孫が祖父母に会いに行くだけ。 (純癒)
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三代目悪戯仕掛け人
もし、未来が視られるなら
どうかせめて僕等の大切な子供達だけは
幸せになりますように、と
◇◆
父親に、果ては祖父にまでよく似たくしゃくしゃの髪。
どうやったって直らない癖毛は、少なくともあと三代先までは受け継がれるだろう。
“ ジェームズ・シリウス・ポッター ” は、既にその事を諦めていた。
会った事も無い今は亡き祖父の写真を見て、無駄な希望は持たぬ事にした。
父から聞いた話によると、祖父は一時期躍起になってさらさらストレートヘアになる魔法を編み出したらしいけれど、祖父本人にはあまり効果は無かったそうだ。
一時間かそこらで元に戻ってしまったらしい。
癖毛ではない彼の祖父は何割増しかでハンサムだったらしいが、遺伝子には勝てなかったと。
ところで、学生ながら魔法を新たに造り出してしまえる程にはとても賢い祖父の孫も、また賢い。
彼は両親に勿論似ているが、祖父と遠い遠い遠い遠い遠ーーーい親戚や母方の兄弟達にも似ているのだった。
つまり、彼の名前の由来となった鹿系祖父ジェームズと犬系イケメンのシリウス、それから双子のフレッドジョージである。
双子もさる事ながら、鹿と犬の二人はとんでもなく優秀で━━独学でたった三年の間に
具体的に言うなら、学生時代は学校中にその名を轟かすくらい。
そのおかげで、ジェームズ・シリウス・ポッターが両親と学校の先生の手を焼かせるそもそもの原因は彼の名前にあるのではないか、と強く疑われている。
まるで偉大な二人の名が呪い扱いだった。
特に、当時を知る数少ない教員のマクゴナガル先生は、かの悪名高い『悪戯仕掛人』や『フレッドジョージ&リートリオ』を今でも頻繁に思い起こさせられている。
彼は本当に祖父にまでそっくりなものだから、マクゴナガル先生は余計に感傷に浸らせられるのだ。
特に悪戯仕掛人が四人で協力して行った大規模な悪戯と殆ど同じ仕組みの悪戯をされた時など、本当に家族だと彼女はいっそ感心したものだった。
加えて言うなら、ウィーズリー家の六男坊達が新商品を開発する度、ジェームズ・シリウス・ポッターに試作品を渡す事について何度フクロウ手紙に文句を綴った事か。
そんな教師をも手こずらせるジェームズ少年(16)が、失われた筈の
天地がひっくり返ったとしても、彼が目の前に出された
百億歩譲って彼が『逆転時計を勝手に使うなんて』等と口したとすれば、周囲は彼の体調不良を本気で案じるだろう。
弟達は自分より一足先に過去に行って
ジェームズは迷わずそう結論づけると、目の前の逆転時計をじっと見つめながら考えた。
これは、父が相続した此処、ブラック家の隠された地下で埃を被っていた物だ。
偽物の可能性は限り無く低い。
しかも、多分弟達が使ったような試作品ではなく、本物の。
これまでもブラック家には信じられない程高価な魔法道具が沢山見つかってきた━━我が父は相続税をどうしたんだろうか━━。
地下室の一番奥の机に厳重にかけられた魔法を丸一年苦戦して解除して開けた引き出したから出てきたのだ、信じて良いだろう(中身は逆転時計以外にも、ジェームズの予想のずっと上を行く物ばかりだった)。
……なら、どうする。
未来に行くか、過去に行くか。
どちらも捨てがたい話だ。
自分が長時間姿を眩ませば、(いくら忙しくとも今回ばかりは)親馬鹿の父がすぐさま(どんな手を使っても)駆けつけるだろう。
だから、両方に行っている暇は無い。
勘の良い両親の事だ、自分がこれで充分に楽しむ前に逆転時計の存在に気づいて没収していくだろうし。
どちらかに絞らねば。
未来に行くか、過去に行くか。
ジェームズがそう頭で言葉を反芻した。
未来に行くとしたら、自分の未来を見に行くか?
それとも、もっとずっと先の、例えば千年後の未来なんかも面白そうじゃないか。
もしかしたら、地球が滅んでるかもしれない! それはそれで大変愉快な話だ、とジェームズは思う。
彼は未来に希望を見出したが、いや、と
過去に戻ると言うのも最高にナイスなアイディアだろう。
ホグワーツ魔法魔術学校の創設者に会ってみたい気もする。彼等はとんでもなく偉大だとしつこい位に聞いている。
…………だけど、偉大さで言うならダンブルドアだよなぁ。
ジェームズが白髪で長い髭を蓄えた弟の名前の由来となった威厳たっぷりの男性を思い出す。
キラキラと輝く蒼いあの瞳は、教科書の写真だと解っていても全てを見透かされている気がした。
彼は魔法史の教科書に、学年が上がっても毎度何かしらの功績で載っているので(それ以外の教科にもしょっちゅう)、実際に会話をしてみたいと思わないわけではないのだ。
だが、話をして本当に全てを見透かされては困る。
未来から来たなんて知られれば、どうなるのだろう。
ダンブルドアに限って悪い事にはならないだろうが、やっぱり、僕の行動を良しとはしないだろう。
それに、それだけならまだ良いが、今までにも散々頂いたマクゴナガル先生のありがたーいお説教を過去に行ってまで受けたくはない。
…………そもそも、思い出せよジェームズ。
我が弟達は過去に戻って些細な事から全てをひっくり返してしまった(らしい)。
すると、僕はダンブルドア達に関わってはならない。
残念だけど、不死鳥の騎士団辺りには絶対に。
ヴォルデモートが父さんに倒されなくなっちゃうかも。それって最悪だ。
浮かれてすっかり忘れていたが、どんなに小さい事でも変えちゃならない、それが世界を滅ぼす事にもなる。
うんうん、とジェームズが腕を組んで頷いた。
元より、ジェームズはアルバスのように誰かを救う気等毛頭無い。
極論、今まで起きた事に無駄な事等一つも無いのだ。
世界が闇に覆われ、大勢の犠牲者が出た。
しかし、その者等の協力によって、 “ 今 ” がある。
無かった事になれ、と思う事が無いわけではない。
ジェームズも悪戯に失敗した時はよくそう思うし━━正確にはその後の罰則中に━━、それが悪い事とは思わない。
けれど、本当に無くなってしまえば、自分がその失敗から学んだ事さえ失ってしまう。
自分の望んだように全てを動かせるわけではない。
それを彼は理解していた。
ジェームズは自分がアルバス程愚かではないと自負している。
ただ、本当にそうなら、彼は今すぐ逆転時計を父親に渡すべきだった。
渡してしまえば破壊されるのだろうけれど。
ただの観光目的だとしても、時を渡るという事に大きな大きな問題があると、彼は勿論判っていた筈だ。
それなのに自分の好奇心を優先させてしまう辺りが、まだまだ子供と言われてしまう所以だった。
まぁ、十六の少年に大人になれと求める者もどうかという話である。
・・・・・・未来か、過去か。
ジェームズが
此処に妹のリリー・ルーナ・ポッターが居れば、また何かろくでもない事を考えているのだろうと容易く想像ができた筈だろうが。
生憎それを察する人間も彼を止め(られ)る人間もこの場には居ない。
彼は自分が一度『こうする!』と決めたらなかなか撤回しない性格だ。
止めても聞かないという言葉は彼を比喩するに適している。
何十分経っただろうか。
「よし」
ジェームズは逆転時計を持って意気揚々と立ち上がった。
行き先を決めたらしい。彼の声には期待が溢れていた。
◇◇◇◆
1977年、ホグワーツ魔法魔術学校の七年生に在籍する五人は、複数の意味で有名だ。
五人の内四人はグリフィンドール生。
一人は、特徴的な丸い眼鏡とくるんくるんの癖毛をした少年。
我らがジェームズ・ポッター。
他学年にもリリー好きで有名で、なんといっても主席(ホグワーツでは第七学年開始時に決定される)である。
低学年の頃はそうでもなかったけれど、学年が上がるにつれてハンサムになってきた事も加わり、今ではこの学校で二番目に人気な男と言っても良いだろう。
その人気さ故にジェームズに虜にされた乙女は両手両足の数では収まらないのだけれど、未だリリーの知るところではない。
……と、まぁそれはどうでも良い。
いくつになろうとどんなになろうとジェームズはジェームズだ。
私の素敵な親友の一人。
何故そんなさして重要ではない事を想起していたかと言えば。
私も好き好んで彼を思い浮かべていたわけではない。
先程までは確かに私のシリウスの誕生日祝いに何をするか━━二ヶ月先の事だけれど、毎回盛大に色々とやっているので今年はそろそろネタ切れなのよね、本当どうしようかしら━━考えていた。
「貴方、私の親友にそっくりだわ」
思わず目の前の彼にそう告げる。
彼はまるで予期していない事が起きたかのように瞳孔を開いていた。
目の前の赤みがかった髪の少年は、それを除けば紛うことなきジェームズのようで。
まぁ眼鏡をかけていないのと、……あれ? ジェームズよりハンサムね。
それはともかく。
私は首を傾げた。シリウス曰く、きっちり四十五度。
ジェームズ似の少年を眺める。私達の一つ下くらいだろうか。
グリフィンドールのローブを纏っている。
同級生にこれ程ジェームズに似ている少年が居ればさすがに私もその存在を認識しているだろうから、年下だろう。
そうだとしても不思議だけれど、多分転校生とかかな。
癖毛と意思の強そうな瞳、全体的な顔立ちまでもがまさにジェームズだ。
見間違いする程ではないけれど、似せようとすれば後ろ姿なら騙される人は居るかも。
生き別れの兄弟と言われても納得できる。
それと、彼には何処かそれ以外にも既視感があった。
髪色だろうか? この色はつい最近にも見た筈だ。
………………いえ、もう少し濃い色だったかも。
そうだ、たしか、あぁ……。
「ねぇ、君、」
「思い出したわ、モリーよ! ……あ、ごめんなさい。何かしら」
私に凝視されてか少し戸惑った様子で、しかしすぐに気を取り直して少年が私に話しかけた。
遮ってしまったので謝ると、彼は大丈夫と頷いた。
それから数秒迷ってからその瞳に好奇心を乗せて私に訊ねた。
「おばあちゃんを知ってるの?」
それは随分な爆弾発言だったけれど。
私は一応一拍間を置いてから、改めて訊ね返した。
「モリー・ウィーズリー夫人の事かしら」
私の知るモリーと同じ人間なら、酷い言われようだろう。
彼女はまだ『おばあちゃん』と呼ばれる年ではない。
勿論孫も居ない。
聞き間違いではないだろう、今の私の耳はクリアだ。
最近耳鼻科に行って検査を受けたばかりである。
なら、人違いかこの少年が何かを勘違いしているかのどちらかだろう。
或いは同姓同名が居るとか。
モリーはそれ程珍しい名前ではない。
ウィーズリーは魔法界で結構な名家だけれど、マグルになら探せば同姓等溢れる程居るかもしれない。
「そうさ。アーサー・ウィーズリーの奥さんの」
どうやらそのどれでも無いらしい。
不思議ではあるけれど、まぁそんな事もあるだろう。
多分何かがズレてなんか変な感じになっているだけだろう。
もしかしたら、本当に孫かもしれないし?
私はとりあえずそれよりも、と彼に提案をした。
「知っているわ、私の友達よ。
ところで、貴方、是非会ってほしい人が居るの」
ジェームズ二世━━今勝手に決めたあだ名━━にその男の名前を出すと、彼は面白そうに口を歪めた。
歪められた唇の形までジェームズを思い起こさせられるわね、と私は心中で呟いた。
言うまでもなく、ジェームズ・ポッターに会ってくれと頼んだのである。
それから、そうね。
彼、
もう少しじっくり彼の顔を見れば面影くらいは見つかるかしら?
◇◆
太陽のように輝き緩やかなウェーブがついた金髪に、零れ落ちそうな程大きく、深い蒼色をした垂れ目。
背は僕より少し低い。
“ スフィア・ウィヴァザリー ” 、彼女は素晴らしい美人だった。
魔法史の教科書で彼女の名前は僕の父さんと同じくらい頻繁に見る。
彼女は不死鳥の騎士団の創立メンバーだった。
ハーマイオニーと一緒に純血至上主義問題に取り組んだり狼人間についての研究で大きな成果を挙げたり、学生時代には新たな呪文を多く開発し、今ではその内のいくつかがホグワーツの授業に取り入れられている。
シリウス・ブラックと仲が良かったらしく(噂では恋人だったとか)、四十年前のあの事件で彼がアズカバンに収容された時は特に心労があったらしい。
ウィヴァザリーは世界で唯一、最初から最後までシリウス・ブラックを信じ続けたという記述を教科書でも見た。
彼女は僕の時代では行方不明となっている。
まさか本物にお目にかかるとは思っていなかったな。
僕は異様に鋭い(敵意とはまた違う探るような)目つきをした男を前に、そう現実逃避した。
別に睨んでるつもりはないんだろうけど(多分)、凄く怖い。
彼の纏う雰囲気に射殺されそう。
「へぇ。…………で、お前誰だよ?」
何の感想だろうか。
一言呟くと、彼は僕にそう訊ねた。
品定めされているみたいだ。
余談だけど、今までに聞いた事も無いくらいの良い声だった。
同じ男でも見惚れる程美人な彼は、返答次第では僕への警戒を跳ね上げさせる気がした。
オブラートに包まずに言うと、……あー、やっぱりいいや。
どう答えるか考えを巡らせていると(まさか本名を名乗るわけにもいかないだろ?)、僕以上に彼の機嫌か心象か何かを察したらしいウィヴァザリーから助け舟が送られた。
「シリウス……。先に私達が名乗りましょう」
その名前を聞いて、僕はあぁやっぱりと頷かざるをおえなかった。
だって、ホント、学校中の女子をオトしてそう。
カリスマ性が溢れ出てる。
ウィヴァザリーもだけど、すらりと長い手脚を目にした瞬間、僕は目玉が飛び出るかと思った。
きめ細かい肌、優雅に目にかかる前髪。
いつまでだって見ていられるような、神が創った最高傑作って言われても納得できそう。
つまり、うーん、この人の隣で柔らかい芝生に寝転がってぐうすか寝てる僕の祖父と思われる人とは、ハンサムさが桁違い。
祖父を悪く言うわけじゃないけど。
涎を垂らして『リリィ〜……』と寝言を零す祖父は、……見たくなかった。
僕の視線が僕よりずっとくっしゃくしゃの頭をした彼に向いた事に気がついたウィヴァザリーが、彼の鳩尾に踵落としをした。
寸分の狂いも無駄も無く急所に当てていた。
「ぐっふぉっ!!!?」
情けない声と共に目を覚まさざるをえなくなった祖父(仮)に、彼女が告げる。
「ねぇジェームズ? 貴方が今朝私達にした悪戯の落とし前を今此処でつけられるか、この少年に自己紹介をするか、どちらが良いかしら」
「やぁ少年。初めまして、僕はジェームズ・ポッター。
好きなものはリリーとクィディッチ、それからそこに居る我が兄弟パッドフットとスフィアだよ!
あとはリーマスとピーターも好きだけど、今は居ないから気にしなくていい」
にっこりとした笑顔の圧力に、僕の祖父(確信)は寝ぼけ眼のまま一息で言い切った(しかも早口)。
僕の中の祖父像がガラガラと音を立てて崩れていく。
でも、彼の瞳が。
噂以上に優秀なのだとなんとなくわかる。
食えない人なんだろうな。
「私はスフィア・ウィヴァザリー。みんな大好きハッフルパフ生よ」
「……俺はシリウス・ブラックだ。シリウスと呼んでくれ」
言外に『ブラックと呼んだら殺す』と言われたような。
綺麗な笑顔を作ったスフィアと不敵に微笑むシリウス。
二人の美形の魔性の笑みに思わずちょっと赤くなる。
シリウスがそれに気付いて少しだけ眉をひそめ、スフィアはまったくそんな事には興味も無さそうだ。
僕は気を取り直して顔を上げた。
「僕は、……僕もジェームズ・ポッターだよ。よろしく」
差し出した手を真っ先に掴んでくれたのはシリウスだった。
それからジェームズ、スフィアとも握手する。
偽名を言おうと、当然、思った。
僕は元々この時代に来るつもりは無かったから、もう最悪
ただ──
「君、もしかして僕のファンかい?」
僕の名前を冗談だと思っているらしい。
シリウスとスフィアも友好的な顔をして、その実僕を値踏みしている。
僕と関わる価値があるかどうか。
僕が自分や仲間に危害を与える人間かどうか。
ただ──この三人にはどんな嘘もすぐに見破られる気がした。
だから、ゆるりと口元で弧を描いて正直に答えた。
「ああ!
なんてったって僕は、三代目悪戯仕掛人を名乗るくらいだし。
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