FFXV 泡沫の王 (急須)
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Chapter01 旅立ち
もう一人の王族


自由気ままに独自解釈を大いに繰り広げますがあらかじめご了承ください。


「ふふふ、ふーん、ふんふん、ふんふふーん。」

 

調子が外れどこか気の抜けるファンファーレをゆったりと口ずさむ。

一人の青年が、王都に建つビルの上からルシス王の住まう城を眺めていた。

 

城の前には113代目ルシス国王であるレギス・ルシス・チェラムが、息子たるノクティス・ルシス・チェラムを結婚式へと送り出している。

 

長きに渡るニフルハイム帝国軍との戦争もルシス王国が追い込まれる形となり、今や歴代国王から引き継がれてきた、その身を削って張り巡らせる魔法障壁が頼みの綱。

体を蝕む大魔法といっても過言ではない魔法障壁の影響か、レギス国王は齢50にして足を悪くし髪も白くなり今では立っていられるのがやっとの状態。

今もドラットー将軍に支えられながら息子を送り出している。

 

その息子の方は、何にも知らないマヌケ。

ニフルハイム帝国とルシス王国の平和の証として執り行われるルナフレーナ・ノックス・フルーレとの結婚式に臨むため、帝国の属国であるオルティシエへと向かう予定。

半分政略的な結婚だが、ルナフレーナは神凪の一族。

もともと交流もあったためかお互いに前向き。

 

しかし、王になる自覚は全くない。

レギス国王もノクティスの使命を知っているために強く言えないのが原因としてあげられる。

 

そしてさらに何も知らないが自覚のある従者が二人。

旅に同行する軍師。眼鏡をあげる癖が特徴的な落ち着いた青年。

イグニス・スキエンティア。ノクティスにとてつもなく甘いのが玉に瑕。

 

その横に控えている巨躯の男。半人前の王の盾たるグラディオラス・アミシティア。

妹のいる身としてなのかそもそもノクティスと兄弟のように育ったからなのか兄貴分になろうと努力している姿をよく見かける。

 

そして、従者でもなんでもない一般人。ノクティスの親友、プロンプト・アージェンダム。一般人と言われると鼻で笑いたくなるが、親友としてノクティスを支えている。

割とお調子者。

 

今回の旅はこの四人でレギス国王の愛車、レガリアに乗ってオルティシエまで向かう。

王権を表す高級車に乗っての旅などまさしく王子御一行なのだが、圧倒的に知名度が低い王子なのでバレる心配は少なそうだ。

目立ちたくないのはノクティス王子だけだろうが。

 

「おにーさんのお見送りもしてあげましょーかねぇ。あー、名前呼ばれても反応できるかなぁ。」

 

ビルの上から、召喚した片手剣を思いっきり投げ飛ばす。

魔法のアシストで見事にノクティスの足元に突き刺さったところをタイムラグなしに、王族しか使えないシフト魔法で降り立つ。

 

一瞬の出来事でその場にいる誰も反応ができなかった。

 

「結婚おめでとう?あれ?婚約おめでとうかな?お兄さんがいない時に出発なんて悲しいぞ。ノクティス王子。」

「兄貴!帰ってたのか!?」

 

片手剣をおもちゃのようにくるくる回しながらにこやかに適当な挨拶を述べる。

まるでいないことが前提のように驚くノクティスにお兄さんは泣きそうだ。

 

「本日、帰還いたしました。これからまた帝国領へと出立する予定です。結果報告はすでにコル将軍へと。」

 

感情のこもらない平坦な声で必要事項だけを報告し、レギス国王の返事も待たずにノクティスへと向き直る。

その時はすでに笑顔を貼り付けている。

 

いつも世界中を飛び回っているため、ほとんど会うことはないが兄として慕ってくれてはいるようだ。

 

「え?お兄さん?」

「ひさしぶり。メディウム・ルシス・チェラム。ノクティス..あー、ノクトのお兄さんだ。今年で26になるんだったかな。」

 

長い間名乗っていない名前がなんとか詰まらずに出てきたことにホッとする。

ついでにノクティスをノクトという愛称に訂正しておいた。

呼ばれていた気がするという曖昧な覚え方はやめてきちんとメモしておこうと、心の中で覚えておく。

恨みだけで名前を覚えている輩と一緒にしてはいけない。

 

そんな考えはおくびにも出さず、にこやかな兄の顔が続く。

 

「急いで帰ってきたんだ。ちょうど仕事も一区切り。見送りだけでもって。」

「そっか。悪りぃな。忙しいのに。」

「可愛い弟のためでしょう。」

 

小さい頃のように乱雑に頭を撫でる。

光り輝く夜空のような髪がふわふわと揺れ動く。

子供扱いが不満なのか少し睨まれた。

 

俺とノクトは全く似ていない。

正確には似ていると言えば似ているのだが、雰囲気が全く違う。

心優しく不器用なノクトとは違い、にこやかに笑っているのにどこか胡散臭いのが俺だ。

実際そう思っているのはノクトだけなのだが大当たりである。

我が弟ながら侮りがたい。基本なめてかかっているが。

 

「ほら、行っておいで。王子様。」

「兄貴もだろ...。いってくる。」

 

ーー王位継承権を自ら投げ捨て、俺の"親"のために身を粉にして働いてきたが、この見送りでこの王子の顔は最後になるだろう。

あの性悪ならまだこき使ってきそうだがそれはそれ。

俺が肩入れしているに過ぎない。

 

全ては星の為。

全ては"親"の為。

 

捨てられたらそれまでだが、せめて弟が救い出せたらどれだけ良かったか。

せめて家族を守れる力が俺にあったら、こんなことにはならなかったのか。

 

ーー人としての喜びを捨て、使命を果たす人形になれーー

 

くそったれな神様が五歳の俺に囁いた言葉は今でも耳にこびりついている。

そのくせ王位から弾くのだから馬鹿らしい。

人形には何も与えないとでも言いたいのか。

だが、その人形も最後の悪あがきをする時が来た。

 

「あーそうだ、言い忘れてた。」

「なんだ?」

 

今まさに旅に出ようというノクトを呼び止め、ここ一番の微笑みを向ける。

 

「楽しんでこい。世界は今、大いに進んでるからな。」

 

ノクトが不思議そうにこちらを見ている。

言葉の意味を分かりかねているようだが、その意味は身をもって知ることだろう。

どうせ待ち焦がれた王様という餌に侮蔑と憎しみを向けてくる性悪に絡まれるのだ。

いやでも理解させられる。

 

 

 

走り去るレガリアを見送り、ゆっくりとレギスへと向き直る。

長い間世界中を飛び回っていたことへの労りとこれから起こることへの深い悲しみが見て取れる。

 

「...メディウム。」

 

「はい。」

 

一拍遅れたが、呼ばれていることを理解していつものように微笑む。

あなたの望む最高の息子を演じるのは疲れるんですよ。

そう思ってはいるがそれも今日までなのだから抑えるしかない。

 

この最高の息子を演じられるのも、今日までなのだから。

 

「万が一のことは、すでに備えてあります。そもそも、負けるつもりもないでしょう。」

 

調印式を魔法障壁の内側たる城で行う。

どう考えても罠だった。

しかし、レギスはその提案を受け入れた。

城で、戦争をするつもりなのだ。

 

ノクト達は城から逃がされた。

レガリアならば多少の攻撃でも動きさえすれば耐えられる、逃げられる。

レギスからの最後の贈り物になるだろう。

父親が突如いなくなるなど、ノクトには重い。

負けるつもりがないにしても相手が悪すぎる。今の帝国の宰相がその最たる例だ。

 

この戦争は、勝てる見込みがない。

 

しかし、クリスタルに課せられた使命はルシス王家にいつまでもつきまとう。

その使命こそ世界を救うことになるのだ。

最優先に守るのはレギスではなく、クリスタルでもなく、その手にある光耀の指輪。

クリスタルは、指輪に力を貯め真の王を守る檻に過ぎない。

 

「私も、外へと旅立ちます。後のことは王都警備隊の方々に。」

「...辛い選択を、させてしまった。」

 

歯をくいしばる。

雲一つない青空が忌々しい。

王家が守り続けて来た平和が嘆かわしい。

何故、父も弟も世界のために命を投げ出さねばならないのか。

 

「辛くはありません。ただ、一人の家族として言えることはありますが。」

 

心優しい王は、王ゆえに容易に父として振る舞えない。

そのことに対して寂しかったといえば嘘になる。

だがそれ以前に。

 

「後を追うことを、許されないのはどうにも遣る瀬無いものですね。」

 

レギスに届いたかもわからないか細い声。

せめて、普通の家族になれたのなら。

せめて、真の王が俺であったならば。

どうでもいい願いが浮かんでは消える。

 

しかし、使命は待ってくれない。

この心が壊れてもなお立ち止まるのは許されない。

 

「ーー使命を果たしてまいります。」

 

レギスの言葉は待たなかった。

聞いてしまったら、使命など果たせなくなりそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

「お別れは済ませた?」

 

悪趣味な羽と暑苦しい重ね着を何枚もし、よれよれの帽子をかぶった男が王都から少し出た道に佇む。

無精髭と癖毛なのかくるくるした赤毛。

胡散臭い笑みはこの人譲りと言えなくもない。

 

「済ませたよ。"親"父殿。」

「書類上なのに律儀だねぇ。疲れない?それ。」

「2000年も恨みつらみたらたらのあんたよりはマシさ。どーせならその後も俺に付き合ってくれりゃぁいいのにさ。」

「あんなガキに俺が負けるとでも思ってる?王家断絶のために生かしてあげてるの忘れた?"ディザストロ・イズニア"君。」

「借り物競争ならノクトの勝ちだろうなぁ。断絶するかは、はてさて。アーデン・イズニア宰相。」

 

やれやれという仕草だけをして、かぶっていた帽子を俺の頭に深く被せてくる。

ある意味で同じ存在の俺を、楽しいお遊戯のために書類上の親子に仕立て上げておもちゃにする悪趣味なこいつは帝国の宰相。

 

本名アーデン・イズニア。

正式名もあるが名乗ることはほとんどない。

俺も一応帝国からすればディザストロ・イズニアが本名になる。

宰相の腹心の部下として扱われているが、ルシスの情報も流さなければ帝国の情報も曖昧に伝えている。

 

バレたらアーデンにオモチャにされる危険性を省みて、曖昧に伝えて調査を頼むという形にしかできないでいたのが現状。

ディザストロという名もアーデンに付けられた。

"厄災"という意味はおそらく、俺の使命を指しているのだろうが。

悪趣味ここに極まれり、だ。

 

「調印式には出るんだろう。俺の仕事は?」

「神凪の救出。氷神に受け渡しすればどうとでもなるでしょ。指輪も届けるように言って。」

「おいおい、休ませてくれないのかよ。」

「仕事はって聞いたの、君でしょ?」

 

弟の婚約者、つまり未来の妹をお助けしろと。

...王は生かすつもりがないってことか。

 

「...新しき親父殿の仰せのままに。」

「ディアも来ればいいのに。裏切り者のメディウム・ルシス・チェラムはディザストロ・イズニアとしてアーデン・イズニアのオモチャになります、とか。」

「...今更な口上だ。」

 

長きにわたり闇に身を浸してきた星の病は、愉しそうに俺の首を絞め上げる。

堕ちないギリギリを俺に渡り歩かせるのがこいつの愉しみ。

付き合う身としてはいつこいつと同じ存在に改造されるかわかったもんじゃない恐怖に蝕まれる。

もう、20年も味わってきたが。

 

「なかなか堕ちないねぇ。そこが気に入ったんだけど。」

 

愛しいものと殺したいほど憎いもの。

まざりあえばただの狂気とも取れるそれが、上部だけの言葉を告げる。

ただ、待つのに飽きてどうせなら用済みの王族で遊びたいだけなのか、ただの気まぐれなのか。

それすらもわからずにただ翻弄される。

 

ルシスが蒔いた種はルシスに帰る。

それが、世界の終わりであろうとも。



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振り回されて

時間軸を修正。


晴れ渡る空。心地よい風。

 

俺はなぜか白いラインが特徴の赤いオープンカーで連れまわされていた。

運転しているのはもちろんアーデン。

仕事の話が終わったと思ったら即座に車に押し込められ、運転中ニヤニヤとこちらを見てくる。

余計に腹立たしい。

 

「いい加減どこに向かうか教えてもらいたいんだが?」

 

荒野の中をオープンカーでドライブしたいなら一人でしていただきたい。

語尾を荒くしながら問うと相変わらずのムカつく顔でニヤニヤするだけ。

俺で遊んでそんなに楽しいのか。

 

「...調印式までそれなりに日はあるが、あまり目立つ行為は避けたいのだが。」

「ディアは目立つからね。」

「あんたが一番目立つんだよ。その羽根と無駄に着込んだ服をどうにかしろ。」

 

190cmもの長身でそれだけ着込んでいるとさらに暑苦しい。

もう少しスマートになれないのか。

かく言う俺は、ブーツとジーパン。

半袖シャツの上に袖をまくった膝下まである革のコート。全て黒という暑いんだか寒いんだかわからないスタイルだ。

 

銀色のネックレスは母親の形見。ルシス王家の紋章が薄く掘られており、幻覚の魔法がかけられている。

今は書類上でも息子なので赤毛に暗いオレンジ色の目になっているだろう。

 

これで弟たるノクトを誤魔化せるかはわからないが使命のため。

印象を変えるために、長い間放置し伸びに伸びていた髪をウルフカットにまでしたのだ。

ちなみにバッサリ切ったのはアーデンの野郎である。

 

車に乗る前に使命のためさっさとやってしまおうと腰に携えた剣でサクッと切ろうとしたら、面白そうだからとアーデンがやりたいと言い出した。

適当すぎて後で整えなければならないほどバッサリ行かれた。

今はなんとか整えてある。

ハサミ持っててよかった。絶対髪傷んでるけど。

 

最悪の場合コートについたフードで顔を隠すことにした。

出会わなければ良いのだが遠目でもばれたくないのが兄としての優しさだ。

 

「...ん?潮の匂い?」

 

面倒臭くなって思考を放棄し、寝てる間に着くだろうと目を閉じていたが風が変わったことで鼻についた匂いに目を開ける。

周りを見れば荒野を抜けて緑が見え始めている。

少し先に見えるのは不思議な形をした島。神影島だ。

そうなれば考えられるのは一つ。

 

「おいまさか、ガーディナに向かってるんじゃ!」

「えぇ?今気づいたの?父親にあって気が緩んじゃったんじゃない?」

「ぐっ...汚名は後で返上するとして、早くおろせ!ガーディナにはっ!」

「ノクティス王子御一行でしょ?」

 

わかっててわざわざ有無を言わさず乗せやがったのか!

たしかに、レギス王にあってから気が緩んでいた。

死と隣り合わせといっても過言ではないアーデンの側であることは重々承知のはず。

だからこそ先を見越してあらゆることに先手を打ってきた。

 

ノクトのことだから調子に乗ってエンストを起こしてハンマーヘッドのシドのじいさんにお世話になっていることは容易に予想できるし、金もそこまで持たせてないので稼ぎながらキャンプでもするだろうと、早めの出立をコル将軍を通して提案していたが。

 

距離的に一日もかからず到着する場所。

王都の調印式が始まるまでの暇つぶしにリゾートなんて殊勝なことするアーデンではない。

ノクト達と鉢合わせてしまう可能性を考えて早めに先回りしているはずだ。

 

全く車を止める気のないアーデンに、こうなったらシフト魔法で飛び降りようと武器召喚しようとするが一向に出現しない。

焦ってアーデンを見るとその手には赤く光り耳障りな音を出す魔法の妨害装置の小型版。

数時間しか使用できない上に近場でなければならない欠陥品だが今の状態では効果絶大だ。

 

「オルティシエ行きの船を停止させる手続き。頼んだでしょ。それの確認。」

「あんたが出向く必要なんてっ!」

「面白いから。今もほら。そんなに焦って、マヌケだねぇ。」

 

返す言葉もない。ルシス王家に復讐するためだけに世界を闇に包まんとする輩だ。

俺が今ここで焦れば焦るほど笑って愉しむことだろう。

少しでも仕返しする気概があるなら次の手を考える方が建設的だ。

 

冷静になろうと、目を閉じる俺をやはり愉しそうに見つめている。

手の上で転がされるオモチャはいつ見ても面白いものなのだろうか。

アーデンについて考えれば考えるほど頭が混乱することは目に見えているので、頭の外に除外する。

頭の回転の速さで競うとか冗談ではない。

 

使命のためには完璧にメディウム・ルシス・チェラムとディザストロ・イズニアを分ける必要がある。

このままでは不十分の可能性が大いにある。

ならば顔のどこかにもっと目立つ幻覚を付け足すべきか。

しかしアーデンのように声まで変えられないし。

 

そんなことを考えている間に、ガーディナ渡船場についてしまった。

 

「残念。時間切れ。」

「...たのしそーですね?」

 

パーキングエリアに、レガリアの姿はない。

やはりハンマーヘッドでお世話になっているのだろう。

今晩はここに泊まるとして、はてさて何ができるか。

 

「じゃ。ちょっとお仕事してくるから。好きにしてて。明日の朝、桟橋集合ね。」

「あ!おい!」

 

スタスタとどこかに歩いていったと思ったら、瞬きした瞬間にいなくなってしまった。

残されたのは車と小銭しかない俺。

ギルはあるにはあるがここの宿に泊まれるほどではない。

モービル・キャビンは昔、アーデンにトラウマを植え付けられているので正直使いたくない。

 

「せめてお小遣い置いてけよ...。」

 

片手で頭を抑える。

柔らかい南風と晴れ晴れとした青い海を盛大に汚したい気分だ。

車は運転できるのでレストストップまで戻れないこともないが、そうすると朝集合とはいかない。

結果として野宿である。

それかオールナイト。つまり徹夜。

 

緊急用に、武器召喚と同じ要領でキャンプ用品が召喚できるのが幸いだ。

食事くらいはここで食べられる資金はある。

...ルナフレーナ様の救出を考えれば徹夜は避けたい。

 

結果、野宿。

 

ため息をなんとか飲み込んで、せめてもの思いで車を見ると運転席に一枚のコイン。

 

「神凪就任記念硬貨?」

 

かなり前に配られた記念硬貨をなぜあいつが。

配られたといってもテネブラエの人々ぐらいのはずだ。

一度ルナフレーナ様にお会いした時に恥ずかしそうに見せてくれたことがある。

アーデンについて探れば探るほど謎が深まるばかり。

 

何を背負って何に生きているかぐらいは聞かされたが、まれに不可解な行動をする。

この記念硬貨に一体なんの意味があるのだろうか。

 

ーープルルルルルル

 

初期設定の着信音がけたたましく鳴り響いた。

野宿という現実に多少の気分が沈んでいる俺は荒々しく電話に出た。

 

「どちら様ですか?」

「ーー何を苛立っている。」

「うわぉ。こりゃまた珍しいお声で。知り合いの白髪の人にそっくり。」

「ーー今どこにいる。アーデンも見当たらない。」

 

電話の主は今まさに考えていたルナフレーナ様の兄レイヴス・ノックス・フルーレ。帝国軍准将クラスだが、属国のテネブラエ出身のため扱いはあまり良くない。

 

頭のお堅い連中よりアーデンに遊ばれていることの方が多い俺と同じ存在だ。

頻度的には断然俺なのだが。

メディウムとディザストロが同一人物だと知っている数少ない者でもある。

 

使命のために、お互いの家族を見捨てるという点でもどこか似通っている。

ルシスがテネブラエを見捨てたことに対する怒りもあるが今は仲良くやっている。

というよりも俺だけ好意的に接してくれている。

テネブラエの事に関しては、あれはどうしようもない、最善の選択だったとわかっているのに理解できないものだ。

 

それはさておき、どうやらアーデンを探している様子。

あいつは携帯を持っていても俺しか番号を知らない。

俺経由で探そうとしたが俺もどこにもいないと。

結果的に俺の携帯にかけることにしたのだろう。

 

「残念ながらアーデンとはさっき別れたばっかり。どこにいるのかもさっぱりだ。」

「ーーお前でも構わん。」

「おまけの俺に頼るような急ぎのご用事で?」

「ーー調印式でのルナフレーナについてだ。」

 

その言葉ににやける頬を抑え込む。

なるほど、アーデンが何を企んでるかはわからないが妹は助けだしたい崇高なお兄様精神か。

しかし、ルナフレーナ様はレイヴスに引き渡すことはできない。

神凪の使命を果たさせなければならないからだ。

 

だが、これはことをスムーズに進めさせるチャンスでもある。

レイヴスに上手いことルナフレーナ様誘導と、指輪回収をしてもらって守護者...いや友人のゲンティアナに引き渡す。

後方支援をこちらから行えば苦労せず完遂できる。

 

「お兄様も大変だね。そうだな。こういうのはどう?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはよう。野宿したんだ。」

「いっぺん死んでこいアーデン。」

 

桟橋の前にある円型に設置されたソファーにぐったりと横たわる俺。

対するアーデンは馬鹿にするような笑みで桟橋に立つ。昨日と変わらない佇まい。

しかし時間はすでに夕方。沈みゆく太陽が綺麗な海に映り込む。朝集合とはなんだったのか。

レイヴスとの作戦会議後は暗くなってからも続き、標にいってもテントがやっと。

 

寝袋を召喚してなんとかしのいだが、こんなことになったのは全部アーデンのせいだと無性にムカついた。

日が昇り始めた早朝に、海岸でひしめき合うカニという名の魚介に溢れ出るヘイトをぶつけ、解体して煮て食べた。

 

何気にうまかったが魔力も体力も考えずに暴れまわったため、桟橋にたどり着く前にへばった次第である。

いつもバレないように魔法を自粛しなければならないため、ここぞという時に使いまくる癖はこういうことが起こるから困る。

 

しかし、待てども待てどもアーデンは来ない。

流石に不審に思って電話をかけるが応答なし。

致し方なく暇を潰すためにハンターの依頼をいくつも受けてもう一度暴れまわりヨレヨレの状態で報酬をもらった夕方ごろにアーデンがやってきたのである。

 

グロッキー状態の俺にアーデンは容赦なく蹴りをかましてきた。

しかも鳩尾。何か出そうになった。

綺麗な海にぶちまけるところだった。

目眩を起こしてさらに悪化したが、なんとか立ち上がる。

わりとふらふらだ。

 

「おいてくよ。」

 

俺を御構い無しにさっさと歩いていく。

お前が俺をここにおいていかなければこんなことにはならなかったんだ...!

 

手持ちのポーションで回復するかわからないがとりあえず飲んで、ついでに胃薬も飲んでおく。

外していたネックレスを付け直し、フードも忘れず。

なぜ朝からこんな目に。

人の腹を蹴るとかどういうことなんだ。暴力反対。

 

ポーションによって持ち直してきた体を起こして、アーデンの背中を追うと見覚えのある四つの顔。

一瞬体が固まるが、気配を消して様子を観察する。

 

「残念なお知らせです。」

「はぁ?」

 

聴く者を惹き付ける低音が四人に向けられた。

困惑するような声を上げる一番バレたくない青年から隠れなければ。

これ幸いと無駄に長身な後ろに隠れようとしたが、アーデンが俺に帽子を被せてくる。

動く手による視線誘導で発見されてしまった。

フードで見えはしないがいつか殺すという眼光を飛ばすがそんなこと知ったことではないと前に進んでいく。

 

「船、乗りに来たんでしょ?」

「そうだけど...。」

「うん、出てないってさ。今日は調印式だし。停戦の影響かなぁ。」

 

白々しく言っているが、まるで事実であるかのようだ。

実際は俺に根回しして止めさせているのだから見事な自作自演。

流石の俺も脱帽だ。今帽子とれば最悪な事態になるのだが。

 

なにより、アーデンは軽蔑とも侮蔑とも取れる視線を彼らに向けている。

ついでに俺には哀れみの視線。

何か手に持っているのか弄ぶように指を動かしている。

ついてこいという合図も含めて。

俺は犬か。

 

「待つの嫌なんだよねぇ。帰ろうかと思って、さ。」

 

言い切る前に彼らに何かを投げつける。

巨躯の男が守るようにコインをとると、眉をひそめてアーデンに軽口を叩く。

 

「停戦記念のコインでも出たか?」

「え?そんなの出るの?」

「でねぇよ。」

 

停戦の調停もしてないのにコインなんて出るか。

心の中でツッコミを入れるが、冷戦は続く。

こんなに夕方の美しいリゾート地で寒々とした空気が漂うとなんとも居心地が悪い。

 

「お小遣い。」

 

嘲笑うアーデンの行動は俺にはなんとなくわかるが、彼らにはただの怪しいおじさん。

投げた時に見えたが、あの銀色のコインは昨日俺もみた神凪就任記念硬貨。

その存在を知らない彼らは、守るように巨躯の男が前に出ると、威嚇するように吠える。

その姿にさらに侮蔑の視線が強くなる。

 

「おい。あんたなんなんだ。」

「見ての通り。一般人。」

 

「「ねーわ。」」

 

思わず声が出てしまった。

声がかぶった青年がこちらを凝視している。

完全なる俺のミス。背中に嫌な汗が流れそうだ。

ボロを出さないことに関しては一級品である自負はあったのだが、やはり弛んでいるのか。

初歩的なミスが多すぎる。

 

「なーにしてんの。おいてくよ。」

 

先を行くアーデンが愉快そうに嗤いながら俺に声をかける。

 

「...船、乗りたいなら船着き場にいる男の人、頼りな。何か頼まれるだろうけど、話はしてくれる、かもよ。」

 

精一杯の低い声で、それだけいうと走って追いかける。

帽子を手にとって思いっきりアーデンに投げつけたが上手いことキャッチされた。

思わず助言をしてしまったが、バレてないだろうかと内心冷や汗ダラダラだ。

 

きっちり締めていたコートを思いっきり開いてばさばさと扇ぐ。

これを見越して桟橋集合にしたのは予想がついていたが、直接的な対面は予想していなかった。

せめて裏方的な様子見だと思ったが。

 

何よりきになるのがアーデンのあの侮蔑は真の王とは思えないノクトへ。

哀れみは真の王になれなかった俺へ。

まさかこの男に哀れまれる日が来るとは思いもよらなかった。

基本追い込んで潰して遊ぶ姿しか見たことがない。

 

「大事に囲われた王様と死ぬために放り出された王様。似た者同士だねぇ?」

「...あんたと同じなんて思ったことは一度もねぇよ。」

 

いつもの、のらりくらりとした姿から目をそらす。

辛さも、悲しみも比べ物にならない。

 

それを哀れんだりはしないし、同情もしない。

それが俺の、アーデンとの付き合い方で使命を全うするための布石。

過去が変われば、ただの上司と部下か友人かただの知り合いか。仲良くなれたのだろうか。

 

「さぁ、行こう。大事なものを全部壊しに。俺だけの生贄?」

「...ああ。行こう。未来の、ために。」

 

綺麗な空に暗雲が流れ始める。

暗い未来に足を止めてはならない。

なにもなくなっても前に進む足さえあれば、前が見える目さえあれば進み続けなければならない。

なにを犠牲にしても。

 

それが俺の、使命だから。



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王子一行 前編

エピソード アーデン全裸待機
長くなるため、ノクティスサイドは前編後編に分けます


ディザストロ・イズニアとして兄が不穏な会話をしている頃。

家族による見送りを受けつつ旅だったノクティス王子らは、外の厳しさというものをその身を以て学んでいた。

 

「車ってさ、乗るもんだよね?」

「調子に乗りすぎたな。」

 

アスファルトの照り返しによる暑さと風の少なさ、景色が一面荒野の中レガリアを押して、彼らは歩いていた。

なぜこんなことになったのか。

それはレガリアを甘く見ていたせいである。

このレガリアという王族仕様の車は広い車内と頑丈な外郭が一番目につくが、なによりも注意するべきは燃費の悪さと整備不良。

 

レガリア自体特殊な車であるために、世界地図にのるほど有名なハンマーヘッドという整備工場でなければ完璧な整備はできない。

そのハンマーヘッドを切り盛りしているシド・ソフィアはレギスの親友と言えるほどの人物なのだがとある原因により、レガリアが預けられることはなかった。

 

王都での整備ではやはり不完全。

その上運転初心者同様のプロンプトが最初に運転してしまった。

繊細なレガリアを一般社会と同じ要領かつ手荒く運転すればエンジン・ストールする未来は決まったも同然。

 

そんな事情は知らない王子一行はまんまとやられてしまったのだ。

メディウムは予想がついていたのだがあえて言わないでおいた。

 

外は大きく前進している。故に王都という温室の外は厳しくもある。

それを体感して学んでこい未熟者供。

 

ノクトはレガリアの車内に置かれていた、一枚のメモの内容を思い出す。

最初の一文は、出立する前に兄自身に言われた言葉だがその続きがこのメモに書かれていた。

年に一度会えるか会えないかの兄が自分のために急いで帰ってきたことに嬉しく思っていたが、わざわざ嫌がらせのためにこんな仕込みをしているのはどうなのか。

 

昔から帰ってくれば真っ先にノクティスの元へと来たが、それと同時にこの身をもって痛い目を見る教訓も置いていく。

それに対する文句の一つや二つ言ってやろうとすれば、外の土産と外の話ではぐらかされてしまうのがお決まりのパターン。

 

今回も甘く見ていた自分らが悪いのだが、忠告ぐらいして欲しかった。

急いでいた風だがこんなメモわざわざ車内に忍び込ませられるのだから絶対時間はあった。

今度会ったらぶん殴りに行こう。

だがその前に。

 

「グラディオ頼む...一人で押してくれ!俺らいてもかわらねぇよ!」

「そうだよ!離しても変わんないよ!」

「お前ら...離してねぇだろうなぁ...」

 

グラディオラスとプロンプト、ノクティスと三人で押していても後ろから押しているグラディオだけで良いのではないのか。

疲労と暑さで全員クタクタである。

そんな中、悠々と運転席に座り世界地図を開くイグニスにノクティスは懇願する。

 

「イグニス、席変わってくれ。」

「ちょっ!次俺でしょ!?」

「お前さっき変わったばっかだろ?」

「だそうだ。」

 

仲間たちから見事に却下されてしまった。

それもこれも諸悪の根源たるあの兄が悪い。

マジで今度会ったら顔面に一発入れてやる。

 

暑さと疲労でかなりイラついていたノクティスはだいぶ矛先を間違えていた。

弟で遊ぶ日頃の行いが引き起こした自業自得である。

 

「ハンマーヘッドもっと近いでしょっ!」

「すげー近かったよな。」

「世界地図でみりゃぁなぁ。」

 

「ハンマーヘッドの方に連絡した。だが、すでにメディウム様から連絡されていたそうだ。"どうせエンスト起こして徒歩になってるだろうから整備してやってくれ"とな。」

「ほんっとあの兄貴むっかつく!」

 

その自業自得の尻拭いもきちんとするのが兄である。

最終的に兄に助けられる形になるのがいつも気にくわない。

巻き込まれた人からすれば救世主だが、元々の原因は助けた兄であることを忘れてはいけない。

 

今回のエンストはほぼ自滅だが大事なので二回言おう。

ノクティスは疲労のあまり、だいぶ矛先を間違えていた。

 

「そういや、メディウム様ってどんな人なの?」

 

高校生の時一度出会ったことがあるだけ。

見送りに来た時点で気になっていたが、今まさに話題が上がったメディウムの人物像の想像がつかないプロンプトは不思議そうにノクティスに問いかける。

 

「兄貴なぁ。正直よくわからん。胡散臭いし、イタズラばっかりするし、でも優しいしで。なんていうか、いい意味でも悪い意味でも兄っぽいな。」

「凄い抽象的ー。」

 

兄という存在は非常に大きい。

年に一度しか会わないのに、毎日手紙をよこして来ていた。

その中はいつも外の景色の写真で、幼い頃から届く時間を今か今かと待ち構えていた思い出がある。

 

学校に通うようになって、迎えの連絡などで持たされた王族仕様の携帯電話を持ってからはそこに添付されて送られてくるようになったが、今回の旅からは自分の目で見てくることになるだろう。

そういうマメな面ではいい兄だった。

 

反面教師としては帰るたびにイタズラをしてくる部分だが、それも自分の糧になるものが多かった。

影からいつも支えてくれていた。

しかしやり方が悪い。

いつも必ずムカつくところで煽るように兄の仕業と思われるものを発見する。

人を煽ることに関してはなぜか天才的。

 

「メディウム様は基本的に帰ってこられない人だからな。年に一度、定期報告とノクトの顔を見に帰ってくる。レギス様でさえ数分しかお顔を見られないと嘆いていらしたが、ノクトだけには必ず時間を割いていらした。」

「あの人も食わせもんだよな。一日帰って来たと思ったら定期報告に、親父との訓練、王都内の内政一年分を頭に詰め込みながら一年間の間に起こるだろう外の話を未来でも見て来たのかってくらい正確に表にして、ノクトに仕掛けるイタズラを計画してるんだぜ?どんな頭してたら一度にいつくも考えられるんだよ。そもそも一日でこなせる予定じゃねぇぞ。」

「それだけ聞くと凄い人だよね...。」

「俺へのイタズラに時間かけすぎだろ...親父にも顔見せてやれよ...。」

 

年長者二人の言葉に関心と呆れをにじませる。

ノクティスは、一日の帰省の中でそんなにこなしているとは思いもよらなかった。

ノクティスが生まれた時から王位継承権を放棄し、世界を見て回ると単身で旅立った人なのだ。

 

当時六歳の兄は一体何を望んで外に出たのかいまだにわかりはしないがどれだけ過酷な思いをしたのか、今ならわかる。

そもそも六歳が一人で出歩いていい世界ではない。

野獣など王族にすれば恐るるにたらずだが、六歳の自分ならろくに戦えずグラディオに散々いなされていた。

野獣に勝てるかすら怪しかっただろう。

そんな時から、ずっと一人で。

 

「メディウム様はレギス様と深い溝があるんだ。主従としては見習いたいぐらいなのだが。」

「親子って考えると、どうもな。メディウム様が一歩開けてるよな。そこをレギス様が詰めてまた一歩。」

「親子なのに...親子じゃなかったんだね。」

 

「ああ、メディウム様はいつもなにか思いつめていた。割り切っておられるのだろうが、それでも何か悔しそうではあったな。」

「原因はわからねぇがな。とにかくすげぇ人って覚えとけ。あの人に頭の良さと武器の扱いだけで戦ったら勝てないってな。」

 

兄の話で一瞬だけ暗くなった雰囲気をグラディオラスがおどけたように茶化す。

イグニスの言う通り、ふとした瞬間に何かを悔しそうに見つめていた。

だがそれ以上に、優しい兄だった。

剣の技でも先を読む力でも、一度も勝てたことはない。

小手先の目くらましも付け焼き刃の力押しも、あの人には通じないと思わせるくらいには強かった。

 

兄の事情を、ノクティスは知らない。

それでもやはり自分にとって信頼に足る兄であることは揺るがない。

 

「相談ぐらい、してほしいよな。弟としては。」

 

あいも変わらずレガリアを押しながら、そんなことをこぼしていた。

 

 

 

 

 

 

 

「待ってたよ。」

 

ハンマーヘッドに着いた途端にぐったりとレガリアの周りに倒れこむ。

死屍累々とはこのことだろうというところに快活な声が届く。

倒れ込んでいたプロンプトが視線をあげると整備用のジャケットを大胆にも開け、ホットパンツとニーハイの絶対領域が素晴らしい女性が立っていた。

すぐさまとはいかないが、なんとか気力を振り絞って立ち上がる。

イグニスとグラディオラスも気づいたのか、そっと立ち上がった。

 

「えーっと、どれが王子?」

 

メディウムから似ているようで似ていない弟がいると聞いていたが、視界に入るのはそもそも血縁かも怪しい風貌。

ならば誰が、ともう一度見渡すと女性からは見えない車の向こう側からのっそりとノクティスが起き上がる。

 

「俺だけど。」

「君かぁ。はじめまして、王子。結婚おめでとう。」

「いや、まだだけど。」

 

兄にも訂正されていたが結婚ではなくまだ婚約である。

しかし、照れが入るように頭をかいてそっぽを向くのだから素直ではない。

その様子を、女性は感慨深げに見る。

 

「確かにそっくりだけど...初めて会った年が違うせいか似てるようで似てないね。」

「誰に?」

「メディ。メディウムね。初めてあったの、私がここの整備士になったばっかりの頃でね。同い年で、気もあったし何かと助けてもらっちゃって。」

 

旅立った数年後に、年に一度の帰省をアーデンに許されて来たときにアーデンに内緒で例のオープンカーを拝借したのだが、見事にエンストしてハンマーヘッドにお世話になったのが出会い。

普段は食えないおじさん扱いでも車を勝手に借りた上に故障させたなどどんな仕打ちを喰らうかわかったもんじゃないと慌てて整備をお願いする様子は今のノクティスにそっくりだった。

ぐったりしているところが特に。

 

「私はシドニー。シド・ソフィアの孫娘。このコ、中に入れちゃおうか。じいじが待ちくたびれてる。」

「おっし、あと一押しだな。」

 

体力がまだあるグラディオラスがもう一度気合いを入れ直していたところに、一人の老人が近づいて来た。

 

「慎重にあつかわんか。そいつぁ、繊細なんだぞ。」

 

しわがれた声に目を向けるが、足取りはしっかりとしその眼光は恐ろしく強い。

真剣な表情でレガリアを注意深く見つめる。

しばらく見て回ると一つ息を吐いて、懐かしいものを触る手でレガリアを撫で、ノクティスを一瞥した。

 

「ノクティス、王子か。」

「ああ。まあ...。」

 

鋭い眼光に思わずたじろいでしまったがその様子にふんっと鼻を鳴らして遠慮なくノクティスを眺める。

 

「親父の威厳をそっくり拭き取ったような顔だな。色々控えた旅なんだろ?もっとしまった顔できんもんかね。」

「お、おう?」

「メディの野郎はお前さんの半分ぐらいの背丈の時からヤベェのとつるんでたが、ここまで正反対かね。」

「やべぇの?」

 

また兄の話かと思ったが、ヤベェのとつるんでいたというシドの発言に思わず聞き返してしまう。

老いてなお鋭い眼光でレガリアをみるこの老人にヤバイと言わしめる人間がこの世にいるのか。

その辺のチンピラならひよっこと一喝しそうな雰囲気があるのに。

 

「それがあいつの仕事なのさ。整備に時間がかかる。ついでにあとで話してやっからその辺で遊んでな。」

「てな訳で、優しく運んでね。」

 

謎に包まれた兄の話。

その一端をシドが知っているのも驚きだが、自分の半分ほどの背丈。

つまり六歳の当初からそんな危険な人物と関わりを持っていたというのか。

 

謎を究明できるかと思えばさらに謎が深まる。

あの兄を知ることはできるだろうかと、ノクティスは首を傾げてしまった。

 

 

 

 

 

レガリアの整備のためにハンマーヘッドにとどまることを余儀なくされたが、イグニスはそこまで悲観していない。

 

あらかじめ、メディウムにハンマーヘッドで一泊することになるだろうから早めに出ておけとコル将軍伝いではあるが聞かされていた。

未来予知に到達するレベルでピタリと当てるメディウムの助言を無視できず、日程を少し早めにした。

 

例に漏れず、今回もあの先読みに助けられた。

年に一度帰って来ては帝国の情報をもちかえり潜入調査の指示や王都警護隊への助言をする彼の後ろ姿を何度も見て来たが、何をどう考えたら予想できるのか。

 

ニフルハイムとの戦争をなんとかここまで持ちこたえられているのはメディウムの助言がとても大きかった。

 

ーー彼こそが王の器ではないかーー

 

軍事会議で、一人の重鎮が発した言葉を思い出す。

先読みの力も王族としての自覚も民を思う気持ちも戦う力でさえも今のノクティスでは叶わない。

先の長くないレギス王の次代を担うにふさわしいのはメディウムではないのか。

そう誰か抗議したのだ。

 

しかし、頑なにレギスは首を縦に振らなかった。

メディウム自身が望んだことなのだと。

息子の意見を尊重したいのだと告げていた。

イグニスには未だに軍師として尊敬しているメディウムを不思議に思っていた。

あと、目に余る無駄に凝ったイタズラはやめてほしいと常々思う。

 

「イグニスー!ご飯食べに行こ!」

 

能天気なプロンプトがお腹すいたとこちらにやって来た。

王都の貨幣は使えないため、換金したギルがあるはず。

一旦、思考を切り替えよう。

短く息を吐いて財布を取り出そうとすると、シドが声をかけて来た。

 

「おい。整備代の見積もりできたぞ。だいたいこんくらいだ。」

「ーーなっ」

 

ここでイグニスは本当の外の厳しさを知る。

そして激しく後悔した。

メディウムという人を転がす天才に値切り交渉の仕方でも教わっておけばよかった、と。

 

 

 

 

「深刻な問題だ。金がない。」

「王都のお金は使えないよねぇ...。」

 

どんよりとした空気がハンマーヘッドのガソリンスタンドに漂う。

思いっきりふんだくられた。

これが外の厳しさか、とイグニスが済まなそうにしている。

こればかりは責めるわけにもいかず、ギルを稼ぐ方法をシドニーに聞くことにした。

 

「シドニー、あーその、整備代が高いかなぁって。」

 

ここは一行を代表してとノクティスが意を決して伝える。

シドニーは一瞬考え込んだがすぐに思い当たったのか呆れたような声をあげた。

 

「じいじだね?外の厳しさを教えるってこれのことかぁ。さっき野獣退治で稼がせろって依頼取って来てたよ。」

 

渡された紙には指定区域の野獣退治とかかれている。

シフト魔法という機動力のある王族と王都警備隊のイグニス、グラディオラス。

銃を扱えるプロンプトの四人ならば楽勝だろう。

頭を使うより実働的な三人を考えれば性に合っているとも言える。

 

「これ、じいじには内緒だけど前金。それだけあればモービルキャビンには泊まれるでしょう。それじゃ。頑張って。」

 

レガリアの整備に戻るのか、ガレージの中へと消えていくシドニーを見送り、さっさと終えてしまおうと四人は動き出した。

指定区域は三箇所。

野獣相手は初めてだが四人もいればなんとかなる。

 

 

 

 

結果だけ言えばものすごく楽勝だった。

父王のレギスから授かった武器を手にシフト魔法で敵へ突撃したかと思えば次の瞬間には岩場へとシフト。

そこからまた敵へとヒットアンドアウェイを続けるノクティスに、弱ったところを後方から銃で倒して行くプロンプト。

撃ち漏らしをグラディオラスとイグニスがカバーして行く。

 

こんなことを三回続ければ野獣退治などあっという間だ。

しかし、今までの人間相手の訓練とは違う動き故にこの体勢にならざるを得なかった。

ガード後のパリィという反撃を全員うまくできなかったのだ。

 

四足歩行のトウテツや毒針を持つサソリ型のアラクランなどといった明らかに人ではないものの相手となるとパリィのタイミングが大いに違う。

安定して狩るならばノクティスが縦横無尽に駆け巡り、それを三人で補助するのが無難であろという軍師イグニスの考えであった。

その作戦が功を奏で全員無傷で終えられた。

 

「ノクトがいると楽できる!」

「ちゃんと戦えよ。」

 

プロンプトの軽口を照れながらもぶっきらぼうに返すノクティスにひとまず安心して息を吐く護衛二人。

野獣退治はこれから生活費のために請け負うことになるだろう。

その間に、戦闘になれてくれればいいが。

 

「あれ?電話?」

「俺か。はい?」

 

ノクティスの上着のポケットからわずかに響くバイブレーションに気づいたプロンプトが声を上げる。

ノクティスが確認すると見たことのない携帯番号だ。

とりあえず出て見なければと画面をスライドして応答すると先程聞いた快活な声が流れる。

 

「ーーシドニーだけど、退治は順調?」

「今終わったとこ。この番号よく知ってたな。」

「ーーメディウムがね、さっきメールで送って来たの。お困りのあなたに頼れる弟君の番号ですって。」

 

なんという個人情報漏洩事件。

王子の電話番号を軽々しく他人に教えるか、普通。

だがシドニーはメディウムのことを愛称で呼ぶほどの仲。

信頼して送りつけたのだろうか。

せめて一言断ってくれと、ノクティスは悪態をつきながら要件を問う。

 

「ーーほんとに困ってたからかけちゃった。ごめんね。さらに悪いんだけどさ、人探しも頼まれてくれないかな?」

「人探し?」

「ーーそう。デイヴってハンターなんだけど連絡が取れなくなっちゃって。多分君たちの近くの小屋で休憩してると思うんだけど。小屋はある?」

「おー...ああ、あれか。あるわ。わかった。見てくるわ。」

「ーーお願いね。」

 

電話を切って事情を仲間たちへと伝える。

イグニス曰くハンターとは王都警護隊とは別に民間で野獣やシガイ退治を行う組織の人間なのだそう。

もしかしたら野獣に襲われているかもしれない。

人命に関わるならば急がねばならない。

 

「急いで行こう!」

 

 

イグニスを先頭に走って近くの小屋へと向かう。

しかし、中には誰にもおらず何か手がかりはないかと中へと足を踏み入れる。

奥に置かれた机の上に"変異種のブラッドホーンの情報"と書かれた資料が置かれている。

なにやら特徴が書かれているがその内容にイグニスは眉をひそめた。

 

「俺の知っているブラッドホーンはここまで大きくはない。もう一回り小さいはずだ。」

「こいつの調査でもしてたのか?」

「分からない。だが、ここにいたことは確かだ。」

 

「イグニス!少し先にもう一つ小屋があるよ!」

 

外を見て回っていたプロンプトが大声で知らせに来る。

資料を置いて外へと向かうとたしかに道路の先に小屋が見えた。

ノクティスがすでに走って向かっている。

 

イグニスやプロンプトよりも早くグラディオラスが真っ先にノクティスに駆け寄り、その方を引いた。

 

「一人で先走るな。俺たちもいるんだぜ。」

「グラディオの言う通りだ。作戦を立てよう。」

「ああ、わりぃ。」

 

人命がかかっているからか少し焦ったようなノクティスをたしなめる。

たしかに急がねばならないが連絡が取れなくなったのはハンターだ。

野獣退治を専門にする人間ならば生存率は高い。

見た所小屋の周りに四足歩行の野獣が気を伺うように徘徊している。

あの中で籠城しているのだろう。

 

「まずはあの小屋から引き離そう。グラディオ、陽動を頼めるか。」

「おう。まかせとけ。」

「プロンプトとノクトはグラディオに注意の向いた敵を後ろから倒してくれ。俺は撃ち漏らしをフォローする。」

「オッケー!」

「了解。」

「では、作戦開始だ!」

 

イグニスの合図で全員が一斉に飛び出した。

グラディオラスが巨体を大きく使って最初の一頭に大剣を振り下ろす。

注意が向いた瞬間に小屋から離れるために走り出したグラディオラスを追って、何体かのトウテツが追うが二体残ってしまった。

 

その場の判断でノクティスはプロンプトとイグニスに二体を任せグラディオラスに向かった敵にシフトブレイク。

次々に一撃入れ続け魔力が尽きる前に岩場へとマップシフト。

グラディオラスが各個撃破し始めたのを見習い、双剣に持ち替えて斬滅へと突撃した。

 

 

 

全ての敵を片付けたところで扉が開く。

足を引きずりながら、両腕にタトゥーの入った男が出てきた。

ジャケットとサバイバルナイフを見るところ戦う者。

足元がおぼつかないのか、壁に寄りかかりながらもこちらを見据えている。

 

「あんたが、デイヴってハンターか?」

「俺を探しにきたのか。囲まれていてさっきはやばかった。恩にきる。」

 

かなり痛いのか、息が荒い。

心配になってノクティスが足を注視するが治療は済んでいるようだ。

再生する過程で痛いのかもしれない。

治療薬、ポーションが足りないのかもしれないと常備しているものを取り出そうとしたがデイヴに止められた。

 

それでもなお心配そうに見つめる四人を、デイヴは危険ではないと判断し今の自分にはできないハンターとしての仕事を頼むことにした。

 

「この近くに、様子のおかしい野獣が出ているんだ。他の野獣は倒せたんだが一体残っている。その退治を頼まれてはくれないか。」



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王子一行 後編

主人公なのに謎が深い...。


デイヴというハンターに頼まれた、様子のおかしいブラッドホーンは明らかに強かった。

 

夜が長くなるという現象が起こってから、見たことのない生物やおかしな挙動をする野獣などが発見され始めている。

その一種ではないかというイグニスに、初めての野獣退治で疲労している自分たちでは万が一の出来事があるかもしれないといわれ、一旦その日は標で一泊。

実際目で捉えイグニスの推測はあながち間違いではないかもしれないと、プロンプトが写真を撮りデイヴに報告となった。

 

レガリアの修理も無事に終わり、綺麗になったレガリアとの記念撮影もして、再びガーディナへと向かおうとしている三人をノクティスは引き止める。

シドに兄のメディウムの話を聞いておきたい。

時間が惜しいというほどでもない一行はそれぞれに気になっていたメディウムの話を聞きに行くことにした。

 

「そういや、あとで話してやるっていったか。」

 

当の本人であるシドは頭からすっぽ抜けていたようだが。

最近忘れっぽい、歳かな。などとこぼすシドは整備工場の外にあるプラスチック製であろう白いベンチへと腰掛ける。

 

「メディの何が知りたいってんだ。」

「あんたが知ってること、わかってることを出来るだけ教えてくれ。」

「そうだな、あいつが丁度六歳ぐらいの時か。」

 

ーーノクティスが生まれて何ヶ月か。

メディウムが六歳の誕生日を迎えた日に王都の外へと旅立った。

まだ幼いメディウムは護衛もなく、車ももちろんなく歩いてハンマーヘッドまでやってきたという。

シドが父王レギスの友人であることを頼りにやってきたと告げられた時にはレギスは何をしているのだと怒りを覚えた。

 

しかし、メディウムは決して父は悪くない。自分の意思でこうしている。無理を通したのは自分なのだと頑なに父王の弁明をしていた。

メディウムほどの孫がいるシドからすればそんなものは関係なく。

親は子を守るものだとメディウムになるべく優しく諭したという。

 

「親ってのはどんなに子供が悪くても良くても必ず味方になるもんなんだよ。守ってやんのが親の仕事なんだって。それを聞いたメディのやつ、なんていったと思う。」

 

接点がほとんどないプロンプトは元より何度かあったことのあるイグニスやグラディオラス、弟のノクティスでさえも全く予想がつかない。

シドは昔を思い出してか悲しそうな目で何処か虚空を見つめている。

 

「レギス王はルシスの王であり民の父であって自分の父ではない。だってよ。」

 

あの時も丁度、こんな晴れやかな日だった。

優しい風と暑苦しいほどの晴天の中で体の芯から凍えるような言葉だった。

それが当時のメディの想い。

 

表情一つ変えずに言い切るメディウムの目には後悔も悲しみも見られなかった。

ただそうであることが何よりも重要なことなのだと割り切るような目。

自らの感情を全て押し込める六歳の子供はそこらにいる野獣より、夜に現れるシガイよりもよっぽど恐ろしかった。

 

イグニスが言っていたレギスとメディウムの深い溝。

ノクティスは何か喧嘩でもしたのかと楽観的に聞き流していた。

だが、シドの言うことが本当であれば喧嘩などの生易しい決別ではない。

 

ノクティスの知る兄はいつもニッコリと笑っていた。

そうしているのが当たり前かのように自然に。

レギス父王はルシスの誇り。

ノクティスは大事な弟。

ルシス王国は家族。

口癖のように会うたびに告げていた言葉の真偽すらも怪しくなるような父王への言葉。

 

「それでも放っておくわけにゃいかねぇしよ。ガレージに泊めて王都に送り返そうとしたんだが、次の日にはいなくなってた。律儀にお世話になりましたって手紙だけ書いて。」

 

その後再会したのはそれから五年後。

十一歳となったメディウムは一人の男を怒鳴りつけながらハンマーヘッドにやってきたと言う。

 

仕事が滞っているだのなぜわざわざルシス領にくるのかだのそのダサい服をいい加減やめろだの好き放題喚く声を聞いて、あまりのうるささにシドが見に行くと見覚えのある顔。

成長したメディウムとの再会となった。

連れの男のほうはなんだか怪しい男で、黒い帽子と射抜くようなくすんだ金色のような瞳が印象的な男。

一目であまり関わらないほうがいい男だと判断したが、メディウムを放っては置けない。

 

意を決して近づこうとすると、男はこちらを一瞥したかと思うとまだ不満をぶちまけようとするメディウムにかぶっていた帽子をかぶせてさっさと車に乗り込み、一言二言なにか喋ってから車で走り去った。

呆然と走り抜ける車を見送るメディウムはかぶせられた帽子を地面に叩きつけ、迎えに来たらその車の原型が残らないくらい凹ませてやる!と恨み言をはいた。

 

初めてあった時とは全く違うメディウムに困惑したが、突然いなくなったことでかなり心配していたシドは明るくなったことに安堵し、同時に一言物申してやろうとズカズカと歩み寄った。

だが、その威勢は帽子を拾い上げるメディウムの顔を見ることで一気になくなってしまった。

 

あの時と同じような底冷えする冷たさとは違う。

全身が硬直するような無感情な瞳で王都のある方角を見つめていた。

誰かを模倣するかのように帽子を胸に当て、一礼するとこちらに気づいて歩み寄った。

不気味なほどの満面の笑みと身をつかむような優しい声。

 

ーー五年前に一晩だけお世話になったメディウムです。覚えていらっしゃいますか?ーー

 

蛇を彷彿とさせる黒い瞳は先ほど見た男と同じように濁り、それと同じだけ感情の色がなかった。

 

「そのあとあいつは王都に向かったよ。あとはお前さんが良く知ってんじゃねぇか。あいつは一年に一回顔出しに来るだけ、あの男もあれ以来一回も見ない。何やってんだかしらねぇが、仕事として何かやってんのは確かだな。」

 

話は終わりだ、とシドは目を閉じる。

それ以上知ることはないのだろう。

三人の知るメディウムは十一歳の時に帰ってきてからあとのこと。

プロンプトは一度だけ。

 

知っている顔と知らない顔は正反対といっていいほど対極にある。

それを理解するほどメディウムの情報はない。

謎が謎を呼び、疑問が不信感へと変わる。

全員の顔が暗くなる。

 

恨みでもなく、怒りでもなく王都を見つめるルシスの王子。

それがどれほどのことなのか、ルシスを大切に思う彼らにはわからない。

 

「話、終わったならちょっと頼みたいことがあるんだけど。」

 

先程から気を伺っていたシドニーが暗い空気も意に介さず話しかける。

彼女なりの気遣いを切り替えの早いグラディオラスが拾う。

 

「また何かお使いか?」

「うん。オルティシエに行くんだよね。その途中にあるレストストップに届け物をして欲しいんだ。」

「寄り道になるが...ノクト、構わないか?」

「ああ、いいんじゃねぇか。」

 

まだ兄の話の整理がつかないが、今はオルティシエに向かう旅路の最中。

結婚式を挙げて王都に戻ればメディウムに会えるだろう。

その時に問い詰めればいい、と一旦端に置いてシドニーの頼みに了承する。

イグニスが予定を省みて時間があるというならば問題ないだろう。

 

「ありがとう!...まあ、もう積んであるんだけどね。」

「ちゃっかりしてんなぁ。」

「頼んだよ。それと、さっきハンターさん達がこの辺でズーを見たって言ってたから一応知らせに。」

「ズー?野獣か何か?」

「そんなところ。おっきな鳥で襲ったりはしてこないんだけど翼を広げたらハンマーヘッドぐらいの大きさになるかも。」

 

自らの両手を広げて表現するシドニーにプロンプトは鼻の下を伸ばし、他の三人は驚きの声を上げる。

世界は広いと車を押している時に嫌な実感をしたが、まだまだ世界には知らないこともある。

襲われないならば近づかなければいいと心に留めておくことにした。

 

「それじゃ、改めて出発しますか!」

「ノクト、運転してみるか?」

「いや、イグニスに任せるわ。またここに戻る羽目になるのはな。」

 

腑抜けになりかけているプロンプトの背中を思いっきり叩くグラディオラスの掛け声を背に運転手の交代を提案するが、昨日散々な目にあったノクティスは確実性のあるイグニスに任せることにした。

ここまで押して戻って来るなど御免被る。

グラディオラスやプロンプトもその通りだと頷く姿に小さくため息をつき、イグニスは運転席へと座った。

 

 

「ハンマーヘッド...いい店だったね。...旅終わったらもう行けないよね。」

「別に行けばいいだろ。」

 

吹き付ける風に髪を揺らしながら寂しげなプロンプトにノクティスは呆れたようにいう。

ハンマーヘッドというよりそこで働くシドニー目当てだろうが彼の恋路をいちいち指摘するほど野暮な人間はいない。

 

「車持ってないしなぁ。」

「じゃぁそんときゃレガリア貸してやる。」

「レガリアのおまけになっちまうな。」

 

整備工場だけではなくレストランもあるため、立ち寄ること自体難しくはないのだがプロンプト自身が車を持っていない。

ならばレガリアを貸してやろうと笑うノクティスに、レガリアの整備を楽しそうにしていたシドニーを思い出したグラディオラスが軽口を叩く。

あながち間違いでない。

 

「うーん、あ!俺王都帰ったら車考える!」

 

楽しそうに未来像を想像するプロンプトによって和やかな雰囲気が車内に満ちる。

もし恋愛関係に発展したとしてもシドニーがハンマーヘッドから動くことはないだろう。

王都から通いながら遠距離か中距離の恋になりそうだ。

 

 

レストストップ・ランガウィータ。

シドニーのおつかいはここのモーテルの店主への届け物。

レストストップ自体はいたるところに点在し旅行者やハンターの一時的な休息の場となる。

ルシスでメジャーなファストフード店、クロウズ・ネストも多くはレストストップに存在する。

 

今日中にはガーディナ渡船場へと着きたいイグニスがモーテルの店主と何やら話し込み、クロウズ・ネストにてグラディオラスが情報収集をしている最中。

イグニスを待つためプロンプトと会話をしているところにわんわんっと犬の鳴き声が響き渡る。

そっと足元を見ると、先ほどまでいなかった黒毛の子犬が行儀よく座っていた。

 

「あれ、アンブラじゃん。」

 

見覚えのある子犬の名はアンブラ。

帝国の属国となったテネブラエに住む婚約者、ルナフレーナの愛犬。

幼き頃から続けているルナフレーナとの唯一の交流を支えてくれる賢い友である。

その背にくくりつけられた手帳を、ノクティスが取りアンブラを撫でる。

 

「ありがとな。」

「アンブラじゃねぇか。よくここがわかったな。」

「いっつもどうやってきてんのー。」

 

情報収集を終えたグラディオラスがアンブラの存在に気付き感嘆の声を上げる。

プロンプトも常々不思議に思っていることをアンブラに聞くがくりくりとした目で見返されただけだった。

 

六神二十四使。世界を守護すると言われている六柱の神。

その神に仕える二十四柱の忠実な下僕。

 ルシス王家に由来する歴代王の魂が眠るとされる光耀の指輪や王家の力である魔法や武器召喚などといったものは全て六神より賜ったものであるという言い伝え。

 

そしてノクティスの婚約相手であるルナフレーナはその六神と対話が行える神凪の一族。

現代においても六神は依然として実在し、彼らに仕える二十四使もまた実在する。

ルシス王家と神凪一族との関わりも深く、神凪一族の故郷であるテネブラエでは一人の二十四使が滞在しているとすら言われている。

 アンブラはその二十四使が使役している使い魔の一人、いや一匹なのである。

 

そのアンブラが届けてくれた手帳の中を開くと最初のページに鮮やかな青を魅せるジールの押し花が目に入る。

 

十二年前。

ノクティスが八歳の頃、テネブラエ近くでシガイに襲われて大怪我をしたことがある。

レギスにより一命はとりとめたが歩けるようになるには時間が必要なほどの重傷で、とてもではないがルシスまでの長旅ができる容態ではなかった。

 

そのため彼はしばらくテネブラエ領の神凪の一族が住まうフェネスタラ宮殿で療養生活を送っていたのだ。

この手帳はほとんど怪我も治りかけ、もうすぐルシスに戻るという時にルナフレーナより受け取ったもの。

ステッカーや押し花といったものを貼り付けて一言書くという簡単な交換日記のようなものだが、今でも続けられている。

 

昔のことを思い出して懐かしむように次のページをめくると、見開きいっぱいの幼いノクティスとルナフレーナ。その足元に眠るアンブラとアンブラと同じ存在であるプライナが淡い水彩画で描かれている。

ノクティスは知らなかったが当時十二歳だったメディウムが、テネブラエ侵攻という最悪の事態の被害を最小限に抑えるべく奔走している時にディザストロ・イズニアとしてフェネスタラ宮殿に訪れたことがあった。

 

平和的に解決すべくなんとか落としどころはないかと交渉しにくれば弟が怪我をして父王と滞在中。

バレてはまずいが様子は気になる、とルナフレーナの私室に潜入した時に幸せそうに眠る二人を目撃。

もうすぐこの幸せは奪われることに何を思ったのか近くに置かれていた手帳を手に取り、密かに趣味としていた水彩画を描いたのだ。

端の方にメディウムというサインを残し、そっと部屋を出たという話があるのだがルナフレーナもノクティスも真相は知らない。

メディウムの謎の中でも暖かい謎として二人の秘密になっている。

 

その後結果的に言えばテネブラエは帝国の属国になってしまうのだが幸か不幸か死者は出ず、無血とまではいかなかったが帝国の侵略行為の中でも平和的な部類となった。

神凪の一族も帝国の貴族としてそのまま保持されレイヴスは事の次第を理解しメディウムに密かに感謝している。

真っ先に逃げたノクティスとレギスを嫌うなというのは難しいが助けようと奔走したメディウムがいるのも事実であるとルシスに対するあたりはそこまで強くなかったりする。

閑話休題。

 

ーー久しぶりに会えるな

 

ハンマーヘッドの店で買っておいたステッカーを手帳に貼り一言を書き記す。

神凪としてすでにルナフレーナは多くの人々に慕われている。

それに自分が釣り合うかと言われれば頷くことはできないが、久々に会えるという事実へと高揚感が勝っていた。

そっと手帳を閉じて再びアンブラに預けてひと撫で。

 

「気をつけて帰れよ。」

 

優しいノクティスの声に嬉しそうにわんっと鳴くと小さな足で懸命に走り去っていった。

遠くなる黒く愛らしい背中を見ながらプロンプトが口を開く。

 

「たぶん答えないと思うんけどさぁ。」

「じゃあ聞くな。」

「それって何してんの。」

 

無言。

婚約者との交換日記などいつの時代の貴族のなれ染めだろうか。

昔メディウムに見られ、爆笑された思い出が蘇る。

実際は微笑ましい弟の姿を純粋に愛でているつもりなのだが、感性の方向が煽りに特化しているメディウムは爆笑してしまった。

 

気恥ずかしさと忘れもしない忌々しい笑い声がこだまする。

まさか自分の書いた絵がその交換日記にあるなど思いもしていないだろう。

 

「だよねぇ。」

 

さっさとレガリアに乗り込んだノクティスにやっぱりという顔をして諦めたように助手席へと乗り込む。

届け物を終えればオルティシエまでノンストップ。

今の時刻からみれば夕方ごろにつくことになるだろう。

気分を変えたプロンプトは向かう先の楽しみを語る。

 

「海かー!ガーディナ渡船場といえば、やわらかーいベットとマッサージ!」

 

いつか王都でみたガイドブックを思い出し、嬉しそうな声を上げるプロンプト。

夜の出航はないだろうから結局一泊することになるのだが果たしてホテル代はあるのか。

 

「海か、海釣りできっかな。」

「そっか。お前らあんま海知らねぇのか。」

 

釣りが趣味というノクティスは王都では釣れない魚を想像して少しそわそわし始める。

王都に海がないことを思い出したグラディオラスは感慨深げに呟いた。

ノクティスとプロンプトがみたことあるのは定期的に送られるメディウムの写真の中にある海だけだ。

三者三様に楽しみにしているところで、お財布の管理をするイグニスが悟ったような顔をしていたのはご愛嬌である。

 

 

 

 

 

ガーディナ渡船場。

ルシス国内にある唯一の港であり、アコルド政府自治体へ向かうための便が出ているルシス国内でも屈指のリゾート地。

青い海、白い砂浜、小洒落たレストラン、素晴らしい夜景のリゾートホテル。

今まさに目の前にある夕焼けもまた絶景であった。

 

「夕焼けの海もすごいねぇ。」

「まさにリゾート地だな。」

「釣具屋!」

「船の時間を確認してからだ。」

 

素直じゃない性格などなかったかのように釣具屋に走りそうなノクティスを引き止め、イグニスは眼鏡の位置を直しながら港の方に向かっていく。

すると港の方から出てきた一人の男がノクティスたちに声をかけた。

 

「残念なお知らせです。」

「はぁ?」

 

小洒落た服装を着こなす長身の男がごく自然に近づいてくる。

ノクティスを守るようにグラディオラスとイグニスが構えるが男は胡散臭い笑みを浮かべてかぶっていた帽子を何かにかぶせる。

動くものを目で追ってしまう生物の習性に従いその先を見ると、ほとんど気配の感じない真っ黒な男がいた。

 

軍師として、王の盾として、ルシスの王族として幼き頃から訓練されてきた三人が全く気づかない存在。

膝下まで伸びる革のコートとフードから少し出た赤毛しか特徴のない男の顔はフードと帽子の二重で全く見えない。

ノクティスより少し小さいか同じぐらいか。

体格的とおった袖から覗く腕が鍛え抜かれた男性であることを物語っている。

警戒度を上げた三人は長身の男以上に黒ずくめの男に意識を向けた。

 

「船、乗りに来たんでしょ?」

「そうだけど...。」

「うん、出てないってさ。今日は調印式だし。停戦の影響かなぁ。」

 

ここへ来る目的は観光か船か。

目的は絞られるにしても当たり前のように船に乗りにきたと断言する男を鋭く睨む。

プロンプトの素直な返事を突っ込む余裕はない。

 

二人の男は四人とすれ違いながらなおも言葉を重ねていく。

 

「待つの嫌なんだよねぇ。帰ろうかと思って、さ。」

 

言い切る前に何かを投げつける。

ノクティスを守るようにコインをとると、聴くものを黙らせる力ある声に抗うように軽口を叩く。

 

「停戦記念のコインでも出たか?」

「え?そんなの出るの?」

「でねぇよ。」

 

「お小遣い。」

 

なにがしたいのかがわからない男と不気味に佇む黒い男。

グラディオラスは一歩前へと出る。

 

「おい。あんたなんなんだ。」

「見ての通り。一般人。」

 

絶対に一般人ではない。

全員の心中が一致したところで代弁するかのようにノクティスが声を上げた。

 

「「ねーわ。」」

 

それと同時に、黒い男も全く同じ発言をした。

ノクティスが男を凝視する。

どこかで聞き覚えのある声だった。

懐かしいような鬱陶しいような、そんな声。

たが、知り合いにこんな怪しい男はいない。

どういうことだと尚も見ていると、いつのまにか遠のいていた長身の男の声が響く。

 

「なーにしてんの。おいてくよ。」

 

声の方向に顔を一瞬だけ向け、なにやら迷うように向き直った。

フードから覗く、白い肌と淡い唇が音を奏でる。

 

 

「...船、乗りたいなら船着き場にいる男の人、頼りな。何か頼まれるだろうけど、話はしてくれる、かもよ。」

 

たどたどしいというより、注意するようなゆったりとした口調。

聴くものを押さえつける長身の男とは違い聴くものを納得させるような声に、ノクティスは既視感を再び感じる。

それを問うべきか迷ったが、それだけ告げると黒い男は走り去っていってしまった。

 

「なんだったんだ...。」

「助言...なのかな。」

 

緊張感が途切れ、去っていく二人組を睨みつけるようにみる。

困惑しながらも先ほどの船に乗るための助言がしっかりと頭に残っている四人は確認をするべく船着き場へと急いだ。

 



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繋ぐ光

「父親が殺されたのに君の弟は何をしてるんだろうねぇ。」

「さぁ。楽しい旅をしているんだろう。」

 

ルシス王国、王都インソムニア。

玉座から楽しそうに俺を見下ろすアーデン。

王都は、すでに陥落した。

 

「父親が殺された時、君は何をしてたんだったっけなぁ。」

「神凪と指輪を抱えて王都から負け犬のように逃げたな。」

 

メディウムとして、次へと繋ぐ希望を届けた。

王族を討たんとする帝国兵から逃げるために必死に走った。

神凪だけは魔法で無傷のまま送り届けたがその分自分はズタボロ。

ここにたどり着いたはいいが一歩も動けずただただ座り込んでいた。

 

「ねぇ、何人見捨てたの?王子様。」

「何人殺した、の間違いだろう。」

 

目の前に横たわる老いた白髪の王。

崩れるように倒れる最後まで王を守らんとした盾。

王と共に国を守ろうとした剣達。

 

悲しみなどない。

この期に及んで嘆きはしない。

最初からわかっていたことだ。

 

初めて王都を出た時に何もかもを捨てた。

使命なんてよくわからないものを果たすために二十年走り抜けた。

力もない知識もない子供が身の程知らずにも全てを救いたいと願った。

 

その結果がこれだ。

 

国すら救えなかった。

最後まで王を貫いた人を、抗おうと戦った剣を見捨ててまで守った。

未来への希望を繋いだ。

王子としての責務は果たした。

これで、よかったのだ。

 

玉座へと顔を上げる。

くすんだ金色の瞳は俺をとらえ続けている。

日も落ち光が閉ざされた玉座でも一等輝く、その瞳に苛立ちが募る。

動かない体も奪われた玉座も何もかもを壊してしまいたい。

 

気がつけば玉座の間が少しずつ凍り炎が揺らめき、足元に小さく雷を落とす。

ルシスの王族はエレメントを吸収することで三種の魔法を様々な方法で使用できる。

今周りを漂うものは神凪を守る上で使った魔法の残り。

 

普段は力を制御するように内側に溜めているものを、壊れてしまえという意思に沿って無意識に開放してしまっている。

もうその残り滓を制御する力も気力もない。

 

「はっ、何やってんだろ...俺。」

 

乾いた笑い声しかでない。

馬鹿らしいにもほどがある。

世界を星の病から救うのにそもそも犠牲が必要だ。

それが家族だった。

わかっていて俺は逃げた。

最初から助からない。ニフルハイム帝国は本気でクリスタルと指輪を取りに来た。

 

だがそこに座るアーデンは真の王を打ち果たし王家の未来と積年の夢を潰すことを復讐としている。

ノクティスに真の王になってもらうために今まさに道を整えている。

 

アーデンと俺は同罪だ。

この襲撃を考え出したのはアーデンでも軍の配置を指示したのは俺だ。

王家の責務は真の王にこの男を打ち果たしてもらうこと。

その道を整えているのがたとえ討ち果たすはずのアーデンであっても目的が一致している限りやることは変わらない。

 

「初めて見るねぇ。その顔。かわいそうなメディウム君。ディザストロ君に家族を殺されちゃったね。あれ、同一人物だっけ。」

 

玉座から降りたアーデンは容赦なく俺の頭を踏みつける。

揺らめいていた魔法は残骸を残してすでに消えていた。

抵抗する体力もない。

抗わない俺が面白くないのか、踏まれて倒れ込んだ俺の顔を覗き込む。

 

 

 

「なぁ、アーデン。」

 

 

 

かつての王と同じ夜空を宿す瞳はいつにも増して色が読み取れない。

ただ何か、ぽっかりと穴が空いたような虚無感を理解できない愚かな男。

 

二十年前に拾った時から何度も夜空から闇の中に叩き落とした。

幾億もの星を慈悲深く包み込む暖かな夜空を持つこの男は何度だって這い上がってきた。

その男が呆気なく堕ちた。

 

愉しみが一つ減るが楽しみが一つ増える。

誰もいなかったこちら側に来たらこの男の夜空はどう映るのか。

顔を少しずつ上げ、こちらを捕らえられた瞳を期待するように覗き込む。

 

「満足か?」

 

僅かに目を見開きそうになるが、それ以前に大きく口角が上がる。

夜空はいまだに力強くその瞳に宿っていた。

生半可なことではこの男はこちら側に来ないことは重々承知ではあったが、心の何処かで大切だと思っていた場所を壊されてもなお立ち上がるか。

 

真の王のように絶対的使命もなく神凪のように頑固な意思もない。

支えてくれる仲間もおらず頼れるような家族も今やいない。

それでもなお立ち上がらんとするか。

その足を止めはしないのか。

 

楽しみは増えなかったが愉しみは減らなかった。

 

「まさか。復讐はまだ終わらない。」

「では動こう。ここで止まっている時間はない。」

 

たった一人で戦って来た王の器はまた一人で戦うために立ち上がる。

 

「俺は神凪のサポートに回る。ファントムソードの回収も急がねばならない。」

 

夜が明け始めた。

降り続いていた雨があがる。

 

「ディザストロ・イズニアは暫くお休みだ。あんたも復讐のために動け。胡散臭いアーデンおじさん?」

 

よろけながら軽口を叩く男の目に光が映り込む。

まだ戦いは終わっていない。そんな顔。

 

「健闘を祈るよ。メディウム・ルシス・チェラム君。」

 

帽子を手に取り恭しくお辞儀をする。

この男は頭を下げるに足る。

最後まで抗ってもらおう。

王家の未来ごと潰えたその時、この男が堕ちてくるかもしれない。

その時を楽しみにして。

 

 

 

 

 

 

「まだ残っていたのか、この部屋。」

 

王座の間を後にして向かったのは二十年前から一歩も足を踏み入れていない自室。

この襲撃の中でも綺麗なまま残る部屋は埃一つない。

おそらく掃除は欠かさずしてくれていたのだろう。

 

ーーいつでも帰っておいで。

 

悲しそうに、しかし優しげに微笑んだレギスの言葉を思い出す。

クリスタルと剣神バハムートに告げられた使命を果たすために国を捨てた俺に、レギスは何も聞かずにそれだけ告げた。

結局、本当に帰って来たのはそのレギスが死んだ後になってしまったが。

 

倒れ込んだベッドの脇に置かれた一枚の写真が目にとまる。

産まれたばかりのノクティスとまだ父として慕っていたレギス。

それを抱える、顔を黒く塗りつぶされた母親の写真。

ノクティスを産んですぐに亡くなった母親を覚えてはいない。

 

静かに眠る母親を見たときにも泣きはしなかった。

父としてのレギスを排し王としてのレギスを慕うようにした。

誰もいなくなった時ノクティスを守るのは、家族として守れるのは俺しかいない。

 

母親が死んだ時と同じように空っぽになった心が軋むような音をあげる。

耐えられないと泣き叫ぶことができたら、どれだけ良かっただろうか。

何もしたくないと閉じ籠ることができれば、どれだけ救われただろうか。

 

「...馬鹿らしいな。」

 

誰も助けはしない。そんなもの望んですらいない。

子供部屋のまま残されたこの部屋にいるせいか幼すぎる願望が流れる。

こんなところで立ち止まる気は無いが流石に体力の限界だ。

せめて着替えよう、ズタボロのコートを脱ぎ捨てて何かないかとクローゼットを開く。

 

そこには王の剣に支給される、真っ黒なコートが掛けられていた。

 

「なんだよ。いまさら。いらねぇよ。こんなの...。」

 

ベスト、ブーツ、シャツ、コート。

王の剣が着る衣装が揃っていた。

コートの裏地にかかれた"故郷に誇りを"という言葉がなんとも皮肉だ。

王の盾を斬った裏切り者のドラットー将軍の口癖。

これを着ることは王を守ることを誓うことと同義なのに、その服には裏切り者の口癖が書かれているなど。

 

それでも王にとっては信頼する者たちに送る服だ。

なぜ死んだ今になってこんなものを。

 

いや、違う。昔からだ。

この服は俺が帰って来たときに王の剣としてこの国に立っていられるようにずっと前から用意されていたのだ。

これを着る資格は俺にはない。

 

コートを掛け直し、他を探そうとするとコートの隙間からチャリッと金属特有の小さな音を立てて何かが落ちた。

レギスが母と対になるようにつけていた金色のネックレス。

今は魔法が切られている、ルシス王家の紋章が薄く掘られた銀色のネックレスと同じもの。

 

いつか、次の王に相応しい人に送るのだと笑っていた。

これも俺には身につける資格がない。

しかし放置もできない。親の形見だ。

 

クローゼットを再び漁ったがやはり着られるものはない。

致し方ないがこのまま行こう。

これから神凪について回る予定なのだ。

買う機会ぐらいはある。

 

レギスの形見である金色に輝くネックレスをポケットに突っ込んで部屋を去る。

戻ってくるとしても次は何年後か。

回復して来た体力で無理に全力を出して駆け抜けるよりマップシフトで素早く抜けよう。

時間は待ってくれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

わんっ!

 

「プライナ?」

 

伝達役として常にはいないアンブラとは違いルナフレーナのそばにいつもいるプライナが王都の外で行儀よく座っていた。

ここから先の阻まれた狭い道で帝国軍による検問が行われているはずなのだがどうやって抜けて来たのか。

神様の使いともなるとワープでもして来たのか。

 

不思議に思いつつもとりあえずお使いご苦労様という意味を込めて頭を撫で回す。

くぅーんと気持ちよさそうに目を細めたかと思うとくるくると回って手から逃れ検問の方へと走る。

白いふわふわ団子がてしてしと走る姿はなんとも癒されるが何やら付いて来いと言っている様子。

 

「ルナフレーナ様がこの先にいるのか?」

わんっ!

 

王都からだいぶ離れたところでゲンティアナに預けたのは陽が沈み始めたころ。

一晩たった今彼女らに追いつけるかわからないがプライナが呼んでいるならば行くしかない。

 

首にかけたいつものネックレスに魔力を通し、武器召喚で腰に片手剣を携える。

検問を通るならディザストロ・イズニアとして通る方がいい。

しかしプライナはどうするか。

...犬ならスルーで通してくれるかな。だめかな。

今の時間なら魔導兵がいるはず。

ここから歩いて行くとなると一度ハンマーヘッドで休息をとるか。

 

歩きながらもズボンのポケットに入れた携帯の中に入っている番号の中で唯一誰の名前も書かれていない番号へかける。

ニコールほど経ってから、電話の主がでた。

 

「不死将軍の名は伊達じゃないもんだな。」

「ーーご無事でおられましたか。メディウム様。」

 

王都襲撃の際、市民の避難誘導に徹していたコル・リオニス。

もし王が崩御したときにノクティスを王の墓へと連れ。

ファントムソードとは何かを説明し判明している場所へと導く役割を課せられている。

ルシス王国親衛隊の隊長を務めるだけあって市民の避難は滞りなく進んでいるようだ。

 

「ノクティス達との連絡は取れたか。」

「ーー無事に。ハンマーヘッドへ一度向かわせています。」

「そいつは重畳。荒野の宿営地が一番近いところか。賢王よりキカトリーク塹壕跡の修羅王が初ダンジョンってところだなぁ。」

 

歩みを緩めたプライナにくりくりした目で見上げられながら、若い頃に苦い思いをした修羅王の墓を思い出す。

暗いためシガイが多く出るがほとんど肝試しのような要素で強くはない。

問題は修羅王の墓のさらに奥にある封印された扉。

 

誰がなんのために封印したのかわからないのだが始めてキカトリーク塹壕跡に訪れた時はアーデンも一緒だった。

シガイ相手に無双する俺を後ろから茶化すためだけについて来たのである。最低。

墓を発見していざファントムソード入手編と言ったところでアーデン に止められちょいちょいと指さされた、しゃがめば通れる穴。

 

お前あんなところ行きたいの?絶対あれやばいのいるやつだよね?

決戦のバトルフィールド一歩手前だよね?とガチの抵抗をしたが無理やり連行。

ちょいちょいと封印を解いて俺を放り込み、また封印をかけて小一時間ほどボス級のよくわからない敵対種と戦わせる鬼畜行為が行われた。

待つのに飽きたアーデンがボロ切れのようになった俺を鼻で笑いつつまた封印していたので開いているということはないだろうが心配だ。

 

当時若いというか子供だった俺は倒し損ねたし。

生き残っただけでも御の字だと思いたい。

 

「俺はルナフレーナ様と合流する。誓約を済ませなきゃならない。ノクティス達には俺の事情も話しておいてやってくれ。知っている限りでいい。っと落ち着いたらまた電話する。」

 

返事を待たずに電話を切った。

検問が見え始めたからだ。

魔導エンジンの音がするということは揚陸艇も来ている。

随分と手を入れているようだ。

携帯のラジオを開いて周波数を合わせるとルナフレーナと俺、ノクティスを含めて死亡したと報道されている。

 

帝国軍側も捜索しているということか。

まさかもともと一人は帝国軍にいるなど思っていないだろうがそれはそれ。

死亡説はとてもありがたい。

メディウム・ルシス・チェラムはルシス国内でも軍師としてのその名以外はほとんど無名に等しい。

顔なんてわからないだろう。

 

検問が近づくにつれ魔導兵がこちらに銃を構える。

プライナの安全を考え、ヒョイっと抱え上げると片腕をあげてひらひらと手を振った。

無駄な検問お疲れ様という言葉は飲み込んでおく。

旧式魔導兵の製作過程は胸糞悪いものだが命令には忠実だ。

有象無象など恐るるに足らないがディザストロ・イズニアならば普通に通してくれる。

 

「あら。王都にいたの。宰相の部下殿。可愛いの連れているじゃない。」

「そこで拾った。なーんでこんなところに戦力投入しているんだ。誰の命令?アラネア准将。」

 

魔導兵に紛れて、サソリを思わせる黒鎧をまとった女性が現れる。

中身は妖艶な蜘蛛なのだから毒の二段構えである。

 

ニフルハイム帝国軍第三軍団第87空中機動師団の団長。

階級は准将。

黒い甲冑と魔導兵器の槍を装備し、空中戦を得意とするルシス王族レベルの人間離れ。

赤い揚陸艇で各地を飛び回りシガイ退治を主にしている。

魔導兵を好まず、自らの部隊を人間だけで構成しているためか"傭兵隊長"と呼ばれることもあるが。

 

その彼女が魔導兵をわざわざ連れて検問。

誰かの命令としか思えなかった。

 

「市民の避難路確保って名目のルシス王族確保の検問。命令は将軍から。ほら、王都の襲撃でタイタス将軍が殉職になったでしょう。その後釜にテネブラエの坊やがついたのよ。」

「レイヴスが?」

 

ルナフレーナの救出の際、頼れないノクティスの代わりに真の王になれないかと光耀の指輪をつけるという蛮行に走ったレイヴスは一足先に撤退していた。

神凪の一族である彼は光耀の指輪に認められず片腕が全焼。

神凪の一族だからこそ指輪に見逃されてなんとか生きている。

その際に何か力を手に入れたのだそう。

今は義手をつけて将軍として軍を指揮しているのか。

 

「それにしても調印式を装って襲撃なんて狡いこと考えるわねぇ。」

「加担した身で言うのもあれだが戦争だからな。一応。」

 

その結果自分の国が滅んだのだが口には出さない。

また取り返せばいい。それだけの話だ。

帰ってこないものはすでに割り切った。後は進む足があればいい。

 

「あの宰相がきてからきな臭くなってるしさ。やぁめよかなぁって。」

「その時はビッグスとウェッジもつれてけよ。アラネアのいうことしか聞かないし。」

「あんたのいうことも珍しく聞いてるじゃない。ていうか怒らないのね。宰相の右腕なのに。」

 

一応聞いてはくれるがちょっと嫌そうにする例の二人を思い浮かべて苦笑いすると驚いたようにアラネアがいう。

サバサバした性格と槍の扱い方でよく談義する仲のいいアラネアは書類上の親子であることを知っている。

イズニアという姓は珍しい、いないこともないというほどでさらに色合いも一緒であれば親子なのだろうと察しがつくが実際の親子ではないと聞いてとても驚いていた。

 

親の権力に縋ってついた使えない腰巾着とかいう頭の固い、引き摺り下ろしたい連中が罵ることもあるがアラネアはそんなことは気にせず俺に戦略を聞きに来る。

戦えないと豪語する宰相とは違い武器が扱える俺に興味を持ったのがきっかけだそう。

今ではすっかり仲良くなって戦略を練っていても途中でただの雑談になる。

 

一応上司として宰相を立てる発言をする俺が宰相の悪口とも取れる発言に突っ込みすらしない。

確かに珍しいかもしれない。

 

「基本からかってくるパワハラ上司だよ。たまにセクハラになるけど。そんな上司の悪口聞いたって仕方ないなー程度の認識。」

「帝都じゃぁよく注意してきたじゃない。てかあの宰相セクハラもしてたの。」

「パワハラが日常化してきたから刺激を求めてセクハラをたまにしてくる。そもそも無茶を言うのをやめてくれ。じゃなくて、帝都じゃぁ誰が聞いてるかわからんからやめろってこと。」

 

だんだん話の方向性がずれてくるのはいつものことである。

だが、ここで長話している場合じゃない。

プライナがウズウズしだした。

 

「何か伝言とかあるか?なければ一度帝都まで仕事しながら戻るつもりなんだが。」

「あるわよ。宰相から。車貸してやるってさ。」

 

指を刺された方向には、検問の向こう側に置かれたいつもの赤いオープンカー。

一応屋根が閉じているので雨でも大丈夫か。

先程まで俺を弄り倒して遊んでいたのにずいぶん準備がいい。

 

「レスタルムにでも置いておいて、だってさ。あんたも大変ね。」

「レスタルムまでお届けしろってことだよな。どうせそこが終点になるし構わねぇけど。あの暑苦しい服装で向かう気なのかあの人。チャレンジャーだな。」

「帝都に戻るのはどのくらいになりそう?」

「当分先になりそうだ。一ヶ月か二ヶ月か、それ以上か。一年はないな。」

「やめる時の手続き丸投げしようと思ったのに。」

「ビッグスとウェッジつかえよ。」

 

何気にひどいこというアラネアは本気でやめるつもりのようだ。

傭兵上がりの彼女は自由気ままだし、帝国もそのうちアーデンの手に堕ちる可能性がある。

友としてやめることは推奨しておきたい。

 

「期を伺えよ。オススメはオルティシエの話が出た頃合いだな。」

「お得意の先読み?」

「そのぐらいの頃にはバタバタしているだろうから面倒なその類はぱっぱと承認してくれる。すぐその話もでるだろうしさ。」

「わかった。あんたも気をつけるんだよ。きな臭いのに一番近いの、あんたなんだから。」

「肝に命じておく。」

 

プライナを助手席にのせ、天井を開いてアラネアに手をふる。

神話の話やルシス王家の話など彼女は知らないだろう。

正体を告げられないのは残念だが、先の未来でも生き残ってもらいたい。

 

エンジンをふかしながらプライナの導きに従った。

 




辛いことにはめっぽう強い子。
ノクティス達と合流するのはいつになるのやら。


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Chapter02 再起
兄として


王都インソムニアの陥落。

 

ガーディナ渡船場にて知った情報の真偽を確かめるべく、ノクティス達は王都インソムニアへの道を引き返していた。

 

「何があったんだよ!」

「わからないから確かめに行くんだ。」

 

苛立ちを隠せないノクティスに運転席のイグニスが焦るように言葉を吐く。

助手席にいるプロンプトも窓に叩きつけられる雨を不安そうに眺めノクティスの隣に座るグラディオラスは険しい顔でフロントガラスの先を見据える。

 

車のラジオから父と兄、ノクティスも死んだと報じられ一行の不安は大きくなる。

騙された家族への怒り、生存すらわからない悲しみ。

名前をつけることもできない感情と確かに感じる焦りを募らせた。

 

調印式が行われた場で騒ぎが起こり、ルシス国王陛下であるレギス、メディウム、ノクティス、ルナフレーナが死亡。

同時に条約の締結は無期限で延期という知らせも続いていた。

 

「繋がらねぇ...!」

「メディウム様は帝都に旅立つと仰っていた、調印式に出ていたとは考えにくい。」

「帝国が情報を操作している可能性か。」

 

父と兄は無事なのか。

そもそも同じオルティシエに向かっていたはずのルナフレーナはどうして王都にいたのか。わからないことだらけで何も思考がまとまらない。

 頭がこんがらがりすぎて、逆に何も考えていないような顔で外を睨みつける。

 

「冗談だろ……」

「そうなら、良いのに。」

 

呆然としたノクティスの言葉にプロンプトは縋るようにこぼす。

笑顔で見送られたあの日、メディウムもレギスも何も言わなかった。

生存も危ういレギス、生きていても敵地にいるかもしれないメディウム。

苛立ちはさらに募る。

 

「騙されたのかよ、親父も兄貴も…!」

「陛下もメディウム様もそんな人じゃないってわかってんだろ。」

「わかってるよ!」

 

グラディオラスの言葉にただ悪態を吐くことしかできない。

彼らはそんな愚鈍ではない。

ルシスを支えてきたレギスは言うまでもなく、メディウムの先読みは神々の啓示とまで歌われた。

そもそも国外情勢については実際に目にしているはず。

メディウムが騙されることなど。

 

だというのに新聞では両者の死が報じられている。

そして一行の中でノクティスの怒りを受け止められるものはいない。

放つことのできない怒りでぐるぐると頭が回る。

 

インソムニアへつながる橋が見えてきたところで、イグニスはレガリアを止めた。

 

「ダメだ。王都への橋が封鎖されている。」

「準備が良すぎる。最初から罠だったってのか。」

 

ニフルハイム帝国の魔導兵と魔導アーマーの大群がずらりと並び橋への道を封鎖している。

王都へ向かおうとした車を魔導兵が確認しているようだ。

 

この数を四人で切り抜けるのは不可能に近く、切り抜けたところで王都への道は遠い。

 

「脇に高台があったはずだ。そこからなら王都の様子を確認できる。」

 

グラディオラスの提案にイグニスは脇道にレガリアを止める。

高台にはレガリアでは向かえないため、徒歩で行くことになる。

レガリアを降りると冷たい雨がノクティスたちの頬を濡らす。

急かされる気持ちと無事を祈る思いで我先にと走り出す。

 

「ここにも魔導兵...。」

 

 レガリアでは溜め込むしかなかった怒りを込めて、シフト魔法で次々と打ち倒していく。

イグニスたちが援護に回るよりも早くその剣を投げつけていくのだった。

 

 

 

質より量を体現した兵器、魔導兵。

ニフルハイム帝国が研究を進め、大量生産を可能とし人型の自立駆動のロボット。

ある程度の判断能力と食事も補給もほぼ不要で物理的に破壊されない限りは半永久的に動き続ける。

 

これ自体は確かに常人より大きな出力があるものの、ルシス王国の精鋭の敵ではない。

彼らの強みは無補給であることと質より量の戦術。

たとえ相手が一騎当千の猛者だとしても、万で襲いかかればあっけなく砕かれる。

言い換えれば、彼らの強みを十全に発揮するには数を揃える必要がある。

 

今のような不意打ちのように高台を駆け上がるルシスの王族と精鋭達の敵ではない。

 

「ノクト!突っ走るな!」

 

 グラディオラスの大剣が魔導兵の頭を吹き飛ばすと同時に先へと進むノクティスに怒鳴りつける。

後ろではイグニスが双短剣を魔導兵に突き刺し、プロンプトが足を撃ち抜いている。

 

前を行くノクティスは魔力残量など気にもとめず、シフト魔法を駆使し高台で狙い撃たんとする魔導兵を各個撃破していく。

 

本気で暴れまわる王族に追いつくことは、生身のグラディオラスには不可能。

しかし、家族を心配して焦る気持ちは同じ。

王の盾たる父、クレイラスは。

 

守るべき王に置いてかれる王の盾など笑い話にもならない。

 

もしも。

レギス陛下の死が確かなものであるならば。

身体だけでなく王の心も守ることを誓った父は既に。

 

ノクティスが家族の安否を心配する中、グラディオラスもまた家族への不安とこれから自分とノクティスにかかるであろう責任に想いを馳せた。

 

 

 

王都が見える丘に到着し、見えた王都の状況は目をそらしたくなるような光景。

王城は見えないが、立ち上る黒煙と群がるように王都へと向かう揚陸艇や飛空挺の数がルシスの状況を何よりも物語っていた。

 

プロンプトは手元のスマートフォンを弄り、ラジオに接続し生存の確認はできていないのかと音量を上げる。

しかし流れてくるのは新聞で得られた情報と変わりはしない。

 

そんな中、ノクティスの電話がある人物に通じる。

コル・レオニス。

王子であるノクティスが小さい頃からレギスに仕えており、あの見送りの日はいなかった人物だ。

 

「ーーノクティス王子か。」

 

電話越しの声は寡黙な声であり、同時に悔やむような色をにじませる。

 

「どうなってんだよ!なんで王都がっ!」

「ーーいま、どこにいる。」

「外だよ。そっちに戻れない!」

「ーーなら、意味はあったのか。」

「何言ってんだよ!」

 

安堵したようなため息が電話越しに聞こえ、蚊帳の外に置かれているノクティスは苛立つ。

父と兄が死んだかもしれない。

そんな一大事にのうのうと仲間達と外を楽しんできた自分に何の意味があったと言うのか。

 

「何もかもわかんねえ、これはどうなってんだよ親父、兄貴、ルーナはどうなってんだ!」

「ーーオレの知りうる情報は全て話す。一度ハンマーヘッドに向かえ。」

「はぁ? 何言ってっ!」

「ーー陛下は、亡くなられた。」

 

無力感と後悔。

血反吐を吐くようなコルの声に言葉も出ない。

ノクティスは実感など沸かぬままに、王都を見据える。

帰ることの叶わなくなった故郷を見つめ、今最も頼れるであろう人物の安否を問う。

 

「兄貴は。」

「ーーわからない。情報も含めわからないことも必ず全て教える。だから王子、一度安全な場所に。」

「ああ...。」

「ーーどうか無事で。必ず、また会おう。」

 

電話が切られ、ノクティスはただただ襲いくる虚無感に揺られていた。

状況がわからない苛立ちと怒りは落ち着いたがそれ以上に家族を失った心の傷が大きい。

 

足を動かす気力もない。

こんな時に、いつも助けてくれた兄の番号に何度も何度も掛け直す。

だが、繋がることはなかった。

 

仲間達に促され、レガリアの元へと戻る。

コルに指定されたハンマーヘッドへと向かっていった。

 

 

 

 

ハンマーヘッドへと向かう途中のレガリアの中でピロリッとノクティスの携帯が鳴る。

慌てたように確認すると、一通のメールが届いていた。

送信元のメールアドレスはわからないが件名が誰からなのかを物語っている。

 

「兄貴...!」

「メディウム様から!?」

「無事なのか!」

「ノクト、読み上げてくれ。」

 

思わず声をあげると、助手席に座るプロンプトが後部座席に身を乗り出し隣に座るグラディオラスが携帯を覗き込む。

運転していて画面が見られないイグニスの要求に短く返事をして内容を読み上げた。

 

「"親愛なる我が弟とその仲間達へ。このメールは王都での出来事が落ち着くおおよその時間に自動送信するように設定されている。リアルタイムでの送信ではない。俺を心配しているであろう君らをおちょくるためだけに作成した長文メールなのである。生きていると思って期待しちゃった?残念でしたー。まだ教えませーん。怒った?ねぇ怒った?"」

 

イラッ。この心配して損したと思わせる内容はまさしくメディウムのもの。

しかし、重要な情報があるかもしれないと読み続ける。

 

「"おそらくイラつくだけで終わるであろう良い子ちゃんの君たちに、良い情報と悪い情報がある。気分的に悪い情報から。一つ、レギス陛下は確実に助からない。これは確定事項であり、どんなに手を尽くしても変えられない未来であり現在であり過去だ。残念ながらルシス王家は俺とノクトの二人だけになった。"」

 

無機質な文字ではっきりと綴られる父の死。

携帯を握る手が強くなるがこれを書き記した兄はどんな気持ちで書いていたのだろうか。

 

手を尽くしても変えられない。

ルシス王家は兄と自分だけ。

未来すらも見通せると言われた兄は誰よりも先に気づいてしまったことだろう。

誰よりも長く悲しみ、責任を重く感じているだろう。

 

「"次の王はノクティスとなる。正式な儀式や式典などはないが今この文を読んだ時から王であると心得ておけ。そしてグラディオラス、王の盾としてノクティスをよろしく頼む。なぜ俺が王になれないかはコル将軍が教えてくれることだろう。全ては教えられない。だが必ず教えるその時まで待ってほしい。"」

 

責任の重さを伝えるような文に身を硬ばらせるが、申し訳ないというより今は知るべきではないと首を振り悲しそうに眉を下げる兄が眼に浮かぶ。

 

「"そして良い情報。ルナフレーナ様は無事だ。これはレギス陛下と同じく確定事項。揺るぎないものである。さらに帰ることはできないが、君らは壁の外。旅を続けることができる。希望と未来は潰えていない。"」

 

ルーナは無事。

その一文だけで沈みかけた気分が浮上する。

リアルタイムの情報ではないが、帝国が情報規制をする中でメディウムの先読みほど信頼できるものはない。

そして旅はできるという言葉。

まだ未来はあり、希望はその手にある。

 

「"さあ、情報の整理もついて来たか?気分も落ち着いて来ただろう?ではここからは軍師殿と新王にお知らせだ。他の者も心に留めておくように。"」

 

軍師への要点は二つ。

一つ、クリスタルはすでにニフルハイム帝国の手に渡っているが、光耀の指輪がなければ機能しないこと。

二つ、ニフルハイム帝国皇帝の狙いは指輪に絞られていること。

ニフルハイム帝国の意識は、バラバラであり決して一枚岩ではない。

魔導兵や准将を避けられればルシス国内では逃げ切れる。

 

「"最後に新王へ。我が弟よ。重く捉えることなかれ。お前の周りには三人も仲間がいる。悩みを共有できる友がいる。頼れ。お前たちはルシス王国を背負っているのだと知れ。以上。追伸、コル将軍の言うことをきちんと聞くように。"」

 

最後の最後に茶化すように余計なことを。

先ほどまでの暗く重い雰囲気はどこかへと消えていた。

俯いていた顔はいつのまにか前を見据えている。

 

メディウムは理解しろとは書かなかった。

ただ知っていてほしい。その肩には国そのものが乗っていることを。

だからといって一人で背負っては欲しくない。

仲間がいることを、支えてくれる人を知れ。

 

大事な時に最も頼れる兄の言葉は状況を理解する冷静さを取り戻させ、未来を見据える気力をくれた。

彼の安否はまだわからない。

しかし、彼は今も一人で戦っている。そんな気がした。

 



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それぞれの決意

長いので誤字脱字があるやもしれません。
(短くてもあるけど。)
チャプター間違えとるやんか...修正しました。


ノクティス達が王都へと向かう前。

朝日が昇ると同時に王都を抜けたメディウムはプライナの誘導でルナフレーナの元へと車を走らせていた。

日が昇るとともに降り始めた雨にげんなりとした気分になる。

先ほどまで開けていたオープンカーの天井もすでにしまっている。

 

先程、どこへ向かうか明確にするために助手席前に世界地図を広げどこに向かえば良いとプライナに質問した。

すると小さな白い足で、てしてしとハンマーヘッドを叩いたのである。

ルナフレーナは一度そちらに避難している、と言うことなのだろう。

シドニーが匿ってくれていると良いが。

 

 

 

 

 

ハンマーヘッドには早朝にもかかわらずシドニーが立っていた。

そわそわと落ち着かない様子でいたが、プライナを連れて車から降りると肩の力が抜けたように大きく息を吐く。

 

「よかった。無事だったんだね。」

 

プライナに向かっていっているようだ。

 

「俺の心配は?」

「メディも心配していたよ。まさか王都に帰っていたなんて。」

「あ、そこからなのか。」

 

思えばいつもはこのアーデンの車を借りて来て、ハンマーヘッドで給油をしてから王都に向かう。

しかし今回は調印式のことがあったため飛行戦艦に乗ってやって来ていた。

恐らく、ラジオで流れているルナフレーナと王族の死亡説のことで心配していたのだろう。

 

「ここにお姫様が来てないか?プライナのご主人様とも言うが。」

「いるよ。タッカのところでじいじと一緒にご飯食べてる。」

「シドのじいさん美人と朝飯なんてちゃっかりしてんな。流石に歳離れすぎじゃねぇ?」

「メディ...。」

「冗談だよ。冗談。」

 

呆れたようなジト目をされてしまったが、眉間によっていたシワがいくらか和らいでいる。

その様子に幾分か満足である。

 

「俺も飯食いに行く。ついでにお姫様を迎えに。また後でな。」

 

急かすプライナの後を追ってすぐ隣にあるダイナーへと向かう。

シド・ソフィアが昔拾って来た男が、経営しているレストランなのだが味も悪くない。

あの宰相と共に過ごしていると高級品の味もわかるようになるが、どこにでもあるような味が一番好きだ。

 

早朝でほとんど人のいないレストランへと足を踏み入れると、扉から一番遠いテーブル席に二つの影。

店の主たるタッカに軽く手を上げてその席へと向かった。

 

「ご無沙汰しています。シドのじいさん。ご無事で何よりです。ルナフレーナ様。」

「メディウム様!」

「悪運だけは強いやつだな。メディウム。」

 

ルナフレーナからレギスの最後を聞いていたというシドはどこか悲しげだが、いつかそうなると思っていたと首を振る。

最後に一回ぐらい顔を見に出向けば良かった。

そうこぼすシドにメディウムは深く頭を下げた。

 

三十年前に共に旅をしたシドはレギスと喧嘩別れをしている。

その喧嘩自体はすでに和解という決着をつけているのだが王として忙しいレギスとは三十年前から一度も顔を合わせてはいない。

 

しかし、メディウムはレギスの家臣として頭を下げた。

手紙でのやり取りとはいえ親友という存在は王としての責任に追われるレギスを大いに支えた。

主人を支え最後には悲しむ友がいた。

天寿を全うできなくても少しでも良かったと思える人生を送れていたのかもしれない。

 

「それにしてもお前さん、ひでぇ格好だな。」

「...お姫様をお守りするのは骨が折れまして。」

 

襲撃者から逃げる際に所々破けてしまったドレスを脱ぎ、神凪の正装へと着替えていたルナフレーナ。

対する自分はあり合わせのケアルでなんとか治療したは良いが、だいぶ破けた服を着ていた。

これで外を歩くのは憚られる。

これは早めに着替えたほうがいいかも知れない。

 

「シド、唐突で申し訳ありませんがお下がりなどありませんか?」

「その気色悪い敬語をやめろ。服なら作業着でも来てな。レスタルムまで行きゃあ売ってんだろ。」

「私のせいで...。」

「ルナフレーナ様のせいではございません。貴女が無事であるならば何よりでございます。」

 

声には出さないがウェッと顔をしかめるシドを無視し、自分のせいだと攻めるルナフレーナに笑顔で首を振る。

ルナフレーナに敬称をつけるのは一国の王子という立場的にまずいのだが気分的にそうなってしまう。

帝国にいたころはルナフレーナ・ノックス・フルーレ様ということの方が多かったし。

 

「建前はそんくらいにして本題に入れ。飯頼んで来てやっから。」

 

席を立ったシドがさっさとその場を離れる。

タッカと話し始めたのでしばらく戻る気はないのだろう。

シドの座っていた場所に腰をかけ目の前に座るルナフレーナを見る。

悲壮感はかけらもなく使命を果たさんとする顔。

自分と同じ、人の喜びを捨てた者の顔だった。

 

「改めて自己紹介を。メディウム・ルシス・チェラムと申します。訳あって王家から長らく離れておりました。ルナフレーナ様のことはノクティスから聞き及んでおります。停戦はもはやありえませんがご婚約は継続されています。未来の妹君、ということになりますね。」

 

ボフっと音でもなったかと思った。

未来の妹君という言葉に顔を真っ赤にし、もじもじし始める。

前言撤回しよう。

人の喜びを持ちつつ強い信念で使命を果たさんとする乙女だ。

ノクティスにはもったいない女性であろう。

 

「さて、ここからが本題だ。いきなりで申し訳ないが正直に答えてほしい。ルナフレーナ・ノックス・フルーレ。神凪の使命を果たすことを望むか。人として生きるためにテネブラエへと帰ることを望むか。」

 

にこやかな接待は何処へやら。

突如雰囲気の変わったメディウムにルナフレーナは真剣な表情を返す。

 

メディウムという人間をルナフレーナはよく知らない。

ノクティスと行なっている交換日記に時々登場するメディウムという人間は自分の知るレイヴスという兄とは違う、明るく面白く、いざという時に頼れる兄という人物像。

 

しかし目の前に座るメディウムは並々ならぬ冷たさを感じる。

使命というものがどれほど重くどれほど辛いことかを知っている。

それでも果たすことを望むか。

試すような視線を意に介さずルナフレーナはまっすぐと返答する。

 

「神凪として使命を果たすことを望みます。」

「一度足を踏み込めば二度と戻れはしない。それでもか。」

「はい。」

 

意思は固い。

ならばいうことはない、と静かに目を閉じる。

ルナフレーナは強い。

己が使命を告げられた時、世界そのものに絶望した。

クリスタルを恨み、神々を嫌い、王に、父に背を向けた。

 

しかし、ルナフレーナという一人の人間は真っ直ぐと立ち向かっている。

定められたことに真っ直ぐと。

ねじ曲がり擦り切れた自分とは違う眩しさだった。

 

「では、使命を果たすために同行しよう。だが旅をする上でまずはやることが一つ。」

 

それぞれが背負う使命は重い。

ならば少しでも楽しかったと思えるたびにしよう。

美味しそうな匂いをさせる食事を運んで来たシドを指差してニヤリと笑う。

 

「腹ごしらえだ。」

 

もっと大事なことでもいうのかと思った。

そう言いたげなルナフレーナを笑い、シドに礼を言いう。

腹が減っては戦はできぬ。

 

「ほら、腹に押し込め。太るほどカロリーをとれ。何をするにも腹膨れてなけりゃやる気も起きねぇよ。」

 

完全に砕けたメディウムに、置いてきぼりのルナフレーナ。

しかし、すぐに気を取り直して運ばれて来たハンマーヘッドサンドを口に含む。

ふんわりとした食感のパンによく染み込んだソース。

かみごたえがありつつもクセのない肉が絶品の一品。

思わず頬が緩んだルナフレーナに笑いながら言葉を紡ぐ。

 

食事という物は人の三大欲求の一つを大いに満たしてくれる。

 

「食欲、睡眠欲、あと俺は給料!満たせば人間なんでもできる!それと、全部終わったら結婚式を盛大にあげよう。綺麗な花嫁姿、楽しみにしてるぜ?」

 

笑いながら茶化すメディウムにルナフレーナは照れながらも納得したように笑う。

先程はさっぱりわからなかったメディウムという人間がなんとなくわかるような気がした。

ノクティスが言うように、優しく冷たい暗闇を包み込む夜空のような人なのだと。

 

お腹も一杯になり決意を新たにしたルナフレーナはメディウムが乗って来た車に乗り込む。

シドから貰った赤いジャンパーを黒いタンクトップの上から羽織ったメディウムもさっさと出発しようとするがシドに止められる。

 

「おめぇさん、弟らには連絡したのか。」

「ああ、まだしてない。昼頃に仕込みが届くようになっちゃいるがそれだけだな。じいさんとシドニーには悪りぃが黙っといてくれ。」

「たった一人の家族なんだ。早く顔見せてやれ。裏で何やってるかはしらねぇが、何も言わずにいなくなるのだけはやめろ。」

 

何も言わずに消えていったレギスを思わせるような言葉にメディウムは一瞬無表情になる。

その一瞬は誰の目にも止まることなく、苦笑いを浮かべた。

 

「そのうちな。まだその時じゃないだけだ。」

 

まずレスタルムにたどり着く前に幾らか寄り道をして帝国兵の目を欺く。

そして、居場所のわかっている巨神とおそらく祠がある雷神の誓約を済ませるべきだろう。

氷神と剣神は除くとして、その次にはオルティシエに向かう。

 

オルティシエはノクティス達が隠れ港を使うことを考えるだろうからそこに同乗することがひとまずの目標。

寄り道の間に一つやりたいこともある。

 

曖昧な返事でさっさと車に乗り込むメディウムにため息をついたシド。

カラカラと笑い声を上げ、ハンマーヘッドを去っていく赤い車。

これから来るであろうノクティス達とはまた別の使命を果たす二人の旅は、まだまだ長い。

 

 

 

 

 

 

「一つ確認なんだが。神凪について質問してもいいか。」

「はい、答えられることなら。」

 

雨が降り始めた道を、ゆったりと進める。

途中帝国軍が基地を作っていたがルナフレーナを隠す幻術魔法をかけ自分もネックレスをつけたことで顔パスだった。

ルナフレーナは疑問に思っていたが笑ってごまかした。

 

「神々と対話することはとてつもなく大変なことだ。頭が痛くなる人もいる、と言うほどな。」

 

赤毛の胡散臭いおじさんが、人を恨む神様の元へとメディウムを引きずり出したことを思い出して苦虫を噛み潰したような顔で続ける。

 

「では誓約を行う神凪の負担は。どれほどのものなんだ。」

「...それは。」

「俺の予想ではーー生命力そのものを削り取られるはずだ。」

 

隣に座るルナフレーナが俯く。

あの胡散臭いおじさんに神凪についての話も聞かされた。

生命力とは生きる力そのもの。

歳をとって衰え、衰弱死するのと同じように生命力がなくなればいずれ体は弱り眠るように逝くことになる。

どうでもいいがルシス王家に肩入れする気にくわない存在だと嗤っていたが情報は間違いではないらしい。

 

「...一度チョコボポストによるぞ。モービル・キャビンで悪いが今日のところは勘弁してくれ。」

 

すぐに話題を変え、レスタルムに向かう道から逸れる。

何がどうなっているのかわかれば、あとは簡単だ。

兄としてできることをやり遂げよう。

何やら企むように思案するメディウムに俯いたルナフレーナは気づかなかった。

 

 

 

 

時は戻ってメディウム達が車を走らせていた頃。

ハンマーヘッドへと戻ってきたノクティス一行は厳しい顔をしつつも悲壮感のないシドニーの迎えを受けていた。

 

「おかえり。じいじがガレージで待ってるよ。」

「将軍は?」

「用事があるってもう出て行ったよ。その辺もじいじが話してくれると思う。その、なんていえばいいかわからないけど私が言えるのは帰れなくても前へ進めるってことぐらいかな。メディの受け売りだけどね。」

「そっか、ありがとな。」

 

メールに綴られていた前に進めるという言葉を改めてシドニー言われる。

励まされるというより後押しされるような言葉だが、足を止めそうになるノクティスには力強い言葉だ。

レガリアを預け、ガレージへと向かうと懐かしむ顔で金色に輝くネックレスを見ていた。

とても見覚えのあるそれにノクティスはいち早く反応する。

 

「それ、親父の...。」

「次の王の器に渡すつもりだったんだとよ。」

 

誰から預けられたのかは語らないがノクティスへ贈られたものではないのだろう。

別れの際にはすでにつけていなかったものだ。

 

「何も言わずにこれだけ渡されても王にはなれないからお前さんに渡してくれってな。こりゃあ、レギスが結婚した時に俺が贈ったんだ。巡り巡って帰ってくるたぁ奇妙なもんだな。」

 

大事そうに渡すネックレスにはルシス王家の紋章が彫られている。

レギスはノクティスが王の器ではないと思っていたのだろうか。

他の人物に贈られ、シドの手に渡り自分のところにきた父王のネックレスは小さいものなのに重さを感じる。

責任の重さを表すかのような、そんな重さ。

 

「そいつはもう一つある。銀のやつでな。お前さんの母親が持っていたんだが今はメディがつけている。王にはなれない人間がつけるにはもったいないなんていうくせに外しているとこなんて見たことねぇ。」

 

唯一持っていた家族の証はいつも服の下に隠されていた。

捨てきれない思いと捨てなければならない葛藤がそうさせていた。

シドの話に誰が預けたのか察しがついた。誰よりも頼れるあの兄だ。

 

口癖のような言葉。

ーー王になれない。

どんな思いでこれをシドに預けたのか。

ノクティスにはわからない。

文面だけの責任と重みが本物の実感と形となり、手の中で輝く。

 

「メディがなんか仕込んでたんだろ。大体は分かってんのか。」

「...襲撃の目的と帝国の狙いは。最初から、罠だって分かってたみてぇに。親父達は最初からっ...!」

 

何故自分にも戦わせてくれなかったのか。

別れの言葉も言わせてくれなかった。覚悟もさせてくれなかった。

 

シドはノクティスを暖かい目で見る。

レギスの威厳をそっくりそのまま無くしたわがままな王子だと思っていたが、やはりレギスの息子。

家族を大切にし仲間に支えられ信頼される良き王になれるだろう。

 

「連中、城で戦争するつもりだった。だが力及ばなかったってのが現実だ。」

 

変えられない未来であり現在であり過去。

外を見て、ルシスをみてメディウムは勝てないことを最初から理解していた。

それでも戦った。

メディウムは止めなかった。

 

最後まで抗うと王が言った。

どんなに家族だと叫んでも、どんなに失いたくないと喚いても、これは王の決定。

家臣であるメディウムは、止められない。

せめて未来に繋げるための最善の行動をしたのだ。

 

「オレはもう、レギスとは何年も顔を合わせちゃいねえんだ。昔の仲違いが原因でな。顔ぐらい見せに行けばよかった。...一丁前にカッコつけやがって。」

 

作業机に建てられた、少し色あせた写真を見る。

三十年前、帝国と戦いながら旅をしたというメンバーの写真。

グラディオラスの父、クレイラス。若かりし頃のシド。十五歳で旅に同行したコル将軍。

ノクティスと同じ面影のレギス。

 

その隣に所々かけている青年と少女の写真。

十六歳になったメディウムとシドニーが楽しげに笑っている。

 

「...口止めされたが、メディは一人で進んでいる。あいつは今えぐられて、斬り付けられて、殴られて、傷だらけだ。死んでもおかしくねぇのに昔っから足を止めることも誰かを頼ることもしらねぇ。呼び止めても振り向きもしねぇ。」

 

あの時、シドが無理矢理にでもレギスのところに届けていたら。

初めてハンマーヘッドにきた幼いメディウムを思い出す。

シドは後悔していた。

 

迷子のように何もない荒野をただただ走り続ける彼は悪意ある手に何度も傷つけられてきたことだろう。

震えて蹲っていれば、泣きながら引き返してくれば、迎えにきてくれる人は多くいた。

レギスもシドも何年も待っていた。

 

だが彼は足を止めない。

 

メディウム。中間を意味するその名は曖昧のようでおかしな響きだが彼をあらわす言葉。

迷子の子供は決して足を踏み外さない。

光にはならず闇にも堕ちない。

世界の境目を渡り歩き、真っ直ぐと前を見据える。

 

「俺が言えたことじゃねぇし弟に頼むことでもねぇが、見守ってやってくれ。一人で消えちまうなんて、あいつには辛すぎる。」

 

頼りになる兄が血だらけで前に進んでいる。

追いつこうとすれば遠くなる背中に残る傷跡。

時折見せた空っぽの笑顔。

先に進む兄が目を離したすきに消えてしまうかもしれない。

 

その言葉は父親を亡くしたばかりのノクティスに深く突き刺さった。

 

 

 

コル将軍は王の墓所と呼ばれる場所にいる。

 

シドより伝えられ、その場所を目指そうとレガリアに乗り込む。

先程からなにやら心配そうにしていたグラディオラスはハンマーヘッドを出たところで言葉を発した。

 

「イリスと連絡がついた。何人かとレスタルムに向かってるってよ。」

「妹さん、無事だったんだね。」

「市民は将軍たちが避難誘導していたらしい。...本当に王都でやるつもりだったんだな。」

 

彼らにはクリスタルはルシス王家にとって重要なものであり、光耀の指輪とともにあることで魔法障壁が張られていたということしか知らない。

なぜ指輪が重要なのか、なぜクリスタルが欲しいのか。

目的が分かっても理由はわからない。

 

「クリスタル、奪われちゃったんだよね。」

「...返させるし。」

 

父の命を奪い、王都を無茶苦茶にし、クリスタルを奪い去った。

その事実は変わらない。

帝国にたどり着くことさえできないがいつか必ず。

 

金のネックレスを首につけ、拳を固く握った。

 

 

 

 

 

荒野の野営地とは、ハンターたちが一時的に休むための場所。

そこからほど近い場所に王の墓所と呼ばれるものは存在する。

王家が所有する鍵が必要になり、どんな手を持ってしても開けることができず、不可侵の場となっていた。

 

しかしノクティス達が到着した時、扉はすでに開いていた。

中は暗く冷たい墓所の空気とともにどこか神聖な場を思わせる。

そこに不死将軍、コル・リオニスが佇んでいた。

コルはゆっくりと振り返ってこちらを見る。

 

「来たか、王子。」

「王として必要なものがあるって言われた。教えてくれ。なにが必要だ。」

「なにかを聞かされたのか。」

「...兄貴から。次の王を任せるって。」

「あの人はいつも先にいるな...。」

 

電話越しに聞いた何も知らない王子とは違う、王というものを実感し任された責任を戸惑いながら背負っている。

たった数時間の間に大きく変わったノクティスになにがあったのかと目を見開くがメディウムの後押しと聞くと目を閉じて微笑んだ。

 

王の墓所に来る前に要件だけの電話をしたかと思えば、どこかで動き誰かを変えている。

前へ進む彼の動きはいつもどこかで輝くのだ。

 

「教えよう。王に必要なものの一つだ。」

 

一振りの剣を抱えた王の棺の前に立ち、ノクティスを見る。

 

「亡き王の魂に触れることで、ルシスの歴代王の力の一端が新王に与えられる。」

「親父が使っていた力か?」

 

テネブラエを訪れた時にシガイに襲われたあの事件。

怪我で朦朧とした意識の中、透明でありながら青く輝く武器を操りノクティスを守った父王の姿。

 

「そうだ。歴代王の力は他にもある。これらを集め、民を守る力を蓄えて欲しい。」

「民を守る、か。俺は王子じゃなくて民だったのか?」

 

ポツリと言葉が漏れた。

目の前にある力が民を守るために王が持つ力ならば、真っ先に外へと逃がされた自分は民と変わらない。

 

「...陛下もメディウム様もお前に託したいからこそ、そうした。」

「分かってる!!でもっ!」

 

コルの言葉を聞いた瞬間、ノクティスは弾かれたように声を上げ力なく項垂れた。

頬には今までこらえてきたものが雫となって落ちる。

 

「納得できねぇよ...!」

 

分かっていても、納得できなかった。

父は兄を王の器だと認めていた。

王位継承権がないだけで、王族としての力も王家の人間としての自覚もある。

それでも無理だと言った彼を王になど自分には言えない。兄が決めたことに口出しできるほど世界を知らない。

 

だがせめて家族として。

 

「なんで、兄貴も親父も...何も言わないんだよ...。」

 

旅立ちの朝。

家族として朗らかに微笑み、優しい手でノクティスの肩を叩いたレギス。

にこやかに冗談ばかり口にした、心の葛藤も未来への悲しみも隠したメディウム。

言えないものだったのかもしれない。

伝えられないことがあったのかもしれない。

それでも。

 

「いっぱい...話したいこと、あったんだよ...。」

 

二度と話すことの叶わないレギス。遠い場所で振り返らないメディウム。

ノクティスの言葉に三人はかける言葉がなかった。

 

滅多に帰らない兄と多くは語らない父と王子らしくない自分と、いつか三人で笑いながら家族で話せたら。

旅に出る前に、叶わない夢かもしれないがいつか、と話していたことを思い出させる。

本当に、叶わない夢となってしまった。

 

「ーーすまない、王子。」

 

コルは頭を下げる。

 

「なんで将軍が謝るんだよ。」

「あの日、陛下は家族としてお前を送り出したかった。メディウム様も笑って弟を送り出したかったそうだ。俺や王の剣が陛下を守りきればこんなことにはならなかった。俺たちの力が足りないばかりに、陛下を死なせてしまった。」

 

彼らは勝つつもりで戦った。

彼らは全力を尽くしていた。

だからメディウムも何も言わなかった。

ただ一人、最悪に備えて奔走した。

王の敗北はいかなる理由があろうとも、仕える者は責任を感じなければならない。

守るべきだと誓ったのならば、尚更。

 

ーー見守ってやってくれ。ーー

 

沈黙の中シドが言っていた言葉が浮かぶ。

王都の戦いでは見守ることさえ許されなかった。

それはなぜか。

 

自分が守られる側のままで力などなかったからだ。

今までにいる兄の隣に立てる力が欲しい。

先で自分のために傷つき続ける兄と並べるだけの力が。

王として認められ家族が守らんとしたものを守れる力が。

 

居なくなってしまうかもしれないという言葉は棘となってノクティスを突き刺すと同時に力となって心を動かした。

 

ノクティスは王家の棺に手を伸ばす。

棺が抱えていた剣が空中に浮かび上がり、迷うことなくノクティスに突き刺さった。

刃はノクティスに刺さった瞬間に弾け、ノクティスを守護するように彼の周りを回る。

 

王の覚悟とは言えないかもしれない。

けれど誰かを守りたいと思えるならば今はよし。

そういうようにくるくると周り、剣は弾けた。

 

「ノクト!大丈夫!?どっか痛いとかない!?」

「変な、感じだ。」

 

いきなりの出来事に驚いたプロンプトが心配そうに言うがノクティスは生返事をする。

溢れる力が大きい。

一つ、力を借りた。

自分のものではない力にたしかに認められた感触。

 

「これからお前たちは王家の力を集める旅に出るんだ。国を取り戻すならばそれしかない。」

「ああ。」

「まずは近くのキカトリーク塹壕跡を目指す。力を得る王家の人間を試す意味合いがあり、大半が危険な場所にあるということらしい。」

 

これからの旅の目的が定まる。

どれほど集めればいいのか、コルへとイグニスが問う。

 

「王家の力は全部でいくつほど存在するのですか?」

「メディウム様が知っている限りではルシス国内に十箇所、国外に一箇所だ。」

「兄貴が?」

「あの方が外の世界に出たのはお前とは違う使命のためだ。その過程で王家の力を手にしている。」

「王家の力は同時に二人もてるのか?」

「偽物だ。」

 

コルの言葉に全員が首をかしげる。

偽物、とはどういうことなのか。

 

「メディウム様が語らない出来事の一つだ。彼の方は使命も口にはしない。」

「知ってるのでいい。教えてくれ。」

 

ノクティスの真剣な顔に、コルは一度目をつぶり重々しく口を開く。

 

「メディウム様は、正式に王家の力を持っているのではない。王家の武器を模倣した魔法の剣を自らの力として振るう。」

「魔法で作った偽物ってことか。」

「そんなことが可能なのか...?」

 

グラディオラスとイグニスが渋い顔で考える。

荒技に近い方法だ。

歴代王の力自体、扱えるのは王族だけ。

察するに恐ろしいほどの力と共にとても扱いづらいものだろう。

それを魔法で模倣するなど

 

それは、王家の力ではない偽物。

何年か前に一度ルシスに帰ったとき、力を見たいと手合わせを頼み込んだ。

その時にメディウムが使用した赤い武器が目に焼き付いている。

 

意のままに操られ舞う、紫に輝く十一の武器。

一つ一つの特性を理解し剣技のみで逃げ惑うコル将軍を訓練場の壁際まで追い詰めた。

まさに暴力といって差し支えないその力は、無理な魔力消費をするため振るうたびに彼の体を蝕んだ。

 

治療のために脱がれた上半身に残る痛々しい痣や傷跡、左半身から火傷の跡が心臓に向かって伸びていた。

この火傷が全身に広がった時、力は消え体も死ぬ。

身も残さず燃え尽きて灰になるだろ。

力を無理矢理借りる代わりに命を差し出した。

その決意は並のものではない。

 

「…俺はこんなに簡単に手に入れたのに。」

「メディウム、様はどうしてそこまで…。」

 

プロンプトの疑問はコルも知りたいことだ。

ノクティスは兄が王になれないと言っていたのはこれか、と激しく後悔する。

何か考えがあるのだろうと今まで深くは聞かなかった。

兄が教えないならば知らなくていいことなのだろうと。

 

これは知らなくていいことではない。知らなければならないのに兄が隠してきたことだ。

民を守る力を扱えないから王にはなれない。

だが兄は何かを守るために命を差し出してまでその力を手に入れた。

 

「俺が伝えられるのはここまでだ。知りたいのなら直接聞け。メディウム様は先でお前達を待っている。」

 

早く、会わなければならない。

会ってきちんと話さなければならない。

なにも言わないまま消える家族なんてもうこりごりだ。

 

「将軍、そのキカトリークってとこはどこにある。」

 

真っ直ぐとコルを見るノクティスは強い意志を宿していた。

 




裏設定。
赤は胡散臭いおじさん、青はルシス王家。
間は紫では!?という安易な考えと共に王家の指輪をはめた時の青紫色の炎を参考にしました。
蝕んだ跡が火傷なのもそのせい。
詳しくはエピソード・イグニスか映画のキングスレイブを見よう。(販促)


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強き乙女

チョコボポスト・ウイズ。

ダスカ地方にあるチョコボを飼育・レンタルしている施設でチョコボ好きの店主ウイズが経営。

近くでチョコボレースも開催されている、ダスカ地方でも有名な観光地だ。

一旦車を止めたメディウムとルナフレーナはそこで一泊することにした。

 

「んじゃ、明日の朝ここ集合。」

「泊まられないのですか?」

 

モービル・キャビンへと入って行くルナフレーナに手を振ってどこかへと出かけようとするメディウムに不思議そうに聞くと、とても嫌そうな顔でモービル・キャビンを見た。

 

「…弟の花嫁と一つ屋根の下…ならぬ一つモービルの下はなぁ。ノクトに嫉妬されそう。」

「あう…で、ですが外で寝るのは危険です!」

 

初々しい反応で顔を真っ赤にし、もじもじとするがすぐさま危険性を省みて恥ずかしさをかなぐり捨てた。

乙女だが強い意志と人を守らんとする思考は気高いものだがメディウムはどうしても遠慮したい。

 

「ルナフレーナを一人にできないからモービルの前で仮眠でもとるよ。」

「な、中でも大丈夫です。今は緊急事態ですし…私一人では戦うことはできませんから標にも行けません。」

「チョコボポストは明るいから問題ない。…恥ずかしながらモービル・キャビンにはトラウマがあってな。」

「トラウマ?」

 

思い出したのか、むっすりした顔でモービル・キャビンを睨みつけている。

悪いのはいつもの胡散臭いおじさんなのだが人というものはその時の場所というものも記憶する。

お陰でギルがない時は標のキャンプになる。

ルナフレーナ、つまり女性にそんな生活を強いることもできないため、これからは早めにパーキングに寄るべきだろう。

 

「その、差し支えなければお聞きしても…?」

「酒の勢いと若気の至りと相手側の確信犯で最悪の一晩を過ごした。以降味を占めたのか継続されているのもトラウマの原因。何があったのかはご想像にお任せする。」

 

メディウムは意味深にしか聞こえない発言を残して買い物に行ってくる、とチョコボポストの売店へと向かって行ってしまった。

酒の勢いと若気の至りは色んな物事に当てはまるかも知れないが相手側の確信犯ということは誰かと泊まったのか。

味を占めて継続されるような物事に絞ると幅はぐんと減る。

 

女性関係かとも思ったが今まさに女性と泊まるときに遠慮し外にいる気ならばその線は薄い。

もしかしたらトラウマのせいで泊まりたくないのかもしれないが。

ご想像にお任せされてしまうと悶々と考えてしまうものだが教えてくれないならば仕方ないと、キャビンの中に入った。

 

 

 

 

 

 

ハッと気付いた頃には時すでに遅し。

暖かい毛布に包まれたルナフレーナは状況を思い出させずキョロキョロと周囲を見る。

キャビンの中に入りシャワー浴びた後疲れを感じてそのまま眠ってしまったのだ。

今は日が昇り始めた早朝。

 

外からは何か重いものが風切る音が聞こえてくる。

メディウムは結局どこで寝たのか。

乱れた服とシドニーにもらったジャンパーを着て霧が立ち込める外に出る。

朝日があるお陰か、朝霧は薄い。

 

外には昨日と同じ服装のメディウムがいた。

武器召喚をしたのか黒い大剣を片手で軽々と持ち上げ汗一つかかずに素振りをしている。

重いはずの大剣は腕の動きに合わせてピタリと空中に止まった。

 

「おはよう、早起きだな。」

「おはようございます。邪魔をしてしまいました。本当に外で…?」

「寝ている間にシャワーは浴びたし見張りも兼ねているから問題ない。…朝食にしよう。少し待っていてくれ。」

 

ルナフレーナが寝ている間にこっそりキャビンに入り悪寒が走る体を抱えながらシャワーを浴びた。

その辺のことを追及されたくないメディウムはさっさと話題を変える。

 

指差しで外のテーブルセットに座るよう促され、大人しく待っていると気遣いなのか毛布を二枚ほど持ってきてまたキャビンの中へと戻って行く。

冷え込む朝に身を震わせていたルナフレーナにはとてもありがたい気遣いだ。

 

キャビンの中のキッチンで何かを焼く音が聞こえる。

とても香ばしい匂いと砂糖とは違う甘い匂いに体がうずうずしてしまう。

大半の女性は甘いものが大好きである。

メディウムが持ってきたのは手間がかかるフレンチトーストだった。

 

昨晩チョコボポストで購入したパンを砂糖と牛乳を加えた卵黄につけておき焼いただけの、手間だけかかる簡単なものだが彩りがないため急遽カラメルソースを作ってフレンチトーストへとかけた。

余った卵黄は卵焼きにシフト。

唐突にしょっぱいものが食べたくなったためスパム缶を取り出し、軽く焼いてルシストマトと一緒に別のパンに挟みサンドウィッチにした。

 

出来上がった時にルナフレーナに食べさせるには雑すぎる、なんという男飯とがっくりきてしまったが案外喜んでくれた。

甘いものとしょっぱいものの無限ループにはまりそうになっていたのでその前にチョコボポストのグリーンスムージーで緩和した。

さっさと神凪の仕事を済ませてまともなご飯を食べに行こう。

それに着替えも買おう。

メディウムは割と切実な方向に決意を固めた。

 

「よし、神凪の誓約をさっさと済ませよう。この近くで有名なカーテスの大皿にいるタイタン…巨神だな。その後にフォッシオ洞窟だ。神影島が雷神の住処なんて神話もあるが、啓示はフォッシオ洞窟の最奥だし。」

「神話にお詳しいのですね。」

「まあな。神凪の一族じゃないから一から言葉を覚えたが、片言でしか会話できない。」

「神々の言葉がわかるのですか?」

「あれは古い時代の召喚獣の言葉だ。神話が濃すぎてあんまり記されてないからそこのところ曖昧だが、詳しい奴がいてな。大体の練習は野生のカーバンクル相手に。」

 

野生のカーバンクル。

神話の存在に近い幻獣がまるでそこらへんにいるかのような物言いである。

実際はたまたま出会ってしまったカーバンクルに懐かれて知らぬ間に契約までしているのだが、メディウムは野生のカーバンクルだと思い込んでいる。

ノクティスと契約しているカーバンクルとは別の個体だ。

 

「それはさておき、カーテスの大皿のほうは帝国軍が封鎖していてな。裏道を使う。そのままフォッシオ洞窟も裏から入る。帝国にバレる前にレスタルムに逃げ込むぞ。」

 

周辺地図を取り出して大まかなルートを指す。

一日でレスタルムまではいけないのでカーテスの大皿まで車で接近。

バレないように誓約を済ませて再び車で移動というシンプルなものだ。

どちらもチョコボポスト・ウイズから近いからこそできる荒技とも言える。

本当はチョコボを借りていきたいのだが、この近くでうろついている片目の見えないスモークアイというベヒーモスをチョコボたちが怖がり、万が一を考えて貸し出しを取りやめているという。

 

武器を持たない観光客として話しかけたため、その場で流され店主のウイズが強いハンターに頼めないかなとため息をついていた。

ここに強いハンターとやらも真っ青になりそうな空中戦や爆撃ミサイルよりも圧倒的な王家の力を持ったルシス王族がいるのだが黙っておいた。

 

近隣の迷惑になっているらしいが、その討伐に向かうと誓約をこっそり行う目的に合わない。

少なくとも腕のあるハンターとして目立つ。

時間がないわけではないが、神々の討伐を目論む帝国に先を越されてはならない。

アーデンがいる限りそれはあり得ないと言えるが、早めの方がいいのは確かだ。

 

「俺はカーテスの大皿が先の方がいいと思うがルナフレーナはどちらを先にしたい。」

「私も巨神を優先するべきかと思います。帝国軍の手が届かないうちに。」

「決まりだな。っと、その前にノクティスに連絡したい。これでもつけて待っていてくれ。」

 

メディウムがルナフレーナに渡したのは深い青リボン。

故郷に咲くジールの花を思わせるそれには白い花の刺繍が施されている。

結わくものがなく、そのままになっていた髪を気にしていたルナフレーナは細やかな気配りに礼とともに頭を下げた。

 

それに片手を上げて返事をして早朝だというのに遠慮なくノクティスへとかけた。

朝の遅い彼がすぐに出るはずもなく三コールほどで別の人物が出た。

 

「ーーどちら様でしょう。」

「サプラーイズ。おはよう。その声はイグニスだね。」

「ーーメディウム様ッ!?」

 

予想通りの人物がノクティスの代わりに電話に出た。

慌てたようにノクティスを起こしにかかり、遠くでグラディオラスとプロンプトが喜びの声をあげているのが聞こえてくる。

ノクティスが徐々に覚醒してきたのか、電話が交代されるのを見計らってルナフレーナにおはようの挨拶をするように促した。

 

「お、おはようございます。ノクティス様。」

「ーールーナッ!?」

 

朝の機嫌はとっても悪いノクティスはどこへやら。

イグニスと似たような声をあげて、電話越しにドタッと大きな音がする。

驚きのあまり何かを落としたか自ら落ちたか。

見事に寝起きドッキリを成功させたメディウムはルナフレーナに礼を言って電話を代わる。

 

「なんとダメな弟か。婚約者のモーニングコールでベッドから転落?恋も知らない小学生かね?」

「ーーうっせぇ!!」

 

プークスクスと態とらしく笑うと怒鳴り声が帰ってきた。

カマをかけたが本人が転落したパターンのようだ。

本日の煽りも絶好調。いやはや幸先のいい、と家族の声を聞けてどこか安心したメディウムはわけのわからない思考になる。

 

目の前には先ほど渡したリボンをつけて顔を真っ赤にするルナフレーナ。

電話越しのノクティスも黙り込んでしまっている。

よく知らないが、お似合い夫婦なのかもしれない。

 

「今聞こえた声の通りルナフレーナと一緒いる。あとで変わるからまず大事な話をしような。」

 

どうどうと抑えこんで、今いる場所を聞くとすぐ近くにいた。

コルニクス鉱油アルスト支店。

リード地方からダスカ地方へ向かう際の入り口となる場所で、メディウムたちと同じくモービル・キャビンに宿泊していたそうだ。

これからレスタルムに向かい王都から避難してきたグラディオラスの妹であるイリス・アミシティアに会いに行くという。

 

「そうか。ならそのままレスタルムに向かってくれ。レスタルムから少し先に行くと滝があってな。その裏側の洞窟に王家の墓があるはずだ。その回収に向かってくれ。」

「ーーわかった。兄貴たちは?」

「神凪の仕事。洞窟から帰る頃にはレスタルムに着く予定。ちなみに洞窟前に面倒な野獣がいるが走って洞窟に逃げ込めば無視できる。まあ頑張りたまえ。キカトリーク塹壕跡のお化け洞窟なんか目じゃないぐらいすごいから。」

「ーー他になんか言うことないのか。」

「強いて言うなら炎のエレメントの回収を忘れずに?」

「ーーそうじゃなくて!」

 

何かの言葉を求めるようにするノクティスに茶化すことで誤魔化した。

一度何かを言おうとしたが止め、柔らかく笑うような声と寂しそうな空気が電話越しに伝わってくる。

 

「…悪いな。まだ家臣として新王に合わせる顔がない。」

「ーー早くレスタルムに来いよ。つもる話はそれからだ。」

「もちろん。大事な恋人もお連れしますよ。ノクティス王。ん、ルナフレーナに代わるな。」

 

今は伝える気がないことにとりあえず納得してくれたようだ。

そわそわし出したルナフレーナに携帯電話を渡し、暖かく見守る。

プライナも我慢できずに腕の中でそわそわしていたが飼い主譲りか。

何を喋ればいいのか迷うノクティスにルナフレーナは言葉かける。

 

「メディウム様は、優しい方ですね。」

「ーー兄貴が変なことしてないか。すぐ悪いこと考えるし。」

「ふふ、良くしてもらっています。王都でも助けていただきました。」

 

本人の前で恥ずかしげもなく褒めるルナフレーナにメディウムは苦笑いをこぼす。

 

「それに、メディウム様はとっても怖がりみたいです。」

「ーー兄貴が怖がり?」

「え?ルナフレーナ、いやルナフレーナ様?」

 

スピーカーに設定された携帯電話から聞こえるノクティスの困惑した声とメディウムの焦ったような声。

お淑やかに微笑みながら何やら企むルナフレーナから携帯を取り上げようか迷うが相手はか弱い女性である。

婚約者の無事を喜ぶ、と付け足すとなおさら取り上げにくい。

 

「よほど恐ろしい体験だったのでしょう。お酒の勢いと若気の至りでモービル・キャビンがトラウマだとおっしゃっていました。」

「ーーおい!!兄貴!!今どこにいるんだ!?ルーナに何もしてないよな!?」

「ル、ルル、ルナフレーナ様!?意図的に一言抜きましたね!?まさか恨んでいます!?からかったの恨んでいます!?」

「ご想像にお任せするらしいので何があったのかわからないのですが、ノクティス様はお分かりになりますか?」

「やめて!やめてくださいルナフレーナ様!再開早々殺される!!家臣の忠義が死をもって問われる!!」

 

素知らぬ顔でなんのことやらさっぱりと俺の弱みを投下したつもりなのだろうがその話はまずい。

男子たるもの違う方の想像する。

 

「ーー兄貴…レスタルムきたら覚えておけよ。」

「俺の行動は常に全年齢対象だよ…。」

 

なけなしの弁明を放ったが無慈悲な神凪にブッツリ切られた。

メディウムは学習した。

ルナフレーナを揶揄うなら弱みを見せてはいけない、と。

揶揄わないと言う選択肢がないあたりはアーデンに毒されている。

恨むように睨みつけるがにこやかに微笑むルナフレーナを目にした途端遣る瀬無いため息を吐くことしかできなくなった。

 



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Chapter03 広がる世界
レスタルム


「なにやってんだよ、兄貴のやつ。」

「あの人そういう面にはとことんお堅い人だと思っていたが、メディウム様も男だったんだな。」

「なんか、誤解っぽいけどね…。」

「メディウム様に限って不誠実なことはしないだろう。ノリが軽いように見えてキッチリしているお方だ。」

「イグニス、メガネ割れるぞそれ。」

 

切られた電話を見つめながら、無事を喜ぶより呆れが勝ったノクティスのつぶやきが落ちる。

女性関係は全くといいほどないと思って居たグラディオラスはなにやら安心したようにつぶやき、プロンプトは察したように咎める。

 

イグニスは動揺のあまり眼鏡を上げる癖をしつつも指が大いに震え、ガチャガチャと音を上げている。

流石にノクティスが突っ込んだ。

 

ルナフレーナとメディウムが一緒にいて大丈夫なのか心配になって来たが、緊急事態でのメディウムが失態を晒すとは思えない。

ノクティス達は当初の予定通りレスタルムに向かい、兄の助言通り王の墓へと進むことにした。

 

 

 

 

レスタルム。

神話の時代に飛来した大型隕石、メテオの恩恵を最も強く受けている王都を除いた壁の外のルシス最大の街。

今なお燃え続ける隕石の熱を利用した火力発電により、常に強い明かりを提供できるというシガイが絶対によらない街だ。

 

強い明かりが出せるというのは夜であろうともシガイの脅威がないと言うこと。

野獣の心配もあるが明るい安全な街を求めて人が集まる。

その人々からの稼ぎを求めてハンターも集まるためうまいこと回っていた。

 

しかし、メテオというものは隕石である以前に常に炎を出し続けるものである。

そんなものを扱う街を作ってしまったら当然。

 

「ーーあっつい…。」

「やめてノクト…声に出すと余計あつい…。」

 

暑い街になってしまうのである。

 

発電所が立つ方向からの熱風による暑さだが、本当に同じルシス国内なのか疑いたくなるほどの気温の差がある。

その分住民の活気の強さも大きい。

王都ほどの人の多さではないが十分に賑わう街だ。

 

「リウエイホテルにイリスたちがいるのか?」

「らしいな。他にも何人かの使用人と一緒とか。」

 

表向きは平和な調印式、停戦への歴史的瞬間。

王都で戦争をするということも大々的に報じる訳にもいかず先んじて逃すにしても騒ぎが起こってすぐでなければ帝国側に感づかれてしまう恐れがあった。

メディウム、否ディザストロが帝国側を操作しつつコル将軍が先導してもギリギリになってしまった。

 

事情をしらないノクティス達はメインストリートから小道を抜け、ホテルの入口へと進んでいく。

途中にあったレストランや出店が立ち並ぶバザールのような場所でイグニスが足を止めそうになるが、妹を心配するグラディオラスにせっつかれリウエイホテルへと着いた。

この街で唯一泊まれる宿泊施設。

キャンプはこりごりのノクティスとプロンプトは冷房の効いたホテルのロビーに気分が上がる。

 

「今日はこのままリウエイホテルに泊まろう。」

「イリスの話も聞いておきたいしな。」

 

グラディオラスがホテルの受付にイリスの名前を告げて待っていると、しばらくして階段を降りる足音が聞こえてくる。

 

「みんな生きてる!足あるね!」

「イリス!」

 

軽い冗談のように朗らかにやってくるグラディオラスの妹イリス。

実際に目で見て安心したのか、グラディオラスの声がいつになく大きく柔らかいものになっていた。

 

「元気そうでよかった!」

「みんなもね!今日はここに泊まるんでしょ?」

「ああ。時間取れ。色々聞きたい。」

 

兄に会えたことで嬉しそうに、しかしどこか辛そうに頷くイリスにノクティスたちもようやく警護隊以外の王都の人間に会えたことに安堵しなにがあったのかを聞くためにとホテルの部屋へと向かった。

 

ノクティスたちが部屋で一息入れると、イリスが二人の人間を連れてくる。

一人は杖をついた老人。もう一人はどこか緊張した面持ちの幼い子供だ。

 

「ジャレッド!タルコット!二人も無事だったか。」

「コル将軍や警備隊の人たちが安全な道でここまで連れて来てくださいました。」

 

老人、アミシティア家に使える執事のジャレッドが朗らかに答えると孫の幼い子供、タルコットがギクシャクとしながらも目を輝かせてノクティスの前に一歩出る。

 

「ノクティス様!イリスたちは俺が守ってます!!」

「そっか、これからも守ってやってくれ。」

「はい!」

 

いつか見たメディウムの優しい笑顔を思い出しながらタルコットの頭を撫でる。

今あの時の兄と同じような顔になっていることだろう。

憧れる王子に頭を撫でられたことが相当嬉しいのか頬を赤くしスキップでもするかのように歩くタルコットをジャレッドが先導して部屋を出て行った。

 

 

微笑ましい子供の姿がなくなったところで、五人の空気が重いものに変わる。

誰も口に出せないことを、ノクティスが慎重に聞く。

 

「…王都は、どうなってた。」

「ごめん、私も王の剣の人たちに連れ出してもらったから、そこまで詳しくはなくって…。」

「そっか。わかることだけでいいんだ。」

 

ゆっくりと目を閉じて思い出すように何度か頷き、イリスは見た光景を語る。

 

「お城の辺りとか、その近くはひどかった。なんかものすごい大きなモンスターみたいなのがいて…。」

 

我が物顔で王都を闊歩しおもちゃのように街を破壊していった。

その光景を見ることはなかったがノクティス達の胸に悔しさと怒りが募る。

 

「お城近く以外は襲われなかったみたい。殆どの市民は逃げ出せたけど…。」

「…目的は王族の殺害と光耀の指輪、クリスタルの奪取。メディウム様の言う通りだな。」

 

和平条約は最初からなかった。

逃げるイリスが目視してなお大きいモンスターと思うようなものを帝国が用意しているという事実が何よりも、その意思を示していた。

ノクティスは固く拳を握りしめて改めて誓う。

 

絶対に取り返す。

奪われたクリスタルも王都も玉座も。

 

「メディウム様?」

「そうか、イリスはあったことなかったか。」

 

イグニスの口から出た名前に疑問を呈するイリスの声にノクティスは思考を切り替える。

十五歳のイリスとは十一も違うメディウムを名前として聞いてはいるがほとんど忘れかけているイリスに仕方がないと苦笑いをこぼすノクティス。

従者の家系としてどうなんだと呆れるグラディオラス。

メディウムももうすぐ合流するかもしれないのにルシス国民として王の盾の一族として知りませんと言わせる訳にはいかない。

 

「これはメディウム様の御功績を聞かせるいい機会だ。ノクトもよく聞いておけ。」

「はぁ!?なんで俺も!」

「あ!それ俺も聞きたい!」

「ほら、イリス。しっかり聞いておけよ。」

 

イグニスによる熱い講習が突如開催されてしまったがイリスは楽しげに笑う。

王都での辛いことが多かったが兄が無事で知り合いの顔ぶれも無事。

王子から王へとなるノクティスもどこか大人びた顔つきにはなったが以前と変わらない笑顔だ。

 

なら今はそれでいい。

どんどん熱量を増していくイグニスの講習を聞きながらイリスはそう思った。

 

 

 

止まらないイグニスの講習を夜遅いという理由で一旦切り上げ、イリスが出ていくのを見送りノクティスたちは改めて一息ついた。

 

「難しいな、王様って。」

「だろうよ。"らしい"振る舞いってのは早々できるもんじゃねぇ。」

 

自ら動くということをあまりしないノクティスが辛いことながらも積極的に質問し得たい情報を得ることができた。

王というものを父王しか知らないノクティスが少しでも前向きに王を考えている。

その事実だけで従者であるイグニスとグラディオラスは褒めるべき事柄だと思っていた。

だが、ノクティスはできないことを重く受け止める。

 

「兄貴なら、簡単にやり遂げるだろうなってつい考えちまう。」

「メディウム様とお前は違うだろ。背負ってるもんも歩いてきた道も。」

 

超えられない背中がノクティスの前に立ちはだかっている。

暖かな背中は高く厚く優しいものなのだと今更気づいた。

子供のようにイタズラを仕掛け、笑いながら自分と遊び、過酷な外をたった一人で進んでいた。

本来ならば王位を継ぐのはメディウムになったことだろう。

優秀な兄ならば民に慕われ、善政を敷き、良き王と謳われる、そんな王になれたことだろう。

 

だが、ルシス王家の仕組みの中では歴代王に認められないメディウムは出来損ないだった。

後から生まれたノクティスは無条件で歴代王に認められ真の王となり、多くの人に守られ健やかに育っていった。

自分とは違う弟。自分に与えられなかったものを奪っていった弟。

そう思われていてもおかしくはなかった。

 

だがメディウムは理不尽な怒りをむけたりはしなかった。

それは真の王の意味を知っているからという理由だけではない。

 

単純な話、可愛らしかったのだ。

十一歳のメディウムが久方ぶりに王都へと帰った時、真の王に選ばれたノクティスという弟を目の当たりにした。

まだ五歳のノクティスはイグニスと共にやってきて、はじめての兄という存在にぎこちないながらも家族として受け入れた。

家族というものを長いこと忘れどうしたらいいかわからなかったメディウムは幼いながらにノクティスに誓った。

 

ーー王になるその時まで、健やかなる弟を兄として守ろう。ーー

 

はじめて捨てられない愛をくれた弟を今でも家族として可愛がる兄の心情をノクティスは知らない。

 

「じゃあさ、メディウム様に会った時聞いてみようよ!」

 

ノクティスの親友として思ったことを口にするプロンプトに視線が集まる。

 

「メディウム様の思ういい王様ってどんな人ですか、とか!」

「そいつはいいや。世界を見てきているからな。いろんなの知ってんだろ。」

「そうだな。知恵をお借りするのはいい案だ。」

「でしょう!ノクトも一人で考えないで、みんなで考えよう。王様って一人で慣れるものじゃないと思う。俺たちがいるんだしさ!」

 

プロンプトの提案に賛同したグラディオラスとイグニスがその通りだとうなずき合い聞きたいことを次々に言い合う様を見てノクティスは落ち着いたように笑う。

プロンプトの言う通りだ、レギスだって一人で国を支えていたわけではない。

今の自分には頼れる仲間が三人もいる。

今はいないが兄のメディウムも支えてくれるルナフレーナもいる。

ノクティスは照れ臭そうに、しかしいつになく素直に笑う。

 

「そうだな。お前らも考えといてくれ。俺がなれそうな王様。」

 

「ゲームの王様とかになりそう。」

「どっちかっていうと釣りじゃないか。」

「フィッシング王?」

「食料自給率がたかそうな王様だ。」

「魚しか食えねぇな。」

 

素直な顔を見せた途端にこれである。

真剣に考えてくれるどころか茶化すように好き勝手言う。

趣味の釣りができると知った途端のノクティスのテンションの上がり具合は異常かもしれないが今それをネタにするところか。

 

「おー!まー!えー!らー!」

「わぁ!ノクトが怒った!」

 

王には程遠い彼らの旅はまだ始まったばかりである。

 



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神々の誓約

ーー力を。

真の王に。

贄を与えよ。

役目を忘れし愚かな人よ。

古き盟約に従い今こそ。

命を持って果たせ。

 

 

「…うっせぇよ。忘れてなんかねぇわ。」

 

巨神タイタンの膝下、カーテスの大皿でも比較的安全であり開けた場所で誓約を行うルナフレーナを見守る。

仕掛けが作動したのか体の奥底から力が抜け、削り取られるような痛みが全身を襲う。

もはや元の皮膚などわから無くなるほどに火傷の跡を追ったのにその上で切り傷までつき始めた体をそっと確認して、ため息をつく。

 

巨神はすでに目覚めて誓約を始めているが、先程から頭の痛くなるような言葉ばかりを伝えてくる。

そんなに贄が欲しいなら自分で殺しに来ればいい。

そっと召喚獣の言葉でつぶやいてみるが相手は無反応で繰り返すばかり。

 

絶対聞こえている。が、無視している。

巨神は水神より話のわかる類だと思っていたが剣神とそう変わらない使命狂いのようだ。

いや、神々の悲願に限って言えば人に優しい雷神でも改心した氷神でも同じか。

死ぬことを望まれているのは変わらないが殺しに来ないのは単純に死ぬだけでは意味がないからだ。

そういう面倒臭いことも含めてやり遂げてから死ねというのだから人の心がわからない神々だ。

死ぬ準備を喜んでする人間なんていないっての。

 

巨神を睨みつけていると、目を閉じて対話をしていたルナフレーナがこちらに戻ってきた。

どうやら無事に終えたようだ。

だが、その顔は晴れ晴れというより重い空気だ。

どうしたのか聞いてやりたいが、今はとにかく時間がない。

ここには帝国軍がいるのだ。

 

「すまないがここは今敵地だ。脱出し、雷神の誓約を終わらせてから話を聞こう。何か言われたんだろう。」

「…はい。」

「体は問題ないか?」

「はい、とても軽いです。もっと重いものだと聞いておりましたので、なんだか逆に違和感が…。」

「動けるのはいいことだ。行くぞ。旦那様が婚約者の無事を待っている。」

 

真っ赤になった可愛らしい未来の義妹に笑いながら、歩こうとすると一瞬意識が遠のく。

倒れこみそうになるが次の一歩支え、ルナフレーナに違和感がないように笑いかける。

 

「つまずくとかすげぇ恥ずかしい…」

「ふふふ、気をつけてくださいね。」

 

それらしい理由をつけて恥ずかしがるように片手で顔を覆うと可笑しそうにルナフレーナはにこやかに笑い、先を歩いた。

車の運転は問題なさそうだが細心の注意を払おう。

 

メディウムが仕掛けたのは神凪の負担を一時的に吸い上げた媒体からその負担を吸い取る魔法。

出発前にチョコボポストで渡した青色の髪飾り。

その刺繍が魔法の媒体になっていた。

魔法の構造自体は実にシンプルだ。

媒体に負担を受け渡す魔法を青いリボンにつけ、蓄える媒体を刺繍部分に設定。

媒体の方は受け渡しの魔法を設定し、自分の血を覚えさせる。

この魔法だけで魔力がごっそりなくなったが一晩経てばある程度は回復した。

 

受け渡し魔法で傷が受け渡せるのは半分まで。

しかし、半分の理論を覆すのが媒体経由の方法である。

常に発動し続ければ半分など言っていられないのでほとんどこちらに流れるはずなのだが神凪の力の機構が非常に複雑のため半分とちょっとぐらいにしかならなかった。

 

たが、これで負担は大いに減り、ノクティスと無事に幸せな未来を歩めることだろう。

あとはノクティスさえ生き残れる道があれば。

まだ歩ける足を動かし、メディウムは車へと乗り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

フォッシオ洞窟。

本来ならば洞窟を進んでシガイを打ちはらいながら進むのだが、雷神の誓約自体は最奥地の祠であれば問題ない。

という無茶苦茶な理論を振りかざして洞窟に風穴を開けた。

それも割と乱暴に。

 

二箇所に広がる雷神の跡地を巡ってから封印を解く祠を無理やりこじ開ける脳筋は後にも先にもメディウムだけだろう。

誓約中のルナフレーナも何か文句を言われているのか少し苦笑いが溢れている。

当のメディウムは素知らぬ顔で増えていく傷を眺めていた。

背中はすでに直視できないほどになっているが筋肉に傷が付くと可動範囲が減るなぁ、腹筋は困るなぁなど非常にどうでもいいことを考えていた。

 

出血するというより灰になっていく体を無表情で眺められるのは痛みに耐え続けてきたメディウムだからこそなせる技。

本来ならば泣き叫び悶え苦しむ痛みをいつものことのように受け入れるその様は悲しいものである。

 

そこで、稲妻のような形をした木のようなものに紫の雷が落ちる。

凄まじい音を立てて落ちた雷はルナフレーナの頬を撫で消えていった。

誓約は終了のようだ。

起こすことに時間を費やした巨神よりは早く、洞窟に風穴を開けたメディウムに寛大な神だった。

 

「おし、あとは水神だがそれはノクティスたちと合流してからだ。チョコボポストに戻って一泊したらレスタルムだ。キリキリいくぞ。」

 

ぐらりと傾く体を違和感なく前へ倒し、洞窟に開けた穴に滑り込むように這って出る。

大人一人が這えば出られる風穴だからギリギリ許されたとも言えるその穴を抜け、道路に出れば車に乗ってチョコボポストにとんぼ返りだ。

 

「メディウム様。」

「どうした?」

 

道路に出ようと足を進めたところでルナフレーナに止められる。

非常に言いにくそうにしているのはなぜなのだろうか。

巨神だけでなく雷神にも何か言われたのだろうか。

 

「神々に、聞いてしまいました。あなたの背負っているものを。」

「…それは全部か。」

「いいえ、神々も全てを知るのは剣神バハムートのみと。」

「そうか、ならそれが全てだ。それ以上は聞くことも知ることも許されない。俺とバハムートの問題ってことだ。」

 

「ーーあんまりです。」

 

思い出したくもない剣神バハムートに舌打ちをし、さっさとここから去ろうと足を進めるがなおもルナフレーナの言葉で立ち止まる。

 

ああ、確かにあんまりな使命だ。

人間のやることとは思えないだろう。

真実を知る者にはかわいそうな者で知らない者にはただの悪魔だ。

だが、あんまりだからと言って放り投げられるほど簡単なものでもない。

 

「世界にとって大事なのは歴代のルシス王、六神、神凪、光耀の指輪だ。その中に"ルシスの王子"なんてものは含まれない。王になれない時点で必然的にゴミだ。しかも処分に困る生ゴミ。なら有効活用出来ないか、と寛大な剣神バハムート様が考えてくださったんだ。そこに人の感性はない。」

 

慈悲などなかった。

星の病を打ち払う使命さえ果たせればいいのだ。

 

「だがな、俺はタダでその使命を果たそうなんて思っちゃいない。」

 

果たすことは必然だ。

だが過程が違っても結果が同じなら神々は満足するだろう。

星の病さえうち果たせれば、他の何を救ってもいいのだ。

 

「だから、そんな顔すんなよ。どうしたらいいかわからねぇよ。」

 

ルナフレーナは泣いていた。

噛みしめるように、耐えるように泣いていた。

メディウムは使命で死ぬことに後悔はないし、メディウムが死んでも誰も悲しまないように動いてきた。

ルナフレーナだって今の二人旅が終わればノクティス達のことで頭がいっぱいになりメディウムのことなんて忘れると思っていた。

メディウムの価値などそんなものだと。

 

だが、ルナフレーナは泣いている。

どうしようもない遣る瀬無さとメディウムの使命が人としてどれほど辛いものかを彼女は理解して泣いてくれている。

痛めつけられることも蔑まれることも家族として受け入れてくれる優しさも知っているが極端な悲しみで泣かれることなどなかった。

どうしたらいいかわからない唐変木はおろおろとハンカチを渡す。

 

「ああ、もう。俺はルナフレーナも笑っている未来が見たいんだ。だから泣かないでくれ。」

「…そこに、メディウム様もおられるのですか。」

「それは無理ってもんが。」

「いやです。メディウム様も笑っている未来でなければなりません。」

「ええ…我儘だろ…。」

 

誰かへの恩返しのために帝国軍へと入ったと語っていたレイヴスがルナフレーナは頑固で一度決めたことは曲げないと語っていた。

良くも悪くも現実を見たレイヴスはいつもそれに頭を抱えていたが、確かにこれは頭を抱えたくもなる。

 

泣いていた美しい顔は何かを決心したような晴れ晴れとした顔だ。

なぜか髪飾りにこっそりかけた魔法が後ろめたくなってきた。

彼女の目標から遠のくための魔法だがメディウムの目標の近道だ。

黙っておこう。

 

足取りが軽く、それでいて力強く歩くルナフレーナを見ながらメディウムは決心した。

彼女の目標が果たされることはないだろうが、せめて救いがあれば。

久々にズキリと痛む身体をかかえて車へと戻った。

 

 

 

 

 

メディウム達がチョコボポストへと戻った夕刻時。

ノクティス達は王の墓を目指すべく滝の裏側にあるグレイシャー洞窟へと潜入していた、のだが。

 

「炎のエレメントってこれのことかよ…。」

「さ、さむっ!」

「冷えるとかのレベルじゃねぇな。」

「長居すれば凍傷の危険性も出てくる。迷わず進むぞ。」

 

何か燃やさなければならないのかとあらかじめ標近くの炎のエレメントを回収していたが、確かにこれは必要だ。

しかし、マジックボトルに詰め込むと爆発四散するためそっと手のひらに灯すのが限界。

それに群がるように四人は身を寄せ合っていた。

 

「兄貴の野郎、もっとマシな助言なかったのか!」

「いや、これが最善の助言だろう。暑いレスタルムでは暖かい服が売っているとは到底思えない。」

「ノクト、もっと火力でないの?」

「これ以上にすると長持ちしなくなるぞ。」

 

細々と消費しているがこれではいつまで持つかわからない。

そろそろと四人で固まって動いているおかげで安全といえば安全だが。

 

「メディウム様は一人で踏破しているはずだ。四人もいれば王の墓をすぐに見つけられる。」

「言っていることとやっていることが違うよイグニス。」

 

そうは言いつつも寒いのか、ノクトから片時も離れないイグニスに冷静なプロンプトが突っ込む。

散らばって探すことはできないがこれでは進み辛い。

 

「あーもう!早く行くぞ!出れば暑いんだからさっさと出るぞ!」

「あ!ノクト!」

「ったく!置いてくな!」

 

手先から出していた炎を消してズカズカと先に進んで行く。

三人が追いつく前に、天然の滑り台で下に落とされたノクティスへの試練は続く。

ノクティスは誓った。

兄は一度ぶん殴る。

 




次回は胡散臭いおじさんの再来。
一体、何ズニアなんだ。


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合流

メディウムはルシス国内でもここまで暑い街はレスタルムだけだろうな、とショップで服を買いながら遠い目をしていた。

 

レスタルムに着き次第唯一のホテル、リウエイホテルにてルナフレーナは待っていてもらおうとした時ロビーにいたアミシティア家の執事、ジャレットとタルコットを発見。

事情を聞けば王都から脱出し、今はホテルで生活中。

グラディオラスの妹イリスもいるということで女性同士意気投合できるかと、ジャレット達と同室でルナフレーナは泊まってもらうことにした。

一人部屋にさせるわけにもいかずかといって自分と二人というのもどうかと思っていたところで非常に助かった。

 

モービル・キャビンでは取れない疲れもあるだろうとさっさと預け、メディウムは食材と服を求めて街へと繰り出していた。

きっちりと寝ているルナフレーナよりほとんど寝ずに三日ほど警戒していたメディウムの方が疲労は大きいのだがズキズキと痛む身体では寝る前に鬱になる、と痛みを紛らわせるためにも外に出た。

 

例の赤いオープンカーにガソリンを入れてカーテスの大皿方面のパーキングに停めた際、赤髪の無精髭おじさんが視界にチラッと見えた気がしたが無視して服を物色していた。

相変わらず熱を吸収しやすい黒い服ばかり探してしまうがこれはもう癖としか言いようがないなと、黒の半袖の上着とVネックのTシャツ、黒いジーパンを揃えた。

ルナフレーナには白いワンピースとレースの上着、ヒールで申し訳ないが靴はやめて置いた。

長期的に見れば帝国の副官の安月給ではギルが足りなくなりそうだ。

 

本格的にモブハントでも始めようかとホテルに戻る細道に差し掛かったところで、グイッと横に引っ張られる。

抵抗する前に誰だかわかっていたメディウムはされるがままに細道へと連れ込まれた。

 

「ーー抵抗してくれないと心配になっちゃうなぁ。」

「三十路手前の男を裏路地に連れ込むのはあんたぐらいだろ。アーデン。」

 

暑苦しい服装のままレスタルムにいるアーデンを嫌そうな顔でみるメディウム。

見ているだけで暑苦しいと言いたげに着ている整備士のジャンパーをパタパタとあおいだ。

 

「車はパーキングに置いた。返すわ。」

「優秀な副官でなにより。で、指輪は?」

「あいつらは今王の墓巡り中。もうすぐ戻ってくるだろうからその時に神凪経由で渡す。」

「そう。神凪に随分入れ込んでいるみたいだけど。」

「いっ…おい、まだ落ち着いてないんだ。つまむな。」

 

状況報告をつつがなくしているというのに、アーデンはするりとシャツの中に手を入れて一番酷い脇腹をつまむ。

痛覚が曖昧になっているアーデンとは違ってはっきりとあるメディウムは顔をしかめて声を上げる。

それでも通常の人間よりは鈍感になっているが。

 

「死なれちゃ困るんだよね。ほら。」

「…いらねぇよ。俺はシガイにはならん。」

 

でろりとアーデンの舌を伝って垂れる黒い液体、もといシガイの元凶たる寄生虫が現れるがメディウムは顔をそらして拒否する。

傷の治療もできるがそれ以前にシガイ化してしまう。

アーデンのように寄生虫の自然治癒能力を極限まで高めれば不老不死になれるのだろうが、それではシガイの王と変わらない。

メディウムとアーデンの中ではメディウムがシガイになることを"堕ちる"ことだと認識し、堕ちることを望むアーデンと拒否し続けるメディウムという構図が出来上がっていた。

 

「残念。じゃあこれで我慢して。」

「いぅっ…だか、ら!つまむ、な!」

 

グリグリと悪化させるようにつまむアーデンに抵抗しようとするが、冷たい魔力の感触にケアルがかけられていることを認識する。

徐々に治療されているがこれは盛大に跡が残りそうだ。

すでに人の肌だとわからないほど無残な体になっているが、死守していた腕や首元にまで及び始めている。

隠し続けているノクティス達にバレるのも時間の問題か。

 

「それじゃ、王様が戻ってきたら展望台に連れてきてよ。巨神が呼んでるって。」

「あ!おい!」

 

治療が終わった瞬間にさっさと何処かへ行ってしまうアーデンを呼び止めようと手を伸ばすが、瞬きした次の瞬間には消えていた。

何がしたかったのかさっぱりわからないアーデンに首を傾げつつ、治療された腹部をよくみると爪が立てられたような痕が上から付けられている。

何かに苛立っていたのか、抉られるようになり、ケアルで治されて既に痕が消せないほど。

 

本当に何がしたかったのかわからないアーデンに疑問符を浮かべながらもリウエイホテルへと急いだ。

 

 

 

 

 

「メディウム様!」

「ただいま、タルコット。これをルナフレーナ様にお届けしてきてくれるか。」

「はい!あ、ノクティス様達が戻られましたよ!メディウム様のお部屋にご案内しました!」

「ありがとうな。」

 

ジャレットと共にロビーにいたタルコットが元気よく挨拶をして、二人で階段を上っていく。

ノクティスとは違い、滅多に人前に出ないメディウムも王子として尊敬しているタルコットはお礼を言われてとても嬉しそうだった。

 

メディウムは一人部屋を引き払い五人部屋を一部屋とってノクティスたちを迎えに部屋へと戻る。

扉を開けると久々の顔ぶれがいた。

 

「兄貴!」

「ご無事でなによりです。メディウム様。」

「お前らも元気そうで。五人部屋とってきた。ここじゃ狭いし部屋を変えよう。いろいろ聞きたいんだろう。」

 

どこかホッとしたような声を上げるノクティスと丁寧に頭を下げるイグニス、グラディオラス、ぎこちないが真似をするプロンプト。

それを片手で制し、指先で回していた鍵をイグニスに渡した。

とった部屋はイリス達がいる四人部屋の向かいの部屋だ。

 

「さて、話す前に着替えさせてくれ。」

「おう。ルーナは?」

「イリス達と同室。一人よりか安全だろう。モニカでも呼ぼうかと思ったんだが別の方に手配した。」

「別の?」

「まあそういったもの含めて待てって。ついでに昼飯の材料がある。イグニス、頼めるか?」

「分かりました。すぐにご用意します。」

 

面倒臭そうにノクティスを一度黙らせイグニスに食材を渡してさっさと脱衣所に入ってしまう。

久々に見た兄は疲労が隠せずフラフラとした足どりだった。

大丈夫なのかと四人が顔を見合わせた時、脱衣所でバタンッと何かが倒れる音。

すぐさまノクティスが駆けつける。

遠慮なしに扉を開くと上着だけ脱いだメディウムが倒れ込んでいた。

 

「兄貴!大丈夫か!?」

「…あぁ、すまん。ちょっと疲れていただけ…。」

 

顔色は真っ青になり立ち上がることも困難になり目の焦点が合わなくなっていた。

グラディオラスが抱え上げベッドに寝かせることで一度落ち着いたが、ほとんど意識がないメディウムの汚れた服を着替えさせようとしたイグニスの手が止まる。

 

不思議に思った三人がメディウムをみるが、あまりの光景に息を飲んだ。

 

シャツを脱がせた体は生きているのが不思議なほどの損傷。

古いものから新しいもの、命に関わるものからちょっとした傷まであらゆるものが身体中に存在する。

治療をしようとノクティスが手を伸ばすがイグニスに止められた。

これはすでに完治した後でもう施せる処置がないのだ。

 

プロンプトに指示を出し濡れたタオルで全身を拭いて、自身で買ってきたのであろう服に着替えさせる。

汚れた服はところどころ戦闘の後でほつれて居るため捨てることとなった。

 

「どうなってんだよ…兄貴の体は…。」

「わからない。二十年に渡る外の生活の影響にしては酷すぎる。意図的に付けられたとしか思えない。」

「メディウム様、普通に動けてたよね…。」

「うまいこと必要な筋肉の部分が避けられている。内臓も無事なのだろうが…。」

 

すっかり意識を手放し、小さく呼吸して眠るメディウムの手をノクティスは握る。

メディウムはノクティスが尊敬する兄だ。

誰よりも先を行き自分を可愛がり外の世界を幼き頃から二十年渡り歩き情報戦においてルシスを何度も救った。

単に兄が優秀で誇りに思えるような兄なのだと思っていた。

 

認識が甘かった。

兄は文字通り血反吐を吐いて外の世界を生き抜いてきたのだ。

 

傷のほとんどは刃物が多いが一番新しい傷は人間の爪痕だった。

それもつい先ほど付けられた、真新しいもの。

誰かが兄をここまで傷つけている。

 

唯一残った家族を、喪う事を何よりも恐れていたノクティスの怒りは見えない誰かへと向かっていた。

 

 

 

 

 

 

 

窓から暖かい夕日が差し込み鼻をくすぐる香ばしい匂い。

お腹が減ったメディウムはそろそろと起き上がる。

体の痛みがなくなり、寝不足でふわふわしていた頭がスッキリした。

ノクティス達と部屋を移動したところまでは覚えているのだがそこから先が記憶にない。

体を見ると買ってきた着替えを着ていた。

 

着替え…誰が?

 

疑問が頭をよぎったところで見られて余計な心配かける体なのを思い出し、仕切られた扉を開けてリビングをみる。

四人が丁度夕食を食べようとしていた。

何食わぬ顔で準備をしているため若しや気にしない方向で行ってくれるのかと淡い期待を持つ。

 

「メディウム様も召し上がりますか?」

「あ、ああ。もらう。」

 

白身魚の辛味あんかけです。と眼鏡をあげて説明を始める。

ノクティスがニグリス湖で釣ったウィードバラマンディに魚介の臭みを消し風味豊かにするケディアジンジャーで味を整え、ほのかな甘みとケディアジンジャーとの相性が抜群なスイートペッパーをふんだんに使った一品。

白身魚特有のふんわりした味わいに辛味のあんかけが絡まり絶妙な美味しさを醸し出している。

 

しばらく男飯だったメディウムはすっかり落ち着いてしまい、イグニスにされるがままに世話を焼かれた。

甲斐甲斐しく世話を焼くイグニスに気を取られているうちにグラディオラスが反対側を固め、ノクティスが正面を陣取りプロンプトがイグニスの補助に回る。

 

ノクティス達はメディウムが倒れた後、今はゆっくり休ませておくという案で一旦まとまり、盛大に甘やかすという計画を立てていた。

その際ルナフレーナともばったり出会い、ノクティスとプロンプト、ルナフレーナがレガリアを飛ばしてニグリス湖で釣りへと赴きイグニスとグラディオラスで買い物へと出た。

釣りに行った三人はほとんどデートも変わらない甘酸っぱい光景だったとのちにプロンプトが語った。

白いワンピースを選んだメディウムにノクティスはキャラを忘れて拝み倒したいという黒歴史もできた。

 

閑話休題。

 

食後のエボニーコーヒーで漸く世話から解放された頃には時すでに遅し。

このまま追求されずに話せること話せるだけまくし立ててトンズラしようとしたメディウムを両脇のイグニスとグラディオラスがガッチリ抑える。

いつのまにか部屋から出てルナフレーナを伴ったプロンプトがやってきたところでメディウムは悟った。

この甘やかしは捕らえるためのフェイク。

実際には全力で甘やかしていたのだろうがその後に捕らえやすくするための罠だったのだ。

 

「飯で釣るとはなかなかやるな…ノクト。」

「簡単に引っかかるほど集中切らしてたんだろ。」

 

負け惜しみを口にしたが当然のように正論を切り返された。

言い返せないメディウムはグッと押し黙り、ノクトを見る。

 

「ルナフレーナ、未来の旦那様は随分ずる賢くなったな。」

「お手本たるお兄様がずる賢いのかもしれませんね。」

 

あ、まずい。静かに怒っている。

 

モービル・キャビンで休もうとしないメディウムは外で寝ているから大丈夫だと言って二時間も寝ていない事を黙っていた。

車の移動とはいえ、野獣との戦闘や安全なルートの確保のために常に剣を握っていたメディウムが突然倒れたと聞いたルナフレーナはとても怒っていた。

 

「ていうか、感動的な再会をさせようとこっそり暖めておいたのに!白いワンピースのルナフレーナはノクトのドストライクだろ!?あわよくばデートとかしちゃったんだろ?」

「なっ!兄貴が倒れてそれどころじゃなかった!」

「でも釣りデートはしてたよね。」

「ほれみろ!若い青二才は恋と欲望に忠実だな!初デートが釣りとかルナフレーナに愛想つかされても知らんぞ!」

「うっせぇ!夕飯の魚釣りに行っただけだ!プロンプトもいただろ!?」

 

メディウムの要らぬ優しさである感動の再会は台無しになったが、結果的に釣りデートはしていた、とプロンプトが恨めしそうにいう。

そこに便乗したメディウムが馬鹿にしたようにノクティスをからかうが、恋には疎いノクティスは顔を真っ赤にして反論らしい言葉も返せなかった。

隣のルナフレーナもすっかりリンゴのように真っ赤だ。

 

「おいノクト。ふざけてねぇで真面目にやれ。」

「メディウム様もしっかり答えていただきます。」

「…タラシゴリラと堅物眼鏡。」

 

メディウムによる不名誉なあだ名にイグニスはピクリと眉をあげグラディオラスはヒクリと頬をあげる。

ノクティスとプロンプトは思いっきり吹き出し、ルナフレーナも口元を押さえて笑いをこらえている。

 

「はぁ、逃げないから抑えるのやめろ。コーヒーが飲めない。」

「兄貴もエボニーコーヒー飲めるのか。」

「好き好んで飲みはしないが慣れ親しんだ味だな。」

 

帝国側の雪山に設置されたとある研究所ではすべての自動販売機がエボニーコーヒーである。

今はもう行くこともないだろう研究所を思い出してため息をつき、解放したイグニスとグラディオラスの頭を盛大に撫で回した。

メディウムにとってはまだまだ未熟者の二人の間からするりと抜け、設置されたソファーに座るとノクティスへと向き直る。

 

「で、何が聞きたい。答えられるならなんでも答えよう。」

「まずは別れた日から何があったかだ。」

「王都にいたな。襲撃の時はルナフレーナを探して奔走。光耀の指輪を持ったルナフレーナを連れて王都を脱出させてからレギス陛下の元へ向かった。クレイラス宰相も探した。…すでに手遅れだったがな。」

 

襲撃の様子はあえて伏せた。

ガーディナで一度出会っていることも。

ノクティス達は深く聞かず話を促す。

 

「次の朝にルナフレーナと合流。神凪の使命を果たすために護衛と道案内。今に至るってわけだ。別のところじゃコル将軍とは連絡を取ってないが、モニカとは一度連絡して隠れ家を用意してもらっている。イグニスは知っているだろ。カエムの岬だ。」

「三十年前帝国との戦時中にオルティシエに向かうため、レギス陛下が使われていた隠れ岬…ですね。」

「そう。ずっとホテル暮らしってわけにもいかないし王の墓所はまだまだある。危険地帯にルナフレーナは連れていけない。グラディオラスの家族もいられる。隠れ家はそういったことに対して最適の案だと思う。ついでに暇なシドのじいさんにも連絡して船の修理を頼んだ。三十年前のだが使えるらしい。俺がやってきたのは以上だ。」

 

色々と伏せたがこれ以上伝えることはないとコーヒーを飲む。

 

イグニスは素直に感心していた。

軍師である自分を軽々と超える準備を王都から出てルナフレーナも守りながら四日。

一人で手配しているその手腕と人徳、やるべきことを把握し次の手にかかる素早さ。

まだまだ学ぶことの多い未熟者だと痛感していた。

 

グラディオラスははっきりと口にされた父の死を自分なりに飲み込んだ。

王の盾としてしっかりと役目を果たしたのだろう。

だがそれでもダメだった。

分かっていたことだがそれでもやはり心がささくれ立つ。

 

ルナフレーナは悲しく怒っていた。

自分のためだけではなく他のところでも動き回っていた。

その疲労は計り知れない。

守り抜いてくれたメディウムに深く感謝し隠し続けたことに怒った。

少しでも気づけなかった自分が腹立たしかった。

 

プロンプトは場違いな思いでいた。

自分だけ蚊帳の外と思うような王に対するそれぞれの思惑。

メディウムの鋭い視線は心を見透かすような、冷たい物だった。

 

それぞれの思いが交差する中ノクティスは口を開く。

 

「兄貴は、これからどうする。」

 

ノクティスの言葉にメディウムはコーヒーを置いて立ち上がる。

ノクティスの側へとよるとゆっくりと傅いた。

最初から決めていた、と優しく微笑んで臣下の忠義を示す。

 

「王の側に。」

 

ノクティスはただ頷いた。

家族としてではなく王の臣下として仕えることを決めたメディウムに悲しくもあったがそれが彼の生き方なのだろうと認めた。

たった一人の家族がいなくなるより臣下でもそばにいてくれる方がずっといい。

 

「で、兄貴。その傷跡は誰に付けられた。」

「トラウマの話も聞きたい!です!」

 

傅いたままのメディウムの足を踏みつけその頭を両手でしっかりとホールドする。

場の空気で流されてくれないかなと思っていたことが流されてくれなかった。

突然元気になったプロンプトが余計なことを思い出させた。

できれば黙っていて欲しかった。

 

「ど、どっちの話も女性に聞かせるものじゃない、かなぁって。」

 

ルナフレーナがいることを理由に逃げようとするがノクティスが後で詳細を伝えることを固く約束してルナフレーナにご退場いただいていた。

無駄に連携した動きで逃げ道がどんどん塞がれていく。

これは非常にまずい。

全て赤毛のおじさんの仕業なのだがそれを伝えるわけにはいかない。

 

「で?誰の仕業だ?」

「あ、いや。どっちも同一人物の仕業っていうか、どうしようもない事故ばかりというか。」

「痛めつけるのが趣味の同一人物とつるんでいたってことだよな?」

「どんなドSなのそれ…。」

 

根掘り葉掘り聞かれる前になんとか濁すことで脱出できないかとはかるが出口は他の三人に塞がれている。

せめて誰だかわからないようにしようと、絶対に口を割らない戦法で朝まで耐えきった。

 




やっと合流しました。
次回から一緒に行動します。おじさんに絡まれます。
南無三。


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Chapter04 神話の再来
神話の予兆


メディウムとルナフレーナが加わった翌日。

ノクティス一行はメディウムの提案によりイリス、ジャレット、タルコット、ルナフレーナをカエムの岬へと送り届けることとなった。

流石にレガリアで行くわけにもいかずメディウムの手配により昼頃に車でモニカとコルがやってきた。

 

「よし。こんなもんか。」

「ごめんな、イリスちゃん。急ぎになってしまって。」

「いえ、安全な場所に連れてってもらえるだけでもありがたいです!」

 

外の車は荷物を乗せると人を乗せるスペースが無いと愚痴っていたイリスの言う通りかなり狭い。

モニカの車に荷物を積んで小柄なタルコットをのせ、乗り切らなかった荷物をコルの車に積み込みイリスとジャレットとルナフレーナには少しの間我慢してもらうこととなった。

 

「にしても嫌な予感ってのは本当に当たるのか?」

「メディウム様の勘は十中八九当たる。先読みも情報の多さだけではなく危機感に対する勘の鋭さが大きい。」

「まあ、完全に運試しなんだが安全な場所に行くこと自体悪いことじゃない。備えあれば憂いなしとも言う。あとイグニス、様はいらない。」

「申し訳ござ…すまない。」

 

丁寧に謝りかけたイグニスをひと睨みで黙らせ、怯んだイグニスが咄嗟に訂正する。

今回の旅は男五人旅の方が何かと楽ということとルナフレーナにはイリスやタルコットの面倒を見ることを頼んだ。

 

完全に口実なのだが戦闘は避けられないことを承知しているルナフレーナはすんなり頷いてくれた。

光耀の指輪はすでにノクティスの手に渡っているが結末を知るメディウムもルナフレーナも語る気になれず覚悟ができれば身につけてほしいとだけ伝えた。

その際動けるのも奇跡的なメディウムも岬に行くように提案され、ノクティス達にも強く勧められたが頑なに頷かなかった。

戦えない王族など、王を守れない従者などいるものかという主張をされるとノクティス達も弱い。

 

しばしの別れの言葉を告げ、走り去って行く車を見送り五人はホテルに戻ろうとするが突然ノクティスとメディウムが頭を抱えてその場にうずくまる。

慌ててプロンプトが駆け寄り声をかけるが、二人はすぐに立ち上がり口々に言葉を落とす。

 

「ノクト!?メディウム!?」

「痛たっ…なんだ今の…巨神?」

「おいおい、説明は俺の役目じゃねぇだろ。」

 

事情がわかっているような口ぶりのメディウムと全くわからないノクティス。

イグニスはメディウムに説明を求めると非常に嫌そうに顔をしかめた。

長い話というより壮大な話だという前置きを置いてこれからノクティス達が歩む試練について語って行く。

 

「真の王は神々と歴代王の力を持って悪しき闇を払い世界に光を取り戻すだろう。神話の言い伝えだ。真の王はクリスタルに選ばれた者。ノクティスのことだ。歴代王の力は言わずもがな、今集めている力で神々の力は神凪の誓約によってなされる啓示のことだ。」

「本当に壮大な話だな…じゃあ今の頭痛は巨神が呼んでいるってことか。」

 

珍しく勘のいいノクティスに頷き展望台がある方面を見る。

地震が頻発しているらしいが、今の頭痛の時も少しだけ揺れた。

早く来いとも言いたげな言葉だったし、せっかちな巨神だとメディウムは頬をかく。

 

「誓約はすでに俺たちがしてきた。神凪の使命ってのがそれだけ。あとは王が啓示をするだけなんだが、具体的な方法はしらん。早く来いとしか言わないし。」

「あんな意味わかんない言葉がわかるのか!?」

「お前はもっと勉強しろ。神話でも古代文明でもなんでも!得られる知識は時に大きなものに役立つ!」

「ここで説教しちゃうんだ…。」

「兄貴って感じだな。」

「二人で並んでいる姿は感慨深いものがあるな。」

 

神様の言葉なんて勉強できるか!と抗議するノクティスの口角は怒っているとは思えないほど上りきり、一応人並みの学力はあったかと思い直して頭を撫でるメディウム。

その光景にプロンプトは微笑み、グラディオラスとイグニスは滅多に見ない光景に笑う。

一年に一度見られる暖かな兄弟の光景は空いた溝を埋めるように歩み寄る二人の家族愛。

しばらくはともに居られるということにノクティスは心のどこかで舞い上がっているようだ。

 

真面目な話をして居たのに和やかな雰囲気になってしまった場をメディウムは咳払いで濁し、真剣な顔で言葉を続ける。

 

「一旦展望台に行こう。そこからならカーテスの大皿が見える。」

 

ついでに胡散臭いおじさんも。

 

カーテスの大皿は帝国兵によって封鎖され、どちらにしろあの人を頼らねば正規ルートで入れない。

裏ルートで行ってもいいがあそこには王の墓もある。

巨神が守って居た、という逸話もある夜叉王の刀剣が眠っているのだが帝国軍が閉鎖している側から出なければ取りに行けない。

 

宰相の副官では顔が広くても開けてもらえないしそもそもノクティス達に今はバレるわけにはいかない。

頼らねばならない状況を作り抱くのがつくづくうまい上司を思って深くため息をついた。

 

 

 

 

 

 

やっぱりいた。

いつもの黒い羽は無くなっているが相変わらず暑苦しい男。

ついでに帽子もない。珍しい。

 

「あれ。偶然。」

「おい、またあんたか。」

 

展望台でカーテスの大皿を眺める胡散臭い男にグラディオラスが前に出るが男は気にした様子もなくこちらに近寄る。

ノクティスを非難しつつもどこか驚いたように見ている。

 

「ねぇ、昔話って興味ある?巨神がさ。隕石の下で王様を呼んでいる。」

 

カーテスの大皿を指差してどこか知ったような口ぶりで話は続く。

 

「神様の言葉は人にはわからないからなぁ。頭が痛くなる人もいるかも、ね?」

「どうすればいいの、それ。」

 

メディウムの方を見てニッコリとわらう男にイグニスが庇うように前に立つがプロンプトが気にせず何か知っている男に問う。

五人を通り過ぎながら男は楽しげに提案した。

 

「会いに行ってみる?何か伝えたいんだと思うよ?一緒に行こう。」

 

くるりと振り返り笑う男に五人は向き合う。

どうするべきか考えあぐねている四人は一番頼れそうなメディウムをみるが先程から全くこちらと目を合わせようとはしない。

自分たちで決めろということらしい。

グラディオラスは小声で決定権のあるノクティス問う。

 

「乗るか?」

「うーん…。」

「行ってみて…。」

「ヤバけりゃもどる?」

「妥当だな。」

「じゃあそれで。」

 

いまいち信用しきれないがどちらにしろ巨神に会いに行かねばならない。

方針が決まった五人をみて一度肩をすくめると胡散臭い男は名乗り上げた。

 

「俺の名前すっごく長くてさ。略してアーデンなんだけど、この愛称で呼んでよ。車で行こうか。俺も愛車できたんだよ。」

 

スタスタと先を歩いていくアーデンと名乗った男をメディウムは睨みつけながら進む。

白々しい名乗り方だしその愛車できたのはルシスの王子と神凪だけどな、と内心毒を吐くが声には出さない。

目的が一致している限り所有物であることに変わりはない。

宰相と副官から敵国の宰相と王子になっただけだ。

 

「君たちの車は、レガリアだっけ?二台でドライブもいいね。そうしよう。」

 

完全に主導権があちらにある。

こちらも何かいうこともない。移動は基本車だ。

駐車場へと着くとアーデンは運転手を指名すると言い出した。

もちろん指名するのはノクティスである。

この男は何がしたいのだと本気の呆れの目線を取り繕わずに向けるが、ノクティスが無視してイグニスをみるが。

 

「イグニス、頼む。」

「彼、いつも運転してるでしょ?たまには休ませてあげなよ?あ、そうそう。君はこっちの車ね。」

「はぁ!?」

 

有無を言わさないアーデンの構えに、渋々運転席へとついたノクティス達についで後部座席の真ん中に座らせてもらおうと動き始めた途端に後ろへと力強く引っ張られ、体勢を崩したままアーデンの腕の中に入ってしまった。

ノクティスが運転席から抗議の声を上げるがそれを片手で制してアーデンを仰ぎ見る。

目線だけでわかるのは"遊んでいる"ということだけだ。

ここで逆らっても面倒だし男五人でむさ苦しいのといつものおじさんと二人でドライブでは大して差はない。

 

「どうせ狭くなるし、乗せてもらう。車内で"メディウム"じゃなくて"メディ"って呼ぶ練習でもしといてくれ。」

「あっ!本当に大丈夫かよ!?」

「大丈夫だって。頼れるお兄さんだぞ?」

 

先日の体を見られた一件から若干過保護となったノクティスを冗談で茶化して、赤いオープンカーの助手席へと座る。

足を組んで悠々と座るメディウムにノクティスは諦め、座り損ねたグラディオラスとイグニスを急かす。

 

「言っておくけど競争じゃないよ。ちゃんと俺の後についてきてね?ついてこられなきゃ"ゲームオーバー"だよ。あとくれぐれも俺の愛車にぶつけないように。」

「ぶつけるなら曲がり角でアクセル踏み込んで突進しろよ。受け身とっとくわ。」

「兄貴がいるのにできるかっ!いちいちうるせーし。早く行けよ。」

 

諸注意を述べるアーデンの後に当たり前のようにぶつけろというメディウム。

右回りの場合直撃するのはメディウムなのによくいう。

できるわけないと叫ぶノクティスにくすくすと笑いにこやかに笑った。

 

人質のようにメディウムを取られた危機感で緊張していたノクティスの手が少し緩む。

兄の強さはわからないが自分より強くあるその信念は知っている。

兄の大丈夫は信用ならないことは体の傷でよく学習したが今は視界の届く範囲にいる。

しっかりついて行こう。メディウムのために。

 

「では、どうぞ?安全運転で。」

 

アーデンが走り出すのを見てレガリアのアクセルを踏み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「随分賑やかな旅行ですな。アーデン宰相。」

「部下の家族旅行についてきている気分だね。ディザストロ副官。」

「間違ってないのが痛いなぁ。」

 

晴れた日差しの中で涼しい風に煽られながらドライブとはとても気分がいい。

後ろの剣呑な高級車の王子一行が台無しにしている気がするが美しい女性ではなく寂れたおじさんとドライブな時点で既に台無しだ。

顔の造形自体は男前という部類に入るのに残念な胡散臭さが拭えない。

 

「ノクティス王子は随分愛されてるんだね?ディアはアラネア准将とレイヴス将軍しか知り合いいないのに。」

「接触できる人間を制限しているからだろうが。おかげさまで副官兼秘書扱い。渾名は宰相の腰巾着。帝国人の風上にもおけない誇りのないやつだとよ。ルシス人だっての。」

 

ジグナタス要塞の自室で一人だけで過ごしていたメディウムと友達、昔からの従者、兄、恋人、様々な人間に囲まれたノクティスの対比を指摘しているのだろう。

そのような状況に対する劣等感でも抱かせたいのだろうが生憎、弟に対して無い物ねだりするほど矮小な心は持ち合わせていない。

 

元はと言えばコミュニケーションを意図的に断たせたアーデンが原因である。

それをとやかく言われる筋合いはない。

メディウムの愚痴を聞いて小馬鹿にしたように笑うと、通りかかったパーキングに車を進めていく。

空は既に夕刻時。

昼過ぎに出たのが仇になったのだろう、夜の運転を避けるならここで泊まるしかない。

 

「ここで泊まってこう。」

「目的地は?」

「焦らなくても逃げないよ。」

 

駐車場へと止めて追いついてきたノクティス達にそう告げると、モービル・キャビンに泊まろうと言い始める。

キャンプを提案したグラディオラスには外が嫌いという言葉で一蹴した。

代金はアーデン持ちということで四人は不服ながらも頷いたがどうしても頷けない男がいた。

言わずもがなメディウムである。

 

「俺だけキャンプ行きます。」

「許すわけねぇだろ。」

 

過保護化したノクティスに捕まった。

その様子をアーデンはニヤニヤと眺めている。

わかっていて提案しているのだ。

メディウムが嫌がって逃げ惑う姿が見たくてわざわざ早めにモービル・キャビンで泊まることを提案したのだ。

 

「一緒に寝てやるから。ほらいくぞ。」

「そういう問題じゃぁっ!」

 

かなり力強くズルズルと引き摺られていく。

抵抗しようと試みるが威力の調節が難しい魔法を使うわけにもいかず両脇をグラディオラスとイグニスにホールドされて連行。

その様子をプロンプトが写真に収めるという連携技に力なくうなだれた。

 




いろいろな補足。見なくても大丈夫です。

・雷神の誓約の場所が違う
神凪の誓約はDLC戦友のエンディングで雷神だけは神影島で行われていることが明かされますがこの話ではフォッシオ洞窟にて行われています。
これは成り行き上生き残った先代神凪が既に誓約を行なっていたが改めて誓約をしに行ったからということにしてあります。先代に言われたとかそんな感じ。(脳内設定)

・王の剣どうなったの
王都でのルナフレーナ救出の際、KGFF(映画)を見た方が疑問に思うのは王の剣達だと思われますがみなさん生きて今はコル将軍の指示に従っている者や帝国に身を置いている者もいます。
我が家のイオスでは帝国にいる方は実験台になりました。アーデン鬼畜。

・国内のファントムソード、一本は敵のお腹の中
主人公が確認に行った際はまだお腹の中ではなくお墓に収められていたという設定。

・トラウマってなに
ご想像にお任せします。


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神話の巨神 前編

長くなりましたので分けます。


「テメェいつか目にもの見せてやるからなぁ…。」

「なんだかんだ言って寝られてたじゃない。うなされてたけど。」

 

ぐったりと、ガソリンスタンドに併設されたショップの椅子に倒れ臥すメディウムを面白そうに眺めるアーデン。

今は日が昇り始めた早朝。

宣言通り狭い中に成人男性二人の兄弟が寄り添って寝ていたのだがモービル・キャビンのトラウマは早々払拭できるものでもなく散々うなされ、ノクティスを起こしては悪いと夜明け前に起きて外に出た。

 

寝ていたはずのアーデンはメディウムが起きる頃にはすでに外でコーヒーを飲んでいたが、確信犯が悠々と寛いでいることに苛立ち、懐に隠していた投げナイフを投擲した。

武器召喚ができない環境を常に想定しているメディウムは買っておいた半袖の上着の内側に、ベルトのホルダーをつけていたのである。

しかし、予想できていたのかアーデンは難なくかわしにこやかにコーヒーを飲むかと聞かれてしまった。

 

飛んで行ったナイフを武器召喚で呼び寄せ、諦めたようにコーヒーを奢ってもらい今に至る。

よく考えればナイフに魔力が宿っていたので感知すること自体アーデンには容易いのだ。

アーデンを本気で倒したいなら真正面からタイマン張るしかない。

 

「ディザストロはまだおやすみ?」

「オルティシエまではそう考えてる。その後はあんたの命令で好きにしてくれ。」

「そう。神凪は水神の誓約を終わらせたら用済みになるからーー殺すね。」

 

なんでもないことのようにルナフレーナの殺害予告をするアーデンにメディウムは伏せていた顔を上げる。

その言葉の真偽を図ろうと目を見つめるがいつも通りの飄々とした態度だ。

嘘でも本当でもない、やろうとしているという事実しかないのだろう。

 

「いるとまずいのか?」

「神凪の一族が生きていると完全に夜とはいかないね。」

「そんなこと言ったら俺はどうするんだ。王家も昼を支えている。」

「君の立場は微妙だからね。生かしておいても昼を支えられるほどの力はないよ。」

 

言外にレイヴスも殺害すると言っている。

神凪の力を少しでも有している者全てに生きていては困るということか。

既に力を失ったテネブラエの女王は眼中にないだろうが現代の神凪であるルナフレーナと少しだけ力のあるレイヴスは放っておけないだろう。

一日中夜である日がやってくる。

それは星の病が完全に世界を覆い尽くすことと同義なのだ。

 

「生かすって選択肢はないのか。」

「生かしてほしい?」

 

アーデンにとって完全に夜であると言うこと自体に意味はない。

シガイが喜ぶだろうがそれだけ。

ルシス王家そのものに復讐をしたいアーデンには関係のないことだ。

だから、生かす選択への余地はある。

 

「ああ、完全に夜ってのは俺は嫌だ。」

「俺の物なのに夜が嫌いって、言うようになったね。」

「夜が嫌いなんじゃなくて、ずっと夜なのが嫌なのさ。夕日が見られなくなる。」

「夕日が好きなんて聞いたことないけど?」

「言ったことないからな。」

 

観察能力の高いアーデンは俺の好みをよく把握している。

人間誰しも好きなものは自然と見てしまうものでその視線の先にあるものをアーデンは把握して統計して分析する。

二十年も一緒にいればその理解度も他者の追従を許さないほどとなるだろう。

 

そのアーデンが知らない、メディウムの夕日が好きと言う発言にいつものつかみどころのない笑みから一転目を細めて無表情になる。

滅多に見られない本気の観察顔にくつくつと笑うと不機嫌そうに眉を寄せた。

 

「あの要塞の中じゃ夕日なんて見られないし、移動はもっぱら朝か夜だろ。知らないのも無理はないさ。」

「好きなのにほとんど見たことないものじゃないか。」

「なんで好きなのか教えようか。」

 

窓のないジグナタス要塞の中では夕日など見られないし、そもそも外に出ること自体が稀。

今は好きなだけ見られるが外に出てからではなく昔から好きだと言う。

その理由を表情から読めないアーデンはいつもの食えない微笑みに戻ってその理由を問う。

 

「あんたの色彩だろ。夕日って。」

 

どこかぼやけて爛々と輝く黄色の夕日が二つ。

くすんで行く赤い空が沢山。

ほらな、と笑うメディウムにアーデンは無言でデコピンをかます。

額を抑えてうずくまるメディウムの頭に手を置いてぐしゃぐしゃにかき混ぜだ。

 

幻影とはいえ同じ色を宿すことがあるメディウムの方が夕日に近いだろうに。

討ち果たさねばならない男の色が好きなど変な王子様なことで。

口には出さないが。

しかしメディウムが好きならば夜だけの世界じゃなくてもいいか、となぜそんなことを思ったのかもわからない理由で神凪を殺す案は止めることにした。

 

「そんなわけで、夜しかないのは困るわけだ。」

「でも神凪が死ねば王様が絶望してくれるんだよね。」

「生きてりゃそれでいい。代わりに俺があんたに殺されかけようか?」

 

いとも容易く自分の命を賭けるメディウムにアーデンは笑う。

たしかに、メディウムでもいい顔が見られるであろう。

たが死なれると困る。

メディウムはそれがわかっていて"殺される"ではなく"殺されかける"ことを提案していた。

 

「弟君のためならなんでもするね。」

「兄だからな。なんならオルティシエの後も付いて行って帝都までご案内する役割も担おう。」

「んー、テネブラエまででいいよ。そのあとは迎えに行くからさ。要塞で監禁されてて。」

「うわあ最悪。」

「どうせシガイだらけになるしさ。監禁されていた方が安全だし。」

 

帝都がシガイに沈む。

当たり前のようにそう言いのけるアーデンをメディウムは咎めない。

本当にその通りになることをよく知っている。

事態はすでに避けられないほど進んでいる。

 

「だからさ、早く真の王様を作ってね。ディア。」

「…仰せのままに。」

 

完全に朝日が昇りきった外はとても明るく、起きてきたのかイグニスとグラディオラスがこちらに向かってきていた。

物騒な会話は周りに聞こえないように防音魔法を周囲にかけていたのだがその魔法も解いたところで、眠そう後ろからついてくるプロンプトとノクティスも見えた。

 

壁に寄りかかる長身の怪しい男と椅子に座りながらコーヒーを飲む王子という不思議な構図になっていることに気づいた過保護ノクティスは眠そうな目をカッと見開いてこちらにかけてくる。

 

「グッドモーニング。」

「おはようむさ苦しい四人組。よく寝られたか。俺は悪夢だった。」

「いねぇと思ったら何のんきにコーヒー飲んでんだ!」

「奢ってもらった。」

 

馬鹿らしいほど朗らかに挨拶するアーデンと続いて皮肉たっぷりに挨拶するメディウム。

隣にいるはずの兄がいないと思えば胡散臭い男にコーヒーを奢ってもらったという発言にひくりと顔がひきつる。

言葉を発せなくなったノクティスの代わりに保護者イグニスがカチャリと眼鏡をあげ、グラディオラスはあーあとこれから起こることに諦めたように笑い、プロンプトがヒェッと一歩下がる。

 

「知らない人について行ってはいけません。メディ。」

「おお、お堅い眼鏡の人が愛称で呼んでくれるとは嬉しいねぇ。」

「真面目に聞いているのですか。」

「敬語も取ってくれると真面目に聞くかもしれないなぁ。」

「自分がどれだけ大切な人間が理解しているのですか。」

「イヤってほど理解しているつもりさ。お前らより外で過ごしている時間は長いんだぜ?」

 

その言葉にイグニスは何も言えなくなる。

ノクティスのように母親を鬱陶しがる子供のような態度に見えてのらりくらりと返して話を混ぜ返す様はなんだか悪戯っ子のようだ。

 

メディウムにとってアーデンはもう一つの家族であり知らない人では決してないのだが彼らは知らない話だ。

小さい子供を叱る母親のようなイグニスに真面目に取り合わないメディウムは飲みきったコーヒーをゴミ箱に投げ入れ、立ち上がる。

 

「ほれ、起きたなら出るぞ。目的地は逃げないが時間は有限だからな。」

 

キリキリ動け、とイグニスの肩を叩いてアーデンの車へと向かうメディウムにグラディオラスは苦笑いしプロンプトは感嘆の声を上げる。

ノクティスは兄を叱る気にもなれずため息をついた。

どうやらイグニスはノクティスにも十分甘いがメディウムにも甘いようだ。

話の趣旨がずれても指摘せず最終的に押し黙るぐらいには。

 

「イグニス、有耶無耶にされたね。」

「あの人はつかみどころがないからな。話を混ぜ返して有耶無耶にしたかと思えば他人に聞くときはばっさりくる。全然関係ないところで図星をついて黙らせる天才だな。」

「…メディは年上であることと俺より有能であることが大きすぎてノクトのように叱るのは難しい。甘いというより負けを認めさせられるようなものだ。」

「兄貴たち悪いな。」

「聞こえてるぞー?」

 

車に乗ろうとしながら振り返り、好き放題言う奴らだなーと笑うメディウムは特に気にした様子もない。

よく見れば運転席にアーデンがすでに座っている。

置いてかれてはまずいと、ノクティス達も急いでレガリアに乗り込んだ。

 

 

 

 

 

レスタルムで市民の噂になっていたがカーテスの大皿への入り口は帝国軍が陣取っていた。

どうやって侵入しようかと頭を巡らせ始めたイグニスだが、前に止まる車の主アーデンがゲートに向かって声を張り上げる。

 

「おーい!俺だよ俺!ここ開けて!」

 

そんなもんで開くか、とノクティスが小さく突っ込みを入れたが予想に反してゲートはすんなり開いた。

移動中の車内でイグニスが語ったアーデンという男は帝国軍の関係者の中に心当たりがあるという話は案外的外れではないかもしれない。

あちらの車内に居るメディウムをみると既に助手席から降りて、ゲートの中に足を踏みいれようとしていた。

 

「俺こう見えて顔が広いんだよね。ちょっとやることあるからここでお別れ。あとは君達で頑張って。」

「帰るの?」

「そう。じゃあねメディウム君。また今度二人きりでドライブでもしようか。」

「ああ。機会があればな。」

「させねぇよ!」

 

ノクティス達に怪しい言葉を残してアーデンは来た道を戻っていった。

先に行くしかないノクティス達は車を進め、帝国軍の基地内だというのに悠々と歩くメディウムは見ながら進むというので、レガリアで追い越していく。

 

進める道もガタガタで揺れに揺れたが、細道のようになった場所の前で止め四人は車から降りた。

見て回って居るメディウムをしばらく待つと車内が突然光りメディウムが現れた。

よくみると後部座席の真ん中側の足元に短剣が転がっていた。

イグニスもグラディオラスも気づかないうちに置かれていたらしい。

メディウムは緊急脱出用にとって置いたが移動ようになってしまったと笑いながらコートのホルダーにしまった。

 

基地の中はほとんど何もなく兵器らしいものも門番らしい魔導兵以外はなく、中継地点か侵入制限用のものだろうとメディウムはノクティス達に報告した。

銃器と弾薬の保有量と空き箱の数から見て一度撤収して補給して居る可能性も高い。

頭脳担当のイグニスが、ならば早めに探索を済ませようと提案して、さっさと奥へと進む。

 

少し進めばカーテスの大皿内部となり祭壇のように出っ張った岩場の先にノクティス達の探し物の一つがあった。

 

「あれ、王様のお墓じゃない!?」

「こんなところにもあったんだな。」

「俺が来た時はもうちょい屋根あったんだが見事に吹っ飛んでいるな。」

「お力をお借りしなければならないな。ノクト。」

「だな。」

 

初めてここを訪れた時なぜかついてこなかったアーデンを思い浮かべ苦笑いをメディウムがこぼしたが帝国軍を警戒した四人には気づかれなかった。

歴代王の手には大太刀のようなファントムソードが握られており、メディウムが説明を始める。

 

「夜叉王の刀剣。二千年前、神凪とともに星を護ったと言い伝えられる、ルシス最初の王様の武器だ。」

「帝国はなぜこれをそのままにして置いているんだ。」

「さあな。神話を知らないか、別のところで力が動いているか。都合がいいのは確かだな。」

 

グラディオラスの疑問にメディウムは考えうる可能性をあげる。

どちらにせよ都合がいいのだといえば、怪しいがその通りだろうとイグニスが頷いた。

 

説明を聞きながらも、ノクティスは刀剣へと手を伸ばしその力を借り受ける。

武器は宙へ浮きノクティスを貫いてその周りを飛んだ。

あるべき場所へ帰るかのような自然な動きだった。

 

「よし、あとは巨神に会いたいところだが…。」

 

そこで、大きな揺れが五人を襲う。

それと同時にメディウムとノクティスが激しい頭痛に苛まれた。

頭を内側から裂くような痛みに周りを気にする余裕をなくしたノクティスは足元の岩に亀裂が走ったことに気がつかない。

危ないと判断していち早く退避したイグニスとプロンプトだが、王を守らんとグラディオラスがノクティスに駆け寄る。

 

しかし、ギリギリのところで間に合わず崩れた王の墓とともにメディウムとノクティスが斜面となった岩場を滑り落ちた。

召喚獣の言葉を理解していたことで痛みが軽減していたメディウムはノクティスを守ることを優先しノクティスの腕を引っ張り自分の腕の中に閉じ込め、上着に忍ばせた短剣を斜面に突き立てる。

勢いを少しずつ減らしたことが功を奏でて崖下ギリギリのところで留まった。

 

斜面を滑って降りて来たグラディオラスが痛みに顔を歪める二人に声をかける。

 

「おい!大丈夫か!!」

「いって…なんとか…?」

「ギリギリだったな…。立てるかノクト。」

「ああ。サンキュ、兄貴。」

 

起き上がったところでグラディオラスが呆然として居ることに気づく。

何を見て居るのだと視線の先を追うと、そこには――神が存在していた。

 

滑って落ちたことでだいぶ近づいたのだろう。

はるか昔より燃え続けるメテオの熱を肌で実感する。

そしてその下に見える圧倒的な存在。

 

「あれが巨神だ。」

 

鉱石と一体化したような灰色の体と何かを訴えかけるような金色の目がノクティス達を捉えていた。

 

「二度目にしては随分手洗い歓迎だなぁ。」

 

茶化すようなメディウムの発言にグラディオラスは冷や汗を流す。

神という存在に一度出会って居ることは神凪の使命の話の流れで察していたが、格が違う相手に対して一歩も臆さないその気概。

人間など羽虫程度でしかないだろう神を堂々と立って見据えて居る。

 

「巨神タイタン。神話から今に至るまでメテオを支え続けてきた。本物の神様だ。」

「あれが俺を呼んでいるってことか…いっ!」

 

巨神が何かを発する度にノクティスの頭痛はズキズキと強くなっていく。

メディウムも同じような痛みを感じて居るが顔をしかめるだけで佇まいは変わらない。

 

「何か言ってんのか?」

「何言ってっかわかんねえよ!兄貴はなんかわかるか!?」

「痛いのはわかるがカッカするな。もっと近くに来いってさ。そこの道の先なら繋がってるんだろうな!」

 

メディウムの問いに巨神が何かを発しノクティスはまた痛みを感じるが対話をする兄がいると言うことにいくらか気分が楽になる。

自分にはただ痛いだけだがその意味を通訳できる存在のおかげで多少は理解を示せた。

それに痛いからと周りに当たり散らすのは王らしくないと思い直す。

尊敬する兄は堂々と神と渡り合い、王の盾だと自負して居るグラディオラスは真っ先に助けに来てくれた。

 

子供のように当たり散らす自分が恥ずかしくなりノクティスは真っ直ぐと立つ。

 

「繋がってるからはよしろってさ。せっかちな男は嫌われるぜ!」

 

冗談なのか本気なのか真顔で巨神に怒鳴るメディウムに思わずグラディオラスが吹き出した。

巨神は何も言わない。

 

「無視かよ。戻るに戻れないしな。どうする王様。」

 

降りてきた斜面を見るがとてもじゃないが登っていける角度ではない。

先程のような強烈な痛みではないが、小さな痛みがノクティスの頭を蝕んで居るときに登るのは確実に危険だ。

そう判断したところで上に残ったイグニスとプロンプトが声を張り上げる。

 

「三人とも無事か!!」

「怪我とかない!?」

「大丈夫だ!怪我とかもしてない!」

「グラディオ、兄貴。進もう。」

「よし。登るのは無理そうだが進める道がある!巨神に呼ばれているみたいだし、お前らも別の道から降りてこい!なんとか合流しよう!」

「わかった!気をつけてくれ!」

「ええ!?降りられる!?てか合流できるの?」

「気合いでなんとかしろ!」

「メディ意外と脳筋!?」

 

少しふらつくノクティスを支え、先に進むメディウムは刃先がダメになった短剣をホルスターにしまう。

グラディオラスが先導して道を確認しながら進むが所々小さな炎が上がっていてとても熱い。

頭痛と暑さで集中力が欠けそうだがなんとか歩けるまで回復したノクティスはグラディオラスにも礼を言う。

 

「サンキューなグラディオ。真っ先に助けようとしてくれて。」

「王の盾だからな。…さっきまでイラついていたのに部下を誉めることができるとは王様らしくなったじゃねぇか。」

「神の力とか王家の力とかいろんなもんがよくわからなくてこんがらかるし頭いてぇし暑いしでイライラするわ。でもそれをグラディオに当たるのはお門違いってやつだろ。全部知っているのに説明しない兄貴が悪い。」

「ああ、まあ。そこついちゃう?」

「…正直俺は最初から信用してねぇ。王都を取り戻すだけじゃなくてデケェ話に巻き込もうとしているように見える。闇を打ち倒すってのは帝国かと思ったがよく考えりゃそれなら神様が出張るわけない。」

「とりあえず巨神には会うけど、ちゃんと後で説明しろよ。王様には包み隠さず報告する義務が臣下にはある。たぶん。」

 

いって仕舞えば何も言わずにどんどん自分たちを何かに巻き込むメディウムは敵ではないのかと思ってしまう。

 

しかし、先程同じような痛みを感じていたはずなのに体を張って助けてくれた。

今も優しい兄は痛いはずなのに微塵も感じさせない動きで先を先導している。

その行動で、兄は敵ではないとノクティスは信じていた。

 

メディウムはノクティスの疑心の目に気づいていだ。

当然の帰結だろうしその判断は間違いではない。

家族であろうと裏切るものは裏切るし信じられないものは信じられない。

だがそれでも信じようとしてくれる弟の心に暖かな笑顔を向ける。

 

「そうだな。包み隠さず報告する義務なんてないが、家族には包み隠さず相談する権利がある。色々隠し事が多すぎて何から相談するか迷うがな。」

「おう。弟だからな。いくらでも相談しろ。」

「そうする。その時はみんなにも聞かせるよ。答えられればだがな。」

 

やはり全ては話そうとしない兄だがそれでも少し話してくれると約束してくれた。

ノクティスはそれで十分だとうなずいてグラディオラスにも兄を信じてくれと頼んだ。

少しだけ敵の可能性を疑っていたグラディオラスだが真っ直ぐなノクティスの言葉に了承する。

 

妹と一年に一度しか会えずに二十年近く過ごしたらと考えると寒気がする。

こうやって少しずつ歩み寄ろうとする彼らの行動はきっと大きな溝を乗り越えてお互いに信頼しているからこそできることだ。

巨神に会うまでの行動で見極めようとグラディオラスは心に決めた。

 

「ここに住む野獣も気が立っている。慎重に進もう。」

「あんまり前に出すぎんなよ。兄貴。いてぇのは一緒なんだから。」

「わかっているよ。お前もな。いつでも守るから安心して進め。暑さと痛さがなければ絵でも描きたい景色なんだがなぁ。」

 

軽口を叩きながらメディウムの言葉にノクティスも同意する。

描きたいではなく描いた絵を見たい方だが、自然にできた岩のアーチや燃え盛る地面と飛び交う野獣は幻想的だ。

メディウムの淡く優しい水彩画ならより美しく描かれることだろう。

 

「描くのはいいが終わってからにしてくれよ。こっちなら進めそうだ。」

 

グラディオラスが指し示した道は壁を背にして横歩きすればなんとか通れる幅の細道。

頭痛に苛まれながら通るとかシャレにならない。

しかし他に道もないので比較的元気なグラディオラスが先導していく。

 

「絶対落ちるなよ。」

「わかったから早く行けって。これ以上痛くなる前に進もう。」

「命綱ぐらい用意しとけよマジで。」

 

ゆっくりと確認しながら進むグラディオラスを急かしたくなるが彼は安全のために行動してくれているのだと考えゆっくり深呼吸していく。

落ち着いてきた頭痛に安堵し、先に進もうと足を進めると突如きつい頭痛と大きな地震が襲いかかってきた。

 

「ここでかっ!」

「チッ!早くしろしか言えねぇのかデカブツ…!ってうおあ!?」

 

何度も同じ言葉を繰り返す巨神に若干の苛立ったメディウムは舌打ちをしながら文句をこぼすと同時にタイタンの腕がこちらに迫ってくる。

思わず悲鳴をあげたが目前のところで指が通り過ぎた。

 

「兄貴が挑発するからっ!」

「ええ!?矮小な不届き者に今ここで裁くついでに試練を行うとか鬼畜か!心狭っ!?」

「兄貴嫌われすぎだろ!てかなんだよ試練って!」

「俺も気になるが今は進むことに集中しろ!」

 

 グラディオラスとノクティスは先程以上に壁に重心を傾け、ノクティスの身体を掴もうともがく巨神から逃げようと進む。

あの腕に掴まれたら、ひとたまりもない。

だいたいメディウムの軽口が原因なのだが早く啓示を行いたいのだろう巨神はノクティスもつかまんと腕を何度も伸ばしてくる。

その度に岩が削れ、どんどん迫ってきていた。

 

「グラディオ!安全なところとかないか!」

「もうすぐ先にある!」

「ならノクトをそこまで投げ飛ばせ!アシストするからぶん投げろ!」

「了解!」

「ええ!?ちょおおおおっ!」

 

メディウムの指示に一瞬どうするか迷いそうになるが考える時間はないと足を踏み外しながらも思いっきり投げる。

腕を捕まれ、安全地帯まで飛んだノクティスに続いて体制を崩したグラディオラスをメディウム氷の魔法で造形した滑り台で受け止めて流し、足場を崩しながら迫ってく巨神の腕がメディウムの目前まで迫っていたが氷にシフト魔法を使ってグラディオラスの上に雪崩れ込んだ。

 

「ナイスクッション。」

「お、重い…。」

 

腕はここまで届かないようで氷は崩れ去ったがとりあえず一息つけそうだ。

 

「魔法ってああいう使い方もできるのか…。」

「造形は案外簡単だがエレメントの消費が激しくてな。お勧めできない方法だがまあこういう時は役に立つ使い方だ。」

 

マジックボトルに詰めた方が戦闘のときは楽だといってグラディオラスの上から退き、進める道を観察する。

潜れば通れそうな道を発見し、グラディオラスを先頭に先を進んでいく。

巨神の視界から外れたのか声も遠くなり頭痛もだいぶ落ち着いてきた。

 

「兄貴って意外と豪快だな。」

「繊細な計算みたいなのが得意だと思っていたが存外肝が据わっているな。ぶん投げろっていう思い切った判断は嫌いじゃないぜ。」

 

一旦休憩することにした三人はその場に座り込み、先程投げられたノクティスはジト目でメディウムに嫌味を言い魔法で助けられたグラディオラスは同じ王に仕える仲間として徐々にメディウムを認めていく。

 

あの場で一番危ない後ろにいたメディウムは自分より先にノクティスとグラディオラスの安全を確認してから行動した。

危機的状況で王を最優先事項にするその度胸はグラディオラスと通じるものがあった。

 

「おう。一緒に過ごしてない分信頼がないだろうが俺のたった一人の弟を守ることに関しちゃ譲れねぇからな。王の盾だろうがバシバシ使ってく。」

「そうしてくれ。王も守るとか信頼してくれって言われるより弟を守りたいから利用するって言われた方がよっぽど信用できる。」

 

メディウムの言葉に偽りはないと信じたグラディオラスはメディウムに手を差し出す。

その手を力強く握り返した。

グラディオラスの中で疑念に思っていたノクティスが尊敬する怪しい兄王子が、ただ弟を心配する同僚になった瞬間だった。

 



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神話の巨神 後編

五分にも満たない休息だが、いくらか落ち着いてきた三人は先に進むべく立ち上がる。

先程メディウムが放った試練という言葉を思い出したノクティスはエレメントの残量を確認する兄に声をかける。

 

「そういや兄貴、試練とか言ってたよな。」

「俺じゃなくて巨神な。試練ってのはまあ腕試しだ。巨神に実力を示せればいい。」

「六神全部と戦わなきゃならないのか。」

「それはない。神も性格あるらしいし六神だって全部現世にいるわけじゃないんだ。長くなるが今聞きたいか?」

「いやいい。神話とか現世とかその辺の話も帰ってから聞くわ。腕試しならわかりやすいしな。」

 

戦えと要求しているのならば遠慮はいらないだろう。

シンプルで考えなくていい物事だなと気合いを入れるノクティスとグラディオラスに苦笑いを返した。

別に殺し合いをするわけではないし万が一の時は抱えて逃げればいいか、と先に進もうとしたところでメディウムの足が止まる。

 

どうしたのかと口を動かす前に、人差し指を唇に当てて黙るようにジェスチャーで伝えられた。

どうやら何かが聞こえているらしい。

 

「…厄介だな。魔導エンジンの音がする。」

「この状態でよく聞こえたな。」

 

パチパチと燃え盛るメテオの熱と騒ぎ立てる野獣の声がこだまする環境では遠くの音は拾いにくい。

メディウムの耳には親しんだ音であったがために、場所と状況に違和感を覚え、気づけたと言える。

慣れ親しんだ音は存外遠くでも聞き分けられるものなのだ。

 

警戒を高めたところでノクティスの上着に入った携帯が鳴る。

着信音からしてイグニスからだ。

 

「どうした?」

「ーーノクト、揚陸艇がーー見えたーーそちらにーーってる!ーー気をつけてーー」

 

電波が悪いのかブツリと音を立てて途切れ、上空を見ると確かに揚陸艇が確認できた。

メディウムの言っていた魔導エンジンの音の元はあの揚陸艇だろう。

 

「揚陸艇が飛べてるってことはこの先にひらけた場所があるな。」

 

飛行戦艦や移動軍事基地の様にある程度の広さを確保する必要のない垂直離着陸が可能な揚陸艇だがやはり大きさがあるため魔導兵を降下させるにしても広さを重視する。

数で押す戦法も下ろす場所がなければ実行できない。

少数できている可能性もあるが確実に十体は投下しなければ真価は発揮できないだろう。

 

「魔導兵を追っ払って少し会話を試みたい。頭痛くなるかもしれないが、耐えられるか。」

「平気だ。聞きたいことでもあるのか?」

「穏便に済ませられないかなぁって。無理そうだけど試みて見ないと気が済まん。」

「じゃあさっさと片付けますか!」

 

頭痛による鬱憤を晴らす気でノクティスはマジックボトルを取り出す。

中身の赤く輝く光からすればそこら中にある炎のエレメントを詰め込んだようだ。

ノクティスは先へ進むと少しだけ出っ張り、開けたところに固まる魔導兵に向かって三つのマジックボトルを投げつけた。

扇状に投げられたファイラのボトルは見事に三体の魔導兵に命中。

巻き込まれて撃破された魔導兵を中心に轟々と燃え上がり、岩場から数台の魔導兵が落下した。

 

綺麗に全滅させたことでスッキリしたのか笑顔でサムズアップ。

まだ燃え盛る岩場だが気にすることなく氷を地面に敷き詰め、メディウムは声を張り上げる。

 

「落第者で申し訳ないが一つ問いたい!!試練は戦う以外はないのか!!」

 

降って来たことによってとても近くなった距離。

巨神は頭を裂くような頭痛をもたらす咆哮を上げ、メディウムに向かってその豪腕を叩きつける。

その大きさたるや迫力とともに死を悟りそうになるが近くにいたノクティス達も軌道上、当たってしまう。

俊敏性がかけるその腕の軌道を読み切り、メディウムが持ちうる一番硬い大剣でその腕を思いっきり殴った。

 

どんな動作にも重心がある。

その重心をわずかに外にずらすことに成功したその一撃はすんでのところで三人から逸れた。

 

「腕一本で相手してやるから打ち倒してみろってさ!無茶言うぜ!」

「とにかく走れ!戦うにしても狭すぎだ!」

 

まだ続く道を全速力で駆け抜ける。

巨神の腕は後ろから道を崩しながら迫って来ていた。

メディウムが雷を撃ち放ったり炎を地面に張り巡らせているが一向に止まる気配はない。

岩を削り取る天災のような腕を止めるには全く威力が足りなかった。

 

通れる場所が限られた場所で腕と戦える適度な高さとひらけた場所などそうそうないはずなのだがルナフレーナと一度訪れた時に見つけた広い場所を思い出す。

あそこならシフト魔法もマジックボトルによる高威力魔法を使っても退避する余裕があるだろう。

 

しかしせまってくる手から逃げ、ついたところは崖。

もはや逃げ道がない。

 

「くそっ!逃げらんねぇぞ!」

「グラディオ!左斜め下に広い空間がある!お前さんをそこに投げ込むから上手いこと着地しろよ!」

「お前らはどうするんだ!」

「このムカつく巨神に一撃ぶち込んでから行く!」

「兄貴だけにやらせるかよ!散々頭痛めつけやがって!」

 

武器召喚で大剣を構えた王族二人はシフト魔法で脱出できる。

グラディオラスが止まっても邪魔になるならば先に降りて安全を確保する方が良い。

そう判断したメディウムは受け身をとったグラディオラスを氷の滑走路に放り投げる。

 

大柄な男を持ち上がらずとも投げたメディウムは正確に氷の上に落とし、滑り落ちて行くグラディオラスを見届けた。

それと同時に迫り来る巨神の腕を見据える。

横から迫ってくるその手のひらの重心めがけて二つの大剣が振り抜かれた。

軌道をずらした手のひらはそのままの状態でもう一度迫ってくる。

メディウムは真剣な顔で今の一撃で砕けはせずとも刃はダメになったであろう大剣を構え直し、ノクティスに笑いかけた。

 

「良いかノクト。三十秒が限界だ。ーーしっかり見とけよ!」

 

何をする気だと言う前にメディウムの体がブレる。

全身が紫の炎に包まれ、その周りには赤紫のファントムソードが舞った。

コルの言っていた模倣品のファントムソードは兄の呼び声に答え、その身を代償に力を振るう。

 

ぐらりと兄の体が揺らぎ十一の剣が一斉に牙を剥いた。

 

それはまさに兵器。

昔自分を守ったレギスとはまた別物。

戦うために生み出された模倣品は意志を持って巨神の腕を捉える。

魔法を併用したものなのか時には雷を放ち時には爆風を上げ時には冷気を撒き散らす。

紫に輝く兄は常時シフト魔法で巨神に張り付き鬼神の如き表情で口から血を流している。

 

コルの言っていた命を削るファントムソード。

自分はまた家族に助けられている。

溢れ出る血を吐き出しながらもメディウムは攻撃の手を緩めず、巨神の手のひらをグラディオラスのいる広い空間へと落とした。

 

これが王の力。

模倣品であの威力であれば自分はどれほどの力が出せるのか。

その力の強さとそれを操る兄の技量と身を削ることも厭わない姿に身が震えた。

 

しかし、戦うなら巨神の腕が落ちた今がチャンスだとノクティスはエンジンブレードを巨神の腕へと突き立てた。

 

自然と広い地に降りたノクティスに当たらぬようにファントムソードが退けられ宣言通り三十秒で剣は砕けて消えた。

魔力切れと体力の限界なのか、空中にいたメディウムが受け身もとらずに落下し始めた。

持ち直した巨神の腕が力尽きた兄に迫っている。

 

地面へとぶつかる前に間一髪のところでグラディオラスが受け止め、巨神の腕をノクティスのファントムソードが受け止めた。

兄を守りたい一心で発動したが存外うまく行くもので兄の半数にも満たない四本のファントムソードを巨神へと向ける。

鬼神の如き兄に圧倒されたがそれ以前に、命を削る切り札を使わせた罪はノクティスの中でとても重い。

 

隕石を支え続けるほどの巨神の一撃はいくらオリジナルのファントムソードの方が強いとはいえ四本では耐えきれない。

嫌な音をあげる武器はじりじりと押され始めていた。

 

「ノクトっ!魔力を回せっ!刃先に回せば威力が上がる!」

 

血を吐き出しながらも助言をするメディウム。

普段は吐血するほどではないのだが炎が首元にまで及び喉の粘膜を裂いた。

すぐにケアルを回して修復しているが鉄のような味の血液で溺死など冗談ではないと、溢れた血を全て吐き出す。

口元から喉元まで血だらけになりながらも回復して来た魔力で片手剣を召喚した。

 

ノクティスの魔力と四本のファントムソードでは耐えきれない。

支えてくれていたグラディオラスを押し退け、なんとか具現化できた四本をノクティスのファントムソードとともに叩きつけた。

ふらつく手で片手剣を後方へ投げ飛ばしシフト魔法をギリギリで使用。

逃げ遅れたノクティスはグラディオラスが引っ張って退避させた。

命がいくつあっても足りないと悪態をつきつつも後方へと下り打開策を見出すべく頭を巡らせる。

 

そんな時、ギリギリの戦いを繰り広げる三人の元に待ち望んだ声が届いた。

 

「ノクト!!」

「お待たせ!ってメディ!?それ大丈夫!?」

「ゲッホッ…なんとか治った。見た目派手だが大したことねぇよ。」

 

イグニスとプロンプトが合流し、口元が血だらけのメディウムに軽くホラーだとプロンプトが悲鳴をあげる。

吐血するほど喉を裂けば死んでもおかしくないのだが気合でなんとかしたメディウムはふらつきながらも武器を構える。

 

「無事だったか!」

「途中で帝国軍が来たりしたけど、こっちの方がヤバそうだね!」

「メディが重症か。まだ戦えるのか。」

「当たり前だろ。つってもジリ貧だ。軍師殿、策はないか。」

 

尊敬するメディウムという軍師が自分を頼ってくれている。

イグニスはどこか歓喜の思いを湧かしながらも状況を打破するべく注意深く巨神を観察する。

迫り来る腕を避けながらノクティスが情報を伝える。

 

「兄貴の魔法じゃ効かなかった。マジックボトルに詰めてない純正の魔法。エレメントを直で動かしてたから威力は期待できないやつ。」

「期待できなくて悪かったな!ボトル一個や二個じゃ通用しないのなんて神様しかいないだろ!」

「わかった。ノクト、その力は?」

「王の力を全部召喚した。兄貴の真似だがあと数分が限界。」

「俺もあと一回なら…。」

「兄貴は召喚して重症だ。自傷が思いの外ヤベェのがよくわかった。二度と使わせたくない。」

「わかった。大事な頭脳担当だ。容易に死なせはしない。メディも使わない方針でいいな!」

 

迫り来る巨神の拳を避けながらイグニスが指示を出す。

勝てる力なのに使うなと言われ、少しだけ不機嫌そうにしているがもう一度使えば大事な場面で使える時間が減る。

緊急用の手段でもあるためメディウムは渋々頷いた。

 

「このままだと決定打にはならんがそこはどうするんだ!軍師後輩!」

「氷のエレメントを詰めたマジックボトルはどのぐらいお持ちですか!」

「氷?ああなるほど!それならこいつを使いな!」

 

一言で作戦を悟ったメディウムは明らかに異常なほどの爆発物だと思われるマジックボトルを投げよこす。

慌てて受け取った三人がこれはなんだとメディウムに聞いた。

面白いおもちゃを自慢するようにニヤリと笑うその表情から嫌予感しかしない。

 

「俺の知りうる限り最高のブリザガだ!こいつぶち込むなら後ろに下がっていた方が賢明だ!ノクト!その腕の動きを止められるか!?」

「なんとかいける!」

「入れ替わりで打ち込む!本気出すから下がれよ!」

 

再び振り下ろされ勢いがついたタイタンの腕をノクティスが四本のファントムソードを叩きつけることで加速させていく。

殺しきれない勢いを有した腕は強い地鳴りと衝撃を与えたがその一瞬を見逃さずメディウムが召喚した剣を投げつけた。

 

「腕置いてけぇぇぇぇ!!」

 

直球すぎる要求を叫びながらその腕に片手剣を叩きつける。

こちらを見る金色の巨神をみてぞわぞわと背筋を駆け巡る本能。

自然と緩む口元の感覚に悪い癖が出たと内心呆れつつも狂ったように笑い声をあげる。

視界の端でファントムソードの限界が来たのか後方に飛びのくノクティスが見えた。

 

長い間味わうことのなかった死闘。

戦うことを滅多に許されない鬼神の如き狂戦士は今己を殺そうとするその存在に脳内麻薬ように溢れ出る歓喜を抑えきれない。

 

メディウムの悪い癖とは命を掛け合う戦いに度し難いほど楽しくなってしまう思考回路だ。

その癖が出てしまう瞬間は自分が死にかけの状態でアーデンの本気の顔のような金色の目を見た時。

今目の前で殺さんとしてくる金色の目を見てしまったメディウムは無意識にアーデンを重ね、痛む身体を無理やり動かして本能のまま生存をもぎ取らんと駆け抜ける。

 

生き残るために身につけた一瞬で思考を放棄し本能のままに戦う狂戦士が今この場で引き出されてしまっていた。

 

「ノクト、大丈夫!?」

「俺は大丈夫だ!けど兄貴が!」

 

駆け寄ってきたプロンプトがポーションをぶちまける。

入れ替わるように巨神の腕に張り付いたメディウムはなぜか笑い声をあげながら腕を避けつつ攻撃を繰り返している。

先ほどまで冷静にみていたメディウムに一体何があったのかは知らないがとんでもないことになっているのは確かだ。

 

「今の一瞬で何があったのかさっぱりだな!!」

「よくわかんないけどスプラッタ映画のヤバいやつみたいになってるよね!?」

「ついでに悪いお知らせだ!帝国が来ているぞ!」

 

焦ったような強い声に振り返ると、帝国軍の魔導兵が揚陸艇から次々に音を立てて降りる姿が見えた。

自分達をどうにかするつもりでやって来たのかと構えるが何やら様子が違う。

発熱しているようにも見える槍状の兵器を装備し、一斉にそれらをタイタン向けて射出。

人間に突き刺したら爆破しないミサイルのような兵器であっても巨神相手ならば爪楊枝のようなもの。

 

しかし、槍を受けたタイタンは苦しみ悶えるように腕を振り魔導兵に叩きつける。

金色の目線から逸れた瞬間に理性が戻って来たメディウムはやってしまった後悔とドン引きされているであろう仲間達への後ろめたさで急いで後方へと下がる。

 

「なにあれ!?」

「対神武器だ。まさかお目にかかる日が来ようとはな!」

「メディ!戻ってきた!」

「すげぇヤベェ奴になってたけどなんだったんだ!」

「できれば忘れてくれ!外の世界を生き抜くための防衛本能がでただけだ!だから忘れてくれ!!」

 

メディウムの見たことがないというより、使用する瞬間を見る日がくるとは思わなかったという口ぶりにイグニスは槍を凝視する。

神話の存在というのは一般人にとってはあくまで伝承であり現実にいるとは誰も信じていない。

しかし、帝国軍は怖いもの知らずにも程があるが対神の武器を作っていたというのか。

 

そしてその神を苦しめるに足る武器を作ってしまったというのか。

 

「汚名は戦場で晴らす!腕をぶっ壊すぞ!今のうちに投げつけろ!」

 

メディウムの指示にイグニスは思考をすみに追いやって先ほど渡されたマジックボトルを握る。

帝国軍の魔導兵がさした槍を払うために手をついたところでイグニスが合図とともにボトルを投げた。

続いてプロンプト、グラディオラスがお手製ブリザガを投げ込んでいく。

 

もはや爆発にも近い氷の塊は巨神の腕に取り付き、芯から凍らせる。

 

「狙うは一点。筋は見えた。遅れるなよ愚弟。」

「スプラッタハッピーもな!」

「だから忘れろってばぁぁぁぁ!!」

 

メディウムの悲痛な叫びとともに巨神を支えるその腕に切り込む。

その後をコンマ一秒遅れることなく夜叉王の刀剣を持ったノクティスが貫いた。

凍った部分を粉々に砕き腕を失ったことで少し倒れた巨神は一度その金の目を瞑るとノクティスへ訴えかけるように見つめた。

 

 

 

 

 

「か、勝てた…?」

 

冷気の残った場所を呆然と見つめる。

腕を破壊されたタイタンはノクティスをしばらく見つめたかと思うとメディウムを見て小さく何事かを告げる。

最初は険しい顔でタイタンの言葉を聞いていたが次第に眉間のしわを解いてメディウムが誇らしげに笑う。

 

「ーー自慢の弟だからな。」

 

真の王。

その存在を認めその力を信じた巨神はどこか微笑んだかのように唸り声をあげ巨体を金色の粒子に変えていく。

 

事態が飲み込めない三人はどうなっているのかわからず困惑するが。

力を授かったことでその意味を少し理解し、小さく頷く。

何を言っていたのか、ノクティスにはわからないが何かを託された。

その考えを肯定するかのように金色の粒子はどこかへと消え最後のいくばくかの飛礫がノクティスの手の中に消えた。

 

「巨神、なんて言ってたんだ。」

「ああ。あとで教えてやるよ。とりあえず満足だってさ。」

 

去っていた巨神は兄に力を使わせ傷つけたがそれは自分の力不足も原因であるし、そもそも腕一本砕いた。

それであいこだとノクティスは巨神への怒りを解いた。

 

「それでだ。このカーテスの大皿を出たいんだが。すまん。限界。」

 

清いほど笑顔でバタンッとメディウムが倒れた。

その顔は真っ青であり意識はあるが立ち上がれない状態のようだ。

明らかに出血のしすぎと力の使いすぎだった。

メディウムを抱えようとグラディオラスが背負う。

 

しかし、背負いきる前に四人は強烈な地響きにみまわれた。

 

「メテオの熱!?」

「巨神がいなくなって、支えがなくなってるんだ!」

 

そこかしこから溶岩が吹き上がり、熱いというより溶かされてしまう危険性が色濃くなる。

グラディオラスは急いでメディウムを背負いあげ、四人で周りを確認するが脱出出来そうなルートは見当たらない。

 

「ど、どうしよう!?」

「戦うこと自体が想定外だ!どうしようもないぞ!」

 

神に認められたところでデッドエンドなど冗談ではない。

なんとか逃げられないかとあたりを懸命に見回したところでぐったりとしていたメディウムがもそもそと顔を上げる。

 

「魔導…エンジン…。」

「メディのやつが魔導エンジンの音がするとか言ってやがる!」

「どんな耳してるの!?この状況でよく聞こえるね!?てかマジで!?」

「冗談とかじゃねぇだろうな!」

「いや、本当にそうらしい。揚陸艇だ!」

 

帝国軍の揚陸艇が一隻、ノクティスたちの前に浮かぶ。

ここで助けに入る帝国人。

もはや一人しか思い浮かばない四人の答えは大当たりだった。

 

「おーい!無事?」

 

飄々とした態度は変わらず、しかし明確な敵と判断せざるを得ない状況でその男は嗤う。

 

「俺の名前さ。別に長くて略してたんじゃないんだよね。」

「アーデン・イズニア…。帝国の宰相っ!」

「そうなんだよ。でも今は助けに来たんだ。」

 

どう考えても罠にしか聞こえない。

今この場を逃げおおせても帝国軍の揚陸艇。

相手は帝国軍の宰相。

はいそうですかと信じられる相手ではない。

 

「ここで捕まえたりしないよ。どうするの?選択肢は二つ。生きる?」

 

四人の返事はない。

 

「なんだよ。死ぬの?」

 

与えられた選択肢は実質一つ。

ノクティス達に死ぬという選択肢はない。

 

「ここでは死ねない。行こう。いいな、ノクト!」

「…っ!ーーわかった。」

 

一抹の不安を抱えながらも、ノクティス達は揚陸艇へと乗り込んだ。

 



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Chapter05 暗雲
一時の休息


入れるところ間違えていたので修正


揚陸艇の中。

血液が足りず頭の上からつま先まで冷えるような感覚に不快感を覚えながらも壁際に座り込む。

ボロボロの五人の中でも特に重症なメディウム以外は細かい切り傷のみで手当てすれば後にも残らないだろう。

重症といっても欠損や骨折ほどではない打撲と失血。

きちんと食事をとって数日休めば輸血の必要もなく自己回復するレベルだった。

 

しかし、敵国の揚陸艇の中というのも相まって殺伐とした雰囲気。

危険地帯を抜けたといっても帝国軍に捕まっているのと変わらない状況がそうさせていた。

アーデンの目的を知るメディウムからすれば捕らえるわけがないのだが四人は帝国の内部など知らない。

赤毛の不審者は声をかければいいものを不躾にもじろじろと観察し四人に失望の目線を送っている。

彼のお眼鏡に叶う王と従者というのは非常にハードルが高い。

なりたての王ではそのハードルの高さを知ることすらままならないだろう。

 

ふわふわする不快感の中で、自分が動かなければダメかとため息をつきながら声を出す。

気力も尽きかけ弱々しいのは致し方ない。

 

「安全な場所におろしてくれるんだよな。アーデン宰相様。」

「もちろん。レスタルムの方面は軍がいるから湿地の方になるけどね。ところで、治療薬いる?メディウム君。」

「…いらねぇよ。」

「そう。残念。」

 

軽口を叩いたが特に気にする様子もなく返答され、治療薬はいるかと聞かれた。

警戒した四人はアーデンを睨みつけノクティスはメディウムのそばを離れずプロンプトも支えるように隣に座り、グラディオラスとイグニスは三人を守るように直線上に立つ。

 

ポーションではなく治療薬と言い換えたことに四人は違和感を覚えていないようだがその正体を理解したメディウムはいつものようにいらないと返した。

治療薬とはシガイの寄生虫のことを指しているのだろう。

生憎、まだ人間でいたい。

 

「…帝国の人…なんだよね。」

「帝国人がみんな悪いみたいな言い草だ。」

「あ!いや…その…。」

「みんな悪くはねぇけど、あんたは悪そうだ。基本嘘つきっぽい。」

「ええ?俺嘘ついたことないと思うけど。」

 

王都を襲った帝国の宰相という立場の人間だがアーデンのいうとおりすべての帝国人が戦争をしているわけではないし王都を襲撃したのだって軍の一部ほど。

ほとんど魔導兵だが。

しかし決して的外れではない指摘にプロンプトはどうすればいいかわからず黙り込む。

そこにノクティスが助け舟を出した。

 

嘘つきっぽいという曖昧だがその通りであろう雰囲気を持つアーデンは、自分は嘘をついた覚えはないと主張する。

二十年来の付き合いのメディウムもたしかに重要なことで嘘をつかれた覚えはない。

代わりに真実を伝えられたこともない。

 

「ああ。ついたみたい。じゃあね。王子様達。精々頑張って。」

 

チョコボポスト・ウイズの近くの森で降ろされた五人は本当に何もしなかったアーデンを不思議に思いつつ安静にしなければならないメディウムのためにモービル・キャビンで休むこととなった。

 

 

 

 

 

 

「レガリアがないとはなぁ。」

「シドニーに連絡入れたが周辺の工場に運ばれたかもしれないから探してくれるらしい。」

「まあ、持ってったのが帝国軍の可能性もあるな。」

「またあのおじさんが助けてくれたりしないかな?」

「アーデン宰相かぁ?」

「やめてくれ…。期待できるはずがない。」

「だよねー。どうしよっか。軍師様二人。」

 

カーテスの大皿から逃げた翌日の日が差し込む昼下がり。

モービル・キャビンの前で立ち話をする男五人。

血だらけの服を捨てて買っておいた服の二着目を身につけて刃こぼれした刀達の整備をするメディウムはなくなったレガリアと今後の予定について頭を巡らせる。

そもそも敵地のど真ん中に置いていったのが悪いので餅は餅屋ということでハンマーヘッドのシドニーに任せた。

シドの方にも頼みたかったのだが船の修理で忙しく、断られてしまったのだ。

 

代車をシドニーに提案されたが男五人が乗れる車など外の車ではほとんどなく、レガリアの王族仕様になれた四人には考えられなかったらしく丁重に断った。

しばらくは徒歩となるが致し方なく、連絡待ち。

 

「貧血はとりあえず収まったがしばらく安静なんだろ?」

「当たり前だ。二度とあの技使うんじゃねぇぞ。」

「へいへい。となるとモブハントで稼ぎながら次なる移動手段、チョコボの確保だ。」

「ええ!?チョコボ!!乗りたい!!」

 

本当に嬉しそうに大声を出すプロンプトに耳が痛くなったメディウムだが貸し出しが現在は停止されていて、とある野獣を倒さねば難しいことを説明する。

合流する前にチョコボポストの店主ウイズに聞いたスモークアイというベヒーモスのことである。

レガリアを取りに行った四人を待つ間に聞いたところ、正式にモブハントとして依頼を出しているそうだ。

ベヒーモスさえいなくなればチョコボの貸し出しを再開できるという。

 

「俺は動けないが、四人でなんとかなるだろ。てな訳で金稼ぎと移動手段確保。俺は安静にしつつハンマーヘッドの連絡待ち。異議は?」

「なるほどな。いい腕試しになる。」

「見習わなくてはな…。」

「軍師の先輩っていうかあらゆる状況において先輩だよねー。俺はもちろん異議なし!」

「絶対安静だからな!」

「年長者だし。ここからほど近い場所だよ。モービル・キャビンは嫌だけどいるから。はい依頼書。」

「なら異議なし。ちゃっかり受けてるし。」

 

鎖骨から首裏にかけて新たにできた火傷の跡を見ながらノクティスは再び安静にしろと念を押す。

相当なトラウマとなったのか金輪際ファントムソードを使わないことを誓わされた。

口約束なので本気で危ないときは破る誓いとなるがノクティスが嫌がるのならばほいほいと使うのはやめる気でいた。

 

ちゃっかり受諾済みの依頼書をノクティスに渡して、刃こぼれした片手剣と大剣を武器召喚で取り出して白いテーブルに並べる。

一通り手入れを施しても鈍器程度にしか使えなくなったそれらをまだ手入れする気のようだ。

ウイズ特製のチョコボサンドをかじりながら真剣に見るメディウムに、この様子なら本当に動かないだろうと信じ四人はスモークアイ討伐へと向かった。

 

肉眼で捉えられないほど離れて行ったことを確認し、メディウムは大剣と短剣を撫でる。

片手剣は奇跡的に刃こぼれしなかったがだいぶ傷んでしまった。

シドに修理を頼みたいがカエムの岬に行かねばなるまい。

その前に雷神の啓示を行うのだが、雷神は案外面倒な行動をしなければならないらしく、案内はルナフレーナがゲンティアナに一任した。

風穴あけたフォッシオ洞窟を正面から踏破する前に封印を解かねばならずその封印を解く鍵を現在準備中。

 

携帯に表示された天気予報の限りでは雨雲がこちらに向かってきているらしいのでもうすぐだろう。

 

「ーーで。レガリアはどこに運ばれたんだ。」

「ありゃ。バレてた?」

「隠れる気もないくせに。四人は気づかなかったみたいだけどさ。」

 

武器から視線を外さずにさも当たり前のように声をかければ、あっさり姿を現したアーデンは座るメディウムの横に立つ。

プロンプトが笑いながらこぼした助けてくれそうなおじさんは会話が始まる前にすでにそこにいた。

しかし、幻覚魔法で景色に溶け込んでいたため四人は気づかなかったようだ。

 

王族のノクティスならば魔法の流れで感知できるかもしれないがそこは経験の差。

基本的に魔法は発動した瞬間は大きな魔力の流れがある。

しかし、発動している状態のものは一定の流れになってしまい、感知が難しくなる。

治療のためにケアルを行使することが多いメディウムは魔法の感覚が鋭利になり、魔力そのものに反応できるのだが経験の薄いノクティスには難しいだろう。

 

「新しい火傷が付いていたのが気になって見にきちゃった。使ったんでしょ。アレ。」

「とうとう服じゃ隠せない首元だ。燃え尽きる日も近そうだな。」

 

襟首に手を忍び込ませたアーデンは新しい火傷を撫でる。

ファントムソードの召喚はこれで三度目。

オリジナルとは違い一つの武器としては扱えない模倣品はアーデンのオリジナル魔法。

アーデン自身は不老不死の身であるため火傷などできた瞬間に治療する上、自分より後の世代の若造の王など取るにならない。

メディウムのようにわざわざ正面切って力を借りつつ模倣するのではなく文字通り力を盗んで模倣していた。

 

神経を保護する皮膚が薄くなり、感覚が鋭くなっている火傷部分を触られたことで眉間にシワがよるが抵抗することなく好きにさせた。

 

「探しているレガリアってやつは軍事基地にあるよ。でもちょっと天気が悪いみたいでね。移動基地で運ぶ予定なんだけど危なくて今は待機中。」

「こっちはまだ晴れだが帝国側がひどい雷雨か。随分都合がいい。帝国はレガリアをどうする気で?」

「さあね。高級車だし。売りさばいたりするんじゃない。それより防犯意識しっかりしなよ。車のキー差しっぱなしだったってさ。」

「ノクトだな…。」

 

教えてくれないかとも思ったがどうでも良さげに移動基地を教えてくれた。

晴れても雨でも一度補給のためにチョコボポストとレスタルムを直線で結んだ間の広い土地に着陸して補給することになるらしい。

戦争で作られた丁度いいコンクリートの壁があるらしく、標も近くにある。

雷神がいる限りこちらもしばらく雨は止まないため焦らず啓示を済ませられるだろう。

あとで防犯意識の薄い愚弟を叱りつけることも忘れずに。

 

「にしても巨神は流石に苦戦したか。こりゃまたひどい。」

「地震起こすような神の一撃を食らって刃こぼれで済ませたのは凄くないか。王都の武器と外の武器の格差を思い知らされたけどさ。」

 

王都製の大剣とレギスから授かったエンジンブレードは手入れすれば問題なく扱えるほどの損傷しかなかった。

力技が傷のせいでできない分武器の扱いだけは。

神の力を手に入れオリジナルのファントムソードを振るえるノクティス相手でも勝てるほどの実力を有してこそ兄と胸を張って言えるような気がしていた。

 

「普通に話しているが、こんなところで油売っていていいのか?」

「首脳部も研究機関も俺がいなくても回る。移動基地で帝都に一旦帰るつもりだったし。ディアがいないと要塞にいても暇なんだよね。」

「だからってルシス領にいるなよ。」

 

刃こぼれした武器を消して立ち上がる。

そろそろ横にならなければ気持ち悪くなりそうだとモービル・キャビンに足を踏み入れたところで何かを投げつけられた。

後頭部に直撃してぽとりと落ちたのは中身が硬い斜めがけの背負い袋。

見覚えのあるグレーの背負い袋を拾い上げて中身を確認すると、予想通り一冊のスケッチブックといくつかの絵の具と筆だった。

武器召喚でキャンプ用品や釣り道具が召喚できるのと同じ要領で呼び出せるメディウムの水彩画セットである。

 

「ついでに届け物。」

「…なんでわざわざ。」

「気まぐれ。」

「ふーん…ありがとう?」

「どういたしまして。」

 

くすくすと笑っていたかと思うと次の瞬間には消えていた。

傷の様子見と届け物のためだけに話しかけてくるアーデンの行動はさっぱりわからない。

まだ何か入っているかもしれないと中身をもう一度改めると使ったことのない新品な橙色の絵の具が入れられていた。

そこには付箋で"夕日"とだけ書かれていた。

これで夕日でも描いていろ、ということなのだろうか。

 

スケッチブックにはジグナタス要塞から見える帝都の景色やテネブラエのフェネスタラ宮殿、アコルドのオルティシエなどがあるがよく良く考えてみればルシス王国王子なのにルシス領の絵が一枚もない。

訪れたことは年に一度必ずあるはずなのに一枚も描いたことがなかったのか。

 

首を傾げながらも絵の道具を持ってしまった以上描きたくなりこのまま眠れなくなったメディウムは、チョコボポストにいるヒナチョコボを描くことにした。

 

横から見ていたウイズがその絵を気に入り調子に乗ったメディウムが貧血で気持ち悪くなるまでヒナチョコボとチョコボの絵を描き続け、真っ青な顔になったところで戻った四人に連行されたのは余談である。

もちろんしこたま怒られた。



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情報整理

モービル・キャビンの中で、メディウムの携帯からなるラジオが響く。

朝食を作るイグニス、キングスナイトで対戦する三人と思い思いに寛いでいるがラジオに耳を傾けてはいるようだ。

 

 

ーー"封鎖"について帝国軍のレイヴス将軍より次の通りの声明が発表されました。

 

「ダスカ地方の"封鎖"は調印式襲撃に関わった人間の行方を捜索するために行なっている。影響が大きいことは承知の上。全ては市民の安全を第一に考えたことであると理解願いたい。」

 

また前日までダスカ、クレイン地方を中心に頻発していた地震について帝国軍より発表がありました。

 

「地震の原因は巨神が目覚め、暴れたことにあった。軍は巨神の討伐に成功し、周辺の被害が深刻になる前に防ぐことができた。」

 

この発表によると既に巨神はーー

 

 

ラジオが途切れる。

メディウムが携帯を操作して切断したためで、ラジオを聴いていた面々の顔は渋い。

 

「レイヴス将軍…ね。」

「ふざけやがって。王都襲撃の首謀者は帝国軍だろ…!」

「ダスカ地方の封鎖というのも大きく出たな。容易に出歩けない。」

「イリス達やルナフレーナ様…大丈夫かな…。」

「カエムの岬に既に到着したってメールがコル将軍から届いている。二人護衛をつけたらしいしカエムは一部の人間しか知らない。大丈夫だろう。ダスカ地方の封鎖も一時的だ。すぐに解除される。襲撃の首謀者は表向きには反ルシス王家のテロ組織ってことになっているんだ。レイヴスもそういうことにしているんだろう。将軍の後釜につけるほどの力も手に入れたらしいし。」

 

一人一人の疑問に答えるメディウムは貧血も収まり十分に動かせる体をベッドから起す。

ノクティスの監視により、二日間ベッドから起き上がれなかったメディウムはポキポキなる背骨を伸びでほぐして携帯を何度か操作する。

今まさに話題に上がったレイヴスやアラネアからの着信履歴がいくつかあるがそれらを無視してメールを打ち込む。

送信先はアーデンである。

 

「レイヴス将軍ってメディの知り合い?」

「ここにいるみんなの知り合いになるな。端的に言えばルナフレーナの実の兄だ。」

「え!?ルナフレーナ様の?でも帝国の将軍って…。」

「テネブラエは帝国領だ。軍にいてもおかしくはない。王都襲撃の際、光耀の指輪をはめたらしくてな。ノクティスが今は所持しているが選ばれていない人間が身につけると炎に焼かれて灰になる。レイヴスは神凪だからなのか奇跡的に片腕を失うだけですみ、今は義手と指輪の影響か強い力を手に入れたとか。将軍になれるほど強力なのか。それとも…。」

「ええ?言いかけてやめるの?」

 

話をしながらも携帯を操作する手は止めない。

素早いフリック操作で何事か書き綴り、かなりの長文メールを送りつけたところで一旦言葉を切り質問してきたプロンプトを見た。

好奇心からの質問なのだろう。

無邪気で純粋な瞳がメディウムを捉える。

 

「アーデン宰相の右腕…イグニスは聞いたことないか?」

「真偽は定かではないが、息子のディザストロ・イズニアか。」

「そう。そいつと仲がいいんだ。レイヴスは。その関係かもしれないな。」

「あのおっさん子供いるのか。」

「正確にはわからない。ディザストロ・イズニアはほとんど表舞台には立たないがテネブラエとアコルドの帝国側外交官。宰相の副官も兼任しているらしい。帝国の重要人物の一人だ。」

 

レイヴスはアーデンの操りやすい駒として将軍にされている可能性が大いにあるが、もしかしたら自分が関係しているかも知れないとメディウムは考えていた。

聞いたことのない名前というよりあのおじさんに子供がいたことに驚いたノクティスがイグニスを見ると、本当にそうなのかはわからないと首を横に振って説明した。

 

「子供か分からないってどう言うことだ。」

「あの宰相自身が謎で身を固めているという話もない。拾い子という節が有力だ。なにより、顔を出さない。赤毛の男ということぐらいしかわからないんだ。」

「もしかして、ガーディナであったフードの人?」

「ああ。ディザストロ・イズニアの可能性が高い。」

 

目の前にいるんですけどねという言葉を飲み込んで、メディウムは苦笑いをこぼす。

アコルドやテネブラエの外交官がおまけの役職で宰相の副官の方が本職という訂正もあるが黙っておいた。

ややこしくする必要もない。

 

「それはともかくとして、そろそろこの旅の目的を改めて整理というか説明しようと思う。聞かせるって約束したしな。」

 

天気予報を確認したところ明日には雷雨になるらしい。

雷神の啓示もあるだろうし、その前にわだかまりをなくしておきたい。

そう提案すると同時に朝食も出来上がり、モービル・キャビンの外で食べながら話すこととなった。

 

「まずはおさらいだ。第一の旅の目的は?」

「歴代王の武器、ファントムソードの回収だろ。」

「その通り。国内には十箇所あるが残り六箇所。それらは俺たちがカエムの岬で一度船の修理の経過をみた後にしようと思っている。」

「それはどうして?」

「かなりバラバラに分かれているんだ。船の修理に必要な素材なんかがあればついでに取りに行けるぐらいには。」

 

ルシス国内は広い。

車で移動するとはいえとても時間がかかる。

面倒ごとは一度に済ませたいという魂胆だった。

ファントムソード回収は王としての力であり王都を取り戻すには必須の力となる。

それについては四人とも同意し先を促す。

 

「第二の目標は神々の啓示。これは王都を取り戻す役に立つのとはまた別に理由があって必須事項になる。」

「真の王の神話だな?」

「レスタルムで言ってたやつだよね。」

 

真の王は神々と歴代王の力を持って悪しき闇を払い世界に光を取り戻すだろう。

真の王とはクリスタルに選ばれたノクティスであり悪しき闇とは星の病と呼ばれる、二千年前に蔓延し今なお続く病のことだと教える。

しかし、病がなんなのか分からずそれを打ち倒せるのが真の王だけというのもよくわからない。

そう答えるノクティスにメディウムは一度目を伏せ、悲しそうに説明する。

 

「星の病とはシガイのことだ。」

「シガイ?あれは病気だっていうのか。」

「シガイの原因は分からず、シガイの影響を受ければ神凪に診てもらわない限り治らない筈だ。」

「正確には違う。シガイを覆う黒い液体のようなもの。それの大元は寄生虫なんだ。神凪はそれを多少祓う力があるが大元を立つには及ばない。」

「真の王にはできるってのか。」

「できるできないじゃない。やらねばならない。そのために神々が力を貸し歴代王の力がありクリスタが存在し光耀の指輪がある。星の病を断つことが神々の悲願なんだ。」

「寄生虫なんてどうやって打ち倒すんだよ。」

「シガイの王がいる。そいつを倒せば自然とシガイも消えるのだが…。現存する歴代王の力、クリスタルの力、神々の力、そして光耀の指輪。全てが揃わなければ無理だ。」

「世界を救えってのか…。」

 

シガイは世界中の人々の敵であり恐怖の対象。

それが病であり寄生虫が原因であることは二千年前には分かっていた。

しかし、現代に至るまでにその内容は何処かへと消えシガイの王そのものが闇に葬られた。

なぜ今なのか。

それは復讐のために二千年の時をかけて星の病を進行させたのが原因であり神凪とルシス王の力があっても夜は日に日に長くなっている。

このままではもう、世界が耐えられない。

 

「本当に大きな話だったんだね…。」

「どちらにしろ、クリスタルは取り返すし神々の力を借りること自体は戦力になる。大きな話だが今は貰えるものは貰うという気持ちでいてくれ。他に教えることはあるが取り敢えずはこれだけしかいえないし、頭がこんがらがると思う。」

「兄貴はどうして知っているんだ。」

「…聞いたんだ。クリスタルにな。」

 

本当はクリスタルだけではなくシガイの王本人にも聞いた。

だがその事実を教える気のないメディウムは真っ直ぐと疑うように見るノクティスの視線を涼しい顔で受け流す。

嘘とも本当とも取れない答えだがメディウムの表情から読み取れなかったノクティスは諦めて別の質問をする。

 

「俺が真の王なのはわかった。じゃあ兄貴は?使命かなんかがあるんだろ?」

「黙秘する。知られると使命にならない使命なんだ。」

「俺が生まれた時から外にいなきゃいけないような使命なのはわかる。」

「ああ、そうしなければならなくてな。他に聞くことは?」

 

答える気がないのか他の質問を促すメディウムにノクティスは悲しそうな顔をする。

この調子では二十年何をしていたかを教えてくれるかも怪しい。

しかし、聞かねばならないし聞きたいため強気に出る。

 

「二十年も何してたんだ。」

「監禁されていた。」

「はぁ!?か、監禁!?誰に!?」

「冗談だ。二十年も監禁されてれば王都に帰れるわけがない。」

 

冗談とはとても思えない声音だった。

もちろんメディウムは嘘をついていない。

事実最初の五年間はジグナタス要塞の外には一歩も出なかった。

さらにノクティス達からすれば監禁と言う言葉がとても現実的な物事に思えていた。

身体中にある人為的な切り傷が大いに物語っていることが監禁だとすれば辻褄があう。

問題は誰に監禁されていたかなのだが、メディウムは冗談だと言ってそれ以上口を割らなかった。

 

「…兄貴が真の王に選ばれなかった理由は?」

「真の王がなぜ選ばれるのか分からないのと同じように、選ばれなかった理由もわからない。」

 

レギスもルシス王国の重鎮達も口を揃えて次期国王はメディウムへと言っていたことをイグニスは思い出す。

メディウムの意思を尊重したいと言っていたレギスだが実際は理由もわからず選ばれなかっただけで王位から放り出されていた。

そしてなんの理由もなく弟が王位に就くことが決定した。

ノクティスはずっと気になっていたことを口にする。

 

「ーー王になりたかったか?」

「ああ。真の王になりたかった。少なくとも、ノクトにはやらせたくなかった。」

 

ノクティスは目を見開いた。

メディウムにはルシス王国の王になりたいかと聞いたのに世界を救う真の王になりたいと答えられた。

なぜ真の王になりたいのか。

なぜ自分にはやらせたくないのか。

ノクティスには分からないがメディウムの表情は悔しそうでそれでいて悲しそうにだった。

その意味を図りかねたグラディオラスは口を開く。

 

「ノクトには世界を救えねえってことか?」

「家族には、当たり前の幸せの中で生きて欲しいと願っているだけさ。」

 

直接的な答えは帰ってこなかった。

当たり前の幸せの中で生きるというのはどういう意味なのかは分からないが家族に幸せになってほしいということなのだろうか。

グラディオラスは首を傾げ、イグニスは眼鏡をあげる。

プロンプトは不思議そうにメディウムを見ていた。

 

「さあ。話は終わりだ。朝食も食べたし。モブハントにでも行くぞ。」

「ええ!食後の休憩ぐらいしようよ!」

「つべこべ言わない!次の目的は雷神だがその前に金が尽きたら困る!」

「それは同意する。いい武器も欲しいしな。」

「そこはホテルだろ。」

「まずは食材からだ。」

「取らぬ狸の皮算用。欲しいものがあるならとにかく稼げ!」

 

無理やり話題変換をしたメディウムは嫌がるプロンプトを立たせて背中を押す。

体も回復し、鈍りそうな戦闘の勘を取り戻せたらいいなと上の空で考えつつ先ほど送りつけたアーデンへの手紙を思い浮かべる。

返信はいまだにこないが軍部に言うことを聞かせられるのはアーデンだけである。

ダスカ地方の封鎖解除には骨が折れるだろうな、とため息をついた。

 



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雷神に呼ばれて

天気は予報通り雨が降り始めた。

しかし雷雨とはならない空を不思議に思いもしやとモービル・キャビンから出ると予想通りの人物…動物がいた。

 

「アンブラ!」

「ルナフレーナ様のお使い?」

 

続いて出てきたノクティスが驚いたように近寄り、プロンプトがそれに続く。

イグニスとグラディオラスも出てきてタシタシと前足で地面をたたくアンブラに近寄った。

プライナと同じ模様で白と黒が反転しているアンブラはわんっと一鳴きするとどこかへと走っていった。

しばらく進んだところ止まり、チラリとこちらを振り返る。

 

「何かを伝えたいのか。」

「ついてこいっていってるのは確かだな。」

 

アンブラを追いかけていくとメルダシオ協会が派遣している移動武器屋の隣。

少しばかり木々が生い茂るその場所にペタリと座り嬉しそうにもう一鳴き。

木々に紛れて視界にはとらえられないが、一瞬にして現れた気配を追うと六神の遣い。

二十四使が一人、ゲンティアナが佇んでいた。

 

「予定通りだな。」

 

素晴らしい仕事ぶりで、と茶化すメディウムを一瞥し軽くうなずくとノクティスに向きなおる。

 

「聖石を背負いし王。雷神の啓示により力を宿しなさい。準備はすでに整いました。」

 

ノクティスを見て優しく笑うと同時に呼応するように後方の雨雲からゴロゴロと雷鳴が轟く。

メディウムの言っていたもう一つの神の力を手に入れることになるのだろう。

 

「そして…泡沫の王。まだ夢を見続けているのならお止めなさい。燃え尽きるその命は夢を見る限り業火の中をさまようことになる。」

 

ゲンティアナの諭すような言葉にメディウムは冷めた視線を送る。

要するにさっさと死んでしまう方が身のためだと警告しているのだ。

死ぬより酷い目にあいたくなければとっとと消え去れと、そういいたいのだろう。

どこか哀れみと悲しみと少しの愛情を向けるその表情に冷たい心が動く。

 

「忠告どうも。ひとまず余計な巡りを終えてくれたことに深く感謝を述べる。だが、俺は心が狭い。その最悪な呼び名で呼ばれると何もかもぶち壊したくなる。…ルナフレーナの友でなければこの場で神殺しを行うところだ。」

 

魔力が揺らめいた。

主人の怒りを表すようにゆらゆらと燃える魔力にゲンティアナは微笑み、どこかへと消えた。

ルナフレーナの元に戻ったのだろうか。

逃げられたというよりどこか小さな子供の癇癪を見るような顔で消え去ったゲンティアナに小さく舌打ちをし、次に会ったらあの綺麗な顔に油性マジックで落書きしてやると心の中で誓う。

 

その場に残ったアンブラは呆然とするノクティスの足を前足でタシタシと踏みつけわんわんと鳴いた。

 

「あの方は神の遣い…神話の存在だ。」

「ほぉ…?ノクトの呼び方はメディが言っていた真の王様の事だってのはわかるんだけど、メディの呼び方はなんか変だったね。」

「泡沫の王、だったかってうぉ!?」

 

「その名で呼ぶな、誑しゴリラ。」

「誑し…!?」

 

心底嫌いな呼び名なのか反復したグラディオラスに刃こぼれした短剣を投げつけ不名誉なあだ名という暴言を吐く。

傷つくことはないがとても驚いたのか後ろにのけぞり短剣をよけた。

いつも感情の読めないにこにこした笑顔が一変し、怒りをあらわにするメディウムの表情は憎悪と激怒。

相当嫌な思い出があるのか盛大に舌打ちをしてゲンティアナへと規制の入りそうな呪詛を吐き続けた。

 

その間にノクティスはアンブラの背に括りつけられた手帳を受け取る。

一度顔を合わせたが満足に会話もできずまた別れてしまった。

何が書かれているのだろうとはやる気持ちを抑えてゆっくりと手帳を開く。

 

ーーどうか、怪我をなさらないようにーー

 

神々と対峙することになるのを知っていたルナフレーナはノクティスの身を案じてその言葉を書いたのかレスタルムのステッカーが貼りつけられていた。

メディウムはぶつぶつと言いながらも落ち着いてきたのか口をへの字に曲げて何かを差し出す。

チョコボポスト・ウイズで売られているヒナチョコボと親チョコボのステッカーとメディウムがスケッチブックに書いたヒナチョコボの水彩画だった。

絵のお礼にもらったそのステッカーをノクティスは受け取り手帳へと貼り、その隣に水彩画を挟む。

一言には"ルーナのお陰で啓示ができた"と書き込み、閉じてアンブラに括りつける。

 

「みんな無事だって、待たせて悪いなって伝えてくれ。」

 

優しい声で微笑みながらアンブラをなでるノクティスの横からひょっこりと顔を出してメディウムは忌々しそうに言う。

 

「ついでにゲンティアナに死んでくれって伝えて。」

「根に持つな…。」

「誑しゴリラは遊びじゃなくて嫁さん見つけてから言いなさい。」

「何で知ってんだ!?ていうかあんたも身は固めてねぇだろうが!」

「俺は独身を貫き通すからいいんですー!お付き合いもしたことありませんー!」

「それ自慢すること…?」

 

どや顔で非常にどうでもいい情報を晒すメディウムにグラディオラスが楽しそうに食って掛かる。

なぜグラディオラスが複数の女性と交際していることを知っているのか疑問だが時たま電話で会話しているところを薄目で観察していることが何度かあった。

その時に会話の内容も聞いていたのだとしたら察していてもおかしくない。

仲間内でも気の抜けない情報収集能力にほかの三人が戦慄しているとメディウムの携帯がヒナチョコボの鳴き声という気の抜ける受信音を鳴らす。

特定の人物に対してこの受信音を設定したメディウムは驚くことなくその内容を見る。

 

このタイミングで届いたメールは十中八九なにか関係があるだろうと四人はメールを読むメディウムを待った。

 

「残念な知らせといい知らせが届いた。どっちから聞きたい?」

「いい知らせから。」

 

先ほどの怒りは何処へやら。

携帯で口元を隠し、楽しそうに笑うメディウムに悪いことを考えているなとあきれた視線を送りつつも返答する。

鼻歌でも歌いそうなメディウムはファンファーレを口ずさみながらいい知らせを教える。

 

「いい知らせその一。ダスカ地方の封鎖戦線が明後日には解除される。いい知らせその二。レガリアのある場所が分かった。」

 

封鎖戦線の解除依頼はともかくレガリアの居場所は数日前に知っていたはずなのにさも今知りましたと言わんばかりの言い草。

しかし違和感のない言い方に四人は首を傾げつつも今知ったのかと信じ込む。

出所を教えてくれるかはわからないが明らかに帝国軍関係者だろうことは把握できる。

 

「どうやってわかったの?」

「俺のツテ。出所は内緒だけどちょっと厄介な人でね。ただで請け負ってくれるわけもなく…。」

「何か押し付けられたというところか。」

「その通り。それが悪い知らせ。これから行く目的地の攻略にはついていけない。かなり厄介というか危険はないが面倒くさいの押し付けられた。しばらくはお仕事になる。」

「大丈夫なのか?」

「情報を聞いてしまっているうえにすでに動いているらしい。その時点で契約は成立。押し付けじみた契約だが持ち掛けたのは俺だしな。レガリアの場所と雷神の場所は携帯のマップに送る。雷神はおそらくわかりやすく導いてくれると…。」

 

言葉を続けようとした瞬間にけたたましい音を立てて雷が落ちた。

落ちた場所を考えるに今まさに送ったマップが指す方角。

早く来いとせかすような落雷に全員が苦笑いをし、メディウムは承知いたしましたという短いメールを返信して携帯をしまう。

 

「この辺も封鎖戦線が敷かれてる。移動するならチョコボに乗って林を抜けろ。道のりの上は帝国兵がいると思え。」

「わかった。兄貴はどうやってその依頼を受けるつもりなんだ?」

「同じくチョコボで移動する。レスタルム周辺の依頼でな。仕事中は電話を掛けられないから何かあったらメールで。」

「次に会えるのはどこだ?」

「カエムの岬。レスタルム経由で行くと楽だと思う。というか俺より自分たちの心配をしてくれ。比較的温厚な神様だが何があるかわからん。気張って行けよ。」

 

メディウムの後押しを受け、ノクティス達はレンタルチョコボと共に林の中へと進んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パーティー離脱となったメディウムはレンタルチョコボの黄色いチョコボに跨って移動基地停留所予定の補給基地、アラケオル基地へと向かう。

常時発動型幻覚魔法という正式名称のネックレスに魔力を送って姿を変えつつ、認識阻害魔法を併用してチョコボごと景色に紛れた。

 

二重の幻覚魔法を使用すると片方の幻覚がブレる可能性があるのだがそれ以前に発見される可能性があった。

認識阻害魔法が途切れた時にごまかすにはディザストロ・イズニアでなければならない。

メディウムでは良ければひっ捕らえられるか悪ければその場で射殺だ。

王族はどのように処理するのかをまだ聞いていないメディウムには強行突破というリスキーすぎる賭けより大人しく隠れ蓑を使った方が賢明だった。

 

それにしても多いな、と道路上に止まる揚陸艇や飛行戦艦、その側を見回す魔導兵をチョコボで駆け抜けながら観察する。

数百メートルおきにおかれ、道らしい道全てを封鎖している。

王族や神凪、つまり神話の国家二つの代表者が軒並み亡くなったと報道したとしても他国は他国。

王都以外を譲渡する帝国との条約だって調印式の襲撃のおかげかせいか為されていない。

それでもルシス領を力でねじ伏せんとする動きには心なしか焦りを感じた。

 

クリスタルを盲信するイドラ皇帝に何かがあったか、それともあの胡散臭いおじさんが吹き込んだか。

どちらも起こっていそうだが軍の配置の仕方が穴だらけであることを省みるにアーデンが介入している可能性がある。

指揮しているのがレイヴスであるならば、尚更。

 

 

 

考え事をしつつもチョコボをうまく操り、なんとかアラケオル基地へと到達した。

幻覚魔法をかけたままのレンタルチョコボを移動時間と同じ時間で切れるようにかけ直して返させ、突如現れたかのように閉ざされた基地の門の前に立つ。

いきなり現れたメディウムことディザストロに銃口を向ける魔導兵だが赤毛と顔の見えないフードという出で立ちに一歩引く。

どうやらすでに話は通っているようだ。

 

「帝国宰相の副官。ディザストロ・イズニアだ。連絡が行っていると思う。門を開けてくれ。」

 

聞こえるように声を張り上げると少しの間をおいて門が開く。

何体かの新型魔導兵と共に准将の顔ぶれである男が現れた。

 

「カリゴ准将。ここはレイヴス将軍の管理下ではないのですか。」

「あなたこそ、今まで何をしていたのですかな?ディザストロ副官。」

 

一触即発。

昔からよく突っかかってくるカリゴ・オドー准将は少しばかり背の高いディザストロを舐めるように観察する。

フードで顔が見えないのは宰相から特定の人物の前以外では顔を出すことを禁止されているということなのだがカリゴは特定の人物に入っていない。

帝国軍ではアーデン、レイヴス、アラネア、事故でビッグスとウェッジ。

この五人以外にフードを取ったことがないがカリゴはことあるごとにフードを取れと要求してくる嫌がらせをしてくるのだ。

 

「相変わらず顔も見せず。宰相が見せるなというほどの醜い顔なのですね。」

「ええ。その通りです。お見せできるような顔ではございません。」

 

否定するのも面倒くさく、適当に肯定し基地内へと足を進める。

門番から外れた何体かの魔導兵が両脇を固めるが護衛でも任命されたのか。

基地の中だから必要ないだろうに。

堅苦しいとフードの中で嫌そうな顔をしている中、後ろからカリゴが付いてくるような鎧の音が聞こえる。

レイヴスに用があるのであってカリゴには微塵も用はないのだが。

 

「私はヴォラレ基地の統括を任されましてね。アラネア准将と、と言うのが納得できませんが宰相の提案ですので無下にはできませんでした。」

 

聞いてもいないことをベラベラと喋っているがヴォラレ基地というとオールド・レスタ付近に建設中の補給基地。

調印式前からこっそり建設されていたが大々的に建設することになったのか。

これは早急に潰さねば厄介になる。

アラネアもいると言うのが気がかりだが彼女の仕事は基本シガイ狩り。

常に基地にいると言うことはないと思うがあとでノクティス達に連絡しよう。

無駄話のせいで自分の評価が下がるとはつゆしらずカリゴは話を続ける。

 

「あなたも極秘任務中。その一環でこの基地に来たと伺いましたが随分宰相に重宝されていますね。」

 

何をしていたのかも何の目的で来たのかも知っているのにあんな嫌味を飛ばしたのか。

いや、今もこれは嫌味なのだろうが見下すと言うより嫌らしい目線なのが気にくわない。

何がしたいのかさっぱりわからないカリゴに寒気がするがレイヴスの元へ先導する魔導兵の様子を見るにもうしばらくの辛抱のようだ。

 

「宰相の言う通りに動くのが私の仕事ですので。」

「魔導兵ではできない部分を必ず言うことを聞く人間にやらせる。非常に合理的です。」

「常に最善を考えておられる方ですから。」

 

かなり適当に流しているがカリゴはディザストロが自分は宰相の言うことを聞く忠実な犬で魔導兵よりかは扱いにくいが魔導兵ではできないことをこなせる便利な副官だと認識していた。

これがどこの誰だかわからない人間であれば上官に対する侮辱行為とでもでっち上げてフードを剥ぎ取り傭兵部隊にでも放り投げるところだが、宰相の副官は准将と階級が大して変わらない。

 

文官か武官かの違いしかないのだ。

同じ階級の、しかも宰相の犬であれば多少の無礼は見逃そう。

カリゴは貴族階級出身のため常に上から目線だった。

 

言いはしないが階級だけで言えば他国の王子という顔も持つディザストロの方が圧倒的に上である。

 

「…電話ぐらい出たらどうだ。ディザストロ副官。」

「申し訳ありません。少しばかり厄介ごとが。」

 

魔導兵が止まった簡易的な軍事基地なのだろう大きめのプレハブに足を踏み入れる。

カリゴも入ろうとしたが重要な話だとレイヴスに追い出された。

将軍には逆らえないようで渋々下がっていくカリゴは中々に見ものである。

 

レイヴスは面倒臭そうに鼻をならし魔導兵も下がらせた。

ディザストロが防音魔法を張りどっかりとパイプ椅子に座る。

 

「ーー我が王よ。考えは変わったか。」

「ノクティスが王だと何度言えばわかる。レイヴス。」

 

暑苦しそうにフードを外す。

半袖の上着とはいえ暑苦しいとぽいぽい脱ぎ捨て、タンクトップになるとぐったりとだれる。

そんなディザストロにレイヴスは注意一つせず"我が王"と呼んだ。

 

ディザストロにとっては何度も聞いた呼称で、テネブラエ襲撃事件のときから続いていた。

真っ先に逃げたことが正しいといえども見捨てたレギスやノクティスに反感を抱き、守らんと奔走したディザストロことメディウムを王として認めた。

レイヴスが帝国軍に所属したのも指輪をはめようとしたのもディザストロを想ってのこと。

神凪の行動理念としてルシス王家に仕えることは間違っていないが真の王に仕えてくれというディザストロの願いは届いていなかった。

 

「あの日から俺の王はお前だけだ。メディウムでもディザストロでもお前がお前である限り、神凪として守り抜くことを誓った。」

「その誓いはノクティスに向けてやれ。妹さんが泣くぞ。」

「お前も、ルナフレーナも!なぜあの腑抜けを王にしたがる!あれが王の器に見えるのか!」

「見えないよ。どう頑張っても無理だね。」

「ならば何故…っ!」

 

ギロリと断罪するような冷たい目線にレイヴスは押し黙る。

何度も抗議した。何度も王になれないのかと説得した。

ノクティスよりも世界の危機を重く捉え父王の死を辛く思うディザストロこそが王にふさわしいと、何度も。

その度にディザストロはこうやって睨みつけるのだ。

そして決まってこういう。

 

「レイヴスは俺に死んで欲しいのか?」

 

「そういうことではっ!」

「王になるってのはお前より早く死ねって言っているのと同義だ。」

「だがあのノクティスでは…。」

 

忠誠を誓う王に早く死んで欲しいなど思うわけがない。

だが意味合いは同じ。

それが心苦しく、辛いものだった。

 

ディザストロは弟に死ねと言っているのと同じ。

それが彼本人の心を傷つけ続けている。

弟に死んでくれと願える兄がこの世にいるだろうか。

レイヴスとてルナフレーナに身を賭してでもノクティスを守れとはいえない。

だがディザストロは、メディウムは弟に何度も王になってくれと懇願しなければならないのだ。

 

「今はいいんだ。あいつはこれから成長する。その過程でノクティスを王にしたくなったらあいつに仕えてやってくれ。それまでは妹さんを、ルナフレーナを守ってやってくれ。兄貴なんだろ。」

「…当然だ。」

 

レイヴスは納得できないようだがなんとか頷きそっぽを向く。

二歳年上のくせにどこか子供のような行動にくすくすと笑った。

 



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副官の憂鬱

降りしきる雨と雷が収まったのは夕方だった。

 

雷神が去ったのか雨雲もなくなったため間も無く移動基地が飛んで来るという。

ノクティス達が踏破したであろうフォッシオ洞窟上空からやって来るということは彼らの視界にも捉えられる。

軍師であるイグニスであればレガリアをどうするのか予想がつき、送ったマップから夜に潜入することを考えるはずだ。

レガリア奪還は今後の旅に大きく関わる上にノクティスとメディウムという王族にとっては父王の形見。

そうやすやすと売り捌かれ、スクラップにされてはたまらない。

 

レイヴスが四苦八苦していたアーデンによる無茶な要求をバッサリ切り捨て、シュレッダーに放り投げていたディザストロはそれでいいのかという顔をするレイヴスを見る。

将軍とは無駄のない無駄な提案をいちいち受理するほど暇な役職ではないだろうと諭してみたが微妙な気分のようだ。

 

そもそも研究機関と政府首脳部の統括をするあの胡散臭いおじさんがわざわざ将軍に承認を取るようなことするはずがない。

勝手に許可とったとかで判子を拝借して通してしまうのがオチである。

無駄な仕事を押し付けるこの行為はれっきとしたパワハラなのだ。

 

それはさておき、捌き終わった書類の山をレイヴスのデスクに返して移動基地が着陸する予定の岩場へ向かうことを提案した。

 

「仕事の時間だ。行きましょうか。レイヴス将軍。」

「あまり無茶をしないでくれよ。ディザストロ副官。」

「気をつけておきます。」

 

軽口を叩きながらプレハブを出る。

防音魔法を解きながら出ると一体の魔導兵が報告に来た。

喋れない魔導兵は何やら手書きの紙を持っている。

その紙にはカリゴがヴォラレ基地の統括へ向かった旨が書かれていた。

 

報告に来た魔導兵に礼を言い、紙をレイヴスにしか見えないように魔法で燃やす。

読んでいないレイヴスに口頭で伝え、さっさと着陸地点に向かう。

燃やされた紙を特に気にせず我が王を侮辱するカリゴは気に入らないレイヴスは清々したような顔でその後に続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「出迎えご苦労様。レイヴス君もディアの護衛ご苦労様。」

「お待ちしておりました。アーデン宰相。」

「ふん。遅い。」

 

軽く頭を下げて出迎えるディザストロとそのそばを離れず睨みつけるレイヴス。

ディザストロの手助けになると唆して将軍に召し上げたがアーデンの言うことはきちんと聞いていた。

もちろんディザストロ絡み限定だが。

今のように素っ気なく睨みつけるのはいつも通りだった。

 

「お参りは順調?」

「つつがなく。残すは水都のみかと。」

「その前にファントムソードの回収を忘れずにね。完全じゃないと潰し甲斐がない。」

「水都へ向かう前に巡る予定です。神凪の身柄もこちらに。」

「オルティシエではアコルドの方には軽く圧をかけておくから、神凪は首相に預けておいて。レイヴス君は妹が心配だろうけどまた後でね。」

 

帝国に身柄を拘束されているよりメディウムが見ている方がマシだと考えたのかすんなり了承した。

アーデンは移動基地の中の方が仮眠室もあると言うことで補給基地には向かわないようだ。

どうせならディザストロも来るといいという言葉に頷き、王を守るためになし崩し的にレイヴスも付いて来た。

これでレガリアの周りは魔導兵だけと言う手薄状態。

ノクティス達だけでも十分奪還可能だろう。

 

心配なのは騒ぎになった時にレイヴスが出ること。

その時は俺だけでの対処は難しく、アーデン頼みになるがレガリア自体どうでも良さげな彼に助力を願えるだろうか。

確実に何か嫌がらせを受けることが確定している。

セクハラだけは勘弁していただきたい。

 

「今失礼なこと考えたでしょう。」

「まさか。上司に無礼を働く部下などおりますまい。」

 

澄まし顔で返答するがアーデンはニヤニヤと笑いながら肩に手を回して来る。

五十肩というか二千肩というパワーワードが作れそうな歳のアーデンはそのままディザストロをレイヴスから引き離そうとした。

 

「近い。ディアから離れろ。」

「ええ?俺の子供だよ?」

「書類上の話だ。」

 

すかさずレイヴスが肩に回る腕を叩き、腕が外れた隙にディザストロの肩を抱き寄せる。

主人を守る忠犬のような動きに呆れつつも余計に噛まれるのも面倒なので放置することにした。

ディザストロは我関せずと言った態度で見向きもしない。

 

レイヴスとアーデンの一方的ないがみ合いは今に始まったことでない。

テネブラエ襲撃後、軍に入隊した時からずっと続いていた。

 

ジグナタス要塞に住むディザストロに時折会いにきてはアーデンに邪魔されていたが。

アラネアを連れて強行突破しようとしたこともあり、その際は鍵すら開けてもらえなかったという。

ディザストロも開けることができるがその時ばかりはシステムロックがかかり、アーデンにしか開けられなかった。

閑話休題。

 

余裕のアーデンとガンを飛ばすレイヴスを引き連れて魔導兵がせわしなく動く移動基地に足を踏み入れる。

部屋というより戦艦だが中にはジグナタス要塞の一室にあるようなのよりも小さい、ベッドが二つ両脇にある仮眠室があった。

操縦室より奥に執務室もあるため補給さえあれば生活できそうだ。

少しばかり生理現象や水回りが心配だが不老不死のアーデンであれば食事も娯楽程度でそこまで必須ではなかっただろう。

 

「俺とディア用に。レイヴス君のはないからね?」

「構わない。貴様と同室で寝る気は無い。ディアとなら別だが。」

「どちらでも構わんがレイヴスは休息を取ってくれ。人間だろう。」

 

わざわざ茶化すアーデンに食ってかかるレイヴス。

飽きもしない二人に呆れながらも不老不死ではないレイヴスの体を気遣う。

アーデンならば好きなだけ休まずにいても問題はないがレイヴスは人間だ。

不眠不休でいられはしない。

 

少しばかりのやつれが見えるレイヴスの腕を引っ張って、ベッド脇に座らせる。

無抵抗ではあったが不満げに口を開いた。

 

「それはディアも同じだ。」

「俺はこのあいだの怪我で二日もノクトの監視で寝ていた。十分休憩したさ。」

「…たまには役立つことがあるな。」

「レイヴス…。俺の信用なさすぎだろう。」

「休息に関しては全くない。日頃の行いを省みてからいう事だな。」

 

横になることはしないレイヴスが真顔でズバリと痛いところをついて来る。

アーデンがシガイの王でありディザストロの使命がどんなものであるか知っているレイヴスは我が王となるべく二人きりにさせたくはなかった。

しかし、今までアーデンがディザストロに致命傷を与えたこともなければ時折守るような行動をする。

フードをかぶり続けることもその一環に見えていた。

 

レイヴスを仮眠室において執務室でなにか話をする気なのであろう二人に溜息をつき、自分が忠誠を誓う王を見る。

妹と並べることはできないが守りたいと思う存在が自分の身を案じてくれている。

その好意を無下にはできない。

アーデンもここでディザストロをどうこうする気は無いだろう。

 

「だが、休むことにする。」

「…そうしてくれ。右側のこのベッドなら使ってないだろう。」

「分かるのか?」

「そっちのはシーツが右に寄りすぎ。育ちの良さと雑さは比例しないな。アーデン。」

「さぁてね。」

 

何故だかお互いをよく知り合うような会話をされると腹がたつ気がするレイヴスは目の前に立つディザストロを睨む。

危険人物と仲良く過ごす主人など見過ごせないのだろうなと思ったディザストロはレイヴスに笑いかけて部屋を出た。

残されたレイヴスは言われた通り横になったが二人は執務室へと移動する。

 

「一人でも寝ることがあるんだな。」

「遠征中に人間らしい生活してないと、怪しまれるからね。」

「二千年で学んだことの一つか?」

「二千年と数十年だよ。外見年齢も足さないとね。」

「予想は三十路過ぎから四十代後半。」

「覚えてないから教えないよ。」

 

何気ない会話をしながら執務室に入っていくがディザストロはどこか懐かしい気がしていた。

 

王都襲撃の首謀者とのんびり会話をするルシスの王子。

心に小さな棘でも刺さったのかと思うような小さな痛みが走る。

二十年も感じられなかった名称の感情が少しばかりの家族と祖国の人間との旅で少しずつ自覚するような、そんな気配。

ディザストロ自身にはいらない感情を自覚することはあまりいい予兆ではない。

 

忘れた感情を思い出すとはすなわち今の状況に疑念と憎悪を感じることだ。

それに心が耐えられなければ堕ちる未来しかない。

ならば気づかぬふりを処世術として覚えたディザストロは危機感を覚えていた。

アーデンに仕えることを疑問に思ってはいけないのだ。

なにも疑問に持たずただアーデンにしたがう。

そんな今の状況を遠い昔のように思ってはいけない。

今も昔もかわらない。それがディザストロ・イズニアに必要なことなのだ。

 

「ディア。」

「…ああ。なんだ。」

 

思考の海に落ちかけた脳を現在に浮上させる。

いつもと変わらない飄々としたアーデンは執務室に設置され鍵のかかった引き出しを開ける。

何枚かの報告書のようだ。

 

「ルシス王族と神凪の処分についてと、神殺しの結果報告。水神の討伐計画もね。」

 

渡された三枚の紙を見る。

水神討伐はレイヴスとアーデン指導でオルティシエに多くの兵と兵器を動員する気のようだ。

神殺しに関しては間近で見ていたディザストロがよく知っている。

雷神に関しては討伐自体を諦めたらしい。

そして王族と神凪の処分。

 

「一先ず捕縛…。メディウムだけ生死問わずか。」

「皇帝は殺害をご所望なんだけどね。メディウムはいらないけど他は実験サンプルと妹ってことで研究機関と軍が反対してくれたよ。」

「ヴァーサタイルか…。」

「仲良しだからね。」

「ロクでもない交友関係だ。」

 

渡された報告書を突き返し執務室を見渡す。

これといって急ぎの仕事も見当たらないということは帝都の方は普通に動いているのだろう。

軍と首脳部が一騒ぎというところか。

 

「ここに君たちの車があるわけだけど、やっぱり取り返しに来るでしょ。」

「当たり前だ。あれがなければファントムソード集めもままならない。なんだ。…あの車に興味があるのか。」

「無いよ。俺の愛車の購入理由知ってるでしょ。」

 

ディザストロは渋い顔をする。

白のラインが特徴的な赤いオープンカーはディザストロが二十歳を超えた頃に購入された。

理由は運転して仕事に行くためである。

つまりただの趣味。

 

揚陸艦で向かえばいいのにわざわざディザストロに運転させてそのまま仕事もさせる。

最初の二年ほどはディザストロが運転だったのだがある日を境にアーデンと乗るときは運転禁止となった。

その日を思い出したのかディザストロは嫌そうな顔で執務室の椅子に座った。

 

「では持っていっても構わないと。」

「ついでに軍を下げる準備もしようか。奇襲は今夜でしょ。どうせ。」

「仕事の早い魔導兵達相手だとそうだろうな。レイヴスはあの調子でいてもらう。」

「裏で手を回してもらって相手にも知られている奇襲ってのはただのゲリラ戦だよね。」

「真正面からぶつからない限り容認された奇襲だろう。」

 

真の王というからどれだけ強いのかと思えばただの実力ならディザストロに劣る。

剣の扱いも魔力量も小手先の器用さも土壇場の強さもディザストロに劣る真の王など力もない今は相手する価値もなかった。

どれだけ弱くても全ての力を手に入れてこそ潰し甲斐があるのだ。

 

「はやく作ってよ。君の弟君。」

「これでも早い方なんだ。もうしばらく待ってくれ。」

 

備え付けられていたドリッパーでコーヒーを淹れてアーデンに渡しながらディザストロは目を伏せる。

忠実な部下はもうしばらく共に旅を続けられる可能性に頭を巡らせた。

 



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雷神の啓示

戻ってノクティスサイド。


仕事のためにチョコボに乗ってアラケオル基地に走り続けている頃。

メディウムと別れたノクティス達は忠告通り、チョコボで林を駆け抜けていた。

道に沿って敷かれた封鎖戦線であるという予想は的確に当たり、林をチョコボで抜ければ野獣にも追いつかれずにフォッシオ洞窟へと到着できた。

岩が重なってできた空洞のような場所だったが見えたと同時に落雷するという分かりやすい肯定で迷わず来られた。

 

「兄貴のメールによると中はシガイだらけで、手付かずだから気張ってけ…だってよ。」

「メディは踏破したわけじゃないんだ。」

「お?何だこの画像。蛇か?」

「ナーガのシガイだな。"生息が目撃されているフォッシオ洞窟のボス"…まるでゲーム感覚だな…。」

「兄貴にとっちゃこんな洞窟ゲームと変わらないってことだろ。…こんだけ力を手に入れたってのに、兄貴にまだ追いつけない。」

 

今持てる力が手に入れられる力の全てではないが、神の力一つでメディウムと大きな格差があるはず。

しかし、まだ遠く及ばない背中があることにノクティスは悔しそうに拳を握る。

勝てる可能性すら浮かばないあの兄はどんな鍛え方をして来たのか想像もつかない。

 

「じゃあ追いつくためにも頑張らなくちゃね!」

「そうだな。軍師としても負けていられない。」

「守られてばっかじゃ王の盾なんて名乗れねぇしな。」

 

想い想いに気合いを入れる仲間たちを見てノクティスも腹に力を込める。

一番の戦力とも言えるメディウムがいなくてもこれまで野獣を倒して来られたし、王の墓までたどり着けた。

巨神のような拳で語り合う啓示はごめんだが、問答無用で雷を打たないのを見る限り比較的温厚そうだ。

 

チョコボを撫でながら降りてお礼を言い、雨でずぶ濡れなのも構わず洞窟の前に立つ。

 

「よっし。行くか。」

 

ノクティスの掛け声を合図に全員が洞窟へと挑んだ。

 

 

 

 

 

 

巨神に比べればフォッシオ洞窟など取るに足らなかった。

 

狭い洞窟に突如現れるシガイ、驚いて叫ぶプロンプトなど大体の洞窟で体験できることが多発するが、敵の強さ自体はなんてことない。

三日月型で浮遊するインプと呼ばれるシガイが鬱陶しいがファントムソードの扱いを巨神戦で学習したノクティスの相手ではなかった。

 

ファントムソードはどれもクセが強いが強力。

巨神戦では全てを召喚したが、一本だけを武器召喚と同じ要領で喚び出せることが発覚した。

扱いにくい上に生命力を吸われるとメディウムに教えられたが真の王ゆえか、少し休めばきっちり元通り。

火傷を負ったり魔力消費が激しかったりはしなかった。

 

順調に洞窟を進む最中、異変が起こった。

 

「ねぇ、なんか寒気しない?」

「寒気?雨で冷えたのか?」

「ノースリーブだもんな。俺の上着羽織るか?」

「ずぶぬれの上着羽織ってもかわらねぇよ。」

 

露出した両腕をさするプロンプトにイグニスが心配そうに聞く。

多少は袖のある上着を着ているノクティスは脱いで渡そうとするが、グラディオラスに最もなことを突っ込まれた。

 

戦闘という命がけの運動をしているため、他の三人は体温を気にしていないがプロンプトだけは寒さとは違う悪寒を感じていた。

ねっとりと絡みつくような、冷たい鱗を思わせる視線。

具体的に伝えようとプロンプトは言葉を探す。

 

「視線みたいなのも感じる!ねちっこいっていうか、冷たいっていうか?」

「そのお前の足に絡んでるのみたいなのか?」

「そうそう!こんな蛇みたいなのってうそぉぉぉっ!?」

「プロンプトっ!」

「あの大きさはナーガだったみたいだな!」

 

洞窟の道に空いた大きな空洞から、人の顔を有し巨大な蛇の胴をウネウネと動かして去って行くナーガが見えた。

すぐに追いかけようとするがシフト魔法が使えても降りられないような高さの穴。

穴の下にある空洞はどうやら道の先にあるらしく、プロンプトはそこまで連れ去られたようだ。

 

魔法が使えるノクティスや訓練を積んできたグラディオラス、イグニスならまだしも近接戦闘がからっきしで拳銃が獲物のプロンプトはまずい。

迫り来るシガイをシフト魔法で避けながらノクティス達はプロンプトの叫び声が聞こえる方向を目指す。

 

洞窟を駆け抜けた先は、鍾乳洞が多くある幻想的な空間。

しかし、それ以上にインプが大量にいる。

ノクティス達が抜けてきた道から見える、真ん中の広場のような場所にプロンプトが取り残され、じわじわとシガイに追い詰められていた。

 

作戦など考えている暇などなく、ノクティスは剣を投げて何度かシフトし襲いかからんとするインプにシフトブレイク。

プロンプトの応戦で弱っていたインプはあっけなく朽ち果てたが、気にすることなく他のインプが襲いかかってくる。

 

「とりあえず!大丈夫か!」

「大丈夫!!さっきのがボスってやつ!?」

 

プロンプトに接近させないようにインプをいなしながら安否を確認するが存外元気なようだ。

射線に入らないように立ち回っているところに、坂道を下って追いついてきたイグニスとグラディオラスが後ろからインプを殲滅し始めた。

こうなって仕舞えば後は簡単に倒しきれた。

 

 

 

「ーーさすがに肝が冷えたぞ…。」

「もう二度とあんな目には会いたくないよ!子供を探してるとか言ってたし…。」

「シガイが喋ったのか?」

 

ひと段落したところでグラディオラスとイグニスもきちんと合流しプロンプトの容態を見るが目立った外傷はなかった。

しかし"子供を探している"と喋ったというナーガが気になったイグニスは顎に手を当てて考え込む。

 

一般的なシガイは言葉を発したりはしない。

先日聞いたシガイは寄生虫という説を信じるならば元は別の種であり、その種が人の言葉を喋れなければそもそも発生しているという考えにはならない。

メディウムは特に言わなかったが人の言葉を喋れるシガイというと元の生物は。

 

嫌な予感が湧き、イグニスは意味もなく眼鏡をあげる。

 

「メールで送られてきた一般的なナーガより特殊個体の可能性がある。ノクト、もう一度見せてくれ。」

「おお。これか。プロンプトを連れ去ったのもこれだよな。」

「見せないでよぉ!!」

 

添付された写真は遊び心なのかどこにでも売っているブロードソードの写真と合成され、大体の大きさを把握できる。

ノクティスやプロンプトを怖がらせるために大きさの比較ができるようにわざわざ編集したような文面が書かれているが思わぬ場面で役に立った。

どう考えても一般的なナーガよりも一回りほど大きい。

 

イグニスは希望的観測だが、人の言葉を理解したシガイ、元は別種の野獣であると結論付けた。

この件についてはメディウムに直接聞きたい疑問であり、ナーガを倒さねば先には進めない。

ノクティス達を無駄に不安にさせるような発言は控えた。

 

「お?これナーガの詳細情報だな。」

「"洞窟の最深部に潜む個体が多く、目的のものが最深部ならば生かして尾行するのも手"…か。えげつないこと考えるな、兄貴。」

 

実際に何度か喋らない個体のナーガに遭遇したことのあるメディウムは実験のように生かして尾行したことがある。

総じて最深部に向かったがどういう習性なのかまでは把握できなかった。

因みにその際はモブハントの一環でナーガの退治を請け負ったらしく、既に尾行されたナーガは息絶えている。

 

「でもすごく楽ちんだよね。通れる道限定だけど。俺をここに置いてったナーガはあっちに行ったよ!絶対戦いたくないけどね!」

「下がっててもいいが俺たちが目離した隙にまた攫われるかもしれないぜ?」

「逃げられなくなったんだけどぉ!?」

 

去っていったナーガが通ったと思われる道を指差し、プロンプトが駆けていく。

戦いたくはないが目的が目的のため戦闘を避けることも難しい。

グラディオラスが笑いながらプロンプトの背中を強く叩き、先頭を歩く。

誰かを守るためのグラディオラスの背を見て恐怖に焦っていた心が落ち着いてきたプロンプトは召喚した銃を強く握りしめた。

 

 

 

 

 

ーー私の子供、しらない?ーー

 

シガイを撃退しながら進んだ先は少し開けた場所でいかにも決戦のバトルフィールドのようになっていた。

奥に進む道が二つあり、しゃがめば通れる道と歩いて通れる道どちらに進むか悩んでいると濁り彷徨う、暗い音がこだまする。

四人は辺りを見渡し、のそりと蛇の胴を引きずるように現れたナーガを見る。

 

人の顔の部分からチロチロと二枚に別れた舌を出し、ナーガは再度問う。

 

ーーねぇ。私の子供、知らない?ーー

 

ノクティスは無意識にプロンプトを見てナーガを指差し、口パクで"子供はお前っていっていいか?"と聞く。

冗談ではないとプロンプトが激しく首を振ったのを見て苦笑いし、ナーガの問いに答えた。

 

「知らない。」

 

ーーなら、あなた達を私の子供に!!ーー

 

大きく咆哮したナーガが四人に襲いかかってくる。

事前に立てた作戦はナーガの弱点を的確につく氷魔法を使った戦闘方法。

 

「おらぁっ!」

 

まず、ノクティスが特攻しナーガの噛みつき攻撃をパリィ、次いで反撃に入る。

 

「グラディオ!」

「任せろ!」

 

シフト魔法で次の攻撃の前に離脱。

怯み、若干の隙間ができたところにグラディオラスが割り込み大剣による薙ぎ払い。

近接戦に持ち込んだ場合ナーガも近接で応戦してくるため噛みつきや尻尾による薙ぎ払いをローリングで回避。

 

広場の中央付近まで誘い込み、グラディオラスは盾を構える。

 

「どんとこい!」

 

「いっくよー!」

「うまく逃げ切ってくれ!」

 

グラディオラスに注目したことで完全にノーマークになったイグニスとプロンプトが、事前に生成したメディウム特製レシピ、三連ブリザラを思いっきり投げつけた。

 

盛大に爆発し中心地から極寒の地を思わせる冷気を放つが、予め中心地に誘導する事で逃げ場が用意されている。

グラディオラスは若干服や毛先が凍ったようだがうまいこと抜け出していた。

追撃と言わんばかりにもう二発投げたところで、弱り切り激昂したナーガが獣の咆哮をあげる。

 

しかし叫びは途中で命とともに切れることとなった。

 

「さいっ!ご!」

 

シフトブレイクでナーガの首を狙ったノクティスが凍りついたその首を切断したのだ。

たとえ生命力の強いシガイでも首を切断されれば絶命する。

ドロドロとした黒い液体を撒き散らし、ナーガの巨体は地に伏した。

 

「よっし。やっぱ俺つえーわ。」

「ノクトさいきょー!」

「メディのおかげもあるな。」

「"あなたの氷河期に。ブリザラレシピ"、威力半端ねぇな。」

「名前ふざけてるけどすごかったねー!」

 

弱点属性の記載とご丁寧に持っている材料で作れる氷魔法のレシピまで載せられたメールが作戦の軸となった。

兄はその場にいなくても、必ず助けになるようなものを置いていく。

追いつけない背中は相変わらずだが、頼りになる兄に後で礼を述べようと人知れず微笑んだ。

 

「ノクトー!こっちが奥じゃないかな!」

 

暗い洞窟から早く出たい一心でプロンプトが歩ける道へ進む。

ナーガの習性を考えるとそちらが最深部なのだろう。

ボス戦をクリアしたからと気をぬくことなく先に進むと、白い木のようなものが天井に空いた穴から差し込む光と雨に打たれていた。

 

これが祠かとノクティスが近づき、手をかざすと同時に落ちる強い魔力の落雷。

全身に響き渡るような高純度の魔力とそれに付随する神の力。

託すような巨神とは違う、預けるような雷神の啓示。

ノクティスの瞳は紫に輝き白い木のようなものに紫に輝く稲妻がまとわりつく。

 

同時に何かの映像が頭に流れた。

 

「ルーナ…兄貴?」

 

それは、とんでもない映像だった。

 

罰当たりにも雷神に呪詛を吐き、フォッシオ洞窟の裏側へと回り込み祠の近くに兄特製ファイラをぶち込み、回りくどいことするから壊されるんだザマァ見ろと高笑いをあげる兄と思わしき背中。

その背中を致しかたない犠牲だったとお淑やかに微笑むルナフレーナ。

 

一瞬のホワイトアウトの後、誓約を行うルナフレーナが現れ何事かをつぶやく兄の姿。

雷神の杖のようなものが兄の前にあらわれビリビリと雷を発するが気にもとめず知らんぷりする兄。

 

最初と最後が衝撃的すぎて重要な部分が全く頭に入ってこなかったが誓約を行ってくれたルナフレーナの姿のようだった。

 

頬を裂くような轟音とともに帯電していた雷が去り、確かな力がノクティスの掌に収まる。

それは、白い木のようなものの枝。

触ればつるりとしていて木というより岩というほどにしっかりしていた。

巨神の金色の砂のようにこれも啓示の証なのだろう。

 

「…兄貴は神様を怒らせる天才なんだって改めて自覚したわ。」

「あの人雷神も怒らせたのか。」

「温厚な雷神に説教されてるのが見えた。」

「えぇ…時々思うんだけどメディって怖いもの知らずだよね…。」

 

呆れたような三人の言葉を背に、ノクティスは洞窟の壁を触る。

一箇所だけハリボテのような空洞音が響き、塞いであった大きめの岩をグラディオラスとともにどかすと人一人這って出られる穴が見つかった。

 

「この穴開けて怒られたらしい。でもこれで早く出られるな。」

「この後はレガリア奪還だが一度休息を取りたいな。」

 

イグニスの提案に三人は賛同し、レガリアの場所へと移動してからキャンプが決定した。

 



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作戦会議前

抜けていた部分加筆


"フォッシオ洞窟攻略"と書かれたメールの次に送られてきた"レガリア"という件名のメールにはアラケオル基地の大まかな場所が書かれていた。

 

洞窟から脱出した一行は止んだ雨から顔を出した青空とともに橙の空が映る。

夕刻になってしまったが洞窟の前には魔導兵が包囲していた。

メディウムの開けた風穴は見つかっていないのか、洞窟の背面のような場所を背にコソコソと離れる。

チョコボにまたがり魔導兵を避けて林を抜けて行った。

その上空を飛ぶとても大きな飛行基地が影を落とした。

 

「ええ!?デカッ!」

「今までと規模が違うな…。」

「行き先は同じらしい。そうなるとまずいな。」

「レガリアをあれで運ぶ気か!」

 

とても冴えているノクティスの発言に並走していたイグニスが同意する。

キャンプで一泊してからレガリア奪還を計画しようと考えていたが、もはや一刻の猶予もない。

あの基地に積まれて帝国に飛び立たれれば二度と足取りは追えないだろう。

よもや本人が帝国軍の副官であることを知らないイグニスは、メディウムの人脈を持ってしても敵の本拠地は探れないことが想定された。

 

「基地の近くに一度向い、様子を見てから近場のキャンプで作戦を立てよう!」

「了解!」

「急ごう!」

 

乗り手の焦りに合わせてクエー!と鳴き、チョコボが全力疾走を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

一度アラケオル基地周辺に潜み、中を探る班とキャンプの準備をする班に分かれることになった。

偵察班は機動力と頭脳面でイグニスとノクティス。

なるべく王から離れたくないグラディオラスがごねたが最終的にイグニスを信頼してキャンプ設営班に回った。

咄嗟の判断が苦手なプロンプトは誰も何も言わなかったが流れて設営班となった。

 

偵察班の二人は基地の入り口に当たるゲートを遠目で観察する。

数十分の間に魔導兵の出入りがあり、おそらく准将クラスと思われる男が一人何処かへ移動しているところを目撃した。

上空で対空しつつゆっくりと高度を下げていた移動基地も着陸し、封鎖線を敷くつもりなのか魔導兵が道路まで移動してくる前に撤退した。

 

古くから続く戦争の名残である分厚く硬い壁をうまく利用して基地にされてしまっている上に、壁から突出して見える魔導兵強化装置。

メディウムから送信されたメールにはそう記載されていたが、あの装置があると魔導兵がかなり強化される。

乱戦になっても優先的に潰す必要がありそうだ。

メールの中に"避雷針になりそう"という不思議なことが書かれていた。

 

 

キャンプ地の標に戻ると設営を終えたプロンプトとグラディオラスがだいぶ暗くなってきた導の上に設置した椅子に座って真剣な顔で携帯とにらめっこをしていた。

何事かとグラディオラスの肩を叩く。

 

「おお、戻ったか。」

「おかえり!どうだった?」

 

携帯から目を離した二人がアラケオル基地の状況を聞くとイグニスが見てきたものを簡潔に答え、夜襲を考案していると締めくくった。

グラディオラスやプロンプトも同意し、最終決定権のあるノクティスも頷いたところで気になっていたことを聞く。

 

「何を見ていたんだ?」

「さっきメディからグラディオにメールが届いたんだ。」

「メールアドレス同じだろ?」

 

指をさされたアドレスは確かにメディウムのメールアドレス。

中身はただ"神々に願え"と書かれただけ。

どういう意味かさっぱりわからなかったがイグニスは何かを察し考え込む。

 

イグニスにとってのメディウムは世界で一番敵に回したくない人間。

幼い頃からノクティスをからかっては手を伸ばし、道を示しては苦労をそっと置いて解決できるように頭を使わせる。

手助けだけではない導く存在の見本だった。

 

軍師として道を整えることが役目であることを重々心得ているイグニスは目を閉じる。

例えとして先へ先へと進みつつ道を整えアスファルトを敷き標識を立て人脈を整えて行くというあまりにも完璧な道を作るための同時進行を行うメディウムが自分の仕事を奪っていくことに危機感を覚えていた。

情報網と人脈で言えばメディウムに敵うわけがない。

その事実がイグニスの力不足を大きく表している。

 

しかし、その上でイグニスはほとんど何も明かさない不信感を募らせていた。

 

丸で知っているように先に進むのにその全貌を明かしはしない。

大きな岩を砕く割に小さな石を置いていく。

その石は先が尖りきり鋭く、イグニスがギリギリ対処できるところに止めるその行動。

そして帝国軍関係者との交流疑惑。

それ自体が悪いとは言えないし場合によっては有利ではある。

だが、それと同時に浮上する疑惑は。

 

「ーー裏切り…?」

 

「イグニス?」

 

不思議そうに見つめてくるノクティスにハッとなり、何でもないと首を振る。

短絡的な考えではある上にそれならばイグニスが解決できる限度にとどめはしない。

悔しいことに全て後手に回っている。

もはや手のつけられないところまで追い込んで追い込んで塞いで閉じ込めることも可能のはず。

 

頑なに口を割らないメディウムの行動に脅されている可能性も考えたがノクティスを疑う余地もなく大切にしている彼ならば自らの舌を噛んで自殺を図るだろう。

今のイグニスに考えられるのは、ノクティスの目的と一致した誰かの思惑にメディウムが乗っかっている構図。

 

その場合"誰か"の思惑がさっぱりわからないが可能性として第三勢力を視野に入れることで一旦思考を切り上げた。

 

日も完全に落ち始め、作戦を決行する夜前に食事と多少の休憩を取りたい。

落ちかけていたメガネを片手であげ、夕飯の支度と作戦について思考を巡らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーへっくちっ!…あっちやぁ。」

 

執務室でコーヒーを飲みながら今後の予定を確認していたメディウムは誰かに噂をされているのかと、ムズムズする鼻を抑えつつコーヒーまみれになった報告書を置く。

 

たまたま執務室に置かれていた未処理の報告書の処理をしていた。

しかし、アラネアからのミスリル採掘状況とシガイの標本回収報告、周辺のシガイ退治の結果報告書を読み終えて脇に避けようとした途端コーヒーがぶちまけられてしまった。

これは保管しておかねばならないのに。

こぼしたのは自分なのでアラネアに書き直せとも言えない。

 

ため息をついて紙とペンを執務机から引っ張り出し報告書を複製する。

コーヒーで滲んだが読めないほどではないため面倒臭さを除けば簡単な作業である。

 

「うわ。何しているの。」

「見ての通りやらかした。」

 

一旦執務室から出てレイヴスの様子を見てもらっていたアーデンは呆れたように避けて置かれた紙を見る。

アラネアの報告書は大雑把だが分かりやすい。

 

「レイヴスは?」

「ぐっすり。上司を使いパシリにするとは見下げた根性だね。」

「そこは見上げといてくれ。」

 

アラネアの女性特有のゆるりとした綺麗な字が活字のようなピッシリとした文字に変わっていく。

読めればいいアーデンとは違い、絵を描くディザストロはバランスがとても気になってしまうため比較的綺麗な字が書けた。

 

「もうすぐ十時を回るけど、弟君達はまだ来ないね。」

「いや、潜入自体は既に始まっているはずだ。俺たちに報告が来ないってことはあちらの軍師が優秀なんだろう。」

 

二人は、レガリア奪還作戦の概要を予想し合っていた。

少数精鋭の夜襲ということは既に決定事項であり、その潜入後の動き方の方を予想する。

しかし、ルシス王族の機動力を誰よりも把握しているため考えは一致している。

 

ノクティスを先頭に背後からシフトキル。

 

道中のセンサーは既に解除して待ち構えているし、魔導兵も歩兵のみを導入。

緊急時の警報が鳴り次第、報告に来ることを命令し魔導兵器の動員も数台ならば許可した。

軒並み破壊されるだろうが動かない兵器まで破壊はしないだろう。

 

魔導兵を背後から仕留めて魔導兵強化装置を止めるのが関の山。

しかし、そこにアーデンが仕込みを入れてきたようだ。

 

「新型魔導兵器を導入して置いたんだ。どのぐらいの威力か見られるいい機会でしょ。」

「余計なことを…まあいい経験か。」

 

最大の切り札である神々の力の使い方は神々が教えてくれるだろうし、イグニスとグラディオラスどちらかが気づいてくれるように細工を施した。

何より鈍い魔導兵器ごときに負ける王族など居たらその性根から叩きなおす必要がある。

 

「それと、はいこれ。」

「…アサルトライフルとハンドガンか?」

 

ゴトリと置かれたのは黒を基調としたアサルトライフルと背負い型のホルスター。

ハンドガンは足に付けられるホルスターが付属。

ついでに白い外套と指ぬきの白いグローブ、腰につける弾薬入れ。

使え、ということだろうか。

 

「剣の太刀筋一つで王族には分かるからね。ディアの時はそれを使うといい。」

「…ご命令とあらば。」

 

足にホルスターをつけ、きていた上着の上に白い外套を羽織る。

フードというより鼻先まである襟と七分袖が特徴的で黒いフードと一緒にかぶれば顔は見えなくなるだろう。

入念な隠蔽工作に、ディザストロは苦笑いをこぼした。

 



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奪還作戦と邂逅

暗闇に紛れながら着々と魔導兵を撃破していくノクティスは、大きな照明のついた柱にぶら下がる。

 

日が沈んだ夜、イグニスの指示通り潜入したが巡回のために動き回るツーマンセルの魔導兵しかおらず、よく離れるため撃破は容易だった。

赤外線センサーで塞がれた感知ゲートも本来必要だろうセキュリティパスワードが必要なく、タッチ一つで解錠。

魔導兵器もろくに動いていない。

 

最初は好都合だと嬉々として撃破し続けていたが、最重要撃破目標である魔導兵強化装置までほとんど障害がない。

奇襲に適した魔法を扱えるルシス王族にしてみれば散歩のよう。

怪し過ぎる基地内に頭を滅多に使わないプロンプトでさえ罠だと考えついてしまい、一旦偵察を行っていた。

 

背後の山のような斜面に沿うように作られたアラケオル基地の出入り口から少し奥にレガリア。

斜面側の最奥に魔導兵強化装置が設置されている。

位置取り的には一度レガリア付近に向かい、その先のゲートを解錠して強化装置を破壊という手筈だったのだがどうも雲行きがあやしい。

 

ゲームで言えばイージーモード。

意図的に難易度が下げられている気がしてならない。

 

分かることを報告するために地上に降り立ち、積まれたコンテナの裏で息をひそめる三人に近寄る。

すでに周辺の魔導兵は背後からのシフトキルで一掃してコンテナ裏に隠してあるため発見される可能性は少ない。

 

「…で、やっぱり罠っぽいよな。」

「理由がわからない。レガリアの持ち主をわざわざ待っているとは考えにくい。」

「あの宰相が手を回しているって可能性が高いだろうな。」

「やっぱりあのおじさん?簡単にしてくれている感じ?」

「それならばレガリアを持っていくという行為の説明がつかない。取り返させるつもりなのに持っていくとは明らかに無駄な行為だ。」

 

見える限りで残っている魔導兵の配置と基地内の様子を聞いたイグニスが頭を悩ませる。

最初の作戦ではひっそりと魔導兵を全滅させ眠っている魔導兵を起こさないようにレガリアに乗り込み、撤退する予定だった。

 

作戦通りにいかない場合に備えて複数のマジックボトルを用意し、各所にばらまいて爆破。

相手の注意をそらしているうちに撤退ということも考えて準備もしてきた。

しかしこの警備では手前の魔導兵を破壊しただけで撤退できる。

エンジンに反応して向かってくる魔導兵もいないのではないか。

 

しかし、魔導兵強化装置を破壊しなければこれからこの周辺で魔導兵に襲われた時不利になる可能性が高い。

どちらにしろ破壊するべきなのだが果たしてどうするべきか。

 

「…なぁ。その無駄か無駄じゃないかって考えがそもそも違うんじゃねぇか?」

「どういうことだ?」

 

王としての発言なのか慎重なノクティスの発言にイグニスは眉を寄せる。

宰相や軍師のように、現場というよりは頭脳を使う方が多い人間は統計的に損得で物事を考える。

しかし、ノクティスはそうではないのかもしれないと仮説を立てた。

 

「戦争でも一定数いるだろ?遊びで戦争がしたいやつ。」

「映画とか小説でいう戦争馬鹿みたいなの?」

「そうそれ。戦争じゃねぇけど、俺たちが基地攻略できるかできないかをゲームにしてるんじゃねぇかなって。」

「…帝国の宰相は狂人の類だという仮説か。一理ある。」

 

ノクティスの考えは決して的外れではない。

憎悪の部分だけで言えばアーデンは狂人の部類に当てはまり、ゲーム感覚という感性ではディザストロと予想し合う様がまさにそれ。

常識では考えられない狂人の思考回路の可能性を考えていなかったイグニスは別の考え方だと受け入れた。

 

国の宰相にそんな人物を据えていいのか甚だ疑問だが、確かにあのアーデン・イズニアが宰相についてから帝国の動きがおかしくなっていると聞く。

ここ数年はそれが顕著。

ないこともない仮説というものであった。

 

「ゲーム感覚であればレガリアを取り返せる可能性は高いが…その場合強化装置を破壊できるか?」

「強化装置の前に見たことない魔導兵器もあった。あれがボス戦ってやつだと思う。」

「えぇ!?それ勝てるかな…。」

 

あらゆる情報が欲しいと今まで出て来た文面や会話を思いだすイグニスは、はたととある内容を思いだす。

目的はレガリアの奪還と今後のための魔導兵強化装置の破壊。

その両立のために行える手。

 

「避雷針…神々に願え…!そうか!」

「イグニス?」

 

二通目のメディウムのメールに書かれた避雷針というキーワードは雷雨が晴れた時点で大して意味のない内容だと思っていた。

避雷針とは建物の自体に落雷するのを避けるために設置する高い柱で、避ける雷と言う割にわざわざそちらに雷を寄せる。

 

そして神々に願えという三通目のグラディオラスに送られたメール。

なぜ神頼みを提案するのかてんで分からなかったが合点がいった。

雷神に文字通り神頼みをすればいいのだ。

 

「ノクト。雷神に頼みごとは出来るか。」

「やって見なきゃわかんねぇけど…。何を頼むんだよ。」

 

 

 

 

イグニスがもう一度立て直した作戦は実に大胆なものだった。

運には決して任せない彼が初めてすべてを運に任せた。

 

まず四人はレガリア周辺の魔導兵をひっそりと撃破。

暗闇や死角に潜み、レガリアを見ているプロンプトとイグニスはそこでパーティーアウト。

 

先に進むのは機動力と戦闘力を重視してノクティスとグラディオラス。

大剣ではどうしても動きが大振りになり音が出てしまうため後方からの警戒に徹していたが、起動しているであろう駆動音を発する機体が一体のみになったところでノクティスとともに魔導兵強化装置が見える見張り台へと移動した。

 

眉間にしわを寄せてイグニスに要求された神頼みを実行しようと、ノクティスは真剣に空を見つめた。

 

「出来そうか?」

「なんか足りないっていうか。何かをしなきゃいけない気がする。」

 

神頼みの影響か、雨雲が去ったはずの上空にごろごろと轟くような音が響く。

確かに通っている神頼みに驚きはしたがこれが真の王かと、支える盾は冷静にあたりを観察する。

手伝うにしても何かが足りないとは一体。

 

「等価交換とかか?」

「何を差し出しゃいいんだよ。」

「メディのやつは歴代王の力を使う代わりに魔力を差し出していたよな。」

「…あれは魔力と一緒に命も差し出している気がするけど魔力なら確かに丁度いいか。」

 

血反吐を吐く兄の姿を思い出してノクティスはさらに眉間にしわを寄せるが早速実行してみせる。

はるか昔と言うほどではないが、小さい頃世話をしたカーバンクルに魔力を渡すと面白いとかでメディウムに魔力譲与の方法を教わったことがあった。

その際、決して多くを持っていかれないように小さな扉に隙間を開けるイメージを持つことが大切らしい。

そうしなければ全てを持っていかれるとかで口を酸っぱくして教えられた。

 

教え通りに少量の魔力を上空へと散らすと雷鳴が一層強くなる。

ノクティスの瞳がいつか見たような紫色へと光り輝くと同時。

巨大な老人のような雷神が目の前に現れ、ノクティスをじっと見つめた。

グラディオラスは言葉を失い、巨神とは違う厳かな雷神に一歩下がる。

逆に冷静なノクティスは小さくうなずいて魔導兵強化装置をみた。

 

雷神は心得たようにノクティスの頭を大きな指先でそっと撫でると手にもつ杖を強化装置の前に配置された魔導兵器に突き立てる。

神の力の一端は凄まじく、魔導兵器は爆音をあげて粉々に砕け焼けるようにひしゃげた魔導兵強化装置が出来上がってしまった。

 

簡潔に表現してしまっているがその姿は圧巻の一言。

人類とは明らかに違う巨神の荒々しさとも違う"神"という存在を間近でみてしまった気がした。

どれだけ言葉を尽くしても語彙力があっても表現できない現象。

それが神なのだとグラディオラスは柄にもなく考えた。

 

その神を呼んだ守るべき王は存外冷静で、すげぇという一言のみでさっさと撤退の為に見張り台から降りようとしている。

少し前のノクティスならば興奮気味に歓喜の声を上げ騒ぎ倒すだろうが作戦中であることを自覚し、王として勤めて冷静でいようとしている。

内心ではあまりにもかっこいいというか衝撃的な光景で、それを行える自分という存在に狂喜乱舞していたのだがうまいこと隠せていた。

 

 

 

 

 

レガリアへと戻り、さっさと撤退しようと四人が合流したその時。

一人の男が近づいてきていた。

その男は鞘から剣を抜き、ノクティスへと真っ直ぐ斬りかかる。

内心浮かれていて注意力が散漫していたノクティスに代わり常に警戒していたグラディオラスがすんでのところで受け止める。

 

しかし、その剣の重さは今まで受け止めて来たどの剣よりも重い。

あまりの衝撃に片膝をついた。

 

「レイヴス!?」

 

「ーー兄とは大違い。これが王とは。」

 

振り抜いた剣に対抗するグラディオラスを片手で制し、空いた義手の手で開いた腹を殴りつける。

人とは思えないような音を出しながら巨体をもつグラディオラスを後方に置かれたレガリアに叩きつけ、鼻で笑う。

慌ててプロンプトが駆け寄り、盾の代わりに王によるイグニスとファントムソードを纏うノクティス。

 

なぜレイヴスがここにいるのか。

そもそも神凪の一族である彼がノクティス達に敵対する理由は。

 

「帝国の将軍になったんだってな。」

 

挑発するようなノクティスの物言いにレイヴスは冷めたように見つめる。

ノクティスにしてみれば実の妹であるルナフレーナと道を違えルシス王国を陥れる敵。

しかし、レイヴスは明確に支える主をすでに定めそのためだけに今を生きている。

将軍という役職も全ては主の、王のため。

 

「ルーナに対する裏切りじゃないのか!?」

「貴様こそ。真の王になるなど馬鹿げたことを。兄の方が。メディウムの方が王にふさわしいのではないのか!!」

 

兄に裏切られるなど背筋が凍る思いだろう。

ルナフレーナを思うノクティスの言葉にレイヴスは言い返す。

本心からの想いだが痛いところをついているはず。

しかし、ノクティスは動じず真っ向からその言葉を受け止めた。

 

「相応しくなくても、兄貴は俺に託してくれた。その意味を俺は重く受け止めている。」

 

レイヴスは奥歯を噛みしめる。

メディウムは決して縦に頷かなかったが弟がどれほど無能か再確認すれば頷くかもしれないと思っていたが本気で託していた。

そしてノクティスもまた真剣に受け止め兄の期待に応えられるように必死に前を向いている。

 

否定ばかりを続けてきたレイヴスはお互いを認め合い成長していくというその事実が気に入らない。

もう一度その首に斬りかかろうと剣を構え直したその時、鋭い発砲音。

 

ガキンッと音を立てて地面から跳ね返った鉛玉はレイヴスの足元に穴を開けて飛んでいく。

全員が射線をたどってその人物を見ると、いつぞやガーディナで見たことのある黒フードの男が白い外套と完全な武装をしてやってきた。

帝国兵の新手かと戦闘体勢に入るが、その男は構えたアサルトライフルをそのまま背負いレイヴスに近づく。

 

戸惑ったレイヴスは自然に掴まれた腕を払うことができず引っ張られ入れ違うように赤毛のおじさんがやってくる。

四人が予想していた、というより誰もが予想できていた人物のご登場であった。

そのおじさんの後ろにレイヴスを引っ張り、フードの男はノクティスへと振り返る。

 

「ごめんね。うちの将軍が。さっさと帰らせるからそれで許して。」

 

わざとらしい謝罪にノクティスは睨みつける。

帰らせるとは撤退させるという意味合いだろう。

フードの男はガーディナであった時よりも露出度が減り、顔が完全に確認できない。

前髪が赤毛であることから先日話題に上がったディザストロ・イズニアであることは確かだった。

 

「愛息子のお友達に頼まれちゃってさ。大体の軍は帰らせるつもり。だから君達もここは引いてくれない?無駄な争いだしさ。」

 

無駄な争いを引き起こしたレガリア盗難事件の首謀者であろうアーデンはさも困りましたという顔で提案する。

争いごとというより四人で戦っても勝てる見込みがないレイヴスとの直接戦闘は無茶。

ここはアーデンのいうとおり撤退するのが先決だった。

 

しかし気になるのが愛息子がディザストロだとしてもそのお友達という表現。

封鎖戦線の撤退を依頼したメディウムの発言とすり合わせると二人は知り合いということになる。

一体どういう関係で。

 

疑念の視線を一身に浴びながらも全く言葉を発さないディザストロはくるりとレイヴスに再び向き直り、本当に下がらせるのかどんどん奥へと進んでいく。

一足早く正気に戻ったイグニスの指示で渋々四人はレガリアに乗り込み撤退することとなった。

 

様々なことがわかり様々なことの疑問が増えたレガリア奪還作戦。

一様に腑に落ちない顔で長い一晩が幕を閉じた。

 



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Chapter06 奮起
同僚と


ノクティス一行が撤退している頃。

 

魔法で強化した腕でレイヴスを持ち上げ、仮眠室のベッドに叩きつける。

反射的に取った受け身と柔らかなマットのおかげでほとんど痛みもないだろうが精神的に追い詰められていた。

 

今まで見たことのないような怒りの表情。

憎悪や冷たさで放つ怒りではなく、純粋な激怒だった。

 

「お前は頭が足りないのか?主君の弟がどんなに間抜けでも誠意すら見せられないのか?弟を溺愛していることすらお前には理解できなかったのか?」

 

押し黙るしかない。

レイヴスとて妹のルナフレーナに剣を突き立てるディザストロの姿を見てしまったら怒りのあまり目の前が真っ赤になるだろう。

どんなに王に相応しくなくても守り通したい最後の家族。

 

資格など関係なく守りたいから守る存在をレイヴスは蔑ろにし、傷つけようとした。

その事実を重く受け止めねばならない。

 

俯いたレイヴスにディザストロは片手で顔を覆う。

弟に死ねと告げ続けている自分が怒りを感じるのはお門違いかもしれない。

しかし、目の前で敵意をむき出しにして襲いかかるレイヴスを見たとき真っ先にアサルトライフルで頭を狙おうとしてしまった。

寸前のところで射線をずらしたが確実に殺そうとしてしまったという自らの行為にディザストロは激しく動揺。

当たり散らすように怒鳴ってしまった。

 

「…はぁ。頭冷やしてくる。」

 

白い外套を翻して仮眠室を去るディザストロをレイヴスは引き止めなかった。

 

仮眠室から出て少し先の廊下。

様々なところに連絡していたアーデンは面倒な処理が終わったのか、壁に寄りかかり片手を上げてにっこりと笑う。

先ほどは被っていなかった帽子を片手でくるくる回していた。

常に視野を広げて見るのが仕事の筈なのに冷静でいられなかったディザストロはバツが悪く、まともに目を合わせようとはしない。

副官として、王を支える存在として失格。

 

自らを強く罰するディザストロにアーデンは気づかないほどの溜息をついて、脱いでいた帽子をかぶせた。

 

普段ならば嫌そうな顔で退けようとする筈が何もせず、ただジッとしている。

他人から見れば大して怒っていないように見えるかもしれないがディザストロは今までにないほどの怒りを感じ、戸惑っている。

二十年共に過ごした中では感じ得ない感情とそれを制御できなかった未熟さが表に出た発砲。

 

ディザストロという存在はアーデンの命令を絶対遵守する副官。

メディウムという存在はルシス王家としてノクティスに支える家臣。

そのどちらともつかない"兄"の行動。

 

どれだけ律しても家族として守りたいと願うことを止めることは人間には不可能。

しかし二十年も離れて過ごしたディザストロには不可能であるという結論には達していない。

制御できる。

本心からそう思っていたことが覆された。

二十年培ってきたものが役に立たない現象に大いに戸惑いを見せていた。

 

アーデンとて弟がいた。

 

その存在は自分を処刑して全てをなかったことにしようとした憎む対象だが、弟を守りたいという気持ちは理解できなくもない。

その思いを制御できない理由はもはや本能としか言えないがそれが決して悪いことであるとは言い切れない。

忘れてしまった感覚を思い出して迷子の子供のように困惑し親友を殺そうとしてしまったことに傷つく部下。

アーデンなりにディザストロを慰めようとしていた。

 

「執務室、行こうか。」

「…うん。」

 

子供の頃以来の返事の仕方に相当参っているだろうな、と。

頭から手を退けていたアーデンは珍しく苦笑いを作った。

 

 

 

執務室に備え付けられた簡易椅子に腰掛けさせ、コーヒーを適当に淹れる。

普段ディザストロに淹れさせているせいか自分で淹れたコーヒーを不味く感じる。

実際味は変わらない筈なのに。

 

「馬鹿みたいだな。ああいう場面はこれからいっぱい見る筈なのに。殺そうとするなんて。」

 

王に歯向かおうとするものは必ず現れる。

王都でさえ、守られていることも助けられていることも忘れて恩を仇で返す反逆者はいた。

それら全てを相手取りレイヴスだからこそ制御できた射殺を行い続けていたらディザストロは、メディウムは殺戮者に成り果てる。

その時の最善で穏便な手を考えるのが仕事だというのに。

 

「難しいな。立場って。」

 

世間からすれば王は王で家臣は家臣。

たとえそれが王族同士で兄弟だったとしても世間一般的な兄弟とは扱いが異なるだろう。

アーデンに言われるがままされるがままでいたディザストロは初めて王族という立場を学んだ。

失敗しそうになっても瞬時に立て直し、その時の最善を尽くす。

終わった後に良い機会だったと考えられるディザストロは存外早く立ち直っていた。

 

しかし、アーデンは見逃さない。

明らかに疲れ果てている。

肉体面は確かに健康そのものだろうが精神面が非常に脆い。

普段この程度の失敗はすぐに対処し立ち直る筈が倍以上の時間がかかっている。

王子一行のサポートによる疲労なのは容易に想像できた。

常に頭をフル稼働させることはできないのである。

 

「少し休んだら?」

「あんたの口から優しい言葉が出るとはな。何年ぶり?」

「いつも優しいでしょ。ほらこっち。」

 

柔らかく笑うディザストロの表情とは合わない軽口に適当に返すと背もたれのある椅子に座って膝を片手で叩く。

仮眠室に行くのが一番だがレイヴスがまだいるだろう。

追い出しても良いが今は顔も合わせたくないだろう、という配慮。

だから膝の上に来いというのもどうかと思うが、判断力が落ちているディザストロは言われるがままに膝に座った。

幼い頃はよく行っていたため抵抗感がないとも言う。

 

「重くなった?」

「成長しているからな。」

 

背もたれを傾けて座るアーデンの膝の上に遠慮なく座り、ぐったりと寄りかかる。

そのまま机に置かれた報告書を漁り、読み始めた。

 

ディザストロにとっての精神安定剤は死ぬほど山積みにされた仕事と無茶振り上司アーデンの姿がすぐ近くにあること。

今までの環境がそうであったため自然と安心する。

突然の環境変化と気の抜けない生活に疲れ果てたディザストロにとって今の状況は落ち着く状態と言えた。

 

「夜が明け次第、アラネアと合流してヴォラレ基地に向かう。その際、何かあるか。」

「特にこれといって頼みごとはないかなぁ。この基地で明日の昼頃まで補給させることぐらいで。」

「…それまでこうしていても良いか。」

「後一時間して仮眠室に移動するなら良いよ。」

 

武器召喚の使用方法である亜空間収納でホルスターと一緒にアサルトライフルとハンドガンを消し、白い外套も武器召喚と関連付けする。

武器召喚はその名の通り武器しか召喚できないのだがとある魔法を使えば関連付けされた武器と同時に収納、召喚が可能になる。

案外面倒臭い上に一緒に出てしまうため緊急時に使う武器にはオススメされない収納法だった。

 

とりあえず身軽になったディザストロは浮かせていた背中をもう一度密着させ、書類も放り投げて目を閉じる。

精神的な休息と身体的な休息を取り始めたディザストロの柔らかい髪の毛を掬い、いじりながらアーデンも目を閉じた。

 

 

 

ゆったりとしたまどろみの中ディザストロが目を覚ましたのは既に昼ごろを過ぎた時だった。

執務室ではなく仮眠室のベッドに横たえられ、アーデンがいつも着ているコートを大事そうに抱えて眠っていた。

本人は自覚なし。

 

持ち主は隣のベッドに腰掛け、何が面白いのかニヤニヤと起き抜けの顔を凝視して来る。

割と寝起きはすっきりしているディザストロはその顔に苛立ち、ひくりと頬をひくつかせてアーデンに物申した。

 

「寝顔の何がそんなに面白いんだ。」

「いやぁ、愛されてるなぁってね。」

 

起きてもコートから手を離さないディザストロにさらに笑みを深める。

自分の行動に気づかない本人は意味がわからないとコートを手にしたまま寝台から降りた。

そこで漸く、何か重いものを持っていると把握し視線を下げて手の中の革のコートを見る。

 

寝ぼけていて気にしていなかったがコートを着ていない。

ディザストロは頭をフル回転させて今の状況を箇条書きでまとめ始めた。

 

自分が手に持っている。

愛されている発言。

まるで大事なもののようにコートを抱える自分。

なるほど。把握した。

 

「いっぺん頭の中を病院で診てもらえ。」

「えぇ?酷いなぁ。掴んで離さなかったのはディアだよ?」

「革のコートが大事だったんだな。高いし。」

 

言外にアーデンは全く大事ではないと主張するがなしのつぶて。

ニヤニヤと笑い続けるその顔にさらに苛立ち、重い革のコートを全力で投げつけた。

簡単に掴まれてそのまま着られてしまったが見て見ぬ振り。

都合の悪いことは早々に忘れるべきである。

 

「今は昼でアラネア准将が到着済み。レイヴス将軍は移動基地でこれから帝都に帰る予定だからさっさと移動するよ。」

「あんたも帰るんじゃないのか。」

「まだお仕事あるし、ちょっかい出し足りないからね。予定変更。」

「うわ、最低。」

「お褒めに預かり光栄。」

「褒めてねぇよ。」

 

レイヴスとの和解はしていないがアーデンの様子から察するに会うのは不可能そうだ。

心に不安要素が残ったがこればかりは自分の責任だと反省。

 

移動基地内にある仮眠室から早々に出て、アラケオル基地簡易拠点へと移動。

 

真っ赤な揚陸艇が移動中の視界に映ったがアラネア・ハイウィンドが所有する彼女専用機体。

モデリングはアラネア本人がしていたが内部に搭載された機能はディザストロが助言していた。

因みにアーデンは初号機揚陸艇を魔改造し、一番頑丈にした機体を所有していた。

今は愛車で移動しているため補給基地にはないが。

 

どうでも良いことを考えながらディザストロはルシス領を見て回るというアーデンと簡易拠点前で一旦別れることになった。

 

「目立つことはするなよ。宰相様。」

「俺がいつ目立つことしたっていうのさ。」

「いっつも。」

 

軽口を言ってみたが軽く頭を撫でられ、次の瞬間には愛車で去って行っていた。

相変わらず理解不能な魔法を使う。

瞬間移動魔法か、はたまた時間停止魔法か。

 

上司が巻き起こす超常現象はさておき、簡易拠点に向き直る。

赤い機体の所有者が大人しく簡易拠点にいるとは思えなかったが軽くノックして適当に入ると補給のときぐらいはしおらしく報告書を書いていた。

昨日読んでおじゃんにした挙句書き直したシガイサンプル集め結果報告書だろう。

 

「ノックしたなら返事待ちなさいよ。」

「見られてまずいものは軍の反逆行為ぐらいじゃないか。それとも女性扱いがお好みで?」

「されて嫌なものでもないけどあんたにやられるとムカつくわ。」

「だろうな。親しい仲にいきなりされると馬鹿にされていると感じるものだ。」

 

軍に属する者に性別の境目はないがある程度の配慮は求められる。

そういった意味ではディザストロの行動は無遠慮だが、旧知の仲には大した問題ではない。

鎧をまとった彼女は女性扱いされるより戦士として扱われる方が気楽だということも理由に挙げられる。

 

「それと、電話したのに無視したでしょ。」

「極秘任務中でな。着信通知を宰相に限らせていた。」

「まーた悪いことしてるのね。」

「失敬な。悪いことしているのは上司だろう。」

「同じ穴の狢よ。」

 

バッサリと切り捨てられた。

言い返せずジト目でアラネアを見るが報告書から目を離さない。

しかし、ディザストロを案ずるような優しい声で言葉を続けた。

 

「あんまり危ないことしちゃダメよ。まだ若いんだから。未来を潰すようなことはダメ。」

「…その未来のために戦っているんだがなぁ。」

「帝国の未来とは別よ。」

「分かっているよ…分かり過ぎているよ。」

 

純粋に傷だらけのディザストロを見ていられないアラネアらしい心配の言葉だが、ルシス王族としての情を呼び起こされたディザストロは泣きそうな顔でその言葉を噛みしめる。

 

個人の未来を潰して繋げる世界の未来。

代償が大きいか小さいかは、誰にもわからない。

 

報告書から顔を上げたアラネアはあまりの光景に思考が停止した。

年下の友人が泣きそうな顔をしていることなどほとんどない。

いつも飄々としたあの宰相のように薄ら笑いを浮かべ、淡々と政務をこなし平等へと導く。

そのディザストロが。

 

あまりの衝撃にアラネアはフリーズしたが、何か失言があったのかと自分の発言を省みる。

しかしこれといっておかしなことを言ったつもりはない。

未来ある若者に助言をしただけ。

心当たりはあるがもしやとアラネアは眉を寄せる。

人には重すぎるものを抱えているのではと思っていたが、あの宰相にとんでもないものを背負わされているのでは。

 

「その顔はあの宰相の所為?私今からぶん殴りに行って良い?」

「は?俺そんな変な顔しているか?」

「いまにも泣きそう。やっぱりちょっとぶん殴りに行くわ。」

「まっ、待て待て!違う!いや違わないし無関係でもないが殴りに行くのは待て!!」

 

鎧のまま、壁に立てかけてあった魔導ブースター付きの槍を手に取ったアラネアを制止する。

本気で殴りに行く前に槍で一刺ししそうだ。

死にたくても死ねない輩なので問題ないかもしれないが見栄えと立場的に問題がある。

 

必死の制止にやっぱり関係あるじゃないのと青筋を立てるが何か理由があるのだろうとアラネアも一旦着席。

槍は手放さないが。

 

「つくづく思っていたのよ。宰相はディアがなーんでもいうこと聞くからって甘えすぎよ。その上こんな泣きそうな顔させるなんて。信じらんない。」

「甘えているのではないと思うが…というかその泣きそうな顔とやらの記憶は早々に抹消してくれお願いだから。」

「いやよ。レアものなのに。写真撮ればよかった。」

 

ぷんすか怒ってはいるがとりあえず落ち着いたアラネアがぐちぐちと文句を垂れ流す。

二千なんぼほど歳上の人間をボロボロに貶すアラネアに勇気あるなと本気で感心しているディザストロは他人事のよう。

全部自分に降りかかった災難のはずだがへーという薄い反応にアラネアの怒りが再熱する。

 

「へー、とか、ふーん、とかじゃないわよ!ぜーんぶあんたのことよ!?」

「そんなこともあったよなぁ。二十年一緒にいりゃあるあるじゃないか。」

「殺し合いが!?セクハラが!?軟禁が!?」

「…まあ、あるんじゃないか?」

「ないわよ!そんな家なら家出するわ!」

「ジグナタス要塞の時点で逃げ出すだろ。下手すれば悲鳴あがるんだぜ?」

「そう言うとこは常識的なのね。」

 

逆に冷静になって来たアラネアは槍を手放す。

この友人はいつも放って置けない。

危ないところに一人で行って一人で帰ってくる。

気がついた時には隣に戻って来て傷の治療をして、困った時にその場にいる。

お礼のつもりでお茶や食事に誘っても宰相が邪魔をするし、ならば仕事でと向かえばやはり宰相が壁になる。

 

殺伐とした帝国内で守っているように見えて閉じ込めるように囲い込むアーデンをアラネアは敵視していた。

今関われているのもアラネア自身がバッサリとした性格で嘘はつかない、詮索もしない、部下として扱いやすいからと言う点があるから。

それがなくなればレイヴスのみの関わり合いで止まっていただろう。

彼は彼で関われる強い理由があるらしいとあたりをつけていた。

 

おかしいことだらけでもそう言うことだからと流すディザストロにアラネアは長く重いため息をついた。

 

ディザストロとておかしいのは承知しているがだからと言って解決策もない。

アラネアのため息に乾いた笑いを返した。

 

「まあいいわ。泣き顔はばっちり覚えとくってので勘弁してあげる。」

「そこは忘れといてくれないか。」

「夜すぎたらオールドレスタに向けて出るわよ。準備しといて。」

「忘れてくれねぇのね…。」

 

さらりと流され、無駄な黒歴史を作ったディザストロはガックリとうなだれた。

 



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仲間との対話

夕刻頃。

アラネアが仮眠を取っている間にディザストロはノクティスへの連絡を入れていた。

 

素知らぬ顔で雷神の啓示についての文面を書いてみたが、ノクティスから自慢げにレガリア奪還の報告が届いた。

さらに今はレスタルムまで逃走。

少々の休憩を入れているらしい。

その後、合流地点のカエムの岬まで向かうつもりと。

 

ルート的に通ることになるオールド・レスタ付近のヴォラレ基地を潰せないか、とメールを打つと少し間をおいて簡潔に"了解"と返って来た。

時間的にアラネアとディザストロが到着する頃合いと被ってしまうが、戦闘だろうが事務作業だろうが残業は絶対にしない主義のアラネアならば時間きっかりに途中撤退をするだろう。

 

カリゴが滞在中だがもともと戦力として考えてはいない。

指揮能力は買うが野心が強すぎる。

現段階でルシス王族とルナフレーナの捕縛を狙っているためアーデンにとっても邪魔な存在。

ここで消しておきたい気もするがアラネアに不信感を持たれるのも気が進まない。

 

一先ずノクティス達のお手並み拝見か。

 

"頑張ってくれ"というメールを送って携帯をしまう。

二部屋に別れた簡易拠点の仮眠室の方から物音がしたためだがどうやら傭兵のお嬢様が起床したらしい。

寝起きがいいアラネアの為に少しぬるめのコーヒーを入れていると、仮眠室の扉が開いた。

 

サソリを思わせる鎧と魔導ブースターが搭載された槍を装備してでて来た。

まさかそのまま寝ているとは思わないが、仮眠室から完全武装の軍人がのそりと出てくると流石に驚く。

若干の動揺で揺れたコーヒーの水音に反応したアラネアが起き抜けとは思えないほどさっぱりした顔で兜をとる。

 

「あら。私にも淹れてくれる?」

「このコーヒーは元々アラネア用。温いぞ。」

「ありがとう。気が効くわね。」

「あらゆる面での補佐が仕事だからな。」

 

インスタントコーヒーを手渡し、現在の時刻と出立準備の出来具合を伝えた。

殆ど単身で飛び回ってシガイ退治か標本集めかの彼女の揚陸艇は、燃料補給と非常食の備蓄補給ぐらいしか出来ることがないためすぐさま飛び立てる。

ビッグスとウェッジや他の帝国兵もいたはずだが標本集めのためにスチリフの社において来ていた。

 

「優秀な副官だこと。コーヒー飲んだら行きましょう。カリゴは面倒くさいし。」

「承知した。定時上がりが望ましいな。」

「同感。残業代出ないしね。」

 

コーヒーを飲み終えた二人は、魔導兵にアラケオル基地を任せ、アラネアの赤い揚陸艇でヴォラレ基地へと向かう。

車より少し早い速度の揚陸艇だが飛行するため順路など関係ない。

一直線にヴォラレ基地へと向かうこととなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

一方その頃。

 

ノクティス一行は、レスタルムにてメディウムからのメールについて話し合っていた。

ヴォラレ基地の情報は既にレスタルム中に広がっており、コル将軍経由でメルダシオ協会に確認を取ったところ准将クラスの人間が出入りしているらしい。

メールには潰してくれと書かれているのみで、助言もない。

軍師イグニス、腕の見せ所だ。

 

レスタルムのホテルで思い思いの場所に座した四人は情報の整理から始めた。

 

「メルダシオからの情報では、例の魔導兵強化装置も確認されている。更に准将らしき者もレスタルムに一度訪問して来ている。」

「一般市民と揉め事を起こしたとかで街の連中にはかなり敵視されていた。あまり性格のいい准将じゃぁないだろうな。」

「兄貴からは指示も助言もなし。どこで何しているかも分からないままだ。どさくさに紛れて秘匿しやがって。」

「イリス達とも連絡取れたよ。結構楽しんでいるみたいで、帝国人も見かけないって。」

 

情報収集に際して役割分担した内容をそれぞれ報告していく。

ヴォラレ基地についてイグニス、街の噂話をグラディオラスとノクティス、兼任してメディウムからの連絡待機。

プロンプトは隠れ家にいるイリス達と連絡を取った。

 

ヴォラレ基地の規模自体はアラケオル基地より広く感じるが、壁の中だけを見ればそう変わらない。

殆どが魔導兵のようで人間の帝国軍人の目撃情報はカリゴ・オドーという名の男のみ。

准将の階級と確認が取れているが街の人曰く"人を小馬鹿にしたいけ好かない男"らしい。

 

隠れ家の方に帝国軍の手が及んでいる可能性も考え、イリス達が心配になって連絡を取ったがそちらまで手は及んでいなかった。

ただの灯台なのでマークされていないのかもしれない。

灯台下暗し、言葉通りになっている。

 

「アラケオル基地のように夜の潜入になるが、できれば准将から情報を聞き出したい。」

 

レガリア奪還とは違い、難易度が跳ね上がるが帝国側の情報は欲しい。

イグニスの考えを汲んだノクティスはその考えを肯定し、プロンプトやグラディオラスも意義は唱えない。

 

旅の始めの頃。

真っ先にイグニスを頼っていた今までとは違い、全員が考えを口にしてから王が最善を纏める。

ここ数日で王たるノクティスの提案を第一優先として動く体制が出来上がっていた。

 

「陽動作戦なんてどうだ。敵の注意は存分にひけるぜ。」

「でもそれで准将も出て来ちゃったらまずいんじゃない?」

 

グラディオラスが腕っ節を利用した作戦を考案するがプロンプトが待ったをかける。

陽動作戦自体は名案だろうが准将が出て来ては元も子もない。

派手なものをやるとしても捕らえてからが良いだろう。

 

ノクティスは普段使わない頭を使って過去の経験を探る。

潜入作戦ではないが、メディウムの悪戯は視線誘導をする仕掛けが多く使われていた気がする。

グラディオラスの提案とプロンプトの助言を元に、マジックボトルを二つほど取り出して間の作戦を提示した。

 

「イグニスと俺で准将とやらをとっ捕まえている間に、二人には軽く陽動の為にマジックボトルを置いて来てもらうってのはどうだ。」

「おお!ノクト冴えてるー!」

「ならば派手なものよりボヤ騒ぎほどのものがいいな。作れるか?」

「兄貴がよく作ってたから余裕。魔導兵がそっちに惹きつけられれば手薄になるだろう。」

「あの人なんでも作るな…。」

 

手先が器用なのか作ることも解体することも元に戻すこともうまい例の王子様は中火程度の炎のエレメントを詰めたマジックボトルとメモ帳の紙を燃やして、ボヤ騒ぎを起こしたことがある。

燃やされていたメモ帳には魔法がかけられていて氷のエレメントも付随し、一定以上燃えた頃合いに自然鎮火するものだったが城で発見された為大騒ぎになった。

 

犯人の王子様は"会議を抜けてノクトと遊びたかった"と供述した。

ノクティスには仕事より自分を優先してくれた優しい兄とのちょっぴり嬉しい思い出。

激しくしょうもない魔法だったが意外なところで役に立つものである。

 

「俺たちは闇に紛れて准将の隙を伺おう。シフト魔法での捕縛になるが、くれぐれも殺すなよ。」

 

殺すなというイグニスの注意にノクティスは複雑な顔をする。

今まで帝国軍を相手取って来ても殆どが魔導兵で、命をとらなければならない相手はモブハントの野獣がもっぱら。

どちらも理性や知性がない、本能のままの野生であり同族ではない。

 

人を殺めることはなるべくしたくはない。

しかし王として時には必要な判断だろうと、ノクティスは複雑な顔のまま思ったことを言う。

飾らない思いをぶつけることが何よりも信頼している相手に理解してもらえることをメディウムとの交流で学んだ。

 

「敵ならどうしようもないかも知れないけど、人間を殺すってのは抵抗あるし、やらねぇよ。」

「そっか…ずっと魔導兵相手ってわけじゃないもんね…。」

「王様の手を汚すわけにもいかねぇし、避けられるなら避けたい物事だ。」

「ああ。なるべく避けるが、どうしてもの時は俺とグラディオで対処する。ノクトやプロンプトが気にすることではない。」

 

今回の目的は捕縛。

殺めるつもりはないがそうしなければならない時が来た時はグラディオラスやイグニスが手を汚す覚悟をしていた。

精神の若いプロンプトや王になるノクティスには経験させたくない。

イグニスは王子であるメディウムにもさせたくないが二十年の間のことははっきりとわからない為自分たちより手慣れている可能性もある。

避けられるのが一番だが、全員で相談しながら進んでいこう。

 

四人の中で答えが決まり、作戦も可決したところを見計らってノクティスが三人に相談したいと前置きを置く。

 

「兄貴のことで気になることがいくつかある。」

 

未だ二十年間のことや、使命について多く語らない兄の交友関係が昨夜のアラケオル基地でのレイヴスとの邂逅で少し垣間見えた。

その交友関係の友人枠に帝国軍重要人物ディザストロ・イズニアが名を連ねている可能性が浮上。

 

更にルシス王国とほぼ絶縁に近い状態であったレイヴスの神凪としての発言。

メディウムを玉座に据えるべきであると考えているのが見て取れた。

一体いつどこで出会ったのか。

十二年前の襲撃前ですら顔を合わせたことは無いはずだった。

 

「分からないことは合流して聞けばいいと思っている。俺は兄貴を信じたい。でもお前らは敵って考えているかもしれない。それを間違いだと思わないし、そう考えるのが当たり前だと思う。なんだっていい。兄貴について忌憚のない意見を聞かせてくれ。」

 

ノクティスが最も危惧しているのは不安の種がくすぶり、いつか爆発すること。

五人しかいない仲間内で疑い合うのはこれからの旅では避けたい事態。

その意図を汲み、巨神戦を通して兄という存在の共通点を見出したグラディオラスが素直に答える。

 

「俺は信用している。二十年も空白の時間があれば神凪の一族と関わり合いがあってもおかしくねぇし、あいつのノクトを思う気持ちは本物だ。王の盾として守り合う仲間だと思っている。」

「俺は…ちょっとわかんないかな…。ノクトを大事にしてるのはよくわかる。多分、自分の命より大切に思っているんじゃないかなって。でもやっぱり話せない過去が長過ぎるよ。人に言えない過去ってのが…。」

 

グラディオラスに続いてプロンプトが申し訳なさそうに答えるが、ノクティスは首を振って優しく笑った。

たとえ兄を信頼できないからといって真っ向から意見を否定する気は毛頭ない。

家族という契りなしで信頼してくれるグラディオラスの器が広いのだ。

 

「イグニスはどうだ?」

 

顎に手を当てて、黙ったまま考え込むイグニスの答えは一つしかない。

しかし、本当にそれでいいのかを躊躇う様子。

忌憚のない意見を言えと言われてもイグニスには迷いが出る。

長い付き合いのノクティスはなんとなく察して、自ら発言するのを待つ。

 

数分の間をおいて、イグニスは苦い顔で口を開いた。

 

「…率直に言おう。彼は敵だと思っている。」

「理由を聞かせてくれ。」

「例のディザストロ・イズニアは表には滅多に顔を出さない。知り合いがいるとしても殆どが重役ポストの顔ぶれ。外交官ですらないメディが容易に会える人間ではない。さらにレイヴス様、いやレイヴスの発言…ノクティスの王座すら危うくする政敵が近いと俺は考えている。」

「帝国と繋がってるって言いたいのか?」

「おいイグニス、それは言い過ぎじゃぁないのか。」

 

遠回しではあったが帝国とのつながりを危惧するような発言にノクティスが悲しそうに眉を寄せる。

決してその可能性がないと言えない。

二十年の足取りを追えていないのが一番のネックになっている。

 

しかし、流石に王子に対して不敬だろうとグラディオラスが止めに入るがイグニスは言葉を続ける。

ここで言葉を切って仕舞えばイグニスは二度と同じ発言はしないだろう。

ノクティスは心苦しいながらも先を促した。

止めに入ったグラディオラスも口をつぐむ。

 

「不敬罪に当たるのは重々承知だ。王子と側近の立場を忘れろとは言われたが垣根は変わらない。だが、だからこそ言わせてほしい。あの王子メディウム・ルシス・チェラムは敵だ。俺の仕えるノクティス・ルシス・チェラムを脅かす、最大の敵なんだ。」

 

王子と側近。

しかし側近が支えるは未来の真の王。

その王を脅かす存在はたとえ王の兄でも敵と認識しなければならない。

それが王を守る側近の務めだから。

 

ノクティスはイグニスの言葉に嬉しさと悲しさを浮かべた。

王として不十分だと様々な方面から言われ、揺らいでいた心が支えてくれると宣言したイグニスに温かさを感じた。

しかし、家族を否定されるとどうしても悲しさが勝ってしまう。

 

「だが、彼は仲間だ。そして大切なノクトの家族だ。…時間が欲しい。信頼できると確信できる時間を。」

「お、俺も!すぐは無理でもこれからの旅で!絶対悪い人じゃない!ノクトのためにあんなに一直線なんだから!」

 

悲しみに俯いていた顔を上げる。

イグニスとプロンプトは勇気があった。

敵だと決めつけても、信頼できないと遠ざけても、仲間である以上志は同じのはず。

 

彼はノクティスの唯一残った肉親。

その絆は仲間では超えられない壁を悠々と超えていった。

そしていつも優しく支えて導いていた。

そんな彼が完全に敵だとは思えない。

思いたくなどない。

旅は長い。

歩み寄るチャンスはいくらでもあるはずだ。

 

「…さんきゅーな、お前ら。」

 

とてつもなく珍しく、素直に微笑むノクティスに仲間達は笑い合う。

仲間というのは時に衝突し合うものだろう。

しかしそのあと許しあって笑いあえれば、きっとそれはいい思い出でよく考えて理解し合えた大切な時間。

旅というものは人を大きく成長させる。

ノクティス達もまた大いに成長しているだろう。

 

「よし!さっさと基地ぶっ潰して、メディの野郎ともこうやって語り合ってやろうぜ。」

「うん!きっといろんな話ししてくれるよね!」

 

作戦の決行は夜。

 

気合いを入れ直した一行はオールド・レスタで一度食事を取るつもりでホテルを出立した。

 



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ヴォラレ基地

「襲撃かしらね。」

「ああ。見事にやられているな。」

 

赤い揚陸艇から眼下にあるヴォラレ基地を眺める。

見事に破壊された魔導兵強化装置や鉄屑となった魔導兵、魔導兵器がゴロゴロ。

カリゴも出撃したのかと思ったが、どこにもカリゴの機体が見当たらない。

戦闘に参加していないのか、確保されているのか。

どちらにしろノクティスの仕業であると、ディザストロは確信していた。

 

「一応仕事仲間だし、カリゴの救出しないとダメよねぇ?」

「ダメだろうな。俺は非戦闘要員なので襲撃者の撃退は任せた。カリゴはなんとかしておく。」

「了解。無茶しないように。最悪見捨てなさい。」

「見捨てるとは辛辣なことだ。」

 

嫌そうな顔で揚陸艇からカリゴのいそうな場所を探す。

ノクティス一行は十中八九魔導兵強化装置の付近にいるだろう。

カリゴを捉えた理由から察するに情報を聞き出すためだろうが生憎あのお貴族様はロクな情報を持っていない。

おしゃべりが過ぎてうっかり機密漏洩してはたまらないとそもそも直前まで知らせないからだ。

 

頭脳面から考えて、確保しているのはイグニスだろう。

 

白い外套を纏って、ハンドガンをホルスターから抜き取る。

先日もらったアサルトライフルとは別に、魔導兵の武器庫から拝借したスナイパーライフルを持ち出した。

装填数が三発まである代わりに重く、かなりごつい。

伏せて使うしかない代物だがスナイパーなどそんなものだ。

 

背負いのホルスターに差し込んで、帝国軍支給品の魔導ブーツを起動。

アラネアのように近接戦を仕掛ける人間兵専用に作られたもので、一定の高度からの降下の衝撃を和らげる。

魔導ブースターも付随しているため人間離れした跳躍も可能。

アラネアが最も得意とする戦闘スタイルの威力を驚異的に上げる一品。

 

既に亡くなっている前任の将軍、タイタス将軍がフルアーマーで着用していた魔導インビジブルの後継機である。

 

「全く。生身で飛ぶことになるとはなぁ。」

「文句言わないの。歩いていたら間に合わないよ。」

「わかっているさ。健闘を祈る。アラネア准将。」

「定時には戻ってきなさいよ。ディザストロ副官。」

 

揚陸艇をアラネアの部下である帝国軍人に任せて同時に飛び降りる。

アラネアはひしゃげた魔導兵強化装置の手前側。

ディザストロはカリゴが使用しているはずの簡易拠点を目指した。

魔法は感知される可能性がある上、降下作戦で音を立てずに着陸はできない。

ならば盛大にやってやろうと魔導ブーツのブースターを起動。

 

インスタントハウスの屋根をかかと落としでぶち抜いた。

 

言いようのない鉄の砕けた音と下に置かれていたのだろう机が原型も留めず破壊。

この程度後で本軍に請求してやろうとカリゴを探す。

予想通り、イグニスがカリゴを縛り上げていた。

 

驚きはしていたがすぐさま臨戦態勢をとるイグニスに、低めの声で聞く。

 

「また会ったな。襲撃者。」

「ディザストロ・イズニア…!?」

「残念だがその男はなんの情報も持ち合わせてはいない。聞くなら俺にしたらどうだ?」

 

気絶しているのを起こすところだったのか、救出目標は白目を向いて倒れている。

戦闘をするならばそれでもいいが室内戦で近接武器がダガーしかないイグニスではキツい。

魔法を使われるとこちらが厄介で、ホルスターにあるナイフ一丁では不安が残る。

ダガー程度なら捌けるかもしれないがやはり剣か槍が欲しいところだ。

 

「俺の仕事はその男を生きて持ち帰ること。お前は情報が欲しいんだろう?等価交換といこうじゃないか。」

「情報をこの男のために売ると?」

「その男に俺の持つ情報と同等の価値はない。だが仕事は仕事だ。質問すれば二つまで答える。どうだ?」

「…三つだ。」

「交渉成立。その男を間におけ。で?なにが聞きたい。」

 

メディウムとは違う、余裕ある大人を演じているディザストロは楽しげに笑う。

帝国の情報をどれだけ売ろうが大して役には立たない。

そのうち帝国がなくなることは確定事項だった。

 

イグニスは言われた通り間にカリゴを置いて、顔の見えないディザストロを見る。

昼に立てた作戦通りカリゴを尾行してノクティスに確保してもらい、イグニスが情報を聞き出す手順まではうまくいった。

しかし、増援があるとは思いもよらなかった。

ノクティスを陽動の方面に回して正解。

もしノクティスもこの場にいればここで確保されていたかもしれない。

 

イグニスは慎重に質問を吟味し、妥当な線を探す。

 

「ルシスにいくつの基地を作っている?」

「三つだ。昨日のアラケオル基地、このヴォラレ基地。リード地方にフムース基地。どれも補給が主な役割だが、戦争道具は多ければ多いほど戦争のしがいがあるだろう?」

 

ホルスターから抜いたハンドガンの弾倉を確かめながら愉快そうにリロード。

戦争のしがいがあるという言葉は普通の思考回路ならたどり着かない。

ディザストロはメディウムならば決して発言しない言葉を選んでいた。

 

「補給してどこに向かうつもりだ。」

「何処へでも。ルシス王族と神凪の確保が名目だが、帝国には無理だろう。」

「何…?」

「その答えが最後の問いでいいか?」

 

イグニスは一歩下がる。

ディザストロは何かを掴んでいると思っていたがそれだけではないのが一連の問いで分かった。

彼は世界で起こっている物事を知り、理解している。

メディウムと同じだけ何かを知っている。

見えない顔が恐ろしいが全てを見通しているような声音にそう判断した。

 

その上で最後の問いに悩んだ。

世界の物事の核心に迫るような話につながる鍵が、先程の答えだと本能が告げていた。

それと同時に帝国の情報が欲しいとも思ってしまう。

ディザストロはその様子を黙って見つめている。

 

イグニスは意を決して、本能を信じた。

 

「何故、無理だと思う。」

「ああ。人間の直感は素晴らしいな。」

 

嬉しそうな声でディザストロは楽しげに語る。

 

「何故無理だかは簡単だ。帝国はそもそも駒だ。闇の王が大いに前進し世界を染め上げるための傀儡。帝国は王の手に落ちた。王は真の王が現れることをお望みだ。そのために神凪は必須。ルシス王族が台頭する日を今か今かと待ちわびている。まあその分、失望も大きそうだ。」

「帝国が駒?裏で操っている皇帝以上の人間がいるというのか。」

「自分で考えな。取引は成立した。その男は返してもらう。」

 

それ以上は口を割らない。

強い目線で訴えかけてはいるが口元が歪むほど笑っている。

聞けば答えてくれるかもしれないが、彼の中の線引きを超えれば問答無用で撃たれる可能性も高い。

イグニスはそっと後ろに下がり、カリゴには触れていないという意思で両手を上に上げる。

ディザストロはカリゴを肩に担ぎ上げると、くるくるとハンドガンを回してホルスターにしまった。

 

武器を手放したのを確認してイグニスはどうしても気になることを聞く。

 

「最後に。どうしても聞きたいことがある。」

「取引外だぜ?聞いてはやるが答えるかは別問題だ。」

「構わない。…貴様は何者だ。」

 

人間の雰囲気は、感情によって左右される。

ギロリと濁った橙色の瞳だけでイグニスを捉えるディザストロは何の感情も宿さない。

その雰囲気は無。

何よりも恐るべき、敵対とも友好とも違う感情。

 

質問を間違えたかとイグニスは交戦の可能性も考える。

しかし、ディザストロはすぐになんともなさそうな顔で言葉を発した。

 

「たまたま宰相に拾われただけのガキンチョ。それだけだ。」

 

明確な答えを得られなかったイグニスはそれ以上問わなかった。

明らかに藪蛇。

言及を避け、余計なことを口にせずお互いに損害を出さないディザストロに感謝するほど。

契約違反の上、地雷を踏み抜いたイグニスの失態だ。

 

「そうだ。これは独り言なんだがな…。」

 

大したことでもなさそうに、抱え上げたカリゴの位置を直しながら入り口へと進んでいく。

その場を動かないイグニスに向けて、魔導ブーツを起動しながらどうでもいい世間話をこぼした。

 

「世界の核心に迫るととってもいいことがあるらしい。帝国だろうが真の王だろうが市民だろうが、この世界は必ず神の元にあるからなぁ。神に迫れば自ずと本物が見えてくる。世界っていう本物がな?」

 

意味ありげな言葉を残して、ディザストロは飛び上がった。

魔導ブーツの補助で上空へと打ち上げられた花火のように、一直線に消える星をイグニスは呆然と見送った。

 

 

 

 

 

イグニスとディザストロが対峙している頃。

上空からノクティス一行を視認したアラネアは槍の魔導ブースターを起動。

ノクティスへと一直線に突撃。

 

咄嗟のことで反応できなかったノクティスは不審な飛来物を目視していたグラディオラスに引っ張られて離脱。

ノクティスが立っていた場所に直径三メートルほどのクレーターが一瞬にして出来上がってしまった。

女性の戦士が容易に出せるような威力ではない上に落下時の衝撃も減衰させているのだから驚き。

 

地面に突き刺さった槍を軽々と引き抜いてアラネアは声をかける。

 

「あら。随分と可愛らしい顔。」

「援軍かっ!」

 

引き抜いた槍を持って再び上空へと舞い上がるアラネアをノクティスが追う。

先ほどの一撃も空からの奇襲。

おそらく彼女の最大の武器であり要注意攻撃。

人が到達し得ない空中戦をできる人間がまさか王族以外にいるとは思わなかったが、落下させてはまずいのを察知したノクティスは空中でアラネアに張り付く。

 

「魔法ってことは王子様ねっ!」

「だったらどうするんだよ!」

 

アラネアはノクティスのシフト魔法のように魔力さえあれば常に上空を飛んでいられるわけではない。

何よりこの王子様は異常に空中戦に長けている。

魔法一つでここまでやり辛くなるのかと槍でエンジンブレードを捌きながら考える。

知り合いに一人、魔導ブーツの跳躍のみで空中近接戦を仕掛ける副官が頭に浮かぶがそれ以上に張り付いてくるノクティスは厄介。

 

致し方なく地上に降りたアラネアは近距離戦が不可能なハンドガンを構えるプロンプトへ突進。

しかし、間に入って大剣を振り抜いたグラディオラスに止められる。

 

「いい判断力ね!」

「あんたもな!」

 

もう一度、今度は低めに飛び上がり槍をグラディオラスに突撃させる。

 

魔導ブースターが奏でる重苦しい音と、金属がぶつかり合う鋭い音は人が成すとは思えない人外戦開幕の合図となった。

 

 

 

 

 

 

ディザストロが上空に待機していた赤い揚陸艇内にカリゴを下ろして、揚陸艇を見ているアラネアの部下に聞けばまだ交戦中らしい。

時間を聞けば定時数分前。

撤退を促すにはちょうどいい時間だ。

カリゴも白目を向いて全く起きる気配がないし、ヴォラレ基地ではなくアラケオル基地に別の揚陸艇で移送したほうがいいかもしれない。

 

今後の予定を大まかに決めて撤退を促すべく魔導ブーツを起動。

部下に礼を言ってもう一度地上へと降り立つ。

 

今度はアラネアが向かった、魔導兵強化装置のたもと。

スナイパーライフルのリロードをしながら音を立てないように緩やかに着地するホバリングを使用し、死角のコンテナ上に降り立つ。

相変わらず凄まじいアラネアはルシスの精鋭二人と王族一人、重火器一人をものともしない。

 

アラネアの最大の武器は魔導ブーツによる跳躍と魔導ブーストが付随した槍による加速突撃。

対空戦など通常の人間ならば不可能な上に、クレーターを作るほどの威力で飛来する槍。

飛んで降り立てば簡単に殲滅戦を可能にする代わりに狙ったところに空中で立て直しながら突進しなければならないという、一流槍使いにしかできない至難の技。

ノクティスがシフト魔法で上空に舞い上がり、応戦をしているがうまく捌かれている。

 

撤退指示をしたいのだが定時まであと二分。

二分間は健闘しなければ敵前逃亡で始末書ものだ。

バレないからとやらかすのもアリだがアラネアがその辺厳しい。

スナイパーライフルでの援護射撃を考え、空を見上げる。

 

人外の戦い中に援護射撃は無粋だろうと、グラディオラスの大剣とプロンプトが持つハンドガンを狙う。

イグニスはまだ来ていないが好都合。

リロードして装填数が三弾であることを確認し、跳ね返っても鉛玉が当たらない部分を狙う。

この場合ハンドガンの先端。

 

「撃破…ってしまった。」

 

側面から射撃し、プロンプトの手からハンドガンが離れたところでサイレンサーをつけ忘れるというあんまりなうっかりを思い出し顔をしかめた。

本来さらに遠距離から射撃する用の重いスナイパーライフルのためそもそもサイレンサーが後付け。

射撃訓練はアサルトライフルとハンドガンしかしたことのないディザストロが使ってしまったため完全に失念していた。

 

「あそこだよ!」

「チッ!さらに増援か!」

 

銃声を聞き慣れたプロンプトに場所を特定され、見事な連携でグラディオラスが向かってくる。

大剣に耐えられる武器など持ち合わせていないため、片手にハンドガンもう片手にナイフを構えて魔導ブーツで加速する。

この時ばかりはシフト魔法が恋しくなるが使うことは許されない。

 

大剣を振り抜くグラディオラスの軌道を読んで、加速中の速度で抜けられる穴を探す。

ナイフで応戦してみるかと背筋に冷や汗を流したところで、携帯に設定していたアラームのバイブレーションをポケットから感じた。

即座に横に振り抜いた大剣を上に振り上げることは不可能と考え、襲いくる前にジャンプ。

 

「なっ!?」

「悪いな。定時だ。」

 

すれ違いざま、困ったように告げて着地と同時にアラネアのもとに跳躍。

驚いてのけぞったノクティスのエンジンブレードにナイフを思いっきりぶち当てて、アラネアの鎧を後ろに引っ張る。

強制的に引き剥がされた二人は地上に降り立ち、その間に悠然と着地するディザストロを見る。

 

「お前っ!あの時の!」

「任務完了。定時だ。撤退を。」

 

ディザストロを指さして驚くノクティスをスルーしてアラネアを見る。

無理やり引き剥がしたため少々不満げだが定時を告げると自らの腕時計を確認する。

 

「任務完了お疲れ様。残業代は相変わらずでないわよね?」

「出すわけないだろう。軍事費で手一杯だ。人件費に回せる余裕はない。」

「無視すんなっ!」

 

安月給の軍の予算を思い出して顔をしかめる二人と対照的にノクティスがスルーされたことに怒りを覚えて怒鳴る。

あの時のと言われたら何事だと、人間なら反応するものだろう。

 

「なんだ。何か話しがあるのか?」

「ある!撤退って逃げるのかよ!!」

 

帰っていい?という顔でだるそうに槍を杖にするアラネアに待ってもらいながらノクティスに向き直る。

交戦したかと思えば定時だから戦闘をやめて帰るなど突飛なことができるのはアラネアぐらいだろう。

ディザストロもそのようなことをやられたら困惑する。

 

「残業をせず定時に帰宅する理想的なサラリーマンと訂正願いたいものだな。一ギルにもならない仕事はしない主義だ。」

「サラリーマンって軍人とは違うだろ…。」

「民間企業に所属するか国の機関に所属しているかの違いしかあるまい。とにかく我々は撤退する。貴様らは好きにするがいい。」

「あっ!おい!」

 

どうせ補給基地のためろくな資料はない。

 

早々に跳躍したアラネアに続いて赤い揚陸艇に滑り込む。

 

このままスチリフの社まで一直線。

動き出した揚陸艇の中で魔導ブーツを脱いでぐったりするカリゴをツンツンとつくが全く起きない。

威張っておきながら小心者とは。

ヴォラレ基地についてアーデンにどう報告しようかディザストロはしかめっ面を作る。

アラネアも面倒臭そうに本部への報告をどうしようか考えた。

 

取り残されたノクティスたちは狐につままれたような顔で戻ってきたイグニスに事の次第を聞き、結局目的は達成されたと早々に撤退したという。

 



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揺りかご

ディザストロはメディウムとしてノクティス一行と合流するためスチリフの社より少し離れたメルダシオ協会本部にほど近い場所で揚陸艇を降りることになった。

今はアラネアには仕事で再び離れると告げてしばしの別れを惜しんでいる最中。

余談ではあるがカリゴは将軍の下に一時帰投となった。

 

「じゃあ。無理しないように。」

「そちらもな。」

 

短い言葉を交わして揚陸艇へと戻ったアラネアを見送る。

視認できない距離まで揚陸艇が飛び去ったのを確認し、銀のネックレスにかけられた魔法を一時解除。

 

黒い髪と瞳に変わっていることを携帯のカメラで確認し、そのまま電話アプリを起動。

車を回せそうな人物に電話をかける。

数コール待つと少しだけ驚いたような声が帰ってきた。

 

「ーーメディウム様、ご無事で何よりです。」

「悪いなコル。こんな夜中に。」

 

レギス王に仕える同士としてそれなりに親交のあるコル・リオニスは第二司令塔として現在王の剣の指揮に当たっている。

ルシス国内での情報収集や王都から避難した避難民の支援、メルダシオ協会に協力を仰ぐために塩漬けされた強力なモブハントの受注などなど、およそ人間とは思えない速度で働いている。

 

そんな彼に突然電話をかけるのは申し訳ないが、人材派遣に関しては適任であった。

 

「今メルダシオ協会本部にいるんだが、カエムの岬に戻るまでの足がない。車を回せないか。」

「ーー手の空いている者を向かわせます。」

「悪いな。それと、大変な役を押し付けて申し訳ない。代われないのも含めて。」

「ーーメディウム様には別の託された使命があります。新王を導くのは重大なことです。」

「そう言ってもらえると助かる。足の件、頼んだ。コルは適度に休んでくれよ。」

「ーーメディウム様もどうかお気をつけて。」

 

夜中なのも相まって短い電話で早々に切り上げたが少し疲労がうかがえるコルに心配の念が募るとともに無駄な心配をかけてしまったかもしれないと苦笑いが溢れる。

 

なぜノクティスと共にいないのかについてコルは何も聞かなかった。

敢えて聞かなかったのだろう。

どこか口をつぐむような息遣いが聞こえた。

コルは不必要にメディウムを疑いはしないが何か怪しければ問答無用で切り捨てるだろう。

容赦しないという部分はメディウムにとって安心材料。

裏切り行為のような期間が長い分心が廃れているため、祖国のためにと潔く切り捨てられた方がいくばくか心持ち軽くなるというものだ。

 

亡くなったクレイラス・アミシティアは剣の師匠として慕っていたが、その次に信頼していたのはコル・リオニス。

何があってもレギス王を裏切らないし、その息子であるノクティスも見捨てないと言い切れるほど忠誠心の高い男。

 

今はまだレギス王から授かった武器召喚が使えるため義理立てしているがノクティスに仕えて魔法の契約をし直してくれると戦力面で安心できる。

当分はないだろうが、いつか王に認められる弟と信頼する人の姿を夢見るのも存外悪くない。

 

いつかの未来に想いを馳せながらも現在に思考をもどす。

 

「さてどうするか。」

 

すでに時刻は日付が変わる頃合い。

宿を探すべきだろうがメルダシオ協会本部にはモービル・キャビンしかない。

同伴者もいない今、絶対に使いたくない宿ナンバーワン。

うなされること間違いなしのモービル・キャビンなどごめんこうむる。

ならばキャンプか。

キャンプ地に今から移動するくらいならば敷地内のどこかで寝袋を被った方がまだマシだろう。

 

結論。

悩むくらいなら体を動かそう。

 

もはや寝ることも煩わしくなった。

最近鍛錬も疎かになっているし、ちょっくら朝まで筋トレでもしよう。

どうせカエムの岬まで着いたらバッチリ休んで王家の力回収のため、またキャンプ三昧。

グラディオラス大興奮間違いなしのキャンプ日和からノクティステンションだだ下がりの雨の日までキャンプなのである。

かくして、邪魔にならない位置で適度に明かりのある場所に一晩中筋トレする不思議人物が出来上がった。

 

 

 

 

 

 

 

コル将軍からの指令によりレスタルムにいたとある王の剣はメルダシオ協会本部に車を回していた。

黒髪黒目などルシス国内では大して珍しくもないが、特徴的な美しさと神々しさを兼ね備えているのはルシス王族のみ。

視界に捉えられればすぐにわかるだろうし、泊まる場所はモービル・キャビンしかないと高を括っていたが目的の人物がいない。

 

モービルは無人でメルダシオ協会の人間もルシス王族は見ていないという。

代わりに、少し離れた明かりのある場所で一晩中トレーニングをする奇人がいるというのでまさかという思いで向かってみる。

頭脳明晰に見えて実のところ脳筋の王族だとは思っていたがまさかそんなと。

 

恐々としながら近づくと、汗だくの黒髪黒目の若者が一人。

座禅を組んで瞑想をしていた。

青年の周りを多種多様な武器が囲むように置かれて、ただ静かにその場に有る。

その顔は間違いなく探していたルシス王族。

メディウム・ルシス・チェラムその人で有る。

 

声をかけるのもはばかられるがかけなければ任務が達成できないとそっと足を前に踏み出す。

一歩、地面を踏みしめたその刹那。

地面に置かれた武器が一斉に王の剣に矛を向けた。

いつか見たレギス王が使用する歴代王の力とは違う、有り合わせの即物的な攻撃方法だが寸前に迫る無数の武器に冷や汗を流す。

目と鼻の先にある武器に怯むが背後にも感じる武器の刃先に退路を断たれた王の剣は使えもしない魔法の感覚を感じる。

 

不用意に彼のテリトリーに踏み入ったことが敗因。

しかし引かせもしないこの武器の配置に公正明大な王族ではなく影を生きる何者かに見えた。

 

「…名を答えよ。場合によってはその首を落とす。」

 

目を開かずに侵入者への警告を発するメディウムに王の剣は慌てて名を告げる。

 

「ニックス・ウリックですっ!」

 

長い睫毛を震わせ、薄く片目を開く。

深淵を思わせる渦巻く黒い瞳がニックスを捉えると、囲んでいた武器達がきらびやかなクリスタルのように砕けて消滅。

 

冷たい殺気が去ったことへの安堵と共にニックスは内心、首をかしげる。

コルに王位継承権のないもう一人の王子の話を聞き、歴代王の力が使えないと説明されていたが今のは歴代王の技に酷似していた。

好奇心からニックスは技を問う。

 

「今のは…?」

「浮遊魔法だ。あまり魔力効率が良くないため使われないが、咄嗟の自衛には役に立つ。飛べるぞ?」

 

座禅をしたまま軽く浮遊してみせるメディウムに知らない魔法もまだまだあるものだと感心する。

戦闘では役に立たないと付け足すが夢がある魔法だ。

羽もなく鉄の塊でもなく、何もない状態で浮遊するというのは誰もが一度夢見るだろう。

地を歩くしかない人間の浪漫だ。

 

「ニックスはもう魔法は使えないのだったか。」

「はい。全く。まだ使える者の補助に回っております。」

 

レギス王が崩御したと同時に魔法を失ったものもいれば未だに持ち合わせている者もいる。

ニックスは前者で、ルナフレーナ救助の際とても苦労した。

魔法がなければ自らは無力だったのとそれ以来痛感し、コルと共に鍛錬に励んでいたと聞くが武器も新調したらしい。

一回り大きなククリ刀を腰に携えていた。

 

彼が魔法を取り戻す方法は二つ、メディウムに忠誠を誓うかノクティスに忠誠を誓うか。

もちろんメディウムは忠誠を誓わせる気が毛頭ないので事実上選択肢はゼロともいう。

ニックス自身も新王の王の剣としてどうするかの進退はすでに決めているようで、足として回されたのはそもそもカエムに向かう予定があったからでもある。

 

「今は早朝ってところか。取り敢えずシャワー浴びてから行きたいな…。その顔色だと朝飯はまだだろう。金は持つから適当に頼んどいてくれ。」

「はっ、承知しました。」

 

一瞬呆気に取られたが、投げ渡された長財布を慌てて受け取る。

モブハントで稼いではいるが、隠れ家の生活費もニックスの調達した資金から差し引かれているため奢りは非常にありがたい。

素直に受け取るべきか悩みはするが今は非常時。

貰えるものは貰っておく精神で、モービル・キャビンのシャワーを借りに行ったメディウムから逸れてハンター御用達の食事場へ向かった。

 

 

メルダシオ協会本部。

クレイン地方の山間部に位置する拠点の一つで、その名の通りメルダシオ協会の本拠地。

"協会本部"と聞くだけで巨大な施設だとイメージするかもしれないが、ここにあるのは飲食店とモービル・キャビンと数棟の小屋。

しかし、本部だけあってモブハントの種類も豊富な上に受注難易度も高い。

自然にできたドームのような場所に構えているため常に電気による明かりが灯る。

 

ニックスに財布を投げ渡したメディウムはモービル・キャビンのシャワーだけを借りて身も心もさっぱりし、買っておいた新しい服を召喚する。

何着か似たようなTシャツを購入したがそろそろ洗濯したい。

カエムの岬に着いたらまずやることが家事になりそうだ。

 

メルダシオ協会本部がスチリフの社付近にある明るい拠点という理由で立ち寄ったのもあるが大きな目的は別にある。

メルダシオ協会の長、イザニアに用事があるのだ。

いつも小屋の前に置かれたロッキングチェアに腰掛けている、戦いとは縁遠い老婆だがまごう事なきメルダシオ協会の長。

避難民の保護や、王の剣では手の足りない地域にハンターを斡旋して貰っている重要な協力者である。

彼女に好感を持って貰って損なことは無い。

 

身なりがきちんとしていることを確認し、普段は出さない銀のネックレスを服の中から出して声をかける。

 

「お初にお目にかかります。イザニア様。メディウム・ルシス・チェラムと申します。」

「あら、兄王子のメディウム様がこんな辺鄙なところに…。わざわざご足労を。」

「ルシス国民のために日々ご助力いただいているイザニア様の為であれば大した苦労では。この度の王都避難民の安全確保への貢献も、民を守る王族として頭が上がりません。」

 

ロッキングチェアに腰掛ける老婆は穏やかな顔をしながらも眼光が鋭い。

人を品定めするような視線のようでそのものの本質を捉えるような不躾さ。

王族に対して肝が座っている。

まだ若造であることも外の世界を見てきたメディウムはよく理解している上に老婆に一々無礼だと怒鳴る気もない。

存分に見てくれという気持ちで老婆の前に視線を合わせるように膝をつける。

 

一市民に対して膝をつくのは本来許されない行為だが、メルダシオ協会がなければ王の剣や王都警護隊は一ギル稼ぐのも一苦労になってしまう。

戦うことに特化した部隊を荒稼ぎさせるのにモブハントほど効率の良いものはない。

避難民の生活費や部隊の生活費を賄うにはもってこい。

市民の野獣被害も減り、もはやクリアも難しいと判断されていた高難易度の物もどんどん減っていくのだからメルダシオ協会も文句はあるまい。

 

「ルシス王家はクリスタルの奪還の準備をなさっているとか。」

「流石にお耳が早い。」

「私から何かいうこともありません。メルダシオ協会としては引き続き避難民の生活補助と今まで通りの野獣退治やシガイ退治を行なっていくつもりです。」

 

クリスタルがなければ魔法障壁は張れない。

王に戴冠することはできても歴代王が行なってきた魔法障壁が展開できなければ民は安心できない。

そのように考えているのだろうとメディウムはあたりをつける。

 

イザニアはあくまで民間企業の社長。

ルシス王家も助かっている部分があるため腰を低く対話しているが神話がまだ続いていることは知らない。

現世を見る目はあるが過去と未来を世界が生まれてから滅びるまで見つめ続ける王家と比べてはあんまりだが、都合がいいので黙っておくことにした。

 

「今後とも良き関係を。部下たちをよろしくお願いする。」

 

ゆったりと立ち上がって、ニックスの元へと向かう。

とにかく腹が減った。

瞑想していたおかげか思考がクリアだ。

今ならなんでも考えられる気がする。

 

少し気分良く、ニックスがいるであろう場所に向かえば外に設置されたプラスチックの椅子に腰掛けて行儀よく待っている姿を見つけた。

すでに運び込まれているが手はつけていない。

律儀というか真面目というか、ジョークは飛ばす癖に仕えるものに信頼を抱かせるのが上手い男だ。

これが無意識なのだから素晴らしい。

これで慢心がなければ是非とも諜報部隊に欲しいものだ。

 

「待たせたな。これは?」

「メルダシオ・ラグー、だそうです。」

「一番高いの頼みやがって…朝からどぎついし。」

「召し上がらないのであればいただきますが。」

「食べる食べる!肉を取ろうとするな!」

 

お茶目なのか無礼なのか分からないが王都の一戦でなんとなく砕けたニックスが山盛りに守られた肉を取ろうとフォークをちらつかせる。

メルダシオ・ラグーはこれでもかというほど肉が盛られたハンター御用達のスタミナ料理。

甘辛く煮付けられた蕩けるほどの肉が至高の一品。

朝から食べれば胃もたれ待った無しなのだが若さでカバーする気のニックスにメディウムは苦笑いしか出ない。

ちなみにニックスはメディウムの二つ上。

二十八歳である。

 

黙々と、しかし行儀よく食べるニックスと対照的にもそもそと咀嚼するメディウム。

時たまメモを取り出していることに首を傾げたくなるが、単純に美味しかったメルダシオ・ラグーをイグニスに伝えて作ってもらおうという魂胆だった。

それなりに調理の場数を踏んでいるメディウムには何が使われているか分かる。

代用品も頭に浮かんだが狩ればいいので問題ないという割と野蛮な考えを浮かべながらもそもそと食べ続けた。

 

メディウムが溢さず音も立てずに食べているのでその気配すらも怪しいのではないかと不安になったニックスがチラチラと顔を上げる。

確かに行儀はいいのだがなんの音もしないというのは不気味だ。

咀嚼音ぐらいするものではないのか。

 

「静かに食べますね…。」

「ん、すまん。つい癖で。人と食べるときは会話も必要なコミュニケーションだな。」

 

もそもそと食べではいるが、素早く飲み込んでニックスを見る。

積まれていた肉の山がほとんどなくなっているがそんなに腹が空いていたのだろうか。

 

「腹減っていたのか?」

「資金はありますが、慎ましく生活せよとの命令ですので。」

「今の状況じゃあ贅沢は敵だからなぁ。だが腹が満たされないと戦う気も起きんだろう。よく食ってよく休んでしっかり働いてくれ。食費を削るくらいならホテル代削れってな。」

「よく休めませんよそれじゃあ。」

「基本野宿でたまにホテル。俺たちもそうしている。」

「…申し訳ございません。」

 

守るべき王族にハンターのような生活を強いている。

その責任は王を守りきれなかった王の剣や王都警護隊にあると考えているものも少なくない。

レギスを実の父親のように慕っていたニックスもその一人である。

 

まずい話題だったかとメディウムは早々に話を変える。

 

「そうそう。ノクトの奴、全く外に出たことないだろ?外の世界はすごいって子供みたいにはしゃいでいてさ。釣り堀も多いし、見たことないものもたくさん。弟が楽しそうにしているのってすごく嬉しい気分になるものだな。」

「分かります。俺も妹がいましたから。」

「釣りなんてしたことないけど、いつか一緒に釣り三昧とかして見たい。」

「旅はまだまだ長いと聞きました。少しぐらい遊んでもバチはあたりませんよ。」

 

ここにはいない弟に優しい目線を送るメディウムを微笑ましそうにニックスが見つめる。

帝国に殺されてしまった妹を時々引きずる事があるが弟と生きられるメディウムを羨ましいとは思わない。

二十年もほとんど会えずに過ごした彼らが、お互いに近づこうとして行く姿を応援しようと思っていた。

 

「ニックスは釣りしたことは?」

「あります。王子の護衛のつもりが、一緒に川釣りになっていたことも何度か。」

「そりゃ羨ましい限りだ。今度三人で釣りもいいかもなぁ。」

 

最後の一つになった肉をヒョイっと口に放り込んで朗らかに笑う。

確かにそれもいいかもしれないとニックスも残っていた肉を口に放り込んだ。

 

 

 

 

預けていた財布を受け取りつつ、ニックスが乗ってきた外の車に乗り込む。

屋根のついた車など滅多に乗らないが逆に新鮮。

運転を申し出たが、ニックスによって却下され後部座席に押し込まれた。

一晩中起きていた人に運転させるのは恐ろしいとのこと。

ぐうの音も出ない正論という奴である。

 

イリスが狭いと愚痴っていた外の車は確かに男四人旅、メディウム含めて五人旅となればたしかに厳しいだろう。

レガリアだって長時間乗れば狭いと言ってのける男四人組の時点でだいぶ常識はずれなのだがさらに狭くなるとどんな文句が出るか。

ボンネットの上にとっていた方がまだマシかもしれない。

 

特にすることもないため、メディウムは早々に目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

ーー人間の夢は記憶の整理と言われている。

 

過去の記憶を整理する過程で物理法則などなく摩訶不思議な現象を夢見ることもあれば、そのままの実体験をただ見続けることもある。

 

メディウムは朦朧とする意識の中で燃え盛る何処かにいた。

みずみずしく、美しい花を咲かせていたはずの花々が灰となり行く様をただぼんやりと眺めている。

誰かが名前を呼ぶ気がするが、一体誰だったか。

足元には小さく咲き誇っていた草花を焦がし尽くす稲妻が走り渡り、炎を覆い尽くすように厚すぎる氷が覆う。

雷や炎によって削られた氷の塊が溶けては落ちて雨のように降りしきる。

 

炎と雷が吹き荒れるスノードームのようだと、ずぶ濡れのメディウムは空を見上げる。

 

氷を砕かんと攻撃し続ける誰かの、泣き叫ぶような呼び声が耳に届く。

少しだけ気になってちらりと後ろを見るが、煙に巻かれて誰だかわからない。

とっても大事な人だった気がするがもうどうでもいい人になったのだ。

 

ーーあれ?なんでそうなったんだっけ?ーー

 

全てが灰と化すスノードームでメディウムは疑問に思う。

どうでもいい人間など山ほどいるが、大事な人だったとはどういうことだったか。

もう一度振り返り、未だに矛を向けて壊そうと必死の形相を作る人影を見つめる。

 

ーーああ、そうだ。お父様だ。ーー

 

その顔を見つめ笑顔を作る。

一瞬だけ矛がぶれたが、なおも氷を砕かんと剣をぶつけ続ける。

その状況を思い出したメディウムは夢の中だとなんとなく悟り、大きくなった身体で、小さな背中を向ける子供を見る。

泣きながら最高の笑い顔を作る子供はなんとも滑稽なことか。

ただ認めて欲しかっただけに捨てられた時の失望感の大きかった子供は後先考えない自殺を敢行した時の記憶。

 

結局達成されなかったがレギスとの大きな溝を確固たるものにした出来事。

メディウムが忘れたい、どうしようもない心の傷。

 

眠りこけるメディウムはただ燃え盛るその場所で、狂ったように笑う子供を眺め続けた。

 




番外編の「帰省」にてニックスの詳しいあれこれが書かれていたりします。
後書きに書かれていますのでどういうこっちゃという方はそちらを。


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Chapter07 世界を歩く
五人揃って


この話からあとはやり込み要素である王の墓所巡りが始まります。
FFXVゲーム本編から外れますがあしからず。
オルティシエ行きは当分先になります。
長い、長いゾォ…。


ゆるゆると揺すられて、うっすらと瞳を開ける。

王の剣であるニックス・ウリックが困ったような顔で後部座席の扉をあけていた。

 

状況が読み込めずしばし放心するが、そういえばカエムの岬に向かう車に揺られてそのまま眠ったのか。

嫌な夢を見たため頭痛がするが、軽く頭を振って車を降りた。

 

「すまん、待たせた。」

「いえ。起こし始めてほんの数秒です。」

 

少し前まで数日眠らなくても問題ない程度には動けたのだが最近はどうも疲れが溜まりやすい。

神凪の誓約からこの調子なので回復の見込みもなく、一生付き合っていくしかないものだ。

生命力を削る行為は寿命を削るに等しいのである。

 

気怠い体が少しだけすっきりしたのでそれで良しとして、少し遠くに見える灯台を見上げる。

あの灯台の下は小さな洞窟になっており、王族が所有するクルーザーが格納されている。

長らく使用していなかったためシド・ソフィアに修理を依頼したがどれほどの進捗なのか。

 

考えることもやることも大量だが、レスタルムで別れた面々の顔を見ておきたい。

ポキポキとなる背骨と凝り固まった背を思いっきり伸ばし、いっぱいの潮風を吸い込んでニックスとともに隠れ家へと歩き出した。

 

「そう言えば同郷のやつが二人ぐらいいただろう?リベルトとクロウだっけ?」

「はい。二人は故郷のガラードに一度帰りたいと、戦線を離脱中です。リベルトはもともと負傷中でしたから、クロウはその補助に。」

「無事だって報告も大事だからな。ニックスはいいのか?」

「いつか帰りたいとは思っていますが、その前に王の剣として支える王を定めます。」

「そりゃぁいい。一人しかいないけどな。」

 

他愛もない話をしながら晴天の下で涼しい風が吹き抜けるゆるやかな坂道を進んでいくと二階建ての家が一棟。

平均的な女性の身長、軍人らしい筋肉量を持ちながらも美人な女性。

モニカ・エルシェットが家の前で待っていた。

コルが先に連絡してくれたのだろうが気が利き過ぎるというか手回しが早いというか。

 

「ご無事で何よりです。メディウム様。」

「ああ、お勤めご苦労様。」

 

王都警護隊に所属するモニカとは避難民の誘導と称してアミシティア家の護送を担当してもらっていた。

さらにレスタルムからカエムの岬への護送もコルとともに行ってもらった信頼における部下。

王都警護隊と王の剣はいがみ合いをすることも多々見受けられたが非常時にはうまく連携が取れているようだ。

それを表すようなニックスがモニカに小さく頷き、モニカもそれに軽く頷き返していた。

 

「先程、イグニスから連絡がありました。もうすぐこちらに着くそうです。」

「意外と早いな。服の洗濯とかルナフレーナの様子見とかしたかったんだが…。」

「洗濯ならこちらでしておきます。ルナフレーナ様は畑にてイリス様と水やりをしておられます。ニックス、案内を。」

「畑?」

「はい。やることも限られておりますし、食費を浮かせる意味でも野菜を育てたいとイリス様が。」

 

女性らしい考え方だなと感心。

テキパキと必要事項を述べるモニカに、女性はやはりたくましいなと苦笑いを浮かべて汚れた服を召喚する。

リュックサックのようなものにひとまとめに詰め込んであるのを渡し、ニックスの案内で少し坂を上った先の平地に向かう。

 

畑には白いワンピースをたなびかせて麦わら帽子をかぶるルナフレーナと楽しげに水を撒くイリス。

どの種を植えるか悩んでいるタルコットを少し離れた切り株に腰掛けて楽しげに眺めるジャレットがいた。

天気がいいのでみんなで畑の世話でもしに来たのだろう。

やらなければいけないことを忘れてしまうほどに穏やかな光景だ。

 

悪戯心が芽生えたメディウムはそっと気配を消してルナフレーナにちかよる。

隣を歩くニックスがどうしようか迷っていたので待機を命じつつスナイパーも真っ青の潜伏能力でルナフレーナの背後を取り、大きな声を上げた。

 

「きゃぁ!」

「ひゃっ!?」

 

ルナフレーナと隣にいたイリスが女性らしい悲鳴を上げる。

悪戯に成功したメディウムはくすくす笑った。

メディウムが来るという知らせは聞いていたがもう来ていると思っていなかった二人は二段構えの驚きにしばし呆然とし、驚かされたことを自覚して同じように楽しげに笑う。

タネに悩んでいたタルコットと切り株にいたジャレット、離れて見ていたニックスも近づいてきた。

 

「レスタルム以来だな。元気にしていたか?」

「はい。良くしてもらっています。」

「お姉ちゃんができたみたいですっごく楽しいです!」

「俺も!お姉ちゃんが二人できたみたいで!」

 

太陽のように笑うルナフレーナに続いてイリスが手を上げて元気よく答える。

タルコットも負けじと楽しさをアピールしてくる。

それぞれが辛い思いをしてここにいるため少しでも楽しければと思っていたがこんなにも穏やかに過ごせていると知れて安心した。

後ろに立つジャレットの孫達を見る視線に自然と笑顔が浮かぶ。

 

殺伐とした戦地にいるのが当たり前になっていたが、こうして穏やかなひと時を過ごすのも精神に良い。

心が落ち着くものだ。

 

「ルナフレーナ、体調は?」

「疲れが溜まりやすくなりましたが、それだけです。メディウム様からいただいた髪飾りがお守りのようになっているのかも知れませんね。」

 

一瞬ギクリとしたが、表には出さない。

彼女の容態はメディウムのそれよりは多少軽いようだがやはり生命力を削られているようだ。

チョコボポスト・ウイズで手渡した髪飾りはいつもつけているのか編み込みのポニーテールに鎮座していた。

 

「実は別行動を取っていてな。もうすぐノクト達もこちらにくる。」

「兄さんも帰ってきますか?」

「もちろん。家族水入らずの時間も取れるといいな。」

「やった!」

「わっぶっ!?」

「ああっ!?ご、ごめんなさい!!」

 

グラディオラスが帰ると聞いて喜びのあまり、イリスは水が出るホースを思いっきりメディウムに向けた。

すっかり全身ずぶ濡れになったメディウムに必死で謝るイリスに怒る気にもなれず大丈夫だと宥め賺す。

少し離れたところにいたニックスが笑いをこらえているのがみえるがあいつは後でシメておこう。

 

「このままシドのじいさんと話しをしてくる。ノクト達が来たら灯台にいると伝えてくれ。ニックス、案内ありがとな。」

「風邪をひいてしまいますよ?」

「平気。頑丈なのが取り柄だしな!」

 

ルナフレーナの制止を振り切りびしょ濡れのままさらに坂を登り、灯台のたもとへと行く。

足跡をつけながら重い服を絞りつつ向かうと灯台の外で、ハンマーヘッドの赤いジャンパーを羽織ったシドが佇んでいた。

 

「ずいぶん男前になったな。」

「よしてくれ。さらに男前になったなんて。」

「この悪ガキ。船の状況聞きに来たんだろ。」

「ああ。何か足りない資源があれば調達するつもりで。」

 

水の勢いがかなりあったため絞れるほどの服の端をねじるメディウムにシドが茶々を入れるが負けじと冗談を飛ばす。

昔から続くお互いの近況報告のようなもので、元気かどうかの確認。

悪ガキだと鼻で笑われ、本題に入る。

 

「鼻が鋭いやつだな。ミスリルがなくてよ。あいつがないとエンジンとスクリューが上手く繋げねぇんだよ。」

「ミスリルってまた高級な…。ツテはあるが自力採取になるぜ?一から加工。」

「レスタルムに加工できるやつがいる。その辺はシドニーに言え。まあまだそこまでたどり着いてねぇから、その前に必要なこと済ませてこい。」

「船が治ってもしばらく出航できないのは確かだな…。」

 

メディウムの予定ではスチリフの社による予定などなかったが行かなければならなくなってしまった。

スチリフの社にはミスリルの原石が眠っており、帝国も兵器のため封鎖までして採取している。

アラネアが取り仕切っているがどうもあのおじさんが絡んでくる気がしてならない。

いや確実に絡んでくる。

その前に歴代王の墓を巡った方がノクティス達の力になりそうだ。

 

「おめえさんは少し遊んでこい。この世の楽しみなんて全くしらねぇしよ。」

「酒の味がわからないのは致し方ないだろう。」

「それだけじゃねぇよ。ったく。頭いいくせにわかんないとは情けない。」

「ぐうの音も出ないが、娯楽に関してはノータッチだったんだ。しょうがないだろ。」

「それを見てこいってんだよ。水かけられて騒ぐのなんてガキでもできる遊びに年甲斐もなくはしゃいでんじゃねぇよ。」

「一方的にかけられただけだ。はしゃいでないし。自然的な物事は人間の本能だし!」

「口のへらねぇガキだ。」

 

ノクティスほどの長さのある前髪が鬱陶しく、かきあげる。

シドが見つめる畑の方を見ると、水の勢いを弱くしてタルコットとイリスが遊んでいる。

霧雨のような勢いのホースをルナフレーナが持ち、こちらの光の角度からは虹が見えている。

 

大人の娯楽を知るまえに子供らしい遊びを始めて見た気分だ。

 

「俺の遊びは絵描きなんだよ。灯台は登れるのか?」

「そこのエレベーターから上がれるぜ。」

「動かしても?」

「好きにしな。」

 

だいぶ乾いて来た服をそのままに絵の道具が入った背負い袋を召喚。

シドに指さされたエレベーターに乗り込んで灯台の上を目指した。

 

 

 

 

 

 

 

 

メディウムが灯台の上に登って二時間後。

ヴォラレ基地攻略後にオールド・レスタで一泊したノクティス一行はカエムの岬に到着していた。

 

「おお!灯台!」

「まずは隠れ家に向かおう。モニカが常駐しているらしい。」

「イリスに会いてぇな。」

「ルーナもな。」

 

先に停められていた外の車の隣にレガリアを停めて、坂道を登っていく。

二階建ての隠れ家は木々に紛れて見えづらく、坂をそれなりに登ったところでようやく見えて来た。

メディウムの時のようにモニカが出迎え、その隣にニックスが同じように出迎える。

 

「お待ちしておりました。ノクティス様。イグニス、グラディオラス、プロンプト君。」

「おう。モニカと…ニックスか。」

「お久しぶりです。ノクティス様。」

 

レスタルムで顔を見たモニカとは違い、王都以来のニックスに一瞬誰だか思い出せなかったがガラードの刺青で思い出す。

メディウムが帰省したときに訓練に巻き込まれていた王の剣の一人で、よくメディウムの護衛に駆り出されていた。

毎回撒かれていたが。

 

モニカが言うにはもう一人、ダスティン・アキエスが常駐しているそうだが本日は王の剣と合同のモブハントと食材の買い出しで不在。

腕が鈍らないように定期的に交代でモブハントのクエストを受注するようにしているそうだ。

資金調達も兼ねているため、一石二鳥である。

 

おそらく同じようなことを問われるだろうとモニカはあらかじめイリス達の場所を畑だと伝え、ニックスに案内を命じ、洗濯物も洗っておくとイグニスに提案する。

手際がいいと同じように感心するイグニスが車のトランクから持ってきた洗濯物をモニカに預け、一行は畑へと向かった。

 

ニックスの後を追って畑に向かうと、畑の脇に設置された切り株のテーブルとベンチで昼食なのであろうサンドウィッチをほおばるイリスとタルコット。

ジャレットに淹れてもらった冷たい紅茶を飲むルナフレーナがいた。

 

家族の勘なのかいち早く気づいたイリスが、サンドウィッチを急いで飲み込んで嬉しげに声を上げる。

 

「兄さん!」

「よお。美味そうなもん食ってんな。」

「ジャレットのお手製!ね、タルコット。」

「はい!とっても美味しいですよ!」

 

ニコニコと食べる妹と従者の孫を見て、楽しく過ごせていると安心したグラディオラスはイリスに差し出されたサンドウィッチを一切れ食べる。

小腹が空いたときによく作ってもらったレタスとルシストマトのサンドウィッチ。

外で食べると爽やかな気分になる。

ジャレットが四人分の紅茶をさりげなく淹れてノクティス一行に渡すとそっと後ろに控えた。

折りたたみの椅子も持ってこようかと思案したがメディウムの伝言通りにするならすぐに灯台に向かうだろうと考えたからだった。

 

長年の付き合いで何かすぐにした方がいいものがあると察したグラディオラスはイグニスに耳打ちし、すぐに動けるように紅茶を流し込む。

香り高い紅茶を水のように飲み干すのは気が引けたがまた後で貰えばいい。

ノクティスはそんなことはつゆ知らず、ルナフレーナに話しかける。

 

「お怪我がないようで何よりです。ノクティス様。」

「…おう。そっちも、元気そうで良かった。」

 

初恋の中学生かと言うほど奥手なノクティスは居心地悪そうにそわそわと視線をそらした。

そのまま黙りこくったノクティスに、メディウムの伝言を伝えるべくルナフレーナが話を続ける。

 

「メディウム様が先にご到着なされて、今は灯台にいらっしゃいます。なんでも、シドさんにご用事があるとか…。」

「わかった。ありがとう。ちょっと行ってくるわ。」

「メディウム様もいらしたらみなさんでお話ししませんか?」

「おう。色々聞きたいし、話したい。」

 

ルナフレーナの提案に一にもなく頷く。

会話量が足りていないと今回の旅でノクティスは痛感した。

家族と信頼していた兄でさえほとんどわからない自分が情けない。

ルナフレーナもまた何かを抱えているだろう。

共有とまでは行かなくてもお互いに知りたいと思っていた。

 

また後で畑によることを約束して、紅茶を飲みきった一行は灯台へと向かう。

目視できる灯台の案内を申し出たニックスは丁重に断り、四人で灯台の元に着くとシドが工具箱を持って立っていた。

エレベーターのようなものの周りに様々な道具や材料が置かれているため、取りに来たのだろう。

 

地下に隠れ港があることはイグニスに説明されていたがメディウムはそちらにいるのだろうか。

ひとまずシドと挨拶を交わす。

 

「おう。来たか。メディウムの奴なら上だぜ。」

「上?」

「灯台のてっぺんだよ。今頃絵でも描いてんじゃねぇか。」

 

登るならそのエレベーターを使えと指さされ、四人は顔を見合わせる。

たしかに風景画をよく描くメディウムならばこんな絶景を見逃さないだろう。

断崖絶壁にそびえ立つ灯台の上から見る一面の海。

シンプルだが時間によって色を変える様は自然の神秘だ。

納得したノクティスはエレベーターに乗り込み、三人も後に続く。

 

 

 

特徴的な機械音を立てて動くエレベーターに乗ること数秒。

頂上へとたどり着き開いた扉から外に出ると、灯台の海側の壁に寄りかかってスケッチブックに書き込むメディウムの姿があった。

 

別れてからメールのやり取りはしたが無事な姿を見て安心する。

真剣な顔のメディウムは全く気づいた様子もなくスケッチブックに色を落とし続けていた。

海のさざ波と太陽による照り返しを深い青で満たしていく。

メディウムの描く絵は出来上がったものもさることながら、描く段階でそれは一つの芸術。

魔法使いらしい、魔法のような絵とプロンプトがいつか表現していたがまさにその通りだとノクティスは息を吐く。

 

短い呼吸音に反応したメディウムはスケッチブックから顔を上げた。

 

「なんだ、来ていたのか。声かければいいのに。」

「完全に魅入っていました!」

「なんだぁ?プロンプトは男前な俺に惚れ惚れするってかぁ?」

「そこまで言ってない!」

 

しゃがんでスケッチブックを覗いていたプロンプトはそのまま頭をメディウムの片手に捕獲され、うりうりとぐしゃぐしゃに掻き回される。

チョコボのトサカのように突出した髪がこれでもかと揺れた。

真剣なモードからおふざけモードに完全に変換されたメディウムはスケッチブックを閉じ、まだ湿っている服をパタパタと仰ぐ。

毛先もどこかしんなりしていた。

 

気がついたイグニスは自身の羽織っていたコートをメディウムにかけ、腕を触る。

風除けのない灯台の上で長時間濡れたままスケッチしていたせいか、かなり冷えていた。

 

「気温がそれなりに高いとはいえ濡れたまま風に当たれば風邪をひく。」

「え、兄貴濡れてんのか?」

「汗かいてんのかと思ったわ。」

 

ポンコツというか脳筋なノクティスとグラディオラスは的外れな考えをしていたがスケッチしていた程度で汗はかかない。

白いスケッチブックによる照り返しで目がやられないように日陰を選んでいたなら尚更。

イグニスがなぜ濡れたのか問うとバツが悪そうに口をすぼめて答えた。

 

「灯台に来る前にちょっと水遊びを…。畑で水やりしてたんで、つい。」

「…かなり冷えている。戻って暖かい紅茶でも淹れて貰いましょう。」

 

イリスを庇ったわけではないが、色々とぼかして伝える。

後先考えずに水に突っ込んでいくような幼稚な行動はしないと踏んでいたイグニスには何か隠して伝えていると察して問い詰めようか迷うが、風邪を引かれる方が困ると早々に引き上げることを提案する。

 

頷きつつもノクティスは半袖の上着をジャケットの上からかけ、グラディオラスも半裸の状態で上着をさらにかけ、タンクトップで袖なしのプロンプトもさらにメディウムに上着をかける。

四枚もかけられると逆に重いのだが、と恨みの目線を四人に送るが過保護ノクティスが素晴らしい笑顔でその上着脱いだら殺すと言外に伝えて来る。

ああ、ついに弟に勝てなくなってしまったのかとメディウムは半泣きで灯台を降りることとなった。

 




主人公がパーティーイン。
一時的加入から正式加入となります。

ここで五人のレベル確認。

ノクティス レベル45
プロンプト レベル45
イグニス レベル47
グラディオラス レベル47
メディウム レベル55

異様に高い主人公ですが二十年前からコツコツレベル上げていたのだろう…おじさんといればこうもなるさ。
イグニスとグラディオラスは王都警護隊としての経験などで開始地点から高く、ノクティスとプロンプトは同列。
プロンプトがなぜ同列なのかは彼の努力の賜物。偉いぞ。

主人公のレベルは最大値が80。
なぜ99ではないのかというと、王族として欠陥品であることと身体の損傷が激しすぎるためです。
ちなみに主人公のファントムソード使用時は強制的にプラス19レベルとなり、最大値の80レベルの時に使用すれば99レベル。
代わりにHP減少(大)、使用回数限界があり限界を超えると強制死亡。復活のないゲームオーバー。これはひどい。絶対忘れ去られるスキルだ。

魔法の技術面で言えばノクティスを凌駕しますがSTR(筋力値)よりMAG(魔力値)が高い魔法型キャラクターと思っていただければ。
物理面では火力よりAGI(速度値)やDEX(技術値)が重視される、器用キャラというやつ。
でもノクティスは超えられないステータス値。残念。


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昔を思う

一先ずお茶会をしていたルナフレーナを迎え、冷えているなら隠れ家の中の方がいいと勧められてニックスの案内で隠れ家二階に用意された五人部屋にイグニスとメディウム以外が入る。

メディウムは別室のシャワーに閉じ込められ、イグニスにせっせとドライヤーからブラッシング、ボディーケアからマッサージまで脱衣所で手入れされて部屋に撤退。

待ち構えていたノクティスとプロンプトに捕縛されて毛布でぐるぐる巻きにされ、ほっこりというより簀巻きのメディウムはベッドに芋虫のように這いつくばることとなった。

 

とりあえず自由な片手でベッドヘッドにもたれかかって座り、ベッドサイドに置かれたぬるい紅茶を飲む。

怒涛のコンボ技だったがあったまったので大目に見る精神で心穏やかに悟った顔で座るメディウムはさながら仏のようである。

ノクティスが目の前のソファーにすわり、その隣に当然のようにルナフレーナが座る姿はいつもなら微笑ましいのに今はただただムカついた。

仏の顔は三秒と持たなかったらしい。

 

「なにこれいじめ?彼女いない歴が年齢という俺への当てつけ?毛布切り裂いていい?」

「良いわけあるか。しかもどこが当てつけなんだよ。」

「うわ無自覚ですかそうですか。いつも奥手なのにここぞとばかりに隣に座ってるのに"こんなの当然だし?"みたいな顔しやがって。」

 

過保護ノクティスはとにかくメディウムをどうにかしようという考えで頭がいっぱいだったためルナフレーナが隣に座っていることに対して何の疑問も持っていなかったが、メディウムの発言でハッと隣を見る。

特に意識した様子もなく自然と座るルナフレーナ。

あまりにも自然すぎてこれは自分の意識のし過ぎで、隣に座るぐらい友達でもするじゃないかと錯覚する。

別段弟の幸せを恨むつもりもないメディウムはひとまず恨み節をやめて、ノクティスにこれまでの経緯を聞いた。

もちろん知っているが怪しまれないためである。

 

「雷神の啓示のあと、レガリア奪還までは聞いた。頼んでいたヴォラレ基地はどうなった?」

「魔導兵強化装置を破壊して暴れた。ついでに帝国の准将を一人捕まえたけど逃した。一応情報として補給基地があともう一つあるってのがわかったぐらいか。」

 

ちらりとイグニスを見る。

大雑把にルナフレーナに教えようとするプロンプトの補足説明をしながら耳を傾けているようだが、ディザストロとの接触は報告していないのか。

ノクティスが触れないということは知らない可能性が高い。

 

「そっちは?」

「仕事にこき使われて、適当なところに放り出してもらった。カエムの岬は特定できていないはずだ。」

 

仕事の内容を深く語らないメディウムにイグニスの頬がピクリと動く。

先程から何か敵意の気配がすると怪しんでいたメディウムはその動きで納得する。

なるほど、思慮深き軍師殿は兄王子を信頼できないようだ。

自分とてこんな胡散臭い男を兄とは言え信頼できるかわからない。

場合によっては政敵になるやもしれない兄王子など、秘密裏に抹殺した方が世のため人のためだ。

どんなに最低の国になろうが、最高の国になろうが、民の混乱は無い。

 

しかし、仲間内での争い事は緊急事態には命取りになる。

早々に火種は鎮火するべきだと、メディウムはわざとらしく罠にかけることにした。

 

「さてノクト。俺は今から特定の人間に対して大いに暴言を吐きたいと思う。構わないかね?」

「は?何のために?」

「理由はあとで答えよう。許可さえくれれば良い。俺とて言いたくて言うわけじゃ無い。」

「まあ…言い過ぎなけりゃ…。」

「承知した。」

 

完全に腹芸がお上手な副官の口調になったメディウムはルナフレーナの近くにいるイグニスとプロンプトを向く。

イグニスは確定としてプロンプトは不安因子として釣ることにした。

 

「ではそこなメガネの人とツンツンチョコボ。」

「…俺か。」

「ツンツンチョコボ!?」

「貴様ら、先程から王子たる俺に無礼では無いか。ーー敵意など向けてはその首をうっかり刎ねてしまう。」

 

いつの間にやら現れたナイフが二人の首元に浮遊していた。

メルダシオ協会本部で見せた浮遊魔法。

ピッタリと頸動脈の位置で刃を向けて静止するナイフに一歩も動けない。

 

許可を出した以上手を出すことをためらわれたノクティスは沈黙し、ルナフレーナをそっと背に隠す。

ノクティスの傍にはグラディオラスが控え、さらにメディウムから二人を隠した。

 

彼らの判断は正しくそのままメディウムは言葉を重ねる。

 

「まずメガネ。再確認しよう。お前は何に仕えている。」

「…今も昔も変わらない。ノクティス・ルシス・チェラムただ一人だ。」

「ふむ。"ルシス王家"ではなく。一個人に仕えていると。」

「その通りだ。」

 

イグニスの目に迷いはない。

政敵としてでも人としてでも、理由は何でもいい。

今敵意を向けているのは敵だと認識しているからだとイグニスは断言したに等しい。

メディウムは冷たさも暖かさもない、無感情な瞳でイグニスを見つめるのをやめて今度はプロンプトを見る。

 

「ではツンツンチョコボ一般人。」

「色々混じってるよね!?」

「お前は誰の友人で、世界が平和になればどこへと向かう?」

「世界が…平和に?」

「そうだ。いつまでも戦争や旅が続くわけではない。その後はどうする気だ。」

 

当たり前のことを今更知ったように考え込むプロンプトを誰も急かしたりはしなかった。

イグニスのように最初からノクティスと共にいたわけではないが、小学生時代から仲良くなりたいと思って多くの努力を積み重ねてきた。

旅に出るとき、特別に訓練をしてもらってやっと同行を許された。

その後は何の疑問も持たず王の剣になるつもりだったが、改めてどうするかと問われると何も言い返せない。

 

「一般人の君には道がいくつもある。王に仕えるだけが人生ではない。」

 

メディウムの言う通り、人生とは人の選択で無限の可能性がある。

しかし、ノクティスと共に過ごし戦ってきた自分はこれからもノクティスを支えたい。

難しいことは苦手で、できるなら隣に立ちたかった。

 

「言う通りってのはわかる…うん、一つじゃないよ。王子様だって二人とも違う道を進んでる。でも俺はノクトと一緒にいたい。隣に立ちたいって、ずっと思ってきたんだ!」

 

一瞬だけ眩しいものを見る目でプロンプトを見てからメディウムはノクティスに問うような目線を送る。

何かをしでかすつもりなのは察しがついたが兄を信じて強く頷いた。

 

「そうか。二人の答えは非常に明確で俺は兄として弟のそばに居てくれれば心強い人間だと二人を思っている。たとえ敵だと思われてもな。」

 

その答えが合っているのか正しいのかの判別は難しいが、弟を任せるにたると判断した。

イグニスとプロンプトの首元に当てられたナイフを消す。

メディウムにとって信頼されるされないは大した問題ではない。

しかし、旅をする上では非常に問題がある。

精神衛生上よろしくない。

 

「俺を信頼できない理由は二十年の動向と王子という立場にあるだろう。だが残念ながら二十年の出来事は話せん。これだけは無理だ。」

「後ろ暗いことがあると断言するというのか。」

「その通りだ軍師。そも、後ろ暗いことしかしていない。俺の過去は真っ黒だ。」

 

プロンプトは少しだけ引いていたがイグニスは予想の範疇だったため動じない。

語れないという時点で察しはついていた。

その後ろ暗さの内容が重要なのだ。

信頼を得られずとも語らない口の硬さは評価に値するが、同時に王への忠誠心が真実なのかも揺れ動くこととなる。

 

「ただ一つだけ明かせる過去がある。"どうしてこんな俺になったのか"の話だ。」

「どういうことだ?」

「俺は自らの意思で王都を出たがその理由は伝えたことがない。年端もいかないガキが安全な王都を出るのに誰の手も借りないと思ったか?」

 

借りたのではなく無理やり持たされたのだがそこは訂正しないでおく。

 

「俺が手を借りたのは剣神バハムート。今も昔も俺はあいつの眷属のような扱いを受けている。」

 

正式な契りは行なっていないが、打倒星の病を掲げて日々活動するわけだ。

もちろん常に監視の目があるわけでも助言があるわけでもない。

ただ少しばかり神様の力をお借りした。

最たる例は移動。

王都を出る際に自力の徒歩ではハンマーヘッドに向かうだけで一日かかり。

使命を遂行するにあたってシガイの王に会わねばならないため、瞬間移動魔法を無理やり行使してもらった。

それ以外でも戦闘面や地理で何度かお世話になったが今はさっぱり声も聞こえない。

それでも繋がりが消えないのが不思議なところだ。

 

「バハムートとどうやって出会ったか。様々な出来事が重なりすぎているし、一から話そうと思う。」

 

非常につまらない上に虚しい話なのだと前置きを置く。

ただの話で信頼が得られるかは疑問だが"どうしてそうなったのか"がわかる内容。

さっぱりわからない五人は首を傾げた。

 

いつのまにか毛布から脱出したメディウムはベッドから立ち上がり、シャツを脱ぎ捨てる。

上半身裸で、履いていたジーパンの裾を限界まで引き上げた。

 

生傷というのも容易い、異様なまでの火傷の跡。

目を背けたくなる光景だが、誰も逸らさない。

彼が歩いてきた道を否定するような人間は一人もいないからだ。

 

「見たくないだろうが、この火傷は外に出てからできたものだけじゃない。」

「王家の力の代償だけじゃないのか?」

「それとは別に烙印がある。背中の真ん中部分に刺し傷と一番古い火傷があるはずだ。」

 

両足の火傷もすごいが、くるりと後ろを向いて背中を見せる。

もはや人肌と言えないほど変容し変色しているが、一切赤黒い場所に縫い付けるというより無理やり接合したような跡がある。

しかし、かなり広範囲にある代わりに端に行くにつれて色が薄まっている。

その上にさらに傷跡があるためわかりづらいがたしかに伸ばしたような跡があった。

 

「成長による変質…幼少期に受けた…?」

「この程度思い当たってくれないと困るが、その通りだイグニス。これはノクトが生まれる数ヶ月前につけられた…いや、つけた傷。両足と背中にあるんだ。」

 

ノクティスが生まれる前となるとイグニスやグラディオラスも幼く、記憶があやふや。

登城したことあるかも怪しい。

しかし、王子がそのような痕を残すような事件があればグラディオラスはともかくイグニスは知っているはず。

しかし、思い当たる節がない。

 

「魔法の暴発とかか?」

 

昔やらかしたことのあるノクティスは火傷になる前に保護されたが、第一子のメディウムがやらかした経験則から自分は助かったという可能性もある。

だがそれならわざわざ話したりはしない。

似たようなものではあるが、故意にやっている。

 

「魔法の暴走というべきか。俺は歴代ルシス王族の中でも魔法に秀でた部類でな。願ったことを実現する事故が幼い頃は多かった。」

 

家庭教師による勉強が嫌で、隠れたいと願えば透明人間になってしまったり、部屋から出たくないと喚けばレギス王でも解除できない施錠魔法をかけたり、雪が見たいと願って王城に降り積もるほど雪を降らせた。

ことごとく願いを叶えてきた魔法は、その時も願いを叶えようとしたのだ。

 

「何を、願ったんだ。」

 

あまり聞きたくはない願い事だが聞かねばならないとノクティスが顔をしかめて聞く。

火遊びがして見たいなどという子供の好奇心の願いでは決してないだろう。

メディウムは乾いた笑い声をこぼしながらなんでもないことのように答えた。

 

「自殺だ。」

 

誰かの息を飲む声が静かな部屋に響く。

第一王子の自殺未遂。

それも、ルシス王家が誇る魔法で。

信じたくはないが、真剣なメディウムは嘘をつかない。

 

 

 

 

当時のメディウムは自暴自棄だったとしか言いようがないほど荒れていた。

 

理由は二つ。

 

一つは歴代王に認められなかったこと。

二つは王子であることを周りに押し付けられていたこと。

 

五歳の誕生日にコルに連れられて訪れた賢王の墓所は何の反応も示さず、クリスタルに触れられても何も起こらず、光耀の指輪をはめて見てもただぶかぶかな指輪というだけ。

最初はその時ではないのだとレギスに宥められたが、クリスタルや指輪も拒絶するでもなく受け入れるでもなく無反応である事例がないため、混乱を招いた。

 

メディウムの身を案じたレギスは緘口令を敷いたが人の口に戸は立てられない。

王として民を守れないのではないかと不安に思った国の政治家の一人がメディウムは王族として重大な欠陥があると部下に喋ってしまったのだ。

レギスの周りに控える者たちによる"メディウム王子はルシス王家の出来損ない"という噂話があっという間に広がった。

 

王に守られて生きていた民は守る力がないかもしれないメディウムを期待外れだと見るようになった。

それでも王子として努力すればきっとみんな認めてくれると夢を見たメディウムは血を吐くような思いで努力した。

しかし、一度期待はずれだとレッテルを貼られて仕舞えば全て紙くずのように捨てられる。

 

記憶力が良く、勉学ができると励んで見ても王子ならば当然だと跳ね除けられた。

魔法の才があり、子供では不可能なはずの造形魔法や不思議な魔法を使用してみせても比べる対象がレギスしかいないため児戯のために魔法を使うなと叱りつけられた。

優しかった母親は必死に努力していい子に努めようとするメディウムの貼り付けたような笑顔に怯えて、顔を合わせることすらなくなった。

城からあまり出られないレギスはメディウムの"毎日が楽しい"という嘘に騙され続けた。

 

メディウムは一年、罵りに耐えた。

日に日に増していく身勝手な声を聞いても笑顔でいた。

王子だから仕方ない。

自分はそういう風になるしかないのだと。

心がすり減って、愛情に飢えて、泣くことを忘れた子供はいつか誰か認めてくれると信じていた。

 

ーー声に出さない子供の渇望というものはあっけなく裏切られる。

 

弟ができた。

母親が男の子を身ごもった。

それはまさに奇跡のようなもので、ルシス王国中の花が季節関係なく咲き誇り美しい自然現象がいくつも現れた。

まるでその男の子を世界が祝福するかのような現象の数々に、国民は期待を寄せた。

メディウムの努力など忘れ去って、王にふさわしい子供が生まれるのだと国中が湧いた。

 

母親は弟が生まれることを一年ろくに顔を合わせなかったメディウムに報告し、世界に愛されている子供が生まれると嬉しげに話した。

メディウムのことを愛していた母親は弟を大事にしてあげて、と優しく抱きしめた。

一年間も考えがわからないからと避けてしまっていたが、きちんと愛していると全身で伝えたかった。

 

愛情を渇望したはずが、受け取ることも忘れた子供にはただの死刑宣告にしか聞こえなかった。

子供を温める母の声は呪いになり、弟を祝福する世界が地獄の成り果て、あなたは大事な子供だと愛を伝える声が刃物に変容する。

 

ズタボロの心がかけらすらも残さず壊された子供は引きつりそうになる顔をいつもの顔に化けさせる。

とにかく笑わなければならない。

これ以上失望させてはならない。

震える唇を痛いほど引き上げてメディウムは笑った。

弟はとても愛らしく、素敵な子に生まれることでしょうと母とともに笑った。

世界に祝福された素晴らしい王になることでしょうと隣で微笑む父親に朗らかに伝えた。

 

ーー兄はとても醜く、欠陥品なのでしょう。

世界に見放されたごみに成り果てることでしょう。

 

どんなに頭のいい子供でも思考回路は単純で極端な発想しかない。

一度対比を始めて仕舞えば卑屈なまでに自らを貶す。

自分の言葉が自分を傷つける刃物になって帰ってくる。

もはや何がしたくてこんな顔を作っているのかすらもわからなくなっていた。

それでも取り繕うことはやめない。

もう笑顔でいることしか、残っていなかった。

 

上機嫌の両親の邪魔にならないように、メディウムはひっそりと生きることにした。

今まで通りだが、誇張をやめて必要最低限しか喋らない。

しかし、両親は後継という憂いが晴れ王位を無理に継がなくても良くなったメディウムに望む人生を与えてあげられると手放しに褒めた。

今まで与えられなかった愛情を懸命に与えようとしたのだ。

遅すぎる上に多すぎる愛情に蝕まれたメディウムは日に日に具合が悪くなり、ついには吐き気と頭痛で気を失うこともあるほどになってしまった。

 

お互いに会話が少なすぎるために、自由に生きてもいいという優しい思いが全く届いていなかった。

弟が生まれた時の練習台で本心から言われていないと思いこんでいた。

捨てられたくない一心で魔法で無理やり吐き気と頭痛を治療し、その反動を誰もいなくなった自室で声にならない悲鳴をあげながら耐え続けた。

 

心身ともに磨耗し無駄に知識のある子供が短絡的な自殺を考え始めるのもそう遠くない未来となった。

 

そして、いつかうたた寝の時に見た夢へとつながる。

メディウムの魔法は"本人の意思に関係なく考えただけで発動する"ことが稀にある。

強く望めば望むほど大きく形に現れるが、疲れたメディウムは真夜中の城の中庭にある庭園の真ん中で"誰の迷惑にもならないなら、灰になってしまいたい"と考えてしまった。

 

魔法は本人の希望を出来うる限り叶え始めてしまった。

 

火の粉が飛ばないように分厚い氷の壁による球体が造形された。

庭園を覆い尽くすほどの氷に稲妻が走り、大地を焦がしたかと思うと植物に次々と火がついていく。

煽るように炎が舞い、瞬く間に異様な明るさとなった中庭。

魔法を止める気にもならない。

しかしこのまま灰になるならば楽に灰になりたいなと、虚ろな目で氷の椅子を作りあげて足が徐々に火傷を負っていく様をぼんやりと見続ける。

痛覚も麻痺したメディウムは他人事のように"痛いな"と思うだけだった。

 

パチパチと燃え盛る炎と何かが氷を叩く音以外は何の音もしない世界で頭の中が空っぽになったメディウムはいもしないと思っていた神に初めて話しかけた。

 

「もうこの命はいらないから、つぎは誰かに必要とされる人生がいいな。」

 

ーーでは、その命を貰い受ける。ーー

 

 

 

「そうやって俺の命を拾ったのがバハムート。背中の接合部分はバハムートとの契約の証。あの日から俺は所有物なんだとよ。」

 

沈黙が支配する室内で服を元に戻し話を切り上げた。

移動の車内で見た夢はバハムートに出会うほんの数秒前。

構ってもらえなくて拗ねた子供が起こした、騒がしい事件だと本人は思っている。

 

この話が信頼する引き金になるかはわからないが、帝国に寝返った訳ではないことが証明できるだろう。

バハムートは武器召喚を授け、ルシス王国を見守る主神。

本神(ほんにん)が拾い上げた命で所有物の烙印である時点で裏切りの可能性はゼロに等しい。

バハムート自身がルシス王家に見切りをつけていれば別だが、クリスタルに引きこもっているあの神様が今更考えを変えるとは思えない。

 

「…兄貴。」

「どうした。くだらない話という感想は受け付けないぜ?」

「くだらない話なんかじゃねぇよ!何で今まで誰も教えてくれなかったんだ!親父も!兄貴も!」

 

かの親子には溝があるとイグニスが教えてくれたが本人も理由を知らない様子だった。

実際に、イグニスは言葉を失っている。

 

「教えるわけないだろう。俺が自殺を考えたきっかけはノクトを身籠ったことだ。だがノクトは何も悪くない。意思すらない赤子のせいで兄が拗ねた話などされても意味わからんだろう。」

 

そう言われると反論できない。

ノクティスは何も悪くないが兄を自殺に追い込んだきっかけが自分だと言われると罪悪感を覚えてしまう。

メディウムもレギスも本意ではないため、誰も口にしてはならない話となった。

 

「言っておくが、俺はノクティスが大好きだ。それはもう可愛い弟だからな。強請られたらなんでも与えてしまう自信がある。だから恨んでないし気にもしてない。そういうことがあった。ただそれだけだ。」

 

改めてイグニスとプロンプトに目線を向けた。

同情によって敵意をそらすつもりはなかったがプロンプトは感情のままにメディウムを見ていた。

ただ悲しいと伝えて来る。

 

イグニスは悩んでいた。

的確にバハムートとルシス王家のつながりを考慮し、絶対に外れない契りなのは理解できる。

帝国への裏切りなど考えられない。

だがやはり、メディウムという人間がつかめない。

何故そうなったのかの理由があっても、そのあとがさっぱり空白なのだ。

 

「信頼ってのは難しい。俺はとっかかりを提示することしかできない。さて、他に話をしたいことがあるだろう。俺の話ばかりでつまらないし、言いたいこといい合おうぜ。答えはじっくり考えればいいしさ。」

 

この話はおしまいだと、話題を変えて事後報告や話したかった事などを次々にあげていく。

真剣に悩む時間というよりいったん間を空けるために矢継ぎ早に話題を変えていくのは正直ありがたいとイグニスは思った。

考えるより、直感で下したい決断も時にはあるのだ。

 

 

 

 

 

 

話がいったん御開きとなった時間。

ルナフレーナが女性陣の部屋へと帰り、メディウムが散歩に行くと隠れ家を出て言ったところでイグニスはジャレットを呼んだ。

当時、王子の自殺となれば宰相であるクレイラスも急ぎ駆けつけたはずだ。

なにか話を知っているかもしれないと、概要を伝える。

紅茶を淹れながらそうですか、とどこか寂しげに一言頷くジャレットはとても悲しそうだ。

 

「あの日はたまたま、クレイラス様がレギス陛下と昔話に花を咲かせていました。その際、自宅にあるワインをお届けするために私も登城しておりました。」

 

ジャレットが目にした美しいスノードームのような魔法はメディウムの心を表すかのように強固で冷たかった。

クレイラスに本音を吐露したレギスの心情をジャレットは聞いたまま伝えた。

 

 

 

中庭のほとんどが燃えている上に反射するように氷が光を通すため、たまたま巡回していた王の剣に発見された。

魔法がわかる上にとても目がいい王の剣だったため、第一王子であるメディウムの姿も視認。

明らかにまずい状況で盛大に焦った王の剣はすぐさまレギスに報告しに行った。

騒ぎはすぐに王のもとへと届けられ、身籠っていた母親はもしもの時のために伝えられずに待機となった。

 

報告が上がり、完全武装したレギスが中庭にたどり着いた時にはメディウムが視認できないほど炎が舞う。

外殻の氷を砕き割ろうと自身の剣を叩きつけるが、子供が造形したとは思えないほど強固な氷にヒビを入れることさえできない。

レギスは日々のメディウムの努力を一度きちんと測るべきであった。

彼はもはや、レギスを凌ぐ魔法使いになってしまっていたのだ。

 

いくら剣を叩きつけても割れない氷に焦ったレギスは、メディウムの名を呼びながら王の剣までも纏って破壊せんと力を振るう。

歴代王の力には届かないメディウムの氷は徐々に砕け始めたが、それでもまだ厚い。

せめて声が届けばと何度も何度も名前を呼ぶが、全く反応がない。

息子を救う力もない王は自らの今までの行いを恥じた。

 

口先ではメディウムのせいではないとなんども慰めていたが、本心では非常に落胆していた。

人をよく観察するメディウムの前でもこの子ならわかってくれると何度もため息をついてしまっていた。

褒めてくれと子供らしく笑う彼を、できて当然だと跳ね除けてしまった。

弟ができたとわかった時、明らかにメディウムに対する扱いと真逆の反応を示してしまった。

 

たった一年。されど一年。

 

自らが息子に与えてしまった傷が心を守ることを知らない子供には大きすぎることをようやく理解した。

なぜ一年も気づいてあげられなかったのか。

今このまま何もできずにメディウムが燃え尽きれば、一人の子供すら守れない無能な王が出来上がる。

子供を自殺に追い込んだ、残忍な王になってしまう。

なにより、レギス自身がその罪に耐えられない。

 

自らの剣では役に立たないと、ファントムソードを解放して氷に打ち込み続ける。

王の尊厳をかなぐり捨ててただ傷ついた子供をもう一度この手に抱きしめようと。

さらにファントムソードを打ち込まんと氷を見据えていたレギスは目を疑う光景を見ることになる。

 

剣神バハムートが氷を静かに見つめていたのだ。

 

一体なぜそこに神がいるのか全く理解できなかったレギスは目を見張ったが決して攻撃の手は緩めない。

そんなレギスを一瞥しながらバハムートは一言二言、氷に向かって何かを告げる。

なにを言っているのかまでレギスには理解できない、否、理解させてもらえなかったが数秒後には夜空から静かに氷を見つめるバハムートがなんのためらいもなく、己の剣を氷に突き立てた。

神に抗えるはずもない魔法はあっけなく砕け散り、神威の所為か一瞬にして炎も吹き飛ばされた。

 

その剣の先端は真っ直ぐメディウムの心臓に突き刺さり、背中にまで貫通している。

神に殺されるなどあんまりな光景に全く頭の理解が追いつかなくなったレギスに、さらに人智の範疇を超えた出来事が映る。

バハムートが剣を引き抜いたところにはなんの傷もなく、両足にひどい火傷を負ったメディウムが背中に烙印のような火傷と無理やり接合したような怪我をして氷に横たわっていた。

 

バハムートはすでに姿を消し、黒焦げになった中庭と輝く氷の上に眠るメディウムだけが神々しく映える。

 

重傷を負ったメディウムは三日三晩眠り続け、起き上がってもろくに歩けなかった。

コミュニケーションを図ろうとした両親に対して、まるでいい子のような返事しか返さずもう本心を語り合うには手遅れなのだと現実を突きつけ続けた。

 

かくして、バハムートのいいなりとなり謎の使命をもつ子供が誕生した。

 

 

 

 

「虚しいものですね。聡明ゆえに、愛情を知らないのです。」

 

ジャレットが語ったレギスの心情は父親としての葛藤と王としての葛藤が大きく語られた。

しかし、詳細が少し増えただけで本題である信頼できるかできないかの話には繋がらない。

 

どうしてもその答えが見出せないイグニスは歳を重ねたジャレットに思い切って聞いてみる。

隠さずにわからないと正直に教えをこうイグニスに、ジャレットはあくまで個人的な意見だと前置きを置いた。

 

「メディウム様は、決して他人に弱みを見せません。今の話はメディウム様からすればとても大きな弱みです。それをわざわざお二人に握らせる意味を、わかって欲しかったのではないでしょうか。」

 

彼の方は用心深く一切自らの情報を開示しないのです、と四人の紅茶を淹れ終えたジャレットがビスケットを添える。

一枚だけ端の欠けたビスケットを見つけたイグニスはそれを手に取ろうとするが、ジャレットに阻まれそっとワゴンの上に戻された。

 

王族の欠陥品という言葉と欠けたビスケットが重なった。

 

そこでようやく、イグニスは合点が行く。

彼が提示したきっかけは己のリスクを顧みず王に献身する意思。

王子である彼が欠陥品で、帝国とつながっている可能性を提示すれば秘密裏に処理されるかもしれない。

しかし、自らの命よりも王のそばに支えるために信頼を勝ち取ることを優先したのだ。

 

それだけで全面的に信頼する気にはならないが、これから彼を見てみようとイグニスは結論付けた。

プロンプトはそこまで考えは及ばなかったが、一先ず彼を信じることにした。

きっと、彼なりの考えがあって過去を明かしてくれたのだろうと。

過去に暗さがあるという共通点にプロンプトは考えを改め始めていた。

 

若者の空気が変わるのを感じて少しだけ微笑むとジャレットは部屋から下がる。

一枚の毛布をそっと腕に持って、メディウムがいるであろう場所に向かった。

 

 

 

 

 

 

冷たい風が吹き抜ける灯台の下でメディウムは風に当たっていた。

半袖で出てきてしまったが、今はそれが心地いい。

心まで冷え切って仕舞えばいいと自傷気味笑った。

あまり思い出したくない記憶を掘り起こして、感傷気味になっていた。

 

機材が積まれた木箱の上に座るメディウムは隠れ家側から足音が近づいてきていることに気がついていたが声をかけなかった。

ゆったりとした足取りに成人男性にしては軽い音。

老人というより卓越した執事のジャレット特有の足音だった。

クレイラスを通して幾度となく顔を合わせていたジャレットは気を許せる。

 

「お体が冷えてしまいますよ。」

「ああ。あいも変わらず気が利くな。」

 

ふわりと肩にかけられた少し暖かい毛布。

見向きもせず海を見つめるメディウムの隣にジャレットが立った。

昔から何かあると一人で外に出る癖があるが今夜は特に嫌な思い出を掘り起こして不安定だったのを察したのだ。

 

点々と輝く星々とさざ波が揺れる海は月の光に照らされてキラキラとしていた。

 

「初めてかもな。あの話を当事者以外とするのは。」

「左様でございますか。」

「いつか話さなきゃならないかもしれないと思っていたが、まさかこんな形になるとは思わなかった。」

 

墓場まで持って行くのは不可能な内容だった。

ルシス王家はいつも会話が足りないとつくづく思う。

些細な会話もしないから、こんなにもお互いをわからないのだ。

だからと言って話すとはどうやるのだと、考えてしまって結局堂々巡り。

不器用な家系だ。

 

「もっとスマートにできりゃいいのに。人付き合いって難しいな。」

 

塩辛いような海風が、メディウムの言葉を飲み込んだ。

 



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戦闘講座

カエムの岬到着後の小話。
これといって話が進まないほのぼの回です。


カエムで一泊した翌朝。

朝の基礎トレーニングを終え軽く走り込みをしたメディウムはハンドガンの手入れを行なっていた。

あらかじめ渡されたマガジンは全部で百五十発分。

滅多に発砲する気は無いが渡しすぎでは無いだろうか。

マガジンが武器扱いでよかったとつくづく思う。

ハンドガンの紐付けではなく、マガジン単体で召喚や収納が行えるのはありがたい。

この後は絵を描いてゆっくりしようとしたところで、不審な音が届く。

 

嫌な予感はするが無視はできまいと背後からの足音をさせる主に声をかけた。

皮の衣類が擦れる音と金属の音、それなりの身長と筋肉量からくる重さの足音に誰だか見当はついていた。

 

「おはよう、グラディオラス。真剣な頼み事ならコルの方が適切だぞ。」

「おはようございます。メディウム様。…なぜ頼みごとだと?」

 

振り返らずに名前を言い当てられ、一言も発さないうちに頼みごとに来たと見破られてしまった。

あだ名ではなく本名で呼ばれた条件反射で、従者の対応をしてしまったが今のメディウムには王者の風格がある。

普段は表に出さないその気品は、気が抜けていることによって前面に押し出されていた。

 

「二、三歩たじろぐような音が聞こえた。適切な人選なのかを迷ったか?」

「はい。答えは持っていてもはぐらかされるかもしれないと。」

「俺のことをよく知っているようで。しかし今回はきちんと教える。"修練の道"のことだろう。」

 

修練の道。

ダスカ地方とクレイン地方を分断する大峡谷'テルパの爪跡"内にある命がけの腕試しの場。

神々の戦いである魔大戦の時にできた跡だと伝わるテルパの爪跡はほとんどのものが立ち入らない神聖な地であった。

 

約三十年前、シガイの被害が広がらないようにとテルパの爪跡を調査したハンターにより"修練の道"という名がついた遺跡が発見された。

ルシス王国黎明期に作られたと思わしきその遺跡では、 かつての王に仕えた英霊たちが試練に挑む者を待っている。

文字通り生死をかけた修練の道に挑むものは非常に多かったが殆どの者が帰らぬ骸となった。

 

コルはかつて試練に生きて帰って来られた経歴があり、"不死将軍"の渾名はそこから来ている。

歴代の王に仕えた英霊に認められることは名誉なことだが命をかける試練に王の盾を送り込むのは憚られる。

グラディオラスはノクティスの近くにいて、その身を賭して盾となる。

生涯誰にも譲れないアミシティア家の役目。

それがわざわざ王から離れのたれ死ねばアミシティア家とはなんだったのかという話になる。

クレイラス・アミシティアも、王のそばを離れて何が王の盾かと修練の道には挑まなかった。

 

「あそこは文字通り命をかける。グラディオの場合、命をかけるべきところは他にもあるはずだと俺は思う。」

「この数日間で、俺は自分の未熟さを知りました。レイヴスに弾き飛ばされ、帝国の准将とまともに戦うことすらできなかった。」

「強くなりたいだけなら他にも方法があるだろう。なぜ修練の道にこだわる。」

 

修練の道は最悪で、挑戦者を待ち構える一人の英霊を思い出してメディウムは眉間にしわを作る。

二十歳を迎えた時に一度挑戦したいとアーデンに強請って挑んだことがあるが、王家の血筋の所為で門前払いを食らった。

並み居るシガイを打ち払って最奥まで到達したのに、片腕が掠れた英霊に"貴方に剣を振るうことはできない"と傅かれてしまったのだ。

あとでコルに聞けば、本来ならばその前に他の英霊による関門が存在し、自らを補う力を授けられると言う。

 

グラディオラスの実力を甘く見ているわけではないが、一人でシガイを倒しながら英霊と戦うのは不可能に思えた。

 

「修練の道は王の盾にとって重要なものなのは理解している。しかし、命を落として仕舞えば王の盾以前の問題だ。」

「分かっています。それでも俺は、挑みたいんです。」

 

聞く耳持たず。

決意が固すぎて付け入る隙がない。

お願いします、と頭を下げるグラディオラスを無下にする気にもなれず溜息をついた。

王族には甘い英霊達だが他の者には容赦ない。

せめてコルに満身創痍でも命だけは救い出せと秘密裏に命令して、先導を頼もう。

メディウムがついて行くことも考えたが、試練にならないような気がした。

 

「致し方ない。俺がついて行くよりコルの方がよく知っているだろう。相談してみる。」

「ありがとうございます!」

「コルも忙しくて今すぐにとはいかないが、準備はしておけ。」

「はい!」

 

嬉しそうにするグラディオラスに二度目の溜息をついて、どうしてもいいたかったことを今更ながら伝える。

 

「その敬語はやめてくれ。」

「おう。年上に頼みごとするときは敬語の方がいいと思ってよ。」

 

コロリと態度を変えたグラディオラスに脱力し、三つしか違わないだろうと頭を抱えた。

 

 

 

 

朝方から頭痛がしそうな話を聞いた日には大抵面倒ごとが絶えない一日となる。

アーデンを通して学んだ教訓を、まさかこんな旅の最中でも痛感することになるとは思いもよらなかった。

 

第二波は朝の弱いノクティスを起こし、モニカの朝食を食べた後。

旅の疲れを癒す為に自由の日となった途端に、グラディオラスの護衛をつけてノクティスは釣りへと出かけていった。

ルナフレーナとその護衛に任命されたニックスも付いていったが、機会を狙ったように一般人のチョコボ頭がとんでもないことを言い出した。

 

「俺に訓練してほしいだ?」

「うん。射撃能力ならメディが一番高いかもって。」

「なんで今日に限ってこうも…。」

「迷惑…かな…?」

「いいや、向上心があるのはいいことだ。しかし教えられることなんてあるかぁ?」

 

食後のコーヒーを口に含みながらリビングに残った二人を観察する。

昨夜感じた懐疑的な敵意は消え、信頼しようと言う努力が垣間見えた。

プロンプトの隣でコーヒーをすするイグニスも同様に敵意はないがまだ迷いはあるようだ。

 

まずまず仲間としてやっていけそうなのを把握してからプロンプトの戦闘能力を図る。

単純な能力値もガンナーとしては優秀。

観察する能力は非常に高い。

思考の柔軟性も申し分ないが、実戦経験不足が目立つか。

共闘したのも巨神戦の一度きりなので、まず現状を把握する必要がありそうだ。

 

メディウム自身の射撃能力は剣を好む性質ゆえに大したことはない。

よくもなければ悪くもなく、七十メートル先までならばヘッドショットを決められる代わりに動かれると全く当たらない。

スナイパーも遠距離が大の苦手なのか、ろくに扱えないと散々アーデンに馬鹿にされた記憶しかない。

おかげで射撃訓練など初級の構え方と撃ち方ぐらいしか受けたことがなかった。

 

ノクティスはさらに酷く、誤射しまくりになるのでそもそも持たせない。

ルシス王家は最新兵器と波長が合わないらしい。

 

「実弾演習するわけにもいかないし、こいつの出番かな。」

 

メディウムの手に現れたのはハンドガン。

但し、火薬を使用しない水鉄砲。

形状のみがハンドガンに近く、重さも帝国軍が使用するハンドガンの重さと全く同じである。

 

「これは?」

「対ノクティス悪戯用水鉄砲。重さや見た目にもこだわったがなによりも重視したのは静音性だな。サイレンサーなどなくても数メートル先なら音が聞こえないだろう。」

 

銃のバレル部分に、防音魔法が彫られている。

火薬を用いないため、もともと音はしないがこれは悪戯用の銃。

わざわざ実弾銃の音がなるように音を記録した魔法も反対側に彫り込んである。

防音魔法は単純に静音性を上げるだけでなく、メディウムが魔力を流し込めば音量を調節できる。

意図的に小さくしたり大きくしたりと悪戯の幅が広がることを考えてわざわざ魔法も改造した。

 

水鉄砲は押し出し式だが威力が減るため、当たると弾ける水の弾丸魔法まで作った。

クッションのようにふんわりするが当たればそれなりに仰け反る。

この銃をカスタマイズするためだけに銃に詳しいビッグスとウェッジを三日徹夜させたりもした。

職権濫用もいいところである。

 

「威力は落としてあるが当たればそれなりに痛い。まずはこれで俺に当たるかのテストをしてみよう。」

「外に出るんだね。」

「俺も付いて行こう。」

 

発砲音がするように魔法を起動し音量を通常に調節。

予備で全く同じものを用意しておいたため自分の銃も同じようにセット。

非戦闘員であるジャレットとタルコットには念のためモニカと一緒に行動するように頼んだ。

水がかかるだけだが子供のタルコットはきっと怖いと思うだろう。

防音魔法をかけて隠れ家にいてもらうことも考えたが、それでは外の世界で生きていけない。

野獣やシガイの脅威は待ってくれないのだ。

多少の戦闘音に怯えてもらっては困る。

 

後のことは台所にいるモニカに任せ、イグニスも来ると言うので水が当たらない程度に離れて見てもらう。

隠れ家から少し下った、広い平地で撃ち合うことにした。

 

「俺は人間の動きで回避する。魔法は使わない。一分以内に俺に当ててみろ。」

「どこに当ててもいいの?」

「訓練だからって遠慮はいらん。当てればいい。」

 

通常の拳銃と同じ発砲音がすることの注意喚起をし、一旦試し打ちをさせている間に説明と準備運動を済ませた。

射撃能力を見るだけなので予備の水鉄砲はしまってある。

多少広い平地で向かい合い、イグニスにタイマーを任せた。

 

「では、始め!」

 

開始と同時に構えられていた水鉄砲からまっすぐ飛んで来た。

素直な射線の狙い目は的が広い胴体だとあたりをつけて横に飛び退く。

数打ちゃ当たる銃だとさらに追撃が来るが、同じく胴体を狙っているためかわされた。

 

当たらないのを察して今度は頭を狙うがしゃがみで回避。

ならば足をと狙うと後ろに飛び退かれた。

雑に打てばリロードの隙ができることを知っているプロンプトは慎重に水の重さを図る。

水の弾丸魔法で圧縮されたとはいえそれなりに減った。

三分の一は使っている。

 

一体何を見てかわされているのかと視線を追うとまっすぐ手元を見ていた。

射線が見えても理解して飛び退くには頭の回転が追いつかない。

逆に早すぎると目で追われて撃たれてしまう。

射線を変えないギリギリのラインを予測されているのだ。

はっきり言って人間業ではない。

魔法が使えることを考慮しなくても人間やめているのがよくわかる。

 

メディウムのこの異常なまでの判断力は剣神バハムートによる加護が大きい。

呼び出せない代わりに与えられた加護は主に剣の扱い方に重点を置く。

その際に洞察力のような戦闘本能である第六感が強化されているのだ。

彼は危機管理の本能で水をかわしていた。

 

結局、一発も当たらないまま一分を告げるアラームがなった。

 

「俺もなかなか動けるものだなぁ。」

「絶対人間じゃない!」

「同感だ。」

 

歳をとって若い頃より衰えたと言う年寄りのような発言をするが明らかに人間離れしていた。

若い頃とは加護が強く出ていた幼少期時代なのだが、今より人間やめている子供など恐ろしくて知りたくない。

 

「酷い言い草。それはそれとして評価点は十点満点中五点。」

「ええ!?半分!?」

「ちなみに俺は六点、ノクトはゼロ点になる。」

「厳しすぎない?ノクト、ゼロなの?」

「あいつは狙う前に撃ちまくって論外だ。絶対持たせるなよ。」

 

いないところでボロクソ言われるノクティスはともかく、かなり厳しめな判定だった。

狙いは正確で当たらないならばと的を変える判断力は良かった。

途中でかわされている理由もきちんと考察していた。

しかし、先読みができていない。

動くことを想定して動く先に撃ち込めないのだ。

素直に的がある場所に打ち込んでしまっている。

それでは戦場で当たらない。

 

そう伝えるとプロンプトは何か思う節があるのか水鉄砲を見る。

野獣相手に痛感でもしたのだろう。

簡易的な訓練方法だが、隠れ家にあったので持ってきた空のエボニーコーヒーの缶を取り出す。

プロンプトとイグニスに見てもらう中、缶を上空に投げ落下していく途中に何発か水鉄砲を撃ち込んだ。

もちろん射撃能力が低すぎて一発しか当たらなかった。

見本にもならない。これはひどい。

 

「あー、俺には無理だがまずは三発当ててみろ。落下中に一回。打ち上がった時に一回。もう一度落下時に一回だ。」

「分かった。しばらくやって見る。」

「できるようになるまで続けて見てくれ。水を汲んで来る。」

 

当たらないのが恥ずかしくて誤魔化しつつ、水道に水を汲みにいくことにした。

 

イグニスも手伝うと言うのでバケツを一つ持ってもらい、隠れ家の水道をひねる。

口数が異様に少ないイグニスに、さらに嫌な予感がしたメディウムはどうでもいい話をすることでさらなる面倒な頼みごとを回避しようと試みた。

 

「今日はいい天気で、絶好の訓練日和だな。」

「ああ。是非とも俺にも稽古をつけてくれ。」

 

完全に話題ミスである。

プロンプトの話をしようと思ったのに流れるように第三の頼まれごとが出てきた。

ブリキの人形のようにぎこちない動きで後ろに立つイグニスを見るが、真剣そのもの。

部下達の向上心の高さに上司の涙はちょちょぎれそうだ。

ひっそり立てていた一日ゆっくり絵を描いて休もう計画が台無しである。

 

「イグニスは確かダガーだったか。対して訓練するものもないぞ。模擬戦がせいぜいだ。」

「では模擬戦を頼む。一般的に売られているダガーでな。」

 

ルールまで決められてしまった。

これはもう回避できないなと早々に諦めて、水がたっぷり入ったバケツ二つを運ぶ。

広い場所でやるならばプロンプトがいた場所が一番いい。

頭の中で持っていた武器を思い浮かべて、長らく使っていないダガーを選ぶ。

普段は片手剣"クラレント"を使うため他の武器を手に持つことが滅多にない。

ダガーもほとんど扱わないため片手剣と同じように使いそうだ。

 

平地に戻るとちょうど水がなくなったらしく缶を拾い上げて補給をする。

一旦休憩で場を開けてもらい、イグニスと向き合うことになった。

イグニスの戦闘方法はいわゆるエンチャント。

武器に三つの属性を纏わせる攻撃で、とてつもなくかっこいい。

それぞれの特性を生かしての攻撃は威力が低いがダガーの手数の多さでカバーしていた。

 

対するメディウムはダガーを持つことすら久しぶり。

模擬戦なら別の武器でも良いのではと提案したが、扱い方を参考にしたいと却下された。

今回ばかりは魔法がないと無理なので、ダガーを持つ以外のルールはない。

冷や汗ダラダラのメディウムはどうにでもなれと投げやりに武器を構えた。

 

なぜイグニスが模擬戦を申し込んだのかと言うと、彼なりの区切りをつけるためである。

信頼できないかもしれないがメディウムの知識と知略、戦闘能力が必要な状況下。

ならば自分はどれほど弱いのかを知り、尊敬する軍師を超えられるようになりたい。

同じ武器を使用された方がより納得できるだろうと言う考えだった。

 

お陰でメディウムは死んだ魚の目をする羽目になっている。

 

「遠慮はしない。構わないな。」

「疑問形ですらないよね?」

「いくぞ。」

「人の話聞いてくれないの…。」

 

完全に目が座っているメディウムに雷のエンチャントを施したダガーで突進する。

簡単に弾かれてしまったが炎のエンチャントに切り替えて張り付くように連撃を繰り出した。

片手剣よりもリーチが短い上に重さがないダガーでエンチャントによる重さが乗ったダガーで応戦するのは不利。

さらに言えば扱い方も全く思い出せない。

 

絵も描けない頼みごともわんさかダガーの扱いもわからないと、ないないだらけで大分ネガティブ思考になってきたメディウムの中にムクリと怒りが湧いて来る。

やりたいことができない八つ当たりなのだが大人の余裕が消え失せ、無表情になっていた。

戦闘が面倒くさくなる輩などどこぞの傭兵隊長しかいないと思っていたが、やりたいことを妨害されると温厚なメディウムも怒りが募る。

向上心があることも、訓練を重んじることも確かに重要だ。

しかし、十分な休養も大事ではないのか。

 

およそ休みなしで連日仕事をしていた仕事人間の主張とは思えないことを考え始めた。

絵を描くことが唯一の娯楽であるメディウムは描きたいタイミングで妨害されると、大いに不機嫌になるタイプだった。

 

「上の、空かっ!」

 

模擬戦とはいえ戦闘中に考えごとをする対戦相手に、イグニスはさらにエンチャントを強くする。

自分など取るに足らないと言われているようだ。

実際、全く関係ないことを考えながらダガーを捌ききっている。

 

イグニスの声に思考が戻ってきたが、怒りは消えない。

プロンプトの時はまだ良かった。

指導して後は放置してさっさと絵を描く算段だったのである。

しかしイグニスとの模擬戦は一度ならまだしもなんどもされる可能性があった。

王都に帰省した時のイグニスがそうだったからである。

模擬戦を申し込んでは時間の許す限り対戦した。

一度怒りが出ると治らないメディウムはふつふつと恨み言を頭の中で浮かべる。

 

みんな揃ってなぜ唯一の楽しみを妨害するのか。

ノクティスの釣りを妨害したり、キャンプを拒否したり、カメラを使用禁止にしたり、ノクティスの世話禁止にしたりするようなもんである。

趣味に没頭したい時間に仕事が入ってきたら多少なりともムカつくだろう。

この怒りは正当な怒りでこれはもうイグニスにぶつけても構わないのではないか。

模擬戦だし怪我しなきゃいいよね。

 

怒りが湧いてきたメディウムは短絡的かつ意味不明な結論に陥っていた。

しかし、咎められる強さを持つ人間はこの場にいない。

相手の許可を貰えば手加減はいらないと最終結論に至ったメディウムはイグニスに問うた。

 

「手加減、なしでいいよなぁ?」

 

なんだか真っ黒な笑みを浮かべているメディウムに嫌な予感がするが、そもそも手加減は望んでいない。

当たり前だと返答するイグニスは、すぐさま後悔することになった。

 

ダガーを思いっきり強く弾き飛ばし、体制が崩れたところに足払い。

メディウムは二本のダガーのうち片方を崩れた体制から持ち直そうとするイグニスの顔面横に突き刺した。

至近距離に刃物が飛んで来ると人はひるむもので、一瞬硬直したのを見逃さず服の後ろを引っ張られて地面に縫い付けられる。

その際両手を足で踏みつけられて固定。

馬乗りでマウントを取られ、残った片手剣を首筋に当てられた。

 

いつか見た狂戦士の片鱗のようなニタニタした笑顔を浮かべるメディウムに背筋が凍るが、それ以前に怒気をはらんでいることに気がついた。

原因など皆目見当もつかない。

 

「ゲームセット。でいいよな。」

 

反撃の余地がないためイグニスは黙って頷いた。

完敗である。

手も足も出ないとはまさにこのこと。

ここまで素直に負けると逆に清々しく、どこかスッキリした面持ちとなった。

 

人の楽しみを邪魔しておいて何清々しているんだとイラついたメディウムだが、かなり強めに地面に叩きつけたことで怒りは多少収まっている。

このまま絵を描こうとイグニスから退いて、念のため釘をさすためにまだ寝っ転がるイグニスの股下を踏みつけた。

急所近くの地面に勢いよく叩きつけられた足にびくりと起き上がるが、それ以前にメディウムの顔が怖い。

真っ黒な笑顔で目が笑っていない。

 

「俺はこれからデッサンする。」

「そ、そうか。」

「昼飯まで話しかけないでほしい。静かに描きたい。」

「わかった。わかったからその顔をやめてくれ。」

 

なぜか大いにイラついているメディウムは返事を確認次第、浮遊魔法で灯台の上まで一直線に飛んだ。

ここまで無駄な使い方をする魔法を見るのは初めてかもしれない。

ついでに憧れの軍師が怒る姿も初めて見た。

知らず知らずのうちに怒りに触れていたことを反省し、呆然とするプロンプトとどうやって機嫌を直してもらおうか考える羽目になった。

 

 

釣りから帰ってきたノクティスが、釣れた魚を持って、今度は一緒に行こうと誘うだけで上機嫌になるメディウムの姿が観られたのは夕飯時の話である。

 



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慈王の盾

早めに入手して欲しかったAPの強い味方。
切羽詰まるようなこともない優しい武器。


カエムの岬で何日か休息をとった五人は、歴代王の力を授かるべく出立することにした。

メディウムが最初に提案したのはダンジョンではなく、平地にある"慈王の盾"と"覇王の大剣"と呼ばれる二種類のファントムソード。

いきなりダンジョンに行くにしても簡単なところから回った方が良いという関係なのだが、簡単なところを順に回ると逆に遠回りになる。

各地に散らばる割に難易度にばらつきがあるのだ。

 

致し方なく、初級編ということで二種類入手して移動を開始。

現時点で殆どのファントムソードが入手できるが経験が足りないため、三種類ほど手に入れて、一度シドのおつかいであるミスリルを入手したい。

グラディオラスの要望で王の墓所巡りはどうしても同行したいとのこと。

そのため、致し方ないミスリル採取時に修練の道を踏破してくるという。

コルとの連絡はつけていて、あちらの依頼が片付き次第オールド・レスタ集合になっている。

 

ファントムソード集めは、コルの準備を待つのにうってつけとも言えた。

さらに修練の道はノクティスは知らなくていい場であり、補助が主体のイグニスやプロンプトには向かない場。

生存者が現在生きている中でコルしかいないとなれば三人は止めに入るかついて行くと言って聞かないだろう。

それとなく誤魔化すには、迅速に対応しなければならない別のものに気を取らせればいい。

時間は効率よく使うものだという帝国の文武問わずの実力至上主義は困ったものだがこういう時は役に立つ。

 

戦闘面での心配は特にしていない。

スチリフの社は刺激的だろうし、アラネアが管理しているためアーデン経由で話を付けて貰えば同行してくれる。

アラネアは実に察しがよく、彼女には帝国のディザストロとルシスのメディウムが同一人物であることがバレても交渉の余地があるのだ。

なにより、友として騙し続ける事への罪悪感が大きい。

ノクティス達との旅でメディウムも心情の変化があった証拠であり、本人も受け入れていこうと思っている。

 

閑話休題。

 

兎にも角にも、まずは慈王の盾を回収するためダスカ地方にある西の森へと向かった。

 

 

 

 

 

 

「グラディオ…そこはやめてくれ…いたぃ…。」

「わ、わり。服の上からじゃ分かんねぇ。」

「大丈夫?もう、グラディオがきつくするから。」

「俺が悪いのかよ。」

 

身じろぎするグラディオラスの動きに合わせて愚図るメディウムをプロンプトが慰める。

誤解される前に訂正しておくが、車内の後部座席での健全な出来事である。

 

レガリアで移動する際、問題になったのが"メディウムはどこに乗るか"問題。

一番面積をとるグラディオラスは助手席はきついらしく、かといって運転するのもノクティス達が信用ならないと。

ならば誰が運転するのかと聞けばイグニス一択。

グラディオラスが後部座席、イグニスが運転席で決まったところでプロンプトは写真が撮りたいから助手席がいいと申し訳なさそうに手を挙げた。

年下に甘いメディウムは断れるはずもなくノクティスは元々メディウムの隣一択。

 

結果的に運転席にイグニス、助手席にプロンプト。

運転席の後ろからノクティス、メディウム、グラディオラスの順番に座ることとなった。

 

そこで誰も予想しなかったことが起こった。

 

あまりの狭さに肩と肩がぶつかるのだが、後ろのバンパーに座るという発想がないメディウムとグラディオラス。

その方が広いのはわかるが隣に座りたいノクティスでレガリアに揺られること数分。

最初のうちは多少狭くても涼しい顔で談笑しながら乗っていたのだがメディウムが黙り始めたのだ。

数分経って話しかけてもふるふると首しか振らない姿に流石におかしいと過保護ノクティスが問い詰めると、青ざめているのか火照っているのか微妙な顔で事情を説明した。

 

「や、火傷跡に擦れて痛い…。」

 

盲点であった。

普段服に擦れまくっているが、いつもゆとりのあるものばかり買うので大して気にしていなかった。

わざわざ自分で何かに密着して擦り付けるようなこともしない。

しかし、現在進行形で密着した状態での移動を余儀なくされている。

グラディオラスとノクティスが揺れ動くたびに、巨神戦で新たにできた二の腕の火傷跡が擦れる。

避けようとするために背中を後ろにつけると車の揺れで一番ひどい背中が擦れる。

下手に叩かれるよりピリピリとした不快な痛みが断続的に続く方が辛いのだとメディウムは学習した。

 

理性的に考えれば後ろに二十歳組と最年長が座った方がスマートに収まるのだが、写真が撮りたいプロンプトの要望と狭いと嫌がるグラディオラスに強く出られなかったメディウムの敗因である。

 

あまり身じろぎしないように二人が気を使ってくれているが一度感じてしまうと痛いものは痛く、ケアルで治療してみても痛い気がする。

その状況そのものに痛みを感じているようだった。

プロンプトが席を変わると申し出てくれたがひとまず耐えてみるが次乗る時は変わってくれとメディウム自身が却下し、青白いのか熱があるのかわからない顔で息荒く座っているのである。

慈王の墓所までそれほど離れていないから耐えられると判断したのだ。

 

アーデンによって若干の被虐趣味があるメディウムは痛みによる興奮作用が無意識のうちに発動しているが、本人は全く悪気がない。

過保護ノクティスが心配そうに肩を抱いているため多少楽にはなったが、それでも息荒く車内で耐えることとなった。

 

「ほんとに大丈夫?」

「だい、じょうぶだ。墓所までさほど、遠くないひ…。」

「呂律回ってないぞ。そんなに痛いのか。」

「ノクトが介抱する上に心配するとか、成長したなぁ。」

「おい、現実逃避するな。」

 

過保護ノクティスがメディウムにバンパーに乗ることを提案。

それを先に言えと怒られ、雨の日は屋根を出すからできないとイグニスに咎められて絶望するメディウムがいたのは別の話である。

 

 

 

 

 

 

 

色々あってやっとの思いでついた慈王の墓所まえのパーキング"セクルム峠"でぐったりとするメディウムが回復するのを待って王の墓所へと向かう。

獣道のように最低限踏み固められた道を進めば案外あっさり見つかった。

探そうと思って探さなければ分からない場所だが、ダンジョン内部にあるよりはるかにマシである。

 

コルに渡された鍵で中へと入り、ノクティスが力を借りる側でメディウムの説明が入った。

 

「たしか、内政に力を入れて王都の民に愛された女王のファントムソード…いやシールドだったか。後にも先にも殺傷能力より防御を重視したのはこの女王一人だな。」

 

手をかざせば、ふわりと宙に浮きノクティスの内側へと入る。

拍子抜けするほど簡単だったがまた一つ、真の王に力が宿った。

手を握り込めば守るための力を実感する。

これからさらにその力が強大になるのだから身が引き締まる思いだ。

兄を超える力が全て借り物なのは納得いかないが、王としての務めを果たさねばならない。

 

「次は覇王だったか。」

「ああ。っとあれ。コルからだ。」

 

ノクティスがメディウムに覇王の大剣の場所を聞き出そうとした時、ピリピリと電話が鳴る。

コルからの着信だと一言断りを入れて、メディウムはスピーカーの状態で会話を始めた。

 

「どうしたんだ。連絡してくるなんて。」

「ーー覇王の墓所についてお耳に入れたいことが。」

 

モブハントを必要な分だけ終えたら連絡をくれと今朝方メールしたが、それにしては早すぎる。

何かこちらの事情に関わる情報だろうとあたりをつけたが案の定であった。

内容はかなり重要なもので覇王の大剣は"コースタルマークタワー"と呼ばれる古代遺跡に潜む、シガイに持ち去られていたらしい。

持ち去られたのはアーデンが複製した鍵で解錠した後の話で、見事に荒らされていたとのこと。

メルダシオ協会からの情報のため、嘘ではなさそうだ。

連絡をくれたコルは伝えることは伝えて電話を切ったため、忙しかったのだろう。

こちらはこちらで今後どうするかを話し合うことになった。

 

「じゃあ、その覇王の大剣はコースタルマークタワーってところにあるの?」

「そうなる。遺構の森に残された、旧時代の遺跡のような建物なんだが…あそこはちょっと…まだ早い。」

「そんなに危ない場所なのか?」

「ボスらしき生物がいるんだが、それがシガイではなく野獣なんだ。神話に名高いジャバウォック。その変異個体が住み着いている。今のノクティス達では勝てるかも怪しい。」

 

まるで遭遇したことがあるような口ぶりだが、腕試しのためにコースタルマークタワーに潜ったことがある。

最深部にこそ到達したが、あまりにも迷路な上に疲労がひどくでジャバウォックを目前に敵前逃亡した。

 

経験が少ないノクティス達ではまず勝てる見込みがない。

タワー自体に厄介なギミックが多くシガイも強い。

持ち去ったのがタワーのシガイでもジャバウォックに殺されて奪われている可能性もある。

神話にも度々登場するジャバウォックと戦うのははっきり言って無謀。

予定変更で別の王の墓所に回ることを推奨した。

 

自分たちにはまだ早いというならば他でも構わないかと全員が同意する。

いずれ行かなければならないが、他のダンジョンで経験を積むのも一つの策である。

 

「次の候補はどこだ。」

「クレイン地方の南西、メーダ川を越えたさらに先に広がる所…マルマレームの森だ。」

 

神凪と関わり深く、六神に礼拝した真の王に最も近かったはずの王。

"聖王の杖"を授かりに、マルマレームの森へと向かった。

車の席問題はメディウムが助手席で今後も決定した。

 

 

 

 

 

 

マルマレームの森は鬱蒼と生い茂る森林の中のさらに奥に存在する、光があまり届かない場所。

ジャバウォックほどではないが神話に登場するバンダースナッチが最奥に巣食っているとの噂を耳にした。

その最奥に王の墓所もあるため試練として乗り越えるしかない。

 

チョコボレンタル期間のため、ひとまず車が停められるマルマレーム森前のパーキングまで進んだ。

標の場所も確認できたところで日が傾いてきたため、本日はここでキャンプとなった。

 

不平不満を漏らすノクティスとプロンプトに川があるから釣りでもして食材提供しろと、標から追い出しグラディオラスのテント設営を手伝う。

イグニスは魚料理にする気なのか、炭火焼の準備を始めた。

四人の寝袋や椅子とは別にレスタルムで買い足したメディウムの椅子と寝袋もセットして準備完了。

 

あとは釣りから帰るのを待つだけなのだが、完全に陽が落ちても釣りバカ王子が帰って来なかった。

 

「あの釣り馬鹿帰ってこねぇな。」

「夕飯が遅くなってしまう。メディ。呼びに行ってくれないか。」

「了解。全く。あいつらは何をしているんだ。」

 

子を待つ母親のようなイグニスに若干の苦笑いを浮かべ時間も守れない弟に呆れながらも軽快に少し高所にある標から飛び降る。

既に陽は落ちているためシガイに注意しながら川辺を目指した。

道なりを行ったところに木造の橋があり、そのさらに向こう側に釣り用桟橋があるのだ。

 

ひょいひょいと軽くステップを踏みながら川辺にゴロゴロと転がる岩場を飛び抜けて向かうと、無心で釣りをする馬鹿王子とアプリゲームに熱中する一般人発見。

戦果なのか予め用意された入れ物に、ビチビチと何匹かの魚が跳ねていた。

これ以上釣られても食事に困るだけなので、携帯から目離さないプロンプトの頭を強めに叩き釣竿を握りしめるノクティスに蹴りを入れた。

魚はヒットしていなかったため、早急に糸を引き上げて不満げにこちらを見る。

 

「あと、あと一回…!」

「ダメに決まってんだろ。魚だって生きてんだから。食べる分だけ確保。」

 

頭を抑えてうずくまる一般人の首根っこと釣りバカ王子の耳たぶをつまんで標へと強制連行をする。

抵抗しようとするたびに首の皮や耳たぶを捻りあげるので、そのうち大人しく引き摺られていった。

王の力をまた一つ宿した人間とは思えない体たらくである。

やはりダンジョンにある方が手に取った時の気合も格段に違うのだろうか。

どちらにせよ力を証明するためにアーデンとデスマッチ入りまーす状態だったのでメディウムからすればどのファントムソードも過酷だった。

 

ひとまず時間を守れない悪ガキ供を母親イグニスに突きつけるべく、兄メディウムはゴツゴツした岩場の中を容赦なく引きずった。

鬼の所業ここに極まれり。

 



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マルマレーヌの森 前編

「おはよう。イグニス。」

「おはようございます。メディウム様。」

「敬語が出ているぞ。」

「おはよう…メディ。」

 

まだ朝日が眩しい早朝。

川が近い為か霧が濃い。

朝食のために早起きする人の気配で目が覚めたメディウムは挨拶をする。

朝の気が抜けている時間だからか、昔からの癖である丁寧な口調を取られてしまった。

苦笑いで訂正を促すと律儀に言い直すのだから微笑ましくなる。

自分の代わりにノクティスの兄を務めてくれていたイグニスは第二の弟のような気分だった。

どちらかというと小うるさい母親の方が近い気もするが。

 

「手伝うよ。何を作っているんだ?」

「野菜たっぷりシチューだ。昨晩はノクトが野菜を残したからな。」

「あー、相変わらずイグニスに食べて貰ってるよな…。」

 

トントンと野菜を細かく切る音を聞きながら、クリームソースを混ぜる。

チビチビと味見しながら、塩胡椒とコンソメを足していく。

頼んでおきながらもメディウムの手慣れた様子にイグニスは感心した。

王子同士でできることの格差が半端ではない。

 

「料理はしたことが?」

「王都を出てからずっと。最初はノクトみたいに野菜嫌いだった。」

 

昨日のバタードバラマンディに添えられた野菜をひょいひょい口に放り込んでいたので、まさか嫌いだったとは思いもよらない。

揚げられたバラマンディの切り身とポテトを退けて優先的に食べていたが、嫌いなものは先に食べるタイプだと笑って付け足した。

喋りながらも手を緩めない上に片手でエピオルニスの卵を割って目玉焼きを作り始めた。

器用に手のひらの上にあらかじめ油を引いたフライパンを乗せてファイアで焼いている。

曲芸でも見ている気分だ。

 

「便利だろ?コンロいらず。これこそ魔法の平和的使い方。」

「いや、まあ確かに平和的だが…。」

 

いいのか、それで。

地味に火加減もしやすいらしく半熟目玉焼きを五つ作り上げている。

ホワイトソースも出来上がったのか、イグニスが切り終えた野菜を煮込み始めた。

これではどちらが手伝っているのかわからない。

軍師だけではなく料理の手際でも勝てないのかと軽く落ち込みそうになったが、見かねたメディウムが皿だしをするから代わってくれと押し付けた。

両手がふさがる為フライパンのそこには氷の造形魔法の上にファイアが敷かれ、焦がさない冷めない温度に保たれている。

氷の造形魔法は机を焦がさないためのものだろう。

どうなっているんだあれ。

 

「その、ずっと気になっていたのだが聞いてもいいか。」

「答えられるかは別で。聞いても構わない。」

「どんな生活を送っていた?」

 

ピタリと一瞬だけメディウムの動きが止まる。

その反応で言いたくないことなのは察せた。

しかし、どうしても気になる内容。

かの王子は外の世界のどこでどんな風に育ったのか。

 

「どことは言えないが普通な生活だ。学校で学んで、高校を出たら顎で使われる社畜。安月給で残業代なし。休日出勤当たり前。とんでもないブラック企業で数年働いた。」

 

王子としては異常だが、一般人ならば当たり前の生活だろう。

単純に学校があるような都市にいたことになる。

レスタルムのような集合地帯や他国のテネブラエ、水都アコルドという可能性もある。

場合によっては帝国も。

安月給で残業代なしなのはどうかと思うが、その合間に帝国の情報を見聞きしてくるならば恐ろしい精神力と忍耐力である。

 

その仕事場に情報がゴロゴロ転がっていることなどイグニスは知らない。

 

「世話をしてくれる人はいたが小さい頃だけだ。それも割と適当。文句言ったら食うもんなくなるから野菜嫌いも荒治療。そのうち料理もするようになったな。」

 

出来上がった野菜たっぷりシチューを皿に盛り付け、焼きあがっていた目玉焼きを残っていたバラマンディの切り身焼きの横に添えた。

いつのまにバラマンディを焼いたのかわからないがクリームソースに浸されてとても美味しそうだ。

小さい頃は温かい食事が恋しかったな、とシチューを五つ並べる。

 

王子だろうがシガイだろうが扱いが変わらない例の赤毛のおじさんは小さい頃こそ適当にカップラーメンやら惣菜やらを置いていった。

しかしだんだん大きくなるにつれて食材を冷蔵庫に投げ込んでおくだけというとんでも行動に出始め、最終的にメディウムが腐らせないように調理することになってしまった。

死なない程度に食べられる料理が食卓に並ぶようになったら突然出張に行き始めた。

今思えば生かして置ける程度に教育する気はあったということだろう。

 

料理本をこれ見よがしに机に置くとか、タブレット端末にレシピサイトのアプリケーションを入れるとか、食材を一週間分冷蔵庫に意味もなくぶち込むとか遠回しに作れと促していた。

 

「お、早起きじゃねぇか。」

「二人共早いね。」

「おはよう。グラディオ。プロンプト。」

「朝食はできている。ノクトを起こしてくれ。」

 

話が途切れたタイミングでテントから出てきた。

グラディオラスの肩をすぼめる仕草を見るに、会話を聞きつつタイミングを計っていたようだ。

聞かれても問題ないと片手を軽く振り、腕時計を確認する。

朝の六時きっかり。

朝食をとるにはちょうどいい時間だろう。

 

「王様を起こしますかね。」

 

フライパン保温用に設置していた氷とファイアを融合させ、水に変換。

ぬるめのお湯が出来上がったところで、のんきに眠る王様の顔面にぶちまけるべくテントをくぐった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

モーニングコールと同時に洗顔が施されてスッキリしてしまったノクティスは、言われるがままされるがまま朝食を取り、身だしなみを整えチョコボにまたがっていた。

メディウムとイグニスの見事な連携により、目覚めがスッキリしている。

しかし、不機嫌にぶすくれているのが現状だった。

 

「何が気に食わなかったんだろうな?」

「顔面に水かけられて、野菜だらけの朝飯食わされれば不機嫌にもなるわ!」

「俺の素晴らしい一発芸が役に立っただろう。ファイアと吹雪によるドライヤー魔法など世界中探しても俺しかできないぞ。」

「そんなくだらない魔法を考えるのは世界中探しても兄貴しかいねぇよ!」

「褒めるなよ。」

「褒めてねぇよ!!」

 

兄弟によるコントが開催されているが、内容が激しくどうでもいい。

ドライヤー魔法に関しては、地味にプロンプトが強請って使っていたがそれぐらいである。

確かに便利かもしれないがルシス王家にしか使えない魔法でやるのはどうかと思う。

朝から兄のボケに付き合わされ、謎の疲労感がノクティスを襲う。

 

そろそろ真面目に働こうと、メディウムはマルマレームの森へ向かうべく黄色のチョコボに跨った。

 

「昨日の釣り堀手前の橋を渡って道なりに行けば王の墓所だ。お前らなら苦労しないと思うが…気は引き締めてけよ。」

「兄貴が言うと説得力ない。」

「一番緩そうだよね…。」

「俺は踏破済みだからな。そのかわりボスは撃破していない。後から来るであろう弟の試練のために半殺しで見逃してやったのさ。」

「いらねぇ気遣い!」

 

何年前に踏破したのかは定かではないが、道を知る者がいるのは心強い。

ダンジョンで最も困るのは迷うことである。

標があるマルマレーヌの森はまだいいが、何もないただの暗い洞窟などはシガイを警戒しながら出口を目指すか目的を達成するかを選ばなければならない。

満身創痍の状態でボス級のシガイに遭遇したら目も当てられない。

 

今回は野獣ばかりが出る難易度の低いダンジョンであることはメディウムが把握済みなので、そこまで警戒することもない。

怪我をしないように、はぐれないように進むだけで十分だろう。

 

「ダンジョンに入る前に野獣にも遭遇すると思う。回避を推奨するが、どうする?」

「ダンジョンに潜ってポーションが足りないってのはまずい。できれば避けたい。」

「ではチョコボで駆け抜ける。ちゃんとついてこいよ。」

 

チョコボの首筋を撫でて、走るように手綱を握るメディウムを四人が追いかける。

宣言通り、チョコボを全力疾走させている。

 

置いてかれてたまるかと四人もチョコボを走らせるが、先を行くメディウムは扱いが難しい全力疾走で全く詰まらずにメーダ川の橋を駆け抜けている。

どんな運転技術を持っていれば木々が立ち並ぶ、うねうねとした道しかない森林の道を外れることなく操れるのか。

若干詰まりながらも追いかける四人は川を越え、上りのカーブをドリフトで曲がるメディウムに呆気にとられた。

 

流石に真似できない。

動作をするチョコボもどんな気持ちなんだ。

車じゃないんだぞ。

 

それぞれの心中が疑問符でいっぱいになる頃には、マルマレームの森ダンジョン入り口まで辿り着いてしまった。

所要時間、わずか数分。

チョコボってそんなに早く走れるんだと遠い目をした四人は、無意識にそれぞれのチョコボを撫でる。

ついていけただけで自分たちのチョコボを褒め称えたい気分だった。

 

爽やかな笑顔を浮かべるメディウムは、見事に荒い運転に答えてみせたチョコボを撫で回しそっと降りる。

アーデンに車の同乗時運転禁止を命じられる理由の片鱗がうかがえた。

本人は無自覚で、なぜかプルプルと震えるチョコボの首を撫で回し近寄ってきた四人にチョコボから降りるように指示を出す。

ダンジョンなどはチョコボ自身が危機感を感じて、嫌がるのだ。

無理に連れて行く必要もないため、ダンジョン外で待機してもらうか一旦チョコボポスト・ウイズに帰ってもらった方がいい。

今回は帰りもお願いするため、野獣が寄ってこない限り待機してもらうことにした。

 

「てな訳でダンジョンだ。どんどん行くぞ。」

 

ピクニック気分のメディウムはスタスタと森の中を歩いて行く。

置いてかれまいと、四人も小走りに追いかけるが入ってすぐに野獣らしき存在が出迎えた。

歩く植物のようなモンスター、マンドレイク。

シガイとは違い、野獣に分類される。

 

雄たけびで周囲に混乱を与える攻撃には注意が必要だが、こちらにまだ気づいていない。

メディウムはイグニスに指示を仰いだ。

知識量を測る意味合いもあるためどんな敵なのかは教えない。

混乱状態になると、見境なく攻撃してしまうがマンドレイクの声は一定の音量がなければ意味がない。

範囲がきちんとある。

混乱防止装備や万能薬、気付け薬もあれば簡単に対処できる敵だ。

 

「イグニス。作戦任せた。」

「…マンドレイクか。少し後退し始めたら雄叫びで混乱の状態異常を仕掛けてくる。大袈裟なぐらい下がれ。」

「こっちには気づいてないみたいだね。銃は効く?」

「よく効く。火や斬りつけられる片手剣が有効だ。いつも通り仕掛けてくれ。」

 

十分王都で勉強してきたらしいイグニスにひとまず及第点、と心の中でつぶやいて愛剣"クラレント"を召喚する。

ノクティスがマンドレイクにシフトブレイクすると同時に、メディウムは上空にシフトし、マンドレイクの上空から剣先を突き立てた。

よろめいたマンドレイクにすかさずプロンプトの弾丸がめり込む。

風穴が空いたマンドレイクにグラディオラスが大剣を叩き込めば、あっけなく地に伏した。

 

楽勝だった事に四人がホッとする中、メディウムはマンドレイクから何かをむしり取る。

パタリと倒れたマンドレイクの頭部には花が咲き誇っていたのである。

割とえげつないことをするメディウムにノクティスが引き気味にその行動を問う。

 

「それは?」

「マンドレイクの花だな。観賞用でそれなりの高値で売れる。」

 

花を選別するかのように眺めるメディウムはちらりとイグニスを見て、答えなかった。

察したイグニスは代わりに答えを出す。

メルダシオ協会のハンターなどから仕入れるマンドレイクの花はとても美しいため、持ち込めば宿代ぐらいにはなる。

メディウムは全く別の目的で採取したようだが。

 

「これはマジックボトルで魔法を精製するときに使える素材。混ぜれば五回連続で魔法を発動させられる。」

「この花が?」

「かなり強力だ。あとで試してみるか?」

 

興味はあるが遠慮した。

メディウムが精製するマジックボトルは才能の所為か、ノクティスが精製するより遥かに強力になる。

それが五連続で飛んできたら最悪こちらにも被害が来る。

狭いマルマレーヌの森に爆薬を持ち込む気にはなれなかった。

 

立ち上がったメディウムを先頭にソロソロと前に進むと、また別の敵を発見する。

今度は全員が目視したが、敵側も気づいたようだ。

 

「ソルジャーワスプ、混乱するガスを放ってくる。毒針も持っているはずだ。安易に近づくなよ!」

「おススメは槍とダガー。氷が効くが狭いからエンチャントで我慢してくれ!」

「軍師が二人もいると心強いわ!」

 

主な注意事項と作戦をイグニスが、補足と補助をメディウムが受け持つことでうまく立ち回れる。

槍に持ち替えたノクティスに氷のエンチャント、弾丸や大剣にも施して、最後に自らも槍を取り出す。

"アイススピア"と呼ばれる氷属性があらかじめ付与された槍。

さらに重ねがけのエンチャントをかけ、シフト魔法で空中へと舞い上がる。

イグニスもエレメントダガーを取り出し、氷のエンチャントをまとった。

 

手前に二体と奥に一体。

さらに奥に三体。

メディウムの記憶が正しければ、この先に川があり標がある。

手前の二体は四人に任せるとして、奥の一体を片付け次第残りの三体をひっぱってくる事にした。

 

素早く奥のソルジャーワスプにシフトブレイクし、頭部を粉々に砕く。

生き絶えたのを確認次第、後ろを見ると四人が二体を瀕死に追い込んでいる。

そのまま奥に突っ込んでも問題ないと判断。

さらに奥にたむろするソルジャーワスプの一体に空中戦を仕掛けた。

 

棘だらけの鎌を振るソルジャーワスプを避け、ジリジリと後退。

四人が駆け寄ってきたのを足音で把握し再び上空に槍を投げる。

続いてノクティスが飛び上がり、プロンプトが距離をとり、イグニスがいったん離れた瞬間。

 

ソルジャーワスプの一体の注意を引こうと駆け寄ったグラディオラスが盛大に混乱のガスを被ってしまった。

 

「グラディオ!!」

「マジか!派手に行ったな!」

「感心している場合か!」

 

空中にいるメディウムとノクティスはともかく、地上にいるしかないイグニスとプロンプトが危ない。

混乱中は敵味方問わず攻撃してしまうだろう。

大剣を振り回すグラディオラスに気付け薬を投げつけるか迷うが、それよりも敵を残滅して時間経過を待つ方が良さそうだ。

 

胴体を真っ二つにしたソルジャーワスプから離れて、残り二体を手分けして倒す。

生き絶えて地上に落下したソルジャーワスプ三体を尻目にグラディオラスに駆け寄る。

大剣は既にしまっているが、混乱は解けていないようだ。

 

「グラディオ、大丈夫か?」

 

佇むグラディオラスの腹筋をペチペチと叩くと思わぬ声が聞こえた。

 

「チヤァァ!」

 

「…は?」

「え?」

「ん?」

「あ?」

 

上から順にメディウム、イグニス、プロンプト、ノクティスである。

いかつい声のグラディオラスが裏声のように高い声で謎の奇声をあげた。

理解が追いつかないが、とりあえずなんとかしてくれそうなメディウムに視線が集まる。

 

「混乱、しているな。気付け薬あるか?」

 

一旦。スルーの方向で行くらしい。

ついでに見苦しいので惜しげも無く気付け薬を口に突っ込んだ。

瓶の中に詰まる液体のため無理やり流し込んだが、こればかりは仕方ない。

 

しばらく様子を見ると、パチクリと何度か瞬きをして正気に戻ったグラディオラスができあがった。

 

「あー、すまねぇ。混乱してたな。」

「記憶はあるよな?よし、選択肢は二つ。爆笑されるのとスルーなのとどっちがいい。」

「…スルーでお願いします。」

 

鬼か、と思うような選択肢が一つあったがもちろん選ばれなかった。

色々と疲れた一行は標にて休息をとることにした。

ついでにグラディオラスの名誉のために色々なかったことにしておいた。

 




主人公のアビリティ"魔法精製"はノクティスが精製する時より効果を二倍にして精製できます。
ゲームシステム的にAP99必要。

マルマレーヌの森で割と苦戦した混乱の状態異常は、載せるか迷ったのですが素晴らしい奇声のために一人犠牲になりました。
ドンマイ。


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マルマレーヌの森 後編

標でアイテムの確認と装備の確認を済ませた一行は、冷たい小川を進みパワーシザーの群れを軽々撃破。

滝の横側にある進める道を敵に遭遇することなく進行した。

この先にも複数のマンドレイクやソルジャーワスプに襲われた覚えがあるメディウムは、生物が近寄った痕跡すらない奥地に警戒し始めた。

 

「パワーシザー以来、何も襲って来ないな。ここの付近に野獣は生息していないのか。」

「そんなわけないだろ。ここは森だぞ。普段人が入らない分、野獣がそこら中にいてもおかしくないぜ。」

「でも本当にいないぞ。」

「それってもしかしてヤバいってこと?」

 

四人も明らかにおかしい森の状態に不審がる。

人の手が入りにくいマルマレーヌの森最深部付近は野獣が群がるほどいても不思議ではない。

 

ふと、少し先を行くメディウムの足が止まった。

 

「兄貴、何かあったか?」

「まずい。これは非常にまずいぞ。俺の半殺しのせいか、あの野郎の悪戯か知らないが最悪だ。」

「ヤバいのがあるのか?」

「この奥には枯れ木しかないひらけた丘がある。俺が半殺しにしたボスがいる。その時は種族が曖昧な子供だったんだ。その何年かあと風の噂でバンダースナッチがこの森に住み着いているって聞いたから、てっきり"ただのバンダースナッチ"がいると思っていたんだ。」

 

ただのバンダースナッチでも十分脅威になりうるが、メルダシオ協会には目をつけられなかった。

マルマレーヌの森から出て来なかったからだ。

人に被害を与えないならば干渉せず、お互いの生活をすればいい。

そのおかげかせいなのか、誰もバンダースナッチの様子を知り得なかった。

 

幾度となくジグナタス要塞で聞いた寄生虫がはびこる粘液質な水音。

独特の悪寒。

間違いない。

 

「バンダースナッチが…。」

 

言いかけて、メディウムは止まる。

シガイは嫌光性(けんこうせい)という、光を嫌う本能があるため暗い場所から出ない。

その点バンダースナッチがいる丘は光を遮るものがないため、シガイにはいづらい場所だ。

だが、稀に獣としての基盤を有したまま力だけを手に入れる特殊な個体がいる。

そういう"才能"なのだとアーデンは語っていたが嫌光性を克服するほどの才能持ちはほとんど知らない。

 

仮にバンダースナッチに才能があるとして。

野獣達はバンダースナッチに襲われたか、異変を感じて住居を遠のかせたのだろう。

川がある場所は清らかなものがあるのか、シガイが嫌がる。

パワーシザーが生息していた地帯までが安全ならば野獣達の生息圏が奥にないことの辻褄があう。

 

「あれ。これ、コイン?」

「神凪就任記念硬貨だな。」

「またかよ。」

「また?別の場所でも拾ったことがあるのか?」

 

足を止めたメディウムの少し先、草むらの岩場の上に置かれた神凪就任記念硬貨を見つけたプロンプトは駆け寄って拾い上げる。

光に反射する硬貨は多少の期間置かれてはいたが昔からここにあるものではないようだ。

汚れこそあれども水気のある森でカビすら生えていない。

なによりも帝国軍関係者かテネブラエの上層部しか手にできない硬貨がなぜ。

またということは、今まで何度も拾っているのだろう。

 

「他のダンジョンとか、街とかで拾った。」

「行く先々にあるんだよー。」

 

それがどうした、というノクティス。

拾ったコインをイグニスに渡しながら不思議そうにプロンプトが付け加える。

神凪就任記念硬貨は帝都とテネブラエで配布されたものだが大体の硬貨をアーデンが回収していたはずだ。

ルシス国内にバラまけるほど生産数だって多くない。

嫌な予感とともに頭の中に先日聞いた言葉が蘇る。

 

ーーちょっかい出し足りないからね。ーー

 

意味深に笑った赤毛のおじさんは、まさかわざわざ種をまいて回っているのか。

 

「メディ。この先に何がいるんだ。」

 

余計なことをしてくれる、と舌打ちしたメディウムを見かねてイグニスが声をかける。

ハッと我に帰ったメディウムは一旦深呼吸をして四人に向き直る。

当初予定していたボス戦より苦戦することになりそうだ。

 

「居るのがバンダースナッチなのは間違いない。ただし強さは格段に上がっている。」

「色々聞きたいが理解した。では作戦を立てよう。」

 

バンダースナッチ。

恐竜のようなモンスター。

巨大な牙と長い尻尾が特徴。

神話に登場するが種としての生存を確立できなかったため、現在確認されて居る個体は二体ほど。

効果がある武器は槍、マシンナリィ。

雷属性が有効。

攻撃の一つ一つが強力なため、ヒットアンドアウェイ戦法が推奨される。

 

「この場合、プロンプトはマシンナリィ。ノクトと俺とメディが槍を持って雷のエンチャントをするべきか。」

「その前に初撃でかなり弱らせたい。全員でサンダガのマジックボトルを投げ入れるのはどうだ。ちょうど採取したばかりのマンドレイクの花が二つある。」

 

一つの花で三つはボトルが作れる。

レシピに関しては魔法の才があるメディウムに一任された。

必ずや最高の爆発をお届けする、と素晴らしい笑顔でエレメントを詰め込む作業に入ったため警戒しながら装備とアイテムの確認を行う。

買い込んだハイポーションが数十個、ポーションが数個、状態異常回復系が五つずつ。

バンダースナッチの強さは計り知れないが、単独で動けるルシス王族が二人もいれば撤退は余裕だろう。

 

それぞれがすぐ回復できるようにいくつかのポーションを持ったところで五連サンダガが完成した。

一つずつマジックボトルを持って、森の最奥地へと足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

ひらけた丘の上に枯れ木が数本生えた最奥地の真ん中に、ボスは悠々と待ち構えていた。

 

半身はバンダースナッチの身のまま保たれ、半身は無数の紅い花のような棘に包まれている。

恐らく、半分シガイに負け半分才能が勝ったのだろう。

こちらはすでに発見されているが襲ってくる様子は見えない。

しかし、このまま放置もできない。

シガイ化してしまえば脅威としていずれ何者かに討伐される。

今か先かの違いであれば勝算のある今が優先だ。

 

先を行くイグニスの合図で全員が一斉にサンダガのマジックボトルをバンダースナッチに投げつける。

避けることもしないバンダースナッチを不審に思いつつも距離を取り、ノクティスとメディウムがマップシフトで取り囲むように両脇に構えた。

 

五つのマジックボトルは空中で弾け、落雷もたらす。

一つ一つが轟音とともに地面を焦がしバンダースナッチを切り裂く。

合計二十五回も喰らえばよろけるだろうと遠慮なくエレメントを詰め込んだ。

読み通り一発も外れることなく命中したサンダガにより、多少よろけたバンダースナッチだが思うより体力は削れなかった。

枯れ木にぶら下がったままのメディウムが持ち替えたドレインランスを投げつけようとしたその時。

 

「ぐぁっ!?」

 

突然襲った耳鳴りと頭痛に呻き、枯れ木が揺れる。

呻き声に反応したバンダースナッチは煙が舞う爆心地からのそりと顔を出す。

守るように巻きついていた赤い棘が、蔦のように伸びメディウムに襲いかかった。

ギリギリのところで別の枯れ木に短剣を投げマップシフトをし、刺さったままのドレインランスを消す。

 

獲物がいなくなった枯れ木をなぎ倒した蔦はしばらくその場をウヨウヨと漂った。

 

シフトを多用することでヒットアンドアウェイ、雷のエンチャントによる効果で素早く移動しつつ同じように攻撃を繰り返す四人は蔦を避けたメディウムの様子がおかしいことに気がつく。

ぶら下がりながら片手で頭を抑え、歯をくいしばる姿は明らかに具合が悪そうだ。

獲物を見失っていた蔦が、再び小さく呻いたメディウムを見つけ襲い掛かる。

避けるのが遅れ、咄嗟の判断で召喚した盾ごとメディウムは地面に叩きつけられた。

 

一番動けるノクティスは空中である以上バンダースナッチの注意をひく役目を担っているため、身軽なプロンプトがメディウムに駆け寄る。

 

「メディッ!」

 

掠っただけとはいえ棘だらけの蔦を盾で捌ききったメディウムは放心状態で地面に転がる。

焦点の合わない目で玉のような汗を流す姿は異常だ。

何かしらの状態異常かとも思ったが、錯乱状態という方が近い。

蔦は叩きつけたメディウムに追い打ちをかけようともせず、本体に戻ろうともせずメディウムのそばで静止した。

 

「どうしたの!?ええっと、ポーション!?万能薬!?」

 

お前が落ち着けと突っ込まれそうなプロンプトの慌てぶりに、少し落ち着いてきたメディウムは動揺しながらも体を起こす。

今も三人と激しい戦いを繰り広げる本体とは全く別の生き物のようにうごめく蔦を、信じられないものを見る目で見ていた。

 

この時メディウムはとある個体と会話をしていた。

蔦の"元"であり種としての本質を同じくするもの。

ジグナタスで管理されていたシガイ達の中でもアーデンしか知らなかった二個体の一つ。

 

ーーナカマ?ーー

違う。シガイじゃない。

ーーサイノウ?ーー

侵されれば化け物になるだけだ。

ーーデモ、オナジ。ーー

 

メディウムが呻いた時、蔦は頭痛とともに言葉を届けた。

"ナカマ"と叫びながら捕まえようと迫ってきたのだ。

その言葉に脳内で否定をし、人間であると訴え続けている。

しかし、問いが何度も巡るばかりで会話が成立しない。

意志がある蔦はメディウムに理解してもらおうと言葉を重ねる。

 

ーーイル。ーー

何がいるってんだ。

ーートクベツ。オウサマ。ーー

王様?シガイの?

 

棘の蔦は、メディウムの左足から左腕に巻き付く。

近場で見なければわからない、うごめくような赤黒い棘に一瞬たじろぐが傷つけようとする悪意は感じられない。

棘は解けるようになくなり、メディウムの左腕を蔦の先が撫でる。

 

ーーオナジ。ーー

 

堂々巡りの問答に戸惑う。

このまま繰り返しても埒が開かない。

バンダースナッチとの戦闘は継続している。

戦うと決めた以上、戦線に復帰しなければ。

 

「大丈夫?」

 

蔦が怖いのか、控えめな声で確認するプロンプトに礼を言い、クラレントを召喚した。

蔦を剥がしうねうね動くそれを見る。

この特殊な蔦もシガイだ。

意思疎通が図れてもシガイ。

化け物でしかない。

 

「お前が何言っているのかはさっぱりわからない。俺は人間だ。仲間じゃない。」

 

はっきりと言葉にする。

蔦はうねうねと動いて残念そうに巻きついたままの左足からメディウムを勢いよく持ち上げた。

逆さまになったメディウムはクラレントで足の蔦を剥がそうとするが、ビクともしない。

 

ーーザンネン。ーー

 

心底残念そうな言葉とともに、地面へと叩き付けられた。

 

「兄貴ッ!」

 

クレーターができるほどの強さで叩き付けられたメディウムは土埃をあげながら倒れ臥す。

手から離れたクラレントはクリスタルのように砕け、消えていった。

意識がなくなった場合、武器召喚された武器は強制的に送還される。

ピクリとも動かなくなった姿にノクティスは青ざめ、シフト魔法で助けようと近くの地面へと降り立った。

 

蔦はメディウムに巻きつき、何かを探すように蠢いていた。

 

「兄貴から離れろ!!」

 

巨神の時にのようにファントムソードを全身に纏う。

いくら硬い蔦でも歴代王の武器の威力には勝てず、メディウムから剥がれていく。

棘が這いずり回ったため、体はボロボロになっている。

衝撃により意識はなく慌てて体を確認するときちんと胸が上下していた。

 

ひとまず安堵はしたが蔦は執拗にメディウムを狙い続けている。

このままではジリ貧だ。

案外軽いメディウムを担いでノクティスはイグニスの下まで下がることにした。

蔦に怒りを感じているがそれよりも兄の安全が最優先である。

 

人を抱え上げたままのシフトなどしたことがないが、同じ王族のためかなんの抵抗もなく発動できる。

追いかけてくる蔦をシフトでかわしながらなんとかイグニスの下までたどり着く。

バンダースナッチは既に虫の息だ。

もしかしたら、蔦が栄養を吸っているのかもしれない。

 

「イグニス!兄貴の意識がない!」

「まずいな…応急処置をしたいが、この状況では不可能だぞ。」

「蔦ってバンダースナッチと繋がってるから、バンダースナッチ倒せば倒れてくれるんじゃないかな?」

 

蔦は完全にメディウムのみを狙っているのか、プロンプトはなんなく戻ってきた。

周囲をよく見るプロンプトは蔦がバンダースナッチを弱らせていることに気づき、栄養元を断てば運が良ければ一緒に倒される。

そう上手くは行かなくても力が弱まることだろう。

一人でバンダースナッチを引きつけているグラディオラスは会話が聞こえていたのか大声で叫んだ。

 

「早くこいつ倒しちまえばいい!あと一撃あればいける!」

「マジックボトルがメディのポケットに残ってないか?」

 

イグニスの提案にすぐさまメディウムの服のポケットを探す。

蔦の棘に見舞われても運良く爆発しなかった危険物のサンダガをプロンプトが掲げる。

もし運が悪かったらと寒気がしたが、今はそれどころではない。

 

「あった!」

「おっし!投げろ!どんとこい!」

 

引きつけていなければ的が動いてしまうためグラディオラスが盾を構えてマジックボトルの襲来を待つ。

放射線を描いて飛んだマジックボトルは五つの雷を伴ってバンダースナッチに直撃した。

ドッジロールで距離をとったグラディオラスは若干射程内だが上手いこと逃げ切れたようだ。

度重なるノクティス達の攻撃と弱点属性の雷による魔法で小さく咆哮をあげたバンダースナッチはドサリと倒れ伏した。

 

メディウムを探して彷徨っていたところで異変に気付いた蔦がバンダースナッチの元へズルズルと戻ってくる。

明らかに挙動が遅くなっている蔦はやがて地面に落ち、シガイのように黒い液体を撒き散らして消えていった。

その際メディウムがパッチリと目を覚まし、起き上がろうと呻く。

 

大変な戦いというより不思議な戦いだった。

 

「大丈夫か?どこか痛めているはずだ。」

「悪いイグニス。背骨がやられたがケアルで修復した。魔力切れで他の場所は治せない。」

 

切り傷が多いメディウムにハイポーションを渡し、飲ませる。

ノクティスがさらにケアルをかけるが傷は消えたようだ。

それでも痛むのか、立ち上がれず心配したノクティスが一番背の高いグラディオラスに背負ってもらう方がいいと提案した。

流石に嫌がったがイグニスやプロンプトも心配していた手前、無下にはできず立てない事実も相まって大人しく背負われることになった。

 

「うわっ軽っ!」

「すげぇ軽い。筋肉付いてんのに軽い。」

「ええ!?嘘!グラディオがゴリラだからじゃないの!?」

「誰がゴリラだ!…ゴリラってなんだ?」

 

突っ込んでおいてなんのことだかわからないグラディオラスに苦笑いしつつ、消えていった蔦が最後に残した映像を思い返す。

ジグナタス要塞のシガイを管理する檻の中で少年と会話をする少女の姿。

それを観察するアーデン。

少女の右腕には先ほど見た棘だらけの蔦が守るように絡んでいた。

恐らく蔦は少女だったのだろう。

ジグナタス要塞で行われていた"人間をシガイ化"させる実験の成果。

そのうちの一人が先ほどの蔦だったのだ。

 

才能のあるバンダースナッチに移植したのは、完全なシガイになるため。

少女だけでは栄養が足りなかった。

文字通り根を張ってとり憑いていた。

書類業務の中に似たような実験結果を目にしたことがある。

何も知らない少女は誰かの試験管ベビーと記載されてはいたが実験の片棒を担いだ者として責任を感じた。

命を守ったからには人として生きる権利はあったはずなのに。

 

グラディオラスに背負われたまま暗い顔をするメディウムが気になりはしたが、丘の奥に王の墓所を発見し四人はファントムソードを手に入れることを優先した。

 




主人公の仲間コマンド「Art is an explosion(芸術は爆発だ)
敵の弱点属性に対して威力や効果をランダムにマジックボトルを投げる。
ショボいのから巻き込まれるとヤバイものまで気分次第。

主人公の特殊スキル「病の呼び声」
事前に察知することでシガイとの遭遇率が若干下がる。
洞窟などそこら中にいる場所に関しては効果がない。
夜の探索などで効果的。
使用するごとに経験値がたまり、徐々に効果が増す。
虫除けスプレーみたいなもの。


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火山を目指して

ほのぼの回。


"聖王の杖"を入手し、メディウムはグラディオラスに背負われたままマルマレーヌの森を脱出した。

その間に魔力は回復したが叩きつけられた衝撃の傷が完治しておらず、再びケアルをかけ続けることとなった。

野獣がいる森で治療するよりも移動しながら治療した方が時間を有効活用できるというメディウムの発言により、チョコボに乗ってキャンプ地を目指す。

賢いチョコボは先を行くノクティス達について行くように指示をすればメディウムが操縦しなくても森を抜けられた。

寧ろ操縦されると困ると言わんばかりに、チョコボが早足についていった。

 

キャンプ地のテルギーの標は既にテントは片付けられているが一旦そこで情報交換をすることになった。

ケアルをかけ続けるメディウムはノクティスに支えられながら腰を下ろす。

 

「聞きたいことがあるだろう。答えられる範囲で答える。」

 

やはり全ては語ろうとしないがこればかりは頑なな為全員が了承し、ウズウズしていたイグニスが質問をした。

 

「先ほどのバンダースナッチに取り付いていた蔦、あれはシガイなのか。」

「そうだ。だがバンダースナッチとは別個体。」

 

栄養が足りないシガイは別のシガイから寄生虫を奪ったり、融合したりすることがある。

どうしてそんなことになるのかは解明されていないが変異個体などは、シガイが野獣から栄養を奪おうとする過程で生まれる。

意図的にけしかけられたにしても、変異個体と変わらない。

あのシガイは理性のある特殊な才能を持っていたがバンダースナッチの嫌光性を抑える才能と拮抗して理性が若干飛んでいた。

 

声が聞こえていたのはメディウムだけだがイグニスにありのまま説明した。

イグニスはしばし考え込んでから、考えるのをやめた結論を思い出す。

フォッシオ洞窟で撃退したナーガ。

言葉を話すシガイだったが、メディウムの説明通りであればなんらかの才能を有していた可能性がある。

しかし、その才能があったとしても言葉を話す過程には至らないはずだ。

つまりそれは。

 

「メディウム、一つ聞きたい。ーー人の言葉を話すシガイは?」

「どこかで出会ったか。」

「フォッシオ洞窟のナーガだ。体長も通常の一回りほど大きかった。あれは、元は人だったのではないか。」

 

ケアルをかけ終えた手で今度は氷のエレメントを渦巻かせる。

悲しそうな表情を見るにあまり聞いていて気持ちのいい話ではないようだ。

イグニスの予想が真実であると表情が伝えている。

徐々に造形されたのは一人の少女。

表情こそない人形だが、髪の長い少女は檻のような場所で本を読んでいた。

 

「イグニスの予想は正解だ。しかし、人がシガイになるにはかなりの寄生虫に侵されなければならない。それこそ、全身を覆うほどに。」

 

少女の全身に霜がかかる。

蠢くような霜はやがて少女を包み込み、その姿を隠す。

 

「その前に神凪の巡礼で浄化してもらえればいいのだが、間に合わなかった場合。」

 

ぱっきりと凍った霜は、徐々に姿を変える。

先ほど見た蔦のシガイが檻の中に出来上がった。

 

「こうして、人ではなくなる。」

 

メディウムはあの蔦も人であったと、伝えていた。

出来上がった蔦は半透明で、中の少女が透けて見えた。

氷の本は砕け散り少女の造形もどこかおぼつかない。

溶けたような両腕と砕けたような両足。

表情がない故に言い得ない悲しみを表現していた。

 

「こうなって仕舞えば救いようがない。人の言葉を喋っても、何か強烈な思い出による発言が多い。理性などもう、残ってはいないんだ。」

 

檻の氷にヒビが入り、ぱっきりと割れる。

自由を得た蔦は徐々に姿を変え、最後にはバンダースナッチと共に現れた。

そして最後には砕かれ、跡形もなくなった。

 

蔦の少女は理性を保てる才能だった。

アーデンと同じようにシガイをためらいなく受け入れられる体だったのだろう。

試験管ベビーであることを考えれば、アーデンの遺伝子を持っていたのかもしれない。

 

「才能はどうやってわかる?」

「わかる奴には分かる、とだけ。才能を持つものは同じ才能を持つものを好ましいと思うそうだ。運命的な出会いをする人間もいるだろう?それと同じような感覚。」

 

メディウムは知らないが彼も才能を有している。

そして例に漏れず、誰かと運命的な出会いをしているのだ。

相手側も気づけないほど開花していない才能のため未だに実態がわからないが。

 

人がシガイになるという事実に驚愕するが寄生虫であるならば納得がいく。

不可能な話ではないからだ。

虫がもたらす病もある。

シガイとは星を侵食する"星の病"なのだと、漸く理解した。

今でこそ光を持って夜をなんとか安全に過ごしているが、いつまで続くか分からない。

真の王の使命はそれだけ壮大なのだ。

 

「他に聞きたいことは?」

「今後についてだ。これからどうする。」

 

やらねばならないことが多いと再確認した四人は、一旦話を現在に切り替える。

本来の目的であったファントムソードの回収は、三つのうちすでに二つ終え一つは先に見送った。

できれば後もう一つ回収しておきたいメディウムは、ここからほど近い火山を提案する。

 

「ラバティオ火山って知ってるか?あそこの山頂付近に"鬼王の枉駕"と言うファントムソードがある。」

「今度は鬼ときたか。」

「なんか火山っぽい!」

 

今から向かえば、火山前の観光地で一泊できる。

キャンプだらけだとノクティスやプロンプトのモチベーションが下がるだろうと言う配慮だった。

しかし、ホテルはないためモービル・キャビンとなる。

メディウムは非常に嫌だが弟のためであればトラウマなど…多分、大丈夫。

 

いらぬ覚悟を決めている間にレガリアで早速移動することが決まった。

何事も早いほうがいいのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

オープンカーであるレガリアから道を眺めること数分。

火山がよく見える登山道でメディウムは説明を始めた。

 

「あれがラバティオ火山。自然では形成されないような奇妙な形で、山の麓には間欠泉が吹き出している。山頂には巨鳥ズーの巣があるとか。その付近にファントムソードがある。」

 

角のような奇妙な形は炎神イフリートの角などという逸話もあるが真相は定かではない。

いつかみたイフリートの角に確かに似ているな、とメディウムは火山を見る。

説明を聞いた四人は思い思いの感想を口にした。

 

「なんでそんなところに作ったんだか。」

「試練の為とはいえ、作ってる時点でハードだよねー。」

「材料運んで行ったり来たりだろ?」

「人件費が馬鹿にならないな。」

「だいぶ先のことだが、いずれノクトの墓もああいった場所につくることになるんだぞ?」

 

自らの墓など想像できないノクティスは首をかしげる。

しきたりに則り愛用の武器を石像に握らせるのだろうが、その時はエンジンブレードを握らせそうだ。

カエムの岬でシドに二度ほど強化してもらったが、父親に初めてもらった武器は手放せない。

武器をもらったときを思い出し、ふと不思議に思ったことをメディウムに聞いた。

 

「兄貴も親父に武器をもらったことがあるのか?」

「六歳の頃は短剣をもらった。十五歳の時にこの"クラレント"をもらったかな。」

 

車内で上着のホルスターから短剣を取り出し、次に片手剣のクラレントを召喚する。

煌びやかな装飾はなく、レギスが愛用していた片手剣の反対色のような真っ白な片手剣。

持ち手の部分にはめられたクリスタルのような青い石が輝いている。

 

「このクラレントは特殊でな。バハムートがルシス王家に武器召喚の力を託した時に贈られたと言われているんだ。」

 

最初に持ったのはアーデンという片手剣で、代々兄王子という立場の者が一人前になった時に贈られる。

何故そのような風習になったのは定かではないが歴代王族で手にしたのは歴史から消えたアーデンを排してメディウム一人のみ。

宝物庫に眠っていた剣だが、見せた時にアーデンは懐かしそうにクラレントを握っていた。

なんでも、初代王の夜叉王に処刑される時はこの剣で首を落とされたと。

愛剣に殺されるなどなんとも皮肉な話だが夜叉王に反逆した時もこの剣を用いたらしい。

 

ずっと握っていたため、アーデンに譲ろうかと冗談交じりに言ってみたがいらないと突き返された。

 

後で報告ついでにレギスにクラレントについて聞くと、王家に残された日記というものを見せてくれた。

夜叉王はマメな人で毎日日記をつけていた。

日記の前半部分は夜叉王本人が破いて燃やしたそうで、日記にアーデンは登場しない。

兄たるアーデンを処刑した時のことは"罪人をこの手で討ち果たした"と綴られているのみであった。

しかし、その後の日記には度々このクラレントが登場する。

まるでクラレントが共にあることで安心するかのような文面に夜叉王の気持ちが察せられる。

 

クラレントは夜叉王が後生大事に持ち歩いていた。

例え病に侵され神々に見放された兄といえど、処刑しなければならなくなっても、兄を慕っていた証。

アーデンなりに懐かしむという人間らしい気持ちもあった。

処刑されて憎しみが最も強いのは夜叉王かもしれないがそれと同時に憎しみきれない家族の情があるのかもしれない。

クラレントを撫ぜる手は優しさに満ちていた。

 

そんな小話を思い出している間に、目的のラバティオ火山手前に作られたベリナーズマートラバティオ店のパーキングに到着する。

メディウムの説明で聞いた間欠泉を見たいというプロンプトの要望で買い出しに行くイグニスとグラディオラス、間欠泉を見たいノクティスとプロンプト、解説にメディウムが付属するという形になった。

最初は護衛が離れるわけにはいかないとグラディオラスがついて来ようとしたがすぐ近くである上に観光客が多いから大丈夫だとストップをかけた。

イグニス一人に買い物をさせるより荷物持ちがいた方が素早く終わる。

 

しかし、王族二人に一般市民一人など無防備にもほどがないかと抗議。

論争の末にメディウムが上司命令を敢行した。

職権乱用ともいう。

もちろんそれで納得できなかったが目の届く範囲にいるという条件で三人行動を余儀なくされた。

店の窓から見える間欠泉までだが、ノクティスとプロンプトはそれで構わないと頷いた。

解説をイグニスと交代する案もあったが発案時にメディウムが少しだけしょんぼりしてしまったので過保護ノクティスに却下された。

見たことないほど哀愁ただよう姿に全員が頷くしかなかった。

 

保護者である年上二人から解放された二十歳二人と二十六だが精神年齢子供一人が間欠泉を観るべく歩く。

観光客の賑わいで場所はすぐわかった。

 

「なんか湯気が出てる!」

「こういうのは"温泉"というんだ。ラバティオ火山では無理だが、テネブラエの方にある火山なんかには人が浸かれるほどの温泉なんかもあるらしいぞ。海とは違うリゾートだな。」

「テネブラエかぁ。人が浸かれるってお風呂みたいなもんなのかな。」

「まさしく風呂だが自然にできた湯のため色々なものが混じって、様々な効能があるらしいぞ。」

 

メディウム自身は行ったことがないがテネブラエのガイドブックをアラネアが見せに来たことがあった。

こんなところで休暇を過ごしたいとうきうき気分で眺める彼女に追加の仕事を投げつけて殺し合いになったのは記憶に新しい。

あの時のアラネアほど本気で殺しにかかってきたことはなかった。

 

「うわっ!あれが間欠泉?」

「噴水みてー。」

 

余計なことを思い出していると、すぐ隣の場所から湯が噴き出した。

観光客の歓声で我に返り役目を果たすために解説を始める。

 

「水蒸気や熱湯を噴出するのが間欠泉だ。様々な説があるが…雨水などが空洞に溜まり、火山のマグマなどに熱せられて吹き出すって覚えておくといい。」

「お湯沸騰させると吹き出すのと同じ感じか?」

「そうそう。そんな感じ。」

 

ぬるめの湯に手を入れて遊ぶプロンプトとノクティスに手ですくったお湯をかける。

頭からかけられた二人は笑いながらメディウムにやり返した。

大きな子供が三人。

 

保護者二人の迎えが来るまでにヒートアップするのは当然の帰結と言えた。

 

 

 

 

 

「で。言い訳はあるか。」

「兄貴が最初にやりました。」

「てめーノクトこの野郎後で覚えとけよ。」

「やり返したのはノクトです。」

「プロンプトあとでモービル・キャビン裏な。」

「なんでなすり付け合いが始まるんだよ…。」

 

ぐっしょり濡れた大人が三人。

まだ子供らしい二十歳二人は置いておいて、最年長のいい大人がびしょ濡れ。

カエムでやらかしていることを考えれば初犯ではなく再犯である。

罪は重い。

 

「その服を誰が乾かすと思っているんだ。」

「「「ごめんなさい…。」」」

「全く。今日の夕飯は王様シチューにしようとしたがやめだ。野菜シチューにする。」

 

メディウムが伝えたメルダシオ教会の肉たっぷりのシチューからノクティスが大嫌いな野菜だらけのシチュー変更されてしまった。

ノクティスには絶大な、プロンプトには少しばかりの罰になるがメディウムにはなんの罰でもない。

そのため優しさでキャンプ地に移動しようと考えていたイグニスはモービル・キャビンに強制宿泊。

青ざめてガタガタ震え虚勢をはるメディウムができあがった。

 

あまりにも震えているため過保護ノクティスが発動し、兄弟で同じ寝台に寝ることになるのであった。

似たような顔がニつすやすや眠る姿に、保護者イグニスはこっそり写真を撮ったという。

 




解説役と化す主人公。
RPGでよくいる、なんでも教えてくれる解説役ポジション。
王子の威厳はどこにもない。


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ラバティオ火山

どんよりとした風貌で素足を温泉に突っ込むメディウムは隣で腕立てをするグラディオラスを眺める。

ノクティスのおかげでいつもより寝れはしたが、朝方に目が覚めてしまった。

こっそりモービル・キャビンを抜けて足湯に洒落込もうとしたところ、グラディオラスに捕まった。

王の盾として寝ていても布の擦れる音で起きられることを失念して、防音魔法をかけなかったメディウムの落ち度である。

年下を不用意に起こしてしまった罪悪感で、まだ寝ていていいと押し戻そうとしたのだが護衛としてついてきてしまった。

筋トレは早朝にした方が涼しくて気持ちがいいとか。

気持ちはわかるが早すぎると思う。

 

仕事人間メディウムは朝日が昇る前の起床などなんのそのだが、気を張るグラディオラスは休むべきだ。

だからといってモービル・キャビンでもう一度眠るかと言われると全力で拒否したい。

自分のわがままに付き合って湯気が煙るサウナのような火山の麓で腕立て伏せ。

滅多に筋トレをしないが目の前で汗だくになり、気持ちよさそうにやられるとやりたくなる。

しかし、あまり体を動かしすぎるとラバティオ火山攻略前にバテそうだ。

 

ジッと見ていると居心地が悪くなったのか、こちらに話しかけてきた。

 

「見ていて、楽しい、か?」

「男子たるもの、筋肉の躍動を見ると心踊る。俺は筋肉がつきづらいのか細いだろ?」

 

筋肉隆々のグラディオラスと対照的に、無駄のない筋肉のつきかたをしたメディウムは動きが素早くキレがいい。

大剣を振り上げるグラディオラスとは違ったスタイルの戦いかたゆえの筋肉量であった。

コントロールしたわけではなく、生まれつきそういう体質なので大剣は苦手武器の部類に入る。

バハムートの加護がなければ、持ち上げるのも困難だ。

 

「いいなぁ。こんなに筋肉ついたらモテるだろー?キャーグラディオカッコイイー!とか。そのかわり遊び人が板について本命に逃げられる奴だろー?」

「わかってて、いって、るよな!?」

 

グラディオラスのモテっぷりを羨みつつも人生のパートナーほど深く付き合えない気質の核心を突き、なじる。

全くもってその通りで、心がえぐられるがこの王子は分かっていて言っている。

ムカつきつつも腕立ての手は止めない。

 

「この分じゃイリスが先にいい旦那見つけそうだなぁ。あ、俺がもらうのもあり…すみません冗談です。」

 

妹たるイリスが結婚することは百歩譲っていいとして、メディウムが貰い受けるというのは兄として許せない。

父がいない今、イリスを守る男手はグラディオラス一人である。

この表面上ブラコン、中身ブラコン兼不明の男にそうやすやすと渡したかない。

第一、今のイリスの想い人は婚約者ができてしまったノクティスである。

色々な兄としての葛藤の末、殺人級の眼光が飛んできた。

 

表情から様々な思いが渦巻いているのはわかるが結論がメディウムに渡したくない、で統一されているのはわかる。

即座に冗談だと誠心誠意込めて謝り、弁明した。

 

「好きな人と一緒にさせてやりたいよな。ノクトとは無理だろうけど。」

「あの何日かだけで分かっちまうのか。」

「バレバレすぎて逆に心配だわ。ルナフレーナも気づいてたけどノクト自身がルナフレーナに一途だろ?心配する必要がないって堂々としてた。それでいて良い姉として接してるんだから器が広い。そして肝が座ってる。」

 

恋敵に近いイリスとかなり歳が離れているとは言え、幼馴染ポジションから攻められるとノクティスが陥落する恐れがあった。

それでも堂々と構え、想いを伝えるならば協力する姿勢。

取り合いなどというドロドロ展開ではなく、純愛で厳かに身を引くイリスに涙がちょちょぎれそうだ。

 

「メディには許嫁とか居なかったのか?」

「我が王国は恋愛結婚を推奨しております。流石に心配されて、二十四歳の時に見合いの話が出たが断った。」

「結婚する気がないのか?」

「弟が幸せになるのを見届けるまでは無理だなぁ。ルナフレーナと無事に結婚式を挙げて、子供二人ぐらい生まれたらその子たちの側近になりたいなぁ。そしたら結婚考える。」

「それ何年後だよ。」

「さぁてな。小学校入学ぐらいまでは独身でいたいし、十年先ぐらいかもな。」

 

つまり自らが妻子を持つ気になるのは十数年先の話だと。

その頃には婚期など過ぎ去っているだろう。

兄王子が側近になってもいいのかと疑問に思うが伯父が面倒を見ると考えればあり、なのか。

その前に早く嫁さん見つけてこいとイグニスに急かされそうだ。

 

「なんで野郎二人で恋バナしてるんですかね。」

「おはよう、ノクト。早起きだな。」

「兄貴がいないから寒くて起きた。」

 

メディウムの見合いを断った話からこちらの様子を伺っていたノクティスが近づいてくる。

二人分の体温でほかほかだった布団が一人抜けたことで冷えたらしい。

火山の麓とはいえ朝は冷え込む。

メディウムの真似をして素足になり、隣で同じく足湯を始めた。

グラディオラスは腕立て伏せから腹筋に変更している。

 

「もう少し寝ててもいいぞ。」

「日が昇ってきてるし、イグニスを驚かせるから起きとく。」

「そりゃあもう驚くだろうなぁ。偉いぞーノクト。」

「朝起きるぐらい余裕だし。子供扱いすんな。」

 

頭を撫でようとした手をペシリと叩き、そっぽを向かれる。

耳まで真っ赤なのを見るに照れているのだろう。

朝早く起きたぐらいで褒めるのは子供っぽかったが、王城で褒めてくれるのはイグニスとたまに帰ってくるメディウムしかいなかった。

イグニスは母親のように叱り、面倒を見てくれるならばメディウムは手放しに褒め、怒るところは怒る父親のようなタイプ。

いざという時に二人とも身を呈して守ってくれる。

 

いつものおちゃらけた笑いとは違う、心からの優しさを含めた笑みで褒めるメディウムに明日も早く起きてみようという気になる。

 

「今日はラバティオ火山だからな。おすすめ装備は火炎耐性系。」

「やっぱ暑いのか?」

「カーテスの大皿並み。隕石に勝るとも劣らない。」

 

頭痛と地面から湧き出る炎の所為で酷い目にあったカーテスの大皿並みと言われると途端に行きたくなくなる。

行かねばならないのは分かるが、できれば避けて通りたい。

あからさまに嫌そうな顔をするノクティスと腹筋しながら顔をしかめる器用なグラディオラス。

一番酷い目にあった面子しかいない中で放つ言葉ではなかったかもしれない。

フォローのつもりで、楽な点を挙げていく。

 

「ラバティオ火山はボスがいない。強いて言うなら巨鳥ズーだが、今の時期は巣にいないし、道中は標もある。」

「ルーナも大変だな。」

「労ってやれよ。」

「そうする。」

 

標は神凪が適度な場所に設置した、光のない場所で唯一脅威がやって来ない場所。

先代神凪が設置したものもあるがルナフレーナが設置した新たな標もある。

ラバティオ火山はマグマのおかげでシガイは寄り付かないし、ハンターも滅多に出入りしないがこれからも王族は行き来するだろうとルナフレーナが新たに設置した。

ノクティスの為だけのような気もするが、ありがたいので文句はない。

 

陰ながら王を支え続けるルナフレーナへの何よりの褒美はノクティスと共に少しでも幸せに過ごせることだろう。

火山を攻略したら一度カエムの岬に帰る予定だが、二人きりにする取り計らいでもするか。

 

怪しい計画を始めたメディウムにまた悪いことを考えているとドン引きの二人。

そこに空気を読んで現れたのはプロンプト。

寝ぼけていたのかノクティスがいる事実を認識出来ずにテンプレの二度見。

案の定大声をあげた。

 

「嘘ー!ノクトが俺より早起き!?」

「お約束どうも。朝飯か?」

「あ、うん!お店で食べようって。」

「まじか!」

「そんじゃいくか。」

 

二日続けて野菜シチューを食べることになったノクティスは店の食事と聞いてテンションが上がる。

現金な王様に苦笑いしつつ、イグニスの元へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここがあの王様の火山(ハウス)ね!」

「ダンジョンに挑むテンションではないな。」

「兄貴の中では深夜なんだ。そっとしておいやれよ。」

「ちょっとふざけただけでボロクソ言い過ぎじゃない?」

 

ノクティスの早起きにイグニスがべた褒めすると言うイベントはあったが、朝食を食べ終えた一行は予定通りラバティオ火山入り口に来ていた。

ここまで距離がある為例によってチョコボのドリフト走行である。

ここはレース場かと言わんばかりにインコースで走りきるメディウムに乗られているチョコボは一周回って楽しそうであった。

 

火山の入り口より先はチョコボで進めない為、徒歩となる。

消費した分だけ買い込んだ回復系アイテムをそれぞれ持てるだけ持ち、ノクティスを先頭にして進む。

マルマレーヌの森のように一本道ではないが、二股の分かれ道による行き止まり程度で迷うことなく進める。

万が一のガイド役メディウムがいる限り、遭難ということはあり得ない。

 

あまりの暑さに上着を脱いだ一行は登山道へと進んでいった。

 

「ここの山頂付近だっけ?」

「もうちょっと楽なところに作ってくれよ。」

「道があるだけ儲けもんだろ。」

「一歩間違えればマグマにドボンなクライミングよりマシだ。」

 

中々急な坂道を登り、登山道を進む。

途中にサルファーアラクランというサソリのような野獣と頭にツノの生えた馬のようなバイコーンという野獣の小競り合いに巻き込まれたが簡単に討伐できた。

旅に出た頃よりも格段に強くなり、補助役としてメディウムが後方支援することで連携も取りやすい。

二度ほど行き止まりにぶち当たり、ドラゴンというよりトカゲの大型種ワイバーンと戦闘になったが一行の敵ではなかった。

 

しかし、彼等の足取りは徐々に重くなっていく。

 

戦闘は無問題ではあるが、滑り落ちるのではないかと不安になる程急な斜面と下から吹き上げる熱風。

暑いを通り越して燃えている地面を突き進まねばならなかった。

体力はどんどん削れていく。

戦闘が無傷で済ませられるのが救いである。

代わりにシフト魔法で先行するメディウムとノクティスが他の三人より先にバテ始めた。

 

「誰だよ…クライミングよりマシだって言ったやつ…。」

「数分前のお兄ちゃんの発言は正しいが、登山もそれなりにきついって事だ。」

 

滑り落ちることを考えて先行するのはイグニス、戦闘時に先陣を切るノクティス、メディウムが並び後ろにプロンプト、最後にグラディオラスが続いた。

浮遊魔法で登ってしまいたいが五人同時に安全地帯まで浮遊させる魔力などない。

魔力切れを起こして坂道を転げ落ちるほうが悲惨だ。

 

基礎体力はそれなりにあるノクティスはまだ足取りがしっかりしているが、筋肉が損傷だらけのメディウムは稀に大きくよろける。

可動範囲以上に手足を動かそうとして躓くことがまず多い。

無理に四人のペースに合わせることはないと、イグニスが止めたのだが一秒も長くこんなところに居たくないと一蹴された。

同意するしかないので支えるにとどまっている。

戦力として外せないほど貢献しているため、危ないので下山しろとも言えない。

 

暑いと文句をこぼすプロンプトは、チラリと見えたメディウムに疑問を持つ。

 

「なんだかんだ言って、メディは汗そんなにかいてないじゃん。」

「兄貴、よく見たら氷のエレメント纏ってねえか。」

「俺たちには見えねぇけどな。イグニスは見えるか?」

「目を凝らせばなんとなく薄っすらと…。」

「チッ。バレたか。」

 

エンチャントを得意とするイグニスと魔法をあやつるノクティスにしか見えないほど薄っすらと、氷の結晶のようなエレメントがメディウムの周りを回っている。

冷気のようなものが漂っているが、一瞬で蒸発してしまっているようだ。

あれでは大して涼しくない、が。

 

「ズルー!」

「あっ!ひっつくな!そんなに強く纏ってないから暑苦しい!」

 

ずるいものはずるいのでプロンプトがメディウムにひっつく。

坂道で暴れれば当然落ちる事になるのだが、なけなしの魔力で浮遊魔法を発動し落下は免れた。

不自然に斜面に直立する二人の異変とメディウムの機転を察したグラディオラスがプロンプトを引き剥がす。

 

「やるなら平地でやれ。」

「あ、ごめん…でもずるい!」

 

素直に謝ったプロンプトの首根っこを離して、全員がメディウムを見る。

燃え盛るような暑さの中でじーっと見続けられたメディウムはやけくそに叫んだ。

 

「あーもー、分かったよ!全員やりゃあいいんだろ!ノクト!エレメントよこせ!」

 

元々、エレメントの量が足りずに少量だったためノクティスから氷のエレメントを受け取る。

体の中に蓄積できるルシス王族は、体のどこかを合わせることで簡単に譲与できる。

今回は手を合わせて行った。

空っぽになるまで持っていかれた氷のエレメントは五人の周囲に舞う。

氷の結晶がそれぞれに三つつくが多少マシになる程度。

ないよりはいい。

 

それぞれに纏わせ続けるのは地味に大変な作業なのたが、魔法の才能でカバー出来ている。

このまま戦闘に移行するのは流石に不可能なのでその時は強制的に解除することにした。

この先には急すぎる斜面ぐらいしかないが。

 

 

 

燃え盛る道を登りきったところから聳え立っていた片側の壁がなくなり、火山の麓が少しだけ見える。

ついでに見たくなかった奈落のような竪穴も見えてしまった。

落ちたら一貫の終わり。

先ほどと同じ陣形でさっさと抜けてしまうことで考えが一致した。

 

所々ある岩を頼りに登れば滑ることは少ないだろう。

代わりに股関節を痛めそうだ。

さらに懸念されるのは足があまり上がらないメディウムである。

 

「すまん、ここは足が上がらない。」

「だよね。背負うわけにもいかないし。」

「先で待ってるわ。」

 

四人の返事を待たずにメディウムは空中に飛び上がる。

カエムの岬で灯台まで登ってみせた浮遊魔法とは違う、跳躍魔法。

エレメントを纏わせる魔力を考えると、一瞬の魔力消費で済む方が省エネだった。

途中岩から岩へと軽々飛び渡り、スタッとほぼ九十度の角度の坂の上から見下ろしてくる。

冷風装置に続いてショートカット魔法などという反則技その二が飛び出た。

 

「あのクソ兄貴、歴代王の試練なめてんのか?」

「魔法を使用している点では賢い攻略方法なのだろう。ルシス王らしいからな。」

「メディが王様になれたら"魔導王"て呼ばれそう。」

「強そうじゃねぇか。ほら、俺たちもさっさと登るぞ。」

 

同じく魔法が使えるはずなのにこの格差はなんなのだと、半ばブチ切れそうなノクティスにイグニスが呆れながらも言葉を返す。

苦笑いでゲームのような二つ名を考えたプロンプトへグラディオラスが肩を叩き、歩みを進める。

角度こそ急だが長さはそれほどではないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

死屍累々。

斜面を登りきり、あともう少しで標だというメディウムを信じて断崖絶壁を横目に襲い来る雷神鳥という空中戦を仕掛けてくる野獣を討ち倒し、進んだ先のひらけたアウリスの標に倒れこんだ。

とにかく暑い。

 

水分補給するよりもさっさと踏破して山から降りたい。

シャワーを浴びたい。

グダグダとするノクティスとプロンプトを尻目にイグニスが先のルートを問う。

聞かれたメディウムは先を見ながら答えた。

 

「この先の細い道を進んだらズーの巣穴に落ちる。そこから広い場所の脇道から絶壁を進めば王の墓所だ。」

「日が暮れるまでに踏破できそうか。」

「今ちょうど午後を迎えた頃だし、このペースなら余裕で。細道以外で雷神鳥を倒せればあとは進むだけだ。」

「だとさ。行こうぜ。」

 

グラディオラスに急かされて立ち上がった年少組はメディウムに命名、扇風機魔法をせがむ。

生ぬるい風をお届けする扇風機並みにしょぼいことから名付けられた。

最初にふざけてプロンプトが言ったときは坂道を凍らされ、転げ落ちる羽目になった。

平地がすぐそこにある坂でよかった。

 

ないよりはマシな扇風機魔法のために、細道で待ち構えているキラーワスプをマジックボトルで蹴散らし、進む。

だいぶ進んだところで降りるところがあり、巨鳥ズーの巣に降り立った。

いつかハンマーヘッドでみたズーが住むのに十分な広さがある。

真ん中に大きな巣があるようなクレーターから下に降りると、さらに広い斜面に出た。

 

脇道の場所がさっぱりわからず、目の前にある大穴か、とメディウムに聞くが首を振られた。

帰りに使うショートカットルートでワイバーンが何匹かいた場所に逆戻りになる。

登り直しは嫌だという一行が注意深く探し、周りをよく見るプロンプトが一番に見つけた。

 

なかなか狭い上り坂を一列になって進む。

少し進んだ先に、王の墓が建てられていた。

 

「お宝あった!」

「体力的にキツかったなぁ。」

「途中でチート技使ったやつがよく言うぜ。」

「揉めてないで行くぞ。早く降りたい。」

「おし。借りたらすぐ降りるぞ。」

 

鬼王の枉駕。

温厚で誠実だが、戦場では鬼と謳われた王の証。

枉駕とはわざわざやってきたものに対して敬う言葉で、メイスである鬼王の枉駕には戦場に立つ王に、敵が飛び込んでくるかのように見えたことから付けられているという伝承がある。

真偽は定かではないがそれだけ強い王であったことは確かだ。

 

真の王にまた一つ、力が宿った。

 

しかし感慨深いような場面でも茹だるような暑さは消えず、バテにバテた一行は無言で下山を始めてしまった。

 




プレイヤーにはわからない暑さを全面に出したラバティオ火山。

ファントムソードは歴代王のが十一種類、逆鉾と父王含めて全十三種類。
現段階で所持数七種類。
サブクエスト取得のファントムソードは残すところ三種類。
ストーリー入手はあと三種類(逆鉾と父王含む)ほど。

ゲームシステムで考えたおまけ。
ファントムソード所持数が主人公の所持する十一種類の半数を超えると特殊リンクアタックが解放。
"偽物と本物(fake and real)"
ノクティスと主人公が所持しているファントムソードをランダムで召喚して滅多刺しにする。
相手は死ぬ。(ボスには通常のアタック値)


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Chapter08 魔法と三人旅
休暇


ラバティオ火山攻略後はその足でいくつかモブハントをこなし、一旦カエムの岬に戻ることとなった。

 

大まかな理由は二つ。

一つは全員で心身ともに安らぐため。

五人で旅するのも十分楽しいが、家という囲われたプライベート空間で休むことも大事だ。

いくら気を許しているとはいえキャンプやモービル・キャビンでは十全に休めはしない。

同じ部屋でもベッドで眠り、朝食をとり、他の誰かとも会話をすることが重要なのである。

 

もう一つはグラディオラスを送り出すため。

コルの準備が整い、いざや修練の道へ。

ノクティス達には誤魔化すためにコルとの修行ということで説明した。

彼らも共に修行をしたいと不満を漏らしたが、ダメだと却下。

その代わりにメディウムと本気で戦いたいというノクティスの妥協案が受け入れられた。

激しく面倒臭いメディウムは絶対に嫌だと断固拒否したのだが、妥協案が受け入れられぬ場合是が非でも付いてくるという。

修練の道は王がいたらなんの意味もない。

致し方なく。

誠に遺憾だが頷いた。

 

 

 

 

 

割とすぐ近くのカエムの岬に三日ぶりに帰ると、駐車場にてイリスとコルが出迎えてくれた。

嬉しそうに全員の無事を確認したイリスは、コルから聞いたのかグラディオラスに頑張れとバシバシ背中を叩く。

コルの隣に外の世界の車があることから、すぐにでも出られるのだろう。

 

「メディウム様。少しばかりお話が。」

「わかっている。四人は隠れ家に行っていてくれ。」

「兄貴も早く来いよ。コル、グラディオをよろしく頼むわ。」

 

引き止めるコルの言葉に足を止めたメディウムはイリスを含める四人と一旦別れる。

おもいおもいにしばしの別れを惜しみ、応援する仲間達の言葉を聞き届けグラディオラスもコルに近づく。

 

「修練の道は挑む者によって姿を変える。一歩間違えれば容易に命が散る場所だ。覚悟はできているか。」

「行くなとは言わないのな。」

「メディウム様のご命令だ。」

「そういうこと。ありがたく思えよ?意外とあそこに行く手続き大変なんだからな。」

「手続きなんてあるのか。」

「一応メルダシオ協会が管理しているんだ。定期的にシガイ狩りも。試練が正式に始まる場所より手前までだけどな。」

 

無念にも敗れた挑戦者達の亡骸がホラーだが、ルシス王家の私有地扱いでもある。

いちいち管理もしていられないのでメルダシオ協会にお金を払って委託。

中の英霊達のおかげなのかシガイが漏れ出てくるのも稀で、月一に見回り程度なのでメルダシオに払う管理費もたいして嵩まない。

シガイ退治より一般人が迷い込まないように監視する意味合いの方が強い。

 

ルシス王家がゴタゴタしていても監視役は続けてくれているようで、ファントムソード回収はメルダシオ協会側に許可を取る期間でもあった。

因みに、委託を提案したのはメディウムである。

発見当初はルシス王家が管理していて、王の剣が遠征に出ていた。

少数精鋭の軍隊から一々人材を引き抜くなど戦争している自覚はあるのかと重鎮達に怒鳴って以来、自らの力でメルダシオ協会と交渉し委託時の報奨金の交渉も勝手にした。

確かにそちらの方が楽で戦争での人材が増えるので重鎮達も文句は言えなかったという。

 

閑話休題。

 

「覚悟ならとっくにできてる。早く行こう。」

「そうか。ではメディウム様。責任持って指導致します。」

「頼んだ。くれぐれも死なせるなよ。クレイラスさんやイリスちゃんに顔向けできない。」

「善処いたします。」

 

必ずしもとはいえない場所の為、コルは厳しい顔で頭を下げる。

イージー以下の難易度でしか踏破したことがないメディウムはその厳しさはわからないが、死ななければそれでいい。

逃げ帰ったらグラディオラスは納得できないだろうが、生きていることが何よりも重要なのだ。

 

車に乗り込んで行ってしまった二人を見送って、隠れ家への坂を登る。

少し行ったところにひょっこりと見えるトサカのような黄色い髪に、やっぱりとため息をついた。

念のためにと防音魔法をかけておいて正解だった。

茂みから見えている黄色チョコボのトサカ部分を掴み、逃げようとしたもう一人の黒チョコボの背中を足で踏みつけた。

それぞれにぐえっだのいったぁっ!?だの悲鳴が上がった。

 

「何をしてるんだ。悪ガキ共。隠れ家に行けって言ったろ。」

「だ、だって兄貴もグラディオもなんか隠してる風だったから。」

「絶対修行って雰囲気じゃなかった!戦地に行くような暗い空気だった!」

 

隠し事が多いメディウムがグラディオラスと口裏合わせて何か企んでいると踏んだノクティスとプロンプトは、事情を聞かされたイグニスの制止を振り切って盗み聞きを図った。

メディウムから教わった盗聴魔法ならぬ耳がよくなる魔法を使ってみたが全く聞こえなかったらしい。

なぜ製作者に使ってしまったのか。

自らもかからないように普通は対策をするものである。

隠し事であるならば尚更。

 

防音魔法は周囲に魔力の防壁を張って音の振動を外に漏らさないように遮断する魔法。

追加機能で口の動きが絶妙にわからなくなる認識阻害魔法がかけられている。

理論上、防壁を貫通させるほどの盗聴魔法が扱えれば聴くことは可能である。

当然だが魔法の天才にど素人が勝てるはずがなかった。

 

空気で読み取ろうとしたプロンプトの方がまだ賢い。

 

「お前らは知らなくていいことなの。」

「俺らが知らなくていいことが多すぎる!」

「いっつも俺たちだけ隠されてるじゃん!」

 

割合、うちの子の教育に悪いとイグニスストップがよくかかるノクティスとプロンプトのブーイング。

気持ちはわからなくもないが、必要なことなので漏らしはしない。

聞いたら絶対追いかけてしまうし。

こういう時は早々に話題を変えようと、首根っこを捕まえて強引に二人を引っ張る。

 

「シドのじいさんに用があるんだ。さっさと行くぞ。」

「ちょ!?首!首しまってる!」

「うぐっ息が…!」

 

己らの生命の危機に思考が強制的に切り替わった二人はズルズルと引きずられてシドのところまで行く羽目になった。

 

 

 

 

 

 

シド・ソフィアは灯台下の隠れ港から息抜きで隠れ家に来ていた。

 

シドへの要件は、長年整備があまりされていないクラレントの点検。

きちんと保管されてはいたが埃をかぶっていたのと同義の二千うん年前の剣。

それを十数、年素人ではないにしろ整備不良が続けばどうなるか。

 

「こいつはひでぇ。傷だらけじゃねぇか。」

「分かってはいたが、そんなにひどいか?」

「鍛冶屋に預けたりしなかったのか?」

「しないよ。二千年と何年の神から賜った逸話の武器をそうやすやすと誰かに預けられない。」

「そりゃわかるけどよ。だからってこれはないぜ。あと、俺は鍛冶屋じゃねぇ。車専門なんだよ。」

「武器の整備どころか改造まで趣味でやっちまうじいさんがよくいうぜ。」

 

寧ろ、神から賜った逸品であるからこそここまで持ちこたえられているのである。

かなり無茶な使い方も何度かしているが折れることなどない。

本来の持ち主である剣神バハムートの加護を持つ、メディウムが使い手であるというのも理由の一つ。

どれだけ無茶な使い方をしても剣技として成り立ってしまう加護なのだ。

 

しかし、物には寿命がある。

クラレントは長生きどころではない神話級だが整備できるならしておきたい。

ノクティス達が持つ武器はいくつかシドが改造したものが混じっている。

エンジンブレードも二段階までシドが強化していた。

今は素材を渡して三段階目の強化待ちである。

 

「なんとかできそうか?」

「できねぇこたぁねえが、ここまでくると改造しちまった方が早いぜ。」

「は?神話級を改造?じいさんの技術どうなってんだ?化石だったの?」

「馬鹿か。ここを見ろ。」

「なんだこれ。窪みが三つ?」

 

クラレントの鍔の部分にもともとはめてあったクリスタルの反対側に何かをはめる部分が三つある。

クリスタルは本当にあのクリスタルのかけらで魔法の威力を強める力があるが、他のくぼみの意味がわからない。

じっと見つめていると、窪みの底に何かの残滓がみえた。

 

氷のかけらと炎の暖かさと雷の光。

エレメントの残りカスのような物が見える。

まさかこれを改造できる枠だなんていうつもりなのか。

そもそも見えてるのか。

エレメントは普通の人にも見えているが馴染みが薄い人には、これだけ細かいものは見えないはず。

シド・ソフィア、恐ろしい人。

 

「やっぱあんた化石なんじゃ。」

「歳食ってるとわかるようになんだよ。見えてんじゃねえ。逆に若え奴はお前さんらみたいに日常で使ってないと分からん。見えるお前さんが異常なんだよ。」

「うっそだ。ノクト、見えるよな。」

 

同じく魔法に馴染みがあるノクティスに同意を得ようとクラレントを近づけるが、老眼のように目を細めてムムムッと唸るのみ。

首を傾げつつも微妙な顔で答えた。

 

「あー、なんとなく感じるけどなんも見えねぇ。感覚はわかるんだがな。」

「俺にはただのくぼみに見えまーす!」

 

エンチャントもあまりしないプロンプトには雰囲気さえもわからないが、流石にノクティスは感じるらしい。

年の功で感じるシドとは違い、慣れがあるようだ。

見えるのが一人だけとなると、自分がおかしいのかと心配になってきた。

 

しかし、見えているものは仕方ないので何故それが改造の余地なのか聞くことにする。

 

「こいつはエンチャントに使われる属性玉をはめる窪みだ。」

 

魔法が使えない王都外の人々は日々、野獣やシガイを恐れて生きている。

作物の被害や人々への被害も懸念されるため討伐しなければならない時もある。

そこで敵の弱点を突くために敵の素材を集め、属性を理解することで迅速に対応できるようになった。

属性玉とは、武器に取り付ける簡易エンチャントのようなもの。

エレメントそのものを使うためほとんど使い捨てである。

 

属性玉をただはめる窪みならば三つもいらないと思うし、クラレントを賜った時代にはそんな便利物なかったはず。

では一体これは何のために。

 

「しかも特別製のやつだな。メディ、お前さんが作らないとダメだ。」

「属性玉を?俺が?」

「玉を作るのは簡単だが、はめるのは難しい。マジックボトルと同じ要領で込める玉用意してやっから、今度使って見ろ。」

「それ何の効果があるんだよ。」

「いろんなもんの補助になるし、一個武器保護魔法込めた玉をつけときゃクラレントの損傷は薄くなる。刃を研ぐのと補修はしといてやっから、改造はお前さんがやんな。」

「うわっ。」

 

渡された三つの玉は何の気配もないがマジックボトルと同じようにエレメントに準じたものを込められるようだ。

なぜシドがそんなものを持っているのはかは置いておいて、いいことを聞いたかもしれない。

属性のエンチャントをいちいちしなくても玉を付け替えればいい。

魔力の消費も抑えられるエコな剣クラレント。

魔法を多用するメディウムとはとことん相性がいいようだ。

 

「俺のエンジンブレードは?」

「そっちはもう少しかかる。その間にでも例のやつを取りに行ってこい。」

「あー、ミスリルか。めんどっちーんだよなぁ。」

「え?ミスリル?」

「何の話だ?」

 

何のことだかさっぱりわからない二人にミスリルが希少鉱石であることと、ヴェスペル湖にある遺跡でしか採取できないことを教える。

へー、とよくわかってなさそうな二人だが簡潔にダンジョン探索しなければならないとまとめると嫌そうな顔をした。

難易度が低いとはいえ二つほど探索後。

行くにしてもきちんと休んでからである。

 

「では、グラディオの修行中に俺たちも修行をするか。」

「スチリフの社でか?いい経験にはなるだろうが戦力減ってるぜ?」

「それも一つの経験だろう。グラディオがどのような役割を担っていたのか理解するには実地あるのみだ。理解すればするほど立ち回りも分かりやすくなる。」

 

隠れ家の台所でモニカと昼食を作っていたイグニスが、会話に入ってくる。

グラディオラス不在でダンジョンに行くことは予め考えていたが、軍師はさらに深く物事を捉えていたようだ。

別段そこまで厳しくいくつもりはないが、パーティー内での役回りの理解も一つの成長になるだろう。

 

「一理あるな。明日にでも行くか?」

「えー!?まだ戻ってきたばっかじゃーん!」

「もう一日ぐらい休ませろよー!」

「クラレントの整備に時間かかる。明後日には終わるが、明日行くなら代わりの武器でいけよ。」

「冗談だって。クラレントなしはきつい。」

 

あまりにも唐突なメディウムの発言に二十歳二人は抗議の声を上げる。

もちろんそんなすぐに行く気は無い。

愛剣クラレントなしでの攻略は、人外行動ができないため戦闘の幅が大いに狭まる。

ギリギリの隙間をシフト魔法で抜けたり、崩れ落ちた足場をシフトで回避したり、敵の上から失礼したり。

大抵武器を投げている気がする。

そんな使い方するものではないはずなのだが。

 

片手剣って投擲武器だっけ。

 

「出立は明後日、ということでいいな。」

「あ、ああ。ノクトとの手合わせも明日にしよう。流石に火山後で疲れた。」

 

四人行動の間のやることが決まったところで二階の扉が開く。

タルコットとジャレット、ついでにニックスとボードゲームをしていたルナフレーナが出てきた。

ほとんど男ではないかと思うが、子供とその保護者なのでノーカウントなのだそう。

ジャレットが目を光らせればニックスも余計なことはできない。

最初のうちはイリスも参戦していたらしいし。

 

戻ってきた四人を発見したルナフレーナは真っ先にノクティスの元へと駆け寄った。

微笑ましい限りだ。

嬉しげに会話をする二人をニヨニヨと見ているとニックスがこちらによってきた。

椅子に座っていなかったメディウムの後ろ側に回ってなぜか背中を支えている。

 

「ひどい顔ですよ。」

「弟の幸せを噛み締めてるんだよ。」

「まずは自分の幸せを噛み締めてください。」

「弟の幸せが俺の幸せなの。」

 

なんだか会話が噛み合っているようで微妙に噛み合っていないらしい。

ニックスが盛大にため息をついてそっと支えていたメディウムを離す。

すると、ぐらりと身体が傾き地面に激突する前にニックスに受け止められた。

ぐったりと支えられるがままにされたメディウムに気がついたノクティスがルナフレーナとの会話を切ってメディウムに駆け寄る。

倒れる事件は二回目である。

 

「兄貴!?どこか悪いのか!?」

「え、いや。俺倒れてんの?」

 

全く自覚がなさそうだが眼球が揺れて焦点が合っていない。

よく見ればカタカタと震えものすごい汗が出ている。

明らかに異常である。

すぐにニックスに二階の寝室に運び込むように指示し、診察ができるジャレットに診てもらうこととなった。

 

メディウム本人はなぜベッドにいるのかもわからないままジャレットにあちこち触られ、ぐるぐるする思考の中で何が原因なのか一生懸命探る。

しかし、思い当たる節があまりない。

診察を終えたジャレットにも分からず、ひとまず過労という診断が出た。

一日絶対安静だという。

 

結果的にノクティスとの手合わせが流れてしまい、謝るがそんなことより寝ていろと怒られた。

ついでに、限界が来たならば言えと無言の圧力を過保護ノクティスとお母さんイグニスから受ける羽目になった。

ただでさえ傷だらけで身体の機能が下がり、虚弱体質一歩手前なのに不用意にダンジョンに立ち入るからだ

とジャレットも少し怒っていた。

こればかりはどうしようもない。

 

カエムで楽しく過ごそうと思っていた一日は、岬の住人に看護される一日になった。

 




武器選択画面からクラレントの属性変更が可能。
威力は二百五十とまあまあ。
所持できるのは主人公のみ。


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兄弟喧嘩

「本当に大丈夫なんだな。」

 

ベッドサイドに座るメディウムにこれでもかと顔を寄せて過保護弟が確認してくる。

一昨日倒れてから過保護がさらに増したノクティス的には必要とは言えスチリフの社探索への同行はさせたくない。

しかしグラディオラスがいない今、最大戦力のメディウムを連れて行かないと、こちらがやられるかもしれない。

盾としての役割より斥候としての役割が強いが、敵の察知ができるのはとてもありがたい。

 

逆に言えばメディウムが倒れたとしても面倒を見る余裕がない。

抱え上げるとしたらイグニスになるだろうし、それでは二人しか戦闘要員がいなくなる。

確実に踏破するまで立っていられる自信がメディウムにあるのかで、連れて行くか行かないか決めることになるのだ。

戦場でそんな曖昧な観点で出撃許可を出す指揮官はいないが、今は緊急事態。

隠れ家の護衛から人員を割くわけにもいかない。

ある意味状況を逆手に取られて、強制的について来ようとしているのは分かっているがダメとは言えない現状だった。

 

「大丈夫だって。そう心配するな。最悪の場合、筋肉増強剤とか反応速度向上剤とか魔導ブースト剤とか飲むし。」

「ドーピングじゃねぇか!やっぱダメだ!そんなやつ連れてけない!」

「でも、連れてかないと俺たちだけでの戦力じゃあ不安だよ。」

「プロンプトの言う通りだ。帝国のドーピング剤ではなく、ルシスの栄養ドリンクにしなさい。」

「マイナーすぎるよ、イグニス。何で持ってるんだ。」

「イグニスも兄貴もそういうことじゃねぇ!結局無理やり動かしてるし!」

 

タフネスVXなどというルシスのマイナー栄養ドリンクを差し出すイグニス。

言いたいのはそういうことではないと突っ込むノクティス。

これではいつまでたっても出立できないと、メディウムはさっさと立ち上がって部屋を出ようとする。

慌ててノクティスが片手を掴んで止めた。

 

「まだ話は終わってない!」

「ノクトの主張と現実を擦り合わせても堂々巡りだ。」

「いつ倒れるかわからないやつを連れてけない!」

「自分でなんとかする。イグニス、プロンプト。行くぞ。」

 

まだ少しだけ青い顔で扉に手をかけたメディウムをノクティスが思い切り引っ張る。

巨神の加護がついたノクティスの力は常人のそれではない。

後ろに引っ張られるがままに背を打ち付けた。

呆気にとられて上を見上げる前に、ノクティスが見たこともないような怒りの表情でメディウムのマウントをとろうとのしかかる。

咄嗟の判断が得意なメディウムはギリギリのところで床を滑り抜け、立膝で体制を立て直した。

まさかの強硬手段に全員の思考がついていかない。

 

「兄貴はいつもそうだ!大丈夫大丈夫って、蓋を開けてみりゃそんなボロボロで!!兄貴の大丈夫ほど信頼できないものはないんだよ!」

 

激情のままに怒鳴るノクティスにメディウムが一歩下がる。

怪我や体調を心配されても、もはや当たり前になっているメディウムは過保護だと思うだけ。

自らの傷がどれほど酷いものかを本人が理解していない。

それもこれも便利すぎるほどに才能がある魔法のせいなのだが、自重する気なし。

使えるものは使う精神でいつも前線に突っ込んでいく。

 

臆病なまでに家族を失う恐怖を覚えたノクティスには自らの体を大切にしないメディウムの行動一つ一つに苛立ちと悲しみを感じていた。

 

一度目は良かった。

現状を把握していなかったノクティスにも非があった。

旅をする上でメディウムという存在を理解し、兄として慕った。

だが、戦闘中に多く見られる自らを犠牲にする行動。

ノクティスを庇って敵に吹き飛ばされることもままあった。

それも短期間で何度も、何度も。

 

しかし、メディウムは自らを生ゴミだと称するほどに自己評価が低い。

謙虚を通り越して卑下するほどに自分に価値を見出せない。

そんな人間に自分を大切にしろと言っても無駄だ。

どれだけ倒れても傷つく戦い方を変えない。

二十年と言う歳月で身に染み付いてしまっている。

 

「知らん。俺は道具だ。傷つこうが倒れようが死のうが王様には関係ない。」

 

音もなく立ち上がり、無表情でノクティスを見据える。

人の喜びを捨てるのはもはや使命を背負う者の当たり前。

それがどうした、と首をかしげるメディウムにその場にいる三人が目を見開く。

飄々と楽しげに話をして、笑いながら冗談を言って、戦う時は頼りになる。

そんな彼が、仮面が剥がれ落ちたかのようにピクリとも表情を変えない。

いつかシドが見た、何もないメディウム。

 

唖然とした空気を物ともせずさらに主張を重ねる。

 

「歴代のルシス王に兄弟が少ないのは自殺か毒殺か他殺か流産か。どちらにしろ殺されている。王位継承権がないってのはルシス王家で言えばそう言うことだ。レギス王が甘いんだ。俺を生かしたりなんかするから。」

「本気で言ってるのか!?」

 

殺せばよかったと他人事のように淡々と告げる。

事実、メディウムは自殺をしようとした。

少々派手ではあったが王位継承権がそのうち剥奪されるであろう身の上では正しい判断であった。

誰も話題に出せなかったのは、メディウムの行いが決して悲しいものではなく王族としていた仕方ない歴史だったから。

剣神バハムートさえ現れなければ、事故死か自殺かどちらかで処理。

出生記録すら破棄されていたかもしれない。

 

ノクティスの問いにメディウムは答えなかった。

誰も望んで死にたくはない。

ただ、それが使命ならば成さなければならないだけだ。

 

「兄貴だって俺が傷つけば悲しいだろ!?死ねばいやだろ!?なんでそんなこと言うんだよ!?」

「…それが使命だからだ。」

 

ブツリッと何かが切れる音がした。

 

メディウムはルシス王家の命運と使命をよく理解していた。

それでいて家族を捨てなければならないことも良くわかっていた。

だからこそ気づけなかった。

ノクティスには、使命など関係ない。

ただ尊敬する兄を。最後の家族を守りたいだけなのだ。

 

それを一切受け付けないかのように"使命だから"とぶった切ってしまった。

 

人の心をよく理解するメディウムにあるまじき失態。

積み重なって元々沸点が低いノクティスは限界をとうに超えていた。

父親を、レギスを失ったトラウマは大きく深い。

周りには突然の出来事に見えるが確実に蓄積していたのだ。

 

ブチギレたノクティスは問答無用でファントムソードを纏う。

最初から本気で叩きのめさねばこの兄はわかってくれない。

 

「力尽くだ。絶対同行させねぇ。いや、もう戦闘にださねぇ。」

「ほう?俺を監禁する気か?」

 

室内で他の仲間もいると言うのに、手に召喚したエンジンブレードを振り上げた。

流石に止めに入ろうとしたイグニスとプロンプトはファントムソードで牽制して近づけさせない。

切っ先がメディウムの首に差し掛かる直前で、ノクティスは寒気を感じて飛びのく。

 

メディウムは笑っていた。

無表情のまま口角だけあげて不気味に笑っていた。

座った目で言葉を紡ぐ。

 

「図に乗るな。やり合いてぇなら外だ。」

 

すぐに無表情に戻ったとはいえ、獲物を狙う狩人の目線に背筋が凍る。

副作用のような幸いで思考が追いついていなかったイグニスとプロンプトが、衝撃のあまり我に返った。

止めねばならないと、間に割って入る。

 

「待て!何故戦うことになる!」

「そ、そうだよ!戦う必要なんて…!」

「従者共は黙ってろ。」

 

聞く耳を持たない二人。

メディウムの一喝により退けられ、二階から降り隠れ家を出る。

明らかに不穏な雰囲気に一階にいたルナフレーナやニックスが不審がる。

買い物にモニカとジャレット、タルコットが出て行っている日なのが不幸中の幸い。

殺伐とした王族など見せられない。

 

何があったのかと勇敢にもルナフレーナが無表情なメディウムに問う。

 

「どうされたのですか。」

「…ルナフレーナ。口出し無用だ。」

「理由ぐらい教えてください。私とてあなたと同じ使命を背負った者です。」

 

表情から使命のことだろうと察したルナフレーナは的確に言い当てる。

神凪の使命と比べてもしょうがないが、彼女も人の喜びを捨てよと言われた身。

蔑ろにする気はないがため息をついた。

 

「これだけは口を挟まないでくれ。頼む。」

 

無表情ではあるが真剣なメディウムに理由があるのだとあっさりルナフレーナは身を引いた。

その代わり見届けねばならないと、イグニス達と共に後ろを追いかける。

 

 

 

 

 

 

スタスタと進む兄弟はいつかプロンプトと訓練で使った平地で向かい合った。

 

「ぜってぇいかせねぇ。」

 

再びファントムソードを纏ったノクティスは合図もなしに七本全てをメディウムに向ける。

弱っているメディウムならば、本物のファントムソードを全てぶつければカタがつくと思ったからだ。

 

しかし、二十年もルシス王家出身であり魔法の天才の男の元で育った彼は弱くない。

 

爆撃のような音を立てて大地をえぐったファントムソードは見事にメディウムを囲むように撃墜されていた。

手に持つのはシドに預けたままのクラレントの代わりであろうどこにでも売っているブロードソード。

たったそれだけ、つまり剣技のみでファントムソードに勝ったことになる。

 

抉られた大地を見る限り、威力はほぼ最大。

一体どのように七本も同時に弾いたのかはわからない。

土埃の中で紫色に光る瞳を歪めていつかみた鬼は笑う。

 

「ガキが。キーキー吠えるんじゃねぇよ。」

 

優しく頼もしい兄の面影はなく、ただ戦うための兵器が垣間見える。

 

効かないならばとマジックボトルを駆使しながらシフト魔法で距離を取り、広範囲爆撃。

爆風圏内から退避したイグニス達とは違い、一歩もその場を動かない。

舐められているのか自信があるのか。

神に力をもらい、ファントムソードも多く集め、ダンジョンをいくつも踏破したにもかかわらず兄の背中がまだ遠い。

焦りと苛立ちでノクティスはさらにマジックボトルを追加する。

 

初弾に遅れて二発が起爆し、メディウムの姿を消した。

避けないのならば多少は食らうだろうと踏んだノクティスの期待はあっさり裏切られる。

 

「だから吠えるんじゃねぇって。うるせぇよ。」

 

キラキラと光る透明な氷が、メディウムの周りに突き刺さっていた。

周りに砕けているのならば全身を覆うように氷の造形魔法で囲ったのだろう。

砕けた物が刺さっていてもおかしくないのだが、炎の爆風を逆手に取られ蒸発していた。

蒸発しきらなかった外側が足元に刺さっているのだ。

 

ファントムソードの使い方を深く理解できていないノクティスには、これ以上の攻撃方法は思いつかない。

焦って何度もぶつけるがことごとく落とされた。

反撃をしないのも気になるが、それ以前に追いつけない背中が大きすぎる。

 

「馬鹿の一つ覚えか。もっと使い方あるだろ。王様。」

 

馬鹿にするように鼻で笑いながら飛んできた夜叉王の刀剣を弾き飛ばす。

無意識に使用していたバハムートの加護を意識的に使用するのは骨が折れるが、使っている間は弾丸も両断できる。

紫色の瞳は油断なくノクティスを捉えているが反撃する意思はない。

態度にさらに苛立ち、煽るような発言をする。

 

「兄貴こそ何にもしねぇでただ突っ立って。怖気付いたのか!?」

「ふん。だからお前はいつまでたってもガキなんだ。」

 

ブロードソードを地面に突き立て、他の武器を召喚することもしない。

その真意を測りかねたノクティスは何も言わない兄を睨みつける。

 

「お前はただの甘ったれたガキだ。しかも人の機微に疎い。最悪だな。」

 

突き立てたブロードソードの周りに氷が這いずり回り、炎が飛び交い、雷が帯電する。

一種の奇跡にも見える光景は明らかな殺意で満たされていた。

 

「王位継承権を破棄したのは、何の理由もなく俺が認められなかったからだ。ルシスのために働いたのはそれしか道がなかったからだ。」

 

逆に聞こう。

殺したいほどの怒りも持てず、ただ世界だの神だの運命だの使命だのに翻弄させられた兄王子。

ぬるま湯のように親に大事にされ、国民に愛され使命も世界のため。

婚約者まで得て幸せに笑う弟王子。

 

ここまで対比されてなぜ怒らないと言い切れる。

なぜ劣等感を持たないと決めつける。

 

 

ブワリと、三種の殺意が膨れ上がった。

 

 

メディウムを覆うように舞う三色の玉と三種のエンチャントがついたブロードソード。

魔法の天才と誰もを言わしめた鬼がその本領を発揮する。

 

「俺は昔っから!テメェが大っ嫌いだったんだよ!!」

 

ーー嘘だ。

確かに嫌いだった時もあった。

憎んでいた時もあった。

しかしそれ以上に、家族を愛している。

でも、今この言葉を言わなければならない。

突きつけなければならない。

 

お前がならなければならない王は兄の犠牲ごときで立ち止まれるものではない。

 

本心では泣きそうだった。

弟にこんなことを言いたくて剣を握っているのではない。

弟を傷つけたくて言葉を覚えたんじゃない。

けれど、それでノクティスが先に進めるならば。

 

口の中で血の味がする。

無理な加護の行使で意識が保てない。

しかし、わからせなければならない。

真の王とはこの程度で歩みを止めていい存在ではないのだと。

 

耐えられないほどの力を与えられたブロードソードは砕けながらも使用者の意思に従う。

振り抜かれた一閃。

ミサイルがそのまま突っ込んでくるような威力の攻撃をノクティスは避けない。

避けられない。

 

メディウムの言葉が想像以上にキていた。

もはやすぐには立ち上がれないほどに、武器を持てないほどに心に傷を負った。

何も語らない兄は自分を憎んでいたのか。

嘘ばかりを並べ立てて自分を欺いていたのか。

 

これが今の力の差だと言わんばかりに勝負は一瞬。

 

混乱のあまり何もできないままもろに食らった一閃で反対側の茂みに突っ込み、木に背中を打ち付ける。

少しずれていれば海に落っこちていた。

 

慌てて駆け寄る前にプロンプトとイグニスがメディウムの前で立ち止まった。

 

「本心…なの?」

 

恐る恐る聞いてくるプロンプトと強く睨みつけるイグニス。

ルナフレーナは間へと立った。

彼らはメディウムと反対側。

ノクティスの方へと付いている。

ルナフレーナは神凪として中間。

 

それが正しいあり方なのだと、一瞬だけ目を細めると黒くなった瞳で二人を捉えた。

 

「それでいい。」

 

答えでも無く、心の言葉でもない。

それだけを残して目線をそらした。

血を口の端から垂らしながらよろける足取りで灯台へと歩いて行く。

誰も追いかけることができなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

灯台の地下にある隠れ港の桟橋。

修理中の船があるのとは反対側の暗い洞窟側でメディウムはぼーっと何かを見ていた。

おかしいとは思ったが様子を見てみようと、休憩していたシドが黙っていれば何もせずただ暗闇を眺めている。

立っているのが辛いのか、桟橋に腰をかけて素足になり海に足を突っ込んでいた。

 

それが数分ならばシドも何も言わないつもりでいたが三十分経っても一時間近く経っても動かない。

どうしたもんかと頭を抱えそうになるが、聞いても何も話さないだろう。

近くで鬱々とされると修理をする気も起きず鬱陶しいので適当に空のコーヒーの缶を掴んでメディウムに投げつけた。

いつもなら避けるか掴むか怒るかするが、スコーンと頭に当たってコーヒー缶と共にそのまま海に落っこちた。

 

ギョッとしたシドは急いで駆け寄る。

上がってくる気配がない。

まさか泳げないとは思ってない。

更にシドも良い年で泳いで引き上げてはやれない。

焦りに駆られるまま隠れ港から隠れ家へと助けを呼びに走った。

 

 

 

 

 

海の中のメディウムはこのまま死んでしまっても良いんじゃないかと、沈んでいた。

心にもないことを聴く方も辛いが言う方も辛い。

弟をとても大事に思っていたメディウムは自分で言っておいて深く傷ついていた。

これでノクティスに嫌われても文句は言えないし、寧ろそうするように誘導した。

自尊心の強い弟ならば一撃でやられたことにいたく落ち込み、嫌いだといった自分を敵視するようになるだろう。

 

協力すべき緊急事態に何をやっているんだとも思うが、犠牲というものを理解して欲しかった。

王はそう簡単になれるものではない。

地位は繰り上がりで手に入れられても人を導く良き王になるには何十年とかかる。

時には民を見捨て時には家族さえも処刑しなければならないだろう。

王が守るのは民であって家族ではないのだ。

 

ただ、レギス王は優しかった。

民も守って家族も守ろうとした。

事実それはできてきたし上手くいっていた。

メディウムという異端が生まれなければ何の問題もなく王を全うできた。

なぜ自分が生まれてきてしまったのか。

なぜノクティスだけではダメだったのか。

 

それはもうルシスの王家の宿命としか言えない。

大きな出来事の時はいつも兄弟で語られる。

そして必ず弟が優れているのだ。

アーデンが最たる例。

兄は星の病で弟は世界の英雄。

今回もそうだ。

兄は敵で弟は救世主。

血筋に刷り込まれた因果応報。

 

どうしようもないことなのだ。

 

息もできない海の中で光がだんだん遠ざかる。

このまま目を閉じればきっと溺死でもして呆気なく人生が終わるだろう。

でも、それは許されない。

生きなければならないのだ。

それがメディウム・ルシス・チェラムの使命だから。

 

諦めたように血の混じった息を吐いて上を目指す。

何度でも這い上がることだけはシガイの王に評価された。

 

立ち上がるのだけはうまい。

 

初めて誰かに褒められた、誇るべき長所なんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

気絶したノクティスの様子を見て起きないので運んでいたイグニスとプロンプト、それを見守るルナフレーナの元にシドが息を切らして駆け寄ってきた。

何事かと聴くとメディウムが海に落ちて上がってこないという。

先ほどの衝撃発言から一時間と経たず入水自殺疑惑。

どうしたら良いかわからない男二人を置いてヒールのルナフレーナが灯台へと駆け出した。

 

シドと共にエレベーターを降りて桟橋に行くと、海面に血と思われる赤い液体が少しだけ漂っている。

まさかもう手遅れなのかとシドが軽い気持ちで空き缶を投げたことを後悔していると、ルナフレーナは躊躇いもなく海へと飛び込んだ。

 

呆然と待つこと数秒。

 

「ゲッホ!ゲッホ!ウエッ!ほんと、ルナフレーナはアクティブすぎだろ!」

 

噎せながらも二人が上がってきた。

血反吐を吐いてはいるが溺れて意識がないわけではない。

一安心したシドは二人を引き上げ、メディウムに説教をかます。

 

「何考えてんだお前さんは!鬱々と居座りやがって!挙げ句の果てに海に落ちるたぁ!生きてんならさっさと上がってこい!」

「落としたのはシドのじいさんだろ…。」

「やかましい!避けなかったのはお前さんだ!」

 

二十六歳になって三度目。

びしょ濡れのまま正座させられてルナフレーナにまで悲しそうな目で見られた。

一発殴られるぐらいは覚悟していたが病人をなぐりとばす外道ではないと、棚に置かれていたタオルを投げて寄越された。

ルナフレーナにも渡している。

 

「自殺でもする気だったのか。」

「…別に。死ねる立場じゃねぇよ。それこそ許されない。」

 

否定はしなかった。

シドは知らないが前科がある。

話を聞いていたルナフレーナはメディウムに近づき、濡れた両手を取る。この王子は、いつも辛い選択をする。彼が歩む道は常に一本。他の楽しく人と出会える道は弟のために残して行く。思えば思うほど辛いメディウムの生き方に、ルナフレーナはもう一度決意を言葉にした。

メディウムが顔を上げると、にこやかな表情で頷かれる。

 

「私はあなたも笑える世界にしてみせます。だから嘘をつかないでください。」

 

フォッシオ洞窟の外で聞いた、ルナフレーナの願い。

再度口にされてメディウムはため息をついた。

 

常に中立の立場である神凪には嘘だとわかっていた。

言った本人も聞いた人もとても傷つく嘘を必要に迫られて吐いた。

悪いと一方的に糾弾する資格はないが追い込まれるような選択は誰も望まない。

 

メディウムも疲れていたのだ。

他に方法があったのに心の何処かで早く王にしなければならないという焦りがあった。

結果的にあんなことになってしまったのだ。

 

「誰も悪くないんです。伝える言葉が悪かっただけなんです。」

「…言い直したりはしない。」

 

放った言葉は戻ってこない。

言葉の重さがわかるメディウムはそっぽを向いて桟橋の端に再び座る。

上に上がる気はないようだ。

本人が動きたがらないならそっとしておこうと、シドとルナフレーナが判断しその日は兄弟で仲違いをしたままどこにもいかずに終わった。

 

ノクティスは隠れ家で。

メディウムは隠れ港で。

 

結局本質は変わらない。

ノクティスは暖かい場所にいて、メディウムは少し寒く先に進む道にいる。

追いかけたいならば港に行けば良いのに弟は二の足を踏む。

帰りたいなら家に行けば良いのに兄は振り返らない。

 

変わらない兄弟は、翌朝も顔を合わせることはなかった。

 




王を知る兄。王を知らない弟。
物になる兄。人になる弟。
王になれない兄。王になる弟。

対比に対比を重ねた兄弟の喧嘩。
仲直りはいつになるのやら。


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居場所

使われていない空のベッドにため息をついて、仲間たちが待つ一階へと降りる。

結局兄は何も言わずに隠れ家に帰ってこなかった。

隠れ港でシドが監視をしているという。

 

意気消沈した兄は気がつけばどこかへと消えてしまう。

ガレージに泊めたあの夜。

六歳の子供の時ですらほとんど帰ってくるかも怪しかった。

今度は本当に帰ってこないかもしれない。

 

昨晩意識が戻ってから聞いたシドの言葉にチクリと心が痛んだが、あんな兄居なくなってしまえと思ってしまう自分もいる。

兄は自分を王としてしか見て居ない。

兄弟として、弟として、家族として見てくれない。

嫌いだと言われて本気で殺しにきた。

力の差を見せつけられた。

それがどうして心配だから見に行こうという気持ちになれようか。

 

名称もつけられないどうしようもない気持ちで一階に降りるとタルコットとジャレットが食卓に着きイグニスとプロンプト、モニカが食事を並べて居た。

メディウムとルナフレーナと護衛のニックスさらにシドの席もあるが空席。

隠れ港にいるのかもしれない。

 

お通夜のようなどんよりした空気で席に着いたノクティスにかける言葉が見つからず、静かに食事が始まる。

昨日まで笑いあっていた兄はいない。

それがどうしようもなく虚しくて、一口二口朝食のスープを口にしてからスプーンを置いてしまった。

 

「…ノクト、気持ちはわかるが食べなければダメだ。」

「そうだよ。食べなきゃ元気でないよ。」

「…悪りぃ。今は無理だ。」

 

イグニスとプロンプトの制止も聞かず、ノクティスは席を立つ。

 

あれだけ傷つくことを言われたのに、兄はきちんと食べているのだろうかと心配してしまう。

結局のところ昨日の虚しい戦いでは傷つきはした。

けれど、弟と思って欲しかった。

家族だと認めて欲しかった。

自分の体を大事にして欲しかっただけなのに。

ただ、それだけだったのだ。

なのに。どうして。

 

ーー何故そう決めつける。

 

兄が放った一言が気になって仕方がない。

 

ーー俺は昔っから!テメェが大っ嫌いだったんだよ!!

 

あれは本心なのか。

本当にそう思われていたのか。

ぐるぐると考えて考えて、悩んで悩み抜いても一つの頭では回り続けるだけ。

答えが出ないまま、室内にいると気分が悪いと赴くままに外に出た。

仲間達もついてくるかと思ったが一人にしておいてくれるようだ。

家を出る前に周りをよく見るプロンプトがそっとイグニスを遠ざけていたのが見えた。

 

心遣いに感謝しながら玄関先で灯台を見ていると、ドカンッという爆発音と共にシドと思われるしわがれた怒鳴り声が聞こえてきた。

 

「メディ!また逃げる気か!!」

 

声のする方を見ると灯台が立つ岬のさらに先。

海の上に素足で飛ぶメディウムが見えた。

その手には修理されたのであろうクラレントを持っている。

 

視線は興味に逆らえず見続けていると、焦点が合ってくる。

じっとよく見れば手足は血だらけで足先からポタポタと血を流している。

先ほどの爆風にやられたのか、その前なのか。

隠れ港で一体どんなことが起こったのか。

想像もつかないがまた兄が傷ついているのだけはわかる。

 

しかし、体は動かない。

駆け寄りたいのに、体は言うことを聞かない。

震える手。脳裏には全力の一撃を放つ兄の姿。

ファントムソードなどと言う借り物ではない、魔法の才を存分に発揮した兄自身の力。

ショボい魔法しか使えない自分とは違う。

 

神の力もファントムソードも取り上げられて仕舞えばろくに戦えない自分。

何もかもを取り上げられても才能を持って這い上がってきた兄。

ノクティスは、メディウムが怖くなってしまっていた。

 

「拗ねてねぇで降りてこい!そんな体で魔法使ったってどこへも行けねぇぞ!」

 

シドが怒鳴りつけて降りるように促すが、兄はちらりと見るだけ。

ずっとどこかの方向を見て浮遊している。

照り返すような光でキラキラと光る海の上の幽鬼のようにフワフワと浮く。

何かを探しているのか稀に別方向を向くが、北の方向で目線がよく止まる。

 

やがて、緩やかな動きでシドがいるのであろう灯台の岬へと振り返った。

ノクティスのいる玄関先からはよく見えないが白い布がはためいてチラチラとのぞいている。

ルナフレーナもいるのであろう。

ならば護衛のニックスもいるはずだ。

肯定するかのようにルナフレーナの透き通るような力強い声が響く。

 

「メディウム様!あなたの居場所はここです!もう他を求めなくていいのです!あなたはもう、ルシスに帰っても誰も咎めません!あなたが望むなら戦いを辞めてもいいのです!!だからもう…お願いですから…そんな姿にならないでください…。」

 

最後の方は途切れるように細々としていた。

泣き崩れているのかもしれない。

ルナフレーナは兄との二人旅で何かを知ったような口ぶりをしていた。

きっと、それに関する思いなのだろう。

 

兄は家族である自分に何も話さないくせに、神凪であるからとルナフレーナには語った。

その事実に、さらに悲しみが増える。

 

振り返った兄の顔は見えないが、海風に煽られて首からキラリと光るものが現れた。

太陽の光に反射して美しく輝く銀のネックスを血まみれの手で掴むと兄の体に氷がいくつも張り付いた。

どう言う魔法だと玄関先の柵から身を乗り出すと一瞬だけ兄の瞳がこちらを見る。

頬まで氷で覆われたところで口パクで何かを伝えていた。

 

「ーーーー。」

 

音にならない声を残して、全身を氷で覆われた兄は砕けて海へと落ちた。

反射して眩しいほどの氷に岬に立つシドがやりきれない思いで地団駄を踏む。

一体何が起きたのか理解が追いつかないが、兄がどこかへ行ってしまったのはなんとなくわかる。

兄はもう、帰ってこないかもしれない。

 

そう思うとノクティスはいてもたってもいられなくなった。

気がついた時にはただ、ひたすら岬に向かって走りだしていた。

 

消えて砕けてから体が動くなど馬鹿らしい。

あんなに傷ついている兄に駆け寄れなくて何が家族か。

何が認めてもらえないだ。

そんなの当たり前だ。

 

昔からノクティスが泣きたい時や寂しい時に兄はふらりと帰ってきた。

帰れなくても外の世界を絵でも写真でも見せてくれた。

 

兄は自分のことを大嫌いだと言った。

一日経って兄の姿を見て、ノクティスはその言葉を”それがどうした"と投げ飛ばす。

だって、兄はいつだって、メディウムはいつだって駆けつけてくれた尊敬する優しい兄なのだ。

嫌いだって構わない。

殺したいと言われてもいい。

嘘でもなんでもついていくらでも騙されてもいい。

 

自分は兄を心配するあまり、兄が自分に最初に放った家臣としての言葉を忘れていた。

 

ーー王の側に。

 

レスタルムで聞いた言葉の意味をやっと理解する。

兄はあの時から自分を犠牲にしてでも王を支える誓いを立てたのだ。

覚悟もろくにできていない馬鹿みたいな王様の側にいてくれると誓ってくれたのだ。

それをないがしろにして、ただ守られる存在になれと言ってしまった。

もし、言うことを聞いてくれても兄にはとっても耐えられない状況だろう。

 

すれ違って、初めて喧嘩した。

必要なものは会話だと学んだのに、ろくに話もしなかった。

兄が想いの内を開けないからと勝手に自分も想いを告げることを忌避していた。

 

聞かねばならない。

砕ける前に音にならなかった言葉を。

兄の口から、聞かなければ。

今すぐ探さないともう二度と帰ってはこない。

そんな確信があった。

 

「ルーナ!シド!ニックス!」

「ノクティス様…。」

「どこまで見てた。」

「飛んでるところから砕けるまでだ。兄貴を探したい。どこに行ったか分かるか。」

「おめぇさん、合わせる顔があんのかよ。昨日喧嘩したばっかだろ。」

「そんなことはどうでもいい!このままじゃ兄貴が帰ってこなくなる!」

 

まだ少しだけ会うのは怖かった。

昨日の今日で盛大に怒りをぶつけてしまったからだ。

だが、そんなことでまた足を止めたら取り返しのつかないことになる。

早く探し当てないと。

一刻も猶予はない。

 

シドがため息をつくと先ほどの魔法について語る。

 

「昔メディが作ってた転移魔法とかいうやつだ。足取りを追われないように追跡防止魔法もついていやがる。」

「行くあてとかは。よく寄ってたところとか。」

「それなら、レスタルムでは?」

 

ニックスが言うには隠れ港で誰かからメールをもらっていたらしい。

チラリと見えた本文の中にレスタルムの名前があったと。

それから様子がおかしくなり、先ほどの転移に繋がった。

途中で止めに入ったニックスを避けるために自爆を敢行したとも。

血だらけだったのは爆風で肌が切れたからだろう。

 

どのようなメールで誰からだったのかはわからないがレスタルムにいるならば話は早い。

早く捕まえなければと、ノクティスは隠れ家へと戻り仲間を呼びに行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

所変わってスチリフの社。

軍の命令に従ってシガイの標本集めをしていたアラネアが昼間は入れないと、外で報告書を書いていると慌ててやってきた帝国兵に妨害される。

何事かと聞けば"人が降ってきた"と言うのだ。

人が降ってくるわけがないと思うが、聞けば赤毛の男でビッグスとウェッジが顔を確認中。

 

赤毛と聞けば一人の知り合いが思い浮かぶが魔導ブーツで移動する前に迎えを頼むはず。

文字通り降ってこられるほど魔導ブーツは高性能ではない。

せいぜい揚陸艇が滞空できる高さまで跳躍できる程度。

魔法が使えるわけでもあるまいと思っていたところでビッグスが報告に来た。

 

「誰だった?」

「ディザストロで間違いありません。随分傷だらけですが。」

 

担ぎ上げて来たのかウェッジがアラネアの揚陸艇内に降って来たディザストロを下ろす。

ぐったりしているが外傷は切り傷のみ。

肌が裂けているだけで高所から落ちて出来た打ち身や骨折は見られない。

どの程度から落ちたのかは見ていないが人間業でないのは分かる。

意識はギリギリ保っているようだ。

 

「どうしたのさ。何があったんだい。」

 

言葉は返さず、首を振るのみ。

血が滴る手でポケットに入った携帯を取り出したかと思うと一つのメールを見せた。

 

ーー優秀な副官へ。

居場所を求めるならばレスタルムにて待つ。

誰よりも君を理解している親父殿より。ーー

 

簡潔だが誰から送られて来て、どこに行けばいいのかわかる文。

アラネアは眉をひそめてディザストロを見た。

レスタルムに向かいたいのだろうがその体では無理だ。

メディウムも魔力の限界で、マルマレーヌの森周辺に一度転移。

レスタルムにもう一度転移したはずが座標を大いに間違え、先日通ったスチリフの社上空に出てしまった。

飛行魔法を使う魔力もなく、かろうじて落下衝撃の軽減が出来たところで帝国兵に拾われたのである。

 

ディザストロとして動くためにあらかじめ起動したネックレスが功を奏した。

 

「レスタルムに行くのは良いけど手当てしないと連れてかないよ。自力で行くなら別だけど。」

 

アラネアは厳しいから言っているのではなく、本当に心配しての言葉。

そのまま歩いて行くこともできないこともない距離だが、血まみれの不審者など通報ものだ。

ハンターなんかに保護されたら目も当てられない。

メディウムも昨晩は眠らずに徹夜。

もはや限界で手当でもなんでもして良いから連れてってくれと、もう一度メールの"レスタルム"という部分を指差した。

 

長い付き合いで無言でも意思疎通ができるアラネアは了承し、もう一度ウェッジに抱えさせて救護用の揚陸艇に運び込んだ。

運び出して見えなくなったところでビッグスがアラネアに話しかける。

 

「やっぱり、宰相の仕事関連の怪我ですかね。」

「でしょうね。仕事かどうかはわからないけどあんなに疲れてるのは久しぶりに見たわ。」

「油断からくる傷ってやつよりも"自ら負った傷"っぽいですよね。」

「何かの警護か、不可抗力か、命令か。どちらにせよ良い仕事じゃないわ。」

「魔導ブーツも履いてなかったですし。降ってくる理由もちょっと思いつかないですね。」

「"ルシスの王子"絡みだったら降ってくることもあるんじゃない?」

 

長年戦場に居続ける二人は的確にディザストロの状態を観察し把握したが降ってくる理由がどうしても思いつかない。

説明がつかないことでよく押し付けられる理由を使うならば魔法とやらの奇跡的な現象ぐらいか。

今も逃亡中のルシスの王子と出くわして一戦交えた時にそうなった、とか。

 

しかし、アラネア自身が戦ったときは魔法を使う気配すらなかった。

単純な剣技と瞬間移動のような魔法。

アラネアを着地不可能な高さまで跳ね上げる魔法があればそれを使えば良いのに使わなかった。

つまりルシスの王子という線もかなり薄いわけだ。

ビッグスはアラネアの報告と擦り合わせて、無難な結論を出す。

 

「ま、宰相絡みの不思議な事件ってことで。」

「それ以外ないわよねぇ。」

 

アーデン宰相絡みの不思議な事件簿にまた一つ、不思議事件が増えた。

結論とも言えない極論が出たところで仕事三昧の年下の様子を見るべく、二人は移動を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

救護用の揚陸艇では止血と消毒が行われ、ガーゼを大量に貼られた。

両腕は面倒だとガーゼを丸ごと貼られて包帯でぐるぐる巻き。

両足は洗えば割と傷が少なかったので所々ガーゼが貼られることとなった。

戦場あるあるの応急処置のようなものだが、清潔に保って消毒までしてくれるのだから御の字である。

魔力が戻ったらケアルでもかければ良い。

それよりも寝ていないと体力もろくに回復しないと、横になるよう衛生兵にきつく言われた。

眠れなくても目を閉じて横になれば十分。

 

救護用の揚陸艇に備え付けられた折りたたみのベッドに毛布を敷かれて放置された。

顔には出ない寡黙なビッグスが長年の付き合いで分かる程度に心配そうにしている。

 

「大丈夫か。」

「いきなりすまん。驚いただろ。」

「かなり。今度からは地を歩いてきてくれ。」

「…あー、うん。そうする。」

 

深く聞くつもりがないという意思で、ベッドの横に座る。

いると寝られないだろうと衛生兵が横から注意するが居てくれた方が落ち着くと苦笑いで返した。

ビッグスとウェッジは悪友だが、節度がある。

怪我人を悪くは扱わない。

 

ウェッジは軽い冗談だけ言って、後からやってきたアラネアとビッグスに軽く手を挙げた。

 

「ただの切り傷ばかりだそうだ。」

「そう。出血量が心配だから食べ物持ってきたわ。朝のスープの残り。」

「なんでスープの残りなんてあるんだよ。」

「シガイの標本集めって夜しか入れないから以外と暇なのよ。それにご飯ぐらいきちんと食べたいじゃない。意外なところで役に立つしね。」

「へいへい。ありがとな。」

 

渡された少し暖かいスープを口に含む。

塩だけの簡単な味付けだが、遠征中に食べるには贅沢だ。

野菜まである。

 

昨日の朝から丸一日何も食べていないディザストロは思いの外お腹が空いていて、軽い味付けがありがたかった。

アラネアは満足そうにそれを見て笑う。

 

「お礼が言えるのは良いことよ。ほら、食べて休んだらレスタルムね。気が乗らないけど送ってく。」

「悪いな。ほんと。」

「良いわよ別に。あんたの居場所は宰相の隣なんでしょ。」

 

アラネアの言葉にスプーンを止めてスープに映る自分の顔を見る。

酷い有様だが、これが正しいあり方なのだ。

自分はルシスの王子に戻れはしない。

肩書きがあっても、心と体は道具のまま。

 

どうしようかぼんやり考えていたところで計ったかのようにメールが届いて、気がつけばカエムの岬を文字通り飛び出していた。

 

「…本来いるべき場所に帰るだけだ。」

「なによ。"居場所"と"いるべき場所"は違うわよ。」

「は?同じ意味だろ?」

「馬鹿ね。」

 

居るべき場所ってのは強制された場所。

居なきゃならない場所で好きとか嫌いとかは関係なし。

その存在がいるってことを求められる場所よ。

 

居場所っていうのは、形じゃない。

人でも家でも場所でも自分を表してくれるものがあってずっとそこにいたいってあんたが思える。

いる意味なんて求められないし、好きなだけいれば良い。

好きなだけ離れていても良い場所。

帰った時に温かく迎えてくれるのよ。

 

「あんたは宰相の隣に居たいから帰るんじゃないの?」

「それは…。」

 

違うとは言えない。

今までアーデンの隣が帰る場所で、それ以外にいても良い場所なんてなかった。

ノクティスと旅に出て初めて、他の帰る場所を知った。

違いなど、よくわからない。

 

迷いのまま吃る。

アラネアは深くは考えなくて良いと優しく笑った。

 

「あんたが行きたいってんなら連れてくよ。友達だからね。でもいたいって思える場所、見つかると良いね。」

「俺は宰相の隣だけはオススメしないよ。」

「同意。」

「それは私も同意。」

 

アラネアに続いて茶化すようにビッグスがアーデンの隣はやめておけと付け加える。

ウェッジが静かに同意しアラネアも真面目に頷いた。

それがたまらなくおかしくて、少しだけ微笑む。

眉は下がったままだがいくらかマシな顔が出来ていることだろう。

 

暗い顔で怯えるような友人など、誰も見たくはない。

 

年下の上司であり同僚。

なにがあったのかを聞くよりも外を知らない彼に友としてできることをしたい。

一種の弟のように思っている三人は思い思いにディザストロの頭を撫で、早く元気になれと救護用の揚陸艇を出て行った。

 

気の置けない年上たちの優しさに包まれてそっと目を閉じる。

いたい場所といなければならない場所。

ノクティスの側はいったいどちらなのか。

許されるならばずっと一緒にいられて、離れていた分やり直せたら。

 

アーデンに植え付けられた現実と本心が揺れ動いて迷いが生まれたディザストロは久しぶりになにも考えずに眠った。

悩みごとが多かった数日の中で一番疲れが取れる眠りは存外深く短かった。

 



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怪我人

目を開けると、長年見続けた赤いオープンカーの後部座席で寝転んでいた。

 

たしかスチリフの社で魔力が尽きてアラネアに保護してもらっていたはず。

レスタルムに連れて行ってもらってこのオープンカーの持ち主と会うはずがなぜ自分は持ち主不在の車で眠っているのだろうか。

鼻に付く消毒液の匂いと動かしづらい両腕を見る限り、時間は大してたっていない。

周りを見るとヴェスペル湖が少しだけ見え、樹海が広がるばかり。

木の間から覗く日は真上にある。

 

今が正午か、少し後か。

多く見積もっても午後一時は過ぎない。

それだけの時間があればレスタルムからスチリフの社まで移動することは可能。

つまり、迎えにわざわざ来たという推測がたてられる。

呼びつけておいて迎えに来るとか意味がわからないが、ヴェスペル湖周辺にいるのは確かだ。

 

痛む体を腹筋だけで起こし、辺りを見渡すが風景は代わり映えしない。

アラネア用の赤い揚陸艇が眼に映るが数人の帝国兵がいるだけ。

一体どこへ行ったのかとキョロキョロ探していると、ポスンと肩に手が置かれた。

 

全く気配がしなかったことに大いに驚き慌てて振り向くと、不思議そうな顔のウェッジ。

無愛想で寡黙な彼は物音がしない節があるが、まさかここまで接近されて気がつかないほど弱っているとは思わなかった。

微妙な顔でウェッジを見続けているとポンポン頭を軽く叩かれた。

ついでに探し物の場所を示すかのように別の黒い揚陸艇を指差した。

 

「アラネア達はあそこに?」

「宰相が迎えに来た。」

「誰かが呼んだのか?」

「勝手に来た。お前を引き取りに来たとかで。」

 

ぐっすり眠っている怪我人を叩き起こすのはアラネアが許さず、ウェッジが運んでくれたようだ。

当のアラネアとアーデンはシガイの標本回収状況やミスリルの採掘量の報告のために、資材運搬の揚陸艇にいるらしい。

ビッグスは武器の在庫確認でアラネアの揚陸艇に。

 

動けるのならばアーデンの元に行こうと体を起き上がらせるが、ウェッジに止められた。

何処かを見ているので視線を追うとちょうど二人が出てくるところであった。

 

「あら。起きた?もう少し寝てた方がいいわよ?」

「よく眠れてスッキリしてるよ。所でそこの宰相様はなんで迎えに来たんだ。」

 

誰も頼んでいない迎えにジト目で睨むと涼しい顔でスルー。

ニヤニヤと腹が立つ笑みで意味深な言葉を放たれた。

 

「うーん、色々あって急がなきゃいけないんで来ちゃった。ディアが来るの待ってたら遅いしさ。」

「来ちゃったじゃねぇよ。俺の努力が水の泡なんだが。」

「見事に道を間違えた馬鹿な部下をからかいに来たとも言うね。」

「そーですか。」

 

急がなければならない用事などなかったはずだが、アーデンは態度を崩さない。

だが、滅多に嘘をつかないのも確かである。

どうしたもんかと後部座席で座り直しているといつのまにか運転席に座っている。

このままどこへ行くのかさっぱりわからない。

 

「じゃあ、アラネア准将。引き続きよろしくね。」

「承知しました。くれぐれも副官に無茶振りなさらないように。槍が降ってくるかもしれませんので。」

「ははは。それ君の槍だよね。」

 

和やかなのに殺伐とした会話の二人にドン引き。

冷や汗を流しながらその場にいるアラネアとウェッジに手当ての礼を言って走り出したオープンカーの後部座席から助手席に移る。

少しぬるい風に吹かれながら向かう先はレスタルムだと言う。

迎えに来てわざわざとんぼ返りという謎行動にさらに疑問に思うが、曰くホテルのようなベッドがある場所でなければ行えないことがあると。

 

「…セクハラ?」

「違うよ。そう言う趣味ないし。」

「上司のあれやそれやなんて知りたくないんだが。」

「だから違うって。」

 

どう違うと言うのだ。

清々しい程雲ひとつない晴天の下で話す内容ではないし。

そも、自分が一緒の必要性が感じられない。

説明を要求すると、ネックレスにかけられた魔法を解くように言われた。

 

メディウム・ルシス・チェラムに関係することで王子様との逃避行気分なのだそう。

こんなところノクティスたちに見られたら言い訳ができない。

どんな解釈をされることか。

しかし、追ってくることもないだろうと自嘲気味に微笑んでディザストロは魔法を解いてメディウムへと姿を変えた。

その予想は現在進行形で覆されているのだが知る由も無い。

 

「で。説明。」

「魔法に関することなんだけどね。」

 

ルシス王家が扱える神から賜った奇跡。

魔力と呼ばれる力を代償にすることによってあらゆる力を身につけられる。

その原理や定義は様々で使用者の考え方で形を大いに変える。

特にメディウムに関しては氷魔法と相性がいい。

形に残す絵に才があるところから造形を特に得意とする。

 

歴代の王達は魔法よりも武芸に秀でていたが、必ず相性があった。

相性が悪ければ威力が落ち、良ければ少量でも劇薬となる。

魔法は便利だがなんでもかんでもできるわけではない理由がそこにあった。

つまるところ、良し悪しがある。

 

さらに言えば魔法も奇跡の賜物ではあるが、エレメントをそのまま使う以上のことにはきちんとしたプロセスがいる。

材料と過程がない中で物は作れない。

そう、作れないはずなのだ。

 

「ところがぎっちょん。」

「は?」

「いや冗談で言っただけ。ディアの、メディウム君の場合はね。過程をすっ飛ばして結果を発現させられるんだ。君、魔法に関しては過程なんて考えたことないでしょ?」

「さっぱりない。思い浮かべた結果が目の前に出て来るし、必要ない。」

「うん。それね、人間技じゃないんだ。だって神様でもできないからね。」

 

極論で言って仕舞えばメディウムはあらゆる物事を魔力というリソースのみで現実にできる。

その上で過程や理論は存在しない。

魔力があれば新たな神を創造することだって理論上は可能なのだ。

そんな膨大な魔力を持ち得ている人間なんていないが。

 

それの何が問題なのか。

 

そう、メディウムは人間なのである。

人間がその身の範疇を超えた事象を起こしたり出会ってしまったりすればどうなるか。

 

「大抵の場合は大怪我か、意識不明か、死ぬか。それすらもメディウム君は"魔力がある限り覆している"んだけどね。」

「最近怪我どころの騒ぎじゃない吐血や骨折が多いのは?」

「魔力が尽きているからだね。魔力回復が遅いのはケアルが常時働いているから。」

 

吐血するほど内臓が逝っても骨折しても魔力がある限り自動で治療するということらしい。

マルマレーヌの森で蔦のシガイに叩きつけられた時も背骨が折れたような気がしたが、ジャレットの診断ではなんともなかった。

ノクティスとの戦いで負った傷もほとんど治りかけ。

包帯を少し解いて中を見ると、ガーゼに血が滲んでいるが肌は元どおりになっている。

 

「でも人体って何度も大怪我負って無理やり高速治療なんていうとんでも状況に対応できるもんじゃないよな。」

「そのうち後遺症が残るようになったりするかもね。それ以前に魔力自体が枯渇して死ぬかもしれない。」

 

魔力を生産することができなくなれば自然と今までのツケが回ってくる。

因果応報。

このままのペースで傷を負い続ければ五年もしないうちに野垂れ死ぬ。

応急処置をしても、もって十二年。

三十路を迎える頃にはお亡くなりになるのが決定しているということだ。

余命宣告されるとは思っても見なかったが、なぜアーデンにそんなことがわかるのか。

 

隅々まで体を見たわけでもあるまいに。

 

オールド・レスタを通り過ぎたところで再びジト目で睨みつけるが気にせず話を続け始めた。

なぜ睨まれているのか分かっているだろうに、答えないということは教えたくない情報なのだろう。

黙って説明を聞くことにした。

 

「メディウム君には生きていてもらわないと困るからね。応急処置は直接体に触れないといけないし、単純に何もしないで休む時間も余命延長に重要。」

「それでベッドのあるレスタルムか。合理的だが休むだけに時間を費やすのか?」

「まさか。君の弟君にちょっかいかけるさ。」

「…そうかよ。」

 

どうするのかは知らないが真の王を求めるアーデンならば任せても勝手に色々やってくれるだろう。

知っているかもしれないがまだ周っていない王の墓所と、ミスリルが必要なことを教える。

ついでに王の盾が不在であることも。

修練の道についてはアーデンも知っているので、時間がかかっても四日足らずで帰って来るだろうとのこと。

生きていれば、の話だが。

その辺はコルの現場判断による。

 

移動基地などに収容するのも手だとは思うが、そうすると強硬手段に出る可能性がある。

ルシスの王子という肩書きをメディウムが持っている以上彼らが保護にやってくるのは絶対だ。

民間人も泊まる公共の場に押し入れておけば帝国側もルシス側も手出しが難しくなる。

今の状況で騒ぎを起こすのは賢明な判断ではないからだ。

さらに宰相のおまけ付き。実に嬉しくない。

 

「まーた監禁か。」

「君のためなんだよ。」

「どこが。遊びのために人質にするだけだろ。ついでに治療。」

「俺なりに優しさを見せてるんだけど?」

 

ハンドルを握る手を片方外して、ぐしゃぐしゃに頭をかき回される。

黒い夜空の髪がキラキラと舞った。

手つきこそ荒いが労わるような優しさがある。

 

レスタルムは軍人ばかりのジグナタス要塞とは違う、一般人の居る場所。

ノクティス達が順調にレスタルムに辿り着くとは到底思えないが、何かしらの誘導を行うだろう。

生ぬるい風に吹かれてしばらく暇に過ごす間何をしていようかと、久しぶりに静かな車内で目を閉じた。

 

メディウムはニックスがメールを覗き見していたことを知らない。

割とすぐにたどり着いてかなり驚くのは数時間後の話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時間は戻ってメディウムがスチリフの社に墜落した頃。

イグニスとプロンプトに状況説明を行ったノクティスは急いで追いたいと仲間たちに頼んだ。

しかし、プロンプトは当然のように快諾したがイグニスが頷かなかった。

なぜ頷かないのか理由はわかっている。

メディウムがノクティスに対して大嫌いだと言ったこと。

実際にノクティスに全力の一撃と言う名の害を与えたことである。

 

イグニスとて兄を追いかけたいノクティスの気持ちがわからないわけではない。

ノクティスがいない世界をイグニスが考えられないようにノクティスもメディウムがいない世界を考えられないのだろう。

家族とはそれほど大きな存在であり、帰ってこない可能性も高いことは自明の理。

急ぎたい気持ちもわかる。

 

けれど、従者は王を守らねばならない。

尊敬する軍師が敵でないと確証を持って言えない今、追いかけるとは言えなかった。

 

そこにルナフレーナが割って入る。

 

「イグニスさんはここにいてください。行きましょう。ノクティス様、プロンプトさん。」

「ま、待て待て!ルーナも来るのか!?」

「当たり前です。メディウム様は私を守りノクティス様と引き合わせて下さいました。いわば恩人です。そんな人を傷だらけのまま放置できるほど私は非道ではありません。」

「俺も付いて行きます。王都襲撃の時、命を救っていただきました。一度救われた命をあの人の役に立てるように使いたい。」

「ニックスまで…。」

 

ルナフレーナは王都の襲撃から二人旅まで、ニックスはグラウカ将軍との一戦で大いに救われた。

彼女らの決意は固い。

ノクティスと共についていくと言って聞かないルナフレーナとニックスにイグニスが動揺しているとシドとモニカ、イリスもノクティス側に加勢して来た。

 

「シドニーはハンマーヘッドを離れられねぇが、早く捕まえてこいだとよ。あいつらは長い付き合いなんだ。気になって仕事が手につかないって。」

「コル将軍にも連絡を入れました。各地で活動している王の剣や王都警護隊の者達にメディウム様の捜索を最優先にするように指示をと。用事が終わり次第、将軍達もレスタルムに合流するそうです。」

「私たちも手伝うよ。ジャレットとタルコットと私ならレスタルムに居ても怪しまれないからね。」

 

ルシス王家に深く関わりのある人達が動き始めている。

信頼できないと思う反面、これだけの人々が迎えに行きたいと思っている事実。

そして、ノクティスが誠心誠意込めて頭を下げた。

 

「頼む。兄貴を、家族を失いたくない。」

 

事の発端はただの兄弟喧嘩。

その仲裁をこれだけの大人数でやろうとしているのだから馬鹿げている。

でも、彼らは本気でメディウムを取り戻そうとしている。

消えて行った王子を必要としているのだ。

 

イグニスはため息をついて、そっとメガネをあげた。

 

メディウム自身に自覚はないかもしれないが彼が残して行った政治の指針や細かい改定法案はあらゆるところで賛美されている。

第一王子メディウム・ルシス・チェラムは世界の指針。

彼を失ってはルシスに大きな打撃を与える。

 

今は全く関係ない打算的な理論で信頼できないと言う気持ちを押さえ込んだイグニスは、渋々頷く。

ノクティスの意に反することは基本したくないのもある。

だが、ルナフレーナやニックスが来るのはあまり良くない。

特にルナフレーナは知名度が高い。

どこに行ってもばれてしまうだろう。

メディウムがルナフレーナと二人旅の時に密かに行っていた認識阻害魔法も、ノクティスは使えない。

 

「メディを探しに行くのはいい。だがレスタルムに直接行くのは俺とノクトとプロンプトだけだ。それ以上は目立つ。」

 

妥協案を出すと、そそくさとノクティスとプロンプト以外が引いた。

完全に乗せられたことに若干イラッとするが王の剣や王都警護隊が動き出しているのは事実だろう。

彼らがルシス国内を見てくれている限り、国外逃亡はあり得ない。

魔法で国外に行けば目立ってしまうし魔力も足りないはずだ。

船も出て居ない今、袋の鼠である。

 

思いもよらぬところで王子と従者と一般人の三人旅が始まってしまった。

 

「ぜってぇ兄貴を捕まえる。」

「うん!喧嘩したまんまは嫌だもんね!」

「全くだ。」

 

イグニスとて喧嘩したままでは後味が悪い。

反対したのはある意味従者としての建前なのだが、その辺は黙っておく。

守るつもりで反対したのも確かなのだ。

 

ただ今回は、そんなことよりも早く捕まえて説教してやりたい年上の大人たちがたくさん居た。

メディウムを大切に思ってくれる人達がたくさん居た。

イグニスが考えを変えた理由はそれだけの、それほどのことである。

 

いろんな人に見送られて隠れ家を出た三人は早々にレスタルムへと向かった。

 




おじさんは余計なことしかしません。
主人公にだけ優しい。
おじさんがいった「ところがぎっちょん。」は中の人ネタです。
調べると出てきます。気になる人は検索だ。

三人旅は長くなるため何編かに分けます。


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捜索

あまりにも短かったノクティスサイドを追加。


熱い街ならぬ暑い街、レスタルム。

 

赤いオープンカーでたどり着いたのは午後三時ごろ。

日が傾いてはいるがまだ十分明るい時間。

さっさとホテルに引っ込んで準備を始めたアーデンに指示された通り、食材の買い出しとしばらくの軟禁生活の暇つぶし品を探していた。

テレビやラジオといった娯楽に加えて携帯ゲーム機、本、スケッチブック、絵の具、大量の紙と何本かのペン、着替えの服を数着。

とにかくどのぐらいの期間動けないのかわからないため、量は適量。

 

あまり体を使うなと言われたが、かなりの紙袋を抱えることになった。

雑然とした市場で食材を買い揃えていると串焼きを売っているお兄さんが声をかけて来る。

 

「ずいぶん抱え込んでいるね。見ない顔だし。観光かい?」

「そんなところです。」

「串焼き買ってかない?コカトリスの焼き鳥もあるよ。今なら一本おまけしちゃう。」

 

お茶目なお兄さんはウインクして焼き鳥を一本持つ。

可愛らしいお嬢さんにやるものだがそこは商売なのだろう。

なかなかに美味しそうな匂いにつられてつまみ食い兼夕飯にすることにした。

 

「二本おまけしてくれたら十本買いますよ。その焼き鳥の塩とタレ、あとはネギマとヒナで。レバーもかな。」

「よしきた。ツレがいるのか。」

「ええ。どうせなら一杯引っ掛けるか。この辺で美味しいお酒は?」

「斜向かいの屋台で売ってる店主おすすめは美味いぞ。お兄さんいける口かい。」

「いや全く。昔失敗してトラウマですよ。でも味は嫌いじゃないです。」

「あー、この街のは蒸留酒が多いから初心者向けのはビールしかねぇなぁ。」

「それならビール買います。焼き鳥と合いそうですし。」

「おう。美味いって広めてくれや。また買ってくれよ。」

 

嫌な思い出しかないが娯楽の一つにアルコール、つまり酒が入る人もいるようだ。

週末に羽目を外して飲むビールがうまいと良くビッグスが語っていた。

この際トラウマを克服するのもいいかもしれない。

自分の適量飲む練習も大人の階段である。

 

焼き鳥でさらに暑いだろうに爽やかなお兄さんの笑顔に見送られて斜向かいの屋台のおじさんにビール缶を三本ほど頼む。

アルコール度数が抑えめのビールがあるということで、三本中二本はそれにしてもらった。

レスタルムの人々はフレンドリーで、ビールを買い物でふさがった両手の適当な袋に入れてもらいながら話が進む。

 

「お兄さんは画家かなんかか。」

「ああ、趣味ですよ。」

「レスタルムはいい街だぜ。」

「人並みや建造物、ここから見えるカーテスの大皿。題材はいっぱいありますね。」

「そうそう。最近王都の"王の剣"っていう連中がよく来るし、あいつらに壁の外の良さが伝わるような絵を描いてくれや。」

「頑張ります。売るわけじゃないですけど。」

「何か出来上がったら見せにきてくれや。毎度あり。」

 

屋台のおじさんに背中をバシバシ叩かれて見送られる。

一応このルシス王国の第一王子なのだが、誰も気づいている様子はない。

知名度の低さが露呈するが、当然といえば当然である。

王子として公の場に出たことなど殆どないし、顔どころか名前も怪しい。

ノクティスでさえラジオででっち上げの品行王子になっている。

 

メディウムに関してのラジオなど一度も聞いたことがない。

なんだか無性に心細くなって紙袋達をもう一度抱え直し、さっさと市場からホテル前へ抜けようと小道を曲がった時。

 

目の前に巨体が現れた。

慌てて後ろに体を引き、紙袋を守るようにバランスをとって避けると意識的に認識阻害魔法を発動する。

紙袋で顔が隠れているため、最初から見るために凝視されて居ても問題ない。

巨体の主は、うまく避けたメディウムに一瞬目を細めたが次の瞬間には陽気に謝ってきた。

 

「ああ!ごめん!ぶつかっちゃって!怪我とかない?」

「いや、大してぶつかって居ませんので大丈夫です。」

 

同業者。

特に情報収集から売買までする商人の匂いがしてそそくさに怪しまれない歩速で離れようとするが、がっしり腕を掴まれた。

向こうも何か当たりをつけて接触をしてきたのだろうがお生憎様なことに認識阻害魔法で顔と体格の記憶は曖昧になる。

今ここで余計なことを口走らなければ問題はないはずだ。

 

「…なにか?」

「いやぁ、どこかで見た顔だなぁって。僕はビブ。ビブ・ドルドン。」

「しがない画家です。無名なので名乗る名はありません。お会いした覚えもありません。」

 

ビブ・ドルドン。

どこかで聞いた名だと思ったが着ているシャツのロゴで思い出した。

有名出版社"メテオ・パブリッシング"の代表取締役社長。

ラジオ局も傘下に持つルシスのメディア王だ。

職業柄、メディア関連の情報には強い自信があるがこのビブはかなりやり手である。

 

面倒な輩に目をつけられたが魔法を解けるはずがないので名乗らず語らずさっさと立ち去る方法でいいだろう。

直通でホテルに行くのでは危ない。

記者魂があるならば追跡される。

小道で撒いて、景色に溶け込みつつ戻ろう。

ホテルに張られるかもしれないので魔法で透明にでもなるしかない。

 

つい先ほど絶対に魔法は使わないようにと念を押されたのにこのザマ。

魔法がなければ何もできない無能さにガックリ来るがそれはそれ、これはこれ。

 

名乗る名はないと言ってもビブが腕を離さないのでにっこりと微笑んで無言を貫いた。

 

「へぇ!画家なんて珍しいね!レスタルムではなかなか見かけないよ。」

「観光ついでですので、ほとんど趣味です。」

 

どうしてもメディウムの正体を暴きたいビブは、画家という点から話を広げようとするが趣味だとバッサリ切られた。

レスタルムに観光に来る人は多い上に絵も趣味となるとそれ以上の追求点が見当たらない。

とにかく特徴のない男だった。

黒髪黒目などレスタルムの街にはたくさんいる。

言ってしまえばルシス国内からアコルド自由都市連邦でよく見かける。

持っているものも食材や酒、画材ばかり。

しがない画家で観光に来たのならばホテルで摂る食事と商売道具以外の何物でもない。

質問するだけ無駄である。

 

しかし、この男は何か大物であることは間違いない。

ビブの記者としての勘がそう告げている。

目の前にいる男はメディア、つまり記者というものを理解してわざと話が切れるように言葉を選んでいるのだ。

その時点でビブが何者なのか把握していることが窺えるが、メテオ・パブリッシングについて知っていれば代表取締役社長の自分の名前はいくらでも出てくる。

さらに不審な点として、しがない画家の割にメディアの扱いに慣れ過ぎている。

 

趣味である限り自分の絵を宣伝してもらおうという気が起きないのは納得できるが、一般人がメディアと関わるのは視聴者か読者ぐらい。

わざと突っ込む点を少なくする術など知らないはずなのにこの男は大いにその存在を薄めている。

絶対何かある。

ビブはどうしても気になったが、これ以上手を掴んでいると真意がバレてしまうためパッと手を離した。

今ならまだフレンドリーなレスタルムの市民で済ませられる。

 

「そっか。ぶつかってごめんね。観光、楽しんで!」

「ええ。では。」

 

特に表情を変えないメディウムに不審がって居ないと安堵したビブは、そっと市場に行く。

目線は気づかれない程度に標的を追って居た。

諦める気など微塵もない。

著名な画家か、帝国の関係者か、ルシス王の関係者か、レスタルムで出会ったノクティス王子と違いその姿を全く現さないメディウム王子関連か。

考えうる肩書きを思い浮かべながら動向を探り出した。

 

もちろん、宰相の副官歴が長いメディウムが気づかないわけもなく。

軽くため息をついてまず大通りへ向かう小道へと入った。

 

すぐさま追いかけるために小道に入るが、既に別の路地に曲がり混んでいる。

レスタルムを熟知したビブは巨体を俊敏に動かして路地を颯爽と進む。

大通りに出たところでその背を見つけ、どこに行くのかと思えば展望台方面。

あの大荷物で絵を描きに行くのかと疑問に思うがそういう画家がいないわけでもない。

今描きたい、と後先考えずに突っ走る。

もしくは誰かとの取引や合流地点なのかもしれない。

 

とにかく追いかければ分かると足を動かすが、メインストリートの人混みで一瞬見失う。

全身真っ黒な服装はレスタルムではなかなか見ないので、すぐに見つかると思ったが一向に見当たらない。

まさか撒かれたのかとも思うが目を離した覚えはない。

人混みに紛れて撒かれる記者の話を聞くが、その手を使われたか。

そう考えると尾行に最初から気づいていたとしか思えない。

 

逃した獲物の大きさが計り知れないことにがっくりとし、ホテルに戻って来るだろうとホテルの入り口が見える場所で待機することにした。

 

 

 

 

 

 

 

ホテルに張り込みされることまで想定済みのメディウムは、認識阻害魔法でホテルのロビーを抜けアーデンがとった上から二番目の部屋に駆け込んだ。

誘拐犯が隠れるのは最上階であるというセオリーでは面白くないが広くないと長期缶詰の際、ストレスが溜まるということで二番目である。

 

ギルはアーデンの財布から出ているので全く痛くない。

最上階はワンフロア一部屋だが、こちらはワンフロアの半分。

レスタルムなので王都や帝都と比べられるほどホテル自体あまり広くはないが半分もあれば十分快適に過ごせる。

入り口付近は何もいじられていないので、備え付けの冷蔵庫に食材を突っ込み暇つぶし道具を持って寝室にはいる。

一部屋にセミダブルベットが二つあるがその一つ、ベランダのある窓側のベッドに椅子と机のセットを持ってきてアーデンが何かを書いていた。

 

「ただいま。買い物して来たぞ。」

「おかえり。…あれ。もしかして魔法使った?」

「緊急だったもんで。ビブ・ドルドンに目をつけられた。撒いたし認識阻害魔法も使ったし相手も割と広範囲に当たりをつけていた。バレてないと思うっていって!」

 

名前を伝えただけで誰だか分かった様子だが椅子から立ち上がってデコピンされた。

両手で頬をがっちりホールドされて、潰される。

 

「そういう問題じゃないんだけど。魔法を使うなって言った瞬間に使うとか鳥頭なの?バカなの?」

「取り敢えず魔法がないと何もできない無能だと今日一日で把握した。」

「当たり前だよ。君の取り柄それだけでしょ。」

「地味に傷つくんだが?」

 

呆れたようにもう一度デコピンされ、強制的にベッドに寝っ転がる羽目になった。

上半身だけでいいというので、上半身裸になり背中を見せる。

何度かアーデンのごつい手が行き来したかと思えばべしんっと思いっきり叩かれて起き上がるように指示され、包帯のようなものをぐるぐると巻かれた。

 

両手と両足を先のほうまで入念に巻かれ腰から首にかけてさらにぐるぐる。

仕上げとばかりに耳を塞ぐようにと目を塞ぐように太めに帯が巻かれた。

俗にいう目隠しである。

耳は聞こえているがかなり声が遠い。

何か特別な仕掛けがあるらしい。

 

「骨折四、筋肉損傷具合重症、切り傷打撲傷火傷は無数。よくここまで怪我できるねってぐらいには二十六年で積み重ねてるね。」

「死んでもおかしくないな。火傷は治せないのが多いし。」

 

巻かれた包帯で顔が見えないが気配でなんとなくどこにいるか分かる。

これではゲームができないが、あと二日は外さないようにと目隠しをとんとん叩かれた。

 

「その包帯は魔力を遮断する魔法がかけられてる。つけてれば強制的に使えないよ。」

「こんなに巻く必要あるか?」

「これだけ巻いてもまだ使おうとしてるよ。」

 

なぜかがっくり来たような雰囲気でぽすんと隣に座る音がする。

ジグナタス要塞にいた時はこんなに魔法を止めようとはしなかった。

そもそも魔法が使えないようになっていたか、と思い直してふと疑問が湧く。

今のままで寿命が非常に短いことは理解したが、もしジグナタス要塞で過ごさなかったらどうなっていたのか。

今より日常的に魔法を使っていたのではないか。

 

剣神バハムートに導かれることなく、自殺することもなく、王都で生きていたら。

自分はどれほど生きながらえていたのか。

 

ジグナタス要塞に監禁されていて、帝都への外出禁止の理由がなんとなく察せられて知る権利はあると質問した。

 

「なぁ、俺は元々何年生きられたんだ。」

 

質問の意味がわからないかもしれないと白いだけの視界で気配の方向を見る。

布が擦れる音や呼吸音が帰ってくるばかりで、明確な返事はなく話が変えられる。

 

「なにか、食べられるもの買って来た?」

「すぐ食べる用に焼き鳥買って来たぐらいかな。あとは食材。」

「そう。俺がいいっていうまで絶対その布外しちゃダメだよ。」

 

コツコツメディウムの頭を叩いてアーデンの気配が遠のく。

 

自分は本当に生まれてくるべき人間だったのか。

普通の人々の様に、まともに生きられない人生だったのか。

世界が多くの闇に侵されてから知らない事が多く明かされる。

自分のことなのに本人は全く知らないこと。

 

火傷がまだない左手を胸に当てる。

人の皮膚の様な感触はなくざらついて潰れた皮。

もしかしたら、もう人間ですらないのかもしれない。

 

ありえないはずの事を想像して乾いた笑みをこぼす。

こんな肌じゃ、こんな体じゃ人に見えなくても仕方ない。

人の形をした道具という自分が放った言葉はあながち間違いではないのだ。

 

火傷と人の皮膚をなぞって首に垂れ下がった銀のネックレスがいつもより冷たく感じた。

 

 

 

 

 

 

 

ノクティス達がメディウムを探すためにレスタルムへ向かったのが午前中。

しかし、レスタルムにはメディウムの目撃情報が皆無。

血塗れの人間など目立つはずなのに見つからないとなると、道中で行き倒れているか別の場所へ行っているか。

道中の行き倒れはレガリアで走っている時に見つけるはず。

自然と別の場所に向かったとしか思えなかった。

 

「どこか休める場所で傷を癒してからメールの主に会うためにレスタルム、が自然だろうな。」

「兄貴の魔力量は俺より少し上ぐらいで、天才って言っても大規模か長距離なのは使えない。」

「レスタルムまでの転移は不可能ってことね。となると、やっぱり別の場所?」

「その別の場所がわかんねぇんだよなぁ。」

 

休める場所が道中にはいくつかあったが、その全てをしらみつぶしに回る時間が惜しい。

心優しいルシス国民が多いとはいえ不埒なことを考える輩がいないわけではない。

あんなことやこんなこととまでは言わないが襲われていたら本気で笑えなかった。

 

喧嘩別れした兄が恐喝されている姿を見たら相手をぶち殺してしまうかもしれない。

人に手をかけられないと言ったが前言撤回である。

兄を害するものは息の根を止める。

好感度が下がろうが恨まれようが逮捕されようが割と真面目に半殺しにする。

今のノクティスは過保護がさらに加速し、文字通り血眼でメディウムを探していた。

 

ノクティスのヤバい雰囲気を感じ取ったイグニスとプロンプトが冷や汗を流しながら頭を使う。

普段使わない頭をプロンプトが働かせている姿はかなりレアなのだが親友に犯罪歴を持たせたくないがゆえである。

犯罪。ダメ。絶対。

 

変な汗も出てきたイグニスがはっと気づいたように携帯を出した。

もしかしたら、とどこかに電話をかける。

ワンコールもしないうちに出た相手はハンマーヘッドのシドニー。

彼女はメディウムが発見されたのかと問うが未だにに痕跡すら見当たらないと正直に説明し、他に行くあてはないかと情報を求めた。

仕事と致し方なく以外の理由で交流を持つことが少ないメディウムが持つ、何にも縛られない友人の彼女は少しだけ間を空けてから一つの情報を提示した。

 

「ーーメディは目的もなくうろついたりできない人だから、おそらく誰か頼れる人のところにいるよ。それが誰なのかまでは分からないけど確実に匿われてる。」

「誰もいないところというわけではないのか?洞窟などでも休めそうだが。」

「ーー怪我人がシガイだらけの洞窟に行くとは思えないよ。血だらけならホテルやモービル・キャビンは怪しまれるし。」

「…その通りだな。となると誰かのところにいると。」

「ーーメディが自分で築いたツテの人だろうし、そういう情報は私たちも知らないの。ごめんね。」

「いや、とても有り難い。ノクトが心配しすぎて顔がひどいことになってるんだ。早く見つけたい。」

 

ノクティスの目が死んでいる。

プロンプトが励ましの言葉をかけているが生返事で完全にメディウムの事しか考えていない。

それだけノクティスにとっての兄という存在が大きいのだろう。

気持ちはなんとなくわかるがその顔はやめてほしい。

何も考えていなさそうなノクティスの顔が突然冷徹になると余計怖い。

 

シドニーも忙しいだろうし早く切ろうと携帯に手をかけると、電話越しに止められた。

 

「ーーこれ、私の勘で正しいかわからないんだけど聞いてくれる?」

「もちろんだ。今の状況がどうにかなるならなんでもいい。」

「ーーメディは今日中にレスタルムに来るよ。寄り道していても、必ず。這ってでも来る。」

「そこまで緊急の呼び出しだと?」

「ーー違うの。メディは"上司の言うことは即実行派なんだ"ってよく言ってた。ノクト達に知られるリスクを背負ってまですぐに向かおうとしたってことは…。」

「その上司が絡んでいる可能性が高い、か。」

「ーーうん。とにかくレスタルムで張ってる方がいいよ。下手に動くと逆にすれ違って逃しちゃうかもしれない。」

 

匿う誰かは分からないが、待ち構えている誰かの肩書きはわかった。

その上司の所属場所がわかればメディウムが二十年もどこで何をしていたかがわかるかもしれない。

情報提供してくれたシドニーに再度礼を言って電話を切る。

 

ノクティスとプロンプトにも情報を共有し、結局どうするかの話し合いが行われた。

 

「俺はシドニーの助言通りレスタルムに張っておく方がいいと思う。」

「賛成。行き違いはやだもんね。他に手がかりないのに。」

「すぐ探しにいきてぇけど、それが確実なら賛成。」

 

ノクティスはゴネるかと思ったが案外あっさり了承してくれた。

メディウムを無傷で確保出来るなら手段はなんでもいいそう。

探さないで不安になるより置いてかれて一人きりになる方がよっぽど恐ろしい。

レギスに加えてメディウムまで失ってしまったらノクティスの心はポッキリ折れてしまうだろう。

イグニスやプロンプトもそれだけは避けたい。

 

ではどこに張るかの話し合いでノクティスは自分達がいてはダメだと、えらく冷静な判断を下した。

自分たちが待ち構えていては早々に逃げ出してしまうだろう。

ならば、顔馴染みが少ない王の剣や王都警護隊に私服で来てもらった方がバレにくい。

幸いレスタルムは大きな街。

服ぐらい売っている。

 

全くもってそのとおりだが、一体どこからそんな案が出て来るのか。

ラジオで流れている品行王子と真逆のノクティスが。

あのノクティスが。

ぽかんと見て来る二人に早くここから離れるぞ、とレガリアに乗せる。

運転は相変わらずイグニスだがノクティスの指示でコルニクス鉱油アルスト支店まで移動することになった。

 

オールド・レスタを拠点に活動していた顔馴染みのない王の剣がレスタルムに派遣され、市民に紛れてメディウムを目撃したのはビブから逃走している時であった。

 




序幕と言いつつなかなか始まりません。
次回第一幕から始まります。


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叫び声

前話にノクティスサイドが追加されています。
まだそちらを読んでいない方は先にそちらをご一読ください。

読み終えた方はどうぞ。


陽が沈む夕方頃。

再びレスタルムへとやってきたノクティス達の目に赤いオープンカーが映る。

見覚えのある車と兄の失踪にどう考えても関係性しか見出せない。

つい先程派遣した王の剣からの連絡では、大きな荷物を抱えて何者かから逃げるように忽然と姿を消した兄はまだレスタルム内にいる。

複数の王の剣達が、人が進める道を見張っているからだ。

もちろん魔法なんて使われたら人知れず逃走が可能かもしれないがメディウムにそんな余力があるとは思えない。

買い物をしているのがいい証拠である。

このままレスタルムのリウエイホテルに泊まる予定なのだろう。

そしてそこには兄を呼び出した"上司"とやらがこのオープンカーの主と共にいる。

 

まさか上司があのおじさんとは毛ほどにも考えていない。

初対面を装っていたのが功を奏でたのだろう。

彼らの中で上司とおじさんのイコール式は立たなかった。

 

一番の問題はどの階に泊まっているかなのだが、兄との話し合いの余地があると想定して堂々と真正面から行くことに。

無理ならば力尽くになる。

だがホテル事態に迷惑はかけられない。

とにかくまずは交渉。

必ずノクティスのもとに帰って来ると約束してくれれば弟としては満足であった。

兄は一度も約束を破ったことがないからである。

 

一応亡国の王であるノクティスが先陣を切るのは憚られ、まず斥候として一般市民のプロンプトと交渉役のイグニスが出向く。

ホテルの入り口が見えるところで私服に着替えた王の剣が待機し、そのさらに少し離れたところにノクティスと護衛でカエムの岬からきたニックスが待機。

兄王子捕獲作戦は少数精鋭で実行に移された。

 

 

 

 

 

イグニスがロビーに話をつけて、最近チェックインした人物を呼び出してもらうと予想通りの人物が降りてきた。

 

「あれ?なんで君達がここにいるのかな?」

「それはこっちのセリフだ。なぜ貴方がレスタルムにいる。」

「俺はディアと仕事中だからね。レスタルムはたまたま寄っただけだけど。」

 

怪しすぎて全てが嘘に聞こえる。

しかし、あながち全てが嘘でもない。

帝国の仕事であるのは事実で、ディザストロと共にいると言われればそのとおりであり、レスタルムに寄る予定がなかったのも本当である。

メディウムが魔法の使用頻度を今よりも格段に下げていれば治療をする必要はなかった。

ジグナタス要塞から離れて二、三週間経ったか経たないかであそこまで損傷できるのはもはや才能。

献身と犠牲の権化といっても差し支えないレベルである。

 

イグニスからしてみれば今すぐこの場でとっ捕まえてやりたいところだ。

しかし、法を犯したわけでもなく自ら誰かに手を下したわけでもないアーデンを帝国の宰相という理由で捕らえるのにはいささか問題がある。

国が崩壊寸前の状態で帝国軍と全面戦争は避けたい。

 

不穏な空気が流れ続ける中、アーデンは口を開いた。

 

「で?俺はなんで呼び出されたわけ?」

「俺たちの仲間を探している。情報によればここにいるはずだ。」

「それ、俺に関係ないよね?」

「探しているのはメディウムだ。たしか貴方のご子息と友人関係では?」

「あらら。バレてるし。」

 

なんでもないことのようにアーデンは態度を崩さず、階段の上を指す。

ニタリと笑って答えを提示した。

 

「いるよ。今治療して保護してる。」

「引き渡しの意思は。」

「無いよ。聞けば傷の原因は君達だっていうじゃ無いか。わざわざ保護したのに元凶に返す馬鹿がいる?」

 

プロンプトとイグニスにかけた盗聴魔法で話を聞いていたノクティスは目を伏せる。

兄をあんな姿にしてしまったことに関しては言い逃れができない。

イグニスとプロンプトも返す言葉がなく、交渉の余地がないのかとアーデンを睨みつけた。

 

「こわい顔。別に俺は引き渡す気ないけどメディウム君が帰りたいっていうなら返してあげるさ。今傷心中だから一人だけ部屋に通してあげる。どう?」

 

アーデンが合わせてくれないかと思ったがメディウムへの直接交渉が認められた。

一人だけでも通してくれるならばいいと、イグニスは受け入れすぐにノクティスを呼ぼうとするがアーデンに止められた。

兄弟喧嘩で傷心しているのに間を空けずに会ったら帰る意思がなくなるかも知れない、と。

一理ある。

 

では誰が行くのかという話で従者の偏見が入らないプロンプトに白羽の矢が立った。

 

「行けるか、プロンプト。」

「説得できるかわからないけど、行ってみるよ。話さなきゃわかんないこともあるし。」

 

メディウムもいるならばプロンプトに危害を加えることはないだろう。

いつになくやる気のプロンプトは、アーデンに連れられて部屋へと通された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「てな訳で連れてきちゃった。」

「本当に帰す気あるのか?」

「本当に帰る気あるの?」

「…そういうこと聞くなよ。」

 

寝室の一つ手前の部屋でプロンプトを待たせて、アーデンが流れを説明してきた。

防音魔法がアーデンによってかけられているのはわかるが自分にどうしろというのか。

おそらくここでノクティス達の元に帰りたいといえば帰してくれる。

だが、そう聞かれるとメディウムは迷ってしまう。

合わせる顔がどこにもない。

 

「今帰りたいと思わないなら、時間稼ぎするのも手だよ。俺に任せてみる?」

 

にこやかに笑うアーデンの提案にメディウムは頷いた。

彼のいう通りにすれば悪いようにことは進まない。

ノクティスを真の王にするという最終目標を決して違えたりしないから。

 

顔が見えないのは怪しいということで目隠しを外してもらい、プロンプトのいる隣の部屋に行く。

歩けはするが全身包帯だらけでとても動きづらい。

いつもよりゆったりとした歩速で正面にあるソファに座った。

まさかミイラのような包帯姿になっているとは思いもしなかったプロンプトは息を呑み、何から話せばいいかわからなくなってしまった。

 

メディウムからも話をする気が起きず、暇つぶしとばかりに買ってきた紙と木炭を浮遊魔法で呼び寄せる。

ときおり魔力が遮断されて落ちそうになるが、上手いことコントロール。

手元まで来たところでさあ何を描こうと顔を上げると脳天にチョップを食らう。

十中八九アーデンの仕業だと後ろを見ると白い外套を羽織ったディザストロが立っていた。

 

最初は困惑したが数秒後にはとあることに思い当たる。

友人設定のディザストロの方が何かと怪しさが消え、信憑性が高まるという魂胆なのか。

どちらにしろ不用意に魔法を使うなと訴えかけているのはよくわかった。

ごめんなさい気をつけます。

 

アイコンタクトで謝罪しプロンプトに向き直る。

お互い黙ったままなのもどうなのかというジト目が来たから致し方なくこちらから話しかけた。

 

「連れ戻しに来たんだって?」

「あ、う、うん。その、やっぱり、帰りたくない…よね。」

「帰りたくないな。」

 

バッサリ言い切られてプロンプトは体を小さく縮こめる。

親友であるノクティスの為に連れ戻したい気持ちはあるが、メディウムが嫌だというならばもう放っておいても良いのではないかと思っていた。

確かに家族をさらに失うことになるかもしれないが、死ぬわけではない。

今もこうして治療されていて彼には一人で外の世界を歩める力がある。

生きていればいつかまた会える。

だからこそ、今すぐ確保しなければならないと焦るノクティスの気持ちをよく理解していなかった。

交渉人の人選としては失敗だ。

 

長年の観察眼で考えが手に取るようにわかるメディウムは、一種の仮説を提示した。

 

「そうだな。帰りたくないし帝国に行こうかな。」

「へ?」

「なんでも、俺で人体実験したい科学者がいるとかで。どうせ俺が生きていても意味ないし、死ぬとか生きるとかどーでもいいし。必要としてくれる人のところにいこうかな。俺、痛いの慣れてるし。」

「それなら普通に雇うよ。君は有能だから使い潰すにはもったいない。」

「ディザストロ…ディアの部下とかいいかも。楽しそうだ。」

「え?えぇ!?」

 

突然呑気に敵国に寝返ろうかと口にするメディウムにプロンプトは大いに慌てる。

実はこの会話はプロンプトにもかけられた盗聴で聴かれているのだがそこは魔法の天才二人。

わかっていてこんな会話をしていた。

外ではノクティスが乗り込むと本気で暴れて阿鼻叫喚状態なのだが、こちらの耳には届いていない。

 

なぜそんな話になるのかわからない一般市民プロンプトが理解できるように、メディウムは一から説明した。

 

「昨日も言ったが、俺はノクトが王になる上でとてつもなく邪魔な存在なんだよ。世界が混乱状態だから見逃されてるだけだ。」

 

もし、世界がノクティスの手で平和になったら。

ノクティスが許しても周りが許さない。

王の立場を確固たるものにしようとあの手この手で殺しにくるだろう。

ならば生きられる選択をする。

それのどこが間違いなのだろうか。

 

「いいか?一般市民たちは王の名の下に生存する権利があり、如何なる状況下でも同族殺しは許されない。正当防衛を除いてな。だがここで問題だ。はてさて、王族は"市民"と数えるべきなのか?」

「で、でも、メディを殺そうなんて考える人がいるわけ…!」

「王族である限り命の危険は消えない。能ある俺より優しい王の方が何かと駒にしやすい。邪魔な奴は早々に殺すべきだ。そう考えるもんなんだよ。」

 

プロンプトは押し黙った。

自分の知っている王族は、ノクティスとレギス王は決して家族を殺したりはしない。殺させない。

民を捨て置いてまでとは言わないが出来うる限りで守ろうと全力を出すだろう。

それをメディウムはどうでもいいもののように、家族の絆などないかのように自分は死ぬのだと言っている。

 

メディウムが生きるためにはノクティスと道を別つしかないのだと。

 

「ひどいよ、そんなの。ノクトはメディと一緒に過ごすのを楽しみにしてるんだよ?過ごせなかった二十年分、楽しく、笑って!」

「無理だ。」

「なんで!ノクトならメディを守ってくれるよ!家族としていっぱい!」

「無理なんだよ!!なにもかも!!最初から決まってんだ!!」

 

使えない魔法の代わりに手に持ったペンが折れる。

破片が手に刺さり、包帯に血が滲んだ。

冷静に誰かを諭すにはメディウムは疲れ過ぎていた。

思い通りにいかない未来も、どうしようもない現実も、叶えられない夢も。

たった数週間。されど数週間。

色々なものを見て色々なことを思って色々な未来を願った。

 

その全てが、叶わないことを知っていて。

 

心が疲れていた。

笑う顔にヒビが入りそうだった。

守りたいのに守れなくて。

伝えたいのに伝えられなくて。

叫びたいのに叫べない。

積もりに積もった本心が掠れるような弱々しい声で部屋に響く。

 

「どうしようもねぇんだよ。二十年も使った。俺の今までの人生のほとんどだ。その結果どうだ?変わったのか?なにが変わったんだよ。俺はいつになったらこんなふざけたことやめてもよくなるんだ。誰か、教えてくれよ…。」

 

砕けたペンは握り込むメディウムの手を抉り続ける。

そっとディザストロに扮したアーデンがその手を撫でた。

痛みも苦しみも悲しみも怒りも、ずっと見てきたアーデンの手は酷く冷たい。

それでいて、妙に優しかった。

 

此の期に及んでも流れない涙に奥歯を噛み締め、困惑するプロンプトに冷たく告げた。

 

「俺は帰らない。お前らの好きにしてろ。」

「だってさ。」

「で、でも。」

「帰れ。これ以上居座るならメディはニフルハイム帝国に連れ帰る。」

 

冷たい目線の脅しに、プロンプトはたじろいでそっと部屋を出た。

何度かメディウムに振り返ったが言葉が出なかったのかなにも言わなかった。

 

その頃盗聴で聞いたメディウムの吐露にノクティスは激しく後悔した。

兄の想いの片鱗だけでも今すぐ会いに行って謝り倒したい気分なのに、まだまだ抱えている想いがあるのだ。

早く会いたい。

会いたいのに会えば逃げられる。

イグニスとニックスに押さえ込まれながら悔しさでプロンプトのいるであろう階層を睨んだ。

 

 

 

 

 

 

 

戻ってきたプロンプトは交渉できなかった旨を伝えたが今回は致し方がないと、全員に肩を叩かれた。

一番気にしているだろうノクティスもゆるく首を振るだけにとどめた。

プロンプトを責めるべきではない。

 

これからどうするべきかの話し合いをしようとイグニスが口を開く前に、階段から降りてきたアーデンがニックスを含めた四人に声をかけた。

ディザストロの変装は既に解けている。

 

「交渉決裂だって?残念だったね。」

「…兄貴を保護してくれたこと、感謝する。一応。」

 

保護していると言われた時に言わなければならなかったセリフを今更ながらノクティスが言う。

敵側で安全確認もできなかった状態で言う言葉ではなかったため先送りにしていたが、きちんと治療も施されていた。

素直に感謝し軽く頭を下げた。

王たるものそうやすやすと下げるべきではないとイグニスに注意されたからである。

目を細めたアーデンは感謝の言葉を受け入れ、一つアドバイスを残した。

 

「メディウム君は嫌がってるけど君達が自分のやるべきことをきちんとこなしてれば気が変わるんじゃないかな。」

「やるべきこと?」

「それができたらもう一度ここにおいで。今度は全員会わせてあげる。」

 

それだけ行ってアーデンは上へと戻って行った。

四人は顔を見合わせ、やるべきことを思い浮かべる。

最初にやるべきことは元々の目的であるあの場所。

 

ヴェスペル湖のスチリフの社に向かうべく三人は頷きあう。

護衛役のニックスとはここで別れ、三人旅。

気を引き締めてやるべきことをこなさなければ取り返しがつかないことになる。

メディウムも、戦闘でも。

先を急かすノクティスに続いて三人はスチリフの社を目指した。

 

 

ーー先へと進む三人の足取りを寝室の窓越しに眺める。

自分の言葉に嘘はないがなぜあんなことを言ってしまったのかとメディウムは溜息をついた。

しかし、また塞がれる視界でできる限り仲間たちの背中を追いたい。

陽の光に当てられて黒から橙色に映る瞳で三人を見続けた。

 




読まなくてもいい訂正やら。


ここまでの話で誤字報告をいただいた中に"オリハルコン"と記述したものは実は"ミスリル"であると言うものがありました。
その通りです。作者はキングダムなんとかの素材回収やり過ぎです。あほす。
今後は"ミスリル"と記述します。
そして誤字報告ありがとうございます。
たくさんあってはならないのですがありがとうございます!


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メルロの森と槍の蜘蛛

スチリフの社。

クレイン地方北部のヴェスペル湖の東側にある旧時代の遺跡。

ルシス国内でミスリル鉱石が発見されているのはスチリフの社のみ。

船の修理は時間がかかるため、王の墓所を回っている間にシドへ渡して直してもらおうと言う魂胆だった。

事情を説明してシドに電話をして聞けば、一旦レスタルムにいるシドニーの知人に加工を頼まなければならない。

 

何故アーデンがやるべきことがあると言ったのかはわからないが、メディウムから聞いたのかもしれない。

喧嘩をする前にメディウムが提示したやるべきことは二つ。

まず最優先事項、スチリフの社にてミスリル鉱石を採掘すること。

それが終われば現状回収できる残り三本のファントムソードの回収。

伏龍王の投剣、飛王の弓、覇王の大剣。

伏龍王の墓所はヴェスペル湖にほど近い森林地帯、メルロの森にある。

 

ミスリルの加工を急ぎたいところではあるが、もう一度ヴェスペル湖まで訪れるのは二度手間。

先にスチリフの社、後にメルロの森と決めた三人は水没しかけている森の中を歩いて進んでいた。

途中までチョコボで移動していたのだが、揚陸艇の姿が見えたのである。

ここに来て帝国兵とやりあうことになるとは思いもしなかったが、相手の狙いもミスリルだと推測された。

ほかにここを訪れる理由が思いつかない。

 

慎重にバレないように進もうか、と言うところで三人の耳にとてもよく通る女性の声が届いた。

 

「そこの三人組。事情は聞いてるからこそこそしないでおとなしく出て来なさい!」

 

どんな事情を聞いたのか知らないが敵に言われて大人しく出て行くわけにもいかない。

しかし、次の一言でおとなしく出て行く以外の選択肢がなくなった。

 

「ディザストロとか言う名前に覚えがあるなら従っておいた方が身のためよ!あいつは人質に拷問するほど最低じゃないけど必要なら火炙りぐらいはするわよ!」

 

それはもはや拷問ではないだろうか。

無抵抗の人質に拷問するのは国際法違反だろう。

そもそも人としてやばい。

人質なのかはわからないが、メディウムのことを考えて声の主の指示に従った。

 

声の主はヴォラレ基地で定時帰宅をしたアラネアと呼ばれる帝国の准将であった。

彼女の名は後からメディウムに聞いたが、まさかこんなところで再会するとは。

入り口の前に部下を従えて立つ彼女は三人を見て軽く頷き、手に持った携帯の画面を見せた。

 

「因みに今のセリフのカンペ。あんたらがミスリル採掘に来るからお手伝いしろって特命。あんた達の正体も知ってる。手出しはしないようにって。」

「俺たちはあんたを知らないんだけど。てかなんだよ特命って。」

「名を聞くならまず名乗りなさい。相手が一方的に知ってても礼儀よ。あと女性にガン飛ばさない。」

「レディに対して不用意な行動だった。申し訳ない。ほら、ノクト。」

「…ごめんなさい。」

 

ごもっともな返しにノクティスがしかめっ面をし、イグニスがフォローをいれる。

一度刃を重ね合った敵に謝るのは釈然としないノクティスだが、素直に謝った。

滅多に女性扱いされないアラネアはイグニスの発言に一瞬狼狽え、恥ずかしそうに頬をかく。

 

協力してくれると言うならば今は素直にありがたい。

殴り合うと言う原始的な話し合いではなく文明的な会話がしたいのである。

その為には柔軟な対応ができるイグニスが前に出た。

自己紹介が何よりも先である。

 

「こちらがノクティス、後ろにいるのがプロンプト、私はイグニスと言う。」

「そんなにかしこまらなくてもいいわ。私はアラネア・ハイウィンド。横にいるのがビッグスとウェッジ。」

 

お互いに肩書きは言わなかった。

フルネームはその立場を表す為、不用意に言わないのが一番良い。

アラネアは軍を辞めるつもりでなんの縛りもないからか、普通に自己紹介をした。

相手が姓を名乗らなくても気にしない。

名前と顔が一致すれば戦場では十分である。

能力はその都度見ていくしかない。

 

「それで、特命とは。」

「私達の上司ではないんだけど、将軍の名を借りてディザストロ…ディアが出したのよ。」

「ディザストロ・イズニアで間違いないか。」

「そう。彼と私はそれなりに仲が良くてね。こうやって秘密裏にめんどーなお仕事が回ってくることもあるわけ。内容はミスリル採掘の手伝いとメルロの森攻略の同伴。」

「え、メルロの森も?」

 

メディウムが教えたのか、メルロの森に用事があることを知っていた。

まさか王の墓所をめぐる理由まで把握しているのではないかと疑うが、手伝う理由がわからなかった。

宰相に続いて謎が深い人物である。

しかし、とても助かる。

三人しかいない中で空中戦などと言う人外技が出来る仲間がいることは非常にありがたい。

歴戦の戦士はどんな人物でも頼もしいものである。

 

「今は夕方でしょ?夜にしかここ入れないし、メルロの森って最奥のボスさえなんとかできれば対して苦戦しないのよ。先にそっちいきましょ。」

「いいの?」

「この遺跡、夜の判定が九時過ぎぐらいでね。今七時ぐらいだから、二時間も暇になるわよ。」

「二時間あれば踏破できる自信があるのか?」

「四人も戦闘員がいて二時間もかかればスチリフの社なんて踏破できないレベルよ。嫌ならここで二時間後に集合だけど。」

 

アラネアの発言に三人の行動は決まった。

 

「行こう。メルロの森に。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

メルロの森は途中滝と標があり釣りも楽しめる。

エンカウントしてしまった敵をアラネアと共に打ち倒しながら進んだ先の水の音で、知っている情報を話したイグニスをノクティスが睨みつける。

釣りと言われるといきたくなるが今は先を急ぐ時。

とてつもなく珍しい事にノクティスが釣り場には目もくれず最奥を目指した。

戦闘力がずば抜けているアラネアのおかげで、最奥手前にたどり着くまで三十分とかからなかった。

流石にボス相手に策無しは軍師の名折れ。

一旦止まって作戦会議が行われた。

 

トレントとは巨大な樹木と大猿を掛け合わせたような姿をした野獣。

混乱状態にする攻撃を仕掛けてくる。

木である見た目通り、炎属性が弱点。

長い年月を経て、食肉植物のマンドレイクが成熟した姿と言われている。

脳とは異なる神経系を持ち、動物のように刺激に対して複雑な反応をすることができる。

その体は養分補給が追いつかない程に成長してしまっており、徐々に枯死へと向かっている。

年老いたトレントは、森の木々と同化して活動を停止し、また若いマンドレイクへと生まれ変わりを果たすという。

 

メロルの森はドレイクとトレントの循環がうまくいっている森で、それに連なる野獣が生活を営んでいる。

奥に潜むトレントは確認されている中でも特に長寿で、そろそろ枯死すると言われている。

力は全盛期より出ていないことが予測され、アラネアは単独でも撃退できると豪語した。

彼女の実力を考えれば言い切れるのも納得である。

であれば、アラネアを主体として援護に回るのが妥当であった。

 

幾ばくかの戦闘で友好を深めた四人は、イグニスの作戦を聞き入れる。

 

「俺がノクトとアラネアに炎のエンチャントをしよう。好きな武器を使ってくれて構わない。」

「俺とイグニスで後ろから援護するね!」

「任せた。」

「了解。一分で片付けるわよ。」

 

魔導ブースターによる跳躍と槍に付けられた降下加速装置の重さ。

少しだけひらけた場所の最奥で初撃から重い一撃が飛んだ。

弱点である炎の属性と、大地を抉る容赦ない槍。

てっぺんからつま先まで余すことなく食らったトレントは大きくよろけた。

巻き込まれないように後方でエンジンブレードを構えていたノクティスが続いてシフトブレイク。

間髪入れず衝撃が飛んできたトレントは、よろけるままに地面へと倒れた。

さあ追撃を、とそれぞれ武器を構えたがトレントはピクリとも動かない。

何かを察したアラネアは、申し訳なさそうに乾いた笑い声をあげた。

 

「あー、ごめん。強く行きすぎちゃった。」

「ほぼ一撃で倒してしまったな。」

「アラネアつよー…。」

 

手間がかからないのはいいことだがボスらしいボスではなかった。

あっけなく倒れたトレントに全員が微妙な顔で見合い、まあいっかと目的を優先させる事にした。

どうせこの後すぐ、再びダンジョンに潜るのである。

体力は温存できた方がいい。

 

特命の中にはメルロの森で何をしていたか見てはいけないと言う不思議なものもあったらしく、アラネアは王の墓所を一瞥して先に入口へと戻っていった。

なぜそんな命令があるのかわからないが、ディザストロ・イズニアという人間が理解できなければ到底辿り着けない答えだろう。

考えるのをやめて、ノクティスが開けた王の墓所の内部へと入った。

マルマレーヌの森やラバティオ火山より簡単であった。

いい加減見慣れてきた内装の中で手裏剣のような巨大な武器を抱えて眠る歴代王。

 

伏龍王の投剣。

明け透けにいって仕舞えば巨大な十字手裏剣。

民の前に姿を現すことが無かった王の証。

なんだか苦労という苦労をしなかった上に帝国兵の力を思いっきり借りて攻略してしまった。

例に習って貸し与えられた王の力は重いが、気持ち的にパッとしなかった。

 

 

 

 

 

 

森の外で待っていたアラネアは誰かに電話をかけていた。

話しかけるのもはばかられ、そっと遠くから盗み聞きする。

協力してくれた恩を仇で返すようなものだがこちらも死活問題。

何か情報を持っているかもしれない。

 

「だーかーらー!あんたは働き過ぎなのよ!休めって言われたら休みなさい!初めて宰相がまともな事言ってるのよ!?」

 

宰相の単語が出てくるということはニフルハイム帝国軍関連なのはすぐわかった。

働き過ぎな誰かを諌めているようだ。

 

「はぁ!?あんたその容態で一秒でも働いたら今から私がぶん殴りに行くわよ。いい?…合流なんてさせないからね。大人しく寝てなよ!」

 

アラネアが一方的に切った。

 

こちらに気づいたが、聞かれても全く問題ない会話だったらしく普通に話しかけてきた。

肝が座っているというか、器が広い。

 

「そっちは終わったの?」

「ああ。スチリフの社に戻るか?」

「そうね。早く行きましょう。」

 

電話の相手については聞かなかった。

思案顔でここまでくるために乗ってきたレガリアの元に向かう。

聞いても答えてくれる様子ではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

電話の主は森の方角を見てため息をついた。

 

「ーーあの野郎。切りやがった。」

 

開け放たれた窓。

涼しい夜風に吹かれて、黒い髪が揺れる。

真っ白な視界の中であまりにもやることがなく、ノクティスの世話を頼んだアラネアに事務仕事はないかと電話をかけたのだ。

どうせスチリフの社の前にメルロの森に行くだろうと想定していて、時間も計算していた。

 

ぴったり予想通りに森から出てきたアラネアの携帯にかけ、要件を言えばきちんと休めと怒られたが。

 

何もすることがない時間というものが無かったメディウムからすれば今の状況は一種の拷問である。

体を動かせないならせめてデスクワークがしたい。

抗議してもアーデンにはなしのつぶてで、結局のところ大いに暇を持て余していた。

白いばかりな視界と魔法が使えないという状況が実に鬱陶しい。

アーデン曰く、この体は"見えたもの""考えたこと""聞こえたもの"を元に無意識に魔法を使う。

"魔法を封印して何もさせない"ことが一番の治療だという。

 

戦闘に出たいならば好きなだけモブハントでもなんでもしていいとお許しは出ているが、その際目隠しを外してはならないし魔法の使用も許可されていない。

自分の体のためなので不用意に破ると今後の計画に支障が出る。

大人しくいうことを聞かざるを得ない。

憎たらしいおじさんは早々にどこかへ出かけてしまったし。

 

そよ風がカーテンをはためかせる音を聞きながら、寝室のベッドに横たわる。

魔法がないとこんなにもできることが少ない。

聴力が実は落ちていて、魔法で補助していたと聞かされて大いに落ち込んだ。

環境音ですらどこか遠い。

常に崩壊と再生を繰り返す箇所があり、ケアルを永遠に続けていたと言われた。

ケアルがなくなり崩壊し続ける背中の皮膚がジンジンと痛い。

知らぬところで知らない傷が増えている身体を両手で抱え、やることもないと睡眠へ逃げた。

どんな人間でも、寝ている間だけは穏やかに過ごせるのだ。

 



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スチリフの社

引っ張っておいて短いです。


唐突ではあるが"時間"という概念を深く考えたことはあるだろうか。

 

日が昇り始めれば朝で太陽が真上を向いていれば正午で沈めば夜。

大まかに三種類に分けて一日を測り、あらゆる機関で認識のズレがないよう二十四時間で区切る。

利便上そうなっているだけの作られた時間。

大抵の人間で最も身近なのは"二十四時間と決められた"時間だろう。

しかし、時間の概念はそれだけではない。

 

不確定でも確定でもあらゆる物事が進む様も"時間"と表す。

たとえ二十四時間の枠組みで測れなくても、世界の中で進み続ける概念そのものを時間というのである。

 

さて、なぜこのような話になったのか。

それはとある男が無意識に行使してしまっている"魔法"が関係している。

もはや特殊能力と言っても過言ではないそれは、文字通り"未確定な未来を強制的に決定"できる力があった。

無意識の発動が多いせいか、彼自身が実感しているわけではないし周りも平和ボケしていてまさかそんな魔法があるとは思いもしていない。

だが彼の養父だけは違った。

彼自身が特殊な時間に関する魔法を扱える。

故に、気付くまでそう時間はかからなかった。

 

男の魔法は非常に限定的で"実現可能"なレベルで"不確定な未来"を魔力によって確定できる魔法である。

実現可能でなければ発動しないし、不確定な未来だとあらかじめ予測されなければピクリとも反応しない。

 

不確定な未来という名のいくつかのパラレルワールドが発生する時空、つまりあらゆる人間の未来の起点になる事象の中で最も望むものを強制的に決定できる魔法といって差し支えない。

そんな大規模な魔法が果たして扱えるのかと言われればほぼ不可能である。

どんなに天才的でも魔法は神が成せる技に遠く及ばないように設定されている。

では、なぜそんなものが扱えるのか。

この男が世界にとって文字通り贄だからなのか、真になるべき王の器だったのか、それともーー

 

 

 

 

 

 

 

「見事に破けているね。」

「包帯って破けるんだな。」

「普通はこうならないよ。」

「大人しくしてたのになぁ。」

 

メディウムの利き手である右手に巻かれた包帯が、見事にビリビリに破けていた。

魔力の動きを遮断して魔法を強制的に使えなくする包帯をわざわざ作ったのだが、戦闘にも耐えられるようにかなりの強度を誇っていたはず。

なんせ作ったのはアーデン。

生半可な攻撃ではこうならない。

アラネアの跳躍攻撃やマジックボトルの爆風にさえ耐えられるほど強度がある。

今目の前にあるのは無残に破けた包帯だが。

 

一応替えをいくつか作っておいて正解であった。

破けた包帯を乱暴に剥いで新しいものを巻き直す。

魔力量は減らず増え続ける一方の筈なのに少しだけ減っているのを感じるが、もしかしたら"また"無意識の未来決定を使ってしまったのかもしれない。

最近は使用頻度が高くて厄介だ。

もう少し遮断能力を強めなければならなくなった。

当の本人はなんでだろうと呑気に首を傾げ、見えない視界の中でパチクリと瞬きをしていた。

 

「何をしていたの。」

「んー、アラネアに連絡した。スチリフの社の前にメルロの森に行くかなーって思ってアラネアが森から出てくる時間を計算して電話かけた。」

「…はぁ。」

「え、なんでため息ついてんの。」

 

今の内容だけで二つも未来決定を行っていた。

数人分の未来決定なのでそこまで魔力が減らなかったようだが、一歩間違えれば大惨事である。

スチリフの社に行く前にメルロの森に行く未来決定。

メルロの森から出てくる時間の未来決定。

そのような細かい事象は人間の気分屋なところを利用して不確定事象であることが多い。

容易に変えやすいのである。

だからと言ってポンポン変えていたらその人物の未来ごと破滅に追い込める魔法なのだ。

 

今回は向かう場所と時間指定が無理のない程度で、向こう側も違和感がなかっただろう。

妙な焦燥感に駆られたりして戦闘中に事故を起こしたら目も当てられない。

もう魔法ごと封印してしまいたいのだが、そうするとこの男は一生起き上がれない体になる。

確かに寿命は伸びるだろうが、外に出ることも叶わず病人のようにベッド生活を強いらなければならない。

利用するために生かしているのに本末転倒である。

 

戦闘を補助するはずの魔法が宿主本人を蝕む事例など一度もなかった。

自分の容量を超えて魔法を宿すことができないようにこれまた設定されているから。

こともなげに設定をぶち破って未来すら書き換える魔力量を有すこの男は非常に利用価値がある。

 

弟が真の王になるという未来決定は既に六歳の時にこの男自らが無意識にやっている。

アーデンが計画を話せばそれは絶対に成功すると思い込ませ、ジグナタス要塞の外に連れ出したタイミングで計画を話せば勝手に"成功した"未来決定を作る。

そう、大いに利用させてもらったがそろそろ潮時。

この男の魔法以外にも戦闘面でまだ役立てる。

これ以上はこの男の魔力が暴走する要因になりかねない。

 

ルシス王国ではこの男のことを預言者だとか賢者だとか称賛するがタネを明かせばなんてことない。

全部男の魔法が勝手に決めたのだ。

最初から外れるわけがないのである。

可能性がある上で願えばなんでもできる阿保みたいな魔法が使える天才は、ニコニコ笑いながら戦争によってあらゆる人間を地獄に叩き落としあらゆる人間を救い上げた。

そして未だにアーデンの計画が完璧だからだと信じきっている。

 

どうしようもない大馬鹿者だが、二十年も同じ時を過ごした仮初めの子供。

大事にしたいのが本音であった。

 

「今日はもう寝なよ。色々あったし。」

「あんたが優しいと気持ち悪いな…。」

 

ニヨニヨと口を歪めて軽口を叩きながら、言われた通りにベッドへと潜って行く。

 

気づかぬうちに利用されるだけ利用され、その命尽きるまで人として懸命に生きようとする人間らしい道具。

残った篝火はその身を燃料に業火と化した。

身を焦がしながら死にゆく時を待てないこの道具はいつも危ない橋を渡る。

魔法が使えなくなって軋むようになった身体を引きずりながら死んでいるのか生きているのかわからない顔で眠る姿に、なぜか胸のあたりが痛んだ気がした。

 

ふと、メディウムが眠る前に言葉をこぼす。

 

「スチリフの社じゃあ、プロンプトがシガイにびびらされているだろうなぁ。」

「…あーあ。」

 

今の発言も魔力の流れを感じた。

変えられない運命が今、決定した。

ご愁傷様。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スチリフの社前。

日がすっかり暮れて遺跡の外壁に綴られた不思議な文字がほんのりと赤く発光していた。

遺跡が開いている合図である。

アラネアの指示に従って、遺跡の最奥まで進むことになった。

 

「うわぁ、真っ暗だね。」

「ライトをつけよう。」

「私もライトあるからつけるわ。」

「プロンプト、足元気をつけろよ。」

 

遺跡内部はかなり入り組んでいるが順路を通って最下層まで行くのが目的。

どこもかしこもシガイだらけで気分が萎えそうになるが、少し進んだところで雰囲気が一変した。

 

「え?なにあれ!?水?」

「魚も泳いでる!?」

「すごいな…これは。」

 

スチリフの社入り口付近。

天井一面ガラス張りなのか、水の光が遺跡の内部を照らす。

月明かりに反射してそれなりに明るく見えた。

 

「ヴェスペル湖の地下に作られた遺跡だからね。ほら、この場所の一番下が目的地よ。」

「飛び降りられそうにないね。」

 

目的地と思われる場所は帝国兵もあまり踏み入らない場所で現在地から地下四階までに様々なギミックをクリアしなければならない。

アラネアは一度降りたことがあるらしく道を把握している。

今回も案内役ありで進めそうだ。

しかし、飛び降りる方が早そうだとプロンプトが冗談でいう。

 

「俺はいけるぞ。」

「私も。」

「参考にならないな…。」

 

真顔で返されても困る。

最新鋭の帝国軍技術とルシスの魔法と生身の人間二人を比べてはいけない。

 

スチリフの社にはケツァルコアトルというバンダースナッチと同じ神話に登場する野獣が生息している。

戦うためだけに用意されたような地下四階まで行けば相見えることになる。

メルロの森よりは苦戦するかもしれないがその巨体と浮遊する羽の取り扱いに困るだけで力自体は大したことはないらしい。

ここに住まうシガイがノクティス達にとって取るに足らない相手なのも、ボスと同じぐらいの強さを持つシガイが集まる傾向のおかげかせいか。

ギミックに困ること以外は暗さにビビることぐらいだった。

 

ビビるといえばこの男の出番である。

 

 

 

 

「ええぇぇぇ!?うっそぉぉぉ!?」

「クッソまたかっ!?」

 

なぜか恐ろしいほど狙われるプロンプト。

ふざけてメディウムが放った言葉は魔法によって現実になっていた。

 

理由はどうあれ全てのシガイが第一にプロンプトを狙う。

遠距離のプロンプトに接近戦はまずいと、何度も引き剥がすために前線へとでる三人を無視して一直線に狙っていくのである。

シガイの強さが大したことないので処理はできているが、このままでは身がもたない。

何より心臓がもたない。

 

現在地地下三階。

シガイから逃げ惑うプロンプトを追って気がつけばここまで来てしまったが、ジリジリと体力がなくなってきている。

一旦休憩できる場所はないのかとアラネアに聞くと今まさに歩いているボタン式の床を踏んで扉を開けるギミックの先に橋があり、その先はシガイ達も入らないセーフエリアになっているという。

そのセーフエリアまで行けば一旦休息が取れる。

 

「スイッチは全部踏んだわ!急いでセーフエリアまで走るよ!」

 

なぜだかわからないが必ず驚かせるように登場するシガイ達など真っ平御免とばかりにアラネアが叫んだ。

肩で息をするプロンプトに一旦落ち着くようにイグニスがつき、補助にノクティスが回る。

遺跡で繰り広げられる大量のシガイとの鬼ごっこは急いで駆け抜けて四人が滑り込んだ小部屋で幕を閉じた。

 

スチリフの社は本来入り組んでいて、あると思った橋が落ちたり直ったりスイッチ踏んだりシガイと連戦したりと色々あるはずなのだ。

ルシス国内屈指のダンジョンのはずなのだ。

それら全てを全部全力疾走で駆け抜けて、ぜーぜーと肩で息をしながら倒れ伏した。

全て軽率な発言をしたメディウムの所為なのだが彼らは知る由も無い。

 

セーフエリアでぐったりした四人はある意味最速でこれたな、とポジティブに捉えてボス戦に備える。

ケツァルコアトルの情報は様々あるがメルロの森の時と同じように初撃をアラネアに任せてノクティスが追撃を入れるのが無難であった。

イグニスが雷のエンチャントで、プロンプトが銃で対抗する。

 

ここにたどり着くまでに一時間ほどしかかかっていないためボス戦という気がしないが、駆け抜ければこんなものである。

とんでもない目にあったが早くメディウムを迎えに行きたかったノクティスには好都合だ。

 

「よし。アラネア、頼んだ。」

「任せて。」

 

だいぶ仲良くなった四人はアラネアを先頭に、階段を降りて地下四階へと足を踏み入れる。

ケツァルコアトルは、なぜか可哀想なものを見る目でプロンプトを見ていた。

大人しい野獣のようだが戦意と殺気は大いに感じられる。

やるからには手加減しない、と言ったところか。

 

問答無用で跳躍したアラネアは、ケツァルコアトルめがけて槍を突き立てる。

巨体ゆえに俊敏な動きができないケツァルコアトルはもろにその一撃を食らったが、完全に倒れることなく翼を広げた。

すぐさまノクティスの追撃が入り、プロンプトとイグニスも応戦する。

負担がかかるためにそう何度も落下攻撃ができないアラネアも加勢した。

 

翼で弾かんと広げ、体を振り回すケツァルコアトルだがノクティス達には当たっていない。

最初の一撃でかなり弱ったのかフラフラ状態だった。

そう苦労せずともケツァルコアトルの体はやがて地に伏し、その命を落とした。

 

ここ最近の連戦は総じてあっけなく終わっている。

マルマレーヌの森が異常だったのだが、ほとんどの野獣が弱いような気がしていた。

 

「一丁上がり。」

「ぱぱぱぱーんぱんぱん、ぱんぱ、パァーンッ!」

「豪快なファンファーレだな。」

 

しかし、思いっきり走らされて違う意味で疲労したノクティスは深く考えずにアラネアの指示に従ってミスリルを採掘してさっさとスチリフの社から出ることにした。

 

 

ーーここで深く考えなかったことをノクティスは後々後悔することになる。

もう少し先の話。

 




ノクティス達のレベル。

ノクティス → 55 +??
プロンプト → 55
イグニス →57
グラディオラス → ??

メディウム → 65
アラネア → 65



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病と蜘蛛と怪我人

道のりの割に簡単に終わったスチリフの社から出た時には、既に早朝を迎えていた。

帰り道を悠長に歩いていた所為で扉が閉ざされるギリギリに脱出した。

この後どうしようかは既に決めていて、休む間も無くレスタルムに一度戻るつもりである。

シドニーを通してミスリルの加工依頼をしているのだ。

レスタルムの発電所に勤務している時の女性で、レガリアで早く戻ろうと一睡もせず急くノクティス達をアラネアが止めた。

 

「待って。私もレスタルムに用があるの。車と一緒に送ってくわ。」

 

レガリアを揚陸艇に積んで運んでくれるという。

上空を飛ぶ揚陸艇にとって道のりは関係ない。

地上を走るより直線距離を飛ぶ方が早いと判断し、アラネアを信用してお言葉に甘えた。

レスタルムに何の用事があるのか不躾にもプロンプトが聞く。

それを気にすることなく普通に答えた。

 

「友人の見舞い。すーぐ無茶するから治療中なんだってさ。」

「それってメルロの森出た時に電話してた?」

「そうそう。根はいい奴で上司にこき使われる苦労人。」

 

アラネアの説明を聞くと親しみやすい人物像だが十中八九帝国軍関係者だろう。

その人物の肩書きを言わないということは聞かないほうがいいことである。

それ以上聞かないようにプロンプトの肩を叩いて止め、レガリアを運転して揚陸艇に積み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レスタルムに着くと何やら騒がしくなっていた。

発電所に用事がある三人は一旦レガリアをどうするか顔を見合わせるがアラネアが代わりに駐車場まで運んでくれるという。

帝国軍がルシスの街の問題に無断で首を突っ込むのはあまり良くないらしい。

友人の容態も心配だ、と言ってアラネアにレガリアを任せて街の騒ぎの原因を突き止めることにした。

 

街に降りればほとんどの市民が噂話をしているので容易に特定できたのだが。

 

騒ぎの原因は発電所内に侵入したシガイ。

働いていた従業員達は既に脱出済みなのだが退治に向かえるハンターがほとんど出払っているという。

唯一残っていたハンターが現在進行中だが、一人だと心もとない。

もう一人ぐらい欲しいと、発電所をまとめるホリー・トーウェルがハンターを探しているという。

 

実はシドニーの友人であり、ミスリルの加工依頼をしたのはホリー・トーウェルである。

最初は相応の金額を払うことで話が付いていたが代わりに退治依頼を受けるのも悪くない。

 

三人は顔を見合わせて発電所に向かい、入り口付近で発電所を見る女性に話しかけることにした。

 

「ハンターを探してるって聞いたんだけど。」

「君たちハンター?」

「そうだ。それとシドニーを通してミスリルの加工依頼をしたのも我々だ。」

「そりなぁ好都合。悪いんだけどさ、シガイ退治頼まれてくれないかい?」

 

ホリーの話によると既に先行したハンターとは無線機で連絡中。

外周のシガイを掃討したところで、これから内部に潜入。

気の強そうな印象を受けるホリーはシガイに驚いて腰を抜かしてしまい、止む無く外側から内部状況を確認しつつ依頼できるハンターを探していた。

彼女のほうからミスリルの加工の代わりにシガイ退治依頼を正式に受け、報酬にミスリルパーツを頼んだ。

 

内部は防護服でなければいけないのだがあいにくなことに女性社員が多い発電所では男性サイズが残り一着。

誰が行くかは一番動ける上に緊急脱出できるノクティスに決まった。

善は急げと防護服を着込み、魔法の使用に問題ないことを確認して無線機を受け取る。

外周で待機している大柄のハンターと合流することが第一目的である。

 

「中はとっても暑いから早めに片付けちゃって!頼んだ!」

「任しとけ。じゃ、行ってくる。」

「気をつけてね!」

「危なくなったら撤退するんだぞ。」

 

仲間達に急げと背中を押されて、先を行くハンターの元へとノクティスが走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

所変わってリウエイホテル。

騒ぎの声が聞こえはするが目が見えていないメディウムはボーッと外を見る。

ベランダには出ないように言われているので、寝室の掃き出し窓を網戸にして南風に当たっていた。

全身包帯だらけで蒸し暑さが増すが、エアコンばかりに当たっていると体調が悪くなる一方。

多少外の風に当たらないと本当に病弱になると脅されて、ロッキングチェアで日向ぼっこをしていた。

ギーギーと音を立てて揺られるだけの穏やかなホテル生活。

入院と大差ないが贅沢なホテル暮らしだと思えば多少気分が晴れる。

 

何やら部屋の方もガチャガチャギャーギャーと騒がしい気がするが、自動ケアルが途切れてから意識が朦朧とするメディウムは頭がお花畑かというほど穏やかに聞き流していた。

 

ああ、今日も平和なんじゃないかな。

多分。

 

入院生活一晩明けて二日目のメディウムはピクリとでも動かせば痛む身体に揺すられながら目を閉じようとすると、バンッと一切大きな音を立てて寝室の扉が開け放たれた。

 

「なぁんだ。いるじゃない。」

「もう。怪我人なんだから静かに入ってくれないか。アラネア准将。」

「今仕事じゃなくてオフなのよ。准将って呼ばないで。宰相様。てか何この黒髪。イメチェン?」

「あーあー。」

 

ぽわぽわする思考の中で包帯から覗く黒髪が引っ張られる。

ロッキングチェアの背もたれで見えなかった全身を見て、髪をつかんだ張本人の手が震えた気がするが今のメディウムに気にするという思考はない。

張り詰めていたような空気が秒単位の穏やかな流れに感じているのは精神がピリピリしすぎているメディウムの為にかけたアーデンの体感時間魔法なのだが、怪我も相まって異常なほど様々な速度が遅かった。

普段の彼なら扉が開く前に誰がいるか確認するはずが、まだ誰かが入ってきたという考えにしかたどり着いていない。

 

「なにこれ。たった一日で重体患者じゃないのよ!あんたディアになにしたの!」

「わー!ストップストップ!なにもしてないよ!元々こんなに酷いのを隠してたんだよ!」

「もっと早く言いなさい!バカ宰相!」

「君、オフになると口悪くなるね?上司なんだけど?」

「うっさいわね。」

 

なにもしてないわけではないが元々重体患者なのは嘘ではない。

アーデンがしでかしたと思った相手は殴りかかろうとするが、止められて言い訳されて一先ず押しとどまった。

治療されているのでアーデンが一緒になって隠していたかもしれない可能性が拭えない。

逆に言えば治療してくれているので見捨てる気は無いのだろう。

胸ぐらから手を離して、今度はボーッとしているメディウムの頬をペチペチ叩く。

アーデンがそっと体感時間魔法を解いた。

 

「ディア!起きなさい!」

「…んぁ?なんだこの声。アラネア?」

「そうよ。アラネアお姉さんよ。見舞いに来たわ。」

「まじか。わざわざありが…え?アラネア!?イッ!?」

「あー無茶に動くから。」

 

ようやく頭が追いついて来たメディウムが焦ってロッキングチェアから立ち上がろうとすると、チクリと全身に針が刺されたかのように痛み出して動きを止める。

脱力して再びロッキングチェアに沈んだメディウムの肩をそっと叩いてアーデンがアラネアに押入られたのだと肩をすくめた。

黒髪黒目のままだが目隠しをしているため大惨事にはなっていない。

 

「あんたから電話きてレスタルムにいるーっていうからわざわざきてあげたのよ。で、その髪なに?」

「まあ、イメチェン?」

 

歯切れの悪いメディウムにアラネアは顔をしかめる。

イメージチェンジなどしている暇があったら仕事をしろというほど忙しい帝国軍で、この真面目な副官が髪の色を変える理由がわからない。

スチリフの社で別れてからたった一日しか経っていないのに。

さらに、毛染め特有のグラデーションや痛みなどは見受けられない。

地毛というのが正しいレベルで真っ黒である。

 

怪しんだアラネアは目隠しもとってやろうと目にも留まらぬ速さで目隠しを強引に抜き取る。

人の手で取られれば簡単にとれる目隠しがシュルシュルと音を立てて取れたが、頑なに目をつぶったままだった。

 

「なによ。見られてまずいものでもあるの?てかどっかで見た顔ね。」

「どこでも見た顔だろ。お前と付き合い長いし。」

「ディザストロとは違うのよね。ここ最近一緒に動いた誰かと一緒だわ。勘だけど。」

 

完全なる失態である。

アーデンに助けを求めるように顔を向けるが援護なし。

バレても構わないのかと問いたいが、アーデン的には気にしていなさそうだ。

メディウムが気にするからこそ隠しているのを黙認していたが、今尚必要事項かと聞かれればそこまでではない。

軍を離れると公言しているアラネアに真実が伝わったところで、どうすることもできないだろう。

否、しないだろう。

 

「まあいいわ。あんた昔っから隠し事多いし。その傷含めてね。帝国兵の衛生兵が気づかないって相当のステルススキルよ。」

 

実際には存在し言えない傷なので気づかないのは当たり前である。

ケアルが切れて始めて浮き彫りになる怪我の数々を帝国の衛生兵が気付けたらとっくのとうにルシス王国を属国にしているはずだ。

嫌味のような一言を残して言及を避けたアラネアの隙を見て目の色だけ橙色に変色させる。

髪の色はスプレーなどと適当に理由をつけることにした。

 

「今回の任務で黒毛の方が目立たないってアーデンが。これはスプレー。怪我は切り傷がひどくてわからなかったんだろう。」

「…ふーん。」

 

納得していない、という調子だがいちいち聞く気はないらしい。

ため息をついてロッキングチェアの隣に椅子を引っ張ってきて座った。

ネックレスによって橙色になった目を見開いて、アラネアを見る。

 

「あんたのそういう態度は軍で育ったからかしらね。」

「どういう態度だ?何かまずかったか?」

「人を根っこで信用してない態度。付き合いの短いやつなら誤魔化されてくれるかもしれないけど、私には全然違う理由だって分かる。」

「…さぁてな。」

 

スッと目を細めて挑発するようにアラネアを見るが軽く流された。

小手先の誤魔化しは通用しない。

彼女は実力だけではなくその勘で戦場を生き抜いてきた。

彼女が嘘だと言えば、大抵は嘘なのである。

 

「ちょっとは信用されてる自信あるけど、やっぱり全部は無理ね。宰相しかそこまで信用してないって顔に書いてあるわ。」

「この人が一番信用できないぞ。」

「"信用できない"ところを"信用してる"んでしょ。」

「どういうことだそれ。」

「そーいうことなの!」

 

グリグリと頭を撫で回される。

眉を下げて笑うアラネアは手土産に適当に買ってきた絵の具をメディウム改めディザストロに渡して、外の様子を伝えてくる。

 

ノクティス達は無事にメルロの森とスチリフの社を攻略し、一旦ここで別れたとのこと。

何やら騒がしいレスタルムの街は現在発電所にシガイが侵入中で、その駆除のためにハンターの募集をしているとのこと。

大柄で顔に傷のある男が先に潜入している噂を聞き、絵の具を購入したところで後にノクティスも潜入しているという話も聞いたという。

もう一人のハンターの容姿に聞き覚えのあるディザストロは良いタイミングであったと独り言ちた。

 

きっと先行しているのはグラディオラスである。

メディウムの家出を知らないグラディオラスはこのあと挑む二つのダンジョンに同行してくれるはずだ。

そうなればルシス国内を飛び出してオルティシエまで一気に行ける。

それまでにこちらの体の調整が間に合えば良いのだが。

 

「報告は以上よ。王子様を手助けするようなことしちゃったけど、良かったの?捕縛令でてるのに。」

「黙っていれば問題ない。なんせ知名度が低いからな。」

「君も黙ってればね。アラネア准将。」

「わざわざ喋らないわよ。退役しちゃえばこっちのもんだし。」

 

今はまだ落ち着いているが妙な動きが増えたニフルハイム帝国にほとほと嫌気がさしているらしい。

そのうち一般人にも手を上げそうだと嫌そうに語った。

王都襲撃戦には参戦させないように手配したが、罪のない一般人を巻き込むあの戦い方は彼女の腹に据えかねている。

また同じことが繰り返すだろうと、アラネアは直感していた。

その時は命令違反だろうが一般人の命を優先することを決めている。

 

「で、あんたの傷はいつ治るのよ。」

「早ければ数日で。」

「それは早すぎでしょ。これ一ヶ月は寝込みそうよ。」

「治りだけは早いんだ。」

「ふーん。あんたにじっとしてろって方がおかしいもんね。休んで欲しいけどそこはなんとも言わないわ。」

「もう言ってるじゃないか。」

 

確かにいつも忙しなく動いてはいるが。

そんなにじっとしていられないわけではないのだ。

 

「私はもう少しノクティス王子達と動こうと思うの。」

「え?なんで?」

「軍をやめたら傭兵でしょ?顔売っておかなきゃ。任務ってのもあるわね。残業代が宰相の財布から出るって。」

「打算的だな。じゃあディザストロがよろしくって言ってたと伝えてくれ。」

「あら。名乗り合う知り合いだったの?」

「故あってな。」

 

長居しても悪いとアラネアが席を立つ。

ディザストロは部屋の玄関先までに留めてアーデンがロビーまで送った。

アラネアがノクティス達について行ってくれるのはとてもありがたい。

彼女は准将でもトップクラスの実力。

ハイウィンドと言えばあの槍使いだと誰もが震え上がる。

経験豊富でこれからの戦闘で大いに活躍することだろう。

何より定期報告の約束をしてくれた。

合わせる顔がないがやはり心配で、様子が知れるのは嬉しい。

アーデンがなぜそのような仕事を任せたのか定かではないが便利といえばそうである。

 

寝室のベランダから見えるレスタルムの街の喧騒を聞きながら次はどこのダンジョンに向かうのだろうかと思いを馳せた。

 




グラディオラス、アラネアがパーティーイン。


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Chapter09 真の王へ
弱い足音


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澄み渡るような青い世界。

否、青しかない空間。

空っぽの場所は何にもなれない半端者にふさわしいとばかりに、忌々しいほど輝いて居た。

所詮は王にも民にもましてや人間にもなれない大馬鹿者。

今更世界を救うなどおこがましい。

立っているのか浮いているのか沈んでいるのか。

何もかも分からない世界で包帯だらけの体を見る。

 

ーー自らを犠牲にしても得られたものはこれか。

ほれみろ。何もないじゃないか。

 

誰かが耳元で馬鹿にしたように囁いた。

うるさいな。

これでも頑張っているんだ。

今更口を出されたって戻れないところまで進んでしまった。

知らない奴が適当に言うんじゃない。

過程を見もしない。

結果論だけで人を図るな。

 

ーーそっくりそのまま君に返す。

半端者。

過程なんか見もしない。

皆が救われる結果だけを求めて人の気持ちなんか考えやしない。

だから君は人にも道具にも王にもなれないんだ。

どうせ何もできないならやめて仕舞えばいいのに。

それすらもできない。

 

違う。

弱いからこうなってしまうんだ。

自分が弱いばっかりに結果も過程もぐちゃぐちゃだ。

合理性のかけらもない。

 

ーーそうだよ。

自己満足の自己犠牲。

自分のために自分に押し付けて他人にも強要する。

気分はどうだい?

世界のヒーロー気取り。

 

違う。

俺はそんなつもりで世界を救おうとしてるんじゃない。

 

ーー見て欲しいんだろう。

褒めて欲しいんだろう。

お前はよくやった。お前は頑張った。

昔母親と父親にやって欲しかった願いを大人になってからも引きずって。

誰にも愛されてないってまだわからないのか。

いてもいなくても変わらないって分かってるだろう。

 

それ…は。

 

ーー否定ぐらいしてみろよ。

ああ、できないよね。

だから半端者なんだよ。

 

 

 

 

「うるさい!俺は!」

「うわっ。何。嫌な夢でも見てたの?」

「目覚め悪りぃっ!クソ!」

 

むしゃくしゃする感情のまま枕に拳を落とす。

魔法を取り上げられた今の状態ではポスッと音を立てて柔らかさに受け止められた。

震える両足と血が滲んでいるだろう包帯。

真っ白な視界とろくに聞こえもしない耳。

不良品の自分が兵器にも道具にもなれないのは重々承知。

 

だが国のため家族のため世界のため動く。

使命だから。大切だから。

その全てが自己満足の一言で片付けられる訳がないのに妙に納得してしまった。

世界を救えば誰かに認めてもらえる。

神の言う通りにすれば自分の存在意義がある。

馬鹿にしながらも考えが一致しているあの声にぶつけられない怒りを覚えた。

 

少しだけ刺さるような気配を感じて後ろを見ると、アーデンらしき気配が呆れたようにこちらを見ていた。

 

「何に怒ってるのか知らないけど、包帯変えないと衛生的に悪いよ。」

「…見えねぇよ。」

「イラつくと口悪くなるなぁ。はい、腕出して。」

「ん。いつになったら取れるんだ。」

「目は今取ってあげる。他はしばらくこのまま。」

 

目の包帯を取られて、世界の色彩に瞬きをする。

二日ほど目を開けていなかったため脳が色彩に驚いているようだがそのうち治る。

絵を描く側として色彩感覚がもともと豊かだ。

また彩りを覚えればこのチカチカする視界もなくなる。

両腕と両足の包帯を取り替えて、いつものように支えられて歩く。

 

リビングにはあらかじめ調理された食材が並べられ、購入してきたのが伺える。

朝は軽くスクランブルエッグとベーコンの乗ったトースト。

エボニーコーヒーをつけて帝国風の朝食だ。

親の顔と同時に見て育つこと間違いなしの料理である。

コーヒーではなく牛乳かジュースに変わるだろうが。

 

椅子に座らされて向かい側にアーデンが座る。

ジグナタス要塞にいた時も外での食事を取る時も必ず向かい合って食べた。

小さい頃はレギスとは長い机の向こう側で愛想笑いの応酬だったのに、妙に近い小さなテーブルで小ぢんまりとした皿に二人だけで食べる朝食に困惑を覚えた。

今ではすっかり慣れてしまったがこの食事の取り方は嫌いではない。

 

「どんな夢みてたの。」

「掘り返すのかよ。」

「気になるじゃん。」

「あー、変な夢だよ。冷静になって考えりゃしょうもない夢だ。」

 

少し冷めたベーコンを齧りながらもそもそと喋る。

行儀が悪くても要領がいいメディウムはアーデンに叱られたことがない。

からかわれたことは多々あるが、基本叱らない人だ。

悪い時は悪いと教えられたがアーデンの方がよっぽど悪いことをしている。

そんな奴に怒られたらおしまいだろうと少しだけ思うが、良識はあるようだった。

スパルタさえなければいい父親だ。

 

「ふーん。心乱すのは人間らしいってところだけどあんまり激情に身をまかせると魔法が暴走するよ。特出すべき才能にステータスガン振りもいいところなんだから。」

「悪かったな特化型で。どうせゲームだったら使いづらさに序盤は放置されるよーだ。」

「ほんと扱いづらいよね。ため過ぎればパンクするし使い過ぎればガタがくる。」

 

ヒリヒリと痛む肌をみて呆れたような声を出された。

通常、魔力は保有量の限度を越えれば省エネモードに入って魔力の生産を極度に落とす。

メディウムの体は常にブーストがかけられた状態で、省エネモードでも通常の王族より大量生産してしまう。

体が耐え切れず爆散するかもしれないと言う危険状態なのだが、内臓も痛む二重苦で自動発動のケアルが常に起動している。

ある意味生産と供給の釣り合いが取れているのだが負の連鎖に変わりはない。

時折強制的に止めてやらねば寿命が縮まる一方。

しかし、使わねば破裂するのでその前に発散させる。

 

そこでアーデンが発案したのがディザストロに扮してノクティス達と共にダンジョンに潜ることであった。

ただし危険度を省みて武器召喚の一切を禁止。

近接戦闘は緊急時のナイフのみに限定。

その他はアサルトライフルとスナイパーライフル、ハンドガンで対処すること。

 

「なんだそのゲームコンテンツ。」

「やらないと死ぬよ?戦うと言うより謎解きがメインなコースタルマークタワーがいいと思うんだけど。」

「鉱山よりは確かに安全だが、ノクトたちが次向かう場所なんて…ああ、アラネアに誘導を頼むのか。」

「そういうこと。このマガジンは魔力を込めれば鉛玉と変わらない威力で撃てる。二つ渡しておくから魔力が尽きる寸前ぐらいまで減らしてくるように。」

「終わったらまた監禁か。」

「包帯は多少ケアルが発動するレベルまで減らしてあげるけど体の可動範囲をしっかり把握するといいよ。」

「へーへー。喧しいわ。早く取れよ。」

 

軽いマガジンを受け取って包帯を外してもらっている間、白い外陰と銃を召喚する。

全身に巻かれた二重の包帯を一重に減らして、まだ落ちている視力用の眼鏡と多少遠くなった耳のために集音魔法がかけられたイヤリングをつける。

筋力を補うために魔道ブーストのアーマーを改良したブーツと腕輪をもらった。

今前線に出ている帝国兵よりも重装備なのではないだろうか。

顔の印象は眼鏡と色合いのおかげでだいぶ変わる。

白い外陰を口元まで上げて準備は完了。

アラネアへの連絡はこちらですることになった。

 

「チョコボポストまでテレポートとかできねぇの?」

「地道に行きなよ。揚陸艇は手配してあるよ。」

「それ地道じゃないだろ。仕事はええし。」

 

無駄に手配の早いアーデンに先に計画していたことを悟り、ジト目を送った。

飄々とした態度で知らん顔。

これは相手にしてくれないパターンである。

問い詰めても答えは出ないのでさっさと出立してしまうことにした。

 

「任務、承りました。行って参ります。」

「はいはい。行ってらっしゃい。怪我しないようにねぇ。」

 

役職柄まじめに発言したにも関わらず軽い上司に若干ムカつきながらも、チョコボポストを目指してホテルから出て揚陸艇に乗り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「というわけで貴方達の攻略作戦に参戦させていただきます。ディザストロ・イズニアです。」

「あんの!宰相!怪我人に!何させようと!してるのよ!」

 

ガスガスと地面を蹴るアラネアと困惑気味のノクティス一行。

魔法のくだりやら日常の風景やらは省いたが任務だからついていくという概要は伝わった。

怪我人だと知っているアラネアは鬼の形相で怒ったが宰相直々の命令となると跳ね除けるのは難しい。

任務に行かせないと反逆罪で罪に問われるのはディザストロだ。

ので、発散できない怒りを地面にぶつけているわけである。

 

「アラネア准将。心配されるのはわかるが体調は万全だ。多少の遅れはなんとかできる。」

「怪我人とお年寄りと子供は戦場にでちゃいけないのよ!的にしかならないわ!」

「俺はただで的になるほど甘くはない。」

「そういうことじゃない!もう!あんたら親子関係どうなってんのよ!親は鬼畜だし!子供は頭いいのにバカだし!なんなのよ!私の胃が痛いわ!」

 

アラネアのご乱心である。

頭いいのにバカとは誠に遺憾である。

頭の出来はいいのに人として欠けていると指摘されるのは初めてのことではないが、言い方がアレである。

アラネアの心配は嬉しい。

しかし行かねば反逆罪。

そうじゃなくても魔力で死ぬ。

行かないという選択肢はないのである。

 

「なあ、俺たちの意見無視か。」

「コースタルマークタワーは非常に迷いやすい。道案内が居て損なことはない。」

「こいつは一度踏破してる。確かに道案内は適任。腕もいいわ。」

「残念ながら近接は禁止されている。銃での援護になる。」

「当たり前よ!剣なんて持ってたら私が取り上げてたわ!」

 

頭が使えない三人がイグニスをみる。

確かに損ではないのだがディザストロという人間がわからない以上、危ないダンジョンでの同行を迷ってしまう。

アラネアは安心できるが。

 

迷うイグニスにアラネアが渋々助言をした。

 

「こいつは闇討ちなんかしないわ。するならとっくのとうにしてる。私に連絡を入れてここまで誘導してのこのこ出てくる前に王子様の頭ブチ抜いちゃえばよかっただけだし。それをしなかったってことは目的は別のところにあるんでしょ。誰の目的とは言わないけど。」

「俺は常に上司のために動く。帝国の未来など知ったことではないが民草が平和であればいいとは思う。そのための手順だよ。」

「このダンジョンに潜るのが?」

「その王子様を手助けするのが、だ。私の出身国はルシスでね。思い入れはある。」

 

育ったのは帝国だが。

 

根っからの帝国軍人だと思って居た四人は面食らったような顔をする。

所属は違えど同郷。

なぜ帝国側についているのかわからないが、先日話を少しだけしたイグニスは"拾われた"という言葉を思い出す。

そのまま辿るならば拾ったのは帝国の宰相。

彼が軍人になったのは宰相への恩義か教育か。

筋の通る話ではある。

 

「同郷のよしみというわけではないがアラネアのいう通り闇討ちなら事前にするだろう。俺はひとまず安全だと思う。」

「俺も賛成。たくさん人がいた方が早く攻略できるよ。」

「異議なしだ。」

「んじゃ、そういうことで。よろしく。ディザストロ。」

「ディアでいい。同行の許可、感謝する。」

 

五人パーティーだったノクティス達に一時的に加わったディザストロ。

これにて六人パーティーでコースタルマークタワーに挑むこととなった。

 



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己を知れ

短いですが。


コースタルマークタワーはスチリフの社同様、夜にしか進入できない。

近場にある標にて夜まで待機することになった。

その間ディザストロは少し離れた場所で訓練をするとアラネアを保護者に標から離れた。

 

 

 

 

膝立ちでアサルトライフルを構える。

スコープの先に映る樹々のさざめきに耳をすませ、目に見えるものを頭に叩き込み音と気配を識る。

包帯の所為で格段に落ちてしまった身体能力の中で最も頼りになるのは五感。

日頃から坐禅を行うディザストロは人より感覚が鋭い。

視力が落ちでも聴力に補助が必要でも嗅覚が鈍っても、常人よりは鋭い。

であればあとは一点集中。

狙いを定めて一発。

 

サイレンサーによって音が遮断されたアサルトライフルの反動に、当たった感覚。

もう一度スコープを覗くと多少ズレてはいるが真ん中に辺りには当たった。

射撃能力のない彼にしてはなかなかである。

フーッと息を吐いて魔力で打てるマガジンと銃身を確認するが、火薬のような痛みは多少でるらしい。

魔力はそこまで消費を必要としない。

ディザストロの保有量が仮に一万だとすれば一も消費しないぐらいだ。

三発ほど打てば一は減るだろう。

 

「あら。随分いい腕になったじゃない。」

「お褒めに預かり光栄です。准将。」

「その魔導アームのおかげ?」

 

甲冑のように腕にはめられたアームを見て察したように問われる。

これは昔からある射撃補助の魔導アーム。

腕の向きを標的に合わせる動作を固定できる。

相手が激しく動かない限り撃ち漏らしはありえない。

今回の相手はシガイなので固定能力よりオートエイムの能力がつけられたアームが用意された。

こちらは試験段階なので現場実験ともいう。

 

アラネアは槍の名手。

彼女には必要ない。

 

「途中で壊れるかもしれない試作機だ。途中でお荷物になる気は無いが前線にはでないぞ。」

「当たり前よ。誰がいいって言っても私が許可しないわ。」

「本来ならそちらがメインなのだがなぁ。」

「怪我は直してからじゃ無いと。悪化させて大事な時に前線に出られないのは嫌でしょう。」

「まあ、な。」

 

大事な時の前線。

ディザストロという人間とメディウムという人間の境目が消え失せ、世界の為に身を捧げる時。

その時に怪我で出られないなどお笑い種にもならない。

生きていた意味さえも消えるような真似はしたく無い。

自分の生きて来た人生は、決して無駄では無いのだから。

 

先日見た夢の言葉が頭にこびりついて離れない。

 

ファントムソードは残り三つ。

レイヴスが持っていると聞いたレギス王で一つ。

神凪の鉾が一つ。

その全てが揃う前にオルティシエの前哨戦。

死を偽装し、そのあとは全てアーデンに任せる。

計画とも言えない計画が今も進められている。

本当にこれで全てが片付いても良いのだろうか。

父親とも慕ったあの蹴落とされた王を殺すことこそが本当に自分の使命なのだろうか。

そこに意思は。

 

「…あんた、ここ最近で人間らしくなったよね。」

「は?」

「前までずーっとニコニコしててさ。正直気味が悪かったけど、今は悩んだり考えたり怒ったり悲しんだり本気で笑ったり。いい顔するようになったんじゃない?」

「なんだよそれ。俺はいつでも気分に正直だよ。」

「でもなんかね。閉じ込められてる気がしてたのよ。帰りたい場所が、成し遂げたい思いがあるのにカゴが邪魔で出られない鳥みたいな。」

 

籠の中の鳥。

間抜けな構図だ。

世界という籠の中に閉じ込められたまま一生出られないディザストロにはお似合いの言葉がしれない。

"監禁されているのがよく似合う"とアーデンが冗談とも本気とも取れるように言った言葉。

アラネアもそのように感じたのか、言い得て妙だと同意した。

 

「あの鬼畜と同列なのは癪だけど、そうね。私もその通りだと思うわ。それと同時に外に飛ばしてあげたいとも思う。」

 

包帯に巻かれた腕をアラネアが取る。

真っ白に染まったその腕の下の皮膚も陽の光を知らないかのように白い。

血をこぼしたかのような赤い髪と爛々と輝く橙の双眼が白いキャンパスに彩りを与える。

その様が何にも変えがたい芸術。

ディザストロという存在を彩る素晴らしき色。

それらを外に出したいと、日の光を浴びせたいと願うのは彼を大切に思うからこそ。

 

親友たるアラネアの優しい顔に怪訝そうに眉を寄せたディザストロがいつまで触っているのだとその手を軽く叩く。

ペチリと柔らかい音を立てて手を放した。

 

「あんたはカモメね!海鳥!夕日を見に来たカモメ。」

「はぁ?さっきからなんなんだよ。」

「元気付けようとしてんの、よっ!」

「いって!」

 

バシッと強く背中を叩かれて前のめりになる。

かなり痛い背中をさすってアラネアをにらんだ。

楽しそうにあくどい笑みを浮かべるアラネアは優しさに満ち溢れていた。

 

「ほら!日が沈むわ。準備するわよ。」

「はいはい。准将殿の言う通り。」



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コースタルマークスタワー

一ヶ月ほどお待たせいたしました。


「ここでは俺の指示に従ってもらう。中は迷宮だから、最短ルートで行く。」

「いくつかの条件をクリアしなきゃいけないのよね。」

 

このコースタルマークスタワーは四つのルートに分かれているが正解は一つだけ。

四つの分かれ道にたどり着くまでにこちらがその道を通るに値するかを見極めるのだ。

最悪の場合、同じ的に三度当たってやっとボス戦などと言うこともありうる。

一度踏破しているディザストロがいるのは幸運なことだ。

 

「今回の目的は最深部にいると予測されるジャバウォックの討伐。くれぐれも余計なことはしないように。」

「まるで軍隊だな。」

「前口上が丸々軍隊だよね。」

「ディアは軍の施設で育てられたから身に染みてるんでしょう。」

 

好き勝手に言われているが、ディザストロにとってジャバウォック討伐は任務である。

これはあくまで仕事なのだ。

このタワーで厄介なのは狭さ。

狭いダンジョン内にシュラプネルが何匹も出現し、自爆するとサンダーボムを生み出し、さらにサンダーボムも自爆し…と惨状が繰り広げられる可能性が高い。

割とそれで多段ヒットする。

 

一度倒して仕舞えばシガイの数は減るが、それでも厳しいぐらいだ。

フェニックスの羽根が必須である。

ハイポーションも忘れずに。

最深部に着く頃には経験も大分つめることだろう。

 

「何を言っても構わないが俺の指示に背くことだけはやめろ。時間が無駄にかかるだけだ。」

「なんか言い方に棘があるけど…まるで俺たちが言うこと聞かねぇ問題児集団みたいじゃねぇか。」

「殆ど似たようなものだ。子供のお守りを任されているのだから多少のお茶目な発言は見逃してくれ。」

「お茶目とかの次元じゃねぇな。」

 

それでも迷いたくはないらしく、遺跡内部に侵入してからは素直に従うと渋々頷いた。

 

「ではまず、今日遺跡に入るか否かが問題になる。プロンプト、行きたいか?」

「え!?俺に聞くの!?俺すごい行く気満々だけど…?」

「よし、では進もう。」

「は!?なんなんだあいつ。」

 

それだけ言ってディザストロはスタスタと先を歩く。

謎の質問に全員が顔を見合わせ、ひとまず付いて行くべく階段を降りた。

 

降りた先は円形状の広間でエントランスホールのようなものだろう。

どんどん先を行くディザストロを囲うようにシガイが構えている。

怪我人があの状況はまずいのでは、と四人が慌てるがアラネアは今は近づかないほうがいいと止めた。

蜂の巣にされても文句を言えないから、と。

 

「え、それってまさか。」

 

突如、背に背負ったアサルトライフルを持ってぐるりと一周回り始めた。

聞きなれない発砲音が夥しい数鳴り響き、慌てて耳を塞ぐ頃には全てが片付いていた。

蜂の巣になったシガイ達がドロドロと闇に飲まれて行く。

 

呆気にとられた四人に振り返ったディザストロが、さっさと先に行くぞと次の部屋に入ってしまった。

 

「ディア!一人で先行かないの!」

「えっげつねぇ…。」

「本当に怪我人か?」

「俺にはそう見えねぇけどな…ほらおいてかれるぞ。」

「あ!待ってー!」

 

スタスタと先を行くディザストロを五人は走って追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

その後もいくつかの場所でグラディオラス、イグニス、プロンプトに問いかけたり自らが判断したりアラネアの勘で避けて通ったりと下へ下へと進んでいった。

気がついた頃には広すぎる四角い部屋へと辿り着いていた。

シガイもいない、何もないようなだだっ広い部屋のある一点でディザストロが止まった。

この時点でかなりクタクタだが、ポーションを飲んでなんとか全員生き残っている。

 

コツコツと地面を蹴ってディザストロが包帯だらけの顔を歪めた。

 

「四分の一の確率だったが、引き当てたようだな。」

「あ?なんの確率だよ?」

「君たちの狙うジャバウォックに出会える部屋への道が開く確率だよ。そろそろネタバラシと行くか。」

 

コースタルマークスタワーは仲間たちの助言に従うか従わないかによって最後の四つの道のうちどれが開くかが変わる。

全てに従えば良いというわけではないのだろうが、仲間を尊重すればするほどポイントのようなものが蓄積し、ルートが解放される。

そのためにわざわざディザストロが仲間たちに問いかけたのである。

 

ルートは全部で四つ。

そのうち三つがボスではない代わりに体力が異常に高いシガイが待ち受ける部屋。

そのシガイを倒せても一番奥の仕掛けで入り口まで戻される。

もう一度一から下に降ってまた開かれた別の道に進まなければならない。

場合によっては三つの道全てを解放しなければボスに挑めないパターンもあった。

 

「じゃあこれは正解ルートなんだね!…道どこ?」

「これだ。」

 

先ほどより少しずらして、ディザストロが地面を蹴る。

ゴゴゴゴと重い音を立てて人が収まるぐらいの穴が空いた。

移動式の壁を利用した古代遺跡の迷路。

ずいぶん大掛かりな仕掛けである。

 

「このマップではシガイが湧かないが、回復だけしてさっさと進もう。こんな陰気なところで休んでも大した回復は見込めない。」

「同意するわ。早くボス倒しちゃいましょ。」

「異議なし。」

「狭い迷路内でもシガイが湧く。幸いなことに迷路に入ればボスまでの道は簡単だ。しっかりついてこい。」

「あんたこそ誤射すんじゃないわよ。」

「プロンプトもな。」

「俺たちも切りつけないように気をつける。」

 

軽々と開いた穴に飛び降りたディザストロを追いかけてアラネアが軽口を叩きながら飛び出し、グラディオラスが尻込みするプロンプトとともに降り、イグニスが眼鏡をかけ直しながら短剣を構え、ノクティスが最後に降りた。

さらに重苦しい音を立てて動いて行くブロックに揺られてわりと面倒臭いコースタルマークスタワー名物の迷路を堪能する時間がやってきた。

 

 

 

 

 

迷路内には小回りの効くシガイたちがうじゃうじゃと現れ、誤射をしないように近接組を中心になんとか対処をして抜けられた。

迷路を進んでたどり着いたのはかなり大きめのエレベーター。

ボス戦前なのは一目瞭然。

各々が支度を整えてお互いに顔を見合わせる。

 

「ここのジャバウォックはあまり情報がない。ヒットアンドアウェイを心掛けろ。」

「ディアは絶対前にでちゃダメよ。プロンプト君もなるべく後ろに。」

「俺とイグニスでなるべくこちらに視線を向けさせる。ノクトは様子を見ながら遊撃してくれ。」

「了解。最初から本気で行くわ。」

 

ピリリとした魔力の波動に、包帯が少しだけ浮いたような感覚がする。

頬を切るような鋭い魔力ではあるが魔法の天才からしたらひよっこ程度だ。

だが、少しは扱いに慣れてきたと褒めるべきだろう。

心の中で弟の成長に寂しさと嬉しさを感じながらエレベーターに乗り込む。

 

ガコンッと音を立てて動いたエレベーターは遺跡とは思えない滑らかな動きでコースタルマークスタワーの最下層を目指す。

 

数分も経たずに見えた下には巨体を揺らめかせるジャバウォック、だけではなくいつか見た蔦のようなものがシガイを侵食していた。

 

「あれってマルマレーヌにもいた…!」

「また厄介なことになってんな。」

 

プロンプトが悲鳴のような声を上げてグラディオラスが冷や汗を流す。

メディウムがいることでどうにかなったあの蔦のシガイと最悪な形でご対面。

ジャバウォックの半身を青い蔦が覆い隠し、うねうねと躍動している。

棘と言うよりは毒針のような節々がグロテスクに映る。

今度はどう対処するべきかとアラネアに相談するべく後ろを向くと、崩れ落ちるように膝をついたディザストロを介抱するアラネアの姿があった。

 

「あぁ…アァ!グゥッ!?」

「ちょ!?ディア!?ど、どうしたのよ!」

 

悲鳴をあげるディザストロは冷や汗をかきながら両手で頭を抑える。

何が起こっているのかわからないが既視感のある光景にノクティスは嫌な予感を感じた。

 

「アァァァ!クソッ!頭が割れそうだ!!」

 

蹲ることしかできないディザストロをどうしたらいいかわからないままエレベーターは最下層へとたどり着く。

まるで六人を待ちわびていたようなジャバウォックは一目散にこちらに突進してくるが、それよりも早く毒々しい蔦がディザストロのその身を捉えて壁に叩きつけた。

言いようのない嫌な音を立てて背面を強打したディザストロは痛みでどうにか意識を保っている。

 

「兄貴の時と同じだ!あいつ狙われてる!」

「何が原因なんだ!?共通点なんてないだろあいつら!」

「ちょっと!考察は後でいいから!私がディアを助けるからジャバウォックなんとかして!」

 

まさかディザストロとメディウムが同一人物だと知らない彼らはなぜ狙われるのかの原因がわからない。

とにかく助けないと未だに蔦に絡まれているディザストロが死んでしまう。

ギリギリと身に青い棘が刺さり行く様に我慢がきかなくなったアラネアが、槍を構えて蔦に突き立てる。

しかし、蔦とは思えないような金属のようなガンッという音を立てて槍が弾かれてしまった。

 

魔導ブースターで距離が短いながらも加速した槍を弾かれるとは思わなかったアラネアは急遽間合いを取る。

蔦はそれよりもディザストロにご執心。

眠るように意識のないディザストロを全身で搦め捕っている。

 

「ディア!意識あるの!?ないの!?返事しなさい!!」

「…うっせ…!俺は…姉ちゃんじゃ…ねぇ!!」

 

息も絶え絶えながら何か意味のわからないことを呟いている。

兎に角意識はあるようだ。

グラディオラスとイグニスがマルマレーヌの森と同じようならばジャバウォックは別個体だと推測し、急いでヘイトを取ろうと猛攻を仕掛ける。

プロンプトが後衛で援護に回り、遊撃のノクティスは人命に関わる蔦の対処に回った。

ファントムソードを解放するにはまだ少し時間が足りない。

 

「ディザストロの様子は!」

「意識はあるけど、相当キてるわね。蔦を剥がそうにも弾かれるわ。」

「俺たち、前にも似たようなシガイにあったことがあるんだ。その時は今みたいに別のシガイに寄生していた。」

「じゃあ、ジャバウォックを倒せばあの蔦と自然と弱まるかもしれないのね?」

 

簡潔な情報だけで今するべき最善手をアラネアが判断する。

エレベーターによる逃走は蔦のシガイの射程とジャバウォックの速度を考えれば不可能。

狭い円形状のこの戦場でどちらも倒さねば全滅だ。

元々怪我人のディザストロが瀕死だがこれ以上手がない。

 

ファントムソードを使用でき次第ジャバウォックに向かうが、その前になんとか蔦を剥がせないかノクティスが攻撃を続ける。

アラネアは攻撃が弾かれてしまうので、悔しいことこの上ないがジャバウォックを早々に討伐しに向かった。

 

「ディア!死ぬんじゃないわよ!」

 

全力の蜘蛛が駆け抜けていくのを尻目にノクティスは剣を突き立てた。

 

 

 

瀕死のディザストロはいつかのように個体との会話を強いられていた。

 

ーーナカマ?ネエチャン?ーー

またか!俺はシガイじゃない!姉ちゃんでもない!

ーーサイノウ?ーー

俺に才能なんてない!

ーーデモ、ネエチャンノニオイ。ーー

 

青い個体は姉を探すようにグネグネとディザストロの体を這いずり回る。

この個体の言う姉とはマルマレーヌの森にいた赤い蔦のことだろう。

この蔦は、否、この少年はジグナタス要塞で行われていた人間をシガイ化する実験の完成形である。

 

「あぁ!こんなところで!命の責任を問われるとは…なぁ!」

 

自分はまさしく死にかけだ。

青い蔦は麻痺の毒が生成されているのか体がろくに動かない。

天罰なのか自業自得なのか。

合法とは言えど倫理に則れば、犯罪の片棒を担いだようなディザストロにツケが回ってきたか。

こんな命がけのツケは御免である。

しかし、ここで倒れるわけにもいかない。

 

「悪いな!少年!罪は全部終わってからまとめて償う!!お前の姉ちゃんを殺したのは俺だ!」

 

ーーコロ…シタ?ーー

 

ゾワリと、蔦が膨れ上がるように蠢く。

身の毛もよだつような殺気とともに容赦のない叩きつけがディザストロに襲いかかった。

避けることもできず、着込んだ鎧でなんとか衝撃を和らげるがそれでも骨の一本がイカれた。

おそらく肋骨のどれかだろう。

言いようのない痛みに耐えながらも一時的な魔力の暴発で蔦から抜け出す。

 

決死の抵抗をしていたノクティスが急いで駆け寄ってきた。

 

「ディザストロ!」

「さっさとジャバウォックを倒せ!蔦は俺がなんとかする!」

 

口から血を垂らしながらディザストロは足の魔導ブースターを起動する。

蔦との命がけの鬼ごっこが始まるのだ。

 

ギリギリ使えるファントムソードを身に纏いながらノクティスは言葉通りジャバウォックに全力の攻撃を打つ。

壁を駆け抜けていくディザストロを蔦が追うように次々に壁に巨大な穴を開けていくのを横目に見ながら全てのファントムソードによる神をも地に伏せさせる襲撃。

アラネアとグラディオラスやイグニスのおかげでだいぶ減っていた体力が全て持っていかれたジャバウォックはばたりとその巨体を地に伏せさせた。

それと同時に蔦もばたりと地に堕ちる。

 

壁を走り抜けていたディザストロが五人の元に近寄ってきた。

 

「ゴフッ…ゼェ…マジで死ぬかと…思った…。」

「重症ね…早く衛生兵に治療してもらいましょう。病院に行く前に血が足りなくなりそうだわ。」

「あっぶねぇな。」

「無事でよかった。」

「目的の品は?」

「あ!あれじゃない!」

 

各々が安否を確認している中、消えて行くジャバウォックの中にチェーンソーのような剣があらわれる。

あれが目的の覇王の大剣である。

予想以上に苦労したコースタルマークスタワー。

ノクティスは急いで回収し、皆が安心しきったその頃。

 

 

モゾリと動いた消えかけの蔦がその鋭い先端でディザストロの脇腹をごっそりと貫いた。

 

 

「…!!」

「ディア!!」

「なっ!?」

「あいつ!まだ生きてるのか!」

 

声にならない悲鳴をあげながら崩れ落ちるのと血に塗れた蔦が消えて行くのはほぼ同時。

意識が薄れて行く中、必死の形相のアラネアに手を伸ばしてディザストロは倒れ伏した。

 



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覚悟は燃える

目が覚めた頃には清潔なベッドにいた。

開け放たれた窓から流れ込む熱風と活気を考えるに、レスタルムだろうか。

少しだけ傾いているような気がして右側を見ると、寄りかかるように眠るアラネアがいた。

 

たしか、コースタルマークスタワーで蔦のシガイに右半身を貫かれたはずなのだが傷はすっかり癒えている。

包帯も巻き直されて新品同様だ。

まだ体にだるさが残るのは血が足りていないせいだろう。

するりとベッドを降りてリビングへの扉を開くと、血まみれの包帯が積まれた机の奥でコートとベストを脱ぎ捨てたアーデンが寝転んでいた。

 

ワイシャツ姿のアーデンに近寄って、ツンツンとその頬をつつくとがっしり手首を掴まれ引っ張られる。

バランスを崩してポスッと硬い腹筋に顔を埋める羽目になった。

 

「任務、ご苦労様。俺は魔力を減らしてこいとは言ったけど血を減らしてこいとは言ってないよ。」

「任務完了。最後の油断が敗因です。治療、感謝いたします。」

「…随分と淡白だね。何か嫌なものでも見た?」

 

なぜここに連れてこられたのかさっぱりわからないが、無意識のケアルのおかげで大きな傷跡以外は問題ない。

引き攣るような皮膚に苦笑いをしながら向かいのソファに座ると、アーデンが怪訝そうにこちらを眺めた。

 

「俺は悪人だと実感しただけだ。」

「何を今更。」

 

開け放たれたベランダの窓を遠い目で見る。

生暖かいレスタルムの風に吹かれながら思うのはあの蔦。

否、双子の試験管ベビーである。

ジグナタス要塞で行われていた人間をシガイにする実験。

帝国内ではアーデンが秘密裏に行なっていた極秘実験だ。

研究者のヴァーサタイルが一枚噛んでいたとは言えよく隠蔽できていたと思う。

 

実験はおおむね良好で、試験管ベビーの双子はシガイになった。

 

赤い華。

薔薇のような棘の蔦が姉のフランシール。

青い枝。

幻の青い薔薇が身を守るかのように麻痺の毒を纏う弟のブランシェ。

名前は一般的に付けられる子供の名前からとったのだが、名付け親はディザストロであった。

それ故にシガイにしてしまったことに罪悪感と後悔があったが見て見ぬ振りをしたのは自分である。

己の使命のために見捨てるものは見捨ててしまった己のツケがこの傷跡だ。

 

「…いずれ人は罪を償わなきゃならない。」

「あの双子は君の罪じゃないよ。」

 

まるでマルマレーヌの森での一戦やコースタルマークスタワーでの出来事を見てきたかのような発言にディザストロはアーデンを見る。

帽子で顔を覆うように隠しながら言葉を続けた。

 

「俺の罪だ。君はあの子達の名付け親ってだけさ。シガイにしたのも、二人を分けて放ったのも俺だし。」

 

やっぱり。

ジグナタスに居るはずの双子がどうして外にと思ったが案の定この男が放ったようだ。

ノクティス達にちょっかいをかけるために放ったのだがその被害をディザストロが被ってしまった。

執拗に狙ってきた理由は分からないままだが、どちらも瀕死の重体にさせられた。

兵器としてはとんでもない成果だろう。

生身の人間、魔法を持たないハンターなら出会いたくないシガイだ。

 

「…君はもう十分罪を償ったさ。」

「あ?なんだよ。聞こえなかった。」

「なんでもなーい。元気になったならご飯でも買い出しておいでよー。」

「病み上がりに買い出しさせるのか…。」

 

文句を言いつつもコートを羽織って部屋を出て行った。

 

ドアの閉まる音とともにアーデンは人知れずため息をつく。

ディザストロの罪は全て彼が高潔であるが故に生まれ、神が理不尽な故になすりつけられたものばかりだ。

生き汚いその辺な人間ならば羽虫程度にも気にしない罪を常に償い続けて居る。

 

生まれて来たことも、今も生きて居ることも、第一王子であることも、魔法の天才であることも、王に選ばれないのも、全て彼の責任ではない。

けれど世界は彼に罪という罪をなすりつけ、その罪悪感の償い方として世界の救済を押し付けた。

彼にとっては生きることそのものが一生の罰だ。

 

アレほど傷ついた体でまだ罪を償おうというのだから、アーデンには大馬鹿者にしか見えない。

 

「ほんと、俺も君もどうしてこうなっちゃったんだろうね。」

 

ベランダから下を見て外を歩く赤い頭を眺める。

市場に向かう彼はいつか若い頃の自分にそっくりだ。

 

「親と子って似るのかなぁ。」

 

本人が聞いたらやめてくれと後退りしそうな冗談を言いながら、血濡れの包帯を片付け始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー!ディザストロ!」

「んぉ、おまふぇあか。」

「串焼き食べながら歩くなよ…あぶねぇだろ。」

「ズボンとブーツに素肌にそのまま包帯と前を全開にしてコート…風邪を引くぞ。」

「いや突っ込むとこ違うだろ!なんで瀕死だった奴が悠々と外歩いてんだよ!」

 

プロンプトの声に気がついて大通りのレストランに立ち寄れば、イグニスとグラディオラスがボケてノクティスが突っ込むという珍しい光景が見られた。

よく見れば彼らはちょっとボロボロである。

 

「俺さっき目が覚めたばっかで何が何だかわかってねぇんだよ。串焼きうま。」

「タワーから出た後アラネアが治療のために信頼できる場所に預けるっていってそのままだったんだよ!あれから一週間も立ったから心配してたんだ!」

「なんだ。一週間寝ていたのか。にしてもお前らボロボロだな。」

「本人なんでこんな気にしないみたいなノリなんだよ!」

「俺たちはもう一つの目的の品を手に入れて来てな。」

 

事の顛末はこうである。

 

まず、シガイに貫かれ瀕死の重体となったディザストロをアラネアが担ぎ上げ、全力でコースタルマークスタワーを脱出した。

応急処置の止血と消毒はなんとかなったが内臓にもダメージが入っていた。

ケアルで内臓の補填はできない。

現代科学に頼るしかないと、揚陸艇で真っ先に衛生兵の元へ向かおうと思ったが人間を見る衛生兵は殆どこの地にいない。

病院があったとしても帝国軍人を見てもらえるとは思えなかった。

 

最終的に思い当たったのがレスタルムにいるアーデン。

レガリアで移動し、まだ目的を達成しきっていないノクティス一行とはコースタルマークスタワーで別れ、揚陸艇で一直線にレスタルムのホテルに向かったという。

その後のことを彼らは知らないが、先ほど見た夥しいほどの血濡れの包帯を見るにかなり危ない状況だったのか。

心なしか魔力が枯渇寸前とは言わないが少なすぎるほどだ。

 

およそ一週間にも及ぶ決死の看病の末、目が覚めたディザストロは呑気に焼き鳥を食べ続ける。

その一週間の間に、彼らはもう一つのダンジョンに潜ってきた。

バルーバ採掘場跡と呼ばれる廃坑。

彼らの目的はこの地で入手できる最後のファントムソード、飛王の弓であろう。

技術に秀で数多の武器で戦った王の証と言われているがかなり大変な目にあったようだ。

 

「今にも落ちそうなエレベーターで最下層まで行ったらゴブリンに扉閉められて鍵までかけられちゃったりとか!アラムシャっていう武士みたいなシガイに細道で突き落とされたりとか!もう大変だったよ!」

「そらまた災難だな。」

 

身振り手振りで大変さをあらわすプロンプトに苦笑いを返し、串を近くのゴミ箱に捨てる。

彼らはこれで最初にアーデンに提示されたメディウムに会う条件を見事クリアしたわけだ。

一頻りダンジョンの話をした後イグニスが話を切り出す。

 

「これで目的は果たした。」

「ディザストロ、頼む。兄貴に会わせてくれ。」

 

王は決して頭を下げない。

しかし、真剣な瞳で真っ直ぐとこちらに頼みこんできた。

これを断る馬鹿はいない。

 

「受け入れよう。ホテルのロビーにて待っていてくれ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二週間ほど別れていた兄にようやく会える。

ホテルのロビーで落ち着かないように行ったり来たりするノクティスの元に包帯の取れたディザストロがやってきた。

 

「待たせたな。面会は四人でいいな。」

「ああ。」

 

それだけ確認すると、付いて来いとでもいうように上の階へと上がっていった。

最初にプロンプトが話をした部屋と同じ応接室に通され、四人分の紅茶が既に用意されていた。

ディザストロはそのまま奥の部屋へと入り、出てきたときには車椅子のメディウムを連れてきた。

種明かしをすれば迎えに出て言ったのはディザストロに変装したアーデンであり、車椅子に座っているのが本物のメディウムである。

寝室にいたアラネアはかなり喚いたが一時退散してもらった。

 

目に光のない濁ったような黒いメディウムの瞳に四人は息を飲む。

二週間ほど前に喧嘩別れした時とは大違いと言えるほど様変わりしていた。

身体中が包帯に覆われているのはかわらないが、意識が朦朧としているのか時折ギョロリと目を動かす。

包帯による魔力遮断が最大化されているのだ。

これは一種の治療。

使いすぎた魔力が半分ほど回復するまで包帯を緩めることはできない。

 

先程まで元気に外を歩いていたというのに魔力がほとんどなくなった途端これである。

メディウムにとって魔力とは命であり人生であり存在そのものだった。

だからこそ、回復のためにこのような姿になっている。

 

「兄貴…だよな。」

 

声をかけても反応がない。

体を動かすのもままならないようで、ディザストロが車椅子から抱え上げ、そっとソファに座らせた。

それでようやく反応したようにメディウムは四人を見る。

 

「頭が…朦朧とする。もう少し緩めてくれ。」

「却下だ。そのまま話を続けろ。」

 

ぽすぽすと頭を叩かれる。

ノクティス達はディザストロとメディウムが友人同士なのは知っているが心の距離が明らかに友人などという枠からはみ出している。

側から見れば家族のようであった。

実際中身がアーデンなのだから家族のように見えて当然なのだが。

そんなこと知る由もない四人は疑問しか浮かばない。

そんなことなどどうでもいいと言うようにメディウムは声をかけた。

 

「どうやら"この国でやるべきこと"を終わらせたようだな。」

「ああ。旅立つ準備はできている。あとは兄貴だけだ。」

 

迎えに来たと言わんばかりのノクティスを一瞥してメディウムはため息をつく。

彼はまだ自覚が足りていない。

このままアコルド政府に向かわせるには少々心もとない。

何より、自分と弟の立ち位置をはっきりさせねばならなかった。

 

「…ノクティス・ルシス・チェラム。君は第百十四代目ルシス王だ。」

 

メディウムは何者も映さない真っ黒な瞳を夕日が沈む外に向けた。

レスタルムには珍しい、冷めるような冷たい風を感じる。

夜の静けさを届ける風はメディウムの頬を撫でてどこかへと消えていった。

 

「メディウム・ルシス・チェラム。王家臣。それがお前と俺の立場であり壁であり必要な線引きだ。」

 

グラディオラスはあの喧嘩の時にその場に居合わせなかったが彼は王の盾として誰よりも理解している。

イグニスはそもそもノクティスが一番だ。

立ち位置を曖昧に認識しているのはノクティスとプロンプト。

 

「俺が言えることはない。あとはノクティス自身が成長していくしかない事柄だ。故に俺は家臣として問う。」

 

濁った瞳が一瞬だけ鋭く輝くような、それでいて見たものを惹きつけるような王の瞳となる。

 

「王となる自覚はあるか!お前に歴代王の意思を継げるのか!」

 

ノクティスは黙り込んだ。

自分には断定的に言葉を返す資格がない。

だからこそ兄弟喧嘩にまでなった。

けれど、ノクティスは王として返さねばならない答えがある。

 

「自覚はまだ足りない。実力だって足りない。けれど、俺には支えてくれる仲間がいる。救うべき民がいる。王になる覚悟は、出来た。」

 

メディウムはそっと目を閉じた。

ディザストロの仮面の中でアーデンがそっと嗤うのを感じたからだ。

見事にルシス王に育て上げ、更に高みへと進める可能性が出て来た。

それもこれもメディウムというイレギュラーあってこそ。

叩き潰し甲斐がある。

 

「ならば俺は共に道を歩もう。君がルシス王である限りずっと側に仕えよう。…今度こそ、この言葉を忘れないでくれ。」

「ああ。忘れない。俺のそばにいてくれ。メディウム。」

 

カエムの岬で音にならなかった言葉は"いつもそばに"というなんてことない兄としての言葉だった。

二十年離れ離れでお互いに辛い思いをして過ごして来た。

だからこそ心だけはいつもそばにいたかった。

その思いで転移前に放った言葉だった。

 

正真正銘仲直り。

弟は王としての覚悟を持ち、兄は未来への献身を決めた。

この何処までも優しい王のために残り少ない命を燃やし尽くす覚悟を。

 

この手で未来を救う決戦が、もう直ぐ幕を開けるのだ。

 




※ルシス王国内での話が終わりますのでこの辺であとがき。 次話から波乱万丈オルティシエの話となります。
この先は読まなくても問題ありません。


・あとがき
家臣にとって王の覚悟とは何よりも重い言葉です。
真の意味での兄弟を知らない彼らにはこのまま王と家臣として歩んでいきます。
それがいいとも悪いとも言えず、少しずつずれてしまったお互いの認識。
大きなずれが修正できたとしても根本を弟は知らないまま。
兄はいつまでも先を行き、いずれ本当に手の届かぬ泡沫へ。
事件しか起こらなそうなオルティシエでまだ少しだけギスギスした一行の二度目のターニングポイントが。

最初の投稿から5ヶ月余り。
うち1ヶ月はほぼサボりという凶行がございましたがここまで長らくお付き合いいただきありがとうございます。
これからもお暇な時間に彼らの旅を見守ってくだされば幸いです。


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夜空

歩くことすらままならないメディウムはグラディオラスによってレガリアに運ばれ、カエムの岬まで連れ帰られた。

その際、ディザストロに扮したアーデンに"束の間の旅行を楽しむといい"などという嫌味を言われた。

実際にただの旅行になりそうだ。

 

動く景色と共に揺られて、移動すること数分。

カエムの岬の隠れ家まで再びグラディオラスに背負われて向かうとルナフレーナ、ニックス、シド、モニカ、タルコットにジャレット。

隠れ家に住まうメンバー全員総出の出迎えであった。

幼い家出少年のような扱いに、メディウムは心底嫌そうな顔をした。

 

「…お出迎えどうも。」

「電話で歩けないとお聞きしました!いったいどんな無茶を!?」

「魔力の、枯渇。大したことじゃない。」

「お前さんの魔力が枯渇するほどの無茶したってことだろ。ボサッとしてないで寝室まで運べ。」

 

怒りの形相といったルナフレーナに詰め寄られたが、グラディオラスを都合よく盾にして知らんぷり。

溜息をつきそうなシドに促されて五人は隠れ家へと入り、一番広い寝室の窓際にメディウムを運び込んだ。

ジャレットによる診察を行なっている間、メディウムは必要事項とばかりに早口に言葉を並べ立てる。

 

「オルティシエへの出港は明日。その際俺の入国許可証と共にツテを当てる。シドのじいさんは船の運転後帰国、ルナフレーナ含めた六人で入国。ルナフレーナは実に有名な為俺が幻術魔法をかける。全員無闇矢鱈に行動しないように。注意事項は以上だ。」

「今日一日は絶対安静だからな。兄貴。」

「…言うと思った。」

「お前さんの言うツテってのはウィスカムのことか?」

「ああ。ウィスカムさんとは大分古い知り合いでな。事前に連絡を入れてある。」

 

携帯電話を全員に見せながら少ししかめっ面をする。

ウィスカム・アルマはアコルドの帝国領土オルティシエでレストランを経営するルシス国民。

三十年前のレギス王の旅の一員であったが、アコルドで重傷を負い自ら離脱した。

その際ルシス王国には戻らず、そのままオルティシエに住み着いている。

彼はアコルド首相のカメリアと親交が深い。

ディザストロの姿の方が何かと会話量が多かったが、レギス王の息子ともあってメディウムの姿の時はかなり良くしてもらった。

 

「アコルド政府の首相は自国さえ無事であれば何かと融通が利く。交渉は我らが王に任せるが、概要は先にウィスカムさんを通して検討してもらっている。その際、ルナフレーナの保護も頼んである。俺たちと街を歩くより安全だ。」

「オルティシエは帝国領のはずです。帝国側が気がつかないとは思えませんが…。」

「レイヴスが協力してくれている。たとて帝国軍であろうとも妹が大事なんだと。」

 

全てはあの場をこの旅の終わりと本当の始まりの一戦にする為。

あらゆる勢力の多くの人々の思惑が渦巻いて世界は複雑になって行く。

それぞれがうまく噛み合って絡み合って気がつけば誰かに利用されている。

世界は今、平和と真反対の誰かに握られて。

 

「…水神の啓示は大きな戦いだ。水都を舞台にした、無茶すぎる戦いだ。それでもなお俺たちは立ち止まれない。覚悟は、出来ているな。」

 

ここから先は後戻りができない。

ルシス国内から旅立てばあとは寄り道しながら帝都へ向かう。

文字通りの片道切符。

その覚悟はあるかと、全員の顔を見渡せば誰もが力強く頷いた。

改めて確認するでもないかのように、その意思は揺らがない。

 

「愚問だったな。オルティシエの一戦後どうなるかはわからないが、長らく列車旅。観光はほぼできないだろう。楽しむならオルティシエまでだ。」

 

診察をし終わったジャレットに一日休んで欲しいとその手を握られ、悲しそうに頷いたあと皆にわざとらしい笑顔を浮かべる。

メディウムにとってこれが最後の楽しい観光だ。

これ以降はギスギスとした暗い闇を手探りで進んでいく。

先を知っているからこそどうしようもない想いで胸がいっぱいだった。

それでもこれは兄として、年上として言わねばならない励ましの言葉。

 

「楽しめ!世界はきっと明るい!俺たちのできることをしよう!」

 

感情を押し込めることはメディウムの十八番。

その言葉とともにその日は解散となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

出航と出国の晩。

灯台の天辺でガウンだけを羽織って夜風に当たるメディウムがいた。

足は曲がるようにはなったが歩けるとは言えず、飛んでここまでやってきた。

硬い地面に座り込んで、潮風に目を閉じる。

 

少し前から動いていたエレベーターが、ガコント音を立てて止まった。

 

「ほんと、じっとしてられないのな。」

「護衛もなしに出てきたらだめだろう。王様。」

 

ノクティスが心配して部屋を訪れれば、既にメディウムは出て行った後だった。

灯台側の窓が開け放たれていたため、歩けない兄は飛んでここまで来たのだと推測できていた。

ルシス王族が揃いも揃って護衛なしとは周りが頭を抱えそうだ。

当の本人たちはあまり気にせず。

ノクティスはメディウムの隣に腰を下ろして同じように月が浮かぶ空を眺めて、目を瞑った。

 

「兄貴はさ、俺のこと憎い?」

「…そう思ったこともある。仮にも俺は王になれと言われた時期があったんだ。」

 

ポッと出の弟に何もかもを持ってかれたメディウムが世界を恨み、父を恨み、弟を恨むのは当然の帰結。

寧ろ暗殺してもおかしくないところを彼は耐えに耐え、最後に自殺を選んだ。

心優しく育ったが故にそうなってしまった。

心強く生きた故にそうできた。

 

「でもな、それでもいいと考えられた。俺を育ててくれた人は俺を認めてくれた。努力を見てくれた。実力を測ってくれた。能力を買ってくれた。天才だと見つけ出してくれた。家族だと支えてくれた。」

 

メディウムの育ての親は最低最悪のヴィランだ。

つまり悪者。

王様と言う名のヒーローにボッコボコにされて白旗をあげる役回り。

本人の性格もドロドロで、それはもう最悪だ。

しかし、人として育てる一点に関しては最高と言えた。

褒めるところは褒めるし心を折っても立ち直る方へ折る。

見栄でも嘘でもない事実と言う名の認識をくれる。

 

人間褒められれば懐く。

心に余裕が持てる。

余裕があれば広い視野で見られる。

今のメディウムのように遠くを見られる。

 

「みんな当たり前にやっているとっても難しい"当たり前の家族"の典型的な感じだったけど。俺の"本当の家族"にはそれがなかった。」

 

お互いに甘えていた。

お互いに知ろうとしなかった。

色々な要因が重なったがそれを打ち砕くことも避けることもしなかったのはお互いの責任だ。

一度減った信頼は二度と戻らない。

信頼とは減点方式だ。

 

「お前を憎んでいたのはお前が生まれて来た最初の一年だけだよ。たった一人の弟に恨み辛みを言うのはどうかと思うしな。」

「そっか。」

 

目を瞑ったままのメディウムをノクティスは一瞥して、昔を思い出す。

いつの記憶にもイグニスやグラディオラスが現れて高校生の頃からプロンプトが現れる。

家族のはずのレギスやメディウムは滅多に現れなかった。

それがルシス王家の家族の形。

 

二人共子供ながらに悲しいことだった。

家族の団欒とは子に安らぎを与える。

友がいたノクティスと何もなかったメディウム。

居心地の悪さは格段に違うだろう。

だが、彼らには見えない絆がある。

家族というくくりとは違う、独自の絆。

故に、レギスは殺された。

 

「俺は兄貴のこと、大好きだ。メディウム・ルシス・チェラムとして、ずっと。」

「ルナフレーナが拗ねちまうぞ。」

「兄貴は?」

 

おちゃらけたようなメディウムの返しにノクティスは真剣な顔をする。

諦めたようにため息をついて、瞳を開けた。

街灯りのないカエムの岬に無数の星々が映える。

 

「俺の自慢の弟だよ。」

 

ぐしゃりと弟の少し硬い髪をかき混ぜる。

不器用で見栄っ張りで想いを言葉にできないノクティスが言い澱みもせず気持ちを伝えてくれた。

今回の事件は相当心にダメージを負ったらしい。

 

その後黙り込んでしまったノクティスと何枚もの毛布にくるまって夜を明かした。

翌朝、朝食で起こしに来たイグニスが鬼の形相で灯台に登ってくるまで兄弟水入らず。

 



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Chapter10 激動
水都オルティシエ


灯台の地下ではふよふよと浮かび上がって船の周りを飛び回るメディウムと整備を続けるシドの姿があった。

他の面子はコルに人生の先達としてアドバイスをもらっている。

多少魔力の回復で体調も安定したメディウムは席を外すように言われ、シドに工具を渡す作業を行なっていた。

 

「レガリアも積んだし、いつでも出られるぞ。」

「ありがとう、シドのじいさん。」

「俺にできんのはここまでだからな。やることやって早く帰ってこいよ。」

「…はーい。」

 

降り立った船の座席で伏せ目がちに返事を返す。

釈然としない言葉に首を傾げながらもシドは聞き返さなかった。

メディウムがこの地に帰ってくる時に世界は混乱を極め、光を求めて彷徨う羽目になる。

荒廃した自国を見たいとは誰も思わない。

ましてやその状況を作り上げた責任があるメディウムには、余計にのしかかる重圧がある。

 

恨み辛みをぶつけられ、軋む心を抱えながら真の王が帰還する時を永遠に待つ。

 

自分に与えられた使命は世界のためだとか、未来のためだとか、家族のためだとか。

大義名分を山のように積み上げてやっと正当化される。

全てが"神にとって都合のいい"こととして扱われた瞬間、使命を与えられた人間は無様に散るのだ。

ルナフレーナも、ノクティスも、メディウムも、散るためにこの時を生きている。

最低最悪の戦いがこの先に待っている。

一般人にとっては聖戦だろうが、向かわされる側はたまったものではない。

 

「なあ、シドのじいさん。俺たちの勝利条件ってなんだろうな。」

「あ?…何に勝つ条件か分かんねぇのに答えられるわけねぇだろ。」

「シドのじいさんはさ。俺たちにどうしてほしい。」

 

もしかしたら穏やかに顔を合わせられる最後の時かもしれない。

そう思うのにどうでもいいようなことしか聞けない。

人間、大事な時に聞きたいことはくだらないことばかりだ。

それに後悔するか満足するかはその人の生き様にもよる。

メディウムは質問に意味など見出さない、満足もしないが聞くことそのものに理由求めた結果の質問だった。

どちらが悪でどちらが善かもわからない主張のぶつけ合いという名の聖戦よりはよっぽど有意義な質問だと思っている。

 

「んなもん、全員が生きて帰ってくることだろ。」

「クリスタルも持ち帰って?」

「国としちゃあそれが一番なんだろうが、生きてりゃなんとかなる。命あっての物種をポイポイ捨てる前にさっさと帰ってこい。」

 

シドは迷わず生きて帰ってこいと言った。

命だけ拾って帰ってこいと。

王家という縛りがないだけで人間はこんなにも身勝手なことが言える。

その言葉に温かみを感じる心のあたりを抉るほど強く握りしめて、メディウムは次いで言葉を発した。

 

「…もし、もしの話だが。この先に進むことで誰か一人が裏切り者になるかもしれないって言ったらさ。シドのじいさんは…。」

「なんもいわねぇよ。」

 

操作パネルをいじっていたシドが椅子に座るメディウムに振り返った。

歳を食ってもなお鋭い眼光は何かを知っているかのように見つめてくる。

何も知らないはずなのに、その瞳はひどく鋭く暖かい。

 

「そいつが裏切るってことは大切な誰かのためになる。他にやり方がないからそうしてるんだろ。」

 

シドは言い切った。

裏切り者は一人きりでそれは目の前にいるのだと。

六人しかいない旅でそれぞれの生い立ちと性格を知っていれば、自ずと答えは見えてくるが言いにくいことでもある。

しかし、シドは確信を持って告げた。

前々から知っていたような口ぶりで。

 

「…そんなに不自然な行動したか?」

「強いて言うならなにもかもが可笑しいんだよ。神とやらじゃ説明できねぇところが山ほどある。全部聞こうとは思わねぇがこの話の流れだと確信できるレベルだな。」

「うわマジか…。」

 

落ち込んだように頭を抱えるメディウムの頭を皺だらけの手が撫ぜる。

聞くに聞けない雰囲気や止むに止まれず事情がある場合が多すぎて突っ込めなかっただけである。

王族というだけで抱え込むことは多い。

怪しすぎて逆に近寄りがたいものだ。

 

「それにな、親は子を守るもんなんだよ。親が信じてやらなくて誰が子供信じてやるんだ。」

「昔似たようなこと言われた気がするんだが。」

「当たり前のことお前さんが学習しねぇから言われんだ。」

 

シドは己の孫のようにメディウムの髪をぐちゃぐちゃにかき混ぜる。

近い年の友達が殆どいないシドニーにとって気兼ねなく話せる数少ない友人。

親ぐるみでの付き合いで幼い頃その手を離した負い目から、その動向は気にかけていた。

この先に進んでしまったら今のように笑い合うことができなくなることもなんとなく察しがつく。

だがここで引き止めることはできない。

片足を突っ込んでしまった以上、始末をつけなければならない。

 

「仲間も家族も大事にしろよ。」

「いでっ!」

 

バシリッと凄まじい音と共に背中を叩かれた。

シドが船縁で桟橋に向かって大声を出す。

五人を呼んでいるようだ。

ふわりと浮いて同じく船縁に行くとプロンプトがその手に持ったものをこちらに見せようと大きく振っている。

思わず苦笑いしながらも彼らの思い出の一枚に加わる為船から降りた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オルティシエへの船旅はなんの事件もなく終わった。

初めての船と大海原に大興奮の年少組は片や写真片や釣りがしたいとはしゃぎまくっていたが、二時間もすればぐったりと疲れたように椅子に倒れこんだ。

右を見ても左を見ても海だと飽きたらしい。

塩の湿気った匂いというのも最初こそ新鮮だが、ずっとそばにあると顔をひそめたくなるものだ。

オルティシエ周辺までよく遠征にくるメディウムは全く動じていない。

護衛組は若干疲れたようにソファーでくつろいでいた。

 

「ねーまだつかないのー…?」

「もう少しだ、プロンプト。あの岩場を抜ければ水門がある。」

 

見え始めた大陸の一端にのそりと顔を上げた年少組の横に急拵えで用意された車椅子。

そこへふわりと乗り込む。

魔法で浮遊すること自体は簡単だが、それでは自分がルシスの王子だと宣伝しているものだ。

魔力回復の目処は明日の朝。

これでも異常な速さで生成されている魔力だが、回復に当てられた魔力を差し引くとチビチビとしか増えない。

エリクサーをいくつか飲み込んでもこのザマである。

よって、氷の造形魔法をノクティス に教え加工をメディウムが行った特製車椅子である。

見た目は幻術魔法でカバーしているが冷たさはどうしようもなかったので手袋必須。

イグニスが押し手として採用されたのはいうまでもない。

閑話休題。

 

「ルナフレーナ、幻術をかけるからこっちに。」

 

壮大かつ見事な水門に再びはしゃぎ始めた一行を横目にルナフレーナの髪飾りを受け取る。

誓約の時に使用する生命力の半分ほどこちらから補助するために使用した髪飾りは今や彼女のお守りと化している。

二つの魔法を両立させるには少々骨が折れるのでシドに加工してもらったバレットにリボンをくくりつけて、ルナフレーナに返した。

 

「バレットに幻術魔法がかけられている。俺には黒髪黒目の美人さんが見えているわけだが、あとで鏡でも見てくれ。」

「メディウム、ここに手鏡ならある。」

「なぜ持ち歩いているんだイグニスママ…まあいいや。はいこれ。」

「ほ、ほんとに色が黒くなっています!目まで!ノクティス様とお揃いですね!」

 

朗らかに微笑むルナフレーナにノクティスが照れたようにそっぽを向く。

メディウムともお揃いなのだがそこは言及しないほうがいいだろう。

熱々で何よりである。

 

「肌身離さず持ち歩いてくれ。身につけていれば問題ない。幻術を切りたいときは、このバレットの赤い宝石の部分を軽く叩くんだ。」

「おお、どんな魔法が組み込まれてるんだこれ。」

「ノクトもその内できるようになるさ。」

 

何度か試しているルナフレーナの手を止めさせ、オルティシエの水路を抜けた先の桟橋を指差す。

白を基調とした街並みは日差しに照らされて目に焼きついた。

海による反射光は彩をさらに強め、人々の大きな活気に溶け込んでいく。

水都オルティシエの姿。

 

新たな国と知らない街にさらに浮き足立つ年少組を諌める役目は護衛組にほっぽってシドの元へ歩み寄った。

 

「桟橋に着いたら後は任せてくれ。」

「入国許可証もってんだっけか。」

「ほら。」

 

シドが見せてきた古びた入国許可証とは違い、真新しい紙ペラを出すと書かれた日付を手にとって確認している。

最後に更新したのがここに来る一年ほど前だが、名義はルシス王国外交官だ。

 

「これ見せたらまずいんじゃねぇのか?」

「話は通してある。電話ってのは便利だ。」

「外交官も大変なもんだな。」

 

実際電話の話は嘘でこちらの入国許可証を使うつもりはない。

ニフルハイム帝国の属国であるオルティシエで使うには少々やばい代物だ。

アコルド政府側はルシス王国の外交官が第一王子であることを知っている。

和平交渉の時。

ルナフレーナとノクティスの婚儀の話を詰める会議の場が結婚式場であるオルティシエで開かれた。

 

外務を担当する重鎮の中で世界情勢をよく知るものはメディウムしかいない。

必然的に任命され、あれよあれよとアーデンとの会談になった訳だが身内同士で話を詰めればトントン拍子になるわけで。

ほぼお互いに必要事項と予算的現状を語り合い、行われることのない結婚式を計画した。

メディウムが外交官としてどれ程の技量があるのか測定するテストのような会談だった。

 

片や世界のほとんどを手にしたニフルハイム帝国で政治的実権を握る食えない宰相。

片や世界で三人しかいない魔法の神秘を宿し生活面の穏やかな科学でニフルハイムにも勝るルシス王国第一王子。

間に挟まれたオルティシエの外交官は冷や汗ダラダラで終始顔色が悪かった。

井の中の蛙な部分があるルシスがあらゆる面の世界情勢を投げかけてくるニフルハイムに対等に渡り合い、まるで未来予知のように今の政治の先を見ている様は圧巻だったことだろう。

高度な情報戦を通り越して、情報から導き出される妥当な未来を語り出した時は間に挟まれた外交官が身を乗り出して二人に詰め寄ってきた。

 

このまま世界が平和に進めば、そうなるだろうと曖昧にお互い返し含み笑いを二人で浮かべたが、今頃彼は全て本当になるはずが誰かの手によって強制的に塗り替えられていることを悟っている頃だろう。

手段があまりにも強引すぎるが故にあの場にいたどちらかが主導であることも察しているはずだ。

でなければ外交官などやってられない。

 

そんなわけで色々やらかした過去があるメディウムは己にも少し小細工を施して知り合い以外は気がつかない程度に偽装しつつ、ディザストロ・イズニアとしてニフルハイム帝国が発行している入国許可証を持ち出してきた。

一年間有効なビザだ。

今入国に使ってもなんら問題がない。

代わりに門を通る間、ディザストロでなければならないので来ていた上着のフードを目深くかぶった。

 

「いつまで騒いでいるんだ二十歳組!もう着いたぞ!」

「よっしゃ!一番乗り!」

「あ!ノクトずるい!」

 

バタバタと後ろから飛び降りる音が聞こえて、慌てて追いかける護衛組に溜息が出る。

レディたるルナフレーナを置いていくとはなんたることだ。

ノクティスもテンション上がり過ぎである。

 

ルナフレーナの手を取ってゆっくり降りているとシドが声をかけながら何かを投げてきた。

 

「おいメディウム。こいつもってけ。」

「おわっ。船のキー?」

「レガリアをウィスカムに預けたら船置いて俺は帰る。好きな時に乗りな。」

「操舵できる奴いたっけ…まあいいや。助かった。きっとノクトが喜ぶ。」

「海釣りってか?程々にしろよ。」

 

スペアキーを渡されたらしく、シドはそのまま船で何処かへと進んでいく。

手を振って見送りながら、黒髪黒目で庶民が着るようなワンピースのルナフレーナとはしゃぐ四人組の元へ歩いて行った。

 

「入国手続きは俺がしておくからお前らは…あー、ルーナと先に行っていてくれ。あとこれイグニス。船のキーだってよ。」

「了解した。責任持って保護者をしよう。鍵も預かっておく。」

「子供のお守りは兄貴の役目ってな。外交官様、任せたぜ。」

 

イグニスとグラディオラスが三人を連れてゲートを潜ろうとすると一瞬止められるが、メディウムがひらひらと黄色い紙を見せているのを見てスルーさせる。

五人が見えなくなったところで、フードの中でこっそりとネックレスを起動し顔を見せた。

車椅子はイグニスが待ち合わせのホテルまで運んでいる。

それまで軽く浮いてバレないようにしている。

浮いていると魔力の消費によっていつまでも歩けないままのため、今限りだ。

それなりに知る人がいるディザストロの容姿に入国審査官も背筋を伸ばす。

 

「ニフルハイム帝国政府首脳部所属。宰相副官。ディザストロ・イズニアと申します。アーデン宰相からお話が通っていると思われますがご確認お願い致します。」

「既に確認済みです。伝言を預かっております。"用事が済み次第指定の場所に来るように"と。」

「確かに。お仕事お疲れ様です。」

 

何か言いたげな入国審査官に愛想よく返してさっさと人混みに紛れる。

観光客のような五人組を連れて歩いていること自体おかしいが、ニフルハイム帝国の政府首脳部に何か言える立場でもない彼は苦い顔で見送ってくれた。

もう一度フードをかぶり直し、人混みの中でネックレスを切りメディウムとしてホテル前まで向かってくれている五人組の前に現れた。

予め指示していたが疑問を持たずに言うことを聞いてくれていたようで何よりだ。

 

「お待たせ。じゃ、高級料理店にでも行きますか。」

「高級料理店!?」

「うまい飯か。」

「ふむ。料理の参考になるな。」

「楽しみですね。ノクティス様。」

「お、おう。」

 

ホテルの隣にあるゴンドラに五人組を促す。

外交官の仕事はここからである。

 



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亀の甲より年の功

水都と名の通り海の上で発展するこのオルティシエでは移動にゴンドラが用いられる。

これも一種の観光産業ではあるが地元の人々にも利用され愛される事業だ。

そのゴンドラでしか向かえない場所に"マーゴ"と呼ばれるちょっと高めの飲食店がある。

海の絶景を楽しめる店が多いオルティシエの中で建物の下にわざわざ店を設け、常に薄暗い中をお洒落なランプが程よく照らしている。

どの料理も絶品で隠れ家的な店内が人気を呼んでいる。

 

「で、その店主がこちらのウィスカム・アルマさんだ。」

「ご紹介預かったウィスカム・アルマだ。久々だねメディウム王子。ノクティス王子もね。」

「え?」

「ノクティスが生まれて数ヶ月の頃にお祝いに王城へ態々来て下さったんだ。」

「生まれたてだったからなぁ。覚えてなくても仕方ないさ。ま、とりあえず座って。」

「大人数で申し訳ない。」

「構わないさ。…この光景は懐かしいしね。」

 

カウンターに促されて全員が席に着く。

お茶ぐらいは出すとダージリンティーを入れてくれた。

野蛮な男どもに合わせて水だとルナフレーナに申し訳ないと思ったので予め頼んでおいたのである。

口では適当に言っておいてもらうとかちゃっかりメディウムからもらっている。

今回の件に一枚噛んでもらっている手数料としてはかなり破格なので文句も言えない。

 

「オルティシエにはいつ?」

「つい先ほど。王都よりも帰ってきた感があるなぁ。」

「君のホームはもっと奥だろうけど、それなりに顔を出していたしね。これからもご贔屓に。」

「商売上手なこって。で、例の件はどんな感じ?」

「それについては…。」

 

話を切ったウィスカムがこちらからは見えない裏側に視線を向ける。

四角いブースにキッチンを置いたマーゴは取り囲むように椅子が配置されている。

その視線の意味を察してメディウムは慌てることなく立ち上がり、緩やかにルシス王国での最高礼の形をとった。

その動作はキレを求めつつも鋭さの先に優雅さを兼ね備え、決して相手を刺さない。

そのまま膝を立てようと足を後ろに下げたところで、その女性は出てきた。

 

「そこまでの礼はいらないわ。メディウム・ルシス・チェラム王子。いえ、今は王様になったのかしら?」

「ルシス王国の伝統たる王選定をご存知でしょう。…我らが王より先にご挨拶してしまったこと、深くお詫び申し上げます。しかし、我らが王は貴女様から見れば未だ新米。ほんの少しだけ外交の先人たる私が無礼のないようご挨拶させていただきました。」

「ご丁寧な謝罪はいいわ。あなたの外交歴を"先人"の一言で片付けていいものでもない。自分を蔑ろにするのはあなたの悪い癖よ。…それよりルシスの新王と話をさせて頂戴。」

 

チラリとウィスカムを非難めいた視線で見つめるが、肩をすくめられた。

目の前にいるのは水都オルティシエを首都としたアコルド自由都市連合の首相にして、議会代表を務める敏腕女性政治家。

カメリア・クラウストラ本人である。

アコルド政府の護衛を二人ほど伴った彼女は鋭い目線でメディウムに下がるように促した。

 

彼女とはメディウムとしてもディザストロとしても付き合いがある。

キツイ口調によらず情に熱い。

筋を通してさえいればそれなりに寛容だ。

ウィスカムに頼んでいたのは気性の荒い水神リヴァイアサンの誓約と掲示を行うことを説明する場を設けること。

つまり会談の話を通してもらうことである。

誓約と啓示は穏やかに行くものではない。

特に気性の荒い水神リヴァイアサンは大暴れの末に戦闘し、半殺しにしてやっとかもしれない。

そうなると被害にあうのはルシスでも帝国でもなくこのアコルドの首都。

 

百五十年前の戦争でニフルハイム帝国の属国となったこの国では何をするにも帝国の許可がいるが、勝手に知らない誰かが行う分には帝国も口が出せない。

故にオルティシエでの被害を抑えるためにできることや、避難の指示などの話を詰めるつもりで予め概要は話してあった。

では、この話し合いの責任者は誰なのか。

アコルド側の大惨事は間逃れない中で誰が責任を取るのか。

こうなると名前を出すには対等の立場でなければならない。

立場上、レギスとも親交があるカメリアは未来の話をしても疑問符はつかないだろうがかなり厄介な相手だ。

致し方なく王となったノクティスの名を出してしまったのである。

本人には許可を取ったが心配していたことが現実に起こって欲しくなかった。

 

責任者が己で筋を通せとカメリアが要求しているのが目に見えてわかった。

 

「恐れ多くもカメリア首相…。」

「メディウム王子。私は責任者と名乗り出ておいて筋を通さない人を王とは認めないわ。」

 

そこまで言われるとメディウムも引かざるを終えない。

わかっていただろう?と聞くように見てくるウィスカムに苦笑いを返して、立ち上がっていたノクティスの後ろへと下がった。

ここにきた時他の客が誰もいなかった。

最初から張られていたのだと考えるとカメリアは粘り強そうだ。

実際ものすごくしつこいし怖いし芯が強い。

だからこそ首相なのである。

 

「こんにちは。ルシスの新王。話は聞いているけれどその前に一度顔を見にきたわ。」

「お初にお目にかかります。ノクティス・ルシス・チェラムと申します。」

 

一晩かけて仕込んだ挨拶にカメリアは目を細める。

すぐに誰の仕業か分かったのだろう。

チラリとその少し後ろに立つメディウムを見て眉を寄せる。

 

「帯刀するのは構わないけれど、外交官の態度じゃないわね。」

「おや。お言葉ですが私は何も手にしておりません。」

「ルシスの護衛、ましてや王族がその手の冗談を言ってくれるとは驚いたわ。」

 

食えない人だとそっと後ろ手に宿していた魔力を霧散させた。

魔力も持たない一般人が少し勘が鋭いだけで武器召喚の準備を察せるわけがない。

害意でも漏れていたのかと眉をひそめ、態とらしいため息をついた。

もうこの場に身分を隠す必要のある人間はいないと判断し、震える足をわざわざ叱咤してとった立ち姿を解いてお手製の車椅子にどっかり座った。

 

「あー!やめだやめだ!カメリアさんに腹芸なんて話が長引いてこじれるだけだ!」

「あら。ぜーんぶ私が衰えてないかの確認するためにワザとしていたんじゃないかしら。」

「…ほんっとカメリアさんに経験で勝てる気がしない。まだまだ青二才だって言われている気がするよ。ウィスカム。」

「メディがカメリアに勝っているところは一度も見たことがないね。ましてや負けているところも見たことないけどさ。」

 

目を白黒させる他の五人を外に、三人がそれぞれの態度で感想を述べる。

カメリアとウィスカムが対等に話し合うのはわかるが、メディウムまでもがまるで長年の友のように寛ぐ姿が異様に見える。

それを咎めようともしない二人も不思議だ。

 

「カメリア首相。折り入って願い事がある。予め伝えた通りではあるが、そちらとしても準備や通達で時間がかかるだろう。」

「もちろんよ。あなたの要望を叶えるには"責任者"に話を通してもらうわ。」

「ので、すぐに話し合いの場を設けたい。」

「そのつもりで今日顔を見にきた。明日の午前中に。どう?」

「場所は…一つしかないな。こちらとしてもありがたい。」

 

カメリアはもう一つの条件としてメディウムは同行してはならない、と付け足した。

責任者としての言葉を聞くにはメディウムが出張らない環境を作るしかない。

ならばすっこんでいろということだろう。

断る理由も思いつかず素直に頷いた。

代わりに午後メディウムと二人きりでお茶をしてくれるらしい。

皮肉ばかり言われそうで背筋に寒気がしたが、伝えたいこともあるので受け入れた。

 

おいていかれないように話を聞いていたノクティスに決まったことだけを伝えると、神妙な顔で頷いた。

自分が王として初めて成し遂げなければならないことが人命に関わることだ。

気合も大いに入れてもらわねばならない。

 

話は終わりだとゴンドラに乗って帰ろうとするカメリアが何かを思い出したようにこちらに振り返る。

メディウムの目を見据えて変わらない険しい顔でよく聞く言葉を口にした。

 

「おかえりなさい。メディウム王子。ようこそ、アコルドのオルティシエへ。」

「ただいま。カメリアさん。オルティシエ、沢山見て回る。」

 

今度こそ去っていったカメリアを見えなくなるまで見送り、イグニスに押されてウィスカムが開けてくれたカウンター席にそのままつく。

疲労困憊なノクティスのそばで背をさするルナフレーナと安堵のため息を吐くイグニスに苦笑いをし、怖かったと泣き言を言うプロンプトをグラディオラスが慰める。

カメリアは圧のある人だ。

疲れるのもよくわかる。

 

「兄貴、すげぇ親しげだったな。」

「"おかえりなさい"っていってたね。」

「それでも"ようこそ"なんだな。」

「何か意味でもあるのか?」

 

最後に交わした会話が気になるのか、こちらを見る五人に頬をかきながら昔のことを話す。

ウィスカムは懐かしむようにその話を聞いていた。

 

「オルティシエにはそれなりに来るんだけど、ウィスカムやカメリアとは必ず会うようにしているんだ。」

 

まるで自分の家がこの地にあるのかと錯覚するほどよく来る。

アコルドが何かを行いたい場合、帝国に許可が必要でありきちんと説明の場を設けている。

その場で派遣された政府首脳部の人間が判断してもよし持ち帰ってもよしなのだが、ディザストロとしてよく派遣されていた。

しかし街で遊ぶにはニフルハイム帝国の服が堅苦しく、メディウムとして街を歩くうちにウィスカムと出会った。

話をしていくうちに互いの生い立ちや事情などが分かっていき、気がつけば仲良くなりウィスカムと親交のあるカメリアが混ざり始めた。

 

派遣される行事は議会などもそうなので、その度に話ているとある日ウィスカムが"おかえり"と言い始めたのである。

けれど、故郷を忘れて欲しくないと言い始めたカメリアが"ようこそ"と付け足した。

よって矛盾したような言葉になっているのである。

ノクティス達にはウィスカムと出会ったところから話した。

 

「そんなわけで、割と仲がいいわけ。会うには決まってこのマーゴさ。」

 

カウンターから伸びてきた無骨な手がぐしゃぐしゃとメディウムの髪をかき混ぜる。

年上には良く可愛がられるメディウムだが、オルティシエでは特に子供扱いされがちだ。

大人と肩を並べて育ち続けた彼に前に立って守れる人間がいるのだと、彼らは教えてくれた。

見てくれだけではない。

住まう人々さえも美しいこのオルティシエを戦火に晒すことはしたくない。

避難は迅速に、市街は最小限に。

やらなければならないのは変わらないがせめて街並みを壊さないように。

 

「カメリアさんはノクトの意見を聞きたいんだろう。お互いに譲れるところ譲れないところがあるが、きちんと見極めて自分の言葉で向き合あうんだ。ノクトならきっと納得させられる。」

「任せてくれ。兄貴には及ばなくても、俺には俺の言葉があるし。」

 

大見得切って急に恥ずかしくなったのか、尻すぼみながらも自らの意思で話し合いに臨んでくれることを約束してくれた。

自分の言葉があることはとても大事なことだ。

意思を伝えるとは非常に難しいことだ。

特に思いを口にできないノクティスには至難の業だろう。

 

「王としての自覚、出てきたか?」

「フィッシング王爆誕かな!」

「釣り王でいいだろ?」

「ふむ。今日の夕食は魚料理か。」

「ノクティス様、釣りがお好きですものね。」

 

五人に顔を覗き込まれ半分冗談のようにやいのやいのとからかわれる。

ぷるぷると震えだしたノクティスがガタッと立ち上がって声を張り上げる。

 

「うるせー!今日はオルティシエ存分に観光するんだよ!!いくぞみんな!ルーナ!」

「ルナフレーナだけ特別なのな。」

「う、うるせーってば!」

 

楽しげに笑い合いながら好き勝手にノクティスを揶揄う姿をウィスカムが懐かしそうに見つめる。

随分昔に自分にもこうして笑い合う仲間達がいて、賑わいながら世界各地を歩き回った。

辛いことにも大変なことにもぶつかったが、それ以上に思い出に残る旅になった。

その旅の中心にいた人物はつい数週間前に突然いなくなってしまったけれど、その息子達が父と同じように中心となって世界を見て歩いている。

その果てに父以上に辛い思いがあるだろうに。

彼らは今とてつもなく楽しそうだ。

ウィスカムにはそれが眩しくてたまらなかった。

 

「メディウム。」

 

そっと、幼子の名前を呼ぶ。

その輪から少しだけ距離を取る彼は見てくれの割に心が子供のままだ。

全てを覆い隠して隠してしまう大人の殻の内側にチラつく空洞がこの旅で少しでも埋まればいい、とウィスカムは再び髪をぐしゃぐしゃにした。

 

「どうしたんだよ。ウィスカム。」

 

殻から少しだけ覗いた彼の子供のような笑顔が、いつまでも続けばいいと心から願って。

 




※ウィスカムさんとカメリアさんについて補足。


・ウィスカム・アルマ
メディウムとの出会いは彼が十一歳の時。
外交官と言う名の気まぐれ宰相に連れ回されてやって致し方なく仕事をし、息抜きに食事に来たマーゴでたまたま出会った。
ネックレスの魔法は切っていたため若かりし頃のレギスにそっくりなメディウムを気にかけ始め、数年後にメディウムの方からカミングアウト。
それに伴いウィスカムも包み隠さずレギスとの関係を教えた。

・カメリア・クラウストラ
出会いはマーゴ。
ウィスカムにカミングアウトする前からマーゴで顔を合わせていた。
レギスの若かりし頃というより王子としての気品を察してウィスカムに問い詰めている。
その後きちんとメディウムから素性を聞いた。
見聞の広さと先見の力に一目置いている。

三人は古くからの友人と言える関係である


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使命は二つ

オルティシエの観光という名の釣りチームと買い出しチームに分かれたメンバーは、思う存分に満喫しリウエイホテルでゆっくり休んだ。

メディウムを除いた五人はなるべく綺麗にした服に身を包み、首相官邸へと向かっていった。

 

午後までやることのないメディウムは昨日聞いた伝言を思い出し、一人で車椅子は面倒だと車椅子の生成をやめて人気のない道を緩やかに歩いた。

浮遊せずとも歩けるぐらいには回復したのである。

アップダウンのあるオルティシエの街を進む事数十分。

フードを被りながら進む黒い服装の人間は目立つためかなり気を使ってたどり着いた場所は、外に椅子とパラソルを設置して作られたレストラン。

中でも食事が可能だが街並みを見ながら食べる食事も一興であろう。

 

かなり端のほうで植え込みに紛れて気がつき辛い場所に、同じように目立つ黒い服装の赤毛の男がコーヒーを飲んでいた。

ディザストロへと姿を変え、大股で男の目の前に座る。

 

「相席しても?」

「もうしているじゃないか。」

「呼んだのは親父殿だ。で?ご用件は?」

 

場所が明確に伝えられていない中でここにたどり着いたのは、事前にメールが届いていたからである。

突然の呼び立てに困ったものだが都合のいいことに空き時間ができた。

首相官邸が目の前にあるのが若干恐ろしいが、そうすぐにでてくるわけでもない。

さっさと要件を話せと、赤毛の男ことアーデンを小突いた。

 

「そちらは順調かなって。誓約はできそう?」

「出来なければ困るのはお互い様だ。」

「優秀な副官で何より。報酬は…ね?」

「神凪、ルナフレーナ・ノックス・フルーレとレイヴス・ノックス・フルーレの命。不足金はこの命で支払う所存だ。」

「物分りが良くて助かるよ。テネブラエまでご案内してあげてね。可愛い俺の子。」

 

今までと変わらない。

この戦いが終わればメディウムもディザストロも関係なくアーデンの駒になる。

言うことだけを聞いていればいい正真正銘の武器となるのだ。

この男に直接振り回されるのは自分一人で十分だ。

ルナフレーナとレイヴスの命には変えられない。

 

「それでね、君には重傷を負ってほしいわけだけど体が使い物にならなくなるのは困るんだよ。」

「治る程度に損傷してほしいと。」

「そう。ちょうどいいのがあるよね?」

 

トンッと胸を人差し指で押される。

さらに付け加えるようにその手を前に出した。

 

「頑張っている可愛い子にはさらにサービス。ほら。」

 

軽いノリで出されたのは目を見開く代物だった。

なぜこれをアーデンが持っているのか。

一体どこに隠し持っていたのか。

 

それは亡き前王レギスの愛剣。

ファントムソードとなった父の剣だ。

 

「これをどこで!!」

「レイヴス君が君にあげようとしていたから預かっておいたのさ。」

「ファントムソードだぞ!?お前まさかこれも!」

 

慌ててアーデンの手から奪い取った黒い剣を大事に抱え、悲鳴じみた声を上げているとアーデンは胡散臭かった笑顔を一瞬で取り消した。

久々に見るなんの色もない顔にヒュッと喉がおかしな音を立てる。

憎悪しか宿さない顔でアーデンははっきりと告げた。

 

「それは俺のものにしてない。」

「で、でもこれはファントムソード…だし。」

 

たじろぎつつも疑問は止まない。

戦力としてはファントムソードというだけで申し分ない。

徹底的に叩きのめすという意味で父王の剣をうってつけの武器だ。

わざわざ模倣しないのはどういうつもりなのか。

 

パッと切り替わるテレビのように胡散臭さが戻ったアーデンはやれやれと態とらしげに肩をすぼめる。

 

「それは君にとって"父王の剣"でしょ?なんか負けた気がするんだよね。」

「へ?負ける?何に?」

「"父親として"ね。」

 

なんだかよくわからないが、父王のファントムソードが無事ならばそれでいいとディザストロは急遽模倣の魔法を使用して自らのファントムソードに加え武器召喚で剣を飛ばす。

見えづらい位置にある席のため、誰の目にも止まらなかった。

 

アーデンの言葉の意味は彼にしては珍しく、そのままの意味だ。

父親として最低とまではいかないが酷いものであったレギスよりも存分に愛情と教育を与えたアーデンが、未だに養ってくれたおじさん扱いだ。

父王の剣を持って仕舞えば、自分がレギスに負けたようで嫌だった。

即席で現れたこの剣一本如きハンデだ。

 

「ちゃんと仕事するんだよ。メディウム王子。」

 

自分と同じ赤い髪を宿したディザストロの姿で王子の名を口にしながら、アーデンは席を立つ。

追いかけることもできずその場で見送ることしかできなかったディザストロの前に空っぽのカップだけ残された。

 

 

 

 

 

 

 

 

一方その頃。

カメリアによって行われた話し合いは、ほぼ現場確認のような状態になっていた。

理由は単純明快。

メディウムの提案に付け加える部分もなく、ノクティスは避難を優先するべきだと主張した。

この時点でカメリアは水神の誓約と啓示をさせてもいいと思っていたが、付け加えて避難誘導に仲間たち三人を貸すと言ってきた。

言われた三人も全く動じることなくノクティスの決定に従う心算のようだ。

 

その代わりにルナフレーナを誓約と啓示の時まで保護してほしいと。

断る理由もなかった。

神凪というものは世界中の人々の心の支え。

生きているというだけで世界に希望を与える存在を蔑ろにするなど、国民の期待を裏切るに等しい。

話し合いはスムーズに進んでいく。

 

「では、貴方と神凪で儀式を行うと。帝国軍の横槍は避けられない。私たちは手を出せないけれどそれでもいいと言うのね?」

「こちらが一方的に迷惑をかけている状態で、更に手伝ってくれとは言えない。…国民とその土地を大切に思う気持ちは俺にもあんたにもある。人命が何よりも大事で、街並みもなるべく破壊しないように努力するつもりだ。」

 

街は人がいれば何度でも立て直せる。

優先順位は人々、街、神凪の順だ。

帝国軍の横槍は避難援助に向かう仲間たち三人が何とかしつつも自分は啓示を貰うために訴えるしかない。

すんなりもらえないとは、事前にルナフレーナを通して聞き及んだが巨神よりも酷いとはどの程度なのか。

神とは凄まじいものだとつくづく思う。

 

ノクティスの真っ直ぐな顔を見てカメリアは少し微笑むと、ノクティスに手を差し出した。

 

「貴方が父親そっくりに育ってくれて本当に良かったと思うわ。ルシスの新王。」

「俺も、あんたがこの国の首相で良かったと思う。国民は幸せだな。」

 

その手を取ってノクティスは力強く握手をする。

お膳立てされた交渉ではあったがカメリアはたしかにノクティスの奥底に王としての資質を見出した。

知恵でも力でもない。

たしかに人々を、民草を愛する王の顔。

護るべきものが自分ではなく国民であることをまだ甘いながらも理解し始めたノクティスをカメリアは好ましいと思った。

なるほど、メディウムが弟を推すのがよくわかる。

 

「神凪はこちらで保護するわ。避難誘導の作戦概要を別の部屋で聞いてちょうだい。決行は全てが整う三日後。」

 

カメリアの指示で部下らしき人に連れられてノクティス一行が部屋を出る中、ルナフレーナはカメリアに呼ばれてこの部屋に残る。

ここで彼らとはお別れ。

儀式の時にまた会うことになる。

 

数分ほどいくつかの書類をまとめて持ちながら、カメリアの先導でルナフレーナは隣の部屋に移動すると湯気のたった紅茶と応接セットがセッティングされていた。

丸テーブルに向かい合うように三つの椅子が置かれ、二人がそれぞれ席に着いた頃に三人目があらわれる。

言わずもがなメディウムであった。

 

「おや。お待たせしてしまったか。」

「時間の十分前よ。私達が早すぎただけ。」

「お話し合いはそれだけ順調だったと。」

 

椅子を引いて座ったメディウムは、まだ暖かい紅茶に角砂糖を二つほど入れてミルクをたっぷり注ぎ込む。

甘ったるいミルクティーに頬を緩めながら、カメリアから渡された書類に目を通した。

手慣れたようにパラパラと流し読みすると、無言でその紙をチリ一つ残さず燃やし尽くした。

呆気にとられたルナフレーナと澄まし顔のカメリアを冷たく一瞥する。

 

「下らん。」

「"現実的で最高な未来"でしょう。貴方達"親子"が導き出した答えとしてとても平和的な案だわ。」

「レギス様とメディウム様が?」

「いいえ、違う。彼とアーデン宰相のことを私は親子と言ったの。」

 

目を見開いたルナフレーナがメディウムを見つめる。

光すらも映さない濁った瞳でカメリアを見つめるメディウムはまるで別人のようであった。

その瞳にルナフレーナは見覚えがある。

 

「それは…まさか。」

「聡明な神凪ならすぐにわかるでしょう。もう隠さなくていいわよメディウム…ディザストロと呼んだようが適切かしら。」

 

カメリアが呼んだ瞬間にメディウムの姿が変わる。

いつのまにか変わった服装はニフルハイム帝国政府首脳部副官の制服。

ご丁寧に白い外陰を羽織、胸元にいくつものバッジをつけている。

完璧な外交時の服装。

赤毛と橙の瞳がギラギラと映る。

理性と本能の狭間を悠々と渡り歩き、目の奥に静かな黒を濁らせる様は恐ろしいとしか言い表せない。

 

「理解に苦しむ。神凪に俺の顔を見せる必要があるか?」

「不誠実じゃないかしら。今までずっと騙していたなんて。」

「何を馬鹿なことを。隠していたのであった騙したのではない。」

「カメリア様は知って…!」

「いいえ。確信を持ったのは昨日。入国の時の話よ。うまく騙されたものだわ。」

 

入国審査官の報告はディザストロ・イズニアが入国したという話だった。

それに付随して五人ほど入国したと聞いたが、それで確信した。

元々匂わすようなそぶりがいくつもあった。

答えにたどり着くまで随分かかったが彼にとって今が潮時なのだろう。

わざわざ掴みやすい尻尾を出してきた。

ルナフレーナは戦慄した。

まさかテネブラエを侵略し、シガイの温床と化したニフルハイム帝国の中でも最もシガイの王に近いディザストロ・イズニアがメディウム・ルシス・チェラムと同一人物だったとは。

 

「黙っていたのは悪かった。だがこちらも致し方ないことだったのだ。なにせ"使命"なのだからな。」

「私に語った使命は嘘だったと言うのですか!?」

「いや。本当だ。しかしまあ。全部は話していないな。俺に与えられた使命は二つ。神凪なら聞き及んだことがあるのではないか?」

 

ルナフレーナの顔が真っ青になる。

使命とは通常一つしか与えられないものだが、稀に二つ与えられることがある。

 

最初はルシスの第二王子だった。

数百年前に第一王子が王となり、王弟は神々に王を支える使命ともう一つ使命を与えられた。

その内容は誰にも語られることなく王弟は消え、一ヶ月後に見るにも無残な姿で発見された。

悲しみに打ちひしがられた王は神々に使命を問い詰めたが答えてもらえず、結局王自身も魔法障壁に寿命を削られて亡くなった。

 

その次は神凪の一族の次女だった。

神凪に就任した姉と仲睦まじく過ごしていた少女に神々が使命を与えた。

姉を支える使命とともにもう一つ。

かなり長期の使命だったらしく、テネブラエを出て二年ほどしてから少女は帰ってきた。

まるで人形のように反応しなくなった酷い姿で。

精神が崩壊した少女はのちに狂ったように叫びながら自殺した。

姉の神凪は妹の分までシガイに襲われた人々を治療し続け、無理が祟って若くして亡くなった。

 

そのどちらもが同じ使命を負わされていたと聞く。

後に何人かが同じ使命を背負わされ、誰もが無残な死を遂げた。

例にもれないならばメディウムもまた。

 

真っ青になりながらも唇をかみしめてメディウムを見つめた。

今にも泣きそうな顔である。

 

「…何を聞いたのかは知らないが概ねその予想であっている。誰よりも長くその使命を続けられているのは不思議だがな。」

「その潮時が、今なのね。」

「少し違う。一区切りといったところだ。クライマックスへはまだまだ先。この酷い使命は俺で最後になることを願うしかない。」

 

神達は酷い。

人の気持ちを汲み取ろうなどと毛ほども思わない。

その結果がこれなのだから笑えてくる。

神などと手を切ってしまえればどれほど良かっただろうか。

 

「この選択に後悔はしてないけどな。たとえ裏切りであろうとも、あいつは。シガイの王は俺の育ての親なんだ。」

 

アーデンは酷く荒れている。

メディウムと同じような使命を与えられた先代は彼に気に入られなかった。

好きなようにしても全く抵抗しない神の使いなど憎悪の対象でしかないだろう。

その手口は代を重ねるにつれて悪化している。

だが皆一様にシガイになることを強要されていた。

 

アーデンは、心のどこかで同じ存在を求めていたのかもしれない。

メディウムも最初に要求された。

 

「…黙っていて悪かった。俺はシガイの王と同類だ。身体の中にシガイを取り込める。才能が、見つかった。」

 

メディウムがアーデンに家族として認められた理由がそれだった。

二千年と数十年前に一人だけ現れたシガイの王になれる才能。

今までアーデンが黙っていたが、メディウムの体を治療する際にボソッと爆弾を投下してきた。

体にシガイの病こそいないが、いつでも後継になれるほど完璧だと言う。

 

「この使命は程のいい厄介払いだ。邪魔なものを神の名の下に殺していく。たまたま俺が生き残ったのは世界の厄災になれる才能があったからだ。」

 

ディザストロという名に嘘偽りはない。

まごうことなき厄災。

誰もかばうことのできない負の始まりがこの体だと、メディウムは悲しんだ。

もし才能がなければ今頃先代達と同じ末路を辿っていたことだろう。

死にたくても殺してもらえず、逃げたくても逃げられない。

挙句何もかもを諦めて心すらも消えていく。

 

「…死んでいればよかったのだと何度も神々に言われた。だが俺はただで死にたくはない。人として行きられないならば愚かな獣らしく、道具らしく無様に足掻くつもりで生きている。」

 

今を生きていけるのは自分が世界を無茶苦茶にできる才能があるから。

世界を守るルシス王家は反対に壊すこともできる。

その最たる例がアーデンであり、芽となるのがメディウムだった。

相反する力を持ち続ける体は次第に崩壊へと向かっていく。

立っているのですらやっとの体は、もはや回復の見込みがない。

もう二度と走れない体になってしまった。

 

「俺はどちらも救いたい。シガイの王とて…親父殿だって被害者だ。その責任を全て親父殿に押し付けた神々を俺は許しはしない。断じてだ。あいつらの思い通りなんかにはさせない。誰も!死なせたくなんてない!」

 

テーブルに叩きつけられた拳に揺られてガチャンッとカップが音を立てる。

傷跡だらけの無骨な手をルナフレーナがそっと撫でた。

誰もが生きている間に何度でも地獄を味わう。

メディウムの地獄は産まれた時からずっと続いている。

外に美しい世界があることを知らない。

優しい人々を理解できない。

けれど、同じように地獄を歩む人々に朧げに見える出口を案内する。

 

彼らが外の世界で知らない何かに出会えることを願って。

 

「メディウム様。どうするおつもりなのですか。既に誓約も啓示も半分が終わってしまいました。ファントムソードも、私の鉾と帝国領にあるもの、レギス様のもののみ。」

「今までと変わらない。神々の言う通りに進んで最後に盛大にどんでん返ししてやるのさ。俺の恨みつらみ全部込めてな。」

 

落ち着いたメディウムはもう一度椅子に座り直し、ルナフレーナの手をそっと外す。

静かに聞くだけだったカメリアが軽く息を吐いて頷いた。

 

「事情はわかったわ。つまり貴方はどちらでもない。ルシスでもなければ帝国でもない。第三勢力。ルシスに付く方が万人が幸せになるから付いていると。」

「身もふたもない言い方をすればそうだ。ニフルハイム帝国政府首脳部ではあるが、チクったりはしない。」

「ならいいわ。貴方を信頼できない状況にしたくない。厄介すぎる。」

 

カメリアがディザストロとメディウムの同一化を図ったのはどちらの顔が本当なのかを探るため。

蓋を開けてみればどちらの顔も作り物で、三つ目の顔は世界のために奔走する勇気ある青年だ。

彼と敵対する意味もない。

ならば話は終わりだと、カメリアは紅茶を飲み干す。

彼女はメディウムが敵か味方か測りたかっただけだ。

 

騙す騙されるの余計な単語を足したのはメディウムの本心と計画を聞くためである。

怪我ばかりする友人が珍しく気持ちを吐露する姿は新鮮だが、同時に助けたいと思う姿だった。

 

「困ったことがあったらできるだけ言いなさい。なんとかしてあげるわ。」

「助かるカメリアさん。」

「少しは誰かを頼りなさい。見返りはきちんと後で請求してあげるわ。」

「キッチリしてんなぁ。」

「今回の見返りの話を詰めるわよ。神凪、よく聞いていなさい。」

 

大々的に民衆を味方につけるには神凪の存在は必須。

儀式の損害を省みて出した提案にはもう一文提案が書かれていた。

 

「神凪ルナフレーナによるスピーチ。期待してるよ?」

「え!?」

 

世界に勇気を与えるのはルナフレーナの役目だろう?

 




※あとがき補足


オルティシエでレイヴスとルナフレーナが話している時、ルナフレーナは「体がうまく動かせない。」と語りましたが、本作ではまだまだ元気です。
常人より疲れやすい程度で体に支障をきたす程ではない。
その代わり主人公はもはや走れなくなっています。
魔法や魔力を駆使すれば走るどころか音速で駆け抜けられますが、果たしてそれがいいことなのか悪いことなのか。

エピソードイグニスプレイ済みのためオルティシエでは裏方目線で進みます。
ネタバレが多々あるかもしれません…この機会に是非エピソードイグニスを…来年はエピソードアラネア、ノクティス、ルナフレーナ、アーデンもでるらしいので是非…!


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三人の雑談

特に本編の進まない男三人の雑談回。


「本日から三日間に渡り休息期間だ!各自戦いに備えながら思う存分観光する様に!」

 

今朝一番にメディウムにそう言い渡され、ウキウキしながらもいつもより早く支度をした四人組。

そこにアコルド政府に預けていたはずのルナフレーナが幻影魔法を身につけてやってきたのが先ほど。

現在ホテルのロビーにて元凶を待ち構えているのだが、待てども待てども一人部屋から降りてくる気配がない。

心配して合鍵で入ってみれば誰もいなかった代わりに置き手紙があったと、偵察班イグニスが一枚のメモ用紙を手にして戻ってきた。

 

「"ちょっとトトモストロして仕事行ってくる。三日ぐらい帰ってこないから遊んでいて"…だそうだ。」

「はぁ!?一番休んでなきゃならねぇ奴がなんで仕事行ってんだよ!!てかトトモストロってなんだ!?」

「俺たちのことわかってんな。」

「さっすがだよねぇー…。」

「あら?裏面にまだ何かありますよ。」

 

ノクティスの嘆き兼突っ込みを遠い目で眺めるグラディオラスとプロンプトに続いて、イグニスの持つメモの裏面に小さく文字が書かれていることにルナフレーナが気がついた。

ピラリと裏返してさらに読み上げる。

 

「"王様とお妃様はデート楽しんでね"…ふむ。我々も邪魔しない様にしよう。」

「抜け目もないねー。」

「その道のプロだな。」

「どの道のプロだよ!!人をからかうことならプロ級だけどな!?あのクソ兄貴!覚えとけよ!」

 

ギャアギャア騒ぐノクティスをずるずると引きずって、さっさと観光に行こうと全員が歩き出す。

ここは首都であり観光都市。

三日でやりきれない楽しいことが山の様にある。

 

ロビーを出る頃には落ち着いたノクティスを先頭に、五人は街へ出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

一方その頃。

 

「いやぁ。心もとない軍資金が潤いましたわぁ。当分は武器と回復アイテムに困らねぇ。」

「…なぁんかイカサマに見えるのは俺の気のせい?」

「トトモストロにイカサマなんて概念はねぇだろ。それこそ魔法でもなけりゃ無理無理。」

 

一般席の後ろの方でアーデンがメディウムの財布を覗く。

すでに十倍には金額が膨れ上がっている。

 

トトモストロは闘技場で行われる野獣同士の戦いで、様々なプログラムが織り交ぜられ随時行われている。

最後まで生き残った野獣に賭けたギャンブラーが、倍率の分だけ掛け金×倍率もらえるのだ。

一般的に知られる歴史上の闘技場は人間同士の死闘だが、倫理観上行えないためこの形になった。

野獣のコンディションや数によってかなり勝敗が変わる上に、観客が持っているグリダという笛で様々な効果を発揮する。

それらをあらかじめ計算するなど難しいことなのだが、メディウムはグリダも吹かずに負けなし。

全額賭けで大儲けである。

未来決定の魔法は発動している様子がないので、本当の意味で運だ。

 

「相変わらず悪運が強い奴。」

「幸運だと言ってくれ。ま、これ以上は出禁になりそうだし。仕事に行こうぜ。宰相殿。」

「はいはい。」

 

帝国の宰相と副官がトトモストロにいること自体が異常なのだが、彼等はこの後に仕事を控えている。

何の仕事かはおおよそ予想がつくが、改めて口にする。

ここからが本番の戦争だ。

 

既に現地入りしたレイヴスと共に軍の配備と動員する兵の打ち合わせをする。

准将クラスも総出の戦いになるだろう。

その際の勢力分布もしっかり把握しなければ。

 

「大方決まったようなもんだけどな。」

 

闘技場外のゴンドラに揺られながらアーデンからもらった動員数の数を見る。

今回の戦いは非常に複雑だ。

 

「アーデンと俺が第三勢力側、王様御一行がルシス王国側、レイヴスはルナフレーナに着くと考えるがルシス側ではなく独立勢力。指揮官としては動かない。そう考えると、准将共が出張ってくるな。」

「アラネア准将はこの戦いの後退職するから、全力は出さないだろうね。野心家はルシス王の側近たちを狙う。」

「必然的にカリゴ辺りは大物狙いで隊としては機能しないか…。裏で暗躍する分には都合がいいが、帝国側がガタガタすぎる。本当にこの国大丈夫か?」

「もう"滅びる国"を気にしたってしょうがないよ。」

「けっ。滅ぼす側の俺たちが言うのもなんだが、可哀想なもんだ。」

 

帝国は外側からすれば大国の大船

しかし内側から見ればボロボロ穴だらけな泥舟。

昔はここまでではなかったが、イドラ皇帝がアーデンの手中に収まった時点でさらに悪化した。

泥舟の裏でこそこそ…寧ろ堂々と戦艦を組み立てたアーデンが何もかも悪いのである。

その戦艦に乗り込もうとしている人間が言うことでもないけれど。

 

「民は絶対に襲わない。そこは絶対だ。普通の市街戦は先に避難勧告してから行うもんだろうけど。」

「その避難勧告で逃げなかった場合掃討戦で皆殺し。帝国のやり口は狡いね。」

「発案者が言うな。今回はそれなしだからな。」

「はいはい。今更人間殺したってなんの得にもならないし、しないよ。」

 

本当はどうだか。

冷めた目線を送るが、相手は舌を出すだけで何も答えない。

無抵抗な市民への殺人だけはしないようにもう一度強く言い、目的地に着いたゴンドラを降りる。

場所は簡素な裏路地だがこの先の道を行けば予約してあるレストランだ。

 

帝国の軍服を隅々まで確認し、タイを直すと入店直後に個室へと案内された。

先にいたレイヴスが仏頂面で一言文句を言う。

 

「遅い。」

「これでも約束の時間十分前だよ?」

「十五分前に来い。貴様それでも宰相か。」

「すまない。レイヴス。ちょっと遊びたくなっちゃって。」

「ディアなら許す。」

「何この扱いの差。俺の方が偉いんだけどー?」

 

ブーブー文句を言ういい大人を放置して席に着く。

すぐさまサーブされた料理はどれも海産物。

いい匂いが個室に充満する。

かなり高めのレストランを指定したが、経費が落ちるので問題なし。

そもそもここにいるのは元ルシス王族、テネブラエの元王子で現帝国貴族、現ルシス王国王子である。

皆目的も立場も違うが王族しかいない。

安いレストランは憚られる。

 

きっちりしたマナーは求められていない故にそれぞれ気ままに摘んでいく。

途中レイヴスに料理を避けて資料を渡せば、パラパラと読み始めた。

 

「…わざわざ勢力分布図まで書いたのか。」

「事情を知っているメンバー用にね。その辺を抜いた資料はすでに配布されている。間違いはある?」

「独立勢力を認めている、と認識していいか。」

「もちろん。ディアに感謝しなよ?言われなかったら認めなかった。」

 

ギロリとアーデンが睨みを効かせる。

口元は笑っているのに目は殺意に溢れていた。

一体何を言ったのかレイヴスが目線で聞いてくるが、肩を竦めて教えなかった。

知らなくていいことが世の中には山のようにある。

 

「ルナフレーナは戦闘後、レスタルムに向かわせる。あそこが一番安全だ。」

「何を企んでいるかは、聞かせてくれないのだろう。ならば言う通りにする。船の手配は?」

「すでに終えている。王の剣の一人がお出迎えしてくれるってさ。レイヴスはそのあと俺についてくれると助かる。」

「ならばなるようになる。謹んでお受けしよう。」

 

ここから先はルシス王家の問題。

例え神凪だとしても戦えぬ者が踏み込むことは許さない。

光が失われて行く世界で、メテオによる発電ができるレスタルムは希望の街。

そこにルナフレーナが加わればそこから光が伝染していく。

護衛はニックスがしてくれるだろう。

王の剣達は今も頑張ってくれている。

 

「その後の"約束"を忘れるなよ。」

「王子様に二言はないさ。泡沫の夢を見せてやろう。」

「何々?俺に内緒とかディアもやるようになったね。」

「あんたに一々許可もらう必要もねぇだろ。あいつの覚悟が決まるまでどれだけかかるかわからないし。」

「早々に決めてくれると助かるんだけどね。それは真の王様次第。本当アホらしい。」

 

三人にしかわからない会話が永遠と繰り広げられる。

後の話、今の話、前の話。

それらがいつのことを指すのかがわかるのはもう少し先。

何もかもが一変した瞬間に理解する言葉だ。

 

「日の出る時間は帝都での決戦後、一ヶ月の間に一時間以下になると予想している。本当ルシス王家は世界の要だな。あからさまにボロボロになる。」

「二千年前では珍しくない風景だったけどね。病が流行る前はもっと日の時間が長かったよ。」

「初耳なんだが。」

「言ってないし。」

 

しかしアーデンの言う通りかもしれない。

病が大流行一歩手前まで行った二千年前はアーデンの力があったからこそ日が完全に沈まずに済んだ。

間違いなく救世主だっただろう。

ほんの少しだけ世界が彼に優しかったら未来は変わっていた。

こんなにまで傷ついて苦しんで嘆いて繰り返す必要など無かったはずだ。

 

「メディウムが俺でノクティスが夜叉王。そう考えると何もかもが二千年前の繰り返し。」

「例え復讐を考えなくても…。」

「第二のアーデンとしてメディウムが生まれるだけの運命だった…か。」

「世界はぐるぐる回ってるんだから当たり前さ。前に進まず同じ場所をずーっと何億年だって回り続ける。そこに新しい現象なんて起こらないよ。"魔法"でもない限りね。」

 

ニヒルに笑うアーデンはそれだけ言って目の前の料理を食べ始めた。

レイヴスと顔を見合わせて肩を落とす。

世界の人々や今を生きる人々に二千年前の歴史を知れと言うのは酷な話だ。

生きるだけで精一杯の彼らに邪魔な知識なのだから。

だが、未来を作り上げるルシス王家と神凪の一族はこの繰り返しを知っている。

その度に自分達が死に物狂いで立ち上がることも知っている。

本当の意味で何も知らないのは周りに隠され続けていたノクティスだけ。

 

大きな出来事となって表に出たのがたまたま今だった。

 

「本当、世界って理不尽。」

「同感だ。冷めてるぞ。」

「あー俺のリゾットが!」

 

ままならない世界への不満と産まれの不運を嘆いて冷たいリゾットを味わった。

 




このあと三人でむちゃくちゃ遊んだ。


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釣り

ーー世界は闇に包まれようとしています。神凪の私はーー

 

「んん…違うな。もっとインパクトが欲しい。」

「難しいですね。"人々の心掴む"とは。」

 

首相官邸の一室。

一番小さな会議室を借りてスピーチ用の原稿をルナフレーナとともに書き上げていた。

事前に用意したテンプレートにルナフレーナの言葉を足していく形だが、これがかなり難しい。

人々に不安を与えるだけでは希望たる神凪として失格。

希望だけを与えてしまうと人々に現実が降りかかった時心が折れてしまう。

少なくとも実際の問題と事実を織り交ぜて、それでも立ち上がってくれないかと神凪に証言してもらわねばならない。

民達にしてもらいたいのは真の王が帰ってくる時までこの世界を保つことだから。

 

「これでもハードル自体は低いんだ。そもそもの支持率が政治家もびっくりの数値。世界のほぼ九十%がルナフレーナの味方なんだぜ?そこまでになったのは一重にルナフレーナの努力だ。あとは君の言葉を言ってくれればいい。」

「そのまま言葉を言うだけではダメなのですね。」

「当然だ。言葉は所詮言葉だ。言って仕舞えばいい意味でも悪い意味でも影響を与える。それを文として再構成することで複雑な意味と効果を発揮させるのは俺の仕事…なんだが。」

 

これがまた難しい。

ルナフレーナの言葉を文にするだけなら簡単だがルナフレーナの文にするのはすこぶる難しい。

彼女の言葉を彼女の想いとして保ったまま文にするのだ。

そこにメディウムの感情や策略、想いを乗せてはならない。

小さな綻び一つで人々に疑念を抱かせる。

支持率が高いことはいいことだがそれだけ人々にとってのイメージがある。

数多の人々にルナフレーナの文を、想いを届けなければスピーチは大失敗だ。

書き換えはご法度。

 

「俺はひねくれ者だからなぁ…こんなまっすぐな言葉で想いが届くのか不安になっちまう。」

 

言葉に言葉を重ねて何重にも意味を重ねがけしたあと精巧な道を作り上げ文と為す。

そうやってやっと偉い人々を納得させてきたメディウムには素直な言葉の羅列が少々眩しい。

見ているだけで心の汚い部分を探されている気分だ。

素直な言葉に相応しい素直な文というのは綺麗事だと一蹴されやしないか冷や冷やする。

だがたしかにルナフレーナらしいのでわざとこねくり回すのは愚策だ。

 

「では、メディウム様もスピーチされてはいかがでしょう。」

「は?俺が?帝国軍に自殺志願者だと思われるのが落ちだぞ?」

 

メディウムの捜索命令の中身は”生死を問わない”だ。

死体さえあれば出世間違いなしの獲物を狙わない奴はいない。

だからこそ雲隠れしているのに公に出て仕舞えばバレッバレもいいところだ。

メディウムには自殺志願者にしか見えない。

そこを利用するのだという。

 

「私と一緒に儀式に出れば迂闊に手を出せません。スピーチ中の襲撃もほぼ不可能でしょう。」

「確かにそうだが顔が割れる。今後の旅に支障が…いや待て、いい案かも知れない。」

 

オルティシエでの戦いが終われば帝国側はほぼ壊滅。

目立つ行為を避けようが避けまいが捜索命令はその内立ち消えるだろう。

であれば堂々と前に出て顔を売る。

先を見据えて少しでも支持率と信憑性を上げておきたい。

名声はいくらあっても困らないものだ。

 

「俺はルシスに居る同胞達に呼びかける。その方が王子っぽい。」

「それで行きましょう。ルシスが立ち上がればアコルドも自然と立ち上がり始めます。世界の終わりなど迎えさせないために。」

「存外策略家だ。食えないお姫様。」

「貴族の淑女ですから。」

 

クスクスと上品に笑うルナフレーナにあくどい笑みを返す。

スピーチの原稿は瞬く間に進んで行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

長々と続いた原稿との格闘は夕方をもって解散となった。

今はディザストロとして街中を悠々と歩いて居る。

帝国軍の服を着ていれば全く怪しまれないのが属国の利点だ。

何もかもが顔パスならぬ制服パス。

顔が全く見えなかろうと御構い無しである。

特に予定もないのでゴンドラでいける釣りスポットへと足を運べば黄色チョコボと黒チョコボが激しい温度差を醸し出していた。

黄色チョコボも一応釣具一式構えているが一向に引っかかる気配が無い。

かたや黒チョコボはバンバン釣っている。

大漁とかそういうレベルでバンバン。

この辺一帯の魚いなくなるんじゃ無いか。

ちょっと見ていて面白い。

 

しかしここで接点を作るのはまずい。

冷や汗を流しながら別の釣り場に行こうと抜き足差し足忍び足でそろそろゴンドラ乗り場に移動していると事件が起こった。

 

「おっしゃー!!大物ぉ!!」

「ええ!!嘘!?でっかぁ!?」

 

ギャーギャー騒ぎ始めたチョコボ達は写真を撮ると喚き始め、最終的にぐるりとこちらを向いてきた。

動けないでいたディザストロと文字通り鉢合わせ。

 

「あ!」

「ああ!!」

「…げぇ。」

「人の顔見てげぇはないだろ!」

「そーだそーだ!失礼だぞ!」

 

釣り上げた魚を確保しながらギャーギャー騒ぎ続ける。

そんなに大声出さなくても聞こえている。

一週間足らずで再びディザストロで顔を合わせることになるとは。

釣り場に来たのが失敗だったか。

 

チョコボ達改めプロンプトとノクティスが魚をボックスに入れ、一息ついたところで寄ってくる。

 

「今度はオルティシエで仕事か?」

「宰相様がおられるのならば例え火の中水の中。馳せ参じるのが俺の仕事。」

「大変だな。副官。」

「その話の流れだとここにあのおじさん来てるってこと!?不味くない?」

「あっプロンプトお前!」

「やばっ!」

 

ジト目で見るしかない。

明らかに怪しい挙動だ。

俺が帝国に忠実で愛国心溢れる輩であれば尋問待ったなしである。

正直者というか考えなしのプロンプトはあとで説教だ。

 

「とはいえ俺は今休憩中だ。…聞かなかったことにしよう。」

「すげー助かる…ます。」

「敬語など無理に使わんでもいい。そうだな、ここはひとつ釣り仲間として雑談と興じよう。家の出や身分を気にせずな。」

「え?いいの?」

「わざわざ報告などはしない。安心しろ。」

 

予め持ってきていた釣竿を仕込む。

市販で売っている釣竿で一番安いものを選んだ。

形から入るのより実力を測ってから合うものを買う派なのだ。

ノクティス達は困惑しながらも横で再び釣竿を手にした。

 

「あんたは良く釣りするのか?」

「今日が初めてだが、釣り好きな同僚がいてな。手順は聞いたことがある。」

 

おっとりしている副官仲間の彼は釣竿を持ってのんびり川を眺めるのが趣味だと言っていた。

釣果はまあまあ。

捌けないらしく、釣りをしては捌いてくれと職場に持ってきた。

その日の昼飯はみんな揃ってディザストロの調理した魚を食べる。

 

「実際に見たことはないのか。」

「残念ながら。」

 

そう言いながらチャポンッと沈んだ浮きを見事なまでの一本釣りで引き上げる。

初めてとは思えない手さばきで楽しそうに笑った。

フードで顔が見えないが雰囲気で感じ取れる。

訝しげな表情で二人がディザストロを見る。

 

「絶対嘘だ。」

「俺は天才なんでな?」

「うわムカつくー。」

 

釣れた魚を持ってきたバケツに入れると再び竿を振る。

ゆったりと流れる凪の水面と少し遠い街の喧騒のコントラストが絶妙だ。

釣りも中々に乙なものである。

 

話題もなく緩やかな時に任せて過ごすこと数分。

全く釣れずに飽きてきたプロンプトが、ディザストロに話しかける。

 

「ディザストロさんはどんな仕事できたの?」

「ディアでいい。そうさな。宰相の付き添いもあるがちょっとばかし戦いの準備にな。」

「た、戦い?」

「ここで神様起こしておっ始めようっていう阿呆どもに横槍を入れるための…な。誰とは言わんが相当の阿呆だろう。宰相様には全て筒抜けだ。」

「う、うっそぉ。」

 

顔面蒼白なプロンプトをケタケタと笑ってノクティスにも話を振る。

 

「そこの釣り師はこの地で起こる戦いをどう見る?」

「どうって言われても。」

「勢力分布はどうなっていると思う。」

 

釣竿の先から目を離さずにしばし考えるノクティスは存外早く答えを出した。

 

「帝国軍と、その阿呆達と、宰相…かな。」

「ほぉ?」

 

二つの名が上がるのは当たり前だがよもや三つに分けるとは。

ノクティスもこの旅でかなり成長している。

少しだけ嬉しげに語尾を上げて続きを促す。

 

「帝国の指揮は宰相がとると思う。でもそれとは別に宰相自身と天才様が動く、とか。」

「なるほど。実に合理的且つ現実的だ。」

 

冗談を返すように軽く笑いながら挑発してくる王様は実に頼もしい。

もう少し奥に突っ込んでも良さそうだ。

 

「では、宰相はなぜ別に動く?」

「別の目的があるからだろ?」

「その目的とは何だ。」

 

フードから覗く橙色の瞳が怪しく光る。

全く考えたことのない問いだった。

何か企んでいる怪しいおじさんとしか考えていなかったノクティスは首をかしげる。

確かに別行動する目的があるはずなのだ。

自らが仕える帝国を裏切ってまで自分たちを手助けし、帝都へと誘う理由が。

 

「今の阿呆達にはその意味を考えるに値する。だが何かを守るには一歩足りない。」

「何かを守る?」

「そこから先は時期尚早か。忘れてくれ。」

 

再び沈んだ浮きを引き上げ、華麗な一本釣りを決めるとバケツにそのまま入れた。

ノクティス達のボックスに二匹の魚を入れて、さっさとゴンドラ乗り場へと向かう。

 

「じゃあな、阿呆共。精々親父殿を喜ばせてくれよ。」

 

凪の水面が風に吹かれて小さな波を立てた。

 




・FFXVエピソードアーデン配信後の指針について

エピソードアーデンの一部が公開されて帳尻合わせが大変だなと困惑しております。
ええ…思ってたんと違う…でも好き…おじさんカックイイ…おおおおおおおおぉぉぉぉ(自主規制)
と、荒ぶりまくりました。致し方ないね。
シナリオ展開としましては本編を最大限リスペクトして行く所存です。
つまり書き換えもあり得る。
補足説明が必要であればその都度後書きや前書きでお知らせしていきます。
取らぬ狸の皮算用かもしれませんが予めご了承ください。


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声よ叫べ

つるりとした少し重い小冠を鏡の前で撫でる。

王に最も近い証とも言える角はこの大一番に相応しい。

 

本日はルナフレーナの演説とメディウム・ルシス・チェラムの演説がオルティシエの首相官邸前で行われるとあって、世界中の人間がラジオやテレビに注目していた。

行方不明であり安否を気遣われていたルナフレーナは勿論のこと、王都の一戦以来今まで沈黙し続けていたルシス王国の代表とも言える第一王子の登場は世界で波紋を呼んでいる。

ニフルハイム帝国により死亡を通告されていたのが尚更動揺を広めていた。

亡国になりかけているルシス王国に新しき王が台頭するのを今か今かと待っている国民には朗報だ。

 

「――ノクト、配置についたか。」

「――ああ。演説台がよく見える。」

「――いよいよだね。」

「――スタートの合図は任せたぞ。兄王様。」

「任された。皆気張っていけよ。これは決戦前の前哨戦だ。負けは許されない。俺に恥をかかせるな。」

 

「「「「――了解!」」」」

 

耳につけたインカムの向こうで仲間達が呼応する。

これ程までに頼もしい者達はいない。

緊張の面持ちで出番を待つルナフレーナが力強く頷いた。

 

「二人共。出番よ。」

 

時間は午前十時ジャスト。

呼びに来たカメリアの言葉とともに椅子を立ち上がる。

 

「行こう。ルナフレーナ。」

「はい。未来のために。」

 

ブレーキのない列車が動き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

演説の場へと現れたルナフレーナに多くの民衆が歓喜した。

平和の象徴たる神凪は水神と対話するにあたり、オルティシエの人々に助力を願い出たのである。

街が破壊されるかもしれない危険な儀式に皆一様に不安そうな顔をした。

避難しなければならないと言われても帰ってきたら家が壊れていた、なんてことになったら最悪だ。

しかし、神凪に協力したいと思う者もいる。

 

そこでメディウムとルナフレーナは考えた。

その協力者たちをルナフレーナの演説で波に乗せて、一度に流して仕舞おうと。

祈るように手を組んだルナフレーナに人々は静まる。

 

「これから発する私の言葉が、世界中の人達に届くことを祈ってやみません。」

 

ルナフレーナの言葉を世界に。

いくつものマイクとたくさんのメディア。

現地に集まったオルティシエの人々。

全てに届くように。

 

「世界は今、光を失いつつあります。このままでは世界が闇に覆い尽くされてしまうでしょう。」

 

神々に世界を託された我々が奮闘していることを民衆は知らない。

悲痛に濡れた神凪の声を不安そうに聞く。

 

「闇は人の心に争いや悲しみを生みます。ルシスで起きた、あの日の惨劇のように。」

 

停戦協定も結べなかった。

多くの人が散っていった日。

記憶に新しい悲劇の日に皆一様に俯く。

 

「でも、どうかご安心ください。私達には大いなる神々のご加護があります。闇を払い。星々の光を甦らせる。神々の御力があるのです。」

 

果たしてその神々は信頼できるのだろうか。

我々を、戦う道へと突き落とした理不尽な神々。

いかにも神らしいあれらは味方と言い切れるのだろうか。

忌々しいことだが民衆にとって神とは絶対的なものだ。

メディウムにとって厄災だとしても民が安心できるのならそれはまさしく救いの神だ。

 

「私は、オルティシエに眠る荒ぶる水神。リヴァイアサンの御力をお貸しいただくために参りました。」

 

あの病の元凶が望むならば神でもなんでも利用してやらねばならない。

ルナフレーナは、知らないだろうけれど。

 

「これから、水神との対話の儀に臨みます。そして今、ここに御約束します。」

 

ああ、美しき姫君よ。

これが君の最後の戦いとならんことを。

 

「神凪の誇りにかけて世界から闇を払い、失われた光を取り戻すことを!」

 

同調した民衆が声をあげた。

小さく震えたルナフレーナは愛すべき王様に向かって小さくお辞儀をし、後ろへと下がってきた。

盛り上げた空気を氷点下まで下げる自信のあるメディウムはあまりハードルを上げないでくれと苦笑いとともに肩をすくめた。

 

「お義兄様の番です。」

「ほお。イイとこ見せなきゃな。」

 

完全武装の王族はこの上なく凛々しいものだ。

 

 

 

 

 

 

ルナフレーナと入れ替わりで立ったメディウムに民衆がザワザワと沸き立つ。

滅多に表に出てこないメディウム・ルシス・チェラムその人のご登場である。

 

軽く深呼吸をし、そっと携帯に魔力を流した。

 

「ルシスの民達よ。世界の人々よ。聞こえるか。私は生きている。あの日、あの王都で弟とルナフレーナと数名の護衛と生き延び今この場に立っている。」

 

王都にいたのはルナフレーナとメディウムだけだが、ノクティスの生存も報道するべく共にいたと嘘を吐いた。

今や確認する手立てもない。

嘘でもなんでも言える言葉を吐けばいい。

ルナフレーナよりもずる賢い物がメディウムにとって真にたる言葉なのだから。

 

「王都は壊滅した。多くの民が巻き込まれた。多くの兵が犠牲になった。――家族が、帰らぬ人となった。」

 

上がっていた顔がだんだんと俯く。

喪ったのは国民だけではない。

王子とて同じように大切なものをあの王都に置いてきてしまった。

二度と取りには戻れない、あの地へ。

 

「だが国は生きている。国がまだ生きている。多くの民が生きようともがいている。私達王族は民を守る為に一早く第百十四代目国王を決めた。」

 

何よりも重要なことを。

 

「新しき王は私の弟。ノクティス・ルシス・チェラムがその座へとつく。」

 

メディウムではないのかと周囲がざわついた。

帝国に狙われるかもしれない表舞台に出てきた彼が王にならない事があり得ないのだろう。

当事者からしてみれば演説なんて危険なもの命知らずの捨て駒がやれば良い。

王自らが出向くのは決戦の時と全てが片付いてからだ。

 

「国は存続していけるがニフルハイム帝国に沢山のものを奪われた。停戦協定?平和への道?そんなものあちら側がぶち壊した!」

 

あくまでルシスが戦争する気満々だったのは伏せておく。

敗戦国など不利以外の何者でもない。

事実は全部隠して仕舞えば良い。

帝国がぶち壊してしまった平和と共に。

 

「貴殿らが壊したものがどれだけ尊きものか知らなかったのか?我々は国のほとんどを喪う決断までした!平和のために!その結果どうだ?何もかもが崩れ去った!!」

 

怒りに震えろ。

憎悪にもがけ。

闇落ちする勢いで訴えろ。

メディウム・ルシス・チェラムは国の代表。

国民の声を口に出せ。

 

「我らが民達よ!答えよ!喪った物を数えよ!在るものを目で捉えよ!平和など、どこにある!望んだ未来はどこにあるのだ!」

 

悲痛な叫びが世界の人々を揺らす。

そこに佇むのは全てを失った嘆き。

惨劇の日に叫んだ人々の苦痛に歪む悲鳴の合唱。

携帯に通した魔力は電波を伝ってルシスの人々に繋がっている。

それら全てマイクに繋がるように電線のごとく魔法を施した。

声をあげられなかった民達が口々に声を出しては驚く。

 

「――平和なんでどっかにいっちまった。」

「――やっと戦争なんて終わると思ったのに。」

「――帝国のせいでみんななくなっちゃった。」

 

それら全て、世界の人々が聞いている。

声を揃えて言うのだ。

ニフルハイム帝国に奪われた事実を。

無くしてしまった悲しみを。

声に出して今こそ。

 

「神凪は言った。世界は闇に覆われつつあると。」

 

全てを正当化しろ。

ルシスは悪くないのだと波に乗せろ。

民衆が気付く前に叩き潰せ。

押し付けてゴリ押せ!

出せるだけ不満を口にしろ!

その全てを"本当の意味で正しく"してやる!

メディウムという人間は父親を殺されて故郷とも呼ばぬその地を壊されて淡々としていた。

けれどそれでも。

 

怒っているんだ!

忌々しい神どもに!

侵略してきた帝国に!

全てに加担し何もできなかった自分に!

血管がブチ切れそうなほど怒っているんだ!!

 

「闇とはなんだ?その定義は誰が決める?」

 

ガキンッ!とクラレントの切っ先が地をえぐる。

インカム越しに声が届く。

怒るどころではないお前らの分も叫び上げてやるのさ!

 

「決められないならば私が決めてやろう!世界の闇とはニフルハイム帝国に他ならない!!」

 

怒れ!

嘆け!

喚け!

ルシス王国と言う名の我々を敵に回しておいてタダで帰れると思うなよ!

 

「帝国よ!大義名分でもあるなら申してみるが良い!我々は復讐など悲しい理由は掲げない!人々を不幸にする言葉など必要ない!」

 

メディウムの言葉は悲しみと怒りに彩られながらも確かな活力で心を満たす。

ただ怒っても敵は倒せない。

ただ嘆いても時は過ぎていくだけだ。

最初に望んだものを見失ってはならない。

結局最後は笑った者が勝ちなのだから。

 

「沈黙の時はやめだ!我らは一貫して平和を望む!奪ったクリスタルのツケ!散らした命の対価!悲しませた人々への利息!全て奴等に払わせてやる!」

 

皆は知らなかっただろう?

ルシス王国の第一王子は――。

 

「耳揃えて!返してもらうぞ!!」

 

意外と野蛮で怒りっぽいんだ。

 

クラレントを天高く掲げ、ファントムソードを身に纏う。

雄叫びをあげる民の声が電波と魔法を通って世界に響き渡る。

思わずオルティシエの人々も声をあげた。

この人が王でないのが不思議でならないほどに、威厳が溢れていた。

 

落ち着くのを待たず声を張り上げる。

今が畳み掛け時だ。

この雰囲気で流して仕舞え。

 

「ルシス王国は神凪の導きと神々と共に闇と戦う。最後に平和を掲げられるように!」

 

その為に水神リヴァイアサンの力がいるのは既に理解したのかオルティシエの人々は避難誘導の説明もきちんと聞いてくれていた。

あとは後任に任せても大丈夫そうだ。

インカムに慌ただしそうな音声が聞こえ始める。

もういいか、と儀式に付き添うために後ろを向く直前ノクティスと目が合った。

インカムに声が届く。

 

「――やっぱ兄貴ってすげぇわ。」

「ばーか。その内お前のほうが凄くなるんだよ。王様。」

 

だって夜明けをもたらすのは王様だろう?

だから早く上がってこい。

階段を堂々と踏みしめて。

 

ルナフレーナが待つ祭壇への足が震える。

これからの戦いで死ぬほどの大怪我を負って終わることへの恐怖か。

裏切りが露見することへの懺悔か。

あんな大見得切ってデカイこと言っておいてこのザマか。

 

自分が踏みしめられ無いんじゃ世話ないな、と空を仰いだ。



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王の初陣と兄王の献身

※ショッキングな表現が多いためご注意ください。

あけましておめでとうございます。
今年も泡沫の王をよろしくお願いいたします。


水神リヴァイアサンは実に気性の荒い神だ。

 

――神、万物を司り。

――愚劣なる種、万物の石片なり。

 

仰々しい声が響く。

意味を理解するものはこの世に三人しかいない召喚獣の言葉は耳によく響く。

愚劣なる種とは神以外の生命の総称とも言えるが、この場合人間のことを深く指している。

頭を大きく振り祭壇の石柱を破壊したリヴァイアサンにメディウムとルナフレーナは動じない。

ルナフレーナを狙ったその鼻先をクラレントで弾いてみせた。

 

「聖石に選ばれし王は星の闇を払う。よもや水神ともあろうお前がしらぬとは言わぬよなぁ。リヴァイアサン。」

 

煽るようなメディウムの言葉。

煩いとばかりにリヴァイアサンが水の龍を仕向ける。

剣神による加護を持ったクラレントはいとも容易くそれらを切り裂く。

 

――万物、守護聖神たる我なくして塵と化す!崇めよ!

 

「人はその慈悲故に神を崇める。神は人に慈悲を与えてこその神。崇めるだけの万物など神ではない!」

 

――神の御前に石片如き愚。"王"の愚劣。我に抗する慢心の凶。

 

大口を開けたリヴァイアサンにルナフレーナの力を感じ、メディウムは一歩下がる。

神凪の力の範囲内に収まった瞬間二人を飲み込むように祭壇にかぶりつく。

一瞬神凪の力と魔法の力が爆発する。

 

「「聞け!!」」

 

二人の力強い言葉と力に弾き飛ばされたリヴァイアサンが苦悶の声を上げる。

神と対話し神に勝ち得る神凪と王族を舐めすぎである。

 

「我が弟は!我らが王は神に必ずその証を示す!」

「聖石に選ばれし王は我らが光!」

 

嫌そうな気配がリヴァイアサンから感じ取れる。

 

――証なき時、我は食す。

――愚劣なる種を万物の石片を"王"を食らう。

 

妥協案のように提示された。

最初からそう言えばいいのだ。

崇めよだとか万物だとか今はどうだっていい。

万物でさえ成せない病の死滅を代行する為に愚劣なる種が努力するのだから素直に"手伝ってください"ぐらい言えないのか。

恩着せがましいにもほどがある。

 

――誓約を行う。

 

 

 

 

 

 

 

 

水神リヴァイアサンの出現と共にニフルハイム帝国軍も作戦展開を開始した。

街全域に魔導兵と准将達が己の任を果たしている。

知り合いであるアラネアとビッグスにウェッジには人命救助の支援と命ある兵の舵取りを任せている。

細かい指示に従えるのは自律する人間だけだ。

このような鉄火場なら単純な命令と数で押せる上に損害が少ない魔導兵が適任と言える。

 

人命救助を何かと信頼できるアラネアと共に行えればイグニス、グラディオラス、プロンプト達によるノクティスへの加勢が早くなる。

手出しのできない神凪はこの場で祈る他ない。

本来なら安全な場所に避難してもらいたいところだが、共に戦いたいと願うルナフレーナの意思を汲み取ってメディウムが護衛役へとついた。

無論、思惑はそれだけではないが。

 

「水神の名が聞いて呆れるな。あれじゃただの厄災だ。天変地異。」

「荒ぶる神の名としてはまさしくと言ったところでしょうか。」

 

古の約束を果さんとする神凪と対峙している最中に、喧しいとパックリ食べようとするほど大馬鹿である。

ルナフレーナに弾かれて少し懲りたリヴァイアサンは神凪に突っ掛かるのを止め、己を倒せるほどの強き者以外は認めないと水都オルティシエで大暴れする気である。

試練というよりイライラを発散する子供の、神の癇癪だ。

 

「さてさて近づくのも恐ろしく大変だろうな。どうやって向かうつもり…わぁお。」

 

浮遊魔法を使えないノクティスはシフト魔法で武器を投擲する他自力で近づく術はない。

しかし投擲しても届く距離ではないだろう。

そんな中水神を捉えんと射出される帝国の武器の一つに妙な動きをするものが一機見つかった。

持ち前の魔力強化された視力にチョコボと黒チョコボがちらりと映る。

おそらくアレに乗っているのが我らが王とご友人だ。

一般人も随分素晴らしい発想をする。

 

鬱陶しい機体に気がついたリヴァイアサンが水を巧みに使って撃墜を試みる。

エンジンブレードを持ったノクティスがなんとか応戦しているが何発か取り逃がしこちらに降ってきている。

 

「本当傍迷惑な儀式だな!」

 

直撃するものだけを狙ってクラレントの一閃を放つ。

真っ二つに割れた水が儀式の祭壇を砕き、削り取る。

凄まじい衝撃に足元が崩れたルナフレーナを担ぎ上げ、比較的マシな通路へと飛び移った。

 

その間にノクティスだけが水神に乗り移ってなにやら要求をしているようだ。

威嚇する水神と交渉するノクティスで小競り合いをしているようだ。

 

「落とされた!」

 

近場の地面に叩きつけられたノクティスに水神が吼える。

オルティシエを囲むように発生した水竜巻が道や建物を巻き上げていく。

マップシフトに最適だと目を細めればノクティスも同じことを考えたのか瞬時にシフト魔法で飛び移って行った。

リヴァイアサンへとエンジンブレードを突き立て、何度か切りつけた時。

かぶりを振った遠心力で吹き飛ばされたノクティスが体を強く打ち付けてピクリとも動かなくなった。

あれはきっと気絶している。

 

「ノクティス様!!」

 

駆け寄ろうとするルナフレーナの腕を引く為に伸ばした手が違うものに掴まれた。

一瞬の感触に全て悟ったメディウムは駆け寄るルナフレーナを制して前に出る。

クラレントを構えた切っ先の向こう側にはノクティスのそばに立つ影があった。

 

「やあ。御機嫌よう。兄王様。神凪様。」

「…これはこれは。宰相様。激戦の中態々お越しいただき恐悦至極。出来ればそのままUターンで帰っていただきたいのだが?」

 

ルナフレーナをその場にシフト魔法で肉薄する。

祭壇から離れた崩れた橋の上で兄王と王、病の王が対峙する。

事前の魔導兵との戦闘と強大なリヴァイアサンとの競り合いでノクティスは目が覚めても立ち上がることができない。

 

「約束は守ってあげるよ。"俺のモノ"になってくれるんでしょ。」

「あんたのモノになればルナフレーナとレイヴスは傷付けない。そういう約束だ。嘘偽りないな。」

「あに…き?なに、いって…?」

 

ルナフレーナにこちらの声は聞こえない。

困惑したようなノクティスの声は聞こえないふりをする。

アーデンという病のモノになるとはシガイになる事でも兄王から引き摺り下ろされることでもましてや死ぬことでもない。

 

メディウムにとって最低で最悪な事実を最後の家族に突きつける事である。

 

「二十年前の約束、覚えてる?」

「忘れもしない。俺があんたの"家族"になった日だ。」

「君を庇護する代わりに君をおもちゃにする。神々が決めた使命のためにね。でもそれだけでは俺は楽しくなかった。だからその時君は遊びの為にこう誓ったんだ。」

 

「「他の何を犠牲にしてもメディウム・ルシス・チェラムは未来永劫アーデン・イズニアを裏切らない。」」

 

忌々しそうに吐き捨てるメディウムと楽しげに嗤うアーデン。

冷たい空気が場を包む。

暴れるリヴァイアサンの音が遠い。

 

「君はなんでも犠牲にしてくれたね。大事にしていた筆。気に入っていた本。友達だった猫。同僚だった若者。」

 

犠牲にしたモノの名と姿が浮かんでは消えていく。

無機物から命あるもの、人でさえもその手で奪ってきた。

アーデンという家族を裏切らない為に。

彼は壊れてしまっている。

要求は徐々にエスカレートし、つい最近望んだものはメディウムを絶望の淵へと追いやった。

 

「ああ。この間は"父親と国"を壊してくれたね。俺のために。殺したのはグラウカ将軍だったけれど死体の王を俺の元へ持ってきてくれたのは君だったよね?」

「嘘…だろ?なぁ!嘘なんだろ!兄貴!」

 

噛んだ唇に血が滲む。

違うと否定することは出来ない。

それはまさしく裏切る行為なのだから。

 

「そんな君の初めてのわがままだから"父親"としては聞いてあげたいのだけれど。まだ足りないんだ。」

 

ハナからメディウムはアーデンのものだ。

今更それを改めて捧げたって命の対価には遠く及ばない。

手に持った漆黒のナイフを倒れ伏したノクティスの顔に向ける。

家族への情をぬぐいきれない漆黒の瞳が悲しげに歪んだ。

与えられた選択肢は二つ。

たどり着く未来は一つ。

 

「ねえ。壊れてくれない?」

 

振り下ろされたナイフがノクティスへと迫った。

 

 

 

 

ナニカを貫く酷い音はしても痛みはしなかった。

頬に生暖かいモノが垂れる。

目を開けたノクティスの視界いっぱいにナイフの突き刺さったメディウムの肩があった。

 

「兄貴…なんで…。」

 

ルシスにとっての裏切り者。

最初から帝国側にいた最後の家族。

クラレントを振り抜けばアーデンへの裏切りとなる。

見捨てればノクティスを喪う。

どちらをとってもメディウムが壊れてしまう最悪の選択肢の中でその兄が、兄王が、メディウムが身を呈して弟を守った。

 

三つ目の選択肢。

裏切りでも見捨てるでもない。

メディウムという存在を表す"献身"をとった。

 

「俺はどちらも裏切ってなんかない。」

 

突き刺さったナイフの刃を素手で握る。

切れた手から鮮血が流れ落ちる。

勢いよく抜いたナイフが音を立てて落ちる。

 

「俺という人間が信じる道を歩いた!ただ!それだけだ!!」

 

死んでいった人たちにとってそれが全てだとしても。

苦しんできた日々がルシスへの裏切りだったと言われても。

ルシス王国を滅ぼしたのが自分だと罵られても。

 

「壊れてなんかやらない!這い蹲っても立ち上がってやる!進んでやる!誰も裏切ったりなんかしない!」

 

拾われたナイフが左目を縦に割く。

痛みに悲鳴をあげるよりも己の意思を口にする。

目が欲しいならばくれてやる。

それで人の命が救えるなら安いものだ。

 

「俺は全部救ってみせる!俺が信じた道はそれだけだ!!」

 

瞑った片目の分も輝く漆黒にアーデンが舌舐めずりをする。

醜く這いつくばらない気高い兄王。

一貫した意思を貫き通す。

痛みにも恐怖にも屈さない。

消えゆく命さえも献身と為す。

側から見れば壊れているのはどちらだか。

 

泡沫の王。

おもちゃはそうでなくては面白くない。

 

「良かったねノクティス様。君のお兄さんに免じて君を殺すのはやめておくよ。」

 

揚陸艇へと戻っていくアーデンはわざとらしく思い出したように告げる。

 

「クリスタルは帝都にあるよ。取り戻しにおいで。これから沢山俺とゲームをしよう。」

 

帝都の方角へ指をさし顔を歪める。

メディウムの潰した目を素手で無遠慮に撫で回し、くり抜く。

悲鳴をかみ殺す仮初めの我が子を愛おしそうに包む。

激痛に意識の薄れたメディウムは尚もノクティスを庇うように覆いかぶさる。

血濡れの手を舐めとってにこやかに笑った。

 

「一つ目のゲーム。少しだけお兄ちゃん借りるね。君があの水神様を倒せたら、返してあげるよ。」

「くそっ!待てよ!!」

 

必死に手を伸ばすノクティスにメディウムが手を伸ばす前にアーデンに阻止されてしまう。

引き剥がされた兄弟はお互いの名を叫び続けた。

 

「兄貴を返せ!!」

「ノクト!リヴァイアサンが!ノクト!!」

 

ノクティスの居場所を見つけたリヴァイアサンがその身に迫る。

飛び去る揚陸艇から手を伸ばし続けても届きはしない。

首に添えられた手に苦しめられ、何度目かわからない暗転に嘆いた。



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それぞれの色

「ちょっとムカついたよねぇ。」

 

揚陸艇で眠りこけるメディウムの黒髪を撫でながら遠目に見ているリヴァイアサンを睨む。

傷付けていいのはこの子自身と自分だけだというのに、あの神は何度も拾い子を殺そうとしてきた。

ぶちのめしたいけれど今は我慢だ。

 

王の力を解放しファントムソードでリヴァイアサンを圧倒してみせる真の王に少しだけ、ほんの少しだけむかっ腹を立てた。

眼球損失など人体からしてみれば凄まじい損失だ。

やりすぎなほど魔力を注ぎ込み始めたメディウムの体を支えるため己の魔力も分け与えている。

 

その作用なのかそもそも魔力に反応したのかは分からないが片目を失ったはずの拾い子は驚異的な回復能力で眼球を復活させてみせた。

未だ瞳が開かずとも陥没していない瞼で判別できる。

代わりに傷跡が残ってしまったが彼にとっては些細なことだろう。

 

そもケアル如きでなくなったものを再び生成するなど不可能だ。

皮膚のような細胞分裂が起こるものならまだしも眼球は生まれてから増えたりなどしない。

まさしく異常な回復力だ。

 

「君は俺のなのにさ。揃いも揃って壊そうとするし君自身でさえ碌に身を守ろうとしない。」

 

冷たくも暖かくもない体を緩やかに寝かせ、傷だらけの胸を上下に動かす。

彼に自己犠牲の精神がなければもっと傷は軽かった。

彼に己が可愛い人間の醜さがあればその生き様を兵器などと卑下しなかった。

卑屈で高潔で馬鹿で天才で暗くて明るい。

矛盾を折り重ねて放り投げるような拾い子は家族をいつでも愛している。

 

「どこまでいってもお兄ちゃんか。」

 

あんなにも小さかった子供がいつの間にか大人になった。

弟を必死で守ろうとする姿はまさしく兄だった。

遥か遠い昔の自分を見ているような。

そんな気分になってしまった。

 

二千年前に夢想になった兄弟との日々は一体誰のせいで崩れ去ったのか。

きっと、誰のせいでもないのだろう。

ただほんの少しだけ羨ましいと思ってしまった。

認めよう。

家族との情に自分は飢えている。

今更戻れやしないのに、馬鹿だ。

 

けれど、この拾い子だけは底知れない愛情をまるで簡単なことのように配っていく。

歪み狂い荒んだ異形でさえも優しさで受け入れてしまった。

それではいけない。

そんな優しさを持たせてはいけない。

 

親として芽生えた理性が囁いてきても自分は優しさを否定してやれない。

相手が受け入れているように彼のすべての行動を許容してしまっている自分に否定する権利なんてないだろう?

 

「ごめんね。親なのに守ってあげられないや。」

 

王様がリヴァイアサンに剣を突き立てヒラキにしてしまった。

約束を守らなければゲームは成立しない。

再び訪れる暫しの別れに悲しみながら揚陸艇の操縦者に適度な場所に降下するよう指示した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――そこは窓一つない子供部屋だった。

 

山積みにされた参考書とにらめっこをしながら赤髪の少年が鉛筆を走らせる。

一人きりの部屋はベッドと机と本棚。

パソコンやタブレットなど通信機器はあってもおもちゃはない。

子供らしさなんてかけらもない部屋だ。

時計の針が傾く音だけが響く部屋で少年はふと顔を上げた。

 

どこでもない何もない空間をジッと見つめ、目を瞑る。

さらに少年がこちらへと振り向いた。

橙から金の混じる瞳が射抜くようにこちらを見る。

 

「アーデンの奴、また帰ってこないのかなぁ。」

 

背後にある扉に向かって少年は歩き始めた。

ふわふわと浮く意識を慌てて動かし相手を追いかける。

ガチャリと開かれた扉の向こう側はがらんどうのキッチンとダイニング。

しかしいつもの食卓の上にメモとおやつが置かれていた。

 

――子供の君にはおやつをあげる。

 

焼け焦げたクッキーだった。

売り物ではなさそうなそれを少年は手に取り、一つかじる。

ガキッと音を立てて痛そうに口を押さえた。

 

「かってぇ…。」

 

とても食べられたものではないだろうそれに文句を言いながらも口元がにやけている。

少年はとてつもなく嬉しそうで照れ臭そうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目が覚めたら知らない天井だった。

豪華なベッドに寝かされたノクティスはゆっくりと起き上がる。

布が擦れる音を聞きつけ、イグニスが読んでいた本を置いて顔を上げた。

 

「目が覚めたか。」

「…ここは?」

「オルティシエの首相官邸だ。リヴァイアサンとの儀式から三日ほどお前は眠っていた。」

「他の皆は?」

「皆無事だ。今はそれぞれ自由行動をしている。殆どが復興の手伝いだがな。」

「そっか…。」

 

まだグラグラする頭を押さえて周りを見渡す。

状況が頭に入ってくるまでに時間を要したがなんとなくの整理がついた途端ノクティスは慌ててベッドから降りて大声を上げる。

 

「そうだ兄貴!兄貴は無事か!?」

「メディなら…。」

「ん?呼んだか?」

 

目の前で目をくり抜かれさらわれた兄はのんきにもひょっこり顔を出してきた。

ぽかんと口を開けてしまったノクティスをゲラゲラ笑い、眼帯がつけられていない右目を細めた。

 

「何もされてないか!?目は大丈夫なのか!?」

 

駆け寄ってきたノクティスはメディウムの体をペタペタ触り容態を確認する。

これといって異常があるのは片目だけのようで安堵したようにため息を吐けば再びメディウムが大声を上げて笑った。

片目に涙までためている。

 

「最初に確認するのがそれなのかぁ?」

 

噎せながら笑うメディウムは思うより元気そうだ。

彼が言いたいのはアーデンが放った二十年間の空白の時間を聞かなくていいのか、ということだ。

メディウムが裏切り者と暴露され悪事ばかり働くアーデンとの繋がり聞いたにもかかわらず一番初めに聞くことは怪我の有無だ。

 

笑われたノクティスは至極真面目な顔で当たり前のように言い放った。

 

「何言ってんだ。家族なんだからまず無事か確認するだろ。」

 

心配したんだからな!と尚も詰め寄るノクティスの頭を撫でてその心の強さに感嘆した。

ノクティスはメディウムが裏で暗躍していたとしても帝国に味方していたとしても王都の決戦で手を引いていたとしても何か理由があるのだと推測していた。

そしてそれはいずれノクティスの為に国の為になるからか、アーデンを裏切れないからかの二択だ。

それ以外の理由をこの献身を体現する兄があげるとは微塵も思えない。

 

なによりも兄は約束してくれた。

共に未来を歩んでくれるのだと。

辛いことも幸せなこともそばで分け合ってくれるのだと。

過ごせなかった二十年分全部を。

その言葉に嘘偽りはないのなら。

きっと答えてくれる。

 

「兄貴。教えてくれ。二十年の間、何があったんだ。」

「そうだな。頃合いだ。イグニス。みんなを集めてくれ。」

 

話についていけないイグニスは慌てて携帯を取り出す。

みな外に出払っていてすぐさま呼び寄せられるかは不安が残る状況だ。

なによりこの二人は病み上がりだ。

メディウムは昨日まで眠っていたしノクティスも起きたばかり。

できればショッキングなことは避けてもらいたい。

 

「とりあえず連絡はしたが、なによりもまず…。」

「飯だ!よしノクト!ウィスカムのとこまで競争だ!」

「よし乗った!転ぶなよ!」

「そっちこそ!」

「ちょっ!?待て二人とも!!走るな!!」

 

バタバタと駆け出してしまった王族二人を追いかけてイグニスが慌てる。

決戦の中で兄弟の中に何かがあったことはルナフレーナから聞き及んでいたが突飛すぎてついていけない。

何をどうしたら病み上がり同士で競争になるんだ!

 

「二人とも止まれ!」

「うわ!おかんが追いかけてきた!」

「よし計画変更だ!ノクト掴まれ!」

 

兄が振り返って差し出した手に弟は速度を上げて追いつき掴む。

いつまでも離れていた距離が、背中しか見えなかった兄が初めて振り返って初めて手を伸ばした。

追いかけることをためらった弟が初めてその手を掴んだ。

何もかもが奇跡のような瞬間なのに当の本人たちはただ笑いながらシフトでベランダから飛び出す。

派手な音を立てて着地した二人にシフトのないイグニスが上から怒鳴る。

 

「戻ってこい!」

 

ギョッとしたように街の人が目を剥く中を笑いながら走り抜ける。

手を引っ張られてどこまでも進む途中でメディウムが思い出したかのように昨夜見たという夢の話をした。

 

「スッゲェ懐かしいんだけどさ。育ての親と二人暮らし始めて二年くらいの頃俺におやつをくれたことがあったんだ。」

「おやつ?」

「そ!真っ黒に焦げたクッキーでさぁ。食えたもんじゃないぐらい硬くて苦くて!」

 

ノクティスも眠っている間にそんな夢を見たような気がする。

その後の少年を思い返して二人揃って顔を見合わせた。

 

「「全部砕いてタルトの生地にしてやった!」」

 

驚いたようなメディウムにノクティスが見た夢の話をする。

少年は硬い棒を取り出して粉々に砕いた後チーズタルトの生地にしてしまったのだ。

きっとあれは育ての親が懸命に作ってくれたであろうクッキーだ。

少年だって嬉しそうに最初はかじっていた。

それをなぜ砕いてタルトにしてしまったのか聞くとメディウムは笑う。

 

「齧れなかったし、なにより作ってくれた親と二人で食べたかったんだ。でもきっと食べたもんじゃないって自分でも食わなそうだった。」

 

どうせ文句を言って誰が作ったのだろうとしらばっくれるのがオチだ。

だからわざわざ砕いてタルトの生地にしてアーデンの好きなチーズタルトへ作り変えてしまった。

きっと彼は自分が作ったクッキーだと思いもせずタルトを食べたことだろう。

 

「酷いガキだろ?親が作ったもん勝手に作り変えちまってさ。」

 

確かに奇行に部類される行動だ。

目の前でされたら育ての親も傷つくだろう。

 

「でもな、どうしても二人で食べたかったんだ。どうしてもクッキーを二人で味わいたかった。」

 

だからチーズタルトにした。

タルトなら生地が硬くてもチーズがごまかしてくれる。

チーズを食べて仕舞えばタルトの味は、クッキーの味はそのままだ。

 

「二人で苦い苦い文句言いながら食ったんだぜ?」

 

そんな時間がなによりも大切で嬉しかった。

簡単なことを遠回しにしかできない彼らには幸せでかけがえのない家族の時間だった。

失敗しても上手くできなくても伝えられないものがあってもいい。

だって家族なんだから。

 

アーデンは時折暗い顔をする。

もともと胡散臭い人だけれど何気ない日常で暗い顔で頭をぐしゃぐしゃにかき混ぜてくる。

何かできないことを悔いるようにその間を埋めるように行動で示してくれる。

あの人は自分で気づいていないだろうがものすごく優しくてものすごく過保護でものすごく愛に溢れた人なんだ。

 

「ノクトはノクトであの人を見て欲しい。俺と違う目であの人を知ってくれ。」

 

戦うことになる二人にメディウムの価値観を押し付けてはいけない。

彼らには彼らの因縁があり自分達には自分達の因縁がある。

自分の目で見た何もかもがその時初めて真実になるのだから。

あとで語るメディウムの二十年はほんの一端でしかない。

 

「けどこれだけは覚えていてくれ。あの人はさ。」

 

俺の家族なんだ。

 

メディウムの言葉にノクティスはただ頷いた。

育ての親と敵では見方が全く違う。

己の目で見て判断すると頷いたノクティスに満足して再び前を向いた。

後ろから追いついてきたイグニスと呼び出されたのであろう仲間達の声がする。

グラディオラスの笑い声とプロンプトのはしゃぐ声。

ヒールで俊足を発揮するルナフレーナとスタイリッシュ走行のイグニス。

 

時代が動き始め、人との関係も変わっていく。

 

「全力で逃げるぞ!」

「任せとけ!」

 

兄弟の鬼ごっこは夕方まで続いた。

 



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Chapter11 王と兄王たるもの
夜空は夕日と共に


「第二回メディウム君の過去を語る会ィー!と結果報告ー!」

 

どんどんぱふぱふ。

 

セルフ歓声を入れながら眼帯を弄るメディウムのテンションに反して皆一様に暗い顔だ。

激戦の中で妹を守るために奮闘し感動の再会を果たしたレイヴスとルナフレーナはさらに落ち込んだ顔をしている。

 

それもそのはず。

つい先ほど鬼ごっこから撤収してきた面々は王族達にお説教をかまし、苦笑いをしたウィスカムからデリバリーの夕食をありがたく頂戴したばかりだったのだがその際メディウムが距離感を間違えてあらぬ方向へ手を伸ばす場面が何度もあった。

本人は笑いながら軽く謝るがそも片目を失った理由はルナフレーナと帝国から妹のためルシス側へと付いたレイヴスを守るためだ。

追加要求であったノクティスの命への対価でもある。

責任を感じるなという方が無理な話だった。

 

「だがその前に。この眼帯について説明が必要だな。」

 

惜しげも無く眼帯を外したメディウムに皆一様に目を背けそうになるのをこらえじっと見つめる。

ノクティスの話ではそこに眼球は無いはずだ。

しかし、開かれた片目を見た瞬間全員の顔が驚愕に染まる。

そこにはしっかりと焦点の合った橙色のような金色のような夕日色に染まる眼球があったのだ。

 

「じゃじゃーん!お目々バッチリでーす!」

「すっごーい!オッドアイだぁ!」

「いや感心するとこそこじゃねぇよ!?これ義眼じゃねぇよな!?目の前でくり抜かれてたよな!?何がどうなってんだ!?」

「へへーん。天才魔法使い様に不可能はないのです。ぶっちゃけなんで有るのか俺にもわからん。」

 

大はしゃぎのプロンプトは置いておいて、全員が眉を寄せる。

義眼は眼の組織を守るために使う医療器具で稀に動かすこともできる高性能なものがあるらしいが見えるわけではない。

それがバッチリしっかり動いていてよく見えるというのだから義眼ではないのは確定だ。

つまりこれは本物の眼であり、メディウム自身の体が再生した眼球である。

なぜ色がディザストロの色なのかは人体の神秘、否、魔法の神秘。

誰に聞いても答えの帰ってこない不思議現象である。

 

「カッコイイー!」

「だろー!でもこれすっごい怖がられたから普段は隠す事にしました。」

「怖がられた?」

「昨日街を歩いたんだけどね?」

 

は?とイグニスが威圧を放つ。

出歩かないように部屋のドアを見張っていたのにいつの間に外に出たのか。

だが無許可外出への威圧は軽くスルーされた。

 

メディウムが言うには起き上がったときにはカメリアからと書かれた手紙と眼帯がベッドサイドに置かれていた。

イグニスが来る前に鏡を確認し眼があることに驚いたと共に己の手に握られたメモを見て納得したのだと言う。

"魔法の神秘"と書かれていた時点で眼のことを指していると推測し、カメリアではなくアーデンが書いたことが察せられた。

鏡に映るのはアーデンと同じ色の瞳。

最初は自慢してやろうとウキウキワクワクだったがあえてびっくりさせるために眼帯をつけ、起きたところを確認しにきたイグニスには見えないと報告したのである。

 

眠っていたいと嘘をついて部屋を出てもらい、自分は窓から復興中の街へと逃走。

遊び場を失って意気消沈していた子供達を見かけ共に遊ぼうと声をかけたのだと言う。

 

「子供たちはこう言うかっこいいの好きだろーなーって片目見せたら怖いって泣かれちゃって…ガチで傷ついた…。」

「もう少し大きくなったらきっと好きになってくれるよ。具体的には中学二年生ぐらい。ノクトとか好きそうだよ。」

「プロンプト…そうだよな…まだ幼ずきたんだよな。」

「それ暗に俺が中二病って言いたいのか?」

 

よよよよ…なんてわざと崩れるメディウムをそれこそわざとらしく支えるプロンプトの三文芝居に突っ込みを入れて、理由はわかったと頷く。

つまり小さい子供に怖がれるのが嫌なために隠すと言う。

オッドアイを晒すより眼帯をしていた方が幾分かマシなのだとか。

おそらく子供以外にも恐れられ、気味が悪いと避けられたのだろう。

ルシス王国の兄王だと分かっていても距離を取られたりもしただろう。

それを怖がられたくないの一言にまとめられるメディウムの心は強い。

 

眼帯を元の位置に戻し話が進む。

 

「今回の一戦はそれぞれの場所でそれぞれの問題が起こったと思う。まずは戦後処理が先だ。それぞれの報告を王に。」

 

一瞬で家臣の顔となったメディウムが予め決められた順番通りに報告を促す。

一番手は問題が少なかったグラディオラスとプロンプトだ。

 

「作戦開始後からずっと避難誘導をしていた。リヴァイアサンがヒラキにされる頃にノクトのとこまで合流できた。すでにその場にほとんどのメンツが揃ってたな。そのあとはイグニスに聞いてくれ。」

「俺は途中でノクトをリヴァイアサンまでデリバリーした!そんでそんで適当な場所に降りてなんとかグラディオと合流したよ。」

 

当たり障りのない報告である。

簡潔にまとめれば最初の指示である避難誘導の完遂後ノクティスの元へ走った、というわけだ。

プロンプトは途中イレギュラーを挟んだが無事だったようなのでよしとする。

二人とも目立った怪我もなく彼等とぶつかった魔導兵はことごとく破壊されたとか。

 

次にイグニス、レイヴス、ルナフレーナが口を開く。

 

「俺たちも避難誘導をしていたが途中カリゴに出会い、一戦交えることになった。…レイヴス…が助けてくれたがな。」

「ふん。我が王の命でなければ放っておいたが致し方なく手を貸した。その後二人でルナフレーナとその馬鹿王の下まで馳せ参じたわけだ。」

「メディウム様、申し訳ありません…メディウム様が連れさらわれた後ノクティス様のお側におりました。皆様が救出に来てくださるまでタイタンが帝国から私達を守ってくださいました。」

 

イグニスは途中ニフルハイム帝国准将のカリゴと衝突したようだがあらかじめ見かけたら手を貸すよう厳命していたレイヴスと共に切り抜けたようだ。

目の前でさらわれたにも関わらず呆然としてしまっていたルナフレーナの謝罪を手で制し、タイタンによる王と神凪防衛を聞いた。

オルティシエ自体の被害は甚大だが復興不可能なほどではなく、人々は皆無傷だ。

儀式はおおよそ成功と言えた。

 

概要が理解できたところで前々からうずうずしていたノクティスが手をあげる。

王なのだから好き勝手発言しても良いのに律儀な奴である。

 

「もう突っ込んでいいか?」

「どうぞ?」

「なんでレイヴスが当たり前のようにいるわけ!?しかも兄貴の護衛ポジション陣取って!」

「我が王の護衛たり得る人材が俺しかいないからだ。それともなんだ。守られるべきお前が兄の護衛を名乗り出るとでも?」

 

ぐっと押し黙るノクティスの前にグラディオラスが立ち、レイヴスが椅子から立ち上がって威嚇するように鼻で笑う。

喧嘩っ早すぎる。

元気があるのはいいが大人しくしていてくれ。

 

「レイヴス。座りなさい。」

「しかし我が王よ。」

「貴様の耳は飾りか?」

 

鋭い眼光に睨まれ静々と座る。

グラディオラスも一瞬たじろいだが、大人しくノクティスの隣へと座り直した。

彼は仕事をしただけなのだが少し脅かしてしまったことを詫びるように目を伏せておく。

 

「レイヴスは俺の護衛を名乗り出てくれたからそのまま採用した。幼馴染でもあるし気心知れている。」

「俺はレイヴスを信用しきれない。」

 

ノクティスの言葉に気を悪くするでもなく小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。

煽るなと肩を軽く叩きなぜ自分に忠誠を誓っているのかの説明をしてやれと促す。

この話はルナフレーナも知らない。

 

「メディウム様はニフルハイム帝国によるテネブラエ侵攻でお母様を救い、処刑されそうになったフルーレ家の立場を確立してくださった恩人だ。恩を仇で返すような事はしない。」

 

今までの所業は謝罪しない、と付け加えてレイヴスはメディウムに傅く。

自分に仕えるなど馬鹿も休み休み言ってほしいものだがメディウムの命令を聞いてくれるならば自分の身も守れて一石二鳥だ。

何より彼は強い。

今後の旅は帝都で行われるし地理を知る彼は大いに活躍する事だろう。

 

テネブラエ侵攻でのフルーレ家救済の話はディザストロの手柄となっている。

先日カメリアから同一人物だと聞いたルナフレーナは合点がいったように祈るような体制をとった。

 

「ディザストロ様がメディウム様と同一人物なのであれば私にとっても恩人です。兄も私も思いは同じのはず。ノクティス様。どうか信じてはいただけないでしょうか。」

「ルーナ…。」

 

ルナフレーナも援護に入る。

兄の行動は一貫して自分のためか恩人のためかだ。

性格に難があれど戦力になるのは大きい。

イグニスやグラディオラスも同じ気持ちなのか右も左も分からないプロンプトと共に王の決定に従うつもりのようである。

うーんと悩んでしまったノクティスに向かってメディウムは提案をした。

 

「まあまずは俺の二十年の話聞いてから考えるでもいいんじゃないか。長い話になるし。」

「ああ。そうする。決まりそうもない。」

「よしきた。じゃあメディウム劇場といきますか。」

 

はじまりはじまりーと紙芝居風に茶化しながら思い浮かべるのは忘れもしない遠い日の記憶と胡散臭いおじさんが語った出会いの日だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

メディウムがアーデンと出会うのは必然だった。

 

この世界を傍観する神々が手引きをしたのだから当たり前と言われればそれまでだろう。

しかしメディウムもアーデンも野獣が跋扈(ばっこ)する荒野の中でお互いの顔を初めて見た時尋常ならざるものを感じた。

言葉にするのならば"運命"と表すのが相応しいほど互いに衝撃を持った。

 

本質が違うのに材質が全く同じような、まるで己の半身かと疑うような、そんな感覚。

共にあることが当たり前で共にいなければぽっかりと穴があきそうなほどパズルのピースのようにピッタリはまる。

ただの興味半分で真の王の顔と兄王子を見にインソムニアへ向かっていたアーデンは目的も忘れてその子供を、メディウムを連れ帰ることにした。

道中の飛空挺で幼い子供に問い質せば、この子供がその兄王子であり自殺未遂からバハムートとの関わりもぽろりとこぼした。

何年かに一人現れる"贄"の使命を持った子供であることもぽそりと呟いた。

 

興味なさげに使命を聞き流したが今までその使命を持たされた子供は散々弄んだ後ポイ捨てするか殺すかシガイにした記憶しかない。

贄に差し出されてもムカつくだけな上によく知りもしないで自分を糾弾する者達などそれで十分だと思ったからだ。

ではこの子供もそうするか?と聞かれれば間違いなく否と答える。

これほどまでに興味深い"生き物"は保護し庇護し育てて玩具にして長らく緩やかに様子を見ながら死なず壊さず戯れたほうが面白そうだった。

今までのように満足のいくまで壊すのでは勿体無いと思うほどアーデンはメディウムに興味を持ったのである。

 

故にアーデンは子供が逃げないように首輪をつける必要があると感じた。

しかし今までの贄のようにお遊びの契約書にサインをさせても面白くもない。

素直そうなこの子供をおもちゃにするにはもっと幼稚で縛り付けられないように見えて根深く残る鎖がいい。

見えない約束に縛られた悲劇の王子様は酷く甘美な果実の如き上質な玩具となるだろう。

 

考え込んで黙ってしまったアーデンを見てメディウムは無表情を崩し疲れたように揚陸艇の冷たい金属の中でも端に座る。

バハムートの言うように首尾よく進んだのは良いとしてこれからどう扱われるかはこの人間…否、シガイの采配による。

殺傷与奪はアーデンの手にあり、自分は出荷される前の子羊だ。

粗悪な牧場でろくな扱いを受けないか屠殺されるか選ぶ権利すら与えられない。

 

それにしても、とアーデンの顔をまじまじと見る。

ニフルハイム帝国建国の歴史を辿ればわかることだが神話の時代に存在した炎神イフリートを王とするソルハイムを人間が乗っ取り、滅ぼされたりしながらもなし崩しで建国された機械文明の発達した国こそがニフルハイム帝国だ。

自らの温床に侵略国家選んだシガイの王。

侵略者と言う意味ではこれほどにないほど似合う国を選んだものだと拍手を送りたい気分だ。

 

こちらの視線に気づいたのかアーデンは金のような橙の瞳をこちらに向ける。

ギラギラと獣かと疑うほどの鋭い眼光がいいことを思いついたとばかりに目尻を下げる。

あれは何か悪いことを考える人の目だ。

 

「ねぇ。」

 

ゆっくりと近づいてくるアーデンの思考にはある噂が浮かんでいた。

なまっちょろいルシス王家は腐っても王家なのだと思わされる生まれた子供にはつらい現実。

兄弟が出来てしまい弟が優秀だった場合の兄の結末。

 

兄王子は父王と妃に疎まれている。

 

最初に聞いた時はかわいそうな子だと鼻で笑ったと同時に自分と同じ捻くれ者に育っているかも知れないと興味が湧いた。

その噂が正しければ事実この子供は何かしらの暗い思いを抱えている。

この子供を。

兄王子を。

メディウム・ルシス・チェラムを。

真の王から奪ってしまいたい。

 

そうだ。

そうしよう。

あの愚鈍なルシスなど捨てて。

侵略などする傲慢なニフルハイム帝国へ。

敵とするシガイの軍門へ。

きっと真の王は面白い顔をしてくれることだろう。

 

あの時自分を処刑した。

弟のように。

 

薄ら笑いを浮かべて抵抗もしないメディウムの手を取ったアーデンはまず見えない首輪をかけた。

 

「俺と家族になろう。」

「…は?」

 

呆然としたメディウムを置いてニフルハイム帝国でアーデンの子として戸籍を作ること、衣食住を困らない程度に提供することを約束した。

王族に必要な教育以上を受けているのは目に見えてわかる少年に仕事が手伝えるほど優秀になる教育を施すことも誓った。

ジグナタス要塞クリスタルルームのすぐそばにあるアーデンの居住区に大人になっても住めるメディウムの部屋を設けることも提案した。

広さは一般的な家庭ほど。

二階建てを平家にしたようなものだがむき出しの鉄骨の部屋が嫌なのであればフローリングにだって大理石だってできる。

 

だから。

 

「俺が父親で君が子供。君は何不自由なく生活できる。俺はいずれ仕事がはかどる。何一つ悪いことないでしょ。」

「待て。いや待て。どう聞いても俺にメリットしかない。名前だって誤魔化しようがない!」

「新しくつければいいのさ。」

 

絶句してしまった子供への名前はもう決まっている。

あとは彼に聞く覚悟と受け入れる了承があればこと足りる。

小さな頭で様々な可能性を考えているようだが知識も経験もない温室王都育ちの子供がアーデンのドロドロの思惑に気付くはずもなく。

改めて受け入れるしか自分に選択肢がないことを悟って子供にしては強すぎる力を宿した目をアーデンに向けた。

 

「そこまでするって約束させて対価が"はい何もありません"ってのは俺自身が信用できない。俺はあんたの贄だからあんたに誓う。」

 

立ち上がった少年はしゃがんだアーデンと全く同じ目線だ。

小さな体で己の運命を全て受け入れている。

なんとも気高き兄王子は自らを糧として新しい何かを掴みとろうとする。

自己犠牲の自己満足。

人間の業を振りかざして自らを縛り付けている。

この子供は自分の命をなんとも思っちゃいないのだ。

 

「他の何を犠牲にしてもメディウム・ルシス・チェラムは未来永劫アーデン・イズニアを裏切らない。誓うよ。忌々しいけど神でも王でもなんでも名を騙って。」

 

なんとも欲深い自己犠牲か。

なんとも美しき自己満足か。

なんとも儚き愚かな王子か!

 

この子供は知ってか知らずかメディウムから何もかもを奪おうとした男に抵抗しないと誓ったのだ。

全てを受け入れ全てを差し出すと言ってしまったのだ。

口約束なんぞ守られる方が少ないのにこの子供は本当に未来永劫自分を裏切らないと確信してしまう。

 

ハッとして顔を胡散臭い笑みで塗りたくる。

悦びを顔に出してはいけない。

この子供はこれから自分の家族として長く、長ーく縛り付けるのだから。

まだまだたっぷり遊ぶ時間はある。

悦に浸り、歓喜するのはそれからでいい。

 

「じゃあ、君に名前を与えよう。」

 

ディザストロ・イズニア。

ルシスに厄災をばら撒き己が厄災となりいずれ破滅する愛しい愛しい哀れな我が子。

借り物のイズニアの名前で縛り付ける遠い親戚の子供。

かの素晴らしき誓いに敬意を評して君にもう一つ、特別にいいものを贈ろうと思う。

 

「君を一人きりにはしないよ。寂しくなったら俺の名前を呼んで。」

 

いつだって駆けつけてあげるから。

 

そこからメディウムからディザストロとしての生活が始まった。

はじめの何年かは監禁による高度な教育だったが不自由はしなかったし一般家庭のような生活ができた。

監禁が終われば名前だけ学校に在籍していることにしてアーデンについて回った。

わがままだって言えたし大抵の要望は通してくれた。

 

アラネアと出会いビッグスとウェッジにいたずらを教わってテネブラエ侵攻の後レイヴスと親友になった。

年に一度の帰省だって望めば時間調整もしてくれた。

厳しかったのに甘やかされて育ったと思えるほどたくさん目にかけてくれた。

そして何よりもディザストロが、メディウムが嬉しかったのは。

 

名を呼べば、いや呼ばなくても想えば。

何度だって駆けつけてくれたことだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「これが俺と育ての親の、アーデンの出会いと二十年。」

 

長く語って疲れたようなメディウムはゆっくりと近くのベッドにもたれ込んだ。

想像に難くない悲惨な拷問のような日々や人とは思えぬ非道は一つたりとてなかった。

寧ろ大事に囲われていたような。

王城で育ったノクティスよりも愛に溢れて育てられたような。

 

もしやニフルハイムの技術で記憶を塗り替えられているのでは?とハラハラしたがレイヴスにこの目で見てきた故に嘘ではないと否定された。

思っていたものとは明らかに違う。

聞いていた面々はメディウムがアーデンを慕う理由はなんとなく理解できた。

硬く強い絆よりも強固なもので二人は親と子は繋がっているのだろう。

 

それが世界の定めにより歪んで捻れてしまった。

守るべき真の王がノクティスで討つべきシガイの王はアーデンだ。

クリスタルを取り返し光耀の指輪の力を持って歴代王と共にシガイの王を討ち果たす弟。

二千年余の恨み辛みを抱えて奪いながら苦しみながら歩を進める父親。

どちらを取るのかと究極の選択を迫られているメディウムの苦悩は計り知れない。

 

ノクティスは唇をかんだ。

自分が結婚式のために旅立っていたお遊びの頃から王都を蹂躙したニフルハイム帝国との戦いになり、このオルティシエで世界の闇との戦いに変わった。

全ての成り行きを裏からも表からも見守っていたメディウムは幾度も辛い思いをしたはずだ。

自分がその立場に立たされたら全身をかきむしって叫び出したいほど狂ってしまいそうだ。

それを二十年も耐え続けてここに立っている。

茨の道だと知りながらも強き信念を貫いたまま。

 

「俺はあの人を裏切れない。国を、王都を滅ぼした時のように命令されたらお前らにも剣を向ける。」

 

動揺の声は出なかった。

メディウムならそうするだろうと誰もが納得したからだ。

 

「言い訳なんかしない。約束の言い出しっぺは俺だしな。だからその時は。」

 

お前らで俺の運命を決めてくれ。

 

その時が必ず訪れると信じて疑わないメディウムの言葉を全員が受け入れた。

誰も否定と賛同もしない。

ただそうすると頷いた。

 

空気を入れ替えるようにパンっ手を叩く乾いた音が響きレイヴスの処遇をどうするか改めてノクティスに問うた。

心は決まったようでノクティスはまっすぐレイヴスを見る。

 

「兄貴とルーナをよろしく頼む。」

 

王と認められないであろう自分たちを守るのではなく恩義を感じているかメディウムと妹のルナフレーナを守るように頼んだ。

お互いにとってそれが最良の選択。

レイヴスの力がこちらで必要になったらその時は別に頼めばいい。

ふんっと鼻で笑って当然だとそっぽを向いたレイヴスに皆苦笑いを浮かべこれからの話をすることにした。

なかなかに大人数になった面白パーティーはこのまま進むのだ。

 

「オルティシエから列車を使って最後の王の墓へ行く。その後はテネブラエに寄って最後に帝都グラレアだ。」

 

気を抜くなよ、と発破をかけながら出立は二日後と決めその日は解散となった。

 

 

 

 

各々が部屋を出て行きノクティスとメディウムだけになった場所に静寂が訪れる。

兄弟が何を語る必要もない。

ただそうして二人並んでいることに意味があるのだから。

 

暫しそうして窓から吹き込む潮風を感じていると不意にメディウムが一本の剣を召喚した。

アーデンから受け取った父王の、レギスの剣だ。

ノクティスは何も言わなくとも傅いてその剣を賜るように受け取る。

儀式のような光景の中でいつの間にか手にあった金色のネックレスをノクティスの首にかけ、さらに王の証である王冠を頭につける。

皆を集めて話し合う前にこの一連の行動は決めていた。

レギスの剣を渡そうとしたところノクティスが王になる覚悟を示すためにそうしたいと願ったからだ。

自分よりも王にふさわしいその人から渡される王位と言うものは重く辛くそれでいて誇りに思えるものなのだと。

 

「第百十四代ルシス国王。ノクティス・ルシス・チェラム。」

 

すっとメディウムの夜空のような美しき黒が光に照らされる。

日が落ち始めた夕日に反射して星を映しているようだった。

もう王は迷わない。

犠牲も過酷な運命も覚悟の上だ。

全部揃えて仲間に支えられながら前に進む。

まだ何かを抱え込む兄がいつか全てを語ってくれる日まで。

 

「俺は、兄王はいつまでもお前の味方だからな。」

 

敵の味方であり自分の味方でもある。

矛盾をつくような野蛮なことはしない。

兄が決めた選択肢を王は受け入れた。

 




※アーデン視点で語られる出会いの話を何故主人公が知っているのか。
それは後にその時の気持ちを打ち明けてくれたからです。
「うわなんだこのおっさんきもっ!」
とか聞いた時に思ってしまった主人公ですが大人なってそれがアーデンにとっての家族に求める形なのだと知るのです。
今語る時は自分もそんなように求めていたのかもしれない、なんて付け加えながら弟達に話をしたのでした。


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生まれと育ち

復興に力を入れる人々を窓越しに眺めながら時折感覚を間違えてつんのめる。

カップを取ろうとして空を切る。

半分に減った視界が煩わしい。

もう仲間だけの時や一人の時ぐらい外してしまおうと無造作に眼帯を投げた。

見事机の上に着地したカメリアからの贈り物に一息つき、手鏡で見慣れているはずなのになれない片目を眺めているとコンコンッとノックが響く。

この無駄に礼儀正しい四回のノックに笑ってしまう。

 

くすくす笑いながらどうぞと言えばしかめっ面のレイヴスが昼食のプレートを持ちながら入ってきた。

すぐに動き始めたノクティスとは違い全世界に顔が割れてしまったメディウムは常に身辺警護を行う必要がある。

片目を塞ぐことで距離感を掴めないのも大きな問題だった。

流石に戦闘中は外さないと無理だと察しているぐらい微妙な動きしか習得できなかったのである。

今でこそなんとか歩けているが最初は歩くだけで何もない所で躓いた。

かなり恥ずかしかった。

 

閑話休題。

机の上にプレートを置いてもらい練習のためにもう一度眼帯をつけてナイフとフォークを手に取った。

その様子を見届けてからレイヴスが口を開く。

 

「ルナフレーナのことだが。」

「俺たちの出発と同時にレスタルムに発ってもらう。短い間のお別れの挨拶しておけよ。」

「…ああ。」

 

何か言いかけるのを反ればレイヴスは黙ってしまった。

言葉を探すように視線を彷徨わせチラチラとこちらを見てきている。

ものすごく鬱陶しい。

言いたいことはわかっているがそれを是とはいえないのだ。

我々は国を背負う者だ。

今だけを生きるならばそれでもいいがまだ先があることを留意し選択しなければならない。

 

「どうしても、ダメなのか。」

 

引き絞るようなか細い声におもわず顔を上げてしまった。

"何が"とは言わないが問いの内容を理解しているメディウムには懇願するような言葉にしか聞こえない。

レイヴス自身が決めた越えられない一線を踏み越えなければ基本言う通りにしてくれるのに、今回ばかりはかなり食い下がってくる。

妹の頼みを断れないのか。

 

「世界のことを考えないのならばその選択肢もあった。だが我々は世界を背負う使命を持つ。…残念ながら今回ばかりは甘い判断はできない。」

 

考え直す余地はない。

例えルナフレーナがこの先も共に戦いたいと願ったとしても連れてはいけないのだ。

その先で怪我をし、最悪の場合死んでしまったら痛い思いをして救った意味がなくなってしまう。

ここから先の計画はメディウムも詳しく把握していない。

ディザストロだって帝国でどんな扱いになっているのか不明だ。

容易に潜入もできない。

世界の闇がニフルハイム帝国への侵食を始めたはずの今、光をもたらす神凪を喪ってはならない。

 

オルティシエの水神討伐の際帝国側もただでは済まなかった。

准将のほとんどは戦死してしまい、アラネアも辞職。

魔導兵器も大多数を破壊されてしまいその責任が将軍であるレイヴスに降りかかったのだ。

時すでに遅くルシスに寝返った頃には脱走兵と反逆者としてお尋ね者だ。

レイヴスは顔が知られている分タチが悪い。

 

新しく誂えた王都警備隊の服を着ているが黒が恐ろしく似合わない。

神凪はやはり白なのだとよく理解した瞬間だった。

最終的に今も神凪の礼服を着込んでいる。

隠すための外陰だけ纏って貰えれば何とか誤魔化しが効く。

 

「すまない。母君にも迷惑をかける。」

「我が王が責任を持つことではない。テネブラエを気遣い、救おうとしてくださる慈悲深き心に感謝を。」

 

テネブラエのことはテネブラエが解決すべきなのは当然だ。

あれはすでに国とは言えないが元は一つの国家だったのである。

遠き他国が介入するのは筋違い。

けれども神話時代からの付き合いである両国としては揺るぎない信頼の元、協力していきたいと思っている。

先代は特にレギスの良き友であった。

ノクティスにとっては義母にあたる存在だ。

母を知らぬ弟の為にも是非無事でいてもらいたい。

 

ルナフレーナと同じ青い瞳と光を耀の指輪をはめた影響で変色した紫の瞳が銀髪から覗く。

白髪に近い銀を揺らして柔らかく笑う顔はあと何度見られるのだろうか。

あとどれほど自分は彼らに道を示してやれるのだろうか。

誓約を半分肩代わりした影響で元々ない寿命がさらに縮んだとアーデンに眉間をグリグリされた。

具体的にどれほど生きられるのかを言えば延命処置をして十年。

その延命処置も身体を壊す最悪のものだ。

最終手段と言ってもいい。

 

「メディ。」

 

珍しく愛称で呼ばれレイヴスを見るとそっと眼帯を外された。

黒と金に近い橙はアンバランスで似ても似つかない。

綺麗なオッドアイのレイヴスより恐れられることが多い歪なものだ。

それをお揃いだとはねのけるこの幼馴染の護衛は心も体も強い。

何てったって剣神バハムートでもなし得ない斬鉄剣が使える人なのだ。

 

「何があっても俺はお前の味方だから。悩むぐらいなら相談してくれ。頼りないかもしれないが。」

 

彼のいう味方はメディウムがアーデンについたら自分も付いていくという意味合いではない。

例えメディウムが望まない戦いを強要されてもその意思を汲み取りその願いを想い、剣を交えて弟を守ってくれる。

何があってもメディウムという一個人を尊重し寄り添って支えてくれるという。

そういう、意味なのだ。

だからレイヴスは幼馴染で護衛という立場に収まれた。

これほどまでに信頼できる言葉を口にできるのは彼しかいないから。

 

「頼りなくなんかないさ。ずっと頼りにしている。相談もする。一人じゃ歩けないって旅で学んだ。」

「不謹慎だがとてもいい旅だな。学ぶことが多くある。守るべきものが沢山ある。頼れるものが見つかった。」

「俺には勿体無いぐらい良い旅だ。」

 

コンコンコンッとノックの音が響いた。

食べ終わったプレートを持ち上げたレイヴスが一礼をして退室すると共にノックの主が入れ違いで入ってくる。

戸惑うような足踏みでやってきたのはプロンプトだった。

やけに"帝国関連"の来客が多いと笑いながら食後の紅茶を淹れるべく立ち上がる。

外された眼帯も忘れずに付けていく。

 

「どうしたんだ?」

「ちょっと、聞きたいことがあって。ごめんなさい。病み上がりなのに。」

「構わないさ。体調が悪いわけでもない。」

 

カップをぬるめに温めながらティーポットに布で蓋をする。

素早く飲めるように熱くもなく温くもない温度を見極めて淹れるのは副官として当然の技術である。

金髪を揺らして座るプロンプトにそっと言葉を促せば一瞬息を飲み込んで深呼吸するような音が聞こえた。

彼にとって重大なことを言いたいようだ。

 

「メディは帝国にディザストロとして住んでたんだよね。」

「ジグナタス要塞の辺りにな。アーデンと二人で。」

「俺も帝国生まれの帝国人だって言ったら…どうする?」

 

緊張したようなプロンプトに何も反応せず顔だけずらして見ればガチガチに冷や汗でも書きそうなほど凝り固まっていた。

少し早めに紅茶をカップに移してプロンプトが座る椅子の前に置くと向かい合わせの椅子に自分も腰をかける。

ふむ、と一呼吸多いて小首を傾げた。

 

「知っていた、といえばプロンプトはどうする?」

 

ビクッと肩が跳ねるのを見るに予想すらしていなかったのだろう。

帝国人だからなんだとは言わないがニフルハイム帝国全体で戦争をしていても民草が直接我々の同胞の命を奪ったわけではない。

兵だって殺されそうになりながら戦うのだ。

そこに恨みを持つのは正しくもあり間違いでもある。

本当に復讐をしたいならトップから権力のある者全てを殺していく気合いで行かなければ。

 

「俺たちは正反対だな。ルシス生まれ帝国育ち。帝国生まれルシス育ち。言うなれば俺も帝国人だ。」

「…でも故郷はルシスなんでしょう。」

「家族がそこにいるのならばそこが故郷だ。」

「じゃあ、俺の故郷は帝国になるよ。」

 

プロンプトが言いたいことが何となくわかってきた。

自分の生まれがノクティス達と敵対する帝国であることをひどく重く捉えているのだ。

友達を傷つけた連中と同じ存在なのだと、思っているのだ。

全く心外なことである。

 

「プロンプト。生まれた場所がそんなに重要な意味を持つのか?」

「え?」

「記憶にも残らない場所がそんなにも大事なのか?」

 

俯いてしまった彼には分からないのだろう。

人間は生まれた場所に何かしらの感情を抱く。

何も思わない人はあまりいないだろう。

自分がそこから生まれ出でたという事実も自分と歴史の上で確かに重要だ。

けれど人として生きていく上では些細な問題なのである。

 

「人は育つ。人は学ぶ。俺でさえ知らないことばかりで学ぶことが沢山ある。」

「メディも?」

「そうさ。育ち学び知りまた育つ。進んでいった先に得た答えと想いこそがその人を人と為す。」

 

人は生きた道を糧に自我を持つ。

生まれた場所など所詮スタート位置でしかない。

振り出しに戻れない長すぎる人生の中でスタートなんてちっぽけなものに囚われるなどバカバカしいとは思わないか。

育ちだって本人の心があればまだ育つことができる。

進む手段を持つ。

彼が今の生まれも育ちも気に食わないと言うのならまた学び育てば良い。

 

「進んでようやく人となる。プロンプトが出会ってきた人々や見てきたものは生まれた場所に劣るものなのか?スタート地点が違うからと罵るような者だったか?」

「そんなことない…そうだよ。そんなことないよね…絶対そんなことないよ!」

 

ノクティスもイグニスもグラディオラスも生まれを馬鹿にするような人達ではない。

プロンプトの努力を知る彼らは今更そのようなことでプロンプトを見放したりなどしない。

今まで培ってきたものを蔑ろにしないプロンプトはそう叫んでスッキリしたような顔をする。

しかし真剣だ。

 

「でも俺、知りたいんだ。自分がどんな存在でどんな人が親なのか。俺知りたい。」

「辛くてもか?」

「それが事実なら俺、飲み込むよ。」

「悲しくてもか?」

「泣きたくなったらみんなのところでいっぱい泣く。」

 

絶対に目を逸らさないとプロンプトは誓う。

泣いたら慰めてくれる?なんて言う姿があまりにも勇ましくてもちろんだと頷いた。

彼はもう立派な仲間だ。

後から入ってきて散々かき乱した自分が言うのもなんだが彼がいないと今のパーティーは始まらない。

弟の友人がこんなにも良いやつで本当に良かった。

 

「聞きたいことは"プロンプトの生まれ"で良いんだな。」

「うん。メディなら知っていると思ったんだ。知らなくても帝都の話とか聞きたくて。」

 

プロンプトの親や出自をメディウムはよく知っている。

ジグナタス要塞には資料しかないが確かどこかの雪山に研究施設があるのだ。

恐らくそこが生まれた場所。

今の状況で寄り道するのは無理だ。

帝都で我慢してもらうしかない。

 

「予想通り知っている。が、俺が真実を話すのは酷だなぁ。ノクト達に打ち明けないのか?」

「まだ、もう少し落ち着いてからにしようかなって。大変な時期だし。」

「それもそうか。んー俺が過ごしてきた帝都の話なら出来るかな。」

「うん。お願い。どんなところだったの?」

「どうせならレイヴスも呼びつけるか。」

 

隣室で待機していたレイヴスを呼び出して帝都グラレアの日常を語っていく。

そのどれもがルシスにはない物事ばかりで夢中で聞いていた。

そのうち遊びに来たルナフレーナやノクティスが混じり、テネブラエの話も上がる。

対抗心を燃やしたノクティスとプロンプトがルシスの王都について熱く語り始めてしまい、夕食まで四人で笑いあった。

お国自慢のようでお互いの違いを尊重し合う自分を含めた三国の代表者にオルティシエも混じれば世界平和も近いのにな、なんて思ってしまったのは内緒である。

 




※ゲームシステムならばという補足説明。

レイヴス が なかまに なった!▼

ハイパーボールでも捕まえられるか怪しい伝説のぽけ…神凪一族レイヴス。
ゲーム本編ではここらで処刑されてしまうチョイ役ですが泡沫の王では生存いたします。
アーデンおじさんにチョチョイのチョイされて死んだ方がマシな姿になった時オーディンがいない今作唯一の"斬鉄剣"の使い手でした。

生きてても使えるところ見してやるんだレイヴス!という願いを込めてコマンドで斬鉄剣を習得。
消費ゲージ3は確実でしょう。なんだったって斬鉄剣。

七人のレベルは恐らくこんな感じ。

ノクティス Lv.68
プロンプト Lv.68
イグニス Lv.70
グラディオラス Lv.70
メディウム Lv.74
レイヴス Lv.74
ルナフレーナ Lv.神凪

おじさん軽く捻れるのでは?


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列車旅

各々別れを告げ出立の準備を始めるオルティシエ陸側の駅でメディウムも古き友人に別れを告げる。

帝国領へ立つときと同じようないつもと変わらない見送りだ。

しかしレギスから伝え聞いているカメリアとウィスカムはこの先こそ本格的な戦いと苦悩が始まると知っている。

此処より先は敵国の領内。

一瞬たりとも油断はできないだろう。

 

「本当に世話になった。眼帯まで繕ってもらって。」

「そのぐらいの可愛い頼みごとならいくらでも聞いてあげるわ。今回みたいな大ごとは勘弁だけどね。」

「面目無い…。」

「まあまあ。カメリア、門出の時まだ説教しなくてもいいだろう。」

 

ため息をつくカメリアを宥めるウィスカムはいつも通りだ。

オルティシエの被害は破壊された街並みだけで帝国軍からのあれやそれやでえらいこっちゃと言うこと以外丸く収まったらしい。

不思議なことにメディウムやルナフレーナの演説に関しては何も言われなかったそうだ。

おそらくアーデンの差し金だろう。

カメリアも気づいているのか険しい顔でメディウムに釘を刺した。

 

「宰相が変わってから帝国は怪しかったけれど今は更に酷いわ。戦争どころの話じゃない。もっと大きな、神話の大戦のような大ごとになる。」

「…そうなる前に止められればいいんだが。」

 

暗い顔をしたメディウムに大戦は避けられないことを察した二人が眉間にしわを寄せる。

この先数週間の間に取るべき行動をカメリアには伝えているがまだ半信半疑だろう。

本心から言うならばこんな世界になる前に止められるものたら止めさせて使命も王座もかなぐり捨てて誰も彼もを救いたい。

できないからこそ心苦しいながらに事実を伝えなければならないのだ。

 

「兄貴ー!そろそろ出発だってよー!」

「今いくよー!…じゃ、カメリアさん。ウィスカム。またな。」

「いってらっしゃい。またオルティシエによりなさいな。」

「いつでも歓迎するよ。」

 

すでに乗り込んでいる五人の中でも年少組で外の列車初体験組が窓から手を振ってくる。

急いで追いかけていく途中ルナフレーナに呼び止められた。

これからカエムの岬で王の剣達と一緒に様々な備えをしてくれる彼女は此処でお別れだ。

先程まで今時の中学生でも見かけない初々しさでノクティスと暫しの別れを惜しんでいた。

メディウムとも頼みごとついでに早めの別れの挨拶を済ませたはずだが何かを伝えるためにもう一度呼び止めたようだ。

 

「どうした。ルナフレーナ。」

「これをお渡ししたくて。」

 

手渡されたのは神凪一族に伝わる神凪の鉾。

メディウムも所持していないファントムソードだ。

なぜノクティスに直接ではないのか首をかしげるとルナフレーナは優しく笑った。

 

「貴方に持っていて欲しいのです。」

「でもこれはファントムソード…ランサー?だろう。ノクティスが持っていなければ無意味じゃあないか。」

「ノクティス様はすでにその鉾を"所有"しています。」

 

ファントムソードと言っても特殊な魔法が込められた実体のある武器だ。

実態がある限りルシス王家の武器召喚として所有することができる。

反対に返却することもできるのだ。

ノクティスはファントムソードとして所有しつつ実態の武器としてルナフレーナに返し、ルナフレーナ自身がメディウムに譲与するという異例の流れが出来ていた。

ファントムソードやノクティスの召喚が優先され、己のものというより借り物のような代物だがこれが一番神凪の力を乗せやすいものなのだと言う。

一体何をしたのか。

 

「それはお守りです。何かあった時側においてください。きっと貴方を守ってくれます。」

「…ありがとう。心強いお守りだ。」

「ふふ。友達でお義兄様ですからね。」

 

三俣の鉾をしまい、ルナフレーナに礼を述べた。

ノクティスとコソコソしていると思ったらこんなことをしていたのか。

何やら列車の方でノクティスの悲鳴とレイヴスの殺気を感じる。

 

「お前が義弟…だと!?」

「まだ!まだです!お義兄さん!」

「貴様ぁぁぁぁ!!」

 

本格的に喧しい。

まだ婚約で結婚式もあげていないのに気が早いやつらだ。

そこが愉快で楽しいのだが公共の場で騒ぐな。

ルナフレーナと顔を見合わせて一頻り笑った後お互いの手を力強く握った。

 

 

 

 

 

 

 

 

揺れ動く列車内の移動はメディウムにとってかなりの難所となった。

本来存在するはずの双眼を片側使用せず空間把握を行おうとしているのだから当然といえばその通りである。

四苦八苦しながらも列車の席で水彩画を描いて暇を潰している。

全体的に片側に寄ってしまうスケッチを見ては顔をしかめてぐしゃぐしゃにしてしまうけれども。

 

「あぁー…勿体ない…。」

「ボツだボツ。バランスが微塵も取れてない。」

「十分綺麗なんだけどなぁ。」

「まっ、メディの納得がいかねぇなら仕方がないさ。」

 

両側から覗き込んでいたノクティス とプロンプトがぐしゃぐしゃに破り捨てられたスケッチの紙切れを勿体なさそうに掴む。

いつのまにか群がっていた列車に乗る子供達は完成されたスケッチブックを眺めているが、素人目で観るとそちらとなんら遜色はない。

何がいけないのかと首を傾げてもメディウムが落ち込んで行くばかりでなんの解決にもならなかった。

 

「絵を描く時ぐらい眼帯を外したらどうだ。」

「ディザストロになっていた時の色彩魔法とか認識阻害魔法とか使えば片目ぐらい兄貴なら余裕だろ?」

 

名案を発言したつもりが一瞬で空気が氷点下まで下がった。

ピタリと筆を止めたメディウムがギロリと提案者のプロンプトとノクティスを睨む。

全員忘れているようだがメディウムにとって魔法とは、魔力とは生命そのものに他ならない。

それを容易に使えというのは命を削れと言っていることになる。

しかし今更命などどうでもいいメディウムは別の理由で魔法を使いたくなかった。

 

「ちょっと開発中の魔法を発動させるために魔力をためていてな。」

「兄貴の量で足りない魔法とか大魔法以外ありえないじゃないか。」

「そうでもないぞ?人知を超えた神々でさえなし得ない"極大魔法"があるじゃないか。」

「は?兄貴極大魔法使う気なの?世界滅びるぞ?」

「あんな大厄災魔法誰が使うか。例え話だよ。」

 

どんな魔法かは教えてもらえなかったがそのような理由によりしばらく魔法は封印だという。

母の形見である銀のネックレスも今は魔封じが込められていて本格的に使用不可能だとか。

ノクティスがエレメントを詰めたマジックボトルならば使用可能なので完全に使えないというわけでもない。

 

ちなみに大魔法や極大魔法は稀に生まれる特殊能力持ちの一般市民にルシス王家の魔法を与えると使えるようになる。

逆に王家の方はかなりの才能がないと使用が難しい。

大魔法までならやすやす撃てるアーデンやメディウムが異常なのだ。

 

「兄王様だって一応ルシス王家なんだぜ?武器一本で戦い抜いてみせるさ。…正確には一本じゃないけど。」

「違いねぇや。」

「だが危険度が高まるのは確かだ。油断はしないでくれ。」

「後輩軍師に負けるほど衰えちゃいないよ。」

 

再びスケッチしたものをぐしゃぐしゃに丸めようとしたところに缶コーヒーが当たる。

冷たい缶コーヒーの持ち主は先ほどお使いに行ったレイヴスだ。

義手を隠すようにカメリアからもらった長いローブを身に纏った白髪の男は妙に凄みがある。

主人ばかり不便を掛けさせるのは忍びないと窮屈なフードまでバッチリかぶっていた。

 

「子供が怯えてしまうだろう。せめてフードを取れ。」

「被った意味がなくなる。ご注文のコーヒーだ。そら。貴様らの分も。」

「うお!」

「うわ!ありがとう!」

 

食堂車でメディウムの分だけ買ってくるかと思いきや全員分持ってきて投げよこした。

主君だけ手渡しなのは苦笑いをこぼさざるを得ないがさらに小脇に抱えられた物の中に大袋のチョコレートが紛れ込んでいた。

 

「…ふん。増えてるじゃないか。チョコしかないぞ。」

 

嘘をつけ。

マシュマロも見えるぞ。

純真な子供たちは餌付けされてすっかりレイヴスに対する警戒を解き、またスケッチブックを眺め始めた。

 

「増えてるの予想して大袋いくつか買っておいたんだろう?甘い奴め。」

「メディの絵に惹かれぬ者などいないからな。増えるのも無理はない。我が主君ながら惚れ惚れする。」

 

フードから覗く色違いの双眼をぐっと細めてはにかみながら子供達と同じようにスケッチブックを覗く。

まさか素直に褒められるとは思っておらずむせそうになったのを何とか堪えて睨みつけた。

レイヴスは捻くれた分だけ時折真っ直ぐな言葉をくれる。

顔や行動で全く察せない分唐突すぎて心臓に悪い。

 

「ふーん。あんたも兄貴の絵、好きなんだな。」

「例え貴様の芸術センスが壊滅的であってもメディの絵は美しく映るだろう。やはり我が主君は最高だた。」

「なぁんで片方上げて片方落としてくかなぁ。」

 

メディウムのみを賛美しノクティスを徹底的に貶していくレイヴスは呆れを通り越して感心する。

数時間前の"お義兄さん"発言が相当気に入らなかったようだ。

ルナフレーナは別に結婚してもおかしな年齢なのだがシスコンが極まると誰であれ威嚇したくなるらしい。

アンブラの頑張りにより古き良き交換日記から始めた純然たるお付き合いの期間が長すぎてノクティスも奥手だし。

 

「弟と妹同士の婚約なんておもしろ…楽しいじゃないか。俺とお前が家族になるんだぜ?年齢的に俺が弟とかなー?」

「ぐっ…メディと…家族…メディが弟…うぐっ!そ、そそんなものにつられるわけが…!」

 

ものすごくつられている。

なぜかちょっと苦しそうだ。

レイヴスにとって一にルナフレーナ二にメディウム三にテネブラエだ。

順番を決めてもほんの数ミリの差しかないほどどれも大事にしている彼にとって全てが強いつながりで並んでいる構図に対して非常に魅力を感じるだろう。

どれもあともう少しで失いそうになったものだから余計に。

フーフー言いながら深呼吸をしたレイヴスをノクティスと共にニヤニヤ眺めているとムッとした顔でそっぽを向いた。

 

「俺とメディは親友だ。今更呼び名を変えたとて繋がりの強さは変わらない。」

「家族と親友って明確に違うと思うけど。」

「なればこそ。家族に見せぬ一面を親友は見られる。何より他人への無条件の信頼とは勝ち取ることが難しい代物だ。俺にはそちらの方がよっぽど価値があると思える。」

 

メディウムが家族に見せる一面は偽りのものだらけなのを知っているレイヴスにとって親友の立場の方がお株が高い。

今でこそどちらも同等と言えるけれど信頼の意味では明らかにレイヴスとアーデンに寄っていただろう。

心が荒んでいたあの時期に声をかけて手を取り共にいてくれたレイヴスには感謝しても仕切れない。

 

たまには殊勝なことも言えるのかと心温まりながら感心していたら、ニヤリと笑ってノクティスにガンをつける。

 

「んん?弟という立場を振りかざすだけでメディに寄り添うことをしなかった貴様より圧倒的に信頼されているとは思わないか?」

 

結局煽ってきた。

こいつ喧嘩を売りたいだけなのか。

呆れた目線を意に介さずフンッと鼻で笑ったレイヴスにノクティスが反論するかと思えば黙ったままだった。

真剣な顔で神妙に頷いている。

 

「言う通りだわ。兄貴、これからもたくさん相談するし迷惑かける。けどその分兄貴のことちゃんと見る。二十年分一から積み上げてこう。今までの旅の分も含めてさ。」

「お、おう。もちろん。」

「…チッ。考えを改める頭はあったようだな。」

 

少し前だったら煽りに乗って激怒していたであろうノクティスが大人しく意見を受け入れ、己の悪いと思ったところを治すべく素直に頭を下げた。

さらなる追撃を入れる気分も削がれたレイヴスが窓の外を眺めてだんまりを決め込んだ。

腰にさす剣から手を離さないところを見るに警戒しながらも次の降車駅まで休む気なのだろう。

一方的に話を切り上げた大人気ない大人はアレでノクティスを受け入れる努力をしているのだ。

 

やり口は気に食わないところを口にして相手の性格を見定め度量を図ると言う攻撃的なものでも努力は努力。

責める気にもなれずノクティスにごめんな、と謝って渡された缶コーヒーを開けた。

 

気にしてないと頬をかくノクティスも渡された缶を開けて一口含んだかと思えば思い切りむせた。

 

「なんだこれ!くっそ苦い!!」

「…これコーヒーはコーヒーでもエボニーだな。」

 

よく見たら通路を挟んで向かい側に座るイグニスがプロンプトに渡されたエボニーを至福の顔で飲んでいる。

帝国領で缶コーヒーといえばエボニーコーヒーなのをすっかり忘れていた。

 

「…クク。」

「ああ!レイヴス!俺がエボニーコーヒー苦手なの知っていて渡しやがったな!!」

 

軽く吹き出したレイヴスに食ってかかるノクティス。

なぜエボニーコーヒーが苦手なのを知っているのか首をかしげるとにやけ顔で解説を入れてきた。

 

「交換日記に…ぷふ…書いていただろう…ルナフレーナがそれ以来エボニーコーヒーを飲めるようになってお前に自慢してやろうと躍起になっていな。」

「あーあれか。エボニーを子供でも飲みやすくする方法ないかって聞いてきた時。あれ日記のせいだったのか。」

 

あるに突然レイヴスが言い出すものだから何事かと聞けばルナフレーナのわがままを叶えるためだと言っていた。

結局苦味が濃すぎて砂糖でもミルクでも緩和出来ず諦めてもらったが。

ルナフレーナはエボニーコーヒーを飲めるようになったのだろうか。

 

「子供舌は健在のようだな…くく…。」

「レイヴスお前ー!」

 

仲がいいのだか悪いのかわからない親友と弟が騒ぐ。

ものすごくうるさい。

ルシスとテネブラエの次期代表が公共の場で騒ぐな。

 

「喧しい。」

「「イデッ!」」

 

白と黒の脳天に鋭いチョップが落ちた。

 




※ゲームシステムのような蛇足。

これより先の本編で主人公はマジックボトル以外の魔法技が使用不可能になります。
コマンド技の魔法も使用不可になる代わりに新しいコマンド技を習得します。
APの大飯食らいはきっと主人公。

"友との約束"
即死攻撃一度回避。
戦闘不能時一日につき一度だけ自動蘇生。
戦闘終了時にHPの五十%まで回復。
回復余地が五十%以下になっていてもきちんと回復する。

"ソードマスター"
レイヴスと主人公のコマンド技。
斬鉄剣と偽ファントムソードの乱舞。
範囲攻撃技。

"忠誠の盾"
グラディオラスとレイヴスのコマンド技。
文句を言い合いながら残存HPが低い誰かのダメージを一定時間肩代わりしてくれる。
護衛対象と自身に中程度のリジェネ状態。

結論。レイヴスつおい。
以降はついに帝国領へと飛び出していく五人組改め六人組。
先はまだまだ長い。


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軍師と元将軍

揺れ動く列車で向かう次なる目的地まで寝台列車でアコルドを抜け、帝国領へと進んでいく。

帝国領からも列車で進み、王の墓所があるケスティーノ鉱山とテネブラエで途中下車する予定だ。

その間はのらりくらりと今までの激動が嘘のように列車の揺れに身を任せながら穏やかに過ごしている。

そうしているとメディウムの顔を覗き込もうとする乗客が居り、にっこり笑って挨拶をしてはやり過ごし近場に控えるレイヴスに助けを求めること幾たび。

致し方なく列車に心踊らせワクワクな子供達に臨時絵画教室を開いて保護者と無垢な盾を利用させてもらっている。

演説は思ったより視聴率が高くラジオの声もかなり印象に残ったのかコソコソするほどではなくても疲弊する列車となった。

 

気ままな絵画教室が終われば割り当てられた寝台のコンテナでぐったり。

レイヴスに看病されながらぐーたらだらしなく横になり続ける。

文句一つ言わないレイヴスに甘えてしまっていることを自覚して一度無理を押して一日はしゃいで見たが、結局次の日にはぐったりして再起不能となり無言の圧に負けて午後は休むようにしている。

魔力を抑えるといっても自動ケアルは発動し続けている。

そのかわり肉体面の補助魔力が半減し傷ついた筋肉に負担をかけているのだ。

寝込んで当然だとレイヴスに睨みつけられノクティス達にはきちんと体のことを伝えた。

 

体の体質ばかりは相談しても改善されない。

せめて悪化しないように多く休めとお言葉に甘えさせてもらった。

 

「あー…はしゃぎたいわ。体がついてこないけど。歳かな。」

「まだ二十六だろう。俺より若い。今まで頑張りすぎていたんだ。今ぐらい休んでもバチは当たらないさ。」

「遊ぶは休むの中に入らないんですかー?」

「入れても構わないが体が落ち込まない範囲でだ。」

 

シガイの影響により夜間は明るい駅で停車する。

今までは走り続けても明るければ問題無かったのがここ最近シガイの影響がひどく停車を余儀なくされたらしい。

神々が地からいなくなったこと、ルナフレーナの神凪としての能力が低下していることが大きな原因だろう。

日が短くなる速度も異常に早くなっている。

世界の終焉が近づいているのだ。

 

「最後かもしれないだろう。こうして遊べるのも。穏やかに眠れるのも。友として休めるときに休んでいてほしい。」

「…そうだな。」

 

最後かもしれない。

 

本当に自分たちの肩に世界の命運が乗っかっている。

大人になったばかりの家族に大きなものを背負わせてしまった。

子供だった自分がたくさんの現実を知ってしまった。

優しい友に辛い選択を強いてしまった。

二十年過ごしたあの人へ折れた牙を向け育つ日々。

 

それ全てが"最後"の訪れる時、過去へと変わる。

 

「ありがとう。親友。」

「どういたしまして。」

 

コツンッと軽く拳を合わせて笑いあった後誰かが控えめに扉をノックする。

このコンテナを訪れるのは仲間達だけだ。

一応レイヴスが警戒したように帯刀してそっと扉を開けると見覚えのあるメガネが視界に入る。

この中でメガネをしている知り合いの人物は一人しかいない。

 

「どうしたイグニス。一人で訪ねてくるなんて初めてじゃないか。」

 

控えめに開かれた扉をすり抜けて入ってきたのは売店で売っているクッキーを手にしたイグニスだった。

紅茶のペットボトルを持っているからきっとお茶をしに来たのだろう。

彼が一人でメディウムとレイヴスのもとを訪れるのは初めてのことであの四人の中では一番警戒していたはずだ。

仲間といえど帝国の名だたる役職に身を置いていた二人である。

それはそうだと納得して流していた。

なのにどうして訪れる気になったのか。

 

「だらしない姿勢で申し訳ない。見ての通りだ。このままでも構わないかな?」

「むしろ休んでいるところ申し訳なかった。出直した方がいいか?」

「イグニスが構わないならいいさ。茶菓子もあり合わせのものしかないけれど。座って。」

 

二段ベッドで四人のコンテナを使っている彼らのコンテナより普通のベッドに二人のここは幾ばくか広い。

反対側はレイヴスのベッドなので上体を起こした己のベッドの横に腰掛けてもらった。

必然的に近くなる距離になんだかおかしくなってクスクス笑うとメガネをあげて軽く眉を寄せる。

 

「何かおかしなことをしただろうか。」

「いや。イグニスがここまで近づく事もなかったなと。今日は珍しいことが多い。」

 

受け取った茶菓子を開きながら食べかけの食事が下げられる。

柔らかく飲み込みやすいものでも食欲が落ちてきてしまい、少し残してしまった。

毒味までレイヴスがしてくれているのに申し訳なさばかりが募る。

叱咤しても言うことを聞いてくれない体はルナフレーナの代わりに背負った半分の代償の影響もある。

戦闘に出られても足手まといにならないように知恵を回すのが精一杯かもしれない。

 

「メディウムはここ最近で儚くなったと、ノクトが心配している。」

「それで偵察か。自分で遊びにくればいいのに。儚くなったってなんだ?」

「深窓の、と表現したり薄幸の、と言ってみたりでまあその辺りの表現をノクトはしたいのだろうな。」

「どれも似たようなもんだなぁ。」

 

サクッと口に広がる淡い甘味を味わいながら悩ましげに首をかしげる。

自分では元気にしているつもりでも周りから見れば無理をしているように写ってしまっていたのかも。

 

「元々、元気にかけまわれるほど体は頑丈じゃない。魔法の力でなんとかしていた内臓を突然人と同じように活動させれば疲労や不具合が出てくる。むしろ補助がほとんどない状態で生きていられるのが奇跡だ。ここまでの回復は悔しいことにアーデンおじさんのおかげだな。」

「三人旅の時の治療だな。あれは適切な処置だったのか。」

 

ないに等しかった寿命を延ばしてくれたのは確かにアーデンだ。

けれど素直にお礼は言えない。

あれは世界の、ひいてはルシス王家そのものにとっての敵だ。

メディウムの立場そのものが絶妙で曖昧だからこそどちらの側にも立てるだけの話。

イグニスにとっては憎くき仇敵だ。

 

「んで、本当にお見舞いだけが目的かな?」

「…聞きたいことがあるのはたしかだ。」

 

目線をそらしたイグニスの手には携帯が握られている。

その画面に映るものを覗き込めばいつかの日に送りつけたナーガの写真と洞窟で撮られたような消えゆくナーガの写真だった。

これが一体どうしたのだと首を傾げれば意を決したようにイグニスが向き直ってくる。

重要で重苦しい話のようだ。

 

「ずっと気になっていた。シガイとは寄生虫による病だと言っていたあの日から。ずっと。」

 

病とは生物全体が感染するものだ。

例え害の根元が寄生虫だったとしても突然変異や進化の過程で感染しなかったものへも広がっていく。

それがシガイでも起こりうるのではないか、というのがイグニスの疑問点だった。

今は人間が完全にシガイになることはないけれど、いずれは人間ですらあのような化け物になる世界が訪れるのではないかと。

 

ただの憶測だった考えは人の言葉を喋るナーガによって現実に変わる。

寄生虫と言うならば侵される前の大元があるはずだ。

その大元が人の言葉を理解する野獣や幻獣の可能性は希望的観測。

推測できるのは最悪の事象。

 

「誤魔化さないで教えて欲しい。人もシガイになり得るのか。」

「…結論から言うと数パーセントの確率でなる。」

 

そばにいるレイヴスが目をそらし、イグニスが息を飲んだ。

ジグナタス要塞の中身を目の当たりにしてきたレイヴスとメディウムは実際に人がシガイになる姿を幾度となく見ている。

魔導兵もまたシガイに部類されることを彼らは理解している。

軍部の中でもアーデンに近い二人だからこそ知り得る情報だ。

 

「それには長期の間高純度のシガイに侵されていなければならない。人為的でも無い限り外の世界では不可能だ。」

 

たった一晩で人がシガイに変貌するならば世界はシガイで溢れかえり、アーデンがなにもしなくても勝手に滅んでいっただろう。

二度遭遇した野獣に寄生する蔦のシガイもジグナタス要塞で人為的に作られた異形のものだ。

人はそれだけ多くの寄生虫の摂取をしなければシガイにはならない。

 

「では、洞窟のナーガは?」

「人の言葉を後から覚えたシガイかもしれない。そのような例なら何度か聞いたことがある。」

 

盲点だったようで納得したようにイグニスが息を吐いた。

もし人がシガイになる確率が二桁以上であればイグニスはシガイとの戦闘を二度としなくなるだろう。

ノクティスがシガイになる姿など誰も見たく無い。

神々の尻拭いのために家族を喪うなんてもう二度とごめんだ。

 

「聞きたいことはそれだけ?」

「もう一つ。聞きたいと言うより言いたいことが。」

 

ベッドに腰掛けていたイグニスが床に降りて正座を始めた。

何をする気なのかと動向を見守っていれば綺麗な所作で見事な土下座を敢行してみせた。

ぽかんとしてしまったメディウムとレイヴスをほっぽって何事かの謝罪を口にする。

 

「メディウム殿下。これまでの非礼、深くお詫び致します。」

「ふぁ!?いや、いやいやいや!なんだ突然!?顔を上げてくれ頼むから!!」

 

悲鳴に近い声を上げたメディウムの声を聞いてイグニスは顔を上げる。

重要性を感じ取ったレイヴスが側に控え、イグニスに冷たい目線を寄越した。

 

「何に対する謝罪なのかも分からぬままその意を受け取ることはできん。我がへい…殿下を困らせるな。」

 

陛下と言おうとしたレイヴスの脇腹をつまんで殿下と言い直させ、その通りだと頷く。

謝罪をしてもらうようなことは何一つなかったはずだ。

グッと唇を噛み締めたイグニスがその想いを言葉にするまで少しばかり時間を要したがなんとか文を組み上げて謝罪の意味語った。

 

「オルティシエで演説をした時、殿下は祖国を思って声を上げてくださいました。我々が言葉にできない怒りを世界に知らしめてくださった。」

「六年しかいなかったとはいえ生まれて育った故郷だしなぁ。」

「自らが矢面に立つことで陛下をその身で庇ってくださった。我々が命を差し出してでも守るべき時殿下が片目を差し出してまで守ってくださった。」

「陛下だからとかじゃなくて弟だったからなぁ。」

 

当たり前のことをしただけだとメディウムは首をかしげる。

まるで眩しいものでも見るようなレイヴスが己の主人を見て微笑んだ。

 

メディウムにとってルシス王国は恨みこそすれ助ける義理はないような物だ。

命を追われ成り行きとはいえ六歳で野獣蔓延る外へ追い出され生贄として差し出された。

それでも献身し続け王となる弟のために世界中を飛び回ったにもかかわらず側近のイグニスに信頼できないと一刀両断される。

どれだけ身を尽くしても犠牲にしてもメディウムは出来損ないだからと罵ってきた国民がいた。

お前に才能がないからと王としての映えある栄光の座から蹴落とされた。

道具なのだとメディウムを人とも扱わない神々がいた。

 

それら全ての原因はルシス王国の第一王子として生まれたからといっても過言ではない。

なのに恨み言一つ口にすることなく今までもこれからも献身していくであろうメディウム。

果たして自分はそこまでぞんざいに扱われてまで尽くしたいと思えるだろうか。

恐らく、いや絶対無理だと言い切れる。

それがなぜ。

メディウムはこんなにも優しくこんなにも尽くしてくれるのか。

その心が見えず疑いをぬぐいきれなかったイグニスは演説を聞いて、一度片目を失った姿を見て納得した。

 

「貴方は最初から最後まで"家族のため"に動いていた。それを理解しようともせず私は疑い続けていた。」

 

家族のためだけに己の命そのものを差し出せる人がいるならばそれは狂気だ。

愛の意味を履き違えた傲慢な狂気。

自己満足の果てにある結果だ。

メディウムも狂人の部類なのだと考えてもどうにも納得できなかった。

彼は全てを知っていてその上で彼が最も納得できる一番幸せな未来を探し続けている。

その中に己が入っていないのは一体誰のせいなのか。

こんなにも狂わせてしまったのは一体誰なのか。

 

「私は自分が恥ずかしい。その理由も意味も理解せず貴方そのものを否定してしまっていた。」

 

そう。

原因は我々なのだ。

弱さゆえに祖国を守れず。

無知ゆえに神々の流れに翻弄される。

自分たちが選んでいるように見えて予め用意されたそれにただ流されているだけの我々が彼をこんなにも歪めてしまっているのだ。

最初から最後まで見て自分以外の全ての人が幸せになる未来を探している。

彼が己の幸せを諦めたのはこのまま進めば皆の未来を成すために命をかなぐりすてる必要があるからだ。

 

「我々は弱い。あなたはその分背負っていく。だからこんなにも傷ついてしまった。」

「…イグニス。」

 

王は犠牲の上に立つ。

多くの屍の上に新しい命を築き上げていく。

その間に立つ王がどれだけの悲しみを背負うかなど誰にも想像できない。

メディウムは今その犠牲の中に片足を突っ込みながら王としての役割を王の代わりにやっているのだ。

まるで王がやってのけたかのようにレールに乗せて自分はそっと屍の海に退場していく。

その姿が容易に想像できるのだ。

 

「私が受けるべき傷を、我々が受けるべき痛みを殿下はずっと肩代わりしてくださった。そのことへの感謝と弱さゆえに甘えていた事実への謝罪を。どうか受け取って欲しいのです。」

 

再び深く頭を下げたイグニスは今度こそ顔を上げようとしなかった。

どうするべきか困ってしまったメディウムがレイヴスへと助けを求める。

メディウムにとって困っている人を助けるのは当たり前で助けたいものに身を賭すのは当然のことだった。

そうやって生きてきたしこれからもそうしていくだろう。

 

誰に認められなくても己がしたいからそうする。

誰に感謝されなくても己が助けたいから助ける。

だから彼は知らぬ間に人望を集め嫉妬した誰かの反感を買う。

循環を知ってそういうものだと納得してきた。

改めて感謝され謝罪されてもあたふたしてしまうだけだ。

 

致し方なさそうにメディウムの前に立ったレイヴスがイグニスを見下ろす。

しばらく黙っているようにメディウムに伝えて静かな声で厳しい言葉を落とした。

 

「虫が良すぎるとは思わんか。」

 

イグニスは動かなかった。

感謝の言葉も謝罪の言葉も所詮は言葉だけだ。

行動で示してきたメディウムがそれっぽっちのものを受け取る必要はない。

レイヴスはそう主張した。

 

「お前のいうことはもっともだ。それと同時に受け取って欲しいなど傲慢だ。罰して欲しいというならまだしも謝罪の言葉?感謝の意?そんなもので殿下が今まで味わってきた痛みが和らぐわけが無い。」

「ちょ…レイヴス。」

「そんなものが欲しくて殿下は今まで血反吐を吐いてきたわけでは無い!弱さを知っているならば強さを証明してみせろ!王を守り切ってみせろ!今その場で無駄な時間を消費している間にあのアホは何かやらかしているかもしれんぞ!」

「陛下!陛下だから!アホって言ってやるな!」

 

黙って聞いていられなかった。

何一つ受け取ってやらんというレイヴスの態度は怒りもせず嘆きもできないメディウムの代弁だ。

しかしどこか彼自身への怒りもあるような言葉を持ち、頭を下げたままのイグニスの髪を無理やり引っ張り上げ揺れ動く瞳に一喝を入れた。

 

「メディウムが傷つき続けているのは弱い我々の責任だ!ここでぼさっとしている暇があったら頭回すなり体動かすなりしてろ!出直してこい!」

「あっ!?ちょっとレイヴス!」

 

ぽいっと放り投げられたイグニスはコンテナの廊下に転がり、勢いよく閉められた扉が轟音を立てる。

こちらに背を向けるレイヴスの顔は見えないがその姿が小さいものに見えて、少し笑ってしまった。

自分の心配ばかりしてくれる親友はとっても優しいらしい。

 

「我々の…責任なんだ…!」

 

噛みしめるような吐露に怒る気も失せた。

人一倍メディウムを思ってくれる親友が誰よりも責任感を感じるのは知っている。

先程イグニスが言ったこともレイヴスからすれば苦しくて痛くてどうしようもないような思いが溢れるような、そんな思い出が蘇る話だったろう。

 

「レイヴス。泣くなよ。」

「泣いてなどいない!」

 

怒鳴るように振り返った顔は真っ赤でまたおかしくて笑う。

ムスッとした白髪はそっぽを向いてベッドの端に座った。

部屋から出て行ってしまったりしないのは存外寂しがり屋なメディウムを想ってだ。

 

「レイヴス。」

「…なんだ。」

「ありがとうな。代わりに怒ってくれて。」

「ふん。若造にはあのぐらい言ってやらんとわからん。」

 

なおもこちらを向かないレイヴスはズズッと鼻をすすった。

ティッシュを差し出してやれば無骨な手でぐしゃりと頭を撫でられる。

少し年上の親友の好ましいところだ。

 

「怒りすぎてハゲるなよ。」

「やかましい。」

 

撫でていた手がげんこつに変わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コンテナから追い出されたイグニスがトボトボとノクティス達の元へ戻るとキングスナイトをしている真っ最中だった。

意を決して謝罪に行ったら不発に終わり帰ってきたらゲーム中だからと軽い感じであしらわれて踏んだり蹴ったりである。

けれど思わぬ収穫があった。

自覚できなかった足りない部分を知ることができた。

対話自体は無駄ではなかったのだ。

 

「イグニスなんかスッキリした顔してるー!」

「いつになくな。」

「兄貴となんかあったのか?」

 

携帯の画面から顔を上げた三人が覗き込むように顔を見てきてふと笑った。

 

「レイヴスとは仲良くできそうだな、と思ってな。」

「ええ!?」

「あのいじめっ子野郎と!?」

「そいつはまた面白そうな話だな。」

 

詰め寄られたイグニスは電車の窓から外を眺めた。

 



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王の盾と兄王の盾

体もだいぶ軽くなりレイヴスのお墨付きをもらって、メディウムは食堂車を訪れていた。

片時もメディウムのそばを離れないレイヴスも一緒だ。

いい加減個人行動をしても良いのではないかと提案したがなしのつぶてだった。

二十四時間監視体制のようでジグナタス要塞を思い出す。

 

コンテナに引きこもっていると余計に気が滅入りそうで、食堂車まで出てきた。

食べられそうな果物をもそもそ食していると向かい側の扉からグラディオラスが顔を見せた。

 

「お、メディとレイヴス。おやつか?」

「さっぱりしていて甘いぞ。一個どうぞ。」

 

背もたれのあるボックス席に向かい合って座っていたメディウムとレイヴスの元へ当たり前のように近づいてくれるのは今のところノクティスとグラディオラスだけだ。

最近はイグニスも努力が見られるがまだ堅苦しい。

プロンプトはレイヴスにビビってこちらが申し訳なく思うほどカッチカチになってしまう。

 

メディウムの隣に座ったグラディオラスにフォークに刺さったリンゴを差し出すと迷いなく口にした。

 

「甘いな。水分たっぷりだ。食が細くなっているメディにはぴったりだな。」

 

そう言いながら手に持っていたスポーツドリンクを差し出す。

グラディオラスも水分補給用に買ってきていたようだ。

寝たきりの時間が長いと心配させてしまっていた。

 

「見舞いの品と思ったんだが、優秀な盾がいるみたいで良かった。」

「優秀な(親友)だよ。見舞いの品は素直に嬉しい。ありがとう。」

 

貰ったスポーツドリンクを開けると比較的飲みやすいタイプのものだ。

風邪をひくとたくさん水分を取れ、なんて言われるものだが寝たきりで飲みたがらないメディウムもそれに当てはまるだろうか。

 

何はともあれ様子を見に来てくれるだけで嬉しい。

グラディオラスは巨人戦以来、心からの信頼を預けてくれている。

不必要な接触はしてこないし王の盾としての心構えも立派なものだ。

それ故に煮え切らないノクティスに苛立つこともあっただろうに。

イグニスのような庇護する優しさではない、共に並び立ち兄貴分として少し先を先導してくれている。

 

「俺がいなくなっても、兄貴がいるから大丈夫だな…。」

 

ピクリとグラディオラスが肩を揺らす。

小さく言ったつもりが聞こえてしまったようだ。

険しい顔をしたグラディオラスが静かにメディウムを見る。

 

「…メディが何をしても俺達にやめさせる権利はない。実際助かっているし先に繋がることもたくさんあった。どこかで死んじまったって俺達は何にも出来ない。」

 

事実だった。

死んでしまう前に助けると言われたらぶん殴っているところだったけれどグラディオラスはその辺をきっちりわきまえている。

彼はノクティスの盾だ。

メディウムの盾じゃない。

彼らの目の届かないところでレイヴスですら守りきれず生き絶えた時、どうしようもないことだと片付けなければならない。

 

イグニスやグラディオラスは簡単とは言わずとも折り合いがつけられるだろう。

けれど、ノクティスは?

プロンプトは?

きっと、折り合いなどつけられない。

自分がそばにいなかったからと一生罪の意識に苛まれる。

 

「メディウムとレイヴスを見て知った。盾ってのは王の体を守るものじゃねぇって。王そのものを守るものだ。肉体も精神も。」

 

体だけを守ればいいわけではないのだと、メディウムに甲斐甲斐しく世話を焼くレイヴスを見て知った。

王の盾として生まれたわけでもない神凪一族のレイヴスがメディウムの為に命を捨てる決断にどれほどの覚悟が必要だったろうか。

命を宿した時から言われ続けることも辛いことだ。

しかし己での決断も辛く苦しく葛藤があったことだろう。

 

レイヴスは常にメディウムの為だけに体を頭を、動かす。

最優先事項だと言わんばかりにぴったりとくっついて離れない。

イグニスがいるから大丈夫、なんて甘ったれた考えをしていたのが恥ずかしいほどに。

彼は彼の最善でメディウムに仕える。

その分メディウムはレイヴスに応える。

その関係は尊ぶべき信頼なのだと外に出て知った。

ぬるま湯に浸かったままでは知らない過酷な外を見たからこそ。

 

「ノクトはメディを支えに今を頑張っている。精神面も守りたいなら俺もメディを守るべきなんだ。でも俺には二人も守れる自信がねぇ。だからレイヴス。」

「…なんだ。」

「メディウム殿下を、よろしく頼む。」

 

グラディオラスが頭を下げた。

真摯に少し前まで敵対していたはずのレイヴスに向かって。

驚くべきは真っ直ぐ見つめ返したレイヴスだ。

罵詈雑言を浴びせるでもなく鼻で笑うでもなく呆れるでもない。

きちんと、受け止めるようにグラディオラスへ向き直った。

 

「心得た。この命に代えても殿下をお守りしよう。」

「ああ。感謝する。」

 

盾としてお互いに通じ合うものでもあるのだろうか。

頷き合った二人に確固たる信念が見え隠れする。

蚊帳の外に出された気分のメディウムが少しだけむくれ、すぐに浅く笑った。

仲良きことは素晴らしきことかな。

美しき友情というには死が付きまとう死地の匂いが濃すぎて淀んでしまっているが良いことは良いことだ。

 

「それと、まだ元気があればでいいんだがこれから向かうケスティーノ鉱山について聞きたい。」

「構わないよ。」

 

ケスティーノ鉱山。

ニフルハイム帝国領に存在する鉱山。

元々は稼働していたのだが凶暴な怪物が住み着いたせいで誰も近寄らない廃墟になった。

最後のファントムソードとなる王の墓がある。

 

何故ニフルハイム帝国領に王の墓があるのかというと、戦争のない時代まで遡らなければならない。

イドラ皇帝がアーデンの毒牙にかかる前の平和な時代。

荒廃してしまってその辺が不明になりつつあるが、主な理由はシガイ除けのため。

王の墓は神凪一族の加護によりシガイの被害を受けない。

その加護を持った墓を最奥地に建設することで鉱夫達をシガイから守ろうという算段だったとか。

 

「廃墟になってから王の墓がどうなっているか誰も知らない。実は俺も立ち入ったことはないんだ。レイヴスはどうだ。」

「中についての噂なら聞いたことがある。なんでも、有毒ガスに類するほどの異臭がするとか。」

「マジかよ。」

「てな訳で危険なのは変わりないね。もちろん野獣もいるし。」

 

苦笑いを禁じ得ない状態になっていないことを祈ろう。

歴代の王達は好き勝手に墓を作りすぎなのだ。

平和だった時代だろうが戦時中だろうが場所が判明している場所は赴くのが決まり。

もう少し分かりやすい場所に置く案はなかったのか。

 

「さらに悲報も重ねていいかな。」

「あんまり聞きたくねぇが、どうぞ。」

 

眉を寄せたグラディオラスへ向けてつけていた眼帯を取る。

そこに鎮座している瞳は夕日を思わせる橙色。

ギョロリと動く眼球に違和感を抱く。

なんだかとても不安な動きだ。

左右で違う方向を向いているような、虚ろなような。

 

「片目が見えなくなった。」

「はぁ!?」

「まあまて。落ち着け。正確には視力がガタ落ちした。」

 

元々メディウムの視力は全くと言っていいほどない。

それを魔力でなんとかしていたのだが、とある事情により魔力の使用を最小限にまで減らしてしまった。

お陰で耳も遠く視力もほぼなく、身体中がガタガタ。

メガネを作るにも時間も街もない。

そんな中考案されたのが"片目に視力を集中させる魔法"だ。

 

「片側に筋力を集中させることで反対側は完全に機能を停止する。代わりに人並みまで片目の視力が戻るわけだ。」

「つまり?」

「片側の視界がブラックアウト。実は耳も片側だけほとんど聞こえない。腕も、足も。一点集中する代わりにどこかを機能停止させる。一度発動して仕舞えば魔力をほとんど消費せずに使える優れものだ。」

 

ずっと耳鳴りがするような感覚がして少し気持ちが悪い、と戯けるメディウムをさておきグラディオラスがレイヴスを見た。

険しい顔で深く頷いている。

どうやら真実のようだ。

 

「魔法だけじゃなくて半身の不随とか…マジかよ…。」

「む。赤子の手も握れない男が戦闘に参加できるというだけで儲け物だと思うぜ。」

「メディ、グラディオラスは無理を押してまで戦闘に参加しようとするその姿勢に唖然としているのだ。なによりお前の戦力は極めて高い。それが半減どころかお荷物とは嘆かわしい、とな。」

「いやほんと申し訳ない。だからって留守番はしないけどさ。」

 

眼帯をつけ直し、魔法を緩める。

一番酷いのは視力で他は強力な攻撃の切り札として使うつもりだ。

そう決めなければ反動が大きすぎて本当の意味で動けなくなってしまう。

この状況に決して少なくはないストレスを感じているのか、黒髪には白髪が混じり始めた。

ここ数日で一気に老け込んでしまっただろう。

 

「俺はまだ戦える。戦わなくちゃならない。」

「この旅が終わったらメディウム殿下は長い休暇と緊急入院だな。王族の護衛としてすごく心が締め付けられる。」

「グラディオラスの意見には同感…だがそれは不可能だ。」

「ごめんな。俺はこの身が燃え尽きるその時まで、骨の髄まで灰と化すその日まで足を止められないんだ。」

 

死ぬまで止まらない列車旅。

燃料に炎が引火し列車そのものを全て燃やし切るまで決して終わらない。

旅の終点は帝都グラレア、ジグナタス要塞。

でも、本当にそうなのか?

旅はそこで本当に終わるのか?

 

答えは否。

 

世界を救う真の王と打ち果たされるシガイの王。

その二人が舞台に上がる時まで脇役達が劇を続ける。

血塗られた真っ黒な劇を永遠に。

劇を先導するのは準主役のメディウム殿下。

剣を握って血反吐を吐いて思いの丈を叫び、本編の始まりを待ちわびる。

 

「俺はまだ灰になってない。ならまだ戦うべきだ。生きるべきだ。終わりを見届けるべきだ。だから、グラディオ。俺がおかしな挙動をしてもレイヴスに任せて何も言わないでくれ。イグニスにもそう伝えてくれると嬉しい。」

 

唇を噛んだグラディオラスが澄まし顔のレイヴスを睨みつけた。

この命に代えても守ると約束したばかりなのに、守られるメディウムは完全に死ぬ気だ。

生き急いでいるといってもいい。

何故止めないのかと眼で訴える強き意志をレイヴスは受け止めた。

 

「メディが灰になる時はもう大丈夫、と思える時だ。時が来れば俺も共に燃え尽きよう。それまでは命に代えても守る。それだけだ。」

「レイヴスを責めないでやってくれ。…お前達と俺達じゃ見てきたものも感じてきたものも違う。」

 

悪い部分ばかり見てきた。

良い部分を踏みにじられてきた。

故郷を蹂躙された。

心が擦り切れた。

 

でもまだ立てる。

まだ戦える。

剣を持てる。

ならば、戦わなければならない。

 

メディウムとレイヴスにとって休むなど言語道断。

生きている限り剣を握り続け、復讐と愛憎に身を焦がす。

何もかもが狂って嘆いて悲惨になったぐちゃぐちゃの世界を走り抜ける。

 

暖かな世界を知っているグラディオラスやノクティス、イグニスもプロンプトも思い浮かばないような血なまぐさい未来。

目的が果たせるのなら、望みが叶うのなら手段など選べない。

 

「だから考え方も違うと?人の生き死には考え方の違いとかじゃねぇだろ!守るって約束したばっかじゃねぇか!」

「グラディオラス。」

 

静かな、波打つ海が突然静まるようなひどく落ち着いた声。

 

「目的がある限り殿下は死なないし死なせない。目的を妨害すれば別の手段に出てそのままもっと危険なことを始めるかもしれない。なら相談しながらも進んでくれる今が一番安全かつ簡単な道のりだ。」

「でも!!」

「殿下を、お護りするのは、俺だ。」

 

一言一言区切るように。

守るを護ると強く変えるように。

 

「殿下の隣に立つのは、お前じゃない。…任せてくれ。」

 

黙り込んだグラディオラスに肩をすくめる。

命を尊ぶことも大事だが時には天秤にかける必要がある。

生きていれば何にでもなれる。

命があればできることが多くなる。

そんな綺麗事で救えた命が本当にあったのか?

救われたのは自分の命だろう?

お綺麗な偽善に満足した精神に陶酔でもするのか?

 

こんな数年も生きられないような脆い命などいらない。

安い命一つで救える数千万の人々がいるのならメディウムは迷いなく捨てる。

レイヴスもその決断を止めはいない。

代わりに、共に死ぬだけだ。

 

今はまだ二人とも死ぬべき時ではない。

生きて戦う時だから。

 

「ごめんな。俺達が無茶苦茶なこと言ってるのも自覚してる。支離滅裂なのも。」

 

けれどそれが人間だ。

いっていることもやっていることもめちゃくちゃで自分勝手。

人間とは己の欲でしか動けない少し頭が動くだけの獣の名に過ぎない。

メディウムとレイヴスにしか理解できない世界がある。

グラディオラスにしか理解できない世界がある。

そういう、ものなのだ。

 

「なんだよ…それ。無茶苦茶過ぎんだろ…。」

「目的のためだ。」

「目的ってなんなんだ。魔法を使わない理由もわからねぇし、帝都に進むにつれて二人共どんどんおかしくなっていってるし。なぁ、この先に何があるっていうんだよ!」

 

人間的におかしいわけではない。

考え方がどんどん無情に冷たくなっていっているとグラディオラスは指摘した。

人の生死はどんな人間でも動揺する話だ。

けれどメディウムもレイヴスも全く気にしてすらいない。

気が狂っているのかと疑う程だ。

 

「地獄だ。」

 

はっきりと、メディウムが告げた。

もう始まっているのかすでに終わっているのかは知らない。

しかし確実に地獄がそこにある。

誰にとっての、なのかは判断つきかねるが。

 

「…この話はやめよう。もっと別の話をしよう。暗いことはなるべく口にしないほうがいい。」

「もうだいぶいっちゃったけどね。でも分かった。グラディオもそれでいいね。」

「…聞いても答えねぇんだろ?強制じゃねぇか。」

 

これから向かう先のケスティーノ鉱山。

旅の終着点になる帝都グラレア。

何もかもが予想できない未来。

どれも不安を煽るものばかりだ。

それら全てに蓋をして当たり障りのない会話をメディウムが選ぶ。

 

何もかもが不明のまま話を切られ不安だけを残したグラディオラスが険しい顔のまま己で買ってきたスポーツドリンクに口をつけた。

 



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永遠の親友

カルタナティカ駅が近くなってきた列車内。

向かい合うような席で目を瞑るレイヴスと対面に座り、過ぎ去っていく外を眺める。

ノクティスとイグニスは食堂車に、グラディオラスは散策に行ってしまった。

二人だけの空間を穏やかに緩やかに堪能するだけの時間だ。

 

流れ行く雲やゆっくり消えていく山々。

時折伺える現生種の野獣とルシス領内では見られない植物を目で追いながら列車に揺られる。

眠っているように見えて目を瞑っているだけのレイヴスをチラリと目の端で見て、自分は本当に眠ってしまおうかとあくびを一つ。

どこでも寝れてしまう軍人気質のメディウムは本当に寝入ってしまおうと体を少し傾けると同時に、隣に誰か座る気配を感じた。

 

一瞬レイヴスが身動ぐ動作をして、また目を瞑る。

危険人物ではないとすぐさま判断されたということは旅の仲間だ。

致し方なく瞑ろうとした重い瞼を開けて、隣に視線を向けた。

金色のチョコボ頭がにこやかに笑っている。

 

「ごめんね。寝るところだった?」

「いや、大丈夫だ。」

 

ふわぁ、ともう一度あくびだけして片目を擦る。

眼帯をずっとつけていると腐ってしまう、と今日は橙色の瞳に視力を集中させている。

白髪がだいぶ多くなってきた髪を鬱陶しそうにかきあげてプロンプトの要件を聞いた。

 

「どうしたんだ。何か問題があったか?」

「ううん。グラディオと探索してたんだけど一通り見てきちゃって。一人で戻ってきたんだ。」

 

確かにグラディオラスがいる気配がしない。

何度か列車を乗り換えたがどれも似たようなつくりでメディウムは早々に寝入ってしまっていた。

しかし列車自体が珍しい四人組は律儀なことに毎回散策しては、珍しいものを報告しにくる。

外に写ったものだって嬉しそうに見てはしゃぐのだ。

 

特にカメラを持ってこの旅を記録しているプロンプトはノクティスと嬉しげに撮り合っている。

時々こちらにカメラを向けてくるけれど気にせず寝ている時もあるし、レイヴスと巫山戯る時もある。

あるがままを写すのが思い出というものだから。

 

「メディの絵、見せてもらえないかなって。」

「構わないよ。ほら。」

 

何処からともなく取り出されたスケッチブックを受け取ってお礼を言いプロンプトは、そっと絵を眺める。

芸術の感性がてんでダメなグラディオラスやノクティスとは違い、好んでスケッチブックを眺めているようだ。

このまま寝るのも惜しいと考えたメディウムはプロンプトのカメラを思い浮かべる。

 

「プロンプト、写真を見てもいいか。」

「もちろん。使い方わかる?」

「一応わかる。」

 

王都製のカメラを手渡され、今まで撮った写真をみる。

このメモリーカードには今回の旅だけが記録されているようで、いく枚もの外の写真があった。

皆一様に笑顔で白熱するような戦闘の瞬間でさえも悲壮感はない。

ただこうしてみんなで旅が出来る。

その幸福を思い出として閉じ込めるような写真の数々にメディウムも写り込んでいた。

 

旅路の思い出を振り返るには少しばかり早すぎるかもしれないけれどこれはこれで感慨深いものだ。

悪いものばかりじゃなかったと、皆の表情が語っている。

ルナフレーナもレイヴスも写っていて、イリスもジャレットもタルコットもいる。

ニックスがルナフレーナに振り回されている写真もなぜか何枚か入っていた。

 

守りたい人たちがこんなにも笑っている。

それだけでメディウムは満足だ。

 

「メディ。これ。」

「メモリーカード?予備のか?」

「これはもう一杯のやつ。俺がノクトと友達になった高校生の頃から撮ったやつだよ。」

 

いつも持ち歩いているのだと笑いながらメモリーカードを入れ替える。

映し出された写真はメディウムの知らない、王都での日常が沢山詰まっていた。

学生として友として親友としてノクティスに寄り添ってきたプロンプトが記録した日常。

奪われた街が鮮明に残っている。

 

なにより、兄が知らない弟の日常が垣間見えることが嬉しかった。

馬鹿みたいなことをして親友と言える人を見つけて誰かに支えられて親に心配されて生きていく。

当たり前の学生としての生活を謳歌できた弟の日常。

 

血生臭くなどない。

剣を訓練以外で握ることもない。

人に振るうこともない。

何かの命を奪うこともない。

 

ただ穏やかに見守られて過ごす麗らかな春のような日々。

綺麗なままの思い出が写真と言う名の形に残されていて弟のことなのに嬉しいと思う。

大人になって見返した時、その時一緒にいた人々と笑い合う未来があるならメディウムはなんだって出来る。

今までの努力が違う形で何処かを平和にしていたのならそれに敵うものはない。

 

「皆、楽しそうだな。」

「メディのお陰だよ。魔法障壁の所為で弱っていた国王陛下を政治で助けて戦時中も豊かなままでいられたのはメディが頑張ったからだって、イグニスに聞いた。」

 

一年に一度様子を見ることしかできない王都はいつだって賑わっていた。

戦争をしていてしかも追い込まれていると言うのに王都は常に最先端。

それもこれもジリ貧だったルシスをなんとか立て直し、内部情報を持って帰っては対策を練ってきたメディウムの行動あってこそだ。

王都に引きこもってばかりの重鎮などよりよっぽど活躍したと言える。

 

賞賛する国民の声も感謝を表す人々の声もメディウムに届くことはなかったけれど。

確かに救われた人たちが世界に多くいた。

当たり前のように手を差し出すメディウムは一度も誇ることがない。

偉人と言われてもおかしくないほどに素晴らしい彼は兄王の地位で未だ戦を続ける。

 

「戦争は続いてるけど、確かに平和な時期があった。メディの、殿下のお陰でさ。なんて言えばいいかわからないけど、ありがとう。平和のために頑張ってくれて。」

 

眩いほどの素直な感謝の気持ちは忖度のない笑顔と共に贈られる。

人はこれほどまでに素直な顔が出来るのかと目を細めてしまう程だ。

にこやかに笑い返したメディウムはカメラを持たない片手でそっとチョコボ頭を撫でる。

弟にするように優しくかき混ぜた。

 

「ああ。どう致しまして。また平和にしてやらなきゃな。」

 

奪われた平穏を取り戻すために。

プロンプトは生まれた地に、メディウムは育った地に足を踏み入れる。

ニフルハイム帝国とはなんなのかプロンプトはまだ知らない。

自分とは何者なのか彼はまだ知り得ない。

それはあの胡散臭いおじさんが教えたいと宣ったからメディウムが言わないだけだ。

 

戦はまだ続いている。

知らないことがまだ並んでいる。

たくさんのことが終わらないままどんどん無理難題が積み上がっていく。

世界の理不尽に追われて最初は誰も"悪くなかった戦い"を"誰かが悪い戦い"に変えていく。

 

他人の正義を自分の正義で塗り替える劣悪な戦いだ。

止まる術を知らない正義が世界を押しつぶす前に大勢の正義が振りかざされる。

なんと滑稽で悲しい戦いなのだろうか。

そんなものしかできない自分たちに、嫌気がさす。

 

「世界はどうしてこんなに複雑なんだろうな。」

「ホント。俺にはさっぱりわかんないや。」

 

ため息すら漏れそうな嫌味に悲しそうに笑うプロンプトが答える。

難しいことが苦手で快活な彼には理解できないことが沢山あるだろう。

それが人間で世界というものなのだからもうどうしようもない。

この世界は失敗作なのだと、世界を作りかえようとした悪役が嘆いていたけれど今ならその気持ちがわかる。

全てを原初に返して生き物も形も命も新しくしてしまいたい気分だ。

 

「ありがとう。プロンプト。返すよ。」

「もういいの?」

 

手渡したカメラを受け取りながらメモリーカードを入れ替えるのを横目にノビをする。

写真をとった時何があったのかや思い出話を聞いてもいいけれどそれは今じゃなくても出来ることだ。

それに、聞いてしまったらこの世界にとどまりたいと思ってしまうかもしれない。

使命を果たせないのはメディウムとして少し困る。

 

「ノクティスのこと、これからも宜しく頼む。」

「うん…あ、そうだ。これ。」

 

改めてノクティスをお願いすると神妙そうに頷かれ、何かを思い出したようにごそごそとポーチを漁っている。

なにやら何枚かの現像した写真があるようで駅で忙しそうにしていたのは現像していたからだったらしい。

複数枚の中に隠れ港でとった集合写真があった。

集合写真を差し、嬉しそうにしている。

 

「これ、お守り。何かあった時みんなでメディウムを守れるように。」

 

写真には魂が宿るという。

それは撮られた人が魂を抜かれてしまうなんて都市伝説があるからなのだが、それとはまた違う。

写った人達が助けてくれるという紛い物とも言い切れないその思いをプロンプトはお守りにしたいのだと言った。

気持ちだけで十分なのだけれど、せっかくの写真だ。

ありがたく受け取った。

 

「もちろん、俺たちも駆けつけるけどお守りもあった方がきっと安心だよ。」

「ああ心強いよ。ありがとうプロンプト。」

 

へへへ、とはにかむプロンプトのチョコボ頭をぐしゃぐしゃにして写真を懐にしまう。

それと同時に勢いよく立ち上がったプロンプトがまだあと四枚ある写真を持った。

どうやらノクティス達にも渡しに行きたいようだ。

ジッとしていられないところは子供のようだな、と微笑みながら手を振って見送った。

 

ふと、隣で瞑っていたはずの双眼が開いたような気がして向かい側を見る。

無骨で長い手のひらが無言で差し出されているのを見て眉をひそめ、懐にしまったばかりの写真を無言で取り出した。

写真が見たいなら一言いえばいいのに。

 

「…あとで一緒に撮るぞ。」

「はいはい。」

 

少し見ただけですぐに帰ってきた。

もう一度しまいこんで目を瞑ったレイヴスを見る。

彼とルナフレーナとメディウムの三人で列車出発前にオルティシエで撮った写真があるというのに、自分が映らない写真に嫉妬したようだ。

我儘を言う子供のような一言に適当に返事をしてメディウムも寝る体制へと入る。

 

どこかへ行ってしまった眠気は体制さえ整えれば自然と戻ってきた。

ノクティスの親友は快活で優しくてちょっと抜けているプロンプト。

メディウムの親友は物静かで努力家で自分と特定の人に厳しいレイヴス。

兄弟なのに親友は正反対だと思い浮かべながら、微睡みの世界に落ちていった。

 




昨年の三月十四日から投稿し始めて早一年。
これだけ多くの方に見ていただけるとは。
どうしてこうなった。(困惑)
それはともかく、お気に入りやご感想、目を通してくださる全ての方々にこの場を借りて改めて感謝を。
乱文で申し訳ない程コレハヒドイ「泡沫の王」ではございますが今後ともよろしくお願い申し上げます。


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ケスティーノ鉱山

現在確認できるファントムソードの中で最後と言えるケスティーノ鉱山へ行くためにはカルティナカ駅で降りる必要がある。

カルティナカ駅はこぢんまりとした駅でケスティーノ鉱山への直通エレベーターがあること以外に突出するものはない。

 

「闘王の刀があるのはこのエレベーターの先だ。」

 

先導していくメディウムに続いて五人が続く。

鉄骨でできた簡易エレベーターに下は濃い霧が立ち込める野獣の温床。

なるべく足を踏み入れたくないような場所にも王の墓所は存在する。

聖なる力によってシガイ避けになる王の墓だとしても野獣までは対策できないのだ。

 

「最愛の妻を早くに亡くし、豹変したという王の証だ。コルに一度やらせたが、高速で間合いを詰めて放つ居合抜きで本領発揮する。下はどうなっているか分からん。気を引き締めていくぞ。」

「兄貴が付いてくるの反対…って言っても聞かねぇよな。レイヴス、任せた。」

「言われずとも。」

「んじゃ俺は王サマを守ってやるとしますか。」

「俺とグラディオラスは"護衛"だからな。」

「俺も!ノクトもそうだけどメディもなるべく気にかけるよ!」

 

各々が気合いを入れる中でレイヴスに支えられながらエレベーター内部へと進む。

かなり下まで降りなければならないだろう。

皆が乗り込んできたところでエレベーターを動かし、降下の中プロンプトに声をかけた。

 

「カメラ、ちゃんと構えておけよ。」

「うん!危なくない程度にね!」

 

まだ少しだけ余裕のある旅も冒険もケスティーノ鉱山で終いとなる。

このあと写真を撮れたとしても暗い風景ばかりになってしまうだろう。

せめてここまでの旅の思い出は楽しいままで。

不穏な音を立てて動く古いエレベーターの中でろくに動かぬ体を叱咤した。

 

 

 

 

 

ガコンッと少しの揺れと音を立ててたどり着いた最下層は少し小高い丘の上。

濃霧によって先があまり見えないが、湿気とぬかるむ足元から水没しているのがわかる。

この分だと鉱山内部にある王の墓所は腰まで浸かりそうだ。

足を取られぬようメディウムを支えて進むレイヴスに合わせて全員で足並みを揃える。

滑らないようにもつれないように一苦労だ。

 

「あまりにも遅いようなら置いていってもいいぞ?」

「置いていって戻ってきたら大怪我してたとかぜってぇやだ。」

「ねーレイヴス、俺ってそんな信用ない?」

「己の体調や怪我に関しては一切ないな。」

 

ゆっくり、しかし確実に歩きやすい道を模索しながら進むレイヴスにも申し訳ないが、一刻も早くクリスタルを取り戻したいノクティス達にも迷惑をかけている。

ならば待っていろと言われてもそれはメディウムの精神に反するのだ。

たとえ両足を失ったとしても這ってでも進んでいく気概なのだからこの程度で諦めたくはない。

 

足場もしっかりしたところを選べば進めないこともない。

ゆっくりでも前に進めるならば足を止める理由などない。

 

「不甲斐ない兄王でごめんな。」

「今まで歩んできた道を歩き易くしてくれたのは紛れもなくお前だ。不甲斐ないどころか頑張りすぎだ。…それに、一人で限界を超えて戦い続けた人間を手酷く扱うほどコイツらは馬鹿じゃない。」

「珍しくレイヴスが褒めている。」

「褒めているように聞こえねぇよ。」

 

坂道を下りて先導するノクティスのツッコミに笑っていると、グラディオラスが険しい顔をした。

どうやら野獣が出始めたようだ。

膝までありそうな水溜りにカニのような野獣が何匹かいる。

まだ少し離れた位置にいるメディウム達の前に四人が戦闘態勢に入った。

 

「そっこーでぶっ倒すぞ、プロンプト。」

「ちょっとレイヴス…。」

「ん?ああ。心得た。」

 

武器召喚でエンジンブレードを手に持ったノクティスがプロンプトに援護頼んでいる間に後ろがごにょごにょと騒がしい。

足元でも滑ったのかとそのまま敵に向かって前進すると、横から何かが高速で通り過ぎノクティスをひっ摑んだ。

 

「行ってこいッ!」

「はぁぁぁぁああ!?」

「イーッヤッフー!」

「ノクト!?メディ!?」

 

なんと、レイヴスが思い切りメディウムを投げ飛ばしたのだ。

敵に向かって投げ飛ばされた状態で的確にノクティスの襟首を掴み、一緒に飛ばされて行く。

重さで少し高度と速度が落ちたがそこまで計算済みなのか的確に敵の真上へと落ちていく。

二人に続いてレイヴスも飛び出した。

 

動揺していてもノクティスは現状況で最善の手を選ぶべくエンジンブレードから大剣へと持ち変える。

長剣と同じく大剣を構えたレイヴスとメディウムに合わせてシフトで位置を合わせる。

三人が三匹のカニの野獣の上に飛び出し己の獲物を振り下ろす。

ドォンッと地響きを響かせて落下した三人は見事にカニの殻を粉砕してみせたのだ。

 

それなりの高さからもたらされる自由落下の衝撃に加えて武器の重みで加速した速度に耐えられるはずもなく中身も丸ごと潰れてしまった。

受け身だけとって着地に失敗したメディウムはレイヴスに即座に回収され、抱えられていた。

 

「ビックリしただろうが!!」

「でも一気に降りられたし障害物も排除できた。一石二鳥だ。」

「実に効率のいい戦闘方法だ。」

「一言!言ってくれ!」

 

この帝国軍幼馴染同盟はダメだ。

効率重視すぎる。

怪我をしないと分かればとんでもないことをしでかしてもモノともしない。

 

「それよりなんか機械があるぜ。」

「ああ。先に行く道を塞いでいた。」

「グラディオもイグニスも気にせず先に探索するな!」

 

事前にメディウム達と何らかの協定でも組んだのか先に進むためだけに無駄な連携が取れているプロンプト以外にリーダー王子は怒りマークを浮かべそうになる。

適応能力が高すぎやしないか。

 

「さっきのかっこいいシーンもバッチリ撮ったからね!安心して!」

「なにを安心しろってんだ…。」

 

ダメだこのパーティー。

早く何とかしないと。

 

先行きが不安になってきたところでまた勝手に動き始めたメディウムとレイヴス、幼馴染同盟は機械をカチカチと操作している。

機械類に関しては確かにあの二人の方が詳しいだろう。

周囲を気にしながら報告を待っていると面倒臭そうな顔で戻ってきた。

 

「電源が切れている。予備電源はここより少し離れた小屋にあるらしいんだ。プレハブ小屋があっちの階段の上にあるとか。」

「んじゃそこ行くか。兄貴は階段大丈夫なのか。」

「何とも言えん。行って戻ってくるだけだろうし任せてもいいか。」

「おし。レイヴス、兄貴頼んだ。」

 

道中の敵は四人で対応できるだろう。

走り去っていくノクティスに苦笑いを浮かべる。

タイムでも測っておいてやろうか。

 

 

 

 

 

けたたましい機械音を立てて道を塞いでいた機械が動く。

鍵を受け取り、レイヴスとメディウムが手分けして機械を操作したのだ。

塞がれていた道の先は急な坂道になっていてレイヴスに抱え上げられながら進むこととなった。

 

「この先完全に水没してっけど兄貴大丈夫なのかよ。」

「逃げるときはレイヴスに抱えてもらうわ。」

「レイヴスさんの苦労耐えないねー。」

「問題ない。メディは軽い。」

 

茶々を入れたプロンプトに軽く笑いながら対応をしたレイヴスに苦笑いをこぼしながら一同は奥へ進んでいく。

ザブザブ音を立てて降りていけば膝上まで水につかってしまう。

王の墓所は全て作りが同じになっているため白い扉を目印に視線を彷徨わせると、ぶくぶくと泡立つ場所があった。

 

不可解な現象に首を傾げてメディウムが小石を掴む。

 

「お前ら、臨戦態勢に入っとけ。あと大火力のマジックボトルもな。」

「あ?なんかいたか?」

「面倒くさいのがいそうだ。」

 

ヒュンッと弧を描いて飛んだ小石が泡ぶくの上にぽちゃんと落ちる。

波紋を描く水面がボコボコと激しく波打ち何かが飛び出してきた。

無数の緑の職種に赤い唇目玉のようなイボ。

これはガラードに良くいる。

 

「モルボルだー!?」

「モンボル・ベビーもいやがるぞ!」

「うっそぉ!」

「王の墓所入り口を巣穴にしてしまったのか!」

「全員下がれ!レイヴス!」

「了解した!」

 

レイヴスに抱えあげられ、安全な所まで退避するメディウムを追いかけ四人が走る。

全員を追いかけるように大口を開けて迫り来るモルボルにイグニスが叫んだ。

 

「マジックボトルを投げ入れられないか!?」

「投げてみりゃ分かる!」

 

さっさと投げたグラディオラスに続いて全員が次々に用意していたマジックボトルを投げ入れた。

見事に入ってしまったボトルを飲み込んだモルボルはボコボコと音を立てて爆発四散。

ギィギィ悲鳴をあげるモルボル・ベビーは恐れをなしたのか自然と何処かへ消えてしまった。

あっさり倒してしまったモルボルに安堵し、入り口にぶら下がるモルボルの卵もマジックボトルで吹き飛ばした。

 

鍵を開けて中に入れば水没はしていても荒らされてはいない。

握られた剣にノクティスが手を伸ばし己のものにしている間、足の遅いメディウムは一足先に地上へと向かった。

 

 

 

 

滑る足場に気をつけながら上る坂道の上に大柄な男を見つけて眉をひそめる。

仕掛けてくるとは予想していたが幾分か早いような気がしてならない。

まだノクティス達が来ていないことを確認し、その背中に声をかけた。

 

「…アンタ。暇なの?」

「君はマゾなのかな。」

「はぁん。俺の魔力の流れに気がついて様子見に来やがったのか。ご苦労なこって。」

 

胡散臭い笑顔からわずかな怒気を感じ一歩下がる。

この人が真剣に怒るところは初めて見たかもしれない。

レイヴスが代わりに前へと体を傾け、ジッとアーデンを見た。

 

「言ったよね?君は魔法がなきゃ生きられない。生きていけない。そういう風にできているって。貯めてもダメ。使い過ぎてもダメ。それがわかっててなんで限界以上に貯めようとしてるの。体が徐々に燃える体験をしたいってドマゾなの?」

「意味のないことはしねぇ主義だ。この行為の先に意味がある。」

「その先にある意味は君の未来を奪うことだけだよ。」

 

シガイの顔、人の顔、誰かの顔、宰相の顔、民の顔、王の顔、父親の顔。

全てが入り混じる物の中に本物のアーデンの顔を見る。

歪んで、泣きそうで、傷ついて、酷く焦燥した顔。

忘れた誰かの想いがメディウムの選択を悲しんでいる。

 

「俺は君にーー。」

 

その先の言葉をアーデンは言えなかった。

噤んだ口に言葉を閉じ込めて己の顔を覆い隠す。

哀れな王は何者なのか思い出せぬまま誰かの死を悲しんでいる。

 

メディウムは知っていても指摘はしなかった。

答えも求めなかった。

ただこの人が進む道についていくだけだからだ。

 

「兄貴ー!」

 

後ろからメディウムを呼ぶ声が聞こえる。

アーデンは何も言わずに背を向け、瞬きと共にその場から消えた。

迷っているな、と。

ただそれだけを感じてノクティスに振り返った。

 



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Chapter12 自分という存在
転落


再び駅まで戻ってきた一行は帝都行きの列車に乗り込む。

レイヴスの要望もあって、テネブラエが次の目的地だ。

念願の帝都グラレアまで目と鼻の先。

四人席のボックスを二つ取り、いつも通りレイヴスと向かい合ってメディウムが座った。

テネブラエまでならばカルティナカ駅から一日とかからない。

 

流石に疲れた一行の中で写真を撮りたいと座っていられなかったプロンプトが列車内を探索しに席を立つ。

全員でその背中を見送り、眠気に誘われるままノクティスは眠りについてしまった。

年上四人が苦笑いでここから先の話を始める。

 

「テネブラエに着いたらどうするんだ。」

「正直どうなっているかわからん。レイヴスは今脱走兵扱いになっているはずなんだ。もしかしたらテネブラエも何かしらの処置をされているかもしれない。一先ず行ってみる価値はあると思う。」

「お母様が居ればフェネスタラ宮殿の者達は大丈夫だろう。しかし心配なものは心配だ。」

「先代の神凪はレギス様が幼少の頃から良くしてもらっていると聞く。何事もないと良いのだが。」

 

心配そうなイグニスにレイヴスが深く頷く。

先代の神凪は決して弱くはないが強くもない。

銃器を持った帝国兵の軍勢には劣勢となるだろう。

そうなる前に辿り着ければ良いのだが。

こればかりは祈るしかないことだった。

 

「行って見なきゃわかんねぇだろ。未来の王妃のためにも、心配事は少ない方がいいぜ。なぁ。」

「グラディオラス。死にたいなら素直にそう言え。」

「どうどう。落ち着け。」

 

グラディオラスの茶化しに抜刀しかけた目の前の狂犬をしっかり繋ぎ止め、席に座らせる。

家族への愛が強いのは良いことだが仲間を切らないでもらいたい。

ただでさえ戦力が少ないのに。

 

はぁ…と重くるしい溜息をついてぐったりと椅子に寄りかかったメディウムに全員が顔を見合わせる。

ノクティスが眠っているからか随分と気を抜いているよう。

珍しい脱力っぷりだ。

 

「何か心配事か?」

「まあなぁ。」

 

窓の外に視線を送り、外の雲を見る。

ここにきて異様なほど真っ黒な空が帝都から伸びてきているように見えた。

前触れを通り越して侵食に近い空が不安を更に駆り立てる。

 

あのタイミングで。

あの場で。

あの言葉。

我等が宰相様は一体いつ仕掛けてくるつもりなのだろうか。

いつ頃、ちょっかいを出して来るつもりなのだろうか。

 

 

ーー不安が不安を呼び、その予感は数分で的中する。

 

 

ガタンゴトンと揺られる列車内探索から戻ってきたプロンプトを見て固まる。

魔力の残滓を感じ、その魔力が己でもノクティスでもない事を察してしまったからだ。

青いはずの瞳が金色のように見え、目が合った。

確かに、その目線が合ったのだ。

 

「どうしたの?メディ。」

「あ…いや。何でもない。」

「そっか。ああそうだ!二号車両の方で面白い景色が見れるよ。"一人で"見に行って来るといいよ。」

「….そうか。それはとても面白そうだな。」

 

素直に立ち上がり、二号車両へ向かおうとするとレイヴスに支えられた。

しかしその手をそっと下ろさせる。

尚も付き従おうとする忠実な護衛に首を振った。

何かを察したのかそっと引き下がり、険しい顔で送り出してくれたのを横目に二号車両を目指した。

 

 

 

 

 

 

 

「ノクト!ノクトッ!起きて!!」

「んあ?なんだ?」

 

必死そうなプロンプトに揺り起こされ、心地よい微睡みから強制的に覚醒したノクティスが瞳を開ける。

周りにはレイヴスもグラディオラスもイグニスもメディウムでさえもいない。

プロンプトと二人っきりの状況に首を傾げた。

 

「他の奴らは?」

「帝国軍が列車に攻めてきたんだ!グラディオとイグニスは先頭車両でッ!?」

 

言い切る直前にけたたましい音の爆音が響き渡る。

どこかの車両が爆破されたようで列車が停車したようなブレーキ音も響く。

急な停車につんのめったプロンプトを支えノクティスが先を促す。

 

「兄貴とレイヴスは?」

「メディは二号車両、レイヴスはメディを追いかけたよ!」

「最初から一緒じゃなかったのか!?」

「うん。でもきっと合流してる。みんな前方車両に避難してるんだ。俺は後方車両で逃げ遅れた人がいないか見てくる!ノクトはメディとレイヴスのところに!」

「分かった!」

 

全力で前への駆け抜けるノクティスの先に何人か走る乗客が見え、窓には飛来する揚陸艇がいくつも見える。

一体誰がこんな襲撃を。

自分達が乗っていた所為で罪のない乗客が何人死に何人怪我を負ったのだろうか。

責任の重さに唇を引き締める。

それでも体は前へと進む。

止まらないと約束した兄のために。

 

次の車両への扉を開けた時。

前方へと走り続けるノクティスの数歩前。

"元凶"と思わしき人物が悠然と立っていた。

 

「あれ。ノクト。起きたんだ。」

「てめぇ…ッ!!」

 

兄を二十年も苦しめ続けた元凶。

死にかけた兄を救ってくれた忌まわしき恩人。

自分達の国を壊した張本人。

倒すべき、敵。

 

「アーデン!!テメェッ!!」

「アーデン?何を怒ってるのノクト。アーデンなんてここには…。」

「ごちゃごちゃうるせぇ!!」

 

心底意味がわからないかのように狼狽えるアーデンにエンジンブレードで斬りつける。

こいつのせいで何千と何万と言う人が死んだ。

こいつのせいで国王たる父親が死んだ。

こいつのせいでメディウムは平和な未来で生きることを諦めた。

 

「なにもかもお前の所為で!!」

 

振り抜いたエンジンブレードから逃げるようにアーデンは前方車両へと走る。

追いかけるために何度もシフト魔法で肉薄するが、その度に上手くかわされてしまう。

 

「逃げんな!」

「待って!本当に!話し合おう!絶対おかしいって!」

「今更なにを話し合うってんだ!!」

 

車両を繋ぐ接続部分の突出によろけたアーデンがまたもエンジンブレードをかわす。

痺れを切らせたノクティスが無茶苦茶に振り抜くと、急いでまた前方へと逃げた。

締まっていく扉を勢いに任せて掴み、勢い良く開く。

 

その先にアーデンの姿はなかった。

 

「ノクト!」

「…プロンプト。」

 

入れ替わるようにやってきたプロンプトが心配そうにこちらを見てきた。

ゆるく首を振り後方車両に逃げ遅れた人がいない報告と、先ほど見たアーデンについての情報交換を行う。

 

「進んでれば、きっとちょっかいかけてくるよ。それよりみんなと合流しよう。」

「ああ。早くアイツらの安否確認しねぇと。」

 

黒幕を追いかけるにも止まった車両は一本道だ。

周囲はなにもない荒野の中。

逃げも隠れもできない。

ノクティスが乗っていた後方車両から中間まで来た。

仲間の元までもう直ぐだと思った瞬間。

 

激しい爆発音とともに目の前の車両に爆撃。

横へ殴りつけるような凄まじい衝撃に揺られ、座席に捕まって必死に揺れを逃す。

収まった頃に窓の割れた扉を開けると車両に大穴が空き、いくつもの揚陸艇から飛び降りてきた魔導兵に囲まれていた。

 

爆撃の元凶は自爆特攻を仕掛けてくる魔導兵のようだ。

次から次へと厄介ごとが舞い降りる。

休む暇など与えられない。

 

「うわっ!あんな高いところにも沢山揚陸艇が!」

「うじゃうじゃ虫みてぇに集まりやがって…。」

「どうしよう。」

「銃撃ちゃいいじゃねぇか。」

「あっそっか!」

 

いつにも増してトンチンカンなプロンプトの肩を叩き、大穴から一度外へ出る。

ギギギ…と不気味な音を立てて一斉に向けられる赤い視線にファントムソードを纏った。

 

「ソッコーで片付ける。」

 

 

 

 

 

 

 

地上の魔導兵が収まったところで上空の揚陸艇を何とかするべくノクティスは船から船へとシフトブレイクで乗り移っていく。

起動していない魔導兵は爆発する揚陸艇と共にどんどん撃墜されていった。

 

「うわぁあっぶね!」

 

爆発寸前の揚陸艇から逃げるように別の揚陸艇へ飛んでいく。

急いで列車に戻らなければ。

 

ノクティスが上空にいる間に列車は動き出し、最後の一つを落としたと同時に列車の上へと舞い戻ってきた。

 

動く景色の中、風に煽られないようにプロンプトを探す。

まだ列車の屋根の上にいるはずだと探すと、アーデンに銃を向けられているところを見てしまった。

この距離ではシフトブレイクで届かない。

慌てて届く限りエンジンブレードを投げ込み、転がるようにアーデンに体当たりをかました。

 

ーーはずだった。

 

「うわああぁぁぁぁあ!?」

「プロンプト!?」

 

何故か落ちたのはプロンプトの方。

猛スピードの列車から落下した彼はあっという間に見えなくなってしまう。

では先ほど銃を向けられていたのは誰だったのか。

ゆっくりと後ろを振り返る。

 

爛々と輝く橙色の瞳と黒曜の瞳がこちらを見据えていた。

 

「兄…貴…?」

「ごめんな。ノクト。」

 

兄の体がゆっくりと傾いていく。

全身で叫び声をあげてその手をつかむ前に、するりとその体が消え失せた。

空を切る両の手が行き場をなくして虚しく舞う。

 

「ねぇ。いつからだったと思う?」

 

背後に聞こえたあの忌々しい声とともに視界が暗転した。

 



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生きたいと叫んで

帝国軍の襲撃から半日。

 

夜を迎える前にテネブラエ駅へと滑り込めた列車は疲弊した人々を下ろし、これ以上進めないと駅員達が首を振る。

唇を噛み締めたノクティスは駅員達に礼を言って仲間が待つ駅のベンチへと戻ってきた。

かける言葉が見当たらないイグニスとグラディオラスが俯き、燃え盛る己の城を呆然と見つめるレイヴス。

 

先に進むことも前に戻ることも出来ない。

プロンプトとメディウムが列車から落下し、捜索もできぬままテネブラエへとたどり着いてしまった。

彼らの心配をする前に十中八九アーデンに囚われていると全員が予想している。

 

列車での出来事はタネを明かせば簡単なこと。

最初にノクティスを起こしたプロンプトはすでにアーデンだったのだ。

追いかけていたのがプロンプトで列車の屋根に登った時は逆にプロンプトに扮したメディウムと隠れたアーデンの三人が揃っていた。

偽物の自分が確実にアーデンだと思っていたプロンプトは騙され、最初から見抜けなかったノクティスも騙された。

 

テネブラエに来てしまった今、二人を探すことはもう出来ない。

今できることはテネブラエの状況を確認することだ。

 

「レイヴス…。」

「…主すらも守れず、自国すらも見せしめにされた私に望むことがあるのか。」

 

現実を嘆くレイヴスをノクティスは真っ直ぐ見つめた。

今できることをしなければ、王として失格だ。

レイヴスも兄に仕える者なのだとしたら、最善を尽くせと。

 

「いや、いい。今のはナシだ。あまりにも酷い。冗談とも言えない言葉だ。忘れてくれ。…行こう。先ほどアラネア准将が見えた。」

 

この先に崖があるのだという。

そこに揚陸艇を止めて駐屯地としているようだ。

聞いた話では帝国軍をすでに退職し、傭兵の慈善活動としてテネブラエの人々を救助中。

宮殿の王族、女王も無事だという。

 

すっかり寂しくなった四人で階段へと降りて行くと、恐ろしい顔をしたアラネアが待ち構えていた。

 

「こんにちは。帝国軍将軍レイヴス・ノックス・フルーレ。」

「嫌味なら後に…。」

「惚けんじゃないわよ!」

 

いやに怒っているアラネアを無視してテネブラエの状況を聞こうとするレイヴスを彼女は怒鳴りつけた。

悲痛な叫びと滲み出る怒りの矛先を向ける相手がわからないかのような。

無差別な怒りだけが飛ぶ。

 

「ディアが…!ディザストロが!殉職したって!!」

 

思わぬ情報に四人は顔を見合わせる。

怒り心頭なのはアラネアだけではなかった。

ビッグスもウェッジもアラネアの後ろで無言を貫く。

明らかに向けられるレイヴスへの非難の目。

 

「アンタならディアを守ってくれるって!信じた私が馬鹿だったわ!!」

 

彼女の手に武器はない。

ただ弱々しいまでに無力な拳がレイヴスの胸へと押し付けられる。

そこでようやく合点がいった。

アラネアはディザストロが何者か知らないのだ。

 

「アラネア、アラネア准将。」

「今はただのアラネア・ハイウィンドよ!」

「メールを見てくれ。多分一通だけ来ているはずだ。」

「メールなんて今はどうでも!!」

「ディザストロからのだ。」

 

ハッと慌てたように携帯を取り出したアラネアが中身を見ると、たしかに一通のメールが届いていた。

届いた日付はつい二週間前。

ノクティス達が列車旅をしている長い間であり、アラネアが軍を退職してから慈善活動に従事するまでの忙しい時期だ。

彼女がメールに気がつかないのも無理はなかった。

 

両脇にいたビッグスとウェッジが覗き込み、呆然としてしまったアラネアの代わりにビッグスが読み上げる。

 

 

 

"我が親友アラネア・ハイウィンド。

突然で申し訳無いがディザストロ・イズニアは殉職することになった。

軍から籍を外し、一人の人間としてこれからを生きることになる。

差し当たって君に伝えていなかったいくつかの大事なことを伝えることにする。

 

メールで申し訳無いが、どうか理解してほしい。

俺の我儘かもしれないがこれは君への信頼だ。

ビッグスとウェッジにはアラネアから伝えてくれ。

 

まず一つ。

俺の本当の名前はディザストロ・イズニアではない。

本当はルシス王国第一王子メディウム・ルシス・チェラムという立場にある。

俺こそがメディウム王子だ。

騙していて悪かった。

 

二つ目はこの世界の惨状を引き起こす手助けをしたのは俺だ。

シガイが増えるのも、夜が長くなるのも、ルシス王国が滅んでしまいそうなのも、全ての元凶はニフルハイム帝国宰相アーデン・イズニアの手によるものだ。

このメールを見る頃には既に帝都はシガイの手に落ちているだろう。

 

馬鹿みたいだよな。

俺は育ての親が何をしようとしているか知りながら今までずっと加担してきた。

同罪だ。

その罪を贖うことはほぼ不可能だろう。

 

最後に。

我儘すぎる俺の願いを聞いてくれ。

俺はたくさんの罪を犯してきた。

たくさんの人の命を見捨ててきた。

だから俺はもうこの世界では息苦しくてたまらない。

たくさんの命を背負って生きていくには俺の器はあまりにも小さすぎる。

 

だから、親友。

 

俺を。

 

殺してくれ。"

 

 

 

最後の一言を読み上げた瞬間、携帯が地面に叩きつけられた。

行き場のない怒りは真っ直ぐとぶつける相手を捉えた。

アイツは一発ぶん殴らなければ理解できないことが山ほどあるらしい。

 

無言で少し離れた駐屯地へ走っていくアラネアを全員が追いかける。

人々の集団から離れたところで爆発したかのように叫び始めた。

 

「バッカじゃないの!?アイツがルシスの第一王子だなんて!なんとなくわかってたわよ!!いつか話してくれるって!思ってたわよ!なのにこのメールはなに!!なんなのよ!」

 

ノクティスの顔を見た時なんとなく理解した。

きっとアーデンもレイヴスも知っているのだろうけど、内政部外者の傭兵には言えないのだろうとずっと飲み込んできた。

いつかきっとあの真面目な親友は申し訳なさそうに菓子折りでも持って謝りに来るって。

 

いつかそうなった時。

ビッグスとウェッジで揶揄いながら酒でも飲んでいつも通りにしようと。

そう思っていたのに。

 

「アンタに罪なんか無いわよ!その分たくさん苦しんできたじゃないの!!二十年も!苦痛に耐えて生きて生きて生きてきたじゃないのよ!!」

 

ずっとそばで見てきた。

たった数年だけでも彼の親友をしていればわかる。

どれほど助けようと動いたか。

どれほど辛いものを見てきたか。

どれほど傷を負ったか。

アラネアはずっと少し離れた場所で見てきた。

 

「今更殺してくれなんて!!そんなこと!!そんな、こと!許すわけ!ない…じゃ…ないのよ…。」

 

酷い事を、頼まれてしまった。

親友の辛さがわかるから殺してしまった方がいいのかもしれないと思う自分がいる。

親友の努力を知っているから生きてほしいと願う自分が喚く。

ただ親友だから、また一緒に笑い合いたいと素朴に願う心がある。

 

崩れ落ちる体をビッグスとウェッジに支えられた。

彼らもアラネアと同じようにずっと見てきた。

願うことも心も一緒だ。

容易に流れなくなった涙を、拭う仕草だけ。

三人と同じように怒りを灯すレイヴスを見た。

 

「メディウムはどこ。」

 

彼女は親友の全てを受け入れた。

ディザストロ・イズニアは死んだ。

これからの親友はメディウム・ルシス・チェラムだ。

 

「ここにはいない。それについて話がある。ノクティス。」

「ああ。実はな。」

 

 

 

 

 

 

 

プロンプトとメディウムが列車の途中で落とされてしまったこと。

この先の帝都に向かいたいのに列車が動かないこと。

それらを伝え、アラネアにプロンプトとメディウムの捜索をしてほしいと頼めば快く引き受けてくれた。

 

「ビッグスとウェッジなら列車の運転も出来るはずよ。」

「ええ。行けるところまで走らせますよ。」

「危なくなったら逃げる。」

「それでいいなら二人を連れて行って。」

 

願ったり叶ったりな申し出だ。

全く異論はないと全員が頷いた。

移動手段があればすぐにでも出発できる。

早速いこうと言う前にレイヴスが手を挙げた。

 

「すまない。母に会いに行っても構わないだろうか。」

「女王様ならこの先の崖のところにいるわよ。」

「ノクティス。一緒に来い。」

 

呼ばれたノクティスがレイヴスと共にテネブラエの女王の所へと向かう。

その間にアラネアはイグニスとグラディオラスに声をかけた。

 

「プロンプトとメディウムはどの辺りに落ちたの。」

「荒野のあたりだと聞いている。」

 

実際に落ちたところを見たわけではないのでなんとも言えないが、落ちたのはそこだと。

そのあと連れ去られていれば別の場所にいるかもしれない。

 

「…雪山は近くになかった?」

「ああ。あったかもしれねぇな。」

「すこし北上したところにあったはずだ。」

「研究所に連れ去られた可能性が高いわね。そっちを捜索してみる。」

 

話がついたところでレイヴスが片側の頬を真っ赤にしてやってきた。

苦笑いのノクティスに事情を聞けば、思い切りビンタされたのだと。

メディウムを守れなかったことに対しての仕置きの一手だったようだ。

ノクティスには優しく言葉をかけ、二人を送り出してくれたと言う。

 

テネブラエの女王は実に優しく誠実で強き人らしい。

 

「兄貴のこと任された。行こう。帝都へ。」

 

ノクティスの一言に皆が頷く。

決戦の時は目の前だ。



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死にたいと黙った

エピソードプロンプトの若干のネタバレがあります。
未プレイの方はご注意ください。


冷たく硬いものの感触が頬にあたる感覚に意識が浮上してくる。

硬い鉄と蛍光灯によるちかちかする光が起き抜けの視界に映る。

なぜこんなところにいるのか分からず、かぶりを振れば端の方に自分と同じように倒れている人が見えた。

 

見覚えのある黒髪になぜか毛の根元に大きく赤毛が混じり始めている青年。

メディウムである。

さらに火傷の跡が片側の顔を覆うほどまで迫ってきている。

眠っている間にこの青年は相当な責め苦を味わったのだろうか。

酷い有様だ。

 

自分達は先程まで列車乗っていたはずだと考え、途中で思い出す。

 

そうだ。

アーデンに騙され、列車から落ちてしまったのだ。

メディウムもさらわれてしまったのだろうか。

とにかく起こさなければ、脱出の手立ても考えられない。

 

「メディ!メディ!起きて!」

「…っ…?…プロン…プト?」

 

ゲホゲホ噎せるメディウムを起き上がらせ、状況を説明すると合点がいったように辺りを見渡した。

既にニフルハイム帝国領に入っていたのだから、ここもニフルハイムの施設と考えるのが妥当だろうか。

自分には分からないことだらけだと首を傾げ、頼れる軍師に任せることにした。

 

「ケホッ…ここ…ぐっ…第一、ケホッ…魔導兵生産ケホッケホッ…基地だ。」

 

噎せながらも状況を確認してくれたようだ。

ズルリと不可解な音を立て、足を引きずり入り口のような扉の前に行く。

色々と調べているようだが開かない。

 

「ディザストロの、カードキーもあるんだが…殉職扱いで無効になってやがる。」

 

タッチ式のバーコードリーダーに職員のカードキーを当てても反応しない。

外に出ることも叶わず、身体の調子も戻ってきたメディウムは部屋を漁り始めた。

続いてプロンプトが研究資料に目をつけ、一緒に探索するが鍵のようなものは見つからない。

 

プロンプトはずっと気になっていた火傷についてメディウムに聞いてみた。

 

「メディ、眼帯はどうしたの?火傷も酷くなってる。」

「お前を雪山から助け出す時にちょっとな。」

「え!?雪山!?」

「列車から落ちたら何故か雪山に居たんだよ。」

 

何故雪山なのか分からない上にメディウムも落ちていたことに驚愕したが、自分を助けるために負った傷らしい。

薄着のプロンプトが完全に冷え切る前にファントムソードのシフト浮遊を使って助けが呼べる位置まで運び込んだのだそう。

そんなことに命を削るメディウムも凄いが、目覚めなかった自分に反省だとプロンプトは謝る。

 

それを手で制したメディウムは早く鍵を探そうと促した。

 

数分だけ漁り、出せども出せども出てくるのは研究資料だけ。

諦めてもう一度扉を調べようと近づいた際、メディウムの身体が大きく傾いた。

調子がいいように見えて全く良くなっていなかった。

 

「メディ…ぃ…いいい!?」

 

心配そうなプロンプトの声が驚愕へと変わる。

倒れたはずの身体が支えられ、冷たい手が肩をつかむ感覚にメディウムは眉を寄せた。

金色の瞳と目が合う。

 

「ケホッ…あん、た…ガッ!!」

「メディ!!」

 

支えた人間に腹へ一発もらい、その場にうずくまった赤と黒が入り混じる頭髪を掴まれる。

まるで赤黒い血でも流しているかのような短髪が嫌な音を立てて数本ちぎれる。

かろうじてヒューヒュー風の通るような荒い息を吐き、相手を睨みつけた。

 

「アー…デンッ!」

「やあ。ご機嫌麗しゅう。メディウム・ルシス・チェラム殿下。素敵な目覚ましのお届けだよ。」

「サイテーの間違いだ、ろ。」

 

既に目覚めているのに目覚ましも何もないと吐き捨て、プロンプトと並び立つ。

武器を召喚しようにもアーデンは妨害装置を持っていて呼び出せないのだ。

 

それはプロンプトも同じようで、必死に利き手を見つめている。

彼のスコーピオンはアーデンの手に握られていた。

 

「俺の銃!」

「これ?カッコいいなーと思って貰っちゃったけど飽きたから返すよ。」

 

放ってこちらに投げつけたスコーピオンを必死にキャッチする。

ひとまず武器があることに安堵したところでメディウムはアーデンに手を差し出された。

何事か首を傾げたが、彼の目を見てすぐに眉をひそめる。

 

「断固拒否。」

「拒否権ないよ。ほら。早くしないとそこのプロンプト君だっけ?彼に危害を加えることになるだけだし。」

「…チッ。」

 

アーデンがここを訪れた目的はメディウムの迎えだ。

この研究施設にしかない物を使って何かをしたいらしい。

逆らってやろうと心に決めていたのにプロンプトをダシにされては頷かざるを得ない。

心配そうに見つめる仲間を守る為ならばアーデンの言う事を聞くぐらいいまさらだった。

 

せめて脱出の手立てを立てたい。

チラチラと周囲を見ているとプロンプトの腕に目が止まった。

いつもリストバンドや手袋で隠している部分が露出している。

まるでバーコードのような。

 

…バーコード?

 

「…なぁ。アーデン。プロンプトってさ。まさか。」

「ん?ああ。言ってなかったっけ?君に預けた子だよ。ほら。培養体の中でちょっと出来が悪かったからコソッとかっさらってきた盗難品兼消失登録されている。」

「検体番号…05953234…。」

「よく覚えてるよね。」

「当たり前だ!!一年も面倒を見たんだぞ!」

 

思わず叫び出してしまったメディウムに恐れたプロンプトが銃を握りこむ。

二人が何を話しているのかさっぱり見当もつかないが帝国軍内で何かが起こっていたのはわかる。

それがプロンプトの運命を大きく変えたことも。

 

「俺は帝国人の軍人として育てられる予定だった被験体としか聞いてない!あの試験管の子が!プロンプトだったなんて…!」

「試験管?どういうことなのメディ!?」

 

苦々しく唇を噛むメディウムをアーデンがまるで我が子のように抱きすくめる。

癇癪を起こす子供をあやすその仕草が今までの行為と真逆の慈悲を示すかのようで狂気にしか見えない。

 

振りほどこうと暴れる赤黒い傷だらけの子を拳一発で黙らせると、プロンプトに笑いかけた。

 

「そのバーコードは帝国軍基地内どこでも開けられるマスターキーなんだ。真実を知りたければ進んでみなよ。メディは、ディアは俺が預かってるからさ。」

 

抱え上げられ、連れ去られるメディウムをただ呆然と見送る。

彼らは自分の謎に包まれていた出自を知っている。

もしかしたら立役者そのものが彼らの可能性だってある。

 

確かめなくちゃ。

 

生まれなんて関係ないと言ってくれたのはメディウムだ。

その彼が何か知っているのならきっと教えてくれる。

バーコードのことだって今まで訳がわからず隠していたけれど、これからは隠さなくても良くなるかもしれない。

 

真実は悲しいことが待っているとメディウムは言った。

大丈夫。

覚悟を持って帝都へと向かったのは間違いなく自分の意思だ。

仲間を信じて、ノクティスだって突き落とし、投げかけて来た言葉がアーデンにだったことをきちんとプロンプトは分かっている。

 

優しい彼なら思いつめた顔で謝ってくるだろう。

その時、こちらも隠していたことがあったと一緒に謝ろう。

今ならそう思える。

どんな真実があっても彼らに語れる覚悟がある。

 

忌み嫌っていたバーコードを機械へかざした。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーくらい。

 

さむい。

 

こわい。

 

みえない。

 

きこえない。

 

かんじない。

 

なんにも、ない。

 

 

これは犯した罪への罰だろうか。

それとも与えられた運命か。

どっちでもいいか。

どうせ誰かが身勝手に与えて行くだけなのだから。

其れ等を全て甘受し受け入れ飲み込み砕き糧とする。

それが贄としての生き方だ。

 

人になりたかった。

 

たったそれだけの願いも叶わない。

 

愛して欲しかった。

 

誰かに愛して貰ってもそれは欲しかった愛情じゃない。

 

抱きしめて欲しかった。

 

冷たい手の感触しか知らない。

いつだって触れるのは死体の感触だ。

 

生きたかった。

 

生きてるって?

こんな惨めな生き方誰も望んじゃいない。

 

 

どんなに頑張っても当たり前のように生きられないのなら、もういい加減死なせて欲しい。

望み一つ満足に叶えられないのならどうか捨て置いて欲しい。

光すら捨てろと喚くなら闇に沈め切って欲しい。

こんな中途半端なところに一秒だっていたくない。

 

いたくない。

 

居たくない。

 

いたくない。

 

痛くない。

 

痛くない?

 

 

「痛いに、決まってんだろ…。」

 

灰になるその時までこの痛みと戦い続ける。

痛くても苦しくても辛くても悲しくても足を止めればそこでおしまい。

不死鳥のように灰の中から蘇ったりはしない。

 

だって人間なのだから。

 

連れ去られた場所は真っ白な実験室。

被験体が大怪我を負った時に使われる医務室も兼ねている場所だった。

違和感のある左の腕に溜息すら漏れる。

あまりにも重いそれを持ち上げれば、ズルズルと嫌な音を立てて赤と青の寄生体が壊死を始めた半身を覆っているからだ。

 

壊死した皮膚や筋肉の代わりにこの蔦達が役割を果たす。

かの双子が残した研究成果だ。

殺した罪を文字通り背負わされる気分に眩暈を覚える。

 

流れ込んでくるあの二人の記憶もひどいものだ。

自分が映るたびに唇を噛み締め、血を垂れ流す。

試験管ベビーに感情など存在しないが、ただ事実だけを並べられても辛いものだ。

 

「延命処置がシガイ化ってのも皮肉なものだね。死ぬ筈なのに生き長らえてる。」

「アンタも変なことするよな。王族はみんな殺したいのに俺は生かしたい。惚れた弱みか?」

「君をエイラと重ねたことは一度たりともないよ。…家族に生きて欲しいって思うのはそんなに悪いことかな?」

 

エイラとはアーデンの許嫁だった二千年前の人だ。

神凪の一族だったその女性はルナフレーナにそっくりだったと言う。

でもそれだけ。

 

さらに馬鹿なことを言う。

ベッドサイドで蔦に覆われた左腕を調整するアーデンは白々しいほどに陽気な声だ。

家族に生きて欲しいと願うこと自体何ら悪いことではない。

けれどそれを願った奴が他の誰かの家族をたくさん奪い去って来た奴というのが馬鹿なことなのだ。

 

「俺だって家族に生きて欲しいよ。今だってそうさ。うまくいかねぇけどな。」

「ごめんね。」

「謝んなよ。アンタはアンタの思いがある。それを踏みにじった祖先様が許せねぇのもわかる。でもたしかにその祖先様にも理由があった。…今の俺達にそれぞれの理由があるのと同じだ。」

 

誰も互いの理由を話したりはしない。

皆口を閉ざして大きな目標を隠れ蓑に暗躍する。

世界はそうして回るのだ。

仲間内でさえも。

 

一貫して誰も悪くない。

誰かの正義のために誰かの悪になるのが人間という生き物だ。

この体に巻きつく双子、フランシールとブランシェのカケラもアーデンの正義のために開発された悪行の一つ。

 

誰しも理由がある。

理解できないからと糾弾しても、蔑んでも、悪と断じても、人の意思は変えられない。

 

「とうとう化け物になっちまったなぁ。」

 

持ち上がった腕は誰にも見せられない。

 

「服、新調してもらうからな。」

 

歪な腕を空に掲げた。

 



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冷たい橋

「さむっ…!」

 

吹雪いている外に煽られ、列車内にも冷気が届く。

窓ガラスは凍りつき触れることすらままならない。

この地は氷神の亡骸があるのだから致し方のない現象だ。

 

帝都グラレアに続く永久凍土、グロブス渓谷。

数十年前に帝国主導で行われた神殺しの標的となった氷神シヴァの亡骸が横たわる氷に閉ざされた渓谷。

吹き荒れる吹雪のせいで列車以外で帝都グラレアに向かうのは困難。

 

ビッグスとウェッジがいて本当に良かったと思った矢先に列車の速度が急に落ちてしまった。

何事かと四人が立ち上がると、車内放送のスピーカーがキーンと音を立てる。

 

「ーーすみません。凍ったかぶつかったかで列車が動かないです。これ外かな。」

 

この外に出るの…?

ノクティスとグラディオラスが嫌そうな顔をしている間に緊急用の設備を通してレイヴスが返答する。

 

「分かった。少し外を見てくるからこちらに任せろ。」

「ーー頼みます。」

「しゃーねーかぁ…。」

 

それはそれは嫌そうな顔をするノクティスを追い立てるイグニスに続いてグラディオラスとレイヴスも外へと出る。

扉を開けた瞬間に刺すような吹雪の痛みを感じ、思わず戻りそうな気持ちをぐっとこらえて外へと出た。

強すぎる風に煽られながら視界の悪い周囲を見渡す。

 

「さっむ!!無理無理!寒すぎ!」

「ぼんやりしてっと死ぬな…。」

「氷神の影響か?」

「あの亡骸が原因だと言われている。痛々しいものだ。」

 

比較的暖かい格好のレイヴスとイグニスはいいが、半袖のノクティスやほぼ上半身が露出しているグラディオラスにこの寒さは致命傷だ。

早く片付けてしまおうと走る四人の先に数匹のシガイが見えた。

あれらがいては氷の除去も原因の究明もできない。

 

「頼りにしてるぜ、将軍サマ。」

「レイヴス将軍の本領発揮ってとこか。」

「お荷物がいなくて戦いやすいなんて冗談は俺の心を抉るのだが。」

「ふざけてないで真面目にやりなさい。」

 

はーい。お母さん、とふざけたことを口にしながらノクティスが飛び出していく。

切羽詰まった状況、仲間の安否が心配だ。

だが戦いは待ってくれない。

冗談一つでも飛ばして彼等の無事を信じるしかないのだ。

 

焦る気持ちが先に出てしまうノクティスはグラディオラスやイグニスに心配をかけぬよう、飛び出した直後に彼等が守りやすい位置へ退避する。

ヒットアンドアウェイ戦法の超安全版だ。

今ここで自分が倒れるのが最も危険だと彼が立場を理解しているから取れる戦法。

過去の遺恨など捨て置いて時にはレイヴスに援護を頼んだり、守りに動いてもらったりと決して油断はしない。

 

「動いてたらあったかくなってきた!かもしんない!」

「絶対気のせいだな!」

「うるせー!」

 

グラディオラスが敵に投げつけた大剣へシフト魔法で飛び、大剣を投げ返して敵を斬りつける。

旅を始めた当初ならできようもない小難しい動きも可能になってきた。

だからと言って調子に乗らず次はイグニスの後ろへと飛ぶ。

 

「メガネの人!」

「…もしや俺のことか?」

 

心底心外だと言わんばかりに眉をひそめながらファイガのマジックボトルを敵に投げつけている。

メガネで悪かったな、と言いたげだ。

 

怒られる前に退避してしまおうと敵に突っ込むとレイヴスが後ろから援護の為か敵に愛剣のアルバリオニスを突き刺してくる。

背中から敵を突き刺したため切っ先がノクティスの腹をかすめた。

思わず身を離すと周囲に大きな爆発が起こった。

爆震源はレイヴスの義手のようで離れて良かったと心底思う。

 

「あっぶねぇ!」

「本領発揮して欲しかったのだろう?殲滅できたのだから結果オーライだ。」

「巻き込むのはナシ!」

 

ギャーギャー喧嘩をしていると、ドスンッ!と大きな地響き。

さっきの爆発で橋にヒビでも入ったかと思ったがどうやらそうでもないらしい。

大きなシガイが唸りを上げて橋を登ってきた。

 

「遊んでいる場合ではないぞ!」

「ゲッ!新手が来てやがる!」

 

デスイーターと呼ばれる大型の蜘蛛のようなシガイだ。

列車ほどの背丈がある巨体を避けるべくノクティスは街灯へ飛び上がる。

あいつずるいな、と思っていられたのもつかの間。

狭い線路の脇幅を埋め尽くすデスイーターが突進で迫ってきたのだ。

 

「マジかよ!?」

「仕方がない!後ろに下がっていろ!」

 

アルバリオニスを水平に構えたレイヴスが二人の前に立つ。

紫の閃光を纏う剣の一閃。

時空さえも切り裂く不滅の刃。

とても見覚えのある構えにイグニスはセコセコと後ろに下がった。

何が何だかわからないグラディオラスもそれに従う。

 

デスイーターの突進は止まらない。

最悪の場合、列車内に逃げ込むつもりで防御の構えを取る。

一歩一歩が重い敵の突進に思わず目を瞑る前に全てのカタがついた。

 

たった一閃。

砕けるように時空が裂かれたと思えばデスイーターは水平に真っ二つ。

上体が崩れ落ち、渓谷の底へ落ちていくのを呆然と見つめる。

それをやってのけた当のレイヴスは冷静にノクティスに声をかけた。

 

「そら。終わった。中に戻るぞ。」

「え?あ、ああ。って!待てよ!今のなんだ!?超カッコよかった!!」

 

興奮冷めやらぬノクティスは寒さも忘れてまくし立てる。

相手にする気もないレイヴスはサッサと列車内に戻ってしまい、内容を知っているイグニスも続いていく。

グラディオラスも後ろを気にしながらも列車内に入ってしまった。

誰も疑問に答えてくれない状況に肩を落としながら、寒さが戻ってきた体をさする。

 

早く中に戻ろう。

こんなところにいては体があったまっていても凍死してしまう。

一方列車内に足を踏み入れると、外とは比べようもない寒さが襲ってきた。

なぜか列車内で吹雪が吹き荒れている。

 

「なんだ…?グラディオ!?イグニス!!レイヴスー!?」

 

仲間達に呼びかけても返事はない。

静寂の中、先程まで座っていた車両の扉を開けると、更にひどい吹雪が吹き荒れた。

寒いなんてものじゃない。

窓が割れたのかと両脇を見てもむしろ凍りついて割れた様子はない。

 

誰も返事をしない車内を低姿勢で体温を確保しながら進んでいく。

ゆっくり一歩一歩席へ近づいて行くと、なを呼びかけた三人が気を失って倒れていた。

 

「グラディオ!イグニス!レイヴス!!」

 

触れようと手を伸ばす前に真っ黒で実にあったかそうな男の手がノクティスに触れる。

思わずエンジンブレードを召喚して斬りつけると、ニヤニヤと笑った顔で躱されただけだった。

 

「アーデンッ!!テメェ!!」

「おや。吹雪は俺じゃないよ?ねぇ?君を殺してあげた時もこんな吹雪で、そーんな綺麗な顔だったものね?」

 

怒りで真っ赤に染まる視界の先に、美しい黒が現れる。

アーデンとは正反対の彼女はゆったりとした足取りでノクティスへと近づき、間に立つアーデンは指先一つで凍らせてしまった。

にやけ顔が実に腹立つ氷の彫刻だ。

 

「ゲン…ティアナ…なんで…?」

 

皆を凍らせてしまった張本人と思われるゲンティアナ、神々の御使いだと言われる彼女がにこやかに微笑む。

正確には、凍りついたのはアーデンだけで仲間達は気絶しているだけのようだ。

再びゲンティアナへ視線を戻した時には、どこか見覚えのある氷神へと変貌していた。

 

なるほど。

氷神は死んだのではなく、神凪の元で小さな神として今も生き続けていたのか。

 

「太古より続く神凪との約束を果たしに。貴方がここを訪れるのを待っていました。啓示を。」

 

差し出された手をノクティスが掴む。

冷たい氷の様な氷神の証が手に渡ったところでゲンティアナは優しいタイプの神だったな、と遠い目をしたくなる。

心底寒いこと以外は優しめの試練だ。

 

啓示をサッサと終えてしまい、どうすればいいか迷ったノクティスの前にゲンティアナは重々しい言葉を吐いた。

 

「ーー貴方にニフルハイム帝国の歴史と炎神イフリートの逸話、そしてメディウム・ルシス・チェラムの使命についてお話しします。」

 

寒さが、一瞬だけ吹き飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

全ての話を聞き終えたノクティスの頬には涙が流れていた。

既に収まった吹雪の中で凍った顔を溶かす、生暖かい涙がぽつぽつと落ちて行く。

なんてことない使命だったらどれほどよかっただろう。

 

"泡沫の王"とは。

いつかゲンティアナがメディウムをそう呼び、激怒した呼び名だ。

あの呼び名は彼が全てを失敗した時に呼ばれることになる、不名誉なものだった。

事実、メディウムは使命に逆らっていた。

そう呼ばれる日も遠くなかった。

 

しかし、今は違う。

泡沫の王。

そう呼ばれることが誇りに思える悲しい日が今まさに近付こうとしているのだと。

 

いつの間にか去っていった氷神と倒れ伏した仲間達、あと無駄にムカつく氷漬けの元凶。

無性に腹が立ってエンジンブレードでその氷を砕いた。

これで死んだとは思わない。

だって、もう背後に気配がある。

 

「流石に痛いんですけどー?ノクティスサマー?」

「うるせぇ。兄貴とプロンプトを返しやがれ。」

「この先の帝都に行けば会えるよ。二人ともね。今回はそれとは別に伝言預かってるの。」

「伝言?」

 

アーデンが取り出したのはスケッチブック。

何も描かれていない真っさらなスケッチブックの最後が異様に膨らんでいる。

何か硬いものを挟んでいるようだった。

最後のページを開くためにスケッチブックをひっくり返すと、王冠の絵があるだけ。

 

次第に浮き出て、王冠が飛び出してきた。

無駄にユーモアのある仕掛けだ。

列車から落ちて捕まった人のすることとは思えない。

これをつけて来い、ということなのだろうか。

 

「確かに渡したからね。全く。俺は宅配業者じゃないってのー!」

「兄貴とプロンプトとクリスタル返してもらったらお前もシバく。」

「おーこわ。さっさと退散しちゃお。」

 

お得意の瞬間移動なのか時間停止なのかわからない魔法でアーデンは消えて行く。

メディウムは今、帝都で何をしているのだろうか。

 



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ジグナタス要塞

これ以上列車で進むのは難しい。

 

ビッグスとウェッジが大きな瓦礫を前に申し訳なさそうな声をあげた。

さらに奥に進むと彼等の身の安全も保証できたくなる。

アラネアから預かった一時の援軍を死なせるわけにもいかず、ここから先は持ってきたレガリアに乗る事になった。

 

ガタガタ揺れる線路に加えて襲い来る無数のシガイ。

ハンドルを握るノクティスの悲鳴よりも後ろに乗るグラディオラスの方が大声を上げる。

 

「帝都はどうなってるんだよぉぉおおっ!」

「やべえことになってるのは確か!!」

「ノクトっ!前!前を見ろ!」

「バカ王!!運転に集中しろ!」

「分かってるってえええ!!」

 

屋根を閉めた狭いレガリアの中がまるでジェットコースターのように揺れる。

帝国軍がやっているのかシガイが悪戯しているのか知れないが、ミサイルまで降ってきている。

王族仕様で頑丈に出来ているレガリアでなければ絶対耐えられない。

それでも、大事な車はかなりボロボロになりつつあるのだ。

 

いつまで持つかわからない。

アクセルを踏み込んだ瞬間、爆発した目の前の道にジャンプ台の様な上り坂が現れた。

 

「うっそだろおおおおおお!?」

「口閉じとけよっ!!」

 

道が崩落し、残った一部が隆起して出来たジャンプ台。

少しでもズレたら灯りひとつ灯らない街に真っ逆さまだ。

流石にこのレガリアは車であって飛行機でないので落ちたらタダでは済まない。

いつかシドニーに提案されて笑い飛ばしたレガリアTYPE-Fにしておけばよかったとこの時ばかりは嘆きたくなる。

 

いややっぱりナシだ。

亡き父親の形見たる愛車を墜落したらゲームオーバーな飛行機に改造したくはない。

 

アクセルを潰す勢いで踏み抜く。

世界一の整備士が太鼓判を押した父の愛車は綺麗に宙を舞った。

全身が浮かぶ浮遊感はほんの一瞬。

気がついた時には反対側へと飛び移り、酷い衝撃に前のめりになりながらもハンドルは離さない。

 

飛んでくるミサイルを避けるために右へハンドルを切れば、廃車となったバスに激突し、レガリアが止まった。

降り注いでいた爆撃の雨も品切れの様で道もレガリアが通れる広さの道はもうない。

ここからは確実に歩きだろう。

 

「…し、死ぬかと思った…。」

「歩くしかなさそうだな。行くぞ。」

「ああ。ノクト、行こう。」

「レイヴスもイグニスも冷静すぎだろ…。」

 

九死に一生を得た気分のノクティスとグラディオラスを置いて、さっさと二人が外へ出てしまう。

煙をあげるレガリアもボロボロで、確かに中にいる方が危なさそうだ。

これはシド達に任せても直せないかもしれない。

 

幼い頃からずっと乗ってきた大切な車だ。

父親の旅でも兄とのドライブも家族三人での公務の時でさえもずっとレガリアだったのに。

 

「親父。ここまでありがとうな。」

 

ここで大切な物ともお別れだ。

亡き父親の優しさと強さを表す様にレガリアはガラス片一つ落とさなかった。

まるでノクティス達を傷つけまいとするかのようで。

ボロボロになっても、レガリアは美しかった。

 

「ここからは俺達の足で進む。みんなで。一緒に。」

 

もう一人ではない。

家族に守られるだけの王ではない。

だから大丈夫。

先を進む三人が立ち止まってノクティスを待っている。

彼らを信じよう。

助けるべきもう二人の仲間も、ルシスにいる仲間も、みんな信じよう。

 

燃え盛る街並みを横目に安全な道を確保してくれた三人と前へ進む。

道を塞ぐ横向きのバスは中を通っていくしかなさそうだ。

シフト魔法が使えるノクティスはともかく、他の三人が通れるルートをなるべく探したい。

 

「帝都グラレアの目標はあの真っ黒な塔がジグナタス要塞だ。」

「ここが兄貴の育った街か。」

「原型をとどめてはいない。敢えてディザストロと呼ぶが、彼はジグナタス要塞の宰相専用居住区に十五年以上軟禁されていた。時折外に出たとしても軍がらみだ。」

「つまりジグナタス要塞がメディの家ってわけか…要塞に軟禁とか考えられねぇな。」

「兄貴はその居住区に居そうだな。」

「プロンプトの方は牢屋だろう。アーデンはディザストロ以外の人間に大した興味はない。」

 

大方の目星がつけば探索は容易だ。

将軍も務めていたレイヴスはジグナタス要塞を熟知している。

案内役が一人いるだけで要塞攻略は容易になるだろう。

さらに居住区への出入りは外部からの扉でさえ設定された人間しか開けない。

 

この場にいないアラネアを含め、アーデンとメディウム、レイヴスの四人だけが解錠できる。

殆どの施設の鍵はバーコードで管理されているのだが、居住区だけはアナログの鍵と指紋認証式なのだ。

 

最悪、鍵さえあれば解錠できる。

扉は壊せてもアーデンとメディウムの共同開発で施された施錠の魔法が強固なのだ。

銀のシンプルな鍵は魔法を一時的に解除する文字通りのキーアイテム。

メディウムを救い出すにはレイヴスが必要不可欠だった。

 

「レイヴスとノクトは何があっても絶対に離れないでくれ。メディを救い出すには二人が揃わなければ不可能だ。」

「物理的な鍵と心の鍵ってとこだな。しゃーない。レイヴス、ノクト任したぞ。」

「仕方あるまい。あのアーデンが待ち構えているのだ。否が応でもそうなるぞ。」

 

レイヴスはまるで未来でも見ているかのようにオッドアイの瞳を細め、ノクティスの隣を歩く。

バスの車内は狭く、シガイの気配はまだない。

グラディオラスもイグニスも安全に中を通ってきたところで比較的広い道路に出た。

何もないのが逆に怪しい。

 

「なんもねぇな。」

「油断しているところにぶち込んでくるのがあの性悪宰相だ。常に気を張っていろ。足元をすくわれるぞ。」

「身近に見てきた将軍様の言葉は重みがちげぇな。」

「あの胡散臭さに触れれば誰でもそう思うだろう。」

 

軍師とはまた違う知将の名にふさわしいレイヴスは決して警戒を怠らない。

アラネアの言う通り人っ子一人いない帝都もさることながら、何をどうきたらこうなるのかと言うほどの世紀末ぶり。

世界統一を目前にした大国とは思えない。

 

さっさとジグナタス要塞に入ってしまおう。

 

足早にレイヴスが進もうと足を踏み込んだその時。

上空から飛来する一つのミサイルが近くのビルに直撃した。

倒壊するビルは間違いなくこちらに倒れてきている。

 

「言わんこっちゃない!」

「全員走れー!!」

 

ノクティスの首根っこをレイヴスが掴んだ。

兎にも角にもここで王が死ぬのが最悪なパターンだ。

ノクティスだけは生かさねばならない。

意外と足の速いイグニスとグラディオラスは倒れる前になんとか下を抜けられそうだ。

 

だがレイヴスが気にしている問題はそこじゃない。

 

「飛ぶぞッ!!」

「えっ!?はぁああああ!?」

 

倒壊するビルの先には最短ルートで居住区へと進める唯一の扉があるのだ。

アレを使わないとジグナタス要塞の外周を何周もさせられる羽目になる。

その間にシガイや魔導兵に襲われる想像が容易にできる。

危険なルートより安全かつ確実なルートを選ぶべきだ。

 

メディウムから借り受けた魔導ブーツを最大出力で起動させる。

確かアラネアが考えた魔導ブーツで最も高威力の出せる攻撃方法があった。

メディウムの提案と威力検査の結果最強枠は二つになったのだが、今は一択だ。

 

「うっそおおおだろおおおお!!」

 

叫ぶノクティスとレイヴスが宙を舞う。

究極物理攻撃(アルティメットアタック)と悪ふざけ傭兵組とメディウムに言わしめた最高力の物理攻撃。

踏みしめた地面から高く飛び上がり、宙から舞い降りる隕石(メテオ)のごとく舞い降りる。

垂直に落下するのではなく上空から斜めに、確実に急所を狙う高度な技。

 

つまり、飛び蹴り。

 

ガキンッ!と激しい音を立ててレイヴスの足に当たった鉄塊が砕かれる。

この飛び蹴りはレイヴスの義手と同じく光耀の指輪から受けた制裁による特典が大きく乗る。

常人には繰り出せない飛び蹴りは硬く閉ざされた要塞の扉をも砕く。

文字通り蹴り破った扉に間一髪滑り込んだ二人は、勢いそのままに何枚かの壁をぶち抜いて漸く止まった。

 

「いってぇ…。」

「やはり物理攻撃が一番だ。」

「レイヴスが脳筋だってのはなんとなく察していたけどこれはひどい。まっ今回は助かったけどな?」

 

澄まし顔で埃をはらうレイヴスに苦笑いを禁じ得ない。

おかげでビルに潰されることなく最短ルートを選択できたとしてもこれはひどい。

 

外にいるグラディオラスとイグニスも心配だが、倒壊が収まったと同時にかすかに声が聞こえてきているのだからきっと大丈夫だろう。

中で合流できると信じて進むしかない。

 

「ノクティス。光耀の指輪をはめておけ。ここからは武器召喚も魔法も使えぬはずだ。」

「え?あっ!?本当だ!!」

「光耀の指輪には特殊な魔法が備わっている。リング魔法、と言うらしい。」

 

指輪の使い方は列車内でメディウムに習った。

ジグナタス要塞はメディウムがディザストロであるために、魔法がなくてもある程度生きられるようにそれらを全て封じる機械をアーデンが作り上げた。

理由自体は最近知ったらしいが軍での運用はしなかったようだ。

 

この話からアーデンがどれだけメディウムを大事にしていて、ディザストロという架空の息子を愛していたか理解できる。

きっとレギスがメディウムに向ける愛と同等か、それ以上をディザストロに向けていたことだろう。

生贄となる彼を生かそうと思ったのだから。

 

「この先にいるのか?」

 

ーーその軟禁部屋にたくさんのプレゼントを用意していたけどね。弟の君への贈り物みたいだよ。

 

「アーデン!?」

 

ーー君達のお仲間はディアがお招きするみたいだから安心しなよ。まあ…今のあの子がどう振る舞うかは知らないケド

 

「兄貴に何しやがった!!プロンプトはどこだ!!あと兄貴の名前はディザストロじゃなくてメディウムだッ!!」

 

ーーうわっ一気に言われてもわかんないし。答えないし。しかもディアはディアだよ。

 

「聞こえてるし答えてるし!」

「ほら。ノクティス。クソ宰相に構っている暇はない。さっさと進むぞ。」

 

ーーテネブラエの坊ちゃんはおっかないねー?どう思う?改竄だらけの嘘の歴史しかない世界最古の国を治める王様?あれ亡国だったっけ?

 

「うわなんだこの宰相。すげー煽ってくる。」

 

下らない茶番をしながらも足は止めない。

用意された道を歩いているようで癪だが、ここは一本道だ。

外はなんとなくシガイがいたのにここには何もいないのがさらに誂えたようでムカつく。

そんな用意する暇があったらもうちょっともてなしてくれと冗談の一つでも言いたい気分だ。

言ったところで飛んでくるのは煽りだろうけど。

 

なんだか無駄にテンションが高い様子もある。

まるで長年の計画が叶う瞬間が今まさに訪れようとしているかのような。

怪しいアーデンはいつものことだが今回はさらに増して怪しい。

不安は、この先で的中する。

 

 

 

 

 

 

 

カツン、カツン、なんてちょっとカッコいいような革靴の音と共に重苦しいズルズル引きずる嫌な音が迫り来る。

ノクティス達とはぐれることとなったイグニスとグラディオラスは迫り来る敵の気配と発動しない武器召喚に焦っていた。

このままでは応戦することもままならない。

 

ノクティスとレイヴスは共にいるからいいとして、ここでデットエンドはごめんだ。

せめて王のそばで名誉ある死を遂げたい。

素手でも戦える構えをとり、影から現れる敵に備える。

 

しかし現れたのは黒いコートを羽織、赤黒い髪に小冠をつけたメディウムだった。

眼帯のない橙と黒曜の瞳が射抜くように二人を貫く。

その服装はまるでアーデンのようで、暑苦しそうではないのに圧がある。

手にしたクラレントと小冠だけがルシス王家たる証だ。

 

「ようこそ。我が家へ。散らかっていて申し訳ないが、歓迎しよう。」

 

広がった火傷の跡に眉間に深くシワを刻むイグニスが、ふと片腕を見た。

そういうデザインなのかと思っていたが、クラレントを持たない左の腕が妙に動いている気がする。

他の生物でもいるかのような。

コートはその左腕を隠すために引きずるほど長い。

 

「…メディ、いや。メディウム殿下。あなた、まさか…。」

「イグニス?」

「さあな。何に気がついてしまったのか敢えて問わないが、今はそれどころじゃない。そうだろう?」

 

橙の瞳が長くなった赤黒い髪から覗く。

出会った頃からボロボロだった彼も随分と変わってしまった。

まるで別人のようで遠くに行ってしまった感覚をイグニスとグラディオラスは覚える。

彼はさらに辛い地獄へと足を踏み入れているのだと。

 

「プロンプトのところまで案内しよう。ノクトとレイヴスはクリスタルの元まで一直線だ。君達は仲間を救出次第、クリスタルルームに向かうがいい。」

 

投げて寄越されたのはカードキーだった。

これがあればある程度の場所は解錠できるちょっとしたマスターキー。

さらにパチンッと指を鳴らすメディウムの合図とともにこの手に武器が戻ってきた。

今まで通り、武器召喚が行える。

 

二人に武器を与え、鍵も与えた彼は役目は終わったとばかりにジグナタス要塞内部へと戻っていく。

二人は走ってその背を追いかけたが、瞬きをした瞬間に居なくなっていた。

まるで、アーデンのように。

 

「…メディ…あいつ。」

「彼自身は信頼に値する人物だ。例え宰相の言う通りに動いていても、それは彼が古の契約に縛られているからこそ。…行こう。仲間を助けに。」

「おう。メディもプロンプトも。あと迷子の王様も見つけようぜ。」

 

イグニスとグラディオラスは長い付き合いだ。

同じノクティスを守る立場なのが大きい。

彼らの目的は二つ。

仲間の救出とクリスタル奪還だ。

それさえ果たせればあとは心置きなくお互いのことが話せる。

 

そう信じて、今は進むしかない。

 



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空白の二十年

レイヴスの案内で蛍光灯だけが灯る真っ黒なジグナタス要塞を進んだ先は、あまりにも厳重な大扉だった。

拍子抜けなことにレイヴスの指紋ですんなりと開いてしまったが。

しかしその先にも何枚か似たような扉が連なり、結局のところ四枚は同じような扉を開けてもらった。

真っ黒な鉄の要塞の中に丸でどこにでもある一軒家のような扉が現れたのは五枚目。

特に趣向も凝らされていない簡素な木の扉だ。

 

「最後の一枚だ。これにはこっちの鍵だ。」

 

レイヴスの言う物理的には絶対に開かない扉とやらが一番脆そうなこの木の扉。

たしかに魔法の気配がしないこともないが、強力なものなのか疑うほど微弱な気配だ。

半信半疑なノクティスに呆れたのか、義手を思い切り扉に叩きつける白髪の次期義理兄様。

 

ガンッと鉄と鉄がぶつかったような激しい音を立てて真っ赤な魔法障壁が現れた。

これは王都で見たことがあるものと全く同じか、それより強固なものだ。

一点集中型故に破ることはほぼ不可能。

一目見て物理手段は無理だと魔法に疎いノクティスも悟った。

 

「ご理解いただけたようで何よりだ。開けるぞ。」

 

いちいち感に触る笑い方で一つ澄まし顔を飛ばしながら、鍵を回したレイヴスが扉に手をかける。

あんなにも固いと思った扉は一軒の民家のように軽々しく開き、玄関が現れた。

大して広くもない間取りの、二人だけの家。

自分の知らない空白の二十年を過ごした他人の家に、ノクティスは上がりこむ。

 

広々としたマンションと言えば正しいのだろう。

ノクティスが高校時代一人暮らししていた場所に二人で住んでいるような雰囲気がある。

昨日まで使っていたような生活感のある空間と不自然に積み上げられたビデオテープの山。

 

ブラウン管テレビの脇には最近貼られたメモが一枚。

 

「"バースデーメモリアル二十年セット"…?兄貴のか?」

「撮影者アーデン・イズニア。主演ディザストロ・イズニア。どれもそう書かれているな。全て三月九日、メディの誕生だ。」

「裏にまだなんか書いてある。"埋まらない空白は思い出と罪を飾る"ってなんのことだ。」

「見てみればわかる。」

 

どのビデオテープも旧型のもので、長くても十分とないらしい。

このジグナタス要塞に来たサブ目的であるメディウムの空白の二十年。

その片鱗がこのテープにあるのなら見るしかない。

 

ビデオデッキのついたブラウン管テレビに一つ目を入れる。

最初は七歳の誕生日からだった。

 

 

 

 

 

 

出会って数ヶ月経った七歳の誕生日。

 

「ハッピバースデー!ディア!」

「うっわ。なんだアンタ、ケーキなんか用意して。バースデー?俺が?アンタに誕生日伝えたっけ?」

「君が生まれた時今度こそ"真の王"だと思って記録してたの。出会った時自分の誕生日忘れてたでしょ。」

「あー…そうだったかも?」

 

祝われてもまるで他人事のようにパーティーを眺めていた幼い子供が自分の誕生日に首をかしげる。

たった二人でケーキを食べるだけの日だったこの子は他人事だ。

 

ルシス家の子供を養い子にして早数ヶ月。

三月九日を迎え、誕生日に年に見合わない完璧な御礼の言葉を述べることもなくなった彼は言われた通りに席へ着く。

いつもと変わらないデリバリーの食卓に帝都で買った安いケーキが加わっただけだ。

 

「バースデーソングも考えたんだけど"ハッピバースデーディア、ディア"ってややこしくない?」

「そんなところで悩むぐらいなら歌わないのがアンタ流か。」

「えー?プレゼントも用意してあげた養父に向かってその言い草?」

 

カメラ越しに映る子供が嫌そうな顔で教科書の山を眺める。

これがプレゼントなら全国の子供に嫌われること間違いなしのステキな贈り物だとでも言いたげだ。

無論、嫌がらせなのだからその反応が正しい。

 

バースデーソングの話をまだ引きずっているのか"ディアじゃなくてディザストロって言えばいいだろ"なんてブツクサ文句を垂れる。

人間らしい誕生日祝いが誰かさんの記憶たちだけなのだからおざなりになってしまうのは仕方ないと思って欲しい。

 

「てかそのビデオカメラはなに?」

「ビデオカメラはビデオカメラだよ。毎年撮る予定だから。」

「マメなのか嫌がらせなのか…。」

 

呆れた子供の顔を最後に映像は途切れた。

 

 

 

 

 

 

二年目の八歳の誕生日。

 

「お誕生日おめでとうー!」

「…?…あ?誕生日?だっけ?」

 

去年よりも落ち着いた八歳の子供が首をかしげる。

今日のノルマが終わって夕食かと思ったらケーキといつものデリバリーがある。

前回と全く同じ食卓に合点がいったのか、ビデオカメラをひと睨みして席に着いてしまった。

なんだ。面白くない。

 

「えーもうちょっとテンション上げていこうよ。」

「この部屋から出られないのに上がるテンションなんてない。」

 

態とらしく突き立てたフォークが少し冷めたピザに刺さる。

不機嫌な子供は喚き立てるでもなく不満をこぼすでもなく荒々しくピザを飲み込んだ。

おっかないなぁ。

 

「…ノクティス様は一歳を迎えられたのか。」

「しーらない。ルシスではそんなニュースやってたかもね。」

 

華々しく執り行われたであろう去年の八月、ノクティス王子の生誕祭。

部屋に閉じ込められている上に世界の端と端だ。

ルシス王国の閉ざされた王都の情報などこの部屋まで届かない。

養父は知っているけれど知らないふりでカメラを切った。

 

 

 

 

 

 

三年目となる九歳の誕生日。

 

「バースデーなディア君にプレゼントー!」

「あー?あー…あー…そういえばそんな頃だったか。」

 

また今年も忘れていた子供は去年よりも豪華になった食卓を眺める。

いつものデリバリーに加えて最近子供が始めた料理の残りに加えて、こぢんまりとしたケーキ。

品数が増えただけでも賑やかさは増すものだ。

 

それにしてもこの子供はいつになったら自分の誕生日を覚えるのだろうか。

祝い初めて今年で三年目なのだからいい加減記憶に刻まれてもいいはずだ。

 

「今年でノクティス様も三歳か。」

「君の誕生日に他人の歳気にしてどうするの。そもそも弟を様呼びってどうよ。」

 

いつもこの子供は遠い場所に住む弟を様呼び。

確かに立場はこの子の方が弱いかもしれないが、弱いのは立場だけだ。

それ以外の何もかもが優っているにもかかわらず、彼はなにかしらの引け目を感じて決して家族のようには呼ばない。

 

からかい半分で指摘してみると面倒な返しが来た。

 

「アンタは弟をなんて呼んでたんだよ。」

「…さあ、夕飯食べちゃおうか。」

「都合悪くなったからってはぐらかすなよ!アーデン!」

「あーあー聞こえなーい。」

 

子供が詰め寄っていく途中で映像が途切れた。

 

 

 

 

 

 

四年目になる十歳の誕生日。

 

「ついに二桁だよー!ハッピーでバースデーだ。はい。プレゼントのナイフ。」

「うわっ!?刃物を子供に放ってよこすな!!」

 

間一髪で躱されたナイフが壁に突き刺さる。

ここ一年は戦闘訓練も行い始めたのでこの程度で怪我をするとは最初から思っていない。

投げたナイフだって刺さらない程度に避けて投げた。

どうせ大仰に避けると予測していた。

 

今年のプレゼントはちょっとしたナイフだ。

その辺で売っているものよりも実用性が高いのは軍で使われている切れ味抜群のサバイバルナイフの一つだから。

十歳の彼ならギリギリ扱えるだろう。

 

「ケーキ以外俺が作ったメシじゃん。」

「不満なら自分で注文する?」

「いやいい。腹減ったし。今からくるの待ってたら死ぬ。」

 

眠そうに目をこする彼はさっさと席についてパスタを啜り始めた。

行儀良くする気も起きないらしい。

まあいいさ。

今日は誕生日、無礼講だ。

 

 

 

 

 

 

五年目の十一歳の誕生日。

 

「ふむふむ。今年は洋服にしてみたけどなかなか似合うね。」

「今の今まで適当なの選んでたことを反省してからその言葉を吐いてくれ。」

「ごめんよく聞こえないなんだって。」

「こいつ…!」

 

今年の誕生日プレゼントは比較的マシな子供服。

今までコーディネートなんて考えずに兵にお使いさせていたけど今年ばかりはアーデンが通販で頼んだ。

自らの買い出しは面倒臭かったのでやめにした。

 

それもこれもこの子供をルシスの王都に一度放り込むための一手間。

まだ伝えてないけれど、適当なところでほっぽり出して適度なところで回収するつもりだ。

どうせ一人にしたって問題ない。

醜いほど生き汚いこの子なら。

 

それにしても随分大きくなった。

ちょっと前まで豆粒だったのに、瞬きをすれば少し大きな子供になっている。

人間ってこんなに成長が早いものだったっけ。

シガイに成長なんてないから忘れていた。

 

「おい、アンタ。飯くわねぇのかよ。」

「ん?ああ。君もマメだね。俺は別に食べなくても生きていけるのにさ。」

「アンタがくわねぇと違和感で俺の気分が悪くなる。」

 

あと、食卓が寂しい。

その一言でクスクス笑ったアーデンがカメラを置いて席についた。

 

 

 

 

 

六年目、十二歳の誕生日。

 

「ほら。ハッピーバースデー俺。ケーキの用意してあるんだろうな。」

「やっと自分の誕生日覚えたの。遅すぎない?」

 

無駄に豪華な食卓にケーキの箱が乗せられる。

今年は子供の方が先に用意を始め、帰宅の頃には準備万端。

六年目になってようやく覚えた自分の誕生日を祝うために、シンプルかつ豪華絢爛なメニューに自慢げだ。

 

「俺だってやればできる子だぜ。流石にケーキは無理だったけど。」

「ていうか自分の誕生日を自分で祝ってる点については疑問に思わないんだ。」

「あっ。」

 

完全に失念していたような声に呆れすら覚える。

一番重要な部分を忘れてどうする気だったのか。

祝う点は決定事項でも彼がここまで手間をかける必要性は微塵もない。

 

すっかり頭を抱えてしまった子供は数秒後にはまあいっか!と結論を出した。

早すぎない?

 

「なんかやりたかったからやった!それで良し!」

 

綺麗な子供の笑顔とともに映像が途切れた。

 

 

 

 

 

 

七年目を迎えた十三歳の誕生日。

 

思いつめたような顔をした少年が大量の書類を勉強机に積み上げている。

宰相の超忙しい面倒くさいだるい三拍子業務の一端を片付けるために奔走している最中だから。

 

その横にそっと置かれるケーキは毎年同じもの。

だが今年は美味しそうな料理もふざけたプレゼントもない。

これから出張になってしまったアーデンに用意する時間が無かったのだ。

 

部下に走らせればいいのに、変なこだわりを見せて結局買えなかった。

 

 

 

 

 

 

八年目、十四歳の誕生日

 

映っているのは薄暗いどこか。

物音一つしない闇の中で、一箇所だけぼんやりと光る。

蛍光灯の明かりに照らされた一室は牢屋のような鉄格子に覆われ、二人のそっくりな子供とディザストロが座っていた。

 

「フランシール。ブランシェ。またな。」

 

ピクリとも表情を変えない双子を置いて、少年は暗闇に足を踏み入れる。

 

「あの子らに感情移入する意味も必要性もないと思うけどな。」

「…俺がそうしたいだけだ。たとえ辛くても。」

 

今生きている命を見過ごせない。

生きていられる分だけでも、愛を与えたい。

自分が与えられなかった分だけ、あの子達に。

馬鹿なことを宣う彼もまだ少年だ。

 

「ほら。ケーキ用意してあるから、帰ろう。」

 

 

 

 

 

 

九年目、十五歳になった誕生日。

 

「ハッピーバースデー、ディア。」

「毎年同じケーキだよなぁ。」

「飽きた?」

「いや。このままがいいよ。」

 

いつものショートケーキと子供の作った夕食が並ぶ。

毎年代わり映えしない内容でも彼は文句一つ言わない。

祝ってもらえるだけ十分だと、心のどこかで思っているのだろう。

食卓に料理を並べている間、彼はふとしたようにこんなことを口にした。

 

「なあ、アンタさ。弟のことどう思ってたんだよ。」

 

恐らくしかめっ面になっているであろうアーデンの顔を見て苦笑いをしながらも質問は取り下げない。

かく言うアーデンも小さく答えを述べたのだからおあいこか。

 

「家族として大事にしてたよ。…王位の話が出るまではね。」

「王族ってのはそこがネックになるよなぁ。あんたらの世代は世界初の王だから余計にか。」

 

この子供もきっと弟とのことで思い悩んでいるのだろう。

世界が見えている分、未来も知り得ている。

神凪の一族もルシスも帝国も滅んで、残るは魔法でもシガイでもない非力な力持った人間だけが残る世界。

本来のシナリオはそこがゴールなのだから。

 

「ソムヌス様は…王位になにを思ったんだろうな。」

「人間はいつだって同じことしか見えてないよ。欲の権化が形を作って歩いてるだけだからね。」

 

プツリと音を立てて映像が切れた。

 

 

 

 

 

 

記念すべき十年目、十六歳の誕生日。

 

「いやーついに高校生かあー。感慨深いなぁー。」

「思ってもないことを軽々しく口にするなよ。」

 

少年から青年になった子供は既に仕事を始めている。

表立ったものはこれからとなるが、彼は若いなりに馬鹿にされぬよう必死についてきている。

彼は天才だ。

今を生きるそのへんの優秀な奴よりも遥かに使える人材だ。

 

ここまで育てておいて言うのも今更だが、流石はうちの子である。

きっとこれから大いに活躍し祖国を滅ぼすことだろう。

実に愉快な話である。

 

「…いっつも気になってたんだけど、あんたは幾つになったんだよ。てかあんたの誕生日いつだ。」

「ええー?二千幾つってことぐらいしか覚えてなーい。」

「誕生日ぐらいあるだろ。」

「四月三十日だよ。」

「来月じゃん。」

 

古代はそもそも祝うものではなかったし、祝うつもりもなかった。

年の数え方も日の数え方も二千年の間に多少変わってしまったのもある。

祭り事を月の最後に置いたりとか、しなくなったし。

 

「どうやって祝う。」

「君は自分の誕生日だけ気にしてればいいの。」

「なんだそれ。」

「ほら。ケーキ食べないともらっちゃうよ。」

「それはダメ!!」

 

この青年の誕生日だけで、十分なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

十一年目の十七歳の誕生日。

 

今年は帰省の時期と誕生日をわざと被せた。

彼の誕生日を"本物の家族"と祝う年。

いつも家族のことは口にせず、故郷の方角を時たま複雑そうな目で見つめる彼を知っている。

アーデンからすれば、いいイタズラのネタ提供でしかない様子にいち早く気づき、日程調整も兼ねて今年決行と相成った。

 

今頃憎っくき王族に囲まれて盛大に祝っているはずだ。

唐突な帰還でパーティーまで行かなくとも先にメールを勝手に送っておいたし、多少の準備はできているはずだ。

あの子はきっと狼狽えてアーデンを恨んでいる頃合いだろう。

ザマァない。

 

なんとなくビデオカメラを起動してみたが、映すものもなくただ主のいない彼の部屋を画面に捉える。

机の上に置かれただけの画面が今年の記念動画だ。

思いのほかつまらないものだ、と意味もなくなってきたケーキを一人で口に含んでいると、懐に入った携帯が鳴り響く。

 

こんな時間に仕事か。

いやになるなー軍部ってのは。

そんな思いでいやいや電話に出る。

 

「はいはい。仕事の予定なら今日は一切受け付けませーん。」

「――じゃあ問題ないな。親父殿。」

「ディア?なんで電話なんてかけてきたの。」

「――あんたのせいで盛大な騒ぎになってっから一旦抜けて文句言おうと思ってな!よくも勝手にメールしてくれやがったな!!」

 

どうやらルシス王家は手際が良かったらしい。

身内だけのパーティーと称して王城に会場が出来上がり、メディウムとして絶賛祝われ中らしい。

ケラケラ笑ってやると、電話口にため息の声が届く。

 

「――今年はあんた、祝ってくれねぇのかよ。」

「あー俺に祝われたかったの。素直にそう言えばいいのに。ディザストロちゃぁーん。」

「――やっぱりやめだ。早くくたばっちまえ。予定より長めに滞在してやる。」

 

ブチ切れ寸前の青年は早々に切るべく電話を肌から話したようだ。

遠くからの騒がしい誰かの声が少しだけ入ってくる。

なるほど、彼は存外愛されているようだ。

言葉を惜しむ理由もない。

アーデンはさらに笑いを深めながら一言だけ放つ。

 

「お誕生日おめでとう。王子サマ。」

「――どうもありがとうございます。宰相サマ。」

 

盛大に音を立てて電話が切られた。

 

 

 

 

――十二年目の誕生日を流す前に、レイヴスから制止の声が入った。

 

「待て。十二年目から十九年目までは俺も参加していた。内容は知っている。」

「ここまで見て飛ばすのかよ。」

「当たり障りない誕生日会だっただけだ。軍部内で祝ったりもした。重要なことを喋るとは思えない。」

 

問題は最後の二十年目なのだと、彼は苦々しく言う。

王都と襲撃戦が日に日に近付く中で彼らはひっそりと祝っていたのだろう。

レイヴスの知らない誕生日の映像を流した。

 

 

 

二十年目、この生活に終焉を迎える二十六歳の誕生日。

 

「今年で最後か。アレもコレもソレも、もう二度と見られねぇ日が近づいてんだなぁ。」

「ずいぶん弱気なこと言うよね。」

「あんたこそ、随分嬉しそうにしてるよな。」

 

やっと復讐への道を本格的に歩み始めるアーデンをディザストロが茶化す。

この部屋ともあと数日もすればしばしお別れだ。

王都を襲撃したら彼はノクティスに近づき、最短ルートでこの帝都へと導く。

準備も怠らせない。

 

真の王を、ソムヌスの子供を、殺す時が来たのだ。

 

「なあ、俺も最後には死ぬのか。」

「生かすよ。君は死なない。目的を果たすまで君は意地でも死なない。そんな奴をわざわざ殺すのも面倒くさいし。好きなだけ生きて好きな時に死ねばいい。」

「そりゃあいい。好きな時に生きて死ねる人間なんて世の中にゃあいないだろうよ。」

「死にたい人間なんかほとんどいないからね。当然の帰結さ。」

 

今年も同じケーキを食べながら、殺伐とした話をする。

ここ数年はそんなものだ。

ブラックジョークのオンパレードで頭の正常な者が聞いたら眉をしかめる。

生きているだけで死にたがるほど疲弊する人間がいるなど、正常だと言い張る連中は思いもしないだろう。

 

ディザストロもアーデンも誰にも理解されない。

お互いのことはお互いしか知らない。

彼らはもう未来に備えている。

世界を巻き込む盛大な出来事を彼らが起こすのだ。

 

「なあ、アーデン。」

 

俺は、いつ死ねるんだ。

 

「悪運の強い阿呆の死に場所なんか、作らない限り一生ありはしないよ。」

 

だから作ってあげよう。

暗闇の世界の先に二人だけの終点を。

 

 

 

 

 

二十年目の映像を流した後に、レイヴスがそっと一つのビデオテープを入れた。

新品かと見まごう程新しいものは二十一年目と記されている。

映っているのはこの部屋の玄関だった。

 

「この映像を見ている頃にはおそらく部屋に入って三十分以上経過しているだろう。そろそろ俺が戻ってくるぜ。この、部屋にな。」

 

今までの映像と明らかに変わった風貌。

ディザストロとは違う意味でまるでアーデンかのような血塗られた髪と獲物を狩るオッドアイを光らせる画面の向こうのメディウムに、二人が息を飲む。

 

玄関の開閉音。

硬い靴と何かを引きずる重い音。

後ろの扉が、ゆっくりと開いた。

 



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流れるように

「ようこそ。我が家へ。」

 

現れたメディウムに表情はない。

金色に輝く瞳と渦巻くような黒、血濡れた怨念おも感じさせる色合いに寒気すら覚える。

なによりも長すぎる片腕の袖の中に異形な気配を感じる。

あれは人ならざるものなのだろうか。

 

「そのテープはただのメモリアルだが、なんとなくここでの生活の様子は知れただろう。」

「ああ。兄貴にとっちゃ王城なんかよりよっぽど自分の家だったわけだな。…嫌味じゃない。本当にここが家なんだって思ってんだろ?」

「住めば都さ。俺の部屋だってある。」

 

廊下の奥を指差したメディウムはどこか寂しげだ。

ここを離れなければならないと最後のビデオテープで語っていた。

今日限りでここを去らなければならないのは事実だろう。

彼はこれからディザストロを捨てメディウムになるのだから。

 

「なんてことない家だろう。内側だけなら一般家庭にしか見えない。」

「良い家だ。家の外を考えなくて良いならな。」

「…考えなければダメだ。生きている限り俺達は罪に問われ続ける。」

 

目線を下げたメディウムが二人を手招きする。

部屋を自由に見せてくれるようだ。

だが、ノクティスは首を横に振った。

過去は時に懐かしむことも必要だ。

けれど振り返る必要も足を踏み入れる必要もない。

立ち止まる理由をわざわざ作ることはない。

 

「進もう。兄貴、案内してくれるんだろ。」

「逞しくなったものだ。」

 

ピクリとも顔を動かさないメディウムは、部屋から出て長い廊下を振り向くことなく進んでいく。

レイヴスもノクティスもその後に続いた。

彼が言うには、グラディオラスとイグニスの二人ペアとの合流地点に向かっているらしい。

鍵を渡したから最速でここに来るはずだと。

 

プロンプトは彼らに任せてあるので、待っているだけで問題ないと言う。

アーデンが何を考えているのかいまだにはっきりしないけれど、何か裏があるのは確かだ。

シガイの王が誰なのかもイマイチわからないまま。

察していても納得できない。

 

敷かれたレールの上に分からないように絨毯を引いて、あたかも何もないかのように誰かに手を引かれる。

ここは迷いやすいから案内してあげると言わんばかりの親切心に騙されてレールの上をどんどん進まされて。

ノクティスにはレールの長さも分からない。

 

「この先は人間兵用の休憩室。セーフルームだ。しばしここで待て。」

 

二段ベッドが立ち並ぶこぢんまりとした部屋へ促され、中で仲間を待つことになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

無言で待つこと数十分。

外で小走りに近づいてくる足音が三人分。

重さからするとグラディオラスを先頭にプロンプトを挟んで移動してきたようだ。

憔悴仕切っている仲間を庇うように部屋へと入ってきた三人は先客に目を瞬かせた。

 

「ノクト!レイヴス!メディもいるじゃねぇか!」

「ベッドを一つ開けてくれ。プロンプトを寝かせたい。」

 

目立った外傷のない代わりに疲弊した様子のプロンプトを寝かせるためにレイヴスが腰を上げ、グラディオラスとイグニスが寝かしつけた。

ポーションと非常食を食べさせ、しばらく休憩だ。

この状態のプロンプトを動かすのはあまり好ましくない。

 

ノクティスが二人の無事を喜び、プロンプトの容態を心配そうに見守る中、渦中のプロンプトは薄く目を開けてジッとメディウムを見る。

合流してから一度も表情を変えない彼を気にしているようだ。

左腕の袖をベッドの上に乗せて目を瞑るその姿に意を決して声をかける。

 

「メディ…あの、さ。」

「当時戸籍なし。父はヴァーサタイル・ベスティア。母に関しての記述なし。出生地、第一魔導兵生産基地。旧名、検体番号05953234。」

「兄貴?突然どうした?」

 

プロンプトが声をかけたのとほぼ同時に言葉の羅列を淡々と並べる。

どんどん顔を色が悪くなるプロンプトと対照的にメディウムは瞬きすらしない。

周りが不審に思って首をかしげる間もメディウムの言葉は続く。

 

「シガイ培養体としての身体強度に問題あり。遺伝子操作上の失敗作と見られたが管理続行。イレギュラーにより回収され現在行方不明。紛失ナンバー登録済み。」

「メディ…待って…メディ!」

「アーデン・イズニアにより回収され、一年間ディザストロ・イズニアにより飼育。その後再びアーデンの手により回収。遊び半分に王の剣へ養子に出される。ーー現在はプロンプト・アージェンダムと名乗っている。」

「メディウムッ!!」

 

プロンプトの悲痛な叫びと共に周囲は息を飲んだ。

彼の出生地については多くが謎に包まれていた。

明確なことは本人も知らず、ただ自分はニフルハイム帝国から養子に出されルシスに来た。

それだけが自分の出自の手がかり。

 

まさか魔導兵にする為に作られた量産型の試験管ベビーなど誰が予想できただろうか。

 

「魔導兵のコアは試験管ベビーだ。成人まで成長した彼らを高純度のシガイの中に浸して作り上げる。制御装置も忘れず取り付けてな。」

「試験管ベビーとはいえ人間を材料にしてたってのか!?」

「アホ王ノクト、問題はそこではない。そこにいるプロンプト・アージェンダムがその一人であり、ニフルハイム帝国の出身者であることが問題なのだ。彼自身が気にしているようにな。」

 

皆がプロンプトを見る。

恐れていたことがバレてしまったプロンプトは縮み上がり、すっかりベッドの隅へと逃げてしまった。

震える彼に声をかけることも躊躇われ、皆黙ってしまう中。

爆弾を落とした張本人は能面顔で先を続ける。

 

「俺は君に嘘をついた。知っているといった君の過去は間違いだった。本当の過去を俺は自分の部屋に戻ってから知った。一歳だった君を一年面倒見た。そのことについてしか、俺は知らない。」

「いいよ…そんなこと…もう、いいよ…。」

「謝罪しよう。すまなかった。」

「もういいってばっ!!」

 

煽るような発言をすればするほどプロンプトは自らの殻へと閉じこもる。

わざとそうさせているのだろう。

非難めいた目線がメディウムに集まり出す前に、ノクティスが動いた。

 

「…プロンプト。お前さ、ずっと気にしてたのか?」

 

問いに答えはない。

怯えたような顔と沈黙ばかりが落ちる。

彼は前へ進むと決めた。

ここで彼が顔を上げなければ一体誰がこの場を収められるというのか。

話をなかったことにはできない。

はっきりさせなければならない。

 

「なあ。プロンプト。俺が王子だって遠目に見られてた時さ、話しかけてくれたのはお前だったろ。」

 

そう。

はっきりさせなければならないのだ。

 

「俺は嬉しかった。生まれも育ちも関係なく、友達になろうって側に来てくれたのが、すっごく嬉しかった。」

 

少しばかりプロンプトが顔を上げた。

冷静になって考えてみれば、王族の周りに集まる人間の身辺調査をしないとは思えない。

彼らはとっくのとうにプロンプトがニフルハイム帝国出身だと知っていた。

 

"密偵かもしれない。"

当時身辺調査を報告してきたイグニスはそういった。

"罠かもしれない。"

書類を見てグラディオラスが険しい顔をした。

しかし、ノクティスはそのどちらの可能性にも首を振った。

理由は単純なことだ。

 

「俺はお前と友達だって、親友だって思ってる。どこの生まれだとか誰の思惑だとか関係ない。」

 

プロンプトの過去が知れてよかった。

これでお互い知らないところは殆どないぐらい親友だ。

 

嬉しそうに笑ったノクティスの側にイグニスとグラディオラスも寄ってきた。

誰一人として先程の話を聞いて態度も顔色も変えなかった。

 

「それにさ。生まれとかお前が一番気にしてねぇじゃん。何今更気にしてんだよ。このヤロー!」

「うわっ!ちょっ!ノクト!」

「そーだそーだ!バカは難しいこと考えねぇでバカやってればいいんだよ!生意気な奴だ!」

「こら、二人とも。怪我人に荒っぽいことはするな。」

 

思い切り擽られて思わず笑ってしまうプロンプトの中にもう暗いものは無かった。

本当は自分で言い出さなければならない過去を踏み出せない自分の代わりにメディウムが言ってくれたのだ。

やり方は悪かったかも知れないが彼に感謝こそすれ恨みはしない。

 

メディウムに声をかけようと皆がそちらを向くと、既に彼はその場にいなかった。

どこへ行ったのかと視線を巡らせれば、部屋を出て行くところ。

慌てて止めようとする前に扉が閉まってしまった。

 

「兄貴!待てよ!一人で先に行くな!!」

 

立ち上がったノクティスが追いかけて行く。

プロンプトも起き上がり、全員で小さくなって行く背を追いかけた。

蛍光灯が灯る狭い通路をスイスイ進んでいく彼を見失わないよう、駆け足で夢中になっているうちに広い部屋に出てきてしまった。

 

格納庫と思われる広さに何匹かのシガイが徘徊している。

メディウムは全く気にすることなくその奥へと進み、何故かシガイもメディウムを気にしない。

一体どうなっているのか。

 

進むべきか二の足を踏んでいる間にもどんどんシガイが溢れている。

簡易エレベーターのようなものに乗り込んだメディウムを追いかけるため、ノクティスは致し方なくマップシフトで閉まる扉に身を滑り込ませ、仲間に叫んだ。

 

「悪りぃ!!後は任せた!!」

「分かった!すぐそちらへ向かう!!」

 

動き出したエレベーターはすぐに止まり、またメディウムは一人で進んでしまう。

一言も発さない兄に痺れを切らしたノクティスが右手をつかもうと手を伸ばす。

しかし、スルリと躱され触れることもままならない。

 

「兄貴!どうしたんだよ!兄貴!」

 

合流してから様子はおかしかったけれど、ますますおかしくなっている。

両の瞳がある一点を見つめて、何かに操られるように一箇所の場所を目指して歩き続ける。

何を目指しているのか、何を探しているのか。

 

「待てよ!兄貴!」

 

シガイが溢れ出す通路を歩いているはずなのにかなり速い速度で進むメディウムを追いかけるので精一杯だ。

いつも優しげな表情をする顔はやはり動くことなく、その唇も固くつぐまれたまま。

ただ進む兄について行くことしかできない。

 

「早いって!」

 

連絡通路のように狭い場所を通り抜け、蛍光灯から電球へと変わった強固な壁が目立つ球体の部屋へと入る。

途中から灯すらないにもかかわらず美しい光で満たされる空間に懐かしさを覚えた。

父と共に訪れたことのある、あのクリスタルのある部屋。

似たような光。

 

「クリスタル…!」

 

広々とした球体の部屋は真っ黒な鋼鉄で重苦しい。

鎖で幾重にも繋がれたクリスタルは淡い光を放ち、ノクティスへ呼びかけているようだった。

取り戻そうと懸命に探していたクリスタルに駆け寄り、どうするべきか迷っていると。

 

不意に後ろから、強く背中を押された。

 

「うわ…!?」

 

ことは一瞬だった。

思わず手をついて触れたノクティスの腕を、クリスタルが飲み込んだのだ。

痛みもない。

怪我も出血もない。

しかし飲み込まれている異様な光景にノクティスは足掻き、足をついて抜こうとしたその足さえも飲み込まれる。

 

あっという間に両の足と片腕をクリスタルに取り込まれたノクティスは助けを求めてメディウムに手を伸ばす。

しかし、救いの手の代わりに誰かの手によってはたき落とされた。

 

「やっぱり触れるんだね。さすが真の王様。」

「アーデン!?」

 

メディウムの頭に手を置き、良くやったと褒め称えるアーデンは冷ややかな目でノクティスをみる。

兄は我が子のように可愛がるのに弟にはゴミを見る目だ。

当の兄はやはり何も映さない瞳で虚構を見つめる。

これからのことを憂いるような、そんな瞳だ。

 

「きっと剣神バハムートが適当に説明してくれるから精々覚悟を決めるんだね。なるべく早く、ね。」

 

アーデンは結局何者なんだ、とか。

メディウムはどうしてしまったんだ、とか。

仲間達は大丈夫なのか、とか。

聞きたいことは山のようにある。

このクリスタルさえなんとかできないかと必死に抵抗しても両手すら絡め取られ、もはや鎖骨から上しか外に出られていない。

 

「兄貴…!」

「ノクト。お前の帰りを待っている。世界は俺に任せておけ。」

 

お前は全てを知るだろう。

 

その一言と通路から走り寄ってくる仲間たちを最後に、ノクティスはクリスタルへと飲み込まれていった。

 

 

 

 

 

 

 

星の海の中でノクティスは知ることになる。

兄の苦悩、星の運命、神々の意思、己の使命、命の使い道、病の根源。

剣神バハムートはノクティスに迫る。

 

「世の為に命を捨てる覚悟を決めよ。」

 

それはかつて、六歳の兄に向かってかの神が告げたあまりにも残酷な一言。

弟にも同じ言葉をかける。

全ては世界のために。

 



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Chapter 12.5 闇に抗う世界
王のいない世界


異様な光景がクリスタル格納庫で繰り広げられていた。

 

クリスタルを背にアーデンがメディウムを褒め称えている。

これでもかというほど撫で回し、惜しみない賞賛の言葉をおくる。

流石自分の育てた子だと。

自慢の息子だと歓喜の声を上げる。

 

褒め称えられている息子は虚空を見つめ、反応を返さない。

人形かと疑うほどピクリとも動かずされるがままになっている。

そこに彼の意思があるのかは見当もつかない。

 

「メディ!ノクトが!ノクトがクリスタルに!!」

「いやノクトの心配もだがメディもヤバそうだぜ…。」

 

メディウムが動かないということはノクティスの方は今すぐ危ない、というわけではなさそうだ。

アーデンの目的がノクティスの殺害ではないからこそメディウムは口をあまり出さず言う通りにしていたはずだ。

であれば今真っ先に救出すべきはメディウム。

 

そう判断したレイヴスが二人ににじり寄った。

 

「アーデン。もうメディに用はないはずだ。お前の目的は最終段階まで突入した。もし用があるのだとしたら、それは。」

「殺さないよ。でもこの子を生かす必要がある。だからまだ用がある。」

「何…?」

 

君達の恩人を助けるためなのさ。

 

そう言ってメディウムの喉に両手をあてがう。

一切の抵抗もしない守るべき人は魔法がかけられていた。

意識があったのは彼の執念のおかげ。

途中から意識が落ちてしまい、アーデンの呼びかけでここまでフラフラと歩かされていたようだ。

 

「今はいつも通りだっちゅうの。アーデンがうぜぇから黙ってただけだ。」

「ああ、おはよう。お迎えが来てるけど、どうする?」

「答えるまでもない。」

「そう。じゃあここでさようならだ。」

 

案外あっさり解放されたメディウムが眠たそうに目を開く。

二人にしかわからない会話をしたと思えば、アーデンは外へ歩いていく。

待ち構えていたイグニス、グラディオラス、プロンプトが武器を構えるが、メディウムの制止の声が掛かり手を出すに出せぬまま見送ることとなってしまった。

 

「今のあいつに攻撃しても無意味だ。神の加護を与えられたものは神の加護でしか対抗できん。」

「え?あの人、神の加護があるの!?」

「おっとお口が滑った。忘れてくれ。」

 

メディウムは二千年前のことも今のこともこれからのことも口にする権利がない。

指示を出せたとしても説明するには自力で結論を導き出してもらわねばならない。

メディウムに与えられたのはアーデンへの心の弔いともう一つの使命、王のいない世界を保ち、王が崩御した後ルシス王家を存続させることなのだから。

 

「ほんと、病をなんとかするために俺たちを選んだくせにまだ苦しめってんだから神様もひでぇもんだ。」

「メディ、ノクトがクリスタルに飲み込まれていたがあれはなんなのだ。」

「そういう星のお導き。今ノクトはクリスタルの中で剣神バハムートの最後の啓示を行なってる。その後色々教わって、覚悟ができたら外に出てくるはずだ。」

「では危険というわけではないのだな。」

「むしろ世界一安全さ。」

 

胸を撫で下ろしたイグニスはふと疑問に思って首を傾げた。

覚悟を決めたら出てくるということはノクティスは何かしらの選択を迫られるということだ。

神は一体ノクティスに何を望むのだろうか。

 

「覚悟とは早々に決まるものなのか?」

「最短で五年は見ておいた方がいいだろうな。」

「五年!?その間ずっとクリスタルの中ってこと!?」

「覚悟も決まらないうちに出すわけにはいかない。それだけ重要なことだ。」

 

メディウムがクリスタルを見つめる。紫に光る瞳が神との交信を告げていた。

 

 

 

 

 

 

ノクティスがクリスタルに飲み込まれてから、メディウムの行動は早かった。

 

はじめに行ったのはニフルハイム帝国を亡国と認定するべくアコルド自由都市連合と協定を結び、テネブラエ王国の一時独立を宣言。

日が落ちる速度を学者たちに計算させ、現発電所をフル稼働させて電気の備蓄を確保。

エレメントの回収を最優先にメテオ発電所があるルシスの都市、レスタルムを最重要拠点とした。

 

さらに王の剣と王都警護隊を連携組織とし、コル・リオニス将軍を双方の統括に任命。

補佐にイグニスとグラディオラスを据えた。

アラネア率いる傭兵とも契約を結び、レイヴスとルナフレーナ率いるテネブラエ王国の一時的軍として配備。

アコルド自由都市連合の軍とも渡り合えるほどだ。

 

それだけには止まらず、王の剣に志願するものには魔法を与えた。

かつてレギス王が命を削って分け与えていたのと同じ方法である。

野獣やシガイの除去と共に世界の学術的調査のためサンプルの採取も任務の一つ。

 

シガイ避けとして現存している王の墓の回収も命じられた。

主要都市にいくつもあればもし日が上らなくなってもシガイの進軍率はぐんと下がる。

そう提唱し、少数精鋭で着実に行われている。

 

自らは第百十四代ルシス国王、ノクティス・ルシス・チェラムの代理として摂政扱いだ。

人々は彼のことを誰が広めたのか"泡沫の王"と呼び始め、王座に就くこともなくただ本物の王を待ちわびる幻影の存在と揶揄された。

人脈と信頼を駆使し、未来視と謳われた頭脳で丸で世界大戦でも起こすつもりなのかと疑うほど何かに備えている。

 

まるで能面のように表情が動かないかの王を冷徹だと人々は恐れた。

最初は国を再建するつもりなのかと思われたが、備えるのは戦ごとばかり。

彼は復讐に囚われたのだと一部のメディアが報道すれば、乗っかるように周囲が彼を糾弾する。

 

そんな彼を擁護し、彼の言葉を鵜呑みにする各国の首脳も能無しだと人々が思い込む中、転機が訪れる。

 

今までの備えはこのためだったのかと人々が気がつくのはそれから数ヶ月後。

日の登る時間が五時間を切ってから一週間経ったある日。

 

異常とも言える世界の状況に人々が不安を覚える中、日が沈み再び登るまでの十九時間。

シガイが一斉に街を襲ったのだ。

 

幸いなことに既に配備されていた軍や傭兵、応援に駆けつけ対応策を練った軍師により誰一人欠けることなく乗り越え、神凪の作ったシガイ避けの結界をさらに強固にすることでカタがついた。

しかし、もし誰も備えていなければ各国でいくつもの街が消えていたことが容易に想像できるほど悲惨な猛攻。

 

人々は震え上がり、各国の代表達は今までこれに備えていたのだと知った。

そして戦慄することになる。

日はまだ短くなり続け、シガイの脅威が去ることはない。

襲いくる悪夢に寝ても覚めても震える日々が着実に近づいているのだと。

 

 

 

 

 

 

「殿下。神影島への定期巡回の報告とシガイについての報告です。」

「そうか。」

「メディウム殿下。軍の配備状況と援軍要請の承諾を。」

「ああ。」

「メディ…ウム殿下!レイヴスからの報告書、です!」

「分かった。」

 

イグニスから受け取った書類を捌きながらグラディオラスにどれを承諾するべきか伝え、プロンプトの書類にサインを添える。

ノクティスが眠りについてからずっとこのような調子で、各国との会談も頭の固い年寄りの相手も全てメディウムが行ってきた。

 

雄弁に語るのはそのような時ばかりで、普段は一言でも言葉を発せばいい方だ。

返事はしてくれても自らの意思表示は一切行わなくなった。

今でこそメディウムが指揮を行なっているが、そのうち他の誰かに任せられるようになったらどこかへ消えてしまうかもしれないと誰もが危惧している。

 

メディウムがいなければ世界が立ち行かない。

彼は光を失いつつあるこの世界の要なのだ。

 

「なあ、メディ。働き過ぎだぜ。ノクトのことは分かったし、準備が必要なのも理解してるけどよ。あんたが全部やることないんだぜ。」

「グラディオの言う通りだ。もう少し俺達を頼ってくれ。」

「うん。もう六ヶ月も経つし、不備は今の所ない。メディが少し休んだって誰も怒らないよ。」

 

友としてのこの懇願も何度目だろうか。

二ヶ月をたった頃から一週間に一回は行われる仲間達による説得には返事すらしない。

 

黒いコートの内ポケットにびっしり詰まった短剣やポーション類。

いつでも武器召喚ができるように常に空けられる右腕。

黒い手袋で覆い隠された左腕。

増えた火傷の跡。

 

肝心要のメディウムが傷つき続けては世界がもたない。

友人としても許容できない。

しかし彼は言葉を紡がなくなってしまった。

心の内など誰にも測れない。

 

「メディウム殿下。レイヴス様が御目通りを願い出ています。」

「ニックス、出かける。」

「お供させていただきます。グラディオラス准将。軍師殿、プロンプトさん。失礼致します。」

 

ルナフレーナの護衛についたニックス・ウリックがメディウムの護衛を時たまするようになったのもここ最近の話だ。

心配のあまりルナフレーナに差し障りがないレベルで様子見に派遣されていると言い換えるべきか。

兎にも角にも皆が連合の主を心配しているのに、当の本人は知らんぷり。

 

食事はこちらで用意したものを食べるし、就寝もきちんとしてくれる。

なのに仕事だけは毎日きっかり決まって休みなく行うのだ。

終日休みだったことはここ数ヶ月の間一度たりとてない。

 

 

まるでこちらへ耳を貸さない姿勢に全員がお手上げ状態になったところに名乗り出た人物が一人いた。

 

 

その名もジャレッド・ハスタ。

王の盾たるアミシティア家に仕える執事である。

優れた諜報能力と膨大な情報量もさることながらアミシティア家を従えるルシス王家にも心から忠誠を捧げている得難い忠臣だ。

 

ある日、メディウムへ大事な話があるとレスタルムに用意されたアミシティア家の新しい住まいに彼を呼び出したのだ。

世界の代表とも言える大物を呼び出す度胸もさる事ながら、誰も文句ひとつ言わずメディウムも自ら出向いて行くのだから彼の信頼性が伺える。

 

手土産を持って現れたメディウムは護衛一人つけることなく、アミシティア家の戸を叩く。

まるで分かっていたかのように素早く開いた扉はメディウムが入った途端気にならない速度で素早く閉められ、暗殺の可能性が少ない奥の部屋へと通される。

実に手際が良い。

 

無言で通された応接間の上座に座ると、飲みやすい温度で紅茶とケーキが出された。

それに一切口をつけず、メディウムはジャレッドを見据える。

話はなんだ、と言わんばかりだ。

けれど、ジャレッドはにこやかにするばかり。

 

これは一度口をつけないと話を始めてくれないのだと察したメディウムはさっさとケーキを放り込んだ。

流し込むのも行儀が悪い。

ゆっくり紅茶を喉へ下し、素早くケーキを食べきってさあ話せと促す前に今度はコーヒーを出されてしまった。

 

何なのだとジャレッドを見てもやはり笑うばかりで説明はない。

再び飲み込んみ、今度は半分ほどでコップを置いた。

 

「ジャレッド。」

「はい。お申し付けがあればなんなりと。」

「…大事な話とはなんだ。」

「はい。ケーキが焼きあがりましたので、是非メディウム様に食べて頂きたかったのです。」

「…それだけか?」

「はい。それだけです。」

 

盛大に眉間にしわを寄せたメディウムが脱力したように背もたれに寄りかかる。

あの優秀なジャレッドが呼び出すものだから何かことが起こったのかと身構えて損をした気分だった。

こんなことなら別にアミシティア家のご令嬢たるイリスでも良かったはずだ。

 

態々メディウムをお茶に誘うとはどう言う了見なのか。

いや、ジャレッドに悪意はない。

彼の忠誠心を疑ったことなど一度もない。

今回も彼なりに考えてのことだろう、とかぶりを振ってメディウムは席を立とうとした。

 

「メディウム様は味覚を失ってしまわれたのですね。」

 

ピタリと、メディウムの動きが止まった。

立ち上がろうと足に込めていた力が更に強くなる。

睨みつけるように鋭い眼光を放つ彼を気に留めることなく、ジャレッドはにこやかに微笑む。

 

「実は先ほどのケーキにはちょっとしたいたずらで、とびきり甘くしてあるのです。胸焼けするほど、甘く。このコーヒーは逆に塩を入れてあります。どちらも普通なら口に入れられたものではないでしょう。」

 

匂いや見た目でわからないように細工がしてあった。

メディウムほどの慧眼があれば毒でさえ直感で悟ってしまう。

故にバレない範囲でちょっとした不快感を与える味つけでメディウムを試したのだ。

 

味覚があれば失敗したと誤魔化せば良いし、そうでなければすぐさま見分けがつく。

全くもって優秀な部下を持ってしまったものだ。

 

「何故、黙っていたのですか。」

 

途端に真剣な顔へと変えたジャレッドに答えを返しはしない。

頑固なところは父親似だ。

 

「これからも、ずっとそうやって黙っているおつもりですか。」

 

目線すら合わせない。

 

「黙っていて得られるものが今まであったのでしょうか。」

 

顔をうつ向けた。

 

「…ノクティス様が失望なさいますよ。」

 

右手に強く爪を立てた。

 

「メディウム様。貴方は頑張り過ぎなのです。弱音を吐いてしまうから、口を閉ざしてしまったのでしょう。」

 

メディウムが顔を上げた。

顔の半分を覆う火傷を隠す為に左側の髪を切らなくなってこの数ヶ月。

金色の瞳を再び眼帯で隠し初め、赤毛の混じる黒い髪を定期的に染め出した。

まるで理想のメディウム・ルシス・チェラムを求めるかのように、連合の盟主足り得るよう己を隠してきた。

 

思えば、彼は昔から一切弱音を吐かなかった。

本音すら吐いたとしてもノクティスの前でしかないと、グラディオラス達が零していた。

彼は心の拠り所を失ってしまったのだ。

 

「グラディオラス様にお聞きいたしました。貴方は、ニフルハイム帝国の宰相に育てられたのだと。その宰相も事件以降、目撃情報がありません。おそらくメディウム様もご存知ないでしょう。もし知っていれば、何度か貴方が失踪する事件が起こっているはずですから。」

 

泡沫の王の名に恥じぬメディウムは誰にも悟られず人知れぬ場所まで逃亡することなど容易だ。

既にアーデン以外に魔法を扱える人間は王の剣とメディウムしかいない。

創作魔法となれば最早メディウムの独壇場だ。

魔法に疎い護衛など振り切ってしまう。

 

宰相が何者なのかは調べている。

イグニス主導でグラディオラスとプロンプト、レイヴスの協力も含め秘密裏に情報収集が行われている。

アミシティア家の従者であるジャレッドやまだ幼いがやる気だけはあるタルコットも協力していた。

 

勿論秘密裏である為メディウムは知らない前程だ。

けれど、全員薄々分かっている。

おくびにも出さないけれどこの予知すら実現してみせる盟主に気がつかれずに行動など現実的に不可能だと。

あえて泳がされている自覚を持ちながら、心底ヒヤヒヤしながら真実を知るべく動いているのだ。

 

更に難関なことに文献には一切記されていない。

あったとしても石碑などに掘られているか。

しらみつぶしに探そうにも全ての石碑の場所さえ分からない。

分かっている場所は最近できたものか、昔から受け継がれているものばかり。

そんなところに書いてあるはずがない。

 

何か一つでも養父のことが分かれば、メディウムは口を開き、そうでなくても世界の真実に少しでも迫れる。

そう信じて探す他無い。

しかし、黙認されている所以とも思えるほど情報は集まらない。

これでは、先にメディウムの方が壊れてしまう恐れがあった。

そのための、ジャレッド・ハスタである。

 

「メディウム様。私はそんなにも難しいことを、貴方に頼んでしまっているのでしょうか?」

 

皆一様に心配している。

世界が傾いていくこの現状も、ルシス王家が重い荷を背負わされる事実もメディウムが望んで招いたことではない。

けれど加担してしまった罪がある。

メディウムが口を閉ざした理由はそこにあった。

 

「…罪を、誰が赦してくれると思う。」

「私には分かりません。」

「人間でない俺には最早赦しを乞うことすら許されない。」

 

死ぬまで赦しを乞うことなく世界に尽くす。

 

最後に下したメディウムの決断はそれだった。

ノクティスがクリスタルで覚悟を決めるまで果たして何年かかるかわからない。

体は外界と同等に時を刻む故に数百年とは行かずとも、数十年はかかる。

 

その時を、メディウムは全て尽くす為に使うつもりだった。

休むなどあり得ない。

 

「今戦わなければのちにガタがくる。今が踏ん張りどきなのだ。」

 

止めないでほしい。

世界を守りたいのなら。




ここからChapter 12.5 残された人々の戦いとなります。とはさほど長く綴ることなくさくさくっとChapter 13に移行いたします。エンディングが…みえ、みえ、みえて…きた…のか?


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孤高の泡沫

日が昇る安寧の時が一時間を切った。

 

ただこれだけの事実に絶望感を覚えるのは人が陽の下に生きる生者だからか、はたまたシガイという目に見えた脅威があるからか。

例え未来視すら可能にした奇跡の主導者が居ても運命には逆らえない。

争い、諍い、抗っても夜は訪れる。

黒を、夜空を愛する王族の片割れは黄昏を眺めた。

 

王が隠れ、神凪が力を失い始めてから三年。

たったそれだけの月日で世界は混沌に満たされた。

あとどれほど人類が生きるための手段があるのだろうか。

抗うことをやめ、シェルターでも作ってしまった方が良いのではないか。

何度もそんなことを考え、何度も同じようなことを打診された。

 

しかし、泡沫は知っている。

そんな一時の安全など数週間もあれば狂ってしまう。

人は閉鎖感や拘束感に耐えられない生き物だ。

常に自由へと足を向け、欲求を満たすためなら時には手段を問わない。

それら全ての鎮圧に成功したとしても、残るのは無気力な人々と言いなりにしかならないナニカだ。

 

人としての尊厳が失われる安全なら、捨ててしまった方がいい。

国とは国民がいなければ立ち行かないものなのだ。

代理の王が最も優先して取る行動はあくまで未来のためでなければならない。

例え胸倉を掴まれようが糾弾されようが石を投げられようが殺されようが関係ない。

ただ立てた策を順番に実行するだけだ。

 

あと、数十年耐えれば良い。

もう二十年耐えたではないか。

もう少し、あともう少しだけでいい。

生きて、生きなければ。

 

ーー泡沫は一人で地に倒れ伏す。

一つの街がシガイの猛攻に壊滅寸前まで追い込まれたのだ。

最早人間では対処できなくなってきた中、泡沫は人々の生存を優先し、一本の剣を街の前に突き立てた。

剣神バハムートの加護をまとった剣は彼が生きる限り、街を最大限護ってくれる。

今ここで死んだら後ろの街は耐えきれない。

 

「ああ゛あ゛あ゛あああぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

吼えろ。

まだ叫べる喉を使え。

全身が異形の蔦に覆われた時、泡沫は完全なる化け物となる。

人々を救うため、世界を救うため、彼が失ったものが"存在そのもの"だったとしても。

生きて戦うことに全てを賭す。

 

「応えろ!バハムート!!」

 

嫌いだった神に助力を願うことになっても、戦わねばならない。

人としての最後の灯し火を吹き消して、泡沫は数万人を救う。

後に"始まりの夜"と語られる大規模戦闘だった。

 

 

 

 

 

 

 

半身が炭となり危篤状態に陥ったメディウムは驚異的な再生能力により見事復活を果たした。

炭となった半身は見た目こそ酷い有様だが、機能に支障はなく、戦闘も続行可能との診断が下された。

最前線での戦闘禁止令が数カ月にわたって下されることにはなったが、重傷者少数、負傷者多数で済んだのは奇跡に近い。

死者が出なかったのは一重にメディウム一人で前線を維持するという咄嗟の判断があったからこそだった。

 

「何であんな無茶したんだ!」

 

治療が行われた後、急遽行われたシガイ避け増強により病棟と化した街の一角に怒鳴り声が響く。

声の主はグラディオラス・アミシティア。

戦いの最中、メディウムを守る為に前に出たにもかかわらず首根っこを掴まれ街に放り投げられてしまった。

一度加護の範囲に入ると発動させたメディウム以外行き来が出来ず、その背中がシガイの波に飲まれる瞬間まで外へ出せと叫び続けていたという。

加護が切れた後、メディウムを救助するべく真っ先に動いたのも彼である。

 

「俺達でも十分耐え切れた!!」

「それでは死者が出ていた。」

「人ならざる連中と戦争してんだ!!死者が出ちまうのは仕様がねぇだろ!!俺達は死ぬ覚悟で元々戦ってんだよ!!」

「あんな戦い序の口だ。まだ戦争は激化する。今人員を失えば潰れるのは我々だ。」

「頭潰れたらもっと悪い状況になるってわかんねぇのか!!体のことだってずっと黙ってやがって!!」

 

検査の際体を調べ、メディウムが最早シガイと同等であると神凪ルナフレーナに告げられた。

治す手立てはなく、むしろシガイ化を治せば死に至るとまで言われた。

人間としてのメディウムはあの戦いで死んでしまったのだ。

これ以降は肉体の成長が止まり、どうなるかは予測できないと。

 

「なんで自分のこと大事にできねぇんだよ!!クソメディウム!!」

「グラディオ!怪我人に手を出しちゃダメ!」

「プロンプト!グラディオを抑えろ!」

 

殴りかかろうとするグラディオラス を側に控えていたイグニスとプロンプトが抑えつける。

個室すらない診療所には一般人だっている。

怒鳴り声で震え上がっていた人々が肩身を寄せ合い距離を取り始めた。

この場で最も重傷なメディウムは軽くため息をつき、ベッドから降りた。

慌てて医師が止めに入るが、その歩みは止まらず外へと出て行く。

 

「おい!話は終わってねぇぞ!!」

「王の盾よ。民草を震え上がらせるのが我らの責務ではない。今彼らに必要なのは休養だ。私がその邪魔になるというのなら出て行くのが道理。まだ吠えたりないのならついてこい。」

 

真っ黒になって腕と足を引きずって外へと出て行く。

舌打ちをしたグラディオラスが出て行くのを見届けプロンプトとイグニスも追いかけた。

 

「おい!…おい!どこに行く気だよ!」

 

メディウムは振り返らない。

ただ真っ直ぐ足を動かす。

真っ暗になった夜の中を幽鬼のように進んでいく。

あまりにも頼りない背中に、グラディオラスは思わずその肩を抱いた。

傾いた身体は抵抗することなくその腕に収まる。

 

「なんで、わざわざ出て行ったんだよ。俺を追い出せば済む話じゃねぇか。」

「人の好意を無下にできるほど、俺は心を無くしてはいない。」

 

抵抗する力もないメディウムは支えられたままメルダシオ協会が管理しているセーフハウスへと足を向けた。

ハンターや各国の兵士達が優先して使える施設たる場所ならば、盟主であるメディウムも利用できる。

 

グラディオラスは唇を噛む。

本当は自分にメディウムを怒鳴りつける資格などない。

ルシス王国の事務仕事や食糧問題、水問題、光源問題、動植物の保護、教育、他にも数多くの仕事の採決は全てメディウムが行ってきた。

さらに各国の軍配置や視察、前線での戦闘も率先して行う始末。

明らかなオーバーワークと過労死寸前の生活でもたった一人で三年を持たせた。

彼しかできる人間がいなかった。

彼以上の成果を出せる人間がいなかった。

光がほとんど閉ざされた暗闇の中でも他国より明らかに高水準の生活を保てているのは全てメディウムのおかげだ。

 

こんなにもボロボロなのに彼の代わりになることはできない。

ろくな手伝いもできないのに、メディウムが心配だからと怒鳴るなどただの自己満足な行為だ。

しかし、叫ばずにはいられなかった。

彼は今世界で最も必要な人でありながら今は眠るノクティスの兄であり、共に旅をした友人でもある。

友人が死ぬかもしれない状況で平然としていられるほどグラディオラスは冷酷になれなかった。

 

「メディ。せめて、些細なことなんだ。俺は、俺達は、隣で戦いてぇんだよ。」

「今でも十分戦ってくれている。」

「お前を守りたいとか、お前がいないとダメとか、国のためとかじゃなくてだ。」

 

盟主の顔をしたメディウムがグラディオラスを見た。

それ以外の理由がまるで思いつかないとでも言いたげな顔だ。

ああ、人として大事だと思える心さえも彼から奪ってしまったのだとグラディオラスは悲しむ。

 

「一緒に戦いたい。お前を、友を一人にしたくない。」

「…私が…一人?」

 

驚いたような顔だった。

まるでその発想はなかったと言いたげなほどに、間抜けな顔をした。

そして合点がいったように何度も同じ言葉をつぶやく。

 

「…そうか…そうか…私は、一人だったか…。」

「お前一人で頑張ることは何もねぇ。何だっていいんだ。手伝えるなら、本当に何だって。お前を一人になんかしねぇから。そう思ってる奴がメディの周りにはたくさんいるんだ。」

 

沢山の人々がメディウムを心配している。

そう伝えると、心底驚いたような顔で目を丸くした。

心配する、悲しむ、それらの感情を抱く暇もなくメディウムの中で日々は過ぎ去っていった。

あの人を一人にしたくない。

あの子に沢山のものを残してあげたい。

その一心で命の灯火を業火に浸してきたメディウムにとって、自分が一人だと言う考えは存在しなかった。

 

「なぁ、グラディオラス。」

 

隣から小さな声が聞こえた。

ひさびさにあだ名以外で呼ばれた。

盟主になってから畏まるようになった口調が崩れたメディウムの声に耳を傾ける。

ゆっくりと動く唇に細心の注意を払う。

 

「ありがとうな。」

「…おう。」

 

三年ぶりに聞いた、メディウム自身の言葉だった。

崩れ去りそうな肩を強く抱いて二人は前へと歩く。

少し離れたところから様子を見ていてくれたイグニスとプロンプトが近寄り、少しだけ嬉しそうにそんな二人と共に歩いた。

何かに苛まれるように、何かに懺悔するかのように前を見ていたメディウムが力強い目で先を見る。

何かが吹っ切れたような、そんな顔だった。

 

この一連の事件からメディウムはかつて共に旅をした仲間達を頼るようになった。

食べたいものだとか見たい視察場所だとか些細な願い事ばかりで、拍子抜けするようだったが頼ってもらえることに喜んだ仲間達はより一層職務に励むようになった。

メディウムも一人で前線に出ることなく、数名で行動するようになり言葉数も少しずつ増えている。

 

そんな中話に上がったのはルシス王国王都インソムニア奪還作戦である。

強力なシガイが跋扈する激戦区であるインソムニアは剣神バハムートの加護を持ったメディウムにより、入り口に一本の剣を突き立て封鎖している。

インソムニア全体をあえて囲むことで入ることも出ることも出来ぬようになっていた。

その件を引き抜いてシガイ掃討作戦に出ようと言うのだ。

 

作戦は単純明快である。

剣を一度引き抜き、入り口から少しずつ進軍する。

安全領域を確保した分だけ奥に結界を貼り、前進していくのだ。

この作戦にはメディウムの参戦と多くの手練れが必要になり、魔法を持つ王の剣が抜擢された。

コル・リオニスを始めとする総勢五十名の少数精鋭進軍である。

 

「グラディオ、イグニス、プロンプト。各地のことはお前達に任せる。各国と速やかに連携を取り、有事の際には私に連絡を入れろ。」

「無理だけはすんなよ。」

「政務の引き継ぎ、任された。」

「たまにそっちに加勢しにいくね。」

 

この時、誰もが暗闇の中で一歩踏み出せる希望の瞬間だと確信していた。

 

「友よ、頼んだぜ。」

 

踏み出した一歩がまさか泡沫を苦しめる結果になると誰も知らなかった。

王都に、王城に潜む何者かをまだ誰も知らない。

 



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戦況

「ほーら、思った通り。人類の味方をしたって良いことなんて何一つありはしない。君はシガイ側なのになーんで人間の味方なんかするかな。無様で愚鈍で救いようのない痴れ者達だよ?」

「生まれた責任がある。剣を取った義務がある。ここに立つ理由がある。戦うための覚悟がある。生きる術がある。理由はこれだけで十分だ。」

「ほんと。馬鹿者だよね。」

「どうとでも言え。失踪しやがった黒幕野郎。」

 

ルシス王国王都インソムニア市街地。

轟々と炎が揺らめく中、王と代理が邂逅を果たす。

インソムニア攻略作戦開始から一年。

アーデン・イズニアとメディウム・ルシス・チェラム、実に四年ぶりの再会となった。

 

町中に張り巡らされ、バリケードと言えるシャッターが多く点在する地下鉄。

そこを拠点とする王の剣達をつき従えず、メディウムは一人外へと出た。

王城方面は強力なシガイが多く、市街地側には雑魚が蔓延っている。

比較的容易な市街地を攻略すること一年。

徐々に活動範囲を広めている最中に起こった思わぬ出会いだった。

 

「あんた、こんなところで何してるんだ。」

「さ、ん、ぽ。メディウム君こそなんでこんなところにいるの。」

「掃討作戦中だ。数年単位の大仕事だよ。」

「へー。外の情勢なんてこれっぽっちも興味ないけど、わざわざインソムニアまで来るってことは余裕なのかな?」

「…ジリ貧だ。」

「ま、君の姿みてればわかるよ。派手に使われてるね。」

 

市街地に置かれたベンチの上でアーデンは寝転がる。

人間だった頃は一つの怪我で騒いでいたのにシガイになった途端放任主義ときた。

どうせ自己再生するから気にしても仕方がないと思っているのだろう。

 

「神凪の一族はもう力がほとんどなくても、君が生きているから三十分ぐらいは黄昏の時が残るよ。良かったね。」

「何にも良くねぇ。三十分じゃあなんもっ…ゲホッゲホッ…。」

「え。なに突然むせてるの。」

「久々にっ…こんな、喋った…ゲホッ…。」

「あーもー、ほら、座りなよ。」

 

突然むせたメディウムを宥め、先ほど座っていたベンチへ座らせる。見た目よりも明らかに強靭になったはずの肉体は酷使され過ぎて形がぐちゃぐちゃだった。

アーデンだからこそ分かる。

シガイが再生され過ぎて担当箇所のシガイが迷子になっているのだ。

 

「…自分で制御できてないの?」

「は?制、ぎょ?」

「あー、分かった。なんでもないよ。」

 

メディウムが咽せている理由は喉にいるシガイが若干ずれているからだ。

様々な内臓があるところになかったりないところにあったり。

元の位置に戻ろうと蠢く時もある。

死ぬ事はなくても人間に擬態するにはかなり厳しい状態だ。

 

相変わらず手間のかかる子だ。

アーデンは軽くため息をつきながら、座るメディウムの肩に手を当て治療を行う。

何も難しい事はなく、単に自分の持ち場を教えてやるだけでシガイは勝手に肉体を形成する。

また迷子にならないようにしっかり教えてやらねばならないのが面倒だが。

 

「なんか、体が軽い。」

「今まで重すぎたんだよ。結構余計なのもいるなぁ。シガイから吸収すれば治るだろうとか思って同化したりしてないよね。」

「あー…。」

 

気まずそうに視線をそらすメディウムに全てを察した。

彼はシガイを取り込む能力がある。

故に倒したシガイを一時的に取り込めば足りなかった部分を足す事はできるだろう。

根治には至らずともその場しのぎにはなったはずだ。

お陰で迷子が発生しているのだけれど。

 

さらに数年に渡って使用する事なく溜め込み続けた魔力に押しつぶされ、常時破損が激しい。

常にどこかしらの内臓が破壊されている状態だ。

こうまでして魔力を貯める必要がある魔法とはそれこそ奇跡に等しい魔法だろう。

魂すらも、賭ける程なのだから。

 

「君の見立てでは、あと六年はこの状況を保たなきゃいけないんでしょう。アテはあるの?」

「今のところもってあと三年だ。攻めの一手に転じても状況は好転しなかった…それもこれもあんたが原因なんだけどな。」

「どこにもちょっかいはかけてないよ。俺は。」

「死者が出始めてる。あんたが手を出さなくても事実、犠牲なしで物事が成り立たなくなった。」

 

言葉は悪いが、人類は繁殖せねばならない。

死ぬ分だけ生きる分を量産する。

今最も必要でありながら原始的な、種を保存するための手口である。

綺麗な言葉を使うのなら"未来に命を託す"だろうか。

 

「…犠牲を出したくない、なんて甘えた考えなんだろうな」

「別に君はまだ人間なんだからそう思ってもいいんじゃない?」

「そういうもんか?」

「そういうもんだよ」

 

為政者の言葉ではないけれど。

そう付け加えたアーデンは小さな子供にするように、ぐじゃぐじゃになった頭を撫でた。

赤毛が多く混じり始めたのは分け与えたシガイの影響だろう。

ノクティスがシガイを討つ者として選ばれたソムヌスの生まれ変わりだと言うのなら、メディウムはシガイを束ねて死ぬ者の生まれ変わりだ。

どちらか片方が死ぬことは許されず、二人揃って死んでいく。

 

兄は死の王に、弟は光の王に。

分かたれる運命を背負った王家に、未来などあるのだろうか。

王族ばかりに責務を背負わせ、逃れられぬ場を作る。

最も身分の低い生贄をわざと最も高い身分に据え、贄だと気付かせずその一生を終わらせる。

鳥籠を自分で作らせ、神々に飼育されるだけの存在。

 

考えずには居られなかった。

こんな戦いになんの意味があるのだろうか。

ルシスに始まり、ルシスに終わる。

たったそれだけの神々がイオスを守る為だけに勝手に始めた身勝手な取り決めに従って。

何一つ産まない奪い合いになんの意味が。

 

「はっ…何考えてるんだ、俺。疲れてんのかな…。」

「疲れてるんじゃない?シガイ化してるとは言え活動限界はあるものだよ。」

「便利だが万能じゃないな。」

 

ずり落ちてきた王子の証である小冠をもう一度留め直す。

王冠はいずれ戻ってくるノクティスの為に大切に保管されている。

今メディウムが着ているのは新しく作り上げた盟主の戦闘衣である。

世界を背負う者として、最終決定権を持つ証とも言える。

 

不思議なことだ。

あの日、炎に包まれて死ぬつもりだった自分は今や戦火に包まれながら世界のトップに立っている。

負った火傷が生き様のようにメディウムの後をついて回るのだ。

消えることなく、いつまでも。

 

「アンタは今どこで生活しているんだ。」

「王城、君達の生まれ育った家だよ。壊れているところもあるけれど殆ど無事だからね。快適そのものさ」

「うわ狡い。一人だけいいところ住みやがって。」

「シガイの王様だし。」

 

そして君は人間の盟主だ。

 

たった一言に長年の日々が分かたれたような気持ちになる。

シガイの蠢く音と焼け焦げる匂いに鼻を覆いたくなるこの地はお互いにとって始まりの場所であり、終わりの場所でもある。

生まれ出で、死ぬ程奔走し、目覚め、壊した場所。

 

同じようにシガイになったにもかかわらず、メディウムのことを人間だと宣う。

それはまるで、人であって欲しいと願う愚かな願望のように。

 

「…なあ、親父殿。一つ提案がある。」

「どうせ"人類の為"でしょ。」

「他に理由なんかないさ。当然だろう?」

 

黒と金の瞳がうっそりと笑う。

どうせロクでもない提案だ。

またこの子が犠牲になるような、しかし確実に利益になるような、そんな提案。

アーデンは心得たように、提案の内容を聞くこともなく承諾した。

 

 

 

 

 

 

「闘技場…ですか?」

「正確には王城前の広場を使用した賭け事だ。こちらが勝利した場合、その日は一日中黄昏の時になる。一部ではあるが外の強力なシガイも退けてもらう。」

「シガイの王とそんな交渉を…?シガイに王がいるのか…?」

「それを討とうなどと考えるのは浅はかだ。奴を殺せるのはルシス王のみ。我々では手出しが出来ぬ。交渉出来ただけ儲けと思ってもらいたい。」

 

提案したのは一種のデスマッチ。

参加者はメディウムとシガイのみという限定されたゲームである。

メディウムが勝ち星を挙げた場合、一日限定で黄昏が続く。

つまり、シガイが動かない日が訪れるのである。

 

まだ皆に伝えることはなく、将軍であるコル・リオニスにその概要を伝えた。

 

「敗北した場合は一週間程、私は闘技場に閉じ込められる。無論、脱出は不可能だ。」

「殿下が亡くなられたら世界が崩壊します。そんな危険を冒してまで行うなど言語道断かと。」

「聞け、コル。私はほぼシガイと変わらない。さらに神の加護もある。一週間程なら死ぬことはない。かの王は退屈している。戯れのためなら多少の慈悲もあろう。」

 

納得のいかない顔をするコルを宥め、これはもはや決定事項なのだとメディウムは伝える。

やらない、という選択肢はないのだ。

 

「私は民に半分でも陽を見せてやりたいのだ。」

「それは…。」

「この四年で生まれた子もいる。我らの知る本当の陽を、我らの知る安寧を、安らかな心地を、知らぬ子供達がいる。私は少しでも未来に遺せる物を遺したい。」

「不吉なことを言わないでください。殿下。貴方は私よりも遥かに若い。まだ未来は、貴方に導いて貰いたい先が沢山あるのです。」

 

なんと甘美な言葉だろうか。

美しい言葉を選ぶものだと、メディウムは自分の脳を罵りたい気持ちだった。

 

彼はただ、忘れたいのだ。

盟主であることも、王子であることも、二十年の苦しみも、今も続く激痛も。

ただ無邪気に死と生だけが支配する戯れに身を投げることで、全てを忘れ去りたい。

そこに理由を求めるのは今までそうして生きてきた故の呪いなのだろうか。

口をついて出る優しい言葉に吐き気すら催しそうだ。

 

「コル、私を止めないでくれ。」

 

(メディウム)が壊れてしまうから。

その前に楽しい遊び(逃げるための痛み)を。

 




どうでもいい反省会後書き。

生きとったんかワレェ!
どうなってるんですか!!(投稿期間の空きを見ながら)
サクサク進むなんて大嘘じゃないですか!
これには海よりも高く山よりも深い事情があるんだろうなぁ!?

_人人人人人人_
> 深度ゼロ <
 ̄Y^Y^Y^Y^Y^Y^ ̄

…というしょうもない反省は隅に置いて。
大変長らくお待たせいたしました。
次こそは早めに投げつけたいところ…!(フラグ)


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Chapter 13 帰郷
ただいま


ーーコポリ。

 

 

ーーさあ、真の王よ。行きなさい。世界のために。

 

 

ーーコポリ。

 

眼が覚めると、薄暗い洞窟のような場所に出た。

覚悟が決められず長らく揺蕩っていた星々の中から抜け出し、現実へと戻ってきたのだ。

目覚めた王は自らの役目を果たすべく、外へと踏み出す。

あれから"十年"もかかってしまった。

 

闇に沈む定めの時はとうに過ぎただろう。

沈んだ後の闇い世界が目の前に広がっている。

荒廃した土地、闊歩するシガイ、怯える人々。

そのどれもがあらゆる意味で自分の帰還を今か今かと心待ちにしている。

 

幼き時から共に過ごした友、自らを支えてくれた人々、寂しそうに送り出してくれた兄、討つべき仇敵。

彼らの行方も分からぬまま、真の王ノクティス・ルシス・チェラムは現実へと帰還した。

 

神影島にはキーの刺さった一台のクルーザーが停泊していた。

オルティシエに向かう際、シド・ソフィアの手によって修理された船である。

まるでシガイの姿が見当たらない神影島に王族のクルーザーが一台。

明らかに意図的に置かれたもので間違いないだろう。

クルーザーの中には一枚の置き手紙が置かれていた。

 

"ハンマーヘッドで待っている"

 

達筆な文字。

見覚えのありすぎる紙を握りしめ、海を見つめる。

王は旅の初めに訪れたガーディナ渡船場へと向かった。

 

 

 

 

 

「なんだ、これ…。」

 

ルシス王国に入国する唯一の海路であり、観光地として賑わっていたかつてのガーディナ渡船場は見る影もなかった。

数年以上放置されたような有様に、暗闇の中に湧き出るシガイが悠々と闊歩している。

 

"光無き地に人の生きる場所はない"

 

バハムートの言葉が脳裏をよぎる。

クリスタルの中で揺蕩い、膨大な力を蓄え覚悟を決めた十年の間に、人々はどこまでの後退を余儀なくされたのか。

少なくとも海路の使用を断たなければならない程に、人々は陸地へと移動したのだろう。

 

襲い来るシガイの群れを潜り抜け、陸路を進む。

巨大なシガイを傍目にバレぬように走る。

ハンマーヘッドまでこんな調子で大丈夫なのだろうか。

 

「けど、アイツらに何も言わずにってのは、流石にナシだよな。」

 

"仲間のことは大切にしろよ"

 

オルティシエに向かう前にシドに言われた言葉だ。

ルシス王家が、真の王が迎える結末を仲間達に伝えなければならない。

元凶を屠る前に、手遅れになる前に。

 

道路沿いに走り続けると、一台の車がこちらへとやってくる。

こちらの存在に気がついたトラックがゆっくりと止まった。

トラックに乗った年若い運転手が驚いたような声をあげる。

 

「あの…。」

「…誰。」

「十年経ちましたし、見た目じゃあ分かりませんよね。タルコット・ハスタです。祖父がアミシティア家に仕えていた…。」

「タルコット!?」

「はい。ノクティス様ですよね。」

 

そうか、十年も経てばあの子供だったタルコットがこんなにも大人びてしまうのか。

分からなかったことを謝り、人が居る場所を教えてくれないかと聞くと、車に乗るように促された。

ここから歩いていくには遠いらしい。

溢れ出るほどの力を手に入れたとはいえ、十年ぶりに地に足をつけたばかり。

タルコットの言葉に甘え、ノクティスは助手席へと乗り込んだ。

 

「今からハンマーヘッドへ向かう所だったんです。定期補給の時期で、色々物資を積んでいます。」

「定期補給?」

「はい。強いシガイが特に多い王都では、精鋭が集められ、少しずつ王都の安全領域を増やしているんです。今ちょうど、ハンマーヘッドにはグラディオラス様も居るはずです。電話、かけてみますね。」

「助かる。」

 

数コールで応答した相手と一言二言挨拶を交わした後、タルコットが事情を説明し始めた。

途中、ノクティスへ代わるように要求してきたが、会ってからでいいと首を振った。

電話の相手はイグニスだったようだ。

 

「イグニス様もプロンプトさんもいらっしゃるそうです。御三方が揃っているなんて珍しい。」

「そっか。兄貴は居なさそうか?」

「今ハンマーヘッドに向かっているらしいです。メディウム殿下が有事以外で王都を離れるのは初めての事ですし、何か感じるものがあったのでしょうか…。」

 

トラックを動かし、感慨深そうに笑うタルコットにこちらは苦笑いを浮かべる。

未来予測、未来予知、先見、言い方はなんでも構わないが、それに類する頭脳を持つ兄ならないことはなさそうだ。

逆に他の三人は偶然そこに揃っただけに過ぎないような気もする。

偶然でも揃えば、それは必然なのやもしれないが。

 

「兄貴はともかく、アイツらはたまたまだろうな。兄貴はずっと王都で精鋭とかと一緒に戦ってるのか?」

「はい。半年に一度、各国の代表が集まって行われる定例会議には出向かれているようですけれど、それ以外はずっと王都に。もう、七年目になります。」

 

タルコットによるとメディウムはルシス王国第一王子でありながら一時的に組まれた世界連邦の盟主でもあると。

その負担は計り知れず、世界中あらゆる物事の最終決定権を有しながらも自国の統治も行わなければならない。

その上で前線でも活躍し続ける一種の神のような存在だと、興奮気味に語られた。

なるほど、神。

六神が聞いたら眉間にしわを寄せるかもしれない。

 

「それにしても、ノクティス様とまた会えて本当に嬉しいです。」

「俺もだ。あのタルコットがこんなに立派になってるなんて思わなかった。」

 

日が昇ることもなく、エンジン音だけが響く車内で互いに笑い合う。

十年とはそれ程までに長い時間だと実感できる。

歳をとると、こんなにも不思議な気持ちになるのか。

これから会いにいく仲間達も十年前とはかなり違うのだろうか。

 

「実はメディウム様とは七年前を最後に一度も顔を合わせていなくて。」

「じゃあどんな風になってるか楽しみだな。」

 

タルコットの少し悲しげな顔が前を向く。

その様子にこの十年で兄に何があったのかを悟った。

予想はしていたがまた怪我が悪化しているのは当然、火傷も増えていることだろう。

あの兄のことだ。

ろくなことにはなっていない。

 

随分と長いこと無理をさせてしまった。

二十年と十年。

ノクティスが生きたのとまるまる同じ年、三十年という長い歳月を苦痛の中に沈めた兄もこれでやっと解放される。

陽を拝み、安心して眠れる夜がやってくる。

自分達三人が憎しみを捨て、静かに眠る事で人々が安寧を手に入れる。

ルシス王家とは人々を守る盾でありながらとんだ疫病神だ。

 

「ハンマーヘッドにシドのじいさんはまだいるのか?」

「いえ、今はレスタルムに移っています。あまり元気そうではなくて…ハンマーヘッドに戻りたいって良くメディウム様に直談判しています。」

 

ずっと却下され続けていますけど、と苦笑いを浮かべたタルコットに軽く頷いた。

ハンマーヘッドは電気が通っているようだが、戦えないシドが住むには余りにも危険すぎる。

陽の登らない世界で最高権力者たる兄に毎度抗議しにいく様は周りがヒヤヒヤさせられる事だろう。

実の所、兄の方がシドに頭が上がらずなんとか出来ないかと模索し、結局ダメだと返答していそうだ。

 

「積もる話、沢山ありそうだな。」

「はい。きっと、他の皆さんも沢山お話ししたい事がありますよ。」

 

暗いばかりの道の先に明かりが灯る場所が一つ。

旅の始まりとなった場所。

初めて外の世界を知ったあの場所。

二度と帰れないと思った故郷への道程。

バリケードが施されたハンマーヘッドが見えてきた。

 

「ノクティス様…夜が明ける日は来るんでしょうか。」

 

タルコットが突然そんなことを言った。

漠然とした不安の中に浸った十年。

ノクティスの帰還とは、即ち夜が明けることを意味する。

それと同時に長過ぎる怨恨への終わりも告げていた。

これは神達の手の上で踊らされた神秘の贄達による終焉への幕開け。

 

勝つか負けるか。

そんな単純な話ではない。

全力でぶつかりあって全力で殴り合って全力で殺し合う。

死ぬ事以外に選択肢のない、世界への贄が捧げられる時なのだ。

 

だから、どんなにあがいても答えは一つしか存在しない。

 

「くる。絶対に。」

 

そうでなければならない。

もう、アイツも兄も自分も十分に苦しんだ。

否、自分とは比べ物にならないほど彼等は苦しんだ。

終わりを迎えるのなら早い方がいい。

安らかに逝けるのなら直ぐにでもノクティスは剣を持って向かう。

闇を祓い"人々"を救う王だから。

 

あんなに優しい"人達"を借り物の力で救えるのなら構わないと思った。

恨みもある。

巻き込まれたことへの怒りもある。

しかしそれ以上に、クリスタルの中で見た歴史はあまりにも悲しかった。

あまりにも辛かった。

 

「俺が、晴らす。」

「…はい。その時を待っています。」

 

人工の光溢れるハンマーヘッドへと入っていく。

さて、かつての仲間達はどのような変化を遂げているのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

パリッカリッと携帯食品を食い千切っり、また新たなものを口に突っ込む。

一際目立つ厚手の衣装を着た赤毛の混じる黒髪の男が積まれた積荷を確認しにトラックへとやってきた。

橙色だった瞳は金色のような色へと近づき、全てを見透かすように周囲を見る。

黒き瞳は何処までも続く深淵のようで、覗き込めば吸い込まれそうなほどに深い色を宿していた。

 

「カボチャの馬車と行かずにすまなかった寝坊助な我が弟よ。よーく眠れたか?」

「ああ。バッチリだ。クリスタルの中は快適だな。強いて悪い点を言うなら心底夢見が悪かったってところか。」

「そりゃあ重大な欠点だ。」

 

聞き慣れたはずなのに懐かしい声の主が恭しくトラックの扉を開け、手を差し出してくる。

その手を掴むと暖かいような冷たいような、なんとも言えない生温い感覚が手から伝わってきた。

生きているのに死んでいるかのような、中途半端な温度だ。

やはり、とノクティスは目を伏せる。

バハムートからメディウムという存在を明確に教え込まれ、そうなるだろうとは思っていたのだ。

 

「兄貴、意外と若いな。もう三十六だろ?あのおっさんそっくりだぜ。」

「そういうノクトは歳をとったな。俺よりもおっさんくさい。ああ、でも父王にそっくりだ。」

 

ノクティスは掴まれた手を強く握り返す。

例え兄がどんな存在であろうとも今どんな立場にいようとも自分達が兄弟であることに変わりはない。

今再会を喜ばずしていつ喜ぶべきなのか。

 

「おはよう。兄貴。」

「おはよう。かわいい弟。」

 

パシッ。

開いた片手でハイタッチ。

さあ、反撃開始だ。



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のぞみ

うず高く積まれた武器や食料の物資を別のトラックに積み換える作業を横目に、今は倉庫となっているタッカの店へと入っていく。

中にいたメルダシオ協会の人々に一度席を外してもらい、店の奥へと向かうと幾分か歳をとった仲間達の姿があった。

髭を蓄えたプロンプト。

怪我の増えたグラディオラス。

髪型を少し変えたイグニス。

十年の重みが伝わる変化が仲間達に訪れていた。

 

「ノクト!」

「ようやくお目覚めか」

「無事で何よりだ」

「よっ。待たせたな」

 

皆一様に嬉しげに王の肩や背を叩き、歳をとった友の帰還を喜ぶ。

随分髪が伸びたとか、父王にそっくりだとか二十歳の時の服がアンバランスだとか。

たわいも無い話題で盛り上がる子供達を嗜めるように、メディウムが軽く手を叩く。

 

「忙しき戦の中、皆良く集まってくれた。」

 

三人が一斉に王の剣流敬礼をとる。

今は世界をまとめる盟主とは言え、普通は自らが仕えるそこの王にするものだろう、と軽く頭痛を覚える。

後でそのあたりを修正させなければならない。

苦笑いをこぼし、全員座るように促した。

これからのことについて話し合わなければならない。

 

今回、ハンマーヘッドに旅に参加していた五人全員が集まっているのはメディウムが招集をかけたからである。

もうそろそろ起きてくるだろうという時期に時間を捻出させ、ハンマーヘッドにて集合するようにあらかじめ指示していた。

もし目覚めて来なければそのまま互いの無事を確認して解散となる手はずだったのだが、無駄にはならなかったようだ。

 

「我らが王の帰還に伴い、直ぐ様元凶を討つ…と言いたいところなのだが各方面に挨拶に行かねばならん。一度、レスタルムまで皆で向かおうと思う。異論はあるか?」

「なんで兄貴、そんな口調なんだ。」

「んん…悪い。つい癖で。もっと砕けていてもいいな。うん、みんな異議なしだな。じゃあ概要を説明しよう。…おい、三人は何か言いたげな顔をするな。議題に関係ないのは目に見えてるから敢えて聞かないけど。」

 

頷いた面々、グラディオラス、イグニス、プロンプトの堪え切れないとでも言いたげな笑い方にメディウムは拗ねたような顔をする。

当然だろう。

今まで頑なに心を開かなかったかの盟主が弟の言うことは直ぐに聞いてしまうのだ。

彼も弟の帰還に相当浮かれているらしい。

 

険しい表情や無表情ばかりだった顔が今日はやけに緩んでいる。

クラレントを構えるかのように添えられた右手も今は組んだ足の上に置かれ、有事の際に全く備えていない。

気の抜けた、余裕の態度だった。

家族というものはいるだけで安心感をもたらす物なのだと、改めて感じる態度である。

 

「まず、レスタルムには既に重要人物を緊急会議と題して招集している。アコルド自由都市連邦首相カメリアとテネブラエ王国国王レイヴス、並びに神凪のルナフレーナ、傭兵団団長アラネア・ハイウィンドだ。彼、彼女等には義理を通す必要がある。」

「テネブラエ王国?復建したのか?」

「一時的にな。夜が明けぬ今、テネブラエより向こう側を自治できる才あるものが直ぐに見つからなかったんだ。ニフルハイム帝国の生き残りもほぼ国民と貴族ばかりで政府首脳部の者は少数しか生存確認ができなかった。」

 

その点で言えばテネブラエ王国は女王も健在であり、息子のレイヴスも強き力を持ち、今では公式にメディウムの神凪として最善を尽くしてくれている。

信頼性も高く血筋も十分。

これ以上ない人材だったと言えよう。

 

面倒だったのはニフルハイム帝国亡国認定の時に行われたニフルハイム国民によるデモである。

貴族が中心となって行われたデモの中心人物はメディウムとの会談を要求してきた。

 

「それどうなったんだ?」

「勿論応じたさ。まだ彼等は他国の国民だったからな。一応国の代表という形で同盟の会議に参加してもらった。」

「話ついてくの無理じゃねぇ?」

「聞いてよノクト!その会談俺達も護衛でいたんだけど酷い空気だったんだよ!」

「シガイの相手をするよりも怖かったな。」

「勉強になる駆け引きだった。」

 

腐っても帝王学を学んだ王族、フルーレ家と国民による厚い信頼を自らの頭脳と手腕、そして言動によって勝ち取ってきたカメリア、数多の記憶を持ち、口の上手さとあくどさ頭の回転の速さが世界最高峰であろう世紀のヴィランに二十年に渡る教育を施された未来視の盟主。

貴族とは言え政治と戦争の最前線に立ってきた訳でもなし、この三人に口で勝てるのはあのおじさんぐらいしかいなかった。

自分よりも若いと見下してカメリア以外をマークしなかったのが彼の運の尽きだろう。

 

「要は俺達の話し合いに一人でついて来られたらここに名を連ねてもいいって会議だったのさ。勿論ついて来られなかったがね。」

「幅が広すぎる会議だった。どれもその道の専門分野の人間でなければ分からないような言葉の応酬だったんだ。皆が皆あそこまで物を学ぶとは到底思えない。」

「イグニスもそのうちできるようになる。」

「電気工学の専門家が農業、畜産や教育、建築、金銭や税にまで手を伸ばしているような状態にまでなるのか…。」

「半分ぐらい足突っ込めるようになってるから行けるって。」

 

この十年の間にイグニスは頭脳面でも相当扱かれているようだ。

あのスタイリッシュアクション代表者が青白い顔をしている。

軍師は政治家じゃないとフォローを入れるべきなのか、今後を考えるとこのままの方がいいのだろうか。

 

兎にも角にも、今はニフルハイム帝国は存在しないことになっており、代わりにテネブラエ王国が君臨している。

国民の反発が絶えないかと思ったがそこは神凪の一族、平和の象徴の名に相応しいと言えるほど争いがない。

レイヴスの能力主義も功を奏しているのだろう。

国民皆平等に才あるものは分け隔てなくペンを持たせ、働かせているようだ。

戦いを担うのがルシス王国だとしたら内政を担うのがテネブラエ王国だろう。

その中間に立ち、統率を取ってくれるのがアコルド自由都市連邦だ。

戦後も良好な関係作りを目指したいものである。

 

「まあ、レスタルムに向かう理由は挨拶ってだけじゃないんだ。ノクトもさ、ルナフレーナに会いたいだろ?」

「俺が行って騒ぎにならないか?」

「ちゃんと会議用の建物がある。そこにいてもらっているから俺が義理を通している間に話してこい。」

「…いいのか。今すぐに夜明けにした方が皆喜ぶだろ。」

 

覚悟が揺らいでしまうような、そんな頼りない瞳をしていた。

きっと大切な人に出会ったら彼はこんな使命嫌だと逃げ出してしまうかもしれない。

そんな人間の心の弱さを、ノクティスは心配していた。

ルナフレーナの顔を見たらきっと自分は。

 

「ノクト。夜が明ければどうなるか、言わなくていいのか。言わないまま、行くのか。」

 

レギス王のように。

声には出さなかった兄の言葉が胸に刺さった。

違う、自分は皆に悲しい思いをさせるために覚悟を決めたんじゃない。

明るい未来を皆に託す為に、外へと出てきたのだ。

 

"会っておけばよかった。"

 

シドがこぼした、友への叶わぬ思い。

もう一度だけ楽しい旅をして、喧嘩別れをして、歳をとって、立場が変わっていって、仲直りをした友の顔がもう二度と見られない辛さ。

 

"なんで、兄貴も親父も...何も言わないんだよ...。"

 

遺された者の気持ちを十分に味わった。

大切な人達にも同じ思いをさせていいのか。

メディウムの顔が悲痛に濡れる。

そんなの、そんなのは。

 

「…良くない。」

「ああ。だから行こう。」

 

差し出された兄の手を握った。

 

 

 

 

 

 

 

 

車で夜道を進み、レスタルムに新たに作られた地下道を抜けるとオフィスのような建物にたどり着いた。

元々何処かの会社が保有していたビルだったものを買い取り、急拵えの治外法権区域にしていたのである。

ここでは国も立場も関係なく、同盟に名を連ねる各国の代表や協力者達が己の意見を好き勝手に言える。

不敬罪も言論の弾圧もない真に自由の場なのである。

 

「ここの最上階が会議室だ。ルナフレーナは会議室で待ってもらっている。俺達も後で参加するから、ノクト達はまずそちらへ向かってくれ。」

「分かった。」

「大事な話は俺達が来る前にしておけ。俺達はもう知ってるから。」

 

ヒラヒラお手を振ってエレベーターで上の階に上がってしまったメディウムの言葉に、残されたノクティスは頬をかく。

どうやって夜を明けさせるのか、何故そうしなければならないのか、その為に何が必要なのか。

恐らくそれらの説明をし、説得し、協力を仰ぐことでここまでやってきたのだろう。

 

説明するなという方が無理だ。

そのまま鵜呑みにしろというのも難しい内容だろう。

レイヴスはともかく、カメリアはかなり苦労したはずだ。

 

「ねぇ、ノクト。大事な話って夜明けに関してなんだよね。」

「その過程に何か問題があるって事だよな。」

「メディウム様の様子だと、その、言いにくいことか?」

 

歳をとった友人達の不安そうな声に小さく笑った。

そんなに心配することはないのに。

そもそもノクティス・ルシス・チェラムもメディウム・ルシス・チェラムもこの時の為に生まれ出でた存在だ。

不満に思う権利すら与えられていない。

受け入れるしか、道は無いのだ。

 

会議室の扉を開けると、美しき待ち人が顔を上げる。

十年経っても何一つ変わらない。

 

「お待ちしておりました。おはようございます。ノクティス様。」

「待たせた悪りぃな。おはよう。ルーナ。」

 

どちらとも言わず抱きしめた。

彼女の兄や盟主によって大切に保護されていたルナフレーナの様子に変わりはない。

オルティシエで別れたあの時から変わらない姿でそこにいた。

自分よりも細くて頼りないのに、どれだけ強く逞しいかをよく知っている。

 

彼女を見たらきっと何もかも投げ出したくなると、そう思っていたのに。

いざその顔を見るとより一層、使命と向き合おうと思える。

この人を幸せにしたい。

好きだと思えるこの人を、幸せな未来に送り出したい。

 

「なあ、ルーナ、グラディオ、イグニス、プロンプト。聞いて欲しいことがあるんだ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

「カメリア。レイヴス。アラネア。聞いて欲しいことがある。」

 

ノクティスの目覚めにより、これから起こるであろう決戦に向けて盟主は不在になる。

これからどうするかの話をする中、メディウムの口から唐突に切り出された。

彼が話の流れを切ってまで伝えたいことなど滅多にない。

重要な案件なのだろうと、三人が口をつぐんだ。

 

「ルシス王国の王にはノクティスが相応しいと思う。」

「今も玉座についているでしょう?空白の十年を含めて、長くね。」

 

首を傾げたアラネアは何を言っているのだと瞬きをする。

数年前にメディウムをぶん殴って一時仲直りをした後、かの恐れ多き盟主に遠慮なく苦言を呈するほどになった。

何を当たり前の事実を今更言っているのだろうか。

しかし、カメリアとレイヴスは違うようだった。

長く共におり、彼の本来の父を知り、ルシス王家のなんたるかを知っているからこそ導き出される答えがあった。

 

「それは、貴方の使命を放棄すると言う宣言ととって良いのかしら。」

「正気か、メディ。この三十年の苦しみを全て無駄にする気か。」

「早合点が過ぎる。そうは言っていない。ただ"目的を達成できれば使命は果たされる"という部分を悪用するだけだ。」

 

イマイチよく事情が理解できないアラネアのために、メディウムは初めから順を追って説明し、その作戦を決行する為に協力して欲しいという。

具体的に三人が行うのはメディウムが書き上げたとある物を参考に政治を行うだけなのだが。

何処か楽しげな様が見るものの心を締め付ける。

 

「俺の使命の一つ目は既に達成された。残り一つは"真の王亡き後、王家を繋ぐ"こと。つまりルシス王家が存続すればいいわけだ。俺である必要はない。」

「ノクティスの死は既に確定している。歴代王とクリスタルの力を宿した魂を救うなど…覆すにはそれこそ同じだけ業を背負った魂すら賭ける大魔法でもなければ無理だ。」

「だから"賭けた"んだ。」

「何ですって…?」

 

つまり、メディウムが言いたいことは一つ。

 

「俺は魂ごと死ぬ、身代わり魔法を自分にかけた。」

 

レイヴスがメディウムの肩を掴んだ。

軋むような音を立てるほど強い力で掴まれたが、震えているのはレイヴスの手。

唇を切れるほど噛み締め、怒りなのか絶望なのか哀しみなのか、渦巻く感情を整理出来ぬまま強く掴む。

そんな馬鹿げたことは止めて欲しい。

心の声が聞こえてくるようだった。

 

魂を賭けるとはどういうことなのかさっぱりわからないアラネアとカメリアが説明を要求する。

マズイことになるのは目に見えている。

魂という概念に関してはメディウムよりもレイヴスの方が詳しかった。

 

「生命は魂として星を廻り続ける。体を得て地上へ出てくるが、体が尽きればやがて死に、また魂が廻る。そうやって輪廻転成を繰り返すのが生命であり、廻る為に必要なものが魂だ。」

 

人は流れのことをライフストリームと呼ぶ。

魂を賭けるとは、肉体と同様に魂そのものを砕くことである。

砕かれた魂はライフストリームに還ることもなく消え失せる。

死ぬとは生命の営みの上で切り離せない一つの終わりだ。

その終わりにすら辿り着けぬまま、永遠にカケラとなって彷徨い続け、輪廻の先でさえも二度と出会えなくなる。

 

本当の意味での、存在の消滅。

 

「アンタなんてことを!!」

 

死を悲嘆する人間にとってそれ以上の消滅という概念は未知の恐怖。

三十年の苦痛の記憶を最後にこの男はやり直しのチャンスを捨てると言っているのである。

ここまで世界に貢献した彼の願いならば神々の慈悲もあろうに、それら全てをかなぐり捨てた"人間"の魔法だった。

 

「神様なら何の代償も無しに救えるだろうけど、残念なことに俺は人間だ。賭ける他に道は無い。弟を見捨てるなんて選択肢も当然無い。」

 

もうは魔法は解けない。

メディウムが独自に組み上げたエレメントの羅列は目眩がするほど複雑であり、世界の真理に迫る異常なもの。

常にブーストがかかり続けている魔力生産力を持ってしても十年分の魔力が枯渇するほどだった。

魔力が溜まりきる前に発動していたら、逆に魂が砕かれるどころか焼き切れていたかもしれない。

 

「これは遺言だ。しかと聞き届けて欲しい。」

 

魔法すら与えられていない人間の彼女等には止める手立てすらなく、説得の余地はない。

呆然と椅子に崩れ落ちたアラネア。

厳しい瞳でこちらを見据えるカメリア。

掴んだ肩の手をそっと放したレイヴスから流れ落ちた小さな雫を拭う。

 

「泣くな、レイヴス。国王になったんだろう。」

「俺は、お前の神凪で、側近で、親友だと…何かあったら言ってくれると、信じていた!何故一言相談してくれなかった!!」

「ごめんな。止められたくなかったんだ。」

 

生きてもいい。

その言葉を聞きたくなかった。

 

「ここに大事なものが入っている。夜が明け次第、この通りに行動してくれ。」

 

差し出された封筒は分厚い。

一冊の本でも入っているかのようなそれにはメディウムの署名が為されており、開封できるのはこの場にいる三人だけになっていた。

恐らく魔法がかかっているのだろう。

 

「同盟の盟主は俺が死んだ後に好きに決めてくれ。誰でも構わないが、争わないで済む方へ進むのが一番だ。」

 

レイヴスが静かにメディウムの足元に崩れ落ちた。

聞きたくも無い親友の遺言に耳を傾けながら、目を瞑り続ける。

 

「それから。」

 

一瞬考え込んだ。

これを遺言と言うのはズルイだろうか。

人の最後の願いに忖度を含んではいけないのでは無いのだろうか。

否、最後の願いだからこそ含むべきか。

 

「ノクトのこと、頼んだ。もう、俺が守ってやれないからさ。」

 

死んだら幽霊になってでも弟を守ってやりたい。

宰相に過労で死ぬほどの仕事を押し付けられた時、白目を剥きながらそんなことを宣っていた。

あの強かった男が、図太くて飄々としたメディウムが、弱々しそうに微笑む。

 

親友達はそれ以上耐えられなかった。

 

ふんわりとした何かに包み込まれた。

両の肩に二人分の顔が乗っかって暖かくて、少しだけ重い。

体を強く抱きしめる親友二人の手にそっと自分の手を重ねた。

縋り付くような友の姿に身が裂けそうな想いが募る。

 

「なぁ、二人共。こんな暖かさなんていらねぇよ。こんな重さ、俺には贅沢すぎるよ。なんだよ、お前等。なんでそんな、優しいんだよ。止めりゃあいいだろ。殴ってもいいんだぜ。なんで抱きしめてんだよ。いっつも仲悪い癖にこんな時ばっかり息ぴったりでさ。」

「うるさい。止めたって聞かない癖に。殴ったって笑うだけの癖に。」

「今ぐらい好きにさせろ。」

 

レギスを送り出す時も、こんな気持ちだった。

カメリアは抱きしめ合う三人を一人静かに見つめる。

強く賢く優しい者から消えていく。

戦えぬ者から失う悲しみを知り、戦う者から死への道を突き進む。

 

「どうして、若い子から居なくなるのかしら。」

 

また一人、世界を守るために消える。

神様も世界も惨い存在だ。

 



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しずかに

ーーチェラム家、それは神々に選ばれし世界への供物。

人柱と言い換えても差し支えない。

彼等はいずれ来る厄災に備え、備蓄されていくだけの消耗品。

潰えることは許されず、しかして死ぬ為に積み上げられる負の連鎖。

断ち切るには、人であることを止める他ない。

 

 

 

 

 

シガイは寄生虫である。

生物を温床とするタチの悪い寄生虫はあろうことかその生物の心臓や脳さえも食い潰す。

死してなお動かされ続ける哀れな死骸を人々は"シガイ"と呼び、化け物として忌避してきた。

それは紀元前から存在する、神々でさえ手の出せない腫れ物だった。

 

さらに寄生虫は、星そのものに寄生している。

シガイの発する黒色の粒子は光を喰らう。

天に昇った粒子が暗幕のように空を隠してしまうのだ。

粒子の流動や厚さによって、二度と陽の光を拝めなくなるだろう。

 

しかし、ある一族の中に特異な才を持つ若者が現れた。

寄生虫に食い潰されることなく、その身に取り込んでしまう異常な才だ。

神々は、否、剣神バハムートはあることを思いついた。

 

そうだ。

こいつに大量のシガイを取り込ませ、殺そう。

 

剣神は若者を唆した。

甘い誘惑のような慈悲の言葉を紡ぐ神の声。

彼の行動を全面的に肯定し、彼の一族を褒め讃え、人々を救うべき救世主であると繰り返した。

元々、献身のきらいがある若者はどんどんシガイを取り込み、身を滅ぼした。

 

神の御使いとも言われた許嫁の神凪の言葉さえも無視し、献身を続けた。

自分の体が化け物へと変容し続ける苦しみに耐えながら。

神凪を利用してもっとシガイを取り込ませようとしたが、あれはだめだった。

あの女は若者を愛しすぎている。

きっとこちら側の言葉よりも彼の言葉を信じる。

 

剣神は悩む。

コレを誰に始末させよう。

ああ、そういえば弟がいたな。

愚かな兄を救おうと手を差し伸べ、ことごとくから回る哀れな弟が。

アレに始末させよう。

 

しかし、事はそう単純ではなかった。

弟の方は盲目的に神に従うのではなく、剣神の言葉に懐疑的だった。

何故兄があんなことになってしまったのか。

その一端を担ったのは、そうさせたのは剣神バハムートではないのだろうか。

あの神は何か、自分達にとんでもない業を背負わせようとしてはいないだろうか。

 

彼は確実に核心へと迫る。

あの兄を想いすぎるほど愛している弟に勘づかれては計画が御破算だ。

きっと全ての真実を知れば、かの弟は神々から授かった魔法で神殺しを為してみせる。

それは最悪のシナリオだ。

 

神は、弟の感情を魔法を使うことで捻じ曲げることにした。

清らかな家族への想いを歪な形にし、洗脳に近い言葉を落とす。

所詮人間だ。

神の力がこもった言葉に逆らえる筈もない。

 

君の兄を助けたいと思わないか?

彼は不浄の存在だ。

彼は神々に最も近い素晴らしい人間だ。

しかし彼は病に長く浸かり過ぎた。

このままでは彼はもがき苦しみながら死を迎えるだろう。

そうなる前に楽にしてやろうとは思わないか。

 

君の手で兄の首を落とすのだ。

そうすれば、彼は苦しまずに安らかに眠れる。

病に身体を蹂躙された可哀想な子だ。

その優しさ故に彼は幸せを掴めない。

苦しさや辛さを感じる前に、どうか楽にしてやってはくれないか。

 

弟は悩みながらも拒んだ。

兄の首を落とす?

病に侵されてた人々と兄は違う。

殺すなんてありえない。

兄は正常で、今尚人々を助け続けている。

 

しかし、病に侵されているのは確かだ。

休養を十全に取ってほしい。

また再び元気になるまで守り通すから。

ずっと、側で。

この手の中で。

 

剣神は弟の暗い感情に気がついていた。

少しでもシガイに侵されようものなら死体の山を積み上げ、燃やし、村一つ無くすような無常さを持ち合わせる弟が、何故兄にあんなにも執着するのか。

今まで燃やしてきたどの人間よりもシガイに侵されている兄を何故生かそうとするのか。

人間とは無駄が好きな生き物だとつくづく思う。

家族と他人の差など過ごしてきた時間と血の繋がりだけだというのに。

 

剣神は提案した。

君達二人を世界最初の王にしようと思う。

その際、聖石に触れることで己の身の潔白を証明する必要がある。

君の兄は弾かれるだろう。

当然だ。

彼は誰よりも汚れているのだから。

不浄、もはや浄化することもままならない存在として聖石には認められない。

必然的に君が王になるだろう。

君は弾かれた彼を殺すのだ。

もし邪魔するものがいるのなら殺せ。

多くの民の前で処刑を。

 

なおも拒もうとする弟に剣神は言葉を重ねる。

 

彼は星の病の大元になりつつある。

殺すにはまだ力が足りない。

今の人々には彼を殺す力がない。

しかし彼は可哀想な存在だ。

その献身により多くの人々を救ってきた。

我々も慈悲を与えたい。

彼を誰も知らない場所に隔離するのだ。

我々と君しか知らない場所へ。

神凪さえも、知らぬ場所へ。

 

弟は息をのんだ。

その瞳に動揺が走る。

願ってもいない申し出だろう。

これでどこへなりともふらふら行ってしまう愛しい兄を繋ぎ止めておける。

あの目障りな幼馴染の女に取られる心配もない。

暗い感情を満たせる場所。

 

剣神はほくそ笑む。

人間は愛だとか家族だとか友情だとか、そういった類の誘惑にめっぽう弱い。

この弟、ソムヌス・ルシス・チェラムとて例外ではなかった。

 

ーー若者は処刑され、人知れず隔離された。

冷たい石の牢に張り付けにされ、永き時を過ごす。

時折訪れては、自分が犯した過ちに懺悔の言葉と涙を流す弟を見ることもなく、虚空を眺めて。

彼らは神に騙された。

弟は欲しかった誰かを手に入れることもできず。

兄は愛した女性を殺され、聞きたくもない弟の言葉から目を背ける。

 

剣神バハムートは王になった弟に語りかける。

本当の意味で兄を楽にするには聖石に選ばれし真の王を産み落とす必要がある。

代を重ね、時を重ね、その時を待て。

我々は出来うる限りの助力をしよう。

まだ、病との戦いは始まったばかりなのだから。

 

 

 

 

 

 

 

真の王が行うのは、数千年に渡って積み重なった黒い粒子を吹き飛ばす魔法だ。

それらは儀式によって行われるが、余りにも大きな魔法により使用者は確実に死亡する。

誰がやってもそこに例外はない。

まずは一番強大なシガイである元凶を打ち倒し、活路を見出す。

儀式は元凶を倒さないことには成功しない。

 

苦しい戦いになるだろう。

文字通り死ぬ為の戦いだ。

相手だって本気でかかってくる。

けれど、やらなければ人類に未来はない。

 

「話せて良かった。」

 

聖石クリスタルの中で見た断片的な記憶と自分が為すべきことを話し、ノクティスは嬉しそうに笑う。

時を重ねた体と比例しない二十歳だった頃の精神がより一層、彼の不遇を際立たせる。

強く握りしめた拳を、遣る瀬無い気持ちのままに振り上げたグラディオラスは、イグニスに咎められ力無く下ろした。

今ここで怒りを表したとて現状が改善するわけでもない。

従わなければ待っているのは光なき世界の永続と人と神の敗北だ。

 

「ねぇ、ノクト。この事、メディは知ってたんだよね?最初から全部。」

「…ああ。」

「あの人なら、ノクトが生き残る道を考えてるんじゃ!」

「他の道なんてない。最後は結局誰かの命を犠牲にしないと、この儀式は成り立たない。」

「そんな…。そんなことって…。」

 

神が干渉する儀式を改変するのは容易ではない。

例えば、神と同等かそれ以上の力があれば多少の改変は可能かも知れない。

人間が行うには余りにも傲慢な行為ではあるが、できないと言い切れない。

誰も試したことがなく、誰も成功したことのない事例であるからこそわからないことが多い。

だからと言って"できる"と断言もできない。

 

そんな僅かな可能性に賭けるのは兄らしくない。

恐らく、無謀なことはしないだろう。

一つ目を見事終えた彼の最後の使命はルシス王家を存続すること。

どちらも死ぬ可能性が高い行為は避ける筈だ。

だからこそ"体の殆どをシガイに浸しても核である心臓だけは人間のまま留めている"のだろうから。

何かしらの対策を練って決断した筈だ。

 

「それにさ。今なら分かるんだ。兄貴の見えない慟哭が。俺は王に相応しくないって言った意味が。」

 

真の王を代わってやりたい。

忌々しげに吐いた言葉の意味が今なら理解できる。

家族を助けたいと言うただ一つの願いと共にそれすらも出来ない自分への嫌悪が込められた言葉だった。

もし自分が兄の立場だったらきっと気が触れてしまうだろう。

心に深々と剣を刺したまま、拷問のような日々送る事になる。

 

「今でも代わりたい、なんて。思ってくれてんの?」

 

不意にノクティスが背後の扉に向けて質問を投げかけた。

コツリと軽い靴が壁に当たる音が鳴り、観念したように静かに扉が開く。

苦笑いを浮かべたメディウムの後ろにはレイヴスとアラネアの姿があった。

十年の間に歳を重ねた彼らはそっと友の背中を押し、部屋に入ることなく去っていく。

一瞬ノクティスと目があったが、彼らは何も言わなかった。

 

メディウムは二人を振り返り、短く息を吐く。

送り出してくれた友から仲間達へと向き直り、薄く笑った。

束の間の逢瀬の邪魔をしたくないからわざわざ外で話が途切れるのを待っていたのに。

軽く頬をかきながら返答の言葉を口にする。

 

「思っている。代われるのならいつでも代わってやろうと準備してたんだけどなぁ。結局無駄になっちまった。」

 

疲れた。

肩をぐるぐる回し、一つだけ空いていた席に腰をかける。

話せること、話したいこと。

それらを全てとは言わないが話せるだけ話したのだろう。

スッキリした面持ちのノクティスに反して周囲は暗い。

 

「俺と星の病は二十年…いや、三十年家族だった。間違いなく、親子だった。…これから俺は親殺しに向かう訳だ。お前が悪いんだって神様の無茶苦茶な理論振りかざしてな。」

 

プロンプトが顔を上げた。

親殺し。

その言葉をアーデンに投げつけられたことがある。

自分を作った遺伝子上親である人を撃った時に、罵るために使われた言葉だ。

あの人はプロンプトにとって育ての親でもなく顔を知っているわけでもない赤の他人だった。

だが、メディウムは違う。

 

二十年の長い歳月を共にし、顔を突き合わせずとも十年を親子として捉えてきた。

血の繋がりがあまりにも遠くても関係があった。

本当の意味での"親殺し"になるのだ。

 

「んで、弟も殺しに行く。見殺しにする為に俺は親を殺す。手を伸ばせば届くのに俺は手を下ろしたまま見送る。」

 

グラディオラスが唇を噛む。

護れる力を、家族を守りたいと思う気持ちをよく理解している。

だからこそ辛い。

だからこそ苦しい。

許されないことだと言われて、自分は家族を見殺しにできるだろうか。

たとえそれが世界のためだったとしても。

 

「俺は残った王座にすっぽり。まるでハイエナだ。屍肉を貪って生きる。何が王様だ。何が相応しい器だ。ただ頭が回るだけの、誰も助けられない愚か者に世界のお守りなんて出来るわけねぇのに。」

 

イグニスがそっと目を伏せた。

知恵でも発想でも優しさでも、何も手に入らない。

何も守れない。

一手二手三手とことの先を見据えても答えは出てこない。

最初から決まっている模範解答に別解など存在しない。

その別解を導き出せる誰かもこの有様だ。

 

「自分は優雅に余生を過ごして、子供もうけて、死ぬ。愛する人もいねぇのに。俺だけが生き残る。」

 

ルナフレーナが真っ直ぐ見つめる。

それでも運命なのだから。

人々が救えるのだから。

嘆いても仕方がないのだ。

喚いても変えられないのだ。

事実として、必要なこととして受け入れなければならない。

 

「あーあ…。」

 

何か口にしようと薄く開けた唇は静かに閉じられた。

言いかけた言葉を飲み込み、皆を見る。

初めてこぼしたどうしようもないことへの愚痴の数々を聞き、何故か彼らは顔を上げていた。

それぞれの想いを胸に、彼らはただ静かに。

 

苦しさに価値などつけられない。

そんなものに差は存在しない。

でも確かに、この場で一番嘆きたいのは誰なのかを考えてしまう。

誰よりも遣る瀬無く、誰よりも苦しく、誰よりも喚きたいのは誰か。

間違いなく、それは三十年という時を経て助けることも変えることもできなかったメディウムだろう。

 

その彼が口を噤んだ。

その先の言葉を言いかけてやめた。

吐き出したくても飲み込んだ。

なれば、自分達も飲み込もう。

誰よりも吐き出したい彼よりも先にその言葉を口にしてはならない。

 

「なあ、兄貴。」

「なんだ。」

「このあとすぐ王都に行くだろ?」

「その予定だ。距離が距離だからどこかで一晩過ごすことにはなるだろうが。」

「じゃあさ。」

 

キャンプしたい。

 

ノクティスの言葉にその場にいた全員が笑う。

じゃあ、キャンプするか。

あの楽しかった旅路みたいに。



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かみしめる

ーー助ける道は、あったのかも知れない。

誰も死なない道が、存在したのかも知れない。

それでも泡沫は選ばなかった。

探そうともしなかった。

世界の真実に辿り着いて、誓ってしまったのだ。

 

あのクソッタレな神様に復讐してやると。

そんなところばかり育ての親に似てしまうって。

けれど、満ち足りた感覚がする。

あの人の子で良かった。

 

 

 

 

 

 

 

ハンマーヘッドから程なくの場に、まだ生きている標がある。

パルマの標へと辿り着いた五人は十年ぶりのキャンプへの支度を始めた。

ルナフレーナも来たいと申し出てくれたのだが、メディウムとレイヴスの判断によりレスタルムでお別れとなってしまった。

もし何もかもをしくじった時にルナフレーナが居ないとなると、もはや再建も危うい。

 

「それに、男だけでキャンプってのにアジがあるんだよなぁ…。」

「旅してる間はずーっとむさいってわがまま言ってたのにー。グラディオだっけ?」

「メディもいってただろ。何が悲しくて男五人でテントに潜り込まなきゃならないんだって。モーテルでも嫌がるくせに。」

「そして結局、メディとノクトしか料理を手伝ってくれなかった。」

「あ、悪りぃ。俺手伝うわ。」

「弟だけにやらせられないお兄ちゃん魂出るわー。」

 

ガヤガヤと騒ぎながら、三十路を超えたおじさん五人衆は楽しそうにキャンプの準備をする。

この時ばかりはシガイも空気を読んだのか、満天の星空以外に視界に入るものはない。

やかましい唸り声も、響き渡る剣戟の音もしない。

しかし、長らく戦場にいた皆の耳には木霊するような甲高い音が残る。

 

この痛みと、この音と、あとどれほど付き合っていくのだろう。

溜息を吐きたくなるような長い夜がもう直ぐ終わる。

大事な誰かの命を賭けて、やっと。

けれど今だけは。

今だけは、あの十年前のように。

明るくて、楽しくて、嬉しかったあの旅のように。

 

「兄貴、ほら味見。」

「あ、ああ。うん…うん、美味いんじゃないか?」

「ノクト、俺にも。」

「ほい。」

 

差し出されたスプーンを口に含み、曖昧な返事を返すメディウムにイグニスが助け舟を出す。

軽く頷いて何も手を加えない姿を見て軽く息を吐き、野菜を切る作業に戻った。

体のことや味覚のことに関して未だ明確に報告していない。

しよう、とは思っていても言い出せずじまいのまま誤魔化すことになってしまった。

 

味のない食事はただの作業だ。

このキャンプにとっての食事とは心に暖かさと栄養を届ける団欒の時だ。

その一端を失ったことは悲しむべきなのだろうか。

味覚を失って五年以上経つ。

なんとも思ったことなどないのに、今日だけは何故だか苦しい。

 

「…寂しいって言えばいいのか。」

「やっと気付いたのか。おせぇよ。」

「メディは本当にノクトがいないとダメなんだから。頑張り過ぎちゃうよ。」

「うわっ、こら、お前らテントはどうした!」

 

グラディオラスとプロンプトに囲まれ、手にしていた野菜のスティクに齧りつかれる。

後ろを向くとテントはいつの間にやら設営が完了し、後は夕飯を待つばかりとなっていた。

変なところで気があう二人につまみ食いをさせながら、自分も一本だけ口にする。

やはり味はしないのに、なんだか暖かい気持ちだ。

 

「お前達。つまみ食いはほどほどにしなさい。」

「はーい。ママ。」

「あんなリーゼントのお母様なんて俺嫌なんだけど。」

「あっそっか。ノクトとメディのママだと王妃様になっちゃうのか。」

「ふむ。なるほど。」

「いやなるほどじゃねぇだろ。」

 

馬鹿みたいな会話だ。

星の未来なんて考えもしない緩やかな流れ。

こんなにも簡単で楽しいことを何故十年も忘れてしまっていたのだろうか。

冷たく固まっていた心に暖かな光が射す。

夜明けの王様ってあながち肩書きだけじゃないものだ。

 

「ほら出来た。」

「おおー定番のカレー!」

「物資が少なくてな。こんなものしか作れなかった。」

「十分だ。王都の作戦行動中は三日に一回缶詰食ってる程度だったし。」

「おい、今盟主から問題発言が出たぞ。」

 

ジロリと周りからキツイ視線をもらい、軽く笑って流す。

シガイ化したのだからそもそも食事をあまり必要としないのだけれど、彼らには言っても無駄だろう。

器を受け取り、さっさと自分の席に座ってしまった。

 

「ほら。食べよう。冷めてしまう。」

 

小さな明かりが灯るささやかな時間だった。

何を喋るでもなく、静かに食べることに没頭する。

とても穏やかで幸せな瞬間。

味のしない食事に舌鼓を打つとは言い難いが、そう表現したくなる気持ちだった。

 

夜空にゆったりと流れる雲。

いつまでも天高く昇る月。

煌めくほど鮮やかな星々。

日が沈むことに怯え続けた三年。

いつの世もいつの時代も変わらぬ夜が日常になって七年と少し。

念願の夜明けの前、最後の晩餐。

豪華ではないけれど確かに美味しいイグニスの手料理。

 

ーーああ、幸せだな。

 

はらり。

視界が僅かに滲み、頬を生暖かいものが伝う。

味のしないはずの口に塩辛いような感覚を覚える。

何故そうなっているのか理解できず、軽く首を傾げていても頬に何かが伝う感覚が治らない。

目頭がどんどん熱くなって行き、気がつけば視界はぼやけて何も見えない。

 

どうしよう。

その一言が浮かんだ直後に、駆け巡るのは三十年の軌跡。

多くの苦難と苦痛に耐え忍んできた長き時がようやく終わりを告げる事実。

死という解放を経て眠りにつく自分。

何もかもが最期の時であることを誰にも告げず、迎えた今日。

人である最期のかけらの心臓が煩いほど高鳴る。

 

ぱちり。

瞬きをした拍子に視界がクリアになった。

驚いた様にこちらを見ているプロンプト。

困り顔でタオルを探すグラディオラス。

落としそうになっていたカレーをいつの間にか持ってくれているイグニス。

椅子から立ち上がり、メディウムの手を掴むノクティス。

 

あ、そっか。

みんなの顔を見られるのは今日で最後なんだ。

これから、俺は死ぬんだ。

 

カチリと頭の中で音がした。

嗚咽をこぼす喉が、震えと共に悲鳴じみた情けない声を漏らす。

忘れようと努力してきた感情が音を立て、雪崩のように崩れ行く。

誰に命令されたわけでもなく誰に頼まれたわけでもなく自分で選んだ事だった。

ノクティスを生かしたい。

アーデンを一人で死なせたくない。

全てを裏切り全てに嘘をついたあの神様を殺してやりたい。

最初はそれが願いだった。

叶うのならなんだって出来た。

死など恐れなかった。

 

今更何故。

 

まだ一緒に旅をしたいと考える。

見ていない世界が沢山ある。

知らないことが溢れている。

描きたい絵が残っている。

死にたくない。

死にたくない!

死にたくない!!

 

「…俺が泣くべきじゃないよな。」

 

自分すらも失う覚悟。

目の前の大切な存在を腕の中に入れる資格すらないこの体。

脈打つ心臓も、もうすぐ止まる。

自分は奪われるだけの情けない存在じゃない。

そう信じて進んできたのに。

正しいことをしてきた筈なのに。

 

「情けねぇよな…。」

 

彼等には弟を救えない兄の嘆きに聞こえているのだろうか。

此の期に及んでまだ心を捨てきれない自分への罵声は、涙声だ。

ノクティスが震える手を強く握りしめる。

 

「俺も、お前らの顔見てると…駄目だわ。」

 

顔を上げた。

同じように唇を歪める弟は気丈にも口角を上げる。

お互い様だけれど、酷い顔だ。

 

「やっぱ…つれぇわ。」

 

泣き崩れたいのを抑え込み、懸命に笑うような顔を作る。

お前にこんな覚悟をさせる駄目な兄でごめん。

こんなことしかしてやれない駄目な兄でごめん。

 

「そりゃ、つれぇでしょ。」

 

プロンプトが椅子に深く背を預けた。

下を向く目は悲しみに細められる。

 

「…ちゃんと言えたじゃねぇか。」

 

あまり自分の言葉を使わないノクティスの吐露にグラディオラスは小さく笑う。

上を向いた頬に零れ落ちた何かが伝うのも気にせず、まっすぐと夜空見見据えて。

 

「聞けて、良かった。」

 

一番側でノクティスを見ていたイグニスのか細い声。

叫び出したいだろうに、噛みしめる唇がそれを阻む。

 

ノクティスが眠る十年の間。

彼等は世界の理に辿り着いた。

本人の口から説明を聞くまでもなく、この戦いの終わりがどうなるか分かっていただろう。

他に方法はないのか、術はないのか、彼等は懸命に探した。

結局、他の方法など見つからなかったけれど。

 

何も言わず、去っていくのか。

父王のように。

 

自分の放った言葉が突き刺さる。

彼等は知らない。

メディウムがしようとしていることも、その先に待つ未来のことも。

ああ、でも。

言ってしまったらそれまでなのだ。

最初に描いたシナリオはありきたりでポップな終わりを迎える。

その通りに終わらせるには、ここで口にしてはいけない。

シナリオを演じる側が、役者がこんなに辛いなんて描いた時は知らなかった。

 

ノクティスが皆の方を向く。

しっかりと顔を見て、最後に兄へと笑いかける。

 

「俺、お前らのこと好きだわ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆がテントへと潜り、寝静まった頃。

少し離れた王都へと続く道路の真ん中にコートをなびかせる男が立つ。

背を向けて、決してこちらを見ない男は小さく首を傾けた。

 

「お別れは済ませた?」

「…まあな。あんたも、こんな気持ちになったのか。」

「君とは違う感覚だったよ。俺は希望があるって信じてた。裏切られる、なんて微塵も思っていなかったから。」

「じゃああんたの方が辛かったのかな。」

「他人と自分は違う。…イオスの罪を背負った俺が保証してあげる。」

 

くすり、と小さく笑った。

終わりの時を待つ死者がやっと振り向いた。

手に持つのは瘴気を放つ彼の"心臓"だ。

 

「俺の魔力が詰まった心臓を使ってまで復讐してやりたい、なんて。君、馬鹿だよね。」

「その代わりに俺の心臓と交換って言ったあんたも相当イかれてるよ。」

「君の罪も背負ってやろうかと思ってね。」

「…大きなお世話だっての。」

「遠慮しなくていいよ。今更一つ二つ増えたところで変わらない。」

 

未来も、現実もね。

同じように、人間の部分の心臓を差し出す。

本来の役割から逸脱した心臓は動くことなくアーデンの手に収まる。

代わりにシガイを誘導することで、その肉体へと王の心臓を取り入れた。

他人の魔力特有の暖かさが、妙に馴染む。

 

あげた心臓はと言うと、同じようにアーデンのその胸に収まり本当に交換する気だったのかと呆れの混じった眼差しを向けた。

シガイの臓器移植などぞっとしないが、無駄な痛みがないのだけが取り柄だ。

 

「決戦の時はどっちにつけばいい。」

「好きにしなよ。君はもう"大人になった"から。親元を離れてもいいんじゃない。」

 

踵を返して王都へと戻っていくアーデンは今更なことを言う。

とっくのとうに大人になっていたのに、不思議なことだ。

 

「決別ってことでいいのか。」

「…そうだね。ここで君とは道を違えてお別れ。」

「じゃあ、あんたに伝えたいことがある。別れる前に。」

 

面倒臭そうに振り向いた。

早くしてくれと言わんばかりの顔に苦笑いが溢れる。

そう言うところだぞ。

 

「あんたは人に誇れるような奴じゃなかった。」

「なにそれ。ここに来て恨み辛み晴らそうっての?」

「まあ聞けって。アンタはずる賢くて手のつけようがないぐらいの悪党で、世界をこんな風にした最低な奴だ。」

「まあね。」

 

それがどうした。

肩をすぼめるアーデンにまた笑う。

ここまで言っても聞く姿勢は崩さない。

 

「でも、俺を拾ってくれた。」

 

たとえそれが定められたことだったとしても。

ただの好奇心だったとしても。

嬉しかった。

こんな出来損ないでも一緒にいると約束してくれた。

 

「見捨てずに育ててくれた。殴るし蹴るし怒るし馬鹿にしてくるけど、絶対に見放さなかった。」

 

逃げ出しても連れ戻しに追いかけてきた。

何度迷子になっても必ず迎えが来た。

帰る場所を教えてくれた。

 

「世界中に頭下げなきゃならないぐらい酷い奴だけど。」

 

ニッと笑った。

アーデン直伝の胡散臭い顔。

この顔が何よりも好きだ。

 

「俺にとって、父親だった。ありがとう。父さん。」

 

一度だって呼んだことのない呼称だ。

けれど、いつか呼ぶことがあったら。

呼べる日が来たら。

そう呼ぼうと決めていた。

 

アーデンはまた背を向けた。

見えない顔に、僅かに微笑みを浮かべて。

 

「君の選択はいつだって正しかった。君のその迷いは、人間らしい願いだよ。人であること自覚できてよかったじゃん。…人として誇れ。守れることを喜べ。進む未来を信じろ。"その程度のこと"に迷うな。…馬鹿息子。」

 

止まったはずの涙がまた頬を伝う。

振り返らない父の背中が滲む。

空も道も暗いのに、真っ黒なコートが溶けてしまいそうなほどなのに。

あの背中ははっきりと見える。

いつも見ていた赤が揺れる。

 

楽しかったよ。

君との"人生"は。

 

「次は、親と子でありながら己の信念をかけて闘おう。憎しみを掲げてあげる。君の罪と一緒に。」

 

だから、君は正義を掲げなさい。

光ある未来を、神なき世界を正しいと信じるのなら。

 

「…お見通しって、やめてほしいわ。マジで。」

「父親だからね。当然でしょ。」

 

お互いに歩き出した。

違う道を、背を向けあって進んでいく。

見えもしないのに示し合わせのように手を振った。



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つづくみち

「此処より先は魔が蔓延る修羅の地。覚悟は良いか。」

「なにそのRPG風のセリフ。かっこよ。」

「あー、一回やってみたかったとかいうアレ。」

「似合うな。盟主殿。」

「どっちかっていうと兄貴がラスボスっぽいけど。」

「好き放題言ってくれるなぁ。」

 

本気で勧告したつもりなのだけれど。

王都の入り口に突き立てた剣神の剣を前にし、なぜか穏やかな空気が流れている。

それだけ彼らの覚悟は硬い、と言ったところなのだろうか。

兎にも角にもこれを抜かないことには中にも入れない。

王都から出た時と同じようにその柄に手をかけ、手心を加えるでもなく力任せに引き抜いた。

 

ガシャンッ!と凄まじい音が鳴り響き、門を覆っていた結界が消え失せる。

全員が門を潜り抜けた後、剣神の剣を消しもう一度そこに刺すことはしなかった。

夜が明けるのだからもうこの結界は必要ない。

 

「これで中の連中が気づいてくれりゃあ御の字なんだが。」

 

作戦概要はいたってシンプルだ。

まず目指すは王の剣部隊が本拠地としている地下鉄拠点を目指す。

彼らに王の帰還を告げ、即座にこの地から撤退してもらわねばならない。

病の王と真の王の戦いは小規模でありながら絶大な余波を発する。

訓練されていたとしても、その影響は計り知れない。

 

「車で行くか?」

 

地下拠点までの道のりをどうするべきか悩んでいる間に、グラディオラスが車を回してきた。

王都内を走行するために用意した装甲車のようなものだ。

実際軍が使用していた装甲車を回してもらっているのだが、アレに乗って移動するのが一番手っ取り早いだろう。

 

「そうだな。徒歩で行っても良いが、かなり時間がかかる。地下鉄も完全に制圧したとは言えないからな。いつも通りの道のりをその車で行こう。」

「んじゃ運転誰にする?」

 

五人で顔を見合わせる。

車の運転は十年前から何度もしてきたが、一人だけ寝こけていたおかげ十年ぶりの運転であろう誰かさんが居た。

本人を除いた満場一致でその肩に手を置く。

 

「親愛なるお兄様はノクトを指名しておこう。」

「賛成!」

「いいな、それ。」

「そうだな。」

「よし。決まり。」

「俺の返事聞かねぇし。こんなゴツイの運転したことねぇぞ。」

 

文句を言いながらも運転席へ座る。

助手席にメディウムが乗り込み、後部座席に皆が乗り込んだ後、ノクティスは思いのほかスムーズに車を発進させた。

彼にとって十年などあっという間の出来事で、実際寝て起きたら体が老け込んでいた様なものだ。

車の運転方法も別段衰えることもなく示された道を進んでいく。

ふと、何かを思い出したかのようにノクティスはメディウムに問いかけた。

大切だった父親の愛車であり、自らが継ぐ予定だったあのレガリアの事だった。

 

「…レガリアはどうなった?帝都にまだあるのか?」

「ああ。何とか回収したよ。帝都にも一応調査に入ったんだが、その時に。シドにすこぶる叱られた。」

「だよな。ぶっ壊しちまったもんな。」

「でも、喜んでいた。レガリアは立派にお前達を希望の先へ届けたんだって。」

 

十年前の記憶でも、誇らしげなシドの顔が目に浮かぶようだ。

きっとしわが増えたことだろう。

彼の孫、シドニーはどうしているのだろうか。

 

「シドもシドニーもハンマーヘッドを離れなきゃならなくて落ち込んでいたが、レガリアの修理を頼んだらだいぶ元気になっていた。…あの人は、長生きしてくれるといいな。」

「だな。シドニーとは連絡とってんのか?」

「あ…あー…ああ…まあ…うん…ちょいっと俺は控えてるかなぁ。なぁ?プロンプト・アージェンタム。」

「ええ!?そこで俺に話振ってくるの!?」

「だって…なぁ?」

「そうだな。プロンプトに聞くのが一番だな。」

「十年で一番変わったのはそこだよなぁ。」

 

イグニスとグラディオラスも混じり、ニヤニヤと黄チョコボを見る。

わたわたとあわてる親友をバックミラー越しに眺める。

最終決戦に相応しくないほど顔が真っ赤だ。

ははーん。

これはあれか。

 

「ほー?王様に内緒で…?」

「なんかノクトの察しがいいんですけど!?」

「あっはっはっは。まあそういうこった。今も友達付き合いしてんだけどな。…今回の戦いはシドのじいさんにメールだけ入れて出てきちまった。」

 

帰れない、なんて。

シガイのせいで両親を失ってしまった彼女には言えなかった。

実のところ、自分がシガイ化しており、人間でないことも一切明かしていない。

彼女とは仲が良かったけれど嫌われてしまうかも。

メディウムは少し残念そうにうつむいた。

 

「そういや、グラディオはアラネアとどうしたんだよ。進展したのか?」

「おいおい。俺にもその話題振るのかよ。」

「知っておきたいんだよ。家族がいるとか、愛する者がいる、とか。知らないまま戦地に行って死なせた、みたいな無責任なことは嫌だ。」

「おー。ノクト言うねぇ。で?実際のところどう?」

「親友のあんたが知らない時点でナイって決まっているだろう。」

「そいつは残念。」

 

車から見える景色は代わり映えしない。

ふざけた様な会話を続けていても、皆窓の外を見ている。

グラディオラスも、イグニスも、プロンプトも、王都へ帰還するのは十年ぶりのことだった。

数多くのシガイや魔導兵が跋扈する大通りを通り抜け、瓦礫となった街並みを過ぎ去っていく。

軽い会話は次第に小さくなっていき、車を降りる地点につく頃には無言になっていた。

 

変わり果てた故郷の姿を見れば誰でもそうなるだろう。

そして、十年の時を経てこの地は再び戦場となるのだ。

長いようで短かった旅の始まりを告げ、最後の終着点となる王都インソムニア。

その地にようやく足を踏み入れた。

 

「…行くぞ。王城までの道は確保してある。」

「兄貴は、ここに七年もいたのか。」

「故郷だからな。」

 

燎原の火とはまさにこのことか。

アスファルトだと言うのに燃え盛るナニカを通り抜け、地下通路の入り口を目指す。

最も近い入口にテレポートの魔法陣を設置しているらしい。

そこから直接、地下通路の拠点入り口まで飛べる。

 

「拠点に直通じゃなくて、入り口なの?」

「…仲間がシガイ化していることも稀にある。その際は俺が”肉体に取り込む”ことにしている。彼らの肉体は残らないから、遺品を保管していてな。世界が明るくなったら正式に墓を作る予定だ。」

 

瓦礫が除けられた道を進み、その背を追う。

肉体に取り込むのはシガイ化した本人の遺言だからだと言う。

メディウムは治療の度にシガイの寄生虫を少しずつ消費する。

それらを補うためにその辺に蔓延るシガイを狩って、たびたび補給しているのだが、王の剣達はその手助けでもしたいのだろう。

未来のためになるならこの身すらも使い潰してくれ、と。

 

それがどれほど、残酷な願いで、メディウムの心を潰しているかも知らない。

共に戦ってきた部下を己の不注意で死なせてしまう盟主の痛みは、零れる前に飲み込まれてしまうから。

焔に映った黒い瞳が少しだけ暗い色を宿す。

この身に宿した重い罪のせいで呼吸すらままならない時もあった。

それをどうにかしてくれたのは、あの”闘技場”で楽し気に笑う父だった。

 

「ここに俺がいた七年の話はコルが教えてくれるさ。」

「長い話は絶対自分でしないよな。」

「うっせ。」

 

コツン、と少し開けた通りの真ん中で足を止める。

魔法陣と思わしき蛍光色のものが薄っすらと描かれていた。

その中心へと立ち、四人に向きなおる。

一瞬の眩いほどの光に包まれたのもつかの間。

数舜後には強固な扉の前に立っていた。

何度か扉をノックし、自らが持ち合わせた鍵をその扉へと挿す。

カチリと音がし、難なく開いた扉の先には野戦病棟と見紛うような景色が広がっていた。

 

怪我をした者、看病をする者、武器を整備する者。

多種多様な兵が各々の仕事をこなしている。

その空気に圧倒されていると、五人の前に見知った影が差した。

 

「お帰りなさいませ。メディウム殿下。…ノクティス陛下。」

「ただいま。コル。」

「この時を一日千秋の思いで待ちわびておりました。」

 

深く頭を垂れたコル・リオニスは十年前と変わらぬ姿でそこに立っていた。

コルの一言に、その場で忙しく動き回っていた兵達が顔を上げる。

立てる者は立ち上がり、皆ノクティスを見る。

この時を待ち望んだのは彼らも同じだ。

 

「コル。ノクティスに色々と話してやってくれ。私は少し準備をしてくる。」

「はい。くれぐれも無理をなさらぬように。」

「はいはい。」

 

唯一、メディウムの為だけに用意された個室へと入り、そっと戸を閉めた。

彼らが話をしている間に、仕上げをしなければならない。

 

「さて、始めようか。」

 

幾枚も散らばる失敗作の魔法陣を除け、六歳で旅立つ時に母がくれた銀のネックレスを置く。

このネックレスに魔法を込めるのもこれで最後だ。

 

――どうか、立派な子に育ってね。運命なんかに負けないで。

 

母の言葉など、母の顔など、とうに忘れたはずだった。

余りにも深い心の溝が三十六年もたてば、自然と小さく見えてくる。

決して些細なことではなかったけれど、あれほど忌み嫌う理由でもなかった。

 

「墓参り、今年はいけなかったなぁ。」

 

世界が闇に沈んでも、一年に一度必ず花を添えに行った。

シガイだらけで並大抵の努力ではたどり着けない苦難の道のりだったが、どうしても行きたかったから。

今年はいろいろなことが重なり、結局まだいけていない。

少しだけ心残りだ。

 

「頼むぜ。古代魔法。」

 

失われた古代魔法レイズ。

一世一代の大博打に選んだ駒は、人の命を蘇らせる禁忌の魔法だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空気を読んだ仲間たちは周囲へと散り、ノクティスとコル・リオニスだけが残される。

彼が語った七年は筆舌に尽くしがたいものだった。

壮絶な戦いの果てに得たのは、地下拠点と王城への道のみ。

襲撃時は無事であった市街地でさえも、今は見る影もないという。

犠牲になった兵も大勢いた。

彼らには今も墓はなく、遺品だけが整然と並べられている。

 

いずれ光が灯る日が来る。

そう信じて疑わないメディウムの意向だ。

彼らを光届かぬ地下に置いては行けない。

撤退の際はこの場にあるもの全てを積み込んでハンマーヘッドに向かう作戦で話がついた。

 

「メディウム殿下から闘技場の話は聞いたか?」

「いや。なんだ、それ。」

「我々も実際にどんなことが行われていたかは分からないが、シガイの王と賭け事をしていたそうだ。」

「賭け事?」

「安寧をもたらす黄昏の時を賭けた熾烈な争いだ。」

 

コル本人は一度だけその内容を見たことがあると言う。

王城の前にある広場に大きな結界が張られ、メディウム一人で強大なシガイに立ち向かうといったものだ。

必ず掛け金は自身に賭ける。

勝てば黄昏と安寧だが負ければどうなるかまでははっきりしていない。

 

一度だけメディウムが負けた試合があった。

前日の市街地への進軍作戦で負った怪我が祟ったのだろう。

シガイに引っ掴まれ、左足をあろうことか前方へと折られてしまったのだ。

その気の悲鳴を聞いていた女性兵士が焦燥状態に陥り、しばらく武器も持てなかった。

今思えば、魔力の篭った叫びだったのだろう。

 

そのまま闇の中へと引き摺られ、一週間後に解放された。

なんとか救出しようと広場への潜入を試みた兵が路上で倒れ込んでいるのを発見したのだ。

その時は既に足は完治し、外傷も見られなかったが二週間目を覚まさなかった。

 

「そんなことが…。」

「…あのお方はまだ隠し事を?」

「多分な。全部明かしてくれてると思いたいけど。…少なくとも兄貴の今までの言動に嘘はなかった。何か言ってねぇような雰囲気はあった。思い当たることはあるか」

 

目を瞑ったコルは何も言わずに周囲へと視線を巡らせる。

誰も彼もが首を横に降る様を見て、頼り無さげに肩を落とした。

思い当たるのは一つだけ。

 

「"お守り"がなにか関係しているかもしれない。」

「それも聞いてねぇ話だな。」

「そりゃそうだ。お守りはこれから渡すんだからな。サプライズを話してどーすんの。」

「兄貴…。」

 

奥の個室から現れたメディウムの手には銀色のネックレスが握られていた。

彼の大切なお守りであるソレは鈍い輝きを放っている。

相当大事にしてきたのだろう。

細かな傷はあるが、汚れは見当たらない。

彼が未来のために旅立ってから三十年あまり、常に側にあり続けた大切なものを惜しげもなく差し出してきた。

 

「ほら。お守り。特別な魔法を込めた。我が可愛い弟に何かあれば、きっと護ってくれる。」

「いいのか?これ、母さんの形見なんだろ?」

「ノクトにとっても母親だろう。そんな他人行儀なこと言うな。…これから大変な思いをするのはお前の方なんだから。持っておきなさい。」

 

首にかけられたネックレスはずっしりと重い。

質量の話ではなく、何か大いなるものに触れたような、そんな重さだ。

この凝り性の兄がやることだからきっと凄い魔法でも込められているのだろう。

それがなんなのかまでは分からないけれど。

 

「ありがとな。」

「それと、これ。緊急であつらえたルシス王の礼服のままじゃ、決戦!って感じしないからな。」

「これ…兄貴が?」

「いいや。イリスに頼んだ。彼女に感謝しろよ?」

 

さらに手渡されたのは、在りし日の父が身に纏っていた衣服。

選ばれし王の衣装だった。

その上には冠が載せられている。

ノクティスは王冠を手に取らず、衣装だけを受け取った。

 

「戴冠式、前王に冠をもらわないとダメなんだろ?」

「…前王は亡くなられたじゃないか。」

「だから兄貴がやってくれよ。第百十五代目の王様が眠ってる間に戴冠した第百十六代目の王様。」

 

だから頭に乗せてくれ、と言わんばかりだ。

仕方なくその手に王冠を取り、頬をかく。

 

「なんだそりゃあ。順番真逆じゃないか。俺も正式じゃねぇし。」

「歴史書にはちゃんとそう書かせる。真実を伝える。都合よく書き換えたりしない。絶対。これ王様命令。」

 

ノクティスの意思は強い。

クリスタルの中で"星と二千年前の真実"でも知ったのだろう。

何も知らないような顔をして焦りと困惑の中、クリスタルにのまれた十年前とは違う。

確かにその先に敵を見据え、為すべきことを知っている。

そこに決意はあれど、恨みはない。

 

だから、だろうか。

どうしても聞きたくなってしまった。

 

「アイツを、恨むか?」

 

例えそれが彼にとっての優しさだったとしても。

ルシス王家を、世界を救おうとした結果だったとしても。

恨みが混じればいずれ目的も理由も不明瞭になり、ただ感情だけが先行する。

これから打ち倒す存在は、その最たる例だろう。

 

彼は昔から、たった一つの目標を掲げている。

ただ、世界を救いたい。

その願いだけで苦しみに耐え抜いてきた。

裏切り者の所為でこんなことになってしまったのだ。

もし二千年前に神々が彼を受け入れていたら、こんなことにはならなかっただろうに。

 

否、これは近くで見てきたが故の同情だ。

一方的に仕掛けられたノクティスにとっては生温い情を沸かせる相手ではない。

けれど、ノクティスは朗らかに笑った。

 

「恨まない。兄貴を大事にしてくれた奴を恨めねぇよ。アイツの言い分も、理解できないほど的外れじゃないしな。」

 

救えるのなら救いたい。

嘘偽りない微笑みに、心が苦しい。

二千年前の兄弟はお互いの理想の違いに嘆き、ぶつかり合い続けていた。

それがどうだ。

二千年後の兄弟は同じ目標を掲げ、同じ手段を取ろうとしている。

たった一つの椅子に翻弄された二千年前が嘘のようだ。

 

あの兄弟と自分達は違う。

彼等とは違う未来を歩ける。

そんな気がした。

 

「…アイツは、父さんはな。俺達も救う気でいるんだ。神様に翻弄されて、満足に生きられずに死んで、クリスタルの中でその時を待つしかない王家を。魔法なんて、王族なんて要らないって。こんなチンケな椅子一つで幸せもつかめないのなら、全部壊してしまえって。」

 

王家を徹底的に潰す。

それは二度と王家が再建しないようにすることであるのは確かだ。

しかしそれは同時に、生贄を二度と出さないための最短の手段でもある。

どこまでが本来の目的でどこまでが感情の矛先なのか。

もう本人にすら分からないだろうけれど。

 

「今なら俺が真の王に選ばれなかった本当の理由が分かる。…俺は父さんの考えを否定できない。それが間違ってるって思えない俺は、真の王様失格だ。」

 

神々が欲したのは都合のいいスケープゴートだ。

何も知らない顔で言うことだけを聞いていればいい傀儡が欲しかったのだ。

その役目すら果たせない面倒な者は神々には必要ない。

手に持つ王冠が酷く重いのに、軽いような不思議な感覚だった。

命の重さと価値の軽さがあまりにも歪だ。

 

「兄貴はさ、それでいいんだ。」

 

王冠を持った手にノクティスの手が触れた。

暖かい手が優しい。

お互いに年をとったのに、肉体年齢はメディウムの方が一つ下だ。

ガタガタに歪んだ世界と同じようにチグハグな存在を繋ぎ止める家族の暖かさが、酷く嬉しい。

 

「全部受け入れて、全部見つめて、自分が生きたい場所を選ぶ。それが兄貴だろ。常に胸を張って生きろ…その言葉が一番似合うの、兄貴だと俺は思ってる。」

 

だから背を丸めるな。

自信を無くしたように下を向くな。

前だけを見つめて突っ走れ。

弟からかけられる言葉と共に、脳裏に浮かぶのは育ての親の顔と本物の父親の顔だ。

 

――君は起き上がってくるのだけは早いよねぇ。

 

呆れたように言ったのは育ての親だ。

 

――辛くなったら戻って来なさい。時々振り返ることも前に進むために必要なことだ。

 

優しく頭を撫でてくれたのは本当の父親だった。

どちらも似たようなシワを作って最後にこういうのだ。

 

――俺の大事な息子。

――私の大切な子。

 

おちゃらけた様に帽子をかぶせてくる父さんと優しく抱きしめてくれるお父様。

なんだ、そっくりじゃないか。

 

「やりたいこと、成し遂げたいことを兄貴はしてくれ。俺も…なんかこう、頑張る。」

「そこはきっちり締めてくれよ!」

 

締まらない言葉にメディウムは涙を浮かべて笑った。

恥ずかしそうに頬をかく弟、想いのままに抱きしめて。

その頭に王冠をかぶせた。

心の何処かにあった迷いが吹っ飛ぶ様な、晴れやかな気分だった。

 



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たくすおもい

長らくお待たせいたしました。
書いては消して、書いては消してを繰り返した結果このザマでございます。
許して…許して…。


三十年の歳月を共に過ごし、大事に懐に忍ばせてきたネックレスを、命よりも大切にしてきた弟に託した。

十五年前に下賜されてから、二十一年共に死線を潜り抜け、振るい続けた友は終わりの時までその力を借り受ける。

生まれついた体とはかけ離れてしまった容姿も、あとほんの数時間で二度と見ることはなくなるだろう。

仮の住まいとして何年か過ごしたこの前線基地にも、世界最大の都市となってしまったレスタルムにも、王家の重要書類を収容する隠れ家として使用していたカエムの岬にも、残すものはない。

相棒のクラレントと仲間を引き連れ、身一つで最後の戦場へと立つことが神様を裏切って行われる最後の我が儘だ。

 

「作戦はない。相手が何をしてくるか予想できない戦いになる。時には、仲間をおいてでも前に進むことになるだろう。」

 

誰一人として絶望を前にしても、終焉の時が迫っていても、取り乱したりはしなかった。

この先が地獄であろうとも、アーデンを討ち果たし、ノクティスを玉座へと送り届けることが今回の最終目標だ。

もし、一度でもしくじれば未来はないと断言できる。

後戻りもできない、やめることもできない戦いが始まる。

 

半分が瓦礫に埋もれ、かろうじて残った鉄柵の扉に手をかける。

重苦しい音を響かせて開いた扉の先には、長らく遠めから見ることしかできなかったかつての我が家が見える。

ああ、帰ってきた。

誰もがそう実感する中に、場違いにも明るい声が届く。

 

「やっと来てくれたんだ?」

 

ニタリ、と諸悪の根源が嗤う。

光など灯さなくなって久しい街頭の上に立ち、悠々と人間を見下ろす。

一瞬だけメディウムを見て目尻を緩め、優しく笑ったような気がしたが、次に目を瞬いた時にはあくどい笑みが張り付いていた。

 

「ようこそ、我が王都インソムニアへ。随分、時間が掛かったねぇ?」

「アーデン…!」

 

ふわり、とわずかながらに魔力の流れを感じる。

予めこの場所に限って仕掛けられた魔法だったのだろうか、いやに強大な力だ。

 

「それじゃあ、おもてなしをしなきゃね!」

 

指を鳴らす音と共に、降り注ぐ星々。

あれは古代魔法メテオだ。

今なお被害にあい続ける都市にメテオが降り注ぐと同時に、王城には魔法障壁が張り巡らされていく。

ノクティス達にとって父にあたる人が己の命を削って発動していた忌々しき魔法であると同時に民草を護る絶対の障壁だ。

増幅装置の必要ない範囲でアーデンに発動されると容易には砕けない。

 

「簡単に王城に入って欲しくないからさ。"君達"の父上を真似てみたんだけど、どうかな?うまくできているだろう?」

 

あれはただノクティスの憎しみの炎に薪をくべているだけだ。

怒りさえも力に変えて、討ち果たしに来いと。

わざとメディウムを家族ではなく王子として呼ぶその傲慢さ。

今更、その存在を突き放す優しさ。

その意を酌めぬほどメディウムは愚かではないが、わざわざ言うことを聞くほど従順でもない。

 

「ノクト。グラディオ。イグニス。プロンプト。」

「分かってる。ぶちかましてこい。」

「思いっきり噛みついて来いよ。」

「全力で行け。」

「すぐに追いつくから。」

 

皆に背中を押される。

アーデンは心底不思議そうだが、メディウムは構わず武器召喚でクラレントを呼び出した。

切っ先を突き付けられた養父は薄ら笑いを浮かべる。

聞き分けのない子供を諭すかのように、穏やかな顔で。

 

「決別を無駄にする気?」

「その問いには否と答えよう。我が父に二十年の意趣遺恨を聞き届けて頂きたく、戦地を駆けて参りました。」

「うっわ。堅苦しい。王族なりのケジメ?ウザいから止めてくれる?」

「ほう?二十年の恨み言をよもやケジメと受け取る?感謝でもされると思っているのか?」

「まっさかぁ。殺されるとは思っているけどねぇ。」

 

逃げるが勝ちとでも言いたげにアーデンが街頭から飛び降りた。

追い掛けるメディウム達の足を止めるためにシガイのケルベロスを呼び出したが、それで立ち止まったのはノクティス達だけだ。

メディウムだけは炎を吐くケルベロスを避け、まっすぐにアーデンを狙い続ける。

これはあらかじめノクティスと相談して決めていたことだ。

 

必ず、アーデンに一発ぶち込んでやると。

 

「本当にしつこいんだけど!」

「観念して真っ向勝負を受けろ!父さん!…ノクト!必ずついて来いよ!!」

「任せろ!先にぶちのめすなよ!俺だって一発殴りたい!」

「応とも!!」

 

一直線に魔法障壁へと走る逃げ足の速い父を追いかけるべく、クラレントに魔力を込める。

この日のために人としての命まで投げ出した覚悟をこんな忌々しい魔法ごときで封じられてなるものか!

 

「ちょ、ちょっと!?マジで殺る気!?同族になった君じゃあ俺を殺せないよ!」

「それがどうした!不老不死、何するものぞ!!この怒り、この嘆き!聞き届けるまで追い縋る!バハムート!断ち切る刃に神々の威光を!!」

 

ノクティスへの道を切り開くための一撃に、あの剣神が手を貸さぬ道理はない。

全身全霊をもって魔法障壁を打ち砕く一手。

これが未来を切り開くための狼煙にならんことを。

 

「大人しく!!俺に!!殴られろ!!」

 

光り輝くクラレントを魔法障壁に容赦なく斬りつける。

凄まじい金属音をあげながら懸命にその役割を果たそうとする障壁も流石に神々の力には抗えないようだ。

悲鳴じみた甲高い破裂音と共に、魔法障壁が一部分だけ砕けた。

急いで修復を図ろうとするアーデンに追撃のクラレントをぶち込む。

 

「死なないなら気が済むまで殺されとけ!!」

「首輪のついていない狂犬が!頭に乗るなよ!」

「その狂犬を育てたおっさんがよく言うわ!!」

 

ガンガンッ!!と音が響き渡るほど次々と出来上がる魔法障壁にクラレントを叩きつける。

時折ケルベロスの豪炎がこちらに飛んでくるが、そんなものに構っている暇はない。

背中に直撃しながらも、クラレントの猛攻は淀むことを知らない。

 

「飼い主の言うこと聞けよ!なんで俺のところ真っ直ぐ来るんだよ!後ろの王様ケルベロスと殺り合ってるじゃん!」

「聞かない!もう二度と従わない!!」

 

必死の形相で何度も打ち付ける。

徐々に魔法障壁そのものにひびが走り始めた。

このまま続ければ王城を覆う障壁ごと砕けるかもしれない。

アーデンは何度も離れるように言い含めてくる。

構ってないで後ろの王様を助けろと、何度でも。

でもそれ以上に、メディウムが傷を負う姿を見たくないのだろう。

炎に焼かれるたびに泣きそうな顔をしている。

長年待ちわびた時を迎える日になって忘れていた聖者の本質が現れるとはとんだお笑い草だ。

 

「お前は不老不死じゃないんだ!決着の前に死にかけるぞ!」

「怨敵の一族が死ぬ瞬間だぜ!もっと喜べ!!」

「喜べない!!」

 

悲痛な叫びだった。

思わず手が止まりそうになるが、その迷いも一瞬だ。

そうだ。その本質をもっと呼び起せ。

その魂の叫びが見つけ出すための一筋の光になるのだ。

家族の魂を救うために目指す、暖かな光に。

 

「君だけは!助けられなかった彼女の分も生きて欲しいんだ!!」

「うるせぇ!!」

 

魔法障壁がガシャンッ!とガラスが砕けたような音を立てて崩れ去る。

王城そのものを覆っていた全ての障壁がクラレントの猛攻により許容量を超えたのだ。

神々の力を何十回と叩きつけられれば執念で破壊できる。

無茶苦茶だが、確かに成し遂げた偉業だ。

声を張り上げたメディウムは漸く届いたアーデンの手を掴んだ。

 

「俺に生きて欲しいだ!?冗談じゃねぇ!俺はやりたいことやって盛大に死ぬんだ!!アンタに今死ぬとか今生きていろとか決められる謂れはねぇ!!」

 

まじろぐアーデンに頭突きをかまし、あまりの衝撃によろけたところに鳩尾を殴った。

今まで一切反撃しなかったメディウムの全力の殴打はかなり効いたのだろう。

咳き込みながら尻餅をついて倒れ伏した。

それと同時にケルベロスと戦っていたノクティス達が決着をつけたらしい。

巨体を傾けて消えていく地獄の番犬が見えた。

 

「イフリート!!」

 

アーデンにもその姿が見えていたのだろう。

我に返ったように神の名を呼び、王城の奥へ逃げ果せようと走り出す。

ノクティス達の前に立ちはだかったイフリートを見て小さく舌打ちをし、かの炎神にとって天敵である神の名を呼んだ。

この戦いの前に親友と一緒に説得した甲斐がある。

 

「氷神シヴァ!後は任せた!!」

 

背後に凍えるような冷気を感じながら王城へ、かつての実家へと走り出す。

アーデンが呼んだのであろうシガイの群れを斬り捨てながら、エレベーターへ飛び乗った。

中は電気が通っているらしいが、レスタルムから通電させた覚えはない。

玉座のある階層へのボタンを押すと、スムーズに動き出した。

随分と手間をかけたものだ。

 

「これで、最期だ」

 

魂を賭けた救済のために、この剣を届けてみせる。

 

 

 

 

 

 

兄を送り出したノクティス達はシヴァの力を借りることでイフリートと難なく渡り合えている。

徐々に氷に覆われていったイフリートは、次第にその動きを止め始めた。

その隙に先へ行けと、シヴァが魔法障壁の砕けた王城を指さす。

あとは我々の問題だと言いたげだ。

 

深く頷いたノクティス達は、兄に続くべく先を急ぐ。

復讐と殺意に燃えたメディウムが道を切り開いたおかげで、あとはエレベーターにのって玉座へ行くのみであった。

途中に砕けた鎧やまだ燻っているシガイの残骸などが見受けられたため、彼が斬り捨てたのだろう。

それほど激しい攻防を繰り広げているのだ。

 

「メディ、大丈夫かな。」

「あの人のことだ。きっと大丈夫だろう。」

「結局最後まで道を示してもらっちまっているからな。最後ぐらい役に立たねぇと。」

 

玉座への階層へそっと足を踏み入れる。

どこもかしこもこの階層だけは綺麗だが、玉座の間への道に一筋の血痕が続いている。

どちらの血かわからないソレは、閉ざされた扉の向こう側の熾烈さを伝えていた。

受け取った銀色のネックレスと、いつか渡された金色のネックレス。

そして光耀の指輪を身に着け、王城の扉へと手をかけるとプロンプトが制止の声をかけた。

 

「待って。その前に、コレ。」

「写真?」

「うん。旅の思い出を持って行って欲しくて。」

 

手渡された写真はカエムの岬で撮った集合写真だった。

まだ己の使命も知らず、兄と初めて兄弟喧嘩をした後に撮った写真は何となく兄との距離が開いている。

ノクティスにとってこの十年は微睡の中で時を越えたようなものなのに、何故か酷く懐かしいと感じてしまうのは郷愁の念に駆られている今だからだろうか。

 

運命とは酷く残酷だ。

お膳立てして道を示して王が訪れるのを待つあの兄は永遠にも感じる苦しみを与えられ、何もせず何も知らず、一瞬の幸せを味わった弟はただ道を歩き、命を捧げる。

どっちが楽かなど聞く必要もないほど両極端な彼等はお互いの苦しみを解らない。

けれど、その手を重ね合わせて前へと進む。

手を引く兄の背を追って。

前へと進む弟の手を引いて。

かつての王達が成し得なかった”二人だけの苦しみ”を分かち合うために。

 

旅立ちの日にそうしたように、ゆっくりと荘厳な扉を開けた。

途端に激しい剣技の音が鼓膜を震わせる。

穢れを知らぬような人ならざる真っ白な体をした二人の化け物が、真っ黒な液体をまき散らして慟哭を叫ぶ。

今までの旅でも子供であった時でさえも人前で涙を流さなかった兄が漆黒の涙を止めどなく溢れさせている。

まるで対峙する父の代わりに泣いているようだ。

 

「クソ親父!なんで!分かってくれねぇんだよ!!こんの!分からず屋!!意地っ張り!!二千うん十歳児!!」

「号泣してるバカ息子に言われたくないよ!!暴言のレベルが小学生だね!!その程度の知能で宰相の補佐官やってたわけ!?笑っちゃうねぇ!!」

「アンタの代わりに泣いてんだよ!!寂しいなら寂しいって言えよ!!あと!育てたのお前だからなぁ!?」

 

アレは最初で最後の親子喧嘩だ。

真赤なファントムソードが油断も隙も無くお互いを相殺し合う。

メディウムは燃え盛る身体を庇いながら、もはや痛みすらも感じないのか全身が火傷を負っても剣を振るう。

時折、アーデンから赤い血が滴る。

廊下に続いていた人間らしい血痕は彼のものだったのだろう。

 

「一人になんかさせない!!俺だけはアンタの手を離さない!!」

「息子が父親より先に死ぬとかありえないね!!我儘言わないで生き抜けよ!!」

 

彼等の闘いはメディウムが優勢だ。

筋力も魔力も圧倒的にアーデンの方が勝っているはずだが、決定打を与えられずにいる。

まるでためらうように急所を避けるのだ。

これ幸いと言わんばかりに猛攻を仕掛けるメディウムに圧されている。

 

「っていうか!言いたいことは全部あの夜に言ってたじゃん!!なんで今更暴言はいてくるわけ!?横暴でしょ!!信念はどこへ投げ捨てたの!!」

「はぁ!?ンなこと言ったら神はどうなんだよ!!あいつ等よりかは横暴じゃねぇだろ!!当然の怒りを正しい矛先に向けているだけのこと!!」

「神殺しにその話題を持ち出すのは厳禁だって知っているかい!?」

 

アーデンが振り下ろした羅刹の剣がメディウムの左腕を切り落とした。

吹き飛ぶ左腕はすぐさま液体になり、断面に吸収される。

急速に再生された左腕には雷球が握りこまれており、がら空きの腹部へ容赦なく殴りつけた。

衝撃に吹き飛んだアーデンに続いて、メディウムの片足が崩れ去る。

不老ではあるが不死ではない彼の体はここが限界なのだろう。

 

「クソッ!クソッ!!戻れよ!まだ殴り足りねぇのに!!」

「ゲホッ、ゴホッ…馬鹿だね。丁度いいからそこで大人しくしてなよ。君の弟の方相手にするからさ。」

「おい待てよ!!まだ決着がついてなッ…!」

 

残った足で立ち上がろうとしたが、そちらも風に攫われるかのように消えていった。

伸ばした手もひび割れていて、生きていることすらも怪しい状態だ。

クラレントは転がり落ち、血だまりに伏せる。

ノクティス達を一瞥したラスボスはメディウムを抱え上げ、上を目指した。

どれだけ暴れても降ろしてもらえず、無慈悲にも座りたくもない玉座に降ろされた。

 

「…後でね。」

「こんの!!…父さん!!」

 

後なんてやってこない。

そんなことは誰よりも彼が知っているはずだ。

待ち望んだこの時を因縁で固めたまま去っていくとでも言うのか。

暴れ続けようと腕を伸ばす前に、父の顔が近づいた。

 

コツン、と優しい頭突きを食らう。

父は悲しみで歪む息子の瞳をぬぐい、再生するだけの力を分け与えた。

直ぐにとはいかないが元通りの形にはなるだろう。

優しくて愛しい我が子にしか聞こえない小さな言葉を残すぐらいは、神様も許してくれる。

 

「ごめんね。ありがとう。君と過ごした家族の時間は楽しかったよ。」

 

そっと被っていた帽子を黒と赤の頭にかぶせた。

再生のために意図しない眠りへ落ちる我が子から離れ、真の王へと振り返る。

偽りの王が玉座につくことまで見越してその呼称を考えたのなら、神様はとことん悪趣味だ。

ルシス王家を皆殺しにして、神様は万々歳なんて笑えないシナリオまで用意しているのが余計気に食わない。

子孫まで苦しめたソムヌスはつくづく馬鹿だと思う。

結果的にあの時一番苦しんだのは未来を憂いたお前だったじゃないか。

 

「お待たせ。王様。親子喧嘩って初めてだからさ。」

「兄貴から予め聞いてたからいいよ。それより。」

「そうだね。始めようか。」

 

世界の終わりを賭けた殺し合いを。

真の王と偽りの王が交じり合う。

一対四であることを感じさせない風格がある。

これこそがラスボスというものだろう。

 

「まずはお仲間を伸してあげよう。そのあと王様と遊んであげる。」

「上等!」

 

羅刹の剣に対になる夜叉王の刀剣を構えるノクティスを見て、薄ら笑いを浮かべた。

 

――本当、皆馬鹿だよね。

全員、命を懸けて世界を護ろうとしているのに復讐に見せかけた殺し合いなんか始めて。

堪えきれない心根を吐露したあの子がどれほど真っ直ぐで正直だったか良く分かる。

憎しみきれない子孫達に殺してもらうしかない亡霊がどれほど愚かなのか身を以て知った。

命を懸けてもらわねばならぬほど存在が大きくなった自分が嫌になる。

隠さないで大声で叫べたらいいのに。

 

どうせ後戻りはできないのだから、後悔に意味はない。

でも、でも。

確かに世界を、人々を救いたいと思った時があったのだ。

弟も彼女も民も世界も。

大好きだったから。

 

「もう、忘れちゃったけどね。」

 

この憎しみがある限り、その思いを正しいと認められない。

早く眠らせて欲しい。

何も考えなくていい静かな時間を与えて欲しい。

ほんの少しでいいから、安らぎが欲しい。

ねえ、王様。

漸く当たり前に眠れる日が来るんだよ。

嬉しくて、とてつもなく嬉しくて、泣いちゃうよね。

 

誰に知られることもなく、赤い液体が落ちる。

息子からもらった人らしい心臓が嫌に痛む。

この暖かさを抱いて眠れるのなら、悔いのない全力を出したい。

それがこの二千年とちょっとへ贖罪だから。



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ありがとう

――自分と同じ子供を拾った。

与えられた(のろい)も生まれた時代(じかん)も違うけれど、確かに同じだと思える子供だった。

拾いたての時はクソガキで、ろくに言うことも聞かなければ生活能力はゼロに等しかった。家と外の違いも分からない赤ん坊と称したのは記憶に新しい。

 

ただ、その子供は優しかった。

暖かな手、柔らかい眼差し、慈悲深い心。

聖人と呼ばれた昔の自分を見ている気分だった。

とても、哀れだった。

 

運命に逆らわないと言ったのに、剣神は信用しなかったらしい。

私兵という名の新たな贄を用意した。

お前がその気になれば、次はこの子供の番なのだと暗に告げてきた。

おぞましいことをする。

どうして我々を苦しめるのだろうか。

どうして、この血はこんなにも呪われているのだろうか。

 

――もう、眠ってくれ。兄上。

 

弟の疲れた声を聴いた。

可哀想な弟。

嫉妬と欲望を扇動され、神の意志に…いや聖石の意志に背いた。

聖石は神々とは別物だ。

あれは世界を担う防衛機構。

たまたま神々の傲慢さと聖石の意志が噛み合い、協力体制を敷いているだけ。

星の意志と神々の意志は違う。

 

たった今、十年の眠りから目覚め、二千年積み上げた王家の(のろい)を一身に受けた真の王にしてもそうだ。

死ねと言われて素直に死ねる奴がいるのなら教えて欲しい。

二十年で生を終えろと定められた青年の気持ちは誰にも推し量れない。

眠っていた十年が彼の歩む筈だった人生を奪い、殺し、押し込めた。

これを哀れだと表さずしてなんと言う。

 

ルシス王家は、哀れなのだ。

イオスと民に囲まれ、責任だけを押し付けられ、押し付けた側は無責任に追い立てる。

あの日、婚約者の神凪が弟に王を伝えなければ未来は変わっていたのだろか。

そもそも、弟に嫉妬心がなければ唆されずに平和に終わったのではないだろうか。

過ぎたことが後に誰かの命を奪うのだと気づいていれば今はなかったのだろうか。

 

「ねえ、王様。教えてよ。何一つ正しくないこの世界のどこに正解があるのか。」

 

誰一人として信用できないこの世界で、たった一人だけ愛を与えたあの子の弟。

同じように造られたはずなのに、同じ道を歩まなかったあの子の家族。

君ならきっと答えが分かるのだろう?

 

「俺にはね、見つけられなかったよ。どんなに助けようとしても足首を掴まれて引きずり落されるんだ。”お前の役目はそれじゃない”って。」

 

世界に闇を広げる、それがアーデンの使命である。

例え彼が人々を救おうと思ってもそれは実行に移せない。

必ず邪魔をする神々が現れる。

愛した女の姿をした神、愛憎に心を焦がした弟の幻影。

その誰もが救おうと手を伸ばして抗ったアーデンの手を掴むのだ。

 

「答えてよ。どうしたら全てを救えるの。どうやったらあの子に人としての人生を歩ませてあげられたの。」

 

真赤な大剣を持った愚かな男は疲れた顔を作る。

きっと、本当に全てにおいて疲れているのだろう。

死という逃亡さえ許されない地獄に放り込まれた男が答えを求めている。

 

「憎む以外にどうしたら、今の世を生きていけたの。」

 

真っ黒な雫と真っ赤な心が頬から伝い落ちる。

眠ってしまった彼の息子はしばらく目覚めることはないだろう。

だからこそ、こんな顔ができるかもしれない。

四人の前に立ちはだかる世紀の大悪党はジッと王の言葉を待っている。

全てを知り、全てを観た男の答えを静かに。

 

「…俺に、答えは分からない。」

 

悲しそうに目を伏せた王に、唇を噛み締める。

ああ、分かっていたとも。

滅びを逃れようとするなど不可能なのだ。

人は運命に逆らえないのだから。

 

「ただ、アンタ達はいつも未来に”自分がいない”んだ。」

 

人は未来を夢想するとき、必ず自らを起点に考える。

未来の自分を構想し、夢を見るのだ。

しかし、アーデンとメディウムの未来構想には自分がいない。

どこを見渡しても誰かを助ける事ばかりで自分の命がどこにも含まれない。

その考え方が未来を制限してしまっているのではないかと、ノクティスは考えている。

自分を救ってから他人を救うべきではないのか、と。

 

「アンタらは間違えてない。運命に逆らえないだけで、間違えてない。」

 

頭が良すぎる彼等だからこそ起こってしまう未来。

神々が道筋を示した完璧な世界の再現。

運命のレールに乗ったまま完璧を求めるが故に作り上げてしまった神々の理想郷。

それこそが、今なのではないか。

 

「ガキがッ!知ったような口を!!」

 

振り上げた羅刹の剣はグラディオラスの盾に防がれる。

魔法を放とうと振り上げた片腕はプロンプトに撃ち抜かれた。

体勢を崩したアーデンの腹に容赦のないイグニスの槍が突き刺さる。

 

ノクティスが唯一自分の手で手に入れた力。

それこそは、この場に集結した”友”である。

距離をとろうと藻掻くアーデンに、ノクティスが父王の剣を振り下ろした。

羅刹の剣で受けるも、不利な体勢に圧されている。

 

「俺はアンタのしてきたことを否定しない。肯定もしない。アンタの復讐心を貶したりしない。」

「どの口が言う!お前も俺を歴史から消そうとする!どいつもこいつも!俺を消して!何もかもをなかったことにする!」

「…今までされてきたことを思えば王の言葉なんて信頼に値しないよな。」

 

ファントムソードをまとったノクティスに続いて、アーデンが我武者羅に深紅の幻影を飛ばす。

邪魔な仲間達を無理矢理引き剥がすかの如く、四方八方に飛ぶ剣に対抗できず仲間達は後退せざるを得ない。

同じだけの威力と剣をもって対抗できるノクティスだけが、対峙し続ける。

 

激しい剣戟が続く中、突如火薬の乾いた匂いと重苦しい音が響き渡る。

プロンプトの放った銃弾がしっかりとアーデンの眉間を狙って飛ぶが、いとも容易く切り伏せられた。

しかし、隙を見逃さず鋭く飛来したノクティスのファントムソードを躱せず、脇腹をえぐり取られる。

突き抜けた鋭い力は背後で安らかに眠る兄に迫っていた。

 

咄嗟のことに剣を消そうと焦るノクティスより先に、アーデンがその身を挺して剣をへし折った。

魔力の奔流によって余分な傷を負ったアーデンは小さく舌打ちをし、崩れた天井から外へと飛び出した。

月さえも浮かび上がらない空に、小さな星が二つ、挑発するように揺らめく。

 

「来い。」

 

眠る息子を庇っての行動なのか、単に力を使うには狭すぎる空間だからなのか定かではないが、ノクティスとて兄を傷つけるのは本意ではない。

王の闘いになってしまえば従者は力を持たない的だ。

直ぐに追いついてくるようにだけ告げ、心配そうな仲間達の視線を背にシフト魔法で同様に外へと飛び出した。

 

「たった十数年どれだけ強くなったかな?」

「…十数年じゃねぇよ。二千年だ。」

 

こんなふざけた戦いに前哨戦などいらない。

只管に命を削り、殺し合う。

片方は命すらもないのにおかしな話だ。

 

深紅のファントムソードをまとった哀れな男は心から笑う。

憎悪にも勝る高揚感に背筋が震えた。

疲れなどない体が死を感じる故か重く辛い。

それが、嬉しくてたまらない。

 

「始めよう。全てを終わらせよう。」

 

赤と青が交じり合う。

劈く様な爆発音を奏で、命を抉り取る。

二度と目覚めぬように容赦のない攻撃を繰り出すノクティスにアーデンは頻りに笑った。

あの子が育て上げた弟は迷いのない太刀筋で悪党を追い詰めていく。

 

崩れ去りそうな我が子に力を分けた代償だろう。

せめて神に意思に反し、一矢報いようと用意していたのだがあまり力が出ない。

少し過保護に力を与え過ぎていたのだろうか。

でも、楽しいからいいか。

 

偽りでも社交辞令でもない笑顔が収まらないアーデンは無邪気に羅刹の剣を振り回す。

父王の剣で応戦するノクティスより腕力があるはずなのに二千年の力には歯が立たない。

憎しみ合っていた歳月はお互い様ということだろう。

でも、まだ足りない。

 

「ノクティス。俺を憎んで。憎悪と嫌悪に気を狂わせて。」

「俺はアンタとは違う!」

 

否定したところで無駄なことだ。

先ほどよりも強く打ち付けられた父王の剣を弾き飛ばす。

勢いに任せて手から離れた剣に気をとられ、ノクティスが仰け反った。

切り伏せようとアーデンが振り下ろすとき、一瞬の間に鋭い音を伴って槍が間に割って入る。

誰かに投擲された槍が間一髪ノクティスを守ったのだ。

 

「おや。お仲間達が追い付いてきちゃったねぇ。」

 

これは王の闘いだから引き下がってくれと懇切丁寧にお願いしても聞いてはくれないだろう。

彼等にとってノクティスがどれほど大切な存在なのかは良く知っている。

面倒ではあるが、共に相手してやるのも悪くない。

今のアーデンはすこぶる機嫌が良いのだ。

 

助けられたノクティスは召喚した夜叉王の刀剣を振り下ろす。

正気ではないアーデンは大ぶりで攻撃を受けることを躊躇っていない。

たたみ掛けるのなら今だ。

 

「イグニス!指示!」

「承知した!グラディオ!」

「はいよ!」

 

二千年の想いを背負った王達の闘いに水を差すにはあまりにも非力かもしれない。

しかし、従者が前に出ずしてどうするというのだ。

勇ましく大剣を振り回すグラディオラスに続いて、プロンプトが逃げ場のないように弾幕を張る。

かすり傷など気にも留めないシガイの王だが、ただでやられてくれるほど素直でもない。

接近するグラディオラスを真面目に相手するのも面倒くさいとプロンプトに羅刹の剣を投擲した。

気が付いた時には時すでに遅く、シフト魔法で飛び蹴りをかましてきた大柄な男にはるか遠くへと蹴り飛ばされる。

 

「プロンプト!」

「よそ見はダメだよ!」

「なっ!?」

 

赤紫の異様な力を宿した羅刹の剣がグラディオラスの大剣を斬り捨てた。

まさか己の武器を真っ二つに斬られると思っていなかったグラディオラスが驚愕のあまり惚ける数秒。

プロンプトと同じように自分よりも大きなグラディオラスを回し蹴りで遠くへと吹き飛ばした。

あまりのことに惚けるイグニスも手にかけようと羅刹の剣を振り下ろす前に、背後が何者かに斬りつけられる。

 

「不意、打ちって…卑怯、じゃない?」

「アンタ相手に手段は選んじゃいられないって教わってるんでな!」

 

歴代王ほど自在にファントムソードを操れないノクティスは実力で勝つしかない。

不意打ちだろうが騙し討ちだろうが選り好みせずに戦えと助言したのはあの兄だ。

流石と言うべきか、容赦のなさは育ての親譲りである。

追撃も怠らず、わざと傷口を抉るように夜叉王の刀剣を突き刺した。

黒い液体を吐いてたたらを踏むアーデンから剣を引き抜こうと力を籠めた腕が、黒く塗れた手に掴まれる。

 

腕の骨を折ろうと力を籠める手からなんとか逃れようと藻掻く。

その時、痛みのあまり脂汗が浮かぶノクティスの前にイグニスの双剣がアーデンの腕を貫いた。

衝撃に腕を離し、何とかノクティスは間合いから逃れる。

 

「邪魔だよ!」

 

イグニスの鳩尾に拳が入った。

吹き飛ばされた姿を最後に、その場に残ったのは王達だけだ。

 

「…なん、だよ。アイツらを、殺そうとしないって、随分…お優しいじゃねぇか。」

「王様以外興味がないだけだよ…あんなガキ殺したところで何の得もない。それより王様、息が切れてるよ?」

 

ここまでの戦闘で既に疲労しているノクティスは地に膝をつく。

斬られた背中の再生が始まり、満面の笑みを浮かべたアーデンは楽し気に見下ろした。

 

「あれ?復讐を果たせそうだなぁ。そろそろ願いが叶いそうだ。」

「安心しろ…まだ、終わりじゃない。」

「じゃあ見せてもらおうかな。クリスタルの力を。」

 

歴代王の力が宙を舞う。

蒼天と深紅が夜空の下に憎み合う。

激突し合う力が轟音を生み、意志をもって飛び交う。

クリスタルによって与えられた一時的な力がアーデンの肉体を再生できぬほど傷つけた。

聖石によるファントムソードの攻撃は再生が不可能なのだ。

 

しかし、魔力量はノクティスを上回る。

既に魔力切れ寸前であったノクティスが悔しさに奥歯を噛み締めた瞬間。

銀色のネックレスが淡く光り始めた。

 

――負けてんじゃねぇぞ!一発ぶち込んでやるんだろ!?

 

居もしない兄の声が鮮明に聞こえる。

切れかけていた魔力が満ちるのを感じ、持ちうる全てのファントムソードにありったけの力を流し込んだ。

全力でぶちのめせと拳を振り上げる兄に報いるために。

 

「集え、力よ――」

 

クリスタルの力に包まれたアーデンが地に落ちる。

続いてノクティスも地に落ちた。

もう立つ力もないが、まだ淡く光る存在に駆り立てられ、ふらつきながらも立ち上がった。

同じようにふらつく宿敵が、変わらぬ笑みを浮かべている。

 

「どちらが先に、倒れるか…。」

 

歴代の王達が周囲に浮かび上がった。

使命を果たすその時を今か今かと待ちわびる姿に、二人で苦笑いを浮かべる。

 

「せかす、なよ…もう、何発か、殴って、おきてぇんだよ…。」

「ごっほっ…げっほ…馬鹿、じゃないの。殴るのは、俺の方なんだけどっ!」

 

ふらふらでも、なぜか清々しい気分だった。

迫りくる羅刹の剣と同時にノクティスが父王の剣を振り上げると、二人そろって吹き飛ぶ。

立ち上がって、拳を握って、笑った。

 

「父親が死んだとき、バカ騒ぎして遊び惚けていたガキが…。」

 

もう一度精一杯の力で振り抜いた父王の剣によってアーデンが膝をつく。

 

「恋人が泣いてるとき、のんきに守られていた間抜けが…。」

 

膝をついたまま羅刹の剣を振り回され、たたらを踏んだ。

 

「兄が三十年苦しんでいるのに、何一つ知らなくても許された愚図が…。」

 

どこに魔力があったのか、シフト魔法の勢いを利用し、ノクティスを押し倒した。

 

「十年程度で!俺を越えられると思うなよ!俺がどれだけ!闇の中で生きてきたと思ってる!!」

 

振り下ろされた羅刹の剣を、力いっぱい弾いた。

賢王の剣、修羅王の刃、獅子王の双剣、伏龍王の投剣、飛王の弓、聖王の杖、慈王の盾、鬼王の枉駕、覇王の大剣、闘王の刀、夜叉王の刀剣、神凪の逆鉾。

旅で手に入れた一本一本を叩き込み、反撃の隙も許さない。

咆哮とも言える声で、言いたかった言葉を並べ立てた。

 

「アンタのことなんか、知らねぇよ!世界のことも分からねぇよ!でも!親父が守って!ルーナが笑って!馬鹿な仲間がいて!兄貴が愛してるこの世界を!俺は大切にしたいんだ!!」

 

無防備にも差し出されるように突き出た心臓を、父王の剣で貫いた。

人間らしい血液を垂らし、後ろへと倒れるアーデンの顔は満足そうで。

 

「最後、ソレ、選んだんだ。」

 

酷く、幸せそうだった。

 

「終わったね…王様。シガイを排除して、平和な世界を作るのか?」

 

夜空を見上げる月が、寂し気に歪む。

傍に膝をついたノクティスはただ薄く笑うことしかできなかった。

 

「俺をまた、歴史から消し去って…」

「消さない。今度は、アンタのこともちゃんと伝える。悪いことも良いことも、全部。」

 

乾いた笑いが返ってきた。

やはり信じていないのか、緩く首を振った。

信じてくれないのならそれでいい。

未来がどうなるかなどノクティスにもわからないのだ。

 

「…もう、いいだろう。目を閉じろよ。眠いんだろう。」

「そうだね…すごく、眠い。おしゃべりも、この世界も、疲れちゃったよ。」

 

漆黒の粒子が空に舞い上がっていく。

さしものアーデンも真の王たる圧倒的な力の前に再生する余力もない。

漸く、安らかに眠れる。

 

「ああ…でも…。」

 

一つだけ、心残りがある。

玉座に眠らせた大切な我が子。

腹を痛めたわけでも完全に血の繋がった親子でもない、大切な息子。

 

「あの子の、顔…最後に、見たかったな…。」

 

闇に囚われた永遠の中で唯一の救いだった子。

さようなら。

次に会えたら、また家族になろうね。

 

声にならない言葉を残して消え去っていく男の魂に目を瞑る。

どうか、彼に安らかな眠りが訪れることを願って。

そのためにも、決着をつけねばならない。

 

吹き飛ばされた仲間達が、満身創痍で戻ってきた。

 

「…兄貴のところ、戻んねぇとな。」

「俺達も…。」

「わりぃ。この先は王家に任せてくれ。」

 

王城を見上げていたノクティスが振り返る。

例え共に旅をしてきた彼等と言えど、この先には進めない。

この階段を下りて戻ってくるのはノクティスではなく…。

 

「…頼むぜ。」

 

別れを悲しみで彩りたくない。

グラディオラスがいつもと変わらぬ顔で、ノクティスの背を目線だけで追いかける。

 

「…頑張って。」

 

絞り出すようにか細く声を出したプロンプトに、階段を上る足を止める。

下を向いて拳を握り締める仲間達に残す言葉があることを思い出した。

 

「プロンプト、グラディオ、イグニス。後は頼んだ。」

 

短くて、長い旅だった。

得るものも失うものも多い旅路だった。

仲間がいなければ途中で挫けていたことだろう。

王として最後に残せる言葉は、十年前に父王から授けられたあの言葉しか思い浮かばなかった。

 

「常に、胸を張って生きろ。」

 

深く三人が頷き、イグニスが去って行く背中に声を張り上げた。

 

「どうか、ご無事で!陛下!」

 

背後に湧き上がるシガイ達の音を背に、ノクティスが片手をあげる。

 

「行ってくる。」

 

兄の待つ玉座へと、淀みなく足を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

玉座の間には、夜空を見上げる兄の姿があった。

背を向け続ける兄は顔を見られたくないのか、振り向かない。

 

「ぶん殴ってきた。」

「知ってる。」

 

漸く、兄が振り返った。

止めどなく溢れる涙がはらはらと落ちていくのを拭い、微笑む。

ノクティスに並んで、玉座へと向き直った。

 

「帰ったよ。ちゃんと、胸張ってさ。」

 

父王への報告だった。

二人そろって玉座へとやってくるのは何十年ぶりだろうか。

もしかしたら一度たりともなかったかもしれない。

 

「遅くなっちまったけど、強くなった。」

 

荘厳に輝く玉座へと座る。

十年ぶりにルシスへ王が帰ってきた。

傅く兄が、クラレントを差し出した。

 

「俺も連れて行って。」

 

クラレントを持ち、兄が笑った。

三十年の歳月を語る兄の半身を向こうの世界へ連れて行こう。

これが最後の戦いだ。

 

「一緒に過ごせて、幸せだった。」

「俺も、お前が弟で良かったよ。」

 

光耀の指輪が光り出す。

現れた歴代王の前に、死の前に震える手に兄の手が乗った。

なんと心強いことだろうか。

 

「――ルシスの王よ。集え!」

 

十三人の選ばれし王達。

その身に最大限の力を宿すため、ノクティスの体を歴代王達が貫く。

その痛みは想像を絶することだろう。

玉座の前に響き渡る弟の悲鳴を聞きながら、メディウムはクラレントを構える。

一人、また一人と消えていく。

 

「親父、兄貴、後は任せろ。」

 

最後の一人。

盟主として臨時ではあったが百十五代目ルシス王として、メディウムがノクティスへ剣を振り上げた。

 

「さようなら。ノクト。」

 

一番辛い役目を背負わせてごめん。

ありがとう。

兄にこの言葉、届いただろうか。

 




※読まなくてもいい蛇足。



Chapter 13 帰郷のタイトルを最初の一文字だけ縦読みしてみてください。

ただいま
のぞみ
しずかに
かみしめる
つづくみち
たくすおもい

これらすべて縦読み用に平仮名で表記していたのですが気づいた方はおられたでしょうか。
最初の一文字を繋げると「たのしかった」と読めるのです。
そして今回の「ありがとう」を含め…。
これが誰の言葉なのか、誰に宛てた言葉なのかは皆さまのご想像にお任せいたします。
ただ、誰かにとってこの旅路はとても楽しく、共に歩んできた人々にお礼を言いたくなるほど素晴らしい日々だったと、言えたのではないでしょうか。

まだお話は続きます。
最後までお付き合いいただければ幸いです。


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Chapter 14 幕引き
泡沫の王


世界の最果て。

世界の中心。

言い方はなんだっていいのだろう。

生命の銀河、その心臓部にてノクティスは最後の戦いに挑んだ。

 

光耀の指輪に籠められた歴代王の力を解放し、星に巣食う悪を討つ。

当初の予定通り悪は塵となり消え、ノクティスは使命から解放された。

滅び行く肉体に薄れ行く視界。

 

全てが終わったと、短く息を吐く。

これで世界が救われる。

あとはあの兄が何とかしてくれるだろうと、目を瞑った。

 

走馬灯が見せる幻影に手を伸ばしたはずの、その手を掴まれるまでは。

 

 

 

 

 

 

「…ここは?」

 

目が覚めると、小麦畑に倒れ込んでいた。

どこを見渡しても黄金に輝くばかりの土地で、全く見覚えがない。

消えたはずの体もまるで何事もなかったかのように綺麗で、理解し切れていない頭が混乱に揺れた。

悪を滅ぼし、魂は消え、眠りつくのではなかったのだろうか。

 

「おいおい。弟よぉ。ソレマジで信じてたのか。バハムートに毒され過ぎじゃねぇ?」

「兄…貴?なんでここに?てかここは?」

「”連れてって”…そういっただろ。文字通り!俺も連れてってもらいました!」

 

いえーい!とブイサインを作るメディウムに意味が分からない。

確かに、連れて行けというからクラレントも連れて行ったが、兄の魂まで引き連れた覚えはない。

こんな小麦畑に飛ばされる理由もさっぱりわからない。

 

「俺の話は込み入っているから、とりあえずここがどこかだけ。ここはクリスタルの中。アーデンのために用意された安息の地。要は、彼の故郷を完全再現した寝殿だ。」

 

ほら、と指さされた先には三つの魂が寄り添って木の下で眠っている。

一つは初代ルシス王、ソムヌス・ルシス・チェラム。

もう一つは初代神凪、エイラ・ミルス・フルーレ。

そして、二つの魂に抱き込まれて眠るアーデン・ルシス・チェラム。

長きに渡り戦いを強いられた三人が眠る為だけに用意された空間。

それがこの場だという。

 

三人から離れるように手を引かれ、どこかへと誘われる。

向かう場所が分かっているかのような動きに首をかしげるが、あの兄ならそういうこともあるのかもしれない。

クリスタルと取引でもしたのだろうか。

 

「んで、俺とお前は最後の別れをするためにここを一時的に借りたわけだ。クリスタルにもアーデンにも了承を得ている。お前が目覚める前にちょちょいっとね。」

 

最後の別れ、とは何だろうか。

既に別れは済ませたつもりだったが、何か足りなかったのだろうか。

首をかしげるノクティスの手を引いて歩くメディウムは、振り返らずに話を続けた。

 

「俺ね、死ぬんだ。」

「は?」

 

意味が分からなかった。

死ぬとはどういうことなのか。

メディウムは己の使命を果たさずして死ぬというのだろうか。

 

「ノクトの身代わりになった。」

「は!?身代わり!?」

「そう。実はそのネックレスには死ぬと発動する魔法がかかっていてな?魂を犠牲にする代わりに魂を修復する魔法をかけたんだ。」

 

死するものを蘇らせることは禁忌だ。

概念を崩壊させる魔法は発動そのものが不可能になっている。

ただ、古代魔法レイズは違う。

ただ蘇らせるのではなく術者の魂を食らうのだ。

魂の崩壊を入れ替え、あたかも蘇らせたかのように見せかける。

それが古代魔法レイズ。

一度きりしか使えない、犠牲と想いの籠った魔法。

 

「だから、ここを抜けたらノクトは現実に帰れる。お前がルシス王家を継いでいくんだ。」

「待てよ!それじゃあ兄貴はどうなるんだ!帰るなら一緒に…!!」

 

守りたいから死を受け入れたのに。

兄が苦しんだ分生きられるのなら怖くないと戦ったのに。

結局兄を助けることはできないというのだ。

どうして、どうしてそんな選択を。

 

「…納得できない?」

「当たり前だ!」

「でも、俺もどうしてもやりたいことがあるんだ。納得してくれないと困る。」

「やりたいこと…?」

 

ひずみのような場所が見えてきた。

眩い光が零れさすあの向こう側が、現実なのだろう。

クリスタルの中は酷く暖かいのに、ここだけ少し寒い。

 

「バハムートを殺す。」

 

衝撃的な一言だった。

六神の中でも別格と言っていい剣神バハムートを殺す?

ルシス王家が与えられてきた加護全てを投げ捨てて人の身で戦うというのか。

 

「無理だ。バハムートを殺すなんて不可能だって。」

「いいや、やる。俺はやると言ったらやる。絶対。」

 

振り返った兄の目は本気だった。

 

「俺達を、ルシス王家を二千年も苦しめてくれた代償を払ってもらわなきゃ気が済まない。」

「そんなこと…言ったって…」

 

剣神は確かに非情だが、アレは人類全てを思ってのことなのだ。

ルシス王家、小さな一族が苦しむのと全人類が滅びるのを天秤にかければ、誰もがバハムートと同じ選択を選ぶだろう。

誰だって、苦しみを味わいたいとは思わない。

押し付けられるのなら、誰かに押し付けたくなる。

 

「大丈夫。終わったらちゃんと帰るって。」

「信用できるかよ!兄貴の大丈夫は絶対大丈夫じゃない!」

「じゃあ我儘!最後の我儘だと思って聞いてくれ!」

「絶対に嫌だ!兄貴が帰らないなら俺も帰らない!」

「頑固だなぁもう!」

 

小麦畑の中でぎゃいぎゃいと押し問答が続く。

やっと守れた家族を見殺しにしろと言うのか。

家族がいないのなら、現実に帰りたくない。

もう、失いたくないのに。

 

「一人に、すんなよ…。」

「…ごめん。」

 

分かっている。

今こうやって押し問答をしたところで、結果は変わらない。

もう既にノクティスは救われた後で、兄は蘇らない。

身代わり魔法は発動され、取り消せない。

 

「本当に、帰ってくるんだろうな。」

「今回だけは本当。俺は悲しい別れとか、しない主義。バハムートの野郎ぶち殺したら皆のところに戻るよ。」

「…嘘だったら、許さねぇからな。」

 

ずる賢い兄は本当にどうしようもない。

止められると分かっていたから、ずっと黙っていたのだろう。

もうどうしようもないところまで行ってから、白状する。

飲み込まなければならないこっちの気も知らないで。

 

「約束。コレ、兄貴に預ける。絶対返しに来いよ。」

 

最後の最後まで守ってくれた金色と銀色のネックレスを兄の手に押し付ける。

もう何の力も残っていないものだが、思い出だけはたくさん詰まっている。

父親と母親の暖かさが宿っている。

きっと帰るとき、家族の下へ手を引いてくれるはずだ。

 

光に手をかけ、兄に振り返る。

早く行け、と尊大に振り払う仕草をした兄に押され、穴に落ちて行った。

遠のいていく最後の家族に、大声で叫んだ。

 

「十年でも!百年でも!千年でも!待ってるから!」

「おう!待ってろ!すぐに戻ってやるよ!」

 

数多の剣に攫われていく兄は何度も見た、綺麗な笑顔。

戻ったら、兄の亡骸を連れて仲間の元に戻ろう。

戦う彼に朝日を見せて、自慢してやるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

随分と空気が読める剣神様だ、と世界の中心に居座るバハムートを見上げた。

最後の別れぐらいは今までの功績で許してくれたのだろうか。

その不遜な態度に吠え面かかせてやるのが今回のメディウムのやりたいこと、なのだが。

 

――人よ。

「人で悪かったな。」

――何故使命を放棄した。

「放棄?俺はちゃんと言う通りにルシス王家を継いだぜ?十年だけ。」

 

わざとらしく肩をすくめてもバハムートの冷たい視線が刺さるだけだ。

神殺しの話も、ノクティスを生かす話も全て見えていたくせに、文句を言わずに放置したのはこのバハムートだ。

侮られているのか、人は神には勝てないとまだ信じているのか知らないが、あまりにも人間をなめすぎている。

 

「全てはアンタを殺すために。」

 

ここに招いたが運の尽き。

シガイの心臓を手に入れ、崩れた魂を持った人間がどうやって神殺しをするのか教えてやろう。

二千年の苦しみをとくと味わうがいい。

 

「従順な犬は死んだ。最後に飼い主の首を噛み千切ってな!」

 

魔法でも、機械でもない。

一本の剣と沢山の苦しみを背負って初めて行われる神殺し。

 

生きていたかった。

死にたくなどなかった。

また皆で笑いたい。

帰ると言ったけれど、本当は帰り方なんて分からない。

 

でも、約束した。

待ってくれると叫んだ家族に誓った。

帰るんだ。

憎しみをここに置いて。

呪いをこの時代で終わらせるために。

 

勝てるはずのない戦いに、挑まれた側は笑うしかない。

 

――愚かな。

「最後に良いこと教えてやるよ!」

 

こういう人間のことは、大馬鹿野郎って言うんだよ!

 

 

 

 

 

 

世は光に満ちた。

闇に包まれた時代は終わった。

光に生きた王は闇に散った亡骸を抱え、人々に言った。

 

――新しい時代を作ろう。いつか誰かが帰ってきた時、故郷を思い出せるように。

 

歴史は修正される。

時代は変革される。

失くしたものは取り戻せない。

でも、新しく作ることはできる。

思い出を背負って、忘れないように新しい形を。

 

朝日が昇る。

この日をどれほどの人々が待ちわびただろうか。

黒い粒子となって天に、泡沫のように消えていく家族。

残された命が天に剣を突き刺した。

 

――世界を救ってやったぞ!だからぶちのめして早く帰ってこい!クソ兄貴!

 

帰る場所で待って居よう。

いつまでも、いつまでも。




※読まなくてもいいあとがき

これにてゲーム本編内容は完結となります。
最後はとても短かくなってしまいましたが、何とか完結までこぎつけられました。
二年もの長い間お付き合いいただきありがとうございました。
とはいっても、私が書きたかった話はここから。

この後もちょっとだけお話が続きます。
実はこの後の数話の為だけに80話もゲーム本編を長々と綴っていたり。
自分でも馬鹿なんじゃないかと思いましたが、やりたかったんだからしょうがない。

やっぱりハッピーエンドで終わらないと、抗ったって感じしないでしょう?(持論)


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Extra Chapter 光あふれる世界
大遅刻


ここから先はちょっとしたお話です。
その後を語る、幸福だけの時間。



華やぐ街並み、装飾された王城への街道。

魔法障壁が消え、澄み切った青空が見守るルシス王国王都インソムニア。

世界に陽の光が戻って二年の歳月が経った今日、第百十四代目ルシス王ノクティス・ルシス・チェラムと現神凪、ルナフレーナ・ノックス・フルーレの結婚式が執り行われることになったのだ。

世界各国から集まった人々が口々にお祝いの言葉を述べて披露宴が行われる王城へ足を向ける中を、二人の男が慌てたように走り抜けていく。

 

一人は一目で高級だと分かるスーツを着込み、それに見合わない薄汚れたマントを羽織った赤毛と黒毛が混じる男。

もう一人は同じように高級なスーツを身に着け、少し長い赤毛を結んだ大柄な男だ。

二人ともなぜか、顔に真っ白な仮面をつけている。

人々が奇異の視線を向けても気にも留めず、二人は一直線に王城へ向かって走っている。

 

「ああクソっ!予定より大幅に遅れちまった!もう本当、神様なんてこりごりだ!」

「ねぇ、俺も行かなきゃダメなの?どうしても?」

「当たり前だ!家族だろうが!」

「遠すぎてもう他人レベルだって。」

「つべこべ言わずに走りやがれ!!」

 

往来で大の大人が喧嘩し合う姿は祝いの日には合わない光景だろう。

タクシーも拾えない人の多さに疲弊しながら、何とかたどり着いた王城前にはテネブラエ王国国王となった男、レイヴス・ノックス・フルーレその人が、従者として雇ったアラネア達を連れて仁王立ちしていた。

新しく組織された王都警護隊の何人かに囲まれた彼が、白い仮面をつけた二人を見つけると軽く片手をあげる。

 

「遅い。」

「ごめん!手配は?」

「済ませている。アラネアの傭兵部隊にも手を回してもらった。」

「ビッグスとウェッジが統率してるから何とかなるでしょう。それより、二十四使様が同僚を探していたわよ。」

「そっちの手配も終わったみたいだね。んじゃ、俺行ってくるから。自分の神凪様から離れないでよ!神様にその辺歩かれると大変なんだから!」

「はいはい!分かってるよ!」

 

現在進行形で準備されているサプライズ。

披露宴にてテネブラエが提案したちょっとした演目だ。

内容は市民にも王達にも伝わっていない。

危ないことはしないという条件で親族たるテネブラエ王国だからこそ許されたサプライズだ。

 

王妃になるルナフレーナが愛したジールの花に彩られた王城前広場に大きくとられたスペースにて行われる演目を心待ちにしている人々も多い。

テレビ中継も行われ、大々的に報道される予定だ。

復興から二年、順調に世を立て直す国々が改めて平和の象徴を作ることで結束力を増す。

 

政治的理由の政略結婚のようなものだが、彼等の愛は本物だ。

良い夫婦になるだろう、と世間では好評である。

結婚まで十二年もかかってしまった所為か、彼等の真実の愛を応援する人は少なくない。

歴史が修正され、様々な変革が訪れた中、二人が手を取り合って導いた。

正に平和の象徴にふさわしい夜明けの王と神凪の結婚に世界中が湧いているのだ。

 

「まったく。やっと帰ってきたと思ったら偉くなっちゃって。」

「誇らしい限りだ。寂しくもあるがな。」

「なぁに言ってんだよ。顔見せた瞬間にぶん殴ってきたくせによぉ。」

 

世界規模となった傭兵団の団長アラネア・ハイウィンドと崩壊したニフルハイム帝国を管理しながら歴史深く厳かなテネブラエ王国国王の座に就いたレイヴス・ノックス・フルーレに対して臆することなく、まるで旧友のように話しかける男に周囲は内心冷や汗だ。

かの夜明けの王と対等に会話をできる大物二人が、むしろ敬うような態度をとっているのはどういうことなのだろうか。

周囲の心配をよそに、三人は広場へと向かう。

 

広場には既に多くの人が集まっていた。

時間は十二時ピッタリ。

天の恵みが最も高い時間に、長い階段を下りて新郎新婦が現れた。

最も敬愛された夜明けの王ノクティス・ルシス・チェラムと愛されし神凪ルナフレーナ・ノックス・フルーレ。

沸き立つ民達に笑顔で手振る彼等がこの日のために用意された広場を見る。

サプライズの時間だ。

 

王城側にある来賓席へと向かったアラネアとレイヴスと別れ、男は広場の中央へと足を進める。

彼は警護を務めていたビッグスとウェッジにハイタッチをし、堂々と広場の真ん中に立つ。

突如現れた謎の男はスクリーンに大きく映し出された。

ざわめく民衆に深々とお辞儀をし、コツンと踵を鳴らす。

 

「ふふふ、ふーん、ふんふん、ふんふふーん。」

 

調子が外れどこか気の抜けるファンファーレ。

ピンマイクから流れる音声に聞き覚えのある者達が驚きに目を見開く。

まるで魔法のように彼の足元からジールの花が舞い上がり、広場を取り囲むように現れたのは、神々だ。

巨神タイタン、雷神ラムウ、水神リヴァイアサン、氷神シヴァ、かの裏切り者である炎神イフリートまでもがその場に厳かに立つ。

一体彼は何者なのだと人々が男を見つめる中、弾けた様に夜明けの王と神凪が中央に立つ男の下へ走り出した。

 

必死に手を伸ばし、何かを叫ぼうと口にする前に、仮面をとった男が笑う。

金と黒の瞳を柔らかく歪め、剣で出来た翼を宙に浮かばせる。

誰もが思った。

あれは剣神か、と。

 

「人々よ。聞こえるか。」

 

六神が一人、ルシス王国主神、剣神バハムート。

人の姿をした彼は駆け寄るルシス王から逃れるようにくるくると踊る。

 

「我が名は剣神バハムート…の、魂を食らった新生バハムート。」

 

その手を掴もうと情けなくも必死になるルシス王に微笑み続ける男は剣神バハムートを語った。

かの神は一年前に一人の人間に殺されたこと。

神殺しを行った人間こそが自分であり、剣神バハムートは人の魂と混ざり合って新生したと。

この度、神々を引き摺って大切な家族の結婚式に現れたこと。

 

「我が真名はメディウム・ルシス・チェラム。我が弟を盛大に祝いに来た。」

 

二年前に崩御した幻の第百十五代目ルシス国王であり、闇の十年間を支えた盟主。

泡沫の王と呼ばれた男が、両手を広げ、飛び込んでくる弟と体当たりをしてきたかわいい義妹を抱きしめた。

 

「結婚おめでとう!」

 

二年の時を経て、闇に囚われた男が太陽の下へ帰ってきたのだ。

王から神へと姿を変えてでも約束を果たすために。

世界の最果てから意地でも故郷へ戻ってきた。

 

「最高のサプライズだろう!」

「おせぇよ!クソ兄貴!」

「お義兄様!この時をどれほど待ちわびたことか!」

 

ジールの花が風に攫われて舞う。

運命に逆らった大馬鹿野郎は、当たり前にはなれなかったけれど。

愛する誰かを笑顔にした。

大切な人達を守れた。

 

胸を張って生きた。

流星の如き人の生を過ごし、誇れる軌跡を辿った。

二年越しの勝鬨を上げる時だ。

 

「全部に、打ち勝ってやった!」

 

ただで死んでやらない。

言うことを聞くだけの人生なんて真っ平ごめんだ。

幸せは自分の手で掴むものだ。

どんな結果でも選んだ答えに悔いがないように、一瞬を灯す。

灰になろうとも、泡となって消えようとも、この手の温もりが尊いから。

 

彼等の元に帰れるのなら、憎んだ神にもなろう。

幸せを彩れるのなら、世界に縛られよう。

今度は、いや、今度も一人じゃない。

 

堪えきれずに駆け寄ってきたかつての仲間達。

ここまで内緒にして、サプライズに協力してくれた親友達。

最後の時まで大人として見守ってくれた協力者達。

 

「ただいま!みんな!」

 

――おかえり!

 

晴れやかな日に、人々が笑う。

これほどまでに幸せと言える世界が実現できたのは、誰のおかげだろうか。

ああ、褒めて欲しいものだ。

こんなにも頑張ったのだから、誰よりも讃えてくれ!

 

 

 

 

 

 

 

 

興奮冷めやらぬ披露宴の後、王城へと集まったのはかつての関係者達だ。

ノクティス、ルナフレーナ、レイヴス、アラネア、グラディオラス、イグニス、プロンプト。

友と呼べる者達だけを会議室に集めた。

今日ばかりは立場も関係ない。

メディウムを中心に、今までの話を聞くこととなった。

 

「みんなはどこまで知ってる?」

「兄貴が剣神に喧嘩吹っ掛けに行ったところまで。」

「うんうん。じゃあその続きからな。」

 

彼が言うには、剣神バハムートとの戦いは現実世界の一年に渡ったらしい。

シガイの力と剣技のみで神と戦い続けたメディウムは自らの崩れた魂を少しずつバハムートに埋め込み、侵食した。

完全に意識を奪うのにさらに半年の時間を要したのだ。

はっきり言って神相手にやることがえぐい。

 

「最初は乗っ取った後に自分で死んでおしまい!って思ってたんだけど、ほら、帰る約束しちゃったじゃん?これ、帰れませんってなったらノクティスがマジで怒るだろうなって思って、思い止まった。」

「やっぱり帰る予定なかったんじゃねぇか!ふざけんな!」

「ああ待って!結局帰ってきたんだからいいじゃんか!怒るなよ!」

 

仕方がなく、神として完成された存在になるべくバハムートの魂と自らの魂を融合させ、世界に新生した。

その際、二十四使を一人選ぶか新たに造るかを他の神々に迫られたらしい。

リーダー格たる剣神がいきなり新生し、真の王の兄が現れれば神々だってビビる。

監視役として二十四使をつけることで、神々はメディウムの参入を許した。

 

ただ、ここで神々はメディウムという存在を見誤った。

あろうことか、イフリートを下し、眠りについたシガイの王を叩き起こしに向かったのである。

それはもう激怒した男を説得するのにさらに半年、神々をビビらせて満足したメディウムの下に弟の結婚式の話が来たのは一週間前。

無茶なサプライズを土下座する勢いでレイヴスに頼み込みに行ったのが四日前。

披露宴までに他の神々に協力を取り付けたのが一日前。

そして今に至るという。

 

「ん?今シガイの王を叩き起こしたって言わなかった?」

「おい、プロンプト。やめろ。そこに突っ込むと兄貴が…。」

「よぉおおくぞ聞いてくれました!」

「…あーあ。」

 

あの人の疲れた顔が目に浮かぶ。

タイミングよく、会議室の扉にノック音が響いた。

向こう側からゲンティアナの声が聞こえる。

ルナフレーナが入室を許可すると、彼女がとても見覚えのある男を連れてやってきた。

 

「剣神バハムート、連れてきましたよ。」

「ありがとう!ゲンティアナ!」

「…マジでほんとこのバカ息子どうにかしてくれる人いないかな。」

 

今回のサプライズのために炎神イフリートと氷神シヴァの仲を取り持つ非常に面倒くさい役割を押し付けられ、やっと眠れたと思った安眠からたたき起こされた男。

世界を闇に沈めた張本人にして初代ルシス王の兄、アーデン・ルシス・チェラムが今にも白目をむきそうな顔でそこに立っていた。

いつか見た暑苦しい服装は変わらず、トレードマークの帽子も忘れていない。

 

「じゃーん!俺の二十四使、つまるところ下僕となった無様な悪党!アーデンでーす!」

「お前の勝手な都合で起こされるこっちの身にもなってくれる?控えめに言って死んで?」

「一人だけ安眠とか許される訳ねぇよなぁ?散々こき使っといて?ええ?」

「うっわ私怨かよ。マジふざけんな。単刀直入に滅んで。」

 

和解した弟と婚約者に頼み込まれ、しぶしぶ息子の意見を飲んだのが半年前。

正直早まったと後悔している、と彼は天を仰ぐ。

彼の苦労はまだ続くらしい。

ただ、神々の思惑より息子に振り回される方が楽しいようだ。

満更でもない顔が、今の幸せを物語っている。

 

「っていうか、結婚祝い渡すって張り切ってたのにまだ渡してないの?」

「あっ!そうだった、忘れそうになってた。」

 

ポケットから取り出されたのは、銀と金のネックレス。

必ず返すと約束した、両親の形見だ。

前と少し違うのは、綺麗に磨かれ、中心に小さな魔方陣が描かれている。

金をノクティスへ、銀をルナフレーナへと手渡した。

 

「二人がいつまでも幸せであるようにって、気休めだけれど自前の術式を彫った。効果は分からん!」

 

未来を築いていく新たな王へ、ご先祖様と兄からの餞別。

三十年を共に歩んだ、導きのお守り。

 

「元気な甥っ子、楽しみにしてるからな!」

「ま、まだ早い!!」

 

シスコンの悲痛な叫びに皆が一斉に笑う。

ああ、なんて幸せなんだろう!



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剣神の一日

とても久々に更新致しました。


二年という歳月は人間にとってみれば長いもので、蹂躙され尽くした世界を美しくかたどるには十分な時間だった。

とはいっても資材不足や住居不足、食糧難や電気問題など様々な課題が山積みではあるが、各国が協力して平和に復興へと歩んでいる。

どれだけ栄えていても戦争していた時代に比べれば随分と美しい世界になったものだ。

 

「王都では主に住宅街と商業区域に力を入れて復興しています。区画割りは新たに整備し、元の土地の持ち主が分からない場合は国が管理することと致しました」

 

現在、イグニスから区画整理についての相談があると言われ、再建中の王城にて計画を見ていた。

よく出来ている計画書で、指摘する箇所はさほどないだろう。

メディウムとアーデンが重点を置くのはどれだけ稼げるか。

国として動かせる資金が多ければ多いほど良い。

問題はどう稼ぐかであるが、土地というものはどんな時代においても価値のあるものだ。

 

「妥当な判断だ。これから拡張することも考えて遊ばせておく土地も用意した方がいい。個人土地、企業の土地共に四割。国有地二割だ。管理会社を国で設立し、管理費を貰う。土地の売り買いが盛んになるし、国は土地の状況を把握できる」

「なるほど…商業と住宅街は人口増加を想定して広く確保していますが…」

「オフィス街ももう少し広く確保した方がいいね。発展すればするほどビル街は盛んになる」

 

軍事施設を優先的に建設していたニフルハイム帝国は綺麗に区画整理されていたが、ルシスは繁華街や入り組んだアパートメントも点在するような住宅街。

発展性はどちらも似たようなものだったかもしれないが、技術が残っている限りルシスの方が復興速度は早いだろう。

 

「…うーん」

「なに?ニフルハイムのこと思い出してる?」

「いやぁ、滅ぼした責任感じてるんだよなぁ…寝床に据えた時点で、いや。アンタが連れていかれた時点でこうなる運命は決まってたんだろうけどさ」

 

神影島の石牢。

あの場で眠っていたのなら雷神ラムウが帝国の侵入を勘付いていてもおかしくない場所だ。

いくら温厚な神とは言え、世界を闇に沈める存在を解き放つ帝国兵を生かして帰すとは思えない。

その時から運命は決まっていたのだ。

 

「でも俺はルシスの主神だし、下手に手出しすると属国にしちゃうし…」

「ああ、それについて実は我々で協議していることがあるのだが」

「え?俺達に内緒で?何々?」

 

イグニスが眼鏡を少し上げ、取り出したのは全壊となった今のニフルハイム帝国の現状だ。

今は王を取り戻したテネブラエ王国の手によって安全に統治されているが、それも後数年で瓦解するだろう。

元々プライドの高いニフルハイム帝国が属国として扱っていたテネブラエに従わなければならない状況を良しとしていないのだ。

反乱はいつ起こってもおかしくない。

 

「そこで、神に治めてもらってはどうかという話になってな」

「なるほど?炎神イフリートを舎弟に据えている俺の出番ってわけか」

「ソルハイム帝国とは言わないが、神による監視の方が抑止力は強いだろう」

「とうとう俺に玉座が用意される訳か。感慨深いねぇ」

 

ネックとなるのはメディウムの使徒であるアーデンだ。

アーデンのしでかしてきた所業は既にほとんどの人々が知り得ている情報。

神々との闘争、戦いの行方、夜明けの理由、それら全て分け隔てなく伝えることを遺言としたのだから。

ただの伝言となり果てたそれだが、しっかりと果された今、アーデンはニフルハイム帝国に歓迎されることはないだろう。

 

「どーする?」

「人間如きに俺が殺せるわけがないから普通について行くよ。宰相復活ってのも面白いし」

「ノクトも迂闊だなー。俺が戦争吹っ掛ける可能性もある訳じゃん?何せ剣神だし。そこは考えなかったわけ?」

「戦争したいのならどうぞご自由に、だそうだ」

「へぇ?」

 

人はそれを信頼と呼ぶ。

兄は絶対にそんなことはしないという自信を持っているからこそ他国の命運を託したのだ。

反乱する可能性だってある危険分子。

闇を招いた迫害対象。

ソレを覆すだけの権力があり、説得力があり、力がある存在はメディウムしかいない。

 

「ふむ。協議中ってことだけど俺は前向きに考えておくよ」

「そのように伝えておく。助言も助かった。ありがとう」

「困ったらいつでも頼って。神様って暇なんだよねぇ」

 

メディウムの扱いは剣神バハムートでありながら現国王の王兄、さらに同盟の盟主。

兎に角この世の偉いものを詰め込んだ権力の塊である。

悪用されないように王城に引きこもってもらう必要があるにはあるのだが、メディウム自身があまりそういった引きこもり生活を好まない。

引きこもりは引きこもりでも働く引きこもりがいいらしい。

 

神になった今は特にこれと言った使命もなく、やるべきこともなく。

アーデンが生前の個人財産で設立した企業に名前を貸して一緒に経営したり、土木現場にアルバイトに行ったり、人々に挨拶しながら散歩したり、神様講座を受けたり。

暇を持て余した神が国のかじ取り、とてもいい暇つぶしになりそうだ。

 

「んじゃ、俺はアルバイト行ってくるから。アーデンはどうする?」

「俺も会社見てこようかなぁ。復興に付け込んで運送業にも手を出そうかなと思ってるんだけど」

「えー今の環境保護の花屋とかが似合わなくて面白いのに」

「堅実にギル稼ぎたいじゃん。神様がアルバイトしてる方が変だよ。もっと偉そうにクリスタルの中でふんぞり返ってたら?」

「俺は庶民派なの」

 

口々に言い合いながら人ならざる者達が人よりも人らしい生活をしている姿は不思議なものだ。

誰よりも健全な生活を送り、冒険的な挑戦を繰り返している。

街の人々も神であることより盟主であった姿の方が新鮮なのか、どこか遠巻きにしながらも気さくに話しかけている様子であった。

 

「イグニス、陛下のことよろしくな」

 

ひらひらと手を振って去って行く二人はそれぞれの場所へ散って行った。

 

 

 

 

メディウムは定職に就くことなくその日暮らしのアルバイト生活を送っていた。

正確には王城が実家なので金銭に困ることはないのだが、一応の体裁をとって働きに出ている。

本来ならば肉体をかなぐり捨て剣神として概念的に存在することも可能なのだが、ノクティスが生きているうちは人間と神の半々で生活する予定である。

王城の自室に住まい、ノクティスと共に朝食を摂り、アルバイトへ出かけ、夕方には帰る。

まるでフリーターのような生活だが、職業神なので完全にフリーターではない。

 

一方アーデンはというと、こちらは大企業の社長様である。

メディウムと共に現実世界へ帰ることを承諾してから、その手腕を発揮して一つの会社を立ち上げた。

現在は環境保護を兼ねた花屋なのだが、牧場への出荷や品種改良にも手を出している。

その功績は目まぐるしいものであり、絶滅危惧種であったジールの花の栽培、極度に数の減ったチョコボの繁殖に成功している。

その中に黒チョコボも含まれており、アーデンの独占市場と化している。

 

あらゆる地方へのルートを確保している彼は最近運送業にも着目しているようだ。

復興に際してモノの移動が激しい世の中、運送会社は既にパンク状態である。

そこへ帝国で開発した魔導戦艦技術を流用できないかと模索しているらしい。

魔導戦艦を作っていた技術者は皆シガイにしてしまったそうで、詳しい作り方はアーデンとメディウム以外はもはや確認しようもない状態。

絶好の商機とみているらしい。

 

ちなみに奇跡のような快進撃に神の力だ!ズルだ!と声高に叫ぶものもいるらしいが、そもそも神が顧問についているのでズルでも何でもないのである。

神が起こしたような奇跡のようなクリエイトを、との文言は嘘ではない。

 

「親方―、資材来たぞー」

「それ運んどいてくれ。重機いるか?」

「浮かせて運んどく」

「魔法でちょちょいーっと家も建ててくれたら楽なんだがねぇ」

「神の奇跡で一軒作ったら何億って値段になっちゃうだろう。ダメダメ」

 

がやがやと騒がしい現場でふと思う。

使徒が悠々と社長室の椅子に座っている最中に自分は汗水たらして現場で建設業。

選んだのは自分だが、普通逆じゃないか、と考えて頭を振った。

昔は自分でクワをもって農耕していたと聞いたが、今のアーデンでは想像できない。

 

「どう思います?ソムヌス王」

 

独り言のようにつぶやいたアーデンの弟への一言は神に連なる者にしか見えない光の粒子となって途絶えた。

クリスタルの中で義理の姉と共に穏やかに現実世界を見つめる初代王が風に乗せた微笑みでクスクスと笑う。

それに交じって歴代王達が昼間から酒を飲む音、音楽を楽しむ音、読書に興じる音などがやがやとした気配も伝わってきた。

 

クリスタルの中にまだいる歴代王達がとても騒がしい。

それに交じって息子を見守るような父の視線も感じ取り、苦笑いを零した。

貴方の息子は王になったり神になったり、忙しいですね。

 

「ああ、昔の兄上には似合わないけど今の兄上にはらしい?確かにそうですね」

「おい、また独り言か?」

「ナンデモナイデスヨー!今運ぶんでちょっとお待ちを!」

 

親方から飛んでくる言葉を躱し、魔法で資材を全て浮かせて運んでいる最中。

聞こえ始めた王達の音が途絶えることなく耳に入る。

キラキラと降り注ぐ光の粒子は神になってから見えるようになったクリスタルの加護だ。

クリスタルの中に治められた魂達と直接会ったり会話したりできる便利なものである。

これは遠距離でも対象らしく、喧しいことに一度感知すると数時間は内容がはっきり聞こえてくる。

 

大抵はメディウムに対する説教である。

王兄が庶民に混じってアルバイトなんてするんじゃない、とか。

自分の使者を野放しにして自由に会社経営させるんじゃない、とか。

今の王はなってないからここに連れて来い、とか。

兎に角うるさいと称するしかない。

コレが他の人間には聞こえず、アーデンにはソムヌスとエイラの声しか届いていないのが厄介であった。

歴代王達の声はメディウムにしか聞こえないのである。

 

クリスタルの加護は望めばいつでも剥がし、つけることも可能だ。

しかしメディウムが外さないのは、ひとえに自身の父がその中に混じっているからである。

先代ルシス国王、レギス・ルシス・チェラム。

クリスタルにいる歴代王達は役目を終えた今、現世に干渉する方法はメディウムに言伝を預け、見守る事のみ。

レギスが望めばいつでも我が子達が見えるように、喧しいのを堪えて加護を付けたままにしているのである。

 

「あーうるせぇ」

 

ガンガンと音が鳴り響く工事現場。

それ以上に喧しい王達の声に叱責されながら、欠伸を一つ。

今日も平和だ。

 



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番外編
番外編 01 教育


本編と関係のない、主人公とアーデンの昔話。
キャラ崩壊や御都合主義などが一層濃くなりますがあらかじめご了承ください。


ニフルハイム帝国の首都に当たる帝都グラレア。

その中心部に設置された薄暗い蛍光灯が灯る移動型戦艦ジグナタス要塞の一室。

軍の旗艦であるこの要塞はほとんど帝国軍の宰相の家といっても過言ではない。

 

要塞内部にはルシス王家の武器召喚や魔法を阻害する電波のようなものが垂れ流しになり、シガイ研究のために置かれた実験サンプルや研究資料などが置かれている。

最上部はいずれルシスから奪うつもりのクリスタル保管庫となっていた。

 

鬱々とした空気が流れるジグナタス要塞の中を行き来する人間はほとんどいない。

ニフルハイム帝国軍に所属する人間の兵の中では"命令されても行きたくない場所"No. 1の軍事施設である。

 

たが、その要塞には都市伝説がある。

家のように最上部近くに部屋を構える宰相とはまた別に、一人の子供が住んでいるというのだ。

宰相にそっくりな子供だが、そもそも宰相であるアーデン・イズニアは結婚していないはず。

何人もの兵に目撃されている子供は一体何者なのか。

 

その答えを知る者は未だいない。

 

 

 

そんな都市伝説など露知らず。

ジグナタス要塞最上部の丁度真下に位置する、専用の鍵でしか開かない部屋に閉じ込められた噂の子供は半泣きでスパルタ教育を受けていた。

 

「ほらほら。ここ、やったばっかでしょ?なんでできないかなぁ?俺も暇じゃないんだよ?」

「...教え方が雑なんじゃないの。」

「一時間追加。」

「忙しいんじゃないのかよ!」

 

机に広げられた紙束は、帝国の高校生レベルのテキストから抜粋された問題がびっしりと書かれており、涙目になりながらも手を動かし続ける子どもの足元にはルシス王国の高校生レベルのテキストが同じように抜粋されて積まれている。

 

これらの紙束はニヤニヤと笑いながらシャープペンシルで子供の頭をつつく男。

帝国の宰相、アーデン・イズニアによって用意されたもの。

 

そして、突かれながら足で蹴り返す子供はディザストロ・イズニア。

正式名メディウム・ルシス・チェラム。

妨害電波の影響を受けない魔法がかけられたネックレスを身につけて目の色と髪の色を変えているが、元の色はルシス王家によくいる夜空のような子供である。

使命のために六歳でアーデンのものとなったが学校に通う前の年齢であったために学は皆無。

 

ディザストロ・イズニアとして遊びで育てるつもりのアーデンは右も左もわからない、掛け算もできない子供では困ると教育を施しているのである。

現在この要塞に閉じ込めて二年、八歳となったディザストロは未だにこの最上部付近の出入り以外は禁じられている。

 

しかし、廊下に設置された監視カメラにはその姿が映ってしまい少し目を離したすきにテケテケと禁止区域にまで出歩いてしまう。

アーデンも特別施錠などしておらず出歩いたことはバレてないとホッとするディザストロにカマをかけたり目撃情報を漏らしたりして反応を楽しみ、白状するか誤魔化すかしだしたディザストロをきつく躾けるのが楽しみになっている始末。

変態を極めている気がするが、もちろん全年齢対象の躾である。

 

このアーデンの行動により監視カメラの映像を見た兵やすれ違ってしまった兵が都市伝説と噂しているのも把握しているが放置している。

いずれ帝国の表舞台に立たせるのだからわざわざ教える必要もない。

 

「"今日は大事な仕事があるからお留守番しててね王子様"とかいってたくせに!思いっきり暇じゃねぇか!」

「ヴァーサタイル君の呼び出しだから行かないとね?」

「部下に呼び出される上司って...。」

 

かわいそうなものを見る目を遠慮なく向けるディザストロに昔はもっとびくびくしてたのになぁとニヤつくアーデン。

その顔に、さらに身を引くディザストロ。

 

最近躾けることを愉しみにし始めたことを理解しているディザストロはいつか兵たちが話していた非人道的な実験のサンプルにされるのではないかと内心ハラハラしている。

それでも軽口はやめない。

幼さゆえともいうが。

 

「そういえば、ヴァーサタイル君がディアのこと嗅ぎつけてきてねぇ。俺の子供ならとってもいい実験サンプルになるんじゃないかって。」

 

ゴクリと唾を飲み込む。

一番危惧していた爆弾がなんでもないことのように投下された。

上司の子供ですら研究材料か。

生き物であろうが無機物であろうが関係なく突き詰める様は研究者の鏡なのだろうがどうか人道の許す範囲にしていただきたい。

帝国に最も必要な教育は道徳だと思う。

 

「でも今殺されると愉しみが減っちゃうからね。この階層にいる間は手を出してはいけないって注意しておいたよ。」

 

つまり、今までのように立ち入り禁止区域を颯爽と駆け抜けた場合命の保証はできないと。

先程から話題に上がっているヴァーサタイルとはこのジグナタス要塞に頻繁に出入りするヴァーサタイル・ベスティアを指す。

 

彼は魔導兵の開発者として名を馳せているがそれ以上に全ての物事を研究材料としか見ないヤバいやつでもある。

怖いもの知らずのディザストロですら出会ったら即刻逃げることもやぶさかではない相手だ。

 

しかし、この階層はとてつもなく娯楽がない。

最上部のクリスタル格納庫は未だに何もないため出入りは自由にされているがそれだけ。

階層一つを部屋にすると聞くと広いと思ってしまうかもしれないが、空間の持て余し度が異常に高い。

最低限生活できるように風呂やトイレがあり、簡易キッチンが扉一つ隔てて設置されている以外はベッドが一つあるのみ。

 

ここにディザストロが来てからは勉強用の机と椅子。

アーデンが座るソファが設置され、書類収納と読書用に大きめの本棚が四つ。

 

研究機関として機能していることを考えるとこの部屋は一際異彩を放つ部屋となっているが立入れるのは鍵を持つディザストロとアーデンのみ。

食材を置いて、三日か四日帰らないことはざらにあるのでほとんどディザストロの一人部屋とも言える。

娯楽のない部屋に子供が一人。

ダメと言われればやりたくなる年頃のディザストロは部屋を抜け出すことに娯楽を見出してしまったのだがそれも命の危険があるのならばやめざるを得ない。

 

だが遊べないということは、八歳のディザストロには死活問題である。

こんな薄暗い部屋に勉強だけ、だんだん上手くなってくる落書きとともに缶詰など心が死んでしまう。

本能的にそれを感知したディザストロはすがるようにアーデンを見つめる。

 

「せめて何か遊ぶものを要求する!」

「えー、そんなこと言われてもなぁ。」

 

おちょくるようにシャープペンシルを回すアーデンは実に愉しげである。

単調な生活に刺激をという意味のわからないコンセプトを元に時たま無理難題を押し付けてくるが、今回もそのパターンであろう。

グッと腹に力を込めて構えていると両手の指を突き出す。

 

「十日間俺は出張に行ってくるね。帰って来たときにテスト。範囲はココとココね。」

 

ドスンと置かれた紙束は帝国のものとルシスのものが半分。

科学的なものが進んだ帝国と道徳精神や神話、歴史などが多く乗っているルシス。

その全てを十日で把握、理解し応用すらも解けるようになれ、と。

ほとんど不可能だろう。一夜漬けすればいけるとかのレベルではない。

 

「合格点は各教科九十点以上。失格の教科の分だけ罰ゲーム。」

「...成功報酬は?」

「ルシス王国、王都製の携帯電話とタブレット。」

 

ガタッ。

 

科学の進んだ帝国でも追いつけないルシス王国全体でも高級品の王都製の娯楽用品。

アーデンが持ち歩いていたものを一度見て質問したときに帰って来た言葉がそれだった。

好奇心旺盛な年頃の子供を釣るにはもってこいの報酬。

例に漏れず、ディザストロもつられた。

 

「範囲が広すぎる。もう半分。」

「こんなのもできない子にあげる報酬はないねぇ。」

 

やるの?やらないの?

有無を言わさぬ物言いに、娯楽が欲しいディザストロは頷くしかなかった。

 

アーデンは無理を言っているわけではない。

一般的な子供であれば不可能な要求だが目の前に座るディザストロは驚異的な理解力を有している。

二年という短さで無学から高校レベルまで理解できるのは最早天賦の才。

 

本来ならばこの倍量でも問題ないのだが、アーデン自身が最近はほとんどこの部屋に帰って来ておらず四日に一度は必ず様子を見にくるがどこか背中が寂しげ。

どうでもいい子供で、遊ぶためのおもちゃだが寂しがられたり落ち込まれたりするとそれはそれで困る。

誰かを大切にしたり愛しく思ったりする行為はとうの昔に忘れてしまったが、世間では家族愛という感情をアーデンは感じていた。

 

そこで、一週間の出張の間気分を紛らわせる物をと考え出したのがこのテスト地獄。

家族愛など忘れたアーデンが遠回しに表した愛情。

さらに、実際に嗅ぎつけたヴァーサタイルに注意をしているので嘘ではない。

そんな心の機微など知らないディザストロにとっては文字通りテスト地獄である。

 

「一週間後にね。」

 

潰れるのではないかと疑うほどの力で頭に掴みかかり、ぐわんぐわんと頭を回して部屋を出ていった。

取り残されたディザストロは痛む頭を抑えつつも早速覚える作業に入る。

 

 

 

 

その後どうなったのかは、ホクホク顔でタブレットをいじるディザストロから察するべきだろう。

 



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番外編 02 厄災と蜘蛛の外出

本編と関係のない、主人公とアーデンの昔話。
キャラ崩壊や御都合主義などが一層濃くなりますがあらかじめご了承ください。


「あんたさ、休暇ちゃんともらってる?」

「あ?唐突になんだよ。」

 

帝都の中にある小洒落たカフェ。

ジグナタス要塞に住まうディザストロが私用でほとんど帝都に出たことはないとこぼしたことを心配し気分転換と名付けて連れ出したはいいが要塞と変わらず書類とにらめっこする彼にアラネア・ハイウィンドはそう言及した。

 

げっそりとやせ細り、色素が沈殿するのではないかと疑うほどクマができたディザストロ。二十二歳。

一ヶ月ほど前の軍事会議でアーデンの傍に控えていたのを目にした時はここまでではなかったのだが一体何があったのか。

流石に栄養失調の疑いがあるのではとせめて気分転換に連れ出しても変わらぬ姿勢。

 

体を休めること自体を知らないかのようなディザストロの行動に思わずこぼしてしまった一言であった。

 

「軍人は休めるときに休むのが基本だよ。戦争中とはいえ休暇ぐらい取れるでしょう?」

「俺は軍人じゃなくて宰相の副官。それに、休暇は一応もらってる。今は忙しいから連勤でカップラーメンばっかりになってるが...。」

 

運ばれて来たカフェモカをのみ、首を傾げたかと思うと懐からメモを取り出してなにやら書き綴っていく。

コーヒーの味や奥のカウンター席から見えるコーヒーの淹れ方などをメモしているようだ。

 

「軍人じゃなくても人間休まなきゃダメよ。明日にでも一日しっかり休みなよ?」

「ああ、文官は休暇の日だったか。しかし俺だけ帰ってもな。」

「宰相と一緒に住んでるんだっけ。よくあんな暗ったい要塞に住みつけるもんだね。」

「他に住むところもない。帝都への外出だって本当は親父殿に禁止されてる。」

「それ監禁よね。」

「軟禁だ。制限はあるが要塞内は歩き回れる。仕事ではあるがやることもある。」

 

今まさにその禁止行為を行っているが、まともな栄養も取れず永遠と仕事をしているディザストロの感覚は麻痺していた。

深夜テンションを通り過ぎて一旦冷静になり悟り始めた頃合いである。

睡眠時間が連日三時間を切るといいことはない。

 

アラネアはディザストロの生活が心配になって来た。

 

四年前から宰相専属の副官として就任した彼は表舞台に立つことはなくても、宰相の副官として完璧に仕事をこなし続けている。

しかし、若いディザストロに対して馬鹿にするような輩や宰相公認ではないが息子と思われる彼を嫌うものも多い。

 

アラネア自身は肉体言語で語り合い、お互いに友人というぐらいには仲がいいと自負しているがここ最近は目に見えて仕事を詰め込んでいる。

嫌味な連中に押し付けられ、積まれているのもあるだろうがそれでもこの量はおかしい。

日に日に増えているような気もする。

 

「部屋には帰ってるの?」

「三日に一度掃除しに帰っている。あとは仮眠室か執務室に篭りっきりになるな。」

「マメなことね。いつからそんな生活してるのよ。」

「前の軍事会議からだな。あの日から親父殿が出張。帝都に出られたのもバレないからだな。」

 

なんでもないことのように言っているが二十歳を超えた男が軟禁されて抗議もしないものなのか。

親子という噂もあったが彼自身から書類上であり実際の血縁はとても遠いと言っていた。

幼い頃からジグナタス要塞に住んでいたという証言をすり合わせると一体どれだけの軟禁生活を。

 

「あんたらの生活だから言えることはないけど、休みなよ。そんな顔じゃ帝都に連れ出すのも憚られる。」

「今連れ出してるだろうが。まあ肝に命じておく。」

 

目頭を押さえて、目がしばしばするなどとつぶやきながら持ってきた鞄へと書類を詰め込んでいく。

休む気になったのか冷めてしまったコーヒーを写真に収め、飲み干す。

何度か携帯をいじるとそのまま鞄に放り込みぐったりと机に突っ伏した。

 

「ここのコーヒーはうまいな。テネブラエのか。」

「そう見たいね。コーヒー好きなの?」

「よく飲む輩がな。自分で淹れないくせにこれはうまいだこれはまずいだうるさい。」

 

追加で頼んでいたサンドウィッチをもそもそと食べながら眉をひそめる。

相当コーヒーにうるさい輩を相手にしているのだろう。

ここの豆買って帰るかとつぶやき、サンドウィッチの最後の一切れを放り込む。

 

「これもうまい。いい店知ってるもんだ。」

「帝都に出てくるならいくらでも案内するよ。」

「助かる。ジグナタス要塞から出ると迷子になる。」

「あんたが迷子ってなかなか面白いわね。」

 

なんでもこなせる副官が街で迷子。

想像しただけで吹き出したアラネアに冗談ではないと苦笑いする。

方向音痴ではなく単純な土地勘のなさなのだが二十歳を過ぎた男が迷子など目も当てられない。

 

「昔一度あったんだ。要塞を出て迷子になったことが。」

 

幼い時の事故のようなものだが今尚外出禁止なのはその事故が原因であると言える。

生きるか死ぬかの瀬戸際とはいえ十何年も一緒に住めば愛着も湧く。

過保護なのか鬼畜なのかわからない書類上の親父殿を思い浮かべてくすりと笑った。

 

なかなか見られないレアな微笑みは目の下のクマで台無しである。

そのかわり、少しまともな食事をしたおかげか顔色はマシになっている。

殺伐とし、どんどんおかしくなっていく帝国でも癒しになるような場所はある。

これからもこっそり帝都に誘おうかと、仕事人間の友人に微笑んだ瞬間。

 

目の前に座るディザストロがぶるりと全身を震わせ、周りを確かめるように慎重に見回す。

自分の笑顔がそんなに嫌かと一瞬勘違いをしたがそうではない様子に何事かとアラネアも周囲を探るが、これといって違和感はない。

毛並みが逆立つ猫を彷彿とさせるディザストロは穏やかな雰囲気から一変、燻んだ橙色の瞳を爛々と輝かせて外を睨みつける。

外に何かあるのかとアラネアも見やるが何もないし何もいない。

 

「アラネア、連れ出してくれてありがとう。すまないが、お迎えが来たみたいだ。支払いはこちらでしておく。」

 

右足首に巻きつけたホルダーの中を確かめてから席を立ち宣言通りさっさと勘定を済ませようとするディザストロを慌てて追いかける。

迎えが来たというにしては敵が来たような構え方の友人を放っては置けない。

ついでにレジ付近に置かれたコーヒー豆を買ったディザストロに続く。

カランっと音を立てるドアベルを聴きながら静かな空間から喧騒が溢れかえる大通りへ。

 

ジッとどこかを見てからゆったりと頭を下げるディザストロのそばで、影が揺らいだ。

 

「ーーいつまでたっても言いつけを守らない子だなぁ。ディアは。」

 

瞬きした次の瞬間には、下げた頭に自らの帽子をかぶせる男ーーアーデン・イズニアの姿があった。

咄嗟に拳を構えるが一応上官であり軍を動かさないとはいえ先日准将になったばかりのアラネアには手を出すこともできない。

いや、手を出す必要があるのかも疑問だが戦地に身を置くアラネアですら気づかない気配に気づいたディザストロに驚愕した。

 

戦地に立たない彼でも殺伐とした雰囲気の軍では嫌でも敵視や凝視といった視線には敏感になる。

しかしここは街中。

敵視ならわかるがただ見られているだけではわからないこともある。

それを察知し何者かを捉え取るべき行動へと移る速度は軍人のそれ。

 

気配を感じさせない宰相はアラネアに普通に話しかける。

 

「君が連れ出したの?」

 

凍えるような気配に一歩身を引く。

面識があるのは宰相としての顔。

ディザストロのことになるとこうまで変わるものか。

返答できないアラネアの前にさっと影が割ってはいる。

 

「気分転換に誘ってくれた。あんたが帰らないから仕事を詰め込んでこの面だ。」

「悪い癖つけちゃったかもね。ごめんね、面倒ごとがどんどん増えて時間かかっちゃった。一人部屋は寂しいよね。」

 

よしよしと帽子の上から撫でられているのに小馬鹿にしたような雰囲気を醸し出すアーデンを斬りつけたい衝動を押さえ込んで耐える。

仕事を詰め込んでアラネアに心配をかけ、鈍った判断力のまま帝都に繰り出したのは自分である。

悪い癖というのは趣味になっている絵描きとは別にやることがないと仕事をし続ける癖。

部屋にも帰らないのはアーデンがいなければわざわざ部屋にいる意味はないと思い込んでいるのが原因だった。

 

「アラネアはまだ街にいるのか。」

「え、ええ。まだ買い物したいし。」

「そうか。許可が取れたらまた連れ出してくれ。」

 

さっさと要塞に戻ろうと、アラネアに手を振って片手でアーデンを引っ張る。

帰り道しかわからない帝都に次出られるのはいつになるか。

 

 

 

 

 

「俺がいないときに出るとか確信犯でしょ。」

 

無言で要塞まで帰り、昨日掃除したばかりの部屋を進み一番奥のアーデンの私室を遠慮なく開ける。

十五歳を過ぎてから使われてない隣に自室が設けられたのだがベッドと本棚、洋服ダンスしかない。

そこに向かう気も起きずほとんど使用しないアーデンのベッドへとダイブ。

堅苦しいブーツと白い軍服を脱ぎ捨ててインナー姿になっている。

 

だらしないディザストロを見ながらベッドに近づきお小言を漏らすアーデンにやる気のない返事。

 

「まあな。バレないってのと、もしかしたら帰ってくるかもなと思って。俺が悪いことするとからかいにわざわざ来るだろ、アーデンは。」

 

ごろごろとダブルベッドを転げまわったかと思えば真ん中でぴったり止まって欠伸をする。

もぞもぞと布団の中に入りそのまま寝る体制に入ってしまった。

 

帰ってくると思ってわざわざ言いつけを破る様は構って欲しくて悪事を働く子供のようだ。

滅ぼすつもりのルシス王家の正当な王子がこの体たらく。

敵の前で呑気に惰眠を貪り始めたディザストロの首を撫でる。

無防備にも急所を晒している憎き王族を殺す気にはならない。

 

「寂しかった?ディア。」

「...寂しかったかもな。一ヶ月はちと長い。」

 

眠そうな声でそれだけ言って本気で寝始めた。

アラネアという友人ができる前はほとんど一人でジグナタス要塞に篭っていた。

一人でいることに不満はなかったが会話がないというのは精神衛生上よろしくはない。

人である以上、人と関わらなければ生きていけないのである。

 

なんのしがらみもなくとはいかないが正体を気にすることなく関われるのはアーデンのみ。

もう一人いるのだがは滅多に関わらない。

 

首から手を離し、ソファーへと着ていた服を掛けた。

寝ているディザストロを見ていると夜に生きるシガイの王であることを忘れて人の生活をしたくなる。

人のベッドで寝こけるディザストロを抱え込むようにして、目を閉じる。

暖かい人肌は冷たい心を満たすに足るものかもしれない。

 

 

睡眠不足で昼間から翌朝まで寝こけたディザストロはその日のことをアラネアに問われ、死んだ魚の目でこう語った。

 

ーーおっさんの添い寝とか悪夢か。

 



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番外編 03 呼び名

本編とは違うアホの子時代注意。


むっすりとした顔で雪の中を進む、テネブラエ行きの列車に揺られる。

目の前には楽しげにこちらを観察するアーデンおじさん。推定千九百八十何歳。四捨五入して二千歳。

 

フェネスタラ宮殿を襲撃したことで完全なる属国になって三年。

十七歳になったディザストロはテネブラエ側の要求により外交官を任されていた。

正確には俺ではなくアーデンが行なっていることになっているが体裁を保つための名目に過ぎない。

そもそもディザストロは帝国軍人ではない一般高校生という枠。

こんな無理が許されるのかと言われれば許されないのだがそこは宰相の権力。

 

テネブラエ側の"ディザストロ・イズニアを外交官として指名したい"という無茶苦茶な願いを、ギリギリのところで叶えた。

外交官はアーデンでありディザストロは観光客。

入国規制などもない今は観光客の扱いはテネブラエ側が好きにすればいいことなのでたとえ宮殿に招こうが、外交の場に立たせようがアーデンがなにも言わなければ罷り通ってしまうのである。

 

アウトに近いセーフ、いやもうスレッスレだ。

これはもうアウト判定じゃないのか。

バレなきゃいいとかのレベルではないぞ。

 

「せっかく遊びに行くのに、全然乗り気じゃないね。テネブラエは好きじゃない?」

「いいところだとは思うが、俺は帝国に属した覚えはない。なんで外交をしなきゃならない。」

「要塞に住んでるのに?」

「あんたの家があの薄気味悪いジグナタス要塞だったからだろ。」

 

高校に通っているといってもそうなっているだけで実際は外へ出ていない。

定期試験で一定の点数を叩き出せれば授業が免除されるという制度がある名門校に籍を置かせて、相変わらずの軟禁生活だ。

定期試験でさえ高級車の送り迎え、運転はアーデン。

お陰で変な噂が流れ、めくるめく一般男子高校生の青春などありはしなかった。知ってたけど。

 

「帝国じゃなくてあんたに仕えてんだよ。あー仕えてんじゃなくて飼われてんのか?」

「今のところはペットでしょ。懐き始めた猫。」

 

前髪だけ適当に切られただけの長い髪を黒いリボンで無造作に一括りにしたその姿は少し生意気な猫。

敵の総大将に見せる姿とは思えない無防備さと緊張感のなさが自由奔放な猫そのものである。

無駄に気品のある猫なので攫われないように監禁か軟禁する必要があるが。

高校でもどこかの王子様か貴族ではと噂されているのを知らないのだから困ってしまう。

 

やれやれっと無駄に様になった動作で首を振るアーデンに、何も知らないディザストロはイラッとするが怒鳴りはしない。

ペットと言われるのならば自分はペットだ。

アーデンの所有物なのだから言う通りにせねばならない。多少反抗はするが。

 

因みに反抗したことで列車旅になった。

揚陸艇や飛行戦艦でくる観光客なんているわけないと最もな意見を発言し、自分はゆっくり行くと一人で電車に乗ろうとしたところ止められ、妥協案として二人旅となった。

宰相が護衛なしでいいのかと思うがイドラ皇帝は気にも留めない。

自由にさせているのかさせざるを得ないのか、堅苦しくなくて助かるといえば助かる。

 

「向こうに着いたらちゃんとした呼び方してよ。一応、外交に行くんだから。」

「ちゃんと働く気なのかよ。神凪の一族が正体知ってて要求してんなら肝が据わってるな。まあいいや、なんて呼べばいい。」

 

現時点でシガイの王様だとわかっているのは次期当主で神々に神凪を任されたルナフレーナだけなのだが、あとで考えればいいやと今重要なことを優先する。

何より神凪を少なくとも嫌うアーデンがまともに交渉する気なのが驚きだ。

 

「いい機会だから考えて。"あんた"とか"おい"とか"お前"とかいつもの熟年夫婦みたいなのなしね。」

「おっさんと夫婦になるくらいなら真面目に考えるわ。」

「うわひどっ。」

 

特に呼び方など決めておらず、適当に声をかけていたためここで知恵を絞る羽目になった。

真っ先に浮かんだのは主人としての呼び名である。

 

「マスター、とか。」

「それっぽいけどダメ。」

「宰相。」

「役職でしょそれ。」

「ご主人様。」

「そそられるけど却下。」

「不審者。ど変態。ドS。愉悦シガイ。」

「それただの罵倒だよね?」

 

主人ではダメらしいので正式な役職を呼んだが却下。

趣向を汲んだら最低な発言をしたので罵ったが笑って流された。

 

「アーデン宰相ってのが無難だろう。何が悪いんだよ。」

「外はそれでいいけど、部屋の中じゃどう呼ぶつもりなのかな?家族を紹介してって頼まれた時とかも。」

「あー、それは考えてなかった。というか紹介するほど仲良くなるような人間ができる日がくるのか?軟禁生活終了のお知らせ?」

「今の所出す気ないけど。」

 

じゃあなんでいったんだよ。

非難の目を向けるが素知らぬ顔。

今まで通りにしようかと思ったが熟年夫婦呼ばわりは嫌なので真剣に考えた。

アーデンと俺の関係は使命の上では主人と所有物であり、帝国の上では宰相と息子。

親と子の関係と言われるとしっくりこないし、遠い親戚と言われた方がまだわかる。

あながち間違いじゃないし。

 

「…"親父殿"なんてどうだ。」

「人の捉え方を逆手に取った呼び方だねぇ?」

 

苦肉の策として提案して見たが、アーデンは満更でもなさそうだ。

親父殿という呼び方を聞いて、自分の父親をからかう呼び方と捉える人もいるが本来は全く違う。

他人の父親を敬う呼び名となる。

 

本当の父親ではないアーデンをシガイの王として、シガイの父親として敬うという意味の呼び名になるが大半の人間は勘違いしてくれるだろう。

親父殿と呼んで首を傾げられれば親父と呼び変えればいい。

外に出て呼ぶことになるとは思わない。

 

「外であんたについて聞かれた時に使う。部屋の中じゃアーデン、でいいだろ。」

「あれ?そこは名前で呼んでくれるんだ。」

「俺ももう大人になるしな。幼いとか物理的な気後れを感じる歳でもない。熟年夫婦は嫌だ。」

「引きずるね。」

 

変わらずムカつく顔でニヤニヤとしてくるが少しだけ嬉しそうだ。

名前を呼ばれるのがそんなに嬉しいのか、シガイの王なのに。

確かにいつもイズニア宰相とかばっかりで名前を呼ぶ人を見たことがないが、たかが名前だろうに。

 

考えが顔に出ていたのか、アーデンはさらにムカつく笑みを広げその唇に柔らかい音を乗せた。

 

「メディウム。」

 

ぶわりと背筋に得体の知れないものが走った。

反射的に身を震わせ、体を抱え込んで椅子の端側による。

気持ち悪いものを見る目でアーデンを見るが反応が面白かったのか小馬鹿にしたように鼻で笑う。

 

ゾワゾワと身体中を駆け巡る感覚は吐き気がするほど甘い声で正式名を読んだアーデンが原因だと理解した。

なるほど、固有名詞を呼ばれることはとても強い感情を引き起こす。

俺の場合は憎悪だ。きっとそうだ。胸が高鳴るとか乙女チックなのは吊り橋効果だそうに違いない。

 

ここで大人しく引き下がっていればいいものを、無駄に倍返しでやり返す精神のあるディザストロは精一杯をやり返してしまった。

わりとずれた方向性で。

無駄にタイミングよく。

 

「アーデン。」

 

帝都の堅苦しい街並みから氷神の亡骸を通り過ぎ、トンネルを抜ければ一転して幻想的な樹海が広がって行く。

 

木漏れ日を浴びながら走る列車のコンパートメントの一室で、溢れんばかりの光を浴びてにこやかに微笑みながら、優しくその名を呼ぶ。

慈愛に満ちたその瞳は太陽のような暖かさを宿し、まっすぐな赤毛がふわりと揺れた。

壁に体を預け、足を抱えるあざとい姿勢。

 

一瞬絶句してしまったアーデンに勘違い的に勝ったと思い込んだディザストロがふにゃりと笑う。

はぁーっと重苦しいため息をついて、アーデンはその頭をひっぱたいた。

 

「いっ!?負け惜しみか!?」

「だから軟禁生活のままなんだよ。」

「話が見えないっ!」

 

頭の出来と知識量は圧倒的なくせに精神は幼い頃の方がまだマシだった。

少なくとも無防備に人を惹きつけるような顔をする子供ではなかった。

手に入れたオモチャが昔の人間のように逃げては困ると俗世との関わりを断たせたのだが面倒なのが出来上がってしまったかも知れない。

逃げ出すという思考に成らないようだし、そろそろ外に出してみるか。

 

昔のトラウマからくる無意識の独占欲で軟禁生活を強いられていることなど知らないディザストロは珍しく笑みを浮かべないアーデンを不思議そうに見ていた。



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番外編 04 帰省の一幕

本編と関係のない、主人公の昔話。
キャラ崩壊や御都合主義などが一層濃くなりますがあらかじめご了承ください。


「なんだ、あれ。」

「わー、すっごいかっこいい人。」

 

下校時間。

高校二年生であるノクティスとプロンプトは校門前にできた人集りに圧倒されていた。

だいたいが女子の人集りの中心には苦笑いを浮かべる青年。

冷ややかな風が吹き抜ける秋らしいモッズコートに灰色のTシャツ、ジーパンと茶色いブーツというラフな格好の青年はこちらに気づくと手を振った。

なにやら呼ばれるように手招きしている。

 

ノクティスはその仕草で誰だか理解したのか、顔をしかめながら青年のもとへと向かう。

プロンプトも置いていかれるわけにもいかず急いで駆けつけた。

 

「なんで学校まで来てんだよ!」

「可愛い弟のお迎え。護衛は撒いてきましたー!」

 

いぇいっとVサインをする青年に、ノクティスは大きくため息をつく。

街中でシフト魔法を駆使し、人知れず裏路地を駆け巡ってここまできたのだろう。

青年、兄メディウムの常套手段だ。

数センチだけ高い身長の六歳年上の兄は滅多に帰らないが昨晩、明日帰省するというメールをもらっていた。

 

「ノクトの…お兄さん…ってことは王子様!?」

「ノクトのお友達?はじめまして。メディウム・ルシス・チェラムだ。」

「はっはじめましてっ!プロンプト・アージェンタムです!」

「プロンプト君ね。」

 

いつもノクティスのことは王子扱いしないくせに美しく輝きながらも怪しい雰囲気を持つメディウムに緊張するプロンプト。

王子だと知った瞬間集まっていた人もそっと距離をとった。

それに気にする様子もなく話を続ける。

 

「聞いて驚け。なんと今回の帰省は二日も居られる。大盤振る舞いだ。そのかわり仕事も山積みだ。最悪。」

「あっそ。」

「二日ノクトのマンション泊まるから。」

「はぁ!?」

 

いつも一日足らずで帰り、からかって去っていく兄が二日もいるという事に内心嬉しくも恥ずかしくて表に出せなかったノクティスは素っ気なく返事をする。

そこは予想の範疇だったらしく、ニヤニヤと笑いながら爆弾を投下した。

 

「なに驚いてんだよ。」

「兄貴は一応重役だろ!?何かあったらどうすんだよ!城に部屋あるし!そっち泊れよ!」

「王子のマンションに何かある方が問題だ。そもそも王の剣による警備まで付いててルシスの王族二人いる時点で相手が瀕死間違いなしだろ。」

 

確かにその通りである。

魔法が使える人間が二人もいれば普通の生身の人間など障害にもならない。

なによりメディウムは外の生活で戦闘経験が豊富だ。

王の剣を撒いてここまで来るぐらいには機動力がある。

 

「それに今まで城の方じゃなくて王の剣の施設で泊まってたんだよ。」

「はぁ!?」

 

初耳である。

王子が城ではなく王の剣に与えられた訓練所で寝泊まり。

一晩だけとはいえ流石にそれは。

いや護衛がそこら中にいると思えば安全な場所なのか。

 

「流石にそれは看過できないだろうし、王の剣達も二日連続ピリピリしてられないだろ。新兵もいるって話で。城は無理。てな訳で妥協案。ノクトのマンション。」

「どんだけ城が嫌なんだよ。」

「いやはや、王様のところに家臣が泊まるって難しい心情で。」

「王子だろ。」

 

えへへっと曖昧な苦笑いしかしないメディウムに再びため息をつく。

隣のプロンプトがどうしたらいいかわからずおろおろしているのも流石に可哀想になってきたノクティスは渋々受け入れた。

兄が泊まりに来ること自体は嬉しくてたまらないのだが、素直ではない性格ゆえの反論だった。

結局受け入れるのだが。

 

「…今日入れて二日だろ。明日、俺学校だけど、昼間はどうするんだよ。」

「クレイラス宰相との鍛錬と軍事会議。グラディオラスとも手合わせ願われたし、イグニスに国政の指南もあるな。新兵の激昂のためのエキシビションマッチにコル将軍とも一戦。あとは明日のお楽しみが一つ。ノクトは強制連行で夕方マンション集合ね。」

「お楽しみ?」

「そう。プロンプト君も来るといいよ。きっと面白いから。んじゃ俺は護衛の回収して来るわ。マンションでなー。」

「え!?は、はい!?」

 

嵐のようにいうことだけ言って一瞬にして消えた。

ノクティスにしかわからなかったがおそらくあらかじめ置かれた武器にシフト魔法を使ったのだろう。

残像が残るはずのシフトを瞬間移動のようにその場で消えるように使えるのはメディウムぐらいしか居ない。

 

ぽかんとしたプロンプトの背中を叩いて、帰路を急ぐ。

昨日やってきて部屋を綺麗にしてくれたイグニスに心の中で感謝しながら。

 

 

 

 

 

翌日夕刻。

 

動きやすい服装で集合といわれ、ジャージでマンションに来たプロンプトを車に詰め込み、同じくジャージのノクティスと共にやって来たのは王の剣訓練施設。

そこで提案されたものにノクティスは疑問の声をあげた。

 

「鬼ごっこだぁ?」

「王の剣達とね。鬼は王の剣。シフト魔法の訓練だから新人優先でベテランと一人二組。三人組でもいいよ。ノクトはお手本に来てもらった。見学のプロンプト君ね。」

「面白いものってもしかして…。」

「ノクトの無様な負け姿に決まってるでしょ。」

「このクソ兄貴ッ!」

「悔しかったら負かせてみせろよ。シフト魔法だと剣を投げなきゃいけないが、王族に投げられないとか考えなくていい。遠慮なくぶん投げてくれ。制限時間以内にタッチできればお前らの勝ち。時間は三分ってところだな。」

 

つらつらと説明していく様にためらう王の剣達だが、王族同士の戦いというのは非常に興味がある。

ドラットー将軍も承知の上と言われると否やも言えない。

メディウムは帝国のグラウカ将軍とも面識があるためお互いに腹に一物抱えている爆弾扱いをしているためか向こうは探り探り受け入れていた。

彼がいることで未来がどうなるかよくわかっているメディウムだがアーデンの差し金であることも承知しているため下手に手を出せない。

彼がダメでも他を用意する可能性を考えれば今のままで放置となった。

閑話休題。

 

「それじゃ。プロンプト君三分測ってスタートの合図よろしく。」

「はい!」

 

携帯のタイマーを三分に設定して、お互いに剣を召喚する。

ノクティスは父王レギスから貰ったエンジンブレード。

メディウムはどこでも買えるブロードソードを構えた。

 

「よーい、どん!」

 

なんとも気の抜ける合図とともにメディウムが剣を投げる。

中央にそびえ立つ高い塔を囲むように円柱に作られた王の剣の施設は通り道のための穴がいくつもある。

昔の監獄を改造して訓練所にした経緯があることを知るメディウムは中央の塔の側面に剣を突き立てぶら下がった。

 

一秒遅れてノクティスがメディウムめがけて剣を投げるが、壁を利用して駆け上がるように一回転。

一度離した手に刺さったままの剣を召喚することで手繰り寄せ、今度は反対側の通路に滑り込む。

躱されたノクティスのエンジンブレードは壁に突き刺さり、シフト魔法を発動していたノクティスはなんとかぶら下がり間を空けずにメディウムへと投げつける。

 

手にしたブロードソードでエンジンブレードを弾くとそのまま壁へとバッティング。

思わぬ方向に行くこととなったノクティスは中央の塔に叩きつけられたエンジンブレードと共に壁に激突するかと思いきや瞬時に体勢を立て直して壁を蹴り、シフト魔法で空中戦を仕掛けて来る。

 

「おいおい!タッチすればいいんだぞ!」

「当たるまで疲れさせるのも戦法だろ!」

「荒っぽいことで!」

 

ブロードソードを投げて脱出しようかとも考えたが、真正面からぶつかって来る弟を避けるのは兄の矜持に反する。

エンジンブレードにシフトブレイクを仕掛け、体制が崩れたところで追い討ちの踵落とし。

背中に決まった重い一撃にそのまま地面に落下したノクティスは仰向けに体制を変えエンジンブレードをこちらに投げつけて来た。

 

どうやら魔力切れのようだが諦めの悪い弟に苦笑いしながらも迫って来る鋭い刃にブロードソードを思いっきり振り抜いた。

回転しながら勢いよく落ち、ノクティスの顔の横側に刺さったところでアラームが鳴った。

 

「あぁー無理。魔力量で既に勝てねぇし。」

「惜しかったなぁ。ほら立てるか?」

 

倒れ伏したノクティスに手を差し伸べ起き上がらせると三分の間に起こった壮絶な手加減の戦いに理解が追いつかない王の剣達に声をかける。

 

「今は戦ってたが戦法としてありって事で!新人にはできないだろうしやる時は気をつけろよ。そんじゃ誰からやる?」

 

シフト魔法も覚束ない自分達にできるわけがない光景を最初に見せられるとは思わなかった王の剣達は顔を見合わせる。

自分達と同じように王族も、最初は扱えなくて苦戦すると聞いていたが生まれた頃から使えるとここまで戦力の差は広がるものなのか。

借り物の魔法のため確かにそもそもの使い勝手の幅がちがうが彼らは借り物の範囲で戦闘をしていた。

宣言通りシフト魔法しか使っていない。

 

怖気付き始めた王の剣の中でも一等強く"ヒーロー"とからかわれる男が手をあげる。

それに同調するように同じ出身地の男と女が手を挙げた。

 

「その刺青はガラードの奴らか。名前は?」

「ニックス・ウリックです。」

「リベルト・オスティウムだ。」

「ちょっと、リベルト!クロウ・アルティウスです。」

 

ニックス、リベルトと名乗った二人の男はルシス領内に存在する小さな諸島、インソムニアと同じ地方に属するカヴァー地方ガラード地区でよく目にする刺青が所々に見受けられる。

どこかフランクなリベルトを諭したクロウという女性は少ないが同じくガラードの刺青があった。

同郷で三人組という事らしい。

 

「ほほう。シフトが得意なのと異常に魔力が多い魔法使い?いや生まれつきの特殊能力がうまく噛み合ったってところか?あと小技が得意そうだ。いいね。魔法が当たってもタッチって事にしよう。プロンプト君頼んだ!」

 

言い当てられて少しだけ眉が動いた三人だが敬礼は解かない。

一目見ただけでそれぞれの特徴を見抜いたメディウムは三人に合わせたルールに変更し、安全なところからノクティスと見守るプロンプトに声をかける。

三人相手でも余裕そうにブロードソードを構え直し、笑う。

 

ノクティスの時とは違い全く警戒していない。

特にニックスは見向きもしなかった。

シフト魔法は王の剣の中で一番上手く戦闘技術も頭一つ抜けたニックスを見向きもしない事に驚いたがそれだけ自信があるのだろうと三人はより警戒した。

 

「よーい、どん!」

 

またも気の抜ける合図で始まったがメディウムはその場から動かない。

動かないならばとニックスがシフト魔法で壁を伝って背後を取り、リベルトが前から突撃。

後ろでクロウが魔法の詠唱を始めたがやはり一歩も動かない。

このままなら簡単に触れるとニックスとリベルトが剣を持たない手を伸ばしたところで、メディウムが消えた。

 

「ほい。」

「なっ!」

「うわっ!?」

 

正確にはニックスの後ろに剣を投げ、空中を飛ぶ剣にシフト。

体の重さで飛行を止め落ちる剣の勢いのまま持ち手部分をニックスに叩きつけた。

勢いそのままリベルトと衝突したニックスに詠唱してしまったクロウの火球が飛び込む。

二人に当たる前にメディウムの氷魔法が炸裂し、火球は跡形もなく消えた。

すかさずクロウの背後にシフトし、こめかみを叩いた。

軽く脳震盪を起こすためにやったので意識が朦朧としてる事だろう。

 

その間わずか十秒。

初撃を思いっきり外し、カウンターを見事に決められてしまった。

 

「ニックスだっけ?シフトが得意とは感心だけど甘いね。シフトがあればすぐ取れると思って後ろ回ったでしょ。あれ、達人なら先に読んで今みたいにカウンターされるよ。」

 

顔面衝突で頭が揺さぶられていたニックスにメディウムの言葉が届く。

あらかじめ魔力を通した武器を感知してその方向に魔法を放つシフト魔法は非常に便利だ。

武器さえ通れれば体もそれについていく、ワープのようなもの。

奇襲にはとても向いている魔法だが真正面からだと武器の動きで読まれてしまう。

 

生身の人間ならば背後を取りそのまま戦えばいいのだが同じシフト魔法の使い手だと魔力を宿した武器を感知できてしまう。

借り物の彼らには自分達のしかわからないだろうがメディウムにはすべての魔法を通した武器の位置がわかっていた。

 

「リベルトとやらは真正面から突撃するときに若干エンチャントもしてたね。でも弱すぎかな。」

 

起き上がってきたリベルトのククリ刀をみてそういうと自身のブロードソードに輝くほどの雷を流す。

少し帯電していた程度のリベルトのククリ刀とは全く別物。

揺れていた意識から復帰してきたクロウに向き直り、メディウムはアドバイスを続ける。

 

「あとクロウとかいう魔法使い。魔力効率が最悪だ。感覚でできないのはわかるが詠唱が長すぎだ。詠唱と一緒に魔力を垂れ流し。無駄すぎる。詠唱を減らして魔力を凝縮できれば今の火球十発打てる。」

 

アラームがなった。

アドバイスで三分使い切ってしまった。

あまりの一瞬の出来事にそれなりに強いと自負していた三人は項垂れる。

戦闘経験の差だけで言えば戦場に出ている王の剣達の方が王族より多いと思っていた。

高校に通うノクティスを基準に、メディウムを見ていたが蓋を開けてみればとんでもない化け物だ。

シフト魔法二回で王の剣三人が伸されるなど。

 

「コル将軍の方が化け物じみてた。魔法とシフトが使えるからって強いわけじゃないな。」

「兄貴、将軍とやり合ったことあるのか?」

「怪獣大決戦?」

「プロンプト君面白いこと言うな。まあ、去年帰ったときに。武器召喚しかできないのに剣の太刀筋だけで魔法をいなして来るんだ。あの人が一番化け物だな。本気出さないと勝てなかった。」

「勝てたのかよ!?」

「ノクトのお兄さんつよー…。」

 

完全に戦意喪失し始めた王の剣達を置いて、王族二人と一般市民の会話が続く。

ルシス三強に数えられるコル将軍に勝つなど人間じゃない。

他のルシス三強は王の盾クレイラス・アミシティア、ドラットー将軍と錚々たる面々である。

 

「コル将軍とも鬼ごっこしたんだが、タッチ出来ずじまいだった。俺が手加減したにしても指一本でも触れれば将軍が褒めてくれるかもな。」

「え、うそマジ?」

「マジマジ。プロンプト君やる?」

「戦えないです!」

 

コル将軍が褒めてくれるかもしれない。

 

王の剣の中でも憧れの存在であるコル将軍が褒めてくれるという言葉に何人かの新人が釣られた。

熱狂的なファンのベテランも。

次々に上がる手に作戦成功と笑ったメディウムが剣を構える。

訓練はまだまだ続く。

 

 

 

 

余談だが一時間後には立つこともままならない王の剣の姿があったという。




映画では亡くなられたクロウ・アルティウスは極秘任務中に裏切り者に殺められてしまうのですが、その極秘任務自体がなくなります。
軍を操作していた主人公が気づいて阻止していたからという事で。
そのかわりネックレスに発信機が付き、道中光っているのに気づいたニックスが…とそこから映画通りとなります。

王の剣として未来の王のために命をかける映画とは違い、主人公と共にグラウカ将軍を打ち果たしシガイから逃げおおせます。
巨大なシガイはアーデンによって吸収され王都にはいないという設定。
映画通りルナフレーナを託されて逃げたリベルトは王都から逃げ果せコル将軍の指示で避難誘導に混じっていたクロウと共に戻ってくるニックスを迎えます。

リベルトは一度王の剣を脱退するのですがそこは映画と同じく。
クロウの死ではなく王に対する不信感で脱退しますが城で戦争しようとしたレギスの話を主人公に断片的に聞かされ少しだけ考え直し、故郷の様子を知りたいクロウと共にガラードに一度帰ります。

ニックスはコル将軍の下で亡きレギスへの恩義で働き続けています。

以上、我がイオスでのキングスレイブ主要キャラ裏話でした。


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番外編 05 兄弟の語らい

本編と関係のない、主人公の昔話。
キャラ崩壊や御都合主義などが一層濃くなりますがあらかじめご了承ください。


「兄貴の趣味ってその水彩画?」

「なんだ?いきなり。」

 

王都に帰省した二十歳になる年の夏。

十四歳になったノクティスの誕生日祝いと称して贈られたメモ帳の最後のページには海の水彩画が描かれていた。

ノクティスは最近コル将軍に連れられて釣りを始め、趣味になりつつあるがメディウムの趣味は知らない。

年に一度しか帰らない兄なのだから当たり前だがよくメールに添付される水彩画が趣味なのかもしれないと思い、思ったことをそのまま口に出していた。

 

「よく描いてるじゃん。綺麗だし。展覧会?でもすればいいのに。」

「趣味と本職を一緒にするな。芸術のわからん中坊め。美術の勉強してるか?」

「してるし。よくわかんねぇけど。」

「ガキじゃねぇか。」

「大人の兄貴と比べるな!」

 

王城のノクティスの部屋。

一等大きな窓の前で脚を組み、キャンパスに色を添えるメディウムの姿がノクティスには何よりも美しく見えていた。

素直には褒められないがメディウムの描く水彩画は大切なものの一つ。

芸術がわからないなりに綺麗だと思えるような淡く柔らかく寂しげな絵。

見るものを引き込みその世界を魅せる。

ノクティスは水彩画を見るたびに胸が締め付けられるような悲しみと口には出せない寂しさを感じる。

それはメディウムの絵の魅力でありどこか不思議なものだと思っていた。

 

ノクティスの考えなど知らないメディウムは芸術のわからない子供だと揶揄う。

 

「それに趣味かと聞かれれば微妙なところだな。」

「あんなに描いてたのに。」

「送ったのだって一部だけだ。実際はもっと描いてる。でもなんていうか描いてても楽しくはないんだよなぁ。」

 

キャンパスの筆が止まる。

王都の空と魔法障壁を描いたその絵は美しく眩い魔法障壁が青空を遮り塞ぎ王都を守る障壁は空を閉じ込める檻のように見えた。

父が命を削って維持している魔法障壁が檻に見えるなど思ってはいけないことだがなぜか納得する絵だった。

 

「絵ってのはな、趣向やその人の生き様が反映される。どんな風に過ごしてきてどんな風にものを見てきたか。全部その絵に出るんだ。」

「それはなんで?」

「主観でしかものを捉えられないのが人間だからかな。知らない物事を絵にはできないし写せない。構造を理解していないと全く同じものは作れないだろう?」

「じゃあ青空は?」

「お前はどうして青空に見えるのかちゃーんとわかってるか?」

「うーん?」

 

勉強不足じゃないか、とため息をつかれノクティスは頬を膨らませる。

メディウムはわざわざ近づきそっぽを向く頭を撫で空を指差す。

 

「まあたいていの人間は青空の理由なんて気にしない。でも構造がわからないから目で捉えられても理解ができない。そこで補うために使われるのがその人の主観…だと俺は思ってる。」

「それが描くのが楽しくないのとなんの関係があるんだよ。」

「ノクトには俺の絵が楽しそうな絵に見えるか?」

 

メディウムの問いにもう一度キャンパスをみる。

鳥籠の中の鳥のように、その空を羨ましげにみるようなその絵はとても楽しそうとはいえない。

美しいのに悲しいその理由はメディウムの主観だというのか。

いつもお調子者で頼れてどこか気の抜けた兄しか知らないノクティスは疑問に思いながらも静かに首を振った。

 

「この絵を楽しく描けてないってことだな。この空を楽しく描くほうが難しいし。」

「そうなの?」

「自分の父親…をいずれ殺す魔法を見て楽しく思う奴がいるか?」

「それは…。」

「国民は讃えてるが万能ではないしそもそも俺はあの魔法を好ましく思えない。王族だからと割り切る考え方も気に入らない。言ってもしょうがないがな。」

 

たとえそれが宿命だとしても。

頭では王族という存在そのものが一般人と違うものなのだと理解している。

持っている力も違うし役目も自分のためではなく多くの民のためになる。

王として魔法障壁を張るならばその魔法は奇跡のような代物であり、とても栄誉あることで慕われる王そのものだろう。

 

だが、一人の家族として誰かと生きるならば魔法は厄災、ひいては呪いだ。

 

王族だから仕方ない。

多くの国民がそう割り切るだろう。

メディウムとてそれが間違いだとは思わない。

しかし、一般市民と変わらない同じ人間が誰かのために身を投げ出すことを当たり前とする。

同じ人であることをわかっていても理解せず大勢のために死ぬことを見て見ぬ振りする考え方がメディウムは気に入らなかった。

 

「楽しくなるような絵を描けばいいじゃないか。その…しがらみみたいなのは多いかもしれないけど、一つぐらいあると思う。」

「ないんだ。絵を描くことは何百回とあった。でもないんだ。楽しくなるようなことも楽しかったこともない。」

 

窓から差し込む日差しがあるのにメディウムの目には光が差し込まなかった。

この絵と同じように籠の中に閉じ込められ、閉じこもることしか知らない鳥。

外の世界を知っている分、その悲しさは大きく外を知らない他を哀れむ色が強い。

 

「それにな、最初に描きたかった絵を描けていないんだ。」

「描きたかった絵?」

「油彩画にしたかったんだが向いてなくてな。希望のあった水彩画でチャレンジしてもうまくいかず。理解してるのに描けない唯一があるんだ。それを描けたら少しは楽しく描けるようになるかもな?」

 

ノクティスから離れキャンパスの前に立つと、赤い絵の具で筆を濡らし思いっきりばつ印を描いた。

見事に没作品となったその絵をノクティスは勿体なさそうに見る。

 

「結論を言うと俺にとっての絵は楽しいからやる趣味とは違う、やりたいからやる趣味かな。」

「やりたいから…やる…。」

 

ノクティスはメディウムの描きたかったと言う絵の対象が気になった。

自然なものから人工的な街並み、そこに住まう人々や野獣。

あらゆるものを見てきたし今までノクティスが出会ってきた人たちの絵も何枚かあった。

見て描いたというよりうろ覚えの描き方だったがその人の特徴をよく捉えた水彩画だった。

その中にもないものとなるとノクティスに思い当たるものがない。

 

「描きたかった絵って何を描きたかったんだ?」

「夕日さ。」

「夕日?描いてたじゃんか。」

「あれは空のだろ。俺が描きたかったのは俺の夕日。」

「兄貴の夕日?」

 

頭に思い浮かぶ夕日は海に映ったり街並みから顔を出す絵。

メディウムが描く題材の中で最も多く描かれていることだろう。

しかし、彼だけの夕日となるとノクティスには想像もつかない。

どんなものが彼だけのものなのだろうか。

 

「俺が一番綺麗だと思う夕日ってことさ。描けないけど。」

 

失敗作の絵を丁寧にたたむとそのままゴミ箱に投げ捨てた。

新しい紙を設置して今度は部屋の中を見回している。

 

そこにガチャリと音を立てて扉が開いた。

 

「失礼します。ノクティス様、メディウム様。」

「やぁイグニス。ノクトって呼んでも大丈夫だよ。メディって呼んでくれてもいいし。」

「では、ノクト、メディウム様。お茶菓子をお持ちしました。」

「呼ばないのね…。ああそれ、テネブラエのお菓子?」

 

本日はイグニスの通う高校は休日で定例会議が行われていた。

メディウムは定例会議を免除され休暇を言い渡されていたのだが内容をイグニスがきちんとメモして持ってきてくれたようだった。

さらに紅茶とイグニスの手作りらしいテネブラエの郷土料理たるお菓子を持ってきていた。

 

メディウムはこれ幸いと話題変換を試みる。

 

「メディウム様は口にされたことがあるのですか?」

「テネブラエにはよく行くんでな。あっちの地方でしか取れない果物ばかり詰め込まれてる。」

「なるほど…。」

「だから違う味がすんのか。」

 

聞けば昔テネブラエで食べたお菓子をイグニスが再現しようとしているらしい。

郷土料理といってもジャムを詰め込むため味は各家庭によって違う。

どの味がノクティスの正解なのかはわからないがかなりの種類があることだろう。

それを再現しようとするイグニスにノクティスは甘やかされてるのか、とメディウムは苦笑いを向けた。

 

「来年の帰省には向こうの果物を土産にするわ。これはこれでうまいが違和感がすごい。」

「やはり違う味ですか。」

「こっちの地方の味だなぁ。アレンジってやつか。」

「違う味。」

 

もぐもぐと食べながら書類に手をつける。

ベリーのような酸味とクッキーのような硬めの生地。

甘くとろけるクリームと風味が乗ったベリーの相性は生地が邪魔をしないため絶妙と言えるのだがテネブラエのとは違う。

故郷の味がジグナタス要塞で作る男飯であるメディウムからすれば高級な味とも言えた。

 

ノクティスは当たり前のように咀嚼しているがメディウムは格差を感じていた。

王子であることを時たま忘れるがそれなりに美味しいものも食べているし珍味のような高級食材も口にしている。

それでも普段食べるのが簡素なものだと庶民の舌になるものだった。

 

「普段いいもの食ってる王子は違うなぁ。」

「兄貴も王子だろ。普段何食ってんだ。」

「自分で作るかカップ麺か。地方料理も乙なもんだぜ。今まで食べた中で一番驚いたのはガラード地区の郷土料理だな。モルボルを食べようっていう発想がすごい。」

「緑色のスープのやつ?すごいまずかったけど。」

「ここの料理人ガラードの人なのか。モルボルではないが色合いが似てるらしくてな。名物だってよ。」

 

ノクティスは身に覚えがあるのかしかめっ面でうえっと舌を出す。

余程まずかったのだろう。

余談だがレギスとともに食事をとっていたノクティスが不味いといったためスープを出した料理人は解雇されている。

 

「兄貴も一緒に夕飯食べればいいのに。」

「レギス陛下ともだろ。」

「親父はよく一緒に食べられたらなって言ってる。今日は特に決めてないんだろ。一緒に食べようぜ。」

「料理人が困るだろう。」

「それならば手配してまいります。」

「うわ有能。でも今はいらない有能さ。」

 

メディウムの制止を聞かずイグニスは部屋を出て行った。

王都を出てから一度も交流らしい交流をしたことがないが弟に縋られると弱い。

結局メディウムはその日の夕食は王城で取ることとなった。

王族三人の食事は今代王族ではこの日始めてとなり歴史的な瞬間とも言えた。

 



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番外編 06 限定高校生活

本編と関係のない、主人公の昔話。
キャラ崩壊や御都合主義などが一層濃くなりますがあらかじめご了承ください。
内容などない。


ディザストロ・イズニア。高校三年生の秋。

定期試験時にしかやってこないはずの高校へとやってきていた。

本日はアーデンがいないため送り迎えと護衛を帝国軍所属、レイヴス・ノックス・フルーレ曹長がついてきた。

ディザストロ本人がどれだけいらないと抗議しても必ず護衛をつけると言われてしまい、せめて顔見知りをと指名されたのだ。

 

本日は定期試験ではなく午前中だけの授業日。

完全に登校しないのは流石にと懸念したディザストロに配慮して設定された年に一回の登校日であった。

どれだけ抗議しても年に一回しかないのは顔が隠せない学校という機関を懸念しているからである。

 

逆に悪目立ちしていそうだが会う回数が少なければ誤魔化しも効く。

 

「…教室までついてくるのか?」

「校門までだ。迎えは連絡をくれ。」

「一人で帰れる!高校生だぜ!?」

「帝都の地図を頭に叩き込んでいても実際に歩かなければ街は常に変わる。土地勘がなければ学校にも戻れない。」

「うぐ…それもこれも全てあのおっさんが…!」

「帝都に致し方ない理由で出るのは今年までだ。高校を卒業すれば軍に所属し正真正銘外に出ることすらなくなる。学校に通えるだけでも奇跡的だ。」

「…そうだけどよ。」

 

どこから持ってきたかもわからない、いつもの黒塗りの高級車を運転するレイヴスをみる。

テネブラエの象徴である白を基調とした礼装を身にまとったレイヴスはこの名門校では非常に目立つ。

すでに属国になったテネブラエといえども貴族は貴族。

それも王族に準ずる。

 

次期当主は神凪のルナフレーナ・ノックス・フルーレとして有名だがその兄たるレイヴスは武道の才がある。

名門校であれば幅広い知識を有している生徒も多く、その顔と礼服を一目見ればどこの誰だかわかってしまうだろう。

登校時間の今、レイヴスと共にいると周りの視線が痛い。

しかし、護衛任務を全うできないとアーデンの嫌がらせがディザストロに飛んでくる。

 

ならばさっさと離れようと少し離れた場所に止めた車から降り、早足に校門を通り抜ける。

後ろからため息をついて連絡を忘れるなという声が届いたが片手を上げただけでさっさと学校内に入っていった。

 

学校内自体はとても広く、一クラス三十人前後が一学年に五つ。

特進科だけ別棟が用意されており、高校一年から三年までそこで過ごす。

ディザストロも例外ではなく昇降口を出て廊下を曲がり、別棟を目指して歩き出す。

すると後ろから誰かが走って来る音がする。

自分には関係ないと歩みも緩めずさっさと進んでいくが走る音はどんどん大きくなり、果てはディザストロの前で止まった。

 

何事かと軽く首をかしげると、金髪碧眼の青年がぐるりとこちらを向いた。

 

「あの!あのあの!さ、さささ!さっきの!」

「何が言いたいのかわからないがとりあえず落ち着いてください。」

 

目を白黒させながら迫り来る青年から一歩距離を取る。

青年の身長はディザストロより高く、百八十センチはあるだろう。

体格も良く、帝国では珍しい剣を愛用する戦士の手。

ブレザーの制服は多少着崩されてはいるがきっちりと着ている範疇。

ネクタイの色から同じ三年であろう。

ちなみにネクタイは赤が三年、青が二年、緑が一年である。

 

それらの情報とディザストロに話しかける理由を推測した結果、金髪碧眼の多いテネブラエ出身でありレイヴスと共に歩いてるところを目撃。

どうゆう関係か聞きたかったのだろうという結論になった。

その間に青年は落ち着き始めたのか、深呼吸をして申し訳なさそうに頭を下げる。

 

「突然ごめんなさい!俺、三年特進科のテネリタース・プレケスです!先程レイヴス様といらっしゃったのを見てしまい…その、気になって声を、かけました…。」

 

だんだん弱々しく、細くなっていく声にパチクリと瞬きをする。

十人いたかいないか、減ったり増えたりする特進科で入学当初から変わらず三位ほどの成績を収めていた人の名前が確かそのような名前だったことをディザストロは思い出す。

無言でじっと観察するディザストロの雰囲気に押されて、体格の良いテネリタースはしおしおと自信なさげに肩をしぼめていった。

 

ほんの数秒のことで直ぐに思考が戻ってきたディザストロは完全に縮こまってしまったテネリタースに微笑む。

 

「特進選抜科のディザストロ・イズニアです。レイヴス様とは少々ご縁がございまして。彼にご用が?」

「いえ!俺、テネブラエの出身で…レイヴス様は平民にとって憧れの存在なんです。帝国軍に入隊したのは知っていましたが、まさか関係のない学校で間近でお目にかかれるとは思いませんでした。」

 

舞い上がってました、と照れ臭そうに笑うテネリタースに微笑みながら観察する。

今の話だけでテネブラエ出身であること、平民であることがわかってしまった。

ディザストロであれば絶対に口にしない真実をいとも容易く口にするのは若さ故かと頭を巡らせるが、そもそもここは高校であることを思い出す。

 

自分の立場を偽り、誤魔化し、相手を翻弄する政治の場とは違う。

純粋にぶつかり合い、学び合い、時には喧嘩をして道徳心や協調性を学ぶ場。

テネリタースの発言は年相応であり、同じ高校に通う同級生に向けた、ただの世間話と説明。

疑う必要性も観察する必要性もましてや掌で転がす必要性も大してない。

その事実を思い出して、小さく息を吐く。

 

「あの、同学年…ですよね。敬語じゃなくてもいいかな。」

「ん。ああ。構わない。つい癖で出たが同い年に敬語は違和感あるよな。」

「口調一つで印象って変わるね…。」

 

恐る恐る聞いてきたテネリタースになんでもなさそうに口調を崩す。

突然ラフになったディザストロにテネリタース惚け、感心したように感想を口にした。

学校という場では身分は関係ない。

 

「ディザストロ君って呼んでもいいかな。」

「長いからディアでいいよ。テネリタース君。」

「俺も長いからネリーって呼んで。」

 

壁を作らないディザストロの雰囲気にテネリタースは笑う。

高校生相手であれば簡単に知り合いや友人に慣れるほどのコミュニケーション能力がディザストロにはあった。

もちろんそれが発揮されることは滅多にないが。

 

お互いに自己紹介を済ませ、特進科の別棟へと向かう。

朝のホームルームまで時間があるため足取りは緩やかだ。

 

「年に一回、試験以外で来てたけど今日はその日?」

「やっぱり目立ってるか?」

「そりゃもちろん。高級車で送迎に入学から学年一位キープ。滅多に学校来ないし。人間かすら疑われてた時期もあったよ。」

「だよなぁ。目立つよなぁ。怪しいよなぁ…。」

 

態とらしく少し落ち込み気味に肩をすぼめる。

ディザストロもそういう人間が学年にいたら怪しいと思う。

格好の噂のネタになること請け合いだ。

いつも車内から顔を出さないアーデンの送迎が今回はテネブラエの王族の送迎。

さらに噂のネタにされることだろう。

 

「学校にはなかなか来られないの?」

「この登校日も渋面。家…の手伝いで忙しくて。」

「なんか疑問形だね。」

「授業免除があるから通わせてもらえるだけだしなぁ。」

「授業なしで学年一位キープはすごいよ。」

 

他愛のない話をしながら別棟の教室へと入る。

開いた扉を一斉に見たクラスメイトに苦笑いがこぼれそうになるが、気にせず席へと着く。

窓際の一番後ろの席が入学当初からディザストロの席なのだがテネリタースはその前の席だった。

 

カバンを机の横にかけ席に着くという動作の最中、教室のクラスメイトはチラチラとこちらを見てくる。

毎度のことだが今回はテネリタースがいるため幾分か気分か楽だった。

当のテネリタースは椅子の背もたれに両手を置き、反対向きに座ってこちらを見ている。

 

「ディアって帝都出身?」

「いや、別のところ。小さい頃、養父に引き取られた。」

「あ、なんか、ごめん。」

「いいよ。養父と二人暮らしで、たまにレイヴスが遊びに来る。」

「レ、レレ、レイヴス様が!遊びに!!」

「心配性の兄貴分みたいな感じで。ネリーはどこに住んでるんだ?」

「この近くのアパート。一人暮らしなんだ。」

 

レイヴスとの交友関係や出会いの話になると厄介なので話題を変えると一人暮らしが判明した。

名門校故に地方の優秀な若者が受験することも多く、アパートで一人暮らしという事例も珍しくはない。

ディザストロもアーデンがいない日数の方が多いのでほとんど一人暮らしだ。

ちなみに二人の会話はクラスメイト全員聞き耳を立てて聞いていた。

ディザストロ・イズニアという人間は大いに話題性があるのだ。

 

「ディアって貴族か王族って噂があるだよ。真相は分かんないけど。」

「どっちも違うさ。養父がちとアレだが。」

「アレってすごい気になる。」

 

口調こそ貴族や王族らしさはないが一つ一つの仕草に品のある美しさを有している。

王族というのはあながち間違いではないため、若干動揺したがディザストロ・イズニアはどちらでもない。

色を変えているネックレスはワイシャツの下に隠れているためルシス王家の家紋を見られることもないだろう。

 

大抵のことはアーデンのせいにする精神のディザストロは食えない微笑みを浮かべるおじさんを思い浮かべた。

 

「送迎も養父がしてくれてたんだが、今日は出張でレイヴスだったんだ。正直これからもレイヴスでいい気がして来た。」

「来る日教えて。校門で待機する。」

「レイヴス大好きすぎだろ…。」

 

レイヴスがいたおかげで孤立していたディザストロにもテネリタースという友人ができた。

彼のおかげとも言えるこの状況に後で礼をしたい気分だった。

憧れというより携帯のカメラ機能を構えたテネリタースはパパラッチのようだがレイヴスには犠牲になってもらおう。

 

残り数ヶ月の青春に憧れていたディザストロは漸く手に入れた年相応の状況を維持するために非情になっていた。

 

そこにガラリと教室の扉が開いた。

ホームルームの時間がやって来たのだろう。

前を向いたテネリタースに軽く笑って、一年ぶりの授業の準備を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

午前中だけの授業日はすぐに終わった。

友人と過ごす学校生活というものに表にではしないがはしゃぎ、充実した午前中だった。

 

休み時間をテネリタースとの雑談に費やしたディザストロは帰り支度を始め、校門まで付いて来るというテネリタースとともに歩きながら電話をかけようとした。

しかし、電話をかける前に白い礼服と白髪に近い金髪が目に刺さる。

どう考えてもレイヴスしかいない。

挙動不審になり始めたテネリタースの肩を何度か叩いて正気に戻しレイヴスに近寄る。

 

「連絡する前に来るなよ。」

「こ、こここ、こんにちは!!レイヴスひゃま!!」

 

直角の九十度に頭を下げ、思いっきり噛んだテネリタースを一瞥しやつれた顔のレイヴスが顎でしゃくる先は車。

いつもの黒塗りの高級車の前にはディザストロの知らないおじさんがいた。

正確にはこんな奴知らないと言いたくなるようなおじさんがいた。

 

ディザストロは爽やかな笑顔でレイヴスに向き直る。

 

「…レイヴス。友達ができたんだ。」

「テネリタース・プレケスです!!」

「テネブラエ出身らしくてな。」

「そうか。ディアと仲良くしてやってくれ。」

「はい!!仲良くさせていただきます!!」

 

「ーーちょっと無視は酷くない?」

 

いつの間にやら近づいて来たおじさんがディザストロの肩に手を置く。

視界に入れまいとテネリタースの方向に顔を背けたディザストロにおじさんはため息をつく。

首筋を人差し指が滑り、寒気のような感覚が背中を駆け抜けるが無視し続けた。

 

テネリタースはレイヴスに会えた感動から少しだけ正気に戻り、尋常ではない冷や汗を流すディザストロがこちらを向いていることに気づく。

何事かとその後ろを見れば、自分より背の高くスラリとしたスーツの男がディザストロの肩を掴んでいた。

 

「こんにちは。ディザストロの父親…かな。」

「いいかテネリタース。これは俺の父親ではない。断じてない。俺はこんなイケオジ知らない。」

「酷いなぁ。君の大好きな父親に向かって知らないなんて。」

 

まさに亜空間。

やつれたレイヴスと冷や汗ダラダラのディザストロ。

いい笑顔のおじさんと状況が読めないテネリタース。

人はこれを混沌と呼ぶ。

 

ディザストロがなぜここまで後ろのおじさんを否定するのかというと、明らかにいつもと違うからだった。

 

いつもならば無精髭そのままに暑苦しいほど重ね着しつつもどこか洒落ていたおじさん。

それが数日前。

 

今は無精髭がなくなり、暑苦しい服装はすっきりとした黒いスーツになり飄々とした態度が大人の余裕を醸し出している。

まともな服装をすればきっちりと鍛えられており、だいぶ遠いとはいえ見目麗しいルシス王家の血筋を遺憾なく発揮することは理解していた。

しかし実際に目の当たりにすると脳が拒否をする。

こんなおじさん知りません、と。

 

「ほら。帰るよ。」

「…ネリー、次は定期テストの時な。」

「う、うん!またね!!」

 

顔を合わせようとしないが車で帰るのは変わらないため、レイヴスを盾に車に乗り込む。

テネリタースはいまいち状況が飲み込めていないようだが、おじさんことアーデンが何者であるか思い当たる節があるようだった。

イズニアという姓と顔が一致すれば何者かなどすぐに分かるものだがそれを口には出さず、車を見送った。

 

別れ際にディザストロが口に人差し指を立てたのだ。

これは何者か問わないでほしいということなのだと今日一日で学んだがあの錚々たる面々の中にいるディザストロの噂話はたちどころに広まった。

次の定期試験でディザストロが頭を抱えることになったのは後の話である。

 




・人物紹介

テネリタース・プレケス(意味:優しさ、祈り)

出身はテネブラエだが学問的、身体的な分野で非常に優秀であり、ルシス王国王都を除けば最も発展している帝都の文武両道を掲げる名門校へ入学。
学費免除対象である特進科。
高校卒業後は軍大学へ進学し帝国軍アラネア准将率いる通称傭兵部隊に所属。
主人公と面識のある数少ない兵としてアラネア准将に使い走りにされることもままあり、高校卒業後も主人公とかかわりがある。

アラネア准将が軍を脱退する際はそのままともに軍を脱退。
光なき世界でも生き残る。


・補足

主人公が通う帝国の名門校。設定上名前は特に決まっていない。
学科自体は通常の進学科、十人程度の特進科、一学年に一人しかいない特進選抜科がある。
主人公は学費免除、通常授業免除の特進選抜科。
通常授業自体は特進科と合同で行われる。
定期試験で一定以上の点数と総合一位を維持しなければ特進科へ落される。
必ず一度は落ちることになるはずの科だが主人公は一度も落ちたことはない。

主人公は学校の七不思議に数えられ、どこかの貴族かどこかの王族という噂も絶えない。


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番外編 07 トラウマの話

本編と全く関係ない、主人公とノクティス一行の一幕。
より一層御都合主義かつ色々危ないですがあらかじめご了承ください。


「兄貴って本当に彼女いたことないのか?」

「喧嘩売ってる?実の弟といえどデリケートな問いには容赦しないよ?」

 

カエムの岬、ノクティス一行に割り当てられた部屋。

珍しくイグニスも参戦して、アプリゲームを楽しんでいた四人とそれを絵にするメディウムの姿があった。

どこまで書き込むか悩んでいたメディウムに唐突にムカつく質問が飛んできたのだ。

いつか威張りながら彼女いない歴イコール年齢と発言したことはあるが、流石に不躾ではないだろうか。

 

咄嗟に愛剣の"クラレント"を突きつけるが、上手く躱されてしまった。

 

「悪かったって!でも兄貴だって俺に彼女いるかいないか分からなかったら気になるだろ!?」

「お前は昔からルナフレーナ一筋じゃないか。」

「ち、ちち、違げぇし!?」

「ほぉ?ルナフレーナの前でも否定できるのかぁ?彼女泣いちゃうんじゃないか?愛する未来の旦那様の否定的な発言に。」

 

強調するようにわざと後から付け足すと、ノクティスは顔を真っ赤にしてゴニョゴニョとどもる。

これだけわかりやすくて周りにバレていないと思っているのだ。

哀れな奴よの、と揶揄い甲斐のある弟を尻目に書き込む箇所を決める。

ついでにうまいこと話題回避出来たぞ、しめしめ。

 

しかし、止まっていた筆を持ち上げる前に第二の襲撃者が現れた。

 

「でもモービル・キャビンで一晩やらかしてるんだよね?」

「語弊があるぞチョコボモドキ。頭かち割られたいのか。」

「ひぃ!?ごめんなさい!!」

 

遂にチョコボ頭からモドキに格下げされたプロンプト。

容赦のない投擲で顔面横にクラレントが突き刺さった。

壁に穴は開けまいと先に造形された氷に突き刺さるという良心的な脅し。

プロンプトは頬に当たる冷たさに背筋が凍った。

 

「今のは言い方が悪かったが、気になるのは確かだ。」

「初めて聞いた時、メディは貞操観念が非常に硬いと思っていたが…覆された気分だったな。」

 

グラディオラスとイグニスも乗ってきてしまった。

四人の思考を挿げ替えられるような話題はない。

一先ず女性関係ではないことを伝えなければならない。

そういった話題をほとんどしたことがないメディウムは若干顔を赤らめながら濁して伝えた。

 

「別に誰も世継ぎ問題になりそうな方面でやらかしたなんて言ってないだろう。」

「女に手を出したって訳じゃねぇのか。」

「あー、その言い方はやめてくれ。直接的すぎる。」

「いやだいぶ遠回し、って兄貴…もしかして男のくせにこういう話題に耐性がねぇのか?」

 

ニヤニヤと弱点を見つけてくるノクティスにイラッとするが別段話題に弱いことが悪いことではない。

貞淑で品のある王子という立場上、ノクティスのように俗世に詳しい方がおかしいのだ。

一般人のような王子など歴代でもノクティスとギリギリ分類されるメディウムしかいない。

そういった話題に弱いのは当然といえた。

 

だがムカつく。

弟に負けることなど滅多にないため非常にムカつく。

 

「品も風情もない王子ではないのだよ。」

「おお?負け惜しみか?」

「多少話題に耐性があるからと調子に乗るとは小学生かね。」

「顔真っ赤にして言われても面白いだけだぜ。」

「ぐぬっ。」

 

弟にこれでもかと言い訳を並べる情けない兄のような発言で、だんだん恥ずかしくなってきた。

火照るほど真っ赤になった顔をスケッチブックで隠しながら、座っていたベッドに倒れこむ。

顔が良いためそれなりに可愛らしい挙動にみえる。

 

アーデンは無駄口を叩かない上に行動的なセクハラが多いため、話題になること自体がない。

二千とちょっとを生きてきた人間がするような話ではなかった。

アラネアとは論外で、レイヴスはお堅い。

饒舌なビッグスに、二十歳を過ぎた頃からかわれたがウェッジが無言で止めに入ってくれた。

それ以来ふざけて話題に上がることもなく、タブーになっていた記憶がある。

何より恥じらいを持つように育てられた。

条件反射なのである。

 

「仕方ないだろ。同い年との会話なんて殆どなかったし。」

「ただ恥じらうだけとか女子か。」

「しかも割とイイところの女子だ。」

「おお?お前らも喧嘩売ってるのか?特売?買うよ?」

 

スケッチブックから少し顔を出して、感想を口にするグラディオラスとイグニスにツッコミを入れる。

未だに顔が赤いため、睨みつけられても顔の良さによる愛らしさしかない。

母親イグニスは母性が刺激されたらしく、無言で眼鏡をあげた。

 

「話戻すけど、モービル・キャビンで何があったの?」

「戻さないで欲しかった。」

 

嫌な思い出というよりかは、どうしようもない記憶だ。

言ってしまえば酷い汚物である。

それはもう有害物質と同等だ。

相手はおっさんで二千といくつかの年齢。

パワーワードしか並ばないおっさん相手にあんな狭いモービル・キャビンで。

 

サァッと顔が青くなり、口元を押さえて嗚咽を漏らす。

思い出したにしても吐きそうになる程酷い記憶とは一体なんなのか。

過保護ノクティスのスキル"保護本能"が発動し、問い詰める前に慰める作業に入った。

 

「俺たちが悪かった。そんなに酷い思い出なのか。」

「うえっぷ…いや、俺からすればトラウマなだけで側からみれば大したことはない内容だ。」

 

字面だけ見れば上司と部下の関係上、どうしても通らねばならない道だった。

若干の捏造を加えながらメディウムは問題のない範囲で一晩の出来事を語った。

 

「あれは一人のおっさんとお泊まり会をしなければならない状況に陥った、二十歳の夏でした…。」

「待て。既におかしい。」

 

グラディオラスのツッコミは的確。

そのおっさんが何者なのかの説明もなければ一体何があってそんな状況になったのかの解説もない。

話したくないのはわかるがそこからお願いします、とグラディオラスが苦笑いで頼んだ。

嫌々ながらも要望に応えたメディウムは若干の補足を付け足す。

 

「戦闘訓練の為に、メルダシオ協会のモブハント巡りをしてたんだ。ついでに王の墓所捜索も。おっさんは戦闘指南役兼保護者。外で得た伝だ。」

 

おっさんの正体は分からなかったが、状況からすればメルダシオの回し者だろうか。

状況から考えうる見当違いなあたりをつけたグラディオラスは上手く会話に誘導されていた。

これで帝国軍関係者である可能性が無くなり、アーデンへと辿り着く可能性が格段に減った。

この程度の会話誘導で自然に騙されてくれるなど脳筋と青二才だけである。

 

「話を戻すと、ルシス領の外はキャンプかモービル・キャビンが一般的だろう。」

「外に出て初めて知ったよね。」

「例に習って、その時モービル・キャビンで泊まるのが決定したんだ。」

 

あのアーデンおじさんは外が嫌いとかいう理由でキャンプをさせてくれなかった。

なぜ嫌なのかと聞くと、嫌光性(けんこうせい)を理性で制御して人の世界に溶け込んでいるのにわざわざ"元"の状態に戻りたくはないと。

嫌光性とは、シガイが光を嫌う本能のことを指す。

そのおかげで人はまだ生存できているのだが、それはさておき。

何千か何百年前かまでは他のシガイのように遺跡に潜っていたらしい。

 

それも相まって暗がりの外で寝るのは昔を思い出すとかで嫌がられる。

 

「当時は良かったんだ。金はあっち持ちでさ。ベッドもあったし夏の間はほぼ毎晩そういう生活だったし。だが、問題は最終日に起こった。」

 

奢りでモービル・キャビンに泊まるおっさんに既視感がある。

しかし、あの宰相との接点があるか微妙なため一先ず流された。

何より話が気になる。

 

「シャワーを浴びてたんだ。そこまでは覚えてる。覚えてるんだが…。」

「え、そこから記憶がない感じ?」

 

その晩は戦闘三昧から買い放される喜びで、近くの店から酒を購入していた。

さらに言えば果実から作るものではなく、雑穀類を蒸留したアルコール濃度が高い類を飲んだ。

飲酒など人生初で、アーデンにニタニタ笑われながら飲んだ記憶がある。

食事もあらかた終わり、変な酔い方をした当時のメディウムは寝るためのシャワーで記憶を飛ばした。

 

血行が更に良くなって酔いが回りきってしまったのだ。

飲酒後の入浴は危険行為なのでやってはならない所業なのだが、初飲酒後で判断力のないメディウムが分かるはずもなく。

記憶がない間にシャワー室で倒れそうになったメディウムを察知したアーデンが回収して、お腹だけを温めて体の火照りを冷ます処置をしたのが事実である。

その際、服を着ていると処置が面倒なので全裸で横に寝かせた。

そしてなぜか自分も下着だけきて寝た。

 

「朝、起きたら、全裸で寝かされてて…と、隣のベッドに…ほぼ全裸のおっさんが…。」

 

ルシス王家特有の自動ケアルで二日酔いなどなかったメディウムの視界には反対側の寝台でスヤスヤと眠るほぼ全裸のおっさん。

推定二千何十歳。

そんな奴を襲うことなど理性がなくてもしたくないメディウムは絶対に自分が引き起こした事案ではないと言い聞かせたが、起床したアーデンは意味深に笑うのみ。

それ以来、酒は飲んでも飲まれるな。

むしろ飲酒禁止と場所で思い出されるためモービル・キャビンはトラウマとなった。

 

少し大人になって、状況的に襲われたわけではないことは分かっている。

後でアーデンにも確認をとった。

奴は嘘はつかない。

誤魔化しはするが。

過保護ノクティスが暴走しないように、応急処置をとったために起こったトラウマであると訂正してからメディウムは死んだ魚の眼でこう締めくくった。

 

「若気の至りさ…。」

 

ノクティス達はこれからの旅でどんなに疲れていてもモービル・キャビンを使わないと誓った。

 



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番外編 08 迷子

本編と関係のない、ニフルハイム帝国での昔話。
番外編02で話に出てきた迷子の内容。
キャラ崩壊や御都合主義などが一層濃くなりますがあらかじめご了承ください。



知っている知識と実地は違う。

 

帝都グラレアの片隅に住み着いて早数十年経つディザストロは、十九を過ぎて思い知らされた。

王都の雑然としつつも近代的な街並みとは違い、全てが合理的にまとめ上げられ区画整理されている帝都ならば地図さえ読めればどこへでもいけると思っていた。

考えが甘かった。

たとえ区画整理されていても街並みは変わる。

特に商品を扱う商店区画は顕著。

最近仲良くなった副官仲間に教えてもらったケーキ屋にこっそり行こうと思ってジグナタス要塞を抜け出せば、迷子になるという恥ずかしい黒歴史が出来上がってしまった。

 

土地勘がないと自負するディザストロは百歩譲って迷子になることを受け入れようと思う。

二十歳を超えていなければ大人じゃない。

そういうことにしておく。

しかし、どうしても譲れないのは帰れないことである。

記憶力は良い方だと自負しているため来た道を変えることなど造作もないが、迷子だと認められずに彷徨ったためちょっと道があやふやなところがある。

いや、覚えているはずなのだ。

絶対覚えているはずなのだ。

ただすこーしばかり右か左か忘れ、北か南かあやふやなところがあるというか。

 

誰も聞いていない弁明を心の中で繰り返すディザストロは、とうとう全く関係ない喫茶店の方まで来てしまった。

食品という点では間違っていない気もするが、教えられたケーキ屋では決してないだろう。

看板を見ればエボニーコーヒーで有名なエボニー社が出店する、帝都限定の喫茶店だ。

ここはここで美味しいものが食べられそうだが、別段エボニーコーヒーファンでもない。

好きでも嫌いでもないのにコーヒーに合う甘味を食べても美味しくないだろう。

ディザストロが食べたいのは胃もたれしそうなほどクリームが乗ったシフォンケーキなのである。

 

どうして迷子なんかになってしまったのか、外出禁止なのを知っておいて出て来てしまったのか、なぜアーデンの帰りを待たなかったのか。

ぐるぐると自分を責めるディザストロに、聞き覚えのある声が届く。

 

「ここで何をしている。」

「ちょうどいいところに来なすった!流石自称配下!」

「君が王になってくれれば自称などではなくなるのだが?で、なぜ出歩いている。許可が出たのか?出たなら連絡してくれ。帝都の案内でもするのに。」

「いや、完全に無断外出。あと迷子。」

「二十歳手前で迷子…。」

 

痛いところを抉られたが怯んではいけない。

なんせレイヴスは帝都の兵士用宿舎に寝泊まりしている。

生活用品などは帝都の商店区画で購入せざるを得ない。

つまりこの辺に詳しい。

土地勘があるならばケーキ屋にたどり着ける。

 

「実は、ここの店に行きたかったんだ。」

「…真反対ではないか。」

「え?マジ?」

 

レイヴスに見せた地図をそもそも逆さまに見ていたようだ。

これではいくら歩いてもたどり着けるわけがない。

似たような区画ばかり並ぶ中で、目印に指定されたスーパーは利便上様々なところに出店している。

もう一つの青果店は反対側の区画にしかないがそんなことは知らない。

土地勘がなければ間違えるのも無理はない絵だ。

書いてくれた同僚もまさか帝都出身ではない上にこの歳まで一人で外に出たことがないなど思いもしないだろう。

ディザストロも自分以外にはなかなかいないと思う。

しかし、ここでレイヴスに会えてしかも地図が読めるのだから案内してもらうしかない。

大人しく帰るという選択肢はなかった。

 

「案内を頼めないか。ついでに要塞に送り届けるーなんてことは…できませんかね?」

「しなければこのまま迷子なのだろう。」

「その通りです。帰れません。」

 

帰宅できない事実はもうこの際認めざるを得ない。

ここで否定してもおじさんが闇に紛れて迎えに来る。

ホラー映画のような登場と何をされるかわからないお仕置きである。

回避の可能性は脱走の時点でない。

一体どこでバレているのかわからないが、行動が筒抜けなのだ。

まさか監視カメラ全部確認しているのではないだろうか。

…あり得そうで怖い。

 

保護者の行動が気になり始めたディザストロを察して、早めに餌を与えて檻に返してやろうとレイヴスがため息をつく。

脱走した愛玩動物を保護して返す気分だ。

早く飼い主の元に返そうと地図が指す場所への道のりを考え始めたところで、するりと影がさす。

突然現れた影に何者か理解した。

ついでに愛玩動物に合掌。

強く行きろ。未来の王。

影の主はなんてことないように会話に混ざって来る。

 

「ちなみに何を食べるのかな?」

「もちろんそれは甘くて美味しいシフォンケー…まじっすか。」

「マジですね。何さらっと脱走しているのかな?」

 

ガッチリと頭を掴まれたディザストロは冷や汗をだらだらと流す。

噂をすればなんとやら。

保護者が来てしまった。

この状況からさらに脱走を重ねるのは自ら刑罰を重くするの等しい。

弁明を図ったほうが賢明だ。

 

「これには深くてあまーいわけがあります。見逃してください。」

「見逃すならそもそも外出禁止にしないと思うのだけれど。そんなに食べたいなら帰りを待てばいいじゃないか。」

「頼めば連れてってくれるのか。」

「その代わり仕事を積むね。ただで案内役はしないよ。」

「仕事がなくて奢ってくれるなら帰りをいくらでも待つ。」

「寝言は寝ている時に言うものだよ。」

 

飴と鞭でも特に鞭上手な保護者は抜け出せない程度の強さで頭を掴む。

頭蓋骨がミシミシ音をあげている気がするがきっと幻聴だと思う。

素手で人の頭を潰せるのは人外だけだ。

あ、このおっさん人外だった。

 

レイヴスに助けを求めようと視線を送るが、視線をそらされる。

見捨てられたようだ。

お前後で覚えておけよ。

 

「ほら。行くよ。」

 

スタスタとアーデンに手を引かれる。

しかし、曖昧な記憶が正しければそちらの方面はジグナタス要塞ではない。

一体どこへ行く気なのか。

 

「帰るんじゃないのか?」

「ケーキ、食べたいんでしょ。食べてくと要塞に残してきた仕事が片付かないし、買って帰るよ。」

 

レイヴスを置いて問答無用で引きずられる。

仕事ばかりしているイメージしかないアーデンに土地勘があることに驚いたが、よく考えれば三十年近くは帝都に住んでいるはず。

全く知らない街並みではないだろう。

さらに驚いたのがケーキを買ってくれると言うこと。

脱走のお咎めより先に優しさを与えるとはどう言うつもりなのか。

 

「ケーキを買おうと言うその心は。」

「迷子で焦ってるのが面白かった。」

「み、みみ、みてたのか!?」

「新しい区画を見てきた帰り道に顔色真っ青な部下がいるから驚いたよ。」

 

そういえばそんな予定を聞いた気がする。

副官の仕事であるスケジュール管理はまだアーデン自身が行なっているため、頭からすっぽ抜けていた。

まさか自ら保護者の監視区域に足を踏み入れていたとは。

今度からスケジュール把握をして脱走をしよう。

しばらくは自粛するけれども。

 

反省の色が薄いディザストロであった。

 

ともかく、いい歳して迷子になるアホな部下を見てほくそ笑んだので一先ずお咎めなしということらしい。

このパターンは次やらかした時に加算される。

 

「恥かいた…。」

「覚えてないディアが悪い。」

 

結局、シフォンケーキを二人分買ってジグナタス要塞に帰ることになった。

置いてかれたレイヴスは当初の目的であったエボニーコーヒーを堪能したと言う。

 



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番外編 09 野生の幻想種

本編と全く関係ない、ジグナタス要塞での一幕。
より一層御都合主義が濃くなりますがあらかじめご了承ください。


轟々と燃え盛る草花。

凍えるような吹雪。

絶えることなく響く誰かの声。

無事を願う声、指示を飛ばす声、やるせない怒りをこぼす声。

さまざまな音を聞き届けながら足下から迫り上がる炎の波に飲み込まれて行く。

周囲から伸びる氷の檻が炎ごと包まんと伸びてくる。

消えない業の火と溶けない咎の氷。

 

贄の命など、こんなものだ。

 

 

 

 

 

 

「…!」

 

肩で息をしながらベッドから飛び上がる。

周囲を何度も見渡し、手足の無事を確認した。

久々に見る悪夢で動揺したがどこにも異常はない。

汗だくの体が気持ち悪くてシャワーでも浴びようと毛布をめくると、スピースピーなんて間抜けな寝息を立てるカーバンクルの姿があった。

起き上がった浅緑のもふもふはまだ眠そうにふらふらとベッドサイドに来て、お伴しますと言わんばかりにピーッと鳴いた。

 

右前足に黒いリストバンドをしたこのカーバンクルは野生のカーバンクルで、たしか性別はオス。

リストバンドはディザストロのお手製で、大して意味はない。

大きくなって着なくなった服の布で作ったものだが、カーバンクルは喜んでつけている。

たまにいつの間にやら現れてベッドに忍び込んでくるが、可愛く呑気に寝られると追い出せない。

小動物は徳な生き物である。

 

「シャワー浴びるだけだ。まだ日も登ってない。寝てていいぞ。」

 

もふもふの毛を掻き分け、耳の裏を撫でるとピーピー鳴いて喜ぶが二度寝するよりもシャワーについてくると主張した。

寝なおす気にならないメディウムはいっそのことカーバンクルを洗いまくってやろうと、前足をあげて抱っこをねだる野性味のない毛玉を抱え上げる。

隣の部屋にアーデンの気配はあるが起きているか寝ているかは不明。

そっと忍び足で部屋の前を通り抜け、廊下の一番奥にあるシャワールームへと滑り込んだ。

 

スタッと腕の中から降りたカーバンクルは、メディウムが開けた棚の一番下の段に収納されたペット用シャンプーを引っ張ってくる。

稀にやってくるカーバンクルが泥遊びでもしたかのように酷い有様の時があるので買い置きしてあるのだ。

さすが幻想種というべきか、一番安いシャンプーはお気に召さなかったらしく高級品を買う羽目になった。

アーデンに買い物を頼む時怪訝な目で見られた。

 

シャワールームに浴槽をつけるのはどうかと思うが一応備え付けで小さめのものがある。

大人一人縮こまれば肩まで浸かれる。

カーバンクルは抜け毛などない上に泳げるので浴槽にお湯をためている間、洗ってしまうことにした。

 

「こっち来い。おまえ今日はドロドロじゃないけど、水浴びでもしてきたのか?」

ピーッ!

 

一度だけ泥だらけで布団に忍び込まれたことがあり、盛大に説教をかました。

その反省なのかここ最近は何処かの川で水浴びしてからやってくる。

科学的な帝都で綺麗な川などあるのかとカーバンクルに聞けば、召喚獣語でテネブラエまで行ってるよ!と説明された。

普段ピーピーしか言わないくせに言葉を求めると途端に召喚獣語で話す不思議なカーバンクルである。

ディザストロが頭痛で顔をしかめているのを見てピーピー言い始めたが、ノクティスが世話をしているカーバンクルと出会って携帯にテレパシーで文を送る特殊能力を身につけていた。

さすが王都育ちのカーバンクル。

とても近代的。

 

今は手持ちに携帯端末がないため鳴き声しか発さないが。

浴室に持ってきたら一瞬でお陀仏なのでどうしようもない。

 

つめたかった水がぬるめのお湯に変わった所で桶にカーバンクルが浸かる。

ぷひー…なんて鼻をぷすぷす鳴らす姿は大変愛らしいがおっさんそのものである。

カーバンクル用ハンドタオルをいつの間にやら棚から取ってきて頭に乗せているのだからさらにおっさんくささと可愛さが増す。

防水のカメラ今度買おうかな。

 

ひとまず使ってる間に頭を洗いたまえ、と尻尾の先でディザストロのシャンプーボトルをペシペシ叩く。

すっかり自分の家の風呂のようにくつろいでいるカーバンクルに苦笑いして、頭を洗い始めた。

その間ぷすぷす鼻を鳴らし、稀にパシャパシャと尻尾で水を弾いて遊んでいた。

長い耳は桶に入れたくないのか頭を桶のヘリに乗せ、耳を外に出している。

どうせ洗わせるのだから濡らしておいて欲しいのだが。

 

頭を洗い終えてカーバンクルにかからないように泡を流し、ペット用シャンプーに手をかける。

キュイキュイ鳴きながら桶からでないので入ったままの泡風呂状態。

幻想種は贅沢だなぁなんて呑気なことを考えながら全身洗ってやると突然キューキュー騒ぎ出した。

風呂嫌いではないはずなのにあまりにも騒ぐカーバンクル。

なんだか視線を感じて後ろを見ると、いつものニヒルな笑いを浮かべる素敵なおじさんがいらっしゃった。

補足説明として着衣状態であることを添えておこう。

 

ーーラッキースケベ!

「どこでそんな言葉覚えてきたんです!お母さん教えてませんよ!」

「俗なカーバンクルだなぁ。電気がついてるから覗きにきただけだよ。」

「あんたは覗く前にノックか声かけをしろ!」

 

突然召喚獣語でロクでもないことを言ったカーバンクルにそんなこと言っちゃいけませんと説教。

音もなく浴室の扉をあけて覗きをしていたアーデンにもツッコミを入れた。

 

「今更見られてまずいものなんてないでしょ。」

「ないよ!ないけど!気持ちの問題なんだよ!風呂の覗きされて怒らない人はいないって!」

「世の中の二割ぐらいは怒らないんじゃない?」

「特殊事例すぎてなんとも言えねぇよ!」

 

世の中の二割って多いな。

せめて一割にしなさい。

 

ツッコミしきった所でハッと我に帰る。

調査したこともない世論に惑わされる所だったが、アーデンおじさんは現在進行形で覗きをしているのである。

 

「確認したら閉めろよ!もういいだろ!」

「そんな生娘じゃないんだから。」

「なんで俺が悲しい生き物みたいになってんだよ。おかしいだろ。」

 

とても哀れなものを見る目でラッキー助平おじさんがみてくる。

こいついっぺん絞めたろか。

 

後ろから早く洗えと催促するようにキュイキュイ鳴き声が聞こえる。

他人事のカーバンクルをジト目で見ると澄まし顔で泡風呂に浸かっていた。

別に見られて減るもんでもあるまいに、とパシャパシャ尻尾で泡風呂をさらに泡立てている。

お前その動作やめないと説得力無いからな。

泡増量しながら言われても。

 

ノクティスの所にいる王都育ちカーバンクルは素直で可愛らしい飼い主似だったのにうちのカーバンクルは誰に似たんだか。

飼ってないけど。野生だけど。

 

「どう考えてもディアに似たでしょ。」

「俺の性格の元祖はアーデン、つまりこいつはアーデン似。QED。」

「無茶苦茶な証明だなぁ。数学苦手なんじゃない?」

「教えたのあんただよ。」

 

さらっと脳内思考を読まれたが気にせずカーバンクルを洗う。

ラッキーで助平なおじさんは退かすのが面倒くさいので放置の方向である。

奴は自分で決めないとテコでも神様でも動かせない。

 

カーバンクルを泡風呂の桶からだし、緩めのシャワーで流して溜まった浴槽の縁に下ろす。

泡風呂の桶を流して湯水ですすぎ、こっちももう一度風呂にできるぞと示したが浴槽に入りたがった。

謎の犬かきで泳げるカーバンクルは自ら深い浴槽に浸かり、魔法なのか神秘なのかプカプカと浮かんですぴすぴ鼻を鳴らした。

 



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番外編 10 魔法使い

本編とはあんまり関係ない主人公とノクティス達の昔話。
ご都合主義がより一層強くなりますが予めご了承ください。


弟との語らいは存外話題性がない。

いつも弟が問いかけ、兄が答える。

六歳の年齢差は大きく学校に行っていたのかもわからない上に側にいるくせに絵を描き始めてしまうことが大きな原因であった。

 

ノクティスが年に一度帰省する兄にそれなりに接することができる様になったのは小学校高学年ごろから。

最初のうち。

どこか距離を開ける様に一歩下がって捉える兄にノクティスは苦手意識を持った。

食えないおじさんとは比べ物にならないほど表情が変わり、わかりやすい弟にメディウムは接し方がわからなかった。

そんな不器用な兄弟のファーストコンタクトの話。

 

 

 

 

 

 

 

十一歳のメディウムは家出から早五年。

交渉用に身につけた違和感がない程度の笑顔で王城の応接室に座っていた。

 

事の始まりはもとより帰るつもりがなかったのにおじさんに騙され、ハンマーヘッドに置き去り事件。

弟や王都をよく見てこいと意味のわからない命令を下して、一週間後に王都の外に迎えにくると言い残し自らは帝都へとんぼ返り。

ここから王都まで十一歳児に歩いて行けというのかと地団駄を踏んだが、父の友人であるシド・ソフィアが送ってくれた。

ご厚意に甘える形になってしまったので帰りに菓子折りをお届けしよう。

 

そんな調子で王都についたはいいが、かなり様変わりしていた。

メディウムが王都を離れた当時よりだいぶ発展している。

変わらないのは王城だけで見知った店がちらほらあったりなかったり。

物珍しいものもいくつかあって、ついついキョロキョロ見て回ってしまったらさあ大変。

見事に迷子と勘違いされてしまった。

王都警護隊の隊員がメディウムの身長に合わせて屈みこんだ。

 

「君、迷子かい?親御さんは?」

 

王城にいますとは言いづらかった。

正直なんと答えればいいかわからない。

レギスとの仲はもはや断絶状態。

弟など赤子の頃しか知らないし、王都警護隊の人達だって護衛がコロコロ変わっていた。

身の回りの面倒を見てくれていたメイドはいたが、ほとんど覚えていない。

強いて言うなら親はあのアーデンおじさんで、家は帝都グラレアのジグナタス要塞である。

戦争中なので絶対そんなこと言わないが。

 

無言を貫くメディウムに王都警護隊の男性隊員がツーマンセルで街を見回っていた女性隊員にお手上げと言わんばかりに両手を軽くあげたポーズをとる。

最初はお使いか何かかと思ってそっと見守っていたのだが、だんだん雲行きが怪しくなり声をかけたのである。

彼らは見回り中にこういった迷子に出くわすことも少なくない。

そうした場合はこの付近にある交番の様な王都警護隊の休憩所に連れて行って、身元の確認兼保護をすることになっている。

どこの子か言えなくても親が懸命に探していれば休憩所に情報が入っているはずだ。

二人はメディウムに優しげに微笑みかけ、まだ小さな手を取る。

 

「こんなところにいたら何があるかわからないからね。少し座れるところに移動しようか。」

 

王都警護隊は何かあった時に頼る人たちとして子供達に教え込まれている。

王都の学校に通っていないメディウムはそんなこと教わっていないがそれなりに信用できる肩書きを持っているのは確かだ。

何より行きたくないと言いづらい。

弟を見てからでなければ帰れないし、一週間も寝床がないのは辛い。

どちらにしろ安全が確保できる建物にいたかった。

五年ぶりの太陽は骨身にしみる。

体づくりは訓練でできているし、筋肉も問題なくついているが太陽ばかりはどうしようもない。

監禁の弊害が現れていたのか、とにかく暑くて早く日陰に入りたかった。

 

 

 

頷いたメディウムをすぐ近くの王都警護隊の休憩所に連れていった二人は、とある人物の珍しい来訪に一瞬惚けて慌てて敬礼する。

少しだけ風が通るこじんまりした建物に王都警護隊を束ねる将軍、コル・リオニスがいたのだ。

彼も見回りを毎日しているので別段おかしなことではないのだが、まさかいるとは思わなかった。

憧れと畏怖の目で上司をみる。

不死将軍の異名を持つ彼に憧れない隊員などいないのである。

 

背の高い二人の隊員に阻まれて状況が理解できないメディウムは、前に立つ男性隊員の服の裾をくいくいっと引っ張る。

敬礼ということは上司がいるのだろうが、仮にも保護した子供を放置はいただけない。

高校卒業程度の教育を受けたメディウムだから良かったものを、これが年相応の十一歳児であれば突然いなくなったりするかもしれないのに。

振り返った男性隊員がハッと我に返った様に敬礼を解いてメディウムを備え付けの椅子に座らせる。

上司であるコルは、迷子の保護報告を聞きジッとメディウムを見た。

 

メディウムもどこか見覚えがありすぎるコルに首を傾げつつ、太陽で若干クラクラする頭を抑えて椅子に背中を預ける。

なんだか調子が悪いなとこめかみを押したところでコルが驚き戸惑った様な声をあげた。

 

「…メディウム様?」

 

その名を呼ばれたのは実に五年ぶりである。

数秒間誰を呼んでいるのか分からなかったが、そう言えば本名はその名であることを思い出してチラリとコルを見る。

隠しきれない動揺で眼球が不自然なほど揺れている。

不死将軍ともあろうものが狼狽えすぎではあるが五年も行方不明の第一王子が目の前にいればこうなるか、と考え直した。

自分のことなのに嫌に冷静なメディウムはコルの名をようやく思い出して返答する。

 

「久しいな。コル・リオニス将軍。昔と変わらないな。」

「は、はい。メディウム様はずいぶんご立派に成長なられました。」

 

思わずといった顔で社交辞令的な返答をするコルにくつくつと笑い、見栄を張るために優雅に足を組んだ。

ただの迷子だと思っていた二人の王都警護隊員は異様な光景にたじろぎ、視線を彷徨わせる。

憧れのコルが敬語を使う相手はレギス王ぐらいしかいない。

それと同等なのはノクティス王子だけだと思っている二人の隊員は目を白黒させた。

 

「五年も…行方不明だとお聞きしておりました。」

「ん?ああ。行方不明扱いだったのか。では帰らない方が良いかな。」

「決してその様なことは!陛下がお喜びになられます!」

 

冗談交じりにくつくつ笑い、またどこかへ消え去ろうとするメディウムをコルが引き止める。

なぜ突然行方不明になったのか、なぜ王都警護隊に捜索命令が出なかったのか、今まで何をしていたのか。

この小さな王子の不自然すぎる五年間、レギスは致し方ないといった表情で覇気がなかった。

ノクティスが生まれた数ヶ月後に妃が亡くなった時も大いに悲しみを背負っていたが、その後すぐに絶望に満ちた顔で自殺でもするのではないかと心配するほど落ち込んでいた時期があった。

今は順調に回復を見せているがやはり元気とは言い難い。

 

そしてその絶望感を背負ったレギスが一部の部下にしか伝えなかった第一王子メディウムの失踪。

当時六歳の少年が五年もどこで生き延びていたのかは分からないが、とにかく生存報告しなければ。

レギスに忠誠を誓ったコルはなによりもレギスにもう一度活力を取り戻してもらいたい。

単なる行方不明の王子ではないことが今の発言でわかったが、どんな理由であれ保護するのは絶対である。

 

王城にはできれば帰りたくないメディウムは貼り付けたニヒルな笑いの裏で軽く舌打ちをした。

コルは何も悪くないのだが、王城にいい思い出はない。

レギスが喜ぶという言葉も昔のいざこざで半信半疑。

しかし、職務を全うするコルがどうしても王城に連れて行くといって聞かないので致し方なくアーデンの目論見通り帰ることになった。

 

善は急げとばかりに部下二人を置いてコルがメディウムを王城へと連れて行くと申し出た。

ここから王城はそう遠くない。

歩いて十数分程で行ける距離感である。

何が何だかさっぱりな二人に職務に戻るよう伝えて、メディウムとコルは歩いていってしまった。

出来事がトントン拍子に進みすぎてツッコミを入れる暇もなかった男性隊員と女性隊員はお互いの顔を見合わせて、今日は何も見なかったと思う方が賢明だという結論に至った。

 

 

 

 

そして最初の方の応接室に座るメディウムが出来上がるのである。

 

大事な会議の最中だったのでメディウムが帰ってきたと知ればコルが会議に集中できないだろうとしばし待つ様に懇願した。

一週間は滞在しなければならないので大人しく了承。

首をかしげる見たことないメイド達や王都警護隊の人たちや帝都で耳にした今年から新設された簡易的な魔法と武器召喚、シフトまで扱えるレギス王直属部隊"王の剣"に不思議そうに首を傾げられながら応接室へと通された。

 

個室の応接室はとある事件があった中庭が見えるのだがコルはその事件を知らない。

どこか冷めた目で美しい中庭を見る子供をコルは眉をひそめながら見つつ、向かいのソファーに座ってメディウムを観察した。

見た限りでは健康的な生活をしているがどうやら陽の光をあまり浴びない生活だったらしい。

かなり白い肌と黒髪のコントラストが目につく。

栄養状態などは専門家ではないので分からないが筋肉のつき方は十一歳児のそれではない。

連れて歩いた時に握った手はすでに武器を振り回す無骨な手だった。

王都内で生活をしていなかったのは確定的である。

 

一番無難でありそうなメルダシオ協会のハンターとして外で過ごしていたのかと思ったが、武器召喚を一目見れば何処の誰だかすぐに知れ渡る。

噂にだってなる。

何より日焼けしていない真っ白な子供特有の肌が屋根の外から出ていないことを表している。

やはり別のことをしていたのだろう。

 

メディウムの今の年齢であれば小学校高学年程度。

学校に通っているのかも疑問だが先ほどの会話を見る限りその辺の高校生より理性的に話ができている。

相当の英才教育を受けてはいたが、ここまで詰め込んではいなかったはず。

外で学んでいたのだろう。

ならば誰かに拾われたのか。

拾われたのならばなぜ誰も連れて来なかったのか。

ルシス王国内で目撃情報が皆無であったため帝国軍に連れ去られたと最悪の結果を予想していた。

実際そうなのだがそれでは帰ってきた意味がわからない。

分からないことづくしで眉間にしわを寄せるしかないコルを横目にメディウムは視線が鬱陶しいと小さくため息をついた。

 

 

 

レギスが会議終了後にコルが呼んでいるといわれ、腹心の部下であり心を許した仲間ともあり快く了承した。

応接室ということは会わせたい人がいるのだろう。

宰相であるクレイラスも来る様にと強く念を押されたらしく二人で応接間へと赴くとレギスは硬直してしまった。

 

忘れるはずもない。

成長したとしても我が子がわからない親が何処にいようか。

すっかり小さな子供から少しだけ大きな子供になったメディウム・ルシス・チェラムがソファーに座って中庭を眺めていた。

向かいにコルが座っていたがそんなことを構うことなく、レギスは我が子に小走りに近寄りその肩を掴んだ。

少しだけ驚いた様な我が子はレギスを見て一瞬だけ泣きそうな顔になり、すぐに取り繕った様に笑顔を作る。

 

その顔だけで心が締め付けられそうだった。

とある事件で父親として子に何もできなかった、ただただ苦しめてしまった後悔があるレギスは何も言わずに抱きしめた。

行き場のない両手をどうしたらいいか分からずに中途半端に持ち上げるメディウムは内心大慌て。

親の愛情をアーデンから多少なりとももらってはいたが本物の父親の優しさにどうしたらいいか忘れてしまった。

どうしようもない気持ちを表す様に両手が空を切る。

 

事件を知るクレイラスはメディウムを悲しそうに見て、コルに耳打ちをして今は二人だけにしてやろうと応接室を退出した。

パタンと静かな音を立てて閉まる扉とともにレギスが絞り出す様に言葉をこぼした。

 

「無事で、いたか。」

 

抱きしめる力が一層強くなる。

我が子の無事がレギスにとっての何よりの報告であり、ゆるい襟首から覗く痛々しい火傷にズキズキと心が痛む。

父親としての罪の証が我が子の体にありありと残っている。

剣神バハムートの言葉によりメディウムは使命を授かったが当時は十にも満たない子供であったのである。

探し出したい気持ちを必死に抑え、待ちに待った五年間。

ようやっと使命から解放されたのかと期待の眼差しで少しだけ離れてメディウムの顔を見るが俯いて暗い顔だった。

期待には、答えられそうになかった。

 

「無事でいました。健康状態も問題ありません。引き続き使命を全うします。」

 

レギスは落胆した。

まだ使命があるという。

当たり前であった。

そう簡単にメディウムが解放されるとは思えない。

真の王に選ばれてしまったノクティスの兄であるメディウムにも何らかの形で重いものを背負わせているはずだ。

しかし、帰ってきたという事実だけでレギスは満足だった。

メディウムの柔らかいほほを両手で包みその首にかけられた母親の形見、銀のネックレスを見る。

毎日欠かさず磨き、身につけているのか綺麗な輝きを放っていた。

 

「王都にはどれほどいられる。」

「一週間ほど。」

 

やはり王都で暮らすのは無理な様だった。

それでもいい。

大事な我が子が少しでもいてくれるならば。

無事だとわかるならば。

抱きしめた手をそのまま腰に回して、抱え上げる。

流石に小さな子供とは言わないがかなり軽いメディウムはわたわたと慌てた。

 

「な、なぜ抱え上げるのですか!?」

「私がそうしたいからだ。ノクティスの元へ行かないか?弟だ。」

 

まさか忘れているとは思わないが一応補足。

メディウムは眉を寄せしばし考えた後、ゆったりと頷いた。

自分とは違い選ばれたノクティスはさぞ大事に育てられていることだろう。

それに劣等感を抱かないのは難しい。

高校卒業程度の知能があるメディウムとは言え子供であることに変わりはない。

だが、アーデンの命令は命令。

心を殺して会うことを決意した。

 

レギスの話によればメディウムの自室の隣にノクティスの部屋を設けたそう。

いつでも帰ってきていい様に綺麗にしてあるメディウムの部屋の隣で側近としてつけた年の近いイグニス・スキエンティアと共に勉強中。

ノクティスと二歳ほど歳の離れた子供でレギスの側近の甥っ子だという。

英才教育を施し、頭脳担当として育てるつもりのようであった。

 

エレベーターに乗って王族の居住区にまで行くのだが、レギスは決してメディウムを下ろそうとはしなかった。

王を一人にできないとクレイラスが付き従い、子供部屋へと向かった。

 

 

 

子供部屋ではおやつの時間だった様でイグニスとノクティスがクリームがたっぷり乗ったマフィンを頬張っていた。

髪の色でどっちがどっちだか把握し、鏡で見る自分を幼くすればあんな風であったなとノクティスを見る。

ノクティスは父であるレギスの突然の来訪と抱え上げられているそれなりに大きな子供に驚いた。

今まで自分以外を抱える父の姿を見たことがないからである。

イグニスと同様に幼き王の盾として控えていたグラディオラスにクレイラスが反応し、追加で説明を受けた。

ノクティスと三歳差、八歳のグラディオラス・アミシティアはかなり背が高い。

がっしりとした体格の割に傷が少ないことから模造刀で訓練でもしているのだろう。

 

いい加減下ろしてほしいと抗議して降ろしてもらい、レギスの口から紹介された。

五年の時を経て兄弟の再会である。

 

「ノクト、イグニス、グラディオラス。この子はメディウム・ルシス・チェラム。ノクトの兄に当たる子だ。」

 

突然ノクティスの兄と言われて大いに困惑した三人はメディウムを凝視する。

こうなるだろうとわかっていたメディウムは愛想笑いを浮かべて丁寧にお辞儀をした。

 

「お初にお目にかかります。メディウムと申します。王都の外で生活をしているのですが、一時的に帰還いたしました。本日から一週間ほど王城で生活させていただきます。」

 

元々家であったはずなのに下宿にでもきたかの様な言い回しではあるがひとまず自己紹介。

にっこりと微笑んだメディウムはしばらく兄弟で話すといい、と言い残して名残惜しそうに仕事に戻ったレギスを見送った。

王族が二人もいるなど聞いていないグラディオラスは父であるクレイラスにそっと近寄ってどうしたらいいか聞くと正真正銘第一王子だと言われた。

よく物語の王族で聞く様な異母兄弟ではない本物の兄弟である。

失礼のない様に、と言い残してクレイラスも部屋を出た。

 

残された子供四人は顔を見合わせ、おそらく最年長であろうメディウムはぽりぽりと頬をかいた。

三人は向かい合わせのソファーに座っている。

ノクティスの隣にイグニスが座り、イグニスの向かいにグラディオラスが座っておやつを食べていた。

ひとまずグラディオラスの隣に座るのが無難かと、隣を失礼して座った。

一人二つのおやつで予備の紅茶のカップが目の前にあったので自分で適当に入れて一口入れた。

口を濡らさねば気分が落ち着かなかった。

向かいに座るノクティスがジッとこちらを凝視し、カップから口を離したタイミングでぶっきらぼうに言った。

 

「兄がいるなんて、聞いてないんだけど。」

 

メディウムのノクティスに対する最初の印象は"生意気なクソガキ"である。

 

「王都の外で生活をしていたもので。帰る予定もありませんでしたし伝えるか迷ったのでしょう。ノクティス様の好きなようにお呼びください。」

 

ノクティスのメディウムに対する最初の印象は"不気味な笑顔"となった。

 

「じゃあ兄貴って呼ぶ。」

「ええ。なにやら愛称があるとお聞きしました。ノクト、と呼んでも?」

「いいよ。後何で敬語なの。」

「癖のようなものです。お気に召さないのであれば変更いたしますが。何分、貴方の赤子の頃しか知りませんので兄弟への接し方がわからないのです。」

 

困ったように眉を下げるメディウムに表情を偽ることを知らない子供達は本心なのだろうと納得する。

ノクティスとて困惑しているし兄のように接してほしいとレギスに言われたイグニスも本物の兄がいたことに心底驚いている。

唯一母親が妹を身ごもっているグラディオラスはなんとなくわかるかもしれないが会話となるとさっぱりであった。

一先ず家族に敬語はどうなのかということでメディウムに敬語をやめてほしいとノクティスが要求した。

すんなり受け入れられ、ガラリと雰囲気がかわる。

 

「改めて。メディウムだ。歳は十一。六歳差になるな。先程も言ったように一週間世話になる。其々の紹介はあらかじめされているからしなくても構わん。好きなように呼んでくれ。」

 

ノクティスがメディウムに抱いた第二印象が"妖しい兄"になった。

だが嫌いではない。

貼り付けたような笑いから変わったニヤリという笑い方はなぜかいい印象が持てた。

 

メディウムはノクティスを怪しまれない程度に観察する。

本物の武器はあまり持ったことがないだろうが訓練はしているようだ。

勉強もしているようだが机の端に避けられたテキストは小学校中学年レベル。

英才教育とは言い難いがそれなりの教育である。

見ていると鼻で笑ってしまうレベルだが五歳ならば難しい方にはいるだろう。

所作の一つ一つは家庭教師でも付けられているのかお世辞にも綺麗とはいえないが整っている。

優雅に紅茶を一口含み未来の王様をまだ弟とは見られなかった。

可愛らしいといえばそうだがそれだけである。

自分も昔はこんな顔だった。

 

「メディウム様は王都の外で生活をなされていたのですよね。」

「ああ。外は自由だ。その分責任が付きまとうがな。」

 

不意にイグニスが質問する。

問いには肯定を返してイグニスも観察した。

こちらは完璧な帝王学に基づいた英才教育を受けている可能性が高い。

似たような教育を猛スピードでこなしてみせたメディウムだからわかる。

王都から出たことがないという世間知らずを除けば外に出しても恥ずかしくない子供だろう。

若干可愛げがないが大目に見る。

 

「王都の外ってどんなところなんだ。」

「写真ではないが絵がある。見るか?」

「見る。」

 

王都の外に興味を持ったノクティスに自らが描いた水彩画をスケッチブックを召喚して呼び出す。

武器召喚ばかり見てきたノクティスはまさかスケッチブックを出す人間がいると思わなかったらしくまじまじと見てきた。

まぎれもない血族の証でもある。

スケッチブックを机に置いてノクティスの方へ向けると、パラパラとめくり始めた。

完全な監禁のためネットワークで調べたり出張帰りでお土産にとられた写真を模写して描いたものが多い。

独学にしては中々の絵に三人は目を奪われた。

見たことない街並みや海というもの。

知らない地形に知らない場所。

ビルなど一つもない外の世界を初めて見た三人は感嘆の声を漏らした。

 

気に入ってくれたようで何よりである。

 

「これはメディウム様が?」

「趣味だな。欲しいならそれごとあげよう。どうせもう満杯だ。」

「欲しい。」

 

グラディオラスに自分の絵だと伝え冗談交じりにあげるとノクティスに言えば即答で欲しいと言われた。

多少面食らったが弟にプレゼントを贈って懐柔するのも悪くない。

欲望に忠実とは存外可愛げがある。

子どもらしいと言えばそうなのだろう。

 

「兄貴は魔法が使えるのか。」

「ああ。見せてあげようか。どんなのがいい。」

「綺麗なのがいい。」

 

少しだけキラキラした目でメディウムに魔法をねだるノクティスになんだかわからないが衝動的に頭を撫でる。

不思議そうにこちらを見てきたがなんでもないと笑って片足をタンッと強く床に打ち付けた。

 

パキッと音を立てて地面が次々に霜で覆われていく。

氷の外殻をまとった炎が所々地面に凸凹を作り、自然と冷たい空気を暖かい空気に変えた。

氷が溶けないのはそういう魔法だからである。

その炎を宿した氷をいくつも生成し、時たま雷を宿す氷も作り茎から花へと造形していく。

成長するようににょきにょきと作られていく花達はあっという間に霜を覆い尽くした。

ノクティス達がいる場所を避けるように出来上がった花は膝の高さまである。

 

炎の赤や雷の黄色でキラキラと輝く氷達は魔法による温度操作で寒さを感じない。

氷に直接触れても溶けもしなければ冷たくもなかった。

クリスタルのような花達に魅せられて顔を輝かせる子供達にメディウムは満足そうに笑う。

なんだか知らないが彼らを大事にしようという気になってきた。

保護欲や庇護欲というものなのだが彼はよくわかっていない。

 

「これ、飾りたい。」

 

仏頂面は何処へやら。

花瓶を指差して笑う弟の頭を撫でて花瓶の中に氷の花を数本生成する。

水を吸わないアートは元々さしてあった花を飾り立てる小さな花弁を作った。

これはまぎれもない魔法で彼がノクティスの兄ということは十分頷けた。

弟の要求に快く答えるメディウムという兄はイグニスやグラディオラスの中で心優しい年上という位置付けになった。

 

でも、このままでは移動できないと困るイグニスに歩いて見るといいと悪戯っ子のように告げる。

氷の花畑にそっと足を入れると半径一メートルほどの空間を花達自らが作った。

わさわさと動く花達はイグニスの進路に合わせて道を作る。

作っては戻り、作っては戻り。

実は先に敷いた霜がセンサーのようになっていて花が避けるようになっていた。

抜け目ないメディウムに感心し、なんだか面白そうだとテンションの上がったノクティスは部屋を歩き回る。

全て同じ花ではなく、所々違う花が咲いていて聞けば外の花で様々な国のものだという。

中にはテネブラエのジールの花もあった。

 

完全にテンションが上がりきったノクティスと興味津々といったイグニスとグラディオラスが外の話をねだる。

苦笑いのメディウムがそっとテーブルの上に氷の箱庭を作って外の説明を事細かに始めた。

 

 

 

 

これがメディウムとノクティスの最初の出会い。

なんてことない普通の兄弟になるまで時間を要し、ギクシャクしたがお互いに親愛を持っていた。

そしていつしか兄は弟に永遠の忠誠を誓うのである。

それがいつ頃の話なのかはっきりと覚えていないが、最初の時から"この子を守ろう"と思ったのは間違いないだろう。

 

戻ってきたレギスに驚かれてそっと魔法を解いた後に残った花瓶の氷の花はノクティスの部屋に飾られている。

王都襲撃の後も咲き誇る花は綺麗に輝き続けていた。

 



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番外編 11 二重生活仲間

本編とは全く関係ない主人公の話。
より一層ご都合主義が強くなりますがご了承ください。


銀色のネックレスが穏やかな風に揺られる。

両手に持ったジールと魔法で作った氷の花の花束。

母の墓所は、歴代の妃達が眠る場所。

無感情の少年と懐かしむような父親がその名が刻まれた真新しい墓石に花束を贈った。

 

初めて王都に帰った時から、必ず帰った時に行っている墓参り。

この時ばかりは父王の隣。

対等の立場で歩みを進める。

妻と言う生涯のパートナー。

母と言う一人きりの親。

違いはあれど"家族"という何者にも変えがたい繋がりで、質素な墓に毎年花を届ける。

 

毎年必ずジールの花と氷の花のセットで、十本ずつ増えていく。

五度目の墓参りともなれば五十本の大きな花が贈られた。

ジールの花はレイヴスに頼み込んでフェネスタラ宮殿のルナフレーナが世話をした花を貰っている。

最初は特に理由を告げずとも笑顔で了承してくれてきたルナフレーナも毎年十本ずつ増えていく花の要求に不思議に思った。

ついに去年、レイヴスに何に使うのだと聞かれたと言っていた。

友人が年に一度の母親の墓参りに使うだけだと答えれば今年は例年よりはるかに美しく咲いたジールの花が届けられた。

誰の母親の墓とは言っていないらしいが、そんなに大事なことなら早く言ってくれとぷりぷり怒っていたという。

彼女の暖かさが垣間見える。

 

メディウム自身はこの墓参り自体に思うことはない。

通過儀礼的に、子が親を思っている姿を知らしめるためのプロパガンダ。

花を増やすのもただなんとなく、そうしなければならない気がしただけ。

墓の前に立つたびに崩れそうになる顔を真面目な顔で取り繕いながら、墓石を撫でた。

 

「ただいま戻りました。お母様。」

 

レギスは毎月花こそないが墓参りに来ている。

この時ばかりは護衛は墓所の入り口に待っていてもらっていた。

母の命日はメディウムの誕生日前日。

我が子の六歳の誕生日を迎える前にその命の帳を下ろした。

まだ生まれたばかりのノクティスは顔も覚えていないだろう。

レギスと共に墓参りに来ても何処か微妙な気持ちで来ているようだった。

最近打ち解けはじめた弟を思い浮かべ、母に近況を報告する。

詳しくは言えないが毎年そうしていた。

 

「今年も無事に使命をこなせています。怪我や病もなく、ノクティスと打ち解けはじめました。このまま普通の兄弟のようになれたらと思います。」

 

後ろに立つレギスにも向けた近況報告は外の世界の話で埋め尽くされる。

母は王都から出て暮らしたことがあるらしいが、あまり話はしてくれなかった。

そも、会話すら怪しかった。

優しくて聡明で暖かくて厳しくて。

好きか嫌いかと言われれば好きな人間で、母親だった。

少しだけ王族という立場が邪魔をして親子の壁を作ってしまったが、立場も使命もなければきっと素晴らしい親子になれただろう。

 

優しい父親としっかり者の母親と悪戯好きの長男とちょっとひねくれた可愛い次男。

仕事のできる父親はたくさんの友人がいて、歳の近い子供同士で仲良く。

最年長であるメディウムが年下を引っ張って、近所の学校に行く。

王都では当たり前に見る親子の風景なはずなのに。

 

叶わない夢物語になってしまう。

 

「本日一日を王都で過ごしたら、また外へと向かいます。心配しないでください。貴女の息子は必ずや神のご意向に沿うよう全力を尽くします。」

 

小一時間ほどの近況報告の締めくくり。

いつもの決まり文句を口にする。

後ろに立つレギスが、拳を握りしめる音がした。

 

「この命に代えても。未来を王と民の手に。」

 

レギスはこの言葉を聞くたびに拳を握りしめる。

我が子の命と引き換えに手に入れた未来など認められないだろうが、彼が背負っているのは何千万というイオスという世界に住む民。

天秤に乗せてはならない二つを神という存在が勝手に乗せて勝手に傾けた。

それだけシガイは強大であり、あの食えないおじさんの魔の手が大きくなりすぎてしまったのである。

タネを蒔いたのはご先祖でも尻拭いをするのは子孫。

どうにも遣る瀬無い。

我々に罪はないのに。

そしてなんの因果なのか嫌な役目はいつも兄の肩書きに回ってくる。

 

アーデンも、メディウムも。

辿って来た手順は違えど道は大して変わらない。

結局同じ穴の狢。

弟を殺したいほど憎みつつ家族として愛するか。

弟に死ねと遠回しに言いながら生きて欲しいと心から願うか。

その違いしかないのだ。

 

いつもの口上を終えたメディウムは、屈んでいた体勢から立ち上がる。

来た時と同じように暮石の前にきっちりと頭を下げた。

母親と子の溝は父親とは比べられないほどに大きかった。

 

 

これからまた会議があるレギスに続いて会議室に行くと既に重鎮達が集まっていた。

皆が皆、王に仕え国を支える意思を持っている。

しかし、所詮は第二魔法障壁内にいる者達。

既にアーデン流教育の課程を終え、幅広い分野を齧りながら世界の情勢をこの目で見て来たメディウムとは時代の流れに関する常識と認識が違う。

相手を迎え撃つので精一杯なのは分かるが、多少は偵察に回しても情報が第一優先だろうに。

こうしてメディウムが持って来た報告書を大人しく席に座って待つことしかできないのが今の重鎮の現状だった。

あれだけ王に相応しくないと幼少期に詰っていた連中が、今や首輪をつけられた犬同然である。

熱い手のひら返しに拍手を送ってやりたい。

体裁があるのでやらないが。

 

一番奥の上座に座ったレギスを見届けてから、重鎮達と並んで座るイグニスの目の前に座った。

ノクティスやメディウムは立場上、レギスに最も近い席に座るべきなのだがまだ幼いノクティスは欠席。

代理にイグニスを立てているとは言え彼を上座には座らせられない。

ではメディウムはというとレギスの近くはクレイラスという心から信頼できる部下の席だと認識しているため辞退した。

王の近くの席が一年のうち一度しか使われないのも具合が悪かろうという理由もあった。

不定期参加のメディウムはイグニスの目の前に座ること早五回目。

 

正確にメモを取る姿を横目に世界情勢についての説明と今後起こりうる出来事を的確に説明する作業が始まった。

 

 

 

重鎮達にこれでもかというほど褒めそやされて皮肉なのかと勘ぐりながらぐったりしたメディウムはさっさと会議室を後にし、ノクティスの元へ向かおうとイグニスに声をかけようと手を伸ばしたところでポンっと肩を叩かれた。

何者かと後ろを見ると王の剣の制服と重鎮用に繕われたケープを身につけたドラットー将軍が立っていた。

メディウムはレギスのツノのような王冠と同じような短いツノの小冠を身分証としてつけているので一目見れば誰だがすぐわかる。

明らかに仕えるべき存在に対して取る態度ではない。

不敬などというつもりはないが、その真意を測りかねた。

 

会議で何度かその顔を見かけたが話しかけられたのは今回が初めてである。

 

「お初にお目にかかります。タイタス・ドラットー将軍。なにか御用が?」

 

ドラットーは何も言わずに一枚の紙を取り出した。

白紙の紙で何も書かれていない。

これに何があるというのかと凝視していると魔力の波動を感じた。

ハッときた時には時すでに遅し。

パキリと音を立てて何かが浮かび上がってくる。

とても見覚えのある達筆なサイン。

アーデン・イズニアの直筆サインであった。

これは色彩認証を利用したもので、目の色彩を判別する魔法である。

どんなに変装していても魔法を貫通して使用される為本人確認にはもってこいだとアーデンと二人で何の意味もなく作ったもの。

よもや自分の魔法で本人確認されるとは。

 

半信半疑ではあるようだが、一先ずアーデンの言葉を信じたかのように一度うなずいたドラットー将軍は"個人的な話がある"と王の剣訓練施設へとメディウムを誘った。

 

 

 

 

 

 

王の剣用に作られた訓練施設にはドラットー将軍のデスクもある。

執務室といって相違ないその部屋に通され、椅子に座ってコーヒーを勧められた。

即死級の毒でなければ効かないようにある程度訓練している為普通に飲むことにした。

実際ただの紅茶だったが。

 

「単刀直入に聞く。ディザストロ・イズニアだな。」

 

疑問形ですらない問いに肩をすくめ、諦めたように魔法でニフルハイム帝国の副官クラスの軍服を身にまとう。

その際ネックレスの魔法を発動するのも忘れない。

ディザストロ・イズニアの定義としてアーデン・イズニアと同系色であり、副官の軍服を着ていることが条件である。

ここにジグナタス要塞に監禁というステータスが追加されると完璧。

 

換装魔法と呼ばれるもので、メディウムオリジナルではあるがアーデンの手が加えられている。

幼少期に必要に迫られて作った為、初心者構成で燃費がすこぶる悪かったのが原因だ。

現在は改良に改良を重ね、綺麗に出来上がっている。

それはさておき、ドラットーが一瞬だけ眉をひそめて先程の魔法がかかったサインの紙を出してきた。

 

「帝国の宰相からお前に"こちら側"で会うように言われた。まさか…。」

「メディウム王子だとは思わなかった、でしょうか。ええ。まさか戦争中の両国中枢に内通者が自分以外にいるとは思わないでしょう。」

 

そうやすやすと潜入することができないからである。

さらに言えばドラットーもメディウムも偽名を使ってルシス王国から帝国に潜入している。

どちらの国についているからまた別の話にはなるが条件はほぼ一緒。

お互いに経歴が出ない偽名で帝国の信頼を勝ち取っている。

アーデンという帝国の宰相の息がかかっているのもまた。

 

お互いに共通点があるはずなのに帝国につく側なのかルシス王国につく側なのかを測りかねたドラットーは大いに敵視した。

メディウムとしてはどちらに付こうが世界が闇に沈む事象はアーデンがいる限り免れないのを知っている。

昼がなくなるなどという摩訶不思議な現象を、ドラットーは想定していない。

"故郷に誇りを""故郷の誇りに"という言葉の通り今の世界での故郷を愛する気持ちしかないだろう。

故に、レギスを裏切る決断をしてしまっているのである。

彼にはすでに仮決定ではあるが停戦協定の内容が開示されている。

そのままルシス王国が亡国一歩手前となるところまで。

 

その後の自治権などなく、さらに生活が困窮する羽目になるのは知る由もないだろう。

木を見て森を見ず。

甘い誘惑に誘われて乗ってしまうからそうなるのである。

全てを知っている上で未来を選んだディザストロと言う名のメディウムはドラットーに余裕のある態度で言葉を返した。

 

「我々の関係においてお互いに邪魔をしないことが優先でしょう。貴方は国より、故郷を選んだようですし。」

「貴方は故郷を選んだのか。」

「私には故郷などありません。強いて言うなら王都ですが、思い入れもありません。」

「であれば国か。」

「国に仕えることはもはやできませんな。私が今支えているのは王と宰相だけですので。」

「…では何のために身を危険にさらす。」

「世界と未来のために。」

 

国か故郷かの選択肢で運命を決めたドラットーの鋭い視線を受け流しながら、母親の墓場がある方角を見る。

戦争は嫌いだと言う博愛主義者でも自国が勝つほうが喜ぶだろう。

守るならば大きな国か小さな故郷かと言われれば大半が故郷を選ぶだろう。

人の想いは土地に根付く。

その根付く土地がないのが、王族というものなのだ。

彼らは国に根付く。

彼らの居場所は国。

それ以外は断じて認められない。

身分や名を偽り、姿形を変えれば話が違ってくるが。

 

そしてルシス王家は国と世界に根付く。

世界をクリスタルとともに守護することこそがメディウムを含めた者達の使命なのである。

その大前提を忘れていないならば、戦争などかなぐり捨ててでもしなければならないことを理解できるはずだ。

ドラットーに言ってもわからないだろうが、そういうものなのだ。

 

何か言いたげなドラットーを無視して紅茶を飲み、もう一度提案した。

 

「私は貴方の邪魔はしません。タイタス准将。私は私。貴方は貴方。仕事を全うするように。そうすれば敵にはならないでしょう。」

 

ガチャリとカップを置いてドラットーを見る。

"あちら側"を言い当てられて若干怯んでいるがようやくわかった。

ドラットーの口癖である"故郷の誇りに"という言葉を何度か帝都で耳にした。

最初は地方特有の言葉だと思っていたが彼自身の信念であった。

最初に発言したのは現在准将のタイタス。

将軍になることが約束された男がまさかルシス王国でも将軍とは優秀で何より。

皮肉以外の何者でもないが。

 

「では、私はお暇させていただきます。仕事がございますので。」

 

メディウムが立ち上がると同時に魔法が解ける。

ドラットーの判事も待たずに部屋を出て行った。

残されたドラットーはメディウムの出て行った扉を数秒見つめ、長いため息をついたという。



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番外編 12 公務

※本編とは全く関係ない王都での主人公たちのお話。
本編より一層御都合主義が増しておりますがあらかじめご了承ください。


メディウム・ルシス・チェラムは実に自由である。

 

ルシス王国第一王子の身でありながら一年の殆どを外の世界で過ごす。

王都に帰還しても一日足らずでまた外の世界へと旅立つ。

ルシス王国内でかの第一王子の実態を知る者はほぼいないに等しい。

そんな中、彼が一度だけ公の場に出たことがあった。

それはまだノクティス第二王子が幼すぎるが故に起こった一つの思い出である。

 

 

 

 

 

「花見…ですか。」

「王都内で満開になった桜を見ようとね。」

「たしかに庭園散策は我が国伝統の行事ではございますが、私が出る必要性は…。」

「ノクティスはまだ幼い。共に連れ立つつもりではあるがメディウムがいた方が気負いしなくていいだろう。」

「ふむ。陛下のご命令であれば従います。」

 

メディウムが十九歳で王都に帰還した年。

たまたま春が訪れた季節で、たまたま花が満開になり、たまたま時期が重なり、たまたま滞在期間が三日に伸びた時。

そして偶然にもメディウムが花見がしたいと願った年であった。

恐るべし魔法の力。

彼が望む通りに帰還から二日目の間の日に花見が決まった。

 

今年でノクティスは十三歳。

調子に乗り始めた中学生の生意気さでは公務にならないとメディウムが引っ張られた。

最低限のマナーはノクティスにも守ってもらうつもりだが、記者への質疑応答やレギス王をリードする役目はメディウムの仕事である。

まだしっかりと己の足で立てるが、魔法障壁の影響でかなり弱っている王の護衛も含めていた。

 

「当日の護衛について相談してまいります。衣装はどのように。」

「ルシス王の礼服を用意している。当日はそれと小冠を。レガリアで移動するが運転はコルに。」

 

こうしてルシス王族総出の花見が決まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ルシス王の礼服を身に纏ったメディウムと選ばれし王の衣装に身を包んだレギスが並ぶ姿に、同じく花見をしに来た国民がザワザワと騒ぎ出す。

マスコミが付きっ切りで取材をしようとマイクを向けてくるが、予定時間にはまだ早い。

やんわりとメディウムがレギス王との間に立ち塞がり、騒々しさを遠ざけた。

 

細やかな気遣いにレギスは穏やかに微笑み、反対の手でまだ幼いノクティスの手を引く。

中学生になりたてでかなり気恥ずかしそうだが、滅多に表に出ないメディウムが民衆の場に姿を現した今ルシス王家の仲の良さをアピールしておきたい。

王家が穏やかに、しかし威厳溢れるように構えていると国民も穏やかに過ごせることだろう。

 

「満開だな。どうだメディ。たまには花見もいいだろう。」

「はい。お父様。見事なものです。管理人さんの手入れの賜物でございましょう。」

 

庭園の説明をする管理人がメディウムの褒め言葉に誇らしく胸を張る。

毎年王族に褒めてもらいたいがためにこの庭園の草花の面倒を見ている奇特な人だ。

今回初めて第一王子が花見にやってくると連絡をもらってから一日中スーツに悩んだという。

 

「…絵とか描かないの。」

「しばらくしたら描かせてもらうよ。ほらノクト、兄さんとも手をつないでおくれ。」

「今日だけだからな。」

 

護衛たちの陣営がちょうどよくなる頃合いにノクティスを真ん中にレギスとメディウムが両脇に手を繋ぐ。

よく見る親子の光景だが、母代わりのようにメディウムがその手を優しく握った。

いつも片手だけ寂しかったのが今日限りはとても暖かく、女性でもない無骨な手だが妙に優しい。

花でも舞っているのかと思うほど上機嫌なノクティスを見て両脇の保護者が涙ぐみながらもニコニコと笑う。

微笑ましさしかない王族の姿に花見客がこぞって笑顔を浮かべた。

 

「メディウム様は絵をお描きになられるのですか?」

「ええ。習い事というわけではなく趣味ですが。」

「あに…兄様の絵はすごく綺麗…です。」

 

慣れない敬語でもつっかえながら管理人と話そうとするノクティスのふわふわの頭を撫でて後で好きな絵を描いてあげよう、と朗らかに約束をした。

少し離れたところでイグニスとグラディオラスが心配そうにノクティスを見ていたが、メディウムに褒められたのだろうと解釈して少しホッとしているのが見えた。

小さな保護者が後二人はいるようだ。

クスクスと笑ってコルに合図を送る。

予定の場所につきそうだ。

 

「メディがいると何もかもがスムーズに進むな。」

「王の為に我らができることをしているまでです。ノクトを彼らに預けて来ますね。」

「ああ。ジャレットによろしく頼むと伝えてくれ。」

「承知いたしました。行こう、ノクト。」

 

記者たちやカメラマンがいい場所を取ろうと騒々しく動く中、ノクティスをジャレット率いる小さな保護者に預けに行く。

彼らにももちろん護衛が付いているがすぐに助けに入れる距離にいる私服の王都警護隊だ。

一人一人に片手を上げて密かに挨拶をしつつ、抱え上げたノクティスを三人の前に下ろした。

 

「兄さんはこれから仕事をしてくる。終わったら四人でお父様のところにおいで。」

「帰ってゲームしたい。」

「なんだ。せっかく兄さん手作りのお弁当があるのに食べたくないのか。」

 

そういうだろうと思って仕込んで置いた秘密兵器を意地悪くバラす。

してやられたという顔で睨みながらも、嬉しそうにノクティスが首を振った。

 

「…そうはいってない。」

「うん。いい子だ。グラディオラス、イグニス、ジャレット。ノクトを頼んだ。」

 

フラッシュ厳禁の取材場所にメディウムは当たり前のように歩いていく。

全く物怖じせず、まっすぐとした姿勢の第一王子は一斉にカメラを向けられた。

 

 

 

 

 

 

 

父と兄の仕事ぶりを少し離れたところでノクティス達が見ていた。

 

「メディウム様って全然テレビとか出てねぇけど、手慣れたもんだな。」

「外交官を務めつつ帝都にて潜入任務もこなしてらっしゃる。第一王子の名に恥じないお方だ。」

「兄貴だしな。」

 

自分のことのように自慢げに言うノクティスを三人が和やかに見る。

しかし、お目付役イグニスはその程度で満足しない。

 

「ノクトも少しは見習ったらどうだ?」

「うっせぇよ。」

 

お小言を言われて若干機嫌が悪くなったが、いつもよりも穏やかだ。

普段王城でしか会わない兄と花見。

しかも兄の手作り弁当付き。

憧れの兄にそこまでされてテンションの上がらない弟ではない。

冗談抜きに鼻歌でも歌いそうなノクティスの嬉しそうな顔。

それを見て和む周囲。

 

いい風景のはずなのに、そこに水を差す輩がいた。

 

「こんにちは、ノクティス王子。ちょっとお話し聞いてもいいかな。」

 

声をかけて来たのは記者らしき男だった。

ノクティスは保護者なしはカメラNGのためメモ帳とペンしか持っていない。

周りの警護がピリピリとした空気を出すが、男はどうってことないとでも言うように話を続けた。

 

「メディウム様が表に出たのってこれが初めてでしょう。普段はどんな仕事してる人なの?」

「…知らない。」

「へぇ。兄弟なのに知らないんだ。もしかしてそれってヤバい仕事だったり?王都にいるって話も聞かないじゃん?素行不良とか…。」

「兄貴はそんな人じゃない!」

 

おそらくメディウムのスキャンダル狙いだったのだろう。

有る事無い事聞き出そうとノクティスに近づいた。

遠回しに聞けばいいものを幼いと思って直球に聞いてしまったのが運の尽きだった。

 

なおも男がノクティスに詰め寄ろうとした瞬間男の目と鼻の先に氷の壁が現れる。

驚いて後ろに下がろうとした男はドンッと何かに当たってそちらに振り向いた。

足元から凍った地面。

怒りを表すように全身を駆け巡る雷と揺らめく火の粉。

あまりの事態に民衆が少しずつ後ずさり、警護隊が冷や汗をかきながらノクティスを保護する。

 

「国民に手をあげることはできないのでこうさせてもらった。ふむ。カメラNGではなく取材NGにするべきであったな。以後気をつけよう。警護の者共!」

 

びくりと何人かの男女がその肩を跳ねさせる。

冷たい氷のような黒い瞳に確実に射抜かれ、肩身を縮こまらせた。

 

「将軍らにその性根を叩き直してもらおう。ノクティスに怖い思いをさせた罪は…分かっているな。」

 

首がちぎれるかと言うほど頷くしかなかった。

その際全身全霊の敬礼も忘れない。

今回機を見誤って止めに入らなかった警護たちにも非がある。

それにしたって怒りすぎだと思うが。

 

氷を背にして崩れ落ちた男を見下したメディウムは和やかな顔は何処へやら。

鬼のような形相でその男への処罰を言い聞かせた。

 

「愚かな国民よ。君が所属しているテレビ局のカメラは押収する。今回の取材のデータを削除したらキチンとお返ししよう。今後一切、王族の取材は禁止する。」

「そ、それは流石にやりすぎじゃぁ…!」

「あろうことか王子に不敬を働いて異議を唱えようと?ほう。それはご大層なことだ。では弁明してみよ。」

 

男は黙り込んだ。

これがただの子供ならば親を黙らせればなんとかなるかもしれないが相手は王族である。

若さゆえに舐めてかかったのが原因である。

 

「不敬罪で逮捕しないだけまだいいと思え。連れて行け。」

 

バタバタと護衛たちが男を連行する。

庭園の外まで追い出してくれることだろう。

メディウムは身に纏った魔法を解いて庭園を元どおりにする。

凍らせたものは氷をとけば何事もなかったかのように綺麗な庭に戻った。

 

驚いて無言になってしまった民衆に密かに眉を寄せ、ひとまずノクティスの安否を確認する。

 

「大事無いか?」

「…別に。なんともない。」

「嫌なら嫌だと言え。兄さんはいつでもノクトを助けに来る。」

「…うん。ごめんなさい。」

「何もないならいい。お前は何も悪くないのだから謝るな。よしよし、よく泣かなかったな。」

「子供扱いするな!」

 

撫でようとした手をパシリと払われ、少ししょんぼりしたメディウムにあわあわとイグニスとグラディオラスが慌てる。

兄弟の風景に民衆も少しずつ調子を取り戻し始めた。

 

「ごめんな。お昼ご飯にしよう。」

 

拗ねたノクティスの手をメディウムが引く。

 

翌日の新聞記事の一面は王族三人の穏やかな笑顔で埋め尽くされていた。

 



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番外編 13 雪と子供

本編とは全く関係ない帝都グラレアとジグナタス要塞での話。
御都合主義がより一層強くなりますが予めご了承ください。


帝都グラレアを列車で少し進んだ先に氷神の亡骸がある。

 

世界中の人が知っているその渓谷には常に吹雪が吹き荒れている。

その煽りを受けて帝都では少しばかり雪が降る時期が早い。

今年も例年に習って秋の木枯らしが瞬く間に過ぎ去り、気がつけばさらさらの雪が街中に積もり始めていた。

 

「…雪。」

「ディザストロ?」

 

副官の仕事で帝都への外出許可が出たディザストロは付き添いの同僚と共に雪降る都を歩いていた。

帝都ではこの時期珍しくもない雪を感慨深げに眺めるディザストロに、同僚は首をかしげる。

彼の出自は公には謎に包まれているが、宰相に伴侶の影が見当たらないことから帝都出身かも怪しいと噂されている。

何処かでもうけられた隠し子説が有力だが、別の国や地域出身なら雪は珍しいかもしれない。

 

「ああ、いや。今年もよく積もるなと。」

「例年通りですが毎年悩まされます。子供達は楽しそうですけれども。」

「子供にとっては何年見ても新鮮なものだろうな。」

 

大通りを駆け抜ける子供達は暖かそうな服に包まれて楽しそうにはしゃぐ。

時折道端の雪を手にとってはお互いに投げ合い、また別の場所へと駆けていく。

人通りが少ない雪の季節は大通りですら子供達には公園だ。

 

「ディザストロも雪は珍しいですか?」

「珍しくはないが、ああやって遊ぶことは少なかったからな。雪と言うより氷の方が馴染み深いのもある。」

 

気になって聞いてみたが出自の手がかりにはなりそうもない。

氷が氷柱のことならば帝都でよくみられる。

遊ぶことが少ないと言うのは疑問だが、貴族階級出身の者がよく口にしていたことを思い出す。

やはり謎のまま。

これ以上突っ込む気もない同僚はそうですか、と植え込みの雪を摘んだ。

 

ディザストロの言う氷は魔法で生成した自らの氷を言う。

ほぼエレメントの塊と自然発生した雪は原理が似ていても気持ちの部分が大きく異なる。

なにもしていないのに、魔法のようにこの時期だけ降り積もる白く冷たい物を見るたびに心踊った。

王都インソムニアにも雪は降る。

しかし王子が風邪を引いてはまずいと心配そうにする侍女達に申し訳なくすぐにやめてしまっていたし、アーデンに引き取られてからはずっとジグナタス要塞に篭りきりだった。

雪で遊ぶと言う言葉に魅力を感じてしまうのは致し方ないかもしれない。

 

「雪が深くなってきましたね。早く戻りましょう。」

「そうだ…な!?わぷっ!?」

「ぷっ…すみません顔に当ててしまいました…ぷぷ…。」

 

遊んだことがないというディザストロに出来心で雪を投げつけてみた同僚は、持ち前のコントロールで顔面に見事ヒットさせた。

顔中雪まみれになったディザストロに思わず目をそらして笑う。

 

「くくく…ふふ、うっ!?」

「逃げるが勝ち!」

「あっ!待ちなさい!」

 

仕返しなのか、マフラーと帽子の間で皮膚が露出している場所に冷たい雪をぶつけて来た。

そのまま政府首脳部の職場まで逃げ去るディザストロを同僚は追いかける。

先ほど見た子供のように途中で雪を拾いながらお互い街中を駆け抜けた。

 

 

 

 

 

 

 

「それで風邪ひいたの。馬鹿じゃないの。」

「あいつも風邪ひいたから痛みわけだし。」

「有休消化になるからいいけど、子供じゃないんだから。もう二十一でしょ?」

「返す言葉もございません…。」

 

ズビズビと鼻を鳴らしながら鼻声でアーデンに看病される。

喉に無数の針が刺さったかのように痛い。

熱のせいでぼんやりするが、頭痛が無いのが助かる。

安静にしていれば一日で熱は下がりそうだ。

 

昨日びしょ濡れで仕事場に戻った二人は、急いでその日の仕事を片付けてお互いに帰宅した。

ジグナタス要塞はすぐ目の前だが、居住区に入るには人通りのない通路を通るしか無い。

経費削減の為に暖房がついていない道だ。

そこを多少乾いたとは言えびしょ濡れで歩けば風邪もひく。

同僚も寒い外を再び歩いて同様の症状で休みの連絡を入れたと聞いた。

いい大人が酷い様である。

 

因みに昨日はアーデンの帰りが遅い日だったので寝込んでいるのを見て不審に思い、事の顛末を聞き出したのである。

 

「はい。お粥と薬ね。」

「ありが…は?お粥?」

 

上半身だけ起き上がったディザストロの前に熱々の卵粥のようなものが差し出される。

それ自体になにかしら魔法がかかっている気配もないし、ドス黒いものが紛れている様子もない。

何の変哲も無いお粥である。

さて、ここで疑問が湧く。

これは一体誰が作ったのか。

 

「俺だけど?」

「これは間違いなく幻覚だな。相当重症らしい。」

「納得してるとこ悪いけど俺の手作り残したら休み明けの仕事五倍にするよ。」

「現実逃避すらさせてくれない!」

 

一体全体どう言う事なのだ。

何も知らない御坊ちゃまならぬ王子様時代だって、仕事で過労死しそうな新人時代だって一切手料理など振舞われたことはない。

むしろ台所に立っているところを見たことがない。

この胡散臭いおじさんが。

台所で。

料理。

 

「なんて地獄絵図。」

「本当に死にたいのかな?」

「すみません食べます。」

 

恐る恐る粥を掻き混ぜて確認するが、本当に怪しいものはなさそうだ。

何度か冷めるように息を吹きかけて口に入れると、出し汁の風味がする卵粥だった。

 

「え?親父殿、飯作れたの?」

「それ最初に聞くべき事だよね。風邪で脳細胞半壊してるんじゃない。」

「しょうがねぇだろ!ありえない現象に出会った人間の当然の反応だ!」

「煩い。黙って食べなさい。」

「理不尽…。」

 

普通に食べられる。

何もおかしいところはない。

出汁はおそらくこの間オルティシエの魚介類で作ったもの。

米は昨日の夕飯に炊いたもの。

卵は先日買い出しを頼んだ時の。

具材などほとんどないあり合わせだが、出汁さえあれば味は十分だ。

ジグナタス要塞に住み始めて早十五年。

始めてアーデンの手料理と言えそうな料理を食べた。

 

「あー。えっと。ありがとうございます?」

「どういたしまして。風邪薬は流石に市販のだから効き目は知らないよ。」

「あんた風邪ひかないもんな。」

 

人間は面倒臭いと言いつつ薬類は常備してくれている。

この風邪薬も冬場になると必ず薬箱に置かれていた。

なんだかんだ言って面倒見のいい。

そういえば病という病に罹ったことがないかもしれない。

ジグナタス要塞の居住区は厳重に管理されているので病原菌すら入る隙間を与えない。

 

そう考えるとこの風邪は完全に馬鹿をやった自分が悪い。

しかし、熱とは違う暖かさが体を包む。

 

「なんか今凄く楽しい。」

「半壊じゃなくて全壊かな。ご臨終。」

「死んでねぇよ!」

 

誰かと馬鹿みたいなことをして、慌てながらやる事やって、明日のことを考えながら帰って、馬鹿やった結果風邪引いて親に怒られる。

何処にでもいる子供が一度はやらかす物事をディザストロは大人になって初めて体験した。

"生まれた時から大人でなければならなかった"彼にとっては夢のような瞬間だ。

まるで自分が普通の子供になったかのような、そんな感覚。

あのまま王都で燃え尽きるか王子として生き続けていれば体験できなかった事が、この都に住み始めてからいくつもあった。

 

父親の手作りお粥も、その一つだろうか。

 

「…馬鹿なこと考えてないで寝なよ。氷枕もって来てあげる。」

「本当ありがとう。アーデン。」

 

パタリと扉が閉まる音と共に布団に潜り込む。

目が覚めたらまだ降り積もる雪でも眺めようと考えながら。

 

 

 

 

 

 

ーー本当、馬鹿な子。

 

一瞬だけ寂しそうな顔をしたディザストロを思い浮かべ、アーデンは金に近い橙の瞳を細める。

馬鹿過ぎてその辺に捨て置きたくなるような義理息子。

なのに寂しそうな顔をされるとどうしようもなく構い倒したくなる。

出かけようと思って着ていたコートを脱いで放り投げ、洗い物が積まれたシンクの横に置かれた携帯電話を手に取る。

今日休んでもなんら支障はない。

 

アーデンが宰相になってから始めて休暇を取った。



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番外編 14 建国記念日

※本編とは全く関係ないルシス王国とニフルハイム帝国での話。
御都合主義がより一層強くなりますが予めご了承ください。
なお、エピソードアーデンのネタバレが多く含まれております。
ほぼエピソードアーデンネタです。

未プレイの方、途中の方などネタバレになってしまう可能性があるためご注意ください。


一日華やかに行われるルシス王国建国記念日。

初代国王であるソムヌス・ルシス・チェラムの像がお披露目される、年に一度の記念日。

たとえ外が戦争中でもこの日ばかりは無礼講。

他国との戦闘だって忘れ去った一日の安寧の日。

 

「今年は順調に行えそうでしょう。」

「ああ。メディウムも、突然の召還命令にも関わらずよく戻ってきてくれた。」

「可愛い弟の為ならば何処へなりとも駆けつけますよ。」

「うっせ。親父が呼ばなきゃ今年も帰れるか怪しかったくせに。」

「はっはっは。」

 

人々が沸き立つ中、国王であるレギスは王城から街へとレガリアに乗り込む。

その後ろに高校へ入学したばかりのノクティスと副官の仕事を死に物狂いで片付けて今年の帰還の日をもぎ取ってきたメディウムが続く。

 

「兄貴、外に出てからその後は一回も建国記念日に帰ってきてないだろ。第一王子がいつも見当たらないって不満の声が結構上がってる。」

「うげっ。俺のことなんか忘れて楽しめばいいのに。」

「民達も皆、あの日のことを忘れていないのだろう。それも含めてもう一度参加してほしいのだろうな。」

「…あの日ねぇ。」

 

自然とレギスとメディウムの目が数年前に新調された魔法障壁増幅装置に向く。

ビルの屋上などの高いところに設置されたソレは何年か前にとある人にぶち壊されたことがあった。

 

ーーそれは四歳を迎えて間もないメディウムはよく覚えていない日。

 

シガイ化したイフリートを従えた"アダギウム"と言う名の禁忌。

真の名をアーデン・ルシス・チェラムがルシス王を屠らんと迫り、初代ルシス王を眠りから呼び起こさんと大暴れした日。

あの一日の出来事をメディウムはっきりとは覚えていない。

ただメディウムはシガイ化の"向こう側"を見る力があった。

 

魔法とシガイの合わせ技である完全に他人に化ける術。

魔法とシガイという時点で行える人は一人しかいないのだが、その時点ではメディウムはまだ王位につく可能性があった。

たとえその正体が暴けたとしても優先的に避難を促され、致し方なく従った覚えがある。

 

「え?兄貴なんかやらかしたの?」

「やらかしたのはニフルハイム帝国の方だ。…アダギウム確保に至らなかったのが大きな打撃です。」

「今尚沈黙を貫いているのが気になるが、帝国の手に渡っているのは確かだな…。」

 

どうせ使命はもう確定してしまっているのだ。

ノクティスの為に生まれたアーデン。

アーデンの為に生まれたノクティス。

その二人の為に生まれたメディウム。

中間の名を冠するに相応しいと嘲笑ったのは誰だったか。

 

「そういえば、おじさんを初めて見たのはあの日だったか…。」

「は?おじさん?誰だそれ。」

「外の友人か?」

「いえ、まあ。お世話になった人です。外で生活をしている方なのですが今もお世話になっています。」

 

その逃げたルシスの禁忌が今の義父だとは言えず、メディウムは口をつぐんだ。

あの時のアーデンはまだ弟のソムヌスに執着していた。

婚約者であるフルーレの神凪の仇であり、玉座からアーデンを追い落とした元凶だと。

 

しかしアーデンが神に指名された時点でもはや救いようのないほどシガイに侵されていたはずだ。

シガイを吸収し、体を侵食されて尚陽の光を浴びていたのがいい証拠だ。

クリスタルに弾かれるのも、もはや道理というもの。

逆恨み、とは少々違うかもしれないけれど結果的に己の決断で王位から転がり落ちたのは間違いない。

 

初代王ソムヌスも、恋人たるフルーレの者を切り捨てなければここまで恨まれなかっただろうに。

 

「ノクトは知らなかったな。まだノクトが産まれていない年の建国記念日の話だ。」

 

ノクティスが産まれる二年前。

ニフルハイム帝国はルシスの禁忌であるアダギウムを国内に潜入させ、民間人に怪しまれぬよう魔法障壁内部へと侵入した。

その狙いは魔法障壁の範囲と効果を増幅させる増幅装置。

いくつかある増幅装置をできる限り破壊することで外から破ろうと考えたのだ。

 

元々アダギウムの行方を追う過程で何名かの殉職者が出た王の剣では対処が難しく王都警護隊が出動する事態にまでなった。

最大の理由はシガイ化したイフリートを従えていたことだろう。

盟約により増幅装置を守護していた歴代王の守護像でさえも神には敵わなかった。

ファントムソードも備えたアダギウムはまさしく最大の敵と言えた。

 

しかし、アダギウムは弟ソムヌスへの怒りが収まらずニフルハイム帝国の作戦から離れ単独でレギス王と対峙した。

 

「親父がそのアダギウムって奴を退けたのか?」

「…陛下。言いたくなければ言わなくても。」

「いや、構わないさ。ノクト。私はアダギウムに負け、殺されかけてしまったんだ。」

「はぁ!?」

 

驚くことに王の力を持ってしても不死身のアダギウムに敵わなかった。

未だ真の王の使命を与えられた王族はおらず、メディウムもまだレギスの庇護がなければ生きていけない。

今ここで王が死んでしまえば、後の幼き王が家臣の傀儡になってしまう。

それを恐れた歴代王、最初の王ソムヌスは分厚い鎧を纏い兄を止めようと現世へやってきた。

 

「が、それもまた打ち倒されてしまった。」

「うっそだろ!?」

「本当の話だ。なぁ。クレイラス。」

「ああ。メディウム様を抱えて中心地から高いところへ逃げた時に見たよ。あれは酷いものだった。」

 

運転手をしていたクレイラスにメディウムが同意を求めると、神妙に頷いた。

あの時飲まされた苦汁はひょうきんな彼でも苦い顔になってしまうほどらしい。

クレイラスに抱えられながら周り中を王の剣で固められたメディウムが人の隙間から見た赤毛と炎だけははっきりと思い出せる。

夕陽のような凄まじい赤だった。

 

しかし残念なことにアダギウムの真の姿を目で捕らえられたのはメディウムだけであった。

その後ニフルハイム帝国の宰相が目の前に現れても、あの時の赤だと気づけた人は誰一人としていない。

既にディザストロとして帝国側にいたメディウムがわざわざ教えるのもおかしな話だ。

 

「大ピンチのレギス王を助けたのは剣神バハムート。アダギウムを退けたのは神様ってわけなのさ。」

 

見兼ねた剣神バハムートによりアダギウムは突如姿を消し、イフリートも去っていった。

外から侵攻を開始していたニフルハイム帝国は避難誘導と共に激戦を繰り広げた王の剣と王都警護隊によって撃退。

レギス王も救出され、その年の王国建国記念日は散々なものだった。

 

「あの王国記念日の目玉はソムヌス像でもあったのだけど、丁度メディウム様の初お披露目も含まれていたんだ。」

「幼いメディウムを一目見たいという民達には申し訳が立たない日だった。」

「そのあと俺も滅多に公に出なくなっただろ?民衆は俺が公に出る公務にトラウマを抱えたと思ったらしいんだ。」

 

実際本人は平然としているのに民衆も心優しいものだ。

自分達のせいではないのに子供に怖い思いをさせてしまった罪悪感が、今メディウムが建国記念日に帰還した事実につながる。

第一王子も参加するとあって例年よりも賑わっているとか。

クレイラスもコルも張り切ってしまい、メディウムの警護は王たるレギス並みに厚い。

 

少し前に別の公務に参加した時もメディウムへの警備は重く、多く動員される。

それでもレギスよりは劣っていたはずが今日ばかりは皆やる気だ。

祝日のはずが仕事をさせているだけで悪いのに更に厄介なことにメディウムを一目見ようと民衆が押し寄せるだろう。

賑やかかつ華やかなのは良きことでも何事も節度を持って、だ。

 

「そういうわけで、俺にとっちゃ建国記念日はある意味特別な日…あっ。」

「ん?どうした兄貴?」

 

スルリと通り抜けた誰か。

大柄な、少し暑苦しいような服装。

しかしそれを目に止められたのはメディウムただ一人。

その意味を理解した瞬間に酷く呆れたように、うんざりしたように眉を下げた。

 

「俺が参加する建国記念日はアダギウムがいないと気が済まないのか…?」

「なにっ!?アダギウムがいたのか!?」

「一体どこに!?」

 

慌てて車を止めようとしたクレイラスを落ち着かせながら走る速度を緩める。

行き交う人に目を光らせるレギスと好奇心から外を見るノクティス。

どうせ探したところで見つけられるのは義理の息子だけだというのに。

 

「もう行ってしまいましたよ。追いかけるにも、この人混みでは捜索は難航するかと。」

「…そうか。」

 

険しい顔のまま席に座りなおし、残念そうに乗り出していた身を落ち着かせた親子があまりにもそっくりでクスクス笑う。

アダギウムなど探したところで見つけることは不可能なのだから、平和を甘受できる今を楽しむべきだろう。

ソムヌス像を見て"貌"を亡くした賢者など、誰が見たいものか。

 

「戦闘の意思はおそらくないでしょう。放っておいても問題ありません。」

「そうだと良いのだが。」

 

不安そうにするレギスを見る瞬間は実に少ない。

それほどアダギウムと言う名の脅威が強いのだろう。

晴れの日になんとも言い難い暗雲が迫れば顔が曇るものだ。

余計なことを口走ってしまったとメディウムは密かに反省する。

 

目の前には本日最初の公務であるパレードのスタート位置。

この空気のまま出るわけにはいかない。

切り替えるように明るい声で笑った。

 

「さあ、パレードの時間です。クレイラス。天井を開けて。」

 

 

 

 

 

 

 

 

夜まで続くお祭り騒ぎの王都インソムニア。

いつくか点在する高いビルの屋上にそっと降り立ったメディウムはコートとスカーフをたなびかせる大柄な男の横に立った。

ビルの縁から下はさらに小さなビル群と煌びやかな喧騒。

上から見下ろす摩天楼に視界が彩りを認識する。

 

王族の警護も街の警備もひと段落した王の剣達や王都警護隊の姿もチラホラ混じるようになった祭りの延長戦。

第一王子が城にも一人暮らしを始めた第二王子の家にもいないことなど誰も気にしないだろう。

ふらりと何処かへ消えて、また街のどこかで筆を執っているのだろうと。

まさか、ニフルハイム帝国宰相でありルシス初代国王の兄たる禁忌の存在アダギウムと面会していようとは夢にも思わない。

 

「昼間、街にいたな。初代国王の石像を見に?」

「…まぁね。」

 

隣に立ったとしても深く被られた帽子と暑苦しいぐらいに肌を隠すために着込んだ服のせいで顔も伺えない。

下から覗き込もうとしても少し上にあげたスカーフが邪魔をする。

きっと今の彼は様々な人々をシガイ化させ復讐に身をやつしたニフルハイム帝国宰相の顔ではないのだろう。

ひっそりと世から消えた"人々を救う使命"を背負ったアーデン・ルシス・チェラムの、聖王になるはずだった人の顔なのかもしれない。

 

夜叉王も街のどこかから兄を見ているのだろうか。

もしかしたら"シガイの王の贄となる使命"を持ったメディウムと"選ばれし王の贄となる使命"を持ったアーデンを見て嘲笑っているかもしれない。

結局自殺を選んだところも同じ。

神に逆らえないままなのも同じ。

人々を救える才があるのも同じ。

国を背負える万能者であるが故に蹴落とされた王。

 

こうまでして同じ存在を作り上げる必要があったのかと呆れるほどメディウムとアーデンはそっくりだ。

繰り返しの世で同じ茶番劇を繰り返すならばノクティスとアーデンが消えた後、メディウムがシガイの王の後釜にでも治るのか。

それとも残った王族として玉座に座らされ、子が出来た時にシガイの王になるのか。

神にしかわからない運命が示す未来に翻弄される我々を歴代王は不憫だとは思わないのか。

 

己も振り回されたのだから甘んじて受け入れろとでも思っていそうだ。

 

「ホント、見破るの上手いよね。俺の変装。」

「本気で化けられたら見破れないさ。時折ブレて中身が見える気がするだけで、実際に全て見えてるわけじゃない。」

 

その赤毛が見えれば一発で分かるとは言わなかった。

ブレるほど曖昧な変装をする時は舐めてかかっている時だけだ。

メディウムを騙すつもりでやって来たのなら見破るなど以ての外。

ただ約束通りにアーデンの邪魔をせぬよう言うことを聞くぐらいしか出来ることがない。

 

ただその場を支配する静寂だけがこの空間が異常なのだと告げてくる。

下界と切り離されたような流れの中で静かな時をただ過ごしていく。

何者にも邪魔をされない時間の中でアーデンがスカーフを少しだけ下げた。

顔を覗こうとしたメディウムの顔面に帽子を押し付け、その腰を抱え上げる。

 

「さて。帰ろっか。」

「は?嘘だろ?弟にも陛下にも挨拶してないんだけど!?ちょっと!?」

「口閉じてないと舌噛むよ。」

「まっ!?」

 

帽子だけしっかりと握ったメディウムを抱え込むままに足がすくむようなビルの屋上から飛び降りる。

黒い粒子となって一度消えたアーデンに走馬灯が見えかけているメディウムは唯一感触のある腰に回る手を頼りに目をつぶった。

途中で放り投げられたりしたらシフトが使えたとしても骨折では済まない高さから準備もなしに飛び降りたことなどない。

 

ふわりと一陣の風が通り抜けた瞬間に戻ってきた人肌と暑苦しいコートの気配を察知し、後先も考えずしがみついた。

頭上から呆れたようなため息が聞こえたとしても手の力は緩めない。

自力で降りられる魔法があったとしてもまるで何も出来ない非力な人のように振る舞えるのはこの義父だけなのだから。

揺りかごに揺すられるままでいい赤児の気分はこの人の腕の中しか知らない。

 

頬を切っていく風とメディウムを抱え上げる人が時折高いビルの地を蹴る音だけが響く。

なんの音もしないのに浮かび上がるのはシガイの力による二段ジャンプ。

人間離れした動きを隠そうともせず駆け抜ける道は、街でアーデンを見かけた時に予めメディウムが指示しておいた誰一人として警備がいない道だ。

信頼を勝ち取った第一王子の地位はこう言う時に役に立つ。

 

「帰ったらニフルハイム帝国建国記念日の予算組むからね。」

「ヴァーサタイルのテンションが上がりそうだ。」

 

愛国心溢れ過ぎてかなり問題行動の多いマッドサイエンティストを思い浮かべ、苦笑いがこぼれた。

 

 

 

 

 

 

 

翌日メディウムが消えた王城はパニックとなり、ノクティスの元に届いたメディウムからのメールによって数刻をもって収束した。

暇が出来た夜に電話口でレギスとノクティスが顔を突き合わせ、兄に非難の声を送る。

 

「一言ぐらい言ってから帰りなさい。」

「ーーお父様が父親らしいことを。」

「忙しいのは分かっけど、ビックリするから本当やめてくれ。いやマジで。」

「ーーあー、うん。面目ない。」

 

電話口の向こう側。

少し離れたところからクスクス笑う誰かの声が聞こえる。

メディウムの笑い声にそっくりな少し胡散臭いソレに親子は首を傾げた。

誰かいるのかと聞く前にメディウムが後ろに向かって静かにしてくれと声をかけている。

 

「ーー本当に申し訳ない。今日一日そっちで過ごすつもりだったのに急ぎの用事が…ああ!もう!今話しながら書いてるんだから後ろで笑うな!」

 

ガサカザ紙を乱暴にめくる音と遠い笑い声とキーボードを手早く叩く音。

ニフルハイム帝国の諜報活動で常に気を張っているのかと思えば存外楽しんでいるようだ。

騙っているのか黙っているのか知れないがいずれ裏切るかも知れない友人なのか。

 

兎にも角にも誰かに肩入れすることは好ましくないが誰とも関われないのも問題だ。

いずれにせよ親として悲しむべきか国王として喜ぶべきか複雑である。

深く考えないノクティスは呑気なもので、兄は国際交流においてのコミュニケーション力も高いのだと嬉しそうだ。

 

「ーー……だよ。………に……通り……。」

「ーーは?嘘だろ?ここも訂正?首脳部本当なにしてんの?てか!喧しい!電話!電話終わってから!すみませんお父様!弟!何かあったらまた電話かけてくれ!会うのはまた来年!」

 

ガタガタ言い合うバックヤードと慌てたように電話を切られた。

身元を隠すために名前を呼ばなかったようだが、後ろにいたのはいったい誰だったのか。

 

「兄貴、忙しそうだったな。」

「ああ。政府首脳部に潜入しているらしい。ノクトも勉学に励みなさい。」

「うげぇ…。」

 

ルシス王国の建国記念日は今年は滞りなく終わりを迎えられた。

 

 

 

 

 

 

「えー、本日はお日柄もよく、建国記念日たる今日にふさわしきーー。」

 

重鎮が座る防弾ガラスが完備された来賓席。

イドラ皇帝のすぐ後ろに控える宰相アーデン・イズニアの隣に当然のごとくディザストロ・イズニアが控える。

建国記念日にはアコルドからの使者やテネブラエから女王陛下が訪れ、今年も実に賑やかになりそうだ。

 

例年通り当たり障りのない挨拶の言葉をつまらなそうに聞く国の実質最高峰の相手もいつも通りだ。

 

「暇。ディア、一発芸して。」

「今スピーチなされているのは貴族階級でも高い権力を保有しています。つまり後で俺の首が飛びます。嫌です。」

「じゃあお茶飲みたい。紅茶。レモンティー。ミルク不可。」

「我儘を言う暇がありましたら話を聞いてください。後でごますりに来て対応できなくても知りませんよ。」

「ディアこそ。こっち構ってないで話聞いてあげたら。」

「宰相副官としてなに不自由なきよう補佐するのがお仕事ですので。」

 

イドラ皇帝の耳に入らないように防音魔法を貼りながらコソコソと押し問答。

不審人物極まりない顔の見えないディザストロとアーデンの小芝居は最早名物だ。

誰も知らない内部事情とはいえ生まれ育った国でもないニフルハイム帝国の建国記念日に参列すること自体にここまで興味がないのはいかがなものだろうか。

もう少しばかり関心を持った方が良い程適当だ。

 

「ルシスの時はあんなに大人しかったのに。少しぐらい大人しく出来ないのか。」

「別に俺大人しくしてないし。暴れてたし。」

「そんなところ主張しないでくれ…ください。」

「敬語に戻したって読唇術使えるのは俺とディアだけだし意味ないよ。」

 

呆れて敬語がすっ飛んだディザストロを揶揄うアーデンをあしらいながら、挨拶を終えた貴族を見る。

こうして皇帝陛下と宰相閣下ご臨席の上挨拶を述べるのは良いのだが、聞いている側はとてつもなく眠い。

どうでもいい話や貴族の自慢話など聞いても何の役にも立たない。

 

そんな事のために予算を組んでいるのではない!と叱りたい気分になる。

どうせ伝えたってまともに聞いてもらえないのだから骨折り損のくたびれもうけだ。

 

「ほら、後二人だから。ちゃんと座ってください。」

「はいはい。」

 

足を組んでずり落ちそうなほど腰を落とすアーデンの肩を軽く叩いてきちんと座らせる。

ずっと立っていなければならないディザストロより遥かにマシなはずなのに贅沢なものだ。

 

「これ終わったら街に行くからね。」

「何処へでもお供いたしますよ。宰相閣下。」

 

この会話の約五分後にアーデンは爆睡した。



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Dissidia final fantasy
DFFは異世界


アーデンおじさん参戦おめでとうございます。
NTの方もDLC楽しみに待っております買います。(荒ぶり)


揺蕩う真っ白な雲。

何処までも広がる荒野。

遠くに見える二つの塔。

隣には信頼できるのかできないのかよく分からない見知ったおじさんが一人。

時折見かける人の形をしたエネミー。

ああ、なんという事でしょう。

ここは異世界なのだと直感で感じてしまいます。

 

「帝国のネット上でよく見かける流行りの異世界転生ものかぁ…。」

「現実逃避そこまでにしてもらっていいかな。状況判断と使用できる能力確認、記憶の確認もしたいんだけど。」

「宰相殿順応能力高すぎて息子ついていけない。」

「二千年石の牢獄に閉じ込められるのとこの場で俺の意見に賛成するのどっちがいい?」

「すみませんちゃんと働きます。」

 

呆れ顔のアーデンは隣で現実を直視できないメディウムを引っ叩き、持ち物の確認と何処までの記憶を保持しているかを急いで報告させた。

アーデンもメディウムも普段持ち歩いている最低限のものしかない。

武器召喚で出せるお互いの愛剣、クラレントと羅刹の剣。

ファントムソードもお互い健在だが、如何にもこうにもは魔法に関しては世界に拒まれて使用できないものが多い。

 

世界を変えてしまうほどの魔法は基本的に受け付けない、といった具合だった。

古代に存在した天気の魔法や時間帯を一分程進める中途半端な魔法などが最たる例だ。

そんな魔法、頼まれても使うことはないけれども。

 

記憶に関しても同様で、思い出せる場所と思い出せない場所がある。

メディウムもアーデンも保持しているのは最終決戦の手前。

つまり、お互いがシガイ化した後である。

アーデンはいいとして、何故メディウムが陽の下で当たり前のように活動できているのかは疑問だ。

もしや人間の体に戻ったのかと期待したが、アーデンから無理矢理会得させられたシャドウムーブが使用できた。

これは人間では無理な技、必然的にシガイであることが証明されてしまった。

容姿が相変わらず赤毛の混じる髪と黒と金の瞳なのだからなんとなく察しては居たが現実は無情である。

 

さらに記憶のすり合わせを行うと、お互いに保持している記憶が同程度で、認識している日付が同じ場所で止まっていることが判明した。

十二月二十四日。

ルシスの、何処かのおもちゃメーカーが考えたクリスマスというイベント前日に当たるクリスマスイブが今日である、という認識だ。

荒野にほっぽり出されるなど、聖夜の奇跡にしては笑えない冗談だ。

 

「どーすんのよ…これ…。よく分からない時空の歪みも出ては消えてしてるし、なんか赤い塔と青い塔があるし…建造物あれだけだぜ。」

「見知った気配が二つあるね。召喚獣語じゃなきゃいいんだけど。」

「頭痛は勘弁。どっちから攻める。」

 

二つの塔には似たような弱い気配を放つ"神"がいるようだ。

この世界は二柱しかいないのだろう。

他にそれらしいものは感じない。

 

「んー…赤いほうかな。」

「その心は。」

「青はソムヌスっぽくてヤダ。」

「うっわすごく個人的。」

「じゃあここで二手に分かれる?」

「それはリスクがデカい。お供させていただきますよ。」

 

異世界を一人で歩くなんてもってのほかだ。

単独行動は軍隊では射殺ものである。

メディウムもアーデンも所属は政府首脳部だとしても、そこの認識は変わらない。

どうせ頭ぶち抜かれても生きていける肉体だが、痛いのは御免である。

 

「あっ。全然視野に入れてなかったけど、この世界に来てから使えるようになった魔法が一個ある。なんだこれ。なんの術式だ。次元移動か?んー?ほう…ほう?」

「君、理論構築ろくに出来ないのに解読できるのほんと謎だよねぇ。これ、座標指定系じゃなくて抽象的な指定でも飛べるよ。」

「神からの授かりものか?」

「恐らくね。」

 

こんな荒野にいても仕方がない。

どうせなら魔法を使ってみよう、という案で落ち着いた。

お互い、ルシス王家とは言え長期移動に向いた戦闘要員よりも参謀が近い。

無駄な肉体労働は非効率的だ。

神からの授かりものという時点で忌々しいが、便利なら使わない手はない。

理論構築がなされているのならアーデンの方が扱いは得意だろう。

 

「目標はあの塔の中ね。何があるかわからないから戦闘態勢でいなよ。」

「わかってますよ宰相様。ちゃーんとアンタを盾にするから安心しろ。」

「置いてこうかな。」

「不死のアンタと心臓は人間の俺じゃあ耐久力が段違いだろ!理不尽反対!」

 

呆れ顔のアーデンはなんだかんだと文句を言いながら、コートの内側に潜り込んできたメディウムをそのままに魔法を行使した。

魔力の流れと共に訪れる一陣の風。

目の前には荒野の所々に出現している白い渦のようなものが出現した。

これが次元を超える魔法なのか。

じっと渦を眺めること数秒、おもむろにアーデンが手を突っ込む。

スッと消えた手は後ろから出たりしていない。

確かに別の次元につながっているようだ。

 

「…なぁ。この先なんかイヤーな予感がするんだけど。超弩級に頭おかしいアンタとタメ張れるぐらい、思考回路が逝かれてるタイプの…関わると地獄見るタイプの…正義感燃やすと後で後悔する感じの…?」

「危機管理能力が優秀なようで何より。じゃ、行こうか。」

「デースーヨーネー…。」

 

魔法を行使させておいて行かない、なんて選択肢はない。

このおじさんは容易においていこうとする鬼畜だ。

付いて行くほうが賢明だと判断し、コートの内側から出ないように張り付いて一緒に渦の中へと身を沈めた。

 

 

 

 

 

 

出た先は、広いとも狭いとも言えない見た目通りの塔の広さを誇る場所だった。

中央に待ったいましたとばかりに佇む鬼のような半裸の男は恐らく男神だろう。

長年神と関わり続けてきたメディウムの勘が、あれは主神だと告げている。

あれが今仕えるべき新たな神だ。

今まで関わってきた神よりかなり若いけれど、確かに神なのだ。

 

「来たか。新たな戦士。」

 

戦士。

神はそう口にした。

戦う為に呼ばれたらしい。

新たなということはこの周囲にいる怖い人達もどうやら同じ境遇のようだ。

チラリ、とコートの隙間から覗いた周囲を見て一瞬だけ視界がブレる。

あれ、何かが。

なんだこれ。

バハムート…?

 

「戦士…?戦うのか?また?死んでもか?また駒なのか!?また生贄なのか!?俺達はもう散々苦しんだのに!?俺達の復讐はテメェを殺すまでまだっイッテェッ!?」

「コラ。落ち着きなさい。"その記憶はまだ早い"から。ピースが揃ってないのに記憶だけ出したら負担が大きいのは俺達だよ。あいつはバハムートじゃないし。」

「ん…あ?俺何口走ってた?」

「はぁ…前途多難だなぁ。」

 

ぽすんっ。

頭に乗せられた帽子になんとなく落ち着き、潜り込んでいたアーデンのコートから出る。

何故だかアーデンが何かを知っていそうではあるが、今は突き止める手段がない。

神が絡むと激情に駆られてしまうメディウムに変わってアーデンは話を進める。

 

「俺達を呼んだのは君"達"?」

「何故複数だと思う。」

「あっちの青い塔に同じ気配がする。別たれてるところを見るに仲が悪いのかな。お互いに戦士を呼び合って戦い合わせる悪趣味な戦争とか、そういうの好きでしょ?神サマってもんは。」

「…否定はしないが、今回は違う。事情がある。」

「その事情ってのはこの世界のためでしょ。俺達の世界には関係ないじゃない。」

 

メディウム達を見る周囲の視線は中立的だ。

決して神側でもなく、こちらの味方をする意志も感じられない。

この世界はおかしい。

作られていく端から何者かに喰われてまた消える。

命の流れがおかしいのだ。

なによりもこの神の若さが気になる。

こんな広大な世界を産むにしては弱過ぎる。

 

「神も後釜がある。なるほど、戦いをエネルギーにしているのか。この世界がこんなに歪んでいるなら、俺達を帰す前にどうにかしないとダメだな。まず歪み過ぎて帰り道すら構築できない。」

「コラ。」

「アデッ!せ、世界にアクセスするのはルシス王家の特権だろ!?」

「ほう。随分と"神に近い"存在がいたものだ。」

 

スピリタスと名乗った男神の視線が奇異の目線へと変わる。

世界への干渉など造作もないことだろう。

悪意さえなければ世界とは開かれた存在だ。

あとは魔法が使えるかどうかだが、ルシス王家の前ではそんな前提条件は関係ない。

 

「此処では自由にしてもらって構わない。世界の理により戦士同士の殺し自体は不可能になっている。怪我を負わせることはできるが。」

「だから好きに戦えって?」

「そうだ。良き戦いはエネルギーとなり、世界を構築していく。」

「はぁん…物騒なシステム作り上げたなぁ…この場にいる連中はみんな寄せ集めってことか。」

 

興味が失せたのか、何名かは気がつけば何処へなりとも行ってしまっていた。

頭のおかしい連中が居なくなっているようだ。

良識がありそうな何名かは静かにこちらを見ている。

シガイに侵されていそうな奴もいるが、そこは別の世界の話なのだろう。

メディウムとアーデンには関係のないことだ。

 

「帰れない、戦える、自由にしていていい。これは分かった。んで、こっちの陣営の面子も割れた。あとはあっちがどうなってるか、だね。」

「あっちにちょっかいかけてもいいの?」

「問題ない。あちらとは協定を結んでいる。好きにするがいい。」

「基本は放任主義か。神様らしい。」

 

ずいっと差し出された手で示されたのは一つだけ浮かぶ例の白い渦だ。

あれはあちらの塔への直通ルートらしい。

なるほど、此処まであっぴろげなのは事情がありそうだ。

陣営の選別もヴィランのような奴もいれば無理矢理礎にされそうなお人好しもいる。

あちらとの交流が必要になるような人間関係もあったのだろう。

 

もちろん、俺達にも。

 

「ベット。居るに一万ギル。」

「コール。俺達より先にいた。」

「レイズ。二万ギル。俺達と同程度の記憶を再取得。」

「ふーん…。持ち金額いくら?」

「三万ギル。」

「んじゃオールイン。嫌そうな顔」

「お?んじゃ俺もオールイン。俺だけあっちの陣営への引き抜きの誘い。」

「うっわ。マジで賭けにならない。」

「あんたが賭けにならないようなこと言い出したんだろうが。」

 

お互い小突き合いながらギャイギャイ騒いでいると、不意に背後に気配が一つ。

敵意は感じない。

一瞬アーデンに指示をこうが、特に何もサインはない。

好きに対応しろということだ。

 

後ろに立っていたのは半裸の男。

大きな剣、大剣に相当するそれを持った男は最初から最後まで俺達を見ていた男だ。

かなり善良な類なのは見ればわかる。

スポーツマン、というのがしっくりくるだろうか。

 

「楽しそうなところ悪りぃ。あっちの陣営に行くんだろ?あっちに知り合いがいてな。同行ってっと仰々しいけどよ。」

「つまり、話がこじれないように付いてきてくれると。」

「まあ、そんなとこだ。」

 

ジェクトと名乗った男は緩くはにかむ。

なぜこっちの陣営に属すことになったのか不思議なぐらい善人だ。

メディウムには眩しく、薄く瞳を細める。

 

「あっちに居るのは息子なんだけどよ。あんたらもそっくりだが、兄弟か?」

「きょ、きょう…だい…。」

「ぷっ…くくっ…。」

「おい笑うな!二千四十三歳!!」

「三十六歳に言われたくないなぁ。」

「身体年齢は二十九だ!」

「それをいうなら俺も三十三だよ。」

 

ショックのあまり膝をついたメディウムを見てアーデンは笑う。

身体年齢は未だ年下だというのに、精神年齢はアーデンが死んだ当時を上回っている事実が重い。

いつの間にこのおじさんより現世という時代に生きたのだろう。

二千年をタイムスリップしたようなこのおじさんより事実上年上なんて…そんな…。

 

「あー…なんか悪りぃ。」

「いや、いい。…親戚の叔父と甥みたいなものだ。」

「書類上、君は二人で父親も二人だけどね。」

「ややこしいんだ。あまり深く聞かないでくれ。」

「おー。あんたらも大変だなぁ。」

 

難しそうに眉間にしわを寄せたジェクトに笑いかけ、白い渦へと足を向ける。

兎にも角にもついてきてくれるのならそれはそれで構わない。

あちらに必ずあの子がいるとは限らないし、同じ世界の違う誰かがいるかもしれない。

多勢に無勢でいるより先駆者と共にいた方が場は好転する。

 

自分達よりヤバい連中が山ほどいるのだから、まだマシだとジェクトは快活に笑う。

たしかにあの場にいた連中より幾分かマシだろう。

アーデンも俺も何となく思い出せない記憶の過程を超えてきた感覚がある。

その過程が何か影響があったのか、アーデンがいやに大人しい。

すごく不気味だ。

 

ジェクトが言うにはこの世界にはそれぞれの想い出の世界が反映された時空があるらしい。

そこは何もないハリボテのようなものだが、彼の口からはインソムニアという単語が出た。

王都インソムニアの名が上がると言うことはやはりあの子がいるのだろう。

ここでは楽しく過ごせているのだろうか。

 

「そういや、あんたらの名前聞いてなかった。」

「ああ。あちらで名乗る。どちらを名乗るべきなのかまだ見当がつかないから。」

「名前が二つあるのか?」

「そんなところだ。」

 

白い渦へと足を踏み入れる。

本日二度目の不思議な感覚が全身を襲った。

 

 

 

 

 

 

 

出てきた場所は先ほどいた場所より幾分か白い空間だ。

スピリタスのいた塔は何故だかとても赤い印象を受けたが、こちらは青いと感じる。

今度は目のやり場に困る女神が三人を出迎えた。

 

「連絡は来ています。新たな戦士達。」

「よう。マーテリア。邪魔するぜ。」

 

この女神はマーテリアか。

周囲を見渡すと一人しかその場にはいなかった。

何故?と首をかしげる前に少年がジェクトに駆け寄り、ハイタッチをかます。

胸に下げたネックレスはジェクトの刺青と同じマークの飾りが付いている。

なるほど、あの子が例の息子か。

 

「待ってた。今みんな出払ってる。そろそろノクトとウォーリアオブライトが戻ってくるッス。」

「紹介する。俺の息子のティーダだ。」

「よろしく!」

「よろしく。他の人達は外で戦っているのかな。」

「うっす。今日はこっちの陣営全員で大規模な模擬戦をする予定だったんだ。」

 

陣営なんてあって無きが如くだけど。

ティーダの言葉にふむ、とアーデンが遠くを見た。

何となく察していたが、一応な体裁で陣営を決め、何かしらがあれば好きな方についていい制度なのではないかと推測がたてられる。

ティーダの言葉にそれが事実なのだろう、と確認が取れた。

 

前にも似たようなことがあった、と言う言葉も聞こえた。

一度目ではないと言うことだ。

そしてそれは今の神ではなく別な神の抗争であり、同じ世界で行われていた。

今回は違う、と誰もが思う通り何もかもの展開が違うらしいが。

はじめてのメディウムとアーデンには関係のないことだ。

 

「実は、俺達…。」

「兄貴ッ!!アーデン!!」

「のわっ!?」

「あーらら。」

 

後ろから強烈なタックル。

よろけた俺をアーデンが支え、二人でなだれ込むようにその手に収まった。

この声は間違いない。

振り返ると、やはり予想していた弟が嬉しそうに顔を上げた。

 

「兄貴も来たんだな!アーデンも!」

「…掛け金パァだな。こりゃ。」

「なーんで、俺まで嬉しそうな顔されてんの。」

「あ?なんでって、そりゃ…あれ。兄貴達、記憶がぼんやりしてたりするか?」

 

アーデンとメディウムの記憶の中にあるノクティスとは違い、随分若いその姿はあの最終決戦の十年前の姿だ。

しかし記憶は間違いなく持ち、二人が思い出せない部分もはっきりと思い出せるらしい。

何故こんな格差が生まれているのだろうか。

世界の意味深な意図を感じる。

 

何処まで覚えているかを断片的に告げると、ノクティスは一つ頷いて微笑む。

何かきっかけがあればきっと思い出すだろうからあまり気にしなくてもいい、とのことだ。

ゆっくりとこちらに歩いてきたいかつい兜の人がそう補足する。

 

「貴方がウォーリアオブライトさんでしょうか。」

「ライトでいい。敬語もいらない。君はノクトのお兄さんか。」

「もう名乗っても良さそうだな。メディウム・ルシス・チェラムだ。んでこっちは…あー…。」

「アーデン・イズニア。」

「俺とノクトの叔父…みたいなもんだ。」

「なるほど。皆ノクトのご家族か。」

 

手を差し伸べてきたウォーリアオブライトに苦笑いをこぼし、立ち上がって握手をした。

この鎧姿を全く恥じないところをみるに彼の世界では普通だったのだろう。

これは突っ込まない方が良さそうだ。

ノクティスの異世界転移主人公感が半端ではないが、そこは俺達も似たようなものだ。

 

「弟が世話になっている。迷惑をかけてはいないか。」

「兄貴、親父みてぇなこと言うなよ。」

 

先程から嬉しそうな雰囲気を醸し出すノクティスは相当浮かれているのか、口元がほころんでいる。

メディウムは兎も角、アーデンに出会ったら少なからず嫌そうな顔をすると思っていたのに一体思い出せない記憶の先に何があったのか。

寒気のあまりアーデンが嫌そうな顔をしている。

お前がそんな顔してどうするんだ。

 

「色々説明は聞いたんだろ?」

「勝手に見たって言うか理解したって言うかまあ、そんな認識で構わないけど。」

「じゃあ今から模擬戦に参戦しに行こうぜ。三人一チームだからちょうどチームルシス王家が出来る!王様三人衆!」

「うち全員死亡案件って突っ込んだ方がいいのこれ。」

「自分の傷抉るのが好きならどうぞ。」

「アーデンおじさんえげつねぇ。」

 

いやに押しが強く、テンションが有頂天なノクティスに引き摺られ外へと繰り出す。

何故こんなことになったのか。

あの可愛かった恥じらいモンスターノクティスは何処へ行ってしまったのか。

心底いやそうな顔のアーデンと共に、謎の模擬戦へ参戦を強いられた。



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Final Fantasy XIV
異界のバハムート


FF14は二年程プレイしている光の戦士です。

秋頃にFF14にてFF15コラボが復刻すると聞いて前々から書いていた途中のものを書きあげました。
泡沫の王完結後、光の戦士は最新拡張ディスク漆黒のヴィランズ完結後を想定しています。



第百十五代目ルシス王、またの名を夜明けの王であるノクティス・ルシス・チェラム失踪の報せがメディウムの耳に入ったのは、失踪後おおよそ二十四時間が経過した後のことだった。

 

「緘口令を敷いて!大至急!王の剣、および王都警護隊に通達!コルとグラディオラスを呼び戻せ!」

 

立場上、ノクティスが消え去れば次点の指導者はメディウムへと譲渡されることになっている。

あくまでも王妃であるルナフレーナの代理という立場ではあるが、発言力と指導力の大きさの違いは顕著に表れる。

混乱の一途を辿っていた二十四時間前の王城と打って変わって、兵士達が慌ただしく動き回っていた。

 

「ルナフレーナ、神々はなんと?」

「変わらず、イオスにノクティス様は居ないと……」

「チッ……我が部下ながら使えないな」

 

己を除く五つの柱に対して何たる態度かと恐れ戦く暇もないほど、ルナフレーナも焦りを感じていた。

六神の筆頭たるバハムートの命により、異例中の異例ではあるが神々も捜索に加担している。

だというのに、ノクティスはどこにも見当たらないというのだ。

それこそイオス中をひっくり返して探し回っているはずなのだが、結果は思わしく無い。

 

「グラディオラス達の結果待ちだが……おそらくあちらも収穫はないだろうな」

 

神だけではやはり不安だと地上部隊を派遣したが、何の意味もないだろう。

飛び出していったかつての仲間達には悪いが、クリスタルに問い合わせても神々の権能を用いてもノクティスの存在はかけらも感じ取れなかった。

 

突然の失踪、原因は不明。

ただ一つ、かつて旅をしていた際に一度だけであったと呼ばれる異界の少女が住んでいた場所に向かったのを最後にノクティスはイオスから忽然と姿を消した。

十中八九その異界の少女に関する何かが原因なのだろうか、事実確認すらままならない状況であった。

それもこれも、メディウムへの報告に二十四時間という長い時間を要した所為である。

 

「俺がルシスに滞在していれば、こんなことには……!」

「ご自分を責めないでください。メディウム様のテネブラエ訪問は既に半年も前から決まっていたことなのですから」

 

ノクティスが失踪する数日前。

メディウムはテネブラエに数か月滞在する予定を組み、ルシスを長らく留守にするはずだったのである。

これは予め約束された旅行の一種であり、ルナフレーナの言う通りメディウムの落ち度ではない。

けれど、後悔の念というものは収まらないものである。

例え人間離れした迅速な対応を二十四時間という短い時間で成し遂げて見せたとしても、メディウムは下唇をかみしめる。

 

「イグニスとプロンプトが付いていながら失踪など、有り得ないはずなのに」

 

当然、王一人で出かけたりはしない。

お付きとして当時共に少女に出会っていた二人を連れて王都を出たのだと、メディウムは聞き及んでいる。

事実、二人は失踪の直前まで共にいたのである。

しかし、彼らは突如として姿を消したノクティスの居場所を知るどころかなぜ消えたのかすら理解できていない。

ただ前にもこんなことがあった、と不安そうな顔をするばかりだ。

 

前回はすぐに戻ってきたという証言が間違いでなければ二十四時間という時間経過が異常事態を表している。

直ぐにでも発見しなければ手遅れになってしまうかもしれないのだ。

打てる手は全て打った後。

最高司令官として部下の帰りを待つことしかできないメディウムは、皺の寄った眉間を揉む。

本当に、どうしてこんなことになってしまったのか。

 

「ほんと。迷惑だよね。あの王様。おっさんになってもお騒がせってどうなのかな?」

「……アーデン。俺もあの子もお前の子孫だ。ルーツは自分自身にあると思わないか」

「はぁ?俺の子孫っていう前にソムヌスの子孫でしょう?俺は直接的な関係じゃないよ」

「お騒がせという意味ではお前達兄弟も似たようなもんだろう。二千年に渡る兄弟喧嘩しやがって」

 

溜息がこぼれそうなところを見計らって余計に気を重くさせるような言葉を尊大に放つのは言わずと知れたアーデンである。

メディウムの一番の部下と言っても過言ではない御使いにも、当然失踪に際して役割を与えている。

恐らくその報告にやってきたのだろう。

赤毛を揺らし、心底面倒くさそうに肩を竦めている。

 

「それで?二十四使をあたった結果は?」

「元々氷神様以外は物言わぬ骸みたいなものだからね。芳しくないよ」

「だろうな……」

「でも、ちょっと面白い情報は手に入った」

「なんだと」

 

ひらり、と彼が差し出したソレは一枚の羽根であった。

これは二十四使が一人、最近名前を手にしたガルーダの羽根だ。

そういえば、異界の少女に関連する話の中でガルーダがいた様ないなかったような。

 

「ガルーダがね、その異界に行った話をしてくれたんだけど、おそらくノクティスはまた異界に飛ばされたんじゃないかって推測も披露してくれたよ」

「……そうなるかぁ」

「予想はしていたけど、面倒になってきたね」

 

異界、またの名をアーテリス。

とある猫耳と尻尾を持った少女が語った広大な世界の名である。

神々にノクティス捜索を命じた際、イオスにはいないという回答を繰り返していた時点で嫌な予感はしていたのだ。

神々は決して嘘はつかない。

聞かれたこと以外を応えず、都合が悪ければはぐらかすことはあれど決して嘘は言わないのである。

 

それが、彼らは口をそろえてイオスにはいないと。

つまりそれは、イオスではない他の地にいることを指している。

十中八九、例のアーテリスという世界のことを遠回しに告げているのだと察してはいたのだが。

 

「問題はどうやって連れ戻すか、だよね」

「そこなんだよなぁ……」

 

行き先に心当たりはあっても、連れ帰る方法も向かう方法も分からない。

アーテリスという世界が一体何なのかも分からないままではどうすることもできないのである。

ガルーダ曰く、イオスにいる限りあちらに干渉することはできないとのことだが、それではノクティス救出など夢のまた夢である。

 

どうにかこうにかしてあちらの世界に干渉する術を見つけなければならない。

ガルーダの情報が正しければ、ただの人間であるノクティス一人でイオスに戻ることはコンマ数ミリの穴に針を通すほどの難関なのだから。

 

「せめて呼び声が聞こえたらなぁ」

 

王との契約により、メディウムはノクティスの呼びかけに応じる義務がある。

逆に言えば呼びかけさえあれば世界の理を飛び越えて彼の下へたどり着けるのである。

ただ、呼び出しがなければノクティスの下へは行けないのだと言っている様なもので、落胆もひとしおだ。

現状は何の役にも立たないただの剣神なのである。

 

「ガルーダは一体どうやってあちらに行ったんだ」

「向こうでは蛮族と呼ばれる人間以外の種族が嵐神ガルーダを崇めているようでね。向こうの神様の召喚儀式に重ねて、どこぞの王様が触媒になった結果らしいよ」

「となると、バハムート召喚の儀に乗じればあるいは、か」

 

ノクティスによる呼びかけが期待できないのであればガルーダと同じ手口であちらへの干渉を試みるほかないが、アーデンは短く首を振った。

こちらとあちらでは事情が大いに違うのである。

 

「残念だけどそれは推奨できないね。あちらでは神様は滅ぼすべき害虫みたいだから」

「なるほど。酷く同意見だ」

「気が合いそうで何よりだよ。剣神様」

 

神嫌いの神、剣神の言葉に御使いは肩を竦めた。

しかし、バハムート召喚の儀とやらも撲滅すべき神の一柱となればそう易々と決行させてはくれないだろう。

機に乗じるのは夢のまた夢だ。

となると、やはりできることは一つだけか。

状況証拠より、漸く聖石も唸り声を上げ始めた頃合いである。

 

「仕方ない」

「とうとう重い腰を上げるの?」

「上げさせてくれなかったクリスタルがとうとう諦めの言葉を吐いたのでね。ルナフレーナ。しばらく俺はイオスを出る。国のことは代理としてアーデンを立てるから、全て此奴に投げなさい」

「メディウム様……承知いたしました」

「はいはい。剣神様の仰せのとおりに」

 

ひらり、と剣の翼を天へと広げる。

どうやら夜明けの王を黄昏の神がお迎えに向かわねばならないらしい。

はてさて、どこで何を見て夢のようなひと時を過ごしているのやら。

 

「ガルーダ。案内しろ」

 

紫電に光る瞳を飛び立つ青空へと向け、剣神はイオスから飛び立つ。

目指すは神秘の世界アーテリス。

王族以外が魔法を扱える、悪夢のような世界である。

 

 

 

 

 

剣神が飛び立つ数刻前。

平原の真ん中で、黒一色に身を包んだ青年が青空へと視線を上げた。

 

「どうした、ノクト」

「いや……別に……」

 

前方を先導するように歩いていた十年前の仲間、さほど時間が経っていないらしいエオルゼアの彼は耳の代わりである角を緩やかに触り、不思議そうに首を傾げている。

ノクティスがエオルゼアに飛ばされて数時間、途方に暮れた彼を保護したのはかつてのように道中出会った友、光の戦士たるエオルゼアの英雄であった。

また帰る方法もなくこちらの世界に飛ばされてしまった彼を哀れんだ英雄は、かつてのように共に行動しないかと誘いを掛け、今はノクティスと共にラノシアと呼ばれる大地を歩いていた。

 

とっくに三十台前半にさようならを告げそうな年齢に差し掛かってきたというのに、若返った体はぴちぴちの二十歳になり、一緒にいたはずのイグニスもプロンプトもおらず、混乱を極めていたノクティスにとって彼は光明と言っても過言ではない。

夜明けの王に光をもたらす正に英雄と呼ぶべき光の戦士である。

そんな彼はラノシアの大地を進み、とある場所へと向かっていたのだ。

 

「なぁ、これから向かう場所ってこっちの世界のバハムートがいる場所だよな」

「いる、というよりはいた、というべきだな」

「神殺し、か」

 

蛮神バハムートが根城としていた場所。

エオルゼアの地下に居を構えていたかの蛮神を滅ぼしてから長き時が経過している。

常に激動を歩む光の戦士からすれば遠い昔のような記憶ではあるが、こうして時たま消滅したバハムートの根城を調査しに向かうことがあるのだ。

ノクティスを拾い上げたのも、丁度その道中だった。

 

「ノクトの世界にもバハムートが居るんだろう?」

「あー……まあ……一応俺の国では主神で、色んな神様を束ねるリーダーだったからな」

「だった……というのは?」

「今もリーダーだし、主神なんだけどさ。ちょっとややこしい立場になってて」

 

兄が神です、と言えるはずもなくノクティスは言葉を詰まらせた。

突かれて痛い腹ではないが、職業柄深堀を避ける傾向にある光の戦士は疑念を抱きながらもそれ以上の問いかけは口にしなかった。

異界の神にまで手を伸ばす気はないのだろう。

 

「まあ、そのバハムートが悪しき神ではないことを願って……おや」

 

くるり、と彼が天を仰いだ。

白雪のように真っ白な髪を揺らめかせ、クリスタルを思わせる蒼が見つめる先。

ふわり、と固い鱗が連なる鋭い尻尾を振り、その背に備えた禍々しい大剣を手に取った。

 

「ノクト。一つ聞いていいかな」

「え?なんだよ」

「君のところのバハムートは、ドラゴンの形をしているかい?」

「いやどっちかって言うと人間……って……ええぇぇぇ!?!?」

 

閃光。

突如として空を覆う眩い輝き。

一瞬のエーテルの煌めきをその爪で切り裂いた先に居たものは、ノクティスの知らない存在。

 

「なるほど。じゃあ、遠慮なく斬っていいわけだ」

 

蛮神バハムート。

それに酷く酷似した存在が確かにその天空を支配していたのである。

既に滅ぼしたはずの神が完全体で復活していることに危機感を覚えるよりも早く、英雄はエーテルを踏みつけて飛び上がった。

目指すはその翼、神を地に落とすために彼は地を蹴りつけた……はずだったのだが。

 

「あっ」

「えっ」

 

ドラゴンは、蛮神バハムートはその幻影を霧のように消し去って一瞬で目の前から失せていく。

悪い夢でも見ていたかのようにあっさりと晴れた天に残されたのは、飛び上がった光の戦士と降り抜いた大剣。

そして、空中に放り出された”バハムート”である。

 

「まずいっ」

 

止められない。

一度降り抜いた暴力は己の意志では止められない。

まさか人間が現れるとは思わず、懸命に威力を殺そうと努力はするが英雄たる所以はそう簡単に止まってくれない。

驚いたように瞳を見開く、地上にいる友人にそっくりな漆黒へと牙を向けてしまった英雄が何とか対処しようとエーテルを自身の腕に集中させたその刹那。

 

「手荒い歓迎だなっ!」

 

カキンッ、と重苦しい音を立てて剣のような翼が英雄の刃を受け止めたのである。

ただそれは愚策。

身を守る行動としては最適解だったとしても、空中であまりにも威力のついたそれを受け止めるのはあまりにも愚かであった。

 

「あえ!?」

「チッ!」

 

思ったより威力があったのだろう。

彼は驚いたように傾く自身の体を眺め、混乱したようにあんぐり口を開けている。

この災いを招いたのは早計な自分であり、何とか対処せねばと英雄が動き出すのはほんの瞬きの間のことであった。

 

「フレイッ!!」

 

誰かを守るために、自分を殺した男の叫びは地を揺らすほどの激震であった。

今目の前にいる哀れな誰かを無事に地上へと降ろすために、彼は自身の影を地上に呼びつける。

影は心得たようにその大剣を構え、勢いをつけて落ちるそれに渾身の防衛魔法を以て応じたのである。

 

「ブラックナイト……!」

 

シャドウウォール、ダークマインド、ダークミッショナリー、ランパート、アームズレングズ。

兎に角扱えるスキル全てを用いて青年への防衛を優先し、勢いを殺していく。

大地が抉れるほどの衝撃を以て行われた決死の降下は、冷や汗をかいた英雄の手によって何とかかすり傷程度で済んだのである。

原因は全て早とちりしたこの英雄にあるのだが、ひとまず何事もなくてよかったとその手を掴んでいた青年をゆっくりと地上へ招く。

 

「すまない。まさか人間が出てくると思わなくて」

「いや……びっくりはしたが……蛮神の姿で地上へ出た俺が浅はかだったんだ。自業自得だな」

 

満身創痍で消えていく己の影を片手を上げて見送る英雄に、青年は申し訳なさそうに眉根を下げた。

まるでこちらの事情を把握しているかのような言動に、鱗を携えた英雄は小さく首を傾げる。

英雄の推測が正しければ、この青年は……。

 

「兄貴!」

「ノクト!無事でよか……え?それ無事なのか?」

「あ、あー……その……いろいろあるっていうことでここはひとつ……」

「あーうん……そう……だな?」

 

ノクティスの知り合い、というより家族。

しかも兄だったらしい彼は困惑したように弟を眺め、不安そうにその身なりを頭の天辺からつま先までじろじろと眺めている。

どうやら彼の知る弟とは何かが違うらしく、わかったような分からないような顔をして一応頷いていた。

 

「まあ、無事?ならいいんだが」

「どっちかって言うと来て早々ジェットコースターを体験した兄貴の方が心配だ。てかあの竜なんだよ」

「それも事情がややこしいというか……。あ、その前にそこのドラゴンっぽい彼は誰だい?」

「ドラゴンじゃない。アウラ族だ」

「だってさ」

 

ドラゴンと呼ばれた瞬間、若干不服そうな顔をした彼に青年は申し訳なさそうに謝罪の言葉を口にした。

 

「すまない。俺たちの世界には君のような種族は居ないんだ」

「ノクトから聞いている。こちらこそ怒ってしまってすまない。条件反射なんだ」

 

条件反射になるほど嫌なことだったのだろう、とさらに謝罪の言葉を重ねる青年を英雄は嗜め、ひとまず君は誰なのだと問いかける。

ノクティスの兄であることは先ほどの一言で察したが、あまりにも登場の仕方が危なすぎる。

危うく斬りかかるほどであった。

というより斬りかかった後だったが。

 

「ノクティスの兄で……あーそのー」

「別に言ってもいいんじゃねぇか。こっちとあっちは関係ないだろう」

「それはそうだが、第一印象が最悪なのは避けたいじゃないか」

「既に警戒されてると思うけど?」

 

何やらこそこそと会議をする彼らを遠目に見守る。

相当言い出しにくいことらしいそれは、二人の間で何とか折り合いがついたのか、渋々といった調子で青年が困ったようにその先の言葉を口にした。

 

「改めて、自己紹介を。俺はメディウム・ルシス・チェラム。ノクティスの兄で、あっちの世界の……剣神バハムートだ」

「なるほど。ややこしい立場とはコレの所為か」

「とんでもない理解力どーも」

 

英雄は、この日初めて神という存在に親近感を覚えた。

どうやら異界の神は相当の苦労を背負ってきたらしい、苦労が顔に滲んでいる。

それで、君は?と問いかけてくる神に英雄は小さく頷いた。

正直に話した男には礼を尽くすべきだろう、異界の友のご家族であることだし。

 

「冒険者、光の戦士、神殺し、解放者、闇の戦士、肩書はいくらでもあるが……名前は……」

 

 

 




※読まなくてもよいおまけ

・光の戦士
アウラ・ゼラの男性。
白い髪と青い目で、身長はアウラの中では低身長。
物静かな割にやるときはやるし暴れるときは暴れる。
メインジョブは暗黒騎士。
サブジョブに侍、黒魔導士、学者、ガンブレイカーを持っている。
サブジョブとか言っているが別に他ができないわけではない。というかできる。
単純に自信をもって前線に出られるジョブをメインだとかサブだとか言っているだけ。

エオルゼアをSDSフェンリルで爆走し、第一世界もドリフトでガンガン荒らしていた暴走族。
お亡くなりになってDFFに飛ばされたゼノスがDFFのネットワーク終了と共に戻ってきて冷や汗をかいている。
アーモロートに居座って古代人ごっこ(第十四の座)している場合じゃなかった。

最近はコーヒークッキーを死んだ魚の目で調理している。
なんでフライパンでクッキーが焼けるのかは謎。
原初世界に戻ってから滞っていた仕事が降り注ぎ、なんかもう色々ありすぎて妖精王になればよかったとか、大罪喰いも悪くないんじゃないかとか思ってた。

バハムート視察もその山のような仕事の一環だったのだが、ノクティスを再び拾う数奇な運命に出会ったためにちょっと気分が上がり調子。
メディウムには謎の親近感が湧いているが、バハムートと聞くと思わず武器を触ってしまう。
神殺しの性。


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異界のバハムートその2

 

終焉の鐘がなる。

遠くに堕ち行く黄昏の向こう側に、逃げ惑う人々が消えていく。

その中を緩やかに歩いていく青年が一人。

その後ろには数多の人々の影が揺めき、彼の背後に続いていく。

 

美しい漆の様に滑らかな角に小ぶりのピアスを引っ掛け、淡い光に包まれながら進んでいく。

冒険者として新たな地に降り立ち、瞳を輝かせることもあった。

その身を追われ、雪国にて異種族の翼達と手を取り合うこともある。

大きな軍旗を掲げ、開放の二文字を血で描いたことも。

苦しそうに顔を顰め、真っ白な液体を吐き出すときもある。

 

それでも青年は前へと進んでいく。

その足は一度だって立ち止まらない。

道中倒れた者がいれば駆け寄り、死した者がいれば弔った。

両手一杯に抱えたクリスタルを取りこぼすことなく、一歩一歩進んでいく。

 

ふと、青年が黄昏を見上げた。

爛々と輝く月を眺め、その蒼天の瞳を揺らめかせる。

その背には自由に羽ばたく翼もなければ、神秘と謳われる神の偉業もない。

間違いなく、彼自身が積み上げてきた歴史がケロイドになってへばりついている。

 

「君は、託されたものを忘れたりはしないんだな」

 

一筋の光源に照らされたピアスが音もなく揺れる。

声がしたからだろうか。

こちらへと振り向いた彼は悲しそうに目を伏せた。

 

「覚えているって、約束したんだ」

「それは茨の道だ。対話は油断を生み、いずれ後悔を伴って刃を鈍らせる」

「知っている。それでも俺は一つだって取り落としたくないんだ。俺の冒険はまだ終わってないから」

 

抱え直したクリスタルが同意する様に淡い光を放っている。

彼が足を止められない理由も、彼が冒険を続けたがる理由も、きっとその両手の中にあるのだろう。

しかし、どうしてだろうか。

彼のその理想染みた言葉には、不思議と嫌悪感は湧かなかった。

彼ならなし得ると、そう思ってしまった。

 

不可能を可能にし、血の滲むような努力の中で抱えるものを増やしていく。

クリスタルを抱える腕を大きく広げ、また一つ積み上げていく。

愚かであると同時に、その姿が酷く眩しく見えた。

 

 

 

 

 

 

――パチッ。

目を開いたときに見えた先は眩いばかりの青空だった。

頬を撫でる風が僅かに潮風を漂わせ、目的地である海上都市付近へ近づいたのだと知る。

巨大なクジラを移動用と言い、無言で空中へ浮かせた冒険者の手腕に流され、遠いところまで移動してきたらしい。

 

「あ、起きたか?」

「もうすぐリムサ・ロミンサにつくぞ」

 

振り返った彼は夢の中で見た時よりも幾分か明るい表情を浮かべている。

一体何の夢だったのか、なにが干渉してあんなものを見せてきたのか知れないが、中々に興味深いものだった。

ただ、彼が背負っているものを覗き見してしまったようで多少心苦しい。

 

「英雄、か」

「なんだ、おかしな夢でも見たのか?」

 

小首をかしげる彼の視線は探るような色をはらんでいる。

別段、名指す意図はなかったのだが彼は英雄と言われ慣れているのだろう。

随分と察しがいい呼びかけに、もしや何か干渉するような魔法を無意識に放ってしまったのかと己の手をみやる。

 

「燃え盛る都市の中で、君が歩いている様な夢を見てな。すまない、変に干渉してしまっただろうか」

「いや、おそらく俺の方が干渉してしまったのだろう。先ほど、メディウムの過去を見てしまったしな」

「俺の過去を?」

 

夢見を悪くしてしまってすまない。制御ができないんだ。と繰り返す彼に、メディウムは首を傾げた。

神である自分に干渉できる存在は魔法が使えるノクティスと、聖石、他の神や二十四使ぐらいのはずなのに。

 

いや、この世界ではほとんどの人間は魔法が使えるのだったか。

であれば干渉も容易なのだろうか。

本人は制御ができないと言っているが。

 

「超える力っていう、なんだっけ。あらゆる境界線を超えて視る力を持ってるとか?」

「大体あっている。内容は多岐に渡るが、俺の場合は精神を超える力が強くてな。良く他人の過去を覗き見してしまうことがあるんだ。自分では制御できないのが難点だな」

「なるほど。それで俺の過去を」

「数分間頭を抱えて蹲るし、兄貴は寝落ちるし、すげー焦った」

「すまん。爆睡してた」

 

イオスの中でも稀に異能をもって生まれる人間がいる。

それと似た様なものなのだろうか。

彼は一瞬考えるような素振りを見せ、諦めたように肩を竦めた。

気をつかっているのだろう。

忘れて欲しい場合は今すぐ視た過去を忘れよう、と彼は提案する。

 

「見られて困る過去じゃないさ。全部決着がついたことだし、今やってる悪事だってこの世界には関係ないだろう?」

「おい、今聞き捨てならないこと聞いたぞ」

「おっといけない。王様の前だった」

 

ケラケラと笑う兄に突っかかる弟。

その姿を見て納得したらしい彼はもう一度だけ申し訳なさそうに頭を下げ、クジラに再び前進するように指示を出した。

 

「お互い視てしまったものは一旦置いておくとして。もうすぐ街につくのか」

「ああ。そこで仲間達と合流しようと思う。グランドカンパニー・エオルゼアに出勤中の暁の賢人達もいるが、何名かはリムサ・ロミンサに集まっているんだ」

「えーっと暁の賢人ってのが仲間で、グランドカンパニー・エオルゼアってのが世界同盟みたいなやつ、だっけ?」

「ノクティスも政治関連のことに暗記ができるようになってお兄ちゃんは感服だ」

「まあこれでも王様だしな……」

 

移動中、夢を見る前に説明を受けた内容は彼の仲間についての話であった。

何処の国にも属さない一種の組織である暁の血盟。

その主要メンバーを暁の賢人と呼ぶらしい。

シャーレアンという学問の都からやってきた文字通り賢人の彼等は現在ばらばらに行動中。

そのうち三名がリムサ・ロミンサと呼ばれる水都に集っているという。

 

「アリゼーとグ・ラハ・ティア、サンクレッドっていう割と珍しい取り合わせなんだが……大丈夫かな」

「知恵をお借りできるのなら俺達に文句はないが……心配な面子なのか?」

「どちらかと言えば武闘派なんだ」

 

強いて言うならグ・ラハ・ティアが学問に精通し、世界を渡る術を持っている存在だ、と付け加えたうえで苦笑いを続けている。

その前にバハムートと聞いた瞬間にソイルを構える奴とコル・ア・コルで突進してくる奴がいそうだ、と不穏な気配を醸し出していた。

 

「背に腹は代えられないな」

「もとはと言えば兄貴が帰る手段を大して考えずに飛んできたのが原因だろう」

「もっと元を正せば飛ばされたお前が原因なんだが?」

「スミマセン……」

 

ここまで来て、疑問に思うことはないだろうか。

ノクティスを迎えに来たはずのメディウムが、何故早々にイオスに帰還しないのか。

何故わざわざ、冒険者に移動を任せてまで街に向かっているのか。

 

そう、彼らはとんでもないミスを犯していたのである。

帰りの手段の用意、という一番重要な点でのミスを。

当然何も考えずに突っ込むほど愚か者ではないメディウムだが、こちらの世界とイオスの違いを履き違えていたのである。

 

「まさか、神が持つ魔力の源が信仰心とクリスタルだったなんて知らなかったんだ」

 

おかげでメディウムは殆どの魔力を失った状態になってしまったのである。

全くない訳ではなく、一応蛮神程度には持っているが、それでも十分ではない。

世界を渡るには僅かに数蛮神レベルぐらいに足りないのである。

それを補う方法を求めて、彼らは頭脳明晰な人員を頼ることにしたのだ。

 

「おかげで半神レベルにまで減っちまった」

「俺としては生身の人間でありながら蛮神と同等の力を持っている君達が恐ろしいよ」

「俺はちげぇから。兄貴だけだって」

 

元はイオスにおいて神という存在の魔力量が異常なだけなのだが、それに対して突っ込む存在は居ない。

なんせメディウムは新神である。

それぞれの個体の魔力量など正確に把握しているわけではないのである。

 

さらに言えば、メディウムが放つ魔法は過程や方程式を素っ飛ばした本気の魔法である。

世界を超える、という荒業を何の下準備もなしにこなせるだけの奇跡を起こせる地盤がある。

代わりに大量の魔力を消費することになり、バハムートとして顕現していなければほぼ世界渡りなど不可能であった。

 

そこで問題になるのがこの世界においてのバハムートである。

蛮神として顕現して久しい紛い物のバハムートと概念を同一視される存在になったメディウムは、残念なことに魔力のほとんどを世界渡りで消費してしまった。

 

補うにはこちらの世界でバハムートより祝福という名の洗脳を受け、テンパード化したドラゴン族を利用するか、大量のクリスタルを摂取する必要がある。

しかし、現状ではそのどちらもが難しい状況であった。

 

テンパード達は既に洗脳より解放されたか、一生を閉じることですべてを終わらせてしまっている。

クリスタルも現在は消費量が厳しく管理されており、そう簡単に、しかもバハムートに与えることはできないのだ。

 

「ジッと休んで魔力回復できねぇのか?」

「世界を渡るほどとなると、百年は眠りにつかないと無理だな。そんなに待てないだろう?」

「現実的な数字ではないな。別の方法を探すほかない」

 

暢気なことを言うノクティスに、メディウムからお小言が飛んだ。

これでも百年という数字は早い方なのだ。

これがノクティスのみであればもっと現実的ではない数字が出てくる。

まず帰れるかも怪しいことだろう。

 

「兎に角、その暁の賢人達に知恵を出してもらうのが得策だろう」

「長い旅になりそうだな」

「いいじゃないか。兄弟二人で旅なんて初めてだ」

「そーだけど……」

 

自分の立場を理解しているノクティスにとって、現状は不満だらけだろう。

急いで帰らねば、不安定なイオスで何が起こるか分かったものではない。

今国を任せている人物も、不安しかない元ラスボス。

ノクティスの絶妙な顔に苦笑いを禁じ得ない。

 

互いに赤毛を思い出して虚空を見つめていると、前方を眺めていた彼の尻尾がピンと伸びる。

鱗のついた頑丈な手をこちらに向け、眼前に広がる美しい水都を指さした。

 

「二人とも、リムサ・ロミンサに入るぞ。くれぐれも、迷子になるなよ」

「りょーかい」

「異世界他国視察と行きますか」

 

エオルゼアの都市国家群が一つ、海の都リムサ・ロミンサ。

アルデナード小大陸の南西に位置するバイルブランド島の南部を領有する海洋都市国家である。

 

この国を治めるのは王ではなく、提督。

街に住まう海賊達の頭領の中から提督選出レース”トライデント”を経て任命される。

つまり、この都市は海賊の都市でもあるのだ。

 

「海ってことは漁業と造船業、あとは海運業辺りが主産業になりそうだな」

「流石兄貴。でも海賊の都市なのにそういう商売って成り立つのか?」

「この都市では成り立っている。海賊とは海の掟に厳しい、誇り高き人々の別名でもあるからな」

 

現提督と顔見知りなのだ、と付け加えた彼はリムサ・ロミンサの入り口付近にクジラを止め、悠々と街の中に入って行ってしまった。

兄弟は一度顔を見合わせ、彼の後ろへと続いた。

 

どうやら彼は歩きながら誰かと話をしているようで、耳だと言っていた角に手を当てている。

空色に光る水晶がぶら下がっていることから、あれが通信機なのだろう。

 

「リンクシェルつったかな。通話に特化したスマホ」

「なるほど」

 

一言二言程、僅かに会話をしたのちに彼はこちらへと振り返った。

 しばし周囲を見て回り、軽く首を傾げて見せる。

 

「……すまない。どこにいるか仲間に尋ねてみた。上甲板層の溺れた海豚亭にいるらしい」

「あー……つまりそれはどこだ?」

「今いる場所が下甲板層、つまりここより上にある階層が上甲板層だ。溺れた海豚亭というのは冒険者ギルドも兼業しているビアホールのことだ」

 

一階上に行くための方法は、階段、都市網と呼ばれるテレポート装置のどちらかを使用する。

今回はすぐ目の前に階段があるために、そちらを使おうと提案された。

 

地理に疎い二人は彼の言葉に同意し、案内されるがままに上甲板へと向かう。

その道すがら、疑問に思ったことをメディウムが口にした。

 

「冒険者、というのはなんだ?」

「簡単に言えば、何でもする職業だ」

 

業種は様々であり、依頼の形も人それぞれである。

世界を渡り歩き、自らが追い求める理想へと向かう。

それこそが冒険者という人々である。

かくいう彼も、冒険者という枠組みに収まる流浪の者であった。

 

「その起源は何度目かの戦争あとの時代から始まるのだが、大体はトラブルを引き受けて解決する傭兵のような存在だな」

「君も?」

「ああ。少し、特殊な依頼も受け付けていること以外は従来の冒険者と大差ないさ」

「特殊な依頼なんてものもあるのか」

「暁の血盟に所属する所以たるものでな。……さて、ここが溺れた海豚亭だ」

 

特殊な依頼について詳しく尋ねる前に、目的地に到着したらしい。

それなりに長い階段を登り切った先に見えたのは、ゲームや小説などで出てくるような酒場だった。

 

目的の三人組は何処にいるのかと何人か座っている席を見渡せば、ふと白い頭が二つと赤色で猫耳が生えた頭が一つこちらをジッと見つめてきた。

恐らくあれが彼の言う仲間達のことだろう。

 

「白髪の男性がヒューラン、白髪の少女がエレゼン、赤髪の男性がミコッテ、かな」

「正解だ。サンクレッド、アリゼー、グ・ラハ・ティアだ。ラハに関してはグ族のラハさん、という意味の名前なんだが、親しくない限りはグ・ラハと呼ぶのが鉄則だ。ティアは流浪の民につける単語だから省略しても問題ない。彼も気にしない」

「いろいろと決まりがあるんだな。ノクト、ついてこられているか?」

「なんとか」

 

最後に種族に関しての違いは気にせず、平等に接すること、と締めくくり、彼は三人に近付いて行った。

彼自身も自分の種族によって苦労してきた質らしく、その言葉に深く頷きを返した。

帝国人とルシス人で争う今のイオスに見習わせたい姿勢である。

禍根というのはいつまでも残ってしまうものだ。

せめて異世界ぐらいは気にせずにいるべきだろう。

 

「やあ。アンタが急に相談があるなんて言うからびっくりしたが……なんかの依頼か?」

「そちらが依頼人かしら」

「いや、依頼じゃない」

「じゃあ人助けか」

「サンクレッドの意見に一票」

「私も」

 

まるで普段依頼か人助けの二択しかしていないかのような発言である。

ダンジョンにもぐったり家の家具を少し変えてみたりと日によってやることが違うはずなのにこの決めつけ。

冒険者は思わず顔をしかめてしまった。

違うと言えないところが辛い。

 

「はぁ……一応事情を聞いて欲しい。彼らは……」

 

かくかくしかじか。

そうして語り始めた眉唾物の異世界転移。

暁の賢人三名は、身を乗り出して話を聞く羽目になった。

 

 

 

 

 

 

――一方そのころ。

 

ルシス王もバハムートもいなくなったイオスでは、それなりの混乱が続いていた。

 

「メディ……バハムートが帰ってくるまでは俺が一先ず指示を出すけど、基本的にはイグニス君が政治面を、グラディオラス君とコル将軍が軍事面を指揮するように。あくまで助言役兼ノクティス役だから」

 

姿をノクティスへと変化させたアーデンが不遜にも玉座に座っていた。

致し方のない緊急措置として、アーデンをノクティスに仕立て上げる作戦に出たはいいが、しくじってしまったのではないかと後悔の念がイグニスの頭を支配する。

 

人選ミスはあり得ないにしろ、玉座はまずかったかもしれない。

そのうち足蹴にして壊しかねない。

 

「あれ、本当に大丈夫なの?」

「メディウム様が判断されたことに間違いなどありはしない。実際、これが最適解だ」

「二十四使になったって分かっててもこええな」

 

不安そうなプロンプトに眼鏡を執拗に触るイグニス、顰め面のグラディオラスが顔を突き合わせる姿はいつぞや見たことのある光景である。

あの場に王がいないことだけが唯一新鮮なことだ。

ついでに兄も遠出中となると、アーデンも少し調子が狂う。

 

「ちょっと、俺じゃ危ないのは俺自身も分かっているけど、あからさまに不安がらないでよ。今回は真面目にやるよ」

「貴方の言うことは半分も信用ならない。メディウム様の命がなければほとんどが虚偽の発言であることが多いじゃないか」

 

イグニスの反論に、両隣の二人が深く頷いている。

ひっかきまわして遊ぶことが大好きなアーデンの日頃の行いがツケとして不信に極振りされている。

それを自分でもわかっている彼はワザとらしく溜息を吐いた。

 

「そんなことは知ってるよ。でも、今回は本気で真面目。可愛い我が子のためだし」

「……メディウム様のためではあるが……結果的にルシス王家に協力するような内容でもある」

「そういうのってアーデンに任せると信用できない内容ナンバーワンだよね」

 

実際、メディウムの命令でもなければルシス王家に協力する内容は殆ど自主的に避ける傾向にあるアーデンである。

今回は命令とはいえ、自由意志にも委ねられた内容だ。

何をしでかすか分からないとなおも警戒する三人に、彼は不遜にも言い放った。

 

「俺はね、あの子が楽しく弟と異世界観光するためにここにわざわざ座ってあげてるの。君達がどう思おうが勝手だけど、やる気ないなら帰ってくれる?」

 

ピシり、と三人が固まった。

とんでもない親馬鹿発言である。

それと同時に妙に納得も言った。

あ、これ意外と信頼していいやつだ、と。

 

「……なるほど」

「兄弟水入らずの異世界観光……」

「俺達も頑張らないと、か?」

 

互いの主君が、久々の休暇を謳歌している。

二人そろって悲運を歩んだ迷い人である。

その二人が少しでも楽しい時間を過ごせるというのであれば、彼らも一旦休戦。

手を取り合うこともやぶさかではない。

 

「理解したなら仕事に戻って。俺は適当に王様ムーブしてるから」

 

ひらり、と軽く手を振った彼が椅子に座り直す。

その動作を合図に全員が持ち場へと戻って行った。

 



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異界のバハムート その3

FF14、暁のフィナーレをプレイ中。


 

「鏡像世界の次は異世界か……」

 

興味深そうにメディウムとノクティスを見つめるグ・ラハ・ティアとは別に、聞き覚えるある事態を思い出したサンクレットとアリゼーは首を傾げた。

 

「前もこんなことなかったか?事後報告だったが」

「そういえばそうね。同じ人?だったら前回の方法じゃダメなの?」

「ダメらしい。事情が違うようだ」

 

あらかた説明をし終えた辺りで、全員が現状の問題点について議論を始めたところで、ノクティスが感心したように一つ頷いた。

彼の感心している部分はほかでもない、メディウムがバハムートであると聞いても彼らが動じなかったことである。

 

一瞬の驚きこそあったが、それもつかの間。

違う世界の神であり元は人間、今は困り果てたただの人であると説明すれば、彼らは協力しようと一番の問題へと矛先を向けた。

実に懐が広く、効率的なものの運びをする人達である。

 

一瞬、ほんの一瞬であるが、全員が武器に手をかけた様な気がしないでもない。

その上で冒険者が街中であると小声で口にしたような気もするが、きっと気のせいである。

まさかそんないきなり切りかかってくる野蛮人が賢人と呼ばれるはずもなし。

見間違いであろう。

 

「世界を渡るために純粋なエーテルが足りないわけね」

「クリスタルタワーの様にエーテルを精製できる物品があるわけでもないし、急には難しいだろうな」

「言っておくが、クリスタルタワーを動かしたとしても無理だぞ。鏡像世界でもギリギリだったのに、別の世界なんて遠すぎて必要なエーテル数を計測できない」

「あら?それって事実上、詰みじゃない?」

「あれだけ大規模な装置を動かしても足りない、と言っている様なものだぞ」

 

仮に他の方法があったとしても、どうやってエーテルを確保するのか。

それほどの大規模なエーテルである。

収容する場所も集めるあてもない。

地上にあるクリスタルだけでは到底足りないであろうと賢人達は推測していた。

 

「……ここにヤ・シュトラがいれば話がもう少し進むんだけど」

「そうだな。いっそのことアラミゴまで飛んで……」

 

そういって冒険者が立ち上がろうと椅子を引いた瞬間、酒場に大きな声が響き渡った。

 

「失礼します!!こちらに暁の血盟の方々はおられますか!!」

 

一斉に、全員が入り口付近に視線を投げつけた。

このリムサ・ロミンサを守護する黒渦団と呼ばれるグランドカンパニーの団員が慌てた様子で駆けつけてきたようだ。

英雄とは一体誰なのかと問いかける前に、スッと冒険者が背筋を伸ばした。

 

「ここにいる。何かあったのか」

「ああ……良かった。お忙しいところ失礼いたします!メルウィブ提督より緊急の伝言です!沖に蛮神が出現!至急、暁の血盟に討伐へと赴いて欲しいと!」

「リヴァイアサン!?」

「もう!頭使ってるときに!」

 

団員の言葉に慌てだしたのは冒険者だけではない。

賢人たちが慌ただしく席を立ち、サンクレットが黒渦団の本部へ、グ・ラハ・ティアとアリゼーが船の手配へとそれぞれ迅速に散っていった。

あっという間の出来事に反応できず、ノクティスとメディウムは茫然と状況を見守る。

 

「分かった。至急討伐に向かう。メルウィブ提督は今どこに?」

「今はまだアラミゴにて会議中です」

「提督に”案ずるな、帰るころには凪の海原をお届けする”と伝えてくれ」

「はっ!」

 

大剣を一瞬で刀らしき形状のものに持ち替えた彼が、こちらへと振り返る。

困ったように眉を下げる様子から、相当緊急らしい。

リヴァイアサンと言っていたが、例の蛮神だろうか。

 

「すまない、蛮神が出現してしまったようだ。直ぐに戻ってくるからしばらくここで待っていてくれるか」

「待て。リヴァイアサンと言っていたな。それが今回の蛮神なのか?」

「ああ。海の荒ぶる神だ。蛮神問題解決が暁の血盟業務の一つでな」

 

サクッと捌いてくる、と言って鎧からまたまた一瞬で漆のように美しい着物へと着替えた。

その姿に一度顔を見合わせ、二人は深く頷く。

この状況、ラッキーかもしれない。

 

「その蛮神討伐、俺達も同行させてもらえないか?」

「……ふむ、まあ、戦えるのであれば構わないが……」

「え?あ、いいのか?」

「問題ないだろう。ノクティスはガルーダを一度倒しているし、メディウムはバハムートなのだろう?争ってもテンパード化する危険は低い」

 

戦力に関しては推して知るべし。

ただ、異界より来た友人に手伝ってもらうのはどうかと考えたが、本人達が望むのなら好きにすると良い、と彼は肩を竦めた。

あっさりと許可を出した彼は早くいくぞ、と二人の手を引いてリヴァイアサン討伐専用の船へと駆け足に乗り込む。

ひかれるがままに三人で蛮神討伐が決定してしまった。

何という決断力の速さ、政ばかりしていたメディウムにはない技能である。

 

「リヴァイアサンとの闘いは船の上で行う。戦うのは俺とメディウム、ノクティスの三人だ」

「他の賢人たちは戦わないのか?」

「光の加護がない者はエーテル放射に耐えられないからな」

 

こちらの蛮神、つまるところ神はエーテルを放射することで他種族を自らのテンパードにしてしまう。

テンパードになったものは蛮神を狂信し、最悪の場合、本来の姿形すら失ってしまうという。

メディウムはバハムートの化身。

そもそも存在が蛮神のような彼が影響を受けることはない。

ノクティスは最初からメディウムのテンパードのようなものだ。

影響を受けるとは考えにくい。

 

サンクレッド、アリゼー、グ・ラハ・ティアは三名とも光の加護を持っていない。

暁の血盟内に光の加護を持つ者は何名かいるが、緊急招集をする時間もない。

三人での出撃、これが最善の選択であった。

 

「もし俺達が行かないって言ったら、一人で戦うつもりだったのか?」

「ああ」

 

神相手に一人で立ち向かうなど、ノクティス達には考えられない自殺行為であった。

一度だけノクティス一人で立ち向かうこともあったが、あれでも周囲のサポートがあった。

正真正銘、一対一でやり合う相手ではない。

万全の準備をしたところで勝てるかも怪しい相手である。

それを当然の如く倒す、と言う彼の自身はこれまでの経験故か。

 

「リヴァイアサンはそう難しい相手じゃない。油断こそできないがな」

「へぇ……俺もいつかノクティスにそう言われる日が来るのかねぇ。バハムートなんてワンパンです、みたいな」

「ムリムリ」

 

そこはできるって言えよ、と軽く小突きながら突っ込むと苦い顔で返された。

兄であるバハムートを殺したいとは微塵も思っていないのだろう。

メディウムとて理由もなく牙を向ける気もないので、冗談の世界である。

 

そうしてふざけている間に、船は段々と針路を変えていく。波は高く上がり、空は暗雲が覆い始めた。

大海嘯と呼ばれるリヴァイアサンの荒れ狂う領域に踏み入った証である。

エーテルを活用した超技術の船は、エンジンと変わらない速度で海原を踏破していく。

 

「冗談言ってる場合じゃなさそうだな。なんか作戦とかあんの」

「殺す」

「至極単純明快な答えが返ってきたが、それは作戦とは言わないなぁ」

 

英雄と呼ばれるだけあると言えばある。

要は殺せばいいとしか考えていなさそうな顔である。

いつもそんなもんで倒せるなどと威張る彼にうっすら恐怖を覚えるが、兎に角何も考えていないことしかわからなかった。

 

「うーむ……一応、俺が呼びかけてみるか。もしかしたら反応があるかもしれねぇ」

「呼びかける?」

「俺達の世界だと、リヴァイアサンはバハムートの配下に居るんだよ。こっちのリヴァイアサンとは関係ねぇから無意味だと思うけどな」

「やってみなきゃわからんだろうさ」

 

野生の勘で退いてくれるかもしれないじゃん?などと軽い調子でまずは任せてくれというメディウムに、英雄はしばし迷いつつも最終的には頷いてくれた。

多少の時間であれば自分の身は守れる、とのことである。

 

「あと数秒で接近する。船はリヴァイアサンについて回る様に組まれているから、足場は気にしなくていい」

「りょーかい」

「いっちょ神殺しと行きますか」

 

波打つ音が一層大きくなっていく。

戦闘に特化した船は広々とした平たい足場のようなもので、存分に暴れても問題なさそうだ。

揺れを感じながら進むこと数秒。

 

海のど真ん中に、見慣れたリヴァイアサンとは少し形状の違う巨大な龍が現れた。

 

「あーてすてす……んん……あー……リヴァイアサン」

 

ギロリ、と龍がこちらを睨んだ。

自らの海域で沈まぬ船を見たのか、メディウムの呼びかけに従ったのかは分からない。

ただこちらを視界に入れたリヴァイアサン常と違う反応を見せていた。

 

「吼えないな」

「吼えるのか?」

「いつもならまず咆哮をあげて襲ってくる。会敵の合図と言ってもいい。それがないのは珍しい」

 

英雄の言うとおり、リヴァイアサンは特殊な反応を示しているようだ。

長い胴をぐるぐると巻き、ジッとメディウムを眺めている。

その上で龍は大きな口をぱっくりと開け、あろうことか神を食わんと襲い掛かってきた。

 

「初めてのパターンだ」

「言ってる場合か!?」

「まあ落ち着けって。お前も食われそうになったことあったじゃん」

「目の前の危機と過去の話を一緒にするな!」

 

目と鼻の先、巨大な牙が迫ろうかと言う刹那。

バキッ、と得も言われぬ痛々しい音と共に数メートル先まで吹き飛ばされたリヴァイアサンが痛みに海を荒らしていた。

 

「ほら、大丈夫だったろ?」

「魔法障壁か。一人で展開するには大規模だな。あれは独自で?」

「いや、これは代々受け継がれる魔法でな。寿命を削る代わりに一つの都市を覆いつつ、最長三十年の展開が……」

「専門家の話始まっちまったよ」

 

吹き上げる海と降り注ぐ潮と雨に打たれながら魔法専門家会議が開催されてしまった。

あーあ、と呆れる間もなく復帰してきたリヴァイアサンが、怒りに狂ったような目で海を割ってくる。

しかし、追撃も虚しく魔法障壁に阻まれ、専門家会議は止まることを知らない。

 

「俺には展開できない魔法だな。エーテルの操作がとんでもなく緻密だ。戦闘中に展開なんてほぼ不可能じゃないか」

「慣れるとできるようになる。むしろそれだけの職業と魔法を使い分けられる方が凄い。そのソウルクリスタルが魔法の補助になっているのか」

 

完全にリヴァイアサンが蚊帳の外に行ってしまった。

何度も障壁を破壊しようとリヴァイアサンが攻撃を繰り返すが、それでも障壁は割れるどころかヒビすら入らない。

リヴァイアサンのヘイトが何度も跳ねる音がするようだ。

 

「そろそろ煩わしくなって来たな」

「むしろ放置したまま議論できる方が怖い」

「ノクトももうちょっと場数踏めばできるようになるって」

「なりたくねぇなぁ」

 

議論の邪魔になりかねないから仕方なく相手してやります、と言わんばかりの溜息を吐いた英雄が刀を抜いた。

それを合図に、メディウムが身に纏っていた魔法障壁がほどける。

今が好機と言わんばかりに突貫してくるリヴァイアサンに、英雄がひるむことなく跳んだ。

 

「会話の邪魔だ。刺身にでもなっていろ」

「ノクトー、詠唱よろしく」

「俺かよ!」

 

英雄の切っ先がその首を断つ。

降り抜いた斬撃がエーテルそのものを切り裂き、悲鳴を上げる間もなく、海を切り裂く。

しかし、首を切ったところで幻影に近しい神は倒れない。

何やら目論見があるらしいメディウムは、ノクティスにわざわざ召喚を頼んだ。

 

「えーっと……夜闇の翼の竜よ。怒れしば我と共に、胸中に眠る星の剣を!バハムート!」

「ほいきたぁ!」

 

翼竜が舞い上がる。

剣を翼と成した剣神が大海嘯を割る。

作り上げた巨大な刃がリヴァイアサンに直撃し、吹き上がる波が船を襲った。

 

まともに食らったリヴァイアサンが生き残れるはずもなく、海へと倒れ伏し、はらはらと粒子となって消え失せる。

その間に、メディウムがバハムートの巨大な手をその粒子へと向けた。

 

「一柱分、頂き」

 

どうやらリヴァイアサンの保有していたエーテルを存在ごと吸収したようだ。

蛮神同士の合体にも似た行為に感嘆の声を上げる英雄の横で、紫の瞳を宿したノクティスにがぐったりと海水に濡れた船の上でしりもちをついた。

 

「やば、魔力切れ」

「あーごめん。久々で制御できなくて余分に食った」

「さいってー……」

 

気が付けば、空は晴れ、海は凪を取り戻していた。

船は自然と帰りの針路をとり、三人はびしょ濡れになりながら船の上に座り込む。

異世界で初めての蛮神討伐、難なくクエストクリアである。

 

「魔力補給はできたか」

「使った分ととんとんだな」

 

先程のアルテマソードの後、リヴァイアサンの吸収量について問うているのだろう。

元の世界へ帰るための魔力補給方法として効率は良いが、討伐の為にこちらが魔力を使うと意味がほとんどなくなってしまう。

今回は初見の為に全力でかかったが、今度からはもう少し手を抜いて対応すれば何とかなるだろう、とメディウムは自身の掌を何度か握った。

 

「何度も蛮神召喚が起こることはほとんどない。だが、この世界の物体から供給できるのならやりようはあるだろうな」

「これで一歩前進ってところだな」

 

穏やかな海の中、青い空を見上げる。

いつか五人で、自分達のクルーザーで旅をした、あの日のように。

 



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ボツ設定を短編に
ボツ設定 鈴の音二つ


※メディウム・ルシス・チェラムとディザストロ・イズニアが二重人格だったらという息抜き設定。
泡沫の王には確実にない設定。

本編とは一切関係ありません。

・概要
記憶の共有はなくても感覚の共有がある。
片方が体を使う場合、もう片方と頭の中で会話ができるが体側が主導権を握る。
アーデンの呼び方がそれぞれ違う。
メディウム「ご主人様」
ディザストロ「マスター」
魔力の塊を使うことで実体化できる魔法が扱える。
その場合体側が魔力を放出することで行える。

二重人格の自覚はあるが個人としてお互いを認め合っている。


・アーデンに出会うまでの経緯

本編と変わらず使命を背負って王都を出る。
ディザストロの人格が王都を出ると決意した本来の人格だがアーデンの虐待で傷つき続けた結果、幼児退行。
メディウムの人格が生まれ、六歳までの記憶はそちらがもっている。
自衛本能で虐待が日常であり、楽しい記憶がほとんどなくなったディザストロが出来上がる。


・大まかな設定

メディウム・ルシス・チェラム

・六歳以降はジグナタス要塞の軟禁の記憶しかない。
・知っている言葉や知識は無意識に活用できるため頭脳レベルは変わらないが怖がり。
・アーデンにべったりでベタベタに甘やかされて育っている。依存が激しい。被虐趣味が多少あるが自傷はしない。
・ノクティスがいることは知っているがあったことは記憶にない。いつも正しいディザストロやアーデンの命令ならば傷つけるが怖がりなのでやりたくはない。
・ディザストロはいつも一緒にいる兄のような存在。
・戦闘はできないが魔法が得意。


ディザストロ・イズニア

・六歳までの記憶がないがそれ以降は存在する。
・帰省時も中身はディザストロのためノクティスを知っている。頭脳レベルはメディウムより経験があるため高い。
・甘やかされるのが苦手のツンデレで非常に厳しく育てられた。アーデン至上主義。最愛と語り、愛情が振り切れている。
・被虐趣味の傾向が強く、自傷も行うことがある。
・メディウムは守るべき弟のような思いでいる。
・近接戦が得意でファントムソード を使用できる。魔法は幻術以外からっきし。被虐趣味なので自ら血を流しに行く。
・ノクティスをもう一人の弟だと思うがアーデンのためならば殺害も厭わない。
・アーデンと同じ色合いがお気に入り。



「いいよな、メディは。マスターに愛されてさ。」

「ディアだって愛されてるよ。いつも優しいじゃない。」

 

ジグナタス要塞の一室。

明かりもない暗い部屋で唯一置かれた家具のベッドに倒れこんだ青年は弟に、羨ましいとこぼす。

少し拗ねたような妬みを聞いた弟はくすくすと笑いながら兄とともに仕える主人を思う。

 

のらりくらりとしたつかみ所のない主人は確かに兄に厳しい。

しかし、それと同時に誰よりも二人を愛してくれている。

そして叶わない恋をする兄の最愛の人。

弟は父のように優しい主人を思っているが恋をするほどではない。

 

されど、主人がいないと兄も弟も真っ当には生きられないほど依存していた。

 

「マスターはメディを愛してるのさ。もちろん、俺も愛してるけど。」

「僕もディアを愛してるよ。ご主人様には敵わないかもしれないけど、世界で一番!」

「俺だってそうさ。マスターには敵わないけど。」

 

愛してると言われた青年は包帯だらけの足をくすぐったそうに動かす。

二人の一番は主人だが、それに劣らないほどお互いが大好きでお互いを理解していた。

 

「そういえば、ディア。今日も"ご褒美"もらったの?」

「ああ。最高の気分さ。あとちょっとで逝けたんだが、お預け。マスターはたまんないね。」

「あんまり強請らないでよ。本当に死んじゃうよ。」

 

血が滲んできた包帯を上から強く押す。

せっかくマスターが巻いてくれたのに。

裂くような痛みと同時に背中に駆け上がる背徳感と快感がたまらなく、青年は艶のある息を漏らした。

 

「マスターはちゃんと加減してくれるさ。でも腕の一本や二本、引き抜いてくれて構わないのに。」

「もう!僕が大変になるんだよ?」

「ああ、そうだった。ごめんな。気をつける。」

 

傷口に爪を立てながら恍惚とした顔で受け答えするその姿に、本当に気をつける気があるのか心配がつのる。

兄の中で明確な線引きがあるのは知っているが、主人のことになると理性がなくなって見境がない。

べったり甘えている弟の方が冷静な瞬間が多いのがその証拠。

狂愛は諸刃の剣だと弟は学習していた。

 

しかし、その恋路は応援している。

叶わなくても共にいたいと願う謙虚な兄は幸せになってもらいたい。

 

「マスター、早く帰ってこねぇかな。」

「今日一日会議でしょう?なかなか戻らないよ。」

「そういえばレイヴスが遊びに来るって言ってたかも。」

「ちょっと!それを早く言ってよ!そんな格好で出迎える気なの!?」

 

生暖かい微量の魔力を垂れ流しながらすっかり忘れてたと呑気にあくびをする。

主人のことで頭がいっぱいの愛瀬の後はどうしても色々と抜けてしまう兄にベッドサイドへと"現れた"弟が悲鳴をあげた。

背中まであるストレートの赤毛をするりと垂らしながら、下着の上に血が滲む包帯だらけの体が起き上がった。

橙色の瞳がトロリと蕩けたように柔らかく歪み、弟にしなだれ掛かる。

 

「ああ。忘れてた。マスターは激しいからな。他のこと忘れさせてくるし。」

「わかったからどいて!着替えとってくるから!」

 

包帯が巻かれていない肩の部分を強く押し返し、簡単にベッドに倒れた兄の服を捜索。

案外近くに脱ぎ散らかしてあった服を拾い上げて兄に投げた。

背中まである黒髪を一つにまとめ、夜空のような黒い瞳をキツく細めて兄を睨んだ。

 

「早く着て!レイヴス兄さんに見られたら目も当てられないよ!」

「蔑んでいじめてくれるかもしれないぜ?はぁ、やっば。考えただけで…。」

「喜ぶのはディアだけだよ!僕が恥ずかしいの!」

「ちぇっ。」

 

ぶるりと身を震わせ、艶めかしく唇をペロリと舐めた兄を一喝。

並みの男ならば今の動作を見た瞬間兄の言いなりになるだろうが弟はその限りではない。

 

傷つけられてもなお残る白い肩と綺麗な鎖骨をわざと出すようなシャツと包帯だらけの足のために買われたホットパンツを履く。

裸足はダメだとスリッパを渡され着替えている間に淹れたのか紅茶を出された。

 

「コーヒーでもいいんだぜ?お子様舌。」

「あんな苦いもの誰が飲むの。」

「マスターの主食に近いじゃないか。」

「ゔっ…べ、別に僕が飲む必要ないし。」

「淹れ方ぐらい知っておけ。マスターに"ご奉仕"したいだろ?」

「絶対意味が違う!!」

 

たかが紅茶とコーヒーの話でチロチロと舌を出しながら弟をからかう。

一つ一つの動作に品があり、ちゃんとすればどこかの貴族のように見えるはず。

それなのに気を抜いている所為なのか濡れたような視線と誘うような艶かしさが先に目につく。

このままではレイヴスの理性が心配だ。

 

「レイヴス兄さんは節度のある人だけど、男だから大丈夫とかで僕の知らないところで許したりしてないだろうね?」

「どんなに寂しくても脚開くのはマスターだけだぜ。寂しくなくても強請るんだがな。」

 

主人にはものすごいくせに他人への貞操観念に厳しい兄はきっちりと距離を保っている。

前に勘違いして帝国兵に襲われたことがあったがその時は半殺しにしたそうだ。

弟には更に厳しく、主人でもあまり許してはならないと口を酸っぱくして言っていた。

愛瀬の際は会話も覗き見もさせない。

片思いの独占欲ではなく知識はあっても純粋でいてほしい兄心だった。

 

その思い通りに経験のない弟は脚を開いてわざと座る兄に顔を真っ赤にして怒鳴る。

 

「僕にもしないでよ!?」

「もちろんさ。弟に可愛がられる趣味はない。」

「言動と行動が一致しないよ!!」

 

解けかけた包帯を巻き直しながら太腿を見せるような体勢をとる兄に首まで真っ赤になった弟が悲鳴をあげる。

からかって満足した兄はケラケラと独特の笑い声をあげて、主人からもらった黒いローブを羽織った。

ホットパンツのため、包帯が巻かれただけの生足に視線がいってしまう。

筋肉質のはずなのに美しい肌と兄の艶かしい雰囲気が硬い脚を白百合のような可憐な脚に見せていた。

 

魔法が使えるなのにてんで才能がない兄は怪我の治療はしない。

逆に身体能力は高い癖に剣も振れない弟は魔法に天賦の才があった。

代わりに治療をしようと昔申し出たことがあったが、愛情の証だからこのままでいいと断られたため致し方なく応急処置に止まっている。

 

「レイヴス兄さんもマメだよね。毎週様子見なんて。」

「心配性なんだ。シスコンだし。」

「それただのディスりだよね?」

 

多めに淹れた紅茶に角砂糖を三つも入れる弟は、年上の知り合いを思い浮かべる。

先日、准将に昇格した彼は兄に片思いをしているはずだ。

面倒な三角関係だが、兄は気づいておらず主人のことしか頭にない。

察しのいい弟は不憫なレイヴスに同情した。

毎週プレゼントを携えてやってくるのに見向きもされないとは。

 

挙げ句の果てに会話内容は永遠に主人の話。

どれだけ睦言を囁いても、潤いに誘ってもてんで通じない。

報われないにもほどがある。

それだけ主人への愛が強いとも言える。

 

猫舌ゆえにチビチビと紅茶を飲んでいると、兄の携帯による着信音が響いた。

噂をすればなんとやら。

レイヴスから、こちらに向かうという内容のメールだ。

今週の手土産は帝都限定でエボニー社が出店している喫茶店のコーヒー豆とチーズスフレ。

コーヒーはもとよりケーキ類に目がない兄用だろう。

 

「ほんっとマメだよね。」

「甘党なんだろう。シスコンだし。」

「シスコンに恨みでもあるの?」

 

携帯を投げ出して、兄がベッドサイドから立ち上がる。

紅茶のお代わりと一緒に冷蔵庫にしまってあったティラミスを取り出す。

ケーキ類の中でもチーズとチョコを好んで食べる。

弟がイチゴとチョコ好きなため、イチゴのショートケーキも取り出した。

 

誰が備蓄しているのかというと、外出できる主人しかいない。

兄弟のためにケーキ屋に毎週訪れる故に巷では有名らしい。

レイヴスも張り合って、そこそこ有名だ。

帝都のケーキ店で彼らを見ない週はないとか。

兄弟を双子だと思っているアラネアが笑いを噛み殺しながら言っていた。

 

「これからチーズスフレも来るのに食べるの?」

「腹減った。」

「ご飯食べなよ。パスタがあるよ?」

「甘いのが食べたい。」

「パスタ食べてからね!」

 

兄からティラミスを取り上げ、電子レンジに入れておいたパスタを取り出す。

愛瀬の前に食べようとしていたパスタだ。

少し冷めてぬるくなっているが猫舌にはちょうどいいだろう。

トマトソースが和えられたパスタを致しかたなくモソモソ食す兄にため息をつき、弟は来客の準備を始めた。

 




完全なるボツ設定を投下。
投稿期間が空いたため、その贖罪に。
闇が深すぎる。でも好き。


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ボツ設定 神父は進む

※メディウム・ルシス・チェラムがシガイこそが神であり六神は邪神であると信仰する危ないやつ設定。
泡沫の王には確実にない設定。

本編とは一切関係ありません。

・概要
六神は邪神だと一刀両断。シガイこそが神であり六神こそが病であると断言する。
シガイ化することは人間の至高の喜びではあるが広める側のメディウムは半シガイ化にとどまっている。
シガイの王であるアーデンは神様。それはもう神様。愛してる。LOVE。
アーデン側は懐いてくる同じ存在として大事にしているがうるさったいと思う方が強い。

・メディウム
バハムートに止められることなく自殺するに至った。
レギスが救うこともできず意識不明の重体で発見され数日後に息を引き取る。
もともと知名度が低いのも相まってノクティスの生誕でその存在ごと葬り去られた。
墓所はレギスの一存で王城の中庭に作られた。
遺体を燃やすなど考えられなかったレギスは土葬をしている。
イフリートにメディウムの存在を教えられたアーデンによって遺体は後々ひっそりと持ち去られる。

死体のシガイ化実験の第一サンプルとして半シガイ化蘇生。
記憶はあるが心底どうでもよく、愛すると誓ったアーデンの手駒として生きる。

ノクティスのことは名前しか知らない。


嗚呼、神よ。

どうか見守っていてください。

私は貴方のために人々を導き続けます。

 

「さぁ!脚を切り落としましょう!腕をもぎましょう!目をくり抜きましょう!舌を切りましょう!腹に風穴を開けましょう!神に導かれるために!死を!苦しみの死を!」

 

神父服の男は慈愛に満ちた微笑みで王城を鮮血に染め上げる。

足元に積み上げられた肉塊は無残にバラバラにされ、原型も残っていない。

せめてもの救いなのか、息の根を止められてから解体されたようで鉄錆の匂いが吐き気がするほど広がっていた。

 

ルシス王家の王城。

ニフルハイム帝国との調印式当日。

自らが心酔する"神"に命じられて神父は懸命に王を守らんとする兵を脆いおもちゃのように殺していく。

その歩みは着実にルシス王へと近づいていた。

 

「ああ!こんなにも素晴らしい日は久しぶりです!入信者なんて、オモチャ達しかいないと思っていました!知能生物も改宗するのですね!」

 

明るい口調で朗らかに笑う男は、魔法で立ち向かった王の剣の頭を引き抜く。

胴体と別れを告げた頭は何処へと放り投げられ、胴体は男とのすれ違いざまに肉塊へと変わる。

飛び跳ねた血潮で男の頬か染まっても、歩みは緩めない。

 

「ば、化け物…!!」

 

誰が男を糾弾しても包み込むような微笑みを崩しはしない。

男は異教徒にも優しく接する。

彼らは信ずる道を迷っている子羊に過ぎない。

全ての迷える者に道を示し、共に歩み方を学ぶことが男の務めなのだ。

 

「恐れることはありません。痛みは一瞬です。我らが神が、貴方達を素晴らしき地へ導いてくれます。」

 

男が通ってきた道に所狭しと並べられた肉塊はいつのまにか真っ黒な液体に覆い尽くされ、徐々にその形を成していく。

ある者は強靭な肉体を持つ獣へと変容し、ある者はその身を蛇へと変えた。

ある者は下等な夢魔となり、ある者は他のものと交わり未知の生物と成り果てた。

まさに地獄絵図。

 

そうとしか言い表せない様を、男は導きだと微笑んだ。

 

「さぁ。信徒達。全ての者に神の素晴らしさを説いて差し上げましょう。これは遥か昔から続く聖戦。我らの誇りを掲げるのです。」

 

シガイと言う名の病魔。

さあ、我らが王に喝采を。

我らが憎悪に祝福を。

 

「神を名乗る邪神共に我らの道を示すのです!」

 

半身を病魔に捧げた本物の屍は高らかに叫ぶ。

神のためなら男は地獄の釜にその身を投げ入れることも厭わない。

迷える者を"導き"ながら最も導くべき者の元へと歩みを進める。

いくつもの命を踏みにじって男は晴れやかに笑う。

 

「ほら。幸せでしょう。」

 

高らかに笑う男の後ろにバケモノが並んだ。

 

 

 

 

 

 

 

男がたどり着いた頃には様々な出来事が同時に起こった後だった。

 

「おかしいですね。ここに居るはずなのですが。グラウカ、逃したのですか?」

「逃げた。これから追う。」

 

調印式の場は数々の死体があるのみ。

導くべき相手はどこにもいなかった。

この場を任されていたグラウカ将軍が一点を見つめて立ち止まっているのを発見し、男は状況を問う。

逃げられることは想定済みなので追いかけようと、逃亡に使われたのであろうエレベーターに近づく前に死にかけのレイヴスを発見した。

 

彼の片腕が炭になっている。

痛みのあまり気絶したのだろう。

なぜそんなことになったのかはどうでもよく、こいつをどうしたらいいかに男は迷った。

神は生かしておいた方が何かと便利だと言っていた。

神の意思を汲むならば安全な場所に持って行かねばなるまい。

 

「そこに倒れているゴミの処理はどうするべきでしょうか。運び出すべきですかね。」

「背後に並ぶ"信徒"にでもやらせたらどうだ。」

「彼らではうっかり殺してしまいますよ。…致し方ありません。指示を仰ぎます。」

 

仮にもニフルハイム帝国将軍のグラウカを、まるで同格のように扱っているが男の軍事的な立場は将軍に匹敵する。

背後に引き連れる現地調達の軍勢がその要因。

男は生物兵器No.〇一"生ける屍"と呼ばれている。

橙色の左目と黒い右目のオッドアイと毛先の赤い黒髪が特徴的。

元は全て黒色だったらしいが実験段階で変質したようだ。

 

意思を持つ兵器としてニフルハイム帝国で地位を確立しており、どのような場所でも命令であれば嬉々として出撃する。

グラウカからすれば自らが身につける鎧、魔導インビジブルと同じような兵器とはとても思えない。

男はどのような状況でもにこやかに微笑むのだ。

 

耳につけていたインカムから状況説明をして、一言二言返事をした男はグラウカに向き直る。

 

「グラウカ、後方まで運搬をお願いします。それまで私がお相手しておきますので。」

 

グラウカが返事をする前に男はエレベーターの扉をこじ開ける。

問答無用で開かれた扉はひしゃげ、内部を晒す。

エレベーターのボックスが最下階で停止している。

 

シガイ達を置いて迷いもなく飛び降りた男はボックスを破壊してふわりと降り立つ。

最上階近い場所から地上まで生身のまま降ってきたにもかかわらず、傷ひとつ付いていなかった。

再びエレベーターの扉をこじ開け、その先を進む。

 

悠々と歩みを進めた先は円形状のホール。

駐車場へと続く道なのだが、その真ん中に杖をついた人物。

第百十三代目ルシス王国国王、レギス・ルシス・チェラム。

そしてその奥に続く道に魔法で作られたのであろう氷が引き返すことを阻んでいる。

氷の向こう側に王の剣なのであろう男とニフルハイム帝国のご令嬢、ルナフレーナ・ノックス・フルーレがいた。

 

「御機嫌よう、皆さん。そんなに急いでどちらに向かわれるのですか?」

 

にっこりと微笑んだ男は丁寧にお辞儀をし、三人に問いかけた。

グラウカではない別の人物の登場に戸惑うが敵であることは雰囲気でわかる。

返事をすることもなく、レギスが男に向き直った。

 

「おや、フルーレ嬢ではございませんか。逃げるならば今すぐの方が良いですよ。」

 

微笑む男をルナフレーナはどこかで見た覚えがある。

フルーレ嬢と呼ぶことで、彼が帝国軍のものであることを証明したが名のある階級のものではなかった。

さらに、逃げた方がいいのは理解できるがレギスをおいてはいけない。

側に控える王の剣の男も同じ思いなのか動こうとはしなかった。

 

動かない二人を見て肩をすぼめ今度はレギスに声をかける。

 

「お久しぶりです。私のことを覚えておられますか。」

「…君のような人に会った覚えはない。」

「そうですか。それは残念です。ああ、申し遅れました。正式な名前はありませんが、便宜上生前の名を使わせていただいております。"メディウム"という者です。」

「メディウム…?」

「ええ。貴方がその罪を覚えていらっしゃるのであれば、聞いたことのある名かと。」

 

忘れるはずもない。

二十年前、この手で救おうとした自らの子供の名前だ。

親として未熟であり、寄り添うことをしなかったことで失ってしまった小さな命。

その名を忘れたことはない。

自らが救えなかった子の命の罪は忘れることなどできない。

あまりにも重い罪。

 

しかしあの時、たしかにメディウムはその命を落としたはずなのだ。

今この場に成長して立っているはずがない。

 

「私は一度死んであの中庭の土の中へと埋められましたが…二十年前に文字通り"生き返った"のです。」

「そんなことがあり得るはずがない!死んだ人間が生き返るなど!」

「おや?喜ばないのですか?子供が生き返って成長しているのですよ?」

「喜べるはずがない!そんな馬鹿なことはありえない!」

「ふむ。私もそう思います。なので、わかりやすい付け足しをしましょう。」

 

にこやかに微笑んだままの男の左半身が奇妙な音を立てて変形する。

赤黒いクリスタルのようなものが半身を覆い、額に角がつく。

橙色の瞳から赤黒い液体を流し、血の涙のように男の頬を濡らす。

 

「改めまして自己紹介を。メディウム・ルシス・チェラム。二十年前自殺し死亡しましたが屍をとある方に回収され、シガイになりました。今はニフルハイム帝国、生物兵器No.〇一。初代ですね。」

「そんな…ことが…。」

「土葬など愚かなことをするからです。火葬で本当に燃やし切ってしまえばメディウムという人間は完全にいなかったことにできるでしょうに。」

 

メディウムの姿を消し去るなどできなかったレギスは中庭に土葬した。

しかし毎日欠かさず花を供えていたあの場所に侵入し、あまつさえ遺体を運び出すなど不可能に近い。

ニフルハイム帝国の者ならば王都に入ることすらままならないはずなのに。

 

"お父様"。

お母様は私が自殺し後に病がたたり、亡くなったそうですね。

葬式は華やかだったことでしょう。

弟は男手一つで育てられたと聞きました。

大変でしたでしょう。

 

まるで生前のように語りかけてくると男にレギスは一歩下がる。

失った子供が化け物になって帰って来た。

にこやかに微笑みながらこの王城に住む者しか知らないことを並べていく。

間違いなくメディウムだと認めざるをえなかった。

これが罪だと言うのか。

これが罰だと言うのか。

 

レギスは悟った。

これは贖罪なのだ。

あの時救えなかった父親に、子供が神罰を与えに来たのだ。

 

男は話を一旦区切り両手を広げる。

全てを包み込む慈愛に満ちたその微笑みは、どこまでも深い愛情。

そして、全てを憎み嫌う憎悪。

愛憎は狂気へと。

 

「私は"お父様"を救済しに参りました。」

 

共に死にましょう。

何もない暗闇にその身を落として。

私の愛するお父様が、神に導かれんことを。




狂人信者メディウム君設定。
明らかにひどい結末しかないのでボツとなりました。


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ボツ設定 神父は進む その2

神父は進む の続きの話。

※メディウム・ルシス・チェラムがシガイこそが神であり六神は邪神であると信仰する危ないやつ設定。
泡沫の王には確実にない設定。

本編とは一切関係ありません。

・概要
六神は邪神だと一刀両断。シガイこそが神であり六神こそが病であると断言する。
シガイ化することは人間の至高の喜びではあるが広める側のメディウムは半シガイ化にとどまっている。
シガイの王であるアーデンは神様。それはもう神様。愛してる。LOVE。
アーデン側は懐いてくる同じ存在として大事にしているがうるさったいと思う方が強い。

・メディウム
バハムートに止められることなく自殺するに至った。
レギスが救うこともできず意識不明の重体で発見され数日後に息を引き取る。
もともと知名度が低いのも相まってノクティスの生誕でその存在ごと葬り去られた。
墓所はレギスの一存で王城の中庭に作られた。
遺体を燃やすなど考えられなかったレギスは土葬をしている。
イフリートにメディウムの存在を教えられたアーデンによって遺体は後々ひっそりと持ち去られる。

死体のシガイ化実験の第一サンプルとして半シガイ化蘇生。
記憶はあるが心底どうでもよく、愛すると誓ったアーデンの手駒として生きる。

ノクティスのことは名前しか知らない。



荘厳なグランドピアノの音色が"牢獄"に響き渡る。

全身真っ黒な神父服の男は高級そうな黒い革靴でペダルを踏み、白手袋で覆った長い指で調べを紡ぐ。

止めるものが誰もいないこの牢獄はこの男の懲罰房。

男の名は生物兵器No.〇一(ナンバーゼロイチ)

神を捨てて科学と理論に生きるはずが無様にも新たな神の寝床にされた愚かなニフルハイム帝国の最新兵器である。

 

なぜ懲罰房にいるのかと言うと、先日の戦争で亡国となったルシス王国の王様を文字通り"食べてしまった"からである。

家族は一緒にいるべきだと言う良心からの行動だったのだが神と崇め奉るアーデンにしこたま怒られた。

クリスタルに庇護された王族もシガイ化するのかと言う実験が全てお陀仏だと散々嬲られて懲罰房に放り込まれることに。

実験自体はただの暇つぶしだったアーデンにとっては激怒といより体裁的な躾である。

待てのできない犬を叱りつけるのと同じ要領でその体に宿るシガイの寄生虫を暴走させた。

ついでに適当に鞭を打った。

三日三晩叫び苦しんだが、神から与えられる罰ならばと対して抵抗もせずに躾を受けて今に至る。

 

超回復の支援があるため、躾の跡は残っていないが通常の人間なら痛みのあまりショック死しているレベル。

不気味なほどにピンピンしている男は自室に設置されていたグランドピアノを持ち込んで、日々の退屈をしのいでいた。

簡単に逃げ出せる男にとって懲罰房とはただの飾りである。

一応の監視があっても彼らなど一瞬で殺せてしまうのだから。

 

止まないレクイエムのようで激情を表す旋律を奏で続ける男の耳に牢獄の扉に手をかける音が届く。

およそ人間の速さとは思えない指の動きを急速に止めて、ダンッという不協和音を奏でた。

唐突に演奏を止められ、指を打ち付けられたピアノの悲鳴のような音を無視して男は立ち上がり入り口へと小走りに近寄る。

主人のお出迎えだ。

 

「ピアノを持ち出したってね。」

「はい。職務がないため有意義な創作をすることにいたしました。」

「ここに来てから四日間ずっと弾いてたと報告がきているよ。」

「はい。私には休息時間が必要ありませんので。人のように過ごす必要はありません。」

「君の元の体は人間だから休んだ方が万全の体調で力が出る。次からは人のように九時間は眠りなさい。」

「承知いたしました。職務がある場合はそちらを優先します。」

「それでいい。では行こう。仕事の時間だよ。」

 

生物兵器No.〇一は神たるアーデンに付き従う。

歩きながら報告書を渡され、ざっと目を通した。

ルシス王国王都銃撃戦から丸々一週間。

逃亡したと推測されるルシス王国の王子ノクティス・ルシス・チェラムの存在がレスタルムにて確認された。

捕縛命令が下っているがアーデンからの指示で捕縛はしなくても良い。

代わりに彼がイオスという世界を背負う圧倒的な王者となるべく、クリスタルと六神の加護を手にするサポートをするのが任務となる。

 

神からの命令であれば文句を言うつもりはないが、六神という文字で男は顔をしかめた。

シガイの王こそが神であると考える男にとっては嫌な任務と言えた。

観察眼に優れているアーデンがくすりと笑って意地悪く指摘する。

 

「嫌なら他の任務を当てがおうか?」

「いえ、主人からのご命令であるならば如何なるものでも完璧にこなして見せましょう。子供のお守り程度どうということはない。」

「そう?ならいいけど。」

 

難しい顔で任務の概要を頭に叩き込んだ生物兵器No.〇一に与えられたのは一般的な服と剣。

移動用の大型バイク。

"イチ"と言う名前。

生物兵器は機密中の機密で外にその名が漏れ出ているとは考えにくいがメディウムという名はルシス王国では名乗らない方がいい。

わかる人間にはわかってしまう名前だ。

 

新しい名前を考えるにあたって、面倒臭かったアーデンはナンバーをそのまま名前にしてしまった。

不思議な名前だと思われるだけでまさか兵器だとは思うまい。

なんせ頭の中がお花畑の王子一行についていくだけの簡単なお仕事である。

 

「今日からイチと名乗りなさい。真名は決して明かさないこと。いいね。」

「はい。承知しました。任務遂行のため暫し主人の元を離れます。決して怪我をなさいませぬよう。」

「君もね。揚陸艇でアラケオル基地までバイクと共に送る手配をしてある。頼んだよ。」

「必ずやご期待に応えましょう。」

 

移動のために揚陸艇の格納庫へと向かう。

生物兵器は舌なめずりをしてどう任務達成まで歩もうかと道筋を立てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アラケオル基地にはレイヴスが待ち構えていた。

彼を救助したところ、不思議な力を宿している上に身体能力が飛躍的に上がっており王都銃撃戦で命を落としたグラウカの後釜にぴったりだった。

つまるところ、将軍まで昇格したのである。

メディウム改めイチのことはシガイを宿した半屍人の生物兵器としか知らないため、不遜な態度で話しかけて来た。

 

「報告は聞いた。王子の捜索に駆り出されたそうだな。」

「宰相様たってのご命令です。」

「虐殺兵器を人探しに投入するなど何を考えているのだか。おい、一般人の殺戮などしたら貴様は即座に切り捨てる。いいな。」

「承知しました。肝に命じておきます。」

 

どうやら王都で助けられたとは知らないらしい。

人間の生活に溶け込めるように嫌光性を克服し、自立思考を持たせたシガイ兵器のプロトタイプは非常に貴重である。

生物兵器は未だNo.〇三までしか稼働段階まで調整できていない。

それをいともたやすく切り捨てると豪語するレイヴスに将軍の器は違うな、と内心鼻で笑いつつ口では業務的な肯定の意だけ発した。

 

「それでは業務に取り掛かります。人間に溶け込むため今後は"イチ"とお呼びください。」

「…なんだその適当な名前は。」

「宰相様から頂きました。」

 

ピクリとレイヴスが片眉をあげる。

メディウムとは生物兵器No.〇一と別につけられた個体IDのようなもの。

それを使えない理由があるのはなんとなく察したのだろうが、名前の適当さに大いに呆れて携帯を取り出した。

何をする気だと目で手元を追うと、電話帳を開いてアーデンに電話をかけるようだ。

 

「不満はありません。」

「主人からの命令に逆らわないように教育されているからだ。あと俺が呼びたくない。」

「この程度のことで主人に迷惑をかけたくはありません。」

「俺が勝手にやっている。貴様が慌てることではない。」

 

取りつく島もない。

繋がってしまった電話口に主人の声が聞こえる。

 

「ーーあれ。どうしたの。」

「偽名の適当さに苦情を入れる電話だ。もっと考えて名前をつけてやれ。」

「ーーえぇ、面倒じゃん。」

「名はそのものを表す。イチなどと言う業務上の名称をそのまま名前にするな!」

「ーーそんなに言うなら君がつけてあげなよ。俺が許可するからさ。」

「そうさせてもらう!」

 

どうでも良さげなアーデンの態度になぜか苛立たしげなレイヴス。

感情のままに電話を切ってしまったようだ。

耳の良い男は微妙な顔でレイヴスを見た。

呼び名などなんだっていい気がするしわざわざ改名する意味がわからないが職場で余計な摩擦は産みたくない。

甘んじてレイヴスが考える名を受け入れることにした。

 

「聞こえていたか。」

「はい。名をつけてくださると。」

「そうだ。イチなどと言うふざけた名前から…そうだな、ディザストロというのはどうだ。」

「それは殺戮兵器の厄災という意味合いでしょうか。」

「事実が並べ立てられているがその通りだ。それと…いや、なんでもない。その名で任務に当たれ。くれぐれもサボるなよ。」

「承知いたしました。」

 

レイヴスから貰った名前は存外まともである。

言葉としては不吉だが半屍人の男には関係ない。

言いかけた言葉が気になるが言わないならば問い詰めるだけ無駄である。

ぴったり九十度に腰を曲げて挨拶をし、赤いバイクにまたがって最初の目撃情報であるレスタルムへと向かった。

 

 

 

 

 

 

バイクとお揃いのヘルメットをかぶりながら街中を見渡す。

たどり着いたレスタルムは王都の次に発展しているルシスの街。

目的の人物の目撃情報は太ったカメラマンからだと書かれていたが金に目がない商売人の相手をするぐらいならば自前の足で探したほうが早い。

行くならばホテルかとあたりをつけてヘレメットを外そうと手にかけたところで、後ろから声をかけられた。

 

「うわぁ!すっごい!バイクだ!」

「王都の外じゃ初めて見るな。」

「おや、このバイクにご興味が?」

「あ!突然ごめんなさい…。」

「構いませんよ。私も観光ですので様々な方々と会話できるのは実に有意義です。」

 

今の会話で王都に住んでいた人間なのを把握し、服で王都警護隊だと認識した。

金髪の子供のような男は兵士らしくはないがきちんと制服を着ているし、横の大柄の男は歴戦の戦士のようだが少し世情に疎そうだ。

大型のフォルムを重視した赤いバイクは帝国製だが彼らにはわかるまい。

ヘルメットをそのままに会話を続ける。

 

「ディザストロと申します。」

「プロンプトです。」

「グラディオラスだ。バイクで旅を?」

「はい。宿を探しているのですが土地勘がなく困っていたところでした。」

「そうなんですか。俺たちもこれからホテルに戻るところなんで一緒に行きませんか?」

「迷わなくていいとは思うが。」

「おや。それはありがたい。是非。」

 

バイクのエンジンを切ってヘルメットを括り付ける。

念のために盗難防止の重力魔法をかけて二人に向き直った。

歩きながら話そうとホテルへ向かうために駐車場を出る。

プロンプトはオッドアイが気になるようでチラチラと見てきた。

見かねたグラディオラスが突っ込む。

 

「そんなに気になるなら聞けよ。」

「だ、だって聞きづらいじゃん!」

「何を聞かれても気にしませんよ。」

「うっ。じゃ、じゃあそのカッコいい目は元々ですか?」

 

気味が悪いと兵士達に囁かれたことはあるがかっこいいと言われるとは思わなかった。

神と同じ瞳と髪の色を気に入っているディザストロは、プロンプトは良い子だと微笑み、機嫌よく答えた。

 

「そうでしょうそうでしょう。生まれつきではありませんがカラーコンタクトではなく自前です。結構気に入っているんです。」

「目の色が変わることってあるんだなぁ。」

「その綺麗な赤い髪もですか?」

「ところどころ赤毛が混じるようになりましたがとっても好きな色です。ちょっとした事故の影響ですよ。」

 

事故の影響と聞いて二人の顔がこわばったが、褒められて上機嫌なディザストロを見て胸を撫で下ろす。

聞いてはいけない話題と言うわけではなさげだ。

スキップでもしそうなほど楽しげなディザストロの腰にダガーが携えられていることにグラディオラスが気づく。

戦う者のようだ。

 

「旅してるって言ってたが、ハンターも?」

「はい。生活費は必須ですから。」

 

旅とハンターは嘘ではないが予め用意されたカンペである。

ドッグタグは帝都にもあるメルダシオ協会で作ってもらった。

戦うという面では生物兵器として十分にこなせる。

白兵戦メインでモデリングされているのもあるが、現地調達ができない環境でも体内にいるシガイの能力で爆発的な身体能力が持てる。

多少体の一部がもげても修復可能なのだからそこら辺の人間より強い。

体が砕け散っても核である寄生虫が生きていれば復活が可能。

代わりに記憶がなくなるが、寄生虫に刻み込まれた記憶以降がなくなるのみで業務に支障はない。

ルシスの王子改め王の護衛に向いているとも言えた。

 

「なんで旅を?」

「実は故郷が帝国でして。ルシスを見て回る旅から帰ろうと思っていたところに戦争と封鎖が被ってしまいました。」

「えぇ!?て、て…もがっ!」

「大声出すな!…マジな話か?」

「おや?生まれがどこであれ同じ人間だと思うのですが、違いますか?」

「ち、違わないけど…。」

 

あっけらかんと打ち明けたのには訳がある。

王都警護隊が王子の護衛をしているのは聞いていたが彼らがその護衛である可能性が浮上した。

見れば見るほど特徴が一致しているのである。

ならば先に帝国軍所属である可能性を消そうと先手を打った。

帝国の一般人であると植えつければそうやすやすと認識は外れまい。

強いて嘘を上げるならば"人"ではなく"屍"であるということだが。

 

「ここじゃあんまりその話はしないほうがいいな。戦時中だ。」

「これはこれはご丁寧に。以後気をつけます。」

 

オッドアイの双眼を鋭く歪めた。

つかみどころのないのらりくらりとした態度と何を考えているかわからない表情にプロンプトとグラディオラスは寒気を覚えた。

 

警戒されてしまったことを感知したが大して気に留めていない。

彼らの旅に同行するより行く先々の危険を排除していた方が楽だからだ。

勿論彼らの能力アップも神が望まれているので程々に。

国を救うための戦いで敵側にコントロールされ尽くしている彼らは実に滑稽だ。

だが今は兵器の牙を隠す時。

密に、絡みつくように、神のために水槽の中を泳がせるのが仕事だ。

 

「ああ、そうだ。楽器屋などはこの街にありますか?」

「楽器?どうだろう。ジャレット達なら知ってるかな。」

「聞いてみるか。」

 

呑気に話をするお遊戯に付き合いながら神父はいつ導いてあげようかと微笑ましく見守った。

 



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ボツ設定 神父は進む その3

神父は進む、続きの話。

※メディウム・ルシス・チェラムがシガイこそが神であり六神は邪神であると信仰する危ないやつ設定。
泡沫の王には確実にない設定。

本編とは一切関係ありません。

・概要
六神は邪神だと一刀両断。シガイこそが神であり六神こそが病であると断言する。
シガイ化することは人間の至高の喜びではあるが広める側のメディウムは半シガイ化にとどまっている。
シガイの王であるアーデンは神様。それはもう神様。愛してる。LOVE。
アーデン側は懐いてくる同じ存在として大事にしているがうるさったいと思う方が強い。

・メディウム
バハムートに止められることなく自殺するに至った。
レギスが救うこともできず意識不明の重体で発見され数日後に息を引き取る。
もともと知名度が低いのも相まってノクティスの生誕でその存在ごと葬り去られた。
墓所はレギスの一存で王城の中庭に作られた。
遺体を燃やすなど考えられなかったレギスは土葬をしている。
イフリートにメディウムの存在を教えられたアーデンによって遺体は後々ひっそりと持ち去られる。

死体のシガイ化実験の第一サンプルとして半シガイ化蘇生。
記憶はあるが心底どうでもよく、愛すると誓ったアーデンの手駒として生きる。

ノクティスとはレスタルムで知り合った。
ハンターの同業者として仲良くしている。


レスタルム周辺はメテオの余波を受け、真夏の気温を常に保ち続けている。

そんな過酷な環境にもかかわらず、キッチリ着込んだ神父服で歩くディザストロは汗一つかいていない。

不思議な色彩を持つディザストロはいい意味でも悪い意味でも非常に目立ち、さらに神父服の所為で余計に注目を集める。

 

だからと言って脱ぐことは出来ないのだけれど、悪評が立つ前に何か対策をしなければこの街に居辛くなってしまう。

任務に支障があることは対処しなければならない。

一番手っ取り早いのはハンターの仕事だろう。

 

「ふむ…まあ、この辺りのモンスターですからこんなもんでしょうね」

 

早速、メルダシオ協会が出しているレスタルム周辺の依頼を適度に受け、さっさと片づけてしまおうと依頼の場所を回っている次第である。

王子ご一行が依頼を受けられるように難易度別に均等に残してきた。

これで邪魔をせず目的を果たせるといいのだけれど。

 

足であるバイクに跨り、レスタルムを見つめる。

今日は平均より多く帝国兵が出入りをしていた。

王子一行に何かがあってはたまらない。

今日は早めに帰ろう。

 

バイクのエンジンをかけ、直ぐ目の前にあるレスタルムの街まで飛ばしている間、ひっきりなしに帝国兵の揚陸艇を見かけた。

何をしようと思ったらあんなに揚陸艇を動かす必要があるのか。

レイヴス将軍や我らが神専用のメールアドレスから何の音沙汰もない。

将軍と宰相の命令ではなく独断で行っているのなら重罪だ。

神の御意志に反する事態になったらどうしてくれるのだ。

 

「これだから躾のなっていない一般兵は嫌なのです。准将クラスでもアラネア准将ぐらい扱いやすければ良いのに」

 

思わず漏れた溜息を飲み込み、レスタルムの駐車場に入る。

依頼の報告に行こう、とホテル方面に足を進めていると聞き覚えのある声が聞こえた。

 

「レイヴス将軍も何を考えておられるのやら。こんなに近くに情報源がいるのに放置とは」

 

仰々しく制御された魔導兵を連れ歩いているのはニフルハイム帝国准将、カリゴ・オドーだ。

確か、レスタルム付近にあるヴォラレ基地統括の任に当たっていた記憶がある。

レスタルムに買い物?

補給品は軍部から届くのに?

 

嫌な予感がしたディザストロはシャドウムーヴで彼の後をつけることにした。

人目があるところで突然消えると怪しまれるため、裏路地から慎重に後を追う。

何か不審なことがあれば魔導兵が動くだろうが、生憎、彼等とディザストロは出身が同じだ。

特殊な魔導兵と言っても差し支えないディザストロは無視して行動する。

 

「宰相様も不思議な方です。殺戮兵器を私用に使っているとは。確かに彼は魔導兵の長でありながら宰相様の信奉者ですし、命令にも忠実ですけれど。殺戮兵器なのをお忘れなのですかねぇ」

 

随分独り言の多い男だ。

魔導兵は従順に従うだけで返事をするわけがないのに。

量産型のために知性までは備え付けられなかった彼等は哀れだと思うが、神に忠実に仕える信徒である。

神が知性など要らぬというのなら必要のない物なのだ。

 

カリゴの後ろを誰に気づかれることもなくひっそりと近付いていると、ホテルのロビーまでやってきた。

ホテルのロビーには先日プロンプトとグラディオラスに紹介された老人と少女、子供がいた。

老人の名はジャレット・ハスタ。

グラディオラスの生家であるアミシティア家に古くから仕える、王家にとっても代えがたい従者である。

 

少女はグラディオラスの妹であるイリス・アミシティア、子供はジャレットの孫にあたるタルコット・ハスタ。

彼等は王子一行に有益な情報をあたえる価値ある存在だ。

精神的な自立を促すために殺すことも考えたが、情報を持ち得る限りは生かす方針で今は見守っている。

 

「ご機嫌よう。ジャレット・ハスタさん」

 

カリゴ達の目的は彼等のようだ。

帝国兵に怯えたタルコットを庇う様に立つイリスに、ジャレットは離れているように言い聞かせ、カリゴに向き直った。

 

「何の御用でしょうか」

「ノクティス・ルシス・チェラムの居場所を教えなさい」

「…王都で、お亡くなりになったと」

 

ホテルの入り口で彼等のやり取りを聞き、眉間にしわを寄せた。

ジャレットの返答は真相を知っていれば忠実な従者の返答だ。

決して情報は漏らさず、公に報道されていることだけ述べている。

これを否定することは帝国軍の情報操作が露見するのと同義だ。

カリゴに否定する権限はない。

 

何度かの押し問答の末、カリゴがついに剣を抜いた。

それでも一歩も引かずに睨みつける忠臣の決意に恐れ入る。

何より大事な存在だ。

“准将ごとき”がディザストロの縄張りで調子に乗っていいのはここまでである。

 

「おや?おやおや?おやおやおや!これはこれは!カリゴ様ではございませんか!」

 

ワザと大きめの足音を立て、両手を広げて歩いていくと、カリゴは急いでこちらに振り返った。

忌々し気な顔と邪魔をされたことへの苛立ちに大変ご立腹のようだが、残念なことにこちらも喧嘩腰なのだ。

軍部の規定により独断の行動は多少許される状況にあるが、一般人の殺害は許されない。

もみ消す側も大変なのだから。

 

「貴方、何故ここに?」

「神の思し召しです。それ以外に私が外へ出る理由などありません。そうでしょう?」

 

殺戮兵器の外出には基本、将軍か宰相の命令が必要だ。

今回は宰相の命令だと言外に含ませ、ジャレットに微笑む。

 

「貴方に神のご加護がありますように」

「まさか、貴方…!」

「もう一度言います。彼等に、この地に、神のご加護がありますように」

 

この地は宰相の作戦区域である。

何人たりとも、この地への手出しは許されない。

決められた言葉を聞いたカリゴは悔しそうに唇を噛み、鼻を鳴らしてホテルのロビーを出て行った。

彼も従順な信徒であるならば良いのに、兵とはままならないものだ。

 

「入信ならいつでもお受けいたしますよ」

「結構です!巻き込まないで頂きたい!」

「おや、それは残念。貴方にも神のご加護がありますように」

 

保身に走るカリゴは一目散に自身の砦であるヴォラレ基地に逃げ帰ることだろう。

ノクティスの居場所を探っていたようだが、残念なことに今この場にいない。

高級車で何処かへ行ってしまった彼等は夕暮れ時には帰ってくるだろうが、今すぐどこにいるかは知れないのだ。

とはいえ、これでカリゴはレスタルムに二度と近付かないだろう。

 

「ありがとうございます、ディザストロさん」

「いいえ。ご無事で何よりです。お怪我はございませんか」

「ええ。彼と知り合いだったご様子ですが…」

「我が教会に何度か足を運んで頂いております。”祭儀”にも、二度ほど。顔見知り程度ではございますが、大事なお客様です」

「そうですか」

 

ディザストロが謎の宗教を信仰しているのはジャレットも知るところだ。

まだ雪山にあるような小さな村でしか信じられていない宗教だと説明しているが、彼はカリゴとの繋がりを見てディザストロを怪しんだのだろう。

宗教関係であると伝えれば彼は疑いながらも頷いてくれた。

 

六神信仰が当然の世界で未知の宗教を信仰しているだけで珍しい。

彼等が知らなくても仕方がない、という体で話が進んでいる。

 

「彼は何者か聞いても?」

「…そうですね。確か、ニフルハイム帝国軍の准将であったと記憶しています」

 

それ以上は知らない、と申し訳なさそうに首を振ればジャレットは頷くだけにとどまった。

一般的な情報しか持ちえないディザストロの発言を信じた訳ではなさそうだが。

後でレイヴス将軍に事の顛末を報告しておく必要がありそうだ。

 

「ハンター業の帰りだったのです。少々報告に行ってまいります。イリス様に電話番号をお渡ししていますので、何かあればそちらに。ある程度は私も腕が立ちますので」

 

お茶目にウィンクを飛ばすと、イリスとタルコットがこっそり出てきた。

離れたところで様子を見ていたようだが、もう大丈夫だと声をかけるとジャレットに駆け寄っていく。

これ以上居座ると邪魔だろう。

さっさとホテルを出て行くと、見覚えのある背格好の男が裏路地に入っていくのを見つけた。

 

声をかけてもいいのか、それとも気が付かなかったフリをすればいいのか分からず、その動向を目で追っていると、降ろした手が手招きするように蠢いた。

良し!と飼い主に言われた犬のように喜び、怪しまれない程度に小走りに後を追う。

 

いくつかの小道を曲がってたどり着いたのは工場付近の路地だ。

配管しかないこの場所は作業員以外の立ち入りはほとんどない。

人に聞かれたくない話をするにはもってこいだろう。

 

「ああ、我が神よ。どうか私に耽美なる神託を」

「相変わらず大げさだ。トラブルを起こしたようだけれど上手く立ち回れたね。良かった」

「卑しい私には勿体ないお言葉でございます」

「設定も良く考えたものだ。害のない宗教家ならハンターとして貢献している限り溶け込みやすいだろう。くれぐれも、怪しまれないように」

「承知いたしました。我が神のご随意に」

 

傅いて面を上げないディザストロの頭を撫でる。

嬉しそうに目を細める姿はとても殺戮兵器には見えない。

父親の誉め言葉を嬉しそうに受け取るただの子供だ。

 

「そうだ、ちょっと王子サマにちょっかいをかけるけど俺達の関係はバラしちゃいけないよ」

「はい。どのようにお呼びすれば宜しいでしょうか」

 

アーデンの提案は、ディザストロが所属する教会の出資者としての立場を作ることだった。

教会に寄付金を出すちょっとした金持ち。

信仰している訳ではないのが重要なポイントだが、要はディザストロにとって大切にするべき存在であることを匂わせるのだ。

 

「友達とか親友ポジションとかも考えたんだけどさ。肉体年齢近いし。けど君、俺を呼び捨てとかできないでしょう?あとため口」

「ご要望であれば、ど、努力、する、ます。はい、とても、とても頑張る、です」

「ほら、敬語に戻っちゃうじゃん。変な言葉になってるじゃん。呼び捨ては?」

「アーデン…ん、んん…さ、ま」

「様つけちゃダメでしょ」

「申し訳ございません…」

 

かくなる上は首を切ってお詫びするのみ…!と本気でダガーを首にあてたところを止められ、そっと取り上げられた。

死んでいるので自害しても消滅しないが、ここでやられると見つかったときに厄介だ。

堅物のディザストロにそこまで期待していない。

出来ないのなら最初から上の立場として君臨すればいいだけの話だ。

 

「ほら、最初の設定でいいから。その小難しい顔を戻しなさい」

「いえ、いいえ!神のご要望に応えられぬなど信徒失格でございます!出来ぬと言ってはなりません!出来なければならないのです!不出来な私ではございますが、もう一度だけ御慈悲を!」

 

お前は社畜か。

言わなければよかったと後悔しながら、面倒臭くなってきたアーデンは適当に手であしらった。

やりたいのなら好きにすればいい。

どんな仕上がりであれ、どんな設定であれ、怪しまれなければいいのだ。

 

「なんでもいいよ。好きにしなさい。失敗したら後で俺の部屋だからね」

「はい!ご期待以上の成果をお見せいたします!」

 

颯爽と立ち去って行った我が子に溜息をつく。

どうしてあんな子に育ってしまったのか。

あの研究室に六神の聖典を置いたのはどこの誰だったのか。

信仰を愛と言い換えたのは誰だったか。

少なくとも、彼を担当していたあの研究者であることは確かだ。

御しやすいが、厄介な存在に育ててくれたものだ。

 

「聖女様を失った反動かなぁ」

 

彼が世界の真理を理解した研究所の殺戮事件。

殺戮兵器と呼ばれ始めた最初の事件。

生と死の意味を、自らの感情の異質さを知った愚かな話。

宗教とはかくも歪なものだ。

 

人の心を助ける精神の支えになることもあれば、行き過ぎた信仰は戦争に発展する。

ディザストロなどいい例だろう。

信仰は忠誠に変わり、誓いは呪縛になった。

破綻していた彼を宗教に縛り付け、心身の立て直しを試みたと聞いた時は面白そうだと放置したけれど、まさかこう変化するとは。

 

 

 

 

 

 

 

数日後、カップラーメンなるものを食している最中にディザストロは声をかけられた。

メテオを見に行くから展望台まで一緒に行かないか、という王子一行からの誘いだった。

何やら頭が痛いというノクティスだったが、六神の啓示だと知っているディザストロはただ心配そうにするだけにとどめた。

それ以上知っているような動きは疑心を生む。

 

「大丈夫なのですか?頭が痛いのなら横になった方が…」

「あー、大丈夫。ちょっと痛いだけだし」

 

直ぐ目の前にある展望台までの足取りはしっかりしている。

心配そうなそぶりのまま展望広場まで行くと、アーデンが先に立っていた。

 

「あれ。偶然」

「おい、またあんたか」

「君達もだけど、ディアもだよ」

 

アーデンは意地悪をするようにディザストロを見た。

全員が一斉に彼を見る。

知り合いだったのか、と王子達に見つめられる中、彼はニッコリとほほ笑んだ。

 

「やあ、アーデン。君がレスタルムにいるなんて知らなかったよ」

 

完璧なため口、完璧な呼び捨て。

詰まることなく、微笑みを崩すことなく完遂して見せた堅物にアーデンは面食らう。

敬語を外したことのないディザストロが初めて普通に喋った瞬間を見たノクティス達も驚いたように声を上げた。

 

「え!?普通に喋れたの!?」

「彼とは古い友人でして。敬語の方が話しやすいのですが、幼い頃からの付き合いですし特別です」

 

もちろん嘘は言っていない。

双方が幼い頃からの知り合いではないが、ディザストロが享年六歳の頃からの付き合いである。

敬語が話しやすいのも彼の標準語が丁寧口調だからだ。

敢えて指摘するならば友人関係が嘘にあたるだろうか。

 

「それで、何か用かな?」

「ああ、そうそう。昔話って興味ある?」

「昔話?面白そうだね」

 

微笑みの裏でディザストロは荒れ狂う。

ああ、神よ!

お許しくださいませ!

貴方様の望みとはいえ、このような不遜な態度!

ああ、何とお詫びすれば宜しいのでしょうか!!

どうか、どうか、お許しくださいませ!

 

引きつりそうになる笑顔を根性と信仰心で抑え込み、アーデンと口裏を合わせる。

これも、思し召しである。



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ボツ設定 ゲーム脳

※メディウム・ルシス・チェラムがゲーム大好きギャンブラーだったらという息抜き設定。
本編でゲーム好きはあるかもしれないが此処までじゃない。
泡沫の王には確実にない設定。

本編とは一切関係ありません。

・概要
ディザストロ・イズニアが存在しない世界線。
家出も自殺もしない代わりにゲームがないといきていけない。
アーデンおじさんとは後々関わり合いになり頭のネジが飛んでいる者同士息が合ったり同族嫌悪だったりするかもしれない。
ノクティス達とは生まれた時からの付き合いで非常に仲がいい。
大学まで卒業しているため頭はいい。

左手の親指に黒曜石のリング。中指にプラチナ。
右手の中指にアクアマリン。薬指にラピスラズリ。
計四つの指輪をつけている。どれも願掛けで立て爪なしの機能性を重視。



カチッカチカチッと近代的な音が自宅の一室に響く。

備え付けのルシス製高級テレビのすぐそばに、接続したルシスが誇るゲーム会社の据え置きゲーム機と古い作品のリマスター版パッケージが置かれていた。

 

「ぐすっ…やっぱ名作は色褪せねぇなぁ…ぐすっ…。」

 

何故だか同じ会社だなーとか同じFFなんとかシリーズだなーとか七番めぐらいの作品だよなーとか思ってしまうがそんなことは気にせず不朽の名作を楽しむ。

懐かしいと思ってしまうポリゴンと背景そのままに動き、色々な場所に入れる自由度。

特に意味のない場所まで進んでしまう。

お陰で昨日の仕事終わりから一歩も外へ出ていない。

そろそろお腹が空いたな、と三徹目で真っ黒になったクマと血走った目を引っ掻いていると扉からノックが聞こえてきた。

 

「開いてる。」

 

画面から目を離さず返答をすれば、ガチャリと遠慮がちに扉が開け放たれた。

足音や布ずれの音からして人数は二人。

よく鍛えられた人間の足音だが兵士とは違い余裕がある。

そしてこの部屋に入る勇気がある奴が三人で、二人一緒に入ってくるのは一組しかいない。

 

「おー。よく来やがりましたな。ノクティス様とイグニス君。」

「玄関の鍵開いてるし。こんなことだろうと思った。」

「徹夜はお体に悪いと何度申し上げれば良いのですか。メディウム王子。」

 

インソムニアの高級住宅街。

城勤めのお役人達が住まう区域に全くもってに合わないアパートの一室。

下級公務員などが住まうその場所をメディウム王子は根城にしていた。

かの王子は今年で二十五を迎える。

正式な役職として重役を担っており護衛も付けずにセキュリティもないこんなアパートに住んでいい人ではない。

 

しかし、城は人が多いだとか引きこもりたいだとかゲームさえあればいいだとかゲームが一日六時間しかできない二十四時間したい休みくれだとか口を開けばゲームゲーム。

仕事だけはできるのに身も心も現金もゲームに捧げてしまっているどうしようもない引きこもりだった。

 

「おーおー、誰も俺を王子サマーなんて思ってねぇよ。イグニス君は真面目だなぁ?」

「仕事は完璧なんだけどなぁ。」

「完璧な人間なんざいねぇってこった。寧ろダメな一面がある方が人間らしい。どーよ?」

「あなたの場合はただの堕落です。」

 

キツく眉を釣り上げたイグニスに空笑いを返して再び画面に没頭する。

ノクティスのゲーム好きは一重にメディウムの影響なのだが、生活に支障が出るほどになりたいとは思わない。

本人は幸せらしい。

生活に必要最低限な家具と謎のこだわりを見せる寝心地バツグンな寝具以外は配線だらけのゲーム機にソフトにテレビにパソコンにとズラッと並べられている。

環境はどんな高スペック要求ゲームでも何不自由なくできるレベル。

できないゲームが出現すればその時最新の技術を持ち出して改造していく。

無駄に才能がある兄は無駄なところに使っていた。

 

最初のうちは寝具以外は全てにおいてゲーム機だった。

食事すらもとらずに仕事以外は画面にかじりつき。

クマだらけに常に目が血走り申し訳程度に撫で付けられたボサボサの髪を見兼ねたレギスの頼みで送り込まれたイグニス、グラディオラス、ノクティスにガミガミ怒鳴られながら今に至る。

放っておくとまた配線だらけだが火事を起こさないように割ときっちり整頓されている。

出来れば生活もまともにしていただきたい。

 

「メディウム様に外交のお仕事が回ってきました。場所はオルティシエ。出立は三日後になります。日程はこちらに。」

「あ?俺有給一ヶ月とったはずなんですけども?」

「この戦時中に何やってんだ兄貴。」

「消化したことにはなりませんのでそのまま溜まります。別の時に消化してください。」

 

つい三ヶ月ほど休みなしで死ぬ気で働かされたメディウムはほとんど消化していなかった有給をとった。

公務員に有給とかあるの?と思うが休日出勤救済制度がルシスにはある。

ホワイト政府。

 

「うえぇ…三日でこの名作のやりこみまでできねぇよ…。」

「寝ろよ!あと飯食え!三日で外交の準備しろって意味でゲーム三日で終わらせろって意味じゃねぇよ!」

「俺は有給全部ゲームに費やすって決めてんの!七百二十時間ゲームすんの!」

「死ぬわ!」

 

そう言いつつ手は止まらない。

コントローラーを意地でも離そうとしない。

魂までもゲームに捧げている。

 

「三日分も溜めておきます。」

「オーケーわかったすぐ寝ようおやすみすやぁ。」

「うわぁ…。」

 

それはもう光の速さと表すのが適切だった。

 

流れるようにセーブポイントまで走り抜け、迷いない動作でセーブし、ゲームを終了して本体を切る。

使わないコンセントは全て抜き去り、そのままの流れで布団に入って気絶と言う名の睡眠を取り始めた。

知らぬ人が見たら困惑すること請け合いだ。

 

「なんでこんな兄貴になっちまったんだろ…。」

「理由がある故に陛下も強く言えないんだ。」

「むずむずすんな。」

 

おきた時に食べられるように買ってきた食材で料理を始めるイグニス。

病的なまでに青白くクマで顔が台無しな兄の寝顔を眺めるノクティス。

どうしてこんなことになってしまったのか。

理由は聞かされているがどこか隠されていてノクティスは詳しく分からなかった。

 

 

 

 

 

切るのも億劫で、伸びに伸びた黒髪をポニーテールへと結び真っ黒なコートに身を包む。

イグニスによる三日間の懸命な処置によりツヤツヤのストレートをたなびかせる。

顔色もすっかりよくなりクマも綺麗さっぱり無くなった。

父の王冠を少し小さくした角のような小冠をつけ、母の形見である銀のネックレスに首を通した。

引き締まった筋肉を見せつけるかのようにピッシリとしたスーツ故に、長いポニーテールがよく映える。

完璧な王子。

メディウム・ルシス・チェラム此処に爆誕である。

 

「ネトゲあるある、ステータス割り振りシステムって異様に悩まねぇ?」

「全てを台無しにするから口を開かないで下さい。」

「ほんと、いつ見ても不思議だ。部屋にいるときと大違い。」

「口さえ開かなきゃぁな。」

 

イグニス、ノクティス、グラディオラスが口々に好き勝手の感想を吐く。

素材はあのレギスの息子でノクティスの兄という事実上整った顔と言う保証付き。

綺麗にしてさえいれば美丈夫へと変貌する。

当の本人はなんでもいいから早く終わらせてFなんたらシリーズの七作目あたりでチョコボ育成計画を進めたいとシラけた顔で迎えの車を待った。

三人はメディウムがすっぽかさないように監視兼お見送りである。

 

「引き篭もりのくせになんでそんな筋肉ついてんだよムカつく。」

「ゲームしながら鍛えることなど俺レベルになれば造作もない。」

「変なところで全力出すなぁ。」

 

カラカラと快活に笑うグラディオラスとは時たまゲームでパーティーを組む。

グラディオラスと進める様に別のデータを作るほどメディウムは彼を気に入っていた。

ゲームセンスもなかなかのものである。

ワイワイと騒がしくしているとレガリアを運転するコル将軍と王の剣所属のニックスが現れた。

 

「お迎えにあがりました。メディウム王子。」

「おーし。ちょっくら王様にひのきの棒強請ってくるわ。ステータスゲーでギャンブルなんて無理ゲーにならないこと祈っとこ。」

「ちょっと何言ってるかわからない。」

 

ケタケタと独特の笑い声をあげながらメディウムはレガリアに乗り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぷるぷる。僕は悪い王子じゃないよ。」

「は?」

「ニックス。メディウム様は"初めて見る顔だな。よろしく頼む。"と仰っている。」

「通訳ありがとうコル。でも普通に喋るから安心して。」

 

ふざけた様に両手を震わせていたメディウムは思わぬ通訳に苦笑いをこぼし、前方に座るニックスにずいっと顔を近づける。

後ろの座席から伸びてきた美しい顔にニックスは若干腰が引けた。

ケタケタと笑いながら話を進める。

 

「改めて初めまして。護衛よろしくな。英雄ニックス・ウリック。」

「なっ!知って…!」

「ごつい男の護衛で申し訳ないが我慢してくれ。オルティシエには二日の滞在でさっさと帰ってくる。コルは定期船までの見送り。合ってるよな?」

 

肯定するコルとニックスに満足げに席に戻る。

警護のためにオープンカーではなく屋根があるので少々手狭だが、王子特権で後部座席を占領だ。

武器召喚と同じ原理で携帯ゲーム機を召喚したメディウムは澄まし顔でドラゴンでクエストなソフトを起動する。

 

「王子、車内でのゲームは車酔いの原因になる。」

「俺がそんなミス犯すと思うかー?酔い止めなら飲んできた。」

 

コルは諦めた様に肩を落としてハンドルを握りなおす。

メディウムの噂話を聞いていたニックスは噂通りのゲーム好きに疑問を呈した。

 

「メディウム様はゲームを好まれるのですか?」

「好む?チッチッチ。言葉が足りないぜ。愛してる、だ。あいらぶげーむ様々だ。」

 

なぜだかおかしい言葉の羅列だがふざけている様で大真面目な顔がミラーに映る。

隣のコルが思いっきり顔をしかめるのが視界の端に映った。

何か不味い質問をしてしまったのかもしれない。

顔が引きつり始めたニックスに構わず、メディウム(ゲーマー)は雄弁に語る。

 

「俺にとっては人生さえゲームさ。」

 

勉強、トレーニング、剣技、魔法、産まれ、今の肩書き、性格、生き様。

揺り籠から墓場まで。

それはすべて数値化されないだけのゲームだと、メディウムは仰々しく語る。

 

「そして人生というルーレットを回すギャンブル。ステータスによって進めるマスが決まるクソゲー極まりない博打。イカサマ騙し合い殺し合い奪い合いなんでもござれの大博打だ。」

 

最初から持ち合わせるカードは(ディーラー)のご機嫌次第。

産まれからさらに持ち合わせる才能のカードを引いてゲームスタート。

親というルール説明の妖精さんを糧にいざギャンブル。

進める道は最初から分岐だらけ。

どれでもお好きな道をどうぞ?

 

「俺は最初からロイヤルストレートフラッシュ!四種類の大国から選ぶ手札で大当たりだ!だがまだまだ奇跡は終わらない。ワイルドポーカーが始まった。そこで俺はジョーカーとフォーカードの大当たり!ファイブカードの出来上がりだ!見事に第一王子の座に収まった。」

 

道化師の様に高らかに語るメディウムはただのゲーム好きでは片付けられない。

戦慄するニックスに歪んだ漆黒の瞳を投げかける。

 

「だが同じ手札を当てた奴が俺の六年後に現れた。みんなも御存知俺のきゃわいい弟ノクティスだ。」

 

夢見る乙女の様に優しく微笑む裏でどす黒い瞳がぐるりと上向く。

 

「俺達二人には(ディーラー)からある要望を出された。」

 

どこからか現れた二枚のトランプカードを目の前に出される。

王位継承権を掛けたギャンブル。

たった二枚のカードでそれぞれに与えられる使命が決まってしまうとんでもないゲームだった。

実際に引いたのはメディウムだけでノクティスは残り物だったが、どちらにしろ意味合いは変わらない。

 

「さあ、ニックス。引いてみろ。」

 

ケタケタと壊れた人形の様に嘲笑うメディウムの狂気に当てられてニックスは震える。

冷や汗を流すコルに助けを求めるが猫の尻尾を踏んだのはお前だ、と首を振られた。

こんなのは猫ではない。

お伽話のドラゴンでさえも裸足で逃げ出す狂ったモンスターだ。

 

「ほら。引けよニックス。どうせお前のステータスじゃぁ引くカードは決まってる。」

 

何も出来ずにいるニックスの鼻先につくほど二枚のカードを見せつけてくる。

震える手を懸命に動かして、ニックスは無我夢中に一枚のカードを引き抜いた。

それが左か右か覚えてはいない。

ただジョーカーと書かれた道化師のカードをただ呆然と見つめた。

 

「それは当時俺が引いたカード。そしてもう一枚が…。」

 

スペードのキングが見せつけられる。

どう考えても負けたのはニックス。

つまり当時のメディウムだ。

 

「残り物には福があるとはこのことだ!王位継承権は見事ノクティスの手に渡った!ジョーカーを引いた俺は首を傾げた。じゃあ自分は何をすればいいのかってな。」

 

(ディーラー)はせせら笑う。

"言い忘れていたがこのゲームの掛け金は人生だ"と。

メディウムのジョーカーは生きている限り神々と自国の王に永遠の忠誠を誓うカードだった。

晴れてメディウムは王位継承権を剥奪され、王兄として肩身狭く生きることが決定した。

こんなカード二枚で人間の人生を決めていいわけない、と正義感を振りかざして吠えた。

 

「だが、更にムカつくものがあった。そのあと聞いた弟に与えられたものが俺はすこぶる気に入らない。」

 

怒気を撒き散らす。

あんな物で王位継承権を剥奪されてはたまらない。

チンケなカード二枚で弟に道を与えてしまった自分が許せない。

 

「俺は(博打野郎)を許さない。俺の愛してるゲームで俺の愛してる弟を縛っている。その事実があるだけで気が狂いそうだ!」

 

焦点の合わない瞳は此処にいない宿敵を見据える。

好き勝手な理由で世界を引っ掻き回しているのは誰なのか。

病か神か。

"そんな些細なこと"はどうだっていい。

メディウムにとって愛しているゲームを利用し弟を最悪の道に突き落とした自分と神に狂うほどの憎悪と溶けるほどの殺意を持つ。

 

人生はゲームだ。

 

どこまでも続く死ぬまでのゲーム。

賭け金さえあればいくらでも戦える。

アナログゲームでもデジタルゲームでも構わない。

賭けるものさえあればなんだって出来る。

ステータスを上げれば無数に道が増える。

なのにただ一つの勝利がどこにも存在しない。

 

「あっはははははっ!馬鹿らしいだろう!無様だろう!たかが遊びに人生を賭ける姿はまさに滑稽な道化師だ!ジョーカーに相応しい!」

 

俺は決してゲームをやめない!

好きだから!愛しているから!

これが俺の人生だから!

クソッタレな神に人生と言う名のゲームで勝つまで!

 

賭け金は命。

愛と憎悪でルーレットを回す。

そして最後は一騎打ち。

 

「盤面にはキングもクイーンもルークもナイトもビショップさえいらない。ポーンさえあれば俺は(世界)を殺してみせる。」

 

そのためにまだ、人生のゲームを降りない。

憎しみで身を燃やしながらも死というゲームオーバーを選ばない。

 

「ニックス。好むなんて言葉じゃ片付けられない。俺はゲーム(人生)を愛してるんだ。」

 

落ち着いた様に深呼吸をしたメディウムの瞳は穏やかに揺れる。

一度同じ話を聞いたことがあるコルは疲弊した顔でため息をつく。

 

異常な空気が車内を包む中ニックスは何も言えずにただジョーカーを見つめ続けた。

 



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ボツ設定 ゲーム脳 その2

※メディウム・ルシス・チェラムがゲーム大好きギャンブラーだったらという息抜き設定。
本編でゲーム好きはあるかもしれないが此処までじゃない。
泡沫の王には確実にない設定。

本編とは一切関係ありません。

・概要
ディザストロ・イズニアが存在しない世界線。
家出も自殺もしない代わりにゲームがないといきていけない。
アーデンおじさんとは後々関わり合いになり頭のネジが飛んでいる者同士息が合ったり同族嫌悪だったりするかもしれない。
ノクティス達とは生まれた時からの付き合いで非常に仲がいい。
大学まで卒業しているため頭はいい。

左手の親指に黒曜石のリング。中指にプラチナ。
右手の中指にアクアマリン。薬指にラピスラズリ。
計四つの指輪をつけている。どれも願掛けで立て爪なしの機能性を重視。



人が生きると書いて"人生"。

生活する意味も生きる意味も含めて表される"Life"。

どちらも共通しているのは"生きている"ことを表す、ただそれだけ。

では生きるとは何か。

生活するとは何か。

人それぞれの回答がある中で敢えて答えを呈すならば。

 

「お遊びの時間だ。楽しもうぜ?」

 

ーー俺はゲームと答える。

 

 

 

 

 

 

オルティシエのマーゴと呼ばれる店で、メディウムはニックスとゲームをしていた。

ただ遊ぶだけでも楽しいが、どうせならば昼食代を賭けて一勝負と洒落込んだ。

一食にしては高いマーゴの支払いは痛手だとニックスは懸命に奮闘している。

 

今回行っているブラックジャックは一対一でも良し一体多数でも良しのカジノ向きゲーム。

ニックス(プレイヤー)の目標は二十一を超えないように手持ちのカードの点数の合計を二十一に近づけ、その点数がディーラーを上回ること。

二十一を超えて仕舞えばバーストと呼ばれる負け確定手札となる。

初期の手札は二枚。

そこからヒットかスタンドか。

もう一枚山札から引くか、そのまま勝負するかを選ぶ。

 

ゲーム慣れしたメディウムとそこまでではないニックスが勝負するには公平さが不可欠。

ブラックジャックはわざわざイカサマをしなければ確実に運ゲーだ。

昼食代をケチるつもりではなくただ遊びたいメディウムは緩やかにゲームを進めている。

 

「おいおい、ニックス。特別ルールなしにただ二十一に近けりゃいいんだぜぇ?十八でスタンドとかチキんなよぉ。面白くねぇなぁ。」

「バーストしたら勝負すら始まりませんから。てかあんた相手に十七でホールドは妥当でしょう。ギャンブラー。」

「ばっか。十六程度なら賭けに出た方が面白くなるだろーが。」

 

メディウム(ディーラー)ニックス(プレイヤー)の後にゲームを始める。

初期手札二枚なのは同じだが、一枚は伏せて置く。

自分のターンになればひっくり返して数を計算してヒットかスタンドか選ぶのだ。

ここでディーラー用にルールがある。

ディーラーは自分の手が17以上になるまでカードを引かなければならない。

十七以上になればその後追加のカードは引けない。

ディーラーが二十一を超えた場合には、スタンドしたプレイヤーは勝利である。

つまり、ニックスの行動は決して間違いではないはずなのだが。

 

「んお?A(エース)K(キング)じゃぁん?ナチュラルブラックジャック!またまた俺の勝ちぃ!賭け金二倍とか三倍とか…は、面倒だからいっか。ゲーム続けようぜぇ?」

 

悉く負けていた。

 

最初のうちはバーストしまくりでゲームにならないほどだったがだんだん慣れてゲームと言えるレベルにまでなってきた。

メディウムも手加減して時折バースト負けの引き分けに持ち込んでくれたりと長期戦になっている。

試合的に見れば非常に生ぬるいのだが、時折見せられるナチュラルブラックジャックや意図せぬブラックジャックが確実にニックスの心を砕いていった。

 

相手がこのテーブルを仕切っているのだと強く主張する運とステータスの差。

勝負になっているのは相手の善意なのだと推して知るべしだ。

だがニックスも引き下がれない。

このマーゴの昼食代で一週間は飲み食いできるのだから。

払うわけにはいかないのだ…!

 

「へいへい粘るねぇ。降参なんて味気ないことはしてくれるなよー。」

「引き下がれないんです。飽きたらいつでも降りていいですよ。」

「やぁなこった。ここからはわざとバーストしてやらないからなー。」

「ちょっ!慈悲!慈悲を!」

「はぁい、メディウム様のお慈悲は本日完売でーす。ヒット?スタンド?」

「くっ!カモ扱いしやがって!」

 

チラリと時計を確認したメディウムは畳み掛けるようにニックスの手札を負かしていく。

宣言通り慈悲は無いのかバーストさせられるわブラックジャックされるわ散々な結果でぼろ負け。

泣く泣く領収書をもって寂しい財布をさらに寂しくさせる羽目になった。

 

涙目で元凶たるメディウムを睨みつけてもケタケタと笑うだけで本気で払う気はないようだ。

最低上司だ。

こんなのに護衛必要なのか。

絶対イカサマしてる。

 

「俺はゲームに勝ち確定のチートはしない主義だぜ?」

 

リスクを背負ってのゲームはそのリスクすらもゲーム内容。

ゲームをぶち壊すイカサマ(チート)はメディウムの信念に反する。

勝っても負けても真剣勝負。

相手が大真面目に臨んで来るならばあくまでフェアに。

ストーリー破綻のゲームはその労力こそ買うが、面白さはかけらもない。

 

「ただし。お前がもしイカサマをしていて、俺が気づいていたら。」

 

先程何処かへとしまっていたトランプを取り出し、目にも留まらぬ速さで二枚のカードをニックスと自分の目の前に置く。

カードを切り続ける速さは異常で残像すら見える。

 

「ヒット?スタンド?」

 

目の前に配られたカードはK(キング)とスペードの二。

合計十二。

 

「ヒット…?」

 

突然始まったブラックジャックに困惑しながらも、数字からしてヒット一択。

確率的にバーストはほぼありえない。

そう、思っていたのだが。

 

「ハートのQ(クイーン)…!?」

「ヒューッ!ハートの女王様はニックスにご執心らしいな。」

 

絵札は総じて十に数えられる。

必然的にバーストだ。

確率ゲームのブラックジャックでほぼ見ないバーストの例が出てしまった。

 

「素敵なハートの女王様は少々過激なのさ。…断頭台へ真っ逆さまってな。」

 

齧りつくようにメディウムの手札を見ればスペードのA(エース)とハートのK(キング)

ナチュラルブラックジャックだ。

 

「ああ、断頭台は登るもんだったな。なら首吊りで地獄へ真っ逆さまだ!滑稽だなぁ!ニックス坊や!」

 

ケタケタとカードで口元を隠しながら笑う様はとんでもない大悪党。

まるでシナリオが用意されていたかのような完璧な負け。

 

「と、まあこんな感じでぼろ負けさせて三ターンキル確実にだな。」

「な、何されてたのかわからなかった…。」

「カード自体に細工はないさ。ただちょーっとばかし手癖の悪い奴がカードを狙って配ったらしいなぁ?」

 

ニヤニヤ顔で笑う姿は全くもって王子に見えない。

こちらがイカサマを仕掛けても負けていたし、何もしなくても負けた。

勝ち確定ゲーム嫌いなんて嘘っぱち。

存在そのものがチート野郎じゃないか。

悔しさに顔を歪めるニックスの肩をポンっと叩く。

 

「そらお仕事の時間だ。後ろでシャキッと控えとけよー。寒々しい財布君。」

 

悠々とゴンドラに乗り込む悪魔のような王子にため息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

オルティシエに来た目的はニフルハイム帝国宰相のアーデン・イズニアとの停戦協定へ向けて打ち合わせ。

駆り出されたのは次期ルシス王国宰相のメディウム第一王子。

用意された場所はアコルドの首相官邸。

二人っきりというわけにも行かずお互い護衛を連れて用意された完全防音の部屋に入るはず、だったのだが。

 

「初めまして。メディウム第一王子。」

「お初にお目にかかる。アーデン宰相。」

 

護衛も付けずにノコノコやってきたのはどちらだったか。

嫌な予感のしたメディウムはニックスに扉の前で待機するように命じてその身一つで会談の部屋へと足を踏み入れた。

部屋の中には緩やかに紅茶を飲む胡散臭いおじさん。

又の名をアーデン・イズニア。

側には誰も控えておらず本当の意味で一対一となった。

 

何故メディウムが嫌な予感でニックスに入室を許可しなかったのか。

それは勝負師でありセオリーを知り尽くした彼の勘がそうするべきだと囁いた、という曖昧な答えになる。

正しいか正しく無いかはアーデンの顔を見てわかった。

帽子もとらない頭も下げないコートも脱がない。

このおっさんは。

完 全 に 。

メディウムを舐めている。

 

「お待たせしてしまったかな。」

「いえいえ。第一王子であらせられるメディウム様を待たせるなど恐れ多いことにならなくてよかった。」

 

金色の瞳はメディウムに対する侮蔑の色しかない。

軽蔑、蔑視、侮蔑、なんだっていい。

兎に角自分が舐められているのだと理解したメディウムはスッと目を細める。

 

こいつは敵だ。

国だとか因縁だとかそんなものは関係ない。

何にも囚われないただ純然たる敵だ。

 

「本日の打ち合わせはアコルド政府側が記録してくださる。準備が整うまでしばし談笑を、と提案したい。どうかな?」

「ええ。勿論。素敵な提案ですね。」

 

内面などおくびにも出さずににこやかな笑顔で正面の席に座る。

ここで顔に出せばゲームはこちらの負けだ。

外交は選択肢を自分で考え出すノベルゲーム。

正解を導く前に相手の性格を把握しなければならない。

敵であろうがなんであろうが紳士的に。

スッと背筋を伸ばして話題を振る。

 

「なにぶん若輩者でな。第一王子とは名ばかりの肩書きだ。今畏まるのはお互いに肩身が狭いだけであろう。楽にして話をしよう。」

「では改めて。何か聞きたいことがあるのかな。メディウム君。」

 

やはり舐めきっていたのだろう。

なんの遠慮もなしに君付けに加えて子供に相対するような口調。

その程度で怒るほど心は狭くないが、本編開始前の準備フェーズで馬鹿にされるのは気に入らない。

 

「ニフルハイム帝国は不思議な舵取りをする。」

 

首都であるインソムニアを除く全ての領土をニフルハイム帝国に譲渡するのは各地にルシス王国への恨みを残すことになるが、国としてはそれしか手がないともいう。

ルシス王家として残ってさえいれば我らが使命は果たされる。

ぶっちゃけて仕舞えば使命的になんの損害もない。

メディウムの雇い主(神達)的にはオールオッケーな指針である。

 

では使命という観点から外れて国王という立場から物事を見よう。

レギス王はインソムニアで戦争をけしかける心算。

たとえ使命が果たされるとしても国王としての矜持がある。

故に我々は停戦協定とは名ばかりに戦争の準備中だ。

 

さて、使命はまだしも城で戦争を仕掛けられることを想定していないニフルハイム帝国なのだろうか。

答えは無論。

否である。

 

故におかしい。

穏便にしているようで冷徹。

実直なようで暗躍。

騙しているようで騙されている。

その舵取りをしているのがこの宰相だというのならば。

何故わざわざ王家を残すのだろうか。

 

歴史ある国だから?

神凪たるフルーレ家と親交があるから?

神の使者たる魔法が使えるから?

 

どの理由でも当てはまるほど巧妙に建てられた道筋。

どれも納得できるのに違和感が拭えない。

それはつまり。

 

「まるで…神話を信じているかのような。そんな動きだな、と。」

 

目の前に座るアーデンが胡散臭い笑顔を向けてきた。

察しのいいメディウムは笑顔の下に言葉が見える。

それすなわち肯定。

信じているのだと。

この宰相は宣うらしい。

 

「いやはや。まさかこんなところに伏兵がいるとは。王族はみんなマークしてるつもりだったけど侮れないのも居るね。ゲーマー君?」

「ほぉ。それはそれは。褒め言葉として受け取ろう。」

 

ルシス王家そのものを馬鹿にする発言だが、その言葉に納得が行った。

何故だかは知らないが彼はルシス王家を心底憎んでいる。

それでいて破壊しないのは何かを待ち構えているからか。

絞られる可能性はいくつもある。

その中でも有力なのは二つ。

 

ルシスを骨の髄までしゃぶり尽くして復讐と成すか。

こいつが例の"星の病の王"か。

 

神話を信じているならば後者か。

 

「…二千年の眠り姫は随分狡猾でらっしゃる。」

「メディウム・ルシス・チェラム。これだけの会話でそこまで行くか。」

「昔から違和感があっただけだ。貴方が宰相になった時から、ずっとな。生憎だが望みまでは察せない。背負わされた使命も直接的ではない。聞き流せ。只の戯言だ。」

 

尊大な態度のメディウムにアーデンはその帽子を取り軽く会釈をする。

多少は認めてやろう、という行動なのか。

帽子からのぞいた顔が骸のような風貌に変わる。

一瞬の出来事だがメディウムは何も言わず、懐からトランプカードを取り出した。

 

「ゲームは好きかね?」

「ほどほどに。」

「では一戦と行こう。未来の戦いへの前哨戦だ。」

 

優雅に足を組み、山札の一番上のカード二枚をアーデンに見せる。

ジョーカーとジャック。

薄く笑う二人の試合は引きつり顔で入室するアコルド政府の人間が来るまで続いた。

 



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ボツ設定 ゲーム脳 その3

※メディウム・ルシス・チェラムがゲーム大好きギャンブラーだったらという息抜き設定。
本編でゲーム好きはあるかもしれないが此処までじゃない。
泡沫の王には確実にない設定。

本編とは一切関係ありません。

・概要
ディザストロ・イズニアが存在しない世界線。
家出も自殺もしない代わりにゲームがないといきていけない。
アーデンおじさんとは後々関わり合いになり頭のネジが飛んでいる者同士息が合ったり同族嫌悪だったりするかもしれない。
ノクティス達とは生まれた時からの付き合いで非常に仲がいい。
大学まで卒業しているため頭はいい。

左手の親指に黒曜石のリング。中指にプラチナ。
右手の中指にアクアマリン。薬指にラピスラズリ。
計四つの指輪をつけている。どれも願掛けで立て爪なしの機能性を重視。



 

故郷が燃えていく。

生まれ育った王城に血の匂いが充満する。

王と宰相を逃がし、姫を英雄に任せ、裏切り者と対峙する。

これも全てシナリオ通り。

ストーリーテラー()が目指したサブミッションを多少無視した行いだが、所詮はサブだ。

メインストーリーに実害がないのなら、シナリオ破綻は免れる。

 

「なぁ、トレイター()。一晩で随分と食い殺したな。もう村は生き残れねぇよ」

「……狂人め」

「おおっと!狂人!俺は無害な村人だと言うのに!」

 

大仰な身振り手振りはご愛敬。

ゲームはまだ始まったばかりだ。

メインクエストを進めるために、噛ませ犬のサブキャラは早々にご退場願おう。

何故って?

そんなもの、シナリオライターに聞いてくれ!

クリスタルに寄生しているあの野暮ったい出不精に!

 

「人狼ゲームはおしまい?今度は格ゲー?俺、コマンド入力苦手なんだけどなぁ。ニュートラルとの入れ替えが雑でぇ」

「第一王子……貴様のせいでどれだけの諸島か犠牲になったと……っ!」

「ああ、それ恨んじゃってトレイター?よくやるよねぇ狼さん」

 

肩を竦めたゲーマーに怒りの牙を研ぐ。

謂れのない事柄だが、ゲーマーが知っていて見て見ぬふりをしたのもまた事実。

あの時止めていれば、あの時教えてくれれば、きっと余計なことをあの赤毛の宰相に吹き込まれでもしたのだろう。

全く持って可哀想な策略だ。

 

「馬鹿だなぁ!人に教えてもらって救える程度の正義なんてろくな経験値にもならない!」

「貴様ぁあああッ!!」

 

それもこれも全てゲーム。

言っただろう、人生はゲームだと。

怒り狂って矛先を向ける誰かさんも。

死ぬ筈だったサブキャラが生き残った未来も。

全ては誰かが描いたシナリオに沿って裁定が下される。

 

「ストーリーをひっくり返すには、それ相応の対価が要るんだよ」

 

神より授かった剣が全てを粉砕して心臓を貫く。

けれど、復讐に燃えた鬼は死すらも超えて男の左腕をもぎ取った。

肉も骨も、神経すらも引き剥がされ、まともな者は叫び声を上げるソレに、男は微笑む。

そう、これもゲーム内容だから。

 

「それでいいんだよ。タイタス。お前は間違っちゃいない。来世はクソみたいな世界じゃなくて、もっと綺麗なところに生まれろよ。将軍サマ」

「狂っ……てる……」

 

崩れ行く亡骸に戦利品のように自身の左腕を持たせ、血を滴らせる肩に魔法をかけた。

なくなった腕で手に入れたのは家族の生。

彼は戦いの前日、神と家族の生死ギャンブルに勝利し、たった今参加費の"腕"を支払ったのだ。

 

「はー……ゲーム楽しー」

 

人生はゲームだ。

掛け金はいつだって自分自身。

持ち合わせのカードを切って、振ったダイス目に責任を持つ。

夜明けと共にトボトボト歩き出した背は、酷く切ない。

 

彼を出迎えるのは父でも姫でも、ましてや弟でもない。

いらぬ翼を付け、大仰にお辞儀をするこちらも哀れな男。

人生を掛け金に二千年もギャンブルを続けるとんでもないゲーマーだ。

 

「腕がないと不便だねぇ」

「義手を用意させよう。君のためにね。ニフルハイム帝国に寝返ったメディウム・ルシス・チェラム」

「今度は俺が狼さんってな」

 

後のことは父と姫が何とかするだろう。

世界の命運は弟が背負っていく。

自分は今まで通りにシナリオの役者を演じるだけだ。

 

「おお!我が愛しの祖国よ!永遠にさようなら!」

 

彼に用意されたシナリオは至極単純なものだ。

一、ニフルハイム帝国へ寝返り、ノクティスの敵として彼を鍛えること。

二、ノクティスが死ぬような事態を秘密裏に防ぐこと。

三、アーデンの計画に加担すること。

四、闇に落ちた世界で処刑されること。

五、ノクティスにファントムソードを残すこと。

この五つが達成されればメディウムの魂は解放され、彼は漸く自由になるのだ。

 

「素晴らしい!敗者には人生設計をプレゼントだ!」

 

ケラケラと笑うメディウムを先駆者は哀れむように見つめた。

彼はアーデンとは違って聖人君主でもなければ献身の塊でもない。

ただゲームさえできればそれでいいのだ。

これもまたゲームだというのなら彼は喜んで処刑されよう。

 

「首吊り台かな、断頭台かな、火あぶり?銃殺?石を投げられる?当たり所が悪いチーズかも!」

「処刑を楽しみにする人類がまだいたことに驚きだよ」

「シガイになって彷徨ったりしたらどうしよう!ああ!楽しみだなぁ!」

 

メディウムはもう十分満足だった。

家族と姫さえ救えれば彼はゲームにボロ勝ちだ。

彼が欲するものはそれ以外になく、守れれば上々、守れなければ途中放棄で自死を選ぶ。

彼の中ではそれだけの話なのだ。

今回はどちらも守れたので後はバハムートの言う通り喜んで破滅の道を歩むのである。

 

「俺も十分狂ってると思うけど、君も大概だね。あのクソ神の言うことを聞き入れるなんて」

「ゲームはルールを守ってこ……そ?」

 

ドチャ。

血をまき散らして地面と熱いキスをかましたメディウムが虚ろな目でアーデンに微笑んだ。

焦点の合わない眼球の動きから、恐らく目が見えていないのだろう。

テンションぶち上げて止血も程々にリジェネのみで腕の治療をするからこうなる。

どうせ貧血か、死にそうなのか。

 

「あはー、へるぷみー協力者殿ー」

「君みたいな変人を助ける義理は全くもってないと伝えよう」

「そう言わずにさー、ねぇねぇー」

 

重々しい溜息と共に、アーデンは歩き出した。

地に落ちた狂人は放っておいて、彼は悠々と崩壊の街を後にする。

後ろから聞こえてくる緊張感のない死にかけの声などに振り向いたりしなかった。

 

 

 

 

 

 

「マジで置いてくとかさぁ、無いと思うんだよねぇ」

「と言いつつ軍事基地まで来る君もどうかと思うよ」

 

結局、メディウムは一人で軍事基地までやってきた。

街をすぐ出たところには検問が行われており、事情を知っている魔導兵に連れられて何とかやってきた。

既に王都陥落から一夜明けた今、父はハンマーヘッド付近まで逃げ果せているだろう。

遺言と称してニックスに父のことを預けたので、後はどうにかなる。

 

「俺が将軍になる話って、どこまで通ってるの?」

「本国に帰ればすぐに就任出来るレベルで通ってるよ。あーでも神凪の誰かさんにはまだ言ってなかったかも」

「えーそれマジー?ぜってぇわざとじゃぁん」

 

肝が据わっている男、メディウムはどこから取り出したのか自前の携帯ゲーム機を持って揚陸艇に乗り込んできた。

適当な椅子にゴロンと転がったと思えば片腕で器用にゲームをこなすのである。

 

「しまった、どうせ賭けるなら足にすればよかった」

「義手が手に入ればそんなに悩むことはないよ。ほとんど甲冑だけど」

「えー絶対ボタン壊すわぁ」

 

呑気にゲーム機の心配をしている男は本当に自分がこれからしでかすことを自覚しているのだろうか。

恐らく父王レギスはメディウムの失踪に気付いている。

腕をタイタスに握らせたのは死亡説を濃厚にするためだったが、他に遺体が見つからないのも不自然か。

 

メディウムが持っているスマートフォンはそのまま残されているが、着信の嵐で電源はオフ。

一応設定として、最初は記憶喪失風にノクティスに絡みに行くことが決まっている。

 

「設定と致しましては、メディウム君記憶喪失でニフルハイム帝国による洗脳!将軍に就任!ってところですけれども」

「その方があの甘ちゃんに対する精神的負担が少ないって案でしょう。剣神も何考えてるんだか」

「俺に聞かれてもわからんって」

 

記憶喪失の演技楽しみだなぁ、と呑気に構えるメディウムにアーデンは薄ら笑いを浮かべた。

自分とは違うベクトルで頭が可笑しくなってしまったルシス家の面汚し、メディウム。

会談後に交換した連絡先に突如としてルシス王国陥落を仄めかす綿密な草案を提案された時は大声をあげて笑ったものだ。

 

彼曰く、バハムートとゲームをしているのだと。

そのゲームに勝つために是非協力して頂きたいと自国への謀反を大声で喚いたのだから素晴らしいものだ。

乗るしかないと便乗したアーデンも大概だが、的確に敵国を牛耳っている男に魅力的な提案をするメディウムも酷い。

 

「処刑までどうこぎ着けるつもりなの。余程のことがないと難しいでしょ」

「人心を煽ればちょちょいのちょい。バハムートにもサブリミナル効果的に協力してもらう予定でーす」

「見ものだね。まあ俺はルシス王家が滅んでくれさえすればいいから。好きにすれば」

 

レギスはもう子を設けられる年齢ではない。

ノクティスも死は確定している。

メディウムも処刑までがワンセットだ。

 

アーデンがこの話に乗らない手はなかった。

バハムートがストーリーテラーであるというのが気がかりだが、それはもう諦めよう。

今はこの面白そうなゲームに乗った方が楽しそうだ。

 

「ちなみにどんな死に方がいいと思う?」

「水銀飲んで死ねば」

「不老不死!いいねぇ!」

「全然面白くないんだけど」

「本物の不老不死にはお気に召さない?交代してあげようか?」

「それじゃあストーリー破綻でしょ。大人しく死んで」

 

終始テンションの高いメディウムは片腕から零れ落ちたゲーム機もそのままにケラケラと笑った。

頭の可笑しいゲーマーにとって今ほど楽しい世界線はない。

こっそりと準備している裏ステージまでの道のり完成まで目前だ。

あとはじっくりコトコト煮込んで、ノクティスに飲み込んでもらうとしよう。

 

 



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ボツ設定 ゲーム脳 その4

※メディウム・ルシス・チェラムがゲーム大好きギャンブラーだったらという息抜き設定。
本編でゲーム好きはあるかもしれないが此処までじゃない。
泡沫の王には確実にない設定。

本編とは一切関係ありません。

・概要
ディザストロ・イズニアが存在しない世界線。
家出も自殺もしない代わりにゲームがないといきていけない。
アーデンおじさんとは後々関わり合いになり頭のネジが飛んでいる者同士息が合ったり同族嫌悪だったりするかもしれない。
ノクティス達とは生まれた時からの付き合いで非常に仲がいい。
大学まで卒業しているため頭はいい。

左手の親指に黒曜石のリング。中指にプラチナ。
右手の中指にアクアマリン。薬指にラピスラズリ。
計四つの指輪をつけている。どれも願掛けで立て爪なしの機能性を重視。
義手になった時からリングをネックレスにして首から下げている。



「どうして……!どうして裏切ったんだ!!」

 

弟の虚しい叫び、家臣たちの怒りの表情、知らぬ一般人の悲痛な瞳。

第一王子の裏切りは瞬く間に報道され、ついに対峙することになった彼等は怒りを彼にぶつける。

ゲーマーはその叫びに微笑みかけ、用意されたテキストを読み上げるのだ。

自分は所詮、踏み台のNPCだから。

 

「はて、どこかでお会いしましたか?」

 

アラケオル基地で悠然と構える男の名はメディウム・ルシス・チェラム。

見紛う事なきルシス王家の第一王子であり、魔法の使い手、そしてノクティスの兄である。

その口から飛び出たあまりにも気の抜けた言葉。

信じられない、とノクティスは目を丸くした。

 

「それで言い逃れできると思ってんのか!?」

「ふむ、俺は正しく君の名前を知らないと言っているのだがね。そう激昂することか?初対面の人に名前を聞くのは不思議なことではないだろう?ああ、今の俺にはほとんどの人が初対面にあたるが……」

「何馬鹿なこと言ってやがる!俺はアンタの弟だぞ!!二十年も一緒に過ごしてきたじゃねぇか!」

「弟?そうか、俺には弟がいるのか。では妹も?兄や姉もいるのかもしれないな!是非教えてくれ!」

 

嬉しそうに瞳を輝かせるメディウムにノクティスは顔を引きつらせる。

こんな兄は知らない。

いつも引きこもりでゲームばかりしていて、でも家族のことが大好きで。

クマもない、ゲームもしていない、真っ黒な布に包まれた片腕と満面の笑みなんて知らない。

 

「なんなんだよ……なんでそんな……」

「ああそうか、君には状況が分からないのか。弟なのだから俺の状況は知っていて欲しいな……」

 

にっこりと微笑んだ兄に薄ら寒いものを覚え、ノクティスは崩れ落ちた。

戦死したかもしれないと告げられていた兄が、どうしてこんなことに。

 

「いやぁ、実は記憶を失ってしまってな。ニフルハイム帝国に保護され、何故だか将軍をやらせてもらっている。ルシス王家の第一王子?とかで、魔法が使えるからいい戦力になるのだと」

「記憶喪失だって!?」

「そうらしい。良く知らんが、ルシス王国は滅んでしまったから友好国のニフルハイム帝国が保護したとか……救われたのだから最大限に恩返しをしなければなぁ。分かってくれるか、弟らしき青年」

 

ずっと笑顔を浮かべる兄の言葉は明らかに矛盾だらけだ。

帝国に吹き込まれたのであろう戯言を赤子のように全て飲み込んで本気にしている。

彼の中で正義も悪もなく、ただ拾ってくれた帝国を刷り込みで好んでいるようにしか見えなかった。

薄っぺらい愛情と愚かにも真実を知らない赤子。

卑劣な行いに、弟も、家臣達も唇を噛み締めた。

 

「兄貴……なあ、メディウム……」

「ん?なんだ」

「親父に会いに行こう。アンタは、間違ってる」

「……ほう」

 

父の下へ連れて行き、真実を語ろう。

騙されているのだと知れば兄はきっと戻ってきてくれる。

記憶がなくても家族だから、帝国なぞに引き渡して戦争に身を投じさせるわけにはいかない。

兄を、助け出さねば。

 

しかし、兄は寒い笑顔を浮かべた。

全く心の籠っていない笑みで、真っ黒な手を見せつける。

 

「残念なことに、それは許されない」

「許す許さないの問題じゃねぇ!家族が会うのにどんな理由もいらねぇ!」

「俺には君が本当に弟か判断する材料がない。ルシス王家にしか魔法が使えないという話もあるが、君のお友達は魔法を使っていたじゃないか。どこまで真実か俺には分からない」

「それは、使い方の違いで!」

「俺は帝国も、君達も、信用はしていないのだよ」

 

今でこそ救われた恩があるから言うことを聞いているが、真実を知れば離反する可能性もある。

そう仄めかして、彼はノクティス達に疾く去るように告げた。

今のところ恩人に仇名す侵入者であることに変わりはないのだと彼は鼻で笑った。

 

「ノクト、今すぐメディウム様をお連れするのは不可能だ。今は撤退しよう」

「クソ……兄貴……」

 

レガリアにさして興味はないのか、好きにすればいいと逃走の邪魔をする気もないメディウムを見つめる。

真っ黒な瞳にいつもの暖かい色は見えず、ただ静かに凪いていた。

自分の知らない兄、間違いなく別人のようであった。

 

「俺はしばらくこの地域にいる。レスタルムにも何度か出没するだろう」

「なんでそんなことをわざわざ……」

「次は、ゲームでもしてじっくり話し合おう」

 

驚いたように口をぱくぱくさせるノクティスに手を振り、彼は踵を返した。

最後の一言は、些細な言葉だ。

 

 

 

 

 

 

翌日、出店でバンズに挟まれた肉にかぶりつきながら義手を外す見知った男がレスタルムに現れた。

ジャレット・ハスタとイリス・アミシティアがグラディオラスからの情報で記憶喪失のメディウムだと判断し、声をかけてみたところフレンドリーなレスタルム市民だと思われたらしい。

それ以降彼はただ出店で食事をするばかりで、先程顔をしかめながら義手を外したところだった。

痛々しい傷跡は縫われた痕もなく、不自然に塞がれている。

 

「マジでレスタルム来てるじゃねぇか」

「おや、自称弟くん。奇遇だね」

 

複数人でゾロゾロ行くと話したいことも話せないだろうとノクティス一人が彼との対話に臨んだ。

視界に入る位置に仲間達が控えているが、人混みに紛れれば一対一だ。

メディウムも特に取り囲まれていることに気付くこともなく、残りのバンズを口に放り込んだ。

 

「えっと、なんだったか、ノクティス君だっけ?」

「ノクトでいい。兄貴にそう呼ばれると痒い」

「ではノクトと。俺の下へ来たということは、君は自信を持って自分は俺の弟だと言いたいのかな」

「当然だ。出生記録とかもあんだろ」

「今となっては確かめようもない公的な書類だろう。まあ、君が弟だと名乗りを上げるのであれば俺は受け入れよう。嘘か真かは何れ判断できるさ」

 

机に置かれた真っ黒な義手を嵌め直し、何度か動きを確認する動作に眉をしかめた。

王都の戦いで腕一本のみが発見されたとの報告が真実であれば、腕が片方欠けているこの男が同じ顔を持つだけの別人と言うことはないだろう。

魔法を使っている様子は見ていないが、些細な仕草や癖が泣きたいほど一緒だ。

 

「親父が、兄貴に会いたがってる」

「なんだったか、レギス王だったか。彼は崩御したのでは?」

「え、あ、帝国ではそう報じられてんの?」

「正しく崩御と。何か問題でも?」

 

ちょっとした違和感。

メディウムは今崩御と言った。

それは彼の中で父は死に、弟はつい先日生存を確認したという答えに他ならない。

しかし、彼は先日の戦いで崩御したはずの父と会うことに対して”拒否”を示したのではなかったか。

死体に会うとでも思ったのだろうか。

それにしては、随分とおかしな返答をしたことになる。

 

「なあ、兄貴」

「どうした」

「本当に、記憶がねぇの?」

「ん?まあ、覚えていることは一般常識レベル……好き嫌いは忘れた……なんだ。何を疑う」

 

記憶喪失にしては、落ち着きすぎているのではないだろうか。

片腕を失った記憶喪失者が、こんなに平然としていられるものなのか。

良く分からない世界に放り出され、いきなり将軍にさせられて知りもしない土地で単独行動。

だが、彼はまるで知っている土地のように闊歩し、コミュニケーションを取っている。

 

王との決戦直後から失踪し、帝国に保護されたとしてもたった一週間だ。

もっと、混乱して、慌てて、疑心暗鬼になるものではないのか。

ノクティスにとって、兄と違う部分は瞳の中に眠る感情だけ。

いつも燻っている愛情がとんと見えないだけで、その他は全て兄と変わらない。

人に悟らせない顔の作り方は兄の専売特許だ。

そもそも、記憶喪失自体が嘘だとしたら?

 

「……なあ、兄貴の嫌いなカードってなんだ」

「ジョーカーだ。他にない」

「なんでジョーカーが嫌いなんだ」

「決まってる。あれは……」

 

当たり障りのない問いだ。

しかし、メディウムはそれ以上言わなかった。

まるでその先にある答えは禁句だとでも言いたげに、そっぽを向いたのだ。

ノクティスはその些細な挙動で確信した。

 

「俺は、どのカードなんて言ってねぇ。トランプかもしれねぇし、トリプルトライアドかもしれない。普通のカードゲームかもしれない」

「待て、今のは」

「兄貴は、ジョーカーが嫌いだった。いっつもその理由は教えてくれねぇけど、決まって口をつぐむ時に目を逸らすんだ。んで、天を睨む」

「違う、そんな癖はない」

「あるんだ!兄貴にはある!無自覚で、俺しか知らない癖!好き嫌いは忘れたって言ってたよな!なんでジョーカーのことは覚えていやがるんだ!」

 

身を乗り出して義手を掴んだノクティスを静かに見上げた。

彼は、しくじったと思う反面、仕方がないことだと諦めている。

あの問いには、どうしても嘘がつけない。

 

「ノクト、憎しみはどうあがいても消せないんだ」

「……は?」

「俺はジョーカーが大嫌いだ。このくそったれな世界も、馬鹿みたいな神様も、愚図みたいなこの体も、死んじまえばいいと思ってる」

「何言って……」

「やっとだ。ジョーカーが、道化が牙を剥ける日が来たんだ。邪魔しないでくれ」

 

バレてもバレなくてもシナリオは破綻しない。

面食らったようなノクティスの頭を撫で、いつも通りの表情を浮かべた。

大丈夫、兄は弟も父も愛している。

ただ、今はどうしてもそんな風に言えないだけ。

 

「親父に生きててよかったって伝えてくれ。俺には俺のやりたいことがあるんだ」

「ま、待てよ!兄貴!なんで将軍なんかになったんだ!やりたいことってなんなんだよ!!」

 

無理があるとバハムートにいったのだが、やはりバレてしまった。

記憶喪失のフリなんてバレる前提だ。

ノクティスの心のためとはいえ、演技力皆無の男にやらせるには酷だ。

弟には悪いが、これから付き合ってもらうしかない。

 

「俺は今、イオスRPGをプレイ中なんだ。お前も存分にプレイしろ」

「はぁ!?」

 

ひらひらと手を振って離れて行くメディウムを追うために仲間達が動こうと足を向けたが、彼は既にその場から消え去っていた。

その場に残されたのは魔法の残滓だけ。

追い掛けるのは難しいだろう。

 

「クソ……っ!」

 

ゲーマーが残した一言が妙に頭に残っていた。

 

 

 

 

 

 

レスタルムから少し離れた草原の合間。

揚陸艇まで転移したメディウムは一ミリも申し訳なく思っていなさそうな程度の低い謝罪を口にした。

 

「すまーん。バレた」

「だよね。っていうかバラすつもりで行ってたでしょ」

「あ、分かってた?」

「見りゃわかるって」

 

揚陸艇の前で暇そうにしていたアーデンはどうでも良さそうに欠伸をしている。

この茶番に付き合ってもらわねば神を出し抜けないので仕方がない。

言われた指令通りに遂行しました、という事実が肝心なのである。

成功したかしないかは元来どうでもいいのだ。

結果が同じであれば些細なサブ目標は無視される。

 

「どーすんの。弟君食って掛かってくるよ」

「食ってかからせるんだよ。絶対聞き出してやるーって動力を使ってファントムソード回収を早める。上手くいけば早期達成報酬もあるかも?」

「あっそ。早く乗ってくんない?」

「うわー興味なさげ」

「お前のことなんてどうでもいいし。処刑される瞬間だけ最高に面白そうだから手伝ってるだけ」

「あ、網焼きとか考えたんだけど。虫に食われるってのもあるらしいよ?」

 

ゲーマーから自死志願者に降格するレベルの面倒くさい会話にアーデンが顔をしかめる。

なぜこんな面倒な男をキーに選んだのか、神は心底愚かだと鼻で笑った。

 




※ちょっとした蛇足

久々に番外編を更新。
二話連続投稿でございます。
IFのお話は大方「王都陥落」「レスタルムにて」「オルティシエ」「帝都にて」「闇の世界」「決戦」ぐらいの大枠で書いて行こうと思っております。
ここまで書くのはゲーム脳と神父ぐらいかもしれませんが……。(殺意と鈴の音は厳しい)
更新はかなり遅くなっておりますので気が向いた時にでも。


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ボツ設定 ゲーム脳 その5

※メディウム・ルシス・チェラムがゲーム大好きギャンブラーだったらという息抜き設定。
本編でゲーム好きはあるかもしれないが此処までじゃない。
泡沫の王には確実にない設定。

本編とは一切関係ありません。

・概要
ディザストロ・イズニアが存在しない世界線。
家出も自殺もしない代わりにゲームがないといきていけない。
アーデンおじさんとは後々関わり合いになり頭のネジが飛んでいる者同士息が合ったり同族嫌悪だったりするかもしれない。
ノクティス達とは生まれた時からの付き合いで非常に仲がいい。
大学まで卒業しているため頭はいい。

左手の親指に黒曜石のリング。中指にプラチナ。
右手の中指にアクアマリン。薬指にラピスラズリ。
計四つの指輪をつけている。どれも願掛けで立て爪なしの機能性を重視。
義手になった時からリングをネックレスにして首から下げている。



水都オルティシエ。

遠くにはタイタン、気絶した弟、守られたお姫様。

眼前に迫りくる大口を開けたリヴァイアサンに両腕を広げた男は嬉しそうに口角を上げる。

 

「さぁ、参加費お支払いのお時間だ。お好みの箇所はどちらですかぁ?」

 

水神は賭け事の内容など知らない。

ただ怒りに任せて暴れた先に居た男に食らいついただけなのだろう。

片足が荒波に攫われる感覚にぐらりと揺らぎ、バランスを崩した体が塩水に浸された瓦礫に落ちていく。

遠くでお姫様の劈く様な悲鳴が聞こえるが、何をそうあわてる必要があるのだろうか。

タイタンと王子様がいればそんな悲鳴を上げることもないのに。

 

「あはぁ!最高の日だ!」

 

全身の血が抜け落ちる感覚はアルコールに浸された低迷感に似ている。

視界が黒一色に染まる感覚は徹夜明けの萎む視界に酷似している。

そうやって、メディウムは掛け金の先に美しい日常を見つめるのだ。

早く、一日でも早く、またあの美しさを彼らに届けるために。

 

「今日のゲームはスタイリッシュアクションゲームですかぁ!すもーきんせくしーすたいるですかぁ?すもーきんしっくすたいるですかぁ?そーれーとーもぉ」

 

ケラケラと笑う彼は片足になった自身など顧みず、水神へと声高に叫ぶ。

再び嚙みつかんと迫りくるその鱗に刃を向け、血走った眼を歪めた。

 

死に(S)晒せ(S)水神(S)野郎ですかぁ!」

 

突き立てた刃は鱗を貫通し、その肉を引き裂いていく。

地割れの如き悲鳴を上げる水神が上空へと逃げるように身を捻じり、剣ごと引き攫われたメディウムは片足をリヴァイアサンの眼球に乗せ、嘲笑うかのように踏みつける。

さらに悲鳴を上げる声をかき消すような狂った笑い声が水都を血と海水で汚していた。

 

「テメェが喰った足に踏みつけられる感覚はどぉでちゅかぁ?えぇ?お寝坊さんのリヴァイアサンよぉ!」

 

格ゲーマーもかくやという煽りっぷりを発揮し、これでもかと突き刺さった剣を抉る様に捻る。

片足を代償にお姫様の生存を手に入れたゲーマーに、もはや怖いものはないのである。

今回の賭けは神の干渉ではなく、アーデンとの個人的な取引。

どれだけいたぶってもルール違反にはならない。

 

理不尽にも与えられる暴力を神が大らかな心で甘受してくれるのならば、メディウムの横暴な暴力も存分に振るえるというものなのだが、生憎神は優しくない。

当然、やられっぱなしどころか数十倍のしっぺ返しが来るものである。

 

「なぁに言ってんのか分からねぇよ!」

 

咆哮を上げたリヴァイアサンが海へとメディウムごと潜り込む。

濁流にのまれながらも決して剣からは手を離さないメディウムは息を止めて水中ジェットコースターを堪能する。

メディウムからすれば最高に愉快なイベントに他ならない。

 

しかし、本人の意志と打って変わって出血量に応じて力は抜けていく。

止血もろくにしていない状況で水流に晒されれば、当然失血死は免れないわけで。

朦朧とする意識の中、メディウムは数分に渡るライディングの中ついにその手を離すことになる。

後に残るのは、剣を突き刺したまま浮き上がるリヴァイアサンのみ。

 

「メディウム様!!」

 

ルナフレーナの悲痛な悲鳴が水都に木霊する。

目的の分からない第一王子の蛮行に振り回される彼女は、しかしてその背に持った業の深さを理解している。

成し遂げようとしている何かの為に、彼は己の命を投げ出しているのだと。

リヴァイアサンに立ち向かった理由も、片足を差し出した理由も分からない。

 

けれど、結果として彼は気絶したノクティスを庇い、水中に沈んで行ったことになる。

目覚めてくれとその肩を揺することしかできないルナフレーナは血の滲む水面をただ見つめていた。

どうして、どうしてなのだろうか。

あの第一王子は一体どうしてあんなにも狂ってしまったのだろうか。

何を目的にして、何を喜んで、彼は声高に笑うのだろうか。

 

「ルナフレーナ!」

 

遠くで己の身を案ずる兄の声が聞こえる。

一瞬振り返ったその刹那、腕の中に眠る王子がピクリとその指先を跳ねさせた。

救助も来た、王子も目覚めた。

時間稼ぎと呼ぶにふさわしい一方的な蹂躙はここに成り立ってしまったのだ。

 

「どうして……メディウム様……」

 

沈んで行った人が答えを告げてくれるわけもない。

ただ釈然としない事実と、答えの見えない裏切り者が水の中に消えていった。

 

 

 

 

「うぇ、げほっ、ごっほ……ひでぇ目にあった」

 

ずるり。

水を含んで重い身を引きずって、メディウムは顔をしかめる。

オルティシエの端まで流されてしまった彼は、瓦礫の端に掴まりなんとか漂流をしている真っ最中。

一応将軍の体を取っている彼を回収せんと揚陸艇がやってきているのを視界の端に収め、やっと起き上がった真の王を遠くから眺めた。

 

「うんうん。立派に成長しているようで何より。レベルはいくつかねぇ。経験値は溜まっているんだろうなぁ」

 

しみじみと弟の成長を祝うと共に、自身の無くした足を見る。

流されている間に治療を施したその足は、今回の賭けの代償だ。

予定では残った一本ずつの足と腕も消え去るはずなので順調に処刑への道を歩んでいる証拠でもある。

実に素晴らしい。

 

「そうだろう?最終ボスさんよ」

「自分の体を破壊してご機嫌なドMをわざわざ回収しに来たお優しい人に対して放つ言葉じゃないね」

「ははぁん。人じゃない奴に言われても適応されねぇから意味ねぇなぁ」

「馬鹿らしい。屁理屈の塊だね」

 

両腕を引っ張られて引き上げられたメディウムの鼻先に差し出されたのは、新品の義足。

既に両手両足分制作されたうちの一本を預けていたのだが、約束通りソレを差し出しに来たのだろう。

ご機嫌に受け取ったゲーマーは濡れた足をそのままにガチャガチャと義足を試している。

 

「もうオルティシエには用もないし俺はさっさと離れるけど、君はどうするの」

「そりゃあ次なるマップでしょうよ。目指すは帝都ってね」

「ふーん。言っておくけど送って行かないよ」

「知ってまぁす。自分で揚陸艇捕まえるから大丈夫でぇす。コックピット型のゲーム筐体を乗りこなしていた俺には朝飯前よ」

「君が運転するわけじゃないけどね」

 

義足の調子は頗るいいらしい。

上機嫌に飛んだり跳ねたりしている彼は、アーデンの言葉など気にも留めないかのようにぐるぐると義足の足首を回した。

濡れた装備をその辺に投げ捨て、乾いた新しい服に身を包みながらニコニコと笑う彼はひどく不気味だ。

たった今片足がなくなったばかりだというのにどうでもいいかのように振舞う姿が見る者に違和感と狂気を与える。

 

「さぁて、次はレイヴス君にちょっかいかぁ。どういう反応してくれるかな」

 

嬉しそうに細められる瞳の先に映るのは、次に跳ね飛ばす予定の腕。

既に定められたシナリオ通りにいけば、彼はその四肢を失い、人間の尊厳を亡くして、己の命すらも失くす。

家畜のように扱われているはずなのに、最初から勝ち戦だとでも言いたげに上機嫌な彼はただ嬉しそうに次なる犠牲を撫でるのだ。

 

「クリスタルなボーイになる日も近いなぁ」

 

からり、と喉の奥から絞り出すような笑い声が揚陸艇に木霊する。

馬鹿らしいと背を向けるアーデンに見せつけるような大笑いを満たして、狂気と驚喜を乗せた揚陸艇は水都を後にした。

 

 

 

 

 

 

メディウムが帝都を目指した理由。

それは、レイヴスがルナフレーナを保護したのち、真っすぐに帝都へと向かうのだと理解していた故である。

 

「やっほぉ。ご・ぶ・さ・た!」

「……裏切り者が何の用だ」

「そりゃあ君もでしょうよ」

 

ピクリ、とレイヴスの眉根が動く。

一緒にしないで欲しいと言われたら流石に泣きまねを慣行するところであったが、彼は自分の立場を正しく理解しているらしい。

僅かに唇を噛みしめ、ギロリとメディウムを睨みつける。

 

「お前のように使命すらも投げ出した覚えはない」

「耳が痛いお話で」

 

ニフルハイム帝国の将軍に就任後、レイヴスと幾度にもわたる衝突を重ねてきたうちに、メディウムは彼が使命そのものを投げ出しているわけではないのだと知った。

ただルシスを恨むと同時に世界の安寧を願っているだけで、その矛盾と戦うただ一人のシスコンである。

ゲームキャラで言えば厄介なことこの上ない攻略対象の後方彼氏面タイプである。

この場合は後方兄貴面であろうか。

 

「うーん、好感度ゲージがマイナス言っちゃってるからなぁ」

「……それで、将軍殿が何用だ」

「ああ、そうだ。忘れてた」

 

義手に加えて義足になっている足を一瞬見たレイヴスに軽く微笑みを浮かべ、メディウムはその背にある建造物を親指で指す。

背後にあるはジグナタス要塞。

軍部の中心地であるソレの前で彼はレイヴスを待ち構えていたのである。

 

「いやね、今から帝都にシガイを放つからさ。君も早く逃げた方がいいよってわざわざ教えに来てあげたの。え、もしかして俺、いい上司過ぎ?」

「……は?」

 

思考が停止した。

この男が何を言っているのかが分からなかった。

帝都にシガイを放つ、確かそう言ったように聞こえた気がした。

何を馬鹿なことを言っているのだろうか。

そんなことをすれば市街地に住む人々はどうなる。

この街で生活する数百万人の民はどうなるというのだ。

 

「お前は、何を言っているんだ」

「え?だからぁ、シガイを市街に解き放つっていうギャグセンスのかけらもないことをするので、急いで逃げた方がいいよって」

「住民の避難は!?」

「え?してないよ?餌なくなっちゃうじゃん。するわけないよ」

「餌……?餌だと……!?」

 

言葉の意味を理解できない。

当たり前のことを言うかのように首を傾げる狂人を理解できない。

彼はシガイを解き放つと言い、この帝都に住む住人を餌だと尊大にも言い放ったのだ。

まるでそれが当然かのように、狂った人間は虐殺を事実として語っているのである。

 

「そんなことが許されるはずがないだろう!!」

「別に許可なんていらないし。虐殺しますいいですかって聞いていいですよって答えるNPCなんているわけないじゃん」

 

だから勝手に殺しに行くんでしょう?

当然の帰結だと彼は語り、当たり前のようにジグナタス要塞へ向かおうとする。

その歪さに耐えきれなくなったレイヴスは、声を荒げ、とうとうその手に持っていた剣をメディウムへと構えた。

 

「行かせるものか!」

「……あっそ」

 

振りかぶる剣が狙うは生身の腕。

既に片腕と片足を失っている彼であれば、当然避けるか守るか、抵抗するかの三択を迫られる。

故に切りかかり、戦闘に持ち込もうとレイヴスは目論んでいた。

ただ、その考えは大きく外れることになる。

 

「ああ、腕が欲しいんだよね。はいどーぞ」

「は?」

 

当然のように、その腕が振り下ろされる剣の前に差し出された。

びしゃり、と頬に生暖かい感触が飛び散る。

ぼとり、と音を立てて落ちていくその肉体が、酷く気味が悪い。

何の抵抗もなく、何の衝撃もなく、彼の腕が地に落ちたのだ。

 

「これでもういいでしょう。はい、早く帝都から逃げなよ」

 

斬られた本人は、もう自分の腕にすら興味がないのか、最初から持っていたらしい義手をなくなった腕に差し込むと再びジグナタス要塞へと踵を返す。

地へと落ち、鮮血を広げる肉塊が酷く滑稽だった。

 

「狂ってる……」

「そいつはどうも。嬉しい誉め言葉で。ジョーカーにぴったりだ」

 

ゆったりと振り返った道化がケラケラと笑う。

狂人が歩む道の先へと追いかけられるほどレイヴスは精神の強い人間ではない。

ただただ血だまりを進み、鏖殺を心待ちにする彼を吐き気と共に見送ることしかできなかった。

 



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ボツ設定 殺意の波動

ボツ設定その四。
※ディザストロ・イズニアのプロトタイプでありルシス側ではなく帝国側の一軍人という設定。
メディウム・ルシス・チェラムが存在しない世界線。
泡沫の王には確実にない設定。

本編とは一切関係ありません。

・概要
殺意に溢れた殺人鬼。
王族でもルシス民でもない帝国生まれ帝国育ち。
ディザストロ・イズニアのプロトタイプ。
ディザストロ・イニティウムの話。
意味「厄災」と「始まり」

ディザストロ・イニティウム
二十六歳。
筋肉がしっかりついた男性。
帝国軍人。

お調子者で頭のネジが百本はくだらない数がすっぽ抜けた異常者。
猟奇的な殺人というより無差別な虐殺行為が特徴的。
生きて動くものならば植物だろうが野獣だろうが人だろうがシガイだろうがミンチにする。
銃と剣どちらも使うが得意武器は斧。
形状は鎌に近いが斧である。

人を煽りに煽って馬鹿笑いをしているところが多々目撃されるが、人との会話はできる模様。
両親はおらず施設育ち。
殺人を正当化するために傭兵をしていたためアラネアとは古くからの知り合い。
戦争ならば殺し合えると帝国軍に所属しているが性格に難があり腐れ縁でアラネアの部下。
自由な上に稀に憂さ晴らしに野獣を虐殺しにどこかへ出かけてしまう。
基本行方不明。
しかし戦場での働きは群を抜いているため処罰はいつももみ消される。

アーデンとは腹黒仲間だと思っているがネチネチしているところが嫌いだという。


いーち。

 

「クソッ!撤退命令はまだなのか!」

 

にーい。

 

「こ、後方との連絡が取れません!これ以上我々が下がれば同胞も巻き込みます!」

 

さーん。

 

「我々とてここで死ぬわけにはいかない!責任は俺が取る!撤退するぞ!」

 

しーい。

 

「はい!全力でたい…ひ?」

 

目の前に立っていたはずの部下の頭がズルリと落ちる。

あまりのことに状況が飲み込めず、男は尻餅をついて後ずさった。

部下の頭をおもちゃのように持ち上げて眺める犯人の男は口が裂けているのかと疑うほどニタリと笑う。

 

「ごー。ほら五秒待ってあげた。俺ちゃんやっさしー。」

 

片手に頭部、片手に血塗れの斧。

部下達と対峙した不思議な帝国兵は位もないただの兵。

頭がイかれているのか五秒待っている間に逃げ惑えと言った。

銃ではなく斧を持った奇妙な男に不審がりながらもシフト魔法で逃げてしまおうと考えた王の剣達は、言葉を無視して警戒しながら後方との連絡を取った。

焦土と化した前線はお互いに大打撃。

いい加減に撤退させてくれと思った矢先に目の前の部下が死んだ。

 

なんの位も持たないたった一人の兵士に頭を切り落とされて。

 

ケタケタと壊れた人形のように笑う男はぐるりと頭を回してこちらを見る。

狂気に染まった双眼。

血の色のような真っ赤な瞳が真っ白な男に血液を落とす。

 

「はぁい。俺の勝ち。」

 

最後に目にしたのは斧を振り上げる化け物の姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

本日も面白い"遊び"が終了。

命令違反の単独行動や何体かの魔導兵の破壊により始末書を書かされている男は不満げに上司を見た。

 

「俺大活躍だったじゃーん。例の大魔法の発動阻止のために大隊を二つも壊滅させたし。それがなんで始末書なのぉ。」

「殺しすぎ壊しすぎ暴れすぎ。名前に恥じないその武勇は認めるけど私たちは国際法を無視する野蛮人じゃないわ。」

「あんな戦争法なんか守ってどうするのさ。上層部だって穴を搔い潜って戦争から略奪までなんでもござれ。今更俺が守る必要ある?てかみんな守ってないよね?」

「集団心理で守らないからあんたも破るってのはおかしいでしょ。それでも契約違反なしの傭兵あがりなの?」

「契約違反すると次の仕事がもらえないんだよ。それじゃあ"遊べ"ない。」

「ほんと名前に恥じないわね。ディザストロ。敵に回したくはないわ。」

 

その男の名はディザストロ・イニティウム。

"厄災の始まり"という名を持つ彼は常に災いの中心。

つまり起点となるトラブルメーカー。

その災いは小さな小競り合いから戦争まで発展させられるとの噂。

その名をつけた親はすでに他界しているらしいが、未来を察してつけたとしか思えない名前だ。

 

この度のルシス王国とニフルハイム帝国の戦争が激化したのも彼がニフルハイム帝国の軍人になってから。

 

実際は傭兵の契約が面倒くさくなって手っ取り早く殺しができる兵士に転身しただけである。

理由が理由すぎて災い以前にただの殺人犯なのだが、平民に危害は加えていない。

命令されたことを曲解しつつも最終的な結論は同じに働いている。

寄り道の多すぎる優秀な戦力だ。

 

本来ならば始末書では済まない虐殺行為。

多くの命が紙ペラ一枚にもみ消された回数は数知れず。

それでも戦果さえ良ければ優遇されるのが戦争屋と言うものだ。

 

「殺人なんてみーんなしてるさ。ただ俺が目立つから異常だと断罪したいだけ。自分を守るために悪人を仕立てる。犯罪者を牢屋に放り込むのは我が身が可愛いからなのさ。」

「…あんたは捕まらないけどね。」

「上層部と同じように法の穴を抜けてるからなぁ。傭兵の依頼や軍務なら許される。そうだろう?」

 

ディザストロは長く"遊ぶ"為に考えることを惜しまない。

誰かに殺されるまで彼は誰かを殺し続ける。

そのように生きるのが彼にとっては当たり前。

酸素を吸って二酸化炭素を吐く人間がイオスを汚染するのと同じように、遊ぶ為に人間を刈り取って人々の命を脅かしていくのだ。

それが合法なのだからどうしようもない。

戦争など早くなくなって仕舞えば彼の餌食になる人も減る。

 

そう簡単に行かないのが現実だが。

 

アラネアがため息をついたと同時に休憩室の扉が開く。

滅多に現れない大物が何気なくやってきた。

 

「やあ。ディザストロ君いるかい。」

「おります。宰相閣下がどのようなご用件でしょうか。」

 

赤毛と橙色の瞳を持った大柄な男。

センスのいい割に暑苦しいとまで言えばニフルハイム帝国には一人しかいないだろう。

帝国の宰相アーデン・イズニアが立っていた。

慌てて立ち上がって敬礼をしたけれど、部下であるディザストロを探している理由がわからない。

心当たりは山のようにあっても何か言ってくるならば将軍あたりが妥当だ。

政府首脳部統括の宰相が行う仕事ではない。

 

ちらりとディザストロを見てもにこやかに落ち着いている。

彼の表向きの顔は社交性溢れる好青年だ。

顔を繕われると腹の中が見えない。

二人とも和やかな表情だが空気が氷点下。

アラネアは冷や汗を流した。

 

「君の話をグラウカ将軍から聞いてね。なんでも、問題行動が目立つ代わりに殲滅力と単体行動力が凄まじいとか。」

「お褒めに預かり光栄です。」

「そこで君に提案だ。次の出撃の前に魔導兵と数匹のシガイが最前線に投入される。」

 

それはつまり、生身の人間をこちら側は配置しない大規模侵略ということ。

こちらに人命のリスクがないが臨機応変には対応できない。

文字通り数の暴力による侵略行動。

 

「その先陣を切る気はないかい。」

「…一人で、でしょうか。」

「君以外に配属する予定の人間兵はいないかな。」

 

なるほど。

この鬼畜宰相は意思疎通のできない魔導兵と誰彼構わず襲うシガイと共にたった一人でルシスの王の剣と対抗してこいと言いたいのか。

死んでこいと言われているのと同等ではないか。

なぜそのような露骨な厄介払いなど、とアラネアが抗議の言葉を口にする前にディザストロが驚きの返事を返した。

 

「はっ。任務、拝命いたしました。」

「はぁ!?ちょ、ちょっと待ちなさい!あんた本気!?」

「如何なさいましたか、准将。軍人に二言はありませんが。」

「こんなの死ぬに決まってるじゃない!魔導兵やシガイってことは食料の供給もないし!前線から下がることも許されない!一方的な侵略でない限り三日三晩は休みなしの戦闘よ!?味方からも敵からも殺されても文句言えないわ!それをあんた!受けるっての!?」

 

焦土でのサバイバルなどできるわけがない。

お互いに食うか食われるかの極限戦闘。

最悪の想定として補給無しの長期戦闘の場合、敵の資源を単独でもぎ取って食い漁るしかない。

後ろには意思のない兵器。

前方には問答無用で殺しにくる兵。

そんな場所に行く奴の気が知れない。

 

けれど、ディザストロはなんてことないような顔だ。

まるで当たり前かのように戦さ場に行く準備を始めようとしている。

宰相もいつの間にかいなくなっていてもはやアラネアが抗議に向かっても意味のない状況だ。

 

「そーカッカするなよアラネア。ハゲるぜ?」

「今はそんなことどうでもいいわ!アンタ!死にたいの!?」

 

自殺志願者でもこんな酷い戦場に向かわない。

出撃前ということはシガイや魔導兵で掃討出来なかった区域に人間が投入される手筈なのだろう。

それまでの間は長く見積もって一週間。

例えアラネアといえど救援に向かうことすらできない。

その地で死ねばだれの目に留まることなく厄介払いが済まされてしまうだろう。

 

「紛いなりにも私の部下なのよ!無様に死なせたりなんかしないわ!」

「ん、アラネアが優しいのはよく分かったよ。でも心配すんなって。」

 

准将に与えられた執務室で既に書きあがった始末書をアラネアに手渡し、扉に手をかける。

戦場でよく見かけるあのタチの悪い笑顔。

口端を釣り上げて快活のように見えて歪んだ欲望の権化のような笑顔を見せた。

ディザストロは確信している。

この戦役において自分が死ぬことは絶対にないのだと。

それでいて己の欲望だけを満たしてくれる夢のようなワンダーランドが広がっているのだと。

 

「ディザストロ・イニティウム。只今より宰相閣下より賜った任務へ行って参るってな。お迎え頼むぜ、アラネア。」

 

んじゃまたなー、と軽く去っていったディザストロを呆然と見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦場。

それは血で血でを洗う獣の独壇場。

獲物。

それは奪われる側という概念。

捕食者。

それは奪う側だけが名乗ることを許される総称。

殺し。

それは。

 

獣が持つ存在意義。

 

故に私は獣でありたい。

人であることをやめ、奪うことを良しとする。

時として奪われることを受け入れる。

何人にも阻むことのできない連鎖を。

 

獣。

それは命あるものすべてに等しく配られる性。

 

「この血生臭さに勝る欲なんて、俺は無いと思うんだけどなぁ。ね、そう思うだろー?」

 

物言わぬ亡骸だけが積み上げられた天にまで届く山の天辺でたまたま天を仰いでいた顔に話しかける。

口を開くことは二度となくなった王の剣であろうものは肯定も否定もしなかった。

ひび割れた奈落のような底から地上にまで聳え立つ地獄の一角。

シガイも魔導兵も人間も分け隔て無く積み上げられている。

 

もう地上にはディザストロ以外は立っていなかった。

シガイは陽に当てられて逃げたか王の剣に討伐されたか。

魔導兵もほとんどが破壊され巻き込まれ動いているものは生きる者を探して下を徘徊している。

王の剣は命あるものを引き連れて皆撤退していった。

忌々しげにこの地を見下ろしていたあの顔は忘れられない。

 

那由多の命を見届けてきた天でさえもこのような惨状を目にした回数は片手で数えるほどだろう。

ここは地獄と化していた。

あの胡散臭い宰相から任務を受けて早一週間。

物資補給もなく大量に持ち込んだ武器もほぼ使い物にならなくなった。

時には殺した王の剣から武器を剥ぎ取り、時には駐屯地から物資を略奪した。

それがいいか悪いかでは無い。

敵しかいない四面楚歌の世界で"欲"と"性"を満たすために合理的な方法をとっただけだ。

 

どうせ法を叫び倫理を説く者は誰一人としていない。

なら好きなようにやるだけ。

まるで夢のような一週間だった。

何をしても咎められることもなく始末書もない。

この積み上げた死体の山(アート)だって素晴らしいだろう。

誰に理解されなくてもディザストロが分かっていればそれでいい。

殺してでも分からせなくていい。

人として獣を扱わなくていい。

 

ああ、なんと素晴らしき世界なのか。

 

けれど、それもこれもすぐに終わる。

この地獄でできる遊びは大抵こなしたし。

面白いことも命がない魔導兵しかいない今は何にもない。

また新しい遊びを見つけるために外に出なければならない。

お迎えの揚陸艇の音が遥か後方で聞こえた。

 

血濡れの体もそろそろ嫌になってきたことだ。

最後まで鈍ることなく殺戮をしていた愛用の斧もだいぶ切れ味が落ちてきた。

相棒とも呼べるこの斧を研ぐには帝都まで帰らなければならない。

 

致し方なく山を飛び降りて揚陸艇の方へと足を踏み出せば、見知ったサソリのような鎧を着たアラネアが全力で走ってきていた。

心配するなと言ったのにあの腐れ縁の親友はこんな破綻者を放って置けない。

全く、だからこの人だけディザストロには殺せないのだ。

 

「ディア!」

 

上司と部下になってから余り呼ばなくなったあだ名をめいいっぱい叫んでいる。

よく見たらかなり後ろにビッグスとウェッジも走っていた。

アラネアに出会うと大抵あいつらも付いてくる。

悪巧みや悪ノリはあいつらの方が調子が軽くて好ましい。

親友とは言わずとも気の置けない友人達だ。

 

斧を担ぎ上げ、開いた片手を上げてヒラヒラと振る。

血濡れで髪も頬にひっつく程ぐちゃぐちゃになっていても三人は臆することなくディザストロに近づいた。

一週間も泥と血と汗を纏っていたのだから酷い悪臭だろうに、顔色一つ変えない。

水辺の一つ、雨の一度でも降ればまだマシだったかもしれないが生憎ここ一週間は晴天だった。

 

「よ。お三方。お迎えあんがとさん。」

「本当生き汚いというか運がいいというか。」

「悪運が強い。」

「んなことはどうでもいいから帰るわよ。…あんなところに山なんてあったかしら?」

「あー…気にしなくていいーわ。流石の俺ちゃんも風呂入りてぇーし早く帰ろー。」

 

この距離だと"何で"できた山なのか視認できないらしい。

どうせ後で帝国の研究機関やらルシス王国の奴らがやってきて、色々するだろう。

放置しておいたってここは墓穴のようになっている御誂え向きな渓谷だ。

人が住めるような場所もこの付近にはない。

だから"理解できぬ人"は気にしなくても良いのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どうせ死んでいるだろうに迎えに行くと言って聞かないアラネアはビッグスとウェッジを従えて戦場へと早めに向かった。

序でに掃討に人間兵が必要か見定める役も。

けれどその必要は微塵も感じず、徘徊する魔導兵の回収だけ報告した。

帰投したディザストロには誰もが驚き、その酷い有様に付いたあだ名が将軍でもないのに"血濡れ将軍(ジェネラルルージュ)"と。

 

厄介払いのつもりで作戦投入を推薦した准将各位、手柄を横取りされていた兵達は皆一様にディザストロを恐れた。

 

作戦的には大成功。

晴れて名前付き(ネームド)となったディザストロはルシス王国にも警戒されるようになり、戦場での手柄はますます増えていくばかり。

壊しても殺しても怒られることが少なくなってウハウハだ。

超絶ご機嫌なディザストロが今日も元気に愛用の斧を携えてアラネア准将の執務室の扉を無遠慮に開けはなつと、にっこり笑顔のアラネアがいた。

何がそんなに嬉しいのかと聞けば今日の朝刊がその手にある。

 

「ルシスとの停戦。決定したらしいわよ。」

「ほー…。」

 

…。

 

……。

 

………。

 

間。

 

え?

 

「戦争はもうしない?」

「イオスのほとんどの国は手中に収めたでしょうしね。」

「内乱もしばらくない?」

「向こう五、六年は確実に。」

「兵士してても殺しが合法にならない?」

「もともと合法じゃないわよ。」

 

ディザストロの中で幸せな時間が崩れ去っていく。

ユートピアが。

夢の国が。

幸せの絶頂が。

 

傭兵(実家)に帰らせていただきます。」

「ちょちょちょ!待ちなさい!!」

 

誰が待つか馬鹿野郎ゥゥ!!

 

全力で走り去っていくディザストロをこれまた全力で追いかける奇妙な光景がその日は続いた。

 




あまりにもグロテスクな表現が続きそうなので却下と相成りました。
今のディザストロ君はとても温厚。


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ボツ設定 殺意の波動 その2

ボツ設定その四続き。
※ディザストロ・イズニアのプロトタイプでありルシス側ではなく帝国側の一軍人という設定。
メディウム・ルシス・チェラムが存在しない世界線。
泡沫の王には確実にない設定。

本編とは一切関係ありません。

・概要
殺意に溢れた殺人鬼。
王族でもルシス民でもない帝国生まれ帝国育ち。
ディザストロ・イズニアのプロトタイプ。
ディザストロ・イニティウムの話。
意味「厄災」と「始まり」

ディザストロ・イニティウム
二十六歳。
筋肉がしっかりついた男性。
帝国軍人。

お調子者で頭のネジが百本はくだらない数がすっぽ抜けた異常者。
猟奇的な殺人というより無差別な虐殺行為が特徴的。
生きて動くものならば植物だろうが野獣だろうが人だろうがシガイだろうがミンチにする。
銃と剣どちらも使うが得意武器は斧。
形状は鎌に近いが斧である。

人を煽りに煽って馬鹿笑いをしているところが多々目撃されるが、人との会話はできる模様。
両親はおらず施設育ち。
殺人を正当化するために傭兵をしていたためアラネアとは古くからの知り合い。
戦争ならば殺し合えると帝国軍に所属しているが性格に難があり腐れ縁でアラネアの部下。
自由な上に稀に憂さ晴らしに野獣を虐殺しにどこかへ出かけてしまう。
基本行方不明。
しかし戦場での働きは群を抜いているため処罰はいつももみ消される。

アーデンとは腹黒仲間だと思っているがネチネチしているところが嫌いだという。



何処を向いても人、人、人。

帝都グラレアなど目ではないほど発達した世界。

未だブラウン管テレビの世界で唯一薄型を開発し、販売している超先進国。

ギルでは最早物価に追いつけない故に独自の貨幣を持った大都市。

ルシス王国王都インソムニア。

 

その王城へディザストロは帝国の軍服で踏み込んでいた。

 

何故こんな事になってしまったのか。

理由は単純明快である。

ディザストロ・イニティウムが停戦前の親睦として三ヶ月に渡る留学生となる軍人に選ばれてしまったからだ。

もともと人間兵が少ない中で宰相がランダムで決めたというのだから己の運の悪さを恨む他ない。

 

ディザストロは恐れる事を知らず知性ありしと自らを総称する愚かな"人間"になりたいのではない。

恐れを知り愚を知り万物を心得る理性を持たぬ欲と性の"獣"になりたいのだ。

其処へあたかも名誉であるかのように留学生に任命され、サッサと送り出されてしまった。

激しい抵抗(物理)もアラネアとの本気の攻防により相殺されてしまい、学を収めて来いと満面の笑みでブン殴られた。

 

知恵を得た獣など牙を抜かれた家畜だ。

最早ディザストロに対する愚弄に近い親切心に怒りを通り越して疲弊すら感じる。

なんでもいいから早く戦さ場に帰してくれ。

こんな平和と歴史と文明が取り柄の街を態々壊すのも面倒くさい。

ちょっと外に出れば殺し合いのできる獣などいくらでもいる。

兵をしても碌に性を満たせないならハンターと傭兵に戻ればいいだけなのに、誰もそれを許してくれない。

 

強行作戦もアラネアがいれば止められてしまう。

世が平和になれば程の良い兵器だった狂乱者も唯の厄介ごとの種にしかならない。

そう言う者から平和の世で淘汰されていく。

だからその前に"人間"になって来い、とはアラネアの言葉だ。

最後に暴れて死ねるのならそれ以上の幸福は無いのに面倒を押し付けてくる。

これでは華々しく大輪の朱を散らして死ぬこともままならない。

 

平和とは"獣"の檻だ。

これではケージに収められた飼い犬だ。

同種の狼ですら鼻で笑う従順な愛玩動物だ。

それが悪だと断じるほど偉くなったつもりはないがディザストロとしては最低最悪なことなのだ。

 

はぁ…と思わず漏れてしまうため息をかみ殺す事なく吐き出し、応接間のソファーにぐったりと座る。

愛用の斧を抱え込むように抱くのは獣としての種を主張する構えだ。

最後の抵抗とも言えるソレを招く側のルシス国王を護衛する者が鼻で笑うのも当然の帰結。

あまりにも無様な姿に涙がちょちょぎれそうだ。

 

きっとこう思っているに違いない。

かつて戦さ場で血塗れ将軍と名を馳せた異端者も、平和の中で見ればただの若造だ。

武器を捨てきれぬ生粋のジャンキーでなければその辺にいたって違和感がない。

仲間の血を多く吸ったその斧さえなければ今すぐ首をはねてしまいたいほど恨んでいるそいつがその辺にいるだけで吐き気がするけれど、と。

 

コンコンコンッと控えめなノックを合図に先導者が応接間を出ていく。

同時にディザストロも立ち上がり、軍服を整えて嫌そうな顔と共に玉座の間へと歩みを進めた。

 

 

 

 

 

初めて見た玉座の感想は酷くありきたりだ。

 

皇帝陛下の居城はいけ好かない。

それと同じものを想像していた故にいい意味で裏切られた気分である。

ルシスの国王の玉座は神秘だった。

趣向を凝らした職人の技だ。

傭兵をしていた時代、金持ちの相手をすることもあったが成金などでは到底及ばない品位と威厳がある。

これがイオス初の王国として神代から世を紡いできたルシス王国というものなのだろう。

美に関して感心も観る心もないがこれは美しいと感じる。

そういうものだ。

 

頭を垂れたディザストロに面をあげよと優しい声音で告げだ第百十三代国王レギス・ルシス・チェラムは思いの外、歳をとっているように感じる。

戦役中に何かの折に役立つだろうと魔法障壁も学んだがその影響が色濃く出ていた。

命を賭してまで他を守る様はまさしく為政者に相応しい行動だろう。

(まつわりごと)を司る者とはこのような人物を指すのだ。

今のイドラ皇帝にこのような風格は微塵もない。

流石はルシスの国王、と言って然るべきだろうか。

 

「遠路はるばるよくぞ参った。長旅で疲れただろう。直ぐに其方が暮らす場所に案内させる。これから三ヶ月、互いの和平のため友好の時を過ごすことを期待する。」

「ルシス国王陛下にお言葉をいただけるなど身に余る光栄にございます。必ずやご期待に添えるよう、尽力致します。」

 

するかバーカッ!!

なーにが友好だ!和平だ!

そんなもの無い方がいいのさ!

人間が望んでいるだけで獣には関係ねぇよバーカ!

 

などと罵れれば気も晴れるのだがそんな訳にはいかない。

獣が人間の愚かさに同乗して欲を満たすために得た"空気を読む言動"という奴だ。

どんなに面倒臭くても人の世がなければ獣は欲も性も満たせない。

なんたる皮肉かしれないが、同乗してしまうのが一番楽なのだから仕方ない。

 

一介の兵が面会できるだけでもそれは大それたことだ。

直ぐさま急かされて追い出されたディザストロは王城の外へと出る。

事前にアラネアに聞いた話が正しいのならそれなりにお高いマンションに住まいが用意されているとか。

政府が所有している他国の重鎮来賓用マンションだ。

警備のしやすさもさる事ながら美意識や技術力の高さを表す街の景色を一望できる最上階。

その一角にこれから住まうことになる。

 

羨ましいとビックスとウェッジに本気で殴られ、アラネアにいい笑顔でサムズアップされた。

ディザストロ的には力となる技術力も金となる美しさもましてや身を守る警護も必要ない。

路上に捨てられた方が何百倍もマシだ。

監視付きのちょっと豪華なケージと大差ない。

さっさとこんな所おさらばしたいものだ。

 

再び出た溜息を今度こそ噛み殺して、案内人の背を追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「佇む月に世を吠える。我、獣なれど世を儚む。滅びの戦、終焉となりて我が慟哭に答えるものなし。アオーンとか吠えてみるべき?」

「ーールシスまで行ってみたらちょっとは人間らしくなると思ったけど、ただの犬っころになっただけね。首輪がついた分狂乱なく静かになったわ。」

「辛辣なことだ。」

 

戦がないから暇で暇で仕方がないのだとそれっぽく言ってみたけれど、アラネアには只の馬鹿げた嘆きにしか聞こえなかったようだ。

呆れたような音声が電話口から聞こえてくる。

頼る者がいない上に四面楚歌の世界で心細いとありもしない建前の上で電話をかければ呆れた声ばかり帰ってくる。

本当はアラネアだってルシスに来たかっただろうに留学生は一人だけだ。

もう少しマシな決め方はなかったのかと政府首脳部に問いたい。

 

ディザストロを犬っころだと称す愛すべき上司のアラネアはガヤガヤとうるさい音声に眉をひそめる。

これから暮らす豪華絢爛なマンションからかけられた電話というより下町に降りてきたような喧騒だ。

面倒くさがりのディザストロがそのような行動に出る理由がわからない。

護衛と言う名の監視もついて外に出るにも鬱陶しいだろうに。

 

「ーーアンタ、今どこにいるのよ。」

「ちょっと下の方にある繁華街さ。色街が近いから深夜近い今は余計に煩いかもなぁ。酒飲んで飯食ってどんちゃん騒ぎって雰囲気。」

「ーー酒?娯楽を忌避するアンタが。酒?」

「いつ死ぬかもしれん戦時中の娯楽が酒だったとして、俺の娯楽は戦そのものだ。酒を飲む道理も意味もない。今は理由がある。それだけさ。」

 

戦時中はいついかなる時も死を覚悟するのが軍人というものだ。

けれど気を張り続ければそれだけ疲れる速度が速くなる。

時には休むことも、心を潤すことも必要だ。

故に人は遊びに走る。

酒もその一種だった軍部でディザストロは酒を一切飲まなかった。

飲めない奴はいても己の意思で飲まないのはディザストロだけだった。

それがルシスに行って"理由があるから飲む"とは一体どんな理由なのか。

 

そも、戦が娯楽だと言う言動を慎んでほしいのだがアラネアは聞き慣れすぎて訂正を忘れた。

 

「報告書は後で送る。今日は一目でわかる街中とか食べ物関連しかないが…一日目だから大目に見てくれ。細かいところは随時報告する。」

「ーー仕事する気あったの!?」

「傭兵業は依頼達成率が命だぜ。軍部にいても命令違反と言い切れる行為はしてないだろーが。」

 

最初から傭兵に戻る気満々だったのか、確かに問題行動はあっても命令違反は無かった。

抜け目のない行動に舌を巻く。

これで人間に殺意さえなければ優秀な部下と言えるのだが。

生憎なことに"命を奪う"行為に悪い意味で分け隔てない。

全くもって度し難いものだ。

 

「留学っても学校に通うわけじゃねーし、一応王の剣と王都警護隊の管轄下になるしで、自由ってわけじゃねーのが難点。見たいって言えば一先ず見られるかもしれねーからそちらの指示を仰ぐ形で暫くやるつもり。」

「ーー上に言っておくわ。三ヶ月、宜しくね。」

「応さ。んじゃ一週間後の定期連絡で。」

 

プツッと切れた携帯をしまってビールの入ったジョッキを揺らす。

視界の端一席とジョッキに映る後ろ二席、少し離れたところの一テーブルが王の剣達の監視だ。

私服でもよく覚えている顔ぶれ。

"奪い損ねた命"をよーく覚えている。

計六名の警護兼監視とは中々豪勢だ。

そこまで警戒されているとはさすが名前付き(ネームド)

終戦が見えてきても未だ戦争中だ。

 

しかしこれでは一通りの地方料理と酒を頼むなんて珍しい行為でちょっと機嫌がいいのに、無粋な視線が突き刺さって実に不愉快だ。

もともと大して味のわからない酒がより一層難解な味になると言うもの。

ちょっと遊んでやるつもりでニヤケ顔のディザストロは一番人の多い、離れたテーブルに歩み寄った。

 

「はぁい。大魔法の時はよーくもやってくれたなー魔法使いチャン。撤退戦と防衛戦で俺にククリ投げつけた英雄クンと殴ろうとしてきた王の剣クン。」

 

一瞬でその場が凍りついた。

だがそれがどうしたと意にも返さず、椅子を引っ張ってそのテーブルに持って来た食べ物とビールを無遠慮に置いた。

話しかけられた彼らはその容姿を忘れもしない。

数多の仲間をこの世から葬り去ったアルビノの真っ白な男。

狂気に染まったあの紅い瞳が今は鳴りを潜めていたとしても、その醜悪さは記憶から消えない。

 

自分達が覚えていたようにディザストロもまた、戦役中に逃した敵の顔を全て覚えている。

いつか戦場でまた合間見えた時次こそは奪う為に。

終戦して仕舞えばその願望もかなわないが。

 

「留学生が俺とか正直意味わからんけどこれから三ヶ月宜しく頼むわー。」

 

冗談ではない。

こんな悪魔と一緒にいたら気が狂う。

しかしこの悪魔はあろうことか国が招いた客人だ。

争いごとを起こせば停戦協定が白紙に帰ることもあり得る。

それだけはあってはならないのだと三人は口を噤んだ。

 

喧騒の中にお通夜のような静けさが漂ってもディザストロは気にしない。

この三人は"ハズレ"だ。

戦う気概がない。

自ら剣を持たない市民に手を出しても後の世を生きにくくするだけ。

他の周りを見ても皆外交を気にして何も告げない。

それでいい。

目は口ほどに物を言う。

その目の中に暗い何かがあることをもう気づいてしまったのだ。

 

よくて反乱軍。

悪くて買収。

面白くてどちらもだ。

停戦協定の内容を先に知らされた地方民を買収し、停戦協定の最中ギッタンギッタンにブチのめす。

この留学前に宰相がボソッと言った汚い!流石宰相汚い!なんて案件だ。

わざと聞かせたのだろうがこれはなんとも面白い空気だ。

裏切り者と敵国と飲む酒。

これ程馬鹿らしい席はない。

 

「ほーんと、人間って…。」

 

酒の味も人が追求した欲の権化だ。

飯の味も人が求めた快楽の象徴だ。

正義など人の主張で正義と正義がぶつかり合えば阿呆らしいことに戦争になる。

そこに乗っかる己も己だが中々どうして面白いことばかり尽きぬのか。

暗ーくて暗ーくてどーんよりした欲。

何も口に出さないこの三人もきっと今すぐディザストロを殺したいはずなのにお利口な忠犬を気取っている。

お高くとまってさぞ気分がいいことだろう。

 

ディザストロには全く理解できない感性だ。

また起こるかもしれない戦争などこの先、生きていればゴロゴロある。

人の生き死になどに意味はない。

死体は醜悪な肉塊だ。

人の死が嫌いなのではない。

そこに転げ落ちた肉が毒が、吐き気がするほど気持ちが悪いものなのだ。

それらを飾って地獄絵図だと馬鹿笑いするのが最近のマイブームなのだけれど、誰か理解してくれないだろうか。

 

「んん、酒を飲むと思考がダメだわ。さっさとかーえろ。」

 

ずっと足元に転がしていた大斧に部類する愛用の斧の入ったケースを担ぎ上げ、席を立つ。

酔いすら回っていないけれど娯楽の中に身を浸すとどうも思考が飛躍する。

あの寝心地がいいようで軍人には毒となるベッドで寝るのは嫌なので斧を抱えて床で寝よう。

 

一言も会話をしなかった王の剣達を見ることもなく、人間にしては高い身体能力でその場から去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

翌朝斧を持って目を覚ましたディザストロは人の気配がないことを確認してから今日の予定を確認する。

二日目は王城を探索できる。

宰相に念を押されて頼まれていた"例の依頼"を片付けるには今日がベストだろう。

 

あの人も食えない人だ。

どれだけトチ狂っていてもディザストロが仕事だけはきっちりこなすと理解している。

使えぬところは使えぬと、断じる割にこなすところはこなすと判断する。

あれは人を使い慣れている。

その分面倒ごとが増えるのは些か問題だけれど。

 

「さ、行くか。」

 

立ち上がったディザストロは斧を担いだ。

 

 

 

 

 

王城というには近代的なビルの中に王族の居住区が存在する。

情報が正しければ今年二十歳になる一人息子ならぬ一人王子様が居たはず。

六つも下の王子様がどれ程の甘ちゃんなのか気になるところだ。

ディザストロはゼロ歳で施設に預けられ二歳で施設を出て四歳でハンターとなり規定の十六歳で傭兵になった。

 

武器となりうる斧は生まれた時から何故か側にあり、これだけはずっと持ち歩いている。

最初は引きずってしまうものだから磨り減るかとヒヤヒヤしたものだ。

今はこの斧が所謂"神からの贈り物"だと知り、相当の無茶をしなければ決して折れないと気付いている。

成長に合わせて斧の大きさが変わるのだから、折れるという概念すらないかもしれない。

 

何はともあれ神秘と共に生きてきたという点、実はディザストロは神の縁者だ。

誰にも告げたことはないけれど密かにその王子様やレギスに親近感を沸かせている。

宰相からのご依頼は王子様との接触、及び信頼関係の構築。

何も知らない帝国兵を装い、ルシスに益をもたらす内通者として接触せよとのこと。

つまり二重スパイ、と表現するには関係が複雑だ。

 

帝国の情報を流しておきながらルシスの情報を宰相に流す。

しかしそこに帝国は関与せず、あくまで宰相個人への報告だ。

あの人一人だけ世界のあらゆる面を覗き見する権利を得たわけだ。

宰相の指示に従い今後も長らく動いていく、だいぶ古い様式の傭兵契約もした。

この契約は達成されるまで契約違反などの特殊な事例がない限り、どちらの一存でも破棄できない特殊な依頼だ。

その際、宰相が実はとんでもない黒幕野郎でディザストロより頭がおかしいのだと知ったとしても後の祭りだった。

依頼人がどんな人でも請け負うのがディザストロのポリシーでもある。

 

「さてさて、王子様は一体どちらかなーっと?」

 

ルシスの王城は帝都でもピカイチに趣味の悪いジグナタス要塞より断然王城らしい。

御伽噺に出てくるような宮殿より近代的なタワーマンション風なのは少し残念だけれど、景観に合わせるならこれで正解なのだろう。

荘厳な宮殿ならばテネブラエのフェネスタラ宮殿で見られる。

 

王城内で探索できる場所は限られており、クリスタルが保管されている部屋や王族の居住区には潜入できない。

クライアントであるアーデン宰相からのオーダー内容は"留学生とし勤勉に務めつつ、王子と友人に類するコネクションを手に入れること"なのだ。

潜入は"勤勉に"の部分を無視してしまう行為。

許された行動範囲内で王子に定期的に会える場所を見つけなければならない。

 

十九歳の王子様がどのようなルーチンで日々を過ごすかなど、平民のディザストロには検討もつかないのに。

あの宰相もとんでもない無茶をオーダーしてきたものだ。

 

「うーん…城で会うとかは無茶だよなぁ。」

 

目立つ白い軍服と明らかに凶器が入っていそうなケースを担いで、街中を歩いて行く。

ちょくちょく視線を感じるのは昨日確認した監視兼護衛の連中とこちらを見てしまう一般人だろう。

遠いほうの視線は動きからして俺一人を注視しているというより周囲に気を使いながら悟られぬよう隠れている雰囲気だ。

 

要人として振る舞うのも微妙だろう。

こそこそ見られる側はたまったものではないが、致し方ない。

さてどうしたものか。

 

道沿いに立ち並ぶ店を覗き、街行く人の姿を観察しながら王城からほど近い商業区域に出る。

ここにもあるのかと驚くことにクロウズ・ネストがあった。

ダイナー形式のファーストフードショップが王都にある理由がさっぱりだ。

というかクロウズ・ネストどこにでもあるな。

 

マンションに用意されている食材は高級志向すぎて手をつける気にならなかったが、なるほど。

街に出て己で食材を買えばいいし、外で済ませても良いのだ。

盲点だった。

いつもレーションで食事を済ませてはアラネアに叱られてご馳走になっていたからすっかり調理まで頭が回らなくなっていた。

 

小腹も空いてきたし、腹が減っては戦はできぬなんて諺もある。

戦はもう終わったけれどディザストロにとってこれからが正念場だ。

厄介な奴の依頼を達成するためにもまずは食事にしようとクロウズ・ネストに入った。

 

中はやはりというかダイナー風で時間が少しずれているからか客はいない。

アルバイトと思われる金髪と黒髪の店員が二人だけ…黒髪?

思わず二度見をかまして黒髪の方を見ると酷くやる気のなさそうな風貌。

まだ子どものような気の抜けた雰囲気の中に合わない剣を持ったことのあるような筋肉のつき方。

 

カウンターから覗く無骨な手。

金髪の方も帝都でよく見る銃を握る手だ。

何より出立前に見せられたどこから入手したのかもわからない隠し撮りのような王子の写真に酷似している。

棚からぼたもちも良いところだ。

こんな幸運滅多にない。

 

まさか王子様がイオス全域に店舗を展開する大手チェーン店でアルバイトをしているなんて誰が思うか。

 

にやけそうな顔をしまってケースを担ぎ直すとカウンターへ向かう。

金髪と談笑していた王子様がこちらに気づくと一瞬怪訝そうな顔をしてぶっきらぼうな姿勢を崩さない。

接客業に向かなそうなタイプだ。

 

「ご注文は?」

「ケニーズ・サーモン。コーヒーはエボニーある?」

「…ルシスじゃマイナーだぜ。」

「そっか。じゃ、普通にコーヒーで。」

 

やはり王子と言うべきかニフルハイム帝国の軍服に動揺を隠せない。

 

しかし妙だ。

王の剣のように嫌悪感を露わにするでもなく、王の様に見てくれの歓待をするわけでもない。

ハッキリとした動揺だ。

留学生について知っていても出会うことはない、とタカをくくっていたかのような。

戦争と無縁に生きてきたような間抜け面だ。

 

実に不思議な顔に興味深そうなスタンスでじっと見つめていると、向こう側も訝しげな顔だ。

どちらともなく見つめ合っていると金髪の方がそろそろと声をかけてくる。

 

「あ、あの…二人とも知り合い同士?」

「初対面。」

「同意しよう。とは言え、俺は君の顔を知っているけどね。」

「俺もアンタの顔は知ってる。…あんまり関わるなって護衛に言われた。」

「実に最もな意見だなぁ。」

 

調理するだけになっているケニーズ・サーモンを出しながら、和やかな表情を浮かべる。

好青年の顔を多少脱いだ素に近いディザストロの顔に常識を塗りたくる。

信頼を勝ち取るために"当たり前"を持たねばならない。

まずはお友達から、という奴である。

 

「お隣の子はお友達かな。初めまして。ニフルハイム帝国から留学してきたディザストロ・イニティウムだ。」

「て、帝国から!?」

「あれ。軍服に見覚えないか。」

 

壁の外について詳しく知ってる王都民の方が少ない。

こんな情報嘘に決まっているなんて鼻で笑ったが、本当に知らないらしい。

戦争中だとしても魔法障壁に護られてのうのうと生きているわけだ。

巨大な街はちょっと立派なジオラマと変わらないようだ。

ディザストロだったら耐えられない生活だ。

 

「停戦協定までの場つなぎ、真の意味での友好関係、技術の視察…理由を列挙すればきりがない。派遣に一兵卒が選ばれたのは謎だけどね。」

「ふーん。」

「ほぇ…大変なんですね…?」

 

なんだこの子供。

仲良くする気概どころか相手するのも面倒くさいみたいな雰囲気出してきて。

捻くれ坊主とか聞いてない。

 

「あの、そのケースには何が入ってるんですか?」

「これ?開けてみる?」

 

愛用してはいるがいつ無くなっても別段構わない斧のケースをカウンターに乗せる。

重苦しい音を立てて置かれたケースを恐る恐る開ける金髪君は中身を見て悲鳴を上げた。

 

「ひえぇ!?鎌!?デカァ!?」

「これは斧だよ。片手斧に相当する。結構軽いよ。」

「どう見ても鎌だろこれ。」

 

興味はあるのか言われるままに金髪君が持ち上げようと片手で持つが一向に持ち上がらない。

ピクリとも動かない斧に痺れを切らして両手で掴み始めたが、結果は変わらなかった。

 

「も、持ち上がらないよ!」

「プロンプト。俺も。」

 

金髪君はプロンプトって名前なのかーと眺めつつ今度は王子様が斧に触れた。

片手でチャレンジし、撃墜。

今度は両手でトライし、諦めた。

 

「無理これ。重いとかじゃねぇ。斧に持ち上がる意思がねぇ。」

「えぇ…武器に意思とかあるの?」

「あるよ。"神性武器"ならね。」

 

今度はディザストロがいつものように軽々と持ち上げ、肩に担ぐ。

さすがルシスの王子様と言うべきか神性武器の存在を知っているとは。

もはやイオスには一本も存在が確認されていない神から賜る伝説級の武器に付与された特性だ。

 

「…アンタ、ルシス出身者だったのか。」

「ええ!?帝国軍人さんなのに!?」

「いや別に帝国生まれだけど。」

「どう言うこと!?」

 

歴代の神性武器持ちがルシス出身者に多かっただけの話だ。

神代の大戦で神の使徒として戦った奴らはもう既にいなくなり、武器も所在が知れぬまま。

そのあとポツポツと生まれた神性武器持ちもいたがここ百年は存在しないとされていた。

ディザストロの存在も認知されていない故に今もいないと記されていることだろう。

 

もしディザストロが神性武器を持っていると知れればその身柄を確保され性格故に良くて幽閉悪くて処刑だ。

わかっているからこそ黙っていた情報を惜しげもなく開示する理由はクライアントからの命令だから。

本当に面倒な命令下してくれたものである。

 

「ふーん。"勇者"って実在するんだな。」

「結構詳しいんだね。本人でさえ軍部のデータベースをハッキングしないと知り得なかった情報なのに。」

「俺場違いすぎてついてけないよ…。」

 

サラリと犯罪行為をこぼしたがバレなければ罪には問われない。

勇者とは神性武器を賜った人類を指す。

なにかを"新しく始める"力があり、些細なことでも大きなことにしてしまう。

言の葉への力の乗り方が常人とかけ離れているのだ。

 

ディザストロ・イニティウムとは"厄災の始まり"を指す。

その名を冠する限り、己を頭から作り変えない限り厄災を振りまき続ける歩く自然災害だ。

しかし神性武器を与えられ勇者になったから善い行いをしなければならない、などと言う決まりもない。

阿鼻叫喚の地獄絵図を作り上げても誰も文句を言えない。

それは神性武器を押し付けた神の采配が悪かっただけ。

 

「王子様はこんなお話も知ってる?」

「なんだよ。」

 

面倒臭そうな奴だと呆れたように見られてもディザストロは動じない。

きっと次の言葉を言えば彼は必ず"始まり"を迎える。

俺の手の中で転がる"始まり"を。

 

「勇者は、ルシスの王族の魔法を文字通り"斬れる"って話。」

 

カウンターに寄りかかっていた上体が僅かに起き上がった。

仲間外れにされていた金髪君も顔を上げる。

探るような王子様の目に好戦的な目を向けると、納得したように頷いた。

 

「アンタはそれを試したいっての?」

「出来ればお手合わせ願いたいかな。」

「ふーん。」

 

王子と厄災が混じり合う。

光と破壊が見つめ合う。

常識と狂気が相見える。

お互い無音が続いた。

 



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