「四葉ラビリンス」 (折原ミヨ)
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1話

「四葉ラビリンス」   

 

 

 地球

 この星に生まれたことを、私は嬉しく想う。

 

 冷たい宇宙に、温かく輝く命の星。

 この星は、命の星。

 命をのせた舟。

 

 地球

 

 この星に生まれたことを、私は嬉しく想う。

 そして、祈る。

 みなに幸あらんことを。

 

 

 

 日の出といっしょに、私は目を覚ました。

 まだ窓の外は暗い。

 けど、もう日の出時刻。ここ糸守では、ぐるりと町を囲う山々のために、空が明るくなっても、すぐにお日様を見ることはできない。

 それでも、日の出は日の出。

 神社の巫女をしている私は起きなきゃいけない。布団から出て寝間着を脱ぐ。

「………」

 鏡を見ると、そこに自分が映ってる。

「……17才にしては、ちょっと幼いかな……」

 自分の顔立ちはお母さんに似ているから気に入ってるけど、まだ幼い感じが抜けきらないでいる。

「まあ、そのうち成長するでしょ」

 一人言をいって、巫女服に着替えると、高校へ行く前に一仕事する。あの7年前に落ちてきた隕石は今や、当社の御神体、そして、それに仕える巫女が私、宮水四葉。

「おはよう」

 自分の部屋を出ると、廊下で巫女たちが待っていてくれたので挨拶した。うちで働いてくれている巫女さんたちは糸守町の女性、あの隕石落下で家や農地を失った人たちを救済の意味もあって雇用してる。

「「「「おはようございます、四葉様」」」」

「今朝は何件?」

「4組、お待ちになっておられます」

 巫女の一人が答えてくれる。

「そう」

 う~ん………4件もか……また遅刻にならないと、いいけど。私は感情を顔に出さないようにして廊下を進むと、御神体の間に入った。

「おはようございます、御石様」

 ティアマト彗星の一部だった御石様に挨拶する。御石様を中心にして回廊を造ってあり、そして御石様に触れられる位置まで接近していいのは、この世に今は3人だけ。

 宮水一葉。

 宮水三葉。

 そして、私、宮水四葉。

 けど、お婆ちゃんは高齢で、もう巫女としての仕事はしていないし、姉さんは東京へ行ったきり。

 それでも今日は、お昼から超久しぶりに帰ってくるはず。

 勅使河原克彦さんと名取早耶香さんの地元での結婚式にも参加するために。あの二人は東京で気に入ったホテルでの挙式をする前に、ここ糸守でも披露宴をやる。おかげで私は高校の昼休みには、ここへ戻ってきて二人を祝福しないといけない。やれやれ、私の高校生活は半分以上、巫女業で終わるみたいね。私はタメ息をつかないように、御石様を背にして、広間の中央に座った。

「一組目の相談者です。奈良県からお越しの…」

 日が昇る前から禊ぎして私に会う準備をしていた相談者と対面した。相談者は50才くらいの男性で、言われなくても、どこかの会社の社長か会長だって雰囲気でわかった。

「今後、我が社は海外へ進出すべきか、国内に製造拠点を維持すべきか、迷っております。何卒、ご助言ください」

「……わかりました」

 そんなことを女子高生に訊かれても、普通なら困るけど、私には、なんとなく、わかってしまう。それは私の力というより、御石様の力。予知、予感、時間の流れ、そんなものが普通の人間とは違って感じられるようになって、もう7年。私は少し目を閉じて感じてから答える。

「国内の島根県、鳥取県、福井県、富山県、山形県のいずれかに工場を建てると良いでしょう。海外はおすすめしません」

「おおっ…やはり…、ありがとうございます。宮水の御巫女様」

 お礼を言ってくれた社長さんが退室すると、次の相談者が入ってくる。離婚した方がいいか迷っている38才の女性に、離婚した方がいいと答えた。その次は交際中の男性と結婚した方がいいか迷っている48才の女性に結婚した方がいいと答えた。

「はぁぁ……」

 ついタメ息を漏らしてしまったけど、周りにいる巫女たちにも、聞こえてないはず。他人の幸不幸と未来が、なんとなくわかるのも、つらい。そして、たぶん、次の相談者は、どうにも助けてあげられない予感がする。

「四組目の相談者です。高知県からお越しの…」

 入ってきたのは三人、両親と娘さん、娘さんは13才かな。もう顔を見ただけで深刻な病気だってわかる。

「どうか、娘を助けてください」

「お願いします、御巫女様」

 お母さんとお父さんが藁にもすがる想いで言ってくるけど、娘さんは黙ってる。

「「…………」」

 娘さんと目が合った。そして、私が彼女の右足へ視線を落としてしまうと、彼女も察したみたいに、身じろぎした。また、目が合う。

「「…………」」

「このままでは娘は足を切断しなければならないと言われています! どうか、お助けください!」

「娘を助けてください! お金なら、いくらでも出します!」

「……。残念ですが、いくらいただいても、助けてあげることはできません。ごめんなさい」

「っ…そんな?!」

「なぜだ?!」

「病名は、もうお医者様からも言われていますね。……おそらく、骨を蝕む癌でしょう。私には、何もできません。………」

 ううん……一つだけ、できることがある、それは、たとえ足を切断しても、もう全身に転移が始まっていて、何をしても助からないことを教えてあげることはできる。けど、それを教えることが救いになるか、ならないか………それも…………なんとなく、わかる。今はショックを受けるけど、言った方がいいと、感じた。言いたくないけど、言ってあげないと、残された時間の過ごし方が、大きく変わるから。

「……申し上げにくいことですが、娘さんは年内に亡くなられるでしょう」

「「っ…」」

「ふざけるな!」

 娘さんとお母さんの顔が凍りついて、お父さんが怒鳴ってくる。さらに、お母さんが持っていたハンドバックを私に投げつけてきた。

 バンっ… 

 飛んできたハンドバックは途中で私の護身をしてくれている巫女が受け止め、もう三人は退室していく。

「………」

 つらい……、……それでも、……何年かしてから……今の両親がお礼を言いに来るイメージもある……、私は自分の母親のことを想い出さないように苦労してから、巫女服を脱いで糸守高校の制服を着た。

「せめて3時間くらいは、ただの女子高生でいさせて」

 今日は土曜日だけど、出席日数が慢性的に足りてない私は補講に出る。同じように何か事情があって出席日数が足りてない生徒と、塾のない糸守町で受験のために勉強したいから出席してくる生徒たちと、授業を受けた。ほんの数時間だけ、ただの女子高生でいる気分へ切り替えるために、巫女らしく結っていた髪も、あえて幼いツインテールに結い直してる。教室の窓から外を見ると、いよいよ最後の仮設住宅が解体されていた。あれから7年、とうとう自宅を失った人たちのすべてが新しい住まいを得て、糸守高校のグラウンドは生徒たちのものに戻る。

「……もう、こんな時間か……」

 お昼前になって私は高校から神社へ戻ると、また巫女服を着た。ちょうど正午に合わせて勅使河原家と名取家の良縁を祝福しないといけないから、その準備をして、お二人を御神体の間で迎える。

「糸守の地に産まれ、縁あって結ばれし勅使河原が克彦なるますらお、ともに糸守の地に産まれ、幸ありて結ばれし名取が早耶香なるたおやめ」

 東京ではウェディングドレスを着る予定らしい早耶香さんも今は和装の角隠しをまとって幸せそうに頭を下げてる。私は粛々と婚礼の神事を進め、三三九度の杯へ一番に唇をつけると、少しお酒を口に含み、それから杯へ戻した。風習とはいえ、姉さんが嫌がっていたのはわかる気がする。私の唾液が混じった杯を、まず克彦さんへ渡した。

「「……」」

 克彦さんと目が合った。おまけに考えてることまで、わかった。四葉ちゃんは三葉に似てきたな、そっくりだ、って思われてるのがわかる。あなたの嫁は、その隣にいる人だから、つまらないことを未練たらしく考えてないで、さっさと契りの杯を飲みなさい。

「ふぅぅ……やっと、終わった」

 婚礼が終わって、午後の補講を受けて、さらに夕方の相談者7組への対応も終わって、やっと夕食という時刻になって、お婆ちゃんと、そして久しぶりに姉さんを加えた三人で食事を摂る。

「「「いただきます」」」

 疲れていた私は、あまり会話する気力もなかったけど、姉さんは勅使河原家でビールと日本酒をかなり飲んだみたいで、ものすごくテンションが高い。

「キャハーっ! サヤチン、超キレイだった! ね、四葉!」

「ええ…」

「ほら、お婆ちゃんも見て! 写真!」

 姉さんがスマフォをお婆ちゃんに向けてる。もう目も足腰も弱ってるから、スマフォの画面なんか見にくいはずなのに。酔ってる姉さんは大きな声で言う。

「角隠し、似合ってるよね!」

「そうやね。そろそろ三葉にも、良いご縁があるとええね」

「えへへへ。実はね、もう付き合って三ヶ月になる彼氏がいるの。そのうち連れてくるね」

「ほうほう、それは良かったねぇ」

「四葉は、どう? 高校で彼氏できた? 思春期なんて、あっという間だよ」

「………」

 できるわけないじゃない、忙しいし、この町で私は半分、神さまみたいな扱いを受けてるんだから、普通の恋愛なんて、できっこない。

「四葉って見た目は可愛いけど、ちょっと雰囲気が重いから、もう少しフレンドリーにしないと、男の子がよってこないよ?」

「………余計なお世話」

 ご飯の最中に、腹が立つようなこと言わないでほしい。

「うわっ、怖っ。めちゃ思春期だ。反抗期かな?」

「………」

「三葉、あんた酔うておるよ。お水でも飲みなさいな」

「うん。ありがとう、お婆ちゃん。でも、四葉、光陰矢の如しって言うでしょ。サヤチンはゴールインしたけど、四葉も、そろそろ男の子とのお付き合いとか経験していかないと、あっという間に私と同じ歳になったりするよ?」

 バンッ!

 お箸を叩きつけるように卓袱台に置いてしまった。言うまい、言わないでおこう、そう思っていたのに、姉さんが私を怒らせるから悪いんだ。

「姉さん!」

「…な……なによ?」

「で! いつになったら替わってくれるの?!」

「ぇ………」

「姉さんが東京の大学に行きたいって言うから、私は小学6年生から一人で巫女やってるのよ!」

「………」

「大学を卒業しても、ちっとも手伝ってくれない! 向こうで就職して、それっきり!」

「……い……忙しくて……仕事……。………東京から、遠いし……ごめん…」

「姉さん言ってたよね?! 思春期に巫女をやるのイヤだって! 私、今! その思春期の真っ只中なんですけど!」

「………ごめん……」

「で、いつ替わってくれるの?」

「……………もう少し………東京にいたいの……」

「………」

「ごめんなさい……ごめん…」

「土日、替わって」

「……え?」

「仕事、土日は休みでしょ」

「……休みだけど……」

「じゃあ、土日、私は東京で普通の女の子として過ごすから、姉さんは糸守で巫女をやって」

「…で……でも……私、……占いとか……相談とか……受けられないよ」

「それは平日に回してもらうから、婚礼とか地鎮祭、定例祭なら、できるよね?」

「…………できるかもしれないけど…………私……彼氏できたから……土日……デートしたくて……明日だって、お昼から約束……」

「そんなの知らない。明日から替わってもらうから」

 私は右手を姉さんに向けた。

「アパートの鍵、貸して」

「……え……なんで?」

「いちいちホテルに泊まったら、もったいないし普通の女の子って気分がでないから」

「………私の部屋に出入りするの……。……東京は遠いよ? 始発で出ても、お昼にしか着かないし。糸守に戻るのだって、お昼過ぎに東京を発たないと終電に間に合わない。土日だけなんて無理だよ。ほとんど滞在時間がないよ」

「宮内庁に呼ばれたときに使う航空会社とのチャーターヘリの契約があるから。片道、ほんの40分で入れ替われるよ」

「………本気?」

「ええ」

「……………ぅぅ……私、……巫女とか、向いてないっていうか……四葉、お似合いだし」

「しばらく替わって」

「…………はい」

 姉さんからアパートの鍵を受け取った私は、ご飯を食べ終えると、すぐに飛び立った。東京へ。

 

 

 怒った勢いで言い出して東京へ来てみたものの、土日だけ普通の女の子として過ごすなんて、何をどうすればいいのかな。とりあえず、日曜日の朝になって、姉さんのベッドで寝ていた私は普通の女子高生らしく糸守高校の制服を着て、まずは歯ブラシを買いにコンビニへ行く。

「……すごい……コンビニが、いっぱいある……」

 通りに出ると、視界に3件もコンビニがあった。アパートの、すぐそばに1件、道路の反対側に1件、そして200メートル先の交差点にも1件。何度か、宮内庁に呼ばれて東京へ来たことはあったけど、いつもヘリポートから直行して直帰だったから、東京を気ままに散歩したことなんてない。

「予想してはいたけど、すごい光景ね」

 コンビニが1件しかない糸守に比べて、この光景は圧巻だった。でも、1件1件の店が、すごく小さくて狭い。最初に入ったコンビニに歯ブラシは置いてなかった。2件目で歯ブラシを買ってアパートに戻ったときだった。姉さんの部屋の前に誰か、男性がいた。私より四つか、三つくらい年上の男性だった。

「……」

「………」

 私を見た男性が驚いた顔をして、それから泣いた。

「…ぐっ……そんなカッコ……反則だぜ……」

 そう言って泣きながら私を抱きしめてくる。

「…あ……あの…」

「惚れ直した。いや、やっと再会できた気分だ」

「………」

 いきなり抱きつかれて、突き飛ばそうとか、叫ぼうとか、私は考えなかった。だって一目惚れしていたから。

「……」

 でも、わかる。

 この人は姉さんの彼氏だ。

 でも、わからない。

 予知も予感も働かない。

 自分の未来が、からっきしわからない。

 ただ、わかる。

 私は、とんでもない迷宮に入り込んだんだって。

 

 

 



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