貴方、生きているのでSANチェックです。 (トメィト)
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貴方、生きているのでSANチェックです。

 

 人によって物の見方は違う。

 よく聞く話ではあるが、十数年という短い人生の中でもそれを痛いほどに感じることができた。

 人生経験、いや、育った家庭によって常識とは簡単に姿を変え認識の違いを生み出す。これによって物の見方に差が出てくるのだと思う。まぁ、みんな違ってみんないいみたいな言葉もあるし、周りに合わせろーな雰囲気を前面的に肯定するわけではないけれど。

 

 長々と話してしまったが、ここで俺が言いたいことはただ一つだけ。

 

「貴方は今日からウチに所属することになったわ。拒否権はありません。既にご両親と話はつけてあります」

 

 魔術がどうたらとか、人類の未来がどうたらとかいう話を聞かされた後によくわからない極寒の地に連行された事は認識の違いなんてレベルでは済ませられないと思うんだ。

 

 

 

 人理継続保障機関・カルデア。

 その場所は科学と魔術が交差して人類の決定的な危機を回避する為の組織……みたいな説明を拉致実行犯である女性らしき人から教えられた。勿論拒否権などはなかったので無理矢理である。向こうもなんか聞くのが当然みたいな反応だったし、これもきっと認識の違いってやつなんだろう。魔術師って響きだけでロクでもないイメージがあるし。

 

 だが、その力は本物だったようだ。ライターもなしに手から炎出せてた事もあり、それは確実だろう。ということは、俺はどうあがいても逃げることなんてできないということであり、俺に残された選択肢はここで不本意ながらも働くことだけだった。……ま、就職活動を飛ばすことができたと前向きに考えることにする。

 

 

 そこから俺は魔術という未知に対しての勉強を始めた。只でさえ、その存在をここ最近知ったということ、その他諸々のハンデを背負っているのだが、例の女性とその近くにいつもいる男性は容赦がなかった。課題が頭おかしいレベル。こんなの一般人、それも拉致して来た人間にするような仕打ちではないと思う。

 けれど悲しいかな俺に選択権はないのだ。こんな一年中雪景色なところに放置なんてされたら死ねる。必死に魔術とやらを勉強してなんとか半人前一歩手前くらいまで成長できた頃………安心なんぞさせるかと言わんばかりに事件が起きた。

 

 カルデアの機械……えーっと、確か……シバとかいうものが異常を感知したらしい。具体的なことは疲れた頭では理解できなかったよ。

 取り敢えず、マスター達を集めてその異常が発生したところに向かうとこの組織の所長が言っていた。で、一際優秀なAチームの皆さんがレイシフトしようとしたところで管制室爆破。中大破。ついでにシバ作動、レイシフト開始となったらしい。

 

 さっき仲良くなった一般枠のマスター君から聞いた話である。これからグランドオーダーとか言う人類を救う旅に出るらしい。ついでに俺も。

 …………ま、マスター適性があるならしょうがないね。ぶっちゃけ俺がいても大して役には立たないと思う。

――――――人によって物の見方は違う。

 

 先程言ったことだが、これは当然俺にも当てはまる。かっこ物理ってつく感じになるけど。

 

 

 いや、いい加減引っ張るのはやめよう。

 つまり何が言いたいのかと言うと……、

 

 

「あ、おはよう。今から食事?もしよかったら一緒に食べないかな?」

 

 

 親しげに話しかけてくれる声が背後から聞こえてくる。

 まるで胃袋の中にいるような通路を視界に収めながら、声のする方に身体を向ける。

 するとそこにはどくどくと、脈動する赤い肉塊がとても親しげに食事に誘って来ていた。

 

 これが俺にとっての彼、藤丸立香の姿。

 そう…………俺の視界は眼に映るものを全てSAN値埋葬できるレベルの物に置き換えるフィルターがかかっているのだ。

 

 うねうねと俺の隣に来た彼に食事をとることを了承しつつ、思う。

 

 

 

 やっぱ俺にマスターは無理だと。

 

 

 

 

 

 

 

 



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貴方、生まれて来たのでSANチェックです。

主人公:乾真琴

生まれながら周りがクトゥルフ式に見える障害を持っている。ただ異常なのは視覚だけであり、他の五感は正常。
意味もわからず赤ん坊になり、目に映るもの全てがクトゥルフ式になっていたことから生まれて間もなく発狂した。だがその経験からか、本人の精神力は並大抵のものではなく、大抵の物事には動じない。神話生物が現れても確定1D10くらいにはタフ。ぶっちゃけ、精神がぶっ飛んだだけともいう。それに付随して魔力もそれなりに質のいいものを持っている。



 俺の産声はSAN値チェック失敗による発狂からだった。これに関しては仕方がないと許して欲しい。赤ん坊の頃特有の悪い視界の中でも、脈動する壁や、俺のことを愛おしそうに抱きしめ、語りかける肉塊に遭遇したのだからその反応も致し方ないと思う。

 

 尤もお蔭で今では慣れたということだろう。周囲のものを見てもSAN値チェックする必要のない精神力を身に付けることが出来たのだが、それは置いておこう。

 

 こんな半生を歩んできたわけだけど、当然この事を周りに伝えてはいない。だって、周囲のもの全てが豚の内臓をぶちまけたかのようなスプラッタで構成されて、人が全てうねうね動く肉のように見えると説明したところで同意を得られるわけではない。逆に精神病院へ連れて行かれるだけだ。この症状は精神的なストレスはまるで関係ないので無駄に終わるだけだし。

 

 だからこそ、人類最後のマスターの一人としての役割を全う出来ないと理解していたとしてもそれを伝える手段なんてないのだ。

俺にできることはただ一つ。この人類最後の砦にて村八分にされないよう立ち回ることだけだ。

 

 

〜〜

 

 

「あっ、先輩! 乾さんも、おはようございます」

「おはよう、マシュ。これから真琴君と一緒に食堂に行くところなんだけど……」

「是非、ご一緒させてください!」

「どうぞー」

 

 お二方から許可を頂いたので先輩の隣に移ります。先輩は特に問題もなさそうにしていました。一応、昨日は特異点Fを乗り越えたわけですし、先輩の体に不調が出ていないか心配していたのですが問題なさそうですね。

 

 安心しながら私はお二方の会話に参加します。気を使ってくれているのでしょうか、この後に出てくる料理の話題でした。少々常識に疎い私としてはとてもありがたい事だと思います。

 

 そのような事を考えながら私は先輩と話しているもう一人のマスター。乾真琴さんの事を考えます。

 彼は先輩と同じように魔術などの知識が無い状態で所長が連れてきた方です。以前聞いた時は死にそうな思いをして習得したと話してくれました。

 先輩よりも先にカルデアへと来たのでそれなりに話したことがあります。その経験から言って彼は少し変わった人でした。今まで魔術師や技術者の皆さんとしか関わらず、経験の浅い私ですがそれでも彼は変わっていると思います。

 

 まずは、人の目を見て話すことができないということが挙げられます。羞恥からくるものであれば納得はできます。しかし、乾さんは身体はしっかりと話している人へと向けてくれるのです。目を見て話すことができない、というよりは焦点が合っていないという方が正しいかもしれません。

 けれど、彼が盲目という話は聞きません。メディカルチェックをしたドクターもそのようなことは言っていませんでした。少し気になりますが、本人が直接言わないということであれば何か知られたくない事情があるのだと思うので、なるべく気にしないことにしています。

 他にも、他の方は中々会うことができないフォウさんとも頻繁に会っているらしいです。これは本当に驚きました。あのフォウさんが仲よさそうにしている姿を見ることができるとは思ってもいなかったです。これも変わっているということに含まれます。

 

 ……こうして考えてみると先輩のことや乾さんのこと、殆ど知りませんね。これから私は先輩のサーヴァントとして戦うことになるのですからお二人とお話をする機会を設けていただいた方がいいかもしれませんね。

 

 まずは目標として、朝食で和やかに会話していきたいと思います!

 

 

 

 

 

 



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貴方、召喚したのでSANチェックです。

確認したら評価バーに色が付いていたので私に1D10のSAN値チェックです。


「げ、元気だして。大丈夫、こういうこともあるよ」

「ありがとう。藤丸君」

 

 俺の肩にペシンペシンと触手を叩きつけてくるのは人類最後の希望たる藤丸立香君である。視覚的には絶体絶命の危機だが、その触手から伝わる感覚はごく普通なのでギャップが酷いことになっているけれどそこは慣れである。

 

 今いるのはカルデアのもう一つの要、英霊召喚をする部屋だ。ここで現在新たな戦力を迎え入れる為に聖晶石という魔力の塊である石を投入するらしい。最初に挑戦したのは藤丸君。彼はいつのまにか持っていたらしい聖晶石を投入すると、特異点Fで助けてくれたクー・フーリンが来てくれたと喜んでいた。

 

 残念なことに俺の視界には何やら神々しい光を纏ったイケボの肉塊なのだ。とんでもないパワーワードな気もするがこれが事実なんだ。すまない……。

 

 ともかく、これを受けて一応マスター候補である俺も藤丸君から余った聖晶石を譲ってもらい、それを投入。禍々しい光(俺視点)を放ちながら召喚サークルの中に人ではないものが現れた。

 ……いや、俺の視界に映るものはどれも例外なく人外になるんだけど、そうじゃなくて物である。とても怪しい触手を放つ本であった。僅かに読めた文字からタイトルはネクロノミコンってあった。召喚した瞬間何処からかドクターとダ・ヴィンチがやってきてそれを封印していった。

 ……このままだと藤丸君が大変なことになっていたと思うので大変助かりました。ただ、その視線はやめてください。俺だって狙ってやったわけじゃないんだから。

 

 召喚物が速攻でお蔵入りになった俺のことを不憫に思い藤丸君が俺のことを慰めてくれている……というのが現在の状況であり、ようやく冒頭に帰ってきたわけである。うん、やっぱり俺と縁のある英霊なんていないと思うよ。だってクトゥルフだもの。出てきたとしても十中八九ロクな奴じゃない。ネクロノミコンなんて召喚できたのがいい例だ。つまり俺の縁は全部そっち系である。やっぱり俺にマスターは無理だったんだなって。

 

「こ、これは次の特異点も先輩だけで赴くことになるのでしょうか……?」

「まぁ、サーヴァントがいないマスターはただの的だしな」

 

 俺としては万々歳なのだが、このまま役立たずのレッテルを貼られると危惧している村八分まで王手がかかってしまう。ポイントはさっきのネクロノミコン召喚で十分な程溜まってると思うからね。レフ・ライノールと呼ばれていた男性(肉柱)が裏切ったという時期でもあるから、タイミングとしても最悪なのだ。何度も言うけど下手なことはできない。

 

「……俺が残りの聖晶石? を使って召喚したサーヴァントと契約する?」

「マスターそれはやめとけ。そんなことしたらそこの奴だけじゃなくマスターまで不信感を持たれるぞ」

「そっか……」

 

 どうやら手遅れだったらしい。

 既に不信感を持たれているらしかった。これは泣ける。

 

 あ、結局俺も最初の特異点に赴くそうです。理由としては、まだまだ新米マスターの藤丸君のサポートらしいんだけど、いざという時の囮もしくは肉壁という心の声が聞こえてきた気がしたんですが。大丈夫ですか。

 

 

〜〜

 

 

「さて、ロマニ。君は彼のことどう考える?」

 

カルデアの管制室。

生き残った職員がそれぞれ役割を分担し、最前線で戦うマスターをサポートする場所にして、レイシフトを行う為に必要な機材が揃ったカルデアの心臓部である。

 

 

 

 そこで、所長代理のロマニ・アーキマンとカルデアが三番目に呼び出した英霊、レオナルド・ダ・ヴィンチはモニターから送られてくる映像を見ながら会話を交わす。その主題は現在戸惑うマシュと立香に代わりゾンビと化した人を焼き払う真琴についてである。

 

「どう考えるって……」

「簡単に言えば彼が一体どちら側なのかという方さ。彼をカルデアに連れて来たのはオルガマリーとレフ・ライノールの二人、尚且つ魔術もその二人から教わった。……彼に何か細工をされているのではないか、という推測が職員の中から出ているのさ」

「そんなの……!」

「そう。レフ・ライノールから魔術を教わったのは彼だけ。これが不安を煽る材料となっている。他にも本人の気質かな。何処を見ているのかわからない。どこか張りぼてじみている。更にサーヴァントが彼を前にすると警戒を露わにするという要素もある」

「トドメにこの前の禁書召喚、か……」

 

 ロマニはダ・ヴィンチの言葉を反復する。職員の気持ちもたしかにわかるのだ。ただでさえ不安定な状況に置かれている中で自分たちの理解できない存在が如何にもな証拠を引っさげているのだから。

 ただ、ロマニは真琴のことを知っている。いきなり極寒の地に連れてこられ、魔術を叩き込まれる日々を送ってきた彼のケアをしてきたのは他ならぬロマニなのだから。

 

「私も真琴くんが尖兵だとは思っていないさ。ただね、周りと違う者は淘汰されるのが世の中だ。それすらも跳ね除ける力があれば別だがね」

「はいそこドヤ顔しない。……ただ、彼は必要以上に警戒される傾向があるみたいだから、これから心配だよね」

 

 今もモニター越しに無双する真琴と、その光景を見て良い顔をしない職員を見比べロマニは表情を暗くするのだった。



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貴方、第一特異点を修復したのでSANチェックです。

感想書いてくださった方ありがとうございます。
うまい返しが思い浮かばないので感想返しはできないのですが、感想が貰えるとSAN値が減ってやる気が上がりますね()


 初めから違和感を感じていた。

 それは肉塊と言うには何処か作り物臭く、邪悪と呼ぶには余りにも眩しかった。その理由がこの特異点の大詰めたる場面で漸く理解することができた。

 

「竜の魔女の中から聖杯が……!」

「やはり、そうだったのですね。ジル」

「貴女様は気づかれましたか……流石、ですね」

 

 第一の特異点を特異点足らしめていたと考えられていた存在。竜の魔女こと黒いジャンヌ・ダルクはジル・ド・レェが聖杯を作って生み出したサーヴァントだったらしい。成る程、だから一人だけ人体模型の内臓みたいな姿で終始光っていると言うシュールなことになっていたのか。

 

 一人納得している間にも話は進む。俺たちに協力していた本当のジャンヌ・ダルクの呼びかけにジル・ド・レェは応じることなく、海魔と呼ばれるもの達を呼び出した。藤丸君の話ではタコのような触手を生やした生物らしく、あまり進んで見たいような外見ではないらしい。しかし、どうやら俺の視界はそう捉えないようだった。

 

 視線の先には本を持った肉塊を取り囲むように十数年ぶりとなる人型を確認することができた。どいつもこいつも表情は死んでおり、まるで人形のような体であったが、それでも本当に久しぶりに見たヒトだったと言える。

 

 まぁ、そのヒトはクー・フーリンやキリエライトさん、ジャンヌによって次々とは屠られていくことになり、俺自身も焼却に走ったお陰ですぐに全滅したけどね。

 自身の視界の異常性に気づいている人間が、映った光景を素直に信用するわけが無い。そもそも、行け海魔的なことを言われているのだから敵確定である。久しぶりに見たヒトを焼き払うのは気が引けたけど、そもそもその程度の事で精神を病むようなメンタルではない。そんな領域はすっかり通り越したのだ。

 

 程なくして、この特異点は修復された。

 ジル・ド・レェは座に還り、聖杯はキリエライトさんがバッチリ回収したらしい。

 今、藤丸君達は協力してくれたジャンヌ・ダルクと最後の話をしている。

 

 その光景(俺目線では肉塊がうねうね三つ固まっているだけ)を視界の端に収めながら、崩れた肉壁から覗く真っ赤な空を上げる。雲と思われる物体が黒く浮かんでおり、最早魔界や地獄と言った風景である。そして、藤丸君達が言っていた光帯にも視線を向けた。

 彼ら視点では光の帯に見えるらしいが残念ながら天然クトゥルフフィルターがかかっている俺には別のものが見えている。幾重にも絡みあった赤いぐちゃぐちゃが蠢いているように見えるのだ。そのぐちゃぐちゃは俺が普段見ている肉塊を思い起こさせて大変気持ちが悪い。

 あれは一体なんなんだろうな。

 

「貴方もありがとうございました。ここまで力を貸してくださって」

 

 どうやら藤丸君達との話は終わったらしく、ジャンヌ・ダルク(肉塊)が俺の方へ来ていた。俺はおそらく握手であろう差し出された触手を握り言葉を返す。

 

「私は、貴方が何を抱え込んでいるのかわかりません。しかし、貴方の行く末に幸多きことを祈っております」

「…………それは、ありがとうございます」

 

 

 

 

 この時、彼女はどのような表情をしていたのだろうか。俺は、どのような表情でその言葉を受け取ったのだろうか。それらを理解できる日は来るのだろうか。

 彼女の問いかけは俺の中にそのような疑問の種を残すことになった。

 

 

 

 

〜〜

 

 

 

 

 第一特異点を無事乗り越えたカルデア。今回大活躍だった藤丸立香達はそれぞれ自分に割り当てられたルームで休憩に入る。

 しかし、彼、乾真琴だけは一人カルデアの廊下を歩いていた。職員が極端に減り、誰もが管制室に付きっきりになっているために人気の少ない通路を歩く真琴。

しばらく歩くと彼はふと、その場で立ち止まり体を回転させる。そのまま膝を折って座り、両腕を広げた。すると、しばらくしてカルデアの不思議マスコットフォウが彼の元へ向かった。真琴もそれが分かると手を下ろし、そのままフォウを抱きしめた。

 

「いやー、いつ抱きしめてもモフモフだなぁ……」

 

 蕩けきった顔で小動物をモフる姿は紛うことなき不審者。この場面を目撃されればただでさえ低い好感度と信用がマイナスに振り切ること間違いなしだろう。幸いなことにその可能性は限りなく低いのだが。

 

「あー癒されるー。本当に、お前はどうして普通に見えるのかね?」

 

 顎の下をこちょこちょと撫で、フォウの毛をサラサラと触りつつ言う。

 フォウはそれに対して知るかと言わんばかりに短く鳴いた。数分ほどモフモフを堪能した真琴はフォウを丁寧に下ろしてそのまま自室へ向かう。

 

 特異点を修復したとしても変わらない。今日も今日とて村八分を防ぐための一人会議が幕を開けるのだ。

 

 

 

 

 

 そんなことを考えている彼を、獣はただじーっと見つめているだけだった。

 




◾️◾️◾️ ◾️◾️◾️◾️!
◾️◾️◾️ ◾️◾️◾️◾️na!



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幕間の物語

信用1
説得65


 

 

 第一特異点を何とか乗り越えた次の日。俺は少しだけ不安になっていた。まだまだ始まったばかりの旅だけど、敵として出て来たのは其々信念を持った英雄や伝説上の生き物、そして元々無辜の民だった人もいた。

 無事に成し遂げたと喜ぶことはできなかった。少なくともまだあと6回これらを繰り返すのだから。

 

 ……本音としてはそう思っていても、俺は最後のマスターの片方としてカルデアに居る。こっちが不安な姿を見せて仕舞えば、今限界一歩手前で頑張っている職員の人に余計な心配をかけてしまうことになる。サーヴァントとして召喚に応じてくれた英霊達にも情けない姿は見せられない。こっちとしてはいつ見限られてもおかしくないほど、普通の人間なのだから。

 

 そんなことばかり考えていると、妙に落ち着かなくなった。こんなところは見せてはいけないと思い、今日1日はゆっくり部屋で過ごすと皆には伝えてある。

 

 けど、往々にして一人になっていいことなどある訳もなく、1人になった所為で余計にマイナス面に想像が膨らんでいくことに気がついた。

 

「あ"ー、やめやめ!」

 

 頭を振ってマイナス面に傾いていた考えを追い出す。情緒不安定かもしれない。これはどうしたものか、と思ったところで俺と同じ立場に置かれている彼のことを思い出した。

 

「行ってみようかな」

 

 確か彼も元々は魔術とか知らなかったとマシュから聞いているので、もしかしたら愚痴など言い合えるかもしれない。あとはこれを機会に仲良くなれればいいかな、なんて少し打算を交えながら俺は真琴の部屋へ向かうことにした。

 

 

〜〜

 

 

「藤丸君? おぉ、部屋に人が来るなんて珍しい……いいよ、入って」

 

 許可を貰ったので、開いた扉を抜けて部屋の中へとお邪魔する。中は自分に割り当てられた部屋と変わらない間取りで、荷物などもとくに置かれてはいなかった。俺より長くカルデアに居るはずだけど、それにしては荷物が少ないイメージがあった。私物も見当たらないし。

 

 不躾ながらキョロキョロと周りを見回していた俺に、真琴は苦笑して「18禁の本はないよ」と言った。

 そんなもの探してない、と言葉を返しながら、ここに来る前友人達と交わしていたノリを思い出して少しだけ懐かしい気持ちになる。

 

「ベッドの上に座って待ってて。今お菓子と飲み物用意するよ」

「あ、お構いなく」

「取っておいてもドクターが食べちゃうから、遠慮しなくていいよ。俺甘いものとか苦手だから」

 

 と、言いながら真琴はお盆の上にお茶と茶菓子を乗せて俺の隣に座った。

 

「食べないなら素直にあげたら? ドクターにさ」

「人の部屋に侵入してサボるような人にはちょっと……」

「真琴もやられたんだ……」

「この部屋が開くまでの仮部屋として使ってたよ、今は藤丸君が使ってる部屋はね」

 

 意外な事実に驚く事と同時に共通の話題ができた事で、話がしやすくなった。

 当初の目的とはちょっとだけ違ったが、どこに住んでいたとかゲームは何をしていたか、見ていたアニメなどの話で盛り上がった。言っても彼は知っているだけで、内容までは詳しくなかったけれど。でも、そう言った所謂普通の会話ができることが何より安心した。その時だけは、人類最後のマスターではなく、藤丸立香であることができた気がしたから。

 

「久しぶりに普通のことを話した気がするよ」

「まぁ、ここに来たらそう言った話はしないだろうからね。いるのは真面目な技術者と鼻に付く態度の変態(魔術師)しかいないから」

「辛辣っ」

 

 もしかして、彼も色々溜まっているのかもしれない。顔を少しだけ引きつらせつつ、俺は一度間をとってここに来た真の目的である話題を出した。

 

「ところでさ」

「どうしたの」

「第一特異点の時、どうだった……?」

 

 自分でも漠然とした質問だった。いや、質問ですらなかった。でもこれ以上の言葉を投げかけられる気がしなかったので一先ず真琴の出方を見ることにした。

 

「どうだったかと言われれば……大変だった、としか言いようがないかな。まぁ、俺は殆ど何もしてないけどね。……むしろこっちがやられそうになったくらいだから」

 

 思い出したかのように溜息をつく。

  確かに彼は何かと英霊の皆に狙われている気がする。第一特異点で出会った英霊は例外なく彼のことを程度の差はあれども警戒していたように感じた。俺自身としては彼の人柄も知ってるから不思議でしょうがないんだけど。

 

「それは本当に、ドンマイ」

「そんな言葉で片付けていいレベルじゃなかったんだよなぁ……」

 

だろうね。

 

「おっと、このままだとまた話が脱線しそうだから話を戻すね。で、多分藤丸君が言いたいことはあの特異点で今後のマスターライフに大きな不安を持った。このままでは夜も眠れにぃ、ということかな」

「なんで若干謙虚なナイトが入ったんですかねぇ。こっちは真面目なんだけど?」

「……なら真面目に話すけどさ。別に心配いらないと思うよ」

「えっ」

「優れた知識がなくても、特別力が強くなくても、何事にも動じない精神がなくても……問題なんてない。だってこの旅は始まったばかりだからね」

「…………」

「それに、優れた知識を持った人、武力に長けた人、何事にも動じない人は召喚した英霊が補ってくれる。別になんでもかんでも藤丸君-----------立香がやる事はないのさ」

 

 ここで言葉を切って、真琴は俺に視線を固定した。彼のガラス玉のように澄んだ目から、意識を背けられなくなる。

 

「大丈夫。少なくとも、<<君に>>力を貸す気であるからこそ、彼らは召喚されたんだ。だからこそ、君は君のまま進んで行けばいい」

「……………………そっか」

 

 

 すっと、肩の力が抜けた気がした。体の中に巣食っていた重みが少しだけ軽くなり、視界もはっきりとしているように感じる。もちろん全ての重みが消えたわけではないけれど、すぐにパンクするようなことはなさそうだった。

 

「なんかありがとう。同じような立場に置かれている真琴にこんな相談しちゃって」

「俺は能天気だから、全然大丈夫。それに、そうして立ち止まって考えることができるのはいいことだよ。変に慣れると後戻りできなくなることがあるからね」

 

 

 俺からのお礼を貰った真琴は、そう言って静かに笑ったのだった。

 




感想で魔神柱やラフムについての見え方などがありますね…………いやー、そこまで続くかな(白目)


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貴方、夢を見たのでSANチェックです。

お気に入り500突破しました。なので私に1D6のSAN値チェックです。
本当に、こんな話を読んで下さりありがとうございます。


 

 

 

 

 

 

 

 目を閉じて、眠りに入るとたまに聞こえてくる音がある。それはまるで厳格な男性のような呼びかけであり、蠱惑的な女性の誘いでもある。無垢な子どもの笑い声であり、多くを経験してきた老人の語りのようでもあった。内容は理解できない。そもそも言葉ではないのかもしれない。耳に音として届くには届くのだが、其れだけだ。

 

『■■■ ■■■■! ■■■ ■■■■■!』

 

 けれど、ここ最近は違う。

 これが音ではなく言葉であると理解でき始めている。

 不可思議な音色の雑音ではなく、意味のある言葉であると、脳内が判断し始めている。正直、視界に映るもの全て肉塊に変化させる程度の能力を持っている脳内に正気なんて期待していないから、この夢もその一環の可能性は否定できないけどね。

 

 体感的にはそろそろ目覚める頃だろう。昨日聞いた話では第二特異点の座標を見つけ、レイシフトが可能になるほどには安定したようだ。ということはこれから第二特異点の攻略に動き出すことだろう。

 戦力は増えた。立香が召喚に成功し、今ではクー・フーリン以外にもジークフリートとそのおまけでついてきた清姫がいる。戦力的には申し分ないと思うのだけど、相変わらず礼装しか引けない糞雑魚なめくじの俺も現地に向かうことになっている。今回もなんとかして立香を無事に帰ってこれるようにしないとね。本人は悩んでいたみたいだけど、英霊三体を召喚して協力を貰える時点で彼は大した人物だと思う。

 だからこそ、彼だけは守り切らないとカルデアは一気に瓦解する。実質、彼が最後のマスターだから。

 

 

 

 音―――否、言葉が聞こえる。

 

『■■■ ■■■■! ■■■ ■■■■■! ■■■ ■■■■! ■■■ ■■■■■!』

 

 まるで、水中に漂っている中で海上に引っ張られるような感覚と共に意識が確かなものに変わっていく。今日も、狂った世界で生き延びよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――私は、何処にでも居る。

 

 

 

 

 

 最後の最後で怖い言葉が届くなんて、聞いてないんですけど。

 

 

 

 

 

~~

 

 

 

 

 やって来たのはローマ。ここではオルレアン程人外が闊歩しているわけではなさそうだった。とても見慣れた肉塊がうねうねとうごめきながら集団同士で激突する場面を見ることができた為にそう考えたのだが、皆の反応を見る限り間違いではなさそうである。

 

 そこで俺達は一人の女性が指揮している部隊に助太刀をすることになった。相手は普通の兵士。サーヴァントを率いている立香達の敵ではなく、難なく撃退。俺達は助けた女性――――ローマ帝国第五代皇帝ネロ・クラウディウスに客将として世話になることになった。声の高さから言って、ネロ・クラウディウスは女性のようだ。あの暴君ネロが女性ということに驚きを隠せないキリエライトさんや立香。気持ちは分かるけど、アーサー王が女性だった時点でもうなんでも許せるよ。俺は男女問わず肉塊だから実感わかないけどさ。

 

 話を戻そう。

 彼女の話では真のローマ帝国なるものが現れて、現ローマ帝国が危機に陥っている為にこちら側で戦ってもらいたいということだった。色々な情報を含めて彼女の味方をすることに決めたカルデアは、奪われた領土を取り戻したり、敵として立ちはだかっている歴代ローマ皇帝を倒したりしてこの特異点を過ごしていた。

 

 現在、幾重もの勝利を越えたことで民衆の士気を高めるためにちょっとしたお祭りを開いている最中である。ネロ・クラウディウスは戦争中であるが故にそこまで派手な祭りではないことを詫びていたが、立香やキリエライトさんにとってはそうではない。また、一緒に戦ってくれた英霊たちもこの活気を好ましく思っているようだった。

 

「……余は、この光景を。何時までも続くローマを護る義務があるのだ。そなたらには感謝している。あの時の助太刀が無ければ、この光景を再び見ることはなかったであろう」

 

 彼女は、そう言っていた。

 立香達もその発言に同意して、より一層今後の活動に意欲的になるだろう。

 

 

 確かに美しいと思う。

 困難の中にあっても生きることを諦めず、日常を謳歌する。普段と変わらぬ反響を見せ、自慢の商品を高らかに謳い上げる。すれ違った人と他愛ない話をして、走り回る子ども達に心配の声をかける。

 そこには昔から人々が織りなして来た幸せの光景があった。こんなものをみせられては護るしかないだろう。

 

 俺も、そう言った。

 彼らと共に笑いながら、この光景を護るための手助けをしたいと口にした。

 

 

――――けれど、本当にそう思っているのだろうか。

 

 

 耳に聞える音は活気に満ち溢れ自然と元気が貰えるようなものだろう。鼻を通り抜ける匂いは生活を感じさせ、食欲を刺激するだろう。彼らにとっては愛おしい人の営みが映っていることだろう。だが、人によってものの見方は違うのだ。

 

 確かに聞こえる。活気に満ち溢れた喧騒が。

 確かに感じる。生活を感じさせ、三大欲求を刺激する匂いが。

 でも、見えないのだ。人々の愛おしい営みが、目に見える形では。

 

 いつでも視界を埋め尽くすのは肉塊と、動物の内臓をぶちまけたような通路と建物だけ。文字通り見えているのは者ではなく物なのである。

 

 今では慣れた。視界を開けるたびにサイコロを振ることなく、この光景こそが自身の現実であると受け入れることができた。今まではそれでよかった。でも、人理修復という偉業の重荷を背負いながらも、どれだけ世の中が尊いものかを学んでいく二人を見ていると、慣れたはずのこの視界を恨めしく思ってしまう。

 

 

 

 きっと、こんなことばかり考えているからサーヴァント達からも信頼されないのだろう。そう思うと物凄く凹む。

 ネロ・クラウディウスを先頭に突き進むカルデア勢の最後尾に位置している俺は歩みを進めながらも空を見上げる。

 相変わらずそこに在るのは満点の星空ではなく赤黒く敷かれる空と、別の生物に見える月のみ。

 

 

 

 

 普段はなんとも思わないその月が今だけは俺を見て笑っているようで、とても腹が立った。

 




見えるものが異なれば、立ち位置は異なる。
理解できないモノがあれば、遠ざける。
物事には理由がある。
彼が好かれることにも、彼が疎まれることにも平等に……。


因みにこのカルデアでは清姫が嘘探知機として重宝されています。主に主人公に対しての。


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貴方、正体を暴いたのでSANチェックです。

URもお気に入りも伸びがおかしいので私に1D100のSANチェックです。
……いや本当に発狂しそうですよ。嬉しさとその他諸々で。


あと、前回の描写で私の力不足で皆様に誤解を与えてしまい申し訳ありません。
前回の自分も守りたい、という主人公の発言は決して嘘ではありません。あの段階では彼の本心です。只、のちに疑問を持っているだけですのできよひーセンサーに反応はありません。


 

 

 

 

 

 女神さまと会った。

 人理修復の旅は本当に愉快だと思う。普通なら出会うことすらできない……どころか実在するかもわからない存在と会うことができるなんて。歴史の教科書(3D)と言っても過言ではない。俺の場合はちょっと内容が異なってR指定入るけど。

 

 さてこの女神。とてもイイ性格をしているようで実にろくでもない声音でこの島の洞窟に褒美を用意したと言っていた。立香に召喚されたクー・フーリンはとても嘘くさいものを見るような反応をしていた。なんなら小声で“やめとけマスター。あのタイプの女は面倒だぜ”と語っていた。

 

 でも、女神の褒美なんて言葉を聴いたら期待してしまうのが人の性。ネロ・クラウディウスも立香も、ついでにドクターまで童心を思い出したかのように行ってしまった。今思えばそれは彼の女神の力なのではないかと軽く思った。

 

 

 

 

 結果。

 オルレアンに続いてここでも遭遇した自称アイドル系サーヴァント。未来の自分も頭痛もののドラ娘(聞いた話)エリザベート・バートリー。そしてタマモナインという謎の集団の一角であるらしいタマモキャット。

 立香の反応を見る限りだと、そこまでいい成果とは言えなかったようだ。ちなみにお約束かの如く俺は警戒されている。エリザベート・バートリーは分かってたけど、タマモキャットも同じようだった。なんでも野生が反応するらしい。意味が分からない。

 

 まぁ、ここまではいいんだ。別に俺としてはそこまで疲れるわけでもなかったから。問題はここを離れる際に言い放った、女神の一言。

 

 

――――何で貴方がそちらに居るのかしらね。

 

 

 何を思ってこの一言を放ったのか、真意を読み取ることはできなかったがこれでより一層俺が疑われるようになったことは間違いないだろう。女神はろくなものではないというクー・フーリンの言葉は当たっていたらしい。救いはネロ・クラウディウスと立香、キリエライトさんがそこまで気にしていなかった点だろう。ここで彼らに疑われたら俺はここでお陀仏である。あの黄金に光る肉塊マジでやめて欲しい。

 

 

 

 

~~

 

 

 

 

 分散していた戦力を終結させ、ついに俺達は相手の本拠地であるローマに辿り着いた。ネロの言葉で士気も万全。話に出ていた宮廷魔術師と思われるレフ・ライノールの件もあり、カルデアとネロの兵士たちの状態はベストであった。

 

 けれど、あるサーヴァントを相手にしたとき、ネロに異変が起きた。今までの自信は何処かへと消え、信じられないものを見たように目を見開いている。

 

(ローマ)が、ローマだ。(ローマ)の元へ来い。愛しい我が子、そしてそれに――――連なる者達」

 

 ローマの入り口で戦うことはなかったが、彼はこちらの頭であるネロに大きな影響を与えていった。

 あれだけ自信に満ち溢れていた顔は何処か影をみせるようになり、どことなくオーラも弱くなっている気がする。クー・フーリン(兄貴)曰く、これが続くようなら兵の士気にかかわるらしい。ジークフリートも同意見のようだった。ちなみに清姫にあれが偽物かどうか聞いてみたら、黙って首を振られた。そう言ったことは分からないらしい。無茶振りして本当にごめんなさい。

 

 

「………」

「どうした立香。余の方を見て黙り込んで。マシュはどうしたのだ?」

「ちょっと心配になってね」

「……そうか。また、情けない姿を見せてしまったな」

 

 曰く、神祖が現れたことがショックだと言った。

 少しでも彼の言葉に呑まれ、下ってしまいそうになった自分が許せないのだと。

 

 でもそれは普通のことだと思う。特に俺は事なかれ主義の国で生活してきたし、自分の憧れの人が目の前に立ちふさがったのであれば足を止めたくもなると思う。

 

「……でも、違うって思うんでしょ?」

「そうだ。どれだけ完全に統治できていたとしても、彼らの顔には笑顔がない。民が笑っていないのであれば完全な統治とは言えないと余は思うのだ」

「じゃあ、それでいいんじゃないかな。俺には国のことなんてわからない。でも……俺ならネロが統治してたあの街で生活したいと思うよ」

「……そうか……そうか……。うむ、既に答えは出ておったな。余は余が信じる道を迷うことなく進めばよいのだ」

 

 元気を取り戻すことができたらしい。

 ネロは今まで見てきたような明るい笑顔を浮かべていた。元気になったことに喜びながら、俺は少し前のことを考える。

 

 神祖ロムルス。

 自身をローマと名乗り、先程はとてつもない広い度量に俺達は圧倒された。ネロだけじゃない。俺もきっとマシュも彼の纏う雰囲気に圧倒された。彼に受け入れると言われた時には一瞬だけ下ろうとネロと同じようなことを考えた。

 

 しかし神祖ロムルスは少しだけ言葉を詰まらせた。それは真琴を見つけたとき。視界に全員を入れるように眺めながら受け入れると謳っていたが、その言葉が彼を視界に入れた瞬間に途切れた。

 ……どの英霊もそうだけど未だに彼のことを受け入れる英霊には会っていない。どんな英霊も必ず彼を見て顔を引きつらせている。俺にはその感覚がまるで分らなかった。

 

 今も、ローマの兵士たちと共に戦う彼の姿を見る。

 真剣な表情で魔術を使っている彼は、どう見ても疑われるような人物には見えないのだ。これは、俺が素人だからなのだろうか。魔術の世界、戦いの世界に生きた人物はまた見方が違うのだろうか。

 考えてもその答えは未だに見れなかった。

 

 

 

 

 

~~

 

 

 

 

 

 

 神祖ロムルスは撃破した。恐らく彼もこの街に到着する前に現れたレオニダスと同じように不本意ながら召喚されたサーヴァントだったのだと思う。今まで見てきた中でも最も強力な光を放っており、肉塊ではない別のナニカに見えるレベルの存在だったのだから間違いないと思う。きっと彼はネロ・クラウディウスとカルデアの実力を窺っていたのではないかと考えた。

 

 彼が消えて無事に人理修復、と思われたがやはりことはそう簡単にはいかないらしい。宮廷魔術師としてその存在を匂わせて来たカルデアの裏切り者であり、ついでに俺が疑われる原因を作り出したレフ・ライノールが神祖を罵倒すると共に現れた。

 

 相変わらず一人だけ肉柱状態の彼は自身がどれだけ怒られたのか、ということと俺達がどれだけ無力なのかということを朗々と語りだした。ストレスたまっているのかしら。ぶっちゃけ、俺も相当頭にきてるんだけど。元々お前が俺のことを無理矢理連れてこなければこんなに苦労することはなかったのに。

 

『一つ、聞きたいことがあるレフ教授』

「何かねロマニ・アーキマン」

『―――君はどうして――『そこに居る乾真琴はお前の仲間じゃないのか!?』―――ちょっ!?』

 

 唐突に通信に割り込んできた声。それはカルデアのスタッフの一人の声だった。どうやら日々俺と過ごすプレッシャーに堪えられなくなったのか、ついに聞き出してしまったらしい。

 いや、そうじゃなくて。俺はそこまで負担をかけていたのだろうか。これは少し酷くない?

 多分俺以外の奴なら本当に裏切ってレフ・ライノール(肉柱)側につくレベルだよ?

 メンタルオリハルコンの俺は裏切らないけどね!

 

「――――――我等をあのようなモノと一緒にするかッ!!」

 

 なんでお前がキレるんだよ……。

 

 スタッフからの問いかけにレフ・ライノールはまさかの激怒。こちらを見下していた態度は何処へやら、声を張りつめながら職員に向かって吼えた。

 

「許しがたい屈辱、許しがたい冒涜!! そんなもの、あの小娘が迎え入れようなどと戯言を言わなければその場で始末したものをッ!!」

 

 えぇ……。

 

「――――いい機会だ。この場でまとめて消し去ってくれる。その汚物も、貴様ら愚かな人間も!」

 

 

 

 

 

 

 宣言と同時に、光が肉塊を包み込む。

 光は収束していき、やがて彼の姿を変えた。

 

 

 

 

 現れたのは長い髪をした男性。恰好は緑色のスーツを身に纏い、シルクハットをかぶっている。……見た目とても怪しい男になった。

 

「なんだ、あの怪物は……! 醜い! この世のどんな怪物よりも醜いぞ、貴様!」

 

 ネロ・クラウディウスがそう口にする。

 これは俺の視界の法則から言って、普段の肉柱姿に変化したのではないかと予想した。ということはこれが、今まで立香達が見て来たレフ・ライノール(真)ということになるな。……俺、こんなのについて行ったのか。

 

「それはそうだ。この醜さこそ貴様らを滅ぼすのだ。――――改めて自己紹介をしよう。我が名はレフ・ライノール・フラウロス。七十二柱の魔神が一柱。魔神フラウロスである!」

 

 

 

 いや、もじゃもじゃのロンゲ姿で言われても……。

 

 

 ともかくもうすぐ前人未到の戦いが始まる。

 ドクターの話では相手は本物の悪魔かもしれないということだから油断はできないだろう。俺は普段通り、立香のサポートをしなければ。

 

 




何を思って女神は疑問を抱いたのか。
何を思って神祖は躊躇ったのか。
何を思って魔神は憤慨したのか。

分からない。分からない。分からない。彼には分らない。
彼の眼に、表情は、真意は、想いは! ……決して映ることはないのだから。


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幕間の物語Ⅱ

 

 

 

 

 

―――うん。まぁ、こうなるよね。

 

 

「帰って来て早々済まないね。真琴君」

 

 

 さて、今俺がどうなっているのか。それをお伝えしよう。

 あの後、レフ・ライノール(真)を倒し、ついでに彼をレフ/ライノール(肉柱)にしたアルテラという英霊が出現した。その力は絶大で誰もが絶望しかけたがネロ・クラウディウスと立香を中心として立ち上がり何とか撃破。聖杯を手に入れることができた。それでめでたしめでたしと終わるかと言えば、そうはならない。

 

 女神の言葉、神祖の態度、そしてレフ・ライノールの怒り。それらが俺を未知の化け物にしてくれたからだ。自分で考えていて泣けてきた。

 で、皆の精神状態を考えて俺だけ隔離することにしたのだ。その場所は、レオナルド・ダ・ヴィンチの工房。なんでも、サーヴァントの近くに居ればある程度大丈夫だろうということを言ってドクターとレオナルド・ダ・ヴィンチが庇ってくれたらしい。

 

「まぁ、あれだけ言われれば不安になる気持ちも分かります。というか、自分も自分のことが怖いですよ」

 

 冷静に考えて、あれだけ言われるなんて俺は一体何なんだろう。生まれたときから自我を持っている。前世の記憶と呼ばれるものが在るのも分かっている。でも、思い浮かべることができない。価値観も、学修したことも残っているのにまるで霧がかかったかのように思い浮かべることができないのだ。

 

 こんなの疑われるわ。近くに俺みたいなのが居たらぶっちゃけお近づきになりたいとか思わないもん。

 

「というか、良くこの案が通りましたね。ダ・ヴィンチちゃんがいる処ってカルデアでもかなりの重要拠点ですよね?」

「……そこら辺は今までの実績さ。ダ・ヴィンチちゃんのビックリドッキリメカで囲うって言っておいたから」

「えぇ……」

 

 そんな実績を作り上げるほどのことをやらかしたのかこの人。え、大丈夫だよね。この後、改造されたりしないよね?

 俺の眼を直してくれるのであれば大歓迎だけど、身体の改造はノーセンキュー。

 

「別に変なことしないよ。これは体裁を保つためにこうしているだけで、危害を加えようとしているわけじゃない」

「そうですか……」

 

 聞くところによると別に生活基盤が此処になるだけで、閉じ込められるわけではないという。

 

「自分で言うのもなんですけど、其れ意味あるんですか?」

「彼らが最も恐れているのはマイルームで何をしているのか、ということだけらしい。だから、私が近くにいることによってその心配を取り除こうってわけさ。あ、別に監視カメラを仕掛けているわけじゃない。魔力を感知するセンサーを仕掛けているけどね」

 

 まぁ、センサーならいいや。

 

「……許してとは言わないよ」

「気にしてませんよ別に」

 

 ここに居る方が逆に安全と言えなくもないだろうしね。

 

 

 

~~

 

 

 

 

 第二特異点も無事に乗り越えて、真琴が部屋を移動したある日。久しぶりに食堂で彼と遭遇することができた。その様子は普段と変わらない様子であった。あんなことがあり、あのような仕打ちを受けた筈なのに……。

 一先ず安心したので話しかけてみる。

 

「真琴ー」

「……ん?あ、立香」

 

 こちらの声に反応して振り返った真琴。相変わらず異常に透き通った目が俺のことを射貫いていた。人によっては不気味に感じるかもしれない。ただ俺は引き寄せられるような不思議な魅力があると思っている。ホモじゃないよ?

 

「久しぶりに一緒に食べない?」

「いいよ」

 

 既に料理を取って来ていた彼に席を取っておいてもらい、俺も急いで料理を運ぶ。そして、彼の正面に座って一緒に両手を合わせた。

 

「いただきます」

「いただきます」

 

 今日はこの前新しくサーヴァントとして召喚に応じてくれたブーディカさんが作ってくれた料理である。彼女が生きていた時代のものらしいが、それだけにとどまらず現代の調味料を組み合わせるという荒業をしてくれている為俺達でも違和感なく食べることができるものだ。とてもおいしいです。

 

「あ、そういえば一つ聞いていい?」

「急にどした?」

「いや、真琴っていつも食べるときに目を瞑ってるなぁと思ってさ」

「あぁ、これ?」

 

 まぁ、皆他人の食べ方なんて気にしないかもしれないけどさ。いつもいつも目を瞑って食べることには何かあるんじゃないかなと思った。

 

「これはね。料理の食感を楽しむ為なんだ」

「へぇ。やってみよ」

 

 彼に倣って目を瞑りご飯を食べてみる。すると普段とは感じが違い、食感がダイレクトに伝わってきてとても面白い。この状態でいくらとかたらことか食べてみたい。

 

「面白いね。自然に目が閉じることはあるけど、自分から閉じて味わうってことは中々しないから」

「そうだろうねぇ。自分の好物とかなら目を瞑るのも分かるけど、普段の料理はそこまで味わったりはしないだろうね。特に、俺達みたいに衣食住に何の不自由もなく育ってきた連中は」

「……そうだね」

 

 オルレアンそしてローマと二つの特異点を乗り越えて来た分、俺達は二つの時代、二つの国の事情を見て来た。もちろん、それらが一晩で片付くような内容ではない為日を跨いだ。

 カルデアの物資支援があったとはいえ、日常と比べると不便な生活をしてきた。それを含めると彼の言葉も痛いほど理解できる。

 

「………ねぇ。真琴はさ。現状をどう思う?」

 

 人理修復を掲げ、最前線で戦う彼。しかし、周りの反応はあまりよくない。魔術的なことが絡んでいるのだとすれば俺には理解できない領域となり、正確なことまでは分からない。でも俺が視る限り、彼は誠実に生きていると思う。例え何かしらの隠し事があったとしても、人として隠し事の一つや二つあるだろう。だから、この状況には少し納得がいってない。

 

「仕方ないことだと思う。だって、俺達一人ひとりに人類の未来がかかってる。カルデアの職員だって、殆ど寝ないで次の特異点の割り出しや、機能不全に陥っているシステムの修理をしてるから。どうしても精神的に弱っちゃうんだ」

「………」

「まぁ、こうして心配してくれるだけでとてもありがたいさ。それに自分の限界は見極めてるから」

「………そっか」

「立香はどう思っているのかわからないけど、俺はこう見えて情けない男だぞー。よく内心で嘆いているし、理不尽なことあったら内心で罵倒するし。この前のステンノは本当に許すまじ。アイツ絶対魅了効かなかったことを根に持ってやがったよ」

「……ぷっ。そんなこと言うと直接乗り込んでくるんじゃないの? 神様だし」

 

 結局、詳しいことは聴くことはできなかった。どうして皆が異常と呼べるほどに彼を疑うのか。その真相は分からないけれど。少なくとも、

 

「ちなみにこの前清姫が部屋に入っていったけど大丈夫だった?」

「えっ、何時の話」

「昨日」

「……そういえば今日は一度も見ない……」

「………」

「………」

「今日泊めて」

「無理」

 

 

――――この笑顔は、信じられる。

 

 

「怖くて部屋帰れないんだけど!?」

「ベッドの下(ボソッ」

「やーめーてー!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




混沌の中でも確かなものもある。


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ロマニ・アーキマンの苦労

感想であり、尚且つ皆様が多く疑問に思っているであろうことにお答えします。

Q どうして人類最後のマスターと一緒にレイシフトさせてんの?
A レイシフト先で死んだら、誰の責任でもないでしょ?


いや、実に合理的な判断ですねぇ!
ワタクシ感動いたしましたよ! えぇ、えぇ、これでこそ人間ですよ!

ちなみにワタクシ、別に悪魔とかではございませんよォ?


 

 

ロマニ・アーキマン。

 元々は医療部門のトップを若くして任される人物であったのだが、現在彼は医療部門のトップと所長代理を掛け持っている。理由は生きている人の中で彼よりも地位の高い人間がいなかったからだ。そんななし崩しのような形で所長代理になった彼だが、元は真面目な性格ゆえに、寝る間も惜しんで様々な作業をしていた。

 

 しかし、最近では所長代理としての役目が少しばかり行き届いていないと感じていた。原因はもちろん、異常なまでに不安定な精神を抱えたスタッフたちの存在だ。

 

 このカルデアに来る際には身体検査が為される。そしてそこを通過し、このカルデアで活躍できる技術を持っている人こそがスタッフとして配属されるのだ。つまり、ここに居るスタッフ達は元々心身ともに健康だった。

 だが、人理修復の旅が始まるきっかけ。カルデアの元No.2レフ・ライノールによる裏切りと破壊工作によって精神状態は不安定になった。

 

「……妙な夢、か……」

 

 ロマニ・アーキマンは本来自分がいるべき医務室の机で先程までスタッフから聞いていた話を口にする。

 彼らが不安定なのはもう一つ理由がある。それは寝るとたまに変な夢を見るのだという。内容に共通性は感じられない。風景も、時間も、登場人物も一貫性のないものばかりだ。ただ一つの項目を除けば。

 

「誰かに見られている気がする、という共通性。そして何故か皆が口をそろえて“これはアイツの所為だ”と言うんだよね……」

 

 夢の中で常に誰かの視線を感じる。それもただの視線ではなく、言い表せないようなおぞましい何かだと漠然とした表現を口にしていた。それだけでもわからないのに一貫して上がるアイツ――――すなわち、乾真琴の所為、という言葉。

 

 ロマニはこれらの関係性が全くつかめなかった。彼自身におかしな所は殆どない。検査にも異常は見受けられず、受け答えもしっかりしている。

 

「何より、ここまで彼のことが出てくると逆に疑いにくいよね」

 

 今までの情報を整理しながらぼやく。

 そう、彼が何故、真琴のことを疑わないかと言うと人柄を知っているという理由のほかにもう一点ある。それがこれだ。

 余りにも集中しすぎている。ミステリーなどでもよく見かける明らかに犯人そうな奴は逆に犯人ではない、という法則に似ているようなものだとロマニは自己分析している。

 

「レオナルドから送られてくる情報にも不可解なところは見当たらなかったからね」

 

 彼の部屋に魔力を感知するセンサーを仕掛けたのだが、それに反応はなく、いたって普通に過ごしていることが分かる。そもそも、ここに来てようやく魔術を使えるようになった人間が、複数人の夢を改ざんできるとは考えにくい。

 

「何処かで意識操作でもされているのかって具合だよね。……はぁ、マギ☆マリ見たい」

 

 自身が夢中になっているネットアイドルの名前を呟きながら、彼は情報を纏める。その姿をレオナルド・ダ・ヴィンチに目撃されレオナルドパンチ☆でベッドに沈められるまで後、10分。




発狂して連投です。


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貴方、航海をしたのでSANチェックです。

皆さんの考察がすごすぎてネタバレをする時失望されないかという恐怖を抱く私に1D10のSANチェックです。

もちろん、それが嫌とは言いませんけれど。ご期待にこたえられるかどうかとビクビクしてしまう私であります。


 

 

 

 今日は聞こえる日らしい。

 例の男性だか女性だか子どもだかお年寄りだかわからない不思議な声音が、夢の中に響き渡る。

 

『■■■ ■■ta■! ■■■ ■■■■na!』

 

 前よりも聞き取れるようになったその声はまるで何かを称えるかのよう。

 何時までも何時までも、飽きずに狂ったように同じ言葉を紡ぎ続ける。

 

『■■■ ■■ta■! ■■■ ■■■■na!』

『■■■ ■■ta■! ■■■ ■■■■na!』

『■■■ ■■ta■! ■■■ ■■■■na!』

 

 声は段々と増えていき、やがて一つの合唱にまで発展した。内容は唯々うるさくて煩わしいだけなんだけど。

 

『■■■ ■■ta■! ■■■ ■■■■na!』

『■■■ ■■ta■! ■■■ ■■■■na!』

 

 もういい加減起きてしまおうか、そう考えたその時。

 意味深な発言をしたあの声が聞こえた。

 

 

―――我々は、何処にでもいる。我々は、彼らを想っている。我々は、君を肯定する。

 

 

 感情の籠っていない声。まるでスピーカーから録音された音源がただ再生されているかのような言葉に背筋が凍り付く。聞いてはいけない。耳を塞ぐ。けれど、無意味。脳に直接刻まれるように言葉が届く。

 

 

―――故に、一つ、プレゼントを贈ろう。

 

 

 一体何のことだ。

 疑問をぶつける前に意識が遠ざかる。身体が浮上する感覚を覚え、意識が覚醒しつつあることを自覚した。先程の寒気も感じなくなり、余裕が戻って来きた。このことを忘れないうちに、本調子でない頭を回して考えを纏める。

 

 ……様々なことが疑問としてでたものの、取り敢えず一つだけ思うことがある。

 俺が皆から疑われてるの絶対この声の所為だな、と。

 

 

 

 

~~

 

 

 

 海、それは母なるもの。

 あらゆる生命の起源であり、様々な生物の生命を育んでくれるまさに原初の母だ。

 

 けれど、それに伴い海には多種多様な生物が混在している。自他共に不気味な怪物認定待った無しの俺がこの母なる海を見たらどうなるのか……。答えはただ一つ。

 

「うわ……」

 

 暗くて黒くて透明度が高いという何十もの矛盾を孕んだ海に浮かぶのはちょうど魚くらいの大きさの様々な形の肉塊が自身の触手をうねらせながら進む地獄だった。触手関係でタコと思い込もうかなと思ったけど、無理だったよ……。

 

 久しぶりに削れるSAN値に萎えつつ、立香達ともに近くにある船に侵入、その場にいた海賊と交渉(物理)を済ませて、彼らのボスの場所へと案内してもらえることになった。

 あそこで容赦なくボコれるようになったあたり、立香もキリエライトさんも吹っ切れて来たのではないだろうか。

 ちなみに今回立香のサーヴァントとしてついて来たのはクー・フーリン、ジークフリートだけである。女性陣についてはカルデアに残ってもらう形になっている。敵の親玉と関わりがあったレフ・ライノールを退けたことにより、相手が手を打ってくるかもしれないと残って貰っているのだとか。マスターだけでなく、カルデアが潰されてもアウトだからその判断は間違いではないと思う。現状そのカルデアを支えるスタッフの負担になっているのが俺ということになっていて申し訳ないとは思うけれども。

 

 

 しばらくして俺たちはその海賊の頭、フランシス・ドレイクと遭遇した。その後は説得タイムとなるのだが、基本的に俺の出番はない。こう言ったことは立香やマシュがやるのが好ましいとのこと。妥当である。俺なんてみんな同じようにしか見えないからこういったことにはまるで向かないだろうからね。

 

 彼女はこの付近の海図を持っているらしいので、何とか一緒に行動しないかと交渉をしたのだと思う多分。俺は離れた所で海賊の人に話を聞いていたのでわからなかった。ちなみに彼らの話ではフランシス・ドレイク達もここに来たのは狙っていたわけではなく嵐に遭遇したからというらしい。彼らも大変そうだった。

 

 まぁ、その後は色々あってローマの時とは違い、フランシス・ドレイクがこちらの仲間になるということが起きてしまったが同盟を組むことができたという感じで合っているらしい。立香曰く、とても豪快で滅茶苦茶な人だったらしい。……うん、数多の英霊と仲良くなれる君が言えることじゃないと俺は思います。

 

 仲間になった証として宴会を開いた時、フランシス・ドレイクは現状の異常性を認識していると同時に聖杯を所持していることが判明した。最もその聖杯というのはこの時代に元々存在していたもので、こちらで回収しても特異点消失には至らないらしい。

 

 やっぱり開始早々、聖杯を回収できてそのままめでたしめでたしとはいかないらしい。世の中世知辛いね。

 

 

 こうして未知の海域での航海が始まることになった。

 ちなみに俺は船が苦手らしく、周りの光景も相俟って酔った。

 

 

 ……この特異点、生きて帰れる気がしないんですけど。




何時かまた誰かに裏切られるのではないか。
アイツは本当に味方なのか。
レフ・ライノールを凌駕する化け物ではないのか。
悠長なことをせずに魔女裁判を行えばいいのではないか。
彼には果たして何が見えているのか。
どうして此処までされて日常を謳歌することができるのか。




……さぁ、果たして混沌渦巻くカルデアの諸君は人類の未来を取り戻すことができるのか。


ワタクシ、とても楽しみですねェ。クヒヒ!


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■■■■■■■■■

第三特異点のサーヴァントが好きな人は特に注意です。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………うぉえ」

「え、えっと。大丈夫、ですか?」

「酔い止め呑む?」

「うん。ありがとう」

「情けないわねー」

「………………」

 

 以上、船の上で酔う俺に対する皆さんの反応でした。

 酔い止めを持ってきてくれる立香には頭が上がらない思いだけど。申し訳ない。船酔いでただでさえ弱っているのに加えて肉塊が近くに来ると流石にクルものがある。善意で酔い止めを差し出してくれているのが声音から感じ取れるので非常に心苦しいのだが、ぶっちゃけ止めになっちゃう。吐いちゃう。

 

 こういう場合は甲板に出て風に当たればいい、みたいなことを聴くけどとんでもない。俺の周りは常時地獄。風景で心を清めるどころか逝きつくところまで逝くまである(主にSAN値)

 取り敢えず薬が効くまではおとなしくしておこうと思う。

 

 こんな状態にも関わらず、俺をやじるように言ったのは女神エウリュアレ。俺達が彷徨っている海域の手掛かりを探していた時、最初に辿り着いた島に居たのだ。その時、敵と思わしき血斧王エイリークと遭遇したのだが、クー・フーリンやジークフリートがいるため、数と質でゴリ押して退いてもらった。

 その後見つけた迷宮にて遭遇したのが彼女ともう一人、かの有名なアステリオスである。……このエウリュアレもステンノと同じような反応をしていた。その関係だろうか。アステリオスがこちらを探るように細やかに視線を送って来た。俺としても、彼の姿は意外だった。只の肉塊ではなく、そこに無理矢理牛の骨をぶち込んだかのような姿に見えるとは予想外である。おかげで海に引き続き、久しぶりにサイコロを振ることになった。

 

 それはともかく、薬も効いてきたらしい。

 少し落ち着いてきたのでこの場であの夢について考えてみる。

 

 今まで見て来た夢の中でもあそこまで言語が聞こえてくることはなかった。これは俺の中で妙な慣れができていると考えていいのかもしれない。もし次に同じ夢を見たとき、もっと受け取れる情報量は多くなるだろう。

 それよりも気になるのはここ最近聞き取れるようになった声の存在。無駄に同じ言葉を連呼していた声とは違い、はっきりとこちらに分かる声で語り掛けて来た存在。一切感情を読み取らせないという不気味さを遺憾なく発揮して久しぶりにSAN値削ってくれたわけだけど、気になることを言っていた。

 

 

――――故に、一つ、プレゼントを贈ろう。

 

 

 プレゼントというのが今一理解できていない。起きてから自身の身体をチェックしてみたけど、特に問題は見当たらなかった。身体は自由に動かせるし、思考回路もまとも……だと思う。感覚をいじられたのかとも思ったが、聴覚・触覚・味覚共に問題なし。視覚も問題が在るのが常時なので問題なしだった。皆の反応もいつも通りだった。

 

 夢だからこそ現実に干渉しないのは当たり前と言えば当たり前なんだけど、コレに限っては言い切れない。あの時感じた寒気は夢という一言では済ますことのできないものだと思うから。

 

 

 

~~

 

 

 

 何の、成果も、得られませんでした……!

 夢ではないだろうと思っていたのだが、結局特に何か起こるわけでもなかった。戦況は著しく変化しているというのにプレゼントの全貌はまるで見ることができなかったのである。

 

 戦況としては、エウリュアレを狙う黒髭一味に遭遇して船の差で負け逃走。月の女神に遭遇して協力を促す。黒髭リベンジ、そしてヘクトールの裏切りとエウリュアレが奪われると、とても激動の変化が加わったにも関わらず特に何もなかった。

 俺としては唯々、立香に近づこうとする海賊たちを倒すことに専念しているだけだったのだ。

 

 ……まぁ、夢に出て来て直に影響を及ぼすようなものではないと割り切り、一先ず逃走したヘクトールを追うことになった。こちらとしては戦力として、クー・フーリンやジークフリートがいる為、そう負けることはないと思うが……。

 

「えうりゅあれ……」

「大丈夫です。絶対にエウリュアレさんを助けますから」

「ほんとか?」

「うん。約束する。だから、今度こそエウリュアレを助け出して守り抜こう」

「………」

 

 頼りになるぞ立香。

 エウリュアレと離れ離れになったことで傷心気味のアステリオスを慰める彼は何やら貫録を感じる。メンタルマスターかな。

 

 

 

 閑話休題

 

 

 ここで問題だらけの人理の旅らしく、俺達の往く手を阻むようにして障害が現れた。そう、嵐の存在である。突発的に発生した嵐は、音からして竜巻すら伴っているようだ。

 もたもたしていたらヘクトールを見失うという時、フランシス・ドレイクは嵐を利用して加速することを提案。船員たちは彼女に尻を蹴っ飛ばされながらその指示に従った。

 

 俺としては船員の人に同意した。いくら黒髭にやられた際、ワイバーンの素材で補強したとはいえ、嵐を利用して加速するなんて考えられない。ぶっちゃけ不可能だろうとすら思った。

 

 ところがどっこいできました。

 フランシス・ドレイクの読みは当たり、いつの間にかヘクトールを目と鼻の先まで捉えたのだ。その為、エウリュアレを人一倍強く思うアステリオスが暴走。仲間になったオリオンの制止を少しの間だけ聞くという律義さをみせた後に単騎で乗り込んでしまった。

 

「あ、アステリオスさん!?」

「このままじゃ、マズイ。俺達も行くよ!」

「……ったくそう言うと思ったぜ。捕まってろよマスター!」

 

 それに続き、立香・キリエライトさん・クー・フーリンもヘクトールの居る船へと飛び移り、戦闘を開始する。ジークフリートは俺のことを抱えて同じように船に入ってくれた。お礼を言うと、気にすることはないと返してくれた。なんだいい人か(確信)

 

 ヘクトールはトロイア戦争の英雄であり、アキレウスを手こずらせた防衛のエキスパートでもある。今回のようにエウリュアレを奪わせないような戦い方も心得ているようだ。しかし、こちらもクー・フーリンやジークフリートという大英雄が味方に付いている。アステリオスの怪力も決して無視できるものではない。

 

「全体強化……!」

 

 加えて立香の魔術がある。味方の力を増加させる魔術により、勢いづいた二人はヘクトールを一気に押し込む。その隙にこちらもエウリュアレを奪還した。

 

「貴方に助けられるなんて……気持ち悪くなりそうだわ……」

「……それはこっちも同じだよ

 

 何やら暴言を吐く彼女だが、残念ながらこちらも同意見である。誰が目に痛いほど光る肉塊を抱きかかえなければいけないのか。最早罰ゲームだ。そんなことを考えつつも、そのまま魔力強化した肉体でヘクトール達が乗っていた甲板を蹴り、フランシス・ドレイクの有する船に帰還する。

 

「取り返したよ!」

「ナイス真琴! ……全員撤退!」

 

 立香の号令と共に、乗り込んでいたサーヴァント達が次々と戻ってくる。殿を務めていたクー・フーリンも帰還したところでフランシス・ドレイクは舵を一杯にきり、そのまま反転した。

 

 その時一瞬だけ、ヘクトールの背後から巨大な船がやってくるのが見えた。

 

 

「――――――――ッ!!!??」

 

 

 思わずその場にうずくまる。

 この感覚は身に覚えがあった。あの夢の時と同じ、いやそれ以上の悪寒が体中を駆け巡った。

 立香とキリエライトさんが心配そうに駆け寄ってくれるが、そんなことに気を回している余裕はない。

 だって見てしまったから。

 

 

 視界が異常な俺が、ヘクトールに近づく船の中にいる、数多の生物の肉でできた、巨大なナニカを。

 

 

~~

 

 

 

「……逃げられた、か……。いや、これはこちらの落ち度だね。まさか、あの嵐の中を飛んでくるとは思わなかった」

 

 遠ざかる船を見ながら彼、ヘクトールは一人ごちる。

 本来であれば、もうじき到着する今の上司と合流してエウリュアレを引き渡す作戦であった。だが、予想よりも連携が取れていたこと、一人ひとりの質が違ったこと、アルテミスやドレイクの援護によりエウリュアレの奪還を許してしまった。

 

「これはとても怒られるだろうなぁ」

 

 ヘクトールがそう言うと、一つの船が近づいてきた。

 そこに乗っているのは金髪の美男子とそれに付き従う様に佇む少女。そして巌のような体躯を持った巨漢。

 

 彼らこそは伝説に名高いアルゴー号の船員たち。数多の神話で語られてきた英雄である。ヘクトールはこれから受ける罵声のことを考えて少しだけ表情を曇らせた。

 

 ついに彼らが乗る船が自分の乗っていた船の隣につき、移動する。今回の上司と言われた男。アルゴー号の船長である金髪の美男子、イアソンは笑顔のままヘクトールを受け入れた。しかし、エウリュアレがいないと知った瞬間にその表情を一変させて彼に対して怒鳴り散らした。

 

「ハァ? エウリュアレを取り返された!? どうしてそんなことが起きるんだよ!?」

「……相手が手練れだった、としか言えませんねぇ」

「糞っ、所詮は敗戦の英雄か。ここぞという時に使えないやつめ。これなら初めからヘラクレスを行かせるんだった……」

 

 そう言ったイアソンはヘクトールから視界を外し、隣にいる少女に語りかける。

 

「僕の妻となるメディア。……君の神託はなんと言っているのかな?」

「はい、マスター。神託の内容はたった今変わりました」

 

 イアソンはその言葉に従い静かに待った。どうして自分が神託を受けられないのか、と思ったことはあるがそれはもういい。とにかく、予定が変更になったために指針として聞いておかなければならないと思ったのだ。

 誰もが黙って見守る中、一番最初にソレに気づいたのは――――大英雄ヘラクレスだった。

 

「■■■■■―――――!!」

「ちょ、どうしたヘラクレス!?」

 

 バーサーカーのクラスで現界した大英雄ヘラクレスが咆哮を上げ、メディアに向けて持っている斧剣を振り下ろした。突然の行動にイアソンも驚きの声を上げる。ヘクトールも止めに入ろうとするがもう遅い。彼が振り下ろした斧剣は制止も虚しくメディアを切り裂いた。

 

「な!? どうしたんだヘラクレス! これじゃあ、オレがこの四海の王に―――!」

 

 理解不能な行動を咎めようとヘラクレスに近づいたイアソン。だが、そこで違和感に気づいた。

 メディアから光の粒子を確認できていなかった。それはサーヴァントとして現界したものなら消える際に残していくものだ。しかし、今回に限ってはそれがない。

 

 どういうことかと、イアソンがメディアがいた場所に視線を向ける。するとそこには……。

 

 

「シんta……ク、ニハ……kouアリ、マsu……』

 

 

 

 ドロドロとナニカが溢れる音がする。

 メディアと言う容器が割れたことにより、中身が溢れ出るように、着実に着実にソレは漏れ出していた。

 黒、赤、青、緑……どの色でもあり、どの色でもない。出てくる液体は、肉のように蠢いているようで、自然に流れ出ている。目もないのに、覗かれている。耳もないのに、聞かれている。鼻もないのに、嗅がれている。手もないのに、触れられている。あらゆる矛盾を内包し、それでも矛盾していない。

 

 

 

 理解不能、理解不能、理解不能。

 

 

 本能がそれを拒否する。

 全身が視るなと叫ぶ。

 

 

 

「あ、あ……ァ……ア?」

 

 

 

 やがて、流れ出たそれは蠢き、集まり、一つの肉塊のようになった。様々な生き物のパーツが消化し忘れたかのように突きでているそれは、およそ地球の生き物とは言えないだろう。

 

 ヘラクレスはその肉塊に対して、バーサーカーでも衰えることのない剣戟をみせる。並みの英雄なら一太刀で倒すことができるだろうソレは、肉塊を倒すには至らない。斬られた先から再生され、逆に彼が握る斧剣はまるで酸をぶちまけられたかのように融けていく。

 

 ヘクトールも自身の宝具を開帳、戸惑いながらも標準を絞り、爆発的な破壊力を持つ槍を投げるが、それも大穴を開けるだけで、仕留めるには至らなかった。

 打つ手なし。逃げようとするには時間が立ちすぎた。何時の間にか、肉塊の範囲は船を覆っており、船自身がアレだと感じさせた。

 

 

「……ぁ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――――"Hail Pharaoh of Darkness, Hail Nyarlathotep, Cthulhu fhtagn, Nyarlathotep th'ga, shamesh shamesh, Nyarlathotep th'ga, Cthulhu fhtagn!" 』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




気に入って頂けましたかねぇ……。
それにしても、啓蒙と知識が高い人は気を付けないといけません。
でないとすぐにこの通り! あっという間に飲まれてしまいます!


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父なる■■■

おかしい。
私の考えではクトゥルフを少しだけ取り上げた勘違いものにしようと思っていたのですが、いつの間にかこんなことに……。
もしかして私は………ん? こんな時間に誰だ?








いあいあ。


 

 

 

 

 

 

 

 

『―――! 計器に巨大な反応! 霊基パターンから言って……魔神柱だ!!』

 

 ドクターの焦った声が通信機越しに聞こえてくる。

 魔神……第二の特異点で相対した、俺達の敵。人類の未来を焼却したモノ達の尖兵たち。悪魔の名を冠し、見劣りしないほどの力を持つ……らしい。元々一般人の俺にはよくわかっていないが、絶対的な存在であることは分かっている。レフ・ライノールと対峙した時に感じたのは抗うことの難しいなにかだったから。上手く言い表すことができないけれど。

 

「魔神って何さ?」

「端的に言ってしまえば悪魔ですね。それもサーヴァントの皆さんとは違い、限りなく本物と言っても過言ではありません」

「へぇ、奇遇だね。アタシも悪魔(エルドラゴ)とか言われるよ」

「というか、多分姉御の方がよっぽど悪魔してるんじゃないんですかね?」

「おい、野郎ども。そこの馬鹿を大砲に積み込みな!」

「勘弁してください!」

 

 やっぱりこの人達は凄い。

 どんな時でも、自分達の信条を元に生きている。一本筋の通った人は強いということのいい例だと思う。

 

『魔神の反応が近づいて来てる……! 約五分後に追いつかれるよ!』

「なら、取るべき手段は一つだけだろう」

「あぁ」

 

 サーヴァントの皆もやる気満々の様子。であれば、取るべき手段は一つだけ。第二特異点でやった時のように自分達の全力を以て対峙する。それだけだ。

 

「マスター。やりましょう」

「うん。……頑張ろう、真琴も一緒に」

「もちろん」

 

 先程まで具合が悪そうにしていた真琴も、今は大丈夫そうだ。……彼は我慢強いため、あまり鵜呑みにはできないけれど。それでも彼の眼は死んでいなかった。普段と同じように人によっては不気味に思えるかもしれない澄んだ眼をしてる。

 

 

「じゃあ、迎え撃とう!」

 

 

 

~~

 

 

 

 ちょっとばかり動揺してしまったが、事態はそんなことをしている暇などなくなっていた。ドクターの通信から聞こえて来た魔神襲来の声。けれど、俺からしてみれば多分、魔神よりももっとおぞましいものが顕現していると思う。だって見ちゃったし。さっきまで一時的な狂気に陥ってたし。もしかしなくてもあれがプレゼントだったりするのか。やはりあの声の主とは相いれないだろう。うん。

 

『来たよ!』

 

 声と同時に、ソレは姿を現した。

 魔神というものを見たのは一度きりで、レフ・ライノールが変化した姿だった。恐らく今までの経験から言って、俺だけ人間みたいなものが視れる―――なんて考えていたんだけどね。

 

 

『■■■■■■■』

 

 

 現れたのはレフ・ライノールの見え方とは完全に違っていた。一瞬個体ごとに姿が異なるのではないかと考えたが、それは違うと一瞬で理解できる。

 

 海から顔を覗かせるは、肉柱などではない。見える風貌はまさに魚。鱗や目、口などもそれに類するが、身体は魚類のそれではない。まるで人のように腕を持ち、胴体を持っている。背びれなども存在することから、魚人という表現がしっくり来るだろう。

 

 尤も、その存在感はおぞましいの一言に尽きる。十中八九まともな存在じゃない。

 

 

――――こいつの姿は皆にどう見えているのだろうか。

 

 

 俺のフィルターがかかってるからSAN値直葬形態で現れているのか、俺のフィルターを貫通するくらいの存在なのか。それによっていろいろわかってくる。

 これ、立香とかが目にしたら大変なことになると思うんだ。サーヴァントなら多少耐性があるだろうから大丈夫だと思うが、元々普通の人である彼とキリエライトさんはちょっと……。

 

 

『えっ、魔神……反、脳……は、はは、ハハハハハh、hhじmslごfっこpkjjsk』

「ちっ!」

 

 ドクターの言葉を聞いてすぐさまカルデアからの通信を切断する。この反応からすると、こいつはフィルターを貫通するタイプらしい。ある意味でみんなと視界を共有しているという奇特な事態だが、全然嬉しくない。

 

 ドクターの状態と、それ以外のスタッフの安否が気遣われるが、現状はそれどころではない。この場にいる人も恐らくあれをそのまま見ているだろう。ということは……。

 

「uaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!」

「すまない……俺は何もわかっていなかった。本当にすまない……すまない……すまない……」

「ゲイ・ボルク(自傷)」

「……あ、あ……」

 

「いったい何が起きているんだい!?」

「兄貴、ジークフリート、マシュ!?」

「アステリオス、どうしたの!?」

「おいおいおいおい。こんなのが出てくるなんて俺は聞いてないぞ……」

「……ホントよねぇ。どうするのかしら」

 

 声を聴く限り、無事なのは立香、フランシス・ドレイク、エウリュアレ、そしてアルテミスとオリオンか。それ以外の人は全員アウト。というか立香強すぎィ!

 

「これは一体どういう……そもそも、あの怪物は本当に魔神なのか? 雰囲気とかかなり違う気が」

「立香! あまり見ないで! 直に正気を持ってかれるから!」

 

 声音からまじまじと見ているであろう立香に注意を促す。他の正気な人たちもその言葉を聞いてあまり視界に入れないように身体の向きを変えた(と思われる多分)

 それにしても最大戦力であるクー・フーリンやジークフリートが正気を失ったのがとても痛い。特にクー・フーリンに関しては自身の宝具を自分に放ち、カルデアへ送還されている。この特異点で彼の力を借りることはもうできないだろう。ジークフリートは自傷行為をしてはいないが、虚空に向かってひたすら謝罪を繰り返している。アステリオスは吼えるし、キリエライトさんは微動だにしない。

 

 さて、どうする……。

 

 

――――■■■■■■

 

 

 

~~

 

 

 

 ジークフリート、アステリオス、マシュに話しかけてもまるで反応は帰ってこない。まるで俺の声が聞こえていないかのような反応だった。真琴曰く一時的な狂気に陥っているとのこと。原因はあの魔神。

 レフ・ライノールとはひときわ違う存在感を放つ、目に入れるのも苦痛な生物が起こしたものだという。

 

「で、真琴。あんたはアレの事知ってるかい」

「いや知らない。どうやって倒すのか、そもそも戦うことができるのかすらわからない」

「でも鉄砲は当たるだろう?」

「実体は確かに在ると思う。ただ効果があるかどうかまでは分からない」

「幽霊船の時も言ったけど当たるなら問題ないね。―――――何時まで呆けているんだ馬鹿ども!さっさと正気に戻りな!!」

 

 ドレイクが天に向かって銃弾を放つ。すると、その音で船員の何名かが、正気に戻り彼女の言う通りに動き始めた。それでも全員が正気に戻ったわけじゃない。泣き叫ぶもの、笑いだす者、仲間に斬りかかる者、気絶する者、目の焦点が合わない者など正気じゃない人も多くいた。

 

「―――とりあえず、今は寝てて!」

 

 そんな船員たちを沈めたのは真琴。このままでは仲間割れで戦いどころではなくなるとのこと。行動早いな。

 

「これ、一度態勢を立て直した方がいいんじゃないの!?」

「それができればとっくにやってるさ。元々追い付かれた以上、逃げるっていうのは現実的じゃないね」

「なら迎え撃つってか」

「……それしかないと思う。皆の状態とドクターの言葉を聞く限り、多分カルデアでも同様のことが起こっていると思う。なら、ここで立ち止まっているわけにはいかない」

 

 皆の表情を見てみれば、それぞれの程度は違えどその戦意を失っているわけではなかった。これならまだ戦える。

 

「あ、立香。今はキリエライトさんとジークフリートの傍についてあげて。多分近くにいた方がいいと思うから」

「……真琴は大丈夫?」

「平気平気。……ある意味で専門分野みたいなものだから」

 

 それだけ言うと、彼はドレイクやエウリュアレに指示を出し始める。オリオンとアルテミスは既に攻撃に移っており、彼も彼女達の制御を諦めたらしい。けれど、心なしか真琴の表情は今までよりも生き生きしているように見えた。

 

 

 




さあさあさあ!
絶体絶命の危機!! 大変ですねェ、絶望ですねェ……。

し! か! し!

これを乗り越えることができればあら不思議!
英雄としてもてはやされ、とても愉快な手のひら返しが見れるでしょう!!

……さしあたっては、ワタクシから一つアドバイスを送りましょう。
圧倒しすぎてはいけません。負けるなんてもっての外。
苦戦し、傷を負い、屈しそうになりながら……しかして立ち上がるその姿を見せるのです!

でなければ……次に討たれるべき化け物は、誰になると思いますか?

クヒヒ!


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人理を巡る探■■

たくさんの感想、UR、評価、ありがとうございます。
お陰様で私、窓に色々なものが見えるようになりました()

しかし、ここでお願いしたいことがあります。
感想欄における展開予想などは自由に書き込んでいただいて大丈夫です。クトゥルフはそういうのが醍醐味なテーマですからね。

ただ、ネタバレした時この程度か……って石を投げるのだけはご勘弁をっ!




因みに前回一部のサーヴァントがおかしくなったのは一時的に発狂したからとお考え下さい。
状態は以下の感じです。

クー・フーリン――――殺人癖・自殺癖。今回は後者。
ジークフリート――――幻覚・妄想。
アステリオス――――かなぎり声。
マシュ・キリエライト――――釘付けになるほどの恐怖。


 

 

 

 

 

 

 えっ、これ無理じゃね?

 戦ってみて一番最初に思った感想はこれである。多分、こういう存在って基本的に出てくる前に防ぐ系だと思う。いざ降臨したらもうどうしようもないパターンなんじゃないか。

 

 今の所、強力な攻撃というものは来ない。でかい腕での振り下ろし攻撃が時々飛んでくるが、その攻撃はアルテミスの矢とドレイク(聖杯付)の銃弾が相殺する。しかし、その分攻撃はおろそかになってしまい、俺の魔術とエウリュアレの矢では効果が薄かった。

 

 恐らくこの魚人、何かしらの理由で本来の力を出すことができないのだと思われる。逃げる際に見せた恐怖感よりは存在が薄れていることもあるからだ。……もしかしたら、こいつは倒されるのを前提とした紛い物なのかもしれない。それでも致死率は高いが。

 

「大砲、撃て!!」

 

 フランシス・ドレイクの号令と共に砲弾が一斉に強大な魚人へと殺到する。爆風と爆音をまき散らしながら直撃する。だが、身じろぎをする程度でダメージが入っているようには見えなかった。砲弾でも無理、火力のあるサーヴァントは相殺に割り当ててるし、もっと言ってしまえばそれも何時まで続くかわからない。

 

「このままじゃ、ジリ貧じゃないか!?」

「おい、おっかない兄ちゃん!こっちはそろそろ厳しいぞ!」

「……………」

 

 考えろ、考えろ、考えろ。

 俺のクトゥルフフィルターを貫通するということは、言っては何だけれど、この場にいる誰よりも神格が上かもしくは、こちらの常識(ルール)を受け付けないのどちらかであると思われる。あれ、そんなものと今まで同じ光景を見て来た俺は一体………(カラカラ)

 

 気を取り直して(冷や汗)

 

 神格が上ということに関して言えば、アルテミスも相当なものだと思う。現在はオリオンという器で現界してきた為、熊が肉に入っていて尚且つ輝くといういかにも愉快な風貌だが、実力は本物だ。お互いに全力でない状況が逆に均衡を齎していると見える。ただ、持続力の面はどうしようもないようだ。

 

 対処法としては、こういった場合向こうの常識(ルール)に合わせることがセオリーだろう。化け物には化け物(英雄)をぶつけるということと同じだ。で、この場合同じ常識(ルール)に居る者として最も近いのは不本意ながら自分だと言える。常日頃から変な世界を見せられているし。それにあの声のこともある。かなり胡散臭いし、自分の味方なんてまるで思えないけど。

 

 これらを踏まえて、向こうの常識(ルール)に合わせた魔術やら何やらが必要になってくると思われる。……此処まで辿り着いたのはいいものの、その手段がまるで分らない。あんな奴らが出てくる魔術とか知るわけがない。詰んだ。

 

「―――――! 不気味なの、逃げなさい!」

 

 エウリュアレの悲鳴にも似た声が上がる。直に魚人へと視線を向けなおすと、そこには巨大な腕が俺に向かって振り下ろされていた。アルテミスとオリオンの方を見てみると、片腕をとどめているので精一杯のようだ。

 

「緊急回避……!」

 

 本来であればサーヴァント用の魔術を自分に発動させ、少々無茶な動きで剛腕による被害を抑える。だが、甲板は抉れ、衝撃とその破片は回避できなかったらしい。そのまま後方に吹き飛ばされ、船の帆を支える柱に叩きつけられた。

 

「―――ッ!」

 

 むせ返る様な吐き気を覚えるが、何とか一線持ちこたえる。幸い、背骨は折れていないようだけど、全身がとても痛い。意識が朦朧とする。けれど此処で倒れては恐らくあいつを倒せなくなると思う。

 

 動きたくないと駄々をこねる身体に喝を入れて立ち上がろうとする、すると突然痛みが軽くなった感覚を覚えた。

 

「……大丈夫?」

「立香?」

「お待たせ。こっちは何とかなったから今から手伝うよ」

 

 それだけ言って、彼は俺の方に触手(手だと思う)を回して立ち上がらせる。視線をずらせば、正気に戻ったらしいキリエライトさんとジークフリートがアルテミス同様、攻撃の相殺と、反撃に転じていた。

 

「待たせてしまってすみません!」

「………申し訳なかった。信用できないかもしれないが、今は任せてもらおう」

 

 守りながらもそんなことを言う二人。

 その後ろ姿はとても頼もしかった。……肉塊だけど。

 

「で、専門家って真琴は言ってたけど……策はないんだよね?」

「一応、有効そうな手段は思いついているけど、それを実行できるだけのものがない。俺の持ち物だって二回目の召喚で呼び出した麻婆豆腐の礼装があるくらいだし」

 

 そう言いながら、自身の服をガサゴソと漁ってみる。一応無駄だと思っていても、やってしまう人の性である。

 

「……ん?」

 

 今礼装が二つあったような感覚が……。

 一先ず、引っかかった物を懐から取り出してみる。出てきたのはどうして召喚されたのかまるで理解できない麻婆豆腐ともう一つ。

 

「何であるんだ」

「え? 何が?」

「立香ストップ。これもあの化け物と同タイプのヤバイ奴だから」

「え? ……あっ。うん。……ジークフリート、瞬間強化!」

 

 察しのいい系逸般人である彼は危機回避能力も高いと見える。流石二つの特異点を乗り越えて来た男。

 

「……ネクロノミコン」

 

 一番最初の召喚の時に呼び出して以来、倉庫にぶち込まれていたはずの産物が何故か俺の懐に入っていた。更に、持っているだけでも内容が直接頭に刻まれていくという不可思議現象まで発動している(コロコロ、セーフ)

 

 次々と刻まれていく異界―――いや、異次元の知識と言った方がいいだろう。だけど、それは()()()というよりは()()()()に近い。やはりこの化け物とこの視界―――ひいては俺自身が何らかの関りがあると思われる。

 

 それを解き明かすためにもこの場を切り抜けなければならない。

 意を決してネクロノミコンを開く。内容は今も尚思い出し続けている。それにしては目の前の存在に関する知識がまるでないのが気がかりだけど、置いておく。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――まずは、この状況に決着を付けよう。

 

 




反 撃 開 始!

これは盛り上がって来たのではないでしょォオォォォかァ!!
きっとこれにて大団円!! いやー目出度いですね、嬉しいですね。

自分が何者かという爆弾を発見してしまいましたがね!

自称爆発物のプロであるワタクシとしては是非とも、是非とも! 爆発させたいですけどね。

残念無念! 今のワタクシにはどうすることもできません……。
自由に生きているようで、実は不自由なんですよ。ワタクシは。


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貴方、神話技能を手にしたのでSANチェックです。

目星……02 クリティカル
アイディア……11
投擲……05 クリティカル


主人公の殺意高すぎじゃないですかね……?


 

 

 

 

 

 

 

 

「宝具―――展開します……! 仮想宝具 疑似展開/人理の礎(ロ-ド・カルデアス)!」

 

 デミ・サーヴァントの少女、マシュ・キリエライトの宝具が発動する。

 自身のことを救ってくれたマスターを唯々助けたいという想いを元に作られたソレはマスターに対する危機を防ぐ絶対の盾となる。目の前に存在するは世にも悍ましい風貌をした巨大な魚人、魔神柱とはまた違う生物の格を見せつける存在に対しても彼女の宝具(想い)は負けることがなかった。

 

 巨大な魚人の剛腕を受け止め、そのまま無力化する。

 その隙に斬りかかるのは歴史に名高い竜殺し。幾重もの英雄を屠った不死身の邪竜、ファヴニールを屠った英雄。光に反射する銀髪を靡かせながら、自身の得物であるバルムンクを振りかざす。

 

「―――幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)!!」

 

 邪悪を沈めた竜殺しの剣が弾かれた剛腕を捕らえる。凄まじい衝撃と共に轟音も響き渡り、離れているはずの立香の身体すら震わせた。だが、未だ相手は健在。攻撃を受けた腕も傷を負ってはいるものの、切り落とすには至らなかったようだ。ジークフリートは深追いをすることなく船の甲板に着地する。

 

 ここで巨大な魚人に動きが見えた。

 

『■■■■■■――――』

 

 魚人は巨大な口を開けて大きく咆哮をあげる。その衝撃は凄まじく、海を揺らし立香達が乗っている船を大きく揺らす。それだけではない。船の甲板に人間のものと同じような手が生え、そこから顔だけ魚のような未知の生物が次々と船に乗り込んでくるのである。彼らは巨大な魚人の咆哮に呼応するかのように数を増やしていき、甲板にいる英霊や海賊たちに向かって襲い掛かって来た。

 

「う、うわぁぁっぁぁあああ!!?? な、何だこいつら!」

「銃だ、銃を撃て!!」

「ダメだ。数が多すぎr――――ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛!!」

 

 海賊たちも必死に応戦するも、その身体能力と不気味な風貌に押され、次々と犠牲者を増やしていく。

 だが、彼らとて負けるだけではない。巨大な魚人に対して効果的な戦果を挙げることができなかったエウリュアレの矢はこの魚人達には通じるようで、射貫いた者達で潰し合いをさせる。魚人もエウリュアレの存在に気づくが、彼女はアステリオスが守っている為迂闊に近づけないようだった。

 

「あの化け物、仲間も呼べるようだね!」

「そのようです。見ていて気持ちのいいものとは言えません!」

 

 船の船長にして聖杯を所有するドレイクは海賊たちを守りながら、マシュはマスターである藤丸立香を守りながら出現した魚人をさばいていく。だが、彼女達の言う通り次から次へと湧き出てくるため完全に鼬ごっこになってしまっていた。

 

「もしかして向こうのお手伝いに行った方がいいのかしら」

「いや、このでかい化け物の攻撃は俺達じゃないと捌けない。このままやるしかないぞ」

「了解~」

 

 完全な硬直状態。

 そんな中、カルデア中の嫌われ者筆頭であるマスター。乾真琴は襲い来る魚人達を魔術で焼き払い、ドレイクやマシュがカバーしてくれる位置まで誘導しながら考えを巡らせていた。

 

 

――――あの巨大な魚人の行動と湧き出ている奴らの行動。これはどう考えても知能のある存在の動きだ。巨大な方は俺達ではなく船を狙い、呼び出された魚人達は真っ先にエウリュアレを狙った。これは誰が何をしているのか、どのような役割を果たしているのか理解しているからに他ならない。

 

 

――――なら、あいつらの意識を逸らすことができれば思い出した魔術でどうにかなる。……あ、そうだ。

 

 

 考えを整理した真琴は手に持ったネクロノミコンを握りしめながら、甲板の上を加速する。

 海賊、英霊、英雄、怪物、女神の間を通り抜け、船の先端まで走り切るとそのままの勢いを保ちながら手に持ったネクロノミコンを思いっきり巨大な魚人に向かって投げる。

 魔術によって強化された肩で投擲されたネクロノミコンは()()にも狙いが外れることなく巨大な魚人の目の前まで飛んでいった。目の間にその本が来た時、巨大な魚人は何かを感じ取ったかのように少しだけたじろぎ、ネクロノミコンを凝視する。

 

 真琴はその隙に先程思い出した魔術を発動した。

 

 

『■■■ ■■■■! ■■■ ■■■■■! ………■■の■■!』

 

 

 

 

 

~~

 

 

 

 

 

 

 意識を取り戻した時、俺が見た光景はボロボロの甲板に、倒れる皆の姿。そして、先程まででは考えられないくらいの澄んだ青空と穏やかな海だった。急いであたりを見回してみても、見るだけで正気を奪われるような化け物も、その手下みたいなやつも見当たらない。もしかしてあれは夢だったのではないかと思うほどにその痕跡を見つけることはできなかった。

 

 取り敢えず、俺はまだ目を覚ましていない人達の方を揺すって順番に起こしていく。

 

「んっ、んー……はっ!? ま、マスター!? 大丈夫ですか!?」

「うん。大丈夫。どうやら何とかなったみたい」

 

 最後にマシュを起こして自分が分かる状況を説明する。とりあえず、何とかなったということ以外は分からない。

 そこで俺は恐らくあの化け物を退けたのだろう真琴を探すことにした。真琴は船首で頭を抱えながらふらついていた。何かしらの無理をしたのかもしれないと、マシュと共に彼の下に向かう。

 

「……ま、真琴さん! フラフラですけど大丈夫ですか!?」

「……ダメ、かも……」

「もしかして呪われた? それとも魔力がやばい!?」

「……いや、船酔い」

 

 一気に肩の力が抜けた。マシュも肩をなでおろしている。

 俺にはどうやったのかまるで分らないけれど、恐らく素人の俺には理解できないことをしてくれたんだろう。だったら、あんな化け物を退けるという偉業を成し遂げた友人にお礼を言わなければ。

 

「真琴、ありがとう」

「……ごめん立香。今はお礼よりも酔い止めをください……」

 

 心なしか俺の顔を見て更に吐き気を催した気もするけど、今回は見逃そうじゃないか。

 そんなことを考えつつ懐に忍ばせてある酔い止めをそっと差し出すのだった。

 

 

 

 




お見事! 無事に危機を乗り越えられたみたいでワタクシも大変鼻が高いですよォ!
まぁ、今回はチュートリアルなものですしぃ?
まだまだ苦労は終わらないでしょうけどね?


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貴方、再出発でSANチェックです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 世にも悍ましい化け物の襲来を乗り越えた俺達だったが、未だにピンチは継続しているようだった。

 

「いあ……いあ……あばばbbb」

「qkde!qkde!」

「あぁ……窓に! 窓に!」

 

 人が生み出した地獄、と言えばいいのだろうか。周りを見てみればまともな人なんていない。誰もが泣き叫び、錯乱し、発狂している。その中にはドクターも混ざっている。このままでは取り返しのつかないことになるのは間違いない。だからこそ、俺は反射的に動くことができた。

 

「ジークフリート! ブーディカさん! 清姫! 還って来た兄貴! 暴れているスタッフの人から落ち着かせて!」

 

 発狂している人の中には機材に向かって拳を振り下ろしている人も居る為、このままではせっかく復旧してきた機材が再びジャンクに早変わりしてしまう。皆も俺と同じことを考えていたのだろう。既に動き出しており、数人を落ち着かせていた。

 

「立香君、助かったよ。私だけでは手が足りていなかったからね」

「このままにしておけないしね。というか、ダ・ヴィンチちゃんは大丈夫なんだね」

「私はデータとバイタルを確認していたから。直接見ていないのさ。本音はちょーっと惜しいことをしたと思っているけど」

 

 やめてください。

 ダ・ヴィンチちゃんが発狂したらカルデアが冗談抜きで崩壊するので勘弁してほしい。

 数分後、発狂していたスタッフの皆さんの鎮静化は完了したものの、どちらにせよカルデア内はボロボロの状況だ。特異点の特定から、レイシフトするまでのあれこれができる人がいなくなってしまった。ドクターもダウンしている為に、ダ・ヴィンチちゃんも暫く時間を貰うという手しか思い浮かばないらしい。

 

「………あの化け物のことを知っていそうな真琴君。何か打つ手はないかな?」

「妙に含みのある指名の仕方をしますね……。一応、精神鑑定ができるので正気に戻すことはできると思いますよ」

 

 なんか、創作物でよく見る怪しい人同士の裏の読みあいに見える。しかし、この二人は味方である。こういう人物が味方に居ると少し疑わしいけどとても頼もしく思える。思えない?

 

 ところで、真琴。割と何でもできるよね。ほんとに俺と一緒で、ここに来る前は普通に生活してたの?

 

 

 

 

~~

 

 

 

 肉塊相手に精神鑑定しているってよく考えたらおかしいだろ。そして、できていることに違和感を感じないこともよくよく考えてみればおかしい(確信)

 きっとこれも俺の正体のヒントになっているのではないかと思う。

 ちなみに、精神鑑定で一応狂気から戻すことはできているようだった。はじめは意気消沈しているスタッフの人たちが精神鑑定を受けた後は、とても微妙そうな声音で俺にお礼を言ってくるのだから間違いない。最も、それは一時的な物だったので定期的に見ていかなければいけないのだが。

 

 また特異点で使ったネクロノミコンは元々俺が召喚した物ではなかったようだ。投擲した物はオケアノスの海に消えていったが、封印された物は残っているのだという。だから完全に別物ということだろう。恐らくあの声が言っていたプレゼントだったのだ。

 

 そして現在、正気に戻った主要メンバーの元に俺は引っ張り出されていた。議題はあの時見えた化け物の正体。今後同じような化け物が出てくる可能性が在る以上、何かしらの情報を持っている俺から話を聴こうということらしい。

 

「では、未だ本調子ではないロマンに変わって私が聞こうか。真琴君、君はあの化け物の正体を知っているのかい?」

 

 進行はレオナルド・ダ・ヴィンチが行うようだ。

 残されたメンバーを考えれば妥当な線である。

 

「詳しい個体名なんかはわかりませんが、どういった存在なのかは知っています」

 

 そこで俺は自分が思い出した知識からできる限りのことを伝えた。世界に存在する神々とはまた別の神話形態である事。それは宇宙を対象とした規模の大きいものである事。例外を除き、基本的には封印されている為、滅多なことでは出現しない事、など色々だ。

 

「成程、地球に囚われない神話。外宇宙からの使徒。どちらかと言えば異星人ってことなのかな」

「基本的には。例外はいくつかありますけど」

「因みに君はどうやってアレを倒したのかな? 英霊の宝具でも打倒できなかったのに」

 

 その疑問はもっともだ。

 人間では逆立ちしても勝てないスペックを持つ英霊。その切り札足り得る宝具ですら多少の傷を負わす程度であったにも関わらず、マスターである俺が倒せたのであれば疑問に思うのも無理はない。

 

「その前に一つ訂正を。俺はあれを倒したのではなく、元居た場所に帰ってもらっただけです」

「……何だって?」

「アレ等を相手するにあたって真正面から戦っても勝てません。しかし、基本的に不自由な身の上なので、呪文等で帰ってもらうことはできます」

 

 打倒することが不可能、とは言わない。度重なる奇跡があり、女神に愛されれば人の身でもあれらを打倒することは可能だと思う。けれど、それができるのはほんの一握りの人たちであり、アレ等が出てくる前にどうにかするのが基本となるのだ。

 

「なら、今後の対策としては……」

「召喚されないことを祈るしか……」

 

 今回出て来たあの巨大な魚人は恐らくカテゴリーとしてはそこまで強い方ではない。だからこそ、あの程度の被害で済んだのだと言える。ネクロノミコンにはもっととんでもない存在のことが記載されていた。それを踏まえると、この考えは恐らく正しい。

 

「……」

「……」

 

 沈黙がその場を支配する。

 特に今回の召喚で精神崩壊を起こした人たちは悲痛な表情を浮かべていた(多分。肉塊にしか見えないからわからないけど)。

 第三の特異点ではどうにかなった。けれど、今後同じことが起きればどうなるかわからないということだろう。

 

「まぁ、今後似たようなことが起きる。もしくは似たような状況に陥れば自分が動きます」

「現状、真琴君に頼るほかなさそうだしね。……申し訳ないけど、僕からもお願いするよ……」

 

 顔面蒼白のドクターも無理してそう言葉を紡いでくれた。それに対して俺は静かに頷く。恐らくこれが人類の未来を救うことと自身の正体を知る近道になるだろう。

 

 例え俺への疑いが強くなろうとも、これだけは譲ることができない。ようやくこの視界で生まれたことにも意味がある。そう思えたのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――今まで散々疑っといてアレだが、今回は助かった。あとよ、よく知りもしないであんな態度取って悪かったな」

 

 

 会議が終わった後、クー・フーリンからそんな言葉を受け取った。

 ……何だこの肉塊(黄金)超イケメンじゃん……。これから俺も兄貴って呼ぼう。

 

 

 




実は生贄にされただけなんじゃないんですかねぇ……。
あの化け物に対応できるのは彼だけ、だけど彼も彼で不気味、ならばぶつけて潰し合い! という具合にね。

流石に穿ちすぎですって? 何をおっしゃいますウサギさん! 
ワタクシ、これが仕事で性分なのですよォ! これがなくなったら全ッ然面白くないじゃないですか。

ところで、彼の獣は一体何処に居るんでしょうかね? 最近見かけませんど。もしかして健気に隠れているのかも知れませんねェ…。



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貴方、探索開始でSANチェックです。

今後は生活習慣が元に戻るので更新が不定期になると思われます。ご了承ください。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 途轍もない出来事が起きた第三特異点から数週間が経過した。精神がぼろ雑巾のようになってしまったカルデアだったが何とかみんなが正気を取り戻すことができ、再び人類の未来を取り戻すために戦えるようになった。

 

 カルデアのスタッフ達は回復したての精神で何とか次の特異点を特定、レイシフトができるレベルまで安定させた。ここの職員たち優秀過ぎィ!

 

 それはさておき、四つ目の特異点は産業革命。人類が今の形に辿り着くためには絶対に必要な時代。場所は首都ロンドン。珍しくそのまま目的地にレイシフトできるという。メンバーは兄貴、ブーディカ、清姫らしい。ジークフリートを連れて行かないのは前回、映像を通して時間を越えたカルデアに被害を齎す存在が確認出来たための保険だという。まぁ、今回はそうならないように立ち回ることが第一になると思う。

 

 相変わらずサーヴァントを召喚できない俺ではあるが、着実によくわからない礼装だけは集まっていくこの虚しさ。黒鍵ってどうやって使うのかわからないんだけど。

 

 ……で、でも一応立香達が居るから身の安全くらいは何とかなるだろう()

 

 

 

~~

 

 

 

 きっとあれがフラグだったんだろうな(啓蒙)

 俺は今、19世紀のロンドンにいる。周りはとても濃い霧に包まれており、一メートル先も見渡せない。更に言うと、この霧は恐らく何かしらの毒素を含んでいるのだろう。眩暈、吐き気が込み上げてくる。

 

 ……これだけでも最悪なのに、まだ不幸は続くらしい。

 右を見てみる。濃い霧がある。

 左を見てみる。濃い霧がある。

 後ろを見てみる。濃い霧がある。

 視線を正面に戻す。濃い霧がる。

 

 

 お分かりいただけただろうか。

 そう、俺はロンドンの街中に一人でぽつんと突っ立っている。アッハッハ、これは酷いぞ。

 

 一応通信機を起動させてみるものの、無情にも無反応。見放された感が満載だ。霧と毒といつもの視界(クトゥルフEYE)の三重苦。精神にクる。

 

 相も変わらず映るものを全て肉塊にして通してくる眼を凝らしながら、あたりの建物に近づく。

 するとどこの家も扉、窓を完全に締め切っていることが分かる。原因は言わずもがなこの霧だろう。一先ず中に入れてもらえないかと何件か回ってノックをしてみるが反応はなかった。……別に居留守くらいなら納得できるのだが、中にいる人の気配をまるで感じることができない。

 

 おかしいと思いながら、扉に耳を付けて中の様子を窺う。やはりおかしい。余りにも静かすぎる。

 心が痛むが試しに扉に手をかける。すると、閉まっていると思っていた鍵は開いていて、すんなりと中に入ることができた。

 

「お邪魔します」

 

 直に扉を閉めて霧が中に入ってこないようにし、中へと歩みを進める。部屋の中は特に荒らされた形跡はなかったが、誰かが出てくる気配もなかった。

 

 そこで部屋の様子をよく観察してみると、所々に埃がたまっているのが確認できた。溜まり具合から言って最後に掃除をしたのは4、5日前であることが分かる。もしかしたらここの家の主は暫く帰っていないのかもしれない。まぁ、埃かどうか、真相は分からないけれど。今までの経験から言って多分あってる。

 

 一階部分は所々調べてみたが、特に変わったところはなかった。強いて言えば、洗われていない食器が置いてあった程度だ。なので次は二階に足を踏み入れることにする。

 

 二階に続く階段は他の部屋と比べて劣化が見られた。いつもならしっかりとしている肉同士の結合が所々綻んでいることから、先程見た一階は改装、もしくは補強を行っていたのではないかと考えられる。

 足元に気を付けた方がいいと、考えながら階段を上り切ると、正面に部屋が一つ。そして左右に一つずつ扉が見えた。

 

 一応全部の扉に耳を当てて音を聞いてみたが、正面の部屋と右の部屋からは何も聞こえなかった。ただ、左の部屋からは何故か急に大音量で音楽が流れ始め、右耳が聞こえにくくなるというトラブルに見舞われる始末。これが不法侵入の天罰だというのだろうか。

 

 音を聞く限りでは特に何もなかった……というか聞き取ることができなかった為に直接中を中に入るしかないと決断を下し、まずは右の扉から開けていく。

 

 中は恐らく物置きだったのだろう。幾つもの荷物が所狭しと並べられており、足の踏み場がないほどすし詰め状態だった。目を凝らして何かあるかと見てみるが、特にこれと言ったものはなく、新しい発見はなかった。

 

 次に正面の扉を開けて中を見てみる。

 そこは寝室なのだろう。二人用のベッドが一つあり、クローゼット、タンス、ドレッサーと不自然なところは何もない。ただ置いてある家具から言って夫婦で暮していたのではないかと考えられる。

 

 クローゼットの中には男女共に上着のようなものが入っていた。

 タンスには恐らく衣服と思われる物体が置いてあるだけであり、ドレッサーやベッドの下にも怪しいものは何もなかった。

 

 しかし、今までの部屋を見て来て気になることが一つある。それは何処の部屋も荒らされた形跡はなく、使いっぱなしの状態であることが多いということだ。

 一階の食器もそうだが、ベッドも初めからめくられていた状態である。ここの部屋の主達ががさつという可能性も無きにしも非ずだが……妙に引っかかりを覚える。

 

 

 そう考えつつ、最後に、急に音楽が鳴り始めた部屋に向かう。

 しかし、先程俺の耳を使い物にならなくした音楽はもう聞こえてこない。急に音が鳴りだしたのもあれだけど、勝手に止まるのもおかしいよな。……まぁ、気にしないことにする(セーフ)

 

 ゆっくりと残った左の扉を開くと、まず最初に感じたのはむせ返る様な血の匂いと、腐ったような鼻に来る匂い。部屋の中には、他とは違い赤い色がびっしりとついており、もうこれだけで何が起こったのか予想できるほどの惨状だ。もっとも、俺の視界はいつも惨状。この光景も何ら普通と変わりないものだが、嗅覚的にはとても辛い。

 

 死体の様子を確認してみるが、目に見えるのはおいしそうな料理。……俺が料理に見えるということは普通の眼から見ると、人の原型をとどめていない肉塊っていう所だろう。今までの経験から言えば(バイ〇ハザードで学んだ)。

 

「……ん?」

 

 一度、部屋の周りを見てから再度死体の方に目を向けてみると、一片の紙切れが目に映った。

 いつも通り、紙は何かの皮でできているような材質で文字も時々うねっているが、慣れから来る麻痺を武器にスルーを決め込み、書いてある内容を読み上げる。

 

「『……更なる知識を求めて、私は全にして一、一にして全なる者と接触することに決めた。一先ず、彼の存在の元へ行くために―――――』…………(汗)」

 

 蠢く文字を何とか解読しながら読み取った結果、この紙片は何かの日記であることは理解できた。というか、その内容がやばすぎる。全にして一、一にして全なる者ってあれだろ。この前思い出した知識の中にあった存在。この前現れた奴なんて目じゃないくらいの存在。

 

「…………」

 

 一応全ての部屋の探索を終えたのだが、これはもう一度じっくりと調べた方がいいのかもしれない。

 とにかくこの特異点も一筋縄ではいかないと確信したのだった。

 

 

 

 

 




因みに立香達は原作通りに進んでいますよ。
コイツだけいつも世界観違うな(すっとぼけ)


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貴方、使い魔契約でSANチェックです。

Q.こいつだけFGOしてなくね?
A.今更じゃね?


 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ!? 故障したぁ!?」

『ちょっ、落ち着いて立香君! キャラ崩壊が酷いよ!』

「緊急事態なのに落ち着いていられるかァ!」

『ごもっとも!』

 

 濃霧立ち込めるロンドンの街中に立香の叫び声が響き渡る。

 だが、それも仕方のないことだ。何故ならば同行していたもう一人のマスター、乾真琴が近くにいないのだ。彼はマスターと言っても、サーヴァントがいない。ただでさえ危険な特異点に一人ではじき出されていることになる。立香が心配するのも無理はなかった。

 

『まぁ、落ち着いて。彼の居場所は全力で調べている途中さ。……第三の特異点で確認できた不安要素に対応できる人材をみすみす潰すわけにはいかない』

「……利用価値がなければ見捨てるの?」

『流石にそこまで堕ちたわけじゃないさ。なに、この天才にドーンとまーかせて』

「心配すんな、マスター。あの野郎はそう簡単に死にやしねぇよ」

 

 クー・フーリンがそう立香を慰める。

 彼には第三の特異点にて正体不明の化け物を退けた実績がある。それに、ここ最近まで警戒していた彼だからこそ言えるのだろう。

 

「それに……あまり他人の心配をしている場合ではなさそうですよ、マスター(安珍様)

「……複数の駆動音が聞こえますね……」

『こちらでも活動している者を確認した。動体反応が複数!ただ、魔力反応は霧の所為で分からない!』

「……っ! 皆、戦闘準備……!」

 

 真琴のことは気になるだろう。それでもやるべき事とタイミングはわきまえている。そうでなければ、三つの特異点を越えることはできないだろう。彼もこの旅を通して、人類最後のマスターに相応しいと言えるほどに成長しているのだから。

 

――――真琴、無事でいてよ……!

 

 この後、無事にこの場は切り抜けたが、街中に立ち込める霧が人体に有毒だと分かり、再び心配することになる。丁度その時、騎士王に似た騎士とであい、この特異点で協力していくのだった。

 

 

 

 

~~

 

 

 

 

 門にして鍵、全にして一、一にして全なる者……思い出した知識の中にその存在は確かに在った。召喚されたらその段階で終わり。全員で仲良く発狂エンド直行だ。

 

 そういうわけで、一時間ほどかけて家の中をくまなく探してみた。その甲斐あって、日記の全貌を確認することができた。

 どうやらあの死体、最終的に銀の鍵を手に入れることはできたのだが、その他の儀式準備中に銀の鍵を奪われたらしい。日記の後半は銀の鍵を取られたことに対する恨み辛みが書かれていた。

 

 ……というか、門にして鍵はどちらかと言えば人間が彼の存在の元に辿り着くというのが基本である。しかし、日記には()()()()と書かれていた。一体何をして門にして鍵を召喚すると日記に書いたのかそれが不思議である。

 

 あともう一つ。……上で死んでいた日記の持ち主は俺にとってとてもおいしそうな料理に見えた。もう一度言うが、俺にとっておいしい料理に見えるということは肉塊になっている、ということでもある。

 普通自宅で肉塊になって死ぬようなことなんてあるだろうか? 死体の具合は分からなかったが、室内を荒らすことなく肉塊になるなんて何をしたのだろうか。

 

「………ダメだ。まるで思い浮かばないな」

 

 これからどうするか。

 外は毒素の霧があたり一面に充満してる。だけど、ここで籠城するには上に死体がある。いや、この際死体はどうでもいいけど此処で籠城しているだけじゃ無駄に時間を浪費するだけだ。

 

 まぁ、このまま待っていれば合流できるかもしれない。

 しかし……銀の鍵が気になる。強奪されたということは別の誰かが銀の鍵を持っている。これが不安で仕方がない。万が一呼ばれでもしたら本気で終わるぞ。

 

「……行くか」

 

 いざという時はここを根城にしよう。

 場所を覚えて近くの建物を探索するか。

 

 なるべく呼吸をしないように一度深呼吸をする。そして、意を決して再びロンドンの街中に繰り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……おかしい」

 

 あれからいくつかの建物を見てみたが、何処も扉が開いている上に誰も居ないということが続いている。

 一回だけならまだいい。けど普通ここまで連続して誰も居ない建物なんてないだろう。さてこれをしているのは魔神か、それとも単純に門にして鍵を利用しようとする者か……。

 

「しかし手掛かりがあの日記だけとなるとなぁ……」

 

 もう少し全体的な情報が欲しい。

 今の所銀の鍵の在り処も分からない。サーヴァントとかが見当たらないのはありがたいけど、手掛かりまでないのはちょっと。

 

 ここはやはり、銀の鍵よりも立香達と合流することを優先したほうがいいか……。気にはなるけどこれ以上できることはなさそうだし。

 

 

 頭の中で現状の整理と今後のことを考える。

 取り敢えず、この付近は見て回ることができたので、拠点を移して捜索範囲を広げようと再び街に繰り出そうとしたその時――――部屋の中から足音が聞えた。

 

 俺は聞き取れた足音の方にすぐさま振り向き、指を銃の形にする。サーヴァントだった場合は多分効かないかもしれないけど、そもそも隠れられる場所はないし。

 

 誰も居ないことを確認した部屋の中から出てくる時点で普通の人間という可能性は排除。サーヴァントもしくは魔術的ビックリ生物であると考えられる。

 数秒間、臨戦態勢で静止していると、ついにソイツは姿を現した。

 

 

 

 現れたのは長身の男。

 その風貌は青白く、どう見たって健康的な人間には見えない。ついでに恰好もおかしい。身に付けているのは全身タイツに似た何かであり、胸元がざっくりと空いている。首には羽のようなふわふわしたものがついているし、帽子は二股に裂けていて、その先端にはボンボンがついていた。

 

 少し変わっているが、道化師の恰好と言えるかもしれない。

 けれど重要なことはそこではないのだ。

 俺が()()()()()()()()()()()()と認識できているのが一番重要な点である。今までこのクトゥルフフィルターを貫通してきたのはあの時出て来た巨大な魚人―――父なるダゴンとその眷属深きものどもだけ。それ以外は神だろうと英霊だろうと肉塊だ。

 

 ということは―――――

 

 

 

 

「おやおやおや? 物騒なものを構えますねェ。まだ敵かどうかも分からないのに」

「そういう態度の奴は大体敵だったりするものだと、個人的には思うのだけれど?」

「クヒヒ! 感じ方は人によって違うと思いますが。まぁ、落ち着いてくださいよ。ワタクシは別に争いに来たわけではありません。むしろ貴方のお手伝いを、と思いましてね?」

 

 ケタケタと笑みを浮かべながら道化師は言う。

 まるで信用する気にならない。フィルター貫通の件が無くてもうさん臭さMax。飴ちゃん上げるからついておいでっていう不審者ばりに信用できない。

 

「周りからの評価で言えば貴方もそう変わらない気もしますけどォ……。まぁ、信用できないのも無理はありません。なのでまずは自己紹介をいたしましょうか。ワタクシ達は信用第一なのでね。クヒヒィ!」

 

 そう言いながら、道化師の恰好をした男は丁寧なお辞儀をした後こちらに名乗りを上げた。

 

「初めまして。ワタクシ、メフィストフェレスと申します。以後、お見知りおきを」

 

 ………まるで信用ならないんだけど。

 

「あー……これは信じて貰えてませんね。今までの経験でわかっておりますよォ、これは! 裏切り者と! 思われている目ですねェ!」

「目的は?」

「少しは会話をしましょうよ。悪魔は会話第一。契約を重視する以上、知的生命体足り得るツールは活用していきましょう。アンダースタンド?」

 

 ウザイ。なんだこいつすっごくウザイ。胡散臭い、気色悪い、ウザイの三重苦だ。街中と同等レベルで嫌だ。

 けれど、メフィストフェレスと名乗ったこいつは少なくともサーヴァントと同等で尚且つ外界の神々関係。本来ならもう俺は死んでいてもおかしくはない。向こうにも目的があるというのであれば選択権なんてないのか。

 

 俺は腕を下ろして、メフィストフェレスを促した。

 

「賢い選択だと思いますよ? ……さて、話と言うのは他でもありません。貴方、ワタクシと一緒にこの愉快痛快なこの街を探索しましょう! 銀の鍵を目指して、ね?」

 

 彼の言葉に俺は反応せざるを得ない。一方向こうはこちらの対応が大変愉快なのか不気味な笑顔を隠さずニッコニコしている。なんなら右手にはいつの間にか契約書みたいな紙が握られていた。

 

「わかった」

 

 

 

 こうして、最も信用できない協力相手が誕生することになった。

 

 

 

 

 

  



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貴方、現状確認でSANチェックです。

本編のガバガバ理論にサイコロを振った方。
全員もれなく確定ファンブルで、1D10のSANチェックですので、アイディアなど振らないように。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さぁて、無事協力者を手に入れた貴方ですがぁ? これからどうするんでしょうかねェ」

「まさかのノープラン。あれだけ意味深に出て来たにも関わらず、何という肩透かし」

「何をおっしゃる兎さん。最初からあからさまに胡散臭い雰囲気を放っているなんて、とっても親切じゃないですか? 何よりも恐ろしいものは、擬態している者だとワタクシは思うんですがねェ?」

 

 俺からしてみれば、フィルター貫通は十分擬態に入ると思うんだけど……それを目の前にいるメフィストフェレスに言っても仕方がないだろう。とりあえず、協力した以上は大抵のことには目を瞑ろうと思う。

 

「そこに関してはもういいや。問題は銀の鍵が何処に行ったのか、上の死体はどうして出来上がったのか、どうして周辺に人がいないのか……今のところはこの三点かな」

「あぁ、死体は別にカウントしなくても結構ですよ。だって、アレをしたのはワタクシですので」

 

 衝撃の告白である。

 どうやら上の魔術師を爆散させたのはこのメフィストフェレスであるという。これでこいつの危険度がうなぎ登り。余計に安心できなくなった。

 けれど、理由を聞いてみないことには判断がつかない為、答えを期待せずに問いかける。

 

「あぁ、アレを殺した理由ですか。まぁ、普段のワタクシであれば面白さを求めて爆散させるところですが……。えぇ、今回は違います。ワタクシとしても銀の鍵を使われることは避けたいのですよ。だって、そんなことをしてしまっては面白くない! 楽しくない! 確かに、人々が発狂し、絶望に浸る様は見ていて痛快でしょうけどぉ……それはまぁ、ワタクシ自身でしたいタイプでして」

「つまり自分のおもちゃを壊されるのが気に入らないと」

「なんて身も蓋もない言い方でしょう! これではまるでワタクシが子どものようではありませんか! いえ、いえ。まぁ、正解なんですけどね」

 

 流石自称悪魔、とんでもないロクデナシである。しかし、それと同時に銀の鍵奪還に関しての信用は得ることができたと思う。こいつは本当に自身の快楽を第一に考えている。そして先程語ったことは本心だろう。自分のおもちゃを台無しにされることは好まない。だからこそ今回に限っては邪魔をしないと思われる。

 

「……メフィストフェレスの理由については分かった。ついでに信用も一応できた。その上で聞くけど、そっちはなんか情報ないの?」

 

 銀の鍵を用いて門にして鍵を召喚しようとしていた魔術師を殺したのであれば、実際に生きている時の魔術師と話す機会があったはず。問答無用で殺していたらその限りではないが、実際に生きている人物を見ているだけでも得るものがあるはずだ。少なくとも、映るものの殆どが肉塊と化す俺よりは。

 

「情報ですか……。そうですねェ。実に魔術師らしい魔術師でしたよ。人を人と思わず、全ては自身の探求心の為。この世界を自分の実験室と勘違いしているような、典型的なエリート魔術師でした。えぇ、えぇ。ホント、人柄としては何一つ面白いところがありませんでした。……まぁ、しかし。最期の瞬間にみせた絶望だけは高得点でしたけど」

「いや、そういうこと聞いているわけじゃないんだけど……」

 

 予想外というか、ある意味で予想通りの答えが返って来た。別にその人の最期とか聞いてないんだけど。

 内心でメフィストフェレスについて引きつつ、今の言葉に引っかかりを覚える。今語ったことは恐らく事実だろう。だとしたら、いくら何でも()()()()ではないか。俺は今まで彼が殺す瞬間に初対面したのだと思っていた。けれど、あの語り方からすればもっと前から関わりを持っていた風に聞こえる。その事を今度は尋ねると、メフィストフェレスはニヤリと笑った。

 

「えぇ。もちろん彼と関係はありますよ? なんせ、ワタクシ彼に召喚されたモノですので」

「…………」

 

 このメフィストフェレスは爆散した魔術師によって召喚された。それは何故か? この特異点を生き残るために英霊を必要としたということであれば理解はできる。しかし、英霊召喚は奇跡と言っても過言ではない所業。聖杯という道具がなければ成り立たないとカルデアでは教わった。

 ではあの魔術師は聖杯を代用できるような魔道具、もしくは聖杯そのものを所有していたのか?

 この可能性はないだろう。もし上記の条件に当てはまるのであれば、あのような結末を辿るわけがない。

 

 ……此処で思い出すのは霧の存在。門にして鍵は元々、霧から生まれ出たとされている。このロンドンに充満する霧が、それに類するものであれば英霊も召喚できるのではないか?

 いや、流石にそれはないな。もし本当にこの霧が門にして鍵を生み出したものならとっくのとうにこの特異点は終わっている。それに俺の身体だって只ではすまない。

 

「ちなみに、メフィストフェレスはどうやって現界したのさ」

「ワタクシですか? さて、どうやって出てきたのやら……。難しい質問ですね、実に難しい。一体何処からを現界と呼べばいいのでしょうか……」

「じゃあ、この特異点にはどうやって来たのさ」

「ワタクシがどうやってこの特異点に来たのかですか? それならば単純! 冥界! 間違えました明快でェす! 街中に充満している魔力の塊……つまるところあの霧からですよ。あの魔術師は霧の正体に気づき、()()()()()ワタクシを召喚したようですよ?」

 

 そこまで言って、メフィストフェレスはこちらに視線を向ける。それは、何かを期待するような、面白いおもちゃを見る視線だった。まるで何かを期待しているようだ。

 というかちゃっかり霧の正体に辿り着いちゃったぞ。

 

「……ん? まさか……」

 

 門にして鍵に辿り着くための手順の中に、異形のものと六角の台座を用いるという項目がある。何を以てして六角の台座とするのか、どこまでが異形のものとして扱うのか、詳細は不明である。

 だがしかし、目の前のメフィストフェレスは俺のフィルターを貫通して認識できる存在。ということはこいつの存在は英霊というよりも異形のものよりという仮説が立てられる。

 また、そもそも門にして鍵を召喚するのであれば、それなりの規模が必要だろう。相手は外界の神の中でも最上位の存在。到底部屋の一室で補えるものとは思えない。誰も居ない街の様子を含めて考えれば可能性はただ一つ。

 

「本来であれば、この部屋を中心にして儀式を行うつもりだったってことか」

「恐らくそうだったのでしょうね。丁度、六角になるように魔術的仕込みが為されているようですし」

「……それが分かってるなら、俺が考えた意味なくね?」

「人が人たる知性を使わないでどうするんですか。家畜なんて見ても面白くないでしょう。どうせ見るのであれば、動物園の動物。よくしつけられ、檻に入れられた観賞用を見るでしょう?」

「言い方……!」

 

 少しはオブラートに包もう。

 メフィストフェレスに呆れながらも今までの情報を整理する。

 

 

 この魔術師は門にして鍵を召喚するためにこのロンドンという街単位で準備を進めていた。しかし、計画の最終段階にて銀の鍵を盗られ願いは叶わずついでにメフィストフェレスに爆散させられるという最期を遂げた。

 そのメフィストフェレスを召喚した手順は街中に漂っている霧の利用。これはかなり濃密な魔力の塊らしく、英霊すら召喚できるほどである。……ということは、この霧を生み出しているのは聖杯だろう。それぐらいしか、英霊召喚を可能で広範囲に霧を出せるものはない。

 

「……しかしどうしよう」

 

 起きていることは理解できたが、結局銀の鍵の行方は分からず、ついでに誰が奪ったのかということすら判明していない。

 

 であれば、次にするべきことはこの霧を止めること―――――ではない。この街を台座足らしめている六つの細工。これを調べに行くか。

 

「台座の場所は分かってるんでしょ?」

「もちろん。向かいますか?」

「あぁ、行こう」

 

 これは放っておける案件ではない。

 迅速に対応しなければ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――貴方は本当に人類を救う気が在るのでしょうか? さてさて、分かっているのか居ないのか……。いやぁ、愉しいです。実に」

 




道化師の役目は何者にもとらわれないこと。何者にも染まらないこと。常にイレギュラーとして存在することである。


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道化師の役割は――――

 

 

 

 

 

 

 

 一方、真琴と同じようにロンドンへと赴いた立香達は現地で出会った協力者と共にこの特異点の情報を集めていた。そして現在、ある仮説を確認するためにロンドンの街中を巡回している最中である。メンバーはクー・フーリン、マシュ、清姫、そして現地で出会ったモードレッドだ。

 

「……大丈夫かな」

 

 立香が呟く。

 彼の言う大丈夫が指すのは現状一つしかない。レイシフトする際にはぐれた真琴のことだった。この死の街と化したロンドンに一人で放り出されている。立香にはマシュの恩恵により、魔力の塊たる霧の影響をほぼ受け付けないが、真琴にはそれがない。それどころかマスターを護るサーヴァントすらいない。特異点でサーヴァントがいないのは命綱なしでバンジージャンプをするようなものだ。

 

「真琴さんですか……確かに心配ですね。ここはサーヴァント以外にも霧がありますから」

「うん、そうなんだ。ドクターもまだ通信がつながらないって言ってるし……」

「前にも言ったがアイツはそう簡単に死ぬ玉じゃねえ。俺達はこの霧をさっさと取っ払って、合流しようぜ」

「私も同感です。信用も信頼もできませんが、彼は嘘を吐きません。実力に関して言ってもそう簡単に死にはしないと思いますわ」

 

 サーヴァント達が立香を慰める。

 その様子を見たモードレッドは不思議だと思った。同じ仲間なのに、心配をしているのは立香とマシュだけ。他の連中、時間を越えて通信をしている人も()()()()()()()()()()()()()()()()

 仲間のはずなのにそう思っていない。そう彼女の直感が告げていたが、直にその考えを頭から外す。実物を見たことがない自分がどうこう言うのは筋違いであり、彼女にとってそこまで大きな問題ではないからだ。自分はこの街を穢す不届き者をぶちのめすのみ。

 

「………お、どうやらアイツの読みは当たったみたいだぞ」

 

 カルデア側の問題を置いておき、モードレッドは霧の中から生まれた人型を指さす。その光景こそ、彼らが求めた者。この霧の正体を掴む鍵。

 立香も一先ず考えを改めて、自分が直面している問題に向き合うのだった。

 

 

 

 

~~

 

 

 取り敢えず、台座となるための六つの細工はぶっ壊した。一日を消費してしまったが、少なくとも直に門にして鍵を召喚! なんて事態は防げたと思う。もっとも、銀の鍵の在り処は未だに不明なため、全く安心できないのが現状だが。

 

「それにしても、こんなものまで残していたとは……」

「まぁ、記録は魔術師の基本ですから。それにしては、無駄な部分が多いようですけど。何処までもつまらないですねぇ」

 

 門にして鍵を召喚しようとしていた魔術師は、儀式に必要な台座にそれぞれ自身が書き残した日記を置いていた。魔術師は自身の魔術を絶えさせないために子孫に継承していくというのは聞いたことがあるので、気にはならないのだが、問題はその中身。先程言ったようにもはや日記である。魔術のことに関しても触れてはいるが、半分はどうでもいい身の上話が入っていた。

 

「それでも気になる情報はいくつかあった」

 

 合計で六つ手に入れた日記の中で役に立ちそうな情報も確かに在った。それが、日記全てを読破するという苦行に繋がるのだが、今はいいだろう。

 重要な情報というのはどうしてこの付近に人がいないのか、門にして鍵の存在をどう知ったのかが書かれていた。

 

 まず、門にして鍵の存在だが、ロンドンの魔術協会に行った際に顔を隠した黒ずくめの男が教えてくれたのだという。黒ずくめの男曰く、もっと知りたければ魔術教会の奥深くに眠る魔本を読めばいいとのこと。

 しかしこの魔術師、プライドの為か、指図するような男の言葉に耳を貸さず、周辺の住民を片っ端から生贄として利用して門にして鍵を呼び出そうとしたらしい。規模が規模な為、これ以上隠しとおすことはできないと思った魔術師は大人しくロンドンの魔術協会にて男の言った書物を探したという。

 

「……?」

 

 ここまで思い返して、引っかかりを覚える。

 顔を隠した黒ずくめの男も引っかかるが、矛盾が一つ生じているような……。

 

「そうか」

 

 門にして鍵の存在が記してある魔本はどれもこれもヤバイ奴。常人であれば発狂してもおかしくはない。

 メフィストフェレスを召喚した魔術師が精神的に強靭であった……というのは正直考えにくい。日記からもメフィストフェレスの話からもそう感じることはなかった。

 

「……メフィストフェレスを召喚できたのは、魔術師が細工をしたのではなく、縁による召喚」

 

 正常な精神状態ではなかったために、メフィストフェレスという異形が召喚できてしまったのではないか。その可能性が出て来た。いや、本来の状態でもメフィストフェレス呼べたと思えるくらいにはロクデナシだったっぽいけど。

 となると、日記に書かれていた内容があまり信用できなくなってきた。少なくとも、魔術協会で魔本を読んだ以降に書かれたものは。

 

「……いやまて」

 

 そもそも時系列はなんだ。

 メフィストフェレスが召喚されたタイミング。

 銀の鍵を奪われたタイミング。

 台座を作ったタイミング。

 

 

―――――ワタクシとしても銀の鍵を使われるのは避けたいのです。

 

 

 

「まさか」

 

 どの儀式の準備よりも先にメフィストフェレスを召喚したとしたら。

 そして、最後、銀の鍵を手に入れた瞬間にメフィストフェレスに殺されたとしたのならば……。

 

 

―――――まぁ、しかし最期の瞬間に見せた絶望の表情だけは高得点でしたけど。

 

 

 それは、彼にとって最高の娯楽だったのではないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ、メフィストフェレス」

「―――どうかしましたか?」

「もしかして、銀の鍵さ。もう持ってんじゃないの?」

 

 

 

 俺が尋ねた瞬間、道化師の恰好をした男は静かに立ち止まる。こちらも足を止めて、彼に向き直る。

 汗が垂れる、呼吸が荒くなっていく。この考えがあっているのだとすれば、何故彼は俺と行動を共にしていたのか。何故、こんな茶番を繰り出していたのか。

 

「……キヒヒ!」

 

 

 

 

――――答えは、この道化師のみ知っている。

 

 

 

 

 



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Who are you

前回探索にてブーディカさんがいなかったのはジキル達と一緒に拠点に居たからです。あの時は魔力の霧からサーヴァントが出るかどうかを確認しに行っただけなので。
分かりにくくてすみません。


「んん〜、ワタクシが銀の鍵を持っていると……? それはそれは、実に興味深いことを仰る」

「違うなら否定してくれてもいいんだけど」

「ええ、まぁ、持っているんですけどね」

 

 そう、道化師は言った。

 実にあっさりと、まるで自分の名前を告げるように、息をするような自然さで、自分が銀の鍵を持っているのだと。

 そうなると、やはりどうして俺と一緒に銀の鍵なんて探そうと持ちかけて来たのか。ここが引っかかる。目撃者を消したいのであれば、遭遇したあの時に魔術師よろしく爆散させればよかったはずだ。まぁ、今までの手口からいって、信用させてから裏切る方が面白いという理由であるならお手上げだが。

 

「いえね。ワタクシは道化師でして、自分の愉悦ももちろんですが、皆様を愉しませることも仕事のうちなんですよ」

「皆様……?」

「それについてはお答えできませんねぇ。色々と壁をぶち抜いてしまう事柄ですので」

 

メフィストフェレスでも遠慮することがあるのかと、思いつつこちらも話題を元に戻す。

 俺が知りたいのは、どうして俺の前に現れて、見つかりもしない銀の鍵とやらを探そうとしたのか。

 

 メフィストフェレスは表情から俺の聞きたいことを読み取ったのであろう。知り合って間もない関係ではあるが、見たこともないほど、愉快そうに笑う。

 

「キヒッ! イヒヒヒヒ! それは面白いですとも! なんせ貴方はあの時に仲間よりも銀の鍵を優先する選択をとったのですからぁ!」

「……何」

 

 こいつは一体何を言っているんだ?

 彼の言っていることが読み取れない俺に対して、メフィストフェレスは畳み掛けるように言葉を紡いでいく。

 

「あの時、銀の鍵を探すという選択肢に迷いはなかった!」

「選択肢なんてなかっただろ」

「NO! といって差し上げましょう! 例え、相手が自分よりも高位の存在であり、その選択肢を選ばざるを得ない状況であろうとも! 一抹の迷いがあって当然のはずです。……でもぉ、貴方にはそれがなかった……」

 

こちらの主張をその上から潰すメフィストフェレス。

 

「そんなことは当たり前です! だってたかが肉塊に感情移入なんてできはしないのですから! 周りに何を言われても平然としている? とんでもない! 貴方はそれを人として認識していないだけ。犬の遠吠えに言葉を返す人がいますか? 小鳥の囀りにムキになり反論する人がいるでしょうか? いいえ、ありませんとも!」

 

 彼の口から飛び出す言葉が、何故か心に突き刺さる。

 そんなことを考えているわけがない。自分は皆の事をしっかりと見ている。心の何処かでそう思っていても、それは確かにごく一部でしかなかった。本音の所ではカルデアのスタッフや、サーヴァント……そして立香のことも何とも思っていないのではないか。やはり、言葉が聞こえようとも、触れ合う感覚が人と変わらなくても。肉塊というフィルターで覆い隠しているのかもしれないと。

 

「心配することはありません。それは当然のことなのです。……生まれたときから周りに人はいなかった。どれだけの美声が聞こえようとも、どれだけ空腹を煽る匂いを感じることができようとも……視界に入るものは視るもおぞましい、()()だけなのですから」

「………」

「―――そういえば、貴方は見事、銀の鍵を見つけることができましたね。そのご褒美としてぇ……ワタクシが何かをしてあげましょう。なんでもいいですよぉ。自分のことをないがしろにするカルデアの職員を爆破したいとか、この特異点にある聖杯の在り処―――――後は、貴方を苦しめる視界の正体とか、ね」

 

 メフィストフェレスの言葉に心を震わせる。

 生まれたときから付き合ってきた、この視界の正体。それが分かるというのは恐ろしくもあり、とても魅力的な提案だった。例え、第三の特異点で出てきたような化け物が関わっていようとも、それでも何も知らずにいるよりは遥かにましだと思える。

 

「さぁ、どうしますか?」

「――――俺は、」

 

 

 

~~

 

 

 

 

 真琴がメフィストフェレスに答えを告げようとしたその時、彼は気づいた。ロンドンの街を覆っていた濃霧が消えていることに気づいた。もしかしたら立香達が霧の発生源である聖杯を見つけたのかもしれない。

 

 そして、霧によって妨害されていたカルデアとの通信が復帰した。

 

『――――やっと繋がった……!真琴君無事だったかい!?』

 

 通信機越しにカルデアに居るロマニの声が聞こえる。真琴はそれに短く答えた。しかし、次の瞬間ロマニは真琴の近くにいるメフィストフェレスに驚きを露にした。

 曰く、メフィストフェレスは立香達の前に現れ、そして倒されたと言う。

 

「えぇ……お前、そんなこともしてたの?」

「心外ですねェ。我々は座から呼び出される末端。召喚された数だけ存在しますとも」

『いや、それはそうだけど……。ってそうじゃなかった! 真琴君、今立香君が―――!』

「―――ッ!」

 

 ロマニの焦った声音から少なくとも立香が大変なことになっているということだけは感じ取ることができた真琴。

 そこから先の言葉を切り、メフィストフェレスに問いかける。

 

「何かしてあげようって言ったよな。メフィストフェレス」

「―――ええ」

「なら――――」

「いえ、いえ。実現はもちろん可能です。しかし……本当にそれでいいのですか? 今貴方がしようとしていることはとても無意味だ。何故なら、それをしようとも誰も貴方に感謝することはない。誰も貴方を称えようとしない。誰一人として、喜ぶものは居ないのですよ?」

 

 彼の言葉は何かを確かめるような言葉だった。

 

 

「―――いるさ。一人は、絶対に。というわけで、メフィストフェレス。今度は俺の都合に付き合ってもらうぞ」

「クヒヒ! いいでしょう。面白おかしく、悪魔的に行こうではありませんかぁぁぁぁあ!!」

 

 

~~

 

 

 

 この場はまさに絶望。

 今まで三つの特異点を乗り越えて来たサーヴァント達は地面に倒れ伏し、ロンドンで出会った仲間達も、座に還っていないのが奇跡という有様だ。立香はマシュとブーディカの二人の宝具によって何とか無事に済んでいるが、それでも全身傷だらけだ。カルデアに来る前まで一般人だった彼にはそれでも辛いだろう。けれど、膝だけは屈することなく真っ直ぐに絶望を作り出した本人、ソロモンへ視線を返していた。

 

「それ見たことか。お前達と私では文字通り器が違う。……さて、本来であればお前ら如き、放っておいても構わないのだが。道端に咲いている雑草を踏みつぶすくらいの手間を惜しむほど、切羽詰まっているわけでもない」

 

 四つの魔神を顕現させたソロモンは、死屍累々の状態に陥っている立香達に止めを刺そうする。

 

「両目、脇腹、膝・脊髄……設置完了……できませんねぇ! 一体何処が何処だかわかりません!!」

「良いから宝具開帳して!」

微睡む爆弾(チクタク・ボム)!!」

 

 唐突にこの場にふさわしくない明るい声が響き渡る。

 奇しくもその声は立香達にとって聞き覚えのある声。彼らの協力者である人間を殺した残虐非道なサーヴァントと、彼らの知り合いである真琴の声である。

 

「ま、真琴……!?」

「無事でよかったぞ立香!」

「こっちの台詞だけど……。というか、あの道化師のサーヴァントって……」

「例の如くそれは後に説明するとして、今はこっちだ」

 

 真琴の隣に降り立つメフィストフェレス。

 彼の宝具によってあたり一面は爆炎に包まれ、ソロモンの姿を確認することはできなくなった。だが、誰も彼を倒せたとは思っていない。圧倒的な彼の力は先程まで戦っていたこの場にいる誰もが知っているからだ。

 

「――――よもやお前が、こうして目の前に来るとは思わなかったぞ」

 

 爆炎の中からソロモンの声が響く。

 しかし、その声音には先程まであった余裕なんてない。溢れんばかりの憤怒の色を見て取ることができた。

 

「そこにいる連中にはまるで興味ないが、貴様は別だ。人類に寄生するモノよ……。今ここで貴様だけは消滅させる」

「……元凶にまでそう言われる俺って……」

「あの時に聞かなかったので教えませんよ! キッヒヒヒヒヒ!!」

 

 元凶、悪魔、外れ者……。この三人による戦いの火ぶたが切られた。

 

 

 

 



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『』

そういえばヒロイン決めてなかったなって。
………いっそのこと、立香かメッフィーでいこうかな。


 

 

 

 

 この場に居る誰もが分かっていた。彼に勝ち目なんてないことに。

 相手は四つの特異点を越えて来たマスターである立香とその仲間達ですら叶うことのなかった相手。聖杯で呼び出された英霊を雑多と吐き捨て、文字通り器が違うのだと見せつけた……人理焼却の元凶であるソロモンだ。一度交戦経験があるからこそ、メフィストフェレスの力量は理解できているし、真琴に関しても彼はどれだけ特別な事情があろうとも人間だ。

 

 立香の元に集った二桁に届かんばかりの英霊を以てしても歯が立たなかった相手に、二人で叶う道理などない。

 

「メェェェフィィィィスト!! もうちょっとこう……出力とか上げられないわけ!?」

「ワタクシ悪魔ですけど貴方も大概ですね! ニンゲンできることとできないことがあるんでございますことよォ!」

「お前悪魔だろ!!」

「そうでした! うっかりうっかり」

 

 爆発が多発する地帯にて大声で冗談を交わす二人だが。口とは裏腹に余裕はない。メフィストフェレスの片腕は既にこの世にはなく、真琴の身体にもいくつもの赤い線が走っていた。

 持ってあと数分という所だろうが、これでも大健闘していると言える。相手はソロモン。決定的な危機に陥った時、呼び出される人類史中で至高とされるサーヴァントの内の一体。それを相手に二人でもたせているのだから。

 

「――――無駄なあがきを……これで終わりだ」

 

 しかし、それもここまで。

 数分で彼らの戦い方を読んだソロモンは立香達に顕現させていた四つの魔神達を起動させ、宝具を軽く凌駕する魔力塊を彼らの方に放った。

 

 並の英霊は愚か一級のサーヴァントですら葬れる威力で放たれたソレに、真琴が対抗できる手段はない。せめてもの足掻きとして自分に緊急回避の魔術をかけるものの焼け石に水。彼の身体は紙くずのように宙を舞い、その後地面に叩きつけられる。

 

「いやはや、この霊基ではこれが限界のようですねぇ……。我がマスター! 貴方の選択、楽しませてもらいましたよ! イヒヒヒヒヒヒヒヒ!!」

 

 共に戦った謎に包まれたサーヴァント、メフィストフェレスは消滅し、もはや真琴に抵抗できる手段など残されてはいなかった。

 彼は消滅していくメフィストフェレスを眺めながら自分の身体が動くかどうかを確認する。

 

「………」

 

 結論として、いくつかの骨が折れているのだろう。身体を動かすたびに叫び声を上げたくなるような激痛が走った。

 今もなお開いている通信機越しに、ロマニの焦った声が聞こえる。職員たちの絶望の声が聞こえる。ダ・ヴィンチの沈黙を感じる。彼らは諦めている。此処で立香達(人類の希望)が潰えてしまうのではないかと。

 

 そのようなことを考えながら、真琴は思う。

 人類の未来なんてものはもはやどうでもいいのだ。元々彼は無理矢理連れてこられた側の人間であり、カルデアの使命に燃えていたわけではない。彼に仲間などは居ない。自業自得な面もあるが基本的に彼に味方などいなかったのだから。しかし、それでも――――

 

 

「…………」

 

 

 既に意識を保つことすら辛いだろうに、立香は変わらず真琴に手を伸ばし続ける。

 彼はそういう人間だ。魔術はうまく扱えないし、戦術面に特別優れているわけでもない。しかし、そんな彼だからこそ、どんなサーヴァントとも手を取り合うことが可能であり、真琴と関りを持ってくれるのだ。だからこそ、皆が人類の希望として彼を望むのだ。

 

「――――■■■呪い」

 

 血で紙に文字を書き、それと放置されていた聖杯を魔術で共に立香の方へ飛ばす。

 すると、今までレイシフトできずにいた筈の彼らの身体が徐々に消え始めた。

 

 感覚的にこれから何が起こるのか彼らは悟る。カルデアに帰るのだ。

 

『どういうことだ!? 彼らの身体が……!』

『レイシフトと同じ現象……?』

 

 疑問の声が上がるが、それに答える声はない。

 最後の最後まで立香は真琴へと手を伸ばそうとする。

 

 けれど、結局その手が握られることはなく――――――――彼らは第四の特異点から姿を消した……。

 

 

 

 

~~

 

 

 

 

 

 その光景をソロモンはただ見届けていた。それは余裕でもあり、優先順位の違いでもあった。カルデアのマスターには既に細工をしてある。自ら手を下すことがなくてもあのマスターはおしまいだと彼だけが知っていたから。

 直に興味を無くしたソロモンは自分の目の前に転がっている真琴に視線を送った。彼の身体は既に死に体。呼吸も荒く、目の焦点もあっていない。全身に力が入っていないのかピクリとも動かない状態だった。

 

「ふん」

 

 これで死んだ……とは思っていない。

 他の全てを差し置いてでも、この人間だけは始末しなければならないと彼は理解している。

 中身の有無など重要なことではない。問題は皮にあるのだ。放置しておけば必ず自分たちのみならず全てを侵す病魔に成り得るモノだと彼は千里眼から読み取っているのだから。

 

 右手をゆっくりと掲げ、人ひとりに使うには多すぎるほどの魔力を注ぎ込む。

 そして―――――抵抗らしい抵抗を一切見せない真琴に向かって彼は魔術を振り下ろし、ソロモンはロンドンを去った。

 

 聖杯がなくなり、崩壊するロンドン。

 先程まで激闘を繰り広げられていた地下にはいくつもの傷跡があり、死体などは何一つとして残されてはいなかった。

 

 

 

~~

 

 

 

 

 目を覚ませば、そこには何もない空間が広がっていた。あたり一面は暗闇に支配され、一寸先も見渡せない状態にある。全てグロ肉に変換される仕様を生まれたときから所持している自分にしてはとても珍しい光景だった。と、言ってもこの空間に見覚えがないわけではない。むしろ馴染みのある場所と言ってもいいだろう。だってここは今まで夢で何度も見たことがある空間なのだから。

 

『■■■ ■■ta■! ■■■ ■■■■na!』

『■■■ ■■ta■! ■■■ ■■■■na!』

『■■■ ■■ta■! ■■■ ■■■■na!』

『■■■ ■■ta■! ■■■ ■■■■na!』

『■■■ ■■ta■! ■■■ ■■■■na!』

『Nya■ ■■ta■! ■■■ ■■■■na!』

 

 声が聞こえる。

 それは前から。

 それは後ろから。

 それは右から。

 それは左から。

 

 

 男の、

 女の、

 子どもの、

 老人の、

 動物の、

 植物の、

 道具の、

 あらゆるモノの声が、聞こえる。

 

 

 称えているようである。

 恨んでいるようである。

 祝福してるようである。

 呪っているようである。

 

 そして何より、嘲笑っているようである。

 

 

『Nya■ ■■ta■! ■■■ ■■■■na!』

『Nya■ ■■ta■! ■■■ ■■■■na!』

『Nya■ ■■ta■! ■■■ ■■■■na!』

『Nya■ ■■ta■! ■■■ ■■■■na!』

『Nya■ ■■ta■! ■■■ ■■■■na!』

『Nya■ ■■ta■! ■■■ ■■■■na!』

『Nya■ ■■ta■! ■■■ ■■■■na!』

『Nya■ ■■ta■! ■■■ ■■■■na!』

『Nya■ ■■ta■! ■■■ ■■■■na!』

『Nya■ ■■ta■! ■■■ ■■■■na!』

 

 

 今までの比ではない。

 狂ったように声が聞こえる。幾つもの数が混ざりあい、騒音にすら聞こえるのに、何故か個人個人の声音をはっきりと聞き分けることができる。声に潜む感情を読み取ることができてしまう。ある意味、肉塊だらけの世界を眺めているよりもキツイ。

 

 

 

 だが、一番キツイのは、

 

 

「6;f』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――まるで溶けるかのように自分がなくなっていく今の感覚だった。

 

 




だぁぁれが役立たずですか! これでもワタクシ、柄でもないくらいには頑張ったんですがねぇ?


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『そして、世界は平和になったのでした』

一日に二話更新して、自ら発狂していくスタイル。


 

 

 

 

 

 

 気が付いたら、コフィンの中に居た。

 急いで周りを確認してみれば、そこには先程まで居たソロモンの姿はなく、見慣れた管制室の光景が広がっていた。マシュ、兄貴、清姫、ブーディカさん。()()無事に帰ってくることができたようだ。

 

「よかったぁ……。皆無事に帰って来て………ソロモンが来た時はどうしようかと思ったけど。正直、僕らに興味がなくてよかったよ」

「本当……に、そう……だね……?」

 

 ドクターに言葉を返しながら、疑問を覚える。俺達は本当にソロモンに会って無事に帰って来たのだろうか。今思い返してみても……うん、ここに居るので全員だと思う。

 

「ともかく先輩。今日はもう休まれては?」

「………うん。そうしようかな」

 

 マシュに言われてきっと今日の疲れからか、頭の整理がついていないのだろうと思う。何処か身体も重いし、ぐっすり寝れそうかな。

 

 スタッフの皆にお礼を言ってから、管制室をでて自分の部屋へ向かう。けれど、歩いている最中、どうしても引っかかるのだ。

 俺が本当に人類最後のマスターなのか。誰かもう一人此処に居たのではないか。……考えては見るもののどうしても頭に靄がかかったように思い出せない。

 

「……うーん、気持ち悪いなぁ……」

 

 気にはなるものの今の俺ではどうしようもないと悟り、簡単に着替えと身支度を整えてからベッドに潜るのだった。

 

 

~~

 

 

「………」

 

 立香の無事と帰還に喜びを覚えると同時に、やる気を上げるカルデアのスタッフ達。彼らは今回の件を通して、改めて自分達の敵である存在の強大さを知った為、少しでも立香の負担を減らすために奮起を始める。そこに一片の迷いはなく、不純な感情もない。誰もが純粋に立香の助けになりたいと思っている。

 

 けれど、その中に一人だけ心の底で考え事をしている人物が居た。

 

「………」

 

 カルデアの技術顧問であり、サーヴァントでもある万能の天才。レオナルド・ダ・ヴィンチである。

 彼女はカルデアのスタッフの様子を見て、今起きている出来事を確認していた。そして、優秀な頭脳を持つ彼女は既に何が起きているのかを把握している。

 

「……カルデアから乾真琴が消えている……」

 

 そう。カルデア最後のマスターである藤丸立香と同じくマスターとして四つの特異点を越えて来た人物。乾真琴。不自然なほどにスタッフやサーヴァントから警戒され、第三の特異点に至っては未知の化け物から立香達を救った人物。

 

 彼は確かにこのカルデアに在籍していた。彼が召喚したネクロノミコンは未だに倉庫に封印してあるし、彼が使っていた部屋には使われた形跡が残っていた。そして言っては何だが彼はこのカルデアの嫌われ者だ。彼がいるだけでスタッフの士気は下がっていただろう。

 しかし今はそれがない。彼らはまるで乾真琴の存在なんてなかったかのように―――いや、本当に居ないと思っているのだろう。彼らだけならともかく真琴と仲良くしていた立香まで彼のことについて触れようとはしなかった。カルデアスタッフの登録欄にもあった彼の名前は削除されている。

 

 考えられる可能性とすれば、魔術王たるソロモンが何かをした、ということだろうが……それにしたって自分だけ記憶が残っていることが不自然だと彼女は思う。

 

「だとすると、これは魔術王以外の仕業なのかな……?」

 

 発言してから、本当にそんなことができる存在が居るのかと改めて考えてみる。

 

「……いや、居たね。可能な存在が」

 

 思い出すのは第三の特異点で遭遇した未知の化け物。その外見はおぞましく、この世のものとは思えないほど醜悪だった。けれど、あんな生物は知らない。今まで見たことがない。いや、もしかしたら知っているのかもしれないが、真琴のこと同様に()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「――――ふふっ」

 

 万能の天才。どうしてそう呼ばれるようになったのか。才能があったから? たぐいまれなる頭脳があったから? それらも要因だろう。しかし、最も重要なのは―――知りたいという探求心。挑もうとする精神。それこそが、今のダ・ヴィンチに繋がっている。

 

「さて、君はいつ帰って来てくれるのかな? 真琴君」

 

 ある意味、彼の者も外れ者なのだろう。

 カルデアの頼れる技術顧問は、他のスタッフ達に悟られることなく口の端を吊り上げるのだった。

 

 

~~

 

 

 沈む。沈む。沈む。

 まるで引っ張られるように……奥へ奥へと、引きずり込まれていく。

 

 止まる気配はない。

 止められる気配もない。

 光も感じない。

 体の感覚もない。

 

 あるのは、自分が誰なのかという疑問と耳に聞こえる声、そして視界に広がる化け物達。

 

 

 貌がなく、三つの足を携えた怪物。

 カイトのような翼を生やした怪物。

 まるで某ラーメン店のメニューのような姿をした怪物。

 三つの赤目を携えて漂う怪物。 

 etc.etc.

 

 

 どれもこれもが、一目見るだけで正気を持っていかれそうになる。けれど目を逸らすことはできない。そもそも逸らし方がワカラナイ。何処が目でどこが耳なのかそれすらも分からない。

 

 けれど、聞こえてくるのだ。声なき声で。囁くのだ、目の前のソレラが。

 

 

――――お前の役目は終わった。

――――私達の元へ還ろう。

――――そして、眺めよう。

――――彼らの行く末を……。

 

 

 言葉は耳に心地いいものだろう。

 けれど、隠しきれていないのだ。内なる愉悦が。どうにも気に障るのだ。人類(俺達)をおもちゃだと思っているその態度が。

 

 別に人類全員が強いなんていうことはない。むしろ、人類は弱い。人と違うものは排除するし、上に行くのではなく他人を蹴落とすことを常とする。大部分はそうするだろう。けれど、アイツだけは違う。特別な才能がなくても精神でねじ伏せてこれまでやって来た人間を知っているから。一括りにしておもちゃになんてされてたまるものか。

 

 

 

 

 感覚のない腕に力を込める。

 下半身に力を入れて、あるはずのない地面を踏みしめる。

 深呼吸をして態勢を整える。

 

 これからやることに意味はないのかも知れない。

 もう既に俺は死んでいるのかもしれない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

―――――()()()()()()()

 

 

 

 思い出したのだ。

 自分が何者なのかを。どんな人生を送ったのかを。けれど、

 

 

「俺は――――」

 

 

 

 

 




そう。それでいいのです。
貴方はそうでなくては面白くない。だからこそ私達は貴方のことを見ているのですから。


さぁ、見せてください。
さぁ、楽しませてください。


私達に、ニンゲンの強さを見せてください。


それだけが、私達の願いです。


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リスタート

 

 

 人類最後のマスターである立香が意識不明の状態になってから4日が経過した。カルデアのスタッフは自分たちの総力を持って原因の究明に勤めているが、未だ進展はない。

 キャスターとしての適正を持っているクー・フーリンも加わるものの、状況は好転しない。

 

 しかし、ロマ二には予想がついていた。グランドを自称するソロモン。あれだけ高位の存在であれば、直視するだけでも呪われる可能性がある。彼が生きているのはおそらくマシュと契約しているからだろう。彼女に力を貸している英霊はそういうことに耐性のある者だから。

 

「立香君……」

 

 今自分にできることは彼のことを信じて待っていることだけだ。ロマニは自分の無力さに嘆きながら、自分の出来ることを時間の許す限りするのだった。

 

 

〜〜

 

 

 身体にナニカが纏わりつく。

 聞いたこともない声が耳を犯す。

 腐った肉を煮込んで混ぜたような、酷い匂いがする。

 しかし、それらを己の意思でねじ伏せて進む。

 

 地の感覚はない。

 天井などない。

 視界に、道標になるものは一つとしてもありはしない。けれど、それでも前へと進む。

 

だってまだ何もしていないから。例え俺が何であれ、俺は俺自身を楽しめていない。自分の人生を謳歌していない。立香にも恩を返しきれていない。こんなところで止まっている暇はないのだ。

 

「どこに行くのかね」

 

 ふと、声がかかる。

 それは聞いたことのある声。夢の中で初めて意味のある言葉を発したあの声。人のことを堕落させる声だ。

 

「……」

「君の居場所など、どこにも無いよ。共に戦った彼らは誰一人として君のことを覚えてはいない。覚えていたとしても、扱いに差など生まれない。逆に不安を煽る結果となるだろう。……はっきり言おう。今はカルデアには不要、むしろ不和を生み出す異物でしかないのだよ」

 

 はっきりと、薄々気づいている事を指摘される。確かにあの組織は……カルデアは今の状態で完成されているのだろう。本来であれば2人目のマスターなんて不要で、立香1人だけでも上手くいっていた。いや、それが正しい形なのだろう。思えば、あのスタッフ達の対応も、彼ら個人の話ではなくもっと大きなモノが関わっているのかもしれない。

 

 けれど、そんな事俺には関係ない。例え誰にも望まれなくても、何より自分自身が望んでいる。それに、誰にもとは言ったものの、多分だけど彼も。人類史上最も度胸のある凡人たる彼はどんなものでも受容できる器を持っていると確信できるから。

 

「……ククッ。そうか、そうか……。なら、私からは何も言わない。ただ、私以外のモノは分からないがね」

 

 声がそういうと同時に、暗闇の空間に漂っていた異形達の半分が此方を捉える。先程とは一変、まるで獲物を見るかのような視線を投げかけられる。

 ……つまりはそういう事だろう。ここから出たければ、一度変えておきながら……人としてのもう一度を望むならそれなりの対応を見せろ、と。

 

 正直無理だと思ってしまう。ここに漂っているのは、第三の特異点で感じた不気味さと同じであり、巨大な魚人よりも格上だろうから。

 けど、彼に倣って立ち上がろう。どんなに巨大な相手にも膝を屈する事なく歩み続けよう。いつだって、最後に笑うのはそういう存在だと知っているから。

 

――――――えぇ、それでこそです!それでこそ、ワタクシが見込んだ方!! さぁ、汚名を返上しましょうかァ!

 

 

~~

 

 

「どうした」

「…………」

 

 今、俺は地面に伏している。理由はごく単純で、サーヴァントと戦ったからだ。尤もこの場には、頼りになる後輩や仲間の姿はなく俺1人だけという状況だけど。

 相手のサーヴァント。巌窟王と名乗った彼とは今俺がいる監獄島で出会った。魔術王たるソロモンを直視した結果、俺は呪われここに落とされたのだという。彼は俺に力を貸してくれ、ここから出る手伝いをしてくれた。しかし、この監獄島から出ることができるのは1人だけであり、巌窟王か俺のどちらかは取り残されることとなる。そこでリアルファイトに移ったわけだけど、どうにも力が湧いてこない。

まるで喉に魚の小骨が突き刺さっているかのごとく、違和感を覚えるのだ。

 

「何か躊躇いがあるようだな。もしや、未だ納得していない……というつもりではなかろうな?」

「そんなことは無いけど……でも、何かが引っかかるんだ。この状況に覚えがあるというか……」

「そうか。しかしこちらには関係がない。全力を出さなければ復讐鬼は外へ放たれ、人類の希望は失われることになる」

 

 巌窟王が地を蹴り、一気に加速する。それはサーヴァントにしては遅く自分でもギリギリ捉えることができるほどの速度だ。彼は律儀に俺との約束を守ってくれているのだろう。なら、こちらも全力で応えなければならない。そうわかっていても、誰かの顔が頭をよぎるのだ。いつも1人で戦っていた、誰かが。いや、元々喧嘩もろくにしない俺が真面目にやってもまともな戦いにならないけどね?

 

 身体の至る所に傷が増えていく。

 なんとか顔だけは守っているものの、胴体や足などは無防備だ。英霊にもなる人物がそれを見逃すはずもなく、再び後方に吹き飛ばされ、監獄塔の冷たい石造りの床に叩きつけられる。身体の至る所から痛みを感じ、動かす度に顔を顰めてしまう。

 

「………」

 

 あともう少しで思い出せそうなのに、思い出せない。すっきりせず気持ち悪い。しかし、このまま倒れているわけにもいかない。此処で負けてしまえばこの監獄塔に一生閉じ込められてしまう。

 痛む身体に鞭を打ち、覚束ない足で立ち上がる。巌窟王は俺の様子がおかしいのか高笑いをして笑みを深めた。思考を切り替えろ。今はもう考えているような場面じゃない。此処で負けるとはすなわち、あの魔術王に屈するということになる。それだけは絶対に嫌だ。アイツは俺の大切な■■を殺したのだから。

 

「―――ようやくか」

「ふぅ…………行くぞ!」

「来い」

 

 カルデアの魔術礼装に登録されている魔術、そして特異点に行くまでの間で習得した魔術をできる限り自分にかける。

 瞬間強化を自分にかけて少しでも火力を増やす。急激に強化されたことで身体が悲鳴を上げるが、死にはしないはずだ。先程の巌窟王に倣ってこちらも地を蹴って一気に加速する。そして、彼を倒すために慣れない拳を振るう。生きて、皆の元に帰るために。

 

 

 

~~

 

 

 

 藤丸立香が魔術王の呪いによって送られた監獄塔。そこに在る最後の間に一人の男が立っていた。―――――の帽子を身に付けて葉巻を吸っている。そう、それは先程まで監獄塔を脱出する権利をかけて戦った世界一有名な復讐鬼・巌窟王ことエドモン・ダンテス。

 彼は藤丸立香に負けながらも悔しそうな表情は見せていない。むしろ何処か嬉しそうですらあった。しかし、彼は直に笑みを消して、虚空に向けて言葉をかける。

 

「盗み見か。あまりいい趣味とは言えんな」

「えぇ、えぇ。それはもう、ワタクシは自他共に認めるロクデナシでして。今回の言い分は十割そちらにあるかと」

「フン」

 

 巌窟王の言葉に返事をしたのは何処か人を小ばかにするような声音。自分に非があると口では言っているが、改める気配はまるでなく、むしろ相手を馬鹿にしているようにすら感じる。

 

「それで、どうして貴様が手出しをしたんだ。お前にとってあいつは何の価値もないだろう?」

「誤解ですよ。あそこまで突き抜けている方は珍しいので、十分ワタクシ達の興味を煽ります。……まぁ、今は優先順位の関係でノーマークではありますがね」

 

 彼の返答に巌窟王は眉を顰めた。人を玩具のように見るというのはどうにも好きになることができない。特に藤丸立香のように認めた人間であれば尚更である。

 巌窟王の心情を察したのだろう。おどけた声は今度は自ら言葉を紡ぎ出す。

 

「おや、気に障りましたか。それは失礼いたしました。今回の目的は達成されているのです。態々貴方とことを起こす事態は避けたいですねぇ……」

「……あれは、貴様の主の差し金か」

「exactly!」

 

 確認したいことは終わったのだろう。

 声の返事をもらうと巌窟王は、監獄塔の奥へと足を進める。そして、暗闇に消える前、不意に身体を振り向かせる。

 

「貴様の主はいい同朋になったと思うのだがな」

「いえ、いえ。……ワタクシの主は何処まで行っても外れ者なので」

「惜しいことだ」

 

 それが最後の言葉となった。

 数々の囚人を閉じ込めた監獄塔に、元の静けさが戻った。

 

 

 




その自己中心的な考え方、まさに人間!
実に素晴らしい。此処まで自分を保てたニンゲンを他にワタクシは知りません! やはり貴方は最高ですよォ!!


えぇ、えぇ。それにしても……彼の王は余計なことをしたと心底同情しますよ。本当に。


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caster

着地地点を定めることができない……。
もしかしたら最悪、五章六章は飛ばすかもしれないです。


 

 

 

 

 

 

 英雄の帰還と言ったところかな。

 考えながら、周囲のスタッフの様子を確認する。誰も彼もが、この一週間からは考えられないくらいに明るく笑っている。

 

 そう、第四の特異点であるロンドンから帰還して一週間、意識不明だった立香君が今日目を覚ましたのである。これにはカルデアの全員が手放しで喜んだ。特にロマニは彼のことが心配で心配で仕方なかっただろうから、泣いて喜んでいたね。

 彼が召喚したサーヴァント達も一安心しているようで、再びいつものカルデアに戻った。

 

 ―――と、皆は思い込んでいるだろう。

 けれどそんなことは決してないのだ。このカルデアには一人欠けてしまっている。第四の特異点にて魔術王と戦ったもう一人のマスターが。どういうわけか此処にいる人たちは忘れてしまっているけどね。……いや、もしかしたら覚えている私の方が異常なのかもしれない。

 

 一応、一抹の希望にかけて立香君にも聞いてみたけど返って来た反応はカルデアのスタッフと殆ど変わらないものだった。少しだけこちらの言葉に違和感を覚えたようだけれど、はっきりと思い出すことはできないらしい。

 

 さて、確かに此処まで来ると、いよいよ不自然さが極まって来たね。どうして此処まで彼は――――乾真琴は徹底して嫌悪、もしくは排除されるのか。正直、組織内での関係不和は仕方がない場面もある。人として生きる以上、全ての人と仲良くするなんてそれこそ神話レベルの話でも不可能。これは別に不自然ではない。

 

 問題は次、どうして記憶から抹消されたのか。

 第四の特異点で魔術王と戦い、死んだとされたから不要な人物を記憶から切って捨てた可能性もなくはないが………そんなことは起こらないし、そもそも少ないとは言え、数十人単位の人が一斉に忘れるなんてことはないだろうね。

 

 

 いやいや、実に興味深いよ。

 彼が相手にした怪物しかり、単独でレイシフトのような魔術を使ったり、ネクロノミコンなんて物を召喚したりね。

 私は確信している。きっと彼は生きている。そしてどんな形であれ、ここに戻ってくるだろう。普通の人間であれば、自分のことを排した場所には帰ってこない。でも、彼は違う。普通とはかけ離れた価値観を持っている。

 

 本当に申し訳ない、カルデアの皆。

 私は君たちを仲間だと思っている。共に人類の未来を取り戻したいと考えているとも。けれど、私は――――知りたいのだ。

 

 彼が抱えることを、彼の見ている世界を、彼の知っていることを。

 それを通してきっと今まで理解できなかったことが見えてくる。そこには見たこともない世界が広がっているだろう。

 

 過ぎた好奇心は身を滅ぼす。

 理解できるとも、でもわかっていても止められないのさ。アダムとイヴがそうして楽園を追放された様に。内なる探求心は誰にも飼いならせない。私のような人種は特に、ね。

 

 

 

~~

 

 

 ()()()()()()()()()である藤丸立香は、魔術王の呪いにて新たな縁を獲得し、カルデアに帰還した。今は誰も覚えていない人物に執着を見せた結果、彼は見逃してしまったのだ。カルデアに残る人の可能性の残滓を。藤丸立香という人類の可能性を。

 けれども、逆に言ってしまえば彼さえやられてしまえば人類は終わり。ただただ、魔術王のなす偉業を黙ってみていることしかできない。

 

「おっと、これは少々マズイかな……」

 

 あたり一面に花が咲き誇る場所で、真っ白いローブを身にまとった青年が呟く。彼は今日も趣味であるブログ更新と、人類最新の逸話の観賞をしていた。

 しかし、青年が呟いた通り、現在主人公たる彼はピンチの真っ最中。更に打開策は本当にないと来ている。このままではここ最近の楽しみを失いかねない。本来なら自分の矜持を捨ててでも動きたいところだけれど……。

 

「今はちょっと……! っ、い、忙しいんだよねえ……」

 

 青年は冷や汗を流しながら、背後に居る巨大な獣を抑えつける。今は何とか事なきを得ているが、もし自分が動くと確実に背後にいる獣も動き出す。そう確信しているからこそ、彼は動けずにいた。

 

 しかし、そんな時。ふと、青年への負担が軽くなった。今まで自身が必死に抑えつけて来た獣が段々とその力を無くしていっているのだ。

 

「これは……」

「――――ご機嫌よう。人類トップレベルの引きこもり様……FF外から失礼します!!」

 

 違和感を覚えた青年の耳に聞こえてくるのは人を小ばかにしたような声。これはローブの青年も聞いたことのある声だった。人類最後のマスターの前に、第四の特異点ロンドンで立ちはだかった残酷で狂気を多分に孕んだサーヴァント。真名をメフィストフェレス。

 

「君がどうして此処に居るんだい……と、聞くのは野暮かな」

「えぇ、えぇ。既に理解している事柄を確認することほど、無意味なものはありません。大体、そういうのは自己完結してしまうものなので。特に、貴方方のような、普通の人よりも視え易い人はね。カルデアにも大変優れた目星をお持ちの方がいるようですし」

 

 声―――メフィストフェレスは会話を続けながら獣から手を放す。

 すると、そこに居たのは先程のような巨大な獣ではなく、何処かで見たような小動物の姿に変わっていた。これには青年も驚きに目を見開いている。

 

「――いや、実際に目にするとやっぱり驚くものだね。長く生きていると異文化交流に苦手意識ができるからいけないいけない」

「誰の夢でもズカズカ入り込む癖にィーそんな心にもないことを言っていいんですかァ? っと、愉しい愉しいおしゃべりはこのくらいにしておきましょうか。これ以上余計なことを言うとまたワタクシの信頼度が下がるので」

 

 これ以上下がったら召喚されては自害を繰り返し行うそうですよぉ? と自分の境遇を心底愉快そうに付け加えたのちに、メフィストフェレスは先程自分が処理をした獣に目を向ける。

 

「こちらは我が主からのお詫び、だそうです。自分の蒔いた種は自分で摘みとるらしいので」

「……へぇ。そうなんだ。意外としっかりしているもんだね」

「貴方よりもよっぽど人間味あふれてると思いますよ? まぁ、彼の獣を抑えることが一点。もう一点は、彼の元には自分が行くからいい、とのことです」

「―――おや、彼はあの狂王に対抗できる何かを持っているのかな。彼は誘いを断り、未だ人であり続けているんだろ?」

「それはもう! ワタクシの同胞をラーメンに例えた挙句まとめて蹴り飛ばしてましたよ! あそこまで行かれると笑うしかありませんね!!」

 

 ゲラゲラと腹を抱えながら笑い転げるメフィストフェレス。きっと彼は後程その同胞とやらにしこたまボコボコにされるのだが、この時の彼は知らない。

 

「フフッwwあーww……笑いwwましたwww」

「……(うわぁ、鬱陶しい)」

「ハァー……ハー……。まぁ、取り敢えず……クヒヒww……ふぅ。……彼のことはこちらで何とかしますのぉでぇ、大人しく自分の出番を待っていてください」

 

 ようやく調子を取り戻したメフィストフェレスは何とか伝達を終えてその場から消えようとするが、その前に一つローブの青年から言葉が飛んできた。

 

「最後にいいかな」

「どうしてこう、帰ろうとする直前で呼び止める輩が多いのかこれがワカラナイ……。えぇ、まぁ、どうぞ」

「―――何故君たちは、人類に味方するんだい」

 

 その言葉は確かに正当なものなのだろう。

 彼らは、元来人間の味方というわけではない。そもそも誰の味方というわけでもない。

 

「そうですねぇ。その質問は大変困ります。……しかし、あえて言うのであれば―――」

 

 

 

 

 

 ――――遊び場が減るのは、我慢なりませんよね。

 

 

 

 

 

 

 

 




ここ最近出しゃばりすぎですって?
またまたぁ~、皆様。ワタクシの事大好きでしょう? 
キャスターピックアップでも、よく会いますものねぇ! ヒヒヒヒ!!


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それは、世界の為でなく

アントニオ・サリエリがかっこよすぎてヤバイと思う今日この頃です。
残念ながら、宝具レベルは上げられませんでしたけど。


 

 

 

 

 絶体絶命のピンチとはまさにこのことだろう。

 敵に居るのは今の自分達では叶わないサーヴァントが複数人。そしてたった今そのサーヴァントに対抗できるカルナは倒されてしまった。

 敵の総大将であるクー・フーリンはここでカルデアのマスターを見逃すような遊びを挟むような人物ではない。ラーマという力強い味方はいるが、クー・フーリンは宝具開放の準備に入っている。マシュの宝具を差し込む暇はない。流石の立香も己の最期を悟った。その時、

 

 

 

 

 ぬるりと、ナニかが這出てくるのを、この場に居た全員が感じ取った。

 

 

「………」

「………!?」

「えっ」

 

 何時の間に、と言うほどのものではなかった。その存在の出現は英霊だけでなく、一般人である立香ですら感じ取れるほど。

 しかし誰もがその存在に注目した。特別な力は感じない。サーヴァントが持つ霊基反応も感じ取ることができない。だからこそ、不自然で不可思議で……不気味なのだ。その風貌も警戒心を煽る一要因だろう。纏っているのは黒いローブ。体の体格すら見せないほど大きなもので。顔の部分も黒く塗り潰されているかの如く覗くことはできない。

 

「……何者だ」

「…………………」

 

 クー・フーリンの問いかけに、ローブの人物は答えない。ただ、警戒を露にする彼らから視線を外し、カルデアの――――いや、藤丸立香の方へ顔を向ける。男の動きに立香は身体を震わせる。彼が感じるのは警戒。絶体絶命の状況で現れた第三勢力。敵か味方かわからない存在に対して行う当たり前の行動だ。

 

 それを確認したかのように、ローブの人物は立香から視線を外して身体をクー・フーリンの方に向けた。

 

「……一先ずこの場は引いてくれないか?」

 

 聞こえて来た声は、想定よりも若いもの。恐らく二十代にも差し掛かっていないだろう。丁度立香と同世代だと思われる。

 言葉が聞こえたことでロマニ達も急いで解析を始めるが、該当者はなかった。

 

「それはできない相談だ。今ここでカルデアの連中は殺す。それを変えることはない」

 

 クー・フーリンは当然のことのように返す。その姿に、立香がかつて冬木で見た面影は見つからない。何処までも冷徹で、何処までも残酷に、機械的に答える。

 

「――――やっぱりか」

 

 ローブの男―――いや、ローブの少年と表現するべきだろう。彼はクー・フーリンの回答に大した反応を返すことはなかった。ただ粛々と彼の言葉を受け止め、佇むだけである。

 

「くだらないおしゃべりは終わりだ。……そこを退け。後ろの連中と一緒に死にたくなければな」

「……■■■・■■■■、■■■・■■■■■。――――偽・■える■眼」

 

 それは、まさに唐突に起きた。

 

 

 

~~

 

 

 

 自分達は何を見せられているのだろう。あのローブの少年が何かしたのだろうか。元々魔術に詳しいわけではない俺には理解できなかった。

 

「グッ、お前、何をした?」

「………世界の見方を変えただけ。暫くすれば直に戻るよ。でも、これ以上戦うというのであれば、無事は保証はしない」

 

 クー・フーリンが問う。ローブの少年が答える。つい先程も見ることができたやり取りだが、力関係は逆転している。今度はローブの少年が優位に立ち、クー・フーリンが不利な立場になっていた。よく目を凝らして見てみれば、彼の額には汗が流れており、何かしらの術にはまっていることだけは分かった。

 

 

「成程……お前……漸く合点がいったぞ」

「そういえば、キャスター適性持ってたっけ」

「……今回はお前に免じて退こう」

 

 

 余裕を持って対峙していた彼らはもうこの場には居ない。

 その後彼らはこちらのことを見ることなく、自分達の本拠地に帰還していった。その様を俺達はただ眺めることしかできない。追い打ちをかけるチャンスだったのだろうけど、あの様子を見ると無理だった。

 

 

 結局その場に残ったのは俺達とローブの少年?だった。彼は、自分が現れた場所から一歩も動くことはなく、ただ不動で佇んでいる。

 

「ドクター。あれはサーヴァント、ではない……んですよね」

『正直、わからない。反応がないわけじゃないんだけど()()()()()()()

「安定していない……ですか……?」

『反応が人でもあり、サーヴァントでもある。けれどどちらでもない……そんな感じだ。なんだこれ!?』

 

 ドクターの動揺が画像越しでも感じ取れる。マシュに視線を向けてみれば、彼女も同じような反応をしていた。俺自身もいくつもの特異点を越えて来た中で、計器で観測できない存在がどれほど異常なのか理解ができる。しかも、安定していないと来た。結局のところ、機械だけでは彼が何者かわからないということだろう。

 

「君は、一体……」

 

 思わず、そう問いかけていた。

 抱いていた警戒はいつの間にかどこかに行き、ただ知りたいという欲求にかられる。というのも、今までの会話で引っかかることがあるのだ。

 

 この声の主を知っている。顔も見たことがあるかもしれない。しっかりと覚えているわけではないけれど、監獄塔で覚えた違和感に似たものを感じている。だから、我慢ができなかったのだ。答えが返ってこないかもしれないと思っていても聞かずにはいられなかった。

 

「……そうだなぁ」

 

 ローブの少年は小さく呟いた後に、再び黒く塗りつぶされたフードを俺の方に向けた。一寸先も見渡すことのできない暗闇に支配され、不気味さを感じた筈の人物なのに、今はどうしてか安心すらしている自分がいる。いや、安心ではない。安堵に近いかもしれない。

 

「いずれ分かる――――なんて遠回しな言い方はやめよう。取り敢えず、こちらのスタンスだけははっきりさせておこう」

 

 彼はここで、言葉を切り、直に次の言葉を紡いだ。

 

「俺は、()()()()だ。藤丸立香」

「そう、か……うん。そうか」

 

 普通なら、どこぞの誰かもわからない人の言葉なんて信用することはできないだろう。ましてや、その風貌が真っ黒ローブを身に纏っていることしか確認できないような人物なら尚更だ。

 しかし、俺はそう思うことができなかった。人理を守る旅をはじめ、誰であろうと信頼し、共に戦うことの重要さを学んできたことも理由としてはあるが何より、彼とは他人の気がしないのだ。

 

 

 心の中を整理して、一先ずお礼を言おうとローブの少年を見やる。

 だが、そこにもう姿はなくなっていた。確かに先程まで居た筈なのに、瞬きをした直後、彼はその場に初めからいなかったかのように消えていた。

 

「えっ?」

『えっ!?』

 

 他の人も驚きの声を上げているところを見ると、本当に忽然と居なくなってしまったようだ。その内皆は一旦思考を切り替え、今後はどうやってクー・フーリンと首都攻略を進めるのかということに思考が向いて行く。

 

 こちらも仲間達に倣い、一度思考を切り替えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 




彼をもう人間でないと思いますか?
力に溺れて調子に乗ってるぅ~と感じますか?

アハハッ!! 結構結構。人によって感じ方はそれぞれ、別に意見を強制したりはしませんとも。

いや、それにしても彼女に見つからなくてよかったですねぇ。もし見つかっていたら確実に厄介でしたよ! 何故なら彼女は、ワタクシ達と同じモノを感じることができるのですから。


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