転生者は静かに過ごしたい (紅風車)
しおりを挟む

転生者は始まる

初めての一次創作の小説でかなり拙いとは思います。
それでもよければ読んでいってください。


人は人に非ず。

それは人の内にある闇の部分と僕は思う。

醜い欲望や汚い思考。

誰しもが持つそれは、無ければ人として確立できないからこそ存在する。

 

転生者として生まれた僕は前世の記憶を持つ。

それは日本という東洋の国で、とても豊かな所。

どうして転生したのかと言えば交通事故で僕が死んだからだ。

一緒に帰っている幼馴染も巻き込まれないように僕は幼馴染をその死への道から外した。

大好きだった幼馴染だけでも救えただけ良しだ。

それだけでも大きな理由になるのだから。

 

転生した先では僕は赤ん坊の姿だった。

母親と父親が笑っていてそれに釣られて僕も笑った。

でもそれは長く続かなくて、僕は5歳で捨てられた。

王国の貧しい地方のスラム街に一人ぼっちで。

だけど食べるものには困りはしなかった。

僕の身体能力は高くてその辺の人では追いつけない。

それを活かして食べ物を盗っていた。

 

「・・・美味しい」

 

あまり変わらない味だけど美味しいことには変わらない。

でも食べる量はとても少なくて、極力体力を使わないように寝ていることが多くなった。

 

 

 

 

 

スラム街で過ごして1年。

もう貧困生活には慣れて、あまり何も思わないようになった時に少し騒がしい声が聞こえた。

何かを盗ってきたようで、その声はかなり上機嫌。

 

「兄貴、やりましたね!」

 

「ああ・・・かなりの上玉だ」

 

「やっちゃってもいいすか?」

 

「駄目だ。売り物にするから、処女のが良いに決まってんだろ」

 

盗み聞きした内容は人身売買。

この世界では人権は無いような物で、スラム街ならよくあることだ。

こういうものは基本的に奴隷商人に売られるが、時には自分達の慰め物にしたりする。

僕もこれには慣れたから助けるほどでも無いと思った。

だけど袋から見えるのは銀色の髪の毛。

そこそこ小さめであるから女の子だろうと思った俺は何故か目を離せなかった。

 

助けるか。

 

そんな選択肢をすればこのスラム街では居づらくなる。

だがこのまま放置も何故か嫌だった。

大人二人ほどしか見えず、気配も二人分以外には無い。

前世でよく手合わせ的なことをやることがあったから鎮圧方法は分かる。

身体能力も高いからこそ、それは可能になるのだから。

 

静かに足音と気配を消し去る。

暗殺者ならば誰でも出来る歩行法であるが、とても高度なテクニックだ。

そして大きい方の男に手刀を落として気絶させる。

それに驚いたもう一人にも同じく。

 

「・・・呆気ない」

 

高々子供一人に気を失うとは呆気ないと思ってしまう。

だけど構わない、所詮はその程度なのだから。

 

「よいしょ」

 

袋から捕われた女の子を出して背中におぶる。

年齢はあまり変わらないような感じで、軽々と持ち上げれる。

 

「・・・どうしよう、かな」

 

助けたは良いけど、今分かったことがある。

この子の服装はかなり豪華で予想できるのは貴族だ。

つまりは捜索隊が組まれている訳で、見つかれば僕は殺されるだろう。

だがそれでも良いかなと思った。

僕が死ぬだけで女の子一人の人生が救えたのだから。

 

「ん・・・ぅ・・・」

 

すると女の子が気がついたようで、景色を見渡すように視線を動かす。

そしておぶられている事に気づくと小さく悲鳴をあげた。

 

「ひっ」

 

「・・・家、分かるなら逃げれたら良いよ」

 

このまま捕まえる訳ではなく、気がついたのならこの子から移動してもらった方が良いだろう。

僕は貧民でこの子とは存在が違うのだから。

 

「あ、あなたは」

 

「・・・聞く必要も無い。逃げるなら早くして」

 

いきなり落としはせず、しゃがんでちゃんと足が着いてから背中から下ろす。

それをされて女の子が驚いたような表情をしていた。

 

「・・・どうかした?」

 

「優しいのね」

 

「そんなことはない」

 

照れ隠しで言った訳ではない。

そもそもスラム街に住んでいる時点で優しいとは思わないはずだ。

現にこの女の子は同じスラム人にさらわれているのだから。

 

「えっと・・・一緒に来てもらっていい?」

 

「・・・理由は」

 

「道が分からないの。スラム街なんて初めてだから」

 

「・・・そう」

 

このスラム街は広い方で地理を知らなければすぐに迷う。

入り組んだ道ではあるが、どの方角に行くか決めていれば簡単だ。

 

「貴方、名前は?」

 

「名前・・・」

 

そういえば名前なんて捨てられた時に一緒に捨てたんだった。

このまま答えないわけにはいかないみたいだ。

 

「・・・ユーリ」

 

「そう・・・!ユーリって言うのね。私はミリエル・ヴェイエルというの。よろしくね」

 

それが初めて彼女との関わりで、大きな変化の始まりだった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

転生者は貧民と貴族

ミリエルと僕が会って数時間。

あまり様変わりしない風景だがミリエルには新鮮らしく、変な子だと思った。

だがこの子の服装や歩き方、全てにおいてどこか気品を感じさせる。

貴族辺りなのは分かるが今思えばやはり面倒事だ。

それでも放っては置けないし、最悪死んでも構わないだろう。

 

「ねぇ、ユーリ」

 

「・・・なに」

 

「私って・・・どう見える?」

 

「・・・どうって」

 

「私ね、王族なの。第三王女なのよ?」

 

「・・・そうですか」

 

貴族だとはわかっていたがまさか王族だとは思わなかった。

これは些かまずいもので、王族誘拐犯として僕は処刑される。

それは構わないけれど確実に捜索隊が組まれている。

 

「話し方変えなくても良いのに」

 

「・・・いいえ。王族だとは見抜けず申し訳ございません」

 

幾ら貧民だろうと自分より立場が上のものに対して先程の話し方は処罰の対象になる。

どうせ死のうと構わないが、そこら辺はしっかりとしておきたかった。

 

「ミリエル様ー!」

 

「ミリエル様いらっしゃいませんかー!」

 

すると遠くの方からミリエルを探す声が聞こえる。

恐らく捜索隊だろう。

このまま合流してしまった方がいい・・・か。

 

「ヴァーテ!来てくれたのね!」

 

「ミリエル様ご無事でしたか・・・!」

 

「ええ。あの人が助けてくれましたの」

 

「・・・貴方が」

 

ヴァーテと呼ばれた騎士は僕を見極めようと見てくる。

別にどうでもいいけれど、どうなるのだろうか。

 

「貴様、ミリエル様を誘拐したのだろう?」

 

「ち、違うわ!助けてくれたんだから!」

 

「・・・ミリエル様、本当なのですか?」

 

「ヴァーテ様までも!?こいつは貧民ですよ!誘拐犯として疑ってもおかしくはありません!」

 

ほら、こういう雰囲気になる。

すぐに解決できる簡単な方法があるし、それを実行しよう。

 

「・・・なら、連れていって処罰を下しても構いません。僕は信用に値する者では無いので」

 

僕は姿勢を低くし、ひざまずいた。

僅か6歳の子供が出来る作法ではなかったからか、全員が驚く。

 

「ユーリ、大丈夫だから!処罰なんてさせないからね!」

 

「・・・ミリエル様」

 

僕は両手両足に枷を嵌められる。

逃げる気も無いが、年のためといったところだろう。

そのまま馬車に運び込まれるとその場を移動した。

 

「ユーリ・・・ごめんね・・・ごめんね・・・」

 

「・・・いえ」

 

「処罰なんてさせないから・・・」

 

何を彼女はここまで僕を助けようとしているのだろう。

あの場で疑われてもおかしくはないし、どうせ知れた命だ。

貧民一人の命よりも王族の自身を優先すべきだろうに。

 

「ユーリ様・・・でしたね。ミリエル様を助けていただき有り難うございます」

 

「・・・いえ」

 

「私の部下が貴方を疑ってしまいそれも合わせて謝罪を。申し訳ございません」

 

「・・・大丈夫です」

 

「貴方はミリエル様誘拐の犯人ではないでしょう。確証はございませんがそのように感じ取れます」

 

「・・・そうですか」

 

「国王陛下には私も言い伝え、処罰は無いようにしていただきます。貴方は被害者なのですから」

 

「僕は、貧民です。王族や貴族からすれば・・・知れた命でしょう」

 

「・・・どうしてそう思うのですか」

 

「価値観の違いでは?僕は既に死人同然です。処刑された所で誰も悲しみませんから」

 

僕はそこで会話を止めた。

これ以上話しても無駄だし、有意義とは思えない。

ただ処刑宣告を受ける待ち人なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

国王の謁見をすることになった僕は服装を着替えて身嗜みをしっかりとする。

そのまま兵士に連れられて国王の間へと案内された。

そして陛下の前で僕はひざまずいた。

これが普通なのだ。

 

「顔を上げよ」

 

「・・・はっ」

 

顔をあげると僕をひたすら見つめている目があった。

国王陛下のそれは何者かを慎重に見抜こうとするもの。

 

「ユーリと言ったか。此度のミリエルの救助、感謝をする」

 

「・・・勿体亡きお言葉」

 

「恐らく処罰を言い渡されると思っているのだろう?だが我とて非道ではない。ミリエルの恩人にそのようなことをすればミリエルが激怒する。そこで褒美を与えたい、何か望みは無いか」

 

褒美といわれても僕は何も望みはない。

名誉や爵位が欲しくて助けたわけじゃない。

ただやりたくなっただけだから。

 

「いえ、何も望むものはありません」

 

「・・・なんと、何も無いと申すか。理由があれば述べよ」

 

理由・・・か。

貧民の生活で出来ることなど知れている。

僕は身体能力と不思議な力があるが、言えばそれだけだ。

簡単に言えば、生きる理由はない。

望むものがあっても手が届かない、貧民という立場では不可能なものばかり。

だから諦めた。

 

「・・・陛下。望む物が無い理由ですが、簡単です。私には生きる理由がなく、故に欲しいものはございません」

 

「・・・生きる理由がない・・・と?」

 

「はい。貧民だから故に諦めました」

 

「くっくっくっ・・・そうか。ならば我が決めてよいな?」

 

「・・・はい」

 

「ユーリよ。お主の家名はあるのか?」

 

「・・・はい」

 

「それはなんという」

 

「・・・」

 

「・・・申せぬか」

 

「スカーレット。それが私の家名・・・です」

 

「そうか。ならばユーリ・スカーレットよ。爵位をそなたに授けよう。我が娘のミリエル第三王女を助け出したその褒美として受け取るがよい」

 

その瞬間、この間にいた誰もが驚いていた。

僕も驚いていて、爵位というのは王家に認められて公に出来るもので、言わば貴族の仲間入りをする。

国王陛下が僕に授けた爵位は伯爵であまりにも大きすぎるのではと考えた。

子爵や騎士爵など辺りかと考えていたから余計に。

 

「陛下!このような貧民にそれはあまりにも寛大過ぎます!」

 

「どこに貧民がおる?」

 

「此処に!貧民の子供がいるではありませんか!」

 

「我の目には貧民の子供ではなく伯爵当主がいるようにしか見えぬな?」

 

「なっ・・・」

 

「・・・ではユーリよ。申し立てが無ければ下がるがよい」

 

「・・・はっ」

 

僕はそうして国王謁見を終えた。

緊張はしなかったが、まさかの褒美にどうすれば良いのかと思うほどに。

 

「・・・どうなんだろう・・・」

 

不安だけが残る僕は貧民から貴族へとその日からなったのだった。

 

 




会話文がおかしいように思いますが、慣れてないため稚拙な文章となりました。
頑張って書いていきますが、書き方はまだまだ模索中・・・です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

転生者はコソコソと動く

伯爵となった僕だが、どうやって過ごすか考えていた。

この世界には魔法があり、異世界ではあるのが分かるが正直生活の基盤がどうにも・・・といった感じだ。

 

「・・・魔力・・・か」

 

この世界には魔法ともう一つ、スキルがある。

詳しく言えば、《魔法》というものから分かれていくのだが、《火》《水》《雷》《氷》《土》《風》《闇》《冥》《光》《聖》の10種類が魔法のスキルになる。

もっと難しい感じではあるが、そこまで理解するのは面倒だった。

ちなみになんでこんなことを知っているのかといえば、僕が生まれ持った能力による恩恵だ。

何故かその能力も分けられており、《剣の頂》《魔の頂》という二つがある。

そのうち《魔の頂》の派生から知識を得ている。

難しいが、慣れれば簡単でしかもこの二つは剣と魔法に関して天才的なほど扱える様になる。

 

 

《魔の頂》は派生に《元素操作》があり、それを使えば恐らく金属生成が出来る。

元素はその物質を構成する為に必要な物で、例えばダイヤモンドなら()()原子を操作すれば作れる。

原子の組み合わせと結合次第で変わるが、ダイヤは炭だ。

それを作って売れば金には困らないがそれはそれで面白さが減る。

それにこの国には王立総合学院という学校があるから、それを国王に褒美にしてもらえば良かったといまさら思っている。

 

「まぁ、直談判も・・・悪くはないか」

 

国王謁見が終わったすぐでは無理ではあるだろうが、どうにか話し合えないかを考えようとすると通路には見知った女の子がいた。

 

「あれは・・・ミリエル様?」

 

「あっ、ユーリ!」

 

僕の姿を見つけた途端走って抱き着いて来る。

というかこれ色々とまずいのでは。

 

「お父様と会ったんでしょう?」

 

「ん・・・はい」

 

「何か・・・あった?」

 

「えっと・・・陛下からミリエル様の救助の礼とその褒美に伯爵の爵位を頂きました」

 

「本当?伯爵だなんて・・・」

 

「伯爵よりも欲しいものがあったのですがね・・・言いづらかったので」

 

「欲しい物・・・?それは何?」

 

「物というよりはですね、学院に通いたいのです」

 

「学院・・・お父様に言ってみる!」

 

ミリエルを利用している感じになって罪悪感を感じたが、仕方ないといえば仕方ないのかもしれない。

利用したくないのなら話さなければ良かった。

 

「・・・はぁ」

 

何度目になるか分からない溜息をつきながら、壁にもたれて少し寝ることにした。

 

 

 

 

 

気がつけば、明るかった王宮内部は暗くなっていた。

無意識に僕は気配を消していたようで、誰も気がつかなかったようだ。

 

「ん・・・暗い」

 

《魔力操作:身体強化》

《闇魔法:気配遮断》

 

「よっ・・・っと」

 

魔力を操作して僕の身体強化を施す。

身体能力は高くても、強度が低かったら意味が無いのでその強化と、自身の存在を完全に消し去る。

 

「・・・ミリエル様の部屋、どこだろうか」

 

《闇魔法:気配察知》

魔法を使うと頭の中に王宮内部の構造が全て入ってくる。

そしてその中からミリエルの物が見つかったが、もう一人違う気配があった。

 

「・・・まぁ、とりあえず行ってみる・・・か」

 

場所は遠くはなく、近かったためすぐにたどり着く。

すると中から揉めているような声がした。

 

「嫌です!」

 

「嫌々ではないだろう?君と僕は結婚するのだから」

 

「わ、私には心に決めた人がいるんです!」

 

「へぇ・・・?誰だい?僕の花嫁を横取りしようとするのは」

 

言い争いというより何かを強要されかけているのか。

ミリエル様と後一人は青年ほどの声の主。

 

「・・・どうするか」

 

このまま突撃しても良いし、放置しても良い。

とりあえず様子見しようか。

 

「全く、今日のところはこれで帰るよ。君が嫌がっているからね」

 

そういうと部屋から一人出ていく。

恐らくこの男がミリエルの婚約者なのだろう、話的に。

ズカズカと偉そうに歩いていくが僕には一切気づいていないみたいだ。

扉が空いている間にさっさと入ってしまおう。

 

「はぁ・・・」

 

中に入るとミリエル様が小さくため息をつく。

 

「何かお悩みですか」

 

「っ・・・!?」

 

魔法を解除して話しかけると、ミリエル様が驚く。

まぁ当然なんだろうけど。

 

「ゆ、ユーリ?」

 

僕だと分かると一気に安心したのか、緊張を解いた。

 

「ど、どうやってここに?」

 

「秘密ですよ。それで、何か?」

 

「・・・さっきね、婚約者が来たの。私は嫌だけど・・・」

 

「・・・そうですか」

 

「それでね、お父様に聞いたの。ユーリを学院に通わせれないかって。大丈夫だって言ってくれた」

 

「・・・ミリエル様ではなく私が言うべきなのですが・・・」

 

「ううん。それでね、学院は全寮制で私は王族だから・・・戻れるのだけど基本的に無理なの」

 

「構いませんが・・・どうか?」

 

「男女別なんだって。ユーリに会いに行けない」

 

「それは大丈夫では・・・?そもそも会う理由がございませんし」

 

「大問題なの!私は・・・その・・・ユーリの事好きなんだから」

 

そういうミリエルは顔を赤くしているがしっかりと僕を見ている。

 

「・・・は、はぁ・・・」

 

「本気なんだからね!?」

 

「・・・立場を考えてください。陛下も反対なされます」

 

「うう・・・」

 

いくら貴族とはいえミリエル様は王族だ。

立場の差が違いすぎるし、大切なご息女を陛下が易々と出しはしない。

 

「じゃあお父様が良いと言ったら受けてくれる?」

 

「何故そうなるのですか・・・」

 

「私はユーリが良いの!それ以外は微塵も興味はないわ!」

 

「またはっきりですね・・・」

 

正直ここまで好意を持たれるような事をした覚えはないのだが・・・とにかく色々とまずい。

婚約者がいるのにそれを横取りするようなものだから国王も激怒するはずだ。

 

「っと・・・」

 

するとミリエル様が僕に抱き着いて来る。

あの時とは違い、今度のは離さないと言うように力強いものを。

 

「我が儘は駄目です。王族として生まれたミリエル様ならば分かるでしょう?」

 

「やだ!ユーリが良いっていうまで離さない!」

 

「はぁ・・・」

 

《冥魔法:身体操作=睡眠》

このままではらちが開かないので冥魔法でミリエル様の眠気を操作する。

急に寝てしまったため、力が抜けた身体を支えてお姫様抱っこするとベッドに寝かせる。

邪悪な事を考えていれば寝込みを襲うのだろうが僕はその気はない。

 

「・・・では」

 

《魔力操作:身体強化》

《闇魔法:気配遮断》

ここに来るのと同じ様に自分に魔法をかけて、この部屋の窓から抜け出す。

しばらくは隠れて過ごすことにして、今はこの屋根の上で寝ることにしよう。

人間その気になればどこでも寝れるのだから。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

転生者、二度も気を失う

僕がミリエル様の部屋を後にして早数日。

お金に関しては仕方ない為に《元素操作》で宝石を生成した。

宝石店でその相場を粗方見て、この世界はルビーの絶対数が少なく、ダイヤよりも価値が高いようだった。

ほんの小さな粒ですら数十万するそれは酸化アルミニウムで構成される。

アルミニウムの原子を手に入れるのは思ったより簡単で地面の中に僅かに混在したアルミニウム(Al)原子と空気中にある酸素を結合させて、酸化アルミニウム(Al2O3)を作り出してルビーを形作った。

 

「すみません、これを売りたいのですが」

 

「はい・・・これは・・・ルビーですか!」

 

「はい。幾らぐらいで売れますかね」

 

「ふむ・・・このルビーは天然物ですね。それでいて透き通るほどの透明度・・・とても美しいルビーだ。そしてこの程よい大きさ・・・そうですね、大金貨5枚ほどになります」

 

「・・・今ここで売れるのでしたら、それで」

 

「ありがとうございます!手続きをしますので暫くお待ち下さい」

 

そういって宝石店の店員が奥へ行くと、今一度僕の能力を考えた。

この能力はこの世界ではどの国も喉から手が出るほど欲しいものであり、それゆえに僕自身の危険性がある。

ばらさなければ良いのだが、生活していく上ではばれる可能性は考えなければならない。

 

「・・・ま、後々考える・・・か」

 

後々と言ったが、前世で見たとあるアニメの技を真似て見ようと思った。

幸いにも《魔の頂》はそれを全て簡単に行使できそうなので後は僕自身のイメージ次第だろうか。

 

「お待たせしました」

 

店員が奥から来ると手には何かの書類を携えて戻って来る。

 

「それでは、この書面に同意の筆で取引成立とさせて頂きます」

 

羽ペン方式のこの世界にも慣れているので、手際よく書面に目を通す。

何も不備が無いと分かると、自分の名前を記入して羽を置いた。

 

「では、こちらが大金貨5枚でございます」

 

「ん・・・ありがとうございます」

 

「こちらこそ、あれほどのルビーを売っていただきありがとうございました」

 

それぐらいで話を終えて店を出ると今の資金は大金貨5枚となった。

この世界の通貨は分かりやすい・・・のかな。

一番低いのは『銅貨<大銅貨<銀貨<大銀貨<金貨<大金貨<魔導貨』で、全て100枚で上の硬貨へとなる。

この大金貨5枚というのは金額にして500万ということだ。

適当に作り出したルビーが500万もするということがその貴重さを物語る。

 

「とりあえず・・・のんびりしよう、かな」

 

のんびりしようと宿屋に入ろうとした。

その瞬間、遠くから何かが鳴らされるような音が町中に鳴り響く。

 

「なんの・・・音だろ」

 

警報のように鳴り響く音が何故か嫌なほどまでに澄んで聞こえる。

 

「・・・行こう」

 

《魔力操作:身体強化》

《闇魔法:気配察知》

魔法によって察知出来たその数は数百。

そのうち、一般人を全て対象外にすると二百を察知出来た。

そしてそのうち、僕が知る気配も察知してしまった。

 

「・・・まずい、か」

 

その気配は二十を超える数の気配に囲まれており、護衛という立ち位置とは思えなかった。

 

「・・・仕方ない」

 

《空想具現化:転移=座標軸指定》

《魔の頂》の最高位の魔法を行使すると周りの景色が一気に変化する。

一気に移動した、そんな感覚を余所に転移した場所は件の所から少し離れている。

護衛としてならただの杞憂なのだけど、僕の勘が違うといっている。

身体強化によって五感も強化された嗅覚はそれを逃さない。

人間の血の匂いは、とても分かりやすいのだから。

 

「間に合って。絶対に・・・!」

 

少し離れた場所であろうと、到着するまでの時間すら惜しいと思えた。

 

つい先程まではこの能力を使うのは考えた方が良いと考えていたのに。

だが人を救うためになるのなら、躊躇う必要はない。

 

「ミリエルー!!」

 

ただ少しだけ、話しただけでも。

死なれてしまえば目覚めが悪い。

何故こんな所に居るのか、分からないけれど。

 

「ユーリ・・・!?」

 

ミリエルの元に辿り着く。

少し怪我をしているようで、周りには血の匂いが漂う。

鎧を来ているところから護衛だったのだろうが、応戦虚しく・・・だろう。

 

「・・・よし」

 

死人となってしまった護衛の兵士の剣を少しだけ借りることにした。

ただ借りるだけ、壊すことは慮れた。

兵士にとって剣は命に等しい。

身を守るだけでなく、人々を守る剣なのだから。

 

「・・・ユーリ、私は良いから・・・逃げて!」

 

「・・・お断り」

 

敬語ではないのは状況なのだ、仕方あるまいと思うと剣をしっかりと握りしめた。

するとこの剣の使い方どころか、技術すらも頭の中に叩き込まれる。

これが《剣の頂》の真骨頂・・・か。

 

「いくぞ!」

 

《剣の頂:剣術の極み》

人を、ミリエルを助けるためならば躊躇いはいらない。

必要なのは覚悟とそれを成し遂げる勇気だ。

常人の早さではないそれはただの体当たりですら脅威となりえる。

それに加えて剣だ。

血で鈍っていようと、先端が鋭いだけで大きく威力は上がる。

 

「ガァァァァ!!」

 

威嚇だろうか、魔物は自身を奮い立たせると周りの魔物も同じく雄叫びを上げて僕に襲い掛かる。

幼い子供がそんな光景にあえば普通は見るも無惨な姿に成り果ててしまうだろう。

だが、僕がただ剣を振るった、それだけで。

 

「え・・・?」

 

二十は超えていた魔物が全て切断され、その生を終えた。

その光景を近くで見ていたミリエルは信じられないといった表情で、声すら漏れていた。

 

「・・・はは」

 

命を奪うのは構わない。

スラム街で死ぬほど見てきた光景で、いつ自分の番になるのかと思っていたぐらいだ。

だがその光景を人に見せたくはない。

今の僕はとても醜い表情だろうから。

 

「ユーリ・・・」

 

「・・・見ないで・・・」

 

魔法を使えばミリエルの目を一時的に閉じらせる事も出来た。

だがそれは本当の逃げになる。

どこかで助けてほしかったのに、救いの手は無かったから。

 

「ぁ・・・」

 

前髪を掻き分けられ、僕は泣いてしまった。

そこには優しい表情で見てくるミリエルがいた。

今まで我慢していた何かをひたすら吐き出すように同じ歳の女の子に縋り付いて泣きじゃくった。

 

「よく頑張ったね・・・えらい、えらい」

 

「うわぁぁぁぁぁん・・・!!」

 

そこからどれだけ泣いていたか、分からない。

そのまま気を失ってしまったから。

 

 

気がつけばとても豪華そうな天蓋ベッドで、僕はそこで眠っていたようだった。

 

「ぁ・・・ぅ・・・」

 

まだあの戦闘での疲れというか何かが取れていないのか、少し気怠かった。

 

「失礼致します」

 

ノックされ入ってきたのはメイドさんで、僕の知らない人だった、当然ではあったが。

 

「お気付きなられましたか」

 

「・・・はい。ここは、どこでしょうか」

 

「ここは王都です。マギュルカ国家の王宮でございます」

 

マギュルカ国家は僕が生まれ育った国だ。

あまり聞くことが少なかった分、うろ覚えだったが。

 

「ぁ・・・ミリエル、様は」

 

あの時ミリエルの胸で思いっきり泣くじゃくった挙げ句気を失うという失態を犯した。

あの時は魔物を全て切り飛ばしたが、また来る可能性もあったのだ。

 

「ミリエルお嬢様は・・・」

 

「・・・どう、なってますか」

 

何故かそれ以上聞いてはいけないと警鐘が鳴っていた。

あんなに平然としていたのだから大丈夫だと。

 

「・・・意識がございません」

 

「・・・そう、ですか。面会は・・・出来ますか」

 

もしかしたら見るのは最期になる可能性もあった。

王族に対する殺人を持ち掛けられてもおかしくはない状況にはなっていただろうから。

 

「・・・はい、ですが今は・・・」

 

「僕は大丈夫です。それよりもミリエル様の方です・・・から」

 

所詮成り上がりの貴族だ。

僕が死んでもまだ影響も薄く、すぐに消し去れるだろう。

だがミリエルは違う。

王族の娘というだけで華やかな未来があり、約束されている。

死なせただけで国家にとって大きな打撃でもあり悲哀だ。

 

「で、ですがお身体が」

 

「大丈夫ですから」

 

僕の真剣さに根負けしたのか、渋々で意を決したようだった。

だが僕の身体はとてつもないほど謎の痛みを出しており、動くことすら厳しい。

 

「・・・では、案内致します」

 

《魔力操作:身体強化》

《冥魔法:身体操作=痛覚遮断》

魔力を全身に這わせて無理矢理動かせるようにする。

そして冥魔法で痛覚だけを完全に遮断する。

痛覚の伝達部分を遮断するだけで、実際は痛みが発生している。

それを切っているために無理に動けば悪化するが、そんなものは無視だ。

 

「・・・こちらです。中には宮廷屈指の治癒魔導師がおります」

 

メイドさんが案内してくれた部屋はミリエルの部屋で以前忍び込んだ場所でもあった。

中には数名ほどの人が居て全員がベッドに横たわるミリエルに魔法を使っていた。

 

「・・・あれが・・・」

 

「・・・はい」

 

「・・・少し、触れても大丈夫ですか・・・?」

 

「・・・構いません」

 

メイドさんの許可も貰うと治癒魔導師がいる反対側に移動してミリエルの右手に触れる。

《魔力操作:物体解析》

僕の魔力を触れている部分からミリエルへと流し込んでいく。

本来ならば他人の魔力は拒絶反応を起こすが、そんなことならないようにミリエルの魔力と合うようにしている。

するとある部分が分かった。

ミリエルの身体、その全てに生命力が尽きていた。

あの時は大丈夫そうで軽い怪我だけだった。

もしかしたらその怪我によってこうなったのかもしれない。

 

「・・・なる、ほど」

 

「何かお分かりに・・・?」

 

「・・・一応は。でも専門家でもないので・・・」

 

「構いません。原因不明である以上、それを探りたいのです」

 

メイドさんがそういうと治療に当たっている魔導師の人も同様に頷いた。

 

「・・・ミリエル様の身体、その全てから生命力を感じれません。このままだと・・・持って二日程・・・だと」

 

「・・・何か、何か方法は・・・!?」

 

生命に対しての魔法として《聖魔法》があるが、あれは生きている生命に対してのみ影響がある。

生命力がないミリエルに行使しても無意味なのだ。

だが、方法はあった。

この世界では人代の魔法の中で最高位である《錬金術》ならばそれは可能だと。

だが、それを易々と人に見せる物ではないと理解はしていた。

 

「条件として・・・この後起こることに対してはお見せできません。ですが・・・絶対に助けます」

 

藁にも縋るというのはこのことだろう。

メイドさんと魔導師達はそれを呑むと部屋を出ていった。

 

「・・・ごめん。ミリエル、少しだけ待っててね」

 

《錬金術》はとても複雑な理論によって組み上げられた魔法で、それは人代によって成し遂げられた奇跡だ。

人の命を延ばす事が出来る『命の雫』はその錬金術の究極であり、生命力を与える物だった。

 

「・・・ふー・・・よしっ」

 

《魔の頂:魔力供給速度上昇》

《錬金術:理論構築=完了》

《錬金術:命の雫=精製》

 

手で器を作るとそこに透き通る液体が生み出された。

これこそが錬金術の極みである『命の雫』。

それをミリエルの口の中へと入れて飲ませた。

 

「これで・・・大丈夫・・・だよね」

 

不安はあった。

初めて行使する錬金術だからしっかりと出来ているかが。

《魔の頂》によってその知識や行程を分かっても初めてとなるとどうしても不安にはなる。

 

「ん・・・ぁ・・・」

 

だからこそ今、小さな呻き声が聞こえただけでも安心出来た。

ミリエルの右手を両手で握るとそれに応える様に指が少しだけ動いた。

これ以上は僕がやる事ではない。

元々僕は治癒魔導師ではないし、生命力を与えた後は専門家に任せるのが安心だろう。

 

「・・・メイドさん」

 

僕がメイドさんを呼ぶと扉を開けて入ってくる。

そしてその様子を見て察してくれたようだった。

 

「・・・良かったぁ」

 

その緊張感が切れると発動していた魔法が切れて這わせていた魔力も解除された。

その痛みで僕はまた気を失うのだった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

転生者は王女様に惚れられる

マギュルカ国家の第三王女として生を受けた私は常に淑女として、王族としての立ち振る舞いを強いられた。

時折王宮を抜け出して、王都を見ていったりした。

そこで暮らす人々はとても生き生きとしていて、国王である父が慕われているのだろうと思えた。

 

だけど、何故こんなにも私とは違うんだろう。

王都で暮らす人達は自由で好きなことが出来る。

なのに私は自由がなくて、()()()()という肩書きがとても邪魔だった。

 

とある日も王宮を抜け出して王都を歩いていると、路地裏に連れ込まれて口と鼻を何かで塞がれた。

それを吸い込んだ瞬間私は意識を失った。

 

 

 

気がつけば麻袋の中に入っており、出ようとしても手足に力が入らなかった。

あの時吸った何かが原因だと分かっても何も出来ない私は、これから何があるのかを待つことしか出来なかった。

 

いつの間にか眠っていた私は急に瞼の外が眩しかった。

それは袋の外だという事に気付くのは少し時間がかかった。

 

「ん・・・ぅ・・・」

 

眩しい光を取り込むように目を開けるとここはどこか見渡した。

それはとても王都ではなく、貧しい雰囲気が立ち込めていた。

そして見渡すとき、私の真っ正面に長い黒髪が映った。

 

「ひっ」

 

おぶられているのだと分かっても、少し恐怖を感じて悲鳴をあげてしまった。

すると気がついた様で立ち止まって私に言ってきた。

 

「・・・家、分かるなら逃げれたら良いよ」

 

それは私と関わるのを良しとはしないのだろうとすぐに察した。

何故なら表情に出ていたから。

 

「あ、あなたは」

 

だけど助けてもらったのだろうとは分かっていたからこの人が誰なのか知りたかった。

 

「・・・聞く必要も無い。逃げるなら早くして」

 

しかし関係を持つことすら嫌なのか素っ気ない態度で返されてしまった。

その反応に少し寂しい物を感じているといきなり視点の高さが変わった。

そして私の両足が地面に着くと背中から下ろしてくれた。

 

「・・・どうかした?」

 

「優しいのね」

 

「そんなことはない」

 

本心から出た言葉だったけれど、この人の優しさが感じれた。

だから私はその優しさを利用しようと考えた。

罪悪感を感じるけれど私はこの場所を知らない。

父や騎士達は教えてくれなかったから、というのもあるけれど。

 

「えっと・・・一緒に来てもらっていい?」

 

「・・・理由は」

 

「道が分からないの。スラム街なんて初めてだから」

 

「・・・そう」

 

渋々といった感じだったけどもう少しその優しさに触れていたかったのかもしれない。

思えば、この時点で私はこの人を好きになっていた。

 

「貴方、名前は?」

 

「名前・・・」

 

お互いに名前を知らない以上呼ぶとき不便だろうと思い、聞いたけれど少し暗い表情をされてしまった。

 

「・・・ユーリ」

 

確実に偽名だと分かっていたけれど、今の状況のために考えついたその名前を私はしっかりと記憶に焼き付けた。

 

「そう・・・!ユーリって言うのね。私はミリエル・ヴェイエルというの。よろしくね」

 

これが私とユーリの初めて会った時。

一目惚れで、王族だとかそんな重荷を捨ててでも一緒になりたいと思えた相手だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目を開けるとまだ視界がぼんやりとするけれど、よく知っている天井だった。

ここは私の部屋で、近くには私の専属メイドであるミルメルが心配そうに私を見ていた。

 

「ミル、メル・・・?」

 

「お嬢様・・・!」

 

「あはは・・・ごめん、ね。心配かけ、ちゃった」

 

まだ上手く声を出せないけれど謝りたかった。

手を動かそうとすると何故か右手だけ動かせなかった。

 

「お嬢様。起こさないであげてください」

 

「・・・ぇ?」

 

ミルメルが微笑ましそうに見ていて、なんでだろうと周りを見ると右側にはユーリが眠っていた。

 

「・・・ユーリ?」

 

「お嬢様が手を離さなかったので・・・」

 

「ぁ・・・」

 

無意識だったけれどユーリの左手と繋がっていて、恋人みたいに絡み合っていた。

それを見ると急に恥ずかしくなった。

 

「お邪魔のようですので失礼しますね。何かあればお呼び下さい」

 

そういうとミルメルは忙しなく部屋を後にした。

その時、嬉しそうな表情で出て行ってた。

 

「・・・ぁ、ぅ」

 

同じベッドの中で寝かされていたユーリは無防備に眠っていて、整った寝息が聞こえる。

 

「すぅ・・・すぅ・・・」

 

あの街で見たユーリと今のユーリは違ってとても綺麗。

長い黒髪がユーリの容姿を引き立たせていて女の子みたい。

それでもこんな子が男の子なんだと思うと人は不思議。

 

「え、へへ。ユーリ」

 

ユーリの事は好きだけれど、だからといって父が許してくれるとは思えなかった。

それどころか、ユーリを罰しそうで言い出す事も難しかった。

 

「・・・は、ふ」

 

思い返していると、襲われたときにユーリが助けてくれたんだった。

二十以上いた魔物をユーリが剣を振るっただけで全て切られていった。

それを見ていた私は急に怖くなった。

もしかしたらその剣を私に向けて来るんじゃないかなって。

だけどそれは違っていて剣を下ろして顔を伏せた。

好きな相手をどうして信じれなかったのか。

我慢しているような呻き声も聞こえていたのに、なんで怖いと思ってしまったのか。

この世界中がユーリの敵になっても私は絶対に信じる。

助けてもらった時からそう思っていたのに。

 

「ん・・・」

 

「・・・ぁ」

 

握られていた私の右手。

その指がパクッとユーリに食べられてしまった。

その時にユーリの柔らかい唇が触れて、中にある舌が指の先端を少しだけ舐めていた。

 

「んく・・・」

 

望まない婚約者のそれなら私は悲鳴をあげてでも嫌がったけれど、どうしてかユーリには何も思わなかった。

それどころかこんな一面を知れて嬉しいと思えるほどに。

無防備なユーリに少し悪戯しようと、指を中に入れてまさぐる。

すると小さく声が聞こえた。

 

「ん・・・ぁ・・・」

 

「・・・ふ、ふ」

 

だけどそれで起きちゃったのか、閉じられていた瞼が開いてパチッと目を開く。

 

「・・・おは、よう」

 

「ん・・・れろっ」

 

口の中にある指をまだ舐めつづけていたユーリは少しすると離してくれた。

少し顔が赤いけれどそれは私も一緒。

 

「・・・ユーリ・・・?」

 

「何か?」

 

「・・・うう、ん」

 

「なら大人しくしててください。まだ本調子ではないんですから」

 

素っ気ないユーリだけど、その裏は甘えたがりなのかもしれない。

 

「・・・これ以上は不審に思われますし、出ておきますね」

 

そういうとユーリはベッドを出て、部屋を出ようとする。

それを私は止めた。

ユーリの服を摘んで止めた。

 

「行かない、で・・・」

 

「・・・ですが」

 

「一人、にしないで」

 

なんでか行ってほしくなかった。

我が儘だって、身勝手だって分かっているけれど、この瞬間は今しかないかもしれないから。

なら少しでもそれに溺れていたい。

 

「・・・はぁ。近くには居てあげます。それで良いですね」

 

身を翻して椅子を持つとベッドの側に置いて座ってくれた。

寂しくなった右手にはユーリの左手が置かれていて出せるだけの力で握ると、優しく握り返してくれた。

 

「ミリエル様は、どうして僕を好きになったのですか」

 

「・・・ぇ、と」

 

「今は言わなくて良いです。ですが、私とミリエル様とでは立場が違います。それでもと言うのなら、ご自分で考えてください」

 

「・・・う、ん」

 

「・・・では、お休みなさい。ミリエル様」

 

ユーリの右手が私の頭に触れると優しく撫でてくれた。

それを気に眠気がやって来て瞼を閉じまいと抵抗した。

寝てしまえば居なくなる気がしたから。

 

「安心して寝てください。側にいるので」

 

「・・・ぃ、や」

 

「全く・・・」

 

 

「おやすみ、ミリエル」

 

それを聞いた瞬間、抵抗する気力も無くなって眠気が一気に溢れてそのまどろみに浸った。

不思議と右手には暖かい物があって安心して寝れた。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

転生者は突然の事に驚く

ミリエルが起きる頃には夜遅くなっていた。

その間は暇だったので窓の縁に座って夜風に当たっていた。

 

「・・・起きたのですか」

 

「うん。寝たおかげですっかり元気になったかな?」

 

「なら良かったです」

 

ミリエルの顔色や声色からは疲れなどは感じれず、元気そうだったので一安心した。

生命力を与えるなど初めての行為だったが、何事もないようだった。

 

「ねぇ、ユーリ」

 

「なんでしょう?」

 

「もし・・・もしだよ?お父様が貴方との交際を許してくれたら・・・どうする?」

 

「・・難しい、ですね。私は女性と付き合う気はございませんので」

 

今は色恋よりも世界を見たい。

それが僕の今やりたいことだから。

ミリエルの好意はとっても純粋で真っすぐだ。

だけどそれに応えるほど、地位も稼ぎもない。

 

「どうして?私の立場を考えれば玉の輿でしょ?ユーリは伯爵になったばかりだけれど、その影響を強めれるきっかけにもなる」

 

「・・・本気でそう考えているのなら、大間違いですね。私は伯爵位など欲しくなかったのです。強いて言えば良い機会ではありましたが、後々はこの国を出ようと思っていましたから」

 

「・・・ぇ?」

 

僕の本音を告げるとミリエルは一瞬固まった。

そして急に涙目になりはじめる。

 

「でて、いっちゃうの・・・?」

 

「・・・ええ」

 

世界はここだけじゃない。

色んな場所を見て、その景色を見たい。

 

「駄目っ!ユーリは私と居るの!」

 

ミリエルの年齢は6歳ほどだろう。

逆にここまで大人びている方が凄いぐらいで、まだまだ甘えたい年頃だ。

こういった我が儘な言動も幼さを抜けきっていない純粋な子供なままだからだろう。

 

「学院にいる間は出ませんよ」

 

「やだぁ!」

 

「はぁ・・・ミリエル様、その感情は今だけです。あとになって後悔なされるのは貴女なのですよ。一時の言動で貴女の人生を壊したくないのです」

 

「・・・で、でも」

 

「僕を好いてくれることはとても嬉しいです。ですが、今だけの感情に身を任せるのは駄目です」

 

「・・・うん」

 

ミリエルは王族として教育を受けているからか、聞き分けはしっかりしている。

正直ミリエルの気まぐれで僕が死ぬことも有り得るが、それはそれで良いと思えた。

少しでも楽しく生きれた、それがわかれば例えやり残した事があろうと構わない。

 

「ミリエル様。私は私用がございますので、失礼します」

 

「ぁ・・・うん」

 

「また、会えたら」

 

そういってミリエルの部屋を後にすると、元々自分の客室にされていた部屋へ向かう。

 

「・・・ふぅ」

 

部屋に入ってベッドに横たわると、少し疲れが出た。

あまり人との付き合いが得意ではなかったため、ああやって親しい女の子と話すのは苦手だった。

幼馴染でも同じで、どこか緊張してしまう所もあったし。

 

「・・・寝よ」

 

さっさと寝てしまうに限る。

あの世界の事を考えても仕方ない。

もう戻れないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目が覚めると何処となく、部屋の外が騒がしかった。

《闇魔法:気配察知》

王宮全体に一瞬だけあらゆる気配を察知する魔法をかけたが、侵入者ではない。

ということは何か催しや大事がある、ということだ。

 

「スカーレット様、起きておられますか」

 

「はい、起きています」

 

失礼します、と中に入ってくるのはメイドさん。

そういえばこの人の名前を知らないな。

 

「あの、名前は・・・」

 

「私はミルメルと申します。ミリエルお嬢様の専属メイドを担当させていただいております」

 

「ミルメルさんですね。僕はユーリ・スカーレットです。適当に呼んでくださって構いません」

 

「いえ、そのような事をすればお嬢様に叱られてしまいますので。それで、ご用件なのですが」

 

 

「本日、王立総合学院の入学式なのです」

 

ミルメルが言ったそれは初めて聞くものだった。

まさか今日だとは思わず、今の今まで知らなかったのだが。

 

「お嬢様はもう準備が完了なさって出発なされましたが、スカーレット様にはある事を頼みたいのです」

 

「・・・僕に、ですか?」

 

「はい。お嬢様のお父上である国王陛下からのご指名でもございます」

 

それを聞いたとき、何か嫌な予感がした。

まるで離さないというような束縛を。

 

「入学の式中だけでも構いません、お嬢様の事を守っていただけませんか。お嬢様の立場を狙っている様々な殿方やご息子が出席なさいます」

 

「・・・条件に、どんな責任はそちらに持っていただく。それを呑んでくれるのなら、悪意ある者から守りましょう」

 

「構いません。国王陛下はそれを見据えておりますので」

 

「・・・そうですか。では、自分も用意しますので」

 

そういうとミルメルは部屋を出ていく。

ここから学院までは転移で行けば良いが、服装は・・・なんでも良いのだろうか。

指定ならあれだし、視るか。

《魔の頂:千里の魔眼》

()()は本来ならば生まれつきか遺伝で伝わる先天性だが、その実態はとても複雑な魔法術式だと《魔の頂》が教えてくれる。

術式ならば、簡単に組めるのですぐに《千里の魔眼》を発動させると窓から顔を出して学院がある方角を見つめる。

 

「・・・服は、ある程度指定か」

 

男子生徒の服装は、統一こそされていないが貴族服類だろうと分かる。

女子生徒もドレスがない貴族服だ。

 

「・・・持ってないし、創ろう」

 

《空想具現化:物質創造》

《空想具現化》の魔法は様々な物を具現化させれるが、そのうちの物質創造は《元素操作》とはまた違う。

魔法による幻想概念を組み込めるのが《空想具現化》で、世界による自然概念を組み込めるのが《元素操作》だ。

だから自然の物は全てを具現化できない。

しようとするとどこかしらが抜けてしまうのだ。

《物質創造=工程開始》

《工程:創造理念・構成物質・幻想概念=完了》

《幻想概念:絶対耐久》

魔力を練り続けて全ての工程を終えると出来上がったのは、貴族服に似せた衣類。

()()()()という概念を括り付けられているため、空気中の魔力を()()()()へと変換するようにした。

 

「ん、これで良いか」

 

謁見の時から着ていた燕尾服のおかげでこういった貴族服には慣れた。

当然構成物質はかなり軽量になる物を使ったため重みはないが耐久性は高い。

 

「よし、行こう」

 

《空想具現化:転移=座標軸指定》

転移を使って指定した座標へと転移する。

一瞬で変わる光景だが、慣れない人は慣れない感覚だと思う。

学院の門へと入っていくと、中はかなり広々としており数千人は入れる規模だ。

 

「・・・とりあえず、歩く、か」

 

ミリエル護衛の任は式の時だけだが、それ以外でも絡まれる気がするので歩きながら魔法で場所を探す。

《闇魔法:気配探知=ミリエル》

少ししたら感じ慣れた気配と魔力の持ち主の場所が分かった。

そこへ歩いて行くと数名ほど人に囲まれていた。

自分の目の前に人がいて見づらいはずだが、何故か普通に僕を見つけて来る。

 

「あっ、ユーリ様!」

 

この場所は公でミリエルは王族の立場になる。

それをわかっているからか、以前のように抱き着かず少し早い歩きでこっちに来た。

 

「遅いです!」

 

「すみません。少し私用で遅れました」

 

喋り方こそ変わらないが、その佇まいと仕草は王族そのものだ。

 

「ミリエル様、この者はどちら様ですか?」

 

人を見下している様な目を向けて来るそれは、正直嫌な物だった。

まるで自分こそ偉いと踏ん反り返っている態度。

 

「これはご無礼を。私はユーリ・スカーレットと申します」

 

「へぇ?ミリエル様と親しいようだけれど」

 

この喋り方に感じたことのある気配。

・・・そうか、ミリエルの婚約者か。

 

「・・・ちょうど良いタイミングなので、話します。アルフォンス様、実は婚約のお話なのですが・・・」

 

「うん?どうしたんだい?」

 

ミリエルと話すときだけは上機嫌で、わかりやすい猫かぶりだ。

しかもねっとりとした甘い声が余計に吐き気を催す。

 

「お父様が破棄にするとおっしゃられておりました」

 

「なっ・・・!?」

 

「・・・ほぅ」

 

「な、何故だ!そのような話聞いていない!」

 

「今日の朝、お父様から直々に言われましたの。相応しい相手は見つけたと」

 

「だ、誰なんだい?その相手は」

 

そういうとミリエルは意味深に僕の方へと向き直る。

そして僕の唇に柔らかい感触が触れた。

 

「な、な・・・」

 

「・・・ミリエル様?」

 

「私はユーリ様と婚約することになりました。これはお父様のご要望でもあり、アルフォンス様のお父上であるグラフク伯爵とはお父様が話すそうです」

 

まさかの話に僕もついていけない。

僕がミリエルの婚約者?

あまりにも突然で、急過ぎる。

アルフォンスという男子生徒も口を開けて固まっているし。

 

「ユーリ様っ、王族とその関係者は専用の席があります。そこへいきましょう」

 

「・・・わかりました」

 

僕の表情は今出ていないだろうが、内心驚きしかない。

まさか本当に許されると思っていなかったし。

というか国王陛下は僕を信用しすぎじゃないか?

普通は会って数分の男を信用しないだろうに。

 

「ミリエル様、あの話は・・・」

 

だが、あの場を切り抜けるだけにでっち上げた可能性を探るため聞いた。

 

「本当だよ。お父様がね、ユーリと一緒に居たいと言ったら二つ返事だったよ」

 

「・・・はぁ」

 

「んふふ~、これからよろしくね?旦那様?」

 

今日、入学式が始まる前に僕には婚約者が出来ました。

それもマギュルカ国家の王族である第三王女ミリエル・ヴェイエルという自分と歳が変わらない少女と。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

転生者は学院に入学する

始まる前にどっと疲れが出僕はミリエルと一緒に特別席へと向かった。

 

「はぁ・・・」

 

「どうしたの?」

 

「いえ、なにも」

 

さすがにいきなりすぎて頭の処理が出来なかったが、陛下が許したのであれば僕とミリエルは許婚となる。

無論それは構わないが、それを良しとしない貴族がミリエルを唆しそう・・・と考えていた。

 

「あっ、始まる」

 

「はいはい。ミリエル様、お静かに」

 

王族なのだろうが、そういう面影すら出さない彼女はこれから始まる事に興味津々らしい。

一応ここに来る前に進行を聞いている。

 

「私ってどこのクラスになるのかな?」

 

「分かりません。とにかく大人しくしてください」

 

まぁ、前世でもこういった催し的なものは楽しみだったし、ワクワクしていたがミリエルのは少し度が過ぎる。

 

「これより、王立総合学院の新入生入学式を行う」

 

そういって出てきたのは女性。

だが並ではない魔力が溢れている。

 

「新入生達よ。私はこの王立総合学院の学院長であるアルメリア・マギルカだ。先に言っておこう、この学院においては爵位や地位は関係無い、ここでは生徒と教師だ」

 

これは平民だろうが貴族だろうが王族でも皆が同じ生徒という括り付けだろう。

正直ありがたいが、一部の貴族はそれが不満らしく表情に出ている。

 

「この学院では様々な基礎を学び、悪しき物に立ち向かう力を講じる。だがそれらは努力あっての力だ。努力をしない者にその力は扱えん」

 

 

「さて、長話はここまでにして早速新入生の君達にはある物を受けていただく」

 

恐らくそれはスキル鑑定だろう。

何のスキルがあるかで何を学ぶか変わるからだ。

僕の場合は・・・学ぶ必要は無い気がする。

 

「ユーリ、何を受けるの?」

 

「スキル鑑定でしょう。己の才能が何に奏でているかを知るためなので受けておくべきです」

 

「そっかぁ・・・。私は何があるのかな」

 

一応気にもなったので、ミリエルのスキルを鑑定してみよう。

《鑑定:スキル=ミリエル》

ミリエルに対して《鑑定》を使うと持っていた羊皮紙に様々な結果が現れる。

 

「ん・・・これは」

 

ーーーーーーーーーー

 

鑑定対象:ミリエル・ヴェイエル

 

《火属性》《光属性》《聖属性》

《物質合成》

 

ーーーーーーーーーー

 

羊皮紙に記されたそれはミリエルらしい属性が書かれていた。

この《火》《光》《聖》の3種類を併せ持つのは《天炎属性》と呼ばれる。

《火属性》は良く知られる一般的な物だが、《光属性》は神殿関係者と先天的、《聖属性》だけは先天性だ。

だが、これほどの才能を晒し出すのはあまりにも危険が生じる。

利用しようとする輩がいてもおかしくない。

 

「ユーリ、それなに?」

 

「ん・・・ミリエル様は天才とも言えるスキルがあったらどうします?」

 

「えっ?う、うーん・・・どうともしないよ。私は好きなことをしたいから」

 

「・・・そうですか。なら、大丈夫でしょう」

 

《火属性:ファイア》

羊皮紙を燃やすと、何事も無いようにした。

ミリエルの特殊スキルが気にはなるが後々分かることだろう。

恐らく彼女に取り入ろうと接触を図る者がいる。

悪意ある者からミリエルを守れば良い。

それ以外は彼女の方でどうにかするだろう。

 

「失礼、君らの番だよ」

 

後ろから来たのは先程の学院長。

単純に気を抜いていたが、元々そういった隠密をしている。

歩き方も音が発しない歩術だ。

一応学院であるが、念のためミリエルの隣を歩く。

 

「ふむ、君らは主従関係かな?」

 

「いいえ、私と彼は婚約関係です」

 

「これは失礼。名を聞いても?」

 

「ミリエル・ヴェイエルです」

 

「ユーリ・スカーレットと申します」

 

ミリエルは淑女らしい挨拶で、服の裾を軽く持つ。

僕は片手を後ろに回し頭を下げた。

主に自分の振る舞いに対して学院長は少し驚くような表情を見せた。

 

「第三王女様とその婚約者様だったんだね。国王陛下から私が君達の鑑定を行うように言われているのだが、構わないかな?」

 

「ミリエル様がよろしければ自分めも同様に」

 

「構いません。お願いしてよろしいでしょうか?」

 

「ああ。構わないよ」

 

学院長が魔力を集中させると《鑑定》を使おうとしているのが視える。

《鑑定》スキルは使うのには魔力ともう一つ紙が必要となる。

でなければ結果が分からないから。

 

「ふむ・・・。ミリエル君の結果が分かったよ」

 

そういうと学院長は鑑定結果の羊皮紙をミリエルに渡す。

だが、その結果が自分のとは違っていた。

 

ーーーーーーーーーー

 

鑑定対象:ミリエル・ヴェイエル

 

《火属性》《光属性》《聖属性》

 

魔力量:S

魔力処理能力:A

 

ーーーーーーーーーー

 

魔力の記述は恐らく必要としなかったから反映されていなかった・・・ということだろうか。

実際表記の方法はどういう鑑定方法なのかで変化するらしい。

だが、《物質合成》のスキルが無いのはおかしい。

となると術者の腕次第で鑑定結果も変わる・・・ということか。

 

「ミリエル君。君は俗に言う《天炎属性》の持ち主だ。その中でも《聖属性》が特化しているようだね」

 

「私が・・・」

 

「次にユーリ君。君のも鑑定を終えている」

 

そういわれ渡された羊皮紙。

それに記述されているのは見たことも無いスキルだった。

 

ーーーーーーーーーー

 

鑑定対象:ユーリ・スカーレット

 

《究極の一》

 

魔力量:F

魔力処理能力:F

 

ーーーーーーーーーー

 

それは、ぱっと見は最低の証明だ。

《究極の一》は恐らく何も無いという意味付けであり、遠回しの表現。

魔力の情報も全て最低ランクというのも同じだろう。

 

「え、えっと学院長様。ユーリのこれは・・・」

 

「・・・あまり言いたくはない。だがこれからの事を考えて言うよ。ユーリ君、君には魔法の才が無い」

 

「・・・そうですか」

 

《魔の頂》による効力で、()()()()()()()()()()()()にする物がある。

それによって《鑑定》スキルが弾かれて、この結果が出たのだろう。

 

「だが、もしかしたら私の実力が足らず・・・という事もありえる。言葉を真に受けず、勉学に励んでほしい」

 

「はい、元よりそのつもりです」

 

「さて、君らのクラスだがCクラスだ。場所は分かるかな?」

 

「園内の見取り図は見たので大丈夫です。お気遣いありがとうございます」

 

「ふむ、なら行きたまえ。これ以上引き留めても意味が無いからね」

 

ミリエルと共にその場を離れるとCクラスに向かう。

見取り図は見ていないがそこは魔法で何とかする。

《闇魔法:気配察知》

本来なら気配を察する為のものを術式を変更する。

物の物体に対する察知を上げて校内の構造を全て頭の中に記憶させるとCクラスの場所を見つける。

 

「ユーリ、場所分かるの?」

 

「ええ。こちらですね」

 

少し歩いて3階へと上がるとA・B・Cと並ぶ教室があった。

その中でも一番右側のクラスがCクラスだ。

 

「ミリエル様、私は後で入りますのでお先に入っていただけませんか?」

 

「どうして?一緒でも良いでしょ?」

 

「私とミリエル様の関係はあまり公にされてないのです、主従ですら知れ渡っていないためあまり要らぬ問題を起こすのは私としても嫌ですので」

 

「むぅ~・・・」

 

「何かあれば呼んでくだされば行きますから」

 

「仕方ないなぁ」

 

ミリエルは我が儘な部分もあるけれど、根はしっかりしている。

後で何かしてあげるのも良いかなと考えながらミリエルと分かれると、とある物を創り上げる。

《空想具現化:物質創造》

具現化させるは、一つの刀。

蒼い桜が描かれた鞘と光を照らし出す刀身。

《物質創造=工程開始》

《工程:創造理念・構成物質・幻想概念=完了》

《幻想概念:絶対耐久・絶対切断》

そうして創り出されたのは日本刀。

鞘から引き抜くと光を反射する綺麗な刀身。

そしてもう一つは、この刀に秘められた幻想。

とても強い幻想が宿ったそれは神が創り出した兵器に等しい物だった。

 

「・・・名は、そうだな。『銀霜刀』」

 

銀霜刀と名付けた刀は、その名にある物から一つの幻想を自身に宿した。

それは《絶対零度》と呼ばれる《氷属性》スキルの最上級魔法だった。

 

「・・・時間は・・・もういいか」

 

校内でこんな武器を出していれば些か問題になる。

申し訳ないが、今はまだ待っていて。

《空想具現化:無限収納=銀霜刀》

銀霜刀を仕舞うとちょうど良い時間になっていたので、遅れてCクラス内へと入る。

《闇魔法:気配遮断》

僕の座る場所はミリエルの隣だった。

だが、今は自由時間なのかミリエルの周りには沢山の人が集う。

 

「・・・休憩するか」

 

自分の席は誰も座っていなかったのでそこに座ると少し体を伸ばす。

ミリエルは慣れているのか、楽しそうに話していたが少し寂しそうな表情を出していた。

 

「・・・早く来ないかな・・・」

 

「はぁ・・・」

 

甘くなったと思いながら魔法を解くと何もせずそのまま座りつづけた。

ミリエルは第三王女で王族の力は強い。

僕は伯爵の爵位を貰いはしたが、他の貴族に知られてはいないし、知らせる必要も感じない。

だがそれを知らない子供からすればいきなりミリエルと仲良くしだした自分を良くは思わないだろう。

だが、いつの間にか居て、ミリエルから話し掛けれられば違うだろう。

 

「ん・・・」

 

机に伏せると自分の長い髪の毛が視界に入る。

今更切ろうとは思えず、結局伸ばすことにした髪はいつからか僕も気に入りはじめた。

自由時間がかなり長く、初日の今日は授業はない。

学生同士の関わりを持たせる為だろう。

 

「んぅ・・・」

 

こうして伏せていると窓から太陽の光が照らされている。

暖かい光が僕の席に向かっているため、その暖かさに眠くなって来る。

 

「んにゃ・・・」

 

今は寝る、そうしよう。

起きたとき考えれば良いのだから。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

氷点下の雪片

寝ていた感覚が引き戻されたのは寝始めて数十分ほどしてから。

急に教室内が騒がしくなり、それと同時に体が誰かによって揺さぶられた。

 

「んむ・・・」

 

「ユーリ!起きて!」

 

僕を揺さぶるのは婚約者になったミリエル。

だがその声はどこか焦っているというか怯えているような物だった。

 

「ミリエル様・・・?」

 

「起きた!?早くここから出なきゃ!」

 

「出るって・・・先ず何が・・・」

 

《闇属性:気配察知》

瞬時に気配察知を使うと人の気配ではない物があった。

だが感じたことがあるそれは、以前ミリエルを襲った魔物の類の物だ。

 

「ん・・・なる、ほど」

 

 

「ミリエル様、先に逃げてください」

 

「ユーリは!?」

 

「・・・」

 

人のために動くのは好きではないけれど、結果的にミリエルへと繋がるのならそれは排除する。

国のためじゃない、ミリエルのために。

 

「・・・それでは」

 

「待って!」

 

ミリエルの制止の声も無視して気配察知で分かった場所へと向かうと城壁で国兵が迎え撃っていた。

 

()()()()()()()()()()()

 

《空想具現化:無限収納=銀霜刀》

あらかじめ決めていた呪文を唱えると氷の結晶が現れてそれが一つに集まると一本の刀へと変貌する。

存在するだけで辺りの空気が一気に冷え、凍っていく。

 

「ん・・・」

 

空気というのは主に酸素、二酸化炭素、窒素で出来ており、その中でも酸素と窒素はおよそー200°Cで液状化する。

触れれば一瞬にして氷点下の温度を得れるそれは使い方次第では兵器にもなる。

《元素操作:原子・分子組み換え》

窒素と酸素の結合を組み換えて凝縮する。

液体は言わば物質の塊で、気体も集めれば固体や液体になる。

《元素操作:液体操作》

液体にした二つを操作して雨のように降らす。

場所は魔物がいる場所に。

 

「んじゃ・・・」

 

《魔力操作:身体強化》

魔力を体中に這わせて強化すると魔物の中心部へと突入した。

ざっと見えて数百以上のそれはこのままでは兵士も持たないだろう。

 

「・・・()()()()()()()()()()()()()()()()

 

《氷属性:絶対零度》

《氷属性:氷山創造》

氷属性の最上級魔法を一気に詠唱するとたちまち辺りの空気は冷え、氷が降り注ぐ。

僕が地面に足を付けばそこから地面が凍っていき、同じく地に足を付けている魔物もろとも凍らせていく。

 

「・・・呆気、無いな」

 

「ほぅ?貴様何者だ」

 

僕以外の声が聞こえるとその方向には今までの魔物よりも強そうな者がいた。

人の形を持つそれはおそらく()()だろう。

 

「・・・邪魔になるから、蹴散らしただけ」

 

「なるほど、それがお前の最期の言葉だな!?」

 

何か変な感じがして、その場から飛び退くとさっきいた場所の空間が爆発した。

 

「・・・空間、爆発・・・」

 

空間という多次元の概念はそうそう操れはしない。

適正があろうとも、それに辿り着けるまでには人の生では届かないほどだ。

この魔人もそれを知っているからか、少し機嫌よくしている。

 

「どうだ、貴様ら人間では扱えない空間魔法は!」

 

《魔の頂:術式構築》

傲慢そうに踏ん反り返るその態度は前の世でも見てきた。

だからこそ嫌いだ。

その程度しか出来ないのに。

《空間魔法:操作=座標軸固定》

 

「・・・うるさい」

 

一瞬にて編み上げた粗末な魔法術式だがそれは傲慢な魔人を肉片へと爆裂させた。

 

「はぁ・・・」

 

《闇属性:気配察知》

辺りの気配はもう微塵も残っておらず、凍てついた地面と雪景色が広がるだけ。

凍えるような空気が自分の白い息で分かる。

 

「帰ろ・・・」

 

氷属性魔法の名残は数日で消えるだろう。

今はもう何もやることがなくなった。

 

「・・・銀霜刀。()()

 

《空間魔法:無限収納=銀霜刀》

空想具現化から先程編み上げた空間魔法に仕舞い込むとここへ来た道を戻る。

液化した空気は再び気化させて何もなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

学校へと戻ると生徒達は各々の寮へと入って避難していた。

まだ入りたてだろうが上級生だろうが、危険が無いことこそが良い。

 

「僕のは・・・どこだろう」

 

恐らくあの騒ぎの時に場所も発表されていたのかもしれない。

僕は飛び出して行ったから分からないのだけど・・・。

 

「お前、何をしている」

 

廊下で適当に歩いていると突然声をかけられる。

気配察知を使ってはいたから分かっていたけれどね。

 

「生徒は寮に入っているはずだ。何をしている」

 

「・・・迷いまして」

 

「ほう、迷ったのか。先生方が率先していたのだが逸れたのか?」

 

「・・・はい」

 

「・・・名は」

 

「ユーリ・スカーレットです」

 

「ユーリ、着いて来い」

 

拒否する理由も無いので着いていく。

念のためいつでも魔法は発動できるように。

 

「・・・そういえば忘れていた。私はミレッツ・クロニカル。この学院の魔法戦闘講師だ」

 

「は、はあ」

 

「お前のことは聞いている。第三王女様が泣きながらお前を探していてな。私らではお手上げだ」

 

「・・・すみません」

 

「それは構わんが・・・一つ聞きたい」

 

「何でしょう」

 

「お前が使う魔法。それに興味があってな。見せてくれないか」

 

「お断りします」

 

魔法は僕にとって自慢するものではない。

戦うため、生活の手段として使っているだけであり競い合いたいとは思わない。

だが、僕のを見て勝手に真似てみる、それは気にしない。

相手の業を盗んで自身の魔法を向上させる事に嫌いは無いから。

 

「ま、私は勝手に盗み見させてもらおう。さてここがお前の寮部屋だ」

 

「ありがとうございます」

 

「構わん。だが心配はかけさせるな、手が付けれないのだ」

 

素っ気ないけれどあの人は善人だ。

戦うこと、魔法への探究心が絶えないが魔法使いらしいとは思える。

 

「さて・・・入る、か」

 

寮部屋と案内された中へと入ると、そこそこ広めの部屋でベッドが二つ。

そのうち一つにはミリエルが横たわっており、近くによって見ると目元が少し腫れていた。

 

「・・・ごめんね」

 

自分のために泣いてくれたのだろう。

少しは考えてあげるべきかな。

 

「・・・よしよし」

 

軽くミリエルの頭を撫でると自分のベッドに入ってそのまま目を閉じる。

案外疲れていたのか、その眠りはすぐに襲ってきて寝てしまった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

転生者はのんびりする

入学が終わり、魔物の進行の騒ぎもほとぼりが冷めはじめた頃。

数日以上僕はミリエルとは顔を合わせていない。

あの時に置いていってからという物の、少し気まずさというか話しにくくなった。

護るという事はするが、それ以上までするとは今の状況からも考えにくい。

 

「・・・はぁ」

 

ミリエルを意識することは今まで無かった。

婚約者と言われても正直受け入れがたい。

国王が直々に僕を指名して婚約に持ち込んだのだろうが、断るつもりだった。

今となってはその足掛かりを作るためとも言える。

自分に愛想を尽かされたと思えばミリエルも諦めると考えた。

人間と女性は信用ならない。

信じるに値しない者が多いこの世界では当て嵌まり、特に女性なんて損得勘定でしか動かないことのが多いのだから。

 

「・・・ん」

 

飛び級制度はあるらしく、高成績を何度も叩き出し、専用の問題を解けばその学級を飛ばせる。

自分は初学年だが、元々ここでの目的はこの国随一の図書館だ。

勉学に励むというよりは、知識を求めたい。

どのようなものがあるのかを分かっておきたい。

 

「・・・終わり」

 

そしてその図書館ももうすぐ用がなくなるだろう。

9割方読み終えた書物や文面。

先程読み終えた本こそが、最後の一冊だった。

元々本を読むのが苦手ではなく、好きであったからか幾らでも居る事は出来た。

記憶力も良い方で、速読も軽く出来る。

 

「此処も・・・後、一ヶ月、かな」

 

自分は人のために動こうとは思わない。

他人の事など他人がやれば良いのだ。

楽しければそれに加担もするかもしれないが。

 

「・・・はぁ」

 

今の時間は夜の9時頃か、それぐらい。

生徒は寝ているか寮員同士で話し合っているかぐらい。

今から自分の寮に戻ると確実にミリエルと会うため少し時間をずらしたい。

 

「もう少し、潰そう」

 

夜の散歩も悪くないかなと思いながら、本を片付け終えると図書館を出て外に出た。

空には月が浮いており、三日月の形だった。

雲があまりなく、綺麗な星も見える。

 

「・・・良い、日」

 

朝昼の太陽は苦手だが、夜の光は前世から好きだった。

眠れない日はこうやって外に出歩いて軽く散歩をしていた。

 

「ん・・・?」

 

何やら後ろの方で気配的な物を感じた。

感じ慣れた物で恐らくミリエルだろう。

 

「ユーリ」

 

「ミリエル様?」

 

後ろから抱き着かれ、顔が押し付けられる。

耳を澄ませば小さな嗚咽が聞こえる辺り泣いているのかもしれない。

 

「・・・夢でね。遠く、遠くにユーリが行っちゃう夢を見たの」

 

「・・・夢ですよ」

 

「でも・・・この国を出るんでしょ・・・?」

 

「そうですね・・・」

 

「行ってほしくない・・・」

 

「・・・」

 

こんなに頼りに、好意を持たれるのは前世では幼馴染ぐらいだったな。

いつも俺があいつを連れて遊んで。

学校も二人で行ける場所を選んで。

 

「また、戻る」

 

どこの世界でも同じで、大切な人は信じれるようになるべきだろう。

この世界ではミリエルだけでも信じても良いかもしれない。

純粋で健気で元気でありながら、勇気もある。

そんな強くて儚い女の子なんてそうそういない。

 

「前に言ったように、後悔はしてほしくない。だから考えて、考えて。それで出した答えなら僕が帰って来るまで待ってて」

 

「・・・帰ってこなかったら・・・どうするの?」

 

「・・・・・・ミリエル様、もう寝ましょうか」

 

「・・・分かった」

 

狡いだろうとは思った。

だけれど、今ここで出せる言葉じゃない。

それはミリエルを完全に縛ってしまう鎖で。

自由を求めていた彼女をまた束縛してしまうかもしれないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

入学して日がかなり経った。

生徒達はここの学院にも慣れて、思い思い談話したり魔法の練習などに時間を当てる。

授業と言える授業は少なく、ここでは努力する者こそがこの学院の生徒と言える。

授業はその初歩を授けるだけであり、その上位や派生を教えはしない。

図書館は予習や勉学のために大きく多い本が置かれているのだろう。

そして今日、その本番が行われる。

実際に魔物と戦闘し戦いを経験する。

 

「・・・・・僕は、どうしよう」

 

あまりこの戦闘で暴れすぎると確実に何かしら言われる。

神刀の銀霜刀や《魔の頂》による全魔法行使がどれほどまで目を付けられるか分かった物ではない。

だがミリエルに危害が加えられそうならばそれもやむを得ない。

 

「ユーリっ、一緒に組みましょう?」

 

「・・・自由にしてください」

 

何でこんなに嬉しそうにしているのか。

まぁ純粋な好意を抱いているからこそ、一緒に居たいのだろう。

 

「そういえば・・・ユーリのスキルってどうなるの?」

 

「私のスキルはどうやら《鑑定》を弾くようで、自分で掛ければしっかり分かりましたよ。ミリエル様の足手まといにならないようにはしますので」

 

「そっかぁ・・・スキル気になるなあ」

 

「秘密です。そのうち分かりますから」

 

そういいながらミリエルの頭を撫でる。

以前ならこんなことをしなかったが、最近ではするようになった。

こうしてあげれば嬉しそうに表情を綻ばせるし、単純にやりたいからだ。

この提案はミリエルがしてきて今もなお続いているが。

 

「はふ~」

 

「・・・はぁ」

 

最近ではこんな感じだ。

僕とミリエルが婚約関係だというのは貴族間では理解されており、それに対して突っ掛かって来る者はいない。

 

「ん・・・」

 

「ねぇユーリ」

 

「はい?」

 

「その・・・眼、見ても良い?」

 

「は、はぁ・・・」

 

自分の眼は蒼色で、どうやら特別な眼らしい。

基本的に切っているが、発動すれば魔力や魔法の術式に魔力の痕跡すら見える。

先天的な物らしく、持っている人はとても少ない。

存在だけで高位の魔法に関する仕事に就ける程だ。

 

「ん・・・綺麗・・・」

 

「その・・・マジマジと見られますと・・・」

 

「だって・・・」

 

そしてもう一つが、魔眼としても力が有る。

それは《魅了の魔眼》で、中でもかなり力が強い。

こればかりは抑えるしか無かったが《魔の頂》による自動制御である程度は抑えれる。

だが眼を直接見てしまうと少し効力が出るようで、ミリエルもその影響か頬が朱く染まり目がトロンと据わっている。

 

「ぅ・・・もう終わりです」

 

「ぇ・・・?」

 

「これ以上は恥ずかしいのです」

 

「む~・・・」

 

「それよりもミリエル様、お時間は大丈夫ですか?本日はご友人と何かあったのでは」

 

「あっ!」

 

ミリエルが時計を見ると慌てたようにせっせと片付けをして脱兎の如くどこかへ去っていく。

チラッと僕を見て手を振ってきたので、振ってあげるとそのまま急いで行った。

 

「・・・夜まで寝よ」

 

実践は夜にある。

今は朝方でやることがないのでとりあえず寝ておこう。

眠気がある状態で戦闘など好んでしたくない。

疲れて面倒だし。

 

「ん・・・」

 

友人が出来て良かったと思いながらミリエルの事を少し考えながら。

僕は少しだけ眠りについた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

転生者、子守をする?

朝日はすっかり沈み、夕日は消えかかろうとしている。

もうすぐ夜の時間で生徒は初めての戦闘となる。

僕はあの時に動いて殲滅してしまったから初戦闘ではないのだけれど。

 

「はぁ・・・」

 

「ユーリ?どうしたの?」

 

「いいえ、何もないですよ」

 

ミリエルは単純に心配なのかずっと僕の様子を気にかけていた。

一番この戦闘で僕が尖らせないと駄目なのはミリエルの安否。

それ以外は正直どうでもいい。

僕には関係もない他人だから。

 

「むぅ・・・本当?」

 

「本当ですよ。気にしないでください」

 

「む~・・・なんだか気になる」

 

今日のミリエルは何だか心配性というか、鋭い気がする。

今までよりも何か思うところがあるのかな?

僕はそんなところを見せていないと思うのだけど。

 

「とりあえず、行きましょうか」

 

「・・・うん」

 

今回の実習は最低でも魔物を一体倒し、その証拠となる魔石を持って帰ること。

魔石は魔物が体内に生まれ持つ石で魔力が詰まっている。

魔物自体もランク付けされて分かれており、高ランクほど大きく質も良い魔石が取れる。

 

「ねぇ、ユーリ」

 

「はい?」

 

「・・・ずっと、ずっと思ってたことがあるの」

 

「・・・何でしょう」

 

「ユーリにとって・・・私は、信用に足らない?」

 

「・・・それは」

 

「婚約者だから、なんじゃない。本当に私自身を見てくれてるの?」

 

「・・・」

 

まさかこんなことを今ここで聞かれるとは思っていなかった。

人の恋愛はお互いがお互いを想うからこそ、長く成り立つ。

僕とミリエルの関係はとても難しいのかもしれない。

元スラム街出身の貧民とマギュルカ王国の王族。

僕にはミリエルを背負えるほど強くない。

目に見える強さじゃなくて心の強さ。

 

「・・・元々はさっさとこの国を出るつもりだった」

 

「だからなの?」

 

「そう、思っていい。僕は君との関係を持とうとしてないから」

 

「っ・・・」

 

これで良い。

はっきりと言えば婚約関係が嫌だと分かる。

ミリエルだって嫌気がさすだろうから。

 

「私、は・・・」

 

「ミリエルは悪くない。僕が駄目なんだ。僕の我が儘でずっと振り回していたのだから」

 

「でも・・・」

 

《空間魔法:無限収納=魔石》

魔石を取り出すとミリエルに渡す。

今回の実習条件は達成できるから。

 

「そろそろ、キリが良いかなと思ってたんだ」

 

「ぇ・・・?」

 

「・・・ミリエル、すごく急だけど・・・お別れだ」

 

《空間魔法:転移=座標軸固定》

ミリエルを学院近くまで転移させると僕はその場を駆け抜けた。

自分が持てる力を、魔法に頼らない純粋な力で。

 

「・・・また来れる」

 

次はいつ来れるか分からない。

だが、確実に一度は来れると確信はしていた。

僕が死ななければね。

 

「また、ね。ミリエル」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

世界を見て回る、そんな夢物語。

言うには簡単だけれど僕にはそんなこと出来ないだろう。

ただ自由に外を見てみたくはあった。

あの日から少し日が経った。

今頃僕の事を国中で探しているだろう。

第三王女という席は重要であり、取り入れたい貴族は多いだろう。

 

「・・・ミリエルなら、大丈夫」

 

彼女は寂しがりでどことなく危なげがあるけれど芯がしっかりしている。

王族という自負があるからだろうが、それでいてもあの年齢では大人びている方だ。

 

「それにしても、どうしよう」

 

そう呟くと僕の膝には幼い女の子が枕にして眠っていた。

 

「んぎゅ・・・」

 

「はぁ・・・」

 

《鑑定:解析=?》

名前が分からない以上仕方がないということで鑑定による解析を行った。

 

ーーーーーーーーーー

 

鑑定対象:ルミア・スカーレット

 

種族:半人半魔

性別:女

年齢:5歳

 

《__の加護》《封魔の呪縛》

 

魔力量:S

魔力処理能力:SS

 

ーーーーーーーーーー

 

羊皮紙に反映されたその内容。

特殊なスキルを持っているような感じもするが、それよりも重要なのはその名前。

 

「・・・ルミア・・・スカーレット」

 

スカーレットというのは正式にマギュルカ王国で認められた伯爵の家名で、僕の家名だ。

それを何故この子が持ち得るのか。

 

「血縁・・・?まさか」

 

血縁は薄い気がした。

解析による種族は半人半魔。

これは半分が人間で半分が魔族か魔物など魔の生物。

だが何事にも例外はあり、世界としての理は反映力と影響力が強い。

もし僕がスカーレットという爵位を貰わなければこの子は家名がなかっただろう。

 

「・・・どちらにせよ、こんな子・・・ほっとけない、か」

 

成長速度がどれほどか知らない。

だがこんな幼い子を置いて行けば僕の何かが壊れる気がした。

例え無関係で、他人でも訳ありだろうと見える。

じゃなければ幼子がこんな場所にいるわけがない。

 

「んう・・・すぅ・・・」

 

「子守は・・・慣れないんだけどな」

 

《魔の頂:術式構築》

《剣の頂:幻影剣》

組み上げる術式は剣林弾雨の如く降り、弾丸のように射出される剣。

《幻想魔法:幻影剣》

新たに作り出された魔法術式は魔力で創られた剣を操作する魔法。

威力は魔力と速度と質量に依存するが基本的に斬れない物はない。

 

「・・・はぁ」

 

見知らない幼子を守るためだけに編み上げたが過保護過ぎただろうか。

それでも良いやと思いながら僕はパチパチと燃える焚火の音を聞きながら目を閉じた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。