女主人公のカントー制覇旅 (ムイコ)
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第1話-① マサラタウン①

「――昔はワシもバリバリのポケモントレーナーとしてならしたもの!」

 

じーさん話長いんだよ。と幼馴染みのグリーンが小さく悪態を吐いた。

今日は13歳の誕生日であり、私が旅に出る日。

目の前のテーブルには三つのモンスターボールが並び、手元にはポケモン図鑑。

まさに夢の様な瞬間である。

 

目の前で昔話を延々と語るこの人はオーキド博士。

これでも、ポケモン研究の第一人者らしい。

私の幼馴染みのグリーンのおじいさんでもある。

今回、私が旅に出ると博士に言ったらなんと珍しいポケモンをくれるというのだ。

代わりにポケモン図鑑なるもののデータ取集を手伝えばいいようで、何だか致せり尽くせりな気がしないでもない。

フシギダネ・ゼニガメ・ヒトカゲ。

どれも育てがいがあり、頼りになるであろうポケモン。

ここ数日は誰を選ぼうかということで頭も胸もいっぱいいっぱいであった。

 

「――今はポケモンも三匹しか残っとらんがお前に一匹やろう!さあ、選べ!」

 

おや、博士の話が終わったようだ――全く聞いてなかった。

グリーンを見ると「先に選ばしてやるよ」と珍しく譲り合いの精神を見せてきた。

お言葉に甘える事にして、私は一つのボールを手に取った。

人は道に迷った時左右のうち、左を選ぶという。

だが、敢えて私は右を選ぼう。

どれを選んでも特に変わりは無いのだろうが。

 

「ほう、ヒトカゲか。そいつは元気がいいぞ!!大切に育ててくれい」

 

ボールから飛び出たのはオレンジ色で尻尾で小さな炎が燃えているとかげポケモンのヒトカゲ。

つぶらな瞳が私を見つめ、きゅいと甘えるように鳴いた。

 

「ふーん、ほのおタイプのヒトカゲな」

 

グリーンもヒトカゲをじっと見ている。

まあ、こんなにかわいらしいから見惚れるのも当然だと思ったら奴は迷うことなく真ん中のボールを手に取る。

 

「じゃあ、オレはみずタイプのゼニガメにするぜ!!」

 

……お前、最初からそれが狙いだったのか。

そうだった。お前はそんな奴だったよ。

 

みずタイプはほのおタイプに強い。

恐らく私がゼニガメを選んだら奴はフシギダネを、フシギダネを選んだらヒトカゲを選ぶつもりだったのだろう。

13歳にもなって完全に後だしじゃんけんである。

恥を知らないのかお前。

 

昔から妙に私に張りあってくるのは未だ健在であるようだ。

三つ子の魂何とやらだ。

 

……うん、私は早めに帰るとしよう。

お母さんが今日の為にプレゼントを用意してくれるらしい。楽しみだなぁ。

では、マサラタウンにさようならバイバイ。

 

「待てよ、リーフ!!」

 

変に絡まれないうちにさっさとこの場から立ち去ろう。

そう思って、ヒトカゲを小脇に抱えた私にグリーンはニヤリと嫌な笑みを浮かべて私にビシッと指を突きつけてきた。

こら、人に指を向けるな。

 

 

「折角、じーさんにポケモン貰ったんだぜ……ちょっとオレの相手してみろ!」

 

 

お前はカツアゲをするチンピラか。

……いや、ちょっと待て。

 

 

 

――もしかして、これって人生初のポケモン勝負?

 

 

 




ポケットモンスターオリジン楽しみでついつい書いてしまいました。
基本的に原作通りにすすめますがたまに改変する事もあるかもしれません。
基本的に主人公はモノローグで語ります。


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第1話-② マサラタウン②

 

拝啓、おふくろ様。

私の人生初のポケモンバトルは不意打ちで始まりました。

 

「いけっゼニガメ!!」

 

グリーンから突然ポケモン勝負を挑まれ、私は固まってしまった。

いやいや、ちょっと待てグリーンくん。此処室内だぞ。

埃立てたら怒られるし、『極秘資料』とでかでかと判を押されている資料がそこら辺に落ちているだろう。

ほら、研究員の方がぞろぞろと集まって来たよ。

今だったらすぐ謝れば許してくれるだろうし、今すぐゼニガメをモンスターボールに……

 

「おや、グリーンくんとリーフちゃんの初バトルですか」

 

「録画の準備はできましたよ、この日の為にカメラを新調したのですよ……ふふふ」

 

「ヒトカゲとゼニガメも体調は万全。勝負はどう転ぶか分かりませんよ」

 

 

 

――ああ、そうだった。

ここには常識のある大人なんていなかったな。

 

 

 

「ほら、さっさとヒトカゲ出せよリーフ!!降参するなら別にいいけどよ」

 

 

よし、その喧嘩買ってやるぞ。

四年間ずっと『マンキーでもわかる!!ポケモン戦術入門書』読んでいたのだからな。

私はただの初心者ではないぞ……多分。

 

 

「……きゅーん」

 

モンスターボールからヒトカゲを出すと、ゼニガメに睨まれているのが怖いらしく、私の後ろに隠れた。

ちょっと待て。戦うのは私じゃない、君だぞ。

 

臆病者を前に押し出し、図鑑を開く。

わざ一覧ページを開き、我が幼馴染みをどう叩きのめすか戦略を立てる。

 

 

……覚えている技はひっかくとなきごえだけか。

レベル5であれば妥当だ。

おそらく、ゼニガメの方もそうなのだろう。

タイプ技が使えないとなれば簡単な事だ。

物理で殴りあって最後まで立っていた方が勝ちなのだ。

うん、取り敢えずひっかくだけやらせておくか。

なきごえなどでグリーンに媚を売る必要はないぞ、我が相棒よ。

 

「やれやれ……まったくしょうがないヤツじゃのう!リーフ!ポケモン勝負ははじめてじゃろう?ポケモンバトルは……うん?基本的なルールはもう知っているから必要ない?……そ、そうか……では、たたかってみなさい」

 

いらない解説を始めようとした博士を黙らせ、ヒトカゲに指示を出す。

 

 

―『ひっかく』だ。

 

 

「カゲ!!」

 

小さな爪をきらりと光らせ、ヒトカゲはゼニガメへと飛び掛かる。

重い甲羅を背負ったゼニガメと違い、ヒトカゲは身軽だ。

ゼニガメは避けられずモロにその一撃を食らう。

 

「ゼニガメ『たいあたり』!!」

 

 

――こうして、初心者丸出しのポケモンバトルが始まった。

 

 

 

* * * *

 

 

 

結果:初勝利

 

 

「あーくそっ!!お前に負けるとかありえねえって!!」

 

 

グリーンが地団駄を踏みながら悔しがる。

 

 

しかし、想像以外にポケモンバトルは大変で面白かった。

……別にキズ薬使うのは反則でもズルでもないから。ちゃんとした勝利である。

自分の準備の悪さを恨むんだな、グリーン!!

最終的にはただの殴りあい気味であったが、ちゃんとした勝利である。

この世にポケモンがいてくれて万歳である。

日常生活にも彼等の力はかなり影響しるし、切っても切れない存在だなと改めて実感する。

 

 

「カゲェ……」

 

 

傷だらけながらも、元気なヒトカゲが尻尾を揺らしながら甘えてくる。

嗚呼。我が相棒マジ天使。

思いっきり抱きしめて頭を撫でてやる。

ペロペロとかは周りの目があるので自重だ。

 

「うむ、見事じゃ!二人ともこれからが楽しみじゃな!!」

 

「録画もバッチリです!!いいデータが取れましたよ……ふふふ」

 

博士と研究員の人達が大いに笑っている。

多分、二匹が暴れてぐちゃぐちゃになった研究所の片付けという現実から目を逸らしているのだろう。

少し落ち着いたのか、グリーンは床に転がっているゼニガメを小脇に抱え、再び、私に指を突きつける。

バトルをする前とは全く違う種類の目をして。

 

 

「他のポケモンと戦わせてもっともっと強くしてやるから……それまで首洗って待ってろよ」

 

 

普段のおちゃらけたふざけた空気は何処に行ったのだろう。

このバトルは幼馴染を変えるきっかけがあったのかもしれない。

私はただグリーンの目を見る事しかできなかった。

 

 

「リーフ!じーさん!そんじゃ、あばよ!」

 

 

グリーンはひらひらと手を振って、研究所を出て行った。

多分、奴の事だからすぐにマサラタウンを飛び出すのだろう。

私も負けてられないな。

早く帰ってお母さんに話してすぐにでも出発しよう。

 

 

 

……あ。

グリーンから賞金貰うの忘れてた。

博士もそれに気付いたようだ。

仕方ないのお。と呆れた目をしていた。

 

「あやつ……普通に忘れておったな。まあ、今回は初バトルじゃ。グリーンの代わりにワシが賞金を出してやろう」

 

ポケットから財布を出して、博士は賞金をくれた。

その額、80円なり。

研究所にチャリンと軽い音が響いた。

……しけてるな。

 

「ば、馬鹿者!!最初はこんなもんじゃ……しけてるとか言うでないぞ、この不良娘が!!」

 

うっ、お世話になった博士から言われると耳が痛い……いや、別に不良娘じゃないけど。

え、スカートが短すぎる?

これはファッションだって。そもそも、私の服装注意するなら全国のを歩いているミニスカートの子を注意しなくてはいけなくなるよ、博士。

 

 

「ううむ、ああいえばこういう。屁理屈不良娘じゃ……」

 

 

よし、それくらいにしておいてください。博士、いい加減怒るぞ。

殺気を感じ取ったのか、博士は静かになった。

 

こうして、私の旅は始まった。



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第2話  トキワの森

 

マサラタウンより少し発展しているが、のどかな田舎町のトキワシティ。

何回か訪れた事があるのでここの地理は結構知っている。

忘れられがちだが、トキワシティにはジムがある。

一応、様子だけでも見るかとジムに寄ってみたのだが……

 

「いつ来てもこのポケモンジムは閉まっとる。いったいどんな奴がリーダーをしとるんじゃろか?」

 

掃除のおじさんが一人だけいた。やはりそうだろうなと肩を落とす。

ジムリーダーがいなくては挑戦も何もできない。

 

ポケモンジムは基本的に8つあり、それぞれのジムによって使用されるタイプが決まっている。

そこのジムリーダーを倒し、ジムバッジを手に入れ全て集めることがポケモンリーグの四天王と対戦することの条件である。

 

四天王に勝つと今度はチャンピオンと対戦するのだが、現在そのチャンピオンの座は不在だ。

チャンピオンになることを目指すトレーナーにとってジムリーダーに勝つことは必須であり、またバッチを持っているトレーナーほど色々優遇されたりする。

ポケモンリーグに挑戦するかはまだ決めていないが、バッチを集めることは損ではないだろう。

 

ニビジムのタケシ、ハナダシティのカスミ、クチバシティのマチス、タマムシシティのエリカ、ヤマブキシティのナツメ、セキチクシティのキョウ、グレンジムの禿げた人。

7人のジムリーダーはカントー中で芸能人並に有名であるのに、トキワのジムリーダーは使用ポケモンのタイプどころか名前すら不明である。

 

トキワのジムリーダーはボイコットすることに命を懸けているのだろうか?

 

ポケモンリーグも何か対処しろよと思うが、そこは大人の事情があるのだろう。

そもそも、チャンピオンが不在なのも絶対ここのジムリーダーのせいだ。

ジムリーダー無しでどうやってバッジを手に入れるんだ。

顔も知らないジムリーダーに心の中で悪態をつくと私はトキワジムを後にした。

 

 

 

* * * *

 

 

 

トキワジムに行けないのはしょうがない。

取りあえず、トキワの森を抜けてニビシティに行くか。

歩けるところまで歩いて今日はトキワの森で野宿。

もしかしたら、日が暮れるまでにニビシティに着くかもしれないし。

 

フレンドリィショップでキズくすりとどくけし、モンスターボールを買っておく。

 

 

早くてもジムへの挑戦は明日以降にしよう。

タケシはいわタイプの使い手。

それまでにヒトカゲを訓練しなければ……あれ?

 

 

 

ほのおタイプっていわタイプに弱くなかったっけ?

 

 

 

嫌な汗が大量に出てくる。

ボールの中からヒトカゲが怯えている。

……どうして、気付かなかったんだろう。

このままでは完全に詰む。

バッジを一つも手に入れることなく、私の旅は終わってしまう!!

 

 

 

* * * *

 

 

 

そう簡単に対策など思いつく筈はない。

トキワの森にくさタイプのポケモンがいるかもしれない。

そう思って森に入ったが、見事にむしタイプしかいなかった。

ピカチュウもいたのだが、でんきタイプではいわタイプに対抗できない。

 

そもそも、ピカチュウは捕まえる気が起きない。

実家でお母さんがピカチュウを飼っているが、気性がかなり荒い。

その可愛らしいビジュアルでピカチュウ愛好家は多いが、小さい時から散々な目に遭わされていた私にとってはピカチュウは苦手なポケモンだ。

レベルの高いポケモンは実力のないトレーナーのいう事を聞かない。

いつかバッジを全部集めていう事を聞かせてやるという野望も私が旅に出る理由の一つである。

 

 

……少し、話が逸れた。

とにかく、私はいわタイプ対策を思いつかないままトキワの森で夜を迎えた。

キャタピーやビートルを倒している間に覚えた新技『ひのこ』でヒトカゲが拾い集めた薪に火をつけ、マシュマロを焼く。

 

「カゲー」

 

褒めて、褒めてと言いたげにヒトカゲが自慢げに私を見る。

……うん、やっぱりヒトカゲ選んでよかった。

 

ヒトカゲを膝に置き、撫でてやる。

焼いたマシュマロを一つやると、嬉しいのか尻尾の炎がゆらゆらと揺れる。

取りあえず、明日の朝にニビシティに行こう。

いわタイプ対策はジムを見てからでも遅くは無いだろう。

 

そうと決まったら今日は早めに寝よう。

パリパリの保存食を齧り、ゴミをビニール袋にまとめる。

使った場所にゴミを残さない。

これぞレジャーの基本である。

 

 

そして、ヒトカゲを寝かそうとボールに手をかけた途端。

 

「カゲッ!!」

 

突然、ヒトカゲは膝から飛び降りると森の中へと駆けて行った。

……あれ、脱走じゃないよね?

何かを感じ取ったのだろうか。

 

呆然としていると生ぬるい風がぶるりと身を震わせた。

……このまま一人で森の中にいるのも不安なのでヒトカゲを追いかけることにした。

 

 

 

* * * *

 

 

暗い森の中をぽつんと火が灯るヒトカゲの尻尾がちょこまかと動く。

速い――療養開けの身にこの森を走るのは辛い。

しかし、ここでヒトカゲを見失えば冗談無しで遭難である。

脇腹が痛くなるのに耐えながら私はでこぼこした道なき道を走っていく。

 

そして、もう限界だと心中で4回目のギブアップをしかけた時、木々のない、開けた場所にたどり着いた。

 

「……カゲ」

 

ヒトカゲが声を潜め、とある場所を指差す。

そこには巨大なスピアーが3匹いた。

何かを取り囲んでいるようだ。

ヒトカゲに尻尾の灯りを頼りに目を凝らすとそこには一匹の小さなキャタピーが触角を出して威嚇をしていた。

 

キャタピーは敵に襲われると強烈な臭いのする触角を出して威嚇すると図鑑に書いていた。

もしかして、ヒトカゲはその匂いを感知してここまで来たのかもしれない。

私の指示を待っているのか、ヒトカゲは私をチラチラと見ている。

 

ヒトカゲのレベルアップのために数々のむしポケモン達を倒してきた私があのキャタピーを助けるのはエゴなのかもしれない。

だが、わざわざ襲われている所を見なかったとこにするのも寝覚めが悪い。

 

 

 

――『ひのこ』で焼いてしまえ!!

 

 

 

「カゲー!!!!」

 

指示を出すと同時にヒトカゲの口から大量の炎が噴射される。

……これはひのこの威力じゃないような気がする。

そして、キャタピーを燃やしていないか些かどころかかなり不安なのだが。

 

 

取りあえず、ひのこをヒトカゲに止めさせると黒焦げになったスピアーが地面に落ちる。

キャタピーは取りあえず無事なようだ。

思わずため息を吐くと、図鑑が電子音を鳴らした。

 

どうやら今の不意打ちというか戦闘でヒトカゲのレベルが上がったようだ。

……このスピアー達。どうやらかなり高レベルだったようだ。

図鑑のバグかと思うくらいにレベルが一気に上がっている。

夕方位にひのこを覚えたヒトカゲがメタルクローまで覚えてしまった。

 

 

「キュピー」

 

キャタピーが触角を引っ込めて嬉しそうに鳴いた。

お礼を言っている……かもしれない。

 

 

やはり、見捨てずに助けて良かった。

 

 

キャタピーとヒトカゲの頭を撫でてそう実感した瞬間。

 

 

 

 

――雲一つない満月の空を何かが覆い隠した。

 

 

 

 




技はFRLGの第三世代基準で行きます。
次は初のジム戦です。
タケシはゲーム版だと違和感感じますね。

チャンピオンロードのライバルを無視してしまいましたね。
あと、マンキーの存在忘れていました。
初代緑だと出ないですし……LGではどうなっているのでしょう?


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第3話  ニビシティ

BGM:タケシのパラダイス


 

「しまった!10000光年は……時間じゃない!……距離だ!」

 

 

がくりと膝をつき、少年が負けを認める。

うむ、此処までは好調。

あとはタケシを倒すだけである。

 

少年に教えられた通りに私はタケシが控えるジムリーダーの間の扉を開けた。

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

錆びた鉄の扉が重い音を立ててゆっくりと開く。

恐らく、自分への挑戦者なのだろう。

タケシは閉じていた瞳を開き、敵の姿を確認する。

 

一人の少女がそこにいた。

年は13から15か。

白い帽子から背中まである長い茶髪と意志の強そうな瞳が印象的だ。

 

 

 

経験の浅い初心者トレーナなのだろうとタケシは判断したのだが、トレーナーとしての勘が油断するなと忠告する。

少女は一言も声を出さずにこちらの出方を伺うかのようにじっと目線を逸らさない。

 

 

――今日はめでたいな。

 

 

タケシは人知れず笑った。

先程挑戦しに来たグリーンという少年といい、目の前の少女といい骨のありそうなトレーナーに出会えたのだ。

思いっきり楽しもう。

タケシは腕を組み、少女の高らかに宣言した。

 

 

「オレはニビシティポケモンジムリーダーのタケシ!」

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

タケシの力強く大きな声がビリビリと部屋を揺らす。

……これがジムリーダーなのか。

そこら辺のトレーナーとはやはり何かが違う。

気迫だけで怯んでしまいそうになる。

 

 

「俺の硬い意志は俺のポケモンにも現れる!硬くて我慢強い!」

 

 

手が勝手に震えてしまう。

心臓が私の中でバクバクと煩く鳴り響く。

緊張しているのか。

落ち着かなければと深呼吸をするも、一度場に飲み込まれてしまっては中々元に戻らない。

 

――カゲ

 

腰のボールがカタカタと揺れ、ヒトカゲの鳴き声が聞こえた気がした。

ストンと気持ちが不思議なほど落ち着き、周囲がくっきりと見える。

 

そうだ、戦うのは私だけじゃない。

この子達も一緒なのだ。

 

ボールを軽く撫でて、私はバトルフィールドに立つ。

タケシが手にボールを取り、私もそれに倣う。

私のすることは決まっている。

この子たちが戦いやすいように場を作り、サポートするのだ。

 

 

 

「かかってこい!」

 

 

タケシのその声で戦いの火蓋は切られた。

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

「ジムリーダータケシと挑戦者、マサラタウンのリーフ!!両者尋常に勝負!!」

 

タケシはイシツブテを繰り出した。

今回のバトルでは使用ポケモンは二体。

タケシの切り札はイワークだと町での情報収集で聞いた。

恐らく、もう一体の使用ポケモンはイワーク。

イシツブテをストレートで倒し、イワーク相手にどう動くかが重要である。

 

いわタイプと相性の悪いヒトカゲはできる限り今回は使わないようにする。

今回の勝利のカギを握るポケモンは彼女だ。

 

 

「フリィィィィィィ!!!!」

 

 

白と黒の大きな羽。

感情の読めない赤い大きな瞳が獲物のイシツブテを認める。

 

 

「……バタフリーか。これは強いな」

 

やはり、タケシには分かるようだ

確かに、このバタフリーはただのバタフリーではない。

昨夜襲われたキャタピーの母親であり、トキワの森の実質的な支配者でもある。

生まれてからこの方森を荒らすものを容赦なく倒してきた猛者中の猛者。

身体は通常のバタフリーよりも一回り程大きく、その殺気も半端なものではない。

レベルも野生のものとしては段違いである。

 

……一応、おやは私であるのでちゃんと言う事は聞く。

バトル中に寝られることも無い筈だ、多分。

 

 

――『ねんりき』

 

 

先手を取るべく、早速指示を出す。

バタフリーの大きな赤い目が妖しく光り、イシツブテが不思議な光に包まれる。

イシツブテはその光から逃れようと暴れるがバタフリー本人(ポケモンだが)はビクともしない。

 

効いている。

エスパータイプの技はいわタイプにはふつうの効果だ。

しかし、イシツブテは防御が高いが特防は低い。

直接殴っても効かないなら、遠くから攻撃すればいい。

 

そして、バタフリーのねんりきは思っていたより強力らしく、イシツブテは目を回して倒れた。

 

「イッシ……」

 

「イシツブテ、戦闘不能!!」

 

レフェリーが笛を鳴らし、イシツブテがボールに吸い込まれる。

ボールとポンポンと撫で、タケシはバタフリーをじっくりと見る。

 

「ゆっくり休めイシツブテ……まさか一撃でやられるとは思っていなかった」

 

 

驚いたな。と言いながらもタケシには未だ余裕がある。

やはり切り札のイワークが手持ちにいるのだろう。

 

 

「フリー……」

 

 

バタフリーが今まで以上に殺気を出してカチカチと歯を鳴らし、威嚇する。

イシツブテはウォーミングアップだったようだ。

……バタフリーってもっと優雅なものだと思っていた。

 

少し夢が壊れたが、まあいいだろう。タケシとの戦いに意識を戻す。

何、大丈夫だ。的が大きければこちらの攻撃も当たりやすい。

イワークも特防は高くないのだ。

 

「これが俺の切り札だ……いけ、イワーク!!」

 

地響きのような声を響かせ、岩石の大蛇が現れた。

バタフリーが威嚇を止め、身体を震わせる。

……武者震いなのだろう。

トキワの森では出会う事のない二匹。

間違いなく、このイワークは彼女の生涯の最大の敵だ。

 

――もう一度、『ねんりき』だ。

 

「フリィィィィィィ!!!!!!」

 

先程のイシツブテ以上の光がイワークを襲う。

 

「グルゥゥゥゥゥ……」

 

避ける間もなく、イワークは苦しげな表情と声を漏らす。

だが、一撃では倒しきれないようだ。

 

「そのバタフリー……やはりデカいな。いいぞ」

 

 

窮地に立っているのにもかかわらずタケシは不敵な笑みを浮かべる。

こちらが優勢だというのに何なのだその余裕は――ぞくりと危機感が背筋を震わせる。

 

「的が大きいほど技も当てやすいからな。イワーク!!『がんせきふうじ』だ!!!」

 

「ウオォォォォォォォ!!!!!」

 

イワークが巨大な尾を揺らし、地面に叩きつける。

バトルフィールドに設置されていた岩が地を離れて宙を飛ぶ。

地震のようなその衝撃は立つことすら儘ならず、しりもちを付いてしまう。

一瞬の隙がバタフリーへの指示を遅らせ、命取りになる。

様々な方向から打ち出された岩石はバタフリーを襲い、地面に叩きつける。

急所に当たってしまったようで、バタフリーはすぐには体制を直せない。

 

「よし、たいあたりでダメ押しだ!!」

 

その巨体に似合わないスピードでイワークは身体をくねらせて、バタフリーに渾身の一撃を食らわせる。

 

 

「フリィ……」

 

「バタフリー戦闘不能!!」

 

レフェリーの宣言に目の前が真っ白になりかける。

何て強さと速さだ。

勝てるプランが全く思いつかない。

やはり、ジムリーダーと自分ではこんなにも差があるのだろうか。

どうして、勝てるのだと思ったのだろう。

 

こちらを睨み付けるのは本当にただのイワークなのか?

震えて立ち上がることすらできない。

 

どうしたらいいんだろう。いっそ、このまま降参でも――

 

 

「カゲー!!」

 

 

ボールからヒトカゲが飛び出し、私の頭をぽこんと叩く。

しりもちをついた状態であるため、ヒトカゲのつぶらな瞳と目線が合う。

 

 

「カゲ、カゲー!!」

 

 

勝負はまだ付いていない。

そう言いたげに鳴くヒトカゲは怒っているようだ。

 

 

……情けない。

戦うのは私だけじゃないって思ったばかりじゃないか。

さっさと折れてどうするんだ。

そうだ、私にはまだヒトカゲがいる。

出会って日も浅い相棒だけれどこの子となら何でもできる気がする。

 

うん、まだ試合は中盤だ。

タケシも私も残り一体ずつ。

しかも、イワークはダメージを受けている。

タイプの相性だけでひっくり返される試合ではない。

上手く立ち回ればあのイワークを倒すことだって不可能じゃない。

 

ヒトカゲの頭をポンと撫でると可愛らしくも勇ましい鳴き声を上げ、フィールドにヒトカゲは立つ。

バタフリーをボールに戻し、その背中に頼もしさを感じる。

 

「ふむ、ここでヒトカゲか……イワーク。油断するなよ」

 

タケシの声が静かにジムに反響する。

深呼吸をし、ヒトカゲでイワークに対抗する方法を考える。

 

――ヒトカゲ、『メタルクロー』だ。

 

「カゲェ!!」

 

メタルクロー。???タイプの技。

最初は図鑑のバグかと思った。

しかし、ただのひっかくとは違い、これは少なくともノーマルタイプの技ではないようだ。

ポケモンは人と密接した存在であるはずなのに未だに謎が多い。

 

博打に近いが、これがヒトカゲがイワークに対抗できる技かもしれない。

ほのおタイプのひのこでは効果は半減されてしまうが、メタルクローはどうなのだろうか。

 

くるりと空中を一回転し、ヒトカゲの硬質化された爪がイワークを切り裂く。

 

「グオォォォォ」

 

「何だと!?……ヒトカゲが岩タイプに効果抜群の技を、出したというのか……」

 

イワークの身体が大きく削れ、苦しげに叫ぶ。

タケシはかなり驚き、まじまじとヒトカゲを見つめる。

 

「クソッ……これだからポケモンは面白い!!イワーク!!『がんせきふうじ』だ!!!」

 

「グウゥ!!」

 

再び、イワークがフィールド中の岩石を打ち上げる。

 

二度目は流石にしりもちなどつかない。

私はヒトカゲに叫ぶ。

 

――もう一回『メタルクロー』だ。

 

ヒトカゲが襲いかかる岩石を避け、メタルクローで砕く。

一撃でも食らったら終わりだ。

このがんせきふうじを避けきって、もう一度メタルクローでとどめを刺す。

 

「やはり、ここはシンプルに行くべきだな」

 

砂煙が起こる中、タケシの表情は見えない。

だが、私には分かった――彼も私と同じだ。

 

「押し潰せ、『たいあたり』だ」

 

――勝つことを諦めず、とことん悪あがきをする人間だ。

 

ヒトカゲの死角となっている岩陰からイワークはその巨体をぶつけるために突進する。

私が叫ぶよりも早く、その小さな身体は一撃を食らう。

 

「……カゲ」

 

「まだ立つか……『しめつける』降参するなら早めにするがいい」

 

岩の巨体がヒトカゲをギリギリと締め付ける。

ヒトカゲは苦しげに鳴き、締め付けから逃れようともがく。

両手を封じられているからメタルクローは使えない。

 

……どうすれば。

イワークに対抗するだけの手段は、どこに。

ヒトカゲはまだ諦めていない。

しかし、図鑑に表示された体力ゲージはじわじわと減っていき、緑からオレンジになり、赤へと変化しようとしている。

 

――!!

 

……もしかしたら、行けるかもしれない。

この状況だからこそ、イワークを倒すことができる!!

 

――全力で『ひのこ』だ!!

 

「……カ、カゲエエエエエエエ」

 

ヒトカゲの尻尾が大きく青白く燃え上がり、高温の炎がヒトカゲの小さな口から噴射される。

イワークの巨体を炎が包み込み、イワークは苦しげに声をあげる。

 

「グガアァァァァ」

 

「炎タイプの技がイワークに効いているだと!?くそっ、イワーク!!早くとどめを刺すんだ!!」

 

タケシの声も届かないのかイワークは身をくねらせ炎から逃れようとする。

拘束から逃れたヒトカゲは爪に力を込める。

今度こそ、とどめのメタルクローだ。

イワークはそれを避けることもできず、一撃をまともに食らう。

 

「……グゥ」

 

ドスンと一際大きな音を立てて巨体がフィールドに沈む。

 

「イワーク、戦闘不能!!よって、挑戦者マサラタウンのリーフの勝利!!」

 

レフェリーの声が響き、試合終了を告げるホイッスルが鳴り響く。

――勝った。ジムリーダーに私は勝ったんだ。

全身から力が抜けて、座り込んでしまう。

やはり少しは緊張してたんだと場違いなことをぼんやりと実感している私にタケシがゆっくりと近寄る。

 

 

「ヒトカゲの特性は『もうか』だったな……ふぅ、油断せずにとどめを刺せば良かったな」

 

『もうか』

HPが三分の一になると、ほのお技の威力が上がる。

いわタイプにほのお技が効きにくくても、威力を上げればダメージは通る。

そして、イワークは特防が低い。だから、ひのこが効き勝負をひっくり返したのだろう。

 

「しばらくは修行のやり直さなければな」

 

差し出された手を取ると、彼は私を立たせてくれた。

私よりもずっと大きくてゴツゴツとした男の人の手だ。

……凄く笑っている。

悔しいな、と言いながらも最高の勝負だったと肩を叩いてくる。

 

 

「……本当に今日はめでたい。君を見くびっていたようだ。僕に勝った証にポケモンリーグ公認グレーバッジを授けよう!」

 

……一人称変わってないですか?

そんなささやかな疑問は手渡された光り輝くバッジの前に消え去った。

 

「グレーバッジを持っていれば戦闘でなくてもフラッシュが使えるようになり、ポケモンの攻撃があがる。そして、人のポケモンでもある程度のレベルまでなら言う事を聞く……いくつまでだったか?」

 

泥だらけの顔でタケシは自信なさげにバッジの効果を解説してくる。

うん、色々と不安だが今は勝利を喜ぼう。

ヒトカゲを褒めてあげようとフィールドを見ると。

 

……何か光ってる。

 

「カゲー!!」

 

ヒトカゲは嬉しそうに鳴きながらこっちに走ってくる。

いや、それはいいんだけれど。

相変わらず、私の相棒可愛いんだけれど!!

何か光りながら大きくなってる!!トコトコいってた足音がどすどすいってる!!

 

「リザアアアアア!!!!!」

 

体長60cmだったヒトカゲが体長110cmの巨体へと変化し、私に全身を使ってのタックルを食らわせる。

避けることもできず、受けきれるはずもなく、私は本日何度目になるか分からないが地面にまた倒れた。

 

 

「ハハハハ!!進化おめでとうだな、リザードか。いい目をしている!!!!」

 

 

タケシの笑い声とヒトカゲ……ではなくリザードがぐるぐると甘える鳴き声が頭の中にがんがん響く。

 

 

うん、今日はもう寝よう。

そうと決まればあっさりと私は意識を手放すことができた。

 

 

今日の事は一生忘れない。

ポケモントレーナーとして一歩踏み出せた記念すべき日だもの。




やっとバッジを一つ手に入れましたね。
私は初代ではゼニガメを選んだのですがFRでヒトカゲを選んでタケシ・カスミ戦のデスロードを突破するのにかなり苦労しました。
あと、ヒトカゲは攻撃より特攻の方が高かった気がする+イワークの防御クソ高いので正直、メタルクローよりもひのこ連発の方がよかったりするんですよね。


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第4話-① おつきみやま①

※オリキャラ出てきます。


 

 

――トキワの森、ニビ側入り口。

 

「フリー」

 

ボールからバタフリーを出すと大きく伸びをした。

やはり、生まれた頃からこのトキワの森で生まれ育った彼女にはモンスターボールでは狭すぎるのだろう。

 

「きゅきゅぴー!!!!」

 

草むらから小さなキャタピーが飛び出してくる。

バタフリーはゆったりとした優雅さすら匂わせふわりと舞い、キャタピーを抱きかかえる。

 

「フリィ」

 

そして、彼女は我が子を抱きかかえたまま森の奥の棲家へと帰って行ったのだ。

 

――数日前。助けたキャタピーは森の主の子だった。

何かお礼を。とでも言いたげにどこまでも付いてくるバタフリー。

森の主の登場にレベルの低いポケモンは恐れをなして全く出てこなくなった。

 

ポケモンに言葉が通じるかどうかは分からないが、ダメ元で「ニビジム攻略を手伝ってくれないか」と言ってみた。

すると、バタフリーは赤い目をキラキラと輝かせ、自らモンスターボールに入ったのである。

 

……うん、ポケモンって人間の言葉分かるんだなぁ。

実家もピカチュウも人の言葉を理解しているような雰囲気だしね。

 

そういう事で、ニビジム攻略も終わったのでバタフリーをトキワの森に返しに来たのだ。

 

「リザ」

 

少し低くなった声でリザードが甘えてスカートを引っ張ってくる。

早く次の町へ行きたいのだろう。

ニビシティの東に位置するおつきみやま。

その内部にある天然の洞窟を抜けると、水の都とも呼ばれるハナダシティがある。

ハナダジムにも挑戦をしてみたいし、おつきみやまにはピッピという珍しいポケモンもいる。

あのピンクのコロコロした可愛らしいポケモンを是非とも見てみたい。

 

――うん、おつきみやまに行ってみるか。

 

この軽いノリで決めた選択肢は私の運命を大きく変えることになるのだった。

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

――ああ、ツいていない。

 

ナオコは恐怖に身体を震わせながら自分の不運を呪った。

ニビ博物館の新米学芸員のナオコはその日、上司にお使いを頼まれた。

 

『ハナダシティに住む教授の家までこの化石を届けに行ってくれ――ああ、そうだ。貴重なものだから壊したり盗まれたりするなよ。絶対にな。貴重なものだから』

 

何もない所でこけるなど日常茶飯事のナオコが心配だったのだろう。

上司は大事なことを二度言い、教授の家までの道順をナオコに暗記させ、出発直前までかなり心配していた。

 

『最近、おつきみやまにはロケット団がいるという噂があるから気を付けろよ』

 

『大丈夫ですよ。おつきみやまはあんなに広いんですからロケット団になんか遭うはずありませんって!!』

 

これがフラグだった。

ナオコは自ら建ててしまったフラグに折れろと念じたが今更どうにかなるものではない。

顔を真っ青にしてバッグを後ろ手に隠すナオコにロケット団の下っ端はニヤニヤとしながら、ゆっくりと彼女を追い詰める。

 

 

「へへへ……姉ちゃん。そのバッグに入っているモンを大人しくこっちに寄越しな」

 

「む、無理ですよぉ……そそそそそそれに大したものじゃ」

 

「ハナダシティの教授の家にまで貴重な化石を届けに行くんだろ?」

 

「え、何で知ってるんですか?」

 

思わずそう聞き返してナオコは自分の過ちに気がついた。

――これ、自白しているじゃない!!

口を押えるが、下っ端はやっぱりな。としたり顔をしてナオコのバッグを思い切り掴む。

 

「おら、さっさと出すもん出せや!!」

 

「いやあぁぁ!!やめてください!!!!」

 

非力な女性の手では男の力に叶うはずもない。

バッグを奪われ、ナオコは泣きながらもそれを追いかける。

しかし、万年運動不足のナオコでは追いつくはずも無く――「リザアアアアア」

 

洞窟全体を揺るがすほどの低く大きな声を響かせ、赤い影が下っ端へと飛びかかった。

鋭い爪を光らせ、そのポケモンは下っ端の顔を思い切りひっかく。

 

「ぎゃあああああ!!!なななな何でここにリザードが……ってアチチチチ!!」

 

リザードだ。

おつきみやまに生息してるはずのないリザードが今目の前にいる。

尻尾の炎を怒りで青白く変化させ、下っ端にひのこを吹きかけ、追い払ってしまった。

 

(あれ……助けられた?)

 

混乱しながらもぼんやりとその場にたたずんでいると、リザードの側に人が立っていることに気付いた。

白い帽子を被った綺麗な長い茶髪の女の子。

少々丈の短いスカートからはすらりと細く白い脚が惜しげもなく出されている。

下っ端を追いかけようとするリザードを止め、その頭を撫でる。

気性の荒いリザードが甘えている……この女の子は何者なんだろう。

 

ぼんやりとそんな事を考えていると、少女はナオコのすぐ目の前にいた。

 

 

「……」

 

「え、えっと……その」

 

無言でナオコを見る少女は何も喋らない。

ただ、ナオコの顔をじっと見る。

とても印象的な目だった。

落ち着いていながらもどこか惹きつけられる輝きを放っている。

 

同性の筈なのに、見つめられると赤面してしまう。

彼氏いない歴イコール年齢のナオコは生まれて初めて感じる鼓動の高鳴りに思わず吐息を漏らす。

 

(何を言えばいいんだろう……)

 

ズバットのちょうおんぱを浴びた時以上に混乱しているナオコに、少女があるモノをずいっと手渡した。

下っ端が逃げる時に落としたのだろう――土や砂で汚れ、所々解れてはいるが、それは化石の入ったバッグだった。

 

「あ、私のバッグ……えっと、その……ありがとうございます」

 

中身をすぐさま確かめると無事であった。

安堵すると、涙腺が緩んでしまい視界がぼんやりと滲む。

驚かせてしまったのだろうか、戸惑うような雰囲気を感じた。

しかし、少女は恐る恐るといった感じではあるがナオコの頭をぽんぽんと撫でた。

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

「それで、ハナダシティに行こうとしたら道に迷って……ロケット団に見つかって化石は奪われそうになったんです」

 

おつきみやまの洞窟を探索していたらチンピラの絡まれているお姉さんがいた。

名前はナオコさん。ニビ博物館で研究員見習いをしているそうだ。

長い黒髪をうなじの辺りで纏め、黒縁眼鏡をかけたその姿はいかにも研究者という雰囲気だ。

 

年下の自分相手に敬語で少しおどおどとした態度は『真面目だけどドジッ子で駄目なお姉さん』という印象を感じる。

そうか、ロケット団か。

変なコスプレしたチンピラだなと思っていたらロケット団だったのか。

ロケット団は最近カントー中で事件を起こしているポケモンマフィアだ。

人のポケモンを盗んだり、ポケモンで人を脅して恐喝するのは当たり前。

 

ロケット団を見かけたらすぐにジュンサーさんへ通報を。

 

そんなCMあったなとしみじみと思い出した。

 

「その……リーフさん」

 

ナオコさんは化石が入っているバッグを背負いなおしてこちらを伺うように声をかけた。

――あ、恐がられてる。

私は昔から無口で何を考えているか分からないと言われ続けてきた。

ちなみに、そんなんじゃ友達できなーぞお前とグリーンに笑われたが、グリーンにも友達はいない。

喋ることは得意ではないので何を言えばいいのだろうか……頭を悩ませながらもナオコさんを見る。

ナオコさんも口下手らしく、少し考えた素振りをした後、私の手を握ってきた。

 

「……私、恐くて……さっきの人たちにまた襲われたらって考えたら。だから、あの。おつきみやまを抜けるまででいいんです……一緒に来てくれませんか」

 

細くてきれいな指はぶるぶると震えている。

さっき、襲われたことを思い出したのか真っ青になりながらも私を見つめてくる。

……これは、断ったら人間として終わる気がする。

 

そもそも、ポケモンを持っていないナオコさんをここに置き去りにするのは気が引けるということで自分から同行を申し出ようかと思っていた所だった。

了解の意を示し、ナオコさんの手を引っ張ってハナダシティへ行こうとする。

 

「あれ、リーフさん。ハナダシティへの道はこっちではないのですか?」

 

ナオコさんが不思議そうな顔で正反対の道を指差す。

そっち行ったら行き止まりです、ナオコさん。

まさかと思いながら間違いを訂正するとナオコさんはタウンマップを出し、私に見せる。

 

「え、だってこの山を抜けるためにはこの道を行かなければ……」

 

私はそっとそのタウンマップの右上に印刷された『ジョウト地方版タウンマップ』という文字を指差した。

 

 

 

 

 



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第4話-② おつきみやま②

昨日中に更新するといいながら日付変わってしまいました……


ナオコさんは方向音痴でドジッ子だった、属性が多すぎる。

何をどうやったらカントー地方でジョウト地方のタウンマップを買う事になるんだ。

しかし、本気で落ち込んでいるナオコさんに突っ込みを入れたら追い打ちになってしまう。

取りあえず、励ますために頭を撫でて、洞窟を歩いていく。

 

「……あら、今までとは雰囲気が違いますね。おつきみやまの最深部でしょうか?」

 

いくつかの階層を通りすぎ、一際広々とした空間に出た。

ナオコさんは目をキラキラと輝かせるが、私には今までの階層とどう違うのか全く分からない。

リザードは何か気になるのか周囲をキョロキョロと見回している。

 

「全然違いますよ!!えっとですね……分かりやすく言うとここは化石や珍しい鉱石がいっぱい出てくるような地層なんですよ!!他の階層よりも広く掘られていますからね、過去にもきっと発掘作業があったのですね!!」

 

ナオコさんは何処からか取り出したのか分からない発掘道具を手に一心不乱に壁を掘り始めた。

……うん、自分の好きな事に一生懸命打ち込める人って素敵だなっ!!

ツッコミを放棄した私はナオコさんの発掘作業を見守る事にした。

 

研究員という専門職のなせる技なのだろう。丁寧かつ繊細な掘り方で尚且つ早い。

細かい石片が常時周囲を飛び回る。

 

こういう石片がイシツブテになったりするのだろうか。とぼんやりと考え、次はリザードを見る。

リザードはご機嫌なようで尻尾を振りながらピンクのボールで遊んでいる。

 

――え、ピンクのボール?

 

よくよく見れば、そのピンクのボールは一人でにぴょんぴょんと飛び回り、時折「ピピー」と鳴いているではないか。

……少なくともボールじゃないな。

ポケモン、なのだろうか。

おつきみやまに出てくるピンクで丸っこい「ピピー」と鳴くポケモン……もしや。

急いでポケモン図鑑を取り出し、謎のポケモンに向けると機械音声がゆっくりと解説を始めた。

 

 

No.035 ピッピ

ようせいポケモン

愛くるしい姿からペット用に人気がある。ただし、なかなか見付けられない。

 

 

こ、これが……!!あのピッピだというのか!?

 

「うわぁ、ピッピですね……私初めて見ました」

 

いつの間にか発掘作業を終えたナオコさんが隣に立っていた。

……発掘作業ってもっと時間のかかるものだと思っていた。

 

「簡単な道具しかないですからねえ」

 

ナオコさん曰く、本格的な発掘作業をしようと思えば大量の時間とお金と人がいるのだそうだ。

発掘物を壊さないためにもできる限り機材を使わず、手作業で掘り進める必要があるらしい。

――想像するだけでも大変そうだ。

 

「そうですね……私はドジも多くて皆に迷惑をかけるし、仕事も大変なのですけど」

 

土に汚れた顔が少し赤みを帯びてふわりと笑う。

 

「好きでやってることだから何だかんだで楽しいんです」

 

そんな彼女の笑顔は、今まで見た中で一番魅力的に映った。

 

これは……私が男だったら惚れていたかもしれない。

同性の私から見ても今のは破壊力があった。

私にそっちの趣味はない……ないはずだ。

 

赤くなった顔に気付かれないように、帽子を深く被り直す。

途切れた会話をどうしようかと悶々と考えていると、リザードがピッピを連れて私の所までやってきた。

 

「リザー」

 

「ピピピ?」

 

リザードに抱きかかえられたピッピがキョトンとした表情で私達を見る。

……可愛い。

 

思わず、手を伸ばしてピッピに触れようとする。

ぽよぽよとした餅のような弾力ある手触り――ではなく、ガブリという嫌な音と鋭い痛み。

 

「ピギイイイイ!!!!」

 

「だだだ大丈夫ですかリーフさん!!」

 

「リザ!?」

 

可愛らしい容姿から想像もつかない程の鋭い牙を剥くピッピとあたふたするリザードとナオコさん。

……ピッピってこんなに凶暴なのか?

それに何かデジャウなのだろうか、前にも同じ目に遭ったことがあるような。

 

『ピギャアアアア』

 

『こら、ピカチュウ!!何してるの!?リーフ、大丈夫!!』

 

『……うわ、お前んちのピカチュウ恐すぎだろ』

 

――あ、これだな。

 

幼き日の思い出が脳裏によみがえる。

血塗れになった手の平、全身の毛を逆立てて牙を剥くピカチュウ。

顔を赤くしたり青くしたりして慌てるお母さん。

ピカチュウだけは絶対手持ちにいれないと宣言していたグリーン。

あれからしばらくはポケモンに近づくのが怖かった……。

 

「血は出ていないようですね……でも、傷口だけでも消毒をしたほうが――ひゃぁ!!」

 

「ピー」

 

私の手を取って心配してくれるナオコさん。

しかし、彼女にリザードの腕から抜け出したピッピが飛び掛かる。

 

危ない!!私の様に彼女も噛まれて……あれ。

ピッピがナオコさんに甘えている、だと。

 

「えっと……気分屋さんなのでしょうか、このピッピちゃん」

 

困ったようにピッピを抱きかかえたナオコさんが私を見る。

ピッピも真似するように私を見て――ニヤリと嫌な笑みを浮かべた。

 

こ、こいつ……!!

 

「ピピー」

 

 

彼女の胸元に顔を埋めるように体を摺り寄せ、甘える。

コイツ……ただのスケベ野郎だ!!

何がだ。私の何が悪い。

これでも療養前よりはかなり状態はいいんだぞ。

何?胸がないのは女じゃない?

ふざけるな。世の中巨乳だけで語られてたまるか。

コラッタもキャタピーも貧乳もみんな生きているんだぞ。

いや、私は貧乳じゃないけど。

 

……いや、話が脱線した。

私は貧乳ではないが胸談義は置いておこう。

何か別の話題を――そういえば。

 

 

――ナオコさんはポケモンを持っていないのだろうか。

 

 

 

「はい、持ってないです……トレーナーの資格は一応持っているのですが、捕まえようとしたら逃げられて」

 

ポケモンに近づこうとして思いっきりこけ、逃げられてしまうナオコさんの姿は簡単に想像できた。

今日だけでも三回転んでいるし。

……ボールもあらぬ方向へと飛んでいったりとかするのだろうか。

 

「うぅ……まったくその通りで反論の余地がありません」

 

ピッピの頬をむにむにとつまんでナオコさんは恥ずかしそうに顔を伏せた。

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

夜を迎えればズバット等の夜行性のポケモンの動きが活発になってくる。

彼らに遭遇しないうちに、私たちは今日中におつきみやまを抜けてしまおうという結論になった。

 

そして、移動を開始してしばらく。

私たちはおつきみやまの出口のある階層を歩いている。

 

「えっと、この子はどうしたらいいんですかね……」

 

「ピピー」

 

私、ナオコさん、リザード。

その後ろをピッピが着いてきている。

リザードと時折戯れながらぽよんぽよんと洞窟を跳ねる様は微笑ましい。

 

ただし、私と目が合うと歯を剥き出しにして威嚇してくる。

くそ、爆発しろギエピー。

 

しかし、道中を邪魔してくるわけでもないしナオコさんやリザードはコイツの事を気に入っているようなのでむやみに追い払う訳にもいかなかった。

ほっとけばいいだろうとジャガイモか何かだと思って気にしないでおいた。

棲家であるおつきみやまから出ることは無いのだろうし、出口で別れる事になりそうだ。

 

 

「あ、はい。ではそういう事で……あら、人が」

 

ナオコさんの目線の先には一人の男がいた。

チェックのシャツに黒縁眼鏡をかけた『いかにも』な見た目の青年である。

 

通路のど真ん中に座って何かをじっと眺めている様は正直邪魔で気持ち悪い。

さっさと退いて貰おうと声をかけようとした瞬間、彼は私たちの存在に気が付いた。

 

 

「……待てよ。この化石は僕が見つけたんだ。二つとも僕んだ」

 

化石マニアか……いや、別に私は化石要らないんでそこを通して貰えればいいのだが。

 

「どうしても欲しいんっていうのなら僕と勝負しろ!!」

 

いや、だから別にいらないって。

 

「いけ、ベトベター!!」

 

……くそ、人間同士だというのに会話ができないだと!?

 

理科系の男がベトベターを繰り出した。

どうやら、これは避けられない戦いのようだ。

だが、向こうのベトベターのレベルはそんなに高く無いようだ。

実を言うと、『メタルクロー』と『ひのこ』のPPが先程尽きてしまった。

 

 

だから、リザードの出せる技は『ひっかく』のみ。

……まあ、どう見ても負ける相手ではないと思うのだが。

 

リザードがベトベターに爪を振りかざす。

固体というよりは液体に近いベトベターに『ひっかく』は効くのだろうかと不安であったがそれは杞憂だった。

 

「ベト~」

 

ベトベターは苦しげな声をあげ――紫色のガスを噴き出す。

 

「リザァ!!」

 

リザードは一瞬苦しげな表情をするが、体制を持ち直し、再び、爪を振り下ろし、ベトベターの身体を削る。

 

「ベトベター!!『かなしばり』だ!!」

 

「ベトォ」

 

キン――とガラスを引っかいたような音がした。

リザードの動きが一瞬止まり、突然ベトベターから距離を離した。

一体、どうしたのだろう。

再度『ひっかく』を指示してもリザードは動かない。

 

「リーフさん!!『かなしばり』です、リザードは『ひっかく』を使えなくされたんですよ!!」

 

ナオコさんが慌てた声で叫ぶ。

――なんだって!?

 

「だから、『ひっかく』以外の技でやり過ごしてください……しばらくすれば『かなしばり』も解けるはずです」

 

という事は、しばらく攻撃技は使えないという事か……かなしばりが切れるまでは何とかやり過ごすしかない。

 

――『えんまく』だ!!

 

リザードが体内で黒い煙を作りだし、吐き出す。

元から暗い洞窟から更に視界を奪う。

 

「うわっ何も見えないぞ!!くそ、ベトベター……『はたく』!!」

 

ベトベターはどろりとした手でリザードを殴ろうとするが、黒煙の中ではそれは困難だ。

軽い身のこなしでリザードはベトベターの攻撃を避け続ける。

そして、かなしばりが解けたらしく、ベトベターの懐に瞬時に入り込み、殴りつける。

 

「べ、ベトォ……」

 

どうやら、限界だったらしく、ベトベターは目を回して倒れてしまった。

 

「くそっ……しつこい奴だな!!」

 

理科系の男は悪態をつくとドガースを繰り出してきた。

……しつこいと言われても話を聞かずに喧嘩を売ってきたのはそっちだ。

そして、私が指示を出すまでもなくリザードはドガースに殴りかかる。

 

一発、二発、三発。

 

リザードの拳はドガースに反撃の余地を与えず、地に沈めた。

 

「……よし、行けビリリダマ!!」

 

最後のポケモンを男は繰り出す。

ビリリダマ。これまでに二匹と特に違いは感じられない。

リザードとの相性も特にいいわけでもない。

 

それなのに。

男はニヤニヤと笑みを浮かべている。

 

「……そろそろだよなぁ」

 

――なんのことだ?

 

男の不可解な言葉に聞き返そうとした瞬間、リザードは膝から地面に崩れ落ちた。

 

「……リザ」

 

苦しそうにリザードは荒く呼吸をし、体制を立て直そうとする。

見た所大きな怪我もなく、今までのバトルでも全く攻撃を食らっていない

しかし、身体が上手く動かないらしく立つことすら間々ならなそうだ。

いったい、何故だ。この男は何をしたのだ。

 

「も、もしかして、どく状態なんじゃ……」

 

ナオコさんの言葉に男は正解だとでも言うようにニヤリと笑う。

そして、リザードが初手の一撃を食らわせたときにベトベターが吐き出した紫色のガスの事を思い出した。

 

あれは恐らく『どくガス』だったのだろう。

それを知らず知らずにリザードは吸ってしまい、ダメージを蓄積させていった……。

 

――何をしているんだ私は。何故気付かなかった。

 

キズくすりは切れ、どくけしも持っていない。

ここで、負けを認めてポケモンセンターまで走っていってもリザードの体力は持つか。

 

頭の中を様々な事がぐるぐると回る。

でも、私にとって一番大切な事はリザードを回復させることだ。

今すぐにでも降参して――

 

「ピ」

 

ぽよんとピンクの丸いボディが目の前に降り立った。

彼は苦しげにしているリザードの肩をポンポンと叩き、何かを手渡す。

 

「……リザ」

 

「ピピー……ピッピ」

 

最初はいやいやをするように首を振っていたリザードだが、ピッピに諭されたのか自らボールに入った。

 

「ピピー!!」

 

「ピッピだと……!?くそ、レアポケモン出していい気になるなよ!!」

 

男はよく分からない嫉妬を聞き流しながら私は茫然とする。

 

「……えっと、これはピッピが代わりに戦ってくれるという事なのでしょうか?」

 

ナオコさんの言葉にフッとピッピはニヒルな笑みを浮かべて私達に視線を向ける。

そうか、ありがとう。

今まで憎たらしくてしょうがなかったピッピに頼もしさを感じる。

困難を共にしたり、衝突をした相手と心を通わせる感覚とはこのことをいうのだろう。

少年漫画でしか見た事の無かった展開に胸が熱くなる。

私はできる限り気合を込め、敵を倒すべくピッピに指示を出す。

 

――ピッピ、『おうふくビンタ』だ!!

 

「……」

 

――いや、だから『おうふくビンタ』

 

「……」

 

――あの、ピッピさん?

 

「……ピ」

 

俺に指示を出すならその貧相なまな板何とかしてから来いよ。

 

そんなことを言いたげな目が私の胸に向けられる。

……このエロポケモン!!三枚下ろしにしてやろうか!!

 

「リーフさん!!落ち着いてください!!」

 

ああ、落ち着いているとも。

だが止めないでくれ、ナオコさん。私はあの女の敵に制裁を下してやらなければ気がすまない!!

それに!!私は貧乳じゃない!!

 

「落ち着いてないです!!混乱状態ですよお!!えーっと、ピッピちゃん!!『ゆびをふる』です!!お願いです!!」

 

「ピピー!!」

 

私を懸命に止めるナオコさんがやぶれかぶれでピッピに指示を出し、ピッピはそれに嬉しそうに鳴き、彼はゆびをふり始める。

 

 

「……はっ!!ビリリダマ、たいあたりだ!!」

 

私たちのやり取りに呆気にとられていた男だが、我に返り指示を出す。

丸い身体を転がしながらビリリダマはピッピに突撃しようとする。

 

「……ピ」

 

ビリリダマの攻撃が当たる寸前、ピッピの『ゆびをふる』が終わり、洞窟内を閃光と衝撃が襲う。

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

「リザ」

 

ピッピから貰ったモモンの実を齧りながら、リザードがボールの中で甘えた鳴き声をだした。

……今回は危ない所だった。

今度からは道具と技のご利用は計画的にしないといけないな。

 

――『ゆびをふる』はピッピの持つ代表的な技だ。

超能力で脳を刺激し、すべての技の中から一つを繰り出すというものだ。

そして、今回ピッピが出した技は『はかいこうせん』だった。

 

それをまともに食らったビリリダマは男を巻き添えにして現在は洞窟内で完全に伸びている。

すぐそこは出口だし、そう危ない所でもないので私たちは男とその化石をそのままにして出てきたのだ。

うん、別に逃げたって訳じゃないぞ。

化石も別に欲しいという訳ではないし。

 

そして、おつきみやまを抜けた所でピッピはいつの間にかいなくなり、私たちはハナダシティへと到着した。

 

「それに、こうらの化石とかいの化石って割と普通に採掘できるものなんですよね」

 

――ナオコさんの悪気のない言葉を男に聞かせなくて良かったと私は心底思った。

 

「えっと、もうハナダシティですね……色々とありましたけどありがとうございました」

 

仕事もちゃんと終わりそうですし、冒険気分で楽しかったです。とナオコさんは笑った。

……やっぱり彼女は笑顔が一番素敵だ。

 

それに、私もナオコさんに助けられた。

ナオコさんがいなければピッピに助けられることもなかっただろうし、リザードも毒でどうなっていたか分からない。

お礼をいうのはこっちの方だ。

 

「……うーん、リーフさんがそういうのでしたらお互いにありがとうという事にしましょうか」

 

少し困った様にしながらも笑う彼女はやっぱり年上の大人だなと実感した。

……私も見習う必要がある。

 

彼女と言葉少ない会話をしながら、往来を歩く。

もうすっかり暗くなりながらも大勢の人が行きかうこの町はマサラタウンとは別世界なのだと実感した。

 

「あ、私はこっちに行くのですがリーフさんはポケモンセンターですよね……ここでお別れですか」

 

道が二手に分かれ、右は住宅街。左はポケモンセンターやジムなどが並ぶメインストリートに繋がっている。

そうですね。と私は返事をして、しばらくナオコさんと見つめ合う。

何時間もそうしていたようにも思えるし、もしかしたら数秒のことかもしれない。

二人して無言でいたら、ナオコさんが小さな声で何かを呟いた。

 

「あの……これ、おつきみやまで採掘したものなんですけど」

 

差し出された小さな袋にはいくつかの不思議な色を出す石が入っていた。

化石ではなさそうだが、これはいったい何なのだろうか。

 

「ポケモンの中には、特殊な石を得て進化をする子がいるんです。例えばさっきのピッピもつきのいしで進化するんです。トレーナーでポケモン図鑑を集めているリーフさんには役に立つと思うんです……よかったら受け取ってください」

 

……ありがたいが受け取れない。

私は礼が欲しくて人助けをしたわけではないし、礼を受け取るだけの働きをしたとも思えない。

それに、これはナオコさんが採掘したものなのだからナオコさんが持つべきだと……

 

「いえ、私はトレーナーではないですからその石を使う機会がありません。それに、これはお礼とかではないです」

 

……え?

 

「と、友達へのプレゼント……と言ったら受け取ってくれますか?」

 

胸が高鳴った。

 

「私あんまり友達いなくて……それで今回の事はとても嬉しくて、その」

 

顔を真っ赤にしてもじもじとするナオコさん。

先程、大人の女性だと思っていた彼女が初々しい少女のように見える。

 

「あ、すすみません!!いきなり友達とか言って……め、迷惑ですよね」

 

――ナオコさん……この石頂きますね。

 

「え?」

 

友達からのプレゼントを断るのは失礼だろう。

ナオコさんが私の友人になってくれるのは大歓迎というか、とても嬉しい。

何しろ、私もあまり友達がいないのだから。

 

「リーフさん……!!」

 

そのさん付けと敬語もいい、友達同士なのだから、もっと砕けた感じで話し合えばいいと思う。

 

「そうですね……あ、えっと。そうだよね!!うん、友達なんだから……」

 

はにかむように笑うナオコさん、いやナオコは目をキラキラと輝かせる。

おつきみやまで化石について語ってくれた時と同じ目だ。

 

「……よろしくね、リーフちゃん」

 

 

 

――その日、私に初めての女友達ができた。

 

 

 




ちなみに、リーフさんの今までの友人はグリーンだけです。


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第5話-① ハナダシティ①

長くなったので今回も分けます。


 

――ハナダシティ、ポケモンセンター

 

 

ああ詰んだ 完全詰んだ ああ詰んだ

 

 

思わず五七五を心の中で読み上げてしまう程、私は詰んでいた。

 

ほのおタイプはみずタイプに弱い。

リザード単体でカスミに挑むのは詰んでいるのである。

ちなみに、私の現在の手持ちはリザード一匹。

……トキワの森でピカチュウでも捕まえておけばよかった!!

 

隣ではリザードが申し訳なさそうにうなだれている。

 

いや、君が責任を感じる必要はないリザード。

へっぽこなのは私の方さ。

カスミ対策を完全に忘れていた私が悪いんだ……!!

ああ、くそ。

何故忘れていた。私の頭はコイキング以下か。

 

しかし、カスミのスターミーは強敵だと聞く。

即戦力になるようなポケモンなんてそう簡単に手に入れられるのか……?

 

「……あの、大丈夫ですか?」

 

心配そうな顔でジョーイさんが私に声をかけてくれた。

サービスです、とお茶まで出してくれて……ああ、白衣の天使っていいよね。

何処いっても同じ顔がいるような気がするけど。

 

「ああ、それは気にしなくていいですよ」

 

にっこりとジョーイさんが笑う。

うん、その笑顔が無性に恐ろしい。

これはあまり深く気にしない方がいいな。

 

熱い湯気の立ったお茶を飲むとささくれていた心が幾らか落ち着く。

ふうと息をつくとジョーイさんは落ち着きましたか?と優しい微笑みを浮かべた。

 

自然と私は、現在抱えている問題をぽつりぽつりと語り始めた。

 

「なるほど……カスミさん戦にむけて新戦力が欲しい、ですか」

 

ふむふむとジョーイさんは頷きながらお茶請けまで出してくれた。

 

「それなら、24番道路でナゾノクサやマダツボミを捕まえればいいと思いますよ」

 

なるほど、ナゾノクサとマダツボミはくさタイプ。

みずタイプには効果抜群だ。

 

うん、早速捕まえに行くとしようか。

善は急げだ、熱々のお茶を一気に飲み干し、私は早速24番道路へと――

 

「あ、待ってください。一つ頼んでいいですか?」

 

お届け物?

 

「はい、24番道路を奥に進むといりえのみさきという所に着くんです。そこの民家に住むマサキさんにこれを渡してくれませんか?」

 

ジョーイさんは手に持っていた封筒を私に半ば押し付けるように渡してきた。

……もしや、最初から私にマサキへのお届け物を頼む予定だったのだろうか?

 

「マサキさんは有名なポケモンマニアなのです。もしかしたら、珍しいポケモンが見れるかもしれませんよ」

 

有無を言わせないジョーイさんの笑みに私はただ頷く事しかできなかった。

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

ゴールデンボールブリッジなる巨大な橋を渡り、私は24番道路の草むらに居た。

ジョーイさんのお使いは別に後でいいだろう。

ポッポばかりが出てきて、お目当てのナゾノクサやマダツボミには出会えていない。

 

ポッポの大量発生なんて聞いていないぞ……!!

他のポケモン何処いったんだ。

まさか食べられたりとかしていないよね?

 

 

「……リザ」

 

リザードも連続で襲沿いかかってくるポッポの大群に少し疲れたようだ。

休憩がてらに昼食でも取ることにしようか。

 

草むらから少し離れた木陰にブルーシートを敷き、お弁当を取り出す。

カリカリのベーコンとみずみずしいトマトが挟まれたBLTサンドとふわふわ感が堪らない卵サンドだ。

リザードがもの欲しそうにじっと見ているけど、人間の食べ物をポケモンにあげ過ぎると身体によろしくない。

いつものポケモンフーズで我慢してもらおう。

 

 

 

「いやぁ、偶になら別にあげてもいいんやけどな」

 

そうなのか?でも、人間の食べ物はポケモンには味が濃すぎると聞いたのだが。

 

「それはそうやな。塩分も多いし。しょっちゅうあげ過ぎたらそらあかん。でも、人間かてジャンクフードとか食っとるやん。それと同じ感覚や」

 

うむ、ジャンクフードとは言い得て妙だ。

あれは身体にいいとは言えないが好んで食べる人もいる。

私も時々はあの身体に悪い感じが欲しくなる。

 

「せやろ?それに考えてみ、三食白米が365日!!飽きるやろ?」

 

うわぁ……想像しただけで嫌になった。

そうか。今まで気づかなかった。

ポケモンにだって味覚や味の好みがある。

それを無視して同じポケモンフーズばかりあげ続けていたら飽きる。

 

「三大欲求の一つやからな。それに気を付けてやるだけでポケモンのやる気はえらい違ってくるしな」

 

「……」

 

ちらりとリザードがこちらを見る。

尻尾をゆらゆらと振って上目使いである。

 

――ううむ、あざとい。

 

お前はいつの間にあまえるを覚えたんだ。

 

卵サンドを半分に分けると、リザードはブンブンと尻尾を千切れんばかりに振り、口を開ける。

その大きな口に卵サンドを放り込んでやるとリザードはキュンキュンと甘えた声を出し、すり寄ってくる。

 

ああ、これが噂に聞く『はい、あーん』という奴なのか。

リザードの頭を撫でながら、残ったサンドイッチを全て食べてしまう。

しかし、これだけ喜ばれるとはかなりポケモンフーズに飽きていたという事か。

これからはちゃんとそういうのにも気を使ってやろう。

 

旅に出る時にお母さんから選別でもらった冒険ノートにメモをする。

表紙のカイリキーが渋い味を出していて流石はお母さん、私の趣味を分かっているじゃないか。

 

「……凄い柄やな」

 

半ば呆れたような声がに『価値観の相違ですね』と適当に返事をした。

 

「む、今適当にあしらったな?ワイには分かるで……」

 

いや、この声の主には感謝をしている。

ただ、その、アレだ。

姿を見せてくれ。

ここは草むらからも道路からも離れて身を隠すような茂みも無い。

 

……声だけしかない存在に別に怯えているわけではないが警戒は少なくともしてしまう。

別に怯えている訳じゃないから。

 

「二回言ったな……うん、まあ……あんまし深く追及するのは止めてやるわ。ワイもお前さんに頼みたいことあるしな」

 

恐がりなんやなーとぼそりと言ったことは聞き逃してやろう。

これは警戒であって怖がってるわけじゃ――

 

ガサリ

 

気の上から小さくてモフモフしたものが落ちてくる。

茶色い身体にピンと尖った大きな耳。

首回りを柔らかそうな白い毛が覆っている。

 

そして、その顔は――

 

「ワイの名はマサキ!!人呼んでポケモンマニアや!!」

 

 

自分のものとは思えない絶叫がビリビリと空気を震わす。

私の真横に居たリザードは耳があると思われる位置を抑え、目を回した。

ああ、相棒よ。こういう時に限って私の後ろに隠れようとするのか。

というか、逃げ出したいのに抱き着かないでくれ!!

腰の辺りをガッチリとホールドして私を盾にするのは止めなさい!!

 

 

そのポケモンの顔は人だった。

二十代だと思われる人間の男の顔がアンバランスに小さなポケモンの身体にくっ付いている。

怪談話によく出てくる『人面ポケモン』という単語が頭の中をぐるぐるとまわる。

 

『リーフなんか人面ポケモンに食われちまえ!!』

 

子憎たらしい幼き日のグリーンが私にべーっと舌を向ける。

小さい時から、アイツは喧嘩するたびにその捨て台詞を吐いていた。

怪談が苦手な私は毎回それを言われると号泣していた。

……グリーンめ。今度会ったらぼこぼこにしてやる。

 

 

「あーもう!!落ち着けや!!」

 

 

ペシリと。

途中から何を言っているのか混乱してきた私の頭を物理的に沈めた自称マサキ。

全長30cm程の小動物が脅威のジャンプ力を魅せつける。

小さな手で叩かれた頭は全然痛くないが、正体不明の人面ポケモンからツッコミを受けるとは予想外である。

 

「よし、マシになったな。驚かして悪かったがワイの話をちょっと聞いてくれへんか?」

 

思わず黙り込んでしまった私の頭をぽんぽんとマサキは撫でる。

よくもまあ、バランスよく肩の上に乗っているものである。

彼の目の下には大きな隈と疲れと焦りが見えていた。

 

「……まあ、ここで話するのもアレやさかい。ワイの家行くか、茶くらいは出すで」

 

もふりと尻尾を揺らし、マサキは地面に降りてちょこちょこと歩き出した。

 

――後ろ姿、かわいいな。

 

私はまだ混乱しているようである。

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

24番道路の奥に位置する静かな岬。

そこにこじんまりとしながらも一軒家が立っている。

ここがマサキの家だそうだ。

 

「まあ、散らかってるけどテキトーに寛いでくれや」

 

中には何やら仰々しい機械が壁を埋め尽くすように配線を張り巡らせており、機械音と共に緑色のランプを点滅させている。

そして、書類やら生活用品やらが床を埋め尽くすようにして散乱している。

……ここの家の主の性格が大体分かったような気がする。

 

そこら辺に転がっていた椅子に座り、出されたお茶を一口飲む。

あんな小さな身体で器用だなと半ば感心していると、マサキはそれまでの人懐っこそうな笑みを潜め私をじっと見る。

 

「ワイはな、ポケモン預かりシステムの管理人しているんや」

 

ポケモンリーグは、一人のトレーナーが連れ歩けるポケモンは6匹までと規定している。

では、7匹目を捕まえた場合はどうするのか?

そんなときに使うのがポケモン預かりシステムである。

ポケモンは不思議な生き物で、どんなに巨大な種類のものでも小さな直径5cmにも満たないモンスターボールに入ってしまう。

何でも自分の身体の量子を変換し、小さくできるかららしい。

その特性を利用して、ポケモンを一時的にデータ化してパソコンに保存できるようにしたのがポケモン預かりシステムだ。

データ通信が出来る所であればどこでもトレーナーたちは自由にポケモンを預け、旅をすることができるのだ。

 

ポケモントレーナーにとって、切っても切れない存在であるポケモン預かりシステム。

それはこの社会を支えるシステムの一つである。

私だって今まで捕まえたポケモンを何匹か預けている。

 

――しかし、それを作った天才が人面ポケモンだとは思いもしなかった!!

 

「いや、ワイはれっきとした人間やって!!……まあ、今はそうでもないんやろけど」

 

流石はコガネ弁。華麗にツッコミを返し、マサキはお茶をすすりながらポケモンもどきになってしまった経緯を話す。

どうやら、転移装置の修理をしている時に間違って装置を起動させてしまい、たまたまその転移先にポケモンがいて合体してしまったらしい。

 

……それだったら、その転移装置を逆に起動したら元に戻れるのではないか?

素人考えながらにふと思ったことを尋ねるとマサキは頷いた。

 

「せやな。大体その通りや。原因ははっきりしているし、分離プログラムも徹夜で完成させた。後はワイがあの装置に入って起動させれば元に戻れる筈なんやけどな」

 

思ったより簡単に解決しそうな問題ではないか。

しかし、マサキは大きく溜息を吐く。

 

「ワイが装置に入ってしもたら、プログラムを起動させる奴がおらんかったんや……おかげで1週間ポケモン生活やで」

 

単純ながら重大な問題だった。

大がかりな機械であるが故に事故を防ぐためにも最終的な操作は手動にする必要があったらしい。

 

「ポケモンフーズはしばらくええわ……ハンバーグ食べたいんやワイは」

 

まあ、キャタピー食べるよりはいいじゃないか。

マサキの揺れる尻尾を見ながら慰めた。

うん、人間に戻ったら一緒にハンバーグ食べに行こう……観光地ハナダには美味しい店がたくさんあると聞く。

 

「リーフ……やってくれるんか?」

 

マサキが顔を輝かせて私を見る。可愛くない。

だがしかし、こんなに困っているんだ。ここで放置して帰るのは流石に酷いと思う。

プログラムを起動させるだけなら私にもできるだろうし。

 

「そうか!!じゃあ、早速やるで!!この青いボタンを押せばいいからな、よろしく頼んだで!!」

 

マサキは飛び跳ねて、転送装置の中に入る。

私は青いボタンを見付け、昔見たホラー映画を思い出した。

 

ある物理学者が物体を一瞬で別の場所に送ってしまう物質電送機を開発していた。

その学者はある時、自分を実験台にして生き物の転送に挑戦する。

結果は成功。しかし、その装置の中に一匹の虫ポケモンが入り込んでいて両者は混ざり合ってしまう。

ポケモン人間となってしまった学者は必死に元に戻ろうとするのだが、どんどんと人間の意識がポケモンの意識に引っ張られていく。

そして、身体もどんどんとポケモンになってしまい、最終的には他のポケモンに食べられてしまう。

 

まさか、そんな事にはならないだろうな……うん。

 

「止めろ!!変なフラグ建てんなや!!」

 

転送装置の中からマサキの声が聞こえた。

うん、流石に悪かったな。

さっさと終わらせよう。

……そういえば、カスミ戦に向けての対策忘れていた。

まあ、明日イワヤマトンネルに行くついでに捕まえようと気を取り直し、青いボタンを押した。

 

 

 

ポチッとな。

 

 

 



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第5話-② ハナダシティ②

「はー食った食った!!」

 

マサキに奢ってもらったハンバーグは大変美味であった。

速めの夕食を終えて、店の外に出ると辺りはそろそろ暗くなりかけていた。

……今日はもう探索は止めにしよう。

早めに帰って寝て、イワヤマトンネルに行くのは明日からにしよう。

『命の恩人にハンバーグだけやったら何かショボいからな』とマサキから貰ったモンスターボールを見る。

中に入ったポケモンはぐっすりと眠りこけている。

 

 

「ほな、そいつの事よろしくな」

 

マサキは大きく欠伸をすると、ひらひらと手を振りながらゴールデンボールブリッジを渡って行った。

随分とあっさりとした別れである。

でも、マサキがこの子の事を大切に思っているのはもう分かりきっている。

『こいつを旅に連れて行って世界っちゅうもんを見せて欲しいんや。ずっと家に閉じ込めておくのも可哀そうやしな』

肉汁がたっぷり詰まったハンバーグをじっくりと噛みしめながらマサキは何処か遠い目をしていた。

 

 

――マサキは珍しいポケモンを手に入れるためなら何でもする。

 

ハナダシティに来たばかりの頃に聞いた噂を思い出した。

私はマサキと知り合ってすぐだけれどそういう人間だとは微塵も感じなかった。

大体、根も葉もない妬みから来た噂なのだろうけど。でも、もしかしたら過去のマサキはそういう人間だったに違いない。

どちらにせよ、マサキに今回の事故が影響を及ぼしたのは間違いないだろう。

それで、手元に置いておくよりも私に渡した方がこの子の為だと判断したのかもしれない。

 

……どちらにせよ、責任重大だな。

 

ボールをベルトに付け直すと、私はポケモンセンターへと帰った。

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

――みさきのこやの事件から数日後。

 

私はハナダジムに居た。

次々とくるジムトレーナー達をいなし、今はカスミの目の前である。

 

「ふーん、あんたが挑戦者?」

 

明るい色の髪をサイドテールにした彼女はすらりとした水着姿を惜しげもなく晒している。

今まで泳いでいたのだろう、水が滴り落ちる身体をタオルで拭きながら、彼女はボールを手の上で転がしている。

 

「今までいたトレーナー達はあっさりやられたみたいだけどアタシはそうはいかないからね」

 

まっすぐと私の目を射抜くように見る彼女は同年代とは思えない程、力強い目をしていた。

ジムリーダーとしての覚悟やプライドがあるからの気迫だろう。

 

「あんたってポリシーとかある?あたしはポリシー無い奴に負けてあげるほど器用じゃないから」

 

でも、私だって負けられない。

私自身そして私のポケモン達の為にもカスミを倒してバッジを手に入れる。

 

「……ふーん、少なくとも田舎から旅行気分で舞い上がってるおのぼりさんじゃないのね」

 

カスミはその気の強そうな顔をニコリとさせると、ボールのロックを外した。

 

「教えてあげる。アタシのポリシー……それはね」

 

ボールから飛び出したヒトデマンがコアを赤く輝かせる。

 

「みずタイプで攻めて攻めて攻めまくることよ!!」

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

ハナダジムのバトルフィールドはニビジムとは大分毛色が違う。

まず、バトルフィールド全体が巨大なプールとなっており、水深も中々ある。

そして、所々には水タイプ以外のポケモンへの配慮である浮島が幾つか浮かんでいる。

 

 

ヒトデマン、タイプはみず単体。

カスミのボールから飛び出してすぐに水中へと隠れてしまった。

このフィールドは水ポケモンの独壇場になる。

陸上で生活するタイプのポケモンでは浮島の上でしか動けないという不利な状況だ。

本来なら、こちらも水タイプのポケモンを出して対抗すべきなのだろうが私は水タイプのポケモンを持っていない。

 

……勿論、リザードは今回は休みだ。

浮島から落ちたりしたら命取りでしかない。

そこで、私は一つのボールを選び、投げる。

灰色の小さな子供位の大きさのポケモンが飛び出し、浮島の上に華麗に着地する。

 

「リッキィ!!」

 

イワヤマトンネルで捕まえたワンリキー。

敵を見つけ、彼はその肉体美を惜しげもなく見せつける。

うん、ナイスポーズ。

さあ。その肉体美でそのヒトデ野郎を水底に沈めてやれ!!

 

「……趣味悪」

 

呆れた風にカスミはポツリと呟いたが、まあいいやと気を取り直したのか顔付きを変える。

 

「先手必勝よ!!ヒトデマン、『たいあたり』!!」

 

「ヘアッ!!」

 

水中から勢いよく飛び出したヒトデマンはワンリキーに全身を使っての攻撃を繰り出す。

ワンリキーは間一髪で身を捩ってかわす。

 

「まぐれで避けたからっていい気にならないでよね!!ヒトデマン、更に『たいあたり』よ!!」

 

カスミの指示でヒトデマンが攻撃のスピードを速める。

攻撃をかわした次の瞬間には、追撃が来ている。

息をつく間もないとはまさにこの事だ。

一応、こちらも『けたぐり』や『からてチョップ』でワンリキーに反撃をさせているのだが『じこさいせい』ですぐに回復される。

決定打を与えられていないのはこちらも同じことだが、やはり、地の利というハンデと水の動きに合わせて揺れる浮島という不安定な足場がワンリキーの動きを鈍らせている。

 

しかし、この不利な状況でもワンリキーは笑っている。

野生では絶対に遭遇する事の無い敵は常に戦いを追い求める彼にとってはむしろ最高であるようだ。

 

「ヒトデマン!!トドメよ、『たいあたり』!!」

 

「ヘアッ!!!!」

 

今までは加減をしていたのだろうか、それ以上のスピードでヒトデマンがワンリキーに渾身の一撃を繰り出す。

これまでの攻撃ですら避けるのが精いっぱいであったワンリキーは避けられずに、思い切りダメージを食らう。

 

 

「……なっ!?」

 

この一撃で倒れると思っていたのだろう、カスミが隠し切れない驚きを見せる。

 

確かに、本来であればワンリキーは戦闘不能になって戦う事は出来なかったであろう。

しかし、ジムに入る前に渡しておいたオレンの実で回復をし、未だワンリキーは足を地にしっかりと着けてヒトデマンをその手で拘束していた。

 

マサキから聞きかじった知識だ。カントーの人間はきのみの事を軽視し過ぎだと彼は不満そうに言っていた。

 

ヒトデマンはもがいて逃げようとするも、細くても鍛えられた筋肉の前では無駄な足掻きでしかない。

ニヤリと笑うワンリキーに私は反撃の指示を出す。

 

――『リベンジ』!!

 

「リッキィィィィィ!!」

 

さながらプレロス技のように――ワンリキーは高く飛び上がり、自らの全体重と重力を利用してヒトデマンを浮島に叩きつける。

浮島は、その威力に堪えられなかったのか派手な音を立てながらバラバラに崩壊し、破片と水柱を作り上げる。

 

「……」

 

「……」

 

カスミと審判が茫然とし、何とも言えない沈黙がフィールドを支配する。

 

 

――勝負は一体どうなったのだろうか。

 

頭から被った水を乱暴に拭い、フィールドを見る。

ちなみに、ボールの中ではリザードがパニックになっていた。

 

 

「リキ……」

 

 

ワンリキーはかなりの疲労を見せながらも近くにあった浮島に辿り着いており、ヒトデマンはコアから光を無くして浮島の残骸と共に水面に浮いている。

 

「ヒトデマン戦闘不能!!」

 

審判の声で我に返ったらしいカスミはボールにヒトデマンを戻す。

 

 

「きのみか……どうやらアンタの事見くびっていたみたいね」

 

先程までのどこか余裕を持った笑みは消えていた。

意志の強そうなその瞳は静かに炎が宿っていた。

彼女はそうとうの負けず嫌いらしいで、自分はそのスイッチを入れてしまったようだ。

 

 

――ああ、面白い。

 

 

以前の自分だったら、ここで怯えていたのだろう。

確かに今カスミを本気にさせてしまったこの状況に危機感は感じている。

しかし、危機感以上にタケシ戦では決して出てこなかった高揚感が胸を躍らせているのだ。

 

カスミがもう一匹の入ったボールを取り出し、私もワンリキーをボールに戻す。

彼は十分に仕事をしたし、体力もかなり消耗している。

ここで残しておいてもひんし状態になるのは目に見えている。

 

私たちは同時にボールを投げ、二匹目のポケモンを出す。

 

カスミはヒトデマンの進化形であるスターミーを、私は黄色い身体をして尖った耳を持ち、電気をビリビリと体中に纏わせるアイツを繰り出した。

 

 

「……珍しいじゃない、サンダースなんて」

 

 

カスミの声に反応するかのようにサンダースは嬉しそうに鳴いた。

 

――そう、私の新しい二匹目の手持ちはイーブイだったのだ。

 

イーブイは様々な進化の可能性を持つポケモン。

現在分かっているだけで三つの進化先を持つ。

電気タイプのサンダース・水タイプのシャワーズ・炎タイプのブースター。

ナオコがくれた進化の石を使って、私はイーブイをサンダースに進化させた。

 

……進化の石を取り出していたら少し目を離した隙に進化していたというオチなのだが。

 

「でも、タイプが有利だからって簡単に倒せると思わないでね?私のスターミーは一味違うわよ!!」

 

カスミがそういうと、スターミーは空中で身体を高速回転させ、サンダースの立つ浮島に突っ込む。

サンダースは隣りの浮島に飛び移り、難なくかわす。

『こうそくスピン』先程のヒトデマンの体当たりよりスピードは更に増してまさか威力までもが……呆然とする私にカスミはペロリと小さく舌を出した。

 

「これでおあいこよね。お返しはこれからどんどんするから遠慮しないで!!スターミー、そのまま反撃の隙を与えないで『スピードスター』!!」

 

――『でんきショック』!!

 

星形をした光線とでんきショックが互いの威力を打ち消し合う。

ただでさえ限定された足場がこれ以上破壊されたら手も足も出なくなってしまう。

そうなる前に決着を着けなければ……サンダースに指示をさせて、更に『でんきショック』を撃たせる。

 

「ダースッ!!」

 

全身の毛を逆立てて、電気を放出させるサンダース。

電気の筋が幾筋にも別れてスターミーを襲う。

 

 

「避けて!!」

 

スターミーはカスミの指示も虚しく、電撃を食らう。

水タイプに電気タイプの技はの効果は抜群だ。

これで幾分かはダメージを与えられたか、と思った瞬間スターミーの赤いコアが光を強くし、プールの水を巻き上げる。

 

 

「スターミー、『みずのはどう』」

 

カスミの声が響くと同時に水はサンダース目掛けて発射される。

避けようとサンダースは動いたが、水は浮島全体を包み込みひっくり返る。

サンダースはプールの中に叩き落とされ、姿が見えない

スターミーも後を追うように水中に潜る。

 

――何だ、この威力は!?

 

それより、サンダースは無事なのか?目を凝らすものの、サンダースらしきものは此処からは見えない。

 

「そのまま、『こうそくスピン』!!」

 

「フウッ」

 

水中から打ち上げられたサンダースが浮島の上に叩きつけられる。

サンダースは水を吐き出し、身体をぶるぶると震わせ水を飛ばす。

ダメージは受けてはいるが技自体が低威力らしくまだ戦えるようだ。

 

「それはどうかしらね?」

 

してやったりとした顔をするカスミ。

……嫌な予感がする。

サンダースをみやると、フラフラとして足がおぼつかない。

 

「『みずのはどう』は超音波に水を乗せて攻撃する技よ、たまに混乱する時があるのだけどいい感じになってくれたわね」

 

……なんだって?

じゃあ、今サンダースは混乱しているという事なのか。

私が声をかけても反応することは無く、まるで酔っ払いのようにおぼつかない足取りだ。

 

「ふふ……このまま畳み掛けるわよ、『スピードスター』で追い詰めてスターミー!!」

 

再び、星形の光線がサンダースに降り注ぐ。

今度は全てを打ち落とすなどという言もできずに、サンダースは浮島の上を転がる。

 

「ダース……」

 

混乱していてもなお、立ち上がるサンダース。

スターミーは『こうそくスピン』を繰り出そうとしているのか身体を高速で回転し始める。

 

――『でんこうせっか』!!

 

「……ダァ!!」

 

咄嗟に言った指示だったが、サンダースには通じたようだ。

瞬時に駆け出し、スターミーに全身でぶつかる。

ふいうちにスターミーはバランスを崩し、水中に落ちる。

 

「……!?スターミー!!」

 

――?

 

サンダースと共にスターミーが水中から飛び出す。

その光景に一瞬、言葉にならない疑問が頭に引っかかる。

 

だが、その答えは出てこない。

今は目の前のバトルに集中するのみだ。

 

スターミーに振り落されたがサンダースが浮島に着地する。

どうやら混乱状態は無事治ったようだ。

 

「混乱状態なんておまけよ、そんなもの無くったってあたしは勝てるわ!!『こうそくスピン』!!」

 

――『でんこうせっか』で攻撃を受けるな!!

 

数少なくなった浮島の間を二匹が飛び交う。

接近戦に持ち込めば、それはタイプの関係しない肉弾戦に変化する。

サンダースの圧倒的な素早さの前ではスターミーも距離を取る事が出来ない。

 

つまり、発射するのに多少の溜めが必要になる『みずのはどう』や『スピードスター』を封印する事が出来る。『じこさいせい』をさせる暇も与えなければ体力を回復されることも無い――まあ、それはこっちも持たせたオレンの実を使う暇がないからおあいこなのだが……。

 

――おあいこ?

ある技を出させないために私は接近戦に持ち込ませた。

……もしかしたら、カスミも同じことを狙っている?

 

空中を飛び交うスターミー。

 

決して、水中に留まったり浮島に降り立ったりしない。

 

――!!

 

ピンを頭の中が冴え渡り、状況を鮮明に映す。

そうか、分かったぞ。

……カスミの狙いが。

なら、私はそれを破って見せる。

 

――サンダース!!『でんきショック』!!

 

「ダース!!」

 

「こっちは『スピードスター』よ、スターミー!!」

 

サンダースは『でんきショック』を放つためにスターミーと距離を取り、毛を逆立てて身体中に電気を集める。

『でんきショック』を放つ前に攻撃を仕掛ける事は無理だ――そう思ったらしいカスミは『でんきショック』を叩き落とすための『スピードスター』を繰り出させた。

 

流星のように星がサンダースを狙ってフィールドを飛ぶ。

 

――全部下に叩き落とせ!!

 

「ダアアアアアアッス!!」

 

バリバリと音を鳴らして、『スピードスター』と『でんきショック』が浮島に落ちる。

その威力にもろい浮島は耐える事が出来る筈も無く、水飛沫と派手な音と共に破片を散らす。

その爆発にサンダースは巻き込まれて空中に飛び上がる。

 

「きゃあっ!!」

 

今度はカスミが思い切り水を被り、一瞬指示が遅れる。

 

「……っ!!みずのはど」

 

――『でんこうせっか』!!

 

「フゥ!?」

 

サンダースはスターミーに圧し掛かり、ゲシゲシと攻撃を繰り出す。

その衝撃にバランスを崩したスターミーはサンダース共々水中に落下する。

 

「しまった……スターミー、今すぐ空中に!!」

 

そんな暇など与えるつもりはない。

焦るカスミの声はこっちが最大のチャンスが与えていることを知らせる。

 

 

――全力で『でんきショック』!!

 

 

水中でサンダースが『でんきショック』を繰り出す。

びしょ濡れの私とカスミは感電しないように思わず、フィールドから距離を取る。

 

 

 

水は電気をよく通す。

それは子供でも知っていることだ。

だからカスミはスターミーをずっと空中に待機させたのだ。

確かに、水中は水タイプの独壇場。

だが、電気タイプがいる時に水中に潜れば確実に電気技を受けてしまう。

 

それを避けるためカスミは接近戦に持ち込み、自分の技を封じさせると同時にサンダースの『でんきショック』も封じたのだ。

 

ただ距離を取って『でんきショック』を出させても避けられる可能性は大きい。

しかし、空中に飛びあげっても『みずのはどう』や『スピードスター』で狙い撃ちにされる。

 

 

だから、浮島を壊した。

空中で方向転換できるような足場を作り、スターミーの元まで飛び掛からせる。

そのまま『でんきショック』を食らわせてもいいし、水中に落としても技の威力はそのまま通じる。

 

――そして、雷光が静まりチカチカとするフィールドを見る。

 

回復していく目を凝らす。

 

やがて、審判の旗が高く揚げられた。

 

「スターミー戦闘不能!!よって勝者、マサラタウンのリーフ!!」

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

犬掻きをしながらプールサイドまで泳いでくるサンダース。

それを抱き上げてやると、甘えた声を出しながら私の頬をペロペロと舐めてくる。

こそばゆい感触に思わず目を細める……だが、背後から感じた殺気に思わず気を引き締め振り返る。

 

 

「……はい、ブルーバッチ」

 

若干涙目になりながらもカスミは気丈に振る舞う。

ブルーバッチを押し付けるその手はふるふると小刻みに震えている。

 

 

――わ、分かりました。

 

 

思わず敬語になる私にカスミは更に怒り出す。

 

「ていうか、何よ!!さっきの作戦!!アンタあれでスターミーを倒せなかったらどうなってたか分かってる?」

 

痛い指摘に反論もできない。

 

確かに、あの一撃でスターミーを倒さなければサンダースは少ない足場で戦わざるを得ない。

カスミも二度も隙を取られるようなことはしないだろう。

つまり、失敗すればかなりのデメリット所か自分で自分を追い詰める作戦だったのだ。

 

……いや、作戦というより思いつきか。

 

自分で自分にダメ出しして思わず落ち込む。

慰めるようにサンダースがポンポンと前足で私の肩を叩く。

 

「次からはポケモンの事はちゃんと考えて行動するのよ!?ヘマしたら傷付くのはポケモンなんだから」

 

ひとしきり言い終えたらしいカスミは自分を落ち着かせるかのごとく深呼吸をする。

そして、そっぽを向きながら聞こえるか聞こえないかの大きさの声でぽつりと呟いた。

 

「……でも、その度胸は素直に凄いと思ったわ。それだけは褒めてあげる」

 

――デレが来た。

正直すさまじい破壊力である。

気の強い美少女が顔を赤らめ、もじもじと顔を少し赤らめる。

ギャップとは恐ろしいものだ。

古典的な手法だとしてもこうも心に訴えかけてくるとは。

それに、水着だし。

 

おてんば人魚おそるべし。

 

「かっ勘違いしないでよね!!次に私があったら絶対の絶対にボッコボコにしてやるんだから!!覚えときなさいよ!!」

 

ムキーと声をあげるカスミをジムトレーナーはニコニコと微笑ましそうに見守っている。

どうやら、彼女の性質は周囲に完全に把握されているらしい。

 

「ほら、アンタの番号は!?さっさと教える!!」

 

……え、マジで再戦するの?

 

「当ったり前よ!!あたしは有言実行する女なんだからね!!ポケギアくらい持ってるでしょ!!」

 

 

 

この日、私のポケギアに新しい連絡先が追加されたのだった。

 

 

 

 




ヒトカゲデスロード編終了です。

※「ポケギア出るの金銀からじゃねーか」というツッコミはあると思いますが、ポケモンの世界でケータイぽちぽちやってるのも違和感を感じたのでポケギアと表記しました。
一応、設定上では金銀のポケギアより性能の劣った通話機能だけで圏内エリアも狭いものという感じです。



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第6話  24番道路

久しぶりですが投稿です。


 

ハナダシティ、24番道路ゴールデンボールブリッジ。

 

その名の通り、黄金色に塗装されたその巨大な橋は目に眩しい。

しかし、何故私がわざわざこんな悪趣味な橋に来たのか?

それはポケモンセンターの掲示板に突如張り出されていた一枚のチラシが理由である。

 

『本日限定!!ゴールデンボールブリッジでポケモンバトル五人抜きイベント実施中!!黄金の伝説を作り上げるのは君だ!!見事クリアされた方には豪華賞品プレゼント!!』

 

――嗚呼、豪華賞品。

 

なんという素敵な響きなのだろう。

これは常に資金難に悩まされる旅のトレーナーには喉から手が出るくらい欲しいものであろう。

……まあ、別に金には現状困っていないしその豪華賞品が金になるモノとは限らないのだが。

 

 

ボールからリザードを出すと鼻息を荒げて雄叫びをあげる。

ワンリキーとサンダースはお休みである。

そもそも今回のイベント参加は今回のジム戦で全く出番のなかったリザードのフラストレーションを解消も兼ねている。

出会った頃にゼニガメを怖がって私の後ろに隠れていた姿とは一体なんだったのであろうか?

今では立派なバトルジャンキーである。

 

誰に似たのだろうか、まったく……私だな。

 

 

「よう、リーフ!こんな所うろちょろしてたのか!」

 

自らにセルフツッコミをしていると、背後から聞き覚えのある声がした。

反射的に振り返り、唸り声と口から溢れる程の炎を貯めこむリザード。

ジェットコースター並に私のテンションはガタ落ちである。

 

人違いであってくれ。

そう願いながらゆっくりと背後を振り返るが、現実とは非情なもの。

幼馴染というか腐れ縁のグリーンがやはりそこにいた。

 

目の前でニヤニヤと嫌な笑みを浮かべながら片手をひらひらとさせるツンツン頭に私は隠すことなく思い切り顔を顰める。

 

「おいおい、何だよその顔は?折角このグリーン様が声かけてやったっていうのに」

 

……はあ。少し見ない間に随分と天狗になっているようで。

昔から何かと調子に乗りやすいその性格は全く治っていない――いや、むしろ悪化している。

 

多分本人がかっこいいと思っているであろうポーズをとりながら話しかけてくる様子は痛々しくて見ていられない。

今すぐ他人だと思われないように離れたい。

でも、自分の話を無視されるとネチネチと女の様に根に持つのがグリーンだ。

早く話を終わらせろと念を出しながら奴の話を聞き流す。

 

「俺なんか強いの色々捕まえちゃって絶好調だぜ……」

 

もしかしたらポケモン図鑑完成させるのって実はスゲー簡単なんじゃね?と言いながら奴は頼みもしないのにポケモン図鑑を私に見せつけ、空いた手を何かを要求するように差し出してきた。

ここで断ればややこしくなりそうなのでさっさと図鑑を渡し、ついでにグリーンの図鑑を見る……なんじゃこりゃ。

 

今まで通ってきた道のポケモンは全て発見。そもほぼ全てを捕獲している。

捕獲マークが付いていないのは初めてのバトルで私が出したヒトカゲとピカチュウ位である。

幼き日のトラウマは今もまだグリーンの中で生き続けているらしい。

 

思わず目を丸くする私とは反対にグリーンは大げさな溜息をしながら肩をすくめる。

 

「リーフ。お前ちゃんとしてるのか?捕まえたポケモンの数7って何だよ7って。じーさんに図鑑貰った意味ないだろ」

 

 

ヒトカゲ・リザード・コラッタ・バタフリー・イーブイ・サンダース・ワンリキー

 

ちなみにコラッタはボックスの中に一時期置いていたがすぐに逃がした。

べべべべべ別にポケモンを捕まえるのが苦手とかそういうのじゃないんだから!!!!

 

「まあ、お前が何もしなくても俺が図鑑完成させるし?どうでもいいんだけど」

 

……ぐぬぬ。高くなった貴様の鼻をへし折ってやろうか?

自分の図鑑を半ばひったくる様に取り返し、奴の図鑑を押し付ける。

 

「でもそんなんじゃこの先苦労するぜ。マサラに帰って引きこもりになってる方がいいんじゃねえか?」

 

 

 

ぶつりと何かが切れる音がした。

 

 

 

 

ワザと地雷を踏んだのであろうグリーンはニヤニヤしながらボールから一匹のポケモンを出す。

青い身体に精悍な精悍な顔付き。

耳と尻尾はふさふさとした毛に覆われており、丸みを帯びた甲羅は硬質的な光を出している。

オーキド博士から譲られたポケモンであるゼニガメが進化した姿だろう。

確か、先程見せられた図鑑にはカメールと書かれていた。

 

 

――これは、挑発だ。

 

 

おそらく、マサラタウンの勝負の仕返しなのだろう。

勝負に乗るのだとすればここはリザードを引っ込めて相性のいいサンダースを繰り出すべきだ。

 

だが、リザードはカメールと目を合わせ威嚇の炎を吹きだし、尻尾の炎も青白く燃え盛っている。

こんなやる気満々のリザードは多分、言っても引き下がらないだろう。

それに、調子に乗って私を挑発するというグリーンの態度が気に入らない。

よろしい。ここは相性最悪のリザードでお前のカメールを焼き亀にしてやる!!

 

 

――リザード、ひの

「カメール、かみつ」

 

 

「ちょっと待ったあああああ!!!」

 

 

即決をし、リザードに指示を下そうとしたその時。

私たちの間に見事なスライディングを決め込む男がいた。

 

「……おっさん、誰だよ?」

 

水を差され、明らかに不機嫌になったグリーン。

私も空気を読まない男を無言で睨み付ける。

しかし、男は地面からがばりと顔をあげるとグリーンに負けじと目を吊り上げる。

 

 

「ちょっと君たち!!イベントの邪魔しないでくれるかな!?」

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

イベント主催者の男に怒られた私たちはバトルを中止せざるを得なくなった。

しかし、男が「先に五人抜きした方が勝ちという事はどうだい?」という提案を何故かして来て、私たちはそれに乗った。

元々このイベントには参加する予定だったのだ。

むしろ、グリーンの鼻を明かす事もできるのだ。まさに一石二鳥である。

 

「悪いけど、俺のカメールが瞬殺に決まってるって。おめーはちんたらやってな!!」

 

隣に立つグリーンを無視する。

最大の敵はコイツであるが今回の対戦相手ではない。

変に相手をして気を散らすのなら無視するべきだ。

 

「……けっ無愛想な奴、かわいくねーの」

 

グリーンはぶつくさと文句を言うものの次第に喋らなくなる。

恐らく、バトルに向けて意識を切り替えたのだろう。

 

そして、私の目の前に虫取り少年のケンスケが立つ。

 

「いけっキャタピー!!」

 

――『ひのこ』

 

キャタピーがボールから繰り出され、試合開始のブザーがなると同時にリザードの口から火炎が噴出される。

次の瞬間には黒焦げになったキャタピーがプスプスと音を立てながら転がっていた。

 

「……えっ?」

 

ケンスケの呆けた声に私は次のポケモンを早く出すようにと催促する。

 

「あっはい!!」

 

怯えるケンスケが次のポケモンを出そうとしている間にグリーンのカメールも早速一匹倒したようだ。

 

……グリーンにだけは負ける訳にはいかない。

私のプライドにかけて勝ってみせる。

そして、幼馴染としてトレーナーとしてアイツをぎゃふんと言わせてやるのだ!!

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

ケンスケのビートル、トランセル、コクーンは『ひのこ』の一撃ですべて倒した。

二番手のミニスカートのサヤのポッポを『メタルクロー』と『ひっかく』で倒し、残るナゾノクサ、マダツボミは効果抜群の『ひのこ』で。

たんぱんこぞうのシンゴのサンドは地面タイプなので『メタルクロー』、アーボはいかくで攻撃を下げてきたので特殊攻撃の『ひのこ』で倒す。

ミニスカートのアミのニドラン♂とニドラン♀はどくのトゲが恐いのでまた『ひのこ』で直接攻撃をせずに。

そして、最後のキャンプボーイのヨシハルのマンキーは『メタルクロー』を二発お見舞いすると目を回して倒れた。

 

試合終了のブザーが同時に鳴り響く。

グリーンを見ると同じタイミングで対戦相手を全て倒したようだ。

カメールは傷も少なく、意気も整っている。

私のリザードもまだまだ元気なようでカメールを見て唸り声をあげている。

 

「……取りあえず、この勝負は引き分けって感じだな」

 

やるじゃねーかと言いながらもグリーンは少し不服そうだ。

かくいう私もそうで――引き分けとは全く納得いかない。

 

 

――不完全燃焼で身体の内側で燻った『何か』は未だ収まらない。

 

 

 

「いやー、お見事でした!!まさか二人同時に最短記録を更新するとはね!!感動したよ、はいこれは商品のきんのたま!!」

 

無駄な迫力とその存在感、そして輝き――豪華賞品(きんのたま)が私とグリーンに手渡される。

 

 

 

きんのたま

 

 

 

 

売る以外に使い道はないがポケモントレーナーの資金源として大活躍であるアイテムである。

しかし、そのまんまながらも色々とアレだと評判な名称故か、道端でそれを子供たちに配るおじさんは『きんのたまおじさん』として不審者案件の常連者として世では有名である。

……ゴールデンボールブリッジってまさか。

いや、深く考えたらダメだ。気にしたら負けだぞリーフ。

考えるな感じろだ。使いところが間違っている気がするが気のせいだ、多分。

自分にそう言い聞かせていると男の目が妙な光を放ったような気がした。

 

「あのー少しお二人にお話があるのですがよろしいですか?」

 

「は?俺忙しいからもう帰りたいんだけど」

 

揉み手をしながら猫なで声を出す男にグリーンは思い切り不機嫌な顔をし、切り捨てようとする。

 

「いえいえ、すぐに済むお話ですしこれを逃したら損ですよ!!是非!!是非、お話だけでも!!!お願いしますから!!!」

 

男を引きはがそうと躍起になるグリーン。

うん、少年よ強くなれ。

 

 

「てめぇ、見捨てるつもりかよ!!リーフ!!」

 

 

ふざけんなとグリーンは叫ぶがそんなの知った事ではない。

変な奴に絡まれるものが悪いのだ。

私はさっさと帰ってリザードをポケモンセンターで休憩させよう。

そう判断し、ハナダシティに戻るために橋を渡ろうとする。

 

しかし、一人の男が私の目の前に立ち塞がり、穏やかな声で私の肩に手を置く。

 

「……お話をしたいので少し場所を変えまが、よろしいでしょうか」

 

疑問符など付けない――選択肢など与えるつもりなどない強制の決定事項のようだ。

男は私を光の一切ない濁った瞳で見つめて、そう言い切った。

 

 

……これは面倒な事になるかもな。

 

 

どうやら、私もグリーンに負けず劣らず要領が悪いようだ。

直感が頭の中で警報を鳴らす。

 

 

「……では、こちらへ」

 

ぽつんと道から離れた所に設立されたテントを指し示し、男は歩き出す。

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

テントに入ると、ぽつんと置かれた組み立て式のテーブルとパイプ椅子。

有無を言わさず座らされ、テーブルの上に紙コップ入りの茶が出される。

 

 

「寛いでくださいね」

 

 

そう男は言うが、複数の黒服の男に囲まれたこの状況で落ち着ける人間はいるのだろうか。

さっさとここを出てジュンサーさんでも呼ぶべきか。

……ここを口先だけで乗り越えるには私は口下手すぎるしな。

 

他人事のようにぼんやりと状況を掴み切れない私とは対象にリザードは低く唸り声をあげる。

しかし、連戦でダメージはあまり受けていないものの疲労は少なからずあるはずだ。

それを見透かしているのだろうか、男はくすりと笑った。

 

「あまり、お時間は取らせませんよ。その方がお互いにとって良いでしょうから……では、単刀直入に言いましょう、ロケット団に入ってくれませんか?」

 

 

ロケット団――ああ、最高ににややこしくなるぞこれは。

……まさか、おつきみやまでロケット団員を一人やってしまった事などばれていないだろう。

あんな暗い場所で場所など分からないだろうし。

 

 

 

「実は今回のイベントは我々ロケット団が優秀なトレーナーをスカウトするために実行されたのです。特にあなたは素晴らしい、あの戦いの中で常に落ち着いて的確な指示を与えるその冷静さには目を見張りましたよ。トレーナー経験は未だ浅いのでしょう?リザード共々将来有望で大変よろしい……まあ、喧嘩を売る相手はちゃんと選ぶべきだと先達の老婆心ながらご忠告しておきましょう。」

 

 

――ばれてる!!

 

紙コップに入った茶ですら優雅に飲む男。

緑色のはねた髪に黒いベレー帽を被っている。

その顔はかなり整っていてモデルや俳優だと言われても信じてしまいそうである。

 

……だが、それ以上に印象的なのは冷酷ささえ感じさせる瞳だ。

先程から穏やかに男は微笑んでみせるが、その瞳からは僅かに殺気が見え隠れしている。

 

「ロケット団はポケモンマフィア。マフィアとは矜持を何よりも大切にするものです。ですから、あなたには相応のお返しをしなければならないのですが……優秀な人材を失ってしまうのは悲しいですからね、ロケット団に入ってポケモンをボスに献上すれば、全て水に流しましょう」

 

断ればどうなるかは分かりますよね?と言外に匂わせて男はテーブルの上に一枚の紙を乗せる。

 

「この契約書にサインすればあなたもロケット団です。ええ、あなたならばすぐさま幹部候補になれるでしょうね」

 

心なしか私の周りを取り囲む黒服が近づいてきたように思えた。

私は深呼吸をすると、ペンを手に取る。

いい判断です、と男の声が薄暗いテントの中に響く。

 

 

だから、私は契約書にでかでかとピカチュウの絵を描きあげた。

 

「なっ……」

 

男が絶句し、黒服達も呆気に取られている。

私は椅子を蹴倒し、リザードは尻尾の炎を燃え上がらせる。

 

ポケモンや人に迷惑をかけて好き放題やってるロケット団に誰が入るものか。

しかも、私のポケモンを手放せだと?

黙っていれば言いたい放題である。

 

契約書が灰になっていく匂いに我に返ったのか男も無言で立ち上がる。

その顔に貼り付かせていた微笑はいつの間にか剥がれ落ちていた。

何の感情も浮かばない仮面のような顔がその男の本来の姿なのだろう。

 

「……非常に残念です。ならば、我々の報復を受けて貰いましょうか」

 

男の言葉を合図に黒服がモンスターボールを取り出す。

 

さて、これからどうしようか。

ロケット団に喧嘩を売ってしまったが対抗策など勿論ない。

サンダースとワンリキーも出して勢いでこの場を押し切るか。

如何せん数が多いがここはそうするしか方法がない。

ベルトからさげたボールに手をやろうとした瞬間――薄暗いテントの中に突如光が満ちた。

 

「リーフ!!」

 

光りの中からグリーンが現れた。

恐らく小脇に抱えたケーシィの『テレポート』なのだろう。

ボールから飛び出したカメールが『みずでっぽう』をテント内にぶちまける。

黒服達の手から弾き飛ばされたボールが床の上に落ちる。

 

「ほら、さっさと行くぞ!!」

 

突然に出来事に呆気に取られる私の手をグリーンが掴む。

 

「待て!!」

 

私たちを逃さまいと男がポケモンを繰り出そうとする。

しかし、グリーンはそれを見てにやりと笑う。

 

「バーカ、待てって言われて待つ奴なんていねーよ!!お前らボールに戻れ!!ケーシィは『テレポート』!!」

 

リザードとカメールがボールに戻ると同時に私たちは不思議な光に包まれ、テントから去っていった。

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

気が付いたらハナダシティのポケモンセンター前に私たちはいた。

ジュンサーさんにロケット団の事を報告し、事情聴衆を受けた。

何でも、私たちがゴールデンボールブリッジにいる間にハナダシティでも民家が襲われてポケモンと技マシンが盗難されたらしい。

 

「ロケット団の悪事には本当に困っているのよね」

 

愚痴を言って溜息を吐くジュンサーさんは連日の疲れからか隈が出来ていた。

 

事情聴衆が終了したころにはもう夜になっていた。

何度も話を繰り返し話すというのは口下手な私にとっては何よりの苦痛だった。

 

ちなみに、ジュンサーさんは私たちの報告を受けてすぐさまゴールデンボールブリッジに行ったがテントはもぬけの殻でロケット団のロの字も残っていなかったらしい。

多分、向こうもグリーンのケーシィのように『テレポート』で逃げたのだろう。

「金輪際、ロケット団との事件に首を突っ込むな」とお灸もしっかりと据えられた。

 

「おっせーぞ。要領よくさっさと済ませろよな」

 

先に事情聴衆を終えたらしいグリーンがハナダ署の前で立っていた。

……待っていたのか。

少し驚いた。先に帰っているものとばかり思っていたし。

 

「だから、ぼやぼやすんなって。さっさと帰るぞ」

 

グリーンはポケモンセンターへ足を進める。

何となくそれに置いて行かれたくなくて私も歩みを速めてしまう。

 

ポケモンを持つ前の事を思い出す。

勉強や運動、その他いろいろの事で毎日張り合っていたけどなんだかんだで毎日一緒に登下校をしていた。

 

……私が長期入院に入る前の事だから何年前の事だろうか。

 

懐かしいような少しこそばゆいような。

ボールの中で眠るポケモンたちを撫でて私は満月の浮かぶ夜空を見上げた。

 

 



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第7話-①  サント・アンヌ号①

オリジン面白かったですね。
XY発売も楽しみです。


 

 

 

豪華客船サント・アンヌ号。

『あなたのポケモンもクルーズへ!!世界一周ツアー』というもの真っ最中らしく、カントー一の港町であるクチバシティもその寄港地であるらしい。

世界中のポケモンやトレーナーという。

 

『ワイはパーティとか堅苦しいの嫌いやしな。リーフにコレやるわ。図鑑のデータも集まるんとちゃうん?行ってきたらどうや』

 

そんな言葉と共にマサキから送られてきたサント・アンヌ号への乗船チケット。

引きこもりを極めるらしいサカキに運動不足と肥満に気を付けるように言伝をし、私はありがたくチケットを貰う事にした。

断って返却したとしてもチケットが無駄になるだけだろうし、何より船に乗ったことの無い私にとっては中々興味深いものだからだ。

 

しかし、豪華客船への招待チケットを貰うとはマサキはやはり大物なのだなと改めて実感する。

流石はポケモン預かりシステムの生みの親。

それをあっさりと人にあげてしまう点も大物度アップである。

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

クチバ港へと到着し、私はマサキの招待チケットを見せ受付を済ませた。

どうやら、事前にマサキが代理人を寄越すと連絡をしていてくれたようですんなりと船の中に入る事ができた。

 

 

「お時間になりましたらパーティ会場までお越しください」

 

 

丁寧な言葉と共に受付の人にパーティの注意事項と規則を説明され、更衣室へと通される。

パーティに参加するといったらお母さんが嬉々として送ってきたワンピースは黒を基調とした上品ながらも可愛らしいデザインで、後ろで結ぶタイプのリボンはどうやらバタフリーをモチーフとしているらしい。

一緒に送られてきたストッキングや靴も履き、髪形も悩んでいたら、ボールから勝手に出てきたワンリキーがセットしてくれた。

器用な手先と見事な女子力に完敗だ。ちなみに、彼はオスである。

こうして、あっさりと準備を終えた私は更衣室を出ることにした。

時計を見るとまだ2時間ほど余裕がある。

 

……ふむ、どうしたものか。

船の中を探索しようにも時間が余りそうだ。

ゲームコーナーで時間を潰すしかないか。

 

「ちょっと、そこのお嬢さん」

 

手持ち部沙汰で突っ立っていると、質のいいスーツに身を包んだ老紳士に声をかけられた。

小太りの身体に白いちょび髭が印象的である。

ニコニコと人当たりのよさそうな笑顔は私に警戒心を抱かせなかった。

 

「もしかしてトレーナーさんかな?」

 

その問いに肯定を返すと彼は何処からともなくボールを取り出してくる。

中からはポニータが背中の炎を燃え上がらせながら飛び出す。

 

「この老体の趣味に付き合ってくれないかね?若いトレーナーを見るとわくわくするのでね」

 

「バトルでございますね。僭越ながら私めが審判を務めさせて頂きます」

 

廊下を歩いていたボーイがキッチンワゴンから手を離し、ホイッスルを取り出す。

 

『サント・アンヌ号では船内でのポケモン勝負が許可されております。近くにおります添乗員に声をかけて頂きましたら審判を務めさせて頂きますのでどうかお気軽にお申し付けください』

 

サント・アンヌ号に乗船する際に言われた注意事項を思い出した。

成る程、こういう事か。流石はポケモン同伴OKの豪華客船である。

長い船旅で退屈しているらしく、老紳士の他にもバトルをしている乗客たちは多い。

しかも、今日はパーティがあり、数多くのトレーナーや有名人が乗船してくる。

彼らにとっては見知らぬ土地のトレーナーとバトルをする絶好のチャンスなのだろう。

 

ボールからサンダースを出すのと、ホイッスルが鳴るのは同時だった。

 

船内で電撃と炎がぶつかり合う。

 

「おや、いいポケモンだね」

 

老紳士が朗らかに笑い、ポニータとサンダースの身体がぶつかり合う。

 

……これは退屈する暇など無さそうだ。

そして、私はサンダースへの指示に集中することにした。

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

「おや、あのオーキド博士から図鑑を?それは強い訳だな」

 

結局、あの老紳士だけでなく他の乗客や挙句の果てには船員とまでバトルをした。

私がオーキド博士から図鑑を渡されたと聞くや否や、みんなこぞって勝負を仕掛けてきたのだ。

流石はポケモン研究の権威である。

忘れかけていたが、ただのポケモン好きの変なじーさんではないのだ。

 

トレーナーとしてバトルを断るわけにもいかず、気がつくとパーティー開始の5分前。

急いでパーティー会場に入ると、既に多くの人がそこにいた。

 

ポケモン業界の著名人がどうやら正体を受けているようだ。

ポケモン大好きクラブの会長や、各ジムのジムリーダーなどといった雑誌やテレビで見覚えのある人物がわんさかといる。カスミやタケシと目が合って互いに手を振ったら、会場中から注目されたような気がしたのは気のせいだと思っておこう。

 

彼らの放つよく分からないオーラに圧倒され、壁際で大人しくして振る舞われた料理を食べる。

流石は豪華客船。頬が落ちてしまいそうな程に美味である。

したびらめのムニエル。

またこれか……とぼやいている人もいたがこんな料理を毎日食べられるというのは正直羨ましい。

 

そして、私は気付いた。

ニヤニヤと性格の悪そうな笑みを浮かべながら、こっちを見ている奴がいる事に。

 

「ボンジュール、リーフ!!」

 

……いや、いくらあいつでもこんなアホな挨拶をする訳が無い。

人違いだ、私の名前呼んでいるけど。

 

「おやおや、こんな所で会うとは……リーフ、招待されてたっけ?」

 

人違いであれと願うものの、その願いは虚しくも叶わない。

その声の主は私の知り合いだった。

というか、私の幼馴染、グリーンだった。

久しぶりというかハナダで別れて以来、お前に何があったんだ。

あの時はまだ普通だっただろうに。

というか、何でここにいる?

 

「俺はじーさんの代理で来たんだって。お前は……マサキの代理?どうやって、あの引きこもりと知り合ったんだよ?」

 

『マサキ代理』と書かれた名札を見てグリーンはそれがソネザキ・マサキだと気付いたようだ。

色々とあってそのお礼に招待券を貰ったんだとオブラートに包んで説明したが、グリーンは微妙に面白くなさそうな表情をしている。

 

「説明になってねーし……まあ、俺様にはどうでもいいけど」

 

……しかし、スーツ似合わないな。

思わず出かかった言葉を肉と一緒に呑み込んだ。

ツンツン頭に何かこだわりでもあるのだろうか、いくら幼馴染だとしても親しき仲にも礼儀有りである。

 

「ていうか、その服……あれだな、馬子にも衣装じゃん!!」

 

どうやらグリーンの辞書にはそういう言葉は全く載っていないようである。

よし、お前ちょっと歯を食いしばれ。

2、3発だけで勘弁してやる。

 

「いやいや、落ち着けよリーフ。照れ隠しは別にいらねえよ……いや、殴るのはちょっとマジで勘弁しろ。それよりも、今はパーティ中だぜ。」

 

確かに、ここは人の密集するパーティ会場。

こんな所でひのこやら電気ショックやら繰り出したら迷惑でしかない。

……パーティ料理に被害が出るかもしれないし。

 

では、どうしたものか。

目の前のグリーンをどうやってぎゃふんと言わせてやろうかと考えていると、会場内でアナウンスが鳴った。

 

 

『ただ今から、ポケモン協会主催のサント・アンヌ号ポケモントーナメントを開始致します。参加される方及びに見学される方は甲板へお越しください』

 

 

「聞いたか?リーフ」

 

グリーンは緑色のネクタイを締め直し、甲板へと足を向ける。

 

 

 

「ハナダでも勝負はお預けだったしな。今回のトーナメントとやらで決着をつける事にしようぜ」

 

 

……勿論だ。

私が負ける理由など無い。

グリーンの喧嘩を買う事に決めた私も甲板へと足を進める事にしたのだった。

 

 



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