそっちについて行った方が良い。

 

「わかった。俺も構わないが、沖田さんは?」

 

「今日は掃除係だから先に部室に行っておいてだって。後から来るみたいだから、一緒に待ってよ」

 

「ああ、じゃあ先に行くとしよう」

 

 

 

 

 

 今にも雨が降りそうな重たい曇り空の下、いつもの道を歩いて旧講堂棟に来た俺と武蔵を待っていたのはやはり湿気臭い部室だった。何か他のことに集中していれば気にならないものの、この微妙な香りが鼻につく。今年まで物置同然だったということもあり、もしかすると中板まで雨が浸透しているのかもしれない。しかし、さすがにそこまで見るには壁や床の破壊にまで手を出さなければならないので難しい。夏休み中に直談判してみるのも良いかもしれない。

 

「すんすん……やっぱりちょっと気になるかな。ついでに部屋用の香水も買う」

 

「香水の種類はわからんが、良いと思うぞ。お香じゃ駄目なのか?」

 

「お香……別に良いよ? でも、お香は香水と比べて袴着に染みついちゃうと匂いが取れにくいんじゃないかな。伽羅とか高いのだとあれだけど、私たちが買える安いのじゃね」

 

「む、そうか」

 

 このかた一切香水なるやものを使用してこなかった俺には違いがわからない。強いて言えば、ガラス瓶からシュッとするものが香水で漫画の登場人物(金髪ピアスチャラチャラ陽気キャラクター)が付けてるイメージしかない。

 やはり俺も高校生、付けた方が良いか?

 そんな考えが表に出ていたのか、武蔵が笑いながら言う。

 

「君には似合わないと思うな」

 

 どうするべきか否か聞いてみる前に否定された。

 

「剣心からは人の匂いというよりは樹齢云千年の大木の香りがするから、変に西洋被れなものを付けても、ね?」

 

 片目を瞑り言うが、それは単に爺臭いと言われてるだけなのでは……。

 

「気にしたことはない、自分の匂いなど」

 

「そんな暇なかった?」

 

「ああ、ついて行くのに必死だったからな」

 

「あはは――私は好きな匂いだから大丈夫だよ?」

 

「……そうか」

 

 妙に気恥ずかしくなった俺は瞑目する———が、あの空気の読めないピンク頭はタイミングよく来ることなどなく話題に困る。

 ふと、入学当時から気になっていたことを武蔵に聞いてみる。

 

「その(かんざし)、いつから着けているんだ」

 

 簪――と言えば、俺の中では=武蔵が浮かぶほどには見慣れている。

 この前、髪を下ろせば思ったより長く、飾りにしか見えなかったものの、あの量を纏める簪は素直に凄いと思ったものだ。もちろん、世間一般でいう簪は知っている。国巡りにて、京都の芸妓はあのように頭を括っていたからだ。だが、武蔵ほど大きく、不思議な形の簪は見たことがなかった。

 

「これ?」

 

「ああ。不思議な形をしていると思ってな」

 

 変に言い回すことはなく、簡潔に尋ねる。

 

「これはね、私の家の家紋を模してるんだ」

 

「武蔵の……宮本家か」

 

「そう。武蔵国宮本家の家紋は九曜巴(くようともえ)。だから、この簪もそれに合わせた勾玉の巴と(とも)

 

 なるほど、道理で見ない形をしていたはずだ。

 武蔵はそこまで話すと簪を抜く。丁寧に手入れされた髪がさらされた。

 

平打(ひらうち)簪って言って、武家の女性が身に付けるものなんだ。今の時代は武家なんてないけど、私も女だてらこの道にいるからその志しってもんなんです」

 

 女だてらと言うが剣術の道において男より(こわ)い女など知っている。むしろ最近では健康志向の女性は武道を嗜む程度に習っているほど。それでも平打簪とやらに拘るのは、伝統深く一子相伝を守ってきた宮本武蔵ならではの感性だ。

 俺の偏ったセンスでも武蔵のそれは似合っていると思うのでどんどん志して欲しい。

 話に一区切り付いて、再び武蔵が髪を結えると今度は武蔵の方から質問が飛んできた。

 

「剣心のさ――」

 

「うむ」

 

 さぁ、どんと来い。

 何を聞かれるのか。スリーサイズ共々何かも答えてやろう。

 

 

 

「――小さい頃って、どんな感じだったの?」

 

 

 

 沖田さんが来るまで、俺は何故か根掘り葉掘り幼少時代について聞かれた。

 そのときの武蔵の顔は妙に火照って興奮気味だったのが……印象的だった。

 

 

 

 

 

二、

 

 

 

 

 

「皆さんの沖田さんが来ましたよ〜」

 

「……」

 

「はぁはぁ――もうちょっと聞かせてよ」

 

「な、何ですかこの空気! ぐったりした剣心くんにテンションの上がった武蔵さん!?」

 

 

 




・室蘭いぶり(茶髪、クラスメイト、仲良し)、倉吉伯耆(黒髪ボブカット、いぶりの親友、卓球部)

 武蔵ちゃん回。
 沖田さんは喋ってたらフラグたつんで、武蔵ちゃんはしっかりフラグ立てで行きます。

 武蔵ちゃんの簪の形について辻褄あわせながら書いたのですが公式で発表されてるのでしょうか?
 仮にあった場合、拙作ではこのような設定でいきたいと思うのでよろしくお願いします。

 感想について、しっかり読ませていただいています!
 返信の方はしていないのですが、励みになっております! ………励み? いや、正直このssは書きたいものを書いているので励みになっているのかというとじゃっかんそうではないよりにはなるのですが嬉しいことには間違い無いです!(本音ちゃん)
 チラシ裏事情でgoodが押せないので申し訳ない><
 感想、ありがとうございます!




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二十四刀目!

 期末試験――。

 

 それは学生にとって時間を賭して越えなければならない一大行事、というべきか、ある意味修学旅行の逆位置にある重要な期間である。ここ、星詠学園でも当然存在し、さらには中間試験がないため期末試験に一学期分の皺寄せが来るという普段から勉強する者ならば露知らず、勉強が苦手なものからすれば中々にしんどい時期なのである。

 さて、ここに一人の男子生徒がいた。

 彼は小学生の頃より剣術に明け暮れ、ある意味一般的な学生生活とはほど遠い暮らしをしていた。故に学は小学生で止まっていると言って良く、今年から復帰した一般的な学生生活においてもついて行こうとしているはものの、やはり授業はちんぷんかんぷんな箇所が多かった。

 そして目前に期末試験が見える今……彼は――――。

 

 

 

 

 

一、

 

 

 

 

 

「何ですか、これは……!」

 

 バン、と叩きつけられたのは沖田さんの手のひら。細い指の下には幾枚かのプリントが見える。机を通して鋭い眼を向ける沖田さんに反論する余地もなく項垂れるようにして顔を伏せた。

 

「24点、52点、82点、16点……英語、8点っ!」

 

 そして再び鳴る机を叩く音。

 ぐうの音も出ない。

 ぐうの音も出せない。

 何しろ、わかっていたと言えばわかっていたことであり、大丈夫だろうと楽観視した己が悪いのだから。

 

「これが本番の期末試験ならば切腹ものですよ! 良いですか、剣心くん! 学生の本領は勉強です! その後に部活や遊び、色んなことがついて回るんです!」

 

「国語と社会はまだましだけど、他三教科が終わってるね……」

 

 と、傍で聞いていた武蔵が覗き込むようにして呟いた。

 事の発端は今日——期末試験へ向けた学習週間の七日間入るのだが、その初日に各五教科で受けた模擬試験へと遡る。

 この模擬試験というものは低点数を取ろうが成績に記載されることはなく、あくまでも現状自身の学力がどれくらいなのか把握するための簡単な試験である。時間は期末試験が本来一時間に対し、平均三〇分、社会など一問一答形式の教科に関しては二〇分と非常にコンパクトなものとなっている。また、答え合わせも一々教師がするわけではなく、配られた答案用紙を下に各々が丸を付けていくのである。

 当然、俺も(まず)いとは感じていた。

 一応、日頃から三〇分程度の復習は学園に来てからしているのだが、中学三年間という勉強の基礎を学ぶ時間が抜けていた分は補い切れなかったようだ。そのため、この一週間で学年主任の高岡先生が主催する放課後の勉強会などに参加して本腰を入れようとしていた。

 しかし、授業が終わり、軽く気配を消して図書館に足を運ぼうとする俺の肩を、何かを察した沖田さんが握り締めるように掴んだのが現状の始まりだ。

 

「良いものから聞いていきましょう」

 

 五枚のプリントを手中に収めた沖田さんは、まず一番高い点数である‟国語82点”を机の上に置く。

 

「国語に関しては問題ないでしょう。おそらく82点はこのクラスでも高いほうですし、ちらほらとバツは見えますがここは記述式であっているのか分からないからバツにしたんですよね?」

 

「あ、ああ……」

 

「なるほど。先生が丸付けをした際には部分点もつくでしょうし、これに驕らず基本的な勉強をしておけば当日も問題はない」

 

 次に、

 

「‟社会52点”。赤点ではないですが……世界史のほうが壊滅してますね」

 

 社会は日本史と世界史の両方が50点ずつ出題される。三年間、小学校の頃から合わせれば四年間と少し国巡りをしていると日本文化、歴史に触れることも多く必然的に地名やおよその流れは覚えていた。しかし、世界史に至ってはてんで分からず、四大文明の名前くらいしか書くことができなかった。

 沖田さんがどうしようか悩んでくれていると、横では武蔵が解答を見て笑っている。

 言い返したくはあったが、先ほどから平均85点のそれらをちらつかしてくる手前何も言えない。なお、沖田さんは殆ど90点を越えていた。

 

「さぁ、壊滅トリオですね」

 

 仰々しい名前を付けられたのは‟数学24点、理科16点、英語8点”という目もあてられない御三方である。

 

「数学……文章問題は解けている……ふむ、途中式を見るに算数計算で一つ一つ解いたんですね。確率に至っては裏面に大量のサイコロが書かれて……って、絶対こんなことするより公式まる覚えしたほうが楽ですよ!

 理科は単語は覚えたけど、グラフと実験反応がまったくといったところ……せめて元素記号を覚えたら赤点は回避できるか……。

 英語は確実に記号問題のところ適当にやりましたね――はい」

 

 数学、理科、英語とそれぞれの解答用紙から沖田さんは俺の解答傾向を確認する。この三教科に関しては、数学はたぶん地球外言語で、理科はオーバーテクノロジー、英語は先史文明の碑石から生まれた言葉だと思っているのでお手上げ状態だったのだ。

 

「剣心くん」

 

「……」

 

「返事」

 

「はい」

 

 一息置き、沖田さんが言った。

 

「――放課後は試験勉強!

 剣心くんの家(・・・・・・)に行きますから、良いですね!」

 

「……はい」

 

「じゃあ、今すぐお家の人にこれから一週間放課後何故お邪魔するのかその理由も事細かく説明して連絡してください」

 

「…………わかりました」

 

 

 

 

 

二、

 

 

 

 

 

 俺と沖田さん、そして武蔵は学園から十数分のところにある我が家へと足を進めていた。沖田さんはともかく、武蔵も沖田さんだけに任せるのは申し訳ないということで自分の勉強も兼ねてついてくることとなった。まあ、自分から来ると言わずとも、結局誘っていたのだろうが。

 ともかく、遂に我が家に二人が来るということで、模擬試験の結果より母親が感極まって返信メールに年甲斐なく絵文字を使いまくっていたのが恥ずかったことは内緒である。

 

「あ、何か手土産でも必要だったかな」

 

「いや、気にしなくて良い――」

 

 今回は俺がお世話になるわけで、むしろそこまで気遣われるとこちらがお返しできない。今日はともかく、明日以降は菓子でも買っておかなければならないだろう。

 適当に舗装された道を歩き、この近辺唯一の住宅街へと入った。ここは外れに市の建物もある地域で、地盤が良いため地価が高いらしい。そのため、ある程度収入がなければ住めない場所だと父親が自慢気に話していた。

 

「あそこだ」

 

 赤い屋根に白い壁、犬小屋はない。まったくもって普通の一軒家を指差した。二階建ての我が家は一階がリビング、客間、両親の部屋。二階には俺と妹の部屋、そして空いている二部屋は納戸代わりになっている。

 いつものように門扉を開けて入ろうとすると、はや三〇分前を彷彿とする力強さで肩が掴まれた――両方の。

 

「待った」

 

「待ってください」

 

 また何かやったかと恐る恐る振り向くと、二人が前髪を触っている。

 

「……」

 

 なるほど——。

 いつも一緒にいる二人だが、女性なのだ。同類(・・)とはいえ一応異性の家に入るのだから身嗜みはきちんとしておいた方が良いという心遣いだろう。日頃の近いスキンシップから木人形か何かだと思われているんじゃないかと気にしていたので嬉しいものだ。

 

「よし」

 

「行きましょう」

 

 準備が出来たようで、改めて門扉に手を掛ける。今度は止められることなく玄関まで行くと、鍵を取り出して開錠した。

 

「――ただいま」

 

「お邪魔しまーす」

 

「お邪魔します」

 

 いそいそと入った二人は伺うように言った。

 ずっとそこにいてもらうのもおかしいので、先に靴を脱いで上がる。

 

「借りて来た猫みたいだな」

 

「なっ、そんなことありませんよ!」

 

「男の子の家……というか友達の家に上がるの自体初めてだったりする」

 

 茶化すようにそう言うと、少しはいつもの気に戻ったようで反論しながらついて来た。

 二階へ上がる途中、さすがに一言も無しに上がるのは良くないと思いリビングへ寄った。

 

「母よ、二人が来た」

 

「あら、いらっしゃい!」

 

 台所で用事をしていた母は笑顔で二人を迎えた。

 

「こんにちは」

 

「どうも」

 

「こんにちは……まあ――やっぱり二人とも可愛いじゃない。テレビで観るより綺麗な髪色ね」

 

「ありがとうございます。えっと、お母様も……?」

 

「急に申し訳ありません」

 

「気にしなくていいわよ。どうせ剣心が馬鹿なのが悪いんだから。昔から何かに集中したらそれ以外のことが見えなくなるタイプでね、あなたたち二人のように気にしてくれる子が周りにいると私も安心できるわ」

 

「いえ、その、本当にそうだと思います」

 

「まったくもって」

 

 おい、二人。

 テンパってるのか母親の前で息子を馬鹿にしているぞ。いや事実なのだが、そのおかげでこうなっているのだが。

 

「んん……部屋に案内するから、そろそろ良いか?」

 

「リビングじゃなくていいの? お母さんてっきりここでやるのかと思って少し片付けたんだけれど……」

 

「む、そうか……ここでやるとしようか」

 

「うんうん、でしょう?

 それに自分のお部屋に誘うのはやっぱりもうちょっと特別なシチュエーションじゃないとねぇ。夏休みとかぁ、クリスマスとかぁ――」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

 まあ、ラブコメ思考の母親は放っておく。

 

「そこでやろう。今飲み物を用意するから適当に座ってくれ」

 

 何はともあれ、俺にとって学生生活史上最大の難所を越えるための勉強会が始まる。一週間、限られた日数で赤点回避を目指したいが…………無理だったら夏休みを返上して追試に望もうと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――連立方程式って、知っていますか?」

 

「ああ。授業でやっているやつだろう?」

 

「――絶対温度に達したとき、分子の動きはどうなると思いますか?」

 

「絶対、温度……?」

 

「――あなたの現状を理解していますか(Could you please tell me the current status)?」

 

「お、Ok...あー……ハッピー 」

 

「――本当に幸せにしてやろうか」

 

「――これはヤバい。これはヤバい」

 

 ……二度言うな武蔵。

 

 

 

 

 

 




 ・主人公の学力
 地頭は良いですが、いわゆる勉強は苦手です。やればできるタイプです。





 お久しぶりの投稿でございます。
 やっとこさ筆が乗らない時期を通過したので、一先ず一話投稿した次第です。いつものように書きだめしていっぱい出すのではなく、単発投稿です。できるだけ早く続話は投稿いたします!

 とりあえず夏休み編も含め突っ走りたい!(願望

 新型コロナ等で大変な時期です。
 外出を控えてお暇な方、どうでしょうか。気まぐれに短編もとい一話完結二次小説を描いてみるというものは。憂鬱なニュースばかりでは参ってしまうので、新しい挑戦にぜひご一筆!

 (作者ページで更新状況というか、生存報告を連載作品の横の日付で行なっております)




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二十五刀目!

 

 一週間のテスト勉強週間が始まった翌日、沖田さんを中心に二人から勉強を教えてもらっている俺は一時限目が始まる前から頭を伏せていた。理由は簡単で、二人との勉強会に熱が入り、自分が思っていたより不味い状況に立たされていることを自覚したからである。

 

「大丈夫かい、けんけん」

 

「大丈夫だ」

 

 背後から心配するような声に顔を上げた。声色からわかっていたが、幼馴染の紗那が不思議そうな目をしていた。

 

「無駄に体力がある君にしては、随分と疲れているじゃないか。どうしたんだい?」

 

 授業開始まであと五分と言ったところか。横に下げていた学生鞄から化学教科の用意を取り出し、口を開いた。

 

「昨日は沖田さんと武蔵が家に来てな……」

 

「お、沖田さんと宮本さんが?」

 

 「勉強会」という単語を続けるよりも先に紗那が反応する。

 

「む――ああ。母が無駄に歓迎して、少し気恥ずかしかった」

 

「歓迎か……」

 

「俺も初めてのことばかりだったからな。やはり、日々の積み重ねが大事だと理解した」

 

「初めて? 何だそれは……」

 

「正直、あそこまでとは思わなんだ。最後の方は俺も順調に出来てきて、二人に褒められたんだ」

 

「む、むむ……そうか……」

 

「……? やはり、対策はしないといけないと知ったよ……」

 

「対策をしなかったのか!?」

 

「あ、ああ……おかげで二人には迷惑をかけているからな」

 

「迷惑!? まさかお前……!」

 

「どうしたんだ、紗那?」

 

「いや……その……何もないんだ……」

 

「……そうか」

 

 珍しく声を張り上げる様子に、こういう日もあるかと呑み込んだ。一々突っ込みを入れても彼女に失礼だろう。そういえば、と思い出す。俺がまだまともに学校に通っていたときは、紗那も学年一、二位を争う学力を持っていた。先の模擬試験もそれなりの点数を取っていたようで、満足そうな表情を浮かべていた記憶がある。

 

「紗那」

 

「な、なんだ」

 

「紗那も俺の家に来ないか?」

 

 三人寄れば文殊の知恵、という諺がある。

 誰かに頼りすぎるのはよくないが、折角の再会を他愛もない学生生活で消費してしまうのはもったいないだろう。だからこそ、放課後の勉強会をきっかけにこれからも仲良くしていきたい。

 

「――き、君はバカか!」

 

「……う」

 

 思ったより直接攻撃を仕掛けてきた紗那に心を抉られる。返す言葉もなく次の言葉を待った。

 

「二人だけに飽き足らず、ボクも呼ぼうとするなんて君は……っ! こ、このすっとこどっこい!」

 

「落ち着くんだ紗那。たしかに俺はあまり頭は良くないかも知れないが……」

 

「――あまりじゃないですよ〜」

 

 遠目から横槍を入れてきた沖田さんは無視をして……。

 

「これでも昨日の最後の方は出来たんだ。俺と紗那に差があるのは理解出来るが」

 

「ないよ! まったくないよ!」

 

「ともかく……紗那の時間があるときでかまわない。

 俺の家が無理なら、放課後の図書館はどうだ?」

 

図書館……! 君はいつからそんなふしだら()に――」

 

 教室の引き戸が開かれた。

 担当教師がやってきたようだ。それを合図に昨夜のテレビドラマの内容や、放課後の予定について話していたクラスメイトの騒々しさも消えていく。

 俺も前を向くが、紗那が投げかけるように小声で言った。

 

「ボクは行かないからな、バカ」

 

 盛大な勘違いをされているのではないかと思う。しかし、察しの良い紗那に限ってそれはないと言い聞かせ、俺は期末試験もあるためいつも以上に授業へ集中したのであった。

 

 

 

 

 

一、

 

 

 

 

 

 二日目――。

 

 今日も家には二人が訪れて勉強会をしていた。

 開催時刻、と言えば少し仰々しい気もするが、十五時半から十八時までのおよそ二時間半集中をして勉強することになる。主な内容は一通り教科書を読み、それを板書したノートと照らし合わせていく。色文字で書いた箇所があれば教科書にマーカーペンで印を引き、直前に見直しも可能な——教科書を作る、という画期的な方法だ。俺は久しぶりの教科書を汚すことを嫌い、表紙と裏表紙に折り目さえつけていなかったのだが、無慈悲にも目の前で簒奪され、無理やり汚されることとなる。

 また、勉強会序盤(おもむろ)に‟教科書単語一覧ページ”を開いてノートに羅列していく俺を見て、二人は本気の顔で「何をしているの?」と聞いてきた。俺としては「まず最初に単語を覚えてから、それらの使い方やどういうものかを理解していくのだろう」と言ったのだが、非効率的なやり方であると却下された。

 

「数学は基本となる公式を覚えれば、最低限の点数は取ることができます。

 それに、理科や国語のように各項目毎に内容が大幅に変わることはなく、順序立てて展開していくので最初の部分が肝心です」

 

「なるほど……」

 

 丁寧に説明してくれる沖田さんの一言一句をノート端に赤ペンで書いていく。

 

「剣心くん」

 

「む、どうした」

 

「大切なことは赤ペンで書いてくださいと言いましたが、私の言ったことを書く必要はないです」

 

「了解した」

 

「簡単な計算からやっていきましょうか。昨日説明した連立方程式は覚えていますね?」

 

「ああ。二つのアルファベット(xとy)からなる方程式のことだな」

 

「覚えているようですね。

 じゃあ、解の求め方も教えましたが、こちらの計算式を解いてみてください」

 

 沖田さんが自身の自習ノートに素早く問題を一つ書く。滑るように反転し、こちらに見せてきた。

 油断はできないが、シンプルな問題だ。

 主に昨日教えてもらったことを思い返し、シャーペンを走らせる。

 

「……出来た」

 

「ふむ、ちゃんと解けていますね」

 

 花丸、とお墨付きをもらう。

 

「なら、こちらはどうでしょう」

 

 再び沖田さんがノートに問題を書く。

 細くしなやかな指が退いた箇所には、計算式が三問あった。

 

「三つとも解くことができれば、一先ず赤点は回避出来ますよ。

 授業中、数学の先生は赤点回避のため計算問題を一問二点、計十五問出すと言っていましたからね」

 

 救済措置、というやつだろう。たしか、授業中そんなことを言っていたことを思い出す。

 当たり障りのない、一般的な連立方程式の計算を解いていく。今学期の数学の試験はこれを基本に組まれるのだから、必ず抑えていなければならない部分だ。

 一問、二問と解いていき……三問目で行き詰まった。

 

「……」

 

「……?」

 

 先ほどから隣で英単語を反復書きしていた武蔵が肩越しに覗いてくる。その視界の先には、いわゆる''分数''が含まれた問題があった。

 察したように二度頷いた武蔵は、何も言わず自身の勉強へと戻る。さり気ない心遣いに感謝しつつ、久方ぶりの再会となった分数に向き合う。しかし、ノートに穴が開くほど凝視するが幾ら経っても解は出ない。

 

「……そこまでにしましょう。

 上二つは出来ているので考えるべきは最後、分数を混ぜた計算ですね」

 

 沖田さんは足元に置いていたルーズリーフを一枚取り出す。

 『分数を混ぜた連立方程式の解き方』と題目を付け、俺が解けなかった問題と同じ内容を手早く写した。

 

「では、分数の四則計算から確かめていきますね――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 分数を含んだ連立方程式も無事終え、ひと段落ついたということで俺たちは休憩時間をとっていた。夏前であるため陽は落ちていないが、放課後特有の雰囲気が口数を多くさせる。

 

「英語はやっぱり難しいね。toの使い方を覚えたと思ったら、似たような前置詞が出てきてこんがらがっちゃうよ」

 

「英単語を加えたら、何気に覚えなければならないものが多いです」

 

「レッスン7までが範囲だったな?」

 

「そうだよ、ニュートンの話まで」

 

「剣心くん。明日は英語も進めようと思うので、レッスン2までの英単語を覚えるようにお願いします」

 

「わかった」

 

 試験は来週、今日が火曜日なので残り五日だ。ある程度点数が取れていた国語と社会の二教科は自習で補い、土日に簡単な一問一答形式で小テストをしてくれるらしい。赤点回避を狙う三教科を中心に勉強会は進行する予定だ。

 

「お茶を注いでくる。林檎ジュースもあるが、どちらが良い」

 

「お茶で大丈夫です」

 

「私も」

 

 一口だけ残ったコップの中身を武蔵が飲み干した。催促したようで申し訳ない。自分の分と二人の分をもらって台所に向かう。

 ちなみに母親は留守だ。趣味のエアロビスク教室が火曜日と金曜日にあるので、そちらに行っている。夕飯を済ませてくることもあり、何時に帰ってくるのかはわからない。

 

「む……」

 

 カウンターに菓子類があった。休憩時間に食べるよう、用意してくれたのだろう。一つ一つ小袋形式なのがありがたい。

 トレイに出して持って行こうとすると――玄関の方で音がした。鍵が開いたのだ。

 時計の方に目をやるが、未だ十六時半を過ぎた頃。

 

 

 

「――ただいま」

 

 

 

 リビングの扉から入ってきたのは——妹だった。

 一般的なセーラー服に革の学生服を持っている。そこそこ長い黒髪を、高い場所でおさげにするようリボンで止めていることから、ちょっとしたお嬢様学校に通っているように見えるだろう。

 そして、本人がチャームポイントと言っていた眠たげな目蓋を精一杯に広げて、途切れ間ながら驚愕の意を漏らす。

 

「なん――……だと」

 

「おかえり。今日は早いな」

 

「お、お兄が女を二人連れ込んでいる」

 

「連れ込んではいるが、勉強を見てもらっているだけだ」

 

「現実なのか。お兄が女を連れ込んでるたぁ」

 

 露骨な動揺も甚だしい。

 とりあえず互いに紹介しようと、勉強をしていた机にトレイを置いた。

 

「俺の妹――剣城弓愛(ゆみあ)だ」

 

「――どうも。今はもう流行らないのに鉄面皮系主人公をやっている兄の妹の弓愛です」

 

 切り替えも早く、丁寧に頭を下げた。

 

「独特な……自己紹介だね。クラスメイト兼同じ部活の宮本武蔵です」

 

「同じくクラスメイト、同じ部活に所属して今は剣心くんの家庭教師をやっています。沖田総司です」

 

 ぺこりと頭を下げると、その姿を見た妹が固まり、ロボットのような動きで寄ってくる。そのまま胸ぐらを掴まれ、額が触れるほどの距離で口を動かす。

 

「めっちゃ可愛いじゃん。テレビより可愛いやん」

 

 関東弁と関西弁を交互に使い熟す器用さを見せられつつ、母親と同じ感想を言うのはやはり親子。勢いに気圧されながらも優しく腕を離した。

 

「落ち着け。

 そも、テレビの中は等身大パネルだから差異があるのは当たり前だろう?」

 

「あの二人はお兄と違って普通に有名なんだよ? 

 棚田つばさとか、小柿(おがき)旬みたいな芸能人とは違うかもしれないけど、テレビの中にいる人に会えるなんて……正直嘘だと思ってた」

 

 解せぬ。少し前にLOPEの連絡先も見せたはずなのだが、信用されていなかったらしい。それに、テレビなら俺も特集を組まれていたはずだ。後で録画を残しているので見せようと思う。

 妹はそう言うと、制服に入れていたスマホを取り出す。二、三度ぽちぽちとし、動画サイトの動画を一つ見せてくる。

 

「文武省ホームページ、チャンネルのホームにある人気動画一覧。

 一つ目は先代剣聖と今代剣聖の立ち合い、二つ目はその剣聖が走る車を斬れるかという宣伝動画。そして三つ目には、お兄ら若い世代の許可者が五人(・・)取り上げられた紹介動画」

 

 サムネイルと言われる動画の第一印象は、文武省ロゴマークの刀・薙刀・槍・弓・など様々な武具が円に縁取られたもの。当初、攻撃的過ぎると指摘はあったが、五輪ピクトグラムも同様なものと反論、説得されて今に至る。

 動画時間は一分と短い。

 妹が再生ボタンを押すと龍笛を基調とした音楽が流れ始めた。

 

 一人目の紹介に、いつのまにか隣にいた沖田さんが現れる。背景は道場のような場所で、天然理心流の門下を指導しているようだった。

 

 二人目の紹介は、粗雑そうな見た目だが逞しい体躯を持っている。おそらく、俺よりも大きいだろう。野太刀と呼ばれる長い刀を肩に背負い、勢いよく振り下ろすと巨木が真っ二つになった。

 

 三人目は小太刀のような刀を持っている。容姿は心無しか忍者を彷彿とさせる格好で、深緑髪が特徴的だ。宙に舞った青葉を瞬く間に切り刻んだ。

 

 四人目は、武蔵だった。

 どこかの山道を歩いている。季節は紅葉が見えるため秋だろう。背中に背負った竹籠には山の幸がこんもりと入っている。

 

 最後の五人目は、虎柄の如く白黒な髪を持った女だ。着物を重ねたような服装は一見動き難そうだが、木の根を気にさぬ早さで走り去る。一度カメラが切り替わると、七支刀で荒滝を割っていた。

 

「……俺がいないな」

 

「――どうでも良いよお兄なんて」

 

 冗談交じり言うと、反射的な速さで返される。

 

「へぇ、何か撮った覚えがあるけどそんな風に使われてたんだ」

 

「私のは天然理心流(うち)が出してる宣伝動画の使い回しですよ」

 

 テレビだけではなく、動画サイトにもこうしたものが取り上げられているのか。

 今では文武省の働きによって帯刀許可者が受け入れられているとはいえ、かつては中々指の刺される存在だった。しかし、こうやって活動を見せたりすることで少しでも親近感を持たせようとする画策だろう。

 

「――って、ごめん。お兄たち勉強中だったね」

 

 妹は机の上に広がった教科書類を見ると、スマホを下げた。

 お兄的には、珍しく興奮する妹を見れて万歳である。

 

「そうだが、今は休憩時間だから問題ない。

 二人とも、菓子もあるから遠慮なく食べてくれ」

 

「あ、どうも」

 

「ありがとう」

 

「本当? じゃあもう少しだけ聞きたいことが……」

 

 妹は昔、「姉が欲しかった」と何度もごねていた。

 兄である俺と、姉である誰かの両方が欲しかったらしい。今はそうでもないが、甘え癖のあった妹は学校から帰ってきてすぐに遊びに行く俺だけでは物足りなかったのだろう。姉——というわけではないが、それくらいの年齢の二人と仲良くしてくれるのは、俺が家を出る前の願いを叶えたようで……ほんの少し、嬉しかった。

 

「弓愛ちゃんは剣心くんみたいに勉強をさぼってはいけませんよ?」

 

「日頃の積み重ねが大事だからね。復習は大切だよ」

 

「もちろんです。兄を反面教師にしっかり学びたいと思います」

 

 だから、しみじみとした心境をこねくり回すように俺を話題にあげるのはやめてほしいものだ。

 

 

 




・千島紗那
 むっつりすけべ。
 ちなみに「ないよ! まったくないよ!」の言葉は 経験の差 がないわけではなく 経験 がないという意味である。

・剣城弓愛 つるぎゆみあ
 剣城家の妹。
 眠たげな眼がチャームポイントな中学二年生。家では髪を下ろしているが、学校では量の多い髪をお嬢様ヘアのようにリボンで二つ束ねている。

・文武省公式アカウント
 文武省が運営する某動画サイトのPR、宣伝用アカウント。世間の人が親しみを持てるように、様々な検証動画をあげて割と人気がある。

 ちなみに、クラスメイトが沖田さんと武蔵の二人にそこまで反応してないのは、こういった現実的な広報活動の設定を当初考えていなかったからです。最近ではリアルの省も活動を理解してもらおうとあげているため、後付け設定でこのような形となっております。

 →若い世代の帯刀許可者が五人
 実力、知名度(認知)など様々な部分で「次世代の天下五剣」と有力視される者たち。
 沖田さん、武蔵、野太刀を持つ粗野な青年、忍者刀使いの緑髪、虎柄白黒髪の七支刀遣いの五人。

 なお、対刀許可者の多くは自身の流派の道場に従事していることが多いが、一部、僅かな割合で「文武省が詳細を把握していない」者たちもいる。




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二十六刀目!

 

 二人と妹の邂逅から三日、時の流れは早く金曜日となっていた。期末試験開始は来週の月曜日であり、休日の土日を除き、金曜日は試験前日にあたるため午前のみの授業になっていた。午後は教室を開放し、勉強ができるようになっているらしいが俺を含めた三人は今日も家で勉強会のため、必要はない。

 クラスメイトと試験に向けて山勘(情報交換)をしつつ、学園を出た。

 

「試験目前になれば、クラスメイトの目付きも変わってくるな」

 

「普段はキャラ立った人が多いですけどね……一応、星詠学園は偏差値の高い学校なんですよ?」

 

「剣心は裏口入学だから」

 

「おい」

 

 裏口ではないが、学力以外の部分が評価されたのは考えるまでもない。星詠学園は単純な学力だけではなく、スポーツやボランティアの実績などを重要視する推薦枠もある。それでも一定以上の修学は必要なのだとは思うが、それだけ帯刀許可が魅力的だったのだろう。

 

「でも、こうも勉強ばかりだとさすがに気怠げになるよね」

 

 横で歩いていた武蔵を見ると、口元が縫い合わせたように渋くなっている。今日の天気は晴れ。夏前の清々しい日差しに手を伸ばしながらぼやいた。

 

「フラストレーションが溜まっても本末転倒……」

 

 顎に指を当てながら、沖田さんが考える。

 

「まあ、剣心くんも順調ですし」

 

 沖田さんは腰に下げた刀に触れながら言った。

 

「――少しだけ、身体を動かしていきましょう」

 

 

 

 

 

一、

 

 

 

 

 

 制服姿のまま、俺たちは体育館の真ん中で向かい合っていた。足元のみは普段から置いていた上靴代わりのスポーツシューズに履き替えている。

 久しぶりに身体が動かせるという状況で浮き足立ち、激しく動いてしまいそうだが気を付けなければならない。何しろ二人と違って俺はズボンだ。破れたりすればみっともない格好を晒し、母親にも無駄な手間をかけてしまう。国巡りの際は自分で袴着を縫修していたが、雑布を合わせていただけなので制服となると難しかった。

 

「では」

 

「よっしゃ」

 

「うむ」

 

 ルールも、時間も特に決めていない。 

 フラストレーションは中途半端に解消しても意味がない。やるなら徹底的に身体を動かし、残りの、今日を合わせて三日間勉強に望みたい。

 換気のために開けた窓から、風が吹き荒ぶ。

 カーテンが揺れ、三人を穿つように屈折した日向と日陰が生まれる。

 そして、

 

「――!」

「ぉっ……」

「……」

 

 奇しくも、三人は初めて刀を合わせたあの時のように中心でかち合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 師匠から教わった技を数えれば、それにはキリがない。比喩無しに呼吸同然であると技を見せられ、修得は当たり前だと言わんばかりに数秒後にはその技がなければ超えられない試練を与えられた。

 

 例えば――‟(ふいご)の歩法”。

 

 欧州に伝わる民族神話を参考にしたのかは分からないが、素人が泳げば一生上がって来られないような滝壺に岸壁から落とされた。それまでは木の上から落とされる程度だったのだが、妙にその技の覚えが悪かった俺は遂に命を賭けられたのだ。上流から流れてきた流木をずたずたにする勢いを目の前に、寸での所で空気を足裏で捉え、何とか生き残ることができたのだ。

 

「――‟葛籠圧(つづらお)し”」

 

 かち合った二人が早急に離脱した俺は剣気によって網を作り出す。以前戦った剣術部主将、山内理念のときには出さなかった応用技だ。

 

「甘い――なぁ!」

 

 関係ないと言わんばかりに、左眼で俺を捕捉し続けていた武蔵は眼力のみで吹き飛ばす。

 抜いた姫鶴一文字で一閃するが、当然の如く受け止められた。むろん、この程度で決まるとは微塵足りとも思っていない。

 沖田さんの位置を確認し、ちょうど武蔵を挟んだ位置にいることを把握する。

 素早く鞘を抜き、さらに武蔵と鍔競りあった腕に力を入れる。

 

「――‟鞘諌(さやいさ)め”」

 

 無音で鋒を繰り出す沖田さんに合わせ、刀身角度の合わぬ刀を無理やり納刀させようとする技。

 

「……っ」

 

 一瞬触れ、そのままこちらからも押そうとするが引かれる。

 

「む――」

 

 第六感ともいえる感覚が冴え、身体を地面すれすれにまで下げる。二本の刀が走ったのを理解。

 どうやら、姫鶴一文字を持った右腕で抑えた武蔵がすり抜けたようだ。

 

「は!」

 

「危な……!」

 

 自由になった沖田さんが武蔵に払ったようだが、片手一本で弾く。もう片方は俺を牽制するように前に出ているが、鞘で無理やり弾いて隙を作る。

 武蔵の姿は沖田さんの一撃を受け止め、片方は大きく開いている。対してこちらは鞘を含め二本の武器、晒し過ぎた隙をつくには十分な差。

 

 久しぶりに一つ、武蔵からの白星を増やさせてもらおう。

 

 片足を上げ、一本足になる。

 リズムを刻むように二度跳躍し、勢いを上げて突出した。

 

「――‟あざまの跳法-狼煙上げ”ッ」

 

「早……っ」

 

 下から上へ、刀を振り上げると武蔵の姿に確かな剣線が塗り付けられる。

 直撃はしていない。

 袴着であれば丈夫なものの、さすがにシャツの上から着れば布ごと割いてしまうからだ。

 最後まで無理に身体を捻って避けようとしていたが、端正な顔に打ち付けられた風圧が前髪を木葉のように揺らした。

 

「あちゃー……無理だったか――悔しいけど離脱!」

 

 ひょいと飛んで武蔵は舞台の方へ上がった。

 これが、『バトルロワイヤル形式(生き残り戦)』唯一のルールだ。

 負けた者から離脱して、残りの二人に決着か時間が来るまで舞台の上で待機する。待機者は何故負けたのかを反省することで考え、次に生かすことを努める。なお、真剣術部の広報活動写真も待機者がスマホで撮影することになっている。

 

 さて——と、思考を切り替えた。

 

 鋭い視線を向ける沖田さんとの彼我の差を測る。

 目測二メートル、音速を駆る彼女ならば一瞬の距離。

 ならば――。

 

「なっ」

 

 背を返し、沖田さんから距離を取る。

 体育館の広さは舞台を除いて四〇メートルほどだ。

 

「逃がしませんよ……!」

 

「ついれてこれるならば、な」

 

 鞘と刀を両手に持ち逃げるようにして走り出す。背後からは沖田さんが下段の構えで追いかけてきており、突きの態勢ではいない。

 

「‟残香(ざんが)剣想(けんそう)”」

 

 逃げている合間に空間を斬り付ける。

 斬った場所に当然沖田さんはおらず、ましてや物もない。

 目の前に現れた壁を迂回するように身を翻した。

 

「なっ、曲芸師ですか……!」

 

 そして、そのまま壁を走る。

 

「うわ、すご」

 

 旧講堂出入口を跳び越える。

 さしもの沖田さんもそのような態勢で走る俺に対処出来ないのか、それとも戸惑いがあるのか刀を出し渋っている。

 

「ふ――」

 

 彼女に行動されるよりも先に地面に着地する。滑り足のまま足を着いた俺に、沖田さんは刀を出すがそれよりも速く跳躍した。

 キャットウォークの手すりに着地をし、警戒するようにこちらを見上げている沖田さんと目が合った。

 

「さて」

 

 右手に持っていた姫鶴一文字の鋒と鞘を合わせていく。

 

「今日は」

 

 今頃止まずの警鐘が沖田さんを刺激し続けているだろう。

 だが、今のこの時間を与えたのが間違いである。

 

「――俺の勝ちだ」

 

 納刀され、きんと音が鳴る。

 それは浅ましくも、己の勝利を告げる合図となった。

 

 

 

 

 

二、

 

 

 

 

 

 勉強漬けの毎日を忘れるような時間を過ごした俺と沖田さん、武蔵は午後一時半には切り上げて我が家に向かっていた。

 道すがらの話題は当然先ほどの仕合いだった。

 

「――では、あのとき剣心くんが空間を斬り付けていたのは剣気を残留? させるためだったのですか?」

 

「ああ。

 ‟残香の剣想”は斬り付けた空間に剣気を残す技だ。残した剣気は使用者の任意のタイミングによって、一つが発動すれば後は誘発的に周りのものも繰り出される」

 

「使い勝手な良さそうな技だね」

 

「ふむ、どうだろうな。残念ながら剣気を使うことが出来る相手なら、相手のものでも誘発されてしまう。それに、勘の良い者は残したそれを自分の技かのように放ってくるからな……」

 

 そう、師匠のように……。

 しかも、師匠は俺の最大出力四十弱に対して百を超える剣気をぶつけてくるのだから容赦が無い。

 

「手数の多さは剣心くんが圧倒的です。小手先で凌駕できない分、私はいかに懐に入れるかが今後の鍵になります」

 

「ルール無し、場所問わずであれば沖田さんには一枚劣るだろう。あの無音歩法で背後を取られれば肌に刃が触れるまで気付かないな」

 

 「それもあるが」と続ける。

 

「最初の技を放ったとき、眼圧とでも言えば良いのか武蔵に吹き飛ばされたのが驚きなんだが……」

 

 面制圧に長けていない剣を補う為、俺は二人まとめて攻撃が可能な網目状の剣気を流した。

 ‟残香の剣想”を前にした沖田さんは刀で受けまたは回避していたが、最終的に迎撃反射より上回った剣気の数が白旗を上げさせる要因となった。しかし、武蔵に関しては眼圧……眼力の方が正しいかそれ一つで消えたのだ。

 

「あはは……ああいう攻撃はお父さんが良くしてきたから、慣れたというか、何かいけるんだよね」

 

「何かいけるのか……」

 

 「何かいける」でさらっと対処されればこちらは元も子もない。一応何とかされないような技術を学んでいるのだが……それは武蔵の鍛錬が身を結び、努力してきた結果なので、自らが精進あるのみだ。次は通じる技へと昇華させる。ただ、それだけである。

 

「今日は二人に黒星を付けたから良い気分だ」

 

「む、次は負けないから!」

 

「…………まあ、この後剣心くんには黒星付けまくるのでそれで憂さ晴らしです」

 

「う……」

 

 地雷、虎の尾を踏んでしまった。

 

「とりあえずこの後勉強して、明日と明後日頑張ったら本番だよ。期末試験が終われば、折角だし三人で遊びに行かない?」

 

「あ、良いですね!」

 

「期末試験翌日は球技大会がある。夏休み(・・・)に入ってからの方が良いか?」

 

「だね!」

 

 来週は月、火曜日――期末試験。

 水曜日――球技大会。

 木曜日――終業式

 と、なっている。各行事が終わり、完全に夏休みになってからの方が楽しめるだろう。

 

「……ふ、ふ、ふ!」

 

 俺と武蔵が話していると、沖田さんが不敵な笑みを零した。あからさまな笑い方にどうしたんだと思い目を向けると立ち止まって腕を組み、仁王立ちをしている。

 

「ど、どうしたんだ?」

 

「大丈夫? 頭」

 

「――意外と辛辣ですね武蔵さん! まあ、良いでしょう。この沖田総司、夏休みに二人に向けてプレゼントを用意してますともっ!」

 

「プレゼント?」

 

「ええ」

 

 話が全く見えてこない。

 仮に冬休み、クリスマスが近いなら予想は付くが今は夏本番前。彼女の言うプレゼントとはいったい……。

 

「で す が !

 そのプレゼントも剣心くんが期末試験で赤点を取れば無くなります!」

 

 な、なんだと!

 

「なので、剣心くんは今まで以上に今日と土日は頑張ってください! 私も武蔵さんも精一杯わからないことは教えるので、ね?」

 

 武蔵を見ると彼女もプレゼントの内容を知らないようで首を振った。

 

「武蔵さんも。心配はしていませんが頑張りましょう!」

 

「う、うん」

 

 残り僅か、沖田さんのいうプレゼントとやらも気になる。それを知るには赤点回避が絶対なようで俺はいっそうに頑張らねばならない。

 かくして俺たち三人は満足がいくまで身体を動かしては再び試験へ向けての勉強会に戻る。

 

 

 

 夏休みまで——あと6日。

 

 

 

 

 

三、

 

 

 

 

 

 夕飯を済ませ、風呂も上がったあと俺は自室にて勉強をしていた。

 明日と明後日は沖田さんが言っていた通り一問一答形式の確認テストがある。本番は月曜日からだが、まずはそこで高得点を取らなければならないだろう。

 最近では数学も公式を覚え、ある程度の応用もこなせるようになった。複雑怪怪な文章問題は途中まで解けるのだが、引っ掛けがあると簡単にそれに嵌められてしまう。

 英語の方は順調で、今もこうして英単語を反復している。そのおかげか、英文型式が分からなくともおよその内容が予想でき、記号問題は殆ど完璧になった。英作に不安があるため、あと二日の課題だ。

 問題は……理科である。

 難しいことこの上ない。

 単語もよく分からなければ、数学と違って公式に当て嵌めるものは多くない。特に粉末を使った実験や火の温度を表したグラフから読み取れることを述べよ、といった問題が中々に難しい。気晴らしに見た他のページは動物の骨格や火山など面白そうな内容だった。それを知ってしまったがゆえに気が削がれたことは二人には内緒だ。

 

「――よし」

 

 範囲の英単語を復習していたのだが、ようやく全て覚えた。たまに同じようなスペルのものもあるので本番は注意しなければならない。

 一区切りついたので休憩にする。

 喉に渇きを覚え、事前に持ってきていたカップを手に取った。コーヒーが入っていたのだが、いつの間にか飲み干していたようだ。

 

「……」

 

 椅子を引いて立ち上がり、部屋を出て一階に降りる。

 時刻は十二時に近い。足音はご法度だ。

 

「まだ起きていたのか」

 

 リビングの扉を開けると、電気を消したままテレビだけを付けた妹がソファにいた。

 

「お兄も。勉強?」

 

「ああ。高校生になると中々勉強は難しくてな」

 

「それは別に高校生とかじゃなくてお兄が勉強してこなかったからでしょ?」

 

「こ、高校生になると……」

 

「はいはい」

 

 余談だが、我が妹は運動神経も良ければ頭の方も良い。新都にある私立中学にバスで通っているのだが、母親がそこの定期試験で入学して以降十番位未満は出たことがないと言っていた。

 適当な言葉を交わしつつ電気ケトルのボタンを押した。

 すぐに沸騰して音が鳴ると、スプーン一杯のインスタントコーヒー粉が入ったカップに注ぐ。耳心地の良い感触とともにコーヒーが完成した。

 

「勉強頑張って。あんな可愛い二人に手伝ってもらってるんだから、絶対赤点取っちゃいけないよ」

 

「そうだな。ありがとう」

 

 妹の声援を背に自室へ戻る。

 気分転換をしようと思ったが、部屋を見渡しても如何せん物がない。割と大きい部屋ではあるが、今いる机と少し段差が上がった所に存在するパイプベッド、そして棚くらいだ。夏休みを機に無機質な壁に飾り物一つ垂らしてみようか。

 深く椅子に座りながら考えていると、ベッドの枕元で充電していたスマホが光っている。LOPEの通知だ。

 

 武蔵『勉強は捗ってる?』

 

 その一言とともに、変な紅葉型キャラクターのスタンプが『?』を醸している。

 

 剣心『今のところは順調だ』

 

 三十分前に来ていたメッセージだった。

 もう寝ているかと思いスマホを置いたが、すぐに既読が付いた。

 

 武蔵『そうなんだ』

   『それは良かった』

   『?』

   『今のところはってことはこれから順調じゃなくなるの?』

 

 くっ、答え辛いところに突っ込まれた。

 

 剣心『うむ……まあ、そんなところだ』

 

 武蔵『理科?』

 

 またしてもピンポイント。察しが良すぎるだろう。

 

 剣心『そうだ』

   『実験結果に関する問題が難しくてな』

 

 武蔵『なるほど。お昼のときも結構苦戦してたもんね』

 

 理科はどうしても苦手意識があり、そのためか他より覚えが悪い。頑張っているのだが、成果が出るのは良くて当日間際になりそうだ。

 

 武蔵『あ』

   『お昼は沖田に任せきりだから、今からでもわからないとこがあったら私に聞いても良いよ!』

 

 む、それはありがたい。

 しかし時間は大丈夫だろうか。折角なので一つくらいは聞いておきたい。しかしそれを絞るのが難しく迷ってしまう。

 

 剣心『少し待ってくれ』

 

 絶対温度の部分かそれとも炎色反応……ガスバーナーを使った実験……。

 未だ不安な箇所があるのでいくつか尋ねたいが、それは時間も遅く失礼だろう。

 どれにしようか選別していると不意に教科書を持つために置いていたスマホが音を立てた。

 

「ぬ……これは、電話か」

 

 数少ない電話経験の俺はそれを把握するのが遅れ、誰からの着信かも分からず緑のマークを押す。

 

『もしもーし』

 

『なんだ、武蔵か』

 

『なにそれ。私だといけなかった?』

 

『いや違う。いきなりの電話で驚いたんだ』

 

『なるほどね。

 今、大丈夫?』

 

『ああ……』

 

『聞いても良いよって送ってから返信が遅かったから電話したんだ。

 たぶん、今頃何を聞くか悩んでるんだろうなぁって』

 

『……』

 

 俺の心は見透かされているのか。

 

『ということで、電話してみました』

 

 唐突なことに、そして武蔵の勘の良さに申し訳なく思いつつ感謝する。

 

『気になることを放置すれば寝むれないからね。

 明日の勉強会は昼過ぎからだから多少遅くなっても大丈夫。私も付き合うからさ、解消していってよ』

 

『武蔵……ありがとう』

 

『ん、それで。どこが気になるの――』

 

 昼には沖田さん。

 夜は武蔵。

 贅沢な二人を家庭教師に俺はペンを進める。過ぎ去った時間を取り戻すように問題を解き、教えてもらい、期末試験に挑む。

 期末試験が終われば礼をしなければならない。

 そんなことを考え、俺は武蔵と夜の勉強会に精を出した。

 

 

 

 




・''鞴の歩法'' ''葛籠圧し'' ''鞘諌め'' ''あざま跳法-狼煙上げ'' ''残香の剣想''
 手数、技の多さが主人公の武器である。師匠から教えてもらったものも踏まえ、自分で生み出したものもある。
 ''鞴の歩法''…別名、鮭飛びの秘術。鞴を踏む際、一瞬宙を踏み浮かんだ感覚がすることからその名を付けられた。空気を蹴り、跳躍することを可能にする。
 ''葛籠圧し''…葛籠の網目状の剣気を繰り出す面制圧型剣技。人二人を覆う広さがある。
 ''鞘諌め''…相手の突きに合わせて鞘穴を合わせる技。主人公の鞘は非常に丈夫で、奥義に及ばない攻撃なら受けることができる。
 ''あざま跳法-狼煙上げ''…あざま跳法シリーズが一つ、狼煙あげ。両足より片足の方が勢いがつくため、それを利用して跳躍。その後、波間を撫でるように下から切り上げる。
 ''残香の剣想''…空間を切りつけ剣気を固定。その後、使用者の任意のタイミング、行動で繰り出せる技。文中にある通り相手に利用される可能性もある。

・武蔵ちゃん回?
 察しの良い武蔵ちゃん…可愛い。
 「私も付き合うからさ、解消していってよ」…意味深。
 昼には沖田さん。夜は武蔵…意味深。
 夜の勉強会…意味深。
 精を出した…意味深。

 沖田さんの「この後剣心くんには黒星付けまくるのでそれで憂さ晴らしです」って言葉、なんかめっちゃえっちっちじゃないですか…。


 さて、ようやく夏休みに突入でございます。
 これを書くより先に、無言で最終章と最終回書いてました。
 まだまだ先だよ。

 追記> 感想欄にgood.bad評価をつけました。諸事情により返信は行なっていないのですが、しっかり読ませていただいております! すべてgoodを付けさせてもらいます。


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二十七刀目!

 粛とした教室には机を叩くような音が響く。

 ある生徒は余裕気に秒針を眺め、

 ある生徒は頭を掻き毟りながら鉛筆を走らせ、

 ある生徒は眠りこけて読み取れない者もいる。

 様々な生徒が戦う中――終幕の鐘が鳴った。

 

 期末試験、最終日である。

 

 

 

 

 

一、

 

 

 

 

 

「お疲れ様です」

 

 部室、いつものようにお誕生日席の場所で立つのは沖田さんだ。彼女の右手には紙コップに入ったオレンジジュースがあり、左手は腰に当てられ胸を張っている。ふふん、と笑う顔は自慢気な様子で唇端が上がり、むふんと鼻息を出した。

 

「これより……」

 

 一拍置き、

 

「――期末試験プチお疲れ様会を行いますっ! いぇーい!」

 

「やぁー!」

 

「おー」

 

 普段から片付けられている部室だが、今日は一際整理されている。部訓の書かれた舞台がある方の壁には、その上から『お疲れ様です!』と達筆な字で書かれた紙が飾られていた。

 溢れないように三人はコップを合わせると思い思いに喉を満たした。

 

「くぅー。頑張った後のオレンジは格別です!」

 

「たまに飲むと美味しい」

 

「毎日飲むと飽きちゃうかも」

 

「ちょっと武蔵さん! 人が嬉しがってる側でそんなこと言わないで下さいよっ」

 

「あ、ごめんなさい」

 

 照れたように笑う武蔵に、沖田さんはもう一度ジュースを並々と注いだ。

 

「ほら剣心くんも。こういうときは食べないと損ですよ!」

 

 無理やりチョコレート棒を口に入れられるどころか喉奥まで突いてきた。慌てて彼女の手首を掴んで離させると、咳払いをしながら食べる。

 

「随分といきなりだなっ……殺す気か」

 

「あっ……すみません。でも、一番頑張ったのは剣心くんなんですから、一番楽しんでくれないと私たちも楽しめないですよ!

 ね、武蔵さん」

 

「まあたしかに。楽しむ云々は別として一番頑張ってたのは剣心だもんね。

 はい、目の前にあった美味しそうなバタークッキー」

 

 礼を言って受け取る。口の中に残っていたチョコレートを茶で流して食べると、程良い甘さのバタークッキーはたしかに美味しい。

 

「このお疲れ様会は別名『剣心くん赤点回避たぶんおめでとうの会』ですからね」

 

 机上には数種類の菓子が並んでいる。

 小袋分けにされたそれらは三人が近くの業務向けスーパーで買ったもので、飲み物も同様にオレンジジュースと茶の二種類が用意されていた。

 

「真正面から否定出来ないのが辛い……」

 

「んふふ、沖田さんのおかげですです」

 

 ピースサインをする沖田さん。

 

「ああ――武蔵もありがとう。金曜日の夜、しっかり昼の補填をしてくれたおかげだ」

 

「君が頑張ったからだよ」

 

 当然と言わんばかりに笑ってくれる武蔵にはやはり感謝しかない。同じように、沖田さんにも。

 

「今日は食べ過ぎてもいけませんね!」

 

 そう言いながら小袋を開けた。

 「食べ過ぎても……」という彼女の言葉には俺と母親の事情がある。

 俺が一週間二人に世話になり、何か礼をしたいと夕食の場で漏らしたのだが、それを聞いた母親がせっかくなので二人を夕食に招待しようと言ったのだ。結局料理を作るのは母親であり、自分は何もしていないんじゃないかと思ったが、友人間で世話や礼やらで難しく考えてしまうと「毎回気を遣ってしまう間柄になる」と父親に言われ、普段の日常から二人の力になれるように意識しなさいと諭されたのだ。

 母親と妹の二人に「そんなこと言えるんだ」と驚愕されていたが、その言葉に納得を覚えた俺はそうすることにした。

 

「ああ、腹を空かせて待っていてくれ」

 

 小さなお疲れ様会は滞りなく進み、適当な会話から今回の試験はどの問題が難しかったかなどを話す。

 意外にも今回の教科で一番難易度が高かったのは国語のようで、俺は自信を持って解けた問題を二人は微妙にずれていたようで悔しがる姿も見られた。

 ちらほらと机上には空袋が目立つようになる頃、沖田さんが「そういえば」と発した。

 

「先週私が言ったことを覚えていますか?」

 

「先週?」

 

「……」

 

 何か、あっただろうか。

 

「むぅ。言ったじゃないですか――――プレゼントがあると!」

 

 

 

『この沖田総司、夏休みに二人に向けてプレゼント(・・・・・)を用意してますともっ!』

 

 

 

「む、たしかに言っていたな」

 

「帰り道のときだね」

 

「そーです! それです!」

 

「プレゼントか?」

 

「はい!」

 

 見た限り沖田さんは荷物らしい荷物を持っていない。一応試験終了後の放課後であるから鞄は持っている。だがそちらに手を伸ばすどころか見ることもない。

 それとも、既に部室に隠していた……なんて、粋なことを?

 

「まあ私からのプレゼントというか……私たち三人の活動実績、部活成立のおかげなのですが……」

 

 いつの日かのように胸ポケットから一枚の紙を取り出した。

 なるほど。帰り際から制服が四角に縁取られていて、気になって仕方がなかったが正体はそれか。

 

「どうぞ」

 

 彼女は菓子を退け、四つ折りの紙を広げると雑に折り目を撫でて直した。

 右上には今日の日付。

 左上には学校名と、部活動名。その下には顧問の高岡先生のフルネームがある。

 読み進め、

 

 

 

「合宿」

「申請?」

 

 

 

 示し合わせたように武蔵と声が合わさると、沖田さんが言った。

 

「そうです……!

 この夏!

 私たち真剣術部は!

 学園から支給される部費と!

 政府から支給されたふんだんな援助金を利用し!

 

 ――五日間(・・・)! 夏合宿に行きます!」

 

「……」

 

「……」

 

 ……。

 

「……」

 

「……」

 

 ……。

 

「……」

 

「……」

 

「…………あれ?」

 

 拍子の抜けた俺たちの反応に沖田さんが首を傾げた。武蔵の方を見ると珍しく口を開けて惚けている。

 何か良いことか悪いことのどちらとも分からないことをやったかのような沖田さんと、口の閉じない武蔵しかいないので無理やり口を開く。

 

「なぜ五日間なんだ? 普通、二泊三日とかじゃないのか……」

 

 妹から借りた漫画もそうだった。

 大抵、『二泊三日の旅行に行くぞ!』の一言なのだ。

 

「いやいや、二泊三日の合宿じゃあ慣れた頃に帰っちゃうじゃないですか?」

 

「……?」

 

「良いですか、剣心くん。

 出発日の一日目は、道中と初めての場所ということで殆どの場合は疲労が溜まっています。場所の散策もするでしょうが、やはり明日のために早めに睡眠を取るのが一番でしょうから大した散策も出来ません。

 二泊三日の場合、三日間の中の二日目は芯と言っても良い。夏だとバーベキューをしたり肝試しに行ったり、川遊びなんかも。たくさん遊べるわけです。

 そして、三日目最終日。

 だいたい夕方に着くのが理想ですから、朝から帰る準備を始めてお昼は帰り道美味しそうなご飯屋さんがあったら入るじゃないですか? そのご飯を食べてる途中、絶対に誰かが言うんですよ……」

 

 沖田さんは人差し指を立ててグイッと近付いてくる。

 

「『もう少しいたかった』と」

 

「……ほぅ」

 

「それで私は考えたわけです。とりあえず、三日以上は滞在しようと。

 そうすれば三日目の『もう少しいたかった』という後悔は消え、次の日は四日目ですから前三日より行動範囲は広がってさらに楽しめますとも! 最終日の五日目はみんなで何が楽しかったのか喋りながら次回はどこに行くのか決めるんです!

 どうでしょーか私のプランは! 最強ですよ! やばいですよ! 沖田さんの夏休み大勝利ですよー!」

 

「な、なるほど」

 

 勢いに押切られて納得したような(げん)を漏らしてしまった。

 

「――い、いいと思うよ!」

 

「む?」

 

「ん?」

 

「夏合宿、二人と行きたい!」

 

「……! ですよね!」

 

「海? 山?」

 

「どっちもあります!」

 

「バーベキューは? 花火は?」

 

「貸切ビーチがあるのでモーマンタイ!」

 

「だって剣心!」

 

「行きますよね?」

 

「待て――そもそも俺は行かないなんて言ってないからな。行くことには普通に賛成だ」

 

「大ですか?」

 

「……大賛成だ」

 

 何なんだこのノリは……。

 

「海があるなら水着を買いに行かなきゃ行けないなぁ」

 

「あ、そうですね。一緒に買いに行きましょう!

 剣心くんも来ますか?」

 

「む、そうだな……俺も水着を持っていない」

 

 ちょうど良かった……。

 ……ん?

 まあ……良いか。

 

「日程とかは決まっているんだろう?」

 

 気を取り直し、一先ず知っておかなければならないことを聞く。

 特に予定はないが、他の予定が入る際被っていればややこしくなる。

 

「8月2日から6日までです」

 

「予定は大丈夫か、武蔵?」

 

「これでも夏休みの予定、ないから」

 

 一体どれでもだ。

 

「まあ、俺も二人に合わせて立てる予定だったからな」

 

 どうせ何もすることがなかった。

 師匠から八月中に便りを送ると入学式前に言われていたが、連れ回されることはない……と思う。

 クラスメイトから遊びの誘いは特にない。何故だろう。二人はあるようだが。

 

「水着は来週かその次の週の頭には買いに行かなきゃいけないかな」

 

「そうですね。決まり次第お二人には連絡します」

 

「うん」

 

「わかった」

 

「交通手段はどうする。車は当然、自由に出せるものがないだろう」

 

「ああ、それに関しては問題ないです。顧問の高岡先生が()まで車で送ってくれますので。そこから()で移動して到着ですよ!」

 

「港……?」「船……?」

 

 いまいち想像していた合宿と違う気がするぞ。

 

「なあ、沖田」

 

「? どうしました」

 

「本当なら一番に聞いておくべきだったな」

 

 心底楽しみな様子の二人を見て忘れていた。

 

「どこに行くんだ?」

 

「私も今の単語で気になった」

 

 沖田さんはにっこりと笑うと、さも当然かのように告げた。

 

「え……?

 合宿って言ったら――――無人島じゃないんですか?」

 

「……」

 

「……」

 

 それは恐らく、天然理心流の普通じゃないのか、とは無邪気な顔をする沖田さんを見て言えたことではなかった。

 

 

 




・後書きによる夏休み夏休み詐欺
 大丈夫です。あと二話で絶対やるもん!

・無人島合宿
 ふーん……えっちっちな予感。

・夏休みまでの間
 何か、えっちっちな予感がする…

・拙作は「学園生活」に重きを置いているので不自然に飛ばすことができず、日常会だけで一話使うことがあります。私も二次小説を読む際それだけで投稿されているのがつまらないので、基本的に二話は投稿するように意識しています。


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二十八刀目!

 

 球技大会当日の朝。

 俺たち三人は、朝練終了後の部室で体操服で駄弁っていた。いつもならば袴着の後、制服に着替えるのだが今日は違う。種目ごとに試合時間が異なり、開始時刻が疎らになってしまうため予め体操服を着て登校するように指示があったのだ。

 

「久しぶりの朝練でちょっと楽しかったです」

 

「これがないと一日が始まった気がしないや」

 

「……」

 

「剣心は?」

 

「……」

 

「剣心くん?」

 

「……む」

 

「どうしたんです?」

 

「まだ眠たいのかな」

 

 ふむ、どうやら目を瞑っていたところを見られていたらしい。

 ……。

 

 …………。

 

 ………………。

 

 ……………………。

 

 …………………………仕方ないだろう。

 

 何しろ、二人が魅力的過ぎるのだから。

 気付かなかった。いや、気付いていた。それでいて俺は気付かないフリをしていた。

 星詠学園の指定体操服、紺碧色を基調とし、緑色のラインが引かれているのだがその場所が辛い。決してわざとでは無いだろうが、偶然胸部上に存在しているのだ。もちろん俺もある。しかしどうだろうか、これが豊かなモノを持つ二人であったとすれば……目を惹くに決まっている。釘付けだ。吸い込まれる。俺の瞳は今、眼窩にあるだろうか。

 

「今日が楽しみだったからな」

 

「ふふ、子供ですねぇ」

 

「ねぇ、可愛い」

 

 揶揄ってくる二人だが今はいくらでも揶揄ってくれてかまわない。

 眼福と称えるこの光景を脳内に貼り付けるばかりだ。

 

「あ、武蔵さんの種目はたしか――」

 

「――そうだよ。沖田の方も時間が合えば……」

 

 ソファの上で、武蔵が体操座りをしている。

 こんなの……見るしかないだろうに。

 実力のある剣術家、武闘家などの戦いにおいて、目線一つでフェイクを仕掛け、また目玉の動きを偽ることで狙いを分かり難くする初歩的な技術がある。小手先の技を多数持つ俺はそういった技術に長けており、現在もその技を使って武蔵の一挙手一投足を気付かれないように眺め続けている。

 脚は閉じて窺えないが、重力に逆らわず露わになったのは、普段は膝まであるズボンに隠された白い生脚。彼女の袴着、とは違うかもしれないが武道着は元々太ももが露出しているものだった。だが、今はそのときとは違った……煩悩を刺激する蠱惑さを持っていた。

 心無しか、膝に潰された胸が俺を嘲笑っている気がする。

 分かっているさ……お前は俺を挑発しているのだろう? 意気地無しと、男じゃあ無いと。だがどうだ、その山へ入山する権利が俺にはあるだろうか。不法侵入者になった瞬間地主によってばっさりと斬り捨てられる。俺がいくら登山に興味のある男だろうと、持ち主には逆らえないのだ。

 

「バレーボールって、こうやってやるんだよね!」

 

 オーバーハンドパスの真似をした武蔵の胸が再び俺を絡めようと触手を伸ばしてくる。

 

 ――畜生(Damn it!)

 

 これは自分自身だ。

 己の底に眠る、未だ理解できない心の深奥。空を目指す俺の、形に出来ない夢想夢念ッ。

 

「あ、そろそろ時間ですね」

 

「本当だ」

 

「……む、そうか」

 

 立ち上がった二人を見て俺も立ち上がる。

 今日の鞄は軽い。中身は弁当箱と水筒、汗を拭く手拭いだ。

 

「楽しみだな」

 

「ええ、そうですね」

 

「頑張ろっか」

 

 何はともあれ……――今日は、球技大会である。

 

 

 

 

一、

 

 

 

 

「右抑えろ!」

 

「当たり負けるなよ! まずはゴール下に斬り込め!」

 

 激しくプッシュしてくる体に押されないようにチームメイトである佐渡佐渡(さわたりさど)がボールをキープする。相手チームは事前情報に拠ればバスケ部を六人中四人固めたチームであり、他二人もサッカー部と野球部の混合チームである。それ故にバスケ経験が授業以外でなくとも鍛えた身体で相手を追い続けてボールを奪取しようとする。

 

「うぜん!」

 

「おうさ!」

 

 一際大きな鶴岡うぜんが相手より頭ひとつ高く跳ぶ。隙を見て佐渡はフェイクを交えてパスを出し、ボールは鶴岡の腕の中に収まった。

 

「ここで絶対に打たせるな!」

 

 残り時間はもはや少ない。

 点数も拮抗し、ワンゴール差だ。鶴岡は勢いよくドリブルを始め、バスケ部員二人を体格の有利さから力付くで抜ける。反則にならない勢いで手を伸ばす相手だが、見た目に合わぬ器用さで避けていく。

 

「――やらせん!」

 

「……なっ!?」

 

 しかし、ゴール前最後の壁が立ちはだかる。最後の一人は鶴岡にプッシュをかけ、残り時間を計算してボールを高く弾いた。外に出るか、運良くアウトボールにならずともタイムアップが先に来るだろう。

 

「しまっ……」

 

「よっしゃ……勝った!」

 

 残り三秒。瞬きには十分な時間だ。

 

「誰か!」

 

「最後まで気を抜くなッ!」

 

 たん、と一際大きな踏み足音。体育館に反響したそれに相手チームも含めて全員がそちらに視線を上げる。

 

「――嘘……だろ……」

 

 ボールは床から四メートル近く跳ねている。仮にプロバスケットボール選手がいようとも届かぬ高さである。

 しかし、このコートにはたとえプロはいなくとも――。

 

「剣城……剣心!」

 

「剣城っ!」

 

「お前!」

 

 人外と謳われる人の身を持つ男は、空中のボールに触れた。掴むように片手で握りしめて目前の勝利へ腕を振るった。

 

「ここで……ここに来て!」

 

「――メテオジャム、だと!」

 

 スコアタイムから激しく音が鳴る。時間は‟00:00”を示し、試合の終わりを告げた。

 

 

 

 

 

二、

 

 

 

 

 

 午前の部が終わり、昼食を摂るべく教室へ戻っていた。いつもは各々が好きな場所で食べるのだが、今日はクラスメイト全員が揃っていたため、「みんなで食べよう」という室蘭とそれに賛同した春狩によって椅子のみ引いて輪になっていた。

 普段と違う様子に慣れないものの、左右の隣には沖田さんと武蔵が座ってくれたので窮屈な思いをせずに済んでいた。

 

「それで……メテオジャム? とかいう技をやろうとして盛大に失敗したわけだ」

 

「やろうとしたわけではない。

 あのとき、時間が来る前にゴールへ入れるとなるとあれが正解だった。結果的にそうなったのだ」

 

「ものの見事に外しているのを応援席から観てましたよ」

 

「い、一々言わなくとも良いだろうに……」

 

 膝に弁当箱を置き、反芻するかのように沖田さんは片手でボールを投げる真似をした。

 

「でも、まさか剣城がボール音痴だとわな」

 

「うん。ケンケンって卓球でも強かったから何でも出来ると思ってた!」

 

「意外な弱点、なのですかね?」

 

 チームメイトだった鶴岡、沖田さんと同じように観覧していた室蘭と春狩が言った。

 

「昔からあの手の競技は苦手でな。卓球はまだ、ラケットを持つだろう? 刀と見たてればどうにでもなる」

 

「うわぁー凄い脳筋理論だ」

 

「なるほど。では以前私が勝った卓球の試合は剣心くんに刀で勝ったも同然なんですね」

 

「待て、それは違う」

 

 墓穴を掘ってしまった。目敏く拾った沖田さんと言い合いをしていると、もう一人のチームメイトである佐渡が口を開く。

 

「にしても凄い所に入っていったよな。腕は真っ直ぐ伸びてたのに真横行って壁に当たって剣城の方に跳ね返ったと思ったら振り切った踵にぶつかって相手ゴールに(はい)んだから」

 

「……すまん」

 

「気にすんな」

 

 気さくに返してくれると、気持ちが落ち着いた。実際にあそこまでの接戦、入っていれば勝利という状況で外してしまえば中々応えるものだ。

 

「まあ、あそこまでの点数差に抑えられてたのも剣城がぎりぎりまで守備に専念してくれていたおかげだしな」

 

「さすがにこっちバスケ部員無しなのに向こうがガチガチに固めてきてるのは辛い」

 

 球技大会は『バスケット・サッカー・バレーボール』の三種目が行われ、それぞれが一種目選ぶ。一位から最下位までポイントが付けられ、最終的に合計ポイントが多かったクラスが総合優勝になるのだ。種目優勝、個人ではベストプレイ賞などもあるようでそちらを狙っている者もいる。だが、やはり総合(・・)という大きな括りの冠はどのクラスも欲しい。そのため、今回のようにクラス内に参加する種目の部活動生が在籍していれば確実に勝つために一チームに固めてくるのだ。

 なお、B組では女子バレー、次いで男子サッカーが優勝争いに参加出来るとのことだ。午前の部にあった予選も無事通過している。

 

「まあまあ、どうしても出来ないってことはあるからねぇ」

 

 うんうんと頷きながら背中を撫でてくる武蔵。

 

「あの外し方はボールに嫌われてると言っても良いような気がしますが……よしよし、気落ちしないでください。

 ほら、午後は頑張って下さいよ――応援を」

 

 くそぅ、完全に下に見られている。期末試験から二人とは妙な確執が出来ているようで悔しい。今回の期末試験はともかく、二学期の試験結果で何とか勝ちたいものだ。日々の勉強にも力を入れなければならない。

 

「あはは! 何かケンケン(いぬ)みたいだね! ケンケンというよりはケンケン(ケン)だ!」

 

「うちの犬は手強いですよ。何かあれば直ぐに噛み付きます!」

 

「保健所直行だね」

 

 現実的なことを言わないで欲しい。それと沖田さんは調子に乗っているので後で仕返しである。

 

「仲が宜しいですね。剣城君と沖田さんと宮本さんは」

 

 笑いながら春狩が言った。

 言ったのだが、それ以上に膝に乗せて食べている三段重ねの重箱が気になる。口に出す気は無いが、見た目に合わず春狩は食べるようだ。いや……ある意味見た目に合っているのか……。

 

「放課後は毎日一緒に居ますから」

 

「一日でも身体動かさない日があると鈍って仕方ないんだ」

 

「同じだな」

 

 試験期間中は三人の仕合は金曜日のみで、それ以外は勉強に当てていた。空いた時間を見て走り込みや庭で刀を振っていたが、やはり毎日対人が出来るという環境に慣れ始めていたようで、ここ数日は体力が余ってしまい少し寝付きにくい日を過ごした。球技大会がある今朝も三人で鍛錬を行った。

 

「もうちょっとアオハル的な理由を期待したんだけど……」

 

「わかる。正直三人はどうなの?」

 

 切り込むようにそう言ったのは平塚さがみである。肩まで伸ばした黒髪には桃色のメッシュが入れられており、目元には星型のアイシャドウが施さている。巷でいう小悪魔メイクという奴だろう。分からないが。

 彼女の言葉に何気なく二人を見るが、首を傾げながら言葉を探している。

 どう答えたものかと視線を前に戻すと、クラスの大半がこちらを見ていた。

 まあ、仕方ないことだ。

 二人は一般的に見ても優れた容姿を持っている。妹がテレビで特集を組まれていた際も、可愛いらしい顔立ちが指摘され、SNS等で噂になっていたと言っていた。性格も悪辣や陰湿ではなくむしろ逆、人を思いやることができ、最後まで手を貸してくれる姿は惹かれる人物が居てもおかしくはない。現に、俺も二人のことは好ましく(・・・・)思っている。

 

「仮に誰かが誰かに気を持っていたとして、当人の目の前で言えるわけがないだろう?」

 

 二人が口を動かすよりも先にそう述べた。

 

「ぶーぶー」

 

「ケンケンらしいなぁ」

 

「剣城君は魅力的な男の子です。女としては、強い男性に惹かれてしまうものなのでしょうか?」

 

「ありがとう。

 だが、俺もまだまだ道半ば。目的地に辿り着く道すら視えていない。『強い』など、到底自分では思うことも言うこともない」

 

「ふむ……帯刀許可、というものがゴールじゃないんですね」

 

「ああ。むしろ……俺にとっては何かを目指すきっかけになったのかもしれない」

 

「なるほど」

 

「二人はどうなんだ? 剣城みたいな、目標はあるのか?」

 

「あ、たしかに気になる……」

 

 話題はうまく逸れたようだ。春狩が理解して乗ってくれたのかはわからないが、察しの良い彼女だ。きっと気を使ってくれたのだろう。

 

「私はねぇ——」

 

 自分の番が終わったことで食べることに集中する。

 母親の作ってくれた弁当は相変わらず美味く、箸が自然に進む。父親と結婚する前に栄養士と調理師の資格を取ったらしく、普段の家庭料理と相まってプロ顔負けだ。

 ふと、窓から外を見ると身体を動かしている他のクラスメイトが見える。午後から始まる試合に勝ち残った者たちだろう。沖田さんは女子バレー、武蔵は女子サッカーと見事に分かれている上に両方とも残っている。応援がし難いが、嬉しいことには限りない。この身を賭して両方の応援をする。

 

「あ、そういえば」

 

 誰かが言う。

 

「何か、面白く可笑しな(ダーウィン)・プレイ賞があるみたいだから、もしかすると剣城も賞を貰えるかもな」

 

 どうせ貰うなら、ベストプレイ賞とか格好良いものが欲しい。

 

 

 




・クラスメイト
佐渡佐渡(さわたり さど)…茶髪に中肉中背。運動部に入っており、そこそこながたい。
鶴岡うぜん…角刈りみたいで主人公(180前後)より身長が高い。熱血漢なところがあるが、歳相応である。
平塚さがみ…肩まで伸ばした黒髪に桃色メッシュ。なお、メッシュの色は週によって変わる。

・球技大会
 バスケ、バレー、サッカーの三種目男女に分かれて行う。各種目ごとに試合時間が異なるため、開始時刻が違う。

・主人公
 球技が果てしなく苦手だが、何かを握ってやる球技は身体能力を生かしてある程度こなせる。

・ダーウィン・プレイ賞
 現実にあるダーウィン賞から参照し、ダーウィン・プレイと名付けた。
 事実は不名誉な死に様をした者に送られる賞だが、拙作ではポップな位置付けである。



 私は……いつか二人が主人公とイチャイチャしたいがために活動サボって部室で主人公を部室に誘うシーンを書きますよ(断言
 投稿するたびに、一週間に一回は守ろうと考えて結局できないやつ。


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二十九刀目!

 

 雀色に染まったグラウンドがトンボで整地されいく。坦々たる表面は思わず飛び込んで足跡を付けたくなるが、そんなことをしてしまえば準備運動に入った野球部に非難されること間違いない。

 球技大会の全日予定が終わり、無事Bクラスが総合優勝を掴んだ表彰式の後、俺はクラスメイトと共にグラウンド競技の片付けを行なっていた。室内競技であるバスケットとバレーは女子が担当し、サッカーゴールや整地があるグラウンドは男子の担当であった。

 

「……すげぇな」

 

「改めて見ると自覚するわ」

 

「俺の筋肉でも不可能なことを!」

 

 野次を背に受けながら、ゴールを掴んでグラウンド端へ歩いていく。正確な重さは分からないが、一〇〇キログラムに到達しているか、丁度ぐらいだと思われる。そんなものを片手で一つ、計二つも引き摺ることなく持ち歩いている(?)のだから当然なのかもしれない。

 

「いやぁ、ありがとな剣心」

 

「かまわない。大人数で運ぶより、俺一人で運んだ方が安全だ」

 

「考え方は合理的だけど、目の前で起きてるのはまったく合理的に説明出来ねえよ!」

 

「ジャグリングでもして見せようか」

 

「絶対先生に怒られるからやめてくれ」

 

 冗句を言うと、大袈裟に手を出して止められてしまった。

 最近ではこうして友人と呼べるクラスメイトと諧謔を嗜むこともあり、三ヶ月前を考えると随分と異なる印象を抱かれることがある。「最初は堅いイメージだったが、意外と接し易い」と女子含めて言われるのはもう慣れてしまった。

 

「――あ、剣心くん!」

 

「む、沖田さんと武蔵か。そちらは終わったのか?」

 

「ええ、これから部室に戻るとこです」

 

「先行ってるね」

 

「ああ、分かった。俺も片付けが終われば直ぐに行く」

 

「鶴岡くんと佐渡くんも、新学期で会いましょう!」

 

「ばいばーい」

 

 手を振って離れる二人を見送り、再び歩き始める。

 球技大会前からゴールが位置していた場所に辿り着き、取り敢えず下ろす。校舎に沿う形で置いておかなければならないため、もう一つを二人に任せ、自分は地面に付いた痕を頼りに合わせていく。

 

「『新学期で会いましょう』かぁ……」

 

「だなぁ」

 

 引き摺って地面に穴が空くといけないため、適所持ち上げながら調整していく。体育教師は適当で良いと言っていたが、妙に気になる性質(たち)である。

 何やら二人は哀愁を漂わせているようだが……。

 

「どうかしたか?」

 

 人の悩みに口を挟むのは苦手だが、漏れ出た言葉から先程の二人が要因なことは察することができる。何か力になれかもしれないと思い、巻き込んだネットを解きながら尋ねる。

 

「うーん……剣心に言うべきことじゃないかもしれんが、二人とこのまま行けば一月会えないのは悲しいと思ってな」

 

「ああ。うぜんの言う通りだ!」

 

 なるほど。

 

「夏休みだからな。俺もクラスメイトと会えないのは悲しい……というよりは、寂しくはある」

 

「お――くっ、そう、じゃなくてなぁ!」

 

 悶えるように何か言いた気な佐渡に首を傾げる。うぜんも心無しか、ゴールを引き摺る力が強くなっている気がする。

 

「お前って奴なぁ! 剣心!」

 

「む」

 

「自分の環境に感謝すべきなんだ!」

 

「?」

 

「うむ、確かに」

 

 儼乎(げんこ)たらん雰囲気を纏って鶴岡も頷いている。

 

「俺も鶴岡も、お前みたいにとんでもびっくりな身体能力は持っていないさ。それが才能だけじゃなく、剣心の努力や歩んできた道のりが結んだ結果だってことは理解している」

 

 「でもな」と続ける。

 

「俺が——いやB組男子(俺たち)が言いたいのはそこじゃないッ!

 剣心! お前が……お前が沖田や武蔵といった——可愛い女の子と過ごせている環境に感謝すべきであると言っているぅ!」

 

 指先から光線でも出るのではないかという勢いで指を差され、自身の瞳孔が僅かに揺らいだのを感じた。

 

「良いか、剣心よ」

 

 腕を組み、自身の鍛え上げられた肉体を誇張するように鶴岡が言う。

 

「今や、あの二人は学園一の人気を誇る生徒と言って良いだろう。

 現に、剣心も二人が度々告白紛いな、もしくは告白をされていることは当然知っているだろう?」

 

「無論」

 

 あれは恐らく、入学して一週間も経たず、真剣術部が創部して翌日の頃だった。

 放課後、教室から三人で旧講堂に向かう途中、校舎出入口で上級生と思わしき生徒――制服に付着したピン色から判断――が沖田さんを呼び止めたのだ。入学して直ぐ、クラスメイトですら未だまともな関係が築けていない中、全く接点の無い人物が現れたので俺と武蔵は沖田さんのことではあったが首を傾げたことを覚えている。俺と武蔵の反応はともかくとして、沖田さんは俺たちに先へ行っているように告げ、後から旧講堂にやって来たのである。人に用を聞くのも不躾であると思い、こちらから尋ねることはなかったのだが、結局沖田さんの方から告白沙汰であったと教えられたのだ。

 それ以降も沖田さんは好かれるようで、さらには武蔵も恬淡寡欲(てんたんかよく)的な、けれん味のない様が馴染み深く男子生徒共々偶の女子生徒からもそういった()はあるようだった。

 

「夏休み、どっか行く約束をしてるんじゃないか?」

 

 もの言いたげな目を持ってこちらを見てくる。

 

「ああ。今度、真剣術部の活動として五日間合宿に行くことに……む、その前週に水着を買いに行く予定もあったな」

 

「Jesus! 聞いたかうぜん!」

 

「然り」

 

「なぁ、剣心。俺たち友達だよな?」

 

「そう思っている」

 

「じゃあお願い事を聞いてくれるよな?」

 

「事と次第による。他者に迷惑が掛かることならば聞くことは言わずもがな、内容を知って人道を外す所業ならば俺も考えなければならない」

 

「頼む――」

 

「佐渡が言わなくてもわかる。俺も――頼む」

 

 二人は示し合わせたかのように見事な土下座を披露した。その正調さは練習が始まった野球部の音が、グラウンド端で行われたそれに戸惑いから一時停止するほどだ。

 

「二人の水着姿を写真に収めて送ってください!」

 

「一生のお願いだ、友よ!」

 

 ……。

 何となく察していたが、見事に当たっていた。

 

「……」

 

 ふむ、と顎をなぞりながら考える。

 二人には立ってもらい、懇願するような目は校舎に視線を移すことで一先ず無視をする。

 

「俺が写真を撮る可能性はあるが、二人に送る際には何と言えば良い」

 

「うっ……」

 

「……それは」

 

「本人の預かり知らぬところでそんなことがあれば二人は何と思う。勝手に送り、二人を裏切るようなことはできないからな」

 

 沖田さんや武蔵に確認をとっていれば送れたであろうが、無いのならばそれは出来ない。クラスメイトや友人に順位付けといった失礼なことは到底無いが、やはり一際関係の深い二人については踏み入る所がある。

 肩を落とす二人にどう声を掛けようか迷っていると、ほんの少し前に言われたことを思い出す。

 

「そういえば、春狩がB組のアルバムを作ると言っていたか……」

 

 『余裕のあるときでかまわないので、活動写真を私個人で送って欲しいです』と言われた。これは沖田さんと武蔵も知っていることで、俺たち真剣術部の広報写真として撮影している画像を何枚か送ったこともある。水着写真を広報に使用するのもあれだが、遊んでいる場面は春狩に送ろうか相談していたため了承を得ている。その写真がアルバムに載るのかは不明瞭だが、可能性はあるかもしれない。

 

「それは俺たちも言われたなぁ」

 

「ああ、俺もクラスメイトと遊びに行ったら写真を欲しいと言われた」

 

 やはり、二人も知っていたようだ。

 俺が送るのは無理な話なので、そのことを伝える。未練さが肩に乗っているが、しょうがないと納得してくれた。

 

「わかった、諦めるとすらぁ」

 

「春狩次第だな」

 

「まあ、春狩ならば水着はともかく良いアルバムを作ってくれるだろう」

 

 少し脱線した気もするが、そう締め括って終わりにした。

 ゴールは既に元あった位置に戻している。グラウンドの方を見ると俺たち以外は集まっており、解散の準備をしていた。

 

「ま、楽しかったかどうかくらいは聞かせてくれよな!」

 

「夏休み、男子会みたいのをやるのも良いかもしれん」

 

「わかった。そのときは俺も誘ってくれ」

 

 

 

 

 夕陽と入道雲へ、今年初めての蝉が啼いた。

 それは恰も、一学期の終わりを告げる、夏休みへ向けての——前触れだったのかも知れない。

 

 

 

 

 

一、

 

 

 

 

 

 感傷に浸るほどの繊細な心は持ち合わせていないと自覚がある。それでもやはり、学園生活を一学期過ごしたということに妙な満足感を持っていた。

 

「ここも見慣れたものだな」

 

 獅子ヶ池の畔を歩き、旧講堂に辿り着く。棚に靴を放り込んで中に入った。

 先に行った二人は、既に袴着に着替え終わっているだろう。グラウンドから会って二十分程は経過していた。

 舞台を見て右側にある部室の扉を引く。

 

「む——」

 

「へ……」

 

「あ……」

 

 中に入ろうと一歩踏むと、未だ下着姿の二人と視線が交差する。

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

 沖田さんは手前側の椅子で着替えていた。

 椅子に架けられたスカートが、扉を空けたが為に吹いた風によって台座の部分に滑り落ちてく。唖然とした瞳で、桃色の下着が見えるシャツのボタンを止めていた指を静止させていた。

 対して、武蔵は極めて正常に努めようとしているが唇が波打つようにもごもごとしている。体操服を上だけ脱いだ半裸姿のまま茜色の下着がここに来るまでに見ていた夕陽を想起させた。

 

「――すまない」

 

 この間、数える数字もない。

 瞬時に状況を把握した俺は、予め定められていたかのような動きで背後に顔を向け扉を閉めた。

 

「……」

 

 ああ、きっと俺がすべて悪い。

 せめてノックでも、と普段しない行動ではあるが後悔する。

 乙女の柔肌を見た時点で男が悪いのである。

 

「――参った」

 

 その言葉が一体、どういう意味を持っていたのかはわからない。

 こういうときはどうすれば良いのかと、妹から借りて読んだ漫画を思い出し、俺はそっと瞳を閉じた。

 

 今日の鍛錬は、間違いなく一人対二人の内容である。

 

 

 




 世間では春休みですが、夏休み編突入です。
 骨組みの方はできていますがゆえ、いきなり連続投稿が来ると思われますのでよろしくお願いします。


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四章
三十刀目!


 プロローグのため、短めです。






 朝、起きて鑿を差し。

 昼、食べて玄翁を振るう。

 夜、意識を失うまで木粉に埋もれた。

 

 男は――余所の一人近付かぬ場所で、自身の求め得るすべてを造っていた。

 瞼の裏に焼き付くは、一度見たあの剣豪。

 

 そして剣豪に――無常を垣間見た。

 

 ただ一つ、あれを自身の手で。

 一心不乱に男は常住に彷徨い続ける。

 

 

 

 

 

一、

 

 

 

 

 

「暑いな」

 

「暑いですね」

 

「うん、暑い」

 

 新都中心地、丸ノ宮――待ち合わせによく使われるリンゴ山――とは言うが、実際には繁華街の中にある小さな石造りの空間――で俺、沖田さん、武蔵は少々項垂れていた。

 地面から生えた林檎の上半部を模したであろう石のオブジェに背中合わせになりながら、口を開く。

 

「今日は晴れのち曇り。この時間帯だと絶対曇りだと思ったんですがね」

 

「まあ、仕方ない。今日は爛々とした天道を拝めただけ幸運だったと思おう。ほら、入道雲の中に何か潜んでいそうだぞ」

 

「どうせなら龍とかいないかな。斬れるか試してみたい」

 

「ぶ、物騒な……」

 

 夏休みに入ってまだ初週。俺たちは新都に降りて、八月頭にある合宿の準備と称して買い物へ訪れていた。とは言うものの、実際のところ必要なものは特になく、今日の目的はもっぱら試験最終日に二人と約束した水着を買うためであった。

娯楽を楽しむつもりなのでいつも腰に下げている刀は三人とも置いてきており、ラフな格好をしている。何となく違和感があるのは剣士の性だ。

 

「さて、休憩もそろそろにしてお店に行きましょう」

 

「センター街のお店だよね? 地図ないと迷っちゃいそう」

 

「何となく場所はわかってるので、沖田さんについてきてもらえば安心ですよ!」

 

「それは大丈夫じゃないときに言う言葉じゃないか」

 

 適当に言葉を交わしながら立ち上がる。

沖田さんによるとセンター街の中なので、歩いて三分もかからない。

休日であるためか、俺たちと同じような買い物客が多く、人を避けながら進んでいく。

 

「ちょ、見て! 都うどん!」

 

 駅前によくあるうどん専門店を見て武蔵がはしゃいでいる。絶対にはしゃぐような店ではないと思うのだが……。どうせなら手前にある年紀の入った西洋建築物とかにしてほしい。

 

「わかったから、落ち着け」

 

 袖を引っ張る腕を掴んで前を歩く沖田さんに寄って行く。

 彼女はその気配にもちろん気付くわけだが、心なしか早足になっていた。

 そんな武蔵を引きずりつつ、センター街の建物に入る。ショッピングモールのようになった内部はいくつもの店が並んでいた。

 

「地図があるぞ」

 

「あ、本当ですね。先に確認しておきましょう」

 

 水着、屋? だろうか。俺にはまったく分からない。合宿では水着を使うと聞き、俺も家のものを探したのだが残念なことに小学生低学年用のみでサイズが合わなかった。さすがにそれで行けば変態の烙印を押されることは間違いないので、俺もついでに買うつもりだ。

 沖田さんが細い指を差しながら店舗の場所を確認している。

 水着ショップ『Sea-k Pine』――ずいぶんと小洒落た名前である。

 そのままエスカレーターに乗って三階を目指す。

 

「どんな水着を買おうかなぁ。いまいち流行とかが分からないんだよね」

 

「今年だとパレオが巻かれたものですかね? 私も見識が深くないので、雑誌で読んだくらいなのですが……」

 

「だよね……」

 

 と、こちらを見てくる二人。

 

「待て、俺は本当にそういうミーハーなものは分からないぞっ」

 

「いや、でも唯一の男の子なんだから意見くらいは聞いておかないと」

 

「私たちの水着を見れる唯一の男子かもしれないんですよ!」

 

 二人は冗談交じりに言ってくる。

 唯一と言われると惹かれるものはある……く、唯一か。

最近、二人は純朴そうな雰囲気を一変して、今のように揶揄ってくることがある。日常のギャップからおくびには出さないもののこちらはこうして焦らされること度々である。しかし、言葉尻は僅かに上がったりしてしまうため、それを耳聡く拾って二人は追撃を加えてくるのだ。

 これも全て、あの日に二人の肌を見てしまったこと(・・・・・・・・・・・・・)が原因なのだろう……。 

 沖田さんと武蔵は私たちの不注意だと言ってくれたものの、嫁入り前の柔肌を見たのならばこちらが全て悪い。こうして弄ばれようが、降参の意を示して手を上げ続けるだけなのだ。

 

「とにかく剣心くんも私たちに似合う水着を選んでくださいね!」

 

「うんうん、良いのを選んでくれたらそれにしようかな」

 

 このときの俺は目的地である水着ショップが――――女性専門店だとは思っていなかった。

 

 

 

 

 

 




・『Sea-k Pine』
 sea…海。
 +k=シーク=seek=求める
 pine=パイン=パイナップル=南国や海などを象徴とさせる。おっぱい。

 たぶん自分が書いてきた中で一番切れてる言い回しだと思いましたね。

 プロローグともいえるものが終わり、ようやく本編といえる各章に突入しました。
 当二次小説の世界感が伝わってくださるとありがたいです。


 ちなみに、武蔵ちゃんの水着はあの変なやつじゃありません、はい。




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三十一刀目!

 

 五日分の着替えと適当な洗面用具。あいにくとスーツケース的なものを持ち合わせていなかったため、ボストンバックで持っていくものは精査しなければならない。無人島の宿泊先には洗濯機が設置されているようで保険をかける必要がないのが救いか。なぜ洗濯機のような、無人島にも関わらずそういったものが置かれているのかは疑問であるが。

 

「お兄、せっかくだし何かお土産お願いね」

 

「ああ、わかった」

 

 そう言われるが行き先は無人島だ。確実に土産屋はないと思われる。道中、道の駅などあれば良いのだが……。

 刀は前日に研ぎ、解体して問題がないか確認している。点検道具も優先して荷物に入れており、向こうで何かあっても対処できるだろう。

 帯刀許可を持つ彼女たちとの一週間の鍛錬、必ず実りあるものになるはずだ。

 

「よし――」

 

 呟くように喝を入れ、靴紐を強く結ぶ。

 一応、部活動の範疇ということもあり生き帰りの道中のみ服装は制服だ。無人島に到着次第、袴着かラフな格好になる予定で、靴も部活動中に履いている下駄を持っていく。

 

「行ってくる」

 

「いってらっしゃーい」

 

 見送りは妹のみ。両親二人は仕事と用事があるため家にはいない。一週間、心配な気持ちもあるが国巡りで俺がいなかったのは数年もあるので杞憂だろう。

 

 

 

 

一、

 

 

 

 

 

「――すまない、遅れた」

 

 星詠学園正門にて沖田さんと武蔵の二人、そして夏であるのも関わらず黒いパンツスーツで決めた学年主任兼真剣術部の顧問たる高岡先生がいた。

 

「時間通りだから大丈夫ですよ」

 

「まだ五分前だしね」

 

「そうか……高岡先生、おはようございます」

 

「おはようございます、剣城君。二人にも聞きましたが忘れ物はないですか?」

 

「ええ、前日の今朝にも確認してきたので大丈夫だと思います」

 

 高岡先生は頷くと、続ける。

 

「わかりました。

 定刻通り、10時には三人とも揃っていますね……では、少し早いですが車を回してきます。そのままお待ちを」

 

 銀淵眼鏡をくいっと上げると、高岡先生は学園に入っていった。

 今日は高岡先生が新都より南にある港へと車で送ってくれることとなっている。港に着き次第瀬戸内海の有人島を目指してフェリーへ乗り換え、そこから島民によって無人島に案内される予定だ。

 

 高岡先生がここにいるのは、新都より南にある港まで車で送ってくれるためである。

 無人島までの道のりとして、港に到着してからは瀬戸内海の有人島にフェリーで向かい、有人島からそのまま滞在することなく無人島に向かって島民の漁船で移動することになる。

 これを沖田さん一人で準備したのだから、任せきりになってしまって悪いというか、彼女の唐突な行動力には驚いてしまう。

 数分もすると高岡先生が乗った車がやってくる。車種は詳しく分からない。ただ、Hマークからホンダ製なのは確かだろう。生真面目な雰囲気を持つ高岡先生だが、このような群青色のスポーティな車に乗っているとは思わなかった。

 

「後ろを開けるので荷物はそちらへどうぞ」

 

 荷物をトランクに載せて、俺たちは車に乗る。

 助手席に沖田さん、後ろに俺と武蔵だ。

 高岡先生が左手でギアを倒すと重音とともに車が振動し、前後から車がきていないことを確認すると発車した。

 

 

 

 

 

 出発して数十分、雑談を交わしていた俺たちだが、会話の途切れた合間を縫って高岡先生が口を開いた。

 

「――そういえば、今回あなたたちが合宿に使用する無人島について知っていますか?」

 

「島について?」

 

「ええ」

 

 無人島に行くとは聞いていたが、思えば名前は知らなかった。部活関連の提出物は沖田さんが取り仕切っており、両親に説明したときも「楽しんでこい」の一言でそれ以上は聞かれなかったのだ。妹ととも話したが、結局何をして遊ぶべきかなど、歳相応なものばかりである。

 いや、そも無人島に名前などあるのだろうか……?

 

「今回、『柄ノ島』という有人島を経由してあなたたちは無人島に行きますが……柄ノ島がどういう場所か知っていますか?」

 

 沖田さんが答える。

 

「パンフレットもある観光地ですよね? 最近、柄ノ島町長が変わって一気に活性化したと聞きました。何やら日本では希少価値の高い海洋生物やイルカの群れが見えるとか何やら」

 

 観光地ならば、そっちに合宿をすればよかったのではないだろうか。それに、生のイルカを見てみたいという気持ちはある。

 言おうか迷っていると、隣にいた武蔵がバックミラーで沖田さんに見えない位置で唇に人差し指を当てていた。

 ……まあ、他人がいない環境の方が周囲を気にせず動けるために都合が良い。うん。

 

「柄ノ島から西に数キロ、住人のいない『繰島(くるしま)』が合宿先の無人島になります」

 

「沖田、知ってた?」

 

「もちろん。

 流派の門下生に、柄ノ島町長の親戚筋の方がいて、今回はその伝手で頼んだんですよ。二一世紀以前から人の手が入っていない島なようで鍛錬には持ってこいだと」

 

「……なるほど、沖田さんはそれで繰島を知っていたのですか。

 私の方もあなたたちが滞在すると聞き、事前に調べたのですが……あまり情報がありませんでした。

 柄ノ島の区役所に尋ねたところ、そちらも最低限の地方史だけで具体的なことは……」

 

 他の部活動より自由度の高い真剣術部だが、最低限の確認や保証は当然存在する。たとえ帯刀許可者であろうと、不測の事態を避けるために高岡先生は確認をしたのだろう。

 

「とはいえ、柄ノ島自体は非常に風光明媚な観光地です。繰島も同じように都会の騒がしさを忘れられるような場所だと良いですね」

 

「高岡先生は柄ノ島に行ったことがあるんですか?」

 

「去年の慰安旅行が柄ノ島だったのです。瀬戸内海にあるため、蒸し暑いかと思いましたが、高い建物がなく、海風が通る地形なため心地の良い場所でした」

 

「なるほど……」

 

「ですので、沖田さんが合宿先に柄ノ島から向かう繰島を提示して来たときは少し不可解に思いました。そんな環境があるならば、柄ノ島だけではなく、繰島も話題になっているはずなので」

 

 たしかに、柄ノ島が観光地として有名ならば繰島も活用されているはずだ。観光地にもいくつか種類があり、人工物を目的とした観光地ならば柄ノ島だけが注目されるのも分かるが、柄ノ島は自然や海洋生物の観察に湧いている場所だ。宿泊施設や、それに伴ったキャンプ体験を考えると開拓され、同様に話題になっていてもおかしくはない。

 

「帯刀許可者であるあなたたちに早々危険なことはないと思われますが、体調を崩したり、何か問題があれば直ぐに連絡をして下さい。

 私も本島から直ぐに向かいますので」

 

「分かりました。二人のことは責任を持って私が面倒を見ますので、お任せください!」

 

 ぽん、と豊かな膨らみを避けて胸を叩いた沖田さんに、苦笑いをしながら高岡先生は言う。

 

「正直、初年度からいきなり一週間の無人島合宿を申請してきた沖田さんが一番私的に注意して欲しいのですが……まあ、そこはお二人が上手く止めてくれると信用しましょう」

 

「ぇっ、どういうことですかそれはっ!

 沖田さんが一番の問題児みたいになってるじゃないですか!」

 

「剣城君。あなたは国巡りをしていたとき、野宿やキャンプをしていたと聞きましたが大丈夫ですか?」

 

「向こうにはロッジもあると聞きます。本格的な野営にはならないと思うので問題はないでしょう。それに、有毒生物の身分けは概ね付くつもりなので、変なものを食べようとしていればすぐに止めます……沖田さんを」

 

「――ちょっと!」

 

「私も一応山育ちだから、食べれるものとそうじゃないものくらいは区別できるよ?」

 

「む、武蔵さんまで……」

 

 いつの間にか味方のいなくなっていた沖田さんが、涙ぐましく俺と武蔵を見てくる。

 合宿はかまわないのだが、まさかの一週間とサプライズにするには如何せん長い期間だった些細な意趣返しだ。

 

「その様子だと問題はなさそうですね――――おや、海が見えてきました」

 

「おおっ、おお! 遂にここから私たちの無人島合宿が始まるんですね! くぅ〜、青春ですよっ!」

 

 テンションの上がった沖田さんはダッシュボードに手を当てて身を乗り出している。

 

「危ないぞ」

 

 襟を軽く掴んで元に戻す。

 高岡先生の言う通り、一番見ておかなければならないのは沖田さんかもしれない。

 有料道路を抜けると新都の中を進み、途中、人気の多い中華街を通り過ぎる。新都のシンボルたるや赤いハーバータワーが姿を見せているフェリーや貨物船が出入りする、ここ——ポートランド周辺は瀬戸内海の中心的な港湾だ。

 

「……」

 

 張りが生まれているのは俺も同じで、少し浮ついてしまう。視界に映る海は想像以上に輝しく見えた。

 

 

 

 

 




 
 
 
 今話しは少し短めですが、次話からはまた元の文字数に戻ります。
 


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三十二刀目!

 

「気持ち良い~――!」

 

 俺と沖田さん、武蔵の三人は高岡先生に無事港まで送られ、暖かい瀬戸内海を進むフェリーに乗っていた。

 

「っうぇ、何か口に入った!?」

 

 と、慌てて大きく開けていた口を閉じたのは武蔵である。

 季節は夏ということもあり、また瀬戸内海という温暖な地域と影の少ない海上であったためもっと熱くなると思ったがフェリーの速度は思いのほか早く、向かい風が身体を上手く冷やしてくれていた。

 今の武蔵の声も風切り音とエンジン音が隠してくれている……と願うばかりだ。

 

「柄ノ島にはどれくらいで到着するんだ?」

 

 その様子を並んで見ていた沖田さんに尋ねる。

 

「ちょっとお持ちください。鞄にパンフレットを……」

 

 確認してくれている沖田さんを尻目に、風に煽られて少し音を上げる腰に提げた二本の刀に手を添えた。俺は武蔵のように片方に提げているわけではなく、両腰に提げているためマシなのだが、無意識に気になってしまう。

 

「時間は――だいたい一時間半程度ですね。お、事前情報であったようにイルカが見れるかもしれないですよ!」

 

 横から俺が見やすいようにパンフレットを寄せてくれた沖田さんは、恐らくフェリーの上から撮影したであろうイルカの写真を指差しながらそう言った。

 ……女の子の匂いは潮の匂いにも負けないんだな。げふん。

 切り替え、俺たちが行く先の島について考える。

 高岡先生によれば、今回俺たちが滞在する操島(くるしま)の近くにある柄ノ島は有名な観光地となっており、一日に何本もこうしてフェリーが行き交っているという。そのため、自治体として収益を求めるには普通、柄ノ島だけではなく、繰島も開拓・開発をして観光地として活用するのが当然だ。しかし、それにも関わらず繰島は何年も放置され、住人もおらず無人島と化しているという。金の生る木があるにも関わらず、その実を採取しないのは何か事情があると言ったところだ。仮に民間信仰などで聖地となり、地域住民に大切にされているのならば俺たちの入島を許可することはない。また、単純に資本的な問題であっても、観光地の開拓は基本的にマイナスから始まると聞くので――合宿に行くと母親に話したときに聞いた――、柄ノ島が繁盛しているという事実がある手前金銭的な事情があるとは考え辛い。

 つまり、他に事情があるということだ。

 ちなみに、先ほど沖田さんに聞くと――。

 

『な、ななななな何もないですよ!』

 

 と言っていたので、確実何かある。

 むしろない方がおかしい。

 気にはするが、本当に危険なことならば沖田さんも伝えてくるはずなので大丈夫だろう。正直、この二人と一緒ならば無人島の危険など、それこそ実は島が休火山で合宿最終日に噴火、マグマから逃げるために命からがら脱出というセンター・オブ・ジ・アイランドルートくらいだ。あとは、有毒生物が多いと言った生物的理由か……それも理由を知るであろう沖田さんが問題ないと判断したのならば、大して問題ない。まあ、俺の場合は師匠から修行と称して毒虫を食わされてある程度の耐性があるのだが。

 

「よくデステニィー映画とかで主人公がイルカに乗るシーンとかがありますが、イルカの耐荷重でどれくらいなんですかね?」

 

「イルカに乗るか……」

 

「――む、オヤジギャグですか?」

 

「――違う」

 

 本当に自然に出ただけである。

 

「小さい頃に水族館へ行ったときにイルカショーを見たことがあるんだが、女性の飼育員が跨っても問題なく泳いでいたな。あの様子だと成人男性が乗っても問題ないような気もするが……」

 

「なるほど。つまり私が乗っても問題ないということですね」

 

「まあ、そうなるか……」

 

 馬ならぬ、イルカに乗って刀を振るう沖田さんが脳裏に浮かぶ。袴代わりの水着だ。

 

「……」

 

「……どうしました?」

 

「いや――」

 

 水着姿を思い浮かべて、球技大会の日に見た二人の艶姿など思い出していない。落ち着け、煩悩退散! ただの想像だけで逸るなど畜生も同然、信頼してくれている二人に失礼だ。 せめて水着を拝んだときに……っく、煩悩退散煩悩退散。

 

「……ふぅ」

 

 一呼吸する。

 

「大丈夫ですか?」

 

「ああ。久しぶりに船に乗ったからか、酔ったかもしれない」

 

「それは大変です。中に行きますか?」

 

「いや、外にいたほうが気分転換になる。それにイルカを見逃したら勿体ないからな」

 

「っは、そうですね! 私たちも早く見つけられるよう、武蔵さんのところに行きましょう!」

 

 武蔵のほうを見ると、俺たちが話している間に今度は某沈没映画のように腕を広げて風を受けている。簪が飛んでいかないか心配だ。

 

 

 

 

 

一、

 

 

 

 

 

 ――――『ようこそ“柄ノ島”、自然とイルカの島!』

 

 

 

 

 

 夏の太陽が海を照らし、雄大な入道雲が見下ろしていた。青空はいつも見ていたものより大きく感じられ、どことなく神秘的な(おそ)れすら醸し出している。それは瀬戸内海という、大地ではなく海上に佇む島という環境も作用しているのだろう。

 空気が一入美味しい気がする。

 星詠学園、俺の家の周辺も若者が遊ぶには少し不便なくらいの自然が残っているが、それでも段違いだ。潮風ではあるが、カラッとした陽差しが煩わしさを運ばないでいた。

 

「星詠学園一行の方ですか?」

 

 フェリーを降り、俺たちは近くにあった自動販売機で喉を潤していた。沖田さんによれば、三十分ほどで案内人が来るとのことだったのだが、それよりも早く妙齢の女性が声を掛けてきた。

 

「はい。星詠学園剣術部の沖田です」

 

「剣城です」

 

「宮本です」

 

「本日、操島までの案内をさせていただきます坂下(さかした)と申します。よろしくお願いします」

 

 風貌は純日本人、髪色も黒。小麦色の肌には少しの小皺が見え、朗らかそうな印象を抱いた。立ち姿から特に武道を嗜んでいるということもないのだろう。ただ、力仕事があるのか四肢に一般成人女性より筋肉が付いているように窺えた。

 

「剣術部の皆様は今回、初日から繰島へ渡るということなので、このまま船の方へご案内させていただきますね。体調は大丈夫ですか?」

 

「はい。私は……お二人はどうですか?」

 

「大丈夫だよ」

 

「ああ、俺も問題ない」

 

「わかりました。では西側の港へ移動しますので、こちらへどうぞ」

 

 どうやら少し歩くようだ。

 何となく西の方角へ目を向けるが、ちょうど尾根が邪魔をして見えないでいる。今いる港から西側の港は真っすぐ、その山を抜けるようにしてトンネルが繋がっており、車でも行き来が可能なようだった。

 

「海外の人も結構多いんだね」

 

「そうだな。土産屋も外国語が書かれて、思ったより整備されている」

 

「――こら、剣心くん失礼ですよ」

 

「む、すみません」

 

「いえいえ。実際にこの島に来られた方の多くはそのような反応をされるので、慣れたものです。それに、そういった観光客の驚きを見るのも案内を任されている側からすれば、楽しいですから」

 

「やはりドルフィンウォッチングが人気なのですか?」

 

「はい。毎日100人以上の方がイルカを目的に来島されます。多い時期ですと、午後は島中の船を回すこともありますね」

 

「へぇ……そうなると漁業などに支障が出るのでは?」

 

「この近辺は海流の関係で午前が一番漁獲量が多くなるんです。なので、毎日午前に漁に出ることが出来れば十分なんですよ。ただ、数日天気が荒れるときの船数は半分ほどに減らしていますが」

 

 なるほど。島の暮らしというものは商売で成り立っているというよりは物々交換のような、完全ではないものの多くは自給自足で賄っている部分があるのか。

 国巡りをしている頃、俺もいくつかの有人島に行ったことはあるが、師匠は島民に目もくれることなく俺を山中や海岸沿いの洞穴に連れ行き修行に明け暮れさせた。そのため、実際に詳しい生活は知らなかったのだ。ただ、出島する際などは勝手に世話になった礼とでも言うのか、ご当地食堂で食べ修めをしていたので本島ではあまり食べられていない珍味などは分かる。特に海鮮系は頭まで使ったものが印象的だ。

 

「そういえば沖田、無人島でのご飯はどうするの?」

 

 武蔵が聞いた。

 

「それはもちろん採取や狩猟と選り取り見取りですよ!」

 

「操島は海岸沿いを除き、内地はもう数十年以上も人の手が入っておりません。時折停泊する組合の方によれば、野生のヤギもいたとのことです。特に狩猟規制もかっておりませんので島内の食べられるものは自由にしてくださって大丈夫ですよ」

 

 組合とは漁業組合――つまり漁師のことだろう。

 

「海岸から見える位置に元々観光用に建てたロッジがございますので、寝泊まりはそちらをどうぞ。さすがにこの時期のキャンプは蚊も鬱陶しいので」

 

 ロッジがあることは沖田さんから事前に聞かされていた。

 

「もしよろしければ、毎朝食料をお届けすることも可能ですが……どういたしましょう?」

 

「ありがとうございます。ですが、大丈夫です。一週間くらいですと、素潜りで魚だけ食べてても私たちは問題ないですし。本当に何かあれば最悪泳いで柄ノ島まで戻ってくるので」

 

「あ、はは……さすが帯刀許可を持った方々……身体の強さが違うんですね」

 

 坂下さんは眼をしばたせながら空笑いを浮かべたものの、最後は感心したようにそう言った。

 

「獣の血抜きも含め、解体は出来る。ただ、調理こそは男飯になるから二人に任せても良いか?」

 

「簡単なものだったら出来るから、任された」

 

「私も天然理心流料理術をお見舞いしますよ~」

 

 何だそれは。ともかく、まともな食事が出来るようで良かった。野性味溢れた味付けも嫌いではないが、せっかくなので二人の手料理が食べたかったのは内緒である。

 

「一般家電製品と生活用品はございますのでご活用ください。調味料もジビエに合うようなものを各種揃えてますよ」

 

 至れり尽くせりとはこのことだろう。

 だが――と思案する。

 無人島であるにも関わらず、観光用ロッジがあるのは柄ノ島と同じように開拓しようとした名残だろう。もしくは、地元民用の娯楽施設の可能性もある。家電製品があるということは電気が通っているのか……?

 

「電気があるんですか?」

 

「風力と太陽光の小さな自家発電があるんですよ。最近の自家発電は海風に強いものも多いようで、柄ノ島でも活用できないかと先にそちらへ取り付けられたみたいです」

 

 ますます不可解、謎は深まるばかりだ。ロッジまで建てたにも関わらず島の内地には数十年も誰も足を踏み入れていないという。これまでの話し方から、地元民は海岸沿いまでは停泊などの用事で滞在するものの、それから先には進むことがない。進めない何かがあるということだ。

 そう考えると、今回帯刀許可者(俺たち)が来たことに理由があるのだろうか?

 

「……」

 

 ――まぁ、考えても仕方ない。割り切るとしよう。

 此度は魅力的な二人との無人島合宿なのだ。出会い頭は慣れたもの、斬った張ったはそれも風情。何かあれば、その時に対処すれば良いだろう。

 

「お、港っぽいものが見えてきました。あそこですか?」

 

「はい。青色の旗が靡いている船が今回操島へ渡船するものです」

 

 大漁旗ではなく、ただ観光用の船も含めて分かりやすく掲げているだけなようだ。

 

「船主は私の旦那ですが、よく繰島に停泊することもあるのですぐに着きますよ」

 

 港には地元民か、釣り人も並んでいた。何人かは俺たちの姿に気付き、さらに腰の刀に視線を移した。

 気にすることなく、俺たちが乗る船の奥を見る。

 柄ノ島から西に数キロの情報は正しかったようでようやく繰島と思わしき島が地平線との間に存在していた。大きさも木々の種類もそれほど柄ノ島と変わりない。

 

「初めての合宿ですから、張り切っていきましょう!」

 

「おー!」

 

「ああ」

 

 掛け声を一つ、俺たちは船へ乗り込んだ。

 

 

 

 

 

二、

 

 

 

 

 

 鬱蒼とした樹々の隙間、無人となった島で育った猪が家族を引き連れて歩いていた。食べる物を探すべく、鼻先を忙しなく動かしては地中にいる虫を探り当てる。爪先で堀り、一匹のミミズを口に運ぼうとしたときに蹄が何かを踏んだ。

 

――? ……。

 

 硬く、まるで木の根のような感触。

 森の中で生きる彼らにとって気にするほどのことではない。引き続き土を掘ろうと足を動かすが――猪の身体が揺れた。

 

――!?

 

……ッ!

 

 濡れた土を盛り上げながら何かが立ち上がる。

 それに反応したのはミミズを食べていた猪以外で、力を入れて威嚇の鳴き声をあげた。

 

『…………』

 

 一番大きな、群れを引き連れていた猪の視界が裂くように広がっていく。身体の中心から重たい血が流れ、生臭い匂いをあたりに散らす。

 残りの猪は本能的に自分たちを害すものがいると判断し、身を翻し森の奥に逃げて行った。

 

『…………』

 

 血だまりを歩く何かは、未だ正常に動かない関節を無理やり稼働させて足を一歩踏み出した。誘われるように歩き進め、地殻変動の折に生まれた川へ辿り着く。そのまま止まることなく、川底へ身を横たわらせた。

 

『…………』

 

 何かは沈黙する。

 己の作られた意味を成すべく。

 来るべき日に備え、心臓(・・)を停止させた。

 

 

 

 



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三十三刀目!

 
 柄ノ島と繰島の簡単な説明です。
 
 『柄ノ島』(えのしま)……瀬戸内海にある、観光地として栄えている有人島。
 『繰島』(くるしま)……今回、真剣術部が柄ノ島民の天然理心流門下に紹介されてやってきた無人島。無人島ではあるが、過去に人が住んでいた歴史があるため人工物がちらほらとある。外縁部は砂浜と海風で風化しつつある崖に囲まれており、中心部に行くにつれ森が鬱蒼としている。砂浜に小綺麗な木製ロッジがあり、時たまに漁師がやってきて宿泊することもあるため中は綺麗に保たれている。


 

 乾いた海風を背に、眺望するのは柄ノ島の半分ほどの大きさの――繰島。内地とでも言えば良いのか、鬱蒼と広がる森の直前に建てられた木造ロッジを除いてまさに自然。最低でも数十年以上は人の手が入っていないことが窺えた。海風に当たっても問題ない広葉樹はどこか分厚く、人間の侵入を拒んでいるかのように思えた。

 

「ヤギの糞だな……数からして五、六頭の群れがいるようだ」

 

 坂下さんとその旦那さんの漁船に乗って繰島に降りた俺たちはロッジへ荷物を置きに行くべく砂浜を歩いていた。

 

「おお、さっそく今晩のお夕飯の目途が」

 

「ヤギが繁殖できる生態系があるということは毒草も少なく、野草の割合が高いということだ。最悪肉が取れなくとも、野草と魚で十分な栄養が取れるだろう」

 

 ヤギは風下にいるとすぐに外敵の匂いを嗅ぎつけ、こちらが見つけるよりも先に離れてしまう。特に島のような地形だと全方向から海風が吹くので捕獲できるか微妙なところだ。

 

「ヤドカリもいるよ!」

 

 武蔵が指を差した方を見ると、有人島と比べて二回り大きなヤドカリが何匹かいた。真っ赤な色合いは食欲をそそられるかと言えば人それぞれだろうが、味は絶品と無人島の頼もしい食糧なのだ。

 

「荷物を置いてロッジの中を確認した後はすぐに食糧確保に動いたほうが良さそうですか?」

 

「ああ。日が暮れると探すのは難しいだろう」

 

 俺たちは一先ず今日の予定を簡単に立て、ようやくロッジに辿り着く。

 

「綺麗なロッジだね」

 

「正直、ちょっと漁師小屋みたいなものを想像していました」

 

 沖田さんは申し訳なさそうに言ったが、無人島と紹介されてこの島に来たのだからその想像は仕方ないことだろう。かくいう俺もロッジと言われつつも、もう少しざんばらな小屋を想像していたので、ここまで綺麗なロッジがあるとは思っていなかった。

 明るめの茶色はおそらく、チーク材だ。

 父親が一時期キャンプにハマっており、防水・防腐、それでいて防火も兼ね備えた丈夫な木材でキャンプテーブルなどをこれに揃えていたらしい。虫にも強いようで、金属製品に味気無さを感じるキャンパーには大人気なようだ。ちなみに、趣味が長続きするタイプではない父親のこれらの道具は今や置物と化しており、倉庫に眠っている。いつか真剣術部で活用する機会があれば引っ張り出しても良いだろう。

 テラスが併設された玄関扉を開ける。

 

「お邪魔します」

 

 沖田さん、武蔵、俺と続いて中に入る。

 石畳の玄関タイルは汚れ一つなく、廊下も綺麗に磨かれている。殆ど新居といっても過言はない。むしろ、新品特有のニスの香りすらしてくる始末だ。

 

「ちょっと砂浜歩いただけで靴の中砂だらけになっちゃった」

 

「足だけ洗ったほうが良いかもな。外に洗い場があったぞ」

 

「ですね。そうしましょう」

 

 玄関に荷物を置いて再び外に出る。テラスを回って端のほう、小学校の頃にあったプールサイドにあったものと似た洗い場があった。

 

「む、サンダルがいるな」

 

 俺がそう言うと、三度三人は荷物の場所に戻り、各々サンダルを手に靴を脱ぐ。制服着用とのことで、白色の学校用靴を履いてきたのは失敗だったかもしれない。

 

「――冷た!?」

 

 一瞬、飛び上がるように沖田さんが足を上げたため水が撥ねる。水滴が三人に掛かった。

 

「もう、何してんのさ沖田」

 

「す、すみませんっ、思ったより冷たくて……」

 

「たぶん、地下水を引いているからだろうな」

 

 二人はスカートなため問題ないが、俺はズボンの裾が濡れてしまった。ロッジに上がってからすぐに着替えて一応干しておいた方が良いだろう。

 

「大丈夫ですか? 剣心くん」

 

「気にするな。どうせこのあとすぐに着替えるだろう?」

 

「ええ。袴着……はむしろ、この森の中では歩き辛いですかね」

 

「鍛錬になると考えれば良いが、いつものように袴着は立ち合うときだけで良いんじゃないか?」

 

「ではそうしましょう。基本的にはラフな格好ということで」

 

 取り敢えず足を洗え終えると、三人は玄関に戻って足を拭う。タオルは玄関横に掛けられたものを使わせてもらった。家の中にあるものは基本的に自由使用して良いと言われている。

 ちなみに二人のおみ足は白く、触れば幸せな気持ちになれること間違いないと確信させるものだった。いや、確信した。見るだけ幸せなのだ。触れば気絶どころでは済まないかもしれない……。

 そんな馬鹿なことを考えていると、武蔵がロッジのリビングと思われる部屋に着き次第言った。

 

「――お部屋チェックの時間です!」

 

「わーい」

 

「おー」

 

 唐突なことには慣れているので、もはやこの反応である。

 

「もう、なにさ! 二人してそんな反応で!」

 

「お部屋もチェックも良いが、先に着替えないか?」

 

「たしかに」

 

 とはいえ、折角お部屋チェックをするのならば、あまりロッジ内を歩き回るのは避けた方が良いだろう。

 

「沖田さんと武蔵はここで着替えてくれ。俺は廊下で着替えてしまおう」

 

「おや、別に一緒に着替えても良いよ?」

 

「ですね、ですね」

 

「――そんなことするか」

 

 …………危っない、思わずズボン脱ぐところだった。

 本当に最近は二人してこういう揶揄いが多いので困る。部室でも隣に座られると妙に距離が近いのだ。妹に借りた漫画『ハラハラ☆がーるずらばーず』的に言えば順調に好感度を上げているのだろう。このままくんずほぐれつな――退散! 煩悩! 煩悩退散! ええい、馬鹿め!

 素早くリビングを抜け、廊下で着替える。

 濡れたズボンは裾が重ならない程度に畳むことにする。

 

「入って良いよ~」

 

 扉の向こうから武蔵の声が聞こえたので入室する。

 

「……」

 

 思わず息を呑む。

 二人に悟らせてはいない。 

 妹曰く、鉄面皮なんて今時流行らないと言われたが、今この時それで良かったと強く思った。

 

「では、お部屋チェックと行こうか」

 

 動揺を隠すように俺から切り出してしまった。

 武蔵が元気に「うん!」と返事をすると、その頷きに合わせるように絶対歳不相応と叫びたい巨峰が揺れた。橙色に近いノースリーブのシャツは薄く、先ほどの俺のズボンと同じように濡れれば簡単に透けるだろう。黒い半ズボンは武蔵の肉厚な太ももをさらに強調させることになり、もはや直視出来ないのだ。これはもうやばい。

 

「このロッジは二階建てなので、部屋の数も結構多そうですね?」

 

 その隣にいる沖田さんも半袖半ズボンという、普段の制服や新都に遊びに行くときの楚々とした格好と比べてどこか柔らかい感じを受けた。武蔵に決して劣らぬ例のアレはあえて大きめのシャツを選んだのか目立たない――と、思うだろう? 目立つんだよなぁこれが。灰色の半ズボンはひざ下から見えた白い肌を際立たせていた。

 俺は白のドライTシャツに黒い半ズボンというどこにでもいる格好だ。どうでも良い。

 

「じゃ、レッツーゴー!」

 

 武蔵に続くようにロッジ内を回る。

 今は太陽の陽が差し込み、必要ないがこのロッジ内の明かりは風呂場と洗面所を除きすべて暖色灯だ。木の色に合わせた配色は心地良く、都会の喧騒をすぐに忘れることが出来るだろう。電灯を小さくすることも出来るようで、DVD映画でも持ち込めば夜も楽しめる。こんな機能的なロッジが殆ど放置されているのだから、不思議なものだ。

 

「どうやら二階に寝室などがあるようですね」

 

 階段を上がるといくつかの扉が見え、そこに部屋があると理解出来る。さらに廊下の一番奥は天井裏に続いているのか梯子が立てかけられいてた。

 手前の部屋は畳敷になっており、鴨居も付けられたしっかりとした作りだ。襖を開けると布団がある。敷布団用の部屋なのだろう。畳は青い。

 二つ目の部屋は談話室のようで中心にテーブルがあった。一階の居間にも木製長テーブルがあったがここも同じような一回り小さな種類だ。ここは下の荷物に置いている荷物置き場にしても良いかもしれない。

 

「お、ベッドだ」

 

「ここが寝室のようですね」

 

 二〇畳ほどの寝室には四つのベッドがあり、入って扉のすぐ隣、その向こう、扉と対面するようにある窓際に二つといった配置だった。遮光カーテンは日差しの良い立地に合わせたもので、無ければ朝陽とともにどれだけ眠たくとも強制起床となるだろう。

 ホテルのようなベッドは跳び込めば、それはそれは気持ち良いよさそうだが――。

 

「――私ここ!」

 

 と、高校生になってそんなこと出来ないと考えていると真っ先に武蔵が飛び込んでいった。勢いよく寝転がった武蔵を中心に布団が波打つように盛り上がる。

 

「では、早い者勝ちで私はここということで」

 

 二人は窓際を取ったようだ。

 

「剣心くんはどちらにしますか?」

 

 残念だったな沖田さん。日に二度、二人のおみ足とラフな格好を乗り越えた俺に死角はない。

 

「さすがに女子二人と同じ部屋はまずいだろう。俺は敷布団のあった和室で寝るよ」

 

「そうですか? 剣心くんならそんな間違いはないと思いますが……」

 

 既に先ほどズボンを脱ごうとしていた俺に掛ける言葉ではない。むろん、沖田さんは分からないだろうが。

 

「俺が気にするから遠慮しておこう。二人を意識して朝まで寝付けなくなったら、昼の鍛錬にも参加出来なくなるからな」

 

 寝息とか聞こえたら悶々としてしまうに決まっているだろう、まったく。

それに朝起きて部屋内に二人の甘い匂いが充満しているに違いないので、そんなものを吸えば俺は死んでしまうだろう。人は酸素を必要以上の濃度分の中で呼吸すると酸素中毒で死ぬ。その理論と同じだ。これは科学的に照明されているのだ――後者はともかく、前者はされていない――。

 

「鍛錬に支障が出るなら仕方ないね。夜の語らいをしようと思ったのに」

 

「将来のことでも語るのか?」

 

「参加しない剣心には内緒でーす」

 

 しーっと、人差し指を立てて武蔵が言った。

 

「――よし」

 

 空気を切り替えるように沖田さんが柏手を打つと、自然と俺と武蔵はそちらに視線を移す。

 

「一先ず部屋割りも決まりましたし、食糧調達の方へ参りましょう。下には釣り竿もあったので、森に行く担当と釣り担当で分けたいと思うのですが」

 

「たぶん私より剣心のほうが毒草の見分けが付くだろうから、森担当が良いんじゃない?」

 

「ですね。森担当は迷子の可能性もあるので二人にするとして、釣り担当は……」

 

「私がしようかな。これでも一メートル超えの青物を釣ったこともあるんだよ」

 

 魚で一メートル……いつか食べたイトウさんを思い出す。しかし、武蔵に釣りの才能があったとは。

 

「釣りは小さい頃からお父さんとやっててね。心意と向き合うにはちょうど良いから」

 

「なるほどな」

 

 ただ、一メートル超えの青物を釣れば心意に向き合うも何も吹き飛びそうだが。

 

「森担当は私と剣心くん、釣り担当は武蔵さんということで。武蔵さんが一人になってしまいますが、どうか気を付けてお願いします。何かあれば……スマホは繋がりますか?」

 

 

 確認すると、僅かにだが電波はある。連絡くらいならば問題ないだろう。

 

「任された。大物釣ってくるから、そっちも美味しい森の幸をお願いね」

 

「はい、任せてください」

 

 獣は獲れなくとも、せめて食べられるキノコ類があれば良いのだが……香草が一枚あると武蔵が釣った魚もより美味しく味わえるだろう。

 

「現在の時刻が十三時過ぎなので、いったん十八時には集合しましょう」

 

 真剣術部、合宿一日目――食糧を求めた島の散策が始まるのであった。

 

 

 

 



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三十四刀目!


 連続投稿でございます。
 


「意外と道は整っていますね」

 

「ああ。たしか、元々繰島にも人が住んでいたんだったな?」

 

 おそらく、この島の中心に向かって伸びているであろう道のようなものもその名残だろう。足の感触からただ樹々を切り開いただけではなく、掘り返して砂利でも入れているのか草木は殆どない。人間の使わなくなった道はそのまま獣たちの道として活用されるので、ヤギや野ウサギの移動ついでに食べられてるのかもしれない。

 

「第三次世界大戦時中までは住んでいたようですよ」

 

 俺と沖田さんは釣り竿を掲げた武蔵を見送ったあと、二人で森へと入っていた。右手にはビニール袋を持ち、中には野草を入れる予定である。一応、獲物を縛るための縄はロッジから持ってきているが、果たして使うことになるのか。

 刀は置いてきており、代わりにマチェットを提げていた。

 獲物を狩る際、虎やライオンでなければ俺も沖田さんも十分素手で対処可能だ。罠を仕掛けなくとも、森の中での気配察知は国巡り時代、師匠に嫌と言うほどやらされたのである意味お手の物だろう。場所さえ沖田さんに伝えれば健脚を生かして回り込んでくれるはずだ。

 

「――あ」

 

 と、いざという時のことを考えていると素晴らしいものが目に入る。

 

「どうしました?」

 

 声を漏らした俺に沖田さんも止まってこちらを見てくる。

 

「こっちに来てみると良い」

 

 小首を傾げながら近づいてくる沖田さんに手招きをして、俺が立っていた場所にいてもらう。

 どうやら、まだ気が付かないようだ。

 背後に立ち、見易いように指を差す。

 

「あそこに美味しいものがあるぞ」

 

「ん? 一体どこに……」

 

「あそこの木に生えたキノコじゃないぞ。二股に分かれた、細い木の根元あたりを見ると」

 

「細い木、ですか? 細い木、根元…………あ! あれはまさか!」

 

「ああ――筍だな」

 

「やりましたね、剣心くん! 大収穫ですよ!」

 

 微妙に時期はずれているが、筍は煮ても焼いても美味しいので夕飯の大皿に乗せることが出来るだろう。山菜、魚と煮込み料理をしても良い。

 

「早く取りに行きましょう!」

 

 差していた指ごと沖田さんの手のひらに握られて筍に走り寄って行く。刀を振るっているとは思えないほどの柔らかさだ。あー、役得。

 

「筍の掘り方は知っているか?」

 

「ふふん、任せてくださいよ。これでも私、天然理心流の門下生の中でも筍を掘るのは達人級なんですよ」

 

 ならばと、ポケットに詰めていた軍手を沖田さんに渡す。これもロッジに置いてあったものだ。

 

「見ていてくださいよ」

 

 そう言っては沖田さんはしゃがみ込み、軍手をする。少し大きいようだが掘るくらいなら問題ないだろう。僅かに水分を含んだ土は栄養価が高いのか黒く、沖田さんの指でも簡単に掘り返された。本当はクワやスコップで筍を傷付けないように掘って、根っこが見えてきた時点で一気に掘り返すのだが素手でもいけるだろうか?

 

「むむ、中々下に長い筍ですよ」

 

「手伝おうか?」

 

「いえ、まだ私とこの子の戦いは終わっていません。ここからが必殺技の使い時……!」

 

 既に二十センチ近くは掘っている。それでも赤色の部分は見えていないので、中々強情な筍だ。

 

「ふんぬっ、ふんぬっ!」

 

 それから五センチほど掘るとようやく根っこが見えてきた。しかし、よく考えると反対方向も同じように穴を掘らなければならないのではないだろうか? 上から無理やり抜いてしまうと確実に折れてしまう。

 

「マチェットは使えるか……」

 

「取り敢えず掘りましたがどうやって抜くのか失念していました」

 

 それでもちょっとドヤ顔なのは何故だろう。眩しい達成感はやめてもらえないだろうか。どうやって抜くか考えるも反対方向は木の根になっているため、同じように掘ることは不可能だ。植物の根は人間が思っているより深く、強固なもの。時にコンクリートすら突き破ってくる強靭な生命力はさすが太古の生存競争を生き抜いてきただけあると感嘆するばかりである。

 

「よし、交代だ」

 

「どうするんですか?」

 

 沖田さんから軍手を貰う。

 

「こちらから裏側へ手を回して、折れないように抜いてしまおう。土が柔らかいから恐らくいけるはずだ」

 

「よし、ではその作戦で行きましょう! ……と、手持無沙汰なのも申し訳ないので、私は周辺の散策をしてきますね」

 

「ああ、頼んだ。俺も無事採れたらそちらに向かう」

 

 

 

 

 

一、

 

 

 

 

 

「――よし」

 

 立派な、少し熟し過ぎもするが筍が採れた俺は自然とそんな言葉を口にしていた。

 

「とりあえずこれがあれば見栄えは完璧だな」

 

 武蔵が釣ってくるであろう魚幾匹かと、沖田さんが今探している山菜。もしくはこれから見つける山菜も合わせれば立派な食事が出来る。白身魚があれば簡単に作ることの出来る山菜蒸しなども良いだろう。

 一先ず、別れた沖田さんを探さなければならない。

 何となく気配は捉えているのですぐに見つかるはずだ。

 

「ふむ……」

 

 それにしても、この島はどうやら結構人の手が入っているようだ。戦前は人が住んでいたこともあり、その名残なのだろうが家屋の基礎跡などが散見される。最も、それも殆ど自然に覆われ一年も経てば見えなくなるだろうといったところ。人工物が自然物に還る霊妙な雰囲気に踏み入ってはいけないような感覚に襲われた。

 師匠と国巡りをしていた頃、自然――という人の感覚で語れぬモノについて多く学んだ。それは山奥に放置されたり、谷から落とされたり、飛騨山脈に潜むとんでもない大きな化け狒々と戦わされたりと色々理由はあるのだが、本当に怖いものは理解の出来ぬ漠然としたものだという考えを植え付けるためだったと帯刀許可証を貰った日に聞いた。

 自然の掟を侵すほど、怖いものはない――。

 そして、その自然が今、この島では意志を持って覆おうとしているのだ……とはいえ、別にそこまで意識することはない。要するに無駄に枝を折ったり、汚すな、ということだ。この島も開発候補地と言っていたのでそのうち自然と人の共存する場所になるのだろう。

 そんなことを考えながら足を進め、沖田さんの気配が近くなっていく。

 

「沖田さん」

 

 主道とも言えるのか、この森に入った道の脇にしゃがみ込んで何やら唸っている。

 

「うーん……あ、剣心くん」

 

「無事に筍は採れたぞ。何かあったのか?」

 

「いえ、実は……」

 

 沖田さんの視線の先、即ち地面なのだがそこを見ているようだ。

 

「山菜を探しているとこんなものがありまして」

 

 溝があった。

 ただの溝である。

 しかし、違和感を持つ溝だ。

 主道を横切るように真っすぐ引かれた溝は何かの印のように奥から奥へと続いている。深さは人差し指の第一関節に届くほどで、偶然風に吹かれて出来たとは思えない。ただ、人間によるものだとしてもただの道端にこんなことをして何の意味があるのか。

 

「一体何の跡だと思いますか?」

 

 可愛らしく上目遣いで問うて来る沖田さんに口を開く。

 

「動物だ。それも体重のある、猪の群れがここの道を頻繁に行き交いしているのだろう」

 

「猪ですか? こんな風になるんですか?」

 

「特に猪の歩く道はこうなることが多い。この道のように開けた場所を猪が歩く場合、警戒も兼ねて同じ道を歩くんだ。群れの猪は先頭のボスを追ってまったく同じ線を辿る」

 

「だんだん地面が削られてこうなる、と」

 

「まさに獣道だな」

 

「へぇー、少し博識になりました」

 

 沖田さんはここからここ、といった風に指を伸ばして線をなぞっている。

 

「む――」

 

 そんな姿を眺めつつ、俺はあることに気付いた。

 

「沖田さん。少し待っていてくれ」

 

「ここでですか?」

 

「ああ。すぐに戻ってくる」

 

 俺の捉えた匂いが確かなら確実にあるはずだ。

 沖田さんには少し待ってもらい、その溝へ沿って森に入る。先は二メートルに満たない急斜面になっており、落ち葉で滑る可能性もあるため飛び降りるようにして跨ぐ。枯れ枝などを踏み鳴らして進むとすぐに目的地が見えてきた。

 

「この広さと深さなら泳げそうだ。水も……問題ない」

 

 樹々の天井に囲まれながらも中心は陽の光が差し込んだ十メートル四方の沢は魚の影が見える。岩場は苔が生えた部分とそうではない部分があり、休憩場としても活用できるだろう。海で泳ぐのも良いが、山があるならこうした場所でのんびりと浮かぶのも気持ち良いものだ。

 手拭を浸して顔を洗いたくなったが、すぐに戻ると言った手前沖田さんの下へ向かう。

 

「沖田さん。良いものを見つけたぞ」

 

「もしや二本目の筍――いや、まさかマツタケ!」

 

「違う違う。そこまで上等なものではない」

 

「剣心くんの言う良いものですから、期待しちゃいますよ」

 

 そんなことを言いながら二人で沢を目指す。途中、先ほどの急斜面を通るため俺は先に降りて沖田さんに手を差し出す。

 

「ありがとうございます――えいっ」

 

「――?」

 

 本来ならば別に手を出さなくとも大丈夫な場面だ。沖田さんは特に脚力に優れ、このくらいの高さから無遠慮に飛び降りても何ともないバネを持つ。それでも俺が手を出したのはある意味紳士としてのマナー。「大丈夫です」と返されるか、手を取って着地を手伝うかの二択だ。

 しかし、ここでまさかの三択目が沖田さんによって執行された。

 着地まで二秒間、僅かな刹那に俺の思考は加速している。

 風に揺れる桃色の髪。空気抵抗によって肌に張り付いたシャツが沖田さんの胸を強調させる。僅かに捲れ上がった裾から白い肌が覗いた。

 

「ほっ――と」

 

 形容し難き感触だった。

 言葉には出来ない。しかし答えは今、腕の中にある。帯刀許可者として無駄に鍛えられた認識能力が沖田さんのソレがどうなっているのか容易に想像させた。思わず驚いて差し出していた片腕で強く抱いてしまったのも仕方ないだろう。筍を持っている左手が自由でなかったら両腕でもっととんでもないことになっていたに違いない。

 

「まさか飛び込んでくるとは思わなかった」

 

「あれ、違いました……?」

 

「手を貸すだけのつもりだったな」

 

「えへへ、頼り過ぎちゃいました」

 

「いや、かまわない」

 

「はい。ありがとうございます」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「……あの」

 

「どうした?」

 

「そろそろ離していただけると……さすがに恥ずかしくなってきたと言いますか……何と言いますか……」

 

「む、すまない。髪に付いた蜘蛛の巣を取ろうかどうか迷っていた」

 

「うぇっ!? 本当ですか! もうっ、早く言ってくださいよぉ。取ってください。お願いしますっ」

 

 「ん」と沖田さんは目を瞑る。

 何だこの状況は……! 誰にも邪魔をされない沢の畔に年頃の男女が二人きり。ましてや沖田さんは俺の腕の中にいる。咄嗟に嘘を吐いてしまったことによって何とか誤魔化せたが、煩悩に支配された俺はもう沖田さんが唇を突き出しているようにしか見えない。今すぐ頭を岩に打ち付けたいが、まずはこの状況を打破するのが先決。いつもより近くの沖田さんをまだまだ堪能したい気もあるが、これ以上は度が過ぎる。

 空也天也宙也――心を落ち着け、優しく沖田さんの髪を払う。時折摘まむような動作も入れ、蜘蛛の巣が無くなったことを告げた。

 

「やはり森の中は油断なりませんね。虫は嫌いではないのですが、身体に付くのはどうしても」

 

 柔らかい感触を失って少し悲しい気がした。

 

「それで、剣心くんの良いものとは――」

 

「すぐに着くぞ」

 

 ひと悶着あったが、無事に沢を沖田さんに見せることが出来た。その風景に沖田さんは顔を綻ばせ、水着は持って行っていなかったが軽く足を入れて二人で遊んでいったのは武蔵に内緒である。まあ、はしゃぎすぎて裾が濡れた沖田さんのズボンで簡単にばれるのだが。

 

 



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三十五刀目!


 一分後に投稿設定したつもりが、2022年になってました。


 

 ロッジへ戻ると、外のテラスで涼んでいる武蔵がいた。

 

「――あ、おかえり」

 

「ただいま」

 

「ただいま戻りましたよー」

 

 予定の集合時刻は十八時だったが、それよりも二時間早く帰って来た。日没まではあと三時間はあるはずだ。武蔵も同じようで、浜をのんびりと眺めていた様子から収穫も十分だったのだろう。

 

「む、まさかそれは筍さん」

 

「偶然剣心くんが見つけまして、採ってきましたよ」

 

「早めに水に漬けてあく抜きをしておこう。この大きさだと一時間以上は浸していないといけないだろうな」

 

「武蔵さんはどうでした?」

 

「リビングへどうぞ」

 

 にやりと笑いながら武蔵が言った。

 

 

 

 

 

一、

 

 

 

 

 

「おおー!」

 

 リビング――テーブルの上、備え付け用品である大鍋の中に入った多種多様な海産物を見て沖田さんは声を上げた。

 

「凄いな。釣りに自信があるとは言ったものの……」

 

「でしょう? 心頭滅却すれば魚も寄ってくる! 海になることで、魚は釣られたことも気付かないのです」

 

 言っていることはいまいち意味わからないが、この成果は素直に驚嘆する。釣っても二、三種類になると思っていたので、五種類以上の魚が並んでいるのは見るだけでも楽しいものだ。また、魚だけではなく貝や海藻もあった。

 

「海藻はどうやって取ったんだ?」

 

「思ったより早く魚が釣れたから、浅瀬で生えてたものを集めたの。味噌はあるみたいだからお味噌汁も飲めるよ」

 

 山菜に豊富な海産物、米は用意されていたものを使えば十分な食事を作ることが可能だ。飢えるつもりはまったく無かったが、ここまで旬の採れたてを食べられるとなれば快適な合宿を送れそうだ。

 武蔵の成果に舌を巻きつつも、こちらも山菜成果を見せる。

 

「――ヤマモモだ!」

 

「知っていたか。これはこのまま食べても美味しいぞ」

 

「これも筍?」

 

「チシママザサだな。日本海側でよく見られるんだが、恐らく過去の島民が持ち込んだものが運良く根付いたんだろう」

 

 小さく、細長いスイートコーンのような山菜だ。採れたてを生で齧ってもあっさりとしており、塩を一つまみするとさらに美味しい。

 

「今日はある程度の散策も出来ましたのでもう夕食の準備を始めちゃいますか? 夜は少しお話したいこともありますし……」

 

 沖田さんの言うお話――それはこの島に来る以前より感じていた違和感。なぜこの島が開拓されずに放置されているか、といったものだろう。武蔵も何となく察していたのか特に構うことなく了承すると大鍋をキッチンの方へ持って行った。

 

「あれ……」

 

 軽快な足取りは数歩で止まる。小首を傾げながら武蔵が呟いた。

 

「……タコが消えた」

 

「――探せっ」

 

「――もっと早く気付いてくださいよ!」

 

 

 

 

 

二、

 

 

 

 

 

 さて――本来ならば、島への行き道で初日から遊ぼうと話していたのだが、勝手知らずや人の家で色々作業に手間取りそうだったので明日から鍛錬と遊びを平行して行うことにした。初日でこのロッジの使い方を把握していたほうが残り四日も過ごしやすいだろうということだ。

 地平線では夕日が落ちようとし、東からは夜のとばりが迫ってきている。

 温泉でも湧いていないかと期待したが、地下水から引いた風呂を堪能した俺は未だ若干濡れている髪にタオルを掛けながらリビングに入った。沖田さんと武蔵は先に入っており、自分が最後である。

 

「タコは無事締めることが出来たか?」

 

「あ、剣心くん。ちゃんと出来ましたよ」

 

 先に夕食の準備を進めておくことは聞かされていたため、まな板の上で白くなったタコにはさほどの反応もせず近づく。広げた両手よりも大きく、脚の太い立派な身体を持っている。既に塩洗いはしたようでぬめりは取れていた。

 

「もう、ちゃんと乾かさないと将来禿げるよ」

 

 そう言いながら武蔵が被ったタオルをわちゃわちゃと動かしてきた。唐突なことに頭を振るも、笑いながら辞めてくれず、仕方ないので手首を掴んだ。

 

「俺の家は代々禿げはいないから安心しろ」

 

 祖父も祖母もふさふさである。

 

「禿げって遺伝子で決まるの?」

 

「だいたいはそうだろう? テレビでもよく見るぞ」

 

「まじか……どうしよう。私のお爺ちゃん髪の毛殆ど無いや……」

 

 思わぬ一撃を放ってしまったが、男女で禿げる年齢は結構変わるのではないだろうか。比較的男のほうが若くして薄毛に悩んでいる気がする――と、こんなことは考えなくとも良いだろう。せめて高校生くらいはこんな悩みは寸分も考えたくない。念のため髪を雑に拭ってタオルを肩に掛けた。

 哀れなり宮本武蔵。

 気を取り直し、小慣れた様子で具材を切っていく沖田さんを見る。

 

「てんぷら粉があったのか」

 

「はい。山菜は炊き込みご飯にするとともにいくつかを天ぷらにしちゃおうと思いまして。魚は武蔵さんが刺身にしてくれたものがあるので、剣心くんは筍の調理を頼めますか?」

 

「ああ、任された」

 

 沖田さんには少し横にずれてもらい、新しいまな板と包丁を取り出す。こうして二人が並んでも余裕があるため、家とは違った新鮮さが僅かに心を躍らせる。しかし、いざ向き合っても俺が作れる料理はしょせん男料理の延長線上なのでどうすれば良いのか迷ってしまう。

 並んでいる調味料はさしすせそと初歩的な中華調味料など。天ぷらと刺身が主食になるならば、俺も和食に寄った物を作るべきであろう。このラインナップならば、掘り返したときに考えていた通り煮物にするのが安定だ。

 

「残っているタコは使うのか?」

 

「大丈夫ですよ。使いますか?」

 

「ああ。余りをくれ」

 

 沖田さんから余っていたタコの脚を貰う。どうやらタコは身を刺身、脚は山菜炊き込みご飯に入れられるようだ。

 予めあく抜きしていた筍を一口サイズよりほんの少し大きいサイズに切っていく。さすがに俺の口でいくと二人には大きいと思うので、彼女たちに合わせている。筍は大きめに切るのがベストと母親が言っていたことを思い出した。そこからさらに流水で洗えばこの時期の筍でも十分美味しく食べられるだろう。タコの脚は二センチ角に合わせていく。味見しておこうと一つだけ口に投げ入れた。

 

「あ、ダメですよ」

 

「……んく、見なかったことにしてくれ」

 

「炊き込みご飯を注ぐときに剣心くんだけタコの量を一つ減らしますからね」

 

 これは手厳しい。

 沖田さんは家の道場でも昼飯を作ることが多く、家庭料理は作り慣れていると言っていた。横目で見る通り包丁捌きは見事なもので暫く眺めていても飽きないだろう。

 

「……」

 

 日本酒、醤油、砂糖――和食の基本的な味付けを食材に施しながら思う。

 これはまるで……夫婦みたいではないかと。

 沖田さんのとんとんと気味の良い包丁を動かす音に、鍋に水を入れて煮込み料理の準備をする俺。これはもう幸せな家庭を作るための共同作業に違いないのではないか。

 調味料を一対一で混ぜた煮物だしを誤魔化すように小指で味見する。このままでは塩っぱいが、水と混ぜるので丁度良いだろう。とはいえ、俺は自分の舌が肥えているとは到底信じていない。戸棚からスプーンを持ち出して水でゆすいでだしを掬う。

 

「沖田さん。味は大丈夫だろうか?」

 

「確認して見ましょう――はむっ」

 

「……!?」

 

 ――俺の馬鹿野郎! っく、完全に何も考えずにスプーンを差し出してしまった。おかしいに決まっているだろう。ここは普通にスプーンとだしの入った器を渡すべきだった。常識的に考えて掬って渡すなんて考えられない。信頼してくれた沖田さんには感謝は当然、仮にここで『あー……スプーンと器くれます?』と、苦笑いをしながら返されれば俺は立ち直れなかっただろう。

 

「ん、良いと思います」

 

「ありがとう」

 

 平常を装って返す。

 ここで選択肢が――――無いに決まっている。大人しく沖田さんが使用したスプーンを流しに置いた。

 

「よし、私のほうはこれで終わりです。天ぷらは剣心くんの煮物が出来てから揚げましょう。熱いうちに食べるのが美味しいですからね。何か手伝いましょうか?」

 

「いや、大丈夫だ。俺もあとは火を入れるだけだからな」

 

「ですね。じゃあ落し蓋だけ作っちゃいます」

 

「助かる」

 

 そうして火をかけて暫く、煮立ち始めた鍋から良い香りがした。ちゃんと出来るのか心配してくれたのかどうなのか、共に鍋を見ていた沖田さんの鼻歌が長閑な時間にマッチしていたことは言うまでもない。

 





 しばらく恋姫のssにハマっていて、ガチで現存するssをほぼ全て読みました。
 結果、自分には描くのは無理だと断念。自分は日本の美術、それも浮世絵専攻なのでこれ以上良いssを作ろうと頑張って歴史の知識を入れるとどこかで破綻しそうです。
 ただ、やはりバトル描写があるssは読んでいて本当面白いです。


 


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三十六刀目!


 予約投稿してたと思ったら、予約時間が十年後になってたという事実。


 

 一応無人島に来たにも関わらず華やかな夕食を済ませた俺と沖田さん、武蔵の三人はリビングルームのソファで並んで座っていた。これが部室ならばそれぞれコの字の位置に座っているのだが、今夜は違う。机には採って来たヤマモモを凍らして砂糖を(まぶ)した簡単な菓子とテレビ台に収納されていたいくつかのDVDのパッケージ箱……つまり、食後は三人で映画を観ようということだった。

 

「ふーむ……別に最新作を期待していたわけではなかったですが、ものの見事に知らないタイトルばかりですね」

 

 沖田さんがそう言う。

 何となく全部机に並べてみたが、たしかに俺も聞いたことのない映画ばかりだ。ネズミ―ランドの映画や海外にも評価されるジブラ映画などは俺も知っているが、王道を少しでも外れたら全く分からない。そもそも映画自体、テレビだけで映画館にも行ったことが無いのだが。

 

「この『シャークトルネード』シリーズは完結編まで揃ってますね。あとはドイツっぽい『暴走サイボーグ』に古代から蘇った『ミイラ男』。B級が過ぎませんか?」

 

「私も映画は流行ってた奴しか観たことないけど、たまにそういうのには面白い作品が混ざってるとか何とか」

 

「これ絶対パッケージが面白いだけの奴じゃないですかー……剣心君。どれか見たいのとかありますか?」

 

「む、俺か」

 

 唐突に託される選択肢。

 正直どれも観てみたい――とは当然思わないが、逆にどれを選んでも似たようなものだろうという予想はある。映画の直接的な面白さよりも沖田さんたちと観れるだけで十分なのだから、逆にタイトルとパッケージが良く分からないものにしてみようか。

 

「この『ブラッド・ホステル』というのはどうだ? この中で唯一どんな映画なのか想像が付き難い。ホラーなのは分かるが」

 

「あ、私もそれちょっと気になってたかも。他は『ヤスデ人間』とかサメ映画だし」

 

 やはりラインナップがB級映画過ぎると思っていたのは俺だけではなかったようだ。

 

「じゃ、これにしますね」

 

「ああ」

 

「どんなだろうねー」

 

 沖田さんがディスクを取り出し、DVDプレイヤーへと差し込む。ディスクの絵柄もただ真っ赤なだけで、内容を察せられるようなものではない。

 すぐに読み込んでテレビ画面に最初のメニュー画面が映し出されると、沖田さんもソファーに戻って来て本編再生のボタンを押すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

 再生前の期待感が裏返ったかのような沈黙が三人を包んでいる。

 ポップコーン代わりに用意したヤマモモは既に空っぽで、まだまだコップにお茶は入っているが変な喉の渇きを感じる。動かない方が得策と悟った俺とは違い、左側に座った沖田さんは何度も縁に唇を付けながらちびちびと飲んでいる。その様子は“飲む”というよりは“()む”という表現の方が正しいだろう。右側に座っている武蔵も普段の剽軽さは成りを潜め、時折目端を擦るように指を動かしている。

 

「……」

 

 二人に聞こえないように深く息を吐く。

 別にとんでもないくらい怖くて、三人とも口を開かないわけではない――その、真逆。俺は、そして沖田さんと武蔵も知らなかったのだ。

 

 B級ホラーと艶のあるシーンは必ず表裏一体で存在しているのだと。

 

 この映画がおかしいのかもしれないが始まって三十分、まだ男女の睦み合いが続いている。恋人同士のラブシーンの延長線上とかなら良いのだが、残念ながらそんな清いものではない。主人公三人組が旅をしているところから始まったのだが、その旅の目的が女性目的というのだから代わる代わる違うシーンが流れるのだ。しかも、この空気をさらに押し込めるようにB級映画とはあまり噂にならないことを良いようにがっつり映して来る(・・・・・・・・・)のだ。何をとは言わない。

 こちとら思春期真っ只中の男子高校生筆頭格である。成長期を考えてオーバーサイズの半ズボンとシャツを買って来てくれた母に感謝したい。そして師匠に身体操作の教えを授けてくれてありがとうと言いたかった。筋圧による止血法は修得済みである。

 

「……」

 

 違う映画にしようと言いたかったが男の俺から言うのもさすがに抵抗がある。今日を合わせて四泊も二人と同じ屋根の下……変な意識をするのもされるのも避けたい。ちなみにされるのはもちろん変態という意味でだ。この映画にしよう言ったのは自分なので、言い出さなければならないという自覚はあるのだが……。

 再び、横目で二人を流し見る。

 沖田さんの白い頬肌が赤というよりは桃色に染まっている。吸われるように手を動かし、撫でてみたい欲に駆られるが自省する。

 武蔵は沖田さんほど顔に出ていないが、気恥ずかしさを隠すためか目端を指先で擦りながら瞬きが多くなっている。

 こんな反応もするのか――と、眺めていると、

 

「……ぁ――」

 

 視線に気付いた武蔵が声を漏らす。

 左側で沖田さんもこちらを見ているだろう。

 沸くように武蔵の首元が赤くなり、やがて頤に到達しようとして俺は言った。

 

「違う映画にしようか」

 

「あ、う、うん……ちょっと、私たちには、早かったかもね」

 

「沖田さんも構わないか?」

 

「そ、そうしましょう。その方が良さそうです……はい」

 

 先ほどは沖田さんがやってくれたが今度は俺が再生を止めてディスクを取り出す。二人に観たい映画を聞こうと思ったのだが無難に『デスピラニア3D』を選び、今度こそ映画を楽しもうとするのであった。。

 

 

 

 

 

一、

 

 

 

 

 

「いやぁ、CGがあからさま過ぎてアレでしたが、意外と面白かったですね」

 

「そもそも海にピラニアがいる状況がいまいち分かんなかったけど」

 

「最後の電気ケーブルを水面に付けて一掃するシーンは爽快感があったな」

 

 再生時間は一〇〇分ほど、一般的な映画と変わらないだろう。B級映画らしく限られた製作費で垣間見える工夫もあり、暇潰しには十分なクオリティだった。沖田さんが言ったような露骨過ぎるCGもあったのだが……それを考えるのは野暮というもの。沖田さんもB級映画に対する様式美の感想として言ったようだった。

 

「B級映画にハマる人がいるのも何となく分かった気がしました」

 

 沖田さんは面白かったようだが、俺としては仮に『デスピラニア2』があったとしても見たいとは思わないだろう。知り合いに誘われると見に行くはするだろうが。

 

「――あっ、『デスピラニア2』もあります。明日はこれを見ましょうね」

 

 うーん。このパターンは3もある奴だろうな、と内心頭を抱えた。まぁ、別にかまわないのだが。

 そんな様子を悟られないように壁に掛けられた時計に視線を移す。時刻は二十一時の半分、普段なら寝る準備を始める頃だ。

 初日ということもあり、早めに床に着くべきなのだろうがこの島に来てからずっと気になっていたこともある。沖田さんはここに来るまでに話し出さなかったが、聞かず仕舞いで置いておくのも妙なしこりが残る。

 

「沖田さん」

 

「おや、どうかしまたか?」

 

 いつものように「剣心君」と名前を呼んで小首を傾げる。

 

「武蔵も気付いていただろうが、この島――繰島のことについてだ。近くに柄ノ島という観光地がありながらここの島だけ開発もされずに残っているのはさすがに違和感がある。むしろ、島民のいないという繰島こそが本格的に開発されていてもおかしくはない」

 

「坂下さんもこのロッジは元々観光用って言ってたもんね。開発はされようとしてたんじゃないかな?」

 

 柄ノ島を案内してくれた坂下さんはもちろん理由を知っているのだろう。そして、沖田さんも。

 

「門下生とは言え、この島に来たのは他に理由があると予想しているのだが……」

 

 沖田さんは右手に持った『デスピラニア2』といつの間にか左手に持っていた『デスピラニア3』を机に置くと、硬い面持ちで口を開く。

 

「ええ。剣心君の言う通りです。実は門下生の方……というよりは、門下生を通して柄ノ島町長さんから依頼のようなものを受けておりまして」

 

「依頼?」

 

「はい」

 

「その依頼は――――『繰島に潜む切り裂き魔の正体を暴いて欲しい』というものです」

 

「『切り裂き魔』……?」

 

「妖? 人?」

 

「分かりません。妖であるかも、人である確証も無いみたいなんです。この『切り裂き魔』については私も人伝になりますが、少し繰島の歴史について遡らなければなりません」

 

 

 

 

 

二、

 

 

 

 

 

 “繰島”――元は戦国時代より流刑地にすら選ばれず、いつの間にか人が住んでいた無名島だった。瀬戸内海に存在したが離島ということもあってか役人が寄り付かず、一度辿り着けば午前は魚を獲り、午後は田を耕しと平穏な島だった。そんな折、江戸後期。日本が開国される間際に一人の男がやって来る。その男は自身を「絡繰技師」と名乗り、島の娯楽であった人形劇の人形の新調と補修、子供の玩具、電気が活用されていない時代には過ぎたる絡繰をもってほんの少し島民たちの生活を豊かにした。

 

 また暫く経ち、欧米の造船技術が合わさり名も無かったその島に一隻の中型船が停泊する。

 

 その船には全国の見聞録を書くために旅行をしていたとある藩主の息子が乗っており、現在の岡山から四国へ移動する途中、偶然見つけたその島に寄ったのだった。島民は初め、難破船などではなく、煌びやかに拵えられた中型船に委縮するが、旅行先の地元民と交流するために常に土産物を用意していた息子はそれを振る舞ってすぐに受け入れられた。島内を案内された息子は喧噪とは程遠い環境にいたく感激を受けたらしく、ひと月ほど滞在したという。

 

 ひと月ほど滞在すると、その島には本島には無いものがあると気付き始める。

 足腰の弱い者でも山の行き来が出来る貨車、限られた範囲だが自動で水撒きをしてくれる竹細工、投げると本物の蛇のように動く子供の玩具、そして取っ手を回せば一週間は動き続ける人形など……無数の絡繰が名も無き島にはあったのである。

 

 息子は是非こんな面白い島は見聞録に書こうと当時の顔役に島の名前を尋ねるが、その人は「島は島と呼んでいる」と言うだけで名前は無かった。ならば、息子は「この島を“繰島”と呼び、あの二里先に見える島は“柄ノ島”と呼ぼう」と決めた。それが、繰島という名前の由来だった。

 

 

 

 

 

「ふむ……」

 

 沖田さんはそこまで話すといったん乾いた口を潤すために茶を啜る。

 

「つまり、元々柄ノ島が無人島であって、繰島が有人島だったのか」

 

「はい。しかし、いつしか繰島からは人が消え、柄ノ島へと移り住んでしまった」

 

「その理由が『切り裂き魔』とやらに関係があるってことかな?」

 

「おそらく……そもそも繰島から柄ノ島に移り住んだのは二百年以上も前のことなので、町長さんも詳しく知らないみたいなんです。それに、前々町長が柄ノ島の観光事業に着手するに当たって地方史を棄却してしまったようで……」

 

「さすがに観光地に『切り裂き魔』なんて歴史があるとマイナス効果だもんね。ロンドンじゃあるまいし」

 

 ジャック・ザ・リッパーのことだろう。

 

「……っと、在ること居ること前提で進んでいるが、そもそも『切り裂き魔』とは何だ?」

 

「もちろん。そのことについてもお話を伺っています――」

 

 柄ノ島自体が観光業として栄えたのはここ五年だが、観光業を主流事業にしようという話は前々町長の代から議会に上がっていた。特に衰退もなかった島生活の停滞した環境は若者にとって本島の魅力を華やかにするだけで、若者の流出には歯止めが効かなかったのだ。時たまに喧噪を好まない好事家が島民になるが、それだけでは当然足りない。アミューズメントパークも無く、人工物も少ないこの島を活性化させるには必然と今ある自然を見てもらう観光業へと舵を切ったのだ。幸いイルカの多い柄ノ島にはスポンサーがすぐに付き、景観を壊さない程度に宿泊施設と軽いキャンプ場などが作られた。現町長が赴任してからは愛媛から直行便だけだったものが山陽地方の主要都市からも出るようになり、夏休み定番の観光地となる。

 

「ご察しの通り、観光業をさらに盛り立てていくには繰島の活用が手っ取り早く、確実です。かつての名残はあれど、殆ど手付かずの土地を欲しい企業も多いでしょうから。なので、今の町長さんも柄ノ島が安定化して来たため、今度は繰島の開発に進もうとしたんです」

 

「そこで問題発生、というわけか」

 

 沖田さんは頷いた。

 

「四年前、町長さんは懇意にしていた漁師二人に繰島の内部に危険な獣がいないか確認して来るようお願いしたみたいです。その二人は罠師の資格も持っていたようで、二メートルを超える猪を捕獲した経験もある熟練者……狩猟出来るかはともかく、子供に手を出さない限り警戒心の強い野生動物から逃げるのは容易いですからね」

 

 さらに続ける。

 

「ですが……船の番を任されていた二人以外の手伝いによると、一時間も経たないうちにその二人が全身に切り傷を負って逃げ帰ってきたようなのです」

 

「切り傷? 棘のある藪に突っ込んだとかじゃなくて?」

 

「武蔵さんの言いたいことも分かります。しかし、そういうものではなかったようで。明確に切られたと分かるレベルの、それももう少し深ければ致命傷に到る浅い傷がいくつも」

 

「そんなことが起れば柄ノ島の事件として有名になってそうだが……」

 

「有名になるだろうからこそ、表にしないことに決めたそうです。その懇意にしていた漁師も町長さんの兄弟みたいで、せっかく盛り上がって来た柄ノ島をまた寂しい場所に変えたくなかったみたいですね。気持ちは分からなくもありません」

 

 そして、今までと同じように外縁部ならそういった被害も報告されていないため漁師小屋などは通常通り使用されていたようだ。

 そんな背景があったのか――と、思案する。

 こんなにも良い環境に無料で行けるのも何かあるだろうと思っていたが、流血沙汰の事だったとは。ここに滞在しても良い代わりに内地に何か無いか見て来て欲しいと言われたのだろう。昼には普通に入ったが、特に奇妙な点は無かった……というか、沖田さん。そういうのは事前に伝えた方が良いのではないだろうか。

 いや、そもそも――。

 

「いやぁー、気付いちゃいました? 実はこれ、私にというよりは公僕に頼りたくなかった町議の皆さんから天然理心流のほうへ依頼されたことでして……」

 

 てへへ、と沖田さんは後頭部を掻いている。

 

「どうしよう、剣心。ただ働きの無用使いにされようとしてるよ私たち!」

 

「これが天然理心流のやり方というわけか」

 

「――いやいやいや! 決してそんなことは! 本当ですよ!? こう、あの、いやぁ……やっぱり事件とかミステリーはハプニングと共にあった方が盛り上がりますからぁ……」

 

「……」

 

「……」

 

「そ、そんな胡散臭い物を見るような目で見ないでくださいよ! 本当ですよ! 別に利用してやろうとかそういうのではなくてですね! ただちょっと面白いかなー、と! ひと夏の思い出にはちょうど良いかと!」

 

 多くなった口数に身振り手振りが追加されても俺と武蔵は無言で見つめる。

 

「……っ、そっ、それに何と! 無事『切り裂き魔』なるものの正体を掴むとこのロッジと似たようなものを建てていただけると!」

 

「……それは本当なのか?」

 

「騙されてない? 大丈夫?」

 

「騙されてませんよ! 最も、依頼に対する報酬なので道場の管理になりますが……安心してください。これでも私は天然理心流撃剣筆頭師範。数多ある拠点のうち一つくらい、私物で使っても問題ありませんよぉ!」

 

 権力の乱用が過ぎる。

 とはいえ、

 

「まぁ、沖田さんに話を通せば気軽に利用出来るロッジというのも悪くはないな」

 

 思えば師匠も各地に拠点を持っていた。もしかするとこういった表には出せないような依頼を解決して貰っていたのかもしれない。

 

「毎年ここに来るのが恒例になりそうだし、良いと思うよ。乗った!」

 

「俺も同じだ。手伝わせてもらおう。ロッジも魅力的だが『切り裂き魔』とやらの正体も気になる」

 

「あー、私も」

 

「良かった。ここで断られたら悲し過ぎました……」

 

「皮算用になっても虚しい。先に『切り裂き魔』の情報をまとめよう。実際に切られているからには姿形くらいは見ているんだろう?」

 

「『切り裂き魔』と言いましたが、この呼称自体は町長さんの呼び名に過ぎません。前々町長によって棄却された地方史を他に保管していらっしゃった方がいまして……その方によると繰島内部に入った人が切り傷を負って帰って来ることは度々あったようなのです」

 

「ちょっと待って、それって何十年も前の話だよね?」

 

「はい。古くて、昭和まで」

 

「当然人は在り得ないし、動物でもない……? ヤマネコの仕業な気もするけど……」

 

「私もこの話を聞いたときに動物の仕業を考えました。もちろん、町議の方たちも。ですが、切られた人たちは柄ノ島で治療された後、皆一様にこう呟いたそうなのです――

 

 

 

 

 

 ――――『仏に()うた』、と」

 

 

 

 

 

 



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