【完結】先人紅葉は一般人である (兼六園)
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誕生、祝祭の章
祝福 結城友奈の誕生日である



※ゆゆゆい時空で話が展開されます。ご注意下さい



 

 

 

休日で快晴と、子供が風の子になるには絶好の朝。

勇者の密集地帯と化した勇者部部室に顔を出した俺は、とある用事から勇者の一人を呼び出した。

 

「おーい友奈、居るかぁ?」

「「はーい?」」

 

2重に重なった声。

……紛らわしいなほんと

 

「あ、多分私の方かも。ごめんね高嶋ちゃん、紛らわしくて」

「気にしないで結城ちゃん!ほら、紅葉くん呼んでるよ!」

「うん、また後でね!」

 

 

一卵性の双子なのではと見紛う容姿をした少女、結城友奈と高嶋友奈。名前が一緒にも関わらず俺が変わらず友奈と呼び続けている所為で、度々二人一緒に返事することが恒例行事のようになっていた。

 

だが、イントネーションや向ける視線から、最近では徐々に俺が呼ぶのがどっちなのかを二人は理解するようになっていた。人は成長する生き物なんだなぁ、と。

 

 

「それで、どうしたの?紅葉くん。」

「お前今日誕生日じゃん。」

「…………そうだっけ!?」

「お前さぁ」

 

 

まあそうだろうなぁとは思ってたけど、こいつの天然っぷりは親の遺伝と元からのどっちなのか。

俺は突然変異説を推す。

 

 

「な訳で、俺が時間稼ぎ要員として友奈と出掛けてこいと遣わされたのさ。美森が血涙流しそうな程恨めしそうな顔で見てきたけどな。」

 

 

丑三つ時に藁人形でも持ち出されたらどうしよ、呪詛返しとか出来ないんですけど。

 

俺の言葉に友奈は『へぇ~~』と他人事のように呟いた後に、ほんのり顔を赤くしてこう言ってきた。

 

 

「これって、その……で、デートって事に、なるのかな。」

「……何処で何してこいとは指定されてないから、適当にお出かけするか。

エスコートしますよ、お嬢さん?」

 

友奈の前に立ち、右手を差し出す。

明るくなった表情を惜し気もなく見せると、友奈は手ではなく腕にしがみつくように抱き着いてきた。

 

「じゃあ、何処に行こっか!」

「……なんか食おうにもこれから嫌でも口に詰め込まれるだろうし、色んな所を見て回って腹空かせるか。」

「よーし、しゅっぱーつ!」

「はーいしゅっぱーつ。」

 

エスコートするつもりだったのに、いつの間にか友奈に引かれる形で学校を出る。

まあ、こう言う奴だよな。友奈って

 

楽しそうならまあいっかーと思考を切り替え、俺は必死に友奈に着いて行くのであった。

 

 

 

 

 

「―――次はどこ行こっか、紅葉くん。」

「んー、俺はお前に引きずり回されて疲れてます。」

「えっ、そうだった!?」

「武術習ってる勇者とただの凡人という『差』はね、男女の『差』では埋められないのよ。悲しいかな、世は無情。」

 

 

俺ですらこの様なのにそっちは普通に余裕とかこの体力お化けめ……

軽く切れた息を整えるためにベンチに座る俺を、おろおろしながら見てくる友奈。

 

「ごっ、ごめん紅葉くん。私自分の事ばっかりで……」

 

「……ばーかそれで良いんだよ。」

「――えっ?」

 

友奈が疑問符を頭の上に浮かべる。『?』マークを幻視した俺は買ってきたお茶のペットボトルを呷った。

 

「お前は自分より他人っつー奇特な人間だからな。俺なりにお前が自分から楽しみたいって思えるルートを選んだつもりだったんだが、どうだった?」

 

ゲーセンでダンスゲームやってプリクラを撮り、猫カフェのサービスで猫に全身を(うず)めさせ、流石に空かせっぱなしは体に悪いと軽食を挟んだ時は、パンケーキを食べさせ合ったっけ。

 

 

「あっ―――そっか。うん、そうだね。凄く……物凄く楽しかった!」

「それでいい、男冥利に尽きるってものよ。」

 

 

相も変わらず、太陽のような奴だよ。

つまり結城と高嶋で太陽が2倍、温暖化も辞さない訳だがその辺どうなの。

 

 

「そんじゃ、そろそろ帰ろうぜ。遅くなりすぎたら、どんちゃん騒ぎ出来る時間も少なくなっちゃうからな。」

「それって疲れたから帰りたいって事?」

 

勘の良い勇者は嫌いだよ。

 

 

「…………よし、部室まで競争な。よーいどん!」

 

「あっズルい!!」

 

俺が急に走り出したのを見て、友奈も遅れて走り出す。

結構距離離したしこれは勝ったな……とか思ってたら、俺はふと思い出した。

 

 

友奈って両方かなりの負けず嫌いだったよな

 

 

「待てええええええええ!!!」

「うおおおお!?」

 

 

ちょっとだけ怒りの形相を滲ませた友奈が、絵に描いたようなフォームで全力疾走してきた。

こっわお前ターミネーターかよ

 

捕まったらそこそこな力でどつかれるだろう地獄の鬼ごっこが開催され、その勢いで部室に突撃した俺と友奈は、仲良く若葉と風、あと美森に怒られた。

 

 

 

 

「……酷い目に遭ったぜ。」

「あれは紅葉くんが発端だったよね……?」

 

この世界に何故か俺の家が無かったことで借りている寄宿舎の一室。今から帰すのは遅いからと小学生組の部屋を借りて寝るのを条件に、友奈は俺の部屋でちょっとした夜更かしを決行していた。

 

年に一度の無礼講という事で、若葉・風・美森のオカントリオにも許してもらっている。

だが俺がオカン呼びしたことは許してくれなかった。笑って許す懐の広さをだね……

 

 

「今日はありがとう。私、今日の事絶対忘れない。」

「―――ま、そうだな。」

 

俺たち―――――あらゆる時代の勇者達が集うこの世界での記憶や思い出は、元の時間に戻れば忘れてしまう。

 

全部が全部忘れる訳ではないと、怒らせると怖い例のあの人こと上里さん家のひなたが言っていたが。つまり俺とのデートも『嬉しい事の一つ』という経験として忘れない可能性もなきにしもあらずって事だ。

 

まあ、元の時間じゃ俺とはただのクラスメート兼部員仲間ってだけの関係なんだけどさ。夢見たって良いじゃん?

 

 

「あ、そうだった。おい友奈」

「ん?なぁに?」

 

やはり子供、本来ならとっくに寝ている筈の時間を越えていて、眠いものは眠いのか目を蕩けさせ、ふにゃりと笑って俺を見る。

 

……ここで寝られたら俺が部屋まで運ぶの?園子と杏にネタにされそうで正直嫌だが、俺の部屋に寝かせたらオカン達が怖い。

 

これは説教コースかな、と思いながらうつらうつらする友奈を見る。

 

 

「いや、渡し忘れてたなーとね。はい、俺個人のプレゼントだ」

「もみじくんからの……?」

 

ふぁ……とあくびをした友奈は、渡された小包を開けると、眠そうだった目を輝かせ中身を出した。

 

俺が渡したのは、ネックレスだ。

 

友奈のモチーフである桜の花びらを象ったそれを、友奈は指でつまんでよく見る。

 

 

「綺麗……こんなに良いもの、高かったんじゃ……?」

「最初に気にするのがそこな辺り友奈だよな、そんな高くない良い買い物をしたもんだ。大人しく受け取ってくれ。」

「うん……じゃあ、遠慮なく。」

 

ネックレスを小包に戻すと、胸元に持って行き優しく両手で包むと、そっと呟く。

 

 

「私本当に、本当に今日の事、絶対忘れない。」

 

「―――ああ。友奈、誕生日おめでとう。」

 

「…………うん、ありがとう……」

 

 

俺がそう言いきると、お礼を言った友奈は瞼を閉じ―――あ、寝やがったこいつ。

 

規則の良い呼吸が聞こえ、不思議と聞いている俺まで眠くなる。

 

いかん。こいつを運ばないと……運ば、ないと……

 

 

 

 

 

 

 

他人の寝息が子守唄になるとは……とか冷静に考えながら、俺の意識は一瞬で落ちたのだった。

 

ふんわりと、桜の香りが鼻孔をくすぐった。

 

 

 

 

後日。

 

 

男女が一つの部屋で寄り添って寝るなど何事だ、という若葉の声。

 

まあ、ちょーっと早いわよねぇ、という風の声

 

友奈ちゃんと寝るなんてなんて羨ま―――紅葉くんでも許せない!という欲望全開の声

 

 

どうやら意識が落ちた後の俺の体が無意識で友奈を運ぼうとしたものの断念したらしく、俺と友奈は仲良くベッドの中で抱き締め合って眠っていたのだ。

 

……いや俺悪くないよね、俺なりに頑張ったんだよ。人間、得手不得手があるんだよ。

 

 

「……さ、三人とも、私が眠気に負けたのが悪いから……紅葉くんをあんまりいじめないであげて?」

「いじめてない。

だがまあ、結城にも責任の一端はあるな。よし、紅葉の横に座れ、纏めてお説教だ。」

 

「……あれ?」

 

 

墓穴を掘りおって……と思いながら、俺と友奈は並んで怒られる。

 

数十分後、勇者と巫女は、足の痺れと格闘する俺と友奈の姿を拝むことになるのだろう。

 

 

 

若葉の説教中、ちらっと友奈を見ると、首には昨日渡したネックレスが付けられていた。制服の中に隠しているそれは、きっと俺がプレゼントしたものだろう。

 

なんか、いいなぁ。こういうの。

 

 

 

なんだかんだで勇者部は、結城友奈の日常は、今日も変わらず平和でしたとさ。改めて誕生日おめでとう、友奈。

 

 

 

そうやって締めながら立とうとした俺は、痺れから感覚の無い足をもつれさせ倒れ、顔面から床に激突した。





ゆゆゆシリーズの顔であり主人公でありヒロインなんですから、祝うのは当然なのです。


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祝福 東郷美森は鷲尾須美である


わっしーの誕生日回です

以前のうたみと番外の話も絡みます



 

 

 

4月某日、銀の部屋に呼ばれた俺はホイホイと誘い込まれてしまったのだった。

 

「なーんでこうする必要があるんですかねぇ」

 

そして部屋に入った俺は、瞬く間に後ろ手にオモチャの手錠を嵌められ座らされていた。

わざわざ変身までされちゃったら例え相手が小学生だろうと俺が勝てるわけないだろこの野郎。

 

 

「ふっふっふ……引っ掛かったねもーみん~」

「すいません紅葉さん、こうでもしないと逃げられると思って……」

 

したり顔と言うかドヤ顔を披露して仁王立ちするリトル園子と、申し訳なさオーラを全身から醸し出す銀が目の前に居る。これ第三者から見たらどっちが悪いのかね。

 

まあ女が泣いたら男が悪いの文化は300年変わらないし、俺が悪いんだろうね。オモチャの手錠ごときは腕力でどうにかなるし、本物でも針金があればどうにかなるけどさ。

 

 

「用件すら話さず問答無用でこれとか誰でも逃げると思うんだけどその辺はどうお考えで。」

「うっ、ほんとすいません……終わったらちゃんと外しますから……」

「もーみんには~ちょっとアドバイスが欲しいんだ~」

 

「ほら、あの……須美とおっきい須美って同一人物で、誕生日も一緒じゃないっすか?」

「……あー、あいつらの誕生日もうすぐか。プレゼントで悩んでた訳ね。」

「察しが良い人は好きだよもーみん~」

 

俺は嫌いになりそうだよそのっち~

 

「だから一緒に考えて欲しいんです。」

「そうか、じゃあこれ外せ。」

「……園子」

「しょうがないにゃあ~」

 

あんまり似てない雪花の声真似を披露しながら、園子は後ろに回ると手錠を外した。

 

「……よーし帰るかー。」

「ちょっ紅葉さん!?」

「冗談だ。」

 

 

手首の状態を確かめ、銀達に座るよう促す。上から見られるの落ち着かないんだよね。

 

「―――で、誕生日のプレゼントだっけ。」

「そうなんよ~」

「実はここに来る前含めて今回が初めてなんですよね……どうしたらいいかさっぱりで。」

 

そういやそうだったな。

小学生組の交流は一年にも満たないんだっけ、じゃあこうもなるか。

 

 

「んー、美森は友奈をラッピングして部屋に放り込んどけば翌日ツヤツヤになってるだろうけど、問題は須美だよなぁ。」

「今なんか凄い台詞が聞こえたんですけど気のせいっすよね?」

「……じゃあ須美には銀をラッピングしてプレゼントするか。」

「ヴェッ!?」

「ビュオオオオオオオオオ!!!」

 

「冗談だ。」

 

 

爆発したように真っ赤な顔で睨まれるが、怖くないし可愛いだけである。

 

横で発生してる突風で髪の毛がバサバサ揺れるのを鬱陶しく思いながら、俺は二人へのプレゼント案が全く無い事に若干の危機感を抱いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さーてなに買ってやろうかなぁ」

 

街に駆り出したは良いが、正直見切り発車なのは自覚してる。いくら同一人物だからって二年も違えば趣味嗜好も違うだろう。

 

 

でも美森が友奈にゾッコンな辺り須美にもそういう事の片鱗はあるとは思う、ちょっと見てみたいしほんとに銀にラッピングして部屋放り込んでみようかな。

 

……いややめるか、元の時代に帰ったときの悪影響になりそうだ。

そこまでの責任は取れないし、タイムパラドックスで美森の友奈ラブ具合が悪化したらあの一件がより凄惨なことになりかねない。

 

 

プレゼントでの問題点は金でも何でもなく、まず友達である友奈や銀、園子辺りが良い感じのプレゼントを贈る事だ。俺の雑なセンスで喜ばれるかはまた別の話になるのだよ。色々考えてはいるけどね。

 

花屋とかオモチャ屋を巡って色々と買い物を済ませていると、見覚えのある後ろ姿を見つけた。

 

 

あれは……

 

「……歌野と水都か。」

 

 

視線の先では、水都が歌野と腕を組んで歩いていた。前に俺と歌野で精神が入れ替わる珍事件が発生したとき、あれやこれやと話が進んだようで、何故か二人はめでたく付き合うことになったらしい。

 

 

いやほんとなんで?と困惑したし、正直にぶっちゃけると正気を疑った。

 

最初は話の流れでついOKしてしまったと言っていたが、今じゃ立派に彼氏(彼女?)として頑張っている。

付き合い始めた当初は水都の一挙一動に童貞の高校生みたいな反応してた癖に。

 

 

……女の子同士で付き合ってデートしてるって、冷静に考えたら字面がヤバイし絵面も凄いな。

 

 

あとは、まあ、あれだ。水都が歌野宅に泊まりに来るときは寝るときに耳栓するようになった。理由は察しろ……察して。

逆に寄宿舎の水都の部屋に歌野が行くときは気が楽でいいぞ。

 

 

「……そっとしとこ」

 

一瞬水都がこっち見た気がしたが気のせいだろう。うん、気のせい気のせい。触らぬ神になんちゃらかんちゃら、忠犬ミト公には噛まれたくないんです。

 

 

わりと気配に敏感な歌野から隠れるように、買った荷物を抱えて帰路に着いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『お誕生日、おめでとう!』

 

 

数日後に無事東郷美森と鷲尾須美の誕生日会が開催され、二人は勇者部メンバーにもみくちゃにされていた。風がどさくさ紛れに美森の胸を揉んで容赦ない肘打ちを食らっていたのはご愛嬌である。

 

 

「いやぁ、楽しそうで何よりだにゃあ」

「雪花は混ざらないのか?」

「あれに混ざったらメガネ割れちゃう」

「ああ……」

 

部室の隅っこに避難していると、ジュースの入った紙コップ片手に雪花が近付いてきた。

俺の緑茶入りの紙コップと乾杯すると、隣に座ってコップを置いてメガネを拭く。

 

 

「そういえば、紅葉くんも大変だよねぇ」

「なんだ急に」

「いや、ほら……」

 

雪花が見た方向に視線を沿わせると、そこには歌野と水都が。

 

「あー、うーん、慣れた。西暦の事情も知ってるからねぇ、こっちの世界でぐらい好きにさせてやれば良いじゃん?」

「そう言うものなの?」

「そーなの。」

 

別に歌野は俺のモノじゃないし。

視線に気付いた歌野が小さく手を振り、それに返しておく。あ、水都にぼた餅突っ込まれた。喉につまらせるなよ。

 

その様子を見ていたら、雪花に肩を叩かれた。

 

「……紅葉くん、キミが寂しいんだとしたら、別に好きにしても()()けど?」

 

手を下ろした俺にそう言うと、俺の顎をつい……と撫でる。ぞわぞわするからやめろ。

 

「お前の好感度の高さは裏が怖いからやだ。」

「ふぅーん?まあ、雪花さんは何時でもウェルカムだから考えといてね。」

 

雪花は撫でていた顎を爪でカリッ、と軽く引っ掻く。俺から離れてひらひら手を振ると、お祭り騒ぎが落ち着いた美森達の周りに混ざりに行った。

 

出会った当初からやたら雪花になつかれていた節はあるが、なんででしょうかねぇ……別になんかした訳じゃないんだけど。

ただアレは結構危険だと俺の危険信号が発している。千景みたいに選択肢間違えたら俺が死にかねない、手出しはやめておいた方がいいだろう。

 

そもそも出さないけど。逆に出されたら抵抗できない辺り俺ってほんとヒロイン。

 

 

 

その後も暫くボケーっとしていたら、俺がいる部室の隅に美森と須美が向かってきた。ダジャレみたいになっちゃったよ。

 

 

「紅葉さんは混ざらなくて良いんですか?」

「女3人寄ればなんとやら、じゃあ19人寄れば何になるのさ、輪唱?」

「……紅葉くん、騒がしいの苦手だものね。」

 

俺の子供嫌いの理由の一つですな。

 

 

「あーそうそう、誕生日プレゼント渡さなきゃな」

「義務ではないのよ?」

「俺が渡したいだけ、二人分だからこんなもんしか用意できなかったけどな。」

 

俺が近くに置いといた鞄から、二人分の小さい袋を出して渡す。二人が中身を取り出すと、それは―――

 

「栞、ですか……?」

「それも押し花の……もしかして紅葉くんが作ったの?」

 

「オフコース」

「……横文字」

「細かいなお前……その通りだよ。友奈に作り方教わってやったの。」

 

須美には菊、薔薇、牡丹の押し花の栞を。

美森にはアサガオと牡丹に加えて、薔薇ではなく蓮の栞を渡した。

 

「……あら、須美ちゃんのは薔薇なのね」

「二年前の園子ってモチーフ蓮じゃないんでしょ?」

「二年後のそのっち……園子先輩は薔薇ではないんでしたっけ。」

「そういうこと……」

 

しみじみといった雰囲気で、美森は栞を優しく両手で包む。

現実世界での事で思うことが色々とあるのだろう…………いや有りすぎたな。覚えてるだけで数えたら俺3~4回くらい死にかけたし。

 

 

「紅葉さん……ありがとうございます。」

「気にしなくていいぞ。」

「あの……これ、皆で分けても良いですか?」

 

「あー、園子と銀に?」

「……駄目……ですか……?」

「好きにしなさいよ、もうお前のなんだから。」

 

パッと顔色を明るくして、二人の元に走って行く須美を見送って、栞を大事そうに生徒手帳に挟む美森に言う。

 

「粋なプレゼントね、紅葉くん。」

「お前は、同じことが出来ないんだな。」

「……ええ、そうね。」

 

 

須美が部室の奥で銀と小さい園子に栞を渡している姿を見る。感極まったのか園子が須美に抱きついて、須美はまんざらでも無さそうに背中を撫でている。

その様子を見て、銀は苦笑を浮かべながら牡丹の栞を手のひらに乗せて嬉しそうだった。

 

 

「……美森」

「なに?」

「この世界でやって来たことは、無駄にはならない。そうだな」

「……そう、ね。」

 

なんとなく、左手で美森の右手を握る。その手は震えていた。

 

 

「元の時代に戻ったあいつらが3人で仲良く生き残れたとしたら、天ぷらうどん奢ってやるよ。」

「―――本気?」

「世界は無数に分岐するんだ、そんな世界が有ったって良いだろ?」

 

「……貴方が言うと、不思議と説得力があるのね。」

 

「まあな。」

 

 

俺の握った手を、美森は握り返す。

手の震えは止まっていた。

 

過去の私(鷲尾須美)が未来が変えたら、どうなるのかしら。」

「さあねぇ、俺が居ないかもしれないし、そもそも讃州中学に来ないかもしれない。

名前が東郷に戻らず鷲尾のままかもしれないし……確か銀の一件で精霊と満開が追加されたんだろ?下手したらより熾烈な戦いを強制される可能性だってある。

 

良いことずくめでは決してないんだ。それでも一縷の望みに賭けるのかは、お前の自由だぜ?」

 

 

 

ワガママだと笑えば良い、出来やしないと言えば良い。それでも子供の未来を案じることは、決して間違いなんかじゃないのだ。

 

 

銀に生きて欲しいと望むことの、何が悪か、何が間違いか。

 

 

「ふふっ、愚問ね、紅葉くん。」

「あん?」

 

「あの子達なら、きっと出来る。」

 

「言い切るとはまた……それでこそ神世紀の問題児だな。」

「……もう」

 

言葉を短く、美森はぽふっと俺の肩に頭を預ける。流石にわしゃわしゃするのはアレなので、結んで前に垂らしている髪を弄る。

 

小さい園子が着けているリボンと同じものを使っていて、少しばかりどうしようもない汚れが目立つ。俺にはそれが堪らなく綺麗に見えた。

 

 

「信じようぜ、須美を、園子を―――銀を。」

「――――うん。」

 

いつの間にか握っていた手の指は、絡み付くように交差していて。

園子ズに茶化されるまで、俺は美森の暖かさを感じ続けた。

 

 

「あ~!もーみんと東郷先輩がイチャイチャしてる~。い~な~」

「わっしーともーみん、まるで恋人さんみたいだね~羨ましいね~創作意欲湧くね~!」

「なっ、いや、これはちが―――――!!」

 

「ぬわーーーーーっ!!」

「紅葉さーーーん!!?」

 

 

慌てた美森に全力で突き飛ばされ、俺は部室に備え付けられた棚に激突した。

う、腕の骨が折れた…………!

 

 

園子ズに弁解する美森と便乗して詰め寄る須美に、俺の元に駆け寄って心配する銀。

ちょっと変な方向に曲がった腕を見て騒ぐ勇者と巫女達を見て、変な笑いが込み上げる。いやマゾじゃなくてね。

 

 

 

いや、ああ……ほんと、締まらねえなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつかの何処か、とある時空のとある世界。

 

 

 

―――ある時間

 

―――ある一瞬

 

―――ある偶然

 

 

 

少年と少女の切実な願い。

 

神のみぞ知るとある世界。

 

 

二人の望みは……『バトン』は―――

 

 

 

 

 

 

「東郷美森、入ります。」

 

「乃木園子が入るんだぜ~!」

 

「三ノ輪銀、入りまーす!」

 

 

 

 

 

 

―――3つの花に、確かに受け継がれた。

 

それは有り得たかもしれない、とある世界のとある花束の物語。

 

 





一応雪花さんが紅葉になついてる理由はちゃんとあります。

多分勇者っていう超絶美少女に詰め寄られて面倒臭がる二次創作男主人公って紅葉ぐらいだと思う


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祝福 犬吠埼風は部長である


これを見ている人にとっては5月1日の投稿なのだろうが、書き始めたのは25日で終わったのが26日である。予約投稿って素晴らしい。

誕生日記念回は本編投稿よりも優先されるぜ(鉄球使い)



 

 

 

何時もの光景を見せる勇者部部室。

 

眠りこけている園子の髪の毛を、紅葉がわざわざワックスを使って栗のように尖らせていると―――

 

 

 

「紅葉居る!?」

「……んー、どうした? 風。」

 

 

「丁度良かった、付き合って!」

 

「…………は?」

 

 

―――慌ただしく現れてそう言うや否や、風は紅葉の腕を掴んで部室から出ていってしまった。

 

 

 

部室に残されたのは、文字通り(かぜ)のように現れそして去った(ふう)を見て呆然とする者。

 

『付き合って』に過剰反応してお茶を対面の勇者にぶちまける者。

 

状況を理解して面白がる者。

 

長い髪がイガグリのように尖っている者。

 

 

 

「これは面白い事になりそうな気がするんよ~!」

「うわあ……」

「ご、ごめん銀!」

 

尾行しようとして若葉に止められる小さい園子、須美が吹き出した緑茶を顔面で受け止めた銀、タオルを引き出しから出そうとする須美。

 

ここに一つ、混沌が出来ていた。

 

 

「これは戦争の狼煙を上げなきゃにゃあ。」

「物騒な物言いだな、雪花……」

 

あと、静かに勇者アプリを構える者もいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの言い方じゃ語弊があるだろ。明日が怖い。」

「し、仕方ないでしょ! 時間がないのよ!」

 

鞄を背負って歩道を走る風と俺は、スーパーに向かって走っていた。要するに特売日である。

 

 

「だって一人1個限定の卵のパックが格安なんだもん」

「『もん』じゃねえよこの野郎」

「ごめんなさい紅葉さん、お姉ちゃんが言葉足らずで……」

 

「……樹に免じて明日は風を盾に事情説明だな。」

「ちょっとお!?」

 

校門で待ち合わせてたは良いが樹に合わせて歩いていたら遅れるからと、俺が小脇に抱えていた樹がフォローする。風はいい妹を持ったものじゃな……妹を見習いタマえ。

 

果たして風と並走しながら樹を脇に抱えて走っている俺たちは何に見えているのだろうか。

 

仲の良い兄妹?誘拐現場?

 

親子は流石に無いだろう。

 

 

「つーか、なんで俺だけ誘ったんだよ。小学生組でも連れてけば大家族とか装えただろ」

「ばっかアンタ特売日は戦争なの。小さいの連れてったってすぐ弾き飛ばされておしまいよ?」

 

「えぇ……そんなか?」

「……だいたい合ってます。」

 

遠い目をして瞳を濁らせる樹、相当なトラウマになっているらしい。戦争ってのが比喩でないことを物語っているが特売日とかわざわざ狙う必要ないから知らんかったわ。

 

 

「……さて、気を付けなさい紅葉、最悪死ぬわよ。」

 

たかが特売で物騒すぎはしないか、それ以上の事散々してきただろお前。

 

「いやぁ腕切断しかけたり床ぶち抜いて落下したり首撥ねられそうになったことはあるけど、『スーパーで特売狙ったら圧死』とか笑い話にもならんな。前者の方がよっぽど面白いわ。」

「全然笑えないんだけど。」

 

目を細めて俺を睨む風。

当事者がなんか言ってるぜ?

 

 

「はぁ……とにかく頑張りなさい。アンタ次第で今日のメニューが決まるわ。」

「じゃあ帰りまーす」

「その前に私を降ろしてくださーーーい!」

 

 

……忘れてた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこは地獄だった。

 

 

メダルの怪人もドン引きするレベルの欲望が渦巻き、果敢にも飛び込んだ樹がピンボールみたく飛んで行く。

なんとか取れたのは俺と風で2個だけ。

 

主婦達が消えたときその場に居たのは、辛うじてパックを死守したボロボロの俺と風と床に倒れ伏す樹の3人だった。

店員は哀れむように俺達を見ている。汚いからそろそろ起きなさい樹。

 

 

「―――次からは金払われてもこんなことやらねえからなお前、明日覚えとけよコラ」

「……悪かったわよ、まさかここまでとはネ」

「死ぬかと思いました……」

 

風が押してるカートのカゴに卵を入れてから樹を立たせてやり、制服に付いた埃を払う。

 

「あーあー、後でコロコロしとけよ」

「あ、ありがとうございます」

 

……コロコロ、正式名称なんだっけ。

ラバーカップ(トイレのスッポン)くらいどうでもいいけど。

 

 

「あ、そうだ。アンタ今日来るでしょ?」

「なんで決定事項みたいに言うかな。」

「お礼も兼ねて料理振る舞ってあげるワ」

「んーーー……じゃあ行く。樹は大丈夫か?」

 

「…………へ?」

 

へ?じゃないよ。ぼーっとしながら後ろを歩いていた樹は、俺と風を交互に見る。こいつ聞いてなかったな?

 

「今日俺そっちに行っても大丈夫かって聞いたんだけど。聞いてなかったのか?」

「あー、あー。はい、大丈夫…………です?」

「いや、聞かないでよ」

 

 

さっきのが大分ダメージになってるな、後で肩でも揉んでやるか。

 

友奈? 色々と酷い絵面になるからNG。

 

 

「ところで、歌野とか夏凜とかって料理できるの?」

「歌野は蕎麦茹でるのは俺より上手いが他は駄目だ、レシピ見るのもめんどくさがるが夏凜はまあ、焼いたり煮たりは出来る。」

「ふぅん」

 

口を尖らせ、ちょっと得意気な顔をする。俺みたく料理洗濯掃除が出来る事に優越感でもあるのだろう。うーんちょっとむかつく。

 

 

……こういうタイプって褒めちぎるのに弱いんだよな。

 

「その点お前は凄いよな、家事一通り完璧なんだから。」

「なっ……なによ急に……」

「いやぁ? このご時世にその年でここまで出来るやつなんてそう居ないもんだからな、お前なら相手には困らんだろ。」

「な゛っ―――」

 

実際困らないと思う。女子力女子力うるさくて大食らいなのを除けば、かなりの優良物件だ。

 

 

「紅葉さん紅葉さん。」

「はい。」

 

固まって動かなくなった風を尻目に、後ろから裾を引っ張ってきた樹に振り返る。呆れた様子で言ってきた。

 

 

「そこは『俺の家に来てほしい位だ』って言うところですよ!」

「お前どっちの味方なの」

 

樹の言葉がとどめになって完全に硬直した風。 ……こいつ置いてって会計済まそう。

 

風から買い物用の財布を取って、代わりにカートを押してレジに向かう。樹は何度も風を揺さぶって元に戻そうとしてたけど、それは俺が材料を袋に詰めるまで続いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

食後。相も変わらずアホみたいに大量に作られた料理に四苦八苦しながらも、俺は前のようにソファに体を沈めていた。

 

 

「……帰ったら胃腸薬飲も……」

 

軽く膨れてる気がする腹を擦り、頭の上で跳ねる木霊を鉢植えに乗せておく。

こいつも好きだな、俺の頭。

 

 

「あ゛~~~疲れた。」

「お疲れさん。」

「もーみじー、あたしを癒してちょうだ~い」

 

ソファに座った俺の横に勢いよく座ると、その勢いのまま俺の膝に体を預けてくる。

邪魔くせえな。

 

「だから洗い物は俺がやるっつったろーが」

「その言葉に甘えとけば良かったワ」

 

だからって今甘えんなコラ

 

 

料理から洗い物まで一人でやって、流石に疲れているのだろう。俺がやるって言ったのに『客なら大人し(要約)くしてろ』と一蹴してきたこいつが悪いのだが。

 

 

「なーでーてー」

「ちっ…………はいはい。」

 

どうせこの後風呂だろうしぐしゃぐしゃに掻き回してやろうか…………いや、やめとこ。

何時もやるように、梳すように髪を撫でる。

 

 

「ん……結構いいじゃない」

「チビ共で嫌でも慣れてるからな。」

 

銀とか須美とか園子(小・中)とか球子とか。

あと歌野。要は昔取った杵柄よ。

 

 

「普段はこんなことさせないだろうに、よっぽど疲れてんのかお前。」

「……ちょっと、ね。」

 

樹は風呂だし、女の子は風呂が長い。風もここしかないとか思ったんだろう。

俺は静かに撫でられている風に聞いた。

 

 

「悩んだら相談だろ? 部長さんよ。」

 

 

5秒か、10秒か。

間が空いたことを気にするまでもなく、風は語る。

 

「アンタがあたしの目の事で怒ってくれたり、真っ正面からぶつかってくれたことは、今でも感謝してるわ。」

「それくらいしか出来ないからな。」

「ふふ、なんか、懐かしい感じね。」

 

まあこの世界も元の世界も時間止まってるからな。かれこれ何ヵ月も過ぎてるんだ、懐かしくもなるだろう。

俺の顎を見るように顔の位置を変えると続けた。

 

 

「―――不安なの。勇者部で皆を纏めてると、ふと思う。あたしは部長としてリーダーとして上手くやれてるのか。

あたしなんかより、若葉とかの方が向いてるんじゃないかって考えちゃうのよ。」

「ああ、うん。『リーダー』なら若葉の方が向いてるな、あいつそう言うのが得意な武将みたいな奴だし。」

 

うっ、と息が詰まったような声を出して黙り込む風。こいつも抱え込む(たち)だからなぁ。

お陰で爆発された時は軽く死にかけたもんよ。

 

 

だからこそ愛しく、だからこそ守らなきゃならんのだが。

 

 

「―――でも『勇者部の部長』はお前にしか出来ねえだろ。こうやって悩んで悩んで悩んで、でもあいつらを蔑ろにしたりは絶対にしない所は素直に尊敬してるよ。

けどそれで自分が苦しむのをどうにかする事が後回しになるのは……お前の悪い癖だな。」

 

「……もみじ」

 

()()俺がいくらでも受け止めてやる。だから少しは吐き出せよ。」

 

 

千景と棗が来るまでは唯一の3年生だった。唯一の年長者で、そして部長として皆に背中を見せなければならなかった。

そのプレッシャーだの重圧だのってのは計り知れないモノだろう、色んなもんをいっぺんに抱えられるほど強くねえ癖によくやるよ。

 

 

「頑張りすぎなんだよ、お前。頼れる相手が19人も居てまだ足りないのか?」

「……あたしって、恵まれてるのね。」

「今さら気付いたのか? ばーか。」

 

額をつつくと風は逃げるように顔を背けた。

続けて髪を梳し、頬を撫でて、耳を弄る。

 

あ、赤くなった。やーい照れてやんの。

 

 

 

 

 

「……あれ、おーい、風?」

「―――――ぐーーーー。」

 

 

無反応になり、気になって確認すると風は寝てた。人の膝を枕に良いご身分だぜ? 風呂は……後で樹に起こさせるか。

 

しっかし、大人しい所を見ると相応に可愛いんだがね。普段とのギャップが酷すぎる。頼むからもう少しお淑やかになってくれ、頼むから。

 

 

 

……あ。そういやこいつ今日誕生日だったな。

 

忘れてないよ?ほんとだぜ?

 

 

「あー、どこに仕舞ったっけなぁ……と。」

 

ソファ脇に置いた鞄を引っ張り出して、中から袋を取り出す。数日前に買ったのを入れっぱなしにしてたけどまあ……大丈夫でしょ、そんなこと気にする奴じゃないし。

 

テーブルの上にお……けない。ああん、こいつ邪魔。

 

 

「……ヘルプミー、犬神。」

 

俺が呼ぶと、風のスマホから犬神が飛び出してきた。俺の顔にへばり付いたのをひっぺがして両手で持ち上げると、相変わらず無表情だがその代わりに尻尾が揺れている。

 

「よしよし、お前はほんと可愛いな。そんなお前に重要な仕事を与えたいと思う。」

 

それを聞いて、どことなくキリッとした目付きになる犬神。俺もこいつみたいなペットが欲しいよ。

 

 

「こいつをテーブルの上に置いてきてくれ。」

 

俺が手のひら大の紙袋を近づけると、見た目がデフォルメ化されてるせいでどこにあるのかいまいち良く分からない口にくわえてふよふよ飛んだ。

 

テーブルに着地すると、普段風が座る位置に紙袋を置いてこっちに戻ってきた。

 

「良くやった。」

 

 

ひとしきりワシャワシャっと撫でてやってから、俺の膝の代用に風の枕として頭の下に置く。

下手なモノよりはよっぽど頑丈に出来てるお陰で、風の頭が文字通りの重荷になることはないようだ。

 

 

鞄を背負って玄関で靴を履いていると、背後から気配を感じる。振り返るとそこには、風呂上がりで黄緑のパジャマに身を包んで、ホカホカと湯気を放つ樹が立っていた。

目蓋が少し落ちていて眠そうである。

 

 

「帰るんですか?」

「もう遅いしな。()()()()()()()()

「泊まっていけば良いのに……」

「嫌でーす。」

 

寝るとこ無いし。明日も学校だし。

据え膳食ったらぶっ殺されるし。

 

 

「……言わないで帰るつもりなんですね。」

「なにを?」

「私に言わせるつもりですか?」

 

……ほんと強かになりやがって、俺は嬉しいよ。嘘だけど。あーやだやだ、勘の良い奴は嫌いだよ全く。

 

 

「じゃ、明日な。」

「……はーい。お休みなさい、紅葉さん。」

「ん。風起こして布団に投げとけよ。」

 

 

樹に手を振って、玄関を開けて家路を歩いた。

 

 

 

……アレはちょっと大胆だったかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやあ、壮観だにゃあ。」

「……そうだな。」

 

雪花と棗が、小学生組や杏や園子に質問攻めを喰らい、部室の角に追い込み漁されている紅葉を見ていた。

娯楽を見る目でそれを眺めている雪花を見て、内心でホッとしている棗の心労は何時か労われる事だろう。

 

 

「ところで風先輩、昨日の慌ただしさはなんだったのですか?」

「あー、スーパーの特売日。」

「紛らわしいのよあんたは……」

 

東郷の問いに答えた風にツッコミを入れる夏凜。

 

 

「―――あれ、あんたのチョーカーって黒じゃなかったかしら。」

「ん、これ? なんか起きたらテーブルに紙袋が置いてあってね、開けたら入ってたから着けてきたのよ。 どうよ?」

「いや知らんわ。 まあ似合うんじゃないの?多分。」

 

曖昧ねぇ、と言う風の首には、白に黄色いオキザリスの花の模様が入ったチョーカーが巻かれていた。

 

「こんなもの置いた犯人なんてそう居ないわよ、ねえ……紅葉?」

 

その言葉に、部屋の角に追い詰められ椅子に座って器用に体育座りしていた紅葉が()()()()

 

 

「知らんが。」

「はい?」

「そもそも俺だったらお前に面と向かって渡すだろ。その辺はお前、良くわかってんじゃないの。」

「うーん? ……確かに、アンタなら貸し作ろうとしてくるわね。」

「そーゆーこと。 季節外れのサンタかなんかじゃない?それか普段頑張ってるご褒美的な。」

 

んー?と首をかしげる風を―――チョーカーを見て満足げな顔を一瞬見せて尚質問攻めされてる紅葉を見て、樹は誰に聞かれるでもない言葉をポツリと溢した。

 

 

 

「………………首輪?」

 

 

 

その言葉は、部室に溶けて消える。

 

残されたのは、何時ものように騒ぐ部員と、全員を纏めて依頼の指示を与える我らが部長の頼もしい後ろ姿だった。

 

 





普段女子力女子力言ってておっさん臭かったりもするけど、本気で恋愛したら一番乙女なの風先輩だと思う。


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祝福 三好夏凜は後輩である


若葉様の誕生日に気を取られてて夏凜の誕生日をド忘れしてた。

ちなみに紅葉の結婚相手は少し考えればわかります。読み返せば選択肢が実質一つだけなのに気付けるかもしれない。





……なぜ誕生日回で戦闘が起きているんだ……?



 

 

 

 

「まいったなぁ……」

「……面倒になった。」

 

樹海化した世界で、二人は揃ってぼやいた。

 

刀を逆手に持ち、端末の位置情報の確認を行っている三好夏凜の横で、三ノ輪銀が暇そうに大斧の柄を弄っている。

 

 

「どーっすか? 夏凜さん。」

「駄目ね、バグか知らないけど皆の位置が確認できない。」

 

夏凜の刀を持つ手の反対に握られた勇者端末には、『Unknown(わからない)』と表示されていた。

 

 

「まさか大量の星屑に流されて皆散り散りになっちゃうとは思わなかったっす。」

 

「あんなの想定できるか。 ……世界が終わってない以上、各自で対処・防衛が出来てるんだと思うし、大丈夫だろうけど。」

 

 

二人は―――――否、戦っていた17人の勇者は、濁流のように押し寄せた星屑によって、拡散を余儀無くされていた。

 

最低限二人一組が原則の為、咄嗟に近くにいた銀の首根っこを掴んでいた事が、この場での最大限の幸運であろう。

 

 

星屑ごときでは精霊バリア越しに勇者を傷つけられない。 だからこそ、敵は星屑の海で押し流し、勇者を散らばらせる事にしたのだと推測される。

 

 

「ったく、とんだ誕生日になったことで。」

(やっこ)さんも空気読んで欲しいもんですよ。」

 

この日は夏凜の誕生日だった。

 

案の定、と言うべきか。 造反神はこういう時を狙ってやたらピンポイントで攻めに来る。

 

誕生日を祝うことで浮かれた所を狙っていると考えれば分からなくはないのだが、勇者部からしたら迷惑極まりない事だ。

 

 

「せっかく紅葉さんと一緒に夏凜さんのプレゼント選んだのに……」

「ナチュラルにのろけんな。 プレゼントは嬉しいけど、どうせあいつ煮干しとかキャンディーの詰め合わせでも選んだんでしょ。」

 

銀は夏凜の言葉に驚いた様子で言い返す。

 

「おぉ、良くわかりましたね…………あー、のろけって? なんですか?」

「無自覚なのか……」

 

 

流石にひきつった顔をする夏凜。

 

消してから出すインターバルを考えて消さずにいた刀の峰で、刃こぼれしたもう片方の刀の刃を削って凹凸を揃えていた手に力が入る。 妙なむず痒さを誤魔化すように、指で眼帯を掻いた。

 

 

「(紅葉も銀も面倒くさい奴。)」

 

紅葉が銀を好きなことは―――――銀と美森(知られたら紅葉が死にかねない)以外の勇者部全員が知っている。

 

部員達は『さっさとくっ付け派』と『経過を見守ろう派』で分かれているが、せっかちな夏凜と歌野が前者なのは言うまでもない。

 

 

 

そんなお喋りを広げながらも警戒を怠らない夏凜は、ふとバーテックスに似た()()()()()()()を感じ取った。

 

「あ?」

 

振り返ると、黒いモヤのような()()()が銀に向かって迫って来ているのを視認した。 銀はまだ気付いていない。

 

 

「――――銀ッ!!」

「……はい?」

「どけ!!」

「おごぁ!?」

 

そう言って、夏凜は無遠慮に銀の横っ腹を蹴り飛ばす。 精霊バリアが作動する程の威力で蹴ったことから、咄嗟且つ本気の対応だと分かる。

 

銀が離れ、近くに夏凜が居ることで、モヤは夏凜に狙いを切り替えた。

 

「(こいつ意思が……バーテックスの攻撃?)」

 

 

そんな考えを打ち切るように、モヤは夏凜の体に入り込んだ。

 

「うおっ」

「っ……夏凜さん!」

 

蹴り飛ばされてから起き上がった銀が、脇腹を押さえながら叫ぶ。 夏凜は手足を一瞥して、首を傾げた。

 

 

「……あれ、()()()()()()。」

「今の明らかヤバい感じでしたよ!?」

「いや、平気なもんは平気なんだけど。」

 

あれぇ? と言いながらペタペタ体を触るも、痛くも痒くもない。 不発か、見えないだけでバリアに守られたのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな事を考えながら、極自然と。

 

それが当たり前かのように首を狙って()()()()()()()()()()()()

 

銀もまた咄嗟に、ブリッジの要領で海老反りに体を曲げて避ける。

 

 

「おわーーーっ!!」

「……ん?」

「ちょっ、何するんですか夏凜さん! 確かに接近に気付けなかったアタシが悪いですけど!」

「……待て、私はなにもしてない。」

「……はい?」

 

 

そう言いながら、二撃目をもう片方の刀で繰り出す。 辛うじて大斧を盾にするも、本気の一閃に地面を抉りながら後退させられる。

 

 

「あー……なるほど、これさっきのモヤモヤに体を操られてるみたいだわ。」

「冷静っすね……」

「体のコントロールを奪われてるだけだし、頭は冷えてるのよ。」

「それはそうと……ぐっ、これ、訓練の時よりキツいんですけどぉ……ッ!!」

 

軽い口調で、淡々と。 それでも片方の隙をもう片方で埋める連撃に、銀は防戦一方だった。

 

体が勝手に銀と戦っている裏で、夏凜は考える。

 

 

「(精神干渉……いや、肉体支配。 なら私の中にあのモヤが居る……と、したら…………あー面倒くさいったらない。)」

 

内心でため息をつき、二振りをクロスさせるような斬撃を受け止めた銀に向かって声をかける。

 

 

「銀、今から体を操ってる犯人ぶっ殺してくるから、時間稼ぎよろしく。」

「はいぃ!? 無理ですよ手加減してない夏凜さん相手なんて! と言うかどうやって!?」

 

あっけらかんと、夏凜は言う。

 

「精神統一して心の中に入る。」

「さらっと言うなよこの鬼! 悪魔! 脳筋! 歌野さん!」

「『歌野』は悪口だった……?」

 

「あーもー! 馬鹿言ってないでやるなら早くしてくださいよ!」

「誰が馬鹿だゴラ」

 

「あんただこの馬鹿ーーーッ!!!」

 

 

言葉に反して叩き込まれる正確無比な刀の一撃に、銀は大斧を燃やして答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、別の場所で歌野は盛大なくしゃみを一つ放っていた。

 

「へえっくしょおい!! …………夏凜辺りかしら。」

 

 

金糸梅の勇者、白鳥歌野。

 

諏訪と四国の記憶が一つとなったことで相方の巫女(藤森水都)からの好意に気付いたり勇ましくなったりと、頼もしい勇者である。

 

…………頼もしい勇者である。

 

 

歌野の右手に握られた鞭―――藤蔓は、二人の勇者を纏めて巻き付けて叩きのめしていた。

 

桔梗の勇者・乃木若葉と、オキザリスの勇者・犬吠埼風の、リーダー組が歌野の相手だったのだ。

 

 

「ぐおおおおおあああ………………」

「あんたに、情けってものはないの……?」

 

面白い程に簡単に二人纏めて持ち上げた歌野は、勢い良く地面に叩き付けた。 バリアはその身を守ってくれても、三半規管までは管轄外である。

 

歌野と若葉と風の混戦と言うよりは、モヤが取り憑いた同士で争っていた二人を止める形で参戦したのが歌野だった、という話なのだが。

 

 

「はぁーまったく、リーダー同士で情けない。 それと情けで飯は食えないのよ。」

「うぐぅ……いや、ごもっともだが……」

「いつの間にかあの大量の星屑は居なくなってるし、なにがどうなってるのよ……」

 

二人のぼやきに、顎に指を当てた歌野が少し考えてから返した。

 

 

「ああ、あれは多分私たちを引き離す為だけの役割なのよ。 本当の敵はあの黒いモヤ。 原則二人一組になるのを利用して、誰にも邪魔されないように互いを潰し合わせるって作戦なんでしょう。」

 

「勇者に精霊バリアがあるとはいえ、『仲間に攻撃された』という事実は心を蝕む……ということか。」

「目の前に一人特に罪悪感とか抱かなそうな奴居るけどね。 進行形でそいつに縛られてるけどね。」

 

「あ? なに? 止めてあげたのに文句言うわけ?」

「なんでもないでーす。」

「諏訪の『白鳥さん』が幻聴だったのではと思い始めてきたぞ……」

「『素』がこっちなだけよ。」

 

はぁ、とため息。

 

つきたいのはこっちだと風は思うが、声に出したら余計に強く縛られそうだから黙っておく。

 

「他の勇者は大丈夫かしら、私たちはともかく、あの一瞬で夏凜が銀君の事掴んでたけど…………本当に大丈夫かしら……?」

「仮に銀に傷の一つでも付いたら今度は紅葉と夏凜で殺し合いになるわよ。」

「夏凜と紅葉かぁ……私実はゴジラvsメカゴジラって見たことないのよねぇ。」

「……少しは紅葉の心配をしたらどうなんだ……!?」

 

若葉の悲痛な一言は、樹海の彼方に消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次に夏凜が目を覚ました時立っていたは、大量の刀が突き刺さった荒野のど真ん中だった。

 

 

「……これが私の心の中って訳。」

 

地面に刺さった刀は、目に見えるだけでも刃こぼれしていたり、半ばから折れていた。 夏凜はそれら一本一本の全てに見覚えがある。

 

 

「私が使って、消してきた刀たち……か?」

 

一本は訓練中に折ったもの、一本は藁束を切りすぎて刃こぼれしたもの。 そのどれにも、夏凜の思い出があった。

 

刺さった刀の柄頭を指で撫でると、ふと視界の端で影か動いた。

 

 

夏凜は刃こぼれした刀を右手、半ばが折れた刀を脇差代わりに左手で抜いて構える。

 

ゆらゆらと揺れる影。 それはやがて、夏凜の姿を象った。

 

 

「……見た目だけはそっくりみたいね。」

 

二振りの刀を構え、殺意を滾らせる。そうした夏凜の耳に、声が響いた。

 

 

『良いのかなぁ? 銀をこのまま鍛えて強くしちゃってさぁ。』

「あ゛ぁ?」

 

ニヤニヤと、おおよそ考えうる限り夏凜のする筈の無い表情で、影は夏凜を見て言った。 分かりやすい偽物だな、と夏凜は思う。

 

 

「……どういう意味だ。」

『そのまんまの意味だよ…………だってさ、ここで貴女が銀を強くしたら……銀は元の世界で生き残る事になるじゃない。』

「良いことだろ。 あとそろそろ黙れ、殺しづらくなる。」

 

左目だけで、それでも明確に敵意と殺意を込めて影を見る。 自分の顔で、自分のしない表情で、自分のしてきたことを否定されたのだ。

 

『よし殺そう』となるのも仕方がなかった。 脳筋ここに極まれり。

 

 

『脳筋過ぎるでしょ………………私が言いたいのは、元の時代に帰った際の歴史の変化だよ。 銀が生き残ったら貴女が勇者になれる可能性は無くなるかもねぇ?』

 

「―――――ああ、なるほど。」

 

 

このまま銀が強くなったら、()()()()()()お前は勇者になれないぞと。

 

そうすれば、夏凜や芽吹が次期勇者の為の鍛練を始める理由が無くなるぞ、と。

 

 

影は、そう言いたいのだ。

 

 

『ねぇ、夏凜?』

 

いつの間にか後ろに回り込んでいた影が、耳元で囁く。

 

 

 

 

 

『このまま私に任せてさ、銀を痛め付けておこうよ。 そうすればきっと、元の世界でちゃんと死んでくれるよ?』

 

「――――――――――。」

 

 

 

 

 

影は、造反神に創られたバーテックスだ。 勇者の情報は、ある程度入っている。

 

三好夏凜という少女は家族との確執があり、兄に嫉妬し、熾烈を極める鍛練によって選ばれた事から、高いプライドを持っていると。

 

そんな夏凜に取り憑いた、数体しか作れなかった『肉体支配と精神汚染を同時に行う新型バーテックス』は、『三好夏凜はこう言えば堕ちる』とプログラムされていた。

 

 

だが、それは昔の記録である。 今はもう家族を怨んでなんかいないし、兄への嫉妬心すら無い。

 

 

()()()()()、夏凜が、()()()()()()()で意思を変えることはないという事実を理解することは出来なかった。

 

 

「――――――――だから?」

『げっ―――う゛っ……!?』

 

影は夏凜のローリンクソバットで土手っ腹を蹴り飛ばされる。

 

 

「ねえ、だから、なに?」

『う……げほっ……』

 

 

人の形を取ったことで咳き込む影。 膝を突いた影の目の前に、夏凜は仁王立ちした。

 

見上げた影の目に映る夏凜の瞳に、光はなかった。

 

 

「確かにこのままなら私が勇者じゃない世界に切り替わるのかもしれないけどね、私はそれでも別に構わないのよ。」

 

影の胸ぐらを掴み立たせ、容赦なく頭突きする。

 

 

『がっ……!?』

「銀には生きていて欲しい。 でも私も勇者でいたい。 そんなワガママは通らない、だから決めた。」

 

前蹴りで突き放し、刀を構える。

 

 

「どっちに転んでも私は後悔なんかしない。 人間を、この私を―――――()()を舐めるなよ…………バーテックス。」

『なら、力ずくで!』

「―――死ね。」

 

 

殴り掛かってきた影の腕を折れた刀で切断し、刃こぼれした刀で肩から胸、腹を通って脇腹までを袈裟斬りで深く抉る。

 

返す刀で、首に一閃。

 

 

その勢いで反転した夏凜は、地面に刀を捨てて歩き出す。 まだ動ける影は追いかけようと足を進めるが―――――

 

 

『…………あ、ぇ……?』

 

 

―――――ずるり、と音を立てて、そんな影の首が地面に落ちた。

 

 

 

「お前の力なんて必要ない。 消えろ、私の『たましい』から。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏凜の刀が大斧を手元から弾き飛ばし、銀は丸腰となる。 遥か後方に飛んだ大斧に向かおうにも、それを夏凜から逃げつつやるなんて不可能で。

 

 

「…………あー、結構不味いッス。」

 

冷や汗を垂らしながらも、余裕を崩さない。 それが気力を保つ最後の防波堤な事は自分が一番理解していた。

 

ジリジリと後退する銀は、足をもつれさせて尻餅を突く。

 

 

「うわっ……! あの、夏凜さん? ちょっと待ってくれるとアタシすげー助かるんですけど……」

 

夏凜が精神世界に入ってから数分、精霊バリアが無ければ今頃4回は死んでいるであろう攻撃をなんとか防ぐことを繰り返すも、限界だった。

 

振り上げられた刀を見て、反射的に顔を背けて腕を盾にする。

 

 

「っ―――――…………あれ?」

 

 

衝撃が襲ってこないことに疑問を覚え、銀は恐る恐る腕をどかして視界を確保。 刀は、腕に当たる数センチ手前で止まっていた。

 

「か、夏凜さん……?」

「―――悪い、待たせた。」

 

その言葉を聞いて、銀は力を失ったように仰向けに倒れた。

 

 

「もー……遅いですよぉ……!」

「ちょっと面倒な相手でね。」

「……いや、ほんと疲れました……」

「お疲れさん。」

 

銀のすぐ脇にあぐらをかくと、夏凜は銀の汗で張り付いた髪を分ける。

 

「あんたは……」

「はい?」

 

「…………なんでもないわ、()()。」

 

 

もし、仮に、勇者でなくなったら。紅葉や友奈たちとの出会いも無かった事になるのか、はたまた。

 

『今樹海で銀を労っている夏凜』は勇者でなくなる可能性を納得しているが、元の世界の昔の夏凜は、勇者になる選択肢の存在しない人生に耐えられるのだろうか。

 

 

 

「(……ま、平気か。 私はそこまで弱かない。)」

 

そう思考を纏めながら、夏凜は銀の頭を撫でていた。 妹が居たらこんな感じなのかな、なんて思いながらくすぐったそうにしている銀を見る。

 

 

「……私が操られたことはともかく、あんたに刃を向けた事は紅葉に言わないでよ。」

「わかりました! 心配させたくないですもんね、紅葉さん。」

 

「そうだけどそうじゃないのよ。」

 

 






誕生日回だけどなんかカッコいい夏凜が書きたくなったので欲に従いました。


紅葉の精神世界が表していたのはでかい畑(歌野)と大木(水都)でしたが、多分今は前と大分違った世界になってると思う。 今の紅葉の歌野への好意はかなり薄まってるので。

分かったと思うけど夏凜の精神世界のモデルは心がガラスの弓兵。 鍛練漬けで軽く女を捨ててるせいでああなってるけど、夏凜が見つけなかっただけで仲間達を表す花が一部に咲いてたり。


尚、新型バーテックスくんは今回だけの特別ゲスト(一度に数体しか生産できないからコスパが悪すぎると赤嶺にボロクソ言われて生産をやめたから)です。 これ以降の出番はないです、合掌。


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祝福 乃木若葉は元勇者である


リクエストの『物理的に年下の紅葉が見たい』をついでに消化したかったので、解決のために平均年齢を引き上げました(脳筋は思考が短絡的)。


なんとか間に合った…………



 

 

 

休日、部活参加自由となっている土曜。 俺達はひなたに呼ばれ部室に集まっていた。

 

 

「―――神託です。」

 

その一言で、部室内がざわめき立つ。

 

……だが、俺一人だけが妙な胸騒ぎに嫌な予感を覚えていた。

 

 

 

「勿体振らずにサクッと言ってくれんかね。」

「ああ、すみません…………実はですね……。」

 

言葉を溜めてから、ひなたは言った。

 

 

 

 

 

「若葉ちゃんが、未来から来ます。」

 

「…………マジ?」

「マジです。」

「未来の私が? …………何故だ?」

 

若葉の質問に、俺が答える。

 

 

「あー……それはお前が戦いが終わった後も、生大刀(いくたち)を持ち続けてたからだ。 勇者に変身できなくなっても武器自体が勇者システム並に霊力を貯えてる神器なんだ、まあ呼ぼうと思えば呼べるんだろう。」

 

西暦で戦いが終わった若葉と千景は超特例措置として、武器の携帯を許可されていた。 外に出るときは常に生大刀と大葉刈をそれぞれ腰と背中に吊るしていたしな。

 

 

「どうやら赤嶺―――『造反神側の勇者』に対抗するための新戦力を連れてこようとしたら間違えてしまったらしく…………見つけ次第元の時代に戻す準備を始めるらしいです。」

 

「ドジっ子路線は流行らないと思う。」

 

神樹のドジっ子とか誰も得しねえよ。

 

 

「……ごほん。 兎に角、このあとこの世界……学校に現れるでしょう大人になった若葉ちゃんは、きっと突然の事に混乱するはずです。」

 

そりゃそうだ……いや、あいつならそうでもなさそうか。 そんなひなたの言葉に、水都が付け加える。

 

 

「だから、皆で手分けして大人の若葉さんを探して欲しいんだ。」

 

「うむ。 自分を探すと言うのは変な感覚だが……わかった、それなら見付けたら全員にメッセージを飛ばせば良いな。」

「はぁ……仕方ないわね……。」

 

ヤル気満々の若葉に反して千景は乗り気ではないらしい。

 

わかるよ。 俺も若葉に会いたくない、昔若葉の体を鈍らせない訓練に付き合わされてたし。 俺当時片腕だったんですけど。

 

「……帰りてぇ。」

「……ふーん。」

 

 

休日の畑仕事を謳歌していた直後に呼ばれ、麦わら帽子に農業王Tシャツにジーパンと、色気の欠片もない私服姿を存分に晒している歌野が俺の言葉に何かを察する。

 

歌野は俺をじーっと見ると、肩をがっしり掴んだ。 ミシミシ言ってるから手加減して……!

 

 

「面白そうだから逃げたら駄目よ。」

「こいつ他人事だと思って……!!」

「実際他人事だし……まあ撮影は任せなさいな。」

「ヤメロォ!」

 

俺と歌野がぎゃいぎゃい騒いでいると、若葉に首根っこを掴まれる。 やめろぉ離せぇこの馬鹿力!

 

 

「楽しそうな所悪いが、お前は私と来い。」

「えー……やだめんどい。」

「あっ、じゃあアタシも着いてって良いですか?」

「構わないぞ、銀。」

「銀が来るなら仕方ねえな……」

 

「こいつちょっろ……なんか不安だし私も行くわ。」

 

 

その言葉は俺の心臓に突き刺さるからやめタマえ夏凜。 そんなわけで、俺と若葉と銀と夏凜で大人の若葉を探しに行くことになったのだった。 あーやだやだ、やっぱ帰っていい?

 

 

駄目? えーそんなぁ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「紅葉、お前銀が居なかったらどうしてたんだ。」

「屋上で寝てた。」

「そうか、銀、首輪はしっかり着けておけ。」

「りょーかいっす。」

「いや流石にそういう趣味は……俺が着けるより銀か若葉の方が需要あるよ?」

 

主に園子とか美森とか須美とかひなたとか。 あと杏。

 

 

「あ、でも銀に付けられるなら本望かも。」

「去勢して保健所に送るぞ。」

 

ああん、夏凜ってば酷い。

 

そんな事を言い合いながら、休日と言うこともあって誰も居ない廊下を四人で歩いていた。

 

 

他の連中に一階とか三階とかを担当させ、俺達は二階を担当したのだが、どこにおんねん。

 

これ行き違いとかになってるんじゃないの。

 

 

「一旦戻って休憩しない?」

「紅葉さん、まだ5分も経ってないです。 もう少し頑張りましょう?」

「少しは忍耐力を鍛えたらどうだ、付き合うぞ。」

「甘えんな動け。」

「うごごごご…………」

 

 

銀の慈愛に反してこいつらの野武士具合と来たら……。

 

ボロクソ言われながら歩いていると、ふと人影。 その人影の見慣れた金髪が、答えを物語っていた。

 

 

「あ、見っけ。」

「ほんとだ、あれ若葉さんですよね?」

 

左手に鞘に収まった生大刀を持ったままの若葉は、まだ俺達に気付いていない。

 

「あれが未来の私か……」

「あんま変わらないのね。」

「そう簡単に変わるもんでも無いだろ―――――変わる、ものでも……?」

「あ? どうしたの?」

「じゃあアタシ呼んできますね!」

 

俺はそう言って駆けた銀を横目に、違和感を抱く。

 

 

 

「大人になった若葉、勇者の力は無いんだよな。 普通こんなことになったら『敵側の神の仕業かも』って思うよね?」

 

『―――――あ゛っ』

 

「あと若葉、後ろからの気配に反射的に生大刀抜く癖あるよね?」

「ああ。 こっちに来てからはその癖も無くなったが……」

「大人のお前、あの癖治ってないぞ。」

 

 

俺と夏凜と若葉で顔を合わせ、同時に若葉(大)に駆け寄る銀を見る。

 

 

「アカン」

「止めた方が良いんじゃない?」

「っ―――紅葉!」

「……二人は変身しろ、戦いになるぞ!」

 

 

二人がスマホを取り出したのを見ずに、俺は銀を追って走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

銀は大人の若葉の後ろ姿を追っていた。

 

大人と言うこともあり、歩幅と脚の長さの違いで中々追い付けないでいる。

 

 

「(足早いな~おっきい若葉さん、ちょっと脅かしてやろうかな。)」

 

 

イタズラ心が芽生えた銀は、足を止めて教室を覗いている若葉(大)に忍び足で近付く。

 

一つ大声でも出してやろうか、なんて考えていると、不自然にピタリと若葉(大)が動きを止め――――

 

 

 

生大刀を抜刀し、銀目掛けて振り抜いた。

 

瞬間、銀の背後から二つの影が動く。

 

 

一つは紅葉。 銀の首の襟を掴んで引っ張り、抱き止めて尻餅を突く。

 

二つ目は夏凜。 壁を蹴って跳躍し間に割り込むと、刀で生大刀を受け止め―――きれないと判断。 斜め上に軌道を逸らした。

 

 

 

「どけ」

「が―――」

 

生大刃が明後日の方向に振り抜かれた事を視認すると同時に、夏凜は若葉(大)に蹴り飛ばされ、廊下を滑る。

 

若葉(大)は半歩下がり、一瞬で体勢を立て直し、半歩踏み込んで紅葉と銀を纏めて切り捨てようとした。

 

 

「不味っ……」

「っ―――させんッ!!」

 

が、若葉(中)が夏凜と入れ替わるように割り込んで、鞘から半ばを抜いた生大刀で抜き身の生大刀を受け止める。

 

 

「見知らぬ勇者に、紅葉に、今度は昔の私か。 ますます訳がわからん。」

「私の話を、聞いてくれ……!」

「断る。」

 

バッサリと断られ、振り下ろされた生大刀に力が入る。 カリカリと金属が擦れる音が廊下に響く。

 

自分が邪魔になっている事を理解している紅葉は、銀を庇いつつ座ったまま後ろに下がり、若葉(大)に話しかけた。

 

 

「おい若葉、そのままで良いから聞け。」

「………………なんだ。」

「逆に聞くが、どうすれば俺たちを信用できる? 言ってみろ。」

「……そうだな、なら今の私やひなたしか知り得ない秘密を当ててみろ。」

「うわ簡単。」

 

 

は? という声が両方の若葉から発せられた。

 

 

「はーい若葉の秘密暴露、行きまーす。」

「おい待て、嫌な予感がするんだが」

「成人したての若葉は、酔った勢いで千景と「どうやら本物らしいな。」

「…………最後まで言わせろよ。」

 

 

そう言って、若葉(大)はあっさりと生大刀を引いて鞘に納めた。 間に挟まれた若葉(中)は、頭に疑問符を浮かべる。

 

「……なんの話なんだ。 というか大人の私は千景となにをしたんだ!?」

「それはだな……って言いたいけど、大人の方に真っ二つにされちゃうからまた今度な。」

 

 

紅葉はジロ、と若葉(大)に睨まれる。

 

銀は紅葉に抱えられたまま一言だけ呟いた。

 

 

「……部室行きません?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

部室に戻った俺達は、若葉(大)の深々とした謝罪の礼を拝んでいた。

 

 

「大変申し訳無い事をした。 本当にすまない。」

「あーもー良いですって、怪我人とか居なかったんですから。」

「いや、しかしだな……」

「うう…………紅葉さぁん」

 

しつこい謝罪に困った銀が俺にSOSを飛ばすが、悪い、そいつの謝罪あと5分は続く。

 

「それにしても、夏凜が頑丈で助かったな。」

「じゃなきゃこの面倒臭い謝罪、一時間は続いたんじゃないの。」

「私の怪我の安否はともかく十分面倒臭いけどね。」

 

 

 

暫く続いた謝罪を終わらせた大人の若葉は、ひなたと水都から事情の説明を受けていた。

 

「なるほど。 ここは神樹様の内部に作られた世界で、造反神と戦っている…………と。」

「そう言うこと。 どうせ明日には帰るだろうが、説明しとかないと面倒だからな。」

 

 

二人からの説明を反芻していた若葉(大)……大人若葉? 昔年老いた若葉のこと枯葉とか言ったら張り倒されたことあるし大人若葉で良いか。

 

大人若葉は、自分を見て興奮し写真を撮りまくってる親友を何とも言えない顔で見ていた。

 

 

「ああ……大きくなった若葉ちゃんも素敵です……」

「良いよ~! 大人のご先祖様とヒナたんのアダルトな関係もバッチ来いだよ~!」

 

「ひなたも紅葉もあまり変わらんな。」

「お前がそれを言うのか…………?」

 

ひなたの横でエアロガを発動してる園子を見ないようにしてる辺り、自分の子孫があんなんでちょっと複雑らしい。

 

部室の光景を見ていた大人若葉は、不意に、俺に生大刀を向けると言ってきた。

 

 

「そうだ、折角五体満足の紅葉が居るんだ…………()らないか。」

「嫌です…………。」

「なんでだ?」

 

いやそんな心底不思議そうなトーンで言われましても。 そもそもお前の訓練に付き合うったって、盾で受け止めたりする程度だったし……まあ度々その盾も粉砕されるけど。

 

あと夏凜から拝借した木刀の柄をグリグリ押し付けるのはやめろ。 木刀で乳首当てゲームするな俺の乳首は真ん中には無い。

 

 

悪大官よろしくな『良いではないか』を男側で味わっていると、リトル若葉こと若葉が助け船を出した。

 

 

「若葉さん、良ければ私がお相手しても?」

「む、若葉…………自分の名前を呼ぶのは妙な感覚だがそうだな、お前とやるとしよう。」

 

「ゆ、許された……!」

「そしてその後にお前だ。」

「ヒエ……」

 

許されてなかった。 良いだろ別にお前の秘密なんて、たかが酔った勢いで千景とキスした程度じゃん。 当時の俺とひなたと杏のスマホにはその記録バッチリ残ってるけど。

 

まだ生易しいもんだろ、俺なんてその数年後に結婚相手に業を煮やされて薬盛られて襲われるんだぞ。

 

 

「それと―――千景、大葉刈を貸してくれ。」

「は?」

 

部室から出ようとした大人若葉。 思い出したように振り返ると、千景にそう言った。

 

千景の反応はごもっともだと思う。

 

 

 

 

 

 

 

時間的には昼飯の辺り。 横で歌野が野菜スティックをボリボリ食ってるのを横目に、俺は肉巻きおにぎりを食っていた。

 

「野菜も食べなさい。」

「だからっておにぎりに突き刺すな……あーやめろ!」

「これでよし。」

「黒ひげ危機一髪かよ……?」

 

キュウリとかニンジンのスティックが俺の肉巻きおにぎりに突き刺さり、サボテンみたいになる。

 

肉のタレが付いたそれを抜いてかじる。 まあ、うん、普通に旨い。

 

 

「お待たせ。」

「コンビニで良いの買えたか?」

「ええ、限定の肉巻きおにぎりが。」

「俺と同じの買ったのか」

 

体育館を貸し切って行われたエキシビションマッチ、若葉vs大人若葉を見に集まったは良いが、弁当の用意なんてしてないわけで。

 

各自見たいやつが好きに集まって、ついでに昼飯の調達もしていたのだった。

 

 

「野菜も食べなさい。」

「……分かったわよ。」

 

夏凜の頬にニンジンを押し付ける歌野(妖怪)を置いといて、俺は二人の打ち合いを見る。

 

やはり体格も筋力も技量も違うと、若葉が勝つのも一苦労なようだ。 大人若葉が完成してからもなお研磨を続けてるとすれば、若葉はまだ発展途上だしねぇ。

 

…………遠当てで大木切断なんて出来るようにならなくて良いと思うんですけど。

 

 

 

若葉は生大刀で斬りかかるも、大人若葉が巧みに扱う大葉刈で接近を許されない。 正直、今の千景よりよっぽど扱いが巧い。

 

そして今、大葉刈を折り畳むギミックを利用して大人若葉が若葉の生大刀を巻き上げ――――

 

 

「危ねぇーーー!!?」

 

 

俺の顔を掠めて壁に刺さった。

 

……なんかどっかで似たような目に遭った気がする。

 

 

「……………………すまん。」

「今絶対どさくさ紛れに証拠隠滅謀っただろ。」

「さて、なんのことだか……。」

 

しれっと誤魔化した大人若葉は、若葉の生大刀を抜いて戻って行く。 楽しそうにしやがって……。

 

 

「自分の完全上位互換と切磋琢磨出来るなんて、今回限りだろうな。 若葉からしたら最高の誕生日プレゼントなんじゃないか?」

「……誕生日だったっけ?」

「歌野……覚えとけよ、俺は何回も祝ってるから忘れられないんだけどさ。」

「あー、西暦で?」

「そーそー。」

 

そして二十歳の誕生日に、あの珍事件が起きたと。 いやあ死ぬほど笑ったね。

 

とかなんとか想起していると、横で夏凜が貧乏揺すりしていた。

 

 

「……ウズウズしてるところ悪いが、一区切り着くまで我慢しろよ。」

「分かってるわよ。」

「あれ私も混ざった方が良いのかしら。」

「刀と鎌に鞭まで混ざるとか混沌とし過ぎてるでしょ。」

 

そんなバトルロイヤルじゃないんだから。

 

 

歌野が買い込んだ大量の野菜スティックを横からつまみ試合を肴に食っていると、どうやら一段落したようで、ひなたから渡されたタオルで汗を拭いている大人若葉が近付いてきた。

 

「小休止したら、次はお前だ。」

「あ、あれ有言実行するつもりなんすね。」

 

「当然だ。 生かしてはおけな……じゃなく、今のうちに始末を……でもなく。」

「もうはっきり言っちゃえよ……。」

 

視界の奥でスポーツドリンクを呷っている若葉を見て、夏凜を見てから歌野を見る。

 

 

 

 

 

「……………………夏凜が稽古頼むってさ。」

 

このあと、歌野も交えた異種格闘技戦でなんとか逃げ切った。

 





最近誕生日回らしい誕生日回書けてない……書けてなくない?


・乃木若葉(23)

神樹に間違って呼ばれたその1年後にひなたが結婚するが、とある事件でひなたのお見合いの相手を半殺しにする模様。


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祝福 藤森水都は恋人である


紅葉の、ではないのであしからず。


うちのみーちゃんはゆゆゆい風に言うなら 『聖母 藤森水都(黄)』と『小悪魔 藤森水都(紫)』ですかね。

※なお今回も好き放題やってるから人を選びますねぇ!(配慮0)



 

 

 

2015年、7月7日。 数年前の俺ならきっと、『単なる七夕の日』としか認識しなかった事だろう。

 

諏訪大社に繋がる階段に腰掛けた少女、藤森水都を見ながら俺はそんな事を考えていた。

 

 

「……どうかしたの、紅葉。」

「別に。」

 

簡潔に返し、隣に座る。

 

 

―――藤森水都、11歳。

 

奇妙なまでに霊感があったり、虐められている訳ではないのだが臆病で人見知り。

 

そのビビり具合はリードに繋がれた小型犬すら恐がる始末。 前世で何があったんだお前は。

 

 

こいつとの出会いは、そう、なんだったか。

 

……田畑に落ちた帽子を拾ったんだったか。

 

 

 

その後はこれといった会話もなく、ぼーっとしながら、階段の下で行われている七夕を記念として開かれた祭りの様子を見ていた。

 

この空気は嫌いではない。 と言うか嫌いであればそもそも水都なんぞと一緒に居たりはしない。

 

 

祭りのどんちゃん騒ぎを暇潰しに見下ろしていると、俺の服を引っ張り水都が聞いてきた。

 

「なんでこんなところに呼び出したの?」

「ん、ああ。 すまん忘れてた。」

「……もう、紅葉が呼んだんじゃん。」

 

頬を膨らませて怒ってるアピールをする水都。 その頬をつついて潰すと、アホ面を晒しながらぷぅと息が吐かれた。

 

 

「………………もーみーじー!」

「くっくっ、怒るな怒るな。」

 

脇腹を叩いてくるが、まったく痛くない。

 

顔が真っ赤になるほどと言うことは本気なのだろうが、本気でこれってこいつ力無さすぎでしょモヤシかよ。

 

何度も叩いてくる水都の頭を掴んで円を描くようにぐわんぐわんと回してから離すと、水都は目を回す。 落ち着いたのを見計らってから、俺は水都の顔を見てあっけらかんと言い放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺四国行くことになったから。」

「……………………え。」

 

 

水都の表情が、絶望一色に染まる。

 

一瞬フリーズしてから、再起動。

 

 

「え、な…………なんで……!?」

「諸事情でな。」

「まさか……親の転勤とか……!」

「片や専業主夫、片や警備員。 どうやって転勤しろって言うんだ。」

 

「じゃあ、どうして……?」

 

道端に捨てられた犬のような、見捨てられた子供のような、そんな怯えた表情をする水都。

 

「紅葉が居なくなったら私……友達一人も居ないことになる……」

「事実なんだけどさ。」

 

やめろよ、こっちが泣きたくなってくる。 精神的に泣きたくなってくる俺とは違い普通に泣きそうになっている水都の頭を乱暴に掻くと、俺は続けた。

 

 

「ちょっと、四国の方から呼ばれててな。」

「呼ばれてて? 誰から?」

「うーん、『誰から』と言うべきか『何かから』と言うべきか。 まあ、確かめないことには始まらないからな。」

 

 

どうせ神性のあるなんかだろ。 昔から水都程じゃ無いが霊感がある俺は、よく『間違いなく見ちゃ駄目なヤツ』を見る機会があったもんだ。 だから海とタコ嫌いなんだよ。

 

いあ…………じゃなくて、嫌だねぇ。

 

……気を抜くとつい言いそうになる。

 

 

「再来週辺りから四国に向かって、それから一週間かそこらでこっちに戻るつもりだ。 旅行も兼ねてるから、高いうどんでも買ってきてやるよ。」

「…………まさか、一人で行くの?」

「人ならざる何かに呼ばれてるので四国に行きましょう、で着いてくるほど両親は馬鹿じゃねえし。」

 

あの二人は特に霊感が有る訳じゃないし、基本的に霊的なアレコレは信じてない。 よって俺の()()は遺伝では無いのだろう。

 

 

「遅くても30日までには帰るさ、でもその間のお前が心配すぎるから、俺から一つ宿題を出すぞ。」

「しゅ、宿題…………。」

「簡単だ。 俺が帰るまでに、一人でいいから友達作れ。」

「無理だよ。」

 

 

……即答するなよ。

 

 

「私なんかが、作れっこない。」

 

そう言って目を伏せる水都を見て、ガリガリと髪を掻く。 自分に自信がどうの以前に、ネガティブ思考の塊なこいつは言動行動の前に『自分なんかが』と考えてしまう。

 

それは、水都の悪い癖だ。

 

 

「俺みたいな奴なんかがお前と友達やれてるんだ、また一人作るぐらい出来ないと駄目だろ?」

「……あうぅ……」

 

額を指で押すと、間抜けな声を出す。

 

こうして関わっていれば良い奴なのだが、相手も相手でこんなネガティブ女に普通は関わりたくない、というのはわからんでもない。

 

 

「要するに、あれだ。 お前にも何かしらの魅力があれば良いんだろ。」

「み、魅力…………?」

「アダ名でも考えるか。 親しみやすい感じのやつ。」

「急にそんな事言われても。」

 

正直な所、こいつに必要なのは水都自身のクソネガティブな部分を補って余りあるポジティブな奴だと思う。

 

でも、近所に居ないんだよなぁ。

 

 

「ま、どうにかなるか。」

 

「? ……なにが?」

 

 

なんでもねぇ、と言って俺は立ち上がり、石段を数段降りて振り返ると水都を見る。

 

「帰るぞ。」

「うん。」

 

 

人混みに巻き込まれないように、水都の手を引いて喧騒の中を歩く。

 

四国に向かう前にアダ名の一つでも提案してやるか、と考えながら、親への土産に適当になんか買ってやるかと思考する。

 

 

そうして歩いていると、ふと、深緑の髪を揺らした少女とすれ違う。

なんとなく、その髪に、後ろ姿に目を奪われ―――――やがて少女は人混みに紛れて消えた。

 

 

「……紅葉?」

「……いや、なんでもない。」

 

 

 

 

 

7月某日、俺は四国へ向かった。 『30日までには帰る』なんて水都に約束したが―――――

 

 

結局、その約束が果たされることは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

休日、やることもなく惰眠を貪っていた俺は、寄宿舎のドアを叩くやかましい音に叩き起こされた。

 

 

「紅葉ーーー!! 助けっ……あ、開けてーーー!!」

「…………うるせえ、なんだよ……。」

 

 

声からして歌野。

というか今明け方じゃん、4時じゃん。

 

 

一発強めにぶっ叩いて二度寝してやろうと思いドアを開けると、薄着の歌野が飛び込んできて急いで鍵を閉められた。

 

「…………た、助かったわ……」

「こんな時間になんの用だこの野郎。」

 

 

顎に垂れた汗を腕で拭う歌野。 今が熱い時期だからと言うこともあって、寝るときの格好は半ズボンと肌着らしい。

 

露出した肌の至る所を埋め尽くすように大量の虫刺されのような赤い痕が付いているが、まあ、質問するのは野暮だろう。

 

昨夜はお楽しみだったんすね。

 

 

「散々ヤられたい放題だったみたいだな。」

「夜のみーちゃんは……下手したら勇者よりスタミナがあるわね……」

「へー。」

 

良く見れば、どことなく生気を搾り取られたみたくゲッソリとやつれている。

 

…………うん。 やっぱ神樹世界の水都は平行世界の別人だわ、それで良かったと言うべきなのだろうが複雑であるな。

 

「まあ落ち着きタマえ。 何が……ナニがあった。」

「なんで今言い直した。」

「……良いから言えって、追い出すぞ。」

 

 

外に人の気配あるし、多分水都が歌野を探してる。 小さく悲鳴をあげた歌野は、間を置いて語り始めた。

 

 

「ほら、昨日みーちゃん誕生日だったじゃない。」

「そうだな。」

「だから、ちょっと豪華なディナーを振る舞ったり色々と出来る限りの贅沢をしたのだけど…………」

「良いことじゃん。」

 

段々声が小さくなっていく歌野。 冷蔵庫に入れてた冷えたペットボトルの水を一気に呷って一息つくと、続ける。

 

 

「夜は基本いつも一緒だけど、珍しくみーちゃんから一緒に寝ようって言うから了承したのよ。」

「それだけなのぉ?」

「張り倒すぞ。 …………で、なんか起きたら両腕ベッドに縛られててね。」

「えぇ……」

 

B級映画でも中々やらない急展開だな。 顔を両手で覆った歌野は、大きく深呼吸してから事の真相を語った。

 

 

「何事かと思ったら、みーちゃんが私の腹に馬乗りになってて言ったのよ。 『誕生日のプレゼント、何が良いかずーっと悩んでたけど、ようやく決まったよ。』 って。」

「…………何が良いって? いやなんとなく分かってるけどさ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……首輪を構えて『うたのんが欲しいな』って言われた。 物凄く可愛い笑顔でつい首を縦に振りそうになったから、大慌てで手を縛ってたロープを千切ってここに逃げてきたって訳。」

 

「そう…………。」

 

残りの水を飲み干してゴミ箱に投げ入れると、歌野はふらふらと立ち上がる。

 

 

「じゃあ私、窓から逃げるから。」

「おい、その痕(キスマーク)見られたら不味いだろ。」

「ぐえぇ!」

 

水都が居るだろう玄関側じゃなくベランダ側の窓を開けて身を乗り出した歌野の、首根っこを掴んで床に張り倒した。

 

そのまま襟を掴んで、玄関まで引き摺る。

 

 

「ちょ、ちょっと紅葉、そっちみーちゃん居るから不味いんだけど……」

「……ったく、首輪だの縛られただの、単なるノロケだろそれ。」

「これがノロケに聞こえるって大丈夫? 寝ぼけて頭打った?」

 

ノン、残念ながら正気(しらふ)です。 この体アルコール効かないから余裕で酒呑めるけど。

 

 

「恋人の要望ぐらい叶えてやれよ。 水都も良識はあるんだ、流石に学校にまで着けて行かせようとはしないでしょ。」

「…………ねえ紅葉、貴方絶対今の状況楽しんでるでしょ」

「うん。」

「即答した……!?」

 

これを楽しまない奴とか人間じゃないでしょ。 ともあれ、片手でドアを開けて、俺は勢いをつけて歌野をぶん投げる。

 

ゴロゴロ転がって歌野は壁に背中を軽く打ち付けるが、すぐさま起き上がりこっちに向かってくる。 俺がすかさずドアを閉めて鍵を掛けると、やれ開けろだなんだと文句を言ってきた。

 

 

―――――が。

 

 

 

『う、た、の~ん!』

『み゛っ……みーちゃん……!』

『もう、なんで逃げるの?』

『流石に首輪は不味いからよ!?』

『大丈夫だよ、ほら、チョーカーっぽい形だからきっとバレないよ。』

 

『じゃあチョーカーで良かったんじゃない……?』

『それじゃ私のだって証しにならないもん! ねぇうたのん……部屋に戻って、続き…………しよ?』

 

『い、嫌よ。』

『…………うたのんは、私のこと嫌い?』

『そんなわけ無い! ……けど、これは不味いでしょ。』

 

『嫌いじゃないならいいよね! さ、いこっ!』

『あー…………もう、どうにでもなーれ。』

 

 

語尾にハートマークでも付いてそうな水都の言葉に押し切られ、半ば諦めた歌野はドア越しに悲痛なまでのため息をついて、俺の隣の部屋である自室に入っていった。

 

これは昼まで誰も出てこないな、間違いない。

 

 

 

 

 

「――――よし、寝るかぁ!」

 

気合いを入れた俺は、ベッドに飛び込んで無理矢理意識をシャットダウンさせ、二度目の眠りについた。

 

ただそれでも、心に残り続ける果たせなかった約束は俺の心を少しばかり抉るのだが、それはまた別の話である。

 

 





2015年、星屑襲来当時の紅葉の歳はだいたい13か14くらい。 勇者と巫女達よりは歳上とだけ覚えておけば大丈夫です。





・精神世界の紅葉が残した『だいじなひと』ってメッセージは結局どういう意味なの?(自問)

・文字通りの意味。 時間がなかったのと紅葉が大雑把な性格してるからあんなメッセージになったけど、普通に考えて帰ってくる約束を守れず手の届かない所で失った古馴染みなら十分紅葉にとって『だいじなひと』でしょ(自答)


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祝福 古波蔵棗は海人である・前



暑さは人からやる気を奪う、皆も知ってるね。




 

 

 

7月某日、部室で暑さによってドロドロに溶けてる俺は、机の表面で顔を冷やしていた。

 

「あづいーーーーー。」

「そう言ってると、余計に暑くなるわよ」

「暑い暑いあつーーーい。」

「張り倒すぞこの野郎。」

 

 

俺と歌野以外が出払った部室でそんな事を言い合いながら、歌野は軽く俺の頭を叩いてからクーラーの電源を入れる。

 

「節電で我慢してたらボケジジイの脳ミソが茹で玉子になるし、電源つけるわよー。」

「誰がボケジジイだこら、昔の老後の俺がボケてた記憶はねぇ。」

 

 

言い返した俺の声に覇気はなく、クーラーが稼働したことで、ようやく思考回路が安定しだす。

 

ちらりと歌野を見ると、手首にリストバンドのように、犬に使う用の首輪が巻かれていた。

 

 

「なんだよ、あのとき部屋から追い出したのまだ根に持ってるのか? 沸点低いなぁもう。」

「いやキレるわ。 恋人が相手とはいえペット扱いされそうになったら誰だってキレるわ。」

 

藤森水都の誕生日祝いで『さくやはおたのしみでしたね』した後の歌野が、ベッドに縛られ首輪を着けられる所だったのが昔の話のように感じるのは暑さのせいか。

 

結局首に着けるのは勘弁する代わりに、腕に巻くことで渋々水都も了承したのだとか。

 

手『首』も首だよねとかすげえトンチだな、一休さんかお前は。

 

 

まあ渋々な辺り第二第三の作戦を考えてるだろから気をつけた方がいいけど、指摘しない方が面白いから黙っておく。

 

 

「…………しかし、暑すぎるな。 地球温暖化、ガイア理論、我々は消毒されるべきウイルスの可能性が……?」

「紅葉、貴方疲れてるのよ。」

 

歌野に肩に手を置かれ、静かにクーラーの温度を下げられる。 疲れてねえよ暑いんだよ。

 

 

「……プールでも借りるか。」

「あー、確か棗が先に借りてる筈。 多分OK出るだろうし、行ってきたら?」

「おーう……お前はどうすんの」

 

「畑。」

 

「あ、はい。」

 

ジャージに麦わら帽子を一瞬で装備した歌野は、一言だけ呟いて部室から出ていった。

 

ああん、歌野ってばストイック。

 

 

水都に汗拭いたタオル取られないようにした方が良いよ、と言おうとした頃には、歌野はもう廊下から居なくなっていた。

 

………………南無三。 面白いからメッセージ飛ばすとかはしない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

要らねえっつってんのに歌野に勝手に買われて押し付けられた半ズボン型の海パンに履き替え、プールに繋がる扉を開く。

 

清涼感ある空気に身体が冷やされ、夏にも関わらず、ここだけが涼しい一種の異空間のようになっていた。

 

 

「あーーー、涼しい。」

 

軽くストレッチしてから、プールに入る。 夏の日差しで冷たすぎない程度の水温になっていて大変よろしい。

 

仰向けになって水面に浮かぶと、風で揺れる水に身体が緩やかに運ばれる。

 

 

 

…………水、ねぇ。

 

こうしていると、西暦の時に海に喚ばれた事を思い出す。 四国に向かうよりも昔、小さいときに俺は家族旅行で向かった先の海で引きずり込まれた事があった。

 

その時に見たのは、巨大なタコのような触手をヒゲ状に生やした翼のある怪物。 そして、そんな怪物を崇拝する唄。

 

 

あれが旧支配者(クトゥルフ)だった事を知ったのは暫く後だったし、邂逅は一度でそれ以降は海に近寄ることすらなかったから記憶から薄れていったのだが。

 

 

ガキの頃のトラウマとして防衛本能が記憶を消していたんだろう、思い出したの西暦の戦いが終わった後に無形の落とし子から襲われた時だし。

 

 

 

 

―――神世紀72年の大規模テロ。

 

 

 

 

そりゃ、テロリストの集団自殺として片付けられるわな。 あながち間違いじゃねえんだもん。

 

 

そこまで考えて、俺は息を吐き出しプールの底に潜水。 水を間に挟んで屈折した朧気な太陽を見やる。

 

僅かな息苦しさを感じている俺の脳裏に、ガキの頃出会った旧支配者を崇拝し、讃えた例の唄が流れ出す。

 

 

 

 

崇めよ(いあ)崇めよ(いあ)我らがクトゥルフを(くとぅるふ ふたぐん)

 

崇めよ(いあ)崇めよ(いあ)我らがクトゥルフを(くとぅるふ ふたぐん)

 

 

死せるクトゥルー、ルルイエの館にて(ふんぐるい むぐるうなふ るるいえ)――――――夢見るままに待ち至り(うがふなぐる ふたぐん)

 

 

 

 

思考回路が、泥を被せられたように鈍る。 息苦しさが増し、視界が黒ずむ。

 

肉体はプールの底に、だが精神が、海の底まで引っ張られる。 チカチカと視界が明滅して、星が散らばると―――――

 

 

 

気が付けば、ギョロリとした巨大な瞳が俺の姿を鏡のように写し出していた。

 

「―――――。」

 

口を開こうとして、隙間から水が流れ込んで来そうになり慌てて閉じる。

 

()()()がリフレインした時点で警戒すべきだった。 流石の神格、『水に沈んだ肉体』を媒介に精神を引っ張るくらいは容易だったか。

 

 

 

苔むしたような、不愉快な緑色。 悪魔じみた翼に、タコの触手めいた髭。 紅い瞳をまじまじと見れば見るほど、吐き気と不快感が増して行く。

 

『召喚の呪文を唱えるものは真っ先に殺せ』とまで言わせた恐ろしき邪神そのもの。 俺の眼前には、かつて旧支配者と呼ばれていた邪神、クトゥルフが鎮座していた。

 

 

 

いや、まあ、だからなんだって話なんだけど。 なにお前暇なの? わざわざ俺呼び出すくらいなら部下でもこっちに寄越せよ、退散の呪文使って封じるから。

 

俺達の子孫がテロ当時の魔導書を何冊回収して大赦に保管させてると思ってんだ。

 

それと旧友を呼ぶような気軽さで人の精神を海底に連れてくるんじゃねえ。

 

 

「―――――クソタコ野郎、お前が天の神の味方でなく地の神の敵でないなら、黙って大人しく事の顛末を見てろ。」

 

ごぼごぼと口から泡を吐きながら、不快感を抑えて俺は言う。 旧支配者だの外なる神だのは、恐らくは観測者なのだろう。 喚ばれたら応えるが、そうでないなら観察に勤める。

 

このタコ野郎もきっと、俺が正規の手順と方法で呼び出せば、地の神の味方として戦ってくれるのかもしれない。

 

 

 

対価に四国全土の住民の血液とか要求されるからしないけど。 やっぱ神ってどいつもこいつもクソだわ。

 

 

 

俺の言葉に納得でも…………する思考があるのかはともかく、旧支配者は、少しして静かに海底の闇の奥へ消えていった。

 

……これで『自分を見ても精神の正常さを保てる奴にまた会いたかっただけ』とかだったら、巫女の力を借りてでも向こう数百年は出てこられないように封印してやる。

 

 

旧支配者が姿を消したのに合わせて俺の意識もまた海面に浮上するように浮き上がる―――のは良いんだけど、俺さっきまでプールの底に居たよね。

 

 

 

 

 

俺の体今頃溺れてると思うんですけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――ごっぶ!?」

 

胸に叩きつけられた拳の衝撃で、俺は飲み込んでいたプールの水を吐き出しながら起こされた。

 

う、ごごごごご…………!

 

 

「……良かった、起きたか。」

「今ので死ぬところだったけどな」

 

いつぞやの赤嶺友奈に心臓を潰された時よりは遥かにマシな痛みを我慢して、俺を蘇生した正体の確認をする。

 

スポーティーな白い水着を着た棗が、心配そうに俺を見ていた。 褐色な肌に白が映える。 良いんじゃないかな、うん。

 

 

「お前……何処行ってたんだ。」

「休憩がてら水分補給をしていたんだ、戻ったら紅葉が沈んでいて息もしていなかったから慌てたものだ。」

「ああ、そうか。 迷惑かけたな。」

 

「心臓マッサージと人工呼吸を二セット繰り返して、三セット目に入った所でようやく目覚めたんだぞ。」

「……あー、はい。 そっすか。」

 

いや、人工呼吸はノーカンでしょ。

 

心底ホッとした様子の棗を見て、こう、罪悪感がね。 海人(うみんちゅ)として、溺れた人間はそれなりに見てきたんだろう、多分次からはもう喚ばれないから安心してくれ。

 

最悪の場合湯船に浸かったまま喚ばれてこっちが茹で蛸になっちまうからな

 

 

「一応聞いておくが、クトゥルフ、ダゴン、インスマス。 他にもあるがどれか一つにでも聞き覚えはあったりするか?」

「…………海に関わるモノか? すまない、響きに覚えはあるが、そう言う事に詳しくはないんだ。」

 

「ああ別に良い、知っていても損しかないからな。」

 

 

見るだけで、知るだけで、聞くだけで精神を抉り削られる『モノ』だ。 棗の言う『海の神』が旧支配者関連でなくて良かった、どちらかと言えばルギア的な方っぽいし。

 

 

 

 

 

その後も冷えた体を太陽の光で暖めながら無駄に綺麗なフォームで泳ぐ棗を見ていると、少し離れた所に置きっぱなしのスマホが音を鳴らした。

 

 

「電話か、誰だ……」

 

「紅葉、しんどいのは分かるが横になったまま転がらないでくれ、セイウチかオットセイにしか見えない。」

 

あんな脂肪まみれじゃないわい。 俺はなんとかスマホを手に取って、電話の主を確かめる。

 

そこには勇者部因縁の相手の名前である『赤嶺 友奈』と書かれていた。

 

 

「はい着拒。」

 

あいつどうやって俺のスマホと連絡先交換したんだよ、いやちょくちょく俺の部屋に勝手に入るからチャンスは幾らでもあるけどさ。

 

 

「誰からだ?」

「うんにゃ、セールス。 着拒したから大丈夫。」

「そうか。」

 

仰向けに浮かび、足を動かして泳いできた棗に適当に返しておく。

 

スマホの電源を落として荷物の底に突っ込んで、俺は改めてプールに入り直した。

 

 

 

 

……これ絶対後から面倒になるパターンだよね。

 

 






……棗要素は何処…………?



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祝福 古波蔵棗は海人である・後



正直『前』の話はほぼ無意識で書き進めてたから意味不明になってると思う。




 

 

 

「やっほー、お帰り紅葉くん。」

「平然と人の部屋に居るのやめてもらっていいっすか。」

 

棗とプールで遊んだ後日、寄宿舎の部屋に戻った俺のベッドの上で、なんか平然と赤嶺友奈が寝そべっていた。

 

後でファブリーズしこたま吹き掛けておこうと決意しつつ、一応お茶を出す。

 

 

「嫌そうな割には律儀だよねぇ」

ぶぶ漬け枠(さっさと帰れ)なんだよなぁ……」

 

出されたお茶をイッキ飲みした友奈は()()()揺らして、ワンピースをひるがえし立ち上がる。

 

 

「ねぇ紅葉く~ん」

「嫌です……」

「まだ何も言ってないよぉ?」

 

やだよ面倒くさい、こいつ絶対無茶振りしてくるでしょ。

 

 

「良いのかなぁ、拒否なんかして。 キミ私に勝てないのは前の一件で良く分かってる筈だと思うけどぉ……?」

 

「それ言われると弱いんだよね。」

 

 

ニヤニヤとした表情で、友奈は俺を見る。

 

 

そもそもこいつが俺の部屋に入り浸るようになったのは、結構前にまだ園子が勇者になれなかった頃、勇者が樹海化で出払った後に部室に襲撃してきた事がきっかけだった。

 

俺が歌野達が戻ってくるまでの時間稼ぎを買って出た結果、生きてるのが不思議なくらい徹底的にボコボコにされたのだ。

 

……いや、普通そうなるでしょ、戻ってくる時間を稼げたのが奇跡なんだぞ。

 

 

 

つまり、俺はこいつに逆らえない。 二度も勇者パンチ(ハートブレイクショット)されたら流石に死ぬと思う。

 

心臓を殴り潰されてついでに肋骨が粉々になっても生きてる奴が言ったところで説得力ないけど。

 

 

 

部屋に入り浸る理由は……よくわがんね、聞いても答えねーんだもん。

 

 

 

「―――はぁ。 で、用は? マリパならお前とNPCに勝てないからもうやらないぞ。」

「紅葉くんゲームへたっぴだよねぇ」

「うるせえ」

 

話題のズレを無理やり修正するように手を叩く。 自分から振ったくせにぃ、というぼやきは無視する。

 

 

「ほらぁ、今度お姉さまの誕生日じゃない。」

「あー、棗か。 もうそんなか。」

「それでプレゼントを贈りたいんだけど、私そういうセンス無いし、ちょっと助けて欲しいんだよねぇ。」

 

「ちなみに断ったらどうすんの。」

「流石に死体の解体はやったことないし、経験しときたいんだけどどう?」

 

俺死ぬじゃん。

 

 

実質選択肢は一つしかなく、俺は了承する以外の行動を許されていない。 こっそり歌野と夏凜辺りに連絡してもいいのだが、それは少しばかりリスキー過ぎる。

 

 

「―――あー…………とりあえず出るぞ、ここじゃ他の連中に見つかる。」

「えー、クーラー切ったら暑いじゃん。」

「…………えーい、オフ。」

「あーーー!!」

「あ゛あ゛!?」

 

俺の膝にわりと本気のローキックが叩き込まれた。 ちょっとそれはシャレにならな…………あ゛ーやめろ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

紅葉にお返しとばかりに殴られた頭を押さえながら、赤嶺友奈はショッピングモールを歩いていた。

 

ジャンパーのポケットに手を突っ込んでその後ろを歩く紅葉は、友奈に蹴られた右膝を庇うようにして足取りがおぼつかない。

 

 

「いたたた……女の子を本気で殴るなんて信じられないよねぇ……」

「もしかしてそれギャグか。」

 

 

かつて本気の殺し合い(一方的な殺戮)繰り広げた(行われた)同士が平然と買い物に出掛けている様子を見たとしたら、水都辺りなんかは卒倒するのではないだろうか。

 

絵の具が一滴も付いていないパレットのように汚れ一つ無い白髪が、友奈が頭を擦る動きに合わせて揺れ、キラキラと真夏の日差しを反射している。

 

紅葉も大層驚いた事だろう、現時点で、赤嶺友奈が勇者でない時の姿を知っているのは紅葉だけなのだから。

 

 

変装のつもりなのか着用している黒縁の伊達眼鏡が、悔しいまでに良いアクセントになっていた。 だが、紅葉がそう思うのも無理はない。

 

『友奈』という人間は、美人に育つ(そうなる)ように出来ているのだ。

 

 

 

が、しかし。

 

まるで良く出来た彫刻の価値を下げているかのように、友奈の着ているワンピースから露出した腕や肩、足には―――目を逸らしたくなる程に歪な傷痕が付いていた。

 

すれ違う老若男女が同情した目線や露骨な態度で視線を逸らすなか、友奈がそれを気にした様子はない。

 

 

「……それで、棗のプレゼントはどうするんだ。 資金に余裕はあるし、最悪多少は工面するぞ。」

「うーーーん、ありがたいけど、それが悩みなんだよねぇ。 まだ決まらないんだけど紅葉くんはどうするの?」

「俺か。 俺は…………そういやあいつ、この世界に来てから沖縄の料理とか食ったこと無いとか言ってたな。」

「そーなんだ。」

 

 

興味なさげに、友奈はそう呟く。

 

友奈の祖先の赤嶺家は、元は沖縄出身だったのだ。 そして沖縄から脱出する逃げ道を作ってくれたかつての棗を、友奈は尊敬している。 故に『お姉さま』。

 

 

しかし友奈はあくまで『祖先の故郷が沖縄なだけの四国生まれ』だ。 本人は、あまり郷土料理に興味はない。

 

 

「紅葉くんが料理作るなら、私は物の方が良いかなぁ。 あ、あれとか良いんじゃない? 『ぶろーち』? とかいうやつ」

「ブローチ……ね、良いじゃないか。」

 

イントネーションの怪しさから、紅葉は赤嶺友奈に()()()の知識が無いことをなんとなく理解する。

 

 

「―――――俺は料理の材料を買いにいかないといけないが、お前興味ないだろ。」

「うん。」

「即答でよろしい。 ならどっかで待ち合わせるか…………何処にする?」

「……んー、と。 それならあのベンチでどうかなぁ?」

 

友奈が指を指した方には、背もたれ同士を合わせた二席のベンチが置いてあった。 近くに日陰となる木もあって、待ち合わせには分かりやすい目印となるだろう。

 

 

「じゃあ、後であそこのベンチで。」

「はぁ~い。」

 

紅葉と友奈は、それぞれが目的のモノを買うために別の道に向かう。

 

 

「……………………。」

 

そして友奈が歩き去る自分の後ろ姿をじっと見ていた事に、紅葉が気づくことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いやあ、郷土料理の材料探しは強敵でしたね。

 

ゴーヤチャンプルーに決定したあとの材料は卵はともかく、スパムが売ってなくて専門店探すはめになったし、ちょっと遠くまで歩いてようやく手に入ったから少し疲れたぜ。

 

ゴーヤは歌野が栽培してたのを貰って、木綿豆腐も最後の一個を辛うじて入手。 横からかっさらって来ようとした奴には苦戦を強いられたがな、何がお婆ちゃんが言っていた…………だよ喧嘩売ってんのか。

 

 

 

そんな事を考えながら、俺が家庭科室借りて作ってきたゴーヤチャンプルーを食べる部員を見ていた。

 

「うーん、苦い。 もう一口!」

「青汁かな。」

 

球子のCMを挟んで誕生日パーティを満喫していると、棗と歌野が部室の出入口近くに立っている俺に近付いてきた。

 

 

「どうした。」

「……いや、ただお礼をと思ってな。 ありがとう、沖縄で食べた、懐かしい味だ。」

「そりゃどうも、いやしかし歌野がゴーヤの栽培までしてて助かったな。」

 

ちらりと歌野を見れば、更に山盛りのゴーヤを乗せてフォークで突き刺している。

 

 

「崇め奉りなさい。」

「ゴーヤばっか食ってんじゃねえよ」

「良いでしょ私の作ったモノなんだから。」

 

なんかゴーヤだけ減りが早いと思ったらお前か犯人は。 ゴーヤチャンプルーからゴーヤが無くなったらただのチャンプルーだろうが馬鹿野郎。

 

追加で作ってくるかなぁ、と考えていると、少し考えてから歌野が出入口の扉を睨み付けた。

 

 

「―――――誰。」

 

そう言うや否や机にゴーヤでぎちぎちの皿を置いて、扉を勢い良く開ける。 そんな歌野の目の前には、白髪を揺らして驚いた様子の赤嶺友奈が立っていた。

 

 

「あー、えーーっと……。」

「…………マジで誰。」

 

顔をしかめてそう言い、歌野は首を傾げる。 …………ここに来て俺以外が誰も友奈の素顔を知らないことが功を奏したか。

 

本当ならもう少し経ってから素知らぬ顔でさっとプレゼント渡させて解散させようと思っていたのだが、歌野と、あと夏凜辺りが持つ特有の野生の感を甘く見ていたらしい。

 

 

「(紅葉くん、ヘルプ!)」

「(歌野に気配を感知されるとはな……仕方ない、俺の即興に合わせろ。)」

「(……りょーかい。)」

 

アイコンタクトは一瞬。 するりと歌野の横を抜けて、俺は友奈の背中を押して部室に入れると、棗の前に立たせる。

 

 

「……その娘は?」

 

「ああ、以前お前が勇者部の活動で世話になったんだとか。 俺が良く行くショッピングモールで会うことが多くてな、お前の誕生日の事を話したら是非とも御礼がしたかったんだそうだ。」

 

「……そうだったのか、わざわざすまないな。」

「あー、いえ……は、ははぁ……」

 

すげえ、俺の口が回る回る。 まあ勇者の活動(お役目)で皮肉にも『お世話』になってるからな、嘘はついてないな。

 

 

「ふぅん、活動でねぇ。 それにしても綺麗な白髪(はくはつ)ね、それ地毛?」

「若白髪(しらが)とか苦労してるのかしら。」

「場が混乱してくから少し黙ってましょうねー。」

 

歌野と夏凜が並んで友奈を見る。 猜疑の目付きをしている辺り、警戒しているのだろう。 不味い、時間を掛けたら確実にバレるぞ。

 

歌野の皿にゴーヤを追加で盛り、夏凜の口に大きく切ってある木綿豆腐を突っ込んで黙らせておくと、後ろで友奈が棗を前にモジモジしていた。

 

「ほら、渡すもん渡しちまえ。」

「う、うん。 …………あの、おね……じゃなくて、棗さん。」

「なんだ?」

 

口ごもる友奈にふっ、と微笑を浮かべる棗。 安易にそんな顔するから天然たらしとか言われるんだぞ。

 

指を合わせて目線を右往左往させた友奈は、やがて懐から小さな袋を取り出して棗に手渡した。

 

 

「ど、うぞ……っ」

「これは―――――ブローチ、か。 それも……ハイビスカスとはな…………。」

 

袋から出てきたのは、赤いハイビスカスの小さなブローチ。 制服に着ける校章のようなサイズと形をしていて、友奈にしてはセンスがある。

 

 

赤いハイビスカスの花言葉は確か―――勇敢。

 

……皮肉なもんだな。 赤嶺友奈が、()()を表現するモノを人に渡すんだから。

 

 

制服に着けて見せた棗を見て、キラキラと白髪を煌めかせて笑ってみせる友奈を見ていると、本当に敵なのかとすら思えてくる。

 

 

赤嶺友奈。

 

こいつを言葉で表すならさしずめ―――――『人工英雄』か。

 

 

「……ありがとう。 所で、一つ聞きたいんだが……」

「なんです……?」

 

突然の質問に、言葉遣いがやや怪しくなる。 探るような棗の視線に、友奈は恐らく無意識で半歩後ずさった。

 

 

「何処かで、キミに似た人を見たことある気がするんだが……まさかとは思うが―――――「し、失礼しましたーーー!!」

 

棗が最後まで言う前に友奈は部室を飛び出す。 あ……と言う棗の声が後ろからしたが、追いかけて廊下に出た頃には、とっくに友奈は姿を消していた。

 

 

「相変わらず逃げ足の早いやつ。」

「紅葉。」

「ヴァッ」

 

ぬっ、と、部室の扉に手を置いて身を乗り出していた俺の肩に顎を乗せて顔を覗かせる棗。それ心臓に悪いからやめろ。

 

 

「さっきの娘、あいつなんだろう?」

「…………流石に分かるか。」

 

棗は哀愁の漂う表情で、廊下の奥を見やる。 棗も考えているのだろう、『どうにか味方に引き込めないか』と。

 

まあ造反神に力を与えられている以上、それは裏切りになるから、味方に引き込めたとしても力を失ってしまうだろうが。

 

 

「まあ、言わぬが花だ。 今日くらいは、黙っていてやろう。」

「良いのか?」

「駄目か?」

「―――駄目じゃないけどさ。」

 

俺に対して申し訳なさそうに問う。 自分がかつて助けた家族の子孫が俺を殺しにきた事あったんだし、そりゃそうなるか。

 

 

「紅葉は、赤嶺を恨んでいないのか?」

「西暦を生きていた以上一回死んでるし、その辺の感覚はどうにもあやふやだが……友奈は友奈で自分ルールに忠実だからなぁ。」

 

友奈が襲ってきたのは、あくまでも樹海化に伴って戦闘になった後だ。

 

全力で潰しに来たのは戦いが始まってからだし、樹海化が終わって勇者たちが戻ってきたのを合図に俺の時間稼ぎは終わり、友奈の戦闘もあいつが自分で切り上げた。

 

 

「戦いじゃないなら、敵じゃない。 あいつも可哀想な奴だよ、尊敬する相手が敵なんだから。」

「それは私の事か……?」

「お前以外に誰が居るんだよ。」

 

心底不思議そうな顔で、俺は棗に言われる。

 

 

「…………紅葉も、そう見られているぞ。」

「ははぁ、冗談を。」

 

いやそんな、お世辞はいいから。

 

 

―――まて、あいつ確か神世紀初期の人間だよな。 『大赦に発言権のある赤嶺家』が該当するのは、72年のテロの後の話じゃないとおかしい。

 

そして俺が死んだのはその72年の最初の方。

 

 

―――――もしかして俺、西暦の時に赤嶺友奈に出会ってる……?

 

 

俺の疑問が解消される事がないまま、無情にも棗の誕生日パーティは進んで行く。

 

 

赤嶺友奈は、かつて、その身一つで――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふん、ふふんふーん……♪」

 

 

軽い足取りで、暗い道を歩く少女の影が一つ。

 

街灯に引き伸ばされた影の正体は、赤嶺友奈。

 

 

スキップでも始めるのではと言えるほどに上機嫌なのは、棗の誕生日を祝えたことも関係している。

 

 

が、突如として足を止める。

 

その姿が白髪で傷だらけの少女から、赤毛で斧のような装飾のある籠手を装備した勇者に切り替わると、友奈は蹲るように体を丸めて呟いた。

 

 

「っ―――なに、『潰してこい』ってわけ……?」

 

造反神の与えた勇者としての力が、友奈の意思を無視して、勇者と巫女を殺してこいと命令する。

 

 

「―――黙れ」

 

命令を()()()()捩じ伏せた友奈は、人が見に来る危険性を度外視して地面を砕く勢いで殴ると、脂汗を額に浮かばせながら言う。

 

 

「ちょっとさ、黙ってなよ…………今日はめでたい日なんだからさぁ……っ!」

 

ぶつぶつと、誰に聞かれた訳でもなく、友奈はそう言いながら、変身が解けるまで地面を殴り、砕き、粉砕する。

 

映像作品がぶれるように白髪と赤毛がコマ送りよろしく入れ替わるとやがて、友奈の姿は部室で見せた白髪とワンピースの格好に戻った。

 

 

「…………いずれちゃんと全員倒すよ、倒さなきゃいけないんだから。」

 

荒い呼吸を整えながら、まるで言い訳でもしているかのようにそう言うと、友奈は染々と言葉を続ける

 

 

「だからさぁ……お姉さまの誕生日を祝うとか……っ、紅葉くんの部屋で遊ぶとか…………そういう()()()()くらい、させてよ……!」

 

言い終わると友奈は幽鬼を思わせるゆらりとした動きで立ち上がり、眼鏡のズレを直して歩き出す。

 

 

 

 

「ああ…………紅葉くん、こっち側に引きずり込めないかなぁ……」

 

 

『味方に引き込めないかな』

 

そう考えているのは、なにも紅葉だけではなく。 夜道に怪しく瞳を光らせ、赤嶺友奈は薄く笑った。

 

 

 






私多分『友奈』の設定に関してはスタジオ五組とタカヒロと岸監督が助走つけてパンチしてくるレベルで改変しまくってると思う。



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祝福 乃木園子は自由人である



だんだん番外を○○である縛りでタイトル考えるのめんどくさくなってきたけど、タイトルにはある程度の一貫性を持たせないといけないんや。



私の知能指数は小学生レベルなのでいつでも自分の作品が一番面白い作品だと信じて疑ってないのですが、やれ豆腐メンタルだ駄文だと自身の書く作品を卑下する方は一定数居るんですよね。

なにが駄文だよ自分の生み出した可愛い作品くらい自信を持って推さんかいお馬鹿。




 

 

 

俺からしたら、乃木園子と言うのは異星人に近い。 お前本当に若葉の子孫か、と疑ったことは数え知れないだろう。

 

こいつの考えなんて理解できないし、変に鋭いところなんて恐怖すら覚える。

 

 

それぐらいに、俺は園子が良く分からない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「マジで分かんねえんだよな。」

「いだだだだだだだ!?」

 

「……なにやってんだあんたら。」

 

部室に入ってきた夏凜が、開口一番にそう聞いてくる。 俺が園子の頭を両側から両手で鷲掴みにして持ち上げてるのを見れば、誰だってそんな反応をするだろう。

 

 

「しめ、締め上げられれれ!!?」

「あんた、今度は何されたわけ。」

「俺じゃねえ銀だ。」

「――――――へぇ。」

 

すっ……と左目を細める夏凜と、それを雰囲気で感じ取る園子。

 

この世界での夏凜は銀の事を妹みたいに気に掛けてるんだから、そりゃこうもなる。

 

 

「罪状は。」

 

「銀が鍵落としたって言ってたろ、落としたのはほんとだがそれを見付けて隠し持ってたのがこいつだ。 お陰で大赦に連絡して鍵穴と鍵の交換したのが無駄になった。」

 

「だ、だってもーみんとミノさんの仲を進展させるいいチャンスだと思ったんよ~」

「なるほど、言いたいことは良く分かるわ。 情状酌量の余地も含めて―――――有罪(ギルティ)ね。」

「異議有りぃぃぃぃぃ!!?」

 

 

異議は却下となります。 締め上げている手に力を込め、頭をへこませる勢いで持ち上げる。 宙ぶらりんになった園子は足をばたつかせるが、そんなものは知らん。

 

俺にちょっかい掛けるのはまあいいよ、子供のワガママに付き合うのは大人の仕事さ。 でも俺だけじゃなく銀にまで迷惑があるのはイタズラにならないのよ。

 

 

「お前、ちゃんと謝ったのか?」

「謝ったし許してもらったんよ~!!」

 

ミシミシと悲鳴をあげる頭蓋骨。 反省しているのは分かった為に、渋々手を離す。

 

 

「ふぃ~……頭がベコベコになる所だったよ~。」

「次は無いからな。」

「わ、分かってるよ。」

 

締められる威力を身を以て体験しているからか、頭を押さえて後退りする園子。

 

最近鍛え直してるからな、今ならリンゴ握り潰すくらいは出来るぞ。 昔は片手で首の骨へし折るくらいイケたんだけどね、その辺は地道に鍛え直すしかない。

 

 

「…………あれ、あんた首のそれどうしたの。」

「あ? あー、これ?」

 

園子に俺への盾にされている夏凜が、俺の首筋を指差す。 そこには薄く血の滲んだガーゼが貼られていた。 指で軽く押すと、少しばかり鈍い痛みがピリッと走る。

 

起きたときには既にこの傷があり、鏡で見る限りは噛み傷で、子供の小さい歯形で、そんな事が出来るのは一人しか居なかったのだが――――。

 

 

 

「――――ちょっと野良猫にガリっと……ね。」

 

 

俺は、そう言って適当に誤魔化した。

 

俺はきっと、嬉しかったんだと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もーみんとぉ~~~…………デートだぜぇぇぇぇぇい!! フォーーーーー!!!!」

 

「誰かこの異星人を引き取ってくれ。」

 

 

初手テンションMAXの園子を横目に、俺はそう言いながらため息をついた。

 

あと普段利用してる商店街ぶらつくだけだからデートじゃねえ、変な言い方をするな。

 

 

 

8月30日、園子の誕生日らしい今日は、俺がこの珍獣を引き回す役を与えられたのだった。

 

小さい方は夏凜に任せてある。 今頃好き放題に振り回されている頃だろう――――夏凜が。 子供の手綱なんて握る方が無理なんだよ、諦めて激流に身を任せ同化するしかないからな。

 

 

 

「私はこういう所にはあんまり来ないから新鮮なんよ~!」

「あ、そう。」

 

勇者達で通うのは服屋なんかがあるショッピングモールであって、俺が通ってる惣菜だのなんだのが売ってる商店街ではないからな。 お嬢様にはさぞかし異質な空間だろう。

 

 

「誕生日だってのに、こんな所をぶらつくだけで良いのか? 小さい方を任せてる夏凜は今頃チビと一緒にイルカのショーでも見てるぞ?」

「別にいいよ~、丁度もーみんと話がしたかったからね~。」

 

 

踊るようにロングスカートをひるがえし、飛びそうになった帽子を押さえる園子。

 

へにゃへにゃした毒気の抜かれる顔で、灰色の瞳を向けて、園子は俺に言った。

 

 

「だってもーみん、私のこと嫌いでしょ?」

「――――――。」

 

怒ってるわけでもなく、問い詰められているわけでもなく。 ただ、疑問を問われた。

 

的確に思考回路を射抜かれ、呼吸と思考が一瞬停止する。 しかし、俺は園子が嫌いなのではない。 それだけは真実だ。

 

 

「……嫌いなんじゃない、怖いんだ。」

「おお? 怖いの?」

「俺は、お前がわからない。」

「分からないんだ~。」

 

まばらに散った色違いの石畳の、同じ色に跳んでステップを踏む園子。

 

そうしながら商店街の奥へと向かう園子を追いかけながら、俺は続ける。

 

 

「お前は変に鋭く、妙に勘が良い。 そのくせ何を考えてるかが分からなくて――――――深淵でも覗いてる気分だ。」

 

「底が見えない、とか、そんな感じ~?」

 

「そんな感じ。」

 

 

そうなんだー、と言って、白線を歩く小学生のように同じ色の石畳から石畳へと跳ぶ園子。 必死に追いかけて、背中を捕まえる。

 

 

「ぐえーっ!?」

「少し落ち着いて歩け。」

「だからって引っ張らなくても~」

「さっさと先に行く方が悪い。」

 

首根っこを掴んで隣に立たせると、園子はようやくゆっくりと歩き始めた。

 

 

子連れの親子、杖をついて歩く老人。 歩きスマホの青年に、食べ歩きをしている学生。

 

例え創られた偽りの世界だとしても、この人たちは、この世界で生きている。

 

 

「生きている、か。」

「ん~? どうしたの?」

「いや。」

 

 

そう誤魔化して、片手間に買ったコロッケを園子の口に突っ込んでおく。 庶民の味にご満悦らしく、目を輝かせてサクサクと咀嚼していた。

 

「ね~ね~もーみん、何か面白い話して~?」

「え、やだ。」

「誕生日特権だも~ん」

「…………チッ、仕方ねえな。」

 

コロッケの油で汚れた指を舐めている園子を横目で見てから、思考する。 さてなんのエピソードをひねり出すか。 人生大体90年くらい、話なら色々あるぞ。

 

 

「そうだな――――――俺が若葉と初めて剣を打ち合う事になった話でもしてやる。」

「おー、面白そうだぜ~!」

 

商店街の反対側まではまだ時間がある。

 

出る頃に話が終わるだろうと考え、大きく息を吸う。

 

 

「西暦2017年……あいつが中一の時、俺もあいつも、互いを良くは思ってなくてな。 ある時若葉が俺に剣を振れるか聞いてきたから、俺は『そこそこ』と答えた。」

「それで~?」

「道場で防具を着けて木刀を打ち合う事になって――――――示現流の真似してあいつの頭を一太刀でかち割った。」

 

あっけらかんと言い放つと、園子に凄い顔をされた。 それ女のする顔じゃないよ。

 

 

「もーみん、起承転結って知ってる?」

「いや事実だし。 今度若葉のつむじの近くにある髪分けて見てみろ、傷残ってるから。」

 

だって…………当時の若葉、やれ『助けなどいらん』だ『戦えないなら下がっていろ』だ『大社に帰れ』だのうるさかったんだもん。 こっちだって長野に帰れないせいで、必死こいて大社に雇われる形でなんとかサポーターになったんだぞ。

 

向こうは俺の態度とかに相当イラついてたんだろうけど、こっちもこっちで若葉のこと鬱陶しくて、本気で殺すつもりでぶん殴ったからね。

 

 

居合一辺倒の若葉は示現流および自顕流を詳しく知らなかったらしく、脳天に振り下ろした俺の木刀を受け止めようと自分の得物を水平に構えてしまったのだ。

 

結果、若葉の木刀は真っ二つに折れて若葉の脳天も真っ二つになりかけたと。

 

 

「それ、最悪の場合世界滅んでたよね~。 しかも私も生まれなかったんじゃないかな~。」

「だろうね。」

「だろうね、かぁ。」

 

複雑そうな顔でそう言う。 まあ自分の祖先を殺しかけた男が目の前に居るんだしなぁ。

 

それに『乃木若葉』と言うのは世界を救う――――と言うより、世界が滅ばないように平行線を辿らせるのに必要不可欠の戦力だ。 あいつが欠けただけで、世界はきっと西暦の段階で容易に滅んでいる事だろうさ。

 

 

つまり、俺は戦犯になるところだったのだ。 ははあ、笑える。

 

 

 

「むーん……もっと他にないの~?」

「有るけどネタ切れって事にしといてくれ。 それに、俺はお前に一つ質問がある。」

「ん~、なぁに?」

 

 

 

 

「―――お前の、願いはなんだ。」

 

 

 

 

ピタリ、と。 動きを止めて、園子は俺に向き直る。

 

 

ふわふわしていて掴み所がない、雲のような少女。 そんな園子は常に一歩引いていて、何時も傍観者でいる。 だが今日は誕生日だ、なぜそんな時にまで一歩引いている必要がある。

 

 

まぶたを閉じて、数瞬黙った園子。

 

そして静かに俺の手を取ると、出口に向かって歩き出した。

 

 

「私はね~、小さいときから良く『変な子だ』とか『協調性がない』とか色々言われてたんだ~。」

「そうか。」

「お花を愛でるより蟻の行列を見てる方が好きだし、学校の勉強は学ばなくても分かるからちょっとつまらないかなぁ。」

「…………そうか。」

 

 

商店街を出て、ベンチまで歩き、隣り合って座る。 園子が横で足を揺らしているのを見ながら、俺はただ相づちを打っていた。

 

 

「そんな変な私でもね~、皆が幸せな顔をしているのが――――――幸せそうにしているのが、大好きなんだ~。」

 

へにゃへにゃの顔で、朗らかに笑う。 そこに邪気は無く、ただただ純粋さだけが残っている。

 

 

「私は『幸せなみんな』を見ているのが、一番幸せなんだと思うんだ。 だから誕生日に祝ってもらわなくても、豪華なプレゼントを貰わなくても、私は十分幸せなんだよ~。」

 

「それが――――『皆が幸せなこと』が、お前の願いだってことか。」

 

「そうだよ~。」

 

 

なんの疑問も持たない顔をしている園子を見て、俺は顔を背ける。 ああ、くそ。

 

「…………眩しいな。」

「ん? 日射しが~?」

「……ああ。」

 

 

今はただ、横にいる少女が眩しかった。

 

この少女は友達が好きなだけの、普通の女の子なのだ。

 

 

――――『皆が幸せなら自分も幸せ』とは言っていたが、遠い未来のその中に俺は居ないんだなと言う、変な確信があったことは…………言わない方が良いのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

他愛のない雑談を続けてから数分、そろそろ帰るかと提案し、園子が立ち上がる。

 

その時――――ぶち、という音がして、園子のサンダルの鼻緒が切れた。

 

 

「ありゃりゃ~」

 

「あんなに跳び回るからだ。」

 

再度座らせ、鼻緒の切れたサンダルを診る。 診る? 診るでいいのか……?

 

まあいいや。

 

 

「……んー。 駄目だな、買い換えた方が早い。」

「しょぼ~ん、お気に入りだったのに~。」

「なら買いに行くか? お前らが普段使ってるショッピングモールで買ったんだろ?」

「私片足飛びで歩く事になっちゃうよ~。」

 

それもそうか。 さてどうしようかな。

 

誰かに来てもらうかとスマホを出そうとしたとき、園子は不意に俺の履いているサンダルを俺の足から引っこ抜いた。

 

 

「すっぽ~~~ん!」

「おい。」

 

「ガッチョーーン……」

「おい。」

 

 

無駄に仰々しく俺のサンダルを自分の足に履かせると、園子は立ち上がった。

 

おい。

 

……おい、お前まさか……。

 

 

「それ逃げろ~~!」

「あーーー!!てめーこら園子ォ!!」

 

「へへ~ん、捕まえてごら~ん。」

「返せこら!!」

 

「ぇへ、やーあだっ」

 

 

園子は俺が止める前に、家路に向かって全力疾走を始めた。

 

追いかけようとするが、地面に着けた素足は直射日光で加熱されている石畳に焼かれる。

 

 

「あっつ!! くそ、あの野郎……良い度胸してるじゃないの……!」

 

半ズボンにTシャツでサンダルだからサンダル無いだけで格好がマヌケになるじゃねえか! これならアロハシャツにサングラス…………だと一回通報されそうになったから駄目だな。

 

あーもうあっつ……あっつい、あっっつい!?

 

 

 

「待て園子おおおおお!!!」

 

 

 

視界の果てに豆粒程の大きさとなった園子を、足の裏を焼かれながらその後ろ姿を追いかける。 学校に着いた頃には足の皮がすごい事になっていたのだが、それはまた別の話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいまー。」

「ああ、お帰り。」

「あれ……夏凜どうし…………し、死んでる……!」

 

部室に戻った俺を待っていたのは、杏にでも勧められたか珍しく小説を読んでいる若葉と、机に突っ伏してピクリとも動かない夏凜だった。

 

 

「勝手に夏凜を殺すんじゃない。」

「夏凜は……まあ、子供はパワフルだからなぁ。」

「らしい、帰ってくるなり動かなくなったからな。」

「こっちもこっちででかい子供に振り回されたよ。」

 

園子? とっ捕まえてアイアンクローしといたから大丈夫。 あいつ夕方になるまで逃げやがって…………。

 

 

 

「そういえばさぁ、お前が中一の時、俺と木刀打ち合って俺がお前の頭割った時あったじゃん。 あの時のことなんか覚えてたりするか?」

 

ふと気になって、そんな事を聞いてみる。

 

俺が言い終わると若葉は、少し考えてから口を開いた。

 

 

「…………なんだその物騒な話は。」

「――――覚えてないのか?」

「そもそも私は紅葉とそんな事をしたのか?」

「…………マジ?」

 

マジだ。 と言いながら首を傾げる若葉は、どうやら完全に覚えていないらしい。 良く考えたら、こいつが退院して以降で突っ掛かってきた事は一度も無かった。

 

 

なるほど…………こいつもしかして俺が頭かち割った時に記憶もぶっ飛んだな?

 

 

「ああ、そうか。 なるほど。」

「? 何故一人で解決しているんだ。」

「いやなんでも。 そうだな、今度旨いうどんでも奢ってやるよ。」

 

「は? どうした、気持ち悪いな。」

「良いから良いから。 ほんと……うん、ほんとごめん。」

 

 

 

……マジで悪かったよ。

 

スマホで高級うどん屋に予約を入れながら、俺は心の中でひたすらに謝罪を続けていた。

 

 

 







紅葉は園子が宇宙人かなんかにしか見えず、園子は紅葉が死に急いでるようにしか見えない。

SANが削れてるから幻覚が見えてるとかじゃなくて、単にIQの差からお互いに見えてる世界が違う、とかそんな感じ。


紅葉が青空を見ているときに雲の流れに注目するのが園子で、紅葉が花を見ているときに蟻の行列を見るのが園子なんです。

でも単なる良い子だっただけな事が分かったので、なんだ普通の子供なんじゃんとなりましたとさ。 若葉は犠牲になったのだ…………犠牲の犠牲にな…………。






「示現流の真似して頭かち割った」

めちゃくちゃ分かりやすく言うと真っ直ぐ突っ込んで勢い良く刀を振り下ろすシンプルな技の流派。 防ぐとそのまま押し切られて頭も割られるしで新撰組(天然理心流)の天敵だったらしい。
倒し方? 囲んで叩け。


最近で言うとゴールデンカムイの鯉登少尉とか刀使ノ巫女の益子薫が使ってるやつ。 まあ薫の方は薬丸自顕流だけど。 詳しくはググれ。

ちなみに薫の『祢々切丸』は実際にあるよ。



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祝福 土居球子はキャンパーである



UA90000突破。 なんだかんだ70話も越えたしこの作品寿命長いですね、まあ私のリスペクト元はこの倍行ってるんですけど。

園子回の直後に書き始めたからかなりギリギリだった。




 

 

 

 

「キャンプさせろおおおおお!!」

「あーもう、タマっち先輩落ち着いて……。」

「うががががあああ!!」

 

「えっ、なにこれは。」

 

 

ガラッと部室の扉を開くと、なんか球子がピンボールみたいに部室中を跳ね回っていた。

 

暴れ回って床をゴロゴロ転がってこっちに来たところで、足蹴にして止める。

 

 

「ぐわーーーっ!?」

「タマっちせんぱーい!?」

「…………すげー聞くの嫌なんだけど、こいつなんでこんな暴れてんの。」

 

足の裏で捕縛されてる球子は、俺の足を前後に動かす動作に合わせて前に後ろに転がる。

 

やぁーめぇーろぉーと言ってくるが、なんか、こう…………結構楽しい。 クセになりそう。

 

 

「ほら、最近猛暑が続いたりで、外出を控えてるじゃないですか。」

「9月なのにこんな暑さなのはなんだろうな、造反神がまた天候を固定してんのかね。」

「そう何度もホイホイ天気を操られたら、堪ったものじゃ無いですけどね。」

 

 

全くだ。 まあ勇者をこうも暴走させられるんだから敵からしたらやるに限るんだろうが。

 

夏か…………夏は人の本性を暴くからな。 夏の勇者部は凄いぞ。

 

 

水都はこの季節は歌野のタオル収集に励んでいる事だろう。

 

やるのは別に良いし面白いから気にしないけど、やるなら通報されない程度にやれよ。

 

こっちも最近は銀からの視線が鋭くて困るんだよねぇ……あれは獲物を狙う眼だ。 次こそは首の肉持ってかれそうだしで、ちょっとばかり気まずい所があったりする。

 

 

「要するに暑さで外出を制限されてるわキャンプ出来ないわで、球子は部室でスーパーモンキーボールしてたわけね。」

「(モンキーボール……?) ええ、まあ、そう言うことです。」

 

「…………えぇい! いい加減足を退かしタマえ紅葉!」

「おう、悪い。」

 

会話の最中も俺に前後にゴロゴロさせられていた球子が、俺の足を無理矢理退かして杏の方に転がってから立ち上がる。 制服の埃を払ってから、口を尖らせて言ってきた。

 

 

「まーったく、キャンプだぞキャンプ! 川にでも行けば涼めるってのに皆して頭が固いんだからなー。 困ったもんだ。」

「それでも万が一があるから仕方ないよ、タマっち先輩。」

 

そうだけどさー。 と言っていつぞやの園子みたいにダダーダダーしてる球子の様子を録画していると、ひなたから電話が掛かってきた。 ああん録画が中断された…………。

 

 

「うい、もしもし。」

『もしもし、紅葉さんですか?』

「俺以外で誰が俺のスマホで電話に出るんだよ。 いや、あー、歌野は勝手に出るな。」

『それは水都さんが黙ってないですよ、あとは……銀ちゃん、とか?』

「…………さぁねぇ。」

 

傷は塞がったが痕が残った首の歯形を指でなぞると、ひなたから直接あって話がしたいと言われて、俺は二人に断ってから部室を出て寄宿舎へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「紅葉さん、お待ちしてました。」

 

寄宿舎の二階に繋がる階段に座っていたひなたは、紅葉が到着したのを見て立ち上がった。

 

ひらひらと手を振ってから近付いてきた紅葉は、軽い口調で言う。

 

 

「用ってなに、デートの誘い?」

 

紅葉にそうからかわれ、ひなたは一瞬頬を赤くするが咳払いをして否定する。

 

 

「…………違います――――――実は、紅葉さんに向けての神託が下りました。」

「じゃあキャンセルしといて。」

「出来たら苦労しませんよ。」

 

逃げようとした紅葉の服の背中部分を掴んで動きを止めるひなた。

 

苦虫を噛み潰したように表情を歪める紅葉は、渋々、仕方なく振り返る。

 

 

「……ドジっ子はなんだって。」

「相変わらず罰当たりを地で行きますね。 神託……と言うよりは、なんでしょう、今回は珍しくメッセージだったんです。」

「へー。」

「『無力なる鱗、迷いし川にて、滝を登り神と成る』――――だそうです。」

 

「怪文書やめろや。」

 

 

指で潜めた眉を揉む紅葉は、ため息を一つ、少し考えてからスマホを取り出した。

 

「……まあ、いい。 滝を登らせるってんなら、何を指してるのかはだいたい分かる。」

「そうですか…………誰かに電話でも?」

「うん。」

 

画面を何度かタップすると、それを耳に当てる。

 

 

「もしもしタマにゃん? 唐突なんだけど川行かない? …………そう、ひなたに頼まれ事されてさ、行く? んー、じゃあ学校の前で待ち合わせね。」

 

立ちながらの電話特有の手持ち無沙汰で歩き回るアレをひなたの前で披露していた紅葉。 スマホを耳から離してひなたに向き直ると、一言言って立ち去った。

 

 

「んじゃまあ、そう言うことで。」

「――――。」

 

立ち去った紅葉の背中に、ひなたは手を伸ばす。しかし、虚空を掴んだそれに紅葉が気付くことは無い。

 

 

「――――?」

 

自分が何故そんな行動を取ったのかも分からないひなた。 唯一分かるのは――――()()()()()()()()()、と言うことだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

太陽が天辺から人々を照らす真昼時、俺と球子はとある山の中を流れる川へと訪れていた。

 

かなり久しぶりのキャンプに嬉々としてテントを組み立てている球子を横目に、ボーッと川の様子を眺めている。 神託に沿って川を見に来てみたが、それらしい気配は無い。

 

 

「よっしゃ完成だーーーっ!」

「おうお疲れ。」

「おぉい! 少しは手伝えよ!」

「張り切ってるところを邪魔しちゃ悪いかなーと思ってね、あとめんどくさい。」

 

 

テントなんて張ったこと無いわ。 素人が邪魔しちゃあ……ねぇ?

 

不意に、テントの近くに伸びていた猫じゃらしを千切って球子に向けてみる。

 

 

「球子、見てみて。」

「なんだ……猫じゃらし? はん、確かに猫っぽいとはよく言われるけどな、そんな……たかが猫じゃらしに食いつく訳が……」

 

 

右へ、左へ。 左右にゆらゆらと揺らされている猫じゃらしをじーっと見る球子は、全身をウズウズさせ、やがて―――――。

 

 

「うにゃあああああ!!」

「やっぱり猫じゃないか……。」

 

猫じゃらしに飛び付いてきた球子を避けると、球子はそのまま川に墜落した。

 

 

「どわーーーーっ!?」

「ふっ、だっさ。」

 

膝まである川に突っ込んでびしょ濡れになった球子が、ジトっとした目付きで俺を睨んできた。 いやこれは猫じゃらしに魅了されたタマにゃんが悪いでしょ。

 

大股で近付いてきた球子だったが、ピタリと動きを止めて足元を見た。

 

 

「どうしたー?」

「なんかいる。」

 

ずぼっと水に手を突っ込むと、球子はその手に黒く長い物体を取り出す。

 

「……と、取ったどー?」

「…………それ逃がすなよ。」

 

 

球子が手に持っていたのは、全身が黒く、白い線が鱗の場所を目立たせる大きな鯉だった。

 

慌てて持ってきた大きな水槽に川の水を汲んで、鯉をその中へ入れる。

 

 

「お前、このためにそんなデカイ水槽持ってきてたのか。」

「これちょっとでかすぎない?」

 

この鯉目測でも50センチはあるぞ…………?

 

 

「―――で、これを滝まで持ってけってか。」

「滝ぃ? ああ、この川の上流に行けばあんまり大きくないけど、滝ならあるぞ。」

「おう、でかした球子。」

 

水槽をなんとか脇に抱え、水が中で揺れるのを見ながら歩き出す。 びしょ濡れの球子が日差しで乾かすついでなら、いい散歩にもなるだろう。

 

 

「しっかしまあ、こんなデカイ鯉なんて見たこと無いぞ。 どっかから逃げてきたのか?」

「…………もしそうなら笑えるな。」

「は?」

「なんでもなーい。」

 

 

ちらりと鯉を見る。 無機質な目玉が、俺の事を見ていた。 なんだよ食うぞこら。

 

そんな俺の思考でも読んだように、鯉はばしゃっと水を跳ねさせた。

 

 

「なあ紅葉。」

「はい。」

「それ滝に持ってってどうするんだ?」

「滝に放り込む。」

「……なんだそりゃ」

「まあ、持ってけば何か分かるでしょ、俺も怪文書送られただけなんだぞ。」

 

 

鯉、鯉ねぇ……鯉って秘伝技覚えたっけ。

 

地味に重い水槽に四苦八苦しつつ、俺と球子はようやく滝のある川の上流にたどり着いた。

 

 

「こりゃ壮観だな、落ちるなよ球子。」

「タマをなんだと思ってんだ。」

「…………ネコ?」

「誰が猫だ!」

「少なくともタチではないよね。」

「太刀? 若葉の刀か?」

 

知らないなら良いよ、まあ杏辺りに聞けば教えてくれると思うけど。

 

いやその場合は俺が死ぬわ。

 

 

ともあれ、俺は滝から離れた水流の中に、水槽を沈めるようにして鯉を解放する。

 

黒い鯉は川をすいすいと上り、滝の方へと向かって行く。 水が落ちて行く所に潜ると、その姿を消した。

 

「……大丈夫なのか?」

「さーね。」

 

俺に聞くな。

 

鯉が滝の底に姿を消してから数分、なんかもう面倒になってきてテントに戻ろうかと提案しようとした瞬間――――滝の裏に、蛇のように長く、丸太のように幅のある影が登り始めた。

 

 

「ん?」

「あ?」

 

俺と球子が同時に声を出し、滝の裏を泳ぐ影を目で追う。 その影は、やがて水を突き破り、姿を惜しげもなく晒す。

 

黒い体持つ巨大な蛇に近い姿の異形。 人は、これを―――――。

 

 

「―――これが、竜……か。」

「なんだよ、これ……!?」

 

爆発したかのように水が弾け、鯉は竜と成った。 滝を破って現れた竜は、勢いを殺さずそのまま天に昇って行く。

 

そして遅れてバケツをひっくり返したような水量の川の水が、俺たちに降り注いだ。

 

 

『ぎゃあああああああ!!?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………全く酷い目に遭ったぞ……」

「いくら俺でもこんなの想定出来るわけねえだろ。」

 

全身をずぶ濡れにされた二人は、テントの近くで服を乾かしていた。 念のためにと持ってきていた予備の服に着替え、岩に服を広げておく。

 

 

「それにしても、なんで鯉が竜になるんだ?」

「……コイキングが進化すると何になるよ。」

「……あー、なるほどなぁ。」

 

呆れた顔の紅葉は、それ以上何かを言うということはなかった。

 

 

服も乾き、テントを畳んで帰ろうとしたとき、ふと夕焼けの空が光った。

 

「…………なあ紅葉、今なんか光った気がするんだが」

「あー? …………ん?」

 

球子に言われて天を仰いだ紅葉の視界に、きらりと、光が瞬いて――――。

 

 

「あ゛っお゛う!?」

 

落下してきた漆塗りのような色合いの鱗が、紅葉の額に突き刺さった。

 

 

 






尚こういう時になにもしてこない赤嶺は多分暑さでダウンしてる模様。 沖縄生まれの血を引いてても育ちは四国だからね、しゃーない。

自分で書いてて思うけど一番紅葉と兄妹感あるのはタマっちだと思う。 ところでこれ誕生日回にカウントされる?



黒塗りの鯉(竜)
・神樹の中の一柱。 一応神様。 なんかゆゆゆい時空(神樹内部)に迷い混んじゃったから返す事になった。 運搬が雑だったけど滝まで運んでくれた事に対する感謝で鱗を投げつけたら刺さった、事故です。



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祝福 伊予島杏は暴走機関車である



この時空の杏は園子先生の影響で少女漫画的行動に極度に興奮する体に改造されてるショッカー怪人・ワザリングハイツみたいなフィーリングなのであしからず。

ひとまず思考回路を停止させて読みましょう、辛うじて致命傷で済みます。




 

 

 

「じゃあ、とりあえず紅葉さんはひなたさんと絡んでください。」

「なんて?」

 

開口一番、ベレー帽にサングラス、口許にはココアシガレットと映画監督みたいな面構えの杏がそんな事を言ってきた。

俺にはヤの人にしか見えないんだけども。

 

 

「さあ早く、私は今冷静さを欠こうとしています。」

「もう既に欠けてる!」

 

サングラスの奥の血走った目が、俺と横のひなたを貫いている。

 

事の発端は、杏の誕生日プレゼントで悩んでいた若葉が杏に言った言葉が原因だった。

 

 

 

 

 

『どうした杏、我々に出来る事であれば()()()()()()ぞ?』

『ん?』

『え?』

 

ぐりん! と首を回して、杏は若葉に鋭い目を向けて詰め寄った。 あの若葉が咄嗟に後退りする程、と言えばどれだけ珍しいか分かることだろう。 俺も少しビビった。

 

 

『今なんでもするって言いましたよね?』

『あ、ああ…………。』

『まさかあの若葉さんが前言撤回なんてするわけ無いですよね?』

『…………ああ。』

 

壁際に追い詰められた若葉は、杏の威圧感に圧されて壁を背に縮こまる。

 

 

『ふふ、ふふふふ、ふふふふふふふふ。』

『ひぃ……。』

 

 

なんでもする。

 

それは創作を行い、作品を読む事が好きなタイプには絶対に言ってはいけないワード第一位だろう。 なにせ俺の後ろで園子ズまで過剰反応しているからな。

 

かくして杏(とおまけに何故か園子)は、若葉からの『なんでもする』を言質に好き放題やり始める部室の帝王と化したのだった。

 

 

 

 

 

嫌な予感がしてひなただけでも連れて避難してから数十分、そろそろ落ち着いただろうと思って戻ってきたらこれだよ。 絡めってなんやねん。 タコかなんかか。

 

…………いやそれだと昔の春画みたいになっちゃうな、葛飾北斎のやつ。 そうなるとまず間違いなく俺は生大刀の錆びになってしまうのでNG。

 

 

 

「あのぉ……杏さん、絡むとは具体的にどういう事なんでしょうか?」

「そりゃあもう、蛇のようにぬるぬるとお願いしますっ!!」

「はい?」

「ひなたやめとけ、こいつもう日本語通じてない。」

 

 

死屍累々の部室には、抵抗したのか眼鏡を指紋でベタベタにされた雪花や、無理矢理ゴテゴテのドレスを着せられ拒絶反応で痙攣しながらぶっ倒れてる須美と美森。

 

歌野と夏凜に至っては何故か頭にネギが突き刺さっていたのでより深く捩じ込んでおく。

 

 

 

抵抗してこいつらと同じ末路を辿るのは嫌なので、俺はひなたを押して壁際に立たせた。 …………別に役得とかそんな事は考えてないぞ。

 

「あ、あの、紅葉さん……」

「さっさと終わらせて杏にお説教したい所だが、なんだかんだで年に一度の祝い事なんだ。 今日くらいは好きにさせてやろう。」

「……なんだか、楽しそうですね?」

 

「ソンナコトナイヨ」

「口許、にやにやしてますよ?」

「ソンナワケナイヨ」

 

 

視界の端でカチンコを構えてにじり寄ってきた杏に、誤魔化すように顔を向ける。

 

「で、杏さまよ。 なにをどうしろって?」

「そうですねえ…………紅葉さんとひなたさん、身長差が20センチ位なので……それを活かして壁ドンしましょうか!」

「杏さん、本当にイキイキしていますね。」

「というかお前150くらいだったんだな。」

 

杏に言われて改めて確認すると、ひなたは壁と俺の間に挟まれている。 その身長は見下ろす必要がある程で、俺を見上げたひなたと不意に視線がかち合った。

 

 

「(う、わーあ、紅葉さんにこんなに近付いたの初めてかもしれないですね…………あ、意外と筋肉あるんだ……。)」

 

「(まつ毛長いなぁ、相変わらず学生には見えないくらいに大人びてるし。 いかん変なスイッチ入りそう。)」

 

 

まじまじと容姿を見ることなんて滅多に無かったせいか、杏や園子ズが居ながら視線を逸らせない。 ひなたの赤い瞳が、ただただ、俺を見ている。

 

 

 

「見つめ合ってるだけなのにまるで熟年夫婦みたいだね~」

「なんでしょう、胸の奥でなにやらキュンと来るものが……!」

「ふふふ、あんずんもその段階に到達したんだね~、それが『尊い』っていうモノなんよ!」

「これが…………TOUTOI……!!」

 

 

新生3馬鹿トリオが落ち着くのは、俺が冷静になって一旦ひなたから離れるまで続いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕方の空き教室、そこに上里ひなたは呼び出されていた。

 

遅れて現れた紅葉が、扉をスライドさせる。 その音に気付いたひなたが、窓を見ていた体を反転させて紅葉の姿を視界に入れた。

 

 

「紅葉さん、こんなところに呼び出してどうしたんですか?」

「…………あー、いや、ちょっとな。」

 

言葉を詰まらせる紅葉は頭を掻いては、その場で行ったり来たりを繰り返している。

 

それを見ていたひなたは首を傾げた後、紅葉の横を通り教室から出ようとした。

 

 

「なにもないようでしたら、すみませんが若葉ちゃんが待ってますので……。」

「っ…………ちょっと待って」

「え、きゃっ……!」

 

 

慌てた紅葉がひなたの腕を掴み、壁に背中を押し付けた。

 

「も、紅葉さん」

「ひなた――――――お前はいつも若葉の隣に居るな。 学校でも、寄宿舎でも、いつもお前の横にいるのは決まって若葉だ。」

 

 

壁と自分でひなたを挟んで見下ろす様は、威圧感すらある。

 

流石に危機感を覚えたひなたももがいてみるが、肘の内側を掴まれ壁に押し付けられ、体でブロックされているせいでピクリとも逃げ出せそうにない。

 

それでも痛みを一切感じないのは、紅葉に傷付けるつもりが無いからか。

 

 

「……今の紅葉さん怖いです、どうし――――ひゃいっ!?」

「お前の隣に居るのが俺だったら……なんて考えたのは、一度や二度じゃないんだぞ。」

 

そう言いながら紅葉はひなたの足の間に膝を挟ませ、自分の体をよりひなたに近付けた。

 

豊満な胸が紅葉の胸元でぐにゅっと形を変え、互いに体温が上昇するのを感じる。

 

 

壁に預けた右手に、ひなたを押さえ込んだ左手。

手を離してもひなたが暴れないのを見て、紅葉は二本の指でひなたの喉仏の両側をなぞった。

 

ゾワゾワと鳥肌が立つと同時に、手から逃れようとする思考すら薄れどうにも逆らえない。 指の動きに合わせて顔を上げたひなたと紅葉の目が合い、その赤い瞳が潤んでいるのを見てしまう。

 

 

一瞬で紅葉の中の張っていた理性がブツンと切れ、喉を撫でた動きからそのまま頬に手をやり、親指で瑞々(みずみず)しい唇に触れる。

 

 

「あぅ……」

「――――。」

 

紅葉は徐々にひなたに顔を近付け、ひなたもまた潤んだ瞳を閉じると、すい、と口を紅葉に向ける。 距離がゼロになりかけた時、不意にカチンコを叩く音が教室に響いた。

 

 

 

「はいカーット! 熱演でしたよ二人とも!」

「………………ん、終わりか。」

「は……あ、え?」

 

教室の扉を開けて入ってきた映画監督(いよじまあんず)は、何故か鼻に真っ赤に染まったティッシュを捻って突っ込んでいた。

 

声を聞いて即座にひなたから離れた紅葉が、杏に不審者を見る顔で質問する。

 

 

「その鼻どうした?」

「いえいえお気になさらず、ちょっと興奮しすぎて血が出ただけなので。」

「うわあ…………。」

 

幸せそうに笑いながらメモ帳にガリガリと削るように文字を書き込む杏に、露骨に引いた顔をする紅葉。

 

 

「いやはや、わりと早い段階で台本に無い動きをされたときはちょっと焦ったんよ~。」

「中々アダルトな演技だったね~~。」

 

園子たちの言葉に、ひなたが噛みついた。

 

 

「あっ……あの動き、演技じゃなかったんですか!?」

「ふっ…………さあ?」

 

含みのある笑みを浮かべて、紅葉はずいとひなたに顔を寄せる。 つい数分前にしそうになった()()()()()()を思い出し、ひなたは顔を赤くした。

 

 

からからと笑って、紅葉は園子たちの首根っこを掴んで空き教室から出て行く。 残された杏はどこか残念そうな、複雑そうな表情で開いたままの扉を見ているひなたに横目でふと呟いた。

 

 

 

「今ひなたさんが考えてること、当てましょうか。」

「はい?」

「『あれが演技じゃなかったら良かったのに』…………なんて考えてるんでしょう?」

「――――ふふ、まさか、そんな。」

 

あくまでも『皆を見守る巫女』としてのスタンスを崩そうとしないひなた。 そんなひなたに、一瞬だけ眉を潜めた杏は挑発するように斬り込んだ。

 

 

「最近の紅葉さん、銀ちゃんと()()()()()()()()ですよね。」

「…………ええ、微笑ましい限りですが、それが?」

「良いんですか? 取られちゃいますよ?」

「――――。」

 

 

杏の言葉に、ひなたの口から笑みが消える。 感情を剥き出しにしたその顔に、杏は満足気に頷くとスマホを指だけで弄りながら言った。

 

「ひなたさんは、我慢のし過ぎですよ。 欲しいものは欲しい、手に入れたいなら手に入れる。 それで良いんですよ。」

「…………そうなんでしょうか。」

「そうですよ。 あと、それあげます。」

 

 

ピロン、と。 そんな音がして、ひなたの懐に入っていたスマホが着信を知らせる。

 

取り出して確認するとスマホにはメールが届いていて、開くと、一枚の写真のデータが有った。

 

 

「――――――こ、これは……っ!?」

「ふふふふふふ。 絶妙なアングルでしょう、苦労しましたよ。」

 

 

写真の内容は、先の寸劇のカットが入る直前の光景――――狙ったようなアングルで、まるでひなたと紅葉がキスをしているかのように見える一枚だった。

 

「……お礼は、言いませんよ。」

「ええ、ええ。 勿論。 ひなたさんは善意を押し付けられただけで、それを捨てられずにいるだけなんですから。 ふふふふ。」

 

 

悪魔のように笑う天使。

 

ひなたは杏の顔を見ながら、漠然とした感性でそんな事を考えて――――さりげなくその写真をスマホの待受に登録していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さっきのもーみんの演技、あれ演技じゃなくて殆ど素だよね~?」

 

「さあね。」

 

 






構想からたったの二秒で『よし、杏に暴走させるか!』ってなった話。 そろそろ怒られそう。

それ以前に杏誕生日回に見せかけた巧妙なひなもみ回になってしまった気がするけど、まあいっか(白目)




怪人ワザリングハイツ
・ひなもみ尊い。 ぎんもみも良いけどひなもみ派だからちょっと煽ってみた。 あ、なんか目の色変わった。

妖怪ソノコズ
・ぎんもみなんだよね。 ひなもみはアダルトで良いけどミノさんに幸せになってもらわないといけないんよ。


巫女の胸がでかい方
・ただただ、貴方が欲しい。

ゆゆゆ世界の受け担当
・銀が好きだが、この世界のひなたにも惹かれている。 どうすれば良いのかわからん。


謎の日本庭園K
・ハーレム得意じゃないけどもう面倒だしぎんもみひなでいいのでは……うわなにをするやめろ



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祝福 上里ひなたは欲張りである


話の並びだけで見るとめっちゃ時系列ぐちゃぐちゃですが、杏誕生日回→紅葉狼化番外→で、ここです。 うーんややこしい。

尚この作品は大量の後付け、設定改変、キャラ崩壊、ご都合主義で成り立っています。
ご了承下さい。(事後報告)




 

 

 

鈍い腰の痛みと鳥の囀りがアラームの代わりとなり、目が覚めた。 カーテンの隙間から朝日が射し込み、寝ていた体勢でまぶたを開けた俺の右半身が重い。

 

幸福感すらあるダルさを我慢して腕に乗った重圧の状態を確かめると、それは頭だった。

紫混じりの黒髪で、赤い瞳を覆ったまぶたは眠っている証拠。

 

 

布団をめくると、俺のベッドの中に、俺に寄り添うようにひなたが眠っていた。

 

もはや下着として機能していない程に着崩れたベビードールと、その艶めかしくも神秘性すら感じる色白の肌と豊満な胸を隠す為に布団をかけ直す。

 

 

「んん……も…じ、さ……。」

「う゛。」

 

寝惚けたまま、ひなたは俺の首筋に唇を当てて肌を吸ってくる。 見間違える人が居ない程度には、完全に事後だろう。

 

 

俺とひなたは昨夜、夜中までただお互いの情欲をぶつけ合った。 穴という穴に欲望を流し込んだ記憶が、妙に鮮明に残っている。

 

獣のように貪り合い、やがて疲れ果て、最後には着替える暇も無く抱き合って眠りに就いた二人の関係をなんと呼ぶのだろうか。

 

我慢の限界から相手に襲い掛かり、長年蓄積し続けた欲をぶつけた奴と、その被害者を、まさか『恋人同士』等とは呼ぶまい。

 

挑発されて理性を破壊されたとはいえ、してしまった以上言い訳は無用。

 

どうするべきか、とは思うがわりと普通に犯罪だ。 この世界が我々にとってそこそこ都合良く出来ているとはいえ、限度ってもんがある。

 

 

 

ともあれ、今のひなたに起きられたら間違いなく第2ラウンドが始まるため、俺は軽くシャワーを浴びてから着替えて部屋を出た。

 

寄宿舎の談話室に向かうと、そこのソファーにうつ伏せで力なく寝転がっている歌野に出くわした。 なにやってんだこいつ。

 

 

「…………おはよう。」

「ぁぅぁぅぁーぅー。」

 

駄目みたいですね。

 

救急車でも呼ぶべきかと思案していると、歌野はむくりと起き上がりこちらを見てくる。

 

 

「…………あのね。」

「はい。」

「うるさい。」

「はい?」

 

 

目元にクマを作って俺とは違う意味でげっそりしている歌野は、それでもイラつきを隠さずふらふらと動いて立ち上がった。

 

そして力無く顔をこっちに傾け額を胸に叩き付けるように直立したまま倒れ込んでくると、その体勢のまま話始める。 『人』と言う字は人と人が支え合って出来ているアレみたいになってるし、どつかれて普通に痛い。

 

「ぐぇえ!」

「夜に帰ってきたと思ったら夜中までギシギシギシギシと盛っちゃってまぁ…………ねえ、なに、私への嫌がらせか何か?」

「……あー、正直すまん、理性失ってて記憶にないんだわ。」

「強めに叩くぞ。 みーちゃんにワンセットしかない耳栓突っ込んでずっと我慢してたのよ? 眠すぎてさっきから野菜畑が見えるわ。」

 

お花畑じゃないんだ。

 

 

俺が前世で誰と結婚したかなんて話してないし人間関係が拗れるから言わなかったが、言わなかったら言わなかったで現在進行形で変な方向に拗れている気がする。

 

「そんなに煩かったのか?」

「外には聞こえてないだろうけど、私と貴方の部屋の壁薄いからね…………お陰で嫌でもギシアンが聞こえてくるのよ。」

「ギシアン言うな。」

 

 

睨むようにして文句を言ってくる歌野。 夜中まで煩かったと言うが、下手したらそれが朝まで続いてたのだからまだ優しい方だぞ。

 

というか朝に先に起きたのが俺じゃなくてひなただったら確実に学校遅刻する事になるからな。

 

 

寝起きのひなたは当然のように朝の生理現象で元気な俺のモノを鷲掴みにしてこう言うのだ、『続きをしましょうか、紅葉さん』と。

 

そして大赦への出勤はほぼ毎日遅刻をするのだった。 ひなたより早く起きろよって話なんですけどね、昔の俺朝に弱かったのよ。

 

 

あと左腕使えないから寝起きだと全く抵抗できない。 結果、付いたアダ名はピーチ姫。

 

「……今何時だ。」

「あー、5時半。」

「そう…………あ。」

 

スマホで時間を確かめるついでに、日時に目が行く。 そう言えば、10月の4日がひなたの誕生日だったな。 違いますー、忘れてたんじゃなくて昨日のインパクトを引き摺ってるだけですー。

 

 

プレゼントどうしよっかなー、とか考えていたら、ふと歌野の顔が視界に入って思い出した。

 

「端にある俺達の部屋の真逆に水都の部屋があるんだから、そっちに避難して寝たら良かったんじゃないの。」

「………………張り倒すぞ。」

 

ああん、理不尽。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

授業も進んで昼休憩。

 

教室で弁当を食っていると、控えめに扉をスライドする音がした。 見ればそこにはひなたが立っていて、その手に小さい弁当箱を包んだ風呂敷を持っている。

 

学校に行く準備をしに戻った時はまだ寝ていたから起きないよう静かに用意して部屋を出たのだが、どうやらその後、ちゃんと自室に戻ったのだろう。

 

 

「紅葉さん、お昼、一緒にいいですか?」

 

本人は小声で聞いたつもりなのだろうが、ひなたが教室に入ってきた事で静かになった教室内の生徒共にはハッキリと聞こえてしまっている。

 

途端にざわめきだす昼食中のグループ達が、ひそひそと話始めた。

 

聞こえてしまっている限りでは、やれ先人さんの彼女か、やれあんな娘いたかと好き放題に言っている。 彼女かどうかは俺が聞きたい。

 

 

「…………わざわざこっちまで来た奴に帰れなんて言えるわけ無いだろ、入りな。」

「……ふふ、ありがとうございます。」

 

パタパタと上履きを鳴らして小走りで近寄ってくるひなたを見ていると、なんか犬の尻尾を幻視するよね。 実際に生えてたのは俺だけど、尾てい骨の辺りに、ぶんぶん振られている尻尾が不思議と見えてくる。

 

適当に前の席の椅子を借りて座らせると、ひなたはその小さい弁当箱を開けて広げた。 色とりどりでバランスの取れたおかずに、梅干しが乗せられたシンプルな白米と、まあ普通ですこと。

 

 

「所で昨日の事だが。」

「……まだシ足りませんか?」

「違う。」

 

一瞬妖艶な目付きのままで唇を舐めたが、否定され残念そうに弁当をつつくひなた。 足りませんか?じゃないが。 それはお前だろう、俺から誘った事なんて前世でも数える程しか無いぞ。

 

 

「先にお前に手を出そうとしておいて言うセリフじゃないだろうが、あんな事をして関係に亀裂が入ったりしたらどうするんだ。」

「あら、紅葉さんは、私が嫌い?」

「そうではない。」

 

つくづく面倒な男だな、とは思う。 ハッキリ言うが、俺は銀もひなたも、二人とも好きなんだろう。 ひなたがあんな手に出た理由が分からないほどアホじゃないし。

 

 

「ひなたの気持ちには、答えたい。 でも……あー、そのなぁ。 自分でも笑いそうなくらい甲斐性が無くてな、色々と迷ってるんだよ。」

「…………紅葉さんって、難儀な性格してますよね。」

「そうだな。」

 

肯定しちゃうんですか……と言い苦笑いするひなたは、ふと箸を弁当箱に突っ込むと、だし巻き玉子をつまんで俺の口許に持ってくる。

 

 

「……なに?」

「そんな難しいことを考えてないで、私のだし巻き玉子の味の感想でもどうですか? はい、あーん。」

「はあ……。」

 

悩みの原因に言われると少しばかりイラッと来るが、まあ、いいか。

 

周りにガン見されながら、俺はだし巻き玉子を口に入れた。

 

 

「ん。 悪い、箸噛んじゃった。」

「いえいえ、ありがとうございます。」

「は?」

 

何故かお礼を言われ、俺がだし巻き玉子と一緒に噛んじゃった箸を大事そうに仕舞うと、新たな箸を取り出してしれっと食べ進めるひなた。 俺が噛んだ箸ジップロックに入れたの見たぞ。

 

 

「お前、なんか……変態加減が酷くなったな。」

 

「そんな……ふふ、変態だなんて。 別にあの格好のまま自室に戻るとき、誰かに見られたらどうしようとドキドキしたりなんてそんなわけ無いじゃないですか。」

 

「したのか……。」

 

ひなたは昔から若干アブノーマルな行動をしていたが、今のようにオープンではなかった。 この世界では既に数年経過しているからか、精神の成熟が早まったのかもしれない。

 

確かに大人のこいつはマゾっ気があったし、俺にわざわざ不定期で薬を盛って襲われてたのも、たまには俺から攻められたかったかららしいし。

 

 

――――生前のひなたとは全く違う動きをされては、流石の俺でも気付かざるを得ない。 これ昔のひなたと同じように相手にすると痛い目見るな?

 

……もう見てるか、と、幸せそうに微笑を浮かべて弁当を食べるひなたを見ながらそう考える。 だが不思議と、不快感は無かった。

 

 

 

ああ、そうか。 俺は、このひなたが未来の妻だから好きなんじゃない。 俺はこの世界で見てきた、『このひなた』が、好きなんだ。 それを人は、惚れた弱みと言うのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

10月4日。

 

ひなたの誕生日会を部室で部員達と開いた紅葉は、若葉と一緒にひなたに近付いた。 『本日の主役』と書かれたタスキを歌野に付けられたひなたが振り返る。

 

「誕生日おめでとう、ひなた。」

「私と紅葉で買ったカメラだ、受け取ってくれ。」

「まあ……ありがとうございます、高かったでしょうに。」

「折半すればあまり掛からないさ。」

 

ラッピングされた箱を手渡すと、開かれた中から女子でも持てるよう軽量化された最新式のカメラが入っていた。

 

折半すれば、と言った若葉の脇腹をつついて、紅葉が続ける。

 

 

「俺とお前で7:3だったろ、なにちょっと盛ってんだよ。」

「…………い、良いだろう、別に。」

 

口を尖らせモゴモゴと言い訳する若葉に、はいはいと聞き流す紅葉。 ひなたはカメラを起動し持っていた新しいSDカードを差し込むと、カメラを構えて言った。

 

 

「では、皆さんと先ず一枚撮りましょう。」

 

 

その一言で集まった勇者と巫女を一纏めにし、タイマーをセットして一番前に立つひなた。 左腕を若葉の、右腕を紅葉の腕にそれぞれ絡め、引き寄せる。

 

二人の顔がひなたに近付くと、二人にしか聞こえないような小声で呟く。

 

 

「――――感謝をしてもしきれません、若葉ちゃん、紅葉さん。」

 

染み入るような言葉。 それがひなたの最大級の感謝の言葉だと、二人は知っていた。

 

 

そしてパシャリ、と。 シャッターが切られる音がした。 後に勇者部のアルバムに追加されるその写真の中の人達は、皆が笑顔だったらしい。

 

 

 

写真のデータを確認しているひなたを、紅葉はボーッとしながら見ていた。 そうしながら、ひなたがあんな――――誘惑するように迫る理由を、考えていた。

 

そうしていると、一つの答えが浮かび上がってきた。

 

 

ひなたは甘えたいのだ。

 

でも、皆の大黒柱で居る時間が長すぎた。 それ故に、例えば逆に若葉に膝枕をねだる等と言った甘え方が分からないのかもしれない。

 

そう考えると、半ば無理やり襲ってくる事にも合点が行く。 あれが、ひなたにとっての…………ひなたなりの甘え方なのだろう。

 

 

だから、本気で嫌がれない。 だってひなたは本気なんだから。

 

 

「(だからって薬盛るのは違うと思う。)」

 

栄養ドリンクのような味のする薬を何度も盛られていた過去を思いだし身震いする紅葉。 今の体は昔と違って毒物に強いから多分効かないだろうと高を括っていた時、ひなたに話し掛けられた。

 

 

「紅葉さん、紅葉さん。」

「あい。」

「私とツーショット、撮ってください。」

「……若葉としたら。」

「……貴方じゃないと嫌です。」

 

無駄に可愛らしく頬を膨らませるひなたに、仕方無いと言いたげな表情で渋々立ち上がる。

 

カメラのタイマーを再度セットし、三脚にカメラを乗せたひなたを見て、目ざとく風が声を上げた。

 

 

「あら、ひなた。 またカメラ撮るの?」

「はい、紅葉さんとです。」

「ふーん、若葉じゃなくていいんだ。」

「紅葉さんじゃないと意味がありませんから。」

 

意味深に言葉を区切ったひなた。 風は首を傾げ、他の部員はその会話になんとなく耳を向ける。

 

 

「…………どういう意味?」

 

風に聞かれると、待ってましたと言わんばかりに、カメラのタイマーが切れて写真が撮られる直前になる瞬間紅葉に抱き着いた。

 

諦めたように、紅葉もまた、ひなたの腰に手を回してより体を密着させる。

 

 

「こう言うことですっ!」

「こう言うことらしいでーす。」

 

 

『―――――はああああああ!!?』

 

間を置いて、風達は叫んだ。 唯一劇を見るように離れて観察していた歌野と釣られて隣に立っていた水都だけが、冷静に二人を見ている。

 

 

「こうなるだろうと思った。」

「そうなの?」

「ソーナノ。」

 

 

そして先程のように、パシャリとシャッターが切られた。 そのカメラの画面には――――――満面の笑みを浮かべるひなたと、呆れたように苦笑いを溢す紅葉が写っている。

 

 

その裏で繰り広げられる、目の前で起こった恋愛事情に興奮する今時の女子である園子ズと杏、また後輩に先を越されたと嘆く風、面白くなさそうに紅葉とひなたを見る暗い瞳の銀といった光景。

 

正に、阿鼻叫喚だった。

 

 

 

「…………どーすんだこれ。」

「落ち着くまで待つ?」

「落ち着くの、何時間掛かるかしら。」

 

 






前半のR-17.9にあるまじき後半のほのぼの回、これは中和されて実質健全ですね間違いない。

ファンブックはまだ買えてないんですが、Twitterに流れてきた情報によればベビードール服の絵があるとかなんとか。 なんだかこう、予言者になった気分ですね(絶対違う)



ひなた様
・手遅れなレベルのM。 紅葉さんになんで薬盛るのって? たまには向こうから攻められたいからに決まってるじゃないですか! あと『お薬』は栄養ドリンクベースなので毒が効かなくても効果あります(無慈悲)
西暦の時からそこそこ気になってはいたけどまだ恋愛感情ではなかった、でも神樹世界の紅葉と関わった結果爆発的に欲しいと言う欲望が膨れ上がってこうなった。

ピーチ姫
・責任取らないといけないけどまだ心の中に銀が居るしでもひなたも好きだしどうしよう。 とか考えてたらあれよあれよとゴールイン、ぎんもみひなルートが解放されました。
中身が元既婚者のジジイなせいで二人纏めて選ぶ選択肢を考えられない。 まあ紅葉が考えられてないだけで裏では着々とハーレムルート(約2人)の外堀埋まってきてるんですけど。


銀ちゃん
・すげー面白くない。 絶対奪ってやる。 『恋敵』と言うよりは『恋のライバル』って感じ。 ぎんもみひなルートは銀の誕生日回なので気長に待ってて。

農筋王
・みーちゃんに揉まれまくってとある一部が大きい。 あっても邪魔なだけなんだけど。 紅葉? あー、まあ、ヤっちゃった責任取るってんなら良いんじゃない?




日本庭園K
・9月半ばの段階で「紅葉と若葉にカメラでも買わせるか……」とか考えてたら公式にやられた。 私が先かゆゆゆいが先か、卵が先か鶏が先か。

そして私はTwitterのTLに某氏の描いたベビードール銀ちゃんが流れてきて11回死んだ。


変態度高いキャラって無駄に戦闘能力も高いじゃないですか、つまりそう言うことです。



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祝福 三ノ輪銀は花嫁である



ゆゆゆの好きなキャラランキングは銀・歌野・千景のトップスリーだったのに今月の誕生日イベントで銀&あやちゃんが同率一位に切り替わる事態になりました。

ヤバい。 あやちゃんヤバい。




 

 

 

 

 

「――――紅葉さんのバカ!!」

 

「えぇ……。」

 

 

グシャグシャに丸められたチラシを投げられ、それが尻餅をついて座り込んでいる俺の額に当たって膝に落ちた。

 

銀の涙の溜まった潤んだ瞳。 横にいる夏凜のビームでも撃てそうなレベルの鋭い眼光。

 

 

ただひなたと話していただけでこれとはかなり理不尽だが、俺には何故こうなってしまったのかを、全く理解できなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んむむむむむむむ。」

「銀ったら、そんな唸っちゃってどうしたの?」

「ああ、須美。 いや、その、うーん。」

 

 

小学生組だけで集まっている勇者部部室、そこで銀は、腕を組んで一枚のチラシを見下ろし、うんうんと唸っていた。

 

サンチョを枕に爆睡を決め込んだ園子を机の端に置いて、須美は銀に質問する。

 

 

「あら……なに、そのチラシ。」

「えっ? あ、あー、これは……だな。」

 

大事そうに持っているチラシを覗こうとした須美から、銀が逃げるように離れた。

 

 

「…………なにかやましい事でも?」

「ない! …………けど、見られると困るっていうか……。」

 

じとっとした目を向ける須美を前に、汗を垂らして体ごと視線から逃れようと身をよじる銀。

 

押せば引くせめぎ合いを遮るように扉が開く音がして、二人は部室の扉の方を見やる。

 

 

「――――こんにちわぁ。」

 

「うげ。」

「……えーっ、と。」

 

『不意打ち気味に部屋にいる虫を見てしまった』ような顔をする銀と、そもそも合った回数が少ないからか単なる客かと思う須美。 ()()()()()()を常日頃向けられている事から、慣れた様子で小鳥遊ヒビキが部室に入ってきた。

 

 

「あー、なんか用っすか?」

「何故小学生が、それも三人も、中学校の部室にたむろしているのかは聞かないでおきますが…………おにーさんはいずこに?」

 

糸目のまま二人のつかつかと迫り、顔をずいっと近付け質問してくるヒビキ。

 

当然だが、二人は数歩下がる。

 

 

こんな頭のおかしい言動と行動をするような奴を誰も居ない時に相手にするなど、二人と寝ている一人からすれば初体験である。

 

 

「おにーさん……紅葉さんの事ですか?」

「ああ……なんかそんな名前でしたね。 ええはい、多分その人ですねぇ。」

「紅葉さんなら、今は勇者部への依頼で歌野さんと一緒に畑を耕しに行きましたが……。」

 

須美の回答に、ヒビキはふぅんと呟き、もう用はないとでも言いたい様子で踵を返そうとするが。

 

 

「所で、そちらの狼さんの持っているチラシはなんなのですか。」

「ふぇ、それってアタシ? いやぁ、そんな、面白いもんじゃないし、えー、あー。」

 

あからさまに視線を右往左往させる銀に、ヒビキは無遠慮に近付くとチラシを引ったくる。

 

「面白いかそうでないかは私が決めるのでお構い無く。」

 

「いや構いますけど……というか強引だなこの人……。」

 

 

身長差のせいで手を伸ばしても届かず、銀は持っていたチラシを見られてしまう。

 

 

「ほ、ほーう。」

「うわぁ……一番見られたくない人に見られた……。」

 

顔を押さえてうずくまる銀。

 

どういうことなのか分からず、須美はおろおろとヒビキと銀を交互に見ている。

 

 

糸目で見えているのかは分からないが、内容を読み終えたヒビキは、銀にチラシを返すと呟いた。

 

「貴女も中々に失礼ですが、まあ別に良いのでは?」

「…………へっ?」

「別に良いのでは、と言ったのですが。」

 

「……馬鹿にしないんですか?」

「何故?」

 

 

心底不思議そうに首を傾げるヒビキに銀は続ける。

 

「いやだって、ヒビキさんって『こんな夢見てないで現実を見たらどうなんですかぁ?』とか言いそうだし……。」

「貴方のイメージの私は少々畜生過ぎませんかねぇ。」

 

 

流石に苦笑を溢すヒビキだったが、置いてきぼりの須美が銀に近付き耳打ちした。

 

「ねえ、銀、結局それは一体なんなの?」

「……まあここまで来たら須美も見るべき、だよなぁ。」

 

観念したように、銀は須美にチラシを手渡す。 受け取った須美が内容に目を凝らし、爆発したみたく顔を赤く染めた。

 

 

「けっ、結婚式体験んんん!!?」

 

「馬鹿っ園子が起きる!」

 

「もがーーーっ!?」

 

 

指を口に突っ込む勢いで口を塞ぐ銀と、驚愕から叫ぶように内容を朗読した須美。

 

それを見ながら、ヒビキは寝ている園子の額に水性ペンで『焼肉』と書いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「落ち着きましたかぁ?」

「す、すみませんでした……。」

「須美だけに?」

 

「そのダジャレは3ヶ月くらい前にやりましたよヒビキさん。」

「おや、賞味期限切れでしたか。」

 

 

椅子に座って息も絶え絶えの二人を見下ろしているヒビキ。 手元のチラシには、カップル割引もある結婚式体験を行えるという広告が描かれていたのだ。

 

「しかし、結婚願望を持つとは今時の子供は侮れませんねぇ。」

「結婚したい、っていうよりは…………なんというか、家庭を持ちたいんです。 小さくても、慎ましくても、幸せならそれで良いかなって。」

「ほう。」

 

 

意外だ。 とでも言いたげな顔で、ヒビキはまぶたを僅かに開ける。 事実、小学生にしては考えが立派だと思わざるを得ない。

 

「良いことじゃないですか、分不相応の夢を見るより遥かにマシですよ。」

「……まあ、アタシの家、結構位が低いですからねぇ。 須美とか園子みたいになんでも出来るわけじゃないし。」

「あら、私にも出来ないことはあるわよ?」

「例えば。」

「…………洋食作り?」

 

 

しないだけだろ……という、銀の呆れた声。 脱線した話題をヒビキが咳払いをして修正した。

 

「それで、貴女はおにーさんを誘って結婚したいんですよねぇ?」

「あくまで『体験』ですけどね。」

「……というかそれ以前に、紅葉さんはひなたさんとお付き合いしてるのよ? いくら体験と言ってもこれは浮気と違いないのではないかしら。」

 

「う゛っ」

 

 

痛いところを突かれ、銀は沈黙する。 そう、この一件における唯一の問題がこれだ。

 

紅葉はノーと言える日本人だが、好意的な相手からの押しにはビビるほど弱い。

 

 

ゆえに頼み込めば銀のことを好いている紅葉は了承するだろうが、あまり表立った発言をしていないだけでひなたと恋人同士の紅葉に、真似事とはいえ結婚を申し込むのは浮気以前にモラルの問題になるだろう。

 

――――が。

 

 

「奪ってしまえば良いのではないですかねぇ。」

「…………なんて?」

「おにーさんが好きなのなら、奪ってしまえば良いのではないですか?」

「いやイカンでしょ。」

 

あっけらかんと言い放つヒビキに銀は当然のツッコミを入れる。 欲しいなら奪えと蛮族のような発言をされ、苦笑いしか出来ない。

 

そも、刃物フェチの妖怪に一般論(まともな返答)を期待した時点で銀たちの負けだったのだ。

 

 

「なにを言っているんですか、奪えば良いなんて良いはず無いでしょう!?」

「英雄色を好むと言いますし、それに私には分かりますよぉ? 狼さん、貴女の瞳の奥にある嫉妬の炎が見えています。」

 

ゴクリ、と、銀は無意識に生唾を飲み込んでいた。 糸目の奥の瞳に射抜かれている気がして、冷や汗が垂れるのを感じる。

 

 

「た、たし、かに……アタシは…………紅葉さんが好きです。 結婚するなら紅葉さんが良いし、ひなたさんに取られた時も頭がどうにかなりそうなくらいムカつきました。 」

 

「銀!」

 

「痕だって付けた。 想いなら負けてない。 そう思ってないと、敗北感に押し潰されそうで―――――正直、これが最後のチャンスだって思っちゃったんだよな。」

 

 

シワが付きそうな程にチラシを握り締め、自分に言い聞かせるようにして、銀は須美を見て続けた。

 

「須美からしたら、ふしだらだよな。 でも、ごめん。 アタシやっぱり紅葉さんじゃなきゃ嫌なんだ。」

 

 

ふにゃりと笑う銀に、須美の中には申し訳なさしかあらず――――八つ当たり気味に、にやにやと笑っているヒビキを睨むことしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日から、いざ紅葉を結婚体験に誘おうとした銀だったが―――。

 

 

 

「あの、紅葉さん」

「ん……ああ悪い、この後ひなたの日用品買うの手伝うんだ。 明日で良いか?」

「あ……はい。」

 

ある時は別件で断られ。

 

 

 

「紅葉さーん。」

「すまん、今から依頼があってな。」

「……そっすか。」

 

ある時は依頼で断られ。

 

 

そんな事を数日続けた銀の誕生日である10日の2日前、すなわち8日になった辺りで、銀の我慢は限界に達していた。

 

 

「紅葉さん、あの、どうしてもな、話、が……。」

 

放課後の部室に入ってすぐ目に入ったのは、紅葉がひなたと談笑している姿で――――。

 

心がぐちゃぐちゃになるのを感じ、一瞬目の前が暗くなる。 考えちゃいけないようなドス黒い感情が、モヤモヤと心を覆う。

 

 

「――――――んお、銀、どうした? 入ったら?」

「……………………もう、いい。」

「ごめん聞こえなかった、なんだって?」

 

視線に気付いた紅葉がようやく銀と顔を合わせる。 だが、片膝を突いて屈んだ紅葉が見たのは、プツンとなにかが切れた涙目の銀だった。

 

 

「っ――――もういいよ!」

「うおっ」

 

怒鳴った銀が、紅葉を押す。

 

尻餅をついた紅葉に、銀は手元のチラシを握り潰すように丸めながら言った。

 

 

「いつもいつも『ひなたひなた』ってそればっかりじゃん! 前はそんなんじゃなかった! ちゃんとアタシのことも見てくれてたのに!!」

 

「ぎ、銀?」

 

「――――紅葉さんのバカ!!」

 

 

 

 

 

言ってしまった。 そんな顔をして、銀は涙腺から溢れた涙を止めることなく部室から走り去る。

 

ここからが、冒頭の続きだ。

 

 

 

「これ俺が悪いんですかね。」

 

はぁ、とため息をひとつ。

 

足元を転がるチラシを広げ中身を拝見する紅葉は、全てを察したのか数拍前よりも重く長いため息をついた。

 

 

「あ~~~~~。 なるほどなぁ…………これは、俺が悪いな。」

「……紅葉さん、大丈夫ですか?」

「だいじょばない。 悪い、銀を追うから買い物はあのアホかそこのにぼしに頼んでくれ。」

 

ひなたにそう言って、紅葉は部室から飛び出す。 銀を泣かせた紅葉の背中を睨んでいた夏凜は、ひなたが紅葉に握らされたチラシを見る。

 

 

「ひなた、そのチラシなに。」

「えっ、ああ、なんでしょう……。」

 

紅葉から押し付けられたチラシを見るひなたと夏凜。 結婚体験が出来るキャンペーンが広告されてあり、その最終日が10日であることが分かった。

 

 

「……ふーん、銀のやつ、これを紅葉としたかったわけね。 でもひなたが居るから遠慮してたとか、誘おうとしたら邪魔が入ったとか、そんな感じか。」

 

「…………。」

 

 

そんなことを言った夏凜の言葉が、ひなたの耳には、やけに遠くから聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

学校を出て数分、紅葉は、寄宿舎の屋根に体育座りして膝の間に顔をうずめる銀を見つけた。

 

 

「はぁ…………最低だなぁ、もう。」

「いや別に。」

「…………うおおおっ!?」

「ここだろうと思ったよ。」

 

急に横から聞こえた相槌に、銀は間を置いて飛び退く。 落ちそうになって、慌てて支えられる。

 

 

「ほら、気を付けろ? ここから落ちて無傷なのは俺か歌野か夏凜くらいだからな。」

 

「は、はい……。」

 

淵に足の裏を突っ張って屋根に座る紅葉の立てた膝の間にちょこんと収まる銀が、少ししてから口を開いた。

 

 

「……ごめんなさい紅葉さん、紅葉さんは悪くないのに、アタシ…………。」

「あー、うん。 俺もひなたにかかりっきりで、銀のこと全然見てなかったもんな。」

 

後ろから回された紅葉の腕を、背中で感じる紅葉の熱を、銀は屋根の上で静かに堪能している。

 

銀の頭に顎を乗せて、紅葉は呟く。

 

 

「チラシ、見たよ。」

「――――っ」

 

銀は上を向こうとするが、紅葉に力強く包容されて動けない。

 

「一つ聞くけど…………銀は俺で良いの?」

「――――紅葉さんじゃないと、嫌です。」

「…………そっか。 光栄だよ。」

 

銀からは見えないが、紅葉の顔は笑っている。 何故なら、紅葉にとっても、結婚するのは初めてなのだから。

 

 

「いやぁ、俺も結婚式やるのは初めてなんだよね。」

「初めてって……そりゃそうでしょ? アタシら学生っすよ?」

「そういう意味じゃ……ま、いっか。」

 

西暦の紅葉は、ひなたとの結婚を婚姻届の提出だけで済ませていた。

 

だからこそ、紅葉にとっての結婚式の相手が銀というのは、ある種運命であった。

 

 

「銀。」

「……はい。」

「俺と結婚しよう。」

 

紅葉の一世一代の告白。 銀はただ無言で、紅葉の膝の間で振り返り、強く紅葉の胸元に飛び付き抱き付いた。

 

 

「はい…………はい……っ!」

 

「おいちょっと待て急に動くな落ちる落ちる。」

 

「えっああすいません……って危ない!?」

 

「あ゛あ゛!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これ着崩して良いっすか?」

「駄目です。 我慢してくださいね~。」

「はーい。」

 

11月10日、予約していた式場での結婚式体験を当日に迎えた俺と銀は、それぞれ別室で試着の手伝いを頼んでいた。

 

タキシードとか似合わないね俺。

 

スタッフにじっとしてろと言われ、されるがままにあれよあれよと着込んで行く。

 

 

「それにしても小学生がお相手なんておませさんですねぇ~。」

「あー、あー。 まあ、親戚の子でしてね、どうしてもやりたいとせがまれちゃって。」

 

という体で話を進めていた為、カップル割引は無効となっているが、そもそも資金だけは腐るほどあるから問題ない。

 

なんか近所のちょっとうざいオバチャンみたいな話し方してくるこのスタッフ妙にイライラするんですけどなんなんですかね。

 

 

「それでは、準備が出来ましたらお呼びしますので、控え室でお待ち下さい。」

「うい、どうも。」

 

きっちりとしたタキシードの窮屈さに辟易しながら控え室に向かうと、扉の前で銀と鉢合わせた。

 

 

「………………おお。」

「紅葉さん?」

 

俺は言葉を失った。

 

純白のドレスに身を包み、薄く化粧をした少女が――――銀が、あまりにも眩しくて目が眩む。

 

 

「…………あ、鼻血出そう。」

「紅葉さん!? 」

 

 

いや、平気。 だと思う。

 

 

「大丈夫。 まだ耐えられる」

「まだ…………?」

 

深呼吸を挟んで、銀を見る。

 

心配そうに俺を見ている銀の頬に、片膝を突いてから手を伸ばして、ちょっとフライング気味に顔を近づけた。

 

 

「まだ、早いですよ。」

「予行練習だよ――――銀。」

「っ、もぅ…………んっ。」

 

ふにっとした、柔らかい感触。 甘ったるい匂いが鼻に刺さり、幸福感が脳を支配する。

 

数秒かはたまた、永遠に感じるくらいに時間が引き伸ばされる感覚と共に、名残惜しさすらあるが、口を離して銀に問う。

 

 

「俺の、お嫁さんになってくれるか?」

「…………わかってるくせに。」

「それもそうだな。」

 

 

雰囲気に呑まれた銀が妖艶に微笑み、続きをしようとしたところで、スタッフに呼ばれて正気を取り戻す。

 

「じゃ、行こっか。」

「ふふっ……はい。」

 

 

伸ばした手を、銀が掴む。

 

 

こうして些細なハプニングはあれど、俺と銀の結婚式体験はつつがなく終わった。

 

この日以降、部室では俺の膝に銀が乗り、その横にひなたが寄り添う姿を良く見られるようになった。 視線が少しばかり痛いが、気にすることでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの人しれっと二人目に手出したけど良いの?」

 

「紅葉さんの魅力が分かる人が増えるって、良いことじゃないですか。」

 

「ああ、そう……貴女がそれでいいなら私がとやかくいう事も無いけど。」

 

「まあ…………相手は小学生ですから、()()()が無いように、きつく搾り取るくらいは許されますよね?」

 

「知らんわ。 好きにしなさいよ。」

 

 

 






私がハーレムとかあんまり好きじゃないばかりに別のヒロインともくっ付ける話書くだけでめっちゃ回りくどくめんどくさくなってしまうのだった。

いやでもヒロイン二人だけならハーレムとまでは言わない……言わなくない?




ヒビキ(リージョンフォルム)
・なんか妙に出番が多いのは投稿者がなんか気に入っちゃってるから。 銀を『狼さん』、紅葉を『おにーさん』で識別してるのは名前を覚える気が一切無いから。
ただ残念なことにあやちゃんの誕生日回での出番は無いんだ……すまない……(誰も期待してない)



・そりゃ好きな相手が彼女とはいえ他の女のことばっかり見てたら面白くないよね。 紅葉?あの後は水分搾られて干物にでもなってんじゃない? 将来は三ノ輪紅葉より先人銀の方が良いなぁ、とか考えてたり。
部室での癇癪は銀に子供らしいワガママを言わせたかったからだが、実際ガン無視されたらああなると思う。

にぼっしー仮面RX
・次泣かせたら奥歯折る


ひなた
・めっちゃ複雑な心境だけどそもそも銀の気持ちを知りながら横からかっさらって挑発して煽ったのはひなたである。 でも紅葉が好きという繋がりがあるのでこれ以降は仲良くなるでしょう。




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祝福 国土亜耶は純粋である



活動報告に質問枠とかリクエスト枠とか適当に置きました。




 

 

 

冬も近づき、徐々に紅葉(こうよう)が終わりつつある季節。 紅葉(もみじ)紅葉(こうよう)で色々と被るから正直一番嫌いな季節が秋だったりするのだが、それはまた別の話。

 

やることもなくぼけーっと部室で窓の外を見ていると、机を防人組と陣取って、クラスで奉納されていたお菓子の処理に勤しんでいたあやちゃんが呟いた。

 

「秋のお祭りは、他になにかあったりするのでしょうか。」

「急にどうしたの? あやちゃん。」

 

 

横に座っている芽吹ちゃんがそう聞くと、あやちゃんは続ける。

 

「いえ……以前行った文化祭が楽しかったものですから、他にもあれば、今度こそ芽吹先輩たちと楽しめるのにな……って。」

 

「あややは良い娘だなぁ……いーなー、私も文化祭参加したかったよ~。」

「雀、私達は遊びに来てるわけじゃ無いのだけど。」

「お堅いなぁメブは、そんなことじゃ元の世界に帰っても彼氏出来ないよ?」

「要らないわよ。」

 

 

渋い顔をした芽吹ちゃん。 どっかのニボシに対抗するために色々と捨ててきた為か、そういう話題は苦手らしい。 あとこっちを見るな。

 

…………秋のお祭りねぇー。

 

 

「それなら紅葉狩りとか良いんじゃない?」

 

そう言いながら部室に入ってきたのは、農筋クソゴリ…………じゃなくて、歌野だった。

 

外で話を聞いていたらしく、開口一番に言ってきたそれに対して、あやちゃんが慌てた様子で声を荒げる。

 

 

「も、紅葉さんを狩るんですか!?」

 

『――――?』

 

 

なんて?

 

 

あやちゃん以外の全員が頭にハテナマークを浮かべるが、数拍置いて気付く。

 

 

――――あー、なるほどそういう。

 

「あのねあやちゃん、俺をハンティングする事を紅葉狩りって呼ぶわけじゃないし、親父狩りの対義語って訳でもないんだぜ?」

「そ、そうなんですか?」

 

「ゴブッフォ!!」

「んぶっ」

「っ――――。」

 

 

俺の言葉でようやくあやちゃんの言った事の意味に気付き、先ず雀が対面の芽吹ちゃん目掛けて飲んでいた紅茶を吹き出す。

 

そして横に居た夕海子が優雅にまぶたを閉じて嗜んでいた紅茶をその体勢のまま鼻から噴射し、更に夕海子の横に居るしずくが勢い良く額を机に叩き付けた。

 

 

一撃で三人轟沈か……逸材だな。

 

「今のやつ年末に一発芸として披露したら4~5人は沈むわね。」

「しないからな。」

 

棚からタオルを取り出して芽吹ちゃんに渡しつつ、俺はそう言う。 絶対やんないからな。

 

 

「雀ぇ……!」

「ひぃっ……いやだってあれはズルいでしょ!?」

「ごぶっ、げほっ! は、鼻に紅茶が……!」

「――――死ぬかと思った。」

 

「お前なんで頭ぶつけたんだよ。」

「…………笑うの我慢してた。」

 

死屍累々の防人組に適当にタオルを配りつつ、混乱に陥った原因のあやちゃんを歌野に任せておく。 しずくの真っ赤な額を保冷剤で冷やしていると、歌野があやちゃんと話していた。

 

 

「そう言えば、貴女って20日が誕生日だったわね。」

「あ、はい。 そうです。」

「なら紅葉辺りに何かねだってみたら? あれしたーいとか、これがほしー、とか。」

 

そう言われるも、特に思い浮かばないのか、あやちゃんは首を傾げる。

 

 

「うぅーん……いえ、特になにも…………あ、でも新しい箒が欲しいです!」

「そんなん後で帰りに買ってきなさいよ。」

「えぇ…………。」

 

無欲の権化みたいな性格してるあやちゃんからしたらこれでも相当な贅沢だったらしいが、歌野にバッサリ切り捨てられ困惑していた。

 

でもごめん、箒くらいは好きなときに買えるよね。 それは後で買ってあげるから。

 

 

「でしたら、その……えっと……一つ、行きたいところがあるのですが……。」

「おー、おー。 言ってみなさい。」

「…………遊園地に、行きたい、です。」

 

合わせた手に隙間を作って口許を隠すあやちゃんは、恥ずかしそうに頬を染めていた。

 

あらーいじらしいこと。

 

 

「じゃあ明日にでも行く?」

「明日は平日よ歌野。」

「芽吹、一日学校サボったくらいで人は死なないのよ。」

 

「サボるなんて不良(あなた)じゃないんだから……。」

「あ?」

「は?」

 

 

あやちゃんからしたら一日サボるとか大罪もいいとこだぞそれ。 完全に委員長(めぶき)vs不良(うたの)に発展している間に入り、場を収める。

 

「待たれよ脳筋共、部室が壊れる。」

「誰が脳筋ですか。」

「ちょっと紅葉、貴方どっちの味方してるの。」

「あやちゃんに決まってるだろ馬鹿。」

「あ゛あ゛!?」

「ふっ……。」

 

 

いやそんな『嘘でしょ!?』みたいな声出されても。 芽吹ちゃんも煽らないの。

 

「とーにーかーく。 あやちゃんの遊園地の話は休日まで後回しね、人数は……ここにいる7人でいっか。 全員分だと俺の通帳から桁が一つ減る。」

 

 

俺がそう言うと、不思議そうな顔をして口の端の紅茶を拭った雀が不思議そうに言った。

 

「何故紅葉さんがお金を出す前提で話してるんですかねぇ……。」

「何故? …………はて。」

 

言われてみればまあ、確かに。 なんで俺が全額負担してるんだっけ……う、ウゴゴゴゴ……。

 

 

「そういえば、いつもそうだったから疑問に感じたことは無いわねぇ。 だって言われるとすぐ財布出すんだものこの人。」

「紅葉さん!」

「はい。」

「あやちゃんのような子達に甘えられるのは良いことですが、歌野達を少し甘やかし過ぎなのではないですか?」

「はい。 そっすね。」

「そっすねじゃない!」

 

捲し立ててくる芽吹ちゃんにうがー!と威嚇される。 それを見ていた横の雀としずくが呟いた。

 

 

「…………鬼嫁?」

「やーい鬼嫁~。」

「す、ず、め?」

「ぐえーっ!?」

 

顔面を鷲掴みにされ、鳥類特有の絞められた時の悲鳴を上げながら、雀は芽吹ちゃんの右手一つで持ち上げられる。 うわあ痛そう。

 

 

「雀さん、貴女はどうしてそうも貪欲に死に突き進むんですの…………?」

「若いからでしょ。」

「…………若さとは。」

 

多分振り向かないことだと思う。

 

ともあれ、休日に遊園地に向かうこととなった俺が全額負担しなくてはならない自体は避けられたのだった。

 

 

「わかるか歌野、これが人情と言うものだ。」

「私にも貴方にも無いものね。」

 

張り倒すぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こ、これが……遊園地……!」

「カメラ持ってくれば良かったなぁ。」

 

休日、幸運にもあやちゃんの誕生日である20日と被せられた遊園地の前に来ていた我々は、鼻息を荒くして楽しそうにしているあやちゃんを見て癒されていた。

 

いやあ、いいね。 こういう純粋な子って。 ひなたと銀に防人組と遊びに行くって伝えたら第一声が『浮気ですか……?』だもんね、そこまで節操なしじゃ無いって。

 

 

と言うかあやちゃんに手なんて出したら芽吹ちゃんに頭ねじ切られてオモチャにされるわ。

 

入場チケットを買って中に入ると、休日ということもあって大盛況だった。

 

 

というかなんで俺だけ大人料金……あっ、保護者扱いですかそうですか。 ちなみに歌野は先日腰をやったらしいので欠席となっている。

 

そう…………。

 

 

「それじゃあ先ずは……何に乗りたい?」

「えっと、じゃあ……あれに。」

「あらあら、ジェットコースターとは……刺激を求めたいお年頃ですわねぇ。」

 

あやちゃんが指差した先には、レールの上をとんでもねえ速度で突っ走る金属塊が。

 

ならば早速と向かい、かろうじてクリアした身長制限を抜け、いざ座ろうとしたとき然り気無く出ていこうとする雀の肩を掴む。

 

 

「何処に行くつもりかなぁ……?」

「い、いやぁ……ちょっと気分が……。」

「嘘つけさっきホットドッグ食ってたろ。」

「…………乗りたくないです。」

「そっか、嫌ならしょうがないな。」

 

俺の言葉に顔色を明るくした雀の首根っこを掴み、一番前の席に座って隣に乗せる。

 

 

「仕方ないから一緒に乗ってやろう、喜べ。」

「仏説・摩訶般若波羅蜜多心経。 観自在菩薩・行深般若波羅蜜多時、照見五蘊皆空、度一切苦厄……………………。」

 

 

そんなに嫌か。

 

絶望の淵に立たされた死刑囚みたいな顔をしながら般若心経を唱える雀。 俺と死刑囚の後ろに芽吹ちゃんとあやちゃん、そしてその後ろにアホ貴族としずくが座っていた。 これ歌野が居たら間違いなく俺一人で座らされてたな。

 

 

 

 

 

つつがなく一周し、ジェットコースターは元の位置に戻った。 横でグロッキーな状態で口から魂が飛び出してる雀は、無心で安全バーを上げようとする。

 

 

……が、安全バーは上がらない。

 

 

「あれ……あれっ?」

「どうした?」

「いやなんか、安全バーが上がらな…………なんでニヤニヤしてるんですか紅葉さん。 ねえちょっと、なにニヤニヤしてるんですか。」

 

どうやら知らずに乗った……じゃなくて俺が乗せたんだったか。 でも乗るアトラクションが何かを調べなかった雀にも責任はあるよね。

 

 

「知らんのか雀、このジェットコースターは前に一周したら後ろにもう一周するんだぞ。」

 

「は―――――?」

 

 

驚愕の表情に顔を歪めた雀を見ながら、景色は凄まじい速度で前に進んで行く。

 

 

「嘘だあああああああ!! 助けてメブーーーーー!!」

 

芽吹ちゃんなら後ろに居るだろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これどうしますの。」

「どうしよっか。」

「…………だらしない。」

 

アホ貴族……夕海子としずくと並んで、ベンチに横たわる雀を見下ろしていた。 うーんやり過ぎたかな? この程度でバテるとは情けない。

 

 

「雀さん……大丈夫でしょうか……。」

「大丈夫よ、頑丈だし。 これは私が診ておくから、あやちゃんは紅葉さんと弥勒さんとしずくと一緒に別のアトラクションに乗ってきたら?」

「……わかりました、雀さんをお願いします、芽吹先輩。」

「ええ。」

 

 

雀を芽吹ちゃんに任せ、俺達は別のアトラクションを探して取り敢えず歩き回る。

 

 

「んで、なんか乗りたいアトラクションは無いわけですかねぇ。 俺は付き添いなんでそっちで決めてくれ。」

「わたくしも何でも良いのですが。」

「…………以下同文。」

 

こいつらに積極的という言葉は無いのか?

 

これはまた地獄のジェットコースター周回に入るな……と思っていると、あやちゃんが俺の袖を引いてもう片方の手でアトラクションの一つを指差した。

 

 

「紅葉さん、あれに乗りたいです。」

「おー…………コーヒーカップか。」

 

ファンシーなデザインの巨大なコーヒーカップが、眼前でぐるぐる回っていた。

 

……乗れと。アレに。

 

 

「俺は観察してるから、そこのアホとしずくの三人で乗ってきたら?」

「…………私、これと乗ってくるから。」

「由緒正しい弥勒家の人間を『アホ』だの『これ』呼ばわりだのして許されるのあなた方くらいですわよ……?」

 

地味に青筋を浮かべている夕海子を、しずくが足早に引っ張って先に乗りに行ってしまった。 露骨に逃げ場を塞いで来やがってこいつら……!

 

くいくいと袖を引かれ、あやちゃんの方を見る。 あやちゃんは目を輝かせて、まだかまだかとウズウズしていた。 『待て』を守ってる犬みたいだなぁ。

 

 

渋々カップに座り、ハンドルを握る。

 

回すと加速したり減速するやつで――――――視界の端で高速回転してる奴からは目を逸らしておく。 あれは知り合いじゃないです。

 

 

「しずくさんハンドルを回すのやめてくださる!? しずくさん! あーっしずくさん困りますわしずくさん!! しずくさん!?」

 

「なるほど……これはああやって遊ぶのですね! 私たちも回しましょう!」

 

「冗談でしょ。」

 

 

まさかコーヒーカップで耐G訓練することになるとは思わなかった、とだけ言っておく。 夕海子の名誉の為にも多くは語らない。

 

あと、芽吹ちゃん辺りは『三半規管の鍛練に向いてるわね』とか言いそうだなと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぬおおおお……。」

「…………ごめん。」

 

「はぁ~楽しかったですね!」

 

そっすねぇ。

 

 

遠心分離機の中身の気分を味わった敵国帰りの兵士みたいに疲弊している俺としずくと夕海子。 夕海子に至っては説明したら尊厳が無くなる事態になっていた。 具体的には昼飯が飛び出た。

 

あやちゃんは……なんだろう、子供って凄いな。 おじさんもう歳だからさ。

 

 

「ごふっ……この弥勒夕海子ともあろうものが、あんな事になるとは……。」

「…………弥勒、それ以上喋ったら死ぬ。」

「致命傷を与えたのが貴女だってご理解してますのしずくさん……?」

 

俺の肩を借りてなんとか立っている夕海子は、反対側を歩いているしずくを弱々しく睨む。

 

しずくは相変わらず無表情だが、一応反省はしているらしい。 犬耳のような癖毛が垂れている。 どうなってんのそれ。

 

 

「あっ、お帰り四人ともー。」

「……大丈夫?」

 

「雀……死んだ筈では……?」

「生きてるよ。 酔いも治っ……ええ、今度は弥勒さん?」

 

ベンチに横たわり死んでた雀は回復していた。 芽吹ちゃんが買ってきたのか、ジュースをストローで飲んでいる。 いい気なもんだぜ。

 

徐々に日が落ち始めた頃、改めて6人で集まり軽く食事も取った辺りで、俺はふと思い出す。

 

 

「そういえば、ここコスプレOKなんだよね。」

「こすぷれ?」

「あとレンタルも出来る。」

「れんたる?」

 

頭に疑問符を浮かべておうむ返しするあやちゃん。 園子とか杏の前でそれやったら餌食にされるから、気を付けようね。

 

 

「コスプレかぁ……面白そうだしやろうよメブ~。」

「嫌よ、どうせ似合わない。」

「ははぁご冗談を。」

 

いやまあ、芽吹ちゃんはこんなんだよね。 仕方ない、プランB……強行作戦です。

 

 

()()()、やれ。」

「…………ったく、しょーがねぇ。」

 

俺がしずくの裏人格(シズク)に呼び掛けると、しずくは突然気絶したように頭をガクンと下げた。 不意に顔を上げながら手で前髪を掻き上げたしずく――――シズクは、雑な動きで芽吹ちゃんを担いだ。

 

「ちょ、ちょっとシズク!? 降ろしなさい!」

「あーあー聞こえねぇなぁ~。」

 

なんか妙に楽しそうだなこいつ。 シズクは芽吹ちゃんを困らせるのが好きな辺りなぁ、素直じゃねえんだよなぁ。 そんなこんなでグロッキーな夕海子を引きずって、6人でコスプレ衣装のレンタルショップへと向かったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕陽と夜空が混ざり始めた時間。 着替えている五人を待ちながら吐く息の白さに顔をしかめていた。 そろそろコタツを出す時期だが、部室のは小さいからって棗とか球子が俺の部屋のコタツに群がるのが困る。

 

先に言うが部室のも十分ある。 皆して足を突っ込むから狭いってだけで、俺の部屋のは使う相手なんて俺とひなたと銀くらい。

 

 

だからスペースがある……ってだけだ。 棗は体全体をコタツに入れたい派で、球子は中で丸くなりたいのだ。 猫かな?

 

 

そんな思考は、レンタルショップの扉を開く音に遮られた。 中から出てきたのは―――。

 

 

「おう、待たせたな。」

「お待たせ~、結構動きやすねこれ。」

「機能美とデザインの両立……戦衣や勇者服にも使えそうね。」

「わたくしならば、どんな服だって着こなせますわ!」

 

「じゃあ全身タイツでも着てろよ。」

「なぁんですって?」

 

「あの、紅葉さん、その……どう、ですか?」

「…………おう。」

 

 

――――四人の騎士とお姫様、とか、陳腐だが……こんな表現しか出来なかった。

 

不思議の国のアリスをモチーフにした、懐中時計やウサギの模様があるドレスを着ているあやちゃんと、女性的なデザインで若草色の軍服を着た四人。

 

軍服の方はあれ、西暦のときちょろっと流行った軍服ワンピースってやつで、隊長の芽吹ちゃんだけ左肩にマントを羽織っている。

 

 

「あー、うん。 似合ってる。 お姫様みたい。」

「お前褒め言葉になると途端にボキャ貧になるのはどうにかしろよ。」

「うるせえ。」

 

窮屈そうに首もとを緩めているシズクに指摘され、逆ギレする。 悪かったな褒め言葉のボキャブラリーが貧弱で。 慣れてないんだよ。

 

俺に褒められたあやちゃんは、芽吹ちゃんと雀の元でにやにやっとしていた。

 

 

「えへへ、えへ……っ」

「良かったわね、あやちゃん。」

「はい!」

 

「こういう格好は慣れないけどかっこ可愛くて良いよねー、機会があったら違う衣装も試そうよ、メブ!」

「……そうね、また今度。」

 

今回限りよ、とか言って拒否すると思ったが、予想外だな。 芽吹ちゃんも成長してるみたいで良かった良かった。

 

 

「どうせならわたくし達で記念撮影でもしませんこと? レンタルショップのスタッフがそういうサービスをしているみたいですし。」

 

「……どうするよ、あやちゃん。」

「…………私とは嫌ですか?」

「嫌じゃないよ。 じゃ、撮ろっか。」

 

ぱっと好色になった顔で、あやちゃんは嬉しそうに笑っていた。 あー、孫って可愛い。

 

だがそれ以上に、夜のイルミネーションに照らされているあやちゃんが、どうにも妖艶に美しく写って見える。 脇腹を小突かれて、芽吹ちゃんがじとっとした目線を向けてきていた。

 

 

「あやちゃんに見惚れてたでしょ。」

「……よく見てるな。」

「あやちゃんは、きっと喜ぶでしょうけど…………3人目は、多分駄目だと思うわ。」

「流石にそんな感情は向けないよ。」

 

あやちゃんの純粋さは汚せないしね。

 

どうかしらね、と言って苦笑いする芽吹ちゃんから離れて、レンタルショップのスタッフに確認しに向かう。 そんな俺の後ろで夕海子とシズクが話している会話の内容は、分からなかった。

 

 

 

 

 

「まーそりゃあ、国土と紅葉じゃ孫とジジイって感じだしな。」

「それにあの子が紅葉さんへ向けているのは情景や純粋すぎる親愛ですし、あれではもう少し時間が必要になりますわね。」

 

腕を組み、呆れた様子で亜耶と紅葉を見ていたシズク。 横に立ち傍観していた夕海子と状況の整理をしていたシズクは、ふと夕海子に問う。

 

 

「つーか国土が紅葉とくっつくったって、上里と三ノ輪が居るじゃねえか。 不味いだろ。」

 

「さあ? 高々複数人との交際で関係性が破綻するなら、最初から紅葉さんのような方を好きにはならないでしょう。 3人目がどうとか、上里嬢達がどうとかはさておき、我々防人組は常日頃から国土亜(あのこ)耶の味方でしてよ。」

 

 

口角を吊り上げシズクにウインクする夕海子に、食えねえ奴……と、シズクは夕海子にそんな感情を抱いた。

 

伊達や酔狂で弥勒家の復興を志している訳ではないのだ、いずれ弥勒の血を残さなければならない事を理解しているからこそ、夕海子は男女のアレコレに防人組の中で一番詳しいだろう。

 

 

「ところで先程のコーヒーカップの件、忘れたわけではないですわよね?」

 

「なんのことだか、それにやったの俺じゃねえし。 しずくだからノーカンだろ。」

 

 

うがー!と言い、夕海子がシズクに飛びかかったのは、また別の話となる。

 

 






絶対に笑ってはいけないガースー黒光り勇者部。尚笑った場合待ってるのは武道派勇者の欠片の容赦も無いタイキックな模様。

遺書を用意……しよう!



それにしても今回平和過ぎない?



カガジョー
・ツッコミ気質だから天然のボケに弱い。 この世界では強かに芽吹を煽ってるのでよくアイアンクローを食らってる。 芽吹のアイアンクローは強い(威力150 確定急所)。

ミロク
・お嬢様なので鼻から紅茶をジェット噴射しても優雅さを保てる。 というかギャグキャラとしてのポテンシャルが高すぎる。

ヤマブシ
・しずくの時に笑うのは絵面的に変なので死ぬ気で耐えた。 仮にシズクだったら保健室に担ぎ込まれるくらい笑ってた。


大天使あやややや
・この作品唯一と言っても過言ではない良心。 脳筋、妖怪、マゾのひしめくこの世界でまともな思考回路をしている数少ない娘。 この子まで何かしらのフェチに目覚めたらこの作品は終焉を迎えるだろう。



いまだに各キャラの別キャラへの呼び方を把握できて無いんですが、どっかに呼び方一覧みたいなのありませんでしたっけ。



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祝福 犬吠埼樹の料理教室である



本編が完結した直後にこれだよ。




 

 

 

部室に到着した俺が最初に見たのは、机を取り囲む勇者部部員達の姿だった。

 

 

何事かと思って近付くと、机の上には何かが置かれているのが分かる。

 

「……なにこれ。」

「あー紅葉くん、やっほ」

「やっほー。 で、雪花よ、これなに。」

 

 

机に置かれていたのは、紫色の小さな物体の集合体。 うわちょっとなんか蠢いてるんですけど。

 

「……え、なにこれ。」

「えーっと、うん。 樹ちゃんのクッキー。」

 

 

気まずそうに目を逸らしながら、雪花は謎の物質を指差してそう言った。

 

……あいつとうとう錬金術覚えたの?

 

「クッキーは普通蠢かないんですけど。」

「私もさっきまでそう思ってたにゃあ。」

 

 

机を取り囲んで立っている雪花達は、神妙な顔でクッキー(?)を見ていた。 どうやら扱いに困っているらしいが…………。

 

直後、歌野が棗の後ろから顔を覗かせて言う。

 

「もう食べたことにして捨てたら?」

「ば、馬鹿野郎! うちの樹のクッキーよ!?」

「じゃあ姉として貴女が全部食べてよ、私まだ死にたくないし。」

「…………ば、馬鹿野郎……っ!」

 

 

苦虫を噛み潰したような顔で、風は歌野に噛みつく。 あまり迫力が無いが、妹の作ったものを無下には出来ないのはまあ仕方がないのだろう。

 

だが、それはクッキーではない。 直感が囁くのだ、『これ食ったら流石に死ぬぞ』と。

 

「ぶっちゃけ捨てても独りでに動き出しそうだし増殖しそうではある。 というかこれを錬金術で創り出した張本人はどこ行った。」

 

「……弥勒さんと紅茶を淹れに家庭科室よ。」

 

 

そう言ってゲームの画面から目を逸らさない千景は、我関せずな態度で部室の隅っこに座っていた。 その横には高嶋の友奈が座って画面を覗いている。

 

千景はともかく友奈は人間じゃないんだからあれ食っても死にはしないだろ、手伝えこの野郎。

 

「…………仕方ない、あいつらが戻る前に俺は逃げ――――。」

 

 

―――るぞ、と続けようと振り返ったら、それはもう良い笑顔で樹が夕海子と一緒に紅茶の入ったカップをトレーに乗せて入口に立っていた。

 

 

「お待たせしましたー!」

 

 

まるで死刑宣告みたいだぁ……。

 

樹の後ろに居た夕海子が、俺を見付けると声を掛けてくる。

 

 

「あら紅葉さん、来ていたのですのね。」

「これから帰ろうと思ってるけどね。」

「えーっ、紅葉さんも私の作ったクッキー食べましょうよ~。」

 

 

死ねと申すか。

 

 

 

 

 

…………誰も逃れられないまま、俺たちはクッキーを食べなければならなくなった。 渡された紅茶が普通に旨い事だけが救いなのだが……。

 

互いに視線だけで『先に食え』と牽制し合っている傍らで夕海子がストンと俺の隣に座る。 すいません出口側陣取って塞がないでくれませんかね。

 

「それで、食べませんの?」

「お前正気か。」

「口に入ればなんだって一緒でしょうに。」

「そこまで言うならオメーが食えよ。」

「レディーファーストの時代は古くってよ。」

 

 

しれっとした顔で、夕海子は無駄に優雅に紅茶を飲む。 この野郎……!

 

――――仕方ない。

 

 

「俺も男だ……地球外の物質で出来てるクッキーだろうが関係ねぇ……っ!」

「いえ、普通のクッキーなんですが。」

 

 

樹の目にはこの……核廃棄物が可愛く見える謎の物体が普通のクッキーに見えるらしい。

 

俺が生きてたら眼科行こうな。

 

 

…………ええい、南無三ッ!!

 

 

クッキーを一枚つまんで、口に放り込む。

 

――――奥歯で噛み砕こうとした瞬間感じた歯応えは、文字にすると『ゴリッ』だった。 クッキーのしていい硬度ではない。

 

 

「(えっ、ちょっ、噛み砕けねえ……というか色が紫なのになんで炭っぽい味がする…………あ、エッグチョコみたいに中身が出てき――――――。)」

 

 

舌にドロリとした中身が触れ、味覚がその中身を何味かと判別しようとした刹那、脳に響く鈍痛のような衝撃と共に、俺は口からゲル状のよく分からない液体を噴き出しながら意識を強制的にシャットダウンした。

 

 

「―――――ウヴォロッ」

「紅葉ーーーーーっ!?」

 

 

対面に居た歌野の叫び声を最後に、視界が黒く塗り潰された。 ……これ訴えたら勝てますよね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……帰りたい。」

「それは恐らく私の台詞かと。」

 

 

ゲル噴出事件から数日、俺は樹の料理の上達の為に監視兼試食係を任されていた。

 

俺だけだと間違いなく今度こそ死にかねなかったので、行きずりに誰か引っ張っていこうかと検討していたら、目の前を歩く上級生の姿があったのだ。

 

「それで、私は何をすれば良いのですかねぇ?」

「俺と一緒に……地獄に行こうや。」

「えぇ…………嫌ですよ。」

 

 

それがこいつ、小鳥遊ヒビキである。 ぶっちゃけ勇者部以外の知り合いこいつくらいなんだもん仕方ないじゃん。

 

「今回はうちの料理下手の実験台だからな。 分かりやすく言うと、俺たちは生け贄だ。」

「うわぁ、最早オブラートに包む努力を放棄しましたね。 と言うか私よりも頑丈そうな方なんて勇者部に幾らでも…………あっ、ふーん。」

 

 

なんだよ。

 

お前今何を察したんだよ。

 

「誰も……付き合ってくれなかったんですねぇ……。 すいません純粋な同情が。」

「ぶっとばすぞ。」

 

 

糸目の裏でそれはさぞかし可哀想なモノを見る目を向けているのだろうヒビキ。

 

家庭科室の無機質な空間の中で樹を待ちながらの会話は、ストレスを極めていた。

 

基本的に受け身の姿勢で会話を聞くタイプだろうし、そもそも交流が長くないからわからなかったが、こいつ相当煽り力高いぞ…………?

 

 

 

うっかり手が出る前に落ち着こうと家庭科室をうろつく。 ふと目に入った包丁をケースから出すと、刀身が新品のように磨かれていた。

 

「あ、それ私が趣味で磨いたものですね。」

「怒られるぞ。」

「バレたことは無いし、どうやら七不思議の妖怪扱いされてるみたいでして。」

「そう…………。」

 

 

マジでなんなんだよこいつ。

 

そうしてブラブラと時間を潰していると、扉をスライドさせて材料を抱えた樹が入ってきた。

 

「お、お待たせしました!」

「中止にしても良いんだぞ。」

「いえいえそう言うわけにもいかないですよ、料理を上手くならないと!」

「上昇志向があるなら十分でしょう、本日はよろしく。」

「はい! …………えっと?」

 

 

樹はハロウィンの時にちらっと見た程度だったヒビキを見て首を傾げる。

 

ほぼ初対面みたいなもんだからな。

 

「ああ……小鳥遊ヒビキです。 おにーさんに頼まれて試食係を一緒にするので、まあ、よろしくお願いします。 期待してますよ。」

 

 

それはどういう意味だコラ。

 

ともあれ始まった料理上達会。 取り敢えず簡単なかけうどんを作らせる事となって、俺とヒビキで適宜観察しながら調理している樹を見ていた。

 

 

 

…………ちゃんと監視していた筈だったのだが。

 

 

「出来ました! 渾身のかけうどんです!」

 

「なんですこれ。」

「普通はそうなるよな。」

 

 

監視していた。 レシピも確認した。 調理行程も見た。 だと言うのに、俺とヒビキの眼前に置かれたかけうどんは、何故か紫色をしている。

 

出汁もうどんも、おまけについでとばかりにネギも変色している。 どういう事なの……?

 

「……帰って良いですか。」

「駄目に決まってるだろ腹括れ。」

 

 

ニコニコしながらこっちを見てくる樹の純粋オーラが眩しく、逃げようとするヒビキをとっ捕まえて割り箸を持たせる。

 

観念したようにパキッと割り箸を割って皿に突っ込むヒビキに習って俺も入れると、硬いスライムを掴んだような変な感触がした。

 

「え、こわっ」

「死んだら恨みますよ。」

「…………南無三。」

 

 

でゅるっ、とおおよそうどんを啜った時に出る音じゃない音を奏でて、俺たちはうどん(?)を啜る。 ゲルクッキーのような鋼鉄の硬度を持ってるわけではないようで、普通に噛める。 普通に噛めるだけでなんか感動してきた。

 

で、問題の味は――――――普通にうどん。 極々普通にかけうどんだった。

 

 

………………えぇ……?

 

「味覚と視覚の情報が噛み合わなくて脳が混乱してきたのですが、おにーさん?」

「俺としてもこの間クッキー食ってゲル状の液体吐いてぶっ倒れたからなぁ。」

「遠回しに私の事殺そうとしてません?」

 

 

まさかぁ。

 

脳が混乱したままうどん(?)を啜り続け、食べ終わる。 樹の料理はどういう力からこうなるのかが全くわからないし、事実俺一回くたばりそうになったし、放っておくのは危険なのだろうが……こうして普通に食えるなら応相談か。

 

 

「これからに期待だな。」

「もうこういう用事で私を呼ばないでくださいよ。 目がチカチカしてきました。」

「あぁ……今度なんか奢ってやるよ。」

「どうも。」

 

 

互いに体への異常が見られず、特に問題なく解散する。

 

「どうでした? 紅葉さん。」

「んー、そこそこ。」

 

えーっ! といい膨れっ面を見せる樹を横に、俺は廊下を歩いて部室に向かう。

 

 

 

 

――――ちなみに件のクッキーだが、あれはゴミ袋に詰めてセメントで固めて海に沈めておいた。

 

あれは人が食べて良いモノではない。

 

 

だから仕方ないのだ。 そう結論付けて、部室の鞄を取って俺は帰路に着いた。

 

その後突如として意識が途切れ、目が覚めたら翌日の午後で床に倒れていたのは――――恐らくうどんのせいなのだろう。

 

……だってヒビキが体調崩して寝込んでるらしいし。 当然なのだが、実害が出たので樹には料理禁止令が出た。

 

 







ヒビキ
・何かと話の展開に利用するのに都合が良い常連客。 今回ばかりはただの被害者。 生け贄1号。 うどん食ったあと3日寝込んだ。

紅葉
・生け贄2号。
うどんを食ったらぶっ倒れて学校に遅刻した。


・何故かレシピ通りに普通に作っても最後には指パッチン紫芋宇宙ゴリラみたいな色の料理になる。 とうとう実害が発生したので料理禁止令を言い渡された。



謎クッキー
・色は紫で硬度は鉄と同等。 何故か口の熱で表面が溶け中からよくわからない液体が出てくる。 本人曰く『レシピ通りに作った』とのこと。
尚味を認識する前によくわからない衝撃が脳を刺激して食った相手は倒れる模様。


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祝福 白鳥歌野は幼馴染である



今年最後の更新&100話達成記念&メインヒーロー誕生日祝いを同時に達成したのは単なる偶然ですが、もしかしたら必然だったのかもしれない。




 

 

 

「何故私が怒っているか、分かるだろう?」

「なんのことだか……。」

 

放課後になって早々、部室で正座をさせられている俺の前で若葉が仁王立ちしていた。

 

その横に椅子に座っているひなたは、膝に赤い蓋の瓶を乗せていた。 その中で琥珀色の液体がちゃぷちゃぷと揺れている。

 

 

あー、見つけちゃったかぁ……。

若葉は瓶を指差してから、額に青筋を浮かべながら俺に聞いてきた。

 

「これは、なんだ。」

「見りゃわかるでしょ、梅をアレするアレよ。」

「堂々と部室で梅酒を作るんじゃない! 馬鹿かお前は!?」

 

 

誰が馬鹿だ。

 

べちべち瓶の蓋を叩きながらウガーと怒る若葉の怒声を適当に聞き流しつつ、ひなたの膝の上にある瓶の中身の色合いを見て熟成具合を確かめる。

 

「というか若馬(わかば)鹿。」

「誰が馬鹿だ!」

「それ梅酒じゃなくて梅シロップだからね。 酒は入れずに梅と氷砂糖だけで作るやつ。」

「……なにぃ?」

「子供が入り浸る所でアルコールなんか使わねえよ。」

「ま、紛らわしい…………。」

 

 

梅シロップはなぁ……夏場に炭酸水で割ると旨いんだよね。 正座を解いて立ち上がると、若葉は質問を変えてきた。

 

「じゃあ、梅酒は作っていないんだな?」

「おう。 そういうのは自室でゆったりやるもんだからな―――――あ、やべっ」

 

 

咄嗟に口を閉じるも時既に遅し。 落ち着きかけていた若葉の額の青筋はさっきよりもビキビキに浮かび上がり、口の端が怒りから痙攣している。

 

「いや待て、自室でやってるだけだし、そもそも半年前からやってることだし。 迷惑は掛けてないんだから良いだろ? なあひなた。」

「え、そこで私に振るんですか?」

「耳を貸すなよひなた。 中身がアレとはいえ、免許もない未成年の酒造は密造と代わらん。」

 

 

まあ、ごもっともです。 大赦の権限でその辺りを見逃してもらってる――――というか造ったやつの幾つかはこっそり渡してるからね。

 

賄賂? なんのことだか……。

 

「この後は居合の打ち込みでもしようかと思ったが予定を変えよう。 お前の部屋の梅酒を全て処分させてもらう…………お前の事だ、梅酒以外の酒も隠してるだろ。」

「強行手段に出たなこの野郎……! ひなた、ヘルプ!」

「うーん……紅葉さんの味方はしたいのですが、こればかりは紅葉さんが悪いと思いますよ?」

 

 

ああん、味方が居ない。

 

……仕方ない、これはやりたくなかったが、半年漬けた梅酒を処分されるのは困るからな。

 

「………………ひなた、俺がさっきまで使ってたネックウォーマーをあげよう。」

「若葉ちゃん、人の趣味にケチを付けるのはいけませんよ!」

「買収されるんじゃない! しっかりしろ!」

 

 

鞄から取り出したメンズのネックウォーマーを取り出してひなたの首に通すと、ひなたはあっさりと若葉からこちらに手の平を返した。

 

悪いな若葉、こいつが変態になってきてるのだけは間違いなく俺のせいだ。

 

ひなたから瓶を取り返して机に置くと、その横でひなたはネックウォーマーに顔を埋めている。

 

頭が痛そうな若葉の顔があまりにも悲痛だったのを、俺はきっと忘れることはないのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

梅酒密造事件から数日、誕生日を控えていた歌野は若葉たちに何が欲しいか、して貰いたいかを聞かれていた。

 

俺に関しては若葉を見るとなんか物凄い殺意の籠った眼光でメンチ切られるから顔を合わせないようにしている。

 

「誕生日? ああ、そう言えばもう年末ね。 欲しいものは特にないけどして貰いたいことなら一個だけあるわよ。」

「なんだ? 言ってみてくれ。」

「年越しそばを食べろ。」

「…………は?」

 

 

歌野の言葉に、若葉は一泊置いて返した。

 

「いや、『は?』じゃないわよ。 大晦日の年越しと言ったら普通そばでしょ、なによ年越しうどんって。 四国人ってみんなこんなな訳?」

 

 

そういえば去年の大晦日にそば食べたの俺とお前と水都だけだったな。 あと四国人の誰しもが必ずうどんを食べてる訳じゃないからね、しずくは年越し徳島ラーメンだし夕海子は年越しかつおのたたきだし。

 

徳島ラーメンはまだしも年越しかつおのたたきってなんですか。

 

「しかしだな、我々はうどん派なのだからいくら大晦日だからってそばを食べるわけには――――「誕生日。」

 

 

若葉の言い分を一声で黙らせ、歌野は続けた。

 

「私、誕生日なんだけど……ねぇ?」

「うぐっ……。」

「誕生日のお願いも聞けないなんて…………それでも乃木の人間なのかしら?」

「…………ぐぬぬぬぬ……!!」

 

 

めちゃくちゃ不満そうに歯ぎしりするが、ここで歌野のお願いを拒否するほど若葉はうどん狂いではない。 今回は若葉の敗けだ。

 

「――――仕方ない。 今回の我々はそばを食べよう、歌野の誕生日だからな。 歌野の、誕生日だからな!!」

 

 

なんで二回言った。

 

修羅にでも堕ちそうな殺意をこっちに向けながら言い放つ若葉。 あーこれ間違いなく後で鍛練に付き合わされますね間違いない。

 

ともあれ年越しに食べるのはそばと決まったので、買い物に行かねばならない。 というか俺は若葉から逃げなければならない。

 

「よし、そば買いに行くか。 今なら何処に行っても余ってるだろうし。」

「そこが香川の悲しいところね。」

 

 

特にうどん派と言う訳でもないメンツで買いに行こうと思い、歌野は当然としてしずくと夕海子、あとは雪花と棗でも連れていこうかと思ったのだが。

 

「…………あれ、棗居なくね?」

「あぁ……棗さんならあそこ。」

 

 

雪花が指差した方を見ると、エアコンの暖房を苦手としている奴等の為に設置された灯油ストーブの前を陣取ってピクリとも動かない棗の石像があった。

 

「おおん……あの寒がりめ。 おいこら棗、服にホッカイロ貼って良いから外行くぞ――――――し、死んでる…………!?」

 

 

体育座りでストーブの熱を浴びている棗の肩を叩くと、棗はそのままの体勢で横に倒れた。 それでもストーブから目を離さない。

 

……怖いんですけど。

 

「寒い。」

「でしょうね。」

「どうするのさ、紅葉くん。」

「置いていこう、この戦いには着いてこれそうにない。」

「えぇ……。」

 

 

哀愁すら感じさせる背中を見ながら、俺たちは部室を後にした。 今度水虎のデザインの着ぐるみパジャマでも作ってやるからな。

 

 

 

 

 

俺たちが部室から出たあと、残った若葉は棗に聞いていた。

 

「所で、棗も年越しは沖縄そばなのか?」

「……ああ。 そうだな。」

「そうか……ちなみに沖縄そばは名前は『そば』だが原料的な意味で言えばうどんと変わらないらしいぞ。」

「…………二重スパイのようだな。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

深夜、丑三つ時。 拷問を受けた女騎士のような怨めしい顔のままそばを食べる若葉の顔を写真に納めたらガチのビンタを食らって首がもげそうになったのも少し前の話。

 

 

両手いっぱいに荷物を抱えて、俺はひたひたとスリッパを履いて廊下を歩いていた。

 

部屋には当然のようにひなたと銀が来ていたが、俺を抱き枕にしていたひなたに銀を捧げておいたからバレることはないだろう。 銀が胸で窒息しかけてたけどまあ、うん、役得だよね。

 

「お待ちどう。」

「遅い。 人に談話室まで来るように言っておきながら十分も待たせるって貴方ねぇ。」

「準備してたのとうるさくすると二人が起きちゃうから急げなかったんだよ。」

 

 

ソファに座って手を擦り合わせている歌野。

 

一人だけの時に暖房を点けるのもアレだろうと考えるのは仕方がない、と考え、テーブルに持ってきた荷物を広げる。

 

「なにその……瓶とケトル。」

「はいコップ。」

「ああはい。」

 

 

グラスを渡して既に水の入った電気ケトルのコードをコンセントにぶっ刺し、沸くのを待つ。

 

「それ梅酒よね、若葉が文句言ってたわよ。」

「ケチと言うか頑固と言うか、良くも悪くもあいつはお堅いからな。」

「…………梅酒、か。」

 

 

机に肘を突いて、歌野は腕を枕にしながら瓶の中で揺れる梅を眺めている。

 

「この梅何時に仕入れたものなの?」

「あー、半年前に山奥の爺さんが薪作りを頼んできただろ。」

「……あったわね、そんなこと。」

「その時のお礼で貰った。」

 

「勇者部は物を貰うのは禁止されてなかったっけ。」

「だからその時は断って、後日改めて俺が個人的に受け取ったんだよ。」

 

 

凄い顔された。

 

だって薪作るのに斧振り回したの俺だけなんだもん。

 

 

そんな事を言っていると、カチンと音がしてケトルが沸騰を知らせてきた。 ケトルのお湯をグラスに注いでから、梅酒の瓶の蓋を開けて中身を注ぐ。

 

トクトクと音がして、湯気に混じって梅の香りが談話室にじんわりと広がった。

 

「はい、半年熟成梅酒。」

「お湯割りとはまた、良いチョイスね。」

 

 

グラスを傾けるように回して、一口。 喉から胃まで、内側から温かくなるのが分かる。

 

「――――はぁ……。」

「チータラか空豆でも持ってくれば良かったな、それかイカ。」

「いいわよ別に、これだけで充分。」

 

 

ほんのりと頬を朱色に染めて、歌野はゆったりとした動きでグラスの梅酒を呷った。

 

「……似てるわ、椛さんの作った時のアレと。」

「――――ああ、母さん、居たんだったな。」

「ええ。 あの時の梅酒と、貴方の梅酒は味が似ている…………気がする。」

 

 

曖昧だな、と言うと、歌野は酔いが回ってきたのかいつもよりも柔らかく表情を崩しながら言う。

 

「だって昔の事だもの。 それで良いのよ、あの人の味も、貴方の味も知れたのだから。」

「……そういうものか。」

 

 

そういうものよ。

 

そう言って、歌野はグラスの残りを飲み干した。

 

「さてもう一杯……といきたいけど、これ以上は明日に障るからもう寝るわ。」

「ああ。」

 

 

ケトルのコードを抜き、俺は二杯目のお湯割りを作る。

 

「貴方はまだ居るの?」

「お湯が無くなるまで、な。」

「……じゃあ、貴方が呑み終わるまではいるわね。」

「帰らないのか?」

「なんか、今の貴方を一人にしたら翌日消えてそう。」

 

 

そんな放浪癖はねえよ。

 

そうなの?

 

そうだよ。

 

 

といった問答を続けていたのは、限界が来た歌野が俺の肩を枕に寝入った頃までだった。

 

四杯は呑んだし、充分だろう。

 

 

ケトルと瓶とグラスは後で片付けるとして、一先ず歌野を部屋に送った方が良いか。

 

横向きに抱き上げた歌野が落ちないようにしつつ、俺は歌野の部屋の扉をどうにか叩く。

 

 

遅れて扉を開いたのは、爛々とした顔つきの水都だった。 目をシイタケにしながら興奮気味に顔を赤くして爆睡している歌野を見てくる。

 

「はーい酔い潰れた歌野一人前お待ちどうさまでーす。 お代は結構なのでお受け取りくださーい。」

「待ってました」

 

 

俺から歌野を受けとると、水都は大事そうに体を預けてくる歌野を抱えて部屋の奥に消えた。

 

…………世は全てこともなし。

 

 

 

 

年明けの寒気を感じつつ、俺は談話室へと戻っていった。 戻ったら部屋で寝ているひなたと銀と三人で川の字になって眠るのだが、中々どうして心地が良い。 クセになってやめられない。

 

やっぱり五杯目を呑もうと思いながら談話室に向かう俺の足取りは、思いの外軽かった。

 

 






我が家の年越しは親の実家の沖縄から届いた沖縄そばなので、うどん派とそば派の両方から袋叩きにされそうです。 あと私は未成年です、リアルでの未成年飲酒は……やめようね!



若馬鹿ちゃん
・馬鹿と言っても城戸真司タイプ。 愛される猪突猛進型。 昔の紅葉の狂暴さを知ってるから警戒してたが、梅酒を密造するアホになってたから警戒度を下げた。 くっころ顔のままそばを嫌々啜る若葉ちゃんはそばが嫌いなんじゃなくてうどんが好きなだけ。

ハイパームテキうたのん
・年越しでのみ最強になる。 飲んだ梅酒のお湯割りは椛さんのと似ていた。 やっぱり親子ねぇ……。 酒に慣れてるのは諏訪でジジイ共の酒盛りに巻き込まれたことが何度もあるから。


紅葉
・ゆゆゆいの若葉(諏訪遠征終了直後)の記憶にある紅葉は狂暴なんて言葉じゃ生ぬるいレベルの切れたナイフだった。 母親のモノと同じような味と言われて心底安心している。




来年もうちの先人紅葉をよろしくお願いします。 あと私にもお年玉(評価と感想)をください。


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祝福 高嶋友奈は一柱である



一柱(ひとはしら)=神の数え方。

この世界の友奈って高嶋は神だし赤嶺は遺伝子操作の勇者モドキだし、一番まともに人間やってるのが結城だけってどう言うことなの……?


あとさもい用のアカウントと匿名でリクエスト出来るお題箱をツイ○ターに作りましたので、気になる方は探してみてください。




 

 

 

 

 

「さて、どうすれば私とぐんちゃんが無事結ばれるかについての会議なんだけど。」

 

「もう既に話が進んでる前提で突然会話を切り出してくるのやめてもらって良いっすか。」

 

 

バン!と机を叩き、政治家のように無駄に暑苦しく、高嶋友奈はそんな言葉を切り出してきた。 いや、お前が千景の事をめっちゃキモいぐらい好きなのは知ってるけど、そんな会議は一度もしたことねぇよ。

 

「……あれっ、今日で第173回目じゃなかったっけ?」

「本日で1回目ですわよ高嶋さん。」

「あっれ~?」

 

 

あっれ~?じゃないが。

 

俺の部屋に使ってない紅茶の茶葉があることを知った夕海子と紅茶を淹れるのに勤しんでいた所に押し掛けてきたと思ったら、なんやねん173回目って。 172回は誰と…………あっ、ふーん。

 

「ところでなんで夕海子ちゃんが居るの?」

「紅葉さんのお部屋で紅茶の茶葉が腐るところだったのを救助する為ですわ。」

「あー、紅茶ね、紅茶。 私はミルクティーの方が好きだなぁ。」

「わたくしもミルクティーは好きですわ。 高級茶葉を使ったロイヤルミルクティーなんて、優雅足る弥勒家のわたくしに相応しいですもの。」

 

 

清々しいまでのドヤ顔を披露しているところ悪いのだが、ロイヤルミルクティーは高級茶葉のミルクティーという訳ではない。

 

「ロイヤルミルクティーって、お湯じゃなくて牛乳で煮出した紅茶の事だからな?」

「え゛っ」

「このなんちゃって貴族め。」

 

 

ドボドボ角砂糖を紅茶に入れまくってる友奈を叩いて止め、お茶請けのクッキーをつまむ。 …………で、なんだったっけ。

 

「ああそうだ、どうやって千景とくっつくか、だったな。」

「そうそう。 なんか良いアイデアとか無いの?」

「逆に聞くけど俺とこいつから良いアイデアが聞けると思ったのか? 無理でしょ。」

「だよねぇ。」

 

 

無理だよねー。 と言いながら、カラカラ笑ってクッキーを数個纏めて口に放り込む。

 

だが、そんな事は想定の範囲内だったのか、ふとスマホを弄って誰かに連絡をしていた。

 

「誰かに連絡を?」

「ん? あー、うん。 夕海子ちゃんと紅葉くんじゃアレだし、少なくとも私たちよりはマトモなのを呼んだんだよ。」

 

 

誰がアレだよ。

 

数分後、俺の部屋に入ってきたのは、モコモコの髪の毛を揺らした少女の――――。

 

「お、お邪魔します……。」

「君もう帰って良いよ!」

「えぇっ!?」

 

 

杏だった。 出たな恋愛小説妖怪。

 

「俺と夕海子よりマトモなのってこいつかよ、一番この手の話題に混ぜちゃ駄目なのをなんでピンポイントで連れてくるかなお前は。」

「何故私は呼び出されて早々にディスられてるんでしょうか。」

 

 

ともあれ来てしまったものは仕方がない。

 

杏の分の紅茶を淹れに台所へ立つと、女子二人と神一柱がやいのやいのと話をしていた。

 

「やっぱり友奈さんは千景さんが好きなんですね。」

「いやぁ好きにならないと寧ろ失礼なくらいでしょ、あれは。

元の世界の私なんて、何処に目を付けてるんだって言いたくなる程に鈍感だったし。」

 

 

少し温くなった紅茶を啜ると、二人に聞こえないように友奈は呟いた。

 

「いや、人の感情を学びきれてなかっただけか。 3年で覚えきるには、複雑過ぎる。」

「なにか? 高嶋さん。」

「え? ぐんちゃんが可愛いって?」

「いえ、言ってませんわ。」

 

 

ふぅん? と言った友奈はカップを置くと、ベッドの下に入れてあるケースに気付いた。 おいちょっとそれは開けるんじゃ……あーっヤカンが!

 

「なんだこれはぁ~?」

「なんでしょう、厳重に保管されてますね。」

「男性の部屋のベッドに隠されてる保管されているモノと言えば……まあ、詮索は避けた方が良いと思いますが。」

「ふーん、開けちゃえ!」

「貴女、人の話を少しは聞きましょう?」

 

 

止める前に沸騰したヤカンのお湯に四苦八苦している俺を余所に、友奈はケースを開けた。

 

「……なにこれ。」

「これは……。」

「銃器に銃器、これも銃器、それに弾薬に爆弾、これは閃光手榴弾ですわね。 良くもまあ、これだけのモノを集めていますのねぇ……。」

 

 

アタッシュケースの中にピッタリ収まるように設計した窪みに填められている、クレー射撃用の上下二連式散弾銃に手を伸ばした夕海子を追加の紅茶を淹れて戻るついでに止めておく。

 

「触るな。 オモチャじゃないんだぞ。」

「おっと、これは失礼しました。」

 

 

ティーポットをテーブルに置いて、ついでに閃光手榴弾でジャグリングしているアホの脳天をぶん殴り取り返してケースに入れ直す。

 

「いったぁ!?」

「アホ。」

 

 

男の俺が強めに引かないとピンが抜けないから暴発の心配は無いが、こいつに限っては俺の5倍は力あるからな。

 

「…………まだ、そんなものを持ち歩いていたんですか。」

「癖みたいなもんだ、寧ろ手元にないと落ち着かん。」

「アンちゃん……まあ、ここに来る前に一悶着あったしねぇ。」

 

「何があったんですの?」

 

 

夕海子の言葉に杏は苦い顔をして、友奈は気まずそうな顔で頬を掻く。

 

「……聞かない方が宜しかったようですわね。 西暦はなにかと物騒だったと聞きましたもの。」

「そうしてくれ、脱線しすぎだが今日の目的は…………大変嫌だが友奈の恋の成就だしな。」

「今嫌だがとか言ったよね。」

 

 

ええまあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まず、友奈さんは千景さんのどの辺りが好きなんですか?」

「全部。」

「はい解散。」

「冗談だよ! いや冗談ではないけど。」

 

 

杏に問われた友奈は仕切り直して、咳払いを一つに語り出す。

 

「先ず髪の毛じゃん?」

「ああ。」

「で、ふとしたときに見えるうなじじゃん?」

「……ああ。」

「あとは……おっぱい?」

「オッサンみてぇな主観だな。」

 

 

なんか俺みたいだなこいつ。

 

俺の言葉に不思議そうにした友奈は、あっけらかんとした態度で言った。

 

「そりゃ私は()()()()()()()()からね。」

「……友奈さん?」

「……おっと失言。 とにかく、具体的に何処が好きかって聞かれても困るんだよねぇ。」

「なるほど……では遠回しに行くより、直球勝負の方が良いかもしれませんね。」

 

 

人間の感情と性欲を俺から勝手に学んでる神が、特に恋愛経験があるわけではない、それも最近になってロリコン疑惑が出始めてるメルヘン少女に教えを乞うってわりと地獄絵図だな。

 

「千景さんも友奈さんに対しては好感触な筈だから、例えばお洒落をしてデートに誘うとか、自室に誘ってムードを上げてそのまま……とか。」

「私がお洒落かぁ……なんだっけ、『タマゴにはコショー』みたいな事にならない?」

「はい?」

 

 

唐突な卵焼き談義に、頭の上に疑問符を浮かべた杏。 俺は少し考え、友奈が何を言いたいのかを理解する。

 

「…………『馬子にも衣装』じゃね。」

「あー、それそれ。」

 

 

手を叩いて納得した様子の友奈。

 

「あと卵焼きには醤油だから。」

「は? 普通はソースでしょ」

「ケチャップじゃないんですか?」

「何故マヨネーズを推しませんの?」

 

 

テーブルの四方に座る俺たちは、それぞれを見合せる。 いや、やめておこう。 この好物談義は間違いなく死人が出かねない。

 

「……そういえば、ぐんちゃんの好きなところと言えば、紅葉くんもうなじが好きだよね?」

「話題の変え方下手くそかお前…………悪いかよ、人間誰しもうなじ好きだろ。」

「いえそんな、人類誰しもがうなじ好きと言う訳ではありませんでしょう。」

「じゃあ何処が好きなんだよ夕海子よぉ、言ってみろよ。 つまんねぇ回答したらグループメールで全員にお前の性癖バラすからな。」

「わたくしだけ対応が鬼過ぎませんこと!?」

 

 

性癖暴露大会になりだした話題に巻き込まれた夕海子は、考えを巡らせているのか顎に指を当てて俯くと、絞り出すように呟いた。

 

「ふ…………腹筋」

「……で、杏は?」

「無視ィ!?」

「私は特に無いです。」

「つまらん……んお?」

 

 

後ろのベッドにだらりと凭れると、壁に引っかけてあるカレンダーに目が行く。

 

本日は1月10日。

 

「……お前明日誕生日じゃん。」

「えっ今さら?」

「そ、そう言えば……!」

「ご友人に忘れ去られる誕生日とはいったい……。」

 

 

もっと早くに気付いていればこの時間をより有意義に使えていたのでは……?

 

と思ったけどそうでも無いわ。 0にどれだけ数字を掛けても0だし、三馬鹿に一人助っ人が入った所で馬鹿な事に変わり無いわ。

 

「誕生日かぁ……プレゼントはまぁ、千景じゃん?」

「そうだねぇ……。」

 

「そうなんですか?」

「そうなんでしょう。 わたくしには分からない世界で生きてますわねこの二人。」

 

 

俺が友奈とプレゼントの話に花を咲かせている横で、杏と夕海子はお茶請けのクッキーとカステラとワッフルとかいう分からん組み合わせのお菓子を紅茶と共に嗜んでいる。

 

「あっ、このカステラ美味しい……紅葉さん、これどこで勝ったんですか?」

「大赦本庁にひなたの付き添いで行った時に置いてあったの持ってきた。」

「えぇ……。」

 

 

 

口角を痙攣させるようにドン引きする杏を余所に、友奈がまるで天啓であるかのように声高らかに提案してきた。

 

「ぐんちゃんをラッピングして部屋に放り込むとか!?」

「よし来た!やるぞォ!」

 

 

深夜に酔っ払ったみたいなテンションになりつつあるが、俺はそのまま友奈と一緒に千景の部屋へと突撃するべく部屋から出ていった。

 

「あれ放っておいても大丈夫なんでしょうか。 若葉さん辺りに連絡しておきます?」

「無駄でしょう、どうせ後で談話室に並んで正座させられている姿を拝めますわ。」

 

 

 

そんな事を言っているのを俺と友奈が知る由もないのだが、この後めちゃくちゃ若葉と千景に怒られた。 あと友奈にだけ説教が甘いのは差別だと思います。

 

 

 






ところで最近ゆゆゆ二次のR-18ssが増えているみたいですが、つまり私もやれと言うことですか。


高嶋神
・恐らくこの作品で最もフリーダムな奴。
性欲・愛情の判断基準は近くに居る人間(基本的に紅葉)を参考にしてるため、その考え方は男に近い。 くっそシンプルに言うと千景と濃密にスケベしたいと思ってる。 初詣の時は振袖の千景のうなじをガン見してた。

紅葉
・うなじ、鎖骨、大きい胸が好き。 加えて東郷さんとかひなた様みたいな大和撫子感がある人なら尚良し。 高嶋神の性欲、性癖のモデルになってるから結構罪深い。 初詣の時は振袖のひなたのうなじをガン見してた。


夕海子
・現実での趣味は四国八十八ヶ所巡礼。 車は甘え、基本徒歩かママチャリ。 この作品においてはニボシと城プラモの過酷な訓練に着いていけてたのは暇さえあればしょっちゅう巡礼してて無駄に体力と筋力が付いてたからという理由がある。 別に腹筋フェチという訳ではない。


・恋愛小説を読み漁る妖怪。 得意分野で饒舌になるタイプ。 百合は間に入るより見てる方が有意義と思ってるので応援は積極的にやる。 別にロリコンという訳ではない。



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祝福 秋原雪花は臆病である



前回のボケ全振りに対して今回がシリアス過ぎる。 マンネリ化してる状態で週一更新を破らないように書いたから短い、マジでめんご。




 

 

 

図書室の本の整理と整頓、バラけたタイトルを順番通りに戻す作業を行っていると、俺の横で同じ作業をしている雪花が世間話でも始めるみたくあっけらかんとした声色で言ってきた。

 

「元の世界に戻りたくないって言ったらさ、キミ怒る?」

 

「――――いや、別に?」

 

「へぇ、意外。」

 

 

意外なのか。

 

雪花を見ると、眼鏡の奥の理知的な瞳が俺をじっと見ている。 北海道の勇者、秋原雪花。

 

神居古潭の勇者でもある彼女は、棗と同じく日本の端を守っていたが、聡明な雪花の事だ、自分の末路はなんとなく分かっているのだろう。

 

「今のお前がワゴンセールに並んでるような口当たりの良い、当たり障りのない正論を望んでる訳じゃないのは分かるが、正解の言葉が見付からないし、これは単なる一意見に過ぎないが―――。」

 

 

最後の一冊を本棚に納めてから雪花に向き直る。

 

「良いんじゃないか、そんな意見を持つ奴が一人や二人居たって。 だってここ、居心地良いもんな。」

「…………良いのかな。」

「神樹はエグい奴だ。 こんな状況だとしても、こうやって色んな奴等と仲良くなれる空間に居たら、帰りたくないと思う奴が現れるって分かってるクセに。」

 

 

四つ分の棚の本を元通りにした辺りで、窓の外から夕陽が差し込んでいるのに気づく。

 

「……晩飯って食う予定ある?」

「え? ……あー、後でスーパー寄ろうと思ってたけど。」

「じゃあラーメン食おうぜ、旨い味噌ラーメン作ってる店見つけたんだよね。」

 

 

それを聞いて雪花の目が輝いた。 北海道と言えば札幌、札幌と言えば味噌ラーメン。

 

雪花がよく作るのは醤油ラーメンだが、やはり味噌ラーメンも好きなようで。

 

「良いよっ! すぐ行こう!」

「おいちょっと、引っ張るなって。」

 

 

味噌ラーメンパワーって凄い。 俺は雪花にずるずる引き摺られながらそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

件の店に到着た二人は、早速注文した味噌ラーメンを堪能していた。

 

たっぷりのコーンと、ちょこんと乗せられてゆっくりと溶けて行くバター。 いつものセットだが、シンプル故に奥深い。

 

うどん人ばかりの四国でここまで旨い味噌ラーメンを作れる店なんて、恐らくはここだけだろう。 だって他のラーメン店、なぜかうどんも食えるんだもん。

 

「はぁ~美味しい~、こんな美味しい味噌ラーメンを食べられるなんてラッキーだにゃあ……。」

「俺も孤独のグルメごっこしてぶらついてたときに偶然見つけただけだしな、ほんとラッキーだ。」

 

 

ずるずると啜り、無心で食べ続ける。

 

けふっ、と小さく空気を漏らし、店を出てから伸びをした。

 

「また今度食べに来ようよ。」

「ああ、良いとも。」

 

 

しれっと紅葉に全額負担させた雪花は、それぞれ別の道を歩いて帰る。

 

どうやら買い物があるらしい紅葉の背中を見送って、ポツリと呟いた。

 

「――――また今度って、何時になるんだろうねぇ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――赤い。

 

 

――――紅い。

 

 

――――真っ赤なのは、自分の血。

 

 

「がっ――――ごぼっ」

 

 

雪が吹き荒ぶビル群の間で、積もった雪に埋まりながら倒れるアイヌ衣装風の勇者服を着こんだ少女は、至るところから流血させながら亀裂の走った眼鏡越しに夜空を見上げていた。

 

視界の端に落ちていた槍を掴もうと右手を伸ばそうとして――――千切れた右腕が落ちている槍を握っている事に気づく。

 

 

「…………ははっ。」

 

 

ここまでかぁ、と呟いて、かろうじて残った左手でずれた眼鏡を直す。

 

「はぁ……どうせなら、最後に食べるの味噌ラーメンにすれば良かったなぁ。」

 

 

醤油ラーメンは普通すぎたし、また今度、と約束をしたのに――――――? ……そんな約束をするほど仲の良い相手なんて、居ただろうか。

 

「あーーー……なんか、居た気がする。 なによ孤独のグルメごっこって。」

 

 

雪から体を起こして、引きずるように地面を這い、右腕がくっついたままの槍を掴む。

 

無気力且つ惰性で戦っていた少女の瞳に、闘志が宿る。 人が帰る家を守れば人を守れと罵倒され、人を守れば帰る家が無くなったと罵倒される。 そんな戦いに意味なんて無いと、早々に見限って逃げてしまえばよかったと後悔しつつ――――。

 

 

「――――絶対生き残る。 生き残って、死ぬまで奢らせてやる。」

 

 

そう呟いて、少女は――――秋原雪花は、異形の怪物達へと渾身の力で槍を投げつけた。

 

 






週一更新は続けるけど暫くはR-18の方に専念するからよろしく。 向こうも読んでお題箱で性癖を暴露するんだ!



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祝福 郡千景はゲーマーである



3日と4日で連続で誕生日回書かないといかんとかなんだよこのハードスケジュール……。




 

 

 

ザアザアと降り注ぐ土砂降りの雨。

 

脇目も振らず、人目も憚らず、汗すら洗い流される雨の中を傘も差さずに、くたびれた様子の男は必死に街の歩道を走っていた。

 

時折背後に振り返っては、見えない影に怯えたように表情を歪める。 やがて路地裏まで逃げ込んだ男は、壁に手を突いて息を整えていた。

 

 

――――が。

 

 

「よう。」

「ひ、ぃ」

 

 

バチャッと水溜まりに着地した影が一つ、建造物に挟まれた路地の裏側まで逃げ込んでいた男が入ってきた方を陣取った。

 

「散々逃げ回ってくれたなぁ、名前は…………まあ覚える気も無いからいいか。」

 

 

影が一歩前に出て、男が一歩後ずさる。 暗い夜に加えて雨が視界を覆い、しかも地面に叩きつけられる雨音が、互いに届く声を掻き消している。

 

どんどん路地裏の奥に追い詰められて行く男は、足元に転がった酒瓶を咄嗟に掴み、自身を追い詰めていた影に叩き付けた。

 

「ぁぁぁあああっ!!」

「――――――。」

 

 

当然だが、酒瓶は固い。 撮影用の飴細工でも無い限り、大人が人に叩き付けた程度じゃ割れはしない。 そんな物を容赦なく眼前の驚異に向けた男の頬は痩せこけ、メガネ越しのその目には狂気とも言える殺意が浮かんでいた。

 

影は三角巾に吊るしていた左腕の手首を掴み、動かない腕を酒瓶の軌道上に無理矢理捩じ込む。 ゴキッと音がして、間違いなく左腕の骨は砕ける。

 

「…………は?」

「間抜け。」

 

 

グニャリと曲がる左腕から手を離し、影は手首をスナップさせ、直後に男の胸へと右手の掌底を叩き込んだ。 そして、手首の辺りから飛び出した鋭い刃が、男の胸に沈む。

 

「――――か、あ……。」

 

 

雨に濡れた服に赤い染みが出来、男は影の足元に膝を突いて座るように項垂れる。

 

バチバチと頬を叩く豪雨に、男の胸――――一突きで穴を穿たれた心臓から流れ出る赤い液体が、薄められ流され歩道の溝に吸い込まれて消えた。

 

「…………いてぇ、痛覚鈍いからって盾にするのには流石に向かないか。」

 

 

コンビニの光や、電球の切れかかった街灯では届かない闇の中に、なんの躊躇いも無く男を殺した影があった。 青年の姿をした影――――ではなく、夜の背景に溶け込めるような黒いスーツを着込んでいる青年である。

 

青年はカチンと手首の仕込み刃を収納し、座ったまま絶命している男の襟首を掴んで引きずり、路地裏の奥に纏められたゴミ袋の山に投げ捨てる。

 

わざと発見を送らせるために他のゴミ袋で身体を隠す動きに、その男への慈悲は欠片も存在していなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――ん。 さ―――。」

 

「……んが。」

 

「先人さん。」

 

 

 

……夢を見ていた気がする。

 

どんな夢だったかは覚えていないが、肩を揺すられて起きた俺は、背後の気配に声かけた。

 

「どうした、千景。」

「あら、よく分かったわね。」

「俺の事を『先人さん』なんて呼ぶ奴お前くらいだからな。」

 

 

口の端のよだれを袖で拭い、座ったまま反転。

 

目の前に現れた幸薄そうというか実際薄い儚げな雰囲気の少女、郡千景が学生鞄を肩に提げて立っていた。

 

「んでどうした。 愛しの高嶋さんなら、うちの煮干しとフルコンタクト(寸止め無し)スパーリング(殴り合い)しにジム行ったから居ないぞ。」

 

「……その高嶋さんについてよ。」

「ほーん。」

 

 

千景はテーブルを挟んで向かいに座り、俺も向き直る。 鞄を置いた千景が重々しく語りだした。

 

「最近の高嶋さん、なんだか凄くグイグイ来るのよ。」

「ノロケか?」

「違うわよ! 普段の高嶋さんとは思えないくらい引っ付いてきたり…………貴方が口添えでもしないとあんなことするわけ無いでしょう!?」

 

 

取り敢えず隙有らば俺を黒幕扱いしてくる勇者部メンバーには参るね。

 

「単純にお前が好きだからでしょ、受け入れてやれば良いじゃん。」

「っ…………。」

 

 

俺の言葉に、千景は顔色を暗くする。

 

「ねえ、先人さん。」

「あ?」

「貴方は未来を知っているんでしょう?」

「あー……まあねぇ。」

 

 

肩から前に垂れている髪をくるくると弄りながら、気まずそうに俺に聞いてきた。

 

()()()()()()()()?」

 

「――――――。」

 

 

……返答に困るなぁ。

 

「その聞き方は、ちょっとズルいな。 俺が『ちゃんと生き残るよ』って言ったところで、千景はどうせ納得しないだろう。」

「……そうね、ごめんなさい。 忘れてちょうだい。」

 

 

千景は不安なんだろう、この世界で友奈と元の世界より仲良くなったところで――――いつ死ぬかもわからないあの壮絶な世界に戻ってしまえば、ここでの思い出も無に還るのだから。

 

 

――――そしてこの世界から戻ったら、こいつは過去の俺の左腕を切断しかける。

 

……尤も当時の俺なら普通に避けられたのだが、あの場ではああするのが最適解だったんだから仕方ないわ。 うん。

 

大社から危険視されてた千景が万が一暴走したら殺せ、と言われていたのを俺の負傷だけで丸く収められたんだからそれで良い。

 

 

俺としてはそのあと村の愚図をぶん殴れたから満足である。

 

そうして、無意識に袖の上から千景の勇者の武器…………とは名ばかりの呪具、大葉刈に刻まれた古傷から手を離す。

 

 

「まあ安心しろ、なんだかんだ意外とどうにかなるもんだから。 お前は死なないし、あいつらも死なない。 俺もなんでか生き残っちゃうからな。」

 

「…………そう、なの?」

 

「散々あんなことしといて、生き残っちゃうんだよねぇ。」

 

 

今でも思い出すのは諏訪遠征前の襲撃。 三好が金属バットでスイカ割りされて病院に担ぎ込まれた時はようやく死んだかと思ったね、なんか普通にピンピンしてたからドン引きしたけど。

 

そういえば、四国の西暦組が来たのはあの一件と諏訪遠征が終わった直後だったな。

 

道理でひなた達とこの世界で再会したときやたら怯えられた訳だ。 そりゃビビるわ、自分達の為と言いながら平然と人を殺せる奴と別世界で鉢合わせしちゃったんだから。

 

「……あー、だから安心しタマえ、お前はちゃんと()()()()()()。」

「――――っ。」

 

 

千景を何かを言おうとして、少し迷ってから口を開き――――それより早く、部室の扉を開いて誰かが中に入ってきた。

 

「もっみーじくーん、ぐんちゃん知らない?」

「たっ、高嶋さん!?」

「あーいたいた、ほらぐんちゃん誕生日近いじゃん? 良い感じのプレゼントを思い付いたから、ちょっと来てほしいんだぁ。」

 

 

鼻に赤色が滲んだティッシュを詰めて左目に青アザを作った友奈が、千景を見つけてふにゃりと笑う。 また夏凜にボコボコにされてきたのか。

 

「いやそれどころじゃ……先ず怪我の消毒よ!? 私の部屋に救急箱あるから行きましょう?」

「あぇ? このくらいなら直ぐ…………まいっか、じゃあお邪魔しまーす。 ……ふへ。」

 

 

慌てた千景に手を引かれ、入って早々に友奈は部室を出ることになる。 あの『自然な理由でぐんちゃんの部屋にお邪魔できるよラッキー』って顔は恐らく狙ったわけではないのだろう。

 

「それじゃあ、その……という訳で帰るわ。」

「ああ、そいつ懲りないだろうからキツめに消毒しちゃって良いからな。」

「え、酷くない?」

「……今回ばかりは庇護できないわね、高嶋さん。」

「えーっ。」

 

 

友奈を引っ張って部室から出る千景…………に、渡しそびれていた物を思い出して追いかける。

 

出て直ぐの場所にいた二人に追い付いて、懐から一枚の紙を渡した。

 

「おーい千景、これやる。」

「……なに、これ。」

 

「眼鏡の割引券。 お前しょっちゅう夜中に電気消してゲームしてるだろ、この世界じゃどうかは分からないが、視力が下がってからじゃ遅いからな。 ブルーライトカットの奴でも買え。」

 

 

受け取った千景はまじまじと紙切れを観察し、鞄に入れる。 その後逡巡してから、ふと俺の方に向き直ると、珍しく微笑を湛えて言った。

 

「――――じゃあ……またね、()()()()

「は?」

「ああ、また明日な。」

「……は?」

 

 

小さく手を降ってから背を向けて歩き出した千景。 あと友奈はそんな目を向けるんじゃない、見苦しいぞ。 さっさと行け。

 

「……さて、帰る前に一仕事やるかなぁ。」

「ん、どうしたの?」

「ちょいと頼まれごとをな。」

「ふぅん。」

 

 

千景を追おうとして、だが気になったのか、友奈は不意に振り返り聞いてきた。

 

「何を頼まれてるの? 買い出し?」

「ちげぇよ。」

 

 

部屋の隅に積まれた袋を見て、呟く。

 

「――――単なる、ゴミ掃除だ。」

 

「わあ意味深。」

 

 






紅葉
・ゴミ掃除はゴミ掃除。 基本する方だけどされる覚悟はとっくにキメてた。

ぐんたそ
・メガネ を そうび した! (INT+2)

高嶋神
・怪我なんて直ぐ治るしへーきへーき! とか言いながら良く夏凜とか歌野と殴り合いしてるから稀に良く鼻にティッシュが詰まってる。



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祝福 山伏しずくは二重人格である



二日連続投稿です…………(瀕死)

書かねばならぬのか……バレンタインデー回を……。




 

 

 

「…………緑茶でいい?」

「あー、はい。 どうも。」

 

 

女子にしては質素な、シンプルな家具しか置かれていない部屋。 そこの寝室と居間が一体化しているこの寄宿舎特有の間取りの中、テーブルを置いて向き合うように座っている俺の前にコトリと黄緑の液体が入ったコップが置かれる。

 

アイボリーに近い白髪を揺らし、犬か猫の耳のような癖毛が跳ねる少女――――山伏しずくが向かいに座ると、膝を立ててその間に頭をちょこんと置いた。 一応は部屋着の半ズボンに変えているから下は見えない。

 

「それで、用ってなによ。」

「…………紅葉は、シズクのこと、どれくらい知ってる?」

「シズク? ……あいつの話になると聞かれるのは不味いんじゃないのか?」

「…………大丈夫。 今はシズクとの繋がりを切ってるから、私の中に声は届かない。」

 

 

まあ便利。

 

多重人格者ってみんなこんなこと出来るのかな…と思ったが、しずくとシズク以外に会ったこと無いからその辺はわからない。

 

「その『知ってる』っていうのは、何について?」

「……シズクが、どうやって生まれたかについて。」

 

 

シズクが生まれた理由。

 

()()―――と言うよりは、()()

 

「解離性同一性障害。 分かりやすく言うと、二重人格。 『シズク』は、しずくが辛い思いをし続けた事で、防衛本能が負担を押し付けるために生んだ……言わばサンドバッグだ。

 

こればかりはオブラートに包む訳にもいかないからな、不快に思ったなら謝る。」

 

「…………大丈夫、聞いたのは私だから。」

 

 

片方を隠した無機質な瞳が俺を覗く。 それちょっと心臓に悪いからやめてほしい。

 

「…………シズクは、私の親のせいで生まれた存在。 でも、シズクは私の事を親よりも深く受け入れてくれている。 それは凄く嬉しい。 出来ることなら、ずっと一緒にいたい。」

 

「そうだな。 俺もシズクが好きだが……そう言うわけにもいかない、シズクはお前が生み出した『自分の思い描く強い人』だ。 つまり、何時か必ずお前はシズクから卒業するときが来る。」

 

 

シズクがしずくの心を守るために生まれたのなら、守る必要が無いほどに成長すれば、シズクは自然と心から切り離されやがて消えるのだろう。

 

それが摂理だ。 皮肉だな、親よりも病気が生み出した別人格の方が、そいつ本人を受け入れ、本人に受け入れられたんだから。

 

 

…………確か両親から虐待を受けた末に、親達は身勝手に心中したんだったか?

 

シズクが生まれた経緯を聞こうとするほど野暮じゃないが、解離性同一性障害で別人格が生まれる原因のだいたいをコンプリートされているから困る。

 

 

例えば、親からの虐待。

 

例えば、育児放棄(ネグレスト)

 

例えば、身近な人物の死を目の当たりにした。

 

 

……あーあー、碌でもねえ。 何時の時代もクズ親って居るもんなんだなぁ。

 

「…………どうすれば良いかわからない。 だから、紅葉を呼んだ。 教えて。」

「漠然とし過ぎでは?」

 

 

いや良いんだよそれで、分からないから聞こう・頼ろうっていうのは良いことなんだよ。

 

少し悩んでから、あぐらを掻いてしずくに手招きする。 首を傾げたしずくは、俺の膝の中に移動してスッポリと収まった。

 

「…………なに?」

「それで良いんだよ、しずく。 そうやってシズクの為に悩むってことは、それだけシズクが大事ってことなんだから。 でもだからって、ずっとその事ばかり考えるのは良くない。」

「…………うん。」

 

 

しゅんとして、どこか元気が無くなったような癖毛ごと頭を撫でる。 絡まりの無い絹のようなそれに優しく櫛を入れるように指を差し込み、ゆっくりと動かす。

 

「…………ん~」

「シズクが大事なら、いつ消えてしまうかに怯えるんじゃなく、居なくなってしまった後にシズク無しでもちゃんと立てるんだってことを証明するべきだろう?」

「…………ん。」

 

 

俺に凭れてだらりと力を抜くしずくは、撫でる手に頭を押し付けて催促する。

 

「一人で悩んで辛かったな。 こんなこと相談しづらいだろうに、頑張ったな、しずく。」

「…………紅葉は、シズク、好き?」

「そりゃ好きさ、俺だってシズクに居なくなってほしく無いよ。」

「…………だって。 良かったね。」

「はい?」

 

 

突然力を失ったように、しずくは頭を下げる。 数秒置いて顔を上げたしずくは、真上を向いて俺と顔を合わせた。

 

「……よぉ。」

「はい。」

 

 

……はい?

 

……いや、なんで?

 

 

しずく―――ではなく、件の別人格である山伏シズク。 繋がりを切って聞こえなくしてるとか言っていた割には、まるで会話が筒抜けだったかのようにその頬は真っ赤に染まっていた。

 

「もしかして全部聞こえてた?」

 

「あのなぁ、都合良く会話を聞こえなくさせるとか出来るわけねぇだろ? それこそ俺がしずくの中で寝てるとかじゃねぇと、全部聞こえるっつの。」

 

 

そりゃ起きてるよね、今休日の真っ昼間だもんね。 恥ずかしいとしても俺の膝に収まりながら暴れようとは思わないのか、代わりに後頭部で俺の胸をゴンゴン叩いてくる。

 

「痛ぇっす。」

「うっせ、ったく人の気も知らねぇで……。」

「……ところでしずくには戻らないの?」

「―――やだね。」

「あっ、はい。」

 

 

なにか癪に障る発言があったのか、シズクは不機嫌そうにすると、先のしずくのように頭を優しく押し付けてきた。

 

「しずくの時みてーにしろ、そしたら許す。」

「……現金だな。」

 

 

そう言いつつ、俺は右手でシズクの髪に触れる。 一瞬ビクリと体を震わせたが、やがて全身を脱力させて俺に預けてきた。

 

「…………俺の時は、俺だけ見てろ。 しずくじゃねえ、俺だけをだ。」

「ははぁ、ヤキモチですか。」

「……どうせ滅多に表に出ないんだから良いだろ、あと手ぇ休めんな。」

「ういうい。」

 

 

少しずつまぶたが落ち始めたシズクの頭を絶え間なく、あやすように撫でると、シズクは不意に俺の左手を持ち上げて顔の前に持ってきた。

 

「どうした?」

「……んー。」

 

 

 

――――ガリ。

 

「痛ぇーーーーーっ。」

 

 

無遠慮に指を噛まれ、あまり痛くないけど反射的に『痛い』という言葉が口を衝いて出た。 左手―――と言うよりは、指の一本を咥えこみ、付け根をノコギリで削るようにガリガリと噛みついているシズク。

 

満足したのか口から手を引き抜き、どこかうっとりとしたような顔つきで噛み痕を見ているシズクは、()()に付けた噛み痕をペロリと舐めた。

 

「うおっ。」

「んー……んふふっ、ふへ。」

 

 

そのまま手のひらに何度も口を付け、親指の下側の固い部分に歯形を付ける。 力を抜いている俺の手をひっくり返して、手の甲にも同じ事をしては、浮き出た血管に吸い付く。

 

 

まるで…………というかまあ、これはマーキングそのものなのだろう。

 

無心で俺の手にかぶりつくシズクからすれば、これが今出来る最大限の愛情表現であり、シズクなりの甘え方なのかもしれない。

 

しずく以外を信用出来ず、しずくを守るための存在だから、こんなことをする必要すら無かったのだ。 だってシズクは居ない筈の存在なんだから。

 

だが俺やしずくはシズクの事を一個人の人間として扱っている。 いやまあ、多分芽吹ちゃんとかも同じ対応をするだろうけど。

 

 

シズクが一人の人間としてしずく以外の人間にこうして甘えるというのは立派な成長だし、その相手が俺だというのは寧ろ光栄なんだけど……。

 

「シズクー、そろそろ手がふやける。」

「ん、ちゅるっ……んー?」

「んーじゃないが。」

 

 

酔っ払ったような、恍惚とした顔。 だが、ふと黙りこみ手から口を離すと、俯いてぶつぶつと呟き始めた。 しずくと何か話しているのか、小声過ぎて会話の内容は聞こえてこない。

 

「……おーい。」

 

 

額をつつくも無反応。

 

…………すいませーん、俺このあと買い物行くから退いて欲しいんですけど。

 

俺の祈りが届いたのか、思い出したようにシズクは思考の海から戻ってきた。

 

「おおいシズク、そろそろ退いてくれ――――」

 

「――――もみじ」

 

 

自然な動作で俺と向き合うと、シズクは俺の首に腕を回して耳に口を当て、ぼそりと囁いた。

 

くすぐったいような、鳥肌が立つ未知の感覚にゾワリと全身が震える。

 

「ねえ、もみじ。」

「……なに――――んむ。」

 

 

そして、むにゅっとした柔らかい感触が唇に触れた。 同時に近付けられたシズクの顔と閉じたまぶたを見て、キスをされたのだとようやく気付く。

 

五秒か十秒か、無意識に止めていた呼吸を再開させながらシズクの肩を押して離す。

 

「あー、えーっと、シズク? それともしずく?」

 

「…………。」

 

 

爛々と獣が獲物を狙うように妖しく光る瞳が、俺を貫いた。 シズク、もしくはしずくが、己の唇を舐めながら再度俺に顔を近付けて言った。

 

 

 

 

 

「――――どーっちだ?」

 

 

その声はしずくにしては力強く、男寄りのシズクにしては表情が余りにも『女』のそれで。

 

「っ……おげっ」

「……いただきます。」

 

 

逆に床へと押し倒されて、ぱさりと前髪が顔に掛かる。

 

「紅葉は、『しずく』と『シズク』、どっちが好き?」

「…………とりあえず両方で。」

「ぇへ、じゃあ、良いよね?」

 

 

……選択をミスったかもしれない。

 

段々と呼吸を荒げる眼前の少女は、果たして『誰』なのか。 そんな事を考える暇もなく、俺は文字通りに()()()()()のだった。

 

 

 

……ひなたと銀に後ろから刺されたらどうしよ。 この場合は全面的に俺が悪いんだけど。

 

 






くめゆからヒロインを出すとしたらしずシズか夕海子だった。 でもしずシズの方が体験談含めて色々と書きやすかったんだよね。

普段から寡黙で近寄りがたい表側と暴力的で人を近寄らせない裏側を全部ひっくるめて受け入れる相手が現れたんだからああもなるでしょ。



紅葉
・四人相手はいやーキツいっす。 二重人格の裏側も個人として扱うべき派なので、しずくとシズクは完全に別人として扱っている。


しずく
・心を許せる人が一人増えた。

シズク
・甘えて良い人が一人増えた。



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祝福 弥勒夕海子は猫被りである



のわゆ編で生きるか死ぬかの瀬戸際なのに呑気に誕生日回を!?




 

 

「…………何をしていますの?」

「セイウチ。」

「……ふふっ」

 

 

寄宿舎の談話室に置かれたソファーにうつ伏せで寝転がっている俺に、上から覗き込むように声を掛けてきた夕海子。

 

渾身のボケがややうけして、失笑に近い声が帰ってくる。 防人組が来てから二度目の美森達の誕生日会に夕海子を混ぜてのパーティとなったのだが、まあ、色々とハプニングがあってだな。

 

 

いやあ、準備中に部室に来られた時は流石の俺でも焦りましたねぇ。

 

「――――あぁ、貴方に頚椎を捻られたせいでまだ首が痛いですわ……。」

「大袈裟じゃない?」

「首を横90°にねじ曲げるのが大袈裟……? わたくしの首、ずれてませんわよね?」

 

「ちょっと傾いてる」

「ヴェッ!?」

「嘘だよ。」

 

 

慌てて首の様子を確かめる夕海子だが、そんな俺が相手を気絶させるのにヘマするわけないじゃん。 ちゃんと加減したわ。

 

 

 

 

 

『……あら。』

『あっ。』

『……あー、えーっと。』

『…………えいっ。』

『けぺ』

 

 

 

 

 

「――――まあ……大丈夫でしょ、多分。」

「多分!?」

 

「……きっと?」

「きっと!?」

 

 

こいつ反応がオーバーだから面白いんだよね。 寝転がっていたままの体勢から起き上がり、その横に夕海子が座る。

 

不意に窓を見れば、外は豪雨となっていた。

 

「時に紅葉さんは、何ゆえ談話室に打ち上げられたセイウチのように伏していたのですか?」

「ここ数週間、部屋の掃除が出来てなかったからな。 ひなたと銀が掃除するから暫く出ててっ……てね。 部屋の主になんて言い草なのだ……。」

「尻に敷かれているようで何よりですわ。」

 

 

……いや何よりじゃないが。

 

 

「わたくしも部屋の掃除はあまりしませんが、するならやはり、こうして湿気った空気の中ですると埃が取りやすくて良いですわね。」

「庶民的だな。」

「没落貴族ですので。」

「そも、貴族ですら無いだろ。」

 

 

単に72年のテロを止めた奴等の内の一人がこいつの祖先なんであって、弥勒家は貴族ですらない。 加えて()()()()()()()によって、二階級特進が適用された事で功績を全て奪われたのだ。

 

確か記録に残していないだけで俺の子孫も一緒だった筈だが、俺の血を引いているのなら、功績にはさほど興味は無いだろう。

 

「確かにわたくしは貴族では御座いませんが、再興さえ出来れば、そう名乗ることも許されるとは思いませんこと?」

「ポジティブだなこいつ……。」

「それがわたくしの取り柄ですので。」

 

 

そう言って、にんまりと笑い目尻を緩ませる。

 

普段のお嬢様ムーブが無いと違和感が凄いのだろうが、俺からしてみれば、こっちの大人しい夕海子の方が素なのだと思えた。

 

「紅葉さん。」

「んー?」

 

 

談話室に置かれている小さい冷蔵庫を漁りに立つと、夕海子が声を掛けてきた。 そして背中を向けた俺へと、あっけらかんとした態度で言い放つ。

 

「弥勒家再興の為に、元の世界に戻ったら、わたくしと夫婦(めおと)になる気はありませんか?」

「あぁーーー……すいませんそれ来月からなんですよ。」

「……ガーンですわね、でしたら専属執事になる気はありませんか?」

「それは売り切れですねぇ~。」

「……そうですか。」

 

 

断られる前提なのだろう、そこまで悔しそうではない夕海子は、深く息を吐いてから続ける。

 

「そういえば……以前、72年の一件を調べていた時に先人家も関わっていたという情報を目にしたのですけれど。」

 

「――――その手の情報は俺が全部規制・処分した筈なんですけどねぇ。」

 

「嘘ですよ?」

「は……うぉっ!?」

 

 

談話室の隅に置かれている冷蔵庫を屈んで漁っていた俺に、しれっと嘘をついた夕海子。 振り返ると、その顔が眼前にあった。

 

開いたままの冷蔵庫に背中を預けた俺を覗き込むように、それでいて腰を曲げて目線を合わせてくる夕海子が、愉快なものを見るような顔付きで目尻を下げている。

 

「貴方って存外、間が抜けているのね。」

「……土壇場で鎌を掛けるとはな。」

 

「どうしてか私相手だと貴方の気が抜けるのは……やっぱり私がアホっぽいからかしら? だとしたら、案外この口調も馬鹿に出来ませんわねぇ。」

 

 

くつくつと喉を鳴らして笑い、漏れ出た冷気が背中を冷やす俺の腕を掴んで立たせてくる。 お嬢様の『お』の字も無い気配を見せる夕海子であるが、これが素なのだろう。

 

猫被りに鎌掛けとはまぁ、気疲れしそうだな。

 

「……なんで俺――――の家系が当時の弥勒や赤嶺と関わっていると思った?」

 

「だって貴方、わたくしや赤嶺さんを同情するような、哀れむような顔で見てくるじゃない。 だから『知ってる』か『関わってる』かのどちらかだと思っただけですわ。」

 

「そんな顔してたか?」

「目は口ほどになんとやら、ね。」

「しかも夫婦って……それは、過大評価だろう。」

「そう? 紅葉さんなら、十分な優良物件でしょうに。」

 

 

そうかねぇ。 やったことは主に勇者の防衛、巫女の防衛、敵対者の排除、先人家を乃木と上里と同等の立場に引き上げ、他にも色々としているが…………同じ事をまたやれと言われても、無理としか答えられない。

 

ソファに座り直した夕海子の両腕を上に伸ばす柔軟体操のような動きを見届けながら、冷蔵庫から拝借した誰かのプリンを開ける。

 

「それ貴方のではありませんよね?」

「共同の冷蔵庫に物を入れる時は名前を書けって何度も言ってあるし、書いてない方が悪い。」

「以前加賀城さんが貴方と同じ事をして、白鳥さんにプロレス技掛けられてましたが。」

「へー。」

 

 

いや知らんがな……。

 

何故かニヤニヤしながら俺がプリン食ってる様子を横で見ている夕海子の視線に辟易しながら、俺は雨粒が窓を叩く音をBGMに食べ終える。

 

「ちなみに、ですが。」

「おん?」

 

 

空の容器とスプーンを捨てようとした俺に、楽し気な様子のまま不意に言ってきた。

 

「わたくしだったら、カラメルで見えづらい底に名前を書きますわね。 だって、()()()()()()()()()()()を悪く出来るじゃないですか。」

 

「は――――――……やられた。」

 

 

言われた通りに、容器の底にはカラメルのせいで見えなかった名前が堂々と書かれている。 他の奴等が付箋に名前を書いて貼ったりしていることが多いからか、完全に油断していた。

 

「食べてしまいましたのねぇ~~~?」

「その顔むかつくからやめろ。」

 

 

わざわざ午後ティーを私物のカップに移して飲んでいる夕海子が、そのカップを優雅に顔の近くに持ってくる。

 

握り潰しそうになった容器とスプーンを改めてゴミ箱に捨ててから、夕海子の隣に座った。

 

「……それで、何をしろと?」

「では先ず、わたくしの専属執事(アルフレッド)になっていただきましょうか。 いやぁ夢でしたのよ、イマジナリーではない執事を手元に置けるのは。」

 

「同年代の男を執事に仕立て上げて側に置くとか、将来大人になったら恥ずかしすぎて死にたくなるぞ。」

「うぐぅーーーっ!?」

 

 

痛いところを突かれたようで、胸を押さえてテーブルに突っ伏した。 なんでそこまでダメージを受けているのか分からないが、呼吸をゼエゼエと荒くしながら額に汗を滲ませる。

 

「ひ……人がちょっと気にしていることをずけずけと……!」

「じゃあお嬢様っぽい喋り方やめれば良いじゃねえか、結構無茶してるだろ。」

 

「…………弥勒家再興、やろうとしてるのわたくしだけなんです。 こうやって無理にでも明るくしてないと、わたくし自身が潰れそうなのですよ。」

 

 

コロコロと顔色を変えてはそう言い、夕海子はカップの紅茶を啜る。 そりゃ家の再興なんて生半可な覚悟じゃ出来やしないし、一度没落すればもう這い上がるなんて不可能だろう。

 

しかし一度再興させると決めた以上は、もう止まれない。

 

「――――たまにで良いのです。」

「…………ん?」

「たまに、こうしてわたくしが()を出せる相手と……貴方とこうして話が出来れば、それで良いのです。」

「芽吹ちゃんとかじゃ駄目なのか?」

「まぁ白々しい。」

 

 

横からうずくまるように体を丸め、上目遣いで俺の顔を覗いてくる。 そしてニコニコと、何が楽しいのか笑みを崩さない。

 

「わたくし、こう言うことを話す相手は選んでますのよ。 それを鈍感染みた言い方でなあなあにしようなんて…………いけず。」

 

「いやぁ俺にはひなたと銀が居るんで。 いくらなんでも、三人目には興味ねぇよ。」

 

「いえ、いえ。 そうではありません。 三人目だなんて、そんな愛人ポジションなんかに興味はありませんわ。」

 

 

嫌な言い方をするんじゃない。

 

夕海子は俺の対面、テーブルを挟んで向かいのソファに…………一応ちゃんと靴を脱いでから立つと、雨音が防音してくれているのを良いことに声高らかに言う。

 

「わたくしが望むのは弥勒家再興! その為にも、わたくしは貴方のお力添えが欲しいのです!

 

最初は先人家の力を手に入れさえすれば良かったのですが、今では貴方をとても好ましく思っておりますので、是が非でも力に加えて貴方の身も心も欲しい。

 

三人目? とんでもない、上里さんや三ノ輪さんを差し置いて、わたくしが―――わたくし()()が、貴方を独占したいのですよ!」

 

 

そう言って、左手を胸元に添え、右手を俺へと差し出す。 そんな夕海子の顔が、俺には不思議と気高く輝いて見えた。

 

まあ、言ってることは蛮族のそれだけど。

 

 

「俺の気持ちが二人からお前に傾くとでも思ってんのか?」

「傾かせる、の間違いですわね。 尤も奪うなんて事はしません。 わたくしは『強欲』ですが『強引』では無いですもの。」

「さいで。」

「ふふ……いずれ、必ずや貴方を、弥勒家再興の為に我が手元へ引きずり込んで見せますわ。」

「出来るかなぁ? ま、見ものだな。」

 

 

腕を組み、口角を吊り上げニヒルに笑って見下ろす夕海子。 使われるつもりは毛頭無いし、こいつが俺を使いこなせるとも思っていないが…………精々頑張りタマえ。

 

「あ、執事が嫌でしたらメイドはどうかしら。 この間、貴方女装したらしいじゃないですか。」

 

「絶対やだ。」

 

 

……こいつほんと良い性格してるわ。

 






弥勒さん、くめゆ組最年長で戦う理由が家の再興でチームに(自分含めて)問題児ばっかりで、ノベルの時点でメンタルが完成してるんですよね。



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祝福 楠芽吹は苦労人である



令和になってからの初投稿です。

よろしくおねがいします(SCP-040-JP)




 

 

 

城図鑑を図書室から借りて持ってきていた芽吹が、片肘を突いて手のひらに頬を乗せ、片手でページをめくっていた。

 

「…………あら、芽吹さん。」

「――――ん、弥勒さんですか。」

「こちらに紅葉さんが来ておりませんか?」

 

「……すみません私にはちょっと。」

「そうですか、ならわたくしは失礼します。」

 

 

不意に部室へと現れ、そしてシュンとした飼い犬のように、トボトボと重い足取りで部室を出て行く夕海子。 それを見送った芽吹は、背後の棚に隠れている者に向けて声をかける。

 

「紅葉さん、行きましたよ。」

「おーおー、助かったわ。」

「……うわぁ。」

 

 

隙間が無い筈の棚と壁の間からぬるりと現れた紅葉を前に、芽吹はなんとなく、本当になんとなくゴ■ブリ(這い寄る混沌)を想起した。

 

「それどうやってるんですか。」

「ほら、頭が入れば体も入るじゃん?」

「猫じゃないんだから…………いや、そもそも隙間もないのにどうやって―――――やめましょう夢に出そうなので。」

「懸命だな。」

 

 

ふぅ、とため息。

 

後ろから前に回って対面に座る紅葉は、扉を見ながらポツリと呟いた。

 

「まったく……夕海子は暇さえあれば俺のこと追いかけ回して来るんだからなぁ。 芽吹ちゃんの方から躾といてくれないか?」

 

「弥勒さんの制御なんて不可能ですよ。 別に良いのでは? しずくやシズクといい、色々と抱えているモノがある人に頼られて悪い気はしないでしょうに。 加えて見た目も悪くない。」

 

「悪意が無いから困ってるんだが……?」

 

 

城図鑑から目を離さないまま、芽吹はあっけらかんと答える。 呆れた顔をした紅葉は、その真意をそれとなく悟った。

 

「…………まさかとは思うけど、『面倒ごと押し付けられてラッキー』とか考えてないよね? 君そんな子じゃないよね?」

「――――――さあ?」

 

 

しれっとした顔で、芽吹は返す。

 

紅葉の渋い顔を見て喉を鳴らすように笑うと、栞を挟んで図鑑を閉じて呟いた。

 

「一つ、質問良いですか。」

「どーぞ。」

 

「どうして、勇者たちと共に居るんですか?」

 

「俺が夏凜と距離近いからって嫉妬せんでも。」

「わりと強めに張り倒しますよ。」

 

 

咳払いを一つに、仕切り直して二人は向き合う。

 

「共に、か。 それは単純に先人紅(おれ)葉が、そういう生き方しか出来ないから…………じゃ、納得しないよねぇ。」

「哲学を聞いているんじゃ無いんですよ。」

 

「ですよねー。 で、君はなんでそんな事を聞きたいわけ? ちょっと今さら過ぎる気がするんだけど。」

「今さらだから、ですよ。 誰もそう言うこと聞かないじゃないですか。」

「ごもっともだ……が、あんまり面白くないと思うぜ?」

「気にしませんよ。」

 

 

じゃあ、と言い、紅葉は据え置きのティーポットに茶葉とお湯を淹れる。

 

「それ弥勒さんのでは?」

「後で謝ればセーフセーフ。」

「無茶振り言われても知りませんよ……。」

「そんなわけないじゃん。」

 

 

――――後日、一日執事体験コースに付き合わされたのは、言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、そもそもの話になるが…………俺と芽吹ちゃんの共通点はなーんだ?」

 

「頭でっかち、融通が効かない、頑固。」

 

「oh…………自覚はあるのね。」

 

 

特に表情を変える事もなく、芽吹は言ってのける。 紅葉は紅茶を一口含み、少ししてから続けた。

 

「芽吹ちゃんと俺の共通点は、分かりやすく言うと()()()()()()けど()()()()()部分だな。」

「――――は?」

 

「でも、それは違った。 君にはちゃんと才能がある。 分かるか? 才能ってのは原石なんだよ、それを努力で磨くから、才能は光るんだ。」

 

 

ぎし、と背もたれに体を預け、ポットから紅茶をカップに移す。 芽吹の無言の催促に答え、ついでに向こうのカップにも注ぐ。

 

「死に物狂いで努力した。 努力して努力して努力して、努力した先に何もなくなって、そうして引き返してからようやく気付いたわけよ。」

 

「……何に、ですか?」

 

「努力して磨くべき才能なんて、欠片も無かった。 それなのに必死になって努力して――――結局、残ったのは人を傷付けるだけの技術。」

 

 

カシュッ、と音を立てて、紅葉の手首の器具から細身の刺突に特化した刃が飛び出す。

 

昔のように籠手を着けているわけではないものの、最早手元に武器があるという事実こそが、紅葉の精神を落ち着かせる安定剤となっていた。

 

「恥ずかしい話、昔の俺はヒーローになりたかった。 でもやめちゃった。」

「諦めたんですか?」

「いいや? ただ、あー……その、な。」

 

 

刃を収納し、恥ずかし気に頬を指で掻くと、紅葉は咳払いしてから芽吹の目を見て続ける。

 

「もう、なれたからね。」

「――――――。」

「それでもやっぱり、憧れだけは辞められない。」

「あこ、がれ……。」

 

 

すとん、と腑に落ちる。

 

いまだに残り続ける勇者への確執、三好夏凜への好奇心、そういったモノが、何故残っていたのかの理由がようやくわかった。

 

「――――ああ、そうだったのね。」

「はい?」

「……いえ、貴方と私は、確かに似た者同士なのでしょう。 私も勇者に憧れた。 勇者になりたかった。 父のように、芯のある真っ直ぐな勇者に。」

 

 

湯気が立ってない冷めた紅茶を飲み干すと、芽吹は穏やかに笑う。

 

「でもなんだかんだ、防人(こっち)も悪くないですよ。 『やっぱり防人(そっち)が良かった』なんて言われても渡したくない程度には。」

 

「さいですか。」

「それにしても……どうしてでしょうか、紅葉さんと話していると、パ……父と話しているように少し緊張してしまいますね。」

 

「なんでだろうなぁ。」

「うーん……さあ?」

 

 

そりゃ元は二児のパパですし。

 

とは、言えない。

 

 

話し込んで冷めきった紅茶の残りをティーポットから移し、苦味が強くなったそれを一息で飲み終わる。 紅葉の深いため息が、部室に紅茶の香りと共に散った。

 

「『誰かの何か』なんて目指しても、結局は頑張ったけど無理だった事実しか残らない。 『自分だけの何か』を、見つけなさい。」

「見つかりますかね。」

「見つかるさ、一緒に探してくれそうな奴が周りにいっぱい居るんだから。」

 

 

そこまで言い終えた直後、ふと芽吹のスマホが着信を知らせる。 画面には亜耶からのメッセージが届いていた。

 

「あ、買い物の手伝いをするのを忘れていました。」

「早く行きなさいよ、なんなら手伝うぞ?」

「多分弥勒さんかしずくが居ますよ。」

「行ってらっしゃーい。」

 

 

芽吹にまぶたを細めて見られる。

 

さっきまで良いこと言ってたのにこれか、と呆れられているのだろう。 しかし芽吹は、図鑑を脇に着替えて席を立つ。

 

「まあ、良いです。 それにとても有意義でした。」

「あれだけ言っといてなんだけど、あんまり俺の事は参考にしない方が良いぞ。」

「ええ、承知しています。」

 

 

軽く会釈して、芽吹は部室の扉を開き――――出る直前に顔を向けないまま、紅葉に辛うじて聞こえる程度の大きさで呟いた。

 

「―――憧れてしまったものは、しょうがないんですよね。 『もうなれた』なんて言って()()()()()()のだと思いますが、まだ諦めきれていないんでしょう? ヒーローになるのを。」

 

「…………どうだか。」

 

 

どんな答えが帰ってくるのを望んだのだろうか。 芽吹は紅葉の言葉を聞き終えても特に何か言うでもなく、そのまま部室を出て行く。

 

残された紅葉は、机に突っ伏して、再度深くため息をついた。

 

「―――まったくだ。」

 

 

 

 

若葉(おまえ)に憧れたこっちの身にもなれよ。』

 

 

 

 

「……あんなのに憧れるなって言われても、無理に決まってるだろ。」

 

 

精神は、老いていても。

 

身体が、若いだけでも。

 

 

いつだって、男の子は、ヒーローが大好きなものだ。 西暦を生きた強烈な生命の輝きを間近で見続けた紅葉もまた、当然例外ではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

廊下を歩く芽吹の前に、再度夕海子が現れた。

 

「あら、芽吹さん。」

「おや、弥勒さん。 私はこれから買い物ですが、どうです?」

「いえいえ。 わたくしは紅葉さんを探しておりますので。」

「まだ探して――――いや、そうですね。」

 

 

顎に指を当てて、少し考えると、夕海子に言う。

 

「あの人なら部室に居ますよ、さっき入れ違いましたね。」

「まあ! そうですの? 情報提供ありがとうございます。」

「ではこれで。」

 

 

すれ違い、階段を下る直前、紅葉の悲鳴と窓が割れる音を聞いたが、我関せずと芽吹は下りていった。 当然のように悪魔(ゆみこ)に紅葉を売り飛ばした芽吹だったが、その内心では紅葉に感謝する。

 

「―――さて、晩御飯、何作ろうかしら。」

 

 

 



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祝福 加賀城雀は小心者である

 

 

 

 

 

「炎天下にわざわざ行列を作り、タピオカなるハイカラなものを求めた女子を、俺はかつて馬鹿にしたことがあった。」

 

「…………はい。」

 

「改めて思う。 馬鹿なんじゃないか?」

 

「…………すいやせぇん……。」

 

 

山を作っていた筈のジェラートの半ばがドロドロに溶けてコーンに貯まって行く様子を眺めながら、俺は加賀城雀と共にベンチに腰掛けていた。

 

「イネスのジェラートが屋台で出てるって言うから来てみれば……これだけ暑かったら意味無いって。 店行こうよ、店。」

「おっしゃる通りで……。」

 

 

大橋の方から讃州までとはまあご苦労な出張なわけだが、これならコンビニのアイスをクーラーの効いた自室で食べる方がよっぽど有意義だろう。

 

「愛媛ミカン味なんてのがあったら食べたくなるのが性ってもんでして。」

「芽吹ちゃんでも誘えよ……。」

 

「だってメブとかこういうの興味無いんですもん。 弥勒さんは最近笑顔が怖いし、しずくはラーメン食べに行ったし、シズク様は怖いし、あややは巫女組でお買い物してるし。」

 

 

お前は自分の仲間をなんだと思ってるんだ、と言いたかったが、西暦の時の俺も周りからこう思われてたから何も言えない。

 

基本無趣味―――というよりは趣味を見つける余裕が無かったし、怖がられたし。

 

「そういえば、この間砂浜のゴミ掃除したじゃないですか。 あの海岸で海開きするらしいですよ。 勇者部で集まって行ってみません?」

「良いんじゃないか? ひなたと銀と………………夕海子達で水着を新調してタイミングも良い。」

「なんですか今の間は。」

 

 

だってなぁ。 夕海子は……アレは女として見たら負けな類いだしなぁ。

 

しずシズも似たような感じで俺を見てくるが、元来の性格が大人しいお陰で、ひなたと波風立てることが無いからアレより遥かにマシだ。

 

あと銀との仲が良い。これ重要。

 

 

ともあれ、数日前に水着選びをした甲斐があったな。 と考えながら、完全に溶けたジュース状のジェラートを飲み込みコーンを口に放り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うひょー! 海だあっつぅ!?」

「うるせえ。」

 

 

裸足で砂浜に駆け出し、足の裏が加熱されて跳び跳ねる高嶋の方の友奈を窘めつつ、パーカーのポケットに片手を入れている俺は海の青色が反射する光にまぶたを細めていた。

 

突撃槍のように巨大なパラソルを肩に担ぎ、砂浜の一角を陣取るように突き刺して展開してからシートを広げる。

 

 

今回は予定の問題でひなたや銀は呼べなかったのが残念でならないな。 海岸に来たのは、友奈(こいつ)と夏凜と芽吹ちゃん、あとは雀と夕海子と俺の六人構成となっている。

 

「…………なんで二人がピンポイントで来れないんだ……。 はぁーーー。」

「ため息でっか。 もー、紅葉さーん、今日の保護者枠なんだからシャキッとしてくださいよー。」

 

 

そう、今回の俺は……まあほぼ毎回だが、こういう場での俺は保護者扱いされている事が多い。 勇者部は俺をなんだと思っているのか。

 

何故風はすぐゴーサインを出してしまうのか。 何故誰も止めないのか。 何故ひなたは来ていないのか。 何故銀も来ていないのか。

 

俺とは。 俺とはいったい……。

 

「こいつ、思考が虚無に……。」

「そんなに二人が来れなかったのがショックだったの? 私にはわからないわ。」

 

 

小首を傾げる芽吹ちゃんと、その横で呆れた顔をする夏凜。 夏凜に至っては水着に対して右目の眼帯が劇的に合わない。

 

ふと、俺の背中に夕海子がまとわりついてきた。

 

「でしたら、わたくしが慰めてさしあげても……」

「夏凜。」

「はいはい。」

「えっ、ちょっと三好さ――ぬわーーっ!!」

 

 

芽吹の一声で、夕海子は着ているパーカーの襟を夏凜に掴まれ海にぶん投げられた。

 

「飛んだね~弥勒さん。」

「……少しは空気を読むべきよ。」

「メブにしてはやるじゃん?」

「なんですって?」

 

 

雀はなんでそう余計に一言加えてしまうんだ。 だが些細なコントのお陰で少しだけ元気が出たので、時間的にも昼食を買いに行くことにする。

 

「海の家に昼飯買いにいくけど着いてくるやつ居るか? なんなら奢るぞ。」

「おいちょっとコラ引っ付くなってあ゛ーーやめろ! 眼帯取れたら義眼が落ちる!」

「夏凜は……なにしてんのアレ。」

 

 

振り返った先で、夏凜は何故か複数の子供に絡まれていた。 夕海子は浅瀬にうつ伏せで沈んでるが、大丈夫だろう。 夕海子だし。

 

「……どうやら弥勒さんを投げた部分を見られたらしく、子供に自分達も投げてくれとせがまれているようです。」

「夏凜さん、幼稚園で意外と人気なんですよねぇ……。 厳つい顔のわりに。」

「あぁ、そういうことね。 じゃあ芽吹ちゃんは夏凜と荷物を見といて、雀は俺と来い。 夕海子は放置、友奈は――――。」

 

 

さっきまで砂浜でフライパンの上の材料みたいに跳ねていた筈の友奈は、子供に混じって夏凜にキレられながら投げられていた。

 

「うっひょーい!」

「このクソガキィィィ!!」

 

「……精神年齢3歳児め。」

 

 

俺と雀は見なかったことにして砂浜を歩き、芽吹ちゃんはアレを見張るのかと考えどこかゲッソリとやつれていた。 正直、悪いと思ってる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

海の家に到着し、はしゃぐ二人とそれを見張る芽吹ちゃんには申し訳ないが、ひとまず休憩させてもらう。 雀が目当てだったらしいミカン味かき氷なるモノを食べていると、いわゆるアイスクリーム頭痛に悩まされている。

 

「ん、この焼きそば悪くないな。」

「あ゛ー! キーンと来てる!!」

「……あー、あのエプロンひなたに合いそう。 ……なんで二人とも居ないんだ……。」

「貴方は躁鬱の患者ですか。」

 

 

どことなく塩辛い焼きそばを食べ進める俺にそう言ってくる雀。 俺がこんな日をどれだけ楽しみにしながらあいつらの水着選びに付き合ったと思ってるんだ、俺も男なんだよ単純で悪いか。

 

「そういえば、今日ってお前の誕生日だったんだな。 あんまり興味なくて記憶から完全に抜け落ちてた。」

「でしょうね。 ……いや寧ろひなたさんと銀ちゃん以外に興味あるんです?」

「……………………あるよ。」

 

 

無い訳じゃなくて、夕海子としずシズの対処に疲れ始めてるだけでね。 そろそろ本格的にアイアンクローでもしておくべきか。

 

「はぁ~、かき氷美味しい。 防人としての訓練なんかしたくないよ~~~。」

「そんなに嫌なら辞められるタイミングもあっただろうに、なんで続けたんだ?」

「……その話題触れちゃうんですか。」

「だって気になるじゃん?」

 

 

ですよねぇ。 と言いながら、雀はミカンジュースを注文する。 ついでに生ビール…………は流石に自重して、炭酸水を頼む。

 

西暦だったら頼んでたんですけどね。

 

「いやぁ、ほら、私って昔から弱虫だったんですよ。 だから良く学校のヒエラルキー上部に取り入ったりしてたんですけど、防人じゃこれが通じないんですよね。 実力順で番号を割り振られてるだけで全員平等の兵士みたいなもんなんで。」

 

「そりゃ芽吹ちゃ(リーダー)んが君だけ贔屓するわけにはいかないし、そんな事したら死者出ちゃうからね。 昔似たような連中相手にしたけど、大半の実力が半端だったから楽だったな。」

 

 

尤も、メイド服着た切り札にボコボコにされたのは言わぬが花だろう。 あの一件のせいでメイド服見ると胸が痛むんだよ。

 

「私は確かに弱虫だし、ビビりでネガティブ思考でいつも死ぬことに怯えては居ますが――――メブたちを見てたら思ったんですよ。」

 

 

運ばれてきたミカンジュースを一気に半分呷ると、コップを置いて雀は呟く。

 

「あそこで逃げたら、きっと何も残らないって。 だから、ちょっとだけ、頑張ってみようかなーって。 それだけです。」

 

「ふーん……。」

 

 

立派だな、というありきたりな言葉を続けようとは思わなかった。

 

視界の端で宙を舞う友奈とその下で子供に引っ付かれている夏凜を見なかったことにしながら、俺は雀と海の家でしばらく涼んでから四人分の焼きそばを注文するのだった。

 

 

 

 

 

――――後日改めてひなたと銀を海に誘おうとしたら季節外れのどしゃ降りに見舞われ、静かに部屋で泣いたのは内緒である。

 

 






Tips:紅葉はひなたと銀が居ない時間が長いと躁鬱患者みたいなテンションになる。



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花結いの章
番外 古波蔵棗は寒がりである



なつ×もみ回

ゆゆゆい時空のメインヒロインは銀なので、それ以外とのCPは全部ifとお考えください。


※前に書いた話が個人的にクソ文章過ぎたので書き直しました(2018.6.16)

※今も十分クソだろいい加減にしろ! と言ってはいけない。



 

 

 

古波蔵棗は、沖縄出身である。

 

つまり寒さに弱い。 炎タイプは氷タイプに強いが、それは暑さと寒さの話ではないのである。

 

 

沖縄出身だからそう、っていうのは偏見に近いけど、少なくとも棗は寒いのに弱い。

 

冬の時期に部室にコタツ置くと出てこなくなるし。

 

 

…………何が言いたいかと言うと、つまりそう言うことである。 俺はそんな事を考えながら、コタツに首から下を突っ込んで顔を机に突っ伏してる棗を見ていた。

 

 

俺は生け贄である。 人権なんて無かった。

 

『棗引っ張り出すのヨロシク!』と言ってそそくさ部室を出ていった風とそれにあやかって我先にと部室から消えた人でなしの部員達にはそのうちお仕置きでもしておこう。

 

 

今は夕方だが、夜になろうがどうせ明日は休みだし、暗くなっても俺がこっちの世界で使ってる寄宿舎はここから近いし。

 

なんかもう、このまま明日までここに居た方が良いんじゃないかとすら思えてきた。 車中泊みたいなもんでしょ、一応毛布とか球子が持ち込んだ寝袋もあるし。

 

 

「おーい、棗よ、そろそろ起きろ。」

「…………あと……三時間……」

「おっっっっっそいわ。」

 

 

俺も寒いのもあってなんか色々面倒になり、棗の向かいに座ってコタツに入る。 あー(ぬく)いっすねぇ。

 

「棗が虜になるのも分かるが……いや冬の間だけなら別に問題ないのでは……? いやここは心を鬼にだな……」

「んう……?」

「お前は起きろー、ちょっと名残惜しいがコタツのスイッチ切るからな。」

 

 

パチンと電源を切ると、コタツの中を暖めていた熱が徐々に無くなって行く。

 

数分経つと、じーっとしていた棗の動きに変化が訪れた。

 

 

「……むぅ……寒い……」

「寒いだろー、起きろー。」

「…………熱……暖かさ……」

「おい、潜るな。」

 

 

もぞもぞ蠢いて、棗はコタツの中に消えていった。 カタツムリかな? どうでも良いけど西暦の時に殻が家になってるカタツムリの番組が教育チャンネルでやってたよね。

 

いや他意は無いけど。

 

 

「こら棗、いい加減にしろよ。」

 

そろそろコタツ持ち上げて片付ける強行手段に出ようかと思っていると、不意に足をガッシリと掴まれる。

 

「…………おい?」

 

そのまま太ももに手が伸び、やがて腰を掴まれる。 布団を捲ると、ぬっと棗が飛び出してきた。

 

そのまま押し倒され、後頭部を棚にぶつける。

 

 

「ぐえぇ」

「ああ……暖かい……」

「こ、こいつそんなに暖が欲しいか……!」

 

胸元に顔を押し付けて、腕を背中に回す。 グリグリと顔を擦り付けるのを見て、なんかこう、大型犬を思い出す。

 

そういや、前に犬飼ってたって言ってたな。

 

 

「何故私の部屋に置かせてくれないんだ……」

「置いたら部屋から出てこないからっつってんだろ、その問答5回目だぞこの野郎。」

「……むむむ」

 

なにがむむむだ! …………全く、北海道民の雪花とか寒さには強い俺からすればこのくらいで……とは思うが。

 

こいつが特別寒がりなんかねぇ。

 

 

「…………あー、あ゛ー。 全く……全くもー。」

 

仕方ねえなぁもー。

 

妥協に妥協を重ねて、俺は棗を抱きしめ返す。 ついでにスイッチを入れ直して向かい合うように横になる。

 

 

「明日何か言われても俺特に反論しねえからな。」

「んう……ぅん」

「はーいおやすみー。」

 

碌な回答も出来ないくらい夢の世界に両足突っ込んでる棗を背中を擦りながら、俺は目蓋を閉じた。

 

 

後日しこたま写真を撮られたり話のネタにされるのは、また別の話である。

 





ラブコメは苦手。と言うか字書き自体が苦手。

じゃあなんでゆゆゆ二次創作始めたんだよって話だけど、だって誰も私好みのハードな内容の作品書いてくれないんだもん。


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番外 白鳥歌野(先人紅葉)先人紅葉(白鳥歌野)である


タイトル通りのアレ
CP要素有り


 

 

 

藤森水都(ふじもりみと)の朝は早い。自分の敬愛している友人であり親友の、白鳥歌野が日課としている畑作業を見に行く為だ。

 

力も知識も無くて手伝えない事が初めは歯痒かったが、神樹内部に召喚されるより前の時から『ただそこに居てくれるだけで良い』と言われて以降は、汗をかく歌野の為にタオルやスポーツドリンクの入った水筒を持って見守る事に決めている。

 

 

寄宿舎から10分と掛からない場所に出来た畑に居るであろう最愛の友人の姿を拝むことで、水都の1日が始まると言っても過言ではなかった。

 

歌野が耕し弄っている畑に到着し、歌野を探す水都は―――ある者を見付けた。

 

 

「―――え゛っ」

 

それは、歌野とやたらに仲の良い憎き男である先人紅葉(ライバル)であった。

手慣れたフォームでクワを振るその動きを見て、何故か水都は歌野を幻視する。

 

何故こいつが、何故畑に、歌野は何処へ。思考がグルグルとループしている水都の視線に気付いた紅葉は、違和感を覚える程の朗らかな笑みを浮かべて言った。

 

 

「グッドモーニング、みーちゃん!」

「――――――――!!!??」

 

 

 

 

水都は卒倒するように気絶した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『入れ替わったァ!?』

 

部室に響く声。複数の声音が混ざり、不協和音を放つ。

 

 

「……言ったろ、こうなるって。」

「紅葉は相変わらず予想が上手いのねぇ……」

「俺ならこうなる。誰でもこうなる。」

 

騒ぐ勇者と巫女を余所に、普段と変わらないトーンで会話をする紅葉と歌野。

強いて違うところを挙げるとすれば、普段と違って歌野が不機嫌そうに腕を組んでいる事と、普段と違って紅葉の雰囲気が柔らかい事だろうか。

 

 

―――本来紅葉から出ていたであろう台詞が歌野から出て、その逆を紅葉が言う。有り体に言えば、二人の精神が入れ替わっていたのだ。

 

 

 

「まさかみーちゃんが気絶するとは思わなかったのよ、ビックリしちゃった。」

「あいつ俺の事毛嫌いっつーか敵対視してたんだぞ、そんな俺にそんな事言われたらそりゃ気絶の一つでもするだろ。」

 

「毛嫌い?敵対視?」

「モテる女は辛いな農業王」

 

純粋な疑問符を浮かべる歌野。紅葉は自分の顔にそんな表情をされる事に若干イラッとしつつ、全員が二人の事態を受け入れるのを待っていた。

 

混乱から回復した者達の中から、代表で若葉が二人に話し掛ける。

 

 

「……つまり歌野の中には紅葉が、紅葉の中には歌野が入っているという事でいいんだな?」

「イグザクトリーよ」

「そう言うことだ。」

 

「入れ替わりはいったい何時から……」

「恐らく今日の朝。少なくとも昨日の夜までは、俺は俺の体にちゃんと居た。」

「私も同じよ、朝起きて普段着に着替えようと思ったらこうなってたの。」

 

 

休日だった事が僥倖(ぎょうこう)だな、と呟く紅葉。

 

「ひなた、何か神託でも来てないのか?」

「はい、来てますよ?」

 

紅葉の問いにあっけらかんと答えるひなた。こいつ……と呟いたのを、歌野は聞かなかったことにした。

 

「どうやら何かしらの手違いが起こってしまったらしく、明日の朝までには元に戻せるらしいです。」

「やっぱ神樹ってクソだわ」

 

 

紅葉の神樹嫌いは、より強まったと言える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

歌野の体に入っている紅葉は、部室で大人しくしていた。依頼に参加しようとしたら全員から誤解を生むと断られてしまったのだ。

 

 

「解せん。」

「いやぁ、だって歌野さんの中に居るのに口調変えようとしてないんですもん。俺口調の歌野さんとか周りにギョっとされますよ?」

 

監視役として同じく部室に残った小学生組と談笑しながら小道具の点検をしていると、銀にごもっともな事を言われた。

 

「なら聞くが中身が俺とわかったうえで、俺が自分の事を『私』と呼び女口調で話し出したらどうだ?」

「ぶっちゃけ気持ち悪いっす」

「だろ?」

 

 

大体の点検を済ませ、箱に入れたそれらを棚の上に仕舞おうと立ち上がる。

 

「あ、紅葉さん。それくらいアタシがやりますよ!」

「……気を付けろよ」

 

横に座っていた銀に任せると、箱を片手に器用に脚立に登る。棚の上に箱を置いた。

だが半端に開いていたせいか脚立のバランスを崩し倒れそうになる。一瞬余所見をしていた紅葉は、須美の声で事態に気付いた。

 

「――銀!!」

「おわっ!」

「っ―――」

 

縮めたバネを弾いたように飛び出した紅葉は、背中から床に落ちそうになった銀を咄嗟に抱き止める。痛みに耐えようと目を閉じて体を強張らせた銀は、恐る恐る目蓋を開けた。

 

「だから気を付けろって言っただろ、馬鹿。」

「も、紅葉さん……」

 

ホッとしたように頬を緩める紅葉の顔を見て、銀は頬を赤くした。

 

「…………ありがとうございます……」

「もう、銀!さっき紅葉さんに気を付けろって言われたばかりでしょう?」

「うっ……悪かったよ須美……」

「それにしても、もーみん凄かったね~」

 

猫のぬいぐるみことサンチョを顎の下に置いて机にだらんと体を預けていた園子が、メモ帳片手に二人を見ていた。

 

「お前はもう少し心配しろ。」

「だってもーみんが助けるって分かってたも~ん、しかもミノさんを颯爽と助けてて王子様みたいだったよ~」

 

そう言われて、銀は状況を確認する。

落ちた自分を助けるために、紅葉は抱き止めてくれた。今の姿勢は首の裏と膝の裏に手が差し込まれている―――俗に言う、お姫様抱っこと言う奴だった。

 

銀の顔が爆発したように真っ赤になる。

 

 

「―――紅葉さん!?」

「なんだよ」

「降ろしてください!」

「えー……どうしよっかなー」

 

もぞもぞと暴れる銀を落とさないようにバランスを取る紅葉。

羨ましそうに見てくる須美と、突風を吹かせてメモ帳にひたすら文字を書き込む園子。

 

銀に味方は居なかった。

 

 

「普段は男勝りなミノさんがイケメンの農業王に強気に攻められる……これは新感覚のうたミノだよ~~~~~!!!」

「そのっちが生き生きとしてるわね……」

「ちょっ、やめろって園子!見た目は歌野さんでも中身は紅葉さんだぞ!?」

 

ガリガリと音がする勢いでメモ帳を弄っていた園子は、その言葉に一度動きを止める。

 

―――が。

 

「あ、そっか~やっぱり入れ替わりモノなら相手に入れ替わりがバレてないシチュエーションも良いよね~~~

 

……中身がもーみんだと言うことに気付いてないミノさんは唐突にイケメン化した農業王に惹かれていくが、それと同時にみーちゃんまでもが農業王に惹かれていた……ミノうたみとで三角関係なんてドロドロだよいけないよふしだらだよ~~~~~!!!!」

「そしたら俺心労でぶっ倒れそうだな。」

 

 

「ちがーーーーーーーう!!!」

 

 

 

 

部室から、銀の心からの叫び声がこだました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

海岸でゴミ拾いをしていた見た目は紅葉の中身歌野は、虫の知らせのように何かを察知していた。

 

「う、うたのん?」

「部室の方で何かが起こってる気がする……けどまあ、紅葉なら大丈夫でしょ。」

 

そう言って、トングで空き缶をつまんでゴミ袋に入れる。

実際大丈夫ではあった。

 

紅葉()

 

 

「さて、みーちゃん、この辺のゴミは片付いたし一旦戻りましょう?」

「……うん……」

 

中身が入れ替わったにも関わらず相変わらずのポジティブさを見せる歌野は、水都の表情が暗いことに気付く。

 

「どうしたの?元気ないじゃない」

「……そんなことないよ」

「そう言うときのみーちゃんは何かを溜め込んでるみーちゃんよ、ちょっと休憩がてらお話しましょう。」

 

 

トングとゴミ袋を纏めて片手に持ち、もう片方で水都の手を引く。当たり前のような動作に、水都は歌野の後ろ姿を幻視した。

 

 

 

「―――さて、みーちゃん。何があったのか話してくれない?」

「………………。」

 

座った二人は、水平線の彼方で波に反射している太陽の光を見る。その光を見ていると、全てが浄化されている気になれた。

間を空けてから、深呼吸を挟んで水都は言う。

 

 

「……うたのんが紅葉さんと一緒にいると、モヤモヤするの。」

「うん。」

 

「私に見せてた顔を紅葉さんに見せてるのが嫌なの。」

「…うん。」

 

「でも()()がなんなのかわからなくて、胸が痛いの。」

「……うん?」

 

「うたのんは、()()がなんなのか分かる?」

 

泣きそうな顔をして吐き出した水都は、不安そうに歌野を見る。諏訪の記憶だけを持っていたら、きっと歌野はわからないと言っていただろう。

 

だが今の歌野は神世紀で仲間たちと戦い抜いた記憶も持っている。鈍感だった頃とは違い、大分人の気持ちは理解できるようになっていた。

 

 

だからと言って、『それは焼きもちね、みーちゃんは紅葉に私が取られないか心配なのよ!』とは言える筈がない。

 

言うべきか、誤魔化すか。

 

二択で悩んでいると、突如歌野と水都の間に顔が挟まった。

 

 

「お答えしよう~!」

「ひゃっ!?」

「わっ……て園子か、ビックリした。」

 

ニコニコと笑みを浮かべて立っていたのは、小学生の乃木園子(部室で情熱を燃やしてる方)ではなく、中学生の乃木園子(比較的落ち着いてる方)だった。

 

「園子さんは、わかるんですか?」

「分かるよ~分かるとも~」

「教えて下さい!」

 

今にも飛び掛かりそうな程に、水都は期待の籠った視線を園子に送る。

 

「ふっふっふ~それはね~……焼きもち、だよ。」

 

「焼き……もち……?」

 

 

言われてしまった、と歌野は顔を押さえた。

 

 

「みーちゃんはつまり、うたのんと一緒のもーみんに嫉妬してるんだよ~

『私のうたのんを取らないで』ってね~」

「わっ私の……って訳じゃ……」

「じゃあ~うたのんがもーみんに取られても良いの~?」

「良くない!―――あっ」

「そう言うことだよ~」

 

満足気に笑うと、園子は役目は終わったと言わんばかりに軽い足取りでその場を後にする。

 

一度歌野の近くに止まって、歌野の耳元で囁いた。

 

 

「……もーみんみたいにハッキリ答えないでなあなあで済ませてると、痛い目見ちゃうよ~?」

 

 

そう言うと、歌野の返答を待たずに去ってしまった。残された二人の間には、微妙な空気が流れている。

 

 

 

「相変わらず台風みたいねあの子。」

「―――うたのん」

「んー……なぁに?」

 

「私うたのんが好き」

「―――――え゛?」

 

「農作業に本気な所とか、戦うときの真剣な表情とか、お礼を言うときの柔らかい笑顔とか、全部纏めて、うたのんが好き。」

 

園子のように返答させない勢いで、言いたいことを言いきった水都。耳まで真っ赤な顔を見て、歌野はその言葉がどれだけ本気だったかを悟った。

 

 

「……えっと、その……私は「待って」

 

歌野の口に指を当てて、言葉を遮る。

 

「返事は、体が元に戻ってからにしてほしい。」

「あーそうか、今の体じゃ紅葉に告白してるようなものだものね……わかった、元に戻ったらその日の夜にみーちゃんの部屋に行くから、その時に答えるわ。」

 

「わかった。約束だよ?」

 

そう言い、そそくさと立ち上がって歌野から離れて行く水都。背中を見送ってから、歌野は顔を両手で覆った。

 

 

「……これ、結構恥ずかしいのね。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日。神託通りに戻れた二人は、少数にガッカリされながらも喜びを分かち合った。

 

 

その日も普通に依頼を終え、家に帰ろうとした紅葉は歌野に呼び止められる。

 

 

「大変だったわね。」

「そうだな。」

「―――ちょっと、笑わないで聞いて欲しいことがあるんだけど。」

「なんだよ」

 

言うか言わないかで悩み、口を開く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私女の子の恋人が出来るかも」

「―――――なんて?」

 

 





諏訪の記憶だけだったら『ライク』で終わりでしたが、神世紀の記憶もある為それが『ラブ』だと気付けてしまったのでした。


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番外 小学生勇者は子供である


こどもの日なので。

紅葉ってゆゆゆいの銀タマお洒落イベントのあの格好見たらショックで心停止しそう。



 

 

 

弓道部の使う弓道場。完全に誰もいないそこを貸し切った俺と須美は、仲良く……仲良いかな……?

 

まあ、とにかく。 俺は須美と並んで的目掛けて矢を射っていた。

 

 

「うーん、この下手くそ。」

「そうでしょうか?」

 

集中力なんて乱れて当然の戦いの中でバーテックスやら星屑に矢を当てるのが得意ということもあって、お喋りしながらでも矢をスコンスコン当てている須美。

 

俺? ……うん。

 

 

「まったくやらなかった人がここまで当てられるなら十分だと思いますが……」

「そうかねぇ。」

 

俺が射った矢は的の中心からずれてはいるが、一応当たってはいる。一応ね。

 

須美に至っては、的の真ん中に刺さった矢の矢筈にまた矢が刺さって薪割りみたいになってる。

 

これ大赦の経費で弁償できるよな……?

 

 

「しっかし、なんかこう、遠距離武器でまともなやつ見るのは須美が初めてだな。」

「そうなんですか?」

「そうなんです。 俺が知ってる奴は『飛ぶ盾』か『連射できるボウガン』だからね、美森は銃らしいけど見たこと無い。雪花は投げ槍だっけ。」

 

飛ぶ盾……飛ぶ盾ってなんだ。

 

しかも仕込んだ刃が飛び出してチェーンソーみたいに削り斬るってマジでなんだよ。

 

 

武器とは。盾とは。

 

 

俺が球子の武器についての哲学を脳内で説いていると、須美がまたもど真ん中に矢を射ち込んでから質問してきた。

 

 

「ところで……」

「はい?」

「……どうして紅葉さんは私の鍛練に付き合っているのかな、と思いまして。」

「邪魔だった?」

「いえ、そうではなくて……」

 

要領を得ないなぁ。 須美は弓を置いてタオルで汗を拭くと、改めて向き直る。

 

 

「私はよく頑固とか真面目とか堅物とか言われてて……紅葉さんも、私なんかより銀やそのっちと居る方が楽しいと思います。」

「はぁ。」

 

須美が真面目なのは分かるけど、言うほど頑固じゃないし堅物でもないと思うけどね。

若葉を見てみろ、あいつこそ頑固とか堅物の体現者だし、一時期のアダ名なんて『妖怪マジメカタブツ(広めたのは俺)』だぞ。

 

バレたときなんて生大刀構えた若葉がターミネーター走りで追い掛けてくるもんだからな、流石に死を覚悟したぜ。

あの歳で居合の腕が一切衰えてない辺りがやべーよ首狙ったの避けたら前髪斬られたもん。

 

 

「いーんじゃないの、俺嫌なこととかは自分からしない主義だし。」

「……はい?」

「好きで須美と居るだけだから気にしなくて良いってこと。」

「―――!?」

 

スコン、と、俺が射った矢が中心を捉える。

 

 

「おっ、ラッキー。」

「す、す……好き!?」

「須美だけに?」

 

……あ、無反応ですか。でもそこまで過剰反応することないと思う。

園子なんて『私も好きだよ~サンチョサンチョ~』とかわけわからん言語で返してくるし。あと烏天狗に頭つつかれる。

 

 

銀? いやそんな……安易に女の子に好きなんて言っちゃ駄目でしょ。

 

「……って、それ他の人にも簡単に言いますよね。」

「まあ~……言うねぇ。」

「…………むぅ」

 

膨れっ面をしながら、じとっとした目付きで見てくる。女心は秋の空って言うけど、今は春と夏の間くらいでしかもこの後梅雨が控えているんだよなぁ……気が滅入るぜ。

 

「わかってるからって言わないよりは良いじゃん。」

「な゛っ……!」

「俺は皆が好きだぜ? でも、言わなきゃちゃんと伝わらんでしょーが。」

 

弓を置いて俺も汗を拭い、お返しに須美の目を見る。 エメラルドグリーンの瞳と視線が交わり、耐えきれなくなったのか、須美は頬を染めて顔を背けた。

 

 

「―――言わないで、なにもしなくて、後回しにして、後悔しそうになったことがある。」

「……えっ?」

 

背けた顔を、須美は再び俺に向ける。

 

無意識に左腕を掴む。左腕と言うか、厳密には左腕に刻まれた傷痕。

 

 

 

 

 

『誰か私を―――――愛して……っ!』

 

 

 

 

 

「いや、後悔()()()……か? うん。だからもう『あの時ああしてれば』とか、『あれを言えてたら』で嫌な思いはしたくねーのよ。」

「―――紅葉……さん……?」

 

須美の前に立って、そっと抱き締める。 須美は雰囲気で何かを察したのか、されるがままに体を預けた。

 

 

いつ(西暦組)らがこの世界に来た時系列が諏訪遠征前だから……あの一件はあいつらがここから帰った後の話か。

 

頑張れ昔の俺、選択肢ミスったら死ぬけど。

 

 

「一個だけお願い。」

「……はい。」

「頼ってくれ。 抱え込まないで、悩んだら言ってほしい。 俺を―――俺達(年上)を頼ってくれ。」

 

本音半分、保険半分。

ここでこう言っとけば、後のアレも防げるかなーって言う小賢しい考え。

 

「……ふふっ」

「須美?」

 

えぇ……何処に笑う要素があった。

俺の胸に顔を埋める形を取りつつ、何かが可笑しかったのか、小さく笑いながらぐりぐりと顔を擦り付ける。

 

犬か。

 

……須美はよく犬っぽいねって銀とかに言われてるけどさ。

 

 

「紅葉さんはこういう時に周りも頼る、と言うのは美点ですが……そこは『俺を頼れ』とビシッと決める所ですよ。」

「えー、俺だけで背負いきれるとか自惚れちゃいないし。」

「……はっきり言えば今よりカッコいいのに……」

「ははぁ、ご冗談を。」

 

俺がカッコいいとか嘘でしょ。射手(しゃしゅ)として視力の低下は致命的だし後で眼科行こう?

 

 

って言ったら強めに腹を叩かれた。やめろ朝飯が出てくるだろ

 

 

 

 

 

使った道具を片付け、大赦に矢の弁償を頼んで、さて帰ろうかというときに須美が呟く。

 

 

「……あの……」

「んー。」

「き、今日の……お夕飯……」

「晩飯がなに?」

 

指をもじもじ弄ると、意を決した様子で言った。

 

 

「今日のお夕飯、私の部屋で食べませんか?」

「……あー…………まあいいけど。」

「! ……そ、そうですか……!」

 

大丈夫かな、主に俺が。

 

女の子の、それも小学生の部屋に行ったのがバレたら確実に学校の屋上から垂れ幕みたいに吊るされるだろう。 そんな未来を懸念しながら、俺は須美と一緒に弓道場を後にした。

 

 

 

尚、このあと普通にバレて吊るされた模様。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大赦に特設させた訓練場。そこで夏凜と銀は、各々の得物を手に睨み合っていた。

 

 

「はあああああ!!」

「―――甘い。」

 

 

銀が赤い装束を身に纏い、身の丈程ある大斧を叩き付ける。

 

その軌道上に立っている夏凜はあと数センチで接触する―――という所で刀を召喚し、器用に受け流した。

 

水平に斬る一撃を避け、叩き付けを受け流し、斧の腹を蹴って軌道を逸らす。

 

 

十分以上ぶっ通しで斧を振り回せるスタミナ持ってる銀も銀だが、色々とハンデがあるのに一切集中力を切らさない夏凜も大概だな。

 

夏凜の勇者システムが銀のおさがりと言うこともあって、最近はよく二人でこうして訓練しているらしい。

 

単に銀の攻撃を夏凜が受けるだけなのはそれが夏凜にとってのハンデで、銀は夏凜から攻撃させるくらいに夏凜を追い詰めるのを目標にしているのだとか。

 

 

 

 

たまに弾かれてすっ飛んできた斧が俺を狙って突き刺さりそうになるのはどうにかならんか。

 

 

とか考えていたらさしものスタミナお化けの銀でも疲れてきたのか、斧を振る速度が目に見えて遅くなってきていた。

それを指摘するように峰で手を叩き、落ちる直前の斧を手元から弾き飛ばす。

 

 

―――ブーメランみたく回転したそれが、胡座をかいて座っている俺の頭頂部ギリギリ上の壁に突き刺さった。

 

 

「…………あのさぁ。」

「うおっ!? ごめんなさい紅葉さん!大丈夫ですか!?」

「あと少しで若くしてハゲるところだったよ。」

「ほんとすいません……」

「あ、悪い。」

 

もー夏凜ったらストイックなんだ。

変身を解いて近付いてきた夏凜が、斧を引き抜く。

 

……俺も持ったことあるけどそれ結構重い筈なんだが。

 

斧を銀に手渡した夏凜は、何をどう言うかで迷っているらしく、少し間を空けてから言った。

 

「……疲れて脱力してからは、私を参考に遠心力や相手の力を利用した動きに切り替えなさい。そうすればさっきより良くなるわ。」

「なるほど……なるほど?」

「分かってないわね?」

「……実は。」

 

 

しゃーない。

こいつら感覚派だからなぁ。

 

夏凜はずっと訓練続けてたから良いのだが、どうにも説明が苦手らしい。だからこうして銀が理解してくれるまで根気よく続けているのだとか。

 

 

……いや、勇者って大概が感覚派か。

 

 

「もう一本……と、言いたいけどそろそろ休憩挟まないと体に負担になるわね。」

「そっすねぇ、流石にもう振れません……」

「友奈達にマッサージ頼もうか?」

『ヤメロォ!!』

 

声を揃えて怒鳴られた。 そんなに嫌か、まああれに耐えられるの俺くらいだもんな。

 

 

……夏凜とか千景のふにゃふにゃした声まだ録音残ってるし、今度皆揃ってるときに爆音で流したろ。 前にやったときは本気でぶん殴られて肋骨にヒビ入れられたけど。

 

 

「……はあ。 銀もしっかり体を休めなさい。」

「うっす! 有難うございます、夏凜さん!」

「…………ん。」

 

純粋で真っ直ぐな好意には相変わらず弱いんだな。夏凜は頬を赤くして、そそくさと訓練場から消えた。

 

それを見送ってから、銀にスポーツドリンクを渡す。 一気に呷ると口に垂れたのを拭った。

 

 

「あーーー疲れた。 熱々の風呂に浸かりたいっす。」

「お疲れさん。 そろそろ変身解いたら?」

「そうですねぇ。」

 

勇者端末を弄って変身を解く銀。一瞬光に包まれて、それが弾けると神樹館小学校の体操服を着ている銀に早変わりした。

 

 

「銀の学校の体操服って結構ハイカラなデザインしてるんだな。」

「んー? 紅葉さんの小さい頃はどんな格好だったんですか?」

「ふつーの白い上と黒いズボン。 正直お前のやつが羨まし―――――」

 

「…………紅葉さん?」

 

咄嗟に目を逸らす。

見てない。見てないよー。

 

「……どうしたんで…………!?」

 

銀の声が途切れる。 どうやら変身後に出た汗とかは元の服にも影響を出すらしく、あー、んー、えー。

 

銀の体操服の上が、汗で濡れて肌に張り付き透けていた。 えーっと、スポーツブラですか。

 

もうちょっと色気づいた方が良いのでは? とか考えてる辺り俺今混乱してるな。

 

 

……いかんいかんいかんいかん。

 

 

「ぁぅ……み、見ました?」

「すまん。」

 

胸元を腕で隠した銀が顔を真っ赤にして聞いてくる。

 

事情が事情なだけに銀にぞっこんの美森にぶっ殺される覚悟をして、もはや私服と化していたジャージを脱いで投げ渡す。

 

 

「……それの前閉めて隠せ。」

「……はい……」

 

急ぎ目に俺のジャージを着る。 サイズが違うから、ちょっとブカブカしてる。

 

「いや、ほんとすまんかった。」

「あー……仕方ないっすよ、こっちこそすいません……粗末なもん見せちゃって……」

「は?」

 

銀は口を尖らせて、手元が隠れてる袖をぷらぷらと振り回す。

 

「だーって、アタシって園子とか須美みたいに女の子らしくないし。」

「……俺はお前くらいが調度いいけど。」

「世辞っすか?」

「違うわい。 銀くらい家の事とかしっかりしてる相手なら、家の嫁に欲しいくらいだぜ?」

「―――う゛ぇ!?」

「あ、逆が良い? 婿に行こうか?」

 

そうじゃない!と慌てた様子で言ってくる。

 

 

「そ、そうじゃ、なくて……」

「…………とりあえずさ、帰らない?」

「えっ、あー、はい?」

 

話の流れを断ち切って、提案する。

 

ずっとここに居たら余計な事言いそうだし、何より訓練場の中で女の子の甘い匂いと汗の匂いが混ざってて脳みそがぶっ壊れそう。

このままでは俺は翌日死体で発見されてしまう。

 

「そのジャージは今度返してくれれば良いから、部屋帰って風呂入ってきな。汗で冷えて風邪引くぞ。」

「………はぃ…」

 

どこかしおらしくなって、俺の後ろを着いてくる。 良いんだぞセクハラとかで勇者部に密告しても。甘んじて受けるし。

 

 

暫く歩いて、寄宿舎の前に到着する。

 

「んじゃ、また明日な。」

「あの……紅葉さん。」

「んー。」

「アタシのこと……どう思います?」

 

なんだ急に。

そんなことを聞いてきた銀は不安げに俺を見上げる。その瞳は、揺れていた。

 

―――ほんと女心ってのはわからん。

 

 

ので、アホな男らしく、俺は本心を言った。

 

「可愛いよ。 でも、もうちょっとお洒落とかしてほしいかな。絶対似合うと思う。」

 

 

……多分、互いに顔が熱くなってる。

 

返答を聞く前に、俺は走って家に帰った。

 

 

 

後日、特に何か咎められるような事は言われなかった。銀は何もしなかったらしい。

 

……借りが出来ちゃったよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

寄宿舎の自室に帰った銀は、入浴を終えて寝巻きに着替えて布団に腰掛ける。

 

 

「……はぁー。」

 

水を飲んで、ため息を一つ。

 

 

「紅葉さん……なんであんなこと言うかなぁ……」

 

紅葉に寄宿舎の前で言われた事を思い出して、枕に顔を埋める。

ふと、ベッド脇に脱ぎ散らかされたジャージを手に取り―――

 

 

「ぅ、わ……」

 

なんとなく、匂いを嗅ぐ。

普段一緒にいる須美や園子達から香る花のような匂いは、当然せず、かといって汗臭いと言う訳でもない。

 

紅葉が少女の香りを『女の子独特の』と表現するように、銀もまた、紅葉の匂いを『男の子独特の匂い』だなぁ、と判断していた。

 

 

それを臭いとは思わなかった。 寧ろ―――。

 

 

「―――男の子だなぁ。」

 

ジャージを抱いて、ベッドに横になる。 ジャージを布団の代わりにして、まぶたを閉じた。

 

 

「2年差なら、ギリセーフ……だよな?」

 

 

誰に聞かれるでもない言葉を溢して、銀は眠気に身を委ねた。

 

 

―――胸の熱さを、心地よく思いながら。

 





園子まで入れたら今日の内に投稿できないと判断したので、そのもみ回は別の機会に。

ちなみに紅葉の小学生組への好感度は1~10で言うと、須美→9、園子→8、銀→150 くらい。


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番外 赤嶺友奈は失敗作である



ゆゆゆい時空に喚ばれた歴代勇者は、『誰かが死ぬ直前の時間』の者達が集められているんですよね。

それって赤嶺友奈も例外ではないのでは……? と思ったので初投稿です。




 

 

 

 

肉の塊を殴る音が、部室に響く。

 

その度にピチャッと水滴が跳ねる音がして、その都度倒れそうになった肉の塊が倒れないようにと踏ん張る足音がする。

 

 

「へぇ~、結構耐えるじゃん。」

「―――こんなもん効くかよ」

 

 

喉にへばりついた赤黒い液体を部室の床に吐き捨てた男―――――先人紅葉は、ワイシャツを血で濡らし、そう言いながらも指で鼻血を拭う。

 

赤や黒を貴重にしたシンプルな勇者服と、右手に籠手を装備した少女―――赤嶺友奈が、ひゅうと口笛を吹くと、一息で紅葉に接近する。

 

顔の横で腕を構えて防御の姿勢を取る紅葉の腕に数発打ち込み、がら空きの脇腹に蹴りを入れ、めり込ませた足を戻す勢いのまま返す刀で側頭部に反対の足の甲を叩き込む。

 

 

「ほらほらぁ、その程度ぉ?」

「が、ごぼっ」

 

反射的に下がった紅葉の胸ぐらを掴み、引き寄せながら腹部に膝蹴り。 ついでとばかりに右フックが頬に炸裂すると、ガクンと顔が揺れて紅葉の意識は一瞬黒に塗り潰された。

 

それでも紅葉は膝を突きそうになる前に踏ん張る。 ダンと強く踏み込み意識を保とうとしている紅葉の脳裏に、走馬灯のように事の発端の記憶が流れ始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

敵襲を知らせるアラームが鳴り響いてから数分、紅葉とひなた、水都、中学生の園子は部室に残っていた。

 

神樹に最後の砦として温存されている園子だけが、勇者であるにも関わらず、例外として巫女と凡人と共に居る。

 

 

「私も早く皆と戦いたいよ~。」

「仕方ありませんよ、神樹様の決定なんですから。」

「う~……ヒナた~ん」

「あらあら、もう……。」

 

皆と戦えなくて寂しい―――という言い分を言い訳に、ひなたに飛び付いた園子はその豊満な胸を堪能する。

 

一瞬紅葉が鋭い視線を園子に向けたことは、誰も気付いていない。 誤魔化すように紅葉は静かにため息をついた。

 

 

「……どうにも、腑に落ちない。」

「――――紅葉さん?」

 

一言呟いた紅葉に、水都が聞き返す。

 

 

「いやな、仮に俺が赤嶺友奈だとしたら、一々樹海化に取り込まれた勇者との戦いに付き合うつもりはないんだ。」

「それは……どういう…………」

「まあつまり、あいつが移動を自在に行えるというなら、わざわざ勇者に付き合って樹海に行く必要は無いわけだな。」

 

そう言いながら、紅葉は軽いストレッチを始め、それを終わらせると部室の奥の棚から色々取り出す。

 

 

「なにをしてるんですか?」

「お前らは下がってろ。」

 

準備を終わらせた紅葉は聞いてきたひなたに簡素に返すと窓と扉の間に立ち、三人に言った。

 

「―――――。」

 

 

 

 

 

―――――直後。

 

 

 

 

 

「こんちわー。」

 

扉をガラリと音を立てながら開いて、赤毛の勇者が入ってくる。 普段はワープしたように一瞬で部室に居る事から、四人は少しばかり面食らった。

 

 

「だろうな、来ると思った。」

「そりゃねぇ、そろそろ一人くらいは潰しておかないと、造反神サマもカンカンでさぁ~。」

 

ひらひらと籠手を着けていない左手を動かして、ケラケラと笑ってみせる友奈。

 

紅葉が一歩前に出るのに合わせて、気持ちを即座に切り替えた園子がひなたと水都を自分の後ろに下がらせ窓際まで三人で後退りする。

 

 

「ふぅん、紅葉くんが相手なんだぁ。 英雄サマの子孫の方が、まだましだと思うんだけどなぁ?」

「対バーテックス用の勇者には、対人戦のプロ相手は些か部が悪いだろ。」

 

深く、鋭く。 ()()()()()に戻した紅葉は、友奈を睨み付けながら更に一歩踏み出す。

 

友奈もまたそれに合わせて進み、丁度拳一発が届く程度の間を空けた。

 

 

「キミさ、勝てると思ってる?」

「別に。」

 

淡々と返し、両腕を顔の近くに持ってくる。 軽く前屈みになりながら、紅葉は思案する。

 

 

「(―――さて、何分時間を稼げるか…………ねぇ。 あとは回復力と頑丈性が通用するのか。)」

 

紅葉は最初から勝つつもりは無かった。 ただ勇者達が戻ってくる時間を稼げさえすれば、それが自分にとっての勝ちだからだ。

 

 

「じゃ、始めよっかぁ……」

 

ぎち、と友奈の勇者服の手袋が握り拳を作る動きに合わせて鳴る。

 

先手を打たんとし、友奈の左脇腹に足の甲を叩き付けようと右足を持ち上げた瞬間、紅葉の左脇腹に全く同じ動きで蹴りが放たれた。

 

 

「っ―――――。」

 

 

速すぎる。

 

と、簡潔に考えて僅かに上げた足を戻すついでに床に強く踏み込み、震脚の応用で足から腕まで骨と筋肉を通して力を伝達。 それを防御に回して腕で蹴りを受け止めるが―――

 

 

 

「…………あ、無理だわこれ。」

 

 

 

―――呆気なく友奈の蹴りに体を持ち上げられ、壁に固定している棚に強かに叩き付けられた。

 

 

「がっ、う、おお……っ」

「あれ、ちょっと予想外。」

 

蹴りを放った本人ですら、驚き動きを止める。 背中からぶつかってガラスを割りながら、紅葉は棚に体を預けていた。

 

 

「予想外は……こっちの台詞だ……!」

「あれだけ啖呵切るんだから、もっとやれるのかと思ったのにぃ」

 

 

紅葉は、勘違いをしていた。

 

神樹の加護を与えられた勇者は、バーテックスと戦うための力を受け取っているのだが、それに反して友奈は造反神の勇者。

 

 

 

相手をするのはバーテックスではなく、勇者。

 

 

 

与えられた加護も、力も、そのスペックは対人戦に特化されている。

 

化物を殴り、蹴り飛ばす余計な力は赤嶺友奈には一切必要ない。 自分の身に合った相手の体を破壊するだけの力があれば、それで十分なのだ。

 

 

紅葉の対勇者の技術は、『化物を殺せる凄まじい力を持った相手』を前提にしている為、『人体の破壊に特化した最低限の力』を持っている対人戦のプロを相手にする想定はされていない。

 

大きな力を振り回す相手の攻撃は受け流せるが、小さい力を効率良く振るう相手には滅法弱い。 要するに風や歌野タイプ(パワーファイター)には強いが、夏凜や若葉タイプ(技術全振り)にはどうあっても勝てないのだ。

 

 

「(あーもー、きっついなぁ。)」

 

なんて事を考えながら、ボディーブローを放った友奈に顔面への肘打ちをクロスカウンターで入れるが、あっさりと速度負けした紅葉は肘が届く前に内蔵をシェイクされる。

 

 

「おっぐ……!」

「なぁんか、ちょっとガッカリだけどいっか。 せいぜい簡単には壊れないでよ―――――ねっ!!」

 

返す刀で脇腹に膝が刺さり、抜くと同時に顎を殴り付けられる。 相手に反撃の隙を与えないようにしつつ、それでいてギリギリで意識を保てる程度に手加減。

 

友奈は紅葉をなぶり殺しにするつもりで、わざと手を抜いていた。

 

17人も居る勇者、3人いるサポーター。 決して楽ではないが、それでも余裕をもって戦いを続けられているのは、誰も犠牲になっていないからで―――。

 

 

赤嶺友奈は、造反神からの指示のついでに勇者が居ない間に巫女と凡人の(いず)れかを、惨たらしく殺すつもりで此処にる。

 

20人の大所帯で、些か気が緩みすぎではないかと警告するために、一先ずは前に出た紅葉を殺すのだ。

 

 

ガン、ガン、ガンと固いものを殴る音が響き、棚に体を縫い止められた紅葉は、徹底的に内蔵を狙った友奈の拳を為す術なく受け止めている。

 

園子が庇うように両腕を広げて後ろに立たせたひなたと水都が、殴られる度に血を吹き、床や壁に血を飛ばす紅葉を見ないように目を逸らす。

 

 

「―――――っ……。」

 

ひなたと水都を庇いながら、片手にスマホを握り締める園子。 なぶり殺しにされている紅葉を見ていることしか出来ない事が歯痒く、無力感に苛まれる。

 

「(神樹様―――どうして……早く、早くシステムをアンロックしてくれないと、もーみんが死んじゃう……っ!)」

 

「…………て」

 

 

ふと、背後から小さくか細い声が聞こえた。

 

前を警戒しつつ首を後ろに向けると、ひなたに抱き締められながら、眼前で起こっている事実から目を背けるように涙を流して懇願する水都の姿が目に映った。

 

「……やめ、て…………もう、やめて……」

「水都さん……大丈夫、大丈夫ですよ。」

 

あやすように背中を撫でるひなた。 園子の握るスマホに、より力が加わる。

 

 

「ぐ、ごぼっ、おえ」

「うわっ」

「――――ぁあッ!」

 

血の塊が口から溢れ、一瞬だけ怯んだ友奈を紅葉は横凪ぎの蹴りで突き放す。

 

数歩下がった友奈が、フラフラしながらも自分を鋭く見据える紅葉の血(まみ)れの全身を一瞥して言った。

 

 

 

「へぇ~、結構耐えるじゃん。」

「―――こんなもん効くかよ」

 

 

そうして、冒頭へと繋がるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

痛くない所が何処かすらわからないほど、全身が悲鳴をあげている。

 

ちらりと時計を見れば、まだ15分程度しか経過していない。 あいつらが戦いを終わらせる早さは早くても20分は掛かるし、長い時は二時間はぶっ通しだろう。

 

 

…………早く帰ってくる方に賭けて、あと5分の時間稼ぎをしろってか。

 

 

「しっかし、本当に良く耐えるよねぇ。」

「こんな面倒くさい奴の相手なんて嫌だろ、さっさと帰りやがれ。」

「それは無理かなぁ。 ここまで時間が掛かるとは思わなかったし、そろそろ決めないと。」

 

緩く右手で拳を作り、正拳の構えを取る友奈。

 

摺り足でじりじりと近付いてくるが、俺の体は危険信号が脳内でうるさく鳴っている程にボロボロで、俺が振るえるのは拳一発分が限界だと思う。

 

 

隙を作らないと。

 

だがどうやって。

 

 

「じゃあねぇ、紅葉くん。 キミみたいに泥臭く食らいついてくる人、結構好きだったからちょっと惜しいけど。」

「冗談じゃねえ。」

 

 

―――いや、まあ、有るにはある。 けどこれ言ったら確実に俺死ぬよな。

 

 

なんて考えてると、後ろで園子に任せている水都のすすり泣く声が聞こえた。

 

…………ああ、くそ、泣かせちまった。 そうならないために体張ってんのに。

 

 

 

―――――ならよし、やるか。

 

思考は一瞬、決断は刹那。

 

間合いに入った友奈の正拳突きが顔面を捉える直前、風の壁が迫っている感覚すらあるなか、俺は友奈に向けて一言呟いた。

 

 

 

「――お前、失敗作なんだろ。」

「―――――あ……?」

 

ピタリ、と。

 

不自然な動きで、友奈の拳は鼻に触れる直前で止まる。

 

 

「―――――ッせぃ!!」

「が―――っ!?」

 

そこに合わせて、渾身のアッパーカットを顎に叩き込み友奈を後退させた。

 

 

「ぜ、はっ……ひゅー……ひゅー…………。」

 

最早呼吸すら危うく、体から何かが抜け落ちる感覚に見舞われる。 視界がボヤけ、足に力が入らなくなってきた。

 

 

顎を打たれ顔を上げた友奈が、ふと顔を戻す。 鼻からぽたりと一滴血を垂らす友奈の顔は――――ただただ無表情。

 

あえて言葉にするなら、『エラーが発生したコンピューター』だろうか。 予期せぬ言葉と予期せぬ一撃で、混乱しているようにも見える。

 

 

指で鼻血を拭った友奈は指に付着した血をじっと見て、その後に俺を見る。

 

瞳が憤怒一色に染まっているのを認識したのを最後に、俺の顔面は―――頭部が消しとんだのではと思える程の衝撃に襲われた。

 

 

「ご、ぶ」

「…………それ、さぁ、分かってて、言ってるんだよね……? ねえ、紅葉くん。」

「……は、当然だろ、お前は『失敗作の友奈』だ。 欠陥品、とも言うのかな?」

 

分かりやすい挑発の言葉。 辛うじて力を込められた左手で拳を放つも、それは簡単に友奈に止められ、捻り上げられ関節を固定したまま、肘を砕かれる。

 

痛みを感じる部分が麻痺しているのか、どうにも感覚が鈍い。

 

 

「ぐっ……それは、まだ耐えられるぞ……。」

「へえ、そう。」

 

淡々とした声を出した友奈に折られた左腕を離され、即座に腹部を蹴り飛ばされる。 赤嶺友奈の特大の地雷を起爆した俺は、血を吹いて床を転がった。

 

 

「どういう事なの……もーみん……」

「……そのままの意味だ。」

 

立ち上がって呼吸を整えるついでに、時間稼ぎと挑発も含めて、迂闊に動けない園子たちに背中を向けたまま話始める。

 

友奈は怒りを抑えようとしているのか、行動を起こすそぶりは見えない。

 

 

「かつて居た勇者高嶋友奈を敬い、天の神への反抗心を含め大赦は、『産まれた赤子が天に向かって逆手を打ったら、友奈と言う名を与える』と決めたんだよ。」

 

だが、と続け、息を深く吸う。

 

さっきまでの俺のように鋭い目付きで睨んでくる友奈を見て、口を開いた。

 

 

「赤嶺家はルール違反をした。 今じゃ誰も知らない……俺すらも知らない特殊な遺伝子操作を行って無理やり赤子に逆手を打たせようとしたら、それで()()()()()()()()んだよ。」

 

「そんな、事が……」

 

後の世が面倒な事をしている事実に、ひなたが小声でぼやいた。 俺もまさかこうなってるとは思わなかったわけだが。

 

 

「――けど、そんな事をして産まれた人間に、神樹が力を分け与えるなんてするはずが無い。 結果、赤嶺家に産まれたこいつは『友奈』にはなれたが『勇者』にはなれなかった。」

 

 

赤嶺家は『友奈』を作りだしたが、勇者にすることが出来なかった。 ならばと赤嶺家は、友奈に格闘技や人体破壊の方法を仕込み、薬物投与を繰り返し人体改造を行ってきた。

 

そのせいで、ストレスで友奈の髪は色素が抜け落ち、身体には消えない傷が幾つも刻まれている。

 

 

そりゃあ、テロリストの鎮圧だってお手のものだろうさ。

 

 

「…………今になって思い出したんだぁ」

「ああ。 お前の家が何をしてたのかを知ったのも、俺が神世紀初期の時に死ぬ数年前の事だからな。 すっかり忘れてたよ。」

 

「ふぅん―――――それで、言いたいことは、それだけ?」

 

 

友奈は拳を握り締めて、そう言いながら詰め寄ってくる。 呼吸は整ったが、体はまだ動かせない。

 

「ああ、本当に、惜しいよ。 私結構キミのこと気に入ってたんだ、だから殺すのが本当に惜しい。」

「…………そうかい。」

 

避けられない、防げない、園子たちにはどうすることも出来ない。 無情にも振りかぶった拳は、真っ直ぐ突き進んで―――――

 

 

「――――勇者パンチ。」

 

 

俺の心臓を殴り潰した。

 

バキバキと骨を砕き、水が良く染み込んだスポンジを全力で握ったように、口から赤黒い血が溢れ出る。

 

それが友奈の籠手を濡らし、床を汚した。

 

 

「―――――う、ぁ…………」

 

膝から崩れ落ちた俺の後ろから、俺を呼ぶ誰かの声が聞こえた気がしたが、それが誰かを確かめる前に俺の意識は黒に染まって消える。

 

 

だが、これで…………俺の……勝ち、だ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

膝を突き、力なく項垂れた紅葉。

 

 

「じゃあね。」

 

腕を払って血を飛ばした友奈は、紅葉の横を通り過ぎて園子たちの前に出る。

 

 

「次はだ、れ、に、しようかなぁ~っと。」

 

園子、後ろのひなた、水都を順番に指差して考えている。 そうしている友奈を前に園子は、直感から躊躇いなくスマホを弄った。

 

 

「なっ……させるかッ!」

 

その動きを見逃す筈もなく、友奈は一瞬で思考を切り替え、頭を狙ったハイキックを叩き込むが―――

 

一歩遅く、足は園子を包み込んだ紫の花弁に阻害され、発生したインパクトに部室の机近くまで下がらせられた。

 

 

 

「――――――許さないよ。」

 

花弁が消えるとそこには、睡蓮を模した装飾の付いた槍を構えた勇者服の園子が残されていた。

 

普段の園子ならば決して出す事の無い、低く、敵意を剥き出しにした声。

 

満開を20回繰り返した最強の勇者がただ一人と言えど、無勢だと悟った友奈。

 

 

「……これは不味い。 仕方無い、一人潰せたし撤退しますか――――!?」

 

 

友奈は反射的に、生存本能に従って礼をするように首を前に下げた。 その上を、鋭い刃物が通りすぎる。

 

「あっ、ぶな……!」

「――叩っ斬る」

 

二本目の刀が竹を割る動作で上段から振り下ろされ、それをなんとか避ける。 そのついでに振り返ると、鮮やかな赤い勇者服を着た眼帯の少女、三好夏凜が二天一流に似た構えを取っていた。

 

 

「おい、避けんなよ。」

「無茶言わないでよねぇ……」

 

本気の一閃に冷や汗を垂らすが、体勢を立て直す暇もなく、夏凜の後ろの扉から鞭を垂らした歌野までが入ってきた。

 

 

「今立ち去るなら、死ぬより辛い目に遭わなくて済むけど、どう?」

「………………。」

 

目を細め、友奈をじぃっ、と見つめる歌野。 血塗れでピクリとも動かない紅葉と友奈を交互に見ては、握った手の形に持ち手が歪まん勢いで手に力を込め続ける。

 

 

やがて、降参とでも言わんばかりに両手を上げた友奈は、まばたきを挟んだ刹那の間に姿を消す。

 

 

「……ひなたさん、医療班を速く呼んで。」

「っ―――は、はいっ!」

 

僅かに冷静さを取り戻した歌野が、ひなたにそう言い、紅葉の近くに近付いて屈む。

 

 

「時間稼ぎなんて買って出たんでしょ、どうせ。」

 

呆れた声色で、それでも労うように、動かない紅葉の肩に手を置いて優しく言った。

 

 

 

 

「――――よく、頑張ったわね。」

 

 

こうして、赤嶺友奈の部室襲撃事件は、紅葉の奮闘によって幕を下ろしたのだった。

 



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番外 三ノ輪銀は不幸体質である



『なんの特殊能力も無いけど常人ではない人達に食らい付く凡人枠』と言う意味で、紅葉に限り無く近いのは恐らくSPECの瀬文さん。



今回はR17.5くらい。 だと思う。



 

 

 

 

「そう言えば、貴方って銀君が好きなのよね?」

「ぶっ――――ぅあ゛っつう゛い!?」

 

鍵が開けっぱの俺の部屋に入ってきた歌野が、リビングで寛いでいた俺の対面に座ると、突然そんな事を言ってきた。

 

湯呑みを口に当てた時に緑茶を吹き出したせいで、顔面にそれが掛かる。

 

 

「うご、うごごごごごご…………」

「なんでこんなクソ暑い時期に熱いお茶なんて飲んでるわけ。」

「まず謝罪だろこの野郎……!」

 

タオルで熱々のお茶を拭い、話をやり直す。

 

 

「で、なんで貴方熱いお茶なんて飲んでるの。」

「あ、そこから? あのなぁ、暑いからって冷たいもんばっか飲み食いしてたら胃が駄目になるんだぞ? お前も健康には気を使えよ。」

「やってる事が完全に爺のそれなんだけど。」

 

 

そろそろ合計年数が三十路の人には言われたくないんだよなぁ…………。

 

適当に作った野菜スティックを出すと、歌野はそれを齧りながら続けた。

 

 

「話を少し巻き戻すけど、貴方って銀君が好きなのよね?」

「…………そんなこと聞いてどうすんだよ。」

「見ててモヤモヤするからとっととくっついて欲しい。」

「あら直球。」

 

歌野曰く、俺の事は部員全員が知っているらしい。 俺って分かりやすいのかねぇ。

 

 

「あんまり声に出すのは恥ずかしいから好きだのなんだのは言わんが、俺にどうしろと?」

「押し倒せば?」

「殺されるわ。」

 

美森辺りに蜂の巣にされるわ、しかも相手は小学生だぞ。

 

 

「なに、死ねって?」

「臆病ねぇ、どうせ銀君も貴方に悪い感情は持ってないんだから押せば堕ちるでしょ。」

「こんな言動する奴が勇者ってマジ……?」

 

いつの間にか手首から首に移動している首輪をチャリチャリと弄る歌野を見て、俺は複雑な心境になる。 お前に人としてのプライドは無いのか…………?

 

そろそろリードとか付けられそう。

 

犬耳のカチューシャでもあげようかな、とか考えながら俺はお茶を入れ直す。

 

 

「ちなみに聞いておくが、お前ら過激派は俺と銀になにをしようと企ててたんだ?」

「あー…………銀君と食事でもさせて、貴方の料理にだけ亜鉛大量にぶちこむとか。」

「それ多分俺が銀に襲い掛かる前に血ぃ噴いてぶっ倒れるぞ。」

 

あとその提案したの絶対夏凜だろ、俺は分かってるんだからな。

 

 

遠回しに殺されかけてた事はさておき、時計を見て時間を確認。 んーそろそろ出るか。

 

「俺今日デートの予定だからそろそろ愛の巣に帰れ。」

「えー……暑い日のみーちゃんスタミナが三倍近くに膨れ上がって大変なんだけど。」

「知らん、俺はともかく銀にまで何かしようとした因果応報だろ。」

 

 

暑い日にスタミナ三倍ってなんだよあいつフィジカルモンスターか。

 

駄々をこねる歌野の首根っこを掴んで玄関から外に叩き出して閉めようとすると、足を差し込んで妨害してくる。 往生際が悪いぞこいつ…………!

 

 

「貴方誰とデートするのよ。」

「散々話題に出てただろ、銀だよ。」

 

はい? と言う歌野の足を退かして、扉を閉める。 懐から出した動物園のペアチケットを取り出して、俺は着替えと準備を始めた。

 

歌野も水都とどっか出掛けたらいい発散になるのに、そんなことしないで室内デートで留めてるから生気を絞られるって何故学ばないのか。

 

 

まあ見てて面白いから指摘しないけど。

 

恐らく人はこれを目クソ鼻クソと呼ぶ。 ドングリの背比べともな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『それで? 銀君とのデートはどうだったの?』

「惨敗だよ馬鹿。」

『酷い八つ当たりねぇ。』

 

デートからしばらく経った夜、俺は枕に顔を埋めながらうつ伏せにベッドに寝転がっていた。

 

スカイプ的な通話アプリをスピーカーにして、隣の部屋の歌野と連絡を取っている。

 

 

『だろうな、とは思ったわ。』

「ああ。 俺は銀の不幸体質を甘く見ていた、なんだよあれマイルドで人が死なないファイナルデッドシリーズじゃん。」

 

私はデッドサーキットが好きねぇとか言うくっそどうでもいい情報をガン無視して、動物園で起きた銀の不幸事案を思い返す。 あと一番面白いのはデスティネーションだからな。

 

この好みの違い……やはり俺とお前は戦うことでしか分かり合えないのか……。 俺が一方的にボコボコにされちゃうのは目に見えてるけど。

 

 

 

 

 

……で、食べ歩きしようとしたソフトクリームは一歩で地面に落ち、肉食動物は脱走しかけ、鳥の餌やりコーナーでは大量のオウムやらインコに群がられ全身羽毛だらけにさせられたり。

 

しかもヤギに服の端を噛み千切られるわ猿にビンタされるわで散々だったんだからな。

 

 

結局最後には大雨警報が出た事で、中断して帰ることになってしまったのである。

 

「もーさーーー、銀の申し訳なさそうな顔が脳裏に残っててさーーー。」

『酔ったオッサンじゃないんだからダル絡みしてこないでよ。』

「全くとんだお出かけだったぜ。」

『そういう意味では、貴方結構銀君のこと好きね……?』

「嫌いなやつと一緒に出かける人間に見えるか?」

 

 

そも嫌いなら話さないし視界に入れないし、必要ならそいつの事自分で処理するし。

 

ざあざあとうるさい外の雨音をBGMに、俺はベッドの上でワニのデスロールよろしく回って悶える。 音が絶妙にウザイからやめろと歌野に言われて、わざと数分続けてからやめた。

 

 

「――――はあ。」

『なぁにため息なんかついちゃって、次は部屋で一緒になんかすれば良いじゃない。』

「謎の力で部屋が爆発したらお前の責任だからな。 まあそれはそれとして、付き合ってもいないのに部屋に入れるのは…………なんか違うと思うんだが。」

『堅物か。 発想が一々古いのよおじいちゃんは。』

 

誰がおじいちゃんだコラ。

 

本格的に犬耳…………それも神経に反応してめっちゃリアルに動かせるやつ頭にぶっ刺してやろうか、と思案している俺の耳に、スマホの奥からの声が聞こえる。

 

 

『うたの~ん? 私が居ながら……誰と話してるの……?』

『ヒッ』

「お前水都が居ながら俺と話してたのか。」

 

歌野の小さい悲鳴。 後にベッドのスプリングが軋む音がして、水都の声が近くなる。

 

 

「いや、あれよ、ちょっとデートの話をね。」

『紅葉ィ!! 貴方わざとでしょ!?』

『デート? ふぅん。 うたのん、私が居るのにデートなんてしたんだぁ。』

『誤解! それは誤解! ちょっ、みーちゃん変なところ触らないで…………』

 

 

 

『あ゛ーーーーーーーー!!?』

 

 

 

ゴリラ特有の低い叫び声がスピーカー越しに木霊した所で、俺は静かにスマホの画面を消した。 あれは尻を狙われたな……間違いない。

 

………………寝るか。

 

 

大雨でうるさいが念のため耳栓付けよう。 歌野が一階の一番端で俺がその隣だからか、俺と歌野の部屋の間にある壁薄いんだよね。

 

何処に入れといたか忘れた俺が棚を漁っていると、不意にインターホンが鳴る。

 

 

すいませんもう10時くらいなんですけど。

 

歌野が助けを求めてきたのかと疑いながら、玄関脇に吊るしてある折り畳み式じゃない普通の警棒に手を伸ばす。 慎重にチェーンを外して、不意を突く為に勢い良く開けた。

 

 

「うわあ!?」

「誰だコラ…………あれ、銀?」

 

想定してた身長より大分低い位置から声がして、下を見ると、そこには大雨の中に居たのかびしょ濡れで髪から水を滴らせた銀の姿があった。 …………別れたの6時くらいだったよね。

 

 

「……なにやってるんだ、銀。」

「あ、はは……実は部屋の鍵落としちゃって……」

「それで探してたのか? 今の今まで?」

「……はい。」

 

濡れた髪を掻いて誤魔化す銀。

 

 

その様子を見て、俺はイラっとした。 なんで連絡しなかったんだ、とか。 夜道は危ないだろ、とか。 多分今口を開けば、そんな事ばかり出てくるだろう。

 

 

 

色々言いたいことはあるのだが、このままでは風邪を引く事は確実か。 そこで思考を打ち切って、ドアを開けて銀を中に招く。

 

「入りな、風邪引くぞ。」

「あ、ありがとうございます……」

「すぐに風呂沸かすから待ってな。」

 

「それとなんか、歌野さんの部屋から叫び声が聞こえてきたんですけど……。」

「何時もの事だ。」

 

 

ええ……と言う銀を他所に、そう言って俺はタオルを投げ渡して大急ぎで湯船の残り湯を温める。 体を温める唐辛子系の入浴剤をぶちこんでから銀を呼んだ。

 

「おーい、さっさと入れー。」

「はーい。 ……あれ、アタシの着替えとかどうすれば?」

「気にするな、どうにかするから。」

 

 

服の問題を気にする銀の背中を押して浴室に放り込み、扉を閉める。

 

俺の普段着を突っ込んでるのとは別の段から適当に服と下着を取り出して、かごに入れて風呂場の手前に置く。

 

 

 

「……鍵、か。 冗談じゃなく危ないな。」

 

俺はスマホを取り出し、銀が風呂から出てくる前に大赦に連絡を取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやあ、さっぱりしましたぁ。」

「そりゃ良かった。」

 

ホカホカと湯気を立てて、あぐらを掻きながら銀は髪をタオルで拭いていた。

 

 

「――――それはそうと。」

「なんだ?」

 

髪を拭き終わり、タオルを首に巻いて垂らした銀。 どういうわけか、じとっとした目を向けられる。 …………な、なんだよ。

 

 

「なんで、アタシに合うサイズの下着とかが紅葉さんの部屋にあるんですか。」

「……変な誤解はするなよ、それ全部歌野のだぞ。」

「へぇっ?」

 

「なんか度々下着が無くなるらしい。 なんでだろうね?」

「ははぁ……なんででしょうかねぇ…………。」

 

 

全てを察した銀の遠い目と、Tシャツの『のーぎょーおー』という文字を一瞥。

 

暇潰しに作った生姜湯を啜りながら、窓を打つ雨粒の音に耳を傾けていた。

 

「……あと、今日はほんと……すいませんでした。」

「何が?」

「アタシのせいで、紅葉さんの動物園のチケット無駄になっちゃって……。」

「あー、別に。 あれくじ引きで手にいれたやつだし。 お前が気にする必要は無いよ。」

 

 

しょげてる様子の銀。

 

自分の不幸体質の事から負い目があるのか。 気にしてないことをわからせるように、俺は髪がちゃんと乾いてるのかを確かめるついでに銀の頭を撫で回す。

 

 

「うわわわっ」

「そんなに気にしてるんなら、その内どっか行こうぜ。 どうせまたチケット手に入るし。」

 

俺その辺の運だけはやたら良いんだよね。 宝くじ買うとほぼ必ず高い賞金手に入れるから絶対買うなって言われたことあるし。

 

 

気にするなとばかりにぐしゃぐしゃと髪を掻き乱すと、銀は目を細めて大人しくなる。

 

風呂上がりでふわふわの髪を堪能するのは、銀が座ったまま船を漕ぎ始めたところでやめた。 時間を見ればもう0時、良い子は寝る時間だろう。 俺? さあねぇ…………。

 

 

「そろそろ寝るか。 鍵の件は、明日にしよう。」

「…………んーー。」

「ほれ、起きなさい。」

 

頬を軽く叩いてからベッドに向かい、薄い肌掛けを捲って壁際に背中を預ける。

 

 

「銀も来い。」

「……もしかしてアタシもベッドですか。」

「当然でしょ。」

 

壁に背中をぴったり合わせ、左手で空いたスペースを叩く。

 

銀は、気まずそうに頬を指でなぞった。

 

 

「俺はお前を床で寝かせたくないけど、俺も床で寝たくないんだよ。 さあ、ハリー(早くしろ)。」

 

「……………………はい。」

 

 

長い思考の末、銀はもぞもぞとベッドに転がり込んだ。 パチンと電気を消すと部屋の中は真っ暗になり、深夜唯一の外からの光は、大雨の雨雲で隠れている。

 

故に、俺は気付けなかった。

 

 

 

銀の瞳の奥にある、暗く小さく揺れていた炎に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぱち、と。

 

眠ってからほんの二時間で、銀は目を覚ました。

 

 

その二時間で雨が止んだらしく、月明かりが部屋の中を照らしている。 ゴーゴーと言うエアコンの音と、紅葉の死んでいるのではと勘違いするほどに小さい呼吸。

 

普段の人を煽りおおよそ学生(こども)には見えない雰囲気を出している男にしては、あどけない寝顔だとぼやけた頭で思う。

 

 

「……腕枕。」

 

どうやらだらりと伸ばされた紅葉の右腕を枕に使っていたらしい。 左腕は銀の腹に回され、ガッシリとホールドされている。

男に捕まっている状況なのだが、不思議と不快感はない。

 

 

「…………紅葉さん、起きてます?」

 

なんとか体勢を反転させ、紅葉と向き合うと銀は小声で呟く。 返事はなく、ただ呼吸の音が返ってくるだけだった。

 

顔―――と言うよりは首元、そこが月明かりに照らされ、寝汗が光に反射する。

 

 

ふと、心臓が高鳴るのを自覚した。

 

 

「紅葉さん……寝てるんですよね……。」

 

もぞっと動いて、体を紅葉の方に寄せる。 自分の呼吸が荒くなっているのが良く分かるが――――もう、銀は止まれない

 

 

 

「――――起きないのが、悪いんですからね……っ」

 

言い訳するようにそう言うと、銀は顔を首元に近付け、鎖骨を犬歯で削るように噛み付いた。 コリコリとした感触と鼻に刺さる男の臭いが、銀の理性を狂わせる。

 

思考回路が焼き切れてゆく感覚を無視して、貪るような動きで食らい付く。

 

 

それだけの事をされながら起きない紅葉が悪いのだ、と免罪符をかざしている銀だが――――その目線はとうとう、首筋に向く。

 

 

 

「――――フゥーー……フゥーーー……ッ!!」

 

獣のような荒い呼吸で、銀は紅葉の首筋に狙いを定める。 口を近付けて、そのまま――――首の肉を食い千切る勢いで歯を立てた。 ガリ、と音がして一筋血が垂れる。

 

熱い息を傷口に送り込むような呼吸をしながら、服を掴み体を紅葉に擦り付ける。

 

力を込めて歯を立てていた口を離すと、紅葉の首にはくっきりと歯形が残っていた。

 

 

歯が深く埋まって血が滲んだその痕を見て、奇妙な満足感に包まれる。 慈しむように、愛しいように、歯形を一度ペロリと舐めると、銀は胸元に顔を埋めて眠りについた。

 

先程とは打って変わって穏やかな寝息を立てる銀と、痛みからか眠りながら顔をしかめるもすぐに顔色を元に戻した紅葉。 決して真っ直ぐではない愛情を、向けて、向けられる二人。

 

 

 

 

この二人の行く末を、ただ窓の外の月明かりだけが見届けていた。

 

 






紅葉の中身がジジイだとわかってるのはゆゆゆ勢(神樹内に来る前に話してる)とのわゆ勢(西暦との見た目、性格の違いを考えて話さざるを得なかった)だけで、小学生組には話が複雑だからと説明してないし誰も話してません。



紅葉
・精神年齢的には孫とジジイ。 本心から好きなんだけどひなたとの思い出が残ってるのもあって、そんな自分が銀を幸せにできるかわからない思考回路堅物マン。 小学生だからって油断する方が悪いんだよ分かったらもっと攻めろやヘタレ野郎(ヤジ) 噛み傷くっそ染みるんですけど。


・愛しさ余って独占欲100倍。 紅葉の体をガジガジすると幸福感で凄い事になるのに気付いた。 最近は紅葉が歌野とかと仲良さげなの見てるとモヤっとする。 あと水都辺りからアドバイス貰ったらやべーことになるからやめろよ、絶対だぞ。


歌野
・とうとう首輪を首に着けるようになった。 犬耳が見える見える……モフいぜ(幻覚)

水都
・銀ちゃんには可能性を感じる。 鍛えたら伸びるね(巫女特有の観察眼)



良い子は『愛咬』で調べちゃ駄目だZOY


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番外 先人紅葉は狼少年である



通算UA100000突破、感謝(?)のR-17.9番外。

なんでこんなに遅れたのか? ……察して。




 

 

 

「…………なんじゃこりゃ。」

 

 

帝王杏の暴走から数日。

 

雲一つ無い快晴の朝、生前の感覚と時折歌野の畑仕事を手伝うことから5時には目が覚めている紅葉は、何時ものように顔を洗おうと洗面台に立っていた。

 

 

 

 

 

――――登頂部に三角の毛の塊が生えてなければ、何時もの一日を始めていたことだろう。 そして尾てい骨の付近には、身の丈程もある長い尻尾。

 

 

「犬じゃん。」

 

いや、これ犬じゃん。 と言うすっとんきょうな声が、寄宿舎の一室に木霊した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「という訳で、なんか耳と尻尾生えました。」

「よくそのまま学校に来たな。」

 

部室でふんぞり返るように椅子に座って脚を組んでいる紅葉に、代表で若葉がそう聞いた。 考える素振りに反応して、ピクピクと三角の耳を揺らしている。

 

 

「『歌野にコスプレグッズを接着剤で貼り付けられたら取れなくなった』で通したら誰も質問してこなくなった。」

「…………そうか。」

 

若葉は思考を止めた。

 

 

 

多少思うことがあるのか、ふて腐れた顔の紅葉の感情に合わせて、耳や尻尾があちらこちらへゆらゆらと揺れている。 尻尾は紅葉の身長ほどもあり、床をモップで拭くように動いているが、日頃の掃除のお陰で埃が絡まる事はない。

 

 

「いつぞやの歌野との入れ替わりよりは遥かにマシだが…………こう言うシチュエーションは女がすべきだろ、俺じゃ需要無いと思うんだが。」

「まあ、何人かにはあるでしょ。」

「今回ばかりは何の関わりも無いからって好き放題言いやがるなお前な。」

 

面白そうなおもちゃを見つけた子供のような顔で言い切った歌野に、目を細めて抗議する紅葉。 その動きに合わせて垂れていた尻尾が天井に向かって持ち上がった。

 

 

「わはははは怒るな怒るな、しっかしこれ何犬なのかしらね。」

「ええい撫で回すな馬鹿野郎。」

 

乱雑な手付きで耳をガシガシと掻く歌野。 紅葉は嫌そうにしているが、犬の本能がそれを良しとしているのか、尻尾が大きく左右に揺れ動く。

 

 

「その態度のわりには随分嬉しそうじゃないの紅葉~~~。」

「…………グルルルルル……。」

「ガチトーンの威嚇はやめなさい。」

 

これ以上は噛まれかねないと判断してパッと手を離す歌野。 後ろでは他の勇者たちがうずうずとしていて、その中から一歩近付いて高嶋の方の友奈が興奮気味に聞いてくる。

 

 

「ねえねえ紅葉くん、それ触って良い?」

「…………どうせ後ろの奴等も触りたいんだろ、ちゃんと聞くだけ良いし、構わんぞ。」

「やったー! えいっ!!」

「あ゛あ゛!?」

「へぶっ!?」

 

友奈が紅葉の頭頂部に生えた耳を両手で一つずつ、思い切り鷲掴みにした。 痛みと反射的な反応で思わずビンタを食らわせると、友奈はその勢いで机に突っ伏す。

 

 

「な、殴ったね……お父さんにも叩かれたこと無いのに!」

「いきなり鷲掴みにするやつがあるかアホ!」

 

椅子ごと体を下がらせ耳を庇う紅葉。 そりゃ殴られるわ、と呟いた夏凜の横に立っていた棗が入れ替わる。

 

 

「高嶋、犬の耳や尻尾は乱暴に扱っては駄目だ。」

「なんか俺ナチュラルに犬扱いされてない?」

「見ていろ、こうやって触るんだ。」

 

有無を言わさず紅葉の頭に手を伸ばすと、棗は優しく犬の耳の付け根を掻いた。 犬を飼っていた実績もあり、中々に巧い。

 

 

「おーーー…………。」

「…………ペロもよくこんな顔で撫でられていたな、懐かしい。」

 

歌野のからかうような目付きとは違う意味で目を細め、棗の手にされるがままの紅葉を見て笑いを堪える歌野は、窘めるように夏凜に足を踏まれた。

 

「んあ゛!?」

「笑うな。」

「こ、このいりこ出汁……!」

「お? やんのか?」

 

後ろで肩をどつき合っている二人を尻目に紅葉の頭を撫でている棗。 その後も入れ替わり立ち替わり耳や尻尾を弄くられ、最後にひなたが紅葉の前に立つ。

 

 

「ええと……その……し、失礼します?」

「…………どうぞ。」

 

もみくちゃにされ若干疲れが見える紅葉は、やけくそ気味にひなたに頭を差し出す。

 

指先が耳の先端に触れ、ピクリと毛に覆われたそれが揺れる。 毛の一本一本を確かめるようにひなたが触ると、紅葉の尻尾が波打つように左右に振られた。

 

 

「――――ヴルルルルルルル……。」

 

不意に紅葉が唸り声を出し、ひなたは歌野にしたような威嚇かと思わず手を引く。

 

「ひゃっ……あの、怒ってるんでしょうか……?」

「あー、いや。 これ多分甘えてる。」

 

澄ました顔であっけらかんと歌野は言うが、その足は夏凜の(すね)をひたすら蹴っていた。

 

 

「完全に犬みたいなのに甘えた声が猫なのはなんなの。 あと歌野はそろそろ窓から投げるぞ、脛を蹴るな。」

 

夏凜に蹴っていた足の甲を踏まれる歌野。 その様子を見ていた若葉が、一言呟いた。

 

 

「…………このあとの依頼は外でやることばかりなのだが、紅葉はどうするんだ?」

『…………あ。』

 

部室に、そんな間抜けな声が重なった。

 

どうにか室内でこなす依頼が無いか探してみるも、どれもこれも、今日の依頼の全てが外で行われる行事ばかりであった。

 

 

「今のこいつ外に出したらまず間違いなく『唯一の男部員をコスプレさせてるボランティア集団』扱いされる可能性高いわよねぇ。」

「まあ紅葉がマスコットキャラポジションな事は否定できないけど。」

「人がこんな事になってる横で言いたい放題だなほんと。」

 

ひなたに撫でられていた紅葉が、その手から離れて言う。 眉を潜めて、怒りからか尻尾の揺れ方が変わる。

 

 

「まあまあ、紅葉さんは部室に残って書類の整頓なんかをしていてくだされば良いのではないでしょうか。 誰かに見られないように、一人残っておく……とか?」

 

慌ててフォローを入れたひなただが、その提案は悪手である。 少し考える動きを見せた風が、部長権限とでも言うべき立場から命令を下した。

 

 

「じゃ、言い出しっぺのひなたが残ってもらえる?」

「…………へ?」

「いやほら、ひなたも肉体労働得意な訳じゃないでしょ? なら紅葉の見張り役に残ってもらう方が良いじゃないかなーと思うわけヨ。」

 

にやにやと、風は笑う。

 

ひなたと紅葉の感情を理解しているからこその、お節介を含めた助言であった。

 

 

その言葉に呼応するみたく、ゆらりと動いた尻尾がひなたの腹部に巻き付いた。 細長く、毛の量が多いモップのようなそれは、モコモコとしていて触れば暖かい。

 

「あ、あら……?」

「…………すまん、勝手に動くんだよこれ。」

「自分の意思で動かしてこうなのだとすれば、それはそれでちょっと問題ですけどね……。」

 

腹に巻き付いた尻尾が、ぐいぐいと紅葉の下にひなたを手繰り寄せる。

 

それを見て、風達はそそくさと部室から出ていってしまった。

 

 

「それじゃあ後はお若い二人に任せるとしましょうかネ~。」

「いや俺は若くない……行っちゃったよ。」

「風さんって、時々『風』と言うよりは『嵐』のような人ですよね…………。」

 

がらんとした部室の、入口近くに置かれた唯一の机。 その近くの椅子に腰掛けたひなたが、紅葉の目を見て疑問符を浮かべた。

 

 

「紅葉さん、紅葉さんの目の色って……確か黒でしたよね?」

「少なくとも赤とか紫みたいな派手な色ではなかったが。」

「ちょっとこれを見てください。」

 

そう言って、ひなたは紅葉に手鏡を渡した。 紅葉がそれを覗くと、そこに写し出されたのは当然ながら紅葉の顔で――――。

 

 

「…………琥珀色(アンバー)……?」

 

紅葉の瞳の色は、琥珀色に変色していた。

 

犬系統の耳と尻尾に、琥珀色の瞳。 紅葉は、それでようやく自身の身に降りかかった存在の合点がいく。

 

 

「俺のこの耳と尻尾、単なる犬とかじゃないみたいだぜ。」

「なにか分かったんですか?」

「ああ。 これ犬じゃねえ狼だ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カチ、カチ、カチ。

 

時計の針が進む音と、本のページを捲る音。 そして静かに、呼吸する音だけが部室を支配している。 ひなたが小説を読み進めている横で、紅葉は腕を枕に机に突っ伏していた。

 

 

ひなたがページを捲ると、尻尾が揺れる。 ページが捲れると、尻尾もまた、揺れる。

 

視界の端で毛の塊が揺れているせいで、ひなたは集中出来ずに本に栞を挟んで閉じた。

 

「…………なんだかこそばゆいですよ、紅葉さん。」

「んー、いや、気にするな。」

「気になるのですが……。」

「んへへ。」

「……もう。」

 

楽しそうに嗤う紅葉にムッとした顔を向けると、咳払いを一つ、本を読むのを続ける。

 

 

「……暇なんだけど。」

「仕方ないでしょう、そんな状態の紅葉さんを外に出すわけにもいかないんですから。」

「ま、そーだけどさ。」

 

そう言いながら、紅葉は長い尻尾を真横に座るひなたの胴体に巻き付ける。

 

ピクリと反応するが、構うだけ無駄だと無視をするひなた。 それが面白くなかったのか、毛先を顔に伸ばして頬をくすぐる。

 

 

 

「…………ふ、くっ、ふふ。」

「ど~こまで我慢出来るかな~?」

 

すっ、すっ、と毛先を頬の近くで動かす。 口許を笑いそうになるのを我慢して歪ませているひなたは、我慢しきれなくなると、尻尾を思い切り掴んで動きを止めた。

 

 

「いたたたたたたた。」

「いい加減にしてください。」

「わかったわかった…………。」

 

疑いの目を向けつつ、渋々手を離した。

 

尻尾を落ち着かせ紅葉は、改めて本に手を伸ばしたひなたのうなじに不意打ち気味に顔を寄せ――――。

 

 

「―――ひゃいぃっ!?」

「ふ、くくく。 いい悲鳴だこと。」

 

隙だらけのそのうなじに、口をつけた。

 

飛び上がる勢いで震えながら声を出したひなたは、首もとを押さえて勢い良く紅葉を見る。

 

 

「な、なっ、ななな…………!?」

「だって隙だらけなんだもん。 ふふふ、まるで、刺せと言わんばかりだ。」

 

イタズラに成功した子供のみたく無邪気に笑われ毒気が抜かれるが、された事を思いだし、ひなたはその頬を文字通り紅葉のように朱に染める。

 

 

「紅葉さんはその耳のせいで変になってるんですよ、普段はそんな事しないでしょう!?」

「正気さ、ああ、正気さ……ずっと我慢していた、本当は、こうして―――。」

「――――駄目、ですよ、誰かが戻ってきたりしたら…………。」

 

口ではそう言いながらも、ひなたは寸劇の時と同じく、それでいて以前より本気の顔付きの紅葉に抵抗できない。

自分の感情に気付いてしまったからか、知り合いに狼の耳や尻尾が生える異常事態に感性が混乱しているからか。

 

胴体に巻かれた尻尾に体を固定されて動けないにしても、手足を縛られた訳ではない。 抵抗する事は容易であり、ひなたに本気で拒絶されれば、紅葉は二度とこんなことはしない。

 

つまり『そういう(OK)こと』なのだ。

 

 

 

「っ……もみじ、さん……」

 

紅葉はひなたの夏服の襟を伸ばして首筋を露にさせると、流れで鼻を首元に置き、すんすんと匂いを嗅ぐ。 9月も中旬でありながら暑さの続く気温に、じんわりと汗を掻いている事もあって、独特の匂いが紅葉の鼻に突き刺さった。

 

 

「ひ、ぅ……っ。」

 

続けてひなたの二の腕を両手でそれぞれ掴み、首筋に近付けた顔をそのままに、紅葉は一頻り匂いを嗅ぎ終えると―――ペロ、と汗を舐めた。

 

ビクリと体を震わせるが、されるがままに、紅葉の舌が首筋や鎖骨をなぞる。

 

 

「はっ……あ、あぁ……。」

 

吐いた息が熱を持っているのが分かる。 腹の奥から熱さが滲み出し、ひなたの脳裏にあるスイッチが完全に入る直前、唐突に紅葉は体をひなたから引き剥がした。

 

 

「悪い。」

「……あ、あう…紅葉さん……?」

「…………もう俺の理性の抑えが効かない、これ以上お前と居たら……()()()()()()。」

 

がたっ、と音を立てて椅子から立ち上がると、スマホを持ち部室の扉に空いた手を掛ける。 その横顔は焦燥に駆られていた。

 

 

「大赦本部に行って調査してもらう、さっさとやってもらうべきだったんだが、帰りは夜になるから気にしなくて良い。」

「あ……はい…………。」

 

ひなたが止める間もなく部室から出ていった紅葉の背中を見送って、ようやくひなたの体は火照りが冷めた。 冷静になって、したことされたことを思い返す。

 

爆発したように顔を赤くして、机に顔を預けた。

 

 

「これではまるでお預けされたのと同じですよ、紅葉さん…………。」

 

火照りは収まれど、腹の奥深くの疼きは止まらない。 紅葉が寸止めしていたスイッチは、『ON』になっていた。

 

――――欲しい。 欲しい。 欲しい。

 

――――紅葉さんが、欲しい。

 

 

紅葉以上に我慢の限界だったのはひなたであり――紅葉以上に相手を()()()()のは、ひなただった。

 

 

どうしようもない切なさ。 その感覚を以て、ひなたは自身の感情を理解する。

 

それは恋と呼ぶには順序がおかしく。 愛と呼ぶには、あまりにも狂気が混ざっていた。

 

 

 

「(嗚呼、紅葉さん、貴方が――――貴方が欲しい。 どうしようもなく、焦がれてしまいました。 私は、どうすれば良いのでしょう。)」

 

一人部室に残されたひなたは、無意識的に手を組んで何時ものように神に祈る。

 

――――祈ってしまった。

 

 

「――――――っ!?」

 

瞬間、ひなたにのみ訪れた神託。 しかし神託と言うには、やけに具体的なメッセージがあり、妙に親身になる声色をしていた。

 

 

 

「ただいま戻りましたー。」

 

そんな折、ガラガラと扉をスライドさせて入ってきた水都。 一足早く戻ってきた水都は、一人だけのひなたに声を掛ける。

 

「……ひなたさん? 紅葉さんはどうしたんですか?」

「…………水都さん。」

「は、はいっ?」

 

 

俯かせていた顔を上げたひなたは、水都を視界に捉えると――――。

 

凄まじい速度で飛び掛かった。

 

 

「水都さん!!」

「はいい!?」

「水都さんが一度着てそれっきりの『アレ』を貸してください!!」

「ええ!? というかなんでそれを知って……っ!?」

 

驚いた水都が一歩下がるが、ひなたが一歩踏み込んで肩を揺さぶる。

 

 

「神託です、良いから早く! 私は冷静さを欠こうとしています!」

「それ流行ってるんですか!?」

「は・や・く!!」

「は、はいぃ…………この人恐いよぉ……」

 

涙目を浮かべた水都は、ひなたに引っ張られて寄宿舎まで歩かされる事になるのだが、遅れて戻ってきた勇者達はそれを知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

完全に夕陽が沈みきった夜、大赦に経費として落とさせたタクシーを存分に使って人目を切り抜け帰って来た紅葉は、仏頂面で寄宿舎の自室へと歩いていた。

 

 

「つっかえねえなあいつらマジで…………『神樹と同じ波長のエネルギーを検出したがそれっきり』ってなんだよ、俺の頭に神樹エネルギーが生えてるのか。」

 

ぶつぶつと文句を漏らしながら、その感情に呼応して動き回る尻尾をなんとか抑え込む。

 

扉の前に立って鍵を開け、ドアノブに手を置くと、動きを止める。

 

 

「…………人の気配―――が分かるのはちょっと便利だが、人前に出られないからなぁ。」

 

警戒心を高めつつ、ゆっくりと扉を開く。

 

中に入って扉を閉め、リビングの明かりを点けると、人影がベッドに腰かけていた。

 

 

 

「―――お帰りなさい。も、み、じ、さぁん。」

 

ねっとりと、ハチミツのように。

ドロリとした声が耳に入る。

 

ベッドの上に座っていたのは、数時間前にも見た少女、上里ひなただった。

 

だが、その衣服は制服ではなく。

 

 

 

「なん、だ、その格好。」

「うふふ、ふふ。 凄いでしょう? 水都さんが以前に、歌野さんを誘惑するのに使ったモノらしいですよ。 歌野さんは血を噴いて倒れたようですが。」

「いやそう言うことを聞いてるんじゃなくて。」

 

ひなたは髪留めをほどき、艶めかしい四肢をベッドに投げ出していた。 その服装は、清楚さがあったあのひなたとは思えないほどに妖艶で。

 

生地のその奥の色白の肌色が覗けてしまうくらいの薄さがある下着だけの格好。 当時のひなたなら、ネグリジェぐらいであれば着ることもあっただろう。

 

 

「ひなた、お前、そんなの着るタイプだったか?」

「いやですね、紅葉さん、貴方がこう言うのが好きだって聞いたんです。」

「誰から―――神託か、厄介な……。」

 

一瞬で犯人を見破るも、紅葉の目はひなたのその衣服に釘付けだった。

 

 

――――ベビードール。

 

黒一色のその姿は、扇情的で、蠱惑的で。 ただ、紅葉の理性を煽るために存在していた。

 

 

「…………冗談だろ、さっさと服を着ろ。 というか部屋に帰れ。」

「ぇへ、今、これしか着てないんです。 他の方に見付からないか、ちょっとドキドキしました。」

「…………なんで、そんな……。」

 

疑問をぶつける紅葉に、ひなたは簡単そうに、明るい口調で返した。

 

 

「貴方にはもう、我慢してほしくないから。」

「――――は?」

「私は我慢をやめました、貴方がどうしようもなく欲しいと言う感情を抑えるのをやめました。 だから、今度は貴方の番なのですよ。」

 

不意打ちで、ぴらりと奥のショーツがギリギリ見えるラインまで裾を捲るひなた。

 

紅葉の理性に亀裂が走る音を幻聴した気がしたひなたは、そのままトドメの一言を放った。

 

 

 

「紅葉さん、どうぞ……召し上がれ。」

「――――――。」

 

 

バツン、と。

 

ワイヤーが千切れたような音が脳裏に響いたのを最後に、紅葉は意識をシャットダウンさせた。 後ろ手に鍵を閉めると、紅葉はひなたのいるベッドまで近付く。

 

ぎしっとスプリングを軋ませひなたに覆い被さるようにベッドに乗ると、紅葉の下のひなたは歓喜に喉を震わせ、わざと聞こえるように鳴いた。

 

 

「――――にゃぁん……っ」

 

 






誰が予想したかひなた逆転勝利ルート、謎の投稿者に家族を人質に取られて書けと脅されたんです信じてください。

これで規制食らったら笑いますがね。



紅葉って神樹エネルギーで死なないようにしてるから、親和性高くて神樹のイタズラの被害に遭いやすいんですよね。 いつぞやの入れ替わり事件もそれが原因だったりする。


歌野
・前世含めて精神年齢が30代に突入した癖にド直球のエロには耐性が無い。 みーちゃんのベビードール装備を見てぶっ倒れた。

水都
・前に一回アレを着て部屋で待機してたらうたのんが血を噴いて倒れたときは流石にびっくりした。


紅葉
・ベビードールに弱い。 生えた耳と尻尾の種類はオーソドックスなハイイロオオカミ。 目の琥珀色は光の加減では金にも見えるらしく、好きな相手への愛情表現で甘噛みすることがある。
ひなたのベビードール姿での挑発に理性が一秒も保たなかったのは昔の大人ひなたが薬盛って襲ってきたときの格好と偶然(すっとぼけ)にも同じだったから。


ひなた
・紅葉が我慢の限界だったのとアレが弱点なのを利用して陥落させた。 戦いは無情なんですよ銀ちゃん、ウフフフフ。
ちなみにひなたは乃木・上里・大赦の共同開発で作り上げた紅葉に盛るのにも使った『おくすり』を持っているので紅葉が攻めに回れたのは今回が最初で最後なのである。



神樹の中の一柱
・『いい加減あのゾンビ野郎には素直になって欲しかった、自分のしたいことをすれば耳と尻尾は勝手に消えるんだから良いんだよ上等だろ』等と供述しており、反省の色は見られないとのこと。
神託で水都がベビードールを持ってるのをチクったのも紅葉の性癖をチクったのもこいつ。 多分色欲とか情欲とかを司ってる邪神の類い。 尚神樹内部の会議にて巫女に神託させるのを他の神々に禁止された、なんでや。


ベビードール
・本来は単なる下着の一種であり、今回の水都が持ってた奴は『そういうこと』用の誘う為のモノなので完全に別種と捉えてください。
詳しくはググれ。



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番外 山伏シズクは裏人格である


ちょっとずつくめゆ組も出していきたいのでまず二人です。 滅茶苦茶難産だった…………三回くらい色んな話を書き直しました。


分かりやすく言うとシズクルート、この紅葉はひなたに襲われてません。




 

 

 

「今日もお疲れさまでした。」

「あ゛ーーー…………疲れた。」

 

部室に集まった勇者と防人達。 何時ものように樹海の中でバーテックスと戦い、楽勝で終えたのだった。 歌野が机に突っ伏し、その肩を水都が甲斐甲斐しく揉んでいる。

 

 

「お疲れさま、うたのん。」

「ん゛ーーー、ベネ。」

「何語よ。」

 

対して強くないとはいえ、大量のバーテックスに襲われて疲労困憊の歌野にツッコむ夏凜。

 

 

「…………紅葉、は?」

 

そんななか、ふと防人の面子からひょこりと顔を出した少女が、ひなたに聞いてくる。

 

犬の耳のような癖毛が特徴的な、髪で片目を隠した大人しい少女、山伏しずく。 クリーム色の髪が、エアコンの風に揺れた。

 

 

「ああ……紅葉さんなら、日用品を買い足すからと一足先に帰ってしまいましたよ。 今ならちょうど寄宿舎に戻っているのでは?」

「…………わかった、ありがと。」

 

 

ワンテンポ遅れて会話をするしずくは、さっさと会話を断ち切ると、そそくさと部室から出ていった。 神託によれば戦いはしばらく来ないため構わないのだが、普段の大人しさに反した素早さがどうにも気になる。

 

「しずくさん、紅葉さんに何か用があったのでしょうか。」

「さあねぇ。」

 

首を傾げる夏凜。 基本紅葉のあれこれには我関せずだが、なんとなく用があるのは()()()ではないと…………そう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

寄宿舎の廊下を歩き、しずくは紅葉の部屋へと向かう。 無表情の顔色からは何を考えているかが窺えないが、気持ち嬉しそうに歩みが早い。

 

廊下の一番奥から一つ手前、歌野の部屋の隣にある紅葉の部屋の前に立つと、しずくは唐突に立ち止まり、がくりと頭を下げた。

 

 

突然の異質な行動に驚愕する相手は誰もいないが、不意に顔を上げたしずくは、荒々しく髪を掻き上げて普段よりも高い声色を発する。

 

「あっ!? 急に変わんなよしずく……ビックリしたぜ、ったく。」

 

 

ふぅ、とため息をついたしずくは文字通りに目の色が代わり、野性的な荒々しさが表に出る。 その少女の名は、山伏()()()

 

いわゆる『解離性同一性障害』によって生まれた、しずくの性格とは真逆の人格である。 シズクはガリガリと頭を掻くと、諦めたように紅葉の部屋のドアノブに手を置いた。

 

ガチャリ、と。 呆気なく開いた扉を見て、シズクの目が見開く。

 

「えー……鍵掛けろよ、不用心だな。」

 

 

わざわざ紅葉の部屋の前に来てから入れ替わった体の持ち主と、部屋の主の二人に対して、シズクのため息は尽きなかった。

 

そのまま何度も出入りしている紅葉の部屋に繋がる扉を無遠慮に開け放つと、中に入る。

 

 

適当に靴を脱ぎ散らかして、居間に出ると、テーブルを挟んで両側にテレビとベッドが置かれた部屋があった。 ベッドの上に、見慣れた顔の男が寝ている。

 

 

「紅葉……寝てんのかよ。」

 

口が僅かに開き、穏やかな寝息が漏れている。 居間にはビニール袋に包まれた洗剤やティッシュの箱が積まれていた。

 

勇者部の相手に疲れているのも祟ってか、玄関を開けた音にもシズクが入ってきた気配にも気付かない。 普段ならとっくに起きているのを、シズクは知っている。

 

 

「頑張ってんもんなぁ、お前。」

 

ベッド脇に座り、紅葉の頬をつつく。 むにむにと弾力があり、突いた指が押し返される。

 

眠ったまま眉を潜めるが、悪意を感じないのか紅葉は目を覚ます事はなかった。

 

 

「しかし、しずくの奴……毎度毎度紅葉の目の前やら部屋の前やらで急に入れ替わりやがって、頑なに戻ろうとしねえんだからなぁ。」

 

しずくがシズクに切り替わる条件は、しずくが自分の意思で入れ替わる時を除いて、基本的に戦いの時などのしずくの身に危険が及ぶ場合のみだ。 それが本来の解離性同一性障害で生まれた裏人格の役目なのだが。

 

故に、シズクからしずくに戻る事への主導権はしずくが握っている。 シズクがどれだけしずくに語り掛けてもなんの反応も示さないのであれば、諦めるしかない。

 

 

「俺に何をさせたいんだよ…………。」

 

意味不明な行動のしずくに対して、腹いせに紅葉の頬をつつくシズク。 なんだかこう、段々と変な気分になってくるのを感じる。

 

 

「……なんか、不味いことしてる気がしてくるな、これ。」

 

眠っている異性のベッドに座って頬を指で触れる行為。 どうにも、いかがわしい感覚に陥る。 しかしやめられない。

 

クセになってきているのを自覚しながらもつつき続けていると、ふと紅葉の顔が動いた。

 

 

「んー。」

「……あ。」

 

その拍子に、シズクの指が紅葉の口に入ってしまう。 寝入りながらの無意識な行動で、異物を押し出そうとして舌が人差し指の腹をなぞる。

 

 

「ひゃあっ」

 

―――――と言う、男勝りな性格なのを自覚していながらの小さい悲鳴に自分が驚き、咄嗟に空いた手で口を押さえる。

 

 

「(い、今の俺の声か!? いや、それより早く指抜かないと……抜か、ないと…………。)」

 

引き抜こうとして、犬歯に引っ掛かる。 カリッと指の腹に刺激が来て、シズクの喉が音を立てて唾液を飲み込んだ。

 

 

不味いことをしている自覚は、ある。

 

だが、止められない。

 

 

 

「起きねえお前が悪いんだからな……。」

 

シズクは引き抜こうとした指を、再度奥に潜り込ませる。 腹で奥歯をなぞり、上顎に触れた。

 

流れで舌に指を置くと、生暖かく湿った物体が指の近くでうねるのが分かる。

 

 

「っ――――これ、やばっ……!」

 

ゾクゾクとした感覚が背筋を走り、ぴちゃぴちゃと指が舌に舐められる。 胸の奥に熱いものが込み上げてくるのがわかり、戻ってこれなくなるような危機感を覚えて慌てて指を抜く。

 

 

「はーっ、はぁーーーっ……。」

 

気付けば、不思議と息が荒くなっていた。

 

指を見るとぬらぬらと鈍く光を反射する液体が付着していて、目が離せない。 蠱惑的な雰囲気と紅葉の唾液に包まれている指を、シズクは、極自然な動きで自身の口許に持って行き―――。

 

 

 

「…………って、変態みたいじゃねえかッ!」

 

直前で冷静さを取り戻したシズク。 ゴシゴシとテーブルに置かれたティッシュで指の湿りを拭い、深く重くため息をついた。

 

大声を上げられ、そこでようやく、紅葉が目を覚ました。

 

 

「……んにゃ、シズク……?」

「……起きやがったか。」

 

安堵半分、落胆半分。 どこか残念だと思っている自分に疑問を覚えるが、寝起きの紅葉の何が起こったのかも理解していないマヌケ面を見ていたら、どうでもよくなった。

 

 

「おはようさん、爆睡してたぞお前。」

「あー、マジ? 起こしてくれれば良かったのに…………なんかした?」

「――――してねーよ。」

 

あっけらかんと、シズクはとぼけた。

 

まさか指が口に入ったのを良いことにイタズラしていたなんて、言える筈が無いのだから仕方ないのだろうが。

 

 

紅葉が喋る度に動く口許を見て先の行為を思い出し、目を逸らして頬を染めるシズク。 それを見て首を傾げた紅葉は、体を伸ばして関節を鳴らすとベッドから降りた。

 

「折角だし晩飯食ってくか? 実は徳島ラーメンの材料買ったんだけど、どうよ。」

「……ライスは?」

「付けるよ。」

「じゃあ食べる。」

 

苦笑いを溢して、はいはいと適当に返した紅葉は、台所と居間を隔てるのれんをくぐって台所に消えた。 深呼吸をして高鳴る心臓を落ち着かせたシズクの脳裏に、聞き慣れた声が響く。

 

 

『――――シズク。』

「(しずくか、さっきからずっと(だんま)り決め込んでた癖に急になんだよ。)」

『…………あれだけやってて、まだ自覚してないの?』

「(は? 何がだよ。)」

『………………ばか。』

「(はぁ!?)」

 

 

心の奥に隠れて会話に応じなかったしずくが、唐突に罵倒をしてくる事に驚きを隠せないシズク。 なんなんだよ……と髪を掻くシズクだが、次の言葉に、脳裏に納めていた言葉を口から吐き出す事となった。

 

『…………紅葉に指ぺろぺろされて興奮してた。 シズクって、案外えっち?』

「な゛っ……!! はぁっ!?」

「うおっ、シズク? どうした?」

「なんでもねえよ! 戻ってろ!」

 

 

端から見れば激しい独り言にしか見えないそれに反応して戻ってきた紅葉に怒鳴るシズク。 しずくからの問題発言に、ベッドに勢い良く座り直してから答えた。

 

「(誰がえっちだコラ! 俺はお前の別人格だぞ!? つまり元になったお前もそうだって事になるんじゃねえか!?)」

『…………さあ? 私は紅葉に変なことをしたいと思ったことはないし、シズクだけだよ。』

 

 

突き放すような言い方にふと違和感を覚えるシズク。 だが答えが見付からず、やがて紅葉の寝ていた枕に顔をうずめた。

 

「飯が出来たら起こしてくれ。」

『…………そんな、私アラームじゃないんだけど…………えー、寝るの早いね、シズク。』

 

ふて寝したシズクと台所に立つ紅葉の、中々進展しない間柄を思い返しながら、呆れたようにしずくは呟いた。

 

『…………少しずつ、で、いっか。』

 

 






私自身が『一話更新を一週間以内にやる』と制約しているのは、それを過ぎたら間違いなく飽きて書くの辞めるから。



紅葉
・なんで二回も眠○されてんだこいつ。 寝込みを襲われる様はまごう事なきヒロインのそれ。 この時空では基本シズクの相手担当で、多重人格者という時点でなんとなく家庭環境を察している。 しずくよりシズクと会話する頻度の方が高いが、しずくは他の連中と会話してるしまあいっかーとしか考えてない。

シズク
・口内フェチに目覚め掛けた。 自分の顔じゃないし、自分の声じゃない、全てが借り物なのに他人を好きになる権利なんてあるのか? なんて考えてるけど、相手が紅葉な時点でシリアスは無理だと思った方がいい。 良い薬が有りますよ……(巫女特有の笑顔)


しずく
・ラーメン食べたかった。 シズクの無自覚な想いを知ってるからこそわざと紅葉の前や部屋の前で入れ替わったりしていた。 嫌がらせではない。

……いや嘘。 嫌がらせ度は精々2割くらい。



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番外 勇者部のハロウィンである・前



そういえば私は『先人』で『さきひと』と読んでますが、実際は『せんじん』が正しく、意味は過去の人や以前の人、祖先や亡父らしいです。

全く意図せず適当に付けたにしてはこのアホに相応しい名字でしたね。 ちなみに紅葉の花言葉は『大切な思い出』です。


紅葉の体の灰化も元は『LOGAN/ローガン』のウルヴァリンよろしく治癒力が衰えて傷が治らなくなってく描写にするつもりだったんですが、絵面が酷すぎるからやめました。
R-18Gになっちゃうので。




 

 

 

10月も下旬。

 

今年もまた例に漏れず、あの日の下準備を行うこととなっていた。

 

 

「紅葉さん、紅葉さん。」

「んー、どうしたの?」

 

 

俺の向かいに座って机いっぱいに広がったお菓子を小動物みたいに口に含んでいた少女が、それを飲み込んで一息つくと聞いてくる。

 

「学校のあちらこちらで最近良く聞くのですが、『はろいん』……って、なんですか? 」

「あー、そうか。 ハロウィン知らないのか。」

 

 

眼前の少女――――国土亜耶は、つい最近までゴールドタワーで巫女として修行を積みつつ防人と共に戦っていたのだ。 幼い頃からずっとそうしていた為、あやちゃんは冗談抜きの箱入り娘だったりする。

 

ここに来てからは俺に次ぐ第2のマスコットキャラクターの座を欲しいままにしてるが、教室では何故か毎回大量のお菓子を献上されるらしい。 部室の菓子代が浮くから有り難いけど。

 

 

「『はろいん』じゃなくて『ハロウィン』ね。 どっかの妖怪和食小娘は頑なに『はろえん』とか言ってるけど、『ハロウィン』だからね。」

「なるほど、ハロウィンと言うんですか。」

 

「そ、そ。 頭にホッケーマスク被って生首に見立てたくりぬかれたカボチャを持って、夜な夜な子供の居る家に押し入って言うんだよ。 『悪い子は居ねがーーーッ!!』てな」

 

そこまで言うと、顔を青くしたあやちゃんに代わって横で話を聞いていた歌野に頭を叩かれた。

 

「いてっ」

「堂々と嘘つくな馬鹿、なにジェイソンとなまはげをハロウィンと悪魔合体させてんのよ。」

「いや、あながち間違いじゃないでしょ。」

「間違ってなさそうに聞こえてくる魔法の言葉はやめろ。」

 

これ以上はポッキーを鼻に突っ込まれるからやめておく。 呆れた顔の歌野があやちゃんに向き直り、俺の冗談を訂正する。

 

 

「ハロウィンってのは外国の風習が日本でのお祭り騒ぎに使われてるようなもので、日本で言うお盆の時期に死者の霊やら魔女やらが家を訪ねてくると信じられていた事から、仮面を被り魔女避けのお香を焚いてたりしてたのよ。

 

そこからどんどん意味合いが変わっていって、今では仮装(コスプレ)して騒ぐ祭りになっちゃってるけどね。 カボチャをくり貫いてジャックオランタンを作るのはその名残。」

 

ハロウィンには自分のカボチャを使ってるからか、そういう知識はある歌野。

 

聞き入っていたあやちゃんがふと呟く。

 

 

「今年の勇者部もはろい……ハロウィン?をやるのでしょうか。」

「やるでしょ、まあ去年のハロウィンはそれはもう酷かったけど。」

「私のカボチャがなんか異常成長して巨大化してたわね。」

 

 

バーテックスの影響か、栄養や味はそのままに子供サイズに巨大化したカボチャの処理は大変だったもんだ。

 

「それに俺が仮装して学校練り歩いてるだけで夏凜と歌野に死ぬ寸前までボコボコにされるとは流石に想定できないよね。」

「歌野さんと夏凜さんが!?」

「被害者面するな。 頭にジャックオランタン被って目元発光させて喪服着てる不審者を撃退しただけでしょうが、貴方まさか今年もやるつもり?」

 

 

ジトっとした目付きから顔を逸らしつつ、棚の上に封印された俺の仮装セットを見る。

 

セールで安かった喪服をなんとなく買ったは良いが使い道に困っていた俺は、ハロウィンの仮装でジャックオランタンを被りこれを着て皆を脅かしてやろうとしたのだが――――。

 

 

まさか、学校の廊下を歩いてるだけで二人にクロスボンバーされるとは思わないよね。

 

首もげるかと心配したわ。

 

 

「しかし今年のカボチャは普通サイズな訳だが、あれくりぬくのまた俺とお前だけか。」

「じゃないの? あやちゃんにやらせたら何年掛かるか分かったもんじゃないし。」

 

「……すみません、非力で。」

「ああ、いや、うーん……。」

 

しょげるあやちゃんを見ては罪悪感があるのか、なんとか良い仕事がないかと首を傾げる歌野。 いやぁ、珍しいね、こうも振り回されてる歌野を見るのは。

 

あやちゃんは歌野キラーだったか。 良いことを知った。

 

それはそれとして、カボチャくりぬく役目はあともう一人欲しいんだよなぁ。

 

 

「……ったく、こういう時に限ってどいつもこいつも依頼で居ないのはなんでなのかね。」

「仕方無いですよ、この時期になると色んな方々に頼られると聞きましたし。」

「妙な都合の良さを感じるよね、こう……作為的な何かを。」

「馬鹿なこと言ってないで良い感じの助っ人連れてきなさいよ。」

 

あぁん、人使いが荒い。

 

蹴り出されるように部室を出た俺は、取り敢えず三年の教室からしらみ潰しに探すことにした。

 

 

 

 

 

部室に残った歌野は、亜耶にこんなことを聞かれる。

 

 

「歌野さんは、紅葉さんが嫌いでああ言っているのですか?」

「……別に? あの人は他の勇者に好かれてるから、特に厳しくする奴が居ないのよ。 だから私や夏凜がそうしてるってだけ。」

「……そうなのですね。」

 

納得したと言うよりは、疑問はあるが質問しづらい、だろうか。 歌野も充分紅葉に甘く見えるからこそ、亜耶は首を傾げる事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「と、は、い、え~~~。 急にカボチャくり貫く仲間募集中でーす、とか言っても宗教勧誘より怪しいよなぁどう考えても。」

 

風が居るクラスに顔を覗かせてみたが、料理できそうな奴は居ないし、そもそもなんか妙に敵視されるし。 なんとなく風の隣のクラスに来てみたが、顔見知りなんて居ないしなぁ。

 

 

「……仕方無い、二年の方で探すう゛ぇ」

「――――おやぁ、すいませんねぇ。」

「いや、ああ、悪い。 考え事してた。」

 

振り返った直後に、誰かとぶつかる。 一瞬顔面が柔らかい感触に包まれ、その正体に気づく前に相手の高身長にちょっとビビった。

 

 

「え、でかっ。」

「やーん、おにーさんったら何処見て言ってるんですかぁ?」

「お前その言い回しはわざとだろ。」

 

棗より身長がある俺が見上げる位だから180はあるんじゃないのこいつ……ジョースター家の人間かよ。 焦げ茶色の髪を高い位置のポニーテールにしているそいつは、細めた糸目越しに俺を見下ろしてくる。

 

 

「それで……貴方二年の方ですよねぇ? 三年になにか用がありましたかぁ?」

「あー…………勇者部のハロウィンでジャックオランタン作るんだが、人手が足りなくてな。 」

 

「んひっ、なるほどつまり、料理とカボチャをくり貫く人を探しているのですねぇ?」

「(笑い方キモすぎるでしょ)……まあそんなとこ、なんならあんたがやるか?」

 

語尾がやたらねっとりしてるし纏ってる空気がなんかヤバイしで誘うべきじゃ無いんだと思うが――――見るからに変なのを誘うと面白いことになりそうだから誘おう。

 

わざわざ覗き込むように見下ろしてくるこいつは、少し考える素振りを見せてから口を開いた。

 

 

「良いですねぇ、私は構わないのですが、やはり頼みと言うのであれば…………報酬には期待しても良いのですよねぇ?」

「なるほど、飴をご所望か。」

「おにーさん方と違ってボランティアには興味ありませんからぁ……。」

 

 

変わらず糸目のまま、じぃっと見てくる。 こんなのが欲しがるものってなんだ…………?

 

「……金か? 6桁までなら出せるぞ。」

「直球ですねぇ……別にお金には困っていません。 というか6桁ってお金持ちですね。」

 

あんま趣味とか無いから大赦から支給されるお金余りまくってるんだよね。 そうだな……歌野には後で適当に言い訳しとくか。

 

 

「うちの部員が畑で育ててるカボチャをジャックオランタンにするんだが、そいつの育ててる野菜を幾つか無償提供でどうだ? サイズも中々だし無農薬で作られてるから生で食える。」

 

「良いでしょう、それで手を打ちますよ。」

 

「えらくあっさりしてるな。」

「理由は何でも良かったので、報酬を期待されたからと別の人に頼むのならまあ良いかなぁと。」

「しっかりしてるねぇ。」

 

長身で巨乳で糸目でポニテで笑い方がキモいとか色々と属性盛りすぎだが、なんだろう、勇者部で慣れてると然程混乱しないな。

 

部室に向かいながら、俺はこいつとの話を弾ませる。

 

 

「そう言えば、あんたは勇者部の事はどう思ってるんだ。」

「そうですねぇ、今時珍しいボランティア集団ですよねぇ? 私ですら労働には報酬を期待するのに、おにーさん方はそれをしない、というのはぁ……なんでしょう、マゾの類い?」

 

誰がマゾだ、ひなたじゃあるまいし。

 

「俺は時々個人的に物を戴いてるから違うぞ。」

「おや、いけない人ですなぁ。」

「勇者部にチクるか?」

「しませんよぉ、タダ飯の機会を逃すわけにもいかないでしょう?」

 

にやり…と言うか、ねちゃっとした気持ち悪い笑みを溢されるとこっちも苦笑いしか出来ない。

 

ああ、と思い出したように声を出すと、横を歩いていたこいつが続ける。

 

 

「確か私のクラスでも貴方はそこそこ知られてますよぉ、勇者部唯一の男性部員だ、と。 」

「碌なウワサじゃねえだろ。」

「ええまあ。 なにせ美少女揃いの中で、ですからねぇ…………嫉妬の声は毎日聞きますとも。」

 

あの魑魅魍魎が跋扈する天涯魔境を羨ましがるとかそいつら大丈夫かよ。 あいつら見た目は良いけど中身はアレだぞ、へんな幻想抱いてないで身近に幸せ感じた方が良いと思う。

 

「ところで一つ質問なのですがぁ」

「なんだよ。」

「いえ、あの部室の方々、ここの制服とは違う制服を着ていますが、どういう事なのでしょう?」

「――――秘密。」

「隠す気無いですよねぇ、おにーさん。」

 

 

…………参ったな。 この世界は神樹の中に創られた世界で、この世界の住人は『異変』に疑問を抱かないように調整されている。 つまり『疑問を抱くこと事態が異変』なのだ。

 

 

「……分かりやすく言ってやるよ、『好奇心は猫を殺す』……だ。 詮索は無し、カボチャのくり貫きを手伝い、あんたは俺たちからタダで野菜を受け取る。 オーケー?」

「……まあ、そう言うことにしておいてあげますよぉ。 ふへっ、一つ貸しにしませんかぁ?」

 

……強かな奴め。

 

 

「それともう一つ、名前聞くの忘れてた。」

「今更ですねぇ、私も貴方の名前は知りませんが。」

「ああ、俺は先人紅葉。」

「紅葉さんですかぁ。」

 

刻み込むように数回俺の名を呟くと、頷いてから切り返してきた。

 

 

 

 

「―――私は小鳥遊ヒビキです。

 

よろしくお願いしますね、おにーさん?」

 

 

覗き込むように俺を見下ろすヒビキ。 糸目がうっすらと開かれ、奥から現れた髪と同じ焦げ茶の瞳が、俺の事を鏡みたく写している。

 

その瞳は、どこか――――人殺しの()()に似ている気がした。

 

 






変態(るい)変態(とも)を呼ぶってそれ一番言われてるから。 ゆゆゆい時空が開始される時間軸は勇者の章の前なので、ヒビキはまだ人斬りじゃないです。 要するにここがターニングポイント。



小鳥遊ヒビキ
・ゆゆゆい時空では家庭環境は良好であるため、単なる刃物フェチの変態になっている。 美人な事とプロポーションが良い自覚はあるが、自他共に認めるくらいにフェチ具合と笑い方がキモいせいで全くモテない。

人斬りの時は猫背だった為勇者の章紅葉は分からなかったが、実は紅葉よりでかい。

暇さえあれば夜な夜な家庭科室の包丁を磨いたり研いだりしてる事から、讃州中学七不思議の一つに登録されている。

神樹内部の四国市民で唯一勇者部の人員の混沌さに違和感を抱いているが、気付けている理由は定かではない。 変態は目の付け所がシャープだからでしょ(適当)



国土亜耶
・大天使アヤエル。 歌野キラー。 歌野が唯一怯む女。 人を疑うことを知らないこの作品の巫女というか人物の中で一番純粋無垢な穢れの無い子。 単純に他が酷いだけとは言ってはいけない。

まだ防人メンバーが居ないからちょっと寂しい。 教室に居ると休み時間やらに上級生とかがわらわら集まってきてお菓子を奉納して行く様は神社の賽銭のそれ。

信仰深い巫女なので御利益はあります。 帰り道に買ったガリガリ君が当たったりします。




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番外 勇者部のハロウィンである・中



ヒビキをカスタムキャストで再現してみたら概ねイメージ通りに出来上がって大変良い。

オリキャラのイメージを形にするためにカスタムキャストを使うのは結構有用かもしれない。 ただ髪色がめっちゃ弄りづらいのが難点。




 

 

 

 

「さて、と。 あのアホが助っ人探しに行ってる間に、私たちはカボチャをグラウンドの花壇の辺りに持っていきましょうか。」

「外でするのですか?」

「部室がべっちゃべちゃになって良いならここでするけど。」

「…………それはいけませんね。」

 

部室に残った歌野はそう言うと、重い腰を持ち上げて背筋を伸ばし、パキパキと関節を鳴らす。

 

完全に動きがおっさんのアレだが、以前この動作を『おっさんくせえな』と指摘した紅葉が高嶋友奈直伝のリバーブローを叩き込まれて沈められていたのを思い出した亜耶は黙っておく。

 

 

「あーそうそう、カボチャ取りに寄宿舎の方に行くから一回学校出るけど、貴女はどうする? 先にグラウンドで待ってる?」

 

「えっと、その……うーーーんと……。」

 

あの人どうせ一旦こっち戻るでしょ、と言いながら畳まれたブルーシートを机の上に乗せた歌野は、首を鳴らしてから聞いてくる。

 

亜耶は少し考えてから、じゃあ、と呟いた。

 

「い、一緒に、行きます。」

「そ。」

 

 

簡潔に返した歌野は亜耶を一瞥すると部室から出て行く。 慌てて後を追う亜耶は、正直な所歌野が苦手である。

 

「(乱暴な人は、ちょっと苦手です。)」

 

 

そう思いながら、歌野の後ろをついて行く。

 

大人しく待っていれば良かったと後悔するまで、残り十分。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいまー…………居ないし。」

「留守みたいですねぇ。」

 

ヒビキと共に部室に戻ってきた紅葉は、二人が居ないことを確認する。

 

ほぉー……と息を漏らして部室内を見渡すヒビキは初めて入る場所に好奇心を擽られた。

 

 

「おや、ブルーシート。」

「……なるほど、カボチャ取りに行ったのか。 じゃあ俺たちは外でこれ広げて待機だな。」

「意図が伝わるものなのですねぇ。」

「せめて書き置きしろって話だけどな。」

 

辺りを見回していたヒビキが、棚の上に畳まれて置かれた喪服を見つける。

 

 

「喪服……誰か死んだんですかぁ?」

「お前デリカシーって知ってる? 死んでねえよ、セールでなんとなく買ったの放置してるだけ。」

 

「なぁんだ。」

「お前今『なんだ』とか言ったか」

「気のせいですよぉ。」

 

しれっと惚けるヒビキ。 頭を振って切り替えた紅葉がブルーシートを小脇に抱えて部室から出ようとすると、ポケットの中のスマホが震えた。

 

 

「電話ですかぁ?」

 

取り出すと画面には『銀』と書かれていた。 確認するや否や、即座にその電話に出る。

 

 

「どうした。」

『――――もしもし紅葉さーーーん!? た、たすっ、助けてーー!! 歌野さんに殺されるーー!!』

 

耳にキンと響く電子音。 咄嗟にスマホから顔を背けて騒音を受け流した紅葉は、銀の電話越しのシャウトが落ち着くのを待ってから再びスマホを耳に当てた。

 

 

「マジでどうした。」

『歌野さんが、歌野さんが紅葉さん!?』

「いや俺は歌野じゃない。」

『あーっ!!困ります歌野さん!!お願いだからそこ走らないでください!!』

 

「おにーさん、スピーカーにしてくれます?」

「ああ。」

 

支離滅裂に喚かれては何も分からない為、ヒビキの言う通りにスピーカーに切り替える。

 

そして人差し指で唇を塞ぐジェスチャーをして、親指と人差し指でピンセットのような形を作り『小声で話せ』と伝えた。

 

 

音量を上げて聞こえてくるのは、車の走行音と亜耶と銀の悲鳴のみ。 だが、些か走行音が近すぎる。

 

「……これもしかして、道路を何かで走ってるんですかねぇ?」

「あいつが持ってる道具で車のように走れるとしたら……リヤカーだな、カボチャと子供なら楽に乗せられる。」

 

 

まぶたを閉じた糸目のままポカンと口を開ける間抜け面を披露しているヒビキが、至極当然のツッコミを入れた。

 

「それ法律違反では。 リヤカーに人を乗せるのは人力車扱いになると聞いたのですがねぇ?」

「あいつは法律違反程度は気にしないからな。」

「しましょうよぉ。」

 

 

ぎゃーぎゃーきゃーきゃーと阿鼻叫喚の悲鳴がスマホの奥から聞こえてきていたが、やがて。

 

 

『あ゛っ、ちょっ!! 歌野さん!右折!右折して!!右折うううッ!!』

 

―――とだけ聞こえたのち、ぶつりと通話が途切れた。

 

一瞬の静寂。

 

 

「まあ、死にはしないだろ。」

「なんだか面白いことになってきましたよぉ?」

「取り敢えず外行くか。」

 

あっけらかんと通話内容を聞かなかったことにして、二人は改めて部室を出てグラウンドへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ブルーシートを広げて数分、ふと紅葉が声を上げる。

 

「すまん、くりぬき用のナイフ忘れた。 家庭科室から拝借してくるわ。」

「はぁ……おっちょこちょいですねぇ、あざとい。」

「なにが?」

「そう言うところですよぉ。」

 

 

ニタニタと気色悪い顔で笑うヒビキに呆れた顔を向けながら小走りで校内へと戻る紅葉だったが、振り返り言う。

 

「ヒビキ……お前図体でかいんだから、合流してきた奴らを脅かすなよ。」

「酷い言われようですねぇ。 んへっ、考えておきまぁす。」

 

 

花壇の脇に広げたブルーシートにちょこんと座るヒビキだったが、紅葉が校内に入っていったのを見届けてから立ち上がり、そそくさと木の裏に隠れる。

 

「つまりやれと、フリですねぇ? わかりますともぉ……ふひ。」

 

 

『押すなよ』と言われたら躊躇い無く押すタイプのヒビキに言葉を曲解されつつ、やがて校門の方から騒々しい音が聞こえてきた。

 

 

「っしゃあーーーい!ゴーーール!」

「し、死ぬ…………。」

「………………きゅう」

 

リヤカーを引き綺麗なカーブを描き滑り込んできた深緑の髪の少女と、後ろに乗せられた小柄な二人の少女。 やりきったとばかりにツヤツヤしている少女に反して、小柄な方はグロッキーになっている。 さぞかし振り回されたのだろう。

 

 

「(しかし何故小学生が…………子供にカボチャのくりぬきは少々重労働でしょうに。)」

 

疑問の目を三人に向けているヒビキを余所に、少女――――歌野は広げられたブルーシートを見て不思議そうにしている。

 

 

「あら、シートはあるのに紅葉が居ない。」

「忘れ物でも、取りに行ったんじゃ…………おええ気持ち悪い……。」

「大丈夫ですか……?」

 

ふらふらしながらリヤカーから降りた二人の少女の快活そうな方が口を押さえ、もう片方に背中をさすられている。

 

そろそろ挨拶しようかと、ヒビキは足音をなるべく消して歌野の背後に立った。

 

 

歌野を大きく上回る人影が伸びて顔を上げた幼い少女たち――――銀と亜耶は、歌野の後ろに立っているヒビキにぎょっとする。

 

 

「どうもぉ。」

 

ねちゃ……と、ヒビキは嗤う。 歌野は振り返らず、完璧に背後を取られたことに驚愕しつつ、背中から包丁が心臓を貫くビジョンを幻視して――――ほぼ脊髄反射で裏拳を繰り出した。

 

 

「う、おおぉぉお!?」

「おっと。」

 

軽い足取りでそれをかわしたヒビキは咄嗟に背中に手を回すが、糸目を僅かに開いて動きを止める。 リヤカーを引いた程度では掻かなかった汗を玉のように流し、歌野もまたベルトに吊るした鞭の持ち手を握った。

 

 

「…………誰?」

「ご安心くださぁい、味方ですよぉ?」

「全然信用出来ないんだけど。」

「でしょうねぇ、以前剣道部に行った際、今みたいに部長の背後を取ったら竹刀でどつかれましたし。」

 

 

飄々とした態度で言い放つヒビキに頭を痛める歌野。 考える素振りを見せた銀が、不意に呟いた。

 

「えーっと、もしかして歌野さんが言ってた助っ人さん?」

「そうかもしれませんねぇ…………なぁんて、冗談です。 ええまあ、おにーさんに頼られましたがぁ? んふひ。」

「まさかこんな薬でもキメてんのかって感じの人が来るとは思ってなかったわ。」

 

失礼ですねぇ……等と宣うヒビキだったが、戻ってきた紅葉に声を掛けられる。

 

 

「よう、待たせた。」

「いえいえ。」

「紅葉、助っ人を呼べとは言ったけど人は選ばない? 『この人呼んだら面白そう』で選んだ訳じゃ無いでしょうね?」

「なんの事だか……。」

 

歌野に詰め寄られ目を逸らす紅葉。

まあまあと落ち着かせる亜耶と銀。

 

 

不思議な面子だ、とヒビキはそう考える。 ちょうど退屈だったタイミングでこれなら、暇を潰せる勇者部は当たりか。

 

歌野から向けられた敵意に反応して、つい背中に挟んでいた自前の包丁に伸ばした手を戻しながら、ヒビキは口角を歪ませていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ブルーシートの中心にカボチャをごろごろと置き、俺たちはそれを囲んで座っていた。

 

小学生の銀と非力なあやちゃんにナイフを持たせるのは危ないため、二人にはカボチャにジャックオランタンの顔をマジックペンで描かせている。

 

そして描いた側からそのカボチャのくりぬき作業を始めているのだが――――。

 

 

 

「紅葉が連れてきた以上期待はしてなかったけど、案外手先が器用なものね。」

「ええ、ふひっ、家では母と交代制で料理をしているので。 カボチャくらいは何度も調理していますからねぇ…………。」

「これで笑い方がキモくなかったらさぞモテるでしょうに。」

 

ヒビキは、想像以上に有能だった。

 

慣れているのは本当のようで、なんというか、『ここに刃を立てれば楽に斬れる』ポイントを見極めてくりぬく為の穴を開けて行くのがやたら上手い。

 

種やらは銀たちに任せ、俺たちでサクサクとカボチャに穴を開ける間、単調作業での退屈を凌ぐように歌野がヒビキに声を掛けている。

 

 

…………まあ、警戒しているのだろう。 長年厄介事に首を突っ込んだりしていた俺からすれば可愛い方なのだが、歌野やあやちゃんみたいな敵意を敏感に感じ取れる人からしたら、ヒビキは危険人物も良いところだ。

 

 

「しかし、お前マイ包丁なんて持ってたのか。」

「自分の包丁を使わないと調子が出ませんのでね、家庭科の授業がある時だけ特別に持ってきているんですよぉ。 ひひ、綺麗でしょう、この波紋とか特に。」

「わかったから峰を押し付けるな危ない。」

 

一旦カボチャの汁を拭った包丁の波紋を見せつけてくるヒビキ。 あ゛ー鬱陶しい。

 

手渡された包丁の刃は何度も研がれたようで磨り減っていて若干薄く、それでいて鋭く尖っている。 多分指置いたらそのまま斬られて地面に落ちるわこれ。

 

 

「はい見た、見たからさっさとやることをやれ。」

「はぁい。」

 

そう言って淡々とカボチャに包丁を突き刺すヒビキ。 単なる変人の類いなら問題は無いが――――包丁を見て糸目の奥で瞳を輝かせるこいつは、かなり危険な立ち位置の変人だ。

 

これは…………今のうちに矯正しておかないと不味い事になりそうだな。

 

 

…………腕疲れてきた。

 

「あーカボチャくりぬくのダルい、こんなことなら若葉の生大刀借りてくれば良かった。」

「カボチャ臭い生大刀振り回す若葉とか面白すぎて戦いの時集中できそうにないわね。」

 

「はて、生大刀、とは?」

 

恐らく刀かも、とか思ったのかヒビキが話題に食い付いてくる。 糸目で見えないが、さっきのように瞳はキラキラと輝いているのだろう。 刃物オタクにしては特殊すぎる気もする。

 

 

「うちの部員が諸事情で携帯を許可されて使ってる刀だよ。」

「それはそれは……是非見てみたいものですねぇ。」

「今度聞いてみてやるよ。」

「本当に?」

「気が向いたらな。」

 

 

ぐいぐい来るヒビキを適当にあしらい、腕を振ってからナイフを握り直す。

 

それはそれとして、そう言えば銀はチビ共と集まって仮装の衣服を繕ってるとか言ってた気がするが、何故ここに居るんだ。

 

「銀、お前歌野に連れてこられたのか?」

「え? ああ……なんか『紅葉のやる気に繋がるから暇なら来なさい』って。」

「ちょうど銀君の服を作り終えてた所だったから、寄宿舎に戻ったついでに引っ張ってきたのよ。 紅葉にサボられても困るからね。」

 

「信用ないですねぇ、おにーさん。」

「いつもこんなだ。」

 

 

少しは信用されるように行動しろって話なんですけどね。

 

「仮装かー、銀のはどんな感じなんだ?」

「えへ、それを言ったらつまらないじゃないですかぁ。 当日までのお楽しみです。」

「へー……じゃあお菓子作っておくからイタズラしてくれよな。」

「はーい。 …………ん?」

 

 

特に疑問も覚えず取り敢えずで返事をした銀の言質を取りつつ、流れ作業でくりぬき続けて数十分。 ある程度ジャックオランタンの形にくりぬき終えたカボチャをリヤカーに積み直して、歌野にヒビキへの報酬の話をする。

 

 

「あっ、そうだった。 なあ歌野」

「なによ。」

「ヒビキに手伝ってもらう代わりにお前の所の野菜幾つかあげる事になってるんだけど別に良いだろ?」

 

 

完全なる事後報告に、歌野は分かりやすく眉を潜める。 話さなかったのは悪いと思ってるよ。

 

「………………あー、あー。 まあいいわ。 また事後報告してきたら畑に埋めてやるから覚悟しておいて、あと野菜見繕ってあげるから貴方と……ヒビキさんは着いてきなさい。」

 

「おや、すいませんねぇ。」

 

「全然悪いと思ってないでしょその言い方。」

 

 

はぁ、とため息を一つ。 歌野がリヤカーを引こうとしてハンドルに手を伸ばした瞬間、草むらから飛び出した白い影が歌野をリヤカーごと吹き飛ばし、ジャックオランタンを一つ抱えて持ち去った。 その姿は、瓢箪を白く塗ったような形をしている。

 

 

「ぬわーーーーーっ!!」

 

「うげ、バーテックス!? てかちっさ!」

「あれが結界を通り抜ける、力の弱いバーテックス……っ!」

「うわめんどくさ。」

 

リヤカーとジャックオランタンは無事だが、歌野が吹き飛ばされた勢いで花壇に顔から突っ込んでいた。 バーテックス……と言うか小さな星屑が消えた方向に依頼で向かっているだろう部員に連絡を入れつつ、俺は何も言わないヒビキを見た。

 

 

「……すまんがヒビキ、あれも好奇心がなんとやらだ。 見なかったことにしてくれ。」

「――――――この狭い世界には、私の知らないことで溢れていますねぇ。」

 

目を見開いて、ヒビキはただただ星屑がカボチャを頭に乗せて消えて行く様を見続けていた。

 

……大丈夫かこいつ。

 

 

 

「……それにしてもバーテックスはお祭り騒ぎの度に何かしらをしでかしてくるが、あいつらもお祭り騒ぎが好きなのか?」

「敵じゃなかったら大歓迎なんすけどねぇ。」

 

やれやれと呆れる銀に、歌野を花壇から引っこ抜こうとしているあやちゃん。 それでも歌野(カブ)は抜けません。

 

 

ヒビキに野菜の詰め合わせを渡すのには、かなりの時間を要したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガチャリ、と、音を立ててドアノブが捻られる。 これから料理の準備をするところだったらしい女性が、開けられた扉の奥に立っている長身の少女に声を掛ける。

 

 

「―――あらヒビキ、お帰り。」

「……ただいま。」

 

学校での気色悪い笑顔とは裏腹に親に対しては真顔を向けるヒビキは、手に持ったビニール袋に詰められた野菜を台所に立つ母に渡す。

 

 

「これ、その……もらった。」

「あらあら……立派なお野菜じゃない、こんなに良いのを貰ったなんて……。」

 

袋に入っていた色とりどりの秋野菜を見て嬉しそうにしている母を見ていたヒビキだったが、包丁を鞄に入れていたのを思い出して台所の物入れに仕舞う。

 

 

「……なんだか楽しそうね、今日のヒビキ。」

「そうかな。」

 

横に立ったヒビキの顔を見上げて呟く母。

 

中学に上がってからは、学生の時のヒビキをあまり見ない母からすれば、家の中で退屈そうにしているヒビキしか知らないのだ。

 

 

「いつもはつまらなそうにしてるけど、さっき帰ってきたときの顔、凄い楽しそうだった。」

 

「…………そうだね、楽しかったかも。」

 

「ふへ、なら良いのよ。」

 

 

深くは追求してこない母に一瞬口ごもるヒビキだったが、意を決したように口を開いた。 一拍置いて、照れ臭そうにしながら言う。

 

 

 

 

「私ね、その…………友達が出来たの。」

 

 

あらそう、じゃあ今日は赤飯ね。 と言っておどける母に、ヒビキもまた、年相応に笑っていた。

 

 






ヒビキのねっとり口調書いてると脳裏に杉下右京が出てくるんだがどうすれば良いのだろうか。

私がこの作品で書く『親』は一貫して子供の味方でいるように書いていますが、まあ、何事にも例外ってものがありましてね。




刃物フェチの人
・いわゆる殺気のような気配を無自覚に撒き散らしてるせいで、歌野みたいな『そういうの』を感知できる人には先ず嫌われる。 動物園に行こうものなら吠えられまくるし、野良猫には基本近付かれない。

ゆゆゆい時空では『まだ』人斬りではないってだけです。 才能はあるし前兆もある。 でも爆発する原因(親の一件)が無いから『まだ』普通なだけ。 鍛えた分だけ伸びます。 若葉の生大刀に興味津々(意味深)

本人は友達が出来たと思ってるけどそう思ってるの君と紅葉だけだよ。 あやちゃんと歌野からはガチ警戒されてるし銀はそもそも知らない人だからあんまり興味持たれてないよ。



剣道部部長
・「(なんかやべー気配撒き散らしてる奴が後ろから近づいて来たから反射的にぶん殴っちゃったよどうしよう)…………え、真剣振るのに苦労したくないから剣道習いたい? 駄目に決まってんだろ!? 二度と来んな!(正論)」

歌野
・リヤカーで掟破りの地元走りしてた。 近い未来でソリ引いてパトカーとカーチェイスする人はやることが違いますね。 尚リヤカーもソリも道路で人乗せて走らせるのは違反行為だから……やめようね! 腰にはいつも訓練用の鞭を固定してるので後ろから来られたらぶっ飛ばされます。


大天使
歌野→乱暴でちょっと怖い人。
紅葉→善人じゃないけど悪人でもない変な人。
ヒビキ→信用したら駄目な人。
防人が居ないから心細い。


小型星屑
・ある時はぬいぐるみ店の商品に、ある時は野良猫に混じって勇者の追っ手を回避するカモフラージュの達人(人?)。 この個体だけは何故か猫サイズに小さく、人を襲う気がない。 さっきカボチャをかっさらったのもこいつ。

実は赤奈の作った監視用バーテックスで、速度と隠蔽に特化している。



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番外 勇者部のハロウィンである・後



ところで安芸先生わすゆの時点で25ってマジ?

春信はこの世界だと一緒に教師やってるから安芸先生と同年代だけど、あいつの方は公式で歳明かされてましたっけ。




 

 

 

10月31日、ハロウィン当日の勇者部は毎度のごとく賑わっていた。 汁気が乾き灯りをぶちこんだジャックオランタンが怪しく光る部室に、勇者部のメンバーが揃い無礼講となっている。

 

 

毎年毎年飽きないもんだな、まあなんだかんだで俺も人の仮装見るのを楽しみにしてるが。

 

窓際に立って適当に写真を撮ったりしていると、腕や顔に縫い跡のシールを貼って頭にネジを突き刺した棗が近付いてきた。 ……なにそれ。

 

「紅葉、とりっくおあとりいと。」

「慣れないからって無理するなよ、はいお菓子。」

「…………そうか。」

 

 

なぜちょっと残念そうにするんだ。 そんなにイタズラしたいのか、なんて考えながらクッキーを包んだ袋を渡す。

 

「ところでその仮装もしかしてフランケンシュタインのつもりなの?」

「おお、良く分かったな。 園子たちに身長が高いから向いてると言われたんだ。 『蘇るのだ、この電撃でー』だったか。」

「違うと思う。」

 

そうなのか? と言い、棗は首を傾げる。 また園子ズに上手いこと騙されたのかね。

 

 

「では他の皆にも聞いて回るから、また後でな。」

「ん、度の過ぎたイタズラはするなよ。」

「わかっている。」

 

棗のするイタズラってなんだろうね。

 

勘違いしてて『一緒に寒中水泳しよう』とか言い出しそうだけど、国によってはイタズラじゃなくて拷問になってしまう。

 

 

ふらふらーっとあっちこっちに『とりっくおあとりいと』と言って回る棗を見届けていたら、横から脇腹をつつかれる。

 

 

「もう、あんまりじろじろと他の女性を見るものではないですよ?」

「次はお前か。」

 

入れ替わり立ち替わりで現れたひなたが、俺の脇腹をつついて遊んでいる。

 

『他の女をじろじろ見るな』とはまあ可愛らしい要求だこと。 これが大人になると問答無用で朝までコースどころか翌日の夜中コースになるんだから恐ろしいわ。

 

 

「じゃあ例に漏れず言わせて貰いますね? トリックorトリート!」

「はいお菓子。」

「…………むう。」

 

だからなんで残念そうにするんだよお前らは。 即答で渡したクッキーを渋々受け取ると、ひなたは渋い顔をしながら一つ口に放り込む。

 

 

「―――!」

 

が、お気に召したらしい。

 

途端にひなたの顔色が明るくなった。 抹茶と蜂蜜とチョコとバニラのクッキーの詰め合わせは好評だな、今度上級生のクラスに売りに行くか。

 

 

――――俺は知らない、俺が上級生に売ったクッキーがそのままあやちゃん神社(のクラス)に奉納されている事を。 まさしく永久機関、遠回しに俺があやちゃんに貢いでるだけである。

 

 

「…………聞いた方がいい?」

「はい!」

「そう……それなんの仮装?」

 

 

クッキーを食べ終えたひなたは、ちらちらと俺を見てくる。 仕方なく聞くと、待ってましたとばかりにドヤ顔で言う。

 

「これですか? これは悪魔です。」

「……あー、そっか。」

 

 

サキュバスかと思った―――とか言ったら確実に翌日の夜中コース入りだからやめておく。

 

天に先端が向いたねじ曲がった角が頭に付けられ、背中にはコウモリの翼が邪魔にならないように小さくちょこんとあり、服装は胸元の開いた派手なドレス。

 

 

胸を強調するようにデザインされているそれは……あのですね、子供の教育に悪いっす。

 

俺は無言でカーディガンを脱いでひなたに羽織らせる。 キョトンとしているひなたには、自分の事にもっと気を遣って欲しいんですがねぇ?

 

 

「その仮装は派手すぎ、それ羽織っとけ。」

「え~、これじゃ紅葉さんを悩殺できないじゃないですかー。」

「しなくていいから。」

 

俺はそういう露骨なのは好きじゃないし。 当然服は着込んだまま、薄着は場合による。 ただ汗で服が張り付いて気持ち悪くなるのは難点。

 

……何の講座を開いてるんだ。

 

 

「……まあいいですよ、紅葉さんのカーディガンを合法的にゲットできましたし~。」

「こいつ強いな?」

 

ふにゃふにゃと笑って俺のカーディガンの臭いを嗅ぐひなた。 楽しそうならまぁ……良いか。 ほっといたらずっとこうしてそうなひなたを椅子に座らせて、部室の隅に滑らせておく。

 

さあ次の刺客は誰だ。

 

 

「もっみーじさぁーん!」

「……なるほど、真打登場か。」

 

 

駆け寄ってきて飛び込んできた銀を受け止める。 赤ずきんと狼をくっ付けた贅沢な衣装に身を包んだ銀は、狼っぽさを出すのに使っている犬歯の尖ったマウスピースをカポっと外した。

 

「うへへっ、トリックorトリート! お菓子くーださい!」

「トリック!!」

「即答してきた!?」

 

 

肩をがっちり掴んで提案したら驚かれた。

なんでや。

 

俺としては Treat and Trick(お菓子あげるからイタズラして)って感じだが、ガチな頼み方だと引かれるからやめておく。

 

「冗談……でもないが、はいお菓子。 子供サービスでちょっと多めにあげよう、分けて食べな。」

「今なんか凄いこと言われたような……いやまあ、ありがとうございます紅葉さん。」

 

クッキーの袋を3つ渡された銀は、腕に引っ掻けていた小さい籠に入れた。 他にも何個かお菓子が入っていることから、もう既に複数人に言って回ったのだろう。

 

 

「それにしてもその格好は……なに、少し前の俺のパクり?」

「いやあ、あれ凄かったっすね。 ってそうじゃなくて、アタシは普通に赤ずきんにしようとしたんですけど、どうせなら2つくっつけちゃえって園子が提案したんですよ。」

「ほーん。」

 

園子はほんと良い趣味してるよ。

 

「あ、後で写真撮って良い?」

「別に良いですけど。」

「よーしおじさん張り切っちゃうぞ。」

 

狙撃銃かよってぐらいカスタムされてるひなたのお古使っちゃうぞ。

 

 

「おじさんって、お兄さんでしょ紅葉さんは。 ……そういえばあの人って紅葉さんの友達なんですか?」

「あの人? あー、刃物フェチ(ヒビキ)妖怪か。 あいつは……なんだろうな、友達で良いのかね。」

「アタシに聞かれても……。」

 

そもそもまだ会って数日だしなぁ……。

まあ、友達で良いのかな、向こうがどう思ってるかは知らんが。

 

そういや若葉の生大刀見せてやる約束してたな……守る必要は別に無いが、ジャックオランタン作り手伝って貰ったし、見せるだけならタダだろう。 後で一言聞いておくか。

 

 

 

――――と、考えていた俺が甘かった。

 

コンコン、というノックの音。 近くにいた高嶋の方の友奈が、扉を無警戒にスライドさせる。

 

 

「こんにちわぁ。」

「うわぁ、デカっ」

 

扉の先に居た長身の学生――――ヒビキを見上げて友奈は呟く。 入ってこようとしたヒビキが頭を上の柱にぶつけて悶えた。

 

 

「う、うごぉ……。」

「うわぁ痛そう。」

 

来訪者に気づいた風がヒビキと友奈に近付き、俺もついでに銀を小脇に抱えて向かう。

 

「背もおっぱいもデカいですねお姉さん。」

「うーん、デジャヴ。」

「あらヒビキじゃない、どしたの?」

「おやぁ風さん、どうもぉ。」

 

相も変わらず園児辺りが見たら悪夢に苛まれそうな笑顔を披露するヒビキ。

 

と言うか風を知って…………いや、勇者部の部長だし同学年で隣のクラスなら知ってても可笑しくないわな。 開口一番に最速で無礼な物言いをした友奈の首根っこを掴んで下がらせて、代わりに前に出る。

 

 

「ようヒビキ。」

「こんにちわぁ、おにーさん。」

「それで、何か用事?」

 

「いえいえ、ハロウィンでやることも無いし、ジャックオランタン製作を手伝ったりもしたので、なんとなくですよぉ。」

 

「そうなの?」

「そうなの。」

 

笑い方のせいでやや警戒されてる部員たちの視線を背中で受け止めつつ、俺が相手すると言い風を友奈と下がらせる。

 

不意にヒビキが屈んで銀と目線を合わせた。

 

「ふひ、いつぞやのお嬢さんも居るのですねぇ。 小学生なのに。 不思議ですねぇ?」

「ど、どうも、銀です。」

「圧を掛けるな馬鹿。」

 

掛けてませんがねぇ、と言うヒビキは部室を見渡す。 なんだよもう。

 

 

「ところで以前した話を覚えてますかぁ?」

「……ああ、生大刀見せろって奴か。 もう少し我慢するとか覚えなさいよお前は。」

「27日から今まで我慢した方だと思いますが。」

「んー。」

 

いかん、それもそうだなって思いそうになった。 だが役に立ったことも事実だしなぁ。

 

 

「断られる前提で考えろよ、頼むのは一回きりだ。 それで良いだろ?」

「ええまあ、構いませんよ、んへ。」

 

刃物フェチは構わないからせめてそのキモい笑い方だけどうにかならないものかね。

 

 

「はぁ……めんどくさ。 おーい、若葉、ちょっと来い。」

「ん、どうかしたか。」

 

園子ズにイタズラでもされてたのか、頭にウサ耳、背中に天使の翼、更に巨大なサンチョとかいうよくわからん変なぬいぐるみを抱えている若葉が、机にそれらを置いて近づいてくる。

 

 

「そちらの上級生は……ジャックオランタンの製作を手伝ってくれたのだったな。 ありがとう。」

「いえ、いえ。 ああ……実は一つ頼みがありましてねぇ。」

「なんです? 言ってみてください。」

 

疑い無く質問する若葉に、糸目の裏で眼球を右往左往させるヒビキ。

 

「おにーさんから生大刀なる刀があると聞きまして、良ければ見せていただきたいのです。」

「…………紅葉、我々には守秘義務があるのだが。」

「うっかり口が滑った、めんご。」

 

眉を潜めて俺を睨んでくる若葉に平謝りしておく。 やがて俺より深くため息をついて、若葉はヒビキに向き直る。

 

 

「見せるだけで良いのなら、持ってくるから待っていてください。」

「はぁい、見るだけで構いませんとも。」

 

ギギギ、と錆びた金属を無理やり動かしたような挙動で、口許を三日月に裂いて笑みを作るヒビキ。 怖いからマジでやめろ。

 

 

「うおお……。」

 

数歩後退りした若葉は、ハッとして部室の影に立て掛けている生大刀を取ってくる。

 

 

「刃物フェチなの隠さねえわ笑い方キモいわ、友達出来ない理由がそれなの分かってる?」

「分かっていますが、分かっているからといって改善できるのなら苦労はしませんよ。」

 

糸目を開き、やや暗い、髪と同じ焦げ茶の瞳を俺に向けるヒビキ。

 

 

「異常者は自身が異常者であることを良く理解し、常人と変わり無く振る舞う知恵があると聞きました。 ですがどうやら、私は自分が変な人である自覚はあるのですが、それを隠すには不器用すぎたようです。」

 

「だから、逆にオープンに行動した訳か。」

 

 

ヒビキは瞼を薄めて口角を歪める。

 

ほんと笑い方下手くそだな、と思いながらも、こいつなりに苦労していることは分かってしまう。

 

 

「待たせたな。」

 

ちょうど良く戻ってきた若葉の手には、白い鞘に納められた直刀の太刀――――神器・生大刀が握られていた。 やばい代物だという事を直感で理解したのか、視界に入れた瞬間の体勢でヒビキの動きが硬直する。

 

「先に言っておくが、触れようとは思わないでほしい。 私以外に扱えるようなモノではないんだ。」

「ええ、ええ。 ひしひしと感じていますよ、これが生大刀……ですか――――。」

 

カチ、と鯉口を切り、しゅるると絹が擦れるような滑らかな音を立て、遮るものが無かったかのように抵抗なく生大刀が鞘から抜かれる。 見てるだけで心が浄化されたような気になってくるのだから、神器の名は伊達ではない。

 

 

波打つ波紋、白い鞘と同じ白い柄、アクセントにもなっている鮮やかな赤い紐。

 

美しくもあり、殺傷力も秘められた神秘の武器を見て、刃物フェチのヒビキがこう言うのも、無理のない話であった。

 

 

「――――――綺麗だ。」

 

 

―――と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れー、紅葉くん。」

「ああ、全くだよ。」

 

 

完全に夕陽も落ちて夜、部室で一人缶のココアを啜っていると、3人いる友奈の道徳が些か欠けてる方が戻ってきた。

 

「帰らないのか。」

「紅葉くんだけまだ学校から戻ってないって聞いたから探しに来たの。」

「お迎えが必要な歳でもねえよ。」

「それは()()()()よ。」

 

 

含みのある言い方をする友奈は、俺の視線に気付かないまま椅子に座ってスマホの画面をぼーっと見ていた。 うわっにやにやしてる。

 

後ろに回って中を覗くと、そこには大量の千景の写真が並んでいた。

 

 

「うわ。」

「……なに、私のぐんちゃんが可愛くないって言いたいの?」

「お前に引いてるんだよ。」

 

美森辺りに学んだのか盗撮めいた角度の写真もあるが、真新しい写真はさっきしてた堕天使? のコスプレのやつ。 散々撮られまくったのか、千景の顔は真っ赤になっている。

 

 

「はぁ~ぐんちゃんは可愛いなぁ~。 なんで西暦(むかし)の私はぐんちゃんの魅力に気づけなかったんだろ。」

「絶賛人間らしさを学び中だったからだろ、恋愛感情なんて、神からしたら最も理解に苦しむ感情だからな。」

 

スマホを胸に抱いてくねくねしてる様は流石にウザさが勝る。 回転するタイプの椅子に座ってるのを利用して勢い良くぶん回して、回った目が落ち着くのを待つ。

 

 

「紅葉くん私のこと嫌いでしょ。」

「良くわかったな。 ()()()、嫌いだよ。」

 

知ってた、とでも言いたそうな顔で、友奈は肘を机に突いて手のひらに顎を置く。

 

『この友奈』は、神樹とのアクセスにより自分の結末と西暦の俺たちの未来を知っている。 それ故に、赤嶺友奈に同情し度々俺を哀れむような顔を向けるときがある。 ただただシンプルにそういうのが不愉快なんだよ。

 

 

俺からすれば、神樹世界の高嶋友奈は最早『四人目の友奈』と言っても過言ではない。

 

西暦の高嶋友奈とは完璧に別人となっているこいつには、せいぜい俺の居ないところで千景の尻でも追っ掛けててほしいものだ。

 

 

「紅葉くんはほっといても平気そうだし、私そろそろ帰るね。 ぐんちゃんと打ち上げする約束してるから遅刻できないし。」

「あーあー、わかったからさっさと行け。 もう少ししてから帰る。」

「はーい、じゃあね。」

 

パタパタと上履きを鳴らして走っていった友奈を見送り、すっかり冷めてしまったココアを飲みきる。 まっっっずい。

 

 

「…………あいつもまた被害者みたいなものだろうに、八つ当たりはみっともないな。」

 

椅子に座り直し、ため息をついて顔を覆う。 ああ、くそ、みっともない。

 

 

高嶋友奈。 神樹の作り出した防衛装置。 人間換算でまだ十歳にも満たない、学生の体をしただけの子供。 未熟なのは仕方がないのだ。

 

なんとなく、昔友奈と交わした最後の会話を思い出す。

 

 

 

『なあ友奈、全部が終わったら――――戦う必要が無くなったら、俺と―――。』

 

 

 

この後の言葉は、なんと続いたのだったか。

 

そんなことを考えながら飲み干した缶の底のココアは、ひたすらに苦かった。

 

 






ヒビキの笑顔をわかりやすく説明すると初めて千翼と会った時の仁さん。 あんな顔されたら友達出来ない処か夢に出るわ。




ひなた様
・本人は悪魔の仮装だと思ってるが満場一致でサキュバス扱いされた。 朝までコースは夜からだと8時間くらいで寝落ちして終わるが、翌日の夜中コースは休み無しのぶっ通しで28時間くらい続く。 ………………蛇かな?


妖怪刃物フェチ
・生大刀を見て心が浄化されたとかそんなわけもなく寧ろ悪化した。 少し先の未来で紅葉が苦戦した理由がこれ。 度々扉の上の所に頭をぶつける等で長身アピールを欠かさない。


道徳学んで奈い方
・神世紀300年の神樹にアクセスしてるから自分達が呼ばれた西暦の時間から先の未来を全部知ってる。 『高嶋友奈』が神樹に取り込まれて消えることも知ってる。 人間っぽさを学ぶ基準が近くに居た奴(紅葉)だったから結構口が悪い。 紅葉が人質に取られたら紅葉ごと敵をぶん殴れるタイプ。 ぐんちゃんLOVE勢。


紅葉
・ヒビキを友達って言ったのちょっと後悔してきた。 でもほっといたら不味い方に歪みそうだし今のうちに矯正した方が良いよね、という考えが偶然にも未来を歪めた。



『小鳥遊ヒビキの友好関係・人間関係が改善、小鳥遊ヒビキのifルートが解放されました。』


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番外 小鳥遊ヒビキは人斬りである



いわゆるタイムパラドックス的なやつ。

神樹内部の記憶は無くなっても、思い出は心に刻まれる。 ならば人との暖かなふれ合いを経験した小鳥遊ヒビキの身に、どんな変化が訪れるのか。




 

 

 

「辻斬り?」

 

「そ、辻斬り。 人斬りとも言うわね。」

 

 

放課後の部室、園子の編入から少し経ったある日、椅子に腰掛けた風がそんなことを言ってきた。

 

「そんな辻斬りって何百年前の話だよ。」

「つい最近の話よ。 もしかして知らないの?」

「……冗談だ、あれだろ、最近巷を騒がせてる殺人鬼。」

 

 

新聞に記載されているのを見る事が多い事件だ。 簡単に言えば、この二ヶ月で週に一人、必ず成人男性が殺害されている事件である。 犠牲者は9人で、時期を見れば今週の今日か明日にでも10人目の犠牲者が出るだろう。

 

 

「で、それが?」

「件の辻斬りが出た辺りで、あたしの隣のクラスに居た小鳥遊ヒビキって子が不登校になってるのよ。 偶然にしては……ってね。」

 

そのヒビキとかいうのが犯人かも、と言いたいのか。 だが成人男性を9人も殺せるような奴なのだろうか。

 

 

「辻斬り、人斬りと言われている以上使っている得物は生半可な刃物ではないんだろ?」

「ええ、刀傷ね。 バッサリ綺麗に斬られてるらしいわ。」

「そのヒビキとやらは、剣道部だったりするのか?」

「いえ……確か帰宅部ね、ただ―――。」

 

「ただ?」

 

 

言いよどむ風は、意を決したように続ける。

 

「噂じゃ生粋の刃物フェチらしいのよ。」

「なんて?」

「家庭科室の包丁を磨くのが趣味とか聞いたわ。」

「確定じゃん。」

 

なんだよそいつ……確実に犯人じゃん、怖すぎでしょ。 妖怪かなんか?

 

 

「辻斬りが動く時間帯は……確か夕方、この後か。」

「そうね……あたしは樹と帰るけど、あんたはどうする?」

「ははぁ、分かってるくせに。」

「…………直ぐ帰りなさいよ。」

 

はいはい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕焼けが背中を照らし、影が伸びる帰り道。 紅葉は、一人で帰路を歩いていた。

 

なんの警戒も無いまま車の通りがない道路の真ん中を歩いていると、十字路の曲がり角から、ぬるりと別の影が伸びる。

 

しかし一瞬で引っ込んだそれを、紅葉は追いかける。 曲がった先には誰も居なかったが――――――空気を裂いて殺意が降ってきた。

 

 

「っ――――。」

 

咄嗟に後退した紅葉の胴体があった場所を空振った刀が、線をなぞるように一軒家と道路の間にあったブロック塀を両断する。

 

 

「あっ、ぶねぇ。」

 

「――――おやぁ?」

 

 

どろりとした、粘性のある不思議な声。 やけに耳に絡み付くそれの主は、鼻から首までをマフラーで隠し、着崩した浴衣に半纏を羽織らせていた。

 

焦げ茶のポニーテールと体格から女であると判明したが、瞳孔の開いた、髪と同じ色合いをした焦げ茶の瞳が紅葉を貫く。

 

 

「上から落ちて体重を乗せた一閃――――そりゃ女でもお手軽に男を斬り殺せるよな、良い工夫だ。 お前が件の辻斬りだな。」

 

「――――。 ――、―――。」

 

 

紅葉の言葉に反応こそすれ、瞳孔の開いた瞳を左右に揺らす少女。 紅葉はそれが『あの奇襲で殺せなかったのが自分だけ』であるという所からくるエラーに近い思考停止だと理解し、静かに懐に手を伸ばす。

 

頭を振って紅葉を見直す少女――――ヒビキは、丹念に磨いているのか、人を9人殺したにしては真新しいようにも見える刀を構える。

 

 

「言葉は不要、シンプルで良いねぇ。」

 

そして紅葉もまた、カシュッと小気味良い音を立てて、懐から取り出した金属の棒を振って引き伸ばす。 伸縮式の警棒を持った右手の肘の裏に左手を添えて深く息を吸い、吐き出しながら踏み込むのと、ヒビキが踏み込むのは同時だった。

 

 

警棒で刀の刃を滑らせ、受け流す。 紅葉が左手で浴衣の掛け衿に手を伸ばし掴もうとするが、ヒビキは刀と体で紅葉を押して距離を開く。 刀を構え直すと再度肉薄し、上段の振り下ろし。

 

紅葉は水平に構えた警棒で受け止めつつ、斜めに傾けて警棒の表面を滑らせる。 金属同士が高速でぶつかり火花が散り、ギャリッ、とあまり聞いていたいとは思えない音が響く。

 

 

猫背の姿勢からとは想像できない膂力と速度の剣劇だが、警棒に逸らし、受け流された。 数回火花を散らし、斬れないどころか折れすらしない警棒に、さしものヒビキは違和感を抱き―――。

 

「随分と頑丈ですねぇ。」

「チェーンソーを受け止めても5秒は保つ特殊合金製だから…………なっ!」

 

 

警棒と刀の鍔迫り合いからヒビキへの腹蹴りで突き放し、腰に吊るした黒い円筒形の物体を取り出す――――――が、目敏く反応したヒビキが尻餅を突きそうになりながら、()()を蹴り飛ばす。

 

「うげっ」

「させません。」

 

 

『昔テレビのドラマで見たことがある物体』に似ていたが故の脊髄反射。 指がピンに引っ掛かり、手元から離れると同時に外れた事で抑えられていたレバーが弾け、凄まじい勢いで上空にすっ飛んだそれは数拍置いてから激しく発光した。

 

 

「もったいな――――っげう」

 

上から降り注ぐ強い光に、僅かに瞼を薄める。 瞬間腹を蹴り返され、ブロック塀に背中を強かに打ち付けた。 横凪ぎの一閃を両腕を揃えて防ぐと、警棒の時のように腕から火花が飛んだ。

 

制服の袖が破け、内側から金属パーツが露出する。 それは辻斬り対策に着けていた籠手だった。

 

「いっ…………づ」

「…………ロボ?」

「アンドロイドだよ。」

 

そもそも、どちらでもない。

 

 

警棒を構え直す隙を与えず、ヒビキは刀を振りつつ、膝や足首への蹴りを交える。

 

「ぐ、がっ、ぎ」

 

 

紅葉は防戦一方になり、衝撃を辛うじて塀に逃がせている事を視野にいれつつ思考する。

 

「(くそ、若葉と散々打ち合ってたからって高を括ったが、居合込みの活人剣と抜きっぱなしの殺人剣じゃ勝手が違うよな……。)」

 

そう考えながら、なんとか刀による突き、薙ぎ、袈裟斬りを防ぐ。 やがて警棒を構え直せたのだが、紅葉は―――――警棒から聞こえた、パキ、と言う音に気づけなかった。

 

 

そして金属音。 籠手を剥がすように切り裂いたヒビキは、刀を握り直して突きの体勢に移行する。 紅葉もまた警棒を突き出すようにして刀にぶつけた。

 

 

 

 

 

――――想定外だったのは、変形や破損が目立たなかったこと。 カン、カン、カンとテンポ良く、警棒が逆再生のように手元に縮んで行った。 度重なる打ち合いで、いつの間にか内部の伸ばしたまま固定させるパーツが破損していたのだ。

 

 

その刹那の隙を見逃さなかったヒビキが、警棒を弾き飛ばし、返す刀で左肩を貫いてブロック塀に紅葉の体を縫い止めた。

 

「…………いてぇ。」

 

 

細長い物体が筋肉と骨を貫き通り抜ける感触に顔をしかめた紅葉は、ヒビキが左手をスナップさせ、袖の中からダートナイフを取り出すのを見る。

 

「やべっ」

「――――しぶといですよ。」

 

言外に『いい加減死ね』と言われた紅葉は、突き出されたダートナイフに合わせて右腕を伸ばし、籠手で刃を防ぐ―――所までは行けず、籠手と腕を貫通してようやく止まる。

 

 

「ぐっ……本当にしぶとい。」

「言っておくがこの手の痛みには慣れてる、捻ろうが深く突き刺そうが悲鳴には期待するな。」

 

二ヶ所に刃物が埋まりながらも淡々と言ってのける紅葉の目を見て、ヒビキの手が止まる。

 

 

「それと、さっきのフラッシュバンは上空で炸裂した訳だが、お前に対して警戒している警察はあちこちに居る。 良いのか? お前も警戒しなくて。」

 

「は――――不味い。」

 

遅れて聞こえてくるサイレンの音。 警察が近付いてきている事を察知したヒビキが乱雑に刀を引き抜き、腰の鞘に納めると、半纏とマフラーを翻して曲がり角の影に消えた。

 

 

血が抜けて倒れそうになった体を支えて、紅葉もまたその場から逃げるように立ち去る。

 

「死産の赤子のDNAと俺の血が一致してることがバレるのは、流石に不味いよな…………。」

 

 

だらだらと右腕に刺さったナイフから血が滴っているが、どういうわけか、刀が貫通したはずの左肩からはほとんど出血が無かった。

 

水分を吸われたように左肩の周囲が軽く乾いている事に気付くのは、もう少し先。

 

 






ゆゆゆの二次創作なのに勇者要素もバーテックス要素も無い話を投稿しては「感想来ないやん!」と嘆くマヌケが居るらしい。 いったい何日本庭園の事なんだ…………?



人斬り
・変わるのは結末だけである。 若葉の生大刀を見た影響で元の時間のヒビキのフェチ度が悪化したせいで紅葉に苦戦を強いらせた。

神樹という神々の集合体が守ってる世界で平然と精霊が形を持っているのに、逸話や都市伝説が形を持たない訳が無いのだ。 ヒビキが持っている刀は『人を斬った』事が引き金となり妖刀化が進んでいる。



動く死体
・杏のじゃないボウガンで射抜かれたり若葉のとは違う刃物で斬られたり高嶋神にぶん殴られたりしてた過去があるせいで痛みには滅法強い。

ナイフが腕貫通するより鎌で切断されかけた時の方がよっぽど痛いのである。


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番外 小鳥遊ヒビキは人斬りだった


今月のあややややを始めにくめゆ組の誕生日も祝っていきます。

自分から投稿のハードルを上げて行く投稿者の鑑。 もう下くぐれよってくらい上げてますが失踪はしません。 たぶん。




 

 

 

小鳥遊ヒビキに紅葉が襲われたその日の夜、紅葉は居間の畳をまばらに赤く染めながら傷の消毒をしていた。

 

 

「こっぴどくやられたもんね。」

「めっちゃいたーい。」

「生きてる証拠よ。」

 

穴の空いたダートナイフでの傷にガーゼを当ててその上から包帯を巻き、適当にやって終わり。

 

それで良いのかと同居人の夏凜は向かいに座って考えているが、気付いたら怪我が治って病院を退院していることがしょっちゅうあったのだから気にすることではない。

 

 

「少なくとも私が居たらあんたがこうなる事だけは無かったでしょうに。」

「逃がした時点で俺の敗けだからな。 女子供だからって侮るのはいかんなぁ、わはは。」

 

僅かに血が滲む包帯を服の袖に隠し、よっこらせ、とおっさん臭い掛け声で立ち上がる。

 

 

「何するの?」

「調べもの。 小鳥遊ヒビキの事で気になることが幾つかあるんだよね。」

 

部屋に向かうと襖を開け、中に消える。 少しして戻ってくると、自室のノートパソコンを抱えていた。 座り直してパソコンを起動した紅葉の後ろに夏凜が回り覗き込む。

 

 

「さっき俺の左肩見ただろ。」

「ああ、なんか刺された辺りが干からびてたわね。 日焼け?」

「ちげーよ。」

 

張り倒す気力もない紅葉はカタカタとパソコンを弄ると顔色を変えた。

 

 

「やっぱりな。」

「なにこれ。」

「警察が集めた小鳥遊ヒビキに殺された被害者の資料。」

「は?」

 

 

エンターキーをカチ、と押した紅葉が、とある共通点を画面越しに見せる。

 

死体の画像と解剖資料に眉を潜めるが、その異常性に数拍置いて気付いた。

 

 

「――――傷口が、乾いてる……?」

 

夏凜の見たその異常性は、死体の切り傷の周囲()()がミイラのように乾いていたというもの。 死語数時間でこれは、明らかにおかしい。

 

「……どういうことよ、刀が何かを吸い取ったって言いたいわけ? 妖刀かなんか?」

「なんか、というかそのまんま妖刀だ。」

 

 

キーを叩いて画像を切り替える。 その死体は、一番最初に犠牲となった被害者のもので、この死体だけが切り傷が乾いていなかった。

 

「最初の一人だけなんだよ、切り傷が乾いてないのは。 つまり最初の一人を斬ったのがトリガーになって、あいつの持っている刀は変異したんだろうさ。」

 

「…………これどうやって止めるのよ。」

「問題はそこなんだよねー。」

 

 

パソコンをパタンと閉じて伸びをする紅葉。

 

左肩の刺し傷のカサカサした感触に嫌そうな顔をするが、ふと妙案が湧いたように口を開く。

 

「よし、両親人質に取るか。」

「なんて?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日の朝、学校を堂々とサボり、俺と夏凜は夜のうちに調べた小鳥遊家に訪れていた。

 

 

家の中を覗こうにもカーテンに遮られている。 窓でも割ろうかと思ったが、人に聞かれると面倒くさいのでNG。

 

 

「んで、私をボディーガードにするのは別にいいけど、なんでわざわざサボったのよ。」

「俺と同居人が同時に休みとか変な勘繰りされそうで嫌じゃん?」

「あんたが病気で私が看病してる事にでもすれば良かったんじゃないの。」

 

「…………あー。」

 

 

なるほど、天才か。 ともあれ玄関まで歩いてきた俺と夏凜は、ポストやドアノブを弄る。

 

「チラシとか溜まってるわね。」

「ドアも開かない、と。」

 

 

鍵が掛かっていて開かないドアノブをガチャガチャしてから、ポケットに突っ込んできたピッキングツールを取り出す。

 

「やたらと犯罪を重ねるのやめない?」

「たかだか住居侵入と銃刀法くらいでがたがた言うな、向こう(ヒビキ)もやってることだ。」

「いやアウトだから。」

 

 

まあ通報してない時点で夏凜も共犯みたいなもんだから。 そう考えながら、鍵穴に突っ込んだツールをひねる。

 

カチリ、と、開錠される音が聞こえてきた。

 

「オープンセサミ、はいお邪魔しまーす。」

「あーあ、私知らね。」

 

 

無遠慮に開け放ち、俺たちを待ち構えていたのは――――――反射的に塞いだ鼻を貫通して突き刺さる腐った臭いだった。

 

 

「おげえええ。」

「くっさ。」

 

この臭いは…………あー、あー、やだなぁもう。 このご時世になってから嗅ぐ機会が無くて安心してたってのになぁ。

 

「なるほど道理で、小鳥遊ヒビキの捜索願いを警察に申請してない訳だ。」

 

 

なんか妙にぐにゃっとした変な物体を踏み抜いて、靴を履いたまま室内に入る。

 

コートで口許を隠している夏凜を横目で一瞥しつつ、歩みを進めて行くと、リビングに出た。

 

 

明かりの無い室内を、カーテン越しの朝日が辛うじて照らしている。

 

ハエが飛び交い、腐臭が漂い、割れた酒瓶が落ちている様を『凄惨』と呼ぶ以外でどう表現すれば良いのかが分からない。

 

 

「…………胸糞悪い。」

「慣れなくて良いことだ、吐きたきゃ吐け。」

 

腐った二つの()()()()()()を跨いで窓を開けようとして、不意に腐臭とは違う臭いが鼻に刺さった。

 

 

「……なんだ?」

「うえ……どうしたの。」

「いや、なんか、腐った臭いとは別に変な臭いがしてさ。」

 

 

――――ふと。

 

なんとなく、台所を見た。

 

 

「ああそういう。」

「? …………紅葉――。」

 

パチッという火花が散る音。

 

ガシャンという窓ガラスが割れる音。

 

 

俺が夏凜を窓から外に投げ飛ばすのと、小鳥遊家が火炎に包まれ凄まじい衝撃がでたらめに撒き散らされるのは、同時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「げほっ、ごほっ。」

 

煤の付いた頬を擦り拭って、夏凜はキンキンと耳鳴りが酷いなかなんとか立ち上がる。 鍛えていることとコートを着込んでいた事が幸いして怪我は無いが、爆発の衝撃が骨を軋ませていた。

 

 

「っ、う……あ、なに、が」

 

「……驚きました、まさか生きているとは。」

 

 

ようやく耳鳴りが治まった耳に、少女の声が聞こえてくる。 顔を向けると、そこには長身の少女が怪しく光を反射する刀身の刀を握っているのが見えた。

 

持っていた鞘を投げ捨てた少女に、夏凜が聞く。

 

 

「あん、た、が……小鳥遊、ヒビキ……?」

「おや、もしや昨日のお兄さんのご友人ですか。」

 

焦げ茶の瞳を夏凜に向け、思案すると、ヒビキは夏凜に切っ先を向ける。

 

 

「まあ、ともあれ、私の事情を知ってしまったのなら仕方ありません。 貴女に恨みは無いのですがね。 見てしまったのなら、死んでもらうしか無いでしょう。」

 

「くそ……体、動かねえ……っ」

 

 

立っているのがやっとな夏凜は、近付いてくるヒビキに抵抗する手段がない。

 

せめて勇者システムでもあれば話は別だが、今は大赦に返却しているし、殺人鬼だろうと民間人を相手に使うことは禁止されている。

 

 

「ところで、一緒にいたお兄さんは死にましたか?」

「…………はっ、馬鹿ね。」

 

愚問を問うヒビキに、夏凜は余裕綽々と答えた。

 

 

「あんな殺しても死ななそうな奴が、爆発程度で死ぬとでも?」

 

「は。」

 

「――――よく分かってんじゃねえか。」

 

 

突如聞こえた声に慌てて振り返るヒビキが目にしたのは、全身を煤で汚しながらも大して怪我が目立たないほぼ無傷の紅葉である。

 

 

「…………爆発の中心に居たはずでは。」

「防いだ方法は聞かないのが懸命だぞ。」

 

さしものヒビキも、表情を驚愕に歪める。 紅葉は先日と同じように警棒を取り出し、振って引き伸ばすとそれを構えた。

 

 

「やる前に一つ聞きたい、屋内のあの腐ってる死体はお前の両親か?」

「はい。」

 

動けない夏凜に警戒を向けつつ紅葉に向き直るヒビキは、一言だけ答えて刀を構える。

 

 

「さっきの爆発で警察が来るのは5分と掛からん、さっさと終わらせるぞ。」

 

 

瞳孔が開いた瞳で紅葉を見据え、強すぎず弱すぎない力で柄を握り、摺り足で地面を擦りながら近付く。 一足一刀――――一歩で斬り込める間合いに互いが入ると、その先に起こったのは剣劇の嵐であった。

 

とてつもない切れ味を見せる妖刀に数回で削られ両断される警棒を捨てては、新しい警棒を取り出し斬激を防ぐ紅葉。 矢継ぎ早に腰のホルダーから自身の得物を取り出す紅葉に、ヒビキはやや焦った表情を見せる。

 

 

「(昨日の今日で怪我は治っていない…………寧ろこんな動きをすれば悪化すると言うのに、何故昨日よりも動きが洗練されているのですか……っ!?)」

 

単なる帰宅部員だったヒビキが妖刀化した刀を持ったことで、歴戦の武者のような感覚と刀の振り方を学んでいるのと同じく、紅葉もまた刀を振った相手の癖とヒビキの動きを脳裏で計算しているのだ。

 

そも、西暦のあの3年間から神世紀初期を生き抜いた男の生存能力を侮ってはいけない。

 

 

「しぶというえに、厄介とはまた面倒な。」

「侮るのをやめたってだけ、厄介なのはお前の剣だよ。 さっさと手放してくれねぇかな。」

 

スパッと水平に真っ二つにされた警棒を捨てながら言う。 言われた事の意味を分かっていないヒビキは、ただの刀が妖刀になっている自覚が一切無い。 研いでも磨いてもいないのに、常に切れ味を保っている事に、違和感を抱いていない。

 

 

「両親を殺したのはお前か。」

「いいえ、私は父しか殺していません。」

「ならば何故殺した。」

 

峰で払い距離を突き放したヒビキ。 初めて強く感情を揺さぶられたのか、怒りの籠った眼差しを紅葉に向けて言った。

 

 

「父は母に暴力を振るっていました。 そしてとうとう私にも向けられた、だから刺しました。」

 

「つまり、正当防衛だ。 なぜすぐに警察に通報したりしなかった?」

 

「――――切り替わるイメージが、ありました。 抑えていた『なにか』が内から涌き出るイメージが、ありました。 これが私の本性なのだと一瞬で理解できましたよ。」

 

 

ギギギ、と口角を歪めるヒビキ。

 

伸ばしていた背筋を丸め、猫背に戻ったヒビキは刀を水平に構えると、だらりと腕を垂らす。

 

 

「(ブレーキが壊れたタイプか、あの膂力も脳の制御が外れているのだろ――――。)」

 

そう言いながら真正面に警棒を置き――――まばたきを挟んだ瞬間に踏み込まれ、上段からの袈裟斬りを食らう。

 

受け止めようとした警棒の堅牢さをものともせず貫通し、鎖骨から脇腹が裂けた。

 

 

「…………ご、ぶっ」

 

 

倒れそうになり、下がった足を柱に体を支えるが、ヒビキが刀の切っ先の峰側に指先を添え、突きの体勢に移行しているのを見る。

 

「が、ごぼっ、くくっ、獲物を前に舌舐めずりか、素人め。」

 

「―――シィッ!!」

 

 

最後まで挑発を忘れない紅葉に、僅かに青筋を浮かべたヒビキは渾身の突きを放つ。 胸元と首の間辺りを狙って突きだされた刀は――――。

 

 

「さ、せ、る、かぁーーーっ!!」

 

ゴン、という鈍い音が、足から聞こえた。 背後で物を投げた体勢をキープしている夏凜が自分の足に向けて何かを投げたのだと理解しつつ、刀は軌道がずれて、紅葉の首の皮を文字通り薄皮一枚切り裂いて空を切る。

 

 

「同じ相手に、二度は負けねえよ。」

 

空振った刀、崩れた姿勢。

 

紅葉の胸元に飛び込むように倒れかけたヒビキの脳天を、流れる動作で警棒が叩き割った。

 

 

「―――かっ、あ。」

 

 

ぐらりと倒れ込み、紅葉はヒビキを支えたまま背中から倒れた。

 

 

「…………疲れた。」

「人のファインプレーをだしにしてなにイキってんのよ、なにが『二度は負けねえよ』だ負かすぞこら。 」

「わかったからこいつ退けてくれ。」

 

 

渋々とした様子で頭から血を流して気絶しているヒビキを雑に蹴飛ばして退かすと、紅葉の手を引いて立たせる夏凜。

 

紅葉はヒビキの手から落ちた妖刀を拾い上げる。

 

 

「……さて、どうするかなぁこれ。」

 

ワイシャツが裂けた線の通りに赤い液体を滲ませる紅葉は、うーん、と唸りながら思考するが。

 

 

「めんどくせぇ、そーれい。」

 

「えぇ…………。」

 

 

軽い口調で岩の上に刀を置くと、柄を持ちながら刃を思い切り踏む。 それだけで、あっさりと、妖刀の刀身は半ばから二つにへし折れた。

 

そんなんで良いのか……と呆れる夏凜だが、遠くから聞こえてきたサイレンの音が耳に届き、安堵したのか膝から崩れた。

 

 

「これ絶対どこかが折れてる。」

「俺よりましでしょ。」

「…………そう言えばさっきどうやって爆発から助かったのよ。」

「聞かない方が良いよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

到着したパトカーに乗っていた警察の二人のうち、一人がパトカーの傍らにヒビキを座らせて話を聞いている横で、もう一人が紅葉と夏凜に事情を聴取していた。

 

 

「あー、それで、なんでこの家が燃えてるのかを聞きたいんだけどね。」

 

「熊がやりました。」

「ええ、熊ね。」

 

「熊ぁ!? いや違うよね!?」

 

見た目からも若さが伺える警察官は、あからさまな嘘に驚愕しつつツッコミを入れる。

 

 

「ちなみに言うとこの傷も熊がやりました。」

「間違いなく熊ね。」

「熊……? それっぽいけどいや、うーん、ちが……うよね、うん!」

 

ガリガリと頭を掻いて正気を保とうとする警察に、紅葉が激昂するふりをした。

 

 

「じゃあ誰がこんな惨劇を引き起こしたんだよ言ってみろオラ!」

「へえっ!? …………く、熊?」

「やっぱり熊なんじゃねえか。」

 

そう言いつつ、紅葉は懐から赤く染まった手帳を取り出し、無事なページに文字を書き込んで警察に押し付けた。

 

 

「詳しくはここに問い合わせて聞いてみろ。 あんたもそんな若さで路頭に迷いたくないだろ?」

 

呆ける警察の胸ポケットにメモを捩じ込み、紅葉はパトカーの方に向かう。

 

だが、間に割り込んだ脇腹を押さえている夏凜に、紅葉の元に行こうとする動きを止められた。

 

「…………あ、ちょっと!」

「すいません救急車呼んでくれませんか。」

「え?」

「私のどっかの骨が確実にボキボキになってるし立ってるのが辛くなってきまして。」

「―――あー、もう!なんなんだよこれ!!」

 

ごもっともな若き警察の叫びすら傷に響いている夏凜がしかめっ面を披露している後ろで、ヒビキに聴取している警察の元に紅葉が向かった。

 

 

 

「どーも、そいつどうですか。」

「ああ……あんたか、全部話したよ。 どうやら身内のいざこざがきっかけらしい。」

 

顔を下げて大人しくしているヒビキの横に立ち淡々と紙に文字を書き込んでいた、相方よりは歳のいっている男性が紅葉と親しげに言葉を交わす。

 

 

「それにしても、お前の周りには厄介ごとしかないのか? これで何件目だよ。 おい。」

「さてなんのことだか。」

「…………ちっ。」

 

分かりやすく大きな舌打ちをする男性。

 

紅葉が下がるよう頼み、男性が下がると、紅葉はヒビキを見据える。

 

 

「この後はどうするつもりなんだ?」

 

「……さあ。」

 

「お前は人を9人……親を含めたら10人殺した。 それは事実だ。 その罪を背負ったお前は、これからどうするつもりなんだ?」

 

 

 

うつむくヒビキは、やがて顔を上げ――――まぶたを細めた糸目で、にっこりを笑いかけてくる。

 

「止めてくれて、ありがとうございました。」

「あ?」

「負けてしまった以上、ケジメをつけるしかないのでしょう。 私には、これしか出来ない。」

 

 

そう言い、ヒビキは躊躇いなく、口から舌を出してその半ばを食い千切ろうと歯を立てた。

 

「っ――――とめろ!!」

 

「くそっ、ヒビキ……やめろ!」

 

 

紅葉が咄嗟にヒビキの口に人差し指と親指の間の部分をねじ込んで自決を止める。

 

紅葉の手ごと舌を噛み千切ろうとするヒビキの後ろに回り、紅葉はヒビキの首をもう片方の手で絞める。

 

 

「フゥーーーーーっ、フゥーーー!!!」

「死ねばそれで良いと思うなよこのボケナス……! 死ぬことは償いにもならねえんだよ、クソが……っ!」

 

ぶち、と肉を歯で千切られ、血を噴き出しながらも紅葉は締め上げる腕の力を緩めない。

 

「ヴ、ウウウウウ……!!」

「絶対死なせねえからな、最後まで生きて苦しんで、それでようやく償われるんだよ…………ぐ、ぎぃ……っ。」

 

 

死なれないように、殺すつもりで首を締め上げる矛盾。 だがそれだけ本気でやらなくては、ヒビキの自決は止められない。

 

狂犬のように唸りながら噛む力を緩めないヒビキからはやがて、徐々にその力が失われて行く。 そして、ついにだらりと脱力して、紅葉にもたれ掛かった。

 

 

「……手間が掛かる。」

 

深くため息をついて、紅葉は眠るように意識を失っているヒビキの前髪を、絞めた方の手で掻き分ける。

 

相も変わらず全身を傷だらけにしながらも、紅葉は確かに、一人の少女を救っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっちぃ。」

 

強い日差しが照らす真昼時、俺は一軒の家を訪れていた。 錆び取りから研磨までなんでもござれな刃物専門店を経営している家の扉を開くと、薄暗い店の中に人影が一つ。

 

 

「…………よう、元気にしてるか。」

 

「~~~~。 ……おや、お兄さん。」

 

 

鼻唄混じりに包丁を磨いていた女が、何故か俺をお兄さんと呼びながら、包丁をケースに納めて立ち上がる。

 

「まあ、元気だろうな―――ヒビキ。」

「ええ、元気ですよ。 ふふ。」

 

 

柔らかい笑みを浮かべる糸目の女性――――小鳥遊ヒビキが、店主としてこの店を開いていた。

 

あの一件から数年、諸々の問題を終わらせた俺に待っていたのは、刑期を終えたヒビキの相手というもう一つの問題だった。

 

 

親も居ない、家も爆発した。

 

 

そんな真の意味で誰も頼れない家無き子のヒビキを助けるのは、もはや義務でもない。 使命に近かった。 そもそも家を爆破する選択を取ったのは俺が家を突き止めたからだし。

 

 

「営業はどんなだ。」

「ぼちぼち、ですかね。 そう毎日包丁やらハサミやらを研いで欲しい人なんて居ませんから。」

 

そりゃね。

 

 

それでも一つ一つの仕事に全力投球なヒビキは、俺の『生きることが償いになる』という言葉を受け止めてくれたのか、隙を見て自決しようといった雰囲気は無い。 止める身にもなって欲しいからそれはそれで助かっているが。

 

 

「お兄さん。」

「はい?」

 

「……死ぬ以外の道を選べなかった私を助けてくれて、ありがとうございました。」

 

「良いよ別に。 俺としても、自決されて終わりじゃ寝覚めが悪かったしな。」

 

ふ、と笑い、ヒビキは頬を掻く。

 

 

「そう言えば、東郷さんとはどうなりましたか?」

「なんで? 普通だけど。」

「ははぁ、難儀ですねぇ。」

 

なんのこっちゃ。

 

苦笑いをするヒビキだったが、店の扉を開ける音で意識を切り替えた。

 

店主を呼ぶ声に従って仕事を始めたヒビキを見届けて、俺は考える。

 

 

――――小鳥遊ヒビキは人斬りである。

 

 

いや、それは間違いだ。

 

今はこう呼ぶのが、適切なのだろう。

 

 

 

――――小鳥遊ヒビキは人斬りだった。

 

……と。

 

 





約7250文字ってなんですか(困惑)


神樹の『あらゆる概念を蓄積している』という部分を悪用するとこうなるよ、っていう例がこれ。 それにしてもこいつらいつもガス爆発に巻き込まれてるな。



ヒビキ
・負けたからケジメつけなきゃ! で舌を噛み切ろうとしたらDX長瀬ショットガンをぶちこんだ後の長瀬みたいに絞め落とされた。

刑期を終え最終的には包丁やハサミ等を研ぐ店を紅葉の支援でやっていくことになった。 生きることが背負いし罰ってそれアマゾンズで一番言われてるから。

腐臭にガスの臭いを隠して家に誘い込んでから爆破したのに何故か避けられて普通に引いてる。

夏凜を警戒していたのに最後存在を忘れてたのは紅葉に挑発されてイラついてたから。 小鳥遊ヒビキは精神が年相応の人斬りであって剣豪ではないのだ。



紅葉
・同じ相手に負けるのは一回までだよねー!(クソドヤ顔) とか言ってたが、若葉とか高嶋神には頻繁にボコボコにされていた模様。

大赦の神官もドン引きするような外道戦法が一番得意なので厄介な敵が居たら取り敢えず身内を人質に取る。
なにが困るってわりと有効な手段なところ。



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番外 勇者部のバレンタインである



ホワイトデー回は(めん土居から)書かないです。




 

 

 

教室に着いて早々、机に鞄を置いた歌野と遅れて入ってきた夏凜が、コンビニでも買えるただの板チョコを投げ渡してきた。

 

「はい、ビターチョコ。」

「どーも。」

 

「はい、ホワイトチョコ。」

「はいはい。」

 

 

教師が来るまで暇なので、それぞれを半分に割ってポリポリと齧る。

 

「味が違うから飽きなくて良いな。」

「それで良いの……紅葉くん……?」

 

 

美森の声を聞き流しつつ板チョコを齧る。 まあ、夏凜は兎も角歌野からのこれは毎年恒例みたいなもんだし。 なんでだろうなぁ……。

 

「夏凜は……歌野の入れ知恵か。 学んだな。」

「……どういうこと?」

「さぁねぇ……。」

 

 

歌野がバレンタインデーの時、俺に渡すのが単なる板チョコになった理由を語るには小学生の時まで遡らないといけないからね。

 

単純に話すのがめんどい。

 

「洋菓子、14日…………確か『ばれんたいんでぇ』だったかしら、異国の文化とは忌々しいわね……!」

 

 

異文化絶対認めない大和撫子がそんな事を良いながら熱意を滾らせていたが、その気配をふと消し去ると、鞄から箱を取り出した。

 

「――――なんちゃって。 ふふ、私も成長するのよ? はいどうぞ、紅葉くん。」

「あらまぁ珍しい。」

 

 

渡された箱を開けると、中にはぼた餅が……というトラップは特に無く、普通にトリュフチョコが入っていた。

 

「……あれ、貰って良いの?」

「ふぅん、要らないの?」

「ください。」

「素直でよろしい。 友奈ちゃんの分は別できちんと用意してあるから大丈夫よ。」

 

 

板チョコを鞄に突っ込んで、貰ったトリュフチョコを取ろうとすると、横から手を伸ばした美森に遮られる。 なんだよもう。

 

6個入りの中から1つをつまんで、美森はチョコを俺の口許に持ってきた。

 

「はい、あーん。」

「ははぁ、そうくる。」

 

 

翡翠の瞳を愉快そうに妖しく輝かせて、美森はチョコを俺の口に持ってくる。 いやぁ、そういうのはうちの上里様辺りに許可取って貰わないと。

 

「……普通に食べられるんですが。」

「良いじゃない、今はひなたさんも銀も居ないのだし。」

「うーーーん。」

 

 

最近しずくからもちょっと危うい眼を向けられてるから…………じゃなくて、横で園子がすげー速度でメモ採ってるしやめた方が……。

 

「―――えいっ」

「もがぁ」

 

 

次に言葉を繋げようとした瞬間、開いた口に指ごとチョコをねじ込まれる。

 

咄嗟に噛まないように歯を引いたら、ちょこんと舌の上に乗せてから指を抜く。

 

「……もご。」

「あっ、指当たっちゃった……。」

 

 

指の腹に唾液が付いたらしい美森だが、何故嬉しそうなのか。 汚いから拭いてね。

 

「で、味は?」

「いやまあ、流石美森と言うべき美味しさなんだけど…………おいこら何撮影してんだよ。」

「え? いやぁ、ねぇ?」

 

 

ポッキーの袋を開いて回し食いしてる夏凜と歌野が近付いてくるが、歌野が俺を撮影していた。 ……嫌な予感がしてきたぞー。

 

「……お前それ誰に送るつもりだ?」

「そりゃあ……ひなたさんでしょ。」

 

 

 

俺は歌野に飛び掛かった。

 

避けられて後ろの開いた窓から外に落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「良いですか、紅葉さん。」

「……はい。」

「私や銀ちゃんと言うものがありながら、東郷さんとまでなんて…………私はともかく銀ちゃんがどう思うかは、賢い紅葉さんなら分かりますでしょう?」

「……はい。」

 

 

変な着地の仕方で足が可動域を越えてぐねぐねになったのも今は昔、放課後の部室で反論の余地も無い正論に項垂れる俺は、罪悪感が出るタイプの優しい声色のお説教を受けていた。

 

「うごごごごごぉぉおっ!?」

「反省しろ。」

 

無断で俺と美森の逢瀬(?)を撮影・送信した歌野は夏凜に逆エビ固めで絞められているのでまあ良いとして、件の美森は友奈とか風の依頼に付き添って今は居ない。 多分居たら修羅場とかしてたと思う。

 

 

いやぁモテるって辛いわ。 …………冗談でもなく結構心臓に悪いから辛いわ。

 

「……と、まあ。 折角のバレンタインですし、これくらいで良いでしょう。」

「そりゃどうも。」

 

 

満足したらしいひなたはテーブルに置かれた鞄から、ラッピングされた箱を取り出すと、中から四角い茶色の物体を1つつまんで取り出した。

 

「と言うわけで、どうぞ、紅葉さん?」

「…………食えと。」

「はい、あーーん。」

 

 

分かりやすいまでの笑顔で、ぐいぐいと口に生チョコを押し付けてくるひなた。

 

「むごぉ。」

「……ぇへへ」

 

 

なんで二人揃って口ん中まで指突っ込んで来るかな。 口内の熱でドロリと溶ける生チョコが普通に旨いのも相まって、複雑。

 

アレだな、『私の為に争わないで!』ってなるヒロインの気持ちが分かった気がする。

 

「どうですか?」

「……まあ、美味しいけど。」

「それは良かった……さ、もう1つどうぞ。」

 

 

勘弁してくれ。

 

と言いたいのだが、ひなたが楽しそうなら良いか。 残念ながら女所帯に男の人権は無いのだ。

 

 

視界の端で夏凜の歌野へのプロレス技が逆エビから筋肉バスターに切り替わった辺りで、部室の扉が開いて何人かが入ってくる。

 

「……やっほ、紅葉…………なにしてるの?」

「あらまぁ……餌付け?」

「むぐ、合ってるような違うような。」

 

 

入ってきたのはしずく、アホ、芽吹ちゃんの三人だった。 それぞれが違う柄の箱を手に持っていて、入るなりわりと失礼な事を言ってきた夕海子を軽く睨む。

 

「所で……夏凜は何故歌野に変な技を掛けてるの?」

「盗撮が犯罪だからだよ。」

「………………そう……。」

 

 

思考を止めるな芽吹ちゃん、この部室シラフの常識人が少ないんだから頑張って。

 

椅子に座って向き合い生チョコを次々口に放り込まれてそろそろお茶が欲しくなってきた頃、流石はひなたと言うべきか、予め用意されていたらしいお茶を湯飲みに移してくれた。

 

「ささ、お口直しに。」

「…………どうも。」

 

 

良妻と言えば良妻なんだがなぁ……ちょっと色々となぁ……。 口内のチョコをお茶で洗い流すと、壁側から椅子を持ってきてしずくと夕海子が通路側に座る俺とひなたの近くに座る。

 

「それで、お二人も誰かに渡す予定なのですか?」

「…………ん。」

「そうですわ。」

 

 

そう言いながら箱から取り出されたのは、チョコとイチゴの2つのマカロンと、カツオの刺身の形をした茶色い物体。

 

なんで?

 

「…………はっぴーばれんたん。」

「バレンタイン、ですわよ。」

 

 

夕海子が訂正しつつ、二人は俺にチョコとマカロンを差し出してきた。

 

「しずくは……分かるよ、おい夕海子、なんだその料理下手でもやらなそうな料理は。」

 

「まあ失礼ですこと、先に言っておきますがこれはカツオの刺身型チョコであって、カツオの刺身をチョコレートでコーティングしたわけではありませんわ。 オマケにカツオの出汁入り。」

 

 

…………食いたくねぇ。

 

正直食いたくねぇ。

 

「…………大丈夫、意外と美味しいから。」

「良いんだぞしずく、夕海子に言わされてるんだよな。」

「やだ……わたくしの信用、無さすぎ……?」

 

 

そもそもしずくにすら『意外と』って言われてる時点で不味いと思われてたんだろうが、言わぬがなんとやら。 俺に渡してきた以上は食べるのが礼儀なので、放心している夕海子の手につままれたカツオチョコを食べる。

 

「……へ? あ、ちょっ」

「(すげー嫌だけど) いただきます。」

 

 

夕海子の手首を掴んでチョコを口許に持ってきて、咥えて食べる。 指には当たらないようにしたのでセーフでしょ。

 

チョコとしての苦味と甘味、それと同時に広がるカツオの風味。 意外と――――本当に意外と、めちゃくちゃ癪だけど旨い。

 

「あーーーーー。 悔しいけど旨い、悔しいけど。」

「……そ、そんなに嫌そうにしなくても……。」

「嫌なら食わん、もう一個くれ。」

 

 

……なるほど、『不味い、もう一杯!』のノリだな。 既視感が解消された。

 

「もぅ……はい、どうぞ?」

 

 

なんか当然のように『あーん』の体勢に入っているが、俺の諦めの早さを舐めてもらっちゃ困る。 下品にならないよう控えめに口を開いた俺の口の中にカツオチョコをそっと入れる夕海子。

 

「んーーー……中々奇跡的な味だな。」

「褒めてますの?」

「最大級に。」

「……そう、ですか。」

 

 

なるほど、餌付け。 と呟く夕海子は、ドリルのようにカールした髪をくるくると指で弄る。

 

「…………紅葉、もみじっ。」

「あい。」

「二人で作った。 食べて。」

「……うぃ。」

 

 

しずくの言う『二人』はしずくとシズク、という意味だ。 二人でチョコとイチゴを1つずつ作ったのだろう、それはそれとして両手の指にそれぞれのマカロンを挟んで口に押し付けてくるのはやめろ頬がベタベタするから。

 

 

 

 

 

 

 

目が笑っていないひなたの笑みをぶつけられながら、口に押し付けられるマカロンと格闘する紅葉の視界の横。

 

コブラツイストの体勢に入った夏凜に関節を絞められている歌野が悶えながら呻いていた時、しずくと夕海子に連れ添い入ってきた芽吹が夏凜を止める。

 

「うごごごごご…………っ!!」

「……夏凜、やめてあげたら。」

 

「あん?」

 

 

右目を覆う眼帯を抜きにしても鋭く尖った左の眼光。 以前の訓練時代には無かったそれに萎縮するが、芽吹は凛とした態度で接した。

 

「もう十分でしょう。」

「…………仕方ない、芽吹に助けられたな。」

「……こ、腰が……っ。」

 

 

夏凜の肉体言語的お説教から解放された歌野は腰を押さえてうずくまる。 呆れた顔をしながらも、芽吹は夏凜に手のひらサイズの赤い袋を渡した。

 

「なに。」

「察しなさいよ……!」

「はっ、あんたが私にバレンタインチョコ?」

 

 

ぐい、と胸元に押し付けると、夏凜は受け取り中身を取り出す。 型に上手く流し込めなかったのか、所々が膨らんだ雑な形のチョコが幾つか入っていて、素人の作品であると一目で分かる。

 

「ヘタクソ。」

「……うるさい、要らないなら返して。」

 

 

取り返そうとする前に、夏凜は芽吹のチョコを口に放り込んだ。 固めすぎたのだろう硬度を見せるチョコを構わず噛み砕き、飲み込んでから言った。

 

「普通すぎ、ただのチョコを溶かしただけでしょ。」

「…………っ。」

 

 

あっけらかんと言い、次々に色々な形のチョコを食べ、袋を丁寧に畳んでから芽吹の頭を叩くように撫でて続ける。

 

「ん、次に期待。」

「―――! そ、そう。」

 

 

ツンとした態度だが、期待されては仕方ないとでも言いたげに頬を緩ませる芽吹。

 

腰をさすりながら見ていた歌野が、そういえば…………と二人に聞く。

 

「貴女たち……というか芽吹は、紅葉に何か渡した?」

「いえ、まだよ。」

「……そういや歌野、あんた私に『紅葉にチョコ渡すなら板チョコとかにしておきなさい』とか言ってきたけど、あれどういう意味なの。」

 

 

なにか嫌なことでも思い出したのか、一瞬で吐き気を訴える動きで口許を押さえた歌野は、苦々しい声色で答えた。

 

「紅葉は小さい頃『バレンタインチョコは三倍で返してやる』って言ってきたのよ、私はそれを『三倍豪華に』って意味だと解釈して、ふざけてチョコケーキ1ホールを渡したの。」

 

 

数拍置いて、口に多種多様のチョコを三人に詰め込まれている紅葉を見ながら呟く。

 

「翌月のホワイトデーに返ってきたのはチョコケーキが『3ホール』。 あの人の言う三倍返しは、三倍『豪華に』じゃなくて、三倍の『量を』だったのねぇ。」

 

 

 

サーッと顔を青ざめさせる芽吹と、手で覆う夏凜。 四月に体重計ったらえげつない程に増えてたわ。 そう言った歌野の目は、完全に死んでいた。

 

 

 






書き終わってから銀に割く尺が無かったことに気付いた。 ホワイトデー回でゲロ甘いの書くから座して待て。



夕海子
・アホ、没落貴族、カツオ厨。 散々言われてるけど物理的に強くて勇者としての経歴もあるんなら、後は優秀な婿取っ捕まえるだけやん(紅葉見ながら)。

しずシズ
・それぞれで別の味のマカロンを作った。 『あーん』は夕海子がやってたから真似しただけ。 尚ひなた様には挑発と受け取られる模様。


ひなた様
・滅多な事じゃ怒らないが、未来で若葉と千景に高級日本酒勝手に空けられた時と紅葉が結婚記念日ド忘れして釣りに行ってた時は一週間顔合わせてくれなかった。

紅葉
・大赦の上の方に文句言える程度には発言権がある。 アホ貴族が狙える距離で一番高い物件の人。 ロックオンされたが最後『妖怪弥勒家に嫁げ』に狙われることだろう。


歌野
・コブラツイストを食らいそうになった辺りでようやく助けが入った。 子供の頃紅葉にふざけてチョコケーキ1ホール渡したら3ホール返ってきて死にかけた。

夏凜
・芽吹が手作りチョコ? ふーん。 眼帯着用で自分のイケメン度が4割増しな事には気付いてない。



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番外 ホワイトデーの装いである



刀使ノ巫女に逃げるな。

あとついでに神刀の方も読んで(ダイマ)




 

 

 

若葉や棗の写真や海の幸というチョコですらないお返しが行われているホワイトデー。

 

色んなチョコを貰ったは良いが個別に返すと金も掛かるし忙しいと言うこともあって、バレンタインデーのお返しにはホールのチョコケーキを振る舞ったのだが。

 

 

「……おお、いてぇ……。」

 

 

ホラーゲームの奇形の敵キャラみたいな悪夢になりそうなタイプの奇声を出した歌野に欠片の手加減も無いビンタをお見舞いされ、首がもげるところだった。

 

あいつまだあの一件を根に持ってたのか……いや、腐る前に食わせる為とはいえキッチンに縛り付けたのは悪いと思ってるよ、うん。

 

「あ、居た居た。 おーい紅葉さーん。」

「……ん、どうした? 銀。」

 

 

数日経っても尚痛みが残る頬を抑えて廊下を歩いていると、奥から駆け寄ってくる人影が、振り向いた俺の懐に飛び込んでくる。

 

俺を見上げてくる少女―――銀は、走ってきたのだろう額に汗を滲ませながらもふにゃりと笑って続けた。

 

「部室まで呼んできてくれって頼まれたんですよ、理由は知りませんけど。」

「すげー嫌な予感するけど……まあいいか。 じゃあ行こう。」

 

 

銀と横になって歩くと、銀は俺の手をそれとなく握ってくる。 そういえばここのところ、あまりそう言う機会を作る事がなかった気がする。

 

「ふへへっ」

「いじらしい奴め。」

「……へ?」

「なんでもないよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

部室の扉を開いたら、既に終わっている筈だったイケメン4(稀に5か6)の男装大会が開催されていた。 俺と銀は恐らく同じ顔をしているだろう。

 

「……なにしてんの。」

「須美、お前、目覚めちまったのか……。」

「ちっ、違うわ! 誤解しないで!」

 

 

男装――――男物の制服着用で髪を後ろに縛ったメガネモードという欲張りセットも良いところな格好の須美を見て、銀が呟く。

 

俺もまた、和服の若葉と燕尾服の棗、額にゴーグルを着けた…………なに、不良? の格好をしている千景に目を向ける。

 

 

……多分、ここに芽吹ちゃんと美森が混ざってたら躊躇い無く帰っていたと思う。

 

「私たちとて好きでしているわけではない、話なら園子に聞いてくれ。」

「は? …………おおう。」

 

 

無駄に似合っている和服姿の若葉がつい、と指を向ける。 そこには、演劇部の使う血糊の予備で『ヤバい』と書いて突っ伏している園子が居た。 チビの方はいない辺り、ひなた達の足止めでもしてるのかね。

 

「起きろ、なんで自爆してるんだお前は。」

「ふ、ふふ……私は…………イケメン4や追加戦士達の男装を見て…………ふと、疑問に思ったことがあるんよ……。」

 

 

ティッシュで口許の血糊を拭いながらも死にかけている園子が、男装してる連中を見てから、俺を見てニヤリと笑い呟いた。

 

「――――勇者が男装しているのに、もーみんが女装していないのはおかしいんじゃないか? …………ってね!!」

 

「『ってね!』じゃないが。」

 

 

ドヤ顔まで披露されると普通に腹が立つのだが、こいつの面倒くさいポイントは、俺が断ることを視野に入れて既に男装している勇者を用意して罪悪感を抱かせようとしている部分だ。

 

「ふっふっふ、良いのかな? 今は小さい私がヒナたんとかうたのんとかにぼっしーとかたかしーを足止めしているけど……私の合図一つで直ぐにでもここに来させられるんだよ?」

 

「えぇ……。」

 

 

チビ一人にあの4人を足止めとか難しい方押し付けるなよ……寧ろそっちに罪悪感があるわ馬鹿。

 

「どちらにせよひなた達がここに来るんだから、その前にさっさと女装して撮影されちゃえ、と。 姑息な奴め……。」

「何とでも言うが良い……私の執念を甘く見たもーみんの敗けだよ……!」

 

「というか、私達は園子さんに『もーみんの女装姿が拝めるけどどう?』とか言われて来たらこれだったのよ。 しないなんて……言うわけ無いわよね?」

 

 

場合によっては大葉刈でも抜きそうな程に苛立っている千景。 これはもう、しないといけない流れなんだろうが……。

 

「女装とか二度としたくないんだけど。」

 

「…………二度と?」

「あ、やべっ」

 

 

棗の呟きに訂正しようとするも遅く、顎に指を当てて少し考えた銀に言われる。

 

「もしかして……もう経験済み?」

「言い方を考えろお馬鹿。 ……女だけを狙う引ったくりを捕まえる為に一度だけな、まあ~杏の興奮したことしたこと。」

「そんなことあったか?」

 

 

若葉が呟き、千景もまた心当たりを探って首を傾げる。 ……いや、恐らく二人は知らないだろう。

 

「あの事件が起きたのは戦いが終わった暫く後の話だから、お前達は知らないぞ。」

「そうなのか。 しかし、またこんな目に遭ったんだ。 お前にも相応の目に遭って貰うからな。」

 

 

それとなく出入口を封鎖する若葉と千景。 須美は銀に写真を撮られていて動けないでいて、棗はやることがないのかボーッとしている。

 

「……まあ良いだろう、そんなに見たいなら見せてやる。 文句は言うなよ。」

「うひょー! やったぜぃ!」

 

 

今の俺の体格は昔の俺ほどガッチリしてないし、筋肉もない。 昔よりは今の方が女装向きの体格をしているのは確かだ。

 

滅茶苦茶不名誉だが。

 

 

鼻唄混じりに何処から取り出したか女物のドレスやアニメの制服を吟味する園子を前に、俺はどうせやるならと吹っ切れる事にしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁんか妙に部室から距離取らせようとしてると思ったら、やっぱりなんか企んでたな。」

 

「ごめんなさぁ~い」

 

 

襟首を掴まれ持ち上げられている園子は、夏凜の呆れた顔を前に、特段悪びれた様子もなくスマホを片手にぶらぶらと揺れていた。

 

「それにしても大きい園子さんから『時間を稼いで』なんて、何をしているのでしょう。」

「また男装でもさせてるんじゃないの。」

「それなら別に、止める必要ないと思うけど?」

 

 

ちらりと懐から取り出したスマホを見て、ひなたは不思議に思いながらも四人と共に部室へと向かっている。 それを見て、高嶋が声をかけた。

 

「どしたの?」

「ああ、いえ……実は先程から紅葉さんとの連絡が取れなくて。」

「ふぅん。 ……それにしても、この間のチョコケーキ凄かったね。 歌野ちゃんとかなんかえげつない顔してたし。」

「その話はやめなさい、肥料にするわよ。」

 

 

数日前のホワイトデー、紅葉がまとめてのお返しと言うことで用意した人数分のチョコケーキを見た際に歌野が顔を青くして口許を押さえていたのは、チョコケーキ3ホールを食わされたトラウマが原因である。

 

「しっかし、どちらにせよこのチビと園子絡みって事は碌な事じゃないだろ。 一発ぶっ叩けば直るか……?」

 

「ぴゅい!?」

 

 

猫のように持ち上げられている園子を自分の顔の前まで持ってくると、夏凜の力を知っている園子は変な声をあげて震えた。

 

「……園子と園子君はアナログテレビじゃないのだけど。 あと貴女の馬鹿力で叩かれたりしたら、頭のネジがダース単位で消し飛ぶから。」

 

「この間リンゴ握り潰してジュース作ってたよね。」

 

 

高嶋の何気無い一言が、夏凜の印象をゴリラへと引き上げる。 ため息をついて園子を離した夏凜は、部室の入口にもたれ掛かっている中学生の方の園子を見つけた。

 

「何やってんだお前。」

「園子先輩!?」

「んぉお……に、にぼっしー……園子ちゃん……。」

「うわ……今度はどんな馬鹿やったの。」

 

 

鼻の辺りがどこか赤く濡れているやつれた顔で、園子はドン引きしている夏凜に言う。

 

「私は…………私達は……とんでもない怪物を……産み出してしまった…………がくり。」

 

 

と、わざわざ自分で擬音を言ってから気絶する。 入口を塞ぐ園子を雑に退かすと、夏凜は小さい園子に大きい園子を診ておくように伝えた。

 

「怪物……やはり、なにか企てていたのでしょうか。」

「知らん、エイリアンだろうがプレデターだろうが園子が作ったモンならどうにかなる。」

「思考回路がゴリラ過ぎる……。」

「それじゃあ、突入しましょう。」

 

 

念のためにとひなたを後ろに下げつつ、夏凜と歌野が前に出て扉をスライドさせる。

 

夕焼け混じりの薄暗い部屋の中には、誰かが立っていた。 足元にぶつかった物体を見下ろすと、それは――――。

 

「……うおっ!?」

「わ、若葉ちゃん!」

 

 

ホワイトデーの時に来ていた和服での男装姿をした若葉が、どこかやつれた顔をして倒れていた。

 

「若葉ちゃん、しっかり!」

「……ひ、なた……。 アレは……まずい……。」

「若葉ちゃーーーん!!?」

 

 

私は……男だったのか……?

 

そんな謎を極める単語を発した若葉は、園子の時のように気絶してしまう。 パチンと電気を点けると、明るくなった部室に立っていた者の正体が判明した。

 

「…………誰だお前。」

 

 

それは少女だった。

 

少女にしては高身長で、棗や、いつぞやの小鳥遊ヒビキよりは小さい。 その周囲にどういうわけか頬を緩ませて倒れている須美と銀、そしてロッカーに顔を突っ込んでピクリとも動かない棗、机には千景が伏している。

 

「なにがどうなってるのかは知らんが……見ない顔だな。」

「その制服も見たことないわね。」

 

「――――あーーー……ああ、うん。」

 

 

鈴を転がしたような、聞き心地良い声。 黒いロングの髪を揺らして、高嶋を一瞬見ると、小首を傾げてウインクしながら言った。

 

「さて、だぁ~れだ?」

 

「ゴブッフォア!!!」

 

 

千景の安否を確かめていた高嶋は、それを聞いて思い切り噴き出す。 呼吸が出来ない程に笑い転げる高嶋を見て、二人は一つの選択肢が不意に脳裏に浮かび上がる。 まさか、と呟いて。

 

「貴女もしかして、紅葉?」

 

 

後ろで若葉を介抱するひなたが目を見開くのを視線で感じながら、歌野は少女へと言う。

 

眉を上げてからからと笑い、少女は明確に低い男の声で言った。

 

「なんだ、もうバレたのか。 友奈のリアクションが無かったら勘違いしてたな。」

「…………いや、おかしいだろ。」

 

 

ふと壁を見たら虫が張り付いているのを見てしまったような、何とも言えない顔をしていた夏凜は、頭身が若干縮んでいる少女の姿をした紅葉を見やる。

 

「身長10センチくらい縮んでるじゃん、削った?」

「削っとらんわ。」

 

 

見た目だけは漫画の世界から飛び出してきたような女子高生の格好なのに、声は青年の低さで、二人は会話をしながら脳が混乱していた。

 

「こう、上手いこと関節外したりロングヘアーのウィッグで体格を誤魔化したりだな。」

 

「は?」

 

「肩外すだろ? テープで頬とかを後ろに引っ張って化粧するだろ? 女物の制服着るだろ? そんで、声は気合いでどうにか女っぽくする。」

 

「…………うわぁ。」

 

 

首を鳴らしたときのようにゴキゴキゴキッ! という音を全身から奏でる紅葉がくるりと一回転すると、ウィッグを取り外して讃州中学の制服を着た元の姿に戻っていた。 マジシャンかよ……とは夏凜の呟きである。

 

「胃からなんかせり上がってきた。」

「耐えろ。」

 

 

気を失っている銀を抱き上げると紅葉は、若葉に膝を貸しているひなたに声を掛ける。

 

「園子の狂言に付き合ったせいで時間が潰れちまった。 さっさと帰って、晩飯作ろっか。」

「あ、はい。 ……若葉ちゃんはどうしましょう」

「その内起きるでしょ。」

 

 

千景のように椅子に座らせ、机に突っ伏させると、紅葉は銀を抱えたままひなたと部室を後にした。 残された夏凜と歌野、床に転がったまま動かなくなった高嶋の間には静寂が訪れる。

 

 

「……悪夢か?」

「それより、気絶してる人達起こして何があったか調べましょう。 ほら棗さん、起きなさい。」

「はぁ……おい、須美、起きろ。」

 

 

歌野が棗をロッカーから引っこ抜くも、起きず。 夏凜が須美の頭を指でつつくも、起きず。 やがて復活した高嶋がなんとか起こすことに成功した千景は、三人を前にボーッとしている。

 

「ぐんちゃーん、大丈夫?」

「……高嶋さん……? あれ、私……なにやってたのかしら。」

「紅葉の女装とかいう夢に出そうなバケモン産み出して良く言うわ、何があったのよ。」

 

 

寝ぼけ眼だった千景はその言葉に段々と正気を取り戻し――――爆発したように顔を赤くして取り乱す。

 

「あっ、あ、あ……あの人……! 私達にあんな……!! くっ……なぜ私は紅葉くんのあの姿に胸が……!!」

 

「ぐ、ぐんちゃん?」

 

「紅葉くんが……か、かわっ、可愛いなんて! 嘘でしょう!? なんで私はあんなにもキュンと……!」

 

 

ぶんぶんと髪を振り乱す千景は、言い終えるや否や、荷物を掴んで走って出ていった。

 

――――が、思い出したように戻ってくると、小さい箱を気絶している若葉の和服の懐に捩じ込む。

 

「なにそれ。」

「……遅れたけど、ホワイトデーだったし、単なる友チョコよ。」

「…………え?」

 

 

早口で捲し立てた千景。 再度部室から出ていった後、硬直した高嶋は若葉の懐から顔を覗かせる箱―――恐らくチョコレート入りを見て、口角を痙攣させる。

 

「ぐんちゃんが……紅葉くんどころか若葉ちゃんにまでなついて……う、うががががーーっ!?」

 

 

「高嶋が泡吹き始めたんだけど!」

 

「蟹なんでしょ。」

 

 

 

その晩、紅葉達のデザートは余りのチョコを使ったフォンデュだったらしい。

 

 






紅葉の変形(じょそう)は紅葉が頑丈だからやれてるだけなので、安易に肩を外したりするのはやめようね!

イケメン4(欠員・補充あり)に何があったかは………………想像にお任せします。



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番外 先人紅葉の水着選びである

 

 

 

 

「だからだーめーでーすー!」

「よいではありませんの~。 ね、ちょっとだけ、先っちょだけですから。」

 

「……なにしてんの。」

 

 

ワイシャツのボタンを二つ外して首もとを自由にしないとやってられない真夏日の放課後、部室に冷風を求めて訪れた俺の眼前で、夕海子と銀という珍しい組み合わせが立っていた。

 

「―――あっ、紅葉さん!」

 

 

俺の気配に気付いた銀が表情を喜色に染めて駆け寄ってくると、勢い良く飛び付いてくるので汗を気にしてやんわり受け止める。

 

「それで、なにやってるんだ夕海子。」

「あら、わたくしですか。」

「銀に何をねだってた?」

 

「そうですよ! 聞いてください紅葉さん、弥勒さんってばアタシに紅葉さんを貸してくれって聞いてきたんですよ!」

 

 

俺はゲームソフトか何かか。

 

「貸してくれとは人聞きの悪い。 夏に合わせてオープンした水着店で水着を新調するから、男性の意見が欲しかっただけですわ。」

 

 

テーブルに置かれていたチラシを見せてくる夕海子の手には、確かについ最近開かれたばかりの店の情報が載っていた。 そういえば、ひなたが行きたいとか寝る前に言ってた気がする。

 

「で、どうです?」

「芽吹ちゃん辺りと行けば良いだろ。」

「貴方と行きたいから誘っていますのに。」

「は――――!?」

 

 

夕海子の中々のストレートな発言に、俺に抱きついたまま銀がぎょっとする。

 

「まあ、嫌ですけど。」

「Why!? 何故!?」

 

 

寧ろどうして了承されると思ったんだ。

 

自称お嬢様らしからぬ呆然とした顔を見ながら、俺は銀に見上げられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やってまいりましたわよ、水着店!」

「なんで?」

 

 

新装開店セールでやや商品が安い値札を眺めている夕海子を他所に、俺と銀とひなたは店内の色とりどりの水着を見て子供のように――――実際子供だが、面白いほどはしゃいでいる。

 

「……しずくも来るって聞いてたから了承したんだけどあいつどこ行った。」

「ああ、しずくさんなら、後日改めて防人組と共に訪れる予定ですわ。 ちゃんと明日行きましょうと言いましたよ?『本日00時過ぎ』に。」

「意地悪か。」

 

 

つまり『今日になってから明日行こう』と言ったのだ。 一休さんというか屁理屈というか。

 

「なにせライバルは少ないに越し…………うぅ゛ん! げふんげふん!」

「そこまで言ったんなら最後まで言えば良いのに…………ひなたさん顔怖いっす。」

 

 

最近、しずシズコンビや夕海子が俺に絡んでくる事が多くなったせいか、ひなたの顔が怖い。 寝るときも抱き枕にされている。

 

これ以上ひなた様のご機嫌が悪くなる前に、そそくさと水着選びに進ませる。

 

「じゃあ俺、その辺で待ってるから。」

「紅葉さん。」

「……はい。」

 

 

がっしりとひなたに手を掴まれ、引き摺られる形でレディースの水着コーナーに連れていかれた。 なんだこの力は……。

 

「あー! 出遅れた……!」

「ひなた嬢は手強いですわねぇ。」

「…………どうします?」

「とりあえず、数着選んだら紅葉さんに見ていただきましょうか。 それまでは停戦ということでどうかしら?」

 

 

余裕綽々の夕海子と、むすっとした様子の銀が、渋々といった様子で手を握り合う。

 

 

 

 

 

ハンガーに掛けられた水着を手に取りあれやこれやと見定めているひなたを前に、俺は相変わらずの女性の買い物の長さに辟易していた。

 

「紅葉さん紅葉さん、良かったら紅葉さんも選んでくれませんか?」

「センスには期待するなよー。」

 

 

彼女(ひなた)連れということもあって、周りの客や店員には俺が水着を眺めていても変に見られる事はない。 夕海子と銀が居ても、荷物持ち担当としか思われないだろうしな。

 

「ひなた、これ着てみて。」

「……もぅ。 そういうのは夜に、ね?」

「うい。」

 

 

マイクロビキニを渡したらやんわりと断られた。 改めて真面目に探し、赤をメインに花柄が混じった水着を上下で渡す。

 

「ふふ、ちゃんと探してるんじゃないですか。 ああいうおふざけは、駄目ですよ。」

「分かってるって。」

 

 

なら最初からやるなよって話なんですがね。 だって見たいでしょ、俺なら見たいよ。

 

ともあれ、試着室に入ったひなたを待つついでに、辺りを見渡して二人を探す。

 

 

なんだかんだ言いながら、夕海子は結構面倒見が良い。 しかし銀と喧嘩するなんてことは無いだろうが、放っておくと結託して何かしでかして来そうだから困る。

 

「……居ねぇし。」

 

 

レディースと子供用が別々の場所で、銀に夕海子が付き合ってるのか、二人の姿は近くに無かった。 直後に試着室を隠すカーテンが横に退けられひなたの姿が露となり、赤い花柄の水着を着たひなたが現れる。

 

「どう、ですか?」

「ありがとうございます。」

「なぜ拝むんですか……!?」

 

 

肢体が眩しく、赤い水着が映える。

 

人目も憚らずひたすらに写真を取りたいが、我慢して合唱するに留めた。

 

「うん、似合う。 これなら上に一枚着るか羽織れば派手になりすぎないな。」

「……でしたら、これにします。」

「他にもあるのに……いいのか?」

「紅葉さんが選んでくれたんですから。」

 

 

そう言って笑うひなたや銀が、時折俺には勿体なく思えてくる。 誰かに渡す気も無いが。

 

 

果たしてひなたの水着は2()()購入となり、二人に連絡をして、水着を持ってくるのを待つことにしている。

 

ふと小さいかごに水着を入れて小走りで駆け寄ってくる銀を受け止めると、店内のクーラーで冷えた肌がひんやりとした。

 

「夕海子は?」

「こちらですわ。」

「ヴァ」

 

 

ぞわ、と左耳に寒気が走る。

 

後ろから忍び寄っていた夕海子が、息が掛かる距離で話しかけてきていた。

 

「……それ前に友奈にやられて反射的に頭突きしちゃったから二度とやるなよ。」

「んふふ。」

 

 

なんだその含み笑いは。 前に銀、後ろから夕海子と挟まれた俺を見ると、ひなたは浮かべていた笑みのまま顔色を冷ややかにさせる。

 

銀はともかく夕海子にこうされては面白くないだろうし、夕海子も()()()()()煽っている節がある。 ひとまず夕海子を背中からひっぺがして、銀と並べて向き合った。

 

「良い水着は見付かったか?」

「はいっ。 ノースリーブとホットパンツを着るから隠れちゃうけど、水色の可愛いやつが見つかったんです。」

「それは良かった。 ……で、お前は。」

「まあ、なんとも雑。」

 

 

夕海子は銀が持ち歩いていた買い物かごから上下の水着を取り出すと、服の上から自分の体に当てて見せてくる。

 

「わたくしの美しい肢体をアピールするには、やはりシンプルに黒一択ですわ!」

 

「こいつ、こんなんでもプロポーションだけは普通に良いんだよな。」

「ええ、悔しいことに。」

「美人ではあるんですけどね……。」

 

 

ええ、そうでしょうとも。 と言ってドヤ顔を忘れない夕海子のアホみたいに強いメンタルは嫌いじゃないぞ。

 

「……では早速、これを試着して紅葉さんを悩殺してさしあげましょう。」

「誰が悩殺なんかされるか。」

 

 

何時ものように自信あり気に、夕海子は水着を手に取りカーテンを閉める。

 

俺を悩殺したかったらマイクロビキニでギリギリを攻めてこいと言いたい。

 

「そうだ紅葉さん。 実は近場の海岸で海開きされるみたいで、海の家で焼きそばが売ってるらしいんですけど行ってみません?」

 

「お前の焼きそばより旨いとは思えないが、まあ……良いんじゃないか? 今日の水着で行くなら俺も新しいの買うぞ。」

 

「良いですね、では…………弥勒さんはどうします? 銀ちゃんと紅葉さんに対応はお任せしますが。」

 

 

そう言いつつ腕に体を擦り寄せるひなたは、目で『三人だけが良い』と訴えてくる。 俺としても大賛成だが、それはそれとして、海に行くなら勇者部で話し合うべきだろう。

 

臨時で手伝いを頼まれる可能性もあるし、何よりひなたの水着を見せびらかせたくない。 このあとでパーカーとシャツ、水着に合わせたパレオを追加で購入することになるのだが、それはまた別の話となる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結論だが、夕海子の水着は普通に似合ってたのでちょっとだけ悩殺された。

 

ほんの少しだけだが。

 

 






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ひな誕Ⅱ



二ヶ月以上一度も更新してなかったので実質初投稿です。リハビリがてらなので短いです。




「紅葉。ひなたの誕生日に何を送れば良いか分からないのだが、助言を貰えないだろうか」

 

「自分をラッピングして部屋で待ってろよ」

 

「返答に悩むとすぐに人をラッピングさせようとするのをやめろ」

 

 

 放課後の部室に机を挟んで向かい合う二人──乃木若葉と先人紅葉は、前回のひなたの誕生日を迎えてから一年が経ったある日、二度目のプレゼントに思い悩んでいた。

 

「紅葉からのプレゼントならなんだって喜ぶだろうが──私の場合はもう既にカメラという高価な贈り物をしてしまっているしな」

 

「俺からの物なら何でもというのは買いかぶりだろう。俺だったらまあ、仮にひなたや銀から虫の死骸を渡されても嬉しいが」

 

「いやそれは…………」

 

 

 ジョークだ。ジョークか、張り倒すぞ。淡々とした会話を挟んで、紅葉はため息をついてから切り返す。

 

「そもプレゼントに高い安いは関係ないだろ。相手の事を考えて送った物を無下にするような奴じゃないのは、俺もお前も知ってるはずだ」

 

「それは、そうだが」

 

「前回のプレゼントがカメラなんだから、カメラを使ったときに便利なものでも送れば良いんじゃないか?」

 

「便利なもの──か」

 

 

 指を顎に当てて思案する若葉は、少ししてからハッとした様子で席を立つ。

 

「思い付いたのか」

「ああ、すぐに買ってこようと思う」

「それは良かった」

 

 

 部室から出ようとする若葉は紅葉に振り返ると言った。

 

「ところで、紅葉は何をプレゼントするんだ?」

「言ったらサプライズにならないだろ」

「私に渡すわけではあるまい」

「──大丈夫だろ。恐らく若葉とはダブらない」

 

 

 そうか? と言う若葉の疑問符を浮かべた顔を見て、紅葉は小さく笑った。

 

 

 

 ◆

 

 

 浴室から漂う花の香りが、紅葉の鼻腔をくすぐる。視界の端に見える物を瞳に映しながら、風呂場から戻ってきたひなたに聞いた。

 

「それで、若葉からは写真立てを渡された訳か」

「はい。前回戴いたカメラで撮ったものをそれに入れられるので、ピッタリでした」

 

 

 部員たちの写真や紅葉とひなたのツーショット、若葉との写真等を並べられた机を見やるが、ふと思い出したように紅葉が座るベッドの縁に並ぶようにひなたが座る。

 

「ところで紅葉さん。部室でのパーティでは何も渡されなかったのですが──後で渡す、と言っていましたよね?」

 

「ああ……少し待て。それと髪は乾いたか?」

 

「──? ええ、乾いていますよ」

 

 

 ひなたの言葉を聞いた後にベッドの下から小包を取り出すと、紅葉は中から手のひらに収まる程度の大きさの櫛を見せた。

 

「それは……」

「昨日、使った櫛が折れただろう。プレゼントも兼ねて、探しておいたんだ」

「なるほど。だから『俺が探すから待ってろ』と言ったのですね」

 

 

 さほど似ていない声真似を披露されつつ、苦笑をこぼした紅葉はひなたに櫛を手渡す。紫の花模様がある黒色の櫛は、艶やかな光沢を放ち照明を反射した。

 

「紅葉さん」

「ん?」

 

 

 ひなたは不意にベッドの縁から下部分に座り、背中を向けて手に持った櫛を紅葉に向ける。

 

「どうぞ」

「……どうも」

 

 

 梳してくれ、と言うことらしい。紅葉は早速と櫛を右手に、左手で髪がきちんと乾いているかを確かめる。木製の──つげ櫛と呼ばれるこれは、水分に弱い為だ。

 乾いていることを確認した後、紅葉は毛先から順に櫛を入れていく。するりと抵抗なく髪を梳す櫛が流れ、徐々に上へと手が伸びる。

 

「~っ」

 

 

 頭皮のマッサージにもなる櫛の動きが、頭頂部から尾てい骨の辺りまである髪を通り抜ける。椿油が塗られているつげ櫛は、ひなたの綺麗な髪をより美しく保ってくれるのだ。

 

 胡座をかいて座る紅葉が膝に櫛を置いて、紫の混じった深い黒色の髪を指で掬い鼻に近付けた。

 すんと鳴らして嗅いだ匂いは、様々な花が混じりながらも決して不快にはならないバランスとなっている

 

「──終わったぞ」

「……また明日も、梳してくれますか?」

「良いとも。銀の分も、いつか買ってあげないとな」

「紅葉さんに梳されたら、癖になってしまいます」

 

 

 振り返り向き合うひなたは、風呂上がりのとろんとした眼差しで紅葉を見る。「紅葉さん」と声を出すと、片手を掴み自身の頬にあてがった。

 

「どうした」

「明日も──明後日も……明々後日も。私はいつまでも、貴方の隣に居たいと、そう思っています」

「────」

 

 

 右手を左の頬に当てるひなたの両手は、男のそれと比べたらずっと小さい。簡単に振りほどける力でありながら、その両手は紅葉が離れていかないように掴んでいる。

 

「これからも、ずーっと一緒ですよ」

 

「当然だ」

 

「……即答するんですもの。

 まるで必死な私が馬鹿みたい」

 

「そんな事はないさ」

 

 

 にこりと笑うひなたの顔を見て、紅葉は思い出した。『断とうにも断ち切れぬ繋がり』として、『絆』という言葉があることを。

 だが、『絆』の本来の意味というのは犬や馬を繋ぎ止める綱を指しており──とどのつまり、結局は呪縛の意として使われる方が正しいのだろう。

 

「これからも、ずっと一緒に居てくださいね」

「ああ」

 

 

 言葉は呪いだ。

 

 そう思わずにはいられない程に、ひなたの言葉は力強い。されど互いの間にある気持ちは本物である。

 

 

 果たして巫女の心が籠った──祝詞と言っても過言ではないそれは、(のろ)いなのか、(まじな)いなのか──はたまた。

 

「……ずっと、いつまでも」

「心配性だな、ひなたは」

「──ふふっ」

 

 

 二人の部屋に笑い声が木霊する。

 ──難しく考える必要はなかったのだ。なにせ、わざわざ言葉に出す必要もなく、紅葉とひなたは深く長い縁で結ばれているのだから。

 

 

 二人のこれからに幸あらんことを。誰かがそう、静かに願っていた。

 






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巣食う物、救う者。
宇宙的恐怖 上里暦は傍若無人である




この話はわりとマジで読まなくても本編への影響は一切無いよ。
あと勇者は出ないしクトゥルフめいてたりするから本気で読む人選ぶと思う。




高評価をいただいて久しぶりにランキングの50位から上に載ったり、総合評価1111ptという奇跡を拝んだりと、感謝感激でございます。

とか言いながら誰も予想してない望んでないな番外新シリーズ書き始めて読者をふるいに掛けるってなんだお前新手のマゾか?




 

 

 

 

かつて西暦と呼ばれた歴史が、神世紀と改められてからあと数年で三十年となる頃。

 

後の時代で白鳥歌野と先人紅葉が隣同士で暮らすこととなる和風屋敷に、紫の混じった暗い黒の髪を揺らす少女が訪れていた。

 

 

無遠慮に先人宅の縁側に回ると、履いていた靴を脱ぎ散らかしながら室内に上がる。

 

「親父ー、飯食わせー。」

「普通に玄関から入れって何回も言ってるだろ。」

「鍵お袋の方の家に忘れた」

「すぐ隣なんだから取りに行けよ。」

 

 

縁側のすぐ横に作られている居間に向けて廊下から歩いてきた男が、左腕を三角巾で吊るして現れた。

 

所々に白髪が混じり、僅かに皺も増えたその男―――――先人紅葉は、呆れた様子で少女に言う。

 

 

「ひなたはアイツと一緒に杏の家で、俺は右手しか使えないんだ。 飯の出来には期待するなよ――――コヨミ。」

「いーっていーって、焦げてるくらいなら許容するから、あと結構限界なんだよ早くしろー。」

 

 

上里(こよみ)、上里家の長女にして、先人紅葉の娘である。

 

ぐぅと大きな音を腹から発したコヨミに、くっくっと我慢しきれずに笑い声を漏らした紅葉。 コヨミはすねに蹴りを入れるが、容易く避けられたまま台所に入られる。

 

 

「チッ、もう四十越えてる癖になんであんな身のこなし軽いんだよ親父のやろう。」

 

あっさり避けられた事が意外にもショックだったのか、コヨミは不機嫌そうにテーブルを前にどかっと座り込む。

 

両腕をテーブルにだらりと伸ばし、手元で伸縮式の特殊警棒を弄くり回していた。

 

 

「若葉は訓練の時間になっても道場に来ねえし、あいつは杏ちゃんのとこで射撃訓練だし、暇だ暇だ。」

 

顔を突っ伏したまま手探りでリモコンを探り当てると、コヨミはテレビの電源を点ける。

 

他愛もないニュースが幾つか流れ、あーまたか、とコヨミのうんざりとしたため息が漏れた。

 

 

やれ、動物園でパンダの赤ちゃんが産まれたとか。

 

やれ、学校の生徒は神樹様を奉りましょう、とか。

 

 

朝昼晩と、ニュースに変化がないのだ。 平和ボケが続いた日常を暇に思う年頃の娘には、些か刺激が足りないらしく。

 

それでも不良方面に向かって暇を潰そうとしないのは両親の躾が行き届いているからか、逆らうとどうなるかを既に身を以て理解しているからかは、定かではない。

 

 

「(昼飯来るまで仮眠取ろうかねぇ)」

 

そんな事を考えながら、電源ボタンに指を伸ばしたコヨミの手は、次のニュースの不可解な事件に止められる。

 

 

『次のニュースです。 本日、―――の山奥にて無惨な状態で死体が発見され、地元の住民が騒然としている事態が発生しました。 複数の死体は様々な方法で解体するようにバラバラにされていることから、猟奇殺人の線で調査を進め――。』

 

「ぬ。」

 

ガバッと起き上がり、テレビを見る。 現場に既に死体は無かったが、撮影された映像では辺りの草木が血の赤黒い色で染まっていて、凄惨な光景が脳裏に浮かぶ。

 

うわ、面白そう。

 

 

不謹慎ながらにコヨミの思考はそう結論付ける。 何時だって、対岸の火事は眺めるに限るのだから。

 

野次馬根性が湧いてきたコヨミは、意外と近いし昼飯食べたら行ってみよう、と考えながら台所に目を向ける。

 

 

「親父ー! 飯まだー?」

「あとちょい、それとあいつらが帰ってくるから、玄関開けてくれい。」

「ういうい。」

 

 

立ち上がり、玄関の方に歩くコヨミ。 ガラガラ音を立てて玄関を開けると、そこには見慣れた顔触れがあった。

 

 

「ただいま戻りました…………って、あら、暦。」

「あれ、今頃若葉さんと訓練してる頃じゃないの?」

 

あっさりと娘に身長を追い抜かれた、四十代にも関わらず若さが全く衰えないコヨミの母にして紅葉の妻―――上里ひなた。

 

それと、紅葉を若くしたような顔付きで伊達眼鏡を掛けた少年。

 

 

「お帰りお袋、ユーリ」

「ええ、ただいま。」

「ただいま、姉さん。」

 

先人勇理(ゆうり)。 コヨミの弟にして、先人家の長男。 コヨミがひなたを先に家に入れた裏で、ユーリは肩に提げて後ろに回していた長方形のアタッシュケースを靴箱に添える。

 

 

「相変わらず殺し屋みてーだな」

「いくらコネで特別に所持が認められてても、それを知らない警察とかに職務質問とかされたら面倒だからね。」

 

先天的に視力が異常な程に優れているユーリは、数値で測定が出来ない程に遠くが良く見える。 それを利用して、杏の元で狙撃の訓練をしているのだ。

 

ケースの中身は、おおよそ想像通りのブツが入ってる事だろう。

 

 

「それにしても随分楽しそうだね、また新しい警棒買ったの? もう家に30本くらいあるよね?」

「ちげーーーよ。 なあ、―――の山奥で猟奇殺人事件が発生したの知ってるよな?」

 

その言葉に一瞬考える素振りを見せ、ああ、と言う。

 

 

「知ってるよ、嫌だよねほんと、電車で行けば近い場所であんな事件が起きるなんてさ。」

「だよなー。 …………だよな。」

「姉さん、まさかとは思うけど――――」

 

「ああ、見に行こうぜ!」

「絶対言うと思ったよ! 嫌に決まってるでしょ!」

 

コヨミに両肩を力強く掴まれたユーリは顔面に張り手を食らわせて距離を取ろうとするが、コヨミの馬鹿力によって手を引き剥がせない。

 

 

「このっ、クソゴリラぁ……!」

「お姉ちゃんに向かってなんだその口の聞き方は~?」

 

玄関で外と内を跨いで小競り合いを始める二人。

 

結局、弟は姉に逆らえない。 昼食を取ってから向かうことが決定し、ユーリは目に見えるほどにげっそりとやつれている気がした。

 

 

 

 

 

ざるうどんに様々な調味料とつけだれを用意した昼食をテーブルに広げ、紅葉とひなたが隣同士に座り、コヨミとユーリが反対に座ると食事を始める。

 

 

「そういやさあ、あたしさっきまで道場に居たんだけど、若葉が来なかったのなんか知らん?」

「あーーー……昨日久しぶりに千景と二人で呑んだらしくて、二日酔いで死んでる。」

「ははぁん、さては馬鹿だな。」

 

ずぞ、とうどんをすすり一言。 後でイタ電してやろうかなと考えながら、しれっとユーリが取ろうとしたキュウリの漬け物を数個纏めてかっさらう。

 

 

「お、お前…………」

「はっ。」

「飯くらい静かに食えよ。」

「まあまあ、賑やかなのも悪くないですよ?」

 

穏やかにたしなめるひなたに免じて見逃した紅葉は、流れっぱなしのテレビのニュースがコヨミの見ていた例の猟奇殺人の件を繰り返し放送していた所で、ふと内容が気になって目を向ける。

 

 

「――――――――。」

「……飯食いながら見るもんじゃない。」

 

だがコヨミがその内容を、映像を食い入るように見ている様子を一瞥してテレビを消す。

 

そんなコヨミが、()()()()()()()()()()()()()()()()()目を輝かせている事に、紅葉は僅かな危機感を覚えた。

 

 

一人深刻な雰囲気を醸し出している紅葉の事を露知らず、先に食事を終えたコヨミはユーリにちょっかいをかける。

 

「んでユーリ、お前若葉んとこと杏ちゃんとこの一人娘、どっち狙ってんの。」

「は?」

 

他人には基本敬語のユーリでも、一際コヨミ相手には口が悪い。 日頃の行いと言えばそれまでである。

 

 

「『は?』じゃねえよ、お前ももう16だろ、あの二人の娘……あたしは怖がられててあんま会わねえから名前忘れたけど、ちょこちょこ会うんだから話くらいはするだろ。」

「…………いや、まあ、それがねぇ……」

 

苦い顔をして遠くを見るユーリは、少しして口を開く。

 

 

「なんか最近、なにもしてないのに球子さんに『お前にうちの子はやらん』とか言われててさ。 杏さんと射撃訓練してるときの視線が滅茶苦茶痛い。」

「ちゃぶ台投げられそう」

「盾ならぶん投げてきた。」

「流石に笑うわ。」

 

けらけらと本当に笑ったコヨミを見ながら、ユーリは静かに『こいつ侮辱罪で裁けないかな』と考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい。」

 

「はい。」

 

 

食後、目的地の駅にたどり着いた二人は山に繋がる道を歩きながら話をしていた。

 

 

「確かに、さっきの人が姉さんに痴漢をしたのは悪いことだけどね。」

 

「はい。」

 

「だからって電車の窓ぶち抜いてホームに投げちゃいかんでしょ。」

 

「そっすね。」

 

 

何処吹く風とばかりに聞き流すコヨミに、ユーリは青筋を浮かばせる。 肩に提げたケースの肩紐が軋んだ気がしたが、それを気にする暇もない。

 

 

「いや、だってケツに吊るしてる警棒に触られたからつい反射的にやっちまったんだよ。」

「女が『ケツ』とか言わない。 少しは自重してくれよ、被害がこっちにまで向くんだから。」

「わーってるよ、もう親父のシャイニングウィザードは食らいたくねぇ。」

 

今よりも前、虐めの現場を目撃したからと言って過剰な暴力で場を納めようとしたコヨミは、紅葉にそれを止める為に頬の骨を膝蹴りで粉砕された過去がある。

 

『会話が通じない相手は殴るに限る』と、コヨミは自分の身体で理解していた。

 

 

小指で耳を掻くというおおよそ女のする行動ではないそれを叱ろうと口を開けたユーリの口を、コヨミは何かに気付いた様子で手で塞いだ。 念のために言っておくが耳を掻いた方ではない。

 

 

「……ふぁんふ(なんだよ)ぁお」

「黙ってろ、今誰かが山に入ってった。」

「……ふ(はあ?)あ?」

 

ユーリが騒がないのを確認してから、コヨミは口を塞いだ手で山への入口を指差す。

 

そこには、ボロボロのフード付きローブを身に纏う猫背の後ろ姿があり、その後ろ姿は木々に紛れて消えた。

 

 

「よし、少ししたら追うぞ。」

「まぁーじーでぇー?」

「嫌だからってキャラ崩すな、行くぞ。」

 

 

はあーーー。 と長いため息をついて、ユーリはコヨミについて行く。 残念なことに、兄弟とはヒエラルキー上位の発言が絶対なのだ。

 

ケースを背負い直したユーリは、スキップまで始めてしまうのではと思う程にテンションの上がっている鼻唄混じりのコヨミを急いで追いかける。

 

 

「…………あー、まだ訓練だけなんだよなぁ。」

 

背負ったケースを肩越しに一瞥してから、ユーリも山の中へと入って行った。

 

 

 

 

 

草木を掻き分け、二人は山奥に進む。

 

すん、と鼻を鳴らしたコヨミに腕で制されユーリも足を止める。

 

 

「どうした?」

「鉄錆び臭い、事件現場はこの近くだ。」

 

そう言われ、ユーリはケースに繋いだ肩紐を握る手に力を込める。 緊張しているユーリに反して、コヨミは分かりやすい程にウズウズしていた。

 

 

「……一人で先走らないでよ。」

「はん、お前こそ、訓練ばかりでナマモノは撃ったこと無いんだろ。 いざってときに後ろからあたしの背中ぶち抜くなよ。」

「ああ、なるほどその手が……」

 

「やめろよ。」

 

 

ふふふふふ。

 

そう笑って、二人は互いを見て、コヨミは『マジでやるなよ』と念を押す。

 

 

 

 

 

「―――――っ、う、おっ……」

「―――これは……酷いな……」

 

一段と大きい枝を避けて進んだ先を見て、二人は騒然とする。 赤黒い液体が付着した地面と木々や草に、強烈な鉄錆びの臭い。 これ程とは。 そう思考した二人の脳裏で、無くなってはいけない大事な『なにか』が削れて行く。

 

コヨミが辺りを見渡している横で臭気に慣れようとしていたユーリの傍らに、ぼとり、と音を奏でて木の上から何かが落ちてきた。

 

 

『それ』は、ピンク色をしていて。

 

『それ』は、長い紐状の物体で。

 

『それ』は、小学生の頃に見た人体模型の、腸の部分に酷似していた。

 

 

「……ああ、くそっ、こんな所で人体の不思議を勉強したくは無かった。」

 

「おーい、ユーリ、こっち来い。 面白いぞ。」

 

『どれだけ正気を保っていられるか』の限度を削られつつあるユーリに無遠慮に言い放つコヨミ。 軽くイラつきながら、声を僅かに荒げてユーリは聞き返した。

 

 

「今ちょっと余裕がないんだけど…………おおおおお!!?」

 

振り返ったユーリの前に、首から先がないコヨミが立っていた。 少ししてコヨミが半歩後ずさりすると、元通りに首から先が虚空から現れる。

 

 

「な、なに…………えぇ……?」

「ここになんか壁みたいなのがあってさあ、顔突っ込んだら奥に屋敷が有った。」

「……はあ、よくわかったね。」

 

あー、それはな……と言って、ちょうど見えない壁の境にある木に着いた血を指さした。

 

その血は、勢いよく飛び散って付着したにしては、不自然に途切れている部分がある。 そこから先が壁の向こうに繋がっていたらしい。

 

 

「だからっていきなり首を物理的に突っ込むなよ、アホ。」

「直球の悪口は傷付くからやめてくれ。」

 

呆れた顔のユーリ。 そう言いながら、ケースを下ろして中身を取り出す。

 

軽く一世代は昔の銃器、レバーアクションライフル。 それに反して近代的な拳銃を一緒に出して、それぞれを肩紐で担ぎ、ホルスターに納める。

 

 

「……撃てんのか?」

「撃ちたくはないね。」

 

一応だよ。 そう言ってユーリは笑みを浮かべる。

 

その目は『必要なら撃つ』と、覚悟を決めていた。

 

 

「じゃ、行くか。」

「危なくなったらすぐに帰るからね、あと父さんにも連絡する。」

「へっ、危なくなったらな。」

 

西部劇のガンマンが弾丸を止めておく時のように、ジーパンのベルトに固定した複数個ある縮めた警棒を一本取り出すコヨミ。

 

ユーリの前に出て先に壁の奥に消えたコヨミを追って、ユーリもまた透明の壁の奥に消える。

 

 

 

視界が歪む不快な感覚を我慢する。 視界が晴れるとそこには、古ぼけた西洋屋敷が鎮座していた。

 

「……こんなものを隠していたのか……!」

「警察共はここを見付けられなかったんかねぇ、それともあの壁は本来は通り抜けられない? ……まあいいや。」

 

ずかずか歩いて屋敷の扉の前に立つと、コヨミは前蹴り……いわゆるヤクザキックで扉を蹴破った。

 

 

「たのもーーーう!」

「…………馬鹿か。」

 

がらんどうの部屋の中に立ち入る二人。 古くさい見た目にしては、室内に埃っぽさはない。 何度か換気をされている、人が立ち入っている証拠だ。

 

 

「姉さん、ここ人が何回か出入りしてる。」

「ああ、安全装置外しとけ。」

 

伊達眼鏡を外してワイシャツの胸ポケットに()()を引っ掛け、肩に提げていたライフルを両手で持ち水平に保つ。

 

コヨミは手首のスナップで、カシュンと独特の音を出しながら警棒を伸ばした。

 

 

軽い探索を挟みながら二階、三階と上がり、二人はやがて、部屋の最奥の広い部屋にたどり着く。

 

 

「……拍子抜けだな。 驚くほどなんもねぇ」

「ゲームとかだったら隠し部屋か地下室へのギミックでもあるんだろうけど、ね。」

 

構えたライフルの銃口を下ろし、深呼吸。 ユーリとコヨミは椅子が一つ置かれているだけの、やけに広い一室を見回す。

 

 

ため息をついたコヨミ。 ユーリと目を合わせ、声に出す必要もなく踵を返そうとする。

 

「―――――あん?」

 

 

体を半転させた所で、コヨミは椅子があった辺りの床がギシ……と軋んだ音を耳にする。

 

即座に振り返ると、そこに居たのは、つい今しがた山に入るのを追っていたローブの人。 近くで見た体格から、親父(もみじ)よりは老けていると判断。

 

老人が振り返ったコヨミとすぐ横のユーリに向けて手を翳し小声で何かを唱えると、二人に向けて不可視の波動のようなモノが迫ってきた。

 

 

「ユーリ……!」

「えっ、うおっ!」

 

違和感に気付いたユーリが振り返るのを待たず、コヨミは横っ腹を蹴り飛ばし、反作用で反対の床に倒れる。

 

その間を、床や天井を削りながら見えない圧力が突き進む。 半開きの扉を粉砕して、部屋を出たすぐ目の前にある壁を破壊して、圧力はようやく消えた。

 

 

「あっ、ぶねぇ……」

「今の良く分かったね」

「勘。」

「……さいで。」

 

起き上がりライフルを老人に向けるユーリは、横目で無傷のコヨミを見て安堵する。

 

そんなコヨミは落とした警棒を広い直し、膝を曲げ、バネのように戻す勢いで老人接近。

 

 

「―――――死、ねぇッ!!」

 

 

警棒を頭に叩き付けた。 えぇ……という後ろからの声を無視して、頭頂部に警棒をぶつけたコヨミ。

 

だが、コヨミの手に伝わってきたのは骨を砕く感触ではなく、パリンとガラスを割るような音と感触。

 

 

「―――――。」

「は、う、おお!?」

 

奇妙な感触に疑問を覚えているコヨミの腹部に翳された手。 先の波動を至近距離で発生されれば、コヨミはバラバラに弾け飛ぶだろう。

 

咄嗟に下がりつつ手を蹴りあげ、手を誰も居ない壁に向けさせる。 直後に発生した波動は、壁を爆破したように粉砕した。

 

 

「姉さん退いて!」

「っ―――!」

 

言葉を言い終わる前に横っ飛びにその場を離脱したコヨミ。 ユーリが引き金を引くと、火薬の炸裂する音と同時にレバーアクションライフルの弾丸が老人の肩に向かって放たれる。

 

 

「(人は撃ちたくない。 でも撃たないと僕は兎も角姉さんが死にかねない…………『だから』撃つ、この場で殺人が発生してしまうのなら、僕が背負う―――!)」

 

真っ直ぐ、一直線に、老人の肩にめり込み肉を抉るだろうその弾丸は―――――老人の手を翳す動作に合わせて、意思を持ったように軌道を変えて斜め後ろの壁に突き刺さった。

 

 

「は?」

「なんなんだよ、こいつ……!」

 

ガチャ、とレバーを下げて戻す。 薬室の空薬莢をライフルから取り除き、ライフルの中に込められていた弾薬を装填したユーリは再度銃口を老人に向ける。

 

 

「(姉さんの警棒を防いだガラスみたいなモノ、不可視の波動、弾丸の軌道をねじ曲げた力―――――考えが甘かった。 生かさず殺さずじゃ、じり貧か…………。)」

 

その力のコストは、残り何回使えるのか、それらは一切わからない。 『わからない』が、多すぎる。

 

もはや、『殺さずに無力化しよう』という法の線引きはとっくに越えていた。 殺さなければ、殺される。

 

 

「そう言えば昔――――父さんと母さん、若葉さんたちと一緒に化物と戦ってきたとか言ってたよね。」

 

「どうした、藪から棒に。」

「『無知は罪』って奴だよ。 帰ったら、もっと色々聞いてみようと思った。」

「そうかい。 そりゃ、いいな。」

 

 

それはある種の遺言のようで。

 

後悔先に立たずとはこの事か。

 

 

「姉さん、この人多分、一度に一つの動作しか出来ない。」

「――――よし、あたしに合わせろ。 ()()()()()()()()()()()()()()?」

「…………!」

 

 

小声で話したユーリに向けたコヨミの言葉の真意を、果たしてユーリは理解したのか。 確認すらせず、コヨミはだんまりを決め込んでいた老人に走り寄る。

 

いつの間にかひしゃげていた警棒を投擲しつつ、ベルトから別の警棒を引き抜く。

 

老人の翳した手によってあらぬ方向へ軌道を変えた警棒には一瞥もせずコヨミは、手首のスナップによって引き伸ばした警棒を、勢いをそのままに顎に叩きつける。

 

 

老人は動かず、顎に当たった筈の警棒も再度ガラスを割ったような音を発して振り抜かれた。

 

す……と、またも老人は手をコヨミに向ける。

 

避けようともしないコヨミが、一言だけ呟いて仰向けに、床に向かって背中から倒れた。

 

 

「………BANG(バーン)

「……終わりだ」

 

 

ローブの奥で、老人は目を見開く。 コヨミに向けて波動を撃とうとした動きを切り換え、軌道をねじ曲げる術式に変えるが、倒れ行くコヨミの前髪を巻き込んで螺旋回転した38-40弾によって、老人は脇腹の肉を抉り削られた。

 

弾丸に引っ張られるように、老人の体は壁に強かに打ち付ける。 ずるずると背中から崩れ落ち、そのまま気絶した。

 

 

「――すぅーーー、ふぅーーー。」

「はっはっは………………はあ。」

 

薬莢の排出と弾薬の装填を済ませたユーリは老人に暫く狙いを定めていたが、完全に気絶しているのを確認してライフルを下げる。

 

コヨミは、仰向けに倒れたまま薄く笑う。

 

 

短時間で、二人は正気でいられる精神(メンタル)を削りすぎた。 一言も話さないでいたが、二人の心の声は『帰ろう』で一致している。

 

 

「あーあーあー。 帰ったらどやされるぞ…………緊急だったとはいえ無許可での発砲、傷害、殺人未遂……。」

「あたしに無理やり連れ回されたんだ、それぐらいは庇ってやるよ。」

「姉っぽい。」

「やっぱ庇ってやんねー。」

 

 

ぎゃいぎゃいと騒ぐ二人の後ろ、二人が入ってきた扉があった場所。 コヨミとユーリから数メートルは離れた位置から、ふとボロボロの木材を踏む音がする。

 

機敏な動きで下がりつつライフルを構えるユーリと、立ち上がり警棒を構え直したコヨミ。

 

 

二人の眼前には、スーツにロングコートを羽織り、ハットを被った青年が立っていた。

 

青年は乾いた拍手を二人に送りながら、にっこりと笑って会釈する。

 

 

「これは、これは、これは。 驚きました、三流とは言え魔術師を、しかも未成年の姉弟が倒して見せるとは。」

 

「…………失礼ですが、貴方は。」

 

「ああ、失礼。 私は……そうですね、ハワードとでも呼んでください。 単なるしがない魔術師ですよ。」

 

 

明らかに日本人ではない風貌。 恐らくは、イギリス人。

 

四国以外の全てが炎に包まれた世界で、外国人の存在は貴重という言葉すら生ぬるいほどである。

 

 

「あんた何者なんだ。」

「……何者、とは?」

「とぼけんな、屋敷の外の猟期殺人の現場、あれどう見ても人間業じゃねえだろ。 あんたなんか知ってるんじゃねえのか?」

 

 

一瞬、それでも一瞬。 ハワードと目が合ったコヨミは、無意識に後退りした。

 

動物的な本能が、ハワードは格上だと、そう言っていた。

 

 

「……根拠は、あるのですかな?」

「ねえよ、勘。 あのジジイが変な魔法みたいなの使ったりしなかったら、こんな考えにも至らねえよ。」

 

 

冷や汗を垂らしながら答える。 顎に指を置いたハワードは、うん、と頷いて――――――触手のような物体を鞭のようにしならせてコヨミの胴体を打ち抜いた。

 

 

「うん、正解。」

 

「おごぉ―――!?」

「っ―――姉さん!」

 

ほぼ脊髄反射で当たる場所に警棒を添えたのにも関わらず、ハンマーで殴られたような威力と鈍痛に意識を明滅させながら、床に足の裏を擦らせて後退させられる。

 

 

「…………ハワードさん、貴方、人間じゃない……?」

「ふふ、人間ですよ。 ただ少し―――欠けた部分を補っているだけです。」

 

黒い手袋だったモノが、蠢いている。 スライムに墨汁を垂らしたような、コールタールが意思を持っているような。

 

そんな『なにか』は、犬がじゃれつくようにその身の先端をハワードの頬に擦らせる。

 

 

「可愛いでしょう、自慢のペットですから。」

「正直僕とは……趣味が合いそうにないですね。」

「おや、残念だ。」

 

本当に、心底残念であるかのように振る舞うハワードを見て、どうにも調子が空回りする。

 

ライフルの照準を腹部に合わせながら、ユーリはハワードと話を進める。 腹を押さえながらグロッキーな顔をするコヨミが戻ってきて、嗚咽を漏らした。

 

 

「おえええ…………気持ち(わり)ぃ」

「姉さん、無事……ではないよね。」

 

「耐える、か。 うんうん、大変良い。」

 

 

見ているだけで気分が悪くなる雰囲気の触手を手袋の形に戻し、腹と吐き気を押さえるコヨミに向かって言った。

 

 

「貴女、私の組織に入るつもりはありませんか?」

「それは、あー……ギャグで言ってんのか。」

「いえいえ、大変大真面目ですとも。」

 

呆れた顔を惜しげもなく晒すコヨミの横で、ユーリは目線だけで窓ガラスのある場所を見やる。

 

 

「…………そもそも、あんたの目的ってなんなんだよ。」

「死者蘇生。」

「……はぁ?」

 

即答したハワードに、コヨミは間の抜けた声で返した。

 

 

「我々―――『HPL』は、この世の歴史をまだ西暦と呼んでいた頃、忌々しい一件にて家族友人恋人、あらゆる人があらゆる相手を失った。 私はその時、宇宙的恐怖(コズミックホラー)の研究を行っていましてね。」

 

室内を歩き出し、まるでミュージカルでも演じているみたく、わざとらしいステップを踏んで二人を一瞥。

 

 

「実在した神話生物、邪神、魔術――――ならば、『アレ』だって居る。 そう確信したは良いが、一つ誤算があった。」

 

「なんだ、誤算ってのは。」

 

「今の時代に、召喚に適した触媒が無いんですよ。 私がどうしても会わなくてはならない『神』に謁見する門を開く鍵は作れたが、門がどうしても作れない。」

 

 

だから―――と、言葉を貯め、無造作に老人の頭を触手に変えた手袋で叩き、破裂させる。

 

びちゃっ、と、血となにかの塊が足元に散った事で身構えた二人に、ハワードは言った。

 

 

「――――貴女は魔術を扱うのに適している。 上里家の長女にして、私のペットを一匹潰してくれたあの先人紅葉の娘。 私は貴女に、とても興味がある。」

 

「…………うわ。」

「ロリコンかたまげたな……。」

 

「……いまいち締まらないですね。 どうです? 私の元に来れば、死者を生き返らせる秘術どころか文字通りの全知を『神』から学べますよ。」

 

 

んーーー。 と思案するコヨミの背後でユーリは静かに、さりげなくホルスターから拳銃を抜く。

 

そして、コヨミはあっけらかんと否定した。

 

 

「わりい、あたしは興味ねえ。」

「――――は……?」

 

「バーカ、人生一度っきりだから面白いんだろーが。 魔術だの神だの、そういう神秘に至ろうとするからおてんとさまから罰が下るんだろ、文字通りの罰当たりってな。」

 

 

腰に手を当て、片方の手で器用に警棒を縮めてベルトに差し直す。 うつむいて何かを考えているらしいハワードを置いて、コヨミは扉に向かって歩き出す。

 

 

「帰んぞ」

「……待って姉さん、あの人なんか様子がおかしい。」

「……なんだよ、本当の事言われてキレるとかガキか?」

 

ガチ、と拳銃のスライドを引くユーリ。 その目の前で、ハワードは突如として笑い出した。

 

「キモっ」

「は、ハワード……さん?」

 

 

「…………ああ、ああ、ああ。 そうですか、なら、ああ、仕方がない。 本当に、残念だ。」

 

ハワードの右腕がドロリと溶け出し、触手と同じ形状を型どる。 そこで二人はようやく理解した。

 

『触手が手袋の形をしていた』のではなく、『右腕に擬態していた触手が手袋の形にもなっていた』のだ。

 

 

「我らが『神』の為の礎になっていただきます。」

 

「やべっ…………」

 

「――――ああもう、クソッタレ……!!」

 

 

ユーリが叫び、拳銃を窓ガラスに向け発砲。 ハワードが使っていた屋敷だからか新品だった窓ガラスに幾つも穴が空き、乱暴にホルスターに入れるとライフルを肩に担いでコヨミの手を引く。

 

 

「跳ぶぞォォ!!!」

 

「おいちょっと待てここ三階だぞふざけんな馬鹿野郎おおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ…………………………」

 

 

二人が窓を突き破って飛び降りた直後、無数の針に変形した触手が追い掛けるように飛び出し、落下する二人を追従するが――――コヨミに接近した針の一つが不自然に止まり、ずるずると窓から室内に戻って行く。

 

 

「おげええええ!!」

「おっぐう」

 

木の枝に何度も衝突し、腕で顔に当たるのを防ぐ二人は幹の近くに落下して、それぞれが腹と背中を強く打つ。

 

 

「ぐおおおおお………………!」

「飛び降りるとか……馬鹿か、お前……!」

 

腰を押さえて地面をのたうち回りながらユーリに文句を言うコヨミ。 幹にぶつけた腹を押さえるユーリもまた、地面をのたうち回る。

 

 

「ハワードは……追ってこねえな。」

「見逃されたか、泳がされたか。 どっちかは知らないけど今のうちに逃げよう。 父さんたちにも話さないと。」

 

痛みを堪えて立ち上がったユーリは、落下の影響で銃身が歪んだライフルを掴んで歩く。

 

左足を庇いながら続くコヨミの気だるげな声をBGMに、ボロボロになりながら二人は帰路を歩いた。

 

 

 

「足首いたーーい、これ絶対折れてるよもーーー腹減ったーーー。」

「(こいつうるさいな。)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ……いけないいけない、私が殺しては意味がない。 そうだな、彼女が適任だった―――――」

 

 

「―――シスター・オズワルド。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うー……トイレトイレ。」

 

深夜、トイレに起きたコヨミはひょこひょこと廊下を歩いていた。

 

 

「くそ……親父め、殴らなくても良いだろ……」

 

本気の拳骨を食らった頭がまだズキズキ痛むらしく、頭を擦っている。

 

ひなたには怒られ、ユーリは銃を破損させたせいで杏と球子にこっぴどく叱られ、コヨミは若葉との訓練メニューがより重くなった。

 

 

「…………水飲も」

 

トイレから出たコヨミは台所に向かおうとした時、玄関に人の気配がして視線を向ける。

 

廊下に仕込んである警棒を幾つかパジャマの隙間に挟み、警戒しつつ玄関を開けた。

 

 

 

「何奴。」

 

若干寝ぼけ眼のコヨミの前に居たのは、修道服に身を包む金髪の少女だった。

 

豊満な胸元には月明かりに照らされた十字のネックレスをぶら下げ、少女の傍らには小学生の身の丈ほどある赤黒いチェーンソーが地面に刺さっている。

 

 

「マジで何奴ぞ。」

 

「―――貴女は、神を信じますか?」

 

「知らんのか、私が神です。」

 

「―――まあ……そうですの……?」

 

 

 

不思議そうな面持ちで、シスターは首を傾げた。

 

 






うわ初めて一万文字超えた。



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神話事件簿 シスター・オズワルドの狂信



新シリーズ(前回含めて3~4話)

園子の誕生日までには終わらせる(かもしれない)し誕生日回はちゃんと書きます。 ほんへの方はちょっとだけ気力を充電させてください。



Q.乞食やったんだからむしろ評価上がって当然では?

A.(どうせ来ねえだろ)とか思いながらふざけて書いたらマジで来てビビった。




 

 

 

コヨミの発言から数秒、玄関先でフリーズするシスターとコヨミ。

 

 

「うーん。 スベったな。」

 

「…………ふふ、面白いお方。」

 

「おっ、やったぜ。」

 

上品に、口に手を当てて笑うシスター。 明らかな世辞だがそれはさておき。

 

 

「まあ冗談は置いといて、あんた誰だ。 こんな時間にそんなもん(チェーンソー)持って現れるなんて通報案件だぞ。」

「ああ、すみません。 自己紹介がまだでしたね。」

 

鈴を鳴らしたような、とでも言えば良いのか。 聞いていて心地の良い声。

 

これが外人パワーか。 と適当な事を考えているコヨミに、シスターは自己紹介を始めた。

 

 

「わたくし、シスター・オズワルドと申します。 気軽にオズワルドとお呼びくださいませ。」

「そうかいオズワルド。 何しに来たの。」

 

「貴女を我が使命の糧にさせていただきに来ました。」

 

「へー、そう。」

 

 

遠回しに『お前を殺しに来た』と宣言されたコヨミは、その日の内に何度も死にかけたせいで、完全にその辺の感性が麻痺していた。

 

よっこいしょっ……と言う可愛らしい声に反して、厳ついチェーンソーを地面から引き抜いたオズワルド。 けたたましいエンジンの稼働音が静かなその場に鳴り響く。

 

 

「では、よろしくお願いいたします。」

「なにが?」

 

…………いや、なにが? と言いながらパジャマのズボンに挟んだ警棒を素早く引き抜き、上から振り下ろされたチェーンソーの回転する刃を受け止める。

 

ガリガリガリガリと障害物(けいぼう)を削る一撃を意外にも受け止められている相方に、最大限の敬意を示しつつ横に受け流す。

 

 

下駄箱と中の靴を幾つかバラバラに引き裂いて、チェーンソーは玄関の石畳に衝突して火花を散らした。

 

 

「んな大振りの得物で殺れると思ってんのか、ああ?」

「まあ、一芸だけで殺人鬼は勤まりませんのよ?」

 

即座に頭頂部目掛けた一撃を叩き付けたコヨミ―――の胸部に、オズワルドはチェーンソーを右手だけで制御しながら左手の掌底をお返しとばかりに叩き付け廊下の奥に吹き飛ばす。

 

 

「お、ぶぇ」

 

殴られた瞬間に、ミシミシと骨が軋む音が鮮明に耳に届いた。 当然だった。 オズワルドのチェーンソーは刃に魔術的強化を施されていて欠けないようになっているし、長時間稼働させられるように、大型でハイパワーなバッテリーを搭載している。

 

更には銃弾すら防げるように多量の金属を用いた強固な改修を行っているため、見た目に反してその重量は40キロを超えていた。

 

オズワルドがそんなものを容易く振り回せるだけの筋力と、チェーンソーを振るえない状況での最低限の格闘術を備えるのは当たり前と言えた。

 

 

完璧なカウンターを貰い居間に繋がる襖の前まで滑るコヨミ。 うおお……と呻きながら居間の方、そしてその奥の寝室に繋がる方に目が向く。

 

 

「…………暦、なにをしてるんですか。」

「うげ、お袋……」

 

最悪なタイミング―――――と言うかそもそもチェーンソーの爆音を流されては誰だって起きるだろう。

 

 

「っ―――ちょ、ちょい待ち、オズワルド! お前お袋までターゲットに入れてねえだろうな!?」

「…………お、袋? 袋、フクロ……?」

「…………あたしの母親。」

「ああ! なるほど、そう呼ぶ方も居るのですね。 ご安心ください、わたくし、貴女だけを狙えと言われておりますので。」

 

 

居間に出てから廊下に顔を出したひなたは、床に転がるコヨミとチェーンソーを持つオズワルドを交互に見る。

 

ですが……と言い、オズワルドは天井を削りながらチェーンソーを上段に構えた。

 

 

「見られた場合は、恐らく例外かと思われますので、纏めて我が使命の糧に。」

 

「やべ、お袋!」

 

コヨミがひなたを居間に転ばせるように押すのと、チェーンソーがコヨミに迫るのは同時。 新たに取り出した警棒で体を真っ二つにされるのは防いだが、タイミング悪く刃が軽く肩に触れる。

 

 

「ぎ、ぎぎぎぎぎィィィィ!!!?」

「暦っ!!」

「あは、赤……赤、赤色。」

 

それだけでぶしゅ、と赤色が吹き出し、肩の肉が僅かに抉れて血が耳や頬に飛び散る。

 

赤黒いチェーンソーに新たな赤色が加わり、オズワルドは恍惚とした表情を浮かべ、更に力を込める。

 

 

「くそ、馬鹿力かこいつ……!」

「もっと、もっともっともっと、わたくしに赤色を見せてください…………っ!」

「可愛い顔して変態趣味かよ、おい」

 

軽口を叩けては居るが、チェーンソーに抉られて左肩に力を入れづらい。

 

一旦チェーンソーを押し上げ、戻ってくる前に横に回り、肘打ちで腹の部分を打って壁に突き刺す。

 

 

「あら、あら?」

 

「……ふぅーーー。」

 

オズワルドが得物を引き抜こうとしている内に、居間に戻って倒れたひなたを立たせる。

 

 

「お袋、親父…………は一度寝ると電話に気づかねえんだよな、仕方ねえユーリに連絡入れて親父起こさせてくれ。」

「暦! 怪我してるのに無茶しないで!」

 

「しなきゃ抑えられねえんだよ、早くしてくれ、もって数分だ。」

「っ―――分かりました、でも、それ以上の怪我はしないでください。」

 

自分が居ては邪魔になることを十分理解しているひなたは、手早くタオルでコヨミの肩の傷口を縛り、スマホを取りに寝室に戻る。

 

肩を動かして痛みに顔をしかめながら、コヨミは両手に警棒をそれぞれ掴む。

 

 

「もう、大人しく斬られてくれないなんていけないお人。」

「普通無理だからな。」

「ふふふ、ふふ。 そんなに恥ずかしがらなくても良いのに。」

「すいません日本語って知ってます?」

 

 

爆発するのでは、と疑問に思うほどにエンジンが駆動するチェーンソーを両手で掴み、オズワルドか居間に現れた。

 

会話でドッジボールしつつ、テーブルを挟んで立ち、互いを見やる。 既にコヨミの肩のタオルは滲んだ血で赤黒く染まり、チェーンソーの音が断続的に流れ、嫌でも緊張させられる。

 

 

 

「――――せぇい!!」

 

 

開戦。

 

テーブルをオズワルド目掛けて蹴り飛ばし、走り出す。

 

そのテーブルをチェーンソーで粉砕するオズワルドの大股に開いた足元にスライディングし、コヨミは背後の廊下に滑り出る。

 

 

「あら――――う、あ゛っ」

 

襖をチェーンソーで巻き込みながら振り返ろうとしたオズワルドの肩甲骨辺りに、鈍く、重い衝撃が走る。

 

前のめりに倒れそうになった体を一歩前に踏み込んだ足で支え、構わず振り返ったオズワルドの眼前に、金属の棒が迫った。

 

 

ガゴッ、と、打撃音。 頭部という急所に入った一撃で、額が割れたオズワルドの顔に血が垂れる。

 

返す刀で首を打ち、前蹴りで居間に蹴飛ばす。 チェーンソーが床に刺さり、ガタガタと揺れてエンジンが止まった。

 

 

「……あー、血が抜けてダルい……殺しはしねえが、手足へし折って亀甲縛りにでもしてやろうか。 あんた美人だから需要あるぜ。」

 

襲われた方が使って良いのか些か疑問になる言葉遣いで、コヨミはオズワルドに近付く。

 

警棒を強く握り、オズワルドの膝に狙いを定めた――――瞬間、突然起床したオズワルドに左足を掴まれる。

 

 

「うおっ」

「先程から左足を庇うように動いていましたね。 確証はありませんが、もしかして折れているのですか?」

 

狂っているように見えて、その実オズワルドは冷静に相手を観察していた。 コヨミもオズワルドも、互いに互いの機動力を奪う機会を待っていたのだ。

 

 

「あ、はい。」

「それはそれは…………。」

 

『大変でしょう』とでも続きそうな、慈愛の籠った表情。 しかしコヨミは、オズワルドの泥のように光の無い瞳を見て、ほぼ本能で警棒を再度頭に叩きつけようとした。

 

直後、脚を中心に走った衝撃と痛みに壁際まで吹き飛ばされる。

 

 

「いっ、てえ…………あ?」

 

ばさ、と本が頭に落ちてきたのを無視して立ち上がろうとしたコヨミは左足の膝から下に力を入れられない事に気付いて、足元を見る。

 

 

「――――oh」

 

膝から下は、可動域を大きく超えてねじ曲がっている。 子供の喧嘩のようにただシンプルに振った拳によって、コヨミの膝は砕かれていた。

 

「…………うそーん」

 

 

アドレナリンの増加と極度の緊張状態が痛覚を鈍らせているのか、不思議と痛みは無い。

 

どうにか立てないか片足で奮闘するコヨミを他所に、オズワルドは額から血を垂れ流しながら、床に刺さったチェーンソーの元に向かう。

 

 

けたたましい駆動音に意識が向き、気だるげにコヨミは音のする方を見る。 そこには、申し訳なさそうな顔をしたオズワルドが、チェーンソーの高速回転する刃をコヨミに向けていた。

 

 

「…………申し訳ありません、痛め付けるのは、趣味ではないのですが……こうでもしないと貴女はより抵抗してしまうでしょう?」

「―――よくお分かりで。」

 

お前さっき血に興奮してたじゃん。 そんな言葉を口に出す事をなんとか妨げるが、コヨミが凄惨な死体になる数秒前な事には変わり無く。

 

 

――――――――(貴女がわたくしの神ならば)。」

「あ? なんて?」

 

小声で聞き取れない言葉に、コヨミが聞き返す。 しかし、それを無視してオズワルドはチェーンソーを振り上げた。

 

 

「嗚呼、さようなら。 ―――――(わたくしの神よ)。」

「…………終わりか。」

 

時間なら十分に稼いだ。

 

自分が死んでも、ひなたは紅葉辺りがどうにか守ってくれるだろう。 そう考えまぶたを閉じたコヨミの耳に、ガギ、と言う耳障りな音がする。

 

 

「―――――少々、乱雑に扱いすぎてしまいましたか。」

「……は、なんだよ、それ……」

 

コヨミの眼前数センチに迫るチェーンソーの刃が、何度も回転しようとしては、間に小石が挟まったように動かない。

 

壁や天井を削り、床に突き刺さる。

 

そんな無茶な動きを繰り返したチェーンソーの、魔術的強化を抜きにした、単純かつシンプルな不幸(ファンブル)

 

 

 

要するにエンストである。

 

 

 

「すみません、すぐに点け直しますので少々お待ち―――――ぐ、えぇっ」

 

「次なんかねえよ。」

 

オズワルドは即座にエンジンを点け直そうとしたが、その横合いから伸びた足がオズワルドの体をゴムボールのように弾き、縁側のガラスを粉砕して外に叩き出す。

 

コヨミが見上げた先には、左腕をだらりと下げた、作務衣に似た寝巻きを着こんだ紅葉の姿があった。

 

 

「――――親父……っ!」

「おう、中々起きないからって勇理に拳銃のグリップでぶん殴られた親父ですよ。」

「…………親父………。」

 

良く見れば、頭に腫れがあった。

 

懐から手のひら大の金属塊を取り出した紅葉は、右手でそれを持ちながら縁側に向かった。 コヨミもなんとか片足で立ち、壁伝いに縁側に近付く。

 

 

「うーん、内臓潰すつもりで蹴ったんだが、まだ動くのか。」

 

錆びたブリキの人形のような挙動で、修道服を貫いてガラス片が幾つも刺さっているにも関わらず、オズワルドは尚立ち上がろうとする。

 

 

「……内臓が無事でも骨はヤってる筈だが、こいつまさかコヨミと同じタイプ(脳のブレーキが壊れてる)か……?」

 

「誰が誰と同じ何だって?」

 

 

息も絶え絶え、肩のタオルから血を滴らせながらコヨミが紅葉の横に立つ。

 

「こっぴどくやられたな。」

「どう考えても親父の遺伝だろ。」

「そう言われるとなぁ。」

「ぐえぇ」

 

軽く肩の傷口に指を押し当てられたコヨミは呻き声を出して座り込む。

 

オズワルドもまた、殴られ蹴られガラスを突き破り、決して無視できないダメージに悶えていた。

 

 

「…………うー……ああ……」

「やめておけ、息子に警察と救急を呼ばせた。」

「………………あ、う。」

 

チェーンソーを杖のように支えに使い、立ち上がるオズワルド。 紅葉の横であぐらをかいて座るコヨミを見て、ふと動きを止めた。

 

 

「貴女……は……あなた様、は……」

「は?」

「あなた様、なら……きっと……わたくしの、神に……」

 

「……お前なにか地雷でも踏んだな。」

「いやまあ確かに『私が神です』とは言ったけど。」

 

 

じっとコヨミを見ていたオズワルドは、コヨミの血に濡れたボロボロの体見て、顔を見て、()()()()()()()()()

 

「――――やはりあなた様が、わたくしの神。」

「はいぃ?」

「おい、それ以上近寄るな。」

 

 

チェーンソーを杖に、コヨミに近寄ろうとしたオズワルドを、デリンジャーのような形をしたL字の金属を向けて牽制する。

 

その金属の銃口では、青白い光がスパークしていた。

 

 

「ああ、いや、オズワルドもあんだけボロボロじゃ何も出来ねえから大丈夫だ。 あたしに任せろ。」

「…………危険と判断したらあの女に穴が増えるとだけ覚えておけ。」

「わーってら。」

 

はーどっこいせ、とオッサン臭い動作で縁側に座り、オズワルドと顔を合わせる。

 

 

「なんか、言いたいことがあるのか?」

「あ、いえ、あー、その…………」

「落ち着けよ、逃げねえ……逃げられねえから。」

 

頬を紅潮させ、落ち着きのない動きで、手を忙しなく顔の前で動かすオズワルドを見ていると、コヨミはつい先ほどまで殺しあっていた事を忘れそうになる。

 

 

「――――あなた様の、お名前、を……」

「あー、あたし? …………上里暦。」

「(何で本名明かしちゃうかなこいつ)」

 

そう考え呆れる紅葉を横目に、オズワルドは血で濡れていていまいち分かりにくいが顔色を明るくして、小声でコヨミの名前を反芻する。

 

 

「コヨミ……コヨミ…………コヨミ、様……」

「はいはい、コヨミ様ですよ。」

 

熱に浮かされたような顔。

 

デリンジャーのような金属をオズワルドに向けながら、紅葉はコヨミが不味いものを踏み抜いた事を察した。

 

そんな三人は、屋敷の外から聞こえてきたパトカーや救急車のサイレンの音を耳にする。

 

 

「…………お時間ですね、コヨミ様、またお会いしましょう?」

「あたし以外は狙わないって約束できるならな、お袋を巻き込まないでくれねえか。」

 

コヨミの提案に、オズワルドは考える素振りを見せる。 少し間を空けて、困ったように言った。

 

 

「―――約束出来るかはハワードさん次第ですが、()()、狙いません。 コヨミ様が居ますから。」

「……なんか変なニュアンスだな、まあいいや。 ほらさっさと行けよ」

「は? おい逃がすわけねえだろ」

 

 

勝手に約束を取り付け、勝手に逃がそうとしているコヨミにそう言い、紅葉は金属塊――――電撃銃をオズワルドに向けるが。

 

「親父。」

「…………ちっ」

 

言葉を短く。 コヨミに止められ紅葉の手の電撃銃はエネルギーを停止させられて、その間に向かいの家の屋根に軋む体からの悲鳴を無視してオズワルドは跳躍し、姿を消す。

 

手元の電撃銃をポケットに仕舞った紅葉は、コヨミの頭を指の関節で叩いた。

 

 

「言っておくがお前がこの件でどうなろうが、俺はもう助けないぞ。 ここからはお前の戦いになる。」

「分かってるって、オズワルドはあたしがどうにかする。」

 

膝が砕けてぐねぐねしていて、気持ち悪い動きを見せる左足と、チェーンソーに削られ血を噴き出した左肩を一瞥し、紅葉は頭を掻いて月を見上げた。

 

 

 

 

 

「お前、ほんと俺の遺伝子良く継いでるわ。」

 

 






オズワルド、コヨミをロックオンする。 使命とは別にしてマジな一目惚れをされた模様。


『何かしらの理由』で神に救いを求めてる頭ぱっぱらぱーのキ○ガイに対して「私は神です」とか言ったらそりゃ執着されるでしょ、あとコヨミもなんだかんだひなた似の美人ですからね。 性格とボロ雑巾並にボコボコにされるのは紅葉の遺伝だけど。

まあ金髪赤目巨乳シスターとかいう属性盛り沢山な娘に惚れられたんだから役得でしょ、喜べよコヨミ~嬉しいだろぉ~~?



尚、よく登場キャラがボロボロになるのは私の趣味です。 パワーバランスはこれぐらいが好きなんです。 あとキャラの性格の酷さが回復力に直結してる説もあります。



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神話事件簿 お慕いしてますコヨミ様



『ゆゆゆ二次創作読みに来たら勇者要素もバーテックス要素も皆無の謎シリーズ始まったんだけど…………』と思ってる人は多いと思う。

正直アニメや漫画の二次創作を書いておきながら、その中でオリキャラを複数使ったセルフクロスオーバーするのは読者を置いてけぼりにするから控えた方が良いんだよな(自覚はしてる)




※何故か文字化けが発生する謎の事態になり1から書き直すことに(自動保存も全滅してた)。

正直高評価いっぺんにもらった時より遥かにビビったし、報告されなかったら最悪の場合更新したあとそのまま寝てました。




 

 

 

あの一件から暫く、オズワルドに砕かれた方の足をテーブルの下に伸ばして入れているコヨミの目の前には、あまり『良い』とは言えない表情をした、渋い顔の紅葉が座っていた。

 

 

「先ずは退院おめでとう、無駄に頑丈なだけあって治る速度も早いみたいだな。」

 

「そりゃどーも。」

 

ずずず、と湯呑みのお茶を啜り、肘を突いて手のひらに顎を乗せて紅葉を見る。

 

 

「俺が何を言いたいのか、流石のお前でも良く分かってるよな?」

「――――『なんでオズワルドを見逃した』…………ってか?」

「その通りだ。」

 

紅葉の顔色は渋いが、怒っている訳でも責めている訳でもない。 ただ呆れ、疑問を覚えている。

 

 

「良いか、あいつは恐らく散々人知れず猟奇殺人を行っていた張本人だ。」

「んな事テレビでもやってなかったぞ。」

「余計なパニックを防ぐための情報規制だ。 警察も病院もニュース関連も、全部基本的に大赦が押さえてると思え。」

「あたし大赦苦手なんだよ」

「俺もだ。」

 

後に大赦内部が、今より酷くなることを紅葉はまだ知らない。

 

 

 

「『HPL』『ハワードと名乗る自称魔術師の外国人』『修道服のチェーンソーを使う外国人』とくれば、何処かの誰かしらが目撃情報なんかをネットにあげるなりなんなりする筈だと思うだろ?」

 

「ふつーそうだろ、あたしだってするわ。」

 

 

神世紀初期以降は、西暦のマナーやモラルの劣悪さが、神樹への信仰と道徳論理の教えによってかなり改善されている。

 

よって、『事故現場に野次馬して写真をネットにあげる』と言った行動を取る人物は滅多にいない。

 

 

だがコヨミのいる現代は西暦だった時期から30年も経っていない。 当然の権利のように事故現場に野次馬、違法アップロード、無断転載なんかを行う者は一定数存在する。

 

例を上げると、今の時代に『犬吠埼樹のような小さく可愛らしい少女の歌う様子』なんかを誰かがうっかり撮影していたとしたら、格好の餌食になるだろう。

 

 

だと言うのに、上記の3つのキーワードに関わる情報を、誰一人としてネットにあげてすらいないのだ。

 

そうなる状態を紅葉は一つだけ知っていた。

 

 

「目撃者を消すなんて毎回やっていたら四国の人間の総数が嫌でも低下して警戒させられる。」

「じゃあなんで、誰もオズワルドとかハワードを知らないんだよ。 外国人なんて今時メタルスライムより貴重だろ。」

 

「メタルスライム…………まあ、それで理解できるならそれで良いか。 ――――――――――――(千景とゲームやらせるの控えさせようかな)

 

潜めた眉を指で揉み、続ける。

 

 

「…………『記憶を曇らせる』と言う魔術がある。」

「なにそれ」

「文字通りに記憶を曇らせる魔術。 厳密には忘れさせるんじゃなく、思い出せなくする魔術だ。 だから脳への負担も少ないし、使う魔力と喪う精神(メンタル)も少なくて済む。」

 

「……それで目撃者から記憶を消してるから、誰もオズワルド達を知らないって事か。」

「そう言うことだろう。」

 

 

厄介だな、と呟いて、紅葉は深くため息を吐き出した。

 

記憶を曇らせる事の最大のメリットは、『忘れさせられた事実も忘れる』事にある。

 

 

「下手をしたら、俺やお前も知らない内に曇らされる危険性がある。 この一件が片付くまで、一人では出歩くな。」

「ういうい。 …………あれ、そういやユーリとお袋は?」

 

「勇理は修理が終わったライフルを取りに行って、ついでに杏たちと射撃訓練。 魔術を使う老人を撃ったらしいがその事を引き摺ってる訳じゃなくて関心関心。」

 

「そりゃ親父とかは平気だろうけどさ。」

 

 

紅葉は勇者でも巫女でもないが、それでも戦えない訳ではない。 勇者や巫女に手を出そうとする悪党の相手をする事もあれば、コヨミたちが産まれる前に無形の落とし子を一体倒したことだってある。

 

…………若葉や千景と言った、神器をまだ使える二人の協力があってこその辛勝だったが。

 

 

「あとひなたはハワードやオズワルドの正体を調べるために、生大刀を振るえる若葉が付き添って大赦本部に向かった。」

「ふーん。 んじゃ今ぼっち…………ソロなのって千景だけ?」

「アホ、大葉刈が使えるあいつはこの辺のパトロールだ。 」

 

勇者の武器という神器の霊力故か、若葉や千景は未だに身体能力が高い。 加えて膨大な霊力を蓄えた神器である生大刀や大葉刈によって、戦闘能力もある。

 

 

そのお陰で、こういう時に、パトロールや護衛なんかで引っ張りだこになっていた。

 

 

「…………んじゃ、病み上がりの体が鈍ってるし、散歩にでも行ってくるわ。」

「お前人の話聞いてた?」

「聞いてたよ。 千景が見回りしてんなら問題ねーだろ?」

「……そう言うと思った。 それならこれを持ってけ、対『神秘』用の武器だ。 『アレ』みたいなもんは、ただの武器じゃどうにもできん。」

 

「なにこれ。 随分と古くせえ鉄砲だな?」

 

紅葉が立ち上がったコヨミに投げ渡したのは、フリントロックピストル(よく海賊が使うやつ)に似た、中折れ式の短銃だった。 中には薄く発光する銀色の弾薬が込められている。

 

 

「言っとくけど、あたしに撃つ才能はねーぞ。 エアガンで空き缶を撃って当てたこと一度もないからな。」

「その弾丸は神樹から欠けて落ちた幹の破片を銀と混ぜて作った特注品で、当たれば『神秘』と対消滅するようになってる。 『撃てば当たる』から心配しなくていい。」

 

「…………撃てば良いのね。」

 

長ったらしい説明の八割を聞き流し、取り合えずとベルトに挟む。 ついでに数本特殊警棒を納めると、コヨミは玄関に向かって歩いて行く。

 

 

「夕方には帰る。」

「おう。 ――――――――――(どんな結末になっても、後悔するなよ)。」

「あ? なんて?」

「なんでもねえよ。」

 

 

小声で何かを呟いた紅葉の言葉には気付かず、ひらひらと手を振った紅葉に追い払われるように、コヨミは外へと躍り出た。

 

 

「…………あいつ、危険だな。 オズワルドとやらを妙に心配している。」

 

薄く湯気が昇る湯呑みを手元で回しながら、オズワルドに関わる話をしている時のコヨミの顔を思い返す。

 

 

「絆された……とかじゃない、もしかてあいつ『オズワルドはまだ引き返せるかも』とでも考えてるのか……?」

 

そこまで考えて、ため息をついて頭を振る。

 

 

 

「無理だな。」

 

殴られ蹴られガラスを破り、骨や内臓にダメージを負いながらも構わず戦おうとする奴にまともな思考回路を期待するだけ無駄であり――――――そもそも、そもそもだ。

 

 

「―――――どんな過去があり、どんな理由であろうと、私利私欲で人を一人でも殺したやつを『人間』とは呼ばない。 」

 

 

縁側から庭を見て、紅葉は目元を細める。

 

修繕の終わった窓ガラスに、何処と無く疲れが溜まっているような気もする自分の顔が写った。

 

 

「オズワルドが人間だと言うのなら、人間である内にお前が決着をつけろよ、コヨミ。 俺達が――――大赦が『怪物退治』に考えを変える前に…………な。」

 

テーブルの上に、無造作に、無骨な形状の金属が転がる。 それが『時間を完璧に理解した精神生命体』が持ち込んだ武器を奪って改造した電撃銃である事は、紅葉以外は誰も知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んいぃ、あったけえ…………。」

 

()()()()()()()()()()()()()()()位置にある公園に訪れたコヨミは、ベンチに腰掛け陽射しを浴びていた。

 

 

「はっ、何がパトロールだっつの。」

 

ぼーっとしながら公園を見渡す。 砂場で遊ぶ園児に、ブランコを漕ぐ中学生。 小学生のキャッチボールを出入口で眺める主婦と、平和という言葉を形にしたような光景が広がっている。

 

 

「(こいつらは、あんな怪物だの魔術師だのが居てよからぬ事をしているのを欠片も知らないんだな。)」

 

缶コーヒーを呷り、一息つく。

 

 

「(あたしの好奇心にも困ったもんだな、自覚しながら引き返せねえ。 いやほんと、好奇心は猫をも殺すんだなぁ。)」

 

くぁ、と欠伸を漏らし、開けていたまぶたが閉じられそうになる。

 

 

「…………ねみぃ」

 

このまま横になるか、と考え体を横に傾けるコヨミ。 そんなコヨミの頭にふと、むにっとした感触がぶつかった。

 

 

「ぁ、ん……」

「んお、おお、すまん。 眠くてつ、い…………」

 

人が居たことに気付かなかったコヨミは、急いで顔を上げる。

 

横にいつの間にか座っていた人の正体を確かめようと、首を向けたコヨミの視線の先に、やや因縁となりつつある相手の姿があった。

 

 

「ふふふ、コヨミ様の眠たそうな顔、可愛いですね。」

「……こっちは道端でラスボスに出くわした気分だよ。」

 

寝ぼけ眼が完全に覚めたコヨミの横で、金髪を揺らしたオズワルドが、赤い、紅い双眸を細めて見てくる。

 

警戒を解かず、左手を警棒を納めた位置に置きながら、コヨミはオズワルドに話しかけた。

 

 

「つか、今日はあのとんでも兵器は持ってきてないんだな。」

「あれはメンテナンスをしていまして……後で取りに行く予定なのです。 ふふ、殺人鬼にも有給休暇はありますのよ?」

 

知らんがな。 というコヨミの切実な思いは目線で語られるが、オズワルドには届かない。

 

 

「…………ところでさっきの柔っこいのってもしかして……」

「…………それは、その…………もう、コヨミ様もお好きですこと。」

「あ、やっぱりおっぱいでしたか。 そりゃ役得(ラッキー)……じゃなくて、うん、マジですまん。 嫁入り前なのに。」

 

羞恥心から頬をあの時とは違う色合いで赤くするオズワルドは、腕を胸元を庇うように組んだ。

 

妙に色気のあるその動作に、コヨミは生唾を飲む。 ごくり……じゃないが。

 

 

「―――――触りたいのですか?」

「めっちゃ。」

「……素直なところは、とても宜しいですが……その、もう少し関係が進んでからなら…………。」

 

即答したコヨミに対し指と指を合わせ、もじもじとするオズワルドとコヨミの間に少しばかり気まずい空気が流れた。 どうでも良い話だがコヨミは好みであれば男女構わずイケる口である。

 

 

「残念…………と言いたいが、お前ナチュラルに殺す対象との仲を進展させようとしてんじゃねえよ。」

 

眠気覚ましに缶コーヒーの残りを呷り、公園の端にあるベンチから反対の端にあるゴミ箱に、飲みきった缶を投げ入れる。

 

数十メートルは離れたそれに、空き缶は見事にホールインワンした。

 

 

「――――オズワルド、お前、なんでハワードなんかとつるんでるんだよ。」

「……わたくしには、会いたい人が居るのです。」

「んー…………ああ、死者蘇生の秘術を『神』とやらから学べるんだっけ。 それで召喚のためにあれこれしてる。」

「はい。 」

 

にっこり、と。

 

慈愛のある、聖母のような微笑み。 コヨミはなんとなく、それが肯定の顔であることを理解する。

 

 

「自分のしたいことの為に散々人を殺して、お前は誰を生き返らせたいんだ。」

 

逆上でもされたらと考え、警棒のグリップを握りながら質問を投げ掛けた。 オズワルドはコヨミの自分の濁った瞳とは違う暗さの瞳を見て、あっけらかんと答える。

 

 

「わたくしのご両親です。」

「――――――――――。」

 

 

呼吸をするのを忘れたように、コヨミの思考は一瞬止まる。 『両親に会いたいが為に人を殺したのか』と考え、『いや家族に会いたいのは当然か』と繋げ、『止めるべきなのか』と悩む。

 

コヨミは、良くも悪くも甘い。

 

自衛や弟を守るために傷付ける事は出来ても、殺すことまではしないし、出来ない。

 

 

そして、コヨミは家族にも姉弟にも周りの人にも恵まれている。

 

故にオズワルドのしていることを非難出来ても否定は出来ない。

 

 

「……殺されたのか。」

「いえ、事故です。」

「……そうか。」

 

コヨミは気を遣った言葉を選べず、そう言うしかない。

 

大切な者を一瞬で、いっぺんに喪った子供の辛さなど分かる訳が無いのだ。

 

 

ふと、思い出したように、コヨミはオズワルドに聞いた。

 

「お前、その『神』とやらに親を生き返らせてもらおうとしておきながら、なんであたしの事も『神』扱いしてくるんだよ。」

「………………。」

「あんたはあたしに、自分を何から救えって言うんだよ、なあ、オズワルド。」

 

 

オズワルドは、ただ、にっこりと笑みを作り、コヨミの手を両手で包んだ。

 

ドロドロと濁った紅い瞳がコヨミの暗い瞳を射抜き、コヨミは嫌でも察せられる。

 

 

「救えって、そういう意味かよ。」

「―――――はい。」

 

目を細め、ただただ、にっこりと笑う。

 

 

救え(ころせ)って、そう言いたいんだな。」

「―――はい。」

 

コヨミの手を握っていた手をほどくオズワルド。 名残惜しそうに指で手の甲をなぞりながら、ポツリと言う。

 

 

「ハワードさんの指令で、今に至るまでの7年間で、わたくしは34人の強い魔力を持つ方々を殺してきました。 そして、あなた様で35人目にして最後の一人。」

 

オズワルドは、自分のやっていることを、正気を完全に喪いながら完璧に理解している。

 

親を生き返らせる為に人を殺すことがおかしいとわかりながら、それでも一縷の望みに欠けて、ここまでやってきた。

 

 

もう自分では止められない。 だから、殺そうとしても死ななかったコヨミに。

 

自分こそが神だと言ってのけたコヨミに、期待しているのだ。

 

 

「わたくしはあなた様を頑張って殺して、両親を生き返らせますから。 だから、コヨミ様はわたくしを殺してでもそれを止めてください。」

 

儚げに笑い、立ち上がり去ろうとしたオズワルドを、コヨミは手を掴んで止める。

 

 

「――――コヨミ様?」

「あたしはお前を殺さない。」

 

続いて立ち上がり、オズワルドの目を見据えて言った。

 

 

「ぶっ倒して取っ捕まえて、ムショぶちこんで罪を償わせてやる。」

 

そうした場合オズワルドは、重い罪を課せられるだろう。 捕まったとして刑務所から出られるのは、何十年後かはたまた。

 

 

「お前が捕まってる間に、ハワードもぶっ潰して、神とやらから秘術聞き出すなりして、お前の両親生き返らせてやる。」

「――――コヨミ様……っ」

 

それはきっと、冒涜的な話。

 

猟奇殺人の犯人を捕まえ、唆した元凶を倒し、神から死者蘇生の方法を教わり、死んだ人間を生き返らせる。

 

 

そんな事が赦される訳がないと分かっていながらも、コヨミは胸を張って宣言した。

 

 

「あたしが死なない限り、オズワルドはあたしを狙うしかない。 だからあたしはお前を『絶対殺さない』し、お前に『絶対他の奴等を殺させない』。 」

 

にへら、と笑って、オズワルドの左頬に右手を当てる。 オズワルドはそうしたコヨミの右手に左手を重ね、すり、と頬擦りをした。

 

 

 

「――――嗚呼、良かった。 最後の一人が貴女で。」

 

小声で呟き、次の言葉はちゃんとコヨミに聞こえるように言う。

 

 

「コヨミ様」

「ん?」

 

柔らかい表情で、穏やかな口調で、歌うように。 オズワルドはコヨミを見やり、心の底からの叫びを言葉にした。

 

 

 

「―――お慕いしております、コヨミ様。 出会って少しばかりでも、この感情に、嘘偽りは無いのです。」

 

「―――そうかい。」

 

 

よく学校で、男友達に『お前が男だったらな』と言われることが多々あったが―――――

 

 

コヨミは今日、この日、生まれて初めて本心から『あたしが男だったなら』と願った。

 

 

 

そして、オズワルドの本音(こくはく)を邪魔するみたく、公園に二つの人影が現れた。

 

「あん?」

「……この方達は……!」

 

老人が着ていたのと同じローブを羽織った、長身のモノ。 そのローブからはみ出た手にはびっしりと鱗が生え、その手には奇妙な形の拳銃が握られている。

 

 

「オズワルドの同僚か?」

「いいえ、あれは…………ヘビ人間。 どちらかと言えば、商売敵です。」

 

怪しんでいるコヨミに答えたオズワルドは、腰を落として拳を構える。

 

続いて腰の警棒に左手を伸ばしたコヨミは、容赦なく発砲してきたヘビ人間の射線から逃すように、オズワルドを押した。

 

 

「っぶねえ!」

「コヨミ様!?」

 

そのまま防御の姿勢を取ったコヨミの肩と腕に、拳銃らしきモノから打ち出された針が突き刺さる。

 

秒を跨がず一瞬で体から力が抜け、膝を突いたコヨミは、押されてから踏ん張り倒れなかったオズワルドに叫ぶ。

 

 

「――――――にげろ、おず、わるど……ぉお!!」

「っ、う、ぅ…………必ず助けます――――必ず!」

 

横に走り、追うように発砲したヘビ人間の麻酔ダーツは、オズワルドの影すら捉えず当たらない。

 

そのまま近くの草木に体を隠したオズワルドは、ヘビ人間の一人に抱えられたコヨミを見て、奥歯が砕けん程に噛み締める。

 

 

 

「よ、くも……コヨミ様を―――――っ!!」

 

そう言いながらも冷静に手元でスマホを弄り、チェーンソーを修理させている同業者の店に連絡を入れるオズワルド。

 

殺意を滾らせながら、その姿を路地裏に消した。

 

 

 

 

オズワルドが消えてから数秒、子供やその親がざわめく公園に、コヨミを抱えていない方のヘビ人間が霧を撒き散らす。

 

それを吸った者達は、次々に意識を失って倒れ込む。

 

 

全員が気絶した後で、二人のヘビ人間は公園を後にする。 ただし、起きた頃には、公園に居た人々はヘビ人間のした犯行を覚えていないだろう。

 

 

 

 

記憶を曇らされてしまったのだから。

 

 

 

 






コヨミ(好みなら男女関係なく普通にイケる。 オズワルドに惹かれ始めていて、自分が男じゃないことにちょっとガッカリ気味。)


オズワルド( I LOVE YOU )


ヘビ人間(邪神召喚とかされたら研究諸とも四国滅んじゃうからマジでやめてほしい)



次回、コヨミシリーズ最終回。


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神話終結譚 おやすみオズワルド




傷付け合うくらい、貴女を愛していました。





 

 

 

文字通りバケツを引っくり返したような水を浴びせられ、びしょ濡れのコヨミは微睡みから意識を引き上げられる。

 

 

「………………うぇ」

 

顔に張り付いた髪をどかそうとするが、腕が動かない。 よく見れば、コヨミは拷問室のような部屋に閉じ込められ、その腕を手すりに固定させられていた。

 

腕と脚が動かないのを確認して顔を上げると、眼前にはフードを被っていないヘビ人間の姿がある。

 

分かりやすいまでに『手足の生えたヘビ』とでも言えばいい見た目をしていて、コヨミの思考はただシンプルに『なんかキモい』で統一された。

 

 

『―――――。』

「は?」

『―――、―――――?』

 

コヨミの起床に気付いたヘビ人間は、舌を鳴らしてもう一人に知らせる。 どうやら、独自の言語を使っているらしく、コヨミはそれを解析できない。

 

 

「あーーー、すまねえロシア語はさっぱりなんだ。」

『――――だから下等種族は駄目だ、我々の言語ごときを解読出来んのだからな。」

「は~~~? なんだこのクソトカゲ……てめーおい、初手煽りは嫌われるってネットで学ばなかったのかよ…………?」

 

喉の辺りにある機械を弄ると、ヘビ人間は聞き取れない言語から、コヨミに合わせた日本語に言葉を変える。

 

だがさも当然のように煽ってきたヘビ人間にコヨミは煽りで返す。 人はこれを『目くそ鼻くそ』と呼ぶし、『ドングリの背比べ』とも呼ぶ。

 

 

「おい、よせよみっともない。」

「ちっ、この女が生意気なのが悪いんだよ」

 

「爬虫類のクセに妙に理性あんのな。」

 

 

コヨミを敵視するヘビ人間を、後ろの比較的理知的なヘビ人間が落ち着かせる。

 

荒々しく扉を開いて出ていった方のヘビ人間を見送り、残った方がため息をつく。

 

 

「全く…………お前も、あまりあいつを挑発するな。 聞くべき事が色々とあるんだ、その前に死なれては困る。」

「なんだよ、あたしのスリーサイズか?」

「人間のメスなんぞに興味はない。」

 

あー、やっぱり。 というコヨミの呟きは聞こえたが、余計な相手は無駄と考え、理知的なヘビ人間は無視を決め込む。

 

 

「…………で、聞くべきことってなんだよ。」

「おや、素直だな。」

「今のあたしに拒否権がねえことくらい分かってるわ。」

 

ガタガタと固定された手足を揺らすコヨミ。 眠らされてからどれだけ経過しているかは分からないが、一人で出かけてから二時間以上は経過していると見て、コヨミは時間稼ぎを敢行する。

 

故に、今必要なのは無駄に反発する事ではなく、素直に従いつつ出来る限り話を引き伸ばす事だった。

 

 

「あの女――――シスター服の殺人鬼との関係性と、HPLについて知っている事を全て話せ。」

 

「はぃい?」

 

 

――――が、誤算があったとすれば。

 

ヘビ人間が、コヨミがオズワルドを庇った所を見てコヨミをHPLの人間だと勘違いしたことか。

 

 

「すいません、そもそもあたしオズワルドと仲間じゃないし、HPLはむしろ敵なんですけど。」

「冗談だろう、ならば何故我々からあの殺人鬼を庇ったりしたんだ。」

「人間のあいつとバケモンのお前ら、どっちを取るかなんて決まってんだろ馬鹿かよ。」

 

 

疑問符を浮かべるヘビ人間に、至極当然の意見を返すコヨミ。 簡単だ、人間のオズワルドと、化物のヘビ人間。

 

さて、どちらの味方をしますか? という質問。 コヨミからしたら、そんなものオズワルドに決まっているのだ。

 

 

「まあ、いいや。 秘密にしてくれなんて言われてないから全部教えてやる、あとHPLのトップの事も全部話してやるよしかたねえなぁ。」

 

「なんだ、妙に素直だな。」

 

すっとぼけた表情で、コヨミはオズワルドが殺人鬼になった理由と、ハワードの目的を話始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ、殺人鬼は親を生き返らせる為に人から魔力を奪い、ハワードとやらは『神』の召喚で死者蘇生の秘術を教えられる…………か。」

 

理知的なヘビ人間は、コヨミを敵視している方のヘビ人間を下がらせ、コヨミから話を聞いていた。

 

 

全てを話したコヨミの言葉をメモし、反芻していたが、やがて耐えきれないとでも言いたいかのように笑いだした。

 

 

「今の何処にギャグを感じたんだよお前。」

「ふ、く、くっ、これが笑わずに居られるか。 人間よ、貴様らはとことん愚かだな。」

「あ゛ぁ?」

 

ヘビ人間は、オズワルドの愚行を笑い、コヨミの無知を笑った。

 

 

「くく、無知は罪……と言ったか。 本当にその通りだな。 全部を話したお前に特別に教えてやろう。」

 

メモ帳を閉じてローブの内ポケットに仕舞うと、ヘビ人間の先が割れた特有の舌がしゅるると伸びて揺れる。

 

 

 

「そのハワードという男が呼び出そうとしている『神』は知識を授けると言ったな。 膨大な魔力が必要で知識を授けられるとすれば、旧支配者等ではなく、宇宙の外側に居る存在だ。」

 

「…………日本語で喋れよ」

 

「貴様に合わせた言語を使っているのだがな。 その『神』は知識を授けるのだろうが、死者蘇生の秘術なんぞ教える知識の内の一つに過ぎん。」

 

「あー、つまり?」

 

「……その男の目的は確実に()()()()()()()()。」

 

 

『ガタガタしてる内に留め具が緩まないかな』と考えながら、手すりを揺らしていたコヨミの動きが止まる。

 

 

「オズワルド、と言ったな。 ここまで言えば人間のわりに知性を感じられない貴様でも分かるだろう、貴様が『あいつは人間だ』と言ったあの殺人鬼は、利用されているのだよ。」

 

「――――オズワルド……あいつを、ハワードは利用している…………?」

「だろうな。 門を作れず鍵なら作れた……とすれば、次にすべきは門の創造だ。」

 

 

動揺が隠しきれず、コヨミの瞳が揺れる。 ヘビ人間は、ふん、と鼻を鳴らして、拷問室の片隅に置かれていた錆びたハサミを取り出す。

 

「…………とか言いながらなに取り出してんだよおいこら、なんだそのハサミは。」

「私の相方が人間嫌いなのは貴様も知っていよう。」

「ああも露骨だと逆に好感あるけどな、あのクソトカゲ。」

 

「我々がただ話し合っていただけ、となると、貴様はあいつに殺されかねない。」

「……お前はあたしを殺すつもりじゃないってのか?」

 

 

ヘビ人間は丸みのある頭を振ると、刃を雑に置いてあった砥石で研ぎながら話す。

 

「何故わざわざ人の居る土地で研究をしているんだと思う、人間は我々には無い発想や思考を持つ。 ゆえに私はこの国での人間の行動の研究をしているのだ。 ――――困るのだよ、邪神を召喚されて世界を滅ぼされるのは。」

 

 

しゃきん、とハサミを鳴らし、ヘビ人間の足はコヨミに向かう。 コヨミの前に立つと、手すりに固定されている手を伸ばした。

 

 

「さあ選べ、ただ無意味に殺され歴史から消えるか。 それとも歴史に名を残さないにしても、確かに世界を救う功績者となるか。」

 

「…………お前ほんとにヘビ人間……って奴なのか? なんか、変だぞ。」

 

「さて、私の同族を一つ殺して見せた貴様の親にでも聞いてみるがいいさ。」

 

 

は? というコヨミの疑問を断ち切るように、ヘビ人間は呆けたコヨミの右手中指を根元からあっさりと切り落とした。

 

 

「―――――うあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!?」

 

「黙っていろ、一本だけでは疑われる。 左手からもう一本貰うぞ。」

「おい、ちょっと…………だけ、タンマ……っ!」

「すまない、無理だ。」

 

 

ジョキッ、と錆びた刃が擦れる音と共に、床に左手の薬指がぼとりと落ちる。

 

「があああ゛あ゛あ゛鬼かお前えぇぇ…………!?」

「鬼じゃない、ヘビだ。」

 

落ちた二本の指を拾い上げ、机に置いたハサミの傍らに添える。 更に近くの棚から液体の入った瓶と注射器を取り出して、ヘビ人間は中身を注射器に吸わせてから肩に突き刺した。

 

 

「んげぇ…………なんだそれ……」

「ヘビ人間が作った毒なんかを中和するのにも使うモノだ、貴様ら風に言うなら『万能薬』か。 破傷風の予防と止血、そして痛み止めにもなる。」

 

「…………親切なんだか、マッドサイエンティストなんだかな…………。」

 

 

激痛と指を喪った喪失感からグロッキーになっているコヨミだが、指の根元から流れる血が止まり、痛みが引いて行くのを感じ取る。

 

ヘビ人間が鍵を取り出して拘束を解く様子をぼーっと見ていたコヨミは、思い出したように質問した。

 

「そうだ、あたしの荷物何処だよ」

「隣の部屋だ。」

「あ、そう…………つーか、もう一人のヘビ人間の相手はどうすんだよ。 あいつそろそろ戻ってくる頃じゃねえの?」

 

「――――それについては問題ない。」

 

 

そう言ったヘビ人間の言葉を遮るように、扉の外が騒々しくなる。 続けて、心底嫌だが聞き慣れてしまったチェーンソーの駆動音が鳴り響いた。

 

 

「お、オズワルド……?」

「お前の通信端末は電源を切っていない、位置情報を探ればこの周辺で電波が途切れたことくらいは判明する。」

「…………お前……。」

「私は反対したのだよ、だが相方が貴様と殺人鬼を殺そうとしていたから、仕方なくここに連れてきた。」

 

ヘビ人間は別の棚から血液パックを取り出すと、それを破いて頭から被る。 ギョッとするコヨミを他所に、部屋の隅に横たわった。

 

 

「…………急に細かすぎて伝わらないモノマネ選手権始めるのやめない?」

「…………私は『椅子の拘束を無理やり解いた貴様に返り討ちにあった』だけだ。 私には貴様を助けた貸しがあるのだ、増援を要請されたくなければ従った方がいい。」

 

「ああ、なるほど。」

 

 

偽装して死んだことになってやるから、オズワルドと協力してさっさと出ていけ。 ただし自分の事は見逃せ。

 

ヘビ人間は暗にそう言いたいのだろう、合点の行ったコヨミは、頷いて部屋から出ようとする。

 

 

「あたしの荷物、隣の部屋だっけ……。」

 

――――そう言いながら出ようとした扉をチェーンソーが粉砕するのと、ドアノブに手を伸ばしたのは同時で、コヨミの手は危うく挽き肉になる所だった。

 

 

「コヨミ様っ!! ご無事ですか!?」

 

「もう少しでフック船長みたいな義手着けないといけなくなる所だった以外はまあ、うん、概ね。」

 

自宅で会ったときと同じ修道服を返り血で濡らし、手元には赤黒いチェーンソー。 そのチェーンソーには、胴体が貫かれビクビクと痙攣しているヘビ人間の死体が突き刺さったままだった。

 

 

「(あ、さっきの相方のヘビ人間…………うわあ、南無三。)」

 

数いるヘビ人間の内の一人としてしれっと処理されていた事に、内心で軽く手を合わせておく。

 

両手でチェーンソーを支えながら片足で死体を外そうとガスガス蹴飛ばしているオズワルドを尻目に、扉の外の様子を確かめるコヨミ。

 

 

人間嫌いのヘビ人間を合わせて廊下には4体居たらしいが、それぞれが体を無惨にもバラバラに切断され、壁や天井に血をばら蒔いて絶命していた。

 

比較的体にパーツがくっついているのは、チェーンソーに突き刺さったモノだけである。

 

 

「…………うわ。」

「所でコヨミ様、それは……どうされたのですか?」

 

ようやくヘビ人間の死体をチェーンソーから引き抜けたオズワルドは、目敏くコヨミの手に注目した。

 

右手の中指と左手の薬指が無くなっている事に気付き、コヨミの手を優しく包む。

 

 

「こ、れは……そんな……コヨミ様の綺麗な手が……!」

「綺麗って……そうでもないけどな。 」

 

血が止まって瘡蓋(かさぶた)のようになっている断面を見て、悲痛な表情を浮かべるオズワルド。

 

散々人を殺し、ヘビ人間を八つ裂きにしてきた少女が、想い人の手の大怪我一つで大慌てする。 その光景を薄目を開けてこっそり観察していた、死んだ振りをしているヘビ人間。

 

 

「(不安定な感情、膨大な魔力、門の創造。 なるほど、そう言うことか。)」

 

一人全てを察するも、今声を出せばオズワルドに気付かれてチェーンソーの錆びにされるだろう。

 

つまりコヨミにヒントを残すことは出来ない。

 

 

「(ここがターニングポイントだ。 ウエサトコヨミ、お前の選択は後の世に決定的な違いを生む。)」

 

 

「ああ……なんてこと…………そこのヘビ人間がやったのですね。」

「うん。」

「――――なら殺します。」

 

即断、即決行。 エンジンを起動してチェーンソーの刃を回転させ、付着した血を撒き散らす。

 

 

「…………待て」

「コヨミ様……どうして……」

「そいつはあたしがもう倒した、だからほっとけ。 さっさと家に帰ろう。」

 

 

肩を掴んで止めたコヨミに困惑しながらも、オズワルドはエンジンを止める。

 

「むぅ……コヨミ様がそう言うなら、仕方ありません。」

「(こいつ犬みてえだな。)」

 

 

ほら行くぞ、と言って部屋を出るコヨミと、追従するオズワルド。 殺される寸前だったヘビ人間が冷や汗を流したことは、誰も知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カツカツと、石畳の廊下を走る音がする。

 

半袖のワイシャツとジーパンにその上から複数個の警棒が刺さったベルトを腰に巻き、尾てい骨付近に固定したホルスターに短銃を挿した少女、上里コヨミ。

 

横にチェーンソーを持ちながら、当たり前かのようにコヨミと並走するオズワルドはコヨミの指を見る。

 

 

右手に縮めた警棒を握っているが、中指が無いせいで力を入れづらそうにしていた。

 

 

「ふぅーーー。」

「コヨミ様、大丈夫ですか?」

「ああ、平気だ。」

 

脂汗を額に滲ませ、平然と嘘をつく。

 

それを分かっているからこそ、オズワルドの脳裏には『助けて(ころして)あげたい』という思考が渦巻いていた。

 

 

「(―――そんな辛そうにしないでください、コヨミ様。 ああ、助けてあげなければ。 救ってあげなければ。 殺してあげなければ。)」

 

「(めっちゃ視線感じる。)」

 

 

ふう、とため息。

 

コヨミは、オズワルドを横目で見て呟いた。

 

 

「お前がやって来たことが、全部お前の為じゃない事に利用されてたんだとしたら、どうする。」

「…………どう、とは?」

 

地下から地上に繋がる階段の前まで来た二人は、足を止めて向き合う。

 

 

「オズワルドは両親を生き返らせたいが、それには神に会わなきゃならない。」

「はい。」

「鍵が有るけど門が無い、門を作らないと神に会えない。 もしも、だ。」

 

警棒を伸ばし、先端をオズワルドの心臓に押し当てると続ける。

 

 

()()()()()()()()だとしたら、『触媒がない』と言いながらお前に魔力を奪わせ続けているハワードの行動にも合点が行くんだわ。」

「――――わたくしが、門……? ふふ、ご冗談を。」

 

くすくす、と。 花のように微笑を浮かべ、オズワルドは笑う。

しかし、真剣な顔でそう言ってきたコヨミの瞳に射抜かれ笑みを消す。

 

 

「…………上に行くぞ。」

 

先に階段を上がるコヨミを追いかけ、オズワルドは遅れて着いて行く。

 

 

上がった先は、聖堂のような場所。 教壇の裏にある隠し階段から顔を出したコヨミは、呆れたように顔を歪ませた。

 

 

「ここどこだよ…………。」

 

ガリガリ頭を掻いて、聖堂の真ん中まで歩く。 着いてきたオズワルドに向き直ると、左手で更にもう一本警棒を抜き放つ。

 

 

「コヨミ様…………?」

「エンジン点けろ。」

 

手首のスナップで縮んでいる警棒を引き伸ばし、腰を落とす。 そう言われ、深くまぶたを閉じたオズワルドは、静かにエンジンを始動した。

 

 

「お前を殺さないって言ったし、お前に殺されないとも言ったが、ほんと嫌になるなぁ…………。」

 

しみじみと言い、指の欠けた手で警棒の柄が潰れかねない程に握り締める。

 

 

「『お前が門な訳ない』って考えてもな、それを否定できる理由が見つからねえんだ。 だから―――――。」

 

左手の警棒の先を相手に向け、右手のそれを上で構える。 オズワルドのチェーンソーから発せられる凄まじい駆動音と刃が回転する音、そして漂う鉄錆びの臭いがコヨミの意識を鋭く変えさせた。

 

 

 

「…………わたくしのしてきたことは、なんだったのでしょう。」

「騙されてたんだよ、オズワルドは騙されて、人を殺してあたしを狙ってきた。」

 

先端が下を向いたチェーンソーを、徐々に上に持ち上げて行く。

 

その紅い瞳は、爛々と輝いていた。

 

 

「でもな、エゴだとか言われようが関係ねえ。 あたしはお前に『すくうもの』から、お前を『すくう』よ。」

「―――――コヨミ様、貴女は、やっぱり…………。」

 

獰猛に笑うコヨミに、オズワルドは微笑んで返す。

 

強く踏み込んで駆け出したオズワルドのチェーンソーを二振りの警棒で受け止めながら、コヨミと瞳を交差させ、言った。

 

 

 

「煌めきましょう、命を散らす、その最後の一瞬……一時まで!」

「ああ……良いぜ。 こんな不束者でもいいんなら、喜んでなァ!」

 

 

二人の眼前で火花が散り、交差して受け止めたチェーンソーをコヨミは警棒を振り抜く勢いで弾き、返す刀で右手の獲物を左肩に叩き付ける。

 

骨を砕く勢いのそれを容易く受け止めながらも、チェーンソーを構え直し振り抜くオズワルド。

 

浅くだが、コヨミは鎖骨の辺りを削られて血を噴く。

 

 

「ッ、ぎぃ……っ!」

 

横凪ぎに振られたチェーンソーを戻そうとする手の首と肩、頬を太鼓を叩くように続けて打ち抜き、膝にローキックを打つ。

 

徹底的にチェーンソーを握るのに使う部位を狙うコヨミ。 オズワルドがいくら痛みを感じないとしても、ダメージは確実に蓄積しているが故の行動。

 

 

オズワルドもまた、コヨミがそうするしか自分に勝てる算段が無いことを理解している。

 

自分が自覚できない内に動かせなくなる可能性を見越して、コヨミもオズワルドも、双方は短期決戦を狙っていた。

 

 

二人はもう、互いしか見えていない。

 

 

無駄な思考を省き、以下に効率良く相手を潰すかを考え、実践し、互いの返り血で自身を濡らす。

 

 

ガン、ガンと硬いものを叩き付ける音。

 

聖堂の長椅子が粉砕される音。

 

チェーンソーの駆動音。

 

 

呼吸の音が段々と荒くなり、オズワルドの体は修道服の中に青アザを作り、コヨミの体には深くないが浅くもないチェーンソーの刃で削られた()が出来て行く。

 

 

 

――――やがて、限界を迎えた警棒が切断されてコヨミの左肩にチェーンソーが軽くめり込む。

 

回転する刃が数センチ肩に埋まり、肉を巻き込んでギチ、とその刃の動きは止まった。

 

 

コヨミはチェーンソーを手放し下がろうとしたオズワルドの右腕を辛うじて動く左手で掴み、左足の踵に右足の踵を巻き込ませ、右手で警棒を抜きながらスナップさせ引き伸ばし――――。

 

 

「――――しまっ」

「――――――――うお、らあああああああああ゛あ゛あ゛!!!!!」

 

一際鈍く重い音を立てて、警棒はオズワルドの左肩を痛み分けのように殴り砕いた。

 

 

「かっ、ひゅ――――。」

 

脳のブレーキが壊れて出来上がった怪力によるあまりの衝撃に、オズワルドの呼吸は数秒止まる。

 

そのまま前蹴りで数メートル転がり、その間にコヨミは肩に刺さったチェーンソーが落ちないように支えながら、一息で抜く。

 

 

「う゛ぅ、ああ゛っ!!」

 

ガシャッと音を立て、チェーンソーは床をオズワルドと同じように転がって部屋の端にすっ飛んで行く。

 

 

「ふーーー、ふぅーーーっ!」

 

左肩からの流血を右手で押さえ、仰向けに倒れているオズワルドを睨む。

 

直後にむくりと起き上がり、右手を握り締め拳を作りながら、左腕をだらんと下げて近付いてくる。

 

 

「案外、死なねえもんだなあ。」

「お互い、頑丈に出来ているのでしょう。 親に感謝するべきですね。」

「あたしが、こうなるのは……確実に、親父の遺伝だから、素直に喜べねえよ。」

 

 

へへへ、と乾いた笑いを溢し。

 

ふふふ、と命が抜けるような笑いが溢れた。

 

 

痛みを感じなくとも、命が体から少しずつ抜け出て行くのを感じるオズワルドは、コヨミに向かって歩きながら、ふと違和感を覚える。

 

 

 

「…………あら……?」

「あん? ……どうした……?」

 

 

呼吸すら危ういコヨミが聞き返した刹那、オズワルドの胸の中心を起点に、幾何学模様を納めた円が現れた。

 

更には暴風が発生し、聖堂の机を粉砕し、窓ガラスを纏めて砕き吹き飛ばす。

 

 

踏ん張る力も無いコヨミはオズワルドを中心に突如として発生したそれに転ばされ、肩から噴き出た血と激痛に悶える。

 

 

「うごおおおおお…………!」

「これは……一体、これ、は……!?」

 

 

赤黒く怪しく発光する幾何学模様は、オズワルドの背後に移ると虚空に浮かび上がり、背後の空間を引き裂いて『なにか』を発生させた。

 

 

「――――それが、『門』…………か。」

 

「コヨミ様の仮説は、正しかったのですね……。」

 

 

体からの危険信号を我慢するように青ざめた顔でなんとか笑顔を作ると、オズワルドはコヨミに向かって言った。

 

 

「もしも、コヨミ様が『これ』を消す方法を持っているのだとしたら、迷わず使ってくださいませんか。」

「―――オズワルド。」

 

なんとかあぐらをかいて座ることが出来たコヨミは、腰の後ろに右手を回して、一丁の短銃を抜くと弾が込められていることを確認する。

 

 

「神秘を消す神秘、って訳か。 親父め、都合が良いんだよ…………この事知ってたんじゃねえだろうな…………っ」

 

そう言いつつもコヨミは短銃をオズワルドに向ける。 短銃に込められた弾丸がなんなのかを直感で見抜いたオズワルドは、無抵抗で両腕を広げて、自分という『的』をコヨミに見せ付けた。

 

 

 

「―――門の起点となっているわたくしごと、撃ち抜いて下さい。」

「………………。」

「コヨミ様。」

「………………無理、だ……。」

 

 

だが、ここに来てコヨミは断った。一度向けた短銃の銃口を下ろして、頭を垂れるように項垂れる。

 

コヨミは紅葉ではないし、コヨミは乃木若葉ではない。

 

覚悟を決めれば人だって殺せるだろう人間では、ない。

 

 

紅葉の誤算は、自分と同じような感性で、コヨミが他者を殺せるだろう覚悟を持てる人間だと勘違いしていた事だった。

 

良くも悪くも、コヨミは甘い人間なのである。

 

 

「貴女がやらないと、わたくしは門に殺され、世界も無くなってしまうかもしれません。」

 

目を背けるコヨミに、親が子供に言い聞かせるように、淡々と事実を述べるオズワルド。

 

 

「嗚呼、本当に、嫌になりますね。 貴女になら殺されても良いと思っていたのに、直前になって命が惜しくなってしまうのですから。」

 

 

項垂れたコヨミの耳に、懺悔のように、オズワルドの震えた声が届く。 そしてコヨミの頭に、オズワルドの声がフラッシュバックする。

 

 

 

『貴女は神を信じますか?』と言う静かな声。

 

『コヨミ様…………!』と言う、熱の籠った声。

 

『――――コヨミ様。』と言う、真剣な声。

 

 

 

「オズワルド…………。」

 

面を上げたコヨミは、再度短銃をオズワルドに向け、膝を立ててそこに腕を乗せて固定する。

 

 

 

 

『―――お慕いしております、コヨミ様。』

 

 

 

 

「………じゃあな。」

「はい、お元気で。」

 

 

カチ、と。 短銃の引き金は、おもちゃよろしくあっさりと引かれ―――――。

 

 

 

火薬が炸裂し、銀の弾丸が射出され―――――オズワルドの胸を貫いて門を破壊した。

 

遅れて響く、鼓膜をつんざく爆発音。

 

 

キーンと言う耳鳴りと体からの悲鳴を無視して、残った力を振り絞り、倒れ行くオズワルドと床の間に体を滑り込ませる。

 

 

「ぐ、ぶっ、う。」

 

無茶が祟り、ぷつっと鼻の奥で何かが千切れて血が垂れる。 出血が激しく、意識が暗くなりつつあるコヨミは、命を使い果たすつもりで声を絞り出す。

 

 

「……おず、わるど……」

「…………こよみ、さま……」

 

僅かに肉体に染み付いた命と言っても過言ではない、オズワルドの残り火。 コヨミが右腕で抱いているオズワルドの体からは、徐々に熱が抜け落ちて行くのがわかった。

 

 

 

「わたくし、は……ただ普通に、生きて……普通にともだちを、つくって…………ただ、普通、に、だれかを……愛したかった……。」

 

「ああ、分かってるよ。 分かってたんだ、分かっていたのに、あたしはお前を…………っ!」

 

嗚咽が混じったコヨミの声。 目尻に涙を浮かばせたコヨミにオズワルドは手を伸ばし、その指で涙を拭った。

 

 

「こよみ……さま……。」

「…………なんだ、オズワルド。」

 

 

「――――貴女が大好きです、コヨミさん。」

 

 

散々お嬢様のような口調で、シスターを名乗り、丁寧な言葉で愛を宣言していたオズワルドは――――――きっと、今この一瞬だけは、ただの18歳の少女に戻れたのだろう。

 

まぶたを閉じて、深く、深く、ただただ深い眠りについた女の子の額に、軽く唇を押し当てたコヨミ。 十字架の付いたネックレスを外して手繰り寄せてから握り締めると、優しくも力強く言った。

 

 

 

「あたしも、お前のことが好きだったよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

門の破壊とオズワルドの殺害から数ヶ月が経過した。 あの一件から早くも数ヶ月か、と、コヨミはヘビ人間が襲ってきた時の公園の何時ものベンチで黄昏ている。

 

一番上と二番目のボタンを外して緩くしたワイシャツの隙間から覗く左肩や鎖骨には、歪な形の線が痛々しく残っていた。

 

 

加えて何時もの缶コーヒーを握る右手には中指が無く、背凭れに肘を置いている左手にも、薬指は無い。

 

 

体の一部を、いつの間にか惹かれ愛していた少女を一度に喪ったコヨミの喪失感は半端なものではなく、半年が経過した今でも、コヨミは普段の狂暴さが嘘だったかのように大人しい。

 

 

 

「…………はぁ。」

「お前がため息とは、明日は雨か?」

「…………うっっっげぇ」

 

「よっ、暦。」

 

潰れたゴキブリを見たような顔で、隣に座ってきた男を見やる。 コヨミと同じ缶コーヒーを手元で揺らして呷るその男に、コヨミは返事をした。

 

 

「……三好さん、あんたなんで居るんだ」

「大赦の仕事が一段落したら今度は暇になっちまってさぁ、ちょっと顔見せだよ。 うん。」

「あ、そう。」

 

 

三好さん。 そう呼ばれた男は、コヨミの元同級生である。 中学時代荒れていたコヨミを唯一ぶちのめし、病院送りにした凄まじい人物。

 

若くして大赦に勤めているその手腕は、後に子孫に色濃く受け継がれることだろう。

 

 

「なんか、『失恋した』って感じの顔だな。」

「まあ間違ってねーっすよ、つかあたしがなんでこんな腑抜けてるか、知ってんじゃねえのかよ。」

「知ってるとも。 大変だったようだな、お疲れさん。」

 

はあ、とため息。

 

こいつの相手面倒くせえ、とばかりに深く重く吐き出した。

 

 

「…………帰る。」

「なんだよつれない、あ、折角だし俺も一緒に…………いや、やっぱいいわ。」

「はあ?」

 

突然立ち上がった三好は、ひらひらと手を振って歩き出す。

 

 

「――――お前のやったことは正しいことじゃないんだろうさ、どんな理由であれ、相手が連続殺人鬼であれ、人を殺すことは絶対に正義でもなんでもない。」

 

だが、振り返るとそう言って、一言付け加えた。

 

 

 

「でも間違いじゃないんだ。」

「――――そうかい。」

「悩めよ若人(わこうど)、悩んで悩んで悩んで出した答えなら、それこそがきっと正しいんだろうぜ。」

 

じゃーな。 三好はそんな軽い口調で言いながら走り去った。

 

残されたコヨミは、過ぎ去った嵐を見送って、首に下げた十字架のネックレスを触る。

 

 

 

「――――とりあえず、さ。 長生きするよ。 長生きして、いっぱい思い出作ったら、お前に土産話として色々話してやる。」

 

暫く作らなかった笑みをコヨミは半年振りに作る。 作って、笑って、一筋だけ涙を流す。

 

「お前が経験できなかった色んなモンをこの目で見届けて、それから会いに行くぜ。 『遅い』なんて文句は言うなよ――――。」

 

 

 

 

だからそれまでは……おやすみ、オズワルド。

 

 





ここまで綺麗に読者の需要を尽くガン無視した供給する投稿者は他にそう居ないと思う。 でも更新速度見れば分かると思うけど書いてて楽しかったです(欲に正直)




上里暦

親を生き返らせたいが為に人を殺し続けた連続猟奇殺人鬼と出会った事で、邪神崇拝者との戦いに身を投じる破目になった少女。

ヘビ人間のアリバイ作りの為に右手の中指、及び左手の薬指を切断されたが、それ以上の事が起こりすぎたせいか本人はあまり気にしていない。

この一件が終わってからは狂暴さと傍若無人さが鳴りを潜め、口調が変わらないにしても性格は大分落ち着いた。




オズワルド

目の前で両親が車に轢かれ死んだことで正気を喪った哀れな少女。 その段階でSAN値は無く、ハワードに両親を生き返らせる方法があると唆され、疑える正気も無いまま承諾してしまった。

―――が、両親が死んだのは実はハワードが仕組んだことだった。 フランス人の血を引いている事で、門にするのに適していると判断し、手元に引き込むために両親を殺したのだった。

要するに悪意の塊しかないマッチポンプである。 オズワルドそのものを門にする為、当然だがオズワルドは死ぬし、他人に『神』の知識を授けるつもりなんて最初から無かった。

コヨミのハワードへの強い怨みは死ぬまで続くが、結局コヨミの代で倒すことは叶わなかった。 この戦いは神世紀72年まで続き、勇理の子孫、夕海子の祖先、そして赤嶺友奈がハワードを封印することでようやく決着をつけられるのだが、それはまた別の話。




理知的な方のヘビ人間

他よりも賢かったヘビ人間の精神を交換することで意識をすげ替えたイスの偉大なる種族。 過去に紅葉が対峙したイス人と同一存在。

オズワルドと言う殺人鬼を信じ、人間だと言ってのけるコヨミに興味を抱き、ささやかながら逃げる隙を作ったヘビ人間側の戦犯にして、あくまで人間の『敵ではない』存在。

人間嫌いの相方の人間死すべし! な思考には度々呆れ、胃を痛めていた。

なんかめっちゃべらべら喋ってたのは、研究成果やヘビ人間の開発品を御披露目する機会が無くて、目の前にいいプレゼン相手が居たから。

ちなみに神世紀300年の現代でも普通に生きてるし何処かの地下で未だに人間観察を続けているが、二度と表に出てくるつもりは無いらしい。



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先人紅葉の章
一話 ■■■■は幼馴染である



男が勇者になれるわけ無いし、巫女として神託が聞けるわけもないじゃないですか。ファンタジーやメルヘンじゃあるまいし



 

 

カーテンの隙間から漏れた光が上手いこと顔に当たり、その何とも言えない不快感から目蓋を開ける。

スマホを点けて時間を確認すると、まだ5時を少し過ぎた頃だと分かった。家の裏の庭いじりが好きな幼馴染に付き合わされていた時期もあり、最早アラームも必要なく朝早くに起きる事の出来る体にされてしまっていた。

 

 

「ぐ、おぉ……」

 

上体を起こして()()をする。パキパキと関節の鳴る音が聞こえた。

 

「……さて、飯作ろ。」

 

 

誰かに聞かれる訳でもない声が、畳と障子に吸収された気がした。

 

 

 

 

白米、味噌汁、塩鮭に複数の漬け物にサラダを並べてさっさと食事を済ませ、6時を回った頃に汚れても問題ない地味な色合いの服装で固めて家を出た。

野菜多めなせいで嫌でも健康的になるのは悪いことではないが、ベジタリアンな訳でもないんだよなぁ。

 

小規模の和風屋敷とでも言えばいいのかは分からないが、一人で暮らすには十分過ぎる家を出ると、朝早くと言うこともあり冷えた空気が肌を撫でる。

 

「今日は肌寒い日になるんだったか。」

 

独り言を呟き、隣の家に足を運ぶ。

 

 

「家の間取りも隣とほぼ同じねぇ。加えて築ウン十年と、()()百年目じゃなかったよな、確か。」

 

家賃の低い理由がよく分かるな、と内心でぶつくさ言いながら隣人の家に向かうと、家の裏からザクザクと土を掘り返しているような音がした。

 

まあ『ような』では無いのだが。

 

 

勝手知ったる他人の家を文字通りで突き進み、裏にある庭……本人いわく『農業王の第一歩』らしい畑へと足を踏み入れる。

 

そこには、小規模の和装屋敷の、これまた小規模の畑へと改造された庭が広がっていた。

既に幾つかの野菜が育っているスペースと、ジーパンにジャージの少女が耕している開発途中のスペースに分かれている。

 

 

「おい農業馬鹿。」

「ワッツ?」

 

俺が声を掛けると、振り下ろしたクワを置いたままにして見事なまでのカタカナ英語を披露する少女が振り返った。

 

「お前のその畑好きは末期だな、味噌汁(ぬる)くなる前に着替えて来い。」

「サンクス紅葉!いやぁ畑を弄ってるとついつい時間を忘れちゃって……」

 

「……何時から始めた?」

 

この問いに額の汗を垂らすと、少女は小声でぼそっと答える。

 

「ご、5時位から……」

 

つまり俺が起きた辺りから一時間ぶっ続け、である。

 

「あのなぁ……」

「ソーリー!許して!拳下ろして!」

「―――はぁーーー。」

 

わざと聞こえるようにため息を吐き、縁側に置いてあったタオルを掴んで投げる。

受け取った少女は再度感謝のカタカナ英語を述べ、汗を拭い首に掛けると、靴を脱いで縁側から室内に消えた。

 

耳を澄ませると布の擦れる音が聞こえたので汗を拭いて制服に着替えているのだろう。地面に立てたままのクワを畑の脇の農具入れに仕舞い、自宅に戻り制服に着替えておく。

 

味噌汁の温度を確かめるととっくに温くなっていた。まあいいか、暖め直してちょっと美味しくなくなった味噌汁を飲むのは俺じゃないし。

流石に料理への侮辱になるのでわざと沸騰させたりはしない。

 

と言うか俺の料理を旨い旨いと言ってくれる奴がこれから来るのでそんなことは絶対にしない。

 

 

「そろそろかな―――と」

 

独り言が合図になったかのようにタイミング良く合鍵で扉を開け、少女が入ってくる。

 

二人で通っている中学―――()()()()の制服に身を包んだ少女の姿を見る。いわゆる馬子にも衣装だな、と何時見ても思う。

 

「うーん!いい香りね!」

「もうじき鮭が焼けるから座ってろ。」

「はぁい」

 

少女は来て早々俺と負けず劣らずに勝手知ったる他人の家と言わんばかりにテレビを勝手に点け、足を伸ばしてテーブルに顔をくっ付けテレビの天気情報を確認している。

 

俺はこの少女に当たりが強いと同級生からよく言われているが、仮にも見た目は美少女の部類に入るこいつに対して『そう』なのは単純に小さい頃からこいつが畑馬鹿だったからだ。

加えて、今は亡き父親に軽く格闘技を習ってた俺より何故か腕っぷしが強く、調子に乗って喧嘩を売ったときにボコボコにされた事があるのだ。

 

あと慣れ。よってこいつを異性として見るのは流石にキツい。

 

―――いやなんで俺より握力強くて筋力あるんだよおかしいだろ。

ガキの時からクワ振り回してたからそれで鍛えられている可能性があるが、そうだとしたら格闘技なんてガキの頃が最初で最後の俺よりも、8だか9年近く今に至るまでクワ振り回してたこいつの方が遥かに強いのだと考えると、なんか吐き気してきた。

 

 

「(そういや、なんで矢鱈と強いのか聞いたときに『なんとなく』とか『勘』とか言ってたな……)ま、いいか。」

 

そんな事を考えながらさっきの俺の食事メニューに沢庵を追加して持って行く。

 

「ありがとう、頂きます。」

「ゆっくり食えよ、あと沢庵多目に切ったから貰うぞ。」

「貴方の作ったものなんだから許可なんて要らないのよ?」

「それもそうだな。」

 

今ボリボリ齧ってる沢庵やサラダ、漬け物の元はこいつ作の野菜だが、こいつ、自分で育てておきながら料理の腕がからっきしなのはどういう訳なのか。

蕎麦茹でるのは上手い癖に。

 

必然的に野菜を作ったら俺が調理する、という暗黙の了解もとい取引が出来てしまっていた。

八百屋で面倒な目利きをする必要が無いのはありがたいしなにより―――

 

「……こいつの野菜、旨いしなぁ。」

「んぐ!?」

「―――あ。」

 

声に出ていたようで、俺の呟きを聞き取って白米を喉に詰まらせる。味噌汁はまだ熱いので大急ぎで麦茶を淹れる。

 

 

「っ……はぁ、ビックリしたじゃない。」

「すまん。つい口に出た」

「―――ふーん。」

 

僅かに目を細め俺を見てくる。

『私の事を考えているなんてそんなに私にラブユーなのね?』とでも言ってくるのかと思ったら、少女はほんのりと頬を赤くして食事を再開した。

 

こいつも照れるんだな、と不覚にも感動してしまった。

三度の飯より畑が好きで、未だに俺が居ても普通に寝間着を着替えたりするし、恋愛ドラマのベッドシーンですら平然としているこいつにも照れの感情ってあるんだな。なんかちょっと感動した。

 

 

「……ごちそうさま!何時も美味しくてついお代わり頼みそうになっちゃう。」

「そりゃどうも。お代わりは夕飯まで取っときな」

「今日のディナーは何かしら?」

「教えねぇ」

「…むぅ」

 

 

等と軽い漫才も済ませ、流しに置いた自分の皿と纏めて水に浸けておく。

 

―――ああ、と一言置いてから質問を投げ掛ける。

 

 

「そういや()()、お前今日も部活か?」

「そうね。勇者クラブで……確か今日は浜辺のゴミ掃除だったかしら?」

「へぇ。」

 

さっきからこいつ、としか呼んでなかったが、勿論名前はある。

 

 

――――白鳥歌野

 

 

白鳥のように優雅でも、名前に入ってるからと言って歌が上手いわけでもないが、不思議と『お前らしい名前だ』と言ってしまう。

そんな名前だ。

 

そして歌野の所属している勇者部とかいうボランティア活動の部は、迷子のペット探しから子猫の里親探しに浜辺のゴミ拾いまで色々とこなす正しく「勇んだ者」の部活なのだが、俺からしたらゲームの方しか頭に浮かばない。

歌野はそれに参加しており、今日も予定があるらしい。

 

「紅葉も一緒にやらない?」

「あのうどん女に俺だけ断られてるから、行ったところで迷惑なだけだろ」

「うー……そうかしら?」

 

そう。勇者部には歌野に引っ張られる形で俺まで入部させられる所だったのだが、何故かうどん女(名前忘れた)に俺の入部は認められないと言われてしまったのだ。

深くは聞かなかったし、お陰で今日も元気に帰宅部な訳だが。

 

 

 

「――――さて、そろそろ出るか。」

 

時計を見ると、それなりに時間が押していた。ゆっくりし過ぎたかな。

エプロンを脱ぎ、下に着ていた制服のズレを正し、鞄を掴む。

歌野も玄関に置きっぱなしの鞄を持つ。相変わらず、日常が変わることはない。

 

 

「それじゃ、学校までレッツゴー!」

「わかったから引っ張るんじゃねえ」

 

朗らかな笑みを浮かべて俺の手を引く歌野。顔には出さないがダルさを醸し出しつつ、俺は引っ張られた勢いで倒れないよう必死に着いて行く。

 

 

 

 

ふと、朝の一連の光景を思い出した。

俺の人生の一つ、歌野とのこの関わりを分かりやすく纏めて言葉にするとしたら、こうだろうか。

 

 

 

『白鳥歌野は幼馴染である』

 

 





感想と誤字脱字の報告及び評価、よければおねがいします。


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二話 結城友奈は友人である


みーちゃんまで入れたら紅葉が主人公である意味が無くなる(普通に歌野が主人公になる)ので、みーちゃんファンやうたみと派の皆様には申し訳ありませんが、そういうことです。


 

 

通学路を歩いていると、途中までは歌野に引かれてたが、他の生徒がちらほら見え始めた頃には歌野は俺の手を離していた。無言での行動だが流石の歌野でも恥ずかしいらしい。

一年の時にイタズラ心から無理やり手を繋いだまま登校した時は、3日くらい会話してくれなかった記憶がある。

 

手を離した代わりに俺の隣を歩いており、快活な歌野らしく歩幅と歩く速度は女子にしては中々に早く、男の俺と同等なのはやはり畑弄り様様なのか。

 

 

「今日は冷え込むらしいし、鍋にでもするか?」

「―――!鍋!良いわね鍋!」

「そんなに食いたかったのか……」

 

勢いよく俺を見て歩きながら詰め寄ってくる。お前俺と手を繋ぐ様子見られるのが恥ずかしかったんじゃないのかよ。

 

 

「つい言っちまったから仕方ないが、今日は鍋だな。野菜多めでつみれのやつ。」

「おお……それはとても楽しみだわ……!」

 

食い意地張ってるな、とか言ったら叩かれそうなので黙る。普通は女が男の胃袋を掴むもんだと思うんだがどうだろうか。

 

 

 

会話が終わってから少しすると、俺と歌野は見慣れた後ろ姿を見つけた。

 

赤い髪を揺らして車椅子を押している少女と、車椅子に座って押されている少女の二人組。確か、あの二人も勇者部に所属してたっけ。

 

 

「あら、友奈~!東郷~!」

「―――ん?あっ、歌野ちゃん!紅葉くん!」

 

歌野みたく明るさが擬人化したような声色で、赤髪の少女は足を止めると車椅子ごとこっちに向き直る。

 

「よっ、友奈、美森」

「おはようございます、歌野さん、紅葉くん。それと東郷です。」

 

赤髪に桜の髪留めを着けている少女と、漆塗りのような艶やかな黒髪をリボンで纏めている少女と顔を会わせる。

黒髪で車椅子のお世話になっている方―――東郷美森からは名字呼びに訂正させられることが名前を呼ぶ都度ある。俺はそれに反抗して何時も名前で呼んでいるが。

 

そして赤髪の―――結城友奈は俺に笑いかけた後、歌野と話し出す。

 

こいつらは勇者部所属であり同級生、つまり中学二年生だ。

二人の関係は要するに俺と歌野みたいなモノだが小さいときからの幼馴染と出会って数年の二人では少々違う?なぁに、友人関係に時間と年数は関係ないだろう。

 

 

「美森はそんなに名前で呼ばれたくないかい。」

「東郷です。他の皆さんには名字で通してますので。」

「あー分かった分かった。」

「本当に分かってますか?」

 

いいえ全く。

少しばかり怒気のある声で話す美森の怒ってますアピールは無視しておく。記憶喪失に両足が動かないと、色々とハードな人生なのにここまで強かな人間に育つのだから人間の神秘ってすげー。

 

その横で歌野と友奈はトークに花を咲かせている。

 

「今日は砂浜の掃除だったよね!」

「ええ!ゴミなんて跡形もなくクリーンしちゃいましょう!」

 

『おー!』と二人で手を上げるのは良いけどそろそろ歩かないかね。

俺のそんな眼差しを受け取った二人は顔を見合わせて軽く笑うと、友奈は美森の車椅子を押し、歌野は二人の後ろを歩く俺と並ぶ。

 

しかし、相変わらず後ろから見ているだけでも分かるくらい美森の幸せオーラが凄いな。

まあ記憶もない、足も動かない、そんな中で底抜けに明るく、障害者である美森の事を欠片も不快に思わず真摯に受け止めてくれているのだ。

 

惚れるなという方が無理というものか。

頑張れ美森、俺は同性愛とか気にしないから好きにやってくれ。

でも友奈は男女問わず大人気だから早めに決着付けた方がいいぞ。

 

 

「それにしても、風先輩、なんで紅葉くんだけ駄目だって言ったんだろう……」

「風先輩にも考えが有っての事だとは思うのだけど、本人に聞いてもはぐらかされてしまうのよね。」

 

そんな話題を聞き、ふと冷静に思った。

 

「―――普通に考えて、あのうどん……風と妹の樹、友奈に美森に歌野と女子しか居ない空間に俺がいたら滅茶苦茶気まずいよな。」

「まあ確かに、ガールズの中にボーイ一人は駄目よね。」

 

まず根本的な問題点だった。

俺が入部した場合、男は俺一人。気まずいなんてものじゃない。

 

だが―――

 

「それ以前に、あの顔は何かを隠してる顔だったな……勇者部に、女だけ、それでいて俺は駄目と来たら……理由なんて限られるだろう。」

「その理由って?」

 

 

歌野の質問に俺は少し躊躇ってから、重く感じる口を開く。

 

 

「恐らくだが――――風は女好きなんだよ!!」

「それ後で報告しておきますね」

「後生だからやめて」

 

 

 

 

 

 

 

 

通学路を歩く四人の更に先を歩いていた姉妹が居た。(くだん)の風先輩と妹の樹こと、犬吠埼姉妹である。

姉であろう背丈の少女―――風が立ち止まり、突発的なくしゃみを撃ち出した。

 

「……はーっくしょぉい!!!」

「うわわっ!お姉ちゃん、風邪?」

「んー……なんか……凄い不名誉且つとんでもない誤解が生まれたような気がする……」

「……ほんとに大丈夫?」

 

心配そうに顔を見上げる樹の頭を軽く撫でてやり、再び横に並んで歩き出す。

 

だが、流石の風でも気付けなかった。遥か後ろを歩く入部を許可しなかった後輩に女好き疑惑を掛けられていることには――――。

 

 

 

 

「じゃあこの問題を―――」

 

時間は過ぎて何時もの授業風景、何時もの教師に何時ものクラスメート。

代わり映えが無く、俺は誰が見ても分かるだろうつまらなそうな大あくびをする。

 

歌野にちょっかいでも掛けるか……

 

そう思って隣の席――何度席替えしても不思議と毎度隣になるのは何故(なにゆえ)か――の歌野をちらっと横目で見る。

俺と違って美森みたく真面目に授業を受けていた。手を出したら後で怒られそうだが、退屈凌ぎの背に腹は代えられない

 

「(許せ歌野……後で弁当のプチトマトあげるから……)」

 

不意打ちで脇腹でもつつこうとした――――瞬間。

 

『!?』

「あわわわわ!な、なに!?」

「友奈ちゃん……いや、私の端末からも―――!?」

「あら、私のもそうね」

 

「こら、三人とも、授業中よ!」

 

「すみません!すぐ消します!」

 

突如として、三人のスマホからアラーム音が鳴り響いた。不安感を煽るような不快な音だ。だが、アラームを止めようとスマホの画面を見て固まってしまう三人。

 

「……?おい、歌野、どう―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――した…………!?」

 

 

一瞬、刹那。

 

いや、それ以上。

 

 

まばたきをしたほんの僅かな隙間を縫って―――

 

三人が突如として姿を消した。

 

 

「は?」

 

俺の一言は、クラスメートと教師のざわつきに掻き消される。

 

なんだ、いや、瞬間移動、三人纏めて、どこに、無事なのか、友奈、美森――――

 

「歌、野……」

 

 

 

――――――――死

 

 

 

「っ」

 

まて。そうだ、落ち着け。

 

冷静になれ。念のためにと、うど……風から渡されたアプリ……NARUKOだっけ。あれで全員に連絡すれば良い。

 

 

深呼吸をして、いざNARUKOを使おうとした時、教室に謎の人物が入ってきた。

 

あれは……

 

「……大赦?」

 

古くさい和服に仮面を付けた変態集団。四国を牛耳っていると言えば悪口になるがあながち間違いではない、と俺からしたら評価の低いのが大赦の人間だ。

この四国を死のウイルスとやらから守ってくれてる神樹さまを信仰してるのだろうが、俺は無神論者なんだよね。神なんて居るわけないだろ。

 

そんな大赦の人間が何故ここに、と質問する前に、大赦の人間が教師の横に立つと、手を挙げて注目を集める。

 

『静まれ』

 

と言われているのが分かった。

 

 

その後の説明を半分近く聞き流してはいたが、重要な部分を抜粋するとどうやらあの三人……勇者部という共通点があるなら恐らく犬吠埼姉妹も、『お役目』とやらを果たすために突如として消えることがあるけど、皆で応援してあげましょう。

 

―――だそうだ、何が応援してあげましょうだよ。ヒーローショーじゃねえんだぞ。

 

 

話が終わってすぐ、教師の制止を無視して教室から飛び出す。

NARUKOでの連絡が通じたからだ。野菜の(歌野)イコンが言うには全員屋上に居るらしい、推理通り犬吠埼姉妹も居るとの事だ。

 

いざ屋上へと行こうとすると、先程の大赦仮面が話しかけてきた。

 

 

「先人紅葉」

「……あ?」

「君はこの件に関わらない方がいい。」

 

「――――どういう意味だ?」

 

無駄に通りがいい、仮面を取ればイケメンなのであろう男の声。

だからか無性に腹が立つ。

 

「君には彼女達と同じ土俵に立つ力が無い。ただの一般人として、お役目を果たす彼女達の無事を祈ることしか出来ない身で何が出来る?」

「あいつらの、少なくとも歌野の帰ってくる場所にはなれる。」

「―――――。」

 

即答。

自惚れなのかもしれないが、幼馴染としてあいつが危険な目に遭うとして、俺がその件をどうすることも出来ないなら―――せめて帰る場所になる。

 

だって昔から荒事担当は歌野だし。

 

そもそもこんな若さで死ぬような奴じゃないし。

 

 

「……そうか……そういう答えも、あるのか……」

「なんだよ。」

「もし君があの娘達に出会ってたら、何か違ったのだろうか。」

「はぁ?」

 

言うだけ言って、大赦仮面は俺の疑問の声に答えること無くそそくさと何処かに消えた。大方3年のクラスにも説明しに行ったのだろう。

俺は、改めて屋上へと走った。

 

 

 

 

 

視界が晴れると、そこは屋上だった。

授業中だったのにどう誤魔化そう、とか。

恐ろしい目に遭った。とか、そんなことより。

 

「……どうして、私は……」

 

あんなにも当たり前のように()()()()()

恐くて動けなかった東郷のように体が震えていた筈なのに、気付けば勇者に変身し、握ったこともない鞭でバーテックスと戦っている自分に驚きを隠せなかった。

 

武術を習っている友奈や、事情を知っている風さんと妹の樹君ならまだしも、私はただ畑弄りが好きなだけの普通の人間だ。

 

 

 

バーテックスよりも、これからも戦わなきゃいけない事実よりも―――私は私が恐い。

私ではない自分が戦っていたような気がしてならない。

 

そんな負の思考に囚われていると、屋上に走ってきた紅葉が強く扉を開いてやってきた。

 

「歌野!」

「――もみ、じ……?」

 

―――ただそれだけで嫌な考えが吹き飛ぶくらい嬉しいと思うのは、私が単純だからなのだろうか。

 

紅葉は躊躇い無く真っ直ぐ私に向かって走ってくると、勢いそのままに私を抱き締めてきた。

 

風さんの「ヒュー!」というからかう声がやけに鮮明に耳に入るが、紅葉の体が少しだけ震えている事が分かる。

 

 

……よかった。

 

恐いと思っていたのは、私だけじゃ無かったらしい。

 

 

「……ただいま、紅葉。」

「何処に行ってたんだ馬鹿野郎」

 

 

呆れたような、安堵したような声。

色んな感情がごちゃ混ぜになった私は、ゆっくりと、紅葉の背中に手を回した。

 

 

 





先人紅葉(さきひともみじ)

身長・約168cm(風が163cm・歌野が158cm)
年齢・14歳

好きなもの・蕎麦、(歌野作の)野菜、白鳥歌野
嫌いなもの・大赦、神樹(本人が無神論者の為)


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三話 東郷美森は臆病である


紅葉と歌野の力関係は、紅葉は筋力では勝てるけどガチ喧嘩では勝てない感じです。


 

 

「あー、ゲフンゲフン!中睦まじいのは良いけど、そろそろ良いかネ?」

「うるさいぞうどん女」

「うど―――!!?」

 

 

人の幼馴染との触れ合いを邪魔しやがるうどん女をバッサリ切り捨て、歌野がそこに居ると言う温もりが惜しいが歌野から離れる。

 

「兎に角、無事でよかった。歌野」

「……サンクス、もう大丈夫よ。」

 

嫌な気配が漂っていたから咄嗟に抱き締めたが、これから自殺でも始めるんじゃないかとすら思えた重々しい雰囲気が歌野から剥がれている事を確認し、俯いたまま粉砕しかねない力でスマホを握り締める美森に向かい合い膝立ちになって顔を合わせる。

 

「美森は大丈夫――じゃ、ないよな。」

「……紅葉くん……」

 

名字の訂正すら出来ないくらい追い詰められているようだった。

―――何があったのか、風に問い詰める必要が出てきたな。

 

 

「友奈、美森の手を握ってやってくれ」

「うん!任せて!」

「―――ありがとう。友奈ちゃん、紅葉くん。」

 

とりあえず美森を友奈に任せ、半泣きで風に抱きついている樹を見てから風に話しかける。

 

「おいうどん」

「とうとう『女』すら付けなくなった……」

「全てを俺に話さないと二度とうどんを食えない体にしてやる」

「脅してきた!?」

 

驚いてばっかだなこいつ。

 

 

「いやまあ…説明したいのは山々なんだけどさ。」

「―――ああ、そうだな。日を改めるべきか。」

 

心身共に疲れているのに説明されたって、ネガティブな意見しか出てこないだろう。

風いわく今日はもうこんな事にはならないだろうから、一度帰って体を休めるべきだ。と

 

「じゃ、残りの授業終わらせて帰ろうか。」

「……明日必ず説明するから。」

「それがお前の義務だ。」

「手厳しいわね……」

 

俺の言葉に返事するように、チャイムが俺とこいつらの抜け出した授業の終わりを告げた。

……お役目の為だから仕方ない四人はともかくなんの関係もない俺は流石に怒られるよなこれ。

 

 

 

 

 

翌日、珍しく畑弄りを最低限で済ませ、食事も少量だった歌野を連れて登校する。まあ昼食の弁当は多めに作ったし大丈夫だろ。

以前ダイエットでもしてたのか似たような食事量の時に昼飯も少なく作ったら腹減りすぎた所為(せい)か腕齧られたことあるし。

 

暫く歯形が残ったのを見られる度に()()()()()()をとうとうやったのかと邪推されたこともあったからもう昼飯は渋らない。邪推した奴らはその都度放課後のプールに沈()()が。

 

 

「ねえ、紅葉」

「んー」

「帰ってから私に何をしてたのか聞けたのに、どうして聞かなかったの?」

「お前から聞いたのに風からも説明されたら二度手間だろ。」

「リアリー?」

「しつこい」

 

顔をずいっと近付けた歌野の額を突いて戻す。

疲れていたこいつを余計に疲れさせたくないという理由もある―――が。

 

最大の理由はこいつの説明が下手というのもある。撮影した映像見せてもらったり誰かに代わりに言ってもらう方が早いレベルだからな。

 

膨れっ面で顔を寄せてくる歌野の顔を掴んで止めていると、美森を連れて友奈が向かってきた。

 

「紅葉くん、風先輩が特別に入部認めてくれるって!」

「はぁ。」

「……嬉しくないんですか?」

「なんで歌野は良くて俺は駄目なのかの理由が知りたい程度で別に入りたかった訳じゃないからなぁ。」

「紅葉は昔から良いなら良い、駄目なら駄目で深く立ち入ったりはしないのよ。」

「関わっても問題ないかどうかの判断してる時に首突っ込むのがお前だもんな。」

 

欲とか無さすぎて確か小学生時代のアダ名は『修行僧』だった気がする。

 

友奈が見せてきたスマホの画面はNARUKOに切り替わっており、友奈と風のDMが写っている。

会話を要約すると、『紅葉()に下手に隠すと後が恐いから入部駄目なのやっぱり無しで放課後に連れてきて』だった。

 

俺をどんな人間だと思ってるんだ、失礼な奴め。

『風は女好き』の根も葉もない噂を嘯く検討をしていると、美森が手をもじもじと弄りながら俺を見てくる。

何かを決心したようで、片手を片手で包むように握ると口を開いた。

 

「なんだよ」

「―――紅葉くんは……歌野さんは……どうして風先輩に何も言わなかったんですか。」

 

昨日のあのときに聞けることがあっただろうと言いたいのか。

帰るとき俺にこっそり教えてくれたが、東郷だけが変身出来なかったらしい。変身ってなんだよ。

俺は大赦仮面の奴の言葉にヒーローショーかよと内心で比喩したが、あれ間違いじゃ無いのか?

 

つまりお荷物になった自分を責め、説明もなく友奈を巻き込んだ風に憤り、歌野が巻き込まれたのに冷静な俺に疑問を抱いている訳だ。

それに対し、返答を考えていると先に歌野が答えた。

 

「風さんは説明すると言ってくれた。私たちはそれを信用した。ただそれだけよ、東郷。」

「……美森が怒るのも分かるさ、友奈が巻き込まれたんだ。だがその場の感情で風を責めてもどうにもならんだろう?」

「それは―――っ」

「東郷さん……」

 

 

想像以上に引き摺ってるな……さて、風と衝突しないように立ち回るのは骨が折れるが関係が劣悪になるのも嫌なものだ。

あーあーめんどくせぇなぁもう。

勇者部五ヶ条とか言うのに『悩んだら相談』とかあったけど、予言する。こいつら絶対何かあっても溜め込むだろ、俺が言うんだから間違いない。

 

ふと、友奈が屋上の時の俺のように膝立ちで美森に向かい合う。

 

「東郷さん、私ね、東郷さんが私の代わりに怒ってくれるの凄く嬉しいんだ。」

「ゆ、友奈ちゃん」

「でもだからって、風先輩を嫌いになってほしくないよ。同じ部活の仲間で大事な友達だもん。」

「…………うん。」

「約束だよ?」

「分かったわ。約束。」

 

俺と歌野を他所に二人の世界を展開しないでくれないかね、指切りしてないでさ。

友奈に言われると弱いんだからなぁこいつなぁ。

俺の言葉を全部友奈に代弁させとけばどうにかなりそうなチョロさだ、友奈経由の詐欺とか簡単に引っ掛かりそう……ではないか。そう言う所はしっかりしてるし。

 

……美森は臆病と言われそうなくらいの慎重さを持っていて、友奈はムードメーカーの体現者みたいな明るさを持ってるが実は慎重すぎる性格の持ち主だ。

障害者というハンデを背負っているが故に一歩前に出られない美森は友奈が絡めば相手が先輩だろうとぐいぐい出られて、普段は聞き手に回る事が多い友奈は、隣人であり親友の美森にだけは自分の意見を先に言うことが出来る。

 

「相変わらず、前世で夫婦だったんじゃないかってレベルで上手いこと噛み合ってるんだよなこの二人。」

「確かにいいカップルになれそう、友奈が男だったら間違いなく付き合えそうよね。」

「そーだな。」

 

 

まあ四国以外に行けたとしたらイギリスとかフランス辺りで同性婚出来るんだけどな。

友奈と美森は、何というか美森の歯車を友奈が上手いこと制御してるって感じだ。

 

臆病過ぎるのと慎重過ぎるのが一緒なら程々に打ち消し合えるだろう。

俺なんてアクセル全開のドラッグ(白鳥歌野)カーの横で必死にブレーキ踏んで漸く『これ』なんだぜ、涙が出るね。

 

 

「部室に行った時、あんまり風に強く当たるなよ。」

「……大丈夫よ。紅葉くんじゃないんだから」

「えー。」

「『えー』じゃないの、全く……」

「そう言えば、紅葉くんって何であんなに風先輩に辛辣なの?」

 

友奈の純粋な質問。

―――何でだっけ。

 

……思い出せん。初めて出会ったのが俺が小六で風が中一の時のうどん屋だったのは覚えてるんだけどそっから何があったんだっけ。

 

 

「あー、んー。あえて言葉にするなら……年上としての威厳を感じないのと、女子力女子力言う癖に妙におっさん臭いから…かな?」

「おっさん臭いだけはやめてあげましょう、紅葉。」

「否定はしないお前もお前だぞ歌野。」

 

 

いや、だってさぁ、美森の胸の事を『東郷の東郷』って表現してるやつの何処に女子力が有るんだよ言ってみろ。

 

どうやって敬えってんだ、教えて知恵袋。

 

 

 

 

 

 

 

 

後は適当に下らない話で盛り上がり、俺たちは放課後を迎える。

そして、四人で一緒に部室前に集まり―――部屋をノックした。

 

 

「…………入ってちょうだい。」

 





白鳥歌野(しらとりうたの)

身長・158cm
年齢・13歳

好きなもの・先人紅葉、畑弄り、(自作の)野菜を使った料理、蕎麦
嫌いなもの・悪夢


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四話 犬吠埼風は不憫である


風先輩に対して紅葉が辛辣だけど、投稿者である自分が嫌いだから自己投影してこうなっていると言う訳ではないことを此所に誓わせて頂きます。

勇者であるシリーズで嫌いなキャラなんて大赦のモブくらいしか居ませんもの。



 

 

ガチャリ、と僅かに錆が窺えるドアノブを捻り、俺を先頭に歌野、友奈と美森の順で部室に入る。

 

「待ってたわ。」

「そりゃご苦労。」

 

椅子に腰掛けている風と樹。俺と目が合うと、樹は慌てた様子で頭を下げた。

別にメンチ切(睨んだ)った訳じゃないからそこまで慌てないでくれないかね。

 

四人でテーブルを囲うように座り、座る位置を整えると、風は咳払いを一つして切り出した。

 

 

「色々と聞きたいことはあるでしょうが、まずは一つ。紅葉、あんたの入部を歓迎するわ。」

「どーも。それじゃあ洗いざらい話してもらおうか。」

 

 

間を置いて、風は自分が持っているであろう情報の全てを語り始めた。

 

 

 

 

 

「なるほどねぇ、勇者に変身して神樹を守らないと世界が滅びる。だからその……バーテックス?と戦わないといけない。」

「ええ。」

 

頂点を意味する敵と戦わせられてるとかこいつらも苦労してるな。

大赦の連中に爆弾でもくくりつけて投げれば良いんじゃないかと思ったが、勇者になれるのは無垢な少女でなければならないらしい。

神樹はユニコーンか何かか。

 

しかし……無垢?

 

「なによ」

「なんですか?」

 

風と美森をちらっと見る。

 

 

「まあ、どうでもいいか。」

「アンタまたなんか変なこと考えたでしょ。」

「滅相もない。」

 

バレないように深く静かにため息を吐き出すと、横に座る友奈のスマホからゲームからしか聞けないような効果音を奏でてナニカが飛び出して――――

 

 

――――俺の頭に着地(着陸?)した。

 

 

「……なにこいつ。」

「あっこら!牛鬼(ぎゅうき)!」

「牛鬼ぃ?」

 

『力の象徴』の名に恥じぬ力を持つ強い妖怪……と記憶しているが……

 

「それがさっき説明した、あたしたちを守るバリアを張ってくれる精霊よ。」

「精霊なのか妖怪なのかハッキリしてくれよ。」

「妖怪等の概念を抽出して形を与えたのが、精霊なの。元ネタが自然災害だろうと妖怪だろうと精霊が総称だって覚えといて。」

 

「―――なるほど。」

 

フィーリングで受けとれと。

頭の上に帽子みたくへばりついた牛鬼を引き剥がし、両手で脇を支えるように持ち上げ目線を合わせる。

 

見れば見るほどゆるキャラであるな。

こんなのが二足歩行で歩いてたら子供に好かれそう。

 

牛鬼が現れたのを皮切りに、他3人のスマホからも妖……精霊が飛び出す。

 

歌野からは緑色の猿、風からはネズミと犬が合わさったような不可思議生命体、樹からは……葉っぱのくっついたケセランパサラン?

 

友奈は俺から牛鬼を受け取りテーブルに乗せると、鞄からビーフジャーキーを取り出して牛鬼に与え始めた。

 

「へへへ、牛鬼ってビーフジャーキーが好きなんだ。」

「牛なのに!?」

 

驚く樹の頭の上でケセランパサランが跳ねる。

 

 

「ついでに軽く紹介しときましょ。こいつは犬神(いぬがみ)よ」

「え、えっと……この子は木霊(こだま)……です。」

「私のパートナーは(さとり)ね。」

 

憑き物に元ネタの時点での妖精に人の心を読む妖怪か。

樹のはケセランパサランじゃないのか……幸運分けてもらおうと思ったのに。

 

「―――って、美森には居ないのか。」

「……私は変身できませんでしたから。それと東郷です。」

「ふーん。ところでこいつらの食事ってどうしてんの?」

「犬神はドッグフードで大丈夫みたいヨ」

「木霊は光合成と霧吹きで水を与えれば大丈夫です。」

 

で、牛鬼は言わずもがな(なんでも食う)と。

覚に至っては漬け物をボリボリ食うらしい、お前良いのかそれで。

 

 

「―――話が逸れたな。」

「そうね……じゃあ戻すわよ。」

 

パンパンと手を叩き、視線を纏める。

全員が精霊を戻し、机に向き直るが……

 

「友奈、空気読もう。」

「ち、違うよ紅葉くん!牛鬼ってば勝手に出てくるし戻ってもくれないの!」

「えぇ……」

 

ペットに一度ナメられると後が大変なんだけどなぁ。

友奈ってその辺だらしなさそうだし、そりゃ牛鬼にもナメられるわな。

 

俺達の頭上をふらふら飛んだと思えば、牛鬼は出てきたときと同じく俺の頭に着陸する。えー……気に入られちゃったよ。

 

 

「紅葉のヘッドに完璧にフィットしてるわね。」

「なんだか可愛い……」

「なついてるみたいですが―――」

「あーじゃあ牛鬼は紅葉に任せて、話を続けましょうか。」

 

「俺の人権とは。」

「ごめんね紅葉くん…」

 

 

これで齧られでもしたら窓から外にぶん投げるが、食後の昼寝とばかりにスピスピと鼻ちょうちん膨らませて寝てるから良いや。

 

人はそれを諦めと言う。

 

気にするな、と軽く友奈の頭を撫で、風を見る。

一瞬視界に入った美森に凄い顔で睨まれた。取らないよ。

 

 

「―――何処まで話したっけ。」

「『バーテックスは全部で12体』って辺り」

「あーそうそう、話が逸れすぎて忘れてたワ」

「お姉ちゃん……」

 

妹に呆れられてるぞ。

 

「…ゴホン。あたし達の初陣で倒したあのバーテックスで1体目、残り11体を倒せば私たちのお役目は終わるの。」

「残りの敵は何時に何体来るか、分かるのか?」

「いや、それは分からない。明日かもしれないし1ヶ月後かもしれない。最悪―――」

 

「皆が勇者に変身できなくなるまで待つ可能性も、か。」

 

「―――それが最悪のパターン。」

 

頭が痛くなってくるな。

勇者がバーテックスと戦う世界は神樹が作り出した結界らしいが、その世界に長くバーテックスが居すぎると現実世界に影響を及ぼし事故や災害として反映される。と

 

朝言っていた土砂崩れで怪我人が出た話は恐らくそれだ。

 

 

「この面子以外に勇者候補なんてのは居たりするんだろ。」

「うん、そうだよ。でもこの学校には特に勇者としての適性が高い人間が集められる。そしてその人達を纏めて監視するのが、勇者部とあたし。」

 

「……騙していたんですね。私たちを、樹ちゃんを。」

 

「っ―――言い訳はしない。」

 

「東郷さん!」

「ごめんなさい友奈ちゃん。私、やっぱり我慢できない。」

 

だろうね。

怒りの混ざった悲しい視線を風に投げ掛ける美森は、友奈の言葉をやんわり否定し、樹を見てから風を軽く睨む。

睨んでばっかだなって言ったら殴られそう。

 

「東郷、少しで良い。落ち着きなさい」

「これ以上ないくらい冷静です。」

「ほんとかよ」

「紅葉くんは黙っていて。」

「はい。」

 

美森は俺と歌野の言葉を一刀両断に切り捨てる。

やっぱりこうなるんだなぁ、予想はしてたけど。

 

 

「東郷、騙していたのは悪いと思っているし、樹に黙っていたことも悪いと思う。けど言えるわけが無かったのよ。皆にあらかじめ『勇者部はいつかくる人類の敵に対抗できる勇者候補の集まりです』なんて言っても納得できるわけがないし、きっと唐突な本番よりも戦えなくなっていた。」

 

「それでも言うべきでした。風先輩、貴女は悩んでいたんですよね?」

 

「……ええ。」

 

 

…………ん?

……あー、そう言うことね。

俺が美森の言いたいことを理解すると、おおよそ予想通りの言葉が出てきた。

 

 

「勇者部五箇条、『悩んだら相談』という言葉を作ったのは―――貴女じゃないですか。」

「―――――ぁ」

 

美森は聖母のように笑みを浮かべる。

 

「風先輩が人一倍苦しんだであろう事は、1日考えたら分かることでした。

ごめんなさい、紅葉くん達が居なかったら、私はきっと風先輩に恨み辛みをぶつけていた。」

 

「東郷……あたしこそ、本当にごめん。」

 

二人で謝って、おあいこですね、なんて言って仲直り。良いなぁこう言うの。青春だよね。

 

美森と風ががっしり握手をしてさあ一件落着だ、と言うときに

 

あの時の警報が鳴った。

 

 

「……また、皆消えるのか。」

「紅葉からしたら一瞬のうちだけどね、とにかく勇者部出動よ!」

『はい!』

「今度こそ、変身してみせます。」

 

立てない美森と戦いに参加できない俺以外が立ち上がり、5人でスマホを強く握る。

 

「昨日の今日で2回目のスクランブルとは穏やかじゃないわね。けど紅葉、大丈夫よ。」

「なにが?」

「ちゃんと帰ってくるから。

ただいまって、言うから。」

 

「…………ああ。」

 

 

―――弱いなぁ、俺は。

 

 

「そうか。そうだな―――行ってこい、勇者。」

「ふふふ、貴方の口から『勇者』なんて言葉が聞けるの少し面白い。」

 

 

その言葉を最後に、全員が俺の前から消えた。

 

 

「…………あー。これ結構()るな。」

 

 

一緒に戦えない無力感。

突然目の前から友人が消える疎外感。

誰か一人が欠けたらという『もしも』が頭から離れない。その『一人』がもし歌野だったら―――

 

 

―――歌野だったら?

 

 

まるで()()()()()()()()()()()()みたいな言い方になるな。

俺そこまで酷い人間だったっけ。

 

 

いや、当然だ。部員仲間と幼馴染じゃ優先順位が違う―――――クソがなに考えてるんだ俺は。

 

そうじゃねえ。皆が大事なんだろ、俺は。

 

 

……意外だな、俺って奴はここまで醜かったか。

 

 

 

薄汚れた感情を振り払うように、俺は無意識に屋上へと走っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「歌野!」

「はい?」

 

そろそろ壊れるんじゃないかという勢いで扉を開く。

 

 

……うわ、普通に無事だった。

 

 

「心配して損した。」

「あら、心配してくれたんだ?」

「当たり前だろ馬鹿」

 

するに決まってるだろうに、即答で返されて歌野は顔を赤くする。ざまあみろ。

 

 

「東郷……恐い……東郷……恐い……」

「―――で、風はどうしたんだ」

 

膝を抱えてぶつぶつと何かを呟き続ける風。

 

ちょっとキモい。

 

 

「実は、変身した東郷先輩の武器が色んなタイプの銃だったんですけど……最後の銃弾がお姉ちゃんの鼻先を掠めて行きまして……」

「……直撃じゃないからバリアも出なかったと。」

「はい……」

 

「―――こればかりはすみませんでした。」

 

「東郷恐い」

 

「風先輩大丈夫かな……」

 

「……後で奢ってやるよ」

 

 

 

 

 

 

うーん、締まらない。

 

何はともあれ、勇者たちは2日目にして3体同時戦闘というハードワークを無事……にこなした。無事と言ったら無事だ。

 

 

 

 

 

ただ一つ、俺の心にモヤのようなしこりを残した以外は。

 





やっぱりゆゆゆ二次創作と言ったらハッピーエンドが一番!なのでハッピーエンドをなるべく目指します。
本編終わったらifでバッドエンドとか別キャラルート書くかもしれません


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五話 犬吠埼樹の夢は■■である


樹からしたら紅葉って
・口調が軽い
・歌野大好き人間
・姉に当たりが強い
・美森の名前呼びで懲りない

って印象なんですよね
マイナスイメージが強いんだからそりゃあ恐いですよ


 

 

犬吠埼樹が本屋に買い物に来たのは、スクランブルこと2日連続の戦闘を凌いだ数日後の休日であった。

土曜日を丸1日使って鼻先銃弾事件(友奈命名)の被害者である姉の犬吠埼風にメンタル(膝枕)ケアを施し、回復するも朝食のうどんすら作れないほど体力を使った姉を布団に閉じ込めた翌日の日曜日。この日は樹にとって完全なるオフなのだ。

 

素晴らしい事だ、自分のためだけに時間を浪費したって咎められる事はない。

唯一咎めてきそう(お姉ちゃん)な人はダウンしてるし。

 

きっと良い1日になる。という確信があった

 

 

 

 

(本人にとっての)悪魔との出会いが無ければ。

 

 

 

 

 

目当ての本を買い、さあ何時もの店でうどんでも食べて帰ろうと普段からお世話になってる本屋を出て歩き出そうとした時、自分よりも体格の大きい人にぶつかってしまった。

 

「あっ――!?」

「おっとと。」

 

作用反作用。ぶつかった勢いで跳ね返り尻餅をつきそうになる樹を、ぶつかられた本人が両手を腕と腰に回す事で防ぐ。

そのまま軽く引っ張られ、体制を建て直せた。

 

「ご、ごめんなさい!」

「いやいいよ、怪我無いな?」

「はい。ありがとう……ござい、ま……す……!!?」

 

ぶつかってしまった相手に謝り、そして助けられたのだからとお礼を言う。当然である、樹は礼儀正しい良い子なのだから。

だが相手くらいは選びたかった。

 

親が子供を選べないように、樹は『自分だけの時に一番会いたくない人物』にぶつかったのだ。

 

 

「よぉ……樹ぃ」

「ひ」

 

肺から空気が全て漏れだしたような錯覚に陥る程に、思考が真っ白に染まる。

 

無意識に、恐ろしさから逃れるためにと踵を返しうどん屋ルートから帰宅ルートに切り替えようとする―――が。

 

 

「まあ待てよ。」

「ぴっ―――。」

「そんな恐いものを見たかのような声出すなよ、俺が悪者みたいじゃないか。

先輩にそれは……失礼じゃない?」

 

実際そうだろ!?と反射的に言わなかった自分に1等賞のトロフィーでもあげたい、と考える程度には混乱している樹の肩をがっしり後ろから掴み、逃げることを阻止される。

 

 

「人の顔見て逃げるなよ、なぁ、樹?」

「ひぃぃ………こ、殺さないで……」

「うーん、重症。」

 

とうとう命乞いまで始めた樹の顔を見られたら、それは見事に混乱が渦巻いていることだろう。

 

 

「こっちの道に行こうとしたってことはあいつまーだダウンしてんやがんのかだらしない。お前、昼飯にうどん食おうとしたんだろ?」

「はぃ……い、命だけは……」

「次命乞いしたら生命力吸い取るぞ」

「ぴっ」

 

 

紅葉なりのジョークでも、樹からしたら『マジでされそう』レベルだ。言うこと聞かないと殺されると本気で思っている。

 

普段から不思議な生態してる紅葉なら出来そう、とすら思っている。

 

 

「俺もそろそろ昼飯食いに行く予定だったし、一緒に行こうか。来てくれたら奢るぜ?」

「行きます。」

 

そして樹は全てを悟った。

生殺与奪の権利を握られている自分に拒否権は無いのだと。

まあ、勘違いなのだが。

 

なんか急に素直になったな……と首を傾げる紅葉は、樹の肩を掴んだまま方向転換してうどん屋へと歩き出した。

 

 

 

 

 

ちなみに、樹や他の住人もお世話になっているそこそこ大きな、新刊から古本まで幅広く売り出している書店の名前は―――――

 

 

 

 

 

()()()書店と言うらしい。

 

 

 

 

 

 

ずるずると麺類を啜る音が多方面から聞こえる室内、勇者部の面子がいつも通ううどん屋である。

うどんを頼んだ樹と何時も通りに大盛りの蕎麦を頼んだ紅葉が、向き合ってひたすらにそれぞれの好物を啜っていた。

 

うどん屋なのに蕎麦なのか、という疑問に関しては何故か店主がうどんに加えて蕎麦も、更にはラーメンまで作れるからとしか言えない。

あとカレー。

 

制服を着ているときにカレーうどんを頼む奴はそれこそ勇者扱いされる事もあるとかないとか。

 

 

「歌野の手打ちには及ばんがそれでも安定して旨いな。安いし、今度違うのも頼んでみるか。」

「ずぞぞぞぞぞぞぞ…………」

「樹良く食うね」

「ずぞぞぞぞぞぞぞ……ずぞっ」

「肺活量凄いね」

 

最後の晩餐と言わんばかりに3杯目のうどんを食べる樹。

その小さい体の小さな胃袋にどうやって納めてるのか気になる紅葉は、樹の目が死んでいることに気付いていない。

 

大盛りの蕎麦1杯を食べる紅葉と3杯目のうどんを食べる樹の食事が終わるのはほぼ同時だった。

 

 

「ぷはぁ……これでもう悔いはありません……」

「だから殺さねえっつーの」

「……えっ?」

「え?」

 

「最後の晩餐ですよね?」

「ただの昼飯ですがね?」

 

「えっ?」

「え?」

 

「もしかして本当にただ昼食に誘っただけなんですか……?」

「俺奢るよって言った気がするんだけどあれは幻聴だったのか……?」

 

 

 

僅かな間を置いて、二人の間抜けなトーンの「えっ?」という声が交差した。

 

 

 

 

 

 

「あの、そのぉ……本当、ごめんなさい。」

「俺ってそんなに恐いのかねぇー。」

「ぅ……恐いというか……恐ろしい、と言うか……ですね……」

「それ意味大体一緒だよ」

「だ、だって変に口調がフランクだし……」

「堅苦しいよりマシじゃん」

「ですよねー!」

 

顔を赤くして空のうどん皿に顔を突っ込む樹。汚いからやめろと直前で挟まれた紅葉の手が邪魔になり、結果手に顔を埋める事になり余計に顔を真っ赤に染める。

 

「むむむむむむ…………」

「―――俺がこんな口調なのは、底抜けに明るいあいつの影響だよ。」

「それって、歌野さんの事ですか?」

「他に誰が居るのさ」

「友奈さん……とか」

「俺と友奈と美森の付き合いは中学からだ」

「あ、そうだったんですか。」

 

 

食後にぼた餅と熱い緑茶でも頼んで、縁側で寛ぐ老人ごっこでもするか……と冗談めかして注文する紅葉。それでようやく微笑を浮かべた樹を見て、頬が緩む。

可愛い娘は笑っているべきだと思いながら、紅葉は偶然樹が買った本の入った袋を見てしまう。

 

 

「それなに。」

「あ、これは……」

「ちょっと見せて?」

「それは駄目です!」

「なんで?」

「……これだけは、駄目なんです。」

「ふぅーん。」

 

あの樹がこれだけ固い意思を見せるとは……となれば仕方ないと諦めるのが普通の人間の思考だが、残念なことに紅葉の頭のネジは留め具の意味を為していない。良心の呵責なんてものはとっくの昔に知的探求心にアクセル全開で轢き殺されている。

 

 

「エロ本でも買ったの?」

「!!!?? 違いますよ!?」

「じゃあ見せられるだろ」

「あう……それとこれとは話が……」

 

尚も渋る樹に、紅葉は今度は自分にはない良心の呵責への攻撃に切り替えた。

 

「さっき怖がられたの結構傷付いてるんだよなぁ」

「うぅ……で、でもぉ……」

「俺を本気で怖がったの、風が知ったら悲しむだろうな。『あの優しい樹が同じ部活の仲間を怖がるなんて……!』とか言いそうじゃないか?」

「確かに言いそうですけど……うう……」

「流石の俺でも泣きそうだったよ……」

 

よよよ……とわざとらしく泣き真似をする紅葉に一瞬苛立つも、確かに過剰に怖がった自分も悪い。そう結論付けて、仕方なく、本当に仕方がないと言った雰囲気を出しつつ重い手付きで本を取り出す。

 

「絶対に誰にも言わないって約束してください、お姉ちゃんには特に。」

「信じろっての。嘘は良くついたことあるけど、約束を違えた事はない。」

 

 

その言葉にあ、なんか逆に信用できる。と混乱の波がぶり返している樹は、惜しみながらも数冊の本を手渡した。

渡されたのは発声練習や歌の上達と言った、分かりやすく『夢は歌手です』な内容の本だった。

 

「ははーん……そういう事ね。」

「……おかしいですか?」

「別に?良いじゃん、夢があるって」

 

その言葉にポカンと樹は口を開ける。

 

馬鹿にされるかと思ったし、どうせ叶えられるわけが無いと言われるのだと思っていた。

もっと現実を見ろ、そう言われると思ったのだ。

 

 

「なんだか……意外、です。」

「もしかして俺に馬鹿にされるんだと思った?」

 

コクりと頷く。

 

 

「しないよ、するわけない。()()()()()()が持つやつの夢を笑うなんて、そんな権利は無いでしょ。」

「…………ぁぅ」

 

それが本心だと樹が即座に理解したのは、紅葉の表情が歌野に向けるのと同じモノだったからだ。

 

「夢っていうのは、時々切なくなるが、時々凄く熱くなれるもの……らしい。」

「へぇ、なんか良いですね、その言葉。」

 

「まあどっかで聞いた言葉だから受け売りになるがね」

 

「格好つかないですね……」

 

 

ふふふ、ははは。と笑い声が重なる。

ようやく持ってこられたぼた餅を食べ、熱い緑茶で口の中を洗うようにして勘定を終わらせ、店先で樹と別れる。

 

 

「今日はありがとうございました!」

「いーよいーよ。俺の恐いイメージも払拭出来たし、女の子との秘密の共有も出来た。」

 

にぃっとからかうように笑う紅葉に、顔を赤くしつつ背ける。

 

「……そう言うところは嫌いです。」

「ふーん。ま、俺も、年下って嫌いなんだけどね」

「え?」

 

最早樹の中で『え?』という言葉は流行語大賞と化していた。

 

 

「俺実は小学生とか幼稚園児とか、それこそ樹みたいな後輩って嫌悪の対象だったんだよ。」

「えぇ……」

 

樹も初めてだろう、『お前マジで無理』と遠回しに言われるのは。

 

「でも何でかお前は平気だったから、一対一で話がしたかったわけだ。今日はラッキーだったよ」

 

いえ私はアンラッキーです、と言うのは流石にやめた。

 

 

「それじゃあ、私はこれで。」

「おう、送っていこうか?」

「大丈夫です!」

「…………そう?」

「はい。」

「そっか。」

 

紅葉も強く反対されたのでしつこくは聞かない。

それをさっきしろと樹は脳内で反対した以上に強く思ったのは、言うまでもない。

 

「じゃあまた明日な、樹。歌手になったらファン1号は俺だからな。」

 

「……もう。」

 

 

相変わらずからかうように笑う紅葉。だが、案外悪くない。樹は胸の暖かさを心地よく思いながら、姉の居る家へと軽やかになった足で向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

樹の後ろ姿が消えるまで見届けたあと、あの言葉の続きを思い出していた。

 

 

なあ、樹。

 

どうしてお前だけは大丈夫なのかって言う理由、やっと分かったよ。

夢の無い俺は、お前の眩しい夢に嫉妬してるんだ。子供への嫌悪感以上に、樹が羨ましくて仕方がないんだ。

 

 

 

 

―――まあ、言わぬが花か。

 

 





次回:『煮干しなアイツがやってくる』
お楽しみに


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六話 三好夏凜は完成型である・前


にぼっしーすき(血文字)



 

 

あれから1ヶ月近く。過ぎ去るのは早いような気もするが、俺の目の前から勇者である5人が消える懐かしい感覚から数拍置いて屋上に向かう。

負け無しの5人は、今回は何と戦ったのだろか。2回目に3体同時戦闘だったこともあり敵も学習するのだろう。

 

最悪の場合残り全員との総力戦になる可能性もある。

 

精霊のバリアや5人での連携があるからといって残心を捨ててはならない。バリアのギミックには穴があるのだから。

 

 

例えば、一般人である俺の攻撃。

ダメージとすらカウントされないのか、一度風に強めにチョップした時は犬神が止めることは無かった。

 

つまり日常生活での些細な怪我は守ってくれない。歌野が錆びた農具で手を切って破傷風なんかになったとしたら、覚のバリアは期待できないので病院に連れていきましょう。と言うことだ。

 

 

 

―――致命傷から守ると言うのは、『死ぬこと』から守るとも言えるのではないだろうか。

 

 

例えば、精霊は究極的な意味で『主を死なせない』とか。

 

 

「……まさかね。」

 

いくら勇者の存在が貴重だからって、生と死の輪から子供の魂を外して拘束するなんて事は人間がやっちゃいけないことだ。

いや大赦ならやりそうだけどさ。子供に戦うことを強要してる時点であいつらに道徳論理なんてねーもんな。

 

 

ほんの少し気を楽にして手慣れた動きで屋上に到着する。

毎回毎回誰かが欠けているのかもなんて考えていたら今以上に頭がおかしくなっちまうからな。

 

 

「お疲れさーん」

「―――つまりあんたらはもう用済みって事!」

 

「―――あ?」

「………ん?」

 

歌野、友奈に東郷、犬吠埼姉妹。5人揃っているのはいいが、なんか居た。

灰がかった髪をツインテールにした、気の強そう……というか絶対強いであろうチンチクリン。

 

「いや誰だよ?」

「それはこっちの台詞よ!あんた誰よ!?」

「……あー、うん、なるほど。」

 

これ絶対暫く面倒くさい事になるわ。

 

 

 

 

 

 

で、風経由で知ってはいたが昨日の今日に編入してくるとかお前行動力凄いな?

俺達は現在部室に全員で集まり、三好夏凜こと自称完成型勇者を6人で囲んでいた

 

「なんで尋問されてるみたいになってんのよ!」

「だって怪しいんだもん」

「アンタからしたら突然あたしや歌野たちに暴言吐いてた奴だものね……」

「別に私は気にしてないわよ?」

「私もだけど……流石にチンチクリンは……」

 

「……確かに言い過ぎたわよ。」

 

あ、謝れるんだ。

ちょっとプライドが高いってだけなのかね、多分友奈辺りを使えば簡単に堕ちるな。

 

席を正し、黒板を背に立つ夏凜を静聴するように座る。

 

「転入生のふりをするのは面倒だったけど、この私が来たからにはもう安心ね。勝ったも同然だわ。」

「うわーすげえ自信」

「自信が有るのは良いことですが、どうして最初から参戦してくれなかったのですか?」

 

「良い質問ね。私としてはあんた達に出番なんてくれてやるのも嫌だったけど、大赦が万全を期す為にあんた達の戦闘データを使って私の端末を改良し続けたのよ」

「で、とうとう完成したから昨日来た、と。」

 

ええそうよ、と言う夏凜は近くの箒を軽く振り回して俺に向けてくる。

が、ガツンと黒板に先端をぶつけた。

 

「だっさ」

「うっさい!……というか」

「なんすか」

「あんた、勇者でもなんでもないのになんでここに居るのよ。勇者部ってのは勇者を集めて監視する部なんでしょ?」

「それは前までの勇者部よ、あたしが許可したの。」

「だって俺が居ないとやだって風が駄々こねるから……」

「こねとらんわ!!」

「お姉ちゃん落ち着いて!」

 

顔を真っ赤にして俺の背中をどつく風とそんな姉をどうどう……と落ち着かせる樹。やっぱこう言うのの耐性は無いのか、発見発見。

 

 

「それはそれとして、これからは夏凜ちゃんも戦ってくれるって事なんだよね!」

「いきなり名前呼び!?」

「嫌だった?」

「……好きに呼べば良いでしょ」

 

「やった!夏凜ちゃん、ようこそ勇者部へ!」

「は?なんで?」

「え?紅葉くんが夏凜ちゃんの入部なら決まってるって……」

「どういうことよ?」

 

「フフフ、残念ながらお前はもう勇者部の一員なのだよ。」

 

そう言いながら一枚の紙を見せる。

それは自分の名前や生年月日を記入された、『夏凜の手書きの』入部届けだった。

 

「なっ―――!?それいつの間に!?」

「さぁ、なんででしょうねぇ……」

 

トリックは簡単、教師に頼んで編入手続きの時についでに書かせるよう頼んだだけだ。

どうせ編入関連のあれこれが面倒で録に内容の確認もしてなかったのだろう、なんの疑いも迷いもない文字がそれを物語っている。

こいつチョロいな?

 

どうやって言うこと聞かせたかについては聞かない方が良い。

 

「紅葉ってば中々やるじゃないの」

「これはとてつもないサプライズね…」

「…………いや、詐欺では?」

「気が強い娘なら多少強引な方が良いのよ、樹ちゃん。」

 

四者四様の意見が飛び交い、夏凜は絶句し、友奈は着いていけず目を丸くしている。

悲しいかな夏凜、ここに俺の行動を咎めるようなお前の味方は居ない。

 

 

「クソッ、禄でもないわねこいつら!」

「それって私も?」

「いや、あんたは単なる馬鹿っぽいし別よ」

「……あれ、誉められてる?」

「……なんか何もしてないのに疲れるわね……」

 

戦う前から心身が疲れたのか肩で息をする夏凜。今まではツッコミ役は風だったからな、これからは二人で頑張ってくれ。

 

「でも入部したってことにすればここにも来やすいし、バッドなことだらけじゃないと思うの。」

 

「ま、そうね。監視もしやすくなるし。」

「監視……ですか。」

「夏凜ってば自信満々なのネ」

「ふんっ、偶然選ばれただけの素人に――「夏凜、かりーん」

 

「……なに?」

 

台詞を遮った俺にちょっと苛立った顔で返事をする夏凜。あっち、と指を向けた先を辿ると、そこでは我らが飛び回る唯我独尊こと牛鬼が夏凜の精霊らしい義輝(よしてる)を齧っていた。

 

あ、顔の半分が口の中に入った。

 

 

「ギャーーー!!?」

 

流石完成型と言わざるを得ない素早い動きで義輝を牛鬼から引き剥がすと泣いてる義輝を抱え、大急ぎで距離をとった。

 

「何してくれてんのよクサレ畜生!!」

『外道メ……!』

 

それ喋るんだ。

 

「畜生でも外道でもないよ、牛鬼だよ!ちょっと食いしん坊さんなんだよね~?」

 

友奈が手渡した何時ものジャーキーを共食いする牛鬼。

いや厳密には牛じゃないし共食いではないのか。

 

「そいつ仕舞いなさいよ!」

「それが何でか戻ってくれなくて…」

「勝手に出て来て勝手に帰るんだよ。あと俺の頭の上に乗るのが好きらしい。」

「止まり木か何か?」

 

俺の声に反応して、ふよふよ浮いてた牛鬼が俺の頭に着陸する。あと夏凜、それは言わないでくれ。自覚してるから。

 

「でも俺の頭に乗ってる内は寝てて、そのあとふらっと友奈のスマホに戻るから、その間は出しておけるぞ。良かったな義輝。」

『外道メ!』

「あん?俺のどこが外道なんだよ」

「入部届けの件を見てまだそれ言える?」

「でもこうでもしなきゃお前適当に理由付けては単独行動しただろ。しそうなの分かるぞ」

「ぐっ」

 

その辺の言い分は分かるらしく言葉を詰まらせる夏凜。場の空気に敏感な友奈が、慌てたようにフォローを入れた。

 

「それにしても、義輝って喋れるなんて凄いよね!」

「――!そうよ、完成型勇者に相応しい最強の精霊なんだから!」

「でも確か、東郷先輩には3体の精霊が居ましたよ。でしたよね?」

「ええ。刑部狸(ぎょうぶだぬき)青坊主(あおぼうず)不知火(しらぬい)と言います、数的有利ですね。」

 

「―――――。」

 

樹に言われ美森がスマホを弄ると、花びらのエフェクトと共に3体のゆるキャラが飛び出す。分かりやすく言うと、服を着た狸と卵と青い炎。

 

「止め刺すなよ美森」

「……友奈ちゃんをチンチクリン扱いしたこと、まだちょっと怒ってますから。」

「もう。東郷さんったら……」

「東郷ってやっぱ恐い。」

 

 

風はトラウマ刺激されてないで止めなさいな。

 

窓際に移動した俺は、樹の出した木霊に霧吹きで水を浴びせる。

加えて光を浴びることで光合成をしていた。まあ、こうやって精霊との意思疏通を図ることで仲良くなることは悪いことじゃないよね。

 

「俺に幸運分けてくれねーかなぁ」

「紅葉さん、木霊はケセランパサランじゃないですよ。」

白粉(おしろい)まぶして白くしたらイケそうじゃない?」

 

「イケませんしやめてくださいね?」

「しないよ。」

 

誤魔化すようにグリグリと樹の頭を撫で回す。頬を朱に染めつつもされるがままの樹は、いつの間にか俺のことを先輩じゃなくさん付けで呼ぶようになっていた。なつかれるのは良いのだが風の目線が時折痛いのが難点だ。

 

 

友奈と東郷と風に囲まれてあーでもないこーでもないと言い合っている夏凜からは、不快と言った気配は感じられない。友奈パワーで柔らかくされている辺り、さしずめ友奈には酢豚のパイナップル的な力があるのだろう。

あれ漬け込むとかしないと効果無いけど。

 

なんてことを考えていると、覚を膝に置いて撫でながらぼーっとしている歌野に気付く。

 

「歌野、どうした?」

「―――ワッツ?」

「お前最近一歩引いてるよな」

「……大丈夫よ。」

「あ、そう。」

 

こう言うときのこいつの意思はテコでも動かない。どこか遠い目をした歌野に不安感を覚えるが、こんな事態では『幼馴染』という立場は逆に邪魔になってしまう。

 

さて、なんか変な選択でもしたか……良く樹に構うようになったからって嫉妬するほど短気でもないし、勇者になってからの事なら勇者に関しての事か。

 

 

 

 

んーなんか、なんか……なんかねぇ……

 

「あ。」

「紅葉さん?」

「いや、大丈夫大丈夫。」

 

ああ、そういやそうだった。

 

 

 

 

 

―――勇者とバーテックスの一件の所為で食わせる予定だった鍋作ってやれてないじゃん

 

俺は次の休みに鍋を作ってやる決意をして、歌野の頭もついでに撫で回してやるのだった。

 





書く方も読む方も長いと疲れるので4000文字以内を意識しています。


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七話 三好夏凜は完成型である・中


にぼっしーには早い段階で色々決断を迫らねばなりません。


 

 

本日は快晴で、イラッとするほどの陽射しが体を煮沸消毒でもするかのようにこの身を焼いてくる。これちょっと暑すぎない?

木霊みたいな光合成出来る訳もない体でこれは少々キツい。今度帽子でも買うか。牛鬼の事じゃないぞ。

 

「あれ、にぼっしー」

「……う、げぇ……」

 

陽射しに耐えながら歩みを進めていると、見覚えのある自称完成型勇者の後ろ姿を発見する。

心底嫌ですって感じの声を出しながら振り返る少女、三好夏凜。俺からのアダ名呼びがそれはもう嬉しいらしい。

 

「奇遇じゃなーい、にぼしも買い物?」

「そのアダ名どうにかなんない訳?」

「えー可愛いじゃん、にぼ――おっぐぅ……」

 

 

極普通に腹パンされた。こいつ風でもやらないような事を平然として来やがったぞ。

俺じゃなかったら傷害罪ですよ傷害罪。

 

 

「また呼んだらもっかい()るからね」

「照れ隠しかよ。可愛い奴め……」

 

義輝が牛鬼に食われたり夏凜が友奈に柔らかくされたりの一件から後日、あれから色々と情報共有を行った俺達は、子供達との折り紙教室や十八番の勇者と魔王の劇を開く事になったのだが、子供嫌いの俺は当然サボることを決意していた。

あと俺折り紙苦手なのよ。

 

加えて歌野に美味しい鍋を作る約束をすっぽかしていた事を思い出して買い物に来ていたのだが、なんでか参加することになっていた筈の夏凜ことにぼっし(命名:風)ーと鉢合わせしたのでした。と

 

 

「ぐぬ……で、夏凜はなんであいつらと折り紙教室開いてないのさ。お前もサボりか?」

「うっ、うるさいわね……」

 

あらら、キレも覇気もない。

もしかして現地集合なの忘れて部室に行ったら誰もいなくて疎外感とかで虚しくなったのかな?

 

 

ああじゃあちょうど良いか。

 

「ふーーーん。」

「……なによ。」

「夏凜さ、俺とちょっとデートしない?」

「―――――はぁあ!!?」

 

 

 

 

 

 

俺に手を引かれて歩く夏凜は、上の空で心ここにあらずな顔をしていた。

 

「デートっつっても俺の買い物に付き合ってほしいだけだからね?」

「……じゃあなんであんなややこしい言い方したの。」

「面白い反応してくれそうだ――「ふん!!」

 

思いっきり足を踏まれた。この野郎ことごとく急所を狙いよる……

 

 

「全く。しかも目当てのスーパーなんてすぐそこじゃない、どうしてわざわざ遠回りしてるのよ。」

「いってぇ……あー、人の目があるからだ。」

「っ……私の慌てる様子でも見たかったわけ?」

「――――夏凜」

「ふえ?」

 

腰に手を回し、軽く引き寄せる。情けない声を出してポカンとした後、一瞬遅れて爆発したように顔を赤くする。

すかさず耳元に顔を伸ばすと、何かを期待するかのようにギュッと瞼を閉じる夏凜に囁いた。

 

 

期待させて悪いな……じゃなくて。

 

 

「振り返るなよ、尾行されてる。」

 

 

「はい?」

 

俺がデートがどうのと言ったのはこのため。

ああでもして有無を言わさず連れていかないと、夏凜に離れられかねなかったからだ。

 

「家を出たときから視線を感じたから、わざと人目のある所を歩き回ってたんだよ。お前が離れたら俺死んでたと思うぞ。」

「ちょ、ちょっと待ちなさい、頭が追い付かない。」

「急に触って悪かった。歩きながら説明するから来なさいな。」

 

夏凜から離れ手を取り歩く。慌てて着いてきた夏凜を見るついでに横目で背後を睨む。

離れた位置にいるスーツの男が顔を隠すように俯き、歩きスマホをしているように見えて恐らく俺を撮影している筈だ。やだなぁ自惚れで済めば良いけど。

 

「大赦は呆れるくらいの秘匿主義の集まりだからな、俺が何時どこで話を漏らしたりしないか気が気でならないんだろうさ。」

「まさか……だからって大赦がそんな事するわけ……」

 

「するんだなぁ、これが。秘匿主義であり神樹絶対主義のあいつらに道徳論理なんか求めちゃ駄目だぜ」

 

 

 

 

―――何せ勇者の名前を世間体の為に消す奴だぞ。あいつはただ愛されたかっただけなのにさ、ねぇ、■■ちゃん。

 

 

 

 

「……ん?」

「紅葉、ちょっとどうしたの」

 

一瞬意識が飛んでいた。肩を揺すられることでハッとして目覚める。

 

今俺は何を考えていた……?

 

「まあいいや。」

「いや良くない。というか、私にそんなこと話していいの?私は大赦側の人間なのよ?」

「うん。で?」

 

「……私が実はあんたを暗殺するために送られた人間なんじゃ、とか少しは考えないわけね、あんたは。」

 

ああそう言う事ね。

怪しむ夏凜に少し溜めてから返す。

 

「俺を殺すって言う殺意を持った人間が勇者に変身できるもんなのか?勇者の条件は無垢であること、なんだろ?」

「―――――それもそうね。」

 

 

盲点だったのか、頬を染めて顔を背けた。うーん弄りやすくて面白いなあにぼっしーちゃんは。

だがそれと同時に唯一普通に手を出してくるから、からかうのは諸刃の剣となっている。

 

スーパーまであと10分も掛からない辺りまで歩き、夏凜に質問する。

 

「そう言えば、夏凜ってこっちには一人できたのか?家族はどうしてんの。」

「あんた結構ぐいぐい来るわね、ええそう。一人よ。」

「兄弟とか居ないの?」

「兄貴がいて大赦で働いてるわ。」

「はーん。じゃあ勇者にはコネでなったとか?」

「――違う。こればかりは私が努力で勝ち取ったの。」

「……ふぅん。」

 

大赦に兄がいて、勇者になれたのは努力したから。ねぇ

……夏凜が兄って言えるくらいは若かったよな、あの時の大赦仮面。

 

いや、深くは考えないでおこう。

 

「それじゃまあ、パパっと買い物済ませて帰るか。」

「で、アタシはあんたのことを家まで送ってやれば良いわけ?」

「ここは『私の部屋に来る?』ってパターンだぞにぼっしー」

「次それを言うときは死ぬ覚悟しときなさい。」

 

にぼっしーこわーい。

 

 

 

 

って考えてたら無言でビンタされた。

 

 

 

 

 

 

「……結局上げちゃったわ」

「お邪魔しまー。」

 

俺の家から走ってそこまで時間が掛からない場所のアパートの一室、夏凜は大赦の支援で部屋を借りているらしい。

家賃とか光熱費払わなくて良いとか贅沢な奴め。

 

買った材料を水しか入ってない貧相にも程がある冷蔵庫を借りて全てぶちこみ、案内されたソファーに体重を預ける。

 

 

「っ―――はぁー。」

 

緊張が解れる。どうやら思っていた以上に俺は夏凜を信用しているようで、どうにも夏凜を警戒できない。

 

このまま刺されでもしたら抵抗すら出来ないだろう。何せ戦闘訓練を日頃から積んでいる勇者部で最強の人間だ、男だからと言って挑んだとして、手も足も出ないと思う。

 

 

そもそもその辺の一軒家よりデカイらしいバーテックスを相手取れる奴だぞ、勝てるわけないでしょうが。

 

 

「ん。」

「サンキュー」

 

500mlの水のペットボトルをコップに入れる事無く手渡すとか男らしいっすね。

 

スマホで時間を見ると折り紙教室はとっくに終わっているであろう時間となっていた。というか普通に晩飯の時間帯だ。

 

「あんた晩御飯どうするの」

「作りおきがあるから気にしなくて良いよ。夏凜こそ普段何食ってんのさ、俺気になるなぁ。」

「……弁当と煮干しとサプリで十分よ。」

 

枯れてんなあ。

せめて米炊く位はしようよ。

 

「まあ待ちたまえ夏凜くん。」

「……またなんか変なことするつもり?」

「違うわい。さっきなんのために多めに材料買ったと思ってんのさ、フライパンとか貸してくれたらおかず作ったげよう。」

「あんた料理出来るんだ……」

「失礼だなぁ、毎日歌野の分まで作ってるのは俺だし、あいつの野菜漬け物にしてるのも俺なんだぜ?」

「へぇ……」

 

 

ん?毎日歌野の分まで?という声を無視して台所に向かう。さーてなに作ろ、()()()()()()()()()()()()()()しないといかんから時間が必要な奴……少ない挽き肉を豆腐で嵩増ししたハンバーグにしようか。

 

さーて、また俺は女の胃袋を掴まなきゃいけなくなるのか……

やっぱり逆だと思うんだけどどうよ。

 

 

「夏凜ってなんかアレルギーあるー?」

「無いわ。」

「じゃ、弁当用意して待ってなさい。あと今度からせめて米炊けよこのスットコドッコイ。」

「んな―――!」

 

正論で黙らせ、集中する。皆頼むからなるべく早めに来てくれーーーーー!

 

 

 

 

 

「へーいお待ち。」

「おお……意外ね、紅葉ってほんとに料理出来たんだ。」

「疑ってたのか……じゃ、食っていいぞ。」

 

豆腐ハンバーグと簡単に作った卵サラダを夏凜の前に置いて反対に座る。

 

「……頂きます。」

 

 

ほんと、悪い子ではないんだよな。

多分頼れる相手や心を許せる相手がここで友奈たちに会うまで居なかったんだろう。

家族関連の話題で顔を曇らせた辺り、夏凜のお兄ちゃんとやらは相当な『出来る子』なようだ。その分夏凜に向けられるであろう親の無条件の期待や重圧は、さぞかし重かっただろう。

 

「……む――――!!」

 

ハンバーグを一口食べた夏凜は、間を置かずに二口、三口とハンバーグを口に運ぶ。

()せるよ?

 

口休めに卵サラダにも箸を向ける夏凜は、無言でハンバーグと交互に食べ進めながら―――――ボロボロと涙を流し出した。

 

 

「えっ―――ちょっ、夏凜?」

 

流石に焦るわこれ。

ハンカチを出して夏凜に差し出すと、ようやく夏凜は自分が泣いてることに気づいたらしい。

 

「え……あれ、なんで……?」

「それは俺が聞きたいのですがね、どうしたよ。」

「わかんない……わかんない、けど……なんか、あんたの料理が、懐かしくて。」

 

俺のハンカチで顔を拭うと、目尻を擦る夏凜は水を飲んで再度食べ進める。

 

 

「夏凜のお兄ちゃんが昔作ってくれたのかねぇ」

「……どうだったかしら、多分そうかも。」

 

 

暫くして食べ終わった夏凜は、皿を流しに持って行き、戻ってくると顔を赤くしてモジモジと体を動かす。

 

「…………ったわ」

 

「はいぃ?」

 

小さくて聞こえんわ。

 

「~~~~! 美味しかった!ありがとう!!」

「―――それは良かった。」

 

 

……やっぱいいね、作った飯でそう言われるの。

夏凜に『出来のいいお兄ちゃんの妹』を押し付けた親には恐らく見せないであろう顔を見られるってのは役得だよね。

 

 

とか考えていたら、ピンポーンとインターホンの音が室内に反響した。

 

「俺が出るから、顔洗ったら?目元赤いよ。」

「うっ……じゃあ頼むわ。セールスとかなら追い返して。」

 

 

そそくさと洗面台に向かった夏凜を見送って、俺は口を緩ませる。

 

さて、作戦スタートだ……

 





チョロインのにぼっしーは可愛いですね(ボンオドリ卿)


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八話 三好夏凜は完成型である・後


いかん、段々歌野より夏凜の方がヒロインらしくなってきた



 

「……紅葉、誰だったの?」

 

タオルで顔を拭きながら戻ってきた夏凜は俺にそう聞いてくる。

そして、ピタリと動きを止めた。周り見れてないけどもしかして気配とかわかっちゃう人ですかこいつ。

 

 

「―――誰」

 

タオルから手を離して左手に端末、右手に壁に立て掛けた木刀を素早く握る夏凜。

 

「あわわわわわっ、私だよ夏凜ちゃん!」

「友奈……!?」

 

顔をタオルで遮っていた事で僅かにずれたピントを目元を揉んで戻すと、そこには俺を除いて友奈を筆頭に美森、風と樹、歌野がソファーに座っていた。事後報告になるけど、上げちゃった。

 

 

「……なんで居るのよ」

 

少しだけ冷めたような顔をする。まあ驚くよね、俺も昔トイレから戻ったら歌野が居たとき心臓止まるかと思ったもん。

 

「お前、今日何の日か自覚してなかったのか。」

「ちょーっと鈍感なんじゃない?」

 

俺と風が煽ると、ムッとした顔で、それでも何かを思い出そうとする。

 

「……あー……んー……えー…………」

 

「もういいもういい。」

 

ダメだこいつ鈍すぎる。

 

 

「……さて、諸君。」

 

俺が指を弾くと、それを合図に俺と夏凜以外が全員パーティーに使われる三角帽子を被る。全員が勇者のときのモチーフカラーを被り、友奈が夏凜に赤いのを被せた。

 

俺は当然白。清純なので。

 

 

テーブルの下に隠した飲み物やお菓子を歌野が引っ張りだし、樹と風が全員分をテーブルに広げる。そして友奈が白い箱を膝に乗せると、パカッと開ける。

 

中にはホールケーキが入っていて、チョコのプレートに『お誕生日おめでとう』と書かれていた。

 

 

『三好夏凜さん、誕生日おめでとう!』

 

 

ちょいと恥ずかしいが俺も一緒に言う。誕生日のお祝いなんて何時ぶりだったかな、夏凜も驚いて口を開けて黙っている。

 

「紅葉と友奈が、入部届けの生年月日見て誕生日が今日なのに気付いたのよネ。」

 

「子供達とのレクリエーションの時に祝おうって決めたんだけど、夏凜ったら来ないんだから。」

 

「だから、サボってた紅葉さんに頼んで上手いこと家に居てもらっていたんです。」

 

「紅葉くんがやたらと自信ありげに任せろと言ってきたときは不安でしたけどね。」

 

 

さりげなくボロクソに文句を言われた。

いやぁ信頼が厚いぜ。

 

というか夏凜が面食らったまま動かないんだけど。バグった?叩けば直るか?

 

 

「友奈、やっておしまい。」

 

「了解! 夏凜ちゃん?おーい、夏凜ちゃ~ん?」

 

「――っ……」

 

友奈に額をつつかれようやく再起動した夏凜は、何かを言おうとしては口を閉じ、口を開いては閉じる。それを数回繰り返したかと思ったら―――

 

 

「ぅ……ばかぁ……あほぉ……ぼけぇ……」

「なっ、なにおう!?」

 

力無く罵倒の限りを尽くした。

風は真に受けるんじゃないよ。

 

 

「誕生日なんてやったことないから……なんて言ったらいいかわかんないのよ……!」

 

 

あっすいませんさらっと重いこと言わないでくれませんか。

 

 

「―――誕生日おめでとう、夏凜ちゃん。」

「…………うん。」

「そこは『ありがとう』で良いんだぜ、夏凜」

 

「――――ありがとう。」

 

 

 

それからはケーキを切り分けたり集合写真を撮ってNARUKO経由で画像送ったりと色々やったのだが、全部の説明をすると長くなるので割愛。あと風はたかが炭酸で場酔いするんじゃないよ全く。

 

その後は事情を説明して大型のタクシーを呼び、歌野に友奈と美森と風と樹の5人を押し込んでから代表で歌野と美森にお札を数枚握らせ帰らせた。夜も遅いし、金を出すのは想定内だ。

返して貰わなくても別にいいしね。

 

こんなに渡されてもと渋る美森を無視して運ちゃんに出してもらう。

……財布から勢い良く抜いたから一万円とか出しちゃったかも。

 

 

 

「(まいっか。)じゃー明日なー。」

 

俺はそう言って夏凜の部屋に戻り、ゴミ捨てを手伝った。

 

 

 

 

 

「さて……そろそろ俺も帰らないとなぁ。もっと居たいんだけどさ、流石にこれ以上遅くなっちまうと補導されるからね。」

「またあんたはそんなこと言うんだから……」

 

玄関まで見送りに来た夏凜は、まだ誕生日パーティーの興奮が冷めていないのか頬が緩い。

 

「今日、どうだった?」

「―――まあまあね。」

「ふーん?」

「なによ。」

「顔には『超楽しかった』って書いてあるけど?」

 

その緩んだ頬じゃ説得力に欠けるよ~にぼっしー?

 

「……うるさい」

「ハッハッハ。」

 

夏凜の頭をぐりんぐりんと回すように撫で、扉を開ける。

 

 

「またな。」

 

「ええ。」

 

小さく手を振る夏凜を背に廊下に出て階段を降り、夜と言うことですっかり冷えた空気を浴びながら道路へ出る。

……って、やば。夏凜の部屋の冷蔵庫に料理の材料入れっぱなしじゃん。

振り返って部屋に戻ろうとすると、どこか聞き覚えのある声で名前を呼ばれた。

 

 

「先人紅葉」

「またですか。」

 

めっちゃ嫌だけど、仕方なくまた振り返る。街灯の電球が切れていて真っ暗になっている所からぬっと大赦仮面が現れた。

顔には出してないけど正直めっちゃビビった、妖怪か。

 

 

「朝は災難だったようで」

「……全くだよ、どうにかならんのかよアレ」

「独断での決行らしく中々尻尾が掴めないのです」

 

こいつと朝のアレは無関係らしい。だからって『はいそうですか』とはならないんだが。

 

「なんか策が出来たから俺に会いに来たって事で良いんだよな?」

「はい。」

 

男がそう言うや否や、懐から折り畳みのポケットナイフを取り出して俺に向けてきた。

刃渡りは小さいが、それでも凶器は凶器である。

 

「―――ははーん、そう来る。」

「君には入院してもらいます、退院までの時間を使って私が過激派を全員黙らせますので。ああ、抵抗して場所が逸れたら死にますよ。」

「あわよくば、とか思ってねえよなお前」

「まさか、貴方に死なれては困る。」

 

「勇者の精神状態が悪くなったら変身できないもんな。」

 

大赦からしたら俺の価値なんてそんなものさ、生きていられると困るけど死なれても困るときたもんだ。自分で考えても面倒だなって思うよ、うん。

 

……何処まで言っても大赦の人間は大赦の人間だな。大赦の連中とこいつは考えが違うのだろうが、ただそれだけ。俺に居られるのは邪魔って意見では同じみたいだし。

お役目が終わる頃が俺の寿命なんだろうよ、わかりやすくて良いね。

 

まあこんな若さで死ぬつもりは無いけど。

両親に顔向け出来ない処かプロレス技食らうわ。

 

 

「―――ふぅ、よし、覚悟は出来た。スリーカウントでサクッと来い。

 

行くぞ……いち「3」いいいいいいいいいい―――」

 

 

噛み合わねえ―――――!!

男は俺の『1』と同時に『3』とか言いながら一歩で距離を詰めて腹に得物を突き刺してきた。

ぐじゅっ、とトマトに包丁を突き刺した時のような感触をトマト側で味わい、数瞬置いてナイフの刺さった部分が火で炙られているかのように熱を持つ。

 

 

ぶっちゃけ熱いなんてモノじゃない。

 

燃やされているようだ。

 

 

「う、お―――流石にっ……刺されたことは……ないっての……!」

「それ以外はあるんですか。さて、私が消えたら三好夏凜の方へ這いずって行きなさい。見つけてもらって通報されれば、次に目が覚めたら病院のベッドの上でしょう。」

「簡単に言ってくれるぜ……」

 

 

ズボッとナイフを引っこ抜かれる。うわこいつ捻りながら抜きやがった。

傷口が拡がった事で、手で押さえた裏から赤黒く熱い液体が漏れて垂れて地面に落ちた。やっぱこいつ運悪く死ねって絶対思ってる。

 

だがここで、お互いに想定外の事が発生した。

 

 

「紅葉?」

 

わざわざ道路に出ないと見えない位置に居る俺を、夏凜が見つけたのだ。

流石の大赦仮面もこれに動揺する。

 

「大赦の職員……?ねえ、紅葉がどうかし…た―――」

 

夏凜は見てしまう。夏凜から見た大赦の職員が、赤く濡れたナイフをハンカチで拭いて懐に仕舞うところを。

 

そして遅れて痛みと血が出ていった事で膝を突いた俺と目の前の事実を頭で理解して、怒り一色の顔で吠える。

 

 

「お前――――ッ!!」

 

ポケットから出したスマホを左手に持ち画面を見ずに何かをタップする。

夜だからか抑えられた光と花びらが夏凜を包み、払われるのを待たず赤い衣服に姿を変えた夏凜が、鍔の無い刀を片手にその中から突っ込んでくる。

峰を相手に向けて横に一閃、しかし予期していたのか、バックステップで男はそれを避けた。

 

即座にただ者ではないと見抜き、スマホを虚空に消し両手に一本ずつ刀を持つ。

 

右半身を後ろに、左を前に出して構えた時、夏凜は怒りに満ちた顔を、目に見えてゾッとした様子で青くした。

百面相だなぁ。と、気絶しかけてる頭はそれだけ混濁しているのか場の雰囲気を無視してアホらしい事を考えている。

 

意を決して、それでも震えた声で、夏凜は呟く。

 

 

 

「――――――兄貴?」

「―――。」

 

 

何か言い返す訳でもなく、男はそのまま暗闇に姿を消した。

追おうとするも、夏凜は慌てて踵を返すと俺に駆け寄る。足に力が入らなくなり、倒れそうになった俺を地面に激突する前に受け止めてくれた。

 

何度も言うけどこれ普通立場逆じゃない?

……血が抜けてテンションが上がってるな、そろそろ走馬灯とか見えそう。

 

 

「酷い……紅葉!紅葉!!しっかりしなさい!」

「あー、生きてます生きてます。でもそろそろ死にそう」

「馬鹿言わないで、すぐ病院に連れてくから!」

 

夏凜は俺を抱き上げると、常人とは考えられない身体能力で家の屋根に跳躍し、屋根から屋根へと飛び回る。救急車呼ぶより早く病院に着くな、これが勇者の力かぁ

 

 

 

 

「なっ……―――!――じ、もみ―!!」

 

頭がボーッとして来た。水に沈んだかのように、ふわふわとした感覚は、一転して泥がまとわり付いているみたいに何処か暗い所へ重く、苦しく沈んで行く。

 

 

 

 

あー、なるほど、これが―――

 

 

 

 

 

―――死か。

 

 

 

 

 

ブツンとテレビの電源を落としたかのように、俺の意識は途切れた。

 

 





次回:紅葉死す


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九話 三好夏凜は勇者になる


ちなみに主人公をよくある『勇者と一緒に戦える男主人公』にしなかったのは、戦いが始まったことも何があったかも認識できないキャラ視点で書けば戦闘シーンを書かなくて済むからです。

楽したいんです許してください、必ずや完結させますから。


 

 

静かな病室で、機材の電子音と呼吸器で籠った呼吸の音が規則的に鳴っている。

死んだように眠っている紅葉をじっと見ている暗い顔の夏凜と、無理に笑顔を崩さないようにして口角が歪んでいる歌野が、勇者部メンバーから代表で、紅葉の見舞いに来ていた。

 

 

「―――ごめん」

 

重々しい雰囲気の中で、それを破って夏凜が歌野へ謝罪を述べる。

 

「どうして?」

「私の家の近くでの出来事だったから。なんとなく嫌な予感がして確認しに行ったら、こうなった。もっと早くに向かうべきだった……せめて途中まで送るべきだった。勇者として民間人を守るのは当然の事なのに、そうすればこんなことには―――」

 

「夏凜」

 

横に座る夏凜を、歌野は静かに優しく、妹に接するように抱擁する。

 

 

「『もし』『たら』『れば』なんて、何の意味もないわ。後悔は先に立ってくれないの。貴女は紅葉を病院に連れていって、そして命に別状は無かった。今はそれを喜びましょう?」

「…………うん」

 

 

夏凜は、本当にごめんと頭の中で反芻する。

何故なら勇者部の皆には、『紅葉が刺されて倒れていた』としか伝えていないからだ。

 

街灯が切れているのを利用した通り魔にやられたのだろうと説明し、夏凜はゴミを捨てに降りたら物音がして、見に行ったら紅葉を発見したのだと嘘をついた。

 

 

いや、紅葉と同等に勘の鋭い歌野には、既に見抜かれているのかもしれない。尤も、本当の事なんて伝えられるわけも無かった。

 

『自分の兄貴かもしれない大赦の職員が紅葉を刺して消えた』だ等と、誰が言えるものか。

 

 

「貴女のそんな悲しい顔なんて見たらそれこそ卒倒しちゃうわよ、紅葉、結構貴女のこと好きみたいだから。」

 

ツインテールに結ぶ余裕すら無いストレートに下ろした夏凜の髪をとかすように撫で、涙の痕が残っている頬を指でなぞり、続ける。

それは、夏凜の悩みが塵芥に消し飛ぶ勢いを持っていた。

 

 

「紅葉ってね、仲の良い人は私以外には勇者部の4人しか居なかったのよ。男の子が同性の友達より異性の友達の方が多いって変なのだろうけど、夏凜で5人目。

まさか紅葉がここまで貴女を好きになってくれるとは思わなかったわ。」

 

「――え?」

 

「あら、気付かなかった?この人結構、皆にわかりやすく好意を向けてるのだけど……」

 

「え゛」

 

勢い強めに、それでも突き飛ばすことなく離れ、歌野と紅葉を交互に見る。

刹那、顔を赤くして叫びそうになるも、残った理性が口を押さえた。

 

 

「ぁ―――――!?」

「……ソーリー、そんな驚くとは。でもまあ、紅葉のそれ(好意)って、家族とか友達とか異性に向けるのがごちゃごちゃな、全部ひっくるめてのそれなのだから複雑よね。」

「……なんで分かるのよ」

「付き合いが長いと自然に……ね。」

 

 

嬉しいような悲しいような、複雑に混ざった視線を紅葉に向ける歌野。夏凜は、想像以上に二人の関係が難しい関係だと言う事に気付いた。

ふと気になって、歌野に問う。

 

 

「あんたは、紅葉の事をどう思ってるの?」

 

難しい質問ね。と、歌野は笑う。

 

「強いて言うなら――――同類、かしら。」

 

 

 

 

 

 

 

昔の私が先人紅葉に出会ったのはまだ5歳の頃、大体8年前の話だ。

物心ついた3歳の時から、畑をクワで耕すという行動が魂に刻まれているかのように農具と土が大好きだった私は、親に渡されたオモチャの農具で畑を耕すごっこ遊びに興じていた。

 

それから2年、5歳になった私は本格的にクワを振り、地面を耕し、市販の種を埋め、育てる。

簡単なモノなら一人で育てられる程度には、立派に農家と化していた。

 

そんなときに、隣の家に先人(さきひと)と言う聞きなれない名字の家族が引っ越してきた事を知り、両親と共に挨拶に向かった。

 

 

今と変わらず『農業王』と、つたない手書きで書かれたTシャツに長ズボンと言うファッションセンスの欠片もない(ダサいのは自覚している)格好で。

 

 

幼くも今の面影が残った子供、先人家の一人息子こと紅葉がゲテモノを見るような目で自分を見てきたのは、今でも覚えている。

 

 

「ほら紅葉、お隣さんにご挨拶なさい。」

「えぇ……いや、はい。」

 

渋る紅葉に母親が頭に手を乗せる。

それだけで手のひらを返して私に近付いた紅葉は、嫌々と言った顔を惜し気もなく晒して歌野へと手を伸ばす。

 

「先人紅葉、よろしく。」

「白鳥歌野です。よ、よろしく……」

 

幼稚園には行かず、家で文字や簡単な算数を教わっていた私からすれば、紅葉は初めての同年代の異性だった。寧ろ何故当時の紅葉はこんなにも冷静だったのか、親の遺伝なのだろうか?

 

ぎこちなく紅葉の手を軽く握ると、私は『ん?』と言った紅葉に強めに手を握られた。

 

「ひゃっ!?」

「手ぇ固いな。なんかやってるのかお前」

 

 

親指で私の手のひらをさする紅葉。クワを振ったことで出来て固くなったタコなどで、女の子にしては私の手はかなり頑丈だった筈だ。

 

紅葉はそれが珍しかったのだろう、私の手を触るのを紅葉のお父さんに加減した拳骨を食らうまで続けていた。

 

「いってぇ」

「べたべた触るんじゃない、自分が男なのを自覚しろ馬鹿者。」

「それが息子の扱いかよ……あーいった」

 

歌野の両親と紅葉の母親が談笑する横で、紅葉のお父さんが膝を折って私に目線を合わせる。

 

今の紅葉に似た顔立ちな辺り、紅葉は相当父親に似たのだろう。

 

「歌野君、紅葉はこんなんだ。大きくなったら、君が引っ張ってやって欲しい。」

「え……で、きる、かな……」

「出来るさ。君はきっと紅葉より強くなれる、女の子に言う言葉では無いだろうけどね。」

 

そしてフッと笑って私を見た紅葉のお父さん。あの時の言葉が、今ならよく分かる。

 

 

「親父、俺の横で堂々と言うなよ。」

「ならもう少し異性に優しくなりなさい。」

「やだ、女って怖い。」

 

「……母さんと女の子を一緒にしてはいけない。」

 

「おいよせ俺まで巻き添えになるだろ馬鹿」

 

「―――――。」

 

 

紅葉のお母さんが、言葉にするのも恐ろしいほど物凄い顔をしていたのを私は今も記憶している。

 

 

 

 

 

 

「と言うか、あの顔は未だに夢で見るわ。」

「そこまで言われると気になってしょうがないんだけど」

 

記憶を掘り返していた歌野は、無意識に閉じていた瞼を開く。そこは紅葉と初めて出会ったあの場所ではなく、アルコールや薬品の臭い漂う病室だった。

 

現実に引き戻された歌野は、カッと目頭が熱くなるのを自覚する。

 

 

「……これが紅葉との出会い。良くも悪くも、とんでもない初対面だったなぁ。」

「昔の紅葉ってなんと言うか、普通に男の子だったのね。」

「そうねぇ、今より暗かったけど、でも今よりずかずか人の心に入ってきて相手を引っ張り出してくる人だったわ。」

「その相手って、あんたでしょ?」

「ふふっ、分かる?」

 

 

のろけか、と夏凜はツッコミを入れそうになるが、深く深呼吸した歌野がガラリと雰囲気を変えるのを見て口をつぐんだ。

夏凜は重い話が来ることを覚悟し、持ち込んだペットボトルの水を飲む。

 

 

「―――でも、楽しかったのはそれから小学校6年の時まで。夏凜は知ってるかしら、瀬戸大橋のあの大事故を。」

「……ええ。今も記憶に新しいわ、未曾有の事故で、8()人の行方不明者が出たって――――っ歌野、まさか……」

 

息を呑む夏凜は、気付いたのだ。そして咄嗟に歌野の膝に置かれた手を掴む。

 

言わなくて良い、わかったから、と。

 

それでも歌野の覚悟を無下には出来ず、悲痛な顔で声を絞り出す歌野を止められなかった。

 

 

「……私の両親と紅葉の両親は、お隣同士で旅行に出た時あの事故に巻き込まれたの。私と紅葉を橋から離れた所に置いて、四人と、他の夫婦らしき人とで避難を手伝いに行った。でも、お父さんとお母さんは―――そのまま帰ってくることは無かった。」

 

「―――っ、あ……」

 

 

だから、同類。

両親を失った者同士の関係。

 

ぐちゃぐちゃになった感情を必死に抑え、泣くまいと表情筋を張り続ける。

 

こんな顔を、中学生にさせていいのか。夏凜はそう思わずにはいられなかった。

顔に出さず、心で泣いている歌野にどんな言葉を掛ければいいのか。

 

同世代との深い関わりなんてものは勇者部に入ってからの数えるほどしかない自分に何が出来るのかと、歌野の手を握ったのとは逆の手を、血が滲むのではと言うくらい強く握り締める。

 

それでもどうにかしないと。そんな思いやりを持てるのが、三好夏凜の善人足る美点だった。

 

 

「歌野―――あー……その……ねえ泣かないで、紅葉が起きたら驚いちゃう。」

 

 

考えに考えを重ねて、慎重に慎重を重ねた結果、歌野に言われた事をそのまま返す事にした。

歌野は目を見開くと、目尻に溜まった涙を一筋だけ流し、夏凜を見て笑みを浮かべる。

 

 

「―――夏凜、ありがとう。」

「アタシには、こんなことしか出来ないから」

 

涙の痕を隠すように、歌野の頬を手を握っていた方の手のひらで包む。

 

歌野はただ、『暖かい』と、そう思った。だからもう、過去を思い出すことなんて怖くない。

 

 

「紅葉はあの事故の後、病院での検査が終わって家に帰って、その次の日から平然とした顔で、土弄りすら出来ないほどに心が死んでいた私を見てこう言ったわ。」

 

 

 

『珍しいな、畑馬鹿のお前がクワを握ってないなんて』……と。

 

 

 

「……いくらあの紅葉でも、それはおかしいわよ。」

「ええ……紅葉があんな風に明るくなったのは、口調が軽くなったのは、きっと私にとって、紅葉のお陰で一時的だった『心の死』が、ずっと続いているから。」

 

現実から逃げるのではなく、全てを受け入れたから。

親の死から逃げなかったから、何処にも逃げられなかったから、紅葉は心を守るために()()なったのだろう。

 

夏凜がつい紅葉の顔を見てしまったのは、仕方のない事だった。

 

年相応に眠り続ける男の子。事ある毎に風や自分をからかい、苦手と謳う年下の樹を本当の妹みたいに尊び愛で、友奈の天然っぷりを窘め、東郷を頑なに『美森』と呼ぶ。

 

そして分かりやすいほどに歌野をただシンプルに愛している、ただの男の子だ。

 

 

そして、本来夏凜が守らなければならない市民の一人だと言うことに、愚かにも今漸く気付いた。

三好夏凜はもう迷わない。

 

 

 

「歌野」

「……うん。」

「私は大赦の勇者を辞める。そして、勇者部の勇者として戦うわ。皆を守って、仲間を助ける。」

「―――そっか。」

 

夏凜は誓う。紅葉を守ろう、と。

負担を少しでも肩代わりしよう、と。

 

 

―――自分に人との触れ合いがこんなにも暖かく心地好い事なのだと教えてくれたこの人に、また名前を呼んで欲しい、と。

 

 

 

そして、何時か紅葉の死んだ心を生き返らせて、心の底からの笑顔を拝んで見せる。

 

 

心に刻み付けるように、少女はそう決意した。

 





まるで夏凜が主人公で紅葉がヒロインのようだぁ……


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十話 先人紅葉は怪我人である


他のゆゆゆ二次創作投稿者様からお気に入り登録されると、感無量だけどめっちゃ緊張しますね。
もう二度と……失踪できないねぇ……



 

 

 

「―――――ん、ぉ…………あ……」

 

 

腹部の鈍い痛みが刺激になり、俺は目を覚ました。

 

……どうやら死にぞこなったらしい

 

あの大赦仮面次あったら絶対ぶん殴ってやる。

俺を殺さなかったのを後悔してからくたばれ。

 

 

体感……5日くらいかな。結構寝たようだ。

 

 

「……ぅぁぉぉ……」

 

声が出ねえ。

水が飲みたいし、腹も減った。

 

呼吸器を外して腕に繋がったチューブを引っこ抜く。

 

心電図の電源を切って病室から出ると、周りにはあまり人が居なかった。点滴を吊るす棒のあれ――名前が出てこない――を支えにして何とか歩くと、大慌てでナースと医者が走ってきた。

 

あ、あれ電源切ってもバレるんだ。そりゃそうか。

 

 

二人は俺を生き返った死人が現れたような目で見てくると、病室に戻るよう促した。いやすいません俺お腹空いてるんですけど。

 

 

 

ダメ?えぇ……

 

 

 

 

 

 

 

色々な検査を含めて俺が解放されたのは、軽く一時間は過ぎた頃だった。胃に優しいお粥を流し込み、水を呷って一息着く。

 

あー、焼き肉食いたい。

寝てる間は当然栄養なんかは点滴任せだった為、体は動かせるがダルくて仕方ない。やっぱ肉だよね、肉。

 

 

誰か見舞いにでも来てくれたらなんか買ってきてもらおうかな、とか考えていると、病室の扉をゆっくり開く音がした。

俺にうるさくないようにって配慮してるのか、最低限開けると体を滑り込ませ再度ゆっくりと閉める。

 

 

「今日も来たわよ、紅葉。と言っても相変わらず寝てるんでしょ……う……」

「おはよー。」

 

振り返った私服の夏凜が驚きを隠せない顔で俺を見る。まーたそうやって死人を見るような顔してさぁ、流石の俺でも辛いぜ?

 

「っ」

 

 

夏凜は走り寄って来るが、直前で止まる。

まあ曲がりなりにも怪我人だからね俺。

 

俺は両手を広げて、迎えのポーズを取る。

 

 

「もう傷は塞がってるってよ。だから……いいよ、おいで夏凜。」

「――――紅葉!」

 

 

そう言って思い切り飛び付き、俺を抱き締める夏凜。ごめん思ったより痛い、けど夏凜も加減はしてくれているらしい。

 

痛い以上に、暖かい。

 

 

「馬鹿……馬鹿、ばかぁ……!」

「……悪い。」

 

凛々しい姿は何処へやら。泣きじゃくる夏凜の頭に、あまり力が入らない手を置くように撫でる。

 

「あんた一週間も寝てたんだからね……!」

「一週間か。5日くらいかと思ってた、ニアピンだな――――強く絞めないで腹に入れたの全部出てくる。」

 

今はふざけないから脇腹絞めないでくれ、お粥でマーライオンしたくない。

夏凜が泣き止むのを待ってから話す。

 

聞きたいことが多いもんでね。

 

 

「歌野達に本当の事言ったりしてないよな?」

「言えるわけないじゃない。でも、歌野にはバレてるかも。」

「それは想定内、あいつ俺より勘がいいから。」

 

とりあえず退院したら歌野に訳を話して、そのあとはあの変態糞野郎大赦仮面に会わないとな。

夏凜のお兄ちゃん説出てるけどそんなものは知らん、一回だけで良いから殴らせろ。

 

「医者曰く、寝てた間に傷の手当ても縫った傷口の抜糸も済んでるから、軽くリハビリして自力で歩けるようになればここのお世話になる必要も無くなるらしい。」

「そっか、良かった。後遺症とか残らなくて。」

 

……なぁんか、変わったな。

寄らば斬るって感じの雰囲気が消えて、なんだろう、何年も帰って来なかった飼い主が戻ってきたときの犬みたいになってる。

 

まあ自分の誕生日を祝ってくれた相手が刺されて昏睡状態だったんだからそうなるか。トラウマにならないだけ、やっぱり夏凜は強いよ。

 

 

ちなみに後遺症が残らない処かなんでこんな早さで治ったんだって驚かれたが、それは別の話。

 

 

俺から離れ、ベッドの縁に座ると夏凜が思い出したように切り出した。

 

「紅葉、私なりにこの間の件、色々と調べたわ。」

「……マジで?」

「マジよ。兄貴かもしれなかったあの職員を探しだして、問い詰めたの。」

「変身してないよな?」

 

 

「………………あの時の職員は兄貴だった。」

 

 

おい何だ今の間は。

お前変身してないよな?

脅したんじゃないよな?

 

 

「あの日なんでああしたかも、紅葉が狙われてた事も、全部知ったわ。」

「……呆れたか?」

「呆れてるし、怒ってる。」

「だろうね。」

 

夏凜のお兄ちゃんは俺を消してでも情報を隠しきるべき派と、俺の死で変身できなくなる勇者が居るだろうしそれは止めるべき派に挟まれた結果、面倒事に板挟みされた事への苛立ちを含めて俺に死にかけてもらうという選択を取りつつ大赦の中をふるい落として掃除する事にしたらしい。

 

誰も俺に生きててほしい訳じゃない(死なれると困るだけ)って所がポイントな。いやほんと、モテる男って辛いね。

 

 

「それで、夏凜のお兄ちゃんは何か言い訳でもしたわけ?」

「いいえ、それどころか私に斬られる覚悟をしていた。」

「斬った?」

「斬らんわ」

 

 

斬ってないのか……残念。

 

 

「でも代わりに今までの嫉妬の分とか家族の確執とか紅葉にした事とか全部含めて、暫く人前に顔を出せないくらいボッコボコにぶん殴ってから大赦の勇者辞めてやったわ。」

 

「やるじゃん」

 

 

訂正するわ。夏凜最高、惚れた。

 

 

―――って、大赦の勇者辞めた?

 

 

「お前これからどうすんだよ。大赦の勇者辞めたって事は、あのアパートにも居られないだろ。」

「ええ、そうね?」

「なら今何処で寝泊まりしてるんだよ」

 

「歌野が私の事情を知っている、と言えば分かるかしら。」

 

ああ、なんだ。歌野の家に置いてもらってるのか。

じゃあ安心か。面会の時間に限界が来た夏凜は、帰る準備をして立ち上がる。

 

 

「さっさと退院して皆の所に戻ってきなさい。紅葉が居なくて牛鬼も寂しいのか、しょっちゅう義輝が齧られて参ってるのよ。」

「それは出してるお前が悪いのでは」

「皆が齧られたら困るし、頑丈な鎧着てる義輝じゃないと耐えられないでしょうが。」

 

 

義輝――――――!!

お前喋れるんだから訴えたら勝てるぞ!良いんだぞ主に向かって『外道メ』って言っても!

 

「じゃあ、またね。」

「……ああ、義輝のこと労れよ。」

 

俺は『諸行無常……』って言いながら牛鬼に食われてる義輝を想起した。哀れなり義輝。

 

夏凜は苦笑いを浮かべて、分かってるわよと言って扉を開ける。半分開いた所で、不自然に止まった。

 

「ああ、そうだ。一つ言い忘れてた」

「どうした?」

 

扉に手を置いたまま振り返った夏凜は、不思議なまでに清々しい顔で言った。

 

 

 

「私、今はあんたの家を借りてるわ。防犯にもなって一石二鳥だからね。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんて?

 

 

 

 

 

 

 

医者が匙を月に全力投球する程の回復力を見せた俺は夏凜とのお話から5日も経たずに退院した。担当した医者の諦めたような顔は正直笑ったが、一度ふざけて畑を荒らした時にマジギレした歌野にクワで殴り殺されそうになった時も今回みたいにすぐ退院したのが俺なんだから常識を求めないでほしい。

 

俺自身も自分の頑丈さだけは謎なのだ。

年季が入ってたとは言え木製バットが折れるくらい殴られまくっても、骨折程度で死ななかった時点で考えるのやめたし。

 

 

あの時の上級生の顔は何時思い出しても面白いものだ。

 

 

 

歌野が俺の家から持ってきたらしい服を備え付けの棚から出して着替え、病院を出た。

夏凜のお兄ちゃんがやり遂げたというなら、俺を狙う奴はもう誰一人としていない筈だ。よってこうして一人で外を自由に出歩けるのはいい、自由って素晴らしい。

 

 

……家に帰る前に腹ごしらえするか。いつもの店で、たまにはうどんでも食べよう。

風が毎回推してくる肉ぶっかけうどん肉大盛りにしようか、なんて考えていると、自転車置き場で膝を抱えて座っている子供を見付けた。

 

 

即座に心の奥から湧き出した嫌悪感を我慢して注視する。小柄ながらに活発そうな雰囲気は友奈と夏凜を足して割った感じで、それでいて目からは聡明さを感じ取れる。

黒とオレンジの鮮やかなパーカーに身を包む少女は、失礼な話だが女の子と言うよりはやんちゃ坊主なイメージが強い。

 

 

そんな女の子を見ていたら、俺は不思議と嫌悪感を失っていた。どういう訳かは知らないが、これ幸いと近付く。一人にしとくのもあれだし。

 

 

「おい坊主、どうした?迷子か?」

「だ、誰がボウズだ!タマは女の子だぞ!」

 

すくっと立ち上がる女の子は両手を上げて俺に飛び掛かるが、額を押さえて来れないようにする。と言うか嫌悪感が無いだけで触ると鳥肌立つわ。

 

 

「おーおー元気な事で。おめーさんみたいなのは病院じゃなくて公園で風の子になってこいよ、親御さんは何処だ?」

「うー……そんないっぺんに言うなよぉ、あとタマはお見舞いに来ただけだ!」

「見舞いだぁ?」

 

子供一人で?中学生である歌野と夏凜が同級生への見舞いだってならともかく、小学生の見舞いなら親同伴じゃないと無理だろ……つまり独断で来たら突っぱねられたのか。

 

「ふーん、誰の?」

「誰だっていいだろ」

「その反応からするに家族ってよりはお友達か。」

 

「なっ、なんで!?」

 

 

わーアホの子だ。

弄りがいがあるぞ、夏凜以来だなこれは。

 

 

「お前さんみたいなチビが一人で来るなんて、親か友達の見舞いの為だろ。」

「……ほおー。にーちゃん頭良いんだなぁ」

「お前がお馬鹿さんなだけだろ。」

「なんだとォ!?」

 

感情豊かで、関われば元気になれるのだろう。色んな所にポジティブの擬人化が居たもんだ。

酷く懐かしく、魂を揺さぶられる感覚に襲われながらもそれを表に出すことはない。子供ってのは聡いからな、気付かれたくないんだよ。

 

 

「つかお前何歳だよ、小学三年生くらいか?」

 

「むっきぃーーーー!!!タマは六年生だぁあああああああああ!!!」

 

 

 

 

 

外だけど病院ではお静かにお願いします。

 

しかし、このタマタマうるさい坊主、どっかで会ったことある気がするんだよなぁ。

 





紅葉の子供嫌いは『俺は甘えられないのに』とか『お前には居るんだよな』とかそういった嫉妬心から来ているので、単なる八つ当たりに近いです。


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十一話 先人紅葉は元一人暮らしである


過熱した投稿者のスランプは、ついに危険な領域へと突入する……


 

 

 

「おばちゃーん!肉うどんおかわりー!」

 

元気な声でおかわりを所望した女の子が実に2杯目のうどんを眼前で平らげた時の俺の気持ちがわかるか?見てるだけで腹一杯になるわ。

 

 

「……俺の分もやるよ」

「いいのか!?」

「見てたら退院直後の食欲が無くなった。良く食うなお前、うちの部長かよ。」

 

風に負けず劣らずの食い気を見せる女の子は、病院で出会ったタマタマうるさい例の子だ。一人で帰すわけにもいかず、住所を聞こうかと思ったらデカい音で腹を鳴らしやがったので、こうして腹ごしらえついでに奢ったのだ。

 

最近年下に奢ってばっかだな。しかも、両方共何杯も食いやがって。

 

おかわりの肉うどんを待つ間に半分以上残ってる俺の大盛り肉うどんも平らげた女の子は、持ってこられた3杯目の肉うどんに箸を伸ばす。

 

 

俺ちゃんと金持ってきたよな……と財布の心配をしていたら、女の子はうどんの入っていた皿をドンとテーブルに置いた。汁まで完飲してこのスピードってなんだよ……

 

 

「っはぁー食った食った。腹六分目くらいだな」

「奢るとは言ったけどもう少し加減をだな……まあいいか。

……で、お前の名前まだ聞いてないんだけど。」

 

俺の言葉にきょとんとすると、女の子は当然だろ?と言った顔をして言う。

 

「おう?タマはタマだぞ?」

「……名字もだよお馬鹿。」

 

「ああ!タマは土居球子(どいたまこ)だ。改めてよろしくな、にーちゃん」

 

「―――――――土居?」

 

 

なんか、どっかで、聞いたことがある……ような。いかんな、この若さでボケたか?

 

 

「ま、いいや。

……それで球子のお友達はどんな子なんだ?」

「ん?ああ、あいつは可愛い奴でなぁ。お姫様みたいで、守りたくなるって言うか……」

「ほーん。」

「なんだよ」

「いや、なんでも。」

 

頬を赤くする球子からは、本当にその友達が大事なのだと言う感情が読み取れる。

 

「その友達も、球子みたいにうどん好きなのかねぇ」

「タマの事はタマっちでいいぞ!にーちゃんには特別にそう呼ばせてやろう。

それに、タマも友達もうどんは大好きだ!うどんが嫌いな人間なんて、居ないに決まってるけどな。」

 

 

ここで俺が蕎麦寄りの人間だと知ったらどんな顔するのか気にはなるが、楽しそうに笑う球子に言うのは流石に憚られ―――――

 

「―――――ぅ、あ……がっ――」

「にーちゃん!?」

 

 

なんてことを考えていたら、ふと、球子の顔を見てフラッシュバックするかのように、思い出したように記憶が流れ込んでくる。

あまりにも唐突なそれは球子を見ていると勢いがより強くなって、抗う間も無く濁流のように頭に叩き込まれた。

 

押さえても無意味なまでにガンガンと痛む頭の奥の奥で、懐かしい声が聴こえた。

 

 

 

 

 

 

『バーテックス相手にうどんで気を引こうとしたら失敗した挙げ句不意打ちされて脱臼ねえ、お前馬鹿なんじゃないの?』

 

『なんだとぉ!タマだって考え無しにやったんじゃないやい!』

『じゃあ言ってみろよオラ』

 

『……うどんだぞ?』

『うん。』

『嫌いな奴なんて居るのか!?』

 

『……バーテックスがどうやってうどん食べるんだよ、このお馬鹿。』

『うがーーー!誰が馬鹿だーーー!!』

『てめーだこらァ!!』

 

 

 

 

 

 

それは兄妹のように振る舞う二人の姿だった。

威嚇するアリクイのように両手を上げる姿はさっきの球子に似ていたし、球子似の女の子を煽る男もどことなく俺に似ていた。

どうしてかは知らないが、女の子と球子が重なってしまう。愛おしいのだ、目の前の女の子(土居球子)が。大切にしないとと思ってしまう。守らなければと、思ってしまう。

 

 

―――お前、は……

 

 

 

「…………にーちゃん?大丈夫か!?」

「―――タマっち」

「お、おう?」

 

名前を呼ぶと不思議そうに首を傾げる球子だが、俺は今、()()()の球子を呼んだのだろうか。

 

 

「……大丈夫だ。」

「ほんとか?」

「ほんとほんと。そろそろ帰ろうか、会計も済ませたいし。」

「あの、その……にーちゃん、ごめんな。」

 

「――なにが?」

「病み上がりなのにこうやってタマとお喋りなんて……うるさいもんな、タマは。」

 

しょげる球子を見ていると、とてつもない庇護欲に駆られる。こんな感情を持ったのは初対面の歌野以来だ、今はないが。だってゴリラを可愛いとは思わないでしょ

 

 

「……1つ、質問がある。」

「な、なんでもいいぞ?」

 

「……お前なんで俺に着いてきた。怪しい人間には着いてっちゃいけないって、親に教わらなかったのか?」

 

球子は多分、頭が良いんじゃなく勘が鋭いタイプだ。いわゆる感覚型。

友奈みたいなものなのだろう、本能が相手を悪人ではないと見抜ける人。まあ未来の後輩(小学6年生)にそこまでの上等なスキルは求めてないが。

 

 

「? ―――にーちゃんの何処が怪しいんだよ、タマはいい人だってちゃーんと分かるぞ。」

「はぁ。」

「だって、そんな本気で心配してるような顔してて、悪い奴な訳無いだろ?」

「―――――。」

 

俺の頬を両手で引っ張り、ニヒヒ、と球子は笑う。俺は―――その顔に()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

『お前、もう少し俺を疑えよ。俺が敵だったら寝首を掻かれても文句言えないぞ?』

『でもしてないじゃん。お前さんは……まあ、いい人では無いよな。』

『よくお分かりで。』

『―――それでも、悪人じゃない。タマもあんずも他の皆も、ちゃーんと分かってるんだぞ。』

 

 

 

 

 

 

―――そうか、そう言えば――

 

―――土居球子は、そういう奴だったな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃ、俺こっちだから。」

「おう。また病院来るような怪我するなよ」

「お前も次は親と行けよ。」

 

会計を終わらせ、店を出て球子と別れる。

 

 

「ああそうだ、おいタマっち!」

「なんだー!?」

 

そこそこ離れた位置で、背中を向けて歩いていた球子を呼ぶ。

 

 

「俺と飯食ったこと、バレて怒られたくなかったら()()()()()()ー。」

 

「うげ、そうだった……おーう、またなー!」

 

 

 

 

 

ぶんぶん腕を振った後に帰路を歩く球子は、ふと立ち止まった。

 

 

「―――あれっ、タマ……にーちゃんに友達の名前が()()()()()()()()()()()?」

 

んー?と疑問符を浮かべながら、わからないものは仕方ないかと球子は足を進める。

 

 

 

 

 

球子を遠目で見送った俺は、深く、重く、溜まった穢れを吐き出すように深呼吸し―――――

 

 

「そろそろ自分探しの旅でもしようかなぁ。あーやだやだ、神は越えられる試練しか与えないんじゃないのかよ。」

 

 

そう言って家へと歩き出した。

 

 

 

正直、勇者でもない俺に苦悩なんて与えないでほしい。と言うのが本音だ。

痛いのやだし、荒事担当は歌野で十分だからな。俺なら間違いなく何処かで死ぬ自信があるがあいつなら上手いこと生き延びてくれる、という確信にも近いモノがある。

 

 

 

 

……しかし、あの記憶はいったい―――どうしてああも懐かしいのか。

 

感覚としては何年も前に見た夢を思い出したような感じで、今はもう、霧の中に居るかのようにさっきの記憶がぼんやりとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

長らく帰っていなかったような気がする我が家へと帰宅し、肩に提げていたバッグから鍵を探す。

 

 

「……んー?」

 

 

……あれ、無い。

 

いや、夏凜が持ってったのか。俺ん()の鍵、俺のと歌野に渡してる合鍵の二本しかないし、歌野にいちいち開けてもらうわけにもいかないしな。

 

と言うか、今何日の何曜日だっけ。

カレンダーすら無かったし確認する余裕もなかったから今がいつの何曜日か思い出せない。

 

太陽の高さ的にまだ昼だし、学校行かれてたら俺家の前で飼い犬みたいに帰りを待たなきゃいけなくなるんだけど――――

 

 

 

「―――あら、お帰り。」

 

ふと、玄関の扉が開く。

ラフな格好の夏凜が出迎えたのだ。

 

「……ただいま?てか今日何曜日?」

「端末で確認すれば良いのに……今日から祝日含めて三連休よ。」

「いや俺のスマホ電池切れててさ。」

 

そう言いながら靴を脱ぎ、家に上がる。

 

 

「色々聞きたいことがあるけど多すぎてぶっちゃけ混乱してるからまずは座ろう。」

「そうね」

 

居間のテーブルを間に向き合う形で座り、お茶を啜る。なんか俺の方が客人みたいだなぁ、と考えていると、夏凜から切り出してきた。

 

「先ずは退院おめでとう、になるのかしら。」

「まあ、そうだね。」

「じゃあ……あんたも聞きたいでしょうし言っちゃうけど、アタシがここを借りる提案したのは歌野よ。」

 

「あいつめ……」

 

善意で言ったのだろう、それは理解できる。なら自分の家に泊めてやれよとも思う。

お隣同士で家の間取り大体一緒だから部屋何個か空いてるだろ。

 

「アタシも野宿を覚悟してたから、断れなかったのよ。あんたが駄目だって言うなら家出てくから安心しなさいな。」

「俺もそこまで鬼じゃねえよ、行くとこないなら居ればいいさ。」

「家主だからって変なことしないでよね」

「いや興味ないので。」

 

だーれがお前みたいなチンチクリンに手を出すかよ。ちょっと複雑そうな顔をする夏凜を横目にお茶を飲みきり、一息つく。

実家は安心できるねぇ。

 

 

「……ああそうだ。俺が居なかった間に勇者部で何してたのか教えてくれない?」

「アタシの主観からになるけどそれでいいなら構わないわ。」

「それでいいよ。」

 

お茶を注ぎ直して楽な姿勢になる。

擬音混じりの友奈や壊滅的に説明が下手くそな歌野と比べたら、天と地、月とスッポンなまでに普通な回想だった。

 

歌野が畑仕事の手伝いでアホみたいにテンションを上げたり、料理教室で美森が主婦顔負けの料理の腕をみせたり、案の定義輝が牛鬼に食われたりと、あまり代わり映えがない日常を謳歌しているようで安心した。

 

 

「でも、みんな寂しそうだった。あんたが居ないと、なんか調子が悪いみたい。」

 

「―――そ。夏凜はどうなんだ?」

「……はぁ?」

「俺がいなくても、やっぱ完成型様は動じないのかね。」

 

「……別にそういう訳じゃ…………まあ、少しは?寂しかったんじゃないの?」

 

俺を見ないようにしながら、頬を染めてボソボソ言う夏凜。それが可笑しくてつい笑ってしまう。顔全体を赤くした夏凜にどつかれながら、俺はようやく帰ってこれたことを実感した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから少しして、樹から個人的に依頼を頼まれたのは放課後の部室の中でだった。

 





だんだんタイトルを考えるのがキツくなってきた

ヒント多めに出しちゃったしもう紅葉の正体に気付いてる人いそう


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十二話 犬吠埼姉妹は仲良しである


スランプ脱却の為にも原作に沿ってストーリーを進めていきます。



 

 

 

夕陽が射し込む部室。そこには、小柄な少女と男が居た。窓からの光をバックに、少女は男を見据える。

 

深く息を吐き、少女―――樹は覚悟を決めたように口を開いた。

 

 

「も、紅葉さん!」

「―――なに。」

「あの……わ、私の……」

 

顔を赤くし、紅葉と呼ばれた男に視線を向ける。

告白でもするのかと言わんばかりに、その視線は熱い。

 

 

「私の―――――歌を聴いてくれませんか!」

 

「あ、はい。」

 

まあ当然、告白などではないのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

樹に依頼と称して呼び出され部室に向かった俺は、樹から告白よろしくなシチュエーションで頼まれごとをされた。

別に残念とは思っていないが。だって樹に惚れでもしてみろ、ロリコンの烙印を押されてから風にハンバーグの材料みたいな体にされる。

 

俺はまだ死にたくない。

 

 

「歌、ねえ。」

「実は、今度歌のテストがあって……」

「あーなるほどね、お前さん人前で歌うの苦手なタイプか。」

「…………はい……」

 

図星らしく、赤い顔が下を向く。

 

「……歌のテストもそうなんですけど、やっぱり歌手を目指すにはそう言うことも克服しないといけないし……なら、先ずは私の歌を聴いてもらって、そのあと苦手の克服をしようかと……」

 

いっぱい喋るなこいつ。

早口で捲し立てる樹は、それでも確固たる意思を感じさせた。良いねえ、夢があるって素敵でさ。

眩しいぜ。サングラスほしい。

 

 

樹が言い終わると、鞄からUSBを取り出し俺に渡した。これに録音した歌が入ってるらしい。

 

「んー、これ今聞かなきゃ駄目?」

「…帰ってから、ゆっくり聴いてほしい、です」

「分かった。」

 

USBを俺の鞄に入れ、持ち上げる。

 

 

「暗くなってきたし、帰るか。送るから自転車持ってきな」

「そんな…途中で道が違うのに、迷惑になります……」

「風は俺がちゃんと送ってくれるって信じてるんでしょ、じゃないとこんな時間にお前を部室に置くの許可しないだろうし。」

 

そう言いながら部室を出て歩き出す。慌てて着いてきた樹と並んで下校すると、濃いオレンジの夕焼けが少しずつ沈んで行くのが見える。

自転車を押して歩く樹を歩道側に立たせ車道側を歩いていたら、暫く無言が続いたがその均衡を樹が破った。

 

 

「……紅葉さんは、どうして私にここまでしてくれるんですか?」

「ここまでってどこまで?」

「……そう言うところ、本当に嫌いです。」

「俺は樹は好きだけどね。」

「―――むぅ」

 

 

はぐらかされて納得がいかないって顔をされるが、髪をぐしゃぐしゃに撫でて誤魔化しておく。

だって言えないでしょ。『同じ境遇で親を亡くしてるから同情してるんだよ』なんて

 

 

「……と、着いたな。」

 

樹と風が暮らしている家に到着し、インターホンを押す。どったんばったん音がしてから、大慌てで扉が開いた。

 

「樹!怪我は無い!?大丈夫だった!?」

「わっ!?お姉ちゃん……!」

 

家主の風が飛び出してきた。

樹は抱きつかれてしまった。

 

……流石に過保護じゃない?

 

 

「……そんじゃ、俺帰るわ。」

「あー、待ちなさい紅葉。ついでにご飯食べていきなさいな。」

「もがーーー……ッ!!」

 

樹の顔をそれなりにある胸に埋めながら提案してくる。すいませーん妹さんから殺意が滲んでるんですけどー、やめてあげませんかねぇ。

 

 

「えー……あー、ちょい待ち。」

 

NARUKOを起動して、歌野と夏凜にグループ通話でメッセージを飛ばす。

 

『風のとこで飯食うことになった』

『あらら、じゃあ夏凜は私と二人で食べましょう?』

『仕方ないわね』

『突然で悪い。じゃ、後でな』

 

そう簡潔に済ませ、スマホを鞄に突っ込む。樹を離して家に入れた風が玄関で待っていた。

 

「あいつらには連絡入れといた、それじゃあお邪魔させてもらおうかな。」

「ふふ、いらっしゃい。」

 

微笑を浮かべて俺を招き入れる風からは、警戒心を感じない。俺は敵にすらならないと思われているのか、はたまた。

うーん素直に喜べない。

 

 

 

 

 

 

 

 

部屋に通された俺は膝に乗せた犬神の体温を感じながら、頭の上で自己主張激しく跳ね回る木霊につむじをどつかれていた。痛くないけど痒いところに手が届かない変な感じがしてる。

 

「分かったから降りんか木霊、それか乗ってて良いからじっとしてくれ。」

 

俺がそう言うと、木霊は跳ぶのをやめて頭の上で大人しくした。俺の頭に葉っぱと苔が生えたみたいでちょっと面白い。

 

犬神は相変わらず犬にネズミを混ぜたようなよく分からないデザインしてるが、喉を撫でると猫みたいにゴロゴロと鳴らす。こいつは……うん、わからん。

名前は犬神だし主食がドッグフードだから犬なんだろうけど、さっき玉ねぎ丸かじりしてたの俺見たからな。

 

 

「むーーーーー……」

「なんだよ」

「……なんか複雑です。」

「女心もわからん。」

 

ソファーに座った俺の横に座る樹は、犬神を撫でている俺をジトっとした目で見てくる。穴が開きそうだ。

犬神を撫でたいのかと思って持ち上げた犬神の腹を顔に押し付けたら無言で脇腹つねられたし、そう言うわけではないらしい。

 

 

「悪いけどそういうのを察するの無理だからな。ハッキリ言ってくれ?」

「……むむむ……」

 

 

なにがむむむだ。

 

俺の言葉に迷うそぶりを見せると、少しして樹は倒れ込むように俺の膝に頭を置く。

あー、そういうことね。

 

 

「……ま、言い難いよな。」

 

右手で犬神、左手で樹を撫でる。

まだまだ甘えたがりなのだろう、樹は目蓋を閉じてポジションを整えるためにもぞもぞ動く。寝ないでよ?

 

10分近く経って、調理の音が聞こえなくなると風がキッチンから戻ってきた。

 

 

「二人ともー、ご飯でき……って樹、寝ちゃ駄目よー。」

「―――ねてないよぉ……」

「いや半分くらい寝てたでしょ、もう。」

 

エプロンを畳むと、俺の膝を枕に大人しくしていた樹の頬をぺちぺち叩いて眠気を覚まさせる。

 

「まったく、紅葉も、この子達あんまり甘やかしすぎないでよね」

「はいはい。」

 

 

犬神を下ろし、木霊をつまんで小さいプラスチックの鉢植えに乗せる。この鉢植えは樹曰く人で言う座布団らしい。特等席だな、霧吹きを浴びせてやろう。

 

それから3人で飯の準備をして、席に着いた。

風と樹が横に並び、その向かいに座る。

 

 

「さあ、召し上がれ。いっぱい食べていいのよ。」

「―――いっぱい食べて良いって言うか、多すぎない?俺居るからって奮発しなくて良かったんだぞ?」

 

4人用の机に所狭しと、食いきれるのかってレベルで並べられ敷き詰められた料理の数々に、死んだような目をした樹。その2つを見て、嫌な予感が脳裏を掠める。

 

「樹、まさか―――」

「これがお姉ちゃんのいつものです。」

 

 

…………マジ?

 

 

「あ、おかわりもあるからね!」

 

 

……マジ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

死ぬかと思った。

出された以上残すのも失礼だと出来るだけ多く食べたのだが、大食いでもなんでもない俺からしたら苦行もいいとこだった。

 

尚ほとんど全部を風が平らげた、すごい理不尽だと思う。

 

 

「男の子なのにだらしないんだから」

「お前は女の癖に食い過ぎなんだよ」

 

樹は風呂に入り、胃が悲鳴を上げてる俺はソファーに体重を預けていた。風がさっきの樹のように横に座ると俺の膝で箱座りしていた犬神を抱き上げ自分の膝に置く。

やはり飼い主と俺とでは違うようで、なすがままされるがままに風にもみくちゃにされている。

 

 

「しっかし、犬神とか木霊もそうだけど……どうしてアンタにべったりなのかしらねぇ。」

「俺が知りたいくらいだ。」

「案外紅葉から良い匂いでも出てるんじゃない?」

「……なんかやだな」

 

それとなく腕の臭いを嗅ぐ。自分の臭いはわからない……あ、そうだ。

 

 

「ほい。」

「……ん?」

 

なんとなく手の甲を風に向ける。

無言だが何が言いたいかを理解した風は、頬を染めながら手の甲に鼻を近付ける。

 

いやーほんと良い反応してくれるから面白いね。その内夏凜にもやろうかな、近付けたら指折られそうだけど。

 

 

「…………臭くはないわ。」

「ふーん」

「……ねえ、紅葉」

「あ?」

「……はい」

 

お返しとばかりに、今度は風が手の甲を向けてきた。残念だけど俺はその程度で動じるようなやわなメンタルしてないんだよなぁ。

 

 

「っ……」

 

風と同じように鼻を近付ける。良い石鹸使ってるのか、くどくない花の香りがする。

 

「これがお前の匂いか。良い香りだ、悪くないんじゃない?」

 

とうとう顔を真っ赤にする。

樹と言いその辺りが姉妹だなぁ。

 

「ばーか、俺をからかおうなんて300年早いわ。」

 

犬神の背中に顔を埋めてモフモフを堪能するように逃げる風を見て、ふと、気になったことを聞いた。

 

「樹の夢って知ってる?」

「ああー……歌手でしょ?」

 

バレてた。まあ、樹って隠し事苦手そうだもんね、そりゃバレるよね。

 

「樹の部屋は散らかってるからね……片付けるのは私なんだけど、ボイストレーニングや発声練習の本がベッドの下に隠されてたのを見ちゃったの。」

「―――樹は隠せてるつもりだから黙ってやっててくれよ。」

「分かってるって、あ、そう言えば紅葉も知ってる?」

 

「なに?」

 

樹の入っている風呂の方を見て、ポツリと呟いた。

 

 

「あの子、一人で歌うときは凄く上手いのよ。」

「……樹が、そんなに好きか?」

「誰にも代えられないのよ、目に入れたって痛くない。」

 

「家族は大事にしろよ。」

「……うん、わかってる。」

 

 

俺は風の両親の最後を知っているが、恐らく風も俺と歌野の親の事を知っているのだろう。

 

無意識に伸ばした左手が、風の右手と重なった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「樹待たなくていいの?」

「風呂上がりの後輩見ようと思うほど猿じゃないんでね。」

 

女所帯の部室に俺一人が男なんだぞ、伊達じゃない精神力を舐めないで欲しい。

玄関まで見送ってきた風は、考え事をしているのか目線を右往左往させると、躊躇いがちに言う。

 

 

「ねえ、送っていこうか?」

「……樹が居るだろ」

「もう暗いし、変身しても誰にもバレない。」

「私用で使うな。」

 

心配されてるのは良いのだが、やはり風という人間は過保護な気があるらしい。

後輩が似たような時間帯に一人で帰ったら刺されてぶっ倒れてた前例があるなら仕方ないんだろうけどさ。その前例が俺の事なだけに、人一倍心配しているようだった。

 

 

「…………大丈夫…よね」

「心配しすぎだっつーの。」

 

風の頭に乗ってる犬神を軽く撫で、流れで風の頬に触れる。心配そうな表情は、俺なんかに向けるべきじゃない。

 

 

「やることもあるし、それじゃあまた明日。」

「あ―――うん。」

 

玄関を開けて、外に出る。扉を閉める直前に見えた風の顔は、寂しそうと言うか、何かを期待しているように見えた。

姉妹だけの家から朝帰りとか夏凜にスイカ割りのスイカの代用品にされるからそれだけはしませんし据え膳は食いません。

 

 

 

 

 

「……帰ったら、USBの音声スマホにコピーしなきゃなあ。」

 

 

 

俺の声は、夜空の星に吸い込まれて消えた。

星を見ていると、どうしてか不安になる。

 

 

……なんでセンチメンタルになってんだ俺は。

 

 

 





原作との相違点として、風は暴走回より前に樹の夢と努力を知ってます。後々の反動がヤバイことになりそうだけどまあどうにかなるでしょう。


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十三話 犬吠埼風は苦労人である


ゆゆゆにおいて満開と散華の辺りは書きたいけど書きたくないという葛藤を誰か分かって欲しい



 

 

 

 

―――心地の好い音が聞こえる。

 

その『音』は『声』で―――

 

その『声』は『歌』だった。

 

 

 

 

「……んおぉ…」

 

 

子守唄のようなそれの誘惑を振り切って起きた俺は、耳に刺さったままのイヤホンを抜いてスマホの画面を落とす。

 

USBからパソコン、パソコンからスマホへと移動させた樹の歌の録音を帰ってから聴いていた俺は、疲れてた事もあってそのまま寝落ちしていたらしい。

 

 

しかし、ほんとに樹は歌が上手かった。歌のテストなんて一発合格間違いなしなんだろうが、人前で歌えないというのは確かに歌手を目指す以上克服しないといけない弱点だろう。

 

 

起きて着替え、夏凜が使っている部屋を開ける。

 

「かりーん……あれ」

 

だが、部屋に夏凜は居なかった。布団が綺麗に畳まれて、最低限の家具だけが置かれている辺りが流石は夏凜だけど……今何時だっけ。

 

外が明るい辺り8時とか9時では無いよな。

そう思ってスマホをつけて時間を見ると―――――12時を過ぎていた。NARUKOにはたまに行くカラオケに集合する旨のメッセージが2時間前に書かれている。

 

 

あーーー、寝過ごしたな。

 

……ドリンクバー奢るか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カラオケ店の前で集合していた6人は、俺を見てやんややんやと騒ぎ立てる。やれ遅いだ遅刻だと好き放題言いおって……当日に約束こじつけられてるんだから俺被害者だぜ?

 

風に『また明日』とか言っといて特に予定もなかったから良いけど。

 

 

7人という人数でも余裕な大部屋を借り、樹の克服訓練と称した歌唱大会が始まって数十分。

相変わらず意外な事に歌が普通に上手い風が高得点を叩き出すも、友奈と夏凜のデュエットに上回られてショックを受けていた。

 

美森の歌で歌野と友奈と風と樹が敬礼を決める動作に面食らって固まる夏凜が面白かったが、こう言うときのこいつらのノリに着いてくの結構大変だからこれから慣れてって欲しい。

 

 

「―――ってあーあーあー牛鬼お前全部食う気かコラ、ちょっ夏凜、義輝貸して義輝。」

 

「…………義輝。」

『諸行無常……』

 

夏凜に喚び出され、悟ったような声を出す義輝をひっ掴んで牛鬼が黙々と食ってたお菓子の間に割り込ませる。義輝の方を見た牛鬼は、そのまま義輝をゆるキャラめいたその手足で固定して齧り出した。

 

 

……こいつもしかして『食べる』んじゃなくて『齧る』のが好きなのか……?

いや、友奈の勇者としての力は適性の高さを含めて他より数段上らしいし―――その出力分のエネルギーを浪費する精霊なのだとしたら、エネルギーを補給するには食うのが手っ取り早いのか。

 

 

―――考えすぎか、ただの大食らいの精霊ってだけだろ。神樹ってその辺適当そうだし

 

 

「そういえば、あんたと歌野は歌わないのね。」

「あー、歌野なんかは名前からして歌いそうだけど、昔からこういうのは苦手らしい。俺はそもそも興味ない、聞いてる方が面白いからな」

「ふーん……?」

 

渋々、と言った様子で納得する夏凜。カラオケ店に来といてジュース混ぜるだけの奴とか居るんだし良いだろ別に歌わなくても。

 

横で子供向けアニメの主題歌を熱唱してる友奈を全力で応援してる美森の熱意に少し引いていると、スマホの画面を見ていた風が席を立つのが見えた。

 

「どうした?」

「……察しなさいよ」

「もーみーじー」

「悪い。」

 

 

横から手を伸ばした歌野に頬をつねられる。まあ、お花摘み(トイレ)だよね。

今のは俺が悪いので歌野の折檻を甘んじて受ける―――というのは方便で、風が出ていった直後に、夏凜と歌野に目線を送る。

 

意図が伝わらず首を傾げる夏凜を余所に、俺の頬から手を離した歌野が夏凜に小声で何かを言う。夏凜にアイコンタクトはまだ早いか、そこまで長い関係じゃないし。

 

 

次の歌を待っていた樹と二三言葉を交わして、二人は風を追うように部屋を出た。

 

 

人生、嫌な予感の方が良く当たるってわけだ。あー諸行無常。

お菓子をある程度確保してから、俺は牛鬼から義輝を引き剥がす事にした。

 

 

 

 

 

―――うわ牛鬼力つっよ……そう言うときだけ名を体で表してんじゃねえよこの牛野郎……!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

女子トイレから出てきた風が最初に見たのは、向かいとトイレ横の壁に背中を預け立っている歌野と夏凜の姿だった。

 

「なぁにどうしたのよ、トイレ空いてるわよ?」

「何を言われたの。」

「……なんのこと?」

 

問い詰めるようなトーンで、歌野に会話にもなっていない返しをされる。見透かされているように思えて、僅かに不快感が湧く。

 

 

「……別に、ちょっとした定時報告よ。イヤよねぇ、休日にまでお役目お役目で。」

「それだけなら紅葉は、わざわざ私たちに見てくるよう頼んでこないの。」

「大赦絡みなのは事実でしょうけど、あんたは本当のことを言ってない。合ってるわね?」

 

言葉が詰まる。何か返さないとと思考を張り巡らせるが、良い返しが思い付かない。そして、二人の質問は無言が肯定となっている。

 

 

―――鋭いにも程がある、とこの場には居ない紅葉を少しだけ恨んだ。

 

 

「―――バーテックスの進行が予定から大分かけ離れている事は知っているでしょう?」

「あー……そうなの?」

「……大赦辞めるときに可能な限り持ち出した資料によれば、2日連続の戦いも2回目で3体同時戦闘になったのも、1ヶ月半以上期間が空いたのも、全部想定外の事らしいわ。」

 

「そう。大赦からは『最悪の事態を想定しろ』って言われた、次の戦いは、きっと熾烈を極める。」

「……なるほど。ならきっと、次の戦いで最後になるのでしょうね」

 

歌野の言葉に、夏凜が返す。

 

「総力戦ってこと?なんでわかるのよ」

「そうねぇ……紅葉の言葉を借りるとするなら―――『俺が敵ならそうする』―――かしら。」

 

にっと笑う歌野に、説得力あるわねぇ……と言う風。夏凜は、眩しいものを見るように目を細めて歌野を見ていた。

 

「おっと、そろそろ戻らないと怪しまれちゃう。」

「……紅葉に『連れションか?』とか言われたら正気でいられる自信がないわ。」

「はしたないからそういう事言わないの……」

 

想定の段階で既にイラついたのか、額に青筋を浮かべながら部屋に戻って行く夏凜の後ろを歩く風と歌野。ふと、歌野は小声で風に言った。

 

 

 

「大丈夫よ。私も紅葉も皆も、貴女の事が大好きだから。何があっても味方で居続けるから、少しだけ――皆を信じて?」

「っ―――――歌野……」

「私たちなら、必ず生きて帰れる。

紅葉に、『ただいま』って言ってあげられる。」

 

 

 

 

姉であり、母であり、部長であり、リーダーであり、大黒柱である風にとって、歌野のその言葉は足りない穴を埋めるようで―――

 

 

「……うん、そうよね。

必ず勝ちましょう、皆で!」

 

 

―――それはきっと、風が今一番欲しかった言葉なのかもしれない。

 

 

 

こつん、と二人の拳がぶつかった。

 

「なんか時々歌野の方が年上に見えるワ」

「ま、お隣さんがやんちゃ坊主だからね。」

 

違いない、と笑う二人。言うなれば樹のお姉ちゃんと、紅葉のお姉さんだろうか。

 

「さて……戦い以前に樹の歌のテストなのよねぇ」

「樹君なら紅葉にメンタル鍛えられてるし、土壇場でどうにかできそうなものだけど?」

 

出会った当初の引っ込み思案はどこへやら、今では紅葉にからかわれても平然と言葉を返せるくらい胆力が付いている樹なら人前で歌えないくらいはすぐに解決できそうだが。

 

そう思う歌野の横で風が答える。

 

 

「流石に勇者部以外の人にはまだ慣れてないんだと思う、まあ樹ならきっと慣れてくれるわよ。勇者になれるくらい強い子なんだから」

「―――そうね。」

 

 

憑き物が落ちたような顔の風を見て、歌野は満足気に微笑んだ。

 

 

「あ、そうだった。戻る前に、これにあることを書いて欲しいのだけど」

「……なにこれ?」

 

歌野がポケットから取り出した紙を広げる。

女の子が手紙に使う可愛らしいデザインの紙には、寄せ書きのようなものが書かれていた。

 

 

「―――未来の歌手へのファンレターよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕方、帰り道。

 

樹の特訓とは名ばかりの喉自慢大会を開催した俺たちは、人が居ないことを確認して纏まって歩いていた。

 

 

「結局樹の特訓になったのかこれ。」

「なってない……気がしますけど、楽しかったですよ?」

「途中から私ばっかり歌ってた気がする……」

「上手かったわよ友奈ちゃん!」

 

友奈が押している美森の車椅子の後ろを俺と樹で着いて行き、夏凜達は更に後ろにいる。

さっきの一件で仲良くなったのか知らないが、お前ら俺が牛鬼から義輝引き剥がすのにどれだけの労力を費やしたか分かってんのかこんちくしょう。一回指噛まれたんだぞ。

 

人身御供にした俺が悪いけど、あっさり義輝を引き渡した夏凜にも問題はあると思うんだよね。

 

 

俺は横を歩きながらくらーい顔をしている樹を見る。そんなに自信が無いのかねぇ、俺に噛みつけるだけの胆力あるのに。

 

……助け船位は出せるか。

 

 

「なあ樹」

「……はい?」

 

「『やりたいこと』があって、『やれる力がある』なら、『やり通すべき』だと、俺は思ってる。」

「やり通す、べき……」

 

俺の言葉を噛み砕き、反芻し、考える。夢もないやつが偉そうな事言っといてアレだけど、それでも樹は何かを納得したらしい。

 

「―――わかりました。私なりに、やり通してみます。」

「その意気だ、頑張れよ。」

 

ちらっと後ろを見ると、歌野と目が合う。とりあえずこの姉妹のメンタルケアは出来たようで安心か。

 

 

 

 

 

 

 

―――数日後、文句なしの満点合格だった樹の生歌を部室で聞くことになるのはまた別の話。

 

 

そして4回目の戦い。目の前から消えた歌野を追って学校に向かった俺は、妙な胸騒ぎに急かされ足を動かしていた。

 

 

 





樹の歌手の夢については

友奈→詳しくは知らないけど応援してる
美森→薄々勘付いてる
風→知ってるけど知らないフリをしてる
夏凜→テストにしては気合い入ってるなーと思ってる
歌野→風と同じ

と言った感じです


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十四話 先人紅葉は無力である


勇者にならないなら頭を回せば良いじゃない、と。マリーアントワネットよろしくな脳筋思考



 

 

 

胸騒ぎの感覚に従って、叩き割るように屋上の扉を開ける。

屋上に設置された勇者の帰投地点である祠の近くに、6人の勇者であり部員の少女達が居た。

 

―――半数以上が倒れている以外は、いつも通りだった。

 

 

「…………あら……紅葉……」

「歌野、お前達どうしたんだ……」

 

疲労困憊で壁に背を預け座り込む歌野は、眠るように意識を失っている風を。同じように座っている夏凜は、意識の無い樹を膝枕している。

 

 

「ちょっと敵が手強くて……私と夏凜以外が……使ったのよ……」

「―――満開したのか。」

「ええ……一応生きてるから、安心して……」

「わかった、眠いなら寝ていいぞ。」

 

眠そうに目蓋を落とした歌野は、何も言わなくなった。俺は樹の髪を梳すように撫でている夏凜に駆け寄る。

 

 

「夏凜も無事……じゃないよな。」

「全くよ……流石のアタシでも、結構ヤバかった……」

「……お疲れさん。」

 

労うように頬を擦り、目元の涙を拭う。

普段とは考えられないほど弱っている夏凜は、それだけで歌野と同じように眠りについた。

 

腕を枕に眠る友奈と車椅子にのったままぐったりしている美森、歌野と夏凜に膝枕されている風と樹。死屍累々、満身創痍、ネガティブな四字熟語が頭を過っては最悪のイメージが湧く。

 

 

―――たった一度の戦闘の、たった一回の満開でこうなるのか。

 

 

 

遅れて屋上に現れた大赦の医療スタッフに6人が運ばれていく様子を見ながら、俺は凄まじい無力感に苛まれていた。

 

思い上がっていた。

 

おかえりと言ってやれる?

 

帰る場所になれる?

 

 

ただ、それだけ。勇者と戦えない、守れない、こうやって傷付いて行くあいつらをただただ見ているだけしかできない。

 

 

 

 

「―――――。」

 

 

下手に善意のある人間だったら、満開なんてするなと言っていただろうし、戦うなとも言っていた。だが止めなかった。

友奈達が俺の言葉程度で止まるような奴等じゃないからと諦めていたが、ああ、そうだな。止める努力もしてなかった。

 

 

自分は戦わなくても良いのだと、心の底からホッとしていたのだ。

 

 

 

それに―――バーテックス。人類の敵、進化するモノ。何故大赦は、死のウイルスの進化個体である存在にバーテッ(頂点)クスと名付けたのか。

 

 

あいつらには知性がある。

 

1体では負けるからと2回戦で3体投入し、間が空いた時は斥候で1体だけ投入し、6人相手では勝てないと理解し、恐らく今回で7体全てを差し向けてきた。

 

勇者との戦い方を学習し、最適化し、殺し方を身に付ける。あいつらは―――歌野達は、きっとまた満開しなきゃいけなくなる。

満開すればするほど強くなるからって、進化を続ける敵と戦うなんて、まるで勝つ条件の無い消耗戦をやらされているようなもの――――――

 

 

 

 

……?

 

 

 

 

――――――もう戦いは終わったのに、何故俺はまだ続く前提で考えているんだ……?

 

 

魂が騒ぐ。脳が警鐘を鳴らす。備えろ。終わりではないと、蝕むように五月蝿く奏でる。

 

きっと終わりじゃない。寧ろここからだとすら思える。そう考えていると、なんだかさっきのネガティブ思考が馬鹿らしく思えてきた。

 

 

 

―――やってやる。全員生き残らせて、世界の平和も保たせる。

()()()()()()()()二回だって出来るだろ。

 

凡人を舐めるんじゃない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「杞憂だったくらいピンピンしてんなお前ら。」

 

俺もお世話になった例の病院に向かうと、歌野と夏凜を除いた4人は集まって勝利祝いのプチ宴会を開いていた。なーにが『凡人を舐めるんじゃない』だよ、もー俺ったら恥ずかしいんだ。

 

 

「あら紅葉、遅かったわね。ほらアンタの分」

「……風、その眼帯どうした」

「あーこれ?満開と激戦の疲れが溜まってるんだって、ちょっと視力がね。」

 

俺の分の缶ジュースを手渡してきた風の左目には、眼帯が貼られていた。美森が言うには満開をした勇者には疲労の蓄積が何かしらのダメージとして体に残っているらしい。

友奈と美森はまだわからないが風は左目の視力、そして樹は―――――声帯。

 

風の()()は3人に見た目に表れるダメージが無い分余計に痛々しさがある。

 

 

「そういや牛鬼とかはどうなるんだ?」

「……勇者システムも精霊も、戦う必要が無くなった以上は持ってても意味がないんだって。」

「もう会えないのか。最後に一撫でくらいはしてやりたかったんだがなぁ」

「うん、私もそうしたかった。」

 

珍しくしんみりとした雰囲気の友奈。自分より俺になついていると良く嫉妬していたが、家にいるときは独り占め出来た分愛着も一際だったはずだ。寂しくないと言えば嘘になるに決まってる。

 

 

「あたしももっと犬神をモフりたかったワ」

「あいつも俺になついてたな、お前より」

「……それは言わないで。」

 

木霊に頭の上で跳ねられる事もなくなるし、犬神の毛並みを堪能できないし、牛鬼の止まり木にされることも無くなって、戦う必要も無くなり、これからはただの勇者部として過ごして行く事になるのか。

 

懸念としては―――相手が化物だとしても殴り、斬り、撃ち、刻み、打つ感触に慣れた少女が、何の変哲もない日常をこの先純粋に謳歌できるのかが疑問である。

 

 

それはそれとして。

 

「風も樹もお前らも……治るんだろうな?」

「大丈夫だよ紅葉くん、お医者さんもゆっくり疲れを取れば治るって言ってたもん!」

 

「そうですよ、心配性なのは美点ですが、し過ぎは相手を不安にさせてしまいます。」

「うーん、まあそうだな。」

 

 

同意するように話せない樹は首を縦に振る。そこまで言われては何も言えないし、そういうことにしておいてやろう。だが、ここで終えていたらただの美談なのだろうが―――事も無げに言い放った風の言葉で、俺の理性を感情が上回った。

 

 

「それに私たちは世界を守ってるんだからね、これくらいは名誉の負しょ――――「やめろ」

 

 

言葉を遮る為に両手で風の頬を押さえる。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()、俺は自分が怒っているのを自覚していた。

 

 

「も、みじ……?」

「傷付いたことを誇りに思うな、お前は女の子だろうが―――――顔に暫く残るモノがあるのに平気で居るんじゃない!!」

 

「ひっ、う―――」

 

 

まさか本気で怒られるとは思っていなかったらしい風は、完全に怯えていた。

―――あーあー、なにをやってるんだ俺は。

 

 

 

「……すまん、帰る。療養しろよ」

「あっ―――紅葉くん!」

 

友奈の声を無視して、俺はジュースを飲み干しゴミ箱に投げ入れてから急いで休憩室を後にした。

 

 

 

 

 

『もうちょっと怪我しないように立ち回れないのかお前はよぉ、救急箱片手に帰りを待つこっちの身にもなれや。』

『この程度、直ぐに治る。それに我々は世のため人のために戦っているのだからこんな傷は名誉の―――あだっ』

『次名誉の負傷だなんだとか言ったら強めに叩くぞ。』

『なにをする!?』

 

『うーんこの脳筋、あとちょーーーっとで良いから自分が美少女なの自覚して?その柔肌に傷が残ったら俺も■■■も申し訳ないんだよ分かれよ。』

『び、美少女……』

『世辞だよばーか』

『…………そこに直れ!!』

『やーだー。』

 

 

 

 

 

―――世界を守ると言うなら無事に帰ってきてほしい、でも傷付いてほしくない。そう考えるのは俺のわがままなのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

紅葉が居なくなった休憩室。何を言ったらいいのか分からないでいた風は、背後に回った樹にポコポコと背中を叩かれていた。

 

「ちょっ樹、いたたたたた……」

「先程のアレは風先輩が悪いですよ。」

「紅葉くんがあんな感じで怒るの、私初めて見ちゃった。」

「……正直めちゃくちゃ怖かったわ……」

 

 

未だに体が震えている風を見て、美森は言う。

 

「でも、ああやって本気で怒っていたと言うことは、それだけ風先輩が心配だったという証拠なのではないでしょうか。」

「あたしが心配…………ねぇ。」

 

「例えば私の足のこれが、事故ではなく戦いでの負傷だったとして……風先輩はそれに対して『名誉の負傷だ、誇りに思え』と、そう言いますか?」

「そんなこと言うわけ―――ああ、そういうこと……」

 

 

風は美森の動かない両足を見る。事故で記憶と同時に失った足の機能が戦いで失ったものだとしても、それが名誉な訳がない。

 

紅葉はいずれ治るとしても、目を隠した眼帯を周りに見られる事になる風に、強がられたくなかったのだ。

 

 

「紅葉が、あたしを心配―――かぁ。」

 

 

 

ぼそりと呟いた自分の言葉で、風は心臓の辺りが熱くなるのを認識していた。

 

「……あれ、なんだろう……これ……」

 

風がその熱さの正体に気付くまで、大して時間を必要とはしなかった。

 

ついでに樹の叩く力が増した。

 

 

「―――――!!」

「普通に痛いから!止めなさいってコラ樹!」

 

「紅葉くんモテモテだね。」

「人にも精霊にもとは、また贅沢な……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……んーーーーー。」

 

やってしまった。

力も無いやつが有る奴に偉そうに説教か、良い身分だなぁ。

でも風が部員と妹優先で自分の事を後回しにしている性格にイラッと来たのは事実な訳で。

 

 

……蓄積して表れたダメージは疲れを取れば治る、ねぇ。その言葉を嘘臭いと思ってしまうのは、俺がただ大赦嫌いだからか。

 

そんな事を考えていると、廊下に設置されたベンチ座っている少女が咳き込んでいる場面に出くわした。

 

 

「けほっ、こほっ……」

「おい大丈夫か。」

「こほっ……は、はい……」

 

うん大丈夫じゃないね。帰ろうと思ってたのにこう言うのに出会っちゃうんだから、俺の不幸体質も中々だよな。

少女の背中を軽く擦りながら、解決策を練る。

 

「あー、えー……そうだな、ちょっと待ってて。」

 

 

急いで自販機に走り温かいココアを買ってくる。少女にプルタブを開けたそれを渡し、飲むように促す。

 

咳が止まった間に飲ませて背中を擦るのを続けると、数分後には少女の咳が治まっていた。

 

 

「あれ……咳が……」

「カフェインには咳とか喘息を抑える効果があるらしい。効いて良かった、咳止めとか持ってないのか?」

「……苦いから飲みたくないんです。」

 

まあわかるけどさ。漸く俺の体が慣れてきたのか、子供である少女に嫌悪感は無いし触っても鳥肌が立たない。

 

 

「またこうなったらいけないし、次からはちゃんと飲もうな?」

「……ごめんなさい……ありがとうございます」

「良いよ、あー…俺は先人紅葉。嬢ちゃんは?」

「私は……私、は……」

 

 

口ごもる少女は、少しして意を決したように答えた。その目には見覚えがあり、その声には聞き覚えがある。

 

 

 

 

「私は―――伊予島杏(いよじまあんず)です。」

 

 

 

 

儚げな雰囲気で少女は言う。

この間の球子の時のように、少女のその姿は俺の魂を大きく揺さぶった。

 

 




東郷さんにとてつもない皮肉を言わせてしまった事に書き終わってから気付いた。

そしてワザリングハイツさん、登場。


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十五話 三好夏凜は無力である


番外でうたのんとみーちゃんくっ付けたら凄い盛り上がってるし本編一話分より感想多いし正直笑った。皆百合が好きなんでしょもっと素直になってほら




 

 

 

「例えば、杏の友達が顔に傷作って会いに来たとして、これは名誉の負傷だとか言ってきたらどうする?」

「……当然怒ります。」

「だよねぇ」

 

俺間違ってないじゃん。

咳も落ち着いた杏と並んで座り、俺は人生相談というか悩み事を聞いてもらっていた。

 

少しして、でも、と杏は続ける。

 

 

「きっとその友達も、相手に心配して欲しくないからこそそう言っているのかもしれません。」

「そうかね」

「そうですよ、多分。」

「多分か。なら、そうなのかもなぁ。」

 

 

さっきの今じゃ会いづらいし、退院したら謝ろうかなぁ。こうしてずるずる先延ばしにするから関係が悪化するのだが、この程度で根に持つような奴等を好きになった覚えはないし大丈夫でしょ。

 

「―――杏は、友達が好き?」

「―――はい。大好きです。」

「そ。大事にしな」

 

そう言って立ち上がる。あー、なんだろ。なんか泣きたくなってきた。温くなったであろうココアを買い直す分の小銭を握らせ立ち去ろうとすると、杏が引き留めてくる。

 

「あの、こ、これ……」

「それでなんか好きなの買いな。」

「そんな……悪いです!」

「……じゃあ、貸し1。

そのうちなんか手伝ってもらうよ。」

「……わかりました……」

「ガキ相手に変なことは頼まねえよ」

 

ぐしゃぐしゃっと髪をかき回して、今度こそ立ち去る。あいつらが退院するまでは勇者部も休みだなーとか考えながら、病院を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

家に帰っても居なかった夏凜を探してあっちこっち、砂浜の方面を歩いていると、ようやく夏凜を見つけた。

こいつ隙有らばいつも木刀振り回してんな。

 

 

「おーいかりーん。」

「―――――ッ!」

「……集中してんなぁ」

 

夏凜の元へ近付きながら声をかけるも、無反応でひたすらに木刀を振っている。どちらかと言えば剣舞に近いその動きは、自分よりデカいモノを斬るために最適化した結果なのだろう。

 

やがて動きが止まり、一呼吸分の休憩を挟んだ夏凜の背後に回ると俺は―――思い切り手を叩いて鳴らした。

 

 

「うわーーーーー!!!??」

 

「うおーーーーー!!!??」

 

 

結果、木刀で頭叩き割られそうになった。

 

咄嗟にクロスして防御した両腕に凄まじい衝撃が走り、腕が痺れる。経験則で分かるが確実に腕に亀裂入ってると思う。

だってガキの頃に歌野にクワでぶん殴られた時と同じ痛みがあるもんこれ、やめろよまた病院行くとか絶対やだからな。

 

 

「う、うごごごごご……」

「―――あ、ごめん」

「いいよ……うおお……」

 

哀れ、クロスしたとき上にした左腕には青アザが出来ていた。まあ亀裂とかアザ程度なら1日で治るけどさ、痛いもんは痛いのよ。

 

 

「……で、なにしに来たのよ。」

「うおあー…………病院に見舞いに行ったらお前も歌野も居ないから探しに来たんだよ、もしかして入れ違いで行ってた?」

 

「あ、多分そうね、歌野は帰りの途中で別れたから知らないけど。覚えは?」

「八百屋巡りでもしてるんだろ、あいつらが退院するまで勇者部もやることないんだし。」

 

自分の育てた野菜以外の出来も確認するのが楽しいらしい。俺にはわからない感性だし、理解しようとも思わない。

俺は二振りの木刀を片手で持ち砂浜から出る夏凜を追いかける。じくじく痛む左腕からの危険信号を無視して、夏凜と並列で歩く。

 

 

「……ほんとごめん」

「大丈夫大丈夫、明日には治ってるから。」

「相変わらずふざけた回復力してるわね、羨ましいくらいよ」

「治りが早いだけで痛いのは変わらんからやめた方がいいぞ」

「そうなの?」

「そーなの。」

 

悪い意味で痛みに慣れてくるんだよねぇ。

殴られたら痛い、切られたら痛い。ってのは忘れちゃ駄目なんだよ、俺は……まだ痛覚あるし大丈夫だと思う。

 

その後も適当に会話をしていると、ふと夏凜が呟いた。

 

 

「……私って、このまま勇者部に居てもいいのかな。」

「なんで?」

「だって私は戦う為にここに来たのよ?」

「そうだな。」

 

「じゃあ、戦いが終わった以上居る理由が無いじゃない。」

「そうかなぁ」

 

なにを言うかと思ったら……まあ大赦に居たときから訓練訓練訓練で碌に友達と触れあうことも無かったんだ、この先どうしたら良いかわからないんだろう。

 

 

「夏凜はどうしたい」

「……私?」

「うん、お前は帰りたい?残りたい?」

「―――私、は……」

 

「そもそも、自主的に大赦の勇者辞めちゃってるお前に行くとこあんのかよ。実家には帰りたくないんだろ」

「うっ……」

 

「俺はお前が居なくなるのは寂しいから嫌だぜ?」

「…………それ誰にだって言うでしょ」

「心外だなぁ」

 

私は知ってるんだぞとでも言いたげな目で睨まれる。うーん信頼がない、泣けるね。

 

 

「それにあの家だって、もう実質お前の家でもあるんだからな?」

「……いや私はただの居候で「俺は」

 

夏凜の言葉を遮って、前に立ち歩みを止める。

 

 

「俺は、お前も家族だと思ってる。だからあの家はお前のものでもあるんだよ。」

「―――あんたって、ほんと変」

 

知ってるよ。それに俺になにかあったら家主がお前になるように契約し直したんだから、居なくなられちゃ困るんだよなぁ。

 

 

改めて横にならんで歩く。チラッと横目で夏凜を見ると、どことなくまだ悩みが残っているように見えた。すぐに決められないと言うのなら、うちの最終兵器を駆り出すしかないな。この手だけは使いたくなかったんだがまだ悩んでるんだもん仕方ないよね。

 

 

 

 

とかなんとか考えていると、ようやく家に到着した。扉を開けて先に入ってから振り返り、夏凜を見据えて言う。

 

 

「―――――おかえり。」

「……………ただいま。」

 

 

うん。やっぱ、俺のポジションは()()だよなぁ。言葉を返しながら恥ずかしさからかそっぽを向く夏凜に苦笑を溢しつつ、俺は家に帰宅した。

 

 

「あーそうだ、どうせ明日も砂浜で木刀振り回すんだろうが、念のため歌野連れてけ。危ないからな」

「―――あんたは?」

「あいつらが居ない間、誰が部室の掃除すると思ってんのさ。」

「……そうね。」

 

そうだよ。

 

その後は、歌野が帰って来て3人で飯を食ってから風呂入って寝た。おわり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「完!全!復!活!」

 

数日後、退院して学校に来られるようになった四人は放課後に部室に集まっていた。

左目に花柄が付いた眼帯を巻いた風が右手を帝王よろしく天に掲げ、樹はスケッチブックを常備している。筆談かぁ、大変じゃない?軽くで良いから手話習えば?

 

それか機械音声に喋らせるか。ゆっくり樹だな。視界の端で部室を見渡していた友奈が、俺に質問してくる。

 

 

「……ねえ紅葉くん」

「なんすか」

「夏凜ちゃんは最近部室に来てないよね?」

「来てないよ」

「なにかあったの?」

 

言っても良いのかなこれ、まあ友奈だし大丈夫か。問題解決自体は歌野に任せればどうにかなるだろうし。

 

「んー、夏凜も悩んでるのさ。戦う為に来た自分が戦いの終わった今、まだ勇者部に居ても良いのかどうか。」

 

「そんな……夏凜ちゃんは勇者部の仲間だよ!」

「夏凜も義理堅いっていうか堅物というか、もう少し気楽に考えたら良いのにねぇ……」

「(それが夏凜さんの良いところなんじゃないですか?)」

 

「まあ弄り甲斐はあるよね。」

「紅葉くんはそろそろ本気で殴られますよ?」

「あーうんそうだね」

 

 

この間珍しく寝過ごしてた夏凜起こそうとしたら、夜這いと勘違いされて顎に良いの貰ったから今更だぞ美森よ。

ふざけて顔近づけた俺も悪かったけど。

 

やんややんやと会話を弾ませていると、突然友奈が立ち上がった。

 

 

「私、夏凜ちゃん探してくる!」

 

「あっ、友奈!もう……紅葉!」

「歌野が付き添ってるから大丈夫なんだけどなぁ」

「いいから!」

「へーい」

 

大急ぎで部室から飛び出した友奈を追いかけるように風に指示され、仕方なく追いかける。

 

 

……うわもう見えない、あいつ足早いなー。

 

武術習ってる勇者と一般人の俺とじゃ素のスペックが違うんだよちくしょう。ほんと、追いかけると引き離されて、追い付かれたらそのまま走り抜けられるなぁ。

 

清々しすぎてもう悔しいとすら思わんよ。

 

 

 

 

 

歌野の性格を考慮しなかったことで俺が後悔するまで、残り数分。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遅れて友奈に追い付くと、友奈は砂浜に降りる段差と大差の無い階段の上でおろおろしていた。

 

 

「うおえぇ……ゆ、友奈……どうした……」

 

息を切らした俺が陸に打ち上げられた魚みたいに必死に呼吸していると振り返った友奈は、俺の背中を擦りながら砂浜の方に指を向けた。

 

 

「歌野ちゃんと夏凜ちゃんが喧嘩してる!」

「………ナンデダロウネー、フシギダネー」

 

俺渾身の棒読みは案の定ガン無視されるが、まあいい。砂浜と言う足場の悪い場所で、夏凜と歌野は殴り合っていた。

夏凜の鼻から血が垂れている所を見るに、不意打ちで頭突きでも食らったのだろう。

 

 

あれーおかしいねー俺は『夏凜の悩み事の相談に乗ってあげて』って言った筈なんだけどねー。

 

 

「……とりあえず止めるか。」

「そ、そうだね!二人ともー!!」

 

俺と友奈が駆け寄ると、それに気付いた二人は一瞬こっちを見るけど、すぐ相手に視線を戻す。

 

 

「いや再開するなよ。俺『悩みを聞いてやれ』っつったよね?おい歌野、お前人の話聞いてた?」

「聞いてたわ、よ!」

 

そう言って歌野は顎を狙った右フックを避け、夏凜の腹をヤクザキックで蹴り飛ばす。モロに食らった夏凜は砂浜を転がった。

 

じゃあ対話して?誰が肉体言語で会話しろって言ったよおいゴリラ、こっち見ろ。

 

 

「……仕方ない。」

「も、紅葉くん?」

 

「見てろ、俺の生き様を……」

「紅葉くん!?」

 

 

俺はそう言って、助走をつけて拳を振りかぶった二人の間に走って入る。クロスカウンターになったであろうパンチを見事なまでに両方から貰い、鈍い音と共に俺の意識は闇に沈んだ。

 

 

 

後で歌野はお説教してやるからな……

 

 





歌野の性格、言動行動がだいぶ違うのは諏訪で戦っていたか否かでかなり変わってくるからです。あと紅葉の影響。


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十六話 勇者部の慰安旅行である・前


誰かがこの作品を楽しみにしてくれる限り失踪なんてしないので心機一転今回が初投稿です



 

 

 

 

「痛いったら、もう少し加減してよね」

 

「我慢しろ馬鹿」

 

 

部室に戻った俺たちは、救急箱を引っ張り出して二人の顔の傷を消毒していた。

消毒液を染み込ませたガーゼを歌野の切れた目蓋の傷にグリグリ押し付ける横で、夏凜は友奈に手厚く看病されている。

 

『痛くない?』とか『大丈夫?』とか聞かれながら手当てされてるせいか、夏凜の顔は赤い。ふははは羨ましいか歌野よ、お前を手当てしてるのは加減せず消毒液べちゃべちゃ押し当てる幼馴染だ。正当な罰として受け取りタマえ。

 

……いやタマってなんだ。

 

 

「ほい完了」

「あいたっ」

 

ガーゼを貼って、ついでにぺちんと叩く。

手当てで分かった怪我は、歌野が左まぶたを殴られた事での裂傷と目の周りのアザに口の端が切れているだけ(?)に対し、夏凜は裂傷、アザ、頬の打撲に鼻血と中々に痛そうである。

 

 

でもガキの頃やった歌野との喧嘩で俺が負った怪我と比べたら大分軽傷だから、流石は訓練積んでる勇者っすね。

 

ほら漫画とかでもあるじゃん、『肋骨が何本か折れたな……』ってやつ。あれ実際に体験すると痛すぎて呼吸できないからね。そのうえで肩掴まれて何回も腹に膝蹴りされた時の話しようか?

 

 

 

「―――うん、歌野と夏凜が浜辺で青春してたのはわかった。」

「(青春が血生臭いよお姉ちゃん)」

「俺は『話せ』と言ったんであって『殴れ』とは言ってないんだよなぁ。」

 

ぶすっとして黙り込む夏凜は置いておき、歌野の顔面を掴んで聞く。

 

「お前の思考回路では『話せ』は『殴れ』に変換されるんか?お?」

「いだだだだだだ!! だ、だって夏凜は簡単に相談に乗らせてくれそうにないし、それなら拳を交えて……こう……上手いこと聞けないかな?って思ったのよ!」

 

「そこからどうやったらレッドファイトに繋がるんだよこのすっとこどっこい、お前時間経つと平然とルール無用のダーティプレイ始めるんだから加減しろ馬鹿たれ。」

 

 

具体的には目潰ししたり距離を取ったと思ったら靴下脱いで土詰めて即席ブラックジャック作り出すくらい。当時それで乳歯だった奥歯がへし折れたのまだ覚えてるからな。

 

「―――まあこの件は今度にしよう。それで夏凜、お前、決心はまだ纏まらないのかな?」

 

「……私、は……」

 

 

…………?いや黙らないで?

 

「夏凜ちゃんどうしたの?」

「……顔中痛くて喋りたくない」

 

 

歌野を見る。顔を背けるなコラ。

 

「……はぁ、勇者システムって回復力上がらんの?」

「上がりますけど、精霊の存在が前提な所為か紅葉くんみたいに直ぐ治ったりはしません。」

「不便だなぁ」

「アンタが変なだけヨ……あら?」

 

 

美森がパソコンで子猫の里親探しのホームページ改良をしている横で事の顛末を見ていた風は、スマホにメールが届いたらしく確認すると席を外した。あの反応を見るに大赦絡みか。

 

机に顔を突っ伏して周りの視線から逃れようとしてる歌野に、その向かいで友奈に慰められる夏凜。 ……を血涙を流しそうな程に凄い顔して見ている美森を無視して、俺は樹の横に座って小声で話しかけた。慌ててスケッチブックを開こうとした手を止める。

 

 

「いーよ、書くの大変でしょ。」

「―――。」

「話せないって不便だよなぁ、俺なら耐えられないかも。だからそうやって頑張ってる樹は偉いんだよ。」

「―――!」

「事実だって。しっかり休んで、早く喉治そうな。」

 

 

何かを言おうとして、それでも声が出ないから口を閉じる。何日か経っても一向に改善されない満開の―――後遺症、と呼べば良いのか。それを見ていると、嫌でも万が一の答えが脳裏を過って仕方がない。

 

 

だが、まだそれは仮説の段階だ。

断定するには情報が少なすぎる。

 

 

()()()()()()()()()()()―――――そんなことは、決してあってはならないのだ。

 

 

「……あん?」

 

くい、と制服の端を引かれる。

 

 

樹が不安そうな顔をしていた。考えが表情に出ていたらしく、部室に鎮座しているなんかに使うデカい鏡を見れば、俺の顔は険しく眉間に皺が寄っていた。

 

 

「……だいじょぶだいじょぶ、樹が笑ってくれたらさ、俺も笑えるから。」

「―――。」

 

そう言って樹の頬を両手の人差し指で押し上げる。歪な笑みが出来上がり、お返しと樹が俺に同じ事をした。ほーら笑えた。

 

 

「なぁにうちの妹とイチャイチャしてんのよ、あたしの目が黒い内は手出しさせないからね。」

「してるように見えるんだ?」

「―――!?」

 

()姉さん、妹さんを俺にください! って言ったらどうする?」

「変身してぶっ飛ばす。」

「俺多分死ぬと思うんですけど」

 

 

馬鹿野郎首から上が無くなるだろ

 

 

「んで、さっきのメールなんだったのさ。

悪魔召喚プログラム?」

「ナニソレ。さっきのはアレよ、戦いを終わらせたあたしたちへの報酬と労いを兼ねて、慰安旅行として合宿先を用意してくれたらしいワ。」

「あいつらって人の心あったんだな。」

 

 

いや意外、まあそうか。

 

()()()()()()()()()()()()()()もんな。

 

 

「それってどんな所なのかな?」

「さあ?当日まで秘密だって。」

「慰安旅行……ですか。」

 

「日頃の行いによる正当な報酬なんだから、ありがたく満喫すれば良いじゃん。バチなんか当たんねーよ。」

「そうだよ東郷さん!皆頑張ったんだもん、精一杯楽しもう?」

「―――友奈ちゃん……」

 

美森は友奈を間に挟めばスムーズに話通じるから楽で良いな、美森専用ブローカーと化した友奈は特に労われるべきだと思う。

 

 

「ま、良かったじゃないか。じゃあ土産に期待しとくわ、歌野に財布渡しとく。」

 

「は?」

「え?」

「ん?」

 

「……なんだよ怖いな。」

 

俺の当然の発言に、対して風と美森と友奈に同時に返される。同時だったから声が重なってビビった。

 

「どうせメールには『勇者の皆様へ』とか書かれてたんだろ?」

「……そうだけど……」

「なら『勇者』であって『勇者部』じゃないんだ、俺はカウントされてないよ。」

 

大赦からしたらあいつってなんかしたの?だからね、俺ならそんな奴ハブるし当然。

 

「っ―――そんな……」

「風先輩……どうにかなりませんか?」

「ええ、ちょっと聞いてみる。」

「そんなことしなくて良いのに。」

 

素で言い返すと、風は病院の時の俺みたいに怒った様子で俺を見る。

 

「あんたは仲間じゃないなんて言わせない。紅葉も、一緒に行くの。分かった?」

「あ、はい。」

「―――!!」

 

樹も同意見らしく、無言で俺の腰をぼこすか叩いてくる。あー困ります樹さん腰は地味に響くのでお止めください樹さんあー困りますあー。

 

この樹野郎強かになりやがって……

 

スマホをカチカチ弄ってた風が、画面を見て声を出した。

 

「……返信来たわ、紅葉も一緒で良いって。」

「やった!」

「良かった……」

 

「すげー嫌そうに返信した顔が見える」

 

 

許可するしかないよなぁ、勇者怒らせたくないもんな。大赦も苦労してんのかなーと思ったけど別に同情はしない。ざまーみろ

慰安旅行と言う名の合宿先へは夏休みに向かうことが決定し、俺たちは終業式を行った。俺は終わるまで爆睡したが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんな訳で海へとやってきたのだった。」

「急にどうしたの?」

様式美(お約束)。」

 

 

青い空、蒼い海、白い砂浜、見目麗しい美少女の水着と。男からしたらさぞかし楽園のような光景なんだろうが、俺からしたら一癖どころか三癖くらいあるのを知ってるから素直に喜べない。

 

 

「なによう紅葉ったら、女の子の水着姿なんて滅多に見れないのよ?もっと喜んだら?」

「自分で言うな、あーはいはい可愛い可愛い。さっさと夏凜と水泳対決でもしてこい。」

「雑じゃない!?」

 

風を適当にあしらって、ビーチパラソルを突き刺してシートを敷き、そこに座る。一応下に泳ぐ用の半ズボンタイプの海パンを着ているが、上にはクソダサ農業王Tシャツと日焼け対策のジャンパーを羽織っていた。

 

 

「―――?」

「俺は良いから行ってきな。」

「――――。」

「荷物番が居るでしょ?」

「―――……」

 

今度は樹が来て俺を誘う。俺が断ると少ししょんぼりした顔で海に歩いていくが、砂浜が熱かったのか走っていった。

 

 

いやー俺も海に入りたいのは山々なんだけどねぇ、流石に()()が見えたら心配されちゃうからね。樹を見送ってから無造作にジャンパーの左腕の袖を捲ると、そこには―――

 

 

 

「……ほんと痛々しいなこれ。」

 

 

―――刃物で切断されかけたかのように、斜めに出来た切り傷が塞がった古傷のようなものがあった。

 

ほんの数日前にいつの間にか出来ていたこの傷には覚えがなく、また痛みも無いから放っておいたがあいつらに見られたら余計な心配になるから上脱げないんだよ。

 

 

しかしこれ、どうやったらこうなるんだろうな。湾曲したモノじゃないとこうはならないから、刀傷ではない。

 

 

 

例えばそう―――――大鎌、とか。

 

 

刹那、視界が切り替わる。

 

 

 

 

 

 

 

 

『なぜ褒めてくれないの』

『なぜ讃えてくれないの…』

『なぜ愛してくれないの……!』

『今までさんざん頼っておいて、状況が悪くなったら手のひらを返す。』

『私の価値を認めてくれないなら』

『私を愛してくれないなら』

『そんな奴ら、いっそのこと―――』

 

 

―――殺してやる。

 

 

『死ね―――!!』

 

『――っ、ぐ、おおぉあああ!?』

 

『紅葉!!』

 

『―――ッ! な、んで……!』

 

 

 

――少女が、村人に大鎌を振りかぶる。俺はその間に割り込んで大鎌を代わりに受け止めた。

防刃ベストの中身を取り出して腕に巻き付けた即席の籠手すら容易く貫通し、二枚重ねのそれを切り裂いて、俺の左腕に鋭利な凶刃がめり込む。

 

腕の三分の一に突き刺さり、痛みを超越してただただシンプルな燃やされたような熱さに襲われ、視界が白黒に明滅する。

 

でもそれ以上に、眼前の少女があまりにも可哀想で、哀れで、無力ながらに救いたくて、腕の痛みなんて気にも―――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オーバーヒートした思考を強制停止するかのように、俺の意識の電源はまたブツリと落ちた。

 





大鎌の少女……いったい何・シャドウなんだ……


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十七話 勇者部の慰安旅行である・中


過去と未来でリンクしてるって予想されたのは想定の斜め上でしたが正直凄い面白く、もうそっち路線にストーリー切り替えた方が良いのではとすら思えてきました。でも違います(無慈悲)

まあ自分でも紛らわしい書き方したなーとは思ってます。



 

 

 

「―――……て」

 

 

声が聞こえる。

 

 

()()()()()()()()、それでいて()()()()()()()、二律背反した感情が魂を揺さぶった。

 

 

「―――起…て」

 

 

さわさわと木々の擦れる音がして、涼しい風が頬を撫でる。

 

 

 

「―――起きてったら」

 

「もがぁ」

 

べちっ、と顔を叩かれる。

痛くは無いが、流石にここまでされたら起きるしかないだろう。

 

「やっと起きた。」

「叩き起こしたの間違いだろ」

「ふふっ、相変わらずだね。」

「あー……ごめん、誰?」

 

 

鈴を転がしたように心地好い声で笑う、短い茶髪が愛らしい巫女装束の少女。

見上げる形で見ている事と後頭部の柔らかさから膝枕されているのだろうが、俺はどうも……この少女に見覚えがなかった。

 

 

「……覚えてないよね、事情が事情だもん。」

「でも、どこかで……会ってる?」

「キミにとっては、そうなるのかな。私にとっては大事な戦友みたいなものだけど。」

 

「……お前くらい可愛いなら、絶対忘れないんだけどなぁ。」

「じゃあ覚えといてよねー。」

「いててててて」

 

ふざけたら鼻をつねられた。樹のような強かさを感じるぞこいつ、なんか俺の扱いがやけに手慣れてる気がするんだけど。

 

 

「……と言うか、ここどこ。」

 

寝転がりながらでも分かる範囲を見回す。何処かの村……なのか。自然が多く、大きく畑が耕されていて、俺と少女は畑の近くの木陰に居た。少女は俺の髪を弄りながら答える。

 

 

「分かりやすく言うと、精神世界……かな。魂の中にあって、その人を表す形をしているんだ。」

「……この世界の主絶対俺じゃなくて歌野だろ、俺こんな畑好きじゃないし寧ろ嫌いな方だぞ。」

 

 

畑はなぁ……ガキの時に畑関連で歌野とガチ喧嘩したときにクワでフルスイングされたからトラウマっていうかなんというか。

 

「―――じゃあ多分、それだけうたの……って人がキミに強く影響を及ぼしているのかもね。」

「……ああ、なるほど。」

 

見える範囲で言えば、畑はかなり広い。少なくとも俺と歌野宅を合わせても足りないくらい。

精神世界と言うことは一切誤魔化せない訳で、つまり俺にとってはこの畑=歌野で、その広さ=俺の歌野への想いと言うことになる。

 

やだーもー恥ずかしー

 

「んー、じゃあこの木はなんなの」

「これは……ちょっと恥ずかしいけど、私。」

 

 

あんたも恥ずかしいんかい、嫌なお揃いだぜ。

 

少女は朱色に染めた頬を緩ませる。まるでその目は愛しくて仕方がない息子を見るようで、俺にはそれが酷く懐かしく感じた。

 

なのに、分からない。

この少女は誰なのか。

 

だが、俺の中の『何か(誰か)』はこの少女に絶対の信頼を寄せているらしい。木がアホみたいにデカい大木なのが良い証拠だ。

 

 

「……覚えてないのに、分からないのに、俺はこんなにもあんたを心の拠り所にしてるのか。」

「そうなる……の、かな?」

 

なんで疑問系なのさ。少女の頬を引っ張ってやろうと左手を伸ばしたとき、傷が目に入った。

 

「そういや、俺のこの左腕なんだがどうなってるんだ。」

「それは紅葉の記憶だよ。最近になって、ようやく体が思い出したってことだね。」

「プラシーボ効果のやけどか。」

「うーん……分かりやすいね。」

 

ほんとにね。左腕の古傷は、つまり俺じゃない俺が負った傷と言うことだ。触ると僅かに膨らんでいるその切り傷の感触に気色悪さを覚えていると、少女が言う。

 

 

「……ねぇ」

「なんすか」

 

「キミは時々、何かを思い出しそうになるよね。さっきも忘れていたことを思い出そうとした。」

「あー…………そうだな。」

 

気付くと無意識に左腕を掴んでいた。気を失う直前に想起したあの痛みも、熱も―――少女の悲痛な顔も、俺は()()()()()()()()()()()()

 

さっき気を失ったのも、何かを思い出しそうとしたのがトリガーになったのか。申し訳なさそうにする少女を見て、流石の俺も色々と察してしまう。

 

「―――俺の意識を強制停止させたり記憶をモヤで包んで思い出せなくしてたのは、あんたか。」

「……うん、そうだよ。」

 

「なんでそんな事をした?」

「無理に思い出そうとすると脳の負担が大きいからっていうのもあるけど、今はまだ早いの。」

 

早いと来たかそうですか。

……色々と分かったこともあるのにそれ以上の問題を三つも四つも用意するのやめませんかね。

 

 

「じゃあ何時なら早くないんだ。」

「それは、その時になるまでわからない。」

「はぁ……で、傷が現れる程に強く記憶が甦ると意識が落ちて、そうでもない時の軽い想起では記憶が薄れていずれ忘れる。と」

 

記憶処理……か。とすると、やっぱ()()()()()()なんだな。

こんな不可思議な現象を引き起こせる奴なんて限られる……ったくふざけやがって。

 

 

「……ごめんね」

「お前もアレに利用されてこうなってるんだろ。だから許す。」

「……そういうあっさりした感じは、やっぱり『先人紅葉』なんだね。」

 

額の髪を横に分けながら少女は告げる。何かを諦めているようで、それでも誰かを一途に信じ続けている人間は、きっとこんな顔をするのだろう。

 

なんて事を考えながら涼しい風を感じて、少女に頭を撫でられる。普段は撫でる側だからわからなかったが、存外悪くないねこれ。

 

 

「そういえば、さ。」

「ん?」

「……こっちのうたのんってなんであんな……こう、肉体言語で話そうとしてるの?」

 

「いやー俺が知りたいっす。」

 

 

 

お隣さんとして挨拶したときはまだ普通だった。あのだっせえTシャツはともかく。

 

 

 

 

―――――。

 

 

 

…………あ。

 

 

 

「あーーーーー思い出した。」

 

「ど、どうしたの?」

「……歌野がああなったの、お互いに瀬戸大橋の一件で親が死んでからだ。それで荒れてたあいつを死ぬ気で矯正したんだったわ。」

 

「……今思い出したの?」

 

 

はい。

この夢が記憶を管理・整理する世界だからか、俺の中のバラバラに解れてた記憶が元に戻った。

 

「……今まで記憶の前後が曖昧だったのはあれだ、当時の歌野と大喧嘩した時にボコボコにぶん殴られたからだと思う。」

 

そりゃそうだってなるけどさ。

親が死んで平常心で居られたのは俺だけ。歌野は一時、流石の俺もドン引きするレベルで大荒れだった。台風かなってくらい暴れてたし。

 

 

「うん、そう考えると今のあいつ昔より大分マイルドになってるな。」

「あれで……?」

「言っとくけど『寄らば斬る』どころか『目があったから殴るわ』ってくらいだったからな。」

 

たまに話すより殴る方が早いって思考になるのはその時の名残でしょ。中学に上がる前にどうにかできて、本当に良かったと今になってホッとしてるぜ。

 

いやー幼馴染も楽じゃないよ。労災保険申請したら降りないかな。

 

 

「……『こっちの歌野』はまあゴリラみたいな感じだけど、『そっちの歌野』は、どんな奴なんだ。」

「私の知ってるうたのん?」

「ああ。」

 

こっちだのそっちだの、まるで俺たちや歌野が複数存在してるような言い回しをしている事がおかしいのは分かっているが、まあ良いでしょ。起きたらこのこと覚えてないんだし。

 

 

「こっちのうたのんは――――……紅葉?なんか透けてるよ?」

「はい? ―――うわほんとだ」

 

俺の体を見ると、半透明になっていた。

なんじゃあこりゃあ……!!

 

……ふざけてる場合じゃないか。

 

 

「……どうやら夢から覚める時間が来たらしい。もーちょっと居たかったんだがね」

「……そっ、か。」

 

 

視界が白くなって行き、少女の顔が見えなくなっている。

極限まで眠くなったときのように意識と目蓋が重くなり、碌に思考も練られなくなってきた。

 

 

……あー、そうだ。

 

 

……ヒントのこさなきゃな……

 

 

「……なあ、■■……」

 

「なぁに?」

 

 

 

 

 

ペン、もってない?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――起きなさーい」

 

「うごぁぁ……」

 

 

ごすっ、と顔面を叩かれて起こされた。

さっきのよりいてえ。

 

……さっきってなんだ。

 

 

「なんだよ」

「様子を見に来たら倒れてたんだもの、熱中症?」

「……あー……いや、寝不足。」

 

起きたら、眼前に歌野。また膝枕ですか。

 

……いやまたってなんだ。

 

 

……なんか忘れてる気がする。夢なんて覚えてる方が珍しいもんだけどさ。

 

 

「まあいいや」

「なにが?」

「なんでもなーい」

 

起きて振り返り、歌野を見る。

心底不思議そうな顔をしていて、それがなんでか懐かしく思えた。

 

「まったく。皆旅館に戻ってるから、私たちも戻りましょう?」

「着替えに時間かかるだろ、先行ってて。」

「りょーかーい。」

 

パラソルを畳んで肩に担ぎ持っていった歌野を見送り、立ち上がって関節を鳴らす。バッキバキだった。

 

うぬおおおお……

 

「おおお―――お?」

 

 

 

不意に左手を見ると、何かが書かれていた。誰かのイタズラかと思い確認するとそこには―――

 

 

 

『ふじもりみと

みーちゃん

だいじなひと

わすれるなよ

 

もみじ さん』

 

 

 

―――平仮名の走り書きで、そう記されていた。

 

 

 

 

 

 

 

……もしかしてヒント?しかもこれだけ?

 

えぇ嘘でしょ……夢の俺ふざけんなよコラァ!ヒントこれだけってなんなんじゃい!!

 

 

 





読者の方々にほぼ答えのヒントをぶちこむ回。

精神世界は物凄く簡単に言えば、心がガラスの弓兵のアレです。その人物を表す記憶や思い出で構築されているので、紅葉が起き上がってより詳しく調べていればもっと情報を引き出せました。

尚みーちゃんの膝枕堪能したい欲には抗えなかった模様、紅葉も男の子だからしゃーない。


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十八話 勇者部の慰安旅行である・後


ちょっと長いです。



 

 

 

日は落ちて夜。女将さんに案内されて旅館の一室に通された俺たちの目の前には、普段はお目にかかれないだろう豪勢な料理が並んでいた。

 

 

「凄い、カニカマじゃない……!」

「そりゃカニそのものだからね。」

 

友奈の絶妙にズレてるボケにツッコミつつ、部屋を見渡す。6人で寝るならまあ十分だよねって感じの広さだった。んで俺の部屋どこ。

 

 

「ちょっと豪華すぎない? あのー……部屋間違えてたりとかは……」

「いいえ。とんでもありません、ごゆっくりとお寛ぎ下さいませ。」

「あー、はい。どうも……?」

 

風の質問をバッサリ切った女将さん達は、それだけ言って部屋から出ていってしまった。

 

 

すいませーん、もしかして俺こいつらと同じ部屋ってことなんですかねー。

これはもしかして俺が男として見られていない可能性が……?

 

 

「俺は女だった……?」

「アホみたいな事言ってないで座ったら」

 

「あ、はい。」

 

夏凜に促され、テーブルに向かう。

部長として誕生日席よろしく端に座った風を筆頭に、樹と俺と美森、反対に夏凜と歌野と友奈の順で座った。歌野は俺の席のカニ見てんじゃねえぞこら、やらんからな。

 

 

…………ほんとにやらんぞ。

 

 

 

 

そんな顔してもダーメーだー。

 

 

 

 

ダメっつってんだろおいコラ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

食事を始めて暫く、そーっとカニの足を持ってこうとする歌野の手にハサミ(カニの手)をぶすりと突き刺していると、友奈が俺の顔をじっと見ていることに気付いた。

 

 

「どーした友奈。俺の顔になんか付いてる?」

「―――あ、ううん、なんでもないよ?」

「えーほんとにー?」

「ほんとだよぉー」

 

そう言ってカニを()()()()()()頬張る友奈を見てしまっては何も言えない。食事をいち早く終えた歌野が俺のカニにしつこく手を伸ばしてくるので、ハサミを額に突き刺す。

 

白鳥号の轟沈を確認。

 

 

「色気より食い気とは良く言ったものだぜ。」

「花より団子ってやつ?」

「そーそー。あとお代わりを平然と頼んでる時点で歌野と同等だって気付こうな、風?」

「うぐゥー!?」

 

2人目の轟沈を確認。そうえばこいつ家でも結構食ってたな、太らない質なのか勇者として戦うとカロリー消費がとんでもないのか。

 

 

「あんたら食べながら騒がないでよね」

「完成型様はお行儀もいいようで?」

「ふん、当然でしょ!」

 

夏凜は風にドヤ顔披露してる所悪いけどお前、俺が矯正するまで刺し箸に寄せ箸に迷い箸までやって歌野に強めにひっぱたかれてたよね?

 

……まあ今ではやってないし言わんでやろう。

 

 

「―――。」

「ん? ああ、醤油ね。」

「―――――。」

「どーも」

 

樹に袖を引かれる。醤油が欲しかったらしく、俺の手元にあった醤油を渡すと樹からワサビを渡された。ラッキーちょうど欲しかったんだよね。

 

「紅葉くんは、樹ちゃんの言いたいことが分かるんですか?」

「いやまったく。俺は雰囲気で言いたいことを察している……の、かも?」

「どうして疑問系なんですか……」

 

 

実際そうだし、心が読める訳じゃないし。歌野の精霊が覚だけど精霊は義輝以外喋れないから代弁できないのがなぁ。

 

なんで分かるのかは、単純に表情と目線と状況から当たり障りない選択肢を取ってるだけです。

 

 

最後の一口を食べ終わり、美森に耳打ちする。

 

「お前だって、友奈が何考えてるかとか言いたいことはなんとなく分かるだろ?」

「……ええ、それは当然。」

 

当然なのか……

 

 

「じゃあ聞きたいんだけど、友奈って何か隠してるよな。あいつだけだぜ?

()()()()()()()()()()()()()()()()のは。」

「―――――それ、は。」

 

 

樹の声帯、風の視覚、美森の聴覚。満開をしてない夏凜と歌野は除くとして―――なら友奈は何処がおかしくなっているんだ?

 

頭の回りに集中している事から、嗅覚や味覚だと推理してはみたが……いくら自分のことを隠すのが上手いからって、豪華な食事の味も匂いも感じられないことが辛くないわけがない。

 

一瞬だけ表情を崩しでもすればわかるのだが……さっきも見たように、本当に美味しそうに食べていることから嗅覚・味覚が使えないわけではないらしい。

 

 

個人差があるのか、障害と認識できない場所がおかしいのか、友奈にだけは発生していないのか。 ……『お前どっか変だろ』とは聞けないもんなぁ……どうすっかなもー。

 

 

「友奈ちゃんが本気で隠してることは、私でも分かりかねます。」

「……よし、俺がどうにか聞き出してやるよ。」

「―――どうやって?」

「まあ、俺に任せタマえ。」

 

 

任せタマえ。

 

元ネタ知らねえけど実はこのフレーズ気に入ってる。球子がタマタマうるさかったからその影響だと思うけど、真偽は定かではない。

 

 

 

 

 

 

あ、そろそろ温泉か。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――んぬ゛ぅぅぅぅぅあああああ…………」

「おっさん臭いわヨ歌野……」

「確かにいい湯ではありますけどね。」

 

「うわあ、歌野ちゃん溶けたアイスみたい」

「こんな良いお湯に浸かってるのだから仕方がないのよぉぉぉぉぉぉぉぉ…………」

 

でろんでろんにふやけた顔をしている歌野。

食後に女湯に足を運んだ勇者達は、日頃の疲れを取るためにもと温泉に浸かっていた。

 

 

「―――ふぅ、ちょっと顔に染みるわね。」

「夏凜と殴りあったからでしょーが。」

 

お湯を顔に掛ける歌野は、溢した言葉にツッコミを入れられる。友奈と美森は歌野の手に視線が向かう。

 

「歌野さん、その手は……?」

「すごいカチカチだね。」

「ん、ああこれ? 何年も農具振り回してると、自然にこうなるのよ。」

 

歌野が自分の手を見るとマメが潰れてはマメが出来て、それが繰り返された事で固く頑丈に、大の大人でもそうはならないと言えるレベルの手が出来上がっていた。

 

「年頃の乙女がしていい手じゃあないわネこれ」

「そう?紅葉は綺麗だって言ってくれるけど?」

「あばたもえくぼ……と言うことですかね。」

「私は格好いいなって思うよ?」

 

差し出された歌野の手を握って感触を確かめる友奈。歌野を羨ましそうに見る美森は相変わらずだった。

 

「―――――。」

「……樹……」

 

声が出せないことで会話に混ざれない樹は、顎まで体を沈めて温泉を堪能する。どうしようもない申し訳なさに襲われた夏凜は、逃げるように温泉から出てシャワーを浴びに行った。

 

 

これ幸いと、美森は友奈に提案する。

 

「友奈ちゃん、折角だから夏凜ちゃんの背中を流してあげたら?」

「どうしたの? 急にそんなこと言って。」

「夏凜ちゃんを一人にはしておけないから、ね?」

「……わかった、じゃあちょっと行ってくる!」

 

一瞬悩むそぶりを見せたが了承して夏凜の元へ向かう友奈を横目に、美森は歌野と風と樹に顔を合わせた。

 

 

「……怪しまれてしまいましたか……」

「友奈ならまあ、へーきへーき。それでいったい友奈がどうしたってのよ。」

「私は紅葉に話聞くだけにしろって言われたから良くわからないんだけど。」

 

 

だってお前に直接聞かせに行ったらまた殴り合いになるだろ。と、口に出さなかったことは正しく幸運だろう。

 

 

「―――友奈ちゃんは、満開の後遺症を隠しています。ですが、どんな症状を隠しているのかがわからないんです。」

「……後遺症……か。あたしの目、樹の声、東郷の耳ときて、友奈はわからない……と。」

 

「普通に聞いてもはぐらかされてしまうものね……友奈、そう言うの上手いから。」

 

歌野はちらり、と友奈を見る。友奈は夏凜とイチャイチャしていた。

欲望と嫉妬と殺意の入り乱れた視線を送る美森だが、提案したのは自分なので自業自得である。

 

 

「紅葉くんが聞き出してやると言っていたので一任しましたが、どうにも心配で……」

「歌野は歌野で紅葉も紅葉だからなぁ……」

「あらそう?紅葉が自分からやるって言ったなら相当やる気な筈だし、大丈夫じゃないの。」

 

信用ないのねぇ……とぼやく歌野。

逆に信頼しすぎではないかと美森に聞かれると、あっけらかんな顔をして言った。

 

 

「あの人は良く嘘を言うけど、約束は破らない。だから友奈も任せておきましょう?」

「……良くもまあそんなことをさらっと言えるもんだわ。」

 

 

内心でのろけかとツッコミを入れた風は、その後美森の胸について茶化していたら男湯の方から飛んできた桶に直撃して温泉に沈んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ったく、なにがメガロポリスだあの馬鹿。」

 

 

俺がぶん投げた桶は多分風に直撃しただろう。しかし誰一人として居ないある種の貸しきり状態の温泉を俺だけでゆったりとできるのはラッキーだったな。

 

 

まあ―――

 

「これ見られたらギョっとされるだろうしなぁ。」

 

 

隠すに隠せないでいる左腕の古傷にお湯を掛ける。俺からしたらただの痕に過ぎないが、この傷を負うに至った誰かさんからしたら堪ったものじゃないだろうな。

 

こんな傷が残る程の攻撃を食らったのなら、()()()()()()()()()()()()()()

 

誰かさんには悪いが、俺にまでその影響が出なくて心底ホッとしている。

 

 

 

……しっかし、あのヒント? って何だったんだ。

 

ふじもりみと……藤森三戸? 水戸……水都、か? みーちゃんって書いてあった辺り仲は良いみたいだし、友達だったのかねぇ。

 

いや夢の中とは言え素直じゃないのは自覚している俺が『大事な人』とまで書いていたんだ。所詮は夢で終わらせるには、妙に引っかかる。

 

 

―――『先人紅葉』ってのは、何者なのかねぇ。

 

 

……早急か。今はあいつらの事で手一杯だし、お役目に一段落ついてからゆっくり調べたって遅くはないだろう。

 

 

「あーもー、忙しいったら……な………い、ん……うぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶ………………」

 

 

 

 

のぼせて溺れかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うごごごごごぉぉぉ…………」

「紅葉くん大丈夫?」

「これが大丈夫に見えるか……」

 

うつ伏せに布団に寝そべる俺は、背中を友奈にマッサージされていた。

 

同じ部屋で寝るのは流石にいかんだろと押し入れで寝ようとしたら、歌野と夏凜に両腕を捕まれて布団に叩き落とされたのだ。お陰で背中を強かに打ち付けて普通に痛かった。

 

「いやだって押し入れは……はしたないでしょう」

「……悪いとは思ってるわよ。」

 

 

枕に押し付けてる顔を持ち上げると、眼前に『私たちは紅葉を布団に叩き落としました』と書かれたプレートを吊るして正座させられている歌野と夏凜が居た。ペットへのお仕置きかな?

 

美森いわく「ここが旅館じゃなかったら吊るしてた」とのこと。2人を何でどこにですかね……好奇心で猫が死ぬので聞かないけど。

 

 

「……はぁ、もういいぞ友奈。大分和らいだ。」

「また痛くなったら言ってね?」

「明日には治ってるからだいじょーぶ。」

 

 

うーん改めて考えると俺ってほんとバケモンだな、骨砕かれようが刺されようが一週間か二週間で完治するんだから。

 

()()()()()()()とすれば、納得が行くんだけどね。

 

 

「それじゃ、そろそろ寝るとしますかあ!」

「夏凜ちゃんと歌野さんはどうしますか?一日中正座させておきましょうか?」

「さらっと拷問するのはやめよう東郷!?」

「……風先輩がそう言うなら……」

 

仕方ねえなあ……って感じで渋々正座を解かせる美森。夏凜はともかく、歌野は基本反省の色が薄いから気を付けろよ。同じ過ちは二度もやらんからマシだがね。

 

 

 

布団は出入口側に友奈と美森と歌野、奥側に風と俺と夏凜と樹で並んでいた。俺端が良いんだけど。なに?私と夏凜で挟めば変な事されないだろうからダメ?そんなー。

 

顔文字に出来そうな顔で訴えたらビンタされた。

 

 

じゃあ、はい。おやすみなさーい。

 

 

 

 

 

……あ゛ー引っ付いてくんじゃねえ!

 

 





勇者部って言う美少女揃いの空間に居ながら寧ろうっとうしいとすら言ってのけるせいで裏でクラスメートから度々ホモなのでは疑惑をかけられている紅葉ですが、普通に女の子が好きなのでご安心召されよ。


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十九話 ■■友奈は■■友奈である


この作品は独自の設定の元で話を進めて行くので、公式が何か言っても設定を変える予定はありません。このまま猪が如く突き進んで行きます。



 

 

 

「…………おも……」

 

 

深夜、丑三つ時。

 

体に掛かる重さに起こされた俺がなんとか動く右手で布団をめくるとそこには、俺の左腕を枕にしている風と、腰に抱きついた夏凜……の背中に更にコアラみたいに抱きついている樹。

 

子供とはいえ人間3人分ならそりゃ重いわ。

 

 

「ええい、どけい……」

 

寝ぼけ眼のまま頑張って3人をどかして立ち上がる。トイレだよ、言わせんな恥ずかしい。

 

 

「はぁ……あれ」

 

 

部屋から出ようとしたとき、友奈の寝ていた布団に友奈が居ないことに気付いた。あいつもトイ……お花摘みかな?

 

 

 

 

最低限の明かりだけで薄暗い廊下をトイレを済ませて歩いていると、自販機や卓球台の置かれた休憩スペースに人影があった。膝を抱えてベンチに体育座りしているのは紛れもなく友奈で、ただならぬ雰囲気を放っている。

 

 

えー……眠気覚めちゃったんだけど。

 

見ないフリをするわけにもいかないので、わざと足音を立てて近寄る。顔を上げた友奈は俺の顔をじーっと見ると、ぽつりと呟いた。

 

 

「―――『紅葉くん』?」

 

「あ?」

 

 

ざわ、と魂が騒ぐ。目の前にいる『結城友奈』から、違う人間の雰囲気を感じ取った。

チカチカと光が明滅するように、眼前の『結城友奈』と、違う『友奈』が入れ替わる。

 

 

 

―――■■友奈。

 

 

 

高■■奈。■木■葉。上■■なた。

郡■■。土居球子。伊予島杏。

 

 

「……ごめんね、今『友奈ちゃん』には眠ってもらってるんだ。」

「なんで―――いや、満開の後遺症か」

「うん、相変わらず鋭いね。」

 

まるで長年連れ添った人を見てくるようだが、俺からしたら誰だか分からない奴にそんな顔をされると不快感しかない……筈なのだが、どうしてか安心できてしまう。

 

雑念を振り払い質問をする。

 

 

「簡潔に、かつ要所を省いて話をしよう。お前は()()の人間だ。」

「……西暦、かな。」

「そうか、お前は誰だ。」

「―――私も『友奈』なんだ。」

 

 

当たり前のように、そう言った。

友奈なんて名前の人間はそう居ない。

 

……西暦の友奈。

……高■、友奈?

 

 

「お前―――いや、何故お前は、『結城友奈』を乗っ取っている。」

「……今、友奈ちゃんは満開の影響で神樹様と深く繋がってしまっている。そのせいで、私達の時代の記憶や経験が際限無く流れこんでるんだ。」

 

「俺みたいに脳がセーフティを掛けたりはしないのか。」

「事情が違うから、専門外なのかも。」

「そうか。 ……敵ではないんだな。」

「そんな訳がないよ。」

 

 

ふっ、と笑い、俺を見てくる。

 

風たちと違って友奈の体に障害が表れなかったのは、それ程の『対価』になると判断されて神樹の記録の一部がそれこそ濁流のように流れ込んでいるからか。

 

満開と言うのは、経験した風たち曰く『神樹から伸ばされた力と接続している』ようなものらしい。更に言えば友奈は勇者の適性がずば抜けて高いようで、満開の出力も段違いだったとか。

 

そんな友奈が神樹と繋がったのだ。仮に友奈が防衛本能から『西暦の友奈』を頼るに至ったほどの量の記憶と言うのが事実だとしたら、つまりそれは過去の記憶・記録と言うことになる。

 

 

 

昔存在した西暦の友奈。

 

昔存在した先人紅葉。

 

 

 

「……ああ、そうか。」

 

 

そんなわけ無いだろうと目を背けていた現実を、俺はあろうことか―――――友奈に突きつけられてしまっていた。

 

 

「っ……そろそろ、限界かも……」

「な―――おい待て、聞きたいことがある。」

 

突然力を失ったかのように倒れそうになった友奈を支える。負担からか、体が発火してるみたいに熱い。

それでも俺の質問に答えようと、閉じかけた目蓋と口を開く。

 

「俺とお前は、知り合いだったのか。」

「……そうかな。うん、きっと、私たちは―――皆家族だった。」

 

 

体や脳への負担からか、ポタリと一滴涙が垂れる。ノイズのように脳裏に現れた記憶を押し込み、俺は友奈の体を横向きに抱き上げた。

 

「そうか……わかった、布団まで運んでやる。だからもう寝ろ……『友奈』」

 

俺が言うと、一度俺の顔を見て笑みを浮かべその体を預けた。

 

 

「―――お休み、紅葉くん。」

「ああ、お休み。」

 

 

糸が切れたように気絶した友奈を支える。

あどけないその顔が2つにぶれて、重なった。

 

 

「―――友奈。」

 

 

―――もしも、俺があの時みたいに『もう戦うな』って言ったら……お前どんな顔をする?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……朝か。」

 

結局、あれから一睡も出来なかった。

 

気絶した友奈を布団まで運んだは良いが、神樹の記憶と記録、友奈と俺の事で考える事が多過ぎたのが悪い。

 

あと2人(+α)に枕にされて一切気にしないで居られるほど鈍くないのよわたくし。なんで女ってのはこうも甘い匂いがするのよやーだー

 

……うん、俺疲れてる。

後で朝風呂しようかな。

 

 

 

「……邪魔じゃい」

 

一回剥がしたのにまた引っ付いてきた風と夏凜+樹を退かして起きる。歌野は普段の畑弄りをしなくて良いからか爆睡決め込んでた。

 

友奈に至っては電池の切れたオモチャみたいに寝てる。 ……生きてるよね?

鼻に手をかざしたら、ふすふすと寝息が熱い。よしよし。

 

 

今更になってぶり返してきた眠気を冷ますためにも顔を洗おうと決めて立ち上がると、椅子に美森が座っていた。

 

「おっはー美森。それどうやったの」

「おはよう、紅葉くん。これくらいなら自力でどうにかできるわ、車イスにも自分で乗らないといけないもの。」

 

あー……それもそうか。友奈にやってもらってるのかと思ったけど、確か美森みたいな相手の介護は免許だか資格が必要な筈だしな。

 

美森は手にいつも着けているリボンを持ち、窓越しに海を見ていた。哀愁漂ってるなぁ。

 

 

「それ、親の形見かなんか?」

「私の両親はご存命ですよ。これは……私が2年前、記憶と足の機能を失う事故に遭ったとき、手首に巻かれていたんです。」

「……へぇ」

「誰のものか分からないけど、とても大切なもの……そう思えるんです。」

 

 

2年前。

 

瀬戸大橋。

 

記憶と足。

 

3体の精霊。

 

 

……ほんと、胸くそ悪い話。

俺が分かっている限りの仮説を全部伝えたらこいつどうなんのかな。

 

 

「バーテックスって、星座がモチーフになってるんだよな。その中から12星座を使っている。」

「そうですね。」

「戦いは、終わったと思うか。」

 

「……()()()()です。

だって皆頑張ったんですよ。戦いが終わっていないとしたら……終わらないのだとしたら、あんまりにも、哀れじゃないですか。

 

―――私たち(勇者達)は都合の良い消耗品じゃない。」

 

 

思いたい……か。

 

最悪の想定をしたのか美森は、リボンを握り締めて海の向こうを―――神樹の作った壁を睨む。

 

 

……爆発するとしたら、こいつか風だな。

 

俺の今の体で何処まで耐えられるかねぇ。

 

 

流石に大剣とか拳銃・散弾銃・狙撃銃は耐えられるかわからんぞ、いや大鎌受け止めて死にそうになった俺が言う台詞じゃねえけど。

なんだったっけ、確か出血多量のショックでぶっ倒れたんだっけ。

 

メンタルクソ雑魚のじゃじゃ馬が人生相談させてくれないんだもんなあ。

心配になって若■と様子見に行ったら左腕切り落とされかけるってなんだ。

 

まあいいけどさ。

 

 

「……やること多いなあ。」

「どうかしました?」

「いーや。 あ、そうだ。美森ぃちょっとリボン借りるぜ。」

「……はい?」

 

美森の持っていたリボンを取って、軽く指で髪を梳す。うーわすげーサラサラ。

 

「じっとしてろよー。」

「え、あ……はい。」

「ここを……こうで……ほいっ、と。」

 

パパっと髪を編み込み、リボンで先を留める。

 

 

「じゃーん。み~つ~あ~み~」

「あっ――凄い……紅葉くん、髪の毛結べたんですか?」

「わっはっは、凄かろう。」

 

後ろ手に髪を確認する美森。三つ編みが崩れないように、恐る恐る手触りを確かめていた。あんま形崩れたりしてないし上出来上出来。

 

 

「…………随分と、手慣れているんですね。歌野さんは結べるほど髪が長くないと思うのですが?」

 

「―――なぁんでだ?」

「質問に質問で返さないでくださいよ……」

 

ヒント、俺にも分からない。

 

 

「貴方から女難の相を感じるわ。」

「あるねえ目の前に。」

「ん?」

「おっと失言。」

 

そう言うところよ、と額を小突かれた。

さっきまでの不穏な空気は何処へやら、三つ編みっていう滅多にやらない髪型にしたお陰か。

 

今度風にもやってやろうとか考えたけど、あの髪の量で三つ編みにするとかそれただの鈍器だわ。

 

夏凜とかならやらせてくれそうかな、ポニテとか良いと思う。スポーティーに見えるし。

 

 

「……そう言えば、紅葉くん。」

「はい?」

「友奈ちゃんからは、何か聞き出せましたか?」

 

 

あっやべ。

 

 

「……()()()()。あいつ強情でさあ、疲れてるのか、()()()()()()()()()()よ。」

「―――そう、ですか。」

 

嘘はついてない。

だって『結城友奈』からは何も聞けてないもんな。

 

……んーーーーー。これだけは言っといた方が……いいよなぁ。

 

 

「美森」

「……なんですか?」

 

俺の比較的真面目な声色から何かを察して、美森は言葉を返した。

 

「俺と友奈は、これから何度か、多分言動と行動が変になる。でもそれは抑えられるようなモノじゃない。」

 

「どういうこと?」

 

「説明するに出来ねえ、でもふざけてるわけじゃない。何かあったら―――友奈がちょっと変になっても、否定しないでやってくれ。」

 

 

荒唐無稽。馬鹿な提案だとは自覚しているが、今の俺にはこれしか言えない。

 

それでも美森は、即答した。

 

「分かったわ。」

「えぇ……理解早いね」

「紅葉くんが変なのは前からだけどね、友奈ちゃんが変になるなんて余程の事態だもの。」

 

 

変 な の は 前 か ら 。

 

あ、はい。

ちょっと傷付いたけど、気にしない。

 

 

「……じゃ、頼んだぜ。」

「お任せください。」

 

コツっと拳をぶつけ合う。

 

前途多難な事になったが、きっとこいつらならどうにかできると信じてる。

 

 

 

 

 

 

 

 

皆が起きて、飯を食って土産を買って車に揺られ、各々が家に帰ったのは良いが―――――風から呼び出しを食らって学校に行ったのは、今から少しあとの話。

 

 

「帰って良いっすか」

「待ちなさい。」

「ぐえぇ……」

 

 

部室で仁王立ちしてた風から逃げるように踵を返したら、首根っこ掴まれて息が詰まった。

 

馬鹿野郎殺す気か

 

 





【悲報】紅葉、とうとう『誰かさん』の記憶が混在してることを気にしなくなる。

気にしなくなっただけで友奈共々わりと危険な状態な事に代わりありませんがね。


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短編 紅い牡丹とがしゃ髑髏


本編が気になってるところ悪いがワイバーン(短編投稿)だ!

ミノさん生存+先人母生存のifです
細かいことを気にしてはいけない。



 

 

このご時世にしては珍しく古ぼけた小さな和風屋敷が並んだ道を、3人の少女が歩いていた。

それぞれが赤、青、紫を基調にした服を身に纏い、見目麗しく、それでいて派手にならない程度に着飾っている。

 

 

「おー……ここが紅葉さんの家かあ」

「落ち着きなさいったら……」

 

ある一軒家にたどり着くと、青い少女がはしゃぐ赤い少女を嗜め、その隙に紫の少女がお構いなしにインターホンを押した。

 

「ピ~ンポ~ン」

「あっ園子ズルい!」

 

「……はぁ……。」

 

 

赤青紫の少女たち―――三ノ輪銀と東郷美森と乃木園子の3人は、紅葉宅で勉強会をする約束をしていた。

 

 

 

 

 

『もーみんのお家で勉強会しよーよ~』

『やめた方がいいと思うよ。』

『よーし決定!』

『人の話聞こう?』

 

 

 

 

 

約束を、していた。

本人曰く『俺に人権はねぇ』

 

 

 

間を置いて家の中から人の足音が聞こえてきた。美森が銀と園子を後ろに、家主の登場を待つ。

 

ガラガラと音を立てて中から紅葉が出てくる―――事はなく

 

 

「あ? ンだ小娘共。」

『――えっ?』

 

 

紅葉の代わりに現れたのは、顔に傷を作った目付きの悪い女性だった。

 

 

右目を切り裂くような縦一文字の傷と、左の頬から目と眉毛を貫いて額にまで伸びた―――亀裂のような裂傷。

奥が黒くて見えないその亀裂は、何が原因で出来た傷なのか。

 

 

「あ、あのー……ここって紅葉さんの家っすよね?」

「そうだ。 オメーらあれか、紅葉とつるんでる奴等か。」

「は……はい……」

 

へー。というトーンからは確認し難いが、興味があるような声で園子を盾に会話する銀を含め3人をじろじろ見てくる。

 

 

「ふーん、で、オメーらの誰があいつの恋人なんだ?」

 

「あ、それはアタシ……ん?」

「勿論私で~す………ん~?」

 

 

開いた扉に寄りかかった女性の質問に即答した銀と園子は、顔を見合わせて火花を飛ばす。プレイボーイだねぇとケラケラ笑う女性を見るに確信犯(わざと)らしい。

 

 

「所で……貴女はどなたなんですか?」

「――だぁーれだ、当ててみろ。」

「えっと……紅葉くんのお姉さん、とか」

 

「全然ちげーよ馬鹿」

「ば、馬鹿……!?」

 

バッサリと切り捨てられる。直球の悪口に、笑みを崩さないようにしながらも美森の口の端は震えていた。

 

 

「私はなぁ……「おい母さん、客弄ってねーで通してくれよ。」

 

 

奥からぬっと現れた紅葉が、女性を母と呼び、3人は固まった。

 

直後に再起動。

 

 

『母さん!?』

 

「大当たりー。」

「……あ、そういえば会うの初めてか。」

 

 

 

母と呼ばれた女性は、大笑いしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ももも紅葉さん!あの人が紅葉さんのお母さんってどういうことなんですか!?」

「まあそうなるよねぇ、落ち着きタマえ。」

 

「あだっ」

 

覆い被さるようにのし掛かってきた銀にデコピンしてどかす。比較的余裕のある美森は兎も角、我らが園子様からの圧力が凄いからやめてくれ。

 

 

「あの方は本当に紅葉くんのお母様なんですか。」

「あの人の腹から出てきたのかーと思うと、俺も不思議でならないよ。人体の神秘だな。」

 

 

台所に居座って貰い物のお茶とお菓子を堪能してる母さんを見る。何故か見た目だけは中3~高校生くらいの子供なんだけどねぇ……

 

 

「言っとくけどあれでもう35だからな。」

「さんじゅ……!?」

「じゃあハタチの時にもーみんが産まれたんだ~?」

「詐欺では……?」

「ほんと詐欺だよ詐欺。あぶねっ」

 

台所から飛んできたカステラを受け止めつつ、お茶請けに食う。うん旨い、流石防人んとこのアホ貴族が持ってきただけはある。

 

来る度に防人メンバーを推してくるのはやめて欲しいけど。

 

 

「……赤子の俺を抱いてる写真見たことあるけど、当時からあの見た目だったな。お陰で母さんのあだ名は『妖怪』か『魔女』だった。」

「えぇ……どうなってんだ……」

 

 

俺が知りたいよ。

 

 

などと、下らない話で盛り上がりつつも勉強会は順調に進んでいたのだが、ここで事件は発生した。

 

「……んー、馬鹿息子に直接聞いた方がはえーか。」

「なんだよ。」

 

台所にて我関せずでこっちをぼけーっと見てた母さんが、テーブルに肘を突きながら俺を見ると言った。

 

 

「お前って誰かと付き合おうとか思わねえの?」

「おいふざけんなやめろ。」

 

 

この俗物!その話題出すんじゃねえよこの野郎!

 

筆箱に手を突っ込みながら周りをバレないように見ると、3人にガン見されてた。ヒエーーー。

 

猛禽類に狙われてるネズミの気分ってこんななのかなー、とか思いながらバキッと指圧でへし折れたシャーペンを取り換える。

 

 

「……さ、俺はもう終わったしちょっと風に当たってく―――いででででで」

 

ガシ、と銀に右肩を右手で掴まれる。ちょっとミシミシ言ってるんですけど。

 

 

「ここの問題が分からないんだけど」

「式間違えてるだけだろ。」

 

「もーみんあ~きた~」

「このガチ天才め……」

 

「紅葉くん、その……ここがちょっと。」

「お前俺より頭良いでしょ」

 

 

こいつら……

 

あーもー。一人くらい真面目な奴呼んどくんだった、芽吹ちゃんとかこういう時に限って居ないんだからさぁ。

 

……いや駄目だな、芽吹ちゃん最近アホ貴族とあやちゃんに毒されてきてるから嵐を呼ぶようなもんだ。

あと絶対誰か着いてくる。

 

 

「ヒューヒュー、熱いねぇオイ」

「こ、この野郎どの面下げて……!」

 

 

俺と同じで出された宿題を全部終わらせた園子に後ろからしな垂れ掛かられ、問題が分からないと銀に引っ付かれる。

美森は銀と同じようにノートを見せてくるけど、よく見たらそれ全部合ってるじゃねえかコラ。

 

おっさんみたいにゲラゲラ笑ってる母さんはとりあえず食ってるカステラ喉に詰まらせて欲しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひー……面白っ」

 

 

笑いすぎて目尻に浮かんだ涙を拭い、小娘3人に絡まれて嫌々言ってる癖に引き剥がそうとしない馬鹿息子を肴にお茶を飲む。

 

防人の5人と、あとなんだ……勇者部のが白鳥のガキんちょと卒業したらしいの含めたら7…9人?か。 多いねえ昔の皇族かよ。

 

 

馬鹿息子はどっか一歩引いて大人ぶってるからか誰かとくっつくなんてあり得ねえみてーに言ってるけど、予言してやる。こいつらからは逃げられないぞ。諦めて受け入れちまえ。

 

 

「おっしやれ!園子!」

「あー!耳は困ります園子様困りますあー!」

「ん、あーむっ!」

「やめろォ!」

 

 

とか考えてたら、赤い小娘に両腕と両足で後ろからがっしりホールドされてる馬鹿息子が、乃木のガキんちょに耳を噛まれてなんか吸われてた。 一番胸がデカイやつは常識人ポジションらしく、止めようとしてるがチラチラ見てる。

 

ははーん、むっつりめ。

 

 

……いやほんと、こいつら見てると飽きねえよ。もう暫く長生きできそうだってくらいは。

 

無意識に引っ掻いていた左頬の亀裂のような……じゃなく()()()()()()を指で撫でる。

 

 

 

 

馬鹿息子にゃバレてねーが、私は元勇者だった。中一から高校卒業まで戦って―――んで、こうなった。

 

6人いた仲間は私が高二の時までに全員死んで、最後になってからは一人でぶっ通し何度も何度も襲ってくるクソバーテックス相手に切った張ったしたもんだが、対価は良いもんじゃなかった。

 

 

偶然にも完璧に適合できた精霊『がしゃ髑髏』の力で吹っ飛んだ手足は骨を基点に再生できたんだが、5回くらい12体のバーテックスと戦ったせいで体の殆どをがしゃ髑髏に再生させた骨で埋まっていた。 要するに全身ががしゃ髑髏の骨になったから、体が老いなくなっちまったんだよ。

 

 

そんな体でも馬鹿息子が産めたのは不幸中の幸いだったが、私としては変な力でも身に付いてねえかヒヤヒヤもんだった。

 

 

ちなみに顔の亀裂は勇者の力を失いかけてた最後の戦いでレオ・スタークラスターに顔を相討ちで吹っ飛ばされた時に勝ったは良いが再生の途中で力を失ったからだ。

頭蓋骨そのものに亀裂が出来てて、その影響が皮膚にまで出てるだけで痛くは無いんだがどうも無意識に掻いちまう。

 

 

今現在馬鹿息子の耳を堪能してる乃木のガキんちょは、確か小学生の時に20回の満開で全身の機能を持ってかれてたんだったか。

それで絶望もしねえで友達を信じてたってんだからなんだ、後輩も結構強かに育ってるんだな。

 

 

「そ、そのっち……そろそろ離してあげたら?」

「む、むふ、はむっ」

「うがあああああああああああ……」

 

 

……強かだな、うん。

……なんだ、私の後輩は皆ああなのか?

 

 

 

 

―――兎も角、私の体は精霊で形成されている。

つまり……あれだ、()()()()。春信の坊主経由で調べて貰ったが長くてあと5~6年しか無理らしい。

 

 

()()()()()、馬鹿息子の成人姿は見られるわけだ。ばーかこの程度で絶望なんてするかよ。

こんだけインパクトある人間をあいつらが忘れるわけがねえだろ、こんくらい怖かねえ。

 

 

馬鹿息子と小娘共を尻目に端末を起動する。

 

待受はずっと昔から勇者仲間のあいつらとの集合写真のままで、撮影ちょうどに私の誕生日だったからあれよあれよとセンターに押し込められて困惑する自分の姿が写っている。

 

 

「わりーな、お前らの所に行くのはもう少し掛かりそうだ。」

 

 

待受画面を撫でて、電源を切る。

 

 

少しでも記憶に残るように、馬鹿息子(先人紅葉)に言葉を飛ばした。

 

 

 

「おいおい男だろお、少しはやり返せよー。」

「んむ? いいよーもーみんバッチ来いだよ~!」

 

「……死にたい。」

「あ、じゃあ次アタシの番で」

 

「ぬおおおおおおおお……!」

 

 

 

 

 

 

 

うん。あと5~6年どころかこいつの孫見るまで死にそうにねーわ。こんな面白いもん見せられてそんな短さで死ねるかよ、あと10年は生きてやるっての。

 





短編世界線の紅葉(15歳)

中学3年生。風の卒業後部長になった樹のサポートをしつつ、勇者・防人の面子と仲良くしている。
母親、防人、勇者部の面々から恋人作らないのかと言われ続けたせいか最近胃に穴が空きそうになってることに気付いた。

ハーレムは早死しそうだしやりませんと本人は言っているが、残念なことに勇者と防人からは逃げられない。強く生きろ。





先人母(35)

本名は先人(もみじ)

漢字が違うだけで紅葉と同姓同名。とてつもなく口が悪く、顔の傷のせいで初見でヤの付く人に間違われることがよくある。
左頬の亀裂は戦いで負ったモノだが右目の切り傷は親の虐待で負った傷。でも本人はあまり気にしていない。

勇者時代の武器は6本の分身剣を生み出せる聖剣と受けた衝撃をエネルギーとして蓄積できる盾。精霊はがしゃ髑髏。神世紀の勇者で唯一精霊を体に卸して無事で済んだ貴重な存在故に、生き残ってしまった。





先人父

名前は先人(かえで)

楓が男の名前でなんで悪いんだよ!とはならないほどの平和主義。
紅葉の口の悪さが母親似なら勇者・防人への無条件の信愛は父親似と言われている。

椛と言う暴走列車に上手いことレールを敷いてやれる唯一の運転手だったが、この世界及び本編では瀬戸大橋の大事故の際犬吠埼姉妹を助けようとして庇い、死亡している。


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二十話 楠芽吹はライバルである・前


あくまでゲストキャラですがね。



 

 

 

「俺の首根っこ掴むのはやめようね?」

「ごめんってば」

 

部室から逃げようとしたら窒息死させられる寸前になるとか、俺前世で何したんだよってレベルの不幸なんだよなぁ。

 

相手が風じゃなかったら死ぬ寸前までビンタしてやったところだが……なんで犬神が居るんだよ、しかもなんか増えてるし。

 

 

「尻尾が鎌のイタチ、正しく『鎌鼬』ってか。こーいこいこいこいこい」

「そんなんで来るわけ……」

「あ、来た。」

「えぇ……」

 

首にしめ縄を巻いた尻尾が鋭利な鎌になっているイタチが、部室の中を駆けて首に巻き付いた。俺は鎌に良い想い出がないんだけど、鎌は俺が好きらしい。モテる男は辛いぜ…………辛いぜ。

 

 

「勇者端末が戻ってきたってことは、やっぱり終わってなかった訳だな。」

「敵に生き残りが居たらしいの。つまり延長戦、それを倒せば今度こそあたし達の戦いは終わる。」

 

 

だと良いけど。

そんな言葉が口から飛び出なかったのは幸運か。

 

「んで鎌鼬は……なに、お前さんは俺がそんなに気になるのかい。で犬神はーってあーあー顔を舐めるなこらこら。」

 

俺の顔に飛び付いてベロベロと舐め回してくる犬神の背中を撫でてやる。相変わらず犬×ネズミみたいな見た目なのに、猫みたいにゴロゴロ喉を鳴らすのはなんなのよ。

そんな犬神に驚いたのか、鎌鼬は俺の首から離れて風の頭に乗る。犬神はそれに対抗してるつもりなのか俺の頭に乗った。

 

二匹は初対面なのかね。

 

 

「もう鎌鼬ってば……なんかこの子、アップデートで追加されたらしいのよ。」

「―――へぇ…………んー、犬神お前もしかして鎌鼬に威嚇してんの?」

 

ゴロゴロとは違う高さで喉を鳴らす犬神は鎌鼬をじーっと見ていた。わお忠犬、かーわーいーいー。風より可愛い。

 

普段と違って犬神は当社比増し増しでキリッとした顔をして鎌鼬を見ている。それで威嚇のつもりとか随分な自信ですね。

 

 

「なっ、ちょっ犬神!?あんたの飼い主あたしでしょお!?なんで紅葉を飼い主扱いしてんのよ!」

「……犬神はこんななのに鎌鼬はまだ警戒色が強くて好奇心があるって感じだし、個人差があるみたいだな。」

 

自分興味ないですみたいな顔してるけど、主の風は兎も角として俺が気になってはいるらしく風の首に巻き付いて俺を観察してる。

どうでもいいけどイタチが首に巻き付いてるとかフォックスファーみたいっすね。

 

 

「……こうまで顕著だと気になってしょうがないし、大赦に調べてもらいましょうか。」

「頼んだ。」

「そんじゃ、皆も呼びましょ。」

 

他の5人を呼ぶことになった風を置いて帰ろうとしたら、また首根っこ掴まれて死ぬかと思った。

 

お前またか…………!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

部室に全員が集まって、重くなった空気を破るように第一声を放ったのは夏凜だった。

 

「―――生き残りが居た、ねぇ。敵は12体なんじゃなかったの?」

「……そう言えば、双子座のバーテックスは名前が双子座なのに1体だけだったわね。」

 

歌野が言葉を返し、俺が補足する。

 

「なら双子座は2体で1対のバーテックスなんだろう、厳密には12種類の13体って事だな。」

 

「……なんだか、嫌な予感がします。」

「心配しすぎだよ東郷さん!」

 

これで外国の星座とかまで使われてたらキリが無いんだがな。12星座だけで精一杯なのか、他の星座を使わないだけか。

 

どちらにせよ、手のひらで踊らされているような不快感がある。

 

 

「ま、どちらにせよたった1体ならあたし達6人に勝てる訳がないし、パパっと終わらせて文化祭の準備しないとね。」

「そうですね!皆で頑張りましょー!」

 

 

おー!と皆で手をあげる。

 

……俺はやってないよ、恥ずかしい。

 

 

全員に勇者端末が行き渡り、時間も遅くなったからと解散することになったとき、俺は歌野と夏凜を呼び止めた。

 

「あーそうそう、帰る前に言いたいことがあったんだ。歌野と夏凜はちょっと待たれよ」

「? どうしたのよ」

「なに、告白?」

「窓から投げ捨てるぞ」

 

うたのーん。すいませーん、今は真面目の空気でお願いしまーす。

 

 

不信がる4人を部室から追い出して3人で残る。夕方と言うこともあり、俺の顔には影が射していて恐らく顔色を窺うことは出来ないだろう。

 

 

「正直言わない方が良いのかもしれないが……仮説の段階だからって黙ってたら手遅れになりそうになった経験があるもんでね。自己満足になるだろうが、言うべきと判断させてもらった。」

 

「……何が、言いたいの……」

 

僅かに震えた声で夏凜が聞く。

赤く、赤く、紅い。

記憶の片隅に、彼岸花が咲いていた。

 

「知らぬが仏、言わぬが花って言葉があるが……まあ、そう言うわけにもいかなくなったのさ。」

「まだるっこしいんだけど。」

「お前さぁ」

 

人が苦手ながらにシリアスにやってるときにお前さぁ。

 

咳払いを一つ、呼吸を整える。

 

 

心臓が高鳴る。本能が危険信号を発している。だが知らん。俺は俺のやりたいことをやりたいようにやる。それだけだ。

 

 

 

 

 

「いいか、満開の後遺症は――――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

休日。

 

バーテックスに生き残りが居たとか言っていたのに何事もなくあれよあれよと数日が経過し、俺たちは暇を持て余していた。来るならさっさと来て欲しいものだよほんと。

 

 

精霊が俺になつく理由もまだ解明されてないらしくその手の連絡も来ないしで、なんかこう……気持ちが空回りしてる。

 

 

二人にあの話をしたのも理由の一つなんだろうな。

 

 

夏凜は訓練ついでに気持ちの整理がしたいと一人で砂浜に、歌野はさほど気にしていないようで八百屋の野菜見回りに行った。

 

 

「あー暇暇、でも面倒事は来ないで。」

 

そんななか、俺は縁側でたくあんをボリボリ齧りながら熱い緑茶を飲んでいた。自分でやっといてなんだけどジジイかよ。

 

……昔から見た目は兎も角、中身(精神)は早熟だった気はしていたが今にして思えばそれも前兆の一つだったのかねぇ。

 

 

そろそろ、『昔の俺』を知っている人を探す必要が出てきたが……知ってそうなのが大赦の人間なのがなぁ……やだーもーめんどくさい。

そんなことを考えていると、不意にインターホンが鳴った。

 

 

 

「へーい。」

 

テーブルにたくあんと湯呑みを置いて玄関に向かう。 ……来客の予定は無いんだけどなぁ。

 

()()()()()()()()玄関横に仕込んでるスタンガンに手を伸ばしつつ、玄関を小さく開ける。

 

 

「どちらさん?」

「どうも。初めまして」

 

玄関を開けた目の前には、少女が立っていた。

風と似たようなタイプのツインテールを前に垂らしているが、凜とした佇まいは夏凜に似ている。 ……ダジャレではないぞ。

 

夏モノの制服から露出した腕の筋肉には無駄がなく、夏凜と同等に鍛えられているのだろう事がわかる。多分今ここで不意打ちにスタンガンぶちこんでも容易に避けられると思う。

 

試しに一瞬殺意を向けてみたが俺の頭が吹き飛ぶイメージしか湧かなかったから抵抗するのはやめにする。スタンガンに伸ばしていた手を下げて、玄関を完全に開いた。

 

 

「ここは先人さんのお宅で間違いないでしょうか。」

 

「チガイマース、ミーのネームは田中猪苗代デース。気軽にジョニーとお呼びくだサーイ」

 

「ジョニーがいったい何処から出てきたのかはさておき、表札を見ましたがここは先人さんのお宅ですよね。 何故……嘘を?」

「ひえー……」

 

この人こわーい。目の前の少女に見上げられながら射殺さんばかりに睨まれ、流石に肝が冷える。

 

「……俺が先人紅葉だよ、嘘ついたのは謝るから睨むの止めてくれません?」

「は、睨んでませんが。」

「えぇ……?」

 

いやお前ガッツリ睨んできてるだろ。もしかして素の目付きがそれなの?それか無自覚?

 

 

「んで君誰よ。その制服讃州のじゃないよね」

「ああ、これは失礼、申し遅れました。」

 

 

……ふと、夏凜が前に言ったことを思い出した。

 

 

 

『そう言えば紅葉、一つ忠告しとくわ。』

『なんすか』

『私が勇者になる訓練してた時、まあ、ライバル?みたいな奴が居たんだけど、そいつあんたの事が気になってるらしいのよ。』

『へぇ』

 

『もしかしたら休日にこっちにくるかもしれないから気を付けなさい。あいつ自分を差し置いて勇者になった私と、その私が大赦を辞める理由になったあんたのこと逆怨みしてる可能性あるから』

『…………そいつの名前教えてくれない?』

 

『ええ、そいつの名前は―――』

 

 

 

回想の夏凜の言葉を借り受けたように、眼前の少女は言った。

 

 

 

「―――私は楠芽吹(くすのきめぶき)と申します。」

「………………嘘でしょ……?」

 

 

俺の呟きを聞き取ったのか、首をかしげながら「本当ですが」と言った少女……芽吹ちゃんは、パッと見はただの女の子に見えた。

 

目付きの悪さと事前情報さえなければ。

 

 

 

 

 

「あー、はい。家で一番高い奴っす」

「それはどうも。」

 

家に芽吹ちゃんを通した俺は、自分で楽しむ用の高級緑茶とたくあん……はやめて、これまた自分用のどら焼きを出す。あいつらに見つかると全部食われるんだもん仕方ないじゃん。

 

……これ歌野が居たら確実に部屋が血生臭くなるわ。俺が言うんだから間違いない。

 

 

「―――これは中々、お茶もどら焼きもいい茶葉と餡子が使われていますね。」

「あ、わかるんだ。」

「ええ、まあ」

 

芽吹ちゃんは玄関の時より大分表情が柔らかくなっていた。やはり甘いものってのは良い。

まあ興味があるからって男の家に来たんだし緊張もするか。だが安心してくれタマえ、俺吹けば飛ぶくらい(最悪の場合樹よりも)弱いから。

 

 

「それで、芽吹ちゃんは何しに来たわけ?」

「…私は三好さんが大赦の勇者を辞めるに至った理由である貴方に、興味があって参りました。」

 

姿勢を正した芽吹ちゃんは、あっけらかんと言い放った。あー、この子そういうタイプ(天然クソ真面目)かぁ…

 

「……直球だね。」

「誤魔化す必要は無いかと。」

「でも俺以外の人に言うと変な勘違いされたりするだろうから、言葉は選びな?もうちょっとオブラートに包もうか。」

 

「はぁ……」

 

ははぁ、いまいち分かってねーな。

 

 

「そんな気になってた俺の印象はどーよ。弱そうでしょ」

「……そうですね……あー……ちょっと、鍛え足りないのではないか……と。」

 

必死に言葉を選んだんであろう声色で、芽吹ちゃんはそう言った。そこでオブラートに包まなくて良いから、はっきり「弱そう」でいいから。

 

 

 

 

 

―――これ俺の手に負えるかなぁ

 

 

 

 

頼む、せめて夏凜だけでも帰ってきてくれ――!

 

 





やっとアニメ7~8話の辺りまでこれました
こっちの芽吹ちゃんは原作ほど尖ってないのでご安心を。


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二十一話 楠芽吹はライバルである・後


この作品は原作とまったく同じ時系列・キャラの性格で進んでいる訳ではないといったご理解は既に戴いているものとします。(悪魔の契約)



 

 

 

 

気まずい。

 

 

 

 

 

 

特になにか言うでもなく、かれこれ10分は経過している。まさか芽吹ちゃんがここまでノープランで来てたとは思わなかった。

いくら俺が外道だからって『見に来ただけならもう帰れ』とは言えないし。

 

なんか悩み事とかありそうな顔はしてるんだけど多分俺じゃ解決できないだろーしなぁ

 

 

とか考えてたら、芽吹ちゃんが声をあげた。

 

 

「……その、先人さん。」

「紅葉で良いよ。で、なに?」

「いえ…………実は一つ、相談に乗っていただけないかと思いまして。」

 

ずっとキッチリ正座してそれを崩さないの凄いね。とりあえず話をするためにも、お茶を淹れ直してどら焼きを補充する。

 

芽吹ちゃんは咳払いを一つして、お茶を飲んで切り出した。

 

 

「……私と三好さんは、勇者候補として日々競い合ってきました。

三好さんとは互角だと思っていましたし、私こそが勇者になれるのでは、と、そう思っていた。」

「でも、取られちゃったんだ。」

 

「はい。何故私では駄目だったのかと、ずっと考えていました。何故私が勇者になれなかったのかが―――どうしても分からない。」

 

「……なにがあったの?」

「納得いかずに暴れそうになったら薬打たれて眠らされました。」

「えぇ……」

 

 

なにしてんの芽吹ちゃん。いや、やりそうだなぁ…………あ?

 

 

芽吹ちゃんの吐露に俺もまた疑問があり、一呼吸置いてから質問した。

 

 

 

「んーーー……芽吹ちゃん、一つ良い?」

「……どうぞ。」

 

「君さ、()()()()()()()()()()()()()言える?」

 

 

 

「―――――。」

 

 

 

芽吹ちゃんは、目を見開いて何も言わなかった。ビンゴ。この子あれだ、世のため人のためじゃなくて『勇者になりたい』だけだ。

 

周りはライバル、周りは敵。

 

ツンデレチョロインのにぼっしーですらある程度人の心配はできるが、芽吹ちゃんはきっと出来なかったんだろう。

 

 

恐らく夏凜をも蹴落とすべき敵として見ていたのだ。俺が神樹なら、そんな奴を勇者にはしない。

 

 

正座の姿勢から立ち上がろうとした芽吹ちゃんは、俺の顔を見ると幾らか冷静さを取り戻して座り直す。

 

飛び掛かられたらどうしようかと思った。テーブルの下にガムテで張り付けた金槌から手を離す。

 

 

「―――私は……ただ勇者に、なりたいだけだった……」

 

うわ言のように呟く。

 

 

「……友奈も美森も風も、樹も歌野も夏凜も、誰かのために…世界のためにと戦っている。

その考えに至れなかった芽吹ちゃんが勇者に選ばれても、きっと他の勇者との不和で仲違いを起こしてたろうさ。」

 

あーイメージが鮮明に出来る。歌野と血みどろの殴り合いに発展してる芽吹ちゃんが容易にイメージ出来るぞ?

でもなんでだろう、芽吹ちゃんが勝てるイメージは湧かない。

 

 

……歌野>芽吹ちゃん>>>>>俺ってマジ……?

 

 

 

芽吹ちゃんはため息を吐くと、ポツリと言った。

 

 

「―――私はただ、勇者になりたいだけだったんですね。」

 

 

諦めにも似た表情でそう言うと、芽吹ちゃんはそのまま俯いてしまう。

 

芽吹ちゃんは勇者になりたいだけだった。

夏凜は勇者になって家族を見返したかった。

 

どこか似ている二人に違いがあるとするなら、それは何処かの誰かを思えるかどうか。

 

 

「芽吹ちゃん。」

「―――。」

 

「聞けやコラ」

 

「――――いっ……!?」

 

戦意喪失にも似た脱け殻染みていた芽吹ちゃんの、俯いてて丁度良い角度の頭にわりと強めにチョップを叩き込む。

 

頭を擦る芽吹ちゃんに、俺は問う。

 

 

「芽吹ちゃんはなんで勇者になりたかったの?

誰かに言われたから?そうしなきゃ、カッコ悪いから?」

 

「……それ、は……」

 

「……わかんない?」

 

こくりと頷く。じゃあもう駄目ですな、俺じゃ解決策が出てこない。だが、悩む俺の元に不意打ち気味に救いの手が差し伸べられた。

 

 

 

 

「なにしてんの?」

 

芽吹ちゃんから見て後ろ、俺から見て前の縁側から歌野が部屋を覗いていた。

 

 

両手に野菜の入った袋とクワを持っていなければ、純粋に喜べたのだろう。

 

 

「…………は、は?」

 

芽吹ちゃんのその疑問符も尤もだと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ジーパンに肌着のようなノースリーブ、頭に麦わら帽子で片手にクワと、色気の欠片もない格好で部屋に訪れた歌野は現在当然の権利が如く冷えた麦茶を飲んでいる。

 

困惑一色の顔で芽吹ちゃんは、俺にアイコンタクトを飛ばしてきた。 ……まあ、そうなるよね。

 

 

「……お前何してたの」

「ん? ああ、八百屋見て回った後にちょっと畑弄ってたのよ。はいこれ取れた野菜。」

「おっぐう……」

 

横にいるのにわざわざ投げて寄越された袋には、キュウリとかナスとかトマトが入っていた。 わー夏野菜。久しぶりに野菜カレーでも作ろうか。

 

 

……じゃなくて。

 

 

「なんでクワ片手に縁側に立ってたんだよ」

「玄関軽く開けたら見慣れない靴が有ったから賊でも居るのかと思って」

 

賊が丁寧に靴脱いで盗みに入るかよ馬鹿、武器にクワ選ぶとか中世の農民かお前は。

 

 

「あの、この方は?」

「……白鳥歌野、勇者の一人だ。」

 

「え゛」

 

「どーもー。」

 

 

ヒラヒラ手を振る歌野を見て、低い声を出したかと思えば、芽吹ちゃんはぴしりと固まってしまった。

崇拝にも近い思いを抱いていた勇者の中身がこんなんじゃ無理もないか。

 

「この子どうしたの」

「憧れの勇者が想像より蛮賊で驚いてるんだろ」

「……今のは聞かなかったことにしてあげる。」

 

ごめん素で言っちゃった。

 

芽吹ちゃんの硬直が直るまでに、俺は歌野に事のあらましを伝える。

芽吹ちゃんが勇者になれなかった事や、何故勇者になりたかったのかが分からないことで悩んでいるのを説明すると、歌野は床に置きっぱなしの孫の手で芽吹ちゃんをぺちぺち叩いた。

 

やめなさいよ

 

 

「芽吹、だっけ。」

「―――あ、はい。」

「知ってる?人って想像以上に欲深いの。

貴女が仮に勇者になれても、いつか必ずその次が欲しくなる。次の次、次の次の次と、それは際限が無い。」

 

「……欲……ですか……?」

 

「そ、まあ『欲』だけじゃ良いイメージが無いだろうけど、私にもちゃんとあるのよ。欲。」

 

 

野菜栽培したい、畑耕したい、あとなんだ。破壊欲求?それは俺に向くからやめてくれよ……

 

 

「今の私がオススメ出来るのは、『多少無茶な将来設計をする』ことね。」

「無茶な、将来設計……」

「例えば私は農業王…………『世界一の農家になりたい』けど、当然今すぐはなれない。だからその『将来』を目指しながら、ちょっとずつ一歩ずつ前に歩いてる。

 

貴女もそれ(将来)を探すために、とりあえず一歩だけ……進んでみない?」

 

 

凄い、道理を無茶で蹴飛ばして壁を無理やりぶっ壊しながら進んでる人がまともなこと言ってる。

つまりあれだ、広大なメインミッションを設置しておいて、寄り道してサブクエ回るみたいなもんでしょ。

 

何か思うことでもあるのか、芽吹ちゃんは思案に耽る。歌野も面白いものを見る目で芽吹ちゃんを見ている。この子で遊ぶなよお前。

 

 

…………あれ。

 

 

「そういえば、芽吹ちゃんってどっから来たの」

「ゴールドタワーの方面ですが。」

「あー、宇多津町かぁ。そろそろ帰らないと遅くなるんじゃない?今日休日だから電車とかも混むよ?」

 

いつの間にかオレンジ色に染まっていた空を見て言うと……

 

 

「―――あ。」

 

 

本日何度目かも覚えていないすっとんきょうな声を出して、大急ぎで立ち上がってお辞儀をしてから玄関に弾かれたように向かっていった。

 

「すみません、本日はこれでお(いと)まさせていただきます!」

「えっ、ちょっ、待って?」

「あらー。」

 

はえーんだよこの野郎!

靴を履き始めた芽吹ちゃんに追い付いて、玄関に置いているメモ帳に走り書きして千切って渡す。

 

 

「はいこれ。」

「……これは?」

「俺の電話番号とメアド、何かあったらこれに連絡しなさい。出来る限り力になるから。」

 

まあ、期待しないでね。

 

 

「……あ、ありがとうございます」

 

「あー、芽吹ちゃん。」

 

メモを芽吹ちゃんの手に握らせて、そのまま頭に手を置いた。じんわりと、熱がある。

 

「芽吹ちゃんがめっちゃ頑張ってるのはわかったから、『頑張って』とは言わない。

でも無茶だけは、しないようにね。」

 

「―――――はい。」

「また来て良いから。」

 

一瞬ボケーっとしてから取り繕うように返事をすると、またお辞儀をして家から出ていった。背中が見えなくなるまで見送って、扉を閉める。

 

 

 

「……なんか、台風みたいだったな。」

「そうねぇ」

 

後ろに現れた歌野が、同意する。

あと脇腹をつねるんじゃねえ。

 

「台風みたいねぇ、あれ…………紅葉?」

「あー?」

「なんか前にもこんなことなかったっけ?」

 

 

……そうだっけ。こんな台風が目の前で発生するなんてのは人生の内に一度で十分だと思うんだけど、そこんとこどう。

 

「何時の話だそれ」

「前に私と紅葉と友奈の3人で飼い猫捜索に出たときなんだけど覚えてない感じ?」

 

そんな感じ。

 

んーーー、思い出せそうなんだけどあと一歩が足りない。

 

 

あ。

 

 

「スマホに写真とか入ってるかも。」

「なら見てみましょうか。」

 

俺がそう言って、居間に戻ってスマホのデータを確認する。俺と歌野と友奈ってことは勇者部の問題だから……多分2年に上がった直後くらいか。当時帰宅部の俺まで引きずり回すとか鬼だよな。

 

 

「なんで私の写真ばっかりなのよ」

「お前以外に撮る相手居なかったから。」

「後で何枚か消すからね」

「いーやーだー。」

 

 

 

……えーっと、2年に上がった直後だ、か、らぁ

 

「―――お?」

 

 

歌野とか野菜まみれの写真の中に一枚、6人で集まって撮られた集合写真が入っていた。身長差故に小学生であろう子供が下にいて、俺を真ん中に左右に歌野と友奈の姿が。

 

子供の方は真ん中に夏凜に近い灰っぽい髪色の男勝りな感じの女の子が居て、ミルクティーのような髪色の女の子と漆塗りよろしくな艶のある黒髪の女の子の腕を抱いて引き寄せている。

 

あんまり写真に写りたくない俺が仏頂面なのを除けば、5人は良い笑顔だった。

 

 

「これだよな、お前の顔に引っ掻き傷あるし。」

「飼い猫で命拾いしたわね、あの時の猫。」

「お前が言うと洒落にならんからやめろ。」

 

あー、色々と思い出してきた。そうそう、飼い猫捜索で走り回ってたら、雑木林から出てきたこの子らと衝突しかけたんだったな。

 

なんとなく黒髪の女の子に目が行く。綺麗なエメラルドグリーンの瞳に桜色に染まった頬と、万人が美少女と判定するのだろう事が良く分かるのだが―――

 

 

 

―――――え゛っ

 

 

 

「――こいつ美森じゃね?」

「―――この子東郷よね?」

 

 

 

 

俺と歌野は、同時に顔を見合わせる。

 

 

写真に写る黒髪の女の子。その子は、どこからどう見ても小さい頃の美森その人だった。

 

 





ゆゆゆいプレイ中「うたのんは可愛いなあ」
こっちの本編書いてる時「誰だこいつ!?」
読者もこう思ってると思う。

というか自分で出しといてなんだけど芽吹ちゃんめっちゃ扱いに困る。


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二十二話 小学生達は勇者である


『結城友奈は勇者部所属』を持ってると分かりやすいです(配慮0)


 

 

 

 

「猫ちゃーん、どこー?」

 

 

そう言いながら、木のように草が伸びた植え込みに上半身を突っ込んで捜索している少女は結城友奈。讃州中学の勇者部に所属している歌野と共に、二人は飼い猫捜索に駆り出されていた。

 

他の依頼が溜まってる犬吠埼……なんだっけ。うどん女? うどん女は出られず、その妹は論外、美森は車椅子だから戦力外。友奈と歌野だけじゃ不安だからと俺が巻き込まれたのだった。

 

 

 

……俺帰宅部なんすけど。

 

まあ暇だしいいか。

 

 

「……しかし、こう、こう言う感じで飛び出てる尻を見ると蹴りたくなるって言うか、叩きたくなると言うか。わかる?」

「言いたいことはわかるけど、友奈にそれやったら東郷に魚の餌にされるわよ。 」

 

「だよねー。」

 

 

頭隠して尻隠さずな状態で「この奥に猫ちゃん居るかも!」とか言って体を突っ込んでる友奈。身をよじっているからか、左右に尻が揺れている。猫じゃらしみたいだなぁと。

 

 

…………。

 

………………。

 

 

 

んーーーーー。

 

 

 

 

「―――ッヘーイ!!」

「ひゃあああん!?」

 

 

ごめん我慢できなかった。

 

俺が友奈の尻をぶっ叩くと、スパーンと小気味良い音が響く。ビクッと友奈が固まり、少ししてもぞもぞ動いたかと思ったら体を植え込みから抜いた。

 

 

「だ、だだ、誰?今のどっち!?」

「こいつ」

「当然のように嘘つかないで……よっ」

「ぐわああああ……!!」

 

さらっと歌野に罪を擦り付けると、本場顔負けのタイキックが俺の尻に叩き込まれた。

 

ガチな蹴りを食らって痛む患部を擦っていると、顔を赤くして詰め寄ってきた友奈に胸元を掴まれてガクガク揺すられる。

 

 

「なっ、なんで叩いたの!?」

「お前が尻だけ出してたからだルォォン!?」

「逆ギレされた……!?」

 

 

「……なんだこいつら」

 

 

やいのやいの騒いでいると、呆れていた歌野が俺と友奈の頭を叩いて上を向かせる。

 

「あれ見て。」

「ぐええ……あ」

「あっ!」

 

 

家の屋根に、純白の毛を揺らして首にリボンを巻いた猫が無駄に優雅な雰囲気を纏って座っていた。高みの見物かコラ

直後に塀を伝って道路に降り、慌てて捕まえようとしてヘッドスライディングした友奈を軽やかに跳躍して避ける。

 

「へぶぅ!」

「だっさ」

 

友奈の後頭部に着地して、猫はわざわざ頭を足場に跳んでから地面に降りて走り出した。

 

 

「アホ言ってないで追いかけるわよ!」

「へーい、起きろ友奈。消毒は後でしてやる。」

「いったぁーい……」

 

擦り傷の出来た額をさすりながら走り出した友奈を追う。猫を追って先に行った歌野は、背中を辛うじて追える程に離れていた。あいつ足早いな。

 

 

 

……帰ったら遺書残さなきゃ。

 

友奈に怪我させた+尻叩いたとか吊るされる以前にその縄で首絞められるわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

友奈のスマホにあるNARUKOという無料通話にして同アプリ持ちのスマホを追跡出来る機能を使い、歌野を見つける。道路脇の塀に体を隠して姿勢を低くしていた。

 

 

「歌野ちゃん!」

「しっ、あの先に件の猫がいるわ。」

「あの猫野郎気取りやがって……」

 

 

視線の先の道路の真ん中に、さっき友奈の頭を踏んづけた白猫がいた。わたくし血統書付きですが?みたいな顔してるけど、飼い主いわく毛並みが綺麗なだけの元野良猫である。

 

 

「……近くの雑木林……いや竹林?に入られたら厄介だな、どうするよ。」

「肉体労働出来ない分それ考えるのは貴方の役目でしょうが。」

「ごもっともでーす。」

 

 

悲しいことに俺は歌野より筋肉無いしスタミナも無いんだよね。畑弄りで無駄なく自然に鍛えられた上腕二頭筋を見ちゃったときは不思議と涙が止まらなかったぜ。別に悲しくないんだからね。

 

 

「難しく考えるのはやめましょう!友奈行きます!」

「……よし、突撃ィ!!」

 

「私よりは頭良いから忘れてたけど、紅葉も結構馬鹿寄りよね。頭が良いかどうかと馬鹿か賢いかはまた別の話なのねぇ」

 

 

失礼だな。

 

 

一瞬止めるべきかと思ったが、なんかもうめんどくさくなってきたしで、友奈に突撃命令を下す。西部劇の決闘のように堂々と道路のど真ん中に立ち、クラウチングスタートの体勢に入った。

 

ピストルの代わりが無いため、とりあえず後ろに小石を投げる。カツンと音がして、弾丸のように駆け出した友奈。

 

 

そして猫は―――――普通に逃げた。ですよねー。

 

 

友奈に全力疾走されて逃げないのは美森くらいで、避けてバックドロップするのが歌野だと学校でよく噂されてるし。

 

友奈が美森みたいなストッパーが居ないと結構な割合でイノシシになることが分かり、一旦止めるために声を掛けようとした―――その時。

 

 

 

近くの竹林から、子供が飛び出してきた。

 

 

「っ――やべ、友奈止まれ!」

「えっ……わっ!?」

 

「な―――きゃっ!?」

 

大慌てで俺と歌野が飛び出すも間に合わず、友奈は飛び出した子供にぶつかり押し倒す形で倒れた。運動神経が良い事が幸いしてか、子供の頭と道路の間に咄嗟に手を差し込めていた。

 

そんな衝突事故を尻目に逃げる猫は、塀から屋根へと跳ぶ。

 

 

「ちっ、歌野は猫を追ってくれ」

「人使いが荒いこと。」

 

そう言いながらも歌野は走る勢いを緩めず子供ごと踞る友奈を飛び越え、猫と同じように塀を足場に屋根に跳躍する。

……身体能力で言えばお前も大概だぞ。

 

 

「わぁ、忍者だ!」

「違うと思うぞ……?」

 

友奈と一緒に倒れた子供を追って、更に現れた二人の少女は灰色っぽいのとミルクティーっぽい色の髪をしていた。すげー色だな、歌野の葉っぱみたいな深緑の髪の事は棚に上げておくが。

 

 

「……んで、友奈はともかくそっちの小娘は大丈夫かよ」

「あ、そうだった。おーい、須美さんやーい」

 

灰色の子供が黒髪の須美と言うらしい女の子に呼び掛ける。

が、無反応。と言うか友奈に思いっきり抱き締められてるから顔が友奈の胸に埋まってた。

わー美森が血涙流しそう。

 

 

「おーい友奈、起きやがれ。」

 

肩を揺するが、起きない。色々重なって思考がショートしてんのかな。

 

 

「お姉さん起きないねぇ~」

「起きないねぇ、どうすっかなあ。

 

……あ、そうだ。」

 

灰色の子供を手招きする。

 

「どうしました?」

「起こすのに良い手があったわ。」

 

膝立ちになって、子供に耳打ちする。一瞬顔を赤くしたが、起きてもらわないと困るからかすぐ真剣な顔になった。

 

 

「……マジっすか」

「マジマジ。」

「―――じゃあ、アタシやります。

…………起きてくださーーーい!!」

 

「―――うひゃあ!!?」

 

スパーン!!と、良い音がした。

 

凄いぞ友奈、1日に2度も尻を叩かれるなんて中々経験できることじゃない。

 

 

「っ――紅葉くん!?」

「今のは俺じゃねえ」

「アタシっす」

「あれ……?」

 

友奈はキョロキョロ辺りを見回す。

 

「あれぇ……?」

「……あの、そいつ離してくれません?」

「え? あ、ご、ごめんね!大丈夫?」

 

友奈がずっと抱き締めていた女の子は、解放されると青くした顔で大袈裟に深呼吸する。

 

「死ぬかと思った……」

「おっぱいに埋もれて死ぬなんて贅沢だよ~?」

「贅沢じゃ……ない……!」

 

胸に埋もれて窒息死とかされた日には大笑いするわ。

 

肩で息をする女の子は、黒髪にエメラルドグリーンの瞳と、なんかどっかで見たことあるような顔をしていた。

 

 

んーーーーー?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二人が落ち着いた頃に、俺は現状の説明をした。

 

 

「なるほど、飼い猫の捜索ですか……」

「じゃあアタシたちってか須美が邪魔しちゃった訳っすか。」

「も~わっしーなにしてるの~?」

 

私のせいですか!?という須美……わっしー?がキョドるが、実際そうなのが庇護できない所。

 

「今はあいつに追跡させてるし、自己紹介でもしよーぜー。」

「い~ね~!」

 

イエーイ、とミルクティー色の髪の子供とハイタッチする。勢いでやっちまったが……あれ、鳥肌立たない。変なの。

 

 

「俺は先人紅葉、讃州中学2年の帰宅部ね。」

「私は結城友奈!讃州中学2年、勇者部でボランティアとかやってます!」

 

「おー、『勇者』かぁ。

アタシは三ノ輪銀っす、神樹館小学校の6年です。」

「鷲尾須美と言います。

先ほどはすみませんでした……」

「同じく6年、乃木園子で~っす!」

 

灰色のが銀、黒いのが須美、そんでミルクティー色が園子ね。

 

 

しかし……乃木…………乃木? それやべー権力持ちの家の名字じゃね? ……いや、こんな脳内で花畑栽培してそうな奴が貴族とか世も末過ぎるしそれはないか。ないない。

 

 

「ほーん、神樹館ねぇ……それ大橋市の学校じゃないの?ここ讃州市だぜ?」

「さ、讃州市!? アタシたちさっきまで大橋市の竹林にあった社に居たのに……」

 

良く見たらその制服神樹館の制服だし、嘘はついてないみたいだな。

 

 

「ねえ銀ちゃん、その時何をしたの?」

「えーっと、確かアタシが二人に秘密基地っつって案内したら社がボロボロで須美が張り切って綺麗にして……お供え物持ってこようって一回帰ろうとしたら此処に居ました。」

「えーーーっと……?」

 

「それ大橋市の社が讃州市の社と道を繋げたって事だろ。」

「道を……?」

 

俺の言葉に須美が首を傾げる。俺も変なこと言ってる自覚はあるが、そう言うことでしょうよ。

 

 

「例えば社を綺麗にしてくれたお礼とか、単純に気まぐれでそうしたとか。

あるいは―――『今日』『今』『この瞬間』お前さん達に必要な何かが俺たちから得られるからこうなってるか、だ。」

 

「はえー詳しいんすね。」

「まあ、嫌いなモンほど詳しくなっちゃうよね」

「ん~?」

「なんでもねーよ」

 

 

だーれが好きで神サマ関連の話題に詳しくなんてなるかい。

 

なんて会話をしつつ、歌野に追い付くために5人で友奈のスマホのマップを便りに走る。あっさり着いてこられるとかこれで小学生ってマジ?最近の小学生は高水準なんすねぇ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、あの人ですか?」

「そー……だな。なにしてんだあいつ」

 

到着した先は公園で、歌野は一本の木の前で立ち往生していた。

 

……歌野が見上げている先には、降りられなくて鳴いている件の猫が居る。今さらになってカマトトぶってんじゃねえぞゴラァ!

 

 

「歌野……うわ引っ掻き傷。」

「一回捕まえたんだけど、してやられたわ。 …………と言うか誰?さっきの子?」

「あーその辺は後回しで。」

 

「猫ちゃん降りられないの?」

「……みたいね。」

 

もうここに飼い主を呼んだ方がいいんじゃ?とすら思えてくるが、散々手こずらせといてそれじゃ俺の気が晴れないんだよなぁ……どうしてくれようかこの猫畜生め。チタタプにしてやろうか。

 

 

「結構高いですし、脚立か梯子でもあればいいんですが」

「時間が掛かるから無理だな」

 

「アタシがよじ登ります」

「危ないから却下」

 

「私が紅葉をぶん投げるとか」

「やめろ」

 

まださっきの根に持ってんのか。

 

あー、どうするか。肩車でもするか?

 

 

でも高さ的に3人くらい要るよなぁ。

 

 

「……あ!ピッカーンと閃いた~」

「うわっ、なんだよ。」

 

俺の横で考え事をしていた園子は、突然そう言うと目を輝かせてアピールをする。

 

「ねーねー、お姉さんって何かやってるの~?」

「うん、武術を習ってるよ?」

「―――あ、そう言うことね。」

 

体幹がしっかりしてる友奈を土台にすれば、子供二人の肩車くらいは行けるかもって事だ。

 

俺? 潰れるからやだ

 

 

「須美とか銀は何かやってたりすんの?」

「……えーっ、と……ゆ、弓を少々」

「アタシは斧かなー」

 

弓道と……なに、木こり?し、渋いね……?

 

頼むから山奥で隠居してるうちのジジイみたいにはならないでよ。

 

 

「じゃあ、友奈を下に須美と銀の順で肩に乗れ。んで銀が猫を捕まえてくれ。」

 

「わかった。よーし、早速やろう!」

「大丈夫なんですか?」

「ま、やるだけやろうぜ?」

 

 

俺と歌野と園子で離れ、友奈たちが縦に合体しているのを横目に観察する。

 

「園子たちの関係ってさぁ、友達で良いの?」

「友達だよ~大親友だよ~!」

「ふぅん、良いわねぇ青春してて」

 

年寄りみたいなこと言うなよ……

 

 

「よーし、猫やーい、こっち来い……よし捕まえた!」

「やるじゃん。」

 

見れば、銀が猫を捕まえて胸に抱き抱えていた。軽く拍手してやると歌野に肩を叩かれる。

 

「ねえ、紅葉」

「あん?」

「あの子どうやって降ろすの」

 

 

………………あ。

 

 

「……おーい銀、受け止めてやるから飛び降りろ。」

「うぇっ?いやこの高さなら自力でイケますよ?」

「あ、そうなの?」

 

はい、と言って銀は須美の肩を足場に飛び降りた。思わず走り寄ろうとしたが、銀は当然のように無傷で着地した。えぇ……

 

 

「……凄いね。」

「鍛えてますから! はい、どうぞ。」

 

疲れたのか寝てしまっている猫を受けとる。友奈が須美を降ろして、友奈以外は皆無事。

これにて、手こずらせてくれやがった飼い猫捜索と言う名の逃走劇は幕を閉じたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

依頼者に猫を渡すと、報酬として大量の菓子類を貰った。

 

友奈たちはあくまでもボランティアの一環だからと渋ったが、帰宅部の俺には関係ないので俺経由で貰ってから小娘共に渡したのでした……と。

 

 

「いっぱい有るね~」

「全部食うなよ園子」

「わかってるよ~だ」

 

「大橋市の社に戻ったらそれお供えしとけよ、運とか上がるかもしれないし。」

 

俺なら全部食うけど。でもテーブルに出しとくと歌野に取られるんだよね。

 

お前人のお茶請けを……!

 

 

「しかし、勇者部なんて名乗ってるこいつらより小娘共の方がよっぽど勇者らしいな。」

「……えっ?」

「だってそうだろ、あんたら被害者じゃん。無視して帰ることだって出来たんだぜ?引き返すだけで良かったんだからな。」

 

疑問符を浮かべる須美の頭をがしがし弄って、お菓子の入った袋を振り回す園子とそれを止めてる銀を見る。俺の後ろで歩きながらコンビニで買った消毒液で傷の手当てをしている二人はまあ、それはそれってことで置いておく。

 

 

「だって猫を逃がしたのは私のせいで……」

「いや普通に逃げてたからね、まあ確かにあのまま走ってたら友奈が捕まえられたかもしれないけどさ。」

 

「まーまー二人とも!猫も捕まってお菓子貰って、アタシたちは普通に帰れば良いんだしそれで良いじゃないっすか。」

「わっしーは深く考えすぎなんよ~」

「う゛……」

 

須美はしっかり者と言うか堅物なのかね。

銀たちがちょうど良い緩和材になっているようで、上手いことバランスが取れている。

 

 

「お、着いたな。」

 

俺達6人は、須美たちと出会った竹林まで戻ってきた。3人はこの先に行けば戻れるのだろう。確証とかないけど。

 

これでお別れかぁ、と言っている友奈を余所に、園子が俺の服を引っ張った。

 

「ねぇねぇもーみん」

「……それ俺?」

「園子アダ名付けるの好きなんですよ」

 

「……あー、なに?」

「皆で写真撮ろ~?」

 

 

えーやだ。 ……と言えたら良かったんだが、この純粋な顔は俺にはキツいぜ。

 

俺は断れず、他の奴等も了承して、集合写真を撮ることになった。

 

 

 

「俺写真に写るの嫌なんだけど」

「とか言いながらちゃんと保存してるのね」

「形だけだ。 」

 

通りすがりの人にスマホを渡して撮ってもらい、6人でデータを分ける。

そこには良い笑顔の5人と、表情筋が死んでる俺が居た。

 

 

「じゃあ、皆またね!」

「気軽には来れないけど、何かあったら頼りなさいな。」

 

「何から何まで、ありがとうございました。」

「じゃあね~!」

 

友奈と歌野、須美と園子が手を振って別れ、銀は俺をじっと見る。

 

 

「……あの、紅葉さん」

「なに」

「また……会えますか?」

「さあ? まあ進学したお前らが讃州中学に来るってんなら、歓迎はしてやるよ。」

 

 

なにしんみりしてんだよ似合わない。

銀の髪を梳すように撫で、ポケットから花の飾りが着いた髪留めをつけてやる。

 

「少しはお洒落しろよ」

「えっ、これって?」

「さっきの依頼者から渡されたんだよ、女の子ならなんか着けろって言ってたぞ。」

 

 

それは牡丹の髪飾りで、灰色に赤が映える。

なんか気恥ずかしくなって銀を竹林に押し込む。

 

「うわっとと、えーっと……じゃあ―――また。」

「おう。」

 

 

名残惜しそうに銀はそう言い竹林の奥に消える。

 

後ろでニヤニヤしてる二人の傷に消毒液を染み込ませる事を心に決めつつ、もう聞こえていないだろうが俺はそれでも……呟くように言った。

 

 

 

 

 

 

 

「―――――『またな』」

 

 





芽吹ちゃんで前後編にしちゃったからって1話に纏めようとしたら結局長くなるとか馬鹿かオメエこの野郎


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二十三話 乃木園子は先代勇者である・前


前回の話はちょっと詰め込みすぎたかもしれない、反省。



 

 

 

「あーーーーー。」

 

 

色々とごちゃ混ぜになった感情を吐き出すように、ため息を吐く。俺は全部を思い出した。

 

鷲尾須美、三ノ輪銀、乃木園子。

 

 

あいつらと一緒に猫を探したことも、3人が大橋市から来たことも―――――三ノ輪銀に不思議と惹かれていたことも。

 

 

やだ、俺ってロリコン……? いや中2と小6ならギリギリセーフでしょ。だって『こいつも苦労してそうだな』っていう親近感があってさぁ……

 

 

 

―――まあそれはそれとして、だ。

 

 

 

「あの時の鷲尾須美が東郷美森だったとして、つまりあの3人は2年前の大橋市から俺達のいたあの場所の竹林にワープしてきたってことか?」

「そうなるわね。でも2年前なら私達の事を覚えてるはずじゃ……あ、そう言えば東郷って事故で記憶が……?」

 

2年前の大橋市に帰った後から今に至るまで……美森はともかく銀と園子の姿が見当たらないと言うことは―――

 

「あいつらも、勇者だったんだな。」

「……まさか東郷は須美君の時に満開を?」

「恐らくな。」

 

 

……あの時夏凜とこいつに推理を披露したときの情報が、こんな形で信憑性を帯びるとはな。

 

 

 

3人は大橋市に帰ったあと、後に何かしらの理由で戦闘中に満開をした。

 

それで足の機能と記憶を失って、その後鷲尾須美から東郷美森に改名して讃州市にやってきたのだろう。精霊が3体だったのは2度満開したからだと言うのが推理通りなら諸々の謎にも納得が行く。

 

 

「銀と園子が一緒にこっちに来なかったのは、記憶を失った須美を戦力外として避難させただけなのかはたまた……」

 

「言いたくないけど二人は―――死んだか。」

 

 

無音。

最悪の結末を想定し、二人の間の音が消える。

 

チリンチリンと言う遠慮のない風鈴の音が、俺達の意識を現実に引き戻した。

 

 

「……この件は調べようにも調べられないな。

一般人の俺と、勇者とは言え権力のない歌野ではどうしようもない。」

 

勇者に関することは大赦によって徹底的に規制されている。まさか図書館に記録が残ってる筈も無し、大赦に遣わされていた風とかの力を借りても見付けられるとは思えない。

 

 

「鷲尾家と三ノ輪家と乃木家を当たるのは?」

 

「聞いたところで知らぬ存ぜぬの一点張りで返されるに決まってるし、仮に死亡説が事実なら傷を掘り返す事になるから駄目だ。

―――家族が居ない事の痛みは、俺もお前も良く分かってるだろ?」

 

「……そうね。」

 

 

どん詰まり、これ以上は無理か。

 

 

はい、難しい話終わり。

切り替えてこう。

 

 

「確証もない事で悩むのはこれまでにしておこうか。まだバーテックスの生き残りの事もあるし、あと夏凜が帰ってくる前に飯作りたい。」

「貴方ねぇ……」

 

じゃあ代わりに作るか?って聞くと顔を背けられる。蕎麦茹でるのは俺より上手いくせになんで普通の料理だけからっきしなんだよこいつ。

 

 

「ところで、私達ってなんで須美君たちの事を忘れてたのかしらね?」

 

「お前と友奈は白昼夢として忘れようとしてたんでしょ、俺の場合は友奈の尻叩いたのバレて拷問されたのがトラウマになってたか。」

 

 

具体的になにされたんだっけ。

 

…………あれ?

 

 

「……俺は美森に何をされたんだ……?」

「思い出さない方が幸せなこともあるわよ。」

 

 

哀れむような顔で、歌野が俺の肩を叩いた。

 

や、やめろよ……恐くなってきただろ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

9月某日。あれから友奈たちの満開の後遺症が治らないまま、俺たちは秋を迎えてしまった。

 

部室に向かいながら歌野と駄弁っていたら、率直な疑問を投げ掛けられた。

 

 

「紅葉って、名前からして秋とか好きそうだけどその辺どうなの」

「……俺桜とかの方が好きだぞ」

「名前が紅葉なのに?」

「だからだよ」

 

なんかセンスのないダジャレみたいで好きじゃないんだよね。お前紅葉なら秋とか好きなんでしょって、それ偏見過ぎるよ?

でも両親の名前なんて楓と椛だからなぁ。

そう言う星のもとに生まれちまったからには諦めるしかない。

 

 

とか言ってたら、部室前に到着。

ガラガラと扉を開けると、俺達以外の5人が既に来ていた。

 

「うーい、紅葉と歌野が来たぜぃ」

「ウィーッス!」

 

なんかチャラい感じで風が挨拶してくる。流れで夏凜以外が真似をして、歌野が困惑しながら返した。

 

「う、ウィーッス?」

「やらんで良いぞ。」

「んもぅ、ノリが悪いわね」

「眼帯着けてる間はそのキャラで行くつもりなの?」

「まあねぇ」

 

どうせ明日まで保てないだろうが見物だな。

 

 

「……んぶぇ」

「うわぁ。」

 

扉を閉めてから振り返ると、それに合わせて顔に何かがへばりつく。ひっぺがして確認するとそれは犬神だった。

目元がキリッとするかしないか以外では無表情だが、代わりに尻尾がパタパタ揺れている。

 

うわちょっと毛が口に入った。

 

 

「あぁもう、いーぬーがーみー?」

 

近付いてきた風にひょいと取られた犬神は、主人に逆らうつもりはないのか大人しくなった。だが続けて首に鎌鼬が巻き付き、頭に牛鬼が乗る。

 

 

「あわわわ、牛鬼ってば……」

「相変わらずの止まり木具合ね、あんたって。」

「お、重い……」

「頑張れー。」

「他人事だと思ってお前なぁ」

 

加えて木霊が頭に乗った牛鬼の上で跳ね、俺の周囲を四肢の燃えてる赤い猫と雲?に鏡がくっついたモノが飛び回る。

 

 

「(紅葉さんは相変わらず精霊にモテモテですね)」

「不思議なものね、私の精霊はあんな風にはならないのに。」

 

「うぬおおおおおおお……!うっ、とう…しい!」

 

手で猫と鏡を払い、木霊に跳ねるのをやめさせる。満開をした4人には精霊が追加され、友奈と風と樹が2体、美森が4体に増えていた。

多いなぁ。

 

……フォックスファーみたいになってる鎌鼬は空気を操れるのか、暑苦しくなくほどよく涼しい。こいつは剥がさないでおこう。

 

 

「あー、こいつら何だっけ。」

 

「私のが火車(かしゃ)だよ」

「あたしのは……知ってるか、鎌鼬ね。」

「(私のは雲外鏡(うんがいきょう)らしいです)」

川蛍(かわぼたる)です、これで4体ですか……」

 

「んで、合計12体か。百鬼夜行かなんか?」

 

 

演劇とかもうこいつら使えば良いんじゃないのかと思ったが常人には見えないようになってるから無理か。同じ事を考えていたのか、友奈が提案して美森にバッサリ切られていた。

 

「そういや風、こないだ頼んだやつ調べついた?」

「頼んだやつ?」

 

俺の質問に夏凜が疑問に思い、風はスマホを取り出す。

 

 

「調べて貰ったワ、メールがもう届いてたけど皆が揃ってから読むつもりだったの。」

「何を調べたのよ」

「精霊がやたら俺になつく理由。」

 

 

後ろから俺の右肩に顎を乗せる歌野に鎌鼬がウザそうにしている。風が読み上げるわよーと言って一先ずメールの文章に目を通すと、僅かに間を置いて顔を爆発させたように赤くした。

 

「……ヴェッ!?」

「うおっ!?」

「わあ、爆発した。」

 

「ふ、風先輩?」

「(お姉ちゃん?)」

「いかがわしい詐欺に引っ掛かったのでしょうか?」

「勇者端末がそんなポンコツな訳無いでしょーが。」

 

口々に反応するも、風は固まったまま動かない。

 

……なんだか嫌な予感がしてきたぞーう!

 

 

「…………あーーー、夏凜。」

「はいはい。」

 

風からスマホを奪った夏凜が俺にそれを投げ渡す。昔と違って滅茶苦茶頑丈に作られてるから壊れることはないが、念のため気を遣って受け止めた。

 

 

「へい、んじゃ俺が読み上げまーす。」

「……ふーん、そういうこと。」

 

後ろで覗いている歌野がさっさと黙読してしまったが、構わず読み上げる。

 

 

「えーっと、『精霊が勇者でも巫女でもない一般市民になつく理由の解析をし、現状把握できているだけでも報告します。

 

精霊は勇者にバリアを張って防御すると言う優先的な使命を持っている為か、勇者と深く繋がってしまう事がわかりました。

 

その為勇者の感情とリンクする事が判明。つまり愛情や友愛、好奇の感情が精霊に伝わった結果が精霊の行動に繋がっているのです。ただ、精霊には勇者に反抗しない程度の自我が存在している事もあり、単純に精霊の好みと言う可能性もあります。

更に分かったことがあった場合、追って連絡します。』

 

 

だって。」

 

いまだに固まってる風の様子を見に俺から離れた鎌鼬は風に近付いて鼻を鳴らす。

 

「あー、つまり、んー。」

「貴方比喩じゃ無しにモテモテだったのね。」

 

はい。らしいです。

スマホの画面を閉じて机に置く。

 

……ん゛ん゛。

 

 

「精霊の行動=勇者の感情ってことはつまり、風さんは犬神みたいな扱いを紅葉にされたいの?」

 

「わーーーーー!!わーーー!!」

 

フリーズから戻った風が、叫びながら寄ってきて俺の頭をボコボコ叩いてくる。

痛くないけどええいやめんか。

 

「前々から名前からして犬っぽいなとは思ってたわ。」

「わんちゃんの風先輩?」

「……イケますね」

「(お姉ちゃん……)」

 

「んな゛ーーー!!?」

 

 

どんどんポンコツ化が進む風は置いといて、他の精霊の行動を振り返る。

 

 

木霊がよく俺の頭の上で跳ねていたのは他の精霊に構っていた時が多いし要するに、遠回しに『私も構え』と言いたいのだろう。年頃の妹なら微笑ましいものだ。

 

牛鬼は……なんだろう、友奈って俺に()()()()感情抱いてないし、一番仲の良い美森に乗らないのはおかしい。

唯一の異性だから好奇心が勝ってるのかな?

 

義輝はわからん。と言うか夏凜からどう思われてるのかがわからん。

 

美森のは俺に全然なつかないし、他のだらしない部員に代わって警戒して()()()()のならそれで良いと思う。

 

覚?心が読めるんならわざわざひっつく必要ないでしょ、以上。

 

 

「うんうん、風が俺を好きなのはわかったからおちつぐぇえ」

「だ、誰がアンタみたいな、デリカシーがない奴好きになるのよ!」

 

モンゴリアンチョップされた。

ははーん、照れ屋め。

 

まあ、これだけ誤魔化しとけば周りも茶化さないだろ。

 

風にガックンガックン胸ぐら掴まれて揺すられてると、聞けば不快になる嫌なアラートが鳴った。

 

「―――って、樹海化が始まる……!」

「うおぉ……、そんじゃ、行ってこい。」

「締まらないわねぇ。」

 

「パパっと終わらせて、演劇の準備とかしましょう!」

「そうね、それにこの延長戦で全部が終わる。」

「(がんばりましょう!)」

 

「まだ満開してない私と歌野でやっちゃってもいいのよ。」

 

夏凜がそう言って、俺を見る。

覚悟は決まったらしい。

 

 

俺も、そろそろ覚悟決めるとするかなぁ。

 

 

 

 

そう思ってまばたきをすると―――

 

 

 

―――次の瞬間には、俺は外に居た。

 

丸椅子に座ったまま。

 

 

……えぇ……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「延長戦、行くわよ皆!」

『はい!』

 

お姉ちゃんが言って、私以外が声を出す。皆を見ながら樹海化で世界ごと固まってしまった紅葉さんを見ると、悲痛な表情で顔が歪んでいた。

 

 

その事をお姉ちゃん達に伝える声も出せないまま私達は、まるで逃がさないと言わんばかりの光に呑み込まれた―――。

 

 

 

 





タイトル考えるのが面倒だからって前後編で話数を誤魔化すのはやめるんだ!


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二十四話 乃木園子は先代勇者である・後


風先輩と東郷さん、原作より火薬詰まってるから書いてて死人が出ないか心配になってる(紅葉を見ながら)



 

 

 

「……えっ、紅葉くん!?」

「おおう友奈……と、美森?」

「どうして紅葉くんまで……」

 

 

丸椅子に座ったまま謎のワープをした俺は、戦いが終わってから同じく連れてこられたのであろう友奈と美森に短いスパンで再会を果たした。

 

「そっちは戦い終わったんだよな?」

「あ、うん。やっつけたよ!」

「学校の屋上以外にもコレがあったのですね。」

 

友奈の近くにあった社……祠?は屋上にもあった。どうやら、これがワープ地点になっているらしい。

 

「と言うか俺って椅子と一緒にワープしてきたんだな。すげえ面白い光景だけどよかった、空気椅子とか強要されなくて。」

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょう……」

 

 

ほんとよかった、ワープと同時に転んだりしてたら歌野だったら写真撮ってたぜ?

 

「……つかここもしかして瀬戸大橋記念公園か?」

「うわあ凄いなぁ……どうやったらあんな壊れ方するんだろう……東郷さん?」

「…………瀬戸、大橋……」

 

 

鷲尾須美として大橋市に居た記憶の欠片が残っているのか、眉を潜めてある方向を見ていた。

 

目線の先には焼いたスルメみたいに丸まる形でひしゃげた、かつての瀬戸大橋があった。

あーあー、前は立派に一本の橋だったのに。

 

 

……ここから讃州市ってかなり距離あるよな。

 

 

夕焼けに照らされた瀬戸大橋を背にあいつらに連絡しようとしてスマホを弄るが、不自然に電波が通っていなくて開けない。

 

動けこのポンコツが!機種変したばっかだろ!

 

 

もしやジャミング?

俺は別として勇者に変身させない為か。

 

 

 

―――瞬間、人の気配を感じた。

 

 

「誰だ」

 

「ど、どうしたの?」

「……紅葉くん?」

 

 

見付けてくれと言ってきているようにあからさまな気配を感じとる。感じた気配を辿ってワープしてきた場所の裏に回るとそこには―――

 

 

「ずっと呼んでたよ。お姉さん、わっしー……」

 

 

―――病院のベッドに身体を投げ出し、服と包帯で隠された顔と身体を見て辛うじて人だとわかる輪郭をした、一人の少女が居た。

 

 

 

 

 

 

 

 

「わっしー? 鷲?」

 

首をかしげる友奈は、少女を見てベッドを見る。

 

「って言うかなんで外に病院のベッドが!?」

「……皆が戦ってたのを感じてたから、ずっと呼んでたんだ~」

 

答えになっているか分からない返答をし、友奈を一瞥してから少女は美森に視線を向けた。

 

 

「東郷さんの知り合い?」

「……いえ、初対面だわ。」

 

「あ~、うん。そっか。

……わっしーっていうのはね、私の親友のアダ名なんだ~……ごめんね。」

 

 

一瞬だけ悲痛に顔を歪め、取り繕うように乾いた笑いを溢す。

 

「……ところであのー、どうやって私達を呼んだの? ……ですか?」

「敬語は要らないよ。 ……その祠、お姉さん達の学校にもあるでしょ? だからバーテックスと戦い終わって戻るときに誘導できるかな~って思ったんだ~。」

「! バーテックスをご存じなのですか!?」

 

車椅子に乗ったまま身を乗り出す美森。その肩を押さえて落ち着かせる友奈もまた、驚きを隠せないで居た。

 

 

「一応、二人の先輩なのかな。 私は乃木園子って言うんだ~」

「さ、讃州中学2年の結城友奈です! ……あれ、乃木園子……?」

「私は東郷美森です。」

「……美森ちゃんかぁ」

 

「先輩ってことはつまり、園子ちゃんも?」

「そうだよ~……私も勇者として、二人の親友とえいえいおーって頑張ったんだ~。今はこんなになっちゃったけどね。」

 

 

二人は園子の全身を見回す。

ピンクと言うよりは薄紫の病院服に身体を隠し、脈などを計る機械に繋がれている右腕以外は見えない。

 

顔は左目と口元以外の全てに包帯を巻き、髪が長いと言うことしか分からなかった。

 

 

「乃木さんの怪我は……バーテックスに?」

「んーん、私こう見えて結構強いからそうじゃないんだ。 そうだなぁ……ああ、美森ちゃんとお姉さんはさ、満開って……した?

わーっと咲いて、わーって強くなるやつ。」

「うん、したよ? わーって。」

「私もしました。」

 

僅かに目を見開いて、すぐに閉じる。園子はそっか、と呟くと二人に問いかけた。

 

「花が咲いた後は、どうなると思う?」

「えっ? ……か、枯れるとか?」

「そう、枯れる。散るとも言うね。満開には隠されたシステムがあるんだ、その名前は―――散華(さんげ)。」

 

「花が散る、の、散華?」

「うん。二人とも自覚してるんじゃないかな~。だって、体の何処かが変になったでしょ?」

 

美森は反射的に耳を押さえた。だが、友奈はその言葉にピンとこなかった。

 

 

「……私は()()()()()()()()()?」

 

「―――たぶん、友奈ちゃんの場合は内臓なんかが使えなくなってるのかもしれないわ。」

「そうかなぁ?」

 

美森の脳裏に紅葉から言われた言葉が反芻される。友奈は時おり変になる、というもの。

 

実際、二人だけの時に友奈は良く遠い目で何処かを見ていたり、風と樹を見ながら『タマちゃんとアンちゃんみたい』と言ったこともあった。

 

誰かと聞いても、何のことかととぼけられた事もあった。

 

 

 

事実友奈は、神樹と繋がったことで記憶が流れ込んでいることを知らない。

別人格のようなモノが現れた事で、その負担を押し付ける形で忘れているからだ。

 

 

―――もっとも本来、乖離性同一性障害(いわゆる二重人格)使()()()というのは()()なのだが。

 

 

「一つ咲けば一つ枯れ、二つ咲けば二つ散る。満開すればするほど精霊が増えたり力が増えたりするけど、その代わりに体の何処かが使えなくなる。精霊の力によって私達勇者は死ぬことがない。でも、それで戦い続けてこうなっちゃったんだ~。」

 

「そん、な……」

「どうして私達が……」

 

「いつの時代も、神様に見初められるのは汚れなき無垢な少女達。汚れていないからこそ、大人や男の人と違って大きな力を振るえるんだよ。

そして力を得る代わりに、体の何処かを供物として捧げる。これが今の勇者システムなんだ。」

 

 

無慈悲に、淡々と。

この世の条理はそうなのだと、二人に園子は言う。

園子は、自分の身を以て確かな説得力を見せ付けた。

 

 

「私達が供物なんて、そんなの―――!」

「私たちにしかやれないからって、酷い話だよね~。」

「……それじゃあ私も、皆も……これからも体の機能を失って行くと言うの……?」

 

目尻に涙を浮かべて絞り出すように言葉を紡ぐ美森を抱き止め、友奈は言う。

 

「でも、もう13体全てのバーテックスは倒したんだもん。これ以上に何かを失うことなんてないよ!」

「……倒したのは凄いよね~、前は追い返すのが精一杯だったんだから。」

「そうですよ!だからもう戦いなんて……東郷さん?どうしたの?」

 

「―――これは……」

 

園子がそう言ったとき、ふと美森はベッド脇の小さな引き出しに写真立てが置かれていることに気付いた。

自力で車輪を回して近付くと、そこには6人の男女の集合写真と紅い牡丹の着いた髪留めがあった。

 

灰色の髪をした少女の両腕それぞれに片腕を絡まされた二人の少女、片方は輪郭や髪色で園子だとわかる。そしてもう一人―――

 

 

「わ、たし……?」

「これ……って、あの時の!?」

 

ひょいと美森の後ろから写真を覗く友奈。驚愕の声を挙げ、三ノ輪銀に腕を絡まされた鷲尾須美の顔を見て、更に驚いた。

 

「須美ちゃん―――って、もしかして、東郷さんなの……?」

「美森ちゃん……わっしーはともかく、お姉さんは覚えてるかと思ったんだけどな~」

 

「じゃあ園子ちゃんって、園子ちゃん!?」

「哲学みたいだね~?」

 

唐突に降って湧いた爆弾に、二人は騒ぎ立て、園子はそれを見て楽しそうに目元を緩める。不謹慎ではあるが、二人の慌てようは園子にとって心から望んでいた刺激でもあったからだ。

 

 

「いやこれは、でも、くあwせbrftgy!?」

「落ち着け」

「へぎゅっ!?」

 

混乱の渦に呑み込まれた友奈を、物陰に隠れていた紅葉が背後からの一撃(拳骨)で引っ張り出す。

 

 

「紅葉くん……そう言えば今まで何処に?」

「勇者水入らずで話せるように隠れてた俺の配慮をありがたく思いなされ。」

 

そう言いながら、紅葉は写真立てに寄り添わせるように置かれていた牡丹の髪留めを拾う。

 

 

「……そういや、銀はどうなった。」

「…………。」

「そうか。」

 

何も言わない園子を見て察した紅葉は苦虫を噛み潰したような表情をした後、すぐに表情を戻して髪留めをポケットに入れた。

 

「紅葉くん、私は……私と乃木さんと、この女の子は……友達だったんですか……?」

「俺にはそう見えたけど?」

 

「―――私は記憶喪失を理由にのうのうと平和を謳歌していたんですか!?乃木さんがこんな目に遭っていたのに、私は……!」

 

掴み掛かってきそうな勢いで、紅葉の服を掴む。紅葉は年下にするようにぐしゃぐしゃと髪を撫でた。

 

 

「お前も園子も、結局は大人に利用されたに過ぎん。被害者なんだから仕方ないだろ。そうやって自分を責めるもんじゃない、大赦が悪いよ大赦が。」

 

「……あ、紅葉くん、東郷さん!」

「えっ―――っ!」

「……あーあー、良いところで邪魔しやがる。」

 

頭を擦っていた友奈が、二人に呼び掛ける。美森と紅葉が振り返ると、4人が仮面を被った和装の集団に囲まれていることに気付く。

 

園子の目付きが険しくなり、紅葉が呆れたようにため息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大赦仮面マジで絶滅しねえかなーって。

 

 

まあシリアスな空気がアレルギーレベルで嫌いだから今だけは感謝してやるけど。 ……いややっぱ無理。舌噛み切った方が良いわ。

 

 

「俺を狙う物好きは居なくなったみたいだが、俺が嫌いなのはまだ居るみたいだな。 やんのか?」

 

俺を警戒してか、ガタイの良い大赦仮面が数人前に出る。

 

……が、横の園子から発せられた殺意によって重圧が増して動きを止めさせられる。さりげなく俺まで巻き込むのやめてくれない?

 

 

「……3人に手を出したら、許さないよ~?」

「俺まで巻き込まないでよ」

「……もーみんに精霊バリアないの忘れてた~。」

 

えへへ、と笑う園子。 ……次はねえぞコラ。

 

 

「園子ちゃん、勇者システムから散華を取り除く事は出来ないの?」

「うーん、私たちが勇者であるうちは……無理かもね。」

「力を得ることと身体機能の喪失が等価になってる以上、おいそれとその機能を覆すことは無理だろうな。」

 

 

わざわざデメリットまで用意するのはなんでかねぇ、力を貸して貰ってるっていう自覚を忘れさせないためか。

 

 

「乃木さん……園子さん?」

「そのっちで良いよ~、私もわっしーって呼ぶから~。」

「……そのっち、私は『何を』、『何処まで』忘れているの?」

「わっしーは、私と三ノ輪銀……ミノさんと一緒に勇者として戦っていた頃の記憶を失ってるんだ~。」

 

「ぁ―――」

 

ひゅっ、と、美森は息を呑む。

それもそうだ、園子と銀との想い出を忘れているうえに、その自覚も無しに俺たちと中学生生活を送っていたのだから。

 

園子は美森の髪を結んでいるリボンを見ると言った。そういや、それ前は園子が着けてたな。

 

 

「―――そのリボンはやっぱり、わっしーに似合うと思ったんだ~。 綺麗だよ、わっしー。」

 

「ごめん、なさい……そのっちとの……銀との想い出を、私は思い出せない……」

 

「仕方ないよ~…………でも、いつか忘れてしまうなら―――ミノさんを失うなら、もっともっと、色んな想い出を残しておきたかった。わっしーと、ミノさんと、3人で―――私は……」

 

「そのっ、ち……」

 

 

動けない園子の左目から、涙が流れる。

一人は肉体的に死に、一人は人としての尊厳が死んで、一人は友との想い出を殺された。

余りにも無情すぎる選択をこの世界は小学生に迫っていた。

 

 

……そりゃ確かに勇者に死なれてほしくはないだろうさ。精霊は体に入れるんじゃなく形を与えてサポートに特化させ、勇者の殺し方を学習するバーテックスに対抗する為に満開を用意した。

 

俺はそれが悪とは言わねえよ。

 

だが満開の真実を隠し、記憶喪失を利用して美森(須美)を再利用して、風や園子たちを『世界の危機だから』を理由に戦いに駆り出しておいて仕方ないよねで済んだら警察は要らねえんだよなぁ?

 

 

「……美森、これ使え。」

「紅葉くん……」

 

俺は髪留めを入れたのとは違うポケットからハンカチを取り出して美森に手渡す。

 

美森はそれを使って園子の涙を拭った。ちなみに広げるとでかでかと『農業王』と書かれているからその点は注意しろ、いいか、空気が壊れるからそれ広げるなよ。

 

 

「……ありがとう。そろそろ、帰らないと遅くなっちゃうね。大赦の人が車を用意してくれてるだろうから、それで帰った方がいいよ。」

 

「そうした方がいいな、変身対策で電波入らねえけどあいつらに相当心配されてるだろうぜ。」

「あ、そっかあ……風先輩とかカンカンかもね」

「……もう少し話したかったけどこればかりはどうしようもないわね。」

 

 

夕陽がだんだん黒くなって行き、時間を見ても結構遅い時間になっていた。

そろそろ帰らねえと晩飯作る時間が無くなっちまう。もうサプリと煮干しをおかずに蕎麦を食うのは嫌だぞ……!

 

大赦仮面に案内されてこの場から去ろうとした時、園子に呼び止められた。

 

 

「待って、もーみん。」

「あー?」

「渡したいものがあるんだ~」

「……なんだよ。」

 

ベッドに近づく。

目線を引き出しに向けると言った。

 

「その引き出しを一番下、上から2番目、下から2番目に引いてから一番上を開けてみて~」

「えぇ……」

 

からくり屋敷かよ。

 

……とりあえず、言われた通りに引き出しを開ける。

中には茶封筒が入っていた。

 

 

「……封筒?」

「帰ってから開けてね~」

「はあ。」

 

中封筒を制服の内ポケットにねじ込む。

 

「もーみんはどうして勇者でもないのに、自分までここにワープ出来たのか気にならないの?」

「そりゃお前、俺が無垢な心を持つ清純な男の子だからでしょ。まだ中2だぞ。」

 

「いやそれはないよ。」

「クーン……」

 

そ、そんなはっきり言わなくても良いだろ……

 

ニコニコ笑って『またね』と言った園子に背を向け、その場を後にする。リムジンみたいな横長の車のトランクに丸椅子を放り込んで中に入ると、既に友奈と美森が座っていた。

 

友奈の隣に座り、走り出した車に揺られながら、無意識に園子や銀の顔を思い浮かべた。

 

なんとなく二人を見ると、友奈と美森は疲れたのか寄り添って眠っていた。美森が握ったままのハンカチを取り返して、美森の目元の涙を拭う。

 

 

「……あんまり気負うなよ。」

 

寝ている二人の頭を軽く撫で、ポケットに突っ込んだ髪留めを取り出して注視した。

 

赤い牡丹よりも紅い何かが、染みのように付着している。

 

 

「……血か。お前死ぬ最期まで着けてたのか? ……銀」

 

 

色々と起こりすぎて流石に疲れた俺は、髪留めを優しく握りしめて目蓋を閉じた。

 

脳裏に、眩い銀の笑顔を張り付けて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

尚この日の晩飯は煮干し入り蕎麦とサプリと漬物だった模様。殺す気かこの野郎。

 





実は無意識レベルで銀に惹かれてた紅葉、想いを伝える間もなく失恋するの巻。中2と小6ならまあ……まだロリコンじゃないでしょ

あとそのっちの説明回だからってまた長くなってるのどうにかしろ(自問)


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短編 甘えん坊の白鳥(はくちょう)


そろそろ歌野にヒロインらしい行動させとかないと紅葉が受けメインヒロインのままこの作品が終わってしまうので初投稿です。

結構前に言ってたうた×もみ回……かな?多分。



 

 

 

何時ものように部室。紅葉と夏凜は特に依頼も無くだらだらと時間を浪費していた。

 

友奈は美森宅でぼた餅を作る約束をしていたのかそそくさ帰ってしまい、犬吠埼姉妹はスーパーのタイムセールを理由に全力疾走していった。

 

 

「あー……紅葉?」

「あん?」

「いや、そのー。」

 

口ごもる夏凜に紅葉は淡白に返した。夏凜は言うか言うまいかで悩んで、少しして切り出す。

 

 

「…………歌野、どうしたの」

「……ああ、こいつか。」

 

夏凜が指をさした方向に紅葉が首を向けるとそこで、椅子に座った紅葉の後ろに同じように椅子に座った歌野が紅葉に抱き付いてうなじに顔を埋めている。

 

 

「んー、まあ。あれよ……ホームシック的な?いや違うな、なんだろ。」

 

「結局どう言うことなのよ。」

 

 

ツッコミ気質の夏凜は、気になってしょうがないのか歌野と紅葉を交互に見る。

 

「ほら、俺とこいつ親居ないだろ。でも互いに甘えてたら堕落しちゃうからって事で、引っ付くのとか禁止にしてるのが暗黙の了解だったわけよ。」

 

「……そう、ああ……ごめん。」

 

「気にすんな。 でもこいつがそれを我慢できなくなるとこうなるんだよねぇ、一日好きにさせとけば明日にはケロっとしてるから別にいいけど。」

 

 

そう言いながら紅葉は後ろ手に歌野の髪をぐしゃぐしゃ撫で回すと、歌野はぐりぐり鼻孔をうなじに押し付けて聞こえるほどの音量で息を吸う。

 

「すーーーーーーーーーー。」

「でもぶっちゃけ正直結構キツい。」

「……頑張りなさい、幼馴染でしょ」

 

応援にもならない叱咤に顔をしかめつつ、それでもされるがまま腰に回された手を外したりしない紅葉を見て夏凜は苦笑を溢す。

 

「……はぁ。帰るか、雨降りそうだし。」

 

灰色の雲が空を覆ってきているのを見て紅葉が提案し、そうね、と言って夏凜が荷物を纏める。

 

「ほら歌野、帰るわよ。」

「んーーーー。」

「いや、んーじゃなくて。」

 

 

呆れた声色で夏凜は歌野の肩を掴むが、それに反して歌野が腕に力を入れるせいで紅葉の腰が悲鳴をあげる。

 

「うわ力強っ……!」

「うごおお……夏凜待て、骨盤がイカれる……」

「……どうするの。」

 

「―――ったく、こうなると面倒くさいけどやり方ってもんがあんだよ。」

 

 

紅葉は歌野の手の甲をさすりながら言う。

 

「ほら歌野、家帰るぞー。」

「んーーー。」

「晩飯作らにゃいかんからワガママ言うな。」

 

「………………だっこ」

「……おんぶならしてやるから、ジャージ履いてこい。」

 

んー、と言いながらのそのそと部室から出て行く歌野を見送って、紅葉もまた荷物を纏めた。

 

 

「じゃ、校門で待つか。」

「手慣れてるのね。」

「親が死んだ6年の途中から中1の半ばまでは週1ペースでああだったからな、そりゃ慣れるよ。」

 

「……妙に子供っぽいと思ったらそう言うこと……」

 

 

親がいない悲しみを紅葉にぶつけるわけにはいかない。でも我慢の限界でどうしようもない。そんな自分にもやもやしていて、歌野はああなっているのだ。

 

 

 

「明日から暫くこのネタで弄ってやろ。」

「……心臓狙ったパンチされるわよ。」

 

紅葉がこんな言動を取るようになったのも、親が居ないことで自立を(大人になるのを)強制されたが故の、ある種の防衛本能でもあるのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっと落ち着けたぜ……」

 

食後の入浴を終えた俺はこう言う日になると、必ずダルそうになる歌野を夏凜ごと風呂に放り込んでおいた。俺が入るときだけ使ってる高い入浴剤突っ込んどいたし大丈夫でしょ。

 

 

部屋着の半ズボンとだっさい農業王Tシャツを身に纏い、縁側に腰掛けて夜風に湿り気の残った髪を揺られていると―――俺は昔のことを不意に思い出した。

 

もうおぼろ気になっている両親の顔と、歌野の両親の顔と、歌野の無邪気な顔。

 

瀬戸大橋の事故。

 

同年代の子供を抱えて戻ってきたと思えば、またすぐ瀬戸大橋に走っていった親父。

 

 

親父が助けた子供を放っておく訳にもいかなくて立ち往生していた俺と歌野は、それぞれの両親が橋の崩落に巻き込まれているのを見ているしか出来なくて―――――

 

 

「あの子供達結局誰だったんだっけなぁ。」

 

 

……まあいいか。あのあとも生きててくれてるだろうから、親父が無駄死にだったとかそう言うことは無いはず。 母さん?いやあ……あの人殺しても死にそうにないし。

 

その内ひょっこり帰ってきても驚かないからその辺は考えないことにしてる。

 

 

「もーみーじーーー」

「……歌野。」

 

しな垂れかかってきた歌野の重さを感じつつ、こいつと夏凜の為にと買っている高いシャンプーやらの匂いが鼻をくすぐる。

 

 

「髪拭いた?」

「うん」

「よしよ……イーーーッ!!」

 

頭を撫でてやると、がっつり髪が濡れていた。嘘ついてんじゃねえよオラァ!

 

びっくりして思わず戦闘員みたいな声が出たが、タオルを持ってきて前に座らせて後ろから髪の水分をタオルに染み込ませるように拭く。

 

気持ち早めにつけている蚊取り線香やら花のような匂いやらで、なんか鼻が麻痺してきた気がした。

 

「夏凜はまだ入ってるのか?」

「うん」

 

「じゃあ先に出たのね」

「うん」

 

「……うん?」

「うん」

 

「…………そう……」

 

 

だーめだこりゃ。さっさと寝かせよう。

 

 

 

 

 

 

この後居間に布団を並べて3人で川の字に寝るのを要求されて寝ることになったのだが、寝惚けた歌野に夏凜がヘッドロックされて死にかけたのはまた別の話。

 

今日の件でからかった俺が部室で死に(殺され)かけたのも、また別の話。

 





箸休めに書いたので短めです。

あと何回か番外と短編書いてから本編書く予定なので本編投稿は暫くお待ち下され。


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二十五話 犬吠埼風は勇者である・前


更新が遅くて本当にすまない……文章捻り出すのに苦労してるのじゃ……


※大量の誤字脱字報告されちゃって恥ずかしくないのかよ?(自虐)



 

 

 

深夜。

大赦の車に乗った二人を見送った俺は、珍しく心配していたらしい夏凜と歌野にボコボコにされた後ゲテモノを平らげ布団に潜っていた。

 

 

「うぐおおおおお…………」

 

……胃が重い。

 

 

大量の蕎麦と煮干しとサプリが胃の中で核融合を引き起こしてる感覚だ。結構ヤバい。

これはその内……本格的に風と美森辺りに頼んで料理教室でも開くべきか……?

 

そんなことを考えて横になりながら胃を擦っていると、懐でかさ、と紙がこすれる音がした。

 

 

「あー、忘れてた。」

 

起き上がって、封筒を取り出す。良い子の諸君は着の身着のまま寝るのはやめようね。

 

 

「なんだこら……スマホのメモリーカードと、写真……?」

 

封筒の中身を布団脇の机に広げる。1枚の写真と、今のより遥かに古いタイプのメモリーカードが入っていた。

 

……このメモカ何時のだよ。

少なくとも100年前のやつとかそういうレベルじゃねえぞ、オーパーツかなんか?

 

「……これ入るかな。」

 

持ってたスマホの電源を落とし、メモカの差し込み口から普段使ってる方を抜いて形を確かめる。

 

「うわ入る。こわっ」

 

古い方は、最新機種のスマホに普通に入った。えー……ウイルス入ってたら嫌だな……

 

でも確認しないことには始まらないし、コンピューターに強い美森を叩き起こす訳にもいくまい。

最悪スマホごとぶっ壊す覚悟で俺はスマホを再起動した。

 

 

「……電源入るまで写真確認しとこ。」

 

 

起動中のスマホを置いて、裏返しになった写真を手に取る。

更に裏返して表である中身を拝見す―――――

 

 

 

「―――――な、んだ……これ…は……」

 

 

その写真には、6人の少女と、1人の男がいた。

少女達は花柄の浴衣を着ていて、男を交えた集合写真に笑顔で応えている。

 

青い浴衣に桔梗。

薄い紫の浴衣にアネモネ。

桃色の浴衣に桜。

黒い浴衣に彼岸花。

橙の浴衣に姫百合。

鮮やかな紫の浴衣に、紫羅欄花(アラセイトウ)

 

そしてシャツにジーパンにジャンパーとラフな格好をした―――

 

 

 

「―――俺、か。」

 

 

少女達に囲まれて写真に写っていたのは、見間違える筈もない俺の顔(先人紅葉)

 

 

 

 

 

『―――行きましょう? 紅葉さん。』

 

 

 

 

 

そう言って記憶の中のアネモネの少女が、俺に手を伸ばす。勇者である少女達の背中を見て足を止めた俺を、引っ張って自分の隣に歩かせた少女。

 

 

俺はその子を知っている。

 

俺は、全てを見ている。

 

俺は少女達を―――愛している。

 

 

 

「若葉、千景、友奈、球子、杏……ひなた。」

 

 

思い出したように、記憶が流れ込む。

 

だが、それは今までのものとは違った。その勢いは濁流と穏やかな川の流れくらい違う。

この緩く鈍い痛みに気持ち悪さや不快感は無く、寧ろ既視感が解消されたような、痒いところに手が届いたような―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――歯車が上手く、噛み合ったような。

 

 

 

 

 

 

 

―――カチリ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……で、私たちを呼び出して……どうしたの?東郷。」

 

 

友奈と美森、そして紅葉が乃木園子に呼び出された時から数日。美森は東郷家の自室に、友奈と風と歌野を呼んでいた。

 

「……夏凜ちゃんにも来て貰うよう言ったのですが」

「あいつ木刀振りに海岸行ったわよ。」

 

質問した美森に、歌野は自分の勇者端末を見せる。

 

そこには『大至急私の家に来て下さい』という美森のメッセージに、『訓練、無理。歌野よろしく。』と夏凜がメッセージを返していた。

 

 

樹だけは、満開の秘密を話すわけにもいかなかったという事で今は本屋巡りに行かせている。

 

 

友奈は歌野の額に薄く青筋が立っているのを、見なかったことにした。

 

 

「はぁ……それでは、本題に入ります。」

 

キィキィと車イスを動かして、美森はパソコンの置かれた机に向かう。

キーボードの傍らに置いてあった細長い棒を手に取って、3人に向き直った。

 

 

「――見ていてください。」

 

そう言って、美森は細長い棒―――短刀を鞘から抜いた。

 

「東郷……さん……?」

「っ―――馬鹿!」

 

一番遠くで様子見していた歌野が、何をしようとしているのかを見抜いていち早く反応し美森に駆け寄る。

しかしそれよりも早く、美森は自分の首を短刀で斬り付ける。

 

 

―――が、寸での所で美森の精霊である青坊主が、短刀と首の間にバリアを展開して短刀を防いだ。

 

当然だった。精霊は勇者を死なせないために存在してるのだから。

 

 

「アンタなにやって……! 精霊が止めなかったら――」

「止めますよ。精霊は、なにがあっても。」

 

風の言葉を遮るように美森は言う。

どれだけ力を込めても、バリアと言う障壁が美森の柔肌を切り裂かんとする短刀を遮って止める。

 

歌野は美森が膝に置いていた鞘を取ると、刑部狸がそっと手元から奪った短刀を受け取ってその鞘へと納めた。

 

 

「私はそのっち……先代勇者であり、私が記憶を無くすまで一緒に戦っていた仲間の乃木園子から真実を聞いてから、思い付く限り、出来る限りの方法で自決を試みました。」

 

「そんな……!」

「ごめんね、友奈ちゃん。 ……ですが、そのどれもが精霊に止められました。」

「いや、そりゃ止めるでしょ。」

 

呆れた様子で、歌野は机に短刀を置く。

 

「ええ、それは電源を切っていても、充電が無くなっていても―――今のように勇者システムを起動していなくても。

 

精霊はどんな時でも、勇者の死を防ぐ。

飛び降り、切腹、服毒。全部を防いだ精霊は、私たちをお役目に縛り付ける道具に過ぎないんですよ。」

 

「……貴女結構アグレッシブね?」

 

 

つらつらと自決の内容を述べる美森に、歌野は軽く引きながら返した。

 

「……つまり、どう言うことよ。東郷」

「風先輩。以前言いましたよね、満開の後遺症は治らない……と。」

「……それが、なに。」

 

少しずつ、風の顔が引きつる。美森もまた、苦虫を噛み潰したように顔を歪めた。

 

言いたくない。でも言わなければならない。

 

覚悟を決めると、美森は無慈悲に現実を告げた。

 

 

「勇者はどうあっても死ねないんですよ。そして満開で少しずつ人間性を失い、決して治らず―――やがてベッドに寝たきりになって大赦に神のように扱われ祀られる。

私も友奈ちゃんも風先輩も樹ちゃんも、夏凜ちゃんも歌野さんも例外無く……いずれ、必ずそうなる。」

 

無音。静寂が場を支配し、風が膝から崩れ落ちる音で、友奈が正気に戻ると床に手を突いて俯いた風に寄り添う。

 

「そんな、樹の、声は……」

「風先輩!」

「あたしが……巻き込みさえしなければ……皆は、樹は―――樹の声は…………」

 

倒れそうなほどに憔悴し、肩を抱くように友奈に抱き締められる。涙が流れるも、左目から流れることはなかった。

 

 

「東郷。」

「……歌野さん」

 

歌野が、美森の前に立つ。

 

右手を握りしめ、静かに振り上げた。

 

 

「一つ、言い過ぎ。二つ、やりすぎ。」

「―――――えっ?」

 

 

ガゴン。と、金属を金槌で力強く殴ったような音がした。ギョッとした顔で友奈と風が音のした方を見ると、歌野が拳を振り下ろし、美森の顔が下を向いていた。

 

「いっ……っ―――!?」

「貴女なりに悩んだってのは分かるけど、言って良いことと悪いことがあるのも分かるでしょうが。私より賢いんだから。」

「―――……はい。」

 

「あー、全く。 精霊は勇者を死なせないようにする道具だって言うけど、守る対象が突然自殺おっぱじめたら誰だって止めるに決まってるじゃないのよ。

うちの(さとり)なんか家で漬物噛る以外特にやることないただの緑色のサルよ?」

 

 

補足しておくと、それはバリアを張る必要の無い立ち回りで戦う歌野のせい(お陰)でもあるのだが。

 

ガリガリと頭を掻いて、深くため息を吐くと、歌野は手を叩いて切り出した。

 

 

「……ここは一旦お開きにしましょう。 皆一度、頭を冷やさないと。」

「……私は行くところがあるので、すみません。風先輩をお願いします。」

「ん。 またぶん殴られたくなかったらさっさと行きなさい。」

 

そう言うや否や、車椅子を動かして部屋から出た。 一瞬美森は友奈と、友奈が支えている風を一瞥して――それでも動きを止めずに部屋を後にする。

 

 

「―――さて、どうしましょうかね。」

 

 

美森の部屋に、歌野の言葉が染み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後のことを、犬吠埼風はよく覚えていない。

 

気分転換になるかとうどんを食べに店に寄った気もするし、樹を探して書店に赴いた気もする。

 

 

気が付いたら夕方になっていて、風はふらつく足取りで帰路を歩いていた。

 

ふと、勇者端末に通知が入る。確認すると、歌野からのメッセージが届いていた。

 

 

『風さん、貴女の顔、酷いわよ。 今は樹君を連れて八百屋巡りしてるから、帰すまでにどうにかしておいてね。』

 

「……歌野……」

 

立ち止まった風は、手早く端末を弄る。

自分のことと妹のお守りを兼ねた感謝の念を伝えるために。

 

 

『ありがと、歌野。 樹を頼むワ。』

『りょーかい。』

 

そう書いて、再び歩き出す。

 

だが、風の心が晴れた訳ではない。

 

「(東郷の言うことが事実なら―――もうあたしの目も樹の声も、東郷の記憶も、足も、耳も……治らない。 樹は歌手になりたいのに……友達とカラオケに行ったり、あたしたちと普通にお喋りだってしたいのに―――)」

 

 

どうしてこんなことに?

 

なぜ大赦は黙っていた?

 

何故、何故(なんで)―――――何故(どうして)

 

 

風の心に、穢れにも似たどす黒い感情が貯まる。心の奥から湧き出し、端末を握る手に力が入る。

 

頭を振って、()()を意識しないように切り替えた。

 

「(ああ、いけない。 とりあえず顔洗って……樹の好物でも作って気をまぎらわせようかしら……) ……あれ、紅葉?」

「ん?」

 

風と樹の暮らすアパートの近くを通る人影を見ると、その正体は紅葉だった。

 

片手に何か物を入れた手提げの鞄を持ち、シンプルなシャツとジーパンに身を包んで歩いていた。

 

 

「……アンタどうしたの?」

「お前を待ってたんだよ。」

「……からかうのはまた今度にしてくれる?」

「重症だな。」

 

ポケットからスマホを出しながら風に近づき、画面を見せる。歌野との会話のやり取りがあった。

 

『紅葉いまどこ』

『帰る途中』

『じゃあ、風さんの様子見てきてくれない?』

『なんで』

『ちょっと色々あってね、心配なのよ』

『……わかった』

 

と、書かれていた。

 

 

「まあ、見に来て良かったな、ひでえ面しやがって」

「……もう、心配性なんだから。」

 

はあ、とため息が漏れる。

 

部長思いのいい後輩が出来たな、という安心感と、そんな後輩に心配されてしまう不甲斐ない部長だな、という自分への無力感。

 

 

「……部屋、上がってもいいか?」

「―――ええ、良いわよ。」

 

紅葉の問いに、風は二つ返事で返した。

もしかしたら紅葉が、自分のこのどす黒い感情をどうにかしてくれるかもしれないと、一抹の願いを僅かに込めて。

 

 

 

 

 

パンパンに膨らんだ風船に、更に空気を送り込めばどうなるのか。わかりきった質問の答えを見るまで―――残り数十分。

 

 

ここが少女達の、ターニングポイントだった。

 

 

 





アニメ一期分はあと7~8話くらいで終わる予定です。


歌野はアレやねん、みーちゃんおらんしもっと竹を割ったような快活で男らしい性格にしたろ!と思って書いてたらこうなったんや。 …………なんで?


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二十六話 犬吠埼風は勇者である・中


祈りの歌を聴きながら読んで投稿者と一緒に地獄に、落ちよう!(死なば諸共)

更新が遅いのは他のゆゆゆ二次創作を読んだりゆゆゆいで忙しかったからだ。だが私は謝らない(天下無双)



 

 

 

夕陽がカーテン越しに部屋を照らしている風と樹の部屋に、紅葉は手荷物を片手に招き入れられていた。

 

荷物をテーブルに置くと、中に入っているものが硬いのか、カツンと金属のような音がした。

 

「それ何が入ってるの?」

「内緒。」

 

「教えてよ」

「やだ。」

 

手提げ鞄に伸ばした風の手をその都度叩いて止める。

 

「ケチ」

「ケチで結構。」

 

 

風は膨れっ面で台所に向かうと、お茶の用意を始めた。 紅葉は手持ち無沙汰になり、辺りを見渡す。

 

と。

 

 

「……これは……」

「あーそれ?」

 

近くの本棚に納められていた一冊の古いノート。 紅葉がそれを手に取ると、風がお茶を淹れたコップを持ってきて言った。

 

 

「2年くらい前に()()()()()()()()()()なんだけど、覚えてない?」

「―――ああ、そういえば……お前と俺が会ったの、讃州中学が初めてじゃなかったのか。」

 

パラパラページをめくると、手書きで様々な料理のレシピが書かれていた。 ノートの裏には、『先人椛』という名前があった。

 

「母さんのレシピ本、どこにも無いと思ったら……風に渡してたんだったな。」

「これにはかなり助けられたわ。 紅葉のお母さん、かなり研究熱心だったみたいでね、子供でも作りやすく食べやすい内容で―――ほんとに凄い。」

 

自分の母親のように褒める風を見て、紅葉は一瞬胸が締め付けられた。

 

紅葉と歌野と風と樹の共通点はたった一つ。 親が瀬戸大橋の事故で死んでいること。

 

紅葉が風を、風が紅葉を苦手としていたのは、親が居ない者同士の同族嫌悪からだった。 今ではそんなこともないのだが。

 

 

「最初に会ったの、かめやでだよな。 相席になった相手が風で、顔をしかめながら食ってたから不快だったよマジで。」

「あの時は……いっぱいいっぱいだったんだから仕方ないでしょ。」

「樹がコンビニの弁当食わねえからどうしよう、だっけ?」

「そうそう、当時は料理なんて一回もしたことなかったのよねぇ。」

 

ケラケラと笑い、お茶を飲む。

 

「あー、あのときアンタになんて言われたんだっけ。 ちょっと思い出しなさいよぉ。」

「……なんだっけな、確か…………『生焼けでも焦げてても良いから、手料理を食わせろ』。」

「そう、それよ! ……なっつかしぃなあ……」

 

しみじみと、噛み締めるように呟く。 ―――無理をしている。紅葉は直感で理解した。

 

今、風の心には亀裂が入っている。 選択肢を間違えて爆発でもされたら、紅葉に抵抗する術は片手で数えるほどしかない。

 

内心で冷や汗を垂らしながら、紅葉は全力で言葉を選んでいた。

 

 

「……にしても、どうするよ。 樹が帰ってくるまでなにもすることないぞ。」

「そうねぇ、それじゃ、アンタには晩御飯の用意手伝ってもらおうかしら?」

「まあ、いいぞ。」

 

風が冷蔵庫を開け、紅葉が立つ。

 

瞬間、待ち構えていたかのように電話が鳴った。

 

 

「あー、あたしが出るから。」

「ん。」

 

 

電話が終わるまで待つか、と、紅葉は着席した。

()()()()()()

 

自分の方が近いからと、無理にでも出たらよかった。 そうやって後悔するまで―――5分と掛からない。

 

 

「はい、犬吠埼です。」

 

そういって受話器を耳に当てる風。横目でぼーっとしながら見ていた紅葉は、相槌を打ちながら会話を進める風の顔がどんどん青ざめていくのを見て、反射的にスマホに手を伸ばした。

 

「(―――――不味い。)」

 

ぞわり、ぞわり、ぞわり。

 

首筋を、怖気(おぞけ)がなぞる。

 

 

過去に何度も感じた嫌な気配。

 

 

『大至急風の家に樹連れて帰ってこい』

 

メッセージが返ってくるのも待たないでスマホをポケットにねじ込む。 ガチャンと受話器を置いた風は、文字通りの顔面蒼白で紅葉に向き直る。

 

 

「……どうした。」

「えっ、あぁ……樹のオーディション、一次試験突破したって言うお知らせ。 樹が帰ってきたら、話さないと、ね……」

 

そう言ってぎこちなく笑うと、樹の部屋を開ける。 一応片付いてはいるが、机の上なんかは紙や筆記用具なんかが散らばっていた。

 

そして、パソコンが一つ。

 

 

「樹……の、オーディションのやつね……」

 

風がなんとなく、その音声を再生する。

 

 

そうして、破滅のカウントダウンが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パソコンを通して、暫く聞けていなかった樹の声が犬吠埼家の室内に響く。

 

オーディションでの録音で、自分の境遇や勇者部の事、歌が好きだと言うこと、歌手になる夢はまだ内緒だ(皆が知ってることは知らない)と言うことなど―――

 

 

風の崩れかけていたダムを破壊するには、あまりにも十分過ぎた出来事だった。

 

紅葉にとっての想定外、それはオーディションの通達が今日この日この瞬間に起きたことと、風が樹の録音を聞いてしまったこと。

 

 

そして、メールによって()()()()()()()()()()()()()()()()こと。

 

 

 

 

『では、歌います。』

 

 

 

 

その言葉を皮切りに、BGMが流れ始める。

 

 

「っ―――う……あっ、あぁ……」

 

風が嗚咽を漏らして、机に向かってきた。

そのまま机に倒れ込む勢いの風を紅葉が前から抱き止める。

 

 

「落ち着け、馬鹿なことは考えるな。」

「ああ、ああぁぁ―――――」

「大丈夫、大丈夫だ。」

 

背中を擦り、子供をあやすように叩く。

 

一瞬、ほんの一瞬。 風は落ち着いた。

 

このままこの人に身体を預けてしまおう、甘えてしまおう、眠ってしまおう。

その思考を理性で捩じ伏せ、勇者システムという感情を――――爆発させた。

 

 

「―――――ううう゛う゛うっっっあああああぁぁあ゛あ゛あ゛!!!!」

「く、そっ……!」

 

変身によって発生した暴風に巻き込まれ、紅葉の体は一瞬だけ浮いて壁に叩き付けられる。

 

夕暮れの光を反射した花びらが、部屋に舞う。

 

 

オキザリスをモチーフにした勇者装束を身に纏い、凄まじい力を体に張る風が部屋の中心に居た。

 

埃を払って立ち上がった紅葉が言う。

 

「風、やめろ。」

「……紅葉」

「取り返しがつかなくなるぞ。」

 

風は紅葉を一瞥すると、窓に足を進める。 紅葉は、窓と風の間に立ち塞がった。

 

 

「どいて」

「何をするつもりだ?」

「大赦を、潰してやる……!」

 

「そんなことをしても、散華で失ったものは戻らない。 それは八つ当たりと言うんだ。」

「―――分かってるのよ、そんなことは。」

 

手のひらに爪が食い込む程に、力強く握り拳を作る。 紅葉は風が止まりそうにないことを再認識した。

 

 

「なら尚更通すわけにはいかない。 歌野と樹が帰ってくる前に変身を解いて、晩飯を作ろう。 一時の気の迷いで、あいつらに顔見せできない人間に落ちぶれるつもりか?」

 

紅葉の正論にたじろぐ。 だが、それで止まらせるにはほんの数分遅かった。

 

「紅葉―――――ごめん。あたしはどれだけアンタの言葉が正しくても、これで樹が悲しむとしても、嘘をついた大赦を―――あたし達を騙して生け贄にさせてきた大赦を(ゆる)すつもりはない。」

 

 

そう言った風は紅葉に一歩近づき、右手を握る。

 

「あたしの邪魔をするなら、少しだけ寝てて。」

「…………本気なんだな。」

「ええ。 ……ごめんね」

 

 

気絶させるつもりで、風は腹部を狙って拳を引く。 勇者としての力があれば一撃で眠らせられる。

 

そう考えて拳を突き出そうとした―――刹那

 

 

 

「っ―――!?」

 

 

視力を失って見えない顔の左側から、鈍い痛みを感じた。 思わず後退りすると、紅葉が顔の横で両腕を構える妙なポーズを取っているのが見えた。

 

紅葉が伸ばした右足を戻すのを見て、風はようやく『蹴られたのだ』と認識する。

 

肘を曲げ、両腕の外側を相手に向けて顔を守る盾のように構えたそれを、瞬時に伸ばす。

右、左とジャブが顔に刺さり、たたらを踏んだ風にだめ押しとばかりに左足の甲が顔面に叩き付けられた。

 

 

「かっ、あ―――?」

「…………()()()()友奈がやらねえ動きだ、お前もわからんだろ。」

 

「な、に、が……?」

 

 

「サバット。 わかりやすく言えば、フランスの喧嘩殺法とか古代ギリシャのパンクラチオンが混ざった格闘技だよ。」

 

 

未知の動きで、しかも戦える訳がないと高をくくった相手に攻撃を受けて混乱している風に、そんなことを言っても理解されるわけがないが。

 

安全靴でも欲しかったな、と、()()()()()足の様子を確かめる。 腐っても勇者。

精霊バリアが必要とされないと判断される程に、紅葉の攻撃は弱く、勇者の体は頑丈過ぎたのだ。

 

 

それでも()めないし、()めない。 足の痛みを無視して、ボクシングの動きも取り入れた我流のステップを踏み、動きを予見されないようにしながら風に接近する。

 

 

勇者の回復力は揺らされた脳と蹴られたことで耳鳴りのする左耳、そして鼻血が一筋垂れた鼻骨のヒビすら、即座に治癒させた。

 

だが風本人の混乱までは回復できない。

 

 

苦し紛れに見よう見まねの動きで、『ボクシングっぽい』構えから『ストレートっぽい』右手を繰り出す。

 

だがそれもかわされ、潜り込むように懐に入ると腹に膝蹴り。 そしてがら空きの(下段)脇腹(中段)、右側頭(上段)部に3発蹴りが入った。

 

 

「ふぅーーー。 お前を大赦本部には行かせない。 行きたきゃ俺を倒してみろ。」

「生意気言うな!」

 

横凪ぎの蹴り。

 

避けず、受け止めた。

 

 

「う、ごっ」

 

たった一撃で、紅葉の内蔵がシェイクされたように揺れた。 吐き気を抑え、膝を曲げて押し倒そうとする。

 

風がそれを勇者としての力で無理矢理に防ぎ、逆に足の裏で紅葉を壁際に蹴り飛ばす。

 

 

「(滅茶苦茶だが、歌野も言ってたな―――)」

 

 

風は満開を含め、ただただシンプルに頑丈で力が強い。と

 

事実、紅葉が蹴りを受け止めた脇腹は服で見えないが濃い青アザが出来ている。

 

満開を使わない限り飛ぶことが出来ない勇者は、代わりに脚力がどの部位よりも遥かに高い倍率で強化されている。

 

 

飛べないが、跳べる。

 

 

その脚力を蹴りに回せばどうなるかなど、誰だってわかる。 加えて言えば足の筋力は単純計算で腕の約3倍だ。

あと数発蹴られたら、高い回復力を持つ紅葉といえど、その体には後遺症が残るだろう。

 

 

「(はっ―――知るか。)」

 

 

その考えを、切って捨てる。

 

今紅葉に必要なのは倒す算段ではなく、どれだけこの場に風を引き留めておくかだ。

 

歌野が来るのを待てば、それだけでいい。 樹が目の前に居ても尚大赦を潰す等と言えるほど風は強くない。

 

 

壁を背にした紅葉に、風の拳が迫る。 紅葉はその腕に手を沿えて、ギリギリで軌道を変える。

 

拳が壁に突き刺さったことで、風と紅葉の顔が近くにある状態に。

 

 

「なんで……?」

「あぁ?」

 

ポツリと呟いた。

涙をボロボロ溢して、風は叫ぶ。

 

 

「……なんで、なんで―――なんで、なんでっ、なんで!!!」

 

「なんでなんでうるせえ、ガキかお前は!」

 

 

なんの躊躇いもなく、紅葉は風の顔に額をぶつける。 グシャッ、と、何かが砕ける音がした。

 

「おい、その程度か?」

「っ、っ……?」

 

 

砕けたような音がしたのは紅葉の額だった。

 

頭突きした本人である紅葉の額が裂ける程に頑丈な風の顔―――鼻は既に治りかけている。額から流れる血を袖で乱暴に拭うと、紅葉は続けた。

 

 

「お前の大赦への怒りはその程度か? 俺に止められる程度の怒りで、『潰す』なんて大層なことを言ったのかって聞いてんだよ。おいコラ。」

 

「―――黙れ」

 

「あ? なに?」

 

 

殴られ、蹴られ、鼻を砕かれ、煽られ。

 

流石の風も、とうとうキレた。

 

 

「ッ――黙れ!!」

「おごぉ」

 

肺から空気が抜ける間抜けな声がした。 風の不意打ち気味なタックルで再度壁に押し付けられると、紅葉は風に頬を殴られる。

 

「黙れ、黙れ、黙れッ!! こんな目に遭うのが、あたしだけなら良かった!! ふざけるな! なんで樹がこんな目に遭わないといけない!?」

 

殴られる。

 

 

「どうして夢を諦めないといけない!!」

 

殴られて奥歯が部屋の隅に飛ぶ。

 

 

「生け贄にされないといけない!!」

 

顎が揺れて、一瞬意識がトぶ。

 

 

「世界を救った代償が―――これかああああぁぁぁあああ!!!!」

 

鎌鼬が増えたことで使えるようになった武装である脇差を、手元に召喚して逆手に構える。 頭上に掲げたそれを、風は感情のままに振り降ろして―――

 

 

 

 

その脇差は、とっさに左腕を盾にしようとした紅葉の腕の前で止まった。

 

 

「犬神…………?」

 

それがどっちの言葉だったかは、わからない。 わかるのは風と紅葉の間に黄色く半透明の障壁が現れて、脇差が紅葉に刺さろうとしているのを防いでいることだけ。

 

 

犬神は、自分の意思で、自分から出て来て精霊バリアを張った。

 

 

本来、精霊に勇者以外を防ぐ機能も無ければ使命も無い。

 

()()()()()()()()()

 

大好きな主と、その友人を守らなければという、そんな考えならあった。犬神がしたことは単純明快、『外側から内側への干渉を防ぐバリア』の『出力する方向を反転させた』だけである。

 

 

つまり、バリアから外に脇差が出てこないようにして紅葉に刺さらないようにしたのだ。

 

 

脇差では防がれると考え、風は即座に脇差を捨てて紅葉の胸ぐらを掴み持ち上げる。

 

「ぐ、か……」

 

首が絞まり呼吸が出来ないままでも、三角絞めの要領で足だけでお返しとばかりに風の首を絞める。

 

端から見れば紅葉は風の腕にコアラよろしくしがみついているようにしか見えないが、二人からすれば互いの意識をいち早く絞め落とそうと必死である。

 

 

「うぐ、ぐ……は、なっ……せぇ!!」

「ごぉっ!?」

 

腕を振り回し、壁に何度も紅葉を叩き付け、やがて風は紅葉を背中からテーブルに叩き付けた。

 

テーブルが砕け、勢いをそのままに床に衝突。 それでも離そうとしない紅葉を、2度3度と床に叩き付け、叩き付け、叩き付ける。

 

 

「離せ! 死ぬわよ!?」

「殺してみろよ、風……!」

 

力が緩んで足を離しそうになった紅葉は、口から紅い血を泡のように吹き出しながらも風の首を狙う。

 

紅葉と言う鈍器をぶつけたことで、床には亀裂が走っていた。 風は紅葉を、そこに金槌を打ち付けるように、トドメのように本気で叩き付けた。

 

 

結果、床が粉砕され、脱力した紅葉は下の部屋に落下した。

 

 

「あ、が―――ぁ」

 

立とうとして、膝から崩れ落ちる。

 

やがて動かなくなった紅葉を見て――

 

 

「……寝てなさい。」

 

 

――風はそう言って、窓を開けた。

 

 

 

 





だから戦闘シーンは苦手っつってんじゃねーかよ(棒読み)


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二十七話 犬吠埼風は勇者である・後


感想で紅葉の安否の声が出てるけど、あのくらいで死んでたらゆゆゆ二次創作男主人公の名が廃るんだよなぁ……こいつ多分ヴァルゴさんの爆弾の爆風くらいならギリギリ耐えるぞ(直撃は流石に死ぬ)


あと今回書きたいこと全部入れたらすげえ長くなっちゃった(無反省)



 

 

 

 

自分の体からミシミシと嫌な音が響くのを体感しながら、紅葉は砕けた床と花びらの舞う空間で目が覚めた。

 

時間にして僅かに数分、枕のように使っていた破片の近くには持ってきていた荷物が転がっていた。

 

 

「壊……れるわけねえか、神器だもんな。」

 

そう言って鞄を掴み、部屋から出ようとする。

 

 

「……これどうすんだ。」

 

紅葉は自分の立っている部屋を見渡す。 生活感があるため、誰かが住んでいるのがわかる。 修理費を心配していると、風の部屋である上の階、穴の空いた方から声がした。

 

 

「うわぁ……酷いわねこれ。」

「……歌野か。」

「紅葉? 生きてる?」

「死んではいない。」

 

穴から下を覗く歌野と樹。 二人と目が合った紅葉の体は、生きているのが不思議な程にボロボロだった。

 

「―――!?」

「あー、平気平気。 心臓辺りを本気でぶん殴られたら流石に立ってられなかったがな。」

「相変わらず化物ね。 ……で、風さんは?」

「悪い、逃げられた。」

「は?」

 

悪びれた様子もなく、紅葉はあっけらかんと言い放つ。

 

「すぐに来いってメッセージ来たから急いだんだけど?」

「ならもう一働きしてもらおうかな。」

「貴方もしかしてトドメ刺されたいの?」

 

歌野の額にはわかりやすく大きな青筋が立っていた。 樹はおろおろして歌野と紅葉を交互に見る。

 

紅葉は外からサイレンが聞こえてくると、ため息を吐いて言った。

 

 

「とりあえず外で話すぞ、警察に見付かったら俺なんて職質されたあと救急車に押し込められる。」

「押し込められろ馬鹿。」

「はは、面白い。」

 

歌野と樹が部屋から出ていくのを確認して、紅葉もまた部屋から出ようとすると、ポケットのスマホが揺れた。

 

「……電話?」

 

よく壊れなかったな、とぼやいて電話に出る。 電話の先から、マイペースな雰囲気の声が聞こえてきた。

 

『もしもし~? 生きてる~?』

「さっきぶりだな。 死んではいねえよ。」

『それは良かったよ~』

 

緊張感がずれる変な感覚に襲われながらも、紅葉は通話を続ける。

 

「で、なんの用だ、今忙しいんだが。」

『知ってるよ、風さんが暴走したんだよね。』

「急に真面目なトーンになるな。」

 

間延びした声を出していた声の主である乃木園子は、電話の先で真面目な声を出すと言った。

 

『止めてって大赦の人たちにお願いされたけど断ったんだ~。 もーみん達に任せれば良いと思ったし、私の槍は仲間に向けるモノじゃないから~。』

「……それでいい。 あいつは俺たちで止めるから安心しろ。」

『うん。 あ、それはそれなんだけど、もう一つあるんだ~。』

「……なに?」

 

げっそりとした様子で、電話越しでもわかるほどにわかりやすく面倒くさそうな声で聞き返す。 そんな紅葉に、園子は淡々と言った。

 

 

『わっしーに壁の外の事とか全部話しちゃった~、ごめんね~?』

 

「―――――お前マジでふざけんなよ」

 

パキ、と、スマホの画面に亀裂が。

紅葉が本気で握り締めたせいである。

 

『だって、わっしーには聞く権利と知る権利が……義務があると思うんだ~。』

「……これで世界が滅んだりしたらお前……あの世で若葉とひなたに説教させてやるからな、神妙に覚悟しとけこの野郎。」

『わ~ご先祖様だよね~? 楽しみだなぁ~。』

「こいつ……いやここまで強かじゃないといけないのか……嫌な継ぎ方してるぞ乃木の血め。」

 

苛立たしげにスマホの通話を切ると、紅葉は手荷物片手に外に出る。

 

 

「最低限風を止めるのと、あと友奈と合流しないといけないのか。 ハードワークだな。」

 

まあ仕方ないか、と呟く。

 

 

 

()()()は『友奈』にしか使えねえ。」

 

荷物の中身を鞄の外から小突き、二人に合流してアパートから離れた。

 

 

「……あーこれどっか折れてるな。 全身が痛すぎて分かんねえけど」

「我慢しなさい。」

「結構な無茶言うよねお前」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「止まりなさい!!」

「―――っ……!」

 

4本の刀が、大剣を片手に跳躍している風に接近する。 大剣を振ってそれらを弾き飛ばすと、弾丸のように上空から降ってきた夏凜の蹴りを大剣の腹で受け止め落下した。

 

人気の無い道路に着地すると、夏凜は刀で大剣と鍔迫り合いする。 力で押し負け、数歩下がり片手に2本目を呼び出して構えた。

 

 

「あんた、自分がなにやってるかわかってるの?」

「――分かってるのよそんなことはァ!!」

 

離れた距離を詰めるように、刀を構えて突撃。 フルスイングを刀で受け止めようとするが、力の差を思い出して膝立ちの体勢で滑りその下を潜る。

 

風の後ろを取りつつ、すれ違い様に足の腱を狙う一閃。 それを犬神に防がれ、反転して立ち上がり背中を狙い再度刀を振るう。

 

()った。」

「―――うぉらぁ!!」

「な――がっ……!?」

 

 

風はバリア任せにノーガードで、振り向きながら全力で大剣を振った。

 

それは咄嗟にクロスさせた夏凜の刀を捉え、夏凜はピンボールのようにガードレールや道路をバウンドして吹き飛んだ。 数回転がって、ようやく止まる。

 

「う、が……」

『諸行無常』

 

 

チカチカと視界に星が明滅し、傍らに義輝が現れる。 夏凜の体を包む半透明の障壁が夏凜へのダメージを和らげたが、精霊バリアは衝撃までは防ぎきれない。

 

 

「……あぁ?」

 

ボヤける視界のなかで、夏凜は風の手が真っ赤なことに気付いた。 優れた嗅覚が鉄錆に似た臭いを嗅ぎ取る。

 

 

「……血……?」

 

 

 

―――バリアが出ない血の付き方なんて、一つしかない。

 

「あんたその手、誰を殴ったの……?」

 

 

苦虫を噛み潰したような顔をして、風は小さく言った。

 

「………………紅葉よ。」

「―――――は?」

 

 

一瞬、思考が止まる。

 

 

夏凜のその思考が再起動する頃には、夏凜はその手の刀の柄を砕けんばかりに握り―――

 

 

「あぐ……!?」

 

 

 

―――刹那、風が認識することすら出来ない速度で、首を狙った一撃が叩き込まれた。

 

 

犬神のバリアが無ければ、確実に風の首は切り落とされていただろう。 本気の殺意と本気の一閃に、冷や汗が流れる。

 

「速―――ッ」

 

 

「お前―――お前ッ……! それは、するなよッ……しちゃいけないだろ……!!

紅葉はっ……守る対象で…………傷付ける対象じゃ、ないだろうがァ!!」

 

「……夏凜―――!」

 

夏凜にとって、紅葉は逆鱗のようなモノだった。 守らなければならない存在で、友人で、家族。 それを守れなかったことと風が傷つけた事が重なって―――結果、夏凜は激怒した。

 

言葉足らずが引き起こした事態とはいえ、事細かに説明しても、結局は紅葉を傷付けたことに変わりはなく。

 

 

「―――――叩っ斬る。」

 

 

夏凜の姿を捉えていられたのはそれが最後だった。

 

 

胸部への突きを辛うじて防いだ次の瞬間には、背骨を断たん勢いで背中を斬りつけられた。

 

前のめりに倒れそうになった風の顔面に肘打ちが入り、肩に斬擊が叩き込まれる。

 

一切の手加減が無く、一切の情けも無い。

 

 

紅葉の攻撃によるダメージが想像より蓄積している事もあって、風の息が乱れ始める。

 

 

 

―――速すぎる。

 

と、子供のような簡素な意見が風の脳裏を過った。

 

 

速度が完全に負けている風が出来る事は、たった一つだけ。

 

「(―――真正面からの攻撃に合わせたカウンター……)」

 

 

ギリ、と、大剣の柄を握る音がやけに鮮明に耳に届いた。 自分の心臓の音、夏凜の斬擊をバリアが防ぐ音、夏凜が動くことで(かぜ)が揺れる音。

 

 

 

―――――。

 

 

真正面から来た場合だけを想定して集中していた風の視界に、夏凜の輪郭が入ってきた。

 

「こ、こ、だァ!!」

「―――斬るッ!!」

 

上から振り下ろされる大剣と、腹を捌く勢いの刀。

 

ふと、風と夏凜の目が合った。

 

 

『…………あぁ、その目は―――。』

 

 

大赦への憎悪、紅葉への後悔、樹への懺悔の色をした風と、風への憤怒、紅葉を守れなかった後悔、そして風を半ば私怨で斬っている自分への怒りを持った夏凜。

 

 

二人は、このまま行けばどちらかに精神的外傷(重いトラウマ)を負わせることを理解しつつも、止まれない。

 

バリアがあろうと体に障害が残る可能性すらある、本気の一撃。 それを止められる者は、今この場には居ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――()()()()()()()()()()

 

ズドンと、隙間を縫うように二人の間に着地した謎の人物。 土煙が晴れる前に、二人の体に壁()ぶつかってきた。

 

 

「が―――」

「うあっ……!?」

 

 

否、厳密には壁のような圧力。

 

防衛本能に従って振り下ろした勢いを利用し、大剣に体を隠せた風は、踏ん張ったアスファルトごと地面から体が引っこ抜かれて数十メートル後退した。

 

夏凜に至っては、軽い体が災いしてその壁のような圧力に押し出されて風と同様に、しかし地面を転がるように吹き飛ぶ。

 

 

「今度は……なによ……」

「つ、う…………友奈……?」

 

とん、と、()ねるように友奈と呼ばれた少女は夏凜の元に()ぶ。 夏凜の腕を掴んで立たせたその人物は、二人の良く知る友奈その人だった。

 

―――が、違和感を覚えた夏凜が質問する。

 

 

「あんた、友奈よね?」

「―――うん。 そうだよ?」

 

当然のように、決まった答えを返す。 夏凜が違和感を覚えた理由は、髪の毛と傍らの精霊。

 

友奈の勇者形態での髪色は、元のような赤色ではないし、友奈の精霊は、小生意気な牛っぽいのと燃えてる猫な筈で―――

 

 

 

片眼に眼帯をした龍の精霊は居なかった。

 

 

 

「……なんでここに……というかその精霊なによ?」

「うーん……最初の質問の答えは、これ。」

 

そう言って友奈は自身の端末を見せる。 そこには、紅葉からのメッセージがあった。

 

 

『夏凜と合流して風を止めろ、歌野と樹連れて向かう』

 

 

「……私と合流しろって言われてて、なんで私まで攻撃したのよ。」

「あー……んーと……け、喧嘩両成敗?」

 

夏凜は呆れた顔をした。 直後に、風への殺意が霧散していることに気付く。 良くも悪くも頭が冷えたらしい。

 

 

「……ま、反省したわ。 もうああならない。」

「ん、良かった。」

 

にへっ、と笑う友奈に、完全に毒気を抜かれる。

 

 

「んで、この精霊はなんなの」

「ああー……この子は一目連(いちもくれん)。 この体を借りてるついでにこっちも貸して貰ってるんだ。」

「この体……ってことはあんたは、友奈じゃない……?」

「―――――『友奈』だよ。『この子』も、『私』も。」

 

芯のある強い目付き。 それを疑うなんて事は出来ず、夏凜はそれが少なくとも『嘘ではない』と判断した。

 

 

「分かった分かった。 兎に角、風を止めるわよ。」

「うん。 無茶しないでね、夏凜ちゃん。」

 

一言二言交わし、風に二人で向き直る。

大剣を引きずるように持ちながら、苛立ちを隠さないで険しい面持ちで友奈と夏凜を睨んでいた。

 

 

「邪魔を、するな……」

 

「嫌だ。風さんのそんな顔、見たくない。」

 

「邪魔を―――するなァ!」

 

 

そうしてアスファルトに大剣を突き刺す。

スコップで土を掘り返すような感覚で、さも当然のようにアスファルトの一部をひっくり返した。

 

バットみたく振りかぶり、風は勇者の力によるアシストを以てそのアスファルトを二人に打ち込む。

 

 

「滅茶苦茶な……!」

「夏凜ちゃん、下がってて」

 

両手の剣を構えて対応しようとする夏凜を腕で制し下がらせた友奈は、一目連の力を引き出し体に纏う。 暴風が腕を覆い、追加パーツが片目を隠すように現れた。

 

その動きを1秒以下で終わらせた友奈は、右手を振りかぶる。 刹那、友奈の右腕がぶれたかと思えば―――――ボンッ、と言う音がしてアスファルトが消し飛んだ。

 

 

 

「―――は?」

 

とは、夏凜の声。 風は既にその場を離脱している。 アスファルトを壁に姿を隠すと、跳躍して居なくなっていた。

 

 

「……ありゃ、風さん居ない」

「――って、不味い、友奈!追い掛けるわよ!」

 

拳を突き出している体勢でフリーズしていた友奈は、夏凜の声で我に帰る。 端末で位置情報を見ていた夏凜は跳躍の体勢を取った。

膝を曲げて屈んでいる夏凜を脇に抱えると、友奈は風を追って跳んだ。

 

あり得ない速度で。

 

 

「うおおおおおおお!!?」

「夏凜ちゃんそれは女の子の出す声じゃないよ! あと口閉じて! 舌噛むから!」

 

ジェットコースターを遥かに凌駕する勢いで、景色が置き去りにされ、高度が上がって行く。

 

十秒と経たずに風に追い付くと、夏凜を更に上空へと放り投げ、友奈は『借りてる友奈の体』から火車を引き出す。

 

 

足に火車の力を纏い、一目連による暴風を利用して酸素を炎に取り込み文字通り爆発的に火力を引き上げ―――――

 

 

「―――風さあああああん!!!」

「なっ、友奈ッ!?」

「滅多にやらないけどっっ!!勇者ぁぁあ…………キィィィィィッッック!!」

 

 

―――――空中で体を捻り落下。 さながら隕石のような炎の塊となって風の盾に使った大剣と衝突し、果たして大爆発を引き起こして二人は瀬戸大橋記念公園に落ちた。

 

精霊バリアによって怪我も無く着地したが酷い吐き気に襲われグロッキーな風と、爆風を一目連と火車で和らげたが熱気でのぼせたような気分の悪さを味わう友奈。

 

前転するようにして着地の衝撃を消し地面に降りた夏凜は、埃を払うとフラフラの友奈を支える。

 

 

「ほら、借りてる体に無茶させない。」

「ご、ごめん、なさい……きもちわるい……」

「後は私がやるから、座ってて。」

 

 

夏凜が友奈の腰に手を回して、地面に座らせる。 振り返りつつ両手に刀を召喚して構えずに風を見た。

 

そこに慢心は無く、怒りも無い。 あるのは、部員を―――友人を止めなくてはと言う覚悟のみ。

 

 

「風。」

「夏、凜……!」

「この馬鹿野郎。」

 

 

夏凜は、友奈に止められた。

 

だから今度は、夏凜が風を止める番。

 

 

両手をスナップさせ刀の刃と峰の向きを反転させると、腰を落とした。 受けの姿勢は、『お前を受け止める』と言う覚悟の現れ。

 

三半規管へのダメージが回復した風は、大剣を両手で持つと刃先を夏凜に向けた。

 

 

「あんた、もう自分が何やってんのかも、どうすればいいのかも分からないんでしょ。」

「―――っ……」

 

奥歯が砕けるのではと言うほどに、噛み締める。

 

「だから、付き合ってやるわ。」

「………………あ?」

「あんたのストレス発散に付き合ってやるっつってんの。 イラつくんでしょう、ムカつくんでしょう。」

 

カツカツと足音をわざと出して風に近づく。

 

 

「壊したいんでしょう、そんな事ほんとはしたくないけど、やめたら今までしてきた事の否定になるから嫌なんでしょう。」

 

歩行から走行に代わり、地面に刃先を押し付けながら風に接近する。

 

 

「だから、私にぶつけろッ!! 受け止めてやる! あんたの全部を、あんたの全てを、あんたの憤りを!!」

 

「ッ―――ああ、あぁ、嗚呼…………っ!!」

 

 

ガリガリと引きずっていた、火花の散る刀を風に叩き付ける。 バリアが防ぎ、大剣をお返しに振り抜く。

 

刀で巧みに受け流し、防ぎきれない力を外側に抜くように弾き、隙間に体を滑り込ませるように避ける。

 

 

「どうせ、あんたの事だから、皆を勇者部に巻き込まなければ、なんて思ってるんでしょ!!」

 

 

言葉を句切る毎に、縦横斜めと正しく縦横無尽に刀を風の体に滑らせる。 斬擊ではなく打撃と言うこともあり、バリアを通して鈍く衝撃が残っては体の動きが強張る。

 

 

「はっ、馬鹿馬鹿しい! 何時! 何処で!! 誰がっ!! 『あんたに騙されて後悔してる』なんて言った!? 誰が『散華を黙ってた大赦が憎いから潰してくれ』なんて頼んだ!!」

 

「あああぁぁアアアアア゛ア゛ア゛ア゛!!!」

 

「来いやああああああああああああああ!!!」

 

 

さんざん言われたい放題の風が、癇癪紛いに叫び大剣を上段に構えた。 夏凜が双剣を雄叫びと共に投げ捨て、招き入れるように両腕を広げる。

 

 

 

――――あと数センチで夏凜の頭をカチ割っていたとまでは行かずとも、脳に深刻なダメージを残していたであろう大剣は、突如として背後から巻き付いた鞭に止められた。

 

そのまま背後に引っ張られ、宙を飛び、風の意思に反して手元から離れたことで安全装置が働き花びらとなって消える。

 

 

邪魔をしたモノの正体を確かめようと振り返った風の胴体に何かがぶつかり、完全に不意打ちだった事で踏ん張れず、風は謎の物体を抱える形で仰向けに倒れた。

 

 

 

「……っつぅ……誰、よ―――」

「―――――…………。」

「………………い、つ、き」

 

 

風の中の復讐で燻り燃えていた炎は、瞬く間に鎮火した。 頭に上った血が普通の流れに戻り、サーッと思考が冷えて行く。

 

涙を流して嗚咽を漏らしているにも関わらず、声が出ない状態の樹が風の腰に抱きつき、背中に手を回して顔を腹に埋めていた。

 

顔を上げてそれを確認した風は深く重いため息をつくと、ゴンと後頭部を地面に打ち付けながら、樹の髪をくしゃくしゃっと撫でてから吐き出すように呟いた。

 

 

 

「……なにやってんだろ。」

「ほんとだよこの野郎」

 

すぐ横に人影。目線だけで見ると、その人物はつい先ほど徹底的に痛め付けた男だった。

顔は腫れ、鼻や口から血を漏らし、着ていた服の血は赤黒く乾いている。

 

 

「まだ、大赦憎しの潰したいって考えはあんのかね。」

「……ない。 と、思う。」

「あっそ、じゃあいいよ。」

「……ごめんね、紅葉」

「いーよ、許す。」

 

 

スッパリと許し、樹を抱き締めながら器用に起き上がった風を見て紅葉は微笑を浮かべる。

 

「痛かったでしょ、大丈夫……じゃないよね」

「はん、あんな腰の入ってないヘボいパンチが効くわけねえだろばーか。」

「あれ、貴方さっき『うわー肋骨折れてるかもこれ結構やべえ』とか言ってなかった?」

「触った感触的に亀裂で済んでるからノーカン。」

 

鞭を丸く巻いて片手で握る歌野が、金糸梅をモチーフにした勇者服を身に纏って現れた。

 

「いやしかし、勇者に担がれて運ばれるのはこれで4度目だが……良いね、風を切って跳ぶ感覚は。」

「……4度?」

「その辺の話は全部が終わってから追々してやるよ。」

 

 

のらりくらりと歌野の質疑をかわす紅葉は風たちから離れると、夏凜の前に立った。

怪我は無いが埃や土で、顔が汚れている。

 

 

「お疲れ。」

「全くよ。」

「ありがとな、俺の代わりに風とぶつかってくれて。」

「あんたの役目なんて馬鹿なこと言わないで。」

「そうかなあ?」

「そうよ。」

 

つっけんどんな態度で紅葉と会話をする夏凜。 言葉の端から、優しさが滲み出ている。

 

「ひっどい顔ね。」

「どうよ?」

「まあ、何時もよりは男前になったんじゃない?」

「そうだろうとも。」

「私も似たようなもんよ。 カッコいいでしょ?」

 

ふうん?と言うと、紅葉は夏凜に風が樹にしたような撫で方で髪をぐしゃぐしゃにした。

 

「うあっ、ちょっ、なに!?」

「『良く頑張りました』。めっちゃカッコいいぜ、夏凜。」

「…………っ……!」

 

滅多なことでは言われない、褒めの言葉。 夏凜が欲して止まない、魔法の言葉。 それだけで報われた、と思った。

 

それだけで、頑張れる。 とも思った。

 

紅葉は夏凜の尾てい骨付近でブンブン揺れる犬の尻尾を幻視しつつ、持っていた荷物を片手に夏凜から離れて今度は友奈に近付く。

 

 

「よう、ゆーうーなー?」

「ひぅ……も、紅葉くん……!?」

()()()()だなぁ? 300年ぶりか?」

「そ、そ、そう……だね……?」

 

若干顔を青くして、友奈は座ったまま器用に後ずさる。

その光景を見て、後ろの4人が疑問に思う。

 

「なんで逃げんだよ。 別に怒ってねえし」

「それ怒ってるときの言い方だもん!」

「分かってんじゃねえか。」

 

逃げられないように友奈の顔面を鷲掴みにすると、紅葉は言う。

 

「……お前ともう少し話してたい所なんだがそうもいかない。 そろそろ返してやれ、この後必要なのはお前じゃねえんだ。」

「…………うん。 分かってる。」

 

少し、惜しいような声色で。

友奈は目蓋を閉じると、だらんと力を失う。

 

素早く体を支えると、勇者形態の友奈の髪色が桜色に戻り、傍らを漂っていた一目連が消えて牛鬼が代わりに現れる。

きょとんとした様子で寝惚けたような声を出して友奈は言った。

 

「―――あ、紅葉くん。」

「お前どの辺まで覚えてる?」

「……ある程度? さっきまでの事は、覚えてる……かな。」

 

風を見て、夏凜を見る。 歌野はなんのこっちゃと首を傾げている。

 

「なら、話は早いな。」

「こっちは何が何だかなんだけど。」

「だから後で全部教えるっつの。」

 

 

痛みだの疲れだので憔悴しきっている紅葉は、余計な事を言う余裕すら無いらしく、手提げの鞄から荷物を取り出すと友奈に投げた。

 

「危ない!?」

「ナイスキャッチ。 それやるよ」

「もう……何これ――――籠手?」

 

 

友奈が呪詛のような文字列で埋め尽くされた奇妙な包みを剥がすと、中から右手に装着する金属の籠手が出てきた。

 

血を吸ったように赤黒いその形状は、友奈の腕に付けられた()()と非常に似通っている。

 

 

「これ、なんだろう……凄い力を感じる……」

「そりゃそうだろ、それ初代勇者の遺品だし。」

「…………え゛」

 

不意の一言に籠手を落としそうになるも、なんとかそれを防いだ。

 

「え、え?」

「西暦最後の戦いで、それを使ってた勇者が残したモノだ。 鬼の最強格である酒呑童子の力が染み込んでるわバラバラに砕けてたわで、300年経ってようやく元通りに出来たって訳。」

 

それを聞いていた全員は、思考を止めた。

 

 

『後で全部聞こう。』

 

 

そんな考えが、全員の中で一致していた。

 

 

「―――さて。」

 

やや平和じみた空気が流れ始めたとき、紅葉が話を打ちきって四国を囲む壁を見る。

 

「紅葉? どうしたの?」

「んー、あー……実はな……」

 

目線があちらこちらに動き、覚悟を決めると、深く息を吸って言った。

 

 

「…………美森が壁を破壊しに行った、これから敵が雪崩れ込んでくるぞ。」

 

『―――――は?』

 

 

樹と紅葉以外の全員が、同じようにすっとんきょうな声をあげる。 数秒経って、あまり聞いていたくない不協和音を鳴らしながら全員のスマホが現れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『特別警報発令』

 

 





母の日になんか書こうと思ったんだけどネタが降ってこなかったのとか親居ない組と家庭環境劣悪のぐんちゃんをどう話に組み込むかで悩み、加えて時間が無かったから断念。





尚、一目連装備の友奈は拳の回転数を人知を越えたレベルで引き上げられるので、両手で500発ずつの千回勇者パンチを1秒未満でぶっぱなせます。

逆に言えば多少無理すれば片手で500発瞬時にぶちこんで壁みたいになった衝撃を相手に叩き込めるよね、と、どっかの誰かが発案した結果こうなった。

ちなみにそのどっかの誰か曰く、『これ妖怪じゃなくてハチドリだよね』とのこと。 相応にカロリー消費もやべーので良く寝て良く食べましょう。


この辺は独自設定だから気にしないで。


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二十八話 三好夏凜は勇者である・前


もう連載から2ヶ月越えですか。
毎度毎度更新が遅くて本当に申し訳ない



 

 

 

 

 

『特別警報発令』

 

 

スマホにそんな文字が浮かび、アラームが鳴り続ける。

 

 

「なんなのよいったい……」

「言ったろ、美森が壁をぶっ壊した。」

「それは分かったわよ! でもなんで東郷がそんな事を……!?」

 

 

歌野が疑問符を浮かべ、紅葉が答え、風が更なる疑問符をぶつけた。

 

腰に抱きついたままの樹が不安げに風にしがみつき、友奈が夏凜の腕を支えに立ち上がる。

 

 

「美森は園子……お前らの先代勇者に壁の外の事を教えられたんだよ。 まあそりゃ壊すよね、あんなの見ちゃえば。」

「なんで知ってるのよ。」

「『見たことあるから』以外に何て言えってのさ。」

 

歌野の問いに簡素に答えた紅葉に、なんで、と聞こうとして頭突きを食らったのを思い出した風は言葉を選ぶ。

 

 

「…………壁の外は、ウイルスで滅んでる土地があるだけなんじゃなかったの?」

「嘘に決まってんじゃん。 そもそも、たかが四国の外を滅ぼしたウイルスごときに『バーテッ(頂点)クス』なんて名前付けるわけねーだろ。」

「まあ……言われてみれば確かに。」

 

そう言われては食い下がるしかない。

 

 

「他にも色々助言しておきたいが……時間か。」

 

紅葉は壁の方から迫ってくる光を見て、それから全員を見ると何時もよりも真面目な声で言った。

 

 

「時間がないから、最後に言っておく。『死ぬな』じゃない、『勝て』じゃない、『負けるな』じゃない。」

 

 

一度区切り、友奈を、夏凜を、風を、樹を見る。 そして歌野を見て、絞り出すように言葉を吐き出した。

 

 

「―――――ただ、生きてほしい。 美森を連れて、生きて帰ってきてほしい。」

 

 

花びらと光に包まれて、全員の視界が塗りつぶされる。 目の前が白に埋め尽くされる直前、歌野の口が動いているのを紅葉は確認して、解読した。

 

 

『任せときなさい。』

 

 

きっとそう言ってる。

そんな確信が、あった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

無意識に閉じていた目蓋を開く。

ほんの数秒前と変わらない景色。

 

世界が終わることは、無かったらしい。

 

 

「……どうにかなったか。 あーーーいってえ……くっそ、風の野郎……ぜってえそのうち財布空になるまで蕎麦食わせてやる……」

 

 

アドレナリンが切れたことで、全身の激痛がぶり返す。 うどんが燃料と言っても過言ではない風に対して悪魔のような提案を決意しつつ、塀に背中を預け倒れるように座る紅葉。

 

気だるげにスマホを取り出して下書きしていたメールを送ると、ふとその肩に蒼い身体のカラスが止まった。

 

 

「……よう、若葉。」

 

無言で紅葉の顔を覗き込むカラスに、初代勇者の名を向ける。紅葉はため息をついて続けた。

 

 

「少しは呆れるか怒るかしてくれて良いんだぜ。」

『―――――。』

 

「馬鹿だよなぁ。友奈のお陰で成り立っていた壁を破壊したその犯人を連れて帰ってこいなんてさ。」

『―――――。』

 

「でも仕方ないだろ、美森は俺たちの大事な仲間なんだから。」

『―――。』

 

 

カラスは、じいっと紅葉を見る。

 

そして

 

 

 

「―――いでぇーーー!?」

 

 

紅葉の額を突いた。

かなり強めにどつかれて、一筋の血が垂れる。

 

「この野郎……怪我人だぞ……!」

 

 

親指に引っ掻けて溜めた人差し指で弾こうとするが、あっさりとかわされた。

 

避けた動きでそのまま地面に降り立つと、カラスの体が光に包まれる。 光が晴れるとカラスは、桔梗の花をモチーフにした勇者服に身を包む一人の少女に姿を変える。

 

混じりっけ無しの金髪をポニーテールにして揺らす少女の鮮やかな紫の瞳が、慈しむように紅葉を捉えた。

 

 

「―――お前の何処に呆れて、何を怒れと言うのだ。」

「ちょっと良いこと言ってる感出して誤魔化すなコラ。」

 

ふっ、と笑い、少女は紅葉の横に体育座りして並ぶ。 手を伸ばして汗と血で張り付いた紅葉の髪を分けると、カラスの時に突いた傷を撫でた。 その傷は既に癒えている。

 

「寧ろ、怒られるべきは私の……私達の方だ。 勇者でも巫女でもないお前に、また重荷を背負わせてしまった。」

「……それに関しては結構怒ってるし恨みもあるけどまあいいさ、こうやってまたお前に会えたし、今の生活わりと気に入ってるし。」

 

 

例え嘘でも『怒ってない』『恨んでない』とは言わない紅葉に苦笑いを溢しつつ、少女―――――若葉は言う。

 

「我々過去の老いぼ(亡霊)れに、若い連中の考えやその先の答えを否定する権利なんてない。

出来ることは行く末を見守り、時として少し手を貸す程度だ。」

 

「ババア具合が様になってるな。」

「うるさいぞ。 お前こそ記憶が戻る前から無意識に歳上として振る舞っていたせいで、同年代に年寄り扱いされていたじゃないか。」

 

「―――。」

「………。」

 

 

言葉が途切れ、静寂が訪れる。

それを破り、紅葉が口を開いた。

 

「―――――しかし、なんかこう…………『友奈』が大好きな人間は必ず暴走するって決まりでもあんのかな。」

「いっ、言わないようにしていたことを…………!」

「あれこれ言ってたらあの世で千景にぶん殴られそうだな。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「夏凜ちゃん! 待って!」

「駄目よ、ここは一旦引いて。」

「……とんでもないことになったわねぇ。」

 

背後からの爆撃を肌で感じつつ、3人は壁の向こうから樹海内部に避難するために跳躍していた。

 

 

世界の真相を知り、戦いが終わらないことを知った歌野。 壁を破壊し、過去に星屑と呼ばれた異形を招き入れ、世界を殺そうとしている犯人が親友だったことを確信させられた友奈。

そして友奈を脇に抱えて、歌野と共にその場から離脱した夏凜。

 

 

「さて歌野、これからどうする?」

「言われた通りよ。 東郷を連れて、生きて帰る。」

「あぁ……全く、骨が折れそうなこと。」

「実際に全身バッキバキの奴に言われたんだから覚悟決めなさいな。」

 

風たちの元へ紅葉を抱えて跳んできた歌野は、紅葉の体のあちこちが骨折ないし打撲やアザなどの、誇張抜きに『お前どうやって立ったうえで意識保ててんだよ』と言われて然るべき怪我を負っていることを知っていた。

 

言わなかったのは単純に余計な心配をさせるべきではないと考えたからだが、それ以前に紅葉のボロボロな風体を見れば言わなくてもわかるだろうと勇者の理解力に任せただけである。

 

 

ともあれ、まずは風と樹の元に集まろう。 そう考えていた歌野は背後からの威圧感に脊髄反射で振り返った。

 

 

「やばっ―――夏凜!」

「っ……!」

「夏凜ちゃん!?」

 

3人の背後の巨大な穴から現れた乙女座の(ヴァルゴ)バーテックスが、爆弾を吐き出すように撃ち込んできた。

 

歌野は腰に吊るしていた鞭を居合のように抜いて爆弾を直前で破裂させるが、友奈と言う荷物を抱えていた夏凜は刀を出す暇もなく、咄嗟に友奈を抱き締めて爆発を甘んじて受け入れた。

 

夏凜と友奈は普段戦いの足場にしている樹海の根の上層部に落下し、歌野は下層部に隙間を縫って落ちた。 その先で、星屑を相手に立ち回っていた風と樹の二人と合流する。

 

 

「風さん! 樹君!」

「歌野! 東郷は!?」

「……あれは直接見た方が良いわ。」

「は?」

「今はそんな事言ってる場合じゃないけど、ね!」

 

鞭を振るい、近付いてきていた星屑を消し飛ばす。

 

風の大剣が真っ二つに切断し、樹のワイヤーが細切れに寸断する。 歌野は数体打ち倒すと、二人に提案した。

 

 

「穴が開いたせいで再生成されたバーテックスが入り込もうとしてるの。 こっちはこっちでどうにかするから、二人は樹海の根っ子の下層部を通るこの白いのを片付けてから東郷の元に行ってくれる?」

 

「分かった―――樹、行ける?」

「―――――!!」

 

樹は風の言葉に強く頷く。 自分の遠く及ばないところでいつの間にか成長している樹の姿に、じわりと涙が滲む。

乱暴に涙をこすって拭い、樹と背中合わせに立ち、星屑に視線を向けた。

 

 

「ここは私達に任せて行きなさい!」

「……よろしくっ!」

 

そう言い終えると、膝を曲げるとバネのように伸ばす。 地面を陥没させて上層部へと跳んだ歌野が居なくなった後で、風は呟く。

 

「今のちょっと言ってみたかったのよネ」

「―――……」

「……さ、行くわよ!」

 

 

からかうように言った風に、樹は呆れながらも笑って返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――ハァッ!!」

 

夏凜はコマのように回転し、気絶している友奈に群がる星屑を纏めて切り裂いた。 腕を起点に変身した後に、友奈の頬を叩いて起こす。

 

 

「起きろ!!」

「……うぅ……」

 

虚ろな目で、ぼやけながらも夏凜を見る。 鈍く痛む体に鞭打って起き上がると、夏凜に掴み掛かりそうな勢いで聞いた。

 

「夏凜ちゃん! 東郷さん……は……」

 

「まだ壁の方よ。 あいつをどうにかしないといけないのは山々だけど、その前に白いやつらと復活したバーテックスを倒さないと。」

 

「…………私……気付かなかった……」

 

勇者端末を握り、そのまま砕きかねない力を込めながら、友奈は涙を溢す。

 

 

「知らない間にあんなに追い詰められてたのに、東郷さんならきっと大丈夫だって、駄目な信頼の仕方をして……」

 

「……友奈」

 

「私、友達失格だ……っ」

 

 

勇者端末が友奈の手から落ちる。

画面にはエラーが吐き出されていた。 不安定な精神状態のせいで、霊的回路を繋げられないと書かれている。

 

何か言わないと。

 

だが何を言うべきか。

 

かつて競いあったライバル(楠芽吹)程青春を捨てている訳ではないが、友人との交流なんてものは勇者部との触れ合いが初めての夏凜に、ここぞと言う時に相手を立ち直らせる決めゼリフ(ボキャブラリー)は無かった。

 

 

そんな時、渡りに船とばかりに歌野が下から跳んできた。

 

 

「夏凜、友奈。」

「歌野」

「歌野ちゃん……」

 

歌野は夏凜と友奈を一瞥して、察する。

 

「(口下手と泣いてる子は一緒にするもんじゃないわね)……友奈……は、戦えないか。」

「状況は?」

「あまり良いとは言えない感じ。」

 

二人が黙り、友奈の嗚咽だけが響く。端末のレーダーを確認していた歌野が夏凜に呼び掛けた。

 

 

「夏凜、不味いことになったみたい。」

「どうした……の―――――冗談でしょ」

 

 

歌野の居る方に視線を向けると自然と背後の穴に目が行く。 美森が空けた『それ』から、獅子座と先に出てきていた乙女座を除いた11体が顔を覗かせていた。

 

合計11種類12体。 2体1対の双子座をカウントしている事から、恐らくは獅子座すら再生成されているのだろう。

 

 

「獅子座がまだ出てきていないのを幸運と取るべきかしら。 風さんと樹君には東郷を任せているし、友奈は戦えないし。」

「……やるべきことは一つって訳ね。」

「ええ。 12体なら一人で6体、簡単な計算よ。」

「……あんたもしかして馬鹿なんじゃないの?」

 

はい? と聞き返す歌野に、頭痛のような感覚がして顔を押さえる。 そうではないのだ。 夏凜が言いたいのは、『そんな計算言われなくても分かるわ』ではない。

 

 

「バーテックス6体を相手にするってことは、私たちは満開をしなきゃいけないのよ。」

「そうね。」

 

「何処を失うか分からないギャンブルを何回しないといけないと思ってるの?」

「さあねぇ……1体につき1回なら、6回?」

 

「…………身体機能ならまだましなんて言わない。 でももし、東郷の時みたく記憶を失ったら、あんたや私は勇者部の誰かを忘れる。」

「……そうね。」

 

片手に持つ刀の切っ先を歌野に向けて、誓いを立てるかのように夏凜は問う。

 

 

「―――耐えられるの?」

 

「…………大丈夫よ。 貴女が私たちを忘れても、私たちは貴女を忘れない。 私が紅葉を忘れても、紅葉は私を忘れない。」

 

歌野は、哀愁の漂う笑みを浮かべた。

 

「『だから』大丈夫。」

「……あんたって、やっぱり馬鹿だわ。」

 

 

自分の代わりに相手が。

相手の代わりに自分が。

 

シンプルな答え。

歌野はただただ単純に、友達を信じていた。

 

 

「……先行ってて。」

「りょーかい。」

 

歌野は右手に巻いた鞭を握って、ゆったりと侵攻してくるバーテックスの元に歩いて行く。

残った夏凜は、いまだ泣きじゃくる友奈の近くに屈んだ。

 

 

「もう……ほら、泣かないの。」

「夏凜、ちゃん……?」

「どいつもこいつも馬鹿ばっか。 友達に失格だの合格だの有るわけないでしょ、あんたは東郷をどうしたいの?」

 

指で目元の涙を拭い、友奈の頬を両手で包む。その暖かさに触れ、友奈の冷たくなっていた心は溶ける。 呼応するように腰に吊るされた籠手が揺れた。

 

「私は、東郷さんを…………助けたい。」

「―――そう言うと思った。 それなら、私と歌野で道を作ってあげる。」

「えっ……?」

 

「あのバーテックス共をぶっ倒してやるから、真っ直ぐ突っ切って、東郷を引っ張ってきなさい。」

「そんな……いくら二人が強くても無茶だよ!」

「大丈夫よ、まだ私たちには満開がある。」

 

立ち上がり、夏凜は歌野の元に向かう。 思い出したかのように振り返ると、夏凜は、出来る限りの笑顔を作って言った。

 

 

「じゃ、()()()。」

 

 

返答を待たず、夏凜は走った。

歌野の横に立つと、左手に刀を呼び出す。

 

「一人6体、簡単に言ってくれるわほんと。」

「あら、私出来ないことは言わないのよ?」

「ふっ……言うじゃない。」

 

前を、バーテックスを見据えて、夏凜は横の歌野に右手を伸ばす。 横目でそれを見た歌野に、一言ポツリと言う。

 

 

「死ぬんじゃないわよ」

「―――貴女も、ね。」

 

コツンと、歌野は伸ばされた右手の握り拳に、自分の左手の握り拳をぶつけた。 鞭を垂らし、刀を握り、二人は跳躍する。

 

 

「うおおおおおおおおーーーーッ!!!」

 

「はああああああああーーーーッ!!!」

 

 

迫り来る星屑を切り裂き打ち払う。

限界まで溜まった満開ゲージの力を解放し、二人は空中にサツキと金糸梅の花を咲かせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「3っ、体っ、めえええええッ!!」

 

 

4つの追加アームが握った大太刀が、牡牛座の体をバラバラに引き裂いた。

 

2()()()()()で牡羊座と魚座、そして今しがた牡牛座を倒した夏凜は、根っ子の上に着地。 弾けるように追加アームが消し飛び、満開が解除された。

 

 

「ちっ…やっぱりおさがりじゃ定着が浅い……!」

 

 

視界の奥から近付いてくる残り3体のバーテックスを見て、歯痒いように言う。

三好夏凜の勇者端末は三ノ輪銀のおさがりである。 そのシステムを十全に扱うには、夏凜には『なにか』が足りないでいた。

 

もっとも1分以内に効果の切れる満開を2度行って3体のバーテックス倒すなんてことは、夏凜以外には歌野くらいしか出来ないだろう。

それだけ、二人の戦闘能力は他の追随を許さないでいた。

 

 

「……三ノ輪銀、あんたは私に何が足りないって言いたいの?」

 

片手に勇者端末を出して語りかける。 当然、端末が喋るなんて事はなく、無言が返ってくるだけだった。

 

 

「私はもう『自分を無下にした親を見返したい』とか、『才能マンの兄貴より上に行きたい』とか、そんな理由で戦おうなんて思っちゃいない。」

 

端末内のアルバムを開き、いつぞやの誕生日に撮った集合写真を見る。

 

 

いつも優しくムードメーカーだと認識していたが実は誰よりも臆病で争いを好まない友奈。

 

友奈が大好きで、それ故に暴走してしまった東郷。

 

唯一の歳上で、色々と抱え込む質の風。

 

弱いように見えてその心は誰よりも強い樹。

 

姉御肌な歌野と、そんな勇者達に振り回されながらも等身大で接してくれる紅葉。

 

 

色んなモノを貰い過ぎたな、と思った。

返しきれるか分からないな、と思った。

 

 

 

「ただ皆を守りたいと思って、皆とあいつの所に帰りたいと思った。 だからお願い、力を―――貸して欲しい。」

 

 

 

だが、無言。奇跡なんてものは起きなかった。 ギリ……と歯軋りをした夏凜に蠍座が不意打ちを叩き込んでくる。

その後ろには、射手座と蟹座が待機している。

 

バーテックスもまた、()()()()()()()()()()()()()()()と学んでいるのだ。

 

ふと、夏凜の心に黒い炎が灯った気がした。

 

 

「っ―――!!」

 

 

訓練された夏凜だからこそ反応できた偶然。 バリアが有るからと慢心せず、夏凜は刀を蠍座の尾の軌道から我が身を守るために添えると―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――その身体をヤスリ掛けするかのような、凄まじい衝撃が襲いかかった。

 

 

 

「が、あっ、あ、あああああああッがああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!??」

 

ガリガリガリガリと、チェーンソーか何かを押し付けられているように体が微振動し、腕に衝撃が走り、足元の根が踏ん張った事で削れて行く。

 

激痛、激痛、激痛激痛激痛。

 

 

 

 

 

夏凜は1度目の満開で身体の何処かの戦いに支障を来さない場所を。 2度目の満開で―――――精霊バリアを失った。

 

 

 

 

 

そのまま振り抜かれた尾に身体を持ち上げられ、夏凜は樹海の盛り上がった根にその身体を強かに打ち付ける。

 

追い打ちだとでも言っているかのように、そこに後方待機していた射手座の矢が雨あられと降り注いだ。

 

 





尚夏凜から離れた位置では歌野がバーテックス6体を纏めて鞭でしばいている模様。 かつて諏訪でたった一人で戦っていた元英雄を舐めてはいけない。


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二十九話 三好夏凜は勇者である・後


夏凜って何故か声が低いイメージあるんですよね、Blu-rayBOX買って見たら結構高くて驚いたけどそんなもんかなぁ。

ちなみにこっちの夏凜と歌野は声高くないです。



 

 

 

 

 

「っ、ッ―――ああ゛あ゛!!」

 

 

額を伝って落ちた血液よりも早く夏凜は動く。 射手座の矢が自分の身体を樹海に張り付け標本にでもする前に、その場から脱出した。

 

その速度を維持して夏凜は刀を握り蠍座に飛び掛かる。 上から振り下ろされた尾を避け、再び振り下ろそうと持ち上げたその尾に刀を突き刺して宙ぶらりんになった。

 

 

「フゥーーー……! フウゥーー……!」

 

荒れた息を整え、雑に片手で鼻血を拭う。 自分の身体を守るバリアが消えたという事実は、夏凜を苦しめることはなかった。

 

なにせ精霊バリアと満開を実装したのは『おさがりの持ち主』が死んだ事が理由になっているのだから、昔は無い方が当たり前だった。 その事実が夏凜の思考を無理矢理に冷まさせていた。

 

 

「―――ぜぇえええいッ!!!」

 

2度の満開で急激に力が増幅している夏凜の刀による一閃が、蠍座の尾を半ばから両断する。

 

落ちた尾を足場に夏凜は着地すると僅かな硬直を狙った矢が降り注ぎ、夏凜の両手に召喚され投擲された刀と接触し爆発。

 

 

 

 

 

―――が、あらぬ方向に弾かれた矢の一部が蟹座の反射板に触れた瞬間再加速し、肩の一部を抉り抜いた。 撃ち抜かれたのが外側だったことが幸運と言う他無い。

 

 

「あ゛がぁ……!?」

 

 

訓練された勇者とはいえ、今まで受けたことの無い痛みとすら言えない感覚。 神経を直接弄られているかのような刺激に一瞬意識が途切れる。

 

 

「……んぅう゛!」

 

しかし、夏凜は頬の内側の肉を噛み千切ることで痛みを塗り替え意識を保つ。

 

「…………ぺっ」

 

 

べちゃりと水分を含んだ音を立てて、夏凜の頬と血の混じった肉が樹海を汚す。 肩を見て、手を握り、まだ刀が握れることを把握した。

口から垂れた血を拭い、バーテックス達を睨みながら、戒めるように言う。

 

 

「私は……皆と……帰るんだ……!」

 

 

刃こぼれした刀を消し、新たに2本召喚して両手に持つ。

 

 

「皆を……守るん……だ……ッ!」

 

 

 

蠍座の尻尾が再生した。

蟹座の反射板が夏凜を囲った。

射手座が口を開き光を溜めた。

 

 

痛みと緊張感による極限状態の夏凜の口から、乾いた笑い声が溢れる。

 

 

 

「―――――は、は……ははっ……ッ!!」

 

全方位から、夏凜目掛けて矢が撃ち込まれた。

 

「―――――死、ね、る、かぁぁぁぁぁアアアア゛ア゛ッッ!!!」

 

 

爆発的な脚力を利用して、夏凜はあえて、3体の懐へと飛び込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もし、仮に。

 

 

バーテックスに意思があったなら。

 

バーテックスに表情があったなら。

 

 

恐らくは驚愕の表情を作り―――――こんなことを考えた事だろう。

 

 

 

『なんなんだこの(お前らが言うな)化物は』 ―――と。

 

 

 

 

 

都合数分。精霊バリアを失い、肩の一部に穴が空き、確実に追い詰めている筈の人間一人を3種類のバーテックスは殺せないでいた。

 

 

「ーーーーー、ーーーーー。」

 

呼吸は荒くなるを通り越して最低限の動きになり、しているかどうかもわからないほど静かになっている。

 

 

そして、凄まじい速度で刺突する蠍座の針が腕を掠める。

 

触れただけで皮膚が爛れる猛毒にも関わらず、()()()()()()()()()に焼かれてその猛毒は夏凜の身体を蝕む暇もなく消え失せた。

 

続けざまに反射板によって前後左右上下斜めから撃ち込まれる矢をも紙一重でかわすが、杭のようで巨大な一本の矢が迫る。

 

夏凜が静かに刀を添えると、その矢は夏凜を避けるように中心から真っ二つに割れ、速度を失って海に落ちた。

 

 

消耗し切った体の最小限の動きと力を以て、夏凜は本来であればとっくに勇者が10人は殺されていたであろう攻撃を避け続けていた。

 

 

 

「………………あつい……」

 

 

()()()()で、蠍座と射手座と蟹座を見て呟く。 右の目蓋が切れ、血が流れる事で右目の視界を潰されていた。

全身は血に濡れ、最早夏凜は自分の何処が赤くないかもわかっていない。

 

体はふらついていて、血が足りずに思考が巡らない。 故に、夏凜の体はとうに限界だった。 攻撃が直撃すれば間違いなく死ぬ。

 

しかし夏凜は倒れない。 血が出る前より深く踏み込み、血が出る前より簡単に攻撃を避けた。 体内をマグマが駆け巡っているのではとすら思えるほど、心臓が、血液が、思考が燃え盛る。

 

 

 

「ごぼっ―――あんたらには、分からないでしょう…………この、力……」

 

 

 

―――否、比喩でも何でもなく、夏凜の身体の内側は燃えていた。

夏凜はそれを認識できていないが、吐き出した血の塊が沸騰しているのが証拠だ。

 

 

だが今の夏凜に碌な思考回路は無い。 精々、『蠍座なのに毒とか無いのか……』と考えているくらいだ。 実際は毒が体に入っても回る前に焼き尽くされているだけなのだが。

 

夏凜は自分の勇者端末が三ノ輪銀のおさがりと言うことは知っているが、三ノ輪銀が『精霊の補助もなく単独で武器に炎を点火させることが出来る』事までは知らないのである。

 

 

 

そう。 ()()()()()()()()

 

どういうギミックで、どういう条件で、どうやって炎を灯しているのかを二人の赤い勇者は一切理解していない。 『出来たから使ってる』としか言えないのだ。

 

 

ただ、発動条件の一つと言えるのは恐らく感情の噴出。 三ノ輪銀がバーテックスへの怒りを噴火させるタイプなら、三好夏凜は内側でマグマのように煮え滾らせるタイプ。

 

だからこそ、夏凜は毒を受けても即座に焼失させる事で無効化させるという人間離れした方法を取れていたのだが。

 

 

 

尾針による刺突を身体の軸をずらして避け、針と尾の繋ぎ目を刀で縫い止める。 尻尾を駆け登り、人間で言う顔の部分に斬撃をお見舞いしてから蟹座へ向けて跳躍。

 

「これこそが、私達人間の―――――」

 

 

蟹座の反射板二枚での挟み込みを片手の刀をつっかえ棒にして防ぎ、隙間を潜り抜けて一回転して遠心力を加えた一撃を叩き込む。

両手に2本持ち直した刀を突き刺し、射手座に向かって跳躍するついでに爆破させておく。

 

血を吐きながら、口を開いて光を溜める射手座を見る。

 

 

「げぶっ……き、あい、と―――」

 

 

射手座の放つ横向きに降り注ぐ矢の散弾に、夏凜の姿は埋もれる。 死ぬ寸前で発揮された危機回避能力と片目だけに集中させた動体視力と脊髄反射で、夏凜はその悉くを避けきった。

 

当然の話だが、()()()()()()()()()()()()()()()は不可能である。

 

 

「こん、じょう……ッ!!」

 

 

錆びた人形のような挙動で、射手座は矢を連射する口を閉じる。 逆に片方の口を開くが、場所がちょうど夏凜が立っている位置で、夏凜の足元から巨大な一本の矢が撃ち込まれた。

 

「がッ―――あああ!!」

 

寸での所で、夏凜と矢の間に刀が挟まれていた。 真上に花火のように打ち上げられ―――――突如、防いだ矢が腹部に突き刺さる。

 

「―――――ぁ」

 

バンッと、閃光手榴弾が破裂したような音。 刀を通して伝わった重さが消え、身体のあちこちに小さく尖ったなにかが入り込む異物感を味わい―――ふと、反射的に夏凜は顔を引いた。

 

そうした夏凜の顔右半分に、爆発してバラバラに砕け、至近距離で打ち出された小さな矢の破片が刺さる。 顔を引いていなければ、顔の右半分どころか頭部が無くなっていただろう。

 

 

 

「―――ううああああ゛あ゛!?」

 

空に、夏凜の悲鳴が木霊した。

 

 

 

バーテックスとは、進化する存在である。 星屑から融合体へ、そしてそこから更に進化して、12星座を模した体を手に入れた。

 

だが、そこで終わらないのがバーテックスだった。 人間が何百年と時間を重ねてようやく行える『一種族の変化』を、()()()()()()()のだ。

 

 

 

夏凜にどんな攻撃も防がれ避けられるのなら―――――単純な話だ、絶対避けられない攻撃をすればいい。

 

 

 

さしずめ、先ほど撃ち込んだ巨大な矢は地雷だ。 中にぎっしりと連射時の矢を詰め込むことで、辺りにばら蒔き大なり小なりダメージを与える即席の攻撃。

 

本来なら精霊バリアに簡単に防がれる攻撃だが、その精霊バリアが無いなら十分な攻撃になりうる。 瀕死の夏凜相手なら尚更効果的で、だからこそ、それで夏凜を殺せなかったのが射手座の敗因なのだろう。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

打ち上げられた夏凜は落下するなか、思考が纏まるようになり辺りがスローになっている事に気付く。 走馬灯か。 と、自然に考え付いた。

 

 

「(ああ、これで終わりかぁ。 死ぬ気で頑張って……それで死ぬ。 あっさりしてるなぁ……)」

 

顔の右半分の感覚は消えていて、最早痛みすら無い。 ただそれ以上に、心が痛む。

 

 

 

―――心臓が鼓動する。

 

 

――――魂が、燃える。

 

 

―――まだ、死ねない。

 

 

 

「(これで終わりなんて、そんな訳には―――いかないでしょうが……っ!!)」

 

脳裏に、勇者部の6人の姿が過る。

 

帰る場所が出来た。

死ねない理由が出来た。

守りたい奴が出来た。

 

「(動け、動けっ、動けぇ!! 勇者だろ!! 勇者は……気合いと……根性だろ……ッ!!)」

 

 

されど、体が死にかけている事に変わりはなく。 バーテックスの攻撃なんて受けずとも、そのまま樹海に落下すれば死ぬ。

 

 

「(…………無理、か。)」

 

 

 

死を悟り、まぶたを閉じる夏凜の耳に―――

 

 

『気合いと根性、良いこと言うじゃん。 でもさ、あと一個足りてないんじゃない? こーはい』

 

 

―――男勝りながらも明るい声が届いた。

 

死ぬ寸前の幻聴かと決めつけ、声に応える。

 

 

「(あと一個ってなによ……)」

『そりゃお前さん、あれよ。』

「(だからなによ。)」

 

からかうような言い方にイラつきを覚えるが、それをなんとか飲み込んで夏凜は言葉を待つ。

 

『気合いと来て、根性と来たら一個しか無いだろ? それはこーはいも分かってると思うぜ』

「(―――――ああ……)」

 

 

なんとなく、『それもそうだな』と思った。 実際はそんなもの知らないが、夏凜は兎に角、不思議と、それを理解していた。

 

夏凜がまぶたを開くと、止めを刺そうと射手座が再度巨大な矢をチャージしていた。 左肩の満開ゲージが満タンな事を確認し、空中で体勢を整え刀を握る。 夏凜はまだ、戦えるのだ。

 

 

『さあ、見せてやろうぜ! 化物共には絶対に分かりはしない、アタシ達人間様の―――』

「(気合いと……!)」

『根性と―――ッ!!』

 

 

夏凜の背後に、サツキ()()()が咲き誇る。

 

 

「『―――――魂って奴をおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」』

 

 

全身を紅蓮の炎が包み込む。 射手座が放った矢を、炎の中から伸びた4本2対の追加アームがその手に握る大太刀で四方に切り裂く。

 

加えて背後に折り畳まれていた腕が伸びると、その手には、巨大な半円の大斧があった。

 

自由落下の勢いを乗せ、射手座を縦に真っ二つに切断する。

 

御霊を出す必要もない。中に有るまま外から切り捨てれば良いのだから。

 

 

『アタシとこーはいに……勝てると思うなよ!』

「頭ん中で叫ばないで、体に響く。」

『あ、わり。』

 

 

夏凜は、端末との完璧な適合を以て本当の満開を果たしていた。

 

 

満開による飛行能力で蟹座に詰め寄り、その途中で第三の腕に握らせた斧をぶん投げる。

 

咄嗟に反射板を盾にした蟹座のそれに、斧は深々と突き刺さった。 6枚あったにも関わらず、重ねられた反射板を貫いて、蟹座の丁度御霊のある部分に半ばがめり込む。

 

 

「勇者―――――パンチッ!!」

 

追加アームの斧を投げた手で拳を作り、蟹座に突き刺さった斧の先端を全力で殴る。

 

ボシュッ、と呆気ない音を立てて、内側の御霊を貫通して背後から飛び出た斧は、炎に包まれて消え再度追加アームの手元に現れた。

 

 

「あと一体……」

『ぼさっとすんな! 後ろだ!』

「っ―――!?」

 

幻聴に促され、一瞥もせずに第三の腕を折り畳み、大斧を盾にする。 直後、とてつもない衝撃が背中を襲った。

 

 

「ぐッ―――!!」

『気張れよこーはい、こいつシンプルに強いからな。』

「分かってるっつーの……!」

 

 

振り返りつつ、4本の大太刀で再度突き刺そうと迫ってきた針を弾く。 ()()()()()()()()しなる尻尾を見て、夏凜は驚く。

 

 

「こいつ……歌野の技術を取り込んでる……!?」

『伊達に頂点は名乗らないわなぁ。ま、大丈夫だろ。』

「は?」

『あんたはこいつより速い。』

 

「―――――そう、ねッ!!」

 

 

上からの叩きつけに、夏凜は4本の大太刀による膾斬りで答える。 刹那の内にバラバラにされた蠍座の尻尾を見て、幻聴は驚愕した。

 

『すっげぇ……アタシのこーはいヤベーな。』

「化物扱いはやめてくれない?」

 

そうは言うが、夏凜は瀕死の体である。 ただ気力のみで動き、会話している人間を化物と呼ばずに何と呼ぶのか。

 

 

だが、夏凜が戦えている理由は、ただ気合いと根性で動いてるからではない。 かつての英雄……桔梗の勇者の言葉を引用するのなら―――――

 

 

 

『人は、守るべきものの為なら無限に強くなれる』

 

『守るべき人のためなら、どれほど傷つこうと戦うことができる』

 

 

 

―――――だろうか。

 

 

 

「―――見てなさい、三ノ輪銀。」

 

都合5回、すれ違い様の一閃で、夏凜は蠍座の全身を大雑把に切り捨てる。

一撃で武器が破損する威力を叩き込み、腕のうち4本をパージして、残った1本の大太刀を追加アームの2本で構えた。

 

「―――私の……完成型勇者の、実力をおおおおおおおおおおおおおおおおォオオオオオオッッッ!!!!!」

 

 

道を作ると、友奈に誓った。

 

またね、と、友に約束した。

 

 

―――――大好きな人が居るのだから、勇者は絶対に、負けないのだ。

 

 

御霊の入った部位を残して佇む蠍座に、全力の一太刀をぶつける。 まるで豆腐に包丁を通したかのような一撃を最後に、夏凜はバーテックス6体を殲滅して見せた。

 

樹海の根に着地した夏凜の体から、満開による追加アームが消える。

 

 

『……よく、頑張ったな。』

「あー……ああ、東郷を……止めないと……」

 

幻聴の労いを余所に、夏凜の足は壁の外に向かおうとするが―――足から力が抜け、倒れ込む。

 

 

「……無理。 燃え尽きた。」

『おう……ほんと、よく頑張ったよ。』

 

仰向けに倒れた夏凜から、視力が消える。 3回目の満開は、夏凜から残された左目の視力を奪い取った。

 

それでも壁の向こうを見て、辛うじて残った力を振り絞り、拳を突き上げる。

 

 

 

 

 

 

 

「友奈……()()……()()―――――勝ったよ。」

 

 

そう言って樹海の根に紅い花のような血溜まりを作った夏凜は、その中心で眠るように意識を手放した。

 

 






赤い勇者、勇者キラーへのリベンジ完了。

全身の大量出血・顔右半分に矢が突き刺さる・銀の使ったシステムを無理矢理引き出して体の内側が加熱される・追加アーム6本の同時操作で脳に負担。 自殺RTAかな?



オリ設定

満開・シロガネ

通常満開の追加アーム4本と大太刀に加え、背後に亀の甲羅のように展開される大斧を握った第三の腕を増設している姿。 ビームのような攻撃と大量の刀を発射する攻撃が使えなくなる代わりに、斧の威力は大太刀より大きく、また半円のため投げる際に軌道が安定する。

ただし発動条件の1つが勇者システムによる炎の点火で、夏凜の場合は体内を常に加熱し続けている故に血液が沸騰している。 追加アーム6本の同時操作と合わせて脳への負担が尋常ではなく使えるのは数分が限界。


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三十話 ■■友奈は勇者になる


情報過多で混乱するだろうけど頑張って下さい(他人事)




 

 

 

 

 

「う……あぁ―――」

「友奈ちゃん!?」

 

 

太陽と化した獅子座―――レオ・バーテックスを押さえていた友奈と美森。 突如として力を失い、満開が強制的に解除され、変身すら解除された友奈が地面に落下する。

 

美森の叫びが響き、精霊バリアに守られた友奈はかろうじて地面に激突するのを逃れた。

 

 

 

「っ……はっ、はぁっぜっ……ひゅっ……!?」

 

一瞬肺が止まったかのように激しく咳き込み、必死に酸素を取り込もうと荒く呼吸する。

 

「……あ、足、が……」

 

 

再び立とうと足に力を込めるが、友奈の両足はピクリとも動かない。

 

 

満開した勇者同士の戦闘に、背中に追加されたアームの無理矢理なパージ。

 

無茶な行動を繰り返し、止めに獅子座を食い止めようとした事が重なり、友奈の散華は一度に二度行われていた。

 

 

―――左の肺と両足

 

 

これで記憶でも失えば、東郷さんとお揃いなのかな。 と、友奈は場違いな事を考えていた。 足が動かないが、それでもなんとか座り込む。

 

 

「東郷さん……ごめんね……」

 

友奈の記憶から、美森の言葉が呼び起こされる。

 

 

 

 

 

『一番大切な友達を守れないのなら、勇者になんかなる意味がない!』

 

『大切な気持ちや思いも忘れちゃうんだよ!?』

 

『友奈ちゃんや皆のことだって忘れてしまう……一番大切なモノをなくしてしまうくらいなら……』

 

『忘れない、忘れたくない……きっと私も、そう思ってた……』

 

『私はもう―――自分の涙の意味が分からないの……!!』

 

『嫌だよ! 怖いよ! きっと友奈ちゃんも、私のことを忘れてしまう……!!』

 

『銀が死んで……そのっちがああなって、友奈ちゃん達まで生き地獄を味わうくらいなら―――――こんな世界終わってしまえば良い!!』

 

 

 

 

 

自分の気持ちを押し込めて、他人を優先していたのは―――――なにも友奈だけの話ではなかった。

 

もっとも、記憶を失い足を動かせなくなった年頃の少女の心境を理解しろなんて事は不可能なのだが。

 

 

「『絶対』忘れないなんて、無責任だよね。」

 

 

美森の両側に、風と樹が満開した姿で同じように獅子座を止めようと踏ん張っていた。 ほどなくして、髪の色素を失った白髪の歌野が獅子座の停止に加勢する。

 

夏凜は居ない。 ここにいる全員が認識できない程に離れている場所で、つい先ほど死闘を終えて眠っているからだ。

 

 

「東郷さん……夏凜ちゃん……紅葉くん……」

 

震える手で、勇者端末を握る。 足を奪われたショックもあり、友奈の体が無意識に変身を拒否していた。

 

 

「痛いのは怖いよ、怖いのは嫌だよ。 私は……勇者になりたかった。 勇者になれば、どんなモノも怖くない、勇気のある人になれると思ってた……。」

 

 

結城友奈の本質は、争いや災いを忌避する臆病なものだ。 ムードメーカーを演じているうちに、それが演技であると友奈自身が認識しなくなっていただけ。

 

苗字が結城(ゆうき)なのに勇気のある人間では無かった事が、本人の密かな悩みであり―――『勇者パンチ』等の叫んで殴るというのは、友奈なりの『ゆうき』の出し方だったのだ。

 

 

「ごめんね、みんな…………私、もう、頑張れそうに……ない…………」

 

 

だが、もう、流石の友奈でも限界だった。 親友の謀反、終わらない戦い、失って行く人間性。

 

無意識下のムードメーカーとしての振る舞いがほんの僅かずつ精神を削っていた日常に、世界の命運を賭けた戦いを強制される非日常。 平気でいろ、なんて要求はあまりにも無情で―――

 

 

「……あ、これ……」

 

その時、腰に吊るしていた赤黒い籠手がカランと音を立てた。 手に持った友奈は―――――それを嵌めた。 そうしなければならないと、本能が理解していた。

 

右手にピッタリと納まった籠手は、元から友奈の物だったのではないかとすら思える。

 

 

そして。

 

 

 

 

 

「あっ―――――がッ!?」

 

 

脳がスパークしたように刺激が弾け、友奈の意識は一瞬でシャットダウンした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次に友奈が目を覚ましたとき、眼前に広がるのは、直前と同じ樹海化した四国の光景だった。

 

ただ―――

 

 

 

「……あの人たちって……」

 

 

―――夢でもみているような感覚の友奈は、上から3人の少女達を見下ろしていた。

 

桜色の勇者服に赤毛の少女と、青い勇者服に金髪の少女と、赤の勇者服に黒髪の少女。

3人は等間隔で横に並ぶと、覚悟を決めた面持ちで唱えた。

 

 

 

『来い――――』

『降りよ―――』

『来なさい――』

 

 

暴風が、火炎が、枯れ葉が少女達を包み―――――

 

 

『―――酒呑童子(しゅてんどうじ)!!』

『――――大天狗(だいてんぐ)!!』

『――――玉藻前(たまものまえ)!!』

 

 

 

勇者達は、本来人には無い筈の異形をその身に権現させていた。

 

 

桜色から一転、深紅の衣装を着て、甲冑の腕の部分のような巨大な補助アームを腕に纏い額に角を生やした赤毛の勇者が、低い声で唸る。

 

翼が生え、山伏装束を着て刀を持つ金髪の勇者が、翼の様子と下駄の履き心地を確かめる。

その体の端から、チリチリと火種が生まれては散っていた。

 

そして白無垢のような服装の登頂部に狐の耳と、尾てい骨の付近に九つに分かれた狐の尾を生やした黒髪の勇者は、複数の刃を無理矢理纏めたような歪な鎌を肩に担ぐ。

 

 

「もしかして……精霊を、直接体に―――!?」

 

友奈の推測は合っている。 少女達は、日本三大悪妖怪と呼ばれる強力な精霊を憑依させていた。

 

―――当然、良いことばかりではない。

 

 

身に余る力がその身を滅ぼすように、分不相応な悪妖怪の力は、確実に通常の精霊が生み出す穢れを凌駕している。

 

現に、苦し気で我慢した声色を口の端から漏らす鬼の勇者は呻き声を出している。 天狗の勇者を手で制して、狐の勇者が鎌を地面に刺してから、鬼の勇者の肩に手を置いて名を呼んだ。

 

 

『ッ……ウゥーー……フゥウーーーッ!!』

『……友奈さん、大丈夫。 落ち着いて。』

『フゥーーー! ウゥーー……フゥゥ……』

 

この光景を見ている自分と同じ名前である『友奈』と呼ばれた鬼の勇者は、狐の勇者が伸ばした尻尾に包まれた。

毛先で顔を撫でられ、少しすると落ち着いたのか鬼の勇者はリラックスした表情で呟く。

 

 

『ふぁあ……もふもふ……干した布団みたい……』

『……落ち着いた?』

『うん、落ち着いた。 ありがとうぐんちゃん!』

『……良いのよ。』

 

全身を狐の尾に包まれた鬼の勇者を慈愛の表情で見守る狐の勇者―――の尻尾を、天狗の勇者が羨ましそうに見ていた。

 

 

『なあ千景、私にも……』

『貴女は嫌。』

『な゛ーーー!?』

 

『友奈』に見せた穏和な表情に反して眉を潜める狐の勇者に、ばっさりと断られた天狗の勇者は膝を突いた。

分かりやすくショックを受けられては流石に良心が痛んだのか、狐の勇者は間を置いてから渋々と案を出した。

 

 

『…………まあ、若葉さんが最後まで生き残ったら、帰り際に少しだけ触らせてあげても良いわ。』

『本当か! 今の言葉、忘れるなよ?』

『うわ…………少しだけよ。』

 

あまりの熱意に若干引いている狐の勇者―――千景は、『友奈』をちらりと見てからぎこちなく笑みを浮かべた。

 

それを見ている友奈は、3人を見てふと思う。

 

 

「(この人達が……最初の勇者……なのかな)」

 

 

バリアも無ければ満開も無い。

 

それどころか精霊(妖怪)を体に入れると言う冒涜的な方法を取っている以上、彼女等が過去の人間と言うのは頭の回転が良いわけではない友奈でも容易く理解できた。

 

 

『む……来たか、バーテックス。』

『これを凌げば、私たちの勝ちなんだよね。』

『ええ……勝って帰りましょう、皆で。』

 

 

壁の奥から現れた9体のバーテックス。それはかつて友奈達が倒したことのある姿をしていて―――――

 

 

「…………そっか。」

 

 

―――――友奈は気づいた。

 

戦いは終わらない。 そもそもこれは過去だ。 もう終わっている出来事を見ているのだから、この先の出来事は確定してしまっている。

 

 

 

初代勇者は負けなかった。

 

だが勝てなかったのだ。

 

 

 

最初の勇者達は―――――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

友奈には、分からなかった。 何故こんなになるまで自分の体を酷使できるのか。 何故、勝ち目の無い戦いに身を投じられたのか。

 

それが『過去を知っている第三者目線(小説を読む読者目線)』から来る意見だと言うことには、まだ気付かない。

 

 

そして、友奈の目の前で状況が変わった。

 

『っ―――地中を潜ったぞ!?』

『神樹様に向かったのは私がやる!!』

『なら、反射板と矢を撃つのとサソリは私が対応するわ。』

『わかった。 私が飛んで奥のバーテックスを対処する!』

 

 

『友奈』が地中を潜る―――後に魚座と名付けられるバーテックスを追い、千景は未来で畏怖の念を込めて『勇者キラー』と密かに呼ばれている3体のバーテックスに、9()()()分身して対応。

 

二人から引き離す為に1体に3人で向かい巨大な鎌を振って吹き飛ばし、若葉が翼をはためかせて高速で飛翔する。 若葉の通った軌道に火の粉が宇宙の星のように舞ったのは、皮肉かはたまた。

 

 

 

『地面に潜られたら何も出来ないよ…………そうだっ!』

 

文句を漏らしながら鬼の力をフルに使って接近する『友奈』は、一瞬考えてから地面を殴る。 畳をひっくり返すように地面の一部が根こそぎベロンとめくれ、魚座の体が露出した。

 

『捕まえた―――――ッ!!?』

 

衝撃と熱。 いつの間にか接近していた乙女座の爆撃をモロに食らい吹き飛んだ『友奈』を見ていた友奈の視界が、一度暗転した。

 

 

 

 

 

次に樹海が視界に入った時には、友奈の目の前で『友奈』が地に伏していた。 そんな『友奈』の思考が、唐突に流れ込む。

 

 

『神樹様……世界が……終わる……』

 

自分の無力さを噛み締めるように、額を地面に擦り付ける。

 

 

『私……なんで勇者なんてやってるんだろう。 勇者なんて痛いだけだよ、苦しいだけだよ、恐いだけだよ……』

 

それはちょうど、友奈が抱いていた感情で。

 

「貴女も―――恐かったんだね……」

 

 

初代勇者は決して強くはない。 カタログスペックだけで言えば、今の勇者の方が遥かに強い。

 

されど勇者であるからには、決定的にカタログスペックを凌駕する『力』が、確かに存在した。

 

ギリ、と歯が軋むほどに『噛み締める』と―――全身に力を込める。

 

 

『なんで―――? そんなの決まってる。』

 

それは精霊の力ではない。

 

 

『天の神なんかに、世界を壊させない為だよ。 皆を守りたいからだよ。 皆が―――大好きだからだよッ!!』

 

それは勇者システムではない。

 

 

『確かに人間には心が綺麗な人が居るし、汚い人だって居る。』

 

握り拳を作り、立ち上がり、跳躍する。

 

 

『でもそれ以上に誰かを思える人が居る!! 人と人が手をつなげば、無限に輪が広がるんだ!!』

 

 

『友奈』を『勇者』足らしめているのは―――『勇気』である。

 

天秤を模したバーテックスを()()()()()()()()()で粉々に粉砕し、乙女座を捉える。

 

 

『世界は壊させない! 人々は殺させない!! 大好きな皆を守るために、私は―――――■■友奈は勇者になったんだよ!!』

 

爆弾を左腕で防ぎ、接近した『友奈』の凄まじい速度の拳から放たれる右フックが、乙女座の体を()()()()

 

体を上下に分断された乙女座の間を跳んで、魚座に迫る。

 

 

『友奈』は『勇者』だから『勇気』が有るのではない。

 

『勇気』を持つからこそ、『友奈』は『勇者』なのだ。

 

 

魚座の尾のような部分を掴み、引き寄せ、弓のように引いた右の拳を叩き付ける。

 

 

 

『私は勇者ッ!!! 高嶋友奈だぁぁぁあああああアアアアアア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!』

 

 

 

文字通りの鬼のような咆哮に、砲弾が着弾したようなとてつもない破壊音。

 

千景と若葉に任せろと啖呵を切った使命を、無事ではないが『友奈』は果たした。

 

 

魚座を打ち倒し力尽きた『友奈』は、神樹の傍に仰向けに倒れる。

 

手首や肘、肩が折れ、血に濡れて赤くなるなんて状態を通り越して、その両腕は真っ黒に染まっていた。

 

なんとか腕としての形を保てているだけで、その内部は骨も筋肉も神経も纏めてぐちゃぐちゃになっている。

 

 

後遺症が残るどころか切断を余儀無くさせる程の重体。 だが、『友奈』を病院に送る必要はない。

 

 

『神樹様……無事で良かった……』

 

 

不意に、『友奈』の体が足元から薄れて行く。

 

桜の花びらが舞い、酒呑童子が解除される。

 

血を吸ったように赤黒くなった右手の籠手を残して勇者服すら剥がされ、『友奈』は制服を着た姿に戻った。

 

 

『ありがとう……私に人としての姿を与えてくれて。 人間としての感情を、与えてくれて。』

 

まるで自分は人間ではないと言っているような言い分。

 

 

 

 

 

否。まるで、ではない。

 

 

 

 

 

高嶋友奈は、神樹の中の神の一柱だった。

 

形も無ければ意思も無い、『神樹の内の一つ』という概念しかなかった存在。 だからこそ、その心は無垢そのもので、神樹は勇者の一人としての形を与えられたのだ。

 

 

 

人類は守るに値するかの、裁定をするために。

 

 

 

 

 

『お陰で、私は人の心の醜さと、暖かさを知れた。 神樹様が懸念していた「守る価値があるか」の判断も、やっと出来ました。』

 

涙を滲ませ、その脳裏に6人の、勇者と巫女と……兄のように慕っていた男を思い描く。

 

 

『大丈夫。この世界は……人間たちは―――――充分に守る価値があります。』

 

 

『勇者の一人の高嶋友奈』から、『ただの一柱の神』に戻る感覚を覚えるが、『友奈』に恐怖は無かった。

 

 

『勝って帰る約束、守れなくてごめんね。 ヒナちゃん、若葉ちゃん、ぐんちゃん、タマちゃん、アンちゃん―――紅葉くん。』

 

首から下が、口元が、頭が、頬が、左目が消えて行き、最後に残った右目で神樹を見ながら、『高嶋友奈』はその心の中で言った。

 

 

 

 

 

『皆のこと、大好きだよ……っ!』

 

 

 

 

 

最初からそこに誰も居なかったかのように、『高嶋友奈』は完全に消滅する。

 

 

そして、ブレーカーを落としたように、呆然とする友奈の視界は黒に染まった。

 





※これはちゃんと結城友奈メインの話です。間違えてのわゆ編の話をコピペしちゃったとかそういうわけではありません。







拙者ぐんちゃんに皆の事を名前で呼ばせたい侍、義によって二次創作……致す!

尚、本作品の高嶋友奈の設定は公式に喧嘩売ってるレベルの独自設定ですのであしからず。文句は受け付けないが質問は受け付けます(天下無双)


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最終話 結城友奈は勇者である


前回の話をあんな時間にゲリラ投稿したのは、夜中に目が覚めたらやること無いうえで無駄に創作意欲がビュオオオオオしたから。

高嶋神のくだりで読者は混沌の渦に落ちたんでしょうが私は元気です。



 

 

 

まばたきをした一瞬で、友奈の意識は現実に引き戻された。

 

 

数時間夢の中を過ごしたにも関わらずほんの数分しか経っていないかのような奇妙な感覚に困惑するが、自分と夏凜を除く四人がレオ・バーテックスと言う名の太陽を押さえている姿を見て思考は再起動する。

 

 

 

不思議と、恐怖は消えていた。

 

 

 

「高嶋さん―――――私も、貴女みたいな勇者になれますか?」

 

右手に籠手を嵌め、左手に勇者端末を握る。

 

 

友奈に迷いは無い。 高嶋友奈と言う後ろ姿を思い描き、霊的回路を接続。 山桜が全身を包み、暴風が掻き消す。

 

 

その姿は、直前の勇者服と少しだけ違っていた。

 

 

右腕を中心に服の胴体部分の半ばを深紅の色が侵食し、額には左側が折れ、右側だけが無事な鬼の角が生えている。

 

 

「が、アぁ!? ごふ、ごぼ……っ!?」

 

 

そして友奈は、水の染み込んだスポンジを握り潰したような勢いで血を吐いた。

 

忘れてはならないのが、酒呑童子の力の強さがそのまま肉体を蝕むデメリットになると言うこと。

籠手に宿る断片的な力と言えど、高嶋友奈の場合は一目連で慣らしてのアレだったのだ。

 

 

()()()()()()()()()()()の勇者に扱える力ではなかった。 血と吐瀉物の混じった液体が足元を濡らし、視界が揺れ、吐き気が止まらない。

 

『時期が早かった』のではなく、『単純に結城友奈には使いこなせない力』なのだ。

 

 

 

―――――故に

 

 

 

「ッ―――――ウオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!」

 

友奈は『使いこなせる段階』まで満開による力の上昇を行った。 本来なら樹海から伸ばされる筈の満開を許可するアクセス権限をはね除け、()()()()()()()()()()()()0()()()()、満開による追加アームを身に纏う。

 

 

無茶な戦闘を行い、挙げ句、ゲージが貯まっていないのにも関わらず満開をした。 その対価は生半可ではない。 友奈は、体から少しずつ感覚が無くなっていくのを感じていた。

 

 

人間性が喪失して行く。

 

痛い。 恐い。 辛い。

 

 

「―――――でも、大丈夫!!!」

 

 

追加アームを地面に叩き付け、作用反作用で体をレオ・バーテックスに向かって跳ぶ。

 

「私はッ!! 讃州中学二年、勇者部部員―――結城友奈っ!!!」

 

 

侵食が進み、深紅に染まった右側の追加アームを振りかぶり、太陽と化したレオ・バーテックスを全力で殴り付ける。

 

「勇者ッ―――――結城友奈ぁぁあああアアアアアアアアアアア!!!!!」

 

 

太陽をぶち破り、追加アームが破損する。

 

勇者服が消え、制服姿に戻る。

 

 

 

「届けぇぇぇええええええええっ!!!」

 

 

 

レオ・バーテックスの御霊に友奈の指先が僅かに触れ、直後にレオ・バーテックスは爆発を引き起こす。

 

視界が白く染まり、友奈・美森・風・樹・歌野がその爆発に巻き込まれた―――――。

 

 

 

 

 

 

 

こうして美森の暴走は終わり、世界の終焉は先延ばしにされた。 結果だけで言えば、勇者達は勝利したのかもしれない。

 

束の間の平和が訪れ、勇者達は唐突且つ不意にお役目から解放された。 時間の経過で満開の後遺症が治って行き、いずれは、勇者全員が五体満足で青春を送れることだろう。

 

 

 

―――意識不明の友奈と、重態の夏凜が入院したままと言うことを除けば。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここ、は……?」

 

 

友奈は、上下や前後の区別が出来ない不可思議な空間に体を丸めて浮かんでいた。

 

 

「死後の世界……なんちゃって?」

 

おどけて見せるが、その体は、魂が抜け出したように桜色が友奈の輪郭を見せていた。 幽体離脱、そんな言葉が脳裏をよぎる。

 

無茶な満開が友奈の肉体の殆どを散華によって散らしていた。 水の中に居るような浮遊感を覚えた体が、灰色の世界を遊泳する。

 

 

暫く進んだ所で、眼前に現れた少女が友奈を止めた。

 

 

「それ以上は、ダメだよ。」

「…………貴女は……」

「こんにちは結城ちゃん。 何度か体を借りたこともあったよね。」

「高嶋……さん……?」

「ふふっ、さん付けしなくていいよ。」

 

友奈にそっくりな赤毛の少女、高嶋友奈。 友奈の腕を掴み、背後の空間の奥へと向かえないように押さえていた。

 

 

「えっと……高嶋……ちゃん? 高嶋ちゃん、ここは何処なの?」

「ここは、勇者が英雄になる過程の空間だよ。」

「勇者から、英雄……」

 

「まあ、聞こえは良いけど要するに『現世とあの世』の間かな。 つまりこの先に行ったら結城ちゃんは死んじゃうんだよ。」

 

 

ひゅっ、と、友奈の喉が鳴る。

 

「私っ……帰らなきゃ……」

「うん、わかってるよ。」

「あの……どうやって帰れば……?」

「残念だけど、私単体じゃなにも出来ないんだ。 だから待ってるんだけど……あ、来た来た。」

 

 

高嶋が友奈の後ろを見て、それに釣られて友奈も背後に振り返る。 そこには、蒼い体のカラスと―――――赤目の黒猫が居た。

 

「待ってたよ、若葉ちゃん、()()()()()。」

「それって……さっきの」

「……見たんだ?」

「あ、うん。」

 

ふぅん、と言う高嶋を余所にカラスと黒猫は一瞬光に包まれると――その姿を変える。 カラスから桔梗の勇者に、黒猫から彼岸花の勇者に。

 

 

「……無茶をしたな、結城。」

「まさかここに来てしまうとはね。」

 

若葉と千景の二人に、それぞれ反応は違うが友奈は呆れられていた。

 

「えっと、ごめんなさい」

「ああ全くだ、友奈の籠手を満開で力を上昇させることで無理やり適合させるなど、無茶にも程がある。」

「あうぅ……」

 

「やめなさい若葉さん。 あの場ではああするしかなかった、ただそれだけよ。」

「……すまん」

 

説教が熱くなる前に、千景が若葉の肩を掴んでやめさせる。 流石に言い過ぎたと若葉は一歩下がって反省の意を示す。

 

 

「若葉ちゃんとぐんちゃんは勇者の武器を媒体に現世に留まっている守護霊みたいな存在だから、此処と向こうを唯一自由に行き来できるんだ。 だから、二人に案内されれば結城ちゃんは外に出られる―――意識を取り戻せる。」

 

「ほんと!?」

 

「ほんとほんと。」

 

 

片目を閉じて軽く、あっけらかんと答える高嶋に友奈は食いつく。 なんか段々紅葉に似てきたな、と後ろで若葉と千景は考えていた。

 

「じゃあ、二人とも結城ちゃんを頼める?」

「任せろ。」

「結城さんを現世に送れば良いんでしょう?」

 

そう言って、二人はカラスと黒猫に姿を戻す。

 

先導する二人に浮遊する体が引き寄せられ、意識が遠退いて行く。 その前にと、友奈は高嶋に質問をした。

 

 

「あの、高嶋ちゃん!」

「はい?」

「私、は……」

「……なぁに?」

 

意を決して、友奈は言った。

 

 

「私は……私も―――高嶋ちゃんみたいな勇者に、なれますか?」

 

その言葉に目を見開き、数瞬思考すると高嶋はにやりと笑って言い返した。

 

 

「―――『誰か』の『何か』じゃないと、何にもなれないの?」

 

 

なれないと遠回しに言われた。 そう考えてしゅんとする友奈に、苦笑いを浮かべて高嶋は言い直す。

 

「ごめんごめん。 なれますか? なんて聞かれても、ちょっと困るんだ。」

「…………えっ?」

 

薄れ行く意識と視界のなかで、友奈は高嶋の言葉を朧気に聞いていた。

 

 

「大丈夫、出来るよ。 だってもう貴女は勇者なんだから。」

「もう、なってる……?」

「『自分は勇者だと名乗りを挙げる』。 ただそれだけで良いんだよ、神を相手に啖呵を切るんだもん。 凄くかっこよかった。」

 

じわり、と、友奈の目に涙が浮かぶ。 報われた。 そんな気がして、ただただ嬉しかった。

 

完全に意識が途切れる直前に、友奈は高嶋に言われる。

 

 

「あと、紅葉くんに『約束守れなくてごめん』って言っておいてくれない? 私が直接言うのは暫く後になりそうだし、自分で言うと格闘技掛けられそうなくらい怒ってるから……」

 

「……はい?」

 

 

 

なんとも締まらない会話を最後に、友奈の意識は完全に途切れた。

 

 

灰色の世界に一人残された高嶋は、ポツリと呟く。

 

 

「自己犠牲は貴く綺麗なモノだけど、必ずしも正しいとは限らないんだよ。」

 

膝を抱えて座る体勢を取り、続ける。

 

 

「こんな戦い、私たちの代で終わらせられたら良かったんだけど……ねっ。」

 

 

高嶋が手を虚空に翳すと、外の光景がフィルムの映画のように映し出される。

 

そこには、車椅子に乗った友奈と、涙を流している美森、そして少し離れた位置で球子と杏の子孫の3人で様子を見ている紅葉の姿。

 

 

「……ああ、綺麗だなぁ……」

 

 

世界は、四国は嘘の景色を見せられている。

 

大赦のしていることは許せなくとも、それが人類存亡に必要だった、と言うことは納得は出来なくても理解はできる。

 

出来るような大人になるくらい、高嶋は長い時の間世界を見続けてきていた。

 

 

だが、それでも、高嶋はきっと言うのだろう。

 

 

 

 

『この世界は尊く美しい』―――と。

 

 






この作品での血生臭さや暴力描写、友奈へのセクハラが残念だといった感想が届いたのでここで弁解させていただきます。 言い訳はしません。



それ全部100%私の趣味です。



ハードな内容のゆゆゆ二次創作が読みたかったのに誰も書こうとしないので自分で書いただけです。

自分でも分かってるけどこの作品読む人選びますし、なら突き抜けよう。 と開き直った次第です。


……お前そんなんだから後から出てきたゆゆゆ二次創作に総合評価で追い抜かれるんだぞ(自虐)





・血生臭さ

普通のゆゆゆ二次創作がフォーゼとかエグゼイドだとしたら、この作品多分アマゾンズ枠ですよね(自覚はしてる)

勇者が壮絶な死を遂げる原作のわゆと比べたらまだ、今はまだ比較的マシですが、勇者の章以降はこれより血生臭くなると思います。 勇者にも紅葉にも相応に無茶させるので。



・暴力描写

紅葉より遥かにメンズのコートとか着こなしそうな奴(農業馬鹿と煮干馬鹿)が二人も居て、そんな描写が行われない筈がなく…………

ぶっちゃけると日常編での些細な奴は兎も角、風vs紅葉とかはもう少し過激にするつもりだった。 紅葉の喉潰したり腕の可動域を越えるくらいに曲げてへし折ったり脇差が手のひら貫通したり。 描写の段階で痛々しすぎたから止めたけど。

日常編に置ける軽いやつは、同年代へのじゃれつきみたいなもんとして適当に読み流していただければ。 細かく考えるところでもないので。

ただキャラクターが嫌いだからやってるわけではないのです。これだけは真実を伝えたかった。



・友奈へのセクハラ

小学生組回想の時のスパンキングだと思うんですが、こいつはあれ以降セクハラはしてません。 拷問さんに東郷されてから防衛本能で記憶無くしたうえでその手の行動を慎んでるので。

でも男オリ主が勇者部とかいう美少女所帯の空間にいながら性欲がないとか全く説得力無いですからね…………R-18案件になるから一切描写してないだけで一応ちゃんと性欲あるし、バレないように処理もしてますよ。

精神年齢が高いどころか前世と合計したら100年近く生きてるクソジジイだからねこいつ。 加えて、勇者は純粋無垢な存在でなければならないという前提から手を出せないだけです。

というか、友奈へのあれは本人も言ってたけど『頭隠して尻隠さず』の状態だとその尻叩きたくなるよね?を有言実行したに過ぎませんから本人も投稿者もあんまり難しく考えてないんですよね。





この作品を読むことで少なからず不快に思う方は居ると思いますが、だからといってこの作風を変えるつもりは毛頭ありません。

ですが『否定的な意見は悪』な風潮すらあるこのご時世に、このような意見を言われたのは逆にありがたいくらいです。 というか貴方が正しい。 この作品他のを見習えよって位酷いし。


改めて感想、有難うございます。

アマゾンズ枠を自称していますが、season2並にグロくなるとかではないのでご安心を。


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エピローグ/三好夏凜


エピローグシリーズ。 時系列は最終回以降、勇者の章未満。

短いです。



 

 

 

「見付けたぞオラァ!」

「うっげぇ……」

 

街の裏山に出来た小さいスペースで隠れるように―――――事実隠れて鍛練を行っていた夏凜は、自分を見つけた紅葉を見て少女のするべきではない顔をして表情を歪めていた。

 

 

「なんで毎回場所変えても見つけてくるのよあんたは……」

 

「なんで怒られるのが分かってて続けるんだよお前は……」

 

 

額に青筋を浮かべた紅葉に木刀を奪われ、手持ち無沙汰の夏凜はタオルで汗を拭う。

 

「スマホの電源切ってるのになんで分かるのよ、NARUKOの位置情報は使えないのに。」

「いや切るなよ危ないな。 あー……まあ、あれよ、持つべきものは(コネ)だよね。」

「……はあ?」

 

 

誤魔化すように言った紅葉は夏凜にバレないようにちらりと一本の木の枝を見る。 そこには蒼い身体のカラスが居て、呆れたように(かぶり)を振ってから飛び去った。

 

木刀を2本纏めて片手で肩に担ぐと、紅葉はカラスと同じように呆れた顔で言う。

 

「お前が毎日毎日飽きずに脱け出すわリハビリそっちのけで自己流の鍛練してるわで、怒られるのお前じゃないんだからな。」

「あんな甘っちょろいリハビリなんてしてたら完治まで何ヵ月掛かると思ってんのよ。」

 

本来であれば、夏凜はまだ病院から出てはいけない筈なのだ。

 

全身からの流血、打撲、裂傷、骨折に――――右目の摘出。 勇者としての加護が回復力を上げていなければ、今頃全身にチューブを繋いで昏睡していても可笑しくなかった。

 

毎日脱け出されて監督不行き届きを指摘されては流石の紅葉もキレざるを得ない。 それはそ(病院)ちの仕事だろ、と。

 

 

「夏凜のストックしてる煮干し全部毎食の味噌汁の出汁にしてやるから覚悟しとけよ。」

「それだけはやめて」

「えぇ……」

 

本気の目で懇願してくる夏凜を、哀愁の漂う表情で見る紅葉。 そんなに嫌かと内心で呟く。 そんな夏凜の右目を覆う眼帯が視界に入った紅葉が、夏凜に聞いた。

 

「……そういや、片目だけでの鍛練はどうよ。」

「ん? ああ、まあまあね。 体が鈍ってるのを含めて全身ガタガタだけど一週間もあれば取り戻せそうだし。」

「流石完成型勇者だな。」

「当たり前でしょう?」

「呆れてるんだよ馬鹿。」

 

 

上記の通り、夏凜はまだ病院を出てはいけない。 そもそもレオ・バーテックスとの戦いが終わってからまだ二週間しか経っていないのだ。 その内の一週間は、治療に専念していた。

 

このままでは勇者の回復力を通り越してまた傷が開きかねない。 それ以前に、紅葉のように痛みに耐性が有るわけでもない現在の夏凜は確実に激痛を我慢している。

 

 

「帰るぞ。精密検査してもらったらまたベッドに逆戻りだからな。」

「うぇ、勘弁して欲しいわ。」

「次病院勝手に出たらベッドに縛り付けて良いって言ってあるからその辺の理解はしておくように。」

 

えー、と文句を漏らすも、持ち込んだ荷物を持たれては帰るしかない。 首にタオルを掛けて後ろを着いて行こうとした夏凜は―――そのまま紅葉の背中にもたれかかる。

 

顎を肩に置く形で脱力した夏凜の体重を一身に受けて、紅葉は一瞬呻く。 小柄とはいえ10キロの米袋が突然幾つも背中にのし掛かってきた、と考えれば仕方のないことだが。

 

「疲れた。」

「お馬鹿。」

 

軽い口調で言っているが、夏凜の口元は歪んでいた。だから言っただろと小声でぼやくと紅葉はため息を一つ、その後に自然な動きで夏凜を背負う。

 

 

「……最強の勇者だからって、俺たちはお前に何時でも強くあれなんて言わんぞ。」

「……それじゃ駄目なのよ。」

「はぁ?」

 

「私は……三ノ輪銀の端末を通してあの娘の人生を見た。 ぶっ倒れてた間の、走馬灯みたいな感じだったけどね。」

 

「―――ふぅん。」

 

 

夏凜から見て紅葉の顔は確認できない。 が、口調から思うことはあるのだと言うことはわかった。 夏凜は死ぬ前の銀と紅葉が不可思議な現象が原因で出会っているのも知っている。

 

 

―――紅葉の銀への淡い感情も知っているが、それは言わないことにした。

 

 

三ノ輪銀がどんな少女だったかも、どんな思いで戦っていたかも、夏凜は銀の視点で全てを見たのだ。

 

「あの娘は死にたくなかった。 でもそれ以上に、友達を守りたくて、皆で帰りたかった。 私にはあの娘の思い(端末)を継いで戦う責任があるのよ、休んでる暇なんて無い。」

 

 

紅葉は、本当に変わったなこいつ。と思った。 少なくとも出会った当時の夏凜に見せたら『誰だこいつは』と真顔で質問されそうなくらいに、夏凜は成長している。

 

「……そうかい。 お前も真面目っつーか、堅物と言うか。 いや律儀? 頑固?」

 

「おい。」

 

つらつらとボロクソに言われた夏凜は背負い直した動きで文句を言おうとした口を閉ざされ、ガクンと揺れて舌を噛みそうになった。

 

このまま首絞めてやろうかと考案していると、不意打ち気味に紅葉に言われる。

 

「―――あんまり無理しないでくれよ。」

「……。」

「時間は有限だが、休み休みで良いんだ。」

「…………。」

 

 

夏凜は答えない。 だが、首に回した腕に力を込める事で了承だと返した。 しかし焦ったような声で紅葉が突然言う。

 

「あ、やべっ、急がないとまた医者に叱られる。」

「ならしょうがないわ。 走って良いわよ。」

「…………傷開くぞ?」

「んな柔な体してないのよ、舐めないで。」

「……さいで。」

 

まあ、夏凜なら大丈夫でしょ。 そんな根拠もクソもない謎の理論で懸念を取り払い―――

 

「よーし。 んじゃ、先人号はっしーん。」

 

予備動作も無く走り出した。 声色に反して、アクセルを踏み込むように徐々に速度を上げて山道を駆け降りる。

 

 

数十分後、当然だが病院に戻った二人が纏めて仲良く医者に叱られたのは言うまでもない。

 

尚、案の定傷が開いて入院期間が伸びたのも当然だが、紅葉もまた風から受けた治りかけの傷が開いて病院に戻ると同時に痛みに悶えたのも別の話。 自業自得である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば最近見舞いに来る友奈の視線が妙に熱いんだけど心当たりない?」

 

「X-MENなんでしょ」

 

「いや『視線が熱い』って物理的にじゃないからね……?」

 

 





先人紅葉の章を終わらせたら一旦区切ってゆゆゆい番外の投稿・書き直しとか誕生日回投稿とか短編投稿とかする予定です。

勇者の章は不定期で書くつもりなのでご了承下さい。 あと心の準備しといてください。


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エピローグ/白鳥歌野


『暴力表現や流血描写がある事の注意喚起をしよう』と言うことでタグ追加したけど、そもそも必須タグ(R-15、残酷な描写、アンチ・ヘイト)を入れてるし問題ないと思ったので消去。



拙者自己顕示欲の塊侍、投稿後は3分置きに新着感想の確認を……致す!

あー、突然急にお気に入り数1000人行って投票されまくって総合評価も2000とか行ってランキング一位に載らねーかなー(大の字で寝そべる)



 

 

 

休日、午後。

 

夏が終わり空気が冷たくなってきた頃、縁側に腰掛け黒猫を膝に置いて背中を撫でている紅葉に歌野がしなだれかかる。

 

またか。 と言った雰囲気で、うんざりした様子の紅葉に歌野は言った。

 

 

「暇。」

「うるせえ」

 

後ろ髪を引っ張られる。

 

 

「ひーまー。」

「うるせえ」

 

耳たぶをつままれる。

 

 

「ひーーーまーーー。」

「うるせえっつーの。」

 

 

戦いが終わって数週間、歌野は暇さえあれば、こうして紅葉に構え構えとじゃれついていた。 日に何度もこうされれば、紅葉でもこうなる。

 

耳元でそこそこ大きな声で言われ続けて、ようやく紅葉は振り返る。 そこには満開の後遺症で髪の色素を奪われた歌野が居た。

 

混じりっけ無しの白色に生え際の深緑色。 加えて本人の申告いわく嗅覚が無いらしく、更にはレオ・バーテックスを止めるために行った3回目の満開が右腕の自由を奪っていた。

 

振り返った紅葉に突っ込んだ事で、膝に座っていた黒猫が『ニ゛ャ゛ア゛』と鈍い悲鳴をあげて潰される。

 

 

「おいこら、千景が潰れてる。」

「あ、ごめん。」

「ったくもー。」

 

歌野が横側に座り直し、紅葉は黒猫―――千景の毛並みを整える。 歌野が触ろうとすると尻尾で手を叩かれた。

 

「いったぁ……その子、千景って言うんだっけ。」

「そうだが。」

「ふーん……ゴールドタワーにもあるけど、あれは漢字が同じだけなの?」

 

ゴールドタワー千景殿。 西暦の勇者・郡千景の名を加えた塔にして、現在は防人と呼ばれる量産型勇者たちの生活の場に使われている。

 

『千景殿』というワードを聞いて、千景と呼ばれる黒猫は猫のわりに分かりやすく顔を歪めた。 本人はあまり好きでは無いらしい。

 

 

「確かに千景殿(せんけいでん)って呼ばれてるけど、初代勇者である千景の読み方を変えただけだぜ。

 

決して千景殿(ちかげどの)ではないぞ、俺はそう言って本人に怒られた。」

 

そう言いながら、紅葉は膝の上を堪能(役得)している猫の方の千景を撫でる。 本人の話を本人の前で話しているややこしさに若干の頭痛を覚えた。

 

人生(ライフ)を満喫しすぎではないかと内心で呟いていると、千景はするりと紅葉の膝を降りる。

 

 

「ん、散歩か?」

 

ニャア、と一鳴き。

 

「分かった、夕方には帰れよ。 お前の身体夜だと暗さと一体化して見辛いから。」

「行ってらっしゃーい。」

 

歌野の言葉に、返事の代わりに尻尾を揺らす。 そのまま木陰に消えた千景を見送って、歌野がぼやく。

 

「私千景に嫌われてるのかしら。」

「いやそれはない。」

「ハッキリ言うのねぇ」

「あいつが人を嫌いになる事は滅多にないから、まあ、なんだ。 千景なりに間合いの詰め方を考えてるんだろ。」

 

歌野は千景に嫌われてる訳ではないが、特別好かれている訳でもない。 そもそも千景は素の性格の段階で『面倒くさい(猫っぽい)奴』なのだ。

 

 

あいつ他人を好く方が珍しい癖に構えオーラ凄いんだよね、と、そう紅葉は語る。

 

これが好かれてる側の余裕かと歌野は考えていた。 居間のテーブルの前に座り直した二人が、会話を再開する。

 

 

「で、暇なんだっけ。」

「そうなのよ。 片手じゃ畑も弄れないから種植えても何時治るか分からないから責任持てないし、なにより出来ることが限られるのが結構つらいわ。」

 

左手で右腕を吊るしているアームホルダーをつつく歌野。 それを見て紅葉は同情的に返答した。

 

「片腕だけはなぁ……うん、その辛さは良くわかるぞ、俺も昔は左腕ずっと吊るしてたし。」

「そうなの?」

「そーなの。 俺はアームホルダーより三角巾派だったな、中にスマホとか財布とか護身道具とか突っ込んでた。」

「医療品を荷物入れに使うのはやめなさいよ……」

 

ごもっともな意見だが、昔の紅葉の腕は歌野のようにいずれ良くなる程度の怪我を負ったわけではない。 動かない腕が垂れていたら邪魔になるから吊るしていただけであって、治療のために吊るしていたのではないのだ。

 

「ちょっとばっさり()られて、神経痛めて痺れが酷いせいで動かしづらくなったから、自分で飯も作れねえわ着替えに時間掛かるわで慣れるのにも時間が必要だったもんだ。」

「……大変だったのね、昔の貴方って。」

「ほんとだよ……あー、うん、大変だったなぁ。」

 

しみじみと言う紅葉。 歌野は話題を切り換えるように、お茶を啜ってから紅葉に話し掛ける。

 

 

「で、暇なんだけど。」

「不器用かお前。」

「悪いけど慰め方なんか知らないのよ。」

「…………いや、お前はそれでいいわ。 じゃあ晩飯の仕込み手伝え、野菜剥くくらいは流石に出来るだろ。 ……出来るよな?」

「出来るわ。」

 

馬鹿にしてるのか? とでも言いたそうにしているが、蕎麦を茹でるくらいしかまともに料理の出来ない者の台詞ではない。

風や美森から少しずつ習っている事もあり、前よりは出来るようになっているが。

 

少しして、歌野が剥いた野菜を紅葉が切り、空いた時間で肉の下味を付けている時間が続くと、不意に歌野が言った。

 

 

「そういえば、私思い出したことがあるのよね。」

「なにを? 小6の時の大喧嘩で通学路の橋から川に俺を投げ飛ばしたことか?」

「違うわよ。 いやまあ、川底の大きめの石で顔面ぶん殴ったことは今でも悪いとは思ってるけど。」

 

小学生時代。 厳密には卒業式後の帰り道、歌野と紅葉は大喧嘩をした。 親が死んだ事やその件で腫れ物扱いされたこと等が重なり、どうしようもないストレスが溜まっていた二人は、些細な口論を戦争のような争いに発展させてしまったのだ。

 

結果は3週間の入院という、紅葉の入院期間の最長記録更新であった。 乳歯や鼻の骨や肋骨等がへし折れ、関節の脱臼に内臓へのダメージと、どれだけ本気で殺り合ったかがわかる清々しいほどの重傷で紅葉は病院へと担ぎ込まれたのである。

 

 

尚、歌野は打撲のみ。 この時点で歌野の戦闘センスはずば抜けていた。

 

 

皮を剥いた野菜をボウルに移した歌野は、会話の流れを切らずにさらりと続けた。

 

 

「昔に諏訪で戦ってた頃の事とか、全部思い出したんだけど。」

「へー。」

「うん。 あ、野菜全部剥けた。」

「お疲れさん………………あ?」

 

肉の仕込みが終わった紅葉は、野菜の入ったボウルに手を伸ばした時にピタリと動きを止めた。

 

「おい。」

「なによ」

「重要な話を普通にしないでくれんか、日常会話過ぎて聞き逃すとこだったわ。」

「ごめーん。」

 

 

ぎゃいぎゃいと、台所で騒ぐ二人。

 

諏訪の英雄と勇者の理解者は、時代を越えた先で密かに平和を享受していた。

 

 






千景生存にも関わらずゴールドタワーに名前が使われてるのは単なる嫌がらせか紅葉たちの面白半分か若葉のド天然善意が爆走バイクしたかのどれかです。 先に言うとのわゆ編で明かされることはありません。



あと前回ラストの会話、口調が似てるせいで勘違いが起きてましたが紅葉と夏凜のものです。

つまりそういうことです。ちなみに他意は無いけど私はぐんたかよりわかちか派だし、ゆうみもよりにぼゆう派です。特に他意は無いですが。


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エピローグ/犬吠埼風


猫千景人気過ぎて笑うしかない。



ゆゆゆいにくめゆ組参戦が決定した事で心臓が一回破裂したけどなんとか致命傷で済みました。

亜耶ちゃんが…………可愛いねんな……(遺言)



 

 

 

決戦から勇者部部員の退院まで、激動の数週間だったことが記憶に新しい。

 

 

そんなことを考えながら、紅葉は雨が降っている外の様子を眺めていた。

 

犬吠埼姉妹こと風と樹が暮らしているアパートは、風と紅葉の喧嘩で大きく損傷してしまっていた。 紅葉(鈍器)を叩きつけてぶち抜かれた床に、紅葉(鈍器)を振り回して壊れた家電製品。

 

 

戦いが一時休戦となり、退院後にさて帰ろうかとなった時に問題は起きた。

 

二人は何処で寝泊まりすれば良いのか、と言う問題だ。

 

 

勇者部全員で必死に思考を張り巡らせていたが、紅葉の提案でその問題はあっさりと解決した。

 

 

 

『歌野の家、部屋余ってるじゃん。』

 

 

 

自分の家に自分以外の人が居ることがあまり好きではない歌野がものすごい顔をしていたのは言うまでもない。

 

果たして、歌野の家をアパートの修理が終わるまで借りることになった二人。 白鳥宅に二人の家具や服を運び込む作業に紅葉が付き合わされたのは余談である。

 

 

 

雨の空気で冷やされた体を温めるように飲んでいた熱い緑茶の入った湯飲みを置いて、側に置かれていたスマホを手に取る。 通知が来ていた事に気付き起動すると、そこには風からのNARUKOによる個別メッセージが入っていた。

 

内容としては、傘を忘れたから迎えに来てほしいと言うものだった。 買い物に出掛けていた風は、後から降りだした雨の対策をしていなかったらしい。

 

 

「家の傘今一本しかねーんだけどなぁ」

 

そうぼやいて、玄関に向かう。 夏凜と自分の分で先人宅である自宅に、紅葉は2本しか傘を置いていない。 夏凜の分が無いのは夏凜が学校に置き傘しているからだ。

 

これまた余談だが、後に鍛練を終えた夏凜がずぶ濡れで帰ってくることを今の紅葉は知る由もない。

 

 

 

「あー、まあ怒ったりしねえだろ。」

 

傘を取り出して、玄関を開ける。 傘を開いて歩き出すと、パラパラと傘に雨粒が当たる音だけが道路を支配していた。

 

雨は嫌いだが、この静けさは好きだと考える人間は紅葉以外にも幾らか居るだろう。

 

 

 

「~~~、~~~~~。」

 

 

暫く歩いて数分。

 

なんとなく上機嫌の紅葉は、無意識に歌を口ずさんでいた。 それは樹がオーディションの際に使った曲で、紅葉はすることが無いときは必ずと言って良いほどこの曲をリピートしている。

 

 

雨脚が強くなってきて、紅葉の周囲は愚か道路全体を見ても車すら通っていない。

 

バシャバシャという、水溜まりを踏む足音。 傘を叩く雨粒の音。 紅葉の口ずさむ歌。

 

 

「……だーれも居ねぇでやんの。」

 

そう呟くも、その声すら雨に掻き消される。 他の奴らはなにしてんのかな、と思いながら歩き、ようやく目的の店にたどり着く。

 

自動ドアの邪魔にならないように横に立ち雨宿りしていた風を見つけて近寄ると、風もまた紅葉を見つけぱっと表情を明るくした。

 

 

「待ってたわよ、意外と早く来たのね。」

「雨なら仕方ねえだろ、なんだよもう少し寛いでから出た方が良かったか?」

「それは勘弁。」

 

からからと笑う風。 荷物は紅葉の想像より少なく、片手に小さい袋が握られていた。

 

「あ、それだけ?」

「ええ。 だって歌野の家、野菜がやたら充実してるんだもん。」

「しゃーない。 野菜多過ぎて漬物にしないと消費が間に合わねえんだよ、腕が動かせない今のうちに総量減らさないとな。」

「ほんとよ……」

 

風の顔はげんなりしている。 毎日のように多種多様の野菜が食卓に並ぶのは、流石の風でもキツいものがあるようだった。

 

そんな風は、紅葉の手元を見て、傘を見て、もう一度手元を見る。

 

「……で、さ。 あたしの分の傘は?」

「無い。」

「はい?」

「そんなの無いよ。 俺んちの傘2本しかねーんだよ、夏凜の分は学校だ。」

「えぇ……」

 

 

紅葉の言葉に深いため息をつき、一拍置いて頬を染める。

 

「えーっと……つまり、その……あ、相合い傘?」

「そんなに嫌なら濡れながら帰りな。」

「嫌じゃないけどさぁ…………! いっ、今のは言葉の綾よ!?」

「必死に言い訳すると説得力無くなるからその辺注意しとけ。」

 

 

うぐぐ……と言いながら、風は紅葉の傘の左側に入る。

 

自分の歩調に合わせてゆっくり歩く紅葉に、風は聞いた。

 

 

「……ねえ、あんた歌野の家の鍵持ってるんだから、あっちから一本持ち出せば良かったんじゃない?」

「お前天才かよ……」

「あんたが馬鹿なのよ。」

 

呆れたように、再度ため息をつく。 ふと、風の視界が紅葉の濡れた右肩を捉える。 そして自分の左肩を見て、少しも濡れていないことに気付いた。

 

「……紅葉って結構不器用?」

「急にディスらないでくれませんかね。」

「ちょっとぐらい濡れても平気だから、そっちに傘戻して良いわよ。」

「えーっと、やだ。」

 

歩きながらの問答で、紅葉は拒否をした。 即答されて風は顔を(しか)める。

 

「ここまでやってお前に濡れられるのはなんかイヤなんでーす。」

「ガキか!」

「最近精神が見た目に引っ張られてるから反論できねぇ。」

「……はぁ」

「じゃあもう少しこっち寄れよ。」

「それは……誰かに見られたら恥ずかしいし……」

「今更過ぎる。」

 

風も年頃な事もあって仕方がないのだが。

 

二人の互いに濡れてほしくないという売り言葉に買い言葉が続き、痺れを切らした紅葉が強引に風の腰を掴んで自分側に引き寄せた。

 

紅葉は右手に傘を持ち、左手で風の腰を掴む。

 

風は右手で店の袋を持っていて、手持ち無沙汰の左手が紅葉の左手と重なった。

 

 

「……あんたってなんでそう、あー……もう。」

「うるせー、さっさと帰るぞ。」

 

後ろから見たら二人三脚に見えなくもない不格好な姿をしている二人は、再度歩き出す。

 

雨音が二人の呼吸の音すら消し、ただ無言が続く。 自分の腰にある左手をつねったり指を弄っていた風は、なんとなく、その左手の上に自分の左手を重ねた。

 

 

「紅葉。」

「なに。」

「……あの時は、本当にごめん。」

「いーって、許すよ。」

 

 

それだけ言うと、二人は帰路を歩く。

 

 

 

もうちょっとゆっくり歩こうかな……と、風はそんな事を考えていた。

 





ゆゆゆいくめゆ組参戦……これで合法的にくめゆ組の誕生日回を書けますね……(即堕ち蟹刑事)


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エピローグ/犬吠埼樹


仮面ライダーとゆゆゆのファンを兼業してると仮面ライダーの主題歌を聴いてる時にゆゆゆの映像が曲に合わせて切り貼りされて脳裏を流れる奇病を患うのは良くある話。

仮面ライダー4号の主題歌こと『time』は良いぞ。 最近こればっかり聴いてる。



どっかの返信で言った気がするいつもみ回も兼ねてるので初投稿です。



 

 

 

 

勇者部が時折打ち上げに使う事のあるカラオケ店に、紅葉と樹は訪れていた。

 

声を出せない時期が長かった事でオーディションを1から受け直すことにした樹の、リハビリを含めたストレス発散の歌唱大会に付き合っていたのだ。

 

 

「~~~~~~~♪ …………ふぅ。」

「相変わらずなにを歌っても上手いな、樹は。」

「それ褒めてるんですか……?」

「褒めてる褒めてる。」

 

ジトっとした目を向けるが、へらへらした顔でかわされる。 一旦マイクを置いてジュースを持つと、一口飲んでから樹が切り出した。

 

 

「それにしても良いんですか? 私に付き合っても、あまり面白くないですよ?」

 

聞いている方が好きだからと、紅葉は歌おうとしない。 ただ樹が歌い、飲み、歌うのを繰り返している様子を見て楽しんでいる。

 

からかうように片目を閉じて紅葉は言った。

 

 

「馬鹿だなー。 未来の歌姫様の生歌を今のうちに、好きなだけ聞けるんだぜ? これ以上の役得があるかよ。」

「…………もぅ……褒めても何も出ませんからね。」

「高得点は出てるんだよなぁ」

 

歌詞が表示される画面では、直前まで歌っていた曲の採点が行われていた。 96点と、かつての姉の記録を容易く抜き去っている。

 

メンタルや歌唱力であっさりと先を行く樹の成長に、陰ながら風も涙していることだろう。

 

「……なんか樹、肌の艶良くなってない?」

「そうで―――――なにふるんれふか」

 

 

不意打ち気味に、紅葉は選曲するためにパッドを弄っていた樹の頬をつまんだ。 擬音で言うなら『もちもち』か。

 

それもそうだろう。 歌野の家を借りるようになってからは、畑を弄れないが早起きな事に変わり無い歌野に巻き込まれ、嫌でも朝早くに起床してしまうのだから。

 

それに加えて一日三食野菜尽くしと、無理矢理健康的にさせられる変則的な拷問を受けているようなモノなのだ。

 

 

「まあ、あいつの家に居たらこうなるよな。 良いんじゃないか? 女子力上がるぜ?」

「……嬉しいような、何とも言えないような…………お姉ちゃんが野菜多めの生活にうんざりし始めてるんですよね。」

「あいつ肉食系だもんな」

「ちょっと意味が違ってきますよそれ」

 

樹は、いや紅葉さんには肉食系か……と考えるが、言葉には出さない。 ジュースを飲みきると、思い出したように紅葉に聞いた。

 

 

「紅葉さんって、子供が苦手……だったんですよね?」

「前はね。」

「今は嫌いじゃないんですか?」

「こうやって樹と居られるんだから分かるでしょーよ、好きだぜ?」

「…………むむむ。」

 

イタズラ小僧のように目元が笑っている事からからかわれている事は分かるが、それでも反応してしまうのが悔しい。 反撃代わりに膝を叩くが、力は篭っていない。

 

「はっはっはっ。」

「…………やっぱり紅葉さん嫌いです!」

「悪かったよ。 怒るなっておい、叩くな揺らすな。」

「……むうううううう!」

「いでででででっ!」

 

 

ひとしきり紅葉を叩いて揺らして、部屋に居られる時間が残り十数分となった所で、樹は紅葉の膝を枕に寝転がる。

 

「うおっ……どうした?」

「………………。」

「急に甘えん坊になったなぁ。」

 

さらさらと、紅葉は樹の髪を撫でる。 樹は何も言わず、紅葉のジーパンの膝部分を握った。

 

 

「なんかちょっと、疲れちゃった?」

「………………。」

 

握る手に力を入れて、肯定した。

 

「……頑張ってるもんなぁ。 姉は来年卒業だし、いつか始まる戦いにオーディション。 色々ありすぎたもんなぁ。」

 

 

されるがまま無抵抗で撫でられる樹の心は、弱かった。

 

姉の後ろから顔を覗かせないと人と話すことも出来なかったほどに小心者で、なんだってできた姉と比べられた事だってある。

 

だからこそ、タロット占いが出来ることは密かな自慢だし、自分から進んで歌手になりたいと思った事が誇らしかった。

 

 

「ゆっくり、な。 お前は十分頑張ってるんだから。」

 

 

それを応援してくれる人が居ることが、嬉しかった。

 

だからこそ、夢があって、応援しくれる人が居て、こんな順調で、果たしていいのかな? なんて思う事だってある。

 

自分の夢とやることを否定する人が一人も居ないというのも、案外不安になるのだ。

 

 

不安。 その感情を振り払うようにカラオケに逃げた事に紅葉を巻き込んだことで、樹は若干の罪悪感を覚えた。 だって紅葉は勇者の頼みを断()ない人だから。

 

きっとこの人は、『勇者のために死んでくれ』と言われたら簡単に死んでしまう。

 

駄々をこねる子供のように、樹は紅葉にしがみつく。 紅葉は樹のジーパンを掴む手に自分の手を重ねた。

 

 

「お前なりに不安なんだよな。 分かるぞ、俺も今中身がジジイなのにこの先学校に通うべきかで悩んで―――いったあーい。」

 

無言でつねられる。 紅葉渾身の場の和ませ方も空回りした。

 

 

「ごめんて。 うん、年頃の女の子の扱いはいつの時代もわからんな。」

 

記憶が戻ったせいで感性まで時代を遡っている現状、おそらく何をしても失敗に終わるが、残念なことにその事に気付くのは暫く後である。

 

 

「あー、樹見てるとあいつ思い出すなぁ。」

「…………あいつ?」

「ああ。 ……これ誰にも話してなかったな。」

「……良ければ、話してください。」

「―――うん、いいよ。」

 

少し間を置いて、ゆっくりと話し出す。

 

 

「樹…………俺な、昔ある人に、兄みたいに慕われてた事があったんだ。 そいつを妹だと思ったことはなかったんだけどね。」

 

樹は、紅葉の言葉に無言を返す。

 

 

「馬鹿で真っ直ぐで欲も無くて、そのくせ争いやいざこざが嫌いな奴でなぁ。 戦う度に、力を振るう度に、他の勇者が傷付く度に、苦しそうに顔を歪めて泣くのを我慢してた。

ポーカーフェイスが上手くて、自分の泣き顔を隠すのがムカつく程に得意だったのは、今でもムカついてるよ。」

 

樹の髪に付いた埃を取り除いて、続ける。

 

 

「もっと早くあいつに……あいつらに寄り添えば良かった。 でも俺があいつらを支えようと誓う頃には、何もかもが遅かった。 あいつの『馬鹿』よりよっぽど愚かな『馬鹿』みたいに意地張って、仕方なく支えてやってるんだって、ずっとそう思ってたから。」

 

紅葉は、樹の手を握る。

 

その手は、震えていた。

 

 

「もっと早くに、兄らしく振る舞えば良かった。 もっと早くに、妹として接すれば良かった。」

「…………紅葉さん……」

 

樹の頬に、水滴が当たる。 その正体を樹は知っていたが、なにも言わなかった。 そっと紅葉の手に自分の手の指を絡める。

 

 

「俺は―――――嗚呼……俺は……本当に、馬鹿野郎で……っ」

 

 

 

ポタポタと、樹の頬に水滴が幾つも垂れる。 その雫が、樹の涙のように、頬を流れて床に落ちた。

 

 

 

それから樹は、終了数分前の通告の電話が受付から来るまで、ずっと紅葉の手を握り続けた。

 





紅葉は『勇者の方が大変なことを知ってるから自分が弱音を吐くことなんて許されない』と考えてるので、実は西暦含めて『勇者を相手に泣き言を言った』のは樹が初めてと言う。

『夢を紅葉に暴露した樹』と『樹に弱音を晒した紅葉』で五話との対比にしたつもり。




ふと本編読み返してたら紅葉が春信さんに刺されて入院した辺りまではまだ歌野と夏凜が女の子してたのなんか面白くて笑ってしまった。

あそこからどうやったら二人揃ってメンズのコート着こなしそうなハードボイルド系になるんだよおかしいだろそれよぉ!


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エピローグ/乃木園子


UA50000突破・お気に入り400突破・総合評価900突破しました。
よくここまで行ったなーというか、私自身熱しやすく冷めやすい飽き性なので、40話以上書くほどの熱量があるとは思わなかった。



 

 

 

 

英霊之碑。

 

 

歴代の勇者・巫女の名を連ねた石碑を置いた、冷たい墓。 そこに遺骨は無く、そこに思いやりは無い。

 

ただその人が居たのだと言う記録の為だけに、石碑はある。

 

 

そんな場所に、先人紅葉は訪れていた。 眼前にあるのは―――三ノ輪銀の名が刻まれた石碑。

 

 

「2年振りだな、銀。」

 

当然、返答はない。

 

 

「……お前からしたら、ほんのちょっとの出会いだったんだよなぁ。 俺からすれば忘れられない運命の出会いだったけどさ。」

 

石碑の高さに合わせて屈む紅葉の手には、特に何も握られていない。 ほぼ他人の自分から貰うよりは、美森辺りが花束でも手向ける方が銀も嬉しいだろうと、そう考えていた。

 

 

「ずーっと、お前の残滓(後ろ姿)を追いかけてた気がするよ。」

 

あの日あの瞬間の出会いで、紅葉は銀の中にある強烈な光に魅せられていた。 まるで命と言うロウソクを燃やして輝かせているかのような、(紅葉)を引き寄せる蠱惑的な心の光に。

 

 

―――――だが、銀は死んだ。

 

 

あの時の出会いを歌野と友奈は白昼夢として忘れていたが、本来はそれが正しいのだ。 しかし、過去の死人(自分)の魂を利用して現在(いま)を生きているせいで、紅葉はそれを忘れられなかった。

 

忘れなければならない事を想い続けていたのが、どれだけの負担かは計り知れない。

 

それでも紅葉は、受け入れて前を向くことを決意した。

 

 

「銀…………俺はお前が好きだったし、あの一瞬で一目惚れだった。 でも、それはここまでだ。」

 

穏やかな表情で、そっとワイシャツの胸ポケットに挟んである牡丹の髪留めに触れる。

 

「いつまでも死人を想ってるのは流石にキモいし、今を生きている美森達にも申し訳ないからな。 まあ、お前を好きでいるのは続けるけど……残滓を追いかけるのは今日で終わりにするよ。」

 

 

そう言って立ち上がる紅葉のその顔は、晴れ晴れとしている。 紅葉は死者の為に生きることはやめたのだった。

 

一つため息をついて、紅葉は続ける。

 

 

死者(過去)じゃなく、生者(未来)の為に生きる。 何事にも報いを……だったか? なあ? わぁ、かぁ、ばぁ~?」

「なんだ、気づいていたのか。」

 

振り返った紅葉の視界に、歴代勇者が描かれた絵の入ったショーケースに触れている若葉の姿が入った。

 

紅葉の額には歌野がキレてる時と同等かそれ以上の青筋が浮かんでいる。

 

 

「盗み聞きとは良い趣味してるねぇ! 道理でねぇ!?」

「はっはっは、いつも散々やりたい放題されてるからな。 これぐらい良いだろう?」

 

紅葉の一挙一動を見る若葉の顔はニヤついていた。 腐れ縁としての情けが無ければ、とっくに殴り飛ばされている事は当人が良く分かっている。

 

 

「焼き鳥にするぞゴラ」

「まったく……心が狭いとモテないぞ」

「元既婚者に言う台詞がそれかよ」

 

バタバタと走り回って逃げる若葉を捕まえて、コブラツイストの体勢に入る紅葉。 一度本気で締め上げてやろうかと考えていると、ふと若葉が焦った様子で言う。

 

 

「―――む、不味い!」

「あ? どうした?」

「私の姿をお前や結城以外に見られるわけにはいかん。」

「てめっ、逃げんじゃねえ…………くそ。」

 

カラスの姿にその身を戻した若葉は、バレルロールでその場から離脱した。 器用な奴だな……と言った紅葉の背後から、誰かの顔が覗いてきた。

 

 

 

「なにが器用なのかな~?」

「ヴァッ」

 

驚く紅葉の肩に、声の主の顎が乗る。

 

 

「ねーねーなにが器用なの~?」

「…………内緒。」

「ぶ~。」

 

ミルクティーのような薄い髪色をした天真爛漫な少女、乃木園子。 この娘は、西暦の勇者乃木若葉の、正真正銘の子孫である。

 

今の若葉がこんなところで見られるわけにはいかない人物ナンバーワンなのは確実だ。

 

「……そりゃ不味いわな。」

「ん~?」

「なんでもねーよ。」

 

髪型を崩す勢いでぐしゃぐしゃと撫で回す。 嫌ではないらしく、犬だったらさぞかし尻尾を振り回していたことだろう。 紅葉は園子に大型犬の姿を幻視する。

 

「わーわーわー!」

「んで、お前は何しに来たんだよ。」

「……んーと、お墓参りだよ~?」

「銀のか。」

「正解~!」

 

くるんとスカートを翻し、銀の名前の刻まれた石碑の前に座る。

 

 

「やっほ~ミノさん、2年振り~。」

 

きっと銀の石碑が話せたら、『それさっきも聞いたよ』なんて言って笑っただろうか。

 

 

「ずっと待たせてて、ごめんね~。 今度はきっと、わっしーと一緒に来るからね~。」

 

そう言うと園子はアツモリソウ(あなたを忘れない)アフリカンマリーゴールド(逆境を乗り越えて生きる)ガーデニア(とても幸せです)クロッカス(青春の喜び)といった、多種多様の花を纏めた花束を置いた。

 

銀との思い出は忘れないが、それでも前を向いて生きる。 そんな決意表明だと紅葉は思う。 考えることが一緒なのは、愛ゆえになのだろう。

 

 

「園子は大赦を怨んだりしないのか?」

「……しないよ~、怒ってるけど、だって仕方がないんだもん。」

「ま、そうだな。」

 

 

大赦が勇者を犠牲にするのは、巫女を監禁して管理するのは、全ては世界を守るため。 そう。 仕方がないのだ。

 

だから風が大赦を潰そうとしたのも仕方がないし、美森が壁を破壊したのも仕方がないのだ。 誰も悪くない。 だが正しくなかった。

 

 

ただ、それだけ。

 

 

「所でさぁ、今の俺、実はそこそこ大赦の上の方に立てる立場の人間なんだよね。」

「そうなんだ~?」

 

「そうなんだよねぇ、乃木と上里のツートップも元々は俺の家も交えたスリートップの予定だったんだけど、上に立つ気が無かったから本気で拒否して退いただけなのよ。」

 

 

言葉の真意がわからない。 園子はそう思い、首を傾げる。

 

「どういう意味なの?」

「今の大赦は無駄が多すぎる。 俺たちの、誰が、いつ、どこで、勇者を乾電池みたいに使えなんて言ったよ。ふざけてんのか?」

「それは…………。」

 

言葉を句切る度に、声色が重く低くなる。 紅葉が本気で怒っていることが容易にわかった。

 

「……怒ってる?」

「わたくし、結構ぶちギレてます。 そんなわけで大赦にカチコミしようと思うんだけど一緒にやらない?」

「…………ん~~~?」

 

会話がドッジボール過ぎる。天然が入ってる園子は、自分の事を棚にあげて紅葉を見た。

 

 

「まず大赦にはこれ以上の勇者への情報秘匿をやめさせる。 元々、西暦以降の勇者ってのは選択制のつもりだったんだよ。 昔の大社は俺たちが居たから今より比較的まともだったんだけどな。」

 

紅葉は昔に思いを馳せた。 そして、今の大赦の不甲斐なさに苛立ちを隠せないでいる。

 

「もーみんって本当に西暦の人だったんだね。」

「お前は神樹から伝えられてたんだろ、あれが不必要な嘘つくわけないじゃん。」

「そうだけど~。」

 

うーん、と言い、園子は考える。

 

紅葉に着いていくか否か。

 

 

「……うん、着いてっていい?」

「おう。 よし、んじゃ行くかぁ。」

 

ショーケースに寄り掛かっていた紅葉は、園子の横を通って階段を上る。

 

なんか楽しそうだなぁ、なんて、園子は紅葉を見ながら思う。

 

 

「ん~~~……まあいっか~、楽しいのが一番だよね~。」

「あ、お前まだリハビリ中か? 失ったパーツ戻ったのついこの間だろ。」

「ふっふーん、乃木さん家の園子さんを舐めたらいかんぜよ~?」

「乃木家はどいつもこいつも化物か……」

 

 

呆れたように、紅葉はそう言った。

 





銀と紅葉はゆゆゆい時空でくっ付ける予定なんだけど、いつその話を書くかで悩んでる。 誕生日回じゃ暫く後になるし今は勇者の章と誕生日回で予定が塞がってるし。 まあ追々ですかねぇ。

あと夏凜の誕生日が迫っているのだ……つれぇわ……(クソ雑魚文章力)




原作では西暦以降の戦死者は銀が初めてなんだよね、確か。 だから銀と西暦勇者以外の石碑の人たちは天寿を全うした人で、あとは赤嶺と弥勒の家が止めた大規模テロで犠牲になったのかな?

……と思ってる。 でも何人かは勇者の使命から逃げようとして殺されたのを隠蔽されてそうだし、この作品時空の場合西暦の大社はともかく神世紀の大赦なら間違いなくやってる。


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エピローグ/結城友奈


仮に紅葉の相手がみーちゃんだったらゆゆゆい時空で歌野までゲットしてるとか魔性の女過ぎるでしょ。



その日の内にお気に入りが増減するのなんか面白いっすね。

あと若葉様の誕生日回はちゃんと投稿するけどFGOとゆゆゆいのイベントのせいでエピローグ東郷の更新遅くなると思う(正直)



 

 

 

 

ガラガラと音を立てて、紅葉は病室の扉をスライドさせる。 扉横の名札には『結城友奈』と書かれていた。

 

「んぎゃ」

「うおっ」

 

 

紅葉の腹に衝撃。 ぼふっ、と何かがぶつかる。

 

「なんだよ」

「ああもう、タマっちったら……」

「杏? ……ってことはタマっちか。」

「きゅう……」

 

友奈が乗っているベッドの側から、『伊予島杏』の子孫である杏が駆け足で近付いてきた。 紅葉の腹に、『土居球子』の子孫である球子が張り付いていた。 ―――――ややこしさを覚えているのは紅葉だけの問題ではない。

 

 

顔面から衝突して目を回している球子を小脇に抱え、友奈の元に歩く。

 

「紅葉くん……いいんだよ? 毎日来なくても。」

「こうやって監視してないと抜け出されそうだからな。」

「そんな夏凜ちゃんじゃないんだから…………。」

 

 

いまだリハビリを続けている友奈は、皆が退院した後も病院に残っていた。

 

体の殆どを散華した事で、他の勇者よりも体がガタガタなのだから、仕方ないのだが。

 

 

「で、あんタマは暇潰しか?」

「タマっちがどうしてもって聞かなくて……ごめんなさい。」

「あー良いよアンちゃん! 退院するまで毎日来ても!」

「扱いの差よ。」

 

呆れたように頭を振って、紅葉はベッドの向かいのソファーに目を回したままの球子を投げると杏と並んで座った。

 

「来年には、こいつも杏も讃州中学一年生か。 感慨深いな。」

「今度からは紅葉先輩って呼ばないとですね。」

「私たちも三年生、樹ちゃんは二年生で風先輩は卒業かあ……」

 

 

友奈と杏は、上がる学年や新しい学校生活に思いを馳せる。 言葉は悪いが―――美森が世界を壊していれば、こんな話題を出すことすらできなかった。

 

世間一般に真相を知られでもすれば、美森は悪とされ、友奈は善と扱われるだろう。 きっと昔ならそうなっていた。

 

 

「…………変わったな、世界も、俺たちも。」

「紅葉くん……?」

「なんでもねー。」

 

つい口から出た言葉を誤魔化し、手荷物のビニール袋から飲み物を出す。

 

 

「お前は緑茶、杏はココア、タマっちは炭酸。 おーい、起きねえと振るぞ。」

「復活!」

「ほい。」

「投げるなよ!?」

 

ソファーに寝転がっていた球子は、起きると同時に慌ただしく投げられた炭酸飲料をキャッチする。

 

今開けたらブシュッてなるよな……と言いながら、テーブルにそっと炭酸を置く球子。

 

 

「お前らなに話してたの。」

「……うーん、昔のこと? 西暦にはあれがあったーとか、これがあったーとか。」

「―――ああ。」

 

友奈には、西暦の記憶が流れ込んでいた。

 

つまり知っているのだ。 過去の戦いと、日常を。

 

 

「別に昔話は構わんが、程々にしろよ。 重要機密もいいとこなの自覚してくれ。」

「わかってまーす。」

 

ほんとかよ。 と内心で思うが言わないでおく。

 

 

「あ、そうだ。 なあにーちゃん、これ見てくれよ。」

「どうした?」

 

不意に球子が紅葉の元に近寄り、懐から取り出した一枚の写真を見せる。 それには、園子が紅葉の記憶復元に利用した浴衣姿の勇者と巫女と紅葉が写っていた。

 

 

「これ、タマとあんずと、にーちゃんとねーちゃんだよな? 他はわからんが。」

「…………どこでこれを手に入れた。」

「? ……あー、本棚のアルバムに挟まってたんだけど……」

「なるほど、くそ、杏かひなただな……」

「わ、私ですか……?」

「いやお前じゃなくてね」

 

「ややこしいね?」

 

「タマ頭痛くなってきたぞ」

「俺もだよ」

 

 

ややこしい。

 

頭痛のような痛みと面倒臭さを覚え、目の間を指で押さえる紅葉。

 

 

「―――――今から説明するのは全て事実だ。」

 

 

色々と諦めた紅葉は、杏と球子の祖先の事や自分の事、結城と高嶋の違いなどを説明することに決めた。

 

 

重要機密とは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

説明を受けた二人は、顔を見合わせ、眉を潜めた顔を作って唸る。

 

「つまりタマとあんずのそせん? は元勇者で、にーちゃんと顔が同じのねーちゃんも一緒だったんだな。 うーんわけわからん」

「しかもあの乃木家と上里家の人が仲間だったなんて……」

 

小学生なりに理解しようとしているのだろう。 遺伝なのも含めて元々地頭が良い杏はともかく、今の球子には難しい話だった。

 

 

「あはは……驚いてるね。」

「そりゃそうだろ。」

 

頬を掻く友奈にシンプルに返す紅葉。

 

おずおずと、杏が紅葉に聞いた。

 

「あの……ちょっと整理する時間を貰っても良いですか……?」

「ああ。 自分の病室に戻りな、おいタマ、着いてってやれ。」

「…………おう……」

 

 

うんうん唸っていた球子とギブアップした杏を見送り、病室に二人になる友奈と紅葉。

 

 

「良かったのかなぁ……」

「あいつらの祖先が勇者だった以上、どうせいつか知ることだ。」

「まあ、そうだけど。」

「杏はともかく、球子の子孫だろ? あいつは馬鹿だがマヌケじゃない。 歳を重ねれば自然と理解するさ。」

 

 

球子が置いていったままの炭酸を一気に呷り、ゴミ箱に投げ捨てる。

 

「ストラーイク。 …………あーそうそう、お前、もう少しで退院できるってよ。」

「ほんと!?」

「酒呑童子の力が混ざってるせいか回復力が勇者以上俺未満くらいに上がってるらしい。」

「そ、それでも紅葉くんの方が回復力あるんだね……」

「らしい。」

 

苦笑いをして、友奈は緑茶の残りを飲み干す。

 

間を置いて、紅葉に声をかけた。

 

「…………ねえ紅葉くん、高嶋ちゃんの事なんだけど……」

「……あいつが、なに。」

「約束守れなくてごめん、だって。」

 

 

その言葉に、紅葉は僅かに苦い顔をする。

 

「約束ねぇ……別に怒っちゃいねえよ、あの最後の戦いで三人揃って戻ってこれるかもなんて欠片も思ってなかったしな。」

「……高嶋ちゃんじゃなくて、若葉ちゃんか千景ちゃんが死んでたかも……ってこと?」

「そう言うことだ。 」

 

パイプ椅子の背もたれに体を預け、深くため息をつく。

 

 

「あんまり過去の事は……特に、高嶋友奈の事は考えない方がいい。 お前とあいつは色々と顔を含めて似すぎてるからな、意識を塗り替えられる可能性だってある。」

「ぅ……気を付けます……」

「よろしい。 退院したら演劇の練習が待ってるんだ、我慢出来ずに脱け出すなよ。」

「………………はぁい。」

 

 

しゅんとする友奈を余所に、ふと、紅葉のスマホが揺れる。

 

そこには非通知と映っていた。 勇者部以外から滅多に連絡なんて入らない事から、大赦関連と結びつける。

 

 

「……悪い、電話来たから出るついでに帰るわ。」

「うん。 またね、紅葉くん。」

「ん、またな。」

 

手を振って見送る友奈に手を振り返し、紅葉は病室から出て電話を繋げた。

 

 

 

「何処の誰で何の用か手早く言え。」

『……随分と、苛立っているようですね。』

「今の大赦には失望してるもんでね。 あれから230年くらいか、よくもまあ滅ばなかったもんだぜ。」

『勇者様と巫女の尽力あってこそでございます。』

「どの口が言うんだか。 それで何の用だ、聞くだけ聞いてやる。」

 

 

大赦の人間にしては珍しい女神官の声、苛立ちと敵意を隠さず、紅葉は電話越しに聞く。

 

『ゴールドタワーを拠点に働く防人部隊を支える巫女、国土亜耶様がどうしても先人様に一目お会いしたいと申されまして。 もし可能であれば、是非とも来ていただきたいのです。』

「防人だぁ? …………確か芽吹ちゃんが居るところか。 しかしあれから巫女を監禁する事は止めなかったみたいだなぁ?」

 

買い換えたばかりのスマホを、力強く握り締める。

 

勇者以上に貴重とされる巫女を、不慮の事故なんかで失うわけにはいかない。

 

言い分はわかる。 理解は出来る。 ただ、紅葉は納得しない。

 

 

「(監禁して巫女として人生を捧げさせて、巫女の力が無くなる年頃になればポイか。 『正義』と『大義名分』は物事を正当化できる魔法の言葉じゃねえんだがなぁ。)」

 

 

狂気染みている大赦の『神樹絶対主義』に、紅葉は、寒気のようなものを感じる。

 

「その亜耶って子、何歳だ。」

『12歳。 今年の11月に誕生日を迎え、来年で中学二年生でございます。』

 

紅葉に迷いはなく、歳を聞いて即答した。

 

 

「わかった。 会いに行ってやる、但し明日から数日だけだ。 俺にも学業があるんだからな。」

『構いません。 ご助力感謝します。』

「その気持ち悪い言い回しやめてくんねえかな。 言っとくが亜耶ちゃんの為にそっちに行くだけだからな、お前の言うこと聞いた訳じゃねえからな。」

『わかっています。』

 

ならよし、と言い、紅葉は電話を切る。 ツンデレ臭い言い回しになっていた事には気付いていない。

 

 

「12……か。 みーちゃんとひなたが居たら亜耶ちゃんと仲良くなれたのかもなぁ…………。」

 

昔馴染みと大事な仲間の一人を思い浮かべ、スマホをポケットに仕舞い―――――ポケットから手を出すと、手のひらに灰が付着していた。

 

 

「なんだこれ。 砂? 灰……か?」

 

出所不明の灰を適当に払い、歩き出す。

 

 

「なんだったんだ…………?」

 

 

ぶつぶつと疑問を口にしながら病院を出た紅葉。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

紅葉はその灰が、自分の手の一部が崩れたものだとはまだ気付いていない。

 

 





くめゆ組の誕生日はゆゆゆいにくめゆ組が実装されたり私がノベルを読みきるまでやる予定はないです。 書こうと思ったんだけどまだ本編に出てない以上矛盾とかでやべー事になりそうなんでやめました。


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エピローグ/東郷美森


勇者の章で友奈の御記を読み終わった後の東郷さんが覚悟完了して5~6人くらい殺してそうな目付きになるのすき。

実際園子が止めなかったら大赦の人、何人か頭ぶち抜かれてたと思う。 うちの1053なら間違いなく殺る。



 

 

 

「…………いや、面目無い。」

「ふふ、良いのよ。 紅葉くん」

 

住宅街を歩く、二つの影。

 

先人紅葉と東郷美森は、買い物帰りに並んで歩いていた。

 

もっとも、大きい荷物を持っているのは美森で、紅葉は小さい方だが。

 

 

「昔は片手で大人持ち上げるくらいはイケたんだがなぁ……頑丈さと回復力にかまけて筋トレしてなかったし仕方ないか。」

「今から始めるとか?」

「やーだめんどい。 あのクソ脳筋野武士から逃げられたのにまたやるなんてぜってえやだ。」

 

げっそりとした顔で否定する。 勇者としての過酷な訓練を知っている美森は、何かを察した。

 

 

「そのっちの祖先……乃木若葉さん……よね? そんなに厳しかったの?」

「鍛練の時間になると夏凜よりストイックで、歌野より制御できねえ。 『10キロ走って成果が無いなら20キロ走ればいい』とかシラフで言うからな。 片腕しか使えないやつになに期待してんだか。」

「えぇ…………。」

 

どこか遠い目をして紅葉は続ける。

 

「それに付き合わされる俺の身にもなって欲しいもんだぜ。」

「大変だったのね……お疲れ様。」

 

しみじみと呟き、空いた手で紅葉の肩を撫でる。 快晴の空が、二人を照らしていた。

 

暫く無言が続くと、美森が会話を再開した。

 

 

「……私、あんなことをしたのにどうして大赦から何も言われないのかしら。」

「さあねぇ。」

「紅葉くん、昔の立場を利用して大赦の上層部に滑り込んだんでしょう? 何か言ってたりしなかった?」

「なーーーんも。」

 

しれっと嘘をつく紅葉。

 

紅葉は園子と一緒に大赦本部に乗り込み、上層部の人間の大半をボコボコにして、『勇者にこれ以上の嘘はナシ』と約束をした(強制させた)のを誰にも話していない。

 

過去の大赦の事を知っている紅葉がいるせいで、最悪潰されかねないのだ。 逆らう方がマヌケなのである。

 

 

 

―――――紅葉自身が全てが終わってまだ世界が続いていたら、纏めて切り捨てるつもりな事を誰も知らないのは、幸か不幸か。

 

 

 

「お前はこの先、誰からも『お前のしたことは悪だ』と言われることはない。」

「……ええ、そうね。」

「美森はただの『悪い大人に騙された被害者』で終わる。 ただ、それだけ。 」

 

美森のしたことは、悪ではない。 しかし世間や大赦からすれば、世界を壊そうとしたことは大罪だろう。

 

だがそれは、世界の真実を隠し、満開の後遺症を隠し、終わらない戦いに強制参加させた大赦が悪いのだ。

 

 

中学三年生という多感な時期の少女にリーダーを任せ、結果強すぎた妹への想いと大赦への不満が重なって爆発した。

 

障害者となった『リサイクル可能』な勇者を他の勇者と引き合わせた()()で、果たして暴走を招いた。

 

 

せめてどれか一つでも明かしていれば、何かが違ったことだろう。 せめて一人でも勇者に寄り添える大人が居れば、何かが違ったことだろう。

 

紅葉の大赦への憤りは、そういった杜撰(ずさん)で粗末な部分から来ている。

 

「私は……償いをしたい。」

「勇者部の活動の段階で無償ボランティアなんだから十分じゃないの。」

「そうだけど、こう……少しでも善行を積みたいの。」

「かめやでバイト……は無理か、年齢確認とかされるし。 じゃあ覆面して謎のご当地ヒーローでもやれば?」

 

 

 

「―――――それだわ。」

「冗談だ…………なんて?」

 

 

 

善意からの提案。 だが、紅葉は(のち)にこの提案を後悔することになる。

 

 

 

 

 

 

 

東郷宅に着いた二人は、荷物を片付け、美森の部屋に訪れていた。

 

紅葉は何故か、部屋の前で待たされている。

 

 

「入っていーかー?」

「良いわよ、どうぞ。」

「うい。」

 

許可が降りた以上遠慮なく紅葉は襖を開くと、そこには―――――

 

 

「…………何やってんの、美森。」

「フッ―――私は美森ではないわ。」

「はあ。」

 

 

―――軍服を着た美森が、マントを翻して軍刀を抜き放つ。

 

 

「そう、私は憂国の戦士―――国防仮面ッ!!」

「……………………おう。」

 

ビシッとポーズを決めた美森…………国防仮面を見て、ああこれ面倒臭いわ。 と紅葉は適当に答えた。 正解である。

 

 

「どう? 元々はそのっちが見た夢に出てきた私がモデルなのだけど。」

「逆に聞くけどなんでそれでOK出ると思ったのか、これがわからない。」

「こうやって顔を隠せばバレないわ!」

「色々危ういと思うけどなぁ~」

 

園子のリボンを外していない事もあり、声を作っても勇者部部員にはバレるだろう。 加えて軍服に押さえ付けられ窮屈そうな胸元と、オブラートに包み『色々危うい』と表現したことは最適解か。

 

 

「……で、東郷仮面は何する人なの。」

「国防仮面よ紅葉くん。 この格好で夕方から夜の間、困った人の前に出来るだけ現れ問題を解決するつもりよ。」

「出来るだけ。 なるほど。 …………良いんじゃないかな。」

 

「やっぱり! 紅葉くんならそう言ってくれると思った。」

 

 

にこにこと笑みを浮かべる国防仮面は、紅葉が死んだ魚のような目をして思考を停止させている事に気付いていない。

 

「…………国防活動は程々にな。」

「ええ、無茶はしないわ。」

「ほんとかよ。」

 

不満そうに頬を膨らませるが、前科持ちを信用してはならない。 美森もまた、誰かに自分の抱える不平不満や心配事を相談するべきだったのだから、文句は言えないのだ。

 

 

「……無茶しないで、は紅葉くんにも言えることよ? もう当人同士で解決してるでしょうけど、勇者に変身した風先輩と戦うなんて無茶の極みじゃない。」

「歌野と夏凜より、俺が適任だと判断しただけだ。 対勇者の技術まで忘れた訳じゃないし。」

 

そこまで言うと、紅葉の頬を美森が包む。

 

「それでも、よ。 紅葉くんに何かあったら皆が悲しむし、傷付けた本人の風先輩はもっと自己嫌悪に陥るの。」

「…………わかってる。」

「本当にわかってる?」

「んー、わかったってば。」

 

 

するりと拘束から抜け、国防仮面もとい美森の被っていた帽子を奪うと、美森から顔を背けて呟く。

 

「ひなたみたいな叱り方しやがって……逆らいづれえ。」

 

「? ……何か言った?」

「(何処とは言わないが似てるところもあるしなぁ)……いやなんも。」

 

 

帽子を被り振り返る紅葉。 が、一瞬の目線に気づいた美森に顔面を鷲掴みされた。

 

「今どこ見たの。」

「さぁねぇ。」

「…………えっち」

「ぐえぇ……!!」

 

 

 

 

 

 

 

車椅子生活で鍛えられた腕力による制裁を受けた紅葉は、東郷宅の玄関の前で立ち往生していた。

 

「土砂降りねぇ。」

「土砂降りだなぁ。」

 

 

ザアザアと分かりやすい程に大雨で、紅葉は唐突なそれに対応するための傘を持っていない。

 

「私の傘じゃ小さいし、両親は今日は帰ってこないから車で送れない。 困ったわね……。」

「俺バイクと車運転できるけど。」

「今の歳を考えなさい。」

「うーっす。」

 

私服に戻った美森に腰を小突かれる。 顔を合わせる度に頬を染めて胸元を腕で隠すのを見て、紅葉は少数民族のフェイスペイントのような形で刻まれた美森の手の形の赤い線が痛むのを感じた。

 

「…………めんどくせーけど三好の坊主でも呼ぶかぁ。」

「三好……確か夏凜ちゃんのお兄さん? 駄目よ、こんなことで呼ぶなんて。」

「じゃあどうしろっつーのよ、俺風邪は引かないが、濡れるの嫌だぜ。」

 

スマホ防水じゃないんだよねぇ、とぼやく紅葉を見て、美森はあっけらかんと答える。

 

 

「泊まっていけばいいじゃない。」

「……お前は嫌だろ。」

「いえ、別に? だって紅葉くん位なら簡単に制圧できるし……」

 

「説得力凄いじゃないですかやだー。 …………いや、西暦の時も似たような理由であいつらの子供任されてた気がするぞ…………?」

 

 

ちらり、と美森を見る。

 

花のようにふんわりとした笑みを向けられて、紅葉は目をそらした。

 

 

「…………今日は負けが続くな。」

「ふふふ、今度何かお願いするわね?」

「…………はーい。」

 

 





エピローグシリーズは東郷さんで終わり。 先人紅葉の章も終わり。 このあとは若葉様とみーちゃんの誕生日回とか短編とか番外とか書いてから勇者の章に行く予定だから暫く掛かるかも。

あと資料の為に勇者の章見返さなきゃ。


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短編 Calling my name


若葉様とみーちゃんの誕生日回以外の話がスランプしてるから意外とすぐ勇者の章に入るかも。

あとなつ×もみ番外書き直しました。 眠かったせいでなんか前より短くなったけど。
※花結い編に置いてあったのを編集しただけなんでもう見れます。



 

 

 

「おはよう、紅葉くん。」

「おう、おはようさん。 東郷。」

「―――――え゛っ?」

 

面と向かって、それが常識であるかのように、紅葉から苗字で呼ばれる。 東郷美森の一日は、そんな地獄のようなスタートで始まった。

 

 

 

 

 

その日は違和感を覚えるほどの快晴で、陽射しが暑い位だった。

 

いつものように友奈と共に登校し、いつものように夏凜と歌野に絡まれている紅葉と教室で合流し、いつものように挨拶を交わす。

 

ただそれだけだったと言うのに、美森の意識は一瞬で天地が逆さまになったかのように急降下する。 眩暈まで発生していた。

 

 

「えっ、え…………え゛っ?」

「どうした? 何時もよりおかしいぞ東郷。」

「いや―――――えっ?」

「電池切れかな?」

 

首を傾げる紅葉を余所に、美森の思考は完全にショートしていた。 ひらひらと友奈が眼前で手を振ると、ようやく反応する。

 

 

「どうしたの? 東郷さーん?」

「ッ……! も、紅葉くん!?」

「なんすか。」

「どうして……私を苗字で呼ぶの?」

「…………すげえ今さらだな、お前から言い出したんじゃん。 『苗字で呼んでください』って。」

 

 

ひゅっ、と喉が鳴る。 確かにそうだ。

 

美森はちょくちょく、紅葉の名前呼びを訂正してきた。

 

……が、勇者としての戦いなどで忙しくなってからは訂正することもなく、ずるずると先延ばしにしてきた。 今こうなっているのは律儀に言われたことを紅葉が守っただけ。

 

その結果がこれだとすれば、それはきっと美森の自業自得だろう。

 

 

「あ、ぅ……ぁ……」

 

息が詰まる。

 

眩暈がする。

 

吐き気までして、自分が立っているのか座っているのかも分からなくなり―――――

 

 

「おい、東郷? 東郷!?」

「東郷さん!?」

 

 

美森は、意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――うわああああああ!!!??」

 

 

ガバッと起き上がった美森は、必死に荒い呼吸を整える。

 

「ハア……ハア…………ぜぇ……はぁ……う、おえっ…………ゆ、夢……?」

 

 

バクバクうるさい心臓を手で押さえる。 悲鳴を聞いて親が来ないことから既に仕事で家に居ないと悟り、水瓶から水を移して飲む。

 

 

「………………ふう、酷い悪夢だったわ…………夢で良かった……本当に良かった…………。」

 

息を整え、寝汗を拭いてそう呟いた。 ふと、疑問が浮かぶ。

 

 

「…………良かった……? どうして……?」

 

ただ、苗字で呼ばれただけ。 ただそれだけで、美森は心臓が止まったかのように痛み、心が締め付けられた。

 

 

「どうして私……夢で良かったって、安心したの……?」

 

不思議に思うも、答えが出てこない。 ちらりと時計を見ると、登校の時間が迫っているのが分かる。

 

 

「いけない、友奈ちゃんを起こして学校に行かなきゃ……!」

 

美森は自分の感情に気付けないまま、何時も通りに友奈を起こす為に着替えを始めた。

 

 

 

 

 

そうして胸の奥にしこりを残したまま夢と同じように、美森と友奈は登校する。

 

 

「~~~~~……それでね、紅葉くんが歌野ちゃんにコブラツイストされててね~」

「へ、へぇ……?」

 

どういう状況なんだそれは、と言う真っ当な意見が脳裏を過る。

 

 

「そのあと夏凜ちゃんに三角絞めされたんだけど……あれ、紅葉くん! 歌野ちゃん! 夏凜ちゃん!」

 

「おん?」

「あら友奈。」

「……おはようさん、二人とも。」

 

 

前を歩いていた三人―――厳密には二人。 歌野と夏凜が、紅葉の両腕を組むように掴まえて引き摺って歩いていた。

 

 

「……紅葉くん、今度は何したの?」

 

友奈にそう聞かれて、紅葉は少しだけ顔をしかめる。

 

「俺が何かした前提で話すのはやめタマえ、いやまあ、夏凜の煮干しを間違えて出汁に使ったり歌野の農具勝手に研いだりはしたけど。」

 

「紅葉、放課後覚えときなさいよ。」

「他人の研いだ農具ってどうも違和感あるから嫌なのよね。」

「だって錆びてたんだもん気になるじゃん。」

 

 

したんじゃん……と言う友奈の声が小さく響く。

 

ボケッとしながら引き摺られる紅葉に着いて行く友奈と美森に、紅葉は声をかける。

 

 

「んで、そっちはなに黙ってんのさ。」

「…………え?」

「風邪か? 頭良いのに。」

「頭が良いから風邪引かないとかじゃないし、『馬鹿は風邪引かない』が適応されるのはあんただけよ。」

 

紅葉の天然かボケか分からない言葉にツッコミを入れる夏凜。 歌野は何かを察して、傍観に徹していた。

 

 

「あぅ…………その……」

「どうした、ゆっくりでいいぞ。」

「うん……。」

 

流石に何かあると理解した夏凜が、歌野に目配せして紅葉を引き摺るのをやめる。 急にやめられて紅葉は後頭部を打ち付けた。

 

 

「ぐえーーーっ」

「だっ、大丈夫!?」

「……へーき…………それで、どうしたんだ? なんか変だぞ。」

 

起き上がった紅葉は美森の前に立つ。 友奈が心配そうにしていたが、歌野に引っ張られて夏凜との三人で距離を取る。

 

 

 

「あんた空気読めるのね」

「紅葉ほどじゃないけど少しね。」

 

と言う後ろの会話はさておき、紅葉は美森がもじもじしているのを見ながら待っていた。

 

 

 

「その、紅葉くん……」

「なんだよ。」

「…………私のこと、どう思ってる?」

「やべーやつ。」

「う゛っ」

 

正解だがもう少し言葉を選ぶべきである。 後ろで歌野がうずくまったのは腹の調子が悪いからであって、ツボに入ってしまい笑うのを我慢しているからではない。

 

 

「まあF1カーみたいだなぁとは思うけど、それだけ色んな事に全力なら良いじゃないの? 子供は風の子って言うじゃん。」

「それ、褒めてる……?」

「褒めてる褒めてる。」

 

じとっとした目を向けるが、美森は、自分の胸の奥の違和感が消えていることに気付いた。

 

 

「(あれ……もやもやした感覚が無い、紅葉くんと会話したから……?)」

 

そこまで考えると、美森は一つの結論に至る。

 

 

「(それってもしかして、私……紅葉くんが…………!?)」

 

ボンッと顔を真っ赤に染め、紅葉を見る。 紅葉は、美森の百面相を面白そうに見ていた。

 

寝起きの高鳴りとは別の感覚で心臓がうるさく鳴る。 美森は意を決して紅葉に一歩近寄ると、耳元で囁くように言った。

 

 

「ねえ、紅葉くん―――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――『私の名前を呼んで』

 





東郷さん回でタイトルが英語とかいう皮肉。

まあ基本的にタイトル考えてからストーリー考えてるし、仕方ないね。


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勇者の章
一終目 忘却



勇者の章開幕。

あぁ^~地獄の釜が開かれる音^~



 

 

秋深まり、枯葉散るこの季節。

 

 

冬ももうじき。 そんな景色が視界の端で揺らめいていた。

『紅葉』が名前になってはいるが、俺は正直紅葉とか楓とかよりは桜の方が好きである。

 

ただし毛虫、お前だけはダメだ。

 

 

勇者部部室、その中で文字を書く音がしていた。 赤い髪を揺らして、楽しそうに紙に鉛筆を走らせる少女、結城友奈。

 

どうやら完成したようで、上機嫌で読み上げる。

 

 

「―――――……『今日も勇者部しゅっぱ~つ!!』 どうかな? 自信作だよ!」

 

感想としては……まあ……うん……。

 

 

「ガキみてえ。」

「馬鹿っぽい。」

 

俺と歌野にバッサリ切り捨てられ、友奈は樹に目を向けるが、気まずそうに目を逸らされる。

 

 

「そ、そこまで言わなくても…………うぅ……」

 

「―――おーっす……って、なにやってんの」

 

 

そう言いながら部室の扉を開けたのは、夏凜だった。 ボロクソ言われて、逃げ場を求めて友奈は入ってきた夏凜に飛び付く。

 

「うおっ、どうした?」

「夏凜ちゃ~ん! 紅葉くんと歌野ちゃんがいじめ゛て゛く゛る゛よ゛ぉ゛~~~!」

「分かった分かった、あと私で顔拭くな。」

「ズビーーーーー……」

「あ゛ーーー!!?」

 

半泣きの友奈は、夏凜の制服で鼻をかむ。 やめてやれよ。

 

一瞬滅茶苦茶嫌そうな顔をしたが、それをぐっと飲み込んで友奈の頭を撫でる夏凜は人間の鑑だと思う。

 

「ったく、あんま友奈をいじめないの。」

「おい友奈~パパにチクるのは反則だろー」

「誰がパパだ。」

「ごめんなさーい、煮干しパパー。」

「歌野まで乗るな。」

 

 

そんな感じでやいのやいの言ってると、今のところ我らが部室のデジタル担当をしている樹が届いたメールに歓声をあげた。

 

「み、皆さん! この間幼稚園でやった劇のお礼のメールがたくさん届いてますよ!」

「おー、凄いわねぇ。」

「あれは成功だったっけ……?」

「せ、成功だよ……!」

「あんなアドリブ祭りで成功とか嘘でしょ。」

 

前みたいに台をうっかり倒すとかはなかったけど、セリフ忘れて人形同士で殴り合わせてたの俺ちゃんと見たからな。

 

俺以外の4人がメールの確認でパソコンの前を陣取っていると、再度扉を開く音。 代表して確認するとそこには、金寄りの茶髪と薄い金髪が。 来年には卒業する風と、新入部員の園子だ。

 

 

「お待たせー。」

「もう始まってる~?」

「風と園子とはまた変な組み合わせだな。」

「そこで丁度出くわしてネ」

「すぐ行こうと思ったんだけど、掃除中に寝てしまったんよ~。」

 

えへへ~とか言いながら頭を掻く園子に、呆れたように夏凜がため息をつく。

 

「なんだってあんたは昔となんも変わらないのよ。」

「凄いでしょ~?」

「まあ、凄いわね。 うん。」

「おおー! にぼっしーに褒められたぜ~!」

「凄いね園ちゃん! 夏凜ちゃん滅多に褒めないんだよ!」

 

それは褒めてるとは言わないと思うけど、楽しそうなら良いんじゃない?

 

園子と友奈が騒いでいると、風が手を叩いてそれを止める。

 

 

「はいはい、全員集まったんだから、そろそろ部活始めるわよ。」

「うーい」

 

それぞれが黒板の前に集まって行くのを見て、ふと思う。

 

 

「なーんか…………」

 

 

足りない…………気がする。

 

なんとなく、何かが欠けている気がする。

 

 

「どうしたの?」

「―――あん?」

 

俺が来ないことを不審に思ったのか、歌野が俺の顔を覗いていた。 近いよ。

 

 

「五連勤終わったあとに休日出勤まで命じられたサラリーマンみたいな顔してるけど。」

「死にかけじゃねえか」

 

どんな顔だよ鏡見たくないよ。

 

 

「なんか忘れてるような気がしてさぁ、でも何を忘れてるのかを忘れてるんだよねぇ。」

「あるあるね。 まあそのうち思い出すでしょ、ほら行くわよ。」

「うーい。」

「その返事気に入ってるの?」

 

 

……わりと。

 

 

黒板に貼られている写真には、撮影した俺を除いた友奈・夏凜・歌野・風・樹・園子の6人が揃っていた。

 

全員居るな。 ……なんで『足りない』なんて思ったんだか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日曜の夕方、バットとグローブを担いだ俺は夏凜と友奈との三人でかめやに集まっていた。

 

 

「いやー試合の後のうどんは格別だねぇ……」

「全くだ。」

「あんた何もしてないでしょ」

 

失礼な、荷物持ちはしてるでしょ。

 

 

「あれ、歌野たちは?」

「歌野宅で風の勉強会with園子先生。」

「ああ。」

 

これでわかる辺り夏凜もかなりのツーカーが身に付いてきたな。 おじさんは嬉しいよ。

 

うどんの汁を飲み干した友奈は、影の差した顔付きで俺に聞いてくる。

 

 

「……ねえ紅葉くん、なんか、もやもやしない?」

「俺はいつも晩飯の内容考えてもやもやしてるけど。」

「いやそうじゃなくて……なんだろう、何かを……忘れてる、ような…………そんな感じ。」

 

その言葉に、俺の漬物をつついてた箸が止まる。

 

「お前もか。」

「……紅葉くんも、あるの?」

「なんの話してんのあんたら」

 

友奈の横でちょうどうどんを食べ終えた夏凜がごもっともな質問をしてくる。 俺と友奈は顔を見合わせ、夏凜に説明した。

 

 

 

「―――なにかを忘れてるような気がする、ねぇ。」

「ここまで露骨だと気になって仕方なくてなぁ」

「夏凜ちゃんは、どう?」

「私は別に―――――あー、でも、妙な胸騒ぎはあるわ。」

 

多分夏凜の場合は虫の知らせとか獣の第六感とかそんな感じ。 それか、勇者システムと同調した際の銀の記憶から来てるのか。

 

「無理に思い出そうとしたって無理なんだから、暫くほっとけば?」

「そうだな。 友奈も考えすぎるなよ?」

「…………うん。」

 

 

勘定を終えた帰り道、友奈と夏凜の後ろで、俺はボーッとしていた。 考えすぎるなよとは言ったが、つい考えてしまう。

 

 

俺たちが忘れているのが、『何』か『誰』かで話が違ってくるからだ。

 

部室でなんかの部品でも無くした、とかなら良いんだが。

 

 

『誰か』を忘れてる、となればそれは人知を越えてしまっている。 また大赦か面倒だなぁってなっちゃう。

 

 

―――――ふと、俺たちの横を、親に押されてる車椅子に座った少女が横切った。

 

 

「―――――。」

 

 

ノイズと言うか、テレビの砂嵐みたいな雑音が、脳裏を流れた。

 

そんな気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃじゃーん!」

「なにそれ、ケーキ?」

「どこで密輸したの~?」

 

後日、部室に集まった樹が家庭科の授業で作ったらしいケーキを持ってきていた。

 

猫の顔を模しているみたいだが、所々が溶けてて夏凜が前に描いた猫みたいな感じになってる。

 

 

「……妖怪?」

「猫です!」

 

俺の呟きに反応した樹が飛び付いてきて叩いてくる。 あんま痛くないけど。

 

「悪い悪い。 んじゃ切るかぁ」

「あたしがやるわ。」

「そう? よろしく。」

 

棚の奥に厳重に保管されてる包丁を一本出して、風はケーキをカットする。 小皿に移したそれを一口食べた。

 

 

『―――むっ』

 

「ど、どうですか……?」

 

「おー、旨いじゃん。 やっとレシピ通りに作るって事を覚えたな。」

「一言余計ですよぉ!」

 

膨れっ面の樹に睨まれる。

 

他の連中も旨い旨いとケーキを食いきり、最後の一切れに手を伸ばした。

 

 

「いや、なんで八つに切ったし。」

「風さん……貴女まさか……」

「これは自分の分を確保しようとしたな、間違いない。 なんて卑劣な手口なのだ……!」

 

「違うわい!! なんか、こう……癖よ癖。」

 

違うのか。 食い意地と言うか俺より食うからそう言うことかと………………?

 

「俺たち固定メンバーなのにそんな癖なんてあるか?」

「うーん、言われてみればそうねぇ。 なんでかしら。」

 

首を傾げる風。 その隙に俺は、最後の一切れを掠め取る。

 

 

「じゃ、いただきー。」

「あーズルい!」

「もふぉふぁふぁ」

「ぶっ飛ばされたいかコラァ!!」

 

胸ぐらを掴まれてガクガク揺すられながら、ケーキを咀嚼して飲み込む。 隙を見せる方が悪いんだよなぁ。

 

「漫才やってないで落ち着いたら?」

「んぐ、今度マカロンでも作ってやるよ。」

「嫌がらせに近いのやめろ」

 

歌野と夏凜に窘められ、ようやく解放される。 まあマカロンってあれ糖分の塊だからな。 全員に二、三個ずつとかでいいだろ。

 

樹が園子に店開く提案されている横で、ボケッとしながら見ていた友奈がぽつりと呟いた。

 

 

「…………ぼた餅」

「なに?」

「ぼた餅、前に食べなかったかなーって。」

 

その言葉に夏凜が返す。

 

「前に友奈が作ったやつでしょ、紅葉は作れないじゃない。」

「俺が作らなくても部室いけば食えるしな。」

「そう、かな。」

 

 

ぼた餅、ぼた餅ねぇ。

 

…………友奈って、料理、得意でもないよな。

 

 

 

「―――――ん。」

 

不意に手を見ると、灰が付いていた。 俺はバレないように、力強くその手を握り締める。

 

 

 

 

 

……今度、気分転換に丸亀城でも見に行くか。

 

 




みーちゃんの誕生日までにあと一、二話イケるかも。


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二終目 追想


紅葉の結婚秘話はのわゆ編書き終わってからにするかなーとか考えてたけど、勇者の章含めたらいつ終わるかわかんないしどうしよ。 勇者の章終わったら短編として書くか……(予定は未定)



リスペクトしてる作品が更新してたので更新返しで二話目です



 

 

 

暇だったことも含めて、俺は徒歩で丸亀市の丸亀城に訪れていた。 今日は幼稚園で劇らしいけど案の定サボりでございます。

 

まあ園子の木の役はちょっと気になったけど。

 

 

かつては勇者の拠点として使われていた丸亀城も、今では観光地の一つとして扱われている。

 

かつて誰かが生活の拠点として使っていたのでは? なんて話をタマにニュースで見るが、検討外れな説ばっかり聞くから今では興味もない。

 

 

「変わんねぇなあ、ここも。」

 

教室がわりに使ってた一室、あいつらとの歳もちょっと離れてたりで、退屈な授業だった……なんて事が記憶の奥底にあった。

 

 

しかしなんで机とかも当時の位置のままなんだ? 誰かが残しておくように進言したのかね。

 

 

「―――ここが若葉、ここがひなたでここが球子で杏、千景に……友奈。」

 

一つずつ、机を撫でる。

 

 

『今日こそ一番乗りだ!』と意気込んでも若葉に勝てない球子。 『ラブソングこそが至高です!』と言って球子と言い合う杏。 『格闘技教えてー!』と俺にせがんできた友奈。

 

色んな記憶が甦る。

 

 

「千景には、しょっちゅう鬱陶しそうにされてたな。 腕を斬られた後か…………あいつが皆と仲良くなったの。」

 

記憶の想起に伴って浮かび上がったかつての古傷をなぞる。 千景はただ、愛されたかっただけなのだ。 それをわからせようとした結果が左腕の麻痺なら、まあ安いものだろう。

 

 

ちなみに俺がここに来た理由は、昔の記憶を思い出すついでに忘れている何かを思い出せるかも、なんて思ったからだ。

 

果たして感傷に浸るだけでした、泣けるぜ。

 

さて、他に何か手はないかしら~っと。

 

 

 

 

 

 

 

そんな事を考えていると、思考の奥がざわついた。 脳の奥、と言うべきか。 とにかく、妙に、気分が悪い。

 

俺は今も使えるトイレに駆け込んで―――

 

 

「う、お、ぇえ…………」

 

吐いた。 道中で食った飯も朝飯も、何もかもが逆流してビチャビチャと音が鳴る。

 

 

「……うわーお、真っ赤っか。」

 

便器の中は、赤黒い液体で汚れていた。 紙で床に跳ねたりした血を拭いて流し、トイレから出る。

 

 

……身体の灰化に、吐血か。

 

「俺ももう、時間がねぇな……。」

 

 

()()()()()()()()()大赦で精密検査しても良いんだけど、記憶が戻る前より敵が多くなってて任せられる奴が三好の坊主しか居ないんだよねぇ。

 

あいつが居てもチャンスとばかりに殺されるだろうから無理だ。

 

理由は分かっているのもあって、何時、唐突に終わるかわからないと言うのは結構こえーよ。

 

 

 

 

―――俺()…………?

 

 

 

 

…………そうだ。 思い出した。

 

 

神樹は、枯れかけている。

 

そのうえで、外の世界で炎が活性化している。 天の神が人類が壁に穴を空け、四国という境界を越えた事に怒りを示したのだ。

 

それを鎮めるために、大赦は巫女を生け贄に捧げる奉火祭(ほうかさい)という行動を取った。

 

 

俺がゴールドタワーに行ったとき、あやちゃん―――国土亜耶がその贄に選ばれた。 だが、俺が帰るほんの数時間前にその使命が無かったことになった。

 

 

少し考えれば、分かることだ。

 

大赦はあやちゃんより適任の巫女を見つけた。

 

 

 

 

 

 

 

『お願い、紅葉くん。』

 

ピリ―――と、脳に刺激。

 

 

 

『私を…………忘れて。』

 

雷に打たれたらこうなのかも。 なんて考える暇もなく、身体に、脳に、記憶に、魂に衝撃が走る。

 

 

 

「あ、が、ががががが―――!!?」

 

丸亀城の廊下を、みっともなく転げ回る。

 

身体の内側と外側で、見えない何かが暴れている感覚。 それこそが、間違いなく俺が記憶処理を受けている証拠で―――

 

 

「く、っそ、お陰、で……神樹以外、からの……加護まで、あるの、が……わかった……だろうが…………!!」

 

 

しかも、別系統。

 

恐らく、天の神側。

 

……天の神を裏切って味方に着いた別の天側の神も居るらしいし、そう言うことだってあるだろうが……。

 

 

 

「不快だなぁ、おい。」

 

腕に力が入る。 全身への激痛と妙な不快感を無視して、立ち上がる。

 

パラパラと、手の一部が欠けてこぼれ落ちた。

 

脳への負荷から、鼻と涙腺から血が垂れる。

 

 

 

―――知るか馬鹿。

 

 

「―――思い出したぞ。 約束だ、お前を迎えに行かせる。」

 

鼻血と血涙をハンカチで乱暴に拭い、外に向かって歩く。 誰も居なくて助かった。 救急車でも呼ばれたら、面倒臭い。

 

 

 

「美森。 東郷美森。 東郷、美森……!!」

 

 

東郷美森。 勇者にして、巫女の適正を持った少女。 友奈の隣人。 部室のパソコン担当。

 

―――俺たちの、大事な人。

 

 

身体への多大な負荷を以て、俺はようやく、失った記憶を取り戻した。

 

「―――う、おお……いてぇ、あぁ……」

 

痛む胸を掻きむしるように押さえる。 心臓が全身に、忙しなく血を送っているのがわかった。 まずいな、無茶をさせ過ぎた。

 

これだけで幾ら寿命が削れたかわからんが―――不思議と、後悔は無い。

 

 

「友奈たちと合流しねえと……幼稚園で劇、だったな…………ぐ、あ…………若葉……頼んだ……。」

「―――あまり無茶をするな、と言ってもお前はするんだな。」

 

外に出た俺は、待ち構えていた人に戻った若葉に抱えられる。 その姿は、いつもの青い勇者服から山伏姿の天狗へと変わっていた。

 

三大悪妖怪の一種を憑依させた姿だが、今の若葉に、負担となる生身の肉体は存在していない。

 

かつてはバーテックスを殺すか負荷で死ぬかの戦いを繰り広げていたと言うのに、死後その力が使い放題になるとは因果な奴。

 

 

「悪い。」

「悪いと思ってるなら、やめろ。」

「…………悪い。」

 

本当に、悪いと思っている。 だが、現状の打破と、勇者や巫女、防人達の幸せには俺の無茶が必要不可欠なんだよ。

 

だからやめない。

 

 

 

 

 

例え、この身を灰に窶しても。

 

 

 

 

 

「…………その若さで死んでみろ、ひなたからの説教が三日三晩は続くぞ。」

「……それも良いかもな、今は、あいつの声が聞きたいくらいだ…………。」

 

若葉は重症だな、と一言呟いて俺を横向きに抱いて飛び上がる。 翼をはためかせ、人の目に観測できない高さまで飛翔してから讃州市に向かって移動を始めた。

 

 

「おお……案外寒くないんだな。」

「大天狗は炎を操ることも出来る。 紅葉への負担を和らげる為に、周囲の温度を上げているだけだ。」

「そりゃどうも。」

「……はあ。」

 

俺なりの最大限の感謝の言葉。 若葉もそれが分かっているからか、ため息をつきつつ、口許は嬉しそうに歪んでいた。

 

若葉に抱き抱えられながらの空中遊泳を楽しみながら友奈達の元へ向かっている途中、ポケットのスマホが振動する。

 

 

「んお。 電話か」

「落とすなよ。」

「馬鹿にすんな―――あー俺のスマホォ!!」

「だから言っただろ、馬鹿者!!」

 

馬鹿みたいなお決まりで、俺のスマホは手元から滑り落ちる。

 

若葉は俺を上にぶん投げてから翼を降り立たんで急降下。 スマホをキャッチしてから急浮上し、落ちてきた俺を受け止めた。

 

 

「ぐえぇ!?」

「今のはお前が悪いぞ。」

「……今度から首にぶら下げるか。」

 

子供用のスマホみたいにな。

 

ともあれ、スマホの画面を確認。 どうやら一度切れたらしく、再度掛かってきたのに出ると、画面越しに園子の焦った声が届いた。

 

 

『もーみん! わ、私……どうして……! ミノさん……わっしー……っ!!』

「落ち着け、俺も思い出した。」

『どうしよう……ど、どうしたら……』

「落ち着けっつーの、友奈たちと合流しろ。 あいつらが劇やる予定の幼稚園で待ち合わせるぞ。」

 

俺の声で落ち着いたのか、焦った声はゆったりとした声色になる。 俺の方は俺の方で、なんだろう、色々有りすぎて並大抵じゃ驚けなくなってるんだよな。

 

 

『…………うん。』

「それまでに落ち着いとけ、元リーダー。」

『―――――すー、はー。 うん。 もう大丈夫だよ、もーみん。』

「それでいい、また後でな。」

 

ピ。 と電話を切る。

 

俺は気になって、若葉に聞く。

 

 

「お前と千景の事を知ってる友奈は例外として、園子くらいには会っておいて損はないと思うんだが。」

「……言っただろう、死者が生者と深く関わるべきではない。」

「なんで急に俺のことディスり出した?」

「そう言うわけではない。 それに、私の子孫……だからこそ、逆に会いづらい訳でだな。」

 

ははあ、要は恥ずかしいんだ。

 

 

それに球子と杏は勇者の力を放棄したから、もう子孫を勇者には出来ない。 千景は子孫を残さないと決意してたから除外、若葉の子孫はあんなん。

 

ひなた………………の子供は血筋的に勇者にはなれない。 巫女向きだ。 俺? どうなんだろうね、俺のこの体が女だったら予知夢ぐらいは見られたんじゃない?

 

 

「自分達の代の子孫で勇者やってるのが若葉の子孫だけって、なんかそれはそれで変な疎外感があるわけだな。」

「…………うむ。」

 

 

恥ずかしげに、若葉はほんのり頬を染める。 こういう顔見るのすげー久しぶりだな。

 

あー役得役得、なんて思いながら、若葉の首に回した腕に力を込める。 友奈達の元に向かいながら、俺は若葉に身を委ねまぶたを閉じた。

 

 

 

 

 

―――体から剥がれるように取れる灰の塊から、目を背けるように。

 





そのうち赤嶺友奈と紅葉の話でも書こうかなーと思ってるけど、まず間違いなく血生臭くなるから更に人を選ぶことになりそう。


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三終目 国防


お ま た せ

遅れたのは帝都イベントのせいです。
あとドレス銀用のTポイント稼ぎ。



そういえば他の作品で良く若葉の武器を生()刀と書いているのを見ますが、のわゆ上の巻末資料を見る限りは若葉の武器で言うなら生()刀の方が正しいみたいですね。

なお私は何故か若葉の誕生日回で『生大刃』と書いていた模様(修正済み)。 はー、 あ ほ く さ 。



 

 

 

 

「着地任せた。」

「ああ。」

 

 

幼稚園の裏手に降り立った俺と若葉。 木陰に体を隠し、俺は血が着いてないかの確認。 そうしている俺に若葉は言う。

 

「とにかくこれ以上の無茶はよせ、良いな。」

「考えといてやるよ。」

「手足縛って家に転がしてやろうか」

「……わかったよ。 全く強引な奴」

「お前が言うな」

 

はぁーーーーー。 と、恐らく今まで聞いたなかで一番長いため息をつかれる。 若葉はカラスに姿を変えると、飛び去っていった。

 

…………なんか、どっと疲れた。

 

 

多分若葉もおんなじこと考えてるだろうけど、とっくの昔に死んでる奴とこれからまた死ぬ奴の『あー疲れた』を一緒にしてはいけない。

 

度合いがちげーんだよ度合いが。

 

 

 

服装を整えて、幼稚園にお邪魔する。 するとそこでは、号泣している友奈を園子が抱き締めていた。

 

どうやら突然の事だったらしく、全員が呆然としていて、その視線が全部俺に向いている。

 

 

「………………あー、えー、んー。」

 

咳払いをして、提案した。

 

 

「入室からやり直していい?」

 

当然ダメ出しを食らった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「東郷が、消えた……?」

 

部室の黒板の前に、全員で集まって座る。

 

園子と友奈が黒板と俺たちの間で、美森の話をしていた。 上記の言葉を発したのは、確か風か夏凜。

 

 

「東郷さん、東郷美森。 私の家のお隣さんで、大親友の東郷さん。 私たちは…………それを忘れていたんだよ。」

「私もさっき、墓参り中に思い出したんよ~。 こんな異常事態を引き起こせるのは、限られてると思う。」

 

「まーた大赦?」

 

二人の言葉に、歌野が答える。

 

……うん。 事実その通りなんだけど、風辺りの地雷を容赦なく踏み抜くのはやめようね?

 

 

「もーみん、もーみんも思い出したって言ったよね、何か知らない?」

「…………美森が居た、と言うことだけだ。 それ以外は知らん。 悪いな。」

 

 

大嘘だけど。 それどころか当事者だけど。

 

まあ、言わぬが花だよね。 園子とか風辺りから質問攻め食らいそうだし、絶対言わない方がいい。

 

 

「東郷さん…………今どこで、なにをしてるの……?」

 

友奈が不安気にそう言う。 そんな顔されると言いたくなるけど、今の俺は要するに攻略本。 ネタバレはあんまり好きじゃない。

 

心配しなくても明日には良い情報持ってくるって。

 

そんな事を思いながら、俺は美森が居た本来の記憶を想起していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ある日、気分で一緒に登校する相手を変えている俺は、珍しく友奈と美森の二人と通学路を歩いていた。

 

「……なんだ?」

「おお……高級車だ。」

 

談笑していると、校門の前に一台の白い車が止まった。 大赦のは黒いし…………誰だ。

 

「……なにかしら。」

「なんだか嫌な予感がしてきたぞー?」

 

 

その予感は的中する。 ドアが開き、中から回転しながら少女が降りてきた。 器用っすね。

 

 

「じゃじゃじゃ~~ん! 乃木さんちの園子だよ~!」

 

「そ、園子ちゃん!?」

「そのっち…………。」

「ほら言っただろ。」

「今日からおんなじクラスだよ~?」

「嘘でしょ……?」

 

うちのクラスもだんだん動物園化が進んできたな、もう既にゴリラが二匹居るんだけど更に増えるとか飼育員の苦労をだね……。

 

サプライズ大成功~! とか言って喜んでる園子に、美森は勢い良く抱き付いた。 あら~。

 

 

「そのっちぃ…………っ!」

「おっと、へへ~わっし~!」

「感動の再開だね、紅葉くん!」

「涙がちょちょぎれるな。」

 

あと胃に穴が空きそう。

 

園子の車の運ちゃんにジェスチャーで去るように指示して、イチャついてる美森と園子の頭頂部をチョップする。

 

つかあの運ちゃん園子と大赦本部襲撃した時、真っ先に園子が顔面にパイ叩き付けてた被害者一号じゃん。顔まだ腫れてたしうわー痛そう、相手が俺じゃなくて良かったね。

 

 

「イチャつくのは自由だけど、校門の前で立ち止まってないで中入りぃ」

「あ、ごめんなさい」

「おっけ~い」

 

あーあー、やだねぇまた騒がしくなるの。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「入部希望の~~…………乃木園子だぜェ~~~い!!」

 

放課後、そう言って部室にカチコミしてきたのは、案の定乃木園子であった。

 

 

「園子……相変わらずやんちゃな奴。」

「またそのっちと学校に行けるなんて……。」

 

端末経由で銀の記憶を知っている夏凜と、かつてのクラスメートである美森が、園子の入部を歓迎する。

 

 

「授業中に居眠りしてたら起こしてね~?」

「そもそも寝ちゃ駄目なんだから……分かってる?」

 

園子の額を指で突く美森。 なんか段々、美森も母親感が高まってきたな。

 

「美森お母さん怒らせたら柱に磔にされるぞ。」

「誰がお母さんですか。」

「あと煮干しパパも怖いぞー。」

「誰がパパだ。」

 

ケケケケ、と悪魔みたいに笑う。 夏凜が一瞬友奈のことチラ見したのは見なかったことにしといてやるよ、面白そうだし。

 

あとなんで美森は俺を見た。

 

 

「で、あんた小学校中退でしょ。 どうやって編入したのよ」

「そのっちは頭が良いから、少し学べば簡単なの。」

「乃木家は皆大体そんなだ。」

「照れるぜ~」

 

俺が西暦で生きてた時で知る限り、若葉の娘とそのまた娘は両方天才だった。 あれちょっとズルいと思う。

 

 

「乃木さんもこれから勇者部の一員としてやってくから、皆もよろしく頼むわ。」

「乃木さんじゃなくて、乃木とか園子で良いですよ~フーミン先輩~!」

「ふ、フーミン……?」

 

 

もーみんに、フーミン。

 

「あー……なんか響きが似てるなーと思ったらあれだ、ムーミン。」

「それだ。」

 

パンと歌野と手を合わせる。 ようやく既視感の謎が解消されたぜ。

 

頭に疑問符を浮かべた夏凜が聞いてきた。

 

 

「ムーミン? あんたの親戚?」

「ちげーーーよ。」

 

俺とカバを一緒にすんじゃねえ…………いやムーミンってあいつトロールだっけ、北欧神話のやつ。

 

 

「樹ちゃんはイッつんで~、お姉さんはゆーゆ!」

「わあ、良いね! じゃあ私は園ちゃんって呼ぶ!」

 

楽しそうだなーあいつら。

 

そして、園子が夏凜をにぼっしーと呼んだ所で、夏凜が俺を睨んだ。

 

「おい。」

「歌野です。」

「擦り付けるな。」

「嘘つくな。」

 

4コマかよ。 夏凜にジロジロとガンつけられてる横で、園子が歌野のアダ名を考えていた。

 

「歌野ちゃんは~~~うたのんで!」

「その呼び方を許した相手は一人だけなんだけど…………まあ、いいわ。 わざわざ拒否する事でも無し。」

 

 

仕方ない、とでも言いたそうな顔で、歌野は渋々了承した。 すいませーん、俺そろそろ三角絞め食らいそうなんですけどー。

 

あとどっかの炎タイプみたいにずっと睨み付けてくるのはやめろ、俺の防御力はこれ以上下がらんぞ。 というか下がると困る。

 

 

 

 

 

 

 

後日、部室でパソコンとにらめっこしている樹がふと呟いた。

 

「…………国防仮面」

「どしたの樹、てか何それ。」

「最近巷を賑やかしてる謎のヒーロー、よく近所に出るんだって。」

「へぇ~、勇者部のライバル的なアレかしら。 ねえ紅葉、あんたなんか知らない?」

「……いや、なんも。」

 

 

内心で冷や汗を垂らして、俺は否定する。 許可を出したのが俺で実行したのが美森だとバレたら…………マズイ……。

 

樹の後ろから俺と風でパソコンを覗き込むとそこには、軍服に帽子、アイマスクに軍刀にマントと、気合いの入ったコスプレをした美森が居た。

 

 

「このカメラアングル……撮影者は男だな、間違いない。」

「その心は。」

「俺ならこうなる。」

「…………そう。」

 

よし、上手いこと流せたな。

 

「……って、この胸の大きさ……」

「お姉ちゃん?」

「こいつ絶対東郷でしょ」

「胸ソムリエかお前は。」

 

流石にちょっと……引くかな。 と自分の事を棚に上げつつ、俺は出ていった風の後を追った。

 

 

「んじゃ、ちょっと行ってくるぜ。」

「行ってらっしゃーい。」

 

 

 

 

 

 

 

 

「待てーーーい!!」

 

夕方の道路に、少女の声が木霊する。 ヘルメットを被り引ったくった鞄を抱えて逃げる男が、驚いて振り返った。

 

 

「国を守れと人が呼ぶ―――――。

 

愛を守れと叫んでる――――――。

 

憂国の戦士、国防仮面―――見参!」

 

 

今日日子供が見る日曜朝の特撮番組でもやらないような名乗り口上に、男は跳躍した少女―――国防仮面に呆気に取られる。

 

男は組伏せられる直前に路地裏に待機していた仲間に鞄を投げた。

 

 

「確保! …………っ、仲間が……!?」

 

別の男は鞄を脇に抱えて逃げようと路地裏に踵を返した―――――瞬間、路地裏の奥から飛んで来たレンガブロックの豪速球にフルフェイスヘルメットを砕かれる。

 

衝撃で脳震盪でも起こしたのか、男はそのまま道路の方に仰向けで背中から倒れた。

 

 

「油断大敵……だぜ? 国防仮面さんよ。」

 

鞄を手に取り国防仮面の元に、紅葉が歩いてきた。 もう片方の手には、次弾のレンガが握られている。

 

 

「紅葉く…………ではなく、君は……」

「そこまで言ったなら言いきれよ……まあいいや、ほらよ。」

 

最初の男をロープで縛っていた国防仮面に鞄を投げる。 遅れてやってきた鞄を取られた張本人らしい女性と野次馬が現れた。

 

本当は紅葉の功績なのに、と一瞬国防仮面(東郷美森)は紅葉を見るが、ひらひらと手を振られて仕方なく自分の功績として女性に鞄を返す。

 

 

「…………私は国防仮面、困った者の前に出来るだけ現れます。」

 

で、出来るだけ……と困惑する女性を余所に、野次馬を掻き分けて見慣れたツインテールの少女が姿を見せる。

 

 

「見つけたわよー、とぉーごぉー?」

「……うっ」

「紅葉は家の屋根に跳んでって消えるし、あんたは変なコスプレするし、何時からこの国は無法地帯になったのよ。」

「これは……その…………えっと……」

「とりあえず学校戻ろうぜ、人が多すぎる。」

 

返答に困っている国防仮面―――美森に助け船を出す紅葉。

 

 

「あんた何処行ってたのよ……」

「あの手の引ったくりはもう一人居るなぁと思って裏に回りたかったんだよ。 案の定居たから、仕留めた。」

「仕留めた。 じゃなーい! レンガ投げたら危ないでしょうが!」

「何のためにヘルメットが有るんだよ」

「あんたにかち割られる為じゃないのは確か!」

 

紅葉の顔面を鷲掴みにして怒鳴る風。

 

国防仮面こと美森は、鞄を取られた女性に警察と救急車を呼ばせて二人を大急ぎで引っ張りその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

部室に戻った俺と美森は、二人で正座させられ、俺に限っては小道具の手錠で後ろ手に縛られていた。 俺の人権は何処行っちゃったんだよ!

 

 

風、歌野、夏凜に見下ろされ、俺と美森は顔を見合わせる。

 

「まさか、こうなるとは思わなかったわ。」

「中世の魔女裁判の方がましだと思う。」

 

 

うーん、多分魔女! とりあえず死刑!

 

…………どっちもどっちか。

 

 

「さて、何処から話したもんか。」

 

 

そう。 元は罪を償いたがった美森との話から始まり、俺が覆面ヒーローでもすればいいじゃんと適当に提案したのが事の発端だった。

 

まさか本気にされるとは思わなかったしここまで続けるとは思わなかった辺りは、完全に俺の判断ミスだが。

 

いやまあ、なんかさあ…………子供がここまで本気だとジジイとしては応援するしかないと言うかなんと言うか。

 

 

「…………美森、楽しかったか?」

「……ふふっ、ええ。 とても。」

 

横目で美森を見ると、それはとても良い顔をしていた。 じゃあ、この笑顔に免じて許しては……

 

「駄目よ。」

 

ああん、歌野ってば酷い。

 

 

連帯責任で、俺と美森の二人は暫く勇者部活動でひっきりなしに働くことを命じられた。

 

まあこれくらいなら……とか思ってたら、勇者部の扉を勢い良く開いて友奈が現れる。

 

「国防仮面さん来てるのーーー!?」

「ゆ゛っ……友奈さん……」

「もうちょい低い方がいいぞ。」

 

 

俺たちの災難は、もう少しだけ続く。

 





総合評価1000及びUA60000突破しました。

やったぜ。


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四終目 勇者


ものすごい今さらだけど、この作品ってゆゆゆ風に略すと『さもい』になるんですがなんか………………微妙ですね。



 

 

 

東郷美森が消失している事が発覚してから一日、部室に紅葉と園子以外が集まり話を纏めていた。

 

 

「写真からも、新聞からも、東郷だけが消えてるみたいね。」

「学校の在校記録にも東郷の名前が無かった……まるで質の悪いいじめみたいだわ。」

「兄貴に聞いてもそんな人は知らないってさ。」

「何度占っても場所が割り出せません…………。」

 

ぼーっとしている友奈の後ろに回り、歌野が背中を強く叩く。 バシンと音がして、友奈の体は一瞬浮かんだ。

 

 

「いい゛っ!?」

「シャキッとしなさい、そろそろ紅葉と園子が戻ってくるわ。」

「大赦、ねぇ。 あいつら……また何か隠し事でもしてるの……?」

「二人が戻ってくれば分かることよ。」

 

手持ち無沙汰の五人。 ウノでもする? と歌野がカードの入った箱を取り出すが、当然そんな気分にはなれず。

 

 

「(…………あー、面倒臭い。 前まで覚と一緒だったからかなんとなく感情の揺れが分かるけど、空気読んで馬鹿をやるのは紅葉の役目でしょうに…………。)」

 

そんな事を考えて、歌野は目と目の間を指で揉む。 そうしていると、ふと部室の扉の奥に人の気配を感じ取った。

 

 

「お待たせぇい。」

 

無遠慮に扉を開け放ったのは、先人紅葉だった。 最近はよく疲れた顔をしていて、その後ろから園子が追従して部室に入る。

 

紅葉の手には大きなジュラルミンケースが握られていた。

 

「大赦の人、なにも知らないみたい。」

「知ってそうなやつトイレに引きずり込んでちょっと話してみたが、どいつもこいつも知らないの一点張りでなぁ。」

「こっちも今の私が話せる地位の人に聞いても、震えながら知らないって。」

 

「……まあ、緊急事態だし何やったのかは聞かないでおくわ。」

 

 

風の言葉は、切実だった。

 

今は一分一秒も惜しいのだ、紅葉と園子がどう聞いた(脅した)のかを問う暇もない。

 

 

「で、残るはこれだけと。」

 

『―――――!』

 

紅葉が無造作に机に置いたケースから、見慣れたスマホが五つ現れる。 そのケースの端に一つあった筈のスマホだけが抜かれていた。

 

「勇者システム―――。」

「ぷんぷん怒って『出して』って言ったら出してくれたんよ~」

「アレは『ぷんぷん』で良いのか。」

 

紅葉は脳裏に大赦の技術部の職員を威圧していた園子を思い浮かべる。 記憶の中の自分の横にあったガラスに亀裂が走っていたのは見なかったことにしておく。

 

 

「見て、わっしーの端末だけが無いの。 私の端末で居場所を探っても、見つからない。 多分わっしーはびっくりする所に居るんじゃないかな。」

「もしかして……壁の外!?」

 

友奈の言葉に、園子は頷いて返す。

 

その通り。 と言い、指を鳴らして自分の精霊である烏天狗を出現させる。 烏天狗は園子の頭から紅葉の頭に移動した。

 

 

「精霊……!」

「お前もか……。」

 

紅葉は頭に乗った烏天狗を手で払って退かそうとするも、それをかわされお返しとばかりに脳天を嘴でどつかれる。

 

「いてぇーーーーーっ!!?」

「セバスチャンも、もーみんが好きなんだよね~。」

「絶対違う……うごごごご……」

 

再度指を鳴らして、烏天狗を消す。

 

紅葉は頭を擦って園子を睨んだ。

 

 

「…………はぁ……難しく考えてたのがアホらしくなってきた。」

 

 

夏凜がそう言い、端末を取る。 それに習って歌野が取り、友奈が取ろうとした所で風が止めた。

 

「待って。」

「風先輩……?」

「あの時は選択肢なんて無かった。 でも今は違う、東郷を助けたいのは分かるけど、勢いだけで戦おうなんて思わないで。」

「そ、それに、また力の代償があるんじゃ…………。」

 

不安気に、樹が呟く。

 

その言葉に全員が押し黙った。 満開と散華、力と代償。 またあの苦しみを味わうことになるのか、と、そう言いたかった。

 

紅葉が樹の頭をがしがし掻くと、答える。

 

 

「大丈夫だ。 大赦はもう嘘はつかないし、バージョンアップで散華するシステムも撤廃されてる。

 

なにより俺と夏凜の兄ちゃんが定期的に見張りに行ってたからな、お墨付きだぜ?」

 

えぇ……という夏凜の声を無視して、それならと樹も端末を取った。

 

そして、友奈が端末を掴む。

 

 

「私、考えました。 私は私の意思で、東郷さんを助けたい。」

「…………そっか。 じゃ、あたしもやりますかねぇ。」

 

呆れたような、どこかほっとしたような様子で、最後に風が勇者端末を持った。

 

そうして全員が、アプリを起動する。

 

部室が光に包まれ、紅葉が目を細めた。

 

 

変身しながら園子が新しいバージョンの勇者システムの説明をし、六人は変身を終わらせる。

 

 

「…………ん、私の服、こんな色暗かったっけ」

「ああ、お前のは要望に答えた結果なんかそうなった。」

 

夏凜の勇者服は、以前のものと色合いが変わっていた。 鮮やかに赤い部分は深い紅に、黒い部分はより漆黒に。 肩の満開ゲージはサツキツツジと牡丹がずれて重なり、合計で二つ分ある。

 

 

「精霊バリアと防御性能を可能な限り削って、満開の持続時間と威力を底上げした。 要するに攻撃に当たるなよって事だ。」

「シンプルで分かりやすいわね、私好みよ。」

「そりゃよかった。」

 

満足した顔で、手首の調子を確かめる。 そんな夏凜を横目に歌野が紅葉に聞いた。

 

 

「勇者システムってそんなことが出来るの?」

「夏凜の場合は銀との二人分のデータが詰まってるからな、こいつしか出来ないと思う。 まあ戦歴が長い美森も可能かもしれないが。」

 

変身時の花びらが頭に付いていたらしく、それを取り除きながら答えると、勇者端末が光り精霊が飛び出す。

 

 

「んぶっ!? い、犬神!」

「木霊も…………!」

「牛鬼……久しぶり!」

「あんたも、久しぶりね。」

『諸行無常』

「変わんないわね……義輝。」

「覚は相変わらずね、帰ったら漬物食べる?」

 

各々が精霊と触れあっていると、犬神と牛鬼、烏天狗が標的を変えたかのように紅葉に飛び付いた。

 

犬神が顔面に張り付き牛鬼が頭を占領し、烏天狗が後頭部を突く。

 

 

「ぐえーーーっ!!」

 

やたらと強い力でへばりつく犬神を、なんとか両手で引っこ抜く。 口に毛が入り紅葉は眉を潜める。

 

「くっそ生意気な精霊共ぉ……!」

「懐かしい絡みも見られたところで、ほら行くわよ。」

 

歌野がパンパンと手を叩き、纏める。 屋上から跳んで行こうと提案して部室から出て行く全員を見て、紅葉は慌てて声をかけようとした。

 

 

 

「あー待て、俺もい……く……」

 

段々声が小さくなり、胸を押さえると片手を机に突いて体を支える。 呼吸の度に全身に激痛が走り、視界がボヤけて制服の袖から灰がこぼれた。

 

「が、あ…………耐えろ、我慢、しろ……!」

 

必死に呼吸を整えて、バレないように表情を取り繕って部室から出る。

 

 

 

 

「誰か俺の事抱える仕事やんない?」

『やんない』

「…………ちょっと酷くない……?」

 

渋々歌野が名乗り出て、事なきを得た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

道なき道を越え、船を足場にして、七人は結界を形成している壁に着地する。

 

 

「ここから先は、ずごごごご~って感じだから気を付けてね。」

「語彙力よ。」

「ま、大丈夫よ。 何時もと同じで私と歌野が前衛、後は流れで。」

「それが手っ取り早いしねぇ。」

 

腰の固定するパーツに刀を挿す夏凜と首の関節を鳴らす歌野。 どこのヤクザだよ、という紅葉の言葉は幸運にも聞かれなかった。

 

 

「しっかし、邪魔ねこれ。」

「お前人の善意を……」

「無くても『視』えるっつーの。」

 

そう言って夏凜は、右目の眼帯の上から覆うように装着された右目代わりの補助パーツを引き千切って捨てる。

 

夏凜にとっては、見えなくなったことに慣れ始めたのにそれを補助されても邪魔でしかないのだ。

 

 

「それじゃ行くわよ皆」

「……あのー……」

「ん、どうしたの? 樹。」

「紅葉さん、どうやって帰るんですか?」

 

『あ。』

 

 

六人は一斉に紅葉を見る。

 

ぼーっとしていた紅葉は、思い出したように答えた。

 

 

「だいじょぶだいじょぶ、タクシー呼んであるから。」

「…………なら良いけど、なに、大赦の人でも呼んだの?」

「まあそんな感じ。」

 

ふぅん、と言い、歌野は踵を返して壁の外に向かった。 それを追って五人が壁の外に赴くのを見て、紅葉は最後に結界を越えようとした友奈に言う。

 

 

「友奈」

「なに?」

「―――美森を頼む。 俺じゃ止められなかった。」

「……止められなかった……?」

「美森が壁の外に行く話を大赦としたとき、その場に俺も居た。 だけどあいつの覚悟に圧されて駄目だったんだよ。」

「……そっか、わかった。 絶対に東郷さんを連れて帰るよ!」

 

「ああ、信じてるぞ。」

 

 

疲れたような顔で、結界を越えた友奈を見送ると、紅葉は膝を突いてうずくまる。

 

「…………っ、ふぅーーー。」

 

脂汗が滲み出し、そのまま仰向けに倒れた。

 

 

「あと、どれだけだ……? 中学卒業には……間に合わないよな…………。」

 

壁の根っ子のように盛り上がった部分を枕に、紅葉は手を太陽に向ける。 血潮は真っ赤に燃えちゃいないな、とぼやいた。

 

―――――それどころか、さらさらと手からこぼれた灰が風に煽られ、虚空に消える。

 

 

「なんか見慣れてきたな。」

 

そう言っている紅葉の耳に、聞き慣れた羽ばたく音が入る。 それに合わせて起き上がると、丁度横に蒼いカラスとその足が鷲掴みにしている黒猫が降り立った。

 

 

「へい、タクシー。」

「誰がタクシーだ。」

「……相変わらず、この運び方は背中に響くわね……。」

 

いつもの青い勇者服の若葉と、背中を擦っている深紅の勇者服の千景を見て、紅葉は心を落ち着ける。

 

 

「(古馴染みの顔見ただけで精神が落ち着くんだから、俺って現金だよなぁ。)」

「お前は私をなんだと思ってるんだ? 誰がタクシーだ、誰が監視カメラだ。」

「……流石の若葉さんもカンカンね。」

 

額に青筋を浮かべ、分かりやすく怒っている若葉。 うわめんどくせぇと言いたそうな顔を隠して、紅葉は咳払いを一つして切り出した。

 

 

「いやいや、信頼してるからこうしてお前を頼ってるんだぜ? もっと自信持ちな、ついでに俺も持ってって。」

「…………はぁ、嫌だが、仕方ない。 嫌だが。 嫌だがな。」

「どんだけ嫌なんだよ。」

 

小さくため息をついた若葉は、紅葉を抱き上げようと近付く。 が、それを千景が腕で制した。

 

 

「なんだ、千景?」

「そんなに嫌なら私が運ぶわよ。」

「……なに?」

 

一瞬ニヤリと、それでも若葉に見えるように微笑む。

 

「嫌そうに運ばれたって紅葉くんは安心できないでしょう? 私は嫌でも何でもないもの、貴女の代わりに私がやるだけよ。」

「待て千景、私が頼まれた事だ。 頼まれたからには応える、それが乃木の流儀なのは知っているだろう。」

 

 

そんなに嫌なら私が、と言う千景。

 

嫌だが頼まれたんだ、と言う若葉。

 

 

そんな売り言葉に買い言葉の押収を見せる二人の後ろで、紅葉は暇そうにアクビをした。

 

「(こいつらなんで犬猿の時とそうじゃない時で0か100なんだ。 あーもーめんどくせーなーもー。)」

 

 

痛む頭を押さえて、仕方なく紅葉は二人の軽い言い争いを眺めることにした。

 

 





嘘はつかない(本当のことを言うわけではない)

よくよく考えたら、大赦が『満開ゲージは最初から満タン、でも使いきったら後がないよ』って仕様にしたのは神樹にまた貯めさせる余裕すら無かったからなんだよね。 Blu-ray見返してたらようやく理解できた(アホ)


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五終目 美森


戦闘シーンはバッサリとカットします。

暑すぎて書く気がなくなってました。 赦しは乞わぬしなんでもはしません(NOと言える日本人)



 

 

 

乃木園子が編入してからしばらくして、東郷美森の元に一人の女神官が訪れていた。

 

大赦にとって想定外の事態が起こったからだ。

 

 

 

曰く、美森が壁を破壊した事が原因で、壁の外の炎が活性化しているとのこと。

 

曰く、このままでは外の炎が結界を越え、四国を焼き付くしてしまうとのこと。

 

曰く、防人を使い進めていた計画を破棄して、現状の打破を優先するとのこと。

 

 

炎の勢いを弱め、神の怒りを鎮めるには奉火祭を行うしかなく、それは勇者でありながら巫女の素質もある美森にしか出来ないと。

 

 

そこまで聞かされすぐにでも了承しようとした時、家の柱をコンコン叩く音がして、意識が音のした方向に向かう。

 

神官と美森が向いた先には、柱に体を預けるように寄っ掛かる紅葉の姿があった。

 

 

「異議あ~~~り。」

「…………先人、様……。」

「キモいから様付けはやめろ。」

「紅葉くん……どうやって中に?」

「それに、外には部下が居た筈ですが。」

 

うーん、とわざとらしく思考の時間を作ってから、紅葉は腰のホルスターに挿していたスタンガンを取り出す。

 

「『我々も必死なんですアピール』なんてしようとしてずぶ濡れになるから感電なんてするんだぜ、そんなの意味ないから覚えときな。」

 

バチバチと、手元で光がスパークした。 神官への嫌悪感を隠そうともせず紅葉は続ける。

 

 

「奉火祭…………ね、何時の時代も馬鹿なこと考えるよな。 要するに世界のために死んでくれって事だろうが。」

 

深くため息をついてスタンガンをホルスターに収め、その後に神官の目を仮面越しに睨む。

 

 

「……ったく、あやちゃんが奉火祭で生け贄になる使命が急に白紙になったと思ったらそう言うことか。」

「あや、ちゃん……って?」

「ゴールドタワーに監禁されてる巫女。」

 

ほら、と言い写真を見せる。 そこには、紅葉と楠芽吹に挟まれた笑顔の亜耶が写っていた。

 

「……また女の子の知り合いが増えてる。」

「気にするところはそこか。」

 

じとっとした目付きで紅葉を見るが、呆れたように頭を振って紅葉はスマホを仕舞う。

 

追い打ちを掛けるが如く、神官は美森に言った。

 

「―――国土亜耶様及び、巫女数名が奉火祭の任に選ばれました。 しかし、東郷美森様一人で、彼女らの代わりを果たせるのです。」

「…………セコい奴らだなほんと、そう言えば美森が頷くって分かってるんだろ。」

 

 

いよいよ無理矢理にでも帰させるか、と握り拳を作り立ち上がろうとした紅葉の肩を、美森が掴んで押し留めた。

 

「少し、話をさせてください。」

「……わかりました、賢明な判断を期待しております。 外でお待ちしておりますので。」

「はい。」

 

感情の籠っていない、平坦な声。 台本を棒読みで読み上げているかのような声色で、神官はそう言うと部屋を後にした。

 

美森に合わせて座り直した紅葉に、美森は面と向かって話始める。

 

 

「まさか俺を説得しようって言いたいわけか。」

「そんなの無駄だって、ちゃんと分かってるわ。」

「じゃあやめろ、お前が行く必要なんてない。」

 

「でもね紅葉くん、私がやらないと、他の子達が犠牲にさせられる。 あやちゃんと言う娘も、死んでしまうの。」

「俺がさせない。 一度白紙にした計画をまたやるほど、あいつらには余裕がないからな。」

 

 

言葉一つ一つを、断言して切り捨てる。 美森はそんな紅葉の言動に違和感を覚えた。 『らしくない』…………と。

 

普段の紅葉ならきっと、自分の意見を尊重したうえで違う提案をしたりする。

 

()()()()()()()()()()()

 

 

「紅葉くん、私はやろうと思う。」

「あいつらは聞こえの良い言葉でお前から頷かせようとしてるだけだ。 神の元で薪になってこい、と言われてるんだぞ。」

「それでも、そうしないと、世界が滅びてしまうから。」

 

「―――とっくの昔に滅ぶべきだった。」

 

紅葉の瞳に、光りは無い。 美森は紅葉の本音を―――――初めて聞いた。

 

 

「俺と園子の祖先と上里の人間で昔、ある決まりを設けた。 『次代の勇者達に選択の余地を残すこと』と。」

 

ザアザアと降り注ぐ雨を窓越しに見ながら、紅葉は続ける。

 

 

「それでこの様だ。 大赦は勇者や巫女(幼い少女たち)を、世界(おもちゃ)を動かす電池としか見ていない。」

「…………否定は、しないわ。」

 

「お前を生け贄にして、平和が訪れたとして、そう遠くない未来であいつらは平気な顔をして違う巫女にのたまうんだよ。 『世界を救えるのは貴女しか居ない』ってな。」

 

 

紅葉は、世界の今の仕組みを否定する。 それでも『今誰が一番わがままを言っているのか』を考え、それが自分だと理解しているのだ。

 

『世界の危機』に『美森と言う救世主』

 

それで完結している出来事に横から『そんなのは認めない』と駄々をこねているのが紅葉だ。 それは、自分が一番よく分かっている。

 

 

「美森は確実に死ぬし、世界の滅びを先送りにするだけだ。 それに俺だけじゃない、友奈達だって哀しむんだぞ。」

「―――――ええ、そうね。 それでも私はやるわ。」

 

 

だが、しかし。

 

美森はその程度では止まらない。

 

「死ぬのは怖い、皆が哀しむのも辛い。 でも、だからね、私は考えたの。」

 

紅葉の顔を両手で包むと、正しく花のように、儚げに言った。

 

 

「お願い、紅葉くん。」

 

一筋の涙を流して、紅葉を見る。

 

 

「私を…………忘れて。」

 

「な、あ―――?」

 

絶句。 直前までしていた呼吸が止まり、紅葉の思考は白く塗り潰される。

 

 

言うのか。 お前が、それを言うのか。

 

声にならない声が、紅葉の口から掠れた音を奏でて漏れ出す。 誰からも忘れられたくない。 誰も忘れたくない。

 

鷲尾須美だった記憶や友との記憶を失った事のある美森だからこそ、その想いは誰よりも強い。

 

 

そんな少女に、『私を忘れて』と、この世界はそう言わせるのか。

 

 

「あ、ああ…………美森、お前、は……。」

 

「……嫌だよ。 怖いよ。 もう二度と誰にも忘れ去られたくない。 けどね、私に出来ることがあって、罪を償う機会があるなら、やらなきゃいけないんだと思う。」

 

 

皆が消えた自分を探そうとするなら、その理由(美森そのもの)をこの世から居ないことにしてしまえばいい。 そうすれば、誰も美森を探さない。

 

世界は守られ、勇者部の日常も守られる。 なんてことはない、人知れず世界を守るなんて何時もやっていることだ。

 

 

ここで紅葉が理屈っぽい言い回しなんかせず、ただシンプルに『お前が大事だ、だから行かないでくれ。』とでも言えていれば、何かが変わったのだろうか。

 

 

 

視線を泳がせ、やがて何かの覚悟を決めたように、紅葉の目を見据えて美森は呟く。

 

「紅葉くん。」

「…………なんだ。」

「私に少しだけ―――勇気を分けてくれる?」

 

不安そうな声色で、美森は問う。 紅葉は美森の腰に手を回して引き寄せながら答えた。

 

「俺で良いなら、幾らでもやるよ。」

「―――――ありがとう。」

 

 

コツンと額を合わせて、数秒間を置く。

 

色々な感情が混ざり、ぐちゃぐちゃになった思考と燃えるような熱を共有するかのように、二人は顔を近付け―――――

 

 

 

「んっ」

「……んん。」

 

 

 

―――――唇を触れ合わせた。

 

 

 

紅葉は美森のエメラルドグリーンの瞳を見て、ただただ純粋に『綺麗だな』と思った。

 

美森は紅葉のコールタールに漬けたように光の無い黒い瞳を見て、『悲しい人だ』と思った。

 

 

そうして、五秒か、十秒か。

 

短い時間が永遠に感じる程に、二人の時間は、一瞬だけでも止まっていた。

 

 

やがて口を離した二人は、無意識に止めていた呼吸を再開する。 美森は文字通りの『口惜しさ』を感じていたが、口付けをしていた体勢のまま固まっている紅葉を見てから立ち上がる。

 

 

「それじゃあ、紅葉くん―――――貰った勇気を無駄にしないうちに、ちょっと行ってくるね。」

 

 

『ちょっと行ってくるね。』

 

それはかつて、記憶を()くした菊の勇者が、青薔薇の勇者に言われたような気がする言葉。

 

 

何も言わず、美森の方に振り返る事もなく、石化したように固まった紅葉を名残惜しい顔で見ていたが、美森は頭を振って部屋から出る。

 

 

カラカラと、玄関の扉を開き、そして閉じる音がしてから、紅葉は土下座をするような形でうずくまると畳に握り拳を叩き付けた。

 

 

「くそ―――くそ、くそっ、くそがっ!!」

 

何度も叩き付けて、紅葉は額を擦り付ける。

 

 

「どうすれば、よかった……! 何が正解だった! どうすれば留まってくれたんだ!!」

 

ぐらりと力を抜いて横向きに倒れる紅葉は、一人の少女を脳裏に思い浮かべて呟いた。

 

 

「ひなた…………もういやだ、もう、大切な人を喪うのは、嫌だ………………。」

 

寿命と言うどうしようもない理由で勇者と巫女を失ったのなら、まだ耐えられた。

 

 

でも今回は、流石に無理だった。

 

己の無力さを噛み締めながら、死にに行く少女を見送った事なんてものは一度も無くて―――。

 

 

閉じた目蓋に押し出されて、涙が一滴ぽたりと垂れた。 こんな感情すら忘れられるなら、美森の判断も悪くないのかもな。

 

そんな事を考えながら紅葉は、子供が泣き付かれた時みたく、ゆっくりと眠りについた。

 

 

 

 

 

起きた頃にはその家は東郷家では無くなっていたのだが、紅葉は何故この家で寝ていたのかを、思い出せなかった。

 

 





私自身は安芸先生結構好きなんですが、わすゆでの安芸先生の事情を知らない紅葉からしたら『230年くらい経ったら腐りきってた組織の連中の一人』だからどうしても強く当たってしまうんですよね。



この先とじとも、ゆゆゆい、FGOのローテーションで確実に投稿が遅くなると思う。 これだけは真実を伝えたかった。 でもみーちゃん誕生日回はちゃんと書くよ。


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六終目 帰還



以前周回でイベント歌野を重ねてた私「なんだこのATK上昇……これもう完全にゴリラじゃん………(さもいでの扱いが決定された瞬間)」


今回ちょっと短いです(だから次の投稿が早くなるとは一言も言ってない)




 

 

 

勇者達や紅葉が緊急時に利用している、大赦の息が掛かった病院。 そこの一室で紅葉は、一人の少女が眠っているベッドの脇で椅子に腰掛け、足を組んで微睡(まどろ)んでいた。

 

当然だろう、紅葉は学校が終わってから明け方まで、いつ起きるか分からない少女のためにずっと傍にいたのだから。

 

 

手持ち無沙汰の紅葉は、眠り続けてる少女の顔を覗く。

 

記憶操作により存在が消滅していた同級生、東郷美森。 友奈たち勇者の手によって天の神の生け贄とされていた所を救助され、今もなお目が覚めないまま数日が経っていた。

 

 

「…………緩んでるな。」

 

紅葉は緩んだリボンをキツすぎないように絞め直し、目元に垂れた髪を横に分ける。

 

 

「―――ん、ぁ。」

 

その動作がくすぐったかったのか、眠りながら眉を潜めた美森は、少しして瞼を開いた。

 

 

「―――――美森」

「…………み……じ、く……」

 

掠れた声で、ピントの合わない目で、それでも美森は紅葉を捉える。 その事実に、カッと目頭が熱くなった気がした。

 

起きようとした美森の肩を押して寝かせた紅葉は、美森に優しく語り掛ける。

 

 

「……無理に話すな、数日寝てたんだ、喉の負担になる。」

「ぅ、ん……」

 

 

美森の目覚めを切っ掛けに、病室は慌ただしくなった。

 

紅葉がナースコールで人を呼んだり、吉報を伝えるために明け方にも関わらずNARUKOを使ったせいで寝ぼけた勇者達がメッセージ上で阿鼻叫喚の大騒ぎを披露したのは、ひとまず置いておく。

 

 

暫くして病室内のゴタゴタした空気が落ち着き、窓の外で太陽が覗き始めた辺りで、美森はベッドの枕側を上げたそれに背中を預けて座っていた。

 

 

「紅葉くん、私、どれくらい眠っていたの?」

「一週間ではないが、それでも長かったぞ。 」

「……そっか。」

 

そう言ってうつむく美森。 だが、僅かに思考してから紅葉に飛び付いてガクガク揺さぶり声を荒げた。

 

 

「も、紅葉くん! 奉火祭は!? 私がやらないと世界が炎に―――――っ!!」

「おおお落ち着けけけけ、説明するから手離せ、ガクガクすんな。」

 

肩に伸ばされた美森の両手を掴み落ち着かせる。 紅葉は咳払いを一つ、説明を始めた。

 

 

「どういう訳か、お前が救助された後の炎の勢いは落ち着いたままだったらしい。」

「そんな訳が……まさか他の巫女を……?」

「いや、そうじゃない。 ここ数日は防人を使った偵察も行っているが、星屑すら居ないんだとか。 炎を含めて色々と沈静化してるんだよ。」

 

 

使える限りの権限と立場を利用して、紅葉は大赦の上層部および防人経由での情報収集を行っていた。

 

『神に贄を捧げ赦しを乞う』事がメインとなっている奉火祭から、その贄を奪い返す。 その行いがどれほど愚かな事かは理解している。

 

そんな畏れ多い行為を行っておいて、何故天の神はなにもしてこないのか。

 

 

「今のところ、また活性化する兆しは見えない。 よってお前も他の巫女も、もう生け贄になる必要はなくなった。」

「―――――。」

「お疲れさん、よく頑張ったな。」

 

ぽかんと口を開ける美森。 そりゃそうか、という呟きすら聞こえなかったらしく、紅葉の言葉を咀嚼して理解した後に美森の目元から、ダムが決壊したようにボロボロと涙がこぼれ出した。

 

 

「―――ごめんなさい」

「…………美森……」

 

嗚咽を漏らし、両目から止めどなく涙を流す。 美森は紅葉に背中を擦られながら、ただひたすらに、胸の内の本音をさらけ出した。

 

 

「ごめんなさい……ごめんなさい…………壁の外に運ばれる時、本当は恐かった。 もう皆に会えない、皆の中から私が消える。 その事がただただ恐くて、直前で逃げてしまいたくなった。」

 

「……誰だってそう思う。 美森に限った話じゃない、もっと根気強く俺が止めるべきだった…………恐い思いをさせて、ごめんな。」

 

 

擦る動きを止め、ベッドの端に移り両手で美森を抱き締める。 背中に回した手を通して、美森の心拍を、美森は紅葉の心拍を互いに確かめた。

 

二人はまだ、生きている。

 

 

「お前はちゃんと生きてる、ただそれだけで良かったんだ。 それ以上は要らないから……これからも俺たちの傍に居て欲しい。」

「―――はい。」

 

強く、強く、強く。

 

絶対に離さないと言う意思すら感じる程に強く、二人は互いの熱を求めるように暫くの間、静かに抱擁を続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「悪い、ちょっと顔洗ってくる。 あとついでに水買ってくるから。」

 

そう言って紅葉は席を立つ。 放課後にすぐ来ていた事もあり持ち込んでいた鞄を手に取って出ようとするが、片方の手を美森に掴まれた。

 

 

「どうした、ちょっと出るだけだぞ。」

「…………ゃだ、ここにいて……」

 

潤んだ瞳で、美森は紅葉に訴え掛ける。

さながら捨てられた子犬か、はたまた留守番を任された子供か。

 

奉火祭の贄として恐くて仕方がないながらも死ぬ覚悟すらしていたのに、助けられた。

 

その事実が緊張の糸を完全に緩ませたのか、美森の()()()()()()()()()を際立たせていた。

 

 

「……っ…………大丈夫だ、すぐに戻るよ。 徹夜で居たからか眠くて仕方ねえんだ、目覚ましに顔洗って、冷たい水でも飲んでくる。」

「すぐ戻ってね……?」

「わかってるよ。」

 

一瞬苦悶の表情を作りそうになった紅葉はそれを死ぬ気で抑え、誤魔化すようにぐしゃぐしゃと美森の髪を掻き乱しておく。

 

 

 

足早に立ち去った紅葉の後ろ姿を見送った美森は、熱すぎるほどに暖かい胸の鼓動を確かめるみたく、両手を胸元で合わせる。

 

「―――――もみじ、くん。」

 

そう呟いた美森の頬は、酒気に()てられたように紅潮していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「が、あっ―――はぁーーー。」

 

朝早くと言うこともあって、誰もいない病院の廊下。 そこで紅葉は、心臓を握り潰さん勢いで胸に手を当て、息苦しい中で酸素を求めて荒い呼吸を繰り返している。

 

 

「こん、なのを……美森に見られたら……心配されるからな……()()()()()()()()()。」

 

美森に()()()()()の心配してほしくない。 ただそれだけの理由で、紅葉は美森が目覚めてから今に至るまで、呼吸の度に全身を駆け巡る激痛をひたすら我慢していた。

 

誰かに質問された訳でもないのに、紅葉は弁解染みた言葉を吐く。 拭う暇すらなく顎を伝って廊下に垂れる脂汗を見て、紅葉の口は自然と動く。

 

 

「頼む、みーちゃん…………あと少し……せめて、冬が明けるまでの一、二ヶ月で良いんだ……」

 

心臓の奥深く、魂の根底に居る愛しいかつての古馴染みに、紅葉は乞う。

 

 

「あと、もう少しだけ―――――『俺』をこの身体に、繋ぎ止めてくれ………………っ!」

 

 

 

 

吐血をして、身体の一部が灰となり―――確実に消滅に進んでいる肉体と魂を、それでも尚『藤森水都と言う巫女』に延命させる。

 

無理、無茶、無謀を極めた紅葉の身体は、とっくの昔に限界を越えていた。

 

 






ここぞって時に『ずっと俺の傍に居ろ』とかが言えないヘタレ野郎、お前そんなんだから嫁の方から襲われるんやぞ。



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七終目 平穏



グロい暴力シーンとか書くとお気に入り数が減るのも無理はありませんが、書かないと言う選択肢は無いです。 退きません、媚びへつらいません、反省しません。


西暦の紅葉が死んだのは神世紀72年で、その時の歳が大体88前後だから、頑張れば子供と孫とひ孫に囲まれて死ねたんだよね。 このジジイ大往生過ぎでしょ




 

 

 

東郷美森の帰還から数日、軽いリハビリも済ませた美森の登校が再開したことで、勇者部の総員八人が勢揃いしている。

 

クリスマスも近づき、部室でも飾り付けが始まっていて、夏凜が脚立を使ってツリーに飾りを付けている後ろで風が渦巻き模様の眼鏡を着けて唸っていた。

 

 

「あいつ、あの…………あれなに」

「ああ、お姉ちゃん視力が落ちたみたいで……。」

「……ふぅん、受験生は大変ね。」

 

そう言いながら、指でチャリンと飾りの鈴を弾く。

 

樹は右目を喪った夏凜の帯状の眼帯を見て、『貴女がそれを言うんですか』という言葉を飲み込む。

 

 

「んで、園子は風の先生なワケ。」

「ええ、私の家で風さんの家庭教師してるのを見たけど、あの子下手な先生とかよりは頭良いわよ。」

 

風の受験勉強のテストをしている園子を横目に、近付いてきた友奈と歌野を交えて四人で固まる。

 

普段は美森と共にいる事が多い友奈が歌野と並んでいるのを見て、夏凜が質問を投げ掛けた。

 

 

「珍しいじゃない、あんたが東郷と居ないの。 いや東郷があんたにべったりなのか。」

「あはは……流石にあの間には入れないかなー…………って。」

「あん?」

 

友奈が指を向けた先を夏凜たち三人が見ると、パソコンと向き合ってホームページの改善を行っている美森を、その横にいる紅葉が座ってじっと観察していた。

 

うわ。 と言いそうになった口を慌てて塞いだ夏凜は、少しして違う言葉を吐き出す。

 

 

「そういえば、東郷が奉火祭の贄になる決意したときその場に居たんだっけ。」

「だとしたらまあ、ああなるのも無理はないんでしょうけど……」

「あそこまでベタベタしてるとこう、イラッと来るわねぇ。」

 

わかりやすく言うなら、隠れて行えてると思っているカップルの社内恋愛か。 もっとも二人は付き合ってすらいないが。

 

視線に気付いた美森が、紅葉と目を合わせる。 距離があって何を言っているかが聞き取れないが、美森の顔が明るい事から紅葉も変なことを言ったわけではないらしい。

 

 

「無性に張り倒したいんだけど。」

「歌野、ステイ。」

 

両腕に渾身の力を込めて突撃しようとした歌野の両肩をがっちり掴んで引き留める夏凜。 うわ力強っ…………と呟きながら、歌野の動きを止める。

 

呆れたように頭を振ってツリーの飾り付けに戻った樹と、それを手伝う友奈。

 

 

勇者部部員達は、大切な人を取り戻し、八人で揃い、笑い合える時間を手に入れた。

 

なんだかんだと言って、それが束の間の平和だとしても、勇者と凡人にはそんな平和を謳歌して良いだけの権利があるのだから。

 

 

 

 

 

たとえ、二人の人間が抱えている問題に、誰も気付いていないとしても―――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最近、友奈の様子がおかしい。

 

俺が美森にべったりだからかと疑ったが、そもそも俺辺りが美森の監視してないとあいつまた国防仮面とかやりかねないんだから仕方無いじゃん。

 

 

人のこと棚に上げてる自覚はあるけどさ。

 

ともかく、友奈は美森が戻ってきてから数日の間、若干挙動が不審なのだ。

 

 

俺たちに何かを言おうとしては、口ごもる。 それを繰り返しては顔色を暗くして、諦めたように何でもないと言い放つ。

 

残念な事に俺は西暦の時に色々と鍛えられてるから鈍感ではない。 結婚したあとも千景にちょくちょく狙われてたし。

 

…………猛禽類に睨まれたネズミの気分ってあんな感じなんだなって。

 

 

 

そんな俺が怪しいと思ったのだから、確実に何かがある。 友奈はどうにも、匂い立つ。

 

隠し事なんてしない以前に出来ない奴なんだから、そんな友奈が言いたいことを黙るなんて余程の事態だろう。

 

部室でその話して美森に聞かれたら国防仮面が出動してしまうから、確証が得られるまで誰にも相談できないのはどうにももどかしい。

 

 

 

「(悩んだら相談とは言うが、これ律儀に守ってる奴居ねえしな。 バレないバレない、へーきへーき。)」

 

部室に最初に集まっていた俺と友奈は、俺が窓際で外を眺めていて、友奈が机で押し花製作に励んでいる。 幼稚園のチビ共に配るんだとか。

 

俺も今日は調子が良いし、運動部の手伝いでもしようかと思ったのだが、翌日に反動と激痛のせいで殺虫剤掛けられたゴキブリみたいに布団の中で悶えることになるからやめておく。

 

 

「―――――よぉ」

 

ふと、ドスの効いた低い声が、部室を開く音と共に聞こえた。

 

こういう声を出しながら家に襲撃してきた狂信者がわりといた事から、無意識に近くに置いてあった野球部の助っ人用のバットをさりげなく手繰り寄せる。

 

 

視線を向けると、そこには不機嫌なオーラを醸し出す夏凜が立っていた。 押し花製作に没頭していた友奈が、その気配に気付いてパアッと表情を朗らかに変えた。

 

……へぇー、そう言うこと。

 

 

「夏凜ちゃん、どうしたの?」

「どうもこうもあるか、新品の木刀が折れたのよ。」

 

刀袋に入れていた鉄芯の入った木刀を見せてくる。 言われた通り、頑丈な筈の木刀はボッキリと真っ二つに折れていた。

 

珍しいな、不良品か?

 

 

「メーカーに連絡したのかよ」

「帰ったらする。 買ったばかりで資金無いし、暫くは特訓控えて筋トレの量増やそうか検討してるところよ。」

「そろそろ脳ミソもカチカチになる頃だな。」

「はっ」

 

鼻で笑われた。

 

 

その後も随時部員達が集合していくが、友奈()()()()()()全員が、何かしらの災難に遭っていた。

 

 

風はうどんを食おうとしたら財布を無くした事に気付き、樹はカラオケでの録音データが消失、園子は料理の勉強の際に手を火傷、美森は家の電球が一斉に点かなくなり―――

 

 

歌野に至っては階段の錆びた手すりの割れていて剥き出した部分で腕をバッサリ切ってしまい、破傷風の予防で今病院らしい。

 

そんなヘマしたのが恥ずかしかったのか緊急だからか、メールがついさっき届いて発覚したのだった。

 

一人だけわりとヤバい事になってるが、まあゴリラ(うたの)なら死なないだろ、寧ろどうやれば殺せるんだよあの異能生存体。

 

 

「嫌なことが続きますね、友奈ちゃんと紅葉くんにまで変なことが起きなくて良かったわ。」

「これでゆーゆともーみんにまで何かあったら、『また大赦の仕業かー!』って騒いでたかもね~。」

 

『―――――。』

 

 

何気ない園子の発言は、部室の空気を死滅させた。 ここでちょっと女子空気読みなよ~、とか言ったら歌野に代わって夏凜に冗談じゃ済まないガチビンタ貰うから黙っておく。

 

「それは……もー、考えすぎよ! いくらあたしが大赦嫌いだからって、そこまでこじつけたりなんかしないっての。」

「まあここまで偶然が重なると、そう言いたくもなるだろうけど。」

 

 

そうだな。 そんな災い染みた真似は大赦なんかには出来ん。

 

この話題を聞いて表情を曇らせた友奈を見てしまえば、もう『嫌な偶然だなぁ』で見なかったことには出来ない。

 

春信辺りに調査を頼もうかとスマホを取り出した瞬間、不意打ち気味に部室の扉を勢いよく誰かが開いた。

 

 

 

「お待たせェーーーい!!」

「……歌野はとうとう頭をやられたの?」

「それは元から。」

 

やたら元気のある歌野が、私服のだせぇTシャツを着て現れる。 アドレナリンが出まくってるのかハイになってるなこいつ。

 

 

「……おう、どうした歌野。 何時もより7割増しで変だぞ。」

「めんどくさいからって麻酔無しで腕の縫合なんてするもんじゃないわねぇ! 痛みで気分が昂ってるわァ!!」

 

「…………そう。」

 

腕に巻かれた包帯を見せびらかしながら、歌野は騒ぎ立てる。 すいませんちょっとうるさいです。

 

騒々しい歌野に沈んだ空気を掻き乱され、シリアスな雰囲気をする暇もなくなった俺たちは、顔を見合わせてからいつもの依頼の整理と会議を始めた。

 

 

 

 

 

―――さて帰るか、となった夕方。 美森と夏凜が早々に部室を出て行き、帰ろうとした風を友奈が呼び止め、話があるらしく二人で校舎裏に向かう。

 

 

「(確証を得るなら、ここしかないか。)」

 

俺が歌野にアイコンタクトを交わすと、数秒挟んで歌野はダルそうに遅れて二人を尾行しにいった。

 

「…………だっっっっるぃ」

「(テンション低っ。)」

 

 

やっとハイになったのも収まったか。

 

 

「風待つのに校門の方に行くか、樹。」

「はい、そうしましょう。」

 

鞄を肩に提げて、樹と一緒に部室を出る。 最後に残った園子に鍵を投げ渡す。

 

 

「私はうたのんを待つから、帰っちゃっても大丈夫なんよ~」

「なんか約束してんのか、戸締まりしっかりやれよ。」

「お疲れ様です、園子さん。」

 

「は~い、またね~二人とも~。」

 

 

手を振って分かれ、廊下を歩く。 ほんと、薄気味悪い程に今日は体調が良いな。

 

 

窓の外はオレンジに染まり、ざわざわと木々が鳴っている。

 

…………妙に胸騒ぎがしたが、何ができる訳でもなく、俺は樹と一緒に校門の前まで歩みを進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜、友奈の端末のチャットに通知が複数届く。 確認すると、そこには―――――

 

 

 

 

 

 

 

―――――紅葉と風が車に撥ねられ、歌野がかめやで爆発に巻き込まれたと言う、樹と園子の焦りが見える誤変換を交えたメッセージが届いていた。

 

 







ふと西暦紅葉と嫁の間に出来た子供メインの短編を書きたくなってきたけど、勇者の章完結しないと書けないのわゆ編のネタバレになるんだよなぁ。 どうしよ、ネタバレ気にしない人用に番外に置いておこうか。


とか言いながら番外とか誕生日回とかめぶあやで忙しくて本編の雰囲気の書き方を忘れかける馬鹿野郎。

皆は気晴らしに番外を書いても……本末転倒にならないように……気を付けようね!


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八終目 災難



のわゆ編は書くとしたら漫画版を資料にしてサクサク終わらせるつもりです、まあそもそも書くかも怪しいけど。



あーあー、唐突に高評価20個くらい増えたり推薦されたりUA30000くらい増えたりお気に入り数1000人越えたりしねーかな~(字書きは強欲)




 

 

 

 

「さっきの友奈、なんでお前を呼び出してたんだ?」

 

校門で待ち合わせた紅葉と樹は、戻ってきた風を交えて歩道を歩いていた。

 

うーん、と言いながら首を傾げる風を二人は不思議そうに見ている。

 

 

「なんか、戻ってきた端末の写真データとか消えてたっていう話」

「わざわざその話の為に風を呼び出したのかあいつ。」

「部室でも出来ますよね、それ……?」

 

うーん? と三人で首を傾げた。

 

謎を残したまま三人は誰も居ないのを確認して歩道を横にならんで歩いていると、不意に風が紅葉に聞く。

 

 

「そっちこそ、歌野と夏凜はどうしたのよ。」

「あー。 夏凜は木刀が折れたとか言ってたから、先に帰ってメーカーに連絡でもしてるんでしょ。 歌野は―――――」

 

そこまで言った所で、紅葉のスマホに歌野から通話アプリの通知が入った。

 

確認した紅葉は、スマホを肩に提げていた鞄に入れる。

 

 

「なんだって?」

「――――ああ、園子の久しぶりの外食に付き合うんだと。 ついでにかめやで晩飯食ってくから、お前らの晩飯は俺んちで作ってくれとさ。」

「へぇ、じゃあ食材とか買ってく?」

「昨日買い足したから大丈夫だ。」

 

完全主婦目線の会話に置いていかれている樹は、少し膨れっ面を晒して二人の間に立つと一言。

 

 

「折角だし……私も手伝いますよ、紅葉さん。」

「………………おう、期待してる。」

 

ぐしゃぐしゃと髪をかき回し、紅葉は間を置いて呟いた。 風と顔を合わせると、風は顔色を青くして首をぶんぶん振り回す。

 

 

「(ナゼコトワラナイ!?)」

「(片言やめろ。 いや無理でしょ、樹に悪意なんて無いんだぞ。)」

「(この子に料理なんて作らせたら……死人が出るわよ……!!)」

「(馬鹿だなお前、夏凜が居るだろ。)」

「(あっ……ふーん…………)」

 

哀れアイコンタクトで人柱に捧げられた夏凜は、今頃木刀を売っているメーカーに文句を言っている頃合いだろう。

 

心の中で合唱している二人とそんな事はつゆ知らずの樹は、赤になった信号の前で立ち止まる。

 

 

異様な程に体調が良い紅葉は、ふと、赤信号で止まったのを機に辺りを見渡す。 自分と風と樹を除いて人の気配は無く、車すら通ってない。

 

「(―――何か、おかしい。)」

 

 

だが、何がどうおかしいのかが分からない。 拭いきれない違和感と、奇妙な不快感。

 

心臓の辺りがざわついて仕方がなく、月並みな言葉を使うなら、『嫌な予感がする』だろう。

 

 

「ほぉら、置いてくわヨ~」

「…………分かってる。」

 

いつの間にか歩き出していた二人に置いていかれた紅葉は、肩越しに顔を自分に向けた風に簡素に返して追従する。

 

 

 

 

 

横断歩道の真ん中まで歩いたところで、紅葉はなんとなく、本当に気紛れや偶然から左を向いた。

 

「―――――樹ッ!!」

 

 

紅葉は脊髄反射で、近くに居た樹を後ろに引っ張る。 不意打ち気味の動きに、樹はそのまま歩道の側に倒れ込んだ。

 

 

「どうした、の――――」

 

そう言った風が最後に見たのは、自分に向かって手を伸ばす紅葉と、眼前に迫る乗用車。

 

ほんの数十センチ前に迫った車に、どういうわけか、風も樹も反応できず―――――。

 

 

ぐい、と紅葉に抱えられた瞬間、凄まじい衝撃に襲われ、無理やり電源コードを引き抜いたように風の意識は途切れた。

 

 

意識を落とす事を辛うじて防いだ紅葉は車に掬い上げるように撥ね飛ばされながら、胸元に風の頭を置いて後頭部と背中に腕を回す。

 

 

 

ぶちっ、と筋肉が千切れ

 

パキッ、と骨が砕け

 

ぱつん、と神経が途切れる。

 

 

 

最後にぐちゃ。 と、生肉を高いところから落としたような音を奏でて、風を庇って背中から落下した紅葉。

 

樹の眼前で五秒にも満たない早さで発生し、終えた事故。 目の前に残されたのは、足と手に擦り傷を作った樹と――――

 

 

 

「―――――お姉ちゃん…………紅葉さん―――ッ!!」

 

 

 

血液パックを破裂させたように赤黒い血をぶちまけた、深紅の花の真ん中で風の体に腕を回しながら、血まみれで呼吸を止めた紅葉の姿だった。

 

 

 

―――――焦りながらもスマホで救急車を呼べたのは、恐らくこれ以上ない不幸中の幸いだったことだろう。

 

ひらひらと舞い、アスファルトに落ちた黄色い花が、人知れず汚染されたように焼失したことを樹たちは知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ほぼ同時刻、夕方。 普段勇者部が集まっては食事をするのにも使われている食事処かめや。

 

そこに訪れていた園子と歌野は、それぞれが注文したたぬきうどんとニシンそばを食べていた。

 

 

平日の夕方にしては、妙に()()()()()

 

 

「…………で、さ。」

 

半分ほど食べ進めた歌野が、一度箸を置いて対面の園子に話しかける。

 

心底美味しそうな顔をしてたぬきうどんを堪能していた園子は、歌野の声に反応して同じように箸を置く。

 

 

「な~に?」

「いや、貴女私と食事がしたくて呼んだ訳じゃ無いでしょ。」

「うーん……それも理由の一つだけど~やっぱりわかる?」

 

 

わかるわ。 と呟き、湯気の立つ緑茶を呷る。

 

「うたのんは―――――昔の自分を知ってるでしょ、西暦の時代、長野県の諏訪と呼ばれた土地を守護した元勇者。」

「そうねぇ。」

 

誰も居ないのを良いことに、園子は核心に迫る質問を投げ掛けた。 ちらりと園子を見ながら、緑茶を口に含み息で湯気を蒸かす。

 

 

「昔の記憶を持ちながら、また白鳥歌野として300年後のこの時代を生きている事に少しは疑問を持て、と言いたいワケ。」

「…………自覚はあったんだ」

 

「一旦戦いが終わった後で、ふいに思い出したのよ。 別に困ることもないから紅葉以外に言わなかっただけ。」

「……自分の出生の秘密にここまで興味が無い人は初めて見たよ~。」

 

言葉を区切り、歌野はニシンそばに箸を伸ばす。

 

呆れたような、諦めたような顔でその様子を見ていた園子。 思い出したように、唐突に歌野に言った。

 

 

「そう言えばうたのんってさ~、もーみんが好きなんだよね~?」

「ぶっ」

 

口の中のニシンとそばが、園子の顔面にぶちまけられた。ニコニコと笑みを崩さない園子に一言謝り布巾を渡す。

 

 

「今のは貴女が悪いからね。」

「うん。 そうだね~。」

 

気を取り直し、二人は会話を再開する。 園子が笑みを崩さないのは、そばをぶちまけられた恨みか他人の恋愛事情でたぬきうどんが旨いからか果たして。

 

 

「…………まあ、確かに、勇者になって少し経った辺りまでは、あのアホの事は好きだったわよ。」

「今は、そうじゃないんだ~?」

 

「なんか無駄にすっぱり綺麗に冷めた。 なんだろ、あの感覚は…………そう、洗脳、が正しいのかな?」

 

 

ピクリ、と園子が肩を震わせる。

 

「――洗脳。」

 

「そ、洗脳。 私も紅葉も元は西暦の人間で、私に関しては記憶が戻ったりしたら、もう一度戦ってくれるか怪しい人間。 そうならないために、神樹は私と紅葉に深い繋がりを作ろうとした。

 

―――と、私は考えてる。」

 

薄く口許を歪め、細めた目付きでじっと園子を見る。 別に、歌野は怒っている訳ではない。

 

一滴、冷や汗がこめかみを流れて顎を伝う。

 

 

「流石は、諏訪の英雄、かな~。」

「私は英雄じゃない。 みーちゃん……諏訪の巫女とか、西暦時代の紅葉のご両親の方がよっぽど英雄らしい人たちだった。」

 

 

すっかり冷えたニシンそばのツユを飲み干して、歌野は姿勢を緩く背凭れに背中を預ける。

 

 

園子は20回満開を繰り返した事で、ある主、人でありながら神に近付いた少女だった。

 

園子は知っている。 西暦から今に至るまでに起こった、乃木若葉の戦いを。

 

白鳥歌野が四国の為の囮に使われていた事を。

 

北海道の勇者が、人知れず、人に失望しながらも命を散らした事を。

 

沖縄の勇者が、人を愛し、海に愛されていた事を。

 

 

神世紀26年と少しから72年に至るまでに起きた、邪神崇拝者との長い戦いを。

 

 

 

先人紅葉がどんな人間で、何故勇者達にその身を捧げるように命を賭けるのかを。

 

園子は小説を読むように、二年間体を動かせなかった時期に、神々の視点からその全てを()()してきた。

 

 

だからこそ、紅葉が『この世界を生き抜いてきた人々の生き様とその尊さを理解しながらも、戦いを放棄したことで世界が滅んでも後悔なんてしない』と結論付けて生きている事を理解しつつ陰ながら賛同している。

 

だからこそ、かつて自分が全てを知らせた事で東郷美森が暴走した際も、大赦になにをどう言われようが戦いには参戦せず、行く末を見守った。

 

世界が終わっても、きっと園子は紅葉と同じ思考を以てして、後悔する事はなかっただろう。

 

 

 

「うたのんは、強いなぁ」

 

それに反して、と考えた。

 

園子は満開を何度も繰り返した最強の勇者だが、力だけが強さとは呼ばないとわかっている。

 

 

歌野が諏訪で培い、育んできた人との繋がりが。

 

紅葉が四国で作り上げた勇者と巫女との繋がりが。

 

 

大の大人が笑って聞き流すような、そういった精神面の強さ。 それを、人は『絆』と呼ぶのだろう。

 

 

「私は……うたのんの、友達なのかな。」

「は? 逆に聞くけど友達じゃなかったらなんなのよ、仲間?」

 

つい口から溢れた言葉を、歌野が拾って繋げた。 え、といい顔を上げた園子の鼻を、歌野の指がつまむ。

 

 

「んにゃ」

「馬鹿言ってないで、さっさとうどん食べちゃいなさい。 麺類は伸びると不味いのよ。」

「…………う、うん。」

 

大人の包容力とでも言えばいいのか、園子の不安感は、歌野の顔を見ていると全部が吹き飛んだ。

 

照れ隠しでうどんを一口すすってから呟いた。

 

 

「…………流石は合計年数がそろそろ三十路なだけはあるね~」

「うどんのツユで窒息したいんなら分かりやすくそう言え。」

「ひゅっ………………。」

 

歌野のその目は本気だった。

 

ったく。 と言い、ため息をついた歌野は、緑茶の無くなった湯呑みにお冷やを入れて飲むと、一瞬だけ眉を潜めた。

 

 

 

「―――――(にお)う。」

「えっ、私~?」

「違うわ馬鹿、なんか(くさ)いのよ、この店。」

 

歌野に言われて、鼻をひくひくと動かす園子。

 

 

「あ、ほんとだ~、なんだろうこの臭い。」

「…………キッチンの方、から………………あ?」

 

カウンターを挟んで奥に見える台所。 そちらの方を見た歌野は、すっとんきょうな声を出す。

 

 

シュー、と、間の抜けた何かが漏れ出る音。

 

そして、誰も居ない台所。

 

 

 

歌野は目を見開いて、園子の胸ぐらを掴んだ。

 

 

「そうだ、この臭い前に戦ったバーテックスの出した―――うたのん? どうしたの?」

 

「っ―――――園子、受け身!!」

 

 

焦った顔で叫んだ歌野に聞き返す間もなく、園子は力任せにぶん投げられ、扉を粉砕しながらかめやの外に文字通り投げ出される。

 

あまりに突然で、辛うじて受け身を取って転がった園子は、頭の中で言葉の続きを完結させた。

 

 

 

 

 

―――――この臭いは、前に戦ったバーテックスが出したガスの臭いに似ていて―――。

 

 

 

直後に、閃光。

 

遅れて扉が破られた一部という抜け穴目掛けて火炎が噴き出し、鼓膜を破らん音量で爆発音が鳴り響く。

 

 

「う、あ―――っ!?」

 

反射的に顔を腕で覆い、倒れたまま衝撃に耐える。 キンキンと耳鳴りが酷く、眼前ではチカチカと星が明滅していた。

 

そして爆発と同時に、園子の前に人間大の塊が吹き飛んできた。 震える体を抑え、それに近づく。

 

 

「…………う、た、のん……!」

 

コートを着込み、体を濡らした歌野が、濡れた体の水分を熱で蒸発させながら転がっていた。

 

呼吸が荒くなる感覚に陥りながらも、園子はなんとかスマホで救急車を呼び、通話アプリで全員にメッセージを飛ばす。

 

紅葉と風が車に撥ねられたという知らせが樹のアイコンから届いている事実に目眩を覚えながら、歌野の容態を確かめようとしたその時。

 

 

悪夢を見て飛び起きたような動きで、園子の腕を歌野の手が掴んだ。

 

 

「うわあっ!? 生きてる!?」

「殺すな…………ああ、くそっ……もう、救急車は……呼んだの……?」

「うん、うん! すぐに来るから、ちょっとだけ待ってて!」

 

力無く、ずるりと園子に伸ばした手を地面に落とすと、歌野は深く呼吸をしながら言う。

 

 

「その顔……どうせ、風さんにも何かがあったんでしょ」

「なんでそれを……それに、もーみんまで車に……」

「…………なら、好都合ね……」

 

息も絶え絶え、歌野は最後の言葉を残すために、深く息を吸った。

 

 

「…………紅葉たちと同じ病院に、搬送して……話さなきゃいけないことが、出来た……」

「わかったから、もう喋らないでうたのん!!」

「ええ。 じゃあ、ちょっとだけ……おやすみ……」

 

すっ、と。 まぶたを閉じて、歌野は眠りについた。 しかし、呼吸はいまだ辛うじて続けられている程度。

 

 

 

「――――どうして、精霊バリアが作動しなかったの……?」

 

園子の言葉は、救急車のサイレンに掻き消されて夜空に消えた。 今の園子に出来るのは、歌野と紅葉達の無事を祈ることだけである。

 

 






うたそのと言う新しい可能性。 これは主人公がヒロインといちゃついてるごく普通の絵面ですね間違いない。

なお本来の主人公は不幸にもスピード違反の暴走車に追突された模様


ちなみにアニメ通りにこの段階で満開出来るのは東郷さんと樹と夏凜だけです、歌野は爆発に巻き込まれた時にバリアでゲージを一つ使いました。


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九終目 傷痕



コヨミが仮にゆゆゆい時空に来たりしたら波乱しか起きないので流石にやらないです(絶対押すなよ的なアレ)

あとタグに『上里ひなた』と『クトゥルフ神話』を追加しました。




 

 

 

友奈、美森、夏凜の三人は大赦の運営する、勇者として度々利用している病院に駆けつけていた。

 

樹と園子からの連絡から数分、三人の服装が着の身着のまま上に学校指定のコートを羽織っているだけな事から、相当焦っていることが見て取れる。

 

 

「そのっち!」

「樹ちゃん!」

 

廊下の椅子に並んで座っている二人に、率先して美森と友奈が駆け寄り、遅れて夏凜が歩いてくる。

 

 

「わっしー、ゆーゆ……!」

「皆さん……来てくれたんですね……っ」

「当然でしょーが。」

 

両手を合わせて指を組み俯いている樹と顔を上げた園子の横に座り、二人は事情を聴く。 そして夏凜が横で壁に寄りかかり、傍観を決める。

 

樹と園子は、それぞれ声色を震わせながらも、ぽつぽつと何があったかを話始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんな、事が……」

 

話を全て終えた時、最初に声を出せたのは、青い顔をした美森だった。

 

 

車に轢かれた紅葉と風、かめやのガス爆発で吹き飛ばされた歌野。

 

勇者として超常を逸脱した戦いを行ってきた二人に加えて、紅葉まで巻き込まれたとすれば、これはもうただの事故では済まされない。

 

 

「それにしても、殺しても死ななそうな奴等がピンポイントで事故なんて世も末なものね。」

 

「――――その筆頭が自分のこと棚に上げないでくれる?」

 

「…………あ?」

 

 

不意に、廊下に響く声。

 

聞こえた方に五人が顔を向けると、廊下の奥から体のあちこちに包帯を巻いている歌野が現れた。 その首と右の頬にだけ、大きなガーゼが貼られている。

 

 

「う、うたのん!?」

「うわ生きてる。」

「あの程度で私が死ぬか、あんなん諏訪のバーテックスの集中砲火より温いわ。」

 

病衣に身を包みながらも、何時もの顔色の歌野はあっけらかんとした態度で五人に近付く。

 

包帯とガーゼで体のあちこちを隠している以外はまるで無傷であるかのように平然と振る舞う歌野に、夏凜は肩を指でつつきながら聞いた。

 

 

「というかなんで爆発に巻き込まれておきながら怪我の重さが軽いのよおかしいでしょ。」

「あー、爆発の直前にコート着込んで、お冷やで体濡らして、テーブルを盾にしたからよ。 まあ爆発の衝撃で外まで吹っ飛ばされたんだけど。」

 

どかっと長椅子に座った園子の隣に座り、ガリガリと頭を掻く。

 

当然のように爆発の被害を最小限に留めている歌野に、夏凜は呆れたような安堵したような複雑な顔をする。

 

 

「じゃあ、顔のガーゼは?」

「…………頭から被るべきだったんだけど咄嗟過ぎて焦っててね、腕で防げば良いかと思っても熱が貫通してきて焼けた。」

 

塞がってはいるのよ、と言って歌野はガーゼを剥がす。 首と頬のそれが取れ――――中の凄惨な傷痕が見えると、夏凜が眉を潜め、残りの四人が息を呑んだ。

 

 

その傷痕は、皮膚を焦がしたような火傷として残っていた。

 

 

首の右半分辺りから右頬までを、揺らめいた炎が直接刻まれているかのように、歌野の顔に呪いみたく存在している。

 

精霊バリアを貫いてのソレは、もう塞がってしまっている。 つまり歌野の火傷痕は、もう消せない。

 

 

「なんか葬式ムードだけど、私より重症なのが一人居るのよね。」

「…………そうだ、紅葉くんと風先輩の容態は!?」

「おあ゛ー゛! 落ち着きなさい東郷、離しなさいこら! 離しなさいったら!!」

「落ち着け。」

 

 

歌野の胸ぐらを掴み上げる勢いで飛び掛かってきた美森をなんとか引き剥がし、落ち着かせる。

 

夏凜に首根っこを掴まれ、猫のように大人しくなった美森に軽く睨みを効かせてから、歌野は話した。

 

 

「勇者特権で色々聞いた限り、風さんは全身の打撲と左足の骨にヒビで済んでるみたい。 多分後で樹君は入院手続きで呼ばれると思うわ。」

「打撲とヒビ……良かった……いや、良くないんだけど……」

 

「それで、紅葉くんの方は…………!?」

「あーもー、愛しの紅葉くんが大事なのは分かったから落ち着けっつーの。 …………でも、そうね、落ち着いて聞きなさい。」

 

 

一旦間を置いてから、歌野は苦々しい表情で言った。

 

 

「―――――骨折に筋肉の断裂、神経の損傷で、生きてるのが不思議なレベルな状態らしい。 完治するのは正月を終える頃って言ってた。」

 

それを聞いた美森は、目の前が暗くなったような感覚と共に膝から崩れ落ち、なんとか掴んでいた夏凜が支える。

 

樹は恐怖と衝撃が混ざった顔で涙を浮かべ、園子はかつての友人の最期を想起して呼吸を荒げた。

 

 

友奈に至っては、顔面蒼白で震えている。 友奈だけが、こんなことになった原因を知っているから。

 

友奈が、原因だから。

 

 

 

 

「――――――。」

 

そんな瞳を揺らして口許を押さえている友奈の異常な顔色を、夏凜だけが確認していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――私が黙っていれば、それで良いんだ。

 

私が何も言わなければ、これ以上の事故は起きたりしない。

 

 

私が、我慢をすれば…………ただ、それだけで良いんだ。

 

 

 

風先輩――――――。

 

歌野ちゃん――――。

 

紅葉くん―――――。

 

 

 

―――傷付けて、ごめんなさい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺の入院芸も様になってきたな。」

 

全身の鈍くも重い激痛と倦怠感に苛まれながらも起きた俺は、呼吸器を外して起きようとする。

 

 

「……あ、無理だ。」

 

腕に力が入らないせいで起き上がれず、枕に後頭部をぼふっと打ち付ける。

 

 

「んむむむむむ。」

 

なんとか手元のスイッチを手繰り寄せ、リクライニングを上げる。 座るようにベッドの上半分を上げた所で、病室の扉を開ける音がした。

 

 

「紅葉ー、まだ寝てるよネ…………って起きてる!?」

「風か……おっはー。」

 

扉の方を見れば、そこには車椅子を動かして器用に扉を閉める風の姿があった。 良く見ると左足だけをギプスで固めている。

 

うーん、多分打撲と……骨折、もしくはヒビか、想定より軽症で良かった。 下手したら俺みたいになってた訳だからな。

 

 

「まあ、アンタが死ぬとは思ってなかったけどさぁ……」

「…………さあねぇ、案外あっさり、死ぬときゃ死ぬもんだ。」

 

今の俺ならそうなる可能性はある。

 

話を聞いた限りでは、俺は数日寝続けていたようで――――それしては、()()()()()()()()()()()()

 

…………少し、寿命を削りすぎたか。

 

 

「んで、あいつらはどうしてんの。」

「ああ、それなんだけど……実は歌野が―――――」

 

 

 

 

 

 

―――――爆発に巻き込まれて生きてるとかなんなのあいつ。 異能生存体かなんか?

 

「しかし、そうか、なるほど。 …………そうか。」

「…………どうかした?」

「風、今あいつ何処に居る? 爆発に巻き込まれたんなら歌野もまだ入院中だろ。」

 

 

そう言った俺に、風は気まずい雰囲気で口を閉じる。 おい冗談だろまさか――――。

 

 

「歌野なら………………昨日退院したわ。」

「……うそーん…………。」

 

それズルい……ズルくない? 俺なんて最悪どこかしらに後遺症残るんですけど。

 

 

「あの野菜野郎にお前も含めて緊急で話があるからって大至急来るように言え、畑に農薬ぶちまけるって脅してでも来させろ。」

 

「……もしかして怒ってる?」

 

「いやキレてないっすよ。」

 

 

園子を守った結果、顔に火傷痕を残す大怪我を負った歌野だが、園子は満開をしていて身を守る手段が無かったのだ。 歌野の立場が俺だったとしても躊躇い無く庇っただろうさ。

 

「良くやった」と言うべきなのは分かっているし、あと別にキレてないです。

 

人が寝てる間にしれっと退院してることに理不尽にキレてる訳じゃないです。

 

 

風が膝に置いていたスマホで連絡を取っているのを横目に、窓の向こうの木の枝に停まって俺を見ている蒼いカラスと黒猫を見やる。

 

「(あいつら…………どうせ『こいつまた怪我してるよ』とか思ってるんだろ)」

 

 

動物の無機質な瞳にしては妙に理性を感じる、その目から発せられた責めるような雰囲気を浴びながら、俺は歌野が来るのを待った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

風の連絡から数十分。

 

無遠慮に病室の扉を開け放つ音と共に、コンビニのビニール袋を手首にぶら下げた歌野が室内に入ってきた。

 

その口許には、アメリカンドッグが刺さっている。

 

 

「ほあふぁ(お待たせ)ふぇ」

「お前この短時間でなにアメリカンドッグ堪能してんだよゴルァ」

「小腹が空いてて……紅葉もいる?」

 

食べ掛けじゃない方を袋から出した歌野に、俺は断りを入れた。

 

 

「今内臓の修復中で点滴以外入れたら吐くから無理。」

「貴方ほんと、よくそれで生きてられるわね。」

「自分でも不思議だよ。」

「じゃあこれは風さんにあげるわ。」

 

「もがーーーっ!!」

 

 

ケチャップとマスタードを塗りたくったそれを風の口に突っ込み、風は辛さで悶える。

 

崩れた緊張を戻すようにわざとらしく咳払いをして、二人の注目を集めてから俺は切り出した。

 

 

 

 

「そろそろ真面目な話をするぞ。 俺とお前ら――――いや、風と歌野の事故に遭った二人と、美森を助けに行った後の共通点と辻褄合わせをな。」

 

 

あとさっさとそれ食い終われ。

 

 






次が説明回になるから短いけど一区切り。

火傷といい右目の喪失といい、世紀末組顔に消えない傷作りすぎでは?(犯人)



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十終目 天災



『天』の神の祟りによる『災』害、と言う意味では間違いではないので言葉の違和は気にしてはいけない。




 

 

 

「詳細を省いて簡潔に言うと、こうなった原因とその犯人は友奈だ。」

 

俺の言葉に、アメリカンドッグの棒にこびりついた生地を齧っている歌野と、大量のマスタードが付いたアメリカンドッグに苦戦している風が俺を見てくる。

 

なんだよ、嘘じゃねえぞ。

 

 

「……歌野、お前は風が友奈と話をしに行った時、二人の後を()けたな。」

「え゛っ、そうなの!?」

「こっそり話を聞いてこいって言われたのよ。 ああでも、やっぱりそう言う意味だったわけね。」

 

棒を折ってから袋に入れると、合点の行った顔で頷く。 でも風はまだ半分も食ってなかった、もうそれ一回袋に戻しとけ。

 

 

「ほら、友奈が東郷を救助してから暫くして、何かを言おうとしたら渋ったり妙に表情が暗かったりしたでしょ。 それを怪しんだの。」

 

「あ、あー……なるほど。 確かにあたしに相談持ちかけた時も何かを渋ってたわ。」

 

「その話を裏でこっそり聞いてたけど、ただそれだけでこうなるんだから困ったもんね。 紅葉、貴方の検証はこれで終わり?」

 

 

火傷痕の目立つ顔で、歌野は俺を見る。 なんかヤのつく人っぽさが増したな。

 

「少し考えたら分かる事だったんだよ、天の神から生贄を奪い返しに行ったんだからな。 」

「どういう意味よ。」

 

 

「――――友奈は美森を奪い返しに行った時に天の神から何かされたんだよ。 呪い…………は人が人にすることか、言うなれば――――そう、祟りか。」

 

 

そう言うと、二人は動きを止める。 思い当たる節はあるらしい、そりゃ俺と現況以外が何かしらの厄介事に巻き込まれていたのだから、一度関連付ければ後は楽で良い。

 

「…………誰かにその事を伝えようとすれば、祟りが伝播して災いになる。」

「友奈があたし達にこの事を言おうとしても黙ったのは、あたし達が災いに巻き込まれる前兆か何かを見たから……?」

 

「だろうな。」

 

 

友奈の視線は度々こいつらの鎖骨辺りに向いていた。 前兆……例えばマークでも刻まれているのだろう、言おうとすると伝播した祟りが進行し、度合いによって災いが発生する。

 

事情を話そうとした風と間接的に聞いた歌野は他の連中より祟りが進行してしまい、結果風への災いに俺と樹が。

 

そして歌野の災いに園子が巻き込まれた。

 

 

「俺が車の接近に気付けたのはほとんど奇跡だった。 勇者のお前や樹が気付けなかった辺り、確実に人知を超えている。

 

下手したら死んでいたそれが天の神の仕業だと思えば、全てに納得できるんだよ。」

 

二人が俺の3割くらい死んでる(治療中の)体を見て、俺は風の足と歌野の顔を見る。

 

 

風に関しては俺が壁になったからまだいいが、歌野の方はガス爆発なんだよな。 なんかこいつだけ殺し方が本気過ぎる気がするんですけど。 まあ元諏訪の勇者だしそりゃそうか。

 

四国よりスペックの低いシステムで単身諏訪を三年防衛した奴なんだし、ぶっちゃけガス爆発程度じゃ殺せねえだろ。

 

野性動物より生存本能に忠実な奴だぞ。

 

 

「…………はあ、それで、私たちは友奈をどうすれば良いわけよ。」

「―――いや、もう二人は過剰に首を突っ込むな。 祟りの進行度合いで降りかかる災いの重さが変わるなら、これ以上の進行は二人ですらどうにもできなくなる。」

「それじゃなんの解決にもならないでしょ、何か良い考えとかないの?」

 

二人はそう言って何かを期待しているが、俺は少し考え、頭を振って否定する。

 

 

「友奈は俺たちがこうなっていることに対して罪悪感を覚えている筈だ。 これで誰かが一人でも死んでみろ、あいつに消えない傷を負わせることになるんだぞ。」

「う……そう、ね。」

 

「安心しろ、プランBはある。」

「そんなもん無さそう。」

「あるから言ってんだろうがこの野菜馬鹿野郎、キュウリ用の味噌没収させるぞ。」

「こ、この野郎……!」

 

 

不思議そうにする風と、俺が怪我人だから殴り倒せなくて悔しそうに額に青筋を浮かべる歌野。

 

そんな二人を見ながら、俺は脳裏に『殺しても死ななそうな奴ランキング』のトップを常に記録し続けるにぼしの姿を思い描いていた。

 

 

 

 

『自分では何も出来ないからと勇者に危険なことをさせるのは大赦の人間と変わらないのでは』

 

 

…………とも、思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

世間はクリスマスである。 入院患者には関係ない話だけど。 なんだどうした、笑えよ。

 

しかしクリスマスか。 酔った杏が球子をジャイアントスイングして池に投げ飛ばした事件がまだ記憶に新しいな。

 

 

 

「人がこんな苦労してるときに世間様は受かれてるもんだぜ…………おん?」

 

窓の向こうできらびやかに飾られた街並みを眺めていると、ふと蒼いカラスこと若葉が窓ガラスを透過して病室に入ってきた。 霊体だからってやりたい放題だなお前。

 

カラスは見慣れた勇者服の少女に姿を変えるが、その顔は激怒一色に染まっていた。

 

 

「…………冗談でもなんでもなくマジで怒ってるのは分かってるし言いたいことがあるのも分かってるが、取り敢えず結果だけ教えてくれ。 ()()()()()()()()?」

「――――。」

「そうか、出来るのか。」

 

 

こいつが――――あの真面目な若葉がこういう時に黙り込むのは、『事実だから言いたくない』と思っているからだ。

 

 

「膨大な霊力を持つ神器とその所有者、祟られた本人、そして祟りを移してもなんの問題もない人物。 因果なものだよなぁ?」

 

「――――お前、は…………。」

 

ぎり、と拳を握る若葉。

 

歯が軋むほど噛みしめ、言いたい言葉が纏まらないのか、口を開いては閉じて。

 

感情の爆発を抑え込むためだろう、まぶたをも深く閉じると若葉は重苦しくため息をついた。

 

 

「――――頼むから、死ぬな。」

「…………そりゃそうさ、死にたくなんかねえ。」

 

月並みな言葉で濁す俺の体は、灰となり、吐血があり、もう限界だ。 ならばこの先まだ未来のある若者の為に、大人が体を張るのは当然だろう。

 

カッコつけて死に花を咲かせたい(死後の名誉が欲しい)んじゃない。 そもそも、今の俺の体を使って祟りをどうにかするのが一番合理的なんだよ。

 

 

「でも俺の体の再生力は神樹からの供給で行われている。 体の再生が遅いというのは、神樹からの供給量が少ないことを意味している。 つまり……もう限界なんだろ?」

 

「…………ああ、そうだ。 神樹は今死にかけている。 根本的に限界なんだ、来年の夏までもつことすらない。」

 

 

悔しそうに、若葉は項垂れた。 無意識に左腰に差していた生大刀を握る手に力が入り、柄に手のひらが食い込む。

 

若葉も分かっているんだろう、生大刀で祟りを友奈から切り離し、俺に移し代え、この死に行く体と一緒に消滅させるのが一番の最善手であることを。

 

 

体の再生力に回せるほど神樹の力に余裕がない以上、俺がさっさと死ぬべきだと言うことを。

 

『理解はできるが納得できない』と言う奴だ。 ここで無情になれないからこそ、若葉は勇者なのだろうが――――。

 

 

 

「お前のその優しさが今は怨めしいよ。 若葉――――お前が居ないと生大刀で祟りを取り除けない、だから早いところ決めておいてくれ。」

 

黙ったままの若葉にそれだけ言うと、丁度その直後に扉の奥から物音がした。

 

 

「今は帰れ、人が来た。」

「………………ああ。」

 

暗い表情のままで、若葉は姿を戻すと窓を越えて雪の降る夜空へと消え失せる。 病室から若葉が消えたのと扉が開くのは同時だった。

 

 

 

 

「おーーーっす。」

「よう夏凜、丁度良い、話したい、こと、が………………。」

 

歌野と言い無遠慮かつ大胆に入ってくるが、なんだろう、流行りなのかな?

 

難しいことは後回しに、そんな事を考えながら窓から扉に夏凜の方へと視線を向けると、俺の思考は一瞬停止した。

 

 

そこには友奈と園子を除いた五人が居たのだが、格好がおかしい。

 

美森と風と樹は冬のくせに寒そうなミニスカートのサンタ衣装なのだが、夏凜と歌野は全身茶色で頭に角を刺した鹿のコスプレをしていたのだ。

 

 

「……悪夢か。」

「現実よ。」

 

 

すかさず歌野に否定され、俺は頭痛がした気がして額を指で押さえる。 寝たとき夢に出てきそうな歌野と夏凜のえげつない格好から目をそらすと、美森が頬を赤くして聞いてきた。

 

 

「ど、どうかな、紅葉くん。 正直あまり西洋の文化は得意ではないのだけど…………。」

「……うん、可愛い可愛い。 あとスカートの丈は膝より下の方が好みです。」

「これは……歌野ちゃんに無理やり履かされたの!」

「そうでもしないと紅葉を悩殺できないわよ。」

「し、ま、せ、ん!!」

 

頬どころか顔までサンタ服みたいに真っ赤の美森をからかう歌野。 あっこいつ…………俺を張り倒せないからって美森にターゲット切り替えたな?

 

「えー、しないの?」

「どうして紅葉くんがちょっと期待してるんですか!!」

 

 

そりゃ俺も男だし。

 

「それ以前に美森とかは良いんだよ、普通に似合うし可愛いし。 問題は後ろの不審者だよ。」

「あら、見て分からない?」

 

 

一目瞭然だから現実逃避したいんだよクソッタレ。

 

 

「……罰ゲームかなんか?」

「サンタならトナカイも居ないと駄目じゃない、だからサンタは見栄えが良い方に任せたってだけ。」

「これ私完全に歌野のとばっちりよね。」

 

…………歌野の何が恐ろしいって、汚れ役を自分から買いに来る事だよな。

 

話を聞くと、どうやら二人で三人をソリに乗せて走ってきたらしい。 ははぁん、さては馬鹿だな。

 

 

「良く職質されなかったな。」

「されたけど?」

「……なんて?」

「二回されたわ。」

 

そして三回目の職質でアウト食らう前に全力で逃げてきたとか。 人がシリアスな話してるときにこいつらは雪景色をバックにソリを引いて警察と鬼ごっこしてきたのか。

 

そろそろ訴えたら勝てそう。

 

 

「……そう言えば、友奈はまだ来てないの?」

「あら……確かに、もう来てると思ったのだけど。」

 

『―――――。』

 

 

俺が入院してから、友奈は一度も見舞いに来ていない。 気まずいのだろう、自分が元凶の癖に見舞いなんて虫のいい話だとでも思ってるのか。

 

 

「…………ま、仕方ないわ。 このトナカイスーツ3号は園子にでも着せるから。」

「そのっちならノリノリで着そうではあるけど、三回目の職務質問は流石に不味いわよ?」

「三人でソリ引けばパトカーより早いから平気平気。」

 

「えぇ…………。」

 

当然のようにパトカーより早い速度でソリを引くのはやめろ。

 

「勇者の力の無駄遣いの極みですね……」

「黙ってるあたし達も同罪なのヨ、樹。」

 

 

 

ケラケラ笑って美森をからかう歌野に、相手にするのも面倒そうにする夏凜。

 

恥と怒りから火傷痕の件すら忘れてる勢いで顔面を鷲掴みにする美森と、傍観を決め込んで半歩下がる風と樹。

 

 

病人の前と言うのに騒ぎ立てるそれを、俺は不快とは思わない。

 

きっと、これを『楽しい』と言うのかもしれない――――いや、言うのだろう。

 

 

ああ、そうだな。 楽しいな。

 

…………ああ、楽しいなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――死にたくねえなぁ。

 

 






連載五ヶ月目なんで第一話と同じ時間に投稿してみた。



体を再生してくれてる=神樹の力で、西暦の魂を肉体に固定してる=みーちゃんの巫女パワー。 どっちかが一つでも掛けたら紅葉は死にます。

※あとソリは軽車両です。 良い子も悪い子も道路でソリを引いて爆走するのは……やめようね!



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十一終目 夏凜



私がしょっちゅうオリ主を血みどろのボロボロにしてるのは単純にメアリー・スー化を可能な限り避けようとした結果です。 原作へのリスペクトは…………忘れないようにしようね!


ストーリーの都合上、勇者の章では歌野の誕生日(12.31)を祝えないのです。 リアルの12.31で誕生日回書くから許せ…………。




 

 

 

クリスマスのコスプレ職質珍事件も過去の記憶となり、一年を越し、正月が終わってから数日。

 

ようやく体が動かせるようになった俺は、勇者部部員と一緒に遅い初詣に来ていた。

 

 

「あんた、もう大丈夫なの?」

「味が濃いやつ食べると胃がものすごいことになる以外はだいたい完治してるよ。」

「それ大丈夫なの…………?」

 

夏凜に心配されるが、まあ、へーきへーき。 度数の高い酒が呑めなくなったり、味の濃い飯食うと胃が拒絶反応起こしてゴジラの熱線みたいに色々出るだけだから。

 

あと少し視力落ちた。

 

 

「はあ、あたしの卒業までまた一歩近付いてしまったのね…………。」

「留年すれば?」

「お前は鬼か!?」

 

無慈悲な歌野に真顔で、当然かのようにそう言われる風。 それは流石にやめてやろう?

 

歌野に絡まれてる風を熱心に撮影する美森の横でぼけーっとしていると、更に俺の横で友奈がぼーっとしていた。

 

 

「どうした?」

「………………へっ? なに?」

「――――なんでもねぇ。」

 

数拍遅れてようやく反応した友奈は、心ここに在らずとでも言える雰囲気で視線が虚空を向いていた。

 

俺はそう言って断りを入れ、視線を前に戻す。

 

 

 

「ちょっとま、言い過ぎたのは悪かっぐえええええ」

 

眼前では歌野が風に首の関節を極められていた。 うわすげえ綺麗に入ってる。 あれもう少し強く絞めたら首の関節の数増やせるぜ?

 

いけー、やれー、とヤジを飛ばして煽ってる夏凜と樹を見ていたら、不意打ちで背中に衝撃が走った。

 

 

「ど~~~ん!」

「うおっ、と。 園子か。」

「ねーねー、甘酒呑みたいなぁ~?」

 

着物に身を包んだ園子が腕で俺の腹をホールドしたまま、器用に前に回ってくる。

 

蟹かお前は。

 

 

「…………はぁ。 全員分買ってこい、俺は要らん。」

「わ~い! ありがと~!」

 

そう言いながら財布を渡すと、園子はテンションMAXで甘酒を買いに行った。 夏凜に目配せして着いて行かせておく。

 

 

「なんか、紅葉くんの孫みたいだね。 そのちゃんって。」

「あとでお年玉でもやるか、お前も要る?」

「うーん……私はいいかなぁ。」

 

友奈はやんわり断ると、美森の横に立って風にコブラツイストされてる歌野を心配している。 こいつ、妙に枯れてるんだよな。

 

オーズの主人公っぽいって言うのは罵倒に入るのか果たして。

 

 

 

「みんな~甘酒飲も~?」

 

「…………命拾いしたわね、歌野。」

「あ、危うく絞め落とされる所だった……!」

 

夏凜と一緒に甘酒を七個トレーに乗せて持ってきた園子は、俺以外にそれを渡してから売っていた巫女の人にトレーを渡す。

 

 

風達がいい呑みっぷりを見せている裏で、友奈だけが、甘酒の入った紙コップを手のひらでくるくる回していた。

 

「呑まないのか。」

「……あ、うん、ちょっと熱くて。」

「そうか。」

 

 

……嘘だな。

 

友奈はここ最近、あまり元気がない。 どことなく、死期が迫った病人のような雰囲気を醸し出している。

 

 

マジな方が俺なんですがね。

 

 

余計な詮索が地雷となっている以上、俺と風、あと歌野はもう友奈の秘密に首を突っ込めないでいる。

 

時期を見て、あいつに頼まないとなぁ。

 

 

 

「あはははは!! おねーちゃーーん!!」

「ぐおわああああああああ………!!?」

 

「なにやってんだあいつら……。」

 

 

一向に甘酒を呑もうとしない友奈から視線を外すと、甘酒なのに何故か酔っている樹が風を振り回していた。

 

こいつらまた暴れてるよ。

 

 

「歌野、夏凜、止めに行け。 最悪風の体が引き裂かれても構わん。」

「そっちの方が面白そうではあるわね。」

「………………馬鹿言うな、行くわよ。」

 

夏凜お前今同意しようとしたろ。

 

 

「美森、あれは撮っといた方が良いぞ。 逃したら後悔するぜ。」

「ええ、全て余さず撮って見せます!」

 

家電量販店で良く見る高性能のビデオカメラを片手に、美森は撮影を続ける。

 

樹と歌野……そして夏凜と何となくで加わった園子に四肢を掴まれ、古代原始人の処刑方のように四方に力を加えられている風。

 

 

流石に同情を禁じ得ないその光景を嬉々として撮影する美森に少し引きつつ、友奈の完全に冷めきった甘酒を横から掠め取って一気に呷った。

 

 

「あっ……!?」

「…………うぇ、冷めた甘酒まっず。」

 

空の紙コップを友奈に渡してから、ぐしゃぐしゃっと髪を掻き乱す。

 

 

「うわわわわっ」

「お互い、苦労するな。」

「―――――うん。」

 

 

 

その後、なんとか四肢を引き千切られる事は避けた風の説教が始まったのは言うまでもない。

 

俺は当然逃げた。

 

 

うわあいつ足早――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕焼けが照らす街並みを、友奈は窓を開けて眺めていた。 この数日で、友奈と部員達でいろんな事をしては、何かしらでボロが出そうになっている。

 

 

迷子の猫を探そうとした時は、まるで友奈の体に刻まれた刻印の祟りを察知したかのように件の猫に避けられ。

 

カラオケ店では熱が出たような体の痛みと気だるげな重さがのし掛かり、歌うことは叶わなかった。

 

 

「…………はぁ……。」

 

重苦しいため息が、口から漏れる。

 

 

風に話そうとしたせいで、車に撥ねられた。 どこかで聞いていたのだろう歌野まで巻き込まれ、なんの関係もない紅葉までもが死にかけた。

 

言いたいのに、言えない。

 

八方塞がりの状況に、友奈はただ、ため息をつくことしか出来ないでいる。

 

 

 

「よお、友奈。」

「――――夏凜ちゃん?」

 

不意に聞こえた声の方角に顔を向けると、右目に帯のような眼帯を包帯ように巻き、左目の鋭い眼光が自分を貫く夏凜の姿があった。

 

夜道で出会ったら人斬りかと疑うレベルで、夏凜の神経は研ぎ澄まされている。

 

 

「ちょっと面貸せ。」

「へっ……?」

 

「間違えた。 ちょっと付き合え。」

 

それだけ言うと、夏凜はコートを羽織って階段を降りて行く。 後ろ姿を一瞬置いて追いかける友奈は、その急いだ動きだけで息を切らすことに、もう違和感を抱かなくなっていた。

 

 

 

「それで、どうしたの?」

「…………まあ、座れ。」

 

港に着いた二人は、夕焼けを浴びながら立っていた。 ビットに座るよう勧めた夏凜に頷いて、友奈はそれに腰掛ける。

 

 

「少し聞きたいことがあったのよ。 他人に聞かれると困るから、二人になりたかっただけ。」

「そうなんだ…………それは、それなんだけど……」

「あ? どうした?」

「夏凜ちゃんだけコート着てるのズルいよぉ……」

 

「…………ああ、悪い。」

 

 

一月の冷たい風が、海の向こうから運ばれてくる。 夏凜は座りながら震えている友奈に、自分が着ていたコートを羽織らせた。

 

「と言うかなんで着てないのよ、アホ。」

「えへへ……朝は暖かかったからつい。」

 

「――――そうね。」

 

 

夏凜は、朝の気温を知っている。

 

当然だが、とても暖かいとは言えない気温だった。 寧ろ寒いとすら言える。

 

 

そのことを指摘するかで一瞬悩むが、夏凜は黙っている。 間を置いてから、友奈に視線を合わせるように屈んだ。

 

 

「私は……正直、回りくどい言い方は好きじゃないの。 だから簡潔に、且つ分かりやすく聞くわね。」

「…………う、うん。」

 

威圧するような言い回しに、友奈は気圧された。

 

覚悟を決める風な雰囲気で軽く息を吐くと、夏凜は言う。

 

 

「あんた、何か面倒な事に巻き込まれてるでしょ。」

「――――ううん、()()()()()?」

 

目を逸らす事もなく、友奈は言った。

 

 

少しも考る素振りを見せず、少しも否定せず。

 

普段の友奈なら、必ず覚えが無いか考える事を、夏凜は知っている。

 

 

「嘘つけ。」

「…………夏凜ちゃん……?」

「私に何か話したらあいつらみたいに事故に遭うかも、とか考えてるんならお門違いよ。」

 

 

片膝を突いていた体勢から立ち上がり、友奈が見上げる形で、夏凜はあっけらかんと言ってのけた。

 

 

「この完成型勇者様とあの三馬鹿どもを一緒にしないで頂戴。」

 

腰に手を当てて、夏凜は続ける。

 

 

「女子力馬鹿と農業馬鹿と、あとただの馬鹿。 大怪我負ったからって、あいつらは別にあんたを責めたりなんかしないわよ。 勿論そうなったとしても……私もね。

 

――――()()()()()()。」

 

 

夏凜の出来る限りの優しい笑みに、友奈はつい、甘えそうになった。

 

友奈は、言おうとした。

 

 

『天の神に祟られている』と。

 

『助けて欲しい』と。

 

『もういやだ』と。

 

 

だが――――。

 

 

 

「っ――――!?」

「……どうしたの。」

 

開こうとした口を咄嗟に押さえて顔を下に向けた友奈。 その目に、はっきりと見えてしまったのだ。

 

確実に重い災いが降り掛かる程の、濃い刻印が。

 

 

「…………見えたのね。」

「……う、あ……そんな、つもりじゃ……っ!」

「わかってる。 わかってるから。」

 

顔を押さえて嗚咽を漏らす友奈を胸元に抱きよせ、後頭部を撫でる。 夏凜の脳裏に、紅葉から事情を話されたときの言葉が甦った。

 

 

 

 

『友奈は神に祟られている。 恐らく、体の何処かに刻印が刻まれている可能性があるんだが……流石に何処かまではわからん。』

 

『で、私にどうしろってのよ。』

 

『あいつから事情をどうにか聞き出せ…………と言えたら良いんだが、無理だろうしなぁ……。』

 

『そりゃ不安よね、誰にも頼れないんだから。』

 

『ああ。 だから、お前が()()()()()になってくれ。』

 

『は?』

 

『だって俺たちの中で一番死ななそうなのがお前だったから……。』

 

『人柱じゃねえか、鬼かお前。』

 

 

 

 

 

 

「……帰ろう、友奈。 あんたの家に送ってくから。」

 

手を引いて友奈を立たせる夏凜。 その手の燃えるような熱さに、夏凜は顔を顰める。

 

 

「(なるほど、寒くないんじゃなくて、友奈の身体が風邪引いてる時みたいに熱かったのか。)」

 

火傷してしまいそうな程に熱い手。 夏凜は、それを離そうとは欠片も思わなかった。

 

 

暫く無言が続き、やがて友奈の家に着く。 美森はまだ帰っていないのか、隣の東郷宅に人の気配は無い。

 

玄関の前まで来て友奈の手をほどくと、友奈の口から物寂しげな声が小さく漏れた。

 

 

「―――――ぁ……。」

 

「っ…………じゃあ、また明日ね。」

 

 

これ以上長くいては、帰りたくなくなる。 長くいることは、夏凜への進行度の深まりを意味し、友奈のストレスに繋がる。 故に、夏凜は迷いを振り払うようにして踵を返した。

 

 

玄関前の扉を跨ごうとした時、ふと、夏凜の無造作に振られた手に何かが引っ掛かる。

 

 

「――――ん?」

「――――ぁっ」

 

振り返ると、友奈の手――――指が、夏凜の小指に引っ掛かっているように絡まっていた。

 

 

全く力の籠っていないそれは、下手したら気付けず、そのまま立ち去っていた可能性もある。

 

だが()()に、夏凜は気付いた。 今の友奈にとっての、精一杯の自己主張に。

 

 

「ああ、もう。 仕方ないわね、友奈は。」

「あ、えっ、と…………。」

 

「ほら、おいで。」

 

 

『仕方がないなぁ』とでも言いたげに、夏凜は両腕を広げる。 一拍置いて躊躇った友奈は、夏凜の胸元に抱き付いた。

 

「う、うぅうう゛う゛…………ああぁ……!!」

「私は死にゃしない。 だから、何度でも言ってあげる。」

 

 

後頭部と背中を別々に擦りながら、夏凜は友奈にそっと呟いた。

 

『―――また、明日。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーーー、カルシウム足りねぇ……」

 

慣れないことをしてげっそりしている夏凜はそんな事をぼやきながら、先人宅こと今の自宅へと足を進めていた。

 

 

「……あー、友奈め…………なんだってこんな気持ちにならなきゃいけないのよ、くそっ。」

 

いつもの快活な態度が鳴りを潜め、大人しくなった友奈の顔を思い出して、夏凜の体温は上がる。

 

 

「……いやいやいやいや、ないから。 ないない。 私が? 友奈を?」

 

住宅街で、家に挟まれた道路を歩きながら、夏凜は友奈の一挙一動を想起した。

 

 

「……あっ、コート返してもらってない。」

 

貸したまま返してもらうのを忘れたコートもついでに思い出した夏凜の首筋を、冬の夕方の寒い空気が冷やす。

 

 

まあいいか、と頭を振って帰路を歩く夏凜の近くの物陰。

 

その影から、ぬるり、と。 泥のような、涅色の人形が現れる。

 

 

気の抜けた夏凜の背中めがけて振り抜かれた泥人形の無機質な拳が、不意打ち気味に迫り――――。

 

 

 

 

 

 

「――――あ?」

 

カウンターで放たれた夏凜のローリングソバットが土手っ腹に突き刺さり、ブロック塀に叩き付けられた泥人形はべちゃっと弾ける。

 

そんな夏凜の視線の先では、蹴り飛ばした泥人形と同じ人の輪郭をなぞっただけの異形が、大量に蠢いていた。

 

 

「…………なんだこいつら。」

 

 






ちなみに勇者部の猫探し依頼はひっそり野良猫界のトップに君臨している千景猫の野良コミュニティによって即座に解決出来るようになってます。
ぅゎちかげっょぃ。

尚この作品はわかちかでにぼゆうです。



あー私もアニメ1クール分だけで良いからとじみこ二次創作書きたい。 でも1話切りしたからストーリーわかんない。

力(Blu-ray)が…………力(お金)が欲しい……!!



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十二終目 芽吹



普通の時空ならセイバーなんだろうけど、この作品時空の世紀末修羅脳筋にぼしだと間違いなくバーサーカーだよねこいつ。




 

 

 

 

「邪魔……くさいッ!!」

 

 

人形の泥に襲われてから、もう何分経過したかも分からない。 夏凜はがむしゃらに刀を振り、泥を斬り続けていた。

 

首らしき場所を斬り頭を飛ばし、胴体を薙いで真っ二つにするも、無尽蔵に家や塀の影から溢れ出す泥が、新たな泥人形を作り出す。

 

 

「しつけぇ!」

 

すれ違い様に切り裂き、壁を蹴り、飛び上がって指に挟んだ複数の刀を真下の泥人形に投擲。

 

火薬を使わない勇者システムという『神秘』による爆発が、泥人形を纏めて数体吹き飛ばす。

 

 

「雑魚の癖に数が多過ぎる……。」

 

四つん這いのような姿勢で着地した夏凜を狙う影が後ろから現れ、横に転がって斬撃を避ける。

 

 

「っ――――また『剣豪タイプ』か……!」

 

十数分前に四肢と首を切り落としたはずの、泥人形の中でも格別に輪郭がハッキリとした存在。

 

その手に刀に近い形状の剣を持ち構えた泥人形に合わせて、夏凜もまた刀を両手に呼び出す。

 

 

ただ腕に当たる部分を振り回し、暴れるだけの泥人形とは明らかに違う姿形をした泥人形。

 

夏凜は通常の泥人形よりも高い戦闘力を持つそれの事を、剣豪タイプと呼び警戒していた。

 

 

「はっ――――次は何分だ? さっきが4分だったから…………3分に挑戦してみるか。」

 

泥のような質感でいて、金属並に硬い刀モドキを受け止め、流しながらニヤリと笑い呟く。

 

 

試合でもなんでもない単なる戦いに礼儀もマナーもモラルもクソもない以上、夏凜が真面目にチャンバラに付き合う必要なんてものは無く。

 

上に召喚した刀の自由落下で背後の泥人形を貫き地面に縫い止めながら、剣豪タイプの刀を数回打ち払い、膝らしい部位を蹴り体勢を崩させて上段からの振り下ろしを脳天に打ち込む。

 

 

それを剣豪タイプは人間の肘と肩の可動域を大きく超えた右腕の刀で受け止める。

 

左手に召喚した刀を即座に振るい剣豪タイプの右腕を半ばから切り落とすが、剣豪タイプは左腕を触手のように振り回した。

 

 

「うわキモっ」

 

左腕を受け止め、鍔迫り合いになった体勢から無理やり夏凜を弾き飛ばし、続けざまに竹を割る勢いで刀を振るうが、夏凜はバク転を繰り返して避ける。

 

夏凜との距離を取った剣豪タイプは、その辺の泥人形を取り込んで右腕を復活させた。

 

 

「は? それズル……さっきはしなかっただろ……!?」

 

質量の増した剣豪タイプは、刀のように細く、鋭くしならせた右腕を―――――。

 

 

「ッ、う、おおおお!?」

 

槍のように伸ばして突いてきた。

 

まばたきをしたその刹那の間に眼前まで伸びてきた腕を、なんとか刀の腹で外側に滑らせるように受け流す夏凜。 人間が視認できる速度を超えている動きに、夏凜は防戦を強いられる。

 

 

「ぎ、ぎ、ぎ……っ!!」

 

右で突き、左を引き、右を戻して、左で突く。 それを繰り返され、近付けないでいる。

 

その合間で接近してくる通常の泥人形にまで気を配らないといけないとなれば、夏凜の集中力はより鋭くもなる。 一定のタイミングで突きを放っているのではなく、地味ながらずらされている動きに、夏凜は鬱陶しさと苛立ちを隠さない。

 

 

 

――――それでも。

 

 

「…………よし、()()()。」

 

一分の内に行われた八十を越える突きを見て、かわし、観察していた夏凜は、次の突きで伸ばされた刀と右腕を、豆腐に包丁を滑らせるようにして膾斬りにした。

 

夏凜にそれだけ、観察する隙を与える方が悪いのだ。

 

 

接近しつつ、両手に刀を創り、すれ違いながら胴体に突き刺し、振り返り、返す刀で膝裏から地面まで貫通させて動きを止める。 更に四・五本目を両手で構え、跳躍。

 

左手の刀を空中で体に捻りを加えた遠心力と勢いをそのままに投擲し、肩に突き刺さったそれを足裏で深く押し込むついでに、右手の刀は人間の背骨がある場所を絶つように突く。

 

 

 

「―――――バーン。」

 

膝を曲げて剣豪タイプから離れるように跳ぶ夏凜は、滞空しながら舌を出して笑った。

 

 

直後、夏凜は自分の出せる最大数である五本の刀を剣豪タイプに突き刺さしたまま、神秘という名の爆発エネルギーを剣豪タイプの内側で暴走させる。

 

ボコボコと沸騰したお湯が泡立つように剣豪タイプの身体が震え、膨らみ―――――周囲の泥人形を巻き込んだ大爆発を披露した。

 

 

周りに誰も居らず、住宅にも被害を出さないようになるべく広いところに誘導しつつ戦った甲斐が有ったかと、夏凜は一人冷や汗を拭う。

 

 

「これが友奈の祟りによる災いだとしたら、私もしかして天の神にすら『こいつ死ななそう』とか思われてんのか…………なんか段々腹立ってきたな。」

 

事故に見せ掛けた方法で攻撃してきた癖に、自分だけに関しては泥を使った直接攻撃で、さしもの夏凜も額に青筋を浮かばせる。

 

 

「しかし、なんだったんだこいつら。 バーテックスと言うよりは…………感覚は精霊に近い、霊体とかそんなんか。」

 

そう言いながら、眼帯のズレを直して帰ろうとした夏凜。

 

 

だが、不意に聞こえたごぼっという音。

 

夕陽で陰になっていて見えない夏凜の顔は、恐らく人がしていい形相では無いだろう。

 

 

「めんどくさ。」

 

げんなりした顔で、再度刀を構える。

 

無限に湧き出る泥人形を相手に、夏凜の脳裏に千日手が浮かんだ。

 

 

「千日だろうがなんだろうが関係ねぇ―――友奈を泣かせてんじゃねえよ、ボケ。」

 

 

そう言いながら刀の切っ先を泥人形向け、足に力を込めた夏凜の背後から――――。

 

 

 

「――――伏せなさい、三好さん!」

「はあ? ――――うぉっ!?」

 

突如として後から聞こえた声。 それに反応しようとした夏凜は、直感に従って伏せる。

 

すると頭上を光を圧縮したような弾丸が通りすぎ、複数の泥人形を纏めて消し飛ばした。

 

 

「あっ、ぶねぇ……!」

「だから言ったでしょう、伏せなさいって。」

「誰だ――――って……うわ、芽吹……。」

「ゴキブリを見たような反応は失礼だと思わない?」

 

 

振り返った夏凜の目の前に立っていたのは、若草色の装束を身に纏い、銃口の下に鋭い刃を備え付けた銃を構えた楠芽吹の姿だった。

 

屈んだままの夏凜を一目見ると、続けて弾丸を放ち、泥人形と剣豪タイプを撃ち抜く。

 

 

「あんた、なんでここに?」

「紅葉さんが事故に遭って入院したと聞いたからお見舞いに来たのだけど、もう既に退院していたから紅葉さんの家に向かっていたのよ。」

 

良く見れば芽吹の肩には鞄が提げられており、内側で袋がガサガサと音を立てていた。

 

 

「だと言うのに、不自然な程に人と出会わなかったから少し気になってね。 遠くから爆発音まで聞こえたら、見に行くしか無いでしょう?」

 

「ま、そうね。」

 

 

銃剣の持ち手のレバーを下げて薄く発光する弾薬を装填しながら、芽吹は夏凜の横に並ぶ。

 

「それ防人システムの武器なのにリロードが必要なの?」

「いえ、これは特殊な弾丸を撃つのに使うだけ。 基本的にリロードは必要ないわ。」

 

 

ガチャ、とレバーを戻す芽吹は、夏凜にぶっきらぼうに左手を伸ばしながら言う。

 

 

「いつまで地面を這ってるの、さっさと立ちなさい。」

「あんたが伏せろっつったんだろ喧嘩売ってんのか。」

 

その手を弾いて立ち上がる夏凜に不敵に笑いかけ、芽吹は銃剣を両手で掴む。

 

夏凜もまた刀を出して両手にそれぞれ掴ませ、腰を低く落とす。

 

 

「連携訓練なんてしちゃいないし、フィーリングで合わせて頂戴。」

「はっ……誰に言ってるのよ、逆でしょ。 私の指示に従いなさい。」

 

「―――あ?」

「―――は?」

 

 

駆け出そうとして躓きかけた夏凜と、泥人形に銃剣を向けた芽吹は、同時にそう言う。

 

そして同時に顔を見合わせた。

 

 

阿吽の呼吸で指示もなく、フィーリ(なんとなく)ングで他の勇者と動きを合わせている夏凜と、統制された部隊の指揮をしている隊長である芽吹。

 

最早、そういう星の下に産まれたのではと言えるくらいには、二人の性格は噛み合っているようで噛み合っていない。

 

 

 

『歯車のサイズは合っている』が、そもそも『回る速度が合わない』のだ。

 

 

「防人で隊長をしているのだから、私の言うことを聞くのが道理ではないかしら。」

 

「ここはあんたの戦場じゃないし、あんたの言うこと聞くとか癪だから嫌よ。」

 

「『嫌だから』で指示を聞かない奴が一人出るだけでどれだけ被害が広がると思ってるわけ? 貴女こそ喧嘩売ってるの?」

 

 

 

『は?』 と、喧嘩腰の声が重なる。 ぎゃあぎゃあと言い合いを続ける二人に、何処と無く気まずそうな泥人形。

 

しかして好機な事には変わり無く。

 

 

複数回の夏凜との戦闘を以て学習した剣豪タイプが、素早く接近し、刀モドキを構えて跳躍。 二人の首を纏めて切り落とさんと迫った――――が。

 

ノールックで投擲された二振りの刀が威力を殺すように突き刺さり、胴を弾丸が吹き飛ばす。 跳んだ軌道をなぞるようにして元の位置に戻った剣豪タイプは、またも爆散させられた。

 

 

 

「あーあーめんどくさい、私が突っ込んで、あんたが後方支援! 以上! この話終わり!」

 

無理矢理話を終わらせ、夏凜は刀を両手に突っ走る。 止める暇もなく、芽吹はため息を一つ吐き、ただ静かに銃剣を構えた。

 

 

 

「…………勇者部って、大変なのね。 紅葉さんも苦労してるわけだわ。」

 

他人事のように言っているが、近い将来勇者部に巻き込まれることになるのを、今の芽吹はまだ知らない。

 

 






普通の泥人形
・クソザコ。 勇者じゃなくても訓練してる警察とかなら倒せる。 でも無限湧き、その辺の影から好きなだけ出てくる。

剣豪タイプ
・その土地に昔いた侍とかの霊を再利用した強い方。 夏凜でも倒すのに数分掛かる。



次回はぎん×もみ回で仲を進展させて、その次で園子の誕生日回、次が球子の誕生日回です。

誕生日が近いから今のうちに書かないと間に合わない。



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BAD if / 鮮血色の彼岸花



先人紅葉の章・十六話ラストの回想で千景が故郷で村人に斬りかかった時、割り込んだ紅葉がそのまま千景に殺されてしまったら? のifなのでわりとエグいし不快になる可能性あります。

お気をつけて。


※この話は後に書くであろうのわゆ編に影響を及ぼしません、あくまで『もしも』ですので。




 

 

 

 

鈍い赤色の腹に生えた、銀色の刃。 黒い柄を握り、遠心力を加えた横凪ぎの一撃。

 

その刃の動きを見届けていた場合、まず間違いなく、へたり込んだ少女の首から上は胴体と別れを告げる事になるだろう。

 

 

故に、村の中央まで走ってきていた男はその間に割り込む。 銀色の刃と、その軌道上の少女との間に割り込んだ男を見て、彼岸花は驚愕の表情を浮かばせる。

 

しかし、止まれない。

 

振り抜かれた刃は防御に使われた、防刃ベストの中身を抜き出して巻き付けた籠手に突き刺さり――――――。

 

 

「あ、が…………っ」

 

 

ぶち、と。 真剣程度ならば止められたであろう籠手ごと、刃は男の左腕を切断し、腕だったモノは宙に舞った。

 

 

切断された本人と、その様子を後ろで見ていた少女よりも、彼岸花が一番驚いたのだろう。

 

彼岸花のぐちゃぐちゃになった心情をキチンとした文字列に直すのだとしたら――――。

 

 

 

『こんなことになるなんて』

 

だろうか。

 

 

されども、彼岸花が冷静になれたのはその一瞬だけだあり――――穢れに汚染された思考回路は、破滅・破壊の願望を生み出していた。

 

彼岸花の頭は村人への復讐心に支配されており、最早それを邪魔した眼前の、大事な筈であった男すら彼岸花からすれば敵となる。 敵と、扱われてしまう。

 

 

 

「ぐ、が、あ……!」

 

男のつい先程まで左腕が繋がっていた場所から、垂れ流しの蛇口から流れる水のように赤く、紅い液体が垂れ流される。 それに反して男の顔色は、青を通り越し白くなり始めていた。

 

小学生に軽く叩かれるだけでそのまま死ぬであろう瀕死の男は、息を荒げて柄を握り締める彼岸花に目を向けたが、彼岸花を視界に捉えてはいない。

 

 

「はっ、はっ…………! わ、たしは……! 私、は…………!!」

 

 

黒い艶のある髪を振り乱して、彼岸花は目の前の事実から目を背けようとする。

 

 

自分は悪くない。 村のせい。 村人のせい。 私を虐めたせい。 報復をして何が悪い。 悪くない。 悪くない。 分からない。 分からない。 分からない。

 

今の彼岸花の心情は、とても分かりやすい。

 

 

ドロドロの復讐心と、男への重苦しい罪悪感が天秤に掛けられているのだ。

 

 

 

――――さて、どちらの方が、()()()()

 

彼岸花は、目元で悲しんで、同時に穢れによる精神汚染から口許を喜色に歪ませる。

 

 

そんな、化物のような彼岸花の気配を感じ取って、男は咄嗟に彼岸花(ばけもの)から助けた少女を後ろ蹴りで更に後方へ蹴り飛ばす。

 

 

 

「っ――――う…………ああああああああ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!!」

 

ほぼ同時に、男は左肩から右腰に掛けてを袈裟懸けに切り裂かれた。

 

 

 

「………………ごぼっ」

 

心臓も肺も纏めて切り裂かれ、返す刀で煌めいた(やいば)が、腹部を横に一閃。

 

遅れて赤黒く鉄錆の臭いがする液体が噴き出し、更に一拍遅れて、どろりと紐状のピンク色がこぼれ落ちた。

 

 

「かっ――――ひゅー……っ」

 

吸った空気は、斬られた肺から抜け出して胸の傷から漏れ出す。

 

 

元々光が無いかのように暗かった瞳は虚空を写し、とうとう男の膝が崩れる。

 

腕を切断され、袈裟斬りに胸を切り裂かれ、腹部を切開され。

 

生きている方が不思議な程の重症の前に、男が生きていられる筈が無く。

 

 

膝立ちのまま項垂れた男はピクリとも動くことは無い。 誰がどう見ても、死んでいた。

 

 

 

 

「――――■■……?」

「…………■■さん。」

 

凄まじく長い時間の間に起きた出来事のように見えて、実際は10秒にも満たない刹那の時の中で起こった出来事だった男と彼岸花の行動。

 

青色の勇者は、不幸にも間に合わなかった。

 

 

 

 

「■■ぇ…………っ!」

「■■、■■ぁ……!」

 

 

精神を汚染されている彼岸花からすれば、敵がもう一匹現れたようなもので。

 

精神を汚染されていた勇者からすれば、目の前の彼岸花は仲間を殺した存在で。

 

 

 

この後何が起こったのかは、きっと、想像に難くないのかもしれない。

 

 






逆に言うと、本来はこの時点でこうなってないとおかしいんですよね。

なんで生きてたんですかね?(すっとぼけ)



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十三終目 剣戟



やっと4話後半辺り。 このペースなら30話は行かなそう(希望的観測)



エグい話を書くとどうなるの?

知らんのか、お気に入り数が減る。




 

 

 

「だーっ、くそ、数が多すぎる……っ!」

「口動かさないで手を動かす! 右から3!」

 

芽吹が合流してから都合数分。 夏凜が指摘通りに右から襲い掛かってきた泥人形3体の首や胴体を刀で撥ね飛ばし、芽吹は左から現れた剣豪タイプの刀を銃剣の弾丸で弾く。

 

 

「ナイスアシストぉ!!」

 

手荒な動作で投擲された刀が剣豪タイプの頭部に突き刺さり、爆発。

 

愉快な音ね……と言い、ストレスから邪悪な笑みを浮かべる夏凜を見て、芽吹はこの人こんなだったかしらと疑問符を浮かべた。

 

 

「それにしても数が減ってる気配がしないのだけど。」

「私がどんだけ斬っても補充されるのよ、もうずっとこの状態。」

「……冗談でしょ……?」

 

 

なわけあるか。

 

とでも言いたげに無言で左目を芽吹に向ける夏凜に、ゲンナリとした表情で返す芽吹。

 

―――――そんな芽吹の背後に、不意打ちのように泥人形が現れた。

 

 

「ッ――――芽吹!!」

「な、しまっ…………!」

 

拳を振りかぶる泥人形に、芽吹の防御は間に合わない。

 

 

「使えッ!」

「は―――うぉおお!?」

 

突如として芽吹に拳を振り上げた泥人形の顔面に、装飾の施された刀――――夏凜の武装が突き刺さった。 芽吹の髪を数本切り落として行ったのは、些細な誤差である。

 

 

「あぶ、危なっ…………私に刺さったらどうするつもりだったの!?」

「めんご。」

「三好ィ!!」

 

泥人形に刺さった刀を掴み、蹴り飛ばしつつ抜いた芽吹。 続けて上投げで放られた刀を見やると、夏凜が叫ぶように言った。

 

 

銃剣(それ)貸して!」

「……壊さないで、よっ!!」

 

 

交換するように銃剣を後ろを見ずに投げ、飛んできた二振り目の刀をそのまま受けとる。

 

夏凜の刀で二刀流の構えを取った芽吹と芽吹の銃剣を受け取った夏凜は、体勢を立て直し、泥人形へと突撃した。

 

 

 

「これ結構使いやすいわねぇ……!」

 

鈍器のように銃剣の刃を頭に叩き付け、その後ろにいたもう一体の胴体に突き刺し、銃口を捩じ込んで発砲。 逃れられず、泥人形は破裂したように爆散する。

 

更に横から現れた剣豪タイプの刀を、槍のように握り直した銃剣の刃先で弾き、刀を握るのに必要な腕の(すじ)や関節を撫でるように切っ先で裂く。

 

なまじ人の形を成していたが故の弊害により刀を落とした剣豪タイプの頭部に、夏凜は静かに銃口を向ける。

 

 

―――――ボンッ、と。

そんな音を立てて、頭が弾けた。

 

 

 

 

「芽吹ー、そっちはどう?」

「誰に、質問、してるわけっ!」

「……ま、そうね。」

 

言葉を句切る度に、芽吹の振るう刀によって泥人形のパーツが宙に舞い上がる。

 

仮にも元勇者候補。 加えて三ノ輪銀の勇者システム継承候補だった事もあり、二刀流は芽吹と夏凜の十八番(とくいわざ)でもあった。

 

 

泥人形を足場に跳躍した夏凜の下で剣豪タイプとの剣戟を繰り広げていた芽吹は、上から降ってきて剣豪タイプの肩に着地した夏凜に驚きつつ、夏凜の刀の機能を思い出す。

 

流れで銃剣の刃を半ばまでを頭に捩じ込んだ夏凜は、芽吹が自分の刀を腹部に突き刺したのを見てから、銃剣を引っこ抜いて退避していた芽吹の横まで跳んで着地する。

 

 

「…………これだけやって、また復活するのね。」

「別に千日手になろうが構わないけど、流石にめんどいわ。」

 

背後の爆発に目もくれず、二人は兎に角その場から離脱しようと走り出す。 芽吹が後ろから聞こえる泥人形の蠢く音に眉を潜めていると、不意に夏凜の勇者端末が震えた。

 

 

「んげ、噂をすれば紅葉。」

「何故嫌そうなの。」

 

走りながらスマホの着信に出ると、マイク越しに男の声が聞こえた。

 

 

『もしもしー。』

「今あんたの呑気に付き合ってる暇がない! 玄関開けといて!」

『……やっぱり祟られたか。』

「そう、芽吹と向かってるからね、切るわよ!」

『おう。』

 

簡潔に伝えて乱雑にスマホを消した夏凜は、横に並走する芽吹に言う。

 

 

「紅葉んとこに行くわよ。」

「何か策でも?」

「知らん、でも紅葉ならどうにか出来る。」

「ふーん……。」

 

 

そんな紅葉への無条件の信頼に、芽吹は肩をすくめながらも、その口許は笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅん、大変だったみたいだな。」

「まったくよ。」

 

二人が帰る頃には辺りは夜になり、夏凜は居間に座ってお茶を啜っていた。

 

 

「それにしても、まさかあの泥達がこの家どころか敷地にすら入れないとは…………。」

「そりゃ俺んちパワースポットのど真ん中に建設されてるからね、あんな雑魚な地縛霊程度が侵入できる訳無いじゃん。」

 

三人の脳裏に浮かんでいるのは、逃げてきた二人の前で先人宅の敷地から弾かれた泥人形の姿。 見えない壁に遮られ、敷地の中に一歩も入れず、やがて諦めたように消えた異形の姿。

 

兎に角、異質であった。

 

 

「……雑魚、ねぇ。」

「どうせお前ら切った張ったしてたんだろ、ああいうのは光に弱いから閃光手榴弾でも使えば簡単に逃げられたのに。」

 

「学生がそんなもん持ってるわけ無いだろ。」

「裏の倉に何個かあるよ。」

「…………そう。」

 

人間武器庫と言ってもあまり過言ではない程度には殺傷力の高い武器を当然のように持っている紅葉に、夏凜は何とも言えない顔で返した。

 

その横で荷物を抱えてそわそわしている芽吹を見て、紅葉は朗らかに接する。

 

 

「芽吹ちゃんも久しぶり、わざわざ悪いね。」

「いえ……車にはねられたと聞いた時は驚きました。」

「そんな心配しなくても良いのに…………というかそれなに。」

 

芽吹の抱えている荷物を見て、紅葉は首を傾げる。 ああ、と言って、芽吹は中身を取り出して渡した。 それは、保冷剤と一緒に入れられた――――。

 

 

「カツオのたたきです。」

「カツオのたたき。」

「はい。」

「なんで?」

 

紅葉からの至極当然の疑問に、ばつの悪そうな顔で弁明するように芽吹は語り始める。

 

 

「……すみません、あの人の妙な勢いに圧されて……しかも元々渡すつもりだったカステラが手違いで雀としずくに食べられまして。」

「夕海子か。」

「……はい。」

 

問題児揃いか、と呟いたお前が言うなとばかりに夏凜に軽く睨みを効かせた芽吹。

 

カツオのたたきのパックが入った袋を受けとると、紅葉は台所に向かった。

 

 

「あんたの部隊は、なに、変人しか居ないの?」

「…………ノーコメントよ。」

 

思い当たる節が多すぎる芽吹は、ただそう言って、静かに片手で顔を覆う。

 

 

 

 

 

台所から戻ってきた紅葉は、手にスマホを握って戻ってきた。

 

「アレは後で頂くけど、それよりもう暗いしタクシー呼ぼうか?」

「いえお気になさらず、神官……上司に先ほどの事態の説明をしたら、防人システムを使ってでも早急に帰れと言われたので。」

 

「そっか。 次来るときは、亜耶ちゃんも連れてきな。」

「はい、あやちゃんも貴方に会いたがっていました。」

「まあ、今は忙しいからこの話も大分後になるだろうけどね。」

 

やや疲れの目立つ表情で柔らかく笑うと、芽吹は玄関に向かう。 見送りをした紅葉は、逆に表情をを強張らせて夏凜に話した。

 

 

「さて、と。 夏凜……友奈はどうだった?」

「…………なんとも言えないわ、言いたいけど言えない――――話そうとする姿勢の時点でアウトみたい。 直接話を聞いた訳じゃないのにアレに襲われたんだから相当ね。」

 

頭を振ってため息をつく夏凜に、あっけらかんと紅葉が言う。

 

 

「よし、じゃあ友奈の家に行ってくるわ。」

「なんて?」

「ちょっと、親の様子を見に行く。 状況が状況だからな。」

「…………大丈夫なの? あんた、もうこれ以上の祟りは命に関わるんでしょう?」

 

「――――――。」

 

 

紅葉は、肯定せず、否定もせず。

 

ただ、にっこりと笑った。

 

 

 

そんな紅葉が隠すようにポケットに入れている左手の、小指の第一関節から先が無くなっている事は、紅葉以外は知らない。

 

さらさらと体の大事な所が無くなってゆく感覚を、静かに、静かに体感していた。

 

 






芽吹と夏凜に互いの武器を交換させて使わせるワンシーン、実はめっちゃ書きたいシーンランキング上位だったりした。




惨いとかグロい話って言うのは理由がなってないとただのリョナになるから気を付けようね


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十四終目 御記



前回ちょっと短かったのはすまぬ。

今回でアニメ4話分終了(かも)




 

 

 

指先がポロッと逝った小指にさも突き指しましたとでも言いたそうな感じに包帯を巻いて、俺は結城宅に訪れていた。 ちなみに現在23時、傍迷惑も良いところである。

 

体の灰化か、オルフェノクだな。 とテンションが上がったのは最初のみ、今では少しずつ体が死んで行く感覚が恐ろしくて叶わん。

 

 

まあ元から死んでるんですけど、と言う西暦ジョークはさておき、インターホンから数秒置いて扉を開いて現れたのは、友奈が遺伝子を良く継いでるのが分かる女性の姿。

 

 

「まあ、貴方は確か……友奈の彼氏くんね?」

「あいつが狙ってるのは別の人です。」

「あら、そう……。」

 

心底残念そうな顔はやめろ、『友奈』をそういう目で見たことは無い。

 

友奈がご熱心なのは死にかけの内臓スッカスカ男じゃなくていりこ出汁の方ね。

 

いやあ、案外肺が片方消滅してもなんとかなるんすねぇ。

 

 

「……突然の訪問ですみません、友奈が寝静まった頃合いじゃないと、余計な心配背負わせる事になるので。」

「――――そういう話、なのね。」

 

すっ、と。 結城母は顔色を変える。

 

どうやら友奈が面倒事に巻き込まれている事は知っているらしい、そもそも勇者である事も知らされているのか。 ……どうだったかな、今ってその辺の秘匿は親にもしてるのか?

 

 

「あの子が命を落とす危険のあるお役目を果たしている、と聞いたときは心臓が止まるかと思ったものよ。 そして今も、何かに苦しんでいるのね。」

 

「はい。」

 

どうせ嘘をついても結城の血筋なら絶対見破ってくるだろうし、誤魔化せば信用を失う。

 

 

「…………そっか。 ……そっかあ。」

「……はい。」

 

しみじみと呟いて、結城母はシワのある、家事での細かな傷が目立つ手で顔を覆う。 自分の子供が手の届かないところで命のやり取りをしていたのだから、そうもなるだろうさ。

 

分かるよ、俺も馬鹿娘が居なくなったと思ったら血まみれで帰ってきたときは流石にビビったもん。 指二本根元から無くなってたし左肩パックリ割れてたし。

 

 

「きっと。」

「……?」

「きっと友奈は、学校では元気な姿を見せてるんでしょう。 あの子はそういう子だから。」

「ええ、まあ。 分かりやすく元気なフリをしてますよ。」

「そう…………でも、それは貴方も……よね?」

 

つい、その言葉に返す声を詰まらせる。 なんだってこう俺の周りの連中は無駄に勘が鋭いんだ。

 

友奈に色濃く継いでるのであろう、ルビーのような深い紅色の双眸が俺を貫いた気がして、自分の表情が強張るのを感じ取る。

 

 

「…………さぁ。」

「ふふっ……その顔。 そういう顔をね、最近の友奈も良くするの。」

 

哀愁の漂う顔で、結城母はそう言う。

 

一応は俺も親だった。 故に、その顔が何を意味するかは大体分かる。 無力感に襲われているのだ。 ああ、わかるとも。

 

――役に立てないって、辛いもんな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうかしら、口に合うと良いんだけど。」

「……えー、あー、はい。 美味しいんですけども。」

 

リビングに通された俺は、何故か結城母に紅茶と菓子を振る舞われていた。

 

夜中にお菓子を食べるなんて悪い人ね、私たち。 なんていたずらっ子みたいな顔で言われては乗るしかないだろう。

 

取り敢えず湯気の立つ紅茶の香りを楽しみ、クッキーを食べる。

 

 

「友奈の顔見てすぐ帰るつもりだったんですがねぇ。」

「……ごめんなさい、なんだか貴方も放っておけないんだもの。」

「俺、そんなに心配される顔してます?」

「小突いたら死んじゃいそう。」

「……まあ、合ってます。」

 

樹とかにスネでも蹴られたらそのまま膝から下が灰化しかねないもん。

 

 

「そう言えばね、友奈が小さい頃、座敷わらしが居たのよ。」

「へぇ…………家にも居ましたよ、座敷わらし。」

「その座敷わらし、ちょうど今の友奈位の背丈でどことなく友奈に輪郭が似ていたの。」

 

「――――なるほど。」

 

そいつ知ってます。

 

……とは、言えない。

 

 

「でも友奈が小学生を卒業する頃には見えなくなっちゃって、今頃どうしてるのかしら。」

「…………元気にしてるんじゃないですか。」

 

と、適当に返答してから、紅茶を飲み干して席を立った。 結城母は不思議そうな顔をする。

 

 

「じゃ、友奈の顔見て帰ります。」

「友奈今寝てると思うわよ?」

「……寝顔だけでも見て、こっちも安心したいんですよ。 それに…………。」

 

「それに?」

 

 

 

――――――突如として現れた不定期の体の激痛。 それを抑えるように服の胸元を握り締め、冷や汗を垂らしながら言った。

 

 

「もう、時間がないので。」

「――――。」

 

何も言わない…………と言うよりは俺の状態に絶句している結城母を置いて、友奈が居るだろう二階への階段に向かう。 そして、上がる前に結城母に向けて伝える。

 

 

「もし、仮に……友奈が死んでしまう、とか。 世界が滅ぶ事になるとか、そうなった場合は……きっと、俺の判断ミスが原因だと思うので――――。」

 

ルビー色の瞳で俺を見ている結城母に、ただただ静かに話す。

 

 

 

「その時は、最期まで、俺を恨んでください。」

 

それだけ言って、俺は階段を上がった。

 

 

 

 

「子供が大人の為の犠牲になっていい世界なんて、あって良い筈が無いのだけど、ね……。」

 

リビングで立ち尽くす結城母がそう言いながら、力なく椅子に座った事を俺は知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

痛む体に鞭打って階段を上りきると、友奈の部屋らしい扉を見つける。 音を立てないようにしながら扉まで近付くと不意に扉の奥で物音がした。

 

 

「(…………盗み、か?)」

 

これまた音を立てずに扉を少しだけ開く。 扉の死角になっている所、恐らく本棚の辺りに、誰かが居るのだ。

 

 

「(なるほど、泥棒か…………なら殺そう。 慈悲はねえ。)」

 

懐からスタンガンを取り出し、出力を最大(死人が出るレベル)に引き上げる。

 

 

―――直後、扉を開き、泥棒が気づく前に接近。 数十センチの距離まで近付き、ようやく相手が気付いたところで振り返られる前に襟首を掴んで床に引き倒す。

 

そのまま顔面にスタンガンを叩き付けようとしたとき、ゴリ、と胸元に金属質のなにかを押し付けられた。 見れば、それはSFチックなデザインの拳銃らしき武器で……。

 

 

「えっ…………紅葉くん……!?」

「……美森、なんで居るんだよ。」

 

泥棒の正体は勇者に変身した美森だった。 拳銃を握っているのとは反対の手に、深い青色の本を一冊握っている。

 

…………俺は、その本の事を知っていた。

 

 

「勇者御記…………。」

「これを知っているの?」

「ああ、勇者がつける日記みたいなもんだ。 内容は殆ど大社が検閲して塗り潰すがね。」

 

スタンガンの電源を消してから腰に戻し、倒れたままの美森を立たせる。

 

拳銃を虚空に花びらと共に消した美森は、勇者御記を両手で持ち直した。

 

 

「友奈ちゃんが普段は読まない本のカバーにこれを隠していたの、紅葉くんは何か知らない? もしかして、西暦の勇者もこれを使っていたの?」

「あー、使ってたな。 今大社が検閲して保管してるのはコピーだけど。」

 

先の騒ぎでも起きる気配が無かった友奈を見る。 どこか苦しそうに、それでいて眠りながら祟りが刻まれているであろう左胸の上辺りを掻くように掴んでいた。

 

 

「というか電気点けたのか?」

「……いいえ、最初から点いていたわ。 多分怖いのよ、暗闇の中で眠るのが。」

「そうか。」

 

 

 

――――子供の力になれない、大人を見た。

 

―――大人に助けを求めない、子供を見た。

 

 

 

「―――そうか。」

 

「……なに?」

「いや、ああ、そうだ。 御記を読むなら歌野の家にでも全員を集めてから読め、俺は怪しまれないように徒歩で帰るから後で読む。」

 

「……うん、わかった。」

 

 

美森は御記を小脇に抱えて、開けた窓から出て行く。 鍵を窓越しに侵入してきた青坊主がかけ直して、跳躍して姿を消した。

 

緊急事態だから目を瞑るが、次やったら相手がお前でも関係なく通報するからな。

 

 

 

 

 

 

 

―――結城宅の玄関を開けて、外に出る。 春に向けて冬が徐々に終わりを迎えていた。

 

それでもまだ気温は低く、吐く息は白い。

 

湯気のようなそれは、空気が汚れているからこそ生まれるもので、埃や汚れが大気中に殆ど無い北極や南極での息は白くならないらしい。

 

 

「北極のクマも南極のペンギンも、みんな等しく炎に焼かれているわけだ。 笑えるな。」

 

 

お前らもそう思わないか?

 

と言って振り返る。 俺の目の前には、夏凜達が襲われたのと同じ、泥を押し固めたような姿のヒトガタが立っていた。

 

もはや、友奈に近付くことそのものすらアウトらしい。 もしくは神樹からリソースを分けられて生き長らえている俺を始末しておくチャンスだからか。

 

 

 

ただ、まあ。

 

「俺がノコノコ一人で、しかも丸腰で歩くわけねーだろバーカ。」

 

 

素早く懐から、デリンジャーのようで、それでいて丸みを帯びたオモチャめいた金属の塊を取り出す。 握るのにちょうど良い部分を掌全体で包み、人差し指をレバーに引っ掛けた。

 

 

「押し入れで埃を被ってたイス人の電撃銃だ、とくと味わいタマえ。」

 

バチ、と銃口から光がスパークすると、一瞬間を置いてから、電気の塊が高速で射出される。

 

電気の塊はヒトガタの泥を数対消し飛ばし、一際でかかった泥の上半身を吹き飛ばした。

 

 

「…………再生無し、と。 電気も光だからな。」

 

上半身が消えた泥は動くことなく、周囲の泥は健在。 一発でこれなら効率はあまり良くないな。 それ以前に、自分へのダメージがシャレにならない。

 

 

「いてててて、手が痺れる……。」

 

電撃銃の電源を落として、ポケットに入れる。 強く握っていた右手は、分かりやすい程に震えていた。 電撃銃の電力と勢いが強すぎるためだ。 まだ痺れてやがる。

 

 

嫌になるね。

 

と考えながら横から殴りかかってきたヒトガタを避け、足の裏で膝カックンの要領で蹴り転ばせてから、ぐちゃっと頭を潰す。 どうやら急所も体の動きも人間と変わりないようだ。

 

 

「ああ、もう、歳を取るって嫌だねぇ。」

 

刀を振り回すガタイの良いヒトガタの得物を避け、時に普通のヒトガタを盾に使い、振り回し、鈍器よろしく叩き付け、手の痺れが治ったのを確認して出力を落として二発目を撃つ。

 

今度は急所を逸れ、左腕を肩回りごと蒸発させるだけにとどまった。 うーん惜しい。

 

 

斬られそうになっては避けて、ヒトガタを殴り蹴り倒しては走り、そうしているとやがて、子供が遊ぶのに使っている広場に躍り出た。 後ろは壁。 故に行き止まり。

 

 

 

「…………悪い、今の俺じゃこれが限界みたいだわ。」

 

 

ぽつりとそう呟くと、瞬間、大きな鳥が翼をはためかせる音が頭上から響き渡った。

 

見上げるとそこには、山伏装束に身を包み巨大な翼を背に生やした少女が、俺と泥のヒトガタを見下ろしていた。

 

天狗の少女の肩に器用に乗っていた黒猫がひょいと飛び降りると、宙でその姿を艶のある黒髪の少女に姿を変え、どこからか大鎌を取り出して紅い装束を即座に着込む。

 

更に着地する直前に純白の衣服をその上に纏い、黒髪の少女は七人に姿を増やす。

 

天狗の少女がつぶてのような火炎を幾つも雨あられと降らせヒトガタに穴を空けるのと、七人に増えた少女の七つの斬撃が七体のヒトガタを両断するのは全くの同時だった。

 

 

鎌に付着した泥を払ってから分身を解き、白いローブと紅い装束から学生服に衣装を戻した少女が、壁に背を預けて大人しくしていた俺に話しかけてきた。

 

 

「――――もう大丈夫よ、紅葉くん。」

「ああ。 助かったよ千景、あと若葉。」

「私はついでか。」

 

天狗の少女……もとい若葉は頭上高くを滞空していたにも関わらず、翼を一度はためかせるとまばたきを挟んだ刹那の内に着地した。

 

次いで刀を握っているヒトガタに向けて、大天狗を纏った事でその姿を変異させ大太刀へと化した生大刀を素早く突き刺す。

 

 

そのまま生大刀を、若葉は凄まじい膂力(りょりょく)を以て空中の遥か高い位置にヒトガタごと投げ飛ばした。

 

音もなくただただ赤とオレンジの入り交じった爆炎が宙に咲き、遅れて降ってきた生大刀を若葉がキャッチする。 不思議と生大刀は無傷である。 神器とはズルく不思議なモノだ。

 

 

千景と似た制服に服装を変えると、若葉は、どこか諦めたような、呆れたような顔で俺に言ってくる。 横の千景は任せたと言わんばかりに我関せずとまぶたを閉じていた。

 

 

 

「その顔……やはり、決意は変わらないのか。」

「そうだな…………いや、そうとも。」

「むしろ、より強く決意を固めたみたいだな。」

「大人が体を張る時が来たってだけさ。」

 

 

夜空と月明かりが照らすなかで、俺の顔が二人の目にどう写っているかは、わからないが――――。 きっと清々しくくっきりと、死相が浮かんでいるのだろう。

 

 






滅多に無い紅葉の敬語ほんと違和感やばい。

若葉様の動きはビルドvsグリス戦でのホークガトリングハザードの動きが頭を過ったからそれを採用した。 上手く書けてないけど。




結城母
名前は特に決めてないけど候補としては桜歌(おうか)とか。 あと霊感がとんでもなく強い。 友奈の周りを飛び回る変な牛の事も見えてるしキッチンにはジャーキーが常備されてる。
本人曰く友奈が小学生の時は今の友奈くらいのナニカが座敷わらしみたいに友奈の側に居たらしい。いったい何嶋何奈なんだ…………?
ちなみに基本四国の夫婦は夫が尻に敷かれている。



紅葉の娘(コヨミ)
結構ガチのバイ。 誘拐されて帰ってきたと思ったら指が二本切断されてるわチェーンソーがめり込んだ肩の部分が裂けてるわで、クトゥルフ編では書かれてないが即入院させられてた。
相手が好みなら女もイケる。 男女含めてフってフラれてを繰り返して8回目くらいでようやく結婚に漕ぎ着けた剛の者。
弟? ああ、こないだ若葉と杏ちゃんの娘に監禁されてたよ。 面白いから助けなかったけど。



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十五終目 天命



唐突にアニメ五話が始まるけど前回で四話分は終わりです。 時系列は前回の翌日、つまり最終決戦の幕が上がりました。

戦わなければ生き残れない。




 

 

 

険しい顔をした美森と、穏やかな顔色の友奈が、横に並んで通学路を歩いていた。

 

 

「なんだか、暖かくなってきたね。 東郷さん。」

「ええ、そうね、友奈ちゃん。」

 

美森の表情が険しい理由は、持ち帰って読んだ勇者御記が原因である。

 

 

「冬ももうじき終わるね、春が楽しみだなぁ~。」

「っ――――……そうね。」

 

春まで生きることが出来ない天命を押し付けられた少女が、美森の横で不安を気取られないように、まるで普通でいるように振る舞うその様子があまりにも痛々しい。

 

解決法か一切分からないまま翌日を迎えてしまった美森は、友奈の言葉に生返事を返す。

 

 

「ねえ東郷さん。」

「うん。」

 

「私ね…………。」

「うん。」

 

 

 

「結婚するの。」

「うん。」

 

 

 

――――――うん?

 

 

 

「んん!?」

 

突然頭を殴られたかのような衝撃。 思考が真っ白になっている美森に、友奈は続けた。

 

 

「私、結城友奈は結婚します。」

「―――――だ、駄目よ友奈ちゃん! まだ中学生なのよ!? と言うか相手は誰!?」

 

飛び掛かる勢いで友奈の肩を掴み、顔を可能な限り近付ける。 食い気味の動きに、友奈は頭を後ろに下げることで美森から遠ざかろうとした。

 

 

「もしかして紅葉くん? 駄目よ、紅葉くんは私の――――じゃなくて!」

「落ち着いて東郷さん、紅葉くんは別に…………それに、相手は神樹様だから。」

 

「……………………え。」

 

 

無意識に、美森は友奈の肩から手を離す。

 

「神婚……って言うんだって。 続きは勇者部で話すから、今は学校に行かなきゃ。」

 

 

友奈はそれだけ言い終わると、美森の手を引いて学校まで小走りで向かう。

 

引っ張られる美森は、神婚とはなんぞや、という質疑と――――この時間帯であれば必ず夏凜達と登校している筈の紅葉の姿が無いことを、疑問に思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

長い石段を上り終え、友奈は街を一望できる高屋神社へと赴いていた。

 

 

「怖くない――――。」

 

街を見下ろし、友奈は呟く。

 

 

「怖く、ない―――。」

 

汗を拭い、ただ呟く。

 

 

 

「私…………決めたよ……!」

「何をだ。」

「ひぇぇっ!?」

 

背後からの唐突な声に、友奈は汗だくのまま飛び上がるように驚いた。

 

慌てて振り返ると、顔を触り心地の良いモノが顔を覆う。 手に取るとそれはタオルだった。

 

 

「も、紅葉くん……?」

「お前なら、街を一望出来るここに来ると思ったよ。」

 

紅葉もまたここに来るまでに疲れたのか、決して少なくない汗をかいている。

 

 

「友奈のことだ、神婚を受けるんだろう?」

「………………うん。」

「何故なら祟りに寿命を削られているから。 ああ気にしなくて良いぞ、干渉しすぎてもう手遅れだからな。」

 

ごほっ、と咳を吐き、手のひらにべったりと着いた赤黒い血液を見せた紅葉。

 

顔色を青くさせ、友奈は口を手で隠した。

 

 

「そ、んな…………それも、私のせい……?」

「いやこれは違う。 単純に俺の体にガタが来てるんだよ、安心しろ、世界が救われようが救われまいが俺は死ぬ。」

 

 

なにせ……と続けて、紅葉は白い息を虚空に吐き出す。

 

 

「俺のこの体は―――――。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あのね友奈、あたしが大赦を毛嫌いしてるからとか、そう言うのを抜きにして言うけどね、神婚なんてやめなさい。」

 

「いやあ流石にキモいわね。 神様と結婚して人類を管理? 宗教家が信者に自殺を迫らせてるようにしか聞こえないんだけど。」

 

 

 

「……だよねー。」

 

勇者部のヒエラルキートップである風と歌野に最速で否定され、さしもの友奈も顔を渋くする。

 

 

「友奈さんを犠牲にして平和に生きようなんて、そんなの、なんだか気味が間違ってます!」

「そうだよゆーゆ、ちょっと考え直そう?」

 

風と歌野の後ろで話を聞いていた樹や園子にまで否定をされ、友奈は一瞬たじろぐ。

 

そう、その意見は正しい。

 

友人を犠牲にした世界で平和に生きましょう、と提案されて首を縦に振る人間は勇者部には居ない。 この場で正しいのは勇者部の皆であり、間違っているのが友奈だ。

 

 

そんな友奈に、棚を背にして寄り掛かっていた夏凜が質問を投げてきた。

 

 

「そういや、朝から紅葉のこと見てないんだけど。」

「…………紅葉くん?」

「あんた、なんか知ってるでしょ。 もしかして、ここに来る前に会ってる?」

「……うん、会ってるよ。 でも、紅葉くんはもうここには来ない。」

 

夏凜は目を細め、視線を逸らしながらそう言った友奈をじっと見やる。 不意にばち、と友奈と視線が合い、観念したように友奈が口を開いた。

 

 

「世界が滅び掛けてるって言ったよね。 神樹様の力が尽きそうになっていて、私が御姿(みすかた)だから唯一神婚を行える…………って。」

「そうね。」

 

刃物のような鋭い左目の眼光が、『続けろ』と言っている気がした。

 

 

「御姿の私にしか出来ないから――――天の神の祟りでもうじき死ぬはずだったから、せめて残り少ないこの命を皆の役に立てたい。 そう思っていたんだ。」

 

「友奈ちゃん、祟りの事を口にしたら災いが…………!!」

 

 

美森の言葉に、歌野と夏凜が即座にスマホを構えて前に出る。 その後ろで、風と園子が樹を庇った。

 

爆発事故という形で殺されそうになった歌野と園子、泥に襲われた夏凜、車にはねられた風。 そこまで行った祟りの進行は、最早人を殺す。

 

 

「大丈夫だよ東郷さん…………今の私の体に、()()()()()()()。」

「……どういうことよ。」

 

疲れの滲んだ乾いた笑みを浮かべる友奈は、口をついて出た夏凜の声に返した。

 

 

「こう言うことだよ。」

 

「な、ちょっ」

 

 

あっけらかんとした態度で、友奈は制服のボタンを外す。 そして左肩を露出させた。

 

 

「――――その痕は、まさか祟りの……?」

 

風が、友奈の肩、厳密には鎖骨と胸の間辺りを見てぽつりと呟いた。

 

そこにあったのは、乱雑にシールを剥がしたときに残った接着部分のように、歪に残った炎の焼け跡。 焦げみたく黒と茶色が混ざった、見ているだけで不快感を催す祟りの残りカスだった。

 

 

「私の体にもう祟りはない、そして紅葉くんがこの場に居ない。 これだけ言えばもう分かるよね、夏凜ちゃんも、歌野ちゃんも。」

 

「――――あの馬鹿野郎……っ」

「紅葉のやつ……祟りを引き受けたの……!」

 

 

スマホが砕けん勢いで握り込む二人。 一際仲の良い二人だからこそ、その事実が――――人知れず問題を抱え込んでいる友人の相談に乗れなかった事が、悔しかった。

 

 

「紅葉くんは、自分の寿命と私の祟りを交換したんだよ。」

 

無情にも、友奈は淡々と事実を告げる。

そう言いながらスマホを取り出すのを見て、美森が友奈に問う。

 

 

「……何をするつもり?」

 

「私は神婚をしないといけない、これは『誰かに言われたから』とか、『そうしないとカッコ悪いから』じゃない、私の意思。 それ以上に、私は紅葉くんから命を貰ったから。」

 

スマホのアプリを、画面を見ずだらりと手を下げたまま指で操作する。

 

 

「でも、皆は私の覚悟を否定するんだもん。 それは正しいと思う、でも――――――お願い、邪魔をしないで。」

 

瞬間、暴風と共に赤の混じった桜の花びらが友奈を包む。 横に立っていた美森は咄嗟に顔を覆って離れ、夏凜と歌野が即座に同じくアプリを起動した。

 

 

「話が通じないなら力ずく。 良いわね、分かりやすくて。」

「こうならないために話してた筈なんだけど。」

 

白と黄色の衣装を着た歌野と、漆と紅の衣装に身を包む夏凜の二人は、右半身が赤に侵食された桜色の友奈を見る。

 

その額の右側には鋭利なナイフのような角が伸び、左側は根元から折れていた。

 

 

 

「神樹様の元に行く。 止めるなら、戦うよ。」

「行かせるわけないだろ。」

「まあ、止めるべきよね。」

 

残像しか残らない動きで肩、肘、手首を効率良く動かして、歌野は鞭をスイングする。

 

通常の鞭の先端の速度は、容易に音の壁を突き破る。 だが、それを勇者が行ったら?

 

 

「ッ――――シィッ!」

 

正しく蛇のように、鞭は空中で軌道を変えながら友奈に迫った。

 

鏃のような先端が友奈の胸を捉える寸前で、友奈はアッパーを繰り出しその先端を弾く。

 

 

バチィンと甲高い音を立てて、鞭の先は天井に突き刺さった。

 

 

「は、嘘でしょ……!?」

 

「ボケッとすんな歌野ォ!!」

 

 

慌てて鞭を引き抜こうとする歌野より前に出て、峰を向けた刀で友奈を狙う夏凜。

 

しかし友奈は籠手で上手く峰を滑らせ、夏凜の二刀流の尽くを受け流す。

 

その身一つでバーテックスを殴り殺してきた、かの初代勇者の戦闘経験を天ノ逆手から受け取っている以上、今の友奈に決定打を与えられる者はこの場には居ない。

 

 

やがて左手の刀を裏拳で砕かれ、反射的に右手の刀を両手で掴むと、夏凜の体に凄まじい衝撃が走り後退させられる。

 

友奈の突き出された掌底と、陥没した床が威力を物語っていた。

 

 

「が、ぐ……っ」

 

膝が笑い、夏凜は膝を突く。 ようやく鞭を天井から引っこ抜いた歌野に、友奈は半歩で距離を詰める。 その右手は強く、深く、重く握られていた。

 

 

「ごめんね歌野ちゃん、まだゲージ残ってるよね?」

「おご――――。」

 

 

ずん、と床を踏み砕き、震脚を行う。 足から手までに全身の筋肉を通してエネルギーを貯めた拳が歌野の心臓に埋まり、貫通した衝撃が背後の窓ガラスを粉砕する。

 

精霊バリアの勇者生存機能が無ければまず間違いなく、心臓は潰れていた。

 

 

崩れかけた体勢をなんとか整え、机に手を突いて辛うじて立っている歌野と、刀を杖に立ち上がろうとする夏凜を見て、友奈は右手を左腕近くまで持ってくる。

 

 

「………………ごめんね。」

 

 

そして、友奈は右手を全力で振るった。

 

台風の中に居るようなとてつもない突風が発生し、夏凜と歌野は丸めた紙くずが文字通り風に煽られたように窓際に叩き付けられる。

 

致命傷とは判断されず、幸運にもバリアが起動することはなかった。

 

 

 

完全に敗北した二人と、部室の他四人は、変身を解いて部室から出て行く友奈を見届けることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

現状の全てを伝えられた友奈に、紅葉が不意に、血を吐きながら指を立てて提案した。

 

 

「今お前に出来るのは二つだ。 一つは祟りを体に残したまま神婚を行うこと、ただしそうすると学校に行く過程であいつらの誰かが確実に死ぬ。」

 

人差し指を立てながらそう言った紅葉は、友奈が何かを言う前に続けて中指を立てる。

 

 

「二つ、俺の残り僅かな寿命とお前の祟りを交換する。 そうすれば、犠牲は俺だけで済む。」

 

「そ……そんなこと、出来るわけない! 紅葉くんの命を、貰うなんて…………っ!」

 

優しい友奈は、当然否定する。 だが、それを予想していた紅葉は、血が抜けてフラフラになりながら続けた。

 

 

「お前もわかってるだろ、誰も死なずにハッピーエンドなんて、叶えられるわけが無いって。」

「…………そう、だけど……紅葉くんが死ぬ必要なんて、あるわけ……。」

 

「…………これは天命なんだよ。

西暦で無様に死ぬはずだった俺が、高嶋友奈と出会って、四国であいつらと生き延びて、神世紀初期にようやくくたばって、それでもまた生きちまった俺が今唯一出来る善行がこれなんだ。」

 

 

感極まり目尻に涙を浮かべた友奈のそれをタオルで雑に拭うと、小指と薬指が根元から灰化した左手で髪をぐしゃぐしゃに撫で回す。

 

そのまま脳天を掴んで体を反転させると、背後だった場所に、若葉が立っていた。

 

 

「―――若葉、ちゃん……?」

「お前がどう拒否しようと、それは知ったことじゃないんだよ。 ごめんな。」

 

「ああ、本当に、すまない。」

 

 

若葉が紅葉に同調して友奈に謝ると、若葉は抜き身の生大刀を友奈の左胸の辺りに突き刺し、その勢いで紅葉の胸にまでその刃を深くめり込ませた。

 

 

「う、あ、ああ゛っ!?」

「ぐお、お…………この痛みを、お前は、ずっと…………ッ!!」

 

若葉の生大刀が貫いた祟りは、紅葉の体に移される。 生大刀を引き抜いたその瞬間、友奈の体は信じられないほど軽くなり、逆に紅葉の体は金属の塊を何個も乗せられたような重圧と全身を引き裂かれているような激痛に襲われた。

 

 

「そんな……も、みじ、くん……!」

「これで良いんだよ、友奈……。」

 

荒く呼吸をし、玉になった汗を額から顎まで垂らす紅葉は、満足気に笑う。

 

 

「神婚をするなら、体は綺麗にしないとな。」

「――――紅葉くん、本気なんだね。」

「ああ。 俺の命をお前にやるから――――お前はなるべく、生きろよ。」

 

 

そこまで言われて、友奈の瞳から迷いが消える。

 

袖で涙を拭い、後悔に押し潰されそうな苦々しい表情を浮かべていた若葉を一瞥した。

 

 

「紅葉くんを、お願いします。」

「…………引き受けた。」

 

その言葉を聞くや否や、友奈は、高屋神社の階段を駆け降りてその場から姿を消す。

 

 

残された二人の内、若葉は仰向けに倒れている紅葉に近付く。

 

 

「良いのか、さんざ利用されて最期にこれで。」

 

「二度目の死に、恐怖なんかねえよ。 ひなたには怒られちまうだろうが、これで良かったんだ、()()()()()()()()()()()()()()()。」

 

「…………二つ目の、願い? 紅葉、お前は何を言っているんだ。」

 

 

疑問符を浮かべる若葉を無視して、紅葉は言う。

 

「おい、聞こえてるんだろ。 再契約と行こうぜ、願いを叶えやがれ。」

「なにを――――なんだっ!?」

 

 

紅葉の頭上に、いつの間にか、青白い光の球体が現れる。 脊髄反射で生大刀を構えた若葉だが、不思議と敵意を感じられず、警戒を解かないまま生大刀を鞘に納めた。

 

「紅葉、なんなんだこれは。」

「知らねえけど、俺を四国に来るよう呼び掛けてたのがこいつらしい。 ようやく思い出した。」

 

痛みを堪えながら起き上がると、紅葉はその球体に手を翳す。 そしてそのまま、青白いそれに向かって言葉をつぐんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆、ちょっと聞いてくれるかな。」

「どうしたのよ乃木、言う事があるならさっさとしてちょうだいな。」

 

部室の荒れた状態を元に戻し、友奈を追いかけようとした皆を、園子が呼び止める。

 

 

「もーみんの事で、話しておくべき事があるんだ。 皆は、西暦にいた人が、どうやって神世紀の今に存在できてるんだと思う?」

「…………さあ、紅葉の事だしなんかそう言うことが出来るんでしょ。」

「歌野…………いや、まあ出来そうだけど。」

 

呆れる夏凜を横目に、園子は続ける。

 

 

「もーみんの魂は、神世紀の先人家の子孫の肉体に入ってる状態なんだよ。 血の繋がってる体だから、拒絶反応もなく先人紅葉の魂は、新たな体でも違和感なく動かせている。」

 

「あー、つまり?」

 

 

風の急かす言葉に、誰もが一度は考えたが答えを出せず黙っていた事に、園子は切り口を入れた。

 

 

「今の神世紀の子孫の肉体に先人紅葉の魂が入っているなら、元々その体に入っている筈だった魂は、何処に行ってしまったんだろう? そんな事を考えたこと、ある?」

 

「…………元の魂は弾き出されて消えた?」

「融合して一つの魂になってるとか。」

 

当たり障りのない誰もが考えるだろう答えに、渋い顔で首を振って否定した。

 

園子は、全員の顔を見てから、深く息を吐いて言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの体に魂は元から入ってなんかいなかった。

 

――――あの体は、死産だったんだよ。」

 

 

 






『ゾンビモノのシリーズは一作目序盤の雰囲気が一番面白い』の法則は、『なんとなく書き始めた小説は最初の数話が一番筆が乗る』の法則に近いと思う。

あと単純に『人間対怪物』が『人間対人間』になるのも原因の一つなんじゃないかな。



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十六終目 意味


亡くして行く故に、死んで逝く故に。




 

 

 

瀬戸大橋記念公園。 その一ヶ所に存在する、歴代の勇者・巫女の名が刻まれた英霊之碑。

 

その奥にある初代勇者と298年の勇者、そして300年の勇者の絵を保管し飾っている台の後ろで夕焼けを見ている一人の神官が、不意に振り返り石碑の方を見た。

 

 

「よお、勇者の癌。」

「……随分な言われようですね。」

 

石碑の横にある段差に腰掛けていたのは、朝から姿を消していた紅葉だった。

 

服にべったりと赤黒い色を着けていて、呼吸は浅い。 子供に小突かれたら、そのまま死んでしまいそうな程に瀕死である。

 

 

「良くもまあ、それで生きていられていますね。 執念ですか。」

「お陰さまでな。」

 

仮面を着けた女神官は、労う態度が欠片もない無機質な声色で淡々と言った。 それに対して、紅葉もまた棘のある言い方で返す。

 

 

「友奈は今頃神樹の元だ、どんな気分だ? また勇者を生け贄に捧げる気分はよぉ。」

「――――根に持っているのですか。」

「当然だろ、良くもまあ俺達に、芽吹ちゃん達に、勇者部に、亜耶ちゃんか美森かで選択を強いらせたな。 言っただろ、『滅ぶべきだ』って。」

 

冷たい声でそう言った紅葉に、女神官は余裕を崩さない。

 

 

「それは貴方の言い分に過ぎません。 今は結城友奈様に神樹様と神婚させることが最善手なのです、そうすることで、人々は救われる。」

 

「はっ―――神樹の延命の為に四国を巨大な栄養剤にすることが『神婚』か。」

 

 

笑わせるな、と吐き捨てるようにぼやいた。 そこでようやく、女神官がぴくりと反応する。

 

 

「『勇者が死ぬ』のは世界のためか。 『巫女が死ぬ』のは世界のためか。 馬鹿馬鹿しいんだよ、どいつもこいつも人がとっくの昔に決めたことの悉くを守りゃしねえ。」

 

「昔は昔、今は今。 いったい何時の話をしているのですか、貴方は。」

 

「昔があっての今だろうが。 何のために――――何のために、高嶋友奈が、人には可能性があると神樹に世界を託したと思っているんだ。」

 

ごぼ、と血の塊を吐き出して、深く息を吸って言葉をも吐き出す。

 

 

「何のために、あいつが300年も猶予を稼いだと思ってる。

『大赦のク(俺達)ズ共』がのうのうと生きるためじゃねえ、俺達なら…………四国の人間なら、天の神から世界を取り戻せると思ったからだ。」

 

興奮したことで鼻の奥の血管が切れたのか、ドロッとした赤黒い血が垂れる。

 

 

「大人が命張る番なんだよ、俺達が真っ先に命燃やさないといけないんだよ。 それが高嶋友奈に、歴代勇者に、巫女に――――三ノ輪銀に出来る贖罪なんだろうが……ッ!」

 

「…………三ノ輪、銀。」

 

女神官がそう言うも、紅葉の耳には届かない。 徐々に視力や聴力まで死に始めている事には、まだ気付いていなかった。

 

 

「――――いや、違うか。 死にたいんだろうな、俺は。」

「死にたい、と。」

「きっと俺の死にも意味はあったんだ、って。 そう知らしめたいのかもなぁ。」

 

ポタポタと床に落ちては、そういう形の花のような模様に飛び散る赤い飛沫をボーッと見ながらぼやくように言う紅葉。 そんな紅葉に、嘲笑うかのようなトーンで、初めて紅葉に対して女神官は感情を乗せた声をぶつけた。

 

 

「――――意味なんて、ありませんよ。」

「…………なんだって?」

 

耳が遠くなり始めた紅葉は、素で聞き返した。 女神官は怒気を含めて、仮面越しにくぐもった言葉を放つ。

 

 

「意味なんて、ない……。」

「…………そうかな。 俺はずっと信じてるぞ、人の死には、きっと意味があるって。」

 

達観した老人の意見。

それは、一度大往生の末に死んでいるからこそ言える言葉であり――――。

 

故に女神官は、憤怒に染まった表情を仮面で隠して、有らん限りの怒号を発した。

 

 

 

「意味なんて無いッ!!」

「…………へぇ。」

「無いんですよ意味なんて!! 死ねばそこで終わり、後には悲しかった事しか残らない! 」

 

両の拳を298年の勇者の絵を納めたショーケースに叩き付け、その手に血を滲ませる。

 

 

「三ノ輪さんが死んで! 葬式をして! その最中にお役目で消えた二人はボロボロなまま雨で濡れていて!! 次は鷲尾さんかもしれない、次は乃木さんかもしれない! そう考える権利すら無いことを思い知らされる!!」

 

女神官は手のひらでショーケースに触れた。 その奥には赤と濃い紫、そして薄紫色の勇者が怪物と対峙する一枚の絵が描かれていて、その姿はとても幼い。

 

ほんの数年前まで、世界は小学生に守られていたのだ。

 

 

「死ぬか戦えなくなるまで死地に送り込み、幼い子供に得させた仮初めの平和で生きることが、どれだけ心苦しいかなんてそんなのわかってるんですよ!! それでも、そんな考えを持つことすら私には許されていない……っ!」

 

血を吐く勢いの慟哭。

 

仮面の奥で嗚咽を漏らす女神官に、紅葉はようやく()()()()()を垣間見た。

 

 

「――――ああ、良く、分かるよ。 俺もつい数百年前まで見送る(そっち)側だったんだから。」

「…………知っています。」

「それに、きちんと意味が有るじゃないか。 あんたは三ノ輪銀が死んだことを、()()()()()()()()()()だろう?」

 

それを聞いて、女神官はハッとする。 脂汗を顎から床に垂らし、咳き込む度に血を吐く紅葉は、全身の激痛を我慢して続けた。

 

 

「何も残らないなら、誰かが死んだところで所詮歯車が一つ破損したに過ぎないと思えば良い。 だからこそ俺は何度でも言ってやれるし、何度でも信じてる。」

 

それでも穏やかな口調で、紅葉は言った。

 

 

「―――意味なく死んだ奴は、居ないって。」

「…………私、は、私は…………っ!」

 

俯いた女神官の視線の先に、ショーケースの中の絵が写る。 その脳裏にかつての少女たちとの日常が甦り、女神官の仮面はついに剥がれ落ちた。

 

 

「――――アキ、もうやめよう。」

 

突如として紅葉の後ろから青年の声が聞こえた。 やっとか、と呟いて紅葉は気だるげに振り返る。 そこには神官の衣装に身を包みながら、義務付けられていた仮面の着用を無視した男が立っていた。 女神官は慌てた素振りでその男を呼ぶ。

 

「ハル……!? な、なんで……。」

「そこのくたばり損ないに言われて色々やってたんだよ。 こんな時にまでお前から逃げていて、本当にすまなかった。」

「くたばり損ないねぇ。」

 

呆れた顔をした紅葉の横を通って段差を降り、ハルと呼ばれた男―――三好春信は女神官の元に向かう。 一歩後ずさった女神官は、不意打ち気味に春信に抱き締められた。

 

春信の暖かさが、女神官――――安芸の崩れかけた心を、じんわりと溶かす。

 

 

「う、あ…………っ」

「もう良いんだ、自分の感情にもう蓋をするな。 世界の終わりが迫っている今くらいは、仮面(それ)を外してくれないか?」

 

手慣れた動作で安芸の仮面を取る春信。 その奥には女性の顔があり、その顔は泣き腫らしていて目元が赤かった。

 

 

「銀を守れなかった事が悔しくて、お前に全てを一任して逃げてしまった。 苦しみを、苦労を、何もかもを押し付けて俺だけ上層部に逃げるように昇格してしまった。 償える訳じゃないし、謝って済む話でもないのは分かってる。」

 

フードを取って髪を梳すように撫でる春信は、もう片方の腕で強く安芸を抱き締める。 確固たる意思を以て、春信は安芸に語りかけた。

 

 

「だからもう逃げない。 この世界に立ち向かうと決めたから、俺を手伝ってくれ、アキ。」

「――――ハル……うん、良いよ。」

 

疲れの目立つ顔色の春信に微笑む安芸は、目を細め、春信に顔を近付ける――――瞬間に、紅葉の咳払いで我に返った。

 

「お似合いだな、と茶化してやりたいんだがそうも言ってられないんだよなぁ春信よ。」

「ああ、お前の言うとおり、国土亜耶の元に人員を配置しておいた。」

「国土亜耶……どう言うこと?」

 

懐から眼鏡を取り出して装着した安芸が羞恥からほんのり頬を染めて春信に問う。

春信は安芸のその動作に対して首を傾げるが、気にせず簡素に返す。

 

 

「国土亜耶の信仰深さは神婚の過程で真っ先に神の元に逝ってしまう致命的な要素だ。 だから紅葉と話し合って、俺の部下を数人身代わりになるよう配置させたんだよ。

勿論部下に聞いて、同意しての覚悟の上だ。」

 

自分の知らない所であれやこれやと行動していた二人に、安芸は少し考えてから紅葉に向かって頭を下げた。

 

 

「申し訳ありませんでした。」

「……別に良いさ、誰も悪くないんだ。 それに、あんたも俺も似ているからな。」

「似ている、とは?」

 

焦点が合わなくなってきた目を安芸に向けると、紅葉は言った。

 

 

「もしも勇者になれたらと夢を見ては、無情な現実に打ちひしがれて。 それでも勇者の為に何か出来たらと立ち上がっては、勇者への憧れをやめられずにさ迷っていた。」

 

一呼吸置いて続ける。 その呼吸は、命を吐き出すが如く荒く熱い。

 

 

「俺が安芸ちゃんを嫌いな理由が分かった、同族嫌悪だ。 俺も安芸ちゃんも、ただひたすらに、勇者が好きなだけだったんだよ。」

 

自然な動きで手を段差に置いて力を入れる紅葉だが、ガクガクと肘が笑うだけ。 最早立ち上がる力も無いことに、思わず口の端が笑うように歪む。

 

ふう、とため息をつくと、紅葉は春信と安芸に言う。

 

 

「やることは山積みなのに時間も無い、俺の体ももう手遅れな所まで来ている。 お前らはこの世界の大人側の代表者なんだ、俺が居なくなった後の事は頼むぞ。」

 

「分かってる、お前が居なくても良い世界を作ってやるさ。」

 

「私たちの不手際を背負わせる事になってしまって、本当に、ごめんなさい。」

 

 

また謝るんだからなぁ……と軽く笑った紅葉の肩に、ふと、誰かの手が置かれた。

瞼を閉じていた紅葉がそのまま後ろに顔を向けると上から声がする。

 

 

 

「見ぃ……つけ、た。」

 

重く鈍く冷たい歌野の声が、遠くなった紅葉の耳にやけに鮮明に届く。 閉じた瞼越しに視線を右往左往させ、怯えた声を出した紅葉を見て、安芸と春信は内心で同情していた。

 

 

「………………ひん……」

 

 






仮面ライダー4号を百回観ろ。
あと青い春を百回聴け。


安芸×春信もっと流行らせコラ



安芸先生
・名前がいまだに分からない。 春信からは名前で呼ばれてるがイントネーションは漢字じゃなくカタカナ。 元神樹館小学校の先生。
春信に対して一定以上の感情を持っていたが、色恋に現を抜かせない現状と生徒を犠牲にしてきた現実を含めて仮面で全てに蓋をしていた。
巫女や勇者を犠牲にしている事実に心を痛めても、それを周りに知られる事や弱音を漏らす権利すら無いと常に切り捨て続けていた。
奉火祭の説明や神婚の説明をする度に胃腸に甚大なダメージを負っていたのは秘密の話。
亜耶ちゃんを生け贄にする話をした時本気(マジ)のメブに銃剣でぶち抜かれそうになった。


春信
・元神樹館小学校の先生、と言うよりは安芸ちゃんの補佐(副担任?とかそんなん)。 安芸ちゃんからはハルと呼ばれている。
安芸ちゃんからしたら唯一アダ名で呼ぶ相手で、勘の良い人から見れば明らかにゾッコンラブ(死語)なのだが、春信は全く気付いていない。
銀が死んだのは自分のせいだと責め続けて精霊実装前に先生を辞めて大赦の仕事に逃げた過去を持ち、夏凜が勇者になる事には反対していたが、本人の意思を尊重して強く言えなかった。
でもまあ、なんか心身共にめっちゃ強くなってるし結果オーライか……(白目)

最初の方で紅葉を刺したのは夏凜といちゃついてた私怨が大体だが、その裏の思惑としては『過去の人間に頼る必要なく子供を守りたい』という意思表明の為に殺す為だった。 もっとも勇者の章以前の紅葉は神樹からの無限のリソースで殺しても死ねない状態だったのだが。


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十七終目 紅葉



この作品はにぼゆう、ぐんわか、あきはるを熱く応援しています。異論は認める。

皆も自分の性癖に従って書く方がいいよ。
確実にそれで離れる人は居るだろうけど、それ以上にこの先ずっと読んでくれる人もちゃんと現れるから。

私の上下するお気に入り数を見ろ、経験者は語るんだぞ。




 

 

 

園子からの爆弾発言に、部室の5人は凍り付いた。 いち早く硬直が解けた歌野が、さしもの精神力を持ってしてもその声を震わせて言った。

 

 

「紅葉が、死産……? あんな殺しても死ななそうな奴が? 冗談でしょ?」

「当時の記録を見たから間違いないよ、うたのん。 もーみんは間違いなく死んでいた。」

 

歌野の言葉を遮って続ける園子。

 

 

「いや、肉体の方はもーみんじゃないんだけどね。」

「…………ごめん、頭がこんがらがってきた。」

 

「そもそもの始まりは、神樹様が西暦から神世紀初期までを生きていた先人紅葉の魂を保管していた事だった。 いつか来る困難に立ち向かうことになる少女たちを支えさせるのに必要だからって事らしくて、それが、今この瞬間。」

 

 

それを聞いて、机の傍らに立っていた美森が机を強く叩いた。 眉を潜めて憤りを露にしているその顔は、憤怒一色に歪んでいる。

 

 

「支え『させる』…………?」

「……わっしー。」

「支えるって言うのは、お互いにする事なのよ。 紅葉くんにだけ私たちを負担にさせるのは、『支える』なんて言わない……っ!」

 

「うん。 そうだね、神樹様は間違っている。 それでももう、もーみんの体には限界が来てる――――とっくに限界を越えているんだ。」

 

 

一旦落ち着くよう促した園子に従った美森は、呼吸を整えて話を聞く。

 

「もーみんのあの体は死んでいる。 そしてそこに西暦の先人紅葉の魂を入れる事で人のように動かしている。 でも死んでいる事に変わりはない。 死体であるあの体は本来なら数日ともたずに腐敗してしまうんだけど、それを神樹様がリソースを分け与える事で防いでいるんだ。」

 

「つまりあいつ、マジのゾンビだったわけ。」

「夏凜ちゃん!」

「事実よ東郷。 しかし、成る程、神樹からリソースを分け与えられてる……ねぇ。」

 

 

考える素振りを見せた夏凜は、少し間を空けて、苦い顔をして園子に言った。

 

 

「神樹が世界を守る力がもう無くて死にかけてるって事は、あいつに渡すリソースにも余裕がないって事になる。 友奈が命を貰ったってそういう意味だったのね。」

「――――世界が救われても救われなくても、神樹様が居なくなるから…………どちらにせよ紅葉くんを生かす方法が、無くなる……?」

 

 

憤怒から、絶望に。 美森は――――勇者部部室の6人は、ようやく、紅葉がどう足掻こうが助からないことを理解してしまった。

 

スマホを握り締めて部室から出ようとした歌野を、咄嗟に夏凜が肩を掴んで止める。

 

 

「…………紅葉を探して、友奈を連れ戻す。」

「話聞いてた? あいつはもう助からな―――「分かってる!!」

 

掴んだ手の首を掴み返して捻り上げる。 関節を極められ、夏凜のは鈍く呻いた。

 

「う、ぐ……っ。」

「『どうせ死ぬんだから無理』とか、『どうせ助からないんだから助かる(友奈)方を助けろ』って言いたいんでしょう? 馬鹿言わないでちょうだい。」

 

扉に夏凜の背中を押し付け、手から首元に腕をやり、更に押し付けて縫い止める。

 

 

「あの人が昔の魂をリサイクルされた不良品だろうと、肉体が腐ってる死体だろうと、そんなの関係ない。 あの人は必死に生きてるの! 紅葉は生きてるの!! 私の大事な幼馴染を死なせたりなんてしない…………!!」

 

 

そう言い残して、歌野は部室を飛び出す。 咳き込んだ夏凜は、呼吸を整えた。

 

「……そりゃ、幼馴染が死ぬことを割りきれなんて無理か。 さっさと追いかけるわよ。」

「悪い夏凜、あたし達に代わって憎まれ役引き受けさせた。」

「なんのことだか。」

 

手首の関節の調子を確かめていた夏凜は、風にそう言われるも目線を逸らして誤魔化す。

 

素直じゃないわねぇ、と言われながら、夏凜はスマホを手に取り部室を出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

湿気(しけ)た面してるわね。」

「あ゛?」

 

校門から出てすぐの壁に寄りかかっていた少女に煽るように呼び止められ、歌野は睨む。

 

この辺では見ないオレンジのジャージを羽織って腹部のポケットに手を入れている少女が居た。

 

艶のある漆塗りの黒髪を垂らし、その傍らには刃が折り畳まれた大鎌が添えられている。

 

 

「誰。」

「郡千景。」

「……紅葉の膝でゴロゴロ言ってたあの猫?」

「あの姿での特権だから良いのよ。」

 

表情を崩さず言ってのける千景に深かった眉の潜み具合がより濃くなる歌野。

 

それでも、淡々と言った。

 

 

「紅葉は何処?」

「教えない。」

「言え。」

「嫌よ。」

「どうして。」

 

冷静そうに見えて、その実、額には青筋が浮かんでいる歌野。 千景はカツンと大鎌の柄の底で地面を叩きながら、親が子供に言うように伝える。

 

 

「紅葉くんが死ぬのを邪魔されるのが嫌だからよ。」

「――――は?」

「…………なんて言おうと思ったけど、貴女に言っても聞く耳は持たないわね。 紅葉くんは瀬戸大橋記念公園の英霊之碑に居るわ。 行きたくば行きなさい。」

 

すい、と。 場所を開けるようにまた背中を壁に預けた千景は、それだけ言ってまぶたを閉じた。 話すことはもうない、とでも言いたいのかわからないが、歌野は一瞥してから変身して屋根伝いに跳躍する。

 

 

 

「ああ、ほんと。」

 

通行人の口から白い息が出るなか、千景の口からは出ない。 それは魂を神器に移して守護者になった千景、そして若葉が人ならざるモノになっている証拠だった。

 

 

「――――嫌になる。」

 

千景は静かに、絞り出すように呟く。 だがそれはまるで、吐瀉物を吐いているようにも見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「兎に角歌野さんを追わないと、お姉ちゃん!」

「そうね樹、でもあいつ何処行ったのよ……。」

 

小走りで校舎から出た風達勇者部のメンバー。 その5人が校門を出たところで、先ほどの歌野と同じように声をかけられた。

 

 

「――――知ってしまったのね、紅葉くんが死ぬことを。」

「…………誰だあんた。」

 

「……既視感あるわね。 郡千景よ。」

 

 

一瞬黙る5人だが、思い出したように美森が千景に問い掛ける。

 

「千景―――千景殿(せんけいでん)の?」

 

 

分かりやすく嫌そうに顔を歪める千景は、嫌そうな顔を一切変えずに美森の質問に答えた。

 

「正直紅葉くん達の悪ふざけが歴史に残るとは思わなかったけど、あの千景。 初めまして……かしら、今の勇者さん。」

「ええそう、初めまして。 じゃあ退いてくれる?」

「会話って知ってる?」

 

夏凜と歌野の似通った我が道を行く具合に、千景は頭を痛めた。 咳払いをして会話の流れをリセットした風が、部長として代表で千景と話をする。

 

 

「千景…………さん、は、紅葉の状態を知っているのね。」

「呼び捨てで良い。 そうね、紅葉くんは死にかけている。 肉体を限界を越えて尚動かし続け、内包された魂ごと灰と化している状態よ。 生きているのが不思議なくらい。」

「それをどうにかする方法は無いんですか!?」

 

割り込んで千景に懇願する美森だが、それを千景は無慈悲に否定した。

 

 

「無理。」

「――――。」

「紅葉くんは死ぬ。 それを避けることは出来ない、これで良いのよ。」

 

「良い訳が―――「良いのよ。 もう、良いの。」

 

ジャージのポケットに両手を入れていた千景の、静かで、それでいて重くのし掛かる声色。 自分達とは違って出ない白い息。 光すら吸い込み尚も黒く艶めく髪。

 

その全てが、郡千景の人ならざる気配を増長させていた。

 

 

突如凄まじい重圧が5人を威圧し、透明感のある千景の声をその耳に浸透させる。

 

 

「悪いけど、綺麗事ならこの250年近くで散々聴いてきたわ。 守護者として世界を守れ、勇者は世界を守れ、巫女は神の声を聴け。 うだうだうだうだと、『それが世界の為になる』と大赦の連中に散々言われ続けて来たわよ。」

 

カツン、と柄の底で地面を突く。

 

 

「挙げ句の果てには紅葉くんを使って『勇者と巫女が世界を守った』という話の再現をしようとしていた。 頑張って頑張って頑張って、友奈さんだけを守れなかった事を悔やみながら必死に生きていたあの紅葉くんに―――。」

 

ガツッ、と地面を砕く。 憎悪に濡れた瞳が、5人を視る。

 

 

「『また戦え』って? 『また苦しめ』って? ふざけるな、紅葉くんは都合の良い消耗品じゃない。 貴女達がどれだけ紅葉くんが好きでもそんなの知ったことじゃないの。」

 

冷静であろうとして、作った握り拳の内側で、手のひらに爪を食い込ませる。 そうでもしないと感情のままに喚き散らしてしまいそうだったから。

 

それではいけない。 初代勇者・郡千景として、サポーター・先人紅葉の緩やかな死を邪魔させてはいけないのだ。

 

千景は世界を救おうとする明確な意思と、紅葉をどうにか助けようとする決意を持った現勇者の顔を見ないように、腰を曲げて心からのお願いを提案した。

 

 

「もう、紅葉くんを寝かせてあげてください。」

 

そうしないと、千景の決意まで揺らいでしまいそうで――――この人達なら紅葉を救えるかもと、思わされてしまうから。

 

 

そんな誰一人口を開けない現状に、茶々を入れるみたくズン、と世界が振動した。

 

空を見上げると、6人の視界には信じられない光景が見えた。

 

 

「なによ、あれ…………。」

「まさか……バーテックス……?」

 

風と夏凜が言うが、それを千景が訂正する。

 

 

「あれはたかだかバーテックスごときじゃない。 あれは、結城さんが神樹と結婚する事を―――人間程度が神の座に上り詰めようとする事を戒めるシステム。」

 

空間が裂け、夕焼け空におぞましい『赤黒』が割り込んでくる。 まるで樹海化の時のような動きで介入してくる『それ』を、千景はこう呼んだ。

 

 

 

 

天照大神(あまてらすおおかみ)―――――あれが天の神(ラスボス)よ。」

 






遅くなってマジでめんご、いまいちやる気が出なかった。 あと次はひなた誕生日回ね。 その次は短編と番外の予定

説明回だからかセリフが多くなるのすまんな。


海堂ポジションと化した千景は紅葉の死について理解はしてるけど納得はしてなくて、もう辛い思いはして欲しくないから死なせてあげたい。

と思ってる。

ちなみに5人にした説明を歌野にしてたら強制戦闘始まってその辺の壁という壁がぶっ壊れてました、今の歌野に聞き流す余裕はありません。



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短編 勇者の仮面



歌野の性格・言動があんなんになった理由。 諏訪の話なんでまあ、アレな部分もあります。

あとファンブック両方買いました。




 

 

 

2017年某月某日、諏訪大社を歩く人影があった。

 

 

白と黄色を基調にした、都会に居たらコスプレかと疑われるだろう格好をした少女の姿。

 

深緑の髪をショートにして揺らし、誰かを探しているかのように辺りを見渡している。

 

その腰には、使用感の見られる傷だらけの鞭が巻かれて固定されていた。

 

 

「――――うたのん、お帰り。」

「うん。 ただいま、みーちゃん。」

 

パタパタと音を立てて走ってきた小柄の少女を体で受け止め、お互いに腕を背中に回す。

 

胸元に額を擦り付ける茶髪の巫女服を着た少女は、奇抜な白と黄色の――――勇者服を着た少女を力の限り抱き締める。

 

まるで飼い犬のようだ、と小声で笑うと、うたのんと呼ばれた勇者服の少女――――――白鳥歌野は、巫女服の少女こと藤森水都の後頭部を優しく撫でた。

 

 

顔を上げた水都は、ぎょっとした顔で歌野の頬に触れる。

 

「また傷があるよ、無茶な戦い方したんだ。」

「いやぁ……不意打ちを無理にかわしたらこけちゃって、こんなの唾つけとけば治るわよ。」

 

 

軽い調子で話す歌野と、心配する水都の後ろから、ふと声がした。

 

「それやって化膿した奴知ってるぞ。」

「あ、椛さん!」

「おうおう、お疲れさん。」

 

するりと水都の拘束を抜けて、歌野は椛と呼んだ女性に駆け寄る。 先の水都のようにその胸元に飛び付くと、叩くような撫で方で頭を触られた。

 

雑な扱いに見えるが、嬉しそうにしている歌野を見て、水都は嫉妬心か頬を膨らませる。

 

歌野の尻に犬の尾が現れ振られている様子を幻視して、どっちが犬だよと椛は呆れた。

 

 

「さっさと着替えて顔洗って消毒してこい、野菜冷やしておいてやるから。」

「ああ……もうちょっとだけ……。」

「うーたーのーん?」

「……もう、分かったから引っ張らないの。」

 

椛にべったりの歌野を引き剥がして、諏訪大社の階段を降りて行く二人。 椛はそれを見送ってから、遅れて歩き出した。

 

 

 

――――階段を降りて家に向かいながら、ボロボロのスマホをポケットから出すと、椛は電話帳を開き『馬鹿息子』と書かれた番号をタップした。

 

繋がらない事を意味する無音だけが響き渡り、頭を振ってスマホを仕舞う。

 

 

「…………さて、昼飯の用意しねえとな。」

 

 

女性の名前は、先人椛。

 

ただの、しがない椛である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いだだだだ!! み、みーちゃん? もう少し優し……いだーっ!!」

「ふーんだ、毎回傷だらけで帰ってくるうたのんが悪いんだもん。」

「いや絶対それだけが理由じゃあああああああ!?」

 

消毒液が良く染み込んだガーゼをつまんだピンセットを、水都にぐりぐりと傷口に押し付けられ悶える歌野。 明らかな嫉妬混じりの動きだが、きちんと消毒され、てきぱきと手当てをされては文句を言うに言えない。

 

 

縁側に座って行われた処置も終わり、時間は真昼時。 ぐぅと腹の虫が鳴いた事で、歌野は腹をさすりながら笑う。

 

「あはは、お腹すいちゃった。」

「…………じゃ、蕎麦茹でよっか。」

「あー、だいじょぶだいじょぶ、椛さんが私の野菜冷やしてくれてるから。」

「―――また椛さん?」

「おう、またあたしだよ。」

 

ぬっと部屋の奥から現れ、ガラス皿と竹のカップをトレーに乗せて運んできた椛。 嬉々として水都との間に歌野がスペースを作ると、椛は無造作にトレーを二人の間に置いた。

 

ガラス皿には氷が乗せられた山盛りの蕎麦が乗せられた、竹のカップにはそばつゆが張られている。 縁側から庭に降りた椛が蛇口の近くに置かれた桶を抱えて持ってくると、その中にはキュウリやトマトが入っていた。

 

 

「ほい、昼飯食って体を休めな。」

「ありがとうございます! 椛さん!」

「………………むう。」

 

面白くない、とでも言いたげな水都が頬を膨らませると、椛が水都の髪をがしがしと撫で回す。

 

 

「わ、わわっ」

「わはははは、なぁにこんなババアに嫉妬してんだよ。 つか、お前には馬鹿息子が居るじゃねえか。 アレで満足しとけよ。」

「いや紅葉は別にタイプじゃないし……。」

「紅葉? 椛さんじゃなくて?」

 

ずるずると大量の蕎麦を一度に啜っていた歌野がそれを飲み込むと、椛と紅葉の事について聞いてくる。 ああ、と、水都は説明してなかったことを思い出した。

 

 

「紅葉は椛さんの息子で、この一件が始まる前までここで暮らしてたんだ。」

「だってのにあの野郎、『ちょっと四国に行ってくるわ』とかいってふらーっと出掛けたっきりで帰ってこねえでやんの。」

 

からから笑う椛に、歌野は驚きながら怒鳴る。

 

 

「息子さんの安否が不明なのに何笑ってるんですか!?」

 

「あたしが殺しても死ななそうな奴の心配なんてしたって無駄無駄、どうせ四国のどっかで強かに生きてるだろうよ。」

「うーん、紅葉があっさり――――それもあの化物に殺されるなんて考えられないなぁ。」

 

「み、みーちゃんまで……。」

 

 

死んだとは欠片も考えていないくらいに信頼しているからこその言葉なのだろうが、もう少し心配してやるべきなんじゃないかと思わずにはいられない歌野だった。

 

食後のデザートとばかりにトマトを齧っていると、やたらといかついナイフの背でキュウリのトゲを落としている椛がそれを齧ると呟く。

 

 

「で、戦果は。」

「……そうですね、結界を発生させている御柱を狙うことを覚えたのか、あまり私を優先的に狙うということが少なくなっている気がします。」

「学習してるのか、化物の癖に厄介だな。」

 

バリ、と、砕くようにキュウリを折って雑な動きで味噌を塗りたくると口に放り込む。

 

塩分過多ですよ、とは言わない。 もう一年以上の付き合いになるのだ、イラついて物に当たらないようにしている椛が物陰でタバコを吸い、今のように濃い味を求める姿は良く見てきた。

 

 

椛もまた、歌野が居なければ今頃は―――――そう考えずにはいられない。 それでいて、歌野と水都…………子供に戦いを任せることが、苦痛で仕方がないのだ。

 

かつては子供の未来のためにと身を粉にして、人に銃を撃ち、人をナイフで切り裂いてきた。 結局、椛は子供の為に戦っていながら、子供を守りきれていない。

 

 

「――――ああ、クソ。」

「椛さん?」

「……夜、諏訪大社に来い。 話がある。」

 

 

椛は諏訪に複数配置された御柱と、それに群がる勇者よりも御柱の破壊を優先する化物。 そして化物を倒して諏訪を守る勇者を見て、答えに行き着いてしまった。

 

――――まるで、囮の為の時間稼ぎのようだと。 だが、それが『まるで』では無いことに気付くのは、一年先。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜、街灯の少ない道を歩いていると、歌野は諏訪大社に繋がる階段の一番下――――すなわち眼前で座り込んでいる椛の姿を発見した。

 

 

「すいません、待たせてしまいました。」

「気にしてねえよ、まあ、座れ。」

 

自分の座っている段の石段を掌で叩く椛。 歌野は静かに、椛の横に座る。

 

 

「それで、どうしたんですか? 椛さん。」

「―――そうだな、あー、うん。 単刀直入に言うわ。」

 

歌野を見ることもなく、タバコを懐から取り出して咥えると火を点ける。 紫煙を吐き出し、夜空の下の虚空にそれを溶かすと世間話であるかのようにあっさりと言い放った。

 

 

 

 

「水都を連れて四国に逃げろ。」

 

「――――――え…………?」

 

 

言っている意味が分からない。

 

一瞬、歌野の思考は真っ白になる。

 

 

椛は歌野の呆然とした表情を横目で見て続けた。

 

 

「わざわざ諏訪全体を覆うように設計された御柱と結界、その御柱を破壊することを優先した化物。 勇者は当然御柱が破壊されないように戦わないといけない。

 

気付いちまったんだよ、あたしらが囮に使われてるってな。 四国の勇者は今頃まだ訓練してるんだろう。 つまり、向こうはまだ平和で。 つまり、まだ四国に化物は向かっていない。」

 

淡々と、推理と言う名の答え合わせを行う椛。

 

歌野はそこでようやく我に帰った。

 

 

「それは、たし、かに……そうかも、しれませんが…………みーちゃんだけを連れていけって、そんなこと出来るわけ―――」

「出来るさ、お前なら。 白鳥歌野なら、藤森水都だけを守りながら四国に行ける。」

 

椛の言い分はこうだ、『自分達を見捨てて逃げろ』。 歌野の『出来るわけない』に含まれた意味は、『水都を守りながら四国になんて行けない』ではなく―――。

 

 

「だがまあ、歌野ならそう言うよな。 『出来るわけない』ってのは、水都と四国に行けないじゃなくて、『あたしらを見捨てられる訳がない』って意味なんだろう?」

 

「それが分かっておきながら、なんで、そんな、椛さっ……!」

 

ヒュッ、と、歌野の喉が鳴る。 椛はそれでも尚、淡々と。

 

 

「子供が大人や老人の為に使い潰されて良い訳ねぇだろ。 歌野、頼むから水都と一緒に四国に逃げてくれ。 多分馬鹿息子も生きてる筈だ、あいつと四国の勇者と、皆で生きろ。」

 

「――――仮に、私が言うことを聞いたとして、椛さんはどうするんですか……?」

 

「そりゃ死ぬかもな、お前が御柱を守らないってことは破壊されて結界内に化物が入ってくるんだから。 だがなぁ、この状況で二年―――いやもうすぐ三年。 この状況で三年なんて、長生き出来た方だと思わねえ?」

 

 

そうして、にっ、と笑う。 そんな顔を見て、歌野は嫌でも察してしまう。 椛はとっくの昔に、死ぬ覚悟をしていたのだと。 堪らず歌野は、椛の胸元に顔を押し付けた。

 

 

「――――強いですね、椛さんは。」

「要らねえ強さだよ、少なくとも、あたしは歌野と水都の方が強いと思うし……尊敬してる。」

 

「要らない強さ……か。」

 

「あん?」

 

後頭部を、赤子をあやすように優しくさすられて、歌野はまぶたを閉じながら言った。

 

 

「貴女の強さを―――――椛さんが要らないのなら、私にください。」

「…………逃げるつもりは、ないんだな。」

「ありませんよ、それに椛さんなら、私がこう言うって分かっていたでしょうに。」

「はっ、知ったような言い方しやがって。」

 

椛は諦めた顔をして、深くため息をついた。 最初から、わかっていた。 歌野は椛たちを見捨てないと。 水都もまた、同じ選択肢を取るのだろう、と。

 

ポンポンと歌野の後頭部を叩きながら、タバコを地面に落として踏みつけ火を消す。

 

 

「弱気な自分が嫌なら、あたしの強気をやるよ。 そんな仮面を被ってでも、諏訪を守りたいんだろ?」

「はい。」

 

即答。 歌野の顔を見て、椛はふと気になった事を聞いた。

 

 

「お前、将来の夢ってあるのか?」

「それは勿論農業の王様ですよ。」

 

これまた即答。

 

だろうな、と笑う椛に歌野は言う。

 

 

「それと、息子さんにも会ってみたいです。 みーちゃんの隣に、生まれ変わっても居続けたい。 なんなら貴女の娘になるのも良いですね。」

「わがまま放題だな。」

 

ええ、わがままです。 そう歌野は言う。 言うならタダだし、叶えるためにも生き抜こうと思える。

 

強かな奴……と呟いて、その後に笑うと椛が夜空を見上げて言った。

 

 

「なら早速、一個叶えてみるか。」

「へっ?」

「あたしの娘になりたいってやつだよ。 良いぞ、正直子供なんて手の掛かる奴が一人居りゃあ十分だが、お前なら、良いと思える。」

「だとしたら、紅葉……くん? は、私の兄に当たるのでしょうか。」

「は? 兄? あいつがぁ?」

 

 

それを聞いて、今日一番の大笑いを披露する椛。 驚く歌野の横で目尻の涙を拭って答えた。

 

 

「あの馬鹿野郎が兄なんて似合わねえよ、お前が姉で、あいつが弟になると思うぜ。」

「……い、良いんでしょうか。」

「良いって良いって。 そんなら、ちょっと言ってみろよ。 家族になった記念にさ。」

「なにを、ですか?」

 

椛は歌野と顔を合わせる。 今までの中で一番柔らかく、一番親に見える顔で、歌野に問い掛けた。

 

 

「分かってる筈だぜ、な、歌野。」

 

 

――――白鳥歌野には、両親が居ない。 物心がついた頃には叔父と叔母に育てられ、両親の存在も、両親からの愛も知らずに、それでも人に優しい良い子として育ってきた。

 

だからこそ、今一番歌野が求め――――飢えているのは、親からの愛。

 

 

歌野は椛に力一杯抱き付き背中に腕を回し、体温を体全体で感じながら、無意識に流れ落ちる涙を拭う暇もなく、胸の内からの欲望をさらけ出すように言った。

 

 

 

「――――お母さん。」

 

 

 

満月が照らす諏訪の夜空の下に、ただ静かに、母と娘が寄り添っていた。

 

 

椛の強さという勇者の仮面を被り、確かな力を手にした歌野が世界を救う戦いに身を投じるのは、いつかの未来の話。

 






水都(女)→歌野(女)→椛(人妻)ってなんやこの三角関係。

くっそどうでも良いけどハロウィンぐんちゃんと制服銀ちゃんでコンビ組んでる三千世界の使者がゆゆゆいに居たらおそらく私です。 銀影隊結成してます。 ランクは278くらいだった気がする




先人椛
・あと数十年早ければ勇者になれていたポテンシャルと従軍経験のあるやべーやつ。 『強い勇者・白鳥歌野』の起源であり参考にした仮面であり呪いでもある。
夫の楓と結婚したのは四国に警備の仕事をしに行った時に出会ってとっ捕まえて持ち帰ったのがきっかけ。 多分餌を巣に持ち帰る熊かなんかだと思うんですけど。

馬鹿な息子に愛してるとすら言えなかった。 言いたかった。 言えばよかった。



歌野
・原作のような鋼鉄メンタルはまだ持ち合わせていない。 原作ラストでもある今話の最後の方で先人椛を参考にした『強い人』の仮面を被り、ようやく原作並の精神力を身に付けた。
参考にし過ぎて脳みそが筋肉に染まり出したのだけが椛最大の失敗でもある。
水都との『生まれ変わってもまた隣に居たい』という願いは、ある意味で叶っている。


水都
・待つだけしか出来ない自分に嫌気が差していたが、椛が居たお陰で信じて待つ事も大事だと気付けた。 紅葉? まあ、兄みたいだとは思うけどぶっちゃけタイプじゃないよ。


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十八終目 青空



別に重い荷物を枕にしてる訳ではない。 みーちゃんや高嶋神からしたら紅葉は兄みたいな存在だけど、紅葉にとっての歌野は姉なんですよね。




 

 

 

 

「ねえ、私がなんで怒ってるか分かるでしょ?」

「…………黙ってたのは悪かったと思ってるよ。」

 

怒気を孕んだ声色が、紅葉の上から聞こえた。 目配せで春信と安芸を英霊之碑から追い出すと、歌野が紅葉の隣に座る。

 

 

その後は、たっぷりと一分間無言が続いた。

 

やがて口を開いて歌野は紅葉の右肩に頭を置くと、絞り出すように呟く。

 

 

「…………死なないでよ。」

「……ごめん。」

 

ふと、鼻を啜る音がした。

 

歌野の頭の重さすら苦痛に変わるが、顔に出ないようにしている紅葉は、一言謝ってから続ける。

 

 

「色々と、ありすぎたな。 2回の人生で、色々とありすぎた。 でもそれが重荷だとは思わないのはな、お前たちが居たからだ。」

「それでも死んだら意味ないじゃない、なんでよりにもよって貴方なの……?」

 

遺言のような言葉を、歌野は受け入れられない。 嫌な言い方になるが、歌野は守る相手が紅葉だったからここまで来れた。

 

仮に今目の前で消滅しそうになっている相手が紅葉以外であれば、こうはならない。

 

 

「頼まれたから。」

「……どういうこと。」

 

「むかーーーし、ある人物……ではないけど、頼まれたのさ。 勇者と巫女の行く末を見守ってくれって。」

 

「何故そんな事を受け入れたのよ。」

 

 

ごもっともな歌野の意見に、なんでだっけなぁ、と、とぼけた声を出すと観念したのかポツポツと語り出す。

 

 

「何もない馬鹿なりに、使命が欲しかったんだよ。 俺にも生きて何かを成し遂げる――――俺は使命を果たしてみせたんだって事を、誰でも良いから知って欲しかった。」

 

さらさらと、()()()が喪失する。 左腕を見れば二の腕の半ばから指先までが無くなっていた。

 

ワイシャツの袖が、パタパタ風に揺れている。

 

 

赤黒い空が割れ、おぞましいモノが、樹海化のように世界に流れ出てくる。 天の神が直接出向いてきている事を、直感で理解した。

 

「天の神が友奈と神樹の結婚を邪魔し、四国を焼き尽くすために重い腰を上げたな。」

 

「……そうね。」

 

「頼む、行ってくれ。 それで、あと一回だけで良い…………世界を救ってきてくれ。」

 

そう言って歌野が自分に預けた体を押し退ける紅葉。 だが歌野は項垂れ、動かない。

 

無言の歌野の背中に唯一無事な右腕を回して、右手で歌野の右手と絡め合う。

 

 

不意に、歌野達の軸となっていた言葉を紡いだ。

 

「『どんな辛い目に遭っても、必ず人は立ち上がれる』……だろ?」

 

 

その言葉に、歌野はピクリと反応して顔を上げる。

 

「――――なんで、それを……。」

「大丈夫。 俺もみーちゃんも、お前なら必ず戦えるって分かってるから。」

「みー、ちゃん」

 

紅葉が霞む視界のなか、なんとか歌野の手を掴むと、自分の心臓付近に――――心臓の更に奥に、魂に触れさせた。

 

最早動いているのかも分からない程に弱々しい鼓動に顔をしかめる歌野だったが、直後に何かを感じ取り咄嗟に紅葉の顔を見た。

 

 

「…………みーちゃん……貴女、もしかして――――――ずっと(そこ)に居たの……?」

 

「あいつはずっと、俺と一緒にお前を見ていたよ。 だから分かるんだ、お前が母さんの真似をしていたことも、強い人のフリをしていたのも。」

 

焦点の合わない瞳が、それでも歌野を見る。 紅葉はただ静かに、握力の無い右手を歌野の頭に置くと、普段は使わないような優しい声色で呟いた。

 

 

「――――歌野、今まで良く頑張ったな。」

 

そこでとうとう、歌野の仮面は剥がれて落ちた。

 

紅葉の体への負担も考えず、ひたすら強く自分の腕に抱いて泣きじゃくる。

 

 

「紅葉ぃ……っ、やだ、やだぁ…………死なないでよ、紅葉…………。」

 

嗚咽を漏らし、歌野は懇願する。

 

されど、天の神はそんな事は知ったことではないとばかりに侵攻を進め、神樹は防衛措置である樹海化を発生させた。

 

海の先から光が溢れ、世界を塗り替えて行く。 歌野の腕の中で、紅葉が深くため息をついて言う。

 

 

 

「――――家族に、言いたかった言葉がある。 言えばよかったと、ずっと後悔してた言葉がある。」

 

すんと鼻を鳴らして鼻水を啜る歌野は、無言で続きを待つ。

 

 

視力を失い、聴力を失い。

 

感触も失いつつある紅葉が、最後に残った力を便りに、どうにか舌を震わせ、音を声にする。

 

 

「…………ありがとう、愛してる。 良い姉を持てたと思っていた、だからお前も、馬鹿な弟を持ったと笑ってくれ。」

 

 

僅かに間を置いて、歌野は口を開き――――――まばたきをした瞬間には、眼前から紅葉の姿は消え、極彩色の根が広がる世界へと切り替わっていた。

 

「……馬鹿ね。」

 

 

歌野はそう言い、涙を拭って立ち上がる。

その顔は先人椛を模倣した歌野でも、本来の弱い歌野でもなく。

 

どこかスッキリとした、凛々しい表情の――――勇者・白鳥歌野であった。

 

 

「歌野ーー!」

「……風さん……皆。」

 

遠くから合流した風達5人は、歌野の涙の痕を見て何かを察する。

 

 

「…………歌野ちゃん、紅葉くんは……。」

「―――大丈夫よ。 もう、大丈夫。」

 

美森に曖昧な返しをする歌野。 それ以上問い詰める時間も余裕も無く、頭を振って切り替えた。

 

 

「おい。」

「……夏凜。 さっきは悪かっ――――」

 

美森が下がり、代わって歌野の前に出た夏凜。 歌野が謝ろうとした刹那、突如飛んできた拳が鼻っ柱を打ち、歌野を樹海の根に叩き付けた。

 

 

「夏凜さーーーん!?」

「歌野ちゃん!?」

「うわぁ、良いパンチ。」

 

「ぐ、いっ、た……っ!?」

 

清々しいまでに素晴らしいフォームで拳を振った夏凜は、事も無げに言った。

 

 

「さっきのはそれでチャラにしてやる。 とっとと立てボンクラ」

「ぼ、()()()()ッシャーは貴女でしょ……。」

 

鼻を押さえてヨロヨロと立つ歌野。

 

ふん、と鼻を鳴らした夏凜の手に掴まってなんとか倒れないように体を支えた。

 

 

夏凜が眼帯のズレを直し、ふと聞いた。

 

「それで、作戦はどうするの?」

「あたしと東郷で友奈の元に行くわ。」

 

「なるほど。 友奈の奪還まで、私と夏凜と樹君と園子で天の神を抑えておけば良いのね。」

 

 

神樹の反対を―――天を見上げ、炎の象形文字のように刻印が着いた、鏡のような物体を見やる。

 

不意打ちのように鏡の一部が光ると、小さい太陽みたく光弾が撃ち込まれた。

 

 

「っ――――散って!」

 

 

風の怒号に従い、それぞれが回避行動を取った。 着地した夏凜が風と美森に叫ぶ。

 

 

「さっさと行け!!」

 

「……行くわよ、東郷!」

「みんな、死なないでね!」

 

美森のアイコンタクトに頷いた風は、美森と共に神樹の元に根を蹴り跳躍した。

 

 

残った四人で集まり、樹海の外―――壁の向こうの天の神による攻撃に備える。

 

 

「先に言っておくけど、私は爆発に巻き込まれた時にゲージを使ったから満開出来ないわよ。 それともう満開した園子も。」

 

「つまり……私と夏凜さんの満開が対抗手段になる、と?」

 

「そういうことだね~、私とうたのんはあくまでサポートに。 にぼっしーがメインアタッカーになるから…………頼める?」

 

 

園子が申し訳なさそうに、かつての友人のような結末になる可能性がある方法を薦めると、夏凜は園子の頭をぐしゃぐしゃと撫で回して言う。

 

 

「……はっ、完成型勇者に任せときな。」

 

夏凜は両手を広げ、武器を生成した。

 

夏凜を中心に、前方の半円状に5本の刀と2本の大斧が降り注ぎ根っ子に突き刺さる。

 

 

 

目の前の1本を抜き、天の神へと向けて、夏凜は静かに――――それでいて力強く宣言した。

 

「ここから先は、通さない。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

英霊之碑に、段差に座りながら力なく項垂れている男が居た。

 

もうなにも見えていない視線の先には、雲一つ無い快晴の青空が広がっている。

 

 

ふと、男の右手が反応し、黒目が淀んだ白に濁った瞳を前に向ける。

 

何も見えていないながらに、男はそれでも、何かを見た。

 

 

否―――その暗闇の先に、光を見たのだ。

 

 

膝から下が無い足で立ち上がろうとして、男は地面に顔から倒れる。

 

だが辛うじて膝立ちで体を持ち上げ、暗闇の先に――――現実には何もない虚空に手を伸ばす。

 

 

 

「――――ぁ、あ。」

 

掠れた声を出し、右手をそれでも尚、何もない虚空へと伸ばし、伸ばし、伸ばし――――。

 

――――紅葉はようやく、光を掴んだ。

 

 

満足気に口の端を歪ませて、光をその手に納めたまま、倒れることはなく。

 

体を灰に変異させ、パラパラとその身が崩れ落ちた。

 

着ていた服は風に煽られ海に消え、灰は人一人の質量分相応にうず高く積まれている。

 

 

 

――――――つい数瞬前まで紅葉だった灰の元に近付く、一つの影が伸びた。 ジャリ、と小石を踏む音と共に、ボーイッシュな面持ちと服装の少女の、姿がその場に現れた。

 

「あー、あー。 めんどくせーなぁ、もう。」

 

 

少女は灰の山の前に屈むと、躊躇いなく灰に手を突っ込む。

 

「2つの願いをしょうもないのと他人の為に使いやがって……お陰でこんな面倒な事になった。」

 

 

灰の山から研磨する前の原石のような蒼く光る物体を取り出すと、面倒くさいと言わんばかりにため息をついてそれをズボンのポケットに入れた。

 

 

「『願いを叶える事』が契約内容だからって厄介な願い言いやがって……。」

 

少女は苛立ちを隠さず灰の山を蹴り崩す。

 

その場を後にしようと振り返ると、石碑の一つが視界に入る。

 

 

「…………三ノ輪? ああ、今借りてるこの体の『元』か。 このマヌケがご執心だったから嫌がらせで使ってたが…………あー、なるほど。」

 

ガリガリと髪を掻いて、少女は笑う。

 

 

「変則的な願いの実行――――この私をこんな目に遭わせたのはお前が初めてだからなぁ……契約だから仕方ないが、助けるのはこれが最後だぜ?」

 

さぞや愉快そうに笑い、少女の形をした人ならざるモノは、英霊之碑から出て行く。

 

 

その場に残されたのは、冷たい石の墓と灰の残滓だけだった。

 

 






次回はハロウィン回。 本編は来月の銀の誕生日回書いてからになると思う。


ところでジョージィ……カスタムキャストやってる? あれでゆゆゆキャラ再現するの楽しいよ。 私も銀とか千景を作ったよ。

千景の髪がくるんってなってる所の再現は大体が力業になる、やってる人は分かってくれるね。



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終結戦争/花結い達の煌めき・善



頑張って、創り続けて行こう。

大切な『本当』を―――――――。




 

 

 

色とりどりの根が敷き詰められた、人工的な建造物が一つも見当たらない空間に凄まじい量の光が降り注ぐ。

 

6つの巨大な腕を背中の装飾から伸ばし、それぞれに大太刀と大斧を握らせている赤い光が、天から落ちるその光から逃れようと飛翔する。

 

 

針のような光が雨あられと殺到する軌道から逃れた赤い光――――三好夏凜は、光の着弾地点に桃色のホームベースのような物体を見た。

 

 

 

「っ――――キャンサー……!」

 

光がそれに触れた瞬間、意思を持って軌道をねじ曲げたかのように、光は横に逸れた夏凜を追って再加速する。 舌打ちを一つ漏らし、夏凜は飛ぶ。

 

追尾する光から全力で逃げるも、キャンサー・バーテックスの反射板を模した物体をその都度配置され、直角に曲がる光から逃れられない。

 

 

オマケに、通常バーテックスと戦っていたときではあり得ない、反射板に触れる度に速度が上昇している事実に、夏凜の苛立ちは隠せないでいる。

 

 

「園子、期待してるわよ―――!!」

 

夏凜の飛んだ先に、盛り上がった根があった。

 

その天辺に紫の衣服に身を包んだ金髪の少女が立っていて、穂先が無数に存在し、それぞれが分離し浮遊している槍を握っていた。

 

 

「……任せた。」

「任された~。」

 

すれ違い様に、アイコンタクトを飛ばす。 ヒュンと空気を切り裂く音、赤い光が横切った音、そして夏凜を狙っていた光の弾丸は、ついでとばかりに金髪の少女――――乃木園子を貫こうとするが。

 

 

「そんな攻撃は通用しないんよ。」

 

園子の周囲を浮遊している無数の穂先が槍の先端に集まり、組み合わされ、形を変える。

 

巨大な花びらのような盾となった穂先の集合体が、殺到した光弾受け止めた。

 

 

金属が擦れるような音が響き、乗用車に衝突されたようにとてつもない衝撃が柄に伝わる。

 

 

だが、園子の踏み締めた足は少しも後退することはなく、遂には光弾の全てを受け止めきった。

 

ふうと息を吐き、園子は穂先を分離して周囲に浮かばせると、端末を取り出してスピーカーにして通話をする。

 

 

 

「にぼっしー、戦況はどう~?」

 

『変わらん。 歌野と樹はスコーピオンの尾を相手に立ち回ってるけど、天の神はサジタリウスとキャンサーとスコーピオン以外を使ってこようとはしないし。』

 

「使えないのか使わないのか、それは分からないけど油断したら駄目だよ。」

 

『分かっとるわ。』

 

 

端末を消して、穂先を足場として空中に固定し、跳躍する。 都合十数分、東郷美森と犬吠埼風が結城友奈を救出しに向かってから、もう何度目かも分からない攻撃を凌ぐことを強いられていた。

 

樹と歌野の助っ人にと顔を向けた先で、大量のスコーピオンの毒針を携えた尾を、歌野の鞭が捌いている。 満開が出来ず飛べない歌野の足場を、樹がワイヤーを編み込むことで代用していた。

 

「…………あれ私たちの助け要るのかなぁ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「暴力は良いわね。」

「(大丈夫かなこの人)」

 

 

腕が残像を生み出す速度で鞭を振るい、ワイヤーが張り巡らされた空中を、サーカスのように走り回る歌野はそう言いながらスコーピオン・バーテックスの尾が自分に突き刺さるより早く毒針を叩き、その軌道を変えていた。

 

一本だけだったスコーピオンの尾は、毒針を歌野の武器である鞭――――藤蔓で腐食させられ叩き砕かれ、樹の武器であるワイヤーに尾を八つ裂きにされている。 ならば二本、三本と増やすも、結果は同じ。

 

 

諏訪でたった一人で防衛を勤めた戦闘力に神世紀でのチームプレイを合わせれば、歌野は無敵だ。 そもそもの話になるが、スコーピオン・バーテックスの毒針と尾の技術は、実は歌野の鞭の技術を模倣している。

 

だが天の神は―――バーテックスは、その技術を昇華させてしまった。 刺せば必殺、当たれば必殺の攻撃など避けられるに決まっているのだ。

 

 

しかし歌野の鞭、藤蔓は当てた箇所を徐々に腐蝕させる。 故に質より量。 少量の毒を手数で叩き込むのが、歌野の戦法だ。

 

千景ならばこう言うだろう、『当たれば確定で1ダメージを与えられるからって、そんなちゃちな毒を体力1000の敵に使うって馬鹿なの?』と。

 

 

されどそれはあくまでゲーム基準での知識であって、実際の藤蔓の腐蝕は――――()()

 

神の使っていたとされる武器を神の僕にぶつけたのであれば、起こるのは反発。

 

 

勇者がスコーピオンの毒をどうにかする術を持たないように、スコーピオンの尾もまた、藤蔓の腐蝕をどうにかする術を持っていない。

 

最終的に天の神側がするべき戦法が『数で圧す』に落ち着くのは、必然であった。

 

 

 

「歌野さん、荒れてます?」

「別に。」

 

 

嘘である。

 

紅葉の消滅を確認してはいないが、死んだことを確信している歌野は、現在どうしようもない苛立ちによって荒れている。

 

 

その苛立ちをスコーピオン・バーテックスの尾にぶつけつつ、相手の攻撃を受けないように、それでいて樹のワイヤーを足場に立ち回るという器用さを発揮できるのは、昔取った杵柄故か。

 

 

「―――ちっ、鬱陶しい。」

 

ワイヤーから飛ぶように跳躍し、自分に迫る毒針を打ち払うと、歌野は尾の一本――――数珠を紐で繋いだような形のそれの節目に鞭を巻き付け、振り子のように宙を舞う。

 

その軌跡をなぞるようにして無数の尾が迫るが、歌野は器用に体をよじってスイングする向きを変え、鞭を引きながら全身を使って叩き付けられる尾の嵐の隙間を縫って抜ける。

 

 

一拍遅れて尾の群がぶつかり合い、絡まった一瞬の隙を――――。

 

 

「今!」

「はいっ!」

 

 

樹が背後に携えたユニットから大量に発射された黄緑色のワイヤー達が、尾を纏めて縛り拘束する。 直後、真上から赤い光が煌めいた。

 

 

「――――どっせいッ!!」

 

 

鞭をスコーピオンからほどいて自由落下を開始する歌野よりも速く空中を稲妻のように駆け抜けた夏凜が、背後の6つの追加アームに握らせた四振りの大太刀と二振りの大斧を使い、樹が縛った尾を一閃の内に六度切り刻んだ。

 

バラバラになって樹海の根に落ちるスコーピオンの残骸を見下す夏凜のアームの一つに、ドスンと物体が落ちてくる。 気だるげに視線を向けると、当然のように歌野が着地していた。

 

「あらちょうど良い。」

「おい。」

「良いじゃないの、6本もあるんだから。」

 

 

頭を振って、夏凜は左腕の大太刀を握っているアームに座る歌野を、左側の別のアームでつまみ上げる。

 

「東郷と風さんから連絡は?」

「まだ来てない。」

 

 

暇ねぇ、とぼやく歌野。

 

そんな二人を遠くで視野に入れている樹の元に、無数の穂先を足場に立体軌道で跳躍してきた園子が歌野と同じタイミングで着地した。

 

 

「イッつん、満開はまだ続けられそう?」

「あ……はい、あと5分くらいは。」

「そっか……満開を使いきったら後はうたのんとにぼっしーの戦闘能力に賭けて、私達は足場の生成を優先しよう。」

「わかりました!」

 

そう指示して園子は樹と共に後方待機しておく。 歌野と夏凜もまた、天の神の攻撃に備えている。 攻撃を捌けているという事実は、否応なしに『楽勝ムード』を漂わせていた。

 

 

ほんのわずかな、些細な隙。 文字通りの天文学的確率で生じた、本来ならばあり得ない油断。

 

夏凜が斬り伏せたスコーピオンの尾の中に、一本だけ他よりも遥かに小さい無傷の尾が残っていた事を、誰も知らないでいる。

 

 

例えば、全員が同じタイミングでまばたきをする、とか。 例えば、天の神を警戒して見上げた視線が、死角を生んだ、とか。

 

とどのつまり―――――静かな殺意を、先ず最初に園子が気付いた。

 

遠くからなせいで豆粒にしか見えずとも、鋭利な殺意の備わった毒針を見逃すほど、園子は愚かではない。 端末を取り出して連絡をして知らせる、というステップを踏む時間すらないと悟り、夏凜に向けて全霊で叫んだ。

 

 

「にぼっしぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」

 

聴覚が捉えた少女の悲鳴に近い声に、夏凜は反射的に歌野を樹と園子の方角目掛けて投擲した。

 

 

「うおあぁぁぁぁぁ…………!?」

 

「――――油断した。」

 

ポツリと呟いた刹那、3本のアームの隙間を縫うように、人間の腕程の大きさしかないスコーピオンの尾が、毒針が、夏凜の左肘と手首の間を突き刺した。

 

 

「っ、が――――。」

 

正しく注射針を刺されたような鋭い痛みの後に、どろり、と。 左腕の一部――――毒針の刺さった部位が焼け爛れたように崩れ、液状になった皮膚が樹海の根に落ちる。

 

ほぼ無意識に毒針を引き抜き、尾をアームの腕力で無理矢理に千切る。 じゅくじゅくと熟れすぎた果実のようになってゆく皮膚と筋肉、骨と神経を見て、夏凜は思考した。

 

 

「ちっ……まさか取り零しがあったなんて……。」

「夏凜さん! 大丈夫ですか!?」

 

「大丈夫なわけねぇだろ。」

 

ワイヤーをネットのように編み込んだモノで受け止められた歌野と後衛の二人が、根っ子に着陸した夏凜に接近する。

 

声は落ち着いているが、スコーピオンの毒による腐蝕が左腕をどんどん蝕んで行く様を見て、歯を食いしばった。

 

 

「にぼっしー、毒がっ!」

「わかってる、退いてろ。」

 

ふぅ、とため息をついて、大斧を握った右腕のアームを左側にあてがうと勢い良く振り上げた。

 

咄嗟に止めようとした樹と園子を、歌野が止める。

 

「ああしないと夏凜は死ぬのよ、我慢して!」

「そんな……夏凜さん……!」

「にぼっしー…………!!」

 

「屁の突っ張りなんか、いらねぇ――!!」

 

 

大斧は、無慈悲にも振り下ろされ――――毒に侵され腐敗し肩まで侵食する寸前だった左腕を、豆腐でも切るみたく切り落とした。

 

左腕と左側のアームを失った事で重心がずれた夏凜はバランスを取れずに膝を突く。

 

 

急いで支える樹に夏凜は傷口を縛るよう頼み、樹は指示通りにワイヤーを歌野を受け止めたときのような網目状に編んだものを肩の断面に当て、別のワイヤーで縛ることで傷を外気に晒さないようにしつつ出血を抑える。

 

 

「う、おぉ……血が足りねぇ……。」

「しっかりしてください、友奈さんの救出がまだ出来てないんですから…………。」

 

固く結んだワイヤーを切り離した樹は、夏凜の肩を支えて立ち上がろうとする。

 

そんななか、不意に警戒対象の天を見上げた歌野が、間の抜けた声を漏らした。

 

 

「…………あ?」

「うたのん?」

 

横に立っていた園子が歌野の様子が変なことに気付き、歌野を見る。 歌野は目を見開いて、冷や汗を垂らし、呻き声のような苦し気な声を出した。

 

 

「――――不味い」

 

 

釣られて天を見上げた園子は、ようやく歌野の異変の原因を知る。

 

 

空を埋め尽くす、光の壁。

 

目を凝らして良く見ると、それは壁ではなかった。 サジタリウスの光の矢が、隙間無く埋め尽くされていたのだ。 それを認識した数秒の間のあと――――――光が堕ちてきた。

 

 

「嘘でしょ…………。」

「うたのん、私から離れないで! にぼっしー!イッつん!!」

 

「クソが……樹、じっとしてろ!」

「そんな―――っ!?」

 

 

周囲に漂わせている穂先の全てをかき集め、槍の先端に幾層もの壁を作り傘のように掲げると、柄の底を樹海の地面に突き刺し固定し、歌野と二人で槍の柄を握り衝撃に備える。

 

夏凜は残った右側のアームのうち、大太刀を握っていたアームを樹と自分の盾に使い、大斧を握っているアームで光との間に壁を作った。

 

 

「来るぞッ!!」

 

血が抜けて目眩がするなか、夏凜は死ぬ気で満開を維持しつつ、離れた位置で同じように備えている二人に声を掛けた。 次の瞬間、凄まじい威力の衝撃がそれぞれの盾に叩きつけられた。

 

真横で戦車が砲撃でもしたかのような衝撃と轟音。 ほんの数秒の衝突で、園子の槍の穂先は、鉄板に金槌をぶつけたようなへこみが幾つも生まれている。

 

 

大斧による防御も、精霊バリアを貫通する性質と威力を持つ攻撃により軋み、亀裂が入っている。 夏凜にもその影響は及び、左腕を失い体幹が崩れた体にこの衝撃が強すぎる事もあり、背中の皮膚がパツンと弾けた。

 

 

一瞬の油断と、一瞬の慢心。

 

ただそれだけのミスで、四人の防衛と天の神との均衡は、簡単に崩れ去っていた。

 

 

 

 

 

東郷美森が友奈を救出するまで、あと五分。

 

 






勇者の章の決戦でのそれぞれが出来ることをやっている描写は結構好きです。

次回でアニメ6話が終わりますが、勇者の章自体はもうちょっとだけ続くんじゃ。



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終結戦争/花結い達の煌めき・神



二人には、素晴らしい結末さ。




 

 

 

犬吠埼風が満開ゲージを使って巨大化させた大剣の刃の上を走っていた東郷美森が、謎の空間で目が覚めたのは一瞬の出来事だった。

 

 

「ここは……?」

 

浮遊している自身に驚きつつ、美森は辺りを見渡していると、一人の人間を見付ける。

 

 

「っ――――友奈ちゃん!」

 

それは白い装束を纏い、高価そうな装飾で髪を結っている赤毛の少女―――結城友奈だった。

 

 

「……東郷、さん……?」

「そうよ友奈ちゃん、帰りましょう!」

「駄目だよ……私がやらないと。」

 

白い蛇の巻き付いた友奈の元に向かおうとする美森の体にも、蛇が巻き付いて行く。

 

 

「っ、友奈ちゃんの元に来られたくないのね……!」

 

それでももがき、泳ぐように友奈に近づく美森。 美森のそんな姿を見て、見上げていた友奈が叫ぶように拒絶する。

 

「来ないで!」

「―――友奈ちゃん?」

「もういいの、神婚して、皆助かって、それで終わりで良いの。」

 

「良いわけないよ……本当に皆がそれで助かる確証はあるの? 大赦に言われた通りにして――――本当に、そこに友奈ちゃんの意思はあるの?」

 

 

ぐっと表情を強張らせた友奈は、頬に汗を垂らして、焦った様子で美森に怒鳴った。

 

 

「私がっ―――私にしか出来ないことなの! だからやらないといけない、自分一人を犠牲になんて東郷さんだってやったことじゃん!」

 

「それは壁を壊した私の罪を償っただけで、貴女のそれは自己満足と変わり無いわ!」

 

「東郷さんのそれだって、自分を許せない自分の事を罰する機会が欲しかっただけでしょ! それこそ自己満足じゃん! 私は紅葉くんから命を貰ったから、祟りを引き受けさせちゃったから! だからやるの!!」

 

 

喧嘩とすら呼べない、最早ただの癇癪となった友奈の悲鳴に、美森は数拍置いて言った。

 

 

「命を貰ったのなら――――紅葉くんだったらこう言った筈よ! 言われたんじゃないの!? 『生きろ』って!!」

「っ――――。」

 

 

 

『俺の命をお前にやるから――――』

 

『お前はなるべく、生きろよ。』

 

 

 

不意に甦る紅葉の言葉。

 

友奈が口角をひきつらせ、反論の言葉を選ぼうと視線を左右に揺らしている。

 

「悩んでいても相談できなかった事はもう『仕方がなかった』で良い。 でもね友奈ちゃん、辛かったら辛いって、怖かったら怖いって言って良いの。」

 

「…………とう、ごう、さん」

 

 

(おもて)を上げた友奈の顔には、涙が浮かんでいて――――二度、三度と口をパクパク動かしてから、呟くように言った。

 

 

 

「――――助けて。」

「うん。」

「もうやだ……帰りたいよぉ……。」

「わかってる。」

 

 

ようやく吐露した本音。

 

美森はあと少しで、友奈に辿り着ける所まで来ていた。 そして互いに伸ばした手が――――指が、触れそうになる。

 

 

「東郷さん!」

「友奈ちゃん!」

 

 

友奈と美森の手が触れ合い、握られ、蛇の拘束はほどかれる。 こうして、友奈は助けられたのだ――――――となれば、どれほど良かったか。

 

 

 

バチンと美森の手に光がスパークして、友奈と触れ合う筈だった指は、緑がかった壁に阻まれた。 周囲に勇者を守っていた筈だった精霊達が集まり、精霊バリアに似た、侵入不可の防壁を築いていたのだ。

 

「なっ―――精霊!?」

「東郷さん……たす、けて……。」

「不味い、友奈ちゃん! しっかりして!」

 

 

力を失ったように項垂れた友奈との間にある無情な壁。 蛇の拘束が解かれ、そこに着地した美森は壁を殴り付ける。

 

 

「友奈ちゃん! 友奈ちゃん!!」

 

「うわ、ちょっと、やめなって乱暴だなぁ。」

 

「っ―――!?」

 

 

突如として後ろから聞こえた声。 反射的に振り返りつつ拳銃型の武器を呼び出して握り、銃口を声の主に向けた。

 

 

「あの人に関わるとなんで皆揃って暴力的になるのか、不思議だよね。」

「貴女、は―――友奈ちゃん……では、ない。」

「失礼だなあ、私があの子に似てるんじゃなくて、あの子が私に似てるんだよ。」

 

美森の前に、さも当然のように現れた少女。 その少女は、友奈に良く似ているが見たことの無い制服を着ている。

 

少女にしては大人びた表情で、美森に近付くとつま先立ちのまま膝を曲げて屈む。

 

 

「貴女は……誰なの。」

「私? 『わたし』は渡し、橋渡し。」

「橋渡し……?」

「そ、『わたし』は渡神(わたしかみ)神樹(あれ)の力を勇者(きみたち)に渡しても問題ないかを見定める裁定者。」

 

 

ま、『者』じゃないけど。 そう言ってからから笑う顔に、美森は見覚えがあった。

 

「それでさ、この子が神樹(あれ)と結婚するのは時間の問題な訳だけど、まだ抵抗するつもりなの?」

「当然でしょう……? 私たちはもうこれ以上神に管理されて生きて行くなんて御免よ。」

 

 

美森の言葉に、少女は疑問符を浮かべてあっけらかんとした口調で問う。

 

「なんで?」

「……なんで?」

「この先神樹(あれ)の加護無しで人は生きて行けると思う? わざわざ困難な生を全うするより、神の眷属として人の身を捨てちゃう方が楽だと思うけど…………ねぇ?」

 

 

片方の眉を上げて、ニヒルに笑う姿は『神様』には見えない。 あまりにも人間臭い動作に、やはり美森は脳裏に一人の男を浮かばせる。

 

拳銃を花びらと共に虚空へ消した美森。 その目には、確固たる意志が宿っていた。

 

 

「神々からすれば、きっと人間とは愚かな種族なんでしょうけど――――――そんな人間も、短命だからこそ、儚く尊いモノとコトがどれだけ大事かを本能(こころ)で理解しているの。」

「ふーん。 で?」

 

 

蛇に縛られ項垂れている友奈を一瞥してから、美森は少女を見上げて言う。

 

「――――私たちは人として死ぬために、人として生きる。 ただ、それだけで良いのよ。」

 

 

 

少女は目を見開き、僅かに口を開けて美森を見ていた。 少女は、その記憶のそこにある言葉を思い出していた。 懐かしくも忘れたことの無い、男の声。

 

 

 

『人はお前達が思ってるほど弱かねぇよ。』

 

『神の一柱じゃない単なる人間のお前と、あいつらと、一緒にこの先を生きて行く。』

 

『ただ、それだけで良いんだよ。』

 

 

 

それは、少女の考えを変えさせるのに十分過ぎる言葉で。

 

「――――ズルいなぁ。」

「えっ――――――!?」

 

ふと消えた精霊の防壁。

 

自由落下を開始した美森の襟首を掴み、少女は友奈の所へ緩やかな降下を始める。

 

 

「貴女、どういうつもり……!」

「そういえば、最初に力を貸そうとしたのも、あなたみたいな人だったなぁーって思い出しただけ。 ほら、起こしてあげな。」

 

空中に見えない足場があるかのように、少女と美森はふわりと着地する。 不意にまぶたを開けた友奈が、霞んだピントを美森に合わせた。

 

 

「東郷さん…………っ、東郷さん!」

「友奈ちゃん! ごめんね……もう大丈夫だからね……!!」

 

 

友奈と美森の抱擁を、少女は優しげに見守る。 少しして、咳払いを一つに場の流れを整えた。

 

「じゃあそろそろ良いかな。」

「貴女は…………高嶋、さん?」

「あー、いや、うん。 多分きみの言いたいのは人間の方の『わたし』かなぁ。 私は『わたし』だから。」

「…………どういう意味?」

「理解はしなくて良いよ。」

 

 

有無を言わさぬ勢いで、少女――――――渡神は、指を弾いて一匹の精霊を手元に呼ぶ。

 

 

「ぎゅ……牛鬼!?」

「『わたし』は勇者(きみたち)神樹(あれ)の橋渡しを担っているけど、力を与える役目はこっちなんだよね。」

 

 

ゆるキャラのようなデザインで、無機質でいてつぶらな瞳を二人に向ける牛鬼。

 

防壁の解除に伴って消滅した精霊たちのなかで唯一生き残っていたらしく、牛鬼は友奈に近付くと、美森ごと金の糸で包み始めた。

 

 

「牛鬼の文献で良く言われてるよね、『力の象徴である』って。 だからこの子が選ばれた。 …………後は、よろしく。」

 

「高嶋さん……うん、わかった。」

 

 

疲れきった大人のように笑う少女にそう言うと、完全に金糸に包まれた友奈と美森。

神樹の内部から消えた二人に、少女は一拍置いてから呟いた。

 

 

「仮に負けても、恨みはしないから。」

 

 

()()、と言った辺り、負けるとは微塵も思っていないのが神たる余裕か。

 

 

「…………ん? なに、本当にこれでよかったのかって? わかってる癖にぃ。」

 

空虚な暗い空間の果てを見て、一人ごちる少女。 頭を振ると続ける。

 

 

「そもそも、乃木……乃木……なんだっけ、わか……なんとかちゃん達に精霊を使わせた時も、今の子達の満開の代償を払わせた時も、『そうしないと神として人に力を貸せないから』とは言え、物凄い罪悪感覚えてたじゃん神樹(きみ)。」

 

 

弄る相手を見つけたように、ニヤニヤと笑いながらも、少女は足から順に体を粒子に変化させていた。

 

「この喪失感……なるほど、これが――――死かぁ。 うん、いいね、『わたし』これ結構好きかも。」

 

 

不思議そうに、少女はさらさらと粒子となって行く体を見ながら、神樹からの問いに答える。

 

「……なんであの二人を助けたのか、って…………そんなの、神樹(きみ)が最初に人間に手を貸した時と同じだよ。」

 

 

 

 

 

―――人間が大好きだからに決まってるでしょ。

 

 

 

後はよろしく、紅葉くん。

 

そう言い残して、少女は、渡神は――――高嶋友奈は、散り散りとなって消滅した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「が、ぐ……ごぼっ、おえぇ。」

 

 

ガラガラと崩れ落ちた園子の槍の盾。 積もった欠片の山を崩して、下から園子を支えながら歌野が起き上がる。

 

天の神によるサジタリウスの矢の雨あられを辛うじて、なんとか防いだ二人だったが――――代償は小さくなく、歌野の園子を左腕で支えている反対の脇腹に、ぽっかりと穴が空いていた。

 

 

「う……ぁ、う、たの、ん」

「しっかりしなさい、流石に二度目は防げないわよ。 とにかく夏凜と樹君と合流。」

 

 

一歩毎に足元に血溜まりを作る歌野。 離れた位置で攻撃を防いでいた夏凜が居る方向へ歩いていると、ふと疑問が湧いた。

 

「…………トドメのチャンスなのに、なにもしてこない……?」

 

 

息も絶え絶えのなか、視線を上に向ける。 そこに鎮座する鏡のような物体と、象形文字の『炎』のような紋様。 それは天の神の干渉手段であると同時に、勇者達を監視するモノでもあるのだが――――。

 

何故か追撃してこない天の神。 それもそうだろう、先の攻撃は、言わば子供のじゃれつきに本気になった大人の反撃のようなモノなのだから。

 

 

天から人類を滅ぼすと言う行動を取っている神が、()()()()()()()に本気を出した。 だから今は、様子を見ている。

 

 

「……まあ良いわ、夏凜は……こっちよね。」

 

端末を確認する余裕すらなく、園子の足を引きずりながら肩を貸して歩いている。

 

やがて半ばが砕けた大斧が視界に入り、やや歩みを早めた。 サジタリウスの矢を防ぎ続け陥没した地面の中心に、二人が倒れている。

 

「夏凜! 樹君!」

「……に、ぼっしー……イッつん……。」

「園子、自分で歩ける?」

「うん、大丈夫。」

 

 

脇腹からドロドロと血を流しながら、歌野は園子と一緒にクレーターを降りた。

 

大斧を布団のように下半身に置いてボーッとしている夏凜が、仰向けのまま二人を見上げた。

 

 

「夏凜…………起きてるならさっさと立ちなさいよもう。」

「……ああ、歌野か。 悪い、樹が気絶してる。」

「イッつん……斧の破片が当たったのかな、脳震盪かも。」

 

傍らに倒れていた樹を園子が起こすが、樹の目は焦点が合っておらず、呻き声を上げるだけである。 カクンと首が垂れ、力なく自分を抱き上げた園子にもたれ掛かった。

 

 

「はぁ、とにかく起きなさいよ夏凜。」

「無理。」

「……はぁ?」

 

 

即答した夏凜の尋常ではない雰囲気に、冷や汗が垂れる。 大斧の下敷きになった下半身へと視線が移り、黄緑のワイヤーが編み込まれた肩から先の無い左腕を辿る。

 

 

「…………貴女まさか」

 

「ええ。 足から下、多分無い。」

 

 

ひゅ、と、息を呑む。

 

歌野は、慌てて脇腹の出血も構わず折れた大斧を持ち上げる。 斧に潰されていた下半身は――――体の下半分は、夏凜の胴体と繋がっていなかった。

 

 

「痛くないけど感覚も無いってことはまあ、そうなんでしょ。 見たら痛みがぶり返しそうだから千切れた足見せるなよ歌野。」

 

「っ、なんで、こんな……。」

 

「元々片腕斬った時点で死ぬ覚悟はしてたわ。 それとここから急いで離れろ、死ぬぞ。」

 

「――――!!」

 

 

夏凜の声に慌てて顔を上げた歌野。

 

そこに鎮座している鏡から――――一筋の光が見えた。 天の神が追撃してこなかったのは、纏めて始末するつもりだったから。

 

 

そして、この四人に、攻撃を防ぐ術はもうない。 夏凜は死ぬ寸前、園子の槍の盾は砕けた。 樹は気絶し、歌野もまた脇腹に穴が空いている。

 

 

ふう、とため息をついて、歌野は座り込む。

 

 

「まあでも……東郷が友奈を助ける時間を稼ぐ位は出来たかしらねぇ。」

「だろうな。 じゃなきゃ困るわ。」

 

くっくっと笑い、脇腹の穴を手で塞ぎながら、歌野は夏凜の元に座ったまま這いずるように近付く。

 

 

「言い残した事とかあったら、私が聞いてあげるけど?」

「――――くそ眠い。」

「じゃあ寝なさいよ。」

 

 

よりにもよってそれかよ、と呟き――――あぐらをかいて項垂れ、まぶたを閉じた。

 

せめて死ぬ瞬間は、苦しくありませんようにと。 そんな情けにもならない願いを込めて。

 

 

まぶたを貫通する鋭く熱い光。 肌を焼く熱さを感じ、体を強張らせた歌野だったが―――。

 

 

「…………?」

 

 

何時まで経っても、意識がある。

 

 

死んだことすら分からず体が蒸発でもしたのかと、そんな事を考えながらまぶたを開けると――――自分の、否…………四人の体を、膜が覆っていた。

 

歌野には黄色、夏凜に赤、樹に黄緑、そして園子に鮮やかな紫。 それぞれのモチーフとなっている色の膜が、まるで精霊バリアのように、体を天の神からの熱線の被害から守ってくれていたのだ。

 

 

 

「――――夏凜、ちょっと、起きろこら。」

「いでっ。」

 

歌野が天を見上げながら、死にかけの夏凜の額を雑に叩く。

 

 

「なに。」

「見なさい、あれ。」

「………………友奈?」

 

良く見れば、熱線は直撃していなかった。 中心に割り込んだ物体とのせめぎ合いで、天の神の熱線は二つに割れていた。

 

その邪魔者の正体は、凄まじい光に包まれてわからなかったが、少しの間の後にそれが友奈であると気付いたのは幸運か。

 

 

「間に合ったのね。」

「みたいね、いや多分私は死ぬけど。」

「そう元気そうなら死なないでしょ。」

 

夏凜の頭を自分の膝に起き、汗と血で張り付いた髪を左右に分けながら言う。

 

 

「――――行け、友奈。」

 

 

蒼白となった顔色で、左目のピントが霞みながらも、どういうわけか、喪った右目の奥で――――夏凜は確かに、友奈と言う光を見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

熱い。

 

痛い。

 

苦しい。

 

辛い。

 

 

嫌だ。

 

嫌だ、嫌だ、嫌だ。

 

 

それでも上に、上にと上昇して行く。 右手を覆う天ノ逆手が、勇気を分けてくれる。

 

 

――――だから大丈夫。

 

 

少女は、友奈は、天の神の熱線を掻き分けて飛びながら、そんな事を考える。

 

 

「勇者は――――――不屈! 何度でもッ!! 立ち上がるッ!!」

 

籠手に十人十色の色が点く。 友奈の足元に、勇者の花が。 巫女の花が。 凡人の花が咲く。

 

 

「勇者はッ―――根ッ性ぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおオオオ!!」

 

そして、深紅の巴紋が、背中を後押しするように咲いて燃え盛った。 ジェット噴射に負けずとも劣らない勢いのそれに体を押し出されながら、熱線を真っ二つに割って、友奈は拳を振りかぶる。

 

拳の先に灯った蒼い光を打ち出すみたく、その振りかぶった拳を、友奈は全力で突き出した。

 

 

 

「勇者ぁ…………パァァァァァァァァァァァァァァァンチィィィッ!!!!」

 

 

 

天の神の灰色の鏡が、友奈の拳と天ノ逆手によって粉々に殴り砕かれる。

 

天が砕け、鏡が割れ、樹海が消え青空が友奈の視界いっぱいに広がった。

 

 

 

投げ出された友奈の体を、一つだけ残っていた満開ゲージと併用している精霊バリアが包み込んだ。 緩く、緩く、ゆったりと降下する友奈の前に自身の精霊・牛鬼が現れる。

 

「あっ……牛、鬼……。」

 

 

不意打ち気味に、桜色の暖かななにかが頭を撫でる。 そして牛鬼の体から出てきた、5枚の花びらが付いていた筈だが4枚しか付いていない友奈のモノとは違う桜の髪留めを両手で掬い上げるように受け止めると―――。

 

 

「っ……牛鬼!」

 

牛鬼は役目を終えたように、文字通りの桜色の花びらとなって消失する。

 

 

「―――――ありがとう。」

 

友奈がそう言うと、視界を色とりどりの花びらが包み込み――――まばたきをした次の瞬間、友奈と他の六人は、学校の屋上で仰向けに倒れていた。

 

 

 

 

「あれ、私、空に……。」

 

「うおおおっ!? 腕、あ、足……ある。」

 

 

勢い良く起き上がった少女、三好夏凜が、千切れた足と切断した腕が繋がっていることに驚いている。 神樹の最初で最後の満開は、少女達の本来の肉体をそれぞれの体に戻しつつ、最後の戦いでの傷を癒してくれていたのだ。

 

 

「……夏凜、ちゃん」

「…………友奈。」

 

ぺたぺたと手足を触り確かめていた夏凜は、友奈に向き直ると、優しく微笑んで頬を撫でた。

 

 

「――――お疲れ、良く頑張った。」

 

「夏凜ちゃん…………皆―――――。」

 

 

美森を、風を、樹を、園子を、歌野を、そして夏凜を見て、涙腺に溜まった涙を惜し気もなく流しながら、友奈は笑う。

 

 

「皆…………ただいま。」

 

そんな友奈に、皆もまた友奈へと言葉を返した。

 

 

『――――お帰り。』

 

 

視界の向こうで、神樹の根に阻まれていないきらびやかな青い海が広がっている。

 

日常の為に戦い、日常の為に日常を生きた少女達の長い戦争は、静かに幕を下ろしたのだった。

 

 

 






渡神(わたしかみ)

神樹に取り込まれた元名無しの神である高嶋友奈が人類を守ったという功績から与えられた役職。 人間と神樹の橋渡しを担い、いずれ来る天の神との戦いで人間に神樹の力を与えるかどうかを決められる権限を持っている。

東郷美森の『人として死ぬために人として生きる』という決意表明を信じ、精霊の防壁を解除して神婚を未遂に終わらせた。 渡神は高嶋友奈の神と人間の二つある側面のうち神の側面を持っており、牛鬼に自分の人間の側面を与えていたため、牛鬼(ゆうな)は紅葉に良くなついていた。



この後は最終話を書いて完結となります。番外含めて100話以内且つ年内に完結出来そうで一安心。



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Knockin' on heaven's door(まるで、天国への扉を叩いているみたいだ)



また逢えたら、あの頃のまま。




 

 

 

「随分とまあ、ファンシーなあの世だこと。」

「それ分かってて言ってるよね?」

「そりゃねぇ。」

 

 

ザクザクと耕された畑の土を踏み締めながら、男と少女が、眼前に生えた丸亀城を目指して歩いていた。 男は完璧に再現された丸亀城を見て、ため息を漏らす。

 

「前来たときあんなのあったっけ。」

「あー…………紅葉が昔の事を思い出した次の日辺りにはこうなってたよ。」

「そう……すげーな俺の精神世界。」

 

 

ズボンのポケットに手を入れながら歩く男の横で、茶髪の小柄な少女は男のやつれたような、疲れきったような顔色を見て声をかける。

 

「……ねぇ紅葉、大丈夫?」

 

 

そう言われた男――――先人紅葉は、自分を見上げた少女を見てから答えた。

 

「死ぬ覚悟をしてた。」

「うん。」

「死んだ感覚が残っている。」

「……うん。」

 

 

深く吸った息を吐き捨てると、続ける。

 

「だと言うのになんで俺はここにいる。 死んだ筈なら、なぜ消滅していない。」

「いや、うーん……あの肉体に紅葉の魂を固定してるだけの私にそれを聞かれてもねえ。」

「その辺神樹からなんか聞いてないのかよ――――水都。」

 

 

水都。 かつて藤森水都と呼ばれ巫女として白鳥歌野と諏訪で散った少女。

死産で産まれた先人家の子孫の肉体に紅葉の魂を固定させ生命活動を無理矢理再開させていた、接着剤の役割を担っていた少女だった。

 

そんな水都は、紅葉に聞かれた事に答えられないまま、横をぼんやりと歩く。

 

 

ただただ、静かに歩いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

丸亀城内部の教室として改装され使われていた一室、感慨深い面持ちで、紅葉は机や黒板を見渡していた。

 

「懐かしいな。 あいつらはここで勉強してたんだ。」

「へぇー、あれ、紅葉は?」

「俺だけ高校生だぞ。」

「ああ、そっか。」

 

 

当時小学生で後に中学生となった勇者達と違い、紅葉はその時既に高校生であり、四国で戦いが始まった時には高校卒業の年齢だったのだから同じ部屋で勉強という訳にはいかない。

 

 

「…………あれっ」

「どうした?」

 

 

教室の中で立ち止まった水都に、紅葉は聞く。 水都は慌てた様子で紅葉に言った。

 

「誰かが(ここ)に入ってくる……!」

「ここ出入口とかあんの?」

「ないよ、だから私と紅葉以外は干渉できない筈なのに……。」

 

 

ふうん、と言い、指を口許に置いて思案した紅葉は不意に呟く。

 

「仮に干渉できるとすれば、どんな奴?」

「それこそ―――――。」

 

 

 

 

 

「神様くらい、とか?」

 

『――――――っ』

 

 

水都と紅葉は同時に飛び退き、声のした黒板側から離れる。 癖で腰に手を回した紅葉は、そこに何も収まっていない事に気付く。

 

 

「わははは、驚いてるね。」

 

「……貴女は……?」

「お前かよ……。」

 

 

疑問符を浮かべる水都の横で紅葉はため息をつく。 驚いて損した、とでも言いたげに声の主を睨む。

 

「――――友奈。」

「紅葉くん、久しぶり。」

「そうだな。」

 

 

ふっ、と笑う友奈に、紅葉もまた――――少しだけ気まずそうにぎこちなく笑みを返した。

 

「笑い方下手くそ過ぎでしょ」

「あ?」

「ま、まあまあ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「単刀直入に言うけど、紅葉くんは死んだけど魂までは消滅していないよ。」

 

黒板の前の教卓に肘を突いて座る友奈は、あっけらかんと言い放つ。

 

紅葉もまた、想定通りに返答する。

 

「ああ。 じゃなきゃこの世界―――――精神世界(たましいのなか)には入れない。 この世界は魂の存在ありきで成り立ってるんだからな。」

「それじゃあこの後の紅葉はどうなるの? いつまでもこの世界に居るわけにもいかないし。」

「あー、今ちょっと外で準備してるから。」

「準備だぁ?」

 

「きみの体の準備に決まってんじゃん。」

「決まってんじゃんじゃねぇよ。」

 

 

眉を潜め、重苦しいため息が出る。

 

「なんで生き返らせようとしてる。」

 

「私としても紅葉くんは死なせたままの方が良いんじゃないかな~って思ったんだけどさ、きみ神様と契約してるじゃん。 神との契約とその契約のなかで行われる願いは遵守しないといけないんだよ。」

 

 

この辺りで完全に話に着いていけていない水都を置いておいた二人は、向き合って話す。

 

「……それで?」

「物凄く分かりやすく言うと、紅葉くんの二個目の願いを叶える過程で紅葉くんを生き返らせなければならなくなった。 ってわけ。」

 

「……俺はただ『幸あれ』と願っただけだぞ。」

「無自覚って怖いね~。 あの子頭抱えてたよ、『あの野郎めんどくせぇ願い唱えやがってクソボケカスぅ…………。』とか言ってた。」

「あの光口悪すぎるだろ。」

「あーそれ省エネモード。 実体は人型だから。」

 

 

どうでもいい。 と考えるしかなかった。 兎に角紅葉は、ただ、死ぬつもりで居た。

 

死ぬつもりで生き抜いた。 それで死んだ。 それを二度繰り返してきたのだ。

 

 

「――――三度目の生なんて要らない。」

「紅葉くんは、そうだろうねぇ。」

「紅葉…………ねえ、紅葉は……本当に死んで終わりで良いの?」

 

手持ち無沙汰で机の椅子に座っていた水都。

 

隣の席の紅葉の顔を覗くと、そこにあるのは虚無だった。 紅葉は知っているのだ、人の死がどんな物かを。 言葉では言い表せない喪失感を。

 

紅葉もまた、()()を歌野に味わわせている。 そんな自分が都合良く生き返って、それで終わりとなるのはただの自己満足だ。

 

 

「ともあれきみが生き返るのは確定してるんだけど、問題が一つ。」

「なんだ。」

「未練を取り除く事。」

 

「……そうか。」

 

 

紅葉は顔を逸らし、その先の水都を見た。 未練――――すなわち、西暦(かこ)から引き摺り続けている問題を解決せねばならない。

 

「紅葉くん、ずーっと、西暦(うしろ)を向いて歩いてたよね。 そして、その原因は――――私とその子。」

「ああ。」

「わ、私も……?」

 

 

自分を指差す水都に、紅葉は言う。

 

「俺だけが生き残った。」

「…………紅葉だけ?」

 

「長野はバーテックスに滅ぼされた。 諏訪にいたお前と親父と母さんと、あと歌野。 皆が必死に足掻いている裏で、俺はのうのうと生きていた。 それが許せない、自分で自分を赦せない。」

 

「……そっか、負い目があるんだ。」

 

 

力無く、紅葉は頷く。

 

水都は考えるそぶりを見せてから、優しく、項垂れた紅葉の頭を前に回ってから掻き抱いた。 友奈に背を向け、紅葉を見えないようにする。

 

 

「紅葉は……なんでもかんでも自分だけで背負おうとするね。 でも分かるよ、そんな事ばかりするのは――――紅葉には何もないから。

 

自分にはなにもないまま、なににもなれないまま、一生を終えるんだろうっていう虚無感があるまま生きていた紅葉にとって、勇者と巫女を守るという神との契約はあまりにも魅力的だった。

 

だから、契約したんだよね?」

 

 

水都の胸のなかで、紅葉は再度頷く。

 

後頭部の髪を優しく撫でながら、水都は淡々と紅葉の心情を読み上げた。

 

 

「皆を守るためにいっぱい努力して、傷付いて、死ぬかもしれない目に遭ってきたけど、それすら私達への贖罪と思っていた。

 

まるで死ぬチャンスに飛び込んでるような事ばっかりしてたのは、罪悪感から来る自殺衝動の表れでもあったんだもんね。

 

辛かったよね、私がうたのんから通信機を借りて、たった一言伝えればよかっただけだよね。 『ありがとう』って。 ただそう言えたら良かったのに――――ごめんね。 苦しかったね。」

 

 

紅葉の未練の断ち切り、というよりは、最早水都の罪の告白となっていた。 それでも、紅葉は水都の背に手を回してポツポツと言葉を溢し始める。

 

「俺だけが、幸せになって…………良いのかな。」

「良いんだよ。 ずっと頑張ってきたんだもん、そのくらいはきっと許される。 紅葉が自分を許せないなら、私が、貴方を許すよ。」

 

 

ぽんと背中を叩き、水都は離れる。 母親のように笑う水都に、紅葉も憑き物が晴れたような顔を向けた。 それを見ていた友奈が二人に言う。

 

「うんうん、これで水都ちゃんへの紅葉くんの未練は無くなったかな。」

「あとは……えーっと」

「友奈で良いよ。」

「……友奈さんと紅葉って、どういう関係なの?」

 

 

水都に聞かれると、二人は揃って顔を見合わせる。 そして首を傾げると友奈が言った。

 

「まあ、兄妹みたいなもんかな。」

「兄妹みたいなもん、か。 そういえば、そうだったな。」

「紅葉くん?」

 

「…………友奈、お前が消えた最後の戦いのとき、俺が言おうとしてた言葉を覚えてるか。」

 

 

 

『なあ友奈、全部が終わったら――――戦う必要が無くなったら、俺と―――。』

 

 

 

「覚えてるよ。 戦う必要がなくなったら、だっけ。 あの時なんて言おうとしてたの?」

「お前は俺との関係を『兄妹みたいなもん』って言ったな。 俺もな、今までずっとそう思ってたよ。」

「……ふうん?」

 

「ずっと言えずに後悔していた。 『俺と家族になろう』と言えなかったことを。」

 

席を立ち、そう言い、紅葉は友奈に言った。

 

友奈の顔に驚愕が浮かび、汗を一筋垂らす。

 

 

「私、神様だよ?」

「そうだな。」

「……本気?」

「ああ。」

 

ふう、と、ため息を一つ。

二人から顔を背けて、紅葉は続ける。

 

「水都も、友奈も、俺にとっては妹()()()()()()だった―――――みたいなものと言って誤魔化していたんだよな、本当は、大切だったんだ。 俺の家族と言っても過言では無かった。」

 

「ならそう言えば良かっ…………あー、ははぁん。 紅葉くん恥ずかしかったんだな?」

 

 

ニヤニヤと笑う友奈に背けたままの顔で、紅葉は小さくうるせぇと怒る。 その耳は赤く、水都は二人の様子を微笑ましく見ていた。

 

「…………ふふ、妹、かあ。 具体的にはどうするつもりだったの? 私神様だよ?」

「戸籍偽造して養子縁組すれば良いだけだろ、ツテはあったからな。」

「うわぁガチ。」

 

 

流石の友奈も真顔で引く程に、紅葉の提案は本気だった。 しかし顔付きを一転させ、友奈は天を見上げると呟く。

 

 

「――――準備が終わった。」

「……紅葉の体が、直ったの?」

「うん。 後は紅葉の魂を定着させるだけっぽい。」

「そもそも俺の体は神樹のエネルギーを使ってた訳だが、その辺りはどうするんだ。」

 

「さあ。」

「お前さぁ。」

 

 

適当な性格から来る適当な言動。 首を傾げる友奈は、外での事情をあまり知らない。

 

「そういうのはあの子に聞いてよ。 説明責任が有るのは向こうだし、あの子もきみへの愚痴が7つか8つ溜まってるだろうし。」

「多すぎるでしょ。」

 

 

額に青筋を浮かべる紅葉は、一発ぶん殴ってやろうかと友奈に詰め寄り――――突然、力が抜けたように膝を突いた。

 

「か、あ……?」

「紅葉!」

「……夢から覚めるときが来たね、大丈夫大丈夫、目が覚めたら、きみの体は元通りだから。 ここでの会話は忘れるだろうけど。」

 

「それ、は……困る、な。」

「夢っていうのは記憶の整理から発生する事だからね、覚えている方が不思議なんだよ。 ここでの会話を忘れても、きみは想い出を忘れない。」

「矛盾……してるぞ……。」

 

 

膝を突いて倒れる寸前の紅葉を前から受け止めている友奈。 水都も同じように紅葉を支えると、紅葉が二人の背に手を回し、強く抱き締める。

 

 

「……これが、最後なら…………言わせてくれ、忘れてしまっても、後悔をしたくない……。」

 

「うん、良いよ、なぁに?」

 

 

眠気が限界に達した子供のように安らかな顔で、紅葉はゆったりとした口調で伝えた。

 

「ずっと、愛してた。 家族として、妹と、して…………この気持ちだけは……嘘じゃないんだ……。」

 

「――私もだよ、紅葉。 貴方が大好き。」

 

「……良く頑張ったね紅葉くん、お休み。」

 

 

眠気を誘う手つきで、背中を規則的に叩かれ、紅葉はあっさりと深い眠りに堕ちる。 友奈が紅葉の肩に顔をうずめ、祝詞のような言葉を唱えた。

 

「貴方の目覚めが、有意な物でありますように。」

 

 

すんと鼻を啜った友奈は、空気を切り替えるように明るく水都に話しかける。

 

「さ、一緒に紅葉くんのこれからを見守って行こうか!」

「えっ……友奈さんもここに居るんですか?」

 

「当たり前じゃ~ん、面白そうだし紅葉くんが心配だし。 それに、神が人間を助ける時代が終わったからね。」

 

 

夢から覚め、この世界から消えた紅葉の残滓を確かめるように手にあった感触を握って確かめると、尻をはたいて埃を落とす動作と共に立ち上がる。

 

 

「ねえ、紅葉くんが諏訪に居たときの話してよ。 私は四国に来てからの紅葉くんの事話すから。」

 

「…………まあ、いっか。 わかった……けど、あんまり面白くないよ?」

 

「いーよいーよ、別に弱味があれば握りたいとかそう言うわけじゃないから。」

 

からからと笑い、疲れたみたく脱力した笑みを見せる友奈に、水都は紅葉を幻視して―――確かに兄妹だなぁと、そう苦笑して椅子に座り直した。

 

 







家族を殺された怒りを――――。
バーテックスへの憎しみを――。
いつかきっと、忘れるのだろう。

でも俺は、幸せだったことを忘れない。
幸せにしてくれたことを忘れない。
大切な妹が出来たことを、忘れない。






先人紅葉は一般人である/勇者の章、完結。

物語は、乃木若葉の章へと遡る。


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トゥルーエンド/三好夏凜



勇者の章版エピローグシリーズ。 全員分書けるかはわからないけど、本編後の話。 勇者の章からそこそこ年数が飛んだりするけど気にしてはいけない。




 

 

 

 

「あ゛~、寒っ。」

「すっかり冬だねぇ。」

 

 

勇者部とバーテックス、人類と天の神の戦いが終わり、大多数が消えた元大赦が『神世紀301年』を『新西暦1年』と改めてからきっちり10年。

 

新西暦11年の冬、雪が薄く積もった道路を、二人の少女――――――否、年月の果てに大人となった二人の女性が歩いていた。

 

 

ツインテールにしていた髪を後ろで馬の尻尾(ポニーテール)のように纏め、右目に海賊が付けるような黒い眼帯を巻いた女性が、コートを羽織り背中に木刀を納めた円柱形のケースを吊るしている。

 

その隣を歩くのは、腰まで伸ばした赤毛をポニーテールよりやや下の辺りで纏めて垂らしている女性だった。 横の女性と同じ灰色のコートを羽織り、白い息を呼吸に合わせて吐き出す。

 

「ねえ夏凜ちゃ~ん、寒くないの~?」

「全くあんたは……もう少し厚着しなさい。」

「だって着込むと室内で暑いんだもん。」

「ワガママ言いおって……。」

 

 

うう、と呻く女性、結城友奈は夏凜ちゃんと呼ばれた女性―――三好夏凜をじっと見ると、思い付いたように夏凜の左腕に自身の右腕を絡めつつ、右手を夏凜のコートのポケットに突っ込んだ。

 

ついでとばかりに左手を握ると、ひんやりとした感覚に小さく夏凜が声を漏らした。

 

「うおっ、急に引っ付くな馬鹿。」

「えへぇ……良いじゃん良いじゃん~。」

「チッ…………ったく。」

 

 

嫌そうにしつつ、嫌ではない。

 

そんな無駄に器用な思考を巡らせながら引っ付いてくる友奈を剥がす事なく歩いていると、視線の奥の雪で染まった白い景色に汚れのように目立つ黒色があった。 見ればそれは人型で、二人に向かって走ってくる。

 

「…………あん?」

「えっ?」

 

 

土煙を立てて全力疾走してくるそれは、叫び声を上げながら夏凜目掛けて突進してきた。

 

「しぃぃぃぃぃしょおおおおおおう!!」

「うわ。」

「あら~、()()かぁ。」

 

 

凄まじい勢いで突撃してきた少女が抱き付こうとしてくるも、友奈を押しながら横にずれた夏凜にあっさりとかわされる。

 

無情にも伸ばした腕は空を切り、うつ伏せの体勢で地面に顔面から落ちた。

 

「ぶべぁ!?」

「こいつ見てるとさぁ、紅葉思い出すのよね。」

「あー、なんか分かるかも。」

 

 

しみじみとした表情の友奈の腕からするりと抜け、夏凜は少女の後頭部をコンコン叩く。

 

「おい()()()、シャキッとしろ馬鹿垂れ。」

「じ、師匠(じじょぉ)……酷いじゃないですかぁ……受け止めてくださいよぉ~。」

「あんた逆に聞くけど大型犬に飛び付かれて無事で済むと思ってんの?」

「いえ。」

「……さっさと立て。」

 

 

夏凜を師匠と呼ぶ少女は、白鳥歌野より僅かに長いだろうショートヘアーを揺らして立ち上がる。 服に着いた雪を払い、二人に向き合う。

 

「んへへ、こんにちは奥様。 師匠とデートですか?」

「もう、まだ奥様じゃないってば。 富子ちゃん。」

「ほぉ~『まだ』ですか。」

「あ、いや、今のは言葉の綾だから!」

 

 

わかってますよぉ~、と言い友奈をからかう少女。 トロ子や富子と呼ばれているが、本名は富子(とみこ)で、トロ子は当然だがアダ名でありどちらかと言えば蔑称に近い。

 

「あんまりからかうな。」

「はぁい。」

「というかお前今日は道場休みだろ、暇なのか?」

 

「ああ、そうでした。 実は私がお二人にお世話になっている事のお礼を兼ねて、両親が我が家のクリスマスパーティに参加しないかと提案してきまして。 どうです?」

 

 

富子からの提案に、友奈と夏凜は顔を見合せる。 そういえばもうそんな時期だったな、と夏凜はぼんやり考えた。

 

「今年のクリスマス、なんか予定あったっけ。」

 

「うーん……歌野ちゃんは野菜の移動販売で忙しいし、東郷さんはそのちゃんと一緒に大社のお手伝いで忙しいし、樹ちゃんも歌手の仕事があるし、風先輩もかめやが大繁盛だし、他の皆もそれぞれ忙しいみたいだからなぁ。」

 

「案外、予定が噛み合わないもんね。 よくもまあこれで去年の年末は集まれたものだわ。」

 

 

呆れた顔の夏凜に、あっ、と言葉を漏らす友奈。

 

「紅葉くんには連絡できた?」

 

「無理。 あいつふら~っとあっちこっちに移動してるから場所が掴めないのよ。 連絡しようにも、距離が遠すぎる場所にはまだ電波届かないし。」

 

 

確か前に連絡取れた時は横浜に居たわね。

 

そう言って頬を掻く夏凜に、さしもの友奈も苦笑いしか出来なかった。

 

「そう言えば話は変わるんだけど、夏凜ちゃんと富子ちゃんってどこで出会ったの?」

「……師匠、話してないんですか?」

「あーーー……すまん忘れてた。」

 

 

あっけらかんとした様子で言い、夏凜は一呼吸置いてから語りだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

7年前、新西暦4年の今頃。

ザクザクと雪を踏みしめて帰路を歩く夏凜の眼前の広場に、3人の子供が居た。

 

「か、返してよぉ……」

「へーん、トロ子はほんとにトロいよな」

「取り返してみろよー。」

 

 

夏凜が見ている限りではどう見てもイジメの現場なのだが、問題は男児二人が女児のランドセルを投げ合ってからかっている所ではなく、その二人が夏凜が友奈と共に開いている道場の門下生と言うところにあった。

 

「チッ、悪ガキめ。」

 

 

雪で足音を消しつつ素早く後ろに回った夏凜は、相方に投げようとしたランドセルを奪いつつ、二人の頭頂部をグーで殴る。

 

「あだっ!?」

「いてっ!」

「なぁにやってんだ。」

 

「いっ、てぇ……なにすん、だ、よ……っ!?」

「うげぇ! にぼっしー!?」

「夏凜先生だろ、馬鹿。」

 

 

男児二人は、夏凜の顔を見て怪物でも現れたような反応をして後ずさる。

 

右目には眼帯をしていて、左目は眼光鋭く、身長も男子学生の平均身長に近く、しかも道場の師範をしている相手なのだからそうもなるだろう。

 

「お、教え子に暴力かよ!」

「うるせえ素振りの回数増やすぞ。」

「ヒイ……。」

 

 

震えながらなんとか噛みついた男児だが、夏凜の言葉に撃沈する。 覚えてろよ! という悪役染みた捨て台詞と共に去った二人を見送ると、夏凜はランドセルを女児に返した。

 

「ったく、うちの紅葉(アホ)を見習って欲しいもんだわ。」

「あの、ありがとうございます……。」

 

「気にすんな、あいつら私…………ともう一人が開いてる道場の門下生だからキツくしごき倒して二度と虐められない体にしておいてやる。」

 

「道場……ですか?」

「あー、うん。 私が剣で相方が格闘技ね。」

「…………じゃあ……。」

 

 

少女が口を開き、続けようとして、視線を右往左往させる。 やがて決心したように言う。

 

「わ、私を……弟子にしてください!」

「……一応聞くけど、なんで?」

「私、強くなりたい、です。 保育園に居たときから、何をするにもトロいからって、トロ子って呼ばれてて……」

「ふーん。」

「だから、私を弟子に、その……えっと……。」

 

 

言葉の勢いが弱まり、口ごもり指先を合わせてモジモジする少女。

 

「ま、及第点か。 じゃあ今週の日曜にここに来なさい、鍛えてやる。」

「! ――――ありがとうございます!」

 

「まあ泣き言は許さんし辞めることも許さんけどな。 逃げられると思うなよ。」

「えっ、それは…………。」

 

 

少女のポケットにパンフレットを畳んで捩じ込みながら、ほぼ強制的な契約を交わす夏凜。

 

一瞬、ほんの一瞬だけ――――――富子は夏凜への弟子入りを死ぬほど後悔したのだが、それはまた別の話となる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――と、まあ。 こんな感じ。」

「富子ちゃん、辞めたくなったら私が力になるからね?」

「ははぁ…………一応鍛練は体のためになってるので、お気持ちだけ。」

 

 

西暦の時代でも中々お目にかからない悪魔より悪魔染みた契約に軽く引きつつ、友奈は富子に囁く。

 

「……それにしても、『トロ子』って蔑称だったんだ……良いの? 夏凜ちゃんにはそう呼ばれてるみたいだけど。」

「私はこいつにそう呼べって言われてるんだけど、ねえトロ子?」

「はい。 師匠の呼び方は嫌じゃないし、なんか特別って感じがして良いじゃないですか!」

「そ、そっかあ。」

 

 

忠犬。 ふと、友奈の脳裏にそんな言葉が浮かんだが、言わぬが仏だろう。

 

「それじゃあ……富子ちゃん家にお邪魔しちゃう?」

「良いんじゃない? 一応親御さんには一度連絡いれておくわ。 じゃあトロ子、私たち一旦帰るわね。」

「わかりました!」

 

 

話を打ち切ると、富子は手を振ってから走って行く。 それを見送って、二人は歩みを進めた。

 

「今年も賑やかになりそうだね。」

「そうだな。」

 

改めて腕を組み直した友奈を一瞥して、すぐに視線を戻す夏凜。 ふへへ、と幸せそうに笑う友奈の左手には、シンプルなシルバーリングが付けられていた。

 

 





トロ子こと富子ちゃんについては『勇者部所属』を参照。 持ってない? なら買いましょう。

尚自分をいじめてた奴等が居る道場に入るのを決意したのは、夏凜に憧れたのが7割で合法的にやり返せるからが3割。



トロ子(15)
・本名は富子。 内向的な性格だったのと夏凜に弟子入りするまでほんとにトロかったからトロ子と呼ばれていた。 好物が煮干しになったりしているが、キッチンにストックはしてない。
夏凜師匠大好き人間で師匠にだけトロ子という蔑称を使わせては喜ぶ変な性癖を抱えた剛の者。

にぼっしー先生(25)
・友奈と曜日別で道場を開き、それぞれ格闘技と剣を教えている。 悪ガキが身に付けた剣術を悪用したりしないように鼻っ柱とプライドをへし折ったりしてるので問題ない。 尚回想の悪ガキコンビは素振りさせられまくったうえできっちり親にチクられた模様。

友奈(25)
・夏凜と曜日別に道場を開いている。 格闘技といっても自衛に使う簡単なモノなので堅苦しくはない。 滅茶苦茶親身に接してくれたりするので男女問わず人気が高く、門下生にはなんであのにぼっしー先生と付き合ってるのかと良く疑問に持たれている。
まだ結婚はしていないが、流石に30までには……とは考えている。



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トゥルーエンド/三好春信



トゥルーエンドシリーズは紅葉が〆なので紅葉の体を新調した協力者の正体なんかは後回しになります。




 

 

 

新西暦3年。 紅葉と夏凜が17の夏、二人は横に並んでアパートに向かっていた。

 

じわじわと汗が滴る日差しの下で、紅葉は白髪がまばらに混じった髪をオールバックにするように後ろに掻き乱す。

 

眼帯が蒸れるのか、眉を潜めて髪の後ろに伸びている紐を弄りながら、夏凜が低い声で唸るように言った。

 

「暑すぎるだろ……どうなってんだ……。」

「神樹が居ないってことは、四国の天候をバランス良くする存在が消えたって事だからねぇ。 これからはこんな猛暑が続くし、大雨も大雪も台風も来るぜ?」

「はぁ……キッツ。」

 

 

紅葉と同じように玉の汗が頬を伝う夏凜は、道中のコンビニで買ったスポーツドリンクを歩きながら勢い良く呷った。

 

「…………んで、珍しいな。 夏凜が春信の様子見に行きたいなんて言い出すとか。」

「うるせえ。 あの最後の戦い終わってから一回も顔見てないんだから仕方ないでしょうが。 そもそもあいつ生きてんの?」

 

 

そこからか、と呟いた紅葉。

あー……という腑抜けた声を出してから、少し考え夏凜に向けて言った。

 

「あいつ確か、今は安芸ちゃんと暮らしてるはずだぞ。 前に行ったときは留守だったが。」

 

「――――――は?」

 

 

カランと道路に自分の持っていた空のペットボトルが落ちた事に、夏凜は気付かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とある格安アパートの一室、やや錆の目立つ扉の前に来た二人は、うだる暑さに辟易しながら汗を拭っていた。

 

「ここに住んでるの……?」

「神樹亡き今、元大赦・現大社の職員だからって金の掛かる良い部屋には住めないもんさ。」

「我が兄ながら世知辛いな。」

 

 

そう言いつつ、夏凜は扉横のチャイムを鳴らした。 数秒遅れて部屋の奥からパタパタと足音が聞こえ、やがてガチャリと扉が開かれる。

 

「はい、どちら……さま……」

 

「うわ、マジだったの」

「よう安芸ちゃん。 あいつ居る?」

 

「か、夏凜……様、と、紅葉様……。」

 

 

扉の奥から現れたのは、眼鏡が特徴的な女性――――安芸だった。

 

紅葉は想定内だったらしいが、どうやら夏凜が来たのは予想外だったようだ。

 

「相変わらず様付けの癖は治らないねぇ。 あいつ居るでしょ、様子見に来たよ。」

「っ…………ええ、はい、どうぞ。」

「お邪魔しまーす。」

 

 

しどろもどろな様子の安芸は、エプロンを着けた家庭的な格好で二人を室内に迎え入れる。

 

「なんで挙動不審なんだあいつ。」

「通い妻みたいな事やってるからでしょ、春信一人じゃ家事も一苦労だろうし。」

「……どういう事?」

「見りゃ分かる。」

 

 

案内された二人は、玄関の直ぐ横にあるキッチンや奥のリビングを観察しながら歩き、リビングの更に横に襖で隔てられている部屋に通される。

 

ローソファーに腰掛けてテレビのニュースを見ている男――――三好春信は安芸に声を掛けられ、ようやく紅葉達に気付いた。

 

「ハル、お客さんよ。」

「……ん、ああ。 どうせいつものだろ。」

「いつもので悪かったな。」

「毎月一回は顔見に来て、暇なのか?」

「ちょっと長めに生きなきゃならなくなったからな、暇と言えば暇だな?」

 

 

俺に聞くなよ……と文句を漏らした春信は、紅葉の後ろに立っている夏凜に視線を向ける。

 

「よう、夏凜。 数年見ない内に随分と背が伸びたな。」

「…………兄貴。」

「どうした?」

 

「――――()()()()()()()()()。」

 

 

ローソファーに座ったままの春信の足を見て、心なしか震えている声色で夏凜は春信に聞いた。

良く見れば、春信の左足の膝から下が存在していなかった。

 

傍らに膝に装着する義足が置かれており、春信を囲う異様さが際立っている。

 

「神樹様と友奈様の神婚でこの肉体を崩壊させる所だった私の負担を全て身代わりしたんですよ、このお馬鹿は。」

「馬鹿はないだろ、アキ。」

「事実でしょう。」

 

 

トレーに人数分の氷と麦茶が入ったコップを乗せて、春信が寛いでいる部屋に安芸が入ってきた。 座るよう促し、ローソファーの近くに置いてあるテーブルを挟んで向かいに座る二人。

 

「まあ、それで今はアキの手を借りてるんだよ。 義足も神樹の加護下で開発できれば高性能なヤツが作れたんだが……今は資源が限られてるからな。 こんな安物しか作れないわけだ。」

「…………ほんと、大変だな。 お互い。」

 

 

眉間を指で揉んで、夏凜は絞るように呟いた。

 

「全くだ。 報告によれば、お前も戦闘中に色々吹っ飛んだんだってな? しかも顔に消えない傷まで作ってきやがって……。」

「片腕切り落としたり下半身もげると、もう色々驚かなくなるわよ。」

 

 

兄妹揃って嫌な話だ。 そう一人ごちる紅葉は、安芸から渡された麦茶を飲む。

 

「しかし、この3つの家系の人間が集まるのは因果なモノだよな。 狙ってるのかと疑うくらいだよ、うん。」

「……それは、どういう。」

 

「安芸ちゃんは知らないのか。 三好家と安芸家と先人家って、西暦の俺の代からそこそこ付き合いが長いんだぜ?」

「へー、私と兄貴の家がねぇ。」

 

「そも、当時の俺を鍛えたのは三好のあの忌々しい野郎だしな。 恐らく安芸ちゃんの祖先と思われる娘も居たしね。」

「あー、あんたって元からあんなんじゃなかったのね。」

 

 

春信の義足をガチャガチャと弄っている夏凜が、春信にどつかれる。 頭を押さえながら紅葉に問うと、紅葉は目線を逸らして続けた。

 

「3年……いや、2年半か。 三好には訓練と称して徹底的にボコボコにされたもんだ。」

「酷い話だ。」

「お前の祖先じゃい。 今でこそ結果的に西暦勇者達を守れたから感謝してるが…………昔に戻れたら両膝撃ち抜いてやりたいもんだぜ。」

 

 

 

 

『出来ない? 出来ないじゃねえよやれ。』

 

『こんなことでへばってたらガキにすら殺されんぞ。』

 

『俺は教えるの苦手だからな、俺がお前を殴るからお前は俺の殴り方を覚えろ。』

 

『なにが加減しろだぶっ殺すぞ。』

 

 

 

 

「あ、思い出したらイライラしてきた。」

「落ち着け。」

「お飲みください。」

 

額に青筋を浮かべる紅葉に安芸が麦茶を注いで夏凜がコップを頬に押し付ける。 冷たい感触に、紅葉の怒りは若干下がった。

 

「俺たちの祖先が、アキの祖先?……と、お前と関わってたとはな。 四国は狭いもんだ。」

「まあ広くは無いな。」

 

 

 

そんな他愛ない話を続けていた紅葉だったが、腕時計をちらりと見て声を上げた。

 

「……ん、そろそろ帰るか。」

「なんだ、もう帰るのか?」

「様子見に来ただけだからな。」

 

「毎度毎度、ご苦労な事で。」

「では、玄関まで送ります。」

「私も帰るわね、兄貴。」

 

 

よっこらせ、とおっさん臭い動きで立ち上がり、玄関へと歩く三人。 またなー、と言いローソファーに寛ぐ春信を横目に、紅葉は怪しく口角を吊り上げてポケットに手を入れて小瓶を取り出した。

 

「あー、夏凜、春信んとこに忘れ物したから先出てて。」

「間抜けだな。」

「一言多いんだよお前は。」

 

 

はん……と鼻で笑った夏凜は先に外に出る。 残った紅葉は、不思議そうに自分を見てくる安芸にポケットから出した小瓶を渡す。

 

「良いものをあげよう。」

「…………これは。」

「媚薬。」

 

 

あっけらかんと言った紅葉に、安芸は素で返した。 無色透明だがドロリとした粘液のようなモノが入った小瓶が、安芸の手のひらで転がる。

 

「――――はい?」

「まあ、あれよ。 乃木家と上里家が大社と共同開発したオクスリ。 なにがヤバイって基本的に毒が効かない俺にすら効果が出る。」

 

「……それで、これを、どうしろと?」

「別にぃ? 要らないなら捨てれば良いさ。 あ、捨てるときは沸騰してるお湯で5分くらい煮沸消毒してから捨ててね。」

 

 

畳み掛けるように説明すると、紅葉は逃げるように扉を開けて出ていった。

 

残された安芸は、手のひらの小瓶をじっと見つめる。 胸の底から湧き出る欲望のようななにかが、小瓶(それ)を捨てさせるという選択肢を脳裏から排除する。

 

 

心臓の鼓動の速度が上昇し、頬が上気するのが分かり、ふらふらと安芸の足は春信の部屋に向かっていた。 その行動を止めるものは、誰もいない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ良いことをすると気分が良いね。」

「は? なんだよ急に。」

「次行くのは……10ヶ月後位か。」

「…………なんの事なの。」

 

こめかみの近くの伸びた髪をくるくる弄る紅葉は、白髪混じりの髪を見てため息をつく。

 

ふと春信の部屋から男の叫び声が聞こえたような気がしたが、まあ良いか……と聞かなかった事にして、紅葉と夏凜はアパートを後にした。

 

 

――――三好春信が()()春信になった事を知ったのは、今から数ヵ月後の話。

 

 






紅葉の白髪はどっかの闇医者(光属性)と同じ膨大なストレスが原因。 適当に一束握るとその中に数本混じってる程度ですが。



三好春信
・本来なら右目を喪っていた安芸への負担を全部身代わりした結果左足の膝から下を失った為、安芸の恩返しを含めた家事代行には助かっている。
尚、紅葉曰く「こいつ俺と同じ(女の尻に敷かれる)タイプ」らしい。 発破を掛けたら案の定食われた模様。

安芸先生
・公式は早く安芸先生の名前とのわゆの安芸真鈴との関係性を明かして欲しい。 実は三好家・安芸家・先人家は紅葉の代から付き合いがあり、そこそこ長く関わっていた。
ぅゎ四国の女っょぃ(諸行無常)


ちなみにこの世界では『安芸先生は安芸真鈴の子孫説』と『安芸先生と安芸真鈴は同姓同名説』を適用しているので悪しからず。



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トゥルーエンド/白鳥歌野



総合評価1300到達。
次に目指すは1500到達ですね(白目)




 

 

 

ガタゴトと砂利道を走る軽トラが、視界に田畑の広がる道を走っていた。

 

鋪装されていない土の道路には軽トラ以外に一台の車もなく、そのトラックには、太陽光を電力に変えるソーラーパネルがくっついている。

 

パネルは荷台の複数あるバッテリーに繋がっていて、さらにそれがトラックの奥へと伸びている。 バッテリーの横には、棚が備え付けられていた。

 

「よく動くな、このオンボロ軽トラ。」

「そうねぇ……道端に転がってたのを再利用して、パーツ継ぎ接ぎして、大社の人に頼んで太陽光で動かせるように改造したのよ。」

「昔そんな感じの番組やってたな。」

「農家がアイドルやってる奴だっけ?」

「…………いや、逆じゃね?」

 

 

助手席で窓を開け肘を突いてボーッと外を眺めていた紅葉は、楽しそうにトラックのハンドルを握る歌野と、そんな会話を交わしながら香川から岡山の方面へと向かっていた。

 

新西暦6年。 紅葉と歌野が20歳のとある日、開拓が進みつつある四国の外に住居を設けそこで暮らすという計画が進んだ際、歌野が定期的に自家製の野菜を届けにいくという提案をしたのが事の発端であった。

 

 

それから12年が経過し二人が32歳になったある日、歌野が配達の日に紅葉を誘った事から冒頭に繋がる。 ――――あっ。 と、思い出したように声を上げた歌野が不意に紅葉に問いかけた。

 

「そういえば貴方って、最近ふら~っとどこかに放浪すること少なくなったわね。」

「娘にぶちギレられた。」

「あら…………。」

 

 

紅葉の左手に付けられた指輪が、真昼の太陽を反射した。 歌野は頭を振って、ハンドルを切り道を曲がる。

 

「『良い歳なんだから若葉さんを使ってあっちこっちに放浪するのはやめてください』って言われちゃってさあ…………四国に居てもやること無いから暇で暇でしょーがないのよ俺。」

「自業自得じゃない…………いやぁ貴方じゃなくてあの人の方に似てくれて助かってるわね、貴方の血を濃く継いでたら大変だもの。」

 

 

酷いな――――――と思ったが、自分の血を色濃く継いだ昔の娘がしょっちゅう面倒事に巻き込まれていた事を思い出す。 今の娘にもそんな事があったりしたら、堪ったものではない。

 

紅葉は目的地が近付いてきたのを確認して、開けていたドアの窓を上げた。

 

「着いたわよ。」

「ああ……大分復興が進んだな。」

 

 

岡山の一角。 かつて星屑に襲われ、滅ぼされた廃村を利用した村に訪れた二人は、四国外の生活の実験を手伝う人たちを見かける。

 

村人達もまた、見慣れたトラックを見付けてそれぞれが駆け寄ってきた。

 

トラックから降りてドアを閉めた歌野に不意に一人の子供が飛び付いた。 遅れてもう一人、また一人と歌野に引っ付き離れない。

 

「野菜ヤクザだー!」

「ヤクザのねーちゃん!」

「ヤクザーーー!!」

 

「ぐおお……っ」

「ヤクザ呼ばわりされてるのかお前。」

 

 

そのまま三人に押し潰されるように倒された歌野を見て、さしもの紅葉も見てはいけないモノを見たような顔をする。

 

直ぐ様現れた親が子供をひっぺがし、頭を何度も振って謝罪する光景は歌野にとってはもう見慣れている。 なにせこれで7回目だ。

 

「……で、なんでヤクザなの。」

「せめて『野菜』を付けなさい。 どう考えても、理由なんて()()しかないでしょう?」

「……ああ、()()か。」

 

トントンと自分の右頬を指で叩く歌野。そこには見るも無惨な火傷の痕が痛々しく残っていた。

 

天の神による回避不可能の祟りにより、足繁く通っていた『かめや』の爆発事故に巻き込まれた事が理由である。 咄嗟に園子を庇った結果、歌野にそれこそ呪いのように付きまとっていた。

 

 

シンプルな質問である。

 

普段から快活で朗らかな美人だが、その顔には浅黒く焦げた色がこびりついているのだ。 相手が歌野のようなポジティブの擬人化でもなかったら、一生を通して同情の視線を浴びることとなるのは確実。

 

 

もしもこんな火傷を負ったのが園子だったりしたら。 そう考えた歌野は、園子からの謝罪も勇者部の哀れみも跳ね返してこうして生きている。

 

ただ、強い。

 

 

「そりゃ、勇者に選ばれるわな。」

「なに?」

「なんでもねぇ。」

 

 

誤魔化すように、紅葉は野菜を入れたカゴを棚から出して、イチゴのように甘いトマトにかじりついた。

 

「あ、それ150円。」

「……金取るのかよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帰り道のトラックの中で、二人は無言だった。

 

度々デコボコの道を走りながら上下に揺れるトラックの天井に紅葉が頭をぶつける以外で、特にアクシデントはない。

 

 

背もたれに体を預けて深くため息をついた紅葉が、ふと口を開く。

 

「お前が野菜の配達をするって決めたの、水都の夢を継いだつもりだからだろ。」

「……流石に分かる?」

 

 

まあな。 と言い、紅葉は続ける。

 

「神樹の力が歌野というアンテナと、農具という神聖な道具を通して土壌に染み込んだ結果、お前の野菜の種はどんな土地でも問題なく育つとんでもない野菜に変異した。」

 

「あれにはビビったわ。」

 

「そして四国中および四国外の破壊されて放置されている土壌に埋めても育つことが分かって、今も尚四国外での栽培は続いている。 つまり、ある種お前の農業王になるという夢は叶った訳だ。」

 

「そうねぇ。」

 

 

日本中で歌野の野菜が育つ。

 

その結果で夢が叶ったのだと判断した歌野は、要するに次に何をしようかで悩んでいた。

 

故に、水都の夢を借りたのだ。

 

「今はまだ四国から出てすぐの所でしか暮らせないけど、いつかは日本中を人の住める場所にする。 なら、私も日本中を走り回らないとね?」

 

「はっ、日本中の復興が住むまで何百年掛かるかよ。」

「それを見届ける為に貴方が居るんじゃないの。」

「……まあ、お前が生きてるうちに、長野くらいまでは行けるようにしないとな。」

 

 

スマホからガラケーに戻した紅葉は、待受の写真を眺める。 画面には勇者部にいた頃に撮った勇者部メンバーがぎゅうぎゅう詰めに収まって撮った、暑苦しい写真が写っていた。

 

「いつか、貴方は私たちを忘れる時が来るのね。」

「お前らみたいなキャラが濃い連中をどうやって忘れるんだよ。 ヤクザ扱いされてるんだし、いっそのことコートに帽子にサングラスでも付けてみるか?」

「嫌よ、農業は続けるんだからそんな格好したらすぐ泥だらけで使い物にならなくなるじゃないの。」

 

 

筋金入りの思考回路に、紅葉はただ呆れるしかできない。 ああでも……と続けた歌野が、ハンドルの革を撫でて言った。

 

「この子に名前を付けるくらいはした方が良いかしら。」

「良いんじゃない。」

 

 

ぶっきらぼうに答えた紅葉に対して、少し考えてから、思い付いた単語を唱えた。

 

「ソーラーカー……みときち?」

「多方面から訴えられそうだけど、あえてそれがいい。 今度ドアに名前ペイントするか。」

 

「そうね、みーちゃんなら笑って許してくれるだろうし!」

「いやあどうかなぁ。」

 

 

 

二人は知らない、堂々としたパクリに自分の名前を使われている事に本人が驚いていることを。

 

その横で同居人が死ぬほど笑い転げて倒れている事を。

 

 

夕陽に照らされながら、トラックの中で、二人は何気ない思出話に花を咲かせている。

 

それはきっと、西暦で死に、神世紀を生きて、新西暦を歩んでいる――――奇怪な機会を与えられた、二人だけの特権なのだろう。

 

 

 







831893のねーちゃん
・ヤクザ呼ばわりの原因は主に年取って更に圧力と貫禄の出た首から右頬への火傷痕。 あのツラでコートに帽子にサングラスとかただのマフィアやんけ。
みーちゃんの夢を継ぎつつ農業も続ける二足のわらじを平気で実践するやべーやつ。
この世界においての歌野は農家がアイドルやってるあの番組がきっかけで農業王目指してるので、ソーラーカーみときちはパクリじゃないですリスペクトです。


新西暦の娘ちゃん
・紅葉の娘とは思えないほどのしっかり者。 くたばり損ないが日本各地をタクシーを使って放浪している理由は知らされているが、それでも限度と言うものがあるので勘弁して欲しい。
紅葉が20の時の子なのでもう中学生だけど思春期はまだ。 恐れるがいい、『お父さんの服と一緒に洗濯しないで』の破壊力を。

昔の娘
・頭ぱっぱらぱーのキチガイシスターにチェーンソーで左肩をがりがりされたり怪物に指を切り落とされた事がある紅葉が本気で同情した可哀想な方。 詳しくは神話事件編を読んで(ダイマ)。


みときち
・ソーラーカーみときちってなに!?

高嶋神
・(笑いすぎて床を転げ回ってる。)




次の更新はクリスマスです。


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奇怪な機会の奇跡な軌跡



大変めでたいクリスマスですが、皆さんは彼女とか………いらっしゃらないんですか?




 

 

 

半開きだった襖の隙間から、トントントンと言う規則的な音が聞こえてきて、紅葉のまぶたがうっすらと開かれる。

 

誰かを泊めた覚えも無いし、勝手知ったる我が家に入ってくるような不躾な人間が友人のなかに居たのも、最早過去の話であった。

 

 

脊髄反射と化した防衛本能から紅葉は寝惚け眼で枕元に手を伸ばし、倉から出したかつて愛用していた拳銃を手に取る。

 

作務衣のような寝間着を着たまま起き上がった紅葉は、拳銃のスライドを引きながら足で襖を開けると、居間に出て台所の方へと拳銃を向けた。

 

「――――誰だ。」

 

 

消音器やレーザーサイトを付けた厳ついそれを、台所に立って料理をしている何者かに向けた紅葉。 赤いレーザーサイトの光が心臓の辺りを狙っているのがわかるが、相手は臆した様子もなく、自然な動きで振り返る。

 

「酷いですね、寝惚けているんですか?」

「…………お前……。」

 

 

寝起きでずれたピントを目元を揉んで直すと、数回の瞬きを終わらせ、紅葉の視界はようやく相手が誰だったかを認識した。

 

低い身長。 紫の混じった黒髪。 頭にある赤いリボン。 聞き間違える筈の無い、鈴が鳴ったような心地好い声色。

 

その全てが、磨耗した心に癒しを与える。

 

「ひな、た……?」

「おはようございます、紅葉さん。」

「――――夢、か。」

「そう思います?」

 

 

レーザーサイトの電源を切り、安全装置を掛けつつ、紅葉は静かに拳銃をテーブルに置く。 疑いの目を向けられている本人のひなたは、聖母のように優しく暖かな笑みを紅葉に返しながら言った。

 

「ご飯、すぐ用意しますね。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お味はいかがでしたか。」

「………いつもと変わらん。」

 

 

湯気の立つ緑茶を啜り、紅葉はポツリと呟く。 にこにこと笑みを絶やさないひなたは、甲斐甲斐しく紅葉に食事を用意し、食器を片付けていた。

 

「説明しろ。」

「―――なにを、でしょう。」

「とぼけるな。 お前は()だ、神樹はもう居ない。 幻覚なら、俺に飯を振る舞い茶を淹れる事は出来ない。」

()だったら、納得してくれますか?」

 

 

そう言って首を傾げるひなた。 紅葉の眉を潜めた顔を見て、本気でイラついていると見抜く。

 

「すみません。 意地悪でしたね、ですが私も良く分かっていないんですよ。」

「は―――?」

「まあまあ、今日はクリスマスですから、奇跡の一つや二つ起きたっておかしくないでしょう?」

「奇跡もクソもない世代を生きていたお前にしては、随分とメルヘンな発言だな。」

 

 

ちらりとテーブルに置かれた拳銃を見つつ、ひなたに問い掛ける。 仮に何者かの精神攻撃、或いは変装であったのなら、その額に風穴を空ける事に対して紅葉の躊躇いは無い。

 

『敵ならば殺す』という考えと、『最愛の人物にそんな考えを向けるなんて』という考えが同時に発生している紅葉の脳裏は、静かに混乱を極めていた。

 

「ところで紅葉さんは、今日、何か予定が入っていたりしますか?」

「…………いいや。」

「そうですか。 なら、お外に出ましょう。 デートですよ、デート。」

 

 

有無を言わさず立ち上がったひなたは、そのまま紅葉を引っ張る。 すんなりと抵抗せず、紅葉はひなたに引かれて外へと出た。

 

新西暦1年から、もう、何年後だったか。 紅葉は――――――()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

穏やかな陽気が二人を包み込む。

 

ぼんやりとした思考のまま、ふらふらとひなたの隣を歩く紅葉は、()()()()()腰にホルスターを巻いて拳銃を吊るしていた。

 

「良い天気ですねぇ、クリスマスとは思えない暖かさで、心地好いと思いませんか。」

「さあ。 寒くないなら、それでいい。」

「…………やはり、なるほど。」

 

 

ぶっきらぼうな発言と、警戒心を強めた視線。 長命を得たが人の心のままであるが故の弊害。 紅葉のメンタルは擦り切れてきているのだろう。

 

迷子の子供がウロウロしているのを見ている気分になる今の紅葉を放ってはおけない。 ひなたは、紅葉の手から腕に組み方を変えると言った。

 

「そういえば、私って昔に讃州に来た時は学校を見たりした機会は無かったんですよね。」

「……だから?」

「久しぶりに、この辺りを案内してください。 今の貴方には、ひたすら休んで心を癒す時間が必要なのですよ。」

 

 

ひなたから見た紅葉は――――西暦の時の紅葉とは違う今の紅葉は、黒髪に白髪が散らばり、元から濁っていた目は以前より虚ろで、ふと目を離したらそのまま消えてしまうのではと思うほどに雰囲気が羽のように軽い。

 

どうしてこうなるまで誰もメンタルケア等を行わなかったのか、と、ひなたは憤りを隠せない。 せめてこの日この瞬間だけは、一人にしてはならない……と。

 

 

そう思いながら紅葉と腕を組んで歩いていたその時、不意打ち気味に肩に衝撃が走り、足がもつれて転びかけ紅葉にしがみつく。

 

「きゃっ」

「ん、ああ。 悪い。」

「おい、気を付けろ。」

 

 

ぶつかってきた相手は即座に謝った。 紅葉はひなたを支えつつ、相手に注意する。

 

「…………って、なんだ仙人か。」

「――――あー……誰だ。」

 

 

自分を仙人と呼ぶ少女を見た紅葉だったが、紅葉には()()()()()。 長い赤毛を後ろで適当に縛って揺らす少女は、男にも勝る鋭い目付きを細めて唸るように喉を鳴らす。

 

()()忘れたなこいつ…………私は華輪(かりん)だってもう8回は言ってるぞ。 そろそろ名札でもぶら下げてやろうか?」

「……その、仙人、とは?」

「知らねえの? こいつ―――紅葉って、何年も前から生きてるからな。 愛称みたいなもんだよ、近所のガキには妖怪扱いされてるがな。」

「えぇ……。」

 

 

流石のひなたも、紅葉の扱いに顔を引きつらせる。 華輪はひなたを見たことがないせいか、眉を片方下げて疑問符を浮かべながら聞いてきた。

 

「で、誰そいつ。 彼女?」

「……それは…………。」

「妻ですよ?」

「ほーん。」

「…………おい。」

「えへ、嘘では無いですから。」

 

 

しれっとそう言うひなたに、華輪は鼻を鳴らして聞き流す。

 

ノロケか。 とぼやいて、頭を振った。

 

「まあいいや、デートの邪魔しちゃ悪いしな。 ああそうだ、あっちに行くなら久しぶりに勇者部に顔出していけよ。」

「考えておく。」

「ん。 じゃーな。」

 

 

手編みの一部がほつれたマフラーに顔をうずめながら、華輪はコートのポケットに手を突っ込んで去っていった。

 

仕切り直して、二人は歩みを進める。 暫く歩いて、商店街を抜け、広場を出て、公園を眺め、ただ無言で歩き続け、忘れないように――――刻み込むように、紅葉は無心で風景を記憶する。

 

 

やがて朝が昼に、昼が夕方に。 夕陽が沈みだし、夜が近づく日没の時間。 ベンチに座って腕を頭上に伸ばし関節を鳴らすひなたが、冷え始めた空気に吐息を混ぜるように吐き出した。

 

「……紅葉さんったら、待ってろなんて言ってどこに言ったんでしょう……。」

 

 

突然思い出したかのように言い終わるや否や、ひなたを置いて何処かへと消えた紅葉。 まさかそのまま帰ったわけでは無いだろう、と。

 

そう考えながら早十数分。

 

うつ向いて自分の足を暇そうに眺めていたひなたの前に影が射し、面を上げたひなたは、眼前に紅葉が立っているのを視認した。

 

「紅葉さん。 何処に行っていたのですか?」

「…………少しな。」

 

 

手に紙袋を持って戻ってきた紅葉はひなたの隣に座った。 広場にはクリスマスツリーが飾られ、電飾が光輝いている。 それを見上げながら、ひなたは呟くように紅葉へと言葉を向けた。

 

「もし、また、貴方の心が限界になったとき――――私は必ず、貴方を助けます。」

「何度も助けようとするくらい、俺が心配か。」

「当然です。 昔から、貴方は危なっかしくて目を離せなかったんですから。」

 

 

呆れたように笑うひなたに、そうか……と言って、紅葉は紙袋を漁る。

 

「紅葉さん?」

「目を閉じろ。」

「えっ、ああ……はい。」

 

 

言われた通りにしたひなたの首に、紅葉は何かを巻き付けた。 柔らかくも暖かいそれの正体を確かめる前に、紅葉に目を開けろと言われ、ひなたはまぶたをゆっくりと開いた。

 

「夜は冷える。」

「―――これは、マフラー……?」

 

 

ひなたの首には、花の刺繍が施されたマフラーが巻かれていた。 自分でやれ幻覚だなんだと疑っておきながら、そう言うところで律儀なのかとひなたは頬を緩める。

 

「ひなた。」

「……はい。」

「俺はもう、お前とは会わない。」

 

 

紙袋を畳んでベンチから立ち上がり、紅葉は言いながらツリーを見上げて星を見る。

 

「次に会う時はきっと、いつかのどこかで満足して死んだときだ。」

「…………そうですか。 ふふ、貴方らしい。 でももし、今回のような事態をわざと引き起こしたら、もう二度と助けてあげませんから覚えておいてくださいね?」

 

 

少しばかり怒気の含まれた声に、紅葉は振り返る事なく返した。

 

「なら、もう少しだけ頑張ってみるよ。」

「そうしてください。」

 

 

くつくつと笑うひなたに、言いそびれた事を思い出した紅葉がふと踵を返す。 だがもう、ベンチに座っていた筈のひなたの姿は無かった。

 

頬にひらひらと落ちてきた雪の結晶が付き、肌の熱で溶けると、涙のように滴が顎に伝って地面に落ちる。

 

 

「――――メリークリスマス。」

 

 

はぁ、と白い息を吐き、紅葉はガラケーを懐から取り出す。 そこには、かつて天の神との戦いを生き抜いた少女達の姿が待受に写っている。

 

「……墓参り済ませて、家の掃除しないとな。 あいつらが実家から帰ってくる頃だ。」

 

 

 

活力を取り戻した紅葉が、頭の中で用事を整理しながら帰路を歩く。 その後ろ姿を、いつまでも、黒紫の髪の少女が見守っていた。

 

 

 

 

 






ひなたが現れた理由はあえて語りません。 マジのクリスマスの奇跡かもしれないし、幻覚かもしれない。 それについては読者方の解釈に任せます。



仙人
・ゆゆゆ世代が皆居なくなってから数世紀、誰もメンタルケアをしない以前に人との関わりを増やさず、何度も子孫や知り合いを見送ってきた結果、精神がボロボロになって記憶障害を患った。 西暦の時は偏執病と強迫観念を同時に患っていたんだからまだマシである。
今が何年かも覚えていなかったが、西暦組と神世紀のメンツの名前はちゃんと覚えてる。 というかひなたの名前まで忘れだしたらそれが終わりの時。
クリスマスの一件は白昼夢として忘れるだろうが、ひなたと僅かな間に再開した事は忘れない。
これからまた、暫くは頑張れるだろう。


ひなた
・要するに日向。 紅葉が冗談でもなんでもなく『こいつの為なら命も惜しくない』相手。 紅葉のピンチとあらば即参上しメンタルケアして去って行くけどわざとなら助けません。
自分がなぜクリスマスに紅葉の所へ現れたのか、消えたらどうなるのかは全くわかっていないが、久しぶりにデートも出来たしプレゼント貰えたし、まあいっか!な神経の図太さの持ち主。


華輪
・苗字はきっと三好か結城。 彼女も居る。 手編みマフラーは貰った。 男女問わずモテる為基本的に学校の靴箱は手紙やら何やらで埋まっている。
紅葉に何回も名前と顔を忘れられているが、長く生きてればボケもするだろと寛大に接していた善人。
この世界の大社(大赦)はマッドサイエンティストの気もあるから多分『生やす薬』くらいは普通に作ってる。



神の声を聞ける神聖な元巫女という存在にマフラーとかいうある種の『巻き付け、縛るもの』を与え、自らの手で縛りつける行為がなにも意味していない訳が無く。


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トゥルーエンド/東郷美森



新年初更新です。
今年も宜しくお願いします。


※1053成分が少なすぎたので加筆しました。



 

 

木々が穏やかに揺れ、日差しが温かく、徐々に春へと近付く季節の節目。

 

車一つ通らない道路の真ん中を、自転車に東郷美森を乗せた紅葉が走っていた。

 

「それで紅葉くん、私たちは今何処に向かっているの?」

「んー、それは到着までのお楽しみかなぁ。」

 

 

坂道を緩やかに下るなか、美森は紅葉の背中を掴みながら風景を見渡している。

 

「ここ数年で、随分と自然が豊かになってきたわね。」

 

「救急、消防、警察以外の『車』の使用は厳禁だからなぁ。 それに四国は神の守護下にあったから、その土地の中の動植物は無闇に斬り倒すより、寧ろ四国外への移植も兼ねて育てるに限るわけだ。」

 

 

急な勢いにならないようにこまめにブレーキを掛けながら、紅葉は坂を下る。 我が物顔で道路の真ん中を占領できる爽快感を味わいながら走るその道に、美森はどこか覚えがあった。

 

「あともう少しで到着でございま~す。」

「――――この道、は……っ!」

 

 

とある家の敷地に当然のように侵入した辺りで、美森の記憶がようやく目的地の場所を思い出した。 屋敷の門前で止まった紅葉が降りると、紅葉は美森を降ろす。

 

「過去のアレコレは、もう時効だと思うぜ?」

「…………鷲尾家。」

 

 

白紙に(すみ)を垂らしたように、美森の記憶が甦る。 満開の後遺症によって喪っていた記憶は少しずつ戻っていたとはいえ、美森にとって鷲尾家と言うのは()()の家であって、()()の家で無い。

 

故に、もう須美ではない美森は鷲尾家に近づかないでいたのだ。 心の整理はとっくに終わっていたが、機会がなかった。 とも言うが。

 

「で、鳴らさないの?」

「え? ……えぇ、そうね。」

 

 

インターホンに手を掛けた美森は、その体勢のままじっとしていた。 最後の一歩で踏み留まっているのは、緊張からか。

 

「じゃあ俺が押しちゃお。」

「あっ!」

 

 

横からするりと間に入り込んだ紅葉の指が、美森に代わってインターホンを鳴らした。

 

僅かな間を置いて、インターホンの奥からノイズ混じりに女性の声が聞こえてくる。

 

『―――はい、どちら様でしょうか。』

「鷲尾様にお届けものでーす、印鑑かサインお願いしま~す。」

『…………少々お待ちください。』

 

 

こんな時期に、と疑われているのか、怪訝そうな声色で返される。

 

数分後、屋敷の奥から使用人が現れると、警戒心を強めながら紅葉に声をかけた。

 

「どちら様ですか。」

「だから、お届けものですって。」

「…………石油及びガソリンの無駄遣いは省きたいので、警察を呼ぶのは面倒なのですが。」

 

 

紅葉の後ろで、美森が顔を押さえながらため息をついた。 荷物もなく、白髪混じりのガラの悪い男が門前に居れば、誰だってこうなる。

 

「五秒以内に去りなさい、さもなくば実力行使に出ます。」

「おっ、やるか?」

 

「かっ――――柏崎(かしわざき)さん、待ってください!」

 

 

一触即発の雰囲気を破って、紅葉と使用人を隔てる門の前に割り込む美森。 柏崎と呼ばれた使用人は、見た目が大きく変わり髪型すら一致しない美森を見て、それでも目を見開いて確信があるように呟いた。

 

「―――須美様」

「……ただ今戻りました。」

「お帰りなさい、それはそれとしてこの男は殺しても……」

「駄目です!!」

 

「出来るかなぁ~?」

「は?」

「紅葉くんも煽らないの!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「須美!」

「お母様……お父様……っ!」

「須美……すまない……辛い思いを、させてしまったな……!」

 

家に美森を嬉々として、紅葉を渋々といった様子で招き入れた柏崎は、二人を客室のソファに座らせ家主を呼びにいっていた。

 

戻ってきた柏崎が連れてきた夫婦は、美森の顔を見るや弾かれたように飛び出し、美森もまた、同じように夫婦に抱き付く。

 

その様を、窓際で紅葉と柏崎が並んで見ていた。

 

「うーん、良い話だ。」

「ちょっと黙ってろ。」

「柏崎ちゃん、俺にやたら当たりが強いね?」

「男として生きられない体にしてやろうか?」

 

 

ヒール込みのブーツと素で高い身長から紅葉を見下ろしながら、これでもかとまぶたを開いて威圧してくる柏崎。 体を仰け反らせながら顔も逸らす紅葉は、やがて背中からカーペットに倒れる。

 

「ぐえーっ」

「はっ、ざまあみろ」

「……あ、柏崎さん! なんでそんなに紅葉くんを毛嫌いしてるんですか!」

「―――――なんか妙にムカつくので。」

「いや、まあ……それは分かるけどお客さんなんだから、駄目なものは駄目よ。」

「…………はい。」

 

 

美森の助けで起こされた紅葉を、鷲尾夫妻の夫が見てくる。 顎に指を置いて何かを考えたようにすると、不意に口を開いた。

 

「紅葉…………まさかとは思うが、君の名字はもしや先人かな?」

「当たりですが。 あー、いや、なるほど。」

「どう言うこと?」

 

 

旦那に聞かれた紅葉は、美森の質問に答えつつ柏崎を横目で見る。 隙有らば殺しに来そうな眼光で睨まれているのを見なかったことにしつつ答えた。

 

「先人家って、実は女が産まれることって滅多に無いのよ。」

「えっ……そうだったの?」

 

「そーなの。 でも滅多に、だからな。 ごく稀に女が産まれるんだが…………どういうわけか、その女から産まれた子供は男女問わず異端児に育つんだよね。」

 

 

紅葉がそう言うと、全てを察したかのように、美森は両手で顔を覆った。

 

「紅葉くんの親は、お母さんが先人の子孫だったのね。」

「嫌な察し方だねほんと。 加えて説明すると、『モミジ』って名前は襲名制なんだわ。」

「受け継いでいる…………ということ?」

 

「そう。 親が子に、又は子が孫に、『こいつだ』と決めた子孫に、祖先は『モミジ』という名前を与えるのさ。 理由は知らんが、少なくとも当時の先人家の話では200年は続けているらしいからそろそろ500年目になるな。」

 

 

しみじみと呟く紅葉に美森は、気になったことを紅葉に聞いた。

 

「つまり、紅葉くんに子供が出来たら、その子にも『モミジ』の名を与える事になるのね。」

「さあ? 出会いが無いからそれは分からん。」

「だろうな。」

「柏崎ちゃんさぁ……。」

 

 

とことん喧嘩腰の柏崎。

 

使用人としての態度自体の問題になるため、そろそろ本気で怒ろうとした美森よりも先に、鷲尾の奥方が柏崎の耳をつねりながら言い放つ。

 

「こら柏崎さん、須美のお婿さんに失礼よ?」

 

『――――はい?』

 

 

紅葉、美森、柏崎と、ついでに扉の外で盗み聞きしていた他の使用人数名がすっとんきょうな声を重ねる。

 

「……婿?」

「あら、違ったの? 須美が戻ってきながら男の子も連れてくるんだもの、てっきり相手を見つけたのかと思ったわ。」

「違いますけど!?」

 

 

美森が顔を赤くして、柏崎が紅葉に殺意を飛ばす。 旦那の方は完全に傍観していた。

 

下手に口を出せば巻き込まれると分かっているからだ。

 

「紅葉くんは、別に、そんなんじゃ……今は、その……普通の友達です……。」

「そう~、()()、ねぇ。」

 

 

含みのある言い方に、美森はとうとう黙り込んだ。 ちょっと言い過ぎたかしら、と言いながら、窓の外が暗くなりつつあるのを確認すると、紅葉に言った。

 

「紅葉くんが良かったら、どう? 今夜は泊まっていかない?」

「いやぁ~~~なんか嫌な予感するのでやめとこうかな~。」

「お前…………奥様のご厚意を無下にするつもりか? あ?」

 

 

部屋から出ようとした紅葉の両肩を万力のように締め付けながら鷲掴みにする柏崎。 お前が嫌な予感の元凶なんだが……? と言おうとした紅葉の口からは、首を絞めたニワトリのようなか細い悲鳴しか出なかった。

 

「……と、泊まらせていただきます。」

「それでいい。」

 

 

今日が命日かもしれない。

 

紅葉は真後ろの柏崎からの殺意を一身に受け止めながらそう考えていた。

 

 

そんな紅葉の耳に、誰にも聞かれないように、小声で柏崎が質問をしてくる。

 

「――――お前人を殺したことがあるだろ。 それも、一人や二人ではないな。」

「…………だったら?」

 

 

紅葉は無意識に右の手首に左手を添える。 手首のスナップで何時でも出せる仕込み刃の安全装置を外しつつ、ミシミシと軋む肩の痛みが軽くなるのを感じ取った。

 

「今この場で殺り合おうなんて思っていないが……寝るときは精々、戸締まりに気を遣う事だ。 神樹の加護が目に見えて失われた今、治安が少しばかり悪いからな。」

 

 

遠回しな『隙を見せたら殺すぞ』という宣言。 肝に命じますよ、と言って紅葉はゆったりとした動きで柏崎の手から逃れる。

 

そんな会話も露知らず、美森は鷲尾の奥方にからかわれていた。

 

「やっぱり名字は東郷のまま? 私は先人美森も、結構可愛いと思うわよ?」

「お母様!」

 

 

「……俺やっぱり帰って良い?」

「顎引っこ抜くぞ。」

「…………うい。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

深夜、客室を与えられた紅葉は、ベッドに横たわりながら窓の外の月を眺めていた。

 

窓の鍵は全て閉めたし、扉の鍵も閉めてある。 最悪、使用人が緊急時用のマスターキーを持っている可能性もあるが、あの柏崎だって無断で男の使っている客室に入り込むことは無いだろう。

 

…………恐らく。 と、不安げに加えた紅葉。

 

 

柏崎の襲撃に気を付けながら寝ようとした紅葉の耳に、ふと扉をノックする音が聞こえた。

 

「…………誰だ。」

「紅葉くん、もう寝てる?」

「なんだ美森か。」

 

 

扉の奥から聞こえた美森の声に安心し、紅葉は扉を開ける。 流石の柏崎もあんな精巧な声真似は出来ないだろうと考えながら開けた扉の外から、何故かバスローブに身を包んだ美森が入ってきた。

 

「こんな時間に風呂?」

「……そうじゃないわ。」

「そう……まあ、取り敢えず入ったら。」

 

 

部屋に招かれた美森は、紅葉との間に隙間を作りながらベッドに座る。

 

気まずそうに黙り込んでいた美森だったが、紅葉の不意打ち気味に伸ばされた指が頬に触れ、飛び上がりそうになった。

 

「ひゃあっ!?」

「なんでそんなに緊張してんの。」

「っ、うぅ…………!」

「睨むなよ……。」

 

 

顔を赤くしながらキッと強く睨み付けてくる美森に、さしもの紅葉も首を傾げる。

 

恨まれる覚えが柏崎から以外に特に無い紅葉からすれば、逆恨みも良いところだ。

 

「……だって、お母様が、男の人はこういうのが好きだって言って着せてくるから……。」

「ごめん話の前後が見えない。」

 

 

グルグルと喉を唸らせると、美森は決心したようにバスローブの紐を緩めてほどいた。

 

「紅葉くんも……こ、こういうのが、好みなの?」

「あ、はい。」

 

 

バスローブの中から現れたのは、肌色が見える生地の薄いネグリジェだった。

 

「男は皆これが好き、ねぇ…………まー良く分かってらっしゃるな、あの奥様。」

「……もう、閉じて良い?」

「閉じなよ、美森も恥ずかしいでしょ。」

 

 

いそいそバスローブの紐を結び直す美森は、手近の枕に顔をうずめながら言った。

 

「――――ああ、顔から火が出そう。」

「許してやれよ、奥方も美森と……須美と再開できて嬉しかったんだろうさ。」

「それは分かっているけどぉ……。」

 

 

グリグリと枕に顔を押し付ける美森は、座った体勢から上半身だけを寝かせたその姿勢と、結んだ髪の間から覗くうなじが、完全に男を誘うモノだとは気付いていなかった。

 

まぶたを細め、ゆっくりと美森の背中に指を伸ばそうとした紅葉は、視界の端で月の光が反射した物を見付ける。

 

「……ん。」

「んう……どうしたの?」

「なんだこれ。」

 

 

ベッド脇の小さな棚の側面に貼り付けられた、黒光りする物体。 アンテナのようなものが取り付けられた()()に、紅葉は見覚えがある。

 

「盗聴器……だな。」

「盗聴器!? 誰がそんなものを……。」

「いやぁ、誰かなんてそんなの一人しか居ないでしょ。」

 

 

まさか……と続けようとした美森の言葉を遮るように、凄まじい勢いで扉が蹴破られた。

 

「うだらぁテメエーーーっ!! とうとう須美様に手を出したなァーーーッ!!」

 

「緊急脱出!」

 

 

親の仇でも見るかのような殺意しか籠っていない目付きで部屋に入ってきた柏崎から逃げるために、紅葉は窓を突き破る――――事はなく、ご丁寧に開けてから躊躇いなく飛び降りた。

 

柏崎はどこからともなく取り出した鷲尾家に飾られているレプリカの西洋剣を片手に、紅葉に追従して飛び降りる。

 

 

 

 

「…………明日はお説教ね。」

 

そう呟いて、残された美森は紅葉の借りている部屋で、静かに就寝したのだった。

 

 

 







柏崎さん
・鷲尾家絶対守るウーマン。 大赦とか勇者に関してはZEROの切嗣とケイネスレベルで価値観が噛み合わない。
紅葉に関しては前世で恋人でも殺されたのかよってくらい本能的に気に入らないのでその内この世から消す。
えっ泊まる? 婿候補?? は????
レズとかではない。 忠誠心が強すぎるだけ。 こいつ何人か殺ってるな? と瞬時に見抜いた強者。 握力は驚異の85。


鷲尾父
・義理とはいえ自分の娘を死地に追いやってはのうのうと生きている事実に胸を精神的に痛め、胃に物理的に穴を空けていた。 安否不明の娘が戻ってきたと思ったら男連れだったから普通に勘違いしていたが、実は娘より息子が欲しかったりした。

鷲尾母
・完全に娘が彼氏連れて帰ってきたと思ってた。 柏崎さんの忠誠心にはちょっと引いてる。



紅葉
・先人家に女が産まれるのは稀だが、その女から産まれる子供は男女問わず頭のネジがダースで消し飛んだ厄介事を引き込むぱっぱらぱーのキチガイに育つ。 コヨミがまあまあマトモだったのは一重に上里家の血が入ってるおかげ。
こいつの好みは胸が大きい大和撫子なので趣味嗜好の感覚は完全に90年代のオタクのそれ。



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トゥルーエンド/先人紅葉



さっさとのわゆ編行かないと燃え残りの蝋燭みたいな気力が完全に無くなってしまう。





 

 

 

着の身着のまま、ポケットに財布を入れただけのラフな格好で、先人紅葉は海が見渡せる記念公園の近くを歩いていた。

 

建て直されつつある大橋を見て、広場に鎮座していたジェラートの屋台に近付く。

 

頬を伝う汗からわかる通りに暑い時期が続く事もあって、紅葉はシンプルにバニラのジェラートを頼んだ。

そんな紅葉の横から、不意に少女の声が響く。

 

「じゃあ、私は醤油豆味にしようか。」

「――――は?」

「あ、奢りで頼むよ。」

「…………お前。」

 

 

灰のような色の髪を揺らし、紅葉の焦がれ牽かれた少女の顔――――三ノ輪銀を模した身体を操っている神格が、当然のように紅葉のオーダーに自分の分まで注文させてくる。

 

ため息をついて、渋々二人分の料金を支払った紅葉は、ジェラートを待つ間に神格に話し掛けた。

 

「あの戦い以降で全く顔を出さなかったくせに、今さらなんの用だ。」

「いやさ、そろそろほとぼりも冷めただろうと思ったんだよ。 人間たちがごたついてたからなぁ、親切だろう?」

「ありがた迷惑だな――――月読命(つくよみのみこと)。」

 

 

月読命。 天照大神の弟にして、建速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)の兄である神。 ただ、眼前の少女の姿を模した月読命は、どう見ても言動からしても女にしか見えない。

 

「それにしても、月読命は神話上では男じゃなかったか。」

「お前たち人間も男の偉人を女として描いて興奮しているじゃないか、今更だぞ。」

「それもそうか。」

 

 

出された二色のジェラートを持ってベンチに座ると、月読命は茶色の決してチョコレート味ではない、寧ろ香ばしく塩っ気の強い匂いが漂うジェラートを紅葉から受け取り先端を舐めとる。

 

「…………マジかぁ。」

「自分で頼んだんだ、全部食えよ。」

「なんでこのボディの元になった勇者はこんなのを好いていたんだ……?」

 

 

渋い顔をしながら食べ進める月読命の横で、紅葉は自分のバニラ味のジェラートに食い付く。

 

濃厚な牛乳の風味が鼻を突き抜けるそれは、シンプルながら美味しかった。

 

「お前には聞きたいことが二つ……三つ、まあ色々とある。」

「言ってみればいい。 その為に現れたのだからな。」

「そうか、なら一つ目だ。 何故俺を生かした。」

 

 

刹那、月読命は渋い顔にイラつき混ぜて、ジェラートのコーンにかじりついてから答える。

 

「先人紅葉は月読命であるこの私に、二つまで叶えられる願いを唱えた。 一つは『私と契約したことを忘れさせる事』で、二つは『あの勇者たちに幸せな未来を』だ。 最後の戦いの直前の願いで、私は二つ目の願いを叶えたのだがなぁ……。」

 

 

バリ、とコーンを千切るように噛み、じろりと横目で紅葉を睨んで続けた。

 

「どうやら彼女らの『幸せ』の勘定にはお前も含まれていたようでな。 願いを叶えるには…………すなわち勇者の幸せの為には、お前が生きていないといけないという結論に至った。」

 

「なるほど。 つまり巡り巡って、俺は他者への願いで生き長らえてしまったわけか。」

 

「そうだ。 んで、人体を駆け巡る地の神の集合体から送られていたエネルギーを用いた人体の再生成なんかやったこと無いからな、少しばかり……いやちょっとだけ……お前には人間を辞めてもらう事になったんだが。」

 

「は?」

 

 

一転、ばつが悪そうな顔で紅葉から目を逸らすと、間を置いてから言った

 

「寿命の面でお前は、他者から危害を加えられないと死なない以外では死に至らない、文字通りの半永久的な永劫の命を得た。」

 

「…………いや、もういい。 生き延びてしまった以上もう文句は言わん。 不死と言えど、『殺されたら死ぬ』んだろう?」

 

「ああ。 だが病気や寿命で死ぬことはない。 これはある種の呪いとなるだろう、何せ、精神は人のまま命だけが神と同等なのだからな。」

 

 

あまりの暑さに溶けだした醤油豆ジェラートを食べ終え、背凭れに身体を預けて月読命は更に加えて紅葉に聞いた。

 

「とまあ、お前の身体についてはこれ以上は何も語れないが……どうせまだあるのだろう?」

「そうだな……そもそもお前は、月読命という天照大神のおと……妹は、何故天の神からこちら側についた。 何故、俺と契約を交わした。」

 

 

紅葉の問いに、月読命は返答に目線を反らし、数回口を開閉してから、観念したようにようやく話し出した。

 

 

「元々天の神……いや、我が兄の天照大神は、神の座へと上り詰めようとした愚かな人間という極僅かな人種だけを滅ぼすつもりだったのだよ。

 

だが気付いてしまったのさ、『どうせ少数を削っても、また同じ事をする人間が現れる』と言うことに。 だからあの日、天照大神は天の神という人類粛清システムの範囲を広げ、人類そのものを消し去ろうとした。

 

その事に勘づけたは良いが時間が無かった私は、急遽地の神と交渉し、勇者や巫女を守らせるためのボディーガードを用意させることになったのだ。」

 

「それが俺ということか。」

 

 

そうだ。 といって、小さくなったコーンを口に放り込む月読命。

 

「と言っても誰でも良かったわけではない。 神の存在を認知しつつ信仰心が無い、それでいて心身が頑丈な人材でないと、そもそも契約の段階で死ぬからな。

 

私の声を響かせ誘き寄せる事に成功したのがお前だったのさ、そしてお前で良かったと今では心底思っている。 何故ならお前には『なにもなかった』からだ。」

 

「喧嘩を売っているのか?」

「違う。」

 

 

咳払いを一つに、燦々と輝く太陽を見上げ、まぶたを細めると月読命は思い返すように呟く。

 

「俗な言い方をすれば、先人紅葉という人間は『モブ』だったのさ。 『村人A』という称号すら与えられず星屑に食い殺されてそれで終わりの筈だった人間なんだよ、だからこそお前は私との契約時に、二度も願いを叶える権利を得られた。」

 

「皮肉な話だな、ただ身体が頑丈で信仰心が無いから俺は選ばれたのか。」

 

「別段悪い話だけでは無かっただろう、女の子を守る役目を神から与えられたのだからな。 お前はさしずめ、サラコナーを守るカイルリースさ。 私が2のシュワちゃんで、天の神はスカイネットという事になる。」

 

「分かりやすいな。」

「そんなスカイネットには、しばらく手出し出来ないように少し細工させてもらったがね。」

「……それは?」

 

 

手のひらに転がる、蒼い石ころ。 元は青空のように輝いていたのだろうそれは、今や力なく鈍く光っていた。

 

「お前との契約時に埋め込ませてもらった、人間の感情を溜め込める宝石だ。

 

私のような俗世に染まった奴でも無い限り、神々には人間のような感情や思考は無い。 だからこれを天の神というシステムそのものに注ぎ込んで、おもいっきりバグらせてやったんだよ。」

 

「――――鬼かお前は。」

「ま、これで向こう数百年は人類は安泰だな。」

 

 

ぐっと力を入れ、握った石ころを砂状に分解し風に乗せて散らす。 さて、次の質問は? と聞いてきた月読命と紅葉の背後から、ふと影が伸びてきた。

 

 

「――――お~と~う~さ~ま~?」

 

「…………忘れてた。」

 

 

怒りの表情一色の少女が、身体を仰け反らせて背後を見た紅葉を睨んでいた。

 

景色が上下反転した紅葉の視界一杯に顔が入り込み、艶やかな漆塗りの黒髪を結ぶ色褪せた青のリボンが風で揺れる。

 

「買い物を頼んだのに何時まで経っても帰ってこないからと探してみれば…………どうして近所のスーパーで済ませられる買い物で、大橋市の方にまで来ているんですか! 徘徊老人ですか!?」

 

「くくっ、徘徊老人。」

「うるさい。」

「……貴女は?」

 

 

紅葉の頬を両手で挟んでギリギリと締め上げる少女は、即座に三ノ輪銀から別の顔に変えた月読命を見て聞いた。

 

「私はつく…………『ツクヨ』でいい。 お嬢さんの名前は?」

 

「あっ、失礼しましたツクヨさん。 私は東郷(みやび)と申します、信じられないでしょうがこの人の娘なんです。」

「酷くない?」

 

 

一房だけ長い後ろ髪を色褪せたリボンで結び、雅と名乗る少女は翡翠のような瞳を月読命に向ける。 しばらく目を合わせていた雅は、一瞬眉を潜め言った。

 

「――――人?」

「鋭いな。 その通り、人ではないよ。」

「なるほど……いえ、お父様の周りには変な存在が寄り付く事があるので気にしてはいないですけど……。」

「今千景と若葉以外に天然物の座敷わらしが三人くらい居るからなぁ。」

「モンスターハウスかよ。」

 

 

月読命の呆れた視線を向けられ、誤魔化すようにベンチから立ち上がり尻の木屑を払う紅葉は、懐から財布を取り出して500円を月読命に投げ渡す。

 

「違う味でも試してこい、俺は帰りながら買い物済ませるから。」

「すみませんツクヨさん、父に変なことされませんでしたか?」

「俺がなんかしてる前提なのやめようね。」

「いいや、寧ろ私が話し相手に誘ったのさ。」

 

 

低姿勢の雅に手をひらひらと振って否定する月読命。 そうして雅と共に帰路を歩こうとした紅葉は、ふと振り返り月読命に聞いた。

 

「――――もし俺が勇者になりたいと願えば、お前は叶えられたのか?」

 

「出来るし、出来た。 ただ……そう願おうとしてこなくて良かったとホッとしているがな。」

 

「……そうか。」

 

 

あの月読命が悪意もなく善意もなく、ただただ『その選択肢を選ばなくて助かった』と思わせる願いだったのだろう。 そう考えて、紅葉は雅と手を繋いで歩き去った。

 

二人の後ろ姿を見届け、手元の500円を弾いて玩ぶ月読命は、ぽつりと呟く。

 

「流石のお前も、未来永劫あらゆる平行世界の天の神を滅ぼし続ける機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)には成りたくないだろうよ。」

 

 

勇者になる選択肢を取らなかった紅葉は、運が良かったと言える。 これからもちょくちょく絡んでやろ、と思いながら、月読命はジェラートの屋台に向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーーーん。」

 

「おや、どうかされましたか?」

 

「ああ、美森か。」

 

 

白髪混じりの髪を弄りながら、紅葉は居間の机に面と向かって座り唸っている。

 

まるで紅葉のような鮮やかな朱色のリボンで髪を結っている美森は、ことりと傍らに湯気のたつお茶の入った湯飲みを置いた。

 

「あら……本でも書くつもりなんですか。」

 

「大赦が解体され、これから先勇者が居たことを覚えている俺達が居なくなれば、いずれ人々は忘れて行くだろう。 だから、本という記録媒体で西暦のあの日から始まった戦いの記録を遺しておきたくてな。」

 

「そうでしたか。

……そういえば、昔の勇者たちの話を私たちって一度も聞いたことがありませんでしたね。」

 

 

白紙の原稿用紙の一マス目に鉛筆を置いたまま動かない紅葉に寄り添い、美森はその肩に頭を乗せる。 ならばと紅葉は昔のことを思い出しつつ、取り敢えずとタイトルを考えた。

 

「あいつらの記憶も含めて、俺の知らない視点の話も書くから完成まで長引きそうだなぁ。」

「ふふっ、応援しますよ。」

「チアガールっぽくやって。」

 

「紅葉さん。」

「……うぃ。」

 

 

窘められた紅葉。 だが、それがほどよい刺激になったのか、天啓のように言葉が閃いた。

 

「乃木若葉から始まり、結城友奈で終わる勇者の物語…………とすれば、きっとこれが一番適切で、分かりやすいタイトルだ。」

 

 

思い立った紅葉は、すらすらと原稿用紙に文字を書き込んだ。 鉛筆を置いてから、原稿用紙に書いたタイトルを静かに読み上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『乃木若葉は勇者である』―――なんてね。」

 

 






ターミネーター2
・名作過ぎて後続が軒並み駄作扱いを受ける罪深い映画。 実際面白いので……見ようね! でも散々3だの4だの続けておきながら新作の時系列が2の続きなのはちょっとアレだよね。

月読命
・銭湯の女湯で親指を立てて湯船に沈む真似はタマにやる。 銀の姿は紅葉の前限定(嫌がらせ)でそれ以外ではコロコロ顔を変えている為、紅葉からは千の貌を持つアレ疑惑を持たれてる。


先人紅葉
・主人公補正を与えられて主人公にさせられたモブ。 勇者になる未来もあったが、その場合は『アラヤと契約した士郎』と言うよりは『異界ジェノサイダーになったSDK』のルートになるのでマジで救いが無いことになる。

東郷雅
・美森と紅葉の娘。 新しい命を得て徘徊老人と化した父親に頭を痛めてるが、事情を知っているから強く言えない。
月読命が人じゃないと分かる程度には霊感が強く、紅葉から漂う神樹の気配に釣られて居着く座敷わらしなんかを認識できている。



のわゆ編いくどー。


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乃木若葉の章
壱・合縁奇縁




『さもい』どころか『ゆゆゆシリーズ』屈指の地獄の釜が開かれましたが、私は元気です。




 

 

 

幼い頃、仮面ライダーシリーズを見漁っていた俺は、警備員の母親の強さを知っていた事もあって、ぼんやりと『いつかは正義の味方になって女の子を守るんだ』という考えを持っていた。

 

でも『仮面ライダー龍騎』を見て、主人公という特別な存在だろうと容易くその命を散らしてしまうのだと学んだ。 ちなみに当時一番好きだったのはゾルダこと北岡先生。 銃で遠距離から、という合理的な戦い方が好きだったのだ。

 

 

特撮という勧善懲悪に見せかけた悪にも悪なりの矜持があるシリーズを見ていても尚、俺の心には正しくあろうとする考えが残っていた。

 

そう思える程度には、まだ正義感があって。 そう思い続けられる要因として、近所の優しくも穏やかな性格の、気弱な友人がいて。

 

だからきっと――――――死に物狂いで()()()()()()()()()()()()()()()を抱えて逃げている俺は、地獄の底のような惨状を目の当たりにしても、『こんなところで死んでやれない』と思えたのかもしれない。

 

『せめてこの女の子だけは』と思っていた事が、己の心から沸き立つ使命感等ではなく、俺自身の生き方を決めつけ縛り付ける神との契約であると、愚かにも気付けないまま。

 

 

 

 

 

 

 

 

広い体育館の真ん中に、二人の男が立っていた。

 

刃引きされているが重さと固さは本物のナイフを逆手に、一人の男が相手に近寄って、拳を突き出しつつ頸動脈を掻き切るようにナイフを振るう。

 

 

相手はそれを半歩後退り避け、手首と肘を即座に押さえて引き倒す。 仰向けに倒れた男は、わざとナイフを落として空いた片手に掴ませると、相手の足首目掛けて力任せに薙ぐ。

 

思わず後退りした相手から距離を取りながら立ち上がる男は、ナイフを構え直して再度肉薄する。 右から左に、左から右に、持ち方を変えて胸にと数回振るうが、相手は冷静に避け男の手をからナイフを弾き飛ばす。

 

 

そして顎を揺するような右フックを叩き込み、がら空きの胸部にソバットを打ち込んだ。

 

「が――――。」

 

 

磨かれて照明を反射する床を滑り、ミシッと軋み痛みを訴える肋骨を押さえて、男――――先人紅葉はむせながら立ち上がる。

 

「…………25点。 倒された時点で俺ならとっくに殺せてるんだぞ、学べバカタレが。」

 

「あのねぇ三好くん、教える側の態度じゃないよそれ。 少しは手加減してあげたら?」

 

「うるせぇぞ安芸、それとあんまり甘えさせんな。 自衛手段とあいつらを守る技術が欲しいとか言って駄々捏ねてきたのはこいつだからな。」

 

 

三好と呼ばれた男は紅葉を見ながらそう言い、安芸と呼ばれた少女――――安芸真鈴はそれを聞いて複雑そうに表情を歪めた。

 

二人だけにするとヒートアップし過ぎて紅葉の身体が人目に出せないくらいに腫れと内出血で酷いことになるため、体育館を貸し切った訓練の際は、真鈴が救急箱を片手に隅で観察を行っている。 幸いなのは、真鈴のドクターストップに三好がきちんと反応することだろう。

 

 

懐から縮めた警棒を取り出して引き伸ばすと、構えながら紅葉は三好に言った。

 

「もう一本。」

「ほらな。」

「……やりすぎたら止めるからね。」

 

 

摺り足で近付き、警棒としての一足一刀の間合い――――約60センチ以内に入ると、紅葉は最短で三好の肩に振り抜く。

 

身体の軸をずらして避け、三好は紅葉の手首や肘に再度手を伸ばす。 紅葉の訓練相手としては度の過ぎた実力故に素手でやることをハンデとしている三好は、兎に角相手から武器を奪うことを優先している。

 

それは三好なりの教え方であり、『教えるのが苦手だから自分の動きを見て覚えろ』と暗に言っていた。 掴みを何も握っていない左手で払い除け、威嚇のように警棒を左右に振り、足の甲を狙った躊躇いの無い踵での踏みつけを行い三好は一歩下がった。

 

「ナイフよりは警棒の扱いの方が良いな、親が警備員とか言ってたし……習いでもしたか。」

「いや。 だが、憧れはした―――っ」

 

 

下がった三好に合わせて前に一歩踏み込み、紅葉は上段から振り下ろす。

 

警棒ではなくそれを握る右手を手のひらで押さえて押し込めなくする三好は、紅葉の左手が腰の裏に伸びたのを見て、わざと力を抜くことでつんのめる紅葉の背後に回り左手を掴み捻り上げた。

 

「ちっ……!」

()()を使うのは昼からだ、今は格闘戦の訓練だろうが。」

 

 

ゴトリと音を立てて床に滑り落ちたのは、警察の使う銃身が短いオモチャのような回転式拳銃(リボルバー)だった。

 

「意表を突くのに格闘訓練中に銃を抜くのは良いが、手慣れてる方じゃない銃を……それもそんなオモチャじゃ俺は死なねえぞ。」

 

「逆に聞くが、お前はどうやったら死ぬんだよ。」

 

「はっ。」

 

 

鼻で笑われる。 三好はリボルバーを取り上げてポケットにしまうと、淡々とした声色で紅葉に伝えた。

 

「昼飯食ったら城の裏の広場に来い、的の用意をしておく。 安芸、ついでにお前も行ってこい。」

「はいはい、それじゃあ行こうか、もっさん。」

「……そのもっさんと言うのはどうにかならないのか。」

「だってあたし三好くんともっさんより年下だし、なんかこう、愛称ある方が仲良くなれそうじゃん?」

 

 

安芸真鈴、12歳。

 

三好(なにがし)、18歳。

 

先人紅葉、15歳。

 

 

2015年の11月、年齢も趣味嗜好もバラバラの三人の奇妙な関係は、これから最低でも三年は続くことを、まだ誰も予想できていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「ん。」

「ありゃ?」

「えっ?」

 

 

近所のレストランに向かっていた二人は、辺りをキョロキョロと見渡す一人の少女を見付ける。

 

紫の混じった髪に赤いリボンを巻き制服に身を包んだ少女と二人は知り合いで、近付いて話し掛けた。

 

「ひなたじゃん、なにしてんの?」

「安芸さん…………と、紅葉さん。」

「迷子か。」

「違います、実は買い物に来たのですが、人混みに紛れて友奈さんが何処かに行ってしまって……。」

「ひなたじゃないにしても、迷子じゃない?」

「……まあ、確かに。」

 

 

言い得て妙な会話に顔をしかめる紅葉はすぐさまスマホを取り出して連絡するが、何故か着信音はひなたが肩に提げた鞄から鳴っていた。

 

「おい、まさかアイツ携帯をひなたに預けてるのか?」

「……はい。」

「…………いや、まて、今の時間なら多分近くの店のサンプルに張り付いてるな。」

「えぇ、そんな子供じゃないんだから……。」

 

 

半信半疑の真鈴と顔を手で覆うひなた。 二人と共に近場の料理店を探すと、行こうと思っていたレストランの扉の横にあるサンプルを並べたショーケースにへばりつく赤毛の少女の後ろ姿を見付けて、ひなたは呆れ、真鈴はうわぁと呟いた。

 

「友奈、なにやってるんだお前。」

「あぇ、紅葉くん。 やっほー。」

「やっほーじゃねえよ馬鹿。」

 

「……マジで居たよ。」

「もう……一人で何処かに行くのはやめてください、友奈さん?」

「だってお腹すいちゃったんだもん。」

 

 

悪びれた様子もなく、ぐーーー……と腹を鳴らしてレストランをちらちらと見ている。 紅葉はそんな友奈の額を軽く叩いてから扉を開けた。

 

「ほら、入るぞ。」

「やったあ! 奢って!」

「……食いすぎたら払わせるからな。」

 

 

嬉々として店に入った友奈の後ろにいた真鈴は、ひなたの背中を押して二人を追う。

 

「だってさ、好きなの頼もっか。」

「い、良いんでしょうか……。」

「なんだかんだ面倒見良いから大丈夫でしょ。」

 

 

財布の中を見て金額を確認する紅葉を尻目に、二人もまた店へと入る。 紅葉は、最悪近くのコンビニから金を下ろす覚悟をしながら店に入った。

 

 

 

 

 

 

 

「もー、頭痛いぃ。」

「食い過ぎなんだよお前、人の財布空にしやがって。」

 

 

紅葉に拳で殴られた頭をさすりながら、友奈はベニヤ板で囲まれた広場の近くを紅葉と歩く。 その後ろを巫女の二人が追従していた。

 

「もっさんと友奈ちゃんって兄妹なの?」

「もっ……? いえ、あの日四国に逃げてきたときに紅葉さんが友奈さんを抱えていたんです。」

「…………そっか。」

「私と若葉ちゃんに友奈さんを預けて実家に戻ろうとしたら、眠ったままの友奈さんが紅葉さんを離そうとしなくて……そのままこうして四国に残っているんです、あの人。」

 

 

そうして話していると、四人はベニヤ板の裏に椅子やテーブルの置かれた一角に到着する。

 

壁を挟んで向かいには、人の形を模した的が幾つも置かれており、三好がテーブルに色々と物を置いていた。

 

「遅かったな…………増えてるし。」

「あ、三好さんだ。」

「ようクソガキ。」

「えーいっ……ぅぶっ!?」

 

 

抱きつこうと飛び込んだ友奈を避けて、三好の手に持たれていたジュラルミンケースを紅葉が受け取り開ける。 顔から地面に落ちて鼻を擦った友奈は、涙目になりながら戻ってきた。

 

「いっつぅ……ん、なにそれ。」

「訓練道具。」

 

 

ホルスターと弾倉(マガジン)を納めるスペースが設けられたベルトを腰に巻き、ケースから取り出した銃身が長い拳銃に一つのマガジンを装填し、スライドを引いて薬室に弾薬を送る。

 

ホルスターに拳銃を納めて、予備のマガジンを数個ベルトに挟むと的のある訓練所に向かう。

 

「……そんなもの使う機会なんて来るの?」

「さあね。 無いに越したことは無いが、無いとは言いきれないから使えるようにするんだよ。」

 

 

友奈の問いに適当に返し歩みを進めていると、他の銃器をテーブルに並べる三好が、真鈴と一緒に居るひなたと邂逅した。

 

「あ、こんにちは……。」

「お前は……ああ、乃木のオマケ。」

「っ……。」

「三好くん、その言い方は――――。」

 

 

悪気も悪意も無いが無神経な言い方に、さしもの真鈴も三好に怒ろうとし――――言いきる前に、パスッと気の抜けた音がして、三好の足元に小さく穴が開いた。

 

「…………一発無駄にした。」

 

 

瞳孔の開いた眼光を三好に浴びせた紅葉は、銃口から煙が立ち上る拳銃のマガジンを抜きながらテーブルに無造作に置かれた9mm弾を一発手に取り、それをマガジンに込めてから拳銃に填め直して的の前まで歩いていった。

 

そのついでとばかりに、すれ違う際にひなたの顔をじっと見る。 数秒見続けた紅葉は、その瞳に僅かな疑問と怯えが混ざっていることを認識して歩き直して行く。 そんな紅葉の背中を見送ったひなたは、首を傾げてこう言った。

 

「……今のはなんだったんでしょう?」

「あんだけ露骨なのに気付かないって嘘でしょ……!?」

「ははぁん、なるほど。」

 

 

ひなたの鈍感さに驚愕する真鈴と、紅葉の露骨な態度に納得する三好。 三人をぼんやりと眺めていた友奈は、間抜けな表情から一転させ、物を見る無機質な顔を強化ガラスで仕切られた向こう側に立つ紅葉に向ける。

 

「(アレも愛情、ってことなのかな。 単純な好き嫌いで表せられない感情って、ほんと面倒だなぁ…………でもあの人間(もみじ)を見ているのは、飽きないから好き。 これも愛情? なのかな?)」

 

 

ガラスの向こうの紅葉に、三好がマイクと繋げたスピーカーで声を掛ける。 手元のスイッチと連動してガタンと倒れた複数の的を見て、紅葉はホルスターの拳銃のグリップに手を置いた。

 

「それじゃあ、準備は良いな。」

『ああ。』

「的を外すなよ。」

『……ああ。』

 

 

警告のような、ビーーーッという音。 直後、紅葉の眼前に人型の的が起き上がり、紅葉は直ぐ様ホルスターから抜いた拳銃を胸の前に構え、祈るような両手に挟ませ、的の胸部分に一発。

 

横にずれ、その後ろの的に二発目。 そして次々起き上がる的に、斜めに添えた拳銃と独特の構えで、寸分違わず弾丸を叩き込んでいった。

 

「相変わらず、もっさんの射撃スキル異様に高いなぁ。」

「無い無い尽くしの癖に、意外と磨けば光るもんだ。」

 

 

スライドの後退で空薬莢が弾き出された薬室にマガジンに込められていた最後の一発が送られたのを数えていた紅葉は、何も入っていないマガジンを銃本体から振るように捨て、ベルトから一本抜いて流れるような動きで装填する。

 

「…………私たちが戦わないといけないのは仕方がないとして、紅葉くんがあんなものを振り回す必要ってあるの?」

 

「人って生き物は人と争うように出来てるからな。 なにも現状の問題は天から落ちてきた化物だけじゃない、四国に押し込められてイラついている奴だって居るんだ。

 

人同士の揉め事は必ず起きるし、お前たちに牙を向けない人なんて居ないとは言いきれない。 その為にも、紅葉には勇者と巫女の盾であり矛になってもらう必要がある。」

 

「――――酷い話ですね。」

「こんな行いを止められないあたしたちも同罪なのよ、ひなた。」

 

 

的確に弾丸を胸か頭に撃ち込み続ける紅葉。 あの武骨でお手軽に人の命を容易く奪える小型兵器を、仮に誰かに向けたとして――――そんな事をした紅葉を見ても尚、果たしてひなたや友奈は、他の勇者たちは、紅葉を受け入れられるのか。

 

そんな事を考えてしまうと、無意識にひなたの足は身体を後退させる。他人の為と言いながら人を傷付ける訓練を積む紅葉を見て、ひなたは初めて、先人紅葉を恐いと思っていた。

 

 






紅葉のやった動きは分かりやすく言うと『ジョン・ウィック』でキアヌ・リーブスが良く使ってたあの構え。 詳しくはググれ。



三好
・元々は後に大社本庁となる建物の警備員をしていただけ。 真鈴とよく一緒に居るのはあんタマを連れて逃げてきた時に助けた際なつかれたのがきっかけ。
でもあんタマから恐がられてる。


安芸真鈴
・多分安芸先生の祖先。 自分とあんタマを助けてくれた三好になついているが、別に好きだからとかではない。 そんな三好が面倒見てる紅葉のドブみたいな淀んだ瞳が気になって放っておけない事もあってよく一緒に居る。


紅葉
・まだクソ雑魚。 キリングマシーンになるのは3年後から。 消音器(サイレンサー)付き自動拳銃でCARシステムを極めたキチガイだが、3年間死ぬ気でやってそうだとすれば、才能は有るようで無い。
だって民間人として生きるのに必要ない学ばなくて良いことを学んでるんだもん。


友奈
・この状況で人同士で争う余裕なんてあるの? あるんだ、ふーん。
こいつがスーモみたいに『人間って、愚かだ……』っていう判断に行き着いたら即座に世界が終わるので原作よりハードモード。

ひなた
・巫女見習い。 よく紅葉にガン見されるが理由がわからないからちょっと怖い。 いやまあ紅葉も『お前が気になるから』とは言えないよね。



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弐・意気消沈



CARシステム

ンタ(C)ー・アクシ(A)ス・リロッ(R)クの略称で、胸元で合掌させたような手の間に銃を保持させる独特の構えが特徴。

CARシステムの主な利点は

・狭い場所でも銃を構えることができる。
・待機姿勢から射撃姿勢へ素早く移れる。
・目標が近くても無理が無い構えができる。
・照準を合わせやすい。
反動(リコイル)を抑えることが容易で、連射でも命中率が上がり、誤作動からの復帰や弾倉交換(マグチェンジ)が素早く行える等。


構え方にも早撃ちに重点を置いた『High』や、『High』よりも狙うことをメインとした『Extended』等がある。 詳しくは各自で調べてほしい。





 

 

 

据え置きの家具以外に何も置かれていない質素な部屋。 その居間の真ん中で、紅葉は淡々とした反復練習を行っていた。

 

ベルトに繋いだホルスターから拳銃を抜き、胸元で構え、反動を想定した動きで銃身を何度か跳ねさせ、それを数回行うと顔の前に持ってきて同じ事を繰り返す。

 

 

弾が入っていないマガジンを納めた拳銃――――H&K P30を抜いて、撃つ真似をし、ホルスターに納め直す。

 

それを繰り返してから、紅葉はワイシャツの下に目立たせないように生地が薄くなっている防弾チョッキと防刃ベストを重ね着する。

 

 

生地が薄くともナイフ程度なら止められるし、防弾チョッキの方も、警察の使う拳銃の弾丸までなら辛うじて止められる。

 

もっともそれ以上の大きさの弾丸を受け止めた事がまだ無いため、過信は出来ないが。

 

 

ウォーミングアップを終わらせた紅葉は拳銃に弾薬が詰まっているマガジンを装填してホルスターに納めると、テーブルの上に無造作に置かれた、金属製で肘と手首の間を守る籠手を着けた。

 

チョッキにベストに拳銃に籠手、と、いささか重装備が過ぎるとは思うが、正直な所紅葉にとってはこれでもまだ足りない。

 

 

だが長物の銃をこれ見よがしに吊り下げて携帯すると威圧しすぎてしまうし、紅葉は大社に認められたボディーガードというだけで、民間人からすれば紅葉の装備は十分に過剰である。

 

()()()()()()()()()許可証の発行を待っている段階である以上は、これが限界なのだ。

 

 

――――そうしていると、不意に扉をノックする音が聞こえた。

 

反射的に拳銃を抜いて扉に向けながら、扉の横に移動して慎重にドアスコープを覗く。

 

 

扉の奥には、制服に着替えた少女――――上里ひなたの姿があった。

 

『紅葉さん、そろそろ学校のお時間ですよ。』

「…………ああ、少し待て。」

 

 

もうとっくに外に出る準備は終えている筈の紅葉だが、わざわざ待たせる。

 

その真偽は単純に、ひなたが囮に使われていないかの確認のためだ。

 

 

ドアスコープ越しに見える目線には緊張は見られないし、不自然な汗も無く、周りには他の人影が見当たる事もない。

 

「……おはよう。」

「はい、おはようございます。」

 

 

チェーンと鍵を解いて扉を開けると、そこには何時もと変わらないひなたの姿。

 

無意識にバクバクと高鳴っている心臓は、なにもひなたとの登校に緊張しているのではない、腰に吊るした得物を使うことにならなくて安心しているからだ。

 

「……まだそれを持ち歩いているのですね。」

「お前達を守るためだ。 それに、もう癖なんだよ。 自分を守る手段でもあるから持ってないとどうにも落ち着かない。」

 

 

諏訪から四国へと数日掛けて訪れて、こんな事態に巻き込まれて、身内は居らず、周りには赤の他人しかいない。

 

そんな状況で自己防衛手段と他人を守る手段を同時に手に入れれば、それが心の拠り所になるのも仕方が無かった。

 

「それで、他の奴等はどうした。」

「若葉ちゃんは早くに向かってしまいました、杏さんと球子さんは普段から一緒で、千景さんは……まだ部屋ですね。」

「あの馬鹿は。」

「友奈さんもまだです。」

 

 

この返答に、紅葉は額を押さえながらため息をついた。 大方戦いの参考にしようとしてアクション映画を夜通し見ていたのだろうと結論付け、呆れながら言う。

 

「千景は大丈夫だろう、友奈はほっとけ。」

「……それで良いんですか。」

「勇者の防衛に遅刻の対処は含まれていない。」

 

 

苦笑を溢して紅葉の隣を歩くひなたと、ひなたの歩調に合わせて歩く紅葉。 無言が続くも、二人の間には決して嫌ではない空気が漂っている。

 

 

――――だが、しかし。

 

ひなたも、紅葉本人も気付けていなかった。

 

 

『身体が鈍るからを言い訳に射撃の反復練習をする』のも、『扉のノックに過剰反応する』のも、『扉の奥にいる知り合いの他に敵が居ないかの確認をする』のも、『毎日十分すぎる装備で全身を固めている』のも、その全てが常軌を逸しているという事に。

 

 

着実に、確実に、紅葉が壊れている事に。

 

 

 

 

 

 

 

「うがーーー!! ちくしょう! この悪魔のブツめ、もいでやるぞコラァ!!」

「えっ、ちょっ……やぁん!?」

 

 

二人が丸亀城の一部に作られた勇者と巫女の勉強室に入ると、既に金髪を揺らす少女、乃木若葉が机に自身の武器である『生大刀』を立て掛けて黒板の前に居た。

 

後から来たのだろう小柄な二人の少女が若葉に絡んでいて、入ってきた紅葉とひなたの存在に気付くと、そちらに振り返る。

 

 

その結果一番小柄な少女――――土居球子がひなたの豊満な胸にイチャモンを付けてきて、もごうとしてきたのだが。

 

「……放っておいて良いの?」

「騒がしいのは苦手だ。」

 

 

我関せずと入口側の端にある机に避難していた紅葉は、教師が来るまでの時間をゲームに費やしている少女と会話をする。

 

片耳にイヤホンを挿して、紅葉と顔は合わせないにしても、一応会話だけは成立させる。 壁に寄りかかり腕を組んでいる紅葉とゲームで遊んでいる少女――――郡千景は、それこそもぎ取る勢いでひなたの胸を鷲掴みにしている球子を見ていた。

 

「……ところで、高嶋さんはまた遅刻なの?」

「そんなに言うなら叩き起こして一緒に登校してくれば良いだろ、合鍵ならあるぞ。」

「……そ、それは……っ」

「ふっ。」

 

 

面白いくらいに露骨な反応を見せる千景に、紅葉は鼻で笑う。 千景が友奈になついていると言うのは皆が知っているが、紅葉からすればその実千景に友奈がなついているようにしか思えない。

 

あと数分で授業が始まるといった所で、球子と姉妹のように接している伊予島杏と若葉に羽交い締めにされてひなたから引き剥がされた球子。

 

 

それを見ている二人の横の扉に、何者かが滑り込んできた。

 

「――――ギリギリセーーーフっ!」

「全然セーフじゃないぞ。」

「……あれぇ?」

 

 

件の少女、高嶋友奈が息を切らして入ってくる。 パッと顔色を明るくした千景が、膝に手を置いて前屈みになっている友奈に近付く。

 

「……高嶋さん、おはよう。」

「あっぐんちゃんおはよー! 紅葉くんもおっはー。」

「はいはい。 ……それで、今度はなんで遅刻寸前だったんだ? どうせ映画鑑賞してたんだろ。」

 

 

紅葉の言葉にばつが悪そうな顔をして目を逸らし、下手くそな口笛を吹く友奈。

 

「いやぁ…………えへっ?」

「今日から休日以外での映画鑑賞は禁止だ。」

「あーーーっ! 鬼! 悪魔!」

「どうとでも言えバカタレ、遅刻する方が悪い。」

 

 

邪険に扱われつつも正当な言い分に言い返せず、友奈は千景を頼りすがり付く。

 

「ぐんちゃーん、へるぷみー!」

「ええっ!? ……えっと、その…………少し可哀想よ、先人さん。」

「調子に乗るから甘やかすな…………いや、ああ、なるほど。 おい千景、そこまで言うならお前が明日から友奈を起こせ。」

「……え?」

「これがこいつの部屋の合鍵だ、遅刻の対処は管轄外だから俺はもう知らん。」

 

 

懐から取り出した何も付けられていない鍵単体を投げ渡される千景。 紅葉は自分以外が全員揃ったのを確認して、教室から出ようとする。

 

「じゃ、何かあったら連絡しろ。」

「はいはい、心配性だなぁ紅葉くんは。」

「なら俺がしなくて済むような態度を心掛けろ、馬鹿。」

 

 

そういうシンプルな罵倒はだね……と言いながら、友奈は教室から出た紅葉に手を振って見送る。 若葉に怒られている球子を尻目に、ひなたがぼんやりとその様子を眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

丸亀城から出て寮の近くを歩いている紅葉は、大社から雇われた勇者達からも信頼されている警備員から、不審者でも見るような目を向けられながら歩いていた。

 

それでも声を掛けられないのは、紅葉の立場と事情を知っているからであり、紅葉だけは勇者と巫女以外からはあまり良く思われていない。

 

 

今の世の中、現代兵器が一切通用しない星屑(バーテックス)を唯一倒せる存在が勇者であり、勇者がその為の神器を武装するのは仕方がないことだと民衆は理解しているし、神器の携帯も特例措置として国から許可されている。

 

そんななか、()()()()()威嚇するように武器をちらつかせる人間を勇者達の傍に置くと言うのは、遠回しに守るべき人間すらも場合によっては敵として見るという意味になるだろう。

 

 

大社から信用されていないのだと思われた民衆が、紅葉の存在を良く思わないのは当然だった。

 

尤も、紅葉が『武装したボディーガードである』という情報を勇者の顔と同じように公表しているのは、ヘイトを紅葉に向けて勇者と巫女から注意を逸らさせる目的も含まれているため、大社と紅葉からすれば計画通りとしか言えない。

 

 

自分がどうなろうとどうとも思わないだろう三好の顔を脳裏に思い浮かべて、思考する。

 

「(――――それに、そのうち死ぬ人間と仲良くなったら相手が可哀想だしな。)」

 

 

紅葉は、現在若葉が連絡し合っている勇者がかれこれ3年守護している長野―――諏訪出身だが、若葉の顔付きから察するに連絡できる時間もそう長くないと悟る。 つまり、生きているかもわからない親と友人は、きっともうじき死ぬ。

 

「…………ああ、そうか。」

 

 

丸亀城の門をくぐり、街に繰り出すと、腹が立つ程の清々しい快晴が紅葉の視界に広がる。

 

一人のうのうと生き残り四国で生活している現状を理解しながら、紅葉は身体中の装備の重みに心が押し潰されそうになりながら呟いた。

 

 

 

 

 

「もう、先人家は俺だけなのか。」

 






家族を置いてきた+幼馴染みを置いてきた+恐らく死んでいる事を想定している+勇者と巫女を守らないといけない+人を殺せる武器を握っている+3年間四国に押し込められているストレス=?



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参・有為転変



先人紅葉の章執筆時の私「これ夏凜死ぬ方がストーリー的に違和感無いな。」

勇者の章執筆時の私「歌野と夏凜だけでも確実に死んでおくべきでは?」

のわゆ編執筆中の私「因果応報だし紅葉は惨たらしく死なないと駄目では……?」




 

 

 

寮に存在する食堂に、七人が集まり食器を囲む。 窓際の端に紅葉が座り、向かいに友奈、友奈から見て左隣に千景、その更に左にひなた。

 

紅葉の右隣に球子、その横に杏、そしていわゆる誕生日席に若葉が座っていた。

 

 

最初の数回、度々あった『なぜうどんを食べないんだ』とでも言いたげな勇者たちの視線を向けられることも無くなり、紅葉は悠々自適に豚カツ定食を頼んで食べている。

 

「紅葉くん良く味噌汁の音立てないで飲めるね、私どうしてもずずーって音出ちゃうんだけど。」

「うどんみたいに勢い良く食うからだ。」

「タマとしては、頑なにうどんを食べようとしないのが気になるんだけどな。」

 

 

うどんに七味唐辛子を振り掛けていた球子が赤いうどんを啜る。

 

豚カツの一切れにえげつない量のレモン汁とソースを掛ける紅葉は、眼前の友奈にとんでもないモノを見る顔を向けられながら答えた。

 

「俺からすればお前たち四国人が毎日のようにうどんしか食わない方がおかしいと思うが、良く飽きないもんだと感心はする。」

 

 

誰が四国人だコラ。 という球子の声と共に向けられる睨みを鼻で笑い、紅葉は豚カツ定食を食べ進める。 球子は真っ赤な出汁にくぐらせた竹輪を半分まで齧ると、横で余所見をしながらうどんを食べている少女を見た。

 

「って、あんず! 本読みながら食べるな!」

「あぁ…………良いところだったのに……。」

 

 

その少女が持っていた本――――小説を奪い取り、せめてもの情けから栞を挟んで自身の膝に閉じて乗せた。 本を読んでいた少女、伊予島杏のそんな様子を見ていた紅葉が呟く。

 

「何時かうどん見ながら本食いそうだな。」

「そ、そんなことは…………しませんよ?」

 

 

下手くそな口笛で誤魔化そうとする杏だが、自分でもそのうちやりそうだなとは思っていたらしい。 四人がそうしてざわざわと騒ぎながら食事をしているのを観察していた若葉達だったが、ふと、球子がポツリと言葉を漏らした。

 

「――――それにしても、タマたちは何時までこうやって訓練してれば良いんだろうなぁ。」

 

 

竹輪の残りを食べ終えて一息ついた球子の言葉に、食堂の中が静寂に包まれる。

 

「普通、中学生って言ったらさぁ…………なんだろ、もっと普通の事して騒いだりしてるもんじゃん。 あとは……恋愛、とか?」

「お前みたいなチンチクリンを好きになる奴なんて居るのかよ。」

「は……!?」

 

 

紅葉にバッサリと返され、軽くキレながら殴りかかる球子だが、頭を押さえられて手が届かない。

 

「そう言うな土居、今は有事なんだ。」

「…………若葉」

 

 

歯軋りしながら紅葉を睨む球子を窘める若葉。 箸をうどんの皿が乗せられたトレーに置き、二人を見ながら続けた。

 

「授業でも散々言われているだろう、あの化物――――バーテックスを倒せるのは私たち勇者のみ。 近代兵器の通用しないアレは、勇者が使う武器でしか傷を付けられないのだ。

 

言わんとしている事は理解できるが、それでも我慢して貰わねば―――。」

 

「そんなの分かって―――!」

 

 

ガタン、と。 机から音がして、若葉の声が遮られる。 友奈の目の前にあったうどん皿の置いてあるトレーを手に取り、紅葉は半分以上豚カツが残された皿を友奈の前に出す。

 

「やる。」

「うひょーい。」

 

 

棒読みで喜びながら、友奈は豚カツにソースを垂らす。 一足先に席を立った紅葉は、すれ違い様に若葉の頭を殴るように叩いた。

 

「っ―――。」

「無神経なんだよ、お前。」

 

 

軽くも、金槌で殴られたような感覚。 球子が若葉に憤りをぶつけようとした瞬間に割り込んだ紅葉を見送った杏は、内心で行動理由を分析する。

 

「(今の……タマっち先輩が若葉さんと喧嘩しそうだった所に割り込んだのは明らか…………友奈さんが提案したのかな……?)」

 

 

ちらりと友奈を見る杏。

 

紅葉の真似をしてレモン汁を掛けすぎた友奈が悶え、千景に介抱されている所を見るに、偶然だろうと片付け頭を振った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………はぁ。」

『おや、どうかしましたか乃木さん。』

「ああ、いや、その……な。」

 

 

通信機を前にして、若葉は通信相手に相談を持ち掛けた。

 

「私はリーダーには向いていないのかもしれない。 実はこの間、仲間に自身の意見を押し付けてしまってな…………その内の一人に頭を叩かれてしまったよ、『無神経だ』とも言われた。」

 

『そうでしたか……。 訓練ばかりではやはりもどかしいでしょうしねぇ……でも大丈夫ですよ、乃木さん。』

 

「――――え?」

 

 

優しい声色で、ノイズの混じった音で、通信機越しに少女はあっけらかんと若葉に言った。

 

『嫌でも慣れますから。』

「………………それは」

 

『リーダーに相応しいとか、相応しくないとか、向いてるとか向いてないとか、そんな事を考える余裕なんて来なくなりますよ。

 

残酷な話になってしまいますが、いずれ乃木さんはリーダーとしての振る舞いを強要されますし、他の皆さんも貴女との連携を学びます。 それくらいに――――この世界は厳しくなった。』

 

 

通信機の向こうの少女――――諏訪を守る勇者、白鳥歌野。 単身諏訪を三年守り続けたあの少女が、そこまで言うのだ。

 

厳しく、重くも、どこか優しさだけは失われていない口調。 まるで遺言であるかのように、歌野は若葉へと説いた。

 

『それは兎も角として、そろそろ雌雄を決する時が来たのではないですか?』

「ふふ、それもそうですね。 いざ―――。」

 

 

 

 

「うどんとソバ、どちらが優れているか!』

 

 

そうしてふざけている間だけは、歌野も、若葉も、何者にも縛られない少女で居られるのだろう。 故に若葉は聞きそびれてしまっていた。

 

『先人紅葉という名前に聞き覚えはあるか?』

 

……と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

換気も兼ねて窓と玄関を開け放っていた紅葉の部屋に、扉の影からひょっこりと顔を覗かせる少女が一人。 床に座ってテーブルの上にバラされた拳銃のパーツを置いている紅葉が、銃身にブラシを押し込みながら視線の主に声を掛けた。

 

「なにやってるんだ、ひなた。」

「あー…………はは、バレちゃいました?」

「気になるなら入れば良いだろ。」

 

 

既にある程度のメンテナンスを終わらせていた紅葉は、拳銃を組み立ててホルスターに納めてベッドに置く。 丁寧に靴を並べて揃えたひなたは、紅葉の向かいに座ってその顔をじっと見る。

 

「…………なんだ。」

「若葉ちゃんの事で、少し。」

 

 

数日前の昼食時の一件を指しているのだろう発言。 ひなたの力無い言葉に、紅葉は普段からマガジンに込めている弾薬を磨きながら答えた。

 

「飯の時の事なら俺は悪いことをしたとは思っていない。 あの馬鹿は三年前から今まで、変わりもしない復讐一辺倒の直情径行、いつかあいつらを巻き込んで死にかねん。」

 

「……もしかして、若葉ちゃんの事嫌いだったりしますか?」

「嫌いに決まってるだろ。」

「えぇーーー…………。」

 

 

即答は想定していなかったのか、ひなたは口角をひきつらせて苦笑を溢す。

 

いっそ今のうちに若葉への文句の5つや6つ言ってやろうかと思いながら紅葉が伸ばした右手は、定位置に置かれた水の入ったコップへと伸び――――――一瞬。 ほんの一瞬、歯車の間にモノが挟まったように、思考が止まり動きが止まる。

 

 

そして再起動。

 

動きと思考が止まったことで手の位置とコップまでの目測がずれ、指先がコップを押してしまい、プラスチックのそれが床に落ちた。

 

「きゃっ……も、紅葉さん……?」

 

「――――此処に居ろ。」

 

 

即座にメンテナンスしたばかりの拳銃を剥き出しのホルスターから抜き、弾薬を入れてあるマガジンを差し込んでスライドを引きつつひなたを置いて玄関から飛び出る。

 

丸亀城の前まで全力で走りながら、スマホで三好にワンコールだけ電話を繋げた。

 

 

今の奇妙な事態と事前に伝えられていた情報を元に『敵襲があった』と纏め、勇者として戦っただろう友奈達が『樹海』から戻る位置に指定されている場所へと急ぐ。

 

紅葉が到着した頃には、色とりどりの装束を纏った少女達が、城の前の地面にへたり込んでいた。 紅葉の気配に気付くと、頬に汗を垂らして荒く呼吸していた友奈が顔を上げて紅葉を見る。

 

「ふぅーーーーー…………あれ、紅葉くん。」

「戦ったのか。」

「―――気付けたんだ。」

「一瞬時間が止まった感覚に襲われたからな、多分もうじきひなたも来るぞ。」

 

「…………うげ、それは不味いんじゃないか?」

 

 

友奈と紅葉の会話に入ってきた球子が、変身を解除しながらばつが悪そうな表情で顔を反らす若葉を見てから言ってきた。

 

「どうしてだ。」

「いやぁ、だって若葉の奴、自分を食おうとしてきた敵を逆に食っちまったんだよ。」

「――――は?」

 

 

ガチッ、と歯を鳴らして噛む動作をする球子。 若葉は反らした顔が見えない代わりに、玉のような汗を流している。

 

「あいつ、バーテックスを食ったのか。」

「おう。 ブチィッて噛み千切ってたゾ」

 

 

若葉を見て、球子を見て、再度友奈を見る。 そして、不意にふと頬を緩ませた。

 

「――――やっぱり、馬鹿だな。」

「…………うぉ……っ!」

 

 

球子の感慨深そうな声。 五人の勇者は、出会ってから三年経って、たった今初めて紅葉が笑った顔を見たのだった。

 

「おい、今紅葉が笑ったぞ! 千景、見たか!?」

「……見たから落ち着きなさい、鬱陶しい。」

 

「…………なんだよ。」

「あ、いつもの仏頂面。」

「……はぁ?」

 

 

笑ったように見えたのも気のせいかと思える瞬間。 普段の固い表情に戻った紅葉は、騒ぐ球子に絡まれている千景からの恨みがましい視線を無視して友奈の顔色を伺う。

 

「体調が悪そうだな。」

「ん? あー、『一目連(きりふだ)』を使ったから疲れててね……。 あと殴りすぎて腕が痛い。」

「三好に連絡入れたから、すぐに医療班も来るだろ。 じっとしてろよ。」

 

 

友奈の腕がほんのりと熱い事に気付き、筋肉を酷使したのだろうと判断。 念のために動くなと伝え、若葉の元に歩いて行く。

 

「馬鹿野郎。」

「開口一番にそれか。」

「……実戦を終えて、それでもまだ復讐だなんだと言うつもりか。」

「当然だ。 奴等の犯した罪は、私の剣で償わせる。 全身全霊でな。」

 

 

五人の間にある空気が変わり、若葉もまた考えを改めたのかと()()()()()()()紅葉だったが、何も変わっていない事に落胆を隠せない。

 

「――――そうかよ。」

「……? 何が言いたい。」

 

 

別に。 と、そう吐き捨てた紅葉が、千景に絡む球子を引き剥がしに向かう。

 

復讐心で戦うべきではないという事には若葉自身が自分で気付かなければならないのだ、今の紅葉が伝えたところで、改善はしない。

 

 

それはそれとして、若葉の踊り食いに烈火の如く怒りを露にして数十分の説教をひなたが繰り広げることになるのは、また別の話となる。

 

 






現在「これ死なせるより生かした方が罰になるな!(小林靖子憑依)」


今の紅葉は若葉が嫌いですが、別にひなたと距離が近いから嫉妬してるとかではない。 ちなみに『勇者の仮面』は諏訪陥落の数日前の話です。



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肆・盈盈一水



のわゆ編と誕生日回終わって書くもの無くなったら刀使ノ巫女の二次創作でも書こうかと思ってます。 Blu-ray1~6巻全部揃ったので。

まあ更新頻度は今より下がるでしょうし予定は未定ですがね。




 

 

 

「――――どうして着いてきたの。」

 

「単独行動は避けるべきだからだ。」

 

 

バスの一番後ろの席。

 

空いてるそこの右端と左端に座る二人は、視線を合わせる事もなく淡々と会話を交わす。

 

 

初の戦いが終わり、テレビやネット、新聞や雑誌に引っ張りだこな若葉と、切り札の使用で腕が炎症を引き起こしている友奈の短期間の入院が重なり、皆が散り散りに行動しているなかで。

 

 

勇者の一人・郡千景は、故郷への一時帰宅を許されて『しまって』いた。

 

勇者や巫女を一人にするべきではないとして、紅葉の付き添いが条件に加えられたのだが。

 

 

千景が紅葉の付き添いを嫌がっているのは、紅葉が嫌いだからではない。

 

寧ろ友奈がなついている事で悪人ではないと分かっているからこそ――――自分の村での扱いがバレたくないのだ。

 

 

ふわりと髪を掻き上げ普段は隠している左耳を露にすると、そこには刃物で切り裂かれたような――――――実際に刃物で切られて残った傷痕が剥き出しになった。

 

ざらつく瘡蓋(かさぶた)のような感触に、紅葉が窓の外の風景を眺めている横で顔をしかめてギリ、と歯を噛み合わせる。

 

 

前の背凭れの上部に額を押し当て、だらりと力を抜いてため息をつく。

 

耳に触れる度に、故郷の事を思い出す度に、シャリンシャリンと言う髪を切り落とす音が――――それに混じった、耳元から発せられた肉を切り裂く音が、焼けるような痛みが。

 

 

グツグツと、千景の胸の奥にどす黒いモノを煮え滾らせる。 そんな千景の顔色を窓ガラスの反射越しの景色から覗く紅葉に、千景が気付くことは当然だが無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

寂れた雰囲気の村。 視界の端に田畑が広がる田舎の細道を歩いていた紅葉に、千景は苛立たしげに言ってきた。

 

「良い? 村に居るときは私に着いてこないで。 どうせ日帰りなんだから、村の出入口にでも居てじっとしてて。」

「…………まあ、その辺を観光しておく。 勝手に帰るなよ、俺が近くに居なかったら帰る前に連絡しろ。」

「貴方は私の親かなにか?」

「その親に会いに行くんだろうが。」

 

 

ぐっ、と口を閉ざし、一睨みしてから千景は紅葉に背を向けてずかずかと足を踏み鳴らしながら歩いて行く。

 

それを見送った紅葉は、腰に吊るした拳銃――――H&KP30のグリップに手を添える。

 

即座に抜けることを確認してから、道を逸れて歩き出す。

 

「……長物も用意するべきか。」

 

 

それには先ず大社に申請中の許可証の発行待ちだが、もう暫くすれば拳銃以外も持てるだろうし、それまでは拳銃でどうにかするしかない。

 

気休め程度にホルスターを触りながら歩いていたら、紅葉は店主なのだろうエプロンを身に付けた男性に出くわした。

 

「……誰だい、あんた。」

「――――ああ、此方に一時帰省している勇者・郡千景様を含めた勇者等のボディーガードをやらせていただいている者です。」

 

「なに―――あの小娘、帰ってきてたのか……!?」

「…………はい?」

「っ、いや、なんでもない。 そうか、それは…………めでたい事……だな。」

 

 

普段の仏頂面とは打って変わり、まるで好青年かのような微笑を浮かべる紅葉。

 

明らかな営業スマイルの裏には気付かず、男は紅葉に適当に誤魔化すと、そそくさと自営業らしい店の中へと消えていった。

 

一転、能面のように表情を削ぎ落とした紅葉は軽蔑すら浮かべた瞳で店主の背中を見送る。

 

「(()()()は疲れるからな、しなくていい相手だと分かったのは幸運か。)」

 

 

千景を見付ける方が良いな、と悟り、意識を切り替えつつ踵を返した。

 

「(三好が言っていた通りだな。 千景の過剰なまでの人見知りと、村の千景へのあの態度――――まあ、田舎なんてそんなものか。)」

 

 

田舎の村という閉鎖的な空間。 娯楽も碌に無く、代わり映えの無い人間関係。 そこに現れた千景―――ではなく郡家の問題。

 

良く言うだろう、『他人の不幸は蜜の味』と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

千景が歩いていった道を辿るように歩いていた紅葉は、騒がしさを耳にして歩みを走行に切り替える。 ホルスターに手を置きながら騒ぎの原因の元へと走って行くと、千景の家なのだろうボロ家の前に人だかりが出来ていた。

 

横に逸れた紅葉が人だかりと家の間に滑り込むと、困惑した様子の千景と再会する。

 

「なんなんだこの状況は。」

「し、知らないわよ……。」

 

 

大方千景の帰宅の噂を耳にして、それが村中に広がったのだろうと言うことは予想できた。 村人達は千景の後ろにあるゴミの散乱した部屋を見て、千景が背負っている折り畳まれた大葉刈を見て、そして千景を見る。

 

 

その目にあるのは、恐怖だった。

 

 

紅葉には、村人が千景からの反抗を恐れているように見えた。 怯えた顔を隠して、震えた声で元同級生の少女は『私達、友達だよね?』と聞く。 店主が、市長が、近所の夫婦が、元担任が。

 

我先にと、千景に媚を売る。 余りにも醜いその姿に気圧され後退りした千景は、横から背中を支える腕の感触に紅葉の事を横目で見た。

 

 

自身を見下ろしながらその双眸で瞳を覗くようにしている紅葉を見て、千景は確認するかのように大葉刈を袋に包んだまま柄頭を地面に叩きつけて音を出す。 ざわざわと騒がしかった村人達が静まり返るのを待ってから――――。

 

 

「皆さん、私は――――価値のある存在ですか?」

 

 

と、そう聞いていた。

 

 

 

 

 

その後、予定を変えて一泊だけしていく事にした千景の部屋に、紅葉もお邪魔する。 部屋の隅に座って体育座りしている千景は、紅葉を睨みながら低い声で威圧するように言ってきた。

 

「変なことしたら叩き斬るから。」

「知らん。」

「……まあ、上里さんにアタックすら出来ない人に襲う勇気なんて無いわね。」

「なにか言ったか。」

「……いいえ。」

 

 

外が真っ暗になった時間、早めに眠り朝イチに村を出ようとして布団に潜り込んだ千景だったが、壁に寄りかかって座ったままの紅葉が気になって声を掛ける。

 

「…………まさかそのまま眠るつもり?」

「俺の分の布団が無いんだから仕方無いだろう。 それに、念のために即座に起きられないといけないからな。」

「少し、過敏なんじゃないの?」

「……睡眠薬でもあれば深く眠れるんだが、そうすると昼まで起きられないんだよ。 夜中に物音がしたら、俺の眠りが浅いんだと思って気にしなくていい。」

 

 

あ、そう。 と言い布団を目元まで持ってきた千景。 そんな千景に、紅葉は不意に言葉を向けてきた。

 

「お前は――――――武器を持ったから勇者なんだと思っているのか。」

「…………どういう意味?」

「……英雄は、名のある武器を振るったから英雄になれたのだと思うか。」

「…………はい?」

 

 

千景が聞き返したものの、紅葉は首を下げて寝息を立て始めた。 モヤモヤとした違和感のような変な感覚を紅葉のすっとんきょうな質問のせいにして、千景もまた眠りに就くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

月明かりだけを頼りにするしかない夜の暗闇の中を歩く三人の男が居た。

 

苛立った様子で、その手にはそれぞれ、金属製のシャベルや鍬が握られている。

 

「…………おぉい、良いのかよ……相手は勇者様とそのボディーガードだぞ?」

「うるせぇ! ったく…………なにが勇者だ、馬鹿馬鹿しい。 間抜けな父親と、不倫して逃げたら死にかけたアバズレの娘の癖に……英雄気取りかよ! クソッタレ。」

 

 

血走った目で、均された地面を頼りに郡家へと向かうリーダー格の男は――――なんて事ない、ただの『家族が星屑に食い殺されて家と自分だけが残された哀れな被害者』なのだ。

 

村八分されていた村の厄介者が、死んだところで悲しむ奴なんて居ない小娘が生き残り、どうして自分の家族が死んでしまったのか。

 

そんなただの逆怨みに付き合わされた二人の男のうち、黙って着いてきていた方がふと横の草むらに視線を向ける。

 

「…………なん」

 

 

突如としてぬっと伸びた手が、男の首に伸びる。 カシュンッという金属音と共に弾かれたように飛び出した細い両刃の刃が、男の喉仏を貫いて声帯をも破壊し、再度音を鳴らして手首――――服の袖の中へと戻っていった。

 

男が叫ぼうにも喉を潰されており、ごぼっ……と赤黒い液体を漏らすことしか出来ないことに、先行する二人は気付かない。

 

 

どさりと音を出して倒れた事で、ようやくリーダー格ではない方の男が振り返った。 倒れている男を見付けて駆け寄るも、既に手遅れである。

 

「う、ぉおおっ!?」

「……あ? おい、どうした。」

 

 

叫んだ男は鍬を投げ捨てながらもう一人の男から離れつつ、リーダー格の男にすがり付き怯えた様子で言う。

 

「し、しっ……し、死んでる!! さっきまで後ろに居たのに死んでるんだよぉ!」

「はぁ? 何言ってんだ……。」

 

 

酔ってんのかお前。 そう言って呆れた顔をしながら、男の指差した方へ歩く。

 

だが、そこには地面に染みを作る液体が落ちているだけで、()()()()()()()()()

 

「…………どうせ帰ったんだろ、臆病者め。 チクられないように後で口止めしておく、か………………あ?」

 

 

振り返って腰を抜かしていた男の方を見たリーダー格の男は、暗がりのなか、黒い塊が何かに乗ってゆさゆさと輪郭を揺らしていたのだ。

 

雲が覆っていた月明かりが村を照らし、その正体が明らかになった。

 

 

「う、ぶっ、おごっ……だ、ずげ、でっ」

「――――――。」

 

「なっ――――!?」

 

 

黒いコートにセットのズボン。 暗闇に完全に同化していた男――――先人紅葉が、袖の中の手首辺りから飛び出している刃で、片手で後頭部を掴んで地面に押し倒していた男の脇腹を何度も突き刺している。

 

うつ伏せの男にのし掛かり、わざと急所を外して、痛みを長く与えるかのように、何度も何度も脇腹をザクザクと突く。

 

「て、めぇ……!」

「これから千景を傷つけようとした癖に、その怒りはお門違いなんじゃないか?」

 

 

男の顔を横に向け、瞳から生気が失われ呼吸も止まっているのを確認した紅葉が、男の服で刃に付いた血液を拭って続ける。

 

「俺を殺人者として通報でもするか? 『千景を痛い目に遭わせようとしたら返り討ちにされたので捕まえてください』と?」

「っ…………! くそっ、なんなんだよ、殺したのか!? 殺したのかよ!?」

「俺もまあ、結構驚いているよ。」

 

 

物言わぬ――――事実、モノになって転がっている男の死体に興味を失なったような動きで、紅葉は最後の標的に近付きながら言った。

 

「お前達のような同族(クズ)が相手だと、罪悪感なんて無いらしい。」

「ひ、ぃ…………。」

 

 

淡々と。

 

それこそ、肩に埃が乗っていたから払った――――なんて言いたげな顔をして左手をスナップさせて刃を仕舞う。

 

自ら丸腰になった紅葉に、今しかないと考えた男は手に持っていたシャベルを振りかぶった。

 

 

目の前の化物に手加減なんて出来ないとばかりに、獣に叩きつけるように、本気で振り下ろされたシャベルに、紅葉は――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帰りのバスの中で、千景の視線は紅葉に向いていた。 どこか楽しそうな、明るい雰囲気に違和感を覚えている。

 

「……なにか良いことでもあったの?」

「――――ん、ああ……そうだな。」

 

 

憑き物が晴れたような、些細なズレが直ったような。 鼻歌でも奏で始めそうな紅葉は、口角を歪めて言う。

 

()()()()()なんだから、それはきっと良いことなんじゃないか?」

「っ――――ふぅん。 なら、帰ったら上里さんに言ってあげるわよ。 『先人さんが私を口説いてきた』って。」

「誰がいつ口説いたんだ。」

「…………ふふ。」

 

 

珍しく年相応の無邪気な顔を見せた千景を前に、はぁ……とため息をついて、紅葉は千景の目から逃れるように窓の外を見る。

 

手首を気にしているのか頻りに擦っている事には気付かない千景だったが、その脳裏には友奈と会うことだけが浮かんでいた。 加えて、紅葉への関心も僅かに向いている。

 

「(やっぱり高嶋さんがなついているだけあって、悪人では無いのよね……。)」

 

 

この考えが間違いではないが、正しくもなかったと知るのは――――――今から数日後の話。

 

 






千景の故郷の村人とネットの掲示板とかいうマーベル市民並の劣悪民度。 もっとDCユニバース見習って。(ドングリの背比べ)



のわゆのガチシリアス紅葉と番外とかR-18の軽い紅葉を同時に連載してると温度差で風邪引きそうになりますね(他人事)


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伍・嘔心瀝血



R-18版の更新が出来てなくて本当に申し訳ない(無能博士)




 

 

 

千景と紅葉が高知から戻ってきて数日。 ()()()()()()()()()()、千景の精霊の使用や友奈の退院と些細なゴタゴタも解決した頃。

 

日用品の買い足しと気晴らしを兼ねて、六人は一緒に街へと繰り出したのだ。

 

 

当然着いていかなくてはならない紅葉は、女の買い物がやたらと長いことを身をもって体験している現状にウンザリしながら、後ろから六人を見守っていた。

 

「…………めんどくさ。」

「えー、良いじゃん。 楽しいよ?」

「お前はそうだろうな。」

 

 

スポーツキャップで申し訳程度の変装をし、制服ではなく私服に身を包む友奈が振り返り言う。 後ろに流した長い髪を一纏めにして垂らしている千景を横目で見ると、紅葉に聞いた。

 

「ぐんちゃん何かあったの?」

「――――さあ、なんでそう思った。」

 

 

一瞬、田舎の夜道の暗闇に転がる3つの肉塊を思い出す。 しかし表情には出さず、自分の側に近づいてきて歩調を合わせる友奈に聞き返した。

 

「この間ニンジャ……じゃなくて、えーっと……七人なんとかを使ったのもあって、凄く気合が入ってるから故郷で何かあったのかなって思ったんだけど。」

 

「(忍者ってなんだよ。)」

 

 

と思いつつも、紅葉には心当たりがある。 村人からの怯え、家族からの手のひら返し、勇者であるからこそ評価されるのだという事実。

 

『リーダーだから』と無条件で評価され世間から目を向けられる若葉に、対抗心でも燃やしているのだろう。

 

「色々あったのさ、家族間でしかわからないことがな。 俺やお前にはわからない事だ。」

「…………ふーん。」

 

 

口を尖らせて、面白くなさそうに呟くと、友奈は腰に袋で包み紐で吊るした己の神器・天ノ逆手をつつきながら歩く。 大鎌である大葉刈は勿論のこと、当然だが連射式に改造されている杏の金弓箭(きんきゅうせん)も持ち出す事は出来ない。

 

今持ち出せているのは、友奈の天ノ逆手・若葉の生大刀・球子の神屋楯比売(かむやたてひめ)だけである。

 

 

それぞれを袋や竹刀袋、ショルダーバッグに納めた3人と紅葉だけが武器を持ち、それとなく武器を持たないひなた達を囲むようにしていた。

 

「…………それで、球子のキャンピング道具と杏の古本屋巡りが終わったわけだが、他に行くところはあるのか?」

 

「私は特に無いが……ひなたは?」

「私も無いですよ、若葉ちゃん。 友奈さんと千景さんはどうです?」

 

 

話題を振られた友奈と千景。 友奈が首を横に振って、千景が少し考えてから断る。

 

「……いえ、私は別に。」

「お前この間新作ゲームのCMじっと見てただろ、店もすぐそこだし行けば良いじゃないか。」

「な、貴方見てたの……!?」

「食堂のテレビだったんだから不可抗力だろ。」

 

 

本来であればとっくに発売されていた筈のゲームだったが、バーテックスのせいで販売が延期になっていたのだ。 そんなゲームがようやく発売したとのことで、千景が食い気味にテレビを見ていたのを紅葉は知っている。

 

「じゃあ俺と千景で店に向かって……残りは近くで待機でいいか。」

「ぐんちゃんが行くなら私も行こうかな~。」

「私も……ちょっと興味があります。」

 

 

果たして四人で向かう事となり、残りの三人はゲーム店から少し離れた広場のベンチにて待つことになった。

 

「万が一変装がバレたりしたら間違いなく囲まれる。 武器を持つ二人でひなたを守れよ、それと俺にワンコールだけ電話しろ。 球子はその身を賭けてひなたの盾になれ、それは最優先だ。」

 

「タマへの要求だけ厳しすぎないか?」

 

 

有無を言わさず、それだけ言い残して千景達と店に向かった紅葉。 その背を見送ってから、ぽつりと球子が呟いた。

 

「……あいつひなたの事になると急にベラベラ喋り出すよな。」

「しっ、無意識なんだ。 許してやれ。」

 

「私がなんです?」

 

「い、いやっ……なんでもないぞ?」

「ひなたはひなたで、ちょい鈍感だよなぁ。」

 

 

首を傾げるひなたに、若葉は慌てて言葉を取り繕い、球子はただただ呆れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

様々なジャンル、ハードのゲームのPVが騒音を奏でる店内を歩く四人。 早速この手の音に慣れていない友奈とそもそもインドア派の杏は、グロッキーな様子で目を回していた。

 

「うっ……うるさすぎて耳が……。」

「お二人は、良く平気で、居られますね……。」

 

「こう言うのは慣れよ。」

「まあ……慣れだな。」

 

 

ケロっとしている二人とグロッキーの二人。 まさかあの勇者様がゲーム店に訪れているなんて考えてもいないのか、店員が横目で見てくるも帽子や伊達眼鏡、結んで変えている髪型が相まって誰も友奈達だと気付かない。

 

「それで、ぐんちゃんは何を買うの?」

「新発売のゲームは全部よ、高嶋さんも遊べそうなものはあるだろうし、その…………良かったら、どう?」

 

 

千景にとっては賭けにも等しい提案だが、友奈は景気良く了承する。 しかしその後に渋い顔をして、千景の後ろの棚にあるパッケージを見た。

 

「おー……あーでも、私ゲームって紅葉くんが中古で買ってくれたゲームボーイしか知らないんだけど、ぐんちゃんって普段なに遊んでるの。」

「それは古すぎ…………大丈夫かしら、PS4だとかは難しすぎるかもしれないし……。」

 

 

ウンウンと唸りながら友奈に適当となるゲームハードを選ぶ千景から離れて二人だけにしてやった紅葉は、杏の目当てである恋愛ゲームコーナーに訪れていた。 杏もまた、愛読書のゲーム版を探しながら目を輝かせる。

 

「(オタクって大概こんな感じだな。)」

 

 

あれやこれやとパッケージを手に取っては、興奮冷めやらぬまま戻すのを繰り返す杏。

 

紅葉が並べられた複数のパッケージからなんとなく手に取った一つは、杏の見ていた女性向けの男側が少女(じぶん)を攻略してくるタイプではなく、一般的な男側(じぶん)が少女を攻略する恋愛ゲームだった。

 

 

その内のヒロインの一人、内気な様子を思わせる絵柄の少女を見て――――――ふと、紅葉は故郷の幼馴染を思い出す。

 

「…………水都。」

 

 

ふんわりとしたショートの茶髪。 眠そうな瞳。 内気な態度。 夜の風が窓を叩く音を怖がり、小さいときは何度か同じ布団で眠ったこともあった。

 

だがもう会えない。 諏訪からの連絡が途絶え、若葉たちが戦っているということは――――。

 

 

「紅葉さん?」

「――――。」

 

 

耳鳴りのような音が脳を支配する程に集中していた紅葉は、真横から聞こえた杏の声で現実に意識を引き戻される。

 

「……大丈夫ですか?」

「……なんでもない、それより欲しいゲームは見つけたのか。」

「ああ……はい、これです。」

 

 

そう言って見せてきたパッケージはやや古いハードのソフトだった。 値段を見て、懐から財布を取り出して紅葉はパッケージを取り上げた。

 

「本買ってて資金はもう無いだろ、千景の分と纏めて買ってやる。」

「えっ……そんな、悪いですよ。」

「構わん、暇潰しの本を借りるお返しだ。」

 

 

必要以上の勘繰りを避けるためか、そそくさと千景の元に向かっていった紅葉だが――――――杏は確かに見た。

 

「(あの顔…………あの目は……初めて会ったときの顔に戻ったみたいだった……。)」

 

 

生きることを諦めたような、死ぬことに躊躇いが無いような。 それこそ、生きているのではなく()()()()()()()()のような顔―――。

 

 

底知れぬ不安感と、どうにも拭いきれない嫌な予感に、杏は無意識に提げていた鞄の紐を握っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おせーなぁあいつら。」

「買い物とは、そんなものですよ。」

「千景や杏は兎も角、友奈と紅葉はゲームなんてするのか? イメージが湧かないな。」

 

 

ベンチに腰掛けたひなたと若葉に、暇そうに近くをうろうろと徘徊する球子。

 

買い物の戦利品である袋を傍らに置き、目立つ金色の髪の毛を纏めて収納した帽子を気にする若葉が、ふとひなたに聞いてくる。

 

「そう言えば、千景が一時帰宅して帰ってから紅葉もどこか雰囲気が変わった気がするのだが……なにか知らないか。」

「――――ごめんなさい、私には分かりません。」

「…………そうか。」

 

 

含みのある微笑に、若葉は踏み入れない。 あからさまに何かを隠しているが、ひなたがこう言う顔をした時に質問をしたところで、のらりくらりとかわされるだけに終わるからだ。

 

 

そしてひなたが知っているのは、千景と共に帰って来た紅葉の()()()()()()清潔さ。

 

そして――――隠しきれない僅かな鉄錆びの臭い。

 

「(紅葉さん、貴方は…………。)」

 

 

俯くひなたを気にして声をかけようとした若葉だったが、間近のビルに発生した突風―――いわゆるビル風が若葉の帽子を巻き上げて吹き飛ばした。 風に乗って舞い上がった金の髪が扇状に広がり、重力に従って下へと落ちる。

 

「っ……しまった、帽子が……!」

 

 

慌てた声色の若葉に、市民の何人かが視線を向ける。 そうして、若葉達はベンチを壁にしながらもあっさりと囲まれてしまった。

 

「これは不味いな……ひなた、紅葉に言われた通りにしておいてくれ、少し離れてもらうように説明する間は球子がひなたの近くに居て欲しい。」

 

「はい、分かりました。」

「おう。 任せタマえ。」

 

 

若葉が一歩前に出たことで、民衆が一歩下がる。 念のために下がるようにと説明する裏で、ひなたは紅葉にワンコールだけ電話を繋げて切った。

 

流石のリーダーシップか、若葉の言葉を素直に聞き入れた民衆の行動は、遠巻きに撮影なんかをする程度に収まった。

 

やがてはカメラマンなんかが撮影に来るかもしれないが、それより早くに帰れば良い。 後は紅葉達が来るのを待つだけ。

 

 

――――それだけであれば、問題など発生しないだろう。 ホッとため息をついた若葉は、不意に視界の端に金属の反射する光を見付ける。

 

 

「そこの男、止まれ。」

 

 

するりと自然な動きで背中の竹刀袋を下ろし、白鞘の太刀――――生大刀を取り出して左手に持つと、威圧するように敵意を発した。

 

だがニット帽を深く被り口許をマスクで隠す男は、その手に刃渡りの短いナイフを持って突き進んでくる。 声が届いていないどころか、若葉の声に反応して猪のように突撃してきた。

 

 

モーセが海を割ったように人の波が左右に裂け、男の進路を妨害する者は居なくなる。

 

「っ…………止まれ!」

 

 

人に刃を向けるわけにはいかない。 咄嗟に鞘を反転させて峰を向けるようにした若葉は、鯉口を切って右手を柄に置いた。 しかし、峰打ちだろうと、当て方が悪ければ打撲では済まない。

 

ざわめく民衆。 ナイフを持った男。 勇者としての立場。 後ろには守らないといけない者も居る。 思考が加速し、最適解を求めた若葉は、故に反射的に最もこの場における『答え』を叫ぶ。

 

 

「――――紅葉っ!!」

 

「ああ、それでいい。」

 

 

男の背後、マンションの影から、人型の影が伸びてくる。 自分を覆う影に疑問を覚えた男が振り返りその正体を探るよりも早く、ブーツで容赦なく背中を踏みつけるように押し倒された。

 

ぐしゃっと何かが砕ける音がした男の背中を足場に着地したのは、若葉の求めた存在である先人紅葉だった。 踏み潰されても尚立ち上がろうとする男の後頭部を踵で踏みつけ、顔面を地面に押し付けるようにストンプする。

 

「寝てろ。」

「紅葉、お前ここまでどうやって……?」

 

 

若葉の視界には野次馬と勇者を見に来た市民でごった返し、歩道は愚か道路すら埋まっている。 人混みを避けるには人が多すぎるのだ。

 

「あー……あそこ。」

「…………は?」

 

 

紅葉は当然かのように、背後のマンションの一室を指差した。 その一室の窓は大きなモノでぶち抜いたように損壊している。

 

「店から出たら人が多くて邪魔でな、マンションを突っ切ってきた。」

 

「ハルクかおめーは。」

 

 

大人用のショルダーバッグから旋刃盤こと神屋楯比売を引っ張り出しながらそう言う球子と、その横で不安気に顛末を見守るひなた。 紅葉は懐からスマホを取り出して若葉に投げ渡し、一際強く男の頭を蹴りながら言った。

 

「三好に連絡しろ、『緊急事態』と言えば通じる筈だ。 俺は辺りを警戒するから、お前はひなた達と一緒に――――――。」

 

 

ベンチの近くにいた二人に目線を向けた紅葉は、言葉を失いつつ即座に駆け出す。状況を理解していない野次馬を掻き分けて、別の男が球子とひなたの元に向かっていたからだ。

 

「ぼさっとするな球子、左だ!」

「んぇ? ――――うぉおおっ!?」

 

 

球子が左を向き、男を視界に納める。 男の手に握られた軍用マチェットが振りかぶられ、上段から振り下ろされた。

 

盾を構えた球子の腕に、重く鋭い衝撃が走る。

 

「どけ。」

「ぬわぁぁぁぁ…………!」

 

 

二度目の振り下ろしの前に割り込み、紅葉が球子を後ろに放る。 直後、紅葉の水平に構えた左腕にマチェットが叩き付けられた。

 

ガギ、ギッと金属音が鳴り、腕を保護する籠手との間に火花が生じた。

 

 

左腕の仕込み刃を出そうとした紅葉だったが、耳障りな音を奏でて半端に飛び出すだけで終わる。 千景の実家と今の防御を合わせてパーツが破損でもしたのか、カウンターをするにも次の攻撃を防いでからになるだろう。

 

「っ――――面倒な……。」

 

 

癇癪を起こした子供のようにがむしゃらに振り下ろされるマチェットを籠手でどうにか防ぐ紅葉。 左腕に衝撃が蓄積して、痛みよりも痺れが目立ち出す。

 

「(一……二……ここ。)」

 

 

数回目の振り下ろしに合わせた動きでマチェットを握る手元を押さえる。

 

刃が額から数センチ手前で止まり、手首を捻りつつ手元から弾くようにマチェットを地面に叩き落とした。

 

 

そのまま男の右手を左手でねじり腕を動かせなくしてから、紅葉は欠片の容赦も無く右手で顎をひたすらに殴り続ける。

 

脳を揺らして意識を奪うためにガンガンと握り拳で顎を横に殴った末に、脇腹を蹴り飛ばす。 勇者の命を狙うものが現れたという事実が、ようやく野次馬達の危機感を煽った。

 

 

ごった返していた市民達は、こぞってその場から離れようと来た道を引き返すように走り出した。 落ちているマチェットを茂みに投げ捨てた紅葉は、放り投げた球子を介抱するひなたと警戒している若葉に駆け寄る。

 

「無事だな。」

「ああ、助かった。 ……ところで友奈達はどうした?」

「店に残ってもらっている。」

「そうか。」

 

 

ひとまずは安全か、と呟き、若葉は生大刀を鞘に納め直した。

 

「一旦離れよう、まだ誰かが襲ってきても、この近くの公園なら道路のど真ん中よりは迎撃しやすい。」

「そうするか。 おい、立て球子。」

「ぐぉおお……乱暴すぎんだろお前……!」

 

 

知るか、と吐き捨て、紅葉は辺りを見回す。 二人だけとは限らないし、仮に紅葉が勇者を狙うなら―――――三人目を用意する。

 

「球子を前に、その後ろをお前とひなた。 俺が殿を勤めてここから離脱するぞ。」

「わかった。 ひなた……大丈夫か?」

「…………え、えぇ、大丈夫ですよ。」

 

 

見るからに顔色を青くしているひなた。 当然だろう、殺意を向けられる可能性があることを理解していても、実際に向けられるまではその恐ろしさに気付けない。

 

紅葉に蹴り倒され殴り脳を揺すられた男二人は、暫く意識が戻ることはないだろう。 尤も、戻らないように紅葉は徹底的に頭を狙ったのだが。

 

 

ひなたと球子に合わせて走る二人は、辺りを警戒しながら走っていた。 だからこそ一番最初に紅葉が危惧していた三人目に、目敏く、且つ偶然にも若葉が気付いてしまった。

 

そして紅葉は、若葉が路地裏へと視線を向けたことで全てを察して、ひなたと若葉の側面に立ち路地裏と二人の間に立ち塞がる。

 

 

 

――――瞬間、花火よりも鋭い爆音が響く。

 

「――――がっ」

 

 

顔を守るために添えた右腕に弾丸がめりこみ、大きく弾かれる。 続けて四回爆発音が響き、隙だらけの紅葉の胸と腹に、四つの穴が空いた。

 

五回の発砲音に、三人の動きが止まる。 逃げようとした四人に合わせて飛び出す――――安堵した瞬間という最も隙が生まれる瞬間を狙われ、紅葉は仰向けに背中から地面に倒れた。

 

「な、あ……!?」

「紅葉!!」

「紅葉さん!?」

 

 

血走った目を向けて、五発撃ち終えた警察の拳銃のトリガーを尚もカチカチと引き続ける男を前に、若葉と球子が紅葉の上体を後ろから起こして支えるひなたの盾になる。

 

「紅葉さん!? 紅葉さん! しっかり! そんな……撃たれ…………えっ……?」

 

 

瞳に涙が滲みぼやけた視界のまま、ひなたは傷口を押さえようとしたのに、本来なら流れている筈だろう液体の感触が無かった。

 

そして

 

 

「――――どけ、馬鹿共」

 

 

寝起きのようにしれっと起き上がり、紅葉は若葉と球子を左右にどかすと、腰のホルスターからH&KP30を引き抜いて発砲する。

 

一発が男の拳銃を弾き飛ばし、二発目と三発目が胸に穴を空け、四発目が額に穴を空けた。 お返しかのような動きで撃ち終えた紅葉は、ホルスターに銃を戻して座り直す。

 

「…………お、お前……。」

「今、死んだんじゃ」

 

「勝手に殺すな。 ああ、くそ、息が詰まる。」

 

 

ワイシャツのボタンを千切るように胸元を開くと、そこにはめり込んで潰れた四発の弾丸が黒い生地に止められていた。

 

防刃ベストと防弾チョッキの重ね着が、拳銃の弾丸を受け止めていたのだ。

 

「ひなた、無事か?」

「っ……。」

 

 

紅葉はひなたの怪我を気にして手を伸ばすが――――ひなたは怯えた様子で後退りする。

 

その視線は、腰の拳銃と防弾チョッキが止めた潰れた弾丸に向いていた。 些か、少しばかり、少女には受け止めきれない状況が続いている。

 

 

ひなたに恐怖の対象としての揺らいだ瞳を向けられている紅葉は、伸ばした手を強く握り、深くため息をついて言った。

 

 

()()は…………撃たれるより堪えるな……。」

 

 






何故ゆゆゆssで人対人を書いているんだ…………ぜんぜんわからない……私は雰囲気でゆゆゆssを書いている。



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陸・赫赫之功



不思議な事にしぶとく生きてます。

刀使ノ巫女に逃げるな(自戒)。




 

 

 

ラフなワイシャツにジーンズという格好で、捲った袖の中の腕に包帯を巻いている紅葉。

 

丸亀城内に設けられた教室に訪れると、自身の机に器具を並べて生大刀の刀身に打粉をまぶしている若葉の姿が視界に入った。

 

「……ん、紅葉。 怪我はもう良いのか?」

「あのくらいで騒ぎ過ぎなんだよ。」

 

 

珍しく丸腰の紅葉は、刀身に専用の紙で油を塗る若葉と、椅子を並べて座りイヤホンを片方ずつ分けて曲を聞いている杏と球子を視界に入れる。

 

「お前は……手入れか。 神器にそんなものは必要無さそうなものだが。」

「事実、必要は無い。 まあ気分だな。」

 

 

慣れた手付きで、するすると刀身だけの生大刀を一本の刀に戻す若葉。 カチンと音を立てて鞘に収まった生大刀が竹刀袋に仕舞われる辺りで、球子達が紅葉の姿に気付いて近寄ってきた。

 

「おう紅葉、生きてたか。」

「勝手に殺すな。」

「紅葉さん、撃たれたって聞いたんですが……その、お怪我は?」

「撃たれた所にアザが残ってる程度だ。」

 

 

籠手と仕込み刃も拳銃も無い状態が不安なのか、紅葉は頻りに包帯の巻かれた腕をさする。

 

「……そう言えば、あのアホと千景はどうした。」

「あの時買ったゲームでもやってるんじゃないか? ほら、友奈って確かゲーム機持ってないじゃん?」

 

 

教室内に居ない友奈と千景。 紅葉の問いに、球子があっけらかんと答えた。 加えてふと気になったらしく、返すように球子が紅葉に聞く。

 

「そーいやひなたは? 若葉とか紅葉と居ないなんて珍しいよな。」

「……ああ、あいつは今――――。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえぐんちゃーん、これ斧で動物割れないんだけど。」

「高嶋さん、それはそういうゲームではないわ。」

「あ、そうなの。」

 

 

上下に二つの画面が付いた折り畳み式のゲーム機を、千景の部屋に置かれたベッドに寝そべりながらプレイする友奈。

 

動物と共に暮らすスローライフゲーム――――を買い与えたつもりだったのだが、友奈はやたらと斧やスコップや網で住民を叩こうとしていた。

 

「じゃあいいや、落とし穴のタネ埋めよ。」

「(大分遊び方を間違えている気がするけど、まあ、良いかしら。 楽しそうだし…………)……ん。」

 

 

横目で楽し気に遊んでいる友奈を見てから、千景は机の前のパソコンに目を向ける。 そこには、数日前に起きた勇者達を襲った暴漢の事件に対する記事へのコメントが書かれていた。

 

 

特に紅葉の暴漢二人を叩きのめし、一人を撃ち殺した一連の動きは、野次馬に撮影されていた事もあって様々な動画サイトのトップを飾っている。

 

「(――――先人さん……。)」

 

 

 

あの時野次馬の波が引けた事でようやく駆け付けた友奈達が見たのは、顔から血を流して倒れ伏す男二人と、路地裏に上半身を隠すように倒れた男一人――――――そして、拳銃を手に持っていた紅葉と足元の空薬莢だった。

 

紅葉のしたことは間違いではないし、勇者と巫女に怪我をさせなかった時点で、その行動はベストと言っても過言ではない。

 

 

千景とて、ゲームを嗜む以上は戦争を題材にした射撃ゲームだってやる。

 

しかし、だからと言って実際に人が人を撃つシーンを見たわけではない。

 

 

紅葉の行いが、正しくなくとも間違っている訳ではないことだけは分かっているのだ。 故に、まだ心の整理が出来ていない事実が、紅葉を避けて部屋に居るという行動に出ていた。

 

 

―――表情を曇らせながらネットサーフィンを続ける千景を、ゲーム画面で虫取をしながら友奈が見ていた。

 

千景に見られていないのを確認しているその表情は、能面を貼り付けたように『無』である。

 

 

「(さて、紅葉くんの行動は人心を大きく揺らがせた訳で…………どうかなぁ、まだ決めるには早いと思うけどねー。)」

 

 

脳裏にアクセスしてくるナニカと会話しながら、村を駆け巡り穴を堀続ける友奈。

 

「(これからは人まで敵になる時代だからね、今は紅葉くんの存在も必要になると思うよ。 あと今村人を落とし穴に落とすのに忙しいから、はい通信終わり。)」

 

 

ナニカとの接続を切り、ゲームを続ける友奈は、千景に思い出したことを告げた。

 

「あ、そうだった。 ぐんちゃん、紅葉くんとヒナちゃん、外で食べてから帰るって。」

「そう――――あんなことがあったのに、二人で外へ……?」

「ヒナちゃんの帰りに紅葉くんが付き添うんだって。 目的地病院らしいし。」

「……ああ、先人さん、撃たれてたんだったかしら。」

「いやそっちじゃなくて。」

 

「……えっ?」

 

 

パソコンから目を離して友奈を見やる千景は、疑問符を浮かべながら小首を傾げる。

 

そんな千景の顔を見て小さく笑いながら、ゲーム機を畳んで答えた。

 

「ヒナちゃんが病院に行ってるの。

 

――――精神科にね。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

病院の自動ドアが横にスライドし、夕焼けのオレンジ色が差す外を歩く二人が居た。 一定の距離を保ち、付かず離れず間を空けている。

 

「それで、どうだった。」

「特に問題は。 しっかり身体を休めないと、心も休まらないと言われました。」

「そうか。」

 

 

再度無言が続き、人通りの少ない歩道を並んで歩く。 紅葉は横目でひなたを見るが、どう声を掛ければ良いかで考えあぐねていた。

 

「……しっかり処方剤を飲んで眠れば、あの光景をフラッシュバックする事も無いそうです。 大社の方々も温泉旅館の手配をしているみたいですし、ある種の休暇ですね。」

 

 

何でもないように笑うひなた。

 

しかしその口角は、歪んで震えている。 目は紅葉を捉えないように、それとなく顔を逸らして表情を読まれないようにしていた。

 

 

「ひなた。」

「……はい?」

 

 

紅葉はひなたの前を塞ぐように回ると、ひなたは顔を上げてようやく紅葉と目を合わせる。

 

「お前、俺が恐いんだろ。」

「――いえ、そんな……。」

「誤魔化さなくて良い。 俺は『お前達の為に』と言いながら、平気で人を傷付けるような人間なんだからな。」

 

 

その証拠、とばかりに紅葉の腕の包帯がほどかれる。 右腕には撃たれて出来た点の青アザ、左腕には全体に青アザがあった。

 

「俺はこれからも、お前達の為に人を傷付ける。 こんなものを見せる羽目になる。 次は俺の血を見せることになるかもしれない。」

「――――あ」

 

 

紅葉の濁った瞳はひなたを見る。 ひなたはそれが紅葉なりの気遣いだと、少しして気付いた。

 

「引き返すなら此処だ。 俺に近くに居て欲しくないなら、俺の代わりを用意させる。」

「それ、は……。」

 

「これからも勇者や巫女を狙う奴が増えるだろう、ズルい言い方になるが、ひなたや友奈、若葉達を守れるのは俺と三好くらいだ。

…………だからこそ、俺が恐いのなら俺は本部に戻る。 丸亀城には三好が居れば充分だろう。」

 

 

返答を待つまでの間に、ほどいた包帯を巻き直す。 腹の前で手を組みうつ向くひなたは、ふと、忘れていたことを思い出した。

 

「……言って、ない。」

「なに?」

「――――紅葉さん、私が恐いのは…………貴方じゃないんです。」

 

 

紅葉の手を取り、自身の頬へ当てる。

 

ひなたの震えた声が、手に直接伝わった。

 

 

「あの時、助けてくれたのに――――貴方を恐れそうになった私が、私は嫌いです。」

 

「……そうか。」

 

「――――私と若葉ちゃんと球子さんを守ってくれて、ありがとうございました。 紅葉さん、本部には戻らないでください。」

 

 

むず痒そうに顔を逸らす紅葉。 口許を隠して笑うひなたは、珍しく照れているらしい紅葉を見るのが新鮮だった。

 

「…………俺で良いんだな。」

「はい。」

「なら、これからも、俺はお前達を守ろう。 それが役目なんだからな。」

 

 

それだけ言い終えると、紅葉は帰路を歩こうとする。

 

「役目じゃなかったら、そもそも私たちを守ることは無かった。 ……と?」

「いいや。」

 

 

ひなたの問いに歩き出そうとした足を止めて振り返る。 紅葉は口を開いて何かを言おうとして、一度閉じ、そして開いた。

 

「……お前だったからだ。」

「………………へ?」

 

「―――なんでもない。 帰るぞ」

 

 

ひなたの顔を見て、嘘をつくべきではないと思ったは良いが、完全に失言だった。 呆けているひなたも直ぐに歩き出すだろうと考え、紅葉は足を進める。

 

「え、あっ、紅葉さん!」

「もう遅いし、その辺で食ってから帰るか。 友奈にメール送っておく。」

「いや、そうではなくてですね……。」

 

 

遠回しに『聞くな』と言っている紅葉。

 

仕方がない、とでも言いたげな顔でひなたは後ろ姿を追いかけ、なんとなく、紅葉の左手の小指に自身の右人差し指を絡めた。

 

「…………。」

「――――。」

 

 

振りほどかれる訳でも、強く絡める訳でもない、引っ掻けるだけの繋がり。

 

ただそれだけでも、充分だと思えた。

 

 

「ひなた。」

「……なんでしょう?」

「……なるべく、頑張ろうと思う。」

「ふふ、なるべく、ですか。」

「ああ。」

「そうですか……。」

 

 

なにを? とは、聞けなかった。 『ひなた達を守ることを』なのか、『もっと効率良く人を傷付ける技術を磨くことを』なのか、はたまた。

 

今だけは、そんな事を気にすることなく、紅葉の横を歩いてたかっただけで―――。

 

 

 

その日はずっと、『この人はいつか居なくなる』という確信めいた予感だけが、ひなたの脳裏で警鐘を鳴らしていた。

 

 






原作と原作の間兼メンタルケア回なので短いです。 めんご。

ここまで遅れたのは別に天の聖杯と共に楽園を目指してたからとかではないです。



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漆・疑心暗鬼



決して、発狂しないように。




 

 

 

「あ゛ぁ゛ぁ゛~~~。」

「うわ、すげー声だな友奈。」

「堪らないね゛ぇ゛~~~。」

 

 

アイスが溶けるようにドロドロと、とろけた友奈は温泉に首まで浸かる。

 

事件の発生から一週間と数日、勇者達の労いも兼ねた慰安旅行の夜、紅葉と仕切りの壁を隔てて若葉達の七人は温泉を堪能していた。

 

「なんて声を出すんだあいつは……。」

 

 

誰も居ない貸切状態の温泉で温まる紅葉は、仕切りの向こうでだらけているだろう友奈を想起する。 特に枯れている訳でもない為、ひなた達に対する()()()()イメージが脳裏を過るのは、仕方がないのだろう。

 

「―――あほくさ。」

 

 

そう呟いて、適当に温泉を溜めている枠組みの縁に置かれている桶を隣の女湯に投げる紅葉。

 

それがひなたや杏の胸に飛びかかる直前だった球子の後頭部にそれが直撃した事を紅葉が知るのは、少し後の話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

湯気の立つ身体を浴衣で包み、首に清潔感のある純白のタオルを掛けている紅葉は、大部屋の隅で目を回して倒れている球子を見付けた。

 

「どうした、のぼせたか。」

「男湯の方から桶が飛んできて、頭に当たって気絶したんです。」

「災難だな。」

「どう考えても犯人は紅葉さんじゃ……。」

「知らん。」

「…………えぇ……。」

 

 

心当たり、というよりは犯人その者の紅葉。 杏から顔を逸らすと、その先では若葉と千景がトランプを使ったスピードに興じていた。

 

余裕綽々の若葉に対して、千景は焦っている。 些細な遊びにすら『若葉には負けたくない』という気持ちを持ち込んでいるらしく、それに気付かない若葉は――――。

 

 

「っ―――ふぁああっ!?」

 

 

ひなたに耳を甘噛みされていた。

 

その隙に自身の手札を出し終えた千景の手を取って、友奈が勝利宣言をする。

 

 

「おー、あいむチャンピョン!」

「(いつも何処かしらで何かを間違えているような……)あ、ありがとう、高嶋さん。」

 

「ひーなーたー!」

「…………えへ?」

「それで許すか!!」

 

 

廊下まで逃げるひなたを追って若葉が大部屋から出て行き、遅れて紅葉も跡を追う。

 

「ひなた、話は終わって―――。」

 

「若葉ちゃん。」

 

 

若葉の声を遮るひなたは、その奥の大部屋の襖に寄り掛かる紅葉を一瞬見た。

 

「……若葉ちゃんが、何事にも真面目で本気なのは、美徳なんだと思います。 だけど――――もう少し、周りを良く見てください。」

 

「周りを……?」

 

 

首を傾げる若葉だが、ひなたの口はそこで閉じる。 自分で気付かせるべきだと思ったのだろう、大部屋に戻ろうとするひなたに代わり、様子を見ていた紅葉が若葉の前に出た。

 

「紅葉。」

「お前、今言われたことが()()()指してるか、ちゃんと分かってるのか?」

 

「――――ああ、()()()()()()。」

 

 

迷いなく答える若葉の言う『周りを良く見る』の意味と、ひなたの言うそれの意味は、恐らく違う。 それでも、紅葉は僅かな期待を込めて、そうかと言い肩を拳で小突く。

 

「……なら、良い。」

 

 

大部屋に戻る若葉を背中で見送りながらも、紅葉の脳裏の警鐘は鳴り止まない。 どこか、なにか、決定的な()()がある。

 

 

――――ガンガンと叩くような警鐘のなか、紅葉は失念していたのだ。 若葉のバーテックスに対する並々ならぬ復讐心を。

 

もう少し、警戒していれば。

 

あと一言、若葉に注意出来ていれば。

 

 

 

友奈が意識不明の重体に陥る事も無かったのだろうか――と、そう思わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

体を集中治療室を覗ける窓に体を寄り掛からせ、額をガラスに押し当てながら、無機質に濁った瞳で、紅葉は傷だらけの友奈を見ていた。

 

「……先人さん。」

「―――あ?」

 

 

声のした方に、目線だけを向けながら一応は返事をする。 びくりと体を震わせた千景もまた、友奈に劣らずの傷を受けていた。

 

キャスター付きの点滴棒を片手にしている千景の後ろには、同じく素肌のあちらこちらをガーゼや包帯で覆い隠している球子と杏の姿。

 

「っ、その、高嶋さんは……。」

「死んではいない、傷も順調に治っているらしいし、今は疲れて寝ているだけだ。」

「…………そう。」

 

 

ホッとした様子で、千景は小さく笑みを浮かべる。 しかし、一転して形相を渋くさせ、まだ来ていない友奈の負傷の原因へと苛立ちを露にする。

 

その人物――――若葉がひなたと共に現れたのは、四人が部屋の前で話をしてから数分後だった。

 

「……皆。」

「―――乃木さん……!」

 

 

この場で傷を負っていないのは、巫女のひなたと怪我が治ったばかりでようやく装備を着けられるようになった紅葉だけ。

 

若葉も相応に怪我をしていたが、そんなものはお構い無しに、千景が言葉をぶつける。

 

「どうしてこうなったか、貴女に分かる? 乃木さん。」

「……私の無策と突出、それと「全然違う。」

 

 

若葉の言葉を遮り、千景は点滴棒を力強く握りながら言った。

 

「やっぱり貴女は何も分かっていない。 私たちがこうなったのは、高嶋さんがああなったのは、全部貴女の復讐心のせいよ……!」

 

「――――ぁ」

 

「怒りに我を忘れて、私たちを巻き込んで、高嶋さんを傷付けてでも行う復讐は――――――さぞ楽しいのでしょうね。」

 

 

憤怒に表情を歪め、そう言い終えた千景。

 

点滴棒を杖の代わりにしながら、背中を向けて歩き去る千景に、若葉は何も言えない―――言い返せなかった。

 

なにかフォローすべきかと逡巡する球子と杏だが、唇の端を噛んでうつ向く若葉に対して何かを言ったところで逆効果だろうと判断し、二人も千景を追いかけ病院の廊下を小走りする。

 

 

「若葉。」

「……紅葉。」

 

 

傍観を決め込んでいた紅葉が、不意に若葉へと声をかける。 友奈と一番距離の近い紅葉からの言葉は、きっと誰よりも重いだろう。 そう高を括り、自傷気味に返すと―――。

 

 

「お前は悪くない。」

「…………えっ?」

 

 

まさかの言い分に、若葉は目を丸くする。

 

()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「―――お前に少しでも期待してしまった俺が馬鹿だっただけだ。」

 

 

その声には怒りは無く、哀れみも無く、明るくも暗くもなく、ただただ平坦だった。

 

文字通りの『期待外れ』に落胆している事だけは、放心している若葉でも理解できる。

 

 

 

――――だが。

 

病院に集まった勇者達とひなたは、最後まで、紅葉が血が滲むのではと言える程に凄まじい力で、ホルスターに納められていた拳銃のグリップを握り締めていたことに気付けないでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

病院から帰って直ぐに昼寝のようにベッドに倒れ込んだ紅葉は、締め付けるような苦しさから夜に目を覚ます。

 

「かっ―――ぐ、くっ。」

 

 

友奈が丸亀城に居ない時間が続いてから、胸の痛みは酷さを増していた。

 

「(…………まさか、とは思うが……。)」

 

 

紅葉は結論付ける。

 

『友奈が居なくて寂しいのだ』と。

 

 

「(馬鹿な、あいつは他人だぞ。 血の繋がっていない、四国(ここ)に来る途中で拾っただけの関係で、寂しい? 冗談だろう。)」

 

 

頭を振って起き上がり、外の物音に意識を向けながら、スマホに届いていたメールを確認する。

 

「………………なに?」

 

 

スマホの画面に映る文面には、ひなたが大社本部に一旦戻る事になったという内容と、そして――――。

 

「……なるほど。」

 

 

紅葉はスマホをポケットに入れ、部屋を出る。 メモ帳にあらかじめとある文章を打ち込んでから、ひなたの部屋へと向かった。

 

 

「―――若葉か……?」

 

 

ふと、ひなたの部屋から複数の気配を感じ取った。 正体になんとなく予想を立て、嫌な再開だなと呟いてから、紅葉は扉にノックする。

 

「…………はい?」

「俺だ。」

「紅葉さん? どうしました?」

「入るぞ。」

「えっ、ちょっと待っ……!」

 

 

僅かに開いた扉に指を差し込み、無理やりに開く。 ベッドに腰掛けている若葉を一瞥し、紅葉は中に入り扉を閉めてから、ひなたの腕を掴んでその扉に背中を押し付けさせた。

 

「ふ、ぇ、えっ?」

「おい、なにを……っ!」

 

 

後ろ手に若葉に指差して黙らせると、紅葉はスマホの画面を見せながら言う。

 

「―――明日大社に戻るとき、確か昼にレンタカーを使うんだったよな。」

「……! えぇ、そうですよ?」

 

 

文章を読んで、意図を察したひなた。

 

紅葉の唐突な会話に即興で合わせると、次の文章に目を見開いて驚く。

 

「そうか。 俺も行くことになったからな、遅刻するなよ、ひなた。」

「…………はい、紅葉さんも。」

 

 

神妙な顔付きで返したひなたから離れる紅葉は、スマホをタップして、若葉の懐に入っているスマホへとメッセージを飛ばした。

 

部屋から出る直前、再度ひなたを見ると、紅葉の視線とひなたの視線は偶然にも交差する。

 

「――――あっ」

「…………じゃあな。」

 

 

小声でそう言うと、紅葉は扉を閉める。 嵐が過ぎ去った後のように静まり返るひなたの部屋から、若葉のくぐもった声が聞こえた。

 

「……そんな、事が……。」

 

 

紅葉から送られてきたメッセージを読んだ若葉と、紅葉に見せられたひなたは、同じ文章に心を揺さぶられている。

 

若葉のスマホの画面には、こんな文章が浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『この宿舎には盗聴器が仕掛けられているらしい、温泉旅行中に不審な電波を感知して調べたらそれらしき反応を見つけたそうだ。

ひなたは俺と話を合わせろ、そして、明日は早朝にここを出るんだ。』

 

 

 

人と人との争いがまだ始まったばかりだと言うことを、二人は背筋を走る怖気に痛感させられる。 そしてひなたは、最後に交差した紅葉の目があまりにも寂しそうで――――。

 

背を向けた紅葉が一瞬だけ幼い子供のように見えたことを、言葉にはせず胸へと秘めたのだった。

 

 



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捌・盟神探湯

 

 

 

軽快に音を奏でるエンジンと、その副産物である振動に揺られながら、ミニバンの中の助手席で紅葉は不機嫌そうに腕を組んでいた。

 

「ラジオでも流すか?」

「いらん。」

「……ふーん。」

 

 

灰がかった髪を短く切り揃えている男――三好某は一言だけ聞くとすぐ前に視線を戻した。 真昼時の照り付ける太陽が雲で隠れ、僅かに涼しさを取り戻した気温を、窓を開けて感じている。

 

「まだ仲直りしてねぇのか。」

「そもそも、喧嘩じゃない。」

「喧嘩した奴は大体そう言うんだがな。」

 

 

大社本部への道路をレンタルした車で走る二人は、休日の昼にしては妙に人の姿や道路を走る車が少ないことに違和感を覚えた。

 

「怪我さえしてなければ殴ってた。」

「お前が殴ったら死ぬんじゃねえの。」

「千景が、俺が言おうとしてたことを全部代行したからな。 一時の溜飲は下ったが―――帰る頃には考えを改めている事を望む。」

 

 

言い終えて黙り込む紅葉。 三好も何かを言うでもなく、淡々と車を走らせる。

 

手持ち無沙汰で腰のホルスターに手を伸ばした紅葉の何気ない一言が、不意に三好の耳へと届く。

 

「拳銃と籠手だけじゃあ、いい加減限界が来る。 せめて散弾銃か個人(P)防衛(D)火器(W)くらい所持させろ、俺はともかくあいつらが死ぬぞ。」

 

「残念ながら今はまだ無理だ。 大社の連中はお前にあいつらを守らせようとしているクセに、武器の所持は認めようとしていない。」

 

「…………まあ、俺がやっていることを鑑みればそうもなるか。 神樹信仰の信者様が求めているのは『ドラマチックさ』なのだろう。」

 

 

大社の信者―――神官が紅葉に求める『勇者を守れ』とは、敵を排除しろという訳ではない。 遠回しに『庇って死ね』と言っているのだ。

 

やろうと思えば幾らでも補充できる盾に、なぜ反抗させられる手段を渡さなければならないのか。 ということである。 最低限譲歩出来たのが拳銃の所持だけだったのだ。

 

 

尚、籠手と手首の内側に仕込んでいる刃は三好と三好の信用している有志に頼んで作らせたものなので、バレると色々と不味かったりする。

 

 

「それならお前が個人的に所有してる火器(モノ)を幾つか貸せぉお゛」

 

 

突如として急ブレーキを掛けられ、シートベルトに押さえつけられながら前方につんのめる紅葉。

 

「……この野郎、ぶっとばすぞ……。」

「ちげーよ、前見ろ。」

「…………あぁ?」

 

 

三好に殺意を込めた眼差しを向けようとした紅葉の視線を前に誘導する。 フロントガラスの先にあったのは――――。

 

 

――――ベージュの軍服と複数のポケットが取り付けられたボディアーマーを着込み、突撃銃(アサルトライフル)を両手で持ち、銃口を横斜め下に向けている二人の男だった。

 

「……ここ日本だよな?」

「間違いなく四国だが。」

 

 

道路の真ん中に並び、車を止めてはハンドルを握る人の顔を確かめているらしい。

 

十数メートル離れた二人と不意に目があった軍人らしき男達は、手元の物体と交互に見やり、止めさせた車を走らせた。

 

「G36とHK416……俺のP30と同じ会社の(ブツ)だな、だが大社の人間にしては物々しすぎる。」

「いや、そもそもあんな奴等知らねえぞ。」

「……この間の浮浪者と同じ立ち位置の人間という事か?」

「仮にそうなら装備に差があるだろ、格差があるのか? というかあいつらこっちに銃口向けてきて――――――。」

 

 

直後、さも当然かのように軍服の二人は、それぞれの突撃銃から5.56x45mm NATO弾を連続で吐き出させて紅葉と三好の乗るミニバンを蹂躙した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………千景ぇ、あれ何とかしろよぉ」

「どうしろって言うのよ……。」

 

 

丸亀城内の教室、机に突っ伏した若葉の近寄りがたい雰囲気を前に、球子と千景は完全に参っていた。 杏は調べものがあるらしく今は居ない。

 

あれだけどんよりと落ち込まれては、さしもの千景でも言い過ぎたかと反省する。 しかし、若葉の悩みの種は千景の指摘だけではなかった。

 

 

「(盗聴器…………どうしてそんなものが……まさかあの慰安旅行はそれを仕掛ける言い訳? いや、タイミングからして逆に居ないうちに調べてくれていたのだろうか。 我々は……私は、人々の為に戦っているのに、どうしてこんなことに……っ)」

 

 

復讐の為だけに戦ってきたツケが回ってきたのだろう、と考える。 ひなたと言う道標には頼れず、紅葉の期待を裏切った。

 

そんな自分に、果たして勇者の資格など―――。 そう思案した辺りで、廊下の方からパタパタと慌てた様子の足音が聞こえてくる。

 

「―――みっ、皆さん! 大変です!」

「あんず、どうした!?」

「…………伊予島さん?」

 

「……なんだ?」

 

 

ノートパソコンを開いたまま教室に駆け込んできた杏は、息を切らして机にパソコンを起きながら肩で呼吸していた。

 

「はっ、はぁっ、こ、これっ……。」

 

 

パソコンのキーを指で叩き、画面を三人に見せる。 画面に映っていたのは誰かが撮影中のライブ映像だったが、状況が余りにも異常だった。

 

 

軍服とボディアーマーで武装した男二人がドイツ産の突撃銃から撃ち出される弾丸の雨霰を、ミニバンを盾にして凌いでいる男二人を襲っていたのだから。

 

 

片方が射撃をする傍らで、片方が弾倉を入れ換える。 断続的な爆発音が、少し離れた位置のマンションの窓から撮影されていたのだ。

 

「……ここ日本だよな?」

「間違いなく四国の香川よ。」

 

 

絞り出すように、球子が誰に言うでもなく聞き、千景が答える。 ほんの数分前に始まった出来事にも関わらず、人混みは消え、車は乗り捨てるように道路に置かれていた。

 

やがてボンネットの中のエンジンルームが煙を吹くと、隠れながら何かを言い合う二人の内、灰がかった髪の男が弾かれたように横へと飛び出す。

 

拳銃で盲撃ちしながらすぐ側の、誰かの事務所が二階にある建物に駆け込み、軍人らしき二人の内片方がそちらを追う。

 

残されたもう一人の軍人は、何時まで経っても出てこない男に痺れを切らしたようで、辺りを見回してどこかに歩き出した。

 

 

銃撃が止んだ事に不信感を覚えた男は、懐から拳銃を取り出しながら車の下から足を覗く。 十秒も掛からず戻ってきた軍人は誰かを連れてきていて、判別しようと顔を僅かに出した男は、表情を歪めて歯を噛み締めていた。

 

()()()()に、それぞれもまた、歯痒い思いをする。

 

「なっ―――!」

「酷い、そんな事を……。」

 

「――――――!!」

 

「待ちなさい、乃木さん!」

 

 

パソコン越しにその様子を、第三者目線で見ていた四人。 握り潰さん勢いで生大刀を掴んで飛び出そうとした若葉を咄嗟に千景が止める。

 

「貴女が行って何になると言うの、まさか銃を持った相手だからって斬るつもり?」

「っ、ぐ、く…………っ!」

 

 

内心を駆け巡る激情を唇の端を噛んで抑える若葉だったが、廊下に繋がる出入口に立ち塞がる千景の顔を見て力を抜いた。

 

「私たちの役目はバーテックスを倒すことでしょう、少し落ち着いたらどう?」

「…………そうだな。」

 

 

そんな会話を横目にパソコンのライブ映像を見ていた球子が、ふと呟いた。

 

 

「…………こいつ紅葉じゃね?」

 

『えっ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――言ったそばからこれだ、だから長物を持たせろって言っただろうが!」

 

「あぁ!? うるさくて聞こえねぇんだよ!」

 

 

車体を穿ち、貫き、表面を滑り、弾ける音。

 

分厚いゴムが前後に並んでいるタイヤと言う防護壁に体を滑り込ませて横に並ぶ紅葉と三好は、突撃銃に対して拳銃しか無いことを嘆くように叫んでいた。

 

尤も、その叫びも銃声に掻き消されているのだが。 数秒手前で、運転席と助手席に居た際の不意()ちを辛うじて避け、シートベルトを千切るように勢い良く外した二人は、車外に飛び出し大急ぎで後ろに回ることで射撃から身を守っていた。

 

 

たかがレンタカー、防弾加工などされている筈もなく。 あと少し判断が遅れていれば、ボンネットやフロントガラスと同じく穴だらけにされていた事だろう。

 

「ここに留まってたら二人揃って蜂の巣だぞ!」

「あー? なにぃ!?」

「向こうに事務所があるだろ、そっちに行け! 相手も二手に分かれざるを得なくなる!」

「……くそっ!!」

 

 

ボンッとエンジンルームから音が鳴り、思考を急かす。 煙り臭さが鼻を突いた頃、三好は懐から一挺の拳銃を取り出して飛び出した。

 

5.7x28mm弾を用いる個人防衛火器・プロジェクト90と同じ経口の、ボディアーマーを貫く為の拳銃・Five-seveN(ファイブセブン)で盲撃ちしながら建物内に繋がる階段に走って行く。

 

 

弾切れなのかHK416を持っていた軍人は、それを仕舞い腰のホルスターから同じように拳銃を取り出して三好の跡を追う。

 

そしてG36を持っている方の軍人の射撃音が聞こえなくなった紅葉は、ハザードランプ付近に後頭部を置いて、視線を向け―――。

 

「――――お前……。」

 

 

コンコンと、軍人は銃口で連れてきた人物の頭を小突く。 出なければならなくなった紅葉は、両手を上げて車の後ろからその身を出した。

 

軍人の足元にうずくまり、静かに涙を流す女性が居る。 腹が膨らんでいて、体を締め付けないラフな格好をしている。

 

逃げ遅れてしまったらしい妊婦を軍人は人質に取ったのだ。 軍人は良く見れば、まるでペスト医師のように尖ったマスクと、レンズが黒いゴーグルを着けていた。

 

トリガーから指を離さないまま、片手で紅葉の拳銃を指差して下にもって行く。

 

 

暗に『捨てろ』と言われ、深くため息をついて紅葉はH&KP30をホルスターに仕舞い、腰から外して道路に捨てる。

 

ちらりと三好が逃げた先の事務所の中から銃声が聞こえているのを確認してから、紅葉も現状を解決する手段を脳裏で思考するが。

 

「……楽に死ねると思うな――――。」

 

 

問答無用で、一発の弾丸が紅葉の右肩の肉を抉り飛ばした。

 

 






まだ前半戦。



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玖・激憤慷慨

 

 

 

三好を追いかけ階段を上る軍人らしき服装の男の片割れは、HK416を捨てて、代わりに腰の拳銃(サイドアーム)・HK P2000を取り出し構えながら歩く。

 

マスクとゴーグルを取り、豆電球だけの薄暗い階段をゆっくりと上っていると――。

 

「――――。」

 

 

階段を上った先の事務所に繋がる扉が、半開きになっていた。 相方であれば我先にと駆け上がって押し開けるのだろう、と内心で笑い、P2000を真っ直ぐ構え足音を立てないようにする。

 

男は左手でP2000のグリップを握り、右手のひらで扉を押す。 入ってすぐ左に本棚、眼前に台が透明のテーブルと向かい合うソファ、その奥の窓の手前に仕事用のデスクがあった。

 

 

そして、躊躇いの無いデスクへの発砲。

 

足元が木の板で隠れているタイプのデスク故に、隠れるならばそこしかない。

 

 

しかし無反応。 悲鳴もなければ、流血もない。

罠かと考えテーブルの横を通ろうとした瞬間。

 

「手ぇ上げろ。」

 

 

ゴリ、と。

 

背中に銃口を押し当てられた。

 

「――――。」

「何処に居たかって? 本棚の上だよバーカ。」

 

 

男が目線だけを横に向け、最初に見た筈の本棚を確認する。 良く見れば、天井と本棚の間に隙間が出来ていたのだ。

 

普通ならば、逃げる人はデスクの下に隠れるだろう。 そんな思い込みを利用した初歩的な視線誘導(ミスディレクション)に、男は見事に引っ掛かっていた。

 

「一度しか言わない、銃を捨てて投降しろ。」

「――――。」

「そうだ、それで―――ッ!?」

 

 

男の銃を握る右手が横へ伸び、トリガーガードに指を引っ掻けたままだらりと力を抜き、床に音を立ててP2000を捨てる。

 

―――刹那、空いた左手が引き抜いたナイフが煌めいたかと思えば、瞬時に振り向きつつ三好の左腕を切り裂いた。

 

「い、づっ……!」

 

 

三好の緩んだ手からFive-seveNを弾き飛ばし、男は自身の尾てい骨付近に隠していたグロック18を取り出して引き金を引き続けた。

 

バララララララッと断続的な発射音が炸裂しては、咄嗟にグロック18を握る男の手首を掴んで耳の横に弾丸を通過させる三好の鼓膜を爆撃する。

 

「くそっ、てめ、ぇ……。」

 

 

やがてスライドが後退したままになり弾切れを知らせたグロック18をお返しとばかりに床に転がすように叩いて落とさせ、そうした三好に左手を突き出した男の握るナイフを、三好もまた脇腹の鞘に挿していたナイフで受け流す。

 

「――――!!」

「……シィッ!!」

 

 

お互いに床に落ちている己の拳銃を見やり、拾うか否かで悩み、瞬間互いに肉薄する。

 

耳の真横での銃撃のせいで左耳に聴力を期待できないまま、三好は順手で突き出すナイフを逆手に握るナイフで受け止めた。

 

 

カリカリと、黒板を引っ掻くような不快な音が二人の間で奏でられ、鍔迫り合いのように押し合うが―――男がナイフを持つ手の甲を片手で更に押すのに対して、三好の左腕には一閃の赤い傷があり、力が入れづらく徐々に押し込まれて行く。

 

しかし三好は、一瞬だけ力を抜き相手にわざと押し込まれる事で、自分から見た右側に男の体を流しつつ左へと自分を逸らす。

 

 

ガクンと姿勢が崩れた男の横を、ダンスのターンのように回り、左手の指で軍服の襟を引っ張りながら、ナイフを捨てた右手で胸ぐらを掴み上げた。

 

「だぁらっしゃぁぁぁいっ!!」

 

「――――!?」

 

 

そして力任せに男をテーブルに叩き付けた。 ガラス製のテーブルは粉々に砕けて足が折れ、男は肺の空気を絞り出すように息を吐き出しながら床に背中を強かにぶつける。

 

三好の手に伝わった感触からして、男は立てないだろうと言える程に手傷を負っていた。

 

「……ぺっ、手こずらせやがって。」

 

 

落としたFive-seveNを取り、ホルスターに納めた三好。 男から僅かに目線を外し、僅かに慢心する。 普段ならばしないだろう行動が、聴力の低下した耳に何かを引き抜く音を聞かせた。

 

「あ?」

 

 

行動不能にした筈の男に目を向けると――――――その両手に、黒いパイナップルめいた物体が握られていた。 ピンが抜け、レバーが外れたそれを、三好は見たことがある。

 

「――――やべ」

 

 

 

 

 

ボンッ、という爆発音。 事務所の窓ガラスが吹き飛び、三好もまた窓の外へと投げ出された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐ、が、ぁ……。」

 

 

ベロンとめくれた右肩の肉を左手で押さえ、紅葉は千切れないように繋ぎ止める。

 

男の足元で動けない妊婦は銃声に驚き、耳を塞ぎ、まぶたを閉じて蹲っていた。

 

「や、はり……宿舎を盗聴していたようだな……。 大社本庁に来られると困るんだが、ここで帰るなら見逃してやるぞ?」

 

 

脂汗を額に滲ませ、右肩を押さえることで動かせないとアピールさせつつ、太ももに手首を押し付ける形で籠手の安全装置を操作する。

 

 

――――バンッと言う破裂音。

 

 

「ぐぉ、お、おぁ……っ!?」

 

 

煙を上げるミニバンのボンネットに、背中から倒れ込む。 息苦しさに胸を圧迫される正体を探ろうと顔を下げ目線を降ろすと、紅葉のワイシャツの裏にある薄いチョッキを貫いて、弾丸が腹部に突き刺さっていた。

 

「(くそ、不味い、不味い……! 体の異常に反して()()()()()()()()()()()()()…………それは別に良い、二秒だけでも、隙さえ作れれば……っ。)」

 

 

腹に熱した棒を押し込まれているような灼熱。 二発の銃弾に撃たれていながらも、紅葉の思考は急速に冷め、問題解決の為の思案を巡らせる。

 

隙さえ出来ればそれで良いのだ。 例えばそう、意識外で、爆発が起こるとか――――。

 

「ひっ、う、ぅっ」

「…………問題ない! 俺がそいつをころ―――――倒すまで、目を閉じて耳を塞いでろ! 嫌なものは、見ないままで良い!」

 

 

肩が痛み、腹を撃たれ、ダルさに襲われ戦うのも億劫になってきていた紅葉は、女性の嗚咽に答えるように叫ぶ。 勇者と巫女を守る為だけに戦っていたのに、どういうわけかこの女性も守らないといけないと思っていた。

 

「(――――よし、勝算が出来た。)」

 

 

ボンネットの上で横になる紅葉はそこから降りながら、然り気無く左手を後ろに、ベルトに引っ掻けている円筒形の物体を手のひらへ転がす。

 

軍服の男が呆れたように頭を振って、G36の銃口を紅葉に向け――――瞬間、横の建物の二階が爆発し、大きな物体が茂みに落ちる。

 

「――――!?」

「(今、しか、無い……!)」

 

 

突然建物が爆発すれば、人間である以上、つい反射的にそちらに意識を向けてしまう。

 

男と紅葉が同時にそうして――――僅かに紅葉の行動が早かった。

 

 

親指でレバーを押さえるピンを抜きながら、前方数メートル先の男目掛けて投げる。 そのまま振り抜かれた左手を右腕へと持って行き、なけなしの力で男に向けて上げた右腕を叩いた。

 

意識を紅葉に向け直した男が投げつけられた円筒形の正体を即座に見抜き、左腕で目元を隠しながら片手でG36の引き金を引き絞るのは、ほぼ同時である。

 

 

 

 

『音』と形容する事すらおこがましい『とてつもない光(100万カンデラの閃光)』と、『とてつもない爆発(170~180デシベルの爆音)』。

 

腕の隙間から漏れた光が、単なる黒塗りのレンズのゴーグル越しにある眼球を焼き、耳から聴力を奪う。 目を閉じて耳を塞ぎ俯いていた妊婦から被害をなるべく逸らすように上向きに投げられた()()が、ほんの一瞬三人を包み込む。

 

 

爆音に混じって放たれた数発の弾丸は、斜めに線を描き、紅葉の脇腹から左肩までを袈裟斬りかのように穿つ。 チョッキで貫通を止められてはいるものの、紅葉への銃撃は間違いなく致命傷だった――――のだが。

 

「が、ごぶ、ぅ」

 

 

()()()()()()()()()()()()

 

そんな紅葉の代わりに倒れたのは、首に刃物が突き刺さり、口許の嘴めいたマスクの隙間から血の泡を吐いている男だった。

 

籠手の仕込み刃の安全装置を外し、顔をマスクやゴーグルや腕で守った男の首を狙い、見事隙間を縫って撃ち込むという離れ業を、紅葉は土壇場で行い成功させたのだ。

 

「ふ、ぅう……っ」

 

 

瀕死の体を引きずり歩いて、仰向けに倒れた男に馬乗りになる紅葉。

 

閃光と爆音で何が起きたか分からないまま、自分が相手を撃ったことも識別出来ていないままの男は、何故自分の首が痛むのかも呼吸ができない理由も分からない状態で――――。

 

 

「…………俺の、勝ちだ……。」

 

 

首の刃を、より奥へと押し込まれた。

 

骨と筋肉に阻まれる抜き身の刃先の逆に手のひらを添え、ぐっ、ぐっと力を入れる。

 

 

ぶくぶくと絞り出すように、紅い泡がマスクの中から漏れ出る男。 倒れた拍子にゴーグルが割れて瞳を覗ける紅葉は、その閃光で焼かれた瞳から生気が無くなり、完全に死亡したことを確認するまで、手に力を込め続けた。

 

「―――紅葉、死んでる。」

「…………そうか。」

 

 

茂に落ちた物体――――血とガラス片にまみれた三好が、紅葉の行動を嗜める。

男の遺体から退いた紅葉は着ていたコートを上半身に掛けることで、凄惨な状況をなるべく隠そうとしていた。

 

 

最後に、震えながらただ言われた通りに何も見ないでいるしか出来ない女性へと、屈みながらも肩に手を伸ばす。 そして怖がらせないように、珍しく優しげな声色で言う。

 

「終わった。 もう、目を開けて良い。」

 

 

果たして、まぶたを開いた女性の眼前に飛び込んできたのは血まみれの男二人なのだが、その心境や如何に。

 

 



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拾・蛟竜毒蛇



※今更だけどこれはゆゆゆ二次創作です。




 

 

 

妊婦を連れた血まみれの男二人が大社本部に訪れた、と聞けば、100人中100人が意味不明だと断じるだろう。

 

大社神官に扮した警備員が懐から拳銃を抜く寸前だったという程に、二人は全身を深紅に染め上げている。 そして足を引きずり、受付の横にあるソファに腰かけた。

 

「……眠い。」

「今寝たら確実に死ぬぞ、傷口に指でも突っ込んどけ。」

 

「あのぉ……私はどうすれば……。」

 

 

立ち往生をしている女性に、あぁ、とぼやいて男の片割れ――――三好が手近で警戒する神官に言葉を飛ばす。

 

「この人と身内の身辺警護を暫く任せる。 俺たちと関わった以上、また人質に取られたら敵わない。」

「かしこまりました。 ご婦人、こちらへ。」

「……ありがとうございました、お二人も身体を労ってくださいね。」

 

 

神官の一人に連れられてその場を後にする妊婦の女性と入れ替わるように、少女が二人駆け寄ってきた。

 

「紅葉さん!」「三好くん!」

 

 

巫女服に身を包んだ二人―――ひなたと真鈴が、キャスターの付いた救急担架を持ってきた救護班と共に、少なくない出血が続く紅葉たちを見て息を呑む。

 

「っ、なんで、こんな……。」

「三好くーん、しっかりして!」

「ぶべぇ」

「…………ひなた、か。」

 

 

べちべちと三好の頬を叩いている真鈴を他所に、閉じかけたまぶたを開いて目線だけを右往左往させてひなたをピントに収めた。

 

「……俺が正しかっただろ、朝早くに出たから、巻き込まれなかった。」

「そう言うことじゃありません! どうして私と一緒に行動しようとしなかったんですか!」

 

 

三好が神官に抱えられて担架に乗せられる横で、紅葉はひなたの肩を借りながら担架へと腰掛ける。

 

「お前と一緒の時に襲われたら、守りきれるかわからない。 勇者の手を借りる訳にもいかないからな。 俺とそいつだけで済んで()()()()()。」

 

 

ひなたが目を見開いて硬直したのを、紅葉が見ることは無かった。

 

担架に横たわり酸素マスクを被せられ運ばれる二人を見送って、ようやく動き出したひなたは、血まみれの床に蹲り嗚咽を漏らす。

 

「――――幸運だなんて、そんな事を聞きたいわけじゃ無いのに……。」

「……ひなた。」

 

 

会う度にボロボロになって、会う度に遠くへ行ってしまう。 そんな男への感情が渦を巻き、混乱を作ってひなたを苦しめる。

 

いっそのこと『あんたら両想いだよ』とでも言ってしまおうか。 なんて考えて頭を振る真鈴は、ひなたの横で膝を突いて座り、肩を抱いてやることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『馬鹿は死なないと治らない』って良く言うだろ、お前はそれだ。 しかも厄介なことに不治の病と来たもんだから困る。」

「それが患者に対して言う医者の言葉か。」

 

 

大社本部の一室、医務室としても使われているそこで、紅葉は銃創とめくれた右腕の肉を縫合した痕を確かめていた。

 

おおよそ医者のする態度ではない顔をされながら、白衣を着た女医にそんな事を言われる。 暗い髪色の女医は、その髪を乱雑に一纏めにして背中に垂らしていた。

 

「…………三好は?」

「あいつは爆発の衝撃波で内臓にちょいダメージがあった程度で、頬やらに刺さってた窓ガラスの破片も深くはなかったから、消毒して終わりだ。 お前が起きる十分前に出てったよ。」

「さいで。」

 

 

ベッド脇に置かれている私物と替えの私服に着替えながら、ふと気になったことを女医に問う。

 

「……この服は?」

「お前の彼女の巫女が神官に持ってこさせたモノだ、お前ごときの為に泣くような奴なんだからちゃんと謝っとけな。」

「ひなたは彼女じゃない。」

 

「誰が『ひなたが持ってきた』なんて言ったよ、お前の知り合いの巫女は二人居るだろ。」

 

 

墓穴掘ったな、と鼻で笑われる。

 

無機質な瞳を細めて睨む紅葉は、強烈な既視感を女医に対して覚えた。

 

「…………?」

「どうした。」

「……いや、あんたから友奈と似たような気配を感じただけだ。」

「友奈? ああ、勇者の――――それは流石にわからんぞ。」

「そうか。」

 

 

腰に回したワンタッチベルトと、それに吊るしたホルスターと収まった拳銃、最後に両腕の籠手を取り付けた際、右腕の仕込み刃(ブレード)が無いことに気付く。

 

「……あの男に撃ち込んだんだったな。」

 

 

アレの代えはすぐさま用意は出来ない為、左のブレードまで撃ち出すわけにはいかない。 尤もあの行動は緊急事態で仕方の無かったモノなのだが。

 

「(メンテナンスに修理に調達に……暫くは予備で繋ぐしかないな。)」

「おら、とっとと帰りやがれ。 こちとら暇じゃねーんだよ。」

「わかったから尻を蹴るな、それでも女医かお前は。」

 

 

ワイシャツにコートを羽織り、腰にぶら下げた得物を隠して部屋を出る。

 

残った女医は、深くため息をついて椅子に腰かけた。

 

「――――神格だと気づく寸前、か。 そういやあのピンクも神格の一柱だったな。」

 

 

キャスター付きの椅子でグルグルと回りながら、女医の目線は天井を向く。

 

「なんだってあんなイカれた男と契約しないといけないんだ……。 呼んだら来たのがあいつだけだったとは言え、見る度にボロボロなのは……あいつもしかしてマゾなのか?」

 

 

ため息がつきない女医。

 

――――が、一転して受信した言葉に焦りを露にする。

 

 

「―――は!? おいちょっと待て、なんでそいつがここに……馬鹿野郎もっと早く伝えろ!!」

 

 

つい数分前に部屋を出た紅葉を追って、女医もまた部屋から飛び出す。

 

しかし既に紅葉の姿は無く、代わりとばかりに、濃密な自分よりも高い神格の気配を上階から感じ取った。

 

「なんでよりにもよって、今このタイミングで出てきやがった!?」

 

 

不自然な程に人の気配が無い廊下を走る女医の内心は穏やかではない。 何故ならこのまま紅葉を放っておけば、間違いなく死ぬからだ。

 

「くそっ、めんどくせぇ事しやがって……あのエジプト野郎……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

薄暗い倉庫の中で、紅葉の意識は寝起きのように覚醒する。

 

「……ん?」

 

 

紅葉が覚えているのは、部屋を出た直後に聞こえてきた『声』が、自分を呼んでいたというものだけ。

 

そこで途切れた意識と今の間の記憶が、すっぽりと抜け落ちていた。

 

即座にHKP30を腰から抜くが、散々酷使したそれが暴発でもしては堪ったものではない。

 

大人しくホルスターに仕舞い、左腕のブレードに意識を集中すると、倉庫の奥から足音が聞こえてきた。

 

「誰だ。」

 

 

後ろ手に室内の明かりを点けるスイッチを入れ、蛍光灯を光らせる。

 

箱が置かれた棚の背後から現れたのは、浅黒い肌をして、長すぎる髪が床を擦る外国人だった。

 

「――――お会いしたかったんですよ、初めまして。 ()は君の3年間を見ていました。」

「……熱烈だな、それとそこから動くな。」

 

 

にっこりと貼り付けた笑みを無視して、暴発の可能性を考慮しつつP30を抜き直し()に銃口を向ける。

 

「何者だ。 大社の人間ではないだろ。」

「そう警戒しなさんな、()は中立だからね。」

 

 

()()がそう言い、紅葉は自然と銃口を下ろして拳銃を床に落とした。

 

「……お前、何だ?」

 

「しがない観測者さ。 ()()()()()()()()()()()()()()()先人紅葉さん?」

 

「は――――?」

 

 

紅葉の脳の処理が追い付かない。

 

恐怖とは、すなわち未知を理解できない感情である。 眼前の()()がナニモノなのか、そもそも人なのか、しかしバーテックスではない。 思考が巡り、()()を前に紅葉は一歩後ずさる。

 

「ついでに言うと、君はこのあと、山奥の洋館に地下施設を建設して拠点として構えているイースの偉大なる種族と対面する事になるんだ。 更にその前で今から数日後に、君たちはまた襲われる。 それも複数箇所で同時に。 勇者たちが諏訪に遠征する時期に合わせて、君を潰そうとしてるんだろう。」

 

「なにを、言っている。」

 

「ああそうだ、君の両親の母親、先人椛だっけ。 襲名制なんて随分と古くさい文化に拘っているけど……いい名前ではある。 それとさぁ、君の記憶を見ていて思ったけど、君は自殺願望があるんだね。 それでいて自分だけが諏訪出身で生き延びたことへの罪悪感があって死ぬに死ねない。」

 

「――――おい。」

 

 

気付けば、紅葉は()の胸ぐらを掴み上げていた。

 

「お前、何だ。 なんで()()()()()()()()()。」

 

 

まばたきをする毎に、紅葉の眼前の何かは、顔の形が、声が、性別が、骨格が変わっていた。 しかしそれを異常だと認識できないでいたが、内心を見透かされている怒りからか、それを違和感だと認識できた。

 

ようやく、紅葉は掴みかかったソレが肌の浅黒い外国人の男だと視認できていた。

 

()には顔が無いからね。 『顔』が『無』い――――すなわち無貌。 エジプトで崇拝されてた時は『無貌の神』って呼ばれてたから、そう呼んでくれたまえ。 以後よろしく。」

 

 

神を自称する男は、いつの間にか紅葉の手からすり抜けて背後に立っている。

 

「サバイバーズ・ギルト。 災害や事故で唯一生き残った者が陥る罪悪感。 それに加えて自殺願望と、勇者と巫女を守らないといけないという思い込み(パラノイア)。 難儀だねぇ、苦しくないの?」

 

「―――黙れ。」

 

「やっぱり家族は偉大なのかな? でもそれはそれとして、さ。」

 

 

ニヤニヤと笑いながら、無貌の神は顔を手で覆った。 そして、すっと顔から手を離す。

 

 

 

「この子、誰?」

 

 

 

無貌の神の顔は、男から少女へ。

 

気弱な雰囲気のある顔を、絶対にしないだろう厭らしい歪んだ笑みに。 ()()()()の顔でそうやって煽る行為は、紅葉の心情を沸騰させるのに、あまりにも充分すぎた。

 

 

 

 

 

 

―――話は変わるが、『竜の逆鱗』というモノを知っているだろうか。

 

例え普段は温厚で、寛大な竜でも、顎の下に生えた逆向きの鱗に触れられると、相手が誰であれ怒り狂い殺してしまうという逸話である。

 

そこから転じて、『触れられたくないモノに触れて相手を激怒させる』事を、『逆鱗に触れる』と表現するようになったのだが。

 

 

 

 

 

 

とどのつまり、果たして、刹那の内に無貌の神の喉が潰された。

 

左腕がゆらりと動いたかと思えば、紅葉の手首から伸ばされた仕込み刃が喉仏を貫いたのだ。

 

「カッ、ァ」

 

「死ね」

 

 

続けざまに喉から刃を抜いて収納した紅葉は、流れる動きで顎と頭頂部を両手で抑え、それぞれを反対方向に捻る。

 

それだけで、ゴキリと音を立て頸椎が折れた。

 

 

後ろに仰向けで倒れた無貌の神の、藤森水都の顔のままのそれを踏み潰そうと一歩踏み出した瞬間、背中から回された手が紅葉の目線を遮る。

 

「しー……しー……いい子だ。」

 

 

手の正体が女医のものだと気付くが、不思議なことに突如として湧いてきた眠気が、紅葉の思考をも遮り、意識を黒く塗りつぶした。

 

「…………記憶を()()()()私の身にもなれ、それを見越したうえで『未来』の出来事言いふらしやがって。」

 

「――――あ、月読命じゃん。 まだ女医のフリしてたんだ、気配が薄すぎて気づかなかった。」

 

「てめぇいい加減ぶっ殺すぞ。 地の神の集合体が、代表の一柱に勇者の力を与えてるんだ……外宇宙の理不尽と不条理そのものを一つ消し飛ばすくらいならギリギリ出来るんだからな。」

 

 

おーこわ。 そう言いながら男は、首からドス黒い液体を垂れ流しながら、女医――――月読命がさぞ大事そうに支えている紅葉を愉快なものを見る顔で見ていた。

 

 

 






無貌の神「トラウマ抉って感情爆発させるのたーのしー!(邪神並感)」



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拾壱・沙羅双樹



Q.紅葉って頑丈過ぎでは?

A.月読命が未来の幸運を先取りして運命を改変しまくって、それでようやく辛うじて生きてる状態に持っていけてるので、回数で言えば30回以上は死んでる筈なんですよこいつ。




 

 

 

紅葉のまぶたが開かれた時、眼前にあったのは布に包まれた二つの山であった。

 

「―――ん。」

 

「……紅葉さん、起きましたか?」

 

 

山の奥から声が響き、顔が覗かれてくる。 寝起きの思考が『山』と処理していた情報が『胸』だったと気付き、紅葉は巫女装束から制服に戻っているひなたに膝枕をされていた事を理解した。

 

「……すぐ起きる。」

「いいえ、まだ寝ていてください。」

 

 

大社本部のどこかにある廊下のソファーに寝転がっている紅葉が起き上がろうとするが、ひなたに肩を押さえつけられる。

 

細腕のどこにそんな力があるのかと思うほどに紅葉は動けないでいる。 しかし、記憶が()()()()()紅葉は、自分が凄まじいストレスを与えられて神格を殺そうとしたことを覚えていない。

 

故に、自分が何故こうも疲れているのかについて、なにも知らないのだ。

 

「女医さんに貴方が倒れている事を知らされて、ここに来たら任されたんです。 暫くこうしておいてやれ、と言われました。」

「嫌だろう、若葉なら兎も角男に膝枕なんて。」

「別段、不快ではありませんよ?」

 

 

それに、と続けて目の下に指を伸ばす。

 

「目にクマ。 女医さんが言ってましたよ、手術で麻酔を使って眠らせた以外で、恐らく紅葉さんは眠れていない……と。」

 

 

事実を突きつけられ、紅葉は黙り込む。

 

実際紅葉はこの数ヶ月碌に睡眠を取れていない。 夜になる度に、眠ると言うよりは長時間気絶して朝を迎えていたのだ。

 

「……どうして、そんなにも必死に私たちを守ろうとしてくれるのですか。」

「――――――。」

 

 

疑問符は無かった。 故にそれが紅葉への質問ではないとは、わかっている。

 

――――それでも静かに、真綿で首を絞められるように、ひなたの言葉は紅葉の心をえぐっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数日で銃創が塞がり、女医に化物でも見るような顔で見られたのも今は昔。

 

快復に合わせて装備の修理やメンテナンスを任せていて()()丸腰の紅葉は、前を歩く友奈とひなたの後ろを歩いていた。

 

「いやー相変わらず傷が塞がるの早いね、紅葉くん。」

「前から治るのは早かったが、最近の襲撃の一件から余計に早まっている気がする。」

「…………何でだろうねぇ?」

 

 

後ろ向きで歩く友奈は、紅葉を見ながら器用に目線を逸らす。

 

フード付きのパーカーを着て、四角い頑丈そうなリュックを背負い、腹部のポケットに両手を入れていた紅葉の格好が珍しいのか、友奈はジロジロと上から下まで見回した。

 

「なんだ。」

「うんにゃ、紅葉くんがスーツとかコートとか着てないの珍しいなぁって。」

「三好のツテで俺の武器を調達してる奴がなんか色々としてるみたいで、まだ返されてないんだよ。 …………こんな豆鉄砲でどうしろって言うんだか。」

 

 

そう言ってめくられたパーカーの下には、Tシャツの上、その腹部に巻かれたベリーバンドホルスターと、それに納められた普段持っているHKP30とは別の小さい拳銃と替えの弾倉があった。

 

「……ちっさ。 なにこれオモチャ?」

「馬鹿言え、あと触るな。 腹筋をつつくな。」

「わーお、カッチカチ。 ヒナちゃんも触る?」

「――――セクハラになってしまいます。」

「お堅いなぁ。」

 

 

銃口を下にしてホルスターに差し込まれた拳銃のグリップを触ろうとして紅葉に叩かれ、代わりとばかりに腹筋を指で突く。

 

ついに握り拳で頭を叩かれてようやく止めた友奈が、憂いた顔のひなたを見て眉を潜める。

 

「ヒナちゃん、紅葉くんになにかされた?」

「俺が悪い前提で物を言うな。」

「いえいえ、紅葉さんが悪いわけでは無いんですよ。 ……本当に、悪くないんです。」

 

 

作った笑みを浮かべて誤魔化すひなたは知っている。 紅葉がある種の狂気染みた使命感に駆られている事に、本人にその自覚が無いことに。

 

そうなった理由が勇者と巫女、すなわち自分達にあることも知っていて、だからこそ紅葉の自殺紛いの身体を張った行いを『やめろ』と言えない。

 

「……ねぇ紅葉くん、アイス食べたーい。」

「……そこのコンビニ行ってこい。」

「やったぜ」

 

 

ピンと指で弾き飛ばした五百円を受け取った友奈は、走る直前にひなたへとウインクを飛ばす。 話し合え、と暗に言っていた。

 

「(……変なところで、感が鋭いんですから。)」

「(人間の喧嘩はねちっこいって本当なんだなぁ。 ……ん?)」

 

 

ひなたと紅葉から数メートル離れた位置にあるコンビニに駆け寄る友奈は、視界の奥から歩いてくる男に()()()()()()鋭く濃密な殺意を感じ取ったが、自分から首を突っ込む事もあるまいと、無視して店内に入る。

 

その男が背負っている箱がガンケースであるとは、流石の友奈でも知らなかった。

 

 

 

 

 

「―――お前がそこまで気落ちしてる理由が俺にあることくらいは分かるぞ。」

「…………ごめんなさい。」

「悪いが俺は生き方を変えるつもりは無い。 何があっても、俺はお前を―――お前たちを守る。 命に変えても、とは言わないがな。」

 

 

命に変えたら、そのあとの問題から守れない。 そう言って、紅葉は口角を歪める。

 

ひなたはその顔を見て、紅葉が自分が何時か死ぬ事を察しているのだと理解した。

 

故に、きっとひなたは初めて、人に対して()()()()()()のだろう。 あまりにも身勝手で、自分勝手で、相手を置き去りにする言い分にひなたはイラッとしたのだ。

 

「紅葉さん。」

「なんだ。」

「約束してください。」

「なにを。」

 

 

そっちがその気なら、こちらも自分勝手に振る舞わせてもらおうと。

 

紅葉を困らせる為だけの言葉を紡いだ。

 

「―――私を、泣かせないと。 貴方のせいで私が泣くことはしないと、約束してください。」

「……確約は出来ない。」

「してください。」

 

 

赤というよりは深紅に近いひなたの瞳が、紅葉を見上げて視界に写す。

 

「……守れない約束はしない。 頼むからわかってくれ、俺は――――。」

 

 

紅葉は一呼吸置いてから続ける。

 

まるで罪の告白であるかのように、頬を引きつらせて言葉を喉につっかえさせながらも、なんとか絞り出した。

 

「―――俺はお前に、失望されたくない。 この感情だけは、友奈たちを守るのとは全く別の、俺の個人的な…………薄汚れた願いだ。」

「…………それは……どういう。」

 

 

紅葉の言葉が、やけに耳に染み入る。 心臓が高鳴るが、それの正体が掴めない。

 

二人が向き合って見合う様を、お釣りを片手に握って片手でソフトクリームを舐めている友奈がじっと見ていた。

 

「そろそろ話していい?」

「ひぁっ!?」

「っ。」

 

 

無言だが肩を跳ねさせる紅葉と、上擦った声を出して半歩下がるひなた。

 

「あ、はいこれお釣り。」

「……いつから見てた。」

「二人を見てると、いい勉強になるよ。 うん。 ヒナちゃんは面白いよね。」

「こ、答えになってませんよ……。」

 

 

少しばかり紅葉くんへの想いに鈍いけど、と内心で呟く。 自身の心境で自己矛盾を繰り返す男と、そんな男に熱視線を向けられているのに全く気付かない少女。 これだから人間とは……。

 

「(おっと、また考えが神格寄りに。 これじゃ人の形を与えられた意味が無い無い。)」

 

 

ソフトクリームを舐めて、思考を冷ます。 そんな考えを友奈が巡らせているとは露程も考えていない紅葉は、二人に声を掛ける。

 

「……仕切り直して、さっさと行くぞ。 ずっと留まっていたら誰にバレるか、わからな――――――。」

 

 

ちり、と。 不意に首筋が熱くなり、それが殺意だとわかった瞬間には、言葉を中断した紅葉は目線だけで周囲を見渡した。

 

友奈が出てきたコンビニの看板を盾に、上下二連式の散弾銃を向けている男を視野に収め、銃口の向きから友奈を狙っていると判断。

 

 

周りは気付いていない。 人が少ないのと、看板が死角になっているのと、既に脅しでもしたのか店内の人間が無反応だったのだ。

 

自分へと殺意をぶつけつつ、しかしそれはブラフ。 狙いは友奈だろう。

 

「友奈。」

「へ? ぐぇえっ」

 

 

紅葉は瞬時に友奈の襟首を掴み、すぐ隣の物陰に投げ捨てる。 次いでパーカーの腹部分を捲り懐に隠し持っている(コンシールドキャリー)拳銃を取り出しつつ、銃口の動きを探り―――

 

「――――ひなた!」

「えっ」

 

友奈が射線から居なくなった瞬間には、既に狙いを変えていたらしい。

 

ひなたと射線に割り込み、背中を向けた紅葉のリュックに数十の鉛の粒が同時に突き刺さるのに、一秒も掛からなかった。

 

背中への衝撃と爆発音が重なり視界に星が散らばる紅葉は、二発目が続けざまにリュックに衝突するのを感じ取る。

 

「が、ぎ……っ」

「もみ、じ、さん」

「…………だから、確約は出来ないって、言っただろ。」

 

 

すーーーっ……と息を吸い、ふぅと吐き出す。 それで、完全に意識が切り替わった。

 

鉛の粒で表面をズタズタに引き裂かれたリュックを背中から下ろし、背中に当たる部分に取り付けられた盾のような取っ手を掴み、紅葉は薬莢の取り替えをしている男に向かって走る。

 

「友奈! ひなたと一緒にここから離れろ、悪意を感じた相手は殴っていい!」

「――――りょーかーい。」

 

 

リュックに偽装していた防弾シールドで首から下と胸を隠しつつ、側面から飛び出させたコンシールドの拳銃・グロック26で看板に発砲。

 

10発しか入らない小型の拳銃では牽制にしかならないが、顔を出させて狙わせなければ良いだけ。 9発目を撃った次の瞬間、10発目が撃ち出されて電光の看板に突き刺さる。

 

「――――ちっ」

 

 

紅葉は自分に向けて二発、数メートル離れていながら的確に背中を撃ち抜いた男を『出来る』と判断していた。 格好つけて足や頭は狙わず、当たりさえすれば痛みと衝撃で行動不能に出来るとわかっている動きが出来る……それはつまり。

 

猟師(マタギ)か。」

 

 

使っている銃は近代的だが、顔付きや殺意の消し方と向け方の上手さと、数秒で排莢と装填を終える技術。

 

そんなものは撃ち慣れていないと出来ない。

 

「―――――シィッ!!」

 

 

即座に看板から半身を飛び出させて放たれる三発目をシールドで受け、四発目をグロック26を投げ捨てつつ拾い上げたゴミ箱を投げることで防ぐ。

 

ゴミが四散し、視界が塞がれた一瞬のうちに行われる二人の判断。 マタギは数歩下がりながら手慣れた動きで五発目と六発目のシェルを取り替えようとし、ガクンと動きが止まる。

 

「逃がすか。」

 

 

四回連射して加熱している筈の銃身をなんの躊躇いもなく生身で掴んだ紅葉が、散弾銃を引っ張り、前につんのめるマタギの顔面に取り上げた散弾銃の銃床を叩き付けた。

 

「ガッ、ぶ」

 

「お前のような奴に逃げられると面倒だから、手足へし折って動けなくするが……間違っても舌噛んで死のうとは思うなよ。 あれは痛いだけだ。」

 

 

もんどり打って倒れるマタギに忠告する紅葉だが、どうにも違和感がある。

 

季節に合わない分厚いダウンコートに目が行き、不自然に膨らんでいる事に気付いた。

 

「なにを隠してる。」

「…………見てみろ。」

 

 

しわがれた声。 鼻血を吹き出しながらそう言ったマタギの顔面に更に一発入れてから、紅葉はコートのジッパーを下ろして開き―――。

 

「――――やられた。」

 

 

 

 

ずらりと敷き詰められたパイプ爆弾が、紅葉の眼前で一斉に炸裂した。

 

 






そらくたばり損ないが軽装のまま外を歩いてたらトドメ刺しに来るよね……としか。

尚、ひなた様はまだちょっと鈍感気味。



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拾弐・死灰復然



これはゆゆゆ二次創作だ…………誰がなんと言おうとゆゆゆ二次創作なんだ……。




 

 

 

「マタギの彼が死にました。」

「だろうな。」

「よろしかったのですか?」

「何故? あの男は()()()()()()だったのだから、派手に死なせてやっただけマシだろう。」

 

 

心底不思議そうに、ブルーライトカットの伊達眼鏡を掛けた男は、パソコンから目を話さないまま後ろに立つ女性と会話を交わす。

 

「……末期ガン? 彼はここに来てから今まで、わりと普通に動いていましたが。」

「エンドルフィンやドーパミンを分泌させる薬を服用させていたからな。」

「なるほど。」

 

 

痛みや苦しみを誤魔化して活動していたのか、と女性は理解する。

 

同時に、マタギの男はそうしてまで(くだん)の男――――我々が差し向けた従軍経験のある二人を倒した先人(なにがし)と三好某を殺そうとしたのかと思い、哀れにも思った。

 

「あの化物(ほしくず)に娘と妻を食われたとは聞いていましたが、まさかガン患者だったとは。

本当なら、今頃病院でひっそりと生涯を終えていたのでしょうね。」

 

「知るか。」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。 なんて言って、民衆の一部の不安と敵意の矛先を変えさせた原因が他人事とは。」

 

 

女性の淡々とした言葉に、ふっと鼻で笑うと男は返すように女性へと言う。

 

「騙される方が悪い。」

「さいですか。」

「――――あと数日もすれば、動けるようになった先人某が私たちの元に辿り着く。 動ける奴を集めてここで迎え撃て。」

 

 

施設内の監視カメラのチェックをしつつ、女性に指示を飛ばした男は退屈そうに体を伸ばす。

 

「それで、『通り魔』の彼はどうしますか。」

「あいつか……アレは三好某を行動不能にさせるための布石に過ぎん。 どうせ先人某に殺されるだろうし、放っておけ。」

「随分と人材を使い潰しますね。」

「私の目的は『調査』であって『崩壊』ではない。 人間なんてのは調査対象であって、殺戮対象じゃあないんだ。」

 

「―――と、言いますと。」

 

 

椅子を反転させて、女性と向き合うと男は続けた。

 

「私は最後には負けることになる。 故に私が集めた人間には、例外なく死んでもらう。」

「それは、私もですか。」

「ああそうだ。」

「……かしこまりました。」

 

「――――ところで。」

「はい?」

 

 

眼鏡の奥でまぶたを細めて、女性の服装を見てから話した。

 

「その給仕服、いつまで着てるんだ。」

「これはメイド服です。 それと、この服は貴方が渡したものでしょう。」

 

「この体と精神を交換したあとにお前を拾ったはいいが、この体の持ち主の家にある女物の服がそれしか無かったんだ。 仕方ないだろう。」

 

 

呆れた様子でため息をつき、見せつけるようにその場でくるりと回転する女性に言われる。

 

「肉体年齢40代男性の部屋にメイド服とはまた、業が深いですね。」

「3年前に外国から日本に来て早々こんなことに巻き込まれて、身ぐるみ剥がされて路地裏で犯されかけてた奴が言う台詞がそれか。」

「そんなこともありましたね。」

 

 

からからと乾いた笑みを浮かべ、ショートの黒髪を揺らし、女性は男性の前で膝を突く。

 

「――――必ずや、華々しく死んで見せましょう。 イースの偉大なる種族よ。」

 

「期待しているぞ。

―――柏崎・E・(イレーサー)ヴァレンタイン。」

 

 

片や、助けられた恩を返すために。

 

片や、帰れないと分かっていながらも尚、衰えぬ知的探求心のために。

 

 

『正義に負ける悪』としての戦いの、最後の幕が密かに上がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――咄嗟に防弾シールド型のコンシールドバッグを盾にしたことまでは、覚えている。

 

直後に熱、光、音が眼前で炸裂した辺りで、紅葉の意識は途切れた。

 

 

「がっ、げ……ごほっ」

 

 

キーーーーーンという耳鳴りが聴覚を使い物にならなくし、身動ぎしたせいか頭の上にスナック菓子が落ちてきた。

 

真横にあったコンビニの窓から陳列棚目掛けて突っ込んだらしく、大量の破片が突き刺さったシールドを持っている右手の小指と薬指が、明後日の方向にひしゃげている。

 

「…………携帯、は、ど、こだ」

 

 

たかが喋る振動程度で全身の骨が軋む。

 

息を吸えば肺が痛み、体を起こそうとしては手足が鈍痛を訴える。

 

 

まさかこちらの命を狙う相手が自爆をするとは想定できない。 出来るわけがない。 そんな考えが片隅にあり、完全に油断していたが故の判断ミスだった。

 

そして自分を行動不能にできたのなら、次にやることなど決まっている。

 

「ひ、なた。 ゆう、な」

 

 

二人の安否を確かめないといけない。 そんな思考に反して、だんだんと意識が遠退く。

 

身体が冷たくなって行くのを感じ取りながら、紅葉の意識は再度暗闇に落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コンビニのガス漏れによる爆発事故として片付けられた一件から一週間が経過した。 それを『たかが』とするか『されど』と扱うかは人によって違うだろうが、紅葉は病院に一週間拘束されているもどかしさに襲われている。

 

度重なる心身への負担に最初の二日は眠りこけていた紅葉は、残りの五日をベッドの上で過ごしていたのだ。

 

 

松葉杖を使っている今の紅葉は、時間を掛けて別の病室に訪れる。 たどり着いた部屋の中で、ベッドに横たわり眠っていたのは――――頭に包帯が巻かれ、昏睡している三好の姿だった。

 

「……まだ起きないのか。」

「君の回復力が異常なんだよ、もっさん。」

「来てたのか、真鈴。」

「ついさっき、ね。」

 

 

巫女としての仕事を終えてすぐ向かってきたのか、巫女装束のままベッドの脇に座る安芸真鈴を見つけ、その隣に紅葉が座る。

 

「俺たちを狙っただけかと思ったが……三好もか。 この間の銃撃戦で目を付けられたな。」

 

「犯人は顔が見られなかったんだ。 フルフェイスのヘルメットで顔を隠してて、バイクですれ違う時にバットで殴ってきて…………。」

 

 

紅葉が自爆に巻き込まれた時間と同時刻、真鈴と三好が別方向に買い物に出ていた際、まるで遠くから聞こえた爆発を合図にしたかのように、現れた通り魔に三好もまた巻き込まれたのだ。

 

金属バットで頭部を、しかもバイクで加速した状態で殴られていながら生きているのはやや不思議だが、紅葉が頑丈なのも相まって誰も疑問に思わない。

 

「……実はね、私のスマホにバイクとナンバープレートの写真入ってるの。」

「咄嗟に撮ったのか。」

「うん。」

「なんで警察に渡さない。」

「君に渡す方が確実だな、と思ったんだ。」

 

 

真鈴が懐から取り出したスマホには、ブレがあるが、それでも番号とバイクの形が分かる写真が写っている。 そのスマホを取ろうとした紅葉は、真鈴が力強く握っていることに気付いた。

 

「……なにもしないで。 これは、やっぱり警察の大社と繋がりがある部署に渡す。」

「俺の知り合いに探させる方が早い。」

「それ、君が戦うってことでしょ?」

()()()()()()だからな。」

「……そう言うと思った。」

 

 

子供のワガママを聞き入れる親のような、諦めた顔をして、真鈴は手から力を抜いて紅葉にスマホを渡す。

 

「もっさんが寝てる間に遠征に出てったあの子達に、私、どんな顔をすれば良いの? 君が死んだら、ひなたや友奈達がどれだけ悲しい思いをするかわかってる?」

 

 

それが責めている言葉ではなく、警告であることだけはわかった。

 

「――――……一週間は、長すぎた。 こっちが怪我を治す前に、向こうが俺たちを殺しきる準備を終わらせてしまう。 これしかないんだ。」

 

 

吐き捨てるような言葉に、真鈴は顔を俯かせる。 そして、消え入りそうな声で言う。

 

「ねえ、もっさん。」

「なんだ。」

「ちゃんと生きて帰るって約束できる?」

「…………。」

 

 

紅葉は答えない。

 

しかしポケットにスマホを捩じ込んで松葉杖を突き、病室から出る寸前で一言だけ呟く。

 

「――――ごめん。」

 

 

感情を圧し殺し冷静に振る舞っている紅葉の、子供らしいシンプルな謝罪。 真鈴はただ、涙腺から溢れる雫を押さえないまま啜り泣いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前のやることを手伝うのは、チンピラに絡まれてた娘を助けてくれた恩があるからだって分かってるのか?」

「だからこうしてあんた個人を頼ってるんだろうが。 今日中にこのバイクが誰の物か探してくれ、データのやり取りは俺たちだけで行う。」

 

 

病院の廊下の隅で、紅葉は厳つい顔付きの男と会話をしていた。 ため息をついてスマホを受け取った男は、松葉杖を離せない紅葉に呟く。

 

「敵討ちのつもりか。」

「――――――違う。」

 

 

男の問いに、心底どうでも良さそうに紅葉は淡々と返した。

 

「これは単なる害虫駆除だ。 害虫が死んで、誰が悲しむと思ってる。」

「……その言葉に自分を含めるなよ。」

「含めないさ、俺は虫じゃない。 だがあいつらは四国には居なくても良い――――益虫になる可能性すら自ら踏みにじったクズだ。」

 

 

濁りながらも、確かに殺意のある瞳で男を見上げながら続ける。

 

警察(あんたら)じゃ捕まえることも殺すことも出来ない奴等を俺が片づける。 その為にそっちは俺に協力する。 利害の一致というやつだ。」

「――――悔しい事にな。」

「……それじゃあ頼んだぞ――――――捜査一課長、()()警視。」

 

 

警視とは、ドラマに登場するような若い警察官よりも遥かに立場が上の階級なのだが、男――――結城正義(まさのり)はしみじみと息を吐く。

 

「二回り歳が離れたガキと、法律ガン無視の裏取引とは…………俺も落ちぶれたな。」

「なら、あの時あんたの娘を放っておけば良かったというのか。 薄情だな。」

「…………クソが。」

 

 

正義は紅葉に逆らえない。

娘を助けられた大恩があるのだ。

 

「コンビニで死にかけてたお前を助けたのを今になって後悔してるよ……ったく。」

 

 

問題が全部片付いたら絶対逮捕してやる。 結城正義は、そう固く決意した。

 

 






祖先を匂わせる人物を出すのは過去編の特権



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拾参・水天一碧



この作品には残酷な描写とグロテスクな表現が含まれています(事後承諾)。 今回は準備フェーズで、行動開始は次回からです。




 

 

 

「じゃーん。 M60! 破壊力抜群だぜ?」

「重すぎる、要らん。」

「ちぇ、つまんねーの。」

 

 

長く重厚な銃に箱形の弾薬入れを取り付けた、名前だけは聞いたことがある人間も多いだろう機関銃を押し付けられる。

 

払いのけてゴトリと机に置いた紅葉は、結城正義との取引後に、廃墟と化した小さな鉄工所に訪れていた。

 

「それで、修理は終わったのか。」

「おー、終わってるぞい。 コートにちょいと防弾加工を施してたから渡すのが遅れちまったんだけど、その間になんか問題はあったか?」

 

「死にかけただけだ。」

「んー、いつもの事じゃん。 つーかみよっしーは? あいつから連絡来ないんだけど。」

 

「死にかけてるだけだ。」

「あー、いつもの事じゃん。 んー、マジか。 じゃあそのうち見舞いにでも行くわ。」

 

 

死ぬような男とは露程も思われてないようで、紅葉の眼前で不健康そうな小柄の女性が笑う。

 

「まーいいや、もっさんと同じで殺しても死にそうにない奴だし。 あ、外のポストの新聞どんぐらい溜まってた?」

 

「お前はいい加減、外に定期的に出る事を覚えろ。 3年でこの鉄工所にはもう俺たち以外誰も寄り付かないんだ、俺と三好が来なくなったら数日で孤独死するんじゃないのか?」

 

「だろうね。 だからどっちかがここに永住して私の専属執事とかしてくれっつってんのに、なぁにが嫌なのさ。」

 

 

『お前の相手がだよ』と言う余裕はないが、流石の紅葉でも嫌そうな顔をする。

 

「…………結城警視からの連絡待ちだが、取り敢えず服と武器をくれ、いい加減ゴミはゴミとして処理したいんだ。」

 

 

紅葉の言葉に、女性もまた渋い顔をした。

 

「――――今さらだけど、おめーさん18だったよな。 ほんとは嫌なんだぜ? おめーさんに銃とか渡すのって。 だってそもそも、私が銃を作ってるのは趣味なんだもん。」

 

「だから、悪いのはお前じゃないと言ってるだろうが。 …………いや、海外の銃器の設計図を違法に手に入れて勝手に鉄工所で製作してるお前もお前だが。 なにが『趣味なんだもん』だ。」

 

 

良いことを言った風な女性は、紅葉から目を逸らしつつ茶目っ気があるように舌を出し、紅葉に顔面を鷲掴みにされる。

 

「うごおおおお!?」

「このクソギーク。」

「君もしかしてイラついてがあああ!?」

「見ればわかるだろ……!」

 

 

濁った普段から光のない黒目がいつもよりも暗い気がして、女性は頭蓋骨が指の形にへこむ前に降参する。 渋々、といった様子で紅葉は手を離した。

 

「さっさと用意しろ、いざ俺が捕まる時が来たら道連れにするぞ。」

「…………乱暴な男だぜまったく。 そんなんじゃ彼女ちゃんに捨てられちまうぜ?」

「ひなたは彼女じゃない。」

「誰も上里の娘とは言ってないんだが。」

「――――――ちっ。」

 

 

不意なデジャヴに、紅葉は眉を潜める。 わわわ忘れ物~~~と口ずさみながら鉄工所の奥へと消えた女性を他所に、紅葉はスマホに連絡が来ていない事に苛立ちを覚えていた。

 

「……まだ情報は来ないか。」

 

 

尤も、松葉杖が必要なくなってもまだ派手な行動を慎めと言われている為、今日バイクの所有者を突き止められたとしても、行動するのは最低でも明日からとなるだろう。

 

――――ならば、今は準備を整えるだけに留めておけばいい。

 

「お待たせぇ~い。 燕尾服しか無かったけど、どうかな!?」

「本気でぶん殴るぞ。」

 

 

冗談じゃい。 そう言いながら、女性は紅葉が使っていたコートを投げ渡す。

 

以前よりも重く生地が固くなっているそれに、紅葉は疑問符を浮かべた。

 

「……防弾加工がどうこうと言っていたな、鉄板でも仕込んでいるのか?」

 

「おめー、そんなんじゃ拳銃の弾すら防げないぞ。 だがそのコートにはセラミック基複合材と炭化ケイ素を重ね合わせたボディアーマーを縫い込んであるから、着ていれば弾丸の貫通を防いでくれるだろうさ。」

 

 

…………死ぬほど痛いけど。

 

女性は、そう小声で付け足した。

 

「下に防弾ベストを着込む必要が無くなった訳か…………それで、他はどうした。」

「慌てなさんな~。」

 

 

あ~よっこいしょういち、と言いながら女性は足元のアタッシュケースを長年使われていない作業台に置き、中から手首の内側に添え木のように細長い刃が備わった籠手を取り出す。

 

「安全装置外して射出するとかいうイカれた発想する頭のおかしい誰かさんの為に、いざってときに飛び道具としても使えるよう、威力を上げるのと刺突に特化させてある。 斬ったり受け止めたりはしない方が良いぞ。」

 

「替えの刃は作れないのか。」

 

「昔プレイしたゲームを元に作ってるから加工がめんどくせー。 一本作るのに精密に計算して2日は掛かるんだよ、設計図込みでもな。」

 

 

腕に籠手を取り付け、ベルトの締め具合を確かめる紅葉。 げんなりした様子の女性が忌々しげに紅葉の腕の籠手を睨んでいる。

 

「私は銃を作るのが好きなだけだってのに、そんな機構と構造が複雑なもんばっか作らせやがってこんちくしょう。」

 

「大社は神秘に重きを置いているから、火薬が大層お嫌いらしい。 だから俺に銃を持たせたがらなかったんだ、隠せる刃物が必要だったんだよ。」

 

 

カシュン、と音を立てて手首から飛び出る刃を確認する。 以前より数センチ幅が狭まり、逆に数センチ刃先が長い。 これは確かに、『斬る』より『突く』事に特化しているだろう。

 

「ともあれ、もっさんが一番欲しいのは銃だろ。 ご要望は? M60とかブローニングM2要る?」

「しつこい。 ――――3ガンマッチで使ったモノで良い、手に馴染むからな。」

「りょ。 ちょい待ち。」

 

 

鼻歌を奏でながら再度部屋の奥に消えた女性を見送って、刃を収納した紅葉は呟いた。

 

「…………相変わらず銃の事になるとベラベラ喋り出すな。」

 

 

人は、それを類友と呼ぶ。

 

ここに球子が居たら『お前もひなたの話題になるとベラベラ喋り出すだろ…………。』と冷静な指摘をしてくれた事だろう。

 

「うひひひひ……。」

「通報されるぞ。」

 

 

ニヤニヤと目尻が緩み、口許は笑みを押さえようとしてモゴモゴと動いている。

 

籠手を入れていたのとは別の大小様々なケースを3つ持ってきた女性が、電源の落ちているベルトコンベアの上にそれをドンと乗せた。

 

「いやぁ、ようやく、ようやくデータの発掘と修復が完了してパーツの設計が可能になって、よ・う・や・く! もっさんの装備は完璧となった!」

 

「はあ。」

「んもぅ……てなわけで、はいまず1丁。」

 

 

一番小さな箱から取り出されたのは拳銃だった。 スライドの銃口付近の上部と側面が削り取られ、通常よりも僅かに銃身を長く、マガジンの底が拡張されたモノを紅葉に渡してくる。

 

「イカした拳銃だろ? グロック34のTTIカスタムだ。 スライドの穴が排熱機能も見込めるから連射が効くし、マガジンの底が拡張されてて2発多く入れられるから、最大で20発入る。」

 

「あー、ああ。 そう。」

 

 

適当に聞き流しつつ、渡されたグロック34を握り、構え、明後日の方向に向けてトリガーを引く。 カチン、と撃鉄がスライドの尻を叩く。

 

「……TTIってなんだ。」

 

 

「――――タラン・バトラーっていう3ガンマッチの覇者が居てな、その人のカスタムを他の人でも使えるようにしたパーツを

 

(T)ン・タクティ(T)カル・イノベーシ(I)ョンズ

 

と呼ぶんだ。 おめーが3ガンマッチで使ってる訓練用のグロック34、AR-15、ベネリM4のそれぞれにTTIカスタムを施せるようになってな、お陰で前より撃ちやすく戦いやすい状態になって「わかったもういい。 頭がおかしくなりそうだ。」

 

 

目を輝かせたろくろ回しで手を高速に振りながら語る女性のウンチクを止める。

 

あからさまにムスっとする女性は、コロコロと表情を変えて別のケースを二つまとめて開け放つ。 『うぇへへぐへ』という気色悪い笑い声は可能な限り耳の外に受け流すが、恐らく夢に出る。

 

「……こっちはAR-15とベネリM4のTTIカスタムだ。 AR-15はフォアグリップ(左手で掴む持ち手)コンペンセイター(跳ね上がり防止)で反動を軽減しつつ、6倍スコープと側面にドットサイトを取り付けて遠近両用にしてある。 マガジンも拡張して更に5発込められるぞ。

 

んでもって、ベネリM4は固定ストックとコンバットリロード(咄嗟に一発込める)用のマッチセイバーズ・シェルホルダー(一発だけシェルを銃身に固定できるパーツ)エジェクションポート(空薬莢が飛び出す出口)の前方に取り付けている。 ほれ、試してみろ。」

 

 

そう言われ、弾丸が入っていない空薬莢を指で弾かれるも辛うじてキャッチした。

 

チャ(薬室)バーを閉じているレバーを下げ、弾薬が切れた事を想定。 即座にエジェクションポート前に固定した一発のショットシェルを滑らせるようにチャンバー内に送り込み、レバーを押し出して装填を終わらせる。

 

カチリ、と引き金の音がした。

 

「……要訓練だな、あとで地下の射撃場を借りられるか。 どうせ今日は暇なんだ。」

「お好きなように~。」

 

 

初めての動きにしては早い方だと思うが、思うだけではいけない。 これから行われる戦いにおいて、練習不足だから失敗しましたなんて言い訳は一切通用しないのだから。

 

「あ、そういやグロック26は? HKP30の内部パーツの破損を直す時に予備として渡したろ。」

「弾切れで投げ捨てた奴が爆発に巻き込まれたときふっ飛んだ。」

 

「えー…………まあいいや、銃なんてのは消耗品だからな。 愛着持たれた結果もっさんに死なれたら世話ないし。 その3丁も弾が切れたら相手に向かって投げるくらいがちょうど良い。」

 

 

違いない。 そう言った紅葉は、懐のスマホが振動している事に気付いた。

 

「ん……。 ――――そうか。」

「どした?」

「訳あって追っている通り魔の住所が割れた。 明日取っ捕まえてここに連れて来たいんだが、問題ないか。」

「嫌に決まってんだろすっとこどっこい。」

 

 

あっけらかんとした態度で提案してくる紅葉に、当然だが女性は嫌そうに表情を歪める。

しかし、次の一言で態度を一変させた。

 

 

「三好を入院させた原因だぞ。」

 

「―――プレス機の電源入れておくから生かして連れてこい、煎餅にしてやる。」

 

「言われるまでもない。」

 

 

女性は――――鷲尾詩織(しおり)は、怒り一色に歪んだ眼光を紅葉に浴びせる。 寂れ、廃れた鷲尾鉄工所が血で染まるのも、時間の問題かもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どう言うことだ。」

 

 

諏訪に到着し、生存者が居ないことだけがわかった。 ソバの種を植え、ひなたの神託により急いで帰ろうとしたその時、若葉は球子と杏の慌てた声に呼ばれ、友奈たち三人と共に声のした方向へと向かったのだが―――。

 

そこにあったのは一軒の家だった。 なんてことはない、ごく普通の一軒家だ。

 

 

しかし、その表札に書かれていた単語に、その場の六人――――否、友奈を除いた五人が驚愕する。 何故ならば、そこに書かれていた単語は。

 

 

「――――『先人』だと……。」

 

「紅葉さんは、諏訪から四国に来ていた、と言うことですか……?」

 

 

若葉が呟き、杏が驚く。 球子と千景が渋い顔をして、ひなたはただ、紅葉がこの事実を隠していた理由を悟っていた。

 

「紅葉さん、貴方は……。」

 

 

 

 

「(……やっばいこれどうしよ。 それとなく表札割っとけば良かったかもしれない。)」

 

 

紅葉が何処から来て何故無茶な戦いばかりしているのかを全て知っている友奈だけは、ここに五人が来たことを悪い結果だと思い、面倒ごとになることを理解して静かに天を仰ぐ。

 

空は清々しい程に、ムカつく程に快晴だった。

 

 






今更ですが各キャラの年齢は紅葉が18、三好と鷲尾が21、原作の7人は原作通りです。
成人手前で基本仏頂面の男が14歳の現役中学生にぞっこんなのは色々とマズイと思う。

わからないミリタリー単語は……各自で調べて……(適当)



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拾肆・星火燎原



人類(ヒト)』は終焉から逃れられない。




 

 

 

フルフェイスのヘルメットで顔を隠した男が、香川から南、徳島の山中に違法建築された洋館へとグリーンのオフロードバイクを走らせていた。

 

洋館の扉のすぐ前に立っている3人の男のうち、明らかに腕の散弾銃を持て余している男が、バイクの男に声をかける。

 

「なんだ、随分早く帰ってきたな。 忘れ物か?」

「――――。」

 

 

無言を貫くヘルメットの男。

 

その様子に眉を潜めた散弾銃を持つ男だが、横に居たテンガロンハットを被る―――ガンマンのような出で立ちの壮年の男が腰の回転式拳(リボルバー)銃に手を沿えながら強い語気で言う。

 

「待て、お前さっき出ていったあいつじゃないな。 そもそも服が違うし――――――()()()()()()()()()()()()。」

 

 

遅れて残ったもう一人の男もまた、同じように近寄り、バイクを前に扇状に広がり囲む。 バイクから降りた男は、ギターケースを立て掛け――――即座に腰のグロック34を引き抜き3人の腹部に弾丸を叩き込んだ。

 

唯一反応できたガンマン風の男がリボルバーを引き抜いて撃ち込もうとするも、2発目が眼孔を貫き脳を吹き飛ばす。

 

ギターケースを手繰り寄せ、もう一人の男を跨ぎながら頭に1発撃ち、散弾銃を向けようとした男に銃口を向ける。

 

「……なんなんだよ、お前……」

 

 

バスッ、と火薬が炸裂し、弾丸が頭蓋を貫く。 ホルスターにグロック34を納めた男はヘルメットを脱ぎ捨て、前髪を掻き上げた。

 

特に何を思うでもなく、その瞳に何も写らない先人紅葉は、洋館の扉の奥の騒がしい声を耳にしながら懸念材料を思い返して眉を潜める。

 

「鷲尾の奴……殺してないだろうな。」

 

 

まさかあっさりと捕まえられるとは思っていなかった、三好を殴り逃走した通り魔の男。 その男をバイクから引きずり下ろして適当に殴り気絶させた紅葉は、鷲尾詩織――――厳密には鷲尾鉄工所に一先ず拘束して預けたのだが。

 

『警察に連絡して、俺の名前を出してから結城警視に出てもらえ。 それまではこいつは殺すな、拘束を解くな。』

 

『わかってるわかってる、テリーを信じて~。 流石にうちのプレス機でターミネーターラストのT-800ごっこはしないって。』

 

『……信じるぞ。』

 

 

「―――さっさと終わらせて帰らないと、ひなた達も帰ってくる頃だ。」

 

 

扉の前でAR-15とベネリM4を収納しているギターケースを開き、AR-15だけを取り出す。

 

横並びに弾倉(マガジン)が繋がっているダブルマガジンを取り付け、1つのマガジンを腰のホルダーに差し込み、ベネリM4残してケースを閉じる。

 

 

そして、耳と気配を頼りに、扉を蹴破って入り、眼前の一人、右の一人、階段を降りる途中の一人と銃口を向けて引き金を引く。

 

3ガンマッチで的に当てるように、狙った通りに、的で言う中央――――胸と腹の間辺りを、AR-15の5.56mm弾が穿つ。

 

秒速900mのそれは、急所に当てなくとも十分に致命傷を与えてくれていた。

 

「(―――おかしい。 俺が来ることを想定していたのなら、何故こんなにも相手の銃の扱いが()()()()()()んだ…………?)」

 

 

ダブルマガジンの片側が弾切れを起こしたAR-15からマガジンを引き抜きつつ、前から何故か拳銃を構えながら走ってきた女を前蹴りで床に倒し、落ち着いて交換してから薬室に弾薬を送り、倒れている女に撃ち込む。

 

「(どいつもこいつも明らかな素人。 ボディアーマーすら着けていない…………手練れを手元に置いて防御を固めて、ここでは素人を揃えて数で圧そうとしているのか。)」

 

 

警戒心を強めながら館の中を探索しながら、襲い来る敵を迎え撃つ。 キッチンを通り、廊下に出て、最後の一人らしき男を後ろから撃ち抜いた事で静かになった館内を歩く紅葉。

 

 

ふと、ギギギと木材の軋む音がした。

 

 

「――――ん。」

 

 

真横の部屋から聞こえてきた音の正体を確かめるべく、紅葉は5発程度しか残っていないダブルマガジンを捨て、ホルダーにある残りの1つを装填する。 そして勢いよく開いた扉を盾に、入ってすぐ横から順に室内のクリアリングを済ませた。

 

人の気配がしない書斎の壁に埋め込む形で備え付けられている本棚の一つに、紅葉の視線が向く。 まるでスパイ映画のワンシーンかのような、扉のような動きで本棚が動いている。

 

「(…………誘われている。)」

 

 

あからさま過ぎて疑う気すら起きないが、勇者と巫女を害する事を終わらせに来た以上は、乗らないという選択肢は存在しない。

 

紅葉は誘われるがまま、本棚という扉の奥にある、地下への階段を降りていった。

 

 

 

 

 

「――――柏崎、行ってこい。」

Хорошо(了解しました)。」

 

 

セミショートの黒髪に、髪と同色の革手袋。 それを両手に装着して、柏崎は地下施設の一番奥の部屋から出ながら握り具合を確かめる。

 

名も知らぬ男と精神を交換した時間の理解者(イースの偉大なる種族)

 

()()に仕え、人類の行く末に興味を示した事で行われるこのような実験を手伝い、死ぬことを前提とした戦いに身を投じ。

 

どうしてか、柏崎・E・ヴァレンタインは――――その行動に悦びを感じる。

 

「―――む。」

 

 

緩む口角をキツく締め、ギチ、と軋む革手袋の固さを感じ取る。

視界の端の監視カメラの先で暴れている紅葉は、ちょうど弾が切れたAR-15を『消耗品』の頭にフルスイングしていた。

 

「……少し、急ぎますか。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「紅葉が行方不明になってから帰ってきてないだァ!?」

「叫ぶな……頭の傷に響く。」

 

「もがーっ!」

 

 

丸亀城の教室。 バットで殴られ亀裂の入った頭蓋骨の治療の為に、髪の一部を切り落とした三好は、それを隠すキャップを被って遠征から帰ってきた若葉達と話をしていた。

 

球子の吠えるような声が、三好の頭にキンと響く。 杏に口を塞がれる球子を他所に、若葉と千景が質疑応答を交わす。

 

「私たちが諏訪に向かって四国(ここ)を出るまで、紅葉は病院で三好さんと同じように寝ていたはずだ。 三好さんは気付かなかったのか?」

 

「俺はまだ気を失ってたんだよ、安芸なら止められたんだろうが…………いや、寧ろ手がかりを渡しちまったんだろうな。」

 

 

顔をしかめて、三好は腕を組む。 そして、小声を漏らして周囲を見回す。

 

「さっきまで連れが居た筈なんだが……あいつもしかして迷子か?」

「連れ?」

 

 

教室に居た若葉たちの元に三好が訪れたのだが、一緒に来ていた筈の相手が居ないことに、今になって気が付いた。

 

「……そういえば、高嶋さんも居ないわね。 さっきまで居たのだけど―――」

 

「ねーねー若葉ちゃーん」

 

「……噂をすればなんとやらだな。」

 

 

ひょっこりと、話題に出ていた友奈が廊下から教室に戻ってくる。

 

トイレにでも行っていたのか――――と思考した若葉の目線は、友奈が抱えている、球子と同等の背丈の少女に向けられた。

 

「なんか拾った」

「クゥーン……。」

 

「…………元の場所に戻してきなさい。」

「おい待て、そいつだそいつ。 俺の連れ。」

 

「……それが?」

「これが。」

 

 

千景が指を向け、三好が肯定する。 白衣の首根っこと背中を両手で掴んでいる友奈がパッと手を離し、三好の連れ――――鷲尾詩織が床に落ちた。

 

「あ、ごめん。」

「むごぉおお……!」

 

 

顔面を押さえながら立ち上がる鷲尾は、翡翠のような色の瞳に涙を滲ませて、友奈を一睨みしてから咳払いして三好の隣に立つ。

 

「おぉ……酷い目に遭った。」

「……どこに居たの、高嶋さん。」

「ちょっとトイレに教室出たら、この人が倒れてたから持ってきた。」

「……えぇ……。」

「引きこもり歴5年を舐めてもらっちゃ困る、体力なんてそこらの老人より無いからな。」

 

 

自慢するなよ……とは、球子の言葉か。

 

「……それで、この人はいったい何者なの?」

「こいつは鷲尾詩織。 廃れた鉄工所の跡取り娘で、俺の知り合いだ。 ついでに言うと俺や紅葉が持ってる銃器はこいつが造った。」

「まさか趣味で設計してるのを子供に使わせてるとは思わなかったけどね。 あの時は流石にキレたわ。」

 

 

わははは、と愉快そうに笑う鷲尾は一息ついてから続ける。

 

「勇者様方が知りたいのはもっさんの居場所だろうが、残念ながら私も知らん。

明け方に通り魔をふん縛って私の家に転がしたのが最後だから、あんまり遠くには行ってないと思うけど。」

 

「…………そいつ今どうしてる。」

 

「ここに来る少し前に、もっさんの知り合いらしい警察を呼んで捕まえさせた。 まあそれが原因でみよっしーと合流しないといけなくなったんだけど。」

 

「それまたどうして?」

 

 

首を傾げながら聞いてくる友奈に、頬を掻きながらも、あっけらかんとした態度で鷲尾は答えた。

 

「その警察に脱税と大量の銃器を違法に製作して所持してるの全部バレた。」

「お前アホだろ。」

 

 

暫く匿って? と提案する鷲尾の言葉をかわしながら罵倒する三好を他所に、友奈は頭に疑問符を浮かべて千景に問う。

 

「『だつぜー』ってなに?」

「……ええ、と……。 分かりやすく言うと、お金を国に定期的に支払わないといけないのに、それをずっとしないでいる事を脱税と言うの。」

「―――悪いことじゃん?」

「……そうよ。」

 

 

呆れた顔で、千景は鷲尾を見やる。

 

その横で苦笑を溢す若葉は、懐のスマホが振動するのに気付いた。 遠征から戻ってすぐ大社本部に向かったひなたからの電話だと分かり、着信に出る。

 

「もしも―――『若葉ちゃん! 紅葉さんの居場所をある程度絞り込めました!』……ひなた、何を慌てて――――。」

 

 

電話口の奥から聞こえてくる喧騒。 若葉の耳に届いてくるのは、女性神官とひなたの怒声混じりの話し声。 声が遠くなる代わりに、安芸真鈴が電話口に出てきた。

 

「ひなた? ……おい、ひなた?」

『あーーーもしもし? ごめんね若葉、ひなたってば、もっさんの居場所を探ろうと勝手に神樹様に神託を迫っててさ。』

「神託を私用で!? な、なんて無茶を……。」

 

 

若葉が声を荒げ、それを見たその場の全員がそちらを見る。 若葉は、耳に当てていたスマホをスピーカーにして机に置いた。

 

『……でも案外どうにかなるんだね、ひなた曰く山中の建物が見えたんだって。 神樹様も協力的で、意外だよね。』

「…………なんでだろうねぇ?」

 

 

真鈴の言葉に、小声でそう言いながら、友奈は頬に汗を垂らした。 目を逸らした先には三好と鷲尾が居たため、目線が上に向く。

 

『とにかく、私はひなたを叱っておくからそっちで調べておいてもらえる? ……なんかさっきから、ひなたがさ、もっさんが危ないってずーっと言っててちょっと怖いんだよね。』

 

「ああ、任せてくれ。」

「……にしても、四国の山なんてそこら中にあるだろ、どうすんだ?」

「もっさんがみよっしーに通り魔した犯人捕まえて私の家の前に転がしたのが明け方だから、そんな遠くの山には行けないだろうよ。」

 

「通り魔する……?」

「動詞にするな。」

 

「あまり遠くには行っていなくて、四国の中で、山中の建物…………。」

「ここから近いところっつったら……徳島の方か?」

 

 

あれやこれやと話をし合う若葉たち。 だが、ぞわりと何かが、友奈の頬を撫でた。

 

「――――あ。」

「……高嶋さん?」

「みんな伏せた方が――――」

 

 

 

言い切る前に、遠くからドンッと巨大な空気砲でも打ち出したような轟音が響く。 数拍遅れて、衝撃が丸亀城を揺さぶった。

 

地震に近い揺れが丸亀城の教室に居る七人を襲い、球子と杏が尻餅を突き、三好が鷲尾を猫のように掴み上げ、若葉と千景は踏みとどまる。

 

 

友奈だけが机に手を置いて倒れないようにしている裏で、密かに神樹から送られる情報に、友奈の脳は混乱を極めていた。

 

「(……徳島の山中で爆発!? しかも爆風と炎が下水道に流れてマンホールがあちこちで吹き飛んでるって…………紅葉くんなにしてんの!?)」

 

 

四国全土を知り尽くした神樹からの、ひなたへの緊急メッセージ。

 

確かに、危ないとは言った。 言ったが、それが直後の出来事だとは言われていない。

 

 

結局、危険だと言うことで紅葉の捜索は後日に回されたのだが――――――ようやく見付けた館の外と中は、木っ端微塵に吹き飛んでいて。

 

 

 

 

 

――――紅葉の指紋がついたマガジンの一部が発見された以外で、紅葉の生存を匂わせる証拠は何一つ見つからなかった。

 

 






どうせ未来編がある以上死ぬことはないでしょ、となるせいで、行方不明的な描写が茶番になるのは不味いですね。 当初の予定通り過去編から先に書くべきだった。



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拾伍・造反無道



紅葉はどうせ死なないので幾らでもボコボコにしていいとジュネーブ条約にも書かれている。
アーメン・ハレルヤ・ピーナッツバター。

丸々戦闘回だと書くのも読むのも疲れるのでちょっと短いです。




 

 

 

AR-15を投げつけ、怯んだ相手に即座に抜い(クイックドロウし)たグロック34を撃つ。 一発、二発、三発と、ホルスターから抜いてすぐに腹、胸元で構えて胸、頭と的確に弾丸を撃ち込んだ。

 

チャンバーを塞ぐレバーが下がりきり、弾切れを知らせるそれのストックを掴んで、後ろから迫る別の男の顎を掬い上げるように振り抜く。

 

 

ゴン、と鈍い音と共に男は頭をぐわんと上げて背中から倒れた。 AR-15を床に投げ捨て、紅葉は背中のギターケースからベネリM4と弾薬(シェル)を固定するホルダーを取り出す。

 

横1列に2つ並んだシェルを縦6列に並べて固定した、見方によってはマガジンにも見えるだろうホルダーをスーツのベルトに取り付け、ギターケースをその場に置いてベネリM4を構え歩く。

 

 

先人紅葉が地下施設に侵入してから五分、まるで巣を刺激したら飛び出してきたハチのように湧いてくる武装した男女を適宜撃ちながら移動して数分か経過した。 T字路の曲がり角から駆け寄る音が聞こえ、身を屈めて過ぎ去るのを待つ。

 

セミオートが特徴のベネリM4を、T字の右から左へと走り抜けようとする二人の男のうち、後ろを追従している方の背中に向ける。

 

 

二回戦目の狼煙を上げるが如く、紅葉は男の背中に発砲する。 ボンッとくぐもった音が鳴り、男が前のめりに倒れ、振り返りながら軍用の長銃を構えようとした前を走っていた男の顔面に鉛の粒が叩き込まれた。

 

 

立ち上がり、男たちが来た方向に向かおうとした紅葉が、背中を壁に預けた。 片手でベネリM4を持ち、片手でコートを捲ると、裏地に数発の先端が潰れた弾丸がめり込んでいる。

 

「……遺書でも用意しておくべきだったか。」

 

 

『友奈へ、刺身が食えないからってシャリだけ食うな』とでも書いておけば良いか、と独り()つ。 そうして小休止を挟み、コートの防弾性能を改めて確かめつつ駆け足で順路を辿る。

 

 

 

 

 

――――白い壁や天井、床を赤に染めながら紅葉は走る。 スライディングした頭上を舐めるように銃弾が通過し、突撃銃(アサルトライフル)のマガジンを交換する男を撃ち、男を盾にしながら背後の女に迫った。

 

 

――ここで銃器の扱いを受けてきた者は、男女問わず協力して戦う訓練を同時に受けてきている。 故に、なんの躊躇いもなく盾にされると、仲間意識から相方ごと紅葉(てき)を撃てない。

 

それを知ってか知らずか、そもそもの数的不利からか、紅葉は相手の弱点を容赦なく突いてくる。 女を撃ち、続々と湧いてくる敵を撃ち――――やがて、ガチン、とチャンバーから空の薬莢を弾き飛ばしたレバーが下りたままになった。

 

 

これ幸いと同じように突撃銃の弾薬が無くなった男は懐の拳銃を引き抜き、紅葉はコートを盾に頭を守るように背中を向ける。

 

バンッと火薬が爆発する音の直後に、背中に弾丸が突き刺さる。 断続的に行われる発砲の裏で、紅葉の左手がベネリM4を支え、右手がベルトに固定したシェルホルダーに伸びていた。

 

 

――――男は散弾銃の装填には時間が掛かると知っている。 シェルを一発ずつ装填するせいで、破壊力に反してそれがデメリットになっている事を知っている。 その事から、このまま押し切れると判断して発砲を続けていたのだが。

 

 

唯一の誤算だったのは、紅葉が4発のシェルをものの数秒で装填し終える方法を取っていた事と、男がそれを知らなかった事だろう。

 

そして、弾切れになるまで撃ったことで、拳銃からマガジンを落とした音を聞かれたことにより、振り返った紅葉の手に握られるベネリM4の散弾が男の腹を撃ち抜き、男はその身を床に引っ張られるように倒した。

 

 

数年前まで単なる銃器好きな社会人だった男は、紅葉の装填方法が外国で模索された散弾銃の装填の遅さを改善した動きだった事を知らないまま、意識を浮上させる事なく闇に沈ませた。

 

「…………そろそろ、奥まで行ってもおかしくないと思うんだがな。」

「いえ、厳密にはあと280メートルほど歩く必要があります。」

 

 

突然背後から聞こえてきた声。

 

振り返ろうとした紅葉の背中に手のひらが添えられたかと思えば、ズンと地下施設が揺れ、体の内側に衝撃が走り内臓がシェイクされたような感覚と共に足が床から剥がされ前に転がる。

 

「ご、ぉえ……」

「おや、驚きました、まさか意識を保つとは。」

 

 

ベネリM4を杖に立ち上がる紅葉が視界に納めたのは、()()()()()()()()()()()上に立つ、黒髪を揺らす外国人のメイドだった。

黒い革手袋をキツく引っ張り、指先でスカートをつまむと、メイドは優雅に頭を垂れる。

 

「お初お目にかかります、先人様。

わたくしは柏崎・E・(イレーサー)ヴァレンタイン。 貴方がこれから殺しに向かう我が主をお守りさせていただいている者でございます。」

 

「…………勇者と巫女を敵視している人間を殺し屋に仕立て上げて人類を滅ぼす結末を迎えさせかねない状況を招いている者に仕えているとは、殊勝な心がけじゃないか。」

 

 

わかりやすい皮肉に、柏崎は微笑を浮かべ、カンペを読むかのように淡々と紅葉に返した。

 

()()()()()()()()()()()()ではないですか。 全て計画通りなのですよ、何故なら()()()()()()()()()()()()のですから。」

 

「嫌な信頼だな。」

 

「ええ。 貴方が勝つと。 我々が負けると。」

 

 

――――信頼していますので。

 

 

 

ズン、と振動。 先ほどの揺れの原因が()()()()()()だと気付いた時には既に遅く。

 

洗練された震脚を移動と攻撃の溜めに使った柏崎は、滑らかな動きで、反射的にベネリM4を盾に構えた紅葉のそれへと手のひらを突き出した。

 

 

おおよそ人体が奏でるものとは思えない金属と金属がぶつかったような音が鳴り、ベネリM4はあっけなく『く』の字にひしゃげて使い物にならなくなる。

 

突き出した右手のひらを握りこぶしに変えた柏崎は、手の甲で紅葉の手から折れたベネリM4を弾き飛ばし、肉薄しながら左足を紅葉の両足の間にねじ込む。

 

 

そして、再度、ズンと施設が揺れる。

 

「では、参ります。」

「――――冗談だろ。」

 

 

地下施設に侵入して十分、紅葉の疲弊が見え始めたにも関わらず――――柏崎の情け容赦の無い猛攻が始まった。

 

 






柏崎・E・ヴァレンタインさんは『強くてニューゲーム+レベルカンストで挑む前提の難易度の裏ボス』をイメージしています。



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拾陸・大義名分



彼女達が、俺の希望の光になったように―――。




 

 

 

 

柏崎の佇まいを例えるなら、城塞である。

 

そして、その城塞から放たれる砲弾がごとき拳が、掌が、肘が紅葉へと殺到する。

 

「これも耐えますか。 …………であれば、そろそろギアを上げていきますよ。」

「ふざ、ける、なよ……ッ!」

 

 

バンッ、バンッと爆発のような、炸裂する音が両者の手と腕から響く。

掌底、発勁、肘撃、合間に震脚を挟んで、放題な運動エネルギーを蓄え放つ。

 

「ギアを上『げ』」の部分で動きが更に加速し、ヂッと革手袋の一部が紅葉の防弾コート越しに腕を掠めた。 たったそれだけで、腕から嫌な感触が危険信号として発せられる。

 

腕や手の甲で辛うじて受け流せているが、それらを柏崎の手が掠める度、ギシギシと骨が軋むのが分かる。直撃すれば間違いなく折れるだろう。

 

「……おや。」

「―――シィ!」

 

 

バチンと乾いた音を立てて柏崎の右手が流される。 初めて見せた明確な隙を前に、紅葉は渾身のストレートを顔面に捩じ込んだ。

 

低くも鈍い音が鳴り、一瞬の静寂が場を包み―――――――握り拳の小指の横から見える眼窩から、ギョロリと黒目が動いた。

 

 

「―――それで?」

 

 

柏崎は震脚を極めている。 故に、地に足が着いていれば、車が追突でもしない限り動かすのは容易ではない。 正しく不動。

 

そして柏崎が、静かに深く息を吐いた。

 

「しまっ――――。」

「0.7秒遅い。」

 

 

離れようとした紅葉の自身へと叩きつけた方の腕を掴むと、引き寄せながらロングスカートの中で足を大きく持ち上げる。 次いで、先程とは比にならない大きさの振動が施設を揺らす。

 

打ち出す動きと引き寄せる動きが重なり、無防備な紅葉の胸に、右手のひらという名の砲弾が打ち込まれ―――――。

 

 

「ごぼ、ぉっ……!?」

 

「……私の発勁は、強化ガラスを()()()()()のですがね。」

 

 

それはつまり、衝撃が全体に拡散するのではなく、一転集中で対象の体―――または物を手の形に貫通すると言うことになる。

 

密着状態からの本気の発勁により、ボンッと内臓がグチャグチャにミキサーされたような感覚と、遅れて口から深紅の液体が漏れ出る。

 

衝撃が胸から背中へと抜け、スポンジを握り潰して水を絞り出すように、鮮血が口から溢れて柏崎のメイド服の袖を赤く染めた。

 

 

――――感触からして肋骨を砕いた。 心臓と肺を背中側に押し込むように潰した。 なのにまだ生きている。 胸に叩きつけた掌を支えに立ったまま脱力する紅葉を見て、柏崎は呟いた。

 

「ここまで頑丈だと、なんと言いますか、気持ち悪いですね。 まるでその形から崩れないように、無理やり押さえ付けられているようで。」

 

「…………知った、ことか……。」

 

 

予期せぬ返事に、さしもの柏崎ですらギョッとする。 コールタールのように光を反射しない黒目が、柏崎の黒目と交差した。

 

「ごぶっ…………あいつらが、必死に戦ってる横でぐちぐち文句しか言わねえ馬鹿も、げほ、不安を煽って武器を持たせるお前たちみたいなテロリストも、あいつを不安にさせることしか出来ない俺も…………。」

 

 

そこで途切れる言葉を他所に、柏崎は、紅葉の左手が何かを握り、その何かを太ももに突き刺して注入していることに気付いた。

 

「――――貴方……っ!」

 

「皆等しく、死んでしまえば良い。」

 

 

命の灯火が消えかける寸前と言っても過言ではなかった紅葉の心臓が、熱い血液を循環させる。 脳から何かが溢れて痛みが鈍り、口どころか鼻や耳からも血液が垂れ流されていた。

 

死ぬ間際だった紅葉が命を盛り返す要因となっている、軍用の注射。 空になったそれを横目で一目見て、柏崎は劇薬だと気付く。

 

「(イースの偉大なる種族の言う通りなら、どうあがいても最後には負ける。 だとしても、これを前に『負けろ』は、些か理不尽が過ぎる……!)」

 

 

紅葉が柏崎の腕を払い、拳を握る。 柏崎もまた、僅かに上げた足の裏で床を踏み砕く。

 

「――――ッォオ!!」

「スーーーッ、フゥ……!!」

 

柏崎の顎に紅葉の右フックに打ち抜かれるのと、紅葉の左肩に柏崎の肘撃が突き刺さるのは同時だった。 ミシリと紅葉の骨が軋み、ぐにゃりと柏崎の視界が歪んだ。 脳を揺すられ、三半規管が狂い、酔ったような感覚が襲う。

 

それでも、半ば無意識に震脚を行う。 地中に根を張るように、足を深く床に叩き付けたが、それが失敗だと数拍置いて悟る。

 

「(――――脳が揺れた今の私が不動でいたら、単純なサンドバッグに……っ)」

 

 

顔の横から伸びた影を頼りに、顔を背けてフックを避ける。 続けざまに放たれたボディブローを腹筋に力を入れて耐え、()()脇腹に刺さる左腕を握り潰す強さで捕まえた。

 

「…………不思議です、私は今、貴方に勝ちたいと思っている……!」

「勝手に思ってろ……ッ!」

 

 

双方の左頬に、掌底と拳が当たり、殴り抜ける。 ガクンと顔を揺らして仰け反る二人は、同時に踏ん張ると、金槌でもぶつけるように互いの額で額を割らんと頭突きを繰り出す。

 

「貴方に、勝つ……!」

「お前を殺す……!!」

 

 

額の皮膚が割れ、血が滲む。 紅葉も柏崎も、最初にあった冷静さと無表情は無く、獰猛な猛禽類のような表情を浮かべている。

 

紅葉の膝蹴りを両手の平で包むように防ぎ、返す刀で放たれる肘撃をダッキングして避ける。

 

後ろに回り込んで柏崎の膝裏を蹴り、足を地面に突かせた紅葉が、腰の尾てい骨側に隠していたグロック26で確実にトドメを刺そうとするが、引き金を引く僅かな音を頼りに首を傾げられ、弾丸が床に穴を空けた。

 

 

バネを伸ばすように立つ柏崎に再び発砲するも、手の甲で弾かれ、革手袋から火花が散った。 防弾加工で鉄板でも仕込んでいたのか。

 

「接近戦で銃などと……!」

「弾くか……化物め。」

 

 

更に数発撃ち込むが、さも当然のように手で弾丸を払い、挙げ句掴んで止めた柏崎は、接近して紅葉の右手のグロック26を右手ごと掴む。

 

咄嗟に手を離した紅葉は柏崎の掴みから逃れられなかったグロック26が、グシャグシャと嫌な音を立ててスクラップにされて行く様子を見届けた。

 

「化物とは……貴方程でもありません。」

「冗談はよせ。」

 

 

そう言いつつ、膝を曲げ、伸ばす勢いで紅葉は駆ける。 ズン、と地下施設を揺らす震脚で待ち構える柏崎を前に、素早く回り込んだ。 背後を取った紅葉は右手首のブレードを展開しようとスナップし――――――。

 

 

「――――靠撃。」

 

 

ポツリと呟いた言葉と共に、背中を向けたまま踏み込む柏崎を見て、紅葉の背筋に怖気が走る。 脊髄反射でブレードを出す直前の右腕を盾として構え、両足を床に接地した紅葉に対して、柏崎は背中から倒れるように紅葉にタックルした。

 

 

――――靠撃、すなわち鉄山靠。 わかりやすく言えば背中や肩で行う体当たり、或いはタックルなのだが、これを柏崎は不動故に背後に回るだろう相手へのカウンターに利用している。

 

まるでB級映画の安いワイヤーアクションかのように、または乗用車に追突されたように、紅葉は壁際まで面白いほど大きく吹き飛んだ。

 

肩が右腕に触れた瞬間、(ほね)が砕けた感触を文字通り肌で感じ取る。

 

 

紅葉にもう少し格闘技の知識があれば、受けるのではなく避ける事を選択しただろう。 仮に友奈が相手であったら受けたうえで反射するが。

 

「……っ、ぅ……ひゅぅ、う。」

 

 

肺から空気が抜け、呼吸が出来ない。

 

かつかつと踵を鳴らして迫る柏崎を前に、呼吸を荒く整えながら動かない右腕を庇いながら左手で壁を支えに立ち上がる。

 

「いっそ、死んだ方が楽なのでしょうに。」

「……全員、殺すまで……死ね、るか……。」

 

「守りたい相手が居て、それが戦う理由になっている。 それはなんとも、()()()()話ですね。」

 

 

眼前の紅葉(おとこ)は、これだけ血を吐いてでも守りたい人が居る。 だが自分は? 日本に来てそうそう化物に襲われ、偶然イースの者に拾われたから恩を返すために言われたことを言われた通りにしているだけ。 そこに、柏崎の意思はない。

 

だから、羨ましいと思った。 そして同時に、今こうして先人紅葉と戦っている事が、楽しいとまで思っていた。

 

―――故に考える。 もし、自分を助けた相手が、彼でなくこの男だったら―――――と、そこまで考えて、不意に廊下の天井に備え付けられたスピーカーから声が聞こえてくる。

 

『――――お前はいつまで侵入者と乳繰り合っているんだ、柏崎。』

「……イース。」

 

 

中年の低く、しかし人を人として見ているようには思えないような見下した声色で、柏崎がイースと呼んだ男が喋り出す。

 

『柏崎、お前は自分の立場を理解しているのか? なにも気まぐれで拾ってやった恩を返せとは言ってない。 だが、殺せと命じられたら、殺せ。 …………出来ないからこうなる。』

 

 

スピーカーの奥で、キーボードを叩く音が聞こえてくる。 次いで、淡々としたイースの声がした。

 

『そこは確か……Bの3じゃなくて…………F区画の2番通路か、じゃあこれだ。』

 

 

タン、とエンターキーを指で叩く音がした。 次の瞬間には、壁から躍り出る過程でピンがワイヤーに引き抜かれた、紅葉にとっては見慣れている黒い物体が幾つも落ちてきて床に転がる。

 

『負けるも死ぬも同義だろう。 じゃあな柏崎、お前の淹れるお茶は何度飲んでもクソ不味かったぞ、いつも茶葉入れすぎなんだよ。』

 

 

ブツン、とスピーカーの音が消え、遅れて数えるのも馬鹿らしい量の手榴弾が一斉に起爆して二人を巻き込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スプリンクラーが作動する廊下を、血まみれの男が歩いていた。 左手にはメイド服の女性の襟首を掴み、引きずるように連れている。

 

「……味方ごととは、薄情な奴だ。」

「……私とあの男は味方ではなく、敵ではないというだけです。 切り捨てるチャンスがあれば、裏切られる前に殺すのは当然でしょう。」

「お前、仕える相手を間違えたな。」

「ええ……そうでしょうね。」

 

 

ふらふらと軟体生物のように揺れる右腕には感覚が無い。 そして左手には柏崎という荷物がある。 腰のグロック34を抜くには苦労するだろう現状、爆発に気を取られて誰も近寄らないのは幸運に他ならなかった。

 

 

折れた鉄パイプに深々と腹部を貫かれている柏崎は、床を伝う血液がスプリンクラーの水に流されている様子をぼんやりと眺めていた。

 

()()()()()()即死を避けた柏崎が、掠れた声で紅葉に問う。

 

「……何故、庇ったりしたのですか。」

 

「理不尽を前に『仕方ない』と諦めた顔をしたお前に苛ついただけだ。 お前も少しは、死ぬ気で足掻いてみろ。 ()()()()()()()()()()だ。」

 

 

足を止めた紅葉が肩で扉を押し開け、薬品保管室らしい誰もいない部屋に柏崎を運び入れる。 固く冷たい床に横たわる柏崎を他所に、紅葉は部屋を出ようとしていた。

 

「俺はあの男を殺しに行くが、お前の生死はどうだって良い。 もし仮に、お前が生き残ったとしても――――どうせ会わないだろう。」

 

「……お元気で。」

「お前が言うな。」

 

 

どうにか棚に背中を預ける柏崎は、紅葉を見送り、水が蒔かれる廊下を見ている。

 

その瞳に光は無く、垂れ下がった腕には力が入らない。 消える直前の蝋燭のように、ゆらゆらと、命の灯火が揺らめいていた。

 

 






去年の私「のわゆ編なら20話くらいで終わるでしょ、へーきへーき余裕余裕。」

16話今「まだ中盤…………?」



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拾漆・長生不死



いやあ、柏崎が親指を立てて溶鉱炉に沈むシーンは涙無しには見られませんでしたね……(捏造)




 

 

 

 

「意外と早かったじゃないか。」

 

 

プシュッと音を立てて自動でスライドしたドアの奥から、壁に体を擦らせながら歩いてきた紅葉が入ってくる。 回転する椅子を反転させた男――――イースの偉大なる種族の両膝を、二発の弾丸が穿ち穴を空けた。

 

「―――ああ、悪いが、この体は痛風が酷くてな。 痛覚を切ってあるから、喚く様が見たいのなら期待外れだぞ。」

「どうでも良い、お前は『何』なんだ。」

 

「話が飲み込めるとは思っていないが、簡潔に言うと私はあらゆる知的生命体のなかでも、唯一完璧に時間の概念を理解している種族の一人だ。」

 

 

ずれた眼鏡を戻して、男は続ける。

 

「我々は、自身をイースの偉大なる種族と呼称している。 イス人とでも呼べば良いだろう。」

「……時間の理解者、イス人……?」

 

「ああ。 私はこことは違う次元の違う時間から、この肉体と元の肉体(ボディ)を入れ換える形でこの時空に訪れたのだ。

 

しかし三年前のあの事態に陥って以降、この時空が()()()()()せいで戻るに戻れないでいるのだよ。」

 

 

困っているようには見えない顔をして、紅葉の眼前のイス人は肘置きに腕を乗せて一呼吸つく。 呼吸が荒く、左手で持つグロック34が震えている紅葉を見て、イス人は指摘した。

 

「随分と辛そうだな、あの薬物は相当な劇薬みたいだが……そろそろ副作用が出始めた頃か?」

 

「黙れ――――ご、ぼ、ぉえ」

 

 

腹に一発撃ち込んでやろうか、と考えた紅葉の口から、ダマになった赤黒い液体が溢れる。 目の前に座っているイス人が何重にもブレて、視界が赤く滲む。

 

「……なるほど、アドレナリンの過剰分泌に無理やりの造血、心臓をF-1カーのエンジン並に稼働させての身体能力の維持。 ……お前死ぬことが前提の薬物を持ってきたのか。」

 

 

呆れたような、嘲るような。 そんな風に口角を上げ、イス人は目尻を細めて顔中から鮮血を溢れさせる紅葉を見ていた。

 

「イカれてるな。」

「…………ぁ、か」

 

「外宇宙、天地、(ふる)き神共に踊らされている人間なんてのは始めて見るから期待していたが…………単なる狂人か、馬鹿なのか。」

 

 

ガクガクと震える手足に力を込めて倒れることだけを避けようとしている紅葉は、焦点が定まらない瞳でイス人を睨む。

 

「―――25分。」

「……な、に?」

「先人紅葉、お前が地下施設に訪れてから経過した時間だ。 そして、私はそこいらの間抜けな悪役とは違って、今のようにべらべら喋る事で計画を失敗させるような者ではない。」

 

 

デスクを掴んで体を逸らし、パソコンの画面を見せるように位置を横にずらすと、タンとキーを叩いて画面を切り替えた。

 

「起動から一時間でこの施設が跡形もなく消し飛ぶように設定した爆薬だ。 ()()3()5()()しかないが、その体で、時間までにここから逃げられるかね。」

 

 

パソコンに写るタイマーが、事の重大さを表している。 ボヤけながらも数字が減っていることは辛うじて視認できる紅葉は、来た道を引き返そうとするも、数分前の爆発で廊下が塞がれていたことを思い出す。

 

そんな紅葉の足元に、カラカラと滑り込む物体があった。 それは護身用の銃に使われる、デリンジャーに良く似た、銃のような何かだった。

 

「……これ、は」

「土産だ、生きて帰れたら使うと良い。」

「―――なに?」

 

 

霞む視界と思考のなか、紅葉は疑問を覚える。 なぜここまでして自分を殺そうとして置きながら、どこか確信めいた口調で、イス人は自分が生きて帰ることを勧めてきているのか。

 

「私は、この隔絶された四国と言う狭い世界で人がどう動き、なにを考え、どんな結末を辿るかに興味があったのだよ。

あのバーテックスなる怪物に滅ぼされるなんていうつまらない終わりには興味は無い。 あくまで、人が人と滅ぼし合う様を見たかった。」

 

 

膝に空いた穴から垂れる血を眺めながら、イス人は音読するように言う。

 

「元の次元に戻れないのなら、せめてこの知的探求心を満たそうとした。

そのためにと人を集めすぎてな、だから証拠隠滅と口減らしを兼ねてお前を挑発したわけだ。 先人紅葉は、どうやら本人ではなく周りを傷付けると激怒するタイプみたいだったからな。

 

つまり目的のために利用させてもらったわけだ。 放っておいても死ぬのなら、ここから帰しても長くないだろう。」

 

 

くつくつと笑うイス人は、刻一刻と進むタイマーを紅葉に見せる。

 

「ここを出るなら、引き返すより横の扉に入って下水道から川に出るのをおすすめする。 達者でな、神の傀儡よ。」

 

 

拳銃をホルスターに仕舞いデリンジャー風の機械を拾い、疑いの目を向けながらも、他に選択肢が無い紅葉は言われた通りに扉を開けて出て行く。

 

残されたイス人は、オフィスチェアに深くもたれ掛かり、タイマーの進む音を聞きながらまぶたを閉じる。 その脳裏に、他のイス人から放たれる言葉を思い返していた。

 

「――――――人は愚かで、わざわざ関わる必要は無い。 人は、人は、人は。 どれだけ無様で、人の姿を借りてでも、こうして自ら調査をすれば、自ずと、自然に分かるものだ。」

 

 

ピーーー……と音が鳴り、遠くから断続的に爆発音が聞こえてくる。 それが部屋の手前まで響く寸前、イス人は呟くように声を発した。

 

「嘲りと罵倒。 それでも、私は成し得たのだ。 先人紅葉よ、神とやらに、惑わされるな。」

 

 

爆破の炎と衝撃が室内を蹂躙する直前、イス人は手元で小さな機械を弄り、スイッチを押した。

 

 

 

 

 

 

 

―――光を、見た。

 

赤く染まり殆ど視力が機能していない眼球が、まるで先導するように下水道を走る光の糸を見た。 暗い筈の下水道を、紅葉が迷い無く進めているのは、その光の糸を辿っていたからである。

 

 

だが、爆発は下水道にまで及ぶ。

 

蛇がうねるように、洪水のように、炎は下水と壁を舐めながら紅葉に迫り来る。

 

 

外に繋がる出口に差し掛かった瞬間、背後からの爆風に煽られ、斜面を滑り転がって、紅葉は水しぶきを立てて下水から繋がっていた川に落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

――――川の流れに身を任せて山を下る紅葉の体を、誰かが引き上げる。 コートを鷲掴みにして、水面に顔が行かないよう浅瀬へと体を引っ張っていたのは、額に脂汗を浮かべて今にも死に絶えそうな程に弱りきった柏崎だった。

 

「ふ、うっ、ぅ……。 これ、で、貸し借りは、無しです、よ…………。」

 

 

何度も躓きながら、紅葉の霞む視界の奥で、焦げたメイド服の腹部に鉄パイプが突き刺さったまま、柏崎は森の奥へと消えて行く。

 

不思議と、紅葉の体の疲れが取れていた。 しかし視界は赤いままで、心臓は熱く鼓動しているのに四肢が冷たい。

 

次に倒れたらそのまま死ぬだろうとは思う。 だが立てるのなら、歩けるのなら、紅葉は帰らなければならない。

 

「…………ひ、なた」

 

 

ぼんやりと淡く、()()のような暖かさのある光を追って、紅葉は歩き出す。

 

例えどれだけの時間が掛かろうとも、丸亀城に帰るために、紅葉の足は止まらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい。」

「ごめんなさい、あともう少し……1時間……いえ、30分だけ待たせてください。」

「ちっ……もう夜だ、居ても良いが、警備員を何人か呼ぶからな」

 

 

疲れきった顔をして、上里ひなたは、丸亀城の門前で三好某と共に紅葉の帰りを待っていた。 ああ言いながらも呆れた様子を見せず付き合う三好に、ひなたはどこか嬉しさを感じている。

 

「所で、紅葉の事はどう思ってるんだ?」

「……どう、ですか。 『どう』なんでしょう、私は紅葉さんに対して、『どう』思っているのでしょうか。」

「それを聞いているんだが。」

 

 

一転して眉を潜め、ひなたは寝間着の上に羽織ったカーディガンの裾を握り締めて俯いた。

 

「紅葉さんは、自分が何処から来たのかを話しません。 何が好きで、何が嫌いで、趣味は何で。 そんな事も、私たちは知りません。

でも、紅葉さんがわざと自分を壊すように戦っているのは、わかります。

 

結果的に紅葉さんに助けられていながら、紅葉さんの行いを止めたいと思うのは、ワガママなのでしょうか。」

 

「まあ、そうだな。 だが紅葉は誰かに言われたからお前たちを守っている訳じゃない。 あれが本心なんだから、お前がどう言っても止まりゃしねえよ。

 

…………そんなことより、宿舎の方で鷲尾を引き取ってくれ。 あいつとうとうキャリーバッグに荷物詰めて逃げてきやがった。 脱税も銃器製造も自業自得じゃねえかあの野郎……。」

 

 

それはそれ、ですよ。

 

ひなたの言葉が無慈悲に返される。 しかし緊張はほぐれたようで、仏頂面からいつもの顔に戻る様を見て三好は内心でホッとした。

 

――――ふと、足音。

 

 

「……下がれ、上里。」

 

 

三好は即座に腰からFive-seveNを引き抜き、街灯の奥にある薄暗い闇夜へと銃口を向ける。 念のためにと後ろに下がったひなただが、妙な確信が胸をざわめかせ、三好の服を引く。

 

「医療班を呼んでください。」

「なに?」

「この足音、きっと――――!」

 

 

おぼつかない、砂利を踏む音。 もしかすると、酔っ払いでもふらついているのかと思えてしまうそれの正体が、街灯の下に晒される。

 

―――黒衣と黒髪を斑に赤く染めるその人物を見た瞬間、ひなたの足は既に動いていた。

 

膝から下の力が抜けたように倒れそうになった男を抱き留め、そのまま座り込むと、ひなたは冷えきった男の体を暖めるように力強く抱き締める。

 

 

「――――お帰りなさい、紅葉さん。」

 

 

右肩に顎を乗せるようにして密着し、強く、強く。 鉄錆びと火薬の混じった男の頬に頭を寄せ、二度と離さないとばかりに、嗚咽を漏らしてボロボロと雫を流しながらも両腕を背中に回す。

 

鼻から、涙腺から、耳から、裂けた額から――――至る所の穴と傷口から赤色を噴き出しながらも、僅かに呼吸が続いている()()を見て、三好は口に出さずとも思った。

 

 

――――あれを『人』と呼んでいいのか、と。 大社の医療班にメールを送った手が震えている事に、三好は終ぞ気付かないでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

視界が赤い。

 

体が痛い。

 

息が出来ているのかわからない。

 

血と硝煙に混じって、嗅ぎ慣れた花の香りがした。 その正体がひなたなのだと、紅葉は直感で理解していた。

 

 

()()がごとき光の糸を辿り、何日、何時間歩いたのかも曖昧なまま、紅葉は半ば無意識で(いえ)に帰宅する。

 

 

 

 

 

泣きじゃくりながら紅葉を抱き締めるひなたは気付かない。 紅葉の顔が、満足気に、まるで悔いはないとでも言いたそうに歪んでいた事に。

 

 






西暦組がゆゆゆい時空に来たのはこの一件の少し後なので、神世紀紅葉が楽しそうにしてるのを見たときはさぞや気持ち悪かったことでしょう。



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拾捌・追善供養

前任者は破壊されました。私は新型です


『今回の騒動における事の発端は、勇者五名及び巫女一名による長野県 諏訪への遠征が発表されたのち、大社の一人が襲撃に遭ったことが切っ掛けであった。犯人である反勇者派──現状に不満を抱く者達を集めた組織を匿名の協力者により銃器を確保した私は撲滅のために行動、少なくとも三十名を超える反勇者派の殺害に成功。

 しかし、黒幕というべき存在は自身をイス人──この世界の人間の体を借りている異星人を名乗っていた。発言の内容は殆ど理解不能だったが、恐らく、この世界には、『人間』と『バーテックス』以外にも、脅威となる生命体が複数存在する可能性を考慮しなくてはならないだろう』

 

 ──タン、とキーボードを指で叩く動作を終わらせた青年は、画面の文章を読み直すと、悩ましげに額を手のひらで覆って呟いた。

 

「……いったいどこの三流小説だ。こんな物を読まれたら、次は頭の病院に入れられる」

 

 ちらりと時計を見て、重くため息をつき──先人紅葉はノートパソコンを畳むと、部屋を出るべく席を立つ。ワイシャツに着替えて裾をスラックスに仕舞い、腰のベルトにホルスターをぶら下げ、そこに拳銃を入れて、ハンガーラックに掛けていた防弾コートを手に取ろうとし──その手を止め、おもむろに下ろした。

 

「──いかんな、癖になっている」

 

 反勇者派の殆どが居なくなった以上、自分や周りを狙おうなどとは考えまい。と、そう考えて、コートは着込まずに外へと出て行く。

 それでも拳銃を手放すことは出来ない程度には、この世界は物騒であった。

 

 

 

 

 

 ──ガラリと教室として使われている丸亀城の一室の扉をスライドさせた紅葉は、中に居た六人の少女らの視線を一身に浴びる。

 

「あっ、紅葉くん。骨が砕けて内臓が負傷して火傷して入院してたんじゃなかったっけ」

「病院なら昨日退院した」

「へぇ~、もう治ったんだ」

 

 とっとっとっ、とステップを踏むように近づいてきた少女──高嶋友奈の問いに答える。

 その後ろから接近してきた小柄な少女──土居球子が呆れた顔を作り友奈に続き口を開く。

 

「あいっ変わらずイカれた回復力だな」

「この程度は寝て飯食って点滴打てば治る」

「ば、バケモノ…………うごごごぉ!?」

 

 ()()()()()()怪我が治りやすい体をしている紅葉に心底引いた顔をする球子に、当の本人がアイアンクローを食らわせつつ、ふと教室での集まりに疑問を覚えて聞き返した。

 

「……それで、これはなんの集まりなんだ」

「あ──……、……。なんだっけ?」

 

 ちらりと、友奈は教壇の前に立つ少女──若葉を見る。視線を受けた彼女は、友奈と紅葉、紅葉のアイアンクローで床から足が離れている球子を視界に納めつつ口を開いた。

 

「さっき話しただろう……ああ、紅葉さんは居なかったのだな。

 我々で丸亀城の敷地内で模擬戦のレクリエーションをしようという話になっていたんだ」

 

 そう言ってルールを話す若葉に相槌を打ちながら、紅葉が言葉を返す。

 

「どの辺りがレクリエーションなのかは知らんが、まあ……それで気分転換になるのなら別にいいんじゃないか」

「…………そうだな」

 

 若葉は紅葉の返しに表情を暗くする。

 紅葉が戦っていた裏で行われた勇者たちの諏訪遠征は、果たして生存者0人。すなわち、神樹の守護下にある四国以外の人類の生存は絶望的であるという結果を生んでいた。

 

 だが、必要以上に──()()反勇者派が現れでもしたら困ると言わんばかりに、大社はその事実を隠蔽。諏訪遠征は成功し、人類には希望がある……()()()()()()()()()()

 

「なら……俺も参加しよう」

「まあ、駄目ではないが……大丈夫なのか?」

「療養生活で体が凝ってるからな。寧ろリハビリがてら動いた方がいい」

「む、そうか」

 

 断る理由もないか、と考える若葉は周りを見回して目配せで友奈たちの了承を得る。

 

「とはいえ拳銃(こいつ)は使えないし……素手で問題ないか。これぐらいの()()()は要るだろ」

「────なんだって?」

 

 ──ふと、何気ない紅葉の一言に、若葉の中で何かがカチンと音を立てた。

 

「俺がゴム弾を持ち出したら誰も勝てないだろ。そもそも、誰が友奈に格闘技教えたと思ってるんだ? 俺と三好(あいつ)だぞ」

 

「──ふ、ふふ。はっはっは、そうかそうか。ハンデか。はっはっは」

 

 ──はっはっは、はっはっはっは。と、渇いた笑い声を上げる若葉を、その場の全員が不気味そうに数歩後退りしながら眺めていた。

 

 

 

 

 

 ──地響きでも鳴っているかのような足音を奏でて、乃木若葉は郡千景を連れて敷地内を走っていた。腰には居合用の木刀が収まっている。

 

「紅葉さんは何処へ行った…………ッ!!」

「(これ以上なく的確に挑発が効いている)」

 

 額に青筋を浮かべ、大股でズンズン進む若葉に、千景は一歩後ろから追従する。

 ──ここまで挑発に乗りやすい人だったかしら、という疑問が脳裏に浮かんだが、その思考は眼前に現れた件の男を前にして霧散した。

 

「……遅かったな。ついさっき球子を向こうの茂みに投げたところだ」

「球子が? ……なんだ、遠くから声が」

 

 紅葉が指差した方に視線を向けた若葉と千景は、木々の揺れる音の奥から聞こえてきた──土居球子の叫び声を耳にする。

 

 ──あっ! タマちゃん見ーっけ! 

 ──ぎゃああああ来るんじゃねええええ!! 

 

 

「……さて、やるか」

「む、むごい……」

「高嶋さん……」

 

 それはそれとして、紅葉はバンテージで保護した腕から手をカバーするグローブを締め直し、若葉と千景も刀と大鎌の模造品を構える。

 バトルロワイヤル形式とはいえ、紅葉の相手は一人だと手に余る──という判断で共闘することにした二人だが、曲がりなりにも()()高嶋友奈の組手を任されている事の厄介さを、これでもかと知ることになる。

 

 

 

 ──紅葉は刃引きされた殆どオモチャと変わらない刀と大鎌に躊躇いなく肉薄する。

 刃の側面に手刀や拳をぶつけて振りかぶる二人の軌道から逃れながら、相手の負けとなるクリーンヒットを狙い腕を引く──と見せかけて若葉の眼前で指を鳴らす。

 

「──っ」

 

 続けて外から鎌で草を刈るような軌道で足を払い、横合いから二人ごと巻き込む勢いで振るわれた横振りのそれを掬い上げるように肘打ちで斜め上に逸らして、その下をくぐり抜ける。

 

 とっとっ、とステップを踏んで下がる紅葉を前に、立ち上がる若葉と大鎌を構え直す千景はジャージの袖で顔の汗を拭った。

 

「友奈が俺に師事したのは事実だが、俺自身が格闘技に精通しているわけではない。この三年で自分でも学んで覚えて、それを友奈に教えていたわけだが……言っておくと、俺はあいつとは別に対刃物用の護身術も学んでいる」

 

 ──対ナイフ、鉈、斧、果ては刀から大鎌まで。()()()()()()()、という神経質な発想で無力の立場からここまで登り詰めてきた紅葉に、二人はすっ……と思考を冷まして相対する。

 

「……成る程な、これは一筋縄では行かなそうだ。千景、合わせられるか?」

「ええ……仮にも一般人を相手にして負けたりしたら勇者の名折れよ」

「……いや、仮ではないんだが」

「お前のような一般人が居るか──ッ!!」

 

 冷静、一転、噴火。

 突貫した若葉とそれに着いて行く千景は、紅葉と真正面からぶつかり合う。

 

 己の実力の限界を見極め、高め合う、さながら因縁の好敵手が如く────! 

 

 

 

 

 

 

 

 ──それで、結局どうなったんですか? 

 

 眼前で行われている寸劇を眺める紅葉に、その隣で同じように眺めていた少女──上里ひなたがそんな質問を飛ばしていた。

 

「なんとか若葉と千景に勝ったのはいいが、俺が弾き飛ばした若葉の木刀が球子に勝って茂みから出てきた友奈の顔面に直撃。残った俺と杏のうち、最後に杏が勝った」

 

「……ふふ、本当に?」

 

 勝者となった杏主催の、恋愛小説の再現である寸劇。意外にもノリノリで演じる男子役の若葉と友奈の演技に翻弄されているヒロイン役の球子を見ながら紅葉は呟く。

 

「俺が勝ち残って勇者共の尻をスポンジバットでひっぱたいても良かったが、それは別の機会でも出来るからな。……降参しただけだ」

 

「あら、お優しい」

 

 くすくすと上品に笑うひなたの横で、紅葉は渋い顔のまま腰の拳銃のグリップを撫でた。それにしても──と続けて、ひなたは言う。

 

「なんというか、丸くなりましたね。紅葉さん」

「──撃たれて殴られて爆発に巻き込まれて、何ヵ所も骨が砕けて内臓を負傷すれば、人間誰しも、嫌でも丸くなるものだろう」

「……聞けば聞くほど、壮絶ですね」

 

 14歳のひなたと、18歳の紅葉。4歳差の間に生じる、お互いの使命の重さ。()()を口で語るには、あまりにも重苦しかった。

 

「ただ、自分のやったことを後悔するつもりも余裕も無いからな。そんなものは、この戦いが終わってから飽きるほどすればいい」

「──なんの話してるの?」

「あら、友奈さん。いえ、紅葉さんが丸くなったなあ、というお話ですよ」

「あー……角が取れるってやつ? ほら、紅葉くん何回か骨折してるし」

「物理的な意味じゃねえよ」

 

 ひょこりと顔を出した友奈のボケか天然かいまいち判断に苦しむ言葉に指摘をしつつ、紅葉は杏たち制作の卒業証書を手渡されている千景を、眩しいものを見るようにしてまぶたを細める。

 

 それから若葉に視線を移して、数時間前までの行動を思い返して独りごちた。

 

「──嫌な予感は、もう懲り懲りなんだがな」

 

 

 ()()()()()()()()()()()()ほどに短気だったか、という疑問が、脳裏に過って思考の海に流れて行く。勇者、使命、切り札、神託。──ほんの些細な平和な時間が、終わってしまう。



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拾玖・泥中之蓮

 ある日、紅葉が通されたプレハブ小屋で、いやぁ……と切り出した少女がカラカラと笑う。

 

「大変だったな、お互い」

「『大変』の度合いはかなり違うがな」

 

 幾らか遮断されてはいるが、小屋の外から聞こえてくる工事の音が耳障りな空間で、少女──鷲尾詩織はカップの紅茶をズゾゾと啜る。

 

「それで、なんだ。鉄工所は潰すのか」

「まーねぇ。両親居ないし、私のやったことじゃないとはいえ脱税の件でめっちゃ怒られたし、ここらが潮時なんだよねえ~。工場跡には屋敷でも建てよっかな~なんて」

「──粗茶です」

「どうも。……なら、もうお前に銃を頼むことも出来なくなるわけだな」

「あー、何丁かは取ってあるからまた誰かにぶっぱなすなら持ってきなよ」

「そうか。まあ、暫くは誰も襲ってこないとは思うがな。そんな余裕は互いに無い」

「──お茶請けです」

「どうも。……………………ん?」

 

 会話の合間に差し出される紅茶とクッキーを見て、紅葉は横から手を伸ばして机に置いてきた本人に視線を向ける。

 そこに居たのは、いつぞやに殺しあった、反勇者派を率いていた男の部下──恐らく最も強かった相手であるメイドの女性だった。

 

「お久しぶりです」

「……生きてたのか」

「あれ、なに。知り合いだった感じ?」

「知り合い、と言いますか……」

「こいつは反勇者派側の一人だぞ。お前……いったいどこで拾ってきた」

 

 ──え、マジ? と言って、詩織はメイドの女性こと柏崎・E・ヴァレンタインを見上げる。

 

「はい。(わたくし)は、そちらの先人様を殺すつもりで戦いを挑みました」

「へぇ~~~。まあ、お互い生きてるならそれで良いんじゃないの? 

 腹に鉄パイプ刺さったまま川を流れてたのを拾ったら生きててたまげたけど……ああ、だから病院には行けないって言ってたのかあ」

「危機感が……」

 

 額に手を添えてため息をつき、紅葉もまた目線を柏崎へと持ち上げると口を開く。

 

「──とはいえ、一応助けられてるからな。互いにもう手出しは無し……ということにしておこう。わざわざ戦うのも面倒くさい」

 

「そうですね。私も貴方に庇われたことは覚えておりますので、貸し借りは無しにしましょう」

 

「仲良いね君ら。言っとくけど紅葉くんに銃を渡したのと柏崎ちゃんの傷を縫ったのも私だから、つまり両方の恩人なんだからね? この中じゃ私が一番上だからね?」

 

 詩織の言葉は無視しつつ、怪我人同士でまた拳を交える必要もないと、二人は一言二言で和解を済ませる。ほっ、と一息ついて、柏崎が返す。

 

「戦わずに済んで良かった。まだ腹部の穴を縫って日が浅いので、今ここで殴り合われたらもしかしたら負けてしまいます」

「ふ、もしかしたら、か。なら傷が塞がったらまた手合わせでもするか」

「どうでしょう、鷲尾様の話を聞くに、私たちの拠点で暴れる前からよくお怪我をされていたようですし……傷が塞がる暇は無いのでは?」

「どうだかな──、ん」

 

 おもむろに紅葉の懐の携帯が震える。取り出したそれの画面には、高嶋友奈を示す名前としてシンプルに『アホ』と書かれていた。

 

「悪い、電話だ。──なんだ」

『あー、紅葉くん? 合ってる?』

「俺の番号はお前の携帯の一番上に登録してある筈だから、俺の筈だ。で、なんだ?」

 

 ──子守りか? と呟く詩織にコイントスのようにクッキーを飛ばしながら、紅葉は電話を続ける。それから電話口の向こうから聞こえてくる友奈の声に、眉を潜めていた。

 

『ヒナちゃんがねぇ、()()()()()()って言うから丸亀城に戻ってきて欲しいんだ』

「そうか、わかった」

『……ねえ、紅葉くん』

「どうした」

 

 友奈の声が曇り、一拍間を置いてから紅葉へと不意の質問を投げ掛ける。

 

『──もしかしたら死人が出るかも』

「そうか」

『……もうちょっとこう、ないの?』

「ない。俺には何も出来ないんだから、何を言おうがどうにもならんだろうが」

『そりゃまあ、そうだけどさ』

「──だから、お前に頼るしかない。確かもう一つの切り札の調整はしてあるだろう」

『……してあるよ』

 

 友奈の切り札・一目連は暴風がごとき機動力と拳の回転力を生む力だが、それに続くもう一つの切り札を彼女は所持している。使用を憚られる精霊の中でも、特にハイリスク・ハイリターンであるそれを紅葉は話題に出して告げた。

 

「──使うべきだと思ったら迷わず使え」

『……使うけどさあ、アレ使うと私もまあまあ反動来るから嫌なんだけど……』

「それでも躊躇いはしないのがお前だろ」

『誰も彼もが君みたいに自分の命をベット出来るわけじゃあないんだよ紅葉くん』

 

 呆れたような顔を容易にイメージ出来る声が返ってくると、紅葉は一言付け加えてから電話を切り、出されたクッキーと紅茶を全て口に含んで席を立ちながらコートを羽織る。

 

「じゃあ、すぐに戻る」

『うーい』

「そういうわけだ、悪いがもう戻る────」

 

 ──瞬間、世界が静止する。

 紅葉たちにとってはほんの一瞬。しかし常人とはどこかがズレている紅葉だけが、世界の静止に引っ掛かり、()()()()()

 

「っ──、もう始ま──いや、終わったのか」

 

 自分の関与できない世界での戦いが始まると同時に終わる感覚。

 紅葉の反応から勇者たちの戦いが起きたのかと察した詩織と柏崎が表情を険しくする。

 

「えっなに……まさか勇者たちが戦ったの?」

「ああ。まったく、あのアホが……なにが『そろそろ』だ、もっと早く連絡をしろ」

 

 愚痴をこぼしながらコートに携帯を仕舞おうとした紅葉だが、手に持つそれが震え、着信を知らせる。額に青筋を浮かべながら電話に出ようとした紅葉が画面に映る『ひなた』の名前を見て、深呼吸を挟んでからようやく出た。

 

「──すぐ丸亀城に戻る」

『紅葉さん! 球子さんと杏さんが────』

 

 

 

 

 

 

 

 ──()()()()、蠍を模したバーテックスの鋭い針に貫かれ、土居球子と伊予島杏は死亡する。

 

 しかし、僅かなズレが別のズレを生み、大きなズレを作り出し、世界は分岐した。

 

 一つは、球子が針を真正面から受け止めるのではなく、横に逸らそうと角度を付けたこと。

 これにより背後の杏もろとも胴体と胸に穴が空く末路を避けられた。

 

 二つ目は、紅葉というイレギュラーの存在。

 紅葉が巡りめぐって友奈に第二の切り札の使用を促したからこそ──

 

 

ぉぉぉぉぉぉおおおるるぁあああああ!!」

 

 ドドドドドン!! という連続した爆発音。

 針を繋ぐ数珠のような尾を叩く友奈の拳の連打が、小さな波紋を大きな波へと変化させるようにして、二人へと殺到する針の軌道を横へとずらすことに成功していた。

 

「っ、ぶぇ、おぉお……滅茶苦茶しん()()、タマちゃんだけに……っ」

 

 額の角、全身を包む甲冑のような装甲、そして両手を覆う手甲。大妖怪・酒天童子を切り札として使用した友奈は、針に左の脇腹と肩をそれぞれ抉られ気絶した球子と杏を見て、辛うじてだが生きていることにほっと胸を撫で下ろす。

 

「……なるほど、こう分岐するのか」

 

 酒天童子の反動で鼻から血を垂らし、そして手甲の中の腕を赤くしながら、彼女は感心するように紅葉を思い浮かべて呟いていた。



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廿・刀光剣影

 樹海での戦闘が長引いたことで発生した災害の一部を受けた鷲尾鉄工所跡地。

 燦々と太陽の光が降り注ぐなか、紅葉は鷲尾詩織と顔を合わせていた。

 

「酷いことになっている」

「そーっすねぇ、まあ竜巻がプレハブ小屋の屋根を持ってったくらいだから大丈夫でしょ」

「お陰で眩しいわけだがな」

 

 上を見ると、以前まであった筈の屋根が綺麗に剥がれていた。コトリとカップをテーブルに置いたメイド・柏崎が、おもむろに問い掛ける。

 

「──ところで、勇者様方が敗北なされたのが災害の原因と聞きましたが」

「……誰からだ?」

「あー、こないだ三好(みよっしー)から電話で聞いた」

(わたくし)はそれに聞き耳を立てまして」

「……機密保持ってものを知らんのか」

「急にブーメラン投げるじゃん」

 

 舌を打つ紅葉に、あっけらかんと返してからからと詩織は笑う。とはいえ、現状の紅葉が抱える悩みの種は、それだけではなかった。

 

「まあ、お前たちなら……消しやすい……信用してるから問題ないか」

 

「今なんて?」

 

「──前回の戦いで勇者……若葉たちが負けた、というのは、厳密には『試合に勝って勝負に負けた』ようなものだ。バーテックスを倒すことは出来たが、勇者二人が瀕死の重傷に加えて武器を破壊されて戦えなくなったんだよ」

 

「へぇ、そりゃまた…………ヤバくね?」

 

 顎に指を当てながら思案し、それから冷や汗を垂らしながら詩織が返す。

 

「そうだな。戦力が一気に5分の3まで落ちたわけだ、向こうも渾身のバーテックスが友奈(アホ)に破壊されたらしい。……アイツも切り札を使用して反動で両腕がズタズタなのにもう治ったとか言って壁外の調査に着いていったが──」

 

「……お、どしたん?」

 

 重苦しいため息をつくと、紅葉はプレハブ小屋から出ようとして踵を返しながら言う。

 

「嫌な予感がしてきたから帰る」

「そう。んじゃ、生きてたらまた会おう」

 

 あまり冗談には聞こえない別れの挨拶で手を振った詩織に紅葉は一瞥する。──が、ふと聞こえてきた携帯の着信音に目尻を痙攣させた。

 

「……、ああ。…………ああ、わかった。──あの馬鹿野郎には俺がとどめを刺す」

「すげぇ物騒じゃん」

「友奈がまた切り札使ったらしい」

「あっ……ふーん……」

 

 額に青筋を浮かべながら、携帯を砕く勢いで握り締めて、紅葉は苛立ちを隠そうともせずに扉を荒々しく開いて出ていった。残された二人のうち、柏崎は詩織に小声で質問を飛ばす。

 

「もしや、先人様は、反勇者派(われわれ)が相手にせずとも心労で亡くなる可能性が高かったのでは」

「だろうね」

 

 次に用意するべきはお茶請けではなく胃薬か、と考えながら、詩織は手元の紅茶を啜った。

 

 

 

 

 

 ──大社の息が掛かった病院での診察を受けた千景は、廊下で待機していた若葉とひなたに迎えられる。どうだった、という若葉の言葉に、苦々しく表情を歪めながら答えた。

 

「……切り札の使用は控えろ、ですって」

「千景も同じか。行き詰まっているな……」

 

 かぶりを振って悩む様子を見せる若葉。それもそうだろう、大社は情報の隠蔽が出来なくなってきていることから、勇者二名──球子と杏の負傷と戦線復帰が不可能であることと災害による事故がバーテックスであることを明かしている。

 

 その結果、すべからく人々の間に不安が芽生え、伝播し、自殺者の増加や治安の悪化が目立っている。どうしたものかと呟く若葉に、暗い表情で千景が声を荒らげた。

 

「──あいつらは分かってないのよ。

 だったら言われた通りに切り札を使わないで戦ってやる……!」

 

 ギリ、と歯を擦るように食い縛る千景。若葉たちと違いネットに精通しているからこそ、彼女は必要以上に匿名の悪意を見てしまっていた。

 

「それでどれだけの犠牲が出るか、身をもって知ればいいのよ!」

「千景、それ以上は言うな」

「いいえ、いいんですよ。少しでも気が楽になるなら、私に聞かせてください」

「────」

 

 若葉の言葉を遮るようにひなたが言う。その慈悲深い表情に千景は眉を潜め、その()()()()言葉に、苛立ちを覚える。

 そっと握られた手を払い除けて、千景は吐き捨てるように言った。

 

「放っておいて。……安全な場所にいる巫女には、関係ない話よ……」

 

 千景の八つ当たり気味の言葉は、遂には若葉の琴線に触れる。立ち上がって肩を掴むと、若葉もまた千景に対して声を荒らげた。廊下に響く売り言葉に買い言葉。次第にヒートアップした口論は──千景が若葉を突き飛ばす形で終わる。

 

「っ……!」

 

 観葉植物を入れていた大きな鉢が割れ、破片で手の甲を切る若葉を見て、千景は逃げるように病院から出て行く。待て、という若葉の声は届かず、遅れて現れた紅葉が声をかけた。

 

「──おい、何があった」

「紅葉さんっ! あの、若葉ちゃんと千景さんが……えっと……」

「……どうせ()()()()()喧嘩でもしたんだろう。受け身くらい取れ、間抜け」

「当たりが強くないか……?」

 

 切った手を庇いながら立ち上がる若葉は、改めてベンチに座り直す。どこか苛立った様子の紅葉は、その理由を口にする。

 

「切り札を使ったせいで傷が開いたあのアホの寝顔を見てたら無性に苛ついただけだ。

 ともあれ、あの様子なら明日には目を覚ますだろう、呆れた頑丈さだ」

 

人の事を言えないだろうに……それで、だな……千景のことなんだが、いつにも増して苛立っているようだった。どうなっているんだ?」

 

「……お前が言うな。じゃあ聞くが──お前もいつにも増して苛立っているようだな」

 

「────!」

 

 客観的に鑑みて、言われてみればと若葉はハッとする。呆れた顔をして、紅葉は懐からダブルクリップで留められた紙の束を投げた。

 

「ぶっ」

「帰ってそれでも読んどけ、明日までには大社から()()と同じ内容の話を聞かされるだろう。ひなた、着いていって手を診てやれ」

「あっ……は、はい」

 

 顔で受け止めた紙束を掴み、若葉は白紙の表紙を見て訝しむ。

 

「今は球子と一緒に昏睡状態だが、前回の戦いの前に纏めていたらしい杏の資料だ」

「っ! 杏が……?」

「……友奈のついでにあいつらの病室も見に行ったが、二人はICU(集中治療室)からまだ出られそうにない。お前はリーダーだろ、しゃんとしろ」

「──そう、だな」

 

 それだけ言うと、小突くように手の甲で額を軽く叩いて紅葉もまた病院から出る。発破を掛けられたと理解した若葉の表情を見て、ひなたは安心したように胸を撫で下ろした。

 

 

 

 ──翌日、杏のレポートと大社の報告で、若葉は感情が荒くなる理由を知った。

 曰く、切り札である精霊をその身に降ろす行為は、肉体への反動だけではなく精神の汚染にも繋がる事が判明したらしい。

 

 攻撃性の増加、自制心の低下。心が弱り、それが言動の荒さに繋がるとのこと。

 

 切り札を使わせないようにしていた杏の心配はそこから来ていたのだと悟った若葉だが──おもむろに自室の扉が合鍵で開けられ、片手に防刃ベストを抱えた紅葉が開口一番に言った。

 

「高知に行くぞ、千景が危ない」

 

 

 

 

 

 ──若葉がレポートを読み終わるよりも前、紅葉は掛かってきた電話に起こされる。意識が夢との狭間で揺れながらも、電話口から聞こえてきたのは、慌てた友奈の焦った声色だった。

 

『紅葉くん!』

「……起きたのか、頑丈な奴だな」

『ぐんちゃん今何処に居るの!?』

「……確か、高知の実家に帰ってるが」

 

 普段のムードメーカーを気取った様子ではない本気で何かを危惧している雰囲気に、紅葉はベッドから起き上がるとスピーカーに切り替えながら手早く着替え始める。

 

「なぜそんなに慌てているんだ」

 

『──紅葉くんが分岐させたことで、タマちゃんとアンちゃんは生き残った。それでもターニングポイントは()()ではなかったんだよ』

 

「……何を言っている」

 

 10代の少女から出たとは思えない覇気のある声に、電話越しの紅葉は警戒を強める。

 

『ぐんちゃんは私たちよりもずっとメンタルが弱く、他者の悪意に敏感で、それをダイレクトに受け止めてしまうから……切り札で脆くなった心はどんどん悪い方向に揺れていっている』

 

「……つまり?」

 

『今動かないと、ぐんちゃんは死んでしまう。若葉ちゃんなら止められるけど、それでは何も変わらない。他でもない紅葉くんじゃないと──郡千景は勇者ではなくなってしまう……!』

 

 ──こいつは友奈ではない、という直感。けれども紅葉は、クローゼットから警察支給の防刃ベストを取り出しながら首と肩で挟んだ携帯の向こうにいる友奈へと返した。

 

「おいアホ」

『は……!?』

「お前はお世辞にも賢くないんだから、無理して偉ぶった態度なんか作らなくていい」

『────』

「友奈……お前は()()()()()()()()()? ()

 

 携帯の向こうに居るのは恐らく友奈(にんげん)ではないのだろう。それでも、郡千景の名字を間違って呼び続けるような愛嬌のある()()()()なのだ。

 

 そんな友奈は、声を震わせて呟いた。

 

『…………ぐんちゃんを助けて』

「最初からそう言え」

 

 プツリと電話を切って、数回深呼吸を繰り返し、紅葉は外に出るべくドアノブを捻る。

 皮肉にも雲ひとつ無い快晴の下で、紅葉は観念したようにため息混じりに口を開く。

 

「──今度こそ死ぬかもな」

 

 

 

 

 

 ──外に出た若葉とひなたは、紅葉から友奈との電話の内容を掻い摘んで説明される。

 

「わかった、すぐに向かおう」

「でも若葉ちゃん、紅葉さんを抱えて向かうにはただ勇者に変身するだけでは……」

「ああ。だから……これを使う!」

「──! 若葉ちゃん、待っ──」

 

 若葉はそう言って、ひなたの制止よりも早く、神樹にアクセスして切り札を使う。その背中に翼を生やし、羽ばたき一つで暴風を生む。

 

 それは酒天童子に並ぶ大妖怪をモチーフとした、義経に次ぐ若葉の切り札。その名は、大天狗。

 

「──これで飛べば、30分と掛からない」

「若葉ちゃんっ! 切り札の危険性を知っているのに、容易に使うなんて……!」

「分かっているなら自制できる。それに……千景が危ないなら、守るのが仲間の役目だ」

「……時間がない、若葉」

「しっかり掴まっていてくれ、人体が耐えられる程度に、且つ最速で飛ばす」

 

 防刃ベストを左腕に巻いた紅葉を、若葉が抱えてひなたを下がらせる。

 ばさり、ばさりと翼を羽ばたかせ、体を宙に浮かせると──高知の方角を定めて、音と暴風を置き去りにしてその場から姿を消した。

 

「っ──、若葉ちゃん、紅葉さん……」

 

 残ったひなたは、携帯で大社に連絡をする。せめて刃傷沙汰になってしまった場合に備えて、すぐにでも医療班を向かわせられるようにと。

 そして、その心配は──的中してしまう。

 

 

 

 

 

 ──高知の千景が暮らす村の上空でホバリングする若葉。彼女から離れて飛び降りる紅葉は、左腕の防刃ベストをキツく閉め直して駆け出しながら若葉へと指示を飛ばす。

 

「お前が止めようとしたら千景は激昂する可能性が高い。俺がなんとか止めに入るから、若葉は大天狗を解除して陰に隠れていろ」

 

「わかった」

 

「俺で駄目なら、改めてお前が止めに入れ。万が一にも千景が村人を傷付けでもしたら、あいつも勇者の立場も全てが終わる」

 

 そこまで言うと、村の奥から、不意に悲鳴が聞こえてくる。飛び出そうとした若葉だが、千景から毛嫌いされている事実を加味しても紅葉の案が最適だろうと判断して家屋の陰に隠れた。

 

 

 

 そして、現場に到着した紅葉は──今にも少女を斬り殺そうとして大鎌を構える千景を視界に捉え、迷う余裕もなく反射的に割って入る。

 

「死ね──!!」

 

 眼前の少女しか見えていない千景は、振りかぶった大鎌を止めることなく振り下ろすが──

 

「──っ、ぐ、おおぉあああッ」

「──ッ! な、んで……!?」

 

 その刃は少女ではなく、少女の襟首を右手で掴んで後方に投げつつ、左腕で受け止めた紅葉へと深く突き刺さっていた。



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廿壱・内柔外剛

 腕から大鎌の刃が引き抜かれ、辺りには鮮血が散らばる。左腕をだらりと垂らす紅葉は、そのまま膝を突いたのち、右半身を横たわらせるように血溜まりの中に倒れた。

 

「ち、違っ……そんな、つもりじゃ……」

 

 血溜まりを広げて行く紅葉を見下ろして、大鎌の柄を震えた両手で握る千景は、自分のしてしまった事を理解して呼吸を荒くする。

 

「くっ……紅葉さん!」

 

 咄嗟に物陰から飛び出して、紅葉の怪我を診ようとした若葉と、反応に遅れて乱入者に肩を震わせた千景は──突如としてクラクションを鳴らしながら村に入ってきた乗用車が、車体を横にして急停車する様子を見た。そして窓ガラスを下ろした中に居たのは────

 

「──おい乃木、郡! 紅葉を乗せろ!」

「っ──三好さん!? 何故ここに……」

「さっさとしろッ!!」

 

 運転席側を三人に向けていた中から顔を覗かせた三好が、後部座席のロックを外しながら怒鳴るように言った。ハッと我に返った若葉が紅葉を丸太を担ぐように肩に乗せ、空いた手で千景の腕を掴んで走る。

 

「行くぞ千景!」

「えっ、あっ……」

 

 飛び込むように車に乗り込む際、千景が大鎌──神器・大葉刈の刃を折り畳んだのは反射的な行動だった。二人が紅葉を抱えて乗り込んだのを確認すると、三好はアクセルを踏んでハンドルを切る。ドリフトのように車体が回る過程で慣性からドアが閉まり、その場に土煙を撒き散らして、車は村から姿を消した。

 

 

 

 

 

「三好さん、どうしてここに?」

「お前んとこの巫女から連絡が来たんだよ。ちょうど近くの病院に薬を取りに来てたからな……とりあえずその病院に行くぞ」

「そうだったんですか、ひなたが……」

「それと郡、そいつの傷口押さえてろ! それ以上血が流れたら今度こそ死ぬぞ!」

「っ、は、はいっ」

 

 後ろ手に投げられたタオルを、狭い後部座席の二人の膝に乗るように倒れている紅葉の左腕に押し当てる。すると一瞬で大量の血液で真っ赤に染まり、次々投げ渡されるタオルも同じように赤色に変色して行く。

 

「っ──ごめんなさい、ごめんなさいっ、ごめんなさい……っ」

 

 小さく謝罪の言葉を呟く千景は両手が赤く濡れるのも気にせず、タオルを傷口に押し当てる。若葉も三好も、懺悔を指摘することはない。

 

 ──その後、法廷速度ギリギリで公道を走り抜けた車から担架に乗せられた紅葉が、病院の奥へと消える様子を見送った三人は、服のあちこちを紅葉の血で赤黒く染めながら院内のベンチに座り込み、重くため息をこぼした。

 

「……お前の村での凶行は大社の連中に後始末させてあるから、あまり気にするな」

「それって、どういうこと?」

()()()()()()()()()()()()ということにする、ってことだ。結果論だが村人は誰も傷付いていないし、紅葉は……まあ、どうせ死なないだろ」

「えぇ……」

 

 さらりと大人の汚さを垣間見せる三好の言動に、千景は引き気味に返す。

 

「……訴えられでもしたらどうするのよ、あいつらなら確実にやるわよ」

「なんて言って訴えるんだ? 『勇者の実家に嫌がらせをしたら本人に殺されそうになったので訴えます』とでも? それが出来るなら、あいつらは最初からあんな陰湿な事をやらねえだろ」

「じゃあ、私の両親はどうなるの」

大社(こっち)で保護する形になるだろうな。母親の方は天恐を患ってるから、専用の病棟に入れることになるが──ちょっと待て」

 

 懐で震えた携帯を取り出すと、三好は顔を背けて電話に出る。千景はふと、ずっと黙っていた若葉に顔を向け──渋い顔をして携帯の画面をスクロールしたいる彼女に声をかけた。

 

「……乃木さん?」

「──千景」

「その、えっと……」

「私なら止められた」

「えっ?」

 

 画面を落としてベンチの傍らに置くと、若葉は千景を見て言葉を続ける。

 

「私ならきっと、あの場で誰も傷つけずに千景を止められただろう。だが……私ではお前を更に激昂させていたかもしれない」

「……ええ、そうね」

「ネットの意見も見てみたが、なるほど確かに……これには少し、()()()()だろうな」

 

 ちら、と傍らに置かれた携帯を見て、それから千景に顔を向けて呆れたような笑みを浮かべる。先の携帯の画面を見ていた理由を察した千景は、若葉に言った。

 

「……貴女の悪口なんて、言われてたかしら」

「はは、それなりにな。『リーダーのくせに仲間も守れない無能』だと。耳が痛い話だ」

「……なら私は、なんなのでしょうね。仲間も守れず、心も制御できず、終いには、知り合いを勇者の武器で傷つけて……」

「その事なんだが、千景──「おい」

 

 切り札のデメリットについての話をしようとした若葉の言葉を遮り、電話を終えた三好は千景に言葉を向けると、申し訳なさそうに続ける。

 

「あのあとの件だが、お前の父親は母親を放って村から姿を消したらしいぞ」

「……そう」

「やろうと思えば探せるが、どうする」

「…………もう、どうでもいい。母を病棟に入れてそれで終わり。父も探さなくて良いわよ、どこかで野垂れ死んでたら笑ってやるわ」

 

 ──そうか。そう言って、三好は会話を一度打ち切った。何か言いたそうな若葉に人差し指を唇に当てるジェスチャーで黙らせると、数分時間を開けてから再度口を開く。

 

 

「──良い知らせを一つ、土居と伊予島が目を覚まして一般病棟に移されたらしい。

 高嶋も見舞いに来てると安芸からメールが来てたから、とりあえず明日、紅葉を香川の病院に移す時についでに一緒に行ってこい」

 

「そうか! ……三好さんはどうするんだ?」

 

「村に戻って馬鹿共を黙らせてくる。それが終わってから明日には香川で合流する予定だ」

 

 それだけ言い終えると、三好は疲れたように立ち上がり、二人に背中を向けてその場から去った。残った若葉と千景もまた、ため息をついて、互いの赤黒く汚れた衣服に目を通していた。

 

 

 

 

 

 ──翌日、香川に戻ってきた二人は、『土居珠子/伊予島杏』のネームプレートが壁に貼られた病室の扉をノックしてから開ける。

 

 中には並んだベッドの上に二人が座っており、その傍らのパイプ椅子には巫女の安芸真鈴と────二人への見舞いの品だろうフルーツバスケットの中身を貪っている高嶋友奈が居た。

 

「──もごっ!?」

「あ、二人ともやっと来た」

 

 両手に半ばまで齧られたバナナと桃を手にして、口の中に果肉を詰め込んだ友奈をあきれたように見つつ、若葉と千景は病衣を身に纏い、どことなくやつれている珠子と杏に目を向けた。

 

「……大丈夫か?」

「おう、タマもあんずもなんとか生きてるぞ。……つっても、二人揃って脇腹と左肩をえぐられたし、武器もぶっ壊れちまったけどな」

「私とタマっち先輩はリタイアです。すみません、重要な局面なのに……」

「いや、謝ることはない」

「……そうよ、生きているだけ儲け物」

 

 空元気のように笑いながら、珠子は病衣を捲っていまだにほどけていない包帯を見せる。杏も同じように左肩の包帯を見せて、申し訳ないという雰囲気を漂わせた。

 

「ところで……友奈も元気そうだが」

「もごもごもごごご」

「……高嶋さん、せめて飲み込んでから話しましょう。聞き取れないわ」

 

 千景に言われて、友奈は口内のモノを飲み込むと、持ち込んでいたペットボトルの水を一息で呷ってから、遠くのゴミ箱に投げ入れて言う。

 

「──んぐっぐ。私も元気バリバリだよ、むしろ早く訓練に戻りたいくらい……です!」

「いや君はもうちょい入院だからね」

「えっ」

「無理に大妖怪の力を使った反動でぶっ倒れたんだから当然でしょ」

「え──っ」

 

 真鈴の言葉に驚愕する友奈だが、彼女の入院の理由が切り札の反動なため、妥当な理由である。真鈴の言葉を聞いて、杏はおもむろにその会話に混ざるように口を開いた。

 

「そうだっ……切り札の後遺症についての話なんですが、もう大社から知らされましたか?」

「ああ。それに杏が残していたレポートも読んである、ちゃんと危険性は理解しているとも」

「……そうね。私たちの攻撃性の増加が切り札の使用が原因であることはわかってるわ」

 

 改めて切り札の危険性を知り、使用を控えることを何度も忠告されていた理由を理解した千景たちの言葉に、杏はホッとするが──

 

「そうですか……それなら大丈夫ですね、間違ってもお二人は戦闘以外で切り札を使用しないようにしてください。危ないですから」

「…………すまん、千景の実家に行くときに急いでいたから【大天狗】を起動した」

「はい!? ──()っっったぁ!!?」

 

 若葉のカミングアウトに驚いた様子で身を乗り出した杏は、ビキッと激痛が走った左肩を押さえながら、もんどり打ってベッドに倒れた。

 

「……す、すまない杏」

「ねえ若葉ちゃん、紅葉くんは?」

「ん、ああ。紅葉さんなら……一応死んではいない。今は安静にするために麻酔で眠っているだろうし、ひなたが着いているから大丈夫だ」

 

 友奈の疑問符を浮かべた声に返答する若葉だが、千景と二人で苦々しく表情を歪めると、四人に対して代表して覚悟を決めて言った。

 

「ただ、腕の傷が深くて神経を傷つけている。動かせるかどうかは、分からないらしい」

 

「────、……そっか」

 

 若葉の言葉に友奈の表情が僅かに変化していたことを、その場の誰も気付くことはなかった。



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廿弐・日陵月替

 霞むピントが白い天井を捉え、見慣れた状況から何度目かの入院だと理解する。

 手術でもしたのだろう、麻酔と投薬からか体が気だるく、()()()()左腕が動かない。

 

「……無理があるか」

 

 紅葉の口許に被せられた酸素マスクに遮られくぐもった声が隙間から漏れる。

 不思議と、などとは誤魔化せない。左腕──厳密には肘の少し先から指先までが、ピクリとも動かない。肘を動かして腕全体を持ち上げても、だらりと前腕から指先が床に向けて垂れている。

 

 前腕の包帯の奥では、麻酔では消しきれない、じくじくと侵食しているような鈍い痛みが蠢いている。しかし意識が覚醒したことは知らせるべきだろうと、ナースコールに右手を伸ばそうとして、右腕も動かないことに気付いた。

 

「────」

 

 まさか右腕までもが──と考えて、首を上げて視線を下ろすと、そこには、紅葉の腕を枕として使い眠っているひなたの姿があった。

 

「……おい、起きろ」

「…………、んう、ぅ」

 

 ゆさゆさと、ベッドと頭に挟まれた右腕を揺する。無理やり起こされたひなたは、上体を起こすと寝ぼけ眼で紅葉を見て──

 

「──! ぇっ、づ、な、あっ!?」

 

 寝起きの頭を必死に回転させて、大慌てで立ち上がる。部屋から出て誰かを呼ぼうとし、やはりナースコールを押すべきかと踵を返す。

 

「ひなた、ひなた。落ち着け」

「っ……は、あ、紅葉、さん」

 

 酸素マスクを外して、紅葉は傍らのリモコンでベッドのリクライニングを上げて座るような姿勢を取りながら、ひなたを落ち着かせた。

 すると、ひなたは紅葉を見下ろしながら、堰を切ったように涙を溢れさせる。

 

「なん、で、貴方は……そうやって……!」

「──そうだな」

「もう……こんな無茶はしないでください!」

「ああ、もうしない。というより、出来ない」

 

 ベッド脇のパイプ椅子に座り直しながら、紅葉の右肩に額を預けてすすり泣くひなたに、そう言いながら左肘に力を入れる。

 ぷらぷらと力無く揺れる左前腕と指先を見せながら、紅葉は言った。

 

「左前腕から指先までが動かない」

「────」

「千景にざっくりやられたからな」

 

 淡々と事実を告げる紅葉に、ひなたの顔は蒼白になる。そう言えばと続けた紅葉は、おもむろにひなたへと質問を飛ばした。

 

「当の千景はどうしてる」

「……今は、謹慎という形で寮から出られない状態です。した事が事ですから」

「そうか。なら、今すぐ病院に呼べ」

「話を聞いてましたか?」

 

 当然のように点滴を引きちぎりベッドから降りる紅葉が部屋から出る後ろを慌てて追いかけながら、ひなたは言葉を返す。

 

「謹慎なんてそれこそ形だけだろう。大社は勇者を神聖視してるからな、下手したら千景から勇者システムを剥奪したがる筈だ」

「それは……」

「責任を取って辞めろとでも? 政治家じゃあるまい、使えるものは何でも使うべきだ。反勇者派を潰した俺の行動を黙認したようにな」

 

 病衣のまま裸足でぺたぺたと廊下を早歩きしている紅葉は、その歩みを徐々に遅らせ、それから少しして、廊下のベンチに座り込んだ。

 

「っ……ふぅ……流石に体力が落ちてるな」

「当たり前じゃないですか!」

「……いいからさっさと、千景を呼べ」

「っ~~~、もうっ!」

 

 もはや呆れてものも言えないと、ひなたは言葉を飲み込むと携帯を懐から取り出した。

 

「──もしもし、若葉ちゃんですか? ……はい、はい。紅葉さんが起きました。それで……はい、千景さんを連れてきてほしいんです」

 

 小声で電話をするひなたを横目に、ふと視線を感じて顔を背ける。視線の先には、廊下に設置されているカップ飲料の自販機からカフェオレを取り出して啜っている友奈が、まるで死人が甦る光景を間近で見たかのような顔をしていた。

 

「…………うわ」

「人の顔を見て第一声がそれか」

「いやあ、うわあ、……やっぱりなんらかの加護を受けてるみたいだなあこの人

「なにか言ったか」

「なんでもなーい」

 

 飲み干したカップを離れた位置のゴミ箱に投げ入れると、友奈は紅葉の傍に駆け寄ってくる。電話を終わらせたひなたが友奈の気配に気付き、振り返ると挨拶をした。

 

「友奈さん」

「やっほーヒナちゃん。紅葉くんも起きたみたいで良かったねぇ」

「良くはないですけどね……」

「あ、キレてる」

 

 額にうっすらと浮かぶ青筋を見て、友奈はそれとなく後ずさった。

 

 

 

 

 

 ──十数分後、病院の奥、大社の関係者だけで固められた一角に、フードを被った少女が二人やって来た。頭を隠しているそれを取った二人は、それぞれ金髪と黒髪をさらけ出す。

 

「すまない、大社の監視を振り払うのに手間取ってしまった」

「……だからって変身して私を抱えて近くまで跳ぶのはやりすぎじゃないかしら」

「仕方ないだろう、千景の端末は没収されているんだ。そうするしかあるまい」

 

 あっけらかんと言い放つ若葉に、千景は呆れた顔をする。合流した二人に、ひなたはハンカチで目許を覆いながら嘘泣きの演技をした。

 

「よよよ……あの若葉ちゃんが不良のようになってしまいました……」

「嘘泣きはやめろひなた。それに不良なんて人聞きの悪い、紅葉さんじゃないんだぞ」

「誰がなんだって?」

「…………っ!」

 

 ベンチに座っていた紅葉が立ち上がると、若葉たちに近付く。

 ビクリと肩を跳ねさせた千景が咄嗟に若葉の陰に隠れようとして、距離をとられた。

 

「千景、隠れないで紅葉さんに向き合うんだ。ここで逃げたら、何に立ち向かえる?」

「……それは、わかってる、けど」

「何を怖がってるかは知らんが、別に俺はお前を糾弾しようとは考えていないからな」

 

 若葉とひなた、友奈が壁際に寄り、紅葉が千景に近付く。服の裾を掴んで防御の体勢を取る千景に、紅葉は更に続けた。

 

「家庭と村の事情で不安定だった心を精霊の精神汚染で悪化させた結果こうなった。──どこにも、お前の責任は無い」

 

「っ──そんなのっ……貴方がそう言ったって、私は納得なんか出来ない! 

 どうして罰しないの……? どうして……貴方が傷つく必要があるのよ!」

 

 千景は自分の胸元を掴み、皺が出来る程に力強く服を握る。よりにもよって、自分達を守ろうとしてきた人を傷つけてしまったという罪悪感から、彼女は罰を求めていた。

 

「ずっと傷付いてきた千景がこれ以上傷つく必要はない。既に罰を受けているようなものだ。それに……俺がこうなっているのはな、ただただ、なるべくしてなったというだけの話だ」

 

 千景の額を右手で小突くと、紅葉は動かない左腕に一瞬視線を向けると彼女に言う。

 

「たまたま俺がこうなる予定だったというだけ、仮に俺がこの場に居なくても、どこかの誰かが俺と同じ立場で同じ事をしただろう」

 

「そんなの、うっ、詭弁じゃない、うっ」

 

「そうだな。要するに、この会話はするだけ無駄ということだ。……というか、お前が俺にしたことに対する罰が必要だと言いたいなら、それこそ最後まで戦うべきだろうが」

 

「ちょっと、うっ。やめなさ、うっ」

 

 近い身長差で自分を見上げる千景の頭に何度も手刀を落としながら紅葉は語る。

 流石に苛立ちが勝ってきた千景は紅葉の右手を払い、怒りに任せて口を開く。

 

「~~~~!! 分かったわよ、やれば良いんでしょう!? うっ、やめなさいったら!」

「それでいい。言質は取ったからな」

 

 吹っ切れた──否、吹っ切れさせられた千景は、乗せられたことを理解しながらもその流れに乗った。それから長話で立ち眩みのようにふらついた紅葉がベンチに座り、深くため息をつく。

 

「……どちらにせよ、球子と杏が居ない以上、千景から端末を取り上げるメリットは無い。近いうちに返却されるだろうし、されなかったら俺から交渉してやる」

「紅葉くんの場合脅しって言わない?」

「俺はいつも平和的に交渉してるだろうが」

「紅葉さんが交渉はすれど、平和的に何かをした所を見たことが無いのだが……」

「は?」

 

 友奈と若葉にそう言われ、紅葉は眉を潜めて抗議するように言葉を返す。

 その光景を見て、もしかしたら二度と見ることは叶わなかったかもしれない光景を見て──千景は小さく笑みを浮かべた。

 

「──ふふ」

「何がおかしいんだよ」

「! ああ、ごめんなさい。ただ、その」

 

 友奈を、若葉を、ひなたを。そして紅葉にもう一度目線を向けて、千景は呟く。

 

「──安心できるな、って」

 

 

 

 悲願の果てに、少女は愛されていることを知り、そして安寧の居場所を手に入れた。

 本来の歴史からズレた世界の中で、勇者たちは──最終局面を迎えることとなる。



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廿参・盗人上戸

 ──訓練所の畳の上で、二人の男女が肉薄する。道着を着込んだ二人、友奈と紅葉が、若葉たちという観客に囲まれて組手を行っていた。

 

「──しぃっ!」

 

 畳に手を突いた友奈が、カポエイラを彷彿とさせる軽やかさで蹴りを放ち、紅葉は右腕だけで器用に足の甲を弾く。

 お返しとばかりに体を支える手を払おうと鞭のように脚をしならせる紅葉の足払いを、友奈は指で畳を掴んで体を持ち上げると、そのままバク転するような動きで避けながら立ち上がった。

 

 だらりと垂れ下がった左腕を庇うように右半身を前に出す構えを取る紅葉と、カポエイラからボクシングに動きを切り替えた友奈。

 そんな二人を見ながら、車椅子に乗る珠子が呆れた表情で観客である若葉とひなた、千景、杏にだけ聞こえるように呟いた。

 

「あいつ片腕使えないハンデ込みでなんで友奈と張り合えてるんだ?」

「……高嶋さんは手加減とか苦手だし、多分あれで本気なんでしょうけど……」

 

 視界の奥で端の方へと投げられて行く友奈を見ながら、千景は一歩離れた位置で言葉を返す。「ふんぎゃっ」と言いながら畳に墜落する友奈をよそに、彼女らの元に戻ってくる紅葉は、玉の汗を浮かべて荒く呼吸をしていた。

 

「……はーっ、はぁ……っ」

「紅葉さん、お疲れ様です」

「……ああ」

 

 渡されたタオルで汗を拭う紅葉は、そのタオルを首に提げると、右手を握ったり開いたりを繰り返してため息混じりにぼやく。

 

「かなり体力が落ちてるな……流石に何度も撃たれて爆発に巻き込まれて骨折して入院してを繰り返せばこうもなるか。あのとき強心剤とアドレナリンを混ぜて打ったのも不味かったな」

 

「よく生きてたな……」

 

 珠子に続いて呆れ顔を披露する若葉にそう言われ、紅葉は鼻を鳴らす。それから傍らでいそいそとクーラーボックスからスポーツドリンクを取り出した千景が、ボトルを紅葉に渡した。

 

「紅葉さん。薄めたスポーツドリンクよ」

「助かる」

「それと、道着も脱いだ方がいいわよ。汗で濡れているし、気持ち悪いでしょう?」

 

 ボトルを手渡しつつ、千景は親切心からそう提案する。その言葉に続いて、おもむろにひなたが紅葉の方に一歩踏み込んで続ける。

 

「そうですよ紅葉さんっ。脱ぎづらいでしょうし、よければ()()、手伝いますよ?」

「はい?」

「えっ?」

 

 私が、と強調するひなたに千景が反応した。

 

「……いいのよ上里さん、巫女としての使命もあって貴女こそ疲れているでしょう。紅葉さんのお世話は、私がするから安心して」

「…………ふ、ふふ。それはこちらの台詞ですよ千景さん。勇者としての訓練でそちらこそお疲れですよね? お気遣いなく」

 

 紅葉を挟んで右腕と左腕の袖を掴む二人を見て、戻ってきた友奈が顎に指を当てると、喉を鳴らすように唸りながら呟く。

 

「おおう……あれがジャパニーズ大岡裁き」

「だいぶ違うと思いますよ」

 

 戦々恐々とした態度で口を開く友奈に、杏が静かに指摘した。服の隙間から覗く左肩の包帯は、完治したが残った痕を隠すためのものである。

 

 わかりやすい程の好意をこれでもかとぶつけられている張本人は、ずごごご……とストローでボトルの中身を吸い終えると、ストローを咥えながら、手刀を素早く二人に振り下ろしていた。

 

「きゃんっ」

「いたっ」

「鬱陶しい」

 

 

 

 

 

 ──後日、ひなたと紅葉は、大手門の前で友奈たちと待ち合わせをしていた。

 

「あいつら、今日に限って遅いな」

「そうですね、若葉ちゃんもいつもは10分前行動をするんですが……」

 

 数分して気配を感じ取り、二人は振り返る。そこに立っていたのは──帽子とサングラスにジャージを着込んだ不審者だった。

 

「すまない、待たせた──」

「1、1、0……と」

「通報はやめろ!!」

 

 即座に携帯を左腕を吊るす三角巾から取り出した紅葉に、不審者、もとい若葉は慌てて駆け寄ってくる。驚愕しながら引き気味に、口角をひくつかせてひなたは話しかけた。

 

「わ、若葉ちゃん……その格好は……」

「変装だ! 勇者は目立ってしまうからな!」

「お前、俺が取り出したのが携帯じゃなくて拳銃だったら、今頃頭に風穴空いてたぞ」

 

 携帯を三角巾に戻しながら、紅葉はため息をつく。威嚇も兼ねてこれ見よがしに腰に吊るされたホルスターに納められた拳銃が、鈍い光沢を放っている。それもそうだ、と返して、若葉はサングラスと帽子を外した。

 

「──おっ待たせ~!」

「今度は友奈か」

「変装してきたよ! ジュワッ!」

 

 若葉と同じようにジャージを着込み、ヒーロー物の仮面を付けた友奈が、現れるやいなやシュババッとファイティングポーズを取る。

 

「──あーっああーっ! 仮面引っ張らないで! ゴムが伸びる! 伸びちゃうー!」

 

 

 

 大急ぎで着替えさせられた二人が帰ってくるのを待ってから、紅葉たちは街を歩く。

 堂々とした歩みのお陰か、特に悪目立ちするわけでもなく、はたまた紅葉の威圧感のせいか、若葉たちが絡まれるということはなかった。

 

「案外、騒ぎになったりしないものだな」

「当然です。私たちは別に、悪いことなんかしてないんですから」

「紅葉くんが怖いからでしょ」

「あ?」

「いでっ」

 

 スパンと頭をはたかれた友奈が、患部をさすりながら、不意に掲示板に貼られている紙に視線を移す。そこには、近日行われる祭りの予定日が書かれていた。

 

「……まるがめ婆沙羅祭り」

「もうそんな時期か」

「今年も盛大にやるみたいだねぇ」

「夏……祭り……浴衣……!」

 

 ひなたがそう呟くと、目を輝かせて三人に言葉を投げ掛けた。

 

「浴衣を買いましょう! いや、むしろ今から買いに行きましょう!」

「どうしたひなた!?」

「また撮影したがりが出たか」

 

 若葉の驚愕と紅葉の呆れが同時に出る。

 だが、と続けて、紅葉は携帯を取り出しながらひなた達に続けて言った。

 

「……浴衣のレンタルが出来る店があっただろう。千景達も呼んで、着てみたらどうだ」

「ほう。紅葉くん、その心は」

()()()()()()()()が今しかないかもしれないからだ。後回しにして、最後の最後で死人が出たら、悔やみきれないのは俺だけじゃない」

 

 ──近々行われる敵の総攻撃。それを凌ぐことが出来れば、儀式による結界の強化で、敵は入ってこられないという神託があった。

 しかし、戦える勇者である若葉、友奈、千景が無事で済む保証はどこにもない。

 

「……そうだな」

 

 紅葉の言葉に、恥もあってか嫌がっていた若葉も、抵抗の意思を無くしていた。

 

 

 

 

 

 ──とある店内、部屋の奥から、幾つもの布が擦れる音が聞こえてくる。

 しゅるり、しゅるりという、どこか艶やかな音を耳にして、紅葉は気まずそうに頬を掻く。

 

「どじゃーん! お待たせぃ」

「馬子にも衣装だな」

「ふへ、ありがと」

「褒めてないぞ」

「──えっ!!?」

 

 桃色に桜の花びらの模様を携えた、浴衣を身に纏う友奈が現れる。続けて若葉たちが現れ、紅葉の眼前に、六人の少女が立っていた。

 

「お店のご厚意で、写真を撮ってくださるそうです。紅葉さんもどうですか?」

「俺はいい。お前達だけでいいだろ」

「……本当にいいんですか?」

 

 店員がてきぱきとカメラをセッティングし、友奈たちが並ぶのをよそに、ひなたは離れようとする紅葉に尚も続ける。

 

「貴方はきっと、勇者と巫女だけが特別で、自分なんかは違うと、そう思っているのでしょうけれど……私たちにとっては、紅葉さんこそが、特別な人なんですよ」

「…………」

「──行きましょう? 紅葉さん」

 

 ひなたの手が伸びる。紅葉はその手を、遠慮がちに、触れれば折れてしまいそうな花を触れるように──そっと握り返す。

 少女の力では無理であろう紅葉を引っ張る動きは、驚くほど簡単に行えた。

 

 とん、と、端から車椅子に座る珠子とその後ろに杏、千景、友奈、若葉と並び、その列にひなたと引っ張られている紅葉が混ざる。そしてタイマーで写真を撮る直前、後ろ手に隠したひなたの手を、紅葉は強く、優しく握った。

 

「……ありがとう」

「──! ……ふふ」

 

 ──直後、パシャリというシャッター音。ひなたの隣に立つ紅葉は、まるで憑き物が晴れたかのような、和らいだ表情をしていた。写真の中にだけあるその微笑を指摘した友奈がアイアンクローを食らっていたのは、また別の話。



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廿肆・拈華微笑

「紅葉くん、スマホありがとー」

「……ああ」

 

 ひょいと投げ渡された携帯をキャッチすると、紅葉はそれを左腕を吊るす三角巾に仕舞う。

 着物を着ての集合写真を撮ってから数日、友奈はことある毎に、紅葉の携帯を借りては動画を撮影していた。何故かと聞いてもはぐらかされ、紅葉はそのうち聞くことを諦めた。

 

「これから最終決戦だって時に、何を呑気に動画なんて撮ってるんだ」

「だからこそでしょ。私はいつだって、必要なことしかやらないんだよ~?」

「──それは、()()()()()()()か?」

「……だねえ」

 

 あっけらかんとそう言って、友奈は普段の朗らかな表情を潜めながら、隣り合って丸亀城の教室の窓に背中を預けて立っている。

 

 

 

 

 

『──ねえみんな。もし、私は人間じゃないって言ったら、みんなはどうする?』

『まあ、そんな気はしてた』

『え゛っ!?』

 

 

 

 

 

「……私の一世一代の告白をよくもまあ、あんなさらっと流してくれたよねぇ」

「あれだけ言動と行動が浮世離れしていれば、勘の良い奴は気付くだろうな」

「きーっ、ムカつく」

 

 むん、むん、と脇腹を小突く友奈に淡々と裏拳を返す紅葉は、小さくため息をつく。

 

「この戦いを切り抜けたら結界が強化されて、暫くは平和になるらしいが……そうなったあとのお前はどうする──いや、どうなるんだ?」

「えー、さあ?」

「さあじゃないんだが」

「いや、だって……私は人間の味方として生み出されはしたけど、全部終わったらどうするかについては何も言われてないんだもん」

 

 困ったように眉を潜める友奈に、紅葉もまた呆れたように口を開く。

 

「神樹もいい加減だな」

「そりゃ人類を守護するって名目で表に出されたのが私な時点で……ねえ?」

「言ってて悲しくならないのか」

 

 神樹の中の一柱(ひとはしら)が、自身を引き合いに出して神樹を間抜けと笑う。

 大社の神官が居たら、激怒或いは卒倒するだろう会話をする紅葉が、隣の友奈を見下ろしながら──おもむろに表情を和らげる。

 

「──なら、これを機に、人間として生きてみる……というのはどうだ?」

「人間として?」

「ああ。少なくとも、今の俺たちの代が平和になるなら、これからは出来なかったことをやれるだろう。鍛練と、戦いと、醜い人と人との争いで青春を終わらせた俺たちには、ただただ些細な平和を享受して良い権利がある」

 

 ちら、と友奈は紅葉の右腰に固定されたホルスターと拳銃を見る。それは戦う技術を学び、外敵との戦いを繰り返し、終いには武器を手放せなくなった男の強迫観念と言っても良かった。

 

 隣の男を哀れみつつも、そんな男が変わろうとしていることに、友奈は表情を緩める。

 

「──いいかもねえ。

 アンちゃんと本を読んだり、タマちゃんとキャンプをしたり、ぐんちゃんとゲームをしたり、若葉ちゃんと体を鍛えたり……私はきっと、そんな未来のために戦ってきたのかもしれない」

 

 しみじみと、染み込ませるように呟く。

 

「──だけど」

「────」

 

 そう区切り、一拍置いて続ける。

 

「だけど、この世界は本来の流れから大きく逸脱している。紅葉くんならわかると思うんだけどね、この揺り戻しは必ず訪れるよ」

 

 

 

『いやあまさか、この段階で全員が生きてる時間軸が存在するとは思わなかったね』

『本来ならタマちゃんもアンちゃんもあの時に死んでいるし、ぐんちゃんも……たぶん、言わなくても事の顛末はわかると思う』

『本当の本当に──これ以上の幸運はもう来ないってくらい、君たちは運が良いんだよ』

 

 

 

 ──ドクン、と。紅葉の心臓が強く鼓動する。それは、友奈の言葉を理解しているからこその、嫌な予感による動悸だった。

 

「……死ぬのか」

「え~~~、そんなわけないでしょ。例え戦いが終わったあとに『今なら神樹の中に戻れますよ』って言われても断るくらいには、人間として生きることには前向きなわけだし?」

 

 べ、と舌を出してイタズラっぽく笑う。友奈はそれから、少し考えて口を開く。

 

「ねえ、ヒナちゃんと結婚したら?」

「は?」

「紅葉くんがヒナちゃんのことを好きなのはとっくに知ってるからね。ほほほ、神様はなんでもお見通しなんじゃぞい」

「強めにぶっ飛ばしたいのにこれから決戦だから手出しできない俺の辛さもわかるか?」

「知らなーい」

 

 顔を背けてからからと笑う友奈に、紅葉は苛立ちを隠さない様子で額に青筋を浮かべるが、それも落ち着かせると、不意に右手を彼女の頭に置いて目尻を緩めて言った。

 

「お前の戸籍もどうにかしないとな」

「うん?」

「これから人間として過ごすなら、お前という人間の戸籍(データ)が必要なんだよ」

「あー、そうだっけ」

「それに親族の設定も考えた方がいいだろう」

「そう?」

「ああ」

「…………?」

 

 頭に手を置かれたまま、不思議そうにする友奈。紅葉はむず痒そうにもごもごと口許を動かして、重くため息をつくと──

 

「つまりだ」

「うん」

「その、な」

「……うん」

「友奈にも、家族というものが必要になってくるわけなんだが──」

 

 そう言いながら、紅葉は友奈に向き直り、不器用ながらに優しい声色で。

 

 

「なあ、友奈。俺と本当の家族に────

 

 

 

 ────ならな、い……か……」

 

 心からの言葉を紡ごうとして、意識が一瞬途切れて再生される。そんな紅葉の眼前に、友奈の姿は欠片も存在していなかった。

 ──このタイミングでか、と、間の悪さに苛立ちながらも、友奈たちを迎えに行こうと紅葉は教室の外に足を向けて。

 

「……っ、う、ぁ」

 

 ダムが決壊したかのように、その瞳からボロボロと涙が溢れて止まらない。胸の奥深くが苦しい。まるで体を半分に引き裂かれたような痛みは、物理的なモノではない。

 

 その痛みを、紅葉は数年前に、一度味わっている。これは──この痛みは。

 

 

 

 

 

「紅葉さん、ここに居たんですか?」

「……ひなた」

「──! 紅葉さん! どうしたんですか!?」

 

 泣いている紅葉という珍しいにも程がある光景に、上里ひなたは慌てて駆け寄った。

 

「戦いは終わりました、これから若葉ちゃんと千景さん、友奈さんを迎えに行こうとしたんですが……その前に紅葉さんも呼ぼうかと思って──なのに、どうして、泣いているんですか」

 

「……ひなた」

 

「はい」

 

「ひなた」

 

「……はい」

 

 紅葉は片腕で、小柄なひなたを包み込むように抱き寄せる。あやすように回された腕の感触を確かめながら、膝を突いて座り嗚咽を漏らす紅葉に、ひなたはただ相槌を打つ。

 

 立ち向かった勇者たちがどうなったかを、紅葉は知らない。けれども紅葉は、今この瞬間、人に成ろうとした幼くも愛くるしい、一人の少女を喪ったことをその心でもって確信する。

 

 それから、若葉と千景()()が帰還したこと。そして──友奈が生死不明として姿を消したことを、数十分後に報告された。




次回、最終回

3月15日00時00分更新予定


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最終回

「──とまあ、色々あったわけだ」

「ここまで濃密な回想話を『色々あった』で大雑把にまとめるのやめない?」

 

 USBメモリを挿したノートPCのキーボードを気だるげに叩く紅葉は、開け放たれた和室の中を通り抜ける風で白髪混じりの髪を揺らす。

 縁側で柱に寄りかかって湯呑みの茶をすすっていた女性──白鳥歌野は、首から頬にかけての火傷痕を指で弄りながらそう返した。

 

「しかし……私が当時の諏訪で死んだあとに、そんなことがあったのねぇ」

「ああ。このあともヘドロみたいなスライムに襲われたり魔術師と戦ったり、娘がチェーンソー振り回す変な奴に襲われたり居なくなったと思ったらエンコ詰めて帰ってきたりしたからな」

「情報量が……」

 

 歌野は茶の残りを飲み干して、湯呑みを片手に立ち上がると居間に戻ると、紅葉の隣に腰かけてパソコンの画面を覗き込む。

 

「ところで、貴方さっきから何やってるの?」

「ん? あー……実は、ここしばらく園子に頼まれ事をされててな」「頼まれ事って?」

「俺の視点から過去の西暦を話として纏めてほしいんだと、本にしたいとか言ってたな」

「はあ。自叙伝ってやつかしら」

「自叙伝にしては血生臭いがな」

 

 画面に書き込まれている文章は、ちょうど西暦の先人紅葉が反勇者派と戦っている辺りで、歌野は露骨に嫌そうな顔をしていた。

 

「こんなん売る方も買う方も神経疑うわよ」

「多少刺激的な方が読んでて面白いだろ」

「昔の人間がバーテックスを直視してどうなったか知ってると思うのだけれど」

「それもそうだな」

 

 ──描写は少しマイルドにするか。と言って添削を始める紅葉に、歌野は呆れの混じった表情を取る。それから視線を縁側の外の遥か向こう、海の先にあった筈の、今や影も形も存在していない神樹の壁に思いを馳せる。

 

「天の神を撃退して、世界を取り戻して、私は野菜を売り歩き、貴方は小説を執筆。かつて勇者部として集まっていたメンツは、それぞれがするべき事のために違う方を向いている……」

「なんだ、急に」

「いえ。……何て言えばいいのかしら、案外……別れは一瞬なんだなって思って」

 

 ざわざわと草木が揺れ、静寂が訪れる。すると、話題を切り替えるようにして、おもむろに歌野が紅葉に質問を投げ掛けた。

 

「そういえば、貴方って、上里の……ひなたさん? と結婚したのよね」

「そうだな」

「プロポーズとかはしたの?」

「あー……どうだったか」

 

 今となっては合わせて100年近く昔の記憶。それをなんとか思い出そうとして首をかしげる紅葉は、悩むそぶりを見せてから呟く。

 

「確か、『結婚するか』とか言って指輪投げ渡した記憶なら残ってる」

「ムードって知ってる?」

「そんなもんを気にする余裕のある時代じゃなかったんだよ。言い方は悪いが、俺辺りが唾つけとかないとひなたは間違いなく奉火祭……生け贄の儀の筆頭に選ばれてたからな」

 

 ああ……と得心が行ったように返す歌野をよそに、タン、とキーボードを叩いて紅葉は腕を伸ばして関節を鳴らしている。

 

「あとはタイトルか」

「私が決めていい?」

「……好きにしろよ」

 

 紅葉は歌野にそういうと、彼女はキーボードを代わりに叩く。紅葉は少ししてタイトルを目にして、くつくつと喉を鳴らして笑っていた。

 

「『先人紅葉は一般人である』……ね」

「どうよ?」

「ふっ……安直」

「えーっ」

 

 

 

 

 

【完】




最終回と言いながらも短いですが、これにて『先人紅葉は一般人である』は完結となります。そもそも本編は勇者の章で終わっていてこちらはあくまでオマケなので、まあこんなもんでしょう。

2018年の今日投稿された拙作も4年越しに完結と相成りましたが……とりあえず言うこととしては、途中で約2年近く失踪してしまい誠に申し訳ありませんでした。別作品の方も応援と登録、よろしくお願いいたします。


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