湊ちゃんリトライ!(仮) (生ハム)
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1.復活祭

 獣の鳴き声が聴こえる。

 

 ――あれから、どれほどの時間が経っただろう。

 既に記憶は摩耗し、意識が表出する機会も初期に比べればかなり減っている。今もいつまた意識が闇に閉ざされるか分からないほどのギリギリの状態でありながら、どうにか意識を保っている。

 何故、そこまでできるのか。自分のことながら、もはや断片的にしか記憶の海から汲み出すことが出来ない。それでも、それさえ残っていれば自分は大丈夫だ。そう確信することだけは出来た。

 

 獣の鳴き声が聴こえる。

 

 意識が表出しているときに知覚するのは久しぶりだな、となんとなく思う。もしかしたら昨日や一昨日の時点で意識が表出していて、獣の存在を知覚していたのかもしれないけれど、あまりにも意識が深く沈んでいたせいで時間感覚がよく分からない。

 それに、そんなことはどうでもいい。あの獣の姿をした人間の悪欲の総意が活性化しているならば、そちらに意識を向けなければ。

 

 獣の鳴き声が聴こえる。

 

 思い出せる範囲内で、これほど鳴き声が聴こえたことがあっただろうか。

 ……ないわけでは、ない。遥か遠いあの日の思い出。その最後の名残。残滓に近い、同一時間軸の二つの思い出の片方に、確かにある。でも確かその時は――

 

 獣の悲鳴(・・)が聴こえる。

 

 雄叫びのような鳴き声ではなく、今のような悲鳴の声が……。

 ……何故、悲鳴が聴こえるのだろう。記憶を汲み出したと同時に沈みかけた意識を咄嗟に引き戻す。

 そう、あの時。大切な人たちがが獣と相対し、対峙し、鎮めた。その時に戦いがあった。だから戦いで弱まった獣は悲鳴をあげた。

 その時以外で、悲鳴を聴いた覚えはない。少なくとも、意識が表出している時には。

 ……誰かが獣と戦っているのだろうか。

 

 獣の断末魔のような悲鳴が聴こえた。

 

 まさか、鎮めたのだろうか。知覚できる気配は獣を除けば一人分。一人であの獣を鎮められる者などいたのかと思いつつ、獣が鎮まったのだからと限界に近い自意識をまた深く深く沈めようとして――

 

「お久しぶりでございます」

 

 ちょっと仕事をしようかワイルドパワー。もとい、ユニバースパワー。

 封印の軸となる自分の意識を浮上させて世界を俯瞰するくらいの奇跡は気まぐれになんとなく起こしているのだ。今のように。その奇跡の時間を伸ばす程度どうということはない。

 むしろ彼女相手にそれを怠るなど、上からダメージ限界突破メギドラオンが降ってくる絶望を許容するということに他ならない。

 彼女の声を聴いただけで彼女が関わる記憶がほぼ全て浮かび上がってくるのだ。その強烈さといったら他に類を見ない。だって彼女は史上最凶のエレベーターガールなのだから。それなら一人で鎮めることが出来るというのも納得だ。

「どうやら意識が残っているようで。言葉を交わせないのは残念でございますが、どうか、そのままお聴きください」

 彼女は一拍置いて話し始める。

「本日、イースターというものらしいのです」

 イースター。確か、磔にされた救世主が復活した日を祝うものだったはず。あまり縁がなかったからか、その程度の知識しかない。知っていたとしても思い出せない。

「またの名を、復活祭。生憎、三日後に復活などということは出来ませんでしたが、さほどの年月を待たずして条件がそろったのです。……いいえ。正確には、これから条件が揃うのですが……」

 彼女は一度息を吸い、吸った時よりも長い時間をかけて吐いた。

「私は、私共は、貴方を救いに参りました」

 

 

 平時とは違う大きな月を見上げる。上弦の月に近い形を見て満月が近いことを認識する。

 満月。夏ごろからみんなと忌々しく思い、しかし期待をしながら見た満月。何をしていいか分からないままただ見上げた満月。覚悟をして見上げた満月。全て、みんなと共に見た。

 しかし、今は月を見上げたところで、何も思わない。

「眠れないの?」

 少年の声が暗い部屋に響く。

「思い出していたんだ。エリザベスが来た日のこと」

 少年に振り返りながら言う。日付的には今日だから、と付け加えれば少年は納得したようになるほどと言って頷いた。そして少年は、気持ちはわかるけどと言いながら少し苦笑する。

「でも早く寝た方がいいんじゃないかな。そろそろ挨拶回りとか、荷物の整理とかしないといけないんじゃなかったの?」

「……そうだね」

 窓から離れて起きた後のことを考えながらベッドへ歩く。ベッドの上に座ったところで、少年が口を開いた。

「ねえ。約束、覚えてる?」

「……覚えてるよ。僕らの、最初で最後の約束だから」

「ああ、また口調戻ってるよ。もう君は――」

「女の子なのに?」

「そう」

「お母さんみたいにしつこいね?」

「僕は君にとって息子のようなものなんだけどね?」

 二人目を見合わせて笑う。そして二人同時に口を開いた。

 

 ――約束だ。僕が必ず、君を生かす。



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2.初対面

 少女は部屋に入って扉を閉じ、扉に寄りかかって耳を澄ます。扉が閉じるまで見届けた彼女が部屋から離れていく足音を聴く。聴こえなくなったところで溜息を吐きながらずるずると座り込んだ。

「……ねえ」

 誰もいない部屋で少女は誰かに話しかけるように声を出す。本来ならば返ってこない返事。しかし少女は気にせずに言葉を続ける。

「本当にさ、終わった後に言う事じゃないんだけどさ。もはや手遅れのことを嘆いたって仕方がないんだけどさ」

 少女は天井を見上げて目を閉じる。一度息を吐いて、吸う。そして目を見開いて言った。

「わざわざ影時間の間に到着する必要なかったよね⁉」

 どこからともかく「それについては本当にごめん!」と言う少年の声が聞こえたような気がした。

 

 話は現実の時間で言えば数分、だが体感時間で一時間ほど前まで遡る。

 

 

 『前回』のように電車の大幅な遅延に巻き込まれて駅に着いたのは日付変更前。運命のようなものを感じながら改札を通る。

 イヤホンから聴こえる曲に合わせて鼻歌交じりに歩いていると、突如駅構内の明かりが消えイヤホンから曲が聴こえなくなる。

「……」

 始まったか、と他人事のように思う。この先を思って溜息を吐きながら、駅を出るために歩き始める。

「やあ。この場所で、この姿で会うのは久しぶりだね」

「……なんでいるの?」

「まぁ、そのあたりの話も含めて歩こうよ。一緒にね」

 駅を出たところでいるはずのない少年に声をかけられる。一、二度瞬きをし思わず声を上げた。その声に笑いながら、彼は一緒に歩くことを提案してきた。

 『以前』は引きずり回された覚えしかないので嫌な予感しかないまま、しかしその提案に頷く。

 良かった、と笑い歩いていく彼。付いてくるのが分かっているからか振り返ることはない。置いて行かれるわけにもいかないので足早に彼を追う。

 彼――つまり、望月綾時を。

 

 影時間の中を綾時と歩く。寮の方向へ歩いているとはいえ、その歩調は遅い。

 綾時は楽しそうに歩いている。共に歩いているというのが良いのだろうか。

「もちろん。湊と一緒にいれるだけでも嬉しいのに、一緒に歩いているんだよ?」

「……読むな」

 なぜさらっと心を読んでくるんだ。

「我は汝、汝は我っていうからね」

「……で、なんで――」

「ここにいるのかって? 湊と一緒にいたかったからね。これから先なかなか現れることは出来なさそうだからね」

「……どうして」

「この姿なのかって? 湊と歩くなら、こっちの姿の方が良かったからね」

 綾時の言葉を無視して自分の疑問を口にする。無視されたことを気にすることなく綾時は疑問の言葉を全て聞く前にその疑問を当て、答えを言う。

 この流れ、いつかあったような気がするなと思いながら次の疑問を投げかけた。それに綾時は答えたが、その答えはあまり納得できるものではない。

 この時点で望月綾時であるはずがないのだ。普通ならば。

「あー、宣告者の僕ではなくて、タナトスの僕である、って言えば納得してもらえるかな?」

 それなら納得した。

 

 それからほんの少しの会話と寄り道を交えながら寮の前までやって来た。

「これなら『前回』と同じように彼女たちに会ったところで影時間が終わるかな」

「調整してたの?」

「そうでもしなきゃ、体感で30分くらいは余裕を持った状態でここに着いちゃうでしょ?」

 確かに、『前回』は翌日学校へ行く際に迷わないよう暗い中地図や道の確認で止まりながら進んでいたから影時間が終わる少し前に寮にたどり着いた。しかし、今回はその必要がない分すぐにたどり着いてしまうだろう。それを避けるために寄り道を交えた散歩を敢行したようだった。

「それじゃ、またあとで。良い旅を祈るよ」

 僕が言えたことじゃないけどね、と言い残し、綾時は闇に消えた。

 最後の言葉に言いたいことがないわけではなかったがどうせいつでもいるのだから、いつでも言えるか。

 一度深呼吸をし、寮の扉を開き、中に入る。

「……どうしろと」

 影時間であるため中は暗く、出待ちしているはずがないのだから一階に人はいない。いるとしたら四階だろうか。

 それを証明するように少し経ってから階段を下りる音が聴こえてくる。最も、降りてきた彼女の姿を見てようやく気付いたくらいにその音は小さかったが。

「――誰!」

 扉の前で立っている自分の姿を確認した瞬間声を上げる彼女を見て、始まってしまうのか、となんとなく思った。

 

 

 『前回』と同じような流れで彼女――岳羽ゆかりに案内されたのは、以前とは違う一つ上の階。三階の奥の部屋だった。この身は女のものだから当然なのだが。

 奥だから覚えやすいね、と彼女は言ったが、『前回』も奥の部屋であったことから二階と間違えないようにしなければならない分、覚えやすいのに間違えやすい。最も、その悩みが伝わる人間などいないのだが。

 渡された鍵を使って扉を開き、中に入る。

「あ、待って。ちょっと訊きたいんだけど、いいかな」

 その言葉を聞いて彼女の方を振り向いた。『前回』も何か聞かれたような気がするが、なんだったか。

「駅からここまでくる間、ずっと平気だったの……?」

「…………平気だったけど、どうして?」

「あっ、ううん! 平気だったならいいんだ。気にしないで」

 影時間の間のことだったのかと一瞬面食らい、咄嗟に悩む素振りを見せてから返答する。返答までに妙な間があったが、彼女は気にすることなく――むしろ先の自分の発言を誤魔化すように言葉を重ねた。

「変なこと聞いてごめんね、それじゃ、私はもう行くから。おやすみなさい」

「……おやすみなさい」

 また、妙な間を開けてしまった。おやすみなさい、なんて言葉を他人に言うのは何年ぶりだっただろうかと思う。とはいえしっかり返事をして、そしてようやく扉を閉めた。

 思わず、閉めた扉に背を預けて寄りかかる。ここまでの一連の流れにボロがなかったの確認に思考を回しながら、ゆかりがこの部屋から離れて、まだ一階にいるであろう彼女――桐条美鶴先輩に合流するために向かう小さな足音を聴く。

 そして、その間に部屋を見ていて気付いてしまったことへの嘆きを溜息へと変えて、扉に寄りかかったまま座り込んだ。

「……ねえ」

 平坦な声にどことなく恨みが籠っているのは気のせいではないだろう。自分にまだ素で感情を出せる余地があったのかと少し驚きながら、しかし言わなくてはならないことを言うために言葉を重ねた。

「本当にさ、終わった後に言う事じゃないんだけどさ。もはや手遅れのことを嘆いたって仕方がないんだけどさ」

 天井を見上げる。何故気づいてしまったのか。自分も関係していたとはいえ些細なこと過ぎて――他のメンバーにとっては些細なことではなかったかもしれないが――忘れていたのだから仕方がない。落ち着くために目を閉じてゆっくり深呼吸をする。そして目を開き……この位置からは見えないが、カメラの方を向いて、言い放った。

「わざわざ影時間の間に到着する必要なかったよね⁉ カメラあるんだから!」

 頭に「それについては本当にごめん!」という声が響く。そしてその声は「でもそんな些細な事覚えてるわけないじゃないか!」と抗議の声を上げた。

 まぁ、自分も忘れていたのだからこれ以上責めることは出来ない。『前回』のいつだったか。各部屋に取り付けられているカメラで、大型シャドウがやってくる日まで影時間の間監視されていたということをゆかりに聞いたが、どうでもいいと流した。

 今になって思う。全然どうでもよくない。

 影時間内に彼女たちと必要以上に話すことがないように気を使われていたのは分かるが、カメラがある時点で、影時間が終わった後に寮へ行ってもよかったのだ。この寮に来た時点で、そもそもこの地にいる時点で監視されているのだから。今日影時間に充分適応していることを示す必要はなかったのだ。

「……寝よう」

 部屋にある荷物を解き、寝支度を済ませて早々ベッドに潜る。

 あれほど後悔のような思考をして、別にどうでもいいじゃないかと結論を下した所なのだ。それがなくとも、歩調は遅かったとはいえ綾時に散々歩かされたのだ。歩いただけとはいえ、影時間内にあれほど動いたのは久しぶりであったため疲労も溜まっている。

 頭の中に響く「おやすみ」という声を最後に、意識は闇に溶けた。



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3.魔術師

 ――4月7日。朝。

「今日からこのクラスに新しい仲間が加わります。……ほら、自己紹介」

 クラスの面々を眺めていたら、この2年F組担任である鳥海先生に催促される。すかさず人受けが良い笑みを浮かべた。

「有里湊です。みんなと仲良くできたら嬉しいです。よろしくお願いします」

 貼りつけた笑みの裏で、綾時はどう言ってたかなと考えながら。

 

「よっ、転校生!」

 始業式であったのだからホームルームが終わると放課後になる。そのタイミングで転校生に話しかけに行く人が多いが、今回は――今回も、彼が最初に話しかけてきた。

「じゅ……帽子、さん?」

「いや、帽子かぶってるからってそんな呼び方します!? 普通名前で……あ、そっか」

 一瞬名前を呼びかけて名前を知らないはずだからと堪える。そして代わりに口に出せたのは彼のトレンドマークとも言うべき帽子に敬称を付けたものだった。自分でもどうかと思う。

 彼は一度ツッコミをしたところで名前を名乗ってないことに気づいたのだろう。一度口を閉じ、仕切りなおすように一度咳をした。

「俺は伊織順平。ジュンペーでいいぜ」

「よろしくね、順平。私のことも名前でいいよ!」

「いやいやいや、名前で呼ぶとか恐れ多いって!」

 笑顔でこちらも名前で呼ぶよう言うと、順平は手を横に振り慌てたように遠慮した。頭の中でもう一人が溜息を吐いたのがはっきりと判る。

 慌てたように付け加えられた「有里って呼ぶからな!」という言葉と、同居人の反応に何故だ、と思いながらも順平の『転校生』に対する気遣いに耳を傾けた。

 そんなやりとりの間に近くまで来ていたのだろう。ゆかりが声をかけてきた。

「まったく、相変わらずだね……。女の子と見りゃ、馴れ馴れしくしてさ。ちょっとは、相手の迷惑とか考えた方がいいよ?」

「な、なんだよ。ただ親切にしてるだけだって」

 話が途切れたタイミングで声をかけた。

「あ、岳羽さん。偶然だね、びっくりしちゃった。これからよろしく!」

「ほんと偶然だよね。うん、よろしく」

「え、なになに。二人とも知り合い? 朝も、レベル高い二人が並んで一緒に登校してるって噂になっててさあ」

「はぁ……そういうのやめてよねー、噂とかめんどくさいんだから」

 ゆかりは呆れたように言う。

「あ、私弓道部の用事があるからもう行くけど、もし順平に何かされたら言ってね! こいつどうにかするから」

「ちょ、俺が何かすること前提⁉」

 順平の叫びは無視してゆかりは弓道部へ向かうために教室を出て行った。

「……で、結局どんな関係なのよ?」

「同じ寮ってところかな。私は仮だけど」

「ふうん……まあ、ともかく。なんか困ったことあったら俺にいつでも相談してくれよな!」

「お、言ったね? その言葉覚えておくからね? あとからナシなんて言わないでよ?」

「ちょ、何か怖いんですけど。無理難題は吹っ掛けないでくれよな⁉」

 その慌てように笑い、笑いが収まったところで教室内に残っている人が少なくなっているのに気づいて顔を見合わせ、二人して足早に下校した。

 

 

 ――4月8日。夜。

「やあ、こんばんは」

「……こんばんは」

 さて、貼り付けている笑みは今も機能しているだろうか。この男を前にすると長年付き合っているこの仮面もいささか不安になる。

「私は、幾月修司。君らの学園の理事長をしている者だ」

 苗字が言いにくいだろう、と言ってくるこの男に愛想笑いで返す。ボロが出そうで長くこの場にいたくはない。

「部屋割りが間に合わなくて、申し訳なかったね。正式な割り当てが決まるまで、まだ少しかかりそうだ」

「いえ、大丈夫です。それに、仮とはいえこの場に来たおかげで比較的気安く話せる人も出来ましたし」

「ああ、岳羽くんと同じクラスなんだってね。そうか、こちらの不手際が発端とはいえ、仲良くできそうで良かったよ」

 どの口が言っているのだろう。最後に預かってくれていた親戚と交渉してこの巌戸台に来させたことも、あえてこの寮に来させたことも、10年前の事故の生き残りだと知った上での監視をしていることも。今となって分かる事実があるからこそ、この時点でのこの男への対応にどうしても困る。

「何か訊いておきたいことはあるかい?」

「いいえ、特には」

「よろしい。じゃあ、よい学園生活を」

 相手は理事長ということもあって一礼してから立ち去った。

 

 部屋に戻って一度深呼吸をする。

「……最悪だ」

 一礼して顔を上げる時、一瞬見えてしまったのだ。理事長の仮面がズレていることを。しかしその場にいたゆかりは気づかなかったようだ。

 ……仕方がないかもしれない。知っていなければただの笑みだ。

 私をここに来させた時点で、やはり目を付けていたのだろう。研究者としては有能だと思われるが、その果てを思うとやはり信用などできそうになかった。今後が不安である。

「……あれ。なんでこんなに嫌悪感が出てくるんだろう」

 一つ、呟いた。

 

 ◇

 

 ――そして、今。9日と10日の間。つまり、影時間。

 現実逃避のようにこの数日を思い返していた意識を切り替える。

 今はゆかりに連れられて階段を駆け上がっていた。

「……はぁ」

 持たされたのは薙刀。扱えないわけではないが、『前回』とは違う武器を十全に扱えるか、と少し思う。

「ちょっと、何で止まるの⁉ ほら、急ぐよ!」

 その思考をしたとき足を止めてしまった。すぐにゆかりが気付き、手を引いて走らせる。その様に、思わず訊いてしまった。

「ねえ、岳羽さん。死ぬのって怖い?」

「そんなの怖いに決まってんでしょ!」

 間髪入れずに返ってきた返事にやはりそういうものなのかと思う。今度は思考をしながらも足を止めない。

 そして、屋上にたどり着いてしまった。

 壁を登って上がってきた最初の大型シャドウにゆかりがなぎ倒される。その際に弾かれた召喚器が自分の足元に落ちた。

「…………やっぱり、最悪だ」

 このシャドウを倒してしまえば、死にたくないと言ったゆかりを追い詰める発端となる。いや、世界の人間すべてが死に絶える第一歩になる。『前回』このシャドウを倒したのは自分だ。ならば、この召喚器を取らなければいい。

 ……だが、今この召喚器を取っても取らなくとも変わりがない。先輩たち二人が駆けつけてこのシャドウを倒してしまうだろうから。そして倒されたその時、自分の中に眠るモノに吸収されてしまう。

 ――詰みだ。『私』がこの地に来た時点で、この世界は詰んでいた。

 

 召喚器を拾いあげる。米神に銃口を押しつけ、引鉄に手をかけないまま目を瞑った。

 詰みかもしれない。確かに、倒してしまえば人間絶滅までのカウントダウンが始まるだろう。だが、それがなんだ。

 ――死ぬかもしれないのに?

 死神の声が聞こえる。確かに、自分は死ぬかもしれない。でも、大切な人たちが生きられないのは、嫌だ。

 『前回』も、『今回』も。ゆかりは確かに死にたくないと口にした。自分が『大切な人』と言っているのはまだ『前回』の仲間たちだと、自覚している。しかし、重ねているようだが、『今回』の仲間たちも、やはり大切だと思うのだ。別の世界でも、別の人間だとしても、彼らは彼らなのだと、短い時間でも判断できた。

 ――湊って、頭良いけど、理解力もあるけど、馬鹿だよね。とっても損してる。

 今更とはいえ耳が痛い。気づいてしまったのだ。何度同じ場面に出合ったとしても、結局同じ選択をするのだと。

 ――だから僕は、君が好きで、そして心配なんだ。

 知ってる。ごめん。必ず来るいつかの時に、約束は破られる。

 ――……僕は、それでも君を守ろう。いや、今の湊にはこう言った方がいいかもしれないね。

 一瞬の間。引鉄に指をかける。

 ――湊を、僕以外には殺させない。

 引鉄を、引いた。

 

 倒して(始まって)しまった。

 今回、直前まで死神との会話をしていたせいか、最初からタナトスが顕現した。

 暴走することなく、シャドウを切り刻み、圧倒的な力でもって蹂躙した。

 ゆかりの姿を横目に見る。なぎ倒された時の衝撃はあったはずなのだが、幸いにも大きな怪我はないようだ。

 安心したところで、体に力が入らなくなる。踏ん張ることも出来ずに倒れた。

 ……体力と同じように、精神力も久しぶりに使うと疲労度が段違いだったようだ。

 あっけなく、意識は闇に落ちた。



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