GM、大地に立つ (ロンゴミ星人)
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第一章 GM、異世界に立つ
1話


時間が取れるようになったので書き始めました
昔書いた作品は凍結中です。
今回は一応ゲヘナ当たりまでの話は考ので、どうぞお楽しみください。


 豪華な調度品が揃った広い部屋の中に、やたらと大きなソファに腰かける一人の男がいた。

 ロクに運動をしていないだろう体つきの伺えるその男は、ちょうど電話向こうの相手と話しているところだった。

 

『な? 頼むって。明日はどーしても外せないんだ』

 

「だからってなんで俺が……」

 

『明日だけ仕事を代わってくれればいいんだって。どうせ用事なんてないだろ? こっちは明日こそ彼女と一発決めたいんだよ!』

 

「ったくよぉ」

 

 男と友人だろう電話相手との会話には気安さが伺え、かなり仲が良い関係である事がわかる。

 その会話内容はというと、どうやら友人には彼女との進展のために欠かせないデートがあり、そのために用事を彼に任せたいようだ。

 そんな友人の言葉に、男は仕方なく頷いた。

 

「で、俺は何をすればいい?」

 

『GMだよ。前に一緒にやってただろ?』

 

「あー」

 

 かつて男は、友人と同じ会社に勤め、その会社が運営するオンラインゲームのGMをやっていた事があった。

 GM……即ちゲームマスター。その役割は様々だが、彼が行っていたのは実際にゲーム内にログインし、プレイヤーがトラブルを起こした際にGMコールで呼ばれて対処するというものが多かった。

 多くの情報を扱う仕事であるため、もちろん部外者がやっていい仕事ではない。

 しかし電話をする二人にとってはそんな事はどうでもいい事のようだった。

 

『つっても今回頼みたいのは前のとは別のゲームのGMだけどな』

 

「と言うと?」

 

『俺何回か転職したろ? まぁ同じ業界だけどさ』

 

「……そうだっけ?」

 

『あのなぁ……まぁとにかく、別のゲームなんだよ』

 

 友人が言うには、今回彼に頼みたいのはユグドラシルというゲームなのだという。

 明日の深夜にはサービスが終了するゲームらしいが、男はそのゲームを全く覚えていなかった。

 そう言うと友人は驚きながらも、もう全盛期を過ぎて随分と経つ昔のゲームだから仕方ないと言った。

 そんなゲームでGMなど必要あるかは甚だ疑問ではあったが、とりあえず男はそれを引き受けることにした。既に過疎化が進んでいるらしいし、最終日ならそれほど問題も起きないだろうから楽ができると思ったのだ。

 

『じゃあ後でソフトと機材持ってそっち行くわ。詳しい説明はそん時するから』

 

「問題起きても知らねーからな」

 

『どうせ最終日なんだ。問題起きたらその部分のデータ消すだけさ』

 

 仕事としてそれはどうなのだろうかという友人の発言だったが、男としても適当にやっているだけで済むのならありがたい。

 電話を切った男は別室へと向かい、一般にDMMO-RPGと呼ばれる類の体感型ゲームを遊ぶのに必要な、目元をすっぽり覆う形をした専用コンソールの準備をする。

 ちゃんと動くことを確認した男は、そこでほっと溜息を吐いた。

 

「これで動かなかったらどうしようかと思った」

 

 とにかくこれで明日の仕事には問題あるまい。

 そう判断した男は、電話のせいで中断していた映画鑑賞へと戻るのだった。

 

 

 

 そして翌日。

 指定された時間通りにユグドラシルにログインした男は、まずGM用のコンソールを使って自分のキャラネームを変更した。

 一日だけではあるがユグドラシルの世界を楽しんでみようと思った彼は、まず名前から入ろうと思ったのだ。

 渡された友人のアカウントでログインしているが、どうせ最終日だからどう弄っても構わないと許可を得ている。

 そこで彼はキャラクターの名前を、自分の名前をもじったプレイヤーネーム『トール』に変えたのだ。

 その名前は、彼が昔のゲームにおいて使っていた名前と同じものだった。

 

「これでよし、と。しかし、本当に誰もいないな……」

 

 彼がいる場所は本来人通りの多いはずの、プレイヤーによる露店などが並ぶマーケットエリアだったが、今ではぽつぽつと数人の人影が見えるだけだ。

 ゲーム最終日ならそんなものだろうか。

 そう思ったトールは、ロクに知らないゲームのはずなのに寂しさを覚えた。

 どんなゲームにもこういった光景を見る日はやってくる事は知っているが、実際に見たのは初めてだったのだ。

 

「さて、次はどうしようか。外見でも変えてみるかな」

 

 しかし、それはそれ。これはこれ。

 そもそもユグドラシルというゲームに思い入れなど全くないトールは、次に自分のキャラクターのビジュアルを変更することにした。

 いくらGMだからって初期設定そのままのモブ顔というのはつまらなすぎる。友人に対しての文句を言いながら、トールはその外見を変えていく。

 イメージは趣味の映画鑑賞で見たアクション俳優だ。

 

「……うむ。ナイスガイ」

 

 そうしてできあがった自分のキャラクターの顔を鏡で眺め、トールは顎に手をやりながら思わず呟いていた。

 メイキングの終わったその顔は、彼のイメージしていた通りの顔に変わっていた。短い黒髪の良く目立つ精悍な顔立ちのイケメンだ。文句なしである。

 それなりに古いゲームにしてはかなり詳細なキャラメイクが可能であったため、彼自身思わず自画自賛してしまいたいほどの出来に仕上がっていた。

 そうしてちょっといい気分になって、他のマップにも移動してみることにしたのだが……

 

「飽きたわ」

 

 30分もしないうちにリタイアしていた。

 理由は簡単である。最新のゲームにも手を出していたトールにとって、ユグドラシルというゲームのグラフィックはそこまで満足いくものではなく、たいして興味の惹かれる物でもなかったのだ。

 そんな事は事前に調べればすぐわかったことなのだが、今となっては自業自得である。

 

「そりゃ過疎ってサービス終了にもなるわな……何やって暇潰そう」

 

 もはややる事がないトールは、そう呟いてコンソールを開いた。

 ログインしてから既に1時間以上経っているが、、GMコールで呼ばれた事は一度もない。

 もうログアウトしてもいいんじゃないかとも思ったが、数少ない友人に頼まれた仕事であるために中断もできない。

 故にトールは、まだ使っていないゲーム機能などを試すのに没頭することにした。

 やたら大量にある魔法を見て、適当にぶっぱなしまくってみたり。

 NPC作成に手を出そうとして、その設定項目の多さにそっと画面を閉じたり。

 運営にすら影響を及ぼすというアイテム群を実際に取り出してみたり。

 確かに昔は売れたんだろうなぁという実感を持つ程度には、トールもユグドラシルを堪能した。

 

 そして現在、23時57分。

 トールは一匹の犬と共に、最初に彼がいたマーケットエリアに立っていた。

 結局あれからもGMコールはなく、彼はこれまでの時間をずっと暇つぶしに使っていたのだ。

 犬はその間に作り出した唯一のNPCである。

 その名前はジョン。犬種は柴犬だった。

 

「犬の可愛さだけは評価してもいいかな」

 

 本物のような愛嬌のあるジョンの頭を撫でながら、トールはそう呟く。

 トールは昔、ジェーンという名のロボット犬を飼っていた。

 世話が面倒くさい上に、最近はペットの飼育には細心の注意が必要だという事で、そういった面での心配がないロボット犬を選んだのだ。

 トールがGMコンソールまで使って犬のNPCを作ったのは間違いなくその事が影響していた。

 

「ゲームが終わったらまた犬でも飼ってみるか」

 

 今度はロボットじゃなく、生身の犬を。

 そんな事を考えながら、トールはサービス終了時間が来るのを待つことにした。

 

 

 

 そして3分後。

 サービスが終了して自動ログアウトになると思っていたトールは、どこかの草原の中に立っていた。

 

「は?」

 

 理解不能な事態に対し、トールは口をぽかんとあけて立ち尽くした。

 当然だ。やっとこさ退屈なゲームから抜け出して、酒でも飲もうかと思っていたのだから。

 それでもなんとか平静を取り戻したトールは、前の仕事での経験から、サービス終了と同時に何らかのバグが発生して別のマップにでもワープさせられたのだと結論づけた。

 

「わけわからん。さっさとログアウトしよ……あれ?」

 

 そしてトールは更なる異常に気付く。

 コンソールが出てこないのだ。GM用のコンソールも同様に出現しない。

 それどころか、何らかのバグが発生した時のための強制終了動作を行ってもログアウトできない。

 トールは再び混乱の渦中に叩き込まれた。

 

「どういう事だ……これじゃ酒が飲めないじゃないか……」

 

 思わずそう呟いたその時だった。

 

「酒の類であれば、それに該当するアイテムがアイテムボックスの中に入っていると思われます」

 

 やたらと渋い感じの声が、トールの足元から聞こえてきた。

 そちらに目をやったトールの目には、やたらリアリティの増した柴犬が彼を見つめていた。

 

「……ジョン?」

 

 まさかと思いながら、彼はその名前を呼んだ。

 

「はい」

 

 そして目の前の柴犬は口を開いてそう答えた。

 間違いなく、トールがさっき聞いた男の声である。

 

「犬が喋った!?」

 

「それはそうですよ。私は主殿が作ったアドバイザー兼ペットなのですから」

 

 少なくとも設定上はそうなっています。

 驚愕の声を上げたトールにジョンはそう告げる。

 トールはその言葉を聞いて、ジョンを作成した時の方法を思い出していた。

 やたらと設定項目が多い事に面倒くさくなった彼は、GMコンソールを用いて強そうな(エネミー)データをコピーし、先に作っておいた犬のNPCに外見以外を上書きしたのだ。

 その際、やたらとおどろおどろしい文面が書かれていた設定の下に、先ほどジョンが言ったような事を書いたような気もする。

 とにかく現状を知りたいトールは、犬に話しかける事に違和感を感じながらも、片膝をついてジョンに問いかける事にした。

 

「今どうなってるかわかるか? ここはどこなんだ?」

 

「わかりません。私にわかるのはユグドラシルの事だけです」

 

「……ここ、ユグドラシルじゃないのか」

 

「おそらくは」

 

 その言葉を聞いて、結局わけがわからない事態に進展はないのだろうと思ったトールは、ジョンからの助言を聞いて酒を飲むことにした。

 どうやらコンソールは駄目でもアイテムボックスは大丈夫らしく、その中に入っていたものは自由に取り出せるらしい。GMである彼にはアイテムを取り出す際の個数制限が存在しないため、好きなアイテムを好きなだけ取り出せるのだとか。

 そこでトールは、元々は一時的なステータス上昇系アイテムだったのだろう酒瓶を取り出した。

 

「なんかすごい高そうな酒だな。俺は普段安いやつしか飲まなかったんだが」

 

「味は判別しかねますが、その酒『ロイヤルクラウン』は一時的に魔法ダメージを30%カットする効果があります」

 

「ふーん……おっ、美味い」

 

 酒を飲み慣れているトールは、一口飲んでかなりその酒が気に入った。

 度数もかなり自分好みで、一晩中飲んでいられそうだ。そう思ったトールは更にアイテムボックスからつまみになりうるアイテムを探し始めた。

 既に彼の頭の中は、面倒な事は考えずに美味い酒を楽しもうという方向にシフトしていた。

 何故ゲームの中にいるはずなのに腹が満たされる気分になるのか。

 そもそも、ゲームの中の酒を飲んで何故酔うことができるのか。

 そんな事は考えもしなかったのだ。

 

 

 

 今いる世界はゲームの中ではなく、どこか別の現実世界である。

 トールがそれに気づいたのは、二日酔いで痛む頭のせいで最悪な目覚めをした翌日の朝になってからだった。

 




杜撰な管理、仕事の横流し、ダメ絶対。

しかし、登場人物全員クズいな


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2話

 

 太陽が西に傾きかけた頃に目が覚めたトールは、二日酔い特有の症状と、ゲーム開始時間から逆算すればもう一日近く経っているはずなのに現実と連動して腹が減っていない事から、ここがゲームの中ではないという事に気付きはじめていた。

 しかしだからと言ってどうする事も思いつかず、彼はジョンに周りの様子を探らせることにした。

 いくらでもアイテムが取り出せるからここで暮らしていくのも容易だが、いくらなんでも草原のど真ん中に居続ける気にはならなかったのだ。

 しばらく酒を飲んで待っていると、そこにジョンが帰ってきた。

 

「どうだった?」

 

「近くに街がありました。人も大勢います。移動されますか?」

 

「あぁ、さっさと行こう」

 

 布団ではなく草原の上で寝たトールとしては、ちゃんとしたベッドの上で寝たくてたまらなかった。二日酔いもあいまって、体の調子が悪い事この上ないのだ。

 それに、昨晩から酒しか飲んでいないこともあって、まともな飯を食べたいというのもあった。

 他にも、身分証明できるものや買い物で使う金など、とにかく欲しいものはたくさんある。

 

「街まで歩くのは面倒だな。何かないか?」

 

「『転移門(ゲート)』という魔法がありますので、それを使いましょう」

 

 言うなりその魔法を発動させたジョンの前に、半球体の扉が現れた。

 トールはそれを見て感心しながら、その扉をくぐったのだった。

 

 

 

 エ・ランテルはリ・エスティーゼ王国に属する、他国との要衝でもある城塞都市である。

 その周囲は三重の城壁に囲まれ、当然その門には検問所が置かれた上で厳重な警備が行われている。

 そんな場所に、何の荷物も持っていない一人の男が一匹の犬を連れて現れた。

 剣すら持っていない、どう考えても旅をしている服装でもないその男は、衛兵たちにとってかなり不審であり、不気味だった。

 それでも彼らがしっかりと仕事を行えたのは、男が見るからに酔っぱらっており、何か事を起こそうという人間には見えなかったからに違いない。酒に酔って外に迷い出ただけなのかもしれないとも思い始めていた。

 

「通行料?」

 

「あぁ。銅貨二枚だ。犬は……荷物扱いだな」

 

 男に近寄った二人の衛兵のうち一人が通行料を告げると、トールと名乗ったその男は困ったように頭に手をやった。

 どうやら通行料が必要である事を忘れていたらしい。

 それでも銅貨二枚すら持っていない事があるのか……と衛兵は思ったが、何も持っていないこの男ならあり得るのかもしれないと思い直した。

 そして案の定、トールは酒臭い息を吐きながら頭を下げてきた。

 

「悪い。金持ってないんだ。なんか別のものでどうにかならないか」

 

「駄目だ。そんなのを認めるわけには――」

 

 いかない、と衛兵が言い切る前に、トールはどこからか取り出した金色の何かを差し出してきた。

 棒状のそれを受け取った衛兵はその重さに体をよろけさせ、そしてそれが何なのかに見当がついた。

 

 まさかこれは、金塊ではないか、と。

 

 隣にいるもう一人の衛兵も、呆然とした顔で口を開けている。

 衛兵にはそれを実際に手にした経験はないが、金の重さやその価値は知っていた。もしも純金であるならば、しばらくの間は遊んで暮らせるだけの金が手に入るだろう。

 二人が思わず生唾を飲み込むと、目の前の男が話しかけてきた。

 

「俺はこれをあんたらに銅貨二枚で売る。あんたらは銅貨二枚でこれを買う。それでどうだ?」

 

 そんな、馬鹿みたいな事をトールは言った。

 そもそもこんだけの金があれば同じだけの量の金貨が手に入るだろうに、いったい何を考えているのか。

 それともこれは金ではない何かなのか。だが、どちらにしてもこの大きさの金属なら銅貨二枚以上の値が付くに違いない。

 さっぱり意図が読めない衛兵二人だが、確かなことが一つある。

 もしこれが本当に金塊なら、これだけの金を手に入れる機会にはもう二度と恵まれることはないだろうという事だ。

 

「………」

 

「どう?」

 

「……わかった。私は銅貨二枚でそれを買おう」

 

「オッケー。じゃあ俺はその銅貨二枚を通行料として払おう」

 

「わかった。通るがいい」

 

 結局、衛兵たちは男を通すことにした。

 買収されたような形ではあるが、問題はないと衛兵は自分に言い聞かせる。

 自分が金を受け取ったのは商売の結果であり、相手はその商売で受け取った金を通行料として差し出しただけだ。そして危険なものなど何一つもっていない事は、先に行った調査によって判明している。

 問題などあるはずがない。

 

「……よかったんですか?」

 

「大丈夫だろう。問題を起こす前にあんな目立つ事をする奴はいない」

 

「まぁ、そりゃそうですね」

 

 それは確かな理由の一つでもあった。問題を起こそうと企んでいる奴ほど、巧妙にその目的を隠そうとするものだ。

 金に目が眩んだわけではない。

 金の塊を懐にしまいこみながら、衛兵はそう自分に言い聞かせるのだった。

 

 

 

『案外ちょろかったな』

 

『えぇ。しかし衛兵なんてあんなものです。人間は欲望を前にすると勝てない生き物ですから』

 

『まぁ、俺だってそうするわな。他の奴らの安全より自分の金だろ』

 

 トールはエ・ランテルの街中を、ジョンを連れながら歩いていた。

 当然、どうどうと犬と喋るのは憚られたため、会話には『伝言(メッセージ)』という魔法を使っている。

 これは頭の中で語りかけるだけで会話を行える便利な魔法だ。

 

『結構いい街だなぁ』

 

『私にはわかりませんが……主殿がそう言われるのなら、そうなのでしょうね』

 

 厳重な警戒と三重の城壁を見てトールが想像していた町並みは、どこもかしこも兵隊だらけの殺伐としたものだった。

 だが、実際はまるで違う。

 多くの人々が行き交い、商売や世間話で賑わう声もそこら中から聞こえてくる、トールの認識からすると正しく『良い街』だったのだ。

 

『とりあえずは金だな。マジックアイテムは何が高いかわからんから、ああいうわかりやすく価値のある物を売れる場所を探そう』

 

『わかりました。でしたら少々お待ちください。私が探してきますので』

 

 そう言い切って歩き出そうとするジョンを見て、トールは溜息を吐きながら待ったをかけた。

 

『いや待った待った。俺はそこらへん歩きながらショップ探すから、お前はできるだけ快適に寝れる宿屋を探してくれ。今日はその分の金だけ稼いで、さっさとベッドで寝たいんだよ』

 

『なるほど。確かに主殿はお疲れのご様子。急いで宿屋を探します』

 

『おう、頼んだぞ』

 

 トールは軽く手を振ってジョンを送り出した。

 その小さな姿が人混みの中に消えていくのを見計らって、彼は腰に手を当てて伸びをし、大きく深呼吸をした。

 

「あ~~~! 空気がうめぇ。もうあっち戻れねぇなぁこりゃ」

 

 トールは元の世界では、所謂富裕層と呼ばれる類の人間であり、完全に趣味で始めた仕事も途中で投げ出すような人間だった。

 そんな彼でも、天然モノの綺麗な空気というものは初めての体験であり、思うところがあったのだ。

 最初にいた草原の中でも感じてられたものが、こうした人混みの中ですら変わらず感じられるのは、エコロジーについてなど一度も考えた事のない彼にとっても感動的に思えてしまったのだ。

 

「……よし! いっちょ気合い入れてアイテム売るか!」

 

 そしてできれば、娼館とかないか探してみよう。

 己の頬をはたいて気合いを入れたトールは、少々の邪な野望も抱きつつ、アイテムショップを探すために歩き出すのだった。

 

 

 

 二時間後、トールはエ・ランテルにある最高級の宿『黄金の輝き亭』の一室で、ふかふかのベッドの上に体を投げ出していた。

 ジョンと別れてすぐに聞き込みを開始したトールは、訳知り顔のおっさんからインゴットの買い取りなら鍛冶屋の組合に持っていけばいいという情報を得た。

 そしてそこに、門で渡した金の塊だけでなく、ミスリルやアダマンタイトといった現実には存在しない金属の塊も試しに持ち込んでみたのだ。

 そして査定のために何十分も待たされる羽目にはなったものの、袋いっぱいの金貨を手に入れることに成功していた。

 

「こんなベッド初めてだ……最高。下で食った飯も美味かったし、幸せすぎる」

 

「ご満足いただけたようで何よりです」

 

 ジョンはベッドの隣に座り、犬の顔でニッコリ笑ってそう言った。

 どうやらトールの役に立てたことが本当に嬉しいらしく、尻尾もぶんぶんと揺れている。

 それを見たトールは、今後の事について相談しようと口を開いた。

 

「こうしてそれなりの金と宿は用意できたわけだが、次はどうすりゃいいと思う? できれば綺麗な女とまとまった金が欲しいんだが」

 

 全てがうまくいっている現在、トールはものすごく調子に乗っていた。元から欲張りな所はあるが、それが前面に出てきているのだ

 それに加えてジョンがあまりにも自分の希望を叶えてくれるものだから、また何かいい助言をくれるのではないかと思ったのだ。

 そしてその予測は大当たりだった。

 

「そうですね……まず女ですが、この街には娼館があるとの情報を得ました。そちらにいけば満足いただけるかと」

 

「おぉっ! やっぱあるのか!」

 

 思わずベッドから起き上がってトールは喜びの声をあげた。鍛冶屋で時間を潰してしまったせいで、彼には娼館を探す暇がなかった。

 トールは無類の女好きなのだ。

 ゲーム開始時にキャラクターを自分好みの……理想のイケメンにしたのも、もしかしたら女性プレイヤーに会うかもしれないという理由が大きかった。

 もちろん、誰にも会わなかったのだが。

 

「金につきましても、うまくいけば定期的に大金を手に入れられる場所を見つけておきました」

 

「へぇ。そりゃ面倒がなくていいな」

 

「ただ、ちょっとした交渉を主殿にしてもらう必要がありますが」

 

「……まぁ、それくらいはな。後からストレス解消できる手段もあるみたいだしな!」

 

 金さえあれば女を抱けることがわかったトールはだいぶ機嫌がよくなっており、後にご褒美が控えているのならちょっとくらいは頑張ろうという気分になっていた。

 欲を言えば今夜から娼館に行きたかったのだが、流石に疲労感もあり、どのくらいの金がかかるのかもわからなかったため、自重することにした。

 

「では明日は冒険者組合に行きましょう」

 

「なんとなーくどんな組織か想像できるんだが、そこにアイテムを売り込むのか?」

 

「はい。この世界にも魔法のかかった装備は存在するらしく、先ほど組合を見てきた限りではそういう装備をしている人間も少数ですが確認できました。ここで商人として売り込むことさえできれば――」

 

「なるほど。元手がタダのアイテムを渡し続けるだけでいくらでも金が手に入ると」

「それに、そういう組織の長と契約を結べれば、その事実が身分の証明にもなります」

 

 金の事だけ考えていたトールはジョンにそう言われて確かにと思い直した。

 彼はあんまり褒められたものではない方法で街に入ったのだ。後から問題が発生する可能性もある以上、できるだけ早く街の有力者を味方につける必要があるだろう。

 

「ジョンお前頭いいなぁ。俺さっぱり気付かなかったわ」

 

「いえ、それほどでも。私は主殿のアドバイザーですので」

 

「まぁとにかく、そういう事なら明日の予定は決定だな。冒険者組合行って、とにかく大量のアイテムで押し切って交渉成立させて、夜は娼館でハッスルだ!」

 

 ものすごく頭の悪そうな宣言を行い、トールは襲ってきた眠気に逆らわずに目を閉じた。

 酒を飲んだ酩酊感と草の上で寝た疲労感、食事を終えた後の満腹感が襲ってきているのだ。

 女のために頑張って起きていたトールだが、もはや限界だった。

 

「それでは私は街を調査してまいります」

 

「………」

 

「流石は主殿、寝つきがいい。それでは失礼します」

 

 ありえない速度で熟睡に入ったトールを部屋に残し、ジョンは『転移(テレポーテーション)』の魔法を使ってどこかに消えた。

 ドアの音を立てないように配慮するペットのおかげで、トールはそのままぐっすりと眠り続けるのだった。

 

 




トール:自分の欲求が満たされればそれでいいクズ
ジョン:今のところ一番まともな犬
衛兵:膝に矢を受けるべきクズ


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3話

 

 

 

「ここのトップに会いたいんだが、頼めるか?」

 

 そんな事を言う男がエ・ランテルの冒険者組合の受付に現れたのは、昼を少し回った頃だった。

 大仰な仕草をしながら入口の扉を開け放った男は、まっすぐに受付までやってきて、その場にいた受付嬢にそんな事を告げたのだ。

 ただそれだけなら笑って受け流して用件を聞くだけだが、問題は男が受付カウンターの上においた袋にあった。

 頭ほどの大きさがあるその袋の口からは、怪しい輝きを放つ大量の宝石が姿を覗かせているのだ。

 

「こ、これは……その……」

 

「なんだ。会わせてもらえないのか?」

 

 どことなく不機嫌そうに言う男の姿も問題だった。

 受付嬢にはこれまで多くの冒険者を相手にしてきた経験があり、街の最高ランク冒険者であるミスリル級に会ったこともある。

 だが目の前の男が身に纏う物は、そうして見てきた冒険者たちの誰よりも上等であるように見えたのだ。

 黄金の翼をイメージさせる紋様が描かれた漆黒のマントに、派手な赤い装飾が目立つ白い衣服、指に嵌めている黄金の指輪。

 どれもこれもが一級品の輝きを放っており、それを着こなす男の精悍な顔立ちもあって、至近距離で見つめられた受付嬢は思わず顔を赤くしてしまっていた。

 

「い、いえ! そういうわけではありませんが、ご用件を……」

 

「なら追加だ。とにかく会わせてくれ」

 

 そう言って、男はマントの中から更に一回り大きな袋を取り出し、カウンターの上に置いた。

 乱雑に置いたためかその口が緩み、中から一つの指輪が零れ落ちる。

 明らかにマジックアイテムだろう文字が刻まれたその指輪には、冷たい輝きを放つ黒い宝石がはめ込まれていて、詳しい知識のない受付嬢にも凄まじい値打ちものだという事が伝わってきた。

 そして袋の口からは、同じような値打ちものに見える腕輪(ブレスレット)首飾り(ネックレス)が姿を覗かせている。

 それを見て固まった受付嬢に、トールは笑顔でその指輪を渡してきた。

 

「この指輪はプレゼントしよう。とにかく、ここで一番偉い奴に会わせてくれないか?」

 

「しょ、少々お待ちください!」

 

 もはや自分の手には負えないと判断した受付嬢は、逃げるようにその場を後にした。

 そして受付には、緊迫した表情で同僚を伺っていた他の受付嬢と、ちょっとやりすぎたかなと反省する一人の男が残されたのだった。

 

 

 

 エ・ランテルの冒険者組合長、プルトン・アインザックは、冒険者組合の建物内にある応接室の扉の前に立っていた。

 トールと名乗る人物が冒険者組合にやってきたという連絡が彼の元に届いたのは、ほんの少し前の事だ。

 その時アインザックは昼までの仕事を終えて休憩を取ろうかというタイミングだったのだが、駆け込んできた受付嬢からの話を聞いてすぐに応接室に通すように指示を出した。

 最初はまず目的が何なのかを確認してから対処するべきと考えたが、受付嬢がプレゼントされたという指輪を見て考えが変わったのだ。

 あれだけの代物をポンと渡せるような人間には、相手が何を考えているにしろ自分が対応しなければならないだろう、と。

 

「お待たせした。この街で冒険者の組合長をやっているプルトン・アインザックだ」

 

 応接室の扉を開いたアインザックは男の正面に座ると、語気を強めて自分の紹介を行った。

 聞いた話では、トールと名乗る男は何らかの交渉を行おうとしているはずだ。それがどんな内容であれ、トップとして舐められるわけにはいかない。

 

「俺はトール。まぁ、これからよろしく」

 

 余所の冒険者……というわけでもなさそうだな。

 元は冒険者だったアインザックは、軽く返事を返してきたトールを見てそう判断した。纏う空気があまりにも違いすぎると思ったのだ。纏っているものはかなり質が良い事から、どこかの貴族である可能性も考慮に入れる。

 しかし、受付嬢から聞いたやり取りや、自分を前にしても自然体を崩さない様子を見る限り、そういう事では怯まない人間である事は間違いがなかった。

 

「それで、私に会いたいとの事だが。何の用かな?」

 

 本題に入るため、アインザックは話を切り出した。

 短い時間ではあったが、既に彼はトールが持ってきた袋の中身を確認している。そしてその中身が宝石である事も、価値ある装備の山である事もだ。

 彼は魔法詠唱者(マジックキャスター)ではないが、冒険者として、組合長として、多くのアイテムを見てきたからこそ、それらの装備の全てがマジックアイテムではないかと想像していた。

 

「俺が受付で渡した袋ってもう確認した?」

 

「あぁ。宝石はどれも価値があるものばかり。そしてあれは……あれはマジックアイテムか?」

 

「まじっく……? あぁ、効果のある装備ばかりだ」

 

 何故かどもりながらも、トールはアインザックの考えを肯定した。

 しかしそれなら、あの袋一つに凄まじい価値が付くことになる。

 果たしてそんなものを渡してきたトールの意図はどこにあるのか。さっぱりわからなくなったアインザックが黙り込んでいると、トールが満面の笑みを浮かべて話しかけてきた。

 

「ああいうマジックアイテムを俺はいくらでも用意できる。それらを提供するから、あんたは俺に金と身分を与えてほしい」

 

「……なるほど。トール殿、君は国外の人間か」

 

「まぁそんなとこだな」

 

 金だけならともかく、身分まで求めるのは不可解だが、国外の人間であるのなら話は別だ。

 冒険者組合長のアインザックがその証明を行うのなら、トールが今後もエ・ランテル内で活動を行う場合に、正体不明の人物として扱われることはなくなるだろう。

 そして冒険者を相手に商売を行う場合、これ以上はない後ろ盾を得ることにもなる。

 

「何故魔術師組合ではなくここに? マジックアイテムの買い取りならそちらの方がより価値を理解してもらえると思うが」

 

「え、そんなもんあったの?」

 

「何?」

 

「いや、知らなかったんだ。そんなもんあったんだな」

 

 アインザックの疑問にそう答えるトールは、全く嘘をついているように見えなかった。

 これで嘘をついているのなら凄まじい演技力だが、嘘をついていなかったらとんでもない交渉下手だ。

 どちらにせよ、目の前の人物はあまり交渉に向いていないとアインザックは思った。

 そして、もう少し情報を引き出してみる事にした。

 

「私は時間がなくてあまりあのマジックアイテムを見る事が出来なくてね、もし何か持っているのなら見せてもらいたいのだが」

 

 トールが何の荷物も持っていないのを知っていて、あえて彼はそう言った。

 仮にこれで見せられると言って、ポケットから指輪などのマジックアイテムを取り出せるのなら、意外と用心深い奴かもしれないと思ったのだ。

 もちろん、どれだけのマジックアイテムを持っているかの確認でもある。

 アインザックの意図に気付いたのか気付かないのか、トールは一度首を捻ってから口を開いた。

 

「そうだなぁ。あんた体付きからして戦士だったんだろ?」

 

「あぁ、そうだ。昔はミスリル級冒険者だった」

 

「じゃ、これをやろう」

 

 そう言ったトールは、何もない場所に手をやったかと思うと、虚空から鞘に収まった一本の剣を取り出した。

 そんな現象を目にしたアインザックは驚愕して椅子から立ち上がり、大声で叫んだ。

 

「こ、これはいったいどこから取り出したのかね!?」

 

「あ~~~収納魔法みたいなもんだ、うん」

 

「そんなものが……」

 

 驚愕しながらも、トールが差し出してきた剣をアインザックは受け取った。

 戦士だった彼にはわかってしまったのだ。今差し出された剣がどれほどのものなのかが。

 感動を抑えきれないアインザックは、僅かに震える手で剣の柄を握り、ゆっくりと剣を抜き放った。

 それは刀身が黄金と紅玉(ルビー)で縁取られた剣だった。だというのに恐ろしくバランスが良く、重さも自分にとってちょうどいい。間違いなく魔法の力が宿っている剣だった。

 

「おぉ……」

 

「『燃え盛る死(コロナ・ディザスター)』だ。効果は確か、耐性無視の炎と氷の無効化と……忘れた」

 

 既にアインザックの耳にはトールの言葉は半分くらいしか入っていなかった。

 彼が今手にしている剣は、間違いなく今まで見てきた中でも最高のものだと分かったからだ。

 そしてそれが、自分のものになるかもしれないのだ。

 そんな今にも剣に頬ずりを始めそうなアインザックを見て、トールは面倒くさそうに声をかけた。

 

「それはプレゼントするよ。とりあえず、すぐにでも金が欲しいんだが頼めるか? 身分とかそういうのはまた後で細かく決めてけばいいからさ」

 

 トールはもう交渉は成功したと思っているようだ。

 だがそれは間違った認識ではない。

 アインザックも、目の前の男を絶対に逃がすべきではないと思っていた。

 これだけの剣をあっさりくれるというような男なら、きっと今後も色々なマジックアイテムを見せてくれるはずだし、それは冒険者組合にとって大きな力となるはずだ。

 

「わかった。そちらにも準備はあるだろう。それで金はどの程度払えばいい? これだけのものを渡されたのだ。私に用意できる範囲でならいくらでも払おう」

 

「いや、そんなにはいらないんだ。ただ、この後に娼館に行きたいからさ」

 

「娼館?」

 

 アインザックは耳を疑ったが、間違いではないらしい。

 先ほどから彼が思っていたことだが、トールという男が見せていた軽薄な態度は中身がそうだからだったようだ。

 そして同時に、かなり俗物的で思ったことをそのまま口にするタイプであると思われた。

 

「あぁ。この後行きたいんだ。そこに行けるだけの金が欲しい。後、変な店は嫌だからそっちも紹介してもらえると嬉しいんだけど」

 

 そんなトールの言葉を聞いて、アインザックは思わず口元に笑みを浮かべた。

 これだけわかりやすい性格をしていれば、むしろ好ましい。本来交渉などできる人間ではないのだろうという事も伺える。

 そんな人間がこれだけのマジックアイテムを持っていて、更にこれからも用意できるというのだからおかしなものだ。

 

「わかった。それではこの街で一番質のいい娼館を紹介しよう。正式な契約はまだだから、金は私のポケットマネーから出す。それでいいかね?」

 

「いいね! わかってるねアインザックさん!」

 

 トールはこれまたわかりやすく笑顔で歓声を上げた。その態度には嘘など全くないのだろう。本気でありがたく思っていて、親しげに声をかけてきている。

 これからの交渉の事を思うと騙すかのようで気が引けたアインザックだが、たぶんそれすらもトールは気づかないのだろう。

 組合長が見る限り国宝級のマジックアイテムである剣を、娼館への紹介とそこで遊ぶ金と交換にするなんてのは知識不足に過ぎる。

 それでもこれで話は終了だ。アインザックはトールが差し出してきた手と握手を交わした。

 

「それではトール殿。今後の取引についてはまた明日細かく取り交わすという事で」

 

「あぁ。それでいいぜ」

 

「ところで明日、魔術師組合長も呼んで構わないかな? マジックアイテムに目がない奴で、君にも得な話になると思うんだが」

 

「別に構わないさ。それより、早いとこ娼館に行きたいんだけど」

 

 もはやトールの頭の中には娼館の事しかないらしい。

 それを聞いて思わずアインザックの口から笑い声が漏れた。

 

「まだ昼だぞ? いくらなんでも早いんじゃないか?」

 

「昼でも行きたいのさ。溜まってるもんでね」

 

「そういう事なら金を用意しよう。今から取ってくるから待っていてくれたまえ」

 

 アインザックは自分の部屋に向かうために立ち上がり、すぐ隣の自室へと向かった。

 きっとトールとの付き合いは長くなるだろう。

 そんな予感がしていたアインザックは、最初の印象を良くするためになるべく多くの金貨を用意するのだった。

 

 

 




こんなの交渉じゃないわ!ただの物量任せの押しかけ契約よ!


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4話

 トールとジョンがエ・ランテルにやってきて一週間が経ち、彼らは安定した生活を手に入れていた。

 

 まず朝、黄金の輝き亭に泊まる他の客よりもずいぶん遅く起床したトールは、二日酔いで痛む頭を押さえながら水を浴びる。

 そうして体のベタつきも洗い流し、頭痛以外はすっきりした状態で食堂へと向かうのだ。

 

「あ~いっでぇ……」

 

「大丈夫ですか?」

 

「いつもの事だ。慣れてる。それより飯だ」

 

 給仕にそう告げたトールは、コップに入った水だけを受け取って近場のテーブルに着く。

 流石に中途半端な時間だからか、他の客はほとんどいない。

 しかし、もしいたらトールの恰好を見て顔を顰めただろう。毎朝の事だが、彼は動きやすそうな白のシャツと黒いズボンしか身に着けていないのだ。

 エ・ランテルにおける最高級の宿屋である黄金の輝き亭には、金持ちか見栄っ張りの冒険者しか泊まらない。そんな中でマナーもへったくれもない、女を前にする時以外は恰好すらも適当なトールは明らかに異分子なのだ。

 トールがちょっと時間を外すのは、朝が苦手である以外にも、視線を集めるのが面倒臭いという理由もあったりした。

 

「お待たせしました。こちらになります」

 

「悪いがあともう一杯水貰えるか?」

 

「かしこまりました」

 

 しかし、そんなトールだが宿屋の従業員からの評判は悪くない。

 トールが宿泊を初めて一週間の内、三日は女を連れ込んで部屋を汚したが、その分だけ多額のチップを渡しているし、どこからか仕入れてきた未知の食材を持ってきて料理を頼んできたかと思えば、そうして出来上がった料理を皆に分け与えたりもしていた。

 そんな従業員が抱くトールの印象は、『変わり者だが金払いもよく、従業員にも優しい客』である。

 それでいて最近では街の防衛にも協力しているというのだから、多少変わっていたところで文句などあるはずがなかった。

 

 

 朝食と昼食を兼ねた食事を終えたトールは、黄金の輝き亭を出て冒険者組合へと向かう。彼は冒険者組合長のアインザックとの細かな商談を終えた後も、ここ一週間は毎日冒険者組合に通っているのだ。

 その理由は、文字を習うためだ。そして、この世界の常識を学ぶためでもある。

 本来ならそんな面倒くさい事は絶対にやらないトールだが、アインザックとの細かな売買契約を結んだ時に、明らかな知識不足と文字が読めないことの不利を指摘されたのだ。

 そして字の読み書きがしっかりできた方が今後のやり取りがしやすい事、また契約書類で騙されることがなくなる事、そして女性への連絡手段も増えるし、知的な女性にはより多くの本を読んで知識を深めておいた方がよいという事を言われたトールは、アインザックに協力してもらって、組合に勤める女性から教育を受けることにしたのだ。

 それでも最初は渋っていたトールだが、どうせやる事なんて夜に娼館に行くことしかないからそれまでの時間潰しにはなるし、教育役の女性も可愛いし贈り物をすると喜んで笑顔を見せてくれるので、今のところは苦に思ってはいなかった。

 宿を出て冒険者組合についたトールはまず最初に受付へと向かい、カウンターに立つ栗色の髪の女性へと挨拶を行う。

 

「おはよう。セーラちゃん今日も美人だね」

 

「おはようございますトール様。お世辞でも嬉しいです」

 

「もちろん本心だとも。ところでこの後の連絡頼むよ」

 

「はい。それでは先に部屋でお待ちください」

 

 簡単な受け答えを行い、トールは二階にある、ここ一週間毎日使っている部屋へと入った。彼は毎日ここで勉強を行っているのだ。もうしばらくすれば、受付から連絡がいった教育役が部屋へとやってくるだろう。

 現在、組合の中でのトールの立場は、冒険者組合専属の出資者というものになっていた。

 もちろんトールは金を渡す立場ではなく貰う立場なのだが、相場の十分の一以下の値でポーションを始めとする大量のアイテムを組合に流しているため、アインザックからは最高級の客人として扱われていた。

 故に様付けで呼ばれているのだが、トールとしてはそろそろ普通に呼んでほしかったりする。一線を引かれた気分になって嫌だからだ。

 

「お待たせしました。トール様」

 

「いや、全然待ってない。さっそくはじめようぜレベッカちゃん」

 

「……わかりました。それではまず昨日の内容から」

 

 そうしている内に教育役の女性がやってきて、トールの勉強が始まった。やってくるのは決まってきつい目つきをした金髪女性だ。既にトールへの対応は彼女に一任されているらしい。

 レベッカという女性は最初ちゃん付けで呼ばれることに抵抗があったようだが、既に諦めたかのように溜息を吐くだけにとどめていた。

 そんな彼女はアインザックが選んだ人材との事で、人に教えるのが上手く、それでいてトールの好みに合わせるかのように結構な美人だ。

 そしてトールがプレゼントした時くらいしか笑顔を見せない、仕事とプライベートをきっちり分ける人間でもある。

 普通に可愛いだけよりもよっぽど興味をひかれるレベッカが、トールは結構お気に入りだった。

 おかげでトールの勉強は順調に進んでいた。それは教育役のレベッカが驚くほどのものだった。

 

「ここまで早く文字を覚えてしまうなんて驚きました」

 

「昔からやる気になればだいたいなんでもできるタイプだったんだ。それにまだまだ覚えてないことはあるだろ?」

 

「それでもです。私が文字を覚える時はもっと時間がかかりましたから」

 

「そうなのか。まぁ、一応昔は学校に行ってたからな。そのおかげだろう」

 

 トールが元々いた世界において義務教育は廃止されており、まともな教育を受けるには多額の金を払って学校に通う必要があった。

 そのため貧困層の人間は満足に学校すら行けなかったが、富裕層だったトールはそういった教育を受けることができたのだ。

 ちなみに彼の最終学歴は高卒だったりする。

 

「さ。時間はまだあるだろ? それまでは何か教えてくれよ」

 

「わかりました。それではまず通貨に関することから始めましょう。文字の次はそれを教えるように組合長から言われていますので」

 

「あぁ、そりゃ確かに必要な知識だな」

 

「えぇ。でも、文字の事を考えればすぐに覚えてしまえるでしょう?」

 

「任しとけよ。レベッカちゃんがアインザックに褒められるように頑張るぜ」

 

 そう言ってトールがガッツポーズをすると、そのアインザックから教育の目的を教えられているレベッカは薄く笑みを浮かべた。

 わざわざこうして勉強をさせている理由は、アインザックがトールに味方になってほしいと思っているからだ。この勉強はその一環であり、トールに恩を売るという事と、今後他の誰かとの商売を行った際に騙されないようにするためなのだ。

 周辺国家の情勢などを考えずに、それこそ帝国に大量のマジックアイテムを流されては大変なことになる。トールが提供した多数のマジックアイテムを知るアインザックだからこそ、それは絶対にしてはならない事だとわかったのだ

 

 果たして、いつまでトールを王国内に留めておけるのか。

 それはまだ誰にもわからない。

 

 

 

 トールから好きにしていいと言われたジョンは、エ・ランテルを完全に把握するべく調査を行っていた。

 その首には以前とは異なり首輪が巻かれている。何の装飾もない革の首輪だ。

 これはジョン自らが求めたもので、野良犬でない方が面倒がないと判断してつけてもらったものだった。

 

(全住民の調査、終了。脅威無し)

 

 ジョンが行ったことは、自分たちが宿泊する黄金の輝き亭を中心に、脅威となる人間が存在しないか調べる事だった。

 街の中にいる人間全てを、彼自身が所有するスキルによって鑑定し、その強さを看破していったのだ。

 その結果、現在エ・ランテルに存在する人間には自分たちを傷つける事は不可能だという事が判明した。

 

(主殿が協力してくださったおかげで確信していましたが、やはりこの周辺にいる人間は弱いですね)

 

 一週間前、トールが冒険者組合に持って行ったアイテムは、事前にジョンとの話し合いで決めていたものだった。

 ユグドラシルに存在する装備アイテムには九つの区分があるため、最下級を除く八つの区分ごとにわけて袋に詰め、トールには冒険者組合に持って行ってもらったのだ。最下級を除いたのは、あまりにも質の悪いものを渡す事で甘く見られるのを避けるためである。

 結果、冒険者組合の人間はたかが下級と中級のアイテムにやたらと高い価値を示すことが判明した。

 これにより、いずれ中級のアイテムの需要がなくなった場合でも、更に上の六つの区分に類するアイテムを売ればよくなった。それがいつになるかはわからないが、とにかく売買が急に停止になる事態はなくなったと言っていいだろう。

 唯一、トールがアインザックにプレゼントした剣はユグドラシルでも最高位の神器級(ゴッズ)アイテムだが、一番上の人間に特別に恩を売っておくのは問題ないとジョンは判断していた。

 

(主殿がいる以上、私に隠れて潜むプレイヤーの存在も考慮すべきでしょうが、まぁ問題ないでしょう。軍団単位で組んだプレイヤーが来ない限り、私が負けるはずありませんし)

 

 結局、ジョンは街に対する脅威の問題をそう結論づけて終わらせた。

 今でこそ犬の姿だが、それ以外は魔王と名付けられた(エネミー)だった時と変わっていないからこその余裕である。

 もしプレイヤーに遭遇しても、それが少数なら楽々片づけられる自身が彼にはあった。

 

(うん?)

 

 そんな時である。

 全住民の調査を終えたジョンは、城門の脇に寝そべって入ってくる旅人の鑑定を行っていた。

 内部に脅威がいない以上、外部からの脅威に備えるのは当然だ。

 そんな中で、強烈に違和感を感じる二人組を見つけたのだ。

 

(あれは……何故モンスターが二体も?)

 

 全身を漆黒の鎧に身を包んだ人型と、ローブを着た黒髪の女の姿をした人型。

 その姿はモンスターには見えないが、ジョンはその二体がアンデッドとドッペルゲンガ―である事にすぐ気付いた。

 元々ジョンにはそう言った変装だの隠蔽だのと言った技能は効果がない上に、相手のステータスを見抜いて弱い奴を狙う能力があったために気付けてしまったのだ。

 異なるモンスター二種が一緒に行動していることも、その二体がレベルに対しては弱い武装をしている事も、そもそも野良モンスターなのに化けて潜入なんて回りくどい事をしている事も、全てがおかしすぎた。

 だからこそ気付いた。プレイヤーである可能性に。

 

(おそらく強い方がプレイヤーだろう。一人だけなら脅威にもならないだろうが……)

 

 ジョンは怪しい二人組を見つめる。

 おそらく固有スキルで見ているだけだからだろう、気付いた様子はない。

 そしてそのままジョンの前を通り過ぎ、二人組はまっすぐにエ・ランテルの中央広場に向かって歩いて行った。

 ジョンは寝そべるのをやめて立ち上がると、その二人組を追って歩き出した。

 

(一応、この街にいる間は気にしておこう)

 

 犬であるジョンの姿を気に留める者はいない。

 そして尾行されているプレイヤー、アインズもまた犬の存在など気にも留めない。

 気に留めるはずがなかった。

 まさか、かつてユグドラシルで世界級エネミーとして恐れられた存在が犬の姿になって自分を尾行しているなんて、わかるはずもなかった。

 

 




主人公は適当に、オトモは丁寧に、
世界設定はできるだけ細かく作っております。
感想・指摘があればバシバシお願いします。

トール:金持ちだったおかげで高校卒業まで頑張れた。
欲望のために頑張れるタイプ。
(エサをぶらつかせないと動かないタイプ)

ジョン:有名なエネミーだった。
戦闘中、残りHPの低い奴を狙う(ステータスが見えている)
潜伏系スキル全無効。

次回はアインズ様メインの三人称かな


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5話

 トールとの取引開始から一週間、アインザックがまず行ったのは、エ・ランテルの都市長であるパナソレイと、魔術師組合長であるラケシルに連絡を取る事だった。

 エ・ランテルに、ひいては王国に、大きな利益を齎す可能性のある大量のマジックアイテムを所有する異国の商人が現れた、と。

 そして実際に袋いっぱいのマジックアイテムと、アインザックのもらった剣を見た時の両者の反応は凄まじいものだった。

 

「これだけのものを提示できる人物なら、絶対に帝国に渡すわけにはいかない。アインザック君、私も交渉の際に同席させてもらえるかな」

 

 パナソレイはそのだらしない肥満体型に反して非常に優れた能力を持つ都市長だが、マジックアイテムの効果についてはあまり詳しくない。しかし、それがどれだけの価値を持つか、どれだけの利益を生むかについてはすぐにわかったのだろう。

 故にパナソレイは交渉の際に同席し、多少の損を覚悟してでも交渉を成功させるつもりだった。

 ただ、トールが望んだのは満足に遊び暮らせる金と街を自由に動ける立場だけだったので、パナソレイの心配は杞憂に終わったのだが。

 

「ほう。確かにこれだけのマジックアイテムを大量に用意できるのは……ん? この剣も? ちょっ、なんだこれぇ! すげえ! すげえよこれ!」

 

 アインザックが貰った剣『燃え盛る死(コロナ・ディザスター)』を見るなりすさまじい歓喜の叫び声をあげたラケシルは、アインザックの昔の冒険者仲間だ。その頃からマジックアイテムに強い執着を持っていたが、その時の反応は明らかに異常だった。

 しかし鑑定の魔法を用いたラケシルの説明を聞いてみると、他のマジックアイテムも確かに優れてはいるが、『燃え盛る死(コロナ・ディザスター)』だけは完全に別次元の価値を持つ凄まじいものなのだと言う。

 そして興奮冷めやらぬラケシルもまた、交渉の席に着くことになった。交渉の際にアイテムを提示された場合に、すぐに鑑定をして価値を知るためだ。

 もちろん、その際に我を忘れて騒ぎ立てないようにという注意がされる事になったが。

 

 そうして交渉を終えたアインザックたちが取り組んだのは、エ・ランテルの警備体制の見直しと今後の為に必要な資金の獲得だった。

 交渉を経た後にトールから渡されたマジックアイテムの量が荷馬車に満載レベルであったため、今後トールに金を渡すことを考えれば半分くらい売ってしまった方が良いという事になったのだ。

 トールからは売った後のものをどうしようが構わないという答えをもらったため、アインザックたちの計画は実行に移された。

 警備に役立ちそうなアイテムは、そのまま検問所の衛兵たちに勤務の間だけ貸与を行う事に。そしてそれ以外のマジックアイテムは、一部が魔術師組合で利用されることになり、他はアインザックとラケシルの持つ組合のコネや、元々王都から派遣されてきたパナソレイのコネを使って売り払い、多額の資金へと変える事になった。

 おかげで現在、二つの組合の運営資金には大きな余裕ができている。アインザックとしてもトール様様だった。

 

 そして現在、アインザックは冒険者への待遇改善を行っていた。

 まず初めに、冒険者が仕事を受ける際に組合が受け取る仲介料を大きく減らし、冒険者により多くの報酬が行きわたるようにした。

 更に、周辺のモンスター討伐を行った冒険者に対する報酬の底上げを行った。

 これらの方策は、長期的に冒険者の質を上げていくためのものだ。今後は増えた報酬によって装備が整えられるようになるし、モンスター討伐に出る者も増えて冒険者は経験を積み、周辺地域の安全は守られることになるだろう。

 

 またそれとは別に、冒険者組合で働く従業員の待遇も改善することになった。

 トールが従業員の女性全員にマジックアイテムをプレゼントしたいと言い、そういう事ならと根本的な見直しをすることになったのだ。

 結果、働く女性たちへの給料はそれなりに上昇し、また組合の制服の上にトールが配布したブローチのようなマジックアイテムを付けることになった。

 アインザックにも渡されたそれをラケシルに見た貰ったところ、攻撃を一度だけ防ぐ効果があると判明し、今ではアインザックもそれを身に着けるようにしている。

 

 そんな凄まじい効果を持つアイテムを大量に持ち、それを他人に渡してしまえるトールは何者なのか、アインザックはこれまで何度も想像してきた。

 だが、もうそこまで考える必要はないともアインザックは思っている。

 軽薄なところが目立つが、嘘を吐けそうにない純粋さの方がより目立ち、多少女好きが過ぎるが組合の女性からの評判も悪くはない、トールはそんな男だ。

 この一週間で、アインザックはわかりやすすぎる性格をしたトールの事をだいぶ理解し、そしてその正体がわからずとも信用しようとしていた。

 何より今後もトールとの契約が続き、冒険者の質が上がっていくのなら、いつかはアインザックの夢である、真の冒険者としての秘境探索を実行できる日が来るかもしれない。

 既にアインザックにとって、トールは夢の実現のために必要なパートナーだ。そうである以上、自分たちに大きな利益を生み出した人間を疑い続けても仕方がない。

 今度、一緒に酒を飲んで夢を語りあってみよう。アインザックはそう思い、トールのいる応接室へと向かった。

 

 

 

 冒険者組合から出てきたアインズ――もとい漆黒の戦士モモンは、紹介された宿屋に向かって歩きながら、先ほど見た冒険者組合の従業員たちの装備について考えを巡らせていた。

 彼は元々ユグドラシルのプレイヤーで、名前をモモンガという。

 過疎化したギルドを守り続けてこの世界に来た彼は、多くのNPCたちと共に他のギルドメンバーを探すため、ギルド名である『アインズ・ウール・ゴウン』と名乗る事を決めた。そして街に潜入する漆黒の戦士の姿の間は、元の名前をもじってモモンと名乗っているのだ。

 

「あの、モモンさ――ん。何か気になる事でもありましたか?」

 

「……そこまで重要ではない。気にするな」

 

 随伴しているギルドのNPC、ナーベラルにそう返したモモンは、歩きながら先ほどの冒険者組合で見たものを思い出していた。

 それは冒険者組合の従業員全員が身に着けていた、蝶を象ったブローチだ。モモンはそれに見覚えがあった。

 モモンとて全てのアイテムを知るわけではない。しかし彼の記憶が確かなら、あのブローチは自分が死亡する際に一度だけダメージを無効化する使い捨ての装備であるはずだった。

 ユグドラシルにおいては、ただそれだけの効果しかない癖に装備枠を埋める、おまけに一度発動すると壊れるという、初心者しか装備しないネタアイテムだった。

 

(あれは間違いなくユグドラシルのアイテムだ。同じ品が作成されているのか、それとも……)

 

 自分以外のプレイヤーが流通させているのか。

 その可能性は捨てきれないが、そうだと断定するには情報が少なすぎる。

 自らの問いに答えを出せなかったモモンは、結局他のマジックアイテムを発見するまでは答えを保留することにした。

 あまりにも多くのユグドラシル産のアイテムが発見された時、改めてそういったアイテムが過去にプレイヤーがばら撒いた結果なのか、今もばら撒いている誰かがいるかを判断する事にしたのだ。

 

(まぁ、考えても仕方ないか。冒険者として活動している内に何かわかる事もあるだろう。ナーベラルの暴走は心配だが、注意していればなんとかなるだろう)

 

 モモンはマジックアイテムに対する考えを保留することにして、冒険者組合から紹介された宿屋へと歩き出した。

 ここで保留にしたことが後に大きな影響をもたらすことになるとは、この時はまだ誰もわかってはいなかった。

 

 

 

 

 

 

「ったくカジっちゃんも人使い荒いよね~。確かに警備がやたら厳しくなってんのは気になるけど、そこまでわかってんなら自分でやれっつーの」

 

 エ・ランテルの娼館街近くの路地裏に、どこか猫っぽい顔だちの女性がぶつくさ文句を言いながら身を潜めていた。

 彼女の名はクレマンティーヌ。つい先日まではスレイン法国の特殊部隊である漆黒聖典の一員であり、現在は邪悪なる秘密結社ズーラーノーンに属している女性だ。

 クレマンティーヌは今、同じくズーラーノーンに属するカジットという男に頼まれ、最近急に整ったというエ・ランテルの警備について調べるためにエ・ランテルへと潜入していた。

 近いうちに街で一騒動起こすつもりのカジットが弟子を使って調べたため、街の警備の充実には冒険者組合が絡んでいることは分かっている。

 今回のクレマンティーヌの潜入目的は、最近冒険者組合に姿を見せるようになり、冒険者でもないのに厚遇されているという一人の男を拉致し、仮に邪魔になるようなら始末することだ。

 

(でもその調査内容もうっさんくさいんだよね~)

 

 それだけの厚遇を受けているらしい男が、何故毎晩娼館通いなのか。何故エ・ランテル中の酒場に足を運んだりするのか。

 その男の本性も、飲み歩きという概念を知らないクレマンティーヌには、その思考回路はさっぱりわからない。

 わからないが、カジット経由でその男の実力をクレマンティーヌは把握している。

 どこからかその男が持ち込んだらしいマジックアイテムを手に入れていたカジットは、そのアイテムを鑑定して危険だと判断したのだ。男自身が作ったマジックアイテムにせよ、大量に仕入れているにせよ、警戒が必要なだけの実力を持っている人間だと。

 それでもクレマンティーヌは、そこまでその男の事を警戒してはいなかった。

 

(ま、至近距離から不意打ちすりゃ魔法詠唱者(マジックキャスター)なんかちょろいちょろい……おっ、あれがそうかな)

 

 クレマンティーヌが潜んでいる路地に、娼館の一つから出てきた男が近づいてきた。

 その顔は伝えられた特徴通り、黒く短い髪の目立つ精悍な顔立ちだ。少なくとも元はそうだったのだろう。

 酒によって赤くなった顔をだらしなく歪ませている男に、クレマンティーヌの警戒レベルはまた一つ下がった。

 そしてその男がいよいよ近づいてきた時、クレマンティーヌは路地から姿を覗かせて彼に話しかけた。

 

「ちょっとそこのおにーさん」

 

 意識して色っぽく出したその声に、男が反応してきょろきょろと辺りを見回した。

 そしてしばらくすると、クレマンティーヌを見つけてじっと彼女を見つめだした。

 

「こっちへいらっしゃいな。話があるの」

 

 そう言って手招きすると、男はゆっくりと酒に酔った足取りで路地裏へと足を踏み入れてきた。

 そこでクレマンティーヌは、あまりにも事が上手く運び過ぎて笑みを浮かべた。

 目の前の男からは強者の気配は何一つ感じられない。それ故に仕事の達成を確信したのだ。

 

「あなた、トールって名前であってる?」

 

「あぁ、なんだ。俺を知ってたのか」

 

 その受け答えが聞ければクレマンティーヌには十分だ。

 そう思ってトールの意識を奪おうとし、そこで既に彼が懐に手を入れている事に気付いた。

 何かマジックアイテムを取り出す気なのかと身構えたクレマンティーヌだったが、ここで話は彼女が予想だにしていなかった方向へと進み始める。

 

「こんくらいでいいか?」

 

「……はぁ?」

 

 トールが懐から取り出したのは何枚かの金貨だった。

 その意図が読み取れないクレマンティーヌだったが、とてつもなく嫌な予感だけは彼女にも感じられた。

 そして、トールの言葉によって彼女の理性は吹き飛んだ。

 

「君すごく気に入ったから一緒に来てくれよ。欲しければ追加でもっと金払うからさ。今日はお持ち帰りできなかったから寂しくてね」

 

「殺す」

 

 目の前のトールという男が自分を娼婦扱いしている。

 そう判断すると同時に一瞬でトールの傍に詰め寄ったクレマンティーヌは、腰から抜いたスティレットを男の首に突き出した。

 拉致できなければ始末するという予定だったが、既にそんな事は彼女の頭には残っていない。

 目の前の、自分を舐め腐った態度を取った男を殺す事しか考えていなかった。

 

「うわっ」

 

 そんな意志の元に放ったスティレットは、確かに男の首に正面から当たった。

 だが、硬いものにぶつかったかのような音と共に弾かれた。

 

「はぁ?」

 

 武技という技術こそ使っていないものの、一流の戦士であるクレマンティーヌが本気で放った一撃だった。

 それがマジックアイテムの上からでもない、ただの首に当たったと同時に弾かれたのだ。

 明らかな異常事態に、クレマンティーヌの頭は一瞬で冷静を取り戻した。

 

「いきなり攻撃してくるとか危なすぎだろ。お仕置きしちゃうぞ」

 

「………」

 

 ふざけた口調でいうトールの声に苛立ちつつ、クレマンティーヌはどうすべきかを考える。

 まだ武技を使った攻撃は行っていない。首だけが魔法で強化されている可能性もある。

 何よりも、魔法詠唱者(マジックキャスター)かもしれない相手に距離を取る方が愚かだ。

 そう思ったクレマンティーヌは、身体強化の武技を発動して、最速で男の目や口などに攻撃をする事に決めた。

 

〈流水加速〉

 

 神経を加速させて攻撃速度を上昇させるその武技を発動した結果、クレマンティーヌのスティレットは先ほど以上の速度を持って男の右目へと向かう。

 対する男は動かない。

 反応できないのか、諦めたのか。どちらにせよもう遅い。

 

(殺った!)

 

 クレマンティーヌがそう確信したと同時に、何かに悩んでいたような男の顔がパッと明るくなった。

 まるで何かを思い出そうとしていて、今ちょうど思い出したかのように。

 そんな表情の変化を、クレマンティーヌの加速している感覚は捉えてしまっていた。

 

(一体、何が……)

 

 あとほんの少し右手を突き出すだけで、スティレットは男の右目に刺さる。

 だというのに、男が右手を突き出してくる方がずっと早かった。

 

「『昏睡(デッドスリープ)』」

 

 それが対象に強制睡眠状態を与える第六位階魔法だとは知らぬまま、直撃を受けたクレマンティーヌは糸を失った人形のようにその場に崩れ落ちた。

 しかしトールの腕が、地面に倒れかけたその体を受け止める。

 そしてクレマンティーヌが羽織っていたマントの下を覗き、その扇情的な装備と素晴らしい肉体を見てとると、満足した顔で笑みを浮かべるのだった。

 




お気に入り50件突破!
今後も頑張っていくのでよろしくお願いします。

しかし、最低だなこいつ。


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6話

 

 窓から差し込む光によって目覚めたトールは、晴れ晴れとした気分で朝を迎えていた。

 それは昨晩に宿へ連れ込んだ女性のおかげだ。

 色々あって眠らせることになったその女性を連れ込んだ後、トールは欲望のままに行為に及んだのだが、途中でその女性は目を覚まして暴れだしたのだ。

 しかし、いくら娼婦じゃないと言ったところで、トールには先に襲われたという大義名分があった。もちろんそんなものは女性を襲っていい理由にはならないが、そんな事を気にするトールではない。

 そうして圧倒的な身体能力の差に屈した女性は、今もトールのベッドで眠っている。

 

「ああいうのは初めてだったな。体力もあるみたいで途中で目覚めてからは最後まで気絶しなかったし。レベルが高いとかか?」

 

 トールは今まで強さについて考えたことはなかったが、一度ジョンにこの世界の強さのレベルは低いと言われた事があった。

 そして今まで宿屋に連れ込んだ女性が途中でダウンしてきた事も考えれば、間違いなく昨日の夜を共にした女性はレベルが高いのだろう。

 

「女スパイとかだったら燃えるのになぁ」

 

 ぽつりとそう呟いた彼は、ぐっと背筋を伸ばしてからベッドから立ち上がった。

 だんだんと目が覚めてきて、体のベタつきが気持ち悪くなってきたのだ。それだけではなく、かなりの空腹感も感じられる。

 トールは女性に目をやって、未だにぐったりと体を横たえる彼女が目を覚ましそうにない事を確認すると、足早にその部屋を後にした。

 そうして戻ってきたのは一時間近く後の事だが、徹夜で体力を使い果たしたためか、女性はまだ目を覚まさない。

 そこでトールは、女性を部屋に置いて冒険者組合に出かけることに決めた。そして色々聞きたいことのある女性が勝手にいなくならないように準備をしてから、いつも通りに冒険者組合へと向かうのだった。

 

 

「おほ~。すっげえ美人。誰あれ」

 

「昨日冒険者登録をした方です。確か……ナーベさんだったでしょうか」

 

「ふーん……はぁ」

 

 そして冒険者組合にやってきたトールが目にしたのは、冒険者チームと共に二階へと上がっていく黒髪の美女だった。

 今までに見たことがないその女性の事を受付嬢に聞いたトールは、その美女が新人であることを聞いて笑みを浮かべた。

 新人ならいくらでもつけ込む隙があると思ったのだ。

 しかし、しばらく眺めていたかと思うと視線を外し、首を振りながら溜息を吐いてしまう。

 そんなトールの様子を見て、彼の性格を知っている受付嬢は首を傾げた。

 

「どうしました?」

 

「いや、なんでもない。ちょっと萎えただけ。ホントそれだけだから」

 

「はぁ……それならいいですけど。何かあったら言ってくださいね?」

 

「心配してくれるの? 嬉しいねぇ」

 

 心配してくる受付嬢の声に癒されながら、トールはもう一度だけ階段に目をやった。

 既に上階へと登ったナーベの姿はそこにはないが、むしろそれで良かったとトールは思っていた。

 もしもまた見てしまったら、あまりにも惜しすぎて再び溜息を吐いてしまいそうだったからだ。

 

(なーんであんな美人なのにNPCなんだよ……)

 

 トールは目をやってすぐにナーベがNPCである事に気付いていた。

 理屈などトールにはわからない。

 だが強いて言うならば、それはGMであるトールに与えられた感覚なのだろう。

 そしてわかってしまったが故に、トールは惜しく思ってしまうのだ。

 

(いくら美人でもなぁ。今更作り物相手に腰振る気にはなれないっての)

 

 それが現在、この世界で生きる女性を抱いたトールが持つ正直な気持ちだった。

 もし仮に自分に忠実な美人NPCを作れたとしても、トールはそれを作らないだろう。

 それが作られたモノであるという感覚が抜けない以上、それがまるで本物のように動くかどうかは関係なく、どうしても女として見る事が出来ないのだ。

 絶世の美女のようなラブドールと、そこそこ美人な生身の女性なら後者を取る。

 それがだいたいの男が抱く感情であり、トールももちろんそのタイプだった。

 

「さ、今日も応接室行ってくるから、連絡頼むよ」

 

「はい。それではまた後程」

 

 受付嬢と別れ、トールはいつもの部屋へと向かう。

 その頭からは既に、先ほど見つけたNPCの事は消え去っていた。

 

 

 

 

「……うっわ。最悪」

 

 隣の部屋から漂う食べ物の匂いで目覚めたクレマンティーヌは、最悪の気分でベッドから体を起こした。

 昨晩から今朝までにかけての事を思い出したのだ。

 なまじ体力があり、元々の組織で培った精神力があったせいで、睡眠魔法から目を覚ました後の彼女は気絶することもできずに男の相手をする羽目になったのだ。

 昼まで目を覚ますこともなく、ぐっすり眠っているのも当然だった。

 

「しかもどこ行ったのよアイツ! あんだけヤっといて放置!?」

 

 そう声を上げて自分の体にかかっていたシーツを跳ね除けたクレマンティーヌだったが、腰から下を動かそうとして動きを止めた。

 一晩中荒地を駆けても余裕が残るほどの健脚を誇る自分の足が、まるで鉛のように重くなっていたのだ。そしてそれを自覚した途端、今まで無視していた倦怠感がどっと彼女の体にのしかかってきていた。

 おまけに体中に乾いた何かやらべたついた何かやらが張り付いているのが感じられ、優れた嗅覚にもあまり嗅ぎたくはない類の匂いが感じられて、クレマンティーヌの気分は更に悪くなっていった。

 

「チッ、とりあえずこの場から離れないと……」

 

 それでも部屋の主であるトールが外出しているならと、クレマンティーヌは全身に力を入れて立ち上がった。

 同時に太ももを何かが伝う感触を感じ、クレマンティーヌは怒りを露わにしながらベッドの周辺に目をやった。しかし、昨晩はぎ取られてベッド脇に捨てられたはずの彼女の装備は見つからない。

 クレマンティーヌは仕方なくまだ湿り気の残るシーツを纏い、慎重に寝室の扉を開けた。

 そこにトールの姿はない。だが、つい先ほど用意されたのだろう、まだ熱の残る幾つか料理の皿がテーブルの上に置かれていた。

 

「いない、か。ならこの食事はどこから?」

 

 普通に考えれば、宿の者がトールに指示されて用意したものだ。

 まさか腹ごしらえしろとでも言うのか、とクレマンティーヌが思った時だった。

 

「お目覚めですか」

 

「誰だっ!?」

 

 どこからか男の声が聞こえ、クレマンティーヌは自然とシーツで体を隠しながら、その声のした方向を睨みつけた。

 肉体的にも精神的にも人外の枠に踏み込んでいるクレマンティーヌだが、男の声を聞いて反射的に裸身を隠すくらいの羞恥心は持ち合わせている。

 だが、今回のそれは杞憂だった。

 その男の声を発しているのが、人間ではなかったからだ。

 

「一応面倒を見るように言われてますので、どうぞ体を清めてから食事をお取りください」

 

 そんな事を言いながらクレマンティーヌの前に進み出てきたのは、紛うことなき一匹の犬だった。

 流石に目の前に出てこられては、自分が相手の声の出どころを間違えるはずもない。間違いなく犬が喋っていることを知り、彼女は驚愕に眼を見開いた。

 

「なっ……い、犬!?」

 

「はい。ジョンと言います。主殿……トール様のペットです」

 

「モンスター?」

 

「それに近いですね」

 

 一度は驚いたクレマンティーヌだったが、すぐに平静を取り戻した。

 元々漆黒聖典として特殊な存在との関わりが多かった彼女には、喋る犬くらいならそこまで驚くものではないと思い直したのだ。

 そしてその小さく弱そうな姿を見て、ニヤリと笑って口を開いた。

 

「ふーん……ねぇワンちゃん。私ここから出ていきたいんだけどー」

 

「駄目です。あなたには主殿が帰ってくるまでここにいてもらいます」

 

「なんで私がそんな言葉に従うと思ってるわけ?」

 

「すぐにわかりますよ」

 

「そう。それはよかった……ねっ!」

 

 クレマンティーヌの取った行動に迷いはなかった。

 纏っていたシーツを目晦ましに投げつけて、武技を発動して駆けより、思い切り犬を蹴り飛ばす。そして宿屋を出たら適当な人間を襲って服でもなんでも奪えばいい。

 そんなプランを一瞬のうちに描いて、すぐさま実行に移したのだ。

 だが、クレマンティーヌは今までに経験したことのない精神と肉体両面の疲労から、異常な状況に対する冷静さを失ってしまっていた。

 普段のクレマンティーヌなら気付いたはずだ。

 素肌で刃物を弾き、卓越した戦士である彼女を押し倒して犯すような奴が残した犬が、ただ喋るだけが能なわけがないと判断するべきだった。

 

「あれっ?」

 

 犬を蹴り飛ばしたはずなのに、まるで段差に足を引っかけたような感覚がクレマンティーヌを襲った。

 そして世界が回るような感覚に意識を吹き飛ばされ、彼女は力なくその場に崩れ落ちた。

 

 

「無駄だとわかりましたか? わかったら体を清めて着替えてください。料理はそれまで冷めないようにしておきます」

 

 起きるなりそんな言葉を浴びせられ、クレマンティーヌは素直にその言葉に従うことにした。

 彼女とて馬鹿ではない。

 あまりにも得体の知れ無すぎる相手を前にして、わざわざ体力の回復をさせてくれるという言葉に逆らう気は既になかった。

 

「何が目的?」

 

「さぁ。主殿があなたに興味があるようですので」

 

「ハッ。あんだけ犯しといて何を今更」

 

「どの道、私の知るところではありません。あなたにも拒否権はないのでそのつもりで」

 

「……チッ」

 

 無慈悲に告げるその言葉を聞いて、クレマンティーヌは舌打ちをしながら料理に手を付けることにした。

 気分は最悪だが、すきっ腹に味も量も満足な料理が落ちれば自然と気は緩む。

 そしてクレマンティーヌは、なんとなく先ほど渡されて着用している自分の衣服に目をやった。

 それは下着も含めて素晴らしい肌触りの衣服で、良い素材が使われている事がすぐにわかる代物だった。一緒に渡された首飾りも同様に、七種の宝石が輝くそれの価値は凄まじいものなのだろう。

 問題は、その服が動きづらそうな黒のドレスであり、首飾りが宝石の埋め込まれた首輪である事だ。

 男を待つ時に裸でいるか服を着るかを選んだ既に、彼女は服を着ることを選んだのだ。

 

「帰ってきたら今度こそ殺してやる」

 

「無駄ですよ。今のあなたにはマトモな装備すらありませんし」

 

「うっさい! もう寝る!」

 

「この部屋から出ないのなら、どうぞお眠りください」

 

「あっそ!」

 

 もはや逃げられないのなら、なるようになれだ。

 そう思ったクレマンティーヌは、ソファーに横になって不貞寝を開始した。

 

 




大丈夫! ギリギリR18じゃないよ!
でも今回は全体的に汚い言葉が多い気がする。


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7話

 

 

 

 いつも通りの時間に冒険者組合を出たトールは、珍しく娼館や酒場に寄らず、広場の出店で酒や果実などの食料を買ってすぐに宿屋へと向かった。

 しかしそうして帰ったトールを待っていたのは、扉を開けると同時に飛んできた皿だった。

 

「うおっあぶねっ!?」

 

「チッ!」

 

「ストップストップ! なんだオイいきなりすぎるぞ」

 

 眼前に迫ったそれを普通にキャッチしたトールは、続いて舌打ちしながら殴りかかってきたクレマンティーヌの両腕を掴み、部屋の中に連れ戻した。その際に買ってきた酒瓶が床に落ちたりして僅かに眉を顰めるが、それもクレマンティーヌの姿を見るまでの事だった。

 彼女の服装はトールが事前に用意したものだったからだ。

 露骨に笑顔を浮かべはじめたトールを見て、クレマンティーヌは顔をひきつらせながら腕を振り払おうとする。

 

「さっさと離せ気持ちわりーんだよ!」

 

「別にいきなり変な事しないから落ち着けよ」

 

「信用できるか!」

 

「いやでも昨日のは襲ってきたそっちが悪いだろ。俺は襲い返しただけだ」

 

「ぐっ」

 

 言葉に詰まったクレマンティーヌを見て、トールは彼女の腕を解放した。

 そして床に落ちた酒瓶などを回収し、ソファーへと腰かける。

 

「とりあえず飲みながら話そう。喧嘩は嫌いなんだ」

 

「よくんな事言えるよねー。昨日の事をもう忘れたの?」

 

「普通に話す分ならお互い笑顔で楽しくやれた方がいいだろ?」

 

 クレマンティーヌが未だに身構えているのにも構わず、トールは酒瓶にそのまま口をつけて飲み始める。

 瓶ごと蹴ってやろうと一瞬思ったクレマンティーヌだったが、ジョンにじっと見つめられているのに気付いて仕方なくトールの対面に腰かけた。

 そして、トールによって持ち込まれた果実に手を伸ばす。

 

「それで? 聞きたいことあるんでしょ?」

 

「まぁ、別に聞いても聞かなくてもいい事なんだけど、なんで俺に声かけてきたのかと思ってな」

 

 トールが聞きたいことはそれだけだった。

 よくよく考えたら自分の名前を知っていて、その上で攻撃してきたため、なんとなく気になったのだ。

 それを聞いたクレマンティーヌは、呆気にとられた顔で語り始めた。

 

「それだけ? そんなもん、突然現れたあんたがここエ・ランテルの防衛体制に協力したからに決まってるじゃん」

 

「……そんなに目立つことしてたっけか?」

 

「まぁ、結果的にはしていますね」

 

「そうだったのか。今初めて知ったわ」

 

 自覚がないトールはジョンに確認して驚愕しているが、これはある意味しょうがない面もある。

 彼は確かにアインザックに言われて、戦闘や索敵に役立ちそうなマジックアイテムを売ったりはしたが、それを渡して金をもらってからは完全にノータッチだったのだ。

 故に、マジックアイテムが何に使われるかはなんとなくわかってはいたが、まさかそのせいで自分が注目されるとは思っていなかった。

 

「私は詳しい事知らないけど、カジッちゃんはだいぶ警戒してたわ。あ、カジッちゃんってのは私の同僚で、随分前からこの街を狙ってた奴なんだけど……ていうかあんた、商人なんだから目をつけられる理由くらいだいたいわかってたでしょ?」

 

「ん? あぁ! そういえば商人って設定だったな」

 

「はぁ?」

 

「いいんだ。気にしないでくれ」

 

 軽く手を振って誤魔化すトールに首を傾げつつも、クレマンティーヌは次の会話を促す。

 まさか本当にそれだけで質問を終わらせはしないだろうと思ったのだ。

 

「俺からは何もないぞ。ジョンは何かあるか?」

 

 本当に一つだけ聞いて質問を終わらせたトールに呆気にとられたクレマンティーヌだが、話を振られたジョンが目を光らせたのを見て気を引き締めた。

 どうやらトールとは違い、こちらは適当に済ませてはくれそうにない。

 

「それでは主殿の許しが出たので聞かせていただきましょう。まずそのカジットとかいう男の目的から……」

 

 それからクレマンティーヌはジョンの質問に全て答えていった。

 カジットの目的、どんな人物か、所属しているズーラーノーンとはどんな組織か。

 クレマンティーヌがかつていた漆黒聖典の事も、法国の事も、そして自分がこの後何をする予定なのかも。

 しかしそれを聞き終わった後に言われたのは、まさかの言葉だった。

 

「色々と聞くことができましたね。協力感謝しますよ。それで主殿、クレマンティーヌはどうしますか?」

 

「え? うーん、もう聞きたいこととかないから別に帰ってもいいけど」

 

 そう言って空中からクレマンティーヌが元々身に着けていた装備を取り出し、テーブルの上に置くトール。

 何もない場所からいきなり物が現れた事もそうだが、目の前の人物が本気で自分を解放する気だという事がわかったクレマンティーヌは驚愕の表情を浮かべた。

 あまりにも自分にとって都合が良すぎると思ったのだ。

 

「ねぇ。そこ普通は街の衛兵に突き出したりしないわけ? 一応この後も人攫いの予定とかあるし、カジッちゃんの事も教えちゃったりしたわけだけど」

 

 クレマンティーヌはこの後、街に住む特殊な才能(タレント)持ちの人間を攫い、その人間を使ったカジットの企みに手を貸す予定なのだ。

 仮にそれが実行されればアンデッドの大群に街は襲われ、少なくない被害が出るはずであり、クレマンティーヌを逃がすという事はそれを看過するという事だ。

 しかし、そう言われたトールはジョンと顔を見合わせた。

 一人と一匹の顔に浮かぶのは、なんでそんな事を言うのかわからないという純粋な疑問だ。

 

「雑魚アンデッドがいくら群れようと、どうせ私と主殿には無害ですし?」

 

「お気に入りの店には防御ゴーレム設置済みだし、ジョンの言うとおりどうとでもなるから心配しなくていいぞ?」

 

「心配なんかしてるわけねぇだろ! ふざけんな!」

 

 自分の常識から外れた答えを聞かされた上に嫌な勘違いをされて、クレマンティーヌは怒鳴り声をあげて顔を背けた。

 要するに、トールたちのスタンスは自分たちに害を及ぼさないのなら放っておくというものらしい。

 しかしそれはクレマンティーヌにとってラッキーな事でもあった。

 もしクレマンティーヌが宿を去ってカジットの計画に参加したとしても、目の前の二人と争う必要はないという事だ。

 絶対マトモに戦いたくないと思い始めていた彼女にとって、それは何よりの吉報だった。

 クレマンティーヌは未だに抜けた漆黒聖典から追われる身であり、ここでズーラーノーンの仲間を裏切って余計な揉め事が発生するのは避けたかった。そして仮にカジットの計画が失敗に終わろうとも、そこまでは知ったことではないのだ。

 

「あーもう! とにかく、行っていいならもう行くから。じゃーねー」

 

 行動を決めたクレマンティーヌの動きは速かった。

 素早く自分の装備を抱え込み、着替えるのはとりあえず後回しにして外へと向かう。

 酒を飲んだトールの視線がだんだんと嫌なものに変わっていくのに気付いたからこその行動だったが、それはあまりにも遅すぎた。

 クレマンティーヌが扉に手を掛ける前に、彼女の腕をトールが掴む方が早かった。

 

「……なんで腕掴んでるの?」

 

「いや、なんかムラッと来たから。今夜も付き合ってくれ。明日の朝には帰っていいからさ」

 

「はぁ!? ふざけんじゃむぐっ!?」

 

 話の途中で唇を奪われ、そのまま抱き上げられるようにして奥の寝室へと連れ込まれたクレマンティーヌ。

 そんな彼女を屠殺場へ送られる豚を見るかのような目で見送ったジョンは、彼女の言葉の裏を取るべくその場を後にするのだった。

 

 

 

「それで、行かせてよかったのですか? 言われた通り止めませんでしたが」

 

「まぁな。別にずっと一緒にいてもいいんだけど、あのままじゃ好感度上がらなそうな感じがしてな」

 

「手遅れだと思いますが……」

 

 翌日、トールが少し遅めに目を覚ました時、既にクレマンティーヌは姿を消していた。

 何故前日には昼まで目覚めなかったクレマンティーヌがトールよりも早く起きることができたのかと言えば、それは彼女が身に着けている首輪のためだ。

 そしてその首輪はクレマンティーヌ自身では外せないものだとわかっているからこそ、トールはジョンに出ていく彼女を黙って見送るように言ったのだ。

 

「でも墓場で一騒動起こす気なんだろ? そんでそれを解決しようとした誰かがクレマンティーヌを倒したら、あの『首輪』が効果を発揮するはずだ」

 

「まぁ、そうなるでしょうね」

 

「そしたら俺は命の恩人だし、割とチョロそうだから惚れてくれそうじゃね?」

 

「流石にそこまで簡単にはいかないと思いますが」

 

 トールはクレマンティーヌを気に入って自分に好意を持ってほしいようだったが、ジョンとしてはそこまで上手くいかないと考えていた。

 好意云々はともかく、そこまで都合が良く事が運ぶとは思えなかったのだ。

 

「そもそもクレマンティーヌはそれなりに強いので、解決しようとした人間を返り討ちにする可能性が高いのでは?」

 

「……ま、まぁそんときゃそん時だ。アイテムの居所がわかってる限り追跡できるし、うん」

 

「それに、人攫いだけやってさっさと逃げ出す可能性もありますが」

 

「……逃げるような性格じゃないし、大丈夫だろう。たぶん」

 

 ジョンに言われるたびに顔を背け、しまいには口笛を吹いて現実逃避し始めたトール。

 しかし実際はそこまで心配はしていない。

 アイテム探知で居所を察知できる事もそうだが、クレマンティーヌが寝ている間に彼女の復帰地点(ホームポイント)を設定した事、そして首輪に備わった効果が発揮すれば確実にピンチを救える事がわかっているためだ。

 つまりどうあってもトールの目的は叶うのである。

 

「それにあんまり仕事の邪魔しちゃ悪いだろ?」

 

「………」

 

 冗談だか本気だかよくわからないトールの言葉を受け流し、ジョンはそれよりもと話を変えた。

 クレマンティーヌよりもずっと危険度の高い存在についての事だ。

 

「そういえば監視していたプレイヤーとNPCの事ですが」

 

「一応こっちでも名前だけ確認したぞ。新しい登録者で名前は確か……モモンとナーベだったか」

 

 トールはジョンに頼まれ、一応ナーベというNPCを目撃したこともあって、冒険者組合に新しく登録した二名の名前をチェックしていた。

 本来ならそう見れるものではないのだが、冒険者組合にとって現在最高の出資者であるおかげで、苦も無く冒険者のリストを手に入れることができたのだ。

 

「その二名、昨日の内に街の外に出たみたいですが、どうしますか? 今からでも追えますが」

 

「ほっとけ」

 

「よろしいのですか?」

 

「あぁ。そっちはお前の好きにやってくれ。俺は興味ないからな」

 

 既にトールにはその二名に対する興味はなくなっている。

 何か企んでるなら勝手に企んでいればいいし、それが自分に飛び火するという所で対処すればいいと考えていた。

 何より今のトールはプレイヤーとNPCの事よりも、クレマンティーヌが自分の手元に戻ってくるかどうかの方にしか興味がないのだ。

 

「うまい事騒動を起こして、ついでに倒されてくれればいいんだけど」

 

 そんな事を呟きながら冒険者組合に出勤するトールを見送って、ジョンは言われたとおり好きに対処を行う事を決めた。

 





お気に入り100件突破!
今後も頑張っていきたいと思います。

しかしこいつヒドい奴だな・・・


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8話

更新が遅れて申し訳ありません
ちょっと家を離れてるので次も遅れるかもしれません


 

 

 

 ジョンが自由に行動する許可をもらい、トールの傍から離れて一日が経った。

 その間もトールの周囲では特に何も起こることはなく、いつも通りの日常が過ぎ去っていく。

 その日もトールは冒険者組合での勉強を終え、酒場で飲んだくれていた。既に顔なじみとなっている店主は、それを見て心配そうに話しかける。

 

「またですか旦那、飲みすぎですぜ」

 

「問題ねぇよ。それより俺が渡した肉、まだ焼けねえの?」

 

「もうすぐできまさぁ。それより、アレ本当にドラゴンの肉なんで?」

 

「間違いねぇよ。確認したからな」

 

 トールは宿屋でやっているのと同じ事を酒場でも行っていた。

 もちろん持ち込みの食材で料理なんて本来はしない店主だが、金払いが良ければ話は別だ。毎回余分に渡される食材を口にできる事もあり、今では最も優遇すべき客としてトールをもてなしている。

 そうして料理の腕を振るってもらって完成した『ファブニールのステーキ』に、トールは涎を垂らしてかぶりついた。

 

「うめぇ」

 

 どう美味いかなんてのはトールには説明不能なため、とにかくうめぇうめぇと言って肉にかぶりつく。

 既に何個かお気に入りの食材は脳内リストに書き込んであるのだが、今回の肉もそのリストに入ることが決定した。

 そしてトールが三枚目のステーキにかぶりつき、六本目の酒瓶を空けた時だった。

 

「ん? 外が騒がしいな」

 

「何かあったのか?」

 

 店の外がやたらと騒がしくなり、慌ただしい雰囲気が漂い始めたのだ。

 一体何が起きたのか客全員が不思議そうにしていると、事態を知らせようとする人間の声が外から聞こえてきた。

 

「アンデッドだ! 墓地に大量のアンデッドが発生した!」

 

 それを聞いたトールは心底面倒くさそうな表情を浮かべた。

 せっかく店の中も盛り上がって、みんなに肉を振舞って大騒ぎしようとしていたところなのだ。

 だというのに客は全員神妙な顔をして、静まり返ってしまっている。

 もはや楽しく飲める雰囲気ではなくなっていた。

 

「トール殿! トール殿はおられますか!」

 

 更には酒場へ飛び込んできた冒険者組合で何度か見た女の顔を見て、トールは深い溜息を吐きながら立ち上がった。

 

 

 

 冒険者組合に連れてこられたトールを待っていたのは、深刻そうな顔をしたアインザックだった。

 原因は不明だが墓地からスケルトンやゾンビなどのアンデッドが大量発生し、それの解決に力を貸してほしいのだという。

 

「墓地にいた守衛の話では、その場にやってきた冒険者二名が対処に向かったらしい。しかし……」

 

「じゃそいつらに任せりゃいいだろ」

 

「私は組合長だ。彼らは凄まじい強さだったそうだが、銅のプレートを付けていたとも聞く。それにたった二人では、いくら優秀でも討ち漏らしが出てくるだろう」

 

「それは言えてる」

 

 一度墓地を見に行ったトールはその広さを良く知っていた。その地を囲んでいるのが壊れやすそうな柵だけだと言う事もだ。

 それを踏まえれば、たった二人では討ち漏らしが出た場合に非常に危険な事態に陥ることが予想できたのだ。

 もちろん予想できたからといって、それがどうしたという程度の考えしかないのだが。

 

「でもまぁ、その二人とやらがなんとかするだろ。俺は嫌だぞめんどくさい。なんでこんな夜にアンデッド退治なんかやらなきゃならないんだ」

 

 結局の所、そんな面倒くさい事トールはやりたくないのだ。

 いい気分で酒を飲んでいたところを邪魔されて、女の子の迎えだから一応アインザックの所に来たが、その機嫌はかなり悪かった。

 そんなトールの言葉を聞いて、しかしアインザックは顔色一つ変えなかった。

 

「なら、あれを対処できるアイテムを何かもらえないだろうか。君の機嫌を損ねたのはあのアンデッド共だ。そうだろう?」

 

 既にトールの考えを予想していたアインザックは、用意していた妥協案を提示した。

 トールがやる気になるような煽り言葉も付け加えて、だ。

 そしてアインザックの思惑通り、トールは不機嫌そうな顔でニヤリと笑う。

 

「確かにな。死体だか骨だか知らねーが俺の邪魔しやがって。クソムカついてきた」

 

「そうだろうとも。それで、何かいいアイテムはあるかな?」

 

「そうだな……まだ俺もあんまり把握してないからなぁ。うーん」

 

 そう言ったきりトールは、腕を組んで考え込んでしまう。

 だがアインザックは迅速に動かなければならないのだ。そこまで待っている時間はない。

 

「できれば急いでもらえると……」

 

「あ、そういえば。この前渡した剣ある?」

 

「何? 剣?」

 

「あぁ。この前あげた奴だよ。炎の剣」

 

 それを聞いて、アインザックは自分のすぐ後ろの棚にしまってある剣を取り出した。

 結局計り知れない性能を持つという事しかわからず、かといって使う機会もなかったため、盗まれないようにアインザックが保管しておいたのだ。

 

「あぁ、これこれ。この剣って一日一回第六位階くらいの魔法使えるみたいだから、アンデッド集まってきたらこれ使って吹っ飛ばせばいいよ」

 

「は?」

 

 聞き捨てならないことを言われ、アインザックは自分の耳を疑った

 アインザックは魔法詠唱者ではないが、第六位階魔法が英雄の領域を超えた魔法であることくらいは知っている。

 それに相当する魔法が剣から放てると言われれば、そんなもの信用できるわけがないのだ。

 もちろんトールの言葉に嘘はない。

 『燃え盛る死(コロナ・ディザスター)』はユグドラシルの期間限定ガチャで入手可能だった『コロナシリーズ』の武器で、全身の装備を揃えれば超位魔法を三回使える激レアアイテムだ。

 しかし期間限定ガチャの最高レア度にも関わらず、計五つの装備全てを集めないと真価を発揮しないという事が発覚してからは、クソ装備群に名を連ねていた装備だった。

 それでもこの異世界においては十分すぎる性能である事には間違いない。ちんけなアンデッドなんて、墓地ごと燃やし尽くせるだけの威力があるのだ。

 

「流石に信じられない話なんだが、本当なのか?」

 

「本当だよ。まぁ、ものは試しって言うしな。一回墓地の中に向かって使ってみればいいんじゃないか? 俺は酒飲みながら見物しに行くからさ」

 

「……いざとなれば、ちゃんと力を貸してもらうからな」

 

 物見遊山に出かけるような言い草のトールに釘を刺すアインザックだが、適当に頷く彼にそれを聞きいれたような様子は見られない。

 どうか話に聞いた冒険者が本当の凄腕であれと願いながら、アインザックは冒険者組合を後にするのだった。

 

 

 

 一方その頃、墓地ではアインザックの願い通りのことが起きていた。

 解決に向かった二人の冒険者は転移後の世界においては卓越した力を持つプレイヤーとNPCだったのだ。

 今回の事件の黒幕が秘密結社ズーラーノーンの幹部であるカジットとクレマンティーヌでも、それを全く問題としないほどの力を持っている。

 故に、彼らたちがこの事件を軽々と解決してしまえるのは当然であり、事件の犯人の抹殺も、攫われた人間の救出も、全てが上手くいっていた。

 ただ一つの例外を除いては。

 

「消えた?」

 

 自分の部下、普段はナーベと名乗らせているメイドのナーベラル・ガンマから一つの報告を受けたアインズは、その内容を聞いて思わず唸った。

 その報告は、今の彼にとって決して無視できないものだ。

 漆黒の戦士モモンの姿ではなく、本来のアンデッドの姿を晒しているアインズは、その骸骨顔に不機嫌を表しながらナーベラルに続きを促す。

 

「はっ! 他の者の回収作業を終えて戻ったところ、既に女の死体が消えておりました」

 

「あのクレマンティーヌとかいう女がまだ同じ装備をしているなら、追尾できるはずだ。問題ない」

 

「いえ、装備は全てその場に残されておりました」

 

「……そう、か」

 

「申し訳ありませんアインズ様! 目を離した私の責任です!」

 

 クレマンティーヌと名乗った女に、彼女が殺した冒険者のプレートを持っている事を利用して場所を探ったと言ったのはアインズだった。

 クレマンティーヌがその情報を生かして装備を捨てていったのなら、現在追跡ができない理由はアインズにある。

 アインズは申し訳なさそうに頭を下げるナーベラルを抑え、予期できなかった自分にも責はあると言い、本来なら自分の責任だよなぁと思いながら考える。

 自らが召喚したアンデッドによって墓地を見張らせているアインズは、自分たち以外には誰もここにきていない事を知っている。それなのに女の死体が消えたのなら、それは女が死んだ後に発動する魔法かアイテムかを持っていたという事だ。

 アインズはクレマンティーヌの姿を思い浮かべ、そして一つの事に気付いた。

 

「ナーベラル。残された装備の中に首輪はあったか?」

 

「首輪ですか? いえ、残っておりませんでした」

 

「……ふむ。となると、やはり首輪かな」

 

 クレマンティーヌは自らの軽装鎧に殺した冒険者のプレートを張り付ける狂った女だった。そんな奴が身に着けるにしては、その装飾過多な首輪はあまりにも浮いていたような気がしたのだ。

 もちろん女の思考なんてさっぱりわからないアインズだが、それに加えて首輪をユグドラシルで見た気がしたというのもその感覚を後押ししていた。

 しかしアインズも全てのアイテムを知っているわけではない。

 ましてや自分が手に入れた事がないアイテムの情報など、それこそギルドメンバーに見せてもらったか、攻略情報サイトで見た事がある程度のものでしかないのだ。

 それでも見たことがある気がするのなら、首輪をユグドラシル産のアイテムと仮定するべきであり、しかし効果を知らないのなら、当時のアインズがそこまで興味をそそられなかったとも考えられる。

 少し悩んだ後、アインズは女と首輪に関してはその行方を探すべきだが、今は保留しておいても問題はないと判断した。

 

「とりあえず目的は達成した。冒険者組合に渡す死体としては、アンデッドを操る術者のものがあれば十分だろう」

 

「はっ! それでは……」

 

「回収作業が終わり次第、ンフィーレアを連れて街に戻るぞ。女の行方はその後でいい」

 

 理由がわかったところで発見できるかどうかはわからないのだから、今はまず冒険者として自分たちが解決したと宣伝する方が急務である。

 冒険者の姿になりながら、アインズはそう自分に言い聞かせた。決して対応策が思い浮かばなかったわけではない。

 こんな事ならンフィーレアの救出を優先せず、自分の欲望に従って首輪を取り上げてしまえばよかったと、アインズはナーベラルに聞こえない程度に小さな溜息を吐いた。

 街への帰還後、まさか部下が裏切ったなどという報告が届けられるなど、この時のアインズはまだ知らない。

 

 

 

 

 墓地の事件がアインザックが現場にたどり着く前に解決してしまったため、興が削がれたトールは自分を引き留める声を無視して宿へと向かっていた。

 吸血鬼がどうとか聞こえた気がしても、今はもう何もする気が起きなかったのだ。

 しばらくすると諦めたのか声がかけられなくなり、トールは懐から取り出した酒瓶に口をつけ、改めてゆっくりと歩き出した。

 

「せっかく説明させられたのに、結局使わなくて済むとかマジつまらん」

 

 でかい爆発でも見れるんじゃないかと思って、トールは少しだけわくわくしていた。

 それが余計な事をした冒険者二人によって邪魔され、結局アインザックの話に無駄に付き合っただけになってしまった。

 トールはその事がなんとなく気に食わないのだ。

 しかし不機嫌な顔で歩いていたのは酒を飲むまでの話で、ふらふらと歩きながら酒を飲むうちに、トールにとって嫌な記憶はどこかへと消え去っていた。

 

「ありゃ?」

 

 そうして完全に酔っぱらったトールが部屋に戻り、そのままベッドに寝転がろうとすると、誰もいないはずのそこには既に先客がいた。

 果たしてそこにいたのはクレマンティーヌだった。

 何故だか口元を血塗れにしていて、おまけに首輪以外何も身に着けていない。

 ほぼ全裸のまま意識を失っている彼女を見て、トールは酔った頭でなんとかその理由を考えようとする。

 

「なんだっけ、首輪のおかげだと思うけど……ふぁあ」

 

 自分がプレゼントした首輪の効果までは思い出せたが、アルコールに浸された脳ではそこから先の何故その効果が発動したのかが思いつかない。

 それどころか強烈な眠気まで襲ってきたので、トールは考えるのをやめた。

 

「血だけ拭いて、と……よし、おやすみ」

 

「んっ」

 

 血で汚れたクレマンティーヌの口元を拭ったトールは、自らも横になると彼女の体を抱き寄せて目を閉じた。

 そしてその柔らかさに機嫌を良くしながら、深い眠りへと落ちていくのだった。

 




原作においてはもちろん殺す気満々だったからだと思うんですけど、別にどうやって追跡したのかのヒントまでは言う必要なかったですよね。
しかし今回は装備を全部捨てて死体が消えたので、ちょっと気にしているアインズ様。
ミスったと思っているせいで、ちょっと弱気な考え方になってます


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9話

 トールから自由行動の許可をもらったと判断したジョンは、トールが冒険者組合に出勤してすぐに行動を始めていた。

 それというのも、エ・ランテルにまた新たなNPCらしき者たちが入ってきたのを昨晩の内に発見していたからだ。

 執事服を着た男と貴族服を着た女、に扮したモンスターたち。

 その二体を自分たちが泊まっている黄金の輝き亭で発見してしまったのだ。

 当然、その優先度は街の外に出て行った二人よりも上である。

 

(すぐ倒すべきか。しばらく泳がせるべきか)

 

 許可をもらった以上、報告に移るまでもなく対処してもよいだろう。きっと、全てが解決した後に結果だけ教えた方が喜ばれるはずだ。

 ジョンはそう判断し、主の為を思って今は泳がせることに決めた。

 

 その後もジョンは完全な隠密状態で監視を続けた。

 しかし彼らは何も起こさなかった。したことと言えば、街をうろついていた小汚い男に話しかけ、行動を共にし始めた事くらいだ。

 ジョンにはその理由がすぐにはわからなかったのだが、夕方になって女型が黄金の輝き亭にて騒ぎを起こした事で完全に理解した。

 その場に居合わせた小汚い男はこっそりと宿を離れて貧民街に向かい、そこでまた数人の男たちと合流したのだ。

 男たちの標的は間違いなく金持ちのフリをした二匹だろう。逆に考えれば、これはモンスター側の仕組んだ『釣り』であると考えられた。

 

「……しかし、主殿があの二人と食堂で鉢合わせなくてよかった。今頃はまた酒場でしょうか?」

 

 もしその場にいたら、NPCが自分贔屓の料理人の作った食べ物を粗末にする光景を見てキレたかもしれない。そうなれば間違いなく戦闘が発生して面倒な事になったはずだ。

 そうならなかった事にジョンが安堵する間に、監視対象は馬車に乗り込み、既に馬車の中にいた三匹のモンスターと合流した。

 貧民街にいた男たちは街からそれなりに離れた場所で待機中で、おそらくはそこで馬車を止めさせて襲いかかり、返り討ちにあうのだろう。

 

 ジョンは何もしない。あくまで監視に徹する。

 彼はモンスターたちの目的や今後の予定、他の仲間について知りたいのだ。

 故にそれ以上の利益が見込めるような場面でないかぎりは、主のお気に入りの人間でもない限りは泳がせると決めていた。

 

 野盗である男たちの襲撃は速やかな虐殺という結果に終わった。

 そしてモンスターたちは二手に分かれる。

 そのまま馬車に乗って別の街へ向かう二匹と、吸血鬼化させた男に案内させて森に向かう三匹の吸血鬼。

 それを見て少し考えたジョンは、森に向かった吸血鬼たちを追う事に決めた。

 理由は単純だ。

 街に向かったのなら取れる行動は限られる。それに道を辿ればどの街にいるのかもわかるのだから、後から追いかけて調べる事も可能だからだ。

 ならばこれから何かをするつもりであろう森に向かった連中を追い、そこから僅かでも情報を得た方が良い。

 そう思って後を追ったジョンは、吸血鬼による野盗のアジト襲撃を目撃することになった。

 

(ただ殺すだけ……? さっきやたらと一人を弄んでいたのはなんだったのでしょう)

 

 しかしそこではジョンが思っていたほど情報を得ることはできなかった。

 捕えて情報を吐かせるかと思えばそんな事はなく、ただただ皆殺しにしていくだけだったし、一人の戦士らしき男を弄んだかと思えば、その男が逃げ出しても後を追わなかったり。

 何をしようとしているのか、いまいちよくわからない。

 戦闘力に関しても、戦いと呼ぶのもおこがましい蹂躙では測る事などできるわけがない。

 判断を間違えたか……そうジョンが思った時、事態は急変した。

 

 野党のアジトの近くに来ていた冒険者を殺した吸血鬼たちの中でも、一番強い一匹が森の中に放った眷属モンスターを追って走り出して、現地人だろう人間の集団に遭遇したのだ。

 ジョンはもちろん、その吸血鬼にすら及ばないにしろ、今まで見てきたこの世界の人間たちとは大きくかけ離れた強さを持つ十二人の人間達。

 おまけに彼らの装備は、ユグドラシルにおいて見る事ができた物。すなわち、間違いなくユグドラシルと何らかの関係がある事を示していた。

 

 この瞬間、ジョンの中の優先順位はNPCから彼らへと入れ替わる。

 

 情報という面で、間違いなく彼らが自分が吸血鬼たちから得ようとしていたもの以上のものを与えてくれると確信したからだ。

 しかしすぐに行動に移る事はない。

 彼らの内一人が『世界級(ワールド)アイテム』を持っていたこともあるが、ある程度危機に陥ってから助けた方が恩を売れると判断したのだ。

 出ていくとしたら、世界級(ワールド)アイテムの所持者が戦闘不能になるタイミング。世界級(ワールド)エネミーの力を持つジョンならば世界級(ワールド)アイテムの効力を防ぐこともできるが、異世界である以上は万が一の可能性もある。

 

「今ですね」

 

 ジョンは世界級(ワールド)アイテムの効果を受け、それでいて尚も暴れてアイテム所持者に槍を放ち、遂に動きを停止した吸血鬼の後ろに降り立った。

 味方が深手を負ってざわめいていた集団の視線が、驚愕と共にジョンに集中する。

 本来なら味方の治療か、動きを停止した吸血鬼の処置に動きたいのだろう彼らに対し、ジョンはなるべく優しい声色で話しかける。

 

「安心してください。私は味方です」

 

「犬が話し……いや! そんな事は信用できない。このモンスターの仲間か!?」

 

 集団のリーダーだろう、黒く長い髪を持つ中性的な顔立ちの男が、その手に持つみすぼらしい槍を構えて問いかける。

 動きを止めた吸血鬼が再び動き出しても、目の前の得体のしれない犬が突然襲いかかってきても、すぐ動けるように警戒した立ち姿だった。

 

「仲間ではありません。私はある方の命でそこの吸血鬼を追っていました。あなた方とであったのは全くの偶然ですね」

 

「それをどう証明する!」

 

 言葉だけでは絶対に証明できない。

 こんな状況で相手がそう言ってくる事は当然であり、もちろんジョンにとっても予想の範疇だった。

 だからこそジョンは、自分を彼らの味方であると証明する手段を用意しておいたのだ。

 

「「シャルティア様っ!」」

 

「っ新手か!」

 

 その場に二匹の吸血鬼が、先ほどの一匹が現れた方向からやってきた。

 長髪の男はそれを見て仲間を叱咤し、二人が死に、一人が重傷を負って動揺する集団を立ち上がらせる。

 しかし彼らは何もできなかった。

 二匹の吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)は、ジョンが彼らの信用を得るための道具として、わざわざこの場に誘き寄せた存在だったのだ。モンスターを退治する姿を見せるための餌を渡すわけがない。

 

「『強欲の魔手(ロスト・グリード)』」

 

 悲鳴を上げる隙すら与えずに、ジョンは発動した固有スキルによって足元の影から大量の腕を発生させ、その腕で抑え込んだ二匹の吸血鬼からHPとMPを奪い去った。

 あまりにも一瞬の出来事だったために集団の誰もがぽかんとしていたが、やはり一番復帰が早いのはリーダーの男だった。

 

「今のは……」

 

「私のスキルです。とりあえず、私の立ち位置だけでも理解してもらおうと思いまして」

 

「……このモンスターたちの仲間ではない、と?」

 

「証明にはなったと思いますが」

 

 これは同時に脅しでもある。

 既にワールドアイテム所持者が動けない以上、彼らはジョンに対抗する手段などもっていないはずなのだ。

 モンスター二匹を一瞬で倒す力を持ち、自分たちに敵対するつもりではない相手に、わざわざ槍を向ける判断をするほど男は愚かではなかった。

 

「隊長……」

 

「わかっている。カイレ様が意識を戻さない以上、一時撤退する他ないだろう。この方も敵ではないようだからな」

 

「この、未知のアンデッドはどうしますか」

 

「できれば捕獲したかったが、この状況では無理だろう」

 

 仲間内で会話する集団を見た後、ジョンは動きを止めたままの吸血鬼に目をやった。

 洗脳を行う世界級(ワールド)アイテムの効力を受けたはいいが、命令を受ける前にアイテム所持者が意識を失ったため、制御が宙ぶらりんになっているのだ。

 その身に纏う装備はそれなりだが、武器だけは非常に価値のあるものだ。プレイヤーによるオーダーメイドの武装は、どんなアイテムでも持っているトールのアイテムボックスにも入っていない。

 もしもそれを奪えるのならば、ジョンが長髪の男との交渉をする上で役に立つ事は間違いないだろう。

 そしてこの吸血鬼を倒す事は、あんな雑魚ではなくこれほどの大物相手でも圧倒できるという姿を見せる事にも繋がる。

 

「決まりだな……我々漆黒聖典はこれより撤退します。申し訳ありませんが我々についてきて頂けますか? その……お犬、殿?」

 

 何かの話し合いが終わったらしく、漆黒聖典と名乗る男たちは仲間の死体をかついで立ち上がっていた。

 律儀に自分たちの名前まで開示した上で同行を求めるのは、既にジョンが友好的な姿を見せ、知性のある姿を見せていたからだろう。

 できるだけ無礼に感じられる態度は取らないようにしているように見えて、ジョンとしてもかなり好感を持てる者達だと感じられた。

 それでも彼の取る行動が変わる事はなかったが。

 

「私はジョンです。ところで……ちょっと試してみたい事があるのですが、よろしいですか?」

 

 漆黒聖典に対してそう告げたジョンは、ゆっくりとその前脚で吸血鬼――シャルティア・ブラッドフォールンに触れた。

 

 

 

 

 

 エ・ランテル近郊に現れた吸血鬼。

 何人もの冒険者が犠牲になったというその吸血鬼がモモンという冒険者によって打倒されたのは、ほんの数日前の事だ。

 その時トールがした協力といえば、アンデッドを倒せそうなアイテムを試しに作ってアインザックに渡した事くらい。

 そのアイテムは今では誰か別の冒険者の手に渡ったらしいが、トールにとってはどうでもいい事だ。彼にとっては、いつになっても戻ってこないジョンの方がよっぽど重要な事である。

 

「いったい今頃どこで何やってんだ? まぁ、どうせやる事もないんだけどさ」

 

「何? 独り言?」

 

 おまけにトールはしばらく使っていなかったために、『伝言(メッセージ)』の魔法で連絡を取れるという事をすっかり忘れていた。

 その為ここ数日は頑なに宿屋の外に出たがらないクレマンティーヌと一緒に、ベッドでハッスルしながら現状を愚痴りあうという夜を送っていた。

 このままではいけない。そう思いながらも何をするべきかさっぱりわからない、というのがトールの現状だった。

 

「そういうわけで引きこもりはよくないと思うんだ。だからデートに行こう」

 

「ふざけんな。私絶対外出ないからね? ていうか、私の正体が絶対にバレないようになるマジックアイテムとか持ってないの?」

 

「あるとは思うから探してるんだけど、アイテム数多すぎて全然見つからないんだよなぁ。ジョンがいれば一発なんだけどさ」

 

 クレマンティーヌが外に出たくないのは、彼女が会ったという恐ろしいアンデッドに会わないようにするためと、この街で誘拐した人間が助けられた事で顔がバレてしまっているためだ。

 だからトールはクレマンティーヌを連れ歩くために自分のアイテムボックスの中を探しているのだが、これが全く捗っていなかった。

 アイテム名さえわかっていればすぐにアイテムボックスから引き出せるのだが、それがわからない為にアイテムを一個ずつ取り出して鑑定魔法を使うしかなかったのだ。

 おまけにトールのアイテムボックスの中はユグドラシルに存在するアイテムが全て入っているため、いくらやってもキリがない。

 おかげで作業は難航し、取り出したアイテムをクレマンティーヌが珍しげに弄繰り回すのを眺める時間が増えるようになっていた。

 

「もうアインザックに協力依頼した方が早い気がしてきた。改心したんで大丈夫ですって事にならねぇかなぁ」

 

「なるわけないでしょ? それよりあんた、こんだけのマジックアイテム空中から取り出すとか、もしかして『ぷれいやー』だったりするの?」

 

「なんだそれ? 俺はGMだけど?」

 

「『じーえむ』って何……?」

 

 二人は互いに首を傾げたが、その意味合いは全く違う。

 トールは、この世界の人間が知るはずのない、若干イントネーションの違う単語の意味を測りかね、アイテムを出せる理由ならGMだからだろうと思ったため。

 クレマンティーヌは、確実だと思った自分の予想が外れた上に、全く知らない単語を聞かされたためだ。

 かつて法国の特殊部隊である漆黒聖典に属していたクレマンティーヌ。

 彼女によってトールはこの世界の事情についてまた一つ詳しくなるのだが、それをちゃんと生かせるかどうかはまた別の話である。

 

 

 

 

 ナザリック大墳墓の主、アインズは一人で自室の椅子に座り、今回の事件の事について思い返していた。

 シャルティア・ブラッドフォールンの反逆事件は、それだけアインズたちに大きな影響を与えた事件だったのだ。

 特に大きな事としては、精神に作用する効果を無効にするアンデッドにすら効果のある世界級(ワールド)アイテムを、ナザリックに敵対する何者かが持っているという事がわかった事だろう。

 おかげで主だったものには世界級(ワールド)アイテムの所有を義務付ける事になり、更にはアインズ自身もNPCたちにギルドリーダーとしての自らの価値を示すため、シャルティアと単騎で戦うという選択をする事になった。

 しかしそれに関しては問題ない。アインズ自身、事件を通して得たものは大きいと感じていたからだ。

 

「問題は、シャルティアの『スポイトランス』が無くなり、蘇生アイテムを持っていなかった事だ」

 

 アインズがシャルティアと戦った時、彼女は自身が唯一持つ神器級(ゴッズ)アイテムであるスポイトランスを既に失っていた。

 それだけではない。

 アインズの当初の読みでは、シャルティアは創造主であるペロロンチーノから蘇生アイテムを持たせられているはずだった。

 だからこそアインズは百時間に一度しか使用できない、アンデッドにすら効果のある即死スキルを放った後も戦闘を継続できるよう、綿密に計画を立てていたのだ。

 しかしシャルティアは、アインズの放った即死を一度喰らっただけで消滅した。

 それは即ち、スポイトランスと同じように何かの理由で紛失したか、アインズが彼女を発見する前に何者かに一度殺されているという事になる。

 

「シャルティアに精神支配をかけられるのなら、なんで最初からそれをしなかった? シャルティアを殺せる実力があったとしても、それは明らかにおかしいだろう」

 

 明らかに無駄が多いそのやり方にアインズは違和感を覚えていた。

 しかし五日分の記憶を失っていたシャルティアからは何の情報も得られなかったため、その違和感の正体を暴くのには全く情報が足りなかった。

 それでもなんとか知恵を絞って考えた結果、色々な説も生まれていた。

 世界級(ワールド)アイテム所持者が遅れてやってきた説、精神支配後に間違えて触れて戦闘になった説、全くの第三者が精神支配後のシャルティアを倒した説など、どう考えてもあり得ないものまで浮かんでいたが、結局はどれも妄想の域を出ないものばかりだった。

 それにアインズには、それよりも先に解決しなければならない問題もあるのだ。

 

「それよりもシャルティアに何か武器をあげないといけないな。宝物庫を探してみないと」

 

 精神支配を受けてナザリックに反旗を翻し、更には自分の創造主によって作られた武器を失ってしまい、シャルティアは見ていて可哀想なほどに落ち込んでいた。

 それこそ、普段は罵り合う事の多い階層守護者統括のアルベドでさえ、その姿を見て慰めの言葉を掛けるほどに。

 アインズもギルドメンバー手製の武器が奪われたのだと発覚した時は本気で怒ったものだが、それ以上に悲しむシャルティアの姿を見た後は怒るどころではなくなっていた。

 

「いや、いっそこの前の十字剣をあげてみるのもいいかもしれないな」

 

 アインズが思い浮かべたのは、シャルティア退治の際に冒険者組合長のアインザックから渡された十字剣。

 それはユグドラシルではありえない、神器級(ゴッズ)アイテムの限界すら超えて聖属性を強化する効果が詰め込まれたかのような武器だった。

 その場で鑑定できなかったそれの性能を後から知った時、アインズはこの世界特有の武器だと思って心から喜んだ。

 シャルティアは信仰系魔法詠唱者であるため武器としての相性も悪くはない事だし、それだけ貴重なものをプレゼントすれば悲しみも幾らかは和らぐのではないだろうか。

 

「よし。そうと決まればシャルティアの所にでも向かうか」

 

 周りにすら影響を与えるほどに悲しんでいるシャルティアを、できるだけ元気づけてやろう。

 そう考えたアインズは足早にシャルティアの住居がある第二階層へと向かった。

 ――その後しばらく、ところ構わず剣を持って歩くシャルティアの姿が目撃されるようになったのだそうな。




第一章はあと一話で終わりです。
第一章のテーマは序章的な感じで。

オリジナルアイテム・魔法・スキルに関しては後でまとめる予定です。
一応性能に関してはユグドラシルならありえそう、的な範囲で抑えるつもりなのでご意見ありましたらお願いします。

主人公空気すぎるけど、もう少ししたら活躍するんだ・・・たぶんきっと・・・


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10話

 ある日の朝、クレマンティーヌに体を揺すられて目を覚ましたトールは、ベッド脇に座るジョンの姿を目にすることになった。

 ジョンが姿を消してから、ちょうど一週間目の朝だ。

 

「おはようございます主殿。ただいま戻りました」

 

「おん? ……おぉ! ジョン! すごく久しぶりに見た気がする!」

 

 寝ぼけ眼をこすりながら体を起こしたトールだったが、すぐに調子を取り戻して笑顔になった。

 一週間ぶりに会えて嬉しいというのももちろん笑顔の理由の一つだが、大部分は自分一人ではどうにもわからない問題を幾つか抱えているためである。

 しかし嬉しそうに笑うトールを見て、頼りにされているのだと感じたジョンもまた微笑んだ。

 

「お元気そうで何よりです。クレマンティーヌもいてちょうどいいですね。今までの報告をさせてもらっても?」

 

「おう。あ、でもその前に水飲んでからな。まだ眠いし」

 

「かしこまりました」

 

 トールはあくびをしながらベッドから降り、そのまま寝室を出て行った。

 ジョンもその後について移動しようとしたのだが、そこにさっきまではトールの横で黙り込んでいたクレマンティーヌから声がかかった。

 

「ねぇ、いったい何してきたわけ?」

 

「あなたの古巣と『お話』してきました。まぁ、あなたの事もお話しましたのでお楽しみに」

 

「ゲッ、それホント?」

 

「嘘は言いません」

 

 しれっと言い放ったジョンは寝室から出ていき、それを見送ったクレマンティーヌは深い溜息を吐いた。

 クレマンティーヌは法国から出る際に、国の最秘宝の一つである『叡者の額冠』を盗み出しているのだ。ジョンが報告と彼女の話をしたと言うのなら、ロクな事を言われているはずがない。

 いざとなれば覚悟を決めなければならない。そう思ったクレマンティーヌは悲痛な表情でベッドから降りるのだった。

 

 

 

 水を飲み、ズボンを穿いてソファーに腰かけたトールと、その横にきちんと着替えて座ったクレマンティーヌにジョンは話し始めた。

 おそらくNPCだろうモンスターを追い街を離れた事。

 彼らが仲間の合流して野盗の虐殺とアジト襲撃を行った事。

 そして漆黒聖典を名乗る人間と出会い、その場にいた吸血鬼を一度殺した後でスレイン法国に行き、交渉を行った事。

 法国では100年に一度ユグドラシルの『プレイヤー』がこの世界にやってくる事を教えてもらったり、自分と戦いたがるモノクロ調の女を加減して叩きのめしたり、クレマンティーヌに関する事も教えてもらったりした事。

 それを聞いて若干青い顔をし始めたクレマンティーヌの横で、トールはうんうんと頷きながら呑気に口を開いた。

 

「それ俺もクレムから聞いたぞ。六大神とか八欲王とか十三英雄とか。冒険者組合で勉強してた頃から気になってたんだけど、正体はプレイヤーだったんだな」

 

「そうみたいですね。法国は六大神に助けられた人間たちによって作られた国のようです。現在は人間の生活圏を守るために戦っているとか」

 

「ふーん」

 

 トールは興味なさそうに水を口にする。

 アインザックのおかげで周辺国家の事については知っていたが、人間そのものを脅かすような危機については知らなかったため、ピンとこなかったのだ。

 そんなトールの様子を見たジョンは、続きを話すことをあきらめて話題を変える事にした。

 

「ところでクレムとは?」

 

「なんかクレマンティーヌって名前で呼ばないで欲しいらしいからそう付けた。骸骨のお化けに狙われてるんだとさ。こうして部屋の中にいる間は大丈夫だと思うんだけどな」

 

「そうですか。まぁ少なくとも私が部屋にいる間は大丈夫でしょうし、私は名前で呼ばせていただきます。今後外に出る時は偽装としてその名を使うという事でよろしいですか?」

 

「あぁ、偽装か……なら今はむしろ普通に名前呼んだ方がいいな。なんか秘密の無い間柄みたいな感じで燃える」

 

 トールは何かの映画でも思い出したのか、どこかノリノリでそう決めつけた。

 その上更にどんな展開になったら面白いだのと語りだそうとした彼に、今まで黙り込んでいたクレマンティーヌが声をかけた。

 

「ね、ねぇ? 私の事で何か話があるって言ってなかった?」

 

「……そうだっけ? どうなんだジョン」

 

「えぇ。法国では色々と情報を得られたのですが、彼女の事は捜索中の裏切り者という事で話題に上がりました」

 

 それを聞いたクレマンティーヌは微かに顔を歪ませた。

 既に自分が元漆黒聖典である事はトールに話してはいるが、目の前のジョンがそれをどう捉えているのかは不明だ。

 むしろジョンの性格からして、自分たちに不利益なら容赦なく引き渡すという事もありえるとクレマンティーヌは考えたのだ。

 しかし、それは大きな間違いだった。

 

「結論から先に申しますと、条件付きで不問にするという事で話がつきました」

 

「嘘でしょ」

 

「いえ、本当です」

 

 クレマンティーヌにはその言葉が信じられなかった。

 今は紛失した最秘宝を盗んでしまった事ももちろんだが、外すと発狂するそれを奪ったために、法国の貴重な人材の一人である巫女姫の一人を使い物にならなくしてしまっている。

 それだけの事をやってしまった以上、どんな条件付きであろうと許されるはずがないと思ったのだ。

 

「スレイン法国は、クレマンティーヌの子供が欲しいそうです」

 

「は?」

 

 そしてそこに突き付けられたのは、更に突然すぎて理解不能な言葉だった。

 興味なさそうに聞いていたトールですら固まっている。

 

「詳細を申しますと、主殿とクレマンティーヌの子供を三年以内に欲しいとの事です。実際に渡すまでは執行猶予という形ですね」

 

 ジョンは言いたいことを言い切ったのか、そこで言葉を切った。

 呆然としていたクレマンティーヌも少し冷静になったのか、自分の記憶を探って何故法国がそんな条件を出してきたのかの理由に思い至っていた。

 要するに、法国はプレイヤーの血を引く子供、この世界では神人と呼ばれる存在を欲しているのだ。もちろんプレイヤーそのものを味方にできるのが一番だが、戦力を増やすに越したことはないという事なのだろう。

 しかしこうして当事者の一人となったトールは、そこまで深く考える事もせずに口を開いた。

 

「まぁいいんじゃないか? 聞いた話じゃお宝盗んで無くした上に、巫女姫とかいうの駄目にしちゃったんでしょ? それくらいで許してもらえるなら破格じゃん」

 

「私もそう思うよ? それよりなんで子供作る前提になってんの?」

 

「ヤったらできるのは当たり前だろ?」

 

 人間としてクズな発言をしておいて、まるで馬鹿を見るような目でクレマンティーヌを見るトール。

 思わず手を出しそうになったクレマンティーヌだが、意味がないと考え直して溜息を吐いた。

 

「そういう事じゃないんだけど……まぁいっか。逃がしてもらえそうにないし、法国と問題抱えたままってのもあれだしねー」

 

 そして結局、クレマンティーヌもその話に乗る事にした。

 元より人の道から外れた存在である彼女に、普通の人間としての情などあるはずがない。子供ができたとして、それを差し出して自分を見逃してもらえるのなら安いものだと思えたのだ。

 それにトールの傍にいれば、今までのものよりも優れたマジックアイテムを装備することもできるだろう。何気なく一緒に食べている果実や肉も、ただ食べるだけで妙に自分が強くなったように感じる物が多い。

 この男は漆黒聖典のあいつらより間違いなく強く、そしてクレマンティーヌ自身が強くなるためのカギを握っている。

 ならばこのまま男についていった方がいい。

 それに毎日娼館通いをしていたトールのテクニックはそれなりのものだし、自分より強い男に組み敷かれるのも悪くはないとクレマンティーヌは思い始めていたのだ。

 

「とりあえず、納得されたみたいなので話を進めます」

 

 次にジョンが話し始めたのは、トールに対しての法国からの提案だった。

 それは近いうちに一度訪ねてほしいというものだ。本当は他にも色々言葉がついているが、そこまで言うとトールの機嫌を損ねると思い省略したのだ。

 

「来てほしいねぇ……法国ってどんなとこなんだ?」

 

「六大神を信仰している宗教国家よ。ぶっちゃけつまんないと思うけど?」

 

「じゃあ別にいいかな。暇になったら行くことにしよう」

 

 法国からの提案を軽く却下して、トールは酒に手を付けた。

 もうまともに話を聞くつもりはないらしい。

 しかしジョンにとってもすぐにしなければならない話はもう終わっている。それでも少し気になる事があったので、ジョンは聞いてみる事にした。

 

「ところでこちらでも何かあったのですか? クレマンティーヌの姿が若干変わっていますが」

 

 ジョンが気になったのはクレマンティーヌの容姿についての事だった。

 最後に見た時は確かに金髪のショートボブだった髪が、白茶けた金髪のロングに変わっている。

 顔がそのままだったのであえて触れなかったのだが、自分の話が終わったので聞いておこうと思ったのだ。

 

「そうなんだよ! お前がいなくて大変だったんだぜ? ようやく容姿変えられるアイテム見つけたんだよ」

 

 要するに先ほどの名前の一件と同じように、トールに頼んで容姿を変えたとのことだった。

 しかしそれにしては変だと思ったジョンは続けて問いかける。

 

「それなら完全に別の姿にしてしまった方が良かったのでは?」

 

「私もそう言ったよ。でもトールが……」

 

「元の姿から変わりすぎるとなんか別人みたいになるからなんか嫌だ」

 

「だってさ」

 

「なるほど。しかしまぁ、一応誤魔化せる程度ではあるのでは? いざという時は仮面を被るなりすればよいでしょう」

 

 トールのアイテムを使っている以上、クレマンティーヌに拒否権はない。

 そしてジョンも非効率だと思いこそすれ、主の行動に文句を言うつもりなどない。

 結局、クレマンティーヌからは不本意なままその話は終わった。

 

「うっかり忘れてたんだが、それじゃあ俺からも一つ話があるぞ」

 

 次に口を開いたのはまさかのトールだった。

 隣からクレマンティーヌが胡散臭いものを見る目を向けるが、それを無視して彼は大きな声で話し出した。

 

「クレマンティーヌもこっちいづらいって言うし、俺も美人と評判の王女を見てみたくなってたからなぁ。ジョンも戻ってきたしタイミング的にはバッチリだろ」

 

「と、言いますと?」

 

「王都に行こう。明日だ」

 

 

 

 そして翌日の朝。

 トールたちはエ・ランテルの城門でアインザックに引き留められていた。

 ちなみに彼らは馬車に乗り込んでいる。

  昨晩の内に疲れないゴーレムの馬と御者、壊れない乗り心地のいい馬車というアイテムを取り出して準備しておいたのだ。

 『転移門(ゲート)』の魔法を使わずに馬車を用いるのは、一応の商人っぽさを出すためと、馬車での旅がしてみたかったからである。

 

「やはり考え直してくれないかね? 昨日の今日じゃないか」

 

「悪いな。もう決めたんだ。まぁ言ってくれればまたアイテムこっちに送るからさ」

 

 アインザックとは昨日の内に話がついていた。

 帝国ならともかく、王都に向かうのならば大丈夫だと思ったのだろう。王都の冒険者組合宛ての紹介状まで書いてくれる厚遇っぷりだったが、今朝になってまた心配になったらしい。

 それでもトールがもう決めていると知り、アインザックは温かく送り出すことにした。

 

「朝からなら大丈夫だと思うが、野盗に出くわさない事を祈っているよ」

 

「大丈夫大丈夫。頼もしいのが二人も、じゃなくて一人と一匹もいるからな」

 

 そう言って馬車の中を指差すトールに、アインザックは少し首を伸ばして馬車の中に目をやった。

 そこにいるのは一匹の犬と一人の美女だった。犬の方はよくわからないが、女性の方は確かに戦えそうな恰好をしている。

 

「う、む? まぁよくわからないが、彼女の事かね? しかし女性を傍に置いているのなら、あまり女遊びはしない方がいいぞ」

 

「余計なお世話だよアインザック。じゃあな」

 

 トールは今まで自分に対して色々な便宜を図ってくれた恩人にそう言うと、馬車に飛び乗って御者に出発するよう命令した。

 行先は王国の首都リ・エスティーゼ。

 貴族の陰謀と八本指を名乗る犯罪組織に混乱をもたらす一石が今、投じられたのである。




クレマンティーヌさんイメチェン。
しかしまぁ姿を隠すには本来足りないくらいですね。

そして一章終了。
次は第二章王都編です。


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幕間1

時間が取れるようになったからリハビリ的な意味で
あとがきに一章までのまとめを載せます


 法国の地下にその部屋が作られたのは、破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)を探していた漆黒聖典が吸血鬼と遭遇してすぐの事だった。

 強力なアイテムの力で作られたというその部屋を知る者は少なく、中に出入りすることを許された者は両手の指で数えられるほどしかいない。

 多数のマジックアイテムを用いて厳重に守られたその部屋の扉は、今は法国の切り札である漆黒聖典の番外席次によって守られていた。

 そんな部屋の扉が内側から開き、その中から一人の男が姿を現す。

 まだ幼さの残る顔立ちの彼こそが、この部屋の中に囚われている存在を連れてきた漆黒聖典の隊長である。

 

「ねぇ、どうだったの?」

 

 扉の横の壁に寄り掛かっていた少女は、そんな隊長に気安い口調で話しかけた。

 左右で色の異なる長い髪を持つその少女こそ、漆黒聖典最強である番外席次『絶死絶命』である。

 

「どうとは?」

 

「中で神官長たちが『アレ』と話してるのを聞いてたんでしょう? 何か進展は?」

 

「この世界に現れた敵について、また幾つか明らかになりました。これもジョン殿のおかげです。私には正直『設定』というのはよくわからないのですが、アレは嘘を吐くことも、問いを無視することもできないみたいですから」

 

「ふーん……」

 

 隊長は今も部屋の中で続けられている尋問を思い出し、番外席次にそう伝えた。

 これまで繰り返された尋問により、既に危険がない事は明らかになっている。彼がこの部屋の近くまで付き添ったのは、あくまで形式上のものだ。そして質問が始まった以上は既に彼の役目は終わっており、後の監視は部屋を守る番外席次の仕事となる。

 おそらく神官長たちは今も熱心に『アレ』に対して問いを投げかけていることだろう。

 ジョンによって与えられたアレは、おそらく今後の敵に対応するための切り札になるはずだ。

 それを聞いた番外席次は途端に興味を失ったようで、懐からルビクキューと呼ばれる箱型の玩具を取り出し、それをカチャカチャと弄り始めた。

 

「アレ、私も見たけどそこらのゴブリンより弱いじゃない。こんな部屋見張る必要なんてないんじゃないの?」

 

「存在そのものが秘密なので仕方ありません。ジョン殿からも情報統制について念を押されていますし、我々にできる事は本物の『姿』と『記憶』を象った偽物であるアレを有効利用する事くらいですからね」

 

「そもそもその説明もわかんないのよね。『設定』なんて今まで聞いたこともないもの。実際にはジョンは何て言ってアレを作ったの?」

 

 アレの元となった相手に関しては、番外席次も予想がついている。

 『それ』には、法国の精鋭部隊である漆黒聖典が何人も死傷させられているのだ。

 隊長がプレイヤーの下僕を名乗るジョンと出会って法国へと案内したのもその時であり、『アレ』を法国へと連れ帰ってきたのも同じタイミングであるのだから、答えなど一つしかない。

 わからないのは、ジョンがどのようにしてアレを作ったのかだ。

 隊長はアレが作られた現場にいるだろうと判断しての問いだったが、彼はその問いに首を横に振った。

 

「いえ、私が傷ついた者に指示を出している間の事でしたので」

 

「そう……でも、逆に言えばアレを作るのに時間は必要なかったって事よね」

 

「はい。それは間違いないでしょう。ただ一つだけ直接お聞きできたのは、『NPCを構成する要素はプレイヤーとは違う』というお話だけでした。あなたにはこの意味がわかりますか?」

 

「んー、さっぱりね」

 

 ジョンの言葉の意味を番外席次は理解することができず、ゆっくりと首を横に振った。

 そして深く考え込むこともなく、再びルビクキューを弄り始めた彼女を見て、隊長は軽い溜息を吐きつつ口を開いた。

 

「いずれ、ジョン殿を従えるぷれいやー、トール様がいらっしゃいます。その時になったら疑問も解決するでしょう」

 

 ジョンからの伝聞でしかトールを知らない隊長は、とんだ過大評価な台詞を告げてその場に背を向けた。

 そうして歩き出してすぐ、彼は背後からの声に足を止める事になった。

 

「ジョンが言っていた『主』。あの化け物(ジョン)よりも強いという超越者。今は疾風走破を侍らせているその男に、早く会ってみたいわね」

 

 隊長が振り返った先に立つ番外席次は、ルビクキューを弄る手を止め、どこかぼうっとした表情で中空を見つめていた。

 その表情はそれなりに付き合いのある彼にとっても見た事もないもので、思わず声をかけてしまうだけの何かがあった。

 隊長がジョンを連れて法国に帰還した後、ジョンに戦いを挑んで瀕死に追い込まれた番外席次が何を思うのか、その域に達していない隊長には理解できない。

 しかしそれ以降、彼女がジョンの、そしてその主が再び法国へ訪れるのを心待ちにしている事だけは知っている。

 だから彼は、いつもと同じ台詞を彼女へと告げた。

 

「すぐに会えますよ」

 

 その声が聞こえているのか、いないのか。

 番外席次は、己を遥かに超えるあの犬(バケモノ)を従えるという男、トールに対して思いを馳せる。

 

「本当に。えぇ、本当に楽しみだわ」

 

 




ジョンがやった事は非常にわかりやすいです。


一章までのまとめ

*オリキャラ

トール
現実世界においての立場は富裕層のニート。
GM権限として様々な力を持つが、何か大それた事をするつもりは特にない。
刺激さえしなければ特に危険のない人物。

ジョン
推定カルマ値-500なトールの作ったNPC。柴犬。
中身は世界級エネミーだが、トールが追加した『アドバイザー』と『ペット』という設定により、基本的に従順であり自分を下に置いた考え方をする。
トールにアイテムの説明をする際に自分もアイテムを受け取っており、そのアイテムを使って色々と暗躍している。

クレマンティーヌ
不幸にもトールに突っかかって掴まった美人さん。
一度死にはしたものの、もらったアイテムと装備で強くなった。
男の相手をしてるだけで強くなれるなら特に文句はない模様。


*オリジナルアイテム
『ロイヤルクラウン』
魔法ダメージを15分間30%カットする酒。
異世界においてもその効果は健在だが、味を感じられるようになった結果かなりの逸品である事が判明。
トールがよく飲んでいるもので、周りにも振舞っている。

燃え盛る死(コロナ・ディザスター)
ユグドラシル期間限定ガチャ装備『コロナシリーズ』の武器。炎耐性を貫通する炎武器。また氷系魔法・スキルに対する耐性も付与される。
一日一回、第6位階相当の炎上魔法攻撃が使える。シリーズアイテム全てを装備すれば超位魔法三回分。

誘引蝶(デコイ・バタフライ)
トールが冒険者組合にバラまいた蝶を象ったブローチ。
死亡するだけのダメージを受けた際に身代わりになって破壊されるアイテム。

『ファブニールのステーキ』
トールが『ファブニールの肉』を提供し、酒場のコックに作らせたもの
一応、自動回復能力が付与される。うまい。

『奴隷の七星玉』
クレマンティーヌが付けさせられた首輪。
一度装備すると特定のアイテムを使用しない限り外せないクエストアイテム。
基本的な効果として、一日一回死亡時に『その場で蘇生するかホームポイントで蘇生するか』を選んで自動蘇生する事ができる。この蘇生の場合経験値を必要としない代わりに、首輪以外のアイテムをすべてその場にドロップする。
しかし異世界においては死亡中に選択なんてする事ができるはずないので、必然的に全裸になってホームポイントに戻る事になる。
また、お得な七つの効果が付いている。

『馬車ワンセット』
本来なら『転移門』の魔法で一発だが、一応商人としての姿があるため王都への移動用にダミーとして用意したもの。
死なない馬と疲れない御者と壊れない馬車の組み合わせにより、異常な速度で走る。

『十字剣』
トールが作成した武器。
ゲーム的システム限界を超えてデータクリスタルが入っている。
効果はこの武器を用いた聖属性攻撃の威力の三倍化。
現在はシャルティアの手元に。


*オリジナル魔法
昏睡(デッドスリープ)』:使用者はトール
第六位階の睡眠魔法。耐性がなければ通る。


*オリジナルスキル
『*****』:使用者はジョン
潜伏系スキルを無効にし、相手の装備による強化分を含めたステータスを看破する。
これによってプレイヤーかどうかを判別することはできないが、そもそも異世界においてプレイヤーは高すぎるステータスと強すぎる装備を持っているため、異常な存在だとすぐわかる。

強欲の魔手(ロスト・グリード)』:使用者はジョン。
影から大量の腕を発生させ、これに触れた者から一定値のHPとMPを吸収する。
見た目のイメージはホラー映画でよくある、大量の腕が湧き出してくるシーンとか、窓に大量の手が張り付いてるシーンとか、ああいう感じ。
リゼロの見えざる手が一番それっぽい


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第二章 GM/魔王、王都に立つ 前篇
11話


 トールたちはエ・ランテルから王都に移動した後、王都でアイテムショップを開店していた。彼はアインザックからもらった紹介状のおかげで色々と便宜を図ってもらい、更に大量のアイテムを売り払った資金を用い、エ・ランテルの冒険者組合並みの大きさを持つ二階建ての物件を購入することができたのだ。

 既に何人もの従業員を雇い、冒険者組合に直接アイテムを流している事もあってそれなりに繁盛しているその店の名は、『ザ・マジック』という。

 トールが適当に付けた、何の捻りもない名前である。

 

「あぁ、面倒くさい。でもそれなりに立派な店持ってる方が女受けいいだろうし……ハァ」

 

 そして店長であるトールは、今日も建物に二階にある自分の部屋で溜息を吐きながら書類に目を通していた。

 建物は一階は店として開放しているが、二階は居住スペースとして使っているのである。店長室もここにあり、基本的にはそこで適当に書類に目を通したりしているのだ。

 

「誰だよ仕事してる方がモテるなんて言い出したの!」

 

「自分で言ったんでしょ? っていうかなんで私まで手伝わされなきゃならないのよ」

 

「二人で協力した方が早く終わるだろ! 終わったらどこにでも連れてってやるよ!」

 

 調子のいいことを言って誤魔化そうとするトールを見て、クレマンティーヌは軽く溜め息を吐いた。

 なんでトールがクレマンティーヌと一緒にそんな柄にもない事をやっているのかと言えば、女にモテるためである。

 厳密には、エ・ランテルにいる間は何にも仕事せずに娼館に行けばそれで満足だったトールが、ここにきてちゃんと『モテ』を実感したいと我儘を言い出したのだ。

 

 お金で抱くのもそれはそれでいいけど、なんか思ってたのと違う、と。

 

 それをジョンやクレマンティーヌと色々と話し合った結果、じゃあ店を開いて働いてみようという事になったのだ。

 更に言うならあんまりにも楽をしすぎていたため、このままだとダメ男になってクレマンティーヌに嫌われるのではと思ったのである。

 もう手遅れなんて言葉は微塵も浮かばなかったらしい。

 

「なんであの犬私に世話役を頼むのよ……」

 

「そうなの?」

 

「そ、う、な、の! まぁ他にやる事もないからいいんだけどさー」

 

 ジョンは現在、トールの身の回りの事をクレマンティーヌに任せ、幾つかの世界級アイテムを手に王都を離れている。彼曰く、今後の事を考えて様子を伺っておきたい場所があるらしいのだ。

 そしてそんな行動のしわ寄せを受け、トールの身の回りの世話を押し付けられたのがクレマンティーヌだった。

 彼女にとってラッキーだったのは、ほぼ全ての家事を雇ったメイドに任せられた事だろう。一度料理を作らせた後、複雑な顔をしたトールがメイドを雇うことを決めなければ、きっと今頃色々な意味で大変な事になっていたはずだ。

 

「それで? どこか連れてって欲しいとこあるか?」

 

「私としては最近()ってないから盛大にぶっ殺してみたいんだけど、そういうのは駄目なんでしょ?」

 

「それストレス解消か何か?」

 

「だって暇なんだもの。トールと行動し始めてから一度も殺してないのよ?」

 

「何がいいのかわからんが、駄目だぞ。それよかもっと建設的な事やろうぜ? 料理の勉強とかしてみろよ」

 

「それこそくだらないでしょ」

 

 トールが王都で店を開いてから既に三週間。

 既に店の経営の方は安定し、トールたちにとってはちょっと退屈な日々が続くようになっていた。

 一応、これまでに酔っぱらったトールが王都で迷子になるなどの事件もあったが、中でも一番大きな出来事といえば王国の第二王子であるザナックと関係を持つことができた事だろう。

 

「王国は貴族派と八本指を抑えられずに滅亡寸前だけど、金だけはまだ残ってるからねー。王子ならそれなりの商売相手にはなるんじゃない?」

 

 これはトールが商売兼見物で王城へと赴いた際、一緒にいたクレマンティーヌが発した言葉だ。

 かつて法国にいたクレマンティーヌは王国を取り巻く状況を詳しく知っているため、内と外に敵を作ってボロボロな王国があと数年もすれば帝国に抗う力すらなくなって自滅すると知っていたのだ。

 当然それを大き目な声で嫌味たっぷりに笑いながら言えばトラブルが発生する。

 そしてそのトラブルに巻き込まれた人物こそ、リ・エスティーゼ王国の第二王子ザナック・ヴァルレオン・イガナ・ライル・ヴァイセルフだった。彼は二人がしていた一般人がするにはありえない話を聞いてしまい、既に商売の交渉を終えて帰ろうとしている二人を呼び止めてしまったのだ。

 

 「何故そこまで詳しいのだ?」と。

 

 その後はトールがクレマンティーヌの素性をバラした事もあり、その情報価値を正しく認識したザナックに頼まれ、個人的な付き合いが始まる事になったのだ。

 今では『伝言(メッセージ)』と同じ効果を持つマジックアイテムを用い、頻繁に連絡を取りあうようになっている。

 

「それよりアンタ、王女はどうしたの? 確かこの前に王子に話を聞いて会えないか試すって言ってなかった?」

 

「あー、いや……それはなぁ」

 

 そもそもトールが王都に興味を持ったきっかけは、『黄金』と名高い王女の噂を聞いたからである。

 王子という目的の人物に近しい存在と繋がりを持ったのなら、そこから王女の事について話を持っていくのは当然のことだ。

 そう思っての質問だったのだが、何故だかトールの反応が悪い。

 

「どうしたの?」

 

「実はザナックから話聞いててさ。あいつ妹の王女の事を『化け物』って呼んでたんだよね」

 

「……どういう意味?」

 

「俺もどういう意味かと思ってさ。あのラナーって王女の部屋を覗いてみたんだけどな。確かに美人だったんだけど、あれちょっとレベル高すぎだわ」

 

「ハァ?」

 

 何かを思い出すかのように虚空を見つめるトールの瞳は、今までクレマンティーヌが見た事のない諦観に溢れたものだった。

 しかしクレマンティーヌは王女の姿を知っている。

 トールなら間違いなくどんな手を使ってでもヤろうと思える美少女であるはずだ。

 

「いったい何を見たの?」

 

「頭が良すぎるってのも考えもんだな……」

 

「ちょっと、無視しないでくれる?」

 

 フッと笑いながらシカトを決め込むトールに不機嫌になるクレマンティーヌだが、トールはそんな彼女を見て無駄に爽やかな笑顔を浮かべると、彼女の肩に手を置いて真正面から顔を向き合わせた。

 

「その点クレマンティーヌはいい性格してるよ。それくらいわかりやすいと一緒にいて気が楽だ」

 

「ハッ、それ褒めてるつもり?」

 

「もちろん褒めてるのさ。お前は笑顔で人を殺せるけど、ただの言葉だけで人を操れたりはしないだろ?」

 

「……それってつまり」

 

「そういう事だよ。一番ヤバいと思ったのは鏡見ながら笑顔の練習してたとこだけどな」

 

 あれはちょっとヤンデレ通り越してると語るトールに、言葉の意味がわからないながらもクレマンティーヌはそれを察した。

 とんだ買い被りだが、彼女はトールの持つ強さを信頼しているのだ。

 そのトールが、しかも女好きである彼なら好意を抱くはずの美少女に、ここまで嫌悪を抱いている。

 きっと王女の中にある何かを見抜いたに違いない、そう思ったのだ。

 

「とにかくだ。王女の事はもういい! それより行きたい場所がないんなら俺が決めるぞ。いいな?」

 

 もはや話題にもあげたくないのか、そう言って話を打ち切るなりクレマンティーヌの腕を掴むトール。

 その腕をぐいと引っ張られて立ち上がったクレマンティーヌは、トールに引っ張られて店長室の外へ出る事になった。

 

「ねー。酒場以外の場所にしてよね。頼むからさぁ」

 

「任せとけ。俺は女を楽しませるのが得意なんだ」

 

 一体どの口がそれを言うのか。

 そう思いながらも口にはせず、クレマンティーヌは男に手を引かれながら溜息を吐くのだった。

 

 

 

 ちょうどその頃、『ザ・マジック』と看板の掲げられた店の中から現れた老紳士も、深い溜息を吐いていた。

 

特に珍しいもの(・・・・・・・)はありませんでしたね)

 

 心の中でそう呟いた老紳士、ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』のNPCのセバス・チャンは最近評判が良いという店の噂を聞きつけて調査にやってきていたのだ。

 しかし評判とは異なり、セバスの主人であるアインズの興味を惹くようなアイテムは何一つなく、それどころか店の中にあるアイテムは全てセバス自身も何の興味も抱くことができないものだった。

 評判通りの店なら主人に喜んでもらえただろうと思っていただけに、落胆してしまうのは仕方のない事だ。

 彼は自らの足元で蠢く影に、いつもより数割増しで冷たい声色で語りかける。

 

影の悪魔(シャドウデーモン)、ソリュシャンに件の店には()()()()()()()()()()()()事を伝えてください。私は他の店に寄ってから戻ります」

 

 足元の気配が動きだし、遠くへ離れていくのを感じながら、セバスは一度だけ自分が出てきた店を振り返った。

 外装、内装共に十分に金を掛けた立派なもので、従業員の教育もしっかりと行き届いた店だが、販売しているアイテムはセバスには興味を抱くことのできないものばかり。

 惜しい店だと思いながら、何の違和感も覚えることなく、セバスはその場から立ち去った。

 




ハースストーンやってました
シャダウォックとかいう今世紀最大のクソのおかげで戻ってきました。

本来のプロットと大幅にズレたので、色々書き加える物が増えたり展開変わったりで大分時間がかかりました。
第二章はトールとクレムちゃんの章ですのでお楽しみください。

漆黒聖典の中でもかなりの人格破綻者だったらしいクレマンティーヌには料理とか学んでる暇絶対なかったよね。


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12話

 八本指。

 その名の通り八つの部門を持つ、王国の裏社会を牛耳る犯罪組織の名前だ。

 現在、八本指の手によって王国には麻薬が蔓延し、その影響はバハルス帝国にすら及び始めている。

 対処しようにもその活動拠点は巧妙に隠されており、大規模な調査を行おうにも貴族内に八本指と繋がっている者がいるために実行に移せない。

 そのため、国の腐敗と犯罪組織の拡大を前にしてどうする事もできないのが王国の現状である。

 

「随分と面倒臭そうな事になってるんだな。組合で勉強してた時にはそういう話はちっとも出なかったのに」

 

 ザナックとクレマンティーヌに八本指の事を聞かされ、トールは腕を組んで感心するように頷いた。

 表向きは商談という事になっているこの情報提供の場が開かれるのも既に三度目。

 普段はクレマンティーヌの持つ情報を渡し、ザナックから金を受け取ったり便宜を図ってもらったりするのだが、今回はトールが途中で八本指の事を聞いてきたため、改めて八本指の話をする事になったのだ。

 

「ふふふふふ。誰でも知ってるような組織じゃないからな。どういう事を勉強してたのかは知らないが、そうそう教わる事でもないだろう」

 

「あのねぇ。私が何度も八本指って口にしてたのに、あんたは気にならなかったわけ?」

 

「いや、そういうあだ名の奴でもいるのかと思ってたんだ」

 

「はぁ!? いや、でも……うーん」

 

 言われてみれば八本指についての具体的な説明をしていない事に気付いたクレマンティーヌは頭を抱えた。

 もちろん彼女には教える義務などないのだが、ついつい自分が教え忘れていたと考えるあたり、だいぶ毒されている。

 そんな二人を呆れたような目で眺めていたザナックだが、次にトールが呟いた言葉を聞いて更に間抜けな顔を晒す事になった。

 

「とりあえずこの八本指ってのは潰した方がよさそうだな」

 

 まるで散歩にでも向かうかのような気軽さで放たれた言葉だった。

 つい先ほど八本指に関する説明を受けたばかりで、どうしてそんな言葉を言えるのか。ザナックにはさっぱりわからなかった。

 

「聞き違いか? 八本指を潰すと言ったような気がしたんだが」

 

「いや、だってこんなもんあるだけ邪魔じゃん」

 

「そういう問題ではなくてだな……!」

 

「面白そうじゃん。私もそれさんせーい」

 

 ザナックが冷静に反論しようとしたにも拘らず、クレマンティーヌまでもが楽しそうに手を挙げた。

 しかもさっきまで気だるげだった眼にはギラギラとした輝きを放っている。

 明らかに異様な気配を放ちだした彼女に気圧され、ザナックの頬を冷や汗が伝う。

 

「相手が犯罪者ならいくら殺しても文句ないでしょー? やっぱ偶には体を動かさないとねー」

 

「おいおい、クレム殿まで……」

 

「まぁ聞けよザナックさんよ。さっきの話を聞いた限りじゃ、あんただって八本指には潰れてほしいはずだろ?」

 

「それはそうだが……」

 

「それにほら、貴族と繋がってるとかなんとか言ってたじゃん?」

 

 そう言われたザナックは顎に手を当ててしばらく考えた末に口を開いた。

 その声色は先ほどまでよりも更に真剣で、低く小さなものだった。

 

「……先も言ったが貴族内に八本指と繋がっているものがいる。それどころか、俺の兄も八本指から金を受け取っている。その確たる証拠さえ掴めれば、俺は王位継承に向けて大きく前進する事ができるだろう」

 

「なるほど。つまり潰すついでにその証拠も取ってこいって事か」

 

「いや待て。まさか、本当に八本指を潰すつもりなのか?」

 

「俺は冗談が嫌いだぜ?」

 

 そう言ってニッと笑ってみせるトールを見て、ザナックは肩をすくめた。

 トールの性格はこれまでの話し合いでわかっていたためになかなか信じる事は出来なかったのだが、流石にそこまで言うからには本気なのだろうと思ったのだ。

 トールが女の前では割と見栄っ張りでかっこつけたがりな事も、ザナックは既に把握している。

 それに漆黒法典だったクレマンティーヌがいるのなら、本当に潰してくれる可能性も十分にある。

 元々ザナックにとってもメリットの大きい話であるため、そうと決まれば背中を押さない理由がない。

 

「ふふふふふ。わかった。そこまで言うならお願いしようか?」

 

「あぁ! お前は貴族の弱みを握れてハッピー。俺は目障りな奴を潰せてハッピー。クレマンティーヌは思う存分殺せてみんなハッピーってわけだ。これこそ最高の案だろ! なぁ!」

 

「確かに。そうかもしれないな」

 

 トールが差し出してきた手と握手を交わし、ザナックもにやりと笑みを浮かべる。

 もし本当にトールの言うとおりになれば、王国は変わるだろう。ザナックも王になった後で色々と楽ができるはずだ。

 そうなった時の事を思うと、ついつい笑みが抑えきれなくなってしまう。

 

「ところで、何か欲しい褒美はあるか。もし本当に書類を取ってこれたら、俺の力でできる事なら何でもくれてやるぞ」

 

 だからザナックはそんな事を言ってしまったのだが、そこでトールから返ってきた答えのせいで彼のテンションは急降下する事になった。

 無理難題を言われたというわけではない。

 単純にその内容が気持ち悪すぎたのだ。

 

「それなら……あんたの妹の王女様、性格は最悪だけどやっぱ外見はほっとくには惜しいと思ってさ。意識は奪うから一回だけ手を出してもいいかな? ちゃんと治癒魔法使って痕跡は残らないようにするからさ」

 

「何?」

 

「うわ」

 

「おいクレム、普通に引くのやめてくれないか」

 

「いや、さすがにちょっとねぇ」

 

 拷問好きで殺人マニアなクレマンティーヌさえちょっと引く提案である。

 当然ザナックはそれ以上にドン引きだったわけだが、それでも彼は首を縦に振った。

 

「わかった。いいだろう」

 

「……言っておいてなんだが、マジで?」

 

「記憶も痕跡も残らないのなら、それは何もなかった事と変わらない。そもそも俺に聞くような事でもないと思うが?」

 

「いや、許可があるかないかは重要なポイントだからな。じゃなきゃ最初から忍び込んだりして好き放題やってるよ」

 

「そ、そうなのか」

 

 トールはよくわからないこだわりを口にするが、その場にいる誰にもそれが伝わる事はなかった。

 しかしそれに気落ちすることなく、言いたいことを言い終えたトールは帰り支度を始めてしまう。

 

「おい! どう動くつもりなんだ?」

 

 八本指を潰す。

 口をするのは簡単でも、実行するにはどれだけの労力がいる事だろうか。

 だというのにザナックはまだ具体的なプランを聞いていないのだ。

 

「店に戻ってから決めるよ。楽しみにしててくれ」

 

 しかし、トールの口から語られたのは完全にノープランである事を告げる言葉だった。

 絶句して立ち尽くすザナックを、トールの後について部屋を出ようとするクレマンティーヌはヒラヒラと手を振りながら嘲笑った。

 

「……あいつの言葉に乗せられたのが運のツキだよ、王子サマ」

 

 

 

 

 王城を出て店に戻ってきたトールとクレマンティーヌは、店長室で紅茶を飲みながら今後の予定について話し合っていた。

 

「とりあえず、俺は麻薬部門を潰そうと思う」

 

「なんで?」

 

「麻薬ダメ絶対って知らない?」

 

「知ってるわけないでしょ」

 

「そうか? ずっと昔に生まれた有名な標語だったんだけどな……」

 

 変な事で溜息を吐くトールに、クレマンティーヌは城で八本指潰しの話を始めてからずっと考えていた提案をする事にした。

 

「それよりさー。競争しない?」

 

「競争?」

 

「そっ! 普通にやってもつまんないでしょ? だから、どっちが先に八本指の部門を一つ潰せるかって感じでさー」

 

 クレマンティーヌの言いたいことはこうだ。

 トールは先ほど言っていた通りに麻薬部門を潰す。そしてクレマンティーヌはトールとは別行動をとって他に七つある部門のどれかを潰しに行く。

 そして先にザナックの言っていた証拠を掴み、八本指の部門長を捕まえた方の勝ちというわけである。

 

「うん、面白いな。確かにせっかくの事だし、楽しまないと損だ」

 

「でしょー?」

 

 トールも乗り気であると知り、クレマンティーヌのやる気は更に上昇した。

 そんな彼女にトールもまた一つの提案を行う事にした。

 

「それじゃあ奴隷部門をお願いしていいか? そこが酷い娼館経営とかしてるんだろ? 女の子が虐められてるのはさっさとやめさせたいんだ」

 

「……そこまで言うなら自分でやった方がいいんじゃないの?」

 

「いや、ほら。俺グロいのそこまで好きじゃないしさ。女の子がそういう目にあってるのとか目にしたくないじゃん?」

 

「そんな事だろうと思った。まぁいいけどさー」

 

 こうして極めて個人的な理由により、トールは八本指の麻薬部門、クレマンティーヌは奴隷部門を潰すことに決めった。

 更に、せっかく競争をするなら勝った方にメリットがあった方がやる気がでるだろうというトールの提案により、勝った方が相手に一つだけお願いをできるという取り決めがされる事になった。

 

「じゃ、私はさっそく動くから」

 

「あぁ。がんばれよ」

 

 副店長に店の事を任せる手続きをするトールに手を振り、顔がバレないように仮面を付けたクレマンティーヌは部屋の窓から外に飛び出していった。

 その姿は身につけたマジックアイテムの力もあって、あっという間に王都の中へと消えていった。

 

「さて、俺も準備してさっさと動こう。まずは情報収集だから……冒険者組合にでもいけばいいかな?」

 

 元冒険者であるという理由で副店長に任命したキャロルという女性に店の事を任せ、トールはマントを翻して一階へと向かう。

 トールの服装はかつて冒険者組合に初めて行った時のものとよく似たものだ。紅いマントには金糸で獅子の意匠が刺繍され、その下の衣服も赤を基調にしたものを選んでいる。

 冒険者を相手にする以上は装備を立派なものにした方がいいだろうという事で、外見の素晴らしさだけでなく、マジックアイテムとしての効果も優れたものを選んだのだ。

 結果としてドが付くほど派手なものになったわけだが、容姿のおかげでそこまで変に見えないどころか、よく似合ってるように思えるのだから不思議だ。

 

「……ん?」

 

 そんな全身赤づくめな恰好のトールは、一階に降りたばかりのところで足を止める事になった。

 彼が採用した可愛い店員が立つカウンターの前に、もっと可愛い女性三名とその他二名が立っていたからだ。

 思わずじっと見つめてしまい、その視線に気付いたのか、中心にいた金髪の美人がトールに視線を向けた。

 彼女たちの身につけた装備が明らかに冒険者然としたものだったため、トールはこれ幸いと思い声を掛ける事にした。

 

「失礼。もしかして冒険者の方だったりしませんか?」

 

 よそ行きの爽やかな笑顔を浮かべるトールに、その女性は美しい緑色の瞳を輝かせて名を名乗った。

 

「えぇ。私、蒼の薔薇のラキュースと申します」

 

 




やっぱり主人公は幸運値高くないとね。
この場合はユグドラシルのキャラクターの幸運値だけど。

八本指評価
ザナック→国を腐敗させる犯罪組織
トール→なんかむかつく奴らの集まり
クレム→ストレス解消のためのおやつ



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13話

王国の誇るアダマンタイト冒険者チーム『蒼の薔薇』の五人は、つい最近王都内にできたというマジックアイテム専門店を訪れていた。

 

「ここが?」

 

「あぁ。組合でちょっと噂になってた『ザ・マジック』だ。俺も一度来てみたが、確かに評判通りの店だったぜ?」

 

「へぇ。それじゃあ入ってみましょうか」

 

 メンバーの一人、筋骨隆々の女戦士ガガーランに促され、リーダーのラキュースはなかなか立派な外見をした店の扉を開ける事にした。

 そうして扉を開くと、まず目に入ってきたのは山と積まれたポーションが乗った大きな荷台だった。

 

「……なんなの? これ」

 

「『在庫過多に付き治癒ポーション大安売り』だって」

 

「店員が全員女性だし、警備の人間も誰もいない。そのうち襲われるね」

 

 唖然とするラキュースに対し、彼女のすぐ後ろにいた二人は冷静に周囲を見回しながら意見を述べた。彼女たち、黒色のぴったりした衣装を着たティアとティナも蒼の薔薇のメンバーである。

 こんな意見が出たのも、二人が普段からチームの索敵を担っているからだろう。

 

「それも気になるけど……なんというか、変わったお店ね」

 

「俺は気に入ってるぜ? あんな陰気臭いとこよりずっとマシだろ?」

 

「まぁ、それは……」

 

 ガガーランが引き合いに出したのは、王都にある魔術師組合本部の事だ。

 マジックアイテムの販売も行ってはいるが、魔力系魔法詠唱者(マジックキャスター)の育成や新たな魔法の開発の方がメインであるためか、全体的に薄暗く店としての活気はゼロに等しいのだ。

 対してこの店はといえば、まるで真昼間のような、しかし暑さを感じさせない光を放つランタンのようなアイテムが天井から吊り下げられている。更には見える範囲にいる店員は全員が綺麗な服を着た女性であり、そもそも店の中には結構な人数の客がいてかなり賑わっていた。

 

「でも確かに、働いている子達もみんな笑顔で気持ちがいいわね」

 

「だろ?」

 

「確かに。だが、重要なのは雰囲気より品物だろう。使えんアイテムばかりでは来た意味など……」

 

「ん? どうしたイビルアイ」

 

 ガガーランは流暢に話していたのに突然黙り込んだイビルアイに目を向けた。

 イビルアイは、頭からローブをすっぽり被り、顔を仮面で隠した姿をしている背の低い女性だ。

 そして蒼の薔薇の誇る魔力系魔法詠唱者(マジックキャスター)でもある。

 何か気になる事でもあったのか、と他のメンバーの視線が集まる中で、イビルアイは再び口を開いた。

 

「いや、ここで売っているアイテムに見覚えがある気がしてな。それだけだ」

 

「そりゃ当たり前の事なんじゃないか? 今までにお前が見てきたアイテムを売ってても不思議じゃないだろ」

 

「それはそうなんだが……」

 

 煮え切らない態度のイビルアイは、きょろきょろと視線を動かして何かを思い出そうとしていた。

 とはいえいつまでもそんな彼女に構っていても仕方ないので、ラキュースはイビルアイをガガーランに任せて店内を見て回ってみる事にした。

 

 

 

 明るい店内には多くの陳列棚が並び、基本的に同種類のアイテムは同じ棚で販売を行っている。特に人気が高いのはポーションと巻物(スクロール)の棚で、今も店員が若干寂しくなった棚の横で、売れたアイテムの数を数えて手元の紙に記入を行っていた。

 その棚の他にも、指輪(リング)腕輪(ブレスレット)首飾り(ネックレス)などの装飾品の形をしたマジックアイテムや、杖や剣、鎧や外套などの冒険者向けのマジックアイテム、更には水差し(ピッチャー)や鏡などの日用品のようなものまでもが陳列棚には並べられていた。

 

「本当に何でもあるわね。こんなお店初めてだわ」

 

「でも商品が盗まれそう」

 

「盗難を防止するマジックアイテムを置いているかもしれない」

 

「そうね。これだけの数のアイテムを揃えられるなら、そんなアイテムがあってもおかしくないかも……俄然、ここの店主に興味が出てきたわね」

 

 今までラキュースは蒼の薔薇のリーダーとして多くのマジックアイテムを見てきたが、それでもこの店には大きな衝撃を受けていた。

 そもそもこれだけ大量のマジックアイテムを、客が手に取れる棚に置いていること自体が常識外れなのだ。

 それこそ盗難を防止するアイテムでも無い限り、犯罪行為が起きるのはそう遠い事ではないだろう。

 

「鬼ボス、あの店員」

 

「どうしたの?」

 

 しばらく店内を見て回った時、ティナが店の奥から出てきた一人の店員を指差した。

 ラキュースには見覚えのない、短い金髪の活発そうな女性だ。

 

「前は金級(ゴールド)の冒険者だった」

 

「私も組合で一度見た事がある」

 

「本当? 冒険者をやめたって事かしら……ちょっと聞いてみましょうか」

 

 ティナの言葉に対してティアもそれを肯定したため、ラキュースはその店員に話しかけて見る事にした。

 金級の冒険者ともなれば、自分の腕に自信を持っているだろうし、その階級に至るまでには並々ならぬ努力と苦労をしてきたはずだ。もちろん年を取ればやめる事もあるだろうが、彼女の年はラキュースより少し上程度のものだ。

 若さも実力もあっただろう冒険者が、何故冒険者をやめて店員をやっているのか。

 

「店員さん、少しいいかしら」

 

「あ、はい! 何かご用でしょうか」

 

「もしかしたらなんだけど、前に冒険者をしていなかった? あなたを組合で見た事があるの」

 

「えっ? はい。確かに私は以前冒険者でしたけど……ア、アダマンタイトのプレート!? じゃ、じゃあもしかして蒼の薔薇の方ですか!?」

 

「えぇ。ラキュースよ。あなたは?」

 

「キャ、キャロルといいます! 前は金級の冒険者でしたっ!」

 

 元気よく返事をしたキャロルと名乗る店員との会話を続けながら、ラキュースは目の前に立つ店員の事を何気なく観察する。

 すると、確かにキャロルの体は冒険者として鍛えられたものである事が見て取れた。日に焼けた肌とよく通る声も、おそらくは冒険者としての名残なのだろう。

 ラキュースは続けて彼女に聞いてみる事にした。

 

「何故冒険者をやめたの? 私が言うのもなんだけど、金級の冒険者になれたのだから、更に上を目指そうとは思わなかったの?」

 

「……仲間が死んで、冒険者を続けられるか不安に思っていたんです。その時に店長に声をかけてもらって、ここのお店で働くことになったんです」

 

 先ほどまでとは一転、悲しそうな表情でそう言うキャロルを見て、ラキュースも慌てて頭を下げる。

 

「ごめんなさい。嫌な事を思い出させてしまったわね」

 

「いえ、大丈夫です! それに理由はそれだけじゃありませんから!」

 

 そこまで言って、キャロルは声の大きさを落としてラキュースに顔を近づけた。

 それにラキュースも応え、耳を差し出すように顔を横へと傾ける。

 

「ここだけの話、給料がすごく良くてですね。もう危険な冒険者生活に戻りたくなくなってしまったんです」

 

「それは金級が受けられる依頼の報酬よりもずっといい、という事よね?」

 

「はい。内緒ですよ? ……一日に金貨一枚いただけるんです。あ、私の場合は副店長を任されているので二枚ですけれど」

 

「きっ、金貨!? いえ、それより……店員全員がそんなにもらってるの!?」

 

 一枚と聞くと少なく思えるが、それは正に破格の給料だと言えた。

 何故なら、王国の一般人が一ヶ月働いて得られる給料の平均は、金貨一枚に満たないのだ。

 しかもラキュースが見ただけでも10人はいる店員たち全員がそれを貰っているのだと言う。

 給料の前借りを許してしまう点も含め、驚愕してしまうのも当然だった。

 そして同時に、それだけのお金を持っていて、これだけのマジックアイテムも用意できる店長に対する興味も更に高まった。

 

「それで、店長はどんな人なの? 口ぶりから随分感謝しているようだけど」

 

「もちろん、すっごくいい人ですよ! お金の事もそうなんですけど、家の無い子にお金を上げて宿を用意してあげたり、借金を肩代わりして返済を待ってあげたり、それにこの服も私たちが傷つかないようにするためのマジックアイテムで――」

 

「ちょ、ちょっと待って! それは本当なの? なんというか、あまりにも、その……」

 

 常識を疑うようなありえない言葉が続き、流石におかしいと思ったラキュースは手を振ってキャロルの言葉を遮った。

 何かの裏があるにしたって、いくらなんでもやりすぎだ。

 仮に店を経営する人間がこんな事をやる理由を挙げるとするなら、ラキュースにも想像できない裏があるのか、それとも店長が何も考えていない馬鹿であるかのどちらかだろう。

 ただどちらにしても、大量のマジックアイテムを売りだす人間としてはあまりにも矛盾している。

 

「嘘なんてつきません! 店長はすっごく優しい、いい人ですよ! まぁ、ちょっと変わってますけど」

 

 しかしラキュースには目の前のキャロルが嘘をついているようには見えなかった。

 そこで更に詳しく質問をしようとしたところで、店の奥にいた他の店員の声が聞こえてきた。

 

「キャロルさーん、店長が呼んでますー!」

 

「はーい! ……すいません。どうやら私、呼ばれているみたいなので」

 

「え、えぇ。お話ありがとう。がんばってね」

 

 そしてラキュースに大きな混乱を残し、キャロルは店の奥にある階段を上っていってしまった。

 結局謎が更に大きくなるだけの会話だった。わかったことと言えば、店員の女の子たちが本気で店長に感謝していることくらいだろう。

 ラキュースは近づいてきたティアとティナ、そしてイビルアイを連れて様子を伺っていたガガーランにも会話の内容を教えた。

 

「とりあえず、八本指は関係なさそう」

 

「そうね。マジックアイテムの出所と資金源が気になるけど……それはまた今度、時間がある時に調べてみましょう。少なくともここの店員の子達は喜んでいるみたいだし」

 

「そりゃそんだけ金を貰えるならな。ま、無理して笑顔作ってるわけじゃねぇのはわかってたけどよ」

 

「それはただの勘だろう。それにしても、あれが全てマジックアイテムだったとはな……何かあるとは思っていたが」

 

「警備が薄いのは全員がそれを身につけているからだね」

 

「そういうことだな」

 

 ラキュースからの話を聞いた四人の反応は様々だった。特にイビルアイは最初から何かを疑っていたようで、常識外れな話の内容にも納得したように頷いている。

 しかしそれを皆に話すつもりはないようで、再び何か考え込むようにして黙り込んでしまった。

 そこでラキュースは軽く咳払いをして注目を集め、脱線してしまっていた本来の目的に触れる事にした。

 

「そろそろ普通に買い物をしましょう。見つけてくれたガガーランに悪いわ」

 

「俺は気にしてないぜ? 確かにこの店にゃ謎が多いからな」

 

「私が気にするのよ。それじゃ、一度解散して、各自店を回ってみる事にしましょう。このお店ならイビルアイも満足いくものが見つかるんじゃない?」

 

「そう言う鬼ボスも何か変なものを買うつもり?」

 

「そ、そんな事はないわよ?」

 

 しかしティナの危惧した通り、ラキュースは既にお目当てのアイテムを見つけていた。

 ちょっとした理由で特に効果のないアーマーリングを指につけている彼女だが、それと同じくらい強烈に心を揺さぶられたアイテムがあったのだ。

 自分がそれを身につけた時の姿を想像しながら、ラキュースは鼻歌交じりに首飾りの販売コーナーへと向かうのだった。

 

 

 

 そして買い物を終えたラキュースたちがカウンターから離れようとした時、店の奥に見えていた階段から非常に目を引く一人の男が姿を現した。

 目を引くわけは店内に女性店員しかいなかったためもあるが、それ以前に男の恰好がとても派手だったからだろう。

 赤い服に赤いマントというド派手な恰好で、それでもその服が素晴らしいのと男の容姿が相まって、まるで劇の主役のような人物だとラキュースには感じられたのだ。

 

「失礼。もしかして冒険者の方だったりしませんか?」

 

「えぇ。私、蒼の薔薇のラキュースと申します」

 

「蒼の薔薇……あ、あぁ! なるほど! そうなんですか! 俺はこの店の店長で、トールと言います」

 

 うんうんと頷きながら大仰に驚き、そして手を差し出してきたトールとラキュースは笑顔で握手を交わした。

 やはり店長だったかと思っていると、後ろで童貞じゃなさそうだと呟く声や、胡散臭そうと話し合う双子の声が聞こえてきて、ラキュースは咳をしてそれを誤魔化した。

 見慣れない色のポーションも、その他のマジックアイテムも非常に効果が高いと鑑定できたため、ラキュースは蒼の薔薇としてこれからもこの店を利用するつもりなのだ。あまり失礼な真似をして機嫌を損ねるわけにもいかない。

 せっかくなので少し話しておこうとラキュースは思ったが、それよりも早くトールに話しかけたものがいた。

 

「少々聞きたいことがある。時間を貰えないか?」

 

「別にいいけど、先に名前を教えてくれるか?」

 

「イビルアイ。蒼の薔薇の魔法詠唱者(マジックキャスター)だ」

 

 先ほどから少し様子のおかしいイビルアイが、ラキュースの前に割り込んでそう言っていたのだ。

 仮面を付けているので表情はわからないが、仲間であるラキュースたちにはイビルアイの声色が真剣である事は伝わった。

 それを僅かにでも感じ取ったのか、トールも快く頷いてみせる。

 

「わかった。じゃあ俺の部屋でいいかな。二階にあるんだけど」

 

「いいだろう」

 

 会話が途切れるなりすぐに階段を上り始めたトールを追って、蒼の薔薇もその後へと続いた。

 その途中、ラキュースはイビルアイに耳打ちを行う。

 

「ちょっとイビルアイ。一体何を聞くつもり?」

 

「どうしても確認しなければならない事がある。私の勘違いでも特に問題なく終わる話だ」

 

「ならいいけど、ちょっとくらい相談してくれてもいいじゃない」

 

「すまない。まだ私も半信半疑なんだ」

 

「まったくもう」

 

 階段を上りきった先にある階段の突き当りの部屋、応接室と書かれたそこに蒼の薔薇は案内された。

 内装は意外とシンプルで、冒険者組合にある応接室とよく似た造りになっていた。十人以上が同時に掛けられるテーブルと椅子が置いてあり、ラキュースたちは一番手前側のそれに座るように促された。

 そうして腰かけた彼女たちの前で、トールは空中から水差し(ピッチャー)とティーポットを取り出して見せた。

 

「水とお茶どっちがいい? 水は冷えてるし、お茶はそこそこ美味いと思うけど」

 

「お、おいおい。今のはなんだ? マジックアイテムか何かか?」

 

「え? そうだけど……」

 

 ガガーランが愕然としながら問いかけてしまったのも当然だろう。

 アイテムボックスを開けてアイテムを取り出す行為は今まで適当に誤魔化してきたことであるとはいえ、ある程度の知識を持っている者にとっては異常過ぎるものなのだ。

 ティアとティナ、そしてラキュースまでもが目の前で起きた現象を説明できず、ガガーランと同じように驚いているのがその証拠だ。

 ただしただ一人だけは、その現象を見てむしろ納得がいったとばかりに頷いていたが。

 

「イビルアイ?」

 

「何か心当たりが?」

 

「あぁ。私は知っている。やはりな。そういう事だったか」

 

 双子からの問いかけにも一人納得した様子で呟くイビルアイ。

 とある事情から様々な知識を持つイビルアイのその様子を見て、ラキュースたちは軽く安堵の息を吐き、次の彼女の言葉を待つことにした。説明してもらえない事は少し寂しいが、それを気にしない程の信頼をしているのだ。

 そしてイビルアイは、僅かに震える声でトールへと話しかけた。

 

「お前は……『ぷれいやー』なのか?」

 

「そうだよ。というかその言葉デジャヴだわー。案外ぷれいやーって珍しくないのか?」

 

「は?」

 

 隠すようなら色々と証拠を突きつけようと思っていただけに、トールから返ってきた言葉があまりにも軽すぎて、というかあっさりと認める発言だったせいで、イビルアイはしばらく停止することになった。

 トラブルに巻き込まれないために正体を隠しているイビルアイに対して、トールにはそもそも隠す気がまるでないという事を察しろというのは土台無理な話である。

 

(何故隠さない? いや、隠す必要などない……か? だが、この王都で店を開く以上、いずれは戦争に巻き込まれる。何も考えてない? 馬鹿な! 今の所悪い人間ではないようにも思える。八欲王や魔神のような存在だとは思えないが……)

 

(俺にはわかる。この子は美少女だ。ロリっぽい美少女に違いない。興味を持ってくれているようだからなんとかいい感じに持ち込めないだろうか。普通に金髪美人な後ろのラキュースも、双子ちゃんも捨てがたい……)

 

 イビルアイは『ぷれいやー』という先入観から色々勝手に妄想しているが、実際は笑いながらこんな阿呆な事を考える奴である。

 もしクレマンティーヌがこの場にいて、イビルアイの考えを知ったら、過大評価もいいところだと腹を抱えて大笑いするだろう。

 しかし残念なことにイビルアイは、すさまじい過大評価を起こしていることにも気づかないまま、何百年振りに会った『ぷれいやー』へと更に問いを投げかけるのだった。

 




 こいつ誤魔化す気ないな……な13話です。

 なんかいつの間にかお気に入りが増えまくっててちょっとビビッてます。
 別に誰かが推薦を書いてくれたわけでもないのに何故増えたし。
 ところでラナーとレメディオスならレメディオスの方が好きです。


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14話

今回ちょっとグロいかもしれないけど原作よりは全然グロくないです。

追記:トールが作ったアイテムについての説明が、数値に出すとトールっぽくない気がしたので変更しました。


 イビルアイとトールの話し合いは意外と早く終わった。

 というのも、イビルアイの話す事は基本的にすべてが空回りし、見栄を張るトールが「あぁ」とか「そうだな」とか「確かに」とか曖昧な言葉ばかりを返したからだ。八欲王だの魔神だの、過去にこの世界を騒がせた存在の話を聞かされても、トールがそんな事の詳細を知っているわけがない。

 それでもイビルアイにとって一番大事な質問だけは、トールも適当な返事を返すことはできなかった。

 即ち、トールの現在の目的である。

 

「目的ねぇ……」

 

「あぁ。この国の冒険者として、これだけはしっかり答えてもらうぞ」

 

 仮面越しに見つめられて、トールは少したじろいだ。

 別に真剣さを感じて慄いたとかいうわけではない。

 女性にモテるためだなんて目的を言ったが最後、目の前の女性陣からモテる事は無理だろうと察したからだ。

 つまり、明らかに真面目そうな雰囲気のイビルアイを納得させるだけの、それっぽい目的を即席で作らなければならなくなったのだ。

 とはいえトールはそこまで上手い嘘を吐けるような人間ではない。彼は仕方なく、モテたいという部分だけは隠して本音で語ってみる事にした。

 

「俺はただ楽しく過ごしたいだけさ」

 

「楽しく……?」

 

「あぁ。今までがロクに話し相手もいない、つまらない生活だったからな。せっかくこうして自由に過ごせるようになったんだから、楽しくやるのが人間ってもんだろ?」

 

 イビルアイと、そしてこの場にいる蒼の薔薇向けに考えた台詞ではあるが、それは紛れもなくトールの本心でもあった。

 トールは元の世界では富裕層の人間であり、荒んだ世界においてテロも戦争も発生しない生活圏に住んでいた。

 しかし、友人は親のコネでとある会社に入社した時にできた一人のみ。その友人とも頻繁に連絡を取るわけでもなく、将来親の立場を引き継ぐ事だけが決まっているトールは命じられたままにずっと家の中で過ごし、映画鑑賞やMMORPGくらいしか退屈を紛らわすものがない生活を送っていたのだ。

 それは貧困層で暮らす人間にしてみれば贅沢な悩みなのだろうが、それはトールの知る所ではない。トールにとっては趣味で気を紛らわすだけの退屈な毎日だったのだ。

 

「店開いてるのも、店員に優しくするのもその一環……みたいなもんだ。なにしろこうして蒼の薔薇にも会えたんだからな」

 

「ふむ……わかった。嘘は言っていないようだな」

 

「俺は嘘を吐くのが苦手なんでね」

 

「フッ、違いない」

 

 イビルアイの態度が軟化したのを見て、トールは内心ガッツポーズを取った。

 どうやらもう問いかけは飛んでこないようだ。

 トールは蒼の薔薇に会えたことを喜ぶ発言をした事でラキュースの機嫌がよくなったことを見てとると、ここは攻めるべきだと思ってアイテムボックスの中から一つのアイテムを取り出した。

 

「さて! せっかくの出会いを祝して、一つ贈り物をしよう!」

 

「露骨」

 

「ちょっとティナ! ごめんなさい。それは……指輪、ですか?」

 

「如何にも!」

 

 トールが取り出し、ラキュースたちの前に差し出したのは一つの指輪だった。

 特に意匠が施されているわけでもない、シンプルな金の指輪だ。

 一見するとマジックアイテムには全く見えなかったため、それを受け取ったラキュースはほんの少しだけ気を落とした。店内のマジックアイテムやイビルアイの様子から、とんでもない人物が凄いアイテムをくれるかもしれないと期待してしまっていたのだ。

 

「そいつは『特製』だ。効果は保障するから大事にしてくれよな」

 

「……ありがとうございます。ところで、これはどういったアイテムなのですか?」

 

「ふっふっふ。よくぞ聞いてくれたな」

 

 ニヤリと笑ったトールが語りだした指輪の性能は、どう考えても嘘を言っているとしか思えないものだった。

 

 まず前提として、ユグドラシルにおけるオリジナルアイテムは、コンソールからアイテムリストを呼び出し、外見とデータ容量を決める外装(ビジュアル)に、そのアイテムの性能を決めるデータクリスタルを組み込む事で完成する。より良いオリジナルアイテムを作るには、外装を高レベルの鍛冶師に貴重な鉱石を使って作ってもらい、ドロップ品であるデータクリスタルを厳選する必要があるのだ。

 つまりトールはデータクリスタルは持っていても、鍛冶職のプレイヤーが作るような外装は持っておらず、初心者が使うような店売りの外装しかもっていない事になる。

 本来ならその時点でロクなアイテムを作る事もできないはずなのだが、幾つかの要因が働いた結果、そうはならなかったのだ。

 

 まず、コンソールが開けないためにアイテムリストを介してのアイテム作成が行えなかった事。

 そして試しにコンソールを用いずに作成できないか試してみたところ、彼がGMだからなのか、ここが異世界だからなのか、それとも元からなのかは不明だが、外装にデータクリスタルを触れさせただけでアイテムの作成が行えた事。

 そして最も大きな要因として、トールが全てのアイテムを幾らでも取り出せた事と、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 

 本来ユグドラシルというゲーム内であったのなら、外装の限界を超えたデータクリスタルの組み込みなどできず、実行不可を示すメッセージが表示されるだけだったのだろう。

 しかしこの世界にはエラーメッセージなど存在しない。

 それが原因なのか、外装のデータ容量を超えるデータクリスタルでも無理矢理に組み込む事ができ、その外装は込められる魔力に耐え切れなくなって破裂するという現象が発生することが判明したのだ。

 

 しかしこれはジョンが試した場合であり、トールが試した場合は更に異なる現象が発生した。

 

 すなわち『持っているアイテムが壊れないトールが手に持った外装を用いてアイテム作成を行った場合、その外装本来の許容量を超えても破裂する事はなく、どんな外装にでもいくらでもデータクリスタルを詰め込める』という現象が発生したのである。

 前にエ・ランテルにいた時に起きた吸血鬼騒動の時に作成し、現在はナザリックのシャルティアの手に収まっている十字剣も、同様の手段を用いて作成したものなのだ。

 

 とはいえそんな事を蒼の薔薇に説明したところで理解できるわけがないため、実際にトールが彼らに伝えたのは、彼が『黄金(ゴールド)』と名付けた指輪の性能だけだ。

 その内訳は『ステータス上昇』と『耐性付与』のみの非常にシンプルなものであるが、当然普通の上昇値ではない。

 ほぼ全ての属性に対する完全耐性と二倍近くのステータス補正など、ユグドラシルに存在すれば一瞬でBAN確定の代物である。

 

「こ、こんなものを貰うわけには……」

 

 明らかに異常な性能を持つ指輪を前にして、ラキュースは躊躇った。

 そもそもトールの話が本当なのか、大袈裟に言っているだけなのではないかとも思ったが、ここまでの話を聞く限りでは彼が嘘を言う必要はまるでない。

 ならば指輪の話は真実であり、国宝どころか伝説の武具すらも超えた代物を前にして、それを受け取っていいものかと思ったのだ。

 しかしトールとしてはここで引くわけにもいかない。

 強引にラキュースの左腕を掴んだトールは、彼女の掌に指輪を置いてそっと握らせた。

 

「受け取ってくれ。できる事なら君が装備して役立ててくれると嬉しい」

 

 そんな無茶苦茶キザったらしい態度で指輪を握らされたラキュースはといえば、過去最高レベルにテンションが上がり、口角が上がってしまうのを抑えきれずにいた。

 このシチュエーションは、それほどまでにラキュースの感性にクリティカルヒットしていたのだ。

 伝説の吸血鬼であるイビルアイが警戒する謎の存在『プレイヤー』、そんな彼から手渡される秘宝の指輪。自分はその指輪の力を用いて魔剣を抑え込み、冒険者として更なる高みに……という感じのストーリーが既にラキュースの脳内では作り上げられていた。

 そのままハァハァと息を荒げそうな勢いだったが、双子の忍者が何かを察したような顔で溜息を吐くと共に時間が動き出した。

 

「んんっ! それでは、ありがたく受け取らせていただきますね」

 

「あぁ。存分に使ってくれ」

 

 何かを誤魔化したような咳払いと共に、ラキュースは普段通りのキリッとした表情を取り繕った。

 ちなみにトールはちょっぴり火照った表情のラキュースに目を奪われていたため、違和感に気付くことはなかった。

 

 

 

「そういえばうっかり忘れるところだった。蒼の薔薇の皆さんに一つ質問」

 

 指輪を渡した後、全員でトールの取り出したお茶やお菓子などを楽しみながら雑談していると、ふと思い出したかのようにトールが手を挙げた。

 どうやら冒険者と話そうと思っていた本来の目的を思い出したらしい。

 

「なんだ? ラキュースも随分喜んでるみたいだし、一つなんてケチくさい事言わなくてもかまわないぜ?」

 

「お菓子も美味しいし」

 

「このお菓子、何て名前?」

 

「え? それはショコラットとかいう……ってそうじゃないだろ! なんで俺が逆に質問されてんだ! で、八本指って知ってる?」

 

 テーブルの上に並べられた多種多様なお菓子に心を奪われた忍者にペースを奪われかけながら、トールはなんとか言いたかったことを口にした。

 それと同時に、その場に会った和やかな空気は一気に吹き飛んだ。

 とある依頼によって何度も八本指の施設を襲撃してきた蒼の薔薇にとって、それはかなりデリケートな話題だった。

 

「そりゃ知ってるが、それを聞いてどうする気なんだ?」

 

「潰す」

 

「はぁ?」

 

 八本指という組織の大きさを知るガガーランは、その発言に耳を疑った。

 ラキュースもトールが八本指の事をあまりよく知らないのだと思い、諭すような口調で話しかける。

 

「いい? トールさん。八本指という組織は――」

 

「いやもうそこらへんの説明は腐るほど聞いたからもう言わないでくれ!」

 

「え? そ、そうなの?」

 

「でも、知っているなら尚更不可解」

 

「あれは個人でどうにかできるような組織じゃない。八本指の根は王国の隅々まで広がってしまっている」

 

 ティアとティナの言葉もまたトールの発言を否定するものだった。

 彼女たちの持つ情報から考えれば、それが当然である。

 しかし、蒼の薔薇の中で唯一イビルアイだけは違う意見を持っていた。

 

「ふむ……確かにトール殿なら可能だろう。しかし、それは何故だ? 何故潰そうとする?」

 

「イビルアイ!? 可能ってどういう……」

 

「彼なら可能であってもおかしくはない、ということだ」

 

「おいおい、マジかよ」

 

「嘘は吐かぬさ。それで、トール殿。一体なぜだ?」

 

 やたらとトールの事を評価するイビルアイにより、蒼の薔薇からの驚愕に満ちた眼差しに晒されるトール。

 そこで彼は、ここでかっこいい事を言えば更に評価が高まると感じ、自信に満ちた表情で、しかし何気ない口ぶりで言葉を発した。

 

「俺は良い奴とは仲良くしたいし、悪い奴はその逆だ。友達も困ってるし、俺の商売の邪魔にもなる。あんなのを放っておいて良い事なんて何もないだろ? だから、俺は八本指を潰したいんだ」

 

「トールさん……っ!」

 

 ラキュースが喜びに満ちた声で自分の名を呟くのが聞こえ、トールは心の中でガッツポーズを取るのだった。

 

 

 

 一方その頃クレマンティーヌはと言えば、さっそく積極的行動に移っていた。

 彼女の目標は八本指の奴隷売買部門の殲滅と貴族との繋がりを示す証拠の奪取だが、当然それだけで終わらせるつもりはなかった。

 例え競争でもトールがすぐに動くはずがないと思っていたため、こちらも十分に楽しみながらやろうと考えたのだ。

 

「ふんふふんふふーん♪」

 

「ひぃっ!? や、やめてくれ、もうやめぇぇぁぁああああ!」

 

 奴隷売買部門が王都で開いている娼館、それがどこにあるのかさえわかれば話は早いのだが、流石に全くの情報無しではどうしようもない。

 そこで彼女が取った手段は『同業者に聞く』というものだった。

 八本指直営の娼館はその特殊性故に、一部の人間にしか場所も明らかになっていない。しかし同じように娼館を開いている者ならば、それもそこそこ規模が大きくて評判の悪い店ならば、同業者の店の居場所や奴隷などを用いた不自然な女の仕入れに関する情報を持っているに違いないと判断したのだ。

 結果的に言うと、それは半分正解で半分不正解だった。

 

「ギッ、げごぁ」

 

「つまりさー。この店はヤバい事やってる八本指の隠れ蓑ってことでしょ? 露骨に評判悪ければそっちに目がいくもんねぇ。考えたもんだわ」

 

 足の先端から数センチずつ切り落としていた副店長を鞘に入ったままのナイフであっさり撲殺し、クレマンティーヌは感心したように呟いた。

 つまるところ、この娼館は王都に幾つかあるダミーの一つだった。事情を知る人間はトップの二人だけであり、それでもかなり厳重な警備が敷かれていた。

 しかし現在、この娼館内に生きている人間は、地下室に押し込められた娼婦を除いて店長とクレマンティーヌのみになっている。

 そしてその店長は、脳天に鞘がめり込み、目玉が飛び出した副店長の死体を見て恐怖したのか、手足の指全てを切り落とされた時以上の叫び声をあげた。

 

「おい! 目的は達したんだろ! 解放してくれ! 死にたくねぇよぉ!」

 

「はぁ? いやいや、先に手を出してきたのはそっちでしょ。まっさかこのクレマンティーヌ様を娼婦にしてやるだなんてよく言ったもんだよホント」

 

「ぐぅぁあああっ!」

 

 最初、クレマンティーヌはあらゆる警備を全部スルーして店長室に現れ、その場にいた店長に八本指の情報を寄越せと要求した。

 当然、八本指の人間である店長には、組織を裏切る事になる要求など飲めるわけがなかった。それを言ってきたのが得体のしれない仮面の女であるならば尚更である。

 その上、女が仮面を外した時に見えたその美しい容姿と、外套の下から覗く扇情的な肉体を見てしまえば、不審な女を捕えた上でそいつを犯してやると考えるのは当然の事だった。

 彼らにとって不運だったのは、それをやろうとした相手が、トールにもらった装備の性能を試し、久々の殺しを楽しもうと思っているクレマンティーヌだったことだ。

 

「ま、そんな事言われなくても最初から全殺しの予定だったんだけどね」

 

「な、あぎぃぃぃ!」

 

 肩口に死なない程度にナイフを刺し、ぐりぐりと動かしながらクレマンティーヌは店長に語る。

 

「ほら、顔を見られたら口封じしないと」

 

「お、おま、おまえが、それは勝手に」

 

「うん、()()()顔を見せたら殺さないとダメじゃない? フフッ♪」

 

 つまりはクレマンティーヌがこの娼館が選んだ時点で、娼婦以外の従業員たちが生き延びる道はなかったのだ。

 最初にクレマンティーヌに掴みかかった従業員は顔面を十字に割られて脳漿を店長室に撒き散らして死に、その後は武器を持って彼女に挑んだ警備員と従業員は、残らず四肢を寸断された後で腹部を捌かれ、零れ出た血と臓物で廊下を赤黒く染めあげていた。

 全身を切り刻まれた店長の体も血で赤く染まり、当初の色を保っているのはあれだけ大暴れして尚も血を浴びていないクレマンティーヌただ一人だけだ。

 そして今、用済みとなった店長もまた、その命の火をあっけなく吹き消されようとしていた。

 

「じゃ、そういうことだから」

 

「や、め、ぁ」

 

 サクッと、クレマンティーヌは笑顔で店長の腹部にナイフを突き刺した。

 口が「あ」の形のまま止まった店長を見つめながら、クレマンティーヌは刺したままのナイフをゆっくりと上に上にと押し上げていった。

 

「あ゛、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」

 

 徐々に開いていく腹からは血が溢れ出して店長室の床を汚していくが、クレマンティーヌはそんな事などおかまいなしに、むしろむせ返るほどの血の匂いに笑みを深めていく。

 そしてナイフが鳩尾にまで達した時、そこでピタリと悲鳴が収まった。

 椅子に縛り付けられた店長は、だらりと舌を垂らしたまま息絶えていた。

 

「ふぅ……スッキリした」

 

 そんな死体を前に、クレマンティーヌは満足した表情を浮かべていた。

 久々の殺戮と拷問を行ったことで、今までトールの面倒を見ていたことで溜まっていたストレスが解消されたようだ。

 トップの二人以外の、八本指とは何の関係もない従業員たちにとっては完全なとばっちりである。

 しかし、そんな事はクレマンティーヌの知ったことではない。今更無関係の人間を殺したくらいで罪悪感を感じるような精神をしていないのだ。

 

「ん~、本命は明日にしよっかな。今日一日で全部やっちゃったらもったいないよね」

 

 拷問しつくした二体の死体を前にあくびをしながら、クレマンティーヌは悠々とその場を立ち去った。

 地下室から逃げ出した娼婦の通報によって警備兵が訪れるのは、この翌日の事である。




今回割と捏造ですが、『主人公がGMだからこそそうなっているのかもしれない』という事にしてあるので許してください。
まぁ早い話バグですよ。
アイテム無限増殖バグと経験値1024倍バグも経験したことあるし、ユグドラシルなら異常強化バグとかあってもおかしくないよね!


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15話

唐突に書きたくなって帰ってきました


 クレマンティーヌによる襲撃が行われた翌日の昼頃には、既にとある娼館の人間が皆殺しにされた事件は王都中の噂になっていた。

 娼館で働いている十を超える数の人間が皆殺しにされ、しかもまともに人の形を残している死体が無いとなれば、噂になるのも当然だろう。

 それは冒険者組合の待合所に集う冒険者たちの間でも同じで、彼らは一体どんな奴がどんな理由で殺したのかと自分たちの考えを話し合っていた。

 そしてそんな冒険者たちの中にはガガーランとイビルアイ、おまけにトールの姿もあった。

 

「ったく物騒な話だな。トールもそう思うだろ?」

「あぁ。一体どこの誰がそんな物騒な事をやるんだか。ま、店の評判は悪かったみたいだから別にいいけどな。女の子たちは無事なんだろ?」

「そりゃそうなんだが……イビルアイはどう思う? この事件」

「ふむ。男の死体の損壊が激しく、女は全員生還となれば、娼館そのものか男に憎悪を抱いていると予測する事ができるが……これを一人でやったのならばマトモな者ではあるまい」

 

 トールたちが噂話をしながら時間を潰しているのは、ラキュースたちがラナー王女に呼び出されて城に赴いているため、蒼の薔薇の残りのメンバーに暇ができたためである。

 そのため元より招かれていないトールもその場に残る事にして、城に行かないイビルアイたちと行動を共にすることにしたのだ。

 それからはずっと冒険者組合にて駄弁っているというわけである。

 

「ところでイビルアイちゃんに質問なんだが」

「なんだ? あとちゃん付けはやめろ」

「その仮面の下って見せてもらえないの?」

 

 ラキュースが戻ってくるまでにはまだ時間がかかるだろうという事で、トールはこの機会に気になっていた事を聞くことにした。

 勘では美少女だと確信していても、ちゃんと顔を見たいと思うのは当然である。

 しかし、その質問に反応したイビルアイの言葉は冷たいものだった。

 

「駄目だ」

「えぇーケチだな」

「これは大切な理由があって付けているものだ。いくらトール殿がプレイヤーであるとはいえ……」

「駄目だと言われると尚見たくなる。それが人間ってもんだ。あと『トール殿』なんて呼び方せずにもっとフレンドリーに呼び捨ててくれ」

「それは別に構わないが、仮面は駄目だぞ」

「えー! ガガーランもなんか言ってやってくれ!」

 

 大袈裟に残念ぶるトールに話を振られ、ニヤニヤしながら事の行く末を見守っていたガガーランも、元気よく口を開いた。

 どうやら口を開くタイミングを今か今かと待っていたようだ。

 

「そうだなぁ。イビルアイも照れてないで見せてやったらどうだ? 相手がその『ぷれいやー』だってのなら別に問題ないって昨日言ってただろ?」

「お、おい! 言うなと言っておいただろう!」

「ほう! そこんとこ詳しく!」

「トールは黙っていてくれ!」

「おっ、早速呼び捨てにしてるじゃねえか。うちのおチビさんにも春がきたかな?」

「おいガガーラン!」

 

 あまりにもからかわれ過ぎたイビルアイは怒りに任せてテーブルを叩いたが、その音が周りのテーブルに座る冒険者たちに聞こえる事はなかった。

 用心深いイビルアイは、話が仮面の事になってすぐに音を遮断するマジックアイテムを発動させていたようだ。

 ガガーランはそんなイビルアイの様子を見て、流石にやり過ぎたとばかりに両手を挙げて降参する素振りを見せる。

 

「悪い悪い。冗談だって。でも昨日はお前さんだって機会を見てって言ってただろ? ならちょうどいいじゃねえかと思ってよ」

「……それにしたって言い方があるだろう」

 

 昨日、トールの店を出た後の話を持ち出されてイビルアイはその怒りを収めた。

 つい先日トールとの会話によって仲間たちに多くの説明をすることになったイビルアイは、プレイヤーという存在についても語る事になった。といっても、彼女が語れる事はそう多くはなく、彼女自身もその全てを語る事はなかったが。

 そうして幾つか持ち上がった話の内一つが、イビルアイの正体をトールに明かすべきなのかというものだったのだ。

 イビルアイはかつて一国をも滅ぼした吸血鬼であり、そもそも吸血鬼という存在が人間とは相容れない存在であるため、彼女はその正体を仮面や魔法の指輪によって隠しているのだ。

 プレイヤー相手にそれを隠し通すことができるのか、隠したままでいるよりも正直に打ち明けた方が良いのではないか、というのが今のイビルアイが抱える悩みだった。

 

「仮面を外せないのって、そんな重要な理由だったりするの?」

「あぁ」

「安心してくれ。俺はよっぽどの不細工じゃない限り気にしないぞ」

「………」

「あ、それならアレだ。八本指退治に関して俺がすごい活躍したら顔見せてくれるとか、そういうのはどう?」

 

 何の迷いもなく気にしないと言い放ったトールに驚いたイビルアイが閉口している間に、トールは畳み掛けるように提案を口にした。

 クレマンティーヌと競争中のトールにとっては一石二鳥にできるお得な作戦だが、これに思いのほかいい反応を示したのはガガーランの方だった。

 

「面白れぇじゃねえか。その賭けに乗らせてもらうぜ」

「ガガーラン!?」

「それより、そんな事を言いだすくらいなんだ。俺たちに認めさせるくらいの大活躍をできる自信があって言ってんだろ?」

 

 ガガーランからしてみれば、これはトールの実力を測るいい機会だった。イビルアイからの評価は高いし、店で大量のマジックアイテムを売っているのは驚嘆に値するが、トール本人が何をできるのかはまだわかっていないのだ。

 ならイビルアイには悪いが、せっかくだからその実力を見せてもらおうというわけである。

 

「自信? あるとも。でも俺がこれ使うのはズルっぽいから、代わりにお前らが使ってくれ。俺よりも情報も持ってるから使いやすいだろうし」

「情報があると使いやすくなる? なんだそりゃ?」

「何かを探査するマジックアイテムでも持っているのだろう。そうだな?」

「ま、それもできるってだけさ。()()()はな」

 

 

 

 一方、ティナと共に王城を訪れたラキュースは古くからの知己であり依頼主でもあるラナー王女と軽い歓談を行った後、今後の予定について話し合っていた。

 特に話題としているのは、新たに国内で発見された『八本指』の拠点に対しての話だ。

 大っぴらに動くことのできないラナーは、今まで友人であるラキュース率いる蒼の薔薇に『八本指』の拠点に対する襲撃を依頼していたのだ。今回もまた新たに発見された拠点を襲撃してもらい、できうることなら情報を集めてもらおうと思っていたのだが……

 

「ねぇラキュース。どうしたの? 何か気になる事でもあった?」

「えっ?」

「久しぶりに会えたのに、ここに来てからずっと上の空よ? その()()に関係があるのならぜひ教えてほしいわ」

 

 ラナーから見たラキュースは普段とは違い、どこか集中しない様子でたびたび自らの指に嵌めた黄金の指輪に目を落としていた。

 普段なら決して見せない姿に、ラナーは本心からその理由が気になったのだ。

 そこでラキュースは口を開きかけたが、イビルアイに釘を刺されていた事を思い出して押し黙った。

 

 イビルアイはラキュースに、プレイヤーであるトールの事はできるだけ隠すようにと何度も念を押していた。

 

 イビルアイから見て、今のトールは非常に()()プレイヤーだ。まだ出会って間もないが、その性格は人類に敵対するものでない事は明らかであり、彼女が知る十三英雄のリーダーに似ているとは言えなくとも、人を害し世を乱す意思は皆無と思える。

 だが、それがかつての八欲王のように歪まないとは限らない。

 それを避けるためには、トールが『ぷれいやー』という特別な存在であると知る者をむやみに増やすべきではないとイビルアイは思ったのだ。

 ちなみにイビルアイは知らないが、既にトールは王子のザナックと繋がりを持ってしまっている。しかしそのザナックもトールの正体までは知らないため、彼女の考えはあながち間違いでもなかった。

 果たして指輪の事をどう説明したものかと答えあぐねるラキュースに対し、ラナーは何か面白い事を考えついたかのように目を輝かせた。

 

「……そこまで答えにくそうにするって事は、もしかして! どうなのティナさん? ラキュースに指輪を贈ったのは男の方なんでしょう!」

「正解。でもあれは流石に趣味が悪いと思う」

「ティナ? ちょっと黙ってて」

「了解鬼ボス」

「やっぱりそうなのね! ラキュースからはそういう話が聞けずに心配していたの。できればもっとお話を聞きたいのだけれど?」

 

 ティナが零した言葉からラキュースに男の影を感じ取ったラナーは、輝くような笑顔で喜びの声をあげた。

 ラナーとしては()()()()()に近しい女性が他の男に興味を持ってくれる事は願ってもない事であるため、ラキュースのそういう話は大歓迎である。

 しかし、ラキュースは別にそういうつもりで指輪を眺めていたわけではない。

 ラナーに会う少し前、指輪を嵌めた時に感じとったその強力な力から受けた衝撃が未だに抜けず、ついつい気になってしまっただけなのだ。

 ラキュースだって貴重な贈り物をくれたトールに思うところが無いわけではないが、このまま放っておけば知らない間にラナーの中では恋人認定されてしまいそうな勢いである。

 一旦黙らせたティナが余計なことを更に口走らない内に、ラキュースはできるだけ平静を保ってラナーへと話しかける事にした。

 

「本当に違うのよ。ラナーの想像しているような事はないわ」

「でも、あなたが男性からの贈り物にそこまで心を奪われる事なんて今までなかったでしょう? ティナさんだってそう思ってるわよ。ねぇ?」

「そう。指輪一つでこれとかちょろすぎて心配」

「ちょっとティナ!?」

 

 指輪を受け取った現場にもいたはずの仲間から受けたあんまりにもあんまりな評価を聞いて、ラキュースはまさか仲間全員からそう思われているのではという事を察し、言うだけ言ってそっぽを向いたティナに向かって大声をあげた。

 

 ラナーのお付きの兵士であるクライムが部屋に到着した時には、ラキュースを散々からかったティナの姿は消えていて、こめかみを指で押さえて溜息を吐くラキュースの姿があったという。

 

 そんなこんなでラナーとの話し合いを終えたラキュースは、何食わぬ顔で戻ってきたティナと共に冒険者組合の待合所にやってきていた。

 本来ならこの場所で待っているガガーラン達や情報収集を行っているティアとと合流するはずだったのだが、何故だかその姿は待合所のどこにもなかった。

 

「おかしいわね。何かあったのかしら」

 

 少々疑問に思いながらも、ラキュースは待合所にいる組合の人間に聞き込みをする事にした。

 すると呆気ないほど簡単に情報を得ることができた。

 ただ、その内容は些か奇妙なものではあったが。

 

「「消えた?」」

「は、はい……ティア様が来られてからすぐの事です」

 

 その組合員の話では、どうやらティアの方はラキュースたちよりも先に酒場に来ていたらしい。

 しかしその直後に()()が起こり、四人の姿は消えてしまったのだと言う。

 そしてその()()というのが、ラキュース達に更なる混乱を与える物だった。

 

「それ、本当なの? いえ、ごめんなさい。ちょっと信じられなかったものだから」

「見てた私ですら現実の光景なのかと疑いましたが……嘘は言っておりません。男性の方がイビルアイ様に()()を差し出し、イビルアイ様がその指輪を口元に近づけたかと思った途端、そのテーブルについていた四人全員の姿が消えてしまったのです」

 

 とても信じられない話ではあったが、ラキュースとティナは何が起こったのかをだいたい察していた。

 トールがラキュースに渡したような魔法の指輪をイビルアイに渡したせいで何かが起こったのだ。

 何が起こったのかの詳細まではわからない。

 だがそれでも命に別状はないようだと判断して、ラキュースは少し気を緩めることができた。

 

「できればイビルアイがその指輪に何をしたのかを知りたいけど、きっと無理でしょうね。ティナ、あなたは現場のテーブルから何か情報が得られないか確かめてみて。私はもうちょっと聞き込みをしてみるわ」

「了解鬼ボス」

 

 そうして二人は姿を消した仲間の情報を得るためにその場から離れていった。

 しかしその情報収集は空振りに終わることになる。

 いくら聞き込みをしてもイビルアイが音を外に漏らさないようにするための結界を張っている以上、周りの人間から彼女の発言を知る事は出来なかったし、ティアが何かのサインを残すにしても、その転移はあまりに突然すぎて何もすることができなかったからだ。

 だが、もし三人がイビルアイが何と呟いたのかを知ったとしてもそのアイテムの正体に気付くことはできなかっただろう。

 イビルアイが呟いた言葉とは、こんなものだった。

 

私は願う(I WISH)

 

 その指輪の名は流れ星の指輪(シューティングスター)

 プレイヤーですら限られた者しか持たない、超々希少アイテムである。

 

 




リハビリだったので少し短めかも


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