東方欲望録 (アンダーソンキャッスル)
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始まり編
1話 終わりと始まりと転生


「かっこいいなぁ……!」

 

 テレビに熱中している少年の名は柊。

 

 彼が見ているのは少し古い特撮の映像で、名を仮面ライダーオーズという。

 

「ほんと、カッコいいなぁ、俺もこうなりたいや……」

 

 映像でだけ、架空の世界でだけ活きるキャラクター達。自分もこうなりたいと何度も願っていた。

 しかし実際の所はこの物語に出てくる化け物も、オーズも存在しない。

 

 現実はそういう世界なんだから仕方がない。

 だからこそ彼にとってはオーズが憧れとなり、()()()という空想の物語を夢見続けていた。

 

「っと……そろそろ学校に行く時間だ……」

 

 

 ♢

 

 

「今日もつまんねぇ授業だったな」

 

 何があるでもない授業を全て聴き終え、帰りを共にしていた友達がそう呟く。別にどうとも思わなかったので自分も肯定した。

 

「ああ。いつも通りだな」

「はぁ〜あ。超可愛い子でも空から降ってこないかねぇ」

「なんだそれ……じゃ、俺自転車だから。また明日な」

「おう、柊も。また明日」

 

 そして誰に何か言われるでもなく。黙々と自転車に乗り、ペダルを漕ぎ始める。 

 ギコギコとペダルを漕いていると、信号が赤になったのでブレーキを掛けた。

 

 

「ねぇねぇ! ほらすっごい跳ねるよ! あははは!!」

「うん、上手ね」

 

 信号を跨いだ奥の歩道で、小さい女の子とその母親らしき人が、ボールを地面に突きながら喋っている。

 

「ぽんぽ……あっ!」

「あっ……」

 

 いつの間にか二人の動きに自然に見入っていて、思わず声を漏らした。そして手から弾かれたボールは道路へと転がって行く。

 

「あらら……」

 

 ボールは転がるが、信号は赤だ。しかも奥からは普通に車が来ている。もしかしたら車と当たって破裂するかもしれないが、それでも状況的にはそれが最善だろう。

 

「待って!」

 

 ただ、小さい子供にはそこまでの思考はなく。少女h道路へ駆けた。

 

「危ないわ出ちゃダメ!」

 

 そう言って母親も急いで道路へ走る。

 

「……やばい、かも」

 

「えへへ!」

 

 転がるボールを拾い上げた少女。その側面から車が直進し続けている。どう見ても止まる気配は、ない。

 

(なんで運転手はブレーキかけねぇんだよ!)

 

「こら!! ダメでしょ!!」

 

 母親が素早く女の子を抱いて歩道へと戻った。

 

「!……良かった」

 

 少しヒヤッとはしたが母親がしっかり保護したようだ。

 そんな楽観的な思考をしていると、まるで二人を狙うかのように直進していた自動車が歩道に曲がった。

 

「……は」

 

 運転している老齢の人間は、ぐったりと身体を横にしていた。

 

「────間に合」

 

 ──現実で、こんな夢見たいな事、あるのか。

 

 あまりの非日常な光景を目撃した彼は一瞬硬直する。

 

「キャアアア!!!!!」

 

 母親は腰を抜かし、少女も呆然と立ち尽くしたまま車を見ている。車の運転手は、現状に気づいていない。

 この場面に直面しているのは自分含めてこの場の4人だけだ。

 

 無理だ。親子は車を避けられない。

 その非常で非情な現実を、多分親子よりも早く理解してしまった。そして理解すると同時に、変に冷静な己の思考に後悔する。

 

 この状況で、きっと自分の憧れの人は脚を動かしてしまうだろうから。自分もそうでなければならないと──。

 

「──こンの馬鹿!」

 

 人間の本質は咄嗟の行動に現れる。

 彼は、善性(お人好し)の類いの人間であった。

 

 右脚を前に出し、続けて左脚も出す。それを繰り返して、助走をつける。

 

 ──終わってる終わってる終わってる終わってる! 馬鹿か馬鹿か俺!!)

 

 後悔した瞬間には、脚を運んでいた。すでに助走をつけている。であればもう止まれない。

 

(なんで助けようと思ったんだ!? 出来ないって!)

 

 ここは特別な撮影じゃなくて、現実なのに。

 柊の突っ込んでくる様子を見て、母親であろう人は咄嗟に一歩後ろに下がった。

 

(! あの子を逃がせば……!)

 

 母親はそのまま後一歩下がって右か左か、どちらかに避ければ回避できる。なら今危ないのは少女だけだ。

 こんな時でも、冷静な思考に再度嫌になりながらも、どこかラッキーだとも思った。

 

「届……」

 

 残念ながら、間に合うことはなかった。

 

「──あれ?」

 

 当然である、現実で車に引かれそうになっている人間を助けるにはそれなりの前準備が必要だ。

 そもそも、柊は助けに入れる距離でもなければ、人を抱えたままトラックを躱せる身体能力も持ち合わせていない。彼はただ、今回の事故の被害者を増やしただけだ。

 

(あ、死ぬ……なら……せめて)

 

 もう車は避けられない。女の子を投げ飛ばす時間もない。抱きかかえて衝撃を抑える他なかった。

 

(いやだ、怖い!!)

 

 そしてそのまま、車は柊と衝突した。

 衝突した彼は抱きかかえていた少女共々2メートル程吹っ飛んで倒れ、意識を失う。

 

 

 ♢

 

 

 ──あれ? そういえばさっきの事故はどうなったんだろうか。

 

 体は動かない。だが痛みもない。アドレナリンで痛覚を麻痺させていた。音を頼りに状況を判断するしかないが、よりによって一番聞きたくない言葉が鮮明に耳に届く。

 

「あ、ぁあ……! ねぇ! なんでそっち、そっちに!!」

 

(女の子はどう……なっ……た……?)

 

 声を出して確認することもできない。

 ただこの悲劇を音で聴き取ることしか柊には出来ない。

 

「嘘……嘘よ……ねぇ!! まだ4歳よ!!? なんで……なんで……」

「──」

 

 助けられなかった、クッションにすらならなかった。少女はこれで人生を閉じて、自分の道化のような喜劇の幕ももうじき息絶える。

 そんな中で一瞬、ほんの僅かに醜い感情が脳の端で浮かんでしまった。

 

 ──助けなければ、良かった。

 

 一瞬、されど一度でもそんな事を本気で思ってしまった自分が愚かで、どうしようもなく情けない。最後の最後で、自分の全てを台無しにした。

 結局、自分も我が身可愛さで生きている、そんな平凡な人間の一人だったというわけだ。それに気づいた以上、もう本気でどうでも良い。

 

 

 ──……結局、なんの為の人生だったんだろう。

 

 こうして死に直面してなお、自分には何も誇れるものなんてない。憧れていた者からは程遠く、何もなし得ないまま死ぬ。

 

 ──まぁ……だらだら長生きして気づくより、早めに無駄な人生だったって気づけただけ、マシか。

 

 そう心の落とし所を決めてから。眼を閉じた。

 

 ──悔しい……悔しい。悔しい悔しい。あの一歩をもっと早くに踏み出していれば、なんの躊躇いもなく助けに入れたなら俺は届いた筈だ。あの子を救えた。

 

 おおよそ英雄気質ではなかった。星の輝きを持つような人ではない。ただの凡人。それでも、自分で卑下するほど、腐っている人間ではなかった。──と、言えるような人間でいたかった。

 

「……あ」

 

 何の意図もなく、右手を上に掲げる。

 

「……」

 

 ──どうせなら、やっぱり一回ぐらいオーズになってみたかったな。

 

 天にかかげた手は地に落ち、彼は再び意識を絶った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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2話 異次元と反動と初変身

 

「う、ぅ……」

 

 身体が()()みたいに重い。妙に重い身体を、無理やり起こした。

 

「うっ……今のは……いやこ、こは?」

 

 柊は辺りを見渡す。見渡してみると見たこともない場所というより辺り一面 木、木、木。

 

「森だこれ!」

 

 ──どうなってる? 俺は確かに死んだはずだろ? なんで生きてる……。

 

 少し考えているとふいに、頭痛を感じ、柊は頭を押さえ始めた。

 

「いてて……そうだ、確か俺は車に跳ねられて、それで……」

 

 あれからというもの記憶がおぼつかない。というよりも、記憶が混濁している。

 起きる直前に見えた何か。あれがなにかも分からないし。本当に車に跳ねられたかどうかも怪しいくらい体はピンピンしてるし。

 

 ただ、ハッキリとした意識と体の感覚があるから夢ではないはずだ。

 

「……走馬灯? いや……それこそあり得ないか」

 

 思い出したくもない記憶が脳内に送られる。別人から無理やり送られるように。

 おかげか、事故の一件を完全に思い出した。

 

「……うぅ」

 

 あの少女の母親の叫び声を思い出し心が締め付けられた。

 だがどれだけ落ち込んでいても、どれだけ悲しんでも誰も何も言ってはくれない。彼は孤独を感じ、一人呟いた。

 

「ははっ……ま、俺みたいな人間が死ぬにはいい場所かもな」

 

 自虐しても意味がないのは分かっている。けれどもう自分の人生は終わったのだ。茫然自失になってもそれは仕方がない。そう開き直るように彼は雑に立ち上がる。

 

「はぁ……ほんと、助けられなくてごめんな。すぐ謝りに行くよ……」

「……バウっ?」

「いや、良いんだ何とでも言って……ばう?」

 

 目を開く、そして柊は一つ気づく。頭に、何かが垂れている、と。

 

「がルル」

「え?」

 

 ここが夢か何かであるかはともかく。目前にいる熊は、剥製とは言えないくらいリアルに、動いていた。

 

「うわぁあー! あー! あー! そんな思考してる場合じゃない!!」

「ガァアアアアア!!!!」

 

 唸る柊に呼応して、叫ぶ熊。

 

(この距離は……多分逃げられない!! ……けど!!)

 

「2度も死ぬのはご免だぁ!!」

 

 よく分かりもしない場所に遭難して、挙げ句の果てに腹を空かせたクマの餌になる。それは、流石に受け入れられない。

 

 柊は木々を使って曲がり曲がって逃げていく。

 

(どっかで聞いたぞ……熊は! 真っ直ぐしか走れない!)

 

 カーブしながら走った。これで自分は無事だろうと期待を持つ。

 だが熊はそんな期待をぶち壊す。といわんばかりに、普通に曲がりながら近づいてくる。

 

「話しとちがぁぁあう!」

「バォオオオ!!!!」

 

 聞いていた情報が正しいことかも定かではないが、今回は仕方がない。なにせ相手はクマではなく、妖怪と呼ばれる類の生物なのだから。

 

 徐々に距離が狭まっていく。巨大な熊は柊が気づかぬ間に真後ろに迫り鉤爪を構えていた。

 

「! うわっ!」

 

 凶器の右腕の薙ぎ払い。僥倖か、性格が功を制したというべきか。彼は熊の爪に怯え、転げ落ちる事で回避した。

 

「はあ……はぁ……!」

 

(次は絶対に逃げ切れないけど……!)

 

「俺が何したってんだ! 急に襲ってくんなよ!」

「ぐるわあぁぁぁ!!!!」

 

 熊ってこんな獰猛だったか? それとも人間の味を知ってる熊か? 何を考えたってしようがない。だってこの数秒後に食われるのだから。

 

「くそ……」

「フシュ……バフゥ……」

「!? もう一匹……ぞ、ゾウ……なのか?」

 

 新しく現れた化物は二足歩行でこちらに近づいてきた。白銀の肉体で、赤く鋭い眼。ゾウのようで、何か全く違う化け物。そんな怪物が、柊の背後から迫る。

 

「……初めからおびき寄せられてたって感じか? 」

 

 象の怪物は鼻をしならせて、柊の左肩を切り裂いた。

 

「ああ……っ!!!!」

 

 柊は左肩の痛みに応えるように膝を崩す。二匹の化け物はそのザマを見て嘲笑うような眼をしている。

 

「……いった……」

 

 徐々に徐々に距離を詰められる。その様はまるで、狩りを楽しんですらいるように見えた。

 

「……いや、楽しんでるんだろうな」

 

 この二体は少なくとも知性を持っている。罠を用意していたこと。そして楽しむように狩りを行なっているんだから、多分そうだ。

 

「……どうせ逃げられないんだろ……」

 

 柊は敵を睨む。そのおよそ常人でない精神力は、自暴自棄からくる開き直りか、それとも──。

 

「……結局、死ぬのが怖いんだな。俺」

 

 決して死を受け入れず、最後までやれることを。そう誓い彼は立ち上がる。

 

「……いいぜそっちがその気なら闘ってやる!」

 

 ──例え惨めに終わるとしても。最後くらい、いつか見た映像のヒーローのように終わりたいんだ。

 

 強く、そう願い、叫んだ時。

 

 カシャン。と何か機械音が聞こえた、と同時に腰には巻いた覚えのないベルトが巻きついていた。

 

「!!? ……これは……!?」

 

 しかも腰に巻かれていたのは、幾度となく見たベルト。忘れるはずもない。

 

「オーズ……のベルト……?」

 

 だが熊はそんな事御構い無しに再び鉤爪を立てて今度こそトドメを刺そうと、突進している。いよいよ死が近づいている。

 ふと、ベルトに目を見やった。

 

 見てみるとメダルも三色揃っているようで。けどこれはきっと何かの間違い。実際に変身出来るわけがない、そう、そのはずだ。

 

 ──現実では、ありえない、わかってる。分かってるんだ。あれはあくまで誰かが造った物語。

 

 分かってはいるけれど、ここで何もせずに死ぬよりは、良いと思った。

 

「グォォォオオ!!!!」

 

 

「──変身」

 

 オーズドライバーを傾け、スキャナーをスライドさせる。

 

 ──タカ! ──トラ! ──バッタ! 

 

 ──タ・ト・バ! タトバ! タ・ト・バ!! 

 

「グゥ!!??」

「アグゥ!?」

 

 急に姿が変わったのを見て、熊とゾウの怪物は様相を変える。

 

「……ぇぇぇええ!? う、嘘だろ……」

 

 力が止めどなく溢れてくる。それに身体を見れば一目瞭然。

 

「オーズに……なれてるぅぅ──!!?」

「ガァアア!!」

「!! う、うわっ!!」

 

 突っ込んでくる熊もどきの牙を握り、勢いを止める。

 

「す、凄い……これでも全然力を入れてないのに……! ……てええいっ!」

 

 牙を掴み空中に放り投げる。

 

「ぐもぉおお!!!」

 

 地面に衝突すると同時に熊モドキは、声を荒げた。

 

「よし……お前も来い!」

 

 ゾウもどきは、挑発に当てられて、柊に突撃した。

 

「ブモォォォ!!」

「オラ!」

 

 力漲る脚の三連撃をゾウもどきの体に浴びせ、軽々と吹き飛ばす。

 

「パォォア!!」

「! 逃げた…」

 

 力の差を理解したのか熊とゾウもどきは森へ帰った。

 

「……まぁ良いか」

 

 オーズドライバーの傾きを元に戻し、変身を解除する。

 

「……なんなんだろ、ここ……」

 

 夢か現か、分からずじまいだが、そうであっても彼はオーズに変身した。それだけは、確かなのだった。

 

 

 ♢

 

 

 暫く歩いていると、トンネルが視界に入った。

 

「……無人か」

 

 先へ先へと、歩を進めトンネルの中へ入る。だが、足を踏み入れた瞬間に何か違和感を感じとった。

 

「……?」

 

 あたり一面が白黒の世界。そして宙に浮く無数のシャボン玉。その中には沢山のナニかが詰まっている。

 

「…夢…だなやっぱ」

 

 柊はぼんやりと周りを見渡す。直後、胸の奥が、チクリと痛んだ。

 

「うっ!」

 

 それが合図となってから辺り一面に浮く沢山のシャボン玉が割れ始める。

 

「「「ヴェぇぇぇぁぁアぁア」」」

「……ごぼっ……!?」

 

 唐突に、何かが口から飛び出てくる。赤い。これは血だ。柊は吐血をしたのだ。

 

「かは……なんで?」

 

 いきなりのことでただただ焦る。だがそんな事知るかと言うようにシャボン玉は破裂し、その度に中から沢山の異形が現れた。その姿はまるで。

 

「か、怪人……くふっ……っ!」

 

 身体が軋む痛みを感じた。上手く立ち上がれない。そして、この痛みの出所にこそ覚えがないが、感覚には覚えがある。

 まるで車に轢かれた直後にそっくりなのだ。

 

「ぶぅぅぅ……」

「ぉオぉォォ……」

 

 

「ぐぁ……ぁ、ぁあああ!! いたぃ……!」

 

 堪え難い痛みの渦に飲み込まれて行く。そして、接近していた怪人の拳が眼前に降りる。

 

「──!!」

 

 ──逃げなきゃ!

 

 そう強く願った時。彼は意識を失うと同時にそこから姿を消していた。

 

 

 ♢

 

 

「ふんふんふーん♪」

 

 当たり前かのように箒で空を駆けている少女は、ご機嫌に鼻歌を歌っていた。

 

「ふんふ……ん?」

 

 そんな少女の前方にある雲から何かが落下した。

 

「なんだ? 」

 

 少女は落下した物を覗くように首を下に向ける。落下している物を捉えた少女は箒の勢いを殺し、落下するそれを見て叫んだ。

 

「いっ!? 待て待て待て!!人間!? …か!?」

 

 慌てて箒の向きを下にし、少女は落ちてくる人間を受け止める体制に入った。

 

「と、止まらない!?」

 

 受け止める事には成功したが、自分よりも重いものを抱き抱えながら体勢を整えることができない。このままでは地面に激突してしまう。少女は焦燥感を募らせながらも、なんとかして抱き抱える姿勢を保つ。

 

「おい! 起きろ!」

 

 大声で叫ぶが男は目覚めない。少女は男を起こすことを諦め落下する先を見定める。

 

「…! 一か八か、やってやるか!」

 

 自分が落下する先に神社が見えた。神社ならば、あれがある。

 

「──ハッ!」

 

 地面に衝突するすんでの所で、地面に向けて手から光弾を放ち、威力のベクトルを縦から横にした。

 

「わぁぁあああ!!」

 

 地面にぶつかった瞬間にバネのようにはねるも、勢いを殺しきれずに神社の賽銭箱に突っ込んでしまう。

 

「……っててて……ふー……うん、ギリギリセーフだな!」

 

 煙りが舞い、少女は咳き込む。

 

「上手くいって何より、だな」

 

 狙い通り賽銭箱の素材である古びた木がクッションになったようだ。咄嗟の判断にしてはかなり良かったと少女が喜んでいると。

 

「まーりーさー??」

「あ……いやそのだな霊夢……」

 

 

 霊夢、と呼ばれる少女は空から降ってきた金髪の少女を睨み、怒鳴った。

 

「あんたってやつは本当に騒ぎをうちに巻き込んでくれるわね! 勿論、賽銭箱も直すんでしょうね!?」

「わーかってる、わかってるよ。ただ今回ばかりは多めに見てくれよ霊夢、別に私もやりたくて賽銭箱に突っ込んだんじゃないんだぜ?」

「はー?」

 

 魔理沙が賽銭箱の方に指を差した。

 

「……誰? この人」

 

 その日、柊は二人の少女と出会い、これが運命の始まりとなるのであった。

 

 

 

 

 

 

 



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3話 能力と飛行と人里

「気付いたかしら、藍」

「はい。何かが結界の干渉を受けずにこの地に迷い込んだ様です」

 

 藍と呼ばれる少女は問いかけに対して答えた。

 

「結界すら擦り抜けて何かが……混ざったのかしら」

 

 賢者は異変に気付く。しかしそれは、既に事が為された後の事であった。

 

 

 ♢

 

 

「なぁ……もう気にすんなよこいつにも事情があったんだって」

「そんな事言われてもねえ……第一私は見てないもの。こいつとあんたの所為で私の賽銭箱が……」

「そうカッカすんなって、肌に悪いぜ」

「ああん?」

 

 怒りを含んだコンタクトに魔理沙は思わずそっぽ向く。

 

「う……あ」

「お、起きたな。大丈夫か?」

「え、あ、うん……」

「! ……貴方っ……じっとしていて」

 

 目覚めと同時に、巫女服の少女が男の頭を押さえつけた。

 

「かっ…………!?」

 

「お、おい霊夢! そんな手荒にすんなよ!」

「魔理沙は黙ってて! ……なんなのよこの人……」

 

 金髪の少女の制止を振り切って

 霊夢と呼ばれる少女は男の頭に札を貼った。

 

「……?」

「これでよし、と。いきなり頭を押さえつけたのは謝るわ、けど……今確かに貴方に何かが憑いてたわよ。祓ってあげたんだから感謝してよね」

「あ、ありがとう?」

 

 霊夢は高らかに頭を上げて、誇らしそうにする。

 

「でもいきなり無礼なことされたんだし怒ってるよなあ?」

「……魔理沙」

「うそうそ、ごめんごめん」

 

 先程の仕返しとばかりに意地悪を言うが霊夢はいつものように冷たい目で魔理沙を睨む。

 

「それより……ここは……どこですか?」

 

 柊の質問に霊夢と呼ばれていた少女が喋り始める。

 

「ここは博麗神社、まあ私の家ね。それで私の名前は博麗霊夢(はくれいれいむ)。そっちのは霧雨魔理沙(きりさめまりさ)。貴方を助けたのはそこの魔理沙だから、礼を言うならそいつにしなさい」

 

「助けた?」

「ああ、私がここに来る途中でな、お前が落ちてるのが見えたから急いで助けたんだぜ!」

「……落ちてた?」

「ああそうだ、お前雲の上から落ちてきてたんだぜ!? そこを私がスマートに助けたって訳だ!」

「それの所為で私の御賽銭箱は壊れたけどね……」

 

 柊は後頭部を掻きながら記憶を思い出そうとしているが、一向に思い出せない。

 

「全く覚えてないんですけど……まぁいいか。それより魔理沙さんね、俺は夢知月 柊(むちづき しょう)ありがとうございます助けてくださって」

 

「おう! 魔理沙で良いぜ、あと敬語も要らん。肩苦しいのは苦手なんだ」

「分かった、ええと……よろしく魔理沙」

「私も魔理沙と同じ要領で構わないわ。まぁそれはおいといて、なんで貴方がここに居るか……自分で分かってる?」

「いや、さっぱり」

「げ。……は〜あ」

 

 わざとらしく霊夢が肩を落とす。

 

「ほ〜らな、わざとじゃなかっただろ?」

「そうね……謝るわ。ごめんなさい」

「別にいいんですけど……色々今の状況について教えてもらっていいですか?」

 

 霊夢は頭を縦に振った。

 

「ええ。貴方は幻想入りしたのよ」

「幻想入り……?」

 

 柊は何かの専門用語か、と尋ねて首を傾げる。霊夢は首を横に振り言った。

 

「簡単に言えば、忘れ去られたってこと。この幻想郷に常に張ってある大きな結界があるんだけど、それが緩むと外の世界と繋がっちゃうの。それであなたもここに迷い込んだってわけ」

 

 なるほど、とはいかず事態を飲み込めなかった柊は少し戸惑った。

 

「それが違うなら神隠しってやつ、前に迷い込んで来た人にはこれで理解してもらえたんだけど……」

「神隠しはわかるぞ。つまり俺は誰かに誘拐されたんだな?」

「まぁ、そうね。幻想入りしたのでないのなら必然的にそうなるわ。大方……スキマ妖怪の仕業でしょうけど」

 

 ボソッと呟いた何かには言及せず、柊は霊夢に更に質問を重ねた。

 

「どこなの? ここ。……迷子がしょっちゅう来るようなところか?」

「ここは幻想郷と呼ばれているわ、まぁ外来人が来るのは珍しい事じゃないわね。私ももう慣れたもんよ」

「幻想郷……日本……だよな……となると」

 

 柊は、嫌な予想を立ててしまった、と呟いて。一泊置いて霊夢に問うた。

 

「一応の確認させてくれ……ここは死んだ後の世界じゃないのか?」

「何言ってんの?」

 

 柊は手で口を押さえて思考する。すると、少しして目を光らせた。

 

「じゃ、じゃあ、俺はほんとにオーズになれたのか!!」

「「おーず?」」

 

 二人の問いに気づき、柊は説明する。

 

「えーっと、オーズっていうのはこのベルトを」

「は? ベルト?」

「あれ?」

 

 腰に手を当てるが、柊のズボンにはベルトなどは付いていない。

 

「ベルトがない!? な、なあ魔理沙!」

「なんだ?」

「お前が俺を見つけた時ベルトは付けてなかったか?」

「なんも付けてなかった、私がお前を見たときにはな」

「そ……そん……な……じゃあ、あれは夢だったのか……?」

 

 ──なにが夢でなにが現実かの区別がつかない……。

 

 膝から崩れ落ちた柊に二人が心配の声をかける。

 

「ちょ、ちょっと? 急に黙り込んでどうしたの?」

「そんなに大事なもんだったのか?」

「……」

 

 ず〜ん、という言葉が似合うくらい顔を下げて肩を落とす。だが数秒たって柊は。

 

「ま、良いや」

 

 何事もなかったかのように立ち直った。

 

「あ!? さっきまでの葛藤は!?」

「……多分森での出来事は夢で、空から落ちてきたってのが事実なんだ。ならそれでいいさ。よいしょ」

 

「…….さっきから、随分と不思議な奴だなぁ」

「相当な変人には違いないわね……」

 

 魔理沙は帽子を脱ぎ数回叩いて、再び被りなおす。

 

「そりゃどうも、……しつこく質問するけど俺は生きてるんだな?」

「生きてるからここにいるんでしょ、それとも私達を幽霊とでも勘違いしてんの?」

「いやそういう訳じゃないけど……」

 

 確実に血に染まっていた体。車に轢かれて体中ボロボロだったのに。ここに来て意識を取り戻してからは傷一つついていない。

 

「それ、怪我? 大丈夫なの?」

「ああ、いや……全く傷とかはない、気にしなくてもいいんだ。ありがとう」

 

そう、事故にあった時についた血は服に今も染み込んでいる。だが、肉体は正常そのものだった。

 

 結局真実は分からずじまいだがしょうがない。だってそれを知ってる人は存在しないんだから。

 

「それで? これからどうするの?」

「え?」

「元の場所には帰らないの? って聞いてんだけど」

「……え!? 帰れるのか!?」

「ラッキーだったわね、私なら貴方を返してあげられる。本当に運が良いわ。魔理沙に助けてもらったからこそここまで来れて、私に会えたのよ」

 

 帰る、という一言につっかっかりを覚える。彼は神童ではないまでも、馬鹿でもない。当然、疑問に思うことだ。

 

(……俺は……仮に帰れたとしても……無事なのか?)

 

 ──聞くべきだろうか。

 

 ──いや……相談できない。目の前の二人の少女が知っているはずがないのだから。

 

 彼は今、自分が生きている世界が別の世界で、元の世界ではないことを理解している。

 故に、元の世界に戻った時自分はどうなるのかがわからなかった。

 

 再び怪我をした時の自分に戻るのか? それとも今の体の状態で戻れるのか?

 

 答えは、分からない、だ。

 

 彼の顔に出る不安を、霊夢は問うた。

 

「? 何か不安ごとでもあるの?」

「……いや別に」

「……」

 

 それに、今更生き返ったとて、何をできるだろう。1人の女の子すらまともに助けられなかったのに。これからもきっと助けられないのに。

 きっと自分はその負い目をずっと負うことになる。

 だったら。

 

 ──……いや。

 

 そこまで思考した時、柊は己に嫌気がさした。

 

(……それこそ、勝手なエゴじゃないか……)

 

 そして無意識に両手を握りしめる。

 

(……生きていこう。彼女の分まで)

 

「……うん、もう大丈夫だ」

「で? どうするの? 戻る? 戻りたくないなら戻らなくてもいいけど」

 

 その選択肢もありだろう。この夢にも似た世界で生きていくのも一つの道かもしれない。

 だが、あの時失った少女の思いを、この地で霧散させたくない。死んでしまうのかもしれないけれど、出来るのなら元の世界であの子の分まで生きたい。そう思ったのだ。

 

「いや帰るよ。頼む帰してくれ」

「お、戻るのか、短い付き合いだったな」

 

 先ほどから縁側で足をぶらぶらさせていただけの魔理沙が飛び上がる。

 

「ああ、でもきっとまた会えるさ、縁があったらな」

「同感だな。私もまた会える気がするんだよ」

「今度見かけたらゆっくり話でもするか」

「おう。気軽に声かけてくれていいぜ」

 

 まぁそんな事もうないだろうが。と魔理沙は囁いた。

 

「そ。どうでもいいから支度して戻る準備しなさい」

「ああ、恩に着るよ」

 

 そうして、霊夢についていき階段を降りていく。

 

「あそこに見える鳥居で結界と同じ歪みを作るわ、貴方はそのまま突っ切って頂戴。それで戻れるから」

「ごめん、何言ってるか全然分からん……」

 

「歩くだけで良いってことよ、ほら行った行った!」

「ご、ごめん」

 

 不満げに言う霊夢から目を逸らす。

 

「……この借りを返せないのは申し訳ない」

「借り?」

「俺、御賽銭箱壊しちゃったんだろ?」

 

 チラッと横を見る。たしかに賽銭箱は粉々だ。記憶にはないが、魔理沙が壊したというのだから、きっとそうなのだろう。

 

「貴方を庇った魔理沙のお尻が壊したのよ、厳密に言えばね。だから魔理沙の責任でもあるわ」

「え!? 無茶苦茶だろ! 私は人助けしたんだぜ!?」

「修理は魔理沙がするから貴方は気にしなくていいわ」

「はーマジか……」

 

 箒に寄りかかってため息をついてる。何から何まで申し訳ないな、と柊は口惜しい顔をする。

 

「……ごめんな」

「ま、いいから気にすんな、同じ人間同士助け合いだろ?」

「そうだな……またいつか会えるかもしれないしな」

「おう!」

「ははっ」

 

 冗談だと互いに分かっている。にも関わらず笑顔で受け入れてくれた魔理沙につい微笑んだ。

 

 

 

 ♢

 

 

 

 博麗神社 鳥居前

 

 

「……はっ!」

 

 鳥居の柱の間の空間が歪む。

 柱間で空気がシャボン玉の膜みたいに歪んでる。柊はただただ目をパチクリと繰り返し瞬きをしていた。

 

「歪むってこういう事か! どういう原理? これ」

「理解したんなら早く行って! これ保つの結構疲れるのよ!」

「そうなの!? それじゃあな!」

 

 変な空間を突っ切る前に二人の方を見る。

 

「大人になったら必ずお礼言いに来るから! また会おうな!」

 

「おう!」

 

 魔理沙は笑顔で答え、霊夢は眉をしかめた。

 

「……やっぱちゃんと理解してないみたいね」

「ま、いいだろ別れるなら明るい方がさ」

「それもそう、ね」

 

 そして、柊は思いっきり鳥居を潜り抜ける。

 

「よっと!」

 

 潜り抜けた先は。

 

 

 ──階段だった。

 

「……へ」

 

 数秒空中に浮き、後に階段を転び落ちる。

 

「おろおろおろろろろろ!!!!」

 

 走ったままの勢いで階段を落下していく。

 

 

 

「「……!?」」

 

 二人は信じられないものを見る目をしていた。

 

「お、おい霊夢、ありゃどういう事だ! アイツふつうに通り抜けたぞ! っていやいや無事か──!?」

 

 急いで駆け寄りに行く魔理沙。

 

「……まさか、ね」

 

 霊夢も嫌な予感を感じながら柊の元へと急ぐ。

 

 

 ♢

 

 

「いったぁ……」

 

 

 鳥居を突っ切れと言われたとおりに勢いよく鳥居を突っ切ったのだが、階段を勢いよく落下してしまった柊であった。

 

「だ、大丈夫か!? 柊!!」

「い、たい」

「ああ、そうだよな! 立てるか? 怪我は?」

「あ、あぁ……助かる」

 

 魔理沙が身体を支えて何とか立ち上がる。そして、まあ当然のことかもしれないが、彼は霊夢に懐疑心を抱いた目を向ける。

 

「謀ったな……こ、殺す気か」

 

 我関せず、そう言うように、上から現場を見ていた霊夢は後ろに振り向き神社に戻って行った。

 

「 おい霊夢!」

「だ、大丈夫だから」

「頭がこんなに腫れてるのにか!? とりあえず救急箱取ってくるから、お前はここで座ってろ!」

 

 魔理沙は振り返り、鳥居を駆けて神社から救急箱を取りに戻ろうとしたが、振り変えったのと同タイミングで、胸に救急箱がぶつかった。

 

「ぐえっ!?」

「ほら、使いなさい」

「ゴホッ……ああ、それを取りに行くために戻ってたのか……」

「まぁね。それじゃ軽く処置したら神社で話しましょ」

 

 

 ♢

 

 

「ほんとにごめんなさい。こんな事になるなんて思ってなかったわ……外来人の能力持ちなんて初めてのことだったから……」

「ううん……大丈夫、気にしなくていいよ」

 

 身体中痛いけど、なんか意図して無いことが起こったトラブルのようだし、こんなに謝ってくれてるから怒る気にはならない。と柊は納得する。少女にこんな申し訳なさそうな顔をさせていると思うと無論怒りなんて湧いてくるはずもない。

 

「なぁなんで通れなかったんだ? そこんところ霊夢にしか分からんだろ?」

 

 魔理沙は素直な疑問を霊夢に顔を向けて聞くが、霊夢は静かに右手を顎にやり模索していた。

 

「まずないでしょうけど……私と一緒にこの結界を作った奴の仕業か、博麗大結界の不備か、けど今回のはどれも違うわね、なんせ今回は理由がハッキリしてるもの」

 

 ビシッと柊に指を向ける霊夢。そして柊が指に顔を向けてから、霊夢は告げた。

 

「今回予期せぬ事態が起きたのは、貴方が能力を持っていたからだわ」

「俺が……能力を?」

 

 霊夢が強く頷く。

 

「能力を持ってるとあれは通れずに透けてしまうんだけど……その可能性を考慮してなかったのは私のミス。本当に反省しているわ。申し訳ない」

「いや、失敗は誰でもあるから……」

 

 柊が宥めるが、霊夢は硬い意志を持って首を横に振った。

 

「……そういう訳にもいかないわ、下手したら死んでたかもしれないもの」

「霊夢は巫女なんだ、人間を巫女が殺したなんて一件があっちゃいけないだろ?」

 

 節々を打ち付けた分、身体をよくほぐしながら、答えた。

 

「あーなら先に言っとくわ。俺に関しての責任は一切を俺が持つ。初めての事例だったんだろ? 大体気付いてなかった俺も悪いし。……このことは誰にもバラさない、3人の秘密な?」

 

 オッケー! と口に手を合わせて言う魔理沙。一方で霊夢は困惑した顔で柊を見た。

 

「……人生苦労しそうな性格してるわね」

「え?」

「何でもない。うん……それじゃお返しに能力を自覚させてあげる」

 

 目のような、奇妙な絵が描かれた不気味な札を霊夢は、勢いよく、そして手際良く柊の頭に投げ、貼り付けた。

 

「?」

「貴方の能力を調べるための物よ。普通自覚してるものだけど外来人の場合勝手が違うのかもね……ほら、頭の中で貴方の力を思い浮かべてみて」

「俺の……力」

 

 柊は言われるまま、頭から足先に掛けて、身体に眠る潜在意識を呼び起こすイメージを測ってみた。

 

 

 浮かび上がるは三個のメダルと、オーズの姿。

 

「それが貴方の能力よ? 分かったかしら」

「え〜〜っと……うん、まあ」

 

 オーズに変身できること、それが自分の能力だと考察する。だが、柊は疑問を抱く、それは──。

 

 ──ベルトがないのに……どうやって変身するんだ……? 

 

 

 そう。当たり前の気づき。今の彼には肝心のベルトとメダルがない。

 つまりどうあっても変身できない。

 

「いまいちな反応ね、何が見えたの?」

「俺が……変身してる? 姿かな」

「変身? まぁ居るっちゃ居るわね。慧音さんとか」

 

 いるのか。どうなるんだろう、やっぱ仮面ライダーっぽいのだろうか。そんな短絡的な思考を振り解いて、彼は本題に戻ろうと仕切り直した。

 

「さっき魔理沙に尋ねたベルトが必要なんだけど。見当たらないんだよな」

「ああ、能力使用の為の依代だったのか、お前が無くしたベルトって」

「……人里辺りに売ってるんじゃない」

「そんなわけない! あれは特別なんだ! 俺なんかじゃ持ってるのすら烏滸がましいような……」

 

 汗が首筋に垂れる。そのタイミングを計ったように、魔理沙が尋ねてきた。

 

「でもお前の頭じゃそれが浮かんできたんだろ? なら出来るはずだぜ、自覚してる力を発揮できない奴なんていないんだからな」

「出来る?」

「ああ、お前の力でベルトを創れるはずだぜ。イメージ出来るなら必ず出来るって事だからな」

「な、なんだそれ……」

「魔法使いの初歩の初歩だぜ」

 

 人差し指を上に立てて笑いながら言う魔理沙。

 

 初対面ながらに、二人に頼もしさを覚えた柊であった。

 

「例えば私の能力は空を飛ぶ程度の能力なんだけど」

「は? 空を?」

 

 突然のカミングアウト。柊が何言ってんだ、というような目を霊夢に送るのも当然ではある。それは、現代の常識に基づいての話だが。

 

 

「じゃあどうやって貴方を魔理沙が助けたっていうのよ」

「……たし、かに……」

「いいわ、実際に見せてあげる」

 

 そう言うと、みるみる内に霊夢の足が地面から離れて、宙に浮いた。

 

「なっ……な、な、え……! え──!?」

「驚いた? でもね、ここじゃ普通なのよ」

「まぁ、幻想郷じゃままある光景だな」

 

 魔理沙も当然のように霊夢を見て、そう言った。

 

「そろそろ降りようかしら」

 

ゆっくりと地面に足を着かせると、霊夢は柊の方へ振り向く、そして。

 

「お、お前……超人だったのか」

「多分、意識の問題なんだよ。私や霊夢はこれが当然だと思ってるからな」

「まさか魔理沙も飛べるのか!」

 

「おう、ほら」

 

 宣言通り魔理沙も浮遊する。

 

「まじか……いいなぁ……でもマジシャンの商売上がったりだな……」

「ま、知ってても変身できるかどうかっていうのはまた別問題なのかもね。結局のところはセンスじゃないかしら」

「センス……センスねぇ」

「大丈夫、きっと出来る様になるわ。能力も、空を飛ぶ事も」

「な、なんで?」

 

 まるで自分の事の様に霊夢は言うが、その理由が分からない柊は、霊夢に問うた。

 霊夢はそれを聞くなり笑って。まるで分かっている、知っているかのように。

 

「巫女の勘よ」

 

 ただの勘だけで、堂々と言い放ったのだった。

 

「それで霊夢、結局こいつどうすんだ? 元いたとこに返してやれない以上野宿って訳にもいかないだろ」

「魔理沙、人里に連れて行ってあげて。慧音さんに説明してこの人の世話してもらいましょ」

「ん? いきなりはどうかな、対応してくれるか分からんだろ?」

「なんとかなるでしょ。それに事情を話せば保護もしてくれるだろうし」

 

 よく現状が呑めないが、誰かに預けられることになるのだろうということは二人の会話から察知した。

 

「その人ってどこに居るんだ?」

「人間の里で寺子屋を開いてるぜ。一応里を守ったり仕切ったり……もしてるな」

「に、人間の里? しかも寺子屋……また偉く前時代的呼び方を……まぁ良いやそこに行けば良いんだな? なら二人に手伝って貰わなくても一人で行くよ」

 

 二人は苦い顔で柊を睨む。『なんも変なこと言ってないのに』と、思い当たる節のない柊は首を傾けた。

 

「な、何?」

「お前……どうやって行くつもりなんだよ、まさか歩いて行くつもりか?」

「そりゃそうだろ」

「おいおい、死ぬぜ?」

「大丈夫、大丈夫。足腰には自信がある」

 

 何よりも、男の子がこれ以上おんぶに抱っこされるわけにもいかないだろう。そんな痴態を見せるよりかは一人で歩こうという算段を立てた。

 

「いや、そうじゃなくて」

 

 それを聞いた霊夢は、よく生きてたわね……と苦言を漏らす。

 

「妖怪相手にどう対処すんだ? お前」

 

「妖怪……妖怪!? 妖怪も出るのかここ!!」

「出るよ出る。ただの人間が襲われたら一溜まりもないぜ?」

 

 とどのつまり、この世界は自分の知らない場所。自分のいた日本とは何もかも異なる世界なんだろう、と。柊は今少しだけ異世界にいることを実感した。

 

 

「それじゃ魔理沙送ってやりなさい。話が拗れそうになったら私の名前をある程度利用するのも許可するわ」

「あいあい……ま、そんなんしなくたってあの人なら面倒見てくれるだろうぜ」

「あ、ちょい待って」

「? 何かまだ聞きたいことある?」

 

 焦って口早になる柊。霊夢は冷静に質問を聞く体制を取った。

 

「……俺はもう、何があっても元の世界には帰れないのか?」

 

 その言葉を聞いた瞬間、霊夢は申し訳なさそうな顔をした。それも当然だろう。もう柊は2度と帰れないのだ。能力を持っている人間は()()()()()()ならともかく、元の世界にはもう帰れない。その寂しさ、悲しさは言葉で言い表せないほどだろう。

 

 それでも嘘をつくことは出来ない、と口籠ってすぐ、謝罪をした。

 

「……ええ、ごめんなさい。貴方は元の世界に戻してあげられない」

「……」

 

「もし仮に私にどうにかする力があって……無理矢理貴方を戻したところで貴方のいた世界とは全く違う世界に飛ばされると思う。……この幻想郷はね、外の世界で忘れ去られたものが集まる場所なの。だから、貴方が幻想入りでここに来たにせよ、神隠しで来たにせよ、そこには何かしらの意味があるの」

 

 淡々と事実を述べるように言う。しかしそこにはどこか哀しげな雰囲気があった。

 

「……そっか」

「……」

 

 なんと声を掛ければ良いか分からず、二人の間に沈黙が流れる。

 

「……そ、その貴方には本当に悪いと──」 

「それじゃ早速借りを返そうかな」

「──え?」

 

 思いがけない返答に、霊夢は文字通り固まった。

 

「……え?」

 

 柊はせっせと靴を履いて、外に出る。

 

「御賽銭箱、直さなきゃだろ?」

「……あ」

 

 ──もう二度と俺はあの時、あの場所に戻れない。なら、気にしてても仕方がない。うん、そういうことにしよう。

 

「俺は気にしてないから、霊夢ももう気にすんな! それより工具箱工具箱!」

「──」

 

 あまりにも作った声色、無理して元気を出している。それに気づかない霊夢ではないが、かといって柊の提案を拒否することこそが、何よりも柊の気持ちを踏み躙る行為だと思い霊夢はそれ以上何も言い出さなかった。

 

 

 ♢

 

 

「どうやらあの外来人は生粋のお人好しらしいな」

「本当にね……」

 

 縁側にて少女二人、柊の修理作業を眺めている。

 幸いあっちの世界では修理やら機械やらは授業を経験していたようで、柊も手際よく組み立てている。

 

「どうせそんな使わないのにな……」

「ああ〜ん? 何か言ったかしら?」

「なんも言ってねぇぜ。空耳じゃないか?」

「本当は?」

「使わねえもん修理させられて柊も可哀想だな〜」

「魔理沙ァ!」

「ヒュ、ヒュ〜」

 

 乾いた口笛を吹き、数秒経つ。そして、それにしてもと魔理沙は続けた。

 

「…自分の世界に帰れないってのに随分と気楽だよな。能天気っていうか。何とも思ってねぇのかな?」

「……さっきの、聞いてなかったの? なんとも思ってない奴の声じゃなかったでしょ」

 

 ため息を吐く霊夢に魔理沙が慌てて弁明した。

 

「いやいや! あれが痩せ我慢だってのは幾ら私でも分かるぜ!? ……でも、それにしたって後腐れってのか? なんか、あんま気にしてないように見えるんだよ、分かるだろ?」

 

 ──分かる。あれは、気にしていないといえば嘘になるが、それでも心身にダメージを与えないくらいのショックの程度を受けている人間の声のトーンだった。

 

「……そこまで未練もなかったのかもね。変に達観してそうだし」

「私が幻想郷に二度と帰れないって言われたら数日は凹みそうなもんだが」

 

 数日で立ち直れるなら貴女も大概よ。と心の内で霊夢は思う。

 

「……いや、帰ろうとしたんだし未練がないわけない、か。……踏ん切り付けれる人なのかしら」

「何にせよだ。こうなったのも何かの縁だし私達で出来る事はしてやろうぜ」

「……賽銭箱の修理分くらいは助けてやるわよ」

 

 世話焼きの人形使いほどではないけれど、魔理沙も人並みには優しい人間だ。霊夢も渋々賛成する。

 

「暫くは慣れない生活で困る事もあるだろうしね」

「魔法の森にも普通に入ってきちゃいそうだしな」

 

 苦笑いで言う魔理沙。案外あり得そうなのが困るわね。と口角をあげて笑う霊夢。

 

「ま、賑やかになって悪い事はないし、結果オーライだな!」

 

 柊は直ったよ〜! と大声で言いながらこっちに走って来る。

 

「外来人だからか、危ないことの分別もまだついてなさそうだし、慧音さんにも釘刺しといてね」

「わーってる……よし! ほれ乗れよ、柊! 行こうぜ!」

 

 魔理沙が箒に跨って言う。

 

「え? もう行くのか」

「おう、善は急げだ!」

「柊、補修、ありがとね」

「ん。またなんかあったら言ってくれれば手伝うからな」

「そ、貴方も何かあったら聞きにきなさい」

「ああ、ありがとな」

 

 互いに握手し、見送る。

 

「よーし、ガッシリ私の体を掴んでおくんだぜ!」

「え? あ、あ、あぁ……失礼しまーす……」

 

 柊は恥ずかしいのか、気持ち緩めで手を回した。

 

「あーダメダメ、ぎゅっとするぐらいじゃないと落ちるわよ」

「そ、そんなにスピード出すのか?」

「行くぜ!」

 

「あ、おいちょ、ま」

 

「ゴ──!!」

「いやぁぁぁぁぁああああ!!!!」

 

 予想以上の風圧に、急いで魔理沙を掴み直す姿にはもはや恥じらいはなかった。ただ、死なないようにしよう、その意思が感じられた。

 

「あっもう見えなくなった……ま、いっか」

 

 

 ♢

 

 

「ちょちょちょ!!!!」

 

 全力で魔理沙を掴む。

 

「あっおい! 服は引っ張るな! 伸びちゃうだろ!」

 

 モゾモゾと身体を抱きしめる。本来ならこんな事自分には怖くて出来ないが、命には変えられない。

 魔理沙のお腹周りを全力で掴む。

 

「よーっし全力スピードだ!! ははーっ!!」

「──────!!」

 

 

 ♢

 

 

「それは……災難だったな」

「いやぁ悪かったな、私は用事あるから、あとは任せていいか?」

「ああ、事情は把握した。あとは私に任せてくれ、うちできちんと保護しよう」

「うし、偶に来るからな! それじゃ、また会おうぜあ、あと今度あったら〜〜〜〜!」

 

 最後らへんは何言ってるか聞き取れなかったな。そう思いつつ気分の悪さから声は発さない柊。

 

「おぇぇぇ''!!」

 

 魔理沙が保護した少年。まぁ只人でしかも初飛行があれではきつかっただろう。柊の苦労を想像して、慧音は同情した。

 

 

「大丈夫か? 少年」

「うっぷ…….はい、もう大丈うっ」

「うん、大丈夫じゃないな、話は後で聴く、まずは私の家で休め」

 

 

 ♢

 

 

「もう大丈夫か?」

「は、はい……」

 

 魔理沙との初飛行から数十分後、寝させてもらったというのにまだ気持ちが悪い。

 

「ほんとにすいません」

「謝る事ではないさ、体調が悪いなら休むのが先決だ」

「は、はぁ」

 

 さらっと流しているが、柊が休んでいた時常に慧音が見守っていた。母親のように。

 

「水はいるか? お腹は空いたか? 大変だったろう、何かあったらすぐに言うといい」

 

 柊は完全に子供扱いされていることを自覚した。だが正直気分が悪いのでそれどころではないというのが本音だ。

 

「すいません……わざわざこんな……」

「気にするな、それより本題だが」

 

 何やら真面目そうな話をしそうなので、柊は慧音に対面して座り直す。

 

「君の事情は聞いたよ。災難だったな……」

「……どうも」

 

 慧音の言葉になんと返したら良いか分からなくて、適当な返事を返してしまう。

 

「君が私の下で働いてくれるなら、うちで保護するつもりなんだが、どうする?」

「いいですよ」

「軽いな、ちゃんと決めなくて大丈夫か?」 

 

 慧音の問いに、柊は快く承諾した。

 

「元々野宿か何かするつもりだったのに働くだけで保護してくれるなんて、断る理由はないですよ」

 

 柊の答えに慧音は笑い、お互いに握手を交わした。

 

「これから宜しく」

「こちらこそ宜しくお願いします」

 

 それじゃ、と慧音は話題を切り替えて、柊に質問した。

 

「能力があるはずなのに使えなくて困ってるらしいな?」

「ええ」

「こうしてあったのも何かの縁だろう、協力するよ。けど一日中は無理だ、私にも仕事があるからな」

「少し手伝ってくれるだけでも助かります。……慧音さんはなんの仕事をしてるんです?」

「寺子屋の教師をやってるよ、君に近い歳の子達に勉強を教えているんだ」

「へ〜」

 

 自分への扱いの理由がわかった。この人は自分と同じくらいの齢の人間を世話してきたんだ。

 

「今日も授業がある。授業を終えたら戻って来るから今日はゆっくりしていてくれ。何か必要な物があったらそれも考えておいてくれ」

 

 よいしょ、と立ち上がる慧音を見て、すかさず柊が口を出した。

 

「あの……」

「ん?」

「俺も寺子屋行っていいですか? 俺でもできることがあったら手伝いたいんです」

「構わないが……まだ幻想郷に来たばかりだろうしゆっくりしていてもいいが」

「良いんです、それに手伝いとかは得意ですから」

 

 昔は困ってる先生の書類の手伝いとかしてたし。慧音は一回頷くと、感心するように言う。

 

「優しいな。君は。親譲りか?」

「え? ……ええまあ」

 

 適当な返事で、柊はお茶を濁した。

 

「そうか良し、ならついてきてくれ、ついでに人里も案内するよ」

「ありがとうございます!」

 

 

 ♢

 

 

「そしてあれが寺子屋だ。子供達の教育の場だな」

「……」

「どうだった?」

 

 大雑把ではあるが、人里を見て回ったが、印象としてはチグハグだった。

 

 人は小袖や袴など所謂着物を着て歩いている癖に西洋東洋の文化が入り混じっている。この人里という生活圏がどのような歴史を追ってきたのかまるで想像がつかない。

 

「なんか……よくわからないですね、着物きて歩いてるからてっきり東洋主体かと思ったら洋菓子を取り揃えてる店もあるし……」

「ああ、外来人ゆえの感覚ってやつだな。そこらへんの細かい話は追々するとしよう」

「はぁ……」

 

 寺子屋の裏側に回り、鍵を開けて入る。どうやら先生用の入り口のようだ。

 

「手伝ってくれると言ってはいたが……そうだな。あまり手伝えることもないが」

「そうですね、掃除する必要もないくらいに片付いてますし……」

 

 細かく見る必要もない。廊下のフローディングはピカピカに光っているし書類や本もよく纏められている。 

 

「子供たちに授業をさせるのは……流石にないな。となると……」

 

 子供たちが実際に使っているであろう部屋を横目に、奥まで進む。

 

「うん、強いていうならこれなんだが……」

「これは書類……? ですかね」

 

 書の類いっていうか、これは書だ。

 部屋を覆う紙。地面には全て紙が埋め尽くしている。

 

「いや言い訳にはなるんだが……その、どうしても数が多くてな……まとめきれなくてこのザマだ。あまりにも量が多すぎたので休日にでも片付けようかと思っていたんだが」

「まぁ何とかなりますよ」

「本当に任せてもいいのか?」

 

 そりゃあ居候のままでもいられない、初日から手伝えることは手伝いたいのだ。

 

「大丈夫です。どの紙にも書いてあるこの数字の順に並べる感じですか?」

「ああ正しくそうだ。ただ本当にごちゃごちゃだから相当根気がいるぞ? いいのか?」

「余裕です任せてください」

「ありがとう、本当に助かるよ。飽きたら町の散歩にでも行くといい。それじゃあ私は授業に行ってくるな!」

「ええ、頑張ってください」

 

 ──これは本気で頑張らないとな。

 

「紙の柱みたいになってるじゃないか……」

 

 これを少しでも片付けることが慧音への恩返しにもなるんだ。と柊は意気込む。

 

 

 ♢

 

 

 慧音が授業に向かって一時間。

 

「全然終わる気配しないんだが……」

 

 終わりは一向に見えない。

 最初はちゃんと紙の詳細を見てたけど途中からはもう年代しか見てない。

 

「……でも慧音さんは普段からこんな量を処理してるんだもんな」

 

 教え子への授業も並行しながら。

 それだけではない。箒に乗ってる時魔理沙から聞いた話では人間の為に身を粉にして働いている、と聞いた。

 

 彼女が根っからの聖人君子かどうかは分からない。ただ、まだ会ってそれほどの時間は経っていないが善人だというのは朝からの付き合いでも分かる。あの人は信頼に足る人だと。

 

「……少しでも……負担を軽減してあげたいな」

 

 

 今までの仕事プラス、自分の世話もすると言ってくれているのに、自分が何もしないなんてそれこそおかしい。

 そう考えた柊はより一層事務処理に身が入る。

 

 

 ♢

 

 

「気をつけて帰れよ〜」

 

「先生さよなら〜」「先生も気をつけろよー!」

 

 慧音の言葉に返答を返す子供達。

 生徒全員が帰る姿を見届けてから、寺子屋に戻る。

 

「む? そういえば柊は?」

 

 あれからはや8時間近く経っている。空も暗くなってきた。

 

 ──流石に帰ったか? 

 

 基本人里を出なければ危険はないだろうから、さほど心配してないがもし帰ろうとして迷子にでもなっていたら。そう思いながら裏方のドアを開ける。

 

「おーい、しゅ──」

 

「ふぅ、やっと終わった」

 

 ようやく全ての書類が終わった時には既に日が落ちかけていた。

 しかしこれだけやってもまだまだやることはある。今日中に終わらせなくても良いとは思うが。それにしてもこの量には驚いた。

 昨日まで一人でやっていたのかと思うと尊敬しかない。

 

「あ、お疲れ様です。もう授業は終わりですか?」

「……」

 

 柊の問いには答えず、汗を描いた頬を摩って慧音は聞く。

 

「お、お前……ずっとここで作業してくれてたのか?」

「んー、でも、あまり片付けられませんでした」

「これであまりと言うか……大物だな、君は」

 

 慧音の予想では柊ぐらいの歳なら少し作業をすれば飽きて辞めると踏んでいたが、柊は続けていた。

 

「……楽し、かったのか? どうしてずっと手伝ってくれてたんだ? 飽きたら散歩に行っても良かったんだぞ?」

 

 事実、そう言っておいたはずだ。

 

「まぁ、確かに面白みはない作業です。でも少しでも慧音さんの役に立ちたかったから」

「──」

 

 それを聞いて、慧音は固まった。

 

「少しは子供らしくしなさい。ほら、行こう」

「うわっ!?」

「……君……いや、柊、何か食べたいものはあるか?」

 

 この少年は捉え所がない、というか意図が分からない。確かに、人の為に何かをするという人種はいる。寺子屋でも、慧音の為に道の花をあんで冠を作ったり、一度で抱えきれない本を何個か肩代わりしてくれる優しい子が。だが。

 

 ──数時間も無償で出来るか?

 

「え?」

「奢ってやる」

 

 ──8時間だぞ? 何の報酬もないのに。

 

「えーっと…じゃあ……あ、パフェあるし、あれで」

 

 魔理沙から保護を依頼されて受け入れたが、是が非でもこの人間は守ろう、そう胸に誓う。

 

「今日は本当に助かった、ありがとう」

「いえいえ、これからも手伝わせてくださいね」

「……これは何が何でもお前の願いを叶えてやらんとな」

「それじゃ、頼りにしても良いですか?」

「勿論、安心しろ絶対使えるようにしてあげるからな」

 

 この恩を無碍にしてはならない。

 

 そして、一日が終わった。

 

 

 ♢

 

 

 慧音宅 庭

 

「おはようございます」

「ああ、おはよう昨日は眠れたか?」

「寝る環境に左右されないタイプなんで自分」

「それは結構」

 

 朝7時。慧音に起こされて柊は庭へと足を運んだ。

 

「もしかして特訓してくれるんですか?俺が変身できるように」

「そうだ、やるなら朝にやるのがいい。一番霊力が回復している時間帯だからな」

 

 聞きなれない単語を耳にする。

 

 ──そういえば霊夢が言ってたような言ってなかったような……。

 

「霊力って?」

「まぁ言ってしまえば人の持つ力ってやつだな。弾幕を打ったりお前の能力も多分霊力を使うと思う、けど」

「けど?」

 

 慧音はプイっと、申し訳なさそうに柊から視線をズラして述べた。

 

「今のお前からは微塵も感じられない」

「……」

 

 確かに柊には霊力は皆無だった。それはもう見事なほどに。

 

「そもそも霊力を感知する感覚も分からないだろうな……よし、見ていなさい」

 

 そう言うと慧音が目を瞑った。そして集中し始める。すると次第に、彼女の周りから柊でも視認することができる青いオーラのようなものが見えてきた。

 

「これが霊力だ、どう感じる?」

「なんか綺麗……ですね」

「そうだろう、ふふふ」

「……」

 

 ずーっとオーラを見続けている柊に動じたのか、慧音は話を急かした。

 

「ゴ、ゴホン……。何をするにしたって霊力がないと話にならない。人里でただ生きるだけなら必要はないが。お前の目的を達成させるには一定以上の霊力が、そして肉体が必要不可欠だ。それを踏まえて今一度問おう」

 

 慧音は真剣な眼で、真っ直ぐな声で、聞く。

 

「お前にはたくさんの選択肢がある。今からでも人里で平穏な暮らしを選択するのは遅くないし、能力を開花させなくてもいいんだ、それでも、お前は鍛えたいのか?」

 

 目を閉じて、己の心と向き直す。

 

 初めは、憧れ。実際になれると思っていなかったあの憧れ(オーズ)がいざ現実味を帯びている。今、自分がそれになれるのだと。憧れに近づけるのだ、と。

 目を閉じるといつも、思い出してしまうあの惨劇──。

 

 

 決して忘れることはない。この世界にあの事件を知っている人間はもう俺一人。あの事件で死んだ少女はどう思うだろうか。

 私が死んだのだから、お前も潔く死ね、だろうか。それとも……。

 

 考えても分からない。あの子がどう思っていたかは、あの子本人にしか分からない。だから俺は、俺が後悔しない道を選択しなきゃいけないんだと思う。

 あの時一瞬迷ったように、あの時間に合わなかったように。もう俺はわかっている筈だ。きっとこの世界では、いや、どこでだって、迷ってグズグズしていたらきっと自分にとって取り返しのつかない事になるんだと。

 だからもう迷わない。迷ってはいけない。この道が苦しい道なのは分かっている、地獄に進む事(オーズになること)が正しいことではないかどうかも分からない。

 

 教えてくれる人間はいない。慰めてくれる人間も責めてくれる人間ももう存在しない。

 俺のあの選択が、正しかったのか間違いだったのかももう誰も教えてくれない。きっと、俺はそのモヤモヤと自責を、一生抱えて背負って行かなければならないんだ。

 

 せめて、正しかったのだと思えるように。あの子を救おうとした俺が、正しい在り方だったと証明する為に。

 だから俺に。

 

 

 

「……迷う余地なんてない。俺に力の使い方を教えてください」

「……分かった。なら今日から早速始めよう。まず最初に霊力の扱い方を覚えてもらう」

 

 慧音は、薄々彼の心に闇が潜んでいることを見抜いた上で、それでも触れずに彼に向き合った。

 

「はい!」

 

 柊は大きく頷いた。

 

「やり方は簡単だ、霊力は肉体に備わる他の力と同様。つまり走るほど体力がつく、筋肉が傷つくほど回復すればより強固になるのと同じ。使い続ければ増えてく」

 

 理屈は分かった。けれど肝心の霊力の使い方がさっぱりわからない。

 

「どうやって霊力使うんですか?」

「それは後々に教える。とりあえずは護身術代わりに組手をしていこう。肉体に負担が掛かればお前の霊力も負担がかかる。私が妖力を込めて殴るからな。妖力で怪我をした部分は霊力が補う。そして肉体と霊力が回復する時にはより強くなっている筈だ。……遠周りなようだが、安全面も踏まえて、それが一番だと思う」

「分かりました!」

「よし……じゃあ手取り足取り教えるからな! 覚悟しろ!」

「よろしくお願いします!!」

 

 

 ♢

 

 

 そして時は流れ、一ヶ月ほどの月日がすぎた。

 

 

 霊夢は縁側でお茶を飲んでいる。そして目の前には慧音と柊の激しい特訓が繰り広げられていた。

 

「どうした? その程度か!? まだまだ行くぞっ!! そらぁ!!!」

「ぐあっ!」

 

慧音が繰り出すパンチをもろに受け、柊は吹っ飛ばされるが、上手く受け身をとりすかさず体制を整えた。

 

「くぅ……!」

 

 

「……」

(……ふむ。まぁこんなところか。基礎はよくできてきた)

 

「こんな所かな。……よし、柊。今日はここまでにしよう。よく頑張った」

「あ、……はい……ハァ…ハァ……ありが、とうございまし……た」

 

「お疲れ様。頑張ってるのね」

「霊夢……うん、ありがとう」

「それで霊夢、お前は何しに来たんだ? ただ私と柊が特訓している様を見に来たわけではあるまい」

「いやそれだけよ? 長いこと姿を見かけなかったから様子を見に来たの。まぁ元気そうで何よりだわ」

「おかげさまでな」

 

 霊夢は嬉しそうに柊を見やり、縁側から立ち上がる。

 

「それじゃ、私もそろそろ行くわ。何かあったら聞きに来るなりしなさい。まぁ慧音さんがいるから心配はしてないけど」

「そっちも大事ないようにな」

「ん」

 

 そして霊夢が立ち去った後、暇つぶしがてら人里を歩いていると。

 

「ん? 魔理沙か、おはよう。久しぶりだな」

「おう、柊もおはようさん」

 

 魔理沙と会うのも一ヶ月ぶりになる。相変わらず元気そうだ。

 

「なんか食いながらでも話すか」

「お、奢ってくれるのか、さっすが〜」

「……」

 

 この流れで割り勘だ、とは言えず渋々お金を店員に渡し、魔理沙の分までお金を払う。

 

「ほら」

「ありがとな」

「ん! ……美味い!」

「だな」

 

 洋菓子を頬張る魔理沙を見ながら、ふと、思い出す。

 

「なぁ、魔理沙」

「ん?」

「昔っから慧音さんの事知ってんのか?」

 

 魔理沙の脳裏に一瞬昔の記憶が蘇る。

 

「ああ。昔人里にいた頃は慧音先生に物教えられてた事もあったからな」

「そうだったのか……」

「おかげで対面した時に先生って呼ぶ癖が今でも残ってるよ……」

「ははは、そうなのか」

 

 今現時点先生呼びをしているが、直接相手を敬う呼び方をする魔理沙は見たことがないので気になる。でも自分が大人になってもそうなるだろうと思う。教わってた先生には何歳になっても先生と付けて呼ぶことになるだろう。

 

 ただ、こと自分にとって彼女は先生という役だけの人間ではないからその例ではないかもしれないが。

 

「それで? 慣れてきたかよ、ここでの生活は?」

「慣れてきたよ、魔理沙が空飛ぶのはまだ慣れないけど」

 

 自分が飛べる姿なんて到底まだ想像もつかない。

 

「そっか、飛べるようになったら教えてくれよ。んで本題の方は?」

「……ひ、み、つ」

 

 数秒視線を上にやってから意味深に魔理沙に言い寄った。すると、魔理沙は素直に食いつく。

 

「お!? お!? いけたのかよ!?」

「それは…………ん?」

 

 柊の視界の奥から不穏な空気が流れくる。魔理沙も、異質な気配を感じた瞬間声を上げる。

 

「ゲッ、慧音先生……」

「少ししたら戻ると聞いていたんだが……道草を食っていたようだな……?」

「いや、食べてたのは白玉……」

「じゃあ、またな〜!」

 

 箒に柊が手を伸ばす。

 

「お、俺も連れて……!」

「問答無用!」

 

 慧音に首を掴まれる。そして魔理沙は爆走で消えた。

 

「何か言いたい事はあるか?」

「痛くない方でお願いします……」

「却下だ!」

「あだっ!?」

 

 慧音の強力な頭突きは柊を一瞬で気絶させてみせた。

 

 

 ♢

 

 

「よっ! 一緒に遊ぼうぜ!」

「ああ、いいよ鬼ごっこな」

 

 この通り、柊も最近では裏方だけでなく表の仕事も引き受けている。年齢が近いからか、はたまた慧音ほど堅苦しさを子供達が感じなかったのか、すぐに接してくれるようになった。

 

 

「おーい、そろそろ帰る時間だぞ」

「えー」

「だそうだ、また今度な」

 

 つまんなそうな顔をする生徒の頭を撫でる。

 

「約束だぞ?」

「分かってる、明日でもいいだろ別に」

「じゃあな!」

 

 子供は元気だ。周りからみると充分子供である柊が呟きながら笑う。

 

「もう完全に私のサポーターが板についてきたな。ふふ、私も嬉しいよ」

「皆んながすぐに受け入れてくれたからですよ、慧音さんが俺の事をみんなに逐一教えてあげたのも大きいでしょうし」

「そうか、それは教師冥利につきるな」

 

 二人が子供達の帰りを見守っていると。

 

「……あ? なんだあれ」

 

 空には、不穏な、紅い雲が漂い始めた。

 

 

 



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紅霧異変 編
4話 初異変と魔障の霧と変身可能!


 空が紅色に染まっていく。これは明らかに──。

 

「異常事態、だよな」

 

 幻想郷にきてからかなり日が経った。まだ慣れ切ってはいなかったが、更に常識を塗り替えられた。

 

 ──こんなこと、生まれて初めてだ。

 

「慧音さん! これは? 幻想郷ってこういうのもあるんですか!?」

「──異変だ。急いで子供達を呼び戻すぞ」

 

 そう言いながら外に出て、行動し始める慧音。マニュアルでもあるかのように、迅速にテキパキと対応する慧音には流石としか言いようがない。

 

「異変……これがそうなのか」

 

 ♢

 

「異変?」

「ああ、この幻想郷には異変と呼ばれる現象、いや……妖怪が目的を持って行動を起こす騒動とでも言うべきか、それが時折起こる」

「はぁ……」

 

 そう言われても何が何だか、といった所だ。

 

「知っておくだけでいざ出会した時の対応が大違いだろうからな、0と1の差は馬鹿にならんだろう」

 

 慧音は腕を組み。

 

「とにかく、異変が起きた時は妖怪が何かしらの明確な目的を持って動いている、ということだ」

 

 ♢

 

 この1ヶ月で慧音に沢山の知識を与えられた柊は、その知識を活用するべく寺子屋の外に出て、霧を睨む。

 

「確かに分かりやすく異常な変化、ですよね」

「ああ、こんな時に不謹慎ではあるが、お手本のような異変だな」

 

 瞬間、慧音の身体に緊張が走る。

 

「……これは……嫌な感じがする! 柊、お前も子供達と教室にいなさい」

「慧音さん、子供達を保護する魔法みたいなの使えないですか?」

「魔法はわたしには使えないが、一応寺子屋には防符の札は貼ってある」

「……その言い方だと寺子屋以外は危ない、と受け取りますが」

 

 慧音は首を縦に振った。

 

「この霧がずっと蔓延し続けたら……恐らくは今までに類を見ない程の規模の被害が出る」

「どうすればいいですか?」

「霧を生み出してる奴を倒すのが一番早いが私は人里を守らなければならない……つまりどうしようもないって事だ」

 

 こういう異変解決の為に博麗の巫女、つまり霊夢がいるらしい。

 だが、待っている時間などないはずだ。霊夢一人に任せていては被害が増える。時間がかかる。

 

 更にいえば慧音は出向けない、それは当然、人里の安全を守る為。

 

 ──でも。

 ──自分はそうではない。

 

 

 そう理解した瞬間に、彼は道を駆け出していた。

 

「何を……あ、おい柊!!? ダメだ! 特訓じゃないんだぞ! この規模の異変はお前には危険だ!」

「でも、早く霧を払わなきゃ皆が危ないから!」

 

 ──心配してくれてありがとう。この異変っていうのがどれだけ危ないのか、分からない訳じゃない。でも、人を救う力がある奴が、今力を使わなくていつ使う?

 

 以前もこのように迷って後悔した。自分は既に同じ失敗を自分は起こしているのだと、歯痒い記憶にもどかしさを患いつつ、彼は自らの肉体を奮わせる。

 もう2度と、あの時みたいに、周りを気にして躊躇なんてしない。

 

 ──だから、来い来い、来い! 

 

 

「……ふぅ……」

 

 一瞬の深呼吸とともに目を閉じた。

 カシャン。と無機質な音を立ててベルトは柊の腰にいつしか巻かれていた。

 

 力は、信じる者に現れると、体現するかのように。

 

「……」

 

 ゆっくりと目を開く。彼の視界が捉える世界はいつもとは違った。

 見慣れたはずの人里の風景に違和感を覚える程、空は赤黒く染め上げられている。空気は重く湿っており、歪だ。

 

「……変身!!」

 

 

 ──タカ! ──トラ! ──バッタ! 

 

 ──タ・ト・バ! タトバ! タ・ト・バ!! 

 

 

「よし!……よっしゃ…!」

 

 今柊はすごく感動しているかのように身体を震わせていた。身体中鳥肌立つほどに。その理由は、もうあの時とは違う、正真正銘己の力でベルトを引き出した事からだろう。

 偶然ではなく今、ベルトは意図的に巻かれた。

 

 運命の歯車が一つ、今ここで動き始めたのだ。

 

「皆んなをお願いします……慧音さん」 

 

 そう言い残し、彼はまるでバッタのようにタン、と跳躍した。

 

「柊! ……」

 

 バタバタと慧音が寺子屋のドアを開けたとき、すでにその場には慧音以外には誰もいなかった。

 

「何処に行ったんだ!!」

 

 外に出ていた人たちがみるみる倒れていく。慧音は、拳を握りしめて、倒れて行く人々の介護に回った。

 

「……くそっ!」

 

 

 ♢

 

 

「わぁぁぁああああ──!!」

 

 ──自分で跳んでおいてなんだけど、すっごい事してるよな!? 今!! 

 

 みるみるうちに空を駆けて行く。とうに人里を抜けて、今は森の中に突入した。木の枝から枝へ、とてつもない速度で移動し、脚のクッションで衝撃を抑え、また跳ぶ。

 

 当たり前のように動いているが、視界はぼやけ、身体中に振動が響き渡る。とても慣れそうにない。

 

「けど……だめだだめだ……! しっかりしないと……!」

 

 異変の発生地はとても分かり易かった。なんせ雲の色がより濃くなっている場所を進めばいいのだから。

 

「……バッタで跳んでるけど……まだまだ時間が掛かりそうだ……」

 

 今のところ障害という障害はない。けれど柊には不安があった。

 

 

 柊が拭えない不安は二つ。

 

 一つは自分の変身可能時間。既に五分近く経ったにも関わらず身体に異常が起きてないことから、かなり丈夫になったなと思う。あの時は2分くらいでダウンしたのに。これならまだ大丈夫だろうからこの問題は深く考えないとして。

 二つ目の疑問。異変を起こしてる対象だ。

 

 慧音の発言は覚えている柊であったが、どうにも妖怪の意図が分からない。こういう時の対処法がさっぱりわからないのだ。

 

 例えばこの異変を起こしたやつは、人間を襲いたいが為に異変を起こしているのか。それとも、何かしらの目的があって異変を起こしたとして、その後何をしようとしているのか。

 

 考えても答えの出ない問い。だが、既にここまでの被害が出てしまっている。少なくとももっと情報が必要だ。

 

「……兎に角やるしかない!」

 

 その不安は杞憂に終わる。相手の実力を伺うなどという無駄な行為は無意味に終わる。何故ならこの世界は、この異界は今を生きる世界で唯一神秘の残っている世界だからだ。

 彼の想像もしない程の力を持つ者が大勢いる世界。

 その片鱗を彼は今日、味わう事になる。

 

 

 ♢

 

 

 木の枝を蹴り伝いながら森を駆ける。その道中で、柊は奇妙な二人の影を目にし、脚を止めた。

 

「チルノと……鯛養成!」

「違います大妖精です! 人を養殖の鯛呼ばわりしないでください! というか妖怪? チルノちゃん。この人知ってる?」

 

 頭を数回回し、大妖精に尋ねられたチルノは答えた。

 

「知らない!! てー!!」

 

 出会い頭、チルノと呼ばれる氷の妖精が小さな氷の礫を放つ。

 

「なっ?! く!!」

 

 鍛えられた反射神経で、柊はトラクローを氷塊にぶつけた。

 

 ──何も考えてなくて逆に助かった……反応に全てを意識してなきゃまともに食らってたぞ。

 

「あ、危ないよチルノちゃん!!」

「へへーっ! 後ろに下がってて大ちゃん!」

 

 それを聞いて柊は気づいた。自分の姿が変わっているということに。

 

 ──そうか……この姿は知らないのか。

 

「大妖精、チルノ。俺だ、柊だよ。覚えてないか?」

 

 この一ヶ月。魔理沙に世話してもらった柊は今目の前にいる二人と話した事がある。

 

「えっ!? シュウさん妖怪だったの!?」

「大ちゃんの知り合い?」

「シュウさんだよ! この前会ったじゃん!」

 

 やっぱり忘れられていた。と彼は落胆したが、本来それが普通で知能の低い妖精である筈の大妖精が覚えていた事が例外で凄いのだが。

 

「いや、妖怪ではないと思う」

 

 もし仮に名付けるとしたら何だろうか。妖怪メダル魔人? 妖怪メダル砕き? いやそれはプトティラの場合か。

 プトティラコンボは使いたくないなぁ。

 そんなどうでもいいことを考えている暇ではない、と彼は頭を振り回し、急いで大妖精に話しかける。

 

「でも声と雰囲気で俺だってなんとなく分かるだろ?」

「ま、まあ」

「お前らは……この霧の中でも何ともないのか?」

 

 ただ、聞いただけなのに、チルノは手を腰に当て、(無い)胸を前に出して、ドヤ顔でいう。

 

「アタイは何ともない!」

「わ、私も何ともないです」

「そ、そうか。この霧の発生源。どこか分かるか?」

「はい! 実際に見ましたから! あっちのおっきな家から出てました!」

 

 原因の居場所が分かったのは幸運だ、と右手を握りしめて彼は大妖精の言う通りの場所へ脚を踏み出しながら。

 

「よしわかった、じゃあ後でな!」

「ご、ご無事で!」

 

 バッタレッグを起動させる。

 

「あった!」

 

 タカヘッドで千里眼のように強力な視力を得る。そして、大妖精の指示した方向に、館が、たしかにある。

 

「良し……行くか!!」

 

 

 目的地まで、バッタレッグで一気に跳躍した。

 

 

 ♢

 

 

「ぁぁぁあああああああっと!!」

 

 柊はバッタレッグで一気に跳躍した。のはいいのだが、肝心の大ジャンプでの受け身の取り方は知るはずもなく、

 受け身すら取らずに、そのまま落下してしまう。

 

「ひえあっ!」

 

 しかし、流石はバッタの脚というべきか、流れるように脚にかかる負担を地面に流した。

 

「……ひゅう、心臓がいくつあっても足りないな」

 

 そして。

 

「……また、独特な妖怪ですね、悪いですが今はお引き取り願えますか? 今は忙しいんです」

 

 館を守る門番と、邂逅した。

 

「この霧払ってくれたら帰りますよ、ていうか俺妖怪じゃないし」

「その見た目で人間を驕るのは厳しくありません? もしかして天然さんかおバカさんです?」

 

 デジャヴ感がひどい、そう思いながら、嫌々柊はツッコミを入れる。

 

「……いやこの件二回目! もういいから、とにかく人間なの、俺は。分かった?」

「は、はぁ……」

(あー……多分信じてないな)

 

 などと言っていると背後から聞き覚えのある風切り音がした。それはまるで、まるで今朝聞いた時のようなこの世界独特な風切り音。

 

「へへっ取り込み中みたいだからな! 土足で失礼するぜ!」

「ま、魔理沙!?」

 

 魔理沙は首を傾げた。当然だろう。柊の変身後の姿など知らないのだから。だから、尋ねるのも当然だ。

 

「──へ? お前誰だ?」

「──!」

 

 一瞬柊に反応した隙を、門番が許さなかった。

 思い切り地面を踏んだ勢いで踵落としを払い魔理沙を落下させる。

 

「ったた! お前ナニモンだ!」

「これは失礼。私は紅 美鈴(ホン メイリン)と言います。以後お見知り置きを!」

「ああそりゃどうも、じゃなくてだな! 聴きたいのはお前の方だ! なんで私の名を知ってる!?」

 

 帽子をはたいてから再び被り直すというどこか律儀な所作の後、魔理沙は尋ねた。

 

「これは失礼。俺は夢知月 柊(ムチヅキ シュウ)と言う者です。以後お見知り置きを」

「ご丁寧にパクって頂いて……どうも」

「いえいえ」

 

 お互いに睨みを利かす。バチバチにやり合う前にはこれぐらいのタンカ切っといたがいいだろう。

 

「なっ、しゅしゅ、柊なのか!? お前が!?」

「そうだよ、誰だと思ってたんだ?」

「いやぁショックだぜ……なんだその姿……変わり過ぎじゃないか?」

 

 魔理沙がそういうと、柊はあからさまに腹を立てた。

 

「メチャクチャカッコいいだろう!?」

「……男の趣味はよう分からん」

「……あっそ」

 

 魔理沙が一息ため息をつくと、目が切り替わり。柊は普段よりも真面目に魔理沙に語りかけた。

 

「魔理沙、お前紅さん振り切ってあの館入れ。俺が時間稼ぐ」

「……いいのか? お前これが初異変だろ? いくら慧音に鍛えてもらってても……」

 

 ──勝てない事くらい分かってる。だから時間稼ぎって言ったんだ。

 

 悔やむ思いを殺しつつ、柊は魔理沙に対して再び口を開いた。

 

「お前じゃないとこの異変解決できないだろ? 俺も直接行って解決したいけど、今俺が一番役に立てるのはお前がさっさと館に入るのを守る事だろ。頼む……早くしないと里の人達が危ない」

「……分かった、お前の気持ち受け取ったぜ!」

 

 柊は美鈴に向かい直り、挑発にも近い下剋上をした。

 

「あのさ、門番さん。あんたが通してくれるなら何もしない。けど通してもらえないならちょっと痛い目に遭ってもらうことになる。それでも良いかな」

 

 そう言って再び箒に跨り加速する。

 それとほぼ同時に美鈴が地面を蹴ったので、柊もバッタレッグで飛んだ。

 

「そらっ!」

 

 魔理沙の加速が、自分では追いつかなくなる前に叩き落とす。その目的で飛び蹴りを入れた美鈴の右脚に向けて。

 

「たっ!」

 

 トラクローで引っ掻き、蹴りを阻害する。美鈴が宙から地面に落ちた。

 そして魔理沙はそのまま館に突っ込んで行く。

 

「……よし!」

「……いい足をお持ちで」

「まぁね……ほんとオーズ様様だよ」

 

 美鈴は膝に乗せた手に力を入れて、再び立ち上がる。

 

 ──トラクローの一撃で無傷……か。

 

 考えたくないが、この妖怪にはオーズの力が通用しないのかもしれない。

 

「……ふぅ」

 

 それでも、やるしかない。今やられれば魔理沙が妨害されるだけだ。どれだけ非力でも、闘うしかない。

 

 嵐が去ったように静かさが現れた空間で、美鈴は意識する。

 

 

 ──みすみす侵入者を中に入れてしまった。あとで咲夜さんにナイフ刺されそうだなぁ。痛いのやだなぁ。

 

 美鈴はそんな心の声を頭と一緒に振り払った。

 

「初戦闘にしては随分と落ち着いてらっしゃいますね。怖くないんですか?」

 

 初陣だと言う彼は、どうにも足の運びが素人のそれではなかった。それが気になり美鈴は素直に柊に尋ねてみる事にする。

 

「怖いけど……やるべき事がハッキリしてますからね」

「……もしかしてさっき言った初戦闘って嘘ですか?」

「俺が? ないない。ホントにこれが初めての体験ですよ。紅さんは?」

「私はここに来る前から門番してますし……まぁ数え切れないくらいには闘ってますよ」

「うへぇ……しんどいなぁ」

 

 苦笑いをしながら彼は身構えた。

 ああ、構えは確かに初心者のそれだ。

 

「……さっきはああ言ったけど、お手柔らかにお願いします……」

「え? ああ、……ご丁寧にどうも」

 

 ──なんかよく分からない人だなぁ。うっかり雰囲気に飲み込まれてしまいそう。

 

 内心ではそういうものの、美鈴は、一呼吸置くと。

 

「それでは、いざ尋常に……」

 

 完全に意識を戦闘に向けていた。

 

「勝負!」

「!」

 

 美鈴は地面を蹴り上げ、一瞬で柊の眼前へと現れた。

 最低限の対処として柊も直後拳を後ろに引いていたので、腕を前に出しガードをする。──のだが。

 

「甘い!!」

「──は……!?」

 

 美鈴の踏みつけた地面に小さなクレーターが生まれた数秒後、柊は屋内の景色を見た。

 拳の一発で、庭から館まで吹き飛ばされたのである。

 

「ゲホッゲホッ……ってぇ」

 

 ──なんだ今のパワー……嘘だろ? 確かに中に入ってるのは俺だけど、オーズの力だぞ? それなのに腕ごと俺を吹き飛ばしやがった。

 

「遅い!!」

「!」

 

 立ち上がろうとしたその時。上からの声に反応する。

 

「はっ!!」

「ぐっ!クソ……!」

 

 空からの蹴り。今度は完全に目で捉えていたのに、なおも吹き飛ばされる。

 

「勝負に、なら、ない……!」

 

 こっちだって力は劣っていない。けど、その力というものは妖怪にとっては標準装備なのだと、今更になって気づいた。

 

「……! 来る……」

 

 少し遠い所から、美鈴が走ってきているのが見えた。このままでは攻撃を受けるだけだ。

 

「今度はこっちから……!」

 

 自衛の術は教わっているが、こちらから危害を加える術は教わっていない。つまり、今から自分はまっさらな状態で相手と戦い合う訳だ。 

 今、頭にあるのはオーズの戦闘の記録だけ。

 

 

 柊は足に力を溜めて一気に地面を蹴って美鈴に接近した。

 

「──フッ!」

 

 美鈴が助走をつけた蹴りを打ち込む。

 

 

 付け焼き刃では妖怪の力には対抗できない。今目の前で自分の身に降り掛かろうとしている右脚はガードし切れない。

 

 ならば。

 

「──!」

 

 避けるだけだ。

 

 柊はバッタレッグの脚の長さを利用することで本来避けれないはずの空中での蹴りを避けた。

 

「避けを選ぶ、なるほど確かに典型的な人間だ!」

 

 避けた勢いのまま美鈴の背後に回り、トラクローを一撃。

 だが美鈴は片手で難なく受け止めた。

 

「クソッ!」

 

 分かっていたが、分かりたくはなかった。初めの一撃同様。こちらの攻撃自体が美鈴への有効打にならない。

 美鈴のようにガードの上から攻撃を通す荒技も、隙に攻撃をねじこむ技術もない。ただ只管に後手に回らざるを得ない。

 

「どうするんです! このままでは防戦一方ですよ!!」

「なろ……っ!」

 

 絶望的ではあるが、柊は全くもって勝ち目がないとも思わなかった。

 なぜなら、美鈴は攻撃を確かに防御したからだ。

 

 根本的に攻撃が通じないのであれば美鈴はひたすら殴っていればいいのだから既に決着が付いていたっておかしくない。そうでないのであれば、必ず何かしらの理由がある筈だ。

 全く効かないような攻撃を、あえて何らかの手段で防がなければならない理由。 

 

「まぁ、十中八九能力だろうな」

「──!? なんです? いきなり!」

「くっ、……紅さんは俺の攻撃の全部を一度だってまともに受けたことがない。さっきのトラクローも右手を前に出して受けはしてもダメージは一切入ってはいなかった」

 

 バッタレッグで地面を蹴りバク転し距離をとる。

 

「本当にダメージが入らないなら受けの姿勢をとる必要さえない筈なんだ。でも毎回防ぐ姿勢をとっている。ってことは、何らかの手段で俺の攻撃を防いでるんだろ?」

「……そうですね、私は気を集中させて防いでいるんです。でも初心者に気づかれるなんて……貴方の洞察力が凄いのか私が間抜けだったのか……」

 

 美鈴は一瞬、棒立ちになって。

 

「確かめてみることにしましょうか!!」

 

 明らかに一段階ギアを上げ、再び柊に襲いかかった。

 

(速──)

 

 一気に加速して柊との距離を詰め、そして拳を放つ。

 

「──ハァァアアッ!!」

 

 渾身の右手が柊を吹き飛ばす。

 

「がっ……!」

 

 足を踏ん張る、とかガードをしない、とか関係ない。あれは見えずの拳だ。神速の徒手。こちらが何をしていようと遠慮せずただ狙い一点をぶち抜いてくる。

 

 ──冗談じゃない。ここまで看破して一切合切歯が立たなないなんて。

 

 ならば、さっきまでのは相手が手を抜いていたのか。文字通り天と地ほどの差があったのか。

 柊は再び絶望を見せつけられる。

 

「セイッ!!」

 

 受け身も取れずに空を飛ぶ柊の背後に現れ、膝蹴りをくらわす。

 美鈴は膝蹴りにより吹き飛ぶ勢いを殺してから、さらに連撃を繰り出した。

 

「ぐ、く……!」

 

 全く動けない。オーズでなければ数え切れないほど死んでいる。それこそお手玉のように今、自分は少女の掌でいいようにされている。

 

「お、らぁあ!!」

 

 後隙のことを考えず、美鈴の攻撃がくるのを承知で拳を振り出す。

 

「ぐっ!」

「がっ……」

 

 美鈴がよろけた。柊は、一瞬固まるが、それは見逃さなかった。

 

「効いた……!」

 

 おそらく気というやつを集中させていなかったからだ。意図していない攻撃ならば美鈴相手でも通用することが今、明確になった。

 

「なら」

 

 この一点の弱点を利用しない手はない。そしてそれを最も有効的に使うには今の自分では一つの戦法だけしかない。

 

「捨て身だ……」

 

 ──防御すんのは止める。ずっとこっちが攻撃して反撃の隙を与えない。

 

 対策を即座に立てて、柊は足に目一杯の力を入れて跳躍する。

 

「!」

「そりゃぁあ!!」

 

 そして空中からそのままトラクローを振り上げた。

 

「威勢はいいですけど、その程度でやられるわけ……」

「どりゃあああ!!」

 

 柊はトラクローを抑えた美鈴の右手を両手で掴み屋敷に投げた。

 

「!?」

「ハッ!」

 

 すかさずバッタレッグで跳躍する。

 

 ここからは、空中戦だ。

 

「粋なことを……!!」

 

 攻める方法も、実戦も、全部経験なんてない。何をしたって相手が自分より一歩先をいっているのならせめて経験の少ないであろう択を押し付けてやる。

 

 美鈴は屋敷の壁に垂直で立ち上がった。

 

「やっぱ飛べるのか……!」

「そりゃあ当然!」

 

 だが、こちらだって便利な脚がある。空中に自由に飛ぶことは出来ずとも、完全に垂直な屋敷の壁の足場にするくらいバッタレッグなら訳ない。

 

「ここまで奇抜な戦い方をする方は珍しいですね! 相手にしていてとても楽しいです!」

「あっそ!! 闘いに楽しさを見出すなんて、タチが悪いね!」

 

 トラクローを振りかざし、壁を蹴った勢いで蹴りを振り、避けた所に拳を打ち込む。だが、その全てを防ぎ、拳を打ち返される。

 

「こんな変な感覚の中でここまで戦い慣れてるとか、ほんっとどうなってんだ……!!」

「ふふふ、そこは創意工夫ですかね……!」

 

 一向に状況は有利にならない。むしろこちらの攻撃を読まれてきているから不利になっていっている気すらする。

 ここはもう最大火力を打ち込むしかない。今は、風も後追いしてくれている。この地形は最大の味方だ。

 

「!……何かするつもりですね」

「ああ、食らって痛い目みる前に降参することをおすすめする」

「すると思います?」

「……思いません」

 

 当然だ。だが、相手が万が一にでも避けない為にも必要な挑発だろう。

 

「行くぜ」

 

 ──《SCANNING CHARGE》! 

 

 

 背中に炎の羽が生え、脚は鋭く尖る。その鋭利な脚は壁を踏み抜き、空へ飛ぶ。

 

「ハァァ……」

 

 風に乗って、勢いをつけた。現状最大火力。さらに相手は必ず正面から受けてくる。もうこれ以上の有利は求められないであろうぐらいのアドバンテージ。

 

「セイヤァアァア!!!!」

 

 紅蓮のオーラを纏って、美鈴の眼前へと飛ぶ。

 

「──ハァァッ!!」

 

 美鈴も対抗し、クレーターができるほどの威力で壁を蹴り上げ、その勢いのまま上空の柊へと蹴りを見舞う。

 

「うおぉぉおお!!!!」

 

 互いの蹴りが交差する。そして美鈴はその体をくるりと回転して体勢を立て直す。

 一方の柊は 柊は勢いに流されたまま花壇に激突した。

 

「……が、は……っあ」

「……良い指導者に恵まれたようですが型通りの動きです。初心者の典型。……うん、成る程。初心者なのは本当らしい」

 

 ふっ、と意味ありげな美鈴の鼻を鳴らす動作に柊は、姿は見えないまでも、青筋を立てるくらいには腹を立てた。

 

「……ああ、あんたもこれだけ初陣の相手を立ててくれるし、俺の恩人を立ててくれるのは嬉しいよ」

「ええ、武道は礼にはじまり礼に終わると言いますからね……所で弾幕は撃たないのですか? 私は全然構いませんけど……」

「あー、うんなしで。俺今回がはじめての闘いだからさ色々と分からないんだよね。今は拳を振るくらいしか出来ないな」

「はぁ。わかりました」

 

 美鈴はゆっくりと歩みを進める。

 柊は一途に考える。どうすればこの人に一矢報いる事が出来るだろう。と。

 

 ──もし逃げれば……自分が逃げれば必ず彼女は魔理沙の後を追う。だからこの策はなし。だったら同じ土俵で闘うのを止めるか? けどこれは近接戦しか能のない俺には到底無理な話である。

 

「……はぁ、何事も一筋縄じゃいかないんだな」

 

 相手は自分よりも身体能力が高く、これまで数百数千の闘いを切り抜けた、妖怪という人間の天敵なのだ。そんな怪物を、ただの人間が、しかも初の戦闘でまともに相手どれるほど、この世界は有情ではない。

 

「……弱音ですか?」

「いいや、一個乗り越えたらまた一個どデカイ壁で参ってるってだけですよ」

 

 ──でも、勝つ。初めから諦めてちゃダメだ。そんな意思で勝てる闘いなんてこれから先一生ない。

 

 

 自分が取れる戦法は一つ。美鈴に勝る力を引き出す事だけ。

 

 本来のオーズの力、その真髄。確実に、自分には見に余る力を。全力で引き出すだけなのだ。

 

「……何かするつもりですね!」

 

 

 柊はメダルの変化を確かに感じ取ってから、再びスキャンした。

 

 ──サイ! ──ゴリラ! ──ゾウ! 

 ──サゴーゾ…… ──サゴーゾ!! 

 

「うぉぉぉおああああ!!!!」

「……面白い能力をお持ちで!」

 

 ──い、たぃ……! 

 

「ぐっ……! あ、ぁぁああ!!」

「……?」

 

 ただ変化しただけでこの痛み。どうやら自分にコンボは早かったらしい。あまりにも身に余る負担だ。早く変身を解けと、脳が頭痛によって無理矢理知らせてくる。

 

「……ぐ……」

 

 途方もない痛みと、慣れない身体の変化に身体を大きく動かしながら、どうにか誤魔化して、更に自分の体の不調を遮るように彼は叫んだ。

 

「はぁぁぁ……行くぞっ!!」

 

 柊はノッソリと走り出す。美鈴が避ける素振りはない。当然といえば当然だろう。先程の威力では、避ける意味がないのだから。

 

「うらぁっ!!」

「……は? なっ!?」

 

 受けた右腕が衝撃で後ろに下がった。それを認識するのが、美鈴は一瞬遅かった。

 

「……少々吃驚しました」

 

 しかし、即座に柊の力を再分析する。弱いと思い油断していた反省も踏まえて。

 そして勢いつけた美鈴の蹴り。今の柊に避ける技術はない。だから思いっきり蹴りが当たる箇所に力を入れる。

 

「ふんっ!」

「嘘……! 今直撃しましたよね!?」

 

 驚いた隙に振った柊の拳は避けられたが。美鈴に拳を避けなければならないと思わせる程度にはサゴーゾには力があると証明できた。

 

「──っ!」

 

 身体が再び大きく軋む。そして力が抜けていくのを柊は感じた。

 身体の限界のようだ。もうタイムリミット。

 

 やはりコンボはまだ自分には早いのか。と悔やみながら拳を握って。

 

「これで勝てたら……いいんだけどな!」

 

 ──《SCANNING CHARGE》! 

 

「はぁぁぁ……せいやぁ──っ!!」

 

 手に熱が篭る。そしてその熱のエネルギーを運動エネルギーへと変換させて、腕を勢いよく飛ばす。

 

「──!?」

 

 かなりの速度で飛ばした事と驚きが相まってからか、美鈴は避けれず、直撃した。

 

「あ、う、うっ……!」

 

 ただ、柊側にも負担があった。痛みのあまり、地面に寝転ぶ。そして変身も同時に解除された。

 

「痛……ああ、そうそうするもんじゃない、な……!」

 

 どうだ? ゴリバゴーンは効いたのか? 意識が飛ぶ前にそれだけは、と目を細めてみるが、煙幕の所為で美鈴の姿が捉えられない。

 

「……結構、効きましたよ」

 

 手で煙を払ってから、けろっと喋る。

 

「──まじ、かぁ……」

 

 柊はその光景を見て、驚愕した。

 オーズの切り札を使っても相手はピンピンしている。これが今の自分と相手の実力差だったということだ。

 

「……直撃して、これか、ぁ……」

「……それでは、これで」

 

 手刀を構えている。

 

 ──ああごめん魔理沙。もう会えないかも……。

 

 悔いも痛みも、不安も混ざり合いながら、それでも限界を出せた事に違いはないのだと、前世よりは検討したな、そう踏ん切りつけて目を瞑る。

 

 そして、手刀が振り切る瞬間──。彼女は現れた。

 

 

「そこどいてくれる? 門くぐれないじゃない」

 



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5話 異変出動と我が儘とメイド長

「れ、霊夢…」

 

服も体もボロボロな柊の姿を一通り見てから、ため息をつきながら言った。

 

「弱い癖に出っ張っちゃうからそうなるのよ。これに懲りたらお人好しも程々にすることね」

 

言葉だけではそれなりに毒気があるものの、柔らかな声色と声から発せられたその言葉からは、言葉通りの意味には聞こえなかった。だからか、柊も笑って。

 

「め、面目……な、い」

「はいはい、喋らない。ちょっと待ってなさい、すぐ楽になるわ。……ま、頑張ったみたいね」

 

 柊の額に手を当てる。そして言った通り柊の苦悶の顔は少しずつ緩む。

 

「お知り合いで?」

「こいつの命の恩人よ」

「成る程……色々あるみたいですね」

 

 霊夢は腕をポキポキ鳴らしながら美鈴の元へ一歩一歩足を運ぶ。

 

「アンタには関係ないわ。それより喋ってないで早く来なさいよ。どうせ弾幕苦手なんでしょ」

「……博麗の巫女ともあろうものが……油断ですか?」

「んなわけ無いでしょうが。最初で最後のチャンス捨てちゃって良いのかって言ってんだけど?」

 

 柊に向けた言霊とは打って変わって棘を含んだ言い方に美鈴はむっと顔を顰めた。

 

「よほど自信があるんですね」

「ええ」

「はっ!!」

 

 霊夢がいい終わるか否かという半ば奇襲の状態。更に並みの妖怪では出せない驚異的なスピードで地面を駆けて一気に霊夢の背後に行き拳を振る。

 

「はい、お終い」

 

 霊夢はヒラリ、と拳を躱して美鈴のお腹に掌底を喰らわす。

 

「がっ…! あ……ぅ」

 

 美鈴はそのまま仰向けに倒れ込んだ。

 

「……前言撤回。アンタこんな奴に負けたの?」

「ご、ごめん」

 

 さっき褒めてくれた霊夢と同一人物か疑うほどの呆れた顔で、柊はモノ言われる。

 

「少し身体に負担が掛かるわ」

「え?」

 

 霊夢は何も言わずに柊の頭を触りながら、目を閉じる。

 

「…は!!」

 

 俺の額に貼った札の重圧が掛かった後、すぐにそれは消え身体が軽くなった。

 

「今……のは」

「さっきのは傷を治す札を、今のは私の霊力を分けたわ。これで少しは動けるようになったでしょ。人間で良かったわね。霊力を分け合うのは人間にしか出来ないことだから」

 

切れた唇の血を服で拭いながら、霊夢に言う。

 

「助かった、んじゃ、屋敷入ろうぜ」

「……まぁいいわ。時間がないし、歩きながら話しましょうか」

 

 

     ♢

 

 

「久しぶりにあったけど…変わってなさそうで良かった」

「ええ、そっちも変わらずのお人好しって感じね。……どうせ人里の人達の為に来たんでしょ」

「ああ、流石に被害が大きすぎたからな」

「こういう時は私が出っ張るから無理しなくてもいいのに…」

 

 そう言って霊夢と柊は紅魔館の門を通り抜ける。

 

「それよりさ!なんであの姿で俺って分かった?」

「? ……遠くから見てアンタかなーって、直感ってやつ?」

「すげぇな……」

「ま、この仕事を長くやってると敵味方の区別はつくようになるのよね」

 

 自慢げに言う霊夢を穏やかに見つめながら、柊は切り出す。

 

「そうじゃなくてさ、俺を見て妖怪だって思わなかったの霊夢がはじめてなんだよ」

「……まぁ、おかげで合点がいったこともあったし。姿が変わるって言ってたからね。……そりゃちょっとは驚いたけども、妖力は感じなかったから」

 

 柊の目から見てもさっきの美鈴に対しての闘いっぷりも相当手慣れてた。やはり霊夢は只者ではない。以前から見ていた霊夢への価値観、というより見方が変わる。より凛々しく見えた。

 

「それより魔理沙見なかった?」

「ああ、魔理沙なら先に館の中に…」

「あのバカ……アンタを一人にしとくなってあいつが言ったのに……」

「まぁ頼んだのは俺だから……」

 

 ──不甲斐ない所ばかりで申し訳ないな。あれ?ていうか今の発言は…。

 

「心配してくれてたのか?」

「自惚れるな。助けてやったのに、私の目に入るところで死なれたら後味悪いでしょうが」

「そ、そっか…いやでも…」

「うるさい。はいこの話終わりぃ!」

 

 ほんのり赤くなった顔で霊夢は否定した。

 

「それでも、やっぱ凄いよさっきの動き」

「はいはい、分かったらとっとと慧音の所に戻りなさい。ここはアンタにはちょっと危険すぎね」

 

 そうは言っても、まだ異変は解決していない。

 

「いや、俺も一緒に行くよ」

「は? 絶対ダメ、アンタが帰れるように霊力消費したのよ? それにさっきので懲りてないの?」

「で、でも…」

 

「あ?」

 

 すごい眼圧で睨みを決める霊夢。怖すぎて柊は何も言い返せなくなった。

 

「な、何でもない」

「門番であのレベルなんだから屋敷はもっと手強いのがいるはずね……ったく面倒くさい」

「せめて……美鈴さんを自室に連れてく事だけは」

「異変を起こしたのはそいつとその連れよ。それに妖怪だから少ししたら起きるわ」

 

 そうかもしれないけど、倒れている人を外で放置するのは気が引けるのだ、個人的に。

 

「でも……ほっとけないよ」

「はぁ〜…わかったわ、そいつ自室に連れて行ってやりなさい、ただしそれ終わったらすぐ帰る事、 私は解決を優先するから貴方を守ってやれない。どうしてもやばくなったらそいつ捨てて走って逃げること、いいわね?」

「ああ、分かった」

 

 美鈴を抱える柊を気に留めず館を観る霊夢。

 

「この壁穴から中に入るわ、付いて来なさい」

「あ、ああ!」

 

 霊夢の跡を追うと、そこには扉があった。

 扉を開くと薄暗く広い廊下。

 

「……内と外で空間の広さが違うような……」

 

 柊が霊夢の前に一歩出ようとすると、霊夢が左手を出して遮った。

 

「……お出ましね」

 

「え? あ……」

 

 前方に、銀髪のボブカットでメイド服を着た女の子が現れた。音の一つも立てずに。

 その少女は顔色ひとつ変えずこちらを見つめていた。

 表情は氷のように冷たく凍ついていた。

 

「私たちはこの館の中にようがあるの。悪いけどそこ通らせて貰える?」

「……」

 

 メイドは何も言わない、無言のまま立ち塞がっている。

 

「あっけない」

 

 

「え?」

「柊!ッ!!!」

 

 一瞬の出来事だった。

 

 霊夢が腕を引っ張り、移動させながら、もう片方の手で弾幕を放ちナイフを相殺させた。

 柊が元いた場所には、ナイフが数十本刺さっている。霊夢が手助けしなければとっくに串刺しにされていた所だ。

 

「な!? しゅ、瞬間移動か何かか……?」

「クスクス……力を持たない人間にはそう見えてしまうのかしら」

 

 流石の霊夢も動揺していた。

 

「貴方人間……よね、また随分なビックリ人間が幻想郷にいたもんだわ…」

「今のはただのお遊び、余興はここからよ?」

「ええ、そうね。私はたっぷり楽しんであげるから、柊は行きなさい」

 

「え?」

「アンタにはやらなきゃいけない事があるでしょ? どうせ逃げろって言っても聞かないんだから、さっさとそいつ安全なところに運びなさい」

「あ、ああ任せた!」

 

 一瞬霊夢を見つめた後、霊夢の後ろ姿にサムズアップをする。そしてすぐに走り出した。

 

「あら、そうですか残念です。手応えがなくて」

「!?」

 

 後ろで物音がするので後ろを向くと、霊夢が俺を庇うように立っていた。どうやらナイフを投げられたようだ。

 

「っ…霊夢! 任せた!」

「言われなくても。ほら行きなさい」

 

 霊夢に顔向けすることなく、美鈴を連れて逃げる柊。

 

「フフッ、かっこ悪いわね、女の子に任せるなんて。そうは思わない? 博麗の巫女」

「別にいいんじゃない? 無駄死にされるより、よっぽど賢明よ」

 

 霊夢とメイドが睨み合う。

 

「ここで貴方は死ぬけどね」

「誰に? まさかアンタとか言わないわよね? だとしたら片腹痛いわ」

 

「そう……ふーん、貴方の臓物、お嬢様に見せれば少しは喜んでくれるかしら」

「言ってろヒステリー女!」

 

 

     ♢

 

 

「わーい」

「きゃはは」

「それ咲夜さんのパンツだわ〜!」

 

「よ、妖精が沢山……」

 

 柊はメイド服を着た妖精達に囲まれていた。

 

「あ、あのー」

 

「ひえっ、侵入者ですか!? 誰ですか?」

「なんで門番の人を抱えてるんですか!!」

「ひ、人質…いやよ、妖怪質だ! あの人、妖怪質してる!」

 

「あ、あの……メイド妖精さん……たち、俺美鈴さんを寝かせに来たんだ」

 

「……もしかしてここの人?」

「あんな人紅魔館に居たっけ……」

「……いたんじゃない?」

「じゃ、いっか」

 

 そう言って妖精たちはまた散らばっていった。

 

(ず、随分と甘い躾みたいだな……助かった)

 

「所でさっきは何やってたの?」

「下着の柄だけ見て誰が履いてるのかを当たるゲームよ!」

「貴方もやる?」

 

「いや、いいや……遠慮しておく。ていうかお前らもやめろよ…タチ悪いよ…」

 

──さっきあんだけかっこつけておいてパンツ当てゲームをしてたって霊夢にバレたら人間扱いしてもらえなくなりそうだ。苦笑いでもしておこう。

 

「あ、ははは……そ、それで美鈴さんの部屋は?」

 

「どこだっけ?」

「さあ?忘れちゃった」

 

「う、嘘だろ?……」

「えへへごめんなさーい」

 

 こうなってはもうどうしようもない。諦めて自分で探すことにした。

 

 

     ♢

 

 

 そして、門番をくぐり抜けた魔理沙は。地下図書館にいた。

 

「ぐぅ! パチュリ〜! もうちょい手加減してくれても良いんだぜぇ!?」

「断るわ。全力で潰す」

 

 『アミュレット』と呼ばれるアクセサリーを装備した少女が立っていた。

 

「挨拶し合った仲じゃねえかよ! もっと優しくしてやろうとか、そういう人情はないのか!?」

「妖怪に人情を求めるとはね、同じ魔法使いが聞いて呆れる」

「ちえっ……まっ宴会じゃ良い話題になるな!」

「あら? 地獄でも宴会はあるのかしらね?」

 

 冗談か本意か。恐らく半分半分の怖い顔で言うパチュリー・ノーレッジ。

 図書館を散策していたら彼女に捕まった魔理沙であった。

 

「怖い事いうなよな〜って私は地獄行きかよ!」

「なんなら地獄に行けないくらい塵にしてあげてもいいけれど?」

 

「そいつはごめんだな! 全力で抵抗させて貰うぜ!」

「貴方は虫籠の中の虫。死からは逃れられないわ」

 

 脅しに近い宣言にも動じず、男勝りな笑みを浮かべる。

 

「はっ、そこまで言うんなら乗ってやるさ」

 

 手にミニ八卦炉を携えて、魔理沙は高らかに叫ぶ。

 

「虫かどうか……試してみろよ!」

 

 

 ♢

 

 

「広すぎる……」

 

 もう随分探したが一向に美鈴の部屋は見つからない。

 なにせ屋敷が広い。

 

「無駄な所で体力使いたく無いけど……しょうがないよな」

 

 

 すいません、と柊。

 美鈴を床に優しく降ろして変身する。

 

「──変身ッ!」

 

 

 ──タカ! ──トラ! ──バッタ!

 

 ──タ・ト・バ! タトバ! タ・ト・バ!!

 

 

 鷹の目が真紅に染まる。同時に視界が広がり透視出来るようなった。

 

「部屋は……あっちか」

 

 美鈴roomと書いてある標識を見つけた。

 美鈴を軽々持ち上げて、おんぶする。

 

「急がなきゃ……」

 

 

 とことん鍛えられたのもあるかもしれないけれど、最初の変身と違って身体に力が溢れるだけじゃなくて、余裕すらある。

 

 あのボロボロ状態からこれだけピンピンしているとなると、霊夢は相当霊力を送っていてくれた様だ。

 

 

(でもこれだけ俺に体力を送ってたなんて……霊夢は大丈夫なのか?)

 

 

 ただ、先の戦いで霊夢の強さは把握している。美鈴さんを一撃で沈められるくらい強いのだから

 大丈夫だろう。多分。

 

 

「美鈴さんの……部屋かな?」

 

 美鈴roomと書いてあるんだから、これで間違いないはずだ。

 

 女の子の部屋に入る事に少し躊躇いながら、ドアを開け、ベッドに寝かせて早々に部屋を出た。

 

 

「よし……ん?」

 

 

 コツン、と地面にある仕掛けに気づき、疑問に思ったのでタカヘッドを起動した。

 

「この館、下に空洞がある? のか?」

 

 下が空いている、凄い構造だ。

 

「いや……違う、誰か、小さい子が…?」

 

 牢屋みたいな何かに捕らえられている、人形を抱いた女の子が見える。

 

「この館の主人は……女の子を、監禁してるのか…!?」

 

 

 この館の配色といい、館の主人はさぞかし趣味が悪く、質の悪い変態男に違いない。

 

 だが、さっき霊夢に止められたばかりだ。役目を終えたら帰れ、と。

 

「……はぁ」

 

 脳裏にまた、よぎる悪夢。

 あのときと同じだ、俺は今手を出さなきゃ、モヤモヤしてしょうがない。

 

 

「これが済んだらとっとと帰ろう……うん、ちょっと寄り道するだけ」

 

 

 ──《SCANNING CHARGE》!

 

 オースキャナーでバックルにセットしてある三種のメダルを読み取り、力を増幅させる。

 

「はぁっ!!」

 

 

 美鈴の部屋から離れた廊下の床を、思い切り砕き、地下へ向かう。

 

 

「やっぱり侵入者だった──!!!」

「きゃ──!!!?咲夜さ──ーん!!!」

 

 

 ♢

 

 

「妖精さん達には少し悪い事しちゃったかな……」

 

 人様の家を壊したと思うとお腹が痛くなる。けれど少女の救出が優先だ。

 

 

「よっと……」

 

 地下は結構下にあるようで、落下時の衝撃が足に響く。

 

 

「こ、れは……」

 

 

 酷い、酷すぎる。鉄柵越しに見える少女。人形に抱きついて、孤独な少女。

 

「お兄さんは…何してるの?」

 

「今からこの柵を壊す、危ないから下がってて!」

 

「?何やってるの貴方それ壊す意味なんて──」

「せいやぁ!」

 

 トラクローで柵を切り裂き、無理矢理ドアを壊す。

 

「おいで、ここから出るんだ」

 

「……ねぇ、お兄さん」

「何だ?ここから早く「お兄さんは私と遊びにきたの?」は?……」

 

 先ほどの様な、悲しい変え顔が嘘だった様に、笑顔でこちらを見る。それも、猟奇的でどこか壊れた様な。

 

(ずっと捕らえられてたんだもんな……可哀想に)

 

「ああ、外に出たら幾らでも遊べるから、早くここから」

「そう……じゃあ遊ぼっか、お兄さんで」

 

 直後、身体が浮く感覚がした。

 

「え?」

 

 

 ♢

 

 

「げほっげほっ……!?」

 

 パチュリーと呼ばれる魔法使いが地下の異常に気付く。

 

「けほっ……あ? どうかしたのか?」

 

 互いの弾幕による砂けむりで咳き込む魔理沙。

 

「……侵入者相手にペラペラとうちの事情を吐くと思う?」

「そうかよ、勝ったら教えろよな」

「それはない」

「ん? 勝てないって事か? それとも教える気がないのか?」

「両方よ」

 

 三枚の札が、パチュリーの周りを巡る。

 

「へぇ、パチュリーにしては大味な事するな」

「パワーだけにしか脳がない貴方に言われるとはね」

「おいおい、失礼な奴だな」

 

 魔理沙は手に持った八卦炉を光らせる。

 

「弾幕ってのはパワーなんだよ」

「……人間の魔法使いが言う台詞じゃないわね」

「さてはお前虹色の極太レーザーの綺麗さ派手さを知らんな? あれは惚れるぜ」

「……試してみるかしら?」

「……お!?」

 

 パチュリーの周りを描いていた三枚の紙は火・木・土。

 

「合成符、アグ二シャイン、シルフィホルン、レイジィトリリトンの上級よ」

「パチュリーにしちゃ、品ってやつに欠けてんじゃねえか!? そんなゴリ押しみたいなのはよ! ねちっこい魔法理論はどこへやらだぜ!?」

「名付けるとしたら……そうね『イグニィアトリリトンシルフィシャイン』ってところかしら」

「さっきの言葉でムキになってんのか!? おい聞けよ! てか混ぜただけじゃん!」

 

 魔理沙の挑発を無視して、パチュリーは合成符を練り続けた。

 

「人間が妖怪相手にパワーで勝つなんて……思い上がりだと言うことを教えてあげる」

「うるっせぇなぁどいつもこいつも……人間様をみくびりやがって。いいぜ、そこまで言うならやってやる!」

 

 魔理沙の握るミニ八卦炉はより輝きを増して魔理沙の身体を明かりが照らす。

 

「『恋符』……」

 

「……ハッ!」

 

「『マスタースパーク』!!」

 

 

 パチュリーの放った魔法陣と魔理沙の巨大なレーザーが炸裂する。

 魔理沙の技とほぼ同時に放たれた3枚の合成札。その2枚の効力によりレーザーは力を掻き消されながらも、尚も突き進む。

 

(はぁ……これだから嫌になるのよね、人間って。感情論だけで私の合成符を突破するんだもの)

「負けみたい……ね」

 

 レーザーは遂に最後の一枚の札を破りパチュリーを飲み込んだ。

 

 独特な破裂音とともに棚がいくつも崩れ落ちながらも、魔理沙は体勢を立て直しながらパチュリーの元へと歩み寄る。

 

「…やるじゃねえかパチュリー。見直したぜ。ただのモヤシじゃなかったんだな」

「……ゲホッゴホッ……ゴホゴホッ……大きな……お世話よ」

「ははっ、ほら大丈夫かよ、手を貸すぜ」

「……要ら……ゲホッ……ない」

「そうかよ」

 

 見上げた精神だな、と思いながらパチュリーを引き上げる手を離す魔理沙。

 

「さ、途中の焦りの理由を話してもらうぜ」

「……この館の主人の妹を抑えていた封印が解けた」

 

 椅子に座りながら、咳き込むパチュリーを魔理沙は覗き込んだ。

 

「強いのか?」

「さぁね、少なくとも私のスペル一枚のセキュリティじゃ小悪魔以下の役にしか立たない。早く行ってあげなさい」

「……初めっから他のところに余力を割いてたのか?……手を抜いてたんだとしたら気に入らんな。よくないぜそういうの」

「手を抜いたつもりはないわ。あれは戦闘用ではないし……ああ、でも貴方なら使えるかも」

 

 その言葉に魔理沙は眉を傾けた。自分は戦闘用の札で充分だ、そう言われたように感じたからだ。

 

「ああん?」

「喧嘩を売ってる訳じゃ、ないわよ……ゴホッ……貴方の適正って確か……」

 

 そう言いながら、パチュリーは胸元の懐から一枚の札を取り出し、それをそのまま魔理沙に手渡した。

 

「……ああ、なるほどな。でも好みじゃないんだよ。そっち系列の魔法は」

「魔力を込めてあるから、貴方でも使えるはず……使いたくないなら使わなくて、いいわ……ゴホッ……好きになさい」

 

 箒に跨り、パチュリーを指差して言った。

 

「言う通り、好きにさせてもらう。あとは任せてくれ」

 

 そう言い残し、魔理沙は箒に魔法を掛けて、飛び散った。

 

 

 



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6話 ナイフと鬼と蛇

「フッ!」

「こんなもの!」

 

 ナイフの投擲。それに対し霊力を纏わせたお祓い棒で振り払う。 

 

 霊夢咲夜ともに、互いに膠着を解かず、様子を見る。

 

「アンタ、見てなかった? さっきの男が担いでた奴」

「それが?」

 

「それがっ……てアンタ等のお仲間さんじゃない。柊に投げたナイフ、あのままだったら門番にも当たってたわよ」

「美鈴は妖怪、別にナイフが刺さったとしても死にはしないわ。あそこで死ぬ可能性があったのはあの男だけ」

 

 咲夜の言葉に対し、霊夢が反論する。

 

「そんなことわかってんのよ。たださぁ、あんた自身それをして心が傷んだりとかないわけ?」

「あるわけないでしょう。寝言でも言ってるの?」

「……まぁ、そういう対応が普通よね。私もそう思う。やっぱりお人好しってダメね…ちゃんと利用されてるし」

「!?」

 

 その声は咲夜の背後から聞こえる。

 

「いつの間に……」

「けど、まぁ何となくムカつくからあんたしばくわね」

 

 思い切りお祓い棒を後ろに引く。完全に仕留める為の予備動作。

 

「お終い、あんたも寝てなさい」

「くっ……!」

「これで……!?」

 

 お祓い棒を振りかざすが、視界の先に咲夜は居ず、周りには一面ナイフが現れる。

 

「なるほどね!……っと」

 

 霊夢はジャンプし、避ける。

 

「今のがアンタの能力ね。確かに瞬間移動に近いわ」

 

 と、言いつつも霊夢に余裕はないようだ。

 すると、どこからともなく現れる無数のナイフ。

 

「きっつ……!」

 

 身の回りに陰陽玉を展開させナイフを防ぐ。

 

「……ふぅ」

「これじゃお嬢様に辿り着く前に終わりかしら。……博麗の巫女もこんなものね」

「口説いわよ。そうやって見下すのやめてもらえるかしら」

「貴方はナイフ全てをかわして私を殴れるのかしら?」

「余裕なんですけど? 貴方の相手なんてご飯食べながらでも出来るわ」

 

 咲夜の持つナイフの量に気づき、内心焦りを感じながらも、煽る霊夢。それに少しイラつきを見せる咲夜。

 

「……口だけは達者ね」

 

「良いからやってみなさいよ、すぐにその鼻先へし折ってやる」

「そう……」

 

 咲夜は、時計を握った右手を空に掲げ、言う。

 

「奇術『ミスディレクション』」

 

「──!」

 

 霊夢が気づかぬ間に、全方位からのナイフが飛ぶ。咲夜の怒りを体現するように。

 

「ちっ!」

 

 一番ナイフの密度が薄い場を的確に見抜き、お祓い棒を振りかざして逃げ場を作る。

 

 ──いつもいつも気づいたら周りにナイフが展開されてる……これが何かが分からなきゃ話にならないわ。

 

 咲夜の言葉と柊の言葉を思い出し、推測する。

 

『瞬間移動かなにかか?』

 

 ──瞬間移動。いや違う。瞬間移動ならばもっと認識できる筈だ。ナイフは気づかぬ間に私の前に現れていた。私の意識の外から現れたみたいに。だから瞬間移動ではない。

 

「じゃあ何かしら……ワープ?」

 

「さぁ? 空間移動かもしれませんし? もしかしたらただ身体能力がずば抜けているだけかもしれませんよ?」

 

「ただ身体能力が高いだけの人間なんて妖怪以下じゃないの。あり得ないわ」

「時間はたぁっぷりあるわ? 楽しんでいって頂戴。まあ? その前に? 貴方が死んでしまうかもしれないけど?」

 

 先の煽り返しか。精一杯のドヤ顔で霊夢を挑発する。常人なら対して効かない煽りだが霊夢には効いた、効きすぎた。

 

(絶対ボコボコにしてやる、メイド服……一層の事冥土に連れていってやろうかしら?)

 

「悩んでる? ええ、そうでしょうね、それが私の能力のアドバンテージの一つでもあるから」

「バカね、考えても分からないなら私は考えないわ」

 

 壁に一旦張り付く霊夢。

 

「ほら、止まってていいの?」

 

(いきなりナイフが現れる、あのメイドも本当に一瞬で視界から逃れるから動きが読めない……面倒臭いわね)

 

「賭けてみようかしら」

「あら? 死ぬ覚悟ができたの? 安心なさい? 華麗に綺麗に捌いてあげる」

「アンタ本当ムカつく! ってうわあっ!?」

 

 いきなり現れたナイフ。怒声で一瞬反応が遅れて焦った。

 

 その無様で愉快な姿に笑みが零れる咲夜。

 

「面白い姿を見せてくれたお礼に……さっきのお返し、してあげるわ?」

 

「.……お返し……?」

「そ、お返し」

 

「──!」

 

 ナイフがすでに全方位を囲っている。陰陽玉を使う時間もなく、お祓い棒でナイフを払って逃げる隙間もない。

 

「……!」

 

 霊夢の愕然とした表情とともに、身体に幾重ものナイフが突き刺さった。

 

 

「これで終わり、か……博麗の巫女も所詮私の能力には敵わないのね」

 

 空中で綺麗なバク宙をして、地面に華麗に着地する。

 

「さて、と。残りの侵入者を片付け……?」

 

 足を地面から離そうとした瞬間、咲夜は違和感を感じとった。

 

「……な、なにこれ!!?」

 

 光る札が咲夜の足を床に封印している。

 

「くそ……動けない……は、博麗の巫女は……!」

 

 確かにナイフが刺さっていたはずなのに。と、霊夢の方を見ると。

 

 バサッと束ねてある紙が崩れていく音と共に霊夢だったはずの体が札に変わる。

 

「──!」

「この館、暗いから分かりづらかったでしょう、主人の悪趣味さを呪いなさいね」

「これが貴方の賭けってわけね…… 」

「ええ、そして貴方の負けよ」

「……」

 

 黙って霊夢をひたすら睨む咲夜。

 

「……はっ!!」

「……そう」

 

 脚を封じられながらも残りのナイフを霊夢に差し向けた。

 

 そして次の刹那には、霊夢は咲夜の目の前にいた。先程までとは段違いな速度。

 それは最早神速と呼べるものだった。反応が追いつかない。

 

(えっ?)

 

「私の勝ち。ふふ、どう? さっきまで見下して奴に見下ろされる気分は? 愉快?」

「どの口が……!」

 

 ふわりと浮き、霊夢は地に着く咲夜を見下ろした。

 

「……」

 

「ん〜? 何かしら?? 助けて欲しいなら、まずは霧を晴らして頂戴ね〜?」

「さっき地下牢が開いた。貴方のお仲間の所為でしょうね」

 

「……?」

 

「妹様は加減を知らない、急がなければ妹様に近づいたやつは殺され──」

「分かった分かった、そこら辺は私に任せなさい」

 

 咲夜の言葉が、負け惜しみでも冗談でもない本当の心配だと、霊夢は感じたからこそ、霊夢は咲夜の頭に手を乗せて、言った。

 

「まとめて解決してみせるわ」

「……そう、やってみるがいいわ可憐な巫女さん」

「ええ任されたわ」

 

 

 そうして、巫女はその場を後にした。

 

 

 ♢

 

 

 瓦礫に埋もれた柊が這い上がる。

 

「いてて……何するんだ……」

「? だってフランと遊んでくれるんでしょ?」

 

「……遊び!? 今のが? プロレスごっこ!?」

 

「ええ、続けましょ!」

「やだやだ死ぬ!!」

 

 全力で逃げるがフランと呼称している少女の方が速度が高く、すぐさま追いつかれる。そして、勢いの乗ったままの蹴りを柊は両手で受け止めた。

 

「君は…捕らえられていたんじゃないの!?」

「私? 違うよ? 私は、暴れるから外に出ちゃダメなの。でもさぁ、一人くらい世話しにきてくれてもいいのにね? でも! 貴方が来てくれた! 感謝してるわ! だからアソビましょう??」

 

「はぁ……そっか、こういうこともあるのか……迷わず首突っ込むのも一長一短だな」

 

 開けてしまったのが悪いといえば、それまでだが、幼い子供を見て見ぬ振りして見捨てられるほど心が冷静でもなかった。結果論としてはパンドラの箱だが、柊自身はこれで後悔していない。自分のやった事が、間違いだとは思わない。

 

「あ、遊びはまた今度にしないか!?」

 

 それでも生きたいとは思うので、提案はする。

 

「今じゃなきゃ嫌! 今遊びたいの!」

「悪いけど……今はちょっと忙しいんだ。ごめん。また今度必ず遊ぶからダメかな?」

 

 

「今度っていつよ、絶対嘘じゃん」

「……嘘じゃないよ、必ず守る。君も、俺の知り合いも。だから、今は遊べない。ごめん」

「それ言われてはいそうですかって言うような奴に見える? 私が」

「……うん」

「あっそ」

 

 両手を腰に当てていたフランは、右手を静かに腰から離し。

 

「じゃあもうイイよ」

 

 貯めた妖力を右手に纏わせ、振り払った。

 

「……え?」

 

「勝手に遊ぶから!!」

「ぐ!!」

 

 

 吸血鬼らしく、というべきか尖った爪から放たれる妖力込みの風圧が柊の身体を襲う。柊は地面を強く踏みつけなんとか耐える。

 

「簡単に壊れないでよ?」

 

 フランが右手をこちらに向け、何かを探している。

 

「……?」

 

 

 タカヘッドを起動し、視認したもの。

 こちらに徐々に近づく空気の泡の様な玉。それは、柊の感性からしてみても、妖怪として見ても、誰が見ても異質と呼ぶべき代物であった。恐らく、透明な物すら見抜くこのタカヘッドでなければ観測することすら不可能だったろう、それは、禍々しく唸り始め、柊の胸の前で拳大のサイズのまま静止した。

 

 

「えいっ」

 

 少女が拳を握るとそれは、弾け飛んだ。

 

 

「がふっ……!!?」

 

(なんだよ今の!?)

 

 その痛みと衝撃を受け止めきれず、柊は必死な思いで駆け上った階段から再び地下に落下した。

 

「ぐ……ぅ、うぅ……」

「逃がさないよ〜」

 

 ──咄嗟に……トラクローで切り裂かなきゃ……今頃身体が粉々だった……か。

 

 

「もう死んじゃったかな?」

「……」

「……?」

 

 フランは不思議そうな顔で、依然として柊に語りかける。

 

「熊と出会した時に死んだふりした方が良いっていうアレ、デマらしいよ?」

「普通にバレてた!」

「あ、やっぱり生きてた」

 

 どうやら鎌をかけていたらしい。飛んだ悪戯っ子だ。

 

「残念」

「残念とか言ってる場合じゃないんだけど……とりあえず、降参したら見逃してくれるかい?」

「やだ。遊びたいもん」

「そう……か。仕方ないか……悪いけど俺は負けられない」

「いいね、私も負けないよ? 禁忌『レーヴァテイン』!」

 

 手から一文字の光を放ち、即座に灼熱の業火に変えて、握りしめる少女。

 

「剣相手の対処法……聞いときゃよかったかな?」

 

 右手を前に左手を腹に置く。柊はここで彼女とやり合う方の選択をした。

 

「綺麗な血飛沫が見たいなぁ。お兄さん何型かしら? 血はO型だったら嬉しいかなぁ」

「? なんでOなんだ?」

「O型のOはオシャンティのOでしょ?」

「そんな洒落てるわけないだろ!!」

 

 レーヴァテインを雑に振り回すフラン。雑に奮ってはいるが吸血鬼の腕力でその軌道は相当な速度を持ち合わせている。柊は鷹の目で予備動作を早くみることでなんとか避け続けている状態だ。

 

「そうなの? 咲夜はそう言ってたけどなぁ」

「……ちなみに咲夜って人は人間? で何型?」

「人間だよ、Bって言ってた。Badの略らしいよ不味いんだって」

「100%嘘じゃん! 騙されんなよそれ咲夜って人が吸われたくないだけだろ!」

 

 更に一段階振り回す速度が上がる。流石のオーズの力でもこれ以上は見切れないと踏んで退がる。

 

「くそ! 飛蝗!」

 

 呼応して、脚が縁に染まる。

 そしてそのまま壁を跳ね、跳ね、飛び跳ねて。

 

 

「逃がさないよ? そう簡単ニ……折角ノ動く玩具なんだから!!」

 

 急接近したフランにものの見事に頭を蹴り押しやられ、壁に頭がめり込む。

 そのまま少女はオーズを殴りつけ、壁を崩壊させていく。

 

 片手に握っていた炎の剣を消し、両手で殴りつける。

 

「が、! あ! ぉ! ……」

「アハはアハハ! ちぁんと反応してくれる貴方は面白い、もっと遊んでね?」

 

 もうさせまい、と両手を握り封じる。

 

「……こうしてどうするの? 足は使えるよ?」

 

 翼で浮きながら蹴りを加えて来る。

 

「ねぇ? どうして急に反応してくれなくなったの? 壊れちゃった?」

 

「……ぞ」

 

「え?「痛いぞ」

 

 彼女を力の限り壁に投げつける。彼女は受け身を取る事なく、壁に浅くめり込んだ。

 

「ビックリしたぁ急に元気になったね?」

 

「脚が使えるのは……俺もだ手加減しねぇ!」

 

 緑色の脚が輝きを帯び、超強力なバネと化す。

 

「やっぱ咲夜は嘘じゃなかったわ。オシャンティな脚ねぇ」

「お前……すっとぼけてる様で相当強いな……それこそ美鈴さんよりも遥かに……」

 

 フランはきょとんとした目で尋ねる。

 

「美鈴と会ったの? まぁ美鈴よりかは強いかな流石に、私より多分年下だろうし」

「妖怪って年功序列で強さとか決まってんのか?」

「は? 殺すわよ?」

「なんでキレんの……」

 

 そう言って柊は、バッタレッグの跳躍で空高く飛び上がり、少女目掛けて急降下。

 

「お?」

 

 赤・黄・緑のエネルギーのリングを通過して、凄まじい破壊力を持つ脚を躊躇なく

 少女へ向ける。

 

「タトバ……キィィッッック!!」

 

「わぁ〜あ! 貴方も奥の手持っているのね……どちらの方が強いか、試してみましょ!!」

 

 さきほど、使わないと宣言したレーヴァテインを解放し、オーズへ振り回す。

 

「せいやぁ────!!!!」

「そりゃあ!!!」

 

 互いの煌めきが混ざり合い、館に轟音が鳴り響く。

 

 

 ♢

 

 

「今のは……近いわね」

 

 魔理沙かしら? しかしそれは頭の奥に放置して、見るからに親玉のいそうな、派手なドアを開ける。

 

「……アンタがここの主人?」

「ええ」

 

「ようやくおでましねお嬢さん?」

 

「で?」

 

「外の霧邪魔だからさ、早く消してよ」

 

「……貴方達ね? フランを檻から出したのは」

「それは私じゃないけど……心当たりはあるわね」

 

「どうしてくれるのかしら? お陰でオチオチ外も見ていられないわ」

 

 見るからに臨戦態勢の彼女を見るに、それは虚言だと理解して、こちらも乗る。

 

「こんな悪趣味な空眺めててもなーんにも面白くないわよ?」

 

「下民から見たら、そう感じ取ってしまうのも、無理はないかもね」

 

「……よく言うわ、その人間に護衛させてた癖に。下民に守られる上民って何よ?」

 

「咲夜は優秀な掃除係よ、あれで勝った気になっているんならさぞかし愉快な人生でしょうね」

 

「へぇ、アンタは強いの?」

 

「さぁ?」

 

 けど、と続いて。

 

「貴方、既にヘロヘロだけれどそんな状態で私が倒せるかしら?」

「……こっちにも事情があんの。でもそれを理由に言い訳する気はないから安心してくたばってくれていいわよ」

 

「へぇ……私に勝つ気なの」

「ええ……だから、博麗の巫女として、キッチリ異変解決させてもらうわよ」

 

「ゆっくり楽しみましょう。こんな紅い月なのだから」

 

 

「楽しい夜になりそうね」

「ふふ、永い夜になりそうね」

 

 

 そう言って翼をはためかせて、レミリアは飛んだ。

 

 

 ♢

 

 

「ねぇ? 今のが全力だったのかしら? お兄さん」

「……う……」

 

 全力のキックを、少女の軽い攻撃で跳ね返された。

 

「私が今手を離したら、落っこちて死んじゃいそうね」

 

 ニヤ、と笑みを浮かべながら、オーズを掴んで浮遊する、少女。

 

 決して身体が動かないわけではない。やろうと思えば少女の握る手をはたき、下に蹴り落とす事も出来るだろうが、少女が下手に動かないのであれば、こちらも抵抗しないのが得策だと考えた

 

 

(俺が……4人になっても、敵わないな)

 

「貴方の名前……聞いてなかったわね、いつまでも貴方じゃ、お人形として扱うとしても、あまりにも酷い扱いだわ」

 

 どうでもいいところで善性を出すな。そう思いながら、柊は名前を言う。

 

「……へぇ、変わった名前なんだね、柊。……あー東洋人に会うのは珍しいから違和感があるのかも」

「……別に……普通だろ……」

「そ? それじゃあ、次は私の番ね、私はフラン。フランドール・スカーレット!! でもスカーレットっていう呼び方嫌いだから呼ばないでね?」

「……フラン」

「ん〜〜???」

 

「詰めが甘いぞ」

 

 身体を回転させた勢いでフランを蹴り飛ばし、地面へ叩きつける。

 

 

「変身が解けてもいないのに、油断は禁物だぞ」

 

(まあ……効いちゃいないんだろうが)

 

「アハハハハハ! まだまだ元気ね柊」

「ああ、身体の力が消えないんだ」

 

 

 本来ならとっくに死体のはずなのに。本当に多くの量の霊力を俺にくれたみたいだ、霊夢は。

 

「……なぁお前を閉じ込めたやつとお前どっちが強い?」

「ん〜分かんない」

 

 分からないというのはつまり、実力が少なくとも近いという事だ。

 

 

 ──……霊夢の力は知らないがここまでの力を俺に渡してしまって大丈夫なのか? 

 

 

「フラン、やっぱりお前は俺が止めたほうがよさそうだ……闘ってやるよ」

「そう? それはいい事を聞いたわ!! それならもっと遊びましょ??」

「けど遊びはここで打ち止めだ」

「え?」

 

 ──《SCANNING CHARGE》! 

 

 

 オーズはメダルをスキャンし、その力を解放する。

 

「せいやっ!!」

 

 瞬間、オーズの姿が消える。

 そして次の瞬間にはフランの背後を取っていた。

 

「あれれ!?」

 

 そのまま、強烈な回し蹴りを叩き込み、吹っ飛ばす。

 

「ぐぅう……!!!」

 

 吹き飛ばされたフランは、壁に激突し、衝撃で壁が崩れる。

 

(今のフランは完全に油断していた……油断した状態でどれくらいダメージが入るんだ?)

 

「凄いわ! 今の私を吹き飛ばした!」

「……ほぼ無傷。全く、嫌になるよ」

 

 吹き飛び、瓦礫を退かしたフランを見ると、服はボロボロだが、本人は更に狂気的な笑みで、こちらを覗いている。

 

 

「柊。ちょっと暴れすぎだよ?」

「そうか? そっくりそのままお返しするよ」

「同感だな」

 

「──!」

 

 綺麗な弾幕が、フランに直撃し、煙を焚く。

 

 

「……魔理沙!」

「派手な音が聞こえたもんで来てみたが……霊夢じゃなくてお前だったんだな、とにかくこっちに来いよ、ほら掴まれ」

 

 言われ、素直に手を出す。以前のようなスピードは御免だが、この状況ではワガママも言えまい。

 

「……あれが、封印されてた吸血鬼か! おっかねぇ顔してたぜ〜 なぁ!?」

「封印?」

「この家のやつらが言うにはな。まぁあいつの様子見てたら封印ってのは納得だぜ。抑えが効いてなさそうだもんな」

 

 どうだか。どんな理由があれど監禁していた事に変わりはないのだ。

 

 ふと顔を上げると、魔理沙は苦笑いしながら見ていた。

 

「? なんだよ?」

「いや……お前も切れる時はあるんだなって」

 

 どうやら自分でも気づかないうちに厳つい表情を浮かべていたようだ。

 

「……切れてるわけじゃないけど……事情がわからない以上は変に考えてもしょうがないし、まずは……あの子を止めよう」

「そうだな!」

 

 急に声を荒げたかと思うと、一気にスピードをあげる魔理沙。

 

「何やってるんだ?」

「来るぜ! 構えろよ!」

 

 魔理沙の言う通り、悪魔の少女が、人間2人を追跡する。

 

「封印とか……フン、大層なこと言ってるけど要は私が暴れるのが怖かっただけでしょ。封印も別に上に行く理由がなかったから壊さなかっただけだし」

 

「なんかすっごいグチグチ言ってるが……ずーっとあんな感じだったのか?」

「あーなんか、上手く話通じてない感はすごい」

 

「逃がさないよ? 柊」

「……」

 

 柊は無言でフランを睨みつける。するとフランは顔を歪め、苦しそうに頭を抱え込んだ。

 

「うぅ……」

「……フラン?」

 

 そしてフラリと立ち上がりこちらに向かってきた。

 魔理沙達は構えるが、フランは立ち止まらずに真っ直ぐに駆け出す。

 

「まずは、貴方からだよ! 柊!」

 

「趣味の悪い女に好かれちまったな! で、どうする? お前はどうしたいんだ?」

「出来れば、霊夢の邪魔はしたくない。手伝ってくれるか?」

 

 帽子を下げ、顔を隠すが、その笑みは溢れる。

 

「よく言った! 男だぜ柊!」

 

 魔理沙は八卦炉を構え、呪文を唱え始めた。

 

「恋符『マスタースパーク』!!」

 

 轟音と共に放たれたのは極太の光線。

 

「ぐあああっ!?」

 

 まともに喰らったフランの身体を焼き焦がす。

 

「さすがにあれだけの火力なら吸血鬼でもひとたまりもないだろ」

 

 魔理沙が呟いた直後、煙を払ってフランは変わらず突っ込んできた。

 

「……マジかよ」

「ねえ、貴方邪魔しないでくれる? 私は柊と遊びたいってさっきから言ってるよね? 聞こえてる? それとも聞こえてないのかな?」

 

「お前の言うことなんかいちいち聞いてられるか!」

 

 星型の弾幕を飛ばすが、フランは華麗に全て避けながら、徐々に魔理沙との距離を詰めていく。

 

「魔理沙! 追いつかれてきてる!」

「ああ! お前が乗ってるからな!」

「ええっ……降りようか!?」

「馬鹿か!? あいつの狙いはお前だろ!」

 

 フランと、柊たちの距離が10メートルを切った。

 

「ふふ、貴方達もそろそろ観念したら? 私の好きにさせてよ」

「やだよ、お前本気で殴ってくるじゃん」

 

「言い合いしてる暇があったら作戦でも考えててくれよ……!」

 

「初陣の人にそこまで頼んないでくれよ」 

「はぁ……さっきのさっきまで少し漢らしいと思ってた私が馬鹿だったよ。ただの何も考えてない馬鹿だったらしい」

「酷い言われようだな……」

 

 返す言葉もない故に、柊はただただ苦言を呈した。

 

「事実だろうがよ」

「まあ否定はできないけどさ」

 

 むすっとした柊を見て、一瞬魔理沙が頭をあげると共に、呟いた。

 

「……まぁ、そっか、よくよく考えりゃお前これが初めての異変解決か。そりゃ無理だ」

「……魔理沙は余力あるか?」

 

「全然大丈夫だけど……良い案浮かんだか?」

 

「ああ、とりあえず魔理沙がうるさいから軽くしてやるよ、ほいっと」

 

「は!?」

 

 魔理沙が後ろを向いた時、柊は既に箒を放棄して、フランの方へ向かっていた。

 

「おまっ……バカやろ!!」

 

 

「あら? 分かってくれたの?」

「いいやちっとも?」

 

 頭の中でオーズの亜種形態を思考する。

 

 すると、ベルトに装填されていたメダルが変色する。

 

 

「なんとなく出来そうだと思ったが……能力だと……こういう風に変身できるのか」

「?」

 

 無意識にサゴーゾになった時とは違う。意図的なフォームチェンジ。

 柊はこの闘いで着実に成長していた。

 

「変身!」

 

 ──タカ! ──ゴリラ! ──ゾウ!! 

 

 ──《SCANNING CHARGE》! 

 

 

 変身後、続けてスキャンする。

 

「はぁああああ!!」

「色々できるんだね柊は。大して強くはないけど」

 

 両手をフランに向ける。

 

「?」

「だりゃあ!!」

 

 ゴリラの腕がロケットパンチの様に飛ぶ。

 

「わっ!!」

 

 二つの腕はモロにフランのお腹にめり込む。

 

「これで、どうだ?」

 

「いてて……でも大して効かないよ、これくらいじゃ。遊びを止める気にはならないなぁ」

「そっか……びくともしてねぇのは流石にショックだよ」

 

 邪魔。というかの様に振りほどき、構わずこちらに突っ込む。

 

「くそ……!」

 

 

 再び、頭で別亜種形態を投影し、スキャンする。

 

 

 ──タカ! ──ウナギ! ──ゾウ!! 

「これで!」

 

 ウナギに変身した事により触手の様な鞭が使える様になった。

 

「はっ!」

 

 鞭でフランの足を巻き取る。

 

 

「魔理沙、 やれ!」

 

「……あ!? お、おう! 魔符! 『スターダストレヴァリエ』!!」

 

 

 星型の弾幕がフランにどんどん命中する。

 

(手応えあり、ナイスフォローだぜ柊!)

 

 柊の方へ向き、ガッツポーズをする。

 

「待て、魔理沙! 油断はなし! フランはこれぐらいじゃ──」

「禁忌『クランベリートラップ』」

 

 煙の中から響く声とともに展開される無数の魔法陣。

 

「ぐっ!」

「うおっ!?」

 

 そして魔法陣から発射される魔力砲。

 その数、数十が柊と魔理沙目掛けて飛んでいく。その様はさながら炸裂花火の様だ。

 

「魔理沙、貴方も柊と一緒にスクラップにしてあげる」

「御免被るぜ! というかスクラップにしたらもう遊べなくなるんだが?」

「ん〜そうね、なら二人の身体を縦に裂きましょう。そしたら咲夜に二人をくっつけてもらうわ?」

 

 魔理沙はどこか諦めついた様に笑い声を漏らした。

 

「は、はは……何言ってんだあいつ……」

「ああ、やっぱ魔理沙でも分かんないんだ……」

「お前私をあいつと同類と思ってたのかよ!?」

 

 箒の加速を更に一段階上げて避ける魔理沙、そして鞭で対応する柊。鞭をしならせて、一気に弾幕をカッ消していく。

 

「ちぇっ……めんどくさいのが増えたものね。でもまぁ、ちょっとくらい時間がかかる方が愛情が湧くものね?」

「魔理沙! 俺がもう一回隙を作る! その隙にあいつに弾幕ぶつけてやれ!」

「分かった! けど簡単にはいかないと思うが……ほんとに大丈夫なのか?」

「とりあえず隙は作れると思う……多分な」

 

 一つの策が閃き、頭の中で亜種形態を投影する。

 

「変身!!」

 

 ──ライオン! ──ウナギ! ──バッタ!! 

 

 

「柊は凄いコロコロ色が変わって楽しいわね。出来ればその色全て血に変えれるといいのだけれど」

「行くぞ魔理沙ァ!」

 

「おう!」

 

「……再起、禁忌『レーヴァテイン』」

 

 炎剣がフランの手に現れると同時に鞭を振りかざす。

 

「うおおぉッ!!!」

 

 その一撃を受け止める。

 

「がっ……!……魔理沙!」

「おう!」

 

 柊の声に答えるように、魔理沙は魔法陣を展開し、その中心に魔法を貯める。

 

「思ったよりも……ずっとやるなぁ! 見直したよ柊! ……こいつはさっきとは比べ物にならんぜ? フラン」

 

 ミニ八卦炉をフランに向け、叫ぶ。

 

 

「それじゃ私の十八番だ! 恋符! 『マスタースパーク』!!」

 

 ミニ八卦炉から放出されるレーザーはうねりを上げて極細高密度の弾幕となりフランを包む。

 その威力は、柊が巻き込まれないよう配慮してなおも、近くにいた柊をも爆風に巻き込むほどだった。

 

「が……! きゃぁああああ!!!!」

 

 独特な音が鳴り止みレーザーが消えたあと、魔理沙の箒に絡めていた鞭で体を引き上げた。

 

「ふぅ……凄いな、これは……」

「弾幕はパワーだよ! お前も覚えて帰るんだな!」

「この闘い終わる頃には忘れてるかも」

「帰るまでが遠足だぜ?」

「……やっぱ魔理沙もフランと大差ないぞ、うん」

 

 幻想郷の人は誰も彼も自我が強い気がする。

 

「ところで、魔理沙って普段からそんな喋り方だったっけ?」

「んー、普段はもう少し丁寧な口調なんだが、今日はちょっとな。ほら、今私結構ピンチじゃん?」

「まぁ、そんなもんなんかねえ……」

 

 それはそれとして、流石にこれならばフランもただでは済まないだろう。かなり消耗した筈だ。

 

「……いったぁい、本気で危なかったんだけど? ねぇ、なんか言い分ある? マリサ」

「おいおい、まだ立つかよ、結構タフだなお前。ていうかもうかなり被弾したろ? 止める気にはなったかよ」

「マリサかシュウの腕ちぎったら満足する」

 

「「やだよ!」」

 

「……あっそ。……あのさ、私一人に対して二人がかりはずるいと思うのよ。そう思わない?」

「 魔理沙、なんか嫌な予感がする、気をつけろよ」

「……ああ分かってるよ」

 

 

「「「「だから、私も4人で楽しもうと思うの」」」」

 

「「──は?」」

 

 

 二人して声が合う。いやきっと、この場面に直面したら、誰もが息を吐くだろう。

 目の前にフランが、四人いるのだ。

 

「禁忌『フォーオブアカインド』」

 

「は、はは……まじかよ。俺四人でようやくあいつ一人に対応できると思ってたんだが」

「こりゃあ確かにバケモンだ。封印されちまうのも無理ないぜ性格的にも、力的にも……一旦逃げに回るか」

 

 若干諦め気味で愚痴を垂らす魔理沙。

 

「どうすっかな……普通にやったんじゃ負けるな。フランの能力が厄介すぎる」

「大体俺四人であいつ一人に対応できるかなと思ってたから、俺が16人になればむしろ魔理沙はお釣りになるな」

「……は? もしかしてバグったのか?!」

 

 いきなりの迷言に魔理沙が思わずツッコミを入れる。

 

「違うわ。俺は正常だ」

「お前……もしかしてバカだったのか?」

「…………」

「え、ちょ、待てよ、マジで何言ってんの? なんで無言なんだよ!」

「なんかフランがこっち見てる」

「え」

 

 

「「「「早く一緒に遊びマショ????」」」」

 

「お〜怖ぇ怖ぇ、自分の顔鏡で見てみろよ。折角の整った顔が台無しだ、なぁ? 柊」

「魔理沙も整ってるだろ、すごく可愛いと思うけど」

「んなっ!? いや、乙女にその言葉は反則だぜ……ちっと待ってくれ照れて今お前を直視でき……」

 

「あははは隙あり〜!!」

 

 レーヴァテインを横になぎ払うフラン。魔理沙はギリギリ急降下に成功する。

 

「ふざけんな! お前あの吸血鬼の仲間かぁ!?」」

「落ち着け魔理沙! 悪かった! 確かに戦闘中に言うことではなかったよ!!」

「流石に弾幕ごっこ中に気が逸れるような事言うのはもうなしな。タブーてやつだタブー……その、恥ずかしくて身体が熱くなっちまう」

「いやほんとに俺も悪かった……」

 

 どうやら先のマスタースパークが効いたようで、先ほどよりも些かフランの速度は遅くなっていた。

 

「くそ! あとちょっとなのに、このままじゃ負けるぜ!! おい、なにか作戦はないのか?!」

「俺が少しの間あいつらを引きつけて戦う。そうすればなんとか出来るか?」

「そりゃあんな直情バカ時間さえくれれば多分なんとかなりはするが……却下する。お前に危険が多すぎるだろ」

 

「いや、せいぜい三途の河に片脚突っ込むくらいだ」

「ほぼ死んでんじゃねぇか!! ダーメだって。……私が3人相手する。お前には一人を任せていいか?」

「3人って……いくらなんでも魔理沙でもきついんじゃ……」

「ああ、だろうな。でもこれしかないだろ」

 

 柊は居心地悪そうに発言する。

 

「俺のせいでこんな事になっちまって……悪い」

「……違うよ、お前が神社で賽銭箱直してる時に霊夢と約束したんだ。困ったときは助けるって。だからお前をみすみす死なせたくない」

「……そっか。うん、なら約束する。この作戦じゃ死なないよ俺」

 

 現実的ではないが、柊の声は明らかに本気だった。

 

「……ほんとか?」

「本当だ、約束したからな、俺は俺にできることをするって」

「……分かった、信じるぜ」

「ありがとう、魔理沙」

 

 帽子で魔理沙の素顔は見えないけれど、固い意志でこの場にいるのは分かる。

 

 羽根をはためかせて、こちらに接近する四人のフラン。

 

「遊ばれてやるさ、せいぜい手を抜け!!」

 

 そう、死ぬつもりはない。

 頭で投影し、装填したメダル。

 

「本当だったらガタキリバのつもりだったんだけどな……悪いが死にたくなくなった!」

 

 頭から順にライオンの紋章、トラの紋章、チーターの紋章。

 

 即ち──コンボである。

 

 

「変身ッ!!!!」

 

 

 ──ライオン! ──トラ! ──チーター! 

 

 ──ラタ! ──ラタ! ──ラトラータ! 

 

 

「行くぞフラン!!」

 

「「「「ええ!!」」」」

 



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7話 タッグとフォーカードとラトラータ

「──はっ!!」

 

 

 ラトラータコンボの柊から放たれる熱線が、柊を取り囲むフランたちに直撃し爆発を引き起こす。

 

「うわぁ!?」

「きゃぁああ!!」

「いたぁあい!!」

 

 その衝撃にとって発生した爆炎を、分身の一体であるフランが飛び越えて柊の眼前に迫る。

 

「くっ!」

「小賢しいことしたって、私には勝てないってば!!」

 

 フランの拳が、振り抜かれる。それを間一髪で回避した柊は、着地と同時に横へと駆け出した。

 

「速い……まだ力を隠してたってわけね!」

「私がやる〜!」

 

 他のフラン達も体勢を整えて、再び柊に襲いかかる。

 

「そぉらっ」

「うぐっ!」

 

 軽々と炎の剣を振りかざすフラン。柊は必死でそれを抑え止めた。

 

「はぁい隙だらけだよ〜」

「!」

 

 二人のフランに挟まれた。そして、自分は今剣を抑えるので精一杯。対応する余裕はない。

 

「「バイバ〜イ♪」」

 

 両の手から放たれた弾幕を二人分、モロに食らってしまう。

 

「う〜ん、どうかなぁ? 死んじゃったかなぁ?」

 

 煙で姿が見えない相手に向かって話しかけるフラン。しかし、返事はない。

 

「……終わりかぁ。案外耐えてくれたわね。それじゃ次はあの魔法使い……」

 

 くるり、と踵を返した瞬間、フランの足が何かに掴まれる。

 

「え?」

「はぁあっ!!」

 

 煙幕から現れた柊がフランの脚を鷲掴み、地面に叩き落とす。そして、そのまま腕の力だけで壁に激突させた。

 

「うげっ! ……あいたたた」

 

 柊が平然と立ち上がり反撃したことに対して、フランは感動していた。

 

「すごいすごい、思いの外ずっとタフなのね! 貴方」

「ハッ……ハッ……?」

 

 柊は自らの身体に違和感を覚える。

 数十秒経って、未だ身体に痛みが回らない。

 

 痛みが起こらない、それが逆に違和感だった。コンボに慣れていないはずの身体で痛みが生じないということは、別の何かが代償になっているということだ。

 

「何かが起こってる……」

 

 

 それは、霊夢と交わした約束にあった。

 

 

 

 

「痛っ!!」

 

 地面に転がる霊夢。

 

「あら? 博麗の巫女がこのザマかしら?」

「笑わせんじゃないわよ、この程度で。まだまだ勝負はこれからよ」

 

 膝をついた霊夢が再び立ち上がる。

 

(柊……あいつ何してんのよ私の霊力がどんどん減っていってる…)

 

 その秘密は、霊夢が柊を助けた際に使用した札。

 あれは柊の体力が危険状態にまで陥ると自動で霊夢から霊力を吸い取る機能が付属されている。

 

 効力は30分。これは柊が人里に戻るまでのおおよその時間を考慮した故の霊夢の判断だ。

 

 今霊力を吸い取られるということは、柊が外で妖怪とでくわしたか。

 

「今まだここに居るかってことね……あいつバカだしここで闘ってそう〜……っていうか、もしかして」

 

(地下の奴と闘ってるの柊じゃない?)

 

  そんな可能性を思いつきはしたが、いやいや。そこまで重度のお人好しではない。うん、そう信じよう。

 

「まだまだ平気って感じの顔ね、博麗の巫女。早く歪ませたいけど…もうそっちからは来ないのかしら?」

「なーに言ってんのよ、今攻めようとしてた所!」

「そう? なら良かったわ一人で踊る夜ほど寂しいものはないわ」

「勝手に踊ってろ!」

 

 

 ♢

 

 

 トラクローの一振り。

 

「あわわわ!」

「眩しいってば〜!!」

 

 相手に反撃の隙は与えない。何かしようとしたならば、すぐにフラッシュを放つ。

 

「もう〜それ嫌だ!」

「うざいうざいうざい!!」

「死んじゃえ」

「うーまだヒリヒリするわ!」

 

「「「良い加減に、しろ!!!」」」

 

「悪いな……ライオディアス!!」

 

 再びライオンヘッドを灼熱の太陽のように、光らせ、焼き尽くす。

 

「もう効かないよ!」

「こうすれば良いもん!」

 

 壁を弾幕で壊し、瓦礫で光を防いだ。

 

 

「やるな! でも……」

「「「「??」」」」

 

「ゲームオーバーだよ、フラン」

 

 柊が指を上に指す。

 

 四人のフランが見上げると、ミニ八卦炉が星々を収束させたかのような、ラトラータの生み出す光とはまた別ベクトルの、いわば、星の煌めきを彩っていた。

 

「ほんと、よく耐えたぜ!」

「良いから早く!」

 

 チーターレッグですぐさまその場を離れた。

 

「おう!んじゃ、行くぜ! これが本場のマスター……スパークだ!!」

 

 魔理沙が放ったのは星の煌めきをおもわせるほどの、超超、超極太レーザーだった。

 

 魔理沙の声と共に、光の奔流が放たれ、本体を含めた四人を飲み込み地面に落下して行く。

 

「流石にこたえた…か?」

「ふぃ〜もうくたくただ……が初陣で大金星だな、柊! ……ん?」

 

 極太レーザーは地面に設置してある対吸血鬼用レーザーを起動させてしまった。

 

「!?……アアァァァアア!! 熱いよぉ!!」

 

 確実にレーザーを直撃させる為に吸血鬼に有害な紫外線が放出される。二人には、フランが謎の光に晒されているようにしか見えないが。

 

「な、なんだ。あの光に当たってるから動けないのか…?」

「分からん……が」

(パチュリーが言ってた仕掛けってやつだな)

 

 突然、フランは急に空中で停止する。しかし柊と魔理沙には何が起こっているか視認することができない。

 

「ぁぁ、ぁ…」

 

「柊、下がってろ。私の魔法であの仕掛けを……」

 

 弱ったフランにトドメを刺すかのように魔法陣からレーザーが放出される。

 

「あ……ぁ…」

「!」

 

 一瞬、フランの姿と、後方のレーザーを見て、脳裏に嫌な記憶がよぎる。

 

 助けられなかった少女と、少女を殺した車。

 思い出して、咄嗟に体を動かした。

 

「……手を出せフラン!」

「えっ……きゃぁぁああああああ!!」

 

 フランの体を抱きしめて、庇うように覆い被さり、目を瞑る。

 

「はっ!? バカヤロウ! ……水符『ベリーインレイク』!!」

 

 フランを庇った柊をレーザーが包みこむ直前、パチュリーから受け持った魔力装填済みの魔力札を放ち衝撃を弱めた。

 

「…………だ、いじょうぶか? フラン」

「しゅ、シュウ…なんで?」

「怪我はな、い?」

「う、うん……私は平気……でも……!」

「安心して。俺も……平気だよ」

 

 巻き添えを食らうものの、フランだけは抱いて守った。

 以前の記憶を払拭するように、フランの頬の汚れを払った。

 

「……いや、お前が強いのは知ってた、んだけど……咄嗟に動いちゃった……いってて……ああもう無理、ギブ」

「……」

 

 柊はフランをそっちのけで、瓦礫の山に寝転んだ。

 

「柊! 吸血鬼も! 無事か!?」

 

 箒から降りて様子を確認する。

 

「おい、吸血鬼。流石に弾幕ごっこは中止だ。いいな?」

「…吸血鬼じゃなくてフランだよ」

「ゴホッ……もう大丈夫だ、魔理沙」

 

 そう言って、ベルトを戻し、変身すら解除する。

 

「おいおまっ……流石に認識が甘いだろ!」

 

「大丈夫だって」

「……なんで…」

「……?」

 

 横で大人しく座るフランの声に、耳を傾けた。

 

「なんで、手出したの?」

「……前似たようなことがあった時……手出さなくて後悔したから……かな」

「お前なぁ…自分が何しにここに来たか分かるか?」

「あー……はい、紅霧を払う為です…ゲホッ……すいません」

 

 魔理沙が深刻そうな顔で身体の傷をチェックする。

 

「なんともないから見なくていいよ」

「んな訳あっかコラ。あんだけ吹っ飛ばされといてよ……ったく」

「仕方ないだろ……強くないから盾になるくらいしかなかったんだよ」

「うっせえ、お前もだぞ」

「あいたっ」

 

 フランにデコピンを喰らわす魔理沙。

 

「これに懲りたらちったー反省しろよ、フラン」

「…うん」

「柊、ほれ、続きだ。身体見るから」

「もう、大丈夫だって。なんかあったら自分から言ってるよ」

「……はぁ」

 

 ボロボロな身体なのは、もうむしろ開き直っている。それに観念してため息を吐く魔理沙。

 

「ま、良いや。お前らはここにいろ。異変はまだ終わってねぇからな。柊は外には出るな。フランが横にいた方が返って安全だろうしな」

 

「ああ、頑張れよ魔理沙」

「おう」

 

 再び箒に乗り込んで、何も言わずに地上へ戻る魔理沙。それを見送る柊。

 

「…魔理沙行ったし今なら俺の事殺し放題だぞ、フラン」

 

 横の少女はやられてはいそうですか、で終わらせるような奴ではない。柊はそう思っていたのだが。

 

「……そんな気分じゃない」

「そうか。……この異変このままじゃ俺たち抜きで終わっちまうぞ」

「良いよべつに……もともと私は関係ないもん…」

「そっか…なら暫く二人で話すか」

 

 二人は瓦礫を払い除けて、静かに歩き出した。

 

「…柊は……もういかないの?」

「まぁ…魔理沙にもここにいろって言われたしなぁ。それ破ったら流石に悪いかなって……まぁ、今更かもだが」

 

 チラリとフランを見て、柊が言う。

 

「あ、じっとしてろ、服の汚れ払うから」

「うん……ありがと。私もしてあげる」

 

 互いに肩の汚れを払い除けて、フランのベッドに腰かける。

 

「あ〜あのさ、言いたくなかったら言わなくてもいいんだけどさ…なんでこんなところにいるんだ? よかったら聞きたいんだが」

 

 フランは重く硬く閉めていた口を開く。

 

「……私は、ずっと仲間外れ。誰も何もしてくれない、だから何も知らない。生きた人間を見たのだって、咲夜以外じゃ柊と魔理沙が初めてだもん……」

 

「仲間外れ……って、自分から話しかけに行ったりはしなかったのか?」

「その前にお姉様が来て止めるんだもん…何も出来ないよ」

「この館の主人が、お前の姉さんか?」

「ええ私のお姉様……レミリア・スカーレットっていうの」

「姉妹なのか」

 

 フランがスカーレットが嫌だというのは、姉と同じだからか。

 

「その、レミリアって人ともあまり会う機会がないのか?」

「会ったって碌な話し合いになりゃしないわ。こっちの話なんて聞きもしないんだもの。部屋に戻りなさいの一点張りよ」

 

 話すたびにその時の記憶がよぎるのか、フランの面が不機嫌になっていく。

 

「この地下から出ようとしたことは?」

「ある、というかしたわ。したけど館の中には色んな罠がある。さっきのトラップもその一つよ。私の事があいつら嫌いなのよ」

「……そうだったのか、悪い事を聞いたな」

「別にいいわ、今更気にすることじゃないし」

「しかし、そうなると本当にどうするかだな」

 

 フランは一瞬目を瞑って、言った。

 

「私も一緒に行く」

「……ん、ああ。ひと段落ついたら上に」

「そうじゃなくて、貴方の所」

「……?」

 

 突然の言葉すぎて、柊は口籠もった。

 

「ええっと……」

「私は、ここから出たい。ここでずっとつまらない生活するぐらいなら貴方と一緒に行きたい」

「……」

 

 柊は考える。

 このままここにいても何も変わらない。なら、ここから出て、別の方法で紅魔館の問題を解決する方法を考えた方がいいかもしれない。

 

「……でも」

 

 柊はフランの抱く館に住まう者達の人間像について、一つだけ違和感を感じていた。

 

「……とりあえず全部知ってからでも、遅くはないと思うよ、フラン」

「……何が?」

「フランの話聞いてる限りじゃ……君が嫌ってる姉は、過保護過ぎる姉って人物像しか見えないよ。……ここに止めてるのにも何かがあってのことだと思う」

「理由って何よ。自分の家族を軟禁する理由なんて大体が自分可愛さよ」

「違うと思うが……でもまぁ理由も思いつかんな……うーん…でもなあ……なんだかな…」

 

 こっちの世界の人達の考え方には驚かされてばかりだ。と柊は半ば諦めて、フランに言った。

 

「……んーなら外出て直接聞きに行くか」

「え?」

 

よっと、と柊は重い腰を上げた。

 

「俺も手を貸すよ。それでもしお前の姉さんが本当に悪い人だったら知り合いの引き取ってくれる人の所まで連れてく」

「……むぅ」

「理由も分からずにここに居てもしょうがないからさ」

「そっか……」

「そうだよ」

「ふぅん……」

 

 柊はフランに尋ねた。

 

「お前は外に行きたくないのか?」

「無理よ。あいつら皆んなして私を攻撃するし」

「……話だけでも聞きに行こう。それがどんな理由であっても。知らないよりマシだ」

「……」

「自分の気持ちは自分にしか分からない。今のフランの思いの丈をぶつければ、きっと聞いてくれるよ」

 

 ブスッとした顔で、フランは言う。

 

「……でも、私じゃお姉様を倒せない。強いもの」

「だから言ってるだろ? 俺も手伝う、勝てるまで、何度でも戦ってやる。今日勝てなくても明日、明日勝てなくても明後日。何回でも戦ってやるさ」

 

 話してる途中、足の痛みに尾を引いて、視線をやる。

 どうやら破片が悪さをしていたようだ。

 

 横に散らばった破片を見て、何かに気づく。

 

「……やっぱそうだろうな」

「…?」

「……うん、フランの姉さんはフランを嫌ってるわけじゃないと思うよ」

「どうして?」

 

 さっき魔理沙が放ったレーザーで壊れた装置の一部を、柊はフランに渡す。

 

「触ってみて」

「……? 何? 何もないけど…」

「だろうな、けどこれ今握ってる俺はメチャクチャ熱いんだぜ」

 

 ほら、と破片を握っていた手を見せる。手は真っ赤に変色していた。

 

「フランには痛みを感じないようになってたんだろ」

「な、なんで?」

「仕組みも理由も分からんが、俺に害があってお前に害がないならお前を守る為の物な可能性が高いが」

「でも……さっきの光は!? あんなの、吸血鬼にしか効かないよ!」

「んー……」

 

 柊は腕を組み右上を見やる。

 

「暴れたときの緊急措置とか?」

「何よそれ……」

「何にしても、ここでまたじっとしてたら同じことの繰り返しだと思う。とりあえず進もう」

「ぁ……」

 

 グイッと引っ張られたフランは心配そうな顔をするだけで、そのまま付いていった。

 

 穴を開けてしまった先を見ると図書館に繋がっていた。

 

「ここから上に行けそうだな、行こう」

「……うん」

 

 フランの手を引いて歩いて行く。

 

 少し進むと、背中に羽の生えた女の子が倒れていた。

 

「あれが姉さん? 背中に羽あるけど」

「ううん、あれはパチェの使い魔だよ」

「へぇ。でもなんで倒れてるんだろう?」

「さぁ……」

 

 二人して考え込んでいると。バタン、と大きな音がした。どうやら後ろで何かが落ちたようで、振り向いた。

 

「……ん、そこでぐったりしてる人は?」

「…パチェ」

 

 パチェと呼ばれる少女は椅子に座って目を瞑っていたが、フランの呼ぶ声で起きたようだ。

 

「……殺しに来たのかしら。フラン」

「……そんなこと、しないよ」

「ならそこの人間に唆された? 大人しくすれば外に行けるって」

「……」

 

 徐々にフランの柊を握る手も強くなっていく。

 

「違うわ、私知りたいの。なんで姉様は私を外に出さないのか、なんで地下にあんな装置があったのか。教えて頂戴」

「……貴女に私から言う事はないわ。どうせ理解できないでしょうし、さっさと戻りなさい。また力尽くで牢屋に戻されるだけよ」

「ねぇ、パチェ。お願いだから話し聞いてよ……私もう暴れないから。本当に聞きたいだけなの」

「嘘。どうせ事情を言っても聞かないでしょ。今までだっ……」

 

 パチェと呼ばれている女の子の頬をフランの弾幕が掠める。

 

「おいっフラン…」

「……ほらね、少しでも自分の気に入らない事があったら力尽くで解決しようとする。悪い癖よ貴女たちの」

 

 涙目になってフランは肩を震わせる。

 

「私だって……我慢してたじゃない……なんで、なんで……そんなに酷いことするの…なんでそんなに意地悪するのよっ!!」

 

 ついにフランは涙を零しながら叫んだ。

 

「私が何したっていうの!?」

「フラン……」

 

 フランが声を荒げて叫ぶと、

 

「……貴女が力を扱えていないのは事実。そんな危なっかしい子を外に出したらどうなるか分かったもんじゃないでしょう。人里の人間を貴方が殺しでもしたら、巫女に退治されるわよ」

 

「……」

 

 フランの鋭い目つきは、パチュリーから逸れることはなく、彼女自身もそれを感じ観念したのか、溜息をつく。

 

「……はぁ、レミィに後で怒られるわね」

「いいもん! もう言うこと聞かない!」

「違うわ。私の話よ」

 

 ヨロヨロと椅子を立ち上がる少女を急いで支える。

 

「あら、悪いわね。でも大丈夫よ」

「…そうですか」

「フラン、それと貴方も。ついて来なさい」

 

 歩いても歩いても本棚ばっかりだ。こんなにおっきな図書館見たことない。

 というか図書館だけでも人里の中枢よりでかい。この館を外から見た時はそこまで大きくなかったはずだが。

 

「さっきは酷い言い草で気を悪くさせたわねフラン」

「…… いいよ、気にしてないから」

「隠さなくていいわ本音を喋りなさい」

「…すっごい気にしてる。絶対許さないわ、あとで一発ビンタさせて頂戴」

「……」

 

 ジーッと少女を睨むフラン。

 

「けど、私だって前に貴女達から許されないようなことしたし、おあいこ様よね」

「そう……」

 

 パチュリーは一瞬目を大きくした。今のフランには以前の気性の荒さだけでなく、冷静さも感じ取れたからだ。

 

「この騒動が終わったら一発ずつビンタしましょう、なんなら貴方は本を持ってもいいわよ」

「……それ私が不利じゃない。貴方のビンタに勝てるわけないでしょ」

「ふふっそこに気づくとは流石は魔法使いね」

「……でも、何があったのよ? そんな物静かに牢屋を出てくるなんて。ビックリしたわ」

「さっきも言ってたろ装置の仕掛けとお姉さんの真意が知りたいんだってさ」

「…貴方の入れ知恵ね」

 

 少女に睨まれ、両手を上げる。

 

「いや、そうじゃなくてさ……地下牢の装置に人間用の仕掛けがあっただろ? 熱が発生するやつ。あれはフランを守る為の物だと思ってさ」

 

 納得。といった顔になる。

 

「実際あれは何のための装置なんだ?」

 

「…フランにもしものことがあった時のための装置よ。あれはフランの弾幕を感知すれば太陽光と同じ成分の光が。他者の弾幕だったらそいつに向けてレーザーを放つように設計してある」

 

 やっぱりな。あくまでフランの為の装置だったって訳か。

 

「で、でもなんで!? お姉様は私の事が嫌いなんでしょ?」

「少なくとも私の知ってる範囲ではレミィは……今まで貴女の事を嫌いだと言ったことは無いはずよ、まぁあの子も貴女の事については不器用すぎて色々とトラブルを起こしてしまったみたいだけど……っとこれを見なさい」

 

 フランに数枚のプリントを渡す。そして柊も横からちょこっと覗いて見る。

 

「……これ、は」

 

 1枚目のプリントの一番上には『We live together』と書いてあった。

 

「シンプルな意味でしょ、『私達は共に生きる』そう書いてあるの」

「なんの目的で作られた紙なんですか?」

 

 パチュリーがフランに紙を渡す。

 

「この異変を起こすに当たっての計画書よ。霧を出して太陽光を防ごうと思ったんだけど──」

「ね、ねぇ!」

 

 フランが声を遮って話す。

 

「わ、私達って…!?」

「だから、貴女も含めてあるんでしょ」

 

 そういうと、どこからか他のプリントを取り出して、フランに見せた。そこには。

 

「『Flandre』……『フランドール』って……何? なんで私の事を書いてるの?」

「…レミィはいつも悩んでた。後悔してた。貴女をこんな方法でしか見守る事が出来ないのは私に力がないからだって」

 

「……やっぱり、フランを守る為に牢に入れてたんだな。万が一でも間違いを犯さないように」

「レミィの決断の原因はフランの暴走だったからね。レミィは特殊な力を持ってるからフランが遠くない未来他人を傷つけることを知ってた。不安定なフランを野放しにしていたらメイド妖精や咲夜達も危ないと分かってたのよ」

 

ちらっとフランを見て、続ける。

 

「まぁだから……フランを抑える役目もあったことは否定しないわ。一度の暴走なら兎も角フランが何度も暴走したら、皆んなが危ない目にあうしフランだって可笑しくなってしまうかも分からない。だから牢に入れていた。といっても鍵は開けてあったんだけどね」

 

 もう答えは出ているような物だが、柊はパチュリーに聞いた。

 

「……なぁ、思ったんだけどそもそもこの霧を出してるのは…」

「さっき言った通り、フランと一緒に外に出る為よ。レミィは今回異変を成功させた暁にはフランを解放させるつもりだった」

「……これで、謎が解けたな。」

 

 フランの頭に手を置いて語りかける。

 

「…家の趣味は悪いけど、悪いお姉ちゃんではないってことだな」

「……私の家でもあるのよ」

「趣味が悪いのは事実だろ……それはそうと」

 

 ポンポン、と二度頭を撫でて。

 

「ここまで知ってフラン、お前はどうするんだ?」

「…え?」

「なんで地下にあんな装置があったのか、なんで地下に入れられてたのかはもう分かったんだ。目的は達成しただろ?」

 

 少しの間下を向いてから、柊に向き直す。

 

「柊はどうするの?」

「……そうだな、もう身体もだいぶ回復したし……」

 

 手を何度か握り直し、フランに言った。

 

「魔理沙には止められてっけど、俺は異変を止めに行く。フランと姉さんの想いを裏切る形になるのは悪いけど今出てる霧は人間にとっては有害なんだ。それは見逃せないよ」

 

 ふぅん、と呟いてから、フランは立ち上がった。

 

「じゃあ私も行く!」

「ん」

「私…お姉様に謝りたいわ。それに霧なんかなくても一緒にいたいって! …私言いに行くわ!!」

「よし、じゃあ行くか」

 

「あーあほんとに、長かったわ」

 

 ひとしきり説明を終えた少女は再び椅子に座り込む。

 

「お疲れ様でした、寝室に運びましょうか?」

「結構よ、私はここでいいわ。それより早く行ってあげて頂戴。フランもね」

「はい」

「うん!」

 

 フランに運ばれて行く柊を見届けてから、椅子にもたれて眠った。

 

 数分してから、フランは再び口を開く。

 

「……ねぇ、なんで?」

「? 何が?」

「貴方は私より弱いわよね?」

「え、あ、う、うん……そうだな」

 

 ストレートに言われると、ショックだが、確かに俺は強くはないと思う。

 

 オーズに変身できる能力を持っているが、その強さは本物よりも数段、数十段下だ。でもそんなことはどうでもいい。

 

「姉様と戦うのは、怖くないの? 私だって怖いのに」

「あ〜……まぁ、怖いけど」

 

「けど?」

 

「さっきも言った通り、この霧で人里の皆んなを危険に晒し続けるわけにはいかないってのと霊夢達の助けになりたいのと……あと」

「あと?」

「お前も出来れば助けたいからかな」

「ふぅん……そっか」

「お前はなんで戦うんだ?」

「えぇとねぇ、私が柊を守りたいから、かな」

 

 満面の笑みでそう言うフランに笑って返す柊。

 

「それじゃあ……姉さんに一泡吹かせに行くか!」

「うん!」



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8話 初めての気持ちとグングニルとぶん投げタトバ

「夜は私の時間。戦う相手も、時間も悪かったわね」

「うっさい! 万全の状態だったらアンタなんてギッタギタにしてとっくに異変解決してるわよ」

 

 現在の状況的には、霊夢が圧倒的に不利で、下手したら負けるほどダメージを受けている。

 

「よっぽど咲夜に苦戦したのね、博麗の巫女」

「んなわきゃないっての」

 

 レミリアが、ふと霊夢から視線を逸らし斜め下を見る。それにつられ霊夢も後ろを見た。

 

 

「私も混ぜろ────!!!!」

 

 ミニ八卦炉をレミリアに向けながら、箒で接近する魔理沙。

 

 

「あら、あの子がフランを檻から出した子?」

「ええ、多分ね」

 

 二人の声が聞こえない魔理沙は、大声で。

 

「何コソコソ話してんだ!!」

「別に、なんでもないわ。それよりもあいつが犯人だからやりなさいよ。今日は魔理沙に譲ってあげる」

「は? いやもう私全然魔力ないぜ? 私はサポートに回るからお前だよりだったんだが」

「は?」

「は?」

 

 お互いの顔を見遣って、霊夢が怒鳴った。

 

「どーすんのよ!? 私もかなり力使ったわよ!?」

「いやいや……本職とかいっつもいってるし、いつも通りのテンションで早くあいつやっつけてくれよ!?」

 

 魔理沙も負けじと、反論する。

 

「今日は諸事情で疲れてんの! いっつもあんた元気じゃないの! こういう時だけへばらないでよ!」

「お前異変解決だって時に諸事情で疲れてるなんて話しにならんぜ!? 無責任巫女!」

「うっさい!」

「なんだやる気か!?」

 

「あら、万事休すかしら?」

 

 レミリアがどす黒い笑みで二人へと突進してくる。

 

「!! 来るわよ魔理沙! 見かけによらず強いから気を付けなさい!」

「わーってるよ!あいつの姉ちゃんだもんな!」

 

 レミリアは魔理沙の言うその言葉に一瞬反応を示した。

 

「あいつの姉ちゃん……?」

 

 魔理沙の呟きに反応するが、すぐに切り替える。

 

「まぁいいか……貴方たちはここで終わりにしてあげる」

 

 冷徹な笑み。正に館の当主、吸血鬼に相応しい者だ。

 

「ふん、やれるならやってみなさいよ」

 

「それじゃお言葉に甘えて」

 

 両の手から、どす黒い色の弾幕を捻出する。

 

「げ」

「お前、焚き付けてどうすんだよ!」

「はぁ……売り言葉に買い言葉だったわね…やっちゃったわ」

「異変は私の勝ちのようね、博麗の巫女」

 

 魔理沙は霊夢がレミリアに向けて挑発した事について、焦っていた。

 

(まずいな、あの姉ちゃんのスペルは今の私達で止められないかもしれん……)

 

 魔理沙にはわかるのだ。彼女の纏う魔力が。

 

 赤黒い弾幕はレミリアの両脇に携えられた魔法陣から発射される。その数はざっと見ても100以上はあるだろう。

 

「魔理沙!あんたがなんとかしなさいよ!」

「くそっ、うちの巫女さんは無茶ばかり言いなさる子だな!」

 

 魔理沙は箒に跨ると、そのまま一直線に飛び上がる。

 

「霊夢、一旦引くぞ!!」

「え?なんで!?」

「このまま戦っても勝てる相手じゃないってことくらいわかんだろ!?」

「うぐぐ……だけどこのままじゃ霧が…」

「私は移動に専念する! 来る弾幕はお前が防げ!」

「…仕方ないわね!」

 

 言われた通り、霊夢は陰陽玉でレミリアの弾幕を相殺していく。

 

「いい腕だわ、博麗の巫女。それじゃ、もう一段階ギアを上げるわね」

 

 レミリアは左手をかざす。

 

 すると先程よりも遥かに密度の高い赤いレーザーが放射状に放たれた。

 

「なにこれ、こんなのどうしろっていうのよ……」

「こんにゃろッ!!」

 

 魔理沙の放つレーザーがレミリアの弾幕を掻き消す。

 

「これも防ぐか……やっぱりやるね」

 

「はぁ……はぁ」

「魔理沙、あんたまだやれる? ずっと後手に回るわけにもいかないでしょ」

「……ああ、やれる。やってやるよ。やるしかないだろ……いくぜ吸血鬼」

 

 魔理沙のただならぬ雰囲気を感じ取り、レミリアは笑う。

 

「味見してあげる。見せてごらんなさい」

「ああ見せてやる! これが私の全力全開だ!」

 

 魔理沙を中心に魔力が渦巻いていく。魔理沙は残り少ない魔力を使ってスペルカードを発動させた。

 

「魔砲『ファイナルスパーク』!!」

 

 魔理沙の手に握られたミニ八卦炉。そこから極太のレーザーが発射される。

 

 そのレーザーは今までのものより数倍の大きさを誇り、まさに魔理沙の全身全霊の一撃だった。

しかしそれは簡単に弾き返されてしまう。

 

「……はぁ?……マジ、かよ」

「前菜にしてはいい威力だったよ。マリサ。それじゃあ、メインディッシュを味合わせてあげる」

 

 レミリアの右手に溜められた弾幕は槍の形状へと変化する。

 

「神槍『スピア・ザ…」

 

 右腕を後ろに引く。

 

「グングニル』──!!」

 

 放たれた一本の赤い光は霊夢と魔理沙へ一直線に向かう。

 

 レミリアの弾幕は、誰が見ても、疲労困憊の二人に止められる代物ではない。

 

「防げっ!!」

 

 魔理沙は密集された星型の弾幕を、霊夢は結界を張り、応戦する。

 

「ぐぅ!!?」

「流石に高威力ね…耐えなさい魔理沙!」

 

 二人で特大の槍状弾幕を押さえる。

 

「ぬ、ぬぅぉぉおおお!!!!」

「あぁもう……しんどい!!」

 

 苦しい顔になりながらも、気迫の入った声を荒げるが、徐々に押されて行く。

 

「魔理沙、本気でやってる? 全然勢い変わらないじゃない!! こ、これ本気で負け……!」

「これで全力だ!! お前の方こそ……もっと、上げろ、ぉ!!」

 

 二人の全力の抵抗むなしく、グングニルの勢いは全く落ちない。

 

「こ、これ私達死ぬんじゃないか…!? ぐぬぬぬ!!!」

「死にたくな、かったら…抑えてよ!」

 

 目を瞑り、手に全集中を注ぐ。だが、グングニルはもはや二人で抑えられる勢いではない。

 

「もう限界だ! すまん霊夢!」

 

 二人は必死に堪えるも、この攻撃は霊夢達の想像以上に凄まじく、このままでは押し切られてしまうだろう。

 

「ちぃっ……」

 

 霊夢は舌打ちをする。そして目を窄めて、苦痛の顔を浮かべた。

 

(本当にここまでだわ……ったく。私らしくない余計なお世話さえしなければ……影響受けたのかしら)

 

 もう無理か、と半ば諦めに入った霊夢だったが。

 

「きゅっとしてドカーン」

 

 そんな言葉と共に、グングニルは突然消滅した。

 

「!?なんで…なんでその子がここに…!」

 

 レミリアの視線につられて二人は後ろを見る。

 

「……任せたまんまで悪かったな、二人とも」

 

 フランに抱えられながら、ヘトヘト顔でこちらを見る柊。

 

「全く、お前って奴は……何やってんだよ」

「……ごめん、やっぱ気になって」

「ま、助けてもらって説教もクソもないしな。ありがとよ」

 

「どういたしまして……変身!!」

 

 オーズドライバーを傾け、スキャナーをスライドさせる。

 

 ──タカ! ──トラ! ──バッタ!

 

 ──タ・ト・バ! タトバ! タ・ト・バ!!

 

 

「 貴方……何者?」

「えーっと……フラン、どうぞ」

「弱いけど……強い人。私のはじめての友人ってとこかしら?」

「だそうだ」

 

 うんざりした顔でこちらを見る館の主人。

 すると横からヤジが飛んできた。

 

「カッコつけてるけど、私の力ありきなの忘れんじゃないわよ」

 

 こちらを見るなり、急にイラついた顔で言う。

 

「あ、そうだ……霊夢ありがとな。霊力分けてくれたんだよな? ほんとに助かったよ」

「そう。あとで説教だから覚えときなさいよ」

「なんで!?」

 

 はー、と溜息をつく霊夢。

 

「門番寝かせたら帰れって言ったでしょうが」

「……あ、いや」

「まぁ良いじゃねえか! 助けてもらったんだしさ!」

「そもそも! そいつが私の霊力持っていかなきゃ私一人で対処できたっての! いいわね?」

「ああ、フランも……ん」

 

 自分を抱えて空を飛んでいるからか、感覚が直に伝わる。腕の震えが、直に伝わる。

 

「……大丈夫だよ、フラン」

「…! うん……大丈夫!」

 

 返事をするかのように、強く握り返された。

 

 まだ身体は震えてはいるが、心はもう大丈夫だろう。フランはとっくに覚悟を決めている。

 

 

「……フラン。どういうことかしら? 中に居なさいって言ったわよね?……ここに居る理由、言いなさい?」

「もう私逃げない、引きこもって、みんなを恨み続けたって私もきついし、お姉様にとっても辛いことだろうと思うから……戦うの! お姉様と! そしてお姉さまと外に出る!!」

 

 レミリアが眉間に皺を寄せ、冷徹に言う。

 

「貴女が? 私を倒して? ふふっ面白い冗談ねフラン」

 

 レミリアはフランに急接近し、蹴りを入れる。

 

「ぎっ……!」

「この程度で呻き声を上げる癖に私に勝つって?」

「そうよ!」

 

 右手でガードしてそのまま弾幕を放つ。

 

「ちょっフラン!! 俺落ちる!!」

「永遠に堕ちてなさい」

 

 レミリアは標的を変え。翼をはためかせて、柊を蹴り飛ばした。

 

「いってぇっ!!」

 

「非力な男」

「姉様、よくもやったね?」

 

 レミリアはフランのレーヴァテインを蹴り上げて再び空中戦を行う。

 

「ほら」

 

 フランは、魔力を溜め込み、一気に放つ。

 

「ふんっ、そんな攻撃で私に勝てるとでも思ったのかしら」

「くっ……!」

 

 レーヴァテインを造りレミリアに突っ込むが、その前にレミリアが先手を打つ。

 

「無駄よ!『スカーレットディスティニー』」

 

 無数の槍状の弾が放たれ、フランは直撃してしまう。

 

「うがっ……っ!」

 

 仰け反りながらも、更に巨大なレーヴァテインを生み出し無理やり弾幕を弾き飛ばした。

 

「……ふぅ」

「やるじゃない……成長したという事かしら」

「私はもう昔の弱い自分とは違うわ」

「それはどうかしらね」

 

 フランが徐々に力を溜めつつあることにレミリアが気づく。

 

「……今に分かるわ」

 

 

 ♢ 

 

 

「霊夢! 柊は任せる!私はフランの方に行く!」

「分かったわ」

 

 言って、魔理沙は柊の元へ飛んだ。

 

 フランとレミリアは、本気の殺陣を始める。

 漆黒の剣と灼熱の刃。互いに鍔迫り合いをするが、どちらも一歩も引かない。

 

 

「フラン! 我儘を言うのはいい加減やめなさい…!」

「もう私は良い子でいるのはやめる。貴方の言葉に従う引きこもりなんて飽きたわ……それに……どうして分かってくれないの!」

「何の話をしているの……! 貴方は本当に分からない……!」

「分からないなら教えてあげる! お姉様も本当は私にここに居て欲しいんでしょ!?」

「…………!」

 

 フランの一言がレミリアに刺さる。

 

「だから……私の邪魔しないで、この世界を壊しちゃいけないって言うんだったら、壊さなければいいだけの話でしょ」

「……ッ…… その通りだけれど、でもそれが出来ないことは自分が一番よくわかっている筈でしょ? 貴方は賢いんだから余計にね」

「じゃあお姉様は、私をどうしたいの?」

「……私は……貴方を……」

 

 それから先の言葉は中々紡がれず、フランが話を続けた。

 

「……『We live together』」

「! それ……フラン、なんで……」

「もういいよ、お姉様」

「……」

 

 レミリアは一瞬黙ったかと思いきや。

 

「……もう何を言っても止まらないわね」

「ええ! お姉様が何言ったって……聞かないわ! だってお──」

「なら、力尽くで眠らせてあげる。悪い子にはお仕置きしなきゃ」

 

 腹に肘を入れ、翼を鷲掴み、そのまま背中に蹴りを入れ続けて、抵抗させないまま、下に叩きつける。

 

「ぐぅううう!!!」

 

 

 ただ、フランもすぐに上昇し、取っ組み合う。

 

「く、ぅ……!」

「姉に実力で勝とうなんて……甘いのよ……!」

 

 両手を互いに掴みあう。鷲掴み合む力を高め合いながら睨む…が、フランが一瞬力を抜く。

 

「!」

 

 するとレミリアも力を抜いて一旦引いた。

 

 その行動でフランは確信する。

 

「なんで、力抜いたの」

「……別に、様子を見ようと思っただけよ」

「嘘よ! そのまま握ってたら私を傷つけちゃうからでしょ!?」

「……急にどうしたのよフラン……こんなの見えなかったのに……」

「……私は」

 

 内心グチャグチャで何から話せばいいんだろう。そうくぐもっていても、フランはどうにかして気持ちを伝えようとする。

 

「……もう、こんなの嫌。気持ち悪いだけだわ」

「……」

 

 フランがレーヴァテインを消した時。

 レミリアも手にしたグングニルを消した。

 

 

 思いっきり首を横に振る。

 

「それだけ、じゃない…この霧は、私を外に出す為の霧でもあるから.」

「……そんなこと、誰から聞いたの」

「パチュリーよ、それにその事が書いてある紙も見た。 お姉様が私と一緒に外に出られるよう画策していたことだってもう知ってる」

「……そう」

 

 一瞬フランの脳裏によぎる数百年前の記憶。精巧には覚えていないが、そこには小さな少女が映っていた。

 

 血塗られた腕と、誰かを抱擁する腕。

 

「……お姉様は今まで私を守ってくれてた」

 

 何十年も、何百年も。レミリアはフランの未来を見続けていた。いつ誰に危害を加えないか、危害を加えられないか。

 

「あの時はお姉様のやっていた事わたしには難しくて分からなくて…何回も傷ついた…けど」

 

 レミリアの手を握り、フランは言う。

 

「今ならわかる……お姉様は私を守ろうとしてくれてた。だから、今度こそちゃんと謝りたい」

 

 そしてフランは頭を下げた。

 

「ごめんなさい」

「フラン……」

 

 それを見たレミリアはしばらく呆然としていたが、やがてクスッと笑った。そしてレミリアも、申し訳なさそうな顔をする。

 

「……フラン……私も、いえ、謝るべきは私の方よ」

「……え?」

 

 思いがけない返答に、戸惑う。

 

「……その、今回もまた、愚かな人間に言いくるめられて暴れたのかと思ってたわ。……でも本当に違うのね」

 

 苦しそうな顔でレミリアは続けた。

 

「私は貴女の意見を聞かずに…勝手に閉じ込めた。それしか貴女を守る方法がないと思ってたから。そんな訳ないのにね。ごめんなさいフラン……たった一人の…私だけの妹なのに、私に貴女を助ける力がなくて」

「! そんな事──」

「あるのよ、そんな事。現にこうして、貴女の気持ちに気づけなかった。こんなにも長い間」

 

 フランの頬を伝う涙を、レミリアが払う。そしてレミリアはフランより近づいて、フランの身体を抱きしめた。

 

「……お姉様、私、自分の悪い部分とも向き合うから、頑張って衝動も抑えるから…だから」

「……ごめんなさい、そうよね、私はどうしようもなく愚かだから…近づこうとしなかった。こうしてただ抱き締めてやれば良かったのよね」

 

 今までの鬱憤が溜まっていたかのように泣きじゃくるフランに、優しく語りかけるようにレミリアは言った。

 

「結局私は助けられてばかりなのね。……私がもっと早く勇気を出していれば良かったのに……」

 

 そして、花のように透き通る笑顔でフランに告げる。

 

「本当に貴方を愛してる。貴方は世界でたった一人の私の大切な妹よ」

 

 この異変は解決だ。

 

 

「私もごめんなさい。……これからは、力の制御だって頑張るから、私もっとお姉様とお話ししたい」

「……無理に歩み寄ろうとしなくてもいいわ。貴女があの人間に助けられたのなら、あいつについて行っても……もう、わたしには止める資格なんてないし」

 

 フランには理性がない、と決め付けていたレミリアには、今のフランを咎める権利はなかった。だが。

 

「そんな必要ないわ。だって今ならちゃんと分かり合えるでしょう?」

「……私は──」

「……ありがとう、お姉様。でももう大丈夫だよ」

「……! ……そう、分かったわ」

 

 優しく手を離す。だが、心は確かに繋がったままで。

 

「 でももしお姉様が私にやった事に納得いかないんなら、弾幕ごっこで白黒つけましょお姉様!」

「!……そうね。それなら互いに溜まってた今までの鬱憤も全部ここで出し切っちゃいましょう。けどフラン! やるとなったら私も全力で行くわよ?」

 

「構わないわ! こっちには柊がいるんだもの! お姉様、私もこの戦いでこれまでの嫌だったこと全部ぶつけるわ!そして、 これからのお姉様との楽しい日々の為に戦うの!」

 

「……えぇ、いい覚悟だわ。それでこそ私の妹よ」

 

 これまでの贖罪、その為に戦う。もはやこの異変に危険性はないだろう。

 

 今から始まるのは、ただの姉妹喧嘩だ。

 

「あとは……霧が無くなれば一件落着だな」

「ったく人騒がせな姉妹だぜ」

 

「は〜私はこれで終わってせいせいするわ、ほんとに疲れたんだから今回の異変…って柊!」

 

「ん?……って!!?」

 

 弾幕がモロに当たる。それは見た目以上に高威力で、中に鉛玉を埋め込んでいるかのようだ。

 

「いたた…なんだぁ!?」

 

 

 ♢

 

 

「……貴女の王子様、へぼっちいけど?」

 

 クスッと笑う。

 

「あれえ? 友人から知人に格下げかなぁ?」

「フランあなた意外と辛辣なのね…」

「ちょっと待っててね?……やっ!」

 

 一気に柊の元まで跳躍するフラン。

 

「柊! 手を掴んで! お姉様やっつけるわよ!」

「え…いや、姉妹喧嘩に割り込むのは……」

 

 フランが手を掴み、空を飛ぶ。

 

「いいから一緒に戦ってよね!」

「そこまで言うなら手伝うよ」

 

 柊とフランが並び、レミリアと対峙する。

 

「うふふ、何人で来ようとも私には敵わないわよ?」

「円満に解決したのはいいけどさ、霧払ってくれよ」

 

 レミリア、その顔は、清々しく、何か吹っ切れたような顔で、子供の体躯とは思えないほど凛々しく見える。

 

「そうね、色々と悪かったわ。そしてありがとう礼を言うわね…私はレミリア・スカーレット。よろしく」

「そうか、俺は夢知月 柊。よろしく。霧払って」

 

「ええ、よろしく夢知月。貴方の血液型は何かしら」

「あんたも咲夜って人の話信じてんのか?……一応言っとくけどO型ってアルファベットのOじゃなくてゼロって意味だからな。あと霧」

「ふーんそうなの? その話は追々聞かせて頂戴」

「なんで無視すんの……」

「ふふ、霧なら私を倒したら払ってあげるわ」

 

 そう言うとレミリアは翼を広げてこちらへ接近する。

 

「フラン、俺を抱えてちゃ戦いづらい筈だ、俺に気にせず戦え!」

 

 バッタレッグを起動する。そして壁を蹴り跳躍し、レミリアの元へ。

 

「ふふ、私の妹を救った人間の力…見せてもらうわ!」

「はぁ!!」

 

 吸血鬼の固有能力ともいえる、鋭利な爪。それにトラクローで対抗する。

 

 互いに立てた爪が交錯し、甲高い音を立てる。現状、互角だった。 

 

「やるわね!」

「いや、あんた力抜いてるな!」

「いいえ? これの為に時間を稼いだだけよ」

 

 レミリアは横に魔方陣を召喚。

 

 魔方陣から射出される弾幕が柊を覆う。

 

「ぐっ!」

 

 なんとか避けようとするが、数が多く被弾してしまう。その隙を狙ってレミリアが腕を振り上げる。

 

「ぐぉぉ……あぎぎぎ!」

「へぇ……! これを抑えるのね」

 

 レミリアの爪をトラクローで間一髪抑え込む。 

 

「フラン!」

「うん!」

 

 レミリアが後ろに下がると同時にフランがレミリアの懐に飛び込んでいく。

 

「禁忌『レーヴァテイン』!」

 

 フランがスペルカードを発動すると、右手に炎剣が出現する。

 

「はああああ!!!」

 

 そのまま勢いよく振り下ろす。

 

 レミリアはそれをバックステップで回避するが、フランの攻撃はそこで終わらなかった。

 

 フランが手をかざすと、レミリアの周囲に無数の魔方陣が現れる。

 

「禁忌『クランベリートラップ』」

「ぐぁっ……!」

 

 魔法陣から次々と魔弾がレミリアに炸裂する。

 

 しかしレミリアもただでは倒れず、両手を広げて力を溜め始める。

 そして一気に手を握ると、フランが展開していた魔方陣が一斉に消滅した。

 

「はぁ……はぁ……もう終わりかしら?」

 

 レミリアが余裕そうな表情を見せる。

 

「そらっ!」

「!?」

 

 いつの間にか姿を消していた柊がレミリアの背後から蹴りを入れ込む。

 

「ぎっ……! その足で跳んで姿を隠してたか……!」

「!」

 

 レミリアは負けじと柊に接近し、肉弾戦へと移る。

 

「はい、ほい」

「ッ…!」

 

 レミリアの拳や肘打ちが、まるで大砲のような威力を持って繰り出される。だが、それはフランによって阻まれた。

 

「させないよ? 禁符『禁じられた遊び』!」

 

 レミリアの周りに大量の魔方陣が展開される。そこから放たれたのは魔弾ではなく、剣だった。

 

「良い連携じゃない。通用すると思うわよ、私以外にはね」

 

 レミリアは両手からチェーンを出し放たれた剣全てを包括した。

 

「まだだよ」

 

 フランが指を鳴らすと、レミリアが立っていた場所に大爆発が起こる。爆風に煽られ、レミリアが体勢を崩したところに柊の追撃がすかさず繰り出された。

 

「甘いわね!」

 

 追撃は華麗に迎撃され、柊は吹き飛ばされた。

 

「あら? もうおしまい? まぁ良いわ、フラン! 私も疲れてきたし、ここいらで異変を終わりにしましょう」

 

 レミリアはその手の平を開き、力を集める。

 

「ええ、お姉様!」

 

 レミリアに呼応して、フランも手のひらに力を集める。

 それはただ、お互いの全ての負の想い捻り出した弾幕である。

 

 互いに今までの嫌な記憶を、爆散するようにとありったけ込めた願いの力。

 

 

 ♢

 

 

「ぶえっ…げほっげほっ……!まずい!!」

 

 どう見ても、レミリアの貯めたエネルギーの方が大きい。このままではフランが押し負ける。

 

「近くにいるのは……」

 

 手が空いていて、かつ一番近い──霊夢に向けて声を荒げた。

 

「霊夢! 頼む俺を投げ飛ばせ!! 説明はなし! せーので投げろ!」

「!?」

 

 いきなり問いかけられた霊夢は一瞬停止するが知るかと言わんばかりに柊は準備を進めていく。

 

「行くぞ!」

「え!? ちょ……ああ、もう!!」

 

 流石の対応の速さで、言われた霊夢はすぐに柊の襟首を掴む。

 

「「せーの……で!!」」

 

 かつてない邪気のこもった笑顔で。霊夢はぶん投げた。それと同じタイミングで、渾身の力で地面を踏み抜く。

 

「うぉおおおおお!!!」

 

 オースキャナーはもう使わない、否使えない。体力がもう残っていないのだ。霊夢の霊力補給抜きにスキャニングチャージはできない事は理解している。

 

 だからこそ、最大限に威力を込めるにはこれしか思いつかなかった。

 

 

「タトバ……オラアァ!!!!」

 

 

 ♢

 

 

 赤い翼で飛柊し、拳を突き上げるように構える。右足に全エネルギーを集め、その勢いのまま跳躍する。右足の先に炎が灯り、全身に力がみなぎっていく。

 

「は!? 貴方も……いいわ! 二人揃って全力で来なさい!」

 

 勢いをつけただけのただの蹴りで、レミリアの弾幕を押し返す。柊にはそれしか思いつかなかった。

 

「柊!?」

「フラン思いっきりぶちかませ!!」

「うん! はぁあああ!!」

 

 フランの放った弾幕を加速させるように蹴りを繰り出す。

 

「をりゃぁぁああ!!!!」

 

 それはレミリアのレーザー型弾幕とぶつかり合い、交差した。

 

「っち! 押されてる……!」

 

 

「人間弾幕とな……小賢しい…非力な人間が随分と派手にやるものね!」

 

 レミリアは先程までの余裕綽々な態度から一変し、額に汗を浮かべていた。

 

 レミリアが放っているのは、自身の魔力と妖力を混ぜ合わせた強力な弾幕である。しかし、その弾幕はあまりにも強力すぎるため、レミリア自身長くは持たないことをレミリア自身がよく理解していた。

 

 

「負けないよ! 私は! だって今なら進むしかないもの!!」

 

 気苦労なんてない、フランの裏のない言葉には確かに力が宿っていた。だが。

 

「くくっ成長したわねフラン。……それでも、勝つのは私! たかが二人の力くらい押し返してやる!!」

「グゥぅクッソ〜!!」

 

 フランの気合だけでは押し返せないだけの力の差がある。そう、フランの気合()()では。

 

 

 ──《SCANNING CHARGE》! 

 

「……なっ押されている!? なぜ!?」

 

 電子音声と共にオーズドライバーからエネルギーが解放され、右足に収束する。

 

「この一撃に全部込める……!……ぁぁあああ!!」

 

 柊の気合いも込めた、全身全霊の一撃。この一撃で必ず勝敗が決まる。

 

「フラン! 決めるぞ!!」

「うん! 行くよ!? 柊も私より大っきい力を振り絞ってみなよ!」

「ああ、行くぜ!!」

 

「「はぁぁぁぁああああ……」」

 

 

「「せいや──ー!!!!」」

 

 蹴りを繰り出した柊の足にOOOの紋章が浮かび。

 

「……ふふ、強くなったわね、フラン」

 

 爆発した。紅魔館全体が震えるほどの衝撃が走る。そして紅魔館の時計台が粉々に砕けた。

 

 その破片は空高く舞い上がり消えていく。

 

「ゼェ…ゼェ…や、やったのね……」

 

 爆風の中から、ボロボロになったレミリアが現れる。

 

「……暫く寝るわ」

 

 一人空に向かってそう言い残しながら、目を瞑った。

 

「落ち…るぅう!」

 

 そして変身の解けた柊はそのまま落下して行く。

 

「柊! 手、掴め!」

 

 呼びかけながらこちらに近づく魔理沙。

 

「ま、りさ!」

 

 柊は魔理沙との位置、地面との距離を咄嗟に測って気づいた。

 

 ──あ、ダメだ。マジか、これで俺の人生終わるのか。

 

 けれど柊は助かった。

 

「危なかったな…無事か?」

「…え?」

 

 白髪の少女が、柊を掴んでそう言った。

 

「まったく、世話の焼ける奴だなお前。凄い心配されてたんだぞ?」

 

「あぶねーな!! 助かったぜ! そこのお前!!」

「ああ、知り合いに頼まれたんでな」

「……知り合……」

「ま、それは後で話す。もう寝てて良いぞ……ってもう寝てるし。喋りながら寝るなんて器用な奴」

 

「これで異変は解決かしら? 霧……はもう晴れてるわね」

 

 霊夢は、先程まで霧だったものが今は青空となっているのを見て呟いた。

 

 これで、紅霧異変は無事幕を遂げた。

 

 

 



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9話 一歩と仲直りと紅霧異変解決

「ほらほら早くお姉様、もう起きてるかもよ〜?」

「そう慌てないでフラン。ふふ、でもまぁはしゃぐのもたまにはいいかもね」

 

 走りながらドアを開ける金髪の少女。そして後ろから微笑ましそうに見つめる青紫色した髪の少女。

 

「お嬢様、本当によろしいのですか?」

「ええ大丈夫よ、それとも貴女は姉妹水入らずの時間を妨げるのかしら?」

「滅相もありません。どうかお気をつけて」

「ありがとう」

 

 正面を向きなおすと日傘を差している金髪の少女は足を止めてこちらを見ていた。

 

「どうかした? フラン」

「私、今から本当に外に出れるのね……」

「ええ、そうよ。というか貴女私と闘った時に出たでしょう?」

「あれは違うわ、ノーカンよ。今日から初めてだもん」

 

 クク、私に似て身勝手ね。レミリアは笑いながら思った。

 自分はこんなにも自由なのに、この子は閉じ込められて生きてきた。でもそれももう終わりだ。

 

「だって、私とお姉様が一緒に外に出かける初めての日でしょ? だったらそれが私にとっても初めて外に出る日だよ!」

 

 向日葵のような屈託のない笑顔で、無邪気な言葉を発する我が妹。

 それは何者にも変えられない大切な子。

 その子にこんな事言われて嬉しくない奴なんかいないだろう。

 

「……そうね、この一歩でようやく皆んな家族だものね」

「うん! だからほらほら美鈴も咲夜も! 皆んなも集まってよ!」

 

 自分と妹を見守る者達を招集する。一体この子は何をする気だろうか。

 

「せーので、この門を渡りましょ!」

「……ふふ、分かったわ。そうしましょうか、貴女達も付き合いなさい」

 

 咲夜、美鈴、そして妖精メイド達が集う。

 この一歩は私達の一歩、そして皆んなは私達の家族同然だ、そりゃ当然全員で渡ろうということにもなる。そして私の家族達の顔を見ると、自慢の門番はおろか最高の従者まで顔が綻んでいるではないか。私の親友は照れ臭そうにしているけど。

 

 考えてみれば、こうやって皆んなで何かをやる事というのは極端に少なかった気もする。

 

「……さて」

 

 さぁ行こう、私達は今ここから始まるんだ。

 

 そして、私は思う、この瞬間に。

 これから先、幾度と無くあるであろう出来事を。嬉しいことだったり嫌なことだったり、それこそ多くの出来事を。

 その度に思い出すのだ、私がどれだけ幸せなのかを。

 

 これはそんな幸せの始まりの話。私は、今日という日に誓おう。この幸せを絶対に忘れないと。

 何故ならこの約束は、今までも、そしてきっと、未来永劫、永遠に守られるのだから。

 

 もう私は、二度とこの子を裏切らない。

 

 そして、全員揃ったところで彼女は言う。

 

「うん、 それじゃいくよ〜? せ──っのっ!!」

 

 

 

 ───────────────

 

 ────────

 

 ────

 

 

 夢を見た。

 洒落た服を着た二人の姉妹が笑顔で、話している。それを見るのは微笑ましいが退屈で、退窟だった。

 

 眼を開ける。そう脳に信号を流す。けれど以前眼は開けられない。

 

 この体験はいつぶりだろうか。

 開けようとしてもなお、重い瞼。なんとか半目になりながらも陽射しを受ける。

 

 

「く、ぅぅ……」

 

 不思議と身体は重くない。完治しているからか、スッと動く。

 

「貴方……もう自分で動けるのね…」

 

 長い綺麗な銀髪に三つ編み、真ん中分けした前髪でも子供らしさを感じない。

 それより奇妙なのは服だ。

 

 紺と赤左右で色が違う服を着ている。新種のお洒落か。

 

「……院長さんですか?」

「ええ、八意 永琳です。それよりも……」

 

 永琳と呼称する少女は柊の喉仏などを触診しながら呟く。

 

「喉も声も異常なし…異常がないことが異常そのものね……いや、おかしくはないのかしら…」

 

 どうにも要領を得ず困り果てた様子で永琳は呟く。

 

「とりあえず待っていてください」

「?……はい」

 

 言われて待つこと数分弱。

 

「おっはよ〜! 柊! 久しぶり!!」

「わっ!?」

 

 元気に布団に抱きついてくるフラン。

 

「おはよう…俺は久しぶりではないかな」

 

 寝てる体感も一日くらいしか感覚がなかった。だから一日寝て、ここで寝てたらフランが来た。という感じだが、フランの言葉を察するにあれから大分時間が経ったのだと理解した。

 

「まぁいいや……うっ!」

 

 立つと少しばかり身体に痛みが入る。

 

「あら? 情けない姿をフランに見せないでくれるかしら?」

 

 素直に歩けばいいものを、わざわざ天井スレスレに飛んでくるレミリア。

 

「久しぶり…ですね、レミリア()()

 

 レミリアがニヤリ、と笑った。

 

「あら、しっかり立場を弁えてるのね。あいつらと大違いだわ」

「霊夢達? あの気が強い人たちとは一緒にしないでくださいよ…」

 

 そう言いながら、柊は少しだけ身構えた。

 

「ふ〜ん…ま、なんでも良いけど」

「?」

 

「仮にも私に勝った奴にメソメソされてたらこっちが腹立つのよ」

「いっづ!!?」

 

 布団の中の足のすねを蹴られる。

 

「早く元気出してフランの遊び道具になる事ね」

 

「いつでもお家に来てよ、 一緒に遊ぼ」

「もう殺し合いは勘弁だぞ?」

「にひ、わかってる」

 

 一通り話すと、身支度を始める二人。

 

「もう帰るのか?」

「あら、私たちが居なくなって寂しいのかしら?」

「うん、少しはね」

 

 寂しがるのは当然だ。

 

「そう素直なのは美徳ね」

「ははっ、ビックリした?」

「なわけ無いわ、私に認められたかったらもっと力を手に入れる事ね」

 

 案外サッパリしているレミリア。強くなったら認めてくれるのか。

 

「霊夢たちに貴方の回復を伝えるわ、こんな辛気臭い所さっさと出なさいよ。アルコール臭いし」

「? あいつらに言う必要あるか?」

「一応ね、宴会では貴方の存在も必要でしょ」

「宴会?」

「ええ、宴会があるわ。明日だけれど」

 

 横のお医者様が口を挟む。

 

「お見舞いに来て早々無茶させないで下さい。彼はまだ万全ではありませんから」

「ああ、分かってる。明日こいつが来るかどうかもな。ただ宴会があると伝えに来たのとお見舞いに来ただけだよ私たちは。それじゃあね」

 

「…….ま、分かった。それじゃフランも」

 

 身体にペタペタくっ付いて離れないフランに言い聞かす。だが。

 

「もう少しお話ししましょうよ!」

 

「……貴方が羨ましいわ、フランはわたしにはまだ抱きついてくれないのよ」

「……いや、そんな事言われても……というかほんと丸くなりましたね、なんか」

 

 姉妹間での険悪なムードが嘘だったかのようだ。

 

「今度きちんと借りは返すわよ」

「借りなんてそんな大袈裟な…」

「はぁ……夢知ならぬ無知な貴方に説明してあげるとね、仮にも吸血鬼、それも紅魔館の主人であるこの私が誰かに借りを作るならまだしも借りを作られるなんてことあってはならないの」

 

 人差し指を上げ、わざわざ羽で羽ばたき柊を見上げる。

 

「そういうものなんですか?」

「そういうものよ。仮に私が恩を返しきれないほど貰ったその時には……その人に付くのもやぶさかではない、それほど私にとっては大事な話なのよ。だから気を使いたいならありがたく私に恩を返させなさい」

「わ、分かりました。楽しみにしときますね」

「ふっ……貴方とはこれからもそれなりの因果が続きそうね」

 

 レミリアが柊に手を差し出す。

 

「改めてお礼を言うわ夢知……いえ、柊…ありがとう。それと紅魔館共々よろしくね」

「こちらこそよろしく」

 

 そして姉妹は日傘をして帰って行った。

 

「一応身体検査するから付いて来て頂戴」

「あ、はい。お願いします」

 

 言われるがまま、医者さんの言う通りに検査する。

 

「う〜ん……健康体そのものよねぇ」

「そうですか、それじゃあ俺はこれで」

「そうね。それじゃ、何か聞きたい事とかないかしら?」

 

 そう聞かれるが、柊は首を横に振る。

 

「別に……まずは慧音さんに謝りに行かないと…」

「そ、ならこれ見て頂戴」

 

 指差したのはカレンダー。

 

「一週間くらい寝てた癖にそんな反応なんて、案外サッパリしてるのね」

 

「い、一週間!?」

 

 それは流石に驚いた。

 

「やっぱり気づいてなかったのね…」

 

 良くそれだけ寝れたものだ。それでいて症状が無いのだから驚きである。その点ではむしろ彼は異常であると言える。

 

「……俺、そんな心配されるほど酷い状況だったんです?」

「自分がどれだけやらかしたか覚えてないんですか?」

「それは分かってます。けどそんなに……相当な疲労をしていたか…」

「……あまり患者に対して言うことではないけど、もう少し自分の身体は労ったほうがいいと思うわ。保護者の方も心配してたし」

「どういう事です?」

 

 そんなにか。まぁたしかに包帯巻き巻きだからおかしいなとは思った。

 

「最初の数日は先生が貴方を見守って居てくれたのよ、ごめんごめんって」

「…慧音さん?」

「ええ、多分その慧音って人ね」

 

 また一つ迷惑を掛けてしまった。申し訳ないな。

 

「妹紅が急患で私の所に来たから何とか助かったものの……」

「妹紅って……あの白髪の人……?」

「ええ、後でお礼を言っとくと良いわ。知り合いなんでしょう?」

 

 永琳はそうやって頷いたあと、悲しそうな顔で言う。

 

「……自分の命がなくなったら、謝罪も出来ないんだから、死ぬような事は辞めなさいね。見た所あなたまだまだ若いでしょう?」

「はい。…なんか、お医者さんって感じですね」

 

 柊が言うと永琳はクスッと笑う。それを見た柊もつられて笑った。

 

「ありがとう。それじゃあもう行っていいわ、気をつけてね。少し先にあの子がいるから人里まで送って行って貰って」

「?……はい。本当にありがとうございました」

 

 支度をし、ドアを開けて、竹林を通る。

 

「色々……色んな人に迷惑かけたな」

 

 独り言が漏れる。竹林は風が吹いてざわめいていた。すると、前方から誰かが歩いてくる音が聞こえる。

 

 目を凝らすと人影が見えた。その人物はこちらに近づいて来るにつれて、姿がはっきりしてくる。

 

「? あの人……」

 

 お医者さんに似た銀髪ないし白髪のロング。服はカッターシャツと赤いもんぺのようなズボン。前の異変時に助けてくれた人と姿が合致する。

 

「すいませーん、あの…!」

 

「?……ああ、お前…もう身体は良いのか?」

「ええ、この通りです。助かりました、どうもどうも」

 

「皆まで言わなくてもいい。私は慧音に頼まれたから助けただけだよ」

「えっと、妹紅……さんですよね?」

「うん、そうだよ」

 

 柊の体を一眼見て笑う。 

 

「良ければお礼をさせて下さい」

「いいよそんなの。生きてくれてたらそれでいい。とにかく行きながら話そう。人里だろ?」

「……持ちます」

 

 妹紅が背にからっている薪を取ろうとする。

 

「い、いやいらん。気にするな」

「でも…」

「ふぅ……分かった分かった。借りは今度返してもらうよ」

 

 妹紅は少し恥ずかしそうな顔をしながら言う。本来ならこの台詞、逆の立場の人間が言うものだろう。と思いつつも口にはしなかった。

 

「お前休み明けだろうし、私が警護してやるから大丈夫だ。しっかり帰れる」

「うう……申し訳ない」

「気にする事なんてないって。ガキが一丁前に責任持とうとするなよ」

 

 前に慧音さんに聞いた話では、親友とも呼べる仲らしいが、とても似たり寄ったりではない。性格も外見も正反対と言ってもいいくらい違う。

 

 しかし、不思議と似通ったところがあるように感じた。それはきっと、二人共優しい人だからなんだと思う。自分が妹紅さんの事を悪く思っていないのも、それが理由なのかもしれない。

 

「それじゃ改めて、私は藤原 妹紅。お前の事は慧音から聞いてるから、説明は良いよ。そっちも私のこと聞いてるか?」

「ええ、俺も聞いてはいたんですが…聞いた話と姿性格が一致していて安心です」

 

 眉を少しピクッとさせる妹紅。

 

「ほう? なんと聞いてたんだ?」

「気が強くて、子供みたいな奴」

 

「……」

 

 苦い顔を浮かべる。けれど、まだ説明を終わらせたわけではない、だからあんまり苦い顔しないで欲しい。

 

「それでいて根は親切で面倒見がいいって」

「! ふん、慧音め……」

 

 嫌な印象を受けた訳ではなさそうだ、むしろ少し照れ隠し? も入っている気がする。

 

「あと、可愛いって言ってました」

「そ……うか」

 

 今度は目に見えて照れている。顔を赤くして、そっぽを向くその姿は、自分も可愛いと思う。

 

「まぁ、私はどうでもいいがな!」

「あ、あはは……」

「そ、そろそろ着くぞ!」

「! 分かりました、ありがとうございました」

 

 そう言うと、妹紅は何かモゾモゾとし始めた。

 

「?……も、妹紅さん?」

 

 妹紅は照れながら、頭をぽりぽりと掻いている。

 

「何か困った事があったら、言えよ。手を貸してやるから…そんで、慧音にはそのことしっかり言えよな?」

「ありがとうございます……嬉しいです」

「慧音の家族みたいな奴なんだろう? だったら見捨てるわけにもいかんからな」

 

 根は優しい。ほんとうにその通りだ。慧音さんは碧眼だと思う。

 

「それじゃあな」

「本当にありがとうございました.!」

 

 握手を交わし、妹紅は背中を向けて立ち去った。

 

 久々の人里だ。門に着いたとき、帰ってきたんだ。と実感する。そして慧音の家のドアを開ける。

 

「……柊?」

「はい、ただいま」

 

 

 

 



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10話 宴会と心配と制裁

「……柊?」

「はい、ただいま」

「……」

 

 慧音は眉間に皺を寄せながらも、柊を迎え入れた。

 

「おかえり」

「……えっと、ただいま……です」

「随分遅かったな」

「……あ、はい、今日起きたので」

 

 慧音はお茶を用意してくれた。この家に帰って来るのも久しぶりだった。

 

「それで、どうした。また怪我でもしてるのか」

「いえ、大丈夫です」

「そうか、それなら良い」

「……」

 

 久しぶりに会ったとはいえ、それだけでは言い表せない違和感があった。慧音は今、普段とは違う気がする。

 

「…もう、身体は大丈夫か?」

「はい、お陰様で」

「……」

 

 それから慧音は暫くの沈黙を貫いた。

 

「あの、慧音先生」

「何だ」

「何かありました?」

「いや、何も無いぞ」

 

 慧音はずっと黙ったままだ。床を見ながら。

 

「……そうですか」

「ああ」

 

 会話が続かない。気まずい空気が流れる中、慧音が口を開いた。

 

「柊。頭をこっちに持ってこい」

「え?」

 

 自分が動かすまでも無く、慧音が自分から頭を引き寄せた。そして。

 

「あ、あの……慧音さ」

 

 言い切る前に、柊の視界に慧音の服が覆った。

 

「……? え?」

「良かった……」

 

 慧音はそのまま抱きついて、力いっぱい柊を抱きしめた。それに対して、柊は反応を見せずに、ただ、手を背中に回す。

 慧音の涙も、この時間も暫くは止まりそうにない、柊は一言、真っ先に伝えたい事を口にする。

 

「慧音さん、心配かけてすいませんでした」

 

 

     ♢

 

 

「……」

「……」

 

 数分経っただろうか、慧音の抱く力が強くなる。色々と思ってくれているんだろうことは柊にも分かる。

 けれど。それでも柊は異変に赴いて良かったと思ってる。

 

 フランがレミリアとよりを戻せた事。それを間違いだとは思うまい。

 

 そして慧音が泣いてる理由にも大体想像がつく。心配の念もあったろうが、何よりは自責の念。

 慧音に世話になってから随分と時間も経って人柄くらいは理解したつもりだ。慧音はこういう時自分の所為にする。

 

「私こそすまなかった。お前をこんな目に遭わせてしまって」

 

 やっぱり、こういう人なんだ。

 

「慧音さんのせいじゃありません」

「私の責任だ。私がもっとしっかりしていなかったからだ」

 

 そう言いながら、慧音の体は震えている。

 

「俺が勝手なことしたんだ、だから責任があるとすれば俺の方です」

「お前の所為じゃない」

「……」

「お前を止められない、私が弱かった」

 

 慧音の声が一層大きくなる。

 

「慧音さん……俺は大丈夫ですよ」

「でも私はお前に怪我をさせてしまった。それは事実だ」

「……」

「お前が異変解決に行った時、私なら止められた」

 

 その言葉には強い意志を感じた。それは自分の為に言ってるんだろうけど。

 でも、違う。

 

「…俺は、きっと貴方が何をしても異変を解決しようとしたよ」

「…え?」

 

 以前、自分にしてくれた様に、背中をゆっくりと叩く。

 優しく撫でるように。子供をあやすように。

 

「俺は他の人を助ける事を……止められない質だから。異変解決に行くなって約束してもきっと咄嗟に破ってしまう……だから……別の約束をしたいんです」

 

 慧音の手を強く握り、柊は言う。

 

「これからも何があっても必ず生きて、戻ってきます。……だから慧音さんは心配せずに笑って迎えにきてください」

 

 そう言うと、俯いてた慧音が顔を上げた。

 

「……どんなことが起きても、必ず帰ってこい」

 

 涙を浮かべながらも笑顔で言った。

 

「はい」

 

 

 ♢

 

 

「今日、霊夢の所で宴会があるらしいですし、俺たちも行きませんか?」

「行く、そこで異変のこと話して欲しいな」

 

 涙声で笑う。その姿は、吹っ切れているようでいて健気で、安心する。

 

「先に行っててくれ、柊。私は妹紅を呼んでくるよ」

「わかりました」

 

 イメージでは宴会とか苦手そうな感じがするけど。

 

「──いるぞ」

「……ん?」

 

 その声は妹紅本人のものだった。ドア前で手を壁に押し付けて立っている。

 

「いや……ほら、慧音も久し振りに柊と再会したんだから積もる話もあるだろうと思って……宴会の誘いに来た……」

 

 妹紅は胸の前で人差し指を合わせながら気まずそうに呟いた。

 

「その……ケンカしてたから入るに入れず……」

「あはは、もう大丈夫だから、ありがとう」

「い、良いのか? ……いいのかなぁ……」

 

 普段の強気な妹紅と違い何故かオロオロとしている。それに困惑している柊に気づき、慧音がフォローを入れた。

 

「ああ、私が普段こんな姿見せないからビックリしたんだろう。そうだろ? 妹紅」

「そうだよ……お前のそういう所私初めて見たよ……」

 

 慧音の言葉にホッとした表情を見せる妹紅。そして慧音の方へ向き直り。

 

「ま、それなら尚更行こうか、宴会」

 

 

 ♢

 

 

「どうも〜霊夢いますかー」

 

 神社の中に入ると、テーブルに沢山の料理が置かれていて、人も多い。ある程度準備が済んでいたようだ。

 

「あ、柊!!」

 

 柊を見つけた瞬間フランがとんでもない速度で突っ込んできた。生身の身体の柊では避けれるわけもない。

 

「柊〜!!」

「はい、ストップだ」

 

 妹紅がフランの突進を止めた。

 

「今柊は怪我してるんだ、無茶させるんじゃない」

「それもそうね。ありがと、お洒落なお姉さん」

「……えっ?」

「うん、私は、フランドール・スカーレットよ。よろしくね、 あっちの青髪が私の姉だよ」

「あっ……えっと、藤原妹紅です。こちらこそ、よろしくお願いします……」

 

予想外の反応だったようで、少し戸惑っている様子の妹紅。

 

「どうも、妹が迷惑かけたわね」

「お前が姉さんなんだろ? 常識の教育してやりなよ…」

「なんで私達が人間に合わせなきゃなんないのよ」

「これだから妖怪は……」

 

頭を押さえながら愚痴る妹紅をよそに、フランは柊に近寄った。

 

「えへへ、朝ぶりだね」

「うん、朝ぶりだな」

「ほんと懐かれてるわね…何でかしら?」

 

 フランは柊の手を引く。

 

「宴会の準備しにいきましょ」

「あ、ああ」

「紅魔館ではしない癖に……」

「だって咲夜がいるじゃない!」

 

 やれやれ、とレミリアは諦観する。

 

「私も手伝おう、妹紅は?」

「手伝うよ…私だけ手伝わないのも何だかな」

「レミリアさんは? あと……え〜……パチェさん……でしたっけ」

 

 レミリアの横で読書する紫髪の女性。

 

「パチェ? 気にしないで。あと私も手伝う気は無いわよ」

「そ〜ですか」

 

 二人の暇つぶしには気にせずキッチンへ向かう。

 

「えっと……あ、紅さん」

 

 キッチンへ向かうと、皿を運ぶ美鈴と合流した。

 

「あ、んん〜? 誰ですか?」

 

 変身した時の姿しか知らないのだから、今の柊の姿を知らないのも通りだ。

 

「え……と…変身!」

「ああ〜! 柊さん! すいませんあの時の記憶曖昧で……もう一つの姿は覚えてたんですけどね」

 

 変身ポーズを真似しただけなのだが。よく人を見ている証拠だ。

 

「この前は有難うございました! わざわざ部屋まで連れて行って頂いたそうで……」

「ああ、いえいえ気にせずに。俺も壁壊してすいません…今度修理手伝いに行きます」

「ほんとですか!? 有難うございます! 咲夜さんが血涙流して喜びますよ!」

 

 サクヤサン? その疑問は1秒で解決した。

 

「サボるんじゃないわよ、美鈴」

「あっあふん」

 

 突如美鈴の頭にナイフが刺さる。

 

「ぎゃ────!!!!??」

 

 腰が抜ける。床にへばってしまった。

 

「咲夜さん勘弁して下さい! 柊さん困ってるじゃないですか!」

 

 美鈴がそう言うと咲夜は少し不機嫌そうな顔になる。

 

「いや、それより何でピンピンしてるんです!?」

 

 頭に血を流しながら平気な顔をしてる美鈴に驚愕して、身の毛がよだつ。

 

「あ、妖怪ですんでこれくらいじゃ死なないんです」

 

 人間だったらどう見ても即死だろう。流石は妖怪。

 身体を張ったギャグにも慣れていたらしい。

 

「そう…ですか」

「柊様、貴方も準備しに来たんですか?」

 

「え、あはい。何が手伝える事があれば」

「助かります。フラン様もお連れの様ですね。美鈴は早く持って行きなさいそれ」

 

「はい!」

 

 咲夜は美鈴に指示を出す。そして美鈴もそれを請けてサッサと運んで行く。

 そして厨房では、霊夢が支度していた。

 

「あら、貴方…」

「あ、おう霊夢。宴会だろ? 混ぜてくれよ」

 

 久し振りのはずだが。霊夢は一瞬目を大きくしただけでそれ以上の反応はなかった。

 

「別に良いけどキッチリ手伝いなさいよ?」

「ああ」

 

 病院から復帰した事には特に反応無しのようだ。なんてつまらない事考えながら着々と料理を進めて行く。

 

「へ〜アンタ意外とやれるのね」

「柊は普段から良く手伝ってくれてるよ」

 

「まぁ居候の身で手伝わん訳にもいかないからね」

 

「ふ〜ん。私だったら胡座かいて絶対手伝わないわ〜」

「自信満々に言うなよ…」

 

 そんな世間話? のような違うような他愛もない話をしながら、気づけば料理は作り終えていた。

 

「よし、フラン気をつけて持っていってな」

「ええ、任せてくれて構わないわ」

 

 そうして皿並べも終えて、全員が席を囲む。

 

「それじゃ、異変も無事終わって…一杯ね、柊! 乾杯の音頭は任せるわ〜」

「は!? いや俺そう言うのは……」

「まだ正式な自己紹介はまだだろ〜? 良いからやれって〜!!」

「これは紅魔館のやつらと貴方の歓迎会でもあるんだからね」

 

 いつのまにかいる魔理沙にも急かされながら、仕方なく肩を上げる。

 

「えーっと。改めて、どうも…夢知月 柊です、よろしくお願いします。折角集まったので、これも何かの縁だと思って仲良くしてくれると嬉しいです。では、乾杯!」

『カンパーイ!』お疲れ様でした! 乾杯!」

 

 柊の声と共に、乾杯! と斉唱。全員が一口飲んで、宴会が始まる。

 

「挨拶でもしようかな」

 

 何人か、知らない顔の人もいる。一応でも挨拶はしておくべきだろう。

 

「すいませ〜ん! この前の異変でちょっと質問させて頂いても?」

「? どうぞ」

 

 瞬間。前方の眩しさで目を瞑ってしまう。

 

「カメラですか?」

「はい! 貴方外来人ですよね! それも能力持ち! 興味あるんです私! 記者として!!」

 

 いるとは思わなかったが幻想郷には記者がいるらしい。

 

「どの世界でもジャーナリストは好奇心旺盛ですね…あの、仕事柄とかやめて、普通に話したいと思ってたんですけど…」

「ふむ? いつもだったら煙たがれるので新鮮ですね」

 

「柊は頼めば言うこと聞いてくれるよ?」

 

 膝に座るフランに勝手に言われた。

 

「では、まず私の名を。私は射命丸 文です! 文々。新聞っていうのを書いてるんですけど……」

「へぇ〜、まぁ…よろしく?」

「はい! よろしくお願いします!」

 

 こうして幻想郷の新たな住人となった夢知月 柊と、その仲間達は、異変解決後の宴会を楽しんだ。

 

 

 ♢

 

 

「──それと、この服は」

「あの、射命丸さん、もうこの辺にしときましょう……」

 

一問一答をかれこれ20分、そろそろ終わっても良い頃合いだろう。

 

「私も聞いてるだけで疲れたし、もういいでしょ」

「あり?」

 

 フランも共に愚痴を入れる。

 

「まだまだ聞きたいことが沢山あるんですが…まぁまた今度にします」

「どうも。また見かけたらいつでも話しかけてもらって結構ですからね」

「はい! それでは!」

 

 文は嵐のように去って行った。

 

「フラ〜ン。俺挨拶して回るからさ…そろそろ」

「え〜、もう少しここにいない?」

「美鈴さんの所で暴れててくれ、ちょっとだけ挨拶して回ろうと思ってるからさ」

「むむぅ……そうねぇ……」

 

 手を組んでフランはかつてレミリアに言われたことを思い出す。

 

『フラン、柊は幻想郷に来て間もないの、あまり迷惑かけてはダメよ』

『? はぁーい!!』

 

「うん……しょうがない、私は美鈴で遊んで来るわね」

「ああ、ありがとな」

 

 そして、フランは柊の頭から離れる。

 

「美鈴〜、 抱っこしてもらえるかしら」

「はいはい、いいですよ」

「それじゃまた後で」

 

 そう言って別れてから、見覚えのない人達への挨拶をしていく。

 

「どうも、初めまして」

「あら……よろしく、えっと」

「柊。柊です」

 

「ごめんなさいね、折角音頭を取ってくれたのに…ありがとう……私はアリス。アリス・マーガトロイドよ」

「よっ! 久し振りだな! ていうか退院したなら言ってくれよ!?」

「悪い悪い、起きたの今日なんだよ」

 

 魔理沙は霊夢と飲み比べをしていたが、既に出来上がっていた。

 

「なら仕方ないか〜」

「心配してくれてありがとな」

「そりゃするぜ、見舞い行っても行っても起きなかったんだし」

 

 机に肘を乗せてこなれた感じで肴を食べている。

 

「な、なぁ酒飲んで何ともないのか?」

「飲んだ事ないのか?」

「う、うん。お屠蘇くらいかな」

「宴会って言ったら酒だろ〜!? ほら飲めよ!」

「うはぁ…無事かなぁ」

 

 手を仰いで酒瓶の匂いを嗅いだ。

 

「うっ……鼻をつく匂い……苦手だ」

「ふふ、初めは誰でもそうよね」

「ほーらイッキ! イッキ!」

 

 アルハラという単語は現代で忘れられてこっちに現代入りでもしたのかな、そう思いながら飲み干した。

 

「おっ!? どうだ?」

「……にがい──!」

「あはははは!! 渋い顔してんなぁ!」

「初めてなら仕方ないわよね」

 

 苦笑いしているアリスと爆笑してる魔理沙。同じ魔法使いでも三者三様だ。

 

「……やっぱお茶がいいや」

「お茶の方が苦くないか?」

「…おかしいだろお前の舌……」

 

 苦みのベクトルが違う。

 

「へへっ、私の方が大人だったみたいだな?」

「へいへい、そうですね」

「所で貴方は普段何してるの?」

 

 急にアリスが柊に質問する。

 

「慧音さんの所で居候してます。昼は慧音さんの手伝いをして…夜と朝は護身術の特訓をしてもらってます」

「ふ〜ん、魔理沙が言ってたけど紅霧異変じゃ大活躍だったんでしょ?」

 

 そう。この前のレミリアの一件は紅霧異変と名付けられたそうだ。

 

「いやぁ実際には霊夢におんぶに抱っこで…ずっと霊夢の霊力を借りながら闘ってたんです」

「へぇ? 教えてほしいわ私詳細をよく知らないのよね」

「ええ、いいですよあの時は〜〜」

 

 

 ♢

 

 

「私のワインはどうかしら? 霊夢」

「悪くないわ。けどやっぱりお酒の方が性に合ってるかな私は」

「そう、残念。今度はお酒の醸造しようかしら」

「しようかしらって……するのは咲夜でしょ」

 

相変わらず人使いが荒いわねこの吸血鬼は。

 

「いいじゃない別に。それよりさぁ……」

「?」

「あの子と話さなくて良いの?」

「ぶっ!?」

 

なんだその質問は。

 

「だって何回も見舞いに行ってたんでしょう? 私は大丈夫だって言ったのに」

「……ただの気まぐれよ」

 

「あの子は久し振りに会ったのに碌に話せてないって嘆いてたわよ」

「嘘ね。だったらあっちから話しかけに来るでしょ」

「フフ、正解。でももしかしたら思ってるかもよ? それに貴女は?」

 

さっきから何なのだろう。馬鹿馬鹿しい。

 

「無事で良かったわ。はいこれで満足?」

「う〜んまぁ及第点」

 

 ♢

 

「んでな!? パチュリーのやつ大魔法を軽々使ってきやがったんだぜ、しかも自分家で!」

「はいはい、もう5回は聞いたわよその話し」

 

 そろそろ酔いが回って来ているのか。魔理沙が顔を赤めて饒舌に話している。

 アリスは困った顔で俺を払うようにジェスチャーしてくれた。

 

(お言葉に甘えます。アリスさんありがとう)

(また今度ゆっくり話しましょ。魔理沙は私が相手するわ)

 

 そうして席を後にしたが、どこもかしこもそれなりに酒の匂いがする。宴会だから普通のことだけど。

 

「あんたのいえから少しは金よこひなさいよ!」

「貴女がどれだけ持ってても宝の持ち腐れよ、無駄無駄」

「お子ちゃまの癖に! どうせそこのメイドに任せてんでしょ!?」

 

「はぁ〜これだから貧乏巫女は」

「言ったわね?」

 

「うふふ、悪かったわねぇ」

 

「お嬢様、その、ワインはもう控えた方が」

「何言ってるのよ咲夜これは水よ? 私は酔ってないわ?」

 

「お嬢様……はい、分かりました」

 

 暴れる巫女と煽る吸血鬼の主人。とても抑えが効きそうもない。巻き込まれている素面のメイド長がただただ可哀想である。

 

「ええっと……」

「別に手伝わなくても良いわよ。味覚はお子ちゃまの癖にワイン8本も飲むから…」

 

 声のする方を振り返ると、冷淡な声の本人が、本を読んでいる。

 

「えっとパチェさんですよね」

「ええ、そう。本名はパチュリーよ。貴方の事は私も知ってるから自己紹介はいらないわ」

 

「そ、そうですか」

 

 倒れている美鈴、その上にのっかって飛び跳ねてるフラン。

 

「ふ、フラン様…勘弁を……」

「あはは凄い凄いわ!」

 

「何やってるんです? あれは」

「あれは酒をたらふく飲んだ美鈴の腹に乗りまくって美鈴を無理やり吐かせようとさせてるわ」

「止めた方がいいんじゃないすか……」

「フランも酔っ払っちゃってるから…」

 

「あれ?」

 

 そういえばさっきまで暴れていた霊夢が、消えた。

 

 

 ♢

 

 

「……ったく」

 

霊夢は厠の方へ向かっている。そして、独り言ではない一人言を話す。

 

「……殺気、出し過ぎよ紫。分かってるんだからね」

「….あらそう、良くわかったわね霊夢」

 

その人物こそは、幻想郷の創設者の一人であり、大賢者である、八雲 紫。

 

「折角ほろ酔い気分で楽しもうとしてたのに……最悪」

「博麗の巫女が遊び呆けられてもね」

「普段はちゃんとやってるからいーでしょ」

「ちゃんとの意味」

 

 皮肉めいた笑いを紫は浮かべ扇子を仰ぎながら霊夢を見据える。

 

 

「混ざりたかったらそんなコソコソせずに言えばいいじゃない、私も飲みたいって」

「ウフ。残念だけど今日は気分じゃないのよ」

「紫。アンタの殺気は…紅魔館の奴らに向けてかしら?」

 

さっき感じた一人の殺気。あれは霊夢、そして周りにいる誰かに当てたものだった。

 

「違うわ。オーズよ」

「オー……柊に?」

 

 随分遠回しな言い方に引っ掛かりを覚える霊夢だが、本題はそこにはなかった。

 

「……それってアンタ(妖怪)(人間)を殺すって言いたいわけよね?」

 

 今の霊夢に酒気は微塵も感じない、むしろ霊力が漲っている。今眼前にいる妖怪を祓うために。

 

「それならアンタは──私の仕事の対象よね?」

「あの子を庇えば後々貴女の首自身を締めることになる」

「……庇うわけじゃないけど、あいつは誰かに殺意を向けられるような事する奴じゃないわ」

 

 扇子片手に不敵な笑みを浮かべる。ここまで霊夢が露骨に敵意を見せてなおこの余裕のある顔。これこそ、霊夢が紫を胡散臭いと述べる理由だ。

 

「別に、今日の楽しい楽しい宴会を台無しにするつもりはないわ。それにまだその時じゃない」

「私の目が黒い内は、殺させやしないから」

「彼が生きているだけで幻想郷が危機に陥る」

「? あいつはただの人間よ、そんな多逸れた事出来るわけないし、する訳もない」

 

 途端。紫の目が鋭く、ギラついた視線になる。

「自分の力のみで幻想郷に来た外来人がただの人間、ね」

「なんて事ないわ、一人くらいそういう奴が来ることもあるでしょ」

 

 臆病者。紫は小声でそう呟いて、スキマを再展開させる。

 

「そう、まあ良いわ。けどね、言っとくけど彼を殺した方が、貴女の為にもなるのよ」

「はいはい。いいから今日は帰りなさい、アンタの所為で酔いも覚めちゃったもの」

「それは悪い事したわね、それじゃあ。御機嫌よう」

 

 紫はスキマに乗り込んで消えた。寒々しい空気を残しながら。

 

「……なんだって言うのよ……」

 

皿に残した微量な酒を、ヤケクソのように飲み込んだ。

 

「……悪酒ね、後味の悪い」

 

空の月を眺めながら、再び酒を飲む。

 

「あれ、霊夢。ここに居たのか」

 

 こと、このタイミングでくるのは間がいいのか悪いのか。

 

「ええ、夜風を浴びて酔いを覚ましてる最中よ」

「覚ますのに飲むのか」

「私の勝手でしょ」

「その通りだけどなんで怒ってんの? 俺何かした?」

「うっさい」

 

 苛立ちがわかるような程乱雑に、皿を縁側に叩き置いた。

 

「霊夢、お前酔いすぎるなよ?」

「分かってるっつの。飲んだこともない癖に、心配してんじゃないわよ」

「飲んでる方が偉いと思ってんな!?」

「……」

 

 柊のツッコミを無視して霊夢は飲み続ける。

 

「ほんと、アルコールには気をつけろよ? 未成年なんだし」 

 

 そう言う柊の言葉で、霊夢はいまさら事実を思い知った。

 

(……そっか、ほんとにこいつ外の世界の人間なんだ)

 

 そう思うと、なぜか彼の素性に興味が湧いてきたのか、霊夢は柊に尋ねた。

 

「ねぇ、アンタ元の世界では何をしてたの?」

「? ん〜何を、かぁ。高校生だったし普通の学生だったよ」

「ふ〜ん、コーコーセイ、ね」

「ここで言う……寺子屋だな。登校して、いろんな勉強して、ふつうに生きてきたら、色々あってここに居た」

 

 色々を言うか迷ったが、今の雰囲気に合わないと判断し今回は避けた。

 

「…ふ〜ん。それにしちゃ普通に闘えてたと思うけどね」

「え? う、う〜ん……まぁなるようになれって感じだったし」

「そ。まぁどうでもいいわねそんな事。それより、どうだった? はじめての異変は」

「ん〜早く霧払わなきゃって気持ちでいっぱいだったな。フランと会ってからは…色々会ったけど」

「私の霊力持って行って好きなようにしてたからね〜」

「悪かったよ…あとこういうこと言うのは不謹慎かもだけど」

「? 何よ言ってみなさいよ」

 

 柊は空を見渡してから言った。

 

「楽しかったな…」

「そ。なら良かったじゃない、これからもたくさん楽しいことあるでしょうしね」

 柊は嬉しそうに肯定する。

 

「本当に、幻想郷に来てからは驚きっぱなしだよ」

「ふふ、そうね私も貴方に驚きっぱなしよ」

「なんで?」

「空から降ってくる人間なんて貴方が初めてだったから」

「その説はほんと…ごめん」

 

 霊夢は柊の肩をポンッと叩く。

 

「気にしてないわ、むしろ壊す前より綺麗にしてくれて感謝してるくらいよ」

 

 それよりさ、と霊夢は尋ねる。

 

「オーズってなんなの? 貴方のあの姿がオーズなのよね?」

「うん、そうだよ。オーズっていうのは、動物の力が込められたメダルを使って闘う仮面ライダーだよ」

「仮面…らいだぁね」

「まぁ……俺はほとんど力を使いこなせてないけどな……でも何で急にそんなことを?」

「いやね、外来人が来たことは前にもあったけど能力を持ってた奴は初めてだから。興味があってさ」

「俺もビックリだよ、元々力なんてこれっぽっちも持ってなかったからな。ここに来たら変身できるようになっててさ、夢みたいだ」

「……まぁ、それもそうよね。わざわざ私が貴方の能力を自覚させてようやく能力を把握したんだし」 

 

 柊は縁側から外を見て言う。

 

「…ホントの事言うとさ、人助けすることより変身できた事の方が嬉しかったんだよな」

 

 現金なやつかもしれないけど。と付け加えて言った柊の顔を見て、霊夢は一息ついてから。

 

「…嘘ついてカッコつけるよりマシなんじゃないの」

「えっ……うぅん、確かにそうか」

「でしょ。それでいいのよ、私はそういう方が好きだし、好感が持てるわ」

 

 柊は若干照れつつも、思っていたことを語る。

 

「俺も出来れば映司さんみたいに強くて頼れて、根っから人助けできる人になりたいんだけどね…」

「……別に、アンタの憧れてる人の全てを自己投影する必要はないんじゃない?」

「え?」

「柊は柊なりの生き方があれば、映司? って人には映司なりの生き方があるように、夢知月 柊なりのオーズってやつがあるんじゃないかしら?」

「……確かに」

 

 柊は庭を見て、静かに頷く。

 

「貴方はオーズになったからそういう生き方を強いられるの? その人はきっとオーズじゃなくても同じ生き方をした筈よ。だったら、貴方も貴方の好きに生きればいいじゃない」

 

 星の瞬く空を見上げて霊夢は笑う。

 

「弱くてすぐボロボロになって、異変を楽しんじゃって、すぐ落ち込んで…でも優しくてお人好しで、ちょっとだけ素敵な貴方でも、いいんじゃないの?」

「いいのかなぁ、そういうのも」

「いいじゃない別に。だって楽しいと思うのも本心だけど、助けたいっていうのも本心なんでしょ? 立派なもんよ」

「すっごい我儘だな、ははっ」

「自分のやりたい事やるくらいの我儘じゃなきゃここは生きてけないわ。とにかく…やりたいようにやってみればいいじゃない、今あんたが見てるもんも聞こえるもんも全部あんたの物なんだから」

 

「そういう考え方もありかなぁ…」

「ま、あんま気負わなくていいんじゃない。何か異変が起きても私が必ず解決するし」

 

 あはは、と笑う柊。その横で霊夢の顔が少し俯いた。

 

「……だからまぁ、あんま無茶しないでよ」

「……!」

「あっ……! ち、ちがっ……ご、誤解しないでよ、あんたが無茶すると私の邪魔になるって意味だからね……!」

 

 そう言って霊夢先ほどのレミリアの発言を思い出し、回想する。

 

 

『いいじゃない別に。それよりさぁ……』

『?』

『あの子と話さなくて良いの?』

『ぶっ!?』

『だって何回も見舞いに行ってたんでしょう? 私は大丈夫だって言ったのに』

『……気まぐれよ』

 

 

 ♢

 

 

「……いや、違うわね」

 

 私はボソリと呟いた。

 嘘だ。

 本当は心配で仕方なかった、けれどそんな気持ちを悟られるわけにはいかない。

 意地っ張りで素直になれない私にとってそれは恥辱なんだから。

 そしてそれを他人に見られるのはもっと恥ずかしかった。

 だけどレミリアは気づいていた。

 それに今更気づいたことと、既に柊に言った言葉が恥ずかしくなって、どうしようもなくなる。

 

 なんて言えば良いんだろ、なんか言ってよ。気まずいじゃない、この雰囲気。

 

 

「違わないだろ」

「……え?」

 

 思いがけない柊の言葉に、霊夢は困惑した。

 

「今回の件……俺が関わらなきゃ多分お前にあそこまで負担は掛からなかったんだと思う」

「……そうね、それは……間違い無いでしょうね」

 

 霊夢は遠慮して否定する、などということもなく冷静に頷く。

 

「……慧音さんも泣かせちゃったよ、俺。ずっと見舞いに来てくれてたらしい」

「……知ってるわ、さっき聞いた」

「そっか……」

 

 柊も少し、顔を俯ける。

 

「医者の人にも怒られた、身体は大切にって。……でも、俺には無理だ。見殺しになんて出来ない」

「……ま、お人好しだもんね、あんた」

「……ううん、俺はそんな理由で人助けしたかったわけじゃないよ」

「──え?」

 

 どこか遠くを見るように、柊は話す。

 

「幻想郷に来る前に、女の子を一度見殺しにしてるんだ」

 

 今でも新鮮な映像として脳裏に残っている。

 

「俺はその子が死ぬ寸前で見せた俺への目が忘れられないから、きっともう一回あの目で見られたら耐えられないから、見殺しに出来ないんだ。したくないんじゃなくて、本当に出来ないんだよ」

 

 自分の無力さを嘆いた。

 どうして自分はこんなに弱いのかと。

 それでも少女を助けるために必死に足掻いて、 結局は助からずに、目の前の少女を悲しませて、後悔だけが残った。だから、見捨てることだけは絶対にできない。

 

「……そうだったのね」

「な? 思ってるような人間じゃなかっただろ?」

「……そうね、むしろ安心したわ」

「──え?」

 

 霊夢は目を瞑りながら、笑って言う。

 

「柊も人間なんだなって、ようやく実感が湧いたから。正直今までのあんたって不気味だったの。理由もなく人を助けて、壊れた機械みたいだと思ってたから。でもちゃんと人間だって分かったから嬉しいわ」

 

 霊夢は俯いた顔をあげ、盃を飲み干す。

 

「あんたは人より少し臆病なんだと思う」

「……うん、そうかも」

 

 また少女の事故と同じ出来事に遭いたくない。見殺しにされる人間の目をもう見たくない、それは柊の臆病さを裏付けていた。

 

「今回、柄にもなく私は誰かさんの真似をして、危うく死にかけた」

 

 はぁ、とため息をついて言う。

 

「私はさ、お人好しとかそういうのがよく分からないのよね。そりゃ誰かのために自分を犠牲にできることは素晴らしいことなのかもしれないけど、進んでやりたいと思う人間の感性が全く理解できなかったし怖かった」

 

 空を見上げながら、静かに語る。

 

「……けど、今ならちょっとだけ理解できるかも。……要は自分に負けたくないってことなのね」

 

 霊夢は柊の顔を見て笑う。

 

「それは優しさっていう私にはない強さなんだって、さっきの話で少し、納得できたわ」

「……そうやって言ってくれると、少しは気が紛れるよ」

「だから、安心した。あんたは、強い人だわ」

「……でも、結局今のままじゃ皆んなに心配かけてばっかりで、おんぶに抱っこだ」

「……」

 

 霊夢は、柊にかける言葉が見つからず、黙る。

 

「だから、俺もっと強くなるよ。人を助けることも、心配させないことも両立させる」

「……!」

 

 霊夢の表情が一瞬で明るくなる。

 

「良い案だと思うわ」

「ま、心配させずに済むようになるのは大分時間がかかりそうだけどな」

「出来るだけ早く強くなることね、私の迷惑になられてちゃ困るもの」

「ああ、お前にも心配かけたくないからな」

「なっ……! …ふぅ、全く……」

 

 霊夢は照れ隠しに酒を煽る。

 そして柊は、少しバツが悪そうに霊夢に謝る。

 

「ほんと、迷惑ばっかりかけて悪かったな霊夢」

「貸しはちゃんと数えとくから楽しみにしてるわよ?」

「分かってる、ありがとな」

 二人は笑い合う。宴の喧騒が遠ざかり、静かな時間が流れる。

 その時間を二人は満更でもないように過ごした。

 

 ♢

 

「うわぁ…飲みすぎだ慧音。帰れなくなるぞ?」

 

 テーブル一面に広がる酒瓶。

 そしておぼつかない行動を取る慧音。

 

「……うん、もう一瓶だけだ、もう一瓶」

「ダメだってば」

「あー!!」

 

 妹紅が慧音の酒瓶を取り上げた。慧音は叫びを上げる。

 

「慧音……明日も寺子屋で仕事があるんだろ? お前は程々にしとけ……」

「たまには 一緒に飲んでもいいじゃないか!せっかくの宴会なのに!」

 

 妹紅に寄りかかって甘える慧音。普段見せない様子に妹紅はたじろいだ。

 

「はぁ。なんでそんなに今日は甘えてくるんだよ」

「たまにはいいだろたまにはさぁ!」

「……そんなにあいつのこと心配してたのか」

 

 慧音は固まる。

 

「……まぁ、それなら気持ち汲んだやらんこともない」

「……私のせいで危うく殺しかけたんだぞ。子供を。……うぐぅ、心配しないわけがない」

 

 悩む慧音に妹紅が語りかけた。

 

「確かに子供は大切だけど……あの時に人里を放棄してる場合じゃなかったのはお前も分かってただろ? …お前はお前の立場でもやれる最大限のことをやってたよ。結果的には誰も死ななかったんだし」

「……でも、でも私はぁ……うぅ」

「ああもうほら泣くな。仲直りもしたじゃんか。それにお前のせいってのは違うよ、慧音」

「……クスン……え?」

「あいつは慧音が思ってるより子供じゃない、あいつはあいつなりにちゃんと考えてる。今回だってお前のせいで死にかけたんじゃなくて、あいつはあいつの意思で戦いに行って、あいつ自身が覚悟してその結果で死にかけたんだ。それに責任を感じるってのはむしろあいつへの侮辱になっちゃうよ」

「……」

 

 慧音は妹紅の言い分を聞いて、自分の胸で噛み締める。そして涙を拭いて言う。

 

「……あの子が帰ってくる前に言って欲しかったよ」

「ははは、それは悪かったな。お前もとことん真面目だもんな」

 

 真面目に落ち込んで、自責の念に刈られていたのだろうが、今は少しだけ元気を取り戻したらしい。慧音は妹紅の言葉に救われた気がしていた。

 

「……はぁ、私は本当にダメだな」

「そんな事ない、慧音はよくやってるよ」

「……そう思ってくれるなら、尚更私の酒に付き合ってくれ」

「分かった分かった。もう今日はとことん付き合うよ、ほら」

 

 二人は縁側に腰掛け、酒を酌み交わす。

 

 

 ♢

 

 

「美鈴〜? どうしたの?」

「ギブ……オェ」

 

フランの足代わりに馬乗りされていた美鈴は宴会で得た食事を戻す。

 

「うえー!? 汚いよ!」

 

 美鈴が口からお酒を戻す、がフランは吸血鬼持ち前の動体視力で避け、レーヴァテインで振り払った。

 つまり、アルコール塗れの空気に火がついた。その火の粉はレミリアの後頭部に火を付ける。

 

「?……なんかこの部屋暑くないかしら?」

「……そうですね、たった今お嬢様の頭部が熱を灯したようです」

「頭? …わちゃ──!!?」

 

 レミリアがグルグルととんでもない勢いで回転し続ける。

 

「お嬢様、どうなさいますか?」

「ドッドっどどうするって何!!? ……いやというかなんでそんな冷静!?」

 

 あたふた走り回るレミリアのことに、誰も対応しない。というより忙しない状況でレミリアの異常事態にまで手が回らなかった。

 

「フラン、ちょっとお前その剣下ろせ! 咲夜さん美鈴さんが戻……ぅぉぉお!? レミリアさんの頭が燃えとる!?」

 

 それを見た咲夜は、 しかし慌てる様子もなく、ただこう言った。

 

「仕方ありませんね、柊様、美鈴を借ります!」

「美鈴さんを借りる?」

「ほぎゃっ!? おっうぷっ……」

 

 咲夜が美鈴の両足を掴み、風を靡かせるように振る。

 

「美鈴さーん!!」

「ヴェロロロ」

 

そして喉を通り越そうとしていた美鈴の口から戻され、酒が空気に飛び散り、更に引火する。地獄絵図だ。

 

「ちょっ……咲、夜さん…… 私の服破れちゃったじゃない……ですか!……オロロロロ!!」

「私のスカートも焼けたんだからおあいこよ ……っていやぁぁぁあ!! 吐瀉物がタイツにかかったぁああ!!」

 

クールを装っていた咲夜も流石に堪えたのか涙目の咲夜はそのまま複数のナイフを美鈴に発射。

 

「ぎゃー!!!?」

 

 美鈴は死んだ。そう思っていたのも束の間。神社が爆発したおかげで、咲夜の投げたナイフは全て神社の外へと飛んで行った。美鈴は爆発に巻き込まれてボロ雑巾のように地面に倒れていた。

 

「!? ゲホッゲホッ…」

 

 爆発元を見ると、レミリア姉妹が暴れている。

 

「……貴女私に放火するなんて命知らずね!」

「やったのは美鈴よ!……フォーオブアカインド!!」

 

 二人は剣を持ち、鍔迫り合いを仕掛ける。

 

 ──わーすげぇ綺麗。

 

 柊はこの異常な状況にむしろ冷静になる特有の現象を起こしていた。

 

「そうねぇ賑やかねぇ……」

「え?」

 

 傘を刺して柊を鋭く見据える美女。

 しかし驚きなのは、どうみても地面から上半身を出している事だ。

 

「貴女……は」

「生で見るのは初めてだけれど……思ったより小柄ね」

「は?」

 

 未知の気配。今までオーラが凄い人だったり、妖怪や魔法使いの気配を肌で受けたことがある柊だったが。

 目の前にいる人物の気配は分からない。ただ、どうしようもなく背筋が凍る。指一つ動かせなかった。

 

「短い縁でしょうけど、よろしく」

 

 名も知らぬ女性はそう言い残し、一切の姿を消す。と、同時に柊は身体から力が抜けたように地面に身体が崩れる。

 

「……俺も酔ってるのか?」

 

 今のは何だったのか?

 最後に疑問を残して、再び日常に戻る──筈だった。

 

 

 



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春雪異変 編
11話 変化と甘味屋と白髪の少女


 博麗大結界の内側にて、賢者が黄昏ていた。

 

「手筈は整ったわ。あとは……刻が経つのを待つだけ」

「上手くいくでしょうか……正直、紫様らしからぬ危険な手段だと言わざるを得ません」

 

 九の尾を兼ね備える式神は、恐れ多くも発言した。

 

「それは否めないわね。けど今までのケースと違って今回はもう事が起こってしまっている。故に私もリスキーな動きをせざるを得ないのよ」

「……失言を撤回させてください。私の考えが至りませんでした故に」

「気にしなくていいわ。それよりも貴方には一緒に動いてもらうからね」

「勿論です、紫様」

 

 並々ならぬ気配を漂わせる二人。そのうちの一人、紫と呼ばれる少女は呟いた。

 

 

「上手くいかなければ終わるだけ。この儚き世界と共にね」

「……はい」

 

 その呟きに、従者は思考する。果たしてうまく行くのか? 本当にあの男が幻想入りして良かったのか? ……わからない。

 けれど、やるしかないのだ。

 

「中々に早計だな、賢者ともあろうものが。もう少し余裕を持って事を成した方が良いんじゃないか?」

「──!」

 

 賢者、と呼ばれた金髪の少女は声の主人の元へ顔を向けた。

 

「短慮という訳ではあるまい、熟慮深慮を重ねた結果なのは良く分かる。だがそれでいてその結論に陥るのは同じ賢者のよしみとしては頂けんな」

 

 ニヤリ、擬音を挟むなら正にそれだろう、と言えるほどに口角を吊り上げて、彼女は続けた。

 

「お前は昔からそうだ。自他共に過小評価した目線からしか評価することが出来ない。ククッ、だから今回も厄介ごとが生まれる前から芽を摘もうとしているわけだな? ……それは御立派な事だ」

 

 陰で隠れて顔の見えない何かの言葉に、紫と呼ばれる少女の従者は苛立った。

 

「貴様……紫様を侮辱したな……」

 

 一触即発、次に眼前の賢者が主人に対しての侮蔑の言葉を吐いた瞬間に切り刻んでやる。九尾の気配からそれは容易に伝わった。

 

「まぁ待て、私は別に今ここで争うつもりはないさ。それに私がここに来た理由も別にある」

「理由……?」

「ああ、お前に質問しに来たんだ」

 

 金髪の少女は、紫と呼ばれる少女に問う。

 

「お前は何を恐れてるんだ? また一人現実の誰かが幻想に混じっただけだろう? ……まぁかなり奇特な例だが」

「……その副事物。ひいてはそれが起こす災いについて恐れているのよ」

「はははは!! あれに対しての評価にしては慎重過ぎるだろう!! ……正気か?」

 

 口を大きく開き、笑う。紫は目を閉じて、その笑いを静かに受け止めた。

 

「お前の苦労は分からんでもない。だが私は反対だ。あの少年とその仲間の可能性を知りたい。まだ芽を潰すのは早いと私は思う」

「貴女……案外楽観的なのね」

「そこは余裕があると言ってくれ。そもそも私はお前の策が上手くいくとは全く思わんがな。お前らしいミスで致命的な状況に陥りそうな図が目に浮かぶよ」

 

 両手を腰に当てて、賢者は紫に語りかけた。

「もし奴を上手く殺めたとて、周りの人間が黙っていないだろう。計画的でより緻密な犯行であればあるほど巫女は十中八九お前を疑うだろうし、最悪祓われるぞ」

 

 少女は先程の皮肉めいた笑いとはかけ離れた程の声の穏やかさで、論理を展開した。

 

「それでも、やるしかないのよ。これは幻想郷を守る為の博打なの」

「お前の案も上手く行く確証のない不安定な物だし、何しろ事はもう起きている。お前が考えるべきは奴をどうこうするよりも、これからの来るべき災いにどう向き合うべきかを考えた方が良いと思うが?」

 

「……それも考えるわ」

「やるならば最悪でも奴がすり抜けてきた瞬間に殺害してその一部の空間のみ取り払うべきだったな」

 

 どこから持ってきたのか、賢者が指を鳴らすと、高級そうな椅子が現れ倒れ込みながら、語り続けた。

 

「敢えて言うぞ。私は能力を奴に使う事も吝かではないとも思っている」

 その言葉を言い切った時、彼女の周りに幾重もの巨大な眼が浮かび上がる。

 

「そこから先は慎重に言葉を選びなさい」

 

 既にその全てのスキマの奥には妖力が満ち満ちており、一言でも言葉を誤れば即座に殺す。限りなく威圧の高い殺意が空間に浸った。

 

「──!」

「あ……あ」

 

 式神は味方だと分かっていても本能が警鐘を鳴らし、身体を震わせ、賢者は一瞬動揺を引き出された。今の警告が、冗談ではないと悟ったからだ。

 

「……貴方だから特別言葉を聞き入ってやったけど、先の発言はあり得ない。ひいては賢者全てを敵に回す事と同義よ」

 

 恐らく、紫は邪な考えは辞めろ、という慈悲であり警告のつもりで発言したのだろう。だが、その賢者は。

 

「──結構だ。それで済むならそうしようじゃないか」

「……は……?」

 むしろ、紫を焚き付け始めた。

「……自分が何を言っているか、分かっているの?」

「当然だろ? 私が今この場で嘘をつくタイプじゃないのはお前が一番分かっている筈だ」

「……」

 

 歯軋りする紫を見て、追って賢者は畳み掛けた。

 

「私は今回の騒動の犯人である少年を護りつつ刺客を潰せばいいのだろう?」

「そんな事が本気で出来ると思っているの……!?」

「試してみなければ分からないからな。やってみようと思い切っただけだよ」

 

 賢者は両目を閉じ、隙だらけな様子であっけらかんと述べる。

「お前はいつまで経っても優等生だな。ま、大事な事ではあるけど」

「貴方ね……今回の騒動はこれからの幻想郷の未来にまで影響が及ぶのよ!?」

「それだな、それが?」

「……は?」

 何の問題がある? 賢者は本気でそう思ってか、シンプルな尋ね方をした。

「ワラキア公国の吸血鬼の末裔。人間のまま魔法を扱える魔法使い。指一つで死を司る少女の亡霊。それから、全てから囚われざる自由の浮雲。そして……錬金術師の技術の結晶を己が力に落とし込み操る少年。それらを含む全ての生きとし生ける全ての者たちが今この瞬間に幻想郷を生きている」

 どういう絡繰か、紫の執行を無視してその賢者はスキマを閉じた。

「──!?」

「この程度で私を脅していたつもりになっていたらしいな……ふっ、やはりお前は優等生らしい。例外を常に意識しておけよ」

 

 紫は歯軋りしながらも賢者の言葉に耳を傾ける。

 

「私もお前も目標は同じさ、私は幻想郷をより良いものにしたいだけだ。そのために幻想郷そのものをギリギリまで危険に晒したとしても……仕方あるまい」

「なにをバカなことを……それのどこが私と同じだっていうのよ……!!」

「それに幻想郷の未来に影響を及ぼすのは、何も少年一人に限った話しではあるまい?」

 

 賢者が指を鳴らす、紫が知覚するよりも前に、紫の周囲を賢者の弾幕が覆った。

 

「……100%悪影響を及ぼす事が目に見えている……それが問題だと言っているの!!」

「だからそれはお前にとっては、な……この件何度目だ? 相変わらず幻想郷に過保護だな」

「あの子を生かしておくのは、不都合でしか無いというのに……分からずや」

 賢者は鼻を鳴らすように笑う。

「今回それぞれの手段においてお前にとっての不都合は、私にとっての好都合だった。ただそれだけだ」

「私にとっての……ですって……?」「お前はどうも勘違いしているようだから言ってやる」

 賢者は腕を組みながら紫に言い放った。

 

「幻想郷の管理者、八雲紫。お前と対等である私だからこそ分かるものもある。……お前の役目はあくまで幻想郷のバランスを保つことにある。それはつまり、あらゆるものを受け入れなければならないということだ」

「そんなこと出来ない……! 私には、幻想郷に爆弾を置いたまま過ごすなんてことは……」

「そう、そんなことだからこそ、今回の騒動を引き起こした犯人である少年を、この幻想郷から追放しなくてはならない。そうしなければ幻想郷自体が危ういのだ。そう言いたいのだろうが……」

「……貴方はそれを良しとしないのでしょう」

「ああ、当たりだ。なんだ、私のことよく分かって──」

 

 その言葉は、紫を行動に起こさせるには充分すぎた。

 

「自分が賢者としての思考から外れていることは分かっている筈なのに……彼の肩を持つなんてこと有り得ない、あってはいけない」

「おっと、本気か? ここら一体が崩壊するぞ? この私ですら脅しの弾幕しか展開しなかったのに」

「賢者としての責任感を微塵も感じないその振る舞い……一度叩き直した方がいいわね」

「──誰に、何するって?」

 

 空間を覆う強固な結界。中級クラスの妖怪では認識すら困難な程の精密な結界。賢者は一瞬の感情の振れ幅で、それらに亀裂を入れた。

 

「流石に今の発言は聞きづてならないな……どうする?」

「……謝るから……辞めましょう。これ以上は不毛だわ」

「全くだ」

 

 はぁ、と紫は大きくため息をついて、項垂れる。

 

「まぁ、私なんかよりよっぽど賢者やってるよ、お前は。ただ私は自分の欲と賢者の責任感を天秤に掛けて欲を優先させただけだ」

「そんな事……!」

 

 賢者は待て、と右手を前に出して、私の言葉を遮るな。という意思を表示する。

 

「お前の常識じゃ、『賢者ならば何を秤にかけても賢者としての責任を果たすべき力と役目がある』って言いたいんだろう? それは正しいよ、この場合非常識なのは私だ」

 

 ふっ、と賢者は笑って。

 

「だがな、生憎私はモラリストでもバランサーでもない。別に幻想郷が滅んで欲しいとかいう頭キチガイな破滅願望もないが。ドンパチやってる周りに水ぶっかけて空気蔑ろにする様なKYでもないんだよ」

「……私に言ってる?」

「ノーコメント。心当たりがあるなら反省しとけ。ともかく、今回の意見の違いはそっくりそのまま価値観の違いってやつさ」

 

 幻想郷の未来の指針を、二人の生物の価値観の差異で決めてしまうかもしれない。そんな事は、賢者には絶対に許されない。

 

「……とか、思ってんだろ? 昔からそういうやつだしな」

「うぐ」

 

 図星だった。

 

「幻想郷に対して過剰なほどに過保護なお前。片や幻想郷に対して異常なほど試練を与える私。お互いすれ違ってばかりだな。だがそれこそが幻想郷の存在の本質でもある、だろ?」

 

 幻想郷は全てを受け入れる。そう、その通りだ。

 

「それは……まぁ、そうだけど」

「私は今回のこの私たちの意地の張り合いが巡り巡って幻想郷を守る事に繋がると信じている。だからお前も本気で試練を与えてやるがいいさ、そうでなきゃ意味がないんだからな」

「な……なんなのよ、結局」

 

 紫の落胆具合に軽いため息と苦笑いを浮かべ、賢者は述べた。

 

「……ま、いいやそれじゃ頑張りなよ、賢者の仕事とかいうやつを。私はどうなるか楽しみにして観ておくさ」

「……? ちょっと待ってよ、あれだけ言っておいてまさか、何もしないの?」

「私が何かしてもしなくても、お前がしばらくは何もしない事は分かってるからな」

 

 賢者は右手をヒラヒラと振るい、まるで紫を煽る様に言った。

 

「今の貴方になんでそんな……」

「そもそも、今回の様な件をほんとに対処したかったんなら少なくとも博麗大結界をあと二、三枚貼って用心しておくんだったな」

「今更そんな……たらればならどーとでも言えるでしょう!」

「じゃあ聞くが、私が先にそれを言ってたとして実行してたか?」

「……」

 

 ほらな、と言って、賢者は紫の額を人差し指で突く。

 

「この世の中。自分の思い通りに事が行く事なんてそうそうない。私達ですら全てが上手く行くことなんてないんだからきっと皆んなそうなんだ。だったら私はより面白く、そして私からみて可能性のある未来を選ぶ。それが私の価値観なんだよ。まぁ、安寧、平穏とは割と対極にあるかもしれないけどな」

 

 完全に紫の背後を向くと、賢者は割れたスキマに右手を突っ込み、空間を割いた。

 

「……あ、さっきたらればとか言ってたからな。先に言っておくよ」

 

 割れた空間に入る直前、思い出したかの様に首だけ紫に向けて。

 

「この時期、西行妖が唸りを挙げる時期だ。彼に共振すれば、あのデクの妖怪は一層春を奪っていくだろう」

「……!」

 

 賢者は、目を一層開く紫に笑いかけた。

 

「あとは自分で考えなよ、賢者だろ?」

 

 その発言は、敵対勢力になるとも呼べる紫に対しての助言であり、賢者が味方をすると言っていた人間達を不利にさせる発言でもあった。

 

 つまり、彼女は自ら状況を不利にしたのだ。

 

「……ほんと、貴方は狂ってるわ、可能性を自分から削っていくなんて」

「かもな。けどこれでもしお前の試練を人間達が乗り越えてもみろ? とんでもない逸材だろ? きっと」

 

 賢者は笑ってその場を去っていった。

 

 

 ♢

 

 

 新たな異変が始まる少し前の出来事。

 

「ここが……噂の」

 

 

 もう人里での生活も随分と長くなり、柊はある程度幻想郷での過ごし方を把握していた。

 

『ある有名処の甘味屋があるんだが、あそこには人間なら一度は行かないと損するぞ!』

 

 慧音にそう言われては行くしかあるまい。と柊は意気込んだ。

 

「いらっしゃーせぇ」

 

 店内に入ると、甘い匂いが鼻腔を刺激し、脳が刺激される。

 

「何名様ですか?」

 

「えっと、1人で」

「こちらにどうぞ〜! メニューこちらになりますが、すでにお決まりでしょうか?」

「えっと……オススメ下さい」

「はい! 少々お待ちを」

 

 なんとなくでオススメを頼み、少し雰囲気を感じていると。

 

「すいません、今席が空いてなくて……」

「そうですか……」

 

 残念そうな顔でお店を後にしようとする少女。柊は不憫に思ったか、咄嗟に声をかけた。

 

「あの、相席でも大丈夫ですよ」

「いいん……ですか?」

「はい、全然」

「ありがとうございます!」

 

 会釈し、椅子に寄りかかる白髪の少女を見つめながら、柊は疑問を思い切って聞いた。

 

「あの……その綿菓子みたいなのは? なんですか?」

「綿菓子? ああっ……隠すの忘れてた……」

 

 そんな事を呟いているが、見た目が異質すぎる。白髪の少女の周りを、ふよふよと変な物体が動いている。

 

「え、えっっと……」

 

 白髪の少女は綿菓子を撫でながらたじろぐ。

 

「これは……その……」

「言いたくない事情があるならいいや。俺も聞かれたくなかったし」

「い、いえ! そういう訳じゃ……」

「ん? あぁ、気にしないでくれ。俺はただ単に気になっただけだから」

「そ、そうなんですか……。あの……」

 

 少女は一呼吸置いて柊に問う。

 

「あの……お名前なんて言うんですか?」

「俺? 俺は夢知月です。夢知月 柊」

「……私は魂魄 妖夢っていいます」

 

 この時、相席した時点で、彼は異変と関わる運命だったのだろう。

 春雪異変と言う名の新たな異変と。そして、柊は巻き込まれる。魂願者の願いに巻き込まれ、そして幻想郷の管理者である八雲紫の試練を受けることになる。

 

「……」

 

 妖夢と名乗った少女は、黙々と甘味を口に運んでいく。

 

「なぁ、君ってさ」「はい?」

「なんか変わった服装してるけど、外来人だよね?」

「えっと……いや、外来人ではないです」

「あ、そうなんだ?」

「なんでそんな質問を?」

「あんまり人里では見ない珍しい服だったから」

 

 そう、妖夢の服は霊夢や魔理沙のように個性的な服で、袴やら落ち着いた服を着ている人里の人間たちとは少し雰囲気も違ったのだ。

 

「ふぇ!? こ、この服変ですかね?」

「ううん、全然。普通だよ。でも、珍しいなって思って」

「は、はい。実はですね、私、半人半霊なんですよ!」

「へ?」」

「……あっ!?」

 

 妖夢はわかりやすく焦り出した。

 

「ち、ちち、違います! 噛みました!」

「なんて言おうとしたの?」

「えーっとえーっと……」

 

 少し迷った末に妖夢は高らかと言った。

 

「そ、そう! 半人前で、半分の人なんです!」

「あぁ、そういう意味ね」

「はい!」

「ちなみに慧音さんは半人半妖だから別に半人半霊でも俺は驚かないよ」

「あ、そうなんですね! 良かった〜……ええっ!?」

 

 妖夢は驚いていた。

 

「ん? どうしたの?」

「いえ、その、あの、えっと……」

 

 妖夢は何とも言えない表情を浮かべていた。

 

「まあいいか。ところで、なんで人里に来たの?」

「えっと……食材を買いに来ただけです。ここに寄ったのは単純な興味で」

「へぇ〜」

「あ、あともう一つあるんですが……」

 

 妖夢は自分の胸に手を当てて言った。

 

「多分次来る時は寒くなっているので、ポカポカなうちに甘味を……」

「? どゆこと?」

「……あ」

「?」

「私また失言を……えっと、違うんです、その……」

 

 妖夢は何かを言いかけたその時。

 

『キャァアアー!』

 

 と、叫び声が上がった。

 

「なんだ?」

「あっちの方から聞こえてきましたよ!」

 

 妖夢が指差したのは、窓の外。女性の手を男性が掴んでいた。

 

「魂魄ちゃんはここに居て」

「えっ?」

 

 柊は走り出す。するとそこには人だかりが出来ていて、その中には慧音の姿もあった。

 

「先生!」

「おお、柊。ちょうどいいところに来てくれた。あれを見てくれ」

 

 

 ♢

 

 

 人だかりの中心には二人の男女がいた。女性は男性の手を振り払おうとしている。しかし男性は離さない。

 

「お前にも手伝って欲しい」

「あ、はい!」

 

 そう言って慧音は二人に近づく。

 

「おい、その女性を放してやれ嫌がってるじゃないか」

「うるせぇ! 俺の女の問題に手を出すんじゃねぇ!」

 

 男は叫ぶ。

 

「私は貴方の女じゃないわ!」

 

 女性が言う。しかし男はそれを聞かずに怒りを向けた。

 

「てめえ! そうやってふざけたこと言ってっと……!」

「! やめろ!」

 

 男が殴りかかろうとした時、柊が割って入り慧音が抑えた。

 

 そして男の拳を受け止めるとそのまま捻り上げる。

 

「いてぇ!」

「まったく、何をしているんだ。こんな往来で喧嘩などしたら他の人に迷惑だろう」

「くそぉ……オラっ!」

「あっ……!」

 

 男は咄嗟に足を出して女性を蹴ろうとするが。

 

「女性にそんなことしないで下さい」

 

 妖夢がサラリと受け止めた。

 

「なっ!?」

 

 驚く男に対して妖夢は言った。

 

「私は半人半霊ですが、一応人間なので蹴り技も出来るんですよ」

「チッ……! もう良いよ!」

 

 そう言い捨てると、男は人混みの中へと消えていった。

 

「ふう、一件落着ですね」

 

「ありがとうございます。助かりました」

「いやいや、当然のことをしたまでですよ」

 

 そう言って女性も人混みへと消える。

 

「魂魄ちゃん怪我はない!? 大丈夫だった!?」

「はい、この通り。なんともありませんよ」

「そっか……良かったぁ……」

「……クスッ」

「……?」

 

 突然笑う妖夢に疑問符を浮かべる。

 

「あ、いえごめんなさい。良い人なんだなって」「そうかな? ……まあ悪い気はしないけどさ」

「ふふっ」

「ハハッ!」

 

 二人は笑い合った。

 

「あ、そうだ! 今度一緒にお茶しませんか?」

「うん? ああ、もちろん。妖夢さんの都合が良い時にね」

「はい!」

 

 妖夢の笑顔を見て、柊はどこか嬉しく感じていた。

 一方その頃、とある場所では。

 

「なんだよあいつら……邪魔しやがって……」

 

 先程の女性と男性が座っていた。

 

「……ふふ、もう下手な演技もしなくていいわよ、藍」

「あ、はい……って下手でしたか!? 私!」

「表向きの偽りは完璧だったけど、私クラスの人物なら一瞬で姿を変えてると分かる変装だったわ。妖力が揺らいでたもの」

「ええっ!? そ、そんな筈は……」

 

 藍と呼ばれる人物は男の変装を解除し、9本の尾を持った狐の姿に戻る。

 

「ほんの微々たる揺らめきだけどね。人間なら霊夢クラスじゃないと違和感すら感じないでしょうけど。精進なさい」

「うぅ……頑張ります」

「でもあの二人は無事に接触させれたし、目的は達成したから何の問題もないわ」

「はい、流石の手際の良さでした」

「じゃあそろそろ行きましょうか」

「はいっ」

 

 紫が手を振ると、スキマが現れ二人はその中に吸い込まれるように入っていった。

 

 

 ♢

 

 

「本当にありがとうございました……何から何まで」

「気にしないで、困った時はお互い様だよ」

 

 甘味屋で腹を満たしたはいいが、お金が足りなかったらしい。ついでだし、と柊が奢ると、妖夢は謝辞を述べた。

 

「また会えるか分かりませんし、屋敷へ連れて行く訳にもいかないので……今、何か困っている事があれば手伝います」

「いやいや! 気にしないで良いよ、俺もお金使わないから別に気にしてないしさ……」

「そういう問題ではありません。それに貴方には借りがあるんですから」

「あー、まぁ……確かに」

「だから遠慮せずに言ってください。私が出来ることであれば何でもします!」

「……そうは言っても困ってることなんてないしなぁ」

 

 少し考え込む。そして思い出す。

 

「そう言わずに、家事でもなんでも、お時間に限りはありますけど……手伝いますよ!」

「う〜ん……別にまた今度考えておくよ」

「そう、ですか」

 

 明らかに落ち込んだ様子の妖夢。すると、突然妖夢は口を開く。

 

「……その」

「ん?」

「随分と鍛えているみたいで。……もしよければ相手になりますが」

「──!」

 ラインが見える服を着てる訳でもない。その上で妖夢は柊が鍛えていることに気づいた。

 

「すごいね。すっごいブカブカな服なんだけど」

 

 なんせ江戸っ子のような浴衣に近い服装だ。柊の普段着は特段柊が服のリクエストをしなかったので人里での一般的な服を慧音が仕立てた。

 

 

「歩く時の重心で分かります」

「……相手になるって空手?」

「私は剣道の方が性に合ってるんですが……拳と竹刀の手合わせなんてフェアじゃありませんもんね」

「……いや、それでやろう」

 

 そう言ってから二人は慧音の家に行き、竹刀を用意した。

 

「準備がいいんですね」

「普段からここは使ってるから何がどこにあるかはよく分かるんだ」

「……それでは始めましょうか」

「うん……よろしくお願いします」

 

 妖夢の構えは基本中の基本といったところ。ただ、足捌き、目線、体幹、どれをとっても隙がない。

 

「……」

 

 妖夢は、柊が攻撃に移る前に間合いを取り、ジリジリと詰め寄ってくる。

 

「はぁ!」

 

 声の合図とともに接近した妖夢が、上段を振り抜く。

 

「ぐ!」

 

 視界には収めていたので、ギリギリ身体を反らせた。柊もその勢いで拳を振るが剣で往なされる。

 

「あいたっ!」

「いいですね!」

「……危なかったぁ」「次行きますよ!」

 

 妖夢は柊の懐に入り込み、横薙ぎを繰り出す。

 

「くぅ!」

 

 柊はしゃがみ、妖夢が振り抜いた後の体勢を利用して立ち上がり、下から突き上げるように蹴りを放つ。

 

「ふッ!」

 

 どうにかこうにかやり過ごす。柊はギリギリの戦いを繰り広げていた。

 しばらくの間、柊の防戦一方の展開が続く。妖夢は想像の5倍は手練れで、全く懐に入る余裕がない。無理に入ればやられるのは自分だと、未熟ながらに伝わるほどの剣術。

 

「よっと!」

 

 ただの真っ向勝負で勝てないと判断した柊はあらゆる手段を使い集中を削ぐ判断にでた、そして足払いを仕掛ける。当然のように妖夢は避けて、そのまま上段の構えを取る。

 柊は狙い通り、妖夢の上段からの一撃を避けられるように注意深く観ていたのだが。

 

「なに!?」

 

 妖夢は踏み込んだ足を軸として、その場でくるりと回り、下段から切り上げてきた。

 

「はぁ!」

「うわっ!」

 

 なんとか避けることが出来たが、それでもバランスは崩れた。

 いきなりだ、上段から縦に振るという一振りから型を変えた。全く想定していない柊はガードする暇もなく、竹刀が柊の顎にぶつかる。

 

「ごあっ!?」

「あっ……! すみません! 大丈夫ですか!?」

「ま、参りました……」

 

「あ、はい……すみませんでした……」

 

 

 ♢

 

 

「大丈夫でしたか?」

「ああ、ありがとう。問題ないよ」

「本当に申し訳ありませんでした……!」

「ううん大丈夫。それよりどうだった?」

 

 そう聞くと、妖夢は少し困った顔をして、答えた。

 

「……剣相手に懐を突くのは正解だと思います。基本それが剣相手の素手での必勝法ですから」

「うん。けど、やっぱ今の俺じゃあ少し厳しいな。実際さっきのが実践だったら死んでるし」

 

 悔し交じりに拳を握り締めている。その柊の姿に少しだが、妖夢は好感が持てた。

 

「あの、一つ聞きたいことがあるんですが」

「ん?」

「どうして武器を持たずに闘ったんです?」

「んー普段から武器を持ち歩くつもりもないし……」

 

 変身する時に返って邪魔になる、とは言わずに心の中に留めておいた。妖夢に言ってもしょうがないと判断したからだ。

 

「なるほど、それなら徒手で闘うことになりますもんね」

「それに、やっぱり俺はこっちの方が性に合ってるんだよなぁ」

「分かりますよその感覚、自分に合ってるもので闘うのが一番です。私も剣道の方が得意ですから。剣を持つと魂が震えるんです!」

 

目を輝かせ、興奮気味に話す妖夢。

 

「す、すごいね……俺なんてまだまだだな」

「いいえ、夢知月くんならきっとどうにかなりますよ」

「え? な、なんで?」

「悔しがれる人は成長出来ますから」

 

 柊はキョトンとしている、妖夢はあまりに呆然としている姿を見て思わず笑ってしまった。

 

「それではこれで。また顔を見かけたら呼んでください、今度は私に奢らせてください」

「あはは、じゃあお言葉に甘えて、また会おうね」

「ええ、お元気で」

 

 そう言い残し白髪の剣士はその場を去った。

 

「……妖夢ちゃん……最後の一撃だけが本気だったみたいだな」

 

 柊はそんなことを考えながらトボトボ歩く。

 

「もっと頑張らないとな……よし!」

 

 思い立ったら即行動。柊は人里を走り出した。

 

 

 ♢

 

 

「……ご馳走様、今日も美味しかったわ〜妖夢」

「お粗末様です。……あ、そういえば」

「?」

「今日面白い人に出会ったんですよ、夢知月さんって言うんですけどね──」

 

 

 ♢

 

 

 そうしてあっという間に、秋、冬と時期が過ぎていった。

 

 妖夢と手合わせしてはや数ヶ月。

 

 柊はある問題に対面していた。

 

「どうだ? ……」

「はい……一向になれる気配がありません」

「……そうか……」

 

 柊は、オーズに変身できなくなるという、いわば本末転倒の問題に直面していた。

 

「変身できないんじゃせいぜい俺は人里の力自慢くらいにしかなれません……」

「うむ……なぜなんだろうな」

 

 ある日突然、力が消えたと柊が慧音に告げた。彼は言葉通り、能力も霊力もまるっきり失っていたのだ。

 慧音には原因は分からなかった。

 

 しかし、

 

「まあ今は事実を受け止めるしかないな。後で霊夢のところに行って体を見てもらおう」

「うーん……」

 

 悩み込み、思わず下をむく柊だったが、白い粒がさんさんと降り出していることに気づき、頭を上げた。

 

「雪……ですか、綺麗ですね」

「ああ、だがもう本来なら皐月だぞ……なのに雪が降るなんて……」

「……やっぱ変ですよね」

 

 ここまでの異質な変化。柊も異変だと思ったようだ。

 

「まぁ良い。この異常気象もそのうち霊夢が何とかしてくれるさ……あまり放置されては農家たちは商売上がったりだろうが」

「クシュン!」

「ん、そろそろ家に帰ろう。風邪を引いてしまうぞ」

「そうですね」

 

 そしてその日は何事もなく進み、寺子屋での仕事も終える。

 

「よーし! 今日はこれで終わり。帰ろう帰ろう」

「「はーい!」」

 

 生徒達が次々と外に出て行く。

 

「慧音さん、書類片付けといていいですよ。今日はおれが子供達送っていきます」

「め、面目無い……お言葉に甘えさせて貰おうかな……」

「はい、見守り終えたらまた戻ってきます」

「せんせーぇ! 寒いね!」

 

 子供たちの鼻先が真っ赤になってる。そりゃそうだよな。

 

「ごめんな、マフラーとか持ってくりゃよかったな……俺の服で身体だけでも厚着してくれ」

 

 服って言っても上着だけど。

 

「先生寒くないの?」

「寒くないよ」

 

 途端、体に一条の痺れが起こる。

 

「っくしゅん!」

「やっぱり寒いんじゃん!」

「大丈夫だってほら……」

 

 目の前に、見慣れた子がいる。

 

「……ん?」

「お、妖夢ちゃん。お久しぶり」

「お、お久しぶりです……寒くないんですか?」

「寒くないよ?」

「うそだよ! せんせいね、さっきくしゃみしてたから!」

「……誰にでも世話焼きなんですね」

 

 世話焼いてる気はないんだけどね。と後頭部をかきながらいう。

 

「これも付けておいて下さい、暖かいですよ」

「ありがと、おねーちゃん!」

 

 妖夢は、どこか儚げな顔でマフラーを巻いていた。

 

「じゃーねー!」

「ああ、また明日な」

 

「……教師をやってたんですね」

「いや、俺はあくまで慧音さんの手助けしてるだけだよ。居候だからね。働かないと食うべからずだし」

「働かないと……ね」

 

 なにかを思い出すかのようにため息をつく妖夢ちゃん。

 

「大丈夫?」

「……まぁ、気長に生きていきますよ」

「妖夢ちゃん屋敷に住んでるって言ってたもんね。この時期だと大変でしょ」

「え?」

「だって広い家を掃除するのも一苦労でしょ? しかもこんなに寒いと手もかじかむだろうし。早く春になってほしいよね」

「……そう、ですか。……そうですよね」

 

 少し下を向いてから、尋ねてきた。

 

「やっぱり迷惑ですか?」

「? 何が?」

「! ……いっいや何でもないです……」

 

 柊は妖夢がさっきから様子がおかしいことに気づく。

 

「暖取ってく? もうすぐ着くけど……」

「あ……」

「ほらほら、来なよ寒かったじゃん」

「……はい」

 

妖夢の手を取る。

 

「つめたっ!? 冷えすぎだろ!!」

「えっ!? そんなことないですよ!」

「嘘つけ!! はやく帰るぞ!」

「わ、わかりましたってばぁ!」

 

 手を思いっきり握られた妖夢は思わず声を漏らした。

 

「あっ……」

「ん? あっ」

 

柊が慌てて手を離す。

 

「ご、ごめん……」

「あ……いえ、別に構いませんよ」

「そっか……ん?」

 

妖夢の手が震えている。よく見ると頬も赤い。熱でもあるのか。

 

「本当に大丈夫?」

「ひゃっ!?」

 

柊は妖夢のおでこに手を当ててみる。すると、案外体温が高いことがわかった。

 

「妖夢ちゃん、おでこめちゃくちゃ熱いんだけど……手は冷たいのに何で?」

 

 柊の問いに妖夢は答えない。

 

(この人、優しいなぁ……)

 

 妖夢は自分の胸を押さえた。

 

(なんかドキドキする……)

 

 妖夢は顔を真っ赤にしてうつむいている。柊がそれに気づいたときだった。

 

「あ、あれ?」

 

 心配していた妖夢をよそに、柊が膝を地面につける。

 

「え、だ、大丈夫ですか!?」

「あ、う、うん何ともないっていうか何も感じないから異常はないと思うんだけど……」

 

 妖夢が首を傾げる。そして何か思いついたように言う。

 

「そうだ! 柊さんの体調が悪いなら私の身体で温めれば良いんですよ!」

「……はい?」

「失礼します!」

 

 いうと、妖夢は柊の背中に抱きついた。

 

「はっ!? ちょ、女の子が気軽にそんなことしちゃダメだよ!」

「ふぇ?」

「は、離れて!」

「は、はい……」

 

妖夢は素直に離れた。

 

「びっくりした…」

「す、すみませんでした……」

「いや謝らなくていいよ、心配させた俺も悪いし。でももう平気だから心配しないで」

「は、はい!」

 

 元気に返事をする妖夢。しかし、少し間を空けてから、妖夢が話し始めた。

 

「……この雪、やっぱり迷惑ですよね」

「え? う〜んまぁ俺はそんなに気にしてないけど里の人たちに被害が出ちゃってるからね」

「……うん、分かりました。私も何とかしてみます! では!」

「え!? ちょ、妖夢ちゃん!」

 

 妖夢はあっという間に帰っていく。その後ろ姿を見た時ふと、初めて会った日の言葉を思い返していた。

 

『多分次来る時は寒くなっているので、ポカポカなうちに甘味を……』

 

 柊は我に返った。

 

「……この異変が起こるって知ってたのか?」

 

「さぁどうでしょうねぇ」

「──!?」

 

 妖艶な声が至近距離で聞こえ、咄嗟に振り向いた、が。そこには誰もいない。

 

「……なん、だ……?」

 

 不穏な影が、着実に柊の元へと迫っていた。

 

 

 ♢

 

 

「幽々子様、辞めて欲しいって言ったら止めてくれるのかな……」

 

 苦笑いで言った。

 

「ん?」

 

 どうやら屋敷の中に居る気配が一つではない。紫様だろうか。

 

「そう、幽々子にはそう言っておいて」

「はい、紫様」

 

 やはりそうだ。挨拶しなければ。

 

「オーズは危険よ、絶対に今回の件で仕留めるわ」

 

(……おうず……?)

 

 何やら重要そうな話を、盗み聞きしているのがバレたら不味そうなので気配を消す。

 

「やはり、奴はすでに外堀を……」

「ええ、今日あの子に接近した事で確信したわ。奴は何食わぬ顔で自分を守らせる味方を増やしている」

 

 誰のことだろう。いつもの雰囲気に似合わずピリピリした空気が少し怖い。

 

「では、実行に移しましょう」

「ええ、奴は必ず来る。そして射つわよ……()()() ()()を」

 

「……え?」

 

 

 ♢

 

 

「そろそろ帰るか……」

 

 特にやる事もなかったので、人里を粗方見て回った。まぁいつも通り何もなかったけど。

 

「ただいまです」

「あ、お帰り! ご飯できてるぞ!」

 

 割烹着姿が似合っている慧音が、柊の体についた雪を落とす。

 

「お前も寒かったろう? ほら温まってくれ」

 

(……あれ? そういえば何で寒くなかったんだろう。雪が肩に積もるくらい外は豪雪で温度もきっと相当低かったはずなのに)

 

「は、はい……」

 

 寒すぎて感覚が痺れてたんだろう。そう思い込み柊は違和感を流す。

 

「いただきます」

「ああ、召し上がれ」

「……?」

「どうした?」

「あ、いや……」

 

 お椀の感触というか、手触りがない。それはよしんば、味噌汁なのに熱くない。

 

「……あの、いつもより少し薄めてますか?」

「味が薄いか? いつも通りのつもりだが……」

 

(……多分低温のままいすぎて身体が不調なんだろう。)

 

 柊は最後まで体の違和感を受け止めずにいた。

 その身体の異常について、かつて同じ症状の人を知っていた筈なのに。

 

 

 ♢

 

 

「……え?」

(……今なんて言った? 柊さんを撃つ? 知り合い…なの?)

「ゆ、紫様、何を言っているんですか、その……夢知月さんを?」

「……妖夢、おかえりなさい」

「あ、はいただ今戻りました……えと、紫様……」

「……事態が事態だし、しょうがないわね」

 

 紫、と呼ばれる少女は妖夢に語りかける。

 

「あなたにも話しておきましょう、オーズの業を」

「……紫、様?」

 紫は妖夢の手を優しく握った。まるで親が子に言い聞かせるように。

 

「これは幻想郷に関わる問題、そして柊君にも関わること。だからお願い、私を信じて聞いてちょうだい」

「わ、わかりました……」

「ありがとう、妖夢。それじゃ話すけど、実はね……」

 

 紫は全て妖夢に話した。オーズのこと、柊の能力のことを全て。

 

「そんなことが……。なるほど、能力を持って幻想入りした人だったのですね」

「ええ、本人からは説明されなかった?」

「はい。鍛えていることはわかっていたので組み手はしたのですが…その時は能力を使ってはいませんでしたね」

「……まぁ、貴方のことを考えたら下手に力を使うわけにはいかないと思ったのでしょうね」

「え?」

 

 紫は扇子を口元に当て、考え込むような仕草をした。

 

「あの子は他でもない、幽々子を狙ってるのよ。西行妖を利用するために」

「…西行妖ってあの木の妖怪、ですよね」

「そう。あれのこと。あの妖怪桜を利用する為に幽々子を騙し通している」

 

妖夢は不思議そうに見つめていた。紫はその視線に気付き、ふっと笑みを浮かべた。

 

「勿論、幽々子は気づいていないわ。ただ、あの妖怪桜を満開にさせれば誰かが蘇ると知らされただけ。それが誰かが知りたくて貴方にも花を咲かせる手伝いをさせているだけ」

 

 しかしすぐに真剣な表情に戻り、こう続けた。

 

「だけど、実際に起こるのはそんな生易しいものではない。数ヶ月集めた自然の力、時間にして1500時間を超えて力を溜め込んだ妖怪よ? 誰かの封印が解ける、それだけで終わるものですか」

 

「あくまでそれは手段の一部、目的は封印の解除ではない、その更に先の何かの為の準備、儀式の前段階として封印の解除が必要なだけ。そして幽々子はその一部だけの情報を伝えられたんだわ」

 

 それは、紫の予想を超えた出来事だ。だからこそ、ここで止めなくてはならない。紫は立ち上がり、妖夢に手を差し伸べた。

 

「来なさい」

 

 妖夢は紫の手を握り、立ち上がる。紫はスキマを開き、二人は白玉楼の庭へと出た。

 

 

「紫さま…なぜここに」

「どういう手段を使ったのかは私には分からない。ただ気づいた時には幽々子を、あの西行妖の行いを止められない場面まで来てしまったという事だけ」

 

 階段を上がり、西行妖と呼ばれる妖怪桜の元まで歩いた。

 

「妖夢には悪いけど、私は許せない。この妖怪に細工をし、幽々子を誑かした彼を」

 

 紫は妖怪桜に触れて、妖夢に言う。

 

「この妖怪に含まれる力を知覚してみなさい、分かるはずよ」

「……なる、ほど」

「実際に証拠がなければ聡い貴方は信じないでしょう。だから、これが証拠」

 

 妖夢の視界が一瞬で真っ暗になった。瞳を閉じ、そして感知する為の感覚を鋭利にさせる。どれだけ未熟な自分でも、誰が何のために行使しているかまでは分からなくとも、術式を感知すれば誰が力を使っているか位は、分かる。

 

 ただ、正直な話わかりたくはなかった。あの善人の笑顔を覚えているからだ。あの人が悪意を持って、しかも自分の主人に危害を加えるような人だとは思えなかったからだ。だからこそ、今彼の潔白をこの手で証明──。

 

「──」

 

 妖夢はすぐに目を開けた。

 

「──そん、な」

 

 間違いなく、彼の霊力を使った後の痕跡が、その術式には残っていた。

 

「嘘だと思うのなら合点が行くまで確かめてみなさい、それは正真正銘彼の霊力の傍証、彼がここで何かをしていたことを示唆する物よ」

 

 妖夢はゆっくりと膝から崩れ落ち、涙をこぼした。

 

「嘘だ……あの人が、そんな」

 

 そんな妖夢を見て、紫は優しく声をかける。妖夢は嗚咽を漏らしながら、泣き続ける。

 

 その様子を見た紫は悲しそうな顔をしながら、妖夢に告げた。

 

「貴方は何もしなくていい、私が全部解決するわ。幽々子も彼も全て私がどうにかしてみせるから信じてちょうだい」

「ぅぅ……幽々子さまには、どうして、幽々子さまにこのことを告げていないのですか?」

「あの子は既に知ってるからよ、幽々子も危険は承知の上でやっているの。あの子は封印を解くことの意味を知ってていて尚、興味の為に動いてるのよ。私が言っても意味がなかったの」

「そんな……」

「ごめんなさい妖夢、…私は貴方に謝罪しか、してあげられない」

 

 妖夢はすぐに目をゴシゴシと擦り、つぶやいた。

 

「……いえ、紫様が悪いわけでは。……彼が、もし幽々子様に害を及ぼすのであれば私は黙ってはいません。その時は私の手で止めます、私は主人を止めることは出来ませんが、あの人に害する者は命を賭して止める覚悟です」

「……分かったわ、そこまで言うのであれば、彼のことは貴方に任せるわね」

 

 強い意志で、妖夢は頷く。

 

「多分彼が表立ってここに来るのはそう遠くない話よ。もしそれまでに彼に会う機会があるのだったら、一つ、アドバイスをしておくわね」

 

 紫は真剣な眼差しで、妖夢に語りかける。

 

 妖夢もそれに答えるように、姿勢をただし、耳を傾ける。そして、彼女は言った。

 

「彼は貴方に力がバレることを恐れてる。今のところ計画が破綻する唯一の可能性だからね。だから、まだ私のことが信じられないのであれば、本人にこう聞いてみるといい、『貴方は──』」

 

 

 



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12話 稽古と予知と誘惑

 静かな朝焼け。しかして、紅魔館に残る鈍い音がメイド長を眠りから引き起こした。

 

「……ん」

 

 カーテンを開けて、庭を見つめると。

 

「もう……すっかりあれが目覚ましのタイマーになっちゃったわ」

 

 二人の少年少女が互いの拳を爆ぜていた。

 

「ふふっ甘いですよ!!」

「あてっ!?」

 

 紅霧異変後、柊は紅魔館の面々と仲良くなってからというもの紅 美鈴と稽古をつける事になった。

 

「……ま、参りました」

 

 稽古を初めてはや数十回。柊は一度も美鈴に勝てていない。原因はハッキリしている。圧倒的に経験不足故。なのでとにかく組手を交わしてもらうのだ。

 

「はい、お疲れ様でした!」

「はぁ……俺はいつになったら闘える様になるんですかね」

 

 正直、強くなってる感覚がしない。ちゃんと身体作りもしているはずなのだが。

 

「別にオーズの力を使って貰ってもいいですが……」

「いや、それはいいです。生身の肉体を鍛えた方が伸びるのは分かってて……うん、ただ勝てなさ過ぎて拗ねてただけなんで」

「あはは……なんかごめんなさい」

 

 然程申し訳ないとは内心思ってないまでも、謝辞を述べていた。

 

「何かあったらいつでも呼んでくださいね。私だったら大体暇ですから」

「それはそれでどうなんですかね……」

「朝御飯の支度が出来たわ、二人とも」

「わっ!?」

 

 突如咲夜が姿を表し二人は驚く。

 

「いつまで驚いているのよもう。何回も見たでしょ?」

「いやいや……なれる様なものじゃないですよ……。それじゃ、俺そろそろ帰りますね」

「何言ってるのよ貴方の分も作ってるわ。食べていくわよね」

「いや俺は……お言葉に甘えて」

 

 さしもの彼もナイフを首筋に当てられたは頷くしかない。何も食べてなかったし。

 

 

 ♢

 

 

「それで? 美鈴に勝てる日は来るのかしら?」

「今の所は正直勝てる見込みはないですね……」

「ま、当然ね。私の門番だし」

 

 えへへ〜と身体をくねらせる美鈴さん。

 

「まぁ私は貴方達の闘いを観てるのが最近朝の日課になってるし……良いのだけれど。寒すぎないかしら? もう春よね?」

 

 そう。幻想郷は既に季節は春。というのに朝の特訓中も普通に雪が降っていた。幻想郷でも普通の事ではないらしい。

 

「私にはそこまで支障はありませんが柊さんや咲夜さんは困りますよね」

「そうねぇ、私の分まで働いてくれたら助かるのだけれどね? 美鈴」

「いやいや! 二日で死んじゃいますよ私!」

 

 春が訪れないこの現象は十中八九異変なんだという。

 

「霊夢は何をチンタラやってるのかしらね」

 

 柊も同じ事を思っていた。こう異常事態にこそ霊夢の仕事というやつじゃないのだろうか。

 

「あまり積極的に動いてはいない様です。最近になってようやく重い腰を上げたとか……」

「全く……寒さに根を上げるなんて人間は弱いねぇ」

 

 やっぱり妖怪にとっては屁でもないのか、となると割と羨ましくも感じる。

 

「──!」

「? ……柊。どうかした?」

 

 ──()()()()()

 

 近頃、柊の身にも凶兆が見えた。

 

「いや、何にも……ちょっと最近調子悪くってですね」

 

 少ししたら治るのだが。ここのとこほぼ毎日不定期でこの現象が起こっている。

 

 頭に身に覚えのない景色と、大きな大樹が映る。他の誰も似た様な事は起きていない事から今の異変とは関係のない事なのだろう。

 

 だが。この問題をいつまでも放る訳にもいかない。なんせ、この現象が生じている間は、理由は分からないが、変身する事ができなくなるからだ。

 

 

「貴方まで参ってるわけ? しっかりしてよね、もう」

「……善処します」

 

 早い所原因を見つけた方が良さそうだ。

 

「あ、そうだ。いいこと思いついた」

「……?」

「貴方が異変解決して来なさいよ」

「えぇ? 今の俺にそんな力ないですよ」

「じゃあヒントはあげるからさ」

 

 今は深刻な異変が自分の身に起こっていると言うのに、異変(そんなこと)に意識を割く余裕は柊にはなかった。

 

()()()()よ」

 

 

     ♢

 

 

「気をつけてお帰り下さい! まぁ、柊さんに限って万が一はないと思いますが!」

「はい、美鈴さんも、それじゃあ」

 

 そして、紅魔館を後にした少し後。紅魔館近くの湖にて。

 

「……なんだ、この……気配」

 

 彼に悪意が差し向けられた。

 

 

     ♢

 

 

「だからって何で私まで……」

「まぁまぁピクニックだと思って」

 

 気まぐれなレミリアの提案で急遽咲夜も異変解決に出向く事になった。

 

「それでは、彼を支援しに行って参ります」

「あ、ちょいちょい咲夜」

「……? はい」

 

 レミリアが焦って咲夜に伝える。

 

「実はあの子を異変解決に向かわせたのには理由があってさ。実は今回の異変そのものは毛ほども興味ないのよ私」

「……はぁ」

 

 はぁ? ではない。納得の、返事だった。レミリアは基本チャランポランでふざけた主人だが、根っこはとても真面目で、仲間には誰よりも紳士的な配慮を持っている。それを分かっている咲夜にはレミリアが自分をふざけて送り出しているわけではないのを、理解している。

 

「あの子を見張ってやって欲しいの。それには貴女が適任でね」

「見張る……? どういう事ですか?」

「実はあの子が近い未来死に掛けてる姿が見えたの」

「……!」

 

 窓から、柊の姿を目視しながらレミリアは呟く。

 

「……貴女が付いて行ってあげればきっと守れるから。お願いね」

「分かりました」

 

 咲夜は要件を理解してすぐにその場を後にした。

 

「……行ったか」

 

 柊が死にかけてた理由、レミリア自身は能力で大体理解していた。

 

「一応咲夜を連れて行ったけど……」

 

 レミリアが見た景色には咲夜はいなかった。だからその運命を変えるための抑止力として咲夜に行かせたけれど。それが通用しないなら話は変わって来る。

 

「もしかすると、貴方の所為でややこしくなったのかもね、今回の異変」

 

 ──前言撤回興味が湧いてきたわ。

 

「私も見に行きたいねぇ」

 

 

 

     ♢

 

 

「待たせたわね」

「いえいえ、全然大丈夫です」

「それじゃ早いとこ行きましょう」

「……行くって何処に?」

「……」

 

 柊は知っている。咲夜は実はクールに見えて凄く優しくて、偶に天然を発揮するタイプだということを。

 

 

「……空飛んで怪しそうな所虱潰しに回っていくわよ」

「あの〜俺飛べないですけど……」

 

 完全に流れを咲夜が回している。柊は、その合間をなんとか縫って、申し訳なさそうに呟いた。

 

「あらそうなの? なら運んであげるわ……けどその前に」

 

 ワッと森から妖精達が現れる。

 

「オラオラ人間だべッ!」「イタズラすべッ!!」「逃スナァ!! 徹底的に泣かすゾッ!!!!」

 

「悪戯好きなこいつらを懲らしめてからね!」

 

 

     ♢

 

 

「「グワァァァ!!!!」」

 

 妖精達は意気込み虚しくも咲夜の華麗なナイフ捌きで即撃破された。

 

「この程度の相手……魔法陣を使う必要すらないわね。ナイフだけで充分」

「魔法陣?」

「……あとで分かるわ」

 

 道中、幾度も妖精と出会ったが悉く咲夜が撃退した。

 

「咲夜さんメチャクチャ強いんですね……本当、助けてくれてありがとうございます」

 

 この人が敵だったらと思うとゾッとする。というか霊夢はこの人を倒したんだよな。

 

「気にしないで良いわよ、どっちかというと貴方を運ぶ方がキツいくらいだから」

 

 苦い顔で柊の服を掴んで飛空している。しかも柊の身を気遣ってか速度は遅い。

 

「頑張って痩せます……」

「そうして頂戴」

 

 そろそろ紅魔館を出発して10分。咲夜が仕切ってくれてるおかげで迷わずに済んでいる、が。

 ずーっと上空へと向かって行っている。柊は首を傾げた。

 

「どこ目指してるんです?」

「濃い妖気を、感じる場所よ……多分冥界ね」

「……冥界?」

 

 冥界という聞き慣れない単語に柊は疑問を抱く。

 

「もしかして意識他界系ですか?」

「何言ってるの? いいから私の手を掴みなさい」

 

 柊は差し出された咲夜の手を掴む。すると咲夜は宙へ浮く。

 

 

「咲夜さん!? 何するつもりです!?」

「ここからじゃ見えないの。だから上空へ行くのよ」

 

 

 咲夜はスーッと上へ上へと上昇する。柊は雪が目に入ってロクに目も開けられない。むしろ咲夜はどうして平気で空を登れるのだろうか。

 

 

「大丈夫?」

「大丈夫です。影響ありませんから」

「そう、なら大丈夫ね」

「え?」

 

 すると、咲夜は目をカッと見開き一気に上昇する。

 

「飛ばすわ……よッ!」

 

 抱えられていた柊は口を閉じてひたすら掛かる重さを耐える。

 

「ぐ、くく……」

「……へえ」

 

──霊力を使うでもなく、これにふつうに耐えれてる辺り、あれから相当鍛えたのね。

 

「!」

 

 咲夜が何かに気づき急停止する。

 

「ぐえっ! さ、咲夜さん何を」

 

 柊は首を回して上を見上げた、すると違和感はすぐに目視でき、そこに青紫髪の女の子が待ち伏せしている。

 

「こんな高い所から……景色見えるの?」

「……別に地上を眺めていた訳じゃないのだけれど……」

「そう? 確かに、あまり外に出ていなさそうな顔色してるものね」

 

 咲夜がパチン、と指を鳴らす音と共に現れるナイフ群。ふわふわと浮いている少女はそれの意味を理解しかねていた。

 

「……へ?」

 

 ナイフが少女を襲い、煙幕を生じる。

 

「あんな奴、相手にすらならないわ」

「……すご」

 

 こんな簡単に倒すなんて、柊がそう考えているうちに、周りの雪の勢いが弱まる。

 

「……む」

 

 煙幕が晴れると。少女が。

 

「……酷いわ。貴方。やっぱり冬を望まない者は総じて悪趣味ね」

「私達が冬を望まないと、知ってるのは何故?」

 

 空中に浮く雪を依代として、弾幕を作りナイフを相殺させていた。

 

 

「……だって貴方上空を目指していたじゃない」

「やっぱりお嬢様の言ってた通りね。異変の原因はこの上の冥界にある」

 

 柊を左腕で抱き上げながら、右手にナイフを構える。

 

「冬の妖怪だものね。春になって欲しくないんだわ」

「……そうでもないのよ? だって季節は変わりゆくものだもの。だからこそ冬が巡ってきた時一層嬉しいのだし」

「だったら何で邪魔するんですか?」

「私は単純に楽しみたいだけ。これだけ冬が強まっているのに、楽しまなきゃ損でしょ?」

 

 そう言って、少女は両手を広げて弾幕を放つ。

 

「レティ・ホワイトロック。冬の短い間だけど、よろしくね?」

「はい!」

「この流れで闘うの私なの?」

 

 咲夜は思わずツッコむが、レティは気にせず弾幕を二人に向けた。

 

「冬の力を実感して!! あと出来たら尊敬して欲しいわ!!」

「私寒がりだから……ごめんなさい」

 

 ナイフは、無常にも雪の弾幕を壊しながら、レティを攻撃した。

 

「そんなぁ〜〜!!」

 

 泣きながら、落下して行った。

 

 

「えぇ……」

「呆気なかったわね……あれで本場の強さなんだからもう手の施しようもないわ……」

 

 二人は同情しながら、しかし上空を更に進む。

 

「……でも、なんだかおかしかった気もするわね……」

「え?」

「……手を抜いていた気もするし……なにより私達と闘う事を避けていた様な……」

 

 

 

 

「いたたた〜……」

 

 レティ。其の人は地面の雪に落下し、目を回していた。

 

「……はぁ、そりゃやる気も出ないわよねぇ」

 

 先程居た場所を思い返しながら、レティは独り言を言った。

 

「春を無理くり冬に変えて、しかもそれを止めようとする人間を殺せなんて……あんまりだわ」

「そう」

 

 決して人の立ち入る様な場所ではない。だが、確かにそこには、誰かが居た。否、今現れた。

 

「……貴方、わざわざこの私が直々に力を渡したのに、その力を全く使わなかったわね?」

「ズルして勝つのを好む様な妖怪に見える? そういうのはもっと行動力のある子にしてあげなさい。……私なんて冬しか元気じゃないのに」

「貴方の本領の冬だから頼ったんですけど……ま、良いわ」

 

 その少女は、空間に歪な眼を開き。再び気配を消そうとしていた。

 

「何企んでるか分からないけれど……こんな野良妖を異変に利用しない方がいいと思うわよ」

「……ごめんなさい。改めて謝罪に来るわ」

「頑張って」

「ありがとう」

 

 

 

 

「この先は何があるかわからないわ、気をつけて進みましょ」

「そうですね」

 

 適当に返す柊を睨む咲夜。

 

「ぽけーっとしてたら死ぬわよ? お嬢様にも言われたじゃない」

「……だって俺が気をつけてもしょうがないですし……」

「んもう、仕方ないんだから」

 

 そんな話をしていると。

 

「……あれ、見なさい」

 

 咲夜が指を指した場所は、柊には雪が邪魔をして良く見えなかった。

 

「……あの、何も見えないです」

「それはそうでしょうね」

「?」

 

「もう少し待ってなさい」

 

 柊がじーっと見つめると、徐々に徐々に、白い雪が消えて行く。

 

「あ」

「ほら見えた」

 

 雪が徐々に消えて、雲の奥に見えるのは、どす黒い色をした、ブラックホールの様な歪んだ空間が視界に入る。

 

「あれ、は」

「冥界の入り口よ、さぁ、真犯人の元へ生きましょうか」

 

 咲夜は空を駆けて一気にブラックホールを潜り抜ける。

 

「ちょっと! やっぱり死ぬんじゃん! 咲夜さんは兎も角! 俺が入っても何ともない!?」

「大丈夫死なないから!」

 

 柊は無様だと自分でも分かっているが、それでも恥を捨てて、暴れた。だが咲夜は無視。

 

「ぁぁああ嫌ぁぁぁああ!!」

 

 

     ♢

 

 

 その中は、不思議だった。周りには幾千もの白い何かが浮いていて、奥には屋敷の様な物がある。加えて、空間が煌めいていた。匂いも、音もなく、ただ光と闇が混ざり合いながら。

奥に潜む一つの木をただただ称える為にある様な、そんな空間だった。

 

「これは……幽霊?」

「……そんな感じですよね」

 

 ふわふわ〜と、白いモヤの様な物が辺りをうろついている。

 

「う〜ん、幽霊なのかしら?……私の思ってた幽霊はもっとこ……」

 

 地面に降りて、説明をしようとする咲夜。けれど何故か説明を止める。

 

「咲夜さん? ……!」

 

 振り返ると、後ろには()()()()()()見慣れた少女が、いた。

 

 

「……」

 

 魂魄妖夢の姿。しかし、柊は動揺する。妖夢は、既に柊に対して臨戦態勢を敷いていたからだ。

 

「……妖夢ちゃん……? なのか?」

「……」

「里の人間じゃなかったのか……てっきり……」

 

 柊の口は続いて動くことはなく。妖夢の一振り、威嚇のような動作に止められた。

 

「口を閉じろ、業を負う愚者め。お前の目論見はバレているぞ」

「目論見って……俺は何も企んでないよ。そもそもここには──」

「黙っていろ、お前の言葉は聞かない」

「な、なんで!?」

 

困惑する柊を見つめながら妖夢は冷たく吐いた。

 

「この屋敷に仇なす人間だからだ」

「……俺、が?」

「現にこの場に現れていることが証明のようなものだろう。紫様は間違っていなかった」

 

 ──痛い。以前多少なりとも仲良くしてた人から嫌われるのは胸が痛い。

 

「随分なご挨拶じゃない、良かったわね柊」

「なぁ、これ……妖夢ちゃんがやってるのか? 妖夢ちゃんが犯人だったのか!?」

 

 あの日の嫌な予感が的中した。

 あの日、最後に別れた時とは別人のような目で妖夢は柊に刀を向ける。

 

「そこの銀髪。貴女は何しにきたんですか?」

 

 妖夢にとうとう質問すら無視される始末。咲夜は苦笑いした後、代わりに質問した。

 

「早く春を返して欲しいんですが、さっさと戻しては頂けないのかしら」

「無理な質問ですね」

 

 柊は、踏み切れずにいたが、心では既に分かってしまっている。これはどうみても手を抜く気がない、前手合わせした時とは丸っ切り構えも、雰囲気も違う。

 

「貴方に情けは掛けない。そっちがその気なら私だって貴方を許さない」

「その気……って、俺に君と闘う気はないよ、なんでこんな急に……!」

「……あくまで正体を隠す気か、そうやって欺いて」

「……妖夢ちゃん」

「その口で私の名を呼ぶな、汚れる……ッ!」

 

 突然妖夢に突出されたナイフ。だが妖夢はすかさず反応し、剣で弾いた。

 

「とんだ嫌われ者みたいね、柊」

「結界を破ったのは貴女の方か……貴女はお呼びじゃない、退けば見逃すが」

「そう、それより冥界に人が普通に入れちゃダメでしょ。ここの主人は何をしているの?」

 

 眉をピクッと薄める妖夢。

 

「貴女が勝手に破ってきたんでしょうが……!」

「あらそうだったかしら? それにしても良く喋る幽霊だこと。さっさと祓いましょうか」

「貴方達は……余程私の剣の錆になりたいと見える」

 

 妖夢は再び剣を構え、次はこちらからと言わんばかりに足を前に出す。

 

 

「剣の錆? 面白い冗談ね」

「何?」

「貴方には攻撃する暇すら与えてやらないですわ」

 

 どこから出したのか、両手にビッシリと挟み込んだナイフを妖夢に向ける。

 

「似た者同士、楽しくやり合いましょうか」

「妖怪が鍛えたこの楼観剣に斬れぬものなど、あんまり無い!」

 

 咲夜が指を鳴らした刹那、開戦の合図は鳴った。

 

 

 指を鳴らすと共に、何処からともなく湯水の様に湧いて出るナイフ。しかし妖夢は異常な反射速度で刀を振り回して、360度全ての角度から来るナイフを、叩き落とす。

 

「今の手合いでも分かるくらい、相当な剣士ね、貴女」

「今更後悔しても……もう遅い!」

「後悔? とんでもない、これは余裕の現れというものよ」

 

 一歩、二歩、二つのステップで間合いを調節、抜刀の構えを取る。

 

「くっ……」

 

 

 咲夜にとって近距離戦は分が悪い。自らの能力もあり、やられる事はまずもってないが、攻めに転じる事も剣士の前では容易ではない。咲夜はすかさず時を止め、距離を取ろうとするが。

妖夢の目線の先にいるのが、自分ではなく柊だと気づいた途端、動きを止めてしまった。

 

「……柊!」

 

 だが、それこそ妖夢の狙い。本命は、柊ではなく咲夜。咲夜が妖夢のフェイクを気づいたのは流石だが、そこに気付かせるまでの二重フェイクが妖夢の狙いであった。

 

 そして動かない獲物を切る事など、妖夢にとっては。

 

「造作もない!」

 

 突き一閃。咲夜の心臓目掛けて刀を放つ。

 

 

 血が鮮やかに散る。

 

 だが。その刃に付着したものは。咲夜の血ではなく。

 

「……!?」

「なっ……無理矢理……!!」

 

 柊が咲夜の前に出て、自ら動き、刀を手に突き刺した。

 

「ぐ……うっ」

 

 柊は刀で刺された左手を押し込んだ。それを見て慄いている妖夢に容赦なく拳を当てる。

 

「がっ……」

 

 妖夢の顔面に拳をクリーンヒットするが、少しよろけた程度で核心には至らない。どころか、刀を引き抜かれて、更に鮮血が吹き散る。

 

「あぎ……っ!!」

「む、無謀なことを!!…… く、狂ってる……!」

「人殺そうとしたやつが言うかよ……っ」

 

 痛みで硬直した柊。すかさず上段の構えを取る妖夢。柊は避け切れる体制ではない。

 

「柊! ……くっ!!」

 

 時を止めて、柊の袖を引っ張る。

 そのまま続け様にナイフを投げて、時を再び動かす。

 

「!? はっ!」

 

 

 妖夢はまたも異常な反射でナイフを弾き飛ばす。初手の攻撃からして、もう妖夢には単体のナイフでの奇襲は通用しない。

 

「やるわね、あいつ」

「すいません……咲夜さん」

「気にしないで。それより傷、見せなさい」

 

 誰が見ても、酷いと言うだろう。完全に傷が開いてしまっている。時を止め応急処置は済ませたが、だからといってすぐに機能はしないだろう。そして、柊を庇うように前に出る咲夜には、怒りが見えた。

 

「咲夜さん……?」

「……3秒で終わらせてあげる」

 

 あまりの迫力に味方の筈の柊ですら寒気を覚える程ほどの。

 

「小賢しい行動ばかり……一度痛い目に合わないと分からないようね?」

 

 殺意。柊にとっては既視感のある殺意だった。この殺意は、紅魔館で初めて対峙した時と同等の殺意。

 

「次の呼吸を最後にしてあげる」

 

 時を止め。そのまま何百も投げ続ける。やっている事は至極単純な行動だが、一瞬にして数百のナイフを展開するのは、容易ではない。そして。

 

「時は動き出す」

 

 数百のナイフは妖夢に一直線に向かっていく。

 

 

「──くぅっ!!」

 

 妖夢が剣を振るい続ける。咲夜もこれには疲れを期待できるかと思ったが、妖夢は特段疲労の様子を見せることもなく全てのナイフをはたき落した。そして一転攻勢。妖夢が攻めに躍り出た。

 

「修羅剣『現世妄執』!!」

 

 横に一振りした斬撃が、実体化し飛ぶ。

 再び時を止めて柊を遠くに飛ばし、自分も飛び上がり斬撃を避ける体制にて時を戻したが。

 

「──!?」

 

 斬撃は途中で()()()。横凪から縦凪へ。咲夜をちょうど縦に引き裂く様な鋭い一撃。

 

──しくじったわね。

 

 

「咲夜さん!!」

 

 咲夜が時を止めるより一瞬早く、それは当たるだろう。そして、咲夜は眼を閉じた。

 

 だが、咲夜自身に一つの斬撃が被弾する事はなかった。

 

 

「──な!?」

「……」

 

 咲夜は、その場に初めからいなかったかのように姿を消した。

 

 その場に残った柊と妖夢は、ほぼ同時に驚愕の顔を見せたが、二人には咲夜の消えたことの道理は終ぞ見つかることはなかった。

 

 

     ♢

 

 

「……?」

 

 眼をゆっくりと、開きながら、咲夜は周りを見た。

 

──柊が守ってくれた訳でも……なさそうね。

 

「うふふ、ようこそ」

「……!」

 

背後の屋敷から、足音とともにその少女は姿を見せた。

 

 

「私は西行寺 幽々子。ここ白玉楼の管理者よ」

「そ「そう、ならもう挨拶は終わりね」……霊夢!」

 

 

 屋敷の方は顔を向けた直後に、また新しく背後から声が聞こえた。

 

「よっ咲夜私もいるぜ! タイミングバッチリだな!」

 

 いきなり上空から現れた霊夢、そして魔理沙。

 

「あらあら今日はまた大勢で。桜を観に来たのかしら?」

「ええ、私の神社でね」

「あら? なら春を返さないといけなくなっちゃうわ……」

「そうそう、だから退治させてもらうわ」

 

 二人とも道中空を飛んで来たのだろう。自分と同じ方法で、となると。一つ疑問が残る。

 

「……どうやら飛ばされたみたいね、ワープの類かしら」

「ん?」

 

 咲夜は顔をしかめて、言う。

 

「……ごめん二人共ここは任せるわ。柊を置いてきた」

「はぁ? あいつまた異変にきてるの?……まぁ、来るかあいつなら」

 

 

「その心配はないわよ」

 

 理屈は分からないが、自身だけが転移した事に気づいた咲夜は、すぐに柊の元へと戻ろうとするが、横から現れた更なる少女が口を出し、魔理沙が反応した。

 

「なっ……!? スキマ妖怪!?  なんだってここにいるんだよ!」

「……紫、なんで貴女がここに?」

 

 理解できない、というような顔の霊夢。それは幽々子と名乗る少女も同じようで、不思議がっている。

 

「まさかもう集まり切ったの?」

「そんな訳ないでしょう。まだまだ貯めないと……ね。でもその前にきっとあいつらに阻止されてしまう」

「……なるほどね。でも私一人で良かったんじゃない?」

「いや〜相手は霊夢だからね。貴方も舐めてると殺されちゃうわよ」

 

 紫はそう言って、幽々子の背後にある巨大で怪しげな樹に触れて呟く。

 

「今回は、私も本腰入れなきゃね」

 

 

     ♢

 

 

紫が幽々子と合流する数分前。

 

 

「咲夜さん……?」

「消えたか……不思議な力を……」

 

 しかしこの現状は、妖夢が有利であった。

 

「今、ここで切り刻む……!!」

「妖夢ちゃん……! 何で、こんな事……意味がわからない……!」

「たわけ! 自らの心に聞いてみろ!!」

「なにがあったんだよ……!」

 

 ギリっ、と歯軋りしながら、悔しそうに妖夢は叫ぶ。

 

「お前が私を利用して、悪事を働こうとしたのは知っている……!」

「……!?」

 

 柊は、理解を示さなかった。当然だろう。その罪は、柊にとって見に覚えのないことだったのだから。

 

「その為に私に近づいた事も……幽々子様を誑かした事も!!」

 

 言い切ると同時、地を蹴り、剣を振る妖夢。柊は即座にタトバコンボに変身しトラクローで応戦する。

 

「姿を現したな……悪鬼め……!」

「妖夢ちゃん……話を聞いてくれ……!」

 

 上段の振りを即座に控え、流れる様に回転斬りを浴びせた。

 

「があっ!!」

「悪鬼の話しなど聞くものか!! 問答無用で斬るのみ!!」

「……くそ……」

 

 聞く耳を持たず、柊の抵抗しない素振りにも無視して、ひたすら刃を叩き込む。

 

「……タカ、ウナギ、チーター……」

 

 亜種コンボへと姿を変えて、妖夢の沈静化を図る。

 

「らっ!」

「ふっ!!」

 

 ムチを振るうが、横一振りで切り離す。

 

──このレベルの相手を食い止めるのは無理があるな。

 

 捕虜にするには、基本自分が相手より強い事が前提条件である。今回の相手、つまり妖夢は剣の達人だ。とても自分の方が力量が上だとは思えない。それでも。

 

「……悪いが、その戦意だけは折らせてもらうよ……!」

「御託はいい! 正々堂々掛かってこい!!」

 

 妖夢はほんの一瞬。眼を潤す為に瞬きをした。柊はそのタイミングを狙いバッタで跳躍し、トラクローを振りかざす。

 

「……くぅッ!!」

 

 刀で柊の撃ちはなった蹴りの力を散らしながら、妖夢はむしろ刀を押し返し柊を後ろに引かせた。

 

「……やっぱり簡単じゃないな」

「……!」

 

 再び柊が跳躍し妖夢に接近する。

 

 互いに会話する事はなく。柊のトラクローとバッタレッグ、そして妖夢の二刀。それらが打ちつけ合い。金属音を生み出しながら、数十もの攻防を繰り広げた。両者共に鈍い痛みを請け負いながら。

 

 そして、その戦いは第三者の到来により終わりを迎える。

 

 

 

 

 

「──そこ!!」

「……うっ!」

 

 左脇のほんの僅かな隙を、柊は鋭く貫いた。

 

「……くそ……」

「……?」

 

 違和感。それを柊は感じた。

 

──なんで、俺の攻撃が通用したんだ?

 

 相手は自分とは比べものにならないほどに研鑽、鍛錬を積み重ねている。にも関わらず、自分より先に相手が隙を作る、しかも罠でも何でもない、本当の隙を作ってしまったという事は。

 

「……なぁ、何があったんだよ?」

「……!」

 

 其の人は普段通りの状態ではないという事だ。

 

「妖夢ちゃんが俺の攻撃をまともに受けるなんて……絶対におかしい。頼むよ、話してくれ」

「……やめろ! これ以上私を……かき乱すな……私たちを……!」

「……ここに来た時から妖夢ちゃんの言ってる事、俺にはさっぱり分からない」

 

 明らかに精神が揺らいでいる妖夢。柊はこれがラストチャンスと判断してから、対話という選択肢を取ろうとした。

 

「俺はもう絶対に妖夢ちゃんと闘ったりしない。だから、何があったのか話してくれ」

 

 ベルトを取り、変身を解除した。その行為が、変身のシステムを知らない妖夢でも、闘う意思はないと告げているのだと理解できた。

 

「……ぅ」

 

 そして、今、同時に、もう一つ。心に生まれてしまう疑念。

 

 彼は、敵ではなかった、と。

 

「……じゃあ……誰が……幽々子様を」

「……妖夢ちゃん、まずは屋敷に戻ろう。俺の知り合いと妖夢ちゃんの主人の争いを一旦止めるんだ。乗ってくれるか?」

 

 妖夢は気持ちが昂り、流れ出ようとする涙を抑えて、柊の顔をむいて頷く。

 

「──残念」

「……え?」

 

 柊が喉を震わせた時には既に、女の腕が妖夢の元へと振り下ろされていた。そして。

 

「貴方まで参戦されると面倒だからね」

 

 振り下ろされた腕が妖夢に襲いかかる前に、柊は妖夢の前に割って入った。

 

 

「……が、はっ」

「しゅ、柊……く、ん?」

「……あら?」

 

 血を噴き出す柊の元へ、慌てて駆ける妖夢。

 

「か、彼は敵では有りませんでした……紫様……! な、なんで……なんであんな嘘を言ったんですか……?」

「何言ってるの? 貴方の主人を焚き付けて西行妖に力を与えたのは、他でもない彼よ。実際に、感じ取ったでしょう? 彼の力と、西行妖を強化させた力。それが同質の力であったことを」

 

 倒れ伏す柊を抱き上げながら、妖夢は戸惑う。

 

「……で、でも、この人は……悪意のある人だとは思えないんです。どれだけ斬りつけても、私を説得させる事一心の様で……いや……いや、そんな事よりも……!」

 

 ──なぜ。

 

「妖夢ちゃんを狙った……!」

「!」

「狙いは貴方だったわよ? 妖夢に手を出せば必ず受けてくれるだろうと思っただけ」

「そ、そんな何で……!」

 

 柊は自らの肩の血を、千切った布で抑えながら、妖夢は紫を睨みつけた。

 

「……はぁ。まぁいいか」

「……え?」

 

 妖夢の顔の前に、手が現れた。

 

「お休みなさい」

 

 そう認識した時には既に、紫は手を下していたのだ。

 

「妖夢ちゃん!!……くそっやりやがった……な」

 

 柊も、なすすべなく意識を失った。

 

「……始めましょうか」

 

 意識を失って倒れている柊の地面にスキマを作り、柊をスキマに連れ込んだ。

 

「……安心なさい、妖夢。次起きた時には何もかも元通りよ」

 

 暫くの沈黙の後、紫は独り呟く。

 

 

「……ごめんなさいね」

 

 そして、紫もスキマに入り込む。

 

 だが、紫は気づいていなかった。妖夢が意図的に前に倒れ伏した事を。そして、気づかなかった。妖夢の口元には、鮮血な血が、ちょうど今流れ始めた事を。

     

 

 

 

「咲夜!!」

「チェックメイトよ!!」

 

 右腕を振り、数本のナイフを紫に飛ばす。

 

「惜しい」

 

 紫は指を鳴らし目の前の空間を歪ませて、スキマを創りだした。ナイフはスキマに入り、姿を消す。

 

「私じゃなければ通用する程にキレのあるナイフだった、凄いわね、やはり生かしておいて正解ね。貴方は優秀な人材だわ」

「戯言を……!」

 

「咲夜、さっきの話だけど」

「!」

 

 一旦距離を取り、霊夢と咲夜が顔を合わせた。

 

「ここを任せたって……柊が危ないって事よね?」

「そうよ」

「……はぁ、しょうがないか」

 

 霊夢は持ち前の勘が悪い方向に進んでいるように感じていた。

 

「なーんかヤバい事になる気がするのよね。……あいつがここに来てる理由もなんとなく私の所為な気がするし」

 

 霊夢が咲夜と魔理沙の前に立つ。

 

「お前の? なんでだ?」

「……困った人たちがいるならあいつは解決しようとするでしょ?…… 多分あいつも私が動くと思って我慢してはいてくれたんだろうけど……流石に異変を放置し過ぎたわ」

 

「……ふふ、そうね、そうだと思うわ」

「まぁ、今日同じタイミングでここに来るなんてすごい偶然だけどね。異変なんてそんなもんか」

 

 異変には、ある程度の作為性が生じる事がある。黒幕が自らの目的の為に動くのだからある種当然の話なのだが。

 

 狂気の家族を外に出す為、外世界の刺客から身を隠す為、そして──特定の人物を殺す為。

 

「いいえ、必然よ。この異変においてはね」

 

 こと今回の異変は、用意周到に策が張り巡らされていた。

 

「……?」

「確かに異変には幾らかの奇跡と呼ぶに値するような偶然が起こることがあるわ」

 

 かの吸血鬼異変のように、あの悪魔の姉妹が手を結ぶことが出来たことのように。

 

「だけれど本当に今日この時間ピッタリに貴方達が合流出来たと思っているの?」

 

 霊夢の顔つきが、変わる。

 

「……咲夜。貴方がここに入った時、最初にどこに着いた?」

「……? えと……結界を抜けてから、何段もある階段を登って…いやその前ね」

 

 咲夜が記憶を思い起こす。

 

「とても長く続いてる階段の一段目……とでも言えばいいかしら。結界の穴を潜ったすぐにある、石畳の道路を、柊と歩いてたわ」

 

「……!」

 

 その言葉に、霊夢魔理沙が驚く。

 

「……?それがどうしたの?」

「……」

 

 霊夢は、一瞬躊躇してから話した。

 

「私達は……冥界の結界を入ってすぐ、この屋敷に出たの」

「──!」

「そしたら咲夜の姿が見えたから、私と霊夢で割って入ったんだぜ」

 

 それはつまり。

 

「私達の方が早く着いていたのに……後に入ったあなた達の方が早くあいつらと対峙していた」

 

 同じ結界を越えたのに抜けた場所が違うのだ。それは意図的に合流を促された、という事になる。

 

「そうなるわね。あいつのスキマの能力の所為に違いないだろうけど」

「私たちの方が先にあのピンク髪の奴と鉢合わせなければならない理由が紫にはあったってことか」

 

 魔理沙の言い分に霊夢は頷く。

 

「その理由までは紫に聞くしかないわね」

 

「……んもう」

 

 紫はため息をついた。作戦が台無しになったからではない。

 

「……呆れた。そこまで分かってて気づかないなんてね」

 

 霊夢達の鈍さに落胆したからである。

 

「貴方達だけを集めてるんだから、狙いは一つでしょ」

「……!」

 

 その言葉で3人全員が、ようやく気づく。

 

「とっくに柊は潰した後よ、今は後処理の準備中」

 

 と言い残し、紫は姿を消した。つまり、紫は後処理を完了させに行った。柊を完全に抹消しに赴いたのだ。

 

 

「咲夜! 急いで行け!! あのピンク髪は私達で足止めするぜ!!」

「ええ!!」

 

「……紫もいつになく本気ね」

「ふふ。どうかしらね」

「っかぁ〜っ! 他人事みたいな反応しやがって!」

「魔理沙、一気に潰す。出し惜しみなしよ!」

「おう!」

 

 

 霊夢と魔理沙が本気になったのを肌で感じ、幽々子は微笑んだ。

 

 

     ♢

 

 

「はぁ……はぁ。おい霊夢、こいつ……私たちの力に合わせて戦ってるぞ」

「ええ、一筋縄じゃいかないわね……咲夜一人で紫と戦わせる訳にもいかないしはやく助けに行かないと」

「ああ、咲夜だけじゃスキマ妖怪とやりあうのはきついな」

 

 霊夢と魔理沙の共闘を踏まえて尚、幽々子を押し切る事が出来ずにいる。

 

「そんな私の事を除け者にしないで頂戴よ〜。もっと愉しみましょう?」

「相手があんただけだったらね。でも今回は紫がいるから。ごめんなさい」

「まぁ、確かにあの子もかなり……あら?」

 

 独特な音ともに、何もない空間からスキマを経て紫が現れる。

 

「お帰り〜」

「……」

「……紫? どうしたのよそんなに黙って」

 

 紫は、黙々と幽々子に近づく。

 

「……幽々子。ようやく準備は整ったわ」

「あら」

 

「!?」

「……でも咲夜が向かったハズだぜ!?」

「あの子なら今頃結界術の中で動き回ってるわ。私が出向くんだからあの子じゃなくて霊夢が直接来るべきだったわね」

「……ちっ」

 

 紫が西行妖へ手を向けると、突如、樹の蔦が蠢きだす。

 

「紫……西行妖は満開になったのね?」

「……いいえ、ただ準備は整ったわ」

 

 幽々子は顔付きを変え、真剣な目で紫を睨む。

 

「どういう……事? 説明しなさい紫」

「全て終わらせてから話すわ、待ってて頂戴」

 

 

「──貰った!」

 

 急接近する霊夢。

 紫に向けて、お祓い棒を、一振り払った。

 

「そんな攻撃が当たると思っているの?」

「くっ!」

 

 霊夢も、事情を飲み込めてはいなかった。

 だから例え目の前の樹が危険な代物と分かっていながら直ぐに破壊には至らず、先に紫を退治するしかない。

 

「この木は何なの! 貴女達は何をやってるのよ!?」

「これは西行妖。そして今の異変の根源よ。これが春を吸っていた正体。そしてこれを咲かせる為に春を集めていたの」

「違う! 私が聞きたいのは理由の方よ!!」

 

 霊夢が一歩ずつ、足を運ぶ。紫の元へ。

 

「西行妖を利用する必要がある」

「……何の為に」

 

 紫は途中で口を開くのを止め、幽々子の方を向く。

 

「……紫?」

「……お休みなさい」

 

 幽々子が急にぼーっとしたかと思えば、いきなり地べたに倒れる。

 

「なっ……殺したのか!?」

「落ち着きなさい、気を失ってるだけみたい。多分元からあの女の脳に術式を掛けてたんだわ。それより魔理沙。動じたらやられるわよ」

 

 紫の表情が変わる。先よりも重い笑みに、冷酷な目に変わる。

 そして閉じた唇を再び開き言う。

 

「ここまで来たからには貴女たち如きに邪魔されたくない。ここで計画を止める訳にはいかないの」

「……は?」

「計画……ああ、そういう事ね、紫」

 

 眼を一瞬閉じキリッ、と紫を睨みつける霊夢。

 

「どういう事だ? 分かるように説明しろよ」

 

 それを聴くと、霊夢は一旦足を止める。

 

「紫、貴女はそこの幽霊の異変を利用したんでしょう。柊を殺す為に」

「そうよ。……持ち前の勘かしら? 彼の事になると鋭くなるのね」

 

 霊夢が、思わず歯軋りをした。

 

 

     ♢

 

 

「……くそっ」

 

 咲夜は今急に折り返し、再び霊夢と魔理沙の元へ向かっていた。

 

 今冥界は二つの空間へと分離されている。柊と咲夜がいた場所と、魔理沙と霊夢がいた場所だ。紫の結界術式により、それらは球の形を成しそれぞれが別の場所へと変容している。

 

咲夜が霊夢達の元へ向かおうと円を抜けて霊夢達の円の結界に侵入しようとすれば咲夜の円の端に再び引き戻される、つまり術式に対抗する力がなければ、永遠に同じ場所をループする事になるのだ。

 

 

「結界術の対処なんて知らないわよ……もう!」

 

 

     ♢

 

 

「紫……この西行妖は……ただ春を集めてる訳じゃないわね」

 

 霊夢は、西行妖の異質な力に己の勘ひとつで気づきかけていた。

 

「春の陽気を妖気に変えてる……そしてそれを加味しても異常な程の妖気の増量化の原因は……」

「柊の力……いえ、オーズの欲望の力よ」

 

 紫は拍手をしながらクスクスと笑う。

 

「彼は欲望を増幅させる性質を持っていた。だから彼自身の持つ力の波を西行妖とリンクさせた。そうすることで『春にしたい』と願う大自然の欲望そのものを妖気に変えて爆発的に増やすことができる」

「……冬の時期からずっと?」

「ええ、彼は自分が変身出来ないと悩んでいたみたいだけど……それもそのはずだわ能力は私が使ってたからね」

 

 紫が常に監視していた事にすら気づけなかった、と霊夢は後悔しながら、続けざま、疑問を口にした。

 

「いくらあんたでもずっと他人の能力を操作し続けるなんて不可能のはずなのに……どうやって?」

「西行妖の樹体中にはね、数多の怨念が渦巻いているの。だからその怨念達に能力を引き継いで貰っていたわ」

 

 後ろの西行妖から、妖気が満ち溢れていく。

 

「確かに私がズーっと操作をし続けていれば確かに脳が焼き切れてしまう。けれど……怨念達ならば関係ない。彼ら彼女らはそれこそ星の数ほどいるのだから」

 

後ろの西行妖の中に漂う思念を霊夢は感じ取り、少し震えた。

 

「だから私はただの緩衝材として役割を徹したわ。実際に欲望を増幅させて、柊の能力を使っていたのはあの樹体の中の怨念達よ」

 

「私はただ最初に彼らに柊の力と信号を送っただけ『強く願え』ってね」

 

 紫は扇子で空を切り、霊夢達を指す。

 

「さ、質問はおしまいかしら?」

「……なんですぐあいつを殺さなかったの? いつでも殺せた筈なのに」

 

「あの子を私が殺せばあの子の魂は幻想郷に残る。あの子の魂、そして存在がこの世界に残ったままでは幻想郷そのものが危ないの。だから魂を吸収する西行妖の力が必要だった」

 

 西行妖は妖気を発している、つまり組成的には妖怪に分類される。そして。

 

「……妖怪は祓われたら消滅する」

「その通り」

「どうやるかは知らねえけど、柊の魂を西行妖にぶち込んでから祓えばいいって寸法か……最低だな、お前」

「他に良い方法がなかったからね」

 

 西行妖から伸びる蔦は霊夢、魔理沙に向かって槍の様に飛ぶ。

 二人はそれぞれ武器を活用して防御する。

 

「 魔理沙! 私達でやるわよ! あの後ろのでかい木も、紫もまとめてぶっ飛ばす!!」

「言われずとも分かってるぜ! 」

 

 ちょっと待ってよ、と手を出す紫。

 

「別に 貴女達が邪魔しないって言うんなら、貴女達に危害は加えないわよ」

 

 二人の、そして西行妖の動きが止まる。

 

「私は柊を殺せば、幽々子の記憶も消して、全てを元に戻すつもりよ?」

 

 蔦は地面を這って、動きを停止した。

 

「だから、貴女達ももう関わらなければ、この異変は勝手に終わるものなの。どうかしらここは穏便に済まさない? 互いの為にも」

 

 巨大な空間を作り、そこへ進もうとする紫。

 

「だから大人しくしていてくれないかしら?」

 

 答えは。

 

「「嫌(だぜ・よ)」」

 

 二人の一致した拒否に紫は笑みを消した。

 

「……だと思ったけどね……はぁ。一応聞きましょう、理由は?」

「私達はな、あいつに何かあった時は助け舟を出してやろうって決めてんだ。っていうかそんなの無しにもうアイツは私の仲間だからな、悪いけど見殺しには出来ないぜ」

「……霊夢、貴方は?」

 

 真意を計るように紫は霊夢に尋ねる。

 

「……私は」

 

 ビシッと紫に指をさして霊夢は宣言した。

 

「異変解決の専門家。今異変を起こそうとしてる貴女を退治せずして、何が出来ようか」

「……そう、愚かね。彼を生かしておくのはリスクでしかないのに」

「リスクとか幻想郷が危ないとかそういう話じゃないでしょ」

「……?」

 

 霊夢の一言に紫は首をかしげた。

 

「妖怪が人間を殺そうとしてる。私が介入する理由なんてそれで十分」

「ああ、そうだ、よく言ったな霊夢。私たちにはあいつを止める義務があるぜ」

「ええ、その通りよ」

 

 霊夢は、地面を思い切り踏みしめて、紫に告げる。

 

「アンタは生粋の妖怪退治専門家を敵に回したのよ、覚悟なさい」

 

 霊夢にその気は無いかもしれないが、その顔を見た紫は、思わず萎縮する。

 

「人情というやつね下らない……けど望むところよ、ええ、でないと、世界が壊れてしまうもの。いつもならまだしも……これだけは譲れないの」

 

 はー、と霊夢はため息をついた。

 

「ちょっとばかり骨が折れそうだけど、魔理沙、いくわよ」

「ああこっちはいつでも準備できてるぜ」

 

 二人は地を蹴り空高く飛んだ。

 

「いきなりで悪いな、容赦なしだ!!」

 

 ミニ八卦炉は、自爆するんじゃないかと思うほど光を放ちながら、なお力が集まっていく。

 

「全力……マスター……ス、パーク!!!!」

 

 あまりの威力に腕が後ろに引かれるほどの反動のついた極大レーザー。

 それは西行妖へ直撃した。

 

「うし!」

 

 喜ぶ魔理沙、けれどすぐに異変に気付いた霊夢は声色を変える。

 

「!!……魔理沙! 前見て!」

「……なっ!?」

 

 

 無自覚に、霊夢は冷や汗が背中に流れていた事に気づく。自分があのマスタースパークをモロに食らえばただでは済まないというに。あの木は、せいぜい焦げ付くくらいで済んでいる。

 

「あら……正直無傷で済むと思っていたわ。ずっと溜めてただけの事はあるわね」

「っそ……だろ!」

「さぁ、やられなさい」

「……ん……?」

 

 

 霊夢が何かに気付く。

 

「霊夢……? 弱点でも見つけたかし「紫」

 

 汗を一筋流しながら、霊夢は紫に尋ねた。

 

「……あの妖から感じていた貴方の妖力を感じないわ……貴方、どうやって操作してるの?」

 

 驚くより見るが早い、西行妖の前方にいる紫の様子が豹変していっている。

 

「え? ……バカな……!」

 

 予期せぬ計画の綻び。その数秒の隙で西行妖は異変を起こした。

 

 蔦はぶくぶくと何倍にも膨れ上がり、確実に紫の指揮外の行動を取り始める。

 

「柊の能力の使用は止めるよう指示したハズよ……なぜいまだに妖力を増幅させて……」

 

 そして、西行妖はあたり一面無差別に破壊し始めた。

 

「霊夢一旦引くぞ!」

「ええ!!」

 

 

 

「どうして……」

 

 そして終いには主従者である紫すらも。蔦で襲いかかった。

 

「!! くっ」

 

 紫は攻撃を避けるが、蔦はさらに後方へと伸びていく。

 

「……? どこに攻撃して……」

 

 西行妖のそれは攻撃ではなく、蔦は結界の端に接触し。

 

 ガラスの裂けるような音とともに結界が裂けた。

 

「そんなはずは……結界を破壊した……!!」

 

 

 そして、西行妖はどこか遠方へと蔦を伸ばし、引き戻す。その蔦に絡まっていたのは。

 

「!? 柊……!」

「ああ、間違いなさそうだ!!」

 

 霊夢と魔理沙の視点から蔦に絡まっている柊が目視出来た。だが。

 

「……こりゃめんどくさそうだな」

 

 柊を締め付ける蔦は西行妖の本体、樹体の奥にある。それまでに蠢く幾重もの蔦をくぐり抜けなければならないのだが、柊を傷つけずにそれを行うのは、至難の技だろう。

 

「……っ、早く助けないと……あの木が柊を取り込む前に……」

「マスタースパークで……周りの蔦ぶっ壊す、か……?」

「そんな事したら柊も間違いなく巻き込まれるわよ」

「だよな……ちぇ。悪いが私には正面突破しか思いつかんぜ」

「……そうね、私が囮になるわ、その間にどうにかして柊を回収しなさい」

 

 霊夢が、傷を負う事覚悟で針に霊力を込めた時。柊の姿を見失う。

 

「「!?」」

 

 消えた瞬間に新たな気配を察知した二人が後ろを見やった。

 

「……これぐらいは活躍しないとね」

 

 咲夜が時を止め、柊を蔦から救出していたのだ。

 

「咲夜!! お前って奴は!」

「ナイスよ! みんな急いでここから離脱しなさい!!」

 

 三人は攻撃範囲外に離れ、安全圏まで離れた上で柊を地面に優しく降ろした。

 

「咲夜、ほんとに良くやったわ。あとはあれぶっ壊せばお終いね!」

「……ごめんね、柊。こんなにボロボロに……」

「咲夜反省は後だ。今はあれぶっ壊すことだけ考えてくれ。私の攻撃も全然効かないんだぜ」

「ったく、紫もまた面倒なことしてくれたわ」

 

 武者震いではなく、恐怖による震えか。魔理沙の両手が震え始める。

 

「……はぁ、勘弁して欲しいな、あんまり大きすぎる妖力に身体がびびってやがる」

「それでもやるしかないわ。私たちの中じゃ一番パワーあるんだから、頼りにさせてもらうわよ」

「霊夢に頼られるなんてな、嫌な予感しかしないのは私だけか?」

「どういう意味よ!?」

「この場で喧嘩しないで頂戴二人とも!!」

 

 

     ♢

 

 

「あの〜パチュリー様〜?」

「……どうかしたの、コア」

「はい! えっとですねぇ、今日は紅魔館がやけに静かだなと……。大キッチンにも誰もいませんでしたし、妖精メイドさん達も今日は皆、血眼になって門の前で戦闘態勢に入ってましたよ?」

 

「ああ、気にしなくて良いわ。きっとレミィが脅したのね」

 

「へ? レミリア様がですか?」

「ええ、『私達が戻って来るまでに、絶対誰も屋敷に入れるな』ってね」




「パチュリー様はお荷物だったんですかね?」
「……燃やすわよ」


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13話 自暴自棄とコンボの力と西行妖

 揺らされる感覚を受けて、柊は深い闇から起き上がった。

 

 意識を取り戻した柊はなんとか、目を凝らして、眼前にいるのが霊夢達だと気づいた。

 

 

「ご……ね、……う……ボロに……」

 

 咲夜。何か呟きながら悲しそうな顔をしている。そして地面に降ろされた。

 

 ──もしかすると、今皆は何かと闘っているんじゃないのか? 

 

 柊の耳に確かに地響きのような音が聞こえて来る。皆闘っている。

 

 ──なら俺も立たなきゃ。

 

 

「……柊!?」

「……うん、心配させてごめん。首打たれて意識失ってたみたいだけど……全然怪我はない」

「お前、そんなこと言って身体ボロボロじゃねえか! 休んどけ休んどけ」

 

 心配する魔理沙の静止を無視して、柊は空を司る王へと、変身する。

 

「──変身ッ!!」

 

 タカ! クジャク! コンドル!

 タ~ジャ~ドルゥ~~! 

 

「ハァアアッ!」

 

 鮮やかな、灼熱の翼を身に宿す。

 

 

「つ、ぅう……」

 

 痛みは感じないが、身体が疲れや体力の限界を超えないように抑制しているのだろう。柊はぎこちない動きをしてしまう。

 

「お、おい無理すんな! お前さっきまで生身であのでっけえ蔓に身体中締められてたんだ! 無茶だって!!」

「幸いどこも折れてなさそうだ。問題ない」

「問題大有りだこのバカっ! 話を聞けよ!」

 

 魔理沙の心配をよそに、柊はクジャクの背中の羽根を展開する。

 

「柊」

「ん?」

 

 霊夢は変に怒るような素振りも見せずに、その目は柊の全てを見抜くような瞳で見つめる。

 

「そのコンボってやつ、相当力食うんでしょ。……あれ相手にしながらあんたのこと気にかける余裕はないからね」

「ああ分かってる」

「うん、なら良いわ。ちゃっちゃと倒すわよ」

 

 短い会話で済まし、霊夢は即座に振り向き直した。見る人が見れば、冷酷かもしれない。現に魔理沙は突っついた。

 

「お、おい!」

「柊が良いって言うんだから勝手にさせなさいよ。それで死んでも自己責任。違う?」

「や、優しくないぞ霊夢……柊はなぁ……」

「何?」

「う、……いや」

 

 霊夢はそれ以上話さずに、西行妖だけを見据える。それに応じて魔理沙も慌てて前へ向き直した。そして柊も前を向こうとした時、咲夜が横で言った。

 

「魔理沙も霊夢も今は異変優先……というかあの化け物退治優先だけど」

 

 柊の肩に落ち着けと意思表示する様に。手を乗せて言った。

 

「私がここに居るのは貴方を守る為なの、死なれたら困るわよ?」

「うん大丈夫、安心してください」

「ったく、どいつもこいつも……」

「ごめん、魔理沙。紫って人にどうしても聞きたい事があるんだ」

「はぁ……いいよ。こーいう時大体私がいつも割食うんだ」

 

 話は終わったか? といわんばかりに西行妖はうねりを伴って力を増幅させて行く。

 

「ハァァアアア!!」

 

 何千の羽根が、孔雀が羽根をはためかせる様に西行妖へ刺さる。それは以前の柊が扱う火力とは見間違えるほどの威力であった。

 目に見えて分かる、これまでとは一線を画した衝撃。

 

「いいぞ!!」

「……いや、だめだ、俺の攻撃はほとんど効いてない」

 

 妖夢が本領ではなかったとはいえ妖夢に一撃を入れられる程オーズの力を使いこなせる様になったのだ。コンボの力はさぞかし強大に決まっている。

 それに加えて霊夢達、妖怪退治のベテランも今回は味方と来た。

 状況は五分五分と言って良いだろう。

 

 今の所は。

 

「……全然応えてないわね」

「あいつが力を集めてる最中だってんなら、どれだけダメージ与えても回復しちゃうんだろうな」

「どうにかして力を集めんのを邪魔するしかなさそうだな」

 

 柊の欲望を増幅させる力を紫づてに得ていた筈の西行妖は欲望を増幅させる性質を自分の力へと昇華させた。

 そして今、西行妖は完全に独立し、個として操られる事のないまま、春を奪い尽くすであろう。

 

 満開にさせたいという欲望を叶える為に。

 

 紫が西行妖には意思があるという致命的な見落としをしていたばかりに、結果として、状況を悪化させてしまう事となった。

 

 

「幻想郷の賢者が……こんな体たらく……死んでも死に切れないわ」

「ちょっ紫!?」

 

 スキマを使い、霊夢達の元へ辿り着いた紫。それを西行妖は最重要殺害対象とした。

 

「あんた……腕から血が……」

「ええ、スキマで逃げる前に、暴れてた蔦に少し巻き込まれたわ……でもこの程度、妖怪()にはさしたる問題ではない」

 

 木をスキマで囲み弾幕を放つ、オールレンジの超高威力弾幕が西行妖の樹体を抉る。

 

「おぉ、すげえ、いいぞスキマ妖怪!!」

「!! 全員離れなさい!!」

 

 西行妖の抵抗か、数多の梢が鋭く唸り霊夢等がいる場所目掛けて飛ぶ。

 

「散り散りに避けましょう!!」

 

 

 地面に深く這う根っこの部分。その多くが土を破り、ボコボコと地上へと這い出る。その太く鋭い蔓が、紫目掛けて飛んだ。

 

「……くっ!」

 

 紫は俊敏な動きで迫る蔓を避けながら、西行妖の異変に気づいた。

 

「……なっ!」

 

 紫と、それ以外の人間達。という風に蔦を冥界に張り巡らせて分断させたのだった。

 

「ふっ!!」

 

 範囲型の弾幕をぶつけても蔦はすぐに修復されてしまう。

 

「……なるほど、他の奴らは放置して、とことん私を殺したいってワケね」

 

 こうして喋っている間にも大樹の根っこは地面から這い出て、紫と霊夢達を分断させる為の壁を分厚くさせている。

 

「これでもくらいなさい!!」

 

 両手を前に出し、巨大なレーザーを西行妖に浴びせ樹体を抉る。しかし修復できる西行妖にはまるで効かない。

 

「……少し抉ったぐらいじゃ効かないのね」

 

 弾幕が直撃し生じた煙幕を払う数十本の蔓が紫に照準を合わせて疾る。再びスキマで移動した紫だが、紫は攻撃を避けることができなかった。

 

「っっぁ!!?」

 

 紫のスキマでの移動先を察知して攻撃されたからだ。

 

 ──なぜ、移動した先が分かるの……!? 

 

 身体中を貫通した数本の鋭い蔓は紫の身体を縛る。

 

「……く、これじゃスキマで逃げ……!」

 

 木の幹とほぼ同じくらいの巨大な蔓が、空中から振り降ろされる。

 

「!」

 

 避けなければ、身体中の骨が折れる筈だ。だが今の状況ではどうしようもない。

 

「ゴホッ……」

 

 式神を呼ぶ為の陣、もしくは詠唱も、結界術式も蔓が肺を貫いている所為で上手く唱えられない。完全に紫に対しての策が練られている。

 

 ──こんな筈じゃ。

 

 

 遂に眼前にまで迫る蔓。

 

「──!」

 

 反射的に目を閉じた紫。恐る恐る眼を開く紫。

 

 すると目の前にはオーズが、目の前の巨大な蔓を燃やして、立っている。

 

「……ぅ、……あ」

「ああ、待ってくれ、身体に刺さってんだろ。今抜くから、痛みは我慢しろよ」

「……!! ぅ……」

 

 グィッと体内にある蔓を引きちぎり、燃やす。そして紫は数秒呼吸を整えてから、ゆっくりと立ち上がる。

 

「な、何で……貴方が……私を……」

「? なんでってそりゃ危なかっただろ?」

 

 柊が言うと、紫は賢者らしからぬ、キョトンとした間抜け顔になる。

 

「勘弁してくれよ。貴女の力も必要なんだボーっとしてないでアイデアくれ」

「え、あ、ええ」

 

 紫が右を見ると、分け隔てていた筈の西行妖の蔓の壁がちりちりと燃えている。柊の力で強引に千切ったのだろう。

 

「柊に助けられたってことで良さそうだな、スキマ妖怪」

「……ええ」

「紫」

 

 霊夢が名前を呼ぶだけで紫は肩をビクつかせる。

 

「な、何かしら……」

「柊をアンタは殺そうとした、それは事実よ。けど今だけは手伝いなさい。あれを倒さなきゃ私達共倒れなんだから」

「……」

 

 言うと、札に霊力を貯める霊夢。

 

「アンタ達、全員の力を合わせた渾身の一撃をあの妖怪に食らわせてやるわよ」

「でもそんな時間も隙も……」

「……私の能力であいつは止めるわ思いっきりやって頂戴」

 

 恥を忍んで、紫は協力する姿勢を見せた。

 

「そうだな、とりあえずやってみるか」

 

 ミニ八卦炉を斜に構えて胸を張る魔理沙。

 

「行くぜ霊夢!」

「ええ!」

 

 柊は、一息つき、右手に持つ3枚のメダルを変化させた。

 

「今度の俺は、いつもの50倍強いぞ……変身ッ!!」

 

 ── クワガタ! ── カマキリ! ── バッタ! 

 ガ〜タガタガタ・キリッバ・ガタキリバッ! 

 

 

「「「さぁ、行くぜ!」」」

 

 50人のオーズが同時に声を上げ走る。それに続いて霊夢達も走る。

 西行妖が、蔓と蔓を絡めあい、一本の巨大な蔓を作る。その蔓が柊達に当たる直前に紫はスキマで回避させる。

 

 

 そのスキマの出口は、西行妖の真上、50人のオーズはベルトをスキャンする。

 

 ──《SCANNING CHARGE》! 

 

 だが、一手。西行妖が早かった。真上の敵に気付き、蔓を向かわせる。

 

「! くっ……」

 

 ──この人数分の痛みが回るとしたら相当ヤバい! けど、今更引くわけにはいかない。皆んな、この一撃にかけている。だから、俺も掛けてやる。

 

「頼んだぜ……紫さん!!」

 

 紫が守ってくれることを信じて攻撃を繰り出した。

 

「ッ……!」

 

 皮肉だ。自分がオーズに手を貸している事、西行妖を操る事が出来ずむしろ掌の上だった事、しかし自分の誇りを、プライドを尊重して世界が終わっては意味がない。

 

 その思い一心で紫はスキマを展開させる。

 柊の前方にスキマが出来る。

 

 表に柊、裏に西行妖の蔓。それぞれが飲み込まれる。

 

 スキマを突っ切ると、目の前には西行妖。そして柊と西行妖の距離、ゼロ距離。

 

 

「「「はぁぁ……せいや────!!!!!」」」

 

 

「今よ皆! 夢想封印!!」

「恋符『マスタースパーク』!!」

「幻符『殺人ドール』」

 

 

 53人のフルパワーの攻撃が西行妖を覆い尽くす。

 

 少し距離を置いていた紫すらも後ずさりするほどの衝撃が冥界を轟かせる。

 煙幕が晴れ、西行妖の幹が深くえぐれていることが視認できる。西行妖が内蔵していた春であろうそれらは確かにその多くが空気中に分散されていった。

 

 

「……紫」

「ええ間違いないわ、今ので相当あいつの力が落ちたわ」

「あんだけ思いっきり削ればそれなりにダメージになるってことか! ならもう一回……」

 

 試行を重ねれば西行妖を退治できる。そう考えた魔理沙。だが霊夢と紫は、目を細めて苦しそうな顔をしている。

 

「……霊夢?」

「……魔理沙」

 

 気まずそうな顔をする霊夢の横で紫が呟く。

 

「……よく聞いて頂戴。多分、あれは意図的に力を落としたんだと思う」

 

『正解だ。賢者』

 

「「「……!?」」」」

 

 分身を解いたオーズ合わせた4人は驚く。

 

 

「……幽々子?」

『……其の方の力……しかと心得た。しかし…………』

 

 

 異様な妖力を帯びた()()()と呼ぶべきかも定まらない何かはふわりと宙へ浮かんだ。

 

 

『まだだ、まだ終わらんぞ」

 

「……幽々子……!」

 

 紫が心配の目で幽々子と呼ばれる少女を見る。

 

『……まだ終わらせるには早かろう』

 

 いうと、幽々子の形をした。否、幽々子を乗っ取った西行妖は子供を諌める親の様に空間を手で撫でると、鋭い風圧が前方に降り注いだ。

 

「皆……くっ!!」

「霊夢! 大丈夫だから落ち着きなさい!!」

『……む、二人ばかり……外したか……いや違うか全て外した様だな』

「……」

『貴様……他の奴らも助けたな、あの少年を除いて、だろうが』

 

 その暴風雨は、霊夢と紫、柊を除く全ての者を遠くへと吹き飛ばした。西行妖はその思考がすぐに誤りだと気づく。

 

「……紫?」

 

 妖怪の賢者は博麗の巫女に一瞥、そして、彼女もまた別の空間へと──。

 

「!? 待っ──」

 

「……あとで必ず説明するわ。何の為に私がここまでやってきたのか」

 

 紫は西行妖をただ見つめる。たった一人場に残されたまま。

 

「……私が……生きていたらね」

『ふん……人間を助ける為に命を捨てて時間を稼ぐなど……同じ妖怪として心底軽蔑するぞ、浅はかな賢者』

「命を捨てる……? 何を勘違いしているのかしら、笑止千万。もう少し頭を使った方がいいのでなくて?」

『……何?』

「ここより妖怪の賢者として、ただ一切の躊躇なく貴方の命を絶つ。残酷なこの世界で、せいぜい惨たらしく去ね!」

『……たかが一妖怪風情が。大地の怒りを思い知ることになるぞ……!』

 

 

 油断とも言える煽り。その隙を大賢者は見逃さない。

 

 周りに大量のスキマを展開、そして高速の弾幕を放出する。

 

『……いいだろう、少し力を試すか』

 

 お手並み拝見。そういうかの如く弾幕を身体に浴び続ける。

 

『……ぬぅ』

 

 一通り弾幕を浴びてから、邪悪な笑みで言葉を紡ぐ。

 

 

『……クク、さすがは賢者だな、少し効いたぞ』

「ぐ……!」

 

 紫は更にもう数段階上の威力の弾幕を放ち続ける。だが、幽々子の身体にいるそれは、構わず歩き続ける。

 

『これが最大出力か? もう、終わりか?』

「良いや? 全然」

『──!!』

 

 紫の言葉とともに弾幕の威力・速度・密度全てが跳ね上がり西行妖を襲う。

 

『ッ……ぁ、ぐ』

「効いてるみたい、ね! ……あの樹のまま力を吸い尽くし続けていたらどうなるかと思ったけど……今はただエネルギーを持っただけの妖怪に過ぎないわ!!」

『……つ、ぅ……』

「まぁ……取ったエネルギーは……計り知れない……けど、ね!!」

 

 

 一瞬、弾幕が止んだ。その合間を縫って西行妖は紫の眼前に一瞬で入り込む。

 

『ふ!』

 

 当然スキマで距離をとるが、其の人はワープ先を見越して紫の顔面に蹴りを入れる。

 

「がはっ!」

『何故スキマでの移動先が分かるか教えてやろうか?』

「……!」

 

『貴様が余を操っていた時から貴様と余の妖力は今も微弱ながらに繋がっている。それを探知すれば貴様がスキマを展開させようとする位置、逃げる場所が分かる。あとは……』

 

 紫の顔を鷲掴み、地面に叩きつけ、バウンドさせる。

 

「かっ……!」

『貴様が移動したタイミングでスキマの前で待っておけばいい』

 

 腹に手を置き、ゼロ距離弾幕を浴びせる。

 

「ぎゃぁっ!!」

『……ふむ』

 

 数メートル吹き飛んだ先で痙攣する紫を無視して西行妖は腹に蹴りを入れた。

 

「かっ……お、ぇ……!」

『そら、逃げろ』

「! ……誰が……!!」

 

 倒れる紫の顔を幽々子の姿で踏みつける西行妖。紫にはそれが屈辱で堪らなかった。

 

『妖怪の硬さならそうそう早く死ぬ事はないだろう、せいぜい苦しむがいい」

「紫様に手を、出すな!」

『!』

 

 倒れ込んだ直後、紫の持つ封紙から解放された式神、八雲藍が西行妖の右頬を殴る。

 

「藍、助かったわ」

「いいえ、それよりも……全力の一撃だったのですがほとんど効いていませんね」

「多分効いてはいる。けど身体は幽々子だから西行妖そのものへの影響は微々たるもの……なのだと思う」

「……正直やりにくい相手です」

「ええ……何より厄介なのは……」

「……紫さま?」

 

 紫は扇子を西行妖へ向け、自らの傷と疑問を解消させる為、問うた。

 

「……私が攻撃を避けることが出来ないということ、ね」

「それは先ほど札に封せられながら聞いておりましたが、奴の言う通りでは……?」

「ええ、スキマがやつに見破られる訳は分かったわ。でもそれが私に攻撃が通る理由にはならない」

 

『それこそ考えずとも分かる筈だろう。余はただ貴様の魂の居所を知覚して攻撃しているだけだ』

「──!」 

 

 一瞬目を閉じて思考し、答えに辿り着く。

 

 

「成程……スキマの位置が分かるのと同じ理屈ってわけね。私に攻撃が通じる……いや、私が存在している場所が分かるのね」

『左様。他の者であれば通らない攻撃も、全く同じ力、同じ性質を持った余なら問題なく通る。いわば自傷行為の様なものだからな』

「私が利用するために通した貴方と私の繋がり(スキマ)をこんな風に理解できるなんて……飛んだ天敵ですわ」

 

 

 妖怪のみ、それも完全な空想や妄想から生まれた特別な妖怪でしかなし得ない効能だろう。『こういうのがいたら怖いなあ』というあやふやで歪な出自じゃなければ出来なかった神業。

 

 

 

 それを成し得たのは同じ妖怪であるからでもある。人間でも神でもこうはならない。ただ紫と同じく妖怪である彼だからこその業だった。

 

『良くも悪くも……こんな事貴様クラスの妖怪でなければ出来なかったろうがな。貴様は貴様自身の神にも等しい能力によって殺されるのだ』

 

「紫さま私より一歩後ろへ、攻撃が通ずるとなれば奴との一騎打ちは危険極まりない」

「ええ、任せるわ」

 

 二人は西行妖に全集中を捧ぐ。

  

「幽々子様が乗っ取られてさえいなければ……奴を封する方法もあったでしょうに」

「ええ、多分それも見越して奴は幽々子を、乗っ取ったんだと思うわ」

 

 直後、紫の視線から藍が消える。

 

「!?」

 

『そら、どうだ? 九尾。主人を守れて満足か?』

「ぐっ……くっ……ブハッ」

 

 

 西行妖が藍に乗り掛かり拳を撃ち続ける。藍は鼻、口から血を吐き出す。

 

「あ、がっ!!」

『鼻が折れたか? だが流石は九尾。思いの外タフだな、そらそら』

 

 拳と共に鈍い音が鳴り続ける。その背後で。

 

「ぶらり廃駅下車の旅」

『!』

「く、ぅ──逃がさん!!」

 

 当たる直前、藍のみがスキマで逃がされ、西行妖は超スピードで迫る廃電車に激突する。

 

「……助かりました、紫さま」

「……効いてないか。一両じゃあしょうがないわね」

 

 続けざまに巨大なスキマを展開し、さらに一台、また一台とぶつけ、爆発させる。

 

「……」

 

 藍、紫の式神はあまりの戦闘のスケールに唖然とする。ここまで、紫が弾幕ごっこに力を入れているのを見るのは初めてのことであった。

 

「どうかしら、効いた?」

 

『……少しはな』

 

 西行妖はピンピンしている、そしてそれは事実だろう。ハッタリや見栄を張ったわけではない本当に少しだけ効いた、ただそれだけなのだ。

 

 ──あれだけの威力の攻撃が有効打にならないなんてね。

 

 スキマで西行妖と藍の上へ移動した紫は、魔理沙の服から拝借しておいたミニ八卦炉にありったけのエネルギーを灯しレーザーを放つ。

 

「! ……はぁ、物理的な火力では効果が薄そうね、自信無くしちゃうわ」

 

 鉄もレーザーもあれには有効でない。西行妖は以前変わらず、ほんの少しだけ妖力を散らして前進し続ける。

 

「紫様の攻撃が効きにくいのであれば私の攻撃も同等もしくはそれ以下の効き目という事。となればあれ自身を削るしかありますまい」

「そのようね。鈍器や単純な火力じゃあれは大して応えない。ならばあれ自身の体力をまずは減らし尽くして差し上げましょう……!!」

 

『……!』

 

 二人がスキマに入り姿を隠す。すると西行妖の周りに無数のスキマからの弾幕が飛び出した。

 

『またこれか……芸のない』

 

「不躾な者にはそれ相応の対応しかしない、という事ですわ」

 

 ホーミング弾、レーザー弾幕、多種多様な弾幕が蠢きその全てを喰らう。

 

「……私たちの弾幕を避けなかったわね、その傲慢さが、貴方の失態よ」

『……!?』

 

 ダメージを与えた弾幕は、先程の一撃と遜色ない一撃だった。

 

 だが、与えた対象は──。

 

 

「あくまで幽々子の身体を操っているのは西行妖本体、その樹体そのもの」

 

 西行妖の樹体に対してだ。

 

 

 ほんの少し前、西行妖に四人の人間が攻撃したときの事だ。あの時、四人の人間は自分達の攻撃で西行妖を傷つけたと喜んだがその実、西行妖の力の大部分が幽々子に乗り移っていただけだと伝えられ、驚愕し、焦理を生じた。

 

 だが。

 

 

 実際にはあれにダメージを与えられていたのだ。確かに西行妖の言葉は嘘ではない。力の大部分を幽々子に移した影響で樹体は力を落としたように感じられたが、確実に四人の攻撃も、西行妖にダメージを施していた。

 

「おかしいと思ったのよ、なんで幽々子に乗り移っておいてあの樹木を消さずに残しておいたのか。貴方……」

『……』

 

「まだ西行妖としての魂を樹体(ほんたい)に隠しているわね。それは魂が怨霊に侵されきっていない証拠だわ」

 

 

 だがおそらく西行妖の魂に今の言葉は届いていない。なぜなら今西行妖を動かすものは怨霊達だから、そして怨霊たちが幽々子を操っているから。

 

「貴方の祓い方は分かったわ。このまま樹体を消滅させるだけ、それだけで貴方は消える」

『……できるものならな』

 

 幽々子の身体を操っていた西行妖の様子が明らかに変わる。確信に迫られて焦っているのだろう。

 

「!!」

 

 西行妖の本体、樹体の根が冥界中に張り巡らされる。

 

「何を……」

 

『──終焉だ』

 

根は妖力を纏い、冥界を深い蒼色で染め上げる。

 

「こ、これほどとは……」

「させない!!」

 

 紫は冥界全土を覆う結界を、詠唱なしで張り巡らせた。

 

『──流石、と言ったところか。これでは崩せんな』

「馬鹿なことを……貴方まで死んでたのよ!?」

『それがどうした。元から死んでいる身だぞ』

 

 この時、初めて紫に明確な焦りが生じる。それは、付けいる隙となり──。

 

『貴様がいる限りどうにもならんらしいな。まずは──手っ取り早く取り除く!!』

「……!!」

 

 

 

 

 ♢

 

 

 

 

「なぁ、ここなんだと思う?」

 

魔理沙、咲夜はまとめて異空間へと飛ばされていた。

 

「十中八九、スキマ妖怪の仕業でしょうけど何かまでは分からないわね」

「あれ多分私たちを助けたん……だよな?」

「おそらくね……でも霊夢と柊はここにいないわ」

 

 咲夜は眉を顰めた。当然だ。霊夢は距離が離れていたからしょうがないにしても、柊は自分の横にいたのだから、きっと助けられたはずだ。

 

「私の落ち度でもある……だから尚更ここから出して欲しいのだけれどね」

「霊夢がいれば……ってうぉお!?」

 

魔理沙の踏んでいた地面の目が光り、霊夢が現れる。

 

「紫!!……って、魔理沙踏むんじゃないわよ!」

「いや今急に現れたんだよお前が!!」

「ったた……ここは……ああ、紫の結界の中のようね」

 

 

 パタパタと服を叩き、立ち上がる霊夢。

 

「不甲斐ないけど紫に助けられたみたいね」

「貴方まで……霊夢、柊は!? どこにいるの!?」

「!!……」

 

 霊夢は辺りを一瞬見やってから、唇を噛んだ。

 

「分からないわ……けど、ここにいないってことはあっちに残ってるようね」

「そんな……!?」

「大丈夫、殺されてはいない筈よ。あの妖怪は紫と闘うのに夢中だったから」

 

 霊夢はそう言うと目を瞑り、俯く。

 

「霊夢?」

「結界じゃない、ってことはまるっきり別の場所みたいねここ。なら今の私たちに出来ることはないわ。大人しく対策でも練ってましょうか」

「呑気すぎるだろ! なんとかしてここから出なきゃ皆やられちまうぜ!?」

「だって他にやることなんてないじゃない。今は待つしかないのよ」

「……!」

 

 魔理沙は悔しそうに目を細める。

 

「くそっ、頼むから死なないでくれよ……」

 

 

 

 

「……なんてこと……悪夢でも見てるみたいだわ」

『やはり賢者と呼ぶに値する程の力が貴様にはある。だがそれでも今の余を消滅させるには些か、相性が悪かったな天敵というやつだ』

「ハァ……ハァ。悔しいけど……その通りね。貴方相手じゃスキマを展開するのも一苦労だもの」

 

 

 万が一、次に接近されればその時が己の最後になるかもしれない。それだけの力が、西行妖に集約されていた。

 

『貴様を殺すことは出来る。だがそれなりに消耗せざるを得んだろう、まぁそこでだ、一つ取引をしよう』

「……!?」

『貴様がそこを退けば、当初の望みどおり柊という人間の魂をこの世から跡形もなく消し去ってやる』

「そんな事……可能なの?」

『それからは、余の望む通りにさせて貰うがな。それでいいならば言の葉の拘束を敷け。そしてここから疾く引くがいい、賢者』

「……望みって……」

『妖怪たる所以と言ってもいいだろう』

「……」

 

 太古から続く妖怪の一番単純な欲望。人間が妖怪を恐れるわけ。それがわからぬ幻想郷の住民はいない。

 

『鏖殺、捕食だ。まずは博麗の巫女。あれの腑から食い千切り、人間界への見せしめとする』

「つまり人間を全て殺すと……そんなことをされれば間違いなく幻想郷は立ち行かなくなるわね」

『……』

「残念だけど……その申し出は私には到底受け入れられるものじゃない」

『仕方あるまい……全く、面倒なものだ』

「ふふ、やってみなさい、樹木風情が」

 

 西行妖はその力を解放し、紫へ接近した。

 

 

 ♢

 

 

「──うっ……!?」

 

 柊は、過剰な変身時間による痛みで意識を取り戻す、と同時に変身を解いた。

 そして、それは身体の痛みも呼び戻してしまう。

 

「ぐ、ぅぅぅうぅぅ……! ……ぁ……は、ぁ……」

 

 柊は、痛みと混乱でとっくに満身創痍になっていた。そして記憶を呼び戻す。

 

「……そう、か。あいつに吹き飛ばされて……」

 

 柊はゆっくり立ち上がる。そして、呆然と空を見上げた。だが──。

 

 

『この力は貴様のおかげで得られた力でもある』

「──な」

 

 いつ現れたのかも分からなかったが、西行妖が、目の前に姿を見せた。

 

『其の方のお陰だ、心から礼を言う』

 

 西行妖から柊に向けられた言葉は、おどけた自分への煽り、嘲笑などではなく。

 

「……ぁ?」

『柊、貴様のお陰でこの身体を手に入れコントロールするまでに至った』

 

 心からの賞賛と御礼だった。

 

『貴様は非力なれど内に眠る能力は脅威である。人間をやるなら貴様からやっておかねばな』

 

 しかし、その御礼もここまで。戦意がこちらに向けられる時が来た。

 

『貴様が居たお陰で、随分と力もついた……だから死ね。文句があるならあの賢者にあの世で言うんだな』

 

 まるで理不尽な答えだ。だが、西行妖の思考は絶対に変わらない。妖怪と人間の、当然の関係。

 

 

 逃げたい、このまま後ろへ走り出したい。だが、魔理沙や咲夜、霊夢達を置いて逃げる事は柊には出来なかった。

 

「……死ぬつもりはない!」

 

 精一杯、カラカラの喉で吠える。あまりにも弱い抵抗の意思。

 

 

『そうか……では見せてみろ!!』

「……変……身!」

 

 もはや気力だけでタトバコンボに変わる。そこからの攻防、いや攻々は、一方的略殺は速かった。

 

 

 結局柊の攻撃は、始めの拳同士の鍔迫り合いのみ。

 そこからは、いたぶられ、嬲られ、やられたい放題だった。

 

『……驚いた、存外。弱いな』

「……おぇ……」

 

 博麗より威力が低い、と罵る西行妖。

 

『諦めて死ぬか? それも潔くていいが』

「あ〜……それもいいな……でも悪い、諦めるなって言われてるんだ」

 

『──!?』

 

 己の足が地面にひきづられていく事に気づく。

 

『なぜ……地面に引かれ……!!』

 

 地面に隠れておいた、ガタキリバの分身体がサゴーゾへと変化し、西行妖を重量を操作して惹きつける。

 

「せいやぁ!!」

 

 重量操作で引き寄せた西行妖に蹴りを、二撃。

 

『面白い。が貴様の攻撃なんぞ効く筈もない』

「……参ったな、てんで応えちゃいないなんてよ」

 

 マスクのうちに隠れて見えないが、柊が恐怖していることなど理解できない筈もなかった。

 

「……どうすっかな……」

『ふふ、余興だ ……同じ事をしてみせようか?』

「何っ……?」

 

 西行妖が地面に手を向ける。すると、そこに向かって柊が引き寄せられた。

 

「……っ!!!?」

 

 無慈悲にも、それには抵抗できない。

 そのまま、顔を撃ち抜かれる。

 

「ぐぉづっ……っ……!」

 

 鉄の味がする。直撃したそれは、今までの何よりも重かった。

 

「あ……ぎ……!」

『……足裏を見てみろ』

「か……あ?」

 

 確認すると、足裏には見つけるのも難しいほどの細さの蔦が。

 

『それを使って強引に引っ張っただけだなんてことはない』

「くっ……」

 

 トラクローで即座に切り離す。そして顔を手で押さえながら、西行妖を睨む。

 

『……まぁ、これで死ななかった事だけでも褒めてやろう』

 

 西行妖は妖力を一段階高める。

 

『言っておくが、お前を殺す事なんて容易いことなんだぞ? この通りな』

「…………え?」

 

 ズッ。と身体が一旦揺れた。何かが当たったんだろうか、何か温かい感じもする。

 

 そう思っていると同時に感じた違和感。それは下にある、だから下を向いた。

 

「あ、な…………あ?」

 

 幽々子の身体を覆うオーラが変化して、伸びた剣の様な形状となり柊の身体を貫いていた。

 

「う……ハ……ァウ……ぁ、ぁぁ」

 

 現状を受け止めきれない。自分は何をされたんだろうか、よく分からない。分かりたくない。

 

 そして地面に血溜まりができる。紛れもなく自分の血だ。

 ヌメヌメとして、少し温かい。

 

 

 ──死ぬ。

 

 

「……がはっ……ぁ、ぁ!!」

 

 柊は綺麗な色した血が自らの身体から落ちているのだという事に気づいた。

 

「……あ」

 

 オーズに変身する為には3枚のメダルと、ベルトが必要となる。本来ならばそれらは別々なのだが、柊が変身する為に使っているそれらは柊が一律で生み出した物である。

 

 ベルトやメダルを創造するエネルギーそのものが柊から為される仮想変身体のような物で、ある意味では複合体のような物だ。だが。

 それには柊すら把握していない致命的なデメリットがある。

 

「……あれ?」

 

 エネルギーとは其の人の生命、ひいては気力が大きく関わっている。

 

「……ゴボッ……」

 

 腹に大きな穴が空いていてもなお、全力で敵と闘おう、という意志が今の柊には欠けている。

 つまり、オーズになるには、能力を上手く使うには術者本人の意思も大いに関わってくる。

 

 即ち、精神が揺れていては変身することはできない、若しくは、ベルトとメダルは霧散していく。そして柊はその条件に当てはまっていたのだった。

 

「……い……った」

 

 もう立ち上がる力すら残っていないように感じる。空いた腹から力が抜けていくようで、それでいて多分それは事実だ。腹から力が抜けきった時。きっとそれが命を絶つ合図だ。

 

 

『安心しろ肉体すら残さん、散れ』

「っ……」

 

 西行妖は、容易く身体全身の力を両の手に集める。

 

 ──……もう無理だな。

 

 これはもうどうしようもない。ただ、このまま何も出来ずに負けた事実を認めたくなくて、悟ったように西行妖を睨んだ。

 

『……最後の抵抗はなしか?』

 

 身体が寒くなってきた。もう生きて帰れない。

 

『……ヒヒッ、あははははは!!!! 終わりだ!! お前の何もかも!!』

「……」

 

 死の間際まで到達して柊は、無意識にある行動をとった。それは過去の思い出を遡る事。この世界に来てから今この瞬間までを凝縮した記憶を脳に散らばらせた。

 そして偶々、西行妖が弾幕を放つ前に、何かがフラッシュバックした。

 もう誰が言った言葉かも思い出せないが、その声だけを思い出したのだ。

 

 

 

『諦めるな、よ』

 

 

 

 それに何の意味があるかも分からない。というよりもそれを聞いた時自分は意味が分からないと思っていた気がする。だがきっと、今のこの瞬間。自分を立ち上がらせる為の

 何かだったのだろう。故に。

 

「……まだだ」

 

 最後の最後で闘志は消え去らなかった。

 

『いいや終わりだよ』

 

 放たれた、レーザー弾幕。

 見れば分かる。ただの人間には手に負えないものだと。

 しかし、ああ言われた手前。最後に思い出したのがあれだった手前、一度くらいは全力で抵抗してやりたい。

 両の手を張り、足を踏ん張って、力を込める。

 

「まだ何も……終わっちゃいない!!」

 

 すこしでも、少しでも、止めてみせる。

 

「ぐっううぅ…………!」

 

 手が焼けていく。手のひらの肉が飛び散る。痛みは感じない。きっと脳内麻薬のおかげだろう。

 

『口だけか?』

「ぎ、ぁぁぁ……!」

 

 

 微塵も押し返せる気配はなく。

 

 西行妖の言う通りに、徐々にレーザーは柊を飲み込んでいく。

 

 そして。終わりの時が来る。

 

 

「ぎ、ぃ!!」

『それじゃあ、な!!』

「──!!」

 

 光線は、その地形ごと変えた。

 そして、抉れた地面には──瓦礫だけを残して、柊は姿を消した。

 

 

 

 

 

 



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14話 瓦礫と塵と仮面ライダー

ある少女の──独白。


「全く……紫め、やはり致命的なミスを犯して敗れたな」

 

 賢者は遥か遠方の地でその激闘を見ていた。

 

「だから言ったんだ……お前は過小評価をし過ぎだと……()()()()()な」

 

 その賢者は一人でに呟き続ける。

 

「お前は見落としていた、西行妖というデクの棒にも意思が宿っていること、意思には強い力があること、そして、生物の成長には理屈などないことを……全く妖怪らしくもありお前らしくもあるミスをしてからに」

 

 そして、腰をあげ、こう言った。

 

「さてと……ここまでの事態に陥った以上何か救済の目をくれてやらんとな、さぁどうするか……」

 

 数秒の思考の末、賢者は笑った。

 

「……いや、そもそもまだ負けが確定した試合になったわけじゃない。まだ……しっかりとこの闘いに勝ちの目は残されている。ならば私も懸けてみようじゃないか──人間の成長とやらを」

 

 

 

 

「う……ぁ」

 柊は微かに意識を取り戻した。そして考える。

 

 ──なんで俺はまだ生きているのだろう。

 

「……ぁ……」

 

 前方にベルトと三つのメダルが見える。

 

 ──変身した時のエネルギーサークルで咄嗟に防いだのか……?

 

 思考はできるが、すでに身体は動かない。

 

「痛い……だ、だれか……」

 

 無常にものしかかる瓦礫は、徐々に柊の体を圧死の道へと歩ませる。

 

「うっ……うぅ……!! だれかぁ……だれか、ぁ。頼む……抜けな、い、よ……」

 

 腹に大きな蔓が刺さっている。それは大人の背丈程の長さで、一人で抜く事は出来ない。

 

「たす、たすけ……て……」

 

 腹から力が抜けていく所為でろくにこの状況を解決出来ない。このまま数分経てば自分は死ぬ。

 

「ぅ…………うぁぁぁぃ……ぃたぃ……」

 

 何を願えば助けてくれるんだろう。

 

「はぁ……は……ぁ……もう、無理だから……頼、む」

 

 ミシミシ、ミシミシと身体に圧がかかり、呼吸も大袈裟に大きくになる。

 

 徐々に力が弱まっていく無情さ、現実の非情さを噛み締めながら。

 柊はこれまでの生活を、幻想郷に来てからの日々を走馬灯の様に頭に流していた。

 

 

 紅魔館でのフランとの闘いの事。

 

『悪いな、俺は最後まで足掻くよ!!』

 

 あの死が迫り来る中、必死で鼓舞していた自分。

 

『だったら、貴方は貴方の好きに生きればいいじゃない』

 

 今度は霊夢だ。励ましてくれてる。よく覚えてる。

 

 そして再び思い出したのは。ただの、鮮明な──。

 

『諦めるな』

 

「…………はぁ……はぁ…………」

 

 

 大きく息を吸い込んで。

 

 

 ──慧音さん。霊夢、魔理沙。咲夜さん、美鈴さん、フラン、妹紅さん、レミリアさん、パチュリーさん、小悪魔、チルノ、大妖精。人里の皆んな、紅魔館のメイド妖精、それだけじゃない。

 

 

 柊がこの世界に来てから今日まで、繋がりのある人達。柊は皆んなの笑顔を頭によぎらせる。

 

 そして、生前の最後に見た少女を思い出して。鞭打つように心に言い聞かせた。

 

「……あの子を死なせてお、いて……諦め、て、死ぬ……わけに、いかねぇ……だ、ろ!!」

 

 涙が流れて、嗚咽する。

 きっと今の自分の顔は、誰にも見せられないほど酷いだろう。けど。

 

 ギシギシと、挟み込まれた柱が音を立てる。

 

 しゃがれた声で、震えながら。瓦礫を持ち上げる。

 

「あぁ……立て……仮面ライダー……!!」

 

 穴の空いた腹から空気が流れていく、と同時に力も抜けていく。

 しかし、手の力はそれ以上に増幅させてやる。

 

 今まで、生身で鍛え続けたからこそ、今。瓦礫を傾けられる。

 

「ぅぅ、ううう!!」

 

 ほんの少しでも、と蔓を引き出すが、やはり人間にも限界はある。

 

「く……っそ! ……コフッ」

 

 あと少しが、遠い。

 限界があっても、それを決めてる自分を破らなきゃ、と再び深呼吸。

 

 プルプルと、震える腕に力を入れて。

 

「はぁ……はぁ……っぅ……」

 

 溢れ出る水を我慢もせず力を入れ続ける。

 

「俺は……諦め、ない……」

 

 突然。肩に違和感が生じた。まるで、重さを感じない──と。

 

「感謝してよね」

「…………!?」

 

 聞き覚えの声に、柊は首を振り向けた。

 

「助けに来た──ってやつよ」

 

 

     ♢

 

 

『先程殺したと思ったが……大した生命力だな』

「っ…………はぁ……あ」

 

 血を大量に地面に流しながら、横たわる紫。

 ほかに立ち向かえる者は今ここには居ない。身体をズタズタにされても、闘わなければ。

 

「ま、だよ……それにしても存外、貴方って馬鹿なのね。その身体と違って」

『……何?』

 

 今の西行妖の投げかけた疑問は、紫の発言に対しての問いではない。自らの異変について、だった。

 

『……これは……少しずつ……』

「そう、少しずつだけど、貴方の力は霧散していっている』

 

 立てない代わりに、口を動かして、気を引く。望みとしては本当に僅かでしかないが、このまま弱っていった後の西行妖を誰かが倒してくれると信じて。

 

『なぜだ……!?』

 

(……きっと幽々子の能力だわ。あの子が内側で闘ってくれているのね)

 

 外側の皆が大きなキッカケを与えればきっと祓える。 

 

 ──けど天敵であるこいつには私では勝てないから、他の皆んなが楽に戦えるように……少しでも。

 

「あなたが天敵でさえなければ私一人で倒せたのにね……残念」

『……罪深いな、まさかこの状況でまだ勝てると思っているのか』

 

 西行幽々子の右手から発される剣型のオーラが、紫の胸を貫く。

 

「……かはっ……!」

 

 強烈な痛みを伴うはずだが紫は、笑う。

 

『薄気味悪い……何を笑っている』

 

 ふん、と紫は皮肉そうに鼻を鳴らす。

 

「人間の身体を借りてる癖によくもまぁそんなに……威張れるものだと思ってね……カハッ」

『……』

 

 西行妖は、さらに紫の身体を切り刻む。

 

「ぐっ、ぁ……いぎゃっ……!!」

『借りるというよりも、正しくは余が奪ったという方が正しい。身体の主導権は、お互いが綱引きのような形で奪い合うのだ余が負ければこの身体の主人は身体を取り戻せる』

「……卑怯者め。どうせ綱引きだなんだと言っておいて、この冥界の他の亡霊達の力も自分の力としているのでしょう。いくら幽々子でもそれには太刀打ち出来ない」

 

 西行妖は、幽々子の身体を操り、邪悪な笑みを浮かべる。

 

『……大正解だ!! ふはははは!!』

「……」

 

 紫は黙り込む。

 

『一応言っておくぞ、余は全ての人間を殺したらこの肉体も屠る』

 

 身体に溢れんばかりの西行妖の妖力は更に増幅していく。その力は今の紫では到底──。

 

「あれだけ妖力を削ってまだそんなに余力が……」

『全員殺してやるぞ。叶うなら全員が恐怖に怯え余を憎み、そして失禁し痙攣しながら錯乱状態の中で自死してくれると最高だ』

「……私は、そうならない」

『知っているさ。貴様は狡猾だからな』

 

 西行妖の右手を覆うオーラ、そこから放たれるであろう物はきっと、ただの弾幕なのであろうが。

 放たれる前から分かる。きっと自分は耐えられない。それこそ、まともに食らえば絶命する程の物だろう。

 

 奇跡に期待しながら、半ば諦めていた。けれど。

 

『!?』

 

 西行妖の首に衝撃が篭る。背後には。

 

 

「いい一撃よ……霊夢」

『貴様か、博麗』

「ええ、効いたかしら? ざまぁないわね。……魔理沙!!」

 

「ああ……分かってるぜ。これが私の……」

 

 

 ミニ八卦炉は光を瞬かせながら、虹色に光る。

 

「全力だ!!」

 

 マスタースパークが、西行妖を吹き飛ばす。

 

「ったく、いきなりスキマが出てきたからびっくりしたわ。そういうのはちゃんと説明しなさい」

 

 

 お腹を苦しそうに抑えながら、紫は言う。

 

「ごめんなさ、いね……グフ……殺されそうだったから」

「ていうか私のミニ八卦炉勝手に持ってっただろ!?」

「それも重ねて謝るわね……」

「あ、おう」

 

 素直に謝罪する姿に慣れなさを隠せない魔理沙。

 

「……紫あんたには悪いけどあの幽霊ごと封印させて貰うわ……友達は諦めて頂戴」

『……ふっ、この体ではなければ貴様を倒す事は不可能だったろうな』

「……はぁ?」

 

 

 西行寺 幽々子の口、声で発生するその声は、邪気に包まれている。それは紫にとっては無念でしかなく、そして、どうしようもなく。

 

『だが、今の余は貴様に縛られる器ではない……!』

 

 絶望だった。

 

 

     ♢

 

 

「! 全員やられるわ!」

「……じゃあ作戦通りに!!」

 

 レミリアに運ばれながら、作戦を聞いた柊。

 これが決まるかどうかは、最初の行動いかんで決まる。

 

「……けど、もし決まらなかったらその時は……」

「大丈夫よ、私を信じなさい。だから貴方をここに連れてきたんだから」

「……はい!!」

 

 柊の怪我のほとんどは癒え、腹の穴も塞がっている。

 

「……せっかく貸し作れたのに、今度はでかい借り作っちゃいましたね」

「ま、一年間貴方をコキ使ってあげようかしらね」

「ぐぬぬ……まぁ、後先のこと考えたってなぁ」

 

 柊は己の手を胸に置きもう一度、心に問いかける。今の自分は闘えるだろうか。

 

「……もう大丈夫かしら?」

「……はい!」

「それじゃみんなを、助けるわよ!!」

 

 言って、柊を鷲掴んで。ぶんぶんと振り勢いづける。そして──。

 

「飛びなさい!!」

 

 西行妖へと投げた。

 生身の状態だが、今の柊ならば。

 

 

 遠く彼方から光る何かを捉えた西行妖。

 

『……?』

 

 それが柊だと気付くのに、時間は掛からなかった。

 

『! ……ははぁっ! まさかあれで生きていようとは!』

「はぁあああ!!」

 

 勢いのついたこの身体。

 振らずとも、ただ拳を前にすれば、強烈なパンチになる。

 

 それに合わせて西行妖は拳を前に繰り出した。

 

「がっ!」

 

 柊の拳から血が噴いた。

 

『当然だ、生身の身体で歯向かおうなどと!!』

 

 柊は痛みを歯で食い縛り。

 

「──かかったな!!」

 

 西行妖の拳を握りしめた。

 

『──!!』

 

 

     ♢

 

 

 柊とレミリアが着くほんの少し前の事

 

「助けにきたわ」

「…れ……ア……サん」

 

 目元に現れたクマ、肌の青白さ、そもそもの様子から柊が残り少ない生命活動だと、レミリアは悟る。

 

「全く……あの時以上に無茶してからに……貴方このままじゃ死ぬわよ、数分以内に」

「……はぃ」

「……チッ、この杭を抜いても出血多量ですぐ死ぬか……ごめん、助けてあげられない」

 

 悔しそうに唇を噛み、一瞥してからレミリアは柊に顔を合わせた。

 

「……まぁでも、せめて最後まで見届けるから、気を楽にしなさい」

「……俺を、吸血鬼にし、て下さ……い」

「──は、正気?」

 

 柊は無言で頷く。

 

 レミリアは、それを踏まえてすぐにうん、分かった。とは言えなかった。それは分かりやすい禁忌だ。人間が妖怪に自らの意思で変容する。

 

 とても気楽に行える事ではない、のだが──。

 

「……っ。四の五のいってられないか。分かったわ」

 

 レミリアは、それでも一秒も惜しむべく柊を抱き上げて。

 

「──あむっ」

 

 柊の首に被りつく。

 

「……んっ……んっ……ぷはぁ」

 

 少し苦痛の顔を浮かべて、柊が立ち上がる。

 

「どう?」

 

 みるみるうちに腹部の穴や、身体中の傷が治っていく。

 

「……自分が自分じゃないみたいです。さっきまでの痛みがうそみたいだ」

「あまり自由に弁明も出来なかったのだろうから仕方ないけど……呆れるわ吸血鬼の眷属になろうなんてね」

「いやーまぁあのままだと死んでましたし」

「……お前、眷属になる事がどういうことかキッチリ勉強なさいね」

 

 けろっと言い放つ柊にレミリアは呆れる。呆れるしかない。

 

「……何か問題が?」

「んぁぁ……もうっ! 大アリよ! このバカ!!」

 

 レミリアはそっぽを向いて、ボソッと呟いた。

 

「……眷属になっちゃったならもう、これからは一緒に生きていく事になるんだからね……」

「え? なんで? どういう…?」

「!? あ、あ〜あ〜黙れ!!」

 

 レミリアは顔を真っ赤にして柊の頭に手刀を振り下ろした。

 

「いった!!?」

「この際複雑な説明は省くから、状態だけ言うわ。今のお前はあくまで吸血鬼になりたて。それも少量しか私の血を受けていないから」

 

 トントン、と柊の腹部を指で叩く。

 

「次は治らない。言ってしまえば今のお前はただの強化人間みたいなものだし」

「了解です。それじゃ続きは行きながら……」

 

 そして、レミリアに運ばれながら、今までの事情を柊は説明した。

 

「事情は把握してるけど……かなりやるわね、西行妖」

「ええ、正直言って……レミリアさんが来ても勝敗は……」

 

 苦い顔になった柊の頭を、レミリアは翼でペチペチと叩いた。

 

「分かってるわよ、けどね。来たのは私だけじゃなくて……他にも来てるの」

「そうだったんですか?」

 

 柊の間抜け顔を見て、一瞬だけ笑う。

 

「ええ、きっとあっちも喜ぶわ。けど少し事情があって……ここに来るまでもうすこしかかるの」

「そうか……」

 

 レミリアは思い切って話を出した。

 

「ねぇ、お前は……自分が妖怪になっても良い?」

「え? いや今実際に吸血鬼に……」

「今ならまだ頑張れば引き返せるの。けど、私が思うに西行妖をどうにかするには柊が頑張って闘るしかない。そしてそれをしたらきっともう戻れなくなる」

 

「んー、別に今更我儘言う気持ちも起きないしなぁ……やれって言ったのは俺だし……」

 

 元々、最後に自分の身体を突き動かしていた根底にあったものは、一人の少女の残滓だけだ。

 

「それで俺がどうなろうと皆んなが助けられるならそれでいい」

 

 皆を助けたその先で死んでしまったのなら、その時はきっと、生前見殺しにした少女も許してくれるだろう。それだけが、今の自分を突き動かしている。

 

「……そう」

 

 レミリアは、決して柊には悟られまいと、しかし重苦しく、柊の覚悟の冷たさに同情してしまう。

 

「それはそうと……さっきの話はどうやって?」

「お前の話の通りに、あれが欲望を妖力に変えているなら、こっちがそれを奪えばいいのよ」

 

 なんだか、ピンと来ていない柊に押しをかける。

 

「西行妖が使ってるのは元々お前の力でしょ?」

「?」

「同じ力を分散させていたのなら、回収だって出来るわ」

「なるほど……力を奪えってことか……」

「まぁ一か八かの賭けなんだけどね。あくまであんたに話を聞いて、私なりの勘で閃いただけ。仮にあいつとお前の力が別物だったとしたらもう無理ね。諦めましょう」

「わーほんとピンチじゃないですか……」

「茶化さない」

 

 翼で頭をペチペチと叩かれる。

 

「ただ……西行妖の力を取り入れるという事は妖怪としての力を増幅させることと同義。お前の意思が弱ければすぐに暴走してしまうよ」

「……まぁ、そうなったらそうなったで良いです。こうなってなきゃどっちにしろ死んでましたしね……それに」

「……それに?」

 

 柊は、すでに何かに気付いていた。レミリアでは分からない、当事者本人の勘で。

 

「俺はこの世界で生きちゃダメらしいので。事情を聞いて納得出来たら俺はどっちみち死ぬつもりなんで」

「──なっ」

 

 柊は、初めからその意思があった。納得出来る事情があるならば、この世界からいなくなっても良いと。

 今回抵抗したのは事情もなく殺されることが嫌だっただけだ。自分が関与している異変で皆を傷つけたくなかっただけだ。だが、柊の目には紫には何か事情があるように見えた。柊はただその理由を知りたいだけだった。

 

 だが。

 

「……ふざけやがって」

「え?」

 

 レミリアにとってはそうではなかった。

 

「自分に不都合な存在だからって言葉で傷つけて、なまじ理不尽に殺してもいい理由なんてあってたまるか。あのスキマ妖怪絶対殺すわ。咲夜にも手出したんでしょあの糞婆」

 

「え〜……」

「あ、そろそろ見えてきたわね」

 (切り替えはえー女こえー)

 

 そうして、今に。

 

 

     ♢

 

 

「!!」

 

 柊と西行妖の拳がぶつかる。

 

「俺の力……返せぇぇえー!!」

『……!?』

 

 狙い通り、柊は西行妖から、力を奪う事に成功した。

 

『なんだ……!? これは!!』

「うぉぉっ!? しゃあっ!!」

 

 力を吸い取られていく西行妖は慌てふためく。

 

「お前の力……元々俺の能力だろうが! 返せよ!!」

『ぉぉああああ!!!!』

 

 悲鳴か、鼓舞か。

 荒れ狂う叫びと共に、確実に妖力が西行妖から減っていくのを、レミリア、霊夢、紫は肌で感じていた。

 

「どういう事? それになんでレミリアがここに……」

「話は後。紫、貴女は柊の欲望とあいつの欲望の境界を無くしてより吸収しやすくさせて。皆んなは私と一緒に柊の手伝いよ」

 

「!……うん!」

「そのように」

「おう!」

 

 レミリアの言葉を聞き、霊夢は即座に頷く、だが、紫は。

 

「……その……私の能力は……正直、ほとんど効果がないと思うわ」

「うっさい黙れ。貴様の大好きでたまらない幻想郷の為なんだから死んでもやれ。失敗は許さないよ」

 

 レミリアの言葉に少し面を食らうが、帰って納得したのか即座に紫はスキマで移動する。霊夢はレミリアと共に飛んで柊の元まで行く。

 

「俺の怒りは……これじゃ済まないぞ!! ちゃんと、全部返してもらう!!」

『ぎゃぁぁあああああああ!!!!』

 

 

 柊からしてみれば、幽々子の身体で叫ばれると、心が痛むが、このままほっとく事の方が何倍も痛むことになる。心の中で必死に弁明しながら力を奪う。

 

──ごめんなさい! 幽々子さん!! 今だけは……我慢してください!!

 

──『いいわよ、このままどんどんやっちゃって』

 

「……え?」

 

 柊と西行妖、いや──幽々子の繋がりが、力の綱引きによって結ばれた。

 

──『今の私ではこの悪い妖怪さんを少しずつ弱らせることしかできないわ。だから、貴方が思いっきりやっちゃってくれるかしら〜』

 

──ゆ、幽々子さん……!? 無事なんですか!?

 

──『ええ、無理矢理自我を押し込まれてるだけ、私はこの通り無事よ、だから気にせずやってくれていいからね〜』

 

 

「……はい!!」

 

 確実にハマっていた。西行妖が、優位に立っていたことによる油断。それにより容易に柊の拳を受けた事。

 これが上手くいけば、妖力を完全に奪い取れる。

 

「いけ……る!!」

『く、ぐ!!』

 

 しかし。外的要因によっては、綻びが生じる。

 

『グゥゥォォ……』

 

 今まで死んだかの様に止まっていた西行妖、木本体が動き出した。

 そして蔓が伸びて、こちらにしなる。

 

「──! くそっ同時操作できるのかよ!」

 

 

     ♢

 

 

「まずいっ! 間に合わないわ!!」

「……否。ベストタイミングよ」

 

 遠くで視認したレミリアだけが、気づく。

 

「──美鈴」

 

 

 

 蔓が柊の身体を叩き潰す手前、一人の女がそれを止めてみせた。

 

「! ……美鈴さんっ!!」

「遅れましたが……もしかして私今グッドアシストでしたっ!?」

 

 美鈴は持ち前の体術で、柊へと向かう蔓を全て破る。

 

「美鈴さんまでここに……!」

「エヘヘ、私も……力になりたくて!!」

 

 無数の蔓が鋭く尖り、今まさに向かわんと、妖力を漲らせる。

 

「私は……ただの闘いでは皆さんよりも弱いかもしれませんが、それでも……私の手が届く貴方の事は必ず! 守ってみせます! 守る為の闘いなら絶対に負けません!!」

「!……うん! 頼んだ!!」

 

 迫る蔓を前に美鈴は仁王立ちで立ち、柊の顔を一瞬見つめて、笑う。

 

「だから! 柊さんは思う存分懲らしめてやってください!」

『はぁぁあなせぇええ!!』

 

 

 次に、西行妖が仕掛けて来たものは。いや、もしかすると意図的にではないかもしれないが、柊の身に試練となって立ちはだかったものは。

 精神的要因。

 

 西行妖が奪っていった力は、春の陽気という純粋な自然エネルギーの域に留まらず、冥界の人魂すらも吸い取っていた。

 それを今度は、柊が受け皿となって吸収する。それ即ち。

 

 

『(───)』

 

──!? ……なんっだ……これは……!?

 

 沢山の声が集ってノイズと化している。がそれでも尚嫌でも耳に入る、頭に直接入り込むノイズ。

 

 

 苦しい、嫌だ、辛い、きつい、死にたい、痛い、殺す、殺す、コロスコロスコロスコロス。

 

 

 負の感情が柊の頭を駆け巡る。

 

 ──すっげぇ、キツイ、なんなら手の力が緩まってしまいそうで。でも同じ苦しみを、幽々子さんも味わっているんだ。俺が先に根を上げてはいられない! 

 

「あ……が……!?」

『助けて痛いよ……』

「──!!」

 

──耐え、ろ!!

 

『もうこの苦しみから解放してくれ……死にたい……』

「……」

 

『痛い、痛い、殺す!! 殺してやる! コロスコロスコロスコロス!!』

 

 その次に、ノイズとは違う、幽々子の声が聞こえた。

 

『これは、全て貴様が余から力を奪う所為で起きた悲劇、貴様が手を離せばこいつらは苦しまずに済むぞ、なぁ? 極悪人!』

「……」

 

 その時、少しだけ右手の力が弱まった。

 

『くくく、良いぞ、緩まってき……』

 

 言い切る前に、柊はなんの躊躇いもなく、幽々子の首に左手をかけ、思い切り締め付けた。

 

『!!? が……ぅ……!』

 

 握りしめる手は徐々に力を増す。

 

「元々は……お前が……この人たちを取込む所為で……!」

 

 左手の力は増していく。本来なら、話せる筈がない、幽々子の身体で、喉のダメージを無視して話す。

 

『……何百もの魂達が苦しんでいる。お前に無理やり犯されているのが我慢ならない様だ』

 

 柊はそれを聞いてプツン、と脳の何かが切れた。

 

「 ……魂を苦しめてるのはお前だろ!」

 

 精神的攻撃は、柊にとっては初の攻撃。故に対処は知らない。

 

『(ククク……怨霊達を無防備に吸収したからだバカが!)』

 

「自分の力で生きられない寄生害虫が、自分の悪事を放って、自分の被害に酔うのを辞めろ!! 気持ちが悪い!! 吐き気がする、俺はお前を絶対に許さない!!」

 

 悪霊とは、様々な苦しみや憎しみ、恨みからなる願いを持つ魂の塊。

 

 故に西行妖が吸収出来るのは怨霊のみ。なぜならただの霊達には欲望がない。

 しかし怨霊は多くの欲望、穢れを孕んでいる。だから吸収できるのだ。

 

 ゆえに怨霊は人間に害を成す。怨霊は人間の精神を蝕む。

 

 柊が西行妖から吸収した霊達は全て怨霊。

 何百もの怨霊達を取り込んでしまった柊に多大な影響が及ぶのは突然だった。

 

 

「お前のその腐った性根……! 絶対に許さない! 俺が根絶やしにする!」

『下らん……やってみ、ろ!』

「殺して……っ!」

 

 

──違う違う! しっかりしろ! 俺はこいつから力を奪い返さなきゃいけないんだった!

──『そうよ、落ち着いて。大丈夫』

──はい!

 

 

「……お前はここで、吸い尽くす!!」

『(そう容易く口車には乗せられないか)』

『別に構わんぞ? ただし、余の魂を完全に引き抜くにはこの身体は死ぬ事必死であるがな』

「なっ……」

 

 西行妖の発言に青筋が経つ。

 

 

──幽々子さん……?

──『……大丈夫だから、お願いできないかしら』

──……っ。

 

 

 だが、実際どうなるか予想できない以上柊には実行出来ない。西行幽々子の身体から、強引に力を引き抜くなど、とても出来ることではない。

 

『気付いてるか? 怨霊達が貴様を蝕んでいることに』

「……何?」

 

 一瞬硬直してしまう。

 

『怨霊を取り込んだ人間がどうなるか知ってるか? 徐々に精神を蝕まれていずれ人で無くなる』

 

 これに関しては揺さぶりでもあり、事実でもあるのだろう。

 

──たしかに身体が怨霊と一体化していくのが自分でも分かる。このまんまじゃ俺が俺でいられなくなるだろう。今だって悪い感情が脳に囁かれ続けてる。

 

「……けどお前みたいな沢山の人の苦しみを利用する……そんな冒涜許せない!」

 

 柊は呪いをかける怨霊達の声の中である一筋の声を、聞いてしまった。

 

「お前が吸収した霊達の中の誰かが!! 助けてって言った! だから俺は助けるだけだ!」

 

 真剣な眼差しでそう言う柊を見て西行妖は思わず。

 嘲笑した。

 

『ぷっ……あははははは! 面白い! 面白いな!!』

「…………」

 

『怨霊が助けを請うただと? そんなことがある訳なかろう! どれだけ独り善がりなのだ貴様はぁっ!』

「しまっ……!」

 

 一瞬の隙に生まれた時間。その細い時間で西行妖は出せるだけの妖力を体外に溢す、という形で放出した。そして柊は一気に溢れ出た妖気に吹き飛ばされた。

 

『そもそも死んだ人間に想いを抱くなどと、馬鹿らしい! 死ねばそれまでよ! いや、むしろ死人の為に貴様が死ねば尚更阿保だなははっ』

「そんな事ない! 現に俺は死ん──」

 

 言い終わる前に、西行妖が柊を風圧で吹き飛ばす。

 

「!!」

『甘いと言ったろ? 隙を見せたな』

 

 西行妖の拳は、空に散る。

 

『チッ邪魔が入ったか』

 

「咲夜さん……!」

「間一髪って感じね、あいつの攻撃まともに受けたらいくら貴方でもすぐにやられるわよ」

「はい、助かりました」

 

 すぐにムクリと立ち上がって怒りの矛先を再び西行妖へと向ける。

 

「……お前が苦しめた人全ての痛みを、恐怖をお前にも味あわせてやる」

 

 頭の中で負の気持ちが響く。

 死ね、殺す、消えろ。

 

「……柊?」

「……幽々子さんから死ね……ぐぅ、消え、ろ……!」

『クックック難航しているようだな』

「んな訳── あるかよっ!!」

 

 

     ♢

 

 

「! ……レミリア、なんで柊が妖怪の力を発しているの? しかも貴女の性質と近い。…… どういう事?」

 

 遠い場所からでも伝わる妖気。霊夢にとっては違和感だった。性質的には柊の霊力に近いはずなのにレミリアの妖気も感じる。

 

「私の持つ吸血鬼の力を使って西行妖の妖気を吸い取ってるのよ」

「なっ……そんなことしたら……柊は……!」

「ええ、徐々に妖怪と化すでしょうね」

 

 すかさず霊夢はレミリアの首元を掴んだ。

 

「馬鹿ッ!! 何してるのよ!!」

「ちょっ霊夢!?」

「魔理沙、止めなくていいわ話すから」

 

 このままでは柊の身に何が起こるかも分からない。

 

「あの子が望んだからそうしたまで。殺すべきだと思ったんならこの異変を片付けてから、迷わず殺しなさい」

「!……そっ、そんなの……」

「……はぁ」

 

 レミリアは重々しいため息をついてから、言う。

 

「今のあいつは、そもそも妖怪よ」

「……え?」

 

 

 妖怪になるということは具体的に言うと、霊力の性質が妖力に変わったり、肉体の形状変化などがある。

 そして、今柊はその変化の狭間にある。

 

 

     ♢

 

 

「掴んだぞ……!」

『な、ぜ人間の分際で……そこまで動けるのだ……!』

 

 再び柊は西行妖、そして幽々子の手を握る事に成功していた。

 

『腹の傷すらも完治しおって……まさか人間でないのか貴様……!』

「ぐぬぬ……!」

 

 妖怪である西行妖の力を抑えつけて、柊は力を吸収する。

 

『何故……なぜ妖怪化せずに怨霊達を取り込める……!?』

 

 ニッと笑う柊。その口には異変が。

 

『……歯?』

 

 巨大な妖力を、柊は人魂ごと体に取り込んだ。

 

「ぉ、ぉおおおお……あっちちちち!! ……はぁ……はぁ」

『き、貴様まさか……まさかまさか……』

 

 そう、今の柊の体はただの人間のままではなく。

 

「吸血鬼なんだよ、今の俺」

 

 鋭い八重歯を見て、西行妖は少なからず柊に恐れを抱いた。

 

『なんという無茶を……!』

「腹が治ったし良いんだよ!」

 

 先ほど、生身の柊が数メートル吹き飛ばされてすぐ立ち上がったのも、西行妖の力を上回り拘束していたのも、吸血鬼の身体だったからだ。

 

「今の俺は……お前より強い!!」

 

 しかしこの状態での心残りがある。

 

 一つは、これでオーズになった時のこと。全く予想がつかないのだ。吸血鬼になった今でも変身は可能か。

 もうひとつは、暴走しないか。軽い状態とはいえ妖怪である以上、本能の部分が増している、もしかすると西行妖だけでなく周りにも被害を与えそうだ。

 

 

「だが、暴走してでもお前は止める!」

 

 今の状態が続けば自分は精神を汚染されて負ける。

 オーズになれば、毒を浄化できると踏んで彼は変身する。

 

 

 この時、怨霊達の精神汚濁を受け脳は既に暴走していたが、気付かないまま。──柊は、腰に現れた変身ベルトをスキャンした。

 

 

「変…………身!!」

 

 

 そのオーズは。

 

 

『……?』

「……ゥゥゥ……!」

 

 ──パープルアイに変化していた。

 

 

 

 

『……目が……紫色に……?』

「がぁ……ぁ……ぅう!」

『ふん! まさか……自我を失うとはな ……やはり人間は愚かだ!!』

 

 この異変に、遠くからいち早く気づいたのは、レミリアだった。

 

「ちぇ。暴走しちゃったみたいね。ま、流石に人間一人で背負える重さじゃないか……このままじゃ近くにいる咲夜と美鈴も危ないわ」

「どっどうするの!? 」

「と、兎に角行くぜ!!」

 

 こうしてられない、と一気にギアを上げ飛ばす霊夢と魔理沙。

 

「まち、……ああ、もう!」

 

 本来自分よりも速度が上である霊夢と魔理沙に、羽根をオーバーフローさせて追いつく。

 

「霊夢! 落ち着かなきゃ勝てる闘いも勝てないわよ!?」

「っ……分かってるわよ、そんな事……でも! 柊が危ないんでしょ!?」

 

 霊夢が焦る気持ちも分かる、だからこそレミリアは尚更冷静でなければならないのだ。

 自分が、清涼剤として機能しなければ──と。

 

「……もしかすると、負けかもね……!」

 

 

 

 

『ぬぅぅおおお!!!』

「ぅぅ……アァアアア!!!」

 

 互いに一撃一撃に殺意を込めて。顔面を撃ち抜く。

 そしてそれを皮切りに、闘いはヒートしていく。

 

「流石にこの規模の戦いに入る余地はなさそう……かしら」

 

 咲夜は機会を伺い、二人の戦いを見守る。

 

 オーズの顔面に蹴りが、西行妖の腹に拳が。

 攻撃を食らい、攻撃を下す度に、オーズの息が上がる。

 

 

「オ、ォォオオ!!」

『は、もう周りを見る事すら出来なくなったか!』

 

 オーズの目線の先には、大樹の西行妖と闘っている美鈴がいた。

 

「!! 柊さん!? どうしたんで──」

「美鈴! 避けて!!」

「がぁぁああ!!」

「ぐふっ!?」

 

 仲間から攻撃を受けるとは思わなかったのか、ガードもせずに腹に一撃攻撃を受けて吹き飛ぶ美鈴。

 

『ハッハッハ、いいぞいいぞ!』

 

「ァ、ァアァ……あ、!」

「柊さん……! この卑怯者ッ!!」

『何とでも言ってもらって構わんが、後ろも気を配れよ?』

 

 背後から鋭い蔦が迫る。察知した美鈴は柊を抱きしめて自分の脚を犠牲に蔦を防いだ。

 

「痛ッ……ど、どうしちゃったんですか柊さん!」

 

 美鈴の問いかけには、答えない。

 

「オァァァア!」

「ど、どうしよう……!」

「とりあえずそれは切る!!」

「あっ! ありがとうございます咲夜さん!」

 

 ナイフで鮮やかに美鈴を攻撃する蔦を捌く。

 

「私じゃ絶対押さえられないから、美鈴! 貴方が押さえておいて!」

「は、はい! うぅぐっぐ! 力、強いなぁ!!」

 

 力の限り暴れる柊。無理に戦い鎮静化を図れば返って危うい事態に陥る。今はただ、抑えるしかないのだ。

 

「……でも絶対見捨てませんから!!」

「ぅぅ、う……!」

「くそ……これじゃいいようにやられるばかりね」

 

 状況が悪化することもないが、好転することもない。

 

「……咲夜さん、あいつのところに行ってください」

「……美鈴?」

 

 美鈴は決して楽ではなさそうだ。それでもオーズを、柊を羽交い締めしながら、笑って。

 

「ぐっく……この人を守ること、それぐら、いは私一人でも出来ます! お願いします」

「……ええ、任せたわ」

「はい、任され……ました!!

 

 咲夜はその場から消える。

 

 それを狙ったかのように柊の抵抗、蔦の鋭い突きは激しさを増す。だがそれらが何回美鈴の身体を傷つけようと、美鈴は倒れなかった。

 

「ぐく……! 」

 

 美鈴は、必死に柊の身体を押さえ込む。ただ祈るように。

 

「ようやく……ようやく家族(みんな)で笑えるようになったのに、恩人をみすみす死なせはしません!!」

「よく言ったわ美鈴!」

「お、お嬢様ッ!?」

 

 容赦なく柊の顔面に蹴りを入れるお嬢様。もといレミリア。

 

「貴女は引き続きこの蔦の妨害をどうにかしなさい。アイツは私が助けるから」

「はいっ! で、ですが咲夜さん一人にあの化け物を押し付けてしまいましたよ!?」

「霊夢に任せてる。あっちは信じましょう」

 

 

     ♢

 

 

「ぅぅうぁぁあ……!」

 

 ──死ね、お前も、誰も彼も。

 

「全く。お前もまだまだだね。そんなに余裕がなかったか」

 

 ──殺す、兎に角殺す。もっと殺す。

 

「魔理沙と咲夜もそろそろ起きるだろうし、みんなで協力してあいつの退治するのが先じゃない? ほら、早く戻って来なさいよ」

 

 女が槍を携えて接近してくる。構わずオーズはトラクローを持って胴を狙って振りかざす。

 

「──! 無駄よッ!」

 

 上半身と下半身が裂けて蝙蝠に変化する。そのまま女は槍を振り回す。

 

「がぁぁっ!」

「私が避けれるって知ってるでしょ? お前。そんな事も分からない程熱くなってるのか?」

「ぅぁぁあ、……」

「……そう、分かったわ」

 

 再び、地面を辿々しく走り出し、トラクローを突き刺す。

 

「──苦しかったのね、貴方も」

 

 レミリアの心臓にトラクローが突き刺さる。

 

「……ぁ」

 

 一瞬我に帰る。そして、現状を理解して()()を失った。

 

「ぅ、が、ああ、あああああ!!!!」

 

 まだ内で暴れる怨霊たちに揺さぶられレミリアをぶん殴った。

 

 だがレミリアは何も伝えず首に齧り付き、血を吸い込む。

 

「ガァぁぁ!!」

「……んっ……ん」

 

 少しして、鎮静化した柊は座り込む。

 

「……あ、ぇ……?」

 

 直後、記憶が溢れ返る。

 

「す、すみません……お、おれ……!」

 

 レミリアの心臓を貫いた感覚、その瞬間に柊は一瞬正気を取り戻し、事実に気づいた時には変身が解けてしまっていた。不安定な精神状態では変身を維持できないというデメリットが、功を制したのだ。

 

「ゴホッ……、き、気にしなくていい。反省は後でしなさい。それと……ゥ……謝るなら……め、美鈴と咲夜に謝りなさい。あの子が貴方を庇ったんだから」

 

 なんて情けないことか。まさかオーズになった途端理性が効かなくなるなんて。

 

「浸透しきってしまった血以外は全て吸い取ったのだけど……今は大丈夫?」

「この状態ならなんとか……多分オーズになると俺の中にいる怨霊達の欲望まで強くなるから押さえ込めなくて歯止めが効かないんだと思います……」

 

 ──怨霊を浄化することも俺じゃ出来ない。……どうしよう。この状態であいつと闘うのはもう無理だ。

 

「ま、また俺に血を分けてくれませんか?」

「ダメよ、これ以上与えたら怨霊云々の前に貴方の肉体がもたない」

「そんな……」

「……先に行くわね。それと、危ないかどうか。自分がどうするかは自分で判断しなさい。それで来なくたって貴方を軽蔑したりはしない。たとえ何が起こっても私は貴方を助ける。クソ婆からも守れるだけ守ってみせるわ」

 

 無常にもレミリアは、それだけ言い残してパタパタと羽を広げて行ってしまった。

 

「レミリア……さん」

 

 過剰出血、怨霊の精神汚染、欲望の肥大化。

 そして、身体の操作不能感。全てが不安を駆り立てる。

 

「……どう……しよう」

 

 柊はこの最終局面にして、気の迷いを起こしていた。

 

 

     ♢

 

 

「あんた、絶対に許さないからね。悪いけど祓わせてもらう」

「……左に同じく」

「左に同じだぜ」

 

『人間三人か、ふん』

 

 西行妖の妖力が冥界そのものを包み込んだ。

 

「ははっとんでもねえな!!」

「……! ……柊が力奪ってもまだこんなに……」

 

 

『これでも妖怪の賢者に随分減らされた、そしてあの小僧も……絶対に殺してやる』

「だからさせないって……言ってんでしょうが!!」

 

 封魔針が西行妖の身体を撃ち抜く。

 

「っお、霊夢無茶苦茶だな、あれ人間だろ!?」

「そんなの気にしてたら即殺されるわよ!! 手加減の余地はないっての!!」

 

『──ああ、よく分かっているな』

 

 空間一体を、西行妖の弾幕が覆う。

 

「んだよこれ! 一気にこんだけ撃ちやがって!!」

 

 魔理沙のレーザー弾幕で相殺する。

 

「これだけの規模の弾幕を撃っておいてなんともなさそうね。私のナイフなんて微塵も効かなそう」

「あいつに攻撃を当てたいならあの御神木の方を狙いなさい。あっちが本体だから」

 

『──!!』

 

「紫……!」

「今は質問は後、とにかく魔理沙の火力であの木を削り続けなさい、本当にやばそうだったら私が助ける」

「お、おう!!」

「それでも危なかったら私の能力も使うわ」

 

 この場において紫と咲夜の能力は頼もしい。確実に有効である。

 

「魔符『スターダストレヴァリエ』!!」

 

 魔理沙は守りを捨てひたすら冥界の奥に見える巨大な樹に弾幕を放ち続ける。

 

『……邪魔だ』

 

 腕を組み、地に根差す樹体から弾幕を展開し魔理沙の元へと放つ。

 

「させない」

 

 紫のスキマが弾幕を彼方へと飛ばす。

 

「さっきまでならフェイントを入れてきたでしょうに、焦ってるのかしら」

 

『戯言を……』

 

 西行妖は地を蹴り接近する。

 

「させない!!」

 

 霊夢もそれに応じ戦闘を開始する。

 

「ぐっ!!」

 

 一撃一撃が致命傷となりうる西行妖。対して攻撃事態の影響が薄い霊夢は明らかに部が悪い。

 

「あっ!」

 

 腕を弾かれ一瞬の隙が出来る。

 

『貰った……チッ』

 

 スキマによる援護を含めても必殺の一撃だった筈だが。攻撃がズレてしまう。

 

「助かった! 咲夜!」

「私のスキマも通じないから、貴方の力は本当に助かるわ」

「気にしないで。先は遠いけどこのまま続けていけばなんとかなりそうよ」

 

『下らん憶測で物を測ってからに……』

 

 だが現状では確実に西行妖に不利な場面となっている。このまま現状を維持し続けられるならば祓えるその瞬間は来るだろう。

 

 

『……一筋縄ではいかん。という訳か。いいだろう』

 

「……?」

 

 幽々子の身体が、突然。機能を失った様に地べたへと墜落した。

 

「!?」

『──フ』

 

 その声は。自分を包む空気から、気体から、妖力から、響いた。

 

『……いいかげん、余所の身体で生きるのは窮屈であった。なので──』

 

 次に聞こえた声は、後ろの西行妖の亡骸から。

 

『余も、全力を出せる身体を作ろう』

 

 ただの木が

 姿形を変え、人型に具現化し、──顕現する。

 

 



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15話 弱者とレミリアとグングニル

顕現した西行妖はウルトラマンオーブのジャグラスジャグラーみたいな容姿です


「この力も考えものよね……『人を死に誘う』なんて物騒なものが何故私に……」

 

──これは、以前の記憶か。西行寺幽々子の身体を乗っ取る際に得た記憶。恐らく幽霊になる前の。

 

「それはこの木と何らかの関連性があったのではないかとつくづく思いますよ」

「……この木が生気を奪うって言う噂? そんなこと、あるわけないわ」

 

 

 そしてまた、幾ばくか時が経った。

 

 記憶で見えるのは、土に埋め込んだ亡骸。それは忘れる事もない顔、見慣れた顔の少女。

 傍らに居るヒトは涙を流している。

 

 ──……何故だ。何故泣く。

 

 

 そしてまた幾ばくかの時が流れていき。

 

 ──その時は来た。

 余の目の前に不意に現れた妖の女。

 

「西行 妖、貴女の力、生気を奪う能力はきっと欲望を奪うことも出来る…だから利用させて貰うわね」

 

 

 ♢

 

 

「利用していたのは…余の方だったがな」

 

 満足気な西行妖が放った莫大な妖気。

 

 それは、何者にも劣らぬ無邪気な殺意。

 

「…あの幽霊の体から離れたら、もう後ろ盾は何もないわよ。どうする気」

「まずはあの女からだ」

 

 人間のような身体の作りで、サイズも紫とほとんど変わらない。ただの妖怪となった西行妖は声を発した。

 

「あの女の体では上手く扱えなかった本体も、今では手を取るように動かせる。怨霊ともどもな」

「──魔理沙!!」

 

 地面に蔓延る蔦が集まり、魔理沙とその他の者達を分断させるように、壁となった。

 

「夢想封印!」

 

 霊夢の霊力を込めた弾幕でも、その壁を破壊し切ることはなかった。

 

「くっ……! 紫! スキマで私をあっちへ送って!」

「無理よ」

「はぁ!?」

 

 紫は冷静に、かつ残酷な事実を述べる。

 

「私が展開するスキマの位置はあいつにバレてる。あっちに霊夢を送った瞬間にその位置に罠を仕掛けられるのが関の山ですわ」

「だからって……!」

「それに奴の言った通り本体、あの神木そのものも危険だわ。おそらく借り物の身体だったから本領を発揮出来なかったんだと思うけど……」

 

 今この場で、人型となった西行妖と対峙している三人とでは力の差はほぼない。つまり逆に言えば一人欠けると途端に均衡が崩れるということだ。

 

「だからって……厄介になったあの木を一人で相手してる魔理沙を放って置けないでしょ!?」

「……いや、問題ないわ。あっちにも何人かいるみたいよ」

「え?」

 

 紫は察知した気配から人物を辿る。

 

「……紅霧異変の時のメンツのようね。助けに来ているようだわ」

「ああ、レミリアね! そうだったわナイスよ!!」

「美鈴もそうね。あのでっかい木を妨害してくれていますわ」

「その二人と魔理沙が何とかしてくれている事に賭けましょう。私達だって決して楽な闘いではないのだから」

 

 三人は西行妖の攻撃の出方を伺う。

 

 

「そんなボロボロの身体で……本気で余に敵うと思っているとはなぁ!」

「ちっ……!!」

 

 霊夢は幾重もの結界を西行妖の前方に貼り続ける。だが、西行妖はそれを手で軽く破り捨てた。

 

「鏖殺だ……!!」

「やれるもんならぁ……やってみなさいよ!!」

 

 お祓い棒に霊夢の霊力を覆った渾身の一振り。それを西行妖は妖怪の身でありながら、軽々と受ける。

 

「貴様ごときの力が通用するとでも?」

「しないとでも……思ってるのかしら!!」

 

 直後、西行妖が異変に気づく。

 

 

「霊夢、屈みなさい」

「時符『パーフェクトスクウェア』」

 

 屈む体勢を取るとスキマが現れ霊夢を逃し、西行妖を二人の弾幕が襲う。

 

「……ふん」

 

 一気に西行妖が力を解放し、周りの弾幕はオーラにより消し飛ぶ。

 

「……チッ」

「う……」

「怖気付いたか?」

 

 地面が震えると錯覚するほどの体の震え。明らかに自分よりも格上だ。それでも怖気付くことは許されない。

 

 

「バカ言ってんじゃないっての! 夢想封印!」

「……結界術の応用か」

 

 西行妖は己を取り巻く弾幕の波を全て身体で受け切る。

 

「……こんなものか。封印も何もあったものじゃないな」

「く……!」

 

「今度はこちらの番だな」

「いいえ、まだよ」

 

 頭上から落下する列車。紫は攻撃を間髪入れずに叩き込むことで西行妖に一切の攻撃を許さない気だ。

 

「幻符『インディスクリミネイト』」

 

 咲夜もさらに攻撃を加え、西行妖を止め続けている。

 

 

 先に言ってしまえばこの攻撃は有効だ。西行妖には攻撃が効かないのではない。効いているが力が莫大過ぎるが故に霧散させているという手応えがまるでないだけだ。

 

 したがって、西行妖は攻撃を受ければ確かにダメージを受け動きを止められるのだ。

 

「ほら霊夢、貴方も続けなさい」

「う……うん!」

 

 ただし。

 

「きゃっ!!」

 

 ──自身がエネルギーを放出すれば別の話だが。

 

「……雑魚どもめ、抵抗なんぞしてから」

「なっ!?」

 

 己の前方に結界を張り攻撃を防ぐ霊夢だったが、西行妖はそれをたやすく打ち破る。そしてさらに結界を張り直す、という動作の繰り返しが行われていたが。

 

 

「そろそろお前もおしまいだな…」

「はぁ……はぁ」

 

 結界を逐一張り直すことと、拳を打ち直すこと。どちらの消耗が激しいかは、語るまでもないだろう。

 

「まだ…まだぁ! 夢想封印ッ!」

「……意味のない事をするのだな」

 

 結界を張り、攻撃は防いだ上で、スペルによる攻撃を行う。そして全ての光弾は西行妖に直撃している。なのに、奴は霊夢の元へ着実に歩みを進めていく。

 

「もうっ……!」

「霊夢前に出過ぎよ!」

 

 苛立ちと焦りにより、他の者より一歩前に出過ぎていたことに、紫が攻撃を受けてから気づく。

 

 

「紫っ!!」

 

「貴様には散々妨害されたがようやく仕留める機会が来たわけだ」

 

 腹部を貫くその腕は紫の肉体の中で分裂し毒の棘となって残る。

 

「ぁ……なぁ……!」

「余が対策してなおここまで闘った貴様は間違いなくこの場の誰よりも厄介だった。じゃあな」

 

 風切り音が鳴るとともに紫はその場から消える。

 

「驕りが見えた。ほかの者に頼らずに闘えるという自尊心が。あの賢者はプライドがあっては勝てないことを分かっていたようだがな」

「うっさい!

 

(お札も封魔針も使い果たしてる……これは……)

 

「はぁはぁ……仕方ないけど、もう……」

「む? 増援か」

 

 霊夢の背後に視線をやる西行妖、そしてその言葉に霊夢は後ろを振り向いた。

 

「え?」

「霊夢、諦めるにはまだ早いわよ。まだ武器残ってるでしょ」

「レ、レミリア…!あ、あんたは! 黙っててよ!」

 

 レミリアは疲れ果てた霊夢の肩を上げる。

 

「……よもや、この私が妖怪の手を借りることになるなんて……」

「言ってる場合じゃないからねえ。人間の中でも上澄みの貴方がここまで疲弊してるなんて、よっぽどね」

 

 そしてレミリアが、霊夢の一歩前へ出る。

 

「……私の家族に手をかけたんだ、私に殺される覚悟は出来てるんだろうな?」

「面白い冗談だ、是非とも、やってみて欲しいな」

 

 レミリアは、かつてないほどの怒りを持って、西行妖と対面する。

 

「……ふむ。確かに、貴様……ハッタリではなさそうだな」

「今更何を言ったって、手は抜かない」

「かかっ手を抜くだと!? この余を前にして!? 必要……ない!!」

 

西行妖はレミリアに突撃する。対してレミリアもグングニルを創造しつつ、西行妖へ刺し向ける。

 

「死になさい!!」

「どれ……味見と行くか」

 

 

 グングニルと西行妖の拳があたりを吹き飛ばすほどの衝撃を持ってぶつかる。

 

 その衝撃でグングニルは裂け、西行妖の拳には亀裂が生まれる。

 

「ちっ!!」

「──いい。いいぞ吸血鬼」

 

 両者とも距離を置く。

 

「互角か……」

「互角……ふふっ、本気で互角と思っているか?」

「──がっ!!?」

 

グングニルを持っていた方の右腕から亀裂が生じ、それは右半身を裂いた。

 

「……やるじゃない、この私のパワーを遥かに上回ってるなんて」

「ふ、お前もやるではないか、さっきのは本気の一撃だぞ」

 

 賞賛されたとはいえ西行妖は無傷、対してレミリアは右半身を消される程の威力差。

 

「あっそう、……ふふっ、私もよ」

「?」

 

レミリアはかなりの距離を離し、屋敷の屋根に登る。

 

「……? 今更距離を置いてどうこうできるとでも──」

「軒昂せよ、神槍・グングニル」

「──!!」

 

西行妖と離れた地点で唱えた詠唱。それはグングニルの複製の呪文だった。

 

「パワー比べしましょうか、西行妖とやら」

 

血管が浮き上がり音が鳴るほどの握力を持ってして、槍の口金に当たる部分を握りしめ、西行妖へと投擲する。

 

「いいだろう、そのレベルの速度避けることなど雑作もないわ」

 

拳を前に出し、弾幕を持って槍を砕かんとした西行妖のその言葉は、すぐに間違いだと、現実を持って知らされる。

 

 

「──遅いのね貴方」

「──!!?」

 

西行妖には容易に見えていた、今まさに己の眼前に迫っていたグングニルと呼ばれる槍。それは()()、自らの腹部に突き刺さっていた。

 

「な、にっ!?」

「再起し、常勝せよ。我が至高の槍よ」

 

さらに3つの魔法陣が展開され、レミリアが詠唱を終えた途端、グングニルが全ての魔法陣から現れる。

 

「貴方はとっくに私の掌の上にいる。これが貴方の定められた運命()よ」

 

3つもの槍を、レミリアは高速の手腕を持ってしてほぼ同時に射出する。

 

「またそれか……」

 

目で確実に追っているはずの槍、また同じだ。確実に自分には当たらないように、西行妖は大幅に横に逸れる。

 

「──がっ!!…… ちぃ!!」

 

しかし、その槍は突き刺さった。

 

「ならば──撃ち落とす!!」

 

西行妖は思考する。

 

あれの種は歴然だ。本来なら避けられるはずの槍を受けてしまう。それは途中から魔術を持って大幅に槍を加速させる、ないし瞬間移動させる詠唱を唱えることで可能となる。この距離からそれを封じる手はない。ならば。

 

「あの槍に細工させる前に、粉々に砕いてくれる!!」

 

巨大な弾幕が、二本の槍を彼方へと弾く。

 

「ハッ、これならばどうということばっ……!?」

 

なおも、二本の槍は西行妖の胸を確かに貫いた。

 

「──無駄よ、これが貴方の運命。避けることは決して出来ない。長久の槍」

「……フン、なるほどな」

 

 

西行妖は気がかりな発言を一つ思い浮かべた。

『パワー比べしましょうか、西行妖とやら』

 

──先程の発言を踏まえるならば。あの槍の細工は投げてからではなく、おそらく投げる前に。

 

「更なる珠槍が貴方の四肢をもがかんとしているわ」

「……フン、来るなら来い。どうせ避けられまい」

「──お望みどお、りッ!!!!」

 

レミリアの剛腕により投擲された槍、それを西行妖は。

 

「ハッ!!」

 

拳で砕く。

 

「!!」

「なるほど……分かったぞ」

 

グングニルの破片が、地面に消えていく。そして西行妖の拳にも、ヒビが。

 

 

「この現象、両者間での協約と言ったところか? 」

「……」

「大方貴様の能力絡みだろうが……貴様の提案に乗った以上、パワー比べとやらをしなければ懲罰を受けるというわけか」

「……がはっ!!」

 

西行妖が種を看破した直後、レミリアの身体から血が噴き出る。

 

「そして純粋な対決で負けた方は懲罰を受ける、と。なるほどな……面白い」

「……フフ、気付いたところで、貴方はどちらにせよ体力を消耗していかざるを得ない。貴方は私の攻撃を無傷で受けることは出来ないのだからね」

「そうだな。殊勝な女、吸血鬼よ。貴様も存外厄介な奴だ」

「それはどうも」

「では、死合を再開するとするか。おそらくは、こちらから始めても協約の効果は発揮するだろうからな」

「……!!」

 

残忍な笑顔で只管に楽しそうな笑みを、西行妖は浮かべた。

 

「負けることを前提に……より消耗させる択を、か」

 

西行妖は石畳を抉り出し、形を整えていく。

 

「……クックックそんな闘い方しか出来ないから貴様らは弱者というんだ」

 

 

 

 ♢

 

 

 

──数分後。

 

 

「……レミリア、あんた、大丈夫なんでしょうね」

 

──私がやるから結界だけよろしくって言って中に籠ったっきり……。

 

「……何の策があるってのよ」

 

 不安に思ってからすぐに、結界に異変が生じた。

 

「……破壊される!!」

 

結界に綻びが生じ、中からはボロボロになったレミリアと、余裕綽々といった様子の西行妖が現れた。

 

「レミリア!!」

「……ぁ、霊夢……!」

 

大急ぎでレミリアの身体を抱き抱えながら、地上に降りる霊夢。

 

「西行妖……あんた、本当に……」

「まさかあそこからここまで粘られるとはな。やはり大した女だ。上位種なだけはある」

 

レミリアと西行妖。両者ともに血塗れだった。それがどんなに激しい闘いを繰り返していたのか霊夢には想像もつかなかった。

 

「……ぃったぁい、……ったく、やばくなる前に結界を破壊したわ、ごめんね霊夢。けどまだ諦めるには早いわよ」

 

 身体をコキコキと鳴らし、気楽そうに振る舞うが、霊夢からみてもレミリアの疲弊しきった姿はみていて痛々しいものがあった。

 

「……」

「どうしたの? そんな悔しそうな目を浮かべて。博麗の巫女らしからぬ」

「レミリア……やっぱり貴女がいても…勝ち目なんて…」

「……ふぅ。諦めるには早いって言ってるじゃないか。まだ、全てを使い果たしたわけじゃない」

 

 ──でも、私達がこれだけ意気消沈しても相手はピンピンしている。

 

「お前より弱い子が諦めていないのにお前は諦めるのか? 後ろを見てみろ」

「え?」

 

 後ろを振り返ると柊がいた。それも変身していない状態で。

 

「今度は霊力、吸ってないけど、ヘトヘトみたいだな、霊夢」

「……貴方…今の貴方からはもう…妖気を感じないわ」

「ああ、暴走しかけたからな、レミリアさんに血吸ってもらって最大限に薄めて貰った」

 

 なら今の柊は、ただの人間同然ではないか。

 

「危ないから早く逃げて…なんであんたも止めなかったのよ!? こいつが来ても犬死にするだけじゃない!」

「どうせここでどうにかしなきゃ殺されるし、良いだろ。それに確かめたい事がある」

 

 手を西行妖へかざす柊。

 

「……? 何をしている?」

「もう辞めにしないか? 俺達がこれ以上闘い合う必要なんて無い」

「……正気か」

 

 何を考えたか、柊は停戦を提案した。

 

「……その感じじゃ無理そうか」

「当たり前だ。余にとって貴様らは不快分子。だから取り除く、それだけだ。これは理性うんぬんではなく本能ゆえ引く気はない」

 

 西行妖の呟きを聞きながら、柊はひたすら睨む。

 

「柊。もうそいつをどうにかするなんて無理よ。こいつは祓うしかないの……! 分かったらそこ退いて!」

「……紫さんが操ってたと思ってたから闘ってた。そして幽々子さんに乗り移って闘ったから祓おうとした。けど今のお前自身と闘う理由は俺にはない」

「知らん。どうしても闘いたくないのなら今すぐ貴様の仲間を殺して自死するがいい」

「……しょうがない」

 

 右手にベルトを持って、戦闘態勢に入る柊。

 

「お前はどんな時も邪気の籠った感情を持ってる。喜怒哀楽どれにも悪意が詰まってる。自分で気づいてるか?」

「……?」

「おかしいとは思ってたんだ。ただ、操られた事に対して怒ってたこと、そして俺たちが不快だってだけでどうしてここまで強くなれたのか。どうしてそんな悪意ある欲望を保ち続けていられたのか」

 

柊は、静かに、しかし確証を持って言う。

 

「もうとっくに怨霊に精神汚染されてるんだろ。そりゃそうだ俺が想像もつかない数の怨霊を数ヶ月も身体に纏っちまってるんだから」

「怨霊に……?」

 

 霊夢の問いに柊が指を立てて説明する。

 

「いいか? あいつは自分の力を蓄える為に怨霊も取り込んじまった。でも怨霊って少し掻き集めてもやばい代物なんだよ。ほんのちょっとでも怨霊に影響を受けたらそれだけで精神は安定しなくなるくらいだからな事実俺もそうだった」

「え!? だ、大丈夫なの……?」

「俺に関してはオーズに変身して欲望を肥大化させなければ抑えが効く。でもあいつは違うだろ? この冥界の怨霊を全て取り込んでる。それに加えて欲望を肥大化させる、なんて能力(モン)まで勝手に植え付けられて……そんなのヤバいに決まってるだろ」

 

 霊夢は話を聞く中で一つ疑問を生じた。

 

「勝手に植え付けられてって、そんな話どこで……」

「紫さんに聞いた」

「……あいつに?

「詳しい話は全部終わってから紫さん本人に聞いてくれ」

 

 

 怨霊を取り込んでなお平気だなんてどうやら柊は相当善性だったらしい。だが、そんな柊ですら数分間で汚染の影響を受け始めたのだ。その数十倍の量の怨霊を取り込んでいた西行妖が汚染され尽くすのは道理だ。

 

「それに俺の身体に入ってるやつと共鳴してるから分かるんだよ。お前が今やばい段階まで侵食されてるって事はな。あの時助けてって聞こえた声。あれは()()だろ」

 

 西行妖が眼を見開く。

 

「何を…言ってる?」

「いいよ別に答えなくて。今のお前が根っこから俺たち人間を殺したくて仕方ないってのは分かったから。でも聞こえたんだお前の奥底に眠る魂から、助けを求める声が」

 

メダルを握り、柊は西行妖に告げる。

 

「俺が闘う理由は、それで十分だ」

 

レミリアは、それを聞き笑い。霊夢は少し複雑そうな顔をした。

 

「それじゃバックアップ頼んでいいか? 二人とも」

「勿論よ。私達に任せときなさい、ね? 霊夢」

「え? いや、私が──」

「頼む、霊夢。俺にやらせてくれ」

 

柊の透き通る眼に、霊夢は飲み込むしかなかった。

 

──……頼みます紫さん。

 

 

 

 

 ♢

 

 

 

 

 ほんの少し前。レミリアが柊の元を散ってから。

 

 

「……どうしよう」

 

 

レミリアに選択を委ねられた柊は戸惑っていた。

 

自分は闘いに赴くべきかどうか。それとも……否か。

 

「正直……もう戦える力はからっきし残っちゃいない。まして変身も許されないなんて……」

 

──多分、近くにいたら皆んなの邪魔になる。だったらいっそ……。

 

離れてみんなを信じよう、柊がそう考えた瞬間に。柊の頭にノイズが走る。

 

「が……!?」

 

 

『利用していたのは…余の方だったがな』

──『誰か』

 

「これ……幽々子さんの時みたいに……! ぃっつ……」

 

頭痛に頭を押さえながら、確かに聞こえてくる声を聞く。

 

 

『お前が余を?』

──『助けて』

 

「……え?」

 

──西行妖……なのか?、お前……助けてって……言ったのか?

──『……』

 

 

 柊は、繋がっている相手に尋ねた。

 

──なぁ、助けて欲しいのか!?

 

それからは、一切の反応がなく、頭痛も止んでいた。

 

「……そう、か」

 

そして、柊は気づく。

 

「俺ですら……こんな状態なのに西行妖は俺より遥かに多くの怨霊を取り込んでるんだ」

 

そう、それで何も起こらないはずがない。

 

「……だったらやっぱりさっきの声は」

 

 ──西行妖の中に入ってる誰かの声って、ことだよな……?

 

 

 疑問に思ってるばかりでもいられない。確かめに行かなければ。

 

「ちょ、ちょっと……ゴホッ…待って…!」

「ゆ、紫さん! 大丈夫ですか!?」

 

 身体中穴だらけの紫。当然顔色も悪かった。

 

「大丈夫、今は……妖力を治癒に回していないだけ。それよりも……」

 

最初の敵意はもはや見えず、紫は柊の前に頭を垂れた。

 

「……御免なさい」

「……もう大丈夫」

「……」

 

幻想郷の賢者が一人間に頭を垂れる。見る者が見れば幻想郷をも揺るがす行動ではあるが。

 

「……教えてください、俺を殺そうとした理由も、全部」

「……ええ」

 

そして全ての話を聞いた上で、柊は顔を歪ませた。

 

「……そっか」

「……他に完璧に処理をする方法は思いつかなかった。……情けない話よね」

 

柊は一瞬口籠ると、紫に言った。

 

「俺、この闘いで生き延びたらどこか幻想郷じゃない遠くに追いやってもらってもいいですよ」

「……え?」

「……あいつとの戦いで、幻想郷の人達を困らせて、傷つけた原因は俺だったって分かったから」

「……」

「まぁ、西行妖はもう紫さんに従う気もなさそうだから完全に俺の存在を消すことは出来ないだろうけど……けど俺がずっと幻想郷にいるよりマシだと思う。一番最善な方法を取ってください」

 

紫は思いがけない言葉に、問うた。

 

「ど、どうして……」

「外でも迷惑かけた俺が生き返ってまで他人を困らせる気はないからです。せっかく貰った二回目の人生ですけど、これ以上周りに迷惑をかけるだけならまだしも……危険な目に遭わせるのは俺も嫌だ」

 

其の目に輝きは、なく。既に答えを見つけているのか。

 

「……さっきまで、話を聞くまでは、理不尽な死だと思ってたから怒ってた。でも違う。紫さんが俺を殺そうとした事にも理由がある。俺が生きたいと願う理不尽さを覆すに値する正当な理由が」

 

紫の目を真っ直ぐに見つめて、柊は言った。

 

「だから……解決出来ることなら解決して、そのあと……紫さんが俺の死を望んでるなら、俺死ぬよ」

 

何の感情の振れ幅もなく、述べる。

 

「……だから、その前にあれを止める手伝いだけは、お願いします」

 

「……うん」

 

 紫は、この場で柊の頼みを否定せずにいた。

 

「私に考えがある……聞いて」

「はい」

「あいつが怨霊に冒されてしまっているのは多分間違ってないと思うの。なら無策で挑んでもしょうがない」

「……何か、あるんですね?」

「ええ」

 

──作戦はその場で確かめてから考えようと思ってたから、何か案があるなら暁光だ。

 

「貴方にはオーズの力がある。それを使いましょう」

「……いや……それは無理です。俺が変身した時は怨霊達の力を返って増長させちゃって……あれのせいで綱引きもクソも……」

「今回するのは綱引きではないわ」

「……え?」

 

 紫は、その先を言うのを躊躇っている。

 

「……あの、時間もないので」

「貴方と奴は力を共有できる訳でしょ……えっと、だったら……怨霊だけを奪うことも、貴方の力を使えば、出来る。」

「……なるほど。綱引きで力を引き抜くんじゃなくて怨霊だけを……そして引き抜けたら俺の時みたく怨霊が暴走して表に出てくる。その間に俺が全部怨霊を取り込めば良いんだな……けど狙って怨霊を取り込むなんて出来ないから紫さんが調整する……ってこと?」

「え、ええ」

 

 つまり、紫は柊が全てを請け負え、と言っているのだ。

 

「……」

 

「うん、調整は任せた、ありがとう紫さん」

「……その、何とも思わないの? どうして…怒らないの?」

 

賢者としては愚か、人としては当然の質問。全ての責任を、痛みを何故、こうも軽々しく了承してしまうのか。

 

「今やれる事がそれしかないから、早く行ってみんなを助けなきゃ。皆んなを傷つけたのは俺なんだから」

 

 

     ♢

 

 

 

 

「よし、行くか」

「!」

 

 西行妖の身体から大量の鋭い蔦が現れる。しかしその動きは最初よりも明らかに衰えていた。

 

「無駄だ、西行妖。……俺もお前も、もう疲れただろ」

 

 

 レミリアのグングニルが柊を襲わんと迫る蔦全てを弾く。

 

「死ね!」

 

石畳から蔦が飛び出し柊を襲おうとするが、柊を覆う霊夢の結界がそれを許さない。

 

「ちっ!」

 

西行妖が、足に渾身の力を貯める。そして一気に後退するつもりだろう。それは最善策だ。ここで大きく距離を広げ長時間逃げ続ければ、恐らく柊が先に失血で死ぬ。そうなればきっともうチャンスは来ない。

 

「させるか!!」

「この……!」

 

霊夢は、さらにもう一枚、柊と西行妖を中心とした小さな円形の結界を霊夢が張る。そして、この結界は。

 

「!? なんだこれは……」

 

「霊が逃げられないように、特注の術式が張ってあるわよ!」

 

ただ封じ込める為だけの札。複雑な術式を込めず、一点のみの効果を付与した結界だ。だが結界とは効力を一点に絞れば絞るだけ、効力そのものも増す。それゆえに剥がすのはそれなりの時間がかかる。

 

 

「……助かった」

「ぐっくそ!!」

 

 柊は西行妖の手を掴むことに成功した。

 

 

「……!」

「うおぉぉぉ!!」

 

 柊は己の身体から力が抜けていくのを確かに感じた。これは以前見えた時と同じだ。力を奪い合う綱引き。

 

 

そう、柊が吸収出来るのだから、西行妖も当然出来るのだ。

 

「……来た……!!」

 

──紫さん、頼む……!!

──『……けて』

「!!」

 

 

 

「……柊!」

「策は本当にあるんでしょうね!?」

「……レミリアさん……霊夢」

 

 柊は二人をただ、見つめた。

 

霊夢とレミリアにはそれが、なにかを惜しむ様にも見えた。

 

 

「……柊?」

 

 最後の一瞥をし、柊は西行妖だけを見つめ直す。

 

「……ここまで来て、負けられないもんな」

「ぬぬぬ……!」

 

 疲弊しきって傷だらけ、それでも今の柊には、身体中ズタボロとは思えないほどの膂力が備わっていた。ただ──仲間を傷つけた罪を清算させるという願いの為だけに。

 

 

「ぁぁああ!!」

「! クッソ!!」

 

 西行妖は今ある分の妖力を解き放ち、柊は結界の端、約3メートル程吹き飛ばされる。

 

「ぁ、ぁぁ! ……ぅぁぁあ……!」

「!? 西行妖の様子がおかしいわ……」

 

 それは、柊の持つ三つのコアメダル。己の力、欲望を増殖させる性質を持つ自らの能力、それら全てを込めてもらったコアメダル。そして西行妖に吹き飛ばされる直前。それを刹那の時間で西行妖の体に押し当てて、欲望を増幅させた。

 

「出たな……怨霊……!」

 

 柊と西行妖の綱引きにより表面化した巨大な欲望に釣られ、そして柊のちっぽけな一撃で顕現した。

 間違いない。柊の体にある力を、欲望を呼ぶこの嫌なオーラ。

 

 

 数多の協力あって西行妖を攻撃し続けた結果。ついに身体の主導権が西行妖から怨霊達にすり替わってしまった。

 

 だが手を離す刹那再び聞こえた声。

 

 

『……けて』

『助……けて』

 

 今度は幻聴でも何でもない。確かに彼に、柊に向けられた言葉だ。

 

「……ああ、ああ、助けるさ。それで全部……ちゃんと向き合うよ」

 

 血は先程よりも垂れ、力も徐々に失われていく。また近づくには、先程以上の労力を要する事になるが。たかが3メートル弱だ。それに、西行妖は結界から逃げられない。

 

「……?」

 

 柊は、二人が苦虫を噛んだ様な顔で自らを見つめていることに気づいた。

 

「どうした?」

 

「もう……霊力が……ごめんなさい」

 

 パシュン。と音を立てて結界は崩れ去ってしまう。そして、霊夢は一言、柊に投げかける。

 

「後は魔理沙か咲夜にやってもらうしか……」

「……そうか。なら二人は離れて休んでいてくれ、ありがとな、ここまで一緒に闘ってくれて」

 

更に霊夢は頬に流れる一筋の汗を払いのけ、言う。

 

「……柊は知らないかもしれないけどね。怨霊が取り憑かれたまま時が経てば…そいつも怨霊になってしまうの。それに……」

 

 ──それは、貴方も例外じゃない。

 

「……ああ、分かってる。怨霊になったらどうしようもないんだろ? でも、まだあいつ自身は怨霊じゃないあいつの魂は確かに、まだ奥に残ってる」

 

 

吐血しながら、それでも柊は希望に縋った。それを見たレミリアは、もう耐えられなかった。

 

「……ごめん、柊。私は……やる! 手遅れになる前に!」

「!……まっ」

「……ダメよ」

 

柊が咄嗟にレミリアを止めようとしたところを、霊夢が抑えた。

 

「……霊、夢」

 

 

「こ、の……喰らいなさい! これで文字通り私の妖力はすっからかんよ!!」

 

 レミリアが今持てる力の全てで投擲したグングニル。しかし、西行妖を包む怨霊達の妖気を少し浄化するだけで、すぐに霧散してしまった。今のレミリアには、もう怨霊を祓えるだけの力は残されてはいないのだ。

 

「ああ、もう厄介ね!……でも手応えはあったわ……あとは咲夜か魔理沙が来てくれれば……」

「ぉお、ぉぁああ……!」

 

 確かに西行妖は苦しんでいる。それが怨霊によるものか、グングニルによるものかは分からないけど。

 

「待ってくれ……レミ、リアさん」

「……ごめんね」

 

そういうとレミリアは西行妖を蹴りで吹き飛ばした。そして二人は遠くへ行ってしまう。

 

「く……そ」

 

吐血は止まらない。とうとう時間も限られてきたのだ。

 

「柊、もう諦めるしかないわ。急いで止血するから、しゃがんで」

「 ……助けるんだ……約束したんだ……」

「助ける助けるって……いい加減にして!! ただの木じゃない!」

「でも声がした! 俺に向けて!」

「これ以上無茶されたら貴方を守り切れなくなる! 怪我だって軽くないのに!!」

 

ボロボロの身体、武器はお祓い棒だけ。これで西行妖に接近する柊を助けるにはあまりに心許ない。そう考えながら柊の身体の穴一つ一つを、自らの服を破り、布で塞いでいく。

 

「もう……守ってくれなくていい…霊夢は魔理沙達の所に戻れ」

「なんでよ……あんた、一人で……こんな無茶ばっかりしたら、あんた本当に死んじゃうのよ!?」

「……元から、そのつもりで来たんだ」

「……え?」

 

霊夢の頭に手を下ろし、柊は笑った。

 

「皆んなが怪我したのも、あいつがあんな目にあったのも、元を辿れば俺が幻想郷にきた所為だ。だったら、俺は少しでも皆んなに贖いたい。……治療は、ありがとうな」

「あんたの所為な訳……ない、だって、あんたは何も……!」

 

霊夢の口を、柊は手で押さえて、申し訳なさそうに言った。

 

「そこら辺も出来れば詳しく聞きたかったけど……俺はそれが本当だって知っちゃったから。……だったら俺は死んで良い」

「良い訳ないでしょ!」

 

我を忘れ、霊夢が柊の首元を締めようとするが、それより先に柊は霊夢を払い除けた。

 

「!」

「……ごめんな、霊夢」

 

霊夢はそれを聞いて無意識に下唇を噛んだ。

 

「 俺はあいつの魂を助ける。あいつにとってここは帰る場所なんだ。けど俺は……そうじゃない俺に帰る場所なんてない。帰っていい場所なんてこの世界には存在しなかった」

 

 自分でもこんなこと言うのは卑怯だと、思いつつも霊夢はそれを口にした。

 

「慧音の前で、そんな事言えるの!?」

「──!」

 

 最低だと分かっていてもこれ以上の無茶をしてほしくなかった。その一心で、つい口にしてしまう。

 

「……もう言えなくなるな」

 

──でも、それでいいんだ。  

柊は己に語りかけた。

 

もう、こちらに戻ってはいけない。揺らいではならないのだ。

 

思う事すら烏滸がましい。沢山傷つけて、全部全部、俺が悪かったのに。今更。

 

 

 

(……皆んなともっと一緒に、いたかったな)

 

 

 

柊は勢いよく立ち上がる。そして、何度も何度も脳裏に呼び起こすは、仲間との記憶。

 

「……」

 

きっと皆からしたら他愛もなく、くだらないような記憶もある。けれど。

 

「……楽しかったなぁ」

 

 彼にとっては、文字通り、自分の命なんかよりもよっぽど大切な──。

 

「……守らなきゃ、皆んなも……あいつも」

 

 

 

 

 ♢

 

 

 

 

霊夢には柊の気持ちは分からない。たかが木の妖怪の嘆き、声が聞こえただけで身投げをするなんて。馬鹿げてる。

 

「お願いだから、行かないで」

「……俺は恵まれてた」

 

本来なら何もなし得ず小さい子を殺したまま、自分も死んでる筈だったのに。吸血鬼の妹を救えて、怨霊達を、自分の身に収めて周りの被害を少なく出来る。そして幽々子や妖夢達の所有物も守れて死ぬならもう何も言う事はない。

 

「誰かの為に自分が死ぬことに……躊躇いなんてないんだ」

 

 理由も分からず攻撃されていた時とは違う。この自分こそがこの世界に害を成す存在だったと知ればもう、この世界にこそ死ねと言われたら大人しく従う他ない。いつしか彼にとって、幻想郷は、それほど大切な物へと変わっていた。

 

「何の為に慧音が……」

 

霊夢の消えそうな声。揺れる瞼。

 

 そして、今。柊の服の袖を握って、止めようとする震えた霊夢の手。重々しい呪いにも等しいソレを振り払って。

 

「……悪い、もう行く」

 

 覚悟を決めた瞬間、柊のズボンのポケットから輝きが灯る。

 

「!? は……」

 

 三枚のメダルが光りを発していたのだ。

 

「……」

 

 この力に、柊は再び確信を持つ。これなら、絶対に助けられる、と。

 

「行ってくる」

 

柊は立ち塞がる霊夢を追い抜いた。最後の力を振り絞って。

 

「……おねが、……ねぇ! 待ってよ!!」

 

 

 もう霊力も底をついた霊夢は、思わず瓦に足を踏み外して転んでしまう。

 

「って!」

 

──こんな事してる場合じゃない、早く助けに行かなきゃ。……なのに、足が上がらない。

 

「もう……こんな時に……!」

 

 霊夢だけが、今回の異変で一度も仲間への意識を解かなかった。他の者は多かれ少なかれその意識を解いたのに。だが、とっくに限界だった体がここで心より先に根を上げてしまった。

 

 

『悪い。もう行く』

 

 柊の言葉が思わず頭の中で反芻した。

 

霊夢にはそれが、ただの言葉通り、額面通りの意味には聞こえなかった。

 

──『自分を助けようとしてるのに、蔑ろにしてごめん。』

 

 そんな意図を、霊夢は感じて、尚更己を悔やむ。

 

 

──でも、私だって貴方を守ると約束したのに。ここで転んでるだけじゃダメだ。

 

「……ふぅ、お互いボロボロだな霊夢」

「……!?」

「立ちましょう。私達にもまだ出来る事はあるはずよ」

 

 

 

     ♢

 

 

 

「くそ……しつこいって言ってんで……しょうが!!」

「ぁぁあ……ぁ!」

 

 反撃が来ると思っていなかったレミリアは、硬直して西行妖の攻撃を避けれなかった。

 

「! クソ──身体が……がぁっ!!」

 

更に、怨霊に操られた西行妖の右手は触手のように鋭く尖りレミリアの元へ。

 

「レミリアさん!!」

 

 だが、それがレミリアの心臓へ届くことはなく。 

柊は、レミリアの前を遮り、西行妖の攻撃を甘んじて受け切った。

 

「……つ」

 

 腹を、蔦が貫通する。蔦にも、服にも、地べたにも、血は垂れ流し続け。

 

「……そ、んな……ごめ、……」

「大丈夫、それよりも…後は任せて……」

 

 己の傷を無視……するまでには至らないまでも、支障がないかの様に、彼は再び立ち上がる。

 

「……任せる……って」

 

 レミリアの目から見ても、彼はただの人だ。西行妖をどうにか出来るとは思えない。

 

 だが。

 

「信じてください……俺の最後の我儘です」

「──あ」

 

 最後。それが、彼にとってどれほどの重さか、レミリアが分からない筈がない。

 

 なにより、自分の妹を救った男だ。運命を強引に動かしてくれた張本人が、恩人がこう言うのだ。ならば。

 

「……失敗したら、私を呪いなさい。貴方を信じた私をね」

「失敗はしま、せ、ん……絶対に…あいつは救います」

 

 

 

 柊は振り向き直し、西行妖を見つめる。

 

「西行妖。ごめんな、助けるって約束したのにこんな弱っちくて。けど、今度こそ助けるから…!」

 

 掌に三つの輝くメダルを握る。

 

 この時、柊は無意識に柊自身の内に眠っていた霊力をメダルに灯すことに成功していた。

 

「……まだ救える!」



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16話 白楼剣と正しい心と壊れたベルト

「絶対に……助けるさ」

「柊その光……」

「……」

 

 口に広がる血の味に辟易する。しかし、そんなもの知らないかのように、柊は西行妖の元へ突っ走る。

 

「ァァァ、ギヤィィアアア!!」

 

 両者ともに最後の力を振り絞り合う。

 

 数えるのがバカらしくなるほどの蔦が柊の身に襲いかかる。

 

「させないっ!」

「──!」

 

 もう、妖力が残っていないレミリアは、自分の身体に蔦を刺して無理やり止めた。

 

「アグッ……もう助けられない、走って!」

 

 ここで気を散らせばレミリアが身体を張った意味がなくなる。柊は、ひたすら手に輝く三色の光を西行妖の元へと運び続ける。

 

 当然、西行妖の攻撃は続く。

 身体から数本の蔦が伸びて、柊の心臓目掛けて飛んだ。

 

「……! ぐ、ぅ!」

 

 咄嗟に身体をずらして、蔦を肩に刺した。

 

「ァァァァアア!!」

「ち、くしょう……! あと、少し、あと少しなのに……!!」

 

 かはっ、と血反吐を撒き散らしながら、肩に刺さる蔦を握り、引きちぎろうとするが、無理だった。

 

 蔦は柊の肩に固定され動くことが出来ない。

 

 ──く、そ。

 

 だが、柊の身体を蝕む蔦はレーザーによりかき消される事になる。

 

 

「柊! 援護するぜ!」

「……!」

 

(魔理沙! ……頼む!)

 

 

 柊は心の中で頷き、走り続ける。無我夢中で、残り30メートル程の距離を走って埋める。

 

「グゥウ!!」

「させっかよ!!」

 

 ここにきておぞましい量の蔦が、超広範囲で柊を襲いかかる。それはあまりの量で魔理沙のマスタースパークでも全てを消すのは不可能だった。

 

「わりぃ! 何本か止められなかったな! ここまでは私がなんとかするから頑張れよ!!」

 

 魔理沙は、柊に襲いかかる蔦をミニ八卦炉にエネルギーを溜めて自爆することで封殺した。

 

「! ……っ」

 

 それでもなお柊の元へと向かう鋭い蔦。それは柊の脳天目掛けて襲いかかる。柊は目を瞑って受けようとした蔦だが、それが刺さる事はなかった。

 

「ほら、行って。それは貴方にしか出来ないのでしょう?」

 

 鮮やかなナイフ捌きで、蔦を切り裂いていく。

 

 柊に迫る対応しきれない蔦は自らの体を犠牲にして止める。

 

「この程度を捌き切れないなんて……メイド失格ね」

 

 意識を失いながらも、瀟洒なメイドは二波を確かに止め切った。

 

 

「……!」

 

 

 綺麗な一本の道。たった数秒の猶予しかないが、通るには十分すぎるほどの猶予だ。

 

 

 ──残りはほんの少しだけ。後ちょっとだ。動け、動け。

 

 

 あと数歩、しかし眼前に巨大な蔦が石畳を破って壁のようにして現れる。魔理沙のマスタースパークでも、咲夜のナイフでも削り切れない。

 ただの人間一人なら容易に殺せるほどの蔦。

 

 お終いだ。と思ってはいけない、どれだけ恐ろしくても柊は走り続けた。

 

 

 

「……たっ!!」

 

 巨大な蔦が、柊に当たる寸でのところを、全身で受け止める美鈴。

 

「一回分、だけですが……守りま……」

 

 今のいままで西行妖の蔦を対処し続けていた美鈴はレミリアの気が減ったことを感知しこの場へ赴いた。そして現状を把握こそ出来なかったものの、最後まで

 人を守って意識をとざした。

 

 そして──。

 

「あと、ちょっと……!」

 

 ほんの数歩で済む。だのに、西行妖の意地か。決死の力を振り絞った蔦が柊を地面に叩きつけまいとする。

 

「!」

 

 

 ここまで来たのに。みんなが助けてくれたのに。最後の最後で俺の非力さがまいた種で、全て水の泡にしてしまうのか。

 

 泣きそうな心を必死に抑え、彼はただひた走る。

 

 

 ──そして。

 

「あんたがあいつと何話したのかは知らない。けど、それでも! あんたが紡いできた物は確かにあった!!」

 

 

 たった一本の武器、霊力はとうに尽き。残るは気力だけ。だがそれでも。

 

 博麗霊夢は、確かに、お祓い棒一つで柊の前に立ち塞がる蔦をなぎ払った。

 

「ほら、行きなさいよ……馬鹿」

 

 そう言って、霊夢は文字通り全てを使い切り倒れ伏す。

 

「……」

 

 ──ありがとう。

 

 後は走り切るだけだ。

 

「……ようやく、辿り着いた」

「ガッ……!!」

 

 ──……あとはベルトを……! 

 

 

 その隙に、怨霊が柊の身体へと侵入する。

 

「────」

 

 悲鳴すらあげられなかった。

 数々の思念、負の感情だけが頭に詰まっていく。

 ただ、周りの全てに憎しみを覚えてしまう。

 

「────」

 

 ニクイ、ニクイ、ニクイ。

 

「───あ」

 

 憎悪のせいで、細く鋭い蔦が己の身体めがけて飛んできていることに一瞬反応が遅れる。

 

「……っぁ!!」

 

 体に刺さる蔦。おそらく臓器を貫いているが関係ない。あと少しだけ体が持てば、それだけでいいのだから。彼が恐れていたことは一つだけ。

 

(脳に刺さらなくてよかった……!)

 

 しかも痛みで一瞬、我に帰る事が出来た。その一瞬で、ベルトを西行妖の腰へと当てる。

 

「……っ! よし!」

 

 残すは、西行妖に巻かれたベルトに装填されている3枚のメダルを自らの手でスキャンするだけ。

 

 ──だが。

 

 重い。そこに到達するための道のりが、あまりに。

 

 僅かな隙を突き、鋭い蔦が右腕を貫く。咄嗟の事で、スキャナーを手放してしまった。

 

「が、ぁ、ぎ!!」

 

 さらに腕を貫く蔦から通された西行妖の妖力が柊の身体を蝕む。

 

「っ、ぁ──!!」

 

 

 全身を稲妻のような速度で張り巡る妖力。おおよそ人が耐えられる代物ではないのに生きているのは、八雲 紫の手によるものだろう。

 だがもはや今の彼にはそこに掛ける思考すらない。ただひたすら、全身を、血管を、神経を、激痛が蝕んでいく。身体内部で激しい火花が幾重も生まれている。

 

「がっ!! ……ぁぁぁぁあああああああああ!!!!」

 

 右目が弾け飛ぶ。左腕は曲がってはいけない方に曲がり、両耳と口からは血が吹き出した。

 

「それが──どうした!!」

 

 左目があれば見える。右腕があればベルトは拾える。耳も口も今更必要ない。

 

 ただ、ただ、右手にベルトさえあれば。

 

 

「……あぁ……!」

「まだ……よ……」

 

 腕一本分ほどのスキマから、スキャナーを拾い上げる紫、再び柊の手にスキャナーを乗せて、握らせた。

 

「ゴホッ!! ……ま、かせたわ!」

 

「ぐ!」

 

 右腕に全ての力を集中させ。スキャナーをベルトにかざす。

 

「こ、の機会を──逃しは、しない!!」

 

 そして、スキャンする。

 

「────」

 

 ニクイニクイ……!!

 コロシタイ!! ハカイシタイ!! スベテユルセナイ!! 

 死ね死ね死ね死ね!! 

 

「────」

「ォォォォオォ、ぉあああああ!!」

 

 苦しそうな姿の西行妖から、怨霊が抜き出ていく。きっと紫が上手くやったのだろう。柊は、かすかに微笑んだ。

 

「がぁぁぁあああああ!!!!」

「──よかっ……た……! あとは全て取り込……む!!」

 

 このまもなく後に自分は死ぬ、多分ベルトも消えるだろう。だがこれでいい。これで、何もかもを助けられたわけじゃなくても、これが今の自分に出来た最善なのだと。

 

 

 

 そして、柊は願い通り方法はどうあれ、たしかに西行妖を救った。

 

 

 ──かのように、思えた。

 

 

「……え」

 

 紫は、咄嗟に理解が追いつかずに呟いた。

 

 

 

 柊の作戦には穴があった。

 既にボロボロの柊の力では怨霊を自分の身体に封じることすら出来ないのだ。

 

 紫が全ての怨霊を上手く呼び出せてももう柊にはそれを取り込む力がない。

 事実、柊はすでに意識を失い、膝を地面に落とし今にも倒れ込もうとしている。

 

 

「そ……んな」

 

 もう、スキマを展開することすらままならない紫は、思わず弱音を吐いた。

 

 

 溜まりに溜まった怨霊達の怒りは一箇所に集まり鋭い一撃となって今まさに柊目掛け向かおうとしている。

 

『殺してやる……ッ!!!!』

 

「……柊ッ!!!!」

 

 霊夢、魔理沙、咲夜、レミリア、美鈴はすでに意識を失っている。彼女らは紫の叫びに応えることは出来ない。

 

 ──それでも、彼女の叫びに応えたものは、居た。

 

 

 

 

 ──その剣の名は、白楼剣。

 その一振りは柊を蝕もうと企む怨霊を、容易に切り裂いた。

 

 

「この剣に──斬れぬものなどあまりない!!」

 

 魂魄妖夢の剣は、怨霊を斬る。だが、これでも有効打にはなり得ない。

 

『まだだ……!!』

「……くっ!!」

 

 まだ、怨霊そのものを祓う手にはなり得なかった。

 

 

 

 そして──。

 

「正しき場所へ還りなさい、魂たちよ」

『──!!』

 

 その名は、西行寺幽々子。

 ふわり、と。まるで天使のような立ち振る舞いで、霊を祓う。

 

 

『ぎゃぁぁぁ!!!!』

『ぅぁああああ!!!!』

『ぁ、ぁ、嫌だぁぁあああ!!!!』

 

「……」

 

 

 

 ♢

 

 

 

 数多の霊が雄叫びをあげる中で、西行妖(それ)は言った。

 

『まさか最後に貴様の手で詰まされるとはな……大した女だ』

「……貴方に取り憑く全ての霊を祓ったわ。……貴方の魂も。これで貴方は文字通り死ぬ。喜怒哀楽も何も、感じることもない。……最後だからと言って暴れても無意味よ」

『……それはそうだろう余は負けたのだ。ここまで負かされておいて今更みっともなく暴れる程余は愚かではないわ。……ふん、むしろ貴様らの顔を見て一々怒りを浮かべなくていいと思うと清々する』

「……あら? それは喜びかしら。貴方にもそういう感情があったのね」

『ああ、そうだな。……これが喜びと言うモノなのだろう』

 

 西行妖の魂は怨霊達から解き放たれた。

 

「怨霊に汚染なんてされてなくても、そんな風なのね、貴方」

『チッ……口の減らない女だ。こんなナリでも妖怪なのだから、当然だろう』

 

 どこか晴れたような風貌で、されど形作られた肉体と呼ぶべき樹体は綻び始めた。

 

「でもね、彼も言っていた様に貴方の魂が助けを求めていたこと、それは貴方に身体を奪われていた時、私にも常に聞こえていたわ」

『……!』

「だからこそ、今貴方はそんな顔をしているのでしょう」

 

 一瞬目を閉じて、滅びゆく身体で、彼は笑う。

 

『人間相手に助けを求めるなどと、妖怪も堕ちたものだ。これほどまでに無様をした妖怪もそうはいないだろうよ。……』

「そうかしら? 案外周りには同じような方々もいるものよ?」

『はっ、ここまで痛めつけておいてよくもまぁそんな皮肉が言えたものだ』

 

 そして、満足げに言い放つ。

 

『だがまぁ……そのおかげで最後には穏やかに消えられる。……決して貴様らに情を持つことなどないが。……その件に関してだけは。礼を言う』

「……ええ、彼にもそう伝えておくわ」

 

 残滓となる中で、彼は本心から言った。

 

『……まったく。あの男といい貴様といい……』

 

『人間とは本当に度し難い生き物だった』

 

 

 ♢ 

 

 

「……終わった、……のね」

「説明は後よ……貴方は、彼を……急いで病院へ……」

 

 倒れた柊の身体を起こす幽々子。そしてそのまま妖夢へとひき渡す。

 

「行って。私たちにはまだ……仕事があるの」

「はい……ですが」

 

 ボロボロながらも指示をする。

 

「幽々子様……成仏してしまった霊達は……」

「仕方なかった、としか……ゴホ……言えないわね」

 

 幽々子はけほっと咳き込んだ。

 

「……させないわよ、紫。聞こえてるんでしょ? ……ってもう殺すだけの力があるかも分からないけどね」

「……」

 

 幽々子は目を逸らす紫に言った。

 

「貴女と話すのは全てを終わらせた後。今は幻想郷の為だと思って動きなさい」

「……ええ」

 

 皆が冥界から抜けていく中で。幽々子は落ちている3枚のメダルをひろい、呟いた。

 

 

「……ありがとう」

 

 

 地に残ったベルトと三枚のメダルは砕け散り、悪霊達とともに霧となって霧散して行った。

 

 



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幽霊譚編
17話 処置とこれからと明日のオーズ


 急に目が覚めた。

 

 見慣れない景色だった。

 河原だ。

 たくさんの霊がひゅるりと宙を舞い、どこかへと誘われていっている。

 

 

「ここは…三途の川かな?はは……」

 

 見知らぬ土地すぐそばには川があり幽霊が佇んでいる。世にいう三途の川そのものだろう。

 

「正解だよ、よく分かってんじゃん。……全く数合わせが揃わんと思ったら……」

「? ……誰……?」

 

 殺意は感じないので、ゆっくり後ろを振り返る。

 

「なんだよ、つまんない反応だね警戒しないの?」

「いや、敵意も殺意も感じなかったから……それよりさっきの正解ってのは? それと君の名前は……」

 

「そうさな、それならまず自己紹介からかね。私の名は小野塚 小町。気軽に小町って呼んでよ。仕事はぶらぶらダラけながら死神をやってるよ。……こんなもん?」

 

「小野塚 小町…? それに死神……?」

「ほれ」

 

 後ろにある大きな鎌をちょいちょいと指差す。ああ死神のシンボルマークって言ったらそりゃ鎌だよな。

 

「妖怪がいるのに今更って感じだが…死神もいるんだな……」

「ははは、でも私は死神サービスで持ってるだけさ、存在する為にね。実際私の役職では全く使わないよ」

「へぇ……死神でも色々シフトがあるってことか?」

 

「そ。私は霊を船に乗せて三途の川を渡らせる係、船頭なんだけど……あんたほんとに全然驚かないね」

 

 後ろ髪を掻きながら、困ったように話す。

 

「いやぁ、なんかもうどうでもよくなっちゃって」

「ふ〜ん……でも、死にたがりはよくないなぁ全くこっちは迷惑してるっていうのに」

 

 メモをポケットから取り出し言う小町さん。

 

「というと?」

 

「アンタ、まだ死んじゃいないんだよ。その癖こっちに迷い込んじゃうんだからさ。大方自殺志願者かい? よくないなぁ」

「……その紙は……死んだ人リストみたいなもんですか?」

 

「そうそう、アンタの名前は載ってない……良かったな彼岸を渡りきっていなくて」

 

 一瞬小町と名乗る少女の雰囲気が変わった。

 

「渡ってたらどうなってた?」

「地獄行き」

 

 ──地獄行き、ねぇ。よく分からないけど、まだ生きているらしい。

 

「アンタを見つけれたお陰で今日の仕事は終わったからさ、少しくらいなら話してあげる」

「それはどうも。さっきの数合わせって何の話です?」

 

「ああそれね。さっき言ったこれは死者の名簿帳。これと幽霊の数が合わないとなると流石に問題ありなんだ」

 

 ──そりゃ死者と幽霊の数が合わないなんて何か作為的な問題が起こっているに決まってる。

 

「そう。しかも今回は死者の数ではなく幽霊の数が多くて合わないなんていうヘンテコ事件だったからね。死者以外の霊魂がここに来るなんて初めてだよ全く。どうなってるのさお前さん」

 

 一体何やらかしたんだ? と聞く小町。

 

「自分でもなんでここに居るのかは分かりません……まだ死んだ訳じゃなさそうですけど」

「そりゃね。実体を持った魂がここに辿り着くなんて普通じゃない。何やらかしたんだ?」

 

 ──最後に意識が途切れたのは西行妖にベルトを装着した時だ。

 

 ──あ、そういえば。

 

「すいません、幽霊達の名前って分かります?」

「ん? あ、ああ分かるよ」

「死んでないか知りたい人達がいるんです」

 

 それから、柊は知人の名前全てを尋ねた。

 

「……ん〜誰も死んでないね。全員生きてるよ」

「……良かった」

「なんで? なんかあったのか?」

「いや……えっと」

 

 隠していてもしょうがないと考えた俺は小町さんに事情を話した。

 その方が手助けしてもらえるだろうし。

 

「マジかぁ〜……!」

「……? な、なんです?」

 

 吃驚した顔でこちらを凝視している。

 

「あったんだよほんのちょい前にさ霊魂が一気に消滅したって事件が! アンタ達の仕業だったのか!」

 

 霊魂というのはつまりは怨霊とかそこいらの類いだろう。

 だったらそれに該当しているのは確かに自分だ。あの時西行妖が全ての霊を吸い取っちゃったし。

 

「……まぁ生きてるってんならそろそろ帰るよ」

「何言ってんだい?」

「え」

 

 

「ここには入り口はあれど出口はないさね」

「え」

 

「そうなのか……」

 

 つまりは生きたままここら一体を彷徨うことになるのか? それはちょっと退屈そうだ。

 困惑していると、小町が立ち上がった。

 

「行こうかね、迷える子羊を保護しに」

「どこへ?」

 

「どこってそりゃあ、死神が行く場所なんて一つしかないさ」

 

 その文言で場所ははっきりわかる。つまり、地獄だ。

 

「嫌だ! 待ってくれ! 確かにもう良いとは言ったけど!! まだ生きて良いなら全然俺は生きたいぞ!まだ20にもなってないのに!!」

 

「ははは、なーにバカなこと一人で言ってんだい。落ち着きなって」

 

 柊の慌てふためく様子を見て笑う小町。

 

「……?」

「言ったろ? 保護するって。安心していいよアンタは死神の名誉にかけて守ってあげる」

「じゃあ、どこに行く気なんだ?」

 

「あの世の狭間」

 

「やめろ──! おっおれだったらここから動かないぞ! あー!」

「だ──っもう! アンタなら大丈夫だって!」

 

 服を引っ張られて無理やり肩に担がれる。

 

「……? し、しなない?」

「死なない死なない。私の上司に相談してアンタをどうにかして帰れないか聞いてくるだけだよ」

 

 ありがたいことに違いはないけれど、やはりそれでもあの世スレスレの場所に行くのはあまり乗り気がしない。

 

「あ、けど嘘はついちゃダメだからね? 嘘なんてついた日にゃ……」

「日にゃ?」

 

 舌をペロッと出し、悪戯する少女のような笑みで言う。

 

 

「閻魔様に舌を抜かれるよ」

 

 

 ♢

 

 

「なぁ小町さん」

「小町でいいよ、んで何?」

 

「全然先が見えないけど…大丈夫なの?」

 

 現在、地獄の裁判所という所へ小町に案内して貰っている最中なのだが。

 正直言って怖い。

 

「大丈夫大丈夫。私はいつもこのルートで行ってるから。…生身の人間が無事かどうかは知らないけど!」

「やっぱ帰る!」

「あはは、もう一人じゃ帰られんだろ〜?」

「ぅぅう!」

 

 案内に任せっきりでルートの把握を怠っていた。

 

「旅は道連れ世は情けってな♪」

「いやだぁぁぁぁああ!!」

 

 

 ♢

 

 

「ほぉ〜ら無事って……泣くほど怖かったのか。よしよし」

「お、おれ……まだ生きてます……?」

「生きてるよ、全然生きてる。…うし、やってるやってる」

 

 何のことだろうか。そう思い涙を払って前を観てみた。

 

 

「シロです!」

「ありがたやありがたや……」

「クロ!」

「いゃぁあああ!!」

 

「クロ!」

「クロ!」

「クロ!!」

 

 少女が決めポーズをしている所で。

 

「あれ、は?」

「閻魔様だよ。そして私の上司でもある」

「あれがえんま?…ああ、閻魔様で小町さんの上司って?……閻魔様にしては優しそうだな…」

「見た目はね。けど中身はおっそろしいほど頑固で怖いよ」

 

 閻魔なんだからそういう一面もまぁあるだろう。

 

「小町…仕事を放棄しておいてよく平気でここに来られたわね、貴女には話が…」

「四季様、私はホントに要件があって来たんですよ!? それにサボってたわけじゃないですし…!」

「ムッ…」

「?」

 

 随分と厳つい手鏡を出してジーッと睨んでいる。どうやら閻魔というのは随分な変わり者らしい。

 

「……嘘を言っていない……なんと…悪い薬でも飲まされたのかしら」

「そんな反応しないでくださいよ!? ちゃんとする所はちゃんとしてますからっ!」

「失礼しました。小町ありがとう。……」

 

 四季様と呼ばれる閻魔が柊を凝視する。

 

「精神体の魂ではない……肉体の魂を持っているの?」

 

 一瞬目を瞑り、閻魔は告げる。

 

「……訳ありということでしょうか。いいでしょう、もう少しで今日は終わりですからお待ちなさい」

 

 近くの椅子に座ってぼーっとする。

 

「アンタ、随分ラフだね、仮にも閻魔様の前で椅子にもたれかかるなんて…」

「ん〜暫くキツイ思いしてたからちょっとズボラになるのは許してほしいよ…」

「四季様と話す時には治すんだよ」

「分かってますよ」

 

 そしてどうでも良い雑談をかれこれ一時間。

 

「……もう少しで終わりって言ってなかった? 大分経ったと思うけど……」

「ん、いやもう終わったみたいさね」

 

 コトコト、と階段を降りてくる四季。

 

「改めて、初めまして私は四季映姫という者です。役職名はヤマザナドゥ。閻魔として死者を裁く仕事をしています…と言っても……あまり理解されないでしょうが」

 

「ん〜っと俺は…」

 

 映姫さんは急に手鏡を取り出してじっと覗く。

 また身だしなみチェックか。まぁ女の子ならそういうものなのかな。

 

「……オシャレ好きなんですか?」

 

 でも流石に初対面の人の前で手鏡で顔のチェックはしないと思う。

 

「いえいえ、すみません誤解させてしまいましたね。いつも素性を知る前に使っているのでつい…」

「裁判中も容姿チェックしてるの!?」

 

 すげえ閻魔様もいたものだ。そんなに気を使わなくてもメチャクチャ綺麗だと思いますけど。

 

「違うわ! 四季様が持ってるのは浄玻璃の鏡っつって相手の過去の行いを見る物なんだよ! そんな裁判中に化粧チェックとかする訳ないだろ! てかうちの上司口説くな!」

「あり? 声に出てたか」

 

「いいのです小町」

 

 顔がうっすら赤みを帯びている。

 

「勘違いさせた私が悪いのですから……」

 

「なんか……ごめんなさい」

 

 ゴホンとわざとらしい咳払いをして切り替える。

 

「か、構いません。とりあえず自宅に帰りながら話を聞きましょうか」

 

 自分ではどうしても掻い摘んで言える自信がなかったので、それとなく事情を知ってる小町に説明してもらった。

 

「なるほど…よく分かりました。貴方でしたか……」

「やっぱ四季様は知ってたんですか? 幽霊が突然消えた理由」

「名前までは知りませんでしたが。人間と半人半霊が厄介事を起こしたとは聞きました」

 

 淡々と聞いてくれるのがなんだかちょっと怖くて。

 恐る恐る聞いてみる。

 

「やっぱり……怒ってます? 仕事増やして……」

「確かに一時期異様な事態で慌ただしかった。……しかしそんな私用で他者に怒りを持つなどあり得ませんから、安心なさい」

 

「女神……!!」

 

 反応の一つ一つに困る四季。

 

(……変な子……私が閻魔だとほんとに分かっているのかしら?)

 

「…まぁいいです。小町、貴女はお帰りなさいお疲れ様でした」

「は〜い! 四季様もほどほどにして下さいね〜」

 

 ──ほどほどに…?普通はほどほどにするなんて言葉使わないだろうに。何かされるのだろうか?

 

「ではお上がりなさい」

「おじゃましま〜す……」

 

 中は割と、普通の家だった。ただ少しへりくだって言えば、娯楽や趣味などの道具は一切なかった。

 あくまで住む為に使っている、という感じの。

 

「すいません、質素な部屋ですが」

「いやいや、別にそんな事ないです」

 

 あくまで予想だけど、この人は仕事の虫という感じがする。

 

「そうですか、ありがとうございます。どうぞ」

「どうも……えっと…」

「四季映姫、です。閻魔様でも構いません」

「はぁ、じゃあ映姫さんよろしく」

「……ええ、よろしくお願いします」

 

 座布団を用意されたので遠慮なく敷いて座る。

 

「では本題に入りましょうか。貴方の処置の件です」

「はい」

 

「始めに結論から言うと、元に戻る事は可能です。しかし今の貴方の体は霊体。すぐに帰ることは残念ながら不可能でしょう。恐らく長い時間を労するかと」

 

「……?」

 

「ええ、そういう反応になってしまうことは予測済みです。一から説明しましょう」

 

 

 ♢

 

 

「貴方は最後、西行妖を止める際に怨霊に取り憑かれた。そして西行妖を止める為に魂魄妖夢が剣で貴方の身体の魂にまとわりつく怨霊達、つまり霊魂を根こそぎ払った。その事は把握していますね?」

「勿論分かってます。小町に全容を聞きました」

 

 よろしい、と頷いで再び話す映姫さん。

 

「実はその時に魂魄妖夢が誤って怨霊と……貴方の霊魂も切り刻んでしまったようです」

「……妖夢ちゃんが!?」

 

 

「……未熟だったのが不幸中の幸いか、貴方の霊魂を完全に消滅させる事は出来ていなかったようです。大方半分ほどでしょうか。……いや熟達していればそもそも巻き添えには……いやそうしなければ彼が死んでいた以上ファインプレーではあるのね……とにか魂魄妖夢の半人前さが功を奏して貴方の魂は払われずに済みました。……ですが」

 

 ですが、なんて接続詞で次に発される言葉なんて大抵悪い事実だろう。あまり聞きたくない。

 

「貴方の霊魂に纏わりついていた怨霊達が、浄化され浄土に向かう波に飲まれて貴方自身の霊魂はここに来たようです」

「んーと……?」

 

 いきなりそう言われても、はいそうですかとはならない内容だ。

 

「妖夢ちゃんが俺の魂だと識別しないまま怨霊と一緒に俺の魂? も斬っちゃって、俺の霊魂? が二つに分かれた。んで、えー…とその分かれた方の一つが浄化した怨霊に巻き込まれてここに来た、と?」

「その通り、補足するなれば、今貴方に肉体があるのは怨霊達がここに来た貴方の霊魂に纏わりついているからですね」

 

 それについてもよく分からないのでさらに説明を求める。

 

「怨霊は人間の魂に付着します。そして貴方の魂に付着した怨霊達の力を使って貴方は実体を得ているということです」

「なる……ほど?」

 

 四季映姫は語る。

 

「彼女が半人前だったが故に貴方の霊魂に傷が付き、貴方自身の霊魂の力が弱まって他の怨霊たちが浄土へ向かう時に魂から引き剥がされ、怨霊の波に流される程度の力になってしまった。だがそうなっていなければどうなっていたか、分かりますか?」

「ん〜……つまり怨霊だけが消えてたらって事だろ? ……そりゃ死にかけてたし普通に死んでたんじゃないかな」

「ええ、地獄に落ちていたでしょうね」

「……」

 

 ブラックジョークも大概にして欲しい。閻魔がそれを言うと笑えない。

 

「貴方の肉体が完全に機能を止める前から魂が引き剥がされたのも大きい。肉体が死ねば魂の鮮度も比例して落ちていきますから。今回貴方が五体満足な身体として実体化できているのは魂が一切朽ちていないからです」

 

「でも現実での俺の肉体はもうとっくに……」

「その点に関して心配は必要のないことだと思いますが」

「え?」

 

 柊の懸念する悩みに四季は答えた。

 

「あの八雲や冥界の女主人達のことですから、必ずや貴方の肉体を元に戻すでしょう。魂を綺麗な状態に保っていれば貴方は必ず穢土の世界に戻れる」

「俺……色々と運が良かったんですね」

 

 四季は強く頭を下に振った。

 

「さまざまな奇跡が絡み合ったからが故のややこしい事態ですね。貴方がきっと善行を積み上げたからですよ」

「そっか……あ」

「?」

 

 顎に手を乗せて柊は尋ねた。

 

「さっきの怨霊達の力を使って魂を実体化してるってのは……どういうことなんです?」

「……どうやら貴方の霊魂と貴方の精神が強すぎて怨霊達の負の力を肉体生成に使っているようなのです」

「……よくわからないんですが」

 

 四季映姫は数秒押し黙った。

 

「……貴方の肉体に入り込んでいた怨霊たちの半分は魂魄の一振りで消滅しました。そしてもう半分は西行寺幽々子の手によって浄土へ向かったのです。その浄土へ向かう怨霊達の波に貴方の魂が飲まれてここに迷い込んだ。ここまではいいですか?」

 

 柊は頷く。

 

「その際に貴方の魂は無意識のうちに怨霊達を取り込みました。自分が実体を持つためのエネルギー源にするために」

「……実体を持つことが大事だと無意識でわかってたんですかね」

「本能が察知していたんでしょう。実際の問題、肉体を持たないままこの付近を彷徨えば魂が揺らぎ何者でもなくなってしまいますから貴方が無意識下で行っていたことは正しかった」

「へぇ……」

 

 柊はさらに疑問を重ねた。

 

「というかその霊魂って別れたりするもんなんですか?」

「本来あり得ない事象です。そればっかりは神業という他ないでしょう。……それにしても貴方の霊魂がこっちに流れ着いたのは不幸中の幸いでしたね」

「というと?」 

 

「今の貴方は精神体、魂そのものが意思を持ち、怨霊のエネルギーを持ちいて実体化しているだけ。そして永遠亭で眠っている貴方の本来の肉体である物理体、もし貴方の精神体がここに迷いこまず、ほかの霊と共に浄化されていたら一生起きることはなかったでしょう」

 

「もし肉体の方に霊魂が残っていたら?」

 

「肉体が死に向かっている以上貴方の魂も死に向かう、まぁ人間で言うところの死ですね。貴方はそのまま死んでいたでしょう。推測でしかありませんが…何しろ霊魂が二つに分かれる生物なんて初めて見るので」

 

「うへー怖いな……」

「本来霊魂が飛び出ることなんてあり得ませんしね。怨霊と違ってオーラのようなもので目に見えないものですし。貴方が怨霊に憑かれていなければ小町も貴方を見つけることは難しかったでしょう」

 

「うーんじゃあ今の俺を祓えば身体に戻ったりしません?」

 

「そんな事をしたら貴方の肉体は一生意思を持たないまま植物状態で腐るのを待つことになりますが」

 

「……消えて同時に俺の体に戻ったりはしないの?」

 

「そんな都合よく事は行きませんよ。魂と肉体が別々の場所にあるなら今は死んでいるのと同等ですし。生き返らせるのにはそれなりに手間もかかると言うものです」

 

「ひゃあ……閻魔の力でどうにか出来ないんですか?」

「私の力は裁く為のもの。そんな魔法のような事は不可能です」

 

 詰んだ。じゃあもう帰れないじゃん。

 

「せめて怨霊が貴方の霊魂に影響を受けてさえいなければ……」

「いなければ?」

「私の力だけで貴方の魂と怨霊を切り離すくらいは出来たかもしれません……そしてそのまま私の家で厳重に貴方の魂を守っていればもう少し話は早かったかもしれません」

 

 どう早くなるのだろうか。

 

「切り離せたらどうなるんです?」

「冥界の主人の力を借りて貴方の魂を肉体へ戻せます。が怨霊を纏ったままでは後々酷い目に合うので…それも叶いませんね」

 

「そんなぁ…」

 

(そもそも霊、ましてや欲望や意志の強い怨霊に対して己の魂と意思で影響を与えることそのものが異常なのですが……ましてや体を構築するほどのものとは……)

 

「今離してしまうと貴方が戻ってから影響を受けかねませんから、出来ません」

「そうですか……」

 

 ですが、と呟く。

 

「私も見捨てるつもりは毛頭ないです。必ず救いますから信じて……どれだけかかるか分かりませんが幸いここには時間の概念はない、だからどうか待っていただけませんか?」

 

 会話の中の一つ一つから感じる、100%中100%の善意。

 少ない会話だったがもうハッキリと分かる。

 

(根っからの善人だ…)

 

「ありがとうございます、俺も早く帰れるように、なるべく手間をかけないように帰れる手段を探します、それでは」

 

 この流れで立って帰ろうとしたのに、映姫はすかさず口を挟んだ。

 

「はい、解決するまで身寄りがないでしょうから、私の家に泊まっていって下さい」

 

「えっ?」

「今の肉体が存在する貴方には外は少しばかり苦しいでしょう。私の家ならばスペースもまだまだありますし」

 

 なぜか、本来頼む立場のこちらではなく、映姫が頭を下げる。

 

「ちょ、ちょちょ……う、……はい、お願いします」

 

 同じくこちらも頭を下げる。

 

「はい、お願いします。では……いきなりですが」

 

「? え、ええ」

 

「浄玻璃の鏡で貴方の過去を少しながら拝見しました、貴方は少し防衛本能が薄すぎる、そもそも〜」

 

(……なるほど、ほどほどにって…これのことか──!)

 

 

 

「……以上です。私はそろそろ休みます。貴方はどうしますか?」

「……もーちょいおきてますぅ……」

「はい、お休みなさい」

「おやすみなさい……」

 

 すーっごい。精神が苦しいわ。

 8時間くらいずっと説教されたんだけど。しかも正論ばっかだから反論できねぇ。

 屁理屈でもないから聞くしかないし、そもそも8時間も説教出来るとか説教する側もきついだろ!

 

「ははは、小町が言うのもちょっと分かるかもなぁ」

 

 「……はーあ。1日がすっごい長く感じたなぁ。気分転換にちょっとだけ外に出てみるか」

 

「……うわっ…」

 

 ドアを開けた瞬間花々が吹き荒れる。

 

「……すげぇな……綺麗だ……」

 

 紫陽花だろうか。紫色の花をした木々が満開に咲いている。

 

「いい匂いもするなぁ…」

 

 思い返せばあっちの世界では景色に想いを馳せる事なんて滅多になかった。

 こんなに綺麗なのは早々ないだろうが地球は広い。探せばこれだけ美しい景色もどこかにあったかも知れない。

 

「……あーあ、バカしたかもなぁ」

 

 あっちの世界で女の子を救えずに幻想郷に神隠し、そのまんまオーズになれて浮かれた矢先にみんなの声無視して人生終了しかけてんだからな。

 

 それはまだいいとして、だ。無視できない事実がある。

 俺は一度美鈴さんとレミリアさんを傷付けた。

 この事実からは絶対に逃げちゃいけない。

 

「……帰れたら闘うの辞めるか」

 

 あの二人はきっと土下座すれば許してくれるだろう。そんな姿が目に浮かぶ。けど、俺自身が許せない。

 

「……あーあ、どうしよう……」

 

 元はといえば、西行妖を暴走させるキッカケを作ったのも紫さんに辛い思いをさせたのも俺の存在があったからではないか。

 

 やば、思い返すと涙出て来た。

 

「……もういいや今日は寝よう」

 

 こうして。

 少し長い、霊体生活がスタートした。

 

 

 

 

 

 

 

 



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18話 フラストレーションと自己嫌悪と枕

「行ってきます」

「はーい! 行ってらっしゃい!」

「……」

 

 柊は映姫が見えなくなるまで手を振り続ける。

 ここからはずーっと自由時間だ。

 

(……だがやることが無い。比喩でなくマジで何もない)

 

 映姫さんは相当しっかり者で(閻魔だから当然といえば当然かもしれないが)部屋には埃一つないし、服は綺麗に畳んで整理してある、家には他に何もないからやることもない。

 

 これはあれだな。

 

「暇だな──!!」

 

 やることなんてこれっぽちもないわ。

 一応念を込めて雑巾掛けくらいはしたけどやり過ぎも逆効果だしなぁ。

 

 散歩……するか。

 

 

 

 

 柄にもないが、偶にはこういうのも悪くないと感じる。というか幻想郷にはこういう風情を楽しんだりする昔ながらの文化の傾向があるのだから、楽しまないと損だろう。

 

「……は!?」

 

 少し歩いた先に、小町が寝ているのが見える。柊は興味本位で近づいた。

 

「ん〜……ん? お、柊!」

「おはよう、小町さん」

「小町でいいって〜!」

「あ、ああ」

 

 会うなり肩を寄せられる。随分と社交的な死神だ。しかしあれだ、でかい脂肪が当たっている。

 

「は、恥ずかしいから離してください…!」

「ハッハッハまだまだだな若人!」

「小町さn……小町も……若いだろうに」

 

 呼び捨てなのに敬語というのも変な話だから辞めてみたがやっぱり暫く違和感が取れない。

 

「嬉しいこと言ってくれるね、けど私はあんたの何倍も歳上だよ?」

「まぁそりゃそうでしょうね」

 

 死神も閻魔も、人間より相当ご長寿なのは想像に難くない。

 

 

「それなのにほぼ毎日説教食らってそんななりの小町はもしかするととんでもない逸材なのか?」

「アハハハハ!! 確かに! でももう慣れたよ。昨日早速味わったかい?」

「うん、すっごい面食らった…」

 

 またも大声で笑う小町。どうやら自分の顔で場面を察せたらしい。

 

「説教食らった仲間同士今日はここで一緒に寝ないかい? 気持ちいいよ」

「いや貴女は仕事に行けよ…」

 

 ごもっとも。と笑いつつ再び寝に入る小町。こいつ筋金入りだな。

 

「よっ、と」

「お、文句言いながら付き合ってくれるのかい?」

「俺も暇だし、ただ幽霊がいたらちゃんと働いてくれよ?」

「わーってるよ、というかノルマはとっくに越えてるの」

 

 地獄の死神の仕事にノルマねぇ。どの世界でも行き着く場所はそう変わらないって事かな。

 

「……なぁ、何に悩んでるんだ?」

 

 のほほんとしている人かと思っていたら。

 ふいに核心を突かれた。

 

「……なにがー?」

「隠しても無駄だよ、怨霊に流されたとて、あんな場所にぽっと湧くのにはそれなりに理由があるからね。四季様も気付いてる。けど折角だからさ私が解決してやろうと思って」

「……あ〜、凄い鋭いな。けど悪い。あんま突き詰めてなかったから……まぁこっちの話を聞いてくれるか?」

 

 偶には愚痴を吐くのも悪くない。そう思えるのはこの人の性格ゆえだろうか。

 

「……悩みっていうか……もうわからないんだ…自分の生き方」

「生き方って……また随分と難しい話だなぁ」

「気楽に考えてくれて良いよ、どうせどれだけ重くても最後に納得しなきゃいけないのは俺だし」

 

 ああ、また──あの時の事を思い返してしまう。

 

「俺の招いた種で俺の大切な友達二人を傷付けちゃったんだ。……俺自身の手でな」

 

 ギリギリの所で踏みとどまれた人達とは違う。

 俺は実際に手を掛けてる。もし彼女らが人間だったらと思うと今でもゾッとする。

 もし仮に助けに来ていたのが霊夢だったら……。

 

 俺は霊夢を殺していたと思うと、胸が熱くなる。

 

 

「……正直言って、もう闘いたくなくなった。……というか帰りたくない」

「だからここに来た時はどうでもよくなったとか言ってたのか……ん〜」

 

 難しい話だな、と呟く小町。

 

「……自分ではどうすれば良いと思ってる?」

「さっき言った通りだ。もう闘わないし、皆んなと会わない。そうすれば少なくとも俺が原因で怪我したりする事はなくなる」

「おいおいそりゃ逃げだろ。……まぁ否定はせんけどさ、寂しいと思うよ」

「……」

 

 否定は出来ない。けどまたああならないとは限らない。それだったら…皆んなが傷付くくらいなら俺は。

 

「なるほどね…その境目で迷ってるわけか……んじゃ」

 

 ピョン。っと跳ね起きて、鎌を担ぐ小町。

 

「……? もう行くのか?」

「仕事が来た。付いて来なよ」

 

 

 

 

「な、なぁ人間を担いでても良いものなのか?」

「大丈夫大丈夫。間違えて彼岸に行っても今の当番は四季様だから裁かれることはないよ」

 

 勘が鋭い。柊は今の様に些細な事にも気がきく人間だ。

 それはもう充分に伝わった。

 

(けど……なーんか違和感あるんだよなぁ)

 

 原因はそこじゃない気がする。積もり積もって病んじまった、そんな感じがした。

 

(ん〜出来るだけ傷付けずに解決してやる方法は…ないかねぇ)

 

 つい後ろ髪を乱暴に掻いてしまう。いかんいかん。

 

「……最初に結果だけ言っちまうけどさぁ。今のあんたがすべき事はそうやってずーっと悩み続ける事だと思うよ、やっぱ」

「……え?」

「お前さんここに来た時から様子がおかしかっただろ。んで色々と観察してたんだ」

 

 小町は、鎌を背に直す。

 

「自分の手で仲間を傷付けちまう、そりゃ悲しいし気まずいだろうさ。帰ってなんて言ったら良いかも分からんだろうよ。でも諦めたら終わりだ。お前が何もしなくなっちまったら相手もどうすりゃいいか分からなくなっちまう。だから考え続けなよ。まだ死んでなけりゃやり直せるんだからさ」

 

 ふと振り返って様子を見る。柊は依然落ち込んだままだ。

 

 ──ま、当然だな。

 

「……私には仲間を傷付けた経験なんてないし、それが怖くて闘いたくないなんて気分を味わったこともまだ無い」

 

 だから長い長い日々の経験から話すしかないのは申し訳ないなぁと思わなくもない。

 

「……けどやっぱ、傷付けちまってそのまま……ていうのは一番人生で尾を引いてくものなんじゃない? 仮に私が同じ選択を迫られたとしたら、私は生きてく上で気持ち悪くならない方を選ぶ、かなぁ」

「……」

「ま、そこら辺をどうするか……悩んで悩んで一番納得のいく答えを見つける。それを繰り返すのが人間の性なんじゃないか?」

 

 そんな事言ったって心中納得なんて言ってないだろうけど、柊は落ち着いた素振りで振る舞っている。

 

「私だって嫌な時はある。人様に望まれるような仕事じゃないし。けどそうなったらどうやって解決するか悩むしサボる時だって沢山ある。要は…抱え込んじゃうとドツボにハマっちゃうってことさ」

 

 考えすぎるのも良くないからね。と付け加えた。

 

「こんな軽い奴の言葉で悪いけどね」

「……ははっ」

 

 ようやく笑う柊の笑みに釣られて、小町も笑った。

 

「そうやってぎごちなくても笑顔振りまいてた方が周りは幸せだよ」

「ありがとう……小町…ちょっと楽になった」

「ん。苦しくなったら私に相談しなよ……それくらいなら私でもしてやれる」

 

 最後に頭をクシャッと撫でられたのは恥ずかしかったけれど。小町は優しい死神だと思った。

 

「……まぁ優しい死神ってのもどーかと思うけどな」

 

 少なくとも昨日よりは幾分楽になった。昨日途中で考えるのを辞めて寝たのも、悪くはなかったのかもしれないな。

 

「……」

 

 今頃、映姫さんはどうしてるだろうか。

 

 

 

 

「──くしゅん!」

「? 風邪?」

「いえ、小町辺りが私の愚痴でも呟いているのでしょう」

 

 変わらないわね、と呟くもう一人のヤマザナドゥ。

 

「そろそろ交代の時間よ」

「はい、それでは失礼します」

 

「? 最近元気いいわよね? なんか良いことでも?」

 

「ええ、最近物分かりの良い子がうちに来まして、とても話しを真面目に聞くのでつい。どこかのおサボりと違って何も言わずとも働きますし」

 

 事情を察するヤマザナドゥ。

 

(あ〜……大変そうな子だなぁ……かわいそうに)

 

「ほどほどに、よ。四季さん」

 

「……? ええ、了解しました?」

 

「それでは、お疲れ様です」

「ええ、お疲れ様〜」

 

 

 彼とここで生活を共にして数日経ちましたが。

 何もしなくても良いと言っても部屋の掃除だったり、迷える霊の案内を善意で行なっている。本来は小町の仕事だけど。

 

 彼はそういう行動を本心でやりたいと言っていたくらいには優しい子だ。

 けれど、そんな良い子だからこそ、私は少し疑問だ。

 

「ここに居ましたか、柊」

 

 奇遇だ。木々を眺めている彼に会えた。

 

「ん? ああ、仕事終わりですか、映姫さんお帰りなさい」

「ええ、ただいま。家に帰りましょう」

 

「はい」

 

 無言で帰り道を進んでいると、映姫が発言する。

 

「やはり、不安ですか?」

「え?」

「昨日は私が寝た後外に出て悩んでいたでしょう」

「あ〜……気づいてたんですね」

 

 柊は頰をかきながら、困った顔をする。

 

「まぁ、うん不安です」

 

 それはそうでしょう。当然です、未だ帰れる可能性が見つからなければ、不安になるのは必然。

 

「貴方が不安なのも分かりますが…もう少し待っていてください」

「はい、待ってます。小町にも励まされたし」

 

 笑顔で言う彼には、悩みが解消されたようには見えなかった。

 

 

 

 夜、柊が再び戸を開けたのが分かった。

 

「……」

 

 遠くからでもわかる。柊が葛藤し苦難しているのが。

 説法では助けになれないのだろうか。彼は、自分には話しづらい何かを抱えているのだろうか。

 きっとそれが疑問を解き明かす答えと繋がっている。

 

 彼が何故八雲 紫に襲われたのか。できるならば、あやふやなまま終わらせたくなかった。

 

「折角小町が励ましてくれたのに……」

 

 夜が嫌いになってきた。夜になると必ずあの時のことを思い出してしまう。

 

「……はぁ、どうすればよかったんだろ」

 

 また気持ちが沈む。気づけば手で頭を抑えていた。

 ……すっごいムシャクシャする。

 

「隣、いいですか?」

「……映、姫さん」

 

 体育座りで、柊の横に座り込んだ。

 

「貴方の様子が気になってしまって……」

「ああ……いや、帰れないのが不安で…」

「……もう、相手の眼を観て話す事すら出来ないのですね」

「……え?……っ!??」

 

 ふと眼を上にやると、鼻が当たりそうな距離で映姫さんが睨みを利かせていた。

 さっきのムシャクシャが吹き飛ぶくらいの心臓の高鳴りを手で抑える。

 

「ちょっっ……何してるんです……!?」

「悩みを抱える目をしているのを確認しただけです。全く、ずーっと黙っているんだから」

 

 もうとっくにバレていたみたいだ。小町が言った通りだった。流石は閻魔様だ。

 

「……どう考えていますか、今までのこと。これからどう生きていくのか」

「……正直、合わせる顔がない。今回の異変は誰がなんと言おうと俺が生きてた所為で起こった異変だから」

 

 映姫は頷く。

 

「それだけじゃない。俺はそんな立場の癖に……大切な物を、大切な人達を傷つけた。自分が絶対に傷ついてほしくなかった人達に自分で傷をつけた」

「……はい、それも見ました」

 

 柊は虚な眼をして話している。いや、正確にはずっと前から。

 

「紫さんは俺の存在そのものが幻想郷を危険に晒すと言っていた。あくまで聞き伝えられただけだけど、嘘じゃないと……思う」

 

 だって納得がいく。わざわざ異変を起こしたことも、なぜあの場で闘わなければならなかったのかも。

 

「だったら……もう俺がこの世にいる価値は、ないと思う。とっくに死んでた筈の命だ。生き返ってすら人に迷惑をかけるしか出来ないなら、いない方がいいと、思う」

 

 きっと、それが正しい選択だ。自分はそうやって、正しいと思う路を歩かなければならない。そうでなければ、あの少女が報われない。

 

「俺は、死ななきゃいけない。出来るだけ罪を償ってから、あの女の子の為にも。俺は、生きてちゃ、駄目だ──」

 

 どれだけ嫌でも、心が締め付けられても、そうやって生きていかなければならないのだと──。

 

「思ってもいない事を言うのはやめなさい」

「……え?」

 

 映姫は、明確に怒りを持って言い放った。

 

「今の貴方は見ていてとても見苦しい。他人を不快にすらさせる行為よそれは。自分すら騙せない嘘などついて、何になるというの」

「……嘘じゃない」

 

 それが、最適な行動だと。本気で思って──。

 

「ならば、涙なんて流すな。このたわけ」

「……」

 

 目尻に手を当て確かめる。確かに、自分は泣いていた。でも。これらは自分の本心で。

 

「何が、死ななきゃいけない、だ。何が生きてちゃ駄目だ。そんな人間存在するものか。死で罪を清算できる人間なんてこの世のどこにもいない」

 

 じゃあ、何か。

 

「のうのうと生きて、俺の所為で死んだ女の子の事も、傷つけた人たちも、全部忘れて笑ってれば、それで満足かよ」

「そうではない、貴方には、罪があるからこそ、生きて善行を積まなければならない。罪があるからこそ、それと向き合っていかなければいけないの」

 

 映姫は何もブレずに、ただ真っ直ぐ柊の眼を見つめる。今の柊には、それが少し、煩わしかった。

 

「……確かに、罪はある。でももう、返せない。生きてるだけで罪が増えていくんだから、もう無理だ。俺はきっと良い事をしようとすればするほど周りが不幸になるんだ」

「馬鹿め。貴方が罪から逃げて使命(人生)を放棄しても、他の誰かが背負って生きていくことになるだけだというのに。貴方はそれを良しとするの?」

 

 答えは、当然否だ。でも、もうそんな感情論で済ませられる話じゃない。

 

「……こんな事になるんだったら、大人しくあの時に全部を終わらせておけば──」

 

 良かった、のに。

 

「──」

 

 パン。と決して大きくはないが、それでも脳内に響く振動を受けた。

 

「……あ」

 

 それがビンタだと気づく事にすら遅れた。

 

「それで何が良かったの。立ち直りもせず不貞腐れて、誰が笑顔になれたというの。……楽になりたいが為に、他人を理由に自責するのはいますぐに辞めなさい」

「……」

「貴方は罪と向き合っていかなければならないの。人間の誰もがそうやって生きていくのよ。でも、相手の気持ちを勝手に決めつけて、自棄になるのだけは、違う。そんなことで罪は消えない。むしろ驕りとなっていく、罪は却って大きくなる」

 

 四季映姫は、少年に言う。

 

「罪を償うとは、犯した過ちを善行で正すということ。何が間違っていたかを理解し、認め、次に繋げていく事。罪を償うということは、これを繰り返して生きていく事なの」

「過ち……」

「貴方の胸の奥底で、今も憎悪に満ちた顔をしている少女は、貴方が殺したの? 違うでしょう。貴方は抱える必要のない物を、必要以上の重荷にして抱え込んでいる。それは、むしろあの少女を穢している。他でもない、よりにもよって貴方自身が」

 

 

 

 殺したのは俺じゃない。それは、確かにそうだ。でも、助けられなかったのは、自分が関わってしまったのは、事実だ。直接殺してはいなくとも、間接的に殺している。

 例え誰に諭されても、そう簡単に納得なんてできない。それはそうだと流すことなんて、到底出来ない。

 

 

「人はそれぞれ性能が異なっている。貴方は、確かにあの少女を救えるに足る能力を持ち合わせていなかった。貴方には人を救える力はなかった、非力だった。ただ、それだけなのです。そこに良いも悪いもない。精進するのは立派だけれど、罪悪感に駆られるのは、間違っている」

「でも、だからこそ、正しいと思う選択肢を取ろうとしてるんじゃないか!!」

 

 他の人に迷惑をかけない道を。善行より悪行が上回ってしまうのならどちらもこれ以上積み重ねないよう。例えそれが寂しい物だとしても。

 

「貴方の言う、正しい正しくないの尺度は間違っている。だって、貴方が含まれていないのだから」

「──」

 

 その発言が、あまりに無遠慮だったから、カッとなってしまった。

 

「そりゃあ……俺だって……生きたいよ!! もっと皆んなと笑ってたいし、前の異変の時みたいに色んな人と、出会って、もっと、これからもっと色んな人とも喋りたい!!俺だってもっと生きていたい!!」

 

 どうでもいい事を喋って、何やってんだろって漠然と思ったり。異変を解決して、あの美しい物をまた見るために奔放したり。そんな幸せが、心に残って、思い出に残って、それだけでいい。それが出来たら、どれだけ幸せか分からない。だって今まで生きてきた中で、間違いなく、幻想郷にいた時間が楽しかった。人生と比べると、本当にちょっとの時間だったけど、楽しかった。幸せだったんだ。

 

でも、あくまでそれは、一度目の生だから許されることだ。

 

「俺は、二回目の生を許された。なんでかなんて分かんない。けど、だからこそ、あの時助けられなかったあの子に許される為の生き方をしなきゃいけないんだ!!」

「許すも許さないもない、貴方が助けられなかった少女が誰にどう思っていたかなんて、もう誰にも知ることは出来ないの」

「じゃあ、尚更」

「だから!」

 

 映姫さんが声を荒げた。俺はそれに驚いて、狼狽してしまった。

 

「だからこそより楽しんで生きていかなきゃいけないんじゃないの!? あの子が生きれなかった分まで! 」

 

 確かに、2度目の生を受けれる人間なんてそういない。だからこそ、1度目で助けられなかった人達の事は忘れてはいけない。

 だからこそ、より笑って生きろと、この人は、そう言ったのだ。

 

 映姫さんはわざとらしくコホン、と咳をして。

 

「確かに2度目の人生を歩める人間は貴方ぐらいなものよ、けど、それは断じて縛られていいものではないの。だって貴方の人生なんだもの」

 

 俺の、人生。 

 

「勝手なんかじゃない。私が死んだのに貴方だけのうのうと楽しんで、なんて誰も思っていない。だってそう言う人はもういない。貴方を責めようとする人間はもういない。第一、そう思っていたかも分からない。だから、せめて貴方自身は貴方を誇れるように、貴方が貴方でいて良かったと、心から思えるような、そんな人生を送らなければならないでしょう」

 

 俺が俺でいて良かったと、自分が好きになれるように。生きていけって言うのか。

 

「……あ」

 

 心が、熱い何かでいっぱいになっている。今度は、泣いていることに気づいた。……いや違う、本当はずっと、泣いてたんだ。

 

「……俺は……もっと、いたい」

 

 あの俺にとっての幻想郷(居心地の良い場所)で、もっと生きていたかったんだ。

 ただ、そうありたかった。辛い時は誰かが助けてくれて、誰かが辛い時は支えて。ただそれだけで。

 

「……大丈夫、貴方なら必ずやり直せるわ。私が言うんだから、絶対よ」

 

 

 ♢

 

 

 二人して、しばらく無言の時間を過ごしていたら、映姫が先に口を開いた。

 

「……貴方は、自分の価値があやふやなようですね。どうやら」

 

 なぜ柊が、幻想郷の賢者の排除対象となっていたか、疑問だった。

 勿論事情は把握しているけど、あまりにも横暴な手段ではないか、という話だ。

 

「けれど今分かりました。貴方自身が価値を見誤っていては、賢者も見誤るというもの」

 

「……え?」

「先程の説法で貴方自身の胸のわだかまりは解けましたか?」

「あ、はい……少なくとも、生きていこう、とは……思います」

 

 映姫は一度頷いて。

 

「それでも貴方は心の奥では未だ自責の念から抜け出せずにいる。まぁ、少女の死(あの出来事)が、貴方の精神の中枢まで影響を与えているようですから私の一度の説法で解決するとは思っていません……貴方を悩ませているそれは、いずれあなた自身が向き合って、越えなければなりませんね」

 

 幻想郷に帰れないと寂しいと思う癖に。自分の所為で周りを危険に晒したくないからと言って帰るのを拒んでもいる。少女の気持ちも考えず、自分の本音に目も暮れず自暴自棄になって。

 

「貴方はそもそも自分を過小評価しすぎるきらいがある。もっと自分を大切にしても良いはずなのに。ここに来てからだってそうです。貴方は本質的に、自分に価値を感じていない」

 

 その証拠が小町にはなった一言だ。

 

『もうどうでもよくなった』

 

 彼は嘘をついた、彼は本当は幻想郷にいたいと思っている。けれど、やはり自分の意思をなんの抵抗もなく貫く、ということは出来ずにいる。どこか少し、後ろめたく思ってしまっているのだ。

 

 だが、それだけが今回の彼の胸を詰まらせる原因ではない。彼自身気づかぬ所で受けている傷がある。

 

(だが……それは私を持ってしても見えなかった。確実にその要素があった筈なのに)

 

 己の自己肯定感を打ち砕くに値する何かが。

 自分が見た記憶、幻想郷に来てからすぐの吸血鬼の異変、そして今回の異変。そのどちらもそれではない。 

 柊は外来人だ、つまり外の世界で彼自身の心が砕かれたままの何かがある。だが、自分はそれを知り得ない。見ることはできなかった。

 

 ならば、もう自分では手の施しようがない。なにがあったのかも分からないのに解決してあげることはできない。

 

「けれど貴方は私が家にいない間、家事をこなしてくれました、小町がサボっている間、幽霊の道案内をしてくれました。それは私が帰ってくるからじゃない、私に褒められる為ではない。貴方がやろうと思って進んでしたものでしょう? 私達を少しでも楽に、幸せにしようとしたから」

 

 

 私と彼ではまだ真に信頼を置ける関係ではない。私から何を言っても彼にはきっと届かない。けれど彼自身なら彼を救ってあげられる。

 今私にできることは彼の自信を少しでも回復してあげることだろう。過去の懊悩に向き合えるだけの精神を安らげることだ。

 

 

「確かに世の中には絶対に許されてはならない業を犯す者がいるのは事実ですが。貴方という人間はその類には位置していません。必ず貴方に頼る人間もいる。貴方はそういう人間がいることを認知しなければなりません、それが自分を大切にするということです。いいですか? 自分を大切にするという事は、周りを大切にすることと同意なのですよ?」

 

「……」

「自分を大切に出来ないものが仲間を大切にすることなんてどうやったって不可能。だって大切にする事の意味を見誤ってるんですから」

「……でも……」

 

 柊は、ボソリと呟いた。

 

「身体には感覚が染み付いてる。あの時の感覚が……」

 

 

 俺の腕が人体を滑らかに抉り取っていく感覚。手は血で染まってた。あの時はレミリアさんも身体が震えてたんだ。

 思い出すだけで頭も胸も締め付けられる。

 

 

「こんな思い、二度としたくない、する可能性があるなら……俺は誰とも関われない」

 

 最悪だ、どんどんどんどん思いが拗れていく。もう取り返しがつかない。

 皆んなの顔を思い浮かべるだけで息するのもキツくなっていく。確かに、心の在り方はそれなりに見えてきた。けど現実の問題はまた別だ。俺は、確かにみんなを傷つけたんだ。小町は逃げるな、と言ったが。こんなの逃げた方が楽に決まってる。

 

「もう死んだほうがいいとは思わない、けど……自分でも帰った時にどんな顔をすればいいか、分からない。なんて話せばいいか、どういう心で会えばいいか」

 

 また、皆んなと笑いたい。話したい。いや会いたい。ただ、それだけでいいのに。

 

 壊したのは、自分だ。

 

「……きっと皆んなに嫌われ──」

 

 瞬間、目の前で影が動いた。

 

「……え?」

 

 柊はビックリして眼を見開く。いや大抵の人間ならビックリするだろう。

 気づいたら、映姫が柊の口を押さえていた。

 

「それだけは言ってはダメ」

「……あ」

「貴方の大切な者達の輪の中に、貴方が居なくてどうするんですか、この馬鹿者」

 

 

 選択肢に自分を含めない。周りを幸せにすることに自分の幸せを考慮しない。そんなの、可笑しい。

 

 

「いいですか? 本当に単純な質問をします」

 

 

 彼はまだ、本当に単純で、当たり前で、とっくに分かっているというのに、気づいていることにすら気づいていないのだ。

 

 

「貴方にとって一番幸せな時は、いつですか?」

「──」

 

 きょとん、とした眼をしてすぐに、彼は言った。

 

()が、笑ってる時」

「……皆が皆、一番かどうかは分かりません。けど」

 

 花のように、可憐な月のように笑って。

 

「誰だって、そうなのです」

「そう、か」

 

 涙目になる柊を見て溜息、そして。

 

「貴方は……もう少し救われても良い人間ですね……」

 

 そのまま、背伸びをした映姫に頭を撫でられる。

 しかし、その時には恥ずかしいとか、そういう感情ではなく。

 

 ただ、驚いて固まったままの、涙が零れ落ちた。

 

 

 もう泣かないと思っていたのに。さっきまで散々泣いて、もう晴れたと思ったのに、まだ泣いていた。

 

 

「あれ? ……なんで…」

「……西行寺の一件から、ずっと心に鞭を打ち続けていた分のツケでしょう。大丈夫、好きなだけ泣くと良いです。恥ずかしい事ではありません」

 

 映姫は背中を優しく摩りながら、家に上げていった。

 

 

「……甘々じゃないすか、四季様」

 

 心配になって様子を見に来たのであろう小町は遠くから、呟いた。

 

 

 

 

「……もう大丈夫です、映姫さん……落ち着き、ました……から」

「そうですか、それなら良かった…」

 

 柊の涙で掠れた視界に入る映姫はさながら、天使のようだった。

 

「……まぁ、ああは言いましたが……本当に貴方の意思で幻想郷を抜けるというならば、うちに来るのも一つの手、でしょう」

「……あはは、死んだらお願いしようかな…」

「……そうですか、仕事仲間が増えるので小町も喜びますね」

 

 グズっと鼻水を啜る。

 

「もう貴方の自由時間でいいですよ」

「……はい……」

 

 スンスン、と嗚咽しながら頷く。

 

「……落ち着くまで、寝なさい。…しかし布団はまだ乾いてないので……特別に私の膝で寝るのも…許します。どうしても布団が良いならば余所に行って用意しますが…」

 

 いつもなら、断っていたかもしれないけれど、今の弱気な彼はすんなり受け入れた。

 

「すいません少しこのままで……」

「はい、お休みなさい。……大丈夫、きっと貴方なりの答えは見つかるはずですから」

 

 

 ♢

 

 

「……ん?」

 

 頭に柔らかい感触。上を向き直して。

 

「…おはようございます。まぁ朝ではないですけど」

 

 ──……そうだった。昨日は映姫さんに甘えてしまったのだった。どうしよう。恥ずかしい。

 

「おはようご、ざいま、す…」

 

 ──やばい、ついぎこちなくなる。

 

「どうします? ご飯を食べますか?」

 

 まだ恥ずかしい様子を隠しきれない。

 

「ま、まだいいです……」

「? そうですか、では私はご飯を作るので出来ればそろそろ膝から……」

「あっハイ!!」

 

 そそくさと名残惜しさを我慢して離れる。

 

「う〜ん……映姫さん、俺は先にお暇します。お休みなさい」

 

「まだ早いですが……布団を出しましょうか?」

 

「いえいえ、大丈夫です」

 

「そうですか、必要になったら言ってくれればいつでも用意しますからね、お休みなさい」

 

 客人用の空いている部屋を借りていたのだが、実はあまり活用できていない。

 

(眠らなかったりご飯食べなくても……支障が出ないんだよな……)

 

 勿論、食べれば味を感じるし、寝ようと思えば寝れる。

 けれど寝ても食べなくても、全く身体に影響がない。

 

「やっぱり霊だからだろうなぁ……」

 

 コンコン、とドアを叩く音。どうぞ〜と言って通した。

 

「はい、柊これを。寝る前に渡しておきます」

「……それは? お札?」

 

「ええ、貴方を守る札です何かがあってからでは遅いですから」

 

 わざわざこんな物まで作ってくれるなんて……やっぱり四季映姫という人間は、いや閻魔はとても優しい閻魔だと痛感しながら手を伸ばすが。

 

「あっ」

「え?──」

 

 むにっ。

 足を滑らせ、小指に痛みを痛感しながら、胸の柔さも同時に痛感した。

 

 

「……柊?」

「いや、そのっ」

 

 一睡してしまう前から具体的に言うと映姫さんに怒鳴ってから自分は何か可笑しかったとは思う。多分映姫さんにしか本心を見せたことがないからか。

 映姫さんには警戒を解いてしまっていたのが問題だったのか。

 ダイレクトに胸を触れてしまう。

 

「黒です! この変態ッ!!」

 

 

 そして札は、閻魔のビンタからは守ってくれなかった。

 

 




彼にもたまには平和な日があってもいい筈。


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19話 会話と帰りと悩み中

「……これはまた大きな怪我をして……」

「治せる?」

「努力はしてみる」

「分かったわ。お願いね」

 

 

 永遠亭にて。

 

「翔はとりあえず医者に任せる。というかそれしかないし……それより問題はアンタよね」

「……」

「スキマで逃げようなんて考えるんじゃないわよ。そんなことしたら今度こそ退治してやるわ」

「……分かってるわよ」

 

 ムスッとした顔で霊夢を睨む紫。

 

「……それより咲夜はどうなの? レミリア」

「別に気を失ってるだけ。すぐに起きるそうよ」

「そ。魔理沙と一緒ね」

 

「……人間って弱いわねぇ」

 

 ケラケラと笑うレミリア。

 その笑いには侮蔑も嘲笑もなく、霊夢の眼にはただただレミリアの自虐の笑みとしか映らなかった。

 

「……気にしなくていいからねレミリア。あいつはきっと帰ってくる。約束したんでしょ」

「……うん」

「咲夜も倒れて焦る気持ちは分かるけど。今はグッと堪えなさい」

「……そうね」

 

 ようやく苦しそうな笑みを払ったレミリアを見て、安堵する霊夢。

 

「それじゃあ私はもう行くわね、美鈴たちにも伝えないと。きっと心配してるから……ありがと霊夢」

「ん、それじゃあね」

 

 パタン、とドアを閉めて出て行くレミリア。

 きっと彼女も寂しいのだろう。

 その1分後くらいに、お医者さんがいらした。

 

「とりあえず、生命を繋ぎ止めることには成功したわ……」

「 そうですか! ……やっぱり後遺症とかは?」

「ええ、大変だったけど何とかなったわ。後に残る障害はない。まぁ、傷跡だけは残っちゃうけど」

 

 医者帽を掛けて、椅子に腰掛ける。

 

「けどいつ目を覚ますかは分からないから気長に待ってあげて」

「はい、ありがとうございました」

 

 

「私は一旦休むから、何かあったらウドンゲ……あー、兎耳が付いてる紫髪の子に聞いて」

「何から何までありがとうございます」

 

 窓越しに、月を見上げる。

 何も変わらない月。というよりも普段マジマジとは見ない月。

 そんな物をまじまじと見つめてしまうくらいには焦っている。

 

──なーに私までちょっと心配してるんだか。

 

 彼ならきっとまた起き上がる。

 

「紫。私も一旦神社に戻るわ、そいつの事頼むわね」

「あ……」

 

 有無を言わせず窓から飛び出て行く霊夢。

 

「……」

 

 徐々に手を翔に近づける紫。しかしその右手は、止められた。

 

 

 

「……幽々子、どういうつもり?」

「どういうって?」

「なんで、私の手を握るの」

「……だって貴女何をやらかすか分からないじゃない」

「……もう手は出さないわ。誓う……それに」

 

 西行妖がただの木に戻った今、彼を殺しても意味はない。むしろ状況は悪化するだけだ。

 

「……ごめん幽々子」

「……ようやくいつもの紫に戻ってくれたみたいね」

 

 幽々子が沢山の医療器具に繋がれたまま寝ている翔の頭を撫でる。

 

「私は西行妖に身体を奪われている時も意識があった。だから分かるの。この子は優しい子よ。決して幻想郷を危ない目には合わせないわ。……こんな子が異変なんて起こしそうもないしね」

 

 クスッと笑う幽々子。あんな異変が起こったすぐにここまで冷静さを戻しているのは友としても尊敬する。

 

「私は私を裏切った貴女より、助けて貰ったこの子を信用する」

「……っ」

 

 核心を突かれた。

 でも当然だ。裏切った奴よりも、助けてくれた人を信じるのは。

 

「……ごめんなさい幽々子。許されない事をしたのは分かってる。けど、私は幻想郷を滅ぼしたくなかった」

「……もう怒ってないからいいわよ。あ、でも今度ご飯奢ってよね……そもそも、この子の何がダメなのよ」

 

 

 博麗大結界に携わった霊夢でも気づかなかった事実。けれど紫は突き止めていた。

 

「……本来の神隠しや幻想入りを、翔はしていない」

「……?」

「彼は異世界から来たのではなく、異次元から来たの」

「異次元から……?」

 

 そう、紫は同意した。

 

「彼は自分の最期を迎える前にとんでもない欲望の力を生み出した。その力のお陰でこの幻想郷に偶然すり抜けてしまった」

「博麗大結界は? そういう時の為の結界でしょ?」

 

 

「博麗大結界は異世界からの認識を阻害させる為のもの。異次元の為の結界なんて作る事は出来ない」

 

 思えば、本当にとんでもない偶然が重なったものだわ。

 

「別次元からこの幻想郷に自分の力だけで紛れ込んだのよ、彼は」

「それってとんでもない力を使うんじゃないの?」

「その通り。結界を緩めたにしたって通り抜けるには相当な力がいる。けれど彼はそのノルマを達成した。とんでもない欲望を抱えてね。そしてその力はそのまま彼の欲望を叶えて、ベルトとメダルを構築した」

 

 成る程。と頷く幽々子。

 

「別次元って……私が今見てる恋愛少女漫画の女の子が現実に出てきた。みたいな感じ?」

「ええ、そうだけど……貴女そんなの観てるの……」

「妖夢が観てたから私も借りたんだけどこれが割と面白いのよね」

 

 幽々子は相変わらず可愛い性格をしている。

 幽霊になっても乙女は変わらず、ね。

 

「あら? でもそれって逆を言えば……」

「ええ、もしかしたら私達も彼にとっては少女漫画のキャラだったりするのかもね」

「なーんか、恥ずかしいわねぇ、ウフフ」

 

 なんか変な話にドンドンズレていっちゃってる気がするわ……。

 

「それで? 翔くんが次元を超えると何か問題があるの?」

「彼がくる事そのものに異論はないのだけれど……」

「けど?」

「異次元から来た人間の認識を阻害する結界は張ってないから……」

 

 ハテナマークを浮かべる幽々子。

 

「幻想郷を覆う結界は主に二つ。現世との認識を阻害する結界。そして、忘れられたものと知られているものの調整を下す結界」

 

 でも。

 

「異次元の人間をこの次元の地球から守る為の結界はない」

「……具体的にはどうなるの?」

「彼の認識に沿って言うなら……仮面ライダー達が存在する地球の人間達からはここを探知する事が出来てしまう、という話よ。あと彼がいた地球からもね。まぁそっちから来ることなんて不可能でしょうけど」

 

 あぁ〜と手を叩く幽々子。

 

「それって問題あるの?」

 

 ズコッ。と思わず古典的な滑りをしてしまった。

 

「……幸い彼の世界の月には何も居なかったからそれは良かったのだけれど……この世界の月の民と、地球の悪い奴等が翔を見つけてしまう恐れがある」

 

 それは同時に幻想郷も見つけてしまうという事だ。

 

「そうなれば幻想郷に地球からの侵略者が攻めてくるわ」

「……見つかる可能性ってあるの?」

「彼の世界の技術では無理だろうけれど私達の世界の地球の技術を舐めてはいけない。月の民にしたってそう……今まで隠蔽出来ていた事が出来なくなってしまう……それに」

 

 一番怖い事は、知らない事。誰だって分からないものに飛び込むのは怖いのだ。

 

「彼が来た事で何が起こるのか未だに未知数なのが怖いのよ……」

 

 初めての事象だった。こんな事予測出来る訳がない。

 

「だから事態が手遅れになる前に、西行妖ごと彼の全てを無かったことにしよう……と思ってた」

「この子に罪はないのに……?」

 

「ええ、それが幻想郷の為……だった」

「幻想郷は全てを受け入れるんじゃないの?」

 

 異次元からの使者はまた別だ。

 

 

「彼を元の次元に返してあげる事は出来ないの?」

「……無理だった。彼は元の次元では車に撥ねられているの。けどあの子はここにすり抜けてきたと同時にこの次元の翔と調和する事でここに擦り込んで入ってきた……そう考えているわ」

 

 だから霊夢も元の世界には返してやれなかったのだ。だって同じ次元の人間ではないのだから。

 弾かれるのも当然だ。

 

「彼はこの次元と元の次元の狭間に生きている存在。どちらの世界とも混じってしまっている翔にはもう帰すという概念が成立しないの」

 

 完全に積みだ。

 

「あの子を保護する結界は……?」

「別次元とこの次元から同時に守る結界なんてどうやっても作れないわ。矛盾が発生するだけ」

 

 ああ、また考え過ぎた。クラっと揺れる。

 

「全員で何とかしましょう。他の方法がないかどうか」

「……そんな方法、あるわけ無い。私だって一生懸命に探したのに……」

 

 泣く私の頭を撫でる幽々子。

 

「分からないわ、まだ。最後の最後まで諦めちゃダメよ」

「……でも……」

 

「幻想郷の賢者さんなんだからこれくらいは何とかしてみてよ」

「幽々子……ごめんなさい、今日は、帰るわね」

 

「ええ、さようなら」

 

 

 

「……貴女もどうしていいか解らないんでしょう紫」

 

 

「……」

 その話を、ドア越しに聞いていた永琳は、静かに場を離れた。

 

 

 

 

 

「とんだ助平なんだねぇ、見かけによらず」

「全くです! まさか、閻魔の胸を人間が触るなんて……」

 

 閻魔界隈ではとんでもない事を俺はしでかしたらしい。

 いや、冷汗だらだらですよ。

 

「いや……全く意図してなかったんですけどね……ごめんなさい」

 

 胸を掴んでしまい、しばかれたのを小町に運悪く見られていた。

 いつから居たのかは知らんけど。

 

「私も貴方を子供だと侮っていました……」

「立派な獣だったみたいですねぇ、怖い怖い」

 

 小町が胸を両手で抑える。

 くそぅ、悪ノリが過ぎるぞぅ! 

 

「それで? どうだった? 翔」

「ちょっと!? 小町うるさいです!」

 

 ごめん映姫さん。

 

「柔らかかったです」

「貴方も反省していませんね!?」 

「しております、ええ、存分に」

 

 

「……というか、なぜ小町はさらっとここにいるのです!?」

「え? あ〜なんか今日は霊の気配がしなかったんでブラブラと」

 

 小町は相変わらずのようだ。

 

「よく上司にそんな堂々とサボり宣言ができますね……私はこれから裁きに行くのよ?」

 

 ちなみに俺はそれまでの付き添いである。俺は家事以外は基本暇なのだ。

 

「貴女もついでに裁きましょうか?」

「仮にも可愛い部下ですよっ!?」

「可愛い子にも旅をさせよというあれです。地獄の底へだけどね」

 

 ニコニコと悔悟の棒と呼ばれる鈍器をブンブン振り回す。

 

「こわ〜い……四季様、……あ、もしかして」

「?」

「四季様ってば、羨ましいんですか? この胸が〜♪」

「「なっ!!?」」

 

 四季様と、なぜか翔まで、顔を真っ赤にする。

 

「思い出しちゃったか、悪いね」

 

「小町ぃ……! なぜそうなるのですか……!」

「あわわわわ……」

 

 手に残る感触をフラッシュバックする翔と、本気で怒る映姫。

 

「冗談でーすよっ、四季様ぁ。冗談冗談」

「も、もういい加減になさい……!」

 

 最近楽しそうな顔が増えていたので、ついつい意地悪してしまった。と後に付け加えていう小町。

 

「翔も! そ、即刻忘れるように……!!」

「あ、は、はい!」

 

 恥を感じている姿があまりにも愛いらしく、思わず翔も動じてしまう。

 

「ゴホン! それでは私は仕事に行きますので! 小町は仕事に戻るように……!」

 

 どこかわざとらしい咳払いだったが、まぁいいだろう。

 

「は〜い」

「今日もお仕事頑張ってください、映姫さん」

 

「勿論です!」

 

 トコトコ階段を上っていく。

 

「よし、そんじゃまぁ、来なよ翔。どうせ暇なんだろ?」

「ん? ああいいよ」

 

 戻って、三途の川近くの小舟がある場所まで移動した。

 

「よっと」

 

 近くの岩場に座る。

 

「ん〜今日は人魂が少ないなぁ」

「いい事じゃんか」

「そうだねぇ……まぁ一応確認しに行こうか」

 

 

 

 

「なーんもいませんね」

「そうだねぇ。まぁ後から来るのかな」

「……ん」

 

 おかしな気配を感じる。しかも俺だけが感じてるようだ。

 

「なんだろ……」

「ん? どうかしたのかい?」

「なんか胸の辺りがモヤっとする……ッ!」

 

 小町の頭を無理やり下に押し込む。

 

「わっ!? 何なに!?」

「あれだ……!」

 

 今俺たちの頭を掠った。今対処してなかったらきっと頭をあれと打ち付けていただろう。

 

「……なんかいかにもな幽霊ですけど」

 

 ふわふわと白いマシュマロみたいな浮遊物それに雑に貼り付けたような骸骨マスク。

 

「……わぁ、初めて見た」

「あ、やっぱりあれ怨霊? 随分とデフォルメされてるけど」

 

 西行妖とやり合ってた時の怨霊はもっと人の苦悶の顔だったりが浮いてたんだけど、随分と可愛らしくなっている。

 

「ありゃ地獄の怨霊だね」

「……地獄にいる怨霊の方が可愛いのかよ」

「ハハ、見た目はね」

 

 小町の方を見やる。だが目付きは普段のそれではない。

 

「だが絶対お前は近づくな。下手したら精神が壊れる。最悪ここで何もかもおじゃんだ」

「……あ、ああ」

 

 これが職場モードの小町だろうか。こちらに敵意がないのはわかっていても怖い。

 

「さぁさ。なんでここに迷い込んだかは知らんがお前にはまた地獄に戻って貰う……よっ!」

 

 鎌を大振りする。

 

「──! なにぃぃっ!?」

 

 ヒュルンと避けて俺の方へ飛び込んできた。

 

「翔! 避けっ」

 

 思いっきり身体を横に傾けて、なんとか避ける。

 だが次は。

 

「えいっ!!」

 

 一瞬で俺の横に飛んだ小町が怨霊を横払いする。

 

「!? はやっ……」

「能力を使った……はぁ……あんま乱用しちゃいけないんだが……まぁいいや無事か?」

「ああ、うん……何ともないよありがとう」

「どういたしまして。それじゃ運びに行くかね」

 

 

「なぁ……小町?」

「ん〜?」

「なんか考え込んでない?」

 

 舟漕ぎしながら小難しい顔をする小町。

 

 

「あ〜……さっきの話しな、怨霊ってのはさ、普通近くの奴を狙いに行くんだけど。明らかに翔を狙ってただろ? それが不思議でさ」

「ああ、俺も変な感じしたんだよ……映姫さんが言うには俺の今の身体は怨霊達の力で構築してあるらしいしそれに惹かれたのかもな」

 

 そんなもんかねぇ。と溜息を吐く小町。

 どうやらさっきの様に息を詰めて闘ったりするのは好きじゃないらしい。

 

「当たり前だろ、ヒヤヒヤする人生なんて御免だね」

「お前らに追い回される側は気が気じゃないだろうけどな」

 

 死神が何言ってる。思わず笑っちゃっただろ。

 

「ていうか怨霊観たことなかったのか? 死んだ幽霊にも怨霊だっているだろ?」

「あ〜あれは地獄のって話し。まぁ怨霊そのものも珍しいっちゃ珍しいけど」

「そっか……調査でもする?」

「偶には四季様の肩を担ぐのも悪くはないかもねぇ」

「んじゃ……」

 

 調査隊! 出動だ! 

 

「……そのサングラスどうやって出した?」

「肉体を作れるならサングラスも創れるかなって」

「……スゴイネー」

 

 

 

「調査って言ってもさ何をすればいいんだ?」

「おん? まさか言い出しっぺが何も考えてなかったのかい!?」

「いやぁノリで言っただけだしなぁ」

 

 俺はあくまで地上には行けないし。

 

「映姫さんに聞くのが一番手っ取り早い気するなぁ……」

「……」

「……小町?」

 

(いい気分転換になるかもな……単純だけど)

 

「おーい? 聴こえてる〜?」

「……分かってないなぁ」

「え?」

 

 急に漕ぐ速度が上がる。どうしたんだ。

 

「何でもかんでも四季様に聞いて解決してたら面白くないだろ? それに私達で心労を和らげてやろうじゃないか」

「お? 何かいい案が?」

「とりあえずここにさっき来たばかりの霊がいるはずだからそいつと話そうかねぇ」

「やっぱりその場の勢いかよ!」

 

 

 

 

「お、いたいた」

「今度は普通の幽霊っぽいな……」

 

 いや自分で言ったが普通の幽霊ってなんだ。

 

「ほら、案内してやるから付いて来な」

 

「ハハ……やっぱ思ったよりフランクなんだよなぁ……」

 

 もっと死者の世界は殺伐としてるもんだと思ってたんだけどなあ。

 

「へぇ……そいつは残念だったねぇ。次の世では気をつけるんだよ」

「……何言ってるか分かるのか?」

「うん。こいつは家の建築をしてる所を屋根から落っこちて死んじまったらしい」

「あちゃ〜……それはまた……」

「所で聞きたいことがあるんだが〜」

 

 とりあえずは情報収集からという事だろうが、幽霊から手掛かりになる事が聞けるのか? 

 

「なるほどなるほど……ありがとな。あとはゆっくり休め」

 

 ふわり、と舞い彼岸の奥へと向かう霊。

 

「ん〜……」

「なんか分かったのか?」

「どう思うか尋ねたんだけど……偶々じゃない? だそうだ」

「偶々……ねぇ」

「まぁ今の今まで現世にいた奴が事情なんて知ってるわけないわな」

「そうだな」

「さぁ〜てどうすっかなぁ〜。直接行っちゃう?」

「行くって?」

「地獄」

 

 舌を出して、一つ目妖怪のように手を前に出す小町。だが翔は無視をする。

 

「映姫さんに怒られないの〜?」

「私がちゃんと見張ってるから大丈夫だよ、今度は怨霊から守ってやるって」

「……ほんと、今は小町が頼りなんだからな」

「わーってるって。でもさっきみたいな怨霊と会うことなんて早々ないよ?」

 

 そりゃそうだ。

 

「……うーん、そうそう丁度あんな感じ……ん?」

「……」

 

 小町が無言で回を漕ぐ速度を上げて行く。

 

「なー、小町。あれって」

「うん、怨霊だね」

 

 ウヨウヨいる。不幸中の幸いと言うべきか、まだ気づかれてはいないのかのらりくらりと漂っているだけだ。

 

「──ヘックショイ! …… あ」

「あ」

 

 全霊がこちらを向く。当然だよなぁ。

 

「小町ィィイイ!!」

「ぎゃあああああ!!!!」

 

 舟を降りて小町が逃げて行く。

 

「俺をまず助けてくれよ!? 水の中に入ったらダメなんだろ!?」

「はっ! そうだった!!」

 

 

 まただ。瞬間的に俺に近づき手を握って飛行する。

 

「ってうわぁ! 小町前! 前!」

「え? ……なっ!?」

 

 前方からも怨霊が近づいてくる。不味い、挟み撃ちだ。

 

「……ちっ!」

 

 鎌を振り回しながら回転する事で、怨霊達を退ける。

 

「いいぞ!」

「へっ! 死神なんだこれぐらい……!」

 

 三十回転程した後だろうか、徐々に勢いが消えて行く小町。

 

「? ……お、おいどうした? 小町」

「ほえぁ……ひぇゃ……」

 

 目が回転している。……おい。

 

「何自爆してんだコラー!!」

「おろろ……」

 

「ちっ……借りるぞ!」

 

 地面に転んで頭に星を回している小町は流石に頼れない。

 というか近くにいたら巻き添えを食らわすかもしれん。

 

「俺を追って来たんだろ! ……ッタァ!」

 

 鎌を一振り。しかし怨霊は鎌をすり抜ける。

 

「!? なっ……死神じゃなきゃ効果ないって事かぁ!?」

「に、逃げ……ろぅ……し、しぇう……」

 

 呂律も上手く回ってないじゃないか。このまま放置は出来ないな。

 って言ってもどうしよう。

 

「う、うしろ……! おろろろ……!」

「! しまっ」

 

 気づくのが遅れた。

 

「──!?」

 

 終わった。と思っていたが、怨霊は弾かれた。

 

「あ、あれ……?」

 

 周囲の怨霊達もビビってか距離を取り始めた。

 

「小町……はい! 背中乗って!」

「うぅ……いいから……四季様の所……」

「お前置いていけないだろ! 何かあってからじゃ……」

 

「──全くです!!」

 

 聞き馴染みのある声が、背後から翔に語りかけてくる。

 

「……えっ映姫さん!!」

「下がっていなさい、翔」

「は、はい……」

 

 悔悟の棒を振りかざすと同時に、呟く。

 

「貴方達が生者に手を翳そうとは……やはり問答無用で地獄行きね」

 

 一斉に怨霊達が映姫さんに飛びかかる。

 

「黒です!」

 

 

 

 

「うわーん!! 四季様〜!!」

「はぁ……全く」

「仕事終わり……ですか?」

「はい、帰ろうとした矢先貴方達の声がしたので……」

 

 小町が泣きじゃくる手前、怒鳴れずにいるのだろうか。

 けれど物凄く心配して急いで来たのだというのはかいている汗の量で察しがつく。

 

「……でも一応保険を持たせておいて本当に良かった……」

「え? ……あ!」

 

 さっき怨霊から俺を守ってくれたのは。

 

「御守りだったのか……!」

「それのおかげですぐに貴方を感知出来ました……まぁオイタをしていたようですが」

「……小町は悪くなくて……だから……」

 

 出来れば小町は怒らないであげて欲しい。

 

「とりあえず落ち着くまで私の家に居なさい小町も」

「うぅ……しきさまぁぁあ!!」

「ちょっと鼻水……!」

 

 

 

 

「──なるほど。事情は分かりました……」

 

 どうやら二人揃って器用には事を進められない性格らしい。

 

「私の事を慮ってくれた事は嬉しい。ですが心を鬼にして発言させてもらいます」

 

 ドン! と大きな音を立てて机を叩く。

 

「貴方達は何をしようとしたのか分かっていますか?」

「「いいえ……」」

「ならば申し開きの余地はありません。一から説明しますよくお聞きなさい」

 

 いつもとは違い説教が少し感情的になってる気がしなくもない。

 

「今の貴方は肉体から魂が解脱した状態にあります。ですが怨霊のエネルギーを持って肉体を構築した貴方は今確かに肉体を得ている。それは現実世界での貴方とも少なからずリンクしているのです」

 

 それはどういう事を意味するか。

 

「貴方がここで死ねばもう二度と元には戻れない。……それはまぁ肉体がなくてもそう。魂が消えてしまえば肉体は死んだも同然です……が」

 

 どうやら俺が肉体を得た事でよろしくない事情があったらしい。

 

「今の貴方自身が怨霊達に身体を乗っ取られればその瞬間に現実世界で意識を失っている貴方も共に生者にして地獄に堕ちることになるのですよ……!」

「……!」

 

 身体の中から何かが落下するような、寒気がする。

 

「地獄からの使者が貴方の肉体を奪いに行くでしょう。そしてそのまま地獄で苦しみを味わい続けることになる」

 

「そうなっては何もかもが終わり。貴方の努力も水泡に帰っするんです!」

 

 もし俺が映姫さんから御守りを貰っていなかったら、事実そうなっていた。

 

「……昨今怨霊達が炙れ出していた。……小町! 貴女にも私は警告した筈よね!?」

「はっはい……御免なさい……!」

 

 

 

 無念の顔を浮かべる映姫。

 出来ればその類の心配事は翔に負わせたくなかったのだ。

 より心労を増してしまうだろうから。けれどそれが逆に仇となった。

 小町と共にいることで地獄の恐ろしさというものを軽んじていた。

 

「……だから。私は送り迎えは家を出るまでで良いと言っていたんです」

「……ごめんなさい」

 

 翔は深く頭を下げて、小町は目尻に涙を溜めている。二人が猛省している事は映姫にも充分伝わった。

 

「……もう良いです。頭をお上げなさい」

「…… グスン御免なさい四季様ぁ……」

「小町……貴女が私と翔を気遣って行動した事は本当に嬉しいの。でもだからこそ……これからはよく考えて行動をする様に」

「ぅ……四季……様……」

 

 よしよし、と頭を撫でながら宥める映姫。

 

「今日はここで寝ていきなさい。もう説教はしないから……」

 

 

 

 

「はぁ……」

 

 もう夜はここで木々を観るのが日課になってるな。

 元の生活に戻っても同じことをしそうだ。

 

「……小町にも映姫さんにも悪いことしたなぁ」

 

「そう思うなら、少しでも善行を重ねなさい」

「……映姫さん」

 

 怒られたばっかな手前、少し顔を見るのも気まずい。

 

「今回は貴方達の善意と配慮が空回ってしまいましたね。……小町も泣かせてしまいました……」

 

 まだ全ての面の映姫を見た事はないと思うけれど、落ち込んでいる映姫を見るのは稀だと翔は思う。

 

「私が不甲斐ないばかりに部下を危険にさらして貴方に取り返しのつかないことをさせてしまう所でした……私はつくづくダメですね」

「怒られた俺が言うのも変な話かもしれないですけど……」

 

「……色んな人が色んな考え方してるのに、自分の思い通りにいくことなんてそうそうないと思います」

 

 今回だってそうだ。そしてきっとこれからもそう。

 

「意見の食い違いだったり……思いやりのすれ違いとか……きっと俺達人っていうのは友達と仲良くする事だって簡単な事じゃない」

 

 ここに来て分かった事がある。それは俺が一人で生きてる訳じゃないって事。

 

「自分が正しいと決めつけたら友達と喧嘩したりもするだろうし……戦争だって起こしてしまうかもしれない……」

 

「もしかしたら自分が間違ってたのかなって思ってしまうかもしれない……けど」

 

 美鈴やレミリア達は言っていた。

 

『……絶対見捨てませんから!!』

『苦しかったのね……貴方も』

 

「相手が自分を思い遣ってくれたのを知ってるから……きっと仲直り出来るんだと思います」

「……」

 

 きっと映姫の思いやりも間違ってない、小町の配慮だって正しかった筈なんだ。ならまたすぐにいつも通りの関係に戻れる。

 互いが互いを慮った故のすれ違いなら、再び歩み寄ればいい。

 

 

「小町はきっと映姫さんに感謝してますよ。勿論俺もです」

「……ふふ、どうやら今回は私が貴方に教えられたようですね」

「あ、いや生意気言ってすいません……! あくまで自論なんで別に……!」

 

 そりゃ閻魔なのだから俺の言うことなんて当然分かってるよな。

 しまったぁ、カッコつけて言ったのが余計に恥ずかしい! 

 

「ありがとう。貴方……というより人間の倫理観には学ばされる事がある。……もう、昨日の苦しみに対しての答えを見つけたようですね」

「……いろいろ考えてみました……正直なところ、まだ前向きにはいられません。俺がみんなといていいのか、生きるに値するのか、いない方が皆幸せなんじゃないかって。……でも、小町から教えてもらいましたから。それは逃げだって」

 

 映姫は黙って翔を見る。

 

「だから、俺から先に、二人に謝りに行こうと思います。それで許してもらえなければ、もうそれでいいです。……不貞腐れた訳じゃなくて、仕方ないって、思えるから」

 

 

 

「二人が身体はって守ってくれたのに俺が逃げるなんて出来ない。俺……帰ってまずは二人に謝ろうと思います。それからはもう逃げません」

「フフ、それがいいと思います」

 

 俺の周りにいた筈の人達のことを忘れてはいけない。

 

「まだ、心のもやが晴れたわけじゃないけど……みんなを傷つけた事、西行妖を殺した事。ちゃんと背負って生きていきます」

 

 

「……それじゃ、俺はもう大丈夫ですから……映姫さんは?」

「私ももう大丈夫です。戻りましょうか」

 

 

 それからというもの、特に事件に当たる事も起こらないまま一ヶ月経過した。

 

 

 

 




殺伐な現界と平和な地獄、的な


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20話 小町と名残とリボーン

「柊、今良いですか?」

 

 コンコン、とノックの音がする。それに柊が答えた。

 

「どうぞ」

「失礼します。いきなりですが、帰れるようになりました」

「え? それは……本当にいきなりですね」

 

 ヒラヒラと、映姫が札を見せる。

 

「これを貴方の頭に張れば貴方に害は一切ないまま怨霊が貴方の霊魂から離れていき、貴方の魂だけを保護できます。あとは冥界の女主人の手を借りれば良いので貴方を現世に返すのは容易です」

 

 仕事しながらも、しっかり問題を解決してくれた映姫には喜びを感じずにはいられなかった。

 

「早いですね!」

「ええ、ですがもう少し待っていただきたいのです」

「?」

 

 映姫が少し言い淀む。

 

「怨霊が抜けるまでは良いのですが。その後貴方の魂がここに漂流するのは少々危険すぎるので。冥界の主人を先に呼んでおいて、万全の状態で行いたいのです」

「なるほど……」

「なので、それまではゆっくりしていて下さい。準備が出来たらまた呼びます」

「あ……」

 

 という事はここでの生活ももう終わりを迎えるという事だ。

 

「あの、俺も今日はついて行って良いですか?」

「?」

 

 以前地獄を小町と探検していた時説教をされた事は記憶に新しい。怨霊に触れてしまうリスクも分かっている。

 だがここでの暮らしもおそらく最後なのだ。

 

「最後くらい……一緒にいたいです」

「……ええ、分かりました良いでしょう」

 

 柊と映姫が仕事場に着くなり、護衛用という事で映姫の隣に着くことを許可された。

 

「裁判を開始します!」

 

 淀みや緊張、緩慢怠惰など一室に蔓延る全ての空気を薙ぎ払い、ドアから霊を呼び込む。この部屋に入るなり霊が身体を持ち始める。

 

 これが裁判の形式らしい。

 

「ははぁ! 閻魔様!! 私目は必死に生きておりました!! 地獄など行くはずもないですよね!?」

 

 映姫は浄玻璃の鏡を見て、霊の過去を見る。

 

「──クロです。それと私の言葉なしに勝手な発言は慎むように」

「なっ……納得いかねぇ! なんでだ!!」

「必死に生きている、と言っていましたね。それは嘘ではないでしょうね」

「でしょう!? ならなんで 俺が地獄行きなんだ!?」

 

 映姫は淡々と述べる。

 

「自分が生きる為に他人を蹴落としているからです。そして貴方に弁明は許されない」

 

 心当たりがあるようで、顔を顰める霊。

 

「森で迷う人々を何度も騙しては殺して持ち物を奪うことで生きていたようですね。そして死因は崖からの落下死。貴方は紛れも無い黒……私の判決が覆ることはない。諦めなさい」

 

 歯軋りをして、椅子から立ち上がる霊。

 

「あ、あぁぁぁぁ!!!!」

「さようなら。地獄で罪を見つめ直し、少しでも償うように」

 

 

 『ぁぁあ!』 と叫びながらその霊は二つあるうちのドアの赤黒く禍々しい色の方の扉に吸い込まれる様に流されて行った。

 

「……次の方を通して下さい!」

 

 ヒョロヒョロ……とゆっくり来る霊。具現化すると、ご老体であった。

 

「……」

 

 次いで浄玻璃の鏡を見る。

 

「……シロです。清き生き方をしましたね。これからは平穏の地でゆっくりなさい」

「……ああ、閻魔様……ありがたやありがたや……」

 

 水色で綺麗な色をした扉に手を出して指示していく。

 

 

 その繰り返しでかれこれ数時間が経った。

 

「今日はこれで最後ですね……ではどうぞ」

 

 実体化したのは、小さな少女。

 その少女を見て何かが、変わった。ただの、気まぐれな勘。というか、何かが変というか。違和感を感じた。

 

「……なん、だ?」

 

 柊は言語化出来ない妙な感覚に襲われる。一度繋がったことがあるというか、妙な心持ちだった。

 

「どうかしましたか? 柊」

「あ、いえすいません……」

 

 少女が一歩足を進めた瞬間、少女と柊の距離が近づいた瞬間に、体に電気が走る。

 

 ──間違いない。この子と俺はどこかで会っている。

 

「ゴホン……では貴女のこれまでの生き方を拝謁させてもらいます」

 

 浄玻璃の鏡を見ると、映姫が少し固まった。

 

「……貴女は……」

「閻魔様……少しいいですか?」

「……はい、許可します」

 

 そういって少女は、柊の元に来た。

 

「? ……ど、どうしたの……?」

「ありがとうございました」

「……ん?」

 

 ペコリ、とお辞儀する少女。しかしこちらには何が何だかだ。

 

「私が説明しましょう」

 

 話によると、少女の死因は親に殺害されたとのことだった。

 そして自分に関係があるのはここからだが。

 

「この子はその時に殺された嘆きで怨霊へと昇華してしまったようなのです」

「怨霊……?」

「珍しいことではありません。幼子でも悪霊として目覚めてしまうのは」

 

 世界は常に理想を歩いてはいない。理不尽な事も、少女が怨霊になる事もあるだろう。

 

「でも怨霊って一度怨霊になったらずっとそのままで……死ぬも生きるも関係ないって」

「そう──その筈だった」

 

 映姫は一呼吸おいて。 

 

「彼女は、西行妖に取り込まれた霊です」

「……な」

「西行妖の取り込んだ霊はあまりにも多かった。そして、半人半妖の少女の手で成仏された霊も。今まで少しずつ少しずつ裁判をしていってようやく終わりが見えていたのですが……彼女はその中でも最後尾だったようですね」

 

 少女はこくりと頷いた。

 

「詳しいことは省きますが……基本的に死者は徳の高い者から運ばれていきます。基本的にはお年を召した方から。ですから彼女が最後だったのでしょうね」

「この子が最後だって……分かるんですか?」

「少女の記憶を辿って最後の一人だということが分かりました」

「……」

「少女の最後に見た景色が、西行妖という器を失った幽霊達が全て浄化している記憶だったので」

「──」

 

 合点がいった。同時に後ろめたさも湧き出てきた。

 

「……俺の、所為」

「違います。貴方の責任ではない。手を下したのは貴方ではないのだから」

 

 映姫の言葉に柊は返す。

 

 

「……あの異変がなければそもそもこの子が死ぬことは……」

「そういうことではありません。第一、貴方も分かっていたから助けようとしたのではないですか?」

 

 そう、その通りだ。柊は、ふと我に帰り異変の時を思い返す。あの時の怨霊たちは皆、助けを乞うていたことを思い出した。

 

「この子はずっと苦しんでいた。いっそ浄化されたかった」

 

 そうだ。それが可哀想だったから、動かずにはいられなかったのだ。

 

「形はどうあれこの子は貴方に助けられたのです」

 

 コクンと、固い意志で頷く少女。

 

「お兄さんの顔は、一度見たから……一度ごめんなさいって言いたくて……」

「……ああ、思い出した」

 

 西行妖と戦っている時、一度西行妖の中の霊を引きづり出そうとした時に、怨霊たちの顔を見たことがあった。コロス、コロス。と嘆いてる怨霊たちの中に、たしかにこの子の顔を見たことがあった。

 

「ずっと、痛かったの、怖かったの。けどね、お兄さんとお姉ちゃんが助けてくれて、お姉さんがここまで送り届けてくれた」

「おそらく、お姉さんとは西行寺 幽々子の事でしょう」

「それと、傷つけて御免なさい。私もあんな事したくなかったけど、身体が勝手に動いて、ずっと、ずっと、許せないって……」

 

「……」

 

 こんな形でお礼を言われるとは思わなかった。

 それに、こういう形で助けていた人がいたことも。

 

「……よかった、こっちこそ、ありがとう」

「……はい!」

 

「もう、良いですか?」

 

「グスン……ありがとうございました!」

 

 席を立ち、少女の頭を撫でる。

 

「……浄化されたとはいえ貴女は怨霊です……貴女は」

 

「地獄行きです」

「……え」

 

 

「弁明は許されません。さぁ、あちらの扉を進みなさい」

「はい、ありがとうございました」

「ちょ、ちょっと……!」

 

 クルリ、と回って再びお礼を告げる。

 

「本当にありがとうございました、お兄さん」

「……いや、そうじゃなくて……!」

 

 トテトテと歩く少女の後ろ姿を見送った。

 

「……あ」

「お疲れ様でした、帰りましょう。今日はこれで私の仕事は終わりですので」

 

 

「……映姫さん……」

「……皆まで言う必要はない。貴方が聞きたがっている事は分かっています」

 

 映姫さんは、地獄のシステムを話す。と言ってから切り出した。

 

 

「そもそも地獄のシステムとは小町等死神が彼岸へと霊を伝い運んで私達の元まで流れ着いた霊を私達閻魔が地獄か天国かを見定めるシステムとなっています」

 

「地獄の裁判には再審も抗告もない。全てが閻魔の一任です。弁明の余地すらそこにはない」

 

 どんな霊であっても其の物が地獄行き、天国行きかは閻魔が決めるというものだ。

 

「こと今回の少女に当たってはレアケースでした。彼女は生前若くして死んでいる。つまり白でも黒でもなかった。まだ純真無垢な幼女そのもの。……ですが怨霊へと変わってからは数人を地獄へと誘っている」

 

 怨霊とは、そもそも何なのだろう。怨霊の性質そのものは小町に聞いたが、何を為す者なのか、あまり分かっていないというのが実の所だ。

 

「多少は小町に聞いているでしょうが、怨霊は人間に害を為す。取り憑かれた人間は死後地獄へ行くことになる。そして地獄に落ちた人間もまた怨霊へと変わる、怨霊とは負のサイクルを繰り返すだけしか出来ない霊なのです」

「……それで」

 

 今だに少女が地獄に落ちたことに納得はいかない。なぜ怨霊に取り憑かれた人間は地獄に行かなければならないのか。

 

「怨霊は疾く、地獄へと変遷しなければならない。そして己の罪の重さに気づく必要がある」

「……何も悪い事はしてないのに……」

「……問題は怨霊になってしまった。という事。怨霊は妖怪としてカテゴライズされます。──人間が妖怪になることそのものが禁忌なのです。博麗の巫女に教わりましたね?」

 

 確かに、以前霊夢とどこかで会った時に、そういう会話もあった気がする。

 

「それそのものも罪ですが、怨霊になってからの悪事もやはり見逃していいものではありません」

「……でも」

 

 彼女は俺に向けて謝罪した。とても地獄に陥る器じゃなかったのに。それでも地獄に落ちなければならなかったのだろうか。

 

「……そう悲しい眼をしないで。大丈夫です。あの子なら」

「……?」

「彼女ならきっと己の罪にすぐ気づき地獄に渦巻く輪廻の輪から外れる。行政(おに)から刑罰を受ける暇すらないでしょう」

「なら……救われるって事ですか?」

「はい。本当の極悪人とは自分の罪に気づいてすらいない者の事。自分を善人だと信じて疑わない者。今日貴方も見た筈です」

 

 最初の霊の事だろう。己の罪に気づかぬ人。最もタチの悪いのはそういう人間だと。

 

「ええ、かのような者達は鬼に厳しい罰を与えられ自分の罪に気づくまで痛い目に合う必要がある。ですが、彼女はすでに十分すぎるほど理解している」

 

 映姫はわずかに悲しそうな顔つきで。

 

「……心配せずとも大丈夫ですよ」

「……そっか」

「……それと、補足ではないですがね」

「?」

 

 まだ、何かあるらしい。

 

「彼女は貴方と魂魄妖夢に本当に感謝していました。それはお忘れなきよう」

「……はい、妖夢ちゃんにも言っときます」

「ええ、そうしなさい……やはり少し気にしていますか?」

「まぁ……いざ事件の被害者と面合わせちゃうとそりゃ……気にします」

 

 一瞬、口籠もってしまう。

 

「……でももう大丈夫。……独りよがりで気にしたりしません。感謝されたのに落ち込むなんて……失礼だから」

 

 見返りを求めているわけではない。けれど、ありがとうと言われると嬉しいし。

 戦ったのは間違いじゃなかったと思える。

 

「……ええ、貴方のした事は、間違いではなかった。それは私が保証します」

「……はい……凄いいい子でしたねあの子」

「……ふふ」

 

 

 ──そう思える貴方こそ。良い子なのは貴方もそうだ。

 

 

「……ふふ、外の世界の人間とは思えないほどの善き人ですね」

「……?」

「いえ、何でもありません」

「うふふ、これまた閻魔様は随分人間とイチャイチャして、レアな組み合わせですこと」

「あら、いたのですか、西行寺 幽々子。わざわざ申し訳ありません」

 

 映姫と柊が後ろを振り向くと。

 

「気軽に幽々子、幽々子ちゃんとでも呼んでもらって良いですわ」

 

 ふわり、と上空から降りてくる幽々子。

 

「こうして話すのは、初めてね。けど西行妖に憑かれてた時もずっと視界は共有してたのよ? ありがとね、助けてくれて……よろしく、柊くん」

 

「幽々子さん……いえいえ……気にしないでいいです。本当。俺が殴ったり蹴ったりした怪我はもう大丈夫ですか?」

「ええ、完治したわ」

 

 うふふ、と扇子で口元を隠しながら笑う。顔が笑っているかは分からないけれど。

 

「最後の霊を観ましたが、確認しておきます。もう、霊は全て還したのですね?」

「ええ、可哀想だけれどあんな事があった後だから、また霊に何かあっても大変ですし」

 

 西行妖に吸い取られた霊達は全て、浄化してしまった。

 

「それも今日で終わりよ、今日でまた一からやり直しましょう」

「……それでは、これで地獄生活もお終いですね。今までお疲れ様でした、柊」

「……ああ」

 

 もう、これでここでの暮らしも終わりなのか。あまりの濃密な暮らしで、名残惜しさすら感じる。

 

「おーい!!」

「……ん?」

「あら、閻魔様の部下ですか?」

「ええ……全く遅いわよ、小町。仕事が終わったら裁判所に来るよう言ったのに。あなたサボってたでしょ」

「ご、ごめんなさい。もう帰るとは思ってなかったから……!」

 

 バタバタと走って汗をかいている小町。折角能力あるんだから使えばいいのに。

 

「はぁ……はぁ……」

「大丈夫か? ……最後までドタバタだったな、はは」

「……覚えてるかい? 前言った事」

「……うん、覚えてるよ」

 

 ニッコリ白い歯を見せて笑う小町。

 

「だったらあたいから言う事はねぇや! またな!」

「うん、またな」

 

 互いにハイタッチを済ませて、柊は映姫を見る。

 

「! ……そ、そうですね。次は私ですか」

「あー……いやないなら別に……」

 

 柊はシクシク泣くフリをして言う。

 

「ち、違います! 一旦整理してから言おうと……!」

「あははは、分かってますよ。待ってます」

「む! そ、そういう悪戯は感心しませんからね……!」

 

 赤面した映姫が数秒して、口を開き始めた。 

 

「現世に帰っても変わらずここに居たように善行を積む事。貴方はそう……少し自身への過小評価が過ぎる。もっと自信をもって〜」

「うわぁ……貴方もいつもこうやって怒られてるの?」

「あーうん……あちゃあ……」

 

 まさかの説教。三時間ルートか? 小町と幽々子が頭を抑えている。

 

「〜〜だからもう少しくらい……」

「四季様! ちょ、ちょっと……」

「む。私の話の途中ですよ!」

「いいからいいから……!」

 

 映姫は仕方ありませんね……と言って小町の方へ振り向く。

 

「なんです?」

「もう会えないかもしれないのになんで説教しようとしてるんですか! 最後くらい友達感覚で送って行ってあげましょうよ!」

「言っていることは最もですが、会えないかもしれないから大切なことを最後に伝えようと……って友達感覚……ですか?」

 

 小町は珍しく熱心な顔で映姫に語る。

 

「最後に締めっぽい話で終わったら多分あいつも記憶から消しちゃうますよ!? 最後はもっとポジティブに終わらせましょうよ!」

「まぁ、小町ちゃんの言う事も一理あると思いますわ。今回は閻魔様としてでなく四季映姫様として話してみるのもいいと思いますわ」

「わ、私として……いや、閻魔として私は彼に善性と悪性の有無を語る必要性が……」

「言わなくてもあの子なら分かりますわ。それより二度と会えない人とのお別れが説教だなんて、私だったら憤慨ものだけれど」

 

 腕を組んでうーんうーんと悩む映姫。

 

「(そんな悩むことかしら? 貴方の上司って見聞通りすごくお堅いわね)」

「(とことん真っ直ぐなんだよ四季様は)」

 

「は、ははは……」

「……ふむ」

 

 映姫はぎこちない動きで柊に近づく。何を言うか決まったのだろう。

 

「えっと……私個人の話ですが……貴方がいた間は私も退屈なく新鮮な気持ちで過ごせました。とても有意義で、ええ、ええ」

「……?」

 

「(クスッ……頑固で有名な閻魔が口籠るなんて面白いもの見せてくれたわねぇ。部下との別れもあんな感じなのかしら)」

「(四季様はああみえて人より人間臭い所があるんだよ)」

「(そ。確かに貴方を部下にした所を見ると納得だわ)」

 

 四季の違和感にちょっと気づいた柊と、理由も察した幽々子はニコニコしている。

 

「そ、その……本来は閻魔が個人にこういう事を言うのは褒められた行為ではないのですが……長く共にいた者がいないのはどこか寂しいなんて、思ったりもします。ええ」

 

 少し頰を赤らめている。こんな恥じらい方をする映姫を柊は見た事がなかった。

 

「……普段説教ばかりでまともに話したことがあるのは小町や職場仲間くらいなものだったので……新鮮な気持ちでいられました、ありがとう」

「……また、会えるならその時は出来れば笑顔で会えると、嬉しいです……ええ、……元気になさい」

 

 柊は笑顔でこくりと頷いた。

 

「ああそれと……柊、貴方は私に対して尊敬の念を持っていましたね?」

「え、ええ」

 

 ちょっと真面目ムードで、会話を切り出す映姫。それを自分でいうのか、と一瞬柊は戸惑ったが、真実は真実として受け止める映姫ゆえの発言だろう。

 

「私の仕事は沢山の人々を公平に裁くこと。だから私は決して人々を救えません。普段空いた時間で現世の者達の罪を軽くしようとは思っていますがやはりそう効果はない。私はやっぱり導く事が主な仕事柄なんです。だから……」

 

 一瞬口ごもって。

 

「私の願いを叶えられるだけの力を持っているかもしれない、貴方だからこそ、言ってみます」

 

 柊は頷く。

 

「貴方は、ただの人間だからこその苦しみを知っている。そして本気で仲間を笑顔にしたいと思っている事も分かっています。だから、私も貴方を信じてみます」

 

 小声で、心の底からの声が出る。

 

「今の時点でも、貴方は自己を過小評価してしまっているけれど、これから先、もっと沢山貴方の自己に対する信頼が揺れる事がきっとある。善悪に関わる物事に関われば尚、です。そういう時は仲間を頼りなさい。幸い、幻想郷の住民は心が清い人間も多い。間違えた時はきっと誰かが教えてくれるだろうから」

 

 

「少しでも多くの人を幸せにしなさい。応援しているから」

「……はい」

 

 いいムードで終わる、かと思いきや。

 柊の肩にチョンチョン、と幽々子が手を当てる。

 

「柊くん、ちょっとこっちにおいでなさい」

「……?」

 

 なんだろう、と思いながら、2人がコソコソ話しをしているのを見ると、急に柊の頭が噴火しました。

 

「ちょっ……幽々子さんそれは流石に! ……」

「いいじゃない、今までのお礼とでも思って、ね?」

 

「う、く……」

「お? お? 何かするつもりかい?」

 

 なんでしょう? 私の目の前に来て、ずっと黙りこくっている。

 

「その、映姫さん、が前に俺に言った通り……えっと……俺もすごい嬉しいです」

 

「? 何が言いたいか、容量を得ませんね……ハッキリ言ってみては?」

「ああ、もうはい!!」

 

 その時、身体がぎゅむっと縛られた。

 

 

「「わーお!」」

「今まで凄く助けられましたっ! きっと貴方に裁かれた多くの霊もそう思ってるだろうから、そのお礼も兼ねて…… あ、ありがとう!」

 

 よくよく状況を整理すると、私に柊が抱きついている。

 

「ん? ……んなあっ!!?」

 

 四季映姫にとって、今何が起こっているのか、理解ができない。

 

「そ、それじゃあ、お札をお願いします!」

「!? ……ど、どうぞ……?」

 

 頭が回らない、何があったかわからないままサッと渡してしまった。

 

「あーっはっはっは! 二人とも良い顔が見れたよ!!」

「うふふ、ウブねぇ、閻魔様。それじゃあまた良き日にお会いしましょう?」

 

 ペタッ。と柊の頭に札をラフに貼って、怨霊を吹き飛ばす。

 

「うわっ身体透けとる!? そ、それじゃあ映姫さん! 小町も! また今度!」

 

「え、ええ! また今度! 」

「じゃあな〜偶に会えたら会いに行くよ!」

 

 ガッツポーズを残して。

 一瞬で移動し一目散に消えた2人。

 そして、映姫はそのまま、立ち往生していた。

 

「……四季様?」

「……感謝……ですか、……ふふ、確かに。感謝を口にされるというのはとても嬉しいです。ありがとう……」

 

 

 

 

「さぁてと……こっからは私の番ね〜! 張り切っちゃうわよ〜!」

「お願いしますね、幽々子さん」

「うん! ……けど良かったの? 小町ちゃんとはあれだけで?」

「……」

 

 

 

 帰った当日からほんの少しだけ前のこと。

 

 

「もう少しで帰れるそうだよ。あと数日じゃないかなぁ」

「ん? ああ、俺? ……そっか……なぁんかここも名残惜しいなぁ」

「ははは、生者がそんな事言ってんじゃないよ。……なぁ、ここでの生活は楽しかったかい?」

 

 まだ一ヶ月程の時間しか過ごしていないけれど、それでも十分過ぎるほど価値のある時間だった。

 

「暇な時間は多少あったけど、小町も映姫さんとも沢山話せたし楽しかったよ! 探検だったり出来たし」

 

 おかげで地獄の怖さを思い知らされたけどな。

 

「あははっ! あれは本当にごめんなぁ、私も悪かったよ」

「ううん、今となっちゃ良い思い出だよ。……うんほんとに」

「……そっか」

 

 小町はまーた小難しい顔をしている。普段そんな考え事なんてしてないだろうに。

 

「どうしたんだよ? 何かあったのか?」

 

「……もう帰れるかい? 大丈夫か?」

「……ああなるほど……」

 

 あの苦しみを引っ張っていたのは俺だけじゃなかったらしい。

 まだ小町も心配してくれてたんだ。

 

「……はっ、心配してくれてたとはね。小町らしくないよな」

「そ、そりゃするよ! だって……あれから一向に話さないじゃないか」

「もう大丈夫だよ。お前俺が映姫さんに宥められてた時見てただろ」

 

 ぶっとお茶を吹き出しやがった。おい。映姫さんのだぞ。

 

「き、気づいてたのかい!?」

「いや、適当に言った」

「に、人間に騙されるなんて……」

 

 ショック……と肩を落とす小町。

 

「……映姫さんの仕事を軽くする為に俺達で怨霊の調査をして怒られた日あったろ」

「あ、うわ……思い出したくないなぁ」

「まぁ聞いてよ。その時にさ俺分かったんだよ……俺の周りの人達は皆んな良い人たちだって」

 

 溢したお茶を雑巾で拭いて小町に向き直す。

 

「俺も小町も映姫さんの為に……そして映姫さんも俺と小町の事思って行動した結果のズレだった。……もしかしたらあの時もそうだったのかなって」

 

 多分、俺が罪から目を背けずに面と向かって二人に会えたなら。

 

「……そう考えると……俺は今まで自分本位だったと思う。だから今度こそ会ってちゃんと謝ろうと思うんだ」

「そっか、なら……もう大丈夫さね」

「うん、ありがとな……小町にもらしくない事させちゃってさ」

 

 いいよいいよ、と笑う小町。

 

「……だからもう帰れるよ」

「……私はここ最近が一番楽しかった。近くにすぐ喋れる相手がいて、一緒に四季様から叱りを受けてくれる奴がいて」

 

 なんか、小町に真面目に評価されるとムズムズするな。

 

「……う、うん」

「……ここに残る気はない?」

「……ああ、残るね……ああ、うん」

 

 ……ん? 残る? 

 

「うえっ!? ここに!?」

 

 小町は依然こちらを不敵な笑みで見たままだ。

 

「……でも、俺生きてるらしいし……映姫さんも俺の為に頑張ってくれてるし……」

「四季様には言えば中止にしてくれるだろうし、ここで生活させてくれると思うけどねぇ。それこそ私みたいに死神として働いたりしてさ」

「俺は……今居候みたいなもんだし……」

「四季様も善行を重ねようとするやつを邪険にはしないと思うよ。あ、いや……うーんどうかな……まぁ多分大丈夫……?」

 

 んー。魅力的なお誘いではあるんだけどなぁ。

 

「四季様も心なしか最近機嫌いいしさ。私は一緒に働くのも悪くないなぁと思ってる」

「……ん〜……楽しそうだけど……」

 

 悩ましい誘いだけど。

 

「……やっぱりまずは皆に会いたいよ。それに、生きてるんなら、きっと俺の居場所はあっちなんだと思う。ごめんな」

「……そか、ごめん意地悪な事言って」

「いやいや! 意地悪な事ないよ、すっごい嬉しかったし……」

 

 すると、小町が意地悪そうに笑いながら柊を見る。

 

「な、なんだよ?」

「うんにゃ、あんたの価値観が変わってなくて良かったと思って。もしあんたが残る事に同意してたら」

「してたら?」

「お灸を添えてやる所だった」

「……ぇぇぇええええ!!?」

 

 二ヒヒ、と笑う小町。

 

 ──いや、洒落になってないよ! 

 

「当たり前だろ? ただなろうとしてなれるほど簡単な物じゃない。地獄に住む者たちの役職というのはな」

 

 どこか遠くを見ながら、小町は言った。

 

「怨霊の中にもたまーにずる賢い奴がいる。別に柊を疑ったわけじゃないんだけども、知らずのうちに精神汚染されて、地獄に対して帰属意識を持っていたら大変なことだからね。寂しくはあるけど断ってくれてありがとな」

 

 それでもどこか寂しそうな小町を見ると気が引ける。

 

「……小町! ん!」

「? 何?」

「指切りだよ指切り! 必ずまた来るから!」

「……プッ、あははは!!」

 

 ──なんだよ、こちとら一生懸命励ます方法考えてんのに。

 

「何さ……」

「いやぁ悪い悪い。あまりにも子供らしくてつい、な。悪気があったわけじゃないよほら」

 

 小町も小指を組んでくれた。

 

「「ゆーびきーりげーんまん嘘つーいたら針千本のーます」」

 

 腕を子供のようにブンブン振りながら。約束を交わす。

 

「「ゆーび切った!!」」

 

「……もう、死神と約束するなんてとんだ命知らずだよ」

「え?」

「約束破っちまったらどうなっても知らないからな?」

 

 無邪気な笑みで舌を出す小町。

 

「……わ、分かってら」

「ホントにぃ? プフッ」

 

 川の流れに沿うように、嫌な気持ちも流れていくような気がした。

 

「……な、柊」

「んー?」

「さっき言った皆んなの中に……」

「入ってるよ、映姫さんも。だから絶対また来るよ」

「! そ、そっか……!」

 

 

 

「大丈夫です、きっとまた会えますから」

「そ! なら冥界ぶらり旅、ささ楽しみましょう〜!!」

「え? ちょっ……うわぁぁぁぁあああ!!!!」

 

 

 そして、冥界に彼は戻ってきた。

 

「どう? 楽しかった?」

「汗だくだくで気持ち悪い!」

「一刻も早く帰りたいだろうと思っての行動よ〜?」

「それは、まぁ嬉しいですけどさぁ!」

 

 妖夢と一緒でイジリ甲斐あるわぁと言う幽々子。

 

「それじゃあまたね〜」

「ま、マイペースな人だなぁ……ありがとうございました!」

 

 

 

 

 

 

 

 



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21話 医者と紅魔と紫さん

「……ん」

 

 長かったような短かったような、そんな暗闇から意識を取り戻す。

 

 ──ああそうだ、幽々子さんに、魂を身体に戻してもらったんだ。

 

 眩しい朝日に当てられたのか、涙が溢れる。

 

「ん? ……ウソォ!? し、師匠〜!! 起きたぁあ!!」

 

 バタバタとドアを開けてどっかに行く鈴仙。

 

「……夢、じゃなか……た」

 

 長いこと眠っていたのか、喉すらも古びたようだ。

 

「おはよう、よく眠れたかしら? 」

 

 お医者さん、久しぶりに見た。

 声で反応出来ないので、ギチチチ、と頭をゆっくり下げる。

 

「そう。それは良かったわ一旦身体中のチェックするから、鈴仙、チューブは外しなさい」

 

 変な管が身体中に巻き付いてある。これはあれか、話に聞く生命維持装置か。

 

「……ビックリね、こんな急に意識を取り戻すなんて」

「全くですよ! 貴方今まで魂が抜けたかのようにピクリとも動かなかったんだから!!」

 

 ──その通りだよ、魂抜けてたんだよ。説明したいのだが、ぁとかぅとか小さい呻き声しか出ない。

 

 

 検査は数分で終わった。色々と体を弄られてちょっとだけこそばゆかった。

 

「……お、ちょっ、とだけ、喉の調子……あ戻ってきあ……」

 

 身体をベッドから起き上がらせようとすると、全身がひっくり返る。

 

「おえっ!!」

 

 地べたにビターン! と叩きつけられる、直前で医者さんが支えてくれた。

 

「はいはい、もう身体も1ヶ月近く動かしてないんだから、最初は他の人の手を借りなさい?」

「そうし、ます……それと」

「?」

 

 起きた直後から感じていたんだが。

 

「ご飯……食べたいです」

 

 物凄く腹が空いていた。

 

「……鈴仙」

「ええっ!? 私薬草摘みに行かなきゃならないですよ!?」

「……まぁいいか。じゃあちょっと待ってなさい」

「み、水を先にください」

「鈴仙それだけは用意してあげて。そしたらあとはおつかいに行っていいから」

「はぁーい」

 

 パタン……と、ドアを閉めて遠くに行くのをキッチリ見る。

 

「はぁ……美鈴さんとレミリアさんに会いに行かなきゃな」

 

 しかし腹が減りすぎてロクに動けやしない。

 まずはこっちの用事から済ませないとなぁ。

 

 他にも考えなきゃならないであろうことの心当たりはあるけれど、今考えても仕方がないと思う。問題が起きたら起きた時の俺に任せることにした。

 

 

 ♢

 

 

「上手い!!」

「口に合う様で良かったわ」

 

 袖をめくって誇らしげにしている永琳。だが実際咲夜の料理と張り合えるほどの料理の腕前だった。

 

「本当に美味しかったです! ごちそうさまでした」

「お粗末様、これからどうするの?」

「とりあえず紅魔館に行けるなら行こうと思います……あ〜けど……ん〜」

 

 あんまり順番付けとかしたくないなぁ。

 

「……どうしたの?」

「誰に一番に会いたいとか……そういうのあんま良くないなと思って……」

 

 ふふっと笑って皿を片付けていく。

 

「そんな相手は気にしてないと思うけどねぇ」

「あ、俺も運びます……!」

「いいのいいの、病人は大人しくゆっくりしてなさい。紅魔館の人達なら呼んどいてあげるから」

「い、いや! 本当に大丈夫だから! ほら!」

 

 パッと起き上がってアピールする。

 

「……あら? ほんとね……それじゃあ手伝ってくれる?」

「はい!」

 

 カチャカチャと、食器を洗う音が立ちながら。

 ひたすら磨いていく。

 

「……皆んな見舞いに来てたから、早く元気な姿を見せてあげないとね」

「はい、本当にお医者さんには感謝してます。危ない状態だったでしょ?」

「そうね。でも、貴方もよく頑張ったと思うわ……ほら、後はいいから行って来なさい」

「あ、えと……ありがとうございました!」

 

 永琳は笑顔で首を縦に振る。

 

 それを見て柊は急ぎ服を整えて、立ち上がる。

 

「……さようなら! お世話になりました!」

「ええ、行ってらっしゃい」

 

「あ、ちょっと待った! 今思ったんだけど俺の治療費ってどう返せば? 多分めちゃくちゃ高い……すよね」

「あ〜……あの……冥界の主人が全部払ったわよ」

「……マジか」

 

 ──さすがは馬鹿でかい屋敷を持ってるだけのことはあるな。

 

「……じゃない、しっかりお礼にいかないとな。ありがとう! それじゃまた!」

 

 手をヒラヒラ振って帰りを見届ける永琳。

 

「……心配する必要ないくらい元気だったわね」

 

 

 足を地面に当てる感触すら、久しぶりな気がするけれど。

 そんなちっぽけな喜びを噛み締めながらちょっとだけ考える。

 

 俺を心配してくれた人達が、いっぱい居たことを。

 

 

「……まだ走れないか……ゆっくり行こう……」

 

 

 ♢

 

 

「よっ! チルノ! 大妖精!」

「? 誰? 貴方」

「えー……うそん……」

「チルノちゃん! ほら! 柊さん! 魔理沙と一緒にいたじゃん!」

「大妖精は頭が良いな」

 

 まぁ最後にあったのもかなり前だから忘れられててもしょうがないわな。

 ただ妖精以外の奴らに忘れられてたら流石に泣くぞ。

 

「紅魔館まで道案内してくれない?」

「いいですよ〜!」

 

 

「何しに紅魔館に行くんですか?」

「んー……前ちょっとやらかしちゃったから謝りに行こうと思って……」

「やらかしってなんだー? 紅魔館凍らせたりとかか?」

「そんな事するのチルノちゃんぐらいだよ……」

「紅魔館って爆発もしてたよな……状態異常かかりすぎじゃね。あとは毒、麻痺、睡眠くらいか……」

 

 そんな事出来るのかと尋ねるとチルノならば可能らしい。大妖精が言うんだから間違いない。

 チルノは妖精にしちゃ随分力を持ってるな。

 

「前友達を傷つけちゃって……」

「あー……それは謝っておいた方がいいと思います」

「うん、だよな」

「でも今行くのはちょっとオススメしませんよ?」

「なんで?」

 

 チルノが答えた。

 

「今な〜あいつら本気で弾幕撃ってくるんだよ。当たったら痛いぞ?」

「どうせ何か怒らせることしたんだろ〜?」

「そ、それが私もいたんですけど確かにピリピリしてたんです!」

 

 ん〜ピリピリねぇ。

 

「まぁ行ってから確かめるよ」

「あ、待って! なら私に作戦がある!」

「「作戦〜?」」

 

 うーん嫌な予感しかしない。

 

 

 

「……」

 

「いたいた!」

「いますね、どうします?」

「一気にやっちゃうか!?」

「チルノ声でかいって!」

 

 美鈴さんが珍しく起きて門番をしてる。けど確かに眉間が険しいような? 

 

 

「バレるだろ、コソコソ話しでいくぞ……」

「ら、らじゃ……!」

「クフフ、何かワクワクしちゃいますね!」

「確かにこういうのも偶には息抜きになっていいかもな」

 

 さぁ、肝心の作戦内容だが。

 

「いいか〜おさらいするぞ? 大妖精がまず話し掛けに行ってその隙にチルノが近づくんだ。そしたら俺が脅かしてビビった瞬間チルノが凍らせる!」

 

 んー声に出せば出すほどお粗末いうか、幼稚園児っぽいというか。

 若干恥ずかしさを覚える。

 

「じゃあ行って来ますね〜! ウフフ!」

 

 口を押さえて笑う大妖精はいかにも無邪気な妖精らしさが出ている。

 

「よーしみとくぞ柊!」

「あいあいさー」

 

 

「あっあの美鈴さん!」

「……ん? 大妖精さん、こんにちは」

「はっはい! こ、こんにちは!」

 

 どうやら接触に成功したようだ。あとはチルノが隙を見て動く。

 

「……ごめんなさい大妖精さん。今日はあまり遊ぶ気分ではないんです」

「え? い、いや……そんなんじゃなくて……え、えと……」

 

「お、おいチルノ! 大妖精泣いてるぞ?」

「なっなにぃ〜……! なにをしたんだあいつぅ……!」

「お、怒るな怒るな……! 兎に角俺たちも近づこう……」

 

 

「ど、どうしちゃったんですか? 美鈴さん……!」

「どうもこうもありません……グスン」

「あわわわわ……!」

 

 

「な、なんか美鈴さんまで泣いてないか? 何やってるんだよ……」

「ゆ、許さん! 行くぞ柊!」

 

 バッと草むらを払いのけて氷塊を美鈴さんに飛ばすチルノ。

 早速作戦無視してるじゃねえか! 

 

「ちっチルノさんまで! ごめんなさい、今日はもう……」

「ゆ、許さ〜ん!」

 

「かっ、構えるぐらいしろよ美鈴さん!」

「──え?」

 

 美鈴さんを抱きかかえて横に飛び跳ねる。

 勢いよく横の花壇に突撃してしまった。

 

「いたた……ああくそ……まだ走れねぇか……!」

「……な……あ」

「ん? あっそうか」

 

 よくよく考えたら倒れてた奴が急に目の前にいるんだから驚くよなそりゃ。

 

「ただいま! 美鈴さん! それとごめ……美鈴さん?」

「う……あ」

 

 目尻に一杯の涙を溜めて手を振るわしている。

 

「柊さ──ん!!」

「どわっ!?」

 

 急に抱きつかれては、当然びっくりしてしまうというもの。

 

「わ、分かった分かった……!」

「うわーん!! 心配してたんですよ!? お嬢様が未来が見えないって言うから……! 本当に死ぬって…!」

「悪かったよ……はぁ……謝れる雰囲気じゃなくなっちゃったな……美鈴さんはこんな感じのイメージだったわ……うん」

 

「「な、何なの……?」」

 

 

 妖精二人が帰って行ったあと、事情を説明した。

 

「……て訳だけど……大丈夫です?」

「グスン……はい……もう大丈夫です」

 

 心配してくれてたのはありがたいけどここまでとは思ってなかったなぁ。

 まさかこれから会う人皆んなこんなリアクションなのか……? 

 

「エヘヘ……」

「泣きながら何笑ってるんですか……」

「一番最初にここに来てくれたのが……なんか嬉しくなっちゃって」

「……そ、そうですか。んで中には皆んないます?」

 

 大振りで頭を縦に振る。

 

「そうですか。……ううん、その前に」

「?」

 

「傷つけてすいませんでした」

「……ああ……」

 

 とうとう言ってしまった。切り出してしまった。

 なんて言われるだろうか。

 

 

 もし嫌われていたらと思うと。

 一人取り残されたような、そんな侘しい気持ちになる。

 

「その隠さずに……本音を教えてください……」

「大丈夫。私は無事でしたから。貴方が無事でほんっとうに良かった! あのまま死なれてたら私もうどうしようかと!」

「……ああ、よかった」

 

 思わず美鈴の身体に身を寄せてしまう。

 

「……! ご、ごめん!」

「いえいえ、お互い様ですよ。あ、再開を祝ってもう暫くこうしてます?」

「いやいや! だ、大丈夫です」

 

 

「私は本当に何ともありませんよ! それどころかずっと咲夜さんの帰りを待ってましたからね!」

「ありがとうございます、それで……皆んな無事でしたか?」

「咲夜さんが数日入院してたくらいで……怪我は何ともないんですけど……」

 

 やっぱり、何かあったのか。

 美鈴が口籠る。

 

「あー……フランか?」

「いえ……フラン様は想像以上に強くて……あまりお嬢様を信じていないからかも分かりませんが」

「……まさかレミリアさんが?」

「……実は柊さんの未来が見えなかったらしくて、自分のせいだと……気に病んでらしたんです。あとタイミング的に咲夜さんも倒れてたので……きっと焦ってたんだと思いますけど」

 

 まぁ、絵は思い浮かぶな。

 けどまさかあのレミリアさんがねぇ。

 

「やっぱり、ほんと咲夜さんも倒れてたのがどうやら予想以上に苦しかったようで……最近咲夜さんがまともに動けるようになってからはまた元気を取り戻しつつはあるんですが……」

「……そっか。……レミリアさんには悪いけどちと嬉しくもあるな……そこまで気にしてもらってたなんてな」

 

「……柊?」

「あら。珍しい組み合わせね」

 

 

「お! フラン! 久し振り! パチュリーさんも!」

 

 奇遇だな。廊下を歩いてるフランとバッタリ鉢合わせた。

 そして付き添うようにパチュリーさんもいる。

 

「あははは! やっぱり〜! 柊だー!!」

「というか……貴方生きてたのね……」

「本物の柊さんですよ!」

「見れば分かるわよ」

 

 飛びかかってくる事は容易に想像ついてたので、思いっきり手を広げていたが今の筋肉量じゃ支える事はできなかった。

 

「ぐえっ!」

「あら? 弱くなった?」

「うぐぐ……なんか敗北感……」

「ねぇ柊。頼みがあるの。フラン様も満足したらそろそろ離れてくださいますか」

「はーい」

 

 ここまでの流れでパチュリーさんの言いたい事は察しがつく。

 

「……実はね」

「大丈夫、分かってます」

 

「俺からも話したいことがあったし……咲夜さんとレミリアさんには俺から直接話すよ」

 

「お、お嬢様……ご飯の時間です!」

 

 ダメだ。また扉を締め切ってしまった。

 

「咲夜さーん」

「? ……え? しゅ、柊!!」

 

 そこには、入院していたはずの彼の姿があった。

 

「ちょっと……もう無事なの!?」

「はい、心配かけてすいませんでした。……ほんとに」 

「……へー」

「ちょ!?」

 

 本物か確認するかのように顔を触れる咲夜。

 

「……ん、何よ? その顔は」

「いや……そんな顔を触られると恥ずかしいです」

「たくさん心配させたんだからこれくらい我慢してよ」

「どんな理屈ですか……」

 

 どうやら本当に戻ってきたらしい。

 

「お願いがあるの、実はね……」

「ああ、分かってます。続きは宴会で。まずはこの人からだよな」

 

 

「……咲夜さんもフランたちと一緒に部屋で待っててもらっていいですか。ちょっと俺も二人だけで話したいことがあるので……」

「ええ、分かったわ。貴方が帰ってきたって分かればきっとお嬢様も元に戻ってくれるだろうから……」

「あ、それから……もしかしたらだけど……」

「?」

 

「手荒になるかも」

 

 こっちも他人を説得できるほど内心余裕はないんだけどな。

 ……まぁ、美鈴さんとも仲直り出来たと思うし……行くか。

 

「……入りますよ〜」

 

 二回ノックする。……中で動く気配はなし、と。

 

「しゃあねぇなぁ……よっと!」

 

 少し助走をつけてからドアを蹴り飛ばす。

 紅魔館が鉄製の扉じゃなくて良かった。

 じゃなけりゃ自分の脚を痛めていたところだ。

 

「ちょっと!? 誰よ……私は話す気分じゃないの!」

「あ〜うん……だろうな」

「……柊?」

「はい、お久しぶりです」

 

 笑って言うと、顔を背ける。あれ。

 

「……感動の再会の前に……話してくれなくてもいいんで聞いてください」

 

 ここのけじめだけはつけないとな。

 

「この前は傷付けてすいませんでした」

「……うぅ、そんな事聞きたいんじゃない〜!!」

「!?」

 

 急に幼さ全開のレミリアさんに変わる。

 

「な、なんでそんな弱気なんですか……?」

「貴方が運命見せてくれないから〜!!」

「ボゲッ──」

 

 ポカポカ、のポの段階で壁に叩きつけられ、クレーターが出来る。

 

「おぇ……」

 

 どうやらいつものおふざけが過ぎているわけでもなく。本気で幼児退行している。

 

「だから……フランがあんな冷静だったのか……なんか呆れてたし」

「わ──ん!!」

 

 フランとほぼ同じ突進を仕掛けてくる。ああ、やっぱり姉妹だな。

 

「ん〜! 今頃どうしてますかねぇ」

「さぁね。それは私達が知らずとも良い事。貴女は早く霊を運んで来なさい!」

「だ、だってもう今日は運び終わったんですもん!!」

 

 

 以前より幾らか働き屋になったのは上司としてありがたい限りではあるが。

 そもそも死神が働かないのは不味かろう。

 

「……あえて言うなれば……大変でしょうね」

「ああ、怒らせてるって言ってましたからねぇ」

「違うわ。彼が、よ」

「え?」

 

 そもそも妖怪の本質を理解してないのかこの子は。

 

「妖怪とは人間と違い精神的に脆い生き物です。普段どれだけ気高く見せていたとしても一度精神が不安になれば右肩下りで落ち込むというものよ」

 

 そういう意味で言えば。

 

「大変なのが彼の方なのは目に見えているでしょう?」

 

 

 

「びぇぇぇぇえん!!」

「……ん〜……」

 

 どうすれば良いんだろうか。

 フランが泣きついてた時は。

 

「……もう大丈夫。心配かけてごめん」

「……ぅう〜……!」

 

 

グスン……」

「大分落ち着いてきましたね……んじゃそろそろ……」

「まだ! こうするの! 殺すぞ!」

「はいはい……」

 

 これじゃ謝る暇もなさそうだな。

 まさかレミリアさんがここまで弱くなるなんて。

 謝って興味なさそうな対応されたり絶交だとか批難されたらどうしようとか思っていたがレミリアさんの方が深刻だったようで。

 

「少しの間こうしてても良いんですけど……日が暮れちゃうので……よっと」

「!?」

 

 泣きじゃくるレミリアさんを抱っこする。

 

「落ち着いたら言ってくださいよ」

「うん……」

 

 

「……て、訳でそろそろ咲夜さん交代してくれません?」

「……お嬢様」

「や!」

 

 こっちが根負けした。流石にみんなの所に行けば離れるだろうと思っていたんだが全然離れようとしない。

 

「お姉様もパニックになると周りの事が見えなくなっちゃうからね。ぶっちゃけ今抱っこされてるのが柊だと思ってないと思うよ」

「……うーんフランが冷静なのを見ると凄く違和感があるんだが?」

「今のお姉様を見ると否応なしに冷静になっちゃうわ。同じ暴れ方なんてしてもアホくさいでしょ」

 

 ごもっとも。反面教師のようなものだな。 

 

「後でまた来ますから、ほら少しだけ離れてくださいよ」

「離さないで!」

「……そのまんま連れて行く訳にも行きませんよ……」

 

 我儘に輪をかけて超我儘だ。

 今日1日をここで終わらせてしまうかもしれない。

 

「疲れて寝るのを待ちましょ、それしかないわ……」

「……マジか」

 

 そして、本当に寝るまで待ったのであった。

 

 

「後で怒らないかなぁ……」

「大丈夫よ、もういつも通りの姿に戻ると思うわ。それより本当にありがとう」

「いいですって、あ、それよりも……」

 

「レミリアさんが起きたら外に出られる準備しておいた方がいいかもしれません」

 

 

 

「よーし、今日はここまで! みんな今日も一日頑張ったな!」

 

「「きりーつ! 礼!」」

 

 異変解決により春が無事に訪れた。

 

「……はぁ」

 

 大丈夫だろうか。彼は。

 全ての事情は霊夢や魔理沙達から聞いたが、もう終ぞ顔を観れていない。

 

「せんせー!」

「ん? どうしたんだ、遊ぶなら外で……」

「せんせい来てるよ!」

「? 阿求か?」

 

 何か頼んだ覚えはない。もしかすると不審者かも。

 脚だけが先に見えた。

 私は、予想していない突然の事態に椅子から転げ落ちてしまう。

 

「あ……な……!」

「……ただいま、慧音さん」

 

 

 

「柊! ああ……と、とりあえずうちに来い……積もる話もあるだろうし……!」

「え、あ、はい」

 

 リアクションが思ってたのと違うことに少し戸惑いながら、柊は慧音の案内する通りに歩いた。

 

 

「ああ、本当によかった! 生きててよかった!」

「!? ちょっと!」

 

 玄関の扉を開けた瞬間一気に飛び込んできた。

 

 

「嬉しい……嬉しいよ……本っ当に良かった!」

「あはは……」

 

 これだこれ。

 自分がもうすっかり完治していることを慧音さんも分かってか、この前とは違い明るく振る舞ってくれる。

 

「他の奴らもきっと驚きっぱなしでお前も疲れたろう? 少し休んでいくといい」

「すみません慧音さん俺すぐ行かなくちゃ……今日は急がないと行けない日なので」

「そうか? 何するつもりなんだ?」

 

 そう落ち込まなくていいのに、すぐ会えるから。

 

「妹紅さんには慧音さんからよろしく言っといて下さい」

 

 

 

「霊夢ー! 魔理沙ー!」

「!?」

「よっ! 幽々子がなんとかしてくれたのか! 久しぶりだな!」

「おう魔理沙も久しぶりだな! というか魔理沙たちはやっぱ知ってたんだな。お前らは話が早くて助かるよ。早速なんだけど頼みがあるんだ」

「ちょ、ちょっと待ちなさい」

 

 なんだ? 霊夢が俺に質問なんてまた珍しい。

 

「本物……?」

「は? いや……何言ってんだよ」

「……何でもない。それより早く準備しましょうか」

「そうだな! ようやく出来るな〜!」

 

 霊夢の言ってることも気になるが今は時間が惜しい。

 すぐにその場を後にした。

 

「なぁ霊夢? なんであんなこと聞いたんだ?」

「……以前感じた霊力が綺麗さっぱり無くなってるんだもの」

「んあ? どういう事だ?」

「……分からない……けど何か憑物が取れたような顔してたのと何か関係があるのかもね……おかげで殴る気持ちも冷めちゃった」

「お前……起きたばっかのやつ殴るつもりだったのかよ」

 

 そんな事よりも。

 

「ったく、ここでするなら最初に顔出しなさいっつー話しよ」

「いーじゃねーか、あんな楽しそうな顔で来たんだしさ」

「仕方ないわね……あんたも手伝いなさいよ」

 

 どこか嬉しそうに、呟きながら、準備を続ける。

 

 

 そして、場所は変わって冥界。

 

「いるかな〜……」

 

 辺りを散策して妖夢ちゃんと幽々子さんを探す。まぁ妖夢さんは既に視野に入ったが。

 

「……? なぜ貴方がここに……」

「そ、そんなかしこまらないでいいよ。今まで通りでいいって妖夢ちゃん」

 

「……すみませんでした!」

「……妖夢ちゃんの所為じゃないよ、こっちこそごめん」

 

 庭の花の手入れをしている妖夢に邪魔をする。

 少し気まずい感じがするが。慣れっこである。気まずさなんて無視して話す。

 

「……ケガはもう大丈夫なんですか? 歩いても」

「うん、この通り、それと……医療費払ってくれてありがとう」

 

 妖夢は妖夢で、気まずそうにそっぽ向きながら話す。

 

「……ケガをさせてしまったのですから。それぐらい当然のことでしょう。それに払ったのは幽々子様ですし。話はそれだけですか?」

 

 言い出しきれなくて、唾を一回飲み込んだ。次はしっかり、しっかりして。俺の心よ辛辣な言葉に負けないで。

 

「宴会に来て欲しいんだけど……」

「宴会……? 私達に……?」

 

「ああ、うん。だって別にそんな、戦い合った仲だし、異変でちょっと怒られそうなことしたかもしれないけどそういうのも含めて、……っていうか宴会までやってようやく異変が終わるというか……」

 

 見るからに乗り気でない妖夢ちゃんに、口が回らない。アテアテしていたら、妖夢ちゃんの頭にポン、と手を撫でながら、幽々子さんがやってきた。

 

「いいじゃない宴会〜楽しそ〜」

「幽々子様!」

 

「お久しぶりです、地獄では本当……お世話になりました」

 

「い〜え〜私も本当感謝してもしきれないわ」

 

「……地獄?」

 

「妖夢は気にしないでい〜の。それよりも行きましょうよ宴会」

 

 フワフワしている。全体的に幽々子がくると周りの空気もフワフワするのだ。

 

「だそうだ妖夢ちゃん、どう?」

 

「……まぁ幽々子様が行くのであれば……それで少しでも罪滅ぼしになるならば……」

「だ──! もう、そんなに気にしなくていいって妖夢ちゃん。一緒に飲んで親睦を深めようっていうだけなんだからさ」

 

「そうよ〜? 妖夢、楽しみましょうよ」

 

 私がおかしいの……? と疑問を感じずにはいられない妖夢も折れて、今日宴会に来てくれるそうだ。

 

「それじゃ、また後で!!」

「はーい、また後で会いましょうー」

 

「……彼も幽々子様も、心が強すぎやしませんか……」

「あらー? 知らないのかしら妖夢、主人ってのはね強くないとやっていけないのよ〜」

「そうですか……? あれ? また戻ってきましたよ彼」

 

「わ、忘れてた……はぁ……はぁ」

「どうしたの? 魂ならちゃんと身体に入ってるわよ」

「違くて……あの幽々子さんくらいしか頼れる人いないんです」

 

 あの人の家を知ってる奴なんてそうそういないだろう。

 

「ああ! なるほどね、良いわよ連れて行きましょう」

「やった! ありがとう幽々子さん!」

「先に準備にお行きなさい妖夢」

「分かりました! 美味しい料理を作って待ってます!」

 

 扇子をハタハタして妖夢を見送った。

 

「さて、行きましょう」

 

 

 

「そろそろね」

「え? なにが?」

「え〜い」

「どぅわっ!!」

 

 見慣れない場所に着いたと思ったら、急に壁に押される。

 中に入ると身体が圧迫される。どうやら壁の中に入り込んだらしい。

 

 

 そしてそのまま地面に落下した。

 

「ってて……」

 

「貴方……なんで……!」

「お、いたいた。やっぱり優秀だな……あの人」

 

 パタパタと埃を払い、彼女の方を向く。

 

 

「久しぶり、紫さん」

 

 

 

 



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22話 神秘の話と次元屈折と反省

投稿するのがだいぶ久しぶりになっちゃいました。忙しすぎて手を加えられなかったんです許して。


「貴方……元気そうね」

「お陰様で」

 

 威嚇といわんばかりの牽制のしあい。紫に至っては右手に力を溜めていつでも弾幕を放てる様にしている。

 

「遂に私を殺しに来たのね……」

「ん? いや落ち着けよ、俺は闘いに来たんじゃなくてさ、宴会に誘いに来たんです。ていうか1対1で俺が貴方に勝てるわけないでしょ。手を下ろしてくださいよ」

 

「……は?」

 

 臨戦態勢を解いてしまう程に、おっかなびっくりした紫は、信じられないと呟く。

 

「罠かしら?」

「違うわ! ふつうに宴会するんだよ……なんでそんな疑うかなぁ」

 

「……私が行っても気まずいに決まってるじゃないの」

 

 ほっぺを膨らませる紫。

 

「知ってるよ、でもこのままずっと気まずいままでいるつもりか?」

「……何がしたいのかしら?」

「だーから何か企んでるとかじゃなくてさ、単純に仲直りしようよって話」

 

 紫さんは、控えめに言っても超美人だし大人の魅力があるし仲良くなれるのは本望だ。というのは半分冗談だが。

 

「話がしたかったんだ、貴女と」

 

 自分を殺しかけた相手にもビビったり臆せずに話す。その心根はとても人間のものとは思えないのだけれど。

 そこまで言うのなら多少の会話の余地はあってもよい。そう思い紫は会話を始めた。

 

「聞きたいことって? 貴方から私に聞きたいことなんて……結構あるわね」

「そうだな」

 

 

「一番は……これから先この世界がどうなるかだ」

 

 ただの人間同士の会話だったら理解できないだろうけれどこの2人には今のコンタクトで何が言いたいかが互いに通じた。

 

 眉を寄せて、様子を見る。怪しい様な気配はないようで紫は観念し疑問に答えた。

 

「どうしたもこうしたもないけれど……そうね、たしかに貴方にはそれを聞く権利があるのかもしれないわ……」

 

 素直に応じる紫に、ほんの少しだけ違和感を柊は感じた。

 

(……なんか、あんまり敵意を持ってない様な?)

 

「まず貴方が変身できないことについてね。それはまぁ単純にベルトとメダルがないから変身できない。それだけよ」

 

 大方予想通りだ、けれど。

 

「……どうにも俺は物を作ったり浮いたりっていうのが向いてないみたいでさ。皆みたいに何かを創ろうと思ってポンポン作れないんだよ俺は」

 

 人間でも空を飛べる、光線を射てる。しかとこの目で見ても尚、頭のどこかでそんな訳はないと決め付けてしまう自分がいる。

 

「ベルトは創るためのエネルギーが膨大すぎる、今の貴方の力じゃ無理よ」

 

 無自覚であれだけのエネルギーを生み出す人間は極々少数で、しかもそれがオーズの担い手だと気づいた時に紫は正直頭を抱えた。

 

「……う〜ん、俺が膨大なエネルギーを使った時……というかベルトを創ったって確か神隠しした時だろ? あの頃に比べたら今の方が強くなったと思うけどなぁ」

 

「その考えは外れよ」

 

 ハズレだと紫は言う。

 けどなら尚更いつ作られたのだろうか。

 

「だ〜〜っ……分からん……いつだ?」

「貴方が異次元を通り抜けた時」

 

 一瞬身体が固まった。

 

「……どういうことだ……?」

「言っても分かりづらいでしょうから実際に見せてあげるわ」

 

 右手を宙にかかげ、空に円を描く。

 

 その円は景色を写すスクリーンのようだ。

 

「観なさい、これを」

 

 そこには既視感のある物が映し出されていた。

 歩道に突っ込んでいる車と、赤のボール、そして倒れ込んでいる少女とその横で慌てふためく母親らしき女そして、道路で血塗れになって倒れ込んでいる男。

 

 

「あれは……俺、か?」

「そう、これは貴方がここに来る前の一件。といっても……貴方の潜在意識から引きずり出してる物だから……貴方のイメージでしかないけどね」

 

 死にかけの柊は空に手を広げる。

 そして、異変はその時だった。

 

 柊の周りが輝きだした、

 そして、柊の身体は跡形もなく消えた。

 

「うおっ!? 俺が消えた……!?」」

「この瞬間貴方は次元を越えて私たちの世界に来た」

 

 再び柊が現れた。と同時に腰にベルトが装着してある。そして。

 

 

「覚えてるかしら」

「ああ……あの時の衝撃を俺が忘れるわけがない……」

 

 この時に熊と象の姿をした妖怪と闘い、トンネルを抜けて自分は幻想郷へと辿り着いたのだ。

 

「私はこんな場所知らない。少なくとも幻想郷と外の世界にこんな道は存在していない」

「──え?」

 

「このトンネル含め……貴方が体験している世界こそが……時空の境界線なのよ」

「時空の境界線……?」

 

 紫が、鋭く指を向ける。

 

「貴方自身が備えている力。次元屈折現象……とでもいうのかしらね」

 

「次元屈折……」

「第一時空軸から第二時空軸へと干渉する奇跡。その矛盾が孕んだ無の世界があれよ」

 

 沢山の妖怪。そして──怪人。だけではない。彼が時空を超えた時には沢山の異業が住んでいた。

 

「時の流れもなにもない。ただ異物を排斥するだけの世界。貴方はそこを通ってこの次元へとすり抜けてきた」

「ちょっ……ちょっと待ってください! 意味がわかりません!」

 

 確かに、その記憶はあった。だが、あれは夢だ。

 

「あれは幻だった! だってその時についた傷もベルトも幻想郷に来た時にはなかったんですよ!? それに……俺がそんな力を持ってるわけがない……」

 

「私だって幻であって欲しいわ……けど、紛れもない事実だった」

 

 その後スクリーンに映るのは、幻想郷に柊が落下しながら落ちていく映像記録。そこからは彼の知る通りのものだった。

「これがオーズの誕生、この時の欲望のエネルギーが全て具現化されてしまった物が貴方のベルトなのよ」

「欲望が具現化……」

 

 再び宙に円を描く。そして映し出されるこれまでの闘い。

 

「貴方の力が徐々に増幅していっているのはこれまでの闘いの記録から見ても明白よね。そしてそれはオーズの力に直結している」

 

 もう一つ、円型のスキマにビジョンが写される。

 

 そこには幻想郷の景色らしき絵を横ばさみにしている2つの地球が描かれていた。

 

「これは?」

 

「右の地球は貴方がいた地球、ここでは地球aと名付けましょう。そしてその横にあるのが幻想郷そして更に横で幻想郷を挟んでいるものを地球bとするわb、これは私たちの次元の地球」

 

 紫はほかのスキマを消して、この事象の説明に専念した。

 

「この地球bという世界には、本当に仮面ライダーが実在している、そういう世界なの」

「──え?」

 

 紫の目の色があからさまに変わる。と、同時に柊も戸惑った。

 

 そもそも仮面ライダーオーズになりたいと思ったのは。テレビ番組であるオーズを見て火野 映司という人間性に憧れたからである。当然、それが特撮モノの、一種のドラマに過ぎないという事も理解していた。……のに。

 

「実在してるってのは……どういうことだ? 実際に、地球にはそういう人たちがいるって?」

 

 俄かには信じられない。事実として受け入れられない。

 だってあれは誰かが作った御伽話で、フィクションである。

 

「パラレルワールドというのとはまた少し事情が違うのだけれど。認識的にはそれで良いわ」

「じゃ、じゃあこの世界じゃ俺が漫画になってたり……?」

「するかもね、もしくは存在ごと消されてたり」

 

 柊は薄い反応を返す。

 

 

 実際にオーズになれたこともとてつもなく嬉しかった。けれど、実際に仮面ライダーがいる、という事実は俺にとってはオーズになれたことよりも何倍も嬉しいことだった。

 

「こんな事、多分銀河で初よ、次元屈折現象を起こした人間が幻想郷にくるなんてね」

 

 紫は分かりやすく頭を抑え始めた。

 

「私は私のいる次元の地球にしかちょっかいは出してない。というか本当に並行世界があるなんて思ってなかったし……貴方がここに来たことで起きる現象はまだまだ分からないけど……一つ考えられるのは」

 

 

「地球の悪い組織に幻想郷にはオーズがいると知らせてしまう」

「……俺の次元の地球の奴らに?」

「……いや、私の次元の地球からも貴方の存在はバレてしまうと思う。貴方には認識阻害の結界が貼られていないし……貼れないし……」

 

 早く殺さなければ、と言ってたのは少しでも情報が確定する前に事態を収束させる為。

 もう間に合わない、と言ってたのは。

 

「……財団Xに知られた?」

「……分からない。けれど既に気付いてしまっているのかもしれない」

 

 財団X。それは自分も知っている。

 

「色んな奴らに援助してその成果を巻き上げる死の商人……だったか?」

 

「そう。そんな奴らが、実物のコアメダルがある場所を知ってしまえば、勢力を持って回収に来るのは必然しかも、ここにはそれ以外にもあいつらが喉から手が出る程欲しがるような物が沢山ある」

 

 ああ、その通りだ。

 ここには地球にはない超希少物が山ほどある。

 それは妖怪だったり能力だったり。

 

「……どうにか、ならないのか?」

「財団Xに限らず悪い奴ら全員を壊滅させる……ことが出来たら確実なんだけど」

 

 紫の歯痒い返答を聞かずともわかる。

 それは難しい話だ。

 

 仮面ライダーの力を持ってしても壊滅させるのは難しいという情報を見聞きした事がある。

 ましてやその仮面ライダーは俺たった1人。それではどうする事もできないだろう。

 

「……まぁつまり貴方の問いに沿って答えるなら……幻想郷は……先の未来、外の世界の力に侵されてしまう可能性が生まれてしまった、ということよ」

 

「……」

 

 複数のバカでかいショックで、思考がクリアにならなかった。

 自分の所為でこの世界が終わってしまうかもしれない。ならばどうすれば良いのだろう。

 

「仮に……俺が今から死ねば、その縁ってのは消えるのか?」

「いいえ……一度繋がったものは死んでも離れない。それこそ繋がる前に防ぐくらいしか方法はないの、それが博麗大結界……だった」

 

 

 そんな大掛かりな結界をいとも容易く侵入されるなんて思っていなかった。

 

「……実際、そういうのって分かるものなのか……? その、縁とか言われてもよく分からない……」

「気付こうとしなければ気づかないとは思うわ、けれど0と1では大きく違う。私たちが張っていた結界は地球の奴らに認識すらさせない結界」

 

「えっと……」

 

「それが神秘。つまり秘匿されているもの。貴方が仮面ライダーは実在しないと思っていたのと同じように、本来はそういう認識のまま終わるものなの、けれど縁を結んだ。貴方も霊夢達が飛んでいる姿を見たらそういうものだって理解できてしまうでしょう? 実感してしまえば、それは秘匿性を失う。幻想郷に張ってある結界はその類のものなの」

 

 こちらの世界で力を持つものはあちらの世界では弱くなる。逆もまた然り。

 

「まぁ、でも地球の民にはここへ来るだけの技術がまずないと思うわ。認知してここに来ることが出来るだけの強者も、それを探り当てるだけのレーダー精度も無いはず」

 

「……そっか」

 

 

 それでも柊はめちゃくちゃ凹んだ。自分の所為だと。

 

 柊が自然と膝を地面につけた。

 まぁ仕方がないただの人間には荷が重すぎるって話だ。

 

 けれど、そのまま。今までの一件を放棄しておくわけにも行かなかった。

 

「……ごめんなさい、貴方には罪はなかったけれど……」

「仕方ない。だから西行妖を使ったってのも解らなくはないしな」

 

 スッと立ち上がる。

 

「でも今のを聞いて寝込んだりする訳にはいかない。もう今までみたいにグチグチしてたくないんだ。今更過去のことでどうこうする気はない。からさ」

 

 右手をぎゅっと握りしめる。

 

「俺を信じて一緒に闘わせちゃくれないか? 俺も……幻想郷の人として闘いたい。他に解決法がないのなら……」

 

 

(はぁ〜あ。やっぱり)

 

 彼自体には悪気はなかった。薄々分かっていたけれど。

 彼は過去を振り切ろうとした、ただの人間に過ぎないのに。

 

 

 紫は今まで貴方の闘いを見てたから知ってる。心の中では吸血鬼と闘うのが怖かった事も幽々子と闘うのが辛かった事も。

 

 ちゃんと、受け止めなかったのは自分なのに。

 

 けど怖かった。呪いを持ってきた厄災の様な仮面ライダーが、本当は子供だったなんて認めたくなかった。だって殺さなきゃいけないもの。

 

 

 ああ──またこうやって私は逃げの口実を作る。彼に今までしてきた暴挙から背を向けて。

 だって、これ、側から見たら、逆恨みだもの。事情を知らない子のヘマを恨む、汚れた女妖怪でしかない。

 

 御免なさい。

 

「え?」

 

 ──? 

 

 自然と溢れていた。

 

「貴方は、別に幻想郷に悪巧みを企てていた訳じゃない。ええ、そんな事分かってた、貴方を今更殺そうとしても何の意味もないことも。でも、殺せば幻想郷には何も起きない。そういう根拠のない可能性を信じたの。現実逃避してた」

 

「貴方が西行妖を助けて病院で寝込んでいた時、殺そうと思ってた。逆恨みで。思えばバカな事だった」

 

 思い返せば、私が彼にしたことは。

 彼から見たら、理由も何もわからない殺戮。

 

「そして最大の失態は……結果として私自身の手で幻想郷に住む者達の犠牲をいっぱい出してしまったこと」

 

 許されない事を沢山してきた。

 

「御免なさい」

「いいですよ」

 

 彼は笑って答えた。

 

「勘違いでいき過ぎたってだけでしょ? ……それぐらいわかってる、笑顔で受け入れるさ。実際俺の責任だし」

「貴方の責任ではないわ、ただ……ただ異次元から迷い込んでしまったというだけ……」

「……それが貴方にとっては侵されたくないタブーだったんだろ、俺の存在自体がさ」

 

 でも、彼だって迷いたくて迷ったわけじゃないのは、私も百も承知だったのに。

 

「今までのことなんて気にしない。て言えるほどシンプルな関係じゃないのは分かったけど」

 

「けど、今は俺だって元気だし、幽々子さんや妖夢ちゃんとも仲直り……は今日の宴会でちゃんとする! ほら、結果オーライだろ?」

 

「だったらそれでいいじゃないですか」

 

 ポロっと、なんとも軽々しく、彼と私を袂を分けていた歯車が落ちた様な、そんな気分だった。

 

「だからさ、まぁ……財団Xの対処は俺も手ずから協力を惜しまないし、困った時はいつでも頼ってくれて構わない……ていうか俺のせいなんだし」

 

「私も……貴方が死なずに済む、本当に最善の方法を探すわ……だから」

 

「宴会行かない?」

 

 そんな事言われたら、私だって心にあった罪悪感が薄れてしまう。今まで固執してたものはなんだったのかと言わせるくらい、まるで口喧嘩の後に謝って仲直りするぐらいの軽薄さで、

 

「行く──!!」

 

 

「ってなわけで、俺諸共、紫をよろしくっ!」

「貴方達にも迷惑かけたわね、でもこれからはよろしくね?」

 

「「「「意味が分からんわ!!」」」」

 

 その場にいた良識派の面々である人々は突っ込んだ。

 

「どこで遊び呆けてるのかと思ったら〜、まさか紫の所に居るとはね」

「全くだぜ、せめて事の経緯を話してくれよ柊!」

 

 霊夢と魔理沙はすでに酒を飲んでいる。

 まぁ、遅れたし仕方ないけど。

 

「後でな。まずは乾杯!」

 

「「「「「乾杯〜!!」」」」」

 

「柊〜!!」

「どわっ!!?」

 

 思い切りレミリアさんが飛びついてくる。

 

 あいもかわらずとてつもない速度を出してくるが、当たる直前で咲夜が時止めでフォローしてくれた。

 

「サンキュー、おかげでま〜た骨折らずに済んだ。ありがとう咲夜さん」

「別に、お嬢様の身を案じてのことよ」

 

「そうかい」

 

 話をしながらも、フランは柊の身体を駆け巡る。

 

「あれ? フラン?」

「お姉様が乗らないなら私が代わりに乗るわ」

「こしょばゆいからさ〜フラン、もうそろ身体から離れてくんないかな〜?」

 

「イヤ! 心配したんだからね!」

「そりゃ悪かったけどさ〜」

 

「ゴホン! ……そのくらいにしなさい、フラン。柊は昨日まで寝てたのよ。それに私の妹として、見ていて恥ずかしいわ」

 

 このお嬢様。数時間前の出来事を綺麗さっぱりなかったことにしてやがる。

 

「泣き虫の姉がいる方が恥ずかしいと思うけど。もう泣かなくていいの?」

「ちょっと!? な、泣くわけが……ないでしょ!?」

「私の所為で死んでたら申し訳が立たないわ〜! って!!」

「ふーらーんー!!」

 

「あはは〜」

「こいつ……」

 

 フランの頭をレミリアがグリグリする。

 

「ま、面倒くさかったのは事実ですしねー。凄い幼児退行してたし」

「生意気になったわね柊……!」

 

 カードを使い、グングニルを持つレミリアさん。

 

「ちょっ、今変身できないから勘弁!」

「うえっ!? 柊さん変身出来なくなったんですか!?」

 

 横から美鈴さんが言う。

 

「うん、もう綺麗さっぱり人間だよ。一回レミリアさんに吸血鬼にされかかった事除けばねー」

「あやや! 面白そうな話しですね……聴かせてもらっても!?」

「あ、久しぶりです」

 

 烏天狗の文さんだ。ほんと久しぶりに見たなこの人。

 

「そんなことも聞かなきゃ知らないのね烏天狗は」

「だってその時の異変について皆さん答えてくれなかったじゃないですか〜〜!!」

 

 そうなのか、と聞く柊。

 

「ええ、貴方が寝てる間になにもかも知られていると貴方にとっても良い気持ちじゃないだろう。って妖夢が」

「えっ!!? 私ですか……!?」

 

 更に横からひょっこり現れる幽々子さんと妖夢ちゃん。

 

「あら? てっきり……保護者同然の慧音がそう提案したのかと思ったのだけれど」

「お、俺も……妖夢ちゃんだったんだな」

 

「何故貴女がそんな気配りしたのか教えて貰っても良いですか!?」

「え!? いや、別に何も……」

 

 そこに幽々子が茶々を入れる。

 

「んも〜また、嘘ばっかり言って。ずっと謝りたいって後悔してたもんね? 妖夢」

「それはそうですけど……!」

「ふむふむ、なるほどぉ? なるほどなるほど」

 

 嫌味な笑顔で写真をパシャる射命丸。

 

「クスッ……いいのかしら柊? このままじゃそこのエセ記者に有る事無い事書かれた新聞を人里にばら撒かれるわよ」

 

「「だ、だっめぇ〜!!」」

 

 最速の烏天狗に全力ダッシュで追いかけっこをする2人。

 

「ウフフ、頑張りなさいな妖夢〜」

「フフ、冥界の主人とは気が合いそうね」

 

「奇遇ね、私も同じことを思ったわ。何なら従者の入れ替えっこでもやってみるかしら? 妖夢なら全然貸してあげるわ」

 

 不敵な笑みを互いに浮かべて見つめ合う。2人だけが分かる何かがあるのだろう。

 

「だそうよ? どうかしら咲夜」

 

「従者を全然貸してあげるなんて言う主人には付きたくないです」

 

「フフフフ、それだけ仲が良いってことよ〜」

「ま、私も咲夜が居ないと困るしね。あの子じゃ紅魔館のメイド長は務まらないでしょ」

 

 扇子をはためかせながら笑う幽々子。

 

「そうね〜、まだまだ要改善ってとこね」

 

 それはそうと〜と、幽々子は後ろから何かを引っ張り出した。

 

「いい加減出てきなさいな、さっきの音頭の手前。今更黙るのもダサいわよ紫?」

「うぅ……だってぇ」

 

 いざ始まってみると、やはり少し後ろめたい。

 

「ふふん、情けない賢者もいたものね。なんなら賢者とやらに代わって上げようかしら?」

「残念だけど、優雅に紅茶でも飲みながら月をぼーっと見てる吸血鬼ちゃんには務まらない激務だらけよ〜、代われるなら代わってあげたいのだけどね」

 

 少しムッとしてつらつらと言葉を述べているが、その激務の大体は式神がこなしている。

 

「あら? 言ったわねこの……へたれ妖怪」

「どっちがよ? 妹に泣かされる弱虫吸血鬼」

 

「言ったわね〜!? 紫!」

 

 なんだかんだ紫を慮って馴染みやすい雰囲気作りをするレミリアを、愛らしく思う咲夜と幽々子。

 そして、

 

「捕まえたぞ!!」

 

「あゃやっ!? よく捕まえましたね柊さん!」

 

 羽を鷲掴みすると、大人しく座布団に座る射命丸。

 

「逃がしませんよ!!」

 

「ええ、では私からも色々聞かせてください!!」

 

 メモを取り出し質問ぜめする気満々の射命丸。

 

「「は」」

 

 どうやら逃げられないのはこちららしい。

 

 そうこうして、あっという間に宴会も後半戦に入り、大体の輩は寝てしまった。

 

「は〜疲れた……」

「あら、風に当たりにでも来たの?」

 

 

 射命丸の質問責めの休憩がてら、縁側に出ると霊夢が一人で酒を飲んでいた。

 

「ああ、妖夢も口脆くするために酒飲まされて寝ちゃってな。俺も風当たりにきた」

 

 座布団を渡され、霊夢のとなりに座る。

 

「……は〜宴会ではなんだかんだ貴方と話すのが当然になっちゃったわね」

「思えばそうだな。毎回こうやって喋ってるし」

「……なぁ、霊夢」

「ん?」

 

 西行妖との一悶着があって以来話していないのだが。彼は最後霊夢と喧嘩したまま別れていた。

 

「ごめん。我儘言って」

「……全くよ」

 

 二人の雰囲気が、冷たいものに変わる。

 

「……もうその話は無かったものになったと思って私も考えてなかったのに、なんで今更持ち出すわけ?」

「今までの蟠りをどうにかする為に……宴会を開いたんだ」

「どうだっていい。あんたがどういう人間かはもう分かったから。私ももう口出ししない」

 

 柊に目を向けず、桜を眺めながら酒を飲む。しかしどこか、儚げな姿だった。

 

「ごめん……本当に」

「謝らないでよ本当に気にしてないんだから」

 

「……貴方は誰がいくら口で言っても聞かないタイプだもの。しょうがないわ」

 

 柊の背中に、汗が一筋垂れる。

 

「前話してくれた女の子のことが原因で、今も貴方を走らせ続けてるんでしょ。それは私じゃどうにもできないし、そういう奴に私が振り回されてもしょうがないしね」

「……」

「その顔からして気付いてるだろうけど、魔理沙も勿論その1人よ」

 

 困り眉をして笑いながら霊夢は言う。

 

「そういう奴をどうこう……ってつもりもないしね。だから本当に怒ってないの私。ただ見方を変えようと思っただけ」

「見方?」

「うん」

 

 冷たい桜が、咲き乱れていく。その一枚の花弁を、霊夢は懸命に目で追った。

 

「私が助けてやろうって思ってたのは上から目線で物を言ってるだけだって気づいたから……もう律儀に手を貸すのも辞めたわ。私はやっぱ自由にする方が向いてるのよ」

「……そっか」

 

「でも困ったらちゃんと言いなさい、その時は手を貸してあげる」

 

 柊は頷く。だが、霊夢はそこで話を終わらせなかった。

 

「それと、自分の意思を貫ける力を持ちなさい。でなくちゃ、周りが苦しい目に遭うから。嫌でしょ? 貴方にとっても」

「……うん」

 

 桜の一枚が、盃に落ちるのを眺めながら、柊はふと疑問を抱く。

 

「霊夢は博麗の巫女をやってる訳だけど、それってつまり人里の皆んなを守るってことだろ?」

「んー、まぁ細かく言うと微妙になるけどまぁ、妖怪退治って意味で言えばそうね」

 

「霊夢はなんで妖怪を退治して……人を守ろうと思ったの?」

 

 それを聴くと霊夢はポケッとして。

 

「別に? 先代の巫女から、先先代の巫女も。そして最初の巫女もず〜っとそうやって来たのを私も継いでるだけ。別に正義感とかじゃないわ」

 

 俺は彼女の言葉を黙って聞いた。

 

「ず──っと前から今日に至るまで、博麗神社は無くならなかった。だから私も紡いでいくの」

「……そっか」

 

 強いな、と思った。きっと先代も霊夢みたいに強かったんだろう。

 

「それが聞けてよかった。そう想ってる人がいる事を知れて良かったよ。……だから人の想いはどこかで途切れたりしないんだな……」

「……?」

 

 妙な雰囲気を柊から感じた霊夢。

 

「ちょっと? また何か無茶するつもり? 困ったことがあるんならほんと、誰かにちゃんと相談しなさいよ?」

「うん、分かってる。俺ももう無茶する気はそうないよ」

「なーんかあんた、仏みたいな雰囲気になったわねぇ悟りというか……」

「え!? ……っははは!」

 

 ずっと映姫さんとは一緒にいたしな! 少しくらい感化されてても不思議じゃない。にしても相変わらず勘がいい巫女だな。

 

 は〜〜と溜息をつく霊夢。

 

「どうしたの?」

「さっきはああ言ったけどさ、ほんとは……アンタを見てるとなんか……危なっかしくて見てられないのよ。……それにもう変身も出来ないんでしょ?」

「……うん」

「なんかあったら、まずは近くの奴に頼ることね。慧音さんとか色々いるでしょ? アンタの近く」

 

「そうだな」

 

 霊夢の顔を見やるとそっぽを向く。

 

「……なんだよ?」

「何なら……私でも良いからさ、兎に角……やめてよ。前みたいに、自分の事を悪く言うの。私までちょっとキツくなるから」

「え」

 

「いやだ、だからこ、困ってるなら兎に角誰かに言う事! 良いわね!?」

「あ、ああ……」

 

 強引に丸められた。

 

「……ねぇ、初めてあった時の事覚えてる? 」

「初めてあった時の……」

 

 スーと肩の力を抜いて思い出してみる。

 ああ、初めて会った時って確か。頭押さえつけられたんだっけか? ……ん? 

 

「なんで俺頭抑えられたんだっけ?」

「ああ、言わなかったっけ? あれはアンタの中に異物があったからとりあえず払おうとしてね」

 

「そうだったの!?」

「そうよ? でも今はもう感じないし大丈夫よ」

 

 全く知らなかった。

 

「あの頃からすごい進歩よね〜そう考えると……もう大抵の事じゃ驚いてないもの貴方」

 

「いやいや……驚きっぱなしだから」

「そうなの?」

 

「そうだよ……死神とかにも会うし」

 

 他愛ない会話を続ける。

 

「……ふふっ」

 

 寝そべって月を観ながら、自分のこれまでを頭の中で反芻して、いたのだけれど。

 

「……霊夢?」

 

「なんだかんだ、アンタとももう長いわね」

「そうなるのかな? そーかもな」

 

 ぼーっとしていると普段の霊夢からは聞けないだろう言葉が聞こえた。

 

「……心配したんだからね、私も。レミリアも貴方の未来が観れないとか言って泣きついてくるし。魔理沙は寝たきりだし」

「……おい」

 

 霊夢の顔を見て、違和感に気づいた。

 

「……霊夢、酔ってるな?」

「……そんなこと知らないわ」

 

「あ、そう」

 

 眼がちょっとうつらうつらして来ている、やはり間違いない。

 

「普段恥ずかしくて言えないだけ。別に良いでしょ? こういう時くらい」

「……こっちが恥ずかしくなるんだよ」

「しょうがないじゃない。だって……死なれたら流石に悲しいし」

「……そうか」

 

 そんな事言われたらこっちまで恥ずかしくなる。というか普段口にしないような事ボロボロ言う霊夢にさっきから戸惑ってる。

 

「……まぁ、うん。俺も皆んなが傷付くと俺も悲しいしそれと一緒かな」

 

 それに、友達だし。

 と言うとどこか霊夢の目が輝いたような気がする。

 

「……そうね、うん。きっとそう」

「咲夜さん達も無事で良かったよ。でも霊夢は入院すらしなかったんだろ?」

「まぁね」

 

 凄いな、やっぱり。どこか人外じみてる。

 

「……だからって、離れないでね」

「は? ……離れるって? 」

「……何でもない! 何でもないから!」

 

 やっぱり何かおかしいぞ今日の霊夢は。

 今も寂しそうな目をしてるし。だがまぁ博麗の巫女として生きていく上で色々とあったのだろうという事は容易に想像がつく。冗談半分で振る舞ってはいるがきっと霊夢は誰にも離れて欲しくないんじゃないだろうか。

 

 咲夜さんや魔理沙達なら尚更。

 

「……よくは分からないけどさ……俺はお前が見捨てない限り離れないよ。少なくとも死ぬまでは皆と一緒にいるからさ。……魔理沙達だってそう思ってるよ」

「……うん」

「……ったく、俺がこんなのする柄じゃないのにさ」

「……柊?」

「ほら、これでいいだろ?」

 

 霊夢の震える右手をしっかりと握る。というかなんで震えてるんだよ。

 

「何があったかしらないけど、今ぐらい本音で話せよ。俺しかいないんだし……」

「……貴方が自分が死ぬ事に躊躇いなんてないって言ってから……本当に死んじゃうから、魔理沙も咲夜も倒れてるのみたら周りのみんなが本当に居なくなっちゃうみたいで怖かったのよ。私一人で何日も過ごしたけど……昔に戻ったみたいで……寂しかった……私が寂しがっちゃ悪い!?」

「いやいや! 全然……」

 

 ああそうか。霊夢も一人の人間だもんな。

 

「また寂しいって思った時は慧音さんの家に来いよ。寂しくなくなるぜ。慧音さん優しいし」

「……じゃあ、今日はここで寝てよ」

「……そうだな1日ぐらいゆっくりした日があってもいいと思う」

「……うん」

 

 そう言っている最中にも顔を下に傾けている。ああもう完全に眠る体勢じゃないか。

 

「おい、ここで寝るな。流石に寒いだろうから。ほら掴まれ」

 

 ガシッと、抱っこして中に入る。

 

「ほら」

 

 布団を引いて、とりあえず寝かせた。

 

「うぅん……おやすみ……ねぇ、行かないでよ?」

「……うん、おやすみ」

 

 やっぱり宴会やって良かった、楽しかったし。

 

「……もう皆んな寝ちゃってるわよ?」

「ですね、けどその中で起きてるってなんか不思議と楽しくないです?」

 

 学校生活でも、一際眠い授業で自分だけ起きてたらなんか楽しかったりする、あれに近い。

 

「そうかもね」

 

 1人だけ、ワイン片手に洒落込んでいるレミリアさんが、話しかけて来た。

 

「一人で飲み明かすのもなんだし、二人っきりで話すかしら?」

 

 もうすこし、宴会は続く。

 

 



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23話 運命視と未来と一段楽

「とりあえず……失礼します」

「ええ」

 

レミリアの横に座る。

 

「もう泣きつかないでも大丈夫なんですか?」

「!? うっうるさいわね! もういいから!」

 

無事にメンタルも回復したみたいで一件落着。

 

 

「うーん……そうねぇ、何から言おうかしら」

「……?」

 

レミリアが柊の身体を見て回る。

 

「な、なんですか?」

「何ともない? 私の事好きでたまらなくなってたりとか」

「は?」

「貴方一時的に眷属になってたでしょうが」

 

そう、柊とレミリアは西行妖との死闘にあたって、一時的な関係を築いていた。

 

「……尊敬はしてますけどそれ以外は別にどうと言うことも……」

「……そう? まぁ…問題はなさそう、か」

「一回死んでますからね」

「それもあるかもね」

 

精神の核を担う霊魂は三途の川にいた。それに蔓延る負の要素を映姫が全て剥がしたことで、同時に中和されたのだ。

 

「医者も血を散々抜いてたしまぁ、元に戻れたようで何よりだわ」

「そうですね」

「男とそういう関係になるのは初めてだったんだから……責任……取ってよね」

「ほえっ!?」

「ウソよ、ウソ」

 

レミリアは舌をペロリ、と出す。

 

「心臓に悪いんで勘弁してください…」

「ふふふ……でも、異性同士で眷属になるってそういう事だから、次の機会があったらその時はちゃんと責任とってよね」

「……本気ですか?」

「本気よ。それが嫌ならちゃんと実力つけなさい」

 

若干レミリアの頬が赤かった事に、柊は気付いていなかった。

 

 

「…今朝は慌てふためいて悪かったわね。柄にもなく」

「気にしなくていいですよ別に。……咲夜さんが倒れたなんてそりゃ心配するでしょう」

「う、うん…」

「むしろ……俺の所為で咲夜さんが傷ついて……」

「いや、それは咲夜に命令した私の責任でもあるから」

 

レミリアは頭を掻く。

 

「久ッ々にやらかしたわ……ほんと、相手を見誤ってた」

「……まだ落ち込んでますか?」

「うーん、落ち込むというか、悔しむというか……やっちまったって感じね」

 

大きなため息をして。

 

「ま、こうして桜が見られるようになったんだからクヨクヨしててもしょうがない、て話よ」

「……はい!」

 

 

あ、そうだ。と言って柊を向く。

 

「うーん…単刀直入に言うのが早いでしょうね」

 

ニヤニヤ柊を見つめる。

 

「貴方、ま〜た厄介事に会うみたいなの。それも今回は多分私じゃ手を貸せないし」

「……予知ですか?」

 

レミリアには予知の能力がある。

恐らくそれで見たのだろうが。端的に言いすぎているから事情を飲めない。

 

「どういう事件かは、分からないんですか?」

「そうねえ、分かるけど秘密よ」

 

「えぇ? なんですかそれ」

「ふふ、ごめん。意地悪したわ」

 

呆れながら座布団に座ろうと思うと。

 

「…右手で机に触れる」

 

無意識に、右手で机を擦った。

 

「…!予知か…」

 

「ええ、それが私の能力。運命を操ることが出来る程度の能力の一端よ」

 

更にレミリアはこちらの腕を指差す。

 

「貴方はその右腕を机から離さない」

「…え?」

 

いきなり何を言い出すのかと思えば。こちらは全く理解できない。

 

「私が見た未来では貴方はその机から手を離しているわ。けれど今私の指示によって未来は変化した。この意味がわかる?」

「…? 簡単に未来は変わるってことですか?」

 

「そう。ちょうど今みたいに、見えていた未来を止めるように動けば、ある程度の運命力までなら未来が不確定になる、ということよ」

「ん、んん?」

「右手を離すのを止めるくらいなら簡単だけど、誰かが死ぬのを止めるのは同じ熱量じゃないってことよ」

 

つまり、今の指示では柊が手を離した。が言い方によっては無視して離していたかもしれない。力とはそういうことだ。

 

「1動作の運命を変えることはそう難しくはないわ。するなと言えば良いのだから。けれど行動する運命を変えるとなると其れ相応の力がいる。私の能力はあくまで悪い方に傾くレーンかいい方に傾いているレールかを見るだけ。その進路を変えるには自力でどうにかする必要があるわ」

 

「えっと……」

 

「春雪異変で例えるなら。私と貴方はよき未来にレバーを傾けようとしてて西行妖と紫が悪い未来のレバー方向に力を掛けてたっていう感じね」

 

理屈は理解した。しかし疑問が生じる。

 

「なんで今日、この場で唐突にその説明を?」

「この説明をした方が、貴方が未来を諦めずに済むと思って」

「…なるほ、ど?」

 

もとより何が起きても折れるつもりなんてない。

 

「……愚かな人間達は諦めなければ必ず願いは叶う、と言うけれど私はそれを肌身で感じているからね。これほど強い能力もないわ」

 

フフフフ…、と悪い笑みを零すレミリア。

 

「ま、兎にも角にも貴方には説明しときたかっただけ。運命は簡単に変わるってね」

「そ、そうですか…」

 

「む〜私の能力を人間が知れたのよ? もっと有り難みは感じないのかしら? こんな詳しく知ってるの貴方だけなんですけど〜?」

 

ほっぺを膨らませるレミリア。

 

「えっと……話ってこれだけなんです?」

「冷たいわね〜! 話がなきゃ喋ることも許されないっての!?」

レミリアが漫画的表現でいう怒りマークを浮かべている。

 

「ま、レミリアさんは吸血鬼ですし価値観も違うでしょ」

「フフッ…でも貴方も私を、フランの手を借りたとは言え一度は倒しているのよ?」

 

「あれはほぼフランのおかげですし」

「……謙遜は鼻につくけどまぁ、傲慢になるよりはよろしい」

 

実際そうだからな。

俺一人じゃあの異変は解決できなかった。

 

「…いや、警戒心が薄いのかしら?」

「?」

「そうよ、そうだわ……ねぇ、私思うのだけれど。貴方はここに男一人で来ている訳だけどそういう所意識したりはしないのかしら」

 

「ああ、いや昔は俺も拒否してたんですけどね…女子会に混じろうとする男子みたいで嫌だからって…」

 

「ほら、見てみなさいここで美鈴が爆睡してるわよね?」

「え、ええ」

 

むにゅ。両手で美鈴の胸を鷲掴みした。

 

「ちょっ!? 起きますよレミリアさん!」

「だぁいじょうぶ、どうとでも言っときゃ良いのよ」

 

そういいながらもみ続ける。

 

「貴方も触ってみなさいよ、こんなバカ乳触らないだけ損よ?」

「だ、だめですよ……」

 

ジト目で睨まれる。

 

「つまらない男! 何よ、僧じゃないんだからさ」

 

軽くディスりが入ったショックを受け流し会話を続ける。

 

「良いんですよ、触られたくないでしょだって」

「うわぁ……そこまでチキンだとむしろ同情するわ」

 

そうやってもみ続けるレミリアにとうとう天誅が。

 

「んに……ふがぁ…」

「んぎゃっっ!!?」

 

寝相の悪さ故か、美鈴の強烈な手刀がレミリアの首を叩く。

「お、お、ぉぉぉおお〜〜!……」

「あーあ」

 

涙目になるレミリア。バカの子だ、この人。

 

「もう知らない! 美鈴のバカ! このバカ!」

 

やっぱり乳が少ない奴が正義ね、と呟くレミリア。そういうわけではないと思う。

 

「私の胸なら触って良いって言っても触らないの?」

 

バッと胸に手を当てて言う。

 

「あの……レミリアさん、残念ながらないですよね」

「死んだままの方が良かったかしら」

 

こっちをじっくり見つめる深紅の瞼。長いしっとした睫毛。だけど胸がないのは確か。

 

「ひどいなぁ…」

「……くくっ、ごめんごめん冗談よ。……もし触ろうとしたら殺してたけど」

 

「勘弁してくださいよ……こちとらまだ子供なんですよ?」

 

「人間の年齢で言ったら私もそれくらいよ?それに私は貴方のそういうウブな所好きよ、人間の愚かさが前進に出てて」

 

まあ、もっとしっかりしてほしいけれど、と一言多いレミリア。

 

「まぁいいわ。今日はもう帰るわねお休みなさい」

「ん、ああお休みなさい。レミリアさん」

 

バサバサと翼をはためかせて夜の外へ飛び出して行くレミリア。

 

「…いつも宴会ではああやって帰ってるのかな?」

 

まぁ、いいか。

 

片付けをせっせとして、少しでも他の人の負担を減らす。

 

10分くらい経って眠気も増してきた時、思わず眠気に身を委ねてしまった。

 

「……すぅ……」

「……皆んな寝たわね」

 

皆が寝たのを確認して紫がこっそりと廊下を歩く。

 

「ふぅ、そろそろ忙しくなる時期かしら」

 



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24話 休日と香霖堂と神か去り

宴会も無事に終わり、暫くの日が経ったある日の事。

 

俺は慧音さんの家に居た。

 

「柊〜ご飯の時間だぞー」

 

そして、妹紅さんも今日は慧音さんの家に来ていた。

 

「ああ、今行きます」

 

慧音さんに頼まれた薪割りを済ませて、しっかり手を洗ってから部屋に入る。

 

「「「いただきます」」」

 

「どうだ? 柊、体の調子は」

「好調です。もう痛みもありませんし」

 

俺はあの後慧音さんに、泊まっていいと言われ、素直に居候したのだ。だが、相変わらずオーズにはなれない。

 

「二人はどうする?」

「私は用がある」

 

「俺は特に何も…その辺散策しようかなって……」

「そうか」

 

雑談しながら朝食を終える。

妹紅さんは既に帰った後だ。

 

「せんせー! すいませーん!」

 

「「ん?」」

 

慧音さんを呼ぶ女の子らしい若い子の声だ。

外出用の服を着て、外に出る。

 

 

「柊別に私への依頼だろうから部屋でゆっくりしていてもいいんだぞ?」

「そんな水臭い。もし手伝える事があったら協力したいじゃないですか」

「相変わらずだな。それで? どうしたの今日は?」

 

ドアを開けると、少女が困り顔で見ていた。

 

 

 

 

「「猫ぉ??」」

 

「はい…これくらいの…」

「猫ね…」

 

その少女は慧音さんの勤める寺子屋での教え子だ。沙耶(サヤ)と言う。

可愛い教え子の頼みとあってか依頼はご大満足で引き受けた。

 

「ちなみにどれくらい捜索した?」

「全部!」

「人里中全部か…頑張ったな」

 

となると人里の外に出て行った可能性がある。

 

「よし、ここは異変探偵の柊と呼ばれる俺に任せろ。沙耶ちゃんは家に帰って待ってな。すぐ見つけ出してやるよ」

「ああ、もう心配しなくていいからな。必ず見つけるよ」

「うん! ありがとう! 先生! あと…変な人?」

「んなっ!?」

 

 

 

 

「ははは、まぁまぁ……気を落とすな」

「先生と思ってなかったのはよしんば良いとして…まさか変人扱いされるとは…」

 

子供は純粋だからな…いいけどさ。

でも俺も人里の人達と大差ないだろ!?

 

「それだけ若く見られてるって事だよ。それじゃそろそろ行こうか」

「いよーし、速攻で見つけてただの変人じゃないって所見せつけてやるか!」

「その言い方だとやばい変人を見せつけるってことになるがな…?」

 

 

 

「見つからないなぁ」

「まぁそうそう簡単にも行きませんよね」

 

そもそも猫がそうそこら辺を彷徨いてる訳がないのだ。

 

「何事も都合良くは進まないな…出来ればすぐに探してやりたいと思うんだがな…」

「んじゃ外出てみますか」

 

人里の外。今までは気軽に出れたが今の俺ではそうもいかない。

必ず誰か付き添い人がいないと危なくて出られないのだ。

 

「外に出たからと行ってすぐに見つかる訳じゃ……」

「まぁまぁ、あんまり待たせるとあの子が勝手に探しに行かないとも限らないし…ってあー!!」

 

首輪した猫が一匹こちらを威嚇している。絶対こいつだ。

 

「ほーら、怖くないぞう。よしよし」

「慧音さん、何やってるんです。無駄ですよそれ」

 

威嚇してないならまだしも。相手がこちらに敵意を剥き出しの状態で人間が宥めても返って怒りを招くだけだろう。

 

フシャーッ!!

 

「ひっ!」

「ほらぁ…ていうか慧音さん」

 

もしかして猫苦手なのか?

 

「教え子に頼まれた手前断らなかったが……動物の類を好ましく思わないのは事実だ」

 

また可愛らしい教師もいたものだ。どこのどいつだよこんな可憐な人と一緒に働いてる奴は。

 

「ど、どうしよう…このままではまた見逃してしまう…」

「…にゃーん」

「……えっ?」

 

仕方がない。ここは俺が一肌脱ごう。

 

フシャーッ! シャー!

 

「にゃお〜ん、にゃーん、にゃおん…にゃ〜」

「お、おい…柊…?」

 

おい、引かないで下さい。

 

「にゃん? にゃんにゃ〜」 

 

……ゴロゴロゴロ

 

某探偵事務所のハードボイルドを語る漢のやり方だ。

俺が猫探しで活用できる知識なんてそれぐらいしかないのだからしょうがないだろう。

 

「にゃーん…にゃんにゃ?」

 

トコトコ…とこちらに歩みを寄せる猫ちゃん。

いい感じだな。

 

「そのまんまこの手に乗るんだにゃ〜? いい子だからにゃ…?」

 

まさか本当にこのやり方で捕まるとは。いいぞ、最悪このまま突っ込めば必ず抱き抱えられる。

 

ファァアゴ!!

「…に"ゃっ!!?」

 

いてっ! 鼻先を引っ掻きやがった! 

このとんだジャジャ猫!

 

「いてぇぇえ!」

「しょ、柊!」

「ふしゃぁああ!」

「やってる場合か!?」

 

素早いバックステップで再び威嚇する猫。

 

「……ん? 待て柊。この猫様子がおかしいぞ…なんで威嚇するばかりで逃げないんだ?」

「…確かに」

 

何かを守るかのように立ち回る猫の動きだ。…まさか。

 

くるにゃー、うにゃー。

 

「なるほど……はぁ、俺はやられ損だな」

「おかしな事するから抵抗されたんだ。よし、連れて帰ろう」

 

そんなこんなで事件は解決したのだが。

 

「……んん?」

 

慧音さんがドンドンと遠ざかっていく中、俺は奇妙な物に目を奪われてしまう。

 

「これ…は?」

 

カエルの顔の形したヘアピンだ。随分と可愛らしいがここにあるという事は…。

 

「誰かが……襲われでも……したんだろうか」

 

拾い上げたその時。ふと消えてしまう。

 

「…は?」

 

どこに落ちたでもなく、そこから綺麗さっぱりとなくなっていた。

 

「おーい行くぞ柊」

「…あ、はい」

 

 

今日起きたこの出来事が俺を大きく動かす出来事となる。

 

 

 

「子どもが生まれてたのね! もう! 心配したんだから!」

「お前も、次は飼い主を困らせるなよ?」

「……よかったな」

 

鼻をやられた俺としては少し複雑な気持ちだ。

 

「ははは、まぁ許してやろうよ。きっとこの子も子供を守るので必死だったんだから」

「…確かに」

 

俺を睨む瞳もよくよく見れば感謝の気持ちで溢れている…気がする。

仕方がない。撫でてあげよう。別に猫は嫌いじゃ…

 

「な……いだっ!?」

 

やっぱり嫌いだ。

 

 

 

数日後。俺はある場所を目指してきた。

初めて行く場所で正しくつけるか不安だったが。

 

「ここか…」

 

どうやらしっかり行けたみたいだ。

 

「こんにちは〜…」

 

「おや? 随分と若い子だねいらっしゃっい、ゆっくり見ていくといい」

 

香霖堂という道具屋だ。

ここでは現代の物もあるらしい。

 

 

「ええ、初めまして、ありがとうございます」

「うんうん、……うん?」

 

洒落た眼鏡を掛けたこのイケメンなお兄さんは、森近霖之助…だった気がする。

もしかしたら名前を間違えてるかもしれないから本人に確認は取らないが。魔理沙からはよくツケと言って物を持ってかれているようだ。

 

「君もしかして、柊くんかい? 魔理沙がよく僕に話をするんだが」

「え、あはい、多分その柊ですね」

 

「異変解決にも協力を惜しまないと聞いているよ。元気なんだね」

 

あっちに知られていたのに驚いたけれど自分が知ってるんだから別にいいか。

 

「ええ、まぁ…俺も魔理沙にはお世話になってます」

「でも彼女といると疲れるだろ?」

「ははっ確かににそうですね。でも年相応でいいと思いますよ。元気もらってるし」

 

微笑みを浮かべる霖之助さん。

 

「魔理沙を良く知っていそうだから君には教えておこうか、珍しい男友達だしね」

 

耳元に近づいてくる霖之助さん。

 

「実は魔理沙は昔はね、とても人見知りだったんだよ」

 

「……えっ!??」

 

そ、想像ができない!

魔理沙の幼い頃をいくらイメージしても小生意気な可愛い女の子くらいにしかイメージ出来ない!!

 

「はっはっは、いい反応だ。…まぁ当然だがね、今の魔理沙からは想像もつかないだろう?」

「う、う〜ん。あの魔理沙が人見知り…ですか」

 

「そう。でも人見知りから脱却したのは確かぁ…一人暮らしを初めたくらいだったかな」

 

「一人暮らし? 以前は誰かと一緒に住んでたんですか?」

 

「ん? 知らないのかい? 昔は父親と暮らしてたんだよ」

 

「へ〜〜」

 

魔理沙のお父さん。魔理沙と同じで元気そうな感じだけど、まぁ会ったことないからどうとも言えないな。

 

「本当に前から魔理沙を知ってるんですね……」

「そうだね」

 

俺の知らない側面の魔理沙をこの人は知ってるんだ…、そう思うと、ちょっと興味もある。

 

「それで? 今日は何しに来たのかな」

 

そうだ、本題に入らなきゃ。

 

「外の世界の道具を見せて欲しいんです」

「オーケー、こっちに来なさい」

 

指をチョイチョイと引いて指示された場所へ行く。

奥の部屋にいくと、色んな道具がずらりと並んでいる。

 

「これ全部現代の…?」

 

「そう、幻想郷に流れてきた物だよ」

 

横並びにしてあるが、数は尋常じゃない程ある。

 

「僕の能力で名前と何に使うかくらいは分かるんだけど肝心の使い方が分からないんだよね…まぁ、道具なんて用途が分かれば使い方はなんとかなりそうだがね」

 

いや、流石にそれはならないと思う。けど現代にあるものなら俺の出番だろう!

 

「多分、俺大体の物は使い方が分かると思います」

 

「本当かい? それはまた何で?」

 

「俺は元外の住民なので」

 

 

目をちょっと開く霖之助。

 

「そりゃ魔理沙とも仲良くなるわけだ……なるほど、ね。柊くん1ついいかい?」

 

「? なんです?」

 

「ここにあるもの1つ何でも持っていっていい、その代わりに君が知ってる道具について使い方を教える…ってのはどうだい?」

 

「…本来なら無償でやる気だったんですけど、お言葉に甘えてもいいですか?」

 

正直、俺が目当ての物がここにあったのなら多分大金が必要だと思っていた。

 

「ああ、構わないよ。善意だしね貰ってくれ」

 

そう言われて、横並びされているものをとりあえず適当に見る。

 

だが、霖之助さんは聡い人間のようで、横から使い方を説明してくれるのだが大抵があっている。

 

「ここまでは僕でも何となく分かるんだが、こっからは全く分からない部類だ。君に期待を置くよ」

 

「答えられるだけ…まぁやってみますよ」

 

クリップ。次はスマホ…まぁ、流石にこれはここにあっても意味がないだろう。

ていうかスマホが幻想入りしてるんかい。持ち主は何やってんだ。

 

「……!」

 

そして、手に触れてみただけで感じた、異質だ。

何だこれは。

 

「それは? なんだい?」

 

手のひらサイズのカエルの髪飾り。だが、手に触れるだけで何か嫌な気分になる。

「……これは、髪飾り…だと思いますが、これの使い方も分からなかったんですか?」

 

髪飾りをつけている女の子など人里にもざらにいる。

そして今まさに気づいたかのような霖之助さんは の反応からすると。

 

「いや、そこに置いた記憶はないんだけどね……」

「ということは今幻想入りした物が…ここに? 」

 

「そういうことになるね。それはいいや、貸してごらん。私が処理しておくよ」

 

(…ちょっと待てよ? いや見間違いか?)

 

数日前に見た髪飾りとほぼ同じ見た目をしている。以前見たものの見た目を完璧に覚えている自信はないが、人里で流行っているわけでもないこのカエルの髪飾りが幻想郷に二つある可能性は少ない。

 

「ダメだ!」

 

反射的に手を前に出してしまった。

 

「え?」

「……なんか、ただの髪飾りじゃない気がするん、です。いきなり大声出してすみません」

 

だとすればこれはあの時見た髪飾りと同じものだ。なぜ人里の外に捨ててあったこれが今香霖堂にあるのかなんてさっぱり分からないが、俺には嫌な予感がする。

 

「いや……構わないけど」

「……これを貰います」

「え? でも、いいのかい? 無料で貰うには価値が低いよ? それ、ただの髪飾りだし…」

 

「大丈夫、これがいいんです」

 

今、これを握った時、嫌な気配と、微かな助けを呼ぶ声がした気が…した。

 

(もしかしたら呪われてる物かもしれない。だとしたら……処理しといた方がいい)

 

霖之助さんに渡してもいいけれど、それはなんとなく嫌だと感じてしまった。なんだろうか、この嫌な気持ちは。

 

そのあとは、特に変なものも混ざっておらず。一通り説明して買い物を終わらせた。

 

「ありがとね、随分助かったよ」

「いえいえ、今度また分からない物があったら、近いうちまた来るので聞いてくださいね」

 

「ああ、じゃあね」

 

「さようなら、また今度!」

 

(急いで確認に行った方が良いな……)

 

今夜は遅くなると慧音さんに伝えてから俺は急いで博麗神社へ向かった。

 

 

「なるほどね…確かに呪物かもしれない…所で柊?」

「ん? ……!?」

 

明らかに怒りの形相でこちらをみる。

何かしたか!? と慌てる柊。

 

「貴方…ここに一人で来たの?」

 

「あ、ああ」

 

「馬鹿!! 大馬鹿!! いい加減身の振り方を考えなさい! 今日は運が良かったけど…妖怪に襲われてたらどうする気だったのよ! 前も言ったでしょ!?」

 

あちゃー…そういえばすっかり記憶から抜けていた。

 

「そっか…確かにその通りだな。ごめん」

「手遅れになったんじゃ遅いんだからね!? いい!?」

 

「はいっ!」

 

ふんっ…と、随分と怒られてしまった。

まぁ今回の件は誰がどう見ても俺が悪い。

 

「あちゃーやっちまったな柊」

 

隣で魔理沙が囁く。

 

「もういいわ。ちゃちゃっと祓ってあげるから見せなさい、その髪飾り」

「いや、まぁ呪われてると確定したわけじゃないけど…」

 

とりあえず、霊夢にそれを渡す。

 

「…なにこれ? 本当に何か憑いてんの?」

 

「分かんないけど…俺は触ったら変な感覚がしたんだよたしかに」

 

「なぁなぁわたしにも見せてくれよ! ……ふ〜ん、私もなんも感じねぇな」

 

「そうなのか?」

 

気のせいならそれが一番いいんだが、あの時感じた妙な胸騒ぎはどうも気になる。

 

「じゃあ、一回霊力を込めてみるわね…ハッ!」

 

手に持った髪飾りに力を入れる。

するといきなり髪飾りが光る。

 

「なっ!? 霊夢何やったんだ!?」

「何もしてないわよ!! 魔理沙! 柊をこの場から…」

 

流石の判断力は時に最大の仇となる。

 

霊夢は髪飾りを手から離し弾幕で破壊しようとした。

 

そこで一瞬手放したことで、その髪飾りは柊の眼前に迫ってきた。

 

「ーー柊!!」

「っ大丈夫だ! どうにかしてみせる!!」

 

やはり俺の感覚は衰えたり鈍ったりしちゃいなかった。

これは俺へと向けられた殺意なんだ。多分。

 

だとしても、こんな理不尽な攻撃で死んでたまるか。

 

「すぐ帰ってくる!!」

 

パッーーと光が消えたのと同時に、柊も姿を消していた。

 

「あーー、嘘だろ…霊夢! 柊が消えちまったぞ!」

 

「言われなくても分かってる! 急いで探すわよ!! 早く行きなさい!!」

 

「私もか!?」

 

「慧音に頭突きされたくないでしょ!」

 

 



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異邦の巫女と風都探偵編
25話 タイプライターと探偵とWの協力/超越地球


「……やぁ、どうだい? 進捗は…」

「! はい! メダルとガイアメモリの技術を駆使すれば以前言っていた計画もより速く始められるでしょう!」

 

死の商人。財団X。

 

「いいや、それでは遅いのだよ。やはり君に任せたのが間違いだった…もういい君は今日からクビだ」

「なっ!? 待ってくださいそれだけは…!」

「なんだね?」

「い、いえ……」

 

とんでもない財力と技術を持った彼らも、一枚岩ではないらしい。

 

「それでは早急に出て行きたまえ」

「……はい」

 

 

今宵もまた、彼らは良からぬ事を企んでいる。

 

「……大丈夫だ。必ず私が…助けるからな…!」

 

波の様な連続した足音が、静かな研究室を慌ただしくさせる。

「上からの命令だ。メモリもメダルも全てここに置いて行け」

 

「……私がいなければ研究データもろくに再現できん間抜けどもが…」

「なに?」

 

 

──《INBISIBLE》!

 

「──死ね」

 

 

 

いきなりだが、今日は少し変わった依頼者の話をしようと思う。

その人達は事務所に訪ねてくるなり突然俺達の元へと頼みこんできた。()()()()()()と。

 

なんでも? その少女は奇跡を起こせる力を持っているらしい。最初は疑ってかかったがまぁ今までそういう奇跡のような事は散々体験してきたし信頼して依頼を受けた。

 

調べてみるとどうやら本当に不思議な力を持っている様で何者かがこの子の力に目をつけたと言う。

俺達はそれらが財団Xだと推測した。奴等はそういう不思議な力に目敏いしそれに、

 

 

 

タイプライターに打ち込まれた文字は、ここで止まっている。

 

「……!」

 

彼は、異変に気付いてタイプライターに掛けていた手を離す。

 

ドアを開けて、彼は外に出た。

 

「なっ何!? 仮面ライダーダブル…の左側!?」

「その白服……おいフィリップ……っと、いや」

 

そういえば今回は一人で闘うのだった。

 

「ったく……もう嗅ぎつけてきやがったのか…? 財団X!」

 

──《JOKER》!

 

「くっ…や、やれ──!」

 

「はっ、如何にも、小物集団って感じか?」

 

彼はメモリをロストドライバーに装填する。

 

「変身」

 

 

──《JOKER》!

 

「さぁてと、ちょっとだけ暴れるか」

 

まず、視界に入った先頭の奴をぶん殴った。

続いて後ろの二人が飛び掛かってきたので、ひらりと避け、態勢を崩したところに蹴りを入れる。

 

「一気に決めるぜ」

 

 

 

 ──《MAXIMUM DRIVE》!

 

「…ライダーパンチ!」

 

一撃、二撃、三撃。そして最後にもう一撃。

 

全てドーパントにクリティカルヒットした。

 

「……ふぅ」

 

メモリをベルトから外し、変身を解除する。

 

「嵐の前の静けさって…感じだな」

 

 

ひと段落つき、また鳴海探偵事務所へ戻ろうかとした時。彼の背後に光が降り注いだ。

 

 

 

「罠かっ!? くそっ直撃しちまった……」

「……あ?」

 

景色が晴れた、と同時に尻餅をつく。

 

「……って! くそっ…俺だけを狙いやがって…霊夢と魔理沙は……無事か」

 

「は!? なんだ…ドーパントか!?」

「っくしょうが! 誰だ…姿を見せやがれ!」

 

「「……あん?」」

 

なんだ、光がいきなり消えたかと思えば、目の前に人をドーパント扱いする奴がいる。

 

 

その単語に反応して、振り返る。

 

「そっその帽子にその服…もしや、あ、あなたは……」

「お、知ってんのか? いやー俺も有名人だからなぁ、そっかそっか……」

 

「探偵ごっこの厨二病? それとも有名なコスプレイヤー?」

「誰がだ!! てめぇ!」

「痛いっ!? ……じゃ、じゃあ誰なんだよ!?」

「開口一番失礼な奴だな…俺の名は左 翔太郎。探偵だ」

「探偵ってそんないかにもな服で……マジか、失礼しました」

「おう…聞き分けいいな、お前」

 

翔太郎は柊の差し出す手を見て、快く握手を承諾した。

 

「んで……お前は 一体誰なんだ? 今急に現れなかったか?」

「えっと…俺も分からないんです、知り合いと色々やってたらなんか俺だけここに来ちゃったみたいで」

「あー……そうかお前がそうか」

 

「?」

 

「俺の依頼人が話してたやつの特徴にそっくりなんだよお前」

 

「へぇ、その依頼人ってどんな人です?」

「いやぁ、それが教えちゃくれねぇんだ」

「? 一つもですか?」

「ああ、名前は紫っていうらしいが。それ以外はなんっにもわかんねぇ」

「……紫? あの、それってもしかして金髪で紫の服着た」

 

「ああ、やっぱり知ってるんだな。そんじゃ話は早い。そらついて来いよ」

 

コクッと頷く。

 

「行くぜ、しっかり捕まってろよ」

「あ、はい!」

 

(紫さん…なんなんだ? 貴方がここに呼んだのか?)

 

「んじゃまぁ…… え〜っと確か名前…は。夢知月 柊だったか」

 

「はい! 夢知月 柊です! 好きな呼び方で!」

「そうか、よろしくな柊」

 

「はい!」

 

そして柊太郎の事務所へ着いた。

 

「ただいま〜」

「お邪魔しま〜す!」

 

「は〜い、柊、ようこそこっちの地球へ」

 

そこには当然のように紫さんが座っていた。

 

「あっ!? 紫さん! 俺になんか言うことないんですか!?」

 

ん〜? と少し考えた素振りを見せてすぐに気付いたようで。

 

「おかえりなさい」

「違うでしょ!?」

「冗談よ〜、何でここにいるかの説明よね。任せなさい!」

 

言われるがまま、地下へ行き、ホワイトボードに絵を描きながらの説明をされた。

 

「一応検討しては見たけど貴方がここにいる理由はハッキリは分かんない、 けど……正直、来てくれて助かったわ」

 

「というと?」

 

「左 翔太郎くんから大体の話は聞いたでしょうからそこまで詳しく説明はしないけどとにかく今は守って欲しい子がいるの」

 

「勿論それは良いんですが……」

「ありがとね、柊……あ、それと」

 

紫は柊に近づき小声で耳打ちした。

 

「柊用の力を貯めておいたの。こっちでも上手く力が使えるのは貴方くらいだろうと思ってね、存分に使って頂戴」

 

「俺用?」

「その話はまた後でね」

 

正直ここに柊が来てくれるかは賭けだったけど来てくれるとこんなに頼もしい助っ人もいない。

 

「……ふーん、まぁ俺は難しいことは分かんないから紫さんに指示を貰いながら支援するよ、石投げとか」

「何言ってるの? 貴方も闘うのよ? 見なさいその右腕にはめられてるのそれが貴方用の力よ」

 

右腕? と思いながら右手を見る柊。

 

「どわ!? と、時計? 紫さんが?」

「ええ、貴方がここに来た時にね。それがあれば貴方も変身できる。感謝なさい、私だいぶ無理したんだから」

「ま、マジでか!!」

 

驚くのも束の間、心の中に語りかけてきた。

 

(ただ、あまりこの事は知られたくないから、貴方にだけ話すわ。それはオーズウォッチ。3回分、それぞれタトバ、ラトラータ、タジャドルに変身できる様になってる)

 

言われてみればたしかに、顔が3つあってそれぞれの横にボタンが付いている。

 

 

(それを押せばそれだけで変身できる。けどそれは私の妖力を三等分したものだから、貴方が変身した時よりもちょい勝手が違うけどね、そこはなんとか慣れて頂戴)

 

(わ、分かりました……あの紫さん…俺以外が来てたらどうする気だったんですか?)

(こっちでも問題なく力が使える奴なんて貴方以外には……霊夢くらいしかいないって分かってたから、貴方と霊夢用に仕掛けを用意してただけよ)

 

(なるほど、なら俺が来たのは正解でしたか?)

(ええ! グッドよグッド! 本当ナイス!まぁ、そもそもここに来れる可能性があるのは貴方くらいなものと思っていたのだけれどね)

 

念話していると、横から翔太郎が語りかけた。

 

「変身って…俺達みたいな感じにか?」

「えっと、はい……ん?」

 

「そりゃ良かった頼りにしてるぜ」

「ちょ、ちょっと待った!!」

「ん?」

「俺達みたいに……って言いましたよね? もう1人いるんですか?」

 

「ああ、俺達は──二人で一人の仮面ライダーなんだ」

 

「──え?」

 

 

(ちょっと! 分かってると思うけど貴方の事はあまり知られたらまずいんだからね!?)

(だ、だって! 仮面ライダーって事はこの人……え!?)

 

 

「ま、マジか……マジの仮面ライダー……」

 

 

「お前だって仮面ライダーなんだろ? そんな驚くことか?」

「いやまぁ……うーん、そうなんですけどね」

「ははぁ〜ん? そうか、そういうことか」

 

何かに勘付いたような仕草の翔太郎を見て紫の肩が跳ねた。

 

「今まで仮面ライダーと会ったことがなかったんだな? 見た目若そうだしな」

「はい…いや、正直マジで驚いてます」

 

目の前にいる探偵が、本当の本当に仮面ライダーであるのか。いやもしかしたら大ホラ吹きの可能性もあるが、紫が頼りにしている以上信じるのが普通だろう。

 

「仮面ライダー同士、助け合いだ。よろしく頼むぜ」

「…はい! よろしくお願いします!!」

 

紫達のいる地球。幻想郷が存在する地球、そこには仮面ライダーが実在していた。その事実に震えながら、翔太郎に返事をした。

 

「というわけで、はいこれ」

「? この写真……猫…? と犬?」

「迷子猫に迷子犬……お前が手伝ってくれるんだろ? 紫さんが言ってたぜ」

 

紫の方に眼をやると、可愛くウィンクをしていた。

 

「……は、い」

 

こうして──。

波乱万丈の体験が幕を開けた。

 



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26話 策溺れと紹介と Iの企み/最悪の禁じ手

「はぁ……はぁ……た、ただいま戻りました」

 

「おん、助かったぜ。ミー子とワン太、ちゃんと連れ戻してきたか?」

「この子達ですよね」

 

ワンキャン泣きながら、事務所へと入っていく。

 

「おーよしよし、お前手際いいな。かなり早かったぜ」

「そりゃどうも……しばらく休んでいいすか」

「おう」

 

顔にタオルを乗せてソファーにへたり込んだ。

 

「そろそろ帰って来る頃だな」

 

事務所の時計を、ちらりと見てから言う柊太郎。

 

「帰って来る?」

「ああ、さっき二人で一人のって言ったろ。そのもう一人だ」

 

噂をすれば、元気にただいまーと言ってドアを開けてきた。

 

「無事で何よりだ。それより紹介したい奴がいるんだ、いいよな?」

 

「紹介?」

「ああ」

 

顔をあげたフィリップは翔太郎の指差す先を見る。

 

「夢知月 柊、仮面ライダーです! 来た理由は依然として分かりませんがとにかく、来た以上は俺も加勢します! どれくらいいられるか分かりませんが、ここにいる間はよろしくお願いします!」

 

「僕はフィリップ、好きに呼んでくれていいよろしく頼むよ」

 

横からズイッと柊の視線に入る少女。

 

「私鳴海 亜樹子!よろしくね〜! 柊くん何才?」

「16歳です」

 

生で見る実物の二人を観て再び感激する柊。

 

「「わっか!?」」

「高校生かよろしく」

 

翔太郎と亜樹子が後ろで驚く。

 

「自己紹介するなら、亜樹子の後ろにいるその子も紹介して上げて?」

 

紫が笑いながら言う。ジッと見ると確かに後ろに緑髪の少女がいる。

 

 

「え……と」

 

緑の綺麗な髪をした少女は口をモゴモゴしたまま、名前をついぞ話さなかった。

 

「…………」

「早苗、いつまでもそのままじゃ変われないわ、ちゃんと自己紹介くらいはできるようになりなさい」

 

早苗。彼女は早苗というらしい。

 

「あ、あはは、早苗ちゃんは照れ屋さんだもんね!」

「……すみません……」

「いやいや! 早苗ちゃんが謝る事ないから!」

 

亜樹子が励ませば励ます程に暗い顔へと様変わりしていく。

 

「……すみません……」

 

「「「……」」」

 

その場は神妙な雰囲気になってしまった。

何か事情があるのだろうか? それともただの極度の人見知りか?

 

そう考えていた柊は後に後悔する事になる。匿ってもらっている時点で悲しむような、話したくなくなるような出来事が起こっていたのは容易に想像が付くはずなのに。柊は軽い気持ちで考えていた。

 

 

「…こんなタイミングで悪いけど敵よ」

「…ああ、みたいだな」

 

翔太郎は帽子に息を吹きかけ立ち上がる。

 

「今度はサイクロンジョーカーになるかい?」

「ああいや、お前はもしもの為に嬢ちゃんの横に付いててくれ。何かあった時は頼むぜ」

 

帽子を被り仕度をする翔太郎。慌てて柊も支度する。

 

「俺も行きます…! 」

「ダメよ、貴方はここに居て頂戴」

「な、なんでですか?」

 

「何かあった時には貴方とフィリップくんしか守る人が居ないもの」

 

(言ったでしょ? 私は貴方に力を渡してる、それにそうじゃなくたって現代じゃ私の使える力は限られてるわ。現界するだけでもそれなりにリスクがあるの。フィリップくんだけではドーパントからは早苗を守れない。だから居てくれないかしら?)

 

紫からの頼みも理解できる。だが、今回の事情においては柊太郎を頼ってない訳ではないが、柊には何か嫌な予感がしてならなかった。

 

「う、う…」

「心配すんな、どうせまた財団の下っ端共だ。ちゃっちゃと決めてくるさ」

 

「……わかりました」

「……本当に大丈夫かい? 柊が変身できるなら別に僕が行っても…」

 

「心配すんなって、それに柊にはあまり変身してもらいたくねぇ」

 

「…え?」

 

ピシッ!と柊のはめている時計に柊太郎は指を差した。

 

「時計にゃ不要なボタンが何個もある。それにボタンの横に書いてある顔はお前が変身する仮面ライダーの顔と見た。それから推察すると……」

 

流石は探偵。翔太郎は隠し続ける気でいた柊の事情を看破した。

 

「お前はそこにあるボタンの数しか変身出来ねぇんじゃねぇか?」

「……はい」

「とすると、雑魚の相手で散らしていい物じゃねえはずだろ」

 

 

「…流石の観察眼ね。恐れ入ったわ」

「突然降って湧いた人間だ。そんなヤツが見たこともねえ変わった時計をしてりゃ警戒ぐらいする、まぁそれを隠す理由はわかんねぇけどな。でも聞かれたくないから隠してたんだろ? なら聞かねえさ。俺は依頼人を信じるだけさ」

 

帽子を乱暴に取り、ドアに手をかける翔太郎。

 

「翔太郎くん無理しちゃダメだよ! 危なかったら帰ってきてね!!」

「分かってる。そっちも無理はすんなよ」

 

「翔太郎さん…」

「あん?」

 

外に出る直前に止められ、柊太郎は首だけをリビングに向けた。

 

「黙っててすいませんでした、必ず早苗は守ります!」

「……」

 

パチン。と指を鳴らして颯爽と外に出る翔太郎。

 

 

「……さぁてと、こっちもそろそろ温まってきたし、容赦はしないぜ」

 

 ──《JOKER》!

 

手慣れた手つきでジョーカーメモリを起動させ、ロストドライバーに装填する。

 

「変身」

 

 ──《JOKER》!

 

「いたいた……」

 

ゾロゾロと、人型のまま、集団でこちらに来ていた。

 

「なっ…仮面ライダー……のかたが」

「もうそれはいいわ! オラッ!」

 

財団Xの下っ端は変身するかと思いきや、そのままジョーカーに突っ込んだ。

 

「──何っ!」

 

ジョーカーは振りかぶっていた拳を止める。動きを止めたジョーカーは7,8人がかりで身体に突組まれた。

 

「テメェら……何が狙いだ…! 何企んでる…!! おい!」

「やめて! お願い! ねぇ!」

「はぁ!?」

 

翔太郎は変身していない相手をWのまま殴ることは決してしない。無理に暴れればただでは済まない事が分かっているからだ。

 

「ククク…せいぜいそうしていなさい」

「…あん!?」

 

 

家の屋根に登り、メモリを構えている男。

雰囲気で其奴が何者かを翔太郎は理解した。

 

「幹部か! っくそ…俺を抑えてるうちにって腹か…こんなもん!」

「違うの! 動かないで!!」

「ああん!? さっきから何言ってんだ!」

 

翔太郎の検討とは違い、彼はメモリを身体に差し込んだ。

 

「……決定的な一撃を加えてあげましょう、左 翔太郎。心にも身体にも、ね」

 

 ──《BOMB》!

 

「…あ?」

 

ボム・ドーパント。財団の男はそう名乗った。

 

「…いい加減離れやがれっ!」

 

強引に戦闘員を引き剥がす。

 

「フッフッフ…隙あり…」

「うぐっ!?」

 

己の左腕を導火線のような手へと変化させた彼は鞭のようにしなった左手で、ジョーカーを握りこむ。

 

「う、動けねぇ…」

 

翔太郎は、ここで戦闘員達の様子がおかしいことに気付いた。

 

(……なんだ? 止まりやがった)

 

「や、助けて……!」

「…なっ!!」

 

「今だ!自爆しろ!!」

 

言われるがまま、超至近距離で、戦闘員と思わしき人間達が自爆する。

 

「うわぁぁぁああ!!!!」

 

巨大な爆煙が上がる。そして、何かを察知した紫。

 

「…!」

「…どうしたんだい紫さん、翔太郎の身に何かあったのかい?」

 

「……不味いかも」

 

その言葉を聞いた瞬間、柊はドアから飛び出した。

彼は嫌な予感を信じて、何かが起きた瞬間に変身することを決めていた。

 

「まっ! 待ちなさい柊! 変身するのは早計過ぎるわ!」

 

柊を追いかける為に二人も外へ出る。

 

「結構危ない自体なんだろ…後手後手はうんざりだ、変身!!」

 

柊は時計のボタンを押し、変身する。

 

──タカ! ──トラ! ──バッタ!

 

──タ・ト・バ! タトバ! タ・ト・バ!!

 

「…あれはオーズ?…どういう事だ…!? なぜ彼はオーズに変身できるんだい!?」

 

当然。オーズを一度見たことがある彼がその疑問を抱くのは必然である。

 

「……馬鹿…」

 

オーズのタカヘッドが何かに反応した。

 

「こいつっ…! はっ!」

 

柊は空気を切った。…と、紫達からは見えていた。

 

「何をしてるの…?」

「分からない、まさか…」

 

メモリガジェットであるバットショットを用いて、柊がいる範囲をフィリップが目視すると。

 

「やはり間違いない……ドーパントだ…!」

「…透明化するドーパントかしら?」

「ああ、恐らくインビシブル・ドーパント……そうか、翔太郎を別の場所に誘き寄せて、その隙に奴が来る気だったんだのか」

 

柊が変身しなければ、恐らく早苗は連れ去られていただろう。

 

「……変身しちゃって良かったってわけね!」

「ああ、亜樹ちゃんも大概だが、彼もなかなかの幸運の持ち主のようだね」

 

「はっ! せい…! おりゃ!」

「ぬぅぅう……」

 

度重なる斬撃を食らい謎の男は透明化を解いた。そしてインビジブルメモリをポケットへと収納する。

 

「悪いが、策は失敗だったな」

「……失敗? とんでもない、手間がかかりはするが、こちらとしては実験にもなる。好都合だ」

 

「……何?」

 

異様な雰囲気を柊は感じ取った。眼前にいる敵が、まるで自分の力と近い性質を持っているような。

 

「貴様が何故オーズになれるかは知らん。だがオーズは既に戦闘データを閲覧済だ。ならば…私の研究の糧にしてやる」

 

「何を…! これで終わりだ!! 財団X!!」

「……勘違いするな、私は既に財団から反旗を翻している!」

「…なっ!?」

 

 

右手に渾身の力を入れて拳を振り上げた。

しかし、敵の生み出した風圧により、拳が弾かれる。

 

柊とフィリップはこの異様な状況に気づく。

 

「なっなんで…!」

「インビシブルはあんなこと出来ない…改造したのか…」

「フッフッフ…こういう事も出来るぞ?」

 

右手をスナップすると右手に炎が捲き上る。

 

「!!」

「耐久力の実験台だ!!」

 

拳を左手で受け止める。

 

「アッツ!! アツっアツっ!!」

 

フィリップは口元に手を置き考える。

 

「なんだあれは……? ヒートメモリ…?」

 

ついで、左脚の蹴りを食らう。

 

「ぐはぁ…」

 

柊が地べたに転がる。

 

「…これが新しい新世代を歩む超性能のガイアメモリ。…さしずめ欲望(グリード)メモリと言った所か」

 

 

 

 

 

 

 



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27話 探偵の勘とグリードと Sの涙/ 止めろ願い

欲望(グリード)メモリ……?」

「財団の技術力を結集し創った。至高の一品だ」

「……財団は抜けたって言っておいて、しっかり力は利用してんだな」

「ふん、元々は私の技術でもあるからな」

 

 これに勝るメモリはないとでも言うかのように、謎の男は両手を広げる。

 

「……」

 

 

 柊は膝に力を入れて立ち上がった。

 

「それが何だってんだ……ちょっと火と風が出せて透明になるだけだろうが!」

「そうか、凡人にはそう映るのだな」

 

 異形な形のドーパント。彼の頭部からは、雷が放たれた。

 

「う、うぁぁぁ……!!」

 

 柊はいきなりの攻撃に避けられず、全て食らってしまう。

 

「う、うぅ……なん……だその力……雷まで使えんのか……」

「鈍い奴……オーズの変身者ともあろう者が……この力に気づかないとはなぁ!!」

 

 今度こそは、と意気込んでカウンターを入れる為の姿勢をとるが、グリードドーパントの早すぎる接近に対処できない。

 

「せいっ!!」

 

 殴る直前、グリードドーパントの左腕が銀色に変色する。

 

 

「硬ッ!?」

「隙あり!」

 

 そして、柊は声すら出せないほどの威力の拳を受け、地面にクレーターを作る。

 

「ゲホッゲホッ……ええい、くそ……!」

 

 

(ぐ、グリード……メモリって言ったな……)

 

 その時、彼の脳裏に答えが浮かび上がる。

 

「グリードの力が内蔵されてるのか……!」

「ボンクラめ。だがそれで? 分かったところでどうするというのか──な!!」

 

 羽根を展開して、上空へ上がるグリードドーパント。そして、そのままこちらへ向かって落下してくる。

 

「──フィリップさん! 皆んなを中へ……!! 裏口から逃してやってくれ!」

 

 ──《SCANNING CHARGE》! 

 

「柊! そのドーパントの力はまだ未知数だ……! 真っ向から行くのは危険だ!」

 

 そのフィリップの発言は遅かった。彼の繰り出した蹴りを止めるのはもう間に合わない。

 

「はぁぁぁ……せいや──っ!!」

「ふん……いいぞ、白黒付けてやろう」

 

 互いのキックが宙で交差する。

 

 そして、──互いに態勢が崩れダメージを負う。

 

 グリードドーパントの右足の部位が少し剥がれ、柊は右足を抑える。変身している今の姿ではわからないがおそらく内出血を起こしている。

 

「「ぐぅぅ……!!」」

 

 

 同時に着地した瞬間、振り向きざま拳を振るう。

 

 

「うぐっ……成る程、ただの肉弾戦では拮抗するか。……仕方がないな」

「……そりゃ、ただの科学者に遅れを取るわけにはいかないんでね」

「もういい、戦闘データは取れた。このメモリ1つで仮面ライダーに対抗できる、ならば本題に入ろう」

 

 そう言って、右手に火炎を纏う。

 

「……!!」

 

 そのまま右手を、鳴海探偵事務所へ向けて、火炎を放った。

 

「うぐっ……くそ……!!」

 

 火炎がかもめビリヤードに当たれば、中にいる皆んなが怪我をする。だがこのタイミングではトラクローで弾けもしない。柊は受けるしかなかった。

 バッタレックを使い、全力で跳躍。そして事務所を庇う形で攻撃を受けた。

 

「うわぁぁあああああ!!」

 

 

 火炎を抑えはしたものの、攻撃を受けた反動によりかなりの速度で、事務所に突っ込んだ。

 

「うわぁあ! 柊くん!? 大丈夫!!?」

「亜樹子! 早苗を連れて逃げなさい!!」

 

 紫が、囮になるかのように柊の前に出る。

 

「……誰だぁ? 研究の邪魔をするな!!」

 

 グリードドーパントが火炎を放とうとした瞬間、謎の音で動作を遮られる。

 

 ──《SCANNING CHARGE》! 

 

「……なにぃ?」

 

 柊は地に突っ伏したまま、スキャニングチャージをし、今度は柊が頭上へ飛んだ。

 

「せい、やぁ……あ!!」

「しまっ……!!」

 

 

 不意をついた一撃。火炎を放とうとしていた隙を上手く突くことに成功した。

 

「ぐおおっ!!」

 

 3つのオーラングサークルが浮かび上がった。タトバコンボによるキックが成功したのだ。

 

「ハッ……ハァ……ハァ……せ、せめて……他の亜種コンボでも使えたら……あいつに対抗できるのに……」

「ええい、貴様もしつこいな! ……これは貴様用ではないのだが……」

 

 グリードドーパントは今度こそは、と言わんばかりに懐から何かを取り出した。

 

「……? な、何を……ぐっ!」

 

 先程受けた火球のダメージも無視できない。柊は思わず膝を地面に付けてしまう。

 

「柊! 貴方は亜樹子を追いなさい! 逃げてあの子達を……」

「まぁ待て女。面白い者を見せてやる」

 

「! やめてっ!!」

 

 紫が叫ぶ。

 その叫びに呼応するように謎の男にフィリップが拳を振るった。

 

「柊、僕の判断が遅かったらしい。君をそんな目に合わせてしまったのは僕のせいだ」

「き、気にしないで……フィリップさんの所為じゃ……な、い」

 

 事態はピンチのままだ。そしてフィリップの一撃が、謎の男を抑えていたリミッターを外したのであった。

 

「ふ、ふふ……人をイライラさせるのが上手い奴らだ……」

 

 謎の男、グリードドーパントがフィリップ、柊に手をかざすと、二人とも地面に押し付けられる。

 

「これは……重力の力、か……!!」

「ぐ、うう!」

 

 フィリップは、なんとか上体だけは起こしているが、柊は抗う体力を失い完全に地ベタに伏している。

 

 このまま殺してもいいが、なるべくこちらの御し易いように仕向けておこう、と。

 

「ふぅ……おい、娘!」

 

 グリードドーパントは声を荒げる。

 その声のターゲットは、当然奇跡の少女(早苗)

 

「お前が大人しくこちらにその身を渡せば……これ以上手は出さん!」

 

 当然、柊とフィリップにはそれが嘘だと分かっている。

 黙っている二人ではない。

 

「逃げるんだ、紫さん! 早く……!」

「……う、ぐ……俺達で守る……!」

 

「じゃじゃ馬共め……人の会話に割り込みするなよ? 大切な風都の仲間が死んでもいいのか?」

 

「何……?」

 

 グリードドーパントは上を見るように指示をする。二人が見上げると宙には奇妙な物体が浮かんでいた。

 

「あれもこの力の一端で作ったものだ、あれの中には人間が入ってる。……そして奴らは俺の持っているこのスイッチを押せば木っ端微塵だ……!」

 

 一気に青ざめる二人。

 そんなバカな、とフィリップはつぶやいた。

 

「嘘なものか……! 何なら試してやろうか? いや……この方がいいか」

 

 グリードドーパントの肩が震える。力を使い何かしているようだ。

 

「た、助けて……!」

「うわぁぁあ! 死にたくねぇ!」

 

 殻の一部分が開き、中に閉じ込められていた者達の声が響く。

 

「……なんて、野郎だ……!」

「……どうすれば助ける?」

 

「……分かり切っているだろう! 匿っている女を渡せばいい!」

 

 

 グリードドーパントの大声を聞いて、苦渋の表情を浮かべながらも思わず飛び出ようとする早苗。だが紫が手を掴んだ。

 

「ダメ……! 貴女の為に闘ってるの!! それにあいつについて行ったら貴女は間違いなく酷い目に遭う……!」

「……!!」

 

 

「柊……! 」

 

 小声で呟いたフィリップを柊は見た。

 フィリップは時間を稼ぐ、とジェスチャーした。

 

 そして、ニヤリ、と笑い余裕を持つグリードドーパント。

 

「それで? 良き返答を期待するがどうだ?」

「……も、もう……」

 

 柊とフィリップの背後から少女の声が聞こえる。

 

「来ちゃダメだ……! 早苗……!」

「まずい……!」

 

 二人の声を阻害するように語りかけるグリードドーパント。

 

「もう?」

 

 

『助けて』と呼ぶ声が。頭の中で流れる柊。

 

「もうやめて下さい!!」

 

 早苗の迫真の声と共にグリードドーパントは吹き飛ぶ。

 

「なっ何だこれは……!!」

 

 グリードドーパントに圧力が掛かっている。と同時に柊とフィリップにかかっていた重力の負荷が消える。

 今が好機だと言わんばかりにフィリップが走り出した。

 

「柊!」

「はい!」

 

 バッタレッグを使い、家の壁を蹴り上げながら跳躍する。

 

「なっ!? は、離せ!」

「嫌だ……柊!」

 

 左手に握ったリモコンをどうにかして奪おうとするフィリップ。

 

「だっ!」

 

 卵のようなものに閉じ込められている人達をトラクローで助ける。

 

「もう大丈夫ですから! そっちの家の屋根に順番で飛び移って!」

 

 中にいた人達は腰が抜けているようで自ら動く素振りはなかった。

 

「……っ……大丈夫、一人ずつちゃんと運びます!」

 

「ぬぉぉ、離れろ!」

「……よしっ!」

 

 フィリップがなんとかリモコンを奪い取った。

 

「……なんてな。本気でそんなヘマをすると思っているのか?」

「何?」

 

 それは、柊が被害者を持ち上げた時だった。

 

「よし、貴方から……」

「た、たすけて……」

「はい! 絶対助けます! もう大丈夫」

「違うの……」

 

 被害者達の様子がおかしい。目がどこか虚で、力が入っていないような立ち振る舞いだ。

 

「……ち、違うって……?」

「何か入ってる……私の中に……助けて……助けて」

「俺もだよぉ……さっきからドンドン熱くなってるんだ……胸のあたりがさぁ……熱いんだよぉ……!!」

 

 徐々に。被害者達が震えていく。感情が入り乱れていく。

 

「なっ何が起こってるんだ……」

 

 心なしか、抱き抱えてる被害者の身体に熱がこもっていくように感じる柊。

 

「……お母さん……」

「……え?」

 

 涙を流しながらぐったりと身体を地面に伏せている少女。

 

「……死んじゃった」

 

 

 グリードドーパントが腕を上げる。

 

「く!」

 

 グリードドーパントが起き上がる衝撃から身を守り、受け身をとるフィリップ。

 

「あーあーあー……私もこんな事本望じゃないのだがなぁ……さっさと渡さないからだぞ?」

「……まさか」

 

 無線のようなものを取り出して、グリードドーパントは叫んだ。

 

 

「起爆しろ、ボムドーパント」

「や……やめろ──っ!!!!」

 

 通信越しで、ボムドーパントが応答する。

 

「あいよ……ぼーむっ!! 起爆だあ!! あはははははは!!」

 

 

 フィリップは通信越しに聞く声を聞いて、最悪な展開を想像する。

 

 

 ドーパントの笑い声が響いた直後、被害者達の身体が膨れ上がる。

 柊が抱えていた女性は腹部が異様に大きくなり、身体中が発光する。

 

「お母さん……!」

「来るなっっ!!」

 

 咄嗟に強く当たる柊、そして女性は一言だけ、口にした。

 

「逃げて……!」

「お母さんっ!」

 

 その一言だけは母親としての本音だと、柊は受け取った。

 

「……ごめん……ごめんっ!!」

 

 柊は女性を()()()()()()()()。そして少女に手を伸ばした。

 

「手を出して! 早くっ!」

 

 少女が手を伸ばせば、抱き抱えられた筈だった。だが──少女には柊の手より先に母親の爆発する姿が映った。

 

「さ……や……っ」

「お母さん……いやっ! いやぁぁぁぁあぁあ!!!!」

「……クソ!!」

 

 柊は少女に飛びかかり、爆風を受け吹き飛んだ。

 そして、人体爆弾達は巨大な爆風と共に消し飛ぶ。

 

「ははは! こっからでも見えるぞ〜! たーまやー!!」

 

 ボムドーパントは高らかに笑う。人間を火薬とした花火を見て。

 

「……んふふ、次はだーれを爆発させちゃおっかな〜!?」

 

 超至近距離で人間爆弾を受けたジョーカーは死んだ、とボムドーパントは思い込んでいた。

 ゆえに背後の気配には気づかなかった。

 

「……ぜっってぇ、許さねぇ!!!!」

「……え!?」

 

 後ろから、肩を掴まれるような感覚に身震いするボムドーパント。そして、左 翔太郎の声がする。

 

 ──《MAXIMUM DRIVE》! 

 

「うぉらぁぁああ!!」

「おっおっおぉぉお!?? 俺がボムしちまうっ!! ……のも悪くないかもぉぉおおおあああっ!!!!」

 

 ボムドーパントは、ジョーカーのライダーキックでメモリブレイクを起こした。

 

 

 ♢

 

 

「柊!」

 

 空から勢いよく地面に飛び込む柊を見て、慌ててフィリップが駆けつけた。

 

「……息はしている……だが……」

 

 抱いている少女の意識が薄い。爆風に巻き込まれたせいか、と彼は推測した。

 

「……」

「そんな目で睨んだとて無駄だ! そもそも化け物をさっさと私に引き渡しておけばこんな事せずに済んだんだ。私も胸が痛いよ」

 

 早苗は涙していた。身体も崩れ落ちて、逃げる気力すら失っている。

 

「……彼女は化け物なんかじゃない……!」

「そうか、じゃあな!」

 

 グリードドーパントの火球。早苗の前に立ち、フィリップは自らが受けようとした。

 

「させねぇよ」

 

 だが颯爽と現れた翔太郎、もとい仮面ライダージョーカーが防ぐ。

 

「お前が爆弾ドーパント野郎の仲間か?」

「……そうだと言ったら?」

 

「絶対に許さねぇ!!」

 

 誰の目から見ても明らかだったが、今の翔太郎は憤激している、

 その興奮は、心臓が飛び出ていきそうなほどであった。

 

「ぬぉっ!」

 

 この怒りは、一発殴ったくらいじゃ到底治まんねぇ! そう言いたげに拳を奮い続ける。

 

 渾身の力を込めた右の正拳突き。それはドーパントに炸裂し地面に転がせた。

 更に右手を振り上げて3発目の用意があることを示す。

 

「い、いぎっ……!」

 

 グリードドーパントはバックステップし、火球を何度も放つ。しかし、その全てをジョーカーは左手で軽々と弾く。

 

「てめぇらがやった事、そのまま受けてみやがれ!!」

 

 

 ──《JOKER》! 

 ──《MAXIMUM DRIVE》! 

 

 

「お、お前……は」

「オラァ!!」

 

 拳が唸る。このドーパントになるだけでかいダメージを負わせようと、ジョーカーの拳が火を噴く。

 

「ちっ!」

 

 重量を操り、最大限の力でジョーカーの動きを封じようとするが。

 

「……ッラァ!!」

 

 そんな力知るものかとジョーカーは思い切り拳を振った。

 

「うぎゃぁっ!!?」

 

 攻撃をくらい、吹き飛んだドーパントは、前のめりになってその場に崩れ落ちる。

 

「……ええい、おのれ……!!」

 

 グリードドーパントは風と同化し姿を消した。

 

「……どうやら、消えたみたいだ。透明化してるわけでもない」

「柊も……あいつらにやられちまったのか……うっ!」

「! 大丈夫かい、翔太郎!!」

 

 変身を解いた翔太郎を支えるフィリップ。

 

「あ、あぁ……俺は無事……でもそれじゃしょうがねえんだ。俺だけが無事じゃ……」

 

 ベルトを外し、その場にうずくまる。騒音が消えたのを察知してか、亜樹子が扉から出てくる。

 

「ちょ、ちょっと翔太郎くん! 柊くんも!」

「亜樹ちゃん、先に戻って救急箱を用意していてくれるかい? 僕が二人を担いで行こう」

「あ、う、うん!! 早苗ちゃんも手伝ってくれない?」

「……ぇ……」

「早苗ちゃん! お願い!」

「は、はぃ……」

 

 早苗達は事務所へ入っていく。そしてそれを見送ったフィリップは柊太郎へ話しかけた。

 

 

「すまない翔太郎……」

「……あ?」

 

「やはりサイクロンジョーカーになっていた方がまだ……」

「フィリップ」

 

 目と目を合わせる。

 

 そして、翔太郎は言う。

 

「お前はお前の出来ることをやりきったじゃねぇか、お前に非はねぇよ。むしろ俺が甘過ぎた……だから今度こそは、俺たち全員であのドーパントをぶっ飛ばしてやろうぜ」

 

 この場でも、翔太郎の言葉はフィリップの心に温かみを与える。

 フィリップは満足らしく笑みを漏らす。

 

「……ああ、相棒」

 

 

 そして──。

 数時間の後、柊が起きた。

 

「……ここは……」

 

 この家のソファだ。と手触りを確認する柊。

 

「鳴海探偵事務所、だ。ちゃんと記憶はあるか?」

 

 どうやらドーパントとの闘いは柔らかベットで見てた夢、と言うわけではなさそうだと知るや否や頬を叩く柊。

 

「……翔太郎さん……」

 

 全てを思い出した柊の顔は、とても高校生の浮かべられた表情ではなかった。

 

「みんな無事だ……お前が一番酷かったんだぜ。…ま、お前が仮面ライダーである以上タフさは信頼してたけどな」

 

「……あの……俺が抱えてた女の子は……」

 

 一段と深刻そうな顔で柊太郎は話す。

 

「……今は病院にいるぜ、あの子だけは助かったみたいだ」

 

 あの子だけ。という言葉に今一度、柊は胸を締め付けられた。

 

「……すいませんでした……」

「いきなり重い戦闘で疲れただろ……今は休んでな」

 

 そう言って椅子から立ち上がる柊太郎。そして、亜樹子が料理を運んでくる。

 

「今食べれる?」

「……はい」

 

 本当は今彼に食欲はない。だが、これからはいつご飯を食べれるかも分からない。食べれるうちに食べておくべきだと判断したゆえの行動だった。

 

「……亜樹子、柊。俺は地下にいる何かあったら呼んでくれ」

「うん、分かった」

「……はい」

 

 翔太郎は柊を慮り席を外した。

 

「……すみませんでした」

「ん?」

 

 柊の握る手に力が入る。

 

「……大丈夫、早苗ちゃんは無事だよ。ご飯もちゃんと食べたみたいだし」

 

 柊はそれ以上言葉を発したら心が耐えられなくなりそうで、無言で時を過ごした。

 

 

「……検索を始めよう。キーワードは『グリード』」

 

 フィリップによる能力検索、地球の本棚(ほしのほんだな)を使って能力対策を講じるフィリップと柊太郎。

 

「……やはり以前調べた時と同じだ……該当するものが多すぎてこれでは奴の能力を絞れない」

「……二つ目のキーワードは、ドーパントだ」

「ああ……」

 

 柊太郎の言う通りに調べてみると。

 

「まだだ、まだ……」

「三つ目のキーワードは……財団X」

 

 3つ目のキーワードでようやく、絞ることが出来た。

 

「これだ……。グリードドーパント……名を叶 望(カノウ ノゾム)。元財団Xの研究員だ」

「叶 望……?」

「? 何があるのかい? 翔太郎」

「いや、なんでもない……」

 

 財団Xの刺客だと言うことは二人とも承知をしていた。

 

「……元ってのは?」

「今は研究員のメンバーから外されているみたいだね。元々は病気についてのデータ採集専門家だったようだ。財団に入る前には一度医者として働いていたと記されている」

 

「……ああ、それに奴には……」

 

 次のページを目くったフィリップは、目を少し見開いた。

 

「……娘もいるみたいだ、それにまだ生きている。母親も……やはり知っていたのかい?」

「……風都の人で知らないのはいねえ」

 

 それはそれは。と誰かが地下へと降りてくる音を聞く二人。

 

「紫さん。あんたも大丈夫なのか?」

「私は無問題よ、ちょっと火傷したくらいだし」

 

 火傷をしただけと言いながら歩く紫は、なんともまぁ頼もしい姿だ。

 

「それでどうする? ちょっと娘でも攫って人質にでもする?」

「こえーよ……」

「娘も母親も今は彼と共に住んでいる訳ではないようだ。娘と母親は叶が何をしているのかすら知らないだろう」

 

 まぁ、それはいい。と翔太郎は言って。

 

「あんな真似許せねぇ、とっ捕まえてやる。行くぜ相棒」

「待つんだ翔太郎! 対策もなしに闘うのは危険だよ、それにどこに居るかも分からないんだ!」

 

「今回財団Xが追ってたのは嬢ちゃんじゃなくて叶だったんだ、なら奴らの後を追えば自然と叶に辿り着く。……それに対策なんて闘いながら立てればいい」

 

「……後ろ見ずな姿勢は翔太郎の長所だ。けど早苗ちゃんを守ることを考えたらそれは危険だよ」

「……分かった。なら二人は対策なりなんなりを考えててくれ。俺は用がある」

「翔太郎! 冷静に闘ってくれなければこのままではきっとエクストリームになれない!」

「……ああ」

 

 ドアを思い切り締めて出て行った。

 

「ちょっと、あれじゃ一人で闘いに行くんじゃ……」

「……いや……それについては大丈夫さ。翔太郎は依頼人を無視して独断で闘うような真似は絶対にしない」

「……そう? 貴方が言うなら……信用するけど」

「翔太郎は落ち着くための時間を作りに行ったんだ、僕達はその間に対策を考えよう」

 

 フィリップ翔柊太郎が走って出た衝撃で地面に落ちたペンを拾い、ホワイトボードに文字を書き始める。

 

「……全く。落とした物くらい自分で拾ってくれると助かるんだけどね」

「……ねぇ、どうして翔太郎はあそこまで怒っていたの?」

 

 翔太郎の立ち振る舞いはまるで自分の身体を痛めつけられ怒っていたように紫の目には映っていた。

 事実痛めつけられはしたが、どうにもそれだけでは合点がいかない程怒っていたし、矛先が違うように思える。

 

「彼にとってこの街風都は自分の身体そのものと言っても過言ではないからさ。彼はこの街を愛してるんだ」

 

「そんな彼が風都の人達を爆弾に変えられて無理やり爆破なんて真似されたら……」

「怒髪昇天……なんてレベルじゃ済まないって事ね。……気持ちはよく分かるわ……私も、故郷が大好きだから」

「だがね……」

 

 焦りを含んだ笑みを浮べるフィリップ。

 

「一応僕達が狙われてもファングジョーカーならどうにかなるし、翔太郎側が狙われても問題はない。……けど」

「大丈夫よ、ちょっとくらいなら外に出ても。叶も怪我を負ってるだろうしすぐには来ないわ」

 

 頭をかくフィリップ。どうやら探偵というのも一筋縄ではいかないようだ。

 

「そうは言ってもね……万全の状態でいないと不安なんだ」

 

 だが今回は翔太郎のメンタルを優先させた。……だが、もしかすると今回はエクストリームになるべきではないかもしれない。

 

「そういえば言ってたわね……エクストリームになれないとか何とか……」

「ああ。僕と翔太郎がエクストリームになるには完全な調和が必要になる」

 

 頭の中で今日の出来事を二人で反芻した。

 

「ジョーカーメモリには人間の感情で性能が上がるという性質があってね。今日の闘いぶりから見ても翔太郎のジョーカーメモリには普段以上のパワーが漲っているのが分かった」

 

 フィリップにはもう冷静さを取り戻したように見える。

 

「今日の様な状態でエクストリームになるのは危険なんだよ」

「……なるほどね」

「だが仮にエクストリームになれずとも問題はないはずだ。そもそもグリードメモリなんて大層なものを基盤に乗せた製造は不可能だよ。例え財団Xであってもそれは例に漏れないのさ」

 

 つまりフィリップは、グリードメモリと叶の相性は別にいいものではなく、あくまでメモリを模した模造品であるがゆえに、ダブルになった自分たちなら闘えるという。

 

「……どうでしょうね、それは」

「何か心当たりでもあるのかな? 紫さんには」

「詳しくは話さないけど、依然柊とは敵だったの、私」

 

 扇子を揺らして笑う紫。

 

「そうなのかい?」

「ええ、今は仲直りしてるんだけどね。……彼のオーズの力もそうだけれど……欲望の力を侮ってはいけないと思う。例え相手が戦闘経験もないただの医者もどきであってもね」

「……肝に銘じておくよ」

 

 あ、そういえばと呟く紫。

 

「……彼も、大分やられたみたいで……」

「……うん、亜樹ちゃんに頼んでるけど……彼はまだ若いみたいだし……次の戦いはどうかな」

 

 今度は紫が苦しそうに頭を抑える。

 

「ちょっと彼に見せるにはショッキング過ぎたわよねぇ……何があったのかは聞いたけどさぁ」

 

 自分が憧れていた世界で、というのも彼を苦しめる理由としては大きいだろう。

 

「……こういう経験はこれが初めてかい?」

「…自分が死にかけた事はあるけれど……今回みたいな精神的なのには慣れてないみたいで……」

 

 昔の事を思い浮かべているのだろうか、どこか遠くを見つめているフィリップ。

 

「……次は必ず僕も出る。今度こそ頼れる姿をお見せしよう」

「ええ、期待してるわよ」

 

 少しの間があってから、無意識に紫がため息をついた。

 

「……何か心残りが?」

「早苗にどう接してやればいいか分からなくてね……」

「……ふむ」

「正直何を思ってるのかも分からないもの……本当に私達の住む場所に来たいのかすら怪しいわ」

「……彼女が心から出た言葉を話してくれる事を信じるしかないね」

 

 紫はどこか罰が悪そうに他所を向く。

 

「……私もよく嘘つくし……信じてもらえるかしら」

「人の心を検索する事は誰にも出来ない。だから直接聞いて、それを信じるしか出来ないんだ。……大丈夫、早苗ちゃんを信じれば、きっとあっちも信じてくれるよ」

 

「……ふぅ、そうね」

 

 清々しい面持ちでフィリップに向き直す。

 

「私達は私達に出来ることをやりましょう」

 

 

 柊がご飯を片付けて、身を休めている時、丁度翔太郎が外に出て行った。

 

「……翔太郎さん?」

「嬢ちゃんの事は頼んだぜ」

 

 柊に質問させる暇なく、外へ出て行った翔太郎。

 それを見た柊は、どこか虚な眼をしていた。

 

(……また……守れなかった)

 

「……グスン……」

 

 誰にも自分の気持ちを悟られる事がない様、溢れる涙を抑え、漏れる嗚咽を少しでも押さえ込む。

 

「……行かなきゃ……」

 

 守れなかった少女の元へ。柊は走り出した。

 

 

 柊太郎の言い分から病院にいる事を察した柊は病院へと走り出した。己の行く目的地を書いた置き手紙を遺して。

 

「はぁ……はぁ……!」

「わっ!? どうしたの君……? 随分疲れてるみたいだけど」

 

「あの……今日運ばれてきた女の子……さ、さやさんはどこですか?」

 

 受付の人に会わせるよう懇願した。柊の願いは承諾されなかったが、扉越しに見る事だけはできた。

 

 扉の鏡部分から見える少女は。包帯巻きになってベットで寝ている。

 

「仮面ライダーが助けてくれたらしいの。……でもそれ以外に記憶がないらしくて……お母さんが死んだって知らないらしいんだけど……でも言えないでしょ」

 

 母親、十中八九最後にさや、と呼んで爆発させてしまった人だろう。

 

 当然だ。今追い討ちを掛ける必要などない。母親が死んだ事実を再び告げるなんてそれこそ残酷だというものだ。

 

「……仮面ライダーが助けた……か」

「そうよ、この街にはね、本当にいるの。仮面ライダーが」

 

 柊は当然その事は知っている。だが、それは、仮面ライダーは…自分のことではない。

 

「そいつは……仮面ライダーなんかじゃない」

「え?」

 

 彼は俯いたまま、何も答えなかった。

 

「……それじゃ私は……」

 

 案内を終えた受付の看護師は再び受付に戻って行く。

 

「……んな……ごめんな」

 

 柊は自責の念に駆られる。己の不甲斐なさにどうしようもなく不安を覚えてしまう。

 

(結局オーズの力を持ってても……守れねーじゃねぇか!)

 

 柊にはなまじ解決出来るだけの力があった。オーズという、絶対的な力が。だから余計に助けられなかった少女やその母親達への罪の意識が高まっていく。

 

「ぅ……く、ぅ……」

 

 俺でなければ助けられたのだろうか。という意識が余計に彼の肩に重荷を増やす。

 

「……一回吐いて楽になりゃ良い。偶然ここは病院だしな」

 

 柊の肩に優しく、翔太郎が手を掛けた。

 

「…翔太郎……さん……なんで、ここに」

「……風都の人間の涙を嗅ぎつけたからさ。俺はこの街じゃ誰一人泣いてほしかねぇ」

 

 柊の肩を優しく持ち上げて、場所を変えようと提案する。

 

「……もう、大丈夫ですから、早苗の所に……」

「……泣いてるのに、見過ごせねえよ」

「……泣いてませんよ」

 

 雨だ。そう心に言いかける。

 

「……例え眼から涙が出てなくても、心が泣いてることくらい、一眼みりゃすぐ分かるんだぜ」

 

 翔太郎はそれ以上は口にはしなかった。

 

「……手が届くのに手を伸ばさなきゃ死ぬ程後悔するのは……嫌というほど知ってました」

 

 映司の教訓として、ではなく柊自身が死ぬ寸前の実感として見に染みていた。少女を一度死なせてしまっている自分だから、手を伸ばしたのだ。

 

「……でも俺の手じゃ……助けられなかった……届かなかった……!」

 

 母親も彼女の心も。自分の力で守る事が出来なかった。

 オーズという大層な力を持っていながら。彼女を守る事に必死になり過ぎて彼女の気持ちには配慮する余裕などなかった。

 

「良い子だったから……自分の目先の危険よりお母さんの身体に気が向く子供だったから……俺は力を振り回すべきじゃなかったんだ」

 

 心の本音を呟くと呟くだけ涙が出てくる。その粒はどんどん大きくなっていった。

 

「この力があって……闘わないのはきっと後悔するから……闘ってた……けど、力を振りかざさないほうが良かったかもしれないなら……もう、俺は闘えない。俺は仮面ライダーにはなれない」

 

 早苗も、少女と同じ惨状に遭ったらと思うともう闘えない。そう愚痴る柊。

 

「……もうどうすればいいか分からない…… あの時……母親を振り解くしか彼女を助ける方法はなかった……それが……余計にあの子の心を傷つけたかもしれないなんて……誰が分かったっていうんですか!?」

 

 それからはもう、言葉すら出てこない。柊はひたすら雨に打たれ嗚咽する。それすら抑えはしなかった。

 

「……ああ、今のお前しか知らねえよ」

「……ぅぅ……」

 

 身体を支える力を失って地面に崩れる柊を、すんでのところで柊太郎が支えた。

 

「……苦しくて……力が入らねぇよな……自分の弱さを責め続けちまう、どうしようもない自責の念に囚われて、自分の全てを否定しちまう」

 

 翔太郎はいわゆる凡人だ。照井やフィリップのような特殊な能力など持ち合わせていないし探偵としての能力も全て叩き上げた物だ。だからこそ、今柊を支えられる人物なのだ。

 

「……でも、これだけは言わしてくれ、お前は間違ってねぇって」

「……皆んな殺した。俺が……きっと早苗、も俺じゃ、救えない」

 

 嗚咽しながら、息を少しずつ吸って必死に息を吐く。

 

「……お前が誰よりも必死に周りの奴等の為に動いてたのは知ってる。気遣いも、思いやりがある事もな」

 

 翔太郎は柊がかもめビリヤードでご飯を食べていた時から既に周りを慮っていたのに気付いていた。

 そして、柊もまた翔太郎が慰めで何かを誤魔化して言う性格の人間ではないという事も分かっている。

 

「お前言ったよな……手を伸ばさなきゃ……ってでもな手を伸ばすのはお前だけじゃなくて助かる側も手を伸ばさなきゃ手は掴めねえんだ」

「じゃあ……もうどうすれ、ばいいか……尚更分かりませんよ俺にはっ!!」

 

 翔太郎が、帽子を柊に被せる。

 

「相手を信じて手を伸ばすんだ。今度こそ助けるから、お前も手を伸ばしてくれって」

「……また、助けられ、なかったら……」

 

 次こそ、彼の心は折れてしまうかもしれない。

 

「そんな事ある訳ない、そう思えるお前自身の心を信じろよ。次は必ず手が届くって、そう本気で願って手を伸ばすしかねぇんだよ」

 

 柊は帽子を握り、膝から落ちる。

 

「……翔太郎さんは……怖くないんですか……?」

「怖いさ、怖いに決まってんだろ。……けど俺はそれでも依頼人の為ならどれだけ怖くても、相手が強くても食らいついて必ず倒す」

「なんでですか……?」

 

「俺達が仮面ライダーだからだ」

 

 一歩、翔太郎が前に出る。

 

「……なぁ、柊。この世に完璧な人間なんて一人もいねぇ。互いに支え合って生きて行くのが人生ってゲームさ、そうは思わねぇか?」

 

 差し伸べた翔太郎の手は、柊の乱れた気持ちを整理させるには十分な優しさが包まれていた。

 

「……立てるか?」

「……翔太郎さん達の手を借りて……ようやく、ですけどね」

「上出来だ」

 

 柊の頭を二回撫でるように叩き、向き合う。

 

「それで? お前はこれからどうしたい?」

「……グスン……ああ、俺は闘う、次こそはこの手を届かせてみせる!」

 

 再び覚悟の灯った柊の眼を見た翔太郎には、もはや不安の余地はなかった。

 

「よく言ったぜ、なら一緒に来るか?」

「はい! 絶対……絶対止めましょう!」

 

 唯一助かったと言える少女の為にも、再び闘う意思を灯した柊と翔太郎は再度病院へ向かった。

 

「……どうしてまたここに戻ったんです?」

「ちょっと気になる事があってな。この部屋にいるのは叶の娘だ」

「……叶って?」

「グリードドーパントの変身者だ」

「!」

 

 既にアポは取ってあるという。

 

「失礼するぜ。悪いな、気が滅入ってるだろうって時に」

「……大丈夫です」

叶 恵(カノウメグミ)。間違いないな?」

「はい」

「恵……」

 

 

「ちょっ、ちょっと翔太郎さん……」

 

 翔太郎の袖を引っ張って小声で柊は訪ねた。

 

「まさか叶の事を言うつもりですか……!? 関係ない人は巻き込むべきじゃ……!」

「大丈夫だ、ただ聞きたい事があるだけでそれ以上もそれ以下もねぇよ」

 

 ここは俺に任せとけ、と言って。

 

「俺は左翔太郎。探偵をやってるんだが……聞きたい事があるんだ、いいかい」

「大丈夫ですよ」

「もし途中で気分が悪くなったり言いたくなかったら無理には言わなくていい。それじゃ聞くぜ」

 

 帽子を抑えて、翔太郎が少女へ尋ねた。

 

「まずひとつ目だ…君はどういう病気でここに入院してるんだ?」

「……臓器が悪いみたいで……けど治すのが凄い大変な病気らしいです。ここじゃとても出来ないって……もし治したいなら外国の一番大きい病院で手術しなきゃ出来ないって言ってました」

「……そうか」

 

 眼が見えなくなる程に帽子を深く被る翔太郎。

 

「……それじゃ二つ目、家族が今何をしてるか教えてくれ」

 

 核心に迫る質問だろう。固唾を飲んで見守る柊。

 

「……お母さんは私が何かあったらすぐ動ける様にここで働いてます……兄弟はいませんし……お父さんは……」

 

 最後に口詰まる、それだけで彼女にとっての父への気持ちは感じ取れた。

 

「……悪い、嫌な気持ちにさせちまったな。……お父さんとはもう関わりはねぇのか?」

 

 少女は無言で頷いた。

 

「……お父さんが昔はどこで何やってたか、今ならどこで何やってるか、思い当たる節があったら教えてくれ」

 

 柊の目には、翔太郎が確固たる意思を持って聞き続ける姿に、どこかしら辛さを抱えているのがありありと見えた。

 

 聞く方だって辛いのだ、と。それが今になって気付くほど自分は焦っていたのだという事も分かった。

 

「……よし。ありがとな、またお見舞いに来ても良いか?」

「はい……」

 

 そして、病院を出た。

 

「間違いない。叶は今もこの街のどこかに居る……恵を助ける為に」

「え? ……でも家を捨てて研究にのめり込んだんじゃないんですか?」

 

 頭を横に振る柊太郎。

 

「大切な人との絆は……そう簡単に切り離せるもんじゃないって事さ。前を見てみろ柊」

「え? あ! 紫さん!」

 

 傘を持って前方から近づいてくる紫の姿をとらえた二人。

 

「冷えたでしょう? 傘も持っていかないから、ほら」

「ありがとう……紫さん」

「本当にいい漢ってのは雨打たれても様になるからな」

 

 柊の肩に手を乗せて笑う柊太郎。そして柊も翔太郎を見て笑った。

 

「随分とまぁ仲良しになって、フィリップくんも心配してたわよ?」

「ああ、今回は手掛かり見つけられたし……今度は俺と相棒がいる。大舟に乗ったつもりでいてくれて良いぜ」

 

 事件の解決は鳴海探偵事務所一同に任せても良い、と判断した紫と柊。だが二人はまだ問題がある事に、ちゃんと気づいていた。

 

「早苗も……まだ苦しみの波に飲まれてる。……ついさっきまでの俺と同じだ」

 

 翔太郎は頷く。

 

「だな……だかそれについては紫さんと柊。二人に任せるぜ」

「俺達に……?」

 

 指を鳴らす翔太郎。

 

「お前も紫さんも嬢ちゃんが帰る場所いたんだろ? なら解決するべきはあんたらだ。それに……もうお前は苦しさもどうすれば良いかも分かってる筈さ、そうだろ?」

 

 ふと柊が上を見ると看板がある。既に鳴海探偵事務所についた様だ。

 

「紫さんはそいつの肩支えてやってくれ。勿論嬢ちゃんの肩もだ。頼んだぜ」

 

 軽々とドアを開ける柊太郎。自分達が入らないわけにもいけないので紫と柊も入る。

 

「柊。あの子について教えるわ、それで何をすべきか。一緒に考えましょう?」

 

 

 三人が戻る少し前。

 

「早苗ちゃーん! ご飯出来たよ〜!」

「あ、あの……ご飯は大丈夫です」

「そう? でももう朝から食べてないし……倒れちゃうよ?」

 

 沈んだ顔のまま、下に顔を下ろす早苗。

 

「大丈夫よ! あーんなバカタレなんて柊太郎くんやフィリップくん達がケチョンケチョンにしてくれるわっ!」

 

 シャドージャブを繰り返す亜樹子、それを見て、微かに早苗は微笑んだ。

 

「……ごめんなさい、私なんかの為に」

「ん〜ん! 私なんか、じゃないよ早苗ちゃん! 早苗ちゃんすっごい美人だし髪サラサラしてるし人一倍いや二倍三倍優しいの、私知ってるからね!」

 

 手を大袈裟に振って、気遣う亜樹子。

 

「だって私の所為で……風都の人達にも迷惑かけて……死人も……」

「違うよ早苗ちゃん! 迷惑かけてるのはあいつらなの! 早苗ちゃんは何も迷惑かけてないじゃない! それにフィリップくんと柊くんを助けてくれたのは早苗ちゃんでしょ!」

 

 早苗の肩を思わず激しく掴んだ。

 

「あっ! ごめんね! で、でも……早苗ちゃんはやっぱり間違ってないよ!」

 

 だって、と言って。

 

「生きたいと思う事なんて何も間違ってないもの! そんなの誰が否定できるかって話よ!」

 

 シュッ! シュシュ! 自分の口で擬音をつけながら拳を振るう亜樹子。

 この時亜樹子は早苗の様子に気づかなかったが、確かに早苗の眼が揺らいでいた。

 

「だからそんな非常識な奴らはうちの頼れる探偵二人が木っ端微塵にぶっ飛ばして依頼者を守るのよ! 大丈夫!」

「……ありがとうごさいます、亜樹子さん」

 

 そして現在に至る。

 

「亜樹子。貴女は本当にいい女ね。感謝してもしきれないわ」

「えへへ! そうでしょ! 旦那さんの為にももっといい女になる!」

 

 目を燃やしながら奮闘する亜樹子。

 

「今早苗は?」

「早苗ちゃんはご飯食べて寝てると思うけど……」

「……起こすのも悪いけど話せるのももう今くらいしかないだろうしな」

 

 翔太郎とフィリップが話し終えたらおそらく動きっぱなしになる。そしたら話してる時間などないだろう。

 

「あの子は本当に良く笑う子だから。……ただ優し過ぎて今は笑えないでいる。笑っちゃダメだと思ってる……頼んだわよ」

「……はい!」

 

 部屋の奥へと向かう柊。

 

「……よく、折れずに早苗に話し続けてくれたわね、本当にありがとう。貴女は強いわ」

「ああいう時は周りが頑張るのが良いって知ってましたから!」

「やっぱり、貴女は強いわ」

 

 亜樹子の頭を撫でる紫。亜樹子も満更ではなく笑っている。

 

「あとはあの子がどうするか決める事ね」

「あんのバカドーパントは、私達がキッチリ解決するから任せてください!」

「ふふ、柊太郎もそう言ってたし頼りにしてるわよ。鳴海探偵事務所一同ね」

「はい!!」

 

 そして、柊は奥の部屋の前に立ち止まった。

 

 

「……失礼、します」

 

 暗い。やはり寝ているか? と恐る恐る眺める柊。

 

「…………どうも。こうして一対一で話すのは初めてだな」

「……」

 

 全然起きていた。早苗は目を柊に向けながら、押し黙る。

 

「…朝はごめんな、怪我はしてないか?」

「……私はしてない……です」

「ああごめん」

 

 しくじった。多分この子にはこういう遠回しな言い方は逆効果だ。

 真っ直ぐ聞いたほうがいいのだろう。

 

「もうこれ以上自分の所為で他人が傷つくのが見てられないんだな? それもあってか、……口数も減らしてるみたいだが」

「……」

 

 否定も肯定も言わないが、図星なのだろう。早苗の戸惑う様子から見てとれた。

 

「……うーん、先に言っといたがいいな」

「……?」

 

 この場にいたならおそらく紫は止めただろう。柊は自らの出自を語った。

 

「俺、この世界の人間じゃないんだ。別の地球で一度死んでから幻想郷に行ったっていうちょっと特別な境遇の人間だからさ、今更迷惑もクソもないっていうか……迷惑だって感じたら俺は自分の意思でとっととここから出ていけるんだ。まぁ、だから俺はお前のことが迷惑だなんてこれっぽっちも思ってないから、気軽に接してもらってかまわないよ」

 

 気に入らなかったら自分は消える。当たりの強い言い回しはしたが、今の早苗にはこのほうが却って効果的だと判断した。

 

「わかり……ました。よろしくお願いします」

「おう」

 

 きっと早苗は今心臓が早く鼓動している、そうみて取れるほど、何かに狼狽えていた。

 

「……自分が守られるのは、やっぱ嫌か?」

「……私がいなければ、こんな事には……ならないと思うと……」

 

 聖人、巫女ゆえの思考回路なのだろうか。悪いのは相手なのに、自罰してしまう。だからこそ、それはおかしいと思える一般人同然の自分が止めなければならない。そしてそれは柊もまた自覚している。

 

「それは違うそれを言うならあいつらが居なければ、だよ。悪いのはあいつらだろ? 早苗が気に病む必要なんてない」

 

 早苗が、肩を震わせる。

 

「違うんです……あの」

「……?」

「私を狙ってるのは……私の友達の……お父さんなんです」

「…!」

 

 

 ♢

 

 

 早苗の部屋へ訪れる前。

 

 

「彼女の素性を教えてほしい」

「……この世界ではあの子はなんてことない普通の子よ。友達と遊んで、学校へ行って……」

「……その生活でなんで幻想郷に? 不満なんてなさそうですけど」

 

 紫は柄にもなく、眉を顰めていた。

 

「大昔……神代には神様が実際に存在していたの。いろんな苦難があった時、人々は神様に祈りを捧げて、その信仰の力で神は苦難を説き伏せてきた……」

 

 神様が実在するなど、俄には信じ難い話だが、紫がこんな状況で冗談をいうような人でないことは分かっていた。

 

「けど、神秘が科学で実現できるようになって、人々が自分たちの力だけで生きられるようになりつつあってからは、信仰の力は徐々に衰退していった」

「まぁ、道理ですね。今の時代、本当に神様を信じている人たちなんてそういないでしょうし」

 

 紫は首肯した。昔の人間達にとって祈りが当然で、自分たちの力ではどうにもならなかった事柄が今では当たり前のように出来ている事だってある。ならば今の人間にとっては科学の力が当然で、祈りが不自然な物だと判断しても仕様がない事なのだろう。

 つまるところ、科学と祈りは裏表の関係で、どちらかが栄えればどちらかが滅び流。両方を選ぶことは出来ないのだ。

 

「信仰されなくなった神様はどうなると思う?」

 

 先ほど紫は信仰の力によって人々の苦難を解決したと言った。神様にとっての大元の力が人間の祈りの力ならそれがなくなれば。

 

「……まさか、死ぬんですか?」

「そう、消滅するの。祈りがなくなるということはその神様が消え去るということ。二度と生を受けることもなくなるわ」

「……」

 

 このまま科学の進歩が進めば、祈りの力なんてものはそれこそ一欠片も無くなるだろう。

 

「そしたら……神様はみんな消滅するんじゃ……」

「10年やそこいらではない話でしょうけど、いずれ訪れる未来は来るのでしょうね」

 

 紫は本題はここからよ、と言って。

 

「あの子には事情があってニ柱の神が付いていてね、先の説明の通りその二人は幻想郷に行かなければ消滅してしまう。だから早苗は二人を助ける為に幻想郷に行くの」

「なるほどな……」

「まぁ、それは早苗の事情だけれど……」

「……え?」

 

 ボソッ、と呟く紫の言葉を聞き取れず反応した。

 

「なんでもないわ……それで、リスクを鑑みて、あの子は家族にも友達にもお別れを言わないままこの風都へ逃げ延びてきた」

「そっか。そりゃ……きついよな」

「二人があの子に付いているのは早苗の奇跡の力のせいでもあるからね。責任を感じてる面もあるんでしょう」

「奇跡の力、か」

 

 確かに、彼女には不思議な力がある。ただの人間である自分ですら、近くにいれば感じたのだ。おそらく紫の目にはもっと正確に、力が映っていたのだろう。

 

「早苗はその力があるせいであの男に狙われた。そして、その力があるせいで二柱の神を引き留めている、ないし周りに迷惑をかけていると思っている。……話ってこんなものかしら?」

「……ん? 奇跡の力で神を呼んでるんじゃないんですか?」

 

 紫の気になる言い回しにとっついた。

 

「違うわよ。早苗の元にいる二柱は自分たちの意思で早苗を見守っているのよ。ただ、そこら辺の事情は複雑だから、早苗には全ては話さずにいるわ」

「……あの、確認なんですけど、早苗を騙したりとかしてないですよね」

 

 事情は分かったが、なんとなくこの話には裏がある気がしてならない。というか、あるだろう。

 

「……騙して……う、う〜ん」

「それなら話は変わってきますよ」

「……!」

 

 ほんの少しの敵意を含んだ目で、柊は紫を睨む。

 

「話を聞いた限りじゃ命を失うのは神様だけだ。早苗を幻想郷に連れていくのは……まぁ安全の為にっていうんであれば分かるけど」

 

 それならば何故今回の件が起こる前に移動させなかったのか。

 

「ち、違うわ! あの子を騙していないって言ったら嘘にはなるけど……決して陥れるためについた嘘じゃないのよ!」

「……早苗を守る為の嘘、ってことですか?」

 

 焦った様子で紫は頷く。本来なら見られない光景だが、今の力を失っている紫だからこそ、今回の件で柊の力を失うわけにはいかないのだ。

 

「さっきも、話を逸らそうとしたのは……二柱の神とそういう約束をしたからなの。早苗を守る為に、必要以上の情報は第三者に与えないってね」

「……早苗も幻想郷に行かなきゃいけない理由があるんですね?」

「え、ええ……でもその事実は早苗本人に伝えなくてもいい事なのよ。世の中、知らない方が幸せだって事なんて、いくらでもあるでしょう?」

「それは、まぁ…」

 

 ふう、とため息をついて紫は話を続ける。

 

「あの子を見守っている二柱の神は、他でもない早苗の為に、幻想郷に行くことを決めたの。今回の厄介ごとに巻き込まれたのは本当に想定外だったのよ……」

 

 それはおそらく本当だろう。そうでもなければあの紫が自らの能力に制限をかけてまで戦力を呼ぶことなどしない筈だ。本来なら自分の力で事足りるのだから。

 

「そもそも神様を幻想郷に移行させるのだって簡単じゃないのよ。おいそれと移動、ましてや定住させるには相応の準備がいるの。だから今回は本当にギリギリの綱渡りだったわ」

 

 苦しそうな顔でお腹をさすっていると思ったら、今度は嬉しそうにして。

 

「そんな状況だったから、貴方には本当に助けれられた。私と会ったことは、貴方にとっては最悪な出会いだっただろうけど、本当に感謝してるわ」

「……こちらこそ、感謝してもし切れません。だから、そんな風に言わないでください」

 

 紫は愛いものを観る目で柊を見つめた。 

 

「ありがとう。…他に質問はないかしら」

 

 柊は、一つだけ残る疑問を浮かべた。

 

「その奇跡の力ってのは仮に原因不明の病気でも治せますか?」

「……治せてしまうでしょうね、代わりに早苗が大きな代償を払えば」

 

 

 ♢

 

 

「……事情は分かった。それで? お前はどうしたい?」

「──え?」

「……今まで周りにずっと気を使ってたんだろ? 一回くらい自分の我儘叶えたって誰も文句言わねーよ」

「私の……したいこと」

「……!」

 

 ふと、早苗の顔を見ると、眼球の上をうっすらと涙が覆っていた。

 

 

 ♢

 

 

 私が奇跡の力に気づいたのは思春期になるほんの少し前のこと。

 

「ちょっと! 早苗から離れなさいバカ男子!!」

「グスン……ヒック……」

「うっせー!」

 

 私に意地悪をする子供達がいた。私は少し、ほんのちょっとだけやめてほしい、と思った。楽しいと思ってるのを邪魔するのは忍びないけど、私は楽しくなかったからだ。

 

「もう大丈夫だよ? 早苗」

「ありがとう……恵ちゃん……」

 

 恵ちゃん。活発的で男子達相手にも物おじしないカッコいい子だった。

 子供達は捨て台詞を恵ちゃんに吐きながら退散する。

 

 本当に出来心だった。私は頭の中で、フッとこの子達が、悪戯していた子達が消えるような画をイメージした。それはいけないことだと思ったから頭をブンブンと回してすぐにイメージを消した。

 けどその時の私は幼くて未熟だったからか、無意識の内に消えて欲しいと、こっそりと思っていたんだろう。

 

 次の日には全員重症で病院へ担がれていたらしい。

 

 この頃はまだ力の勝手が分からなかった。物心つく頃には自分の力を知覚していたけど、今にして思えばこの時から私は自分の力にうっすら勘づき始めていた。

 

 

 もしかしたら、幼い頃のみんなならもっと楽しいことに使ったり、面白いことに使おうと思えるのかもしれないけど私にはこの力が怖かった。

 簡単に人を傷つけることができる自分を想像すると体の力が抜けていくからだ。

 この日から私は、力を恐れて私の心を内側に押し込んだ。

 勿論、辛いとは思ってなかったし、これが正しいことなんだって分かってたから貫いてた。

 

 でも、本心では違うことも思ってた気がする。なんで私だけこんなことになるの、とかね。

 

 だからいっそもう、全部押し潰して清廉潔白な自分を演じた。だって、それが一番平和に済むから。私は仮面をつけて生きていけば皆んな幸せだ。

 

 そう思っていたら、ここ最近嫌な視線を感じるようになった。

 

 

 ちょうどその時期になってからだ、私の側にいる二人の神の様子がおかしくなったのは。そして、それに気づき「助けたい」と言って、紫という怪しげな胡散臭い人が私たちの元へきた。

 

 神奈子様はその後に私に提案した「住みやすい場所に来ないかと。そこに移動するには、もう少し時間がかかるが」、と。

 

 それから、友達や家族に別れを言う時間すらなかった。幸い一人暮らしで親元へ帰省することもそう多くなかったから、なんの音沙汰もなく引っ越せるだろう。その後のことは考えていないけど。

 

 そして。私達は鳴海探偵事務所の元へと辿り着いた。

 

 

 また、新しい人がきた、柊。と言っていた。

 その人は、私を庇って大きな怪我を負った。

 

 そして、化け物になった恵ちゃんのお父さんは言った。

 

「お前の所為で──」

 

 やっぱり。私の所為で。たくさんの人が爆弾に変わったのも彼らが傷付いたのも、私が生きてるからだ。私の力の所為だ。私の判断は間違っていなかった。この力は不味いものだ。

 

 その日の夜、亜樹子さんが励ましに来てくれた。

 

 本当にいい人達だった。

 気づけば涙が溢れていたけれど、私は本当にダメな女だ。何が、何が奇跡の少女だ。私自身は災い以外の何者でもないじゃない!

 

 甘えに甘えて、しかも力を持っていない。なのに今日の今日まで来てしまった。

 もっと早くに死んでいたら、いや違う、そしたら神奈子様と諏訪子様が悲しんじゃう。

 

 ねぇ、じゃあ、私はどうすれば良かったの?

 

 

「お前の願いを叶えたい」

 

 

 今まで悩んでたのに、鳴海探偵事務所の人達も、紫さん達も私の心のドアを強引にこじ開けてきた。

 皆んなを危ない目に遭わせてしまうことに変わりはない、けど。嬉しかった。

 

 私の力を知ってるのに、事情を知ってるのに、正面からそんなこと言われるなんて思ってなくて、だからかな、仮面が取れちゃった。

 

 

 

 ♢

 

 

 

「恵ちゃんのお父さんを止めて……それで、恵ちゃんにちゃんとお別れを言いたい……!」

 

 頭が、ポッと軽くなった、何かの呪いに掛けられてた物が取れたかのように。

 

「──」

 

 柊は、一瞬目を見開いてから、強く強く答えた。

 

「うん、任せてくれ、必ず叶えるよその願い」

「あの……」

「ん?」

 

 早苗は、ただただ疑問を抱いた。

 

「なんで、そんなに……私を気にかけてくれるんですか?」

「俺を助けてくれた礼、あとは……ケジメ」

「けじめ……?」

「そ。早苗は俺と似てたから。これは何がなんでも助けなきゃ、って思ったんだ」

「似てるんですかね……」

「うん、似てるよ」

 

 笑って応える柊に問うた。

 

「どこら辺がですか…?」

「すぐ困り眉になるところ」

 

 柊は言いながら困り眉になり、早苗もまた質問しながら困り眉になっていることに気づき。

 

「……ふふっ」

 

 微かにだが、微笑んだ。

 こうして早苗の錆びていた心の内側への鍵は、今崩れ落ちた。

 



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28話 仮面の奥と相互と Sの願い/ 止めろ悲しみの涙。

俺は、普通の人間のまま死んだ。だから彼女の境遇を聞いてもよく理解できない。毎日何の危険もなく学校に行けてた、ただの友達がいた。そしてある時突然死んで、突然力を手に入れた。

 

その力で生前の未練を解消しようと奔放したけれど、その生活で一つ悩んでいたことがあった。

もしかしたら必要になるのは、求められるのは、自分じゃなくてオーズの力なんじゃないかって。

そんなちっさな疑問を持った時、ラッキーというべきか不運というべきか。俺のベルトは破裂した。

 

そして死の後の世界へと行って本物の閻魔様と一緒に暮らした。

 

あの人は、俺の寂しさを患った思いに気づいていたのか分からないけど、俺自身に接して蟠りを解いてくれた。オーズの俺ではなく、俺という人間そのものを大事に見てくれた。

 

それは、幻想郷の皆んなも変わらなかった。見舞いに来てくれたし、俺が博麗神社に一人で行った時、身を案じて怒ってくれた。

 

それでまた気づいた。俺は恵まれてるんだと。

そして、今。早苗と出会い、早苗についての事情を聞いた。

 

今の俺に出来る事は────。

 

 

 

 ♢

 

 

 

「必ず叶える、少し待ってろ……あ、そうだそれと」

 

ポケットから、綺麗な髪飾りを出した。

 

「……これだけは知っててほしいんだ」

 

その髪飾りは再び煌めきを集めていた。

 

「……お前が死んで喜ぶ人間なんていない。けど……お前が自分の意思で生きたいって思えて、笑ってくれればそれだけで嬉しい人たちは確かにいるんだ」

 

その輝きに早苗は、目を奪われた。

だからか、口が軽い。思わず素直に応えた。

 

「お前が笑う事を拒否する人間と、喜ぶ人間。どちらと共に生きるか選んで、選んだ人間に対してどういう接し方をするのかは、ちゃんと考えておいた方がいいぞ。その方があとグサれなく生きれるからな」

「あ……はい! ありがとうございました!」

 

 

そして──。

 

「……てなわけで、俺は絶対に早苗の願いを叶えてやる事にした。協力お願いします」

「ちょっと!!」

 

余計なリスクを背負おうと言っていることに等しい。当然紫は許可しなかった。

 

「どうしました?」

「それって早苗を連れて外に出るって事でしょ? 危険すぎるじゃない! 私達が何の為に無断でこの地に来たのか…」

「それ自体が早苗にとっての心残りだったんだ。早苗はお別れを言いたがってた。だったら俺はそれを遂行させる」

 

 

紫が分かりやすく癇癪を起こした。

 

「それで死ねば何もかもおじゃんよ!? たかだか一回の会話の為だけに死ぬリスクを高めるなんて! 翔太郎くん、貴方からも言って頂戴!」

「ああ分かった。──よく言った、漢だぜ柊」

「はぁ!?」

 

互いに目を合わせフッ──と笑う。

 

「ククッ僕達はいつも振り回される立場だね、紫さん。だが……依頼人が望んでる以上そうする事が最適だと、僕も思う」

 

「紫さん、ごめん。私もそう思う」

 

紫は眼をパチクリと開けて、大きく肩を下げた。

 

「……はぁ……どうせ私に止められる力はないもの……ただし絶対に早苗を守ってね」

「勿論さ……悪いな紫さん。アンタが嬢ちゃんを大切に思っているのが本当だってのはよく伝わるんだ。だが…」

「皆まで言わないで頂戴。依頼人にとっての一番の幸せ……それはあとグサれのない別れだものね。私にとっても早苗にとっても、大事な事だし、謝らないで」

 

「ああ、ありがとな」

「こちらこそ」

 

 

そして、数十分経って。

 

「フィリップさんと翔太郎さんは?」

「あと少し準備に時間がかかるってさ。それが終わったらすぐ行くよ!」

「りょーかい!」

「あ、コーヒーどうですか〜? 紫さん」

「ありがとう亜樹子。頂くわ」

「あ、俺もください」

「はいはーい!」

 

トテトテと、支度をする亜樹子。そして寛いでいると横から紫が口を開いた。

 

「……ごめんなさいね、私じゃあの子の力になれなくて……」

「いや……あのそれよりも紫さん。聞きたいんですけど…この髪飾りなんですけどどう思いますか?」

 

紫が数秒髪飾りを見て言う。

 

「可愛いわね」

「ありがとうございます! いやっじゃなくて! これ偶に光るんですよ」

「え〜? そんな事ある訳ないじゃない、それどっから拾ったのよ」

「幻想きょ……あの、えーっと……早苗が行こうとしてるところから?」

 

誤魔化し方がぎこちない柊にちょい焦りを見せる紫。

 

「貴方ねぇ……ま、いいわ。光ってるって事はその間何かが起こってるって事よね」

「俺がこっちに来る前もこれ光ってたんですよ」

 

ていうか多分光ったのが原因でこっちに来たんじゃないのか。と推測する柊。

 

「それが光った時に近くにいた人がワープするって仮説を立てたわけ? じゃあそれが仮に光った時に何かを動かすビックリアイテムとしても…今回は何が動いたのよ?」

「さぁ……?」

 

後頭部を押さえて話す柊。だが柊には少し心当たりがある。

 

「ただ……早苗が何か関係してんじゃないかな〜って」

「早苗? どうしてあの子が」

「だってさっき突然光ったんだし……あの子の感情に呼応して光ったっていうならなんか納得できません?」

 

最初光った時も、微かに助けてという声が聞こえた。あれが早苗の心の声だったんならば理解もできる。

 

 

「なにそれぇ……じゃあ早苗ちゃんが柊くんに助けを求めたら柊くんが来たって事? ……念力ってやつぅ? 」

「いや、早苗とは今日が初対面だからあり得るのは髪飾りを探してたって線かな」

 

と言って。

 

「どゆこと?」

「……この髪飾りを無くした事に気づいた早苗が、手元に来るように念力を使った。そして近くにいた俺もたまたまでワープした。……として……まぁ、それが出来るのは早苗くらいだろう」

 

「尋常ならざる力ねぇ……」

 

(ま、正直言って早苗の力ならあり得る話なのよねぇ)

 

「結局俺がここに来た理由は分からずじまい…か」

「貴方まで来たのに理由なんてあるのかしら……」

 

「普通に助けてーって思ったからじゃない? 早苗ちゃんが」

 

「「え?」」

 

最後の二択、永久に迷宮入りか出口への光か。

その二択のレールを。

 

「だって柊くん仮面ライダーでしょ?」

 

えいっ、と軽ーいノリでただしき道へ踏み出した。

 

「……ぷっ。あははは! そうね! 亜樹子の言う通りよ、柊。貴方が仮面ライダーだからここに来れたんだわ。だって困ってる人がいたら助けるのが仮面ライダーだものね?」

 

そんな根も歯もない事を……、と困惑する柊。

 

「仮面ライダーなら次元だって何だって飛び越えれるんだから!柊くんもそうでしょ!」

 

「「ぶふっ!?」」

 

亜樹子はただ、比喩で言っただけだが、正解している。柊は次元屈折できるライダーだ、一瞬それを感知されたと勘違いし思わず二人とも吹いてしまった。

 

 

ちょっと整理しよう。

 

「結局その髪飾りは早苗のだって線が濃厚なのよね」

「じゃあ柊くん今から返しに行ってあげたら? 探してたんでしょ?」

 

「うーんでも今は寝てるっぽいので……余程の理由でもなければ起こすのは…」

 

「本当に欲しいと思ったんならいつかもらいに来るだろうし、柊がそれまで持っててあげたら?」

「そうします」

「ま、時間も時間だし。まだまだ分からないことがあるけれど何はともあれ助かったわ、亜樹子。ありがと、お休みなさい」

 

「「お休みなさい」」

 

 

そして──朝。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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29話 ヤミーとアクセルと R の集結/ 集う風都を愛す者

前回までの3つの出来事!
1つ! 翔が仮面ライダーの存在する風都へと移転した!
2つ! グリードドーパントへと変化する叶と闘った!
3つ!翔太郎と翔は覚悟を再確認した!


「晴れてきたな…」

「あー準備は出来たかぁ? 柊」

 

腕に時計を填めてドアを開く柊。

 

「はい、俺は大丈夫です…いよいよですね」

「ああ……嬢ちゃんはどうだ? 大丈夫そうか?」

 

顔に手を当てて柊に小声で尋ねる。

 

「……俺に出来る事は手を伸ばす事だけですから。早苗の願いを叶える為に動く。それだけです」

「……だな」

 

フィリップも頷く。そして後ろから三人が飛び出てくる。

 

「よーっし! まっかせなさい!」

「……本当にいいんだな?」

 

早苗は、汗を払い、大きく頷く。

 

「私の願いだから……私が逃げちゃ話にならない……なにより私自身が逃げたくないから!」

 

後ろから肩を乗せている亜樹子も大きく頷いている。

 

「まぁ……安心していいぜ、依頼人は俺達が必ず守る」

「もしもの事なんて考えなくていい、君は僕達が全力で守るからね」

 

二人が柊に目配せする。自分も僕達に入れられている事に喜びを感じている。

 

「……でも、本当にいますかね?」

「絶対にいるさ。前も言ったろ、大切な奴らとの絆はそうそう切れたもんじゃねぇからな」

「……絆……ね」

「人の感情ほど他者が理解するのに難しいものもないさ」

 

 

二人がバイクに乗って構える。

 

「……あ、おい柊! お前バイクは乗れるか?」

「……ふっ」

 

実はこういう日を夢見て免許を取っていた柊。元の世界では使うことの無いまま終わったが。

 

「よっしゃ! 行くぜ!」

「あ、あの……」

 

まだ待ってほしい、と一歩前に出る早苗。

 

「……がんばって……死なないで下さい…お願いします」

 

それを聞いた亜樹子は花が咲いたように笑い、柊太郎達はそれを聞いて微笑んだ。

 

「…任せときな」

 

 

そして、三人はバイクで動き出した。

鳴海探偵事務所から、歩いてそう遠くない場所に設置してある工場。この中に叶はいる。

 

「……どうしてここが分かったんだい?」

「叶の娘さんがまだ叶と共に生活していた時……叶とここでよく一緒に遊んでいたらしい」

「それが……どうして叶がいる事と繋がるんだい?」

 

口に手を当てるフィリップ。

 

「……忘れられねぇのさ、かけがえないたった一人の娘を」

 

三人が接近したのに気づいたか、マスカレイドドーパントが続々と現れる。

 

「きましたね」

「ああ、ビンゴだったみたいだな」

「柊、僕の身体を頼んでもいいかな」

 

フィリップが柊に身体を頼もうとした時、後ろから大型特殊装甲車リボルギャリーに乗ってきた亜樹子が言う。

 

「私! 私に任せてよ!」

 

「おい亜樹子ォ! こんな近くにまで来んなって! 遠くにいろっつっただろ!?」

「バカァ! 早苗ちゃんが見える所にいた方がいいでしょ!? あいつらをケチョンケチョンにするのも大切だけど一番は依頼者を守る事が大事なんだからね!?」

 

右手を空に向ける翔太郎。

 

「はぁ……危なくなったらすぐそれで逃げろよ。紫さん頼んだぜ」

「はーい、大丈夫よ、任せて頂戴。今はリボルギャリー…だったかしら? あれの中にいるわ。いざって時には早苗だけでも逃すから」

 

手をフリフリと振る紫。

 

 

「よし…いくぜフィリップ!」

「ああ」

 

──《CYCLONE》! 

──《JOKER》!

 

「「変身!!」」

 

──《CYCLONE》! ──《JOKER》!

 

「よいしょ!」

「亜樹子さん達に近づくマスカレイドドーパント達は俺が相手するんで、安心してくださいね」

「うん! お願いね柊くん!」

 

柊はこの目に生変身を焼き付けた、とばかりにマジマジと翔太郎、フィリップを見つめた。

 

「さぁ…お前等の罪を数えろ!!」

 

そして着実に敵をなぎ倒していくダブル。

 

「すげぇ…」

 

自分が戦闘というものを経験して初めて気付く事もある。彼らは一つの身体で闘っているのに、全然隙がないということに柊は気づいた。普通呼吸が合わずに態勢を崩したりするものなのにそういう所作が一つもないのだ。

 

「わっ!……」

「──はっ!」

 

柊がマスカレイドドーパントに蹴りをかます。一応生身でもそこそこやれてる事に感動している。

 

「へぇ……生身でも結構やるじゃねぇか! よっと!」

 

全てのマスカレイドドーパントを倒し、手を叩くダブル。

 

「こりゃ問題ねぇな」

「すまない、しばらく抱えててくれるかい? アキちゃん」

 

「うん!」

「 それじゃ行きましょうか、叶の元へ…!」

 

「だな。さっさと決着着けて馬鹿な真似する前に止めねぇと 」

「勿論最善の注意を払ってね」

 

全員で中に入る。けれどすぐ前方に叶の前の障害が。

 

「…お前は…ボムドーパントの……」

 

ボムドーパントになっていた男、叶の部下だが様子がおかしい。フラフラと身体を揺らしながら虚ろな目でこちらを覗いて来る。

 

「明らかに様子が普通じゃない…ど、どうしますか?」

「とりあえず取り押さえるか…?」

 

「あ、ぁあぁ……ここで、消えた」

 

──《COCKROACH》!

 

「げぇ……まだ持ってんのかよ……」

「いや待て翔太郎……闇雲に近づくのは危険だ」

「お、れれ、消えろ、、俺」

 

既に彼は正気を失い、身体の左半分だけがドーパント化している。

 

「メモリの力に囚われているようだ急いでメモリブレイクをしなければ彼の身が危ない!」

 

「威力は最小限に落とす! 一気に決めるぜフィリップ!」

「了解だ翔太郎」

 

──《JOKER》!

──《MAXIMUM DRIVE》!

 

「ジョーカーエクストリーム!!」

 

空中で身体を分離し時間差ライダーキックをぶつけた。

 

「……んん?」

「硬いな……だがこれ以上は彼自身にダメージが……」

 

ピンピンしているが、彼はその場で苦しみ出した。

 

「うぅ、苦し、苦し、……お、お、お」

「ま、待ってください二人とも! 様子がおかしい…」

「ああん? それは分かってるさ、だから攻撃力の高い…」

 

「し、にた、た、消えた、い…」

「…!!」

 

その様子には見覚え、というか心当たりが柊にはある。

 

「まさか……ヤミーを…?」

「ああん? 何か心当たりあんのか?」

 

その予感は当たっていた。

彼の身体からヤミーが飛び出てきた。

 

「やっぱり……!! もう攻撃しないで!!」

「フィリップ、こいつ何者だ!!」

 

「検索が完了した……セルメダルを注入された物が欲望を物質化させて生み出す物らしいが……これは」

 

本人までおかしくなっている。柊には予想がついた。

 

「叶は、グリードのメモリを使ってた…おかしな話じゃない…! しかもメダルを入れられた人が動くのは…ネコ科のヤミー…だけど…こんな状態になってるのは多分叶がおかしくさせたんだと思うけど…」

 

「はぁ……はぁ……ぁ、ぅぅ」

 

彼はもう動けないほど消耗しきっている。

メモリを体から落として倒れ込んだ。

 

そしてヤミーは立ち上がり、身体を変形させる。翼を生やし、象の様に図太い脚で

それは、合成ヤミーと呼ばれるタイプのヤミーだった。

 

「こいつ…!」

「ま、さか。……私まで…利用されてい、たとは……な」

 

合成ヤミーはダブルに飛びかかった。けれど空中でメダルの塊へと戻って地面に落ちていった。

 

「……次から次へと…何する気だ…?」

「……ヤミーは産んだ人が死んだら……死ぬんです。それで……きっと」

 

 

手を払って視線を逸らすダブル。

 

「叶は……まだここにいるはず…急いで探しましょう!」

 

 

「正解だ」

 

暗い工場の奥から、火球が飛んで来る。

それは柊へと向かったが。

 

 ──《ACCEL》!

「変……身ッ!」

 ──《ACCEL》!

 

語尾を伸ばしたその声は。

 

「あ、貴方…は」

「俺に質問するな」

 

 

「照井…! 戻って来てたのか…ナイスタイミングだぜ!」

「今さっきだがな…リボルギャリーを追ってここまで来たがこれはどういう状況だ?君は?」

 

照井 竜。そして彼の変身する仮面ライダー アクセルのブレードで斬撃を逸らした。

 

「俺は夢知月 柊、ええと依頼人の助っ人って感じです」

「話しは後だ。叶……お前に用があってきた」

 

コツンコツンと静かな工場に足音が響く。

 

「やぁ、昨日ぶりだが新たな顔触れがいるな、私は知っているがね照井 竜」

「叶… 自分の仲間を衰弱死する程まで奴隷みたいに働かせて…! 何ともねぇのかよ!?」

「何を言っている? 何かあるとした彼だろう」

 

両手をあげる叶。

 

「違う! お前は何とも思わないのかよ!?」

 

柊は怒りを露わにしながら尋ねる。

 

「勘違いするな。彼は自ら死んだのだ」

「……は?」

 

「彼は古き部下だよ。良く実験にも付き合ってもらったんだがね。左翔太郎、君に叩きのめされて使い物にならなかった。だから私のメモリの実験台になって貰った」

 

叶は言う。人を人として見てないから、そんな事が簡単に言えるんだ。

 

「このグリードメモリ、思った以上に良い性能でね。ヤミーすら作れたんだ。もはやこのメモリに不可能はない…!!」

 

「てめぇがそこまでする理由はもう分かってる」

「なにぃ?」

 

「娘の為なんだろ」

 

叶の身体が停止する。図星のようだ。

 

「貴様ァ……どこからそれを……!」

「財団から既に脱走してる奴がなんで執拗に嬢ちゃんを狙うのか、気になったから調べたんだ。叶 恵。お前の娘だ。あの子の不治の病を治す為にお前は……」

「黙れぇっ!!」

 

翔太郎の声を叶が遮った。

 

「お前ら如きに何が分かる!? 同情でもするくらいなら、とっとと治せ!!」

「……嬢ちゃん……早苗の力でも治せないものはある」

 

顔は見えずとも、声で翔太郎が悲しんでいるのが分かる。

 

「恵の病は早苗でも治せねぇ。本人が治せねぇって思ってるくらいだしな。早苗にだって治せないものはあるさ」

「……あ、な……」

「もうこんな事は辞めて罪を償うんだ、叶 望。君の娘さんもこんな事望んではいないだろう…!?」

 

フィリップが言う。叶は震え出した。

 

「あの女が最大限の力を使えば……どうなるかまだ分からん以上は試すしかあるまい!」

「ふざけんな! 恵はそんな事で治されたって喜ばねぇぞ!」

「……なに?」

 

「……恵は……早苗の友達だからだ……!」   

 

 

柊が事務所へ戻った後、翔太郎は再度恵に会っている。

 

「よっ、一日に何度も悪いな。これ見舞い物だ」

「ありがと、探偵さん。いいよ……どうせ暇だし」

「……なぁ、いきなりで悪いんだが……例えば、例えばだ……」

 

左手を出して、翔太郎が聞く。

 

「もし……お前のお父さんがお前の為に裏で動いてて……命を代償に病を治す女の子を見つけて来たって言って帰ってきたら……治したいと思うか?」

「なにそれ、変な例え話。……うーん、治せるなら嬉しいけど……」

 

黙って恵を見つめる翔太郎。

 

「そんな優しい子が死んで代わりに病気が治るくらいなら私、このままでいいからその子と友達になりたいわ」

「……そうか」

「それでお父さんも叱るね。自分の娘に何も言わずに勝手に何やってるんだって」

「……!」

 

右手を、無意識で握りしめる翔太郎。

 

「ありがとな……また来るぜ」

「約束だよ? 退屈なんだからさ、私」

「ああ……約束だ。それじゃ」

「──その子の名前、なんて言うの?」

「……あ? なんで、お前」

「大体分かるよ、ギャグで言ってるような顔じゃなさそうだったし」

 

帽子を深く被り、翔太郎はため息をついた。

 

「……東風谷、早苗」

「──早苗?」

「え?」

「あ、あの子が今どこにいるか知ってるの!? だったら教えて! 今すぐ!」

「ちょっと待て! どうなってんだそんな事一度も……」

 

翔太郎は断る気でいたが、恵の目尻に溜まる涙を見て、口を開いた。

 

「……あと1日待ってろ」

 

 

二度会っている翔太郎は、恵が誰かの命を奪ってまで病を治したくはないと知っている。きっと恵はその事を後悔するだろうという事や、少女と父親の生活を犠牲にした治療なんて望んではいないだろうということも。

 

 

「 娘と、女が友達…」

「そうだ! 今も会いたがってる! その願いを……恵の願いを他でもねぇ親が引き裂こうとするんじゃねぇ!」

「そんな事親の私が知らないとでも思っているのか」

「あ?」

 

わなわなと、叶は震える。

 

「恵は家にあの娘を連れてきたこともある!だからこそ、財団に知られる前にこうして接近することもできたのだ」

 

「じゃあ……自分の娘の友達に……なんで危害を加えられるんだよ…」

「東風谷は風都には来ていない。既に別のどこかへと両親共々転勤した。そういうことにすればいい。恵に都合の悪い事は聞かせるつもりはない」

 

そんなの、冗談じゃない。

 

 

「……あいつはそれを望んでない、だったら俺は恵の想いを守る! 絶対にお前を止めて恵に謝ってもらう!」

「僕達だって君の娘さんを助ける事に協力を惜しまない……だからもう辞めてくれ!」

 

二人の声は、叶には届かなかった。

 

「今更貴様らに付き従ったところで……もはや手遅れだ! 私は……近いうち財団Xの刺客達から必ず殺される! すぐにやらねばならんのだ!」

 

 

諦めきれない翔太郎にフィリップが語りかける。

 

「やはりメモリの毒素にやられている……一度倒さなきゃ止められないみたいだ」

「フィリップ……」

「この事態は覚悟していた事だろう。いいかい翔太郎、今の僕達にできる事は大人しくやられる事なんかじゃない、彼の為にも闘ってメモリブレイクすることだ」

 

「フィリップ……力貸してくれるか」

「勿論だよ、絶対に止めるんだ。叶の為にもね」

 

再び戦意を剥き出しにする叶。

 

「来い! まとめて殺してやる!」

 

「いいや、絶対に僕の家族は殺させないよ」

「フィリップの言う通りだ、それに他人の命を使ってまでこんな事するなんて絶対に間違ってる!そんな奴はなぁ…俺達が止めるんだ」

 

「は、ははは……無駄だ、もうすぐ私を追って財団の者達が到着する。もう、すぐだ。お前達はどっちにしろ終わりなんだよ」

 

「ここには仮面ライダーがいるんだ、必ず止めてみせる!」

「よく言ったぜ、柊」

 

「っ……夢知月、後ろからマスカレイドドーパントが来ている、奴等は君に頼めるか」

「任せてください! あいつは……三人に任せます!」

 

ダブルとアクセルが頷く。

 

「はぁぁぁ……ぁあああ!!」

 

グリードドーパントの背中から無数の孔雀の羽根が展開される。そのままその羽根はアクセルとダブルに向けられる。

 

ダブルとアクセルはそれぞれの攻撃でいなす。

避けた速度のまま一気に接近してダブルが叶を殴る。

 

よろめいた叶にすぐさま蹴りを入れるアクセル、更に続けて拳を二撃間髪入れずにダブルが叩き込む。

 

「ゴホッゴホッ!!……これならどうだぁっ!!」

 

グリードドーパントと化した叶の頭部が光る。

 

「うおっ!?」

「ちぃ! み、見えん…!」

 

アクセルとダブルは視界を失い、そのままタコの足に具現化した腕に叩きつけられる。

だがすぐに起き上がり逆に飛び上がり蹴りを食らわせる。

 

「こ、こいつら……!」

 

脚をコンドルの様な鋭い三脚に変化させ回し蹴りを繰り出すが、アクセルは弾きダブルはかわしていく、叶は手数でダブルとアクセルは戦闘経験でカバーする拮抗状態が続く。

 

そこに、ダブルが反撃の一手を加えた。

 

「さぁてと、ドンドン行くぜ」

「行くよ、翔太郎!」

 

──《LUNA》!

──《TRIGGER》!

 

緩急を付けた変幻自在の弾丸で叶の判断を鈍らせる。その隙にアクセルがブレードで突く。

 

──《LUNA》!

──《JOKER》!

 

攻撃を食らわせたアクセルに意識を向かわせた瞬間。ジョーカーの鞭のように伸びた手でグリードドーパントの背中を叩く。

 

「ぬぉぉぉっっ!!」

 

──《HEAT》!

──《JOKER》!

 

今度はダブルに意識を向けたグリードドーパント。グリードドーパントの能力で変化したタコ脚が振りかざされるが、燃え盛る拳で全て薙ぎ払い、拳を炸裂させた。

 

「うぉらっ!!」

「があっ……」

 

そしてよろけた隙だらけの背中にアクセルの剣撃が直撃する。

 

「はぁ!!」

 

──《HEAT》!

──《TRIGGER》!

 

翼を広げ空へと距離を置こうとするグリードドーパントに向けて、渾身の一撃を放つ。

 

「逃すかよ……そらっ…!!」

 

まともに超高火力の一撃を受ける叶。

 

上空で受け身をとることも出来ず、地面に痛々しく落下した。

 

「す、すげぇ…」

「ちょっと!? 柊余所見しないでよ!」

 

「わっ!? あっぶねぇな!」

 

ダブルとアクセルの闘いぶりに見惚れ思わず動きを止めた柊。背後からマスカレイドドーパントが不意打ちを狙うが紫がギリギリ伝えてカウンターする。

 

「紫さんファインプレー!」

「ふふ、これくらいはしなくちゃね」

 

そして、長年の戦闘経験を得た三人にグリードドーパントは文字通り手も足も出なかった。

 

「これで終わりだ」

「く、くそ…!!……うおおっ!!」

 

捨て身の火炎を柊に放つ。しかしその火炎はエクストリームメモリが防いだ。

 

「うおっと!! あ、ありがとな…」

 

甲高い声を上げてエクストリームメモリがフィリップの肉体をデータ化し取り込む。

 

「行くぜ、フィリップ!」

「 ああ! 翔太郎!」

 

そしてダブルの頭上へ移動し合体する。

 

「終わりにしよう……!」

 

──《PRISM》!

 

──《ACCEL》!

 

──M()A()X()I()M()U()M() () ()D()R()I()V()E()!!

 

「「はぁぁぁ……うぉりゃーーー!!」」

 

三人の必殺技は、グリードドーパントに直撃し爆発する。

 

「ぐわぁぁぁぁあああ!!!!」

 

叶はそのまま地面に落下し、地面に寝転ぶ。

 

「絶望が…お前のゴールだ……」

「…終わりだ、叶。お前の巧みは……ここまでだぜ」

 

「げほっげほっ……ふ、ふざ、ふざけるな! ……誰が貴様らなんかに…!」

 

「いい加減にしろ、叶。大人しく 罪を償うんだな」

「……私が、負けた?」

 

「ああ、そうだ」

 

ククク、ククククと不気味な笑みをこぼす。

 

「なんだ貴様その笑いは…貴様はこれから罪を償わなきゃいけないんだぞ!」

「照井 竜、勘違いするな」

 

「なに? ──柊っ!!!」

 

照井は、柊の前に立って銃撃から庇った。

 

「ぐ、ぅぅう!」

「照井さんっ!!」

 

「財団の奴らか……翔太郎、ここは…」

「しつこい奴らだぜ、おい照井大丈夫か!?」

 

「俺に質問するな!! この程度でやられる程ヤワな仕事はしていない!!」

 

 

「お前ら!! 私よりまずはこいつらから始末するべきだぞ!!」

 

「攻撃最優先目標…仮面ライダーダブル、アクセルを補足。攻撃を再開する」

 

「よし! やれ!!」

 

バサッバサッと翼をはためかせ、天井を破壊して逃げる叶。

 

「あ! おい! 待ちやがれっ!」

「リボルギャリー……紫さん達が危ない…!」

 

「左! フィリップ!! 夢知月を連れて早く行け! 俺がこいつらを全員倒す!!」

 

ダブルが壁に穴を開けて柊の手を引く。

 

「照井 竜、本当に…」

 

大丈夫かい? とでも聞くつもりだったのだろうが。翔太郎がかいつばむ。

 

「照井にゃ質問は無用だぜフィリップ。照井、頼んだ!!」

 

 

事務所へ戻る三人の殿をアクセルが務める。

 

「心配なのは、お前達を全員捕まえるだけの手錠があるか、それだけだ」

 

そう言ってアクセルは、財団の群衆へと突っ込んだ。

 

「にしても、頑固なだけあるな…あれだけやってもまだピンピンしてやがる…」

「グリードメモリ……紫さんが危惧していた通り想像以上に危ない代物のようだね」

 

 

「柊!…スピードを上げるぜ!」

「落とされないようしっかり僕達を掴んでいたまえ」

 

「はい!!」

 

 

翼を展開するが、フラフラと落下してしまう。

そしてそれを発見する紫。

 

(柊達は…!? やられてしまったの!?)

 

叶達が戦闘を開始して以降リボルギャリーと共に少し離れた位置に逃げていた紫達は、それが仇となってしまった。落下したグリードドーパントに鉢合わせてしまったのだから。

 

「はぁ……はぁ、女を、よこせぇえ!!」

「残念ながらアンタみたいな男に渡す子はいないわね」

 

「紫さん……!」

「逃げなさい早苗、私が時間を稼ぐわ」

 

「そうか、勝手にするがいい!!」

 

リボルギャリーから出て、グリードドーパントへと突っ走る紫。飛び蹴りは容易に交わされる。

 

「雑魚が!」

「きゃっ!!」

 

回し蹴りで吹き飛ぶ紫。更に追い討ちで火球を右手に溜める。

 

「「「待て!(待ちやがれ!)」」」

 

 

「──! ……くそ……もう来たか!」

 

「! 紫さん! よくも……紫さんを……!」

 

紫が口から血を出して地面に座っている。どうやら自分達が来るまで抵抗していたようだ。

柊はとっさに時計の、ネコ科のコンボのスイッチを起動した。

 

「──変身っ!!」

 

 

 

 

 

 



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30話 激昂と予期せぬと Rの集結 / 集う風都を愛す者

「つ、強い!!」

 

 多くの仲間がアクセルの手によって殲滅されていく。

 

「お前達よりも数倍強い敵と、幾度となく闘ってきたからな」

「か、完敗だ。一思いにやってくれ」

 

「……」

 

 一瞬だけ、立ち止まる。それが隙だと言わんばかりに後ろから他の仲間が攻撃するが。

 

「分かった」

 

 当然、アクセルは気づいていた。

 易々と背後の不意打ちを止める。

 

「く、くそ……!」

「一思いにやって欲しいんじゃなかったか」

 

「そうだ、よっ!」

 

 仮にもこの部隊を纏めた団長。逃げずにアクセルに突っ込んだ。

 

「その勇気だけは讃えよう」

 

 アクセルは一思いに拳でケリをつけた。

 

「……急いで左達の元へ行かねば……」

 

 

 

 

「──変身っ!!」

 

 ──ライオン! ──トラ! ──チーター! 

 

 ──ラタ! ──ラタ! ──ラトラータ! 

 

 時計のスイッチを入れた。残り変身回数は一回だけど、関係ない。

 

「行きますよ翔太郎さん! フィリップさん!」

「しっかり合わせろよ、柊!」

 

 オーズとダブルは叶へと突っ込んだ。

 

「ふん、ラトラータの力しか持っていない癖に……!」

 

 グリードドーパントが蛸の腕、クワガタの雷を同時に放った。

 

(後退する筈だ、その隙にタコで叩きつけてやる……!)

 

 叶は研究者としてはかなり上位に位置する頭脳と判断力を持ち合わせていた。火野映司の戦闘データもしっかりチェック済みだ。しかし。柊の戦闘データは、この世に存在しない。

 

「はっ!!」

 

 柊は熱線で蛸の腕も雷も封殺した。いわば力技で押し殺した。

 

「は!?」

「せやっ!!」

 

 そのまま突っ込みトラクローで斬り裂きまくる。

 

「だらららら!!!!」

「ぎぃ……ぐっ!」

「おっと、逃さねえぜ!」

 

 グリードドーパントは脚をバッタレッグに変えて撤退するが、回り込んでいたダブルが蹴りあげる。

 

「お、のれぃ!」

「今だ!」

 

 オーズはチーターレッグで即座に距離を詰めて行く。そして再びトラクローで身体を裂いた。

 

「ぎゃぁ!」

 

 バッタの超跳躍は隙がデカすぎて出来ない。チーターの脚に変化しようとしても先に脚を引き裂かれる。

 今のグリードドーパントには逃げ場がない。

 

 グリードドーパントは肉弾戦で対抗しようと決め込んだ。

 

 まずはサイだ、重力で二人のライダーの身体に負担をかけ、次にゾウで地面を揺らし走る事すらままならない状態にさせてやる気でいた。

 

 けれど奴はすぐに視界から消える。補足ができない以上重力を載せられない。しかし地面は揺らしているのだ。

 

「な、ぜ動ける……っ!?」

「お前はただメダルの力を引き出すことに固執した。だから負けるのさ、コンボの力ってやつに!」

 

 つまり柊は地面が崩れている所で走るのは屁でもないのだ。今こうしてる間にも身体は斬られている。早く行動せねば。と焦るグリードドーパント。

 

「はっ!」

 

 だが後ろから更に衝撃が来た。ダブルのプリズムビッカーで斬りつけられたのだ。

 

 もうこの距離では闘えないとグリードドーパントは判断する。グリードドーパントは背中に翼を生やして逃げようとした。

 

「逃がさないぞ!」

 

 脚を掴まれ地面に叩きつけられる、そして柊はグリードドーパントを地面に押し付けながら高速で走り続けた。

 

「ぐぉぉ、ぉぉおお、あ、!」

 

 動けなくなったグリードドーパントを宙に投げ、3枚のメダルの力を引き出す。

 

 ──《SCANNING CHARGE》! 

 

「行きますよ!」

「「ああ!」」

 

 ──《PRISM》! 

 ──《MAXIMUM DRIVE》! 

 

 ダブルはプリズムブレイクを炸裂させる。

 

「「プリズムブレイク!!」」

「う……ぐぉぉおおおおおおあああああ!!!!」

 

 グリードドーパントは身体の力を底から引きずり出すように唸った。そして空中へふわりと浮く。

 

「はぁぁぁ……」

 

 オーズが構えると、正面にライオン、トラ、チーターメダルの紋章が浮き上がる。

 

「やっやめ……」

 

 その3枚をくぐり抜ける程に加速していく。

 

 そして勢いの乗ったとんでもない破壊力のクローがグリードドーパントの身体を完全に砕いた。ガイアメモリが体外へと摘発された。

 

「……ぅぅ……っく」

「……叶……」

 

 柊の様子を見て翔太郎が慌てる。

 

「あ、お、おい……」

「翔太郎?」

 

 少女達の犠牲を思い出し怒りで我を忘れているのかも、と思案していた柊太郎だったが。

 

「うぐ……こ、れで……終わりだ……叶」

 

 柊はコンボ変身の痛みに耐えながら変身を解いた。

 

「……もう大人しくしててくれ、もう抵抗しても意味がないのは……分かってる筈だ……」

 

 叶に対してかなり憤慨しているのは、わかる。許されるなら今この場で生身の叶をぶん殴りたい。けれど、柊は事情を知ってしまった。

 

 これ以上、叶と対話するのに拳は必要ないだろう、柊はそう思った。

 

 

「……今まで犠牲にしてきた人達の分まで、1日たりとも……無駄にするなよ」

 

「……君が冷静で助かったよ、君を敵に回すと怖いことになりそうだ」

 

 翔太郎の考えは杞憂だった。

 

「……ぬぅ、う……私は……」

「お前が奪った命の中にはお前よりもずっと小さかった命が沢山あったんだ、お前にはちゃんと償ってもらう」

 

「必要な……犠牲だ……!」

「そんな犠牲があってたまるか! 何があっても人を殺す事を肯定はできねぇよ! ……例え愛する人を救う為だったとしても……代わりに周りを泣かしてたら……世話ないだろう……」

 

「黙れ!」

 

 額に血管が浮かび上がる。怒りによる影響もあるかもしれないがどちらかといえばそれは。

 

「過剰なメモリ使用の副作用が出ている。叶、君はもう暴れない方がいい、それ以上無理すると死んでしまってもおかしくない。娘さんの為に闘って無理のし過ぎで死んでしまっては元も子もない筈だ」

 

「フフン、私は……死なないさ。欲望なら人並み以上にある!!」

 

 グリードの再生能力を駆使して ! もう一度闘う!! そう決意した叶。だが右手に握ったメモリは、柊が蹴りで叩き落とした。

 

「今更、そんなヘマさせる訳ねぇだろ……!?」

「近寄るなァ!!」

 

 生きる。という誰でも、赤子ですらも願う欲望が、肥大化した欲望が。叶の肉体にも現れた。

 

「お、お前……お前……」

「……? なんだ……身体が軽く……」

 

 叶の身体の傷が癒えると同時に、額に二本のツノが生える。

 

「クワガタヘッド!? なんでっ……!」

「メモリの力を肉体でも出せる……それはハイドープになったということだ、叶が……」

 

「……ええいっ!!」

「しっしま……」

 

 すぐ側にいた柊は雷に反応し切れずやられるかという所で。

 

「危ねぇ!!」

 

 ダブルが庇った。

 

「ってぇな……! ……っ大丈夫か!? 柊!」

「はい、それよりアイツを……!!」

 

「もう遅い」

 

 後悔するのはきっとお前なのに。そう心で思う柊。

 

 ──《GREED》!! 

 

「私は……生きる! この力を使って……!」

「それはお前がグリードに近づいてるってことだろ!? やめろ!! もう娘さんに会えなくなっちまうぞ!!」

「おい、馬鹿野郎!」

 

 肉体が膨らんだグリードドーパントに、生身のまま接近する柊。そしてその行為を叱咤する翔太郎。

 

「離れろって!」

「待ってください……! 止めなきゃ! このまんまじゃ……!」

「柊、僕達もこのまま放置するつもりはないよ。君には紫さん達を頼みたい」

 

 必死な顔で柊は言う。

 

「お前だって知ってるはずだ……! グリードには五感ってやつがない! 娘さんの為に生きて行くお前がそんなんで娘さんが喜ぶとでも思ってんのかよ!?」

 

「五月蝿い……私には闘う理由がある!!」

 

 メモリを使った叶の身体は、完全にグリード態と化していた。

 

 

「……もうダメみてぇだ、悪い柊。最後の変身分使って、嬢ちゃん達を全力で恵の元に連れて行ってくれ」

「翔太郎、不味いよ。早くもう一度エクストリームに……!」

 

「闘う? 闘いだとぉ? ははははは! バカどもめ!」

 

 身体がドンドンと欲望に比例するように肥大化していく。

 

「──! フィリップ!」

 

 

 肥大化しすぎてバランスが取れなくなったグリードドーパントは周りの建物に倒れて行く。

 

 ──《HEAT》! 

 

 ──《TRIGGER》! 

 

 

 ──《MAXIMUM DRIVE》! 

 

 

「トリガーエクスプロージョン!!」

 

 ヒートトリガーの、しかも最大最高火力をぶっ放す。

 

 グリードドーパントの巨大化した肉体の一部が吹き飛んで肉塊と化した。その行為のおかげで、直接ぶつかる事は防いだものの、グリードドーパントの巨大な肉体が家へと覆いかぶさった。

 

「このヤロっ!! ……っておい! あれもしかしてうちに落ちてねぇか!?」

「どうやらそうみたいだね……肉質が柔らかいおかげで覆い被さるだけで済んでいるのは不幸中の幸いというべきか……」

「どう考えても不幸だろっ!」

 

 発砲の反動で吹き飛んだ身体を即座に起こして、再び肉体に打ち込む。

 

 しかし、すぐに千切れた肉体は再生を始めた。

 

「キリがねぇ! しかもこんなに膨大な範囲で暴れられちゃサイクロンジョーカーエクストリームでも守り切れねぇぞ!」

 

 辺りを見回す。すると柊があることに気づく。

 

「リボルギャリーが!」

「うわぁぁぁ! やっちまった! くそ!」

「翔太郎! 一回変身を解いてくれ!」

「え? あ、おう」

 

 いう通り変身を解くとフィリップは肉塊の壁側、つまりリボルギャリー方面にいた。

 

「エクストリームメモリは紫さん達の方にさっき飛ばしていたからね……それと電波は通じるみたいだ」

 

 肉の壁越しに電話で話す翔太郎とフィリップ。

 

「こうなってくると叶がどうなっているか分からないから、一旦紫さん達をそっちに運ぼうか」

 

 何があるか分からないが、とにかく叶に覆われたままいるのは危険だろう。

 そしてほんの少しのスペースだが、肉壁にも隙間があった。

 

「小柄な体躯なら……可能に見えるが……」

「俺、手伝いに行きます!」

 

 意見を聞くまでも無く走った。

 そして勢いをつけて進入する。

 

「……ふぅ!」

 

 当たったらどうなるかも分からないからとにかくスレスレで避けた。

 そして中に入るなり辺りを見渡す。

 

『入れたようだね、僕がどこにいるか分かるかい?』

 

 声の主は肩に乗っているメモリガジェット。肩に無線付きガジェットが付いてきていたようだ。

 

「すいません……分かりません」

 

 周りを見渡す。小さな肉体の塊がぼどぼどと、少しずつ落下していっている。そして、多分だが風都を包んでいるこの大きな肉体は変化している様に見える。

 

 そしてフィリップは見えなかったが。

 

「! ……すいません、2人とも、叶です。急いで駆けつけてくれると嬉しいです」

 

 眼前に、グリード態の叶がいる。

 

「……暴走してるわけじゃ……ないのか?」

「思った以上に暗くて、怖いものだな視覚がなくなるというのは」

 

「……そうだろうな」

「だがその分無茶も出来るようになった。先の様に肉体を分裂させて自由に動かしたり、増幅させたりとな」

 

 擬似的にグリードの力を使うよりちゃんと力を使う方が自由度は高い。そういう話をしているようだが。

 

「……この肉体は繭みたいな役割をしてるみたいだな。これの外からは干渉出来ないみたいに……」

「心配せずともダブルは駆けつけるだろう。しつこい男達だからな」

「俺の恩人達の悪口は許さないぜ」

「そうか。だが改めるつもりはない」

 

 ゴゴゴ、と地面が揺れる。

 

「……なぁ、まさかと思うけどお前、さっきの肉体をドンドンおっきくさせてねぇか?」

「正解だ。ダブルがなるべくここにたどり着けんようにな」

 

「どうだか!!」

 

 柊には感覚でわかる。叶の分裂した肉体は風都の市民に悪影響を与える性質のものだと。

 

「……地形的にちょうど病院は覆わずに済むだろうしな。……でも風都の人達は絶対助ける。お前をぶっ飛ばしてな」

 

「出来ると思うのか!」

 

 グリード化した叶が火球を放つ。

 

(最後の変──)

 

 その時、機会音と共に、エクストリームメモリが火球から柊を守った。

 

 そして、フィリップがエクストリームメモリの中から現れる。

 

「柊。今のうちに紫さん達を助けに行ってくれ。あと、その子を返してくれるかい?」

「え?」

 

 いつの間にか柊の後ろの裾に挟まっていたファングメモリをフィリップが握った。

 

 

 

 ──《FANG》! 

 

「変身」

 

 ──《FANG》! 

 

 ──《JOKER》! 

 

「へっ、久しぶりだなぁ、叶」

 

「なにっ!? なぜダブルが……」

「やられたよ。まさか柊が入り込む瞬間に肉壁の隙間を閉じるなんてね。エクストリームメモリで外に出られない以上柊に任せるしかないと思っていたんだが……流石は僕の相棒だ。こんな形でファングをプレゼントしてくれるとはね」

「今回は何があるか分からなかったからなぁ持ってきておいて良かったぜ。まぁ元からお前に渡しとけばヒヤヒヤせずに済んだんだが」

 

 翔太郎、フィリップのお互いを信じ合ったゆえの行動が、柊を助けた。

 

「てめぇ、よくも風都から太陽を消し去ってくれたな、おかげで皆んなが困ってる」

「安心しろ、次は貴様らを消し去ってやる!」

「望むところだ」

 

 会話しているところで、柊が気付く。

 

「しょ、翔太郎さんの身体は!?」

 

「心配はいらねぇよ。紫さんが亜樹子だけはって外に出してくれてたみたいでな。今は亜樹子が見てくれてる。照井もいるし万が一はねぇだろ」

 

「さ、ここは任せて、早く行ってくれたまえ。こうなった以上は叶を倒してから会うしかない。君は早苗ちゃんの護衛だ」

 

 コクン、と頷いて。柊は早苗達のいる場所へと再び走り出した。

 

「意地悪いと分かっちゃいたがここまでなんてなぁ」

「言いたい事があるならば、遠回しに言わずに直接言ったらどうだ?」

 

「あん? なら遠慮なく……」

 

 叶を指差して、高らかに二人は叫んだ。

 

『さぁ、お前の罪を数えろ!!』

 

 

 気怠い身体に鞭打って、辺りを探す。エクストリームメモリが居場所は教えてくれる。

 

 風都の商店街だろうか、シャッターは閉まっているがそれらしき建物が複数並んでいる。

 そしてその奥に。

 

「紫さん! 早苗!」

 

 紫を負ぶってる早苗がいた。

 

「どういう状況だ……これ」

「私を庇って……紫さんが……」

 

「ダメージを負った。その間抜けの所為でな」

 

「お、まえ……!」

 

 背後から、再び奴の声がした。

 

「翔太郎さんとフィリップさんを……2人は……!」

「安心しろ、死んでない。この肉体の外に追いやっただけだ」

 

「っ!」

 

「ああ、大丈夫だ。お前はここで殺す。さっきの借りだ」

「やってみろ!」

 

 ──タカ! ──クジャク! ──コンドル! 

 

 ──タ〜ジャ〜ドル〜!! 

 

「ハァッ!!」

「無理だ、諦めろ、それか横の二人を差し出せば命だけは取らん。もう私には時間がないからな」

 

「ふっざけんじゃねぇ!」

 

 クジャクの羽を広げ全てを叶に向けて発射した。

 

「今更コンボで太刀打ち出来ると思っているとはな」

「コンボの力を舐めんじゃねぇ、ただ3枚使った威力とは桁違いだぜ?」

 

 叶は右手で水を生成し、羽の勢いを殺した。

 

「さっきの仕返しだ、そら」

「!? あっっづ!!」

 

 熱線。その妨害により一瞬柊の動きが制限された。その隙に、チーターの速度で迫られ、その勢いを乗せたゴリラの拳を腹部に入れられる。

 

「ぶっ……!」

 

 声が上手く出ないほどの威力に悶える柊。クジャクの羽を自分の周りに展開させ、身を守りながら空へ飛ぶ。

 

「ほう! そういう飛び方をすればよかったのか」

 

「くそっ……!」

 

 

 ──《SCANNING CHARGE》! 

 

 コンドルレッグが覚醒する。開かれた爪は叶を抉らんとするが。

 

 叶は再び水を展開する。

 

「──はっ!!」

 

 タカの眼で叶の体内から水が射出されるのは分かっていた、だから柊は。一度目の前で止まる。

 

 そしてクジャクの羽で叶の背後へ回り。

 

「ぬ!」

 

 コンドルの脚で叶を穿つ。

 

「せいやぁっ!!」

 

 叶の身体に直撃する。

 

「ぐっ……満足か?」

 

 よろめく程度で効果は薄かった。ゴリラの力で耐えたのだろう。そして叶は易々と柊の脚を掴みカマキリの腕に変化させ、柊の横腹を裂く。

 

「ぐあぁぁっ!」

 

 ズザザ、 と地面に倒れこむ。

 

「くそ! ……相性が……」

 

「言い訳か?」

「だま、れ!!」

 

 タジャスピナーによる火球の連続攻撃を繰り出すが、全て水で相殺される。

 

「はぁ……はぁ」

「まだ分からないのか? お前が私に勝つことは絶対にないんだよ。そのコンボしか出来ないお前じゃな」

 

 そう、それはその通りだ。叶に勝てないというのは客観的事実。今の自分じゃ勝てないのだ。

 

「そんなことどうでもいい。勝てる勝てないじゃないんだ」

 

 一度目の失敗は生前で。それは自分とは直接関係のない事故だったけど、無力な自分に力があれば助けられたから後悔した。

 二度目はこっちに来てから。助けられる性能を持っていたのに、力量が無いせいで自分を守るのに精一杯で、見殺しにした。

 だから。

 

「もう嫌なんだよ。力はあっても上手く使えないから取り零すなんて。そんなの……二度とごめんだ」

「どれだけの大義があろうとも人は死ぬときは死ぬ。無駄な正義感は破滅を招くだけだぞ」

「それこそどうだっていい。第一」

 

 叶は誤解している。自分は他人に褒められるような清い精神ではないのだから。

 

「俺は正義感なんかで人を助けられるほど立派な人間じゃない。俺は……俺が嫌な気持ちになりたくないから、人を助けてる」

 

 今回の件、そして前の一件を踏まえて気づいた。

 

「俺は昨日も前の時も、『助けたい』じゃなくて『死んでほしくない』と思って助けてた」

「……」

「最初は誰かを助けるのがカッコいい事だと思って真似してた。けどその考えは1回目の失敗でやめた」

 

 

 幻想郷に来てからは、自棄になってひたすら人の為に動く機械になろうとしていた。だから2回目助ける時は、ただ助けたいと思っていた筈だ。

 助けようと動いていた瞬間、脳裏の片隅に、死んでしまったもしもを思い浮かべていた。そしてそうなるのが嫌で助けようとも。

 

 

「善意なんてない……俺は1回目の失敗を再現したくないから必死でもがいてるだけだ」

 

 失敗をしたくない、その理由なんて、一つしかないだろ。

 

「俺はきっと……人が目の前で死んでると気分が悪いから、助けてるだけなんだと思う。早苗を助けたいっていうのも建前で、本音なんてそんな物なんだよ」

 

 その解釈だと自分の像がしっくり来てしまう。それが尚更嫌だ。

 

「人が傷ついてても気にならないような人間が、俺は心底羨ましい。俺は、そんな強い人間にはなれないから……」

 

 悲しい顔の人間を見るとモヤモヤする。痛がってる人間を見ると自分の胸も痛くなる。それが全くの赤の他人でも変わらないんだ。

 

「知ってる人なら尚更、悲しんでいてほしくない」

 

 早苗のことを知ってしまった以上もう後に戻りたくない。自分は最後まであの少女を守り抜く。このまま不幸な終わりになんて絶対にさせない。

 

「お前にはお前の事情があるんだろう。どうあっても逃げられない事情が。でも、それはこっちだって変わらない」

 

 そう、こっちだって譲れない。

 

「話し合いで解決出来ないんだ。自分の主張を押し通したいなら……」

 

 以前だったら揺れていたかもしれない。相手の事情に同情して力が抜けていたかもしれない。けど、今は絶対に譲らない。俺自身が後悔しない為に。

 

 俺は俺の為にこそ、人を助けるんだ。俺はそれでいい。

 

「力ずくで俺を倒してみろ……!」

「……この食わせ者が……!」

 

 叶は背中からタコの触手を生やし、薙ぎ払うように振り回す。柊は当然のようにそれを受け切った。右手に力を溜めながら。

 

 触手の攻撃は止まらず柊の体に鞭打ち続ける。

 

「なぜ避けない……!?」

 

 それは単純なことだ。もう柊には避けて攻撃を当てるだけの余力がない。タジャドルコンボの力を駆使しても叶に通じないことを悟った柊は無理矢理攻撃を通すための択を選択したのだ。

 

「何を企んでいる……!」

 

 左脇腹を打つ触手を掴み、叶目掛けて右手をかざす。

 

「俺じゃ勝てないけど……お前の思い通りにもさせないぞ」

 

 柊はちらり、と早苗へと目をやって。

 

「紫さんは置いていい。上手く逃げろよ、早苗」

 

 右手に込めた灼熱が放たれる。柊の前方の地面が焦げる。 

 

 暫くして煙が晴れた時、早苗の視界に入ったのは。生身の状態で這いつくばる柊とそれを見上げる叶の姿だった。

 

「……かはっ……」

 

 よろめく身体に鞭打って、叶は足を進めた。 

 

「……存外、効いた、ぞ今のは……だが……も、う終わりだな」

 

 叶は触手を消し、右手に火を出す。

 

「お前の言った…通り、力ずくで願いを叶えることにさせてもらう」

「……」

 

 無言のまま俯く柊に叶は問いかける。

 

「思ったよりも平然とした顔つきだが…悔しくはないのか?」

 

 皮肉でもなんでもなく、それは本音だった。

 

「……多分、俺には闘う才能がない。これだけ恵まれた力を貰っているのに、少女一人を逃すことすらまともに出来なかった」

 

 柊は虚ろな目で語る。

 

「どれだけ悔しくても、腹がたっても……特訓しても……すぐ壁に衝突する」

 

 彼は、声を漏らすとともに、ぽろっと涙を流した。

 

「俺より強い人が誰かを傷つけようとしているのに、その場にいたのが俺だから、結局いつも助けられないんだ」

 

 その言葉を吐くと、自分に嫌悪感を抱きそうになる。

 

 ──だけど、それじゃ自棄になって、また同じ道に進むだけだ。俺はここで、まだ踏ん張らないとダメなんだ。

 

「だから、俺は俺の仲間を信じる。少しでも時間を稼いで、仲間がお前を止めてくれることを信じる」

 

 弱さを胸の内から零しても、決して最後まで気持ちを変えてはいけない。それでいいのだと、願うように信じて。

 

「絶対に皆んながお前を止めてくれる、だから悔しくたって平気なんだ。俺は、俺に出来ることを全力でやり切ってやる……」

 

 その目の力に、叶は動揺した。

 

「……最後まで不愉快だ」

 

 どこか敗北心を覚えながらも、ついに右手の火球を撃ち放つ。

 

「……!」

 

 

 大きな衝突音が間近で聞こえた。だが、柊の身体に衝撃が通ることはなく。

 ゆっくりと眼を開けると。

 

「……さ、なえ」

「……はぁ……はぁ」

 

 自分より後ろの早苗が、息を切らしていた。おそらく奇跡の力で守ってくれたのだろう。

 

 

「もうやめて下さい……!」

 

 早苗は震える手を叶にかざす。すると、透明な鎖が叶の身動きを封じた。

 

「……!?」

 

 しかし、その束縛もグリードの力によって数秒で剥がされる。

 

「思わせぶりな……」

 

 再び炎を溜めて、柊に解き放つ。

 

「……離れろ……早苗!!」

「──やめて!!」

 

 早苗が声を上げると、髪飾りが光り柊を包むバリアーと化した。

 

「……なんだ?」

「知る……か!!」

 

 これが最後の機会だと、柊は立ち上がり叶にしがみつく。

 

「早苗……!! ここから逃げろ! 走ってくれ!」

「やはりお前! 任意で願いを使えるな!? 今すぐ恵を治せぇ!!」

「……もう、他の人を傷つけないで……!」

 

 早苗に願いを行使させるのは不可能だと、叶は直感した。

 

「……もういい、貴様を取り込んで力を私の物にする!!」

 

 叶はいとも容易く柊の身体を振りほどき。分裂した肉体を柊の四肢と結合させた。

 

「う、動けね……え……!!」

「私の任意で好きなようにこれを動かせる、この意味が分かるか? 女」

 

 柊は苦しみの声が漏れる。

 

「そしてオーズ。お前もだ、良いものが見れるぞ?」

 

「……ろう」

 

「ん? ハッキリ言ってくれ」

「この野郎……! ……そんな姿を見て……娘がどう思うか……そんな事もわかんねぇのかよ!!」

 

 叶は四肢と肉体の感覚を狭める。

 

「がぁぁぁあ!!」

「貴様の意見は聞いていない」

 

「私は! 思い通りにやれるわけじゃない……! 本当にどうすればこの力を使いこなせるか分かんない……!!」

 

「こいつが死んだら少しは力も高まるか?」

 

 ポロポロ、と涙を流す早苗。

 

「離しなさい!!」

 

 叶の背後から思い切り蹴りをおみまいする紫。先程まで地に伏していたが、最後の力を振り絞り立ち上がった。

 

「それだけ怪我してまだ意識があったとはな」

 

 だが、ほとんど意味をなさない。

 

「お前はどうでもいい」

 

 左手を蛸の脚にかえ、溝を打ち付ける。吹き飛んだ紫はそのまま叶の分裂した肉体の外まで吹き飛んだ。

 

「!……紫、さん」

「しつこい奴らだ……全く」

 

 

 ♢

 

 

「う、うぅ〜か、かかって来なさいよ!! ほら! ほら!」

 

 片手にスリッパでマスカレイドドーパントに戦う意志を見せる亜樹子。

 

 マスカレイドドーパントが走り出す。

 

「きゃっ! き、来なさいよ!!」

 

「はっ!!」

 

 横一線、ブレードの一撃がマスカレイドドーパントを切り裂いた。

 

「竜く──ーん!!!!」

「所長、君は何があっても俺が守る。だから俺から離れるなよ」

 

 丁度その瞬間、ダブルが肉壁から出てきた。

 

「なに!?」

「いってぇ!! あのヤロウ! 俺達とははなっからやり合う気なんかなかった訳だ!」

「そんなこと言ってる場合じゃないよ翔太郎。彼は以前よりも出力を増して強くなっている。柊が危ない」

 

 言って、変身を解いた。

 

「問題ねぇ! フィリップエクストリームでこの肉壁蹴散らして早い所柊に追いつくぜ!」

「ああ、行くよ翔太郎!」

 

 口元に手を置いて長考したのち、フィリップが言う。

 

「照井 竜! 君もついてきてくれ!」

 

「ちょっと待て! そしたら所長が……」

 

 紫が肉壁から転がり出てくる。

 

「「紫さん……!!!!」」

「えっ……何この傷……私聞いてない……」

 

「……この人は?」

「俺たちの依頼人だ……クソッ……思ったより事態はやばそうだ……照井!!」

 

「なんだ!?」

「俺たちに身体貸せ!!」

 

 

 ♢

 

 

「……んん〜、いやまだ意識が微かにあるか……しぶといな」

「やめて、お願い……お願い」

 

「なら今すぐ恵の病を治せ。そして……私の……」

「……?」

 

「いや……今はいい、治せた暁にはお前だけは助けてやる。お前が生きていたらな」

「やめ……ろ、早苗……! 」

「お前も随分と意地が悪いな、もう逃げられないことくらい分かっているだろう? ここには私とお前達2人しかいないんだぞ」

 

 頭がクラクラする、四肢がズキズキと痛む。けれど、意識を失っていい時ではない、唇を噛んで耐える柊。

 

「……あ……う……」

「早くしろ! さもなくばお前を取り込むぞ!」

 

 叶が早苗の顔を殴りつけた。

 

「お、前……それ以上手出したら絶対に許さねぇ…」

「もう遅い、お前の弱さが招いた種だ」

 

 柊の目の前に近づいて煽るように指を振る。

 

「……ぅうおお!」

 

 ブチブチブチ! っと叶の分裂した肉体を破壊して、拘束の外れた右腕で殴りつける。

 

「……ぎっ、ぐ……!」

「……この程度の力で助けるなどと宣ったのか?」

「ああ……! 助けるって誓ったんだ! それに……俺はその為にこの世界に来た!」

 

 どういう意味か分からず、叶は思わず聞き返した。

 

「……何?」

「今さっきの光で……確信した! あれは早苗の髪飾りだ……あの子が唯一出した助けだったんだ!」

 

 あの時感じた不吉なオーラは早苗が助けを呼んでいたからだ と気付く。あれは柊しか感じ取れていなかった。

 

「早苗の助けを呼ぶ声が俺には……確かに聞こえた! だから、俺が守るんだよ!!」

 

 再び、叶の肉体が柊を包もうとする。今度は、肉体全て。しかし、早苗の力がそれを封じた。

 

「……早苗……!!」

 

「おい、もう二言はないぞ。今この瞬間に恵を直さなければお前を取り込む」

 

 早苗に語りかける叶を見て、柊は笑った。

 

「……そう言っておいてさっさとやらないのは…取り込んでから力を使える自信がないからだろ…」

「……黙れ」

「早苗。こんな奴の言うことなんて気にしなくていいぞ」

 

 早苗の力は叶に押し負けた。徐々に肉の壁に埋れて行く柊。

 

「ぐ、く……」

 

 徐々に気勢を失う柊を見て、心が折れたのは早苗の方だった。

 

(こうなるのなら、今までこの街で人が死ぬ必要なんてなかった……!)

 

 そして、私はきっとこの力を使った後は、殺されてしまう。だから、この人は先に守らないと……。

 私は……これまでかもしれない……けどきっとこれが私の運命。

 

 

「仕方ない()()だったんです……よね、でも良いんです、皆さん優しくて……それだけは死んでも忘れません……!」

 

「早苗……お前の……!」

 

『仕方ない()()だったんです』

 

 そんなこと、知らない。関係ない。

 

「……運命だとか予知がどうとか……そんなの知ったことかよ!」

 

 大体、運命がどうとかの話をするのはお門違いだ。なんせ自分は一回死んでるんだから。運命なんてもん当てにならない。

 

「早苗……! 眼を開けろ… 逃げるな、見えるか…聞こえるか!?」

 

 火事場の馬鹿力。柊はとんでもない重圧のかかった肉を無理やり振り払った。

 

「なにぃ!?」

「お前の思いから……逃げんじゃねぇ! お前の心は……本当はなんて言ってやがる!!」

「私は……だって……私がやらなきゃ……」

「違う! お前の役目なんかどうでもいい! 言っただろ! お前の我儘叶えてやるって!」

 

 柊にも譲れないものがある。柊太郎達との約束や、亜樹子達からの応援も。全部手放したくなかった。ここで早苗に諦めてもらっては困る。何より。

 

「お前自身の! 思いを! 言葉を聞きてえんだよ!」

「───!!」

 

 叶のタコが柊を吹き飛ばす。

 

「……けて……」

 

 地面にもたれこむも、すぐに立ち上がる。

 

「ば、化け物め……」

「ぅ……ッァ……聞こえねぇぞ! お前の本心が!」

 

 三度も手が届かない思いはしたくない。柊は柊太郎と話した記憶を思い出し、手に力が入る。 

 

『次は必ず手が届く、そう思って本気で手を伸ばすしかねぇんだよ』

 

 そして、心底願った。

 

「───手を伸ばせ! 早苗っっ!!」

「いつまでも五月蝿い奴だ。死ね!!」

 

「……助けてっっ!!!! 死にたくないっっっ!! もう一度……恵ちゃんと、生きて会いたい!!」」

 

 その言葉は届いても、無慈悲に肉壁は柊を埋め込んだ。

 

「……ぁ」

「はぁ…はぁ……む、無駄な抵抗をしてからに……」

 

 叶は早苗を振り返った。

 

「さぁ、力を使って貰おうか。何、死にはしないだろうさ。保証なぞせんがな」

 

 

 ──タカ! 

 

「……ん?」

 

 ──トラ!

 

「おい、娘、お前何をした」

 

 ──バッタ! 

 

「なんだこの、地面の揺れは──?」

 

 

 ──タ・ト・バ! タトバ! タ・ト・バ!! 

 

『……()()()()()()()!!』

 

 

「────はっ!!」

 

 願いに応えた、仮面ライダーが、そこにはいた。

 

「なっなにぃ!?」

「叶えてみせる……その願い!」

「この期に及んでき、貴様……! まだ立つか……!」

 

 オーズのトラクローが唸る。少女の叫びに呼応して。

 

「ぬぉぉぉおおおおお!!!!」

「おらららら!!」

 

 蛸の脚、虎の爪、孔雀の羽。襲いかかる無数の攻撃。全てトラクローで切り刻み、叶に一歩ずつ、近づく。

 

「馬鹿な、馬鹿な馬鹿な馬鹿なぁああ!!」

 

 距離にして、数メートル。同時に繰り出される手の数は有に10本を超えていた。だが、その全てが薙ぎ払われている事実に、叶は狼狽した。

 

「ぐくっ……!」

 

 しかし、ダメージを負ったのは柊だった。もう既にほとんどの霊力を使い切って満身創痍の身だった体に、鞭を打って変身したオーズの力は、柊の肉体には負担が大きかったのだ。

 

「はぁ……はぁ」

「お互い、とっくに気力だけで動いていた、という訳か。だが、それならば私は絶対に負けん……!」

 

 なぜなら私の願いは崇高なものだ。正しいものだ。この子供二人の図々しい願いよりも、よっぽど。

 

「私の願いは正しいものだ。決して、決して貴様らが討ち滅ぼして良いものではない! だから私が勝つ!!」

「……思えないんだよ」

「…何?」

 

 柊の言葉に叶が反応する。

 

「お前の願いは確かに至極真っ当な物だ。自分の子供を守りたい親の気持ちは、あったかくて、立派で、正しい願いだ」

 

 やり方が間違ってる。などと言うのも今となっては違うと思う。だってこの方法なら治せるんだから、この方法しか治せなかったんだろうから。

 叶が命を賭けてここまでやるのは、道理なんだ。

 

 でも。

 

「ただ友達に会いたかった。ただ普通に生きたかった。それだけの願いだったんだ」

 

 あの子の願いは本来、誰もが平等に享受されなくてはならないものだ。ただ、彼女はそれだけを望んだんだ。

 

「別に同情してるわけじゃない、あの子の願いも、お前の気持ちも肯定したいわけでもない。たださ」

 

 紫さんが手を出さなかったら、あの子はたった独りで戦っていたのだろうか。当たり前を受け入れてもらうために。

 

「簡単に手が届くはずの願いよりも、あんたの困難で、正当な願いの方が正しいだなんて……俺には思えないんだよ」

 

 だから、何があっても俺は、この子の味方だ。この子が、自分の願いは誰もが許されてる当然のものなんだと気づくまで、守るんだ。

 例え相手の願いが正しくても、この子の願いだって、叶えられて当然の願いなんだ。それがどれほど素朴でも、相手の願いがどれほど綺麗でも関係ない。

 このまま、道化みたいな終わりを認めてやるもんか。

 

「だから、このままでなんて終わらせない。絶対に、あの子の願いを叶える!!」

「──!」

 

 教室でも、放課後でも、休日でも、友達に会いたいなんてきっとどこででも叶えられるただの願い。そんなただの願いを願った早苗にこそ、柊は正義の天秤を傾けた。

 そして早苗は、そんなちっぽけな願いですら捨てようとしなかった、見過ごさなかった人間に、心を打たれた。

 

「いいか早苗…気にいらない事なんて認めなくていいんだ」

 

 コアメダルが光り輝く、少女の心に呼応して。

 

「運命なんて何も関係ない。お前の人生を決めるのはお前なんだから、お前の好きなようにすればいい」

 

 なぜ変身できたのか。そんなことを考える理由はない。今はただ、少女の願いの為に闘えればそれでいい。

 

「諦める必要なんてない。……俺は願うよ、お前がお前らしく生きられるように」

「!」

 

 早苗は、一掬の涙を零していた。

 

「……絶対、恵さんに会いに行くぞ」

「……うん!」

「おし……よっと!」

 

 再び跳躍し、叶の真面に立ち、睨み合う。

 

「お互い残された時間は短いよな。短期決戦だ」

「……言われずとも、だ」

 

 手を前に出して重力を操り、柊を後方へ押す。

 

「……ぁあ!」

 

 脚を踏み込み、地面を抉りながらもなんとか堪える。

 

「ぬぐ、ぐ……!」

 

 お互いの消耗し切った身体では能力頼りでも中途半端な結果にしかならない。両者ともにそう判断した瞬間、飛び込んでいた。

 

 多種多様な手で攻撃を仕掛ける叶。そしてそれに応じながらも、カウンターを仕掛ける構図となった。先ほどと同じ展開だが、今回は。

 

「が、うっ!!」

「チッ! おらぁ!!」

 

 多少の攻撃は甘んじて受けて、それよりも高い威力の攻撃を食らわせようとする。互いに消耗度度外視のインファイトが繰り広げられた。

 

「はぁ……はぁ」

「う、ぅう……」

 

 精神的に弱ったのは叶か。肉体的には再生できる分叶が有利であることに間違いはなかった。だが、柊の身体には柊が無意識のうちに灯していた人間としての力がこもっている。それは早苗の力も含めてだ。その視認することすら難しい純白のエネルギー、霊力と呼ばれる物が、彼の背中を後押ししているのだ。

 

「うぉぉおお……」

 

 叶が体を膨らませ、巨大なエネルギーを蓄えている。この一撃で、ケリをつける気だということだ。

 グリードメモリに宿る多くのメダルの力と、タトバコンボの力。ぶつけ合うにはあまりに分が悪い。

 

 それが──どうした。 

 

「はあぁぁぁ……」

 

 自分の憧れが、こんな所で打ちのめされる訳がない。

 叶のように思いっきり力を爆発させる。

 

「俺は……俺の力を信じる……!!」

「……叶。お前の全力ってわけか」

 

 これまでの全て、無駄ではないと証明する。俺の憧れはここで終わるほど柔ではないのだと。

 

「なら俺も、俺の全力を持って応えよう」

 

 ──《SCANNING CHARGE》! 

 

 早苗の願いの力が確かに流れてくるのを柊は感じた。それがメダルを経由して通っていると無意識に感じ取りながら脚に力を流す。

 

 

「何があっても、これが俺の最後の一撃になる。行くぞ……叶!」

 

 叶の、身体に貯められた力が右手に収束され、巨大な火球が放たれる。それに合わせて、柊も蹴りを繰り出した。

 

「……っせいや────!!!!」

 

 

 水で軽減する、などという選択肢は最初から頭に入らないほどのタトバキック。片や、全ての欲望を燃やし尽くすほどの火球。

 互いにとっての乾坤一擲の一撃は辺りを破壊するほどの衝撃波を巻き起こした。

 

「ぬぅううう!!」

「ぁぁあああ!!」

 

 力の押し付け合い。柊がわずかに押していた。

 

「ああぁ、あああ!!」

「ぐぅぉお!!」

 

 

 ほんの少しの衝突の後、柊は違和感を感じ取った。

 

「──!? な、なんだ……!?」

「──もう遅い!」

 

 互いにぶつかり合っていた刹那、叶の後ろで何かが蠢いたものをタカヘッドで見抜く。

 それは、もう一人の、叶だった。

 

「は」

 

 右手を蛸足に変えて早苗を絡めとり、孔雀の羽を展開し空へ飛ぶ。

 

「──」

 

 完全にやられた。虚を突かれてしまった。柊も叶がこの選択を取るとは予想していなかったのだ。叶が願いに対して文字通り命を賭けていたのは知っていた。だが、だからこそこの場面では全てを賭けてくると、思ってしまっていた。

 

「っ!!」

 

 火球は徐々に勢いが弱まり、タトバキックで分身体の叶ごと粉砕した。だが、こんなことをしている間に叶は上空へと上がっていく。

 

「何がしたいんだ……!」

 

 風都一帯を囲んでいた肉壁。それらの頂上の部位が開けていく。

 

「逃げる気か!?」

 

 だが、逃げて何になるんだ。今更他所に逃げたとしても意味はないだろうに。

 

「きゃぁぁぁ!!」

「お前は、今から私と一つになるのだ…!」

 

 叶が腹部を膨らませ、早苗を取り込もうとしていた。

 

「…まさか!」

 

 ── 一か八かで能力を取り込んで直接治す気か!?

 

 能力を取り込めなければその時点でお終いだというのにも関わらずその行動を取ったということは、叶もそこまで追い詰められたと言うことだ。

 

「まだ、だぁ!!」

 

 勢いが消える前に、まだ脚に残っている力を上空へ向けて放つが、このままでは間に合わない。

 

「う、ぁ……」

「抵抗は無駄だ! 奴は間に合わん!!」

 

 徐々に肉体が叶に取り込まれつつあるが、早苗は最後まで諦めず抵抗し続けた。

 

「私、は…恵ちゃんと会うんだ…!」

「会えるさ…私と一つになってな……!」

「嫌……私は諦めない!!」

 

 その抵抗が実を結び、彼らは現れた。

 

「──は?」

 

 肉壁を開いた先には、バイクフォームのアクセルに乗ったダブルの姿。

 

「させん!!」

「がはぁっ…!」

「プリズムビッカー!!」

 

 バイクの姿を解き、叶に蹴りを入れるアクセル。そして拘束が解かれた早苗を華麗にキャッチする。

 

「そっちは任せたぞ、左!」

「今回ばかりは助かったぜ照井!」

 

 空中で攻撃を受け体勢を崩した叶を見下ろしながら、メモリを握る手に力が入る。 

 

「さぁ、いくぜぇ…フィリップ!!」

「ああ、しっかり決めるよ翔太郎!」

 

 地球に眠る切り札と疾風の記憶が呼び起こされる。

 

 

 ──《CYCLONE》! 

 

 ──《JOKER》! 

 

 ──《XTREME》! 

 

「き、貴様らぁぁぁぁ……!!」

 

 ──《PRISM》! 

 

 ──《PRISM》! 

 

 

 

 ──《XTREME》! 

 

 ──《MAXIMUM DRIVE》! 

 

『ダブルプリズムエクストリーム!!!!』

「うぉぉぉあああ!!!!」

 

 ──まだだ、この攻撃の軌道を逸らして…一気に飛行す、れば…!

 

 この時、叶は思考から外していた。覚悟を決めた男の事を。

 

「叶!! これで…終わりだァ!!」

 

 脚に込めた残り最後の灯火を、最後まで散らすことなく保ち続け、叶に向かっていたのだ。翔太郎たちが来ることを願って。

 

「いくぜ柊! 俺達に合わせろよ!!」

「ミスは許されないよ? 二人とも」

「はい!!」

 

 上下から放つライダーキックは、叶を捉えた。

 

 

『せいや────!!!!』

「お…のれぇ──!!!!」

 

 

 爆風が発生し、ダブルとアクセルは地上に着地。オーズは変身が解け、そのまま落下し続ける。

 

「くっ……早苗!!」

 

 心残り、早苗の行方だけが気になり、照井の方を咄嗟に見る。

 

「柊さん!」

「……ああ、よかった」

 

 落下で視界がぶれているせいでよく見えないが、早苗が自分を呼ぶ声が聞こえる。無事だったようで何よりだ。

 

「…うん、本当に、良かった」

 

 ──今回、ようやく手が届いた。あとは翔太郎さんたちが上手くやってくれる。

 

「フィリップ! ルナだ!」

「大丈夫、わかっているとも」

 

 ──《LUNA》! 

 

 ──《JOKER》! 

 

「よっと」

 

 

 柊の足が掴まれる。

 

「え?」

「あれ?」

 

 そして、そのまま地面にペタン、と尻が着く。

 

「よっしゃ、それじゃ帰るか!」

 

「「…………」」

 

 

「……ん? どうかしたのか? 柊」

「……いや、う〜んと……なんでもないです」

「……柊さん、さっきの会話なんですけど……」

「あ……うん無かったことに……しようか」

 

 

「……どうやら、お邪魔だったようだ翔太郎」

「……はぁ?」

 

 

 叶は照井に運ばれて行った。

 

 

 ♢

 

 

「まぁ心配せずとも僕たちでどうにかするよ」

 

「頑張りなさいな」

 

 ボロボロな服の汚れをはたきながら笑う紫。

 

「おっ、遅れてすみません!!」

 

 叶の肉に取り込まれて衣服がはだけてしまっていたので、安着を紫の金で買い難を逃れた柊。

 

「一生大切にします! これ!」

「はぁ? そんなんやっすいだろ」

 

 大事なのは商品価値ではない、と柊は言う。

 

「思い出の品ですから! 翔太郎さんとフィリップさんと……ていうか皆サイン書いてくれませんか!?」

「……えっ私も!?」

「もちろん!」

 

 そして、全員がマジックペンで思い思いのサインを書き連ねた、

 

「お金は気にしなくていいからね」

「うん、ありがとう紫さん! 」

「いいえ……本当にありがとうね……あら、柊手が……」

 

 左手を見ると粒子のようになって消えていっている。おそらく時間が来たのだろう。

 

「ん? ああ、そろそろ時間みたいだな」

「あ……もう皆んなとお別れってことか……」

 

 早苗の力で呼ばれたが早苗本人が救われた今、幻想郷へ戻るのは当然だろう。今にも全身が粒子と化している。

 

「……あ、ちょっと待ってくれ、早苗」

「……?」

 

 一つ頼みがある、と言って早苗にオーズベルトと三枚のメダルを渡した。

 

「これは多分お前の奇跡の力のおかげで造れたベルトだ。返す。それで……少しでも早苗の力になるならそれでいい」

「……」

 

 

 紫が念を押す。

 

「一応言っとくけど早苗、あの子の病は貴方とは無関係よ。気にする必要はないわ」

 

「はい……それと、やはり出来れば病も治してあげたいです」

 

 

 一度空を見上げて、早苗は柊に向き直した。

 

「ですがこれは、必要ありません」

「……」

 

 無言で聞く翔太郎達一同。

 

「それがあれば……多少は助けに」

「大丈夫です、私ももう頼られてばかりじゃいられません」

 

 奇跡の力は、そう便利なものではない。一番効力を発揮するのは叶の狙い通り早苗を極限まで瀕死にさせて昂った時だ。だがそれでも不治の病という概念を覆す力にはなり得ない。例え柊の力を借りても、それは変わらない。

 

「……でも諦めません」

「……!」

 

 拳を前に出す早苗。

 

「皆さんが手を伸ばしてくれたから私は今ここにいる。それと同じように、私も恵ちゃんの手を掴んでみせます! 私の……手が届く時まで……!」

 

「……ありがとう」

 

 ぱっと開いた早苗の手を、快く握り、握手を交わした。

 

「ありがとうは僕達も同じだよ、柊」

 

 フィリップの方を見やる柊。

 

「君のおかげで最悪の事態を避けられたんだ。君がいなかったら依頼人も……風都の皆ももっと酷い目にあっていたかもしれない」

「フィリップさん……」

 

 後ろから翔太郎がフィリップに肩を乗っけた。

 

「おいおい、全員が頑張っただろ? 相棒」

「ああ、君も……紫さんもアキちゃんも……皆んながよく頑張ってくれたと思うよ」

「だな。今回は特にでっけぇ依頼だったし……ておい亜樹子何で泣いてんだ!?」

 

 横をふと見た翔太郎が亜樹子の異常に気付く。

 

「だ、だってもう早苗ちゃんと紫さんと柊くん達とは会えないんでしょ!? 悲しくなっちゃって!! どうしよう止まんないよ……」

「大丈夫よ、亜樹子。私達は心で繋がってるわ」

 

 涙を指で払う紫。

 

「はい! 紫さんの言う通りです! 亜樹子さん、私本当にお世話になりました! 亜樹子さんの事、私一生忘れません!」

「俺からも、本当に助けられました。ありがとうございました亜樹子さん」

「うわぁぁぁ!!」

 

 早苗と柊にがばり、と抱きつく亜樹子。

 

「騒がし〜なぁ亜樹子はよ、もう少しクールに別れられねぇのか」

 

 柊太郎の口が釣り上がっている。

 

「……また、会えたら……嬉しいです」

「……ああ、明日さえ迎えられたらきっと会えるさ……困った事があったらいつでも言えよ?」

 

 柊に向けて、指を鳴らしながら告げる。

 

「ライダーは助け合い、だからな」

「! ……はい!!」

 

 あ、それと。と掌を叩く。

 

「髪飾りの件だけど……ごめん早苗……持ってたはずなんだけど見つからなくって……今度詫びするよ」

「いいんです! 私にはもう髪飾りを持てる余裕がないくらい大切な物がいっぱい出来ましたから!!」

 

 

 

 

 ……早苗という少女は依頼前より随分と前に進めたようだ。その授業料と考えれば、髪飾りの一つは気が楽になるんじゃないだろうか。嬢ちゃんの今の笑顔を生み出すための代償と考えたら髪飾りも喜んでいる事だろう。

 

「依頼人がそう言うなら良しとすっか! ……恵の事……それから生き残った少女……沙耶、その為諸々は嬢ちゃんと俺達に任せてくれ、必ず助けっから」

「うん、約束しよう。僕達が必ず彼女の涙を止めると」

 

「……頼みます」

 

 

「ああ、すぐに風都の涙を止めるさ」

 

 ……俺たちは良くも悪くも仮面ライダーってやつに驚かされることになった。

 

 

「お前の力はしっかり見たぜ。……お前の手がちゃんと届いた瞬間もな。今のお前なら……きっとどんな場所でもお前はやっていけるはずだ。頑張れよ」

 

「僕も翔太郎に同意だ。ただし、くれぐれも無茶はしないようにね?」

 

 俺たちの言葉一つ一つを身にしみる様に聞くあいつは、本当に不思議なやつだった。

 

「君らがどこに行くかは分からんが……頑張れよ」

「……照井さんも、本当にありがとうございました! 一緒に戦えて光栄です!」

 

「頑張ってね! 柊くん!」

「……はい、ありがとうございます。次会うときはもっと立派になっときます」

 

「……嬢ちゃん」

「はい、翔太郎さん」

 

「もう大丈夫だろうから……今度そいつが困ってたら助けてやってくれ。二人で頑張っていけよ。応援してるぜ」

 

「うぅぅう……早苗ちゃん!! あっちでも元気にね!!」

 

 

「はい! 有難うございます……それと……本当にお世話になりました! あ、いやでも」

「早苗はまだもう少しここにあるわよ?」

「えと、はい……」

「あ、そう……」

「……さっきからその前提で話してたじゃない。嬢ちゃんと俺達でどうのこうのって……」

「……ああ」

「未熟が過ぎるのではなくて?」

「未熟というか半熟ですね?」

「うるっせえよ!」

 

 今回一番成長したのは間違いなく嬢ちゃん……いや、早苗、彼女だろう。彼女は自分の意思で立ち上がったんだ、決死の覚悟は並大抵のそれではないだろう。

 

 

「……それじゃあ……そろそろ体も消えかかってるし……本当にお別れか……」

「はい、暫しのお別れってやつですね……会えてよかったです!! それじゃ……」

 

「おっと! 忘れるなよ、柊。俺達はいつだって同じ空を観てる。苦しくなったら誰かを頼れよ。今回の件は借りにしとくぜ」

 

 俺は、今回くらいは最後までハードボイルドらしくたち振る舞えたんじゃないだろうか。

 

「本場のハーフボイルド……しっかり見させて貰いましたよ柊太郎さんっ!! ……それにフィリップさん! 照井さん! 亜樹子さん!」

 

「うんうんハーフに……ん、ハーフ……?? ……なっ!? てめっおいこらぁ!!」

 

「──お元気で!!」

 

 

「あっ!!? …………ったく」

「……さてと、帰ろうか」

「……ああ」

 

 

 ♢

 

 

「私もか!?」

「慧音に頭突きされたくないでしょ!」

 

 霊夢と魔理沙。二人が柊の失踪に気づき探し始めたその時。

 二人の横で風が大きく靡いた。

 

 

「……ああ、帰ってきたんだな」

 

「「……は?」」

 

「お! 久しぶり! ……でもないのかな? ん? どうなってんだ?」

 

 

「いっやぁ〜色々会ったんだけどさ、話せばながーくなっちゃうから……霊夢? 魔理沙?」

 

 霊夢と魔理沙は背中に死神でも居るのかといわんばかりの憎悪をこちらに向けてくる。

 

 

「「説明しろぉ〜〜!!」」

 

「ひぇぇぇえええ!!!!」

 

 

 説教を受けてから数時間後、俺は家に戻るなりすぐに寝てしまった。俺は本当に限界を超えて動いてたんだ。だからその日は気づかないまま死んだように眠った。

 

 横にベルトが置いてあることには、気づかずに。

 

 

 

 ♢

 

 

「……暇だなぁ」

 

 とある病院の一室。ここは沈黙そのものだった。

 

「……は〜あ……人が恋しいよぅ……」

 

 

 今日もまた、診断を受けて、適当にブラブラして終わり、か。

 

「!」

 

 ガラララ、とドアが開く。

 

「はいはい元気ですよー、早く診断終えて……」

「そっか、よかった」

 

「──え」

 

 一凪の風が室内に入り込む。それは、確かに奇跡の出会いを呼び起こしているのかもしれない。

 

「──会いたかったよ、恵ちゃん」

 



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萃夢想 編
31話 変化と式神と弾幕ごっこ


まーじ久しぶりの投稿過ぎてビビった。


幻想郷の賢者は適当な者が多いとは、部下からの提言だ。

 

「紫様」

「ん〜?」

 

紫の式神が尋ねた。

 

「ここ暫くオーズに対しての旨を聞かないのですが意図的に放置しておいでですか?」

「あーもう辞めたの、それ」

 

紫は応える。

 

「なるほど……む?」

 

式神は一瞬固まった。だがそれを無視して紫は話し続ける。

 

「私を信用してくれる数少ない友達だし? それに彼はもう幻想郷の一部だし私がどうこうすることはないわ、それじゃいつも通り私の仕事処理頼むわね〜」

「な……敵対を止めるということですか?」

「敵対? 何言ってるのよ藍ったら。さっさと仕事して頂戴な」

 

 

「ちょっ…待って……説明して下さい紫さまぁぁぁ!!」

 

気まぐれな賢者は、今日も元気にスキマを通っていくのだった。

 

 

 

 

 

「柊! 奴だ!」

 

 人里離れた草むらにて。炎を纏う少女、妹紅が叫ぶ。

 

「了解 ──変身っ!」

 

 

 

──タカ! ──トラ! ──バッタ!

 

──タ・ト・バ! タトバ! タ・ト・バ!!

 

「うがぁ!?」

 

「はっ!!」

 

妖怪がオーズに気づき動揺した隙にトラクローを叩き込む。

 

「よし、いいぞ!」

 

よろけた妖怪を妹紅が羽交い締めにする。

 

「今だ! やってくれ!」

「あ〜ちょっと待って下さいね…」

 

そう言いつつ、メダルを2枚ベルトから抜き取る。

 

「ん〜〜〜……」

 

頭でそれぞれに念じこむ。

 

「おい! まだか!? 腕が齧られてるんだが!! 」

「ごめんなさいもうちょい待って下さい!」」

 

 

──タカ! ──ウナギ! ──ゾウ!

 

「いくぜ!」

 

──《SCANNING CHARGE》!

 

「はぁぁぁ……せいやぁぁ!!!」

 

ウナギの鞭をしなり斬撃へと変える。

 

 

「うぎゃぁぁぁ!!」

 

妖怪はオーズの一撃を受け叫びと共に爆散する。

 

「ふぅっ!」

 

変身を解いて一息ついた。

 

「こんな人里近くに妖怪がいるなんてな。よっぽど飢えてたのかな」

「どちらにせよ、被害が出る前に済んで良かったです」

「それよりお前……あの時間かかるやつどうにかなんないのか?」

 

「あ〜」

 

フォームチェンジの件だ。

柊は外の世界から帰ってきた時、起きたらなぜか三枚のメダルとオーズベルトが布団の横にあったことに気づいた。

一応紫の元へ話を聞きに行ったが『そこにあった理由は私には分からない。だがその力は間違いなくあなたの物よ』と言ってから好きに使うといい。とだけ言ってくれたきりで、何が何だかという感じだ。

「これ前よりもちょっと使い勝手が悪くなりまして…」

 

コアメダルを変えたいときは一度外し、メダルを握ることで自分の腕から脳までリンクさせ、変化させたいメダルをイメージして己の意思を伝える必要があるのだ。

 

「ふ〜ん…隙だらけだから一対一じゃ危ないな、それ」

「ええ、俺もまだまだです…」

 

──これを映司さん達は平気で使えてたし、尚更肩を落としてしまう。やっぱりまだまだだなぁ……。

 

「よし、それじゃ帰って慧音に……ッ柊!!」

 

柊に向かって衝動的に飛び込む妹紅。

 

「うぉあ!」

 

忍び寄っていた妖怪が隙を突こうとする。

 

(こっちが報告の妖怪だったか!? 間に合わん!)

 

「くっ!!」

 

しかし、新たな妖怪は別方向からの弾幕で文字通り灰になった。

 

「え!?」

「危なかったな、だが助けられたみたいで良かった……ここから先は妖怪の山に繋がってるから野良妖怪も多いんだ。余程の何かがなければもう立ち入るんじゃないぞ?」

「ありがとう! 君は…?」

 

 妹紅は新たに現れた者の顔を見てすぐに柊に語りかける。

 

「 柊、私の後ろに来い!」

「え?」

「この女狐……妖怪だぞ!」

 

 両の手に炎を灯し威嚇する。

 

「む、そうなるか……だが事情を説明させてくれ。私はあなた達を襲う気はないんだ」

「そんな分かり易い誘い信用できるか!!」

「いや──大丈夫だ、妹紅さん。信用しよう」

「は!?」

 

 柊の甘い発言に腹を立てる。

 

「お前はなんでそう警戒心が薄いんだ……!」

「俺を狙ってるならいくらでもチャンスはあったでしょ。それにこの人の眼は嘘をついてない」

「何馬鹿なこと……」

「妹紅さん、大丈夫だよ。この人は心配するほど悪い人じゃない」

「……」

 

 妹紅は呆れたような顔で柊を見る。

 

「……襲われたら私の所為にすんなよ。お前が言ったんだからな」

「うん、ありがとう。妹紅さん。それじゃ、いいよ話して」

 

 金髪の少女は柊に言われるなり首を縦に振る。

 

「……すまないな、まずは……」

 

 

 ♢

 

 

「ごめんなさい」

 

安全な場所に移動するなりすぐ頭を下げた女の人。

 

(ん? 尻尾ある…)

 

しかも9本、この人もしかして九尾の妖怪ではなかろうか。

 

「私は紫様の式神、八雲 藍という。好きに呼んでくれて構わない」

「八雲、お前何しに来たんだ? 人里によるならこっちじゃないだろ」

 

柊の前方で守るように立つ妹紅。

 

「紫様が……もうオーズを狙わないと言っていたから…謝罪しようと」

「え……ああ」

「いや柊、こいつは信用しないほうがいい。紫も何企んでるか……」

 

「いや、いいよ。こっちこそすいませんでした」

 

肩をポンと押す。すると頭を上げて聞く。

 

「…許してくれるのか…?」

「ええ、はい。俺も……事情は知ってますから」

 

「おい柊お前…危機感なさすぎるぞ」

 

呆れた顔で柊を見つめる妹紅。

 

「紫さんとも仲直りしたし、大丈夫ですって」

「はぁ……もういい。……人たらしめ」

「……こっちも悪かったし、はい! 仲直り!」

 

ガシッと手を握った。

 

「…ありがとう、貴方は紫様の数少ない友達だ、私も手伝える事は快く手伝おう」

 

フッと笑う藍。

 

「あ、なら敬語じゃなくていいです。多分俺の方が下でしょうし」

「そうか、では早速だか……何かあるか? 手伝える事は?」

 

「う〜んそうだな…」

 

「別に今じゃなくてもいいだろう、手伝って欲しい時は呼べばいい」

 

「そうですね…」

 

「そうか…では失礼する。紫様は呼べばいつでも来るからそこから私に伝えてくれれば。よっぽどの用で手が埋まってるでもない限り手助けに行こう」

 

証印を開き、その場から消える藍。

 

「すげ、消えた…」

 

「式神だからな主人の元に行く事は容易だろ。ほらそれより慧音に報告、行くんだろ?」

 

「ああ、はい!!」

 

 

 

──昼飯時を終えて、紅魔館へと向かった。

 

「くか〜……くか〜」

 

 

「……ぉぉおおおおぉおお!」

 

チーターレッグで爆速で紅魔館に着いた。

 

「ふうっ…! これなら霊夢達に怒られないからやっぱ便利だな!」

 

これからは一人でも紅魔館、これるもん!

 

と体制を整えた所で門番さんを見る。

 

「寝てるじゃん…美鈴さん…」

 

鼻ちょうちんを膨らまして立ったまま寝てる。

 

「仕方ねぇな…」

 

放置してたらナイフを頭に刺されそうなので助けてあげよう。

 

パチン!

 

「ふえっ!?」

 

「おはようございます」

 

「し、柊くん……はい、おはようございます…今日はよくおいで下さいました。どうぞ」

 

「どうも〜あ、それと」

 

「?」

 

「俺、力戻ったんでよければまたこれからは特訓闘りませんか?」

 

「ほんとですか!? 是非! 是非やりましょう!」

 

目を光らせて戦闘態勢に入る、が

 

「後日だってば…」

 

「あ…」

 

 

 

「よく来たわね、今日は私に会いに来たんでしょう?」

 

「ついで感覚ですけどね」

 

「ふふ、いいわよそれで? それで?」

「レミリアさんに助けられた部分も多かったのでありがとうって言いにきたんです」

 

「……というと?」

「レミリアさんが運命は変えられるって言ってくれたから、最後の最後で手を伸ばせたんです」

「そ、良かったわね」

 

「…それで聞きたいんですが、俺がオーズになるってなんで言ってくれなかったんです?」

「その顔が観たかったからよ」

 

ニイッと笑って柊を見下ろしている。

 

「おかげさまで……何回ももうダメだと思いましたよ」

「仕方ないじゃない、何が起きるか言ったら実現しなくなるもの」

 

「……俺がオーズになれるように仕組んでくれたんですか?」

「仕組んだんじゃなくて、仕組まれたものを解いたというか……」

 

でもね、と続ける。

 

「私はお前にもっと苦しさも楽しめる余裕を持って欲しいのよ。あわよくば」

「なんですかそれ…」

 

「柊、お嬢様はそういう人なの。諦めなさい」

 

紅茶をもって突如現れたメイド長。

 

「ビックリした……まぁ、ならその件はもういいや」

 

聞きたいのはそれじゃないし。

 

「それともう一個、こっちでも俺が力を使えるのはレミリアさんのお陰ですか?」

 

「違うわよ? 私本当に見てただけだし。知らないわ」

「あ、そうなんですね…すいませんでした。でも一応…教えてくれてありがとうごさいました」

「ええ、ええ、 良いわよ」

「それじゃあ……」

 

トボトボと廊下を歩いていく柊を見届けた。

 

「……伝えてあげないのですか?」

 

お嬢様は賢い、きっと原因にも気づいてる筈だ、と察する咲夜。

 

「最初は自分で考えてみないとね、何でもかんでも自分の思い通りにいくと思ったら大間違いよ」

 

「やはり理由は気づいてらっしゃるのですか」

 

「まぁ、確定じゃないけどね。それにどうでもいいじゃない? なんで力が手に入ったかなんて。素直に喜べばいいのにさ。これだから人間は…」

 

「力にはそれだけの責任が伴いますから…」

「私だったら気にしないで悪用するけどね……」

 

はー、と素で言うレミリア。柊に少し同情せずにはいられない、といった顔の咲夜であった。

 

 

廊下を歩いて奥の部屋に、フランはいた。

紅霧異変以降、部屋を移したらしい。

 

「やっほ〜フラン」

「あ! 柊だ!!」

 

がばっ!! っと抱きつくフラン。

 

「ああ、いっぱい遊ぼうな、今日は」

「わ──い!!!」

 

本を読んだり鬼ごっこだったり、フランの言う通りの事をやり終えた後。

 

「ねぇしょーう?」

 

「ん〜?」

 

「弾幕ごっこしたい!」

 

「弾幕ごっこ?」

 

弾幕ごっこって何だ?

 

「え? 弾幕ごっこ知らないの?」

 

「あ、ああ」

 

「こういうやつ!!」

 

フランの右手からトゲ状の弾幕が飛び出て、壁を粉砕した。

 

「……なるほどね」

 

「でも柊もやってたじゃない、私と。なんで知らないの?」

 

「いやぁ…あくまで護身術でしか力を使わなかったからかな…名前だけなら聞いたことはあったんだが」

 

「偶に遊びに来る魔理沙ともやるけどすっごく楽しいんだよ?」

 

そういえば魔理沙も弾幕飛ばしてたな。

 

「けどフラン…俺弾幕撃てないよ?」

 

「じゃあ今日はそれやる!!」

 

「えぇ? それやるの?」

 

きっと今日は、大変な1日だ。

 

 

 

「いやっほ──う!!」

 

地面を這い寄る数多の弾幕。

 

「いやぁぁぁぁぁ!」

 

それを気合いで避け続ける。

 

「どうして反撃してこないの? 良いんだよ?」

「バカ! 俺は弾幕が撃てねぇの! さっき言ったじゃん!」

 

「あり?」

 

ピタッとフランは一度攻撃を止めた。

 

「よくそれで今日まで生きてこれたわね、どうやっていつも闘ってたっけ?」

「俺と闘った時の事覚えてないのか?」

 

「いーや覚えてるわ! あの時の弾は魔理沙の弾幕だったわね」

 

そうそう。あの時は魔理沙に手を貸してもらっていた。

 

「だから俺は弾幕が撃てないから接近するしかないの。それかタジャドルかコンドルをつかってオーズになるしかないけど……」

「随分と面倒くさい闘い方ね。撃てば良いのに」

「だーかーら! 撃てるなら撃ちたいよ俺も!」

 

撃てば良いじゃない。と頭上から声がする。

 

「レミリアさん…!」

 

「面白そうだから私も混ぜてちょうだい……と言いたいところだけれど今日はここまでね」

 

「えーなんで〜!?」

 

フランが不満そうに叫ぶ。

 

「宴会だそうよ」

「えんかーい?」

「またか? 先週もやったばかりですよね?」

 

そうね。と肯定する。

 

「私ここで柊と遊ぶからお姉さまだけで行ってきてよ」

「貴女仮にもここの主人である私を一人で行かせる気……?」

 

我が妹ながら正気じゃないわ、と呟く。

 

「俺も酒飲めないしなぁ……先週行ったから俺も今日はいいかも」

「はーん、私の言う事が聞けないわけ?」

 

「う、分かりました…じゃああっちで遊ぼうぜフラン」

「ぶー! 柊はお姉様には弱いんだ!」

「ごめんごめん、遊ぶから許してくれよ」

 

プイッとフランは咲夜の元へ身支度をしに行った。

 

「嫌われちゃったかしらね?」

「互いにですよ。もう……それよりさっきのは? 話聞いてましたよね?」

 

撃てばいいじゃない、とは。

 

「お前の身体にはちゃんと霊力を感じるわ、お前が撃てないのはコツが分かってないからよ」

「あー自転車に乗れたら簡単だけど乗るまでが難しい、みたいな?」

 

そうそう。と頷く。

 

「でも大事なその自転車がまずないっていう話では…弾幕打つアイテム的なやつ……」

「作りなさいよ、自分で」

 

無茶をいう。そんな知識も技術もないっていう話だ。

 

「それは追々ね」

「すぐ、はぐらかす……どうせ何か見えてるんでしょ?」

「ま、今に分かるわよ」

「? まーた含みのある言い方をする…」

「ククク、ほら良いからお前も準備をするの!」

 

 

そして宴会の場についた。

 

「げ」

「もう既に出来上がってるやつもいるわね」

 

「あら? アンタ等来るの遅いじゃない。もう飲んでるわよ」

 

何人かは寝ているし、霊夢も既に数本飲み干していた。

 

「先週から、またなんで?」

「なんででも。別に理由なんて些細なもんよ。ほら、桜だって観れるし?」

 

そうだ。春雪異変が終えてから幻想郷には桜が咲いた。

幻想郷はその名に負けず幻想的で煌びやかな桜が咲いている。

 

「日本でもこんなに綺麗な桜は観れた事なかったなぁ」

「ああ、外来人なんですってね」

 

咲夜。と指を鳴らしてワインを仕入れる。相変わらず手際いいなぁ。

 

「うん、美味しい! 流石は咲夜。今日もいいもの持ってきてくれちゃって」

「偶々ですよ、お嬢様」

 

「ほんとだ、おいちー」

ペロペロと確かめるように舐めるフラン。

 

「フラン、はしたないから辞めなさい」

「えー」

 

渋々やめるフラン。そして自分のグラスのワインを分けてやるレミリアさん。ほんと仲良くなったな。

 

「ほんと、平和ですね」

「………」

 

ワインを一口。そして。

 

「……ええ、そうね」

 

今日も何事もなくただ、宴会を終えて紅魔館に泊まった。

 

紅魔館宿泊から二日後。

 

「は? また宴会?」

「ええ、明日らしいです」

 

私の頼れる従者、十六夜 咲夜はそう告げる。

 

「……ふーーん?」

「? どうかなされましたか?」

 

「咲夜は明日の宴会どう思う?」

「どう? ですか?」

 

素朴な疑問を問いかけてみた。

 

「別に…どうという事も…」

「そ、分かったわありがとね」

 

パタパタと羽根を広げて館を移動する。

 

 

そして、思いっきり息を吸って叫んだ。

 

「柊ーー!! いるかしらーー!?」

 

「はーい!」

 

いつも通り、フランの部屋にいるようだ。

 

「なんですか?」

 

ガチャリ。ドアを開けると、顔に墨がついていた。

 

「何してるの?」

 

「おままごとで泥棒の役をさせられてるんです」

「私が泥棒に恋する乙女よ。館を壊して侵入した泥棒に心を奪われる役よ」

「楽しいのそれ」

 

「「さぁ……」」

「くっくっ……」

 

相変わらず真剣にバカやってるみたいで良し。

 

「そう、面白そうね私も混ぜてくれない?」

 

と、言いたいところだけれど。と以前と同じ口調で話しかけてみた。

 

「明日、宴会だそうよ? どう思う? 柊。フラン」

 

「別に私はいいよー?」

 

この時点で怪しむべきではあるだろうが、フランは気分屋だ。まだ分からない。

まだ、まだ確証には至らないわ。

 

「んー? 宴会ですか? ()()()()()()()

 

「……そう。ありがとね。確信したわ」

 

そう言って外を出てから再び咲夜を探す。

 

「あ、咲夜! ちょっと!」

「? はいどうしました?」

 

「ちょっと、出かけてくるよ」

 

咲夜が訝しげに見る。

 

「こんな時間に? ってまあ。普通の時間かしら」

「そんなわけで留守番お願いね」

 

「何言ってるんですか、お伴しますって夜は危ないですよ」

 

その言葉にレミリアは物申す。

 

「誰に物言ってんのよ誰に。それに今日は急ぎの用があるの」

「でしたら、私が。急ぎの用を任せたら幻想郷1です」

 

まぁ、そりゃね。けど今回は。

 

「私が急がないと行けない用なの」

 

「今夜中に幻想郷中を脅し回ってくるつもりだから」

 

「…何かあったんでしょうか」

「何かあったの、それじゃよろしくね」

 

「日が昇る前には帰ってきてくださいね」

「あ、そうか。一応日傘を持ってくわ」

 

そういって可及速やかに羽ばたいて行ってしまわれた。

 

その後紅魔館の隅々を掃除していると。

 

「咲夜さーん」

「どうしたの?」

 

フランを抱っこして咲夜に声をかける柊。

 

「遊び疲れたのか寝ちゃってさ、どうすればいい?」

「私が寝かしつけとくわ、ありがとね」

 

いえいえ、助かるます、と慣れない敬語を使う癖を指摘され柊もまた、笑顔で返事する。

 

「……ねぇ、ちょっと」

 

折角だし、聞いてみるか。

 

「はい?」

「お嬢様に何か可笑しな点なかった? いつもと違ってここが変ってところ…」

 

ん〜と悩みながらしばらくすると。

 

「ちょっと優しいところ?」

「ぶっ飛ばすわよ」

 

えぇ…と呟く柊。

 

「じゃあ知りませんよ別に。何もおかしい所なんてないと思いますけど」

「一応、追いかけて行ってくれないかしら? 心配なの」

「過保護だなぁ」

 

ナイフをポケットから数本取り出すと、すぐ謝ってきた。もう、なら煽らなければいいじゃないの。

 

「ほら、行った行った」

「しっかたないなぁ…何もなかったら帰ってくるよ? 俺」

「ええ、それでいいから。それじゃ頼むわね、あとこれ」

「ん?」

 

風呂敷を手渡される。

 

「軽い料理が入ってるから、お腹空いたら食べて頂戴」

「どうも…」

 

咲夜さんの料理は美味しいし気持ちは有難いが、簡単には帰ってくるなというメッセージでもある気がする…。

 

「行ってきまーす」

 

そうして紅魔館の門をくぐった。

 

俺はオーズに変身しバッタレッグでピョンピョンと跳ぶ。

 

(どこだよ〜レミリアさん)

 

とりあえず紅魔館の近くを虱潰しに走り回った。がいない。

 

(ヒントも何もないし、こんな夜だしなぁ)

 

ライオンヘッドでなければ視認しづらい程に暗い。

 

ちなみに今の形態はライオン、トラ、バッタ。

これが一番索敵には向いてると判断した故の形態だ。

 

とそんな事より作業に集中しなければ。

 

「おーい! ちょっとー!!」

「…ん?」

 

「聞きたいことあるんだけれど、いいかしらー?」

 

後ろを振り返ると、そこに居たのは。

 

「私の事、覚えてるかしら?」

「えーと、アリスさん?」

 

「そ、良かったわ覚えててくれたのね」

 

そこまで知人は多くないから、忘れることは早々ないんじゃないかと思うけど…ん?

 

「俺ってこの姿見せたことありますっけ」

「ないわ。けど新聞で見た事あるし、霊力の質から貴方って分かるわよ」

 

ちょっと待った、聞き捨てならない単語が入ってたぞ。

 

「新聞で見た? って?」

 

「あの烏天狗の新聞よ、貴方の能力の事書いてあったわ」

「ちょっと!? 人里の人達にばれたらマズイでしょ!?」

「大丈夫よ、あいつ渡す相手は選んでるし、バレても何とかなるわよそれよりもこっちの方が大事」

「何とかならないと思う…んで?」

 

両肩にポン、と手を掛けて、言う。

 

「この妖霧は誰の仕業かしら?」

 



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32話 夜明けの人間と夜の王と主導権

「……妖夢?」

「そうよ! この妖霧の濃さもそうだし、なんでこの異変を放っておくの?」

 

妖夢じゃなくて妖霧ね。そもそも異変については全く分からないし。

 

「何がそんなおかしいんです?」

「宴会よ」

 

ん〜。と長考する。

 

「たしかに最近多いかも? でもそれが?」

「……何も知らないのね…いいわ、霊夢に直接聞きに行くから!」

 

パッと宙を駆けて消えた。

 

「お〜便利そうだなぁ……あ」

 

もしかしてレミリアさんも霊夢の所に行ったんじゃないか?

 

 

 

 

「一日日付を間違えて来るなんて、寝ぼけてたのかしら? まこんな時間だし無理ないわね」

「丑三つ時でも巫女は眠らない」

 

分かりやすく霊夢は怒りの顔になった。

 

「あのねぇ…アンタが私を起こしたんであって…私は寝たいわよ。要件は何なの?」

「ちょっと先を急いでるから、今日は簡単にやられてくれない?」

 

「急いでるなら無視して行ってくれればいいのに!」

 

呆れた。そう、呟くと同時に弾幕を放つ二人。

 

 

──魔法の森を跳び跳ねていると。

 

「ん? 魔理沙?」

「う? あーよう、柊。こんな時間に何やってんだ?」

「ちょっと用があってね、そっちは? なんでそんなボロボロなんだ?」

 

いくら魔理沙といえど、こんな深夜にボロボロの服で外寝していては不審がるというもの。

 

「レミリアが急に来てさ、いきなり弾幕ごっこ仕掛けて来やがったんだ」

「お! まじか…予想と外れたな…」

 

霊夢の所じゃなく魔理沙の所に来たらしい。

 

「予想?」

「あーいや忘れてくれ。んで理由はなんて?」

「知らん。私を舐めるとこういう目に合うとか明日の…いや今日か、今日の宴会は私が主役だって言ったっきりでさ…何か心当たりあるか?」

 

魔理沙の叙述やアリスさんの言葉を含めて考えてみるけれど、あんまり確信はないな。せいぜい妖霧について探し回ってるとしか思えない。

 

「でもなぁ……なーんかしっくり来ないんだよなぁ…それより、ほら魔理沙」

「ああ、サンキュー」

 

手を貸して体を起こす。

 

「しっかり寝とけよー? もうこんな時間だし」

「ああ、お前もな。またフラン達も来るんだろ?」

「うん、そんじゃ俺はこの辺で。ばいばーい」

 

手を振りながら跳躍した。

次は……一応霊夢の所に行ってみるか。

 

 

 

──博麗神社に行く途中道には極端に妖怪が少なかった。

 

(ま、面倒じゃなくていいけど…)

 

一応神社に来たはいいけど。こんな時間に起こすのもあれだな。やっぱ帰ろう、と思ったのも束の間。

 

「ん? ありゃ?」

 

それは杞憂だった。魔理沙と似たように霊夢も境内でボロボロになって倒れていた。

 

「あ〜…アンタらほんと迷惑。次は柊なの? いいわ、こうなったらとことんやってやる! もっかいレミリア呼びなさい!!」

 

俺の姿に気づくとすぐ立ち上がり見え見えの怒りをぶつけてくる。

 

「ちょ、ちょっとストップ! レミリアさんがなんだって!?」

 

なんと博麗神社にも来ていたらしい。

 

「知らないわよ! こんな時間に押しかけて来て、全く、迷惑にも程があるわ」

 

ケホッと口から煙を吐く霊夢。

 

「訳あってレミリアさんを追ってるんだけどさ。なんでレミリアさんが外に出てるか理由は聞いてないか?」

「明日の宴会で主役を張りたいらしいわ。別にそんなんで攻撃しなくたっていいじゃない……こんな時間に…」

 

よっぽど迷惑だったのか、ずっと愚痴愚痴と文句を垂れている。が、理由は魔理沙の時と一緒か。

 

「宴会で主役を…ねぇ」

「なんか知らないの? いいなさいよ、ほら」

「いやいや俺も知りたいから! 分かったら言うよ……ほらもう寝なよ布団は敷いといてやるからさ」

 

ようやく愚痴を止め、大人しく神社に戻る意思を見せる霊夢。

 

 

今までのレミリアさんの行動をまとめて考える。

まず、一人で用事を済ませに行ったこと。そして魔理沙霊夢に弾幕ごっこを挑み主役は自分と宣言した。

 

これが意味するものは……。

 

「……分かるかあ!!」

 

そもそもレミリアさん自体気分屋な所あるから可能性を上げてはキリがない。

今回はアリスさんの言っていた妖霧と関連性があると仮定しよう。

 

「妖気とレミリアさんの行動の関連性かぁ…」

 

そういえば昨日不審そうに宴会について聞いて来たな。

となると、何か妖気が悪い要素なのか?

 

「今の所何も起きちゃないし…」

 

むしろレミリアさんが二人をぶっ飛ばしてしまっている。

 

「…はぁ、怒られるかもだけど…帰ろ」

 

弁当も完食してしまったし、疲れたから紅魔館に帰った。

 

「何帰って来てるのよ」

「いやぁ、だって掴み所がないんだよ」

 

何を思っての行動なのか検討もつかない。残念。

 

「あるじゃない、まだ調べる所」

「え?」

 

どこですか? と尋ねると。

 

「冥界」

「なんで?」

「妖夢と妖霧、ほら似てるでしょ? ゴー」

 

パッと、外に出ていた。いや出されていた。

 

「あんまりだろぉ!? 咲夜さぁぁぁあん! 俺も寝たいよ!」

 

いくらドアを開けても門の外に逆戻りするので諦めて冥界へと行く事にした。

 

 

「貴女が犯人ね」

「あれー? もう見つかっちゃった〜?」

「いいや私しか気づいてない筈よ。柊はまだお嬢様の居場所も勘づいていないし…」

 

ナイフをこっちに向けるなよ。行儀が悪いなぁ。

 

「貴女は誰?」

「私はよーく知ってるよ! 貴女の事…」

「私は貴女の事よく知らないわ」

「ふーん……だからそんなやる気で漲ってるんだ。たかが人間が鬼に勝てるとでも?」

「は? 鬼?」

 

 

「泣かしてやる!」

 

 

 

 

 

 

途中、道草を食いながらゆっくりと向かっていると。

 

「……アリスさん?」

 

アリス・マーガトロイドが明らかにこちらに近づく意思を持って歩いて来ている。

 

「……なぜまだ、この辺りをふらついているの?」

「え? いやそれは用事で……アリスさんは? 結局妖霧の原因究明は出来ましたか?」

 

「ええ、出来たわ」

「そうですか、それはよかったですね」

 

随分と距離を置いているアリスさんの元へ向かう。

 

「犯人は、誰でしたか?」

「貴方よ、わたしには分かる」

 

人形達から無数の弾幕が飛び交う。

 

「やっぱりな!」

 

横に大きく跳び跳ねて躱した。

すると、アリスは追撃を辞めてこちらに尋ね返す。

 

「やっぱり? もう隠すのも辞めたのね」

「違う違う! 明らかにこっちに敵意向けてたじゃんってこと!」

 

こちらのアンサーには聞く耳持たず。弾幕を再び打ち始めた。

 

「いいわ、一発懲らしめたら分かるでしょ!」

「なんで幻想郷の人はこんな人ばっかりなんだ…?」

 

事後確認が多すぎるだろ!

主にレミリアさんとかさ!

 

「あ〜〜〜もう仕方ないか! 郷に入れば郷に従えだ!」

「覚悟してもらうからね!」

 

 

 

「るんらるら〜ん」

 

鼻歌を歌いながら冥界を出たレミリアは地上の光に気づく。

 

「…弾幕ごっこ? こんな朝っぱらから騒々しい不届き者には挨拶しとかなきゃね」

 

面白さ求めて、すぐにその場へ向かうレミリア。

だが持ち前の視力で気づいた。

 

「……柊? と…人形遣いじゃない。珍しい組み合わせね何やってるのかしら」

 

仰々しく風をはためかせて注目を浴びさせる。

 

「アテンションぷりーず!」

 

「「レミリア(さん)!?」」

 

「ふっふっふっ。いかにも。そんな二人はこんな朝早くから何をやっているのかね」

 

レミリアも朝からおかしなテンションになってしまっている。

 

「今妖霧の犯人を取っちめてるのよ!」

「だから違うんだけどなぁ〜」

 

「むむむ? 君は何を言ってるんだい?」

 

理解不能だ。と笑うレミリア。

 

「そこの人間が妖力で幻想郷を覆うことも、ましてやする度胸もないだろうに」

「いや、でもこいつが関わってることには間違いないわ! 魔理沙もボロボロになってたし! きっとコイツがやったのを黙って…」

「魔理沙を倒したのは私だけどな。あと霊夢も」

 

え? とアリスは口を開いた。

 

「何故君がそういう思考に辿り着いたのかは甚だ疑問だが丁度いい。君ら二人も私が弱らせておいてあげよう」

 

「ちょっと! いきなりどういうことよ!? 目的ぐらい言いなさい!」

「貴女を倒す事が目的だ!」

「もう、訳分かんないわよ!!」

 

急な事態に混乱するアリス。

 

「レミリアさんはこういう人だしなぁ。仕方ないよ」

 

もう達観し戦闘態勢に入る柊。

 

「行くぞ若人!」

 



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33話 お嬢様の異変と郷に入らばとスキマ妖怪

「ふふん、参ったかしら? 参ったわね? 参ったと言え〜!」

 

「「ま、参りました…」」

 

 レミリアに弾幕ごっこを挑まれた結果。ボコボコにされた翔とアリス。

 煙に塗れた二人は降伏を宣言した。

 

「よろしいそれじゃ、お休みなさい。また明日ね翔」

「……ここまで派手にかましておいて、ノコノコ帰る気ですか」

 

 パタパタと羽根を広げるレミリア。

 

「何よ? 何か不満なわけ?」

「貴女が心配でこっちはどれだけ探し回ったと思ってるんです!?」

「…はぁ〜あ、だから良いって言ったのになぁ。ま、忠誠は再確認できたのは良き事か」

 

 レミリアがアリスに指を指す。

 

「貴女も悪かったわね、今日はもう寝て宴会でまた会いましょう?」

「ああ、そう……ねぇもうぶっちゃけるけど今回の異変の犯人って貴女?」

 

 チッチッチと鳴らしながら口元で指を振る。

 

「違うわよ、まぁ私は大体分かったけどね」

「え? 異変って……妖気がどうのって話?」

 

 ええ、と肯定するレミリア。

 

「面白い異変だったし、折角なら私がメインで出っ張っちゃおうと思ってね。さ、ほら帰るわよ」

「あ、ええさ、さようならアリスさん!」

「何が何だか……宴会では詳しく聞かせてよね〜〜!!」

 

 そう言って地上へ降下していくアリス。

 

 

 

 

 

「しっかしまぁ咲夜も心配性よねぇ、大丈夫だってあれだけ言ったのに」

「あの、咲夜さんばっかり褒めてますけど俺だって心配はしてたんですからね?」

「ウソツキ。私なら大抵の事どうにかするって思ってるでしょう?」

 

 ええまぁ。と頷いた。

 

「私の最高の従者もそれぐらい太々しくしてくれてたら嬉しいんだけど…」

「まぁ主人が一人で行動するなんて意識して当然じゃないですか? たとえ相手が貴女でもね」

「そんなもんかなぁ……」

 

 長い無駄話をしていたら紅魔館が見えてきた。

 

「え? こっち? あの俺今日は帰る気だったんですけど」

「いいからいいから。ほら今日も泊まっていきなさいよ」

「いや今日は帰るって慧音さんに」

「手刀」

「あふん」

 

 

 

 客人の間のベットで翔は泥酔した。

 

「ぐー……ぐー……」

 

「よしっ、私も寝るか!」

 

 ダイナミックにベッドに入り、眠りについたレミリア。

 

 そして朝も更け──────。

 

「そろそろ、か…」

 

 これ以上話すことは無いと言うかのように空を飛ぶレミリア。

 

「ふむ……確かにレミリアさんここ数日変だな…」

 

 どうやら朝っぱらからどこかへ出かけたようだ。しかもまた一人で。

 絶対何かがあると確信した。

 付いていくか。

 

「面白そうな異変だしな。滅多にないだろレミリアさんと協力して闘うなんてさ」

 

 

 

「めっずらしい事もあるものねぇ貴女が一人でここに来てしかも宴会の準備なんて…」

「ふふふ、偶にはね。所で霊夢?」

 

 ん? とレミリアを振り返る霊夢。

 

「今まで、宴会を誰が牛耳っていたのか分かる?」

「今までは…魔理沙かな?」

 

 ふふ、と笑うレミリア。

 

「そんな奴なら良かったわ。あなたももっと巫女としての感覚を研ぎ澄ましてみてもいいんじゃないかしら」

 

 その言葉を放った時、確かに博麗神社の空気が一変したのを感じた。

 

 

「────あらあら」

 

 後ろから聞こえるその声は。

 

「霊夢にそんな無理言っちゃ駄目よ」

「…紫…!」

 

 突然の来訪に驚く霊夢と驚いたような反応をとるレミリア。

 

「あれ、宴会に呼んでもいない奴が出てきた」

「あなたが何を企んでいるのか分からないけど」

 

 企んでいる? とレミリアは言い直し、笑う。

 

「私は企んでいる奴を探し出そうとしているのよ」

「ふふふ。今回の宴会は私が仕切ろうかしら」

「その方が何企んでるんだか判らないでしょ?」

 

 あいも変わらず、このスキマ野郎は何を考えているか分かりゃしないわ。

 

「ま、いいわそれしゃ大人しく…」

「あら、最初からおとなしいってば〜」

 

 

 言ってろ! と言うかのように弾幕を放ったレミリア。

 

「ここでやんな!!」

 

 霊夢の悲痛な叫びは、届かなかった。

 

 

 

 

 

「…! 弾幕の光……ったく、本当陽気な人だよ……!」

 

 森の中からでも視認できる弾幕は、間違いなく俺が負けた弾幕の 使いそのものだった。

 

「……俺もちょっとハイになっちゃおっかな〜〜……!」

 

 昨日の今日で少し深夜テンションになっている翔。

 タカキリバになって一気に博麗神社に近づく。

 

 

 

 

「あ〜どんだけやったかなぁ」

 

 図に乗ってる人間、身の程知らずの人斬り侍、と…全く揃いも揃って無礼にも程がある。

 流石の私もイライラして来ちゃったし、何より面倒臭くなってきた。

 

「そろそろ負けよっかなぁ…」

「あー? まさかこんなガキが犯人なのか? こんなのに勝っても自慢にすらならないぜ」

「前言撤回。 あんたには負けん!」

「本気でかかってきてくれないと面白くないんでな」

 

 また一人ここに来ちゃったか。

 にしてもいきなり私に喧嘩を売り込むとはいい度胸だ。

 

「よく私のこと分かったね」

「珍しい奴がお前を調査してたからな」

 

 今回の人間は既にボロボロだった。

 

「ま。それでも人間風情が私のところまでキチッと突き止めたのはすごいすごい。褒めてやるよ」

「あー? ふざけてるのか?」

「ふふ、あんたには負けんよ」

 

 

 

 

「さぁ、観念なさい、誰が裏で暗躍してるのよ」

「まぁいいわ。あまり気分は乗らないけど…貴女がそんなに会いたいなら」

 

 神社に続く階段で、普段より少し真面目なレミリアさんと、紫さんを見つけた。

 

「…紫さん!?」

「あら、どうするのレミリア? 彼にも言っちゃう?」

「言っちゃわない、さっ、場所も分かってるならさっさと送ってよ」

「はぁ〜〜い、楽しんで」

 

 手をかざした場所に現れたスキマに軽々入るレミリア。

 

「あの〜紫さん? レミリアさんは何をやってるんです?」

「ん〜? 聞きたい?」

「聞きたい」

 

 瞬間、紫の背後に多くのスキマが現れる。

 

「それじゃ遊びましょうか」

「出たよ、ま当然か」

 

 郷に入れば…の下りは2回目だけれどまぁその郷を作った張本人だしなぁ。

 

「知りたきゃ勝てってか!」

「うふふ、ノリが良くて大いに結構。サービスしちゃうわよ」

 

 階段を踏み台にして一気に跳躍する。

 

「あらあら、格闘戦は私の好みではないわ」

 

 そう言いながら翔の拳を全ていなす。

 

「ああもう、当たらん!」

「えいっ」

 

 紫の回し蹴りを防ぎ後ろに仰け反る。

 

「ああ〜強…」

「それじゃ、こっちの番ね」

 

 今度は展開されたスキマから一斉に弾幕が放たれる。

 

 バッタレッグで後ろに跳ねながら避けていく。

 

「あら、遠距離でそれはオススメしないわ。空中じゃガラ空きだもの」

 

 空にいる翔目掛けて放った弾幕。

 しかしカマキリの力を引き出して弾幕を切り裂いた。

 

「へへっ! 誰がガラ空きだって?」

「あら? これはどうかしら?」

 

 今度は全方位からスキマが展開する。

 

「貴方は落ちる間にこれら全てを対処出来るかしら?」

「ちょ、ちょっとまってみて…!」

 

 断末魔をあげて諦めの意思を見せる翔。その声は弾幕同士の破裂音で遮られた。

 

「……あれ?」

「……あら」

「対処、出来たみたいね」

 

 階段をゆっくりと上がる。

 

「あ、アリスさん…!」

「面白くなってきたじゃない、いいわ二体一でやりましょうよ」

 

 落下する翔の両肩を自立型人形達が抑える。

 

「あいつが異変の犯人だったって訳ね? いいわ、やってやりましょう!」

「え? いいや違うし何か誤解してますよ!」

 

 扇子で隠した奥で、紫は笑っていた。

 

 



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34話 疲労と鬼と満を持す

「珍しい面子で楽しいわね」

「貴女がさっさとやられてくれればね!」

 

 自立型人形達と協力して弾幕を張り続けるアリス。

 実は紫さんを今回の異変の犯人だと思ってるんだが、こっちの話しを聞く間もないので俺もあまり気に留めてない。

 

「なんでこんな事したのよ!」

 

 更に一段階、アリスの弾幕の威力が増した。

 

「ん〜まぁ、楽しいし?」

 

「霊夢も何やってるんだか……!」

「あの子は今寝てるわよ? 私達の所為でちょっと怒ったみたいね〜」

 

 アリスは溜息をつく。

 

「私達で解決するしかないのね…」

「そうそう、でも頑張って私を倒してくれたら褒美でも傅いてあげるわ」

 

 あ、これ紫さん倒したらちゃんと異変の犯人の所に連れて行ってくれる気だ。

 おおよその事情を把握している柊は言葉の裏に気づく。

 

「そう? それじゃ今日は日本酒を頂戴するわね!」

 

 弾幕ごっこの最中でなかったら多分アリスも紫の真意に勘付いてはいたかもしれないが、紫の小癪な弾幕がその思考を遮る。

 

「ほんっと、そのスキマずるいわよね!」

「あ〜アリスさんこのままじゃジリ貧ですよ」

 

 互いの背後の弾幕を打ち消し、薙ぎ払う。

 

「考えがあるのかしら?」

「そうですねぇ、今みたいに互いで全方位から守り合いながら紫さんに近づくってのは?」

「乗った、このままじゃ埒あかないしね」

 

 紫狙いの弾幕から、紫の展開する弾幕を相殺する狙いに切り替えた。

 

「一応言っとくけど、スキマはただ貴女達を動かすためにしか使ってないわよ?」

 

 所謂、通常弾幕というやつだろう。

 まぁタチが悪いのは変わらないけど。

 

「スキマは気配感じないもんな、ちゃんと周り見とかないとすぐ被弾するぞ」

「その点に関してはむしろ私とあいつは相性良いわね。この子達が見ていてくれるもの」

 

 眼を輝かせて武器を振る自立型人形。といっても完全に自立しているわけではなくアリスさんがその都度命令し直しているらしい。

 

「まぁそうね。でも貴女致命的な弱点があることに気付いてる?」

「知らないわねご教授願えるかしら?」

 

 スキマを潜った紫はアリスの背後に迫る。

 

「人形操作に手一杯になっちゃう事よ」

 

 紫の弾幕をカマキリアームで切り裂く。

 

「スキマ、自分に使いましたね?」

「あら、防がれちゃった」

「そういう事、残念ながら今は護衛がいるのよ」

 

 すかさず紫の袖を掴む。

 

「アリスさん!」

 

 人形の槍が紫に向く。

 

「まだまだ」

 

 笑ってスキマに入り込み、再び後ろから弾幕を放つ仕草をする。

 

「シャンハーイ」

「ん?」

「ヤッテヤンヨ」

 

 紫と同時にスキマに侵入した人形の一人が片言で喋る。

 

「あら可愛いわね、でもその槍じゃ難しいと思うわよ?」

「デキルヨ」

 

 眩い光を放ってその人形は爆発した。

 

 

「魔操『リターンイナニメトネス』」

「こっわ」

 

 この人やりやがった。

 

「あっぶないわね、もう…! お酒が溢れちゃうところだったわ…」

「お酒を庇ってたとしても、被弾したわね!? ふふふ、作戦大成功ね!」

「自分の作った人形は壊したくない甘ちゃんと思ってたけど…見直したわ、やるじゃない」

 

 風切り音と共に酒を持って出てくる紫。

 

「ていうかそんな所にいつも閉まってるの…貴女…」

「ふとした瞬間飲みたくなる時ってあるじゃない? だからいつでも飲めるようにとっとくの。あ飲む?」

「貴女が妖気を取っ払ってくれたらね」

 

 クス、と鼻で笑う。

 

「な、何よ!」

「だって私何もしてないもの。その子はとっくに気づいてたでしょうけどね」

「ちょっ」

 

 

 こっちに振るな振るな。余計ややこしくなる。

 ほら、そんな睨まないで。

 

「……」

「それはそうと妖気って…貴女ねぇ」

「妖気じゃないなら、これは何なのよ?」

「これは皆んなを操って萃めていただけ」

 

「え、 つまり無害って事?」

「無問題も無問題。何の問題もないし何なら待っとけばあっちから来たんじゃないかしら」

「何よそれ! 働き損じゃない!!」

 

 正解! と描かれた扇子を開いて嘲笑う紫。

 

「鬼の首を取ったようだったわね。まぁまだ取れてないんだけど」

「今度は特大人形爆発させるわよ。…ってさっき言ってた褒美ってもしかして」

「そう。真犯人の所に案内してあげる。今度はちゃんと鬼の首を取って来なさいよね」

 

 そう言ってスキマを正面に展開する。

 

「さ、これで行けるわよ…って行かないの?」

「無害なんでしょ? ならもうとっとと行ってぶっ飛ばしてきてやるわったく…!」

 

 とぼとぼと足を運ぶアリスさん。どうやらほんとに疲れたみたいで意気消沈している。

 

「その冷静さ、もうちょっと早くから取り戻していたらね」

 

 困り顔で紫は笑った。

 

「貴方は? 行くのかしら?」

「善は急げって言いますし、行きますよ。それにレミリアさんもそこに居るんでしょ?」

「あら、正解。鋭いわね。でもこうなると思ってレミリアはまだスキマの中にいるわ。先にアリスを行かせる」

 

 そりゃ元々はレミリアさんを捜索しに来た訳だし。さっきスキマで通って行ったの見てたし。

 

「でも、弾幕ごっこは楽しかったです…俺はほとんど何もしてないけど」

「レミリアはお礼も言わずに行こうとしたけど貴方は偉いわねぇ」

「別に。レミリアさんを捜しに来たんだから一言物申しに行くだけですよ」

 

 素直じゃないものね、と呟く。

 違うんだよなぁ。

 

「あの人に心配で助っ人に来ましたなんて行ったら逆にこっちがやられるでしょ?」

「それもそうね。よく分かってるじゃない。貴方も扱いに慣れてきたみたいね」

「ええま、……ん?」

 

 スキマが再び展開され、誰かが出てくる。

 

「え、ちょアリスさん…!?」

「ケホッ……もう……勝手になさい…!」

「負けたのね」

 

 アリスさんの頭を撫でる紫さん。そしてレミリアさんを投下したらしい。

 

「レミリアが心配で来たんなら貴方も行ってやったら?」

「勿論ですそれじゃ、あ、あと」

「?」

 

 柊は紫に何か思いついたように聞く。

 

「アリスさんには褒美として場所教えてくれたけど、俺の分まだですよね?」

「貴女からのそういう提案も珍しい。ま、確かに被弾しちゃったし何でも言ってごらんなさい?」

 

 ニヤッと悪い笑みを浮かべて言った。

 

「宴会の準備は紫さんがよろしく」

 

 そのまま、スキマに侵入して真犯人の元へ行く。

 

「……ふふ、幻想郷の賢者をコキ使うなんて肝が据わってること……ねぇ藍いる〜〜!?」

 

 

 そして時間はほんの少し遡ること数分前。

 

「はぁ〜あ」

 

 二本の角を頭に携えた少女は言う。

 

「あとどれくらい待ったらいい加減ここに来るのかしら? ちょっと退屈に感じ始めて来たなぁ」

「あーお前か? 最近我が物顏で幻想郷を包み込んでいるのは」

 

 背後からの声に気づき振り返ってみればいきなり尋問して来た。というか、どうやってここに来たのか、

 

「あら、いらっしゃい」

 

 あー紫が案内したか。

 スキマを見て瞬時に気づく少女。

 

「お前が何者か知らんが…ここで勝手な真似は許さないよ」

「私は貴女の事良く知ってるけどね」

 

 レミリアは少し眉をひそめる。

 

「何だって…?」

「本当はずっと気づいてた。私が分散していてもね」

「まぁ皆んながああもなれば気づくでしょう」

 

 皆んなが皆んな快く宴会を受け入れたことや宴会に毎回全員来てたことを言っているのだろう。けれどこいつは。

 

「その前から気付いてた癖に」

「何のことを言ってるんだい?」

 

 うーわ。あくまでシラを切るつもりだこいつ。

 

「本当は別の…特に人間に気づかせたかった」

「当たり前だ。妖怪退治は人間の仕事なんだから」

 

 よく言うよ。自分の部下には大人しくするよう伝えたり、障壁が貼ってある館から外に出ないようそれとなく伝えたりしてる癖に。

 

「余りにもみんなが鈍いから痺れを切らしてただけ」

「嘘。余りにも相手が強大そうに見えたから、人間に任せたら危ないと思ったから!」

「……いいや?」

「じゃあなぜ、冥界に向かおうとした人間と人形使いをわざわざやっつけて疲弊させて帰そうとしたんだ?」

「私の力を知らしめるにはあれぐらいしなきゃと思ってね」

 

 あくまでわざとらしい演技を続けるようだ。くくく、ここまでくると。

 

「可愛い奴め」

「可愛くない奴」

 

 互いに笑みを浮かべて、戦闘態勢に入る。

 

「私の力…未知の力を前にして、夢破れるがいい!」

 

 

 そして数分後───。

 

「…なんだここ? うわっなんか酒臭い…」

「そりゃそこのバカがずーっと酒飲んでるせいでしょうね」

 

 おっと、急に聞こえた声にはビビらなかったぜ。聞き覚えがあったしな。

 

「探しましたよレミリアさん! そいつが真犯人か」

「ええ、よく来たわね…とは言ってやんないわ」

 

 プイッとこちらから視線を外す。

 

「なっなんかしました?」

「もう、何もないわよ!」

 

 理不尽だなぁ、こっちだって一晩中レミリアさん捜索しまくってたのになぁ。まぁそれでこそレミリアさんって感じか。

 

「照れてんだよ、そいつ」

「ちょ、違うわよ!」

「ああ、そうなん…いや、初めましてだよね?」

「うん初めまして。萃香だよ」

「ありがとう。俺は夢知月 柊。よろしく」

 

 律儀に挨拶して握手までする。

 わー凄いフレンドリーだなぁ。

 

「お願いがあるんだけど聞いてくれるかい?」

「んー? 何? 言ってごらん」

 

 首を軽やかに傾ける。うーん異変の張本人なのになんともまぁ隙だらけで。

 

「今すぐ霧全部払ってくんない?」

「無理」

「あっそう」

 

 意見が食い違った瞬間。互いに握り合った手に渾身の力を入れる。

 

「ぬぉぉぉぉおおお!!」

「わっ! すごいすごい! ただの人間じゃないってわけね!」

 

 あれ? 嘘だろ押されてる?

 

 ──タカ! ──ゴリラ!──チーター!

 

 左手を使ってスキャナーをとって無理やりタトバからタカゴリーターに変身する。

 

「おっ!? もっと強くなった!」

 

 まさかこの萃香と名乗る少女、俺の力の少し上の握力を調整して出してるのか!?

 

「ニヒヒ、これ以上はないみたいね?」

 

 ミシッ!

 

 鳴っちゃいけなさそうな音を立てて右手がうねる。

 

「お、ぉぁ…!」

「柊!」

 

 横から攻撃を阻止するレミリア。

 

「もぉ〜今いいところだったじゃん、なんで邪魔するの!」

「全く、これだから人間は!」

 

 レミリアと萃香の拳により発生した風圧で吹き飛ばされる。

 

「ほんっと、規格外だな……!」

「しっかりしてよ、異変解決の為に来たのでしょう?」

「ちょっ、右手…!」

 

 ──肘まで綺麗に吹き飛んでる! グロい!

 

「こんなもんすぐ治るわ。それより余所見しない!」

 

 レミリアは柊の襟を引っ張り、空中に上げた。

 

「いきなり何を…!」

「下見てみなさい、呆れるわよ」

 

 レミリアさんの言う通り下をチラッと見る。

 

 なんということか。元俺がいた場所は、一瞬で焼け野原になった。どうやら水平で広範囲な弾幕を展開したようだが、こんなやり方見たことない。

 

「ね? 呆れるでしょ? あいつ頭おかしいのよ」

「た、助かりました」

「とりあえず私があいつの気を引いてあわよくば被弾狙ってみるわ、貴方は常に隙をついて頂戴」

「了解、変身っ!」

 

 ──クワガタ!──ウナギ!──バッタ!

 

 言われた通り常に萃香を攻撃し続ける。まずはクワガタの雷を放った。

 

「は〜! 二人集まってやる事は陽動と援助か! 単純すぎてつまらんな」

「余所見してる場合じゃないでしょ?」

 

 まずは後方支援を潰す、と目論み立てた萃香を蹴り飛ばすレミリア。いきなり大きな隙が生まれた。

 

「今だ…!」

 

 ──《SCANNING CHARGE》!

 

「!……ストップ」

「え…!」

 

 こちらに接近したレミリアが咄嗟に手を抑える。

 態勢を崩している萃香は受け身を取る。

 

「今……どうして」

「やっぱバトルマニアねあいつ。今貴方を引っ掛けたのよ」

「よく分かったな、やるじゃん。鬼を名前に含んでるだけの事はあるね」

 

 よくよく見ると奴の後ろに回した手には妖力を感じる。

 近づいたところを不意打ちする気だったのか。

 

「動きが胡散臭かったしね。こんなのに引っかかってちゃ先が思いやられるわよ柊」

「す、すいません」

「……ま、弾幕ごっこの経験数は少ないだろうし、これから徐々に慣れるしかないわね。それよりさ」

「ん?」

 

 歩幅一歩もないくらいの距離まで歩み寄るレミリアさん。ちょ、ちょっと距離が近すぎないか?

 

「えい」

 

 レミリアは近づくなり、柊のベルトから胴のメダルを抜き出した。

 

 

 

 



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35話 未来を据えてと相討ちと肩透かし

「ちょっと!?」

 

 こともあろうに、この女は、戦闘中にもかかわらずべルトからメダルを取りあげた。

 

「何するんですか!! っていうか、本当に何してんの!?」

「ほら、さっさと戻りなさい」

「戻るって………はぁ、分かりましたよ。なんなんですか…」

 

 レミリアが巫山戯て言っているのではなく、本気で言っているのだと雰囲気理解したからいう通りにはしたものの、何故こんなことを。

 

「そろそろ良い機会だと思ってたのよ、ほら」

 

 レミリアが右手を柊に出す。柊もそれを握れという意図として捉え、とりあえず握り返した。

 

「行くわよ」

「え?」

 

 レミリアが浮遊する。当然柊も空に上がった。

 

「何する気なんですか」

「そろそろ次のステップに上がらないとね?」

 

 柊の質問には頑なに答えない。だんまりを決め込むまま、柊を背中から抱きかかえた。

 

「よっ…と!」

「!」

 

 雑に、生えていた木を引きちぎり、ぶん投げる萃香。

 

「やばっ──」

 

 咄嗟の攻撃に反射で目を閉じてしまう。

 

「何目閉じてるの、開けときなさいよ。変身中は出来てることでしょ」

「え、ぁ……!」

 

 身体が大きく揺れたと思い目を開けたら、さらに上空へと上がっている。

 

 レミリアが上手く旋回したようだ。木はどこか彼方へ消えて行った。

 

「どう? さっきの攻撃は」

「なんか視界が暗くなったのは分かりました……そのあとは反射で閉じちゃったけど……」

「……まぁはじめての生身での実戦で知覚出来てるだけマシなのかな。やっぱり普段から鍛えてるおかげかしらっ…!」

 

 柊を片手で抱きかかえて、右手から弾幕を放つ。萃香はひょいひょいと軽やかに避けながらも接近する。

 

 かなりの数の弾幕が放たれたが、しかし依然として柊には目でハッキリとは追えない。気づいたら地面が砂埃に塗れてるのを確認出来るだけだ。

 

 

 ──…霊夢と魔理沙はこれが見えてるのか。

 

 

「スピード上げるわよ!」

「…え? これがほんきじゃっ!!?」

 

 身体に大きな力がかかったと同時に視野が狭まるほどの速さで空を駆けていた。

 

「貴方ね! ぼけっとしてたら舌を噛むわよ!!」

「こ、こんな無茶……!」

「身体中の力を意識して! 霊力はあるんだから耐えられる筈!」

 

 風圧で痛みを感じるぐらいには速度が出ている。頭が重くてガンガンする。

 

「ッ──」

 

 下にいる萃香は腕に着いた鎖をこちらに振り回している。けれどレミリアも余裕のある姿勢で避けながら弾幕を撃ち続けている。

 

 状況としていうならば、それだけ。ただし、今までとは違う点がある。

 

 こうして生身で見なければ気づけなかった筈のことだ。なんせ、普段は変化していて見え方が違う。

 

「弾幕ってこんな綺麗だったのか……!」

 

 鮮やかな紫色の弾幕が、萃香の攻撃で爆ぜる。ただ弾幕が飛び交う景色ですら輝かしいが、互いの攻撃が炸裂し宙に舞うその絵は、初めて生身で見た彼には刺激が強かった。

 

「……フフ」

 

 柊の発言に無言で笑うレミリア。そして、その声に答えるように彼女は右手を上に掲げた。

 

 

「神罰『幼きデーモンロード』」

 

 レミリアがスペルカードの宣言をした。

 すると萃香を囲うように魔法陣が展開されリング状の弾幕が飛び交う。

 

 

「おい吸血鬼、お前の攻撃はこの程度か?」

「よく吠える。そこまで言うならそっちも魅せてみたらどうなのよ!」

「ああ、そうする。本当の鬼の力。見せてやるよ」

 

 萃香がそういうと、みるみるうちに身体が巨大に、いや巨大では言い表せない。いっそ山程の大きさに変化した。

 

「鬼符『ミッシングパワー』」

 

 岩石よりも大きな手が上から平手打ちにかかる。

 

「無茶苦茶ね、ほんと…何より美しくないわ。力でのゴリ押しなんて美しさもへったくれもない」

「ははは、お前もやりゃいいじゃんか。出来ないわけじゃないだろ? そらっ!!」

 

 柊を抱えながらというハンデもあってか、回避には成功するものの、巨大な拳が翼を掠る。

 

「チッ」

「お前さぁなんでそんな足手纏いを庇ってるんだ? そいつ、どうってことない人間だろ」

 

 柊はその言葉に納得はしても怒りはしなかった。なぜなら、事実だ。現時点で自分が足手纏いになっていることは否定のしようがない。

 だが、レミリアは。

 

「こいつを舐めているといつか痛い目を見るよ」

「ほう? 随分勝ってるんだな。全然強いと思わなかったけど」

「どうかな。絶賛急成長中なんだよ、こいつ。今はまだお前には及ばないまでもな」

 

 ブンブンと繰り出される拳を全てかわしながら、なおも話す。

 

「それに、今のコイツがお前より勝っている部分があることを、私は知っている」

「む、それは?」

ここ()だよ」

 

 レミリアは空いた手の方で心臓あたりをトントン、と指さした。

 

「ほ〜う? とてもそうは見えないけど、そこまで言うなら見せてもらおうか、勿論。お眼鏡に敵わなかったら、死んでもらう」

 

 レミリアは拳が降りる場所の直前で急停止しバックする事で回避した。

 そして一旦地上へ降り直して右手に妖気を溜めながら、再びスペルカードを叫ぶ。

 

「神槍『スピア・ザ・グングニル』」

 

 雷のような音を立てて、その槍は萃香の心臓目掛け飛ぶ。

 

「たっ!」

「お前は用済みだよ」

 

 神槍は萃香の拳に掻き消され、そのままレミリアを打つ。

 

「ぎっ!」

「わっ!!」

 

 拳に対し背中を向けることで柊への攻撃を防いだが、勢いづいたまま地面に突っ込んでしまう。

 

「……っ。レミリアさん、大丈夫ですか!?」

「ほんっとに、規格外ね。私のお気に入りだったのに……」

「安心していい。お前も強いよ、ビックリしたさ」

 

 萃香が元のサイズになって姿を戻し、互いに睨み合う。

 

「私が今知りたいのはお前の方だよ人間。かかってこい」

「……」

 

 どう動けばいいか、柊があぐねていると。

 

「……はぁ、ふ抜けめ。なんだよ、異変を解決してやろうって気概もないのかね最近の人間はさ」

「……なぁ、一つ聞いていいか?」

「ん、どうぞ」

 

 萃香も柊も一旦のこう着状態に入った為、柊は興味本位で質問をした。

 

「なんで異変を起こしたんだ? 俺は正直何をされたかも分からんし」

「ああ、理由がないと闘えないクチか? 単純だよ、ちょっと前に春が奪われるとかどーとかの異変があっただろ?」

「──!」

 

 春雪異変の事だろう、柊は萃香の言葉に一瞬固まってしまう。もしかしたら、今回の異変が起きた理由も自分が原因なのか、と。

 

「あれの所為で春全然宴会しなかったからさ、折角ならもっと一杯宴会しようと思ってな。あとまぁ本命は仲間がこれを機に戻って来られるようにってとこかな。まぁ可能性は低いだろうけど」

「……そうか」

 

 つまるところ、今回の異変には間接的に自分が関わっていたという事だ。だが、それで変に気を負うことはない。

 

「柊、自分の所為だとか思わなくていいわよ。あれだって紫が……」

「……あの異変が俺の所為かどうかは別にしたって、宴会の数が減ったのには少なからず俺にも責任がありますから」

「……ん? なに、お前紫と関わりあるのか?」

 

 柊は軽く頷いて。

 

「春が奪われた時の異変で闘った。今はもう友達だけど。そもそもここに来れたのも紫さんのスキマを借りたからだ」

「ふーん、お前も奇妙な縁を持ってるな。それにしても……お前に責任があるってのは本当かい?」

「ああ、俺がやらかした所為で本来できたはずの宴会が中止になった、というのもあるだろうな」

 

 そんなことはない。とレミリアは告げようとするが、口には出さなかった。あの異変に対して彼がどう思ったのか、そしてどう受け止めるかは彼自身が決めることだ。彼なりに折り合いをつけたのならば、もう何も言及はしない。

 

「そっか、んじゃ責任は取ってもらおうかな」

「……それは、闘えってことだよな」

 

 萃香はこの少ないやり取りで柊の人となりをそれなりに把握していた。今更過去の異変を蒸し返す気なんてさらさらなかったが、戦う口実になるのならば話は別だ。この真面目そうな男ならば、責任の話をすれば受けて立つだろうと、事実。彼は受けて立った。それが責任を果たすためかは分からないが。

 

「ああ、察しがよくて助かる、よ!」

 

 萃香が飛び込んでくる直前に、タトバコンボへ変身した。

 

「柊!」

「手出しはさせないよ!」

「な…」

 

 何もない所から萃香が複数になってレミリアを襲う。

 

「何でもありね……!」

「レミリアさん、大丈夫。そっちは任せた」

「……!」

「へぇ、言うじゃないか一人でどうにかなるってか!」

 

 巨大な右の拳を振るわれる。

 

「そりゃ!!」

「フッ!!」

 

 柊は両手で押さえ込んだ。

 

「ちょっとは、やる、ね!!」

 

 次いでの左拳。受け止めた巨大な右手を足場にして跳躍することで上空へ上がり攻撃を躱す。

 そのまま落下しつつトラクローを頭部へ一撃直撃させるが、多少皮膚の表面が掠れているくらいでダメージにもなっていなかった。 

 

「!」

「その程度じゃ私の相手にはなれないよ」

 

 地面の礫を萃め棘として柊を襲う。吹き飛ばされた柊は脚を変形させ無理矢理受け身をとり体勢を整えるが、立ち上がった時には更に棘となった礫が襲いかかる。

 トラクローで全て破壊するが、その数秒は鬼が人間に接近し切るには十分過ぎるほどの猶予だ。

 ほぼ反射だけで身体が動き拳を振るうが萃香は煙のように全身を霧散させる。そしてそう認識した次の瞬間には上空からスタンプが打ち込まれる。

 

「ンッハハハ!!、惜しかったね。反応しただけでも凄いよ。目が良いのかな」

「厄介な能力持ちだな」

 

 

 高速でメダルを入れ替え、3枚の新たなメダルをスキャンする。

 

 

 ──タカ! ──クジャク! ──コンドル! 

 

 ──タ〜ジャ〜ドル〜!! 

 

 

「あっちち!!」

「姿が捉えられないなら纏めて焼くまでだ」

 

 その対応は正しい。萃香の『密と疎を操る程度の能力』は萃香を極限まで薄くすることは出来ても、透明には出来ない。

 点ではなく面の攻撃を行えばそれなりに有効打にはなるだろう。萃香が何も動かないことを前提とするのであれば、の話だが。

 

「ま、そもそも私に対しての火力としては到底通用しないんだけど」

 

 柊の放った火球を右手に萃め、己の妖力を込めて投げ返す。

 

「くそ!」

「う〜ん、やっぱ元の威力がいまいちだったな」

 

 サラッと棘を含む言葉を述べるが、決して萃香には悪意はない。ただ純粋無垢、天衣無縫が故に思ったことをそのまま述べているだけなのだ。そんな萃香の言葉に反応することもなく柊は連続で火球を放ち続ける。

 

「あのさぁ勝つ気あるの? こんなのが通用すると本気で思ってる?」

「思ってないのに撃つほど考えなしじゃない」

 

 ──タカ! ──ゴリラ! ──バッタ!

 

 腕に繋がれた分銅を振り回し、全ての火球を薙ぎ払った萃香に、亜種コンボへ変化して飛びかかる。

 

「ああ、牽制で使ったって訳か。んなもんしなくたって逃げないよ。お前達じゃないんだから」

 

 萃香の位置をよく見て、ゴリラの拳を発射する。流石に予想していなかったのか、腹部に直撃する。

 

「……惜しい、というか残念だよ。あんたにもっと力があればこの手だって通用してたのに」

「……!」

 

 直撃した拳はほんの少し退けぞらせた程度で、これまた大した手応えは感じなかった。

 これが鬼だ。素の身体能力が他の種族よりずば抜けている。

 鬼にとってはただの拳の一振りですら、他種族には致命傷。上手くかいくぐって当てた渾身の一撃すらも、鬼の頑丈すぎる肉体には致命傷とはならない。

 鬼の首魁にダメージを与えることが出来ていたならそれだけで賞賛されても良いほどには、種としての生命力が優れている。

 

「やっぱり人間は非力だね。そりゃあ卑怯な手も辞さないようにもなる。罠を使ったり人の気持ちを利用したりさ、本当、嫌いだよ」

 

 あからさまに敵意を含んでいる声色ではあるが、それが柊自身に向けられた敵意、怒りではなく、向けられているのは。

 

「……昔、騙されたのか?」

「ああ、そうだよ。騙されに騙された。それが嫌で私たちは人間を見捨てて地底に行ったのさ」

 

 

 チテイ、というのは良く分からないが鬼という存在が昔に存在していたことくらいは知っている。そしてその歴史もある程度は。ただまぁ人里には鬼についての情報は聞かなかったから、もしかしたら現代人の自分とは隔たりがある箇所なのかもしれない。

 

 現代人であったらば、桃太郎の話を知らない者はいないと言っても差し支えはないだろうに。現実に近しい話をするのであれば、あまり詳しい詳細には知らないが酒呑童子と神便鬼毒酒の話などは有名どころだろう。

 ただ、今はそんなことどうでも良い。

 

 

「だったら今更なんで……こんな異変を起こしたんだ」

 

 鬼だなんだと言うのだから、もっと悪質な異変を起こしてもおかしくないと思っていた。それがどうだ、ご丁寧にルールに則って闘い、しかも異変を挙げた理由は宴会の為だという。

 まっこと意味が分からない。

 

 

「さっき言っただろう。これでまた鬼が戻ってくるならそれで良しなんだよ。なんだったら今度こそ人間に報復でもしてやるさ。百鬼夜行の再来だ」

「──いいや違うな。少なくとも、俺の目にはそうは映ってない」

 

 先ほどの発言からも薄々分かってきたが、この萃香という鬼はかなり人懐っこいのではないだろうか。裏切られた話をした時もそうだ、あの鬼の少女の目には怒りがあったことも間違いではないが、そこには怒りだけでなく──。

 

「お前は、もう一回昔みたいに人間とはしゃぎたいんだろ。お前は人間をもう一度信じてみようと思ったから異変を起こしたんじゃないのか?」

 

 密かな羨望と期待の気持ちがこもっていたと、確信を持って言える。なぜなら、自分が同じ目をしていたことがあるからだ。

 絶望していても心のどこかで希望に縋っている。あれはそういう目だ。まだ本当に諦めたわけじゃない、だからこそ異変を起こしているのだろう。

 

「宴会だって、人間なしじゃ始まらないしな」

「……知った口を聞く。お前が私の何を知ってるんだ」

「お前の名前は初めて聞いたけど、鬼の存在なら知ってるよ。……実際に見たのは今日が初めてだけど」

 

 正直こんな可憐な少女が鬼だと言われてもあまり実感が湧かなかったのも事実だ。

 

「何が言いたいんだ? お前」

「いやなんだろうな、その、良かったなと思って」

「……は?」

 

 巫山戯た回答に、思わず聞き返してしまう萃香。

 

「確かに人間は他人を騙したりもする生き物だよ。人の足を引っ張って生きていこうとする奴がいることも否定しない。それを見て、実際に騙されたお前が嫌になるのも無理はないと思う。嘘とか、謀る事とか嫌そうだもんな。大江山のあの有名な鬼も『鬼に横道はない』とか言ってたらしいし」

「!」

「けど、本当に尊いとされる人間が世の中にいることも事実だ。人の為に力を使える人が、人を騙すことなく、誰とも平等に接することができる人間がいるのだって事実だ。お前だってそれは知ってるだろ」

 

 一瞬萃香の目が細ばる。それは、記憶の美しい物を思い出したからか、真実は分からない。だが、確かに萃香の心の中にも評価に値する人間が残っているのだろう。

 

「幻想郷には、そんな綺麗な人たちがいる。妖怪でも一緒に呑んで、宴会をする、そんな好き物がいるんだよ。俺だってそうだ。別にお前らが鬼だからってどうしようとも思わない」

 

 萃香は記憶を振り払い、今、喋っている男の目を見た。

 

「だからさ、お前の異変は実質成功したって事だろ。だから良かったなと思ったんだ。本当にそれだけだ。仲間集めと宴会、どっちがお前にとっての本当の目的か俺には分からないけどな」

 

 よっ、と柊は地面についた膝を勢いよく上げて、立ち上がる。 

 

「俺の責任云々はもうこの辺でいいだろ。きっとこれから先幾らだって宴会もできるさ」

 

 レミリアと萃香の分身たちはまだ闘っているが、これで納得してくれるのであれば異変は──。

 

「……いいや、まだだね」

 

 柊のような新参者の身でも感じ取れるほど、ひりついた妖気が萃香の全身から放たれる。

 

「──!」

「それが嘘だという保証もないだろ。それに、さっきまでの無様な姿でペラペラと喋られても、生き延びるためのでまかせにしか聞こえないねぇ」

 

 ヘラヘラと、萃香は冗談のように告げる。

 

「はは、なるほどな。一理ある」

 

 もう、お互いにこれが意地の張り合いだということは理解できた。

 確かに膝を地面に付きながらの語らいでは負け惜しみのように感じられても仕様がない。と、萃香が理由を適当につけたというのは柊でも分かった。

 これは一種の通過儀礼なのだ。萃夢想異変の(種族の垣根を越えた上での)闘いであると今、わかりやすく萃香が述べた。

 

「さぁ来い、お互い納得行くまでやろうじゃないか」

「これだから妖怪は……話し合いで解決しようとか思わないのか?」

 

 苦笑いで萃香の煽りを返す。だが、萃香はその言葉を甘んじて受け、また返した。

 

「話し合いっていやぁ(コレ)が分かりやすいだろ?」

「ま、それなら俺も気兼ねなくやれるしな」

 

 サイ、ゴリラ、ゾウのメダルを装填しスキャンする。

 

「喧嘩ふっかけた私がいうのも何だけどさ、お前さんも苦労人だな。勝てないって分かってただろうに。責任感じて闘いに応じるなんて」

「何か勘違いしてるみたいだけど、俺は初めっからお前に負い目を感じて闘ってたわけじゃない」

「ん? そうなのか?」

 

 もう、自棄になっていたころとは違う。四季映姫に教えられ、風都で学び、どうするかは自分で決めたのだ。

 彼は細々と言う。

 

「俺がお前と闘ったのはただ、過去の清算をしたかったってだけだ。俺が原因で起きた異変で被害を被った人たちが一人でも減るように。それもさっきまでの戦いでもう済んだだろ」

 

 そう、自分の過去との清算はコレで終わりだ。なんせ萃香の異変の目的はもう叶ったようなものだから。自分たちが自分たちのやりたいように生きていればそれで萃香の目的は達成される。

 仲間集めの方は関与しないが。 

 本来ならもう自分は闘わなくても良いのだが。

 

「あとはもう、気持ちの闘いだろ。どっちが負けを認めるかっつーな」

 

 彼女自身の心の清算は済んでいない。まだ彼女が自分を信じきれていないというのなら、それが拳のぶつけ合いで解決するというのであれば、乗ってやらないこともない、というだけの話。

 

「──いいねぇ、あんた気に入った。……柊、だったよな。さっきの発言は撤回する。あんたの(ここ)は確かに強かった。私には負けるけどな」

「さてどうだろうな」

 

 お互いに一歩ずつ近づく。そして、お互いにあと一歩も進めない距離まで到達したところで。

 

 互いの右腕が胴を打った。

 

「がっ!」

「うぃ、さっきのよりも断然効くじゃないか! なぁ!? 柊!!」

 

 サゴーゾコンボによる渾身の一撃は、いかな鬼といえど無傷とはいかなかった。

 能力を用いて、という前提ではあるが、人間が再び自らの土俵に上がった事実を認識し、萃香は笑う。

 

「うりゃ!!」

 

 両の手、ゴリバゴーンを発射。先程の記憶を思い出し、萃香はまともに受けようとするが。

 

「かっ……!」

 

 亜種コンボとコンボでは文字通り天と地ほどの差がある。それは火力出力においても同義だ。

 先程よりも一回り以上の威力の拳、それを二つも直撃したのだ。コレには流石の萃香も身体を退けぞった。

 

「っ!」

 

 後ろに逸れた身体を戻し前方に視線を向けた先には。両足を融合させたズオースタンプが目前に迫っていた。

 

「おりゃぁ!!」

「う!」

 

 飛び蹴りをモロに受けながら、萃香は謎の既視感について思考していた。

 この攻撃には覚えがある。そうだ、先程こちらがした攻撃だ。礫を萃めて棘状にした攻撃。それを受け体勢を整えていたところに

踏みつけ。たまたまか? それとも、人間にも力があると誇示しているのか?

 

「──どっちでもいい。人間と真っ向からやりあえるこの感動に比べたら全てがどうでもいい。なぁ? 何年ぶりだよ! この歓喜に比べたら、他の全てが道の小石以下だ!!」

「そりゃ良かったな。真っ向勝負で初めて負けるのが俺でさ!」

 

 ゴリバゴーンの強烈な右拳が萃香の頬を打つ。しかし負けじと後ろ蹴りを柊の首へと食らわせる。

 

「そら、受けてみろ!!」

 

 そう言って瓢箪の中に入っている酒を口に含むと、炎となって口から吐き出される。

 

「ぐうぅ!!」

 

 両手を頭の前に広げ、炎の中を突進する。その走った勢いのまま、頭部の角を萃香に向ける。

 

「いいね、そぉっら!!」

 

 互いの角で頭突き合う。金属同士がぶつかり合ったような、生物同士が当たったとは思えないような金切り音を立てながら、両者ともに額を手で押さえた。

 

「いったぁ……」

「いちちち……! や、やるじゃないか、鬼の私に勝るとも劣らない角だ……!」

 

 超強力なパワー。至極シンプルで正当な力。サゴーゾコンボはそれだけに留まらない。

 

「なにっ……!?」

 

 重力操作。不意の超能力に萃香は出遅れる。

 

「せいっ!」

 

 更に、それを可能にするサイヘッドの一本角、グラビドホーンを胸に突き刺す。

 

「ぐぇっ!」

 

 強烈な衝撃を受け吹き飛ぶ萃香に、更に腕を飛ばし追撃を仕掛けた。 

 

「はっ……はっ」

「お前と闘ってると昔に戻ったようだよ」

「そう言うってえと……俺ぐらい力持ちの人が他にもいたのか?」

「ああ、お前みたいに姿が変わったりする訳じゃなかったけどな」

 

 萃香は懐古したような目で、遠くを見つめている。どれほど昔のことだったか。もうその時の闘いの感覚すら朧げだ。

 そしてこんな戦いを、幾星霜待ち侘びたか。

 

「なんかこう、身体から力を練り出してたんだよ」

「へぇ……是非とも話を聞いてみたかったな」

 

 そう言う柊の力も残り少ない。そもそもコンボに変化した時点で勝ち筋を見極めていなければいけなかった。勝算もないのに萃香に乗った柊もまた、甘かったが、それこそが彼の本質でもあった。

 

「……ぐっ…!」

「! おい、大丈夫か?」

「人間の心配をしてくれるなんざ、随分優しい鬼だな……泣いた青鬼さんか?」

「誰だよそいつ……いや、別に心配した訳じゃないよ、ただこんな所で死なれたら処理に困るだけだ」

 

  

 

 

 

「くくっ、博麗の巫女ならともかくただの人間のそいつを連れて来たのはやっぱり失敗だったんじゃないのか?」

「良いんだ。こいつは必ず私達にとって将来の財産になる、必ずな」

「……私達?」

 

 おっと。と俺の口を抑えるレミリアさん。

 

「そろそろ決着つけましょうか」

「望むところだよ! 全力できな!」

 

 右手をクイクイと手前にやる。

 

「喜びなさい柊、弾幕ごっこ新米の貴方がこれを目に収める事が出来る事に!」

 

 

 身体を縮こませる。そして少しの静寂の後、レミリアが宙へ上がる。

 

「神術! ……」

 

 

 両手を上げて、高らかに詠唱した。

 

 

「『吸血鬼 幻想』」

 

 

 

 レミリアの背後に浮かぶ巨大な魔方陣。

 徐々に徐々に上へと上がり、魔方陣が回転を始めると一気に巨大な弾幕が拡散するスペルカード。

 

 上空から軌道上に動く大玉。

 それが五つこちらの目を惑わせながら向かって行く。

 

「シンプルにうざいな!」

 

 殴って壊し、弾幕で相殺し、避けれるものは避けていく。

 

 

「す、すげぇ…」

 

 俺には弾幕に埋め尽くされてるようにしか見えない。あんなののどこに避ける空間があるんだろうか。

 

「……私の勝ちッ!」

 

 大玉の奥から聞こえる声。

 そして大玉の合間を縫ってレミリアの元へ飛来する鎖。

 

「自分で自分の視野を狭めるなんて…墓穴を掘ったね!だって……」

 

 締め付けるようにチェーンはレミリアを囲む。

 

「喋りすぎだよ、鬼」

 

 しかし完全に締め付けられる前に蝙蝠化し萃香の背後に迫った。

 

「あっ!」

「隙だらけよ」

 

 実体を取り戻し、槍を振る。

 

「…うわ〜!……なんちゃって!」

 

 萃香は霧に消え、槍は鎖に絡まってしまう。

 

「なっ!」

「かかったね!」

 

 一瞬の隙に槍ごと腕を鎖に巻き付けられた。

 そのまま鎖を引っ張り大玉へとレミリアを投げ飛ばす。

 

 ─────────

 

 

(やばい…!)

 

 あの大玉は一見遅くて鈍いだけの玉に見えるが違う。ずっと地面を抉る鈍い音が聞こえてきていた。

 あれは地面をえぐる音が聞こえる程に回転しているということだ。高水圧カッターと原理は同じ事。

 

 当たれば大怪我は免れない、俺がどうにかしなきゃだけどメダルはレミリアさんが持ってる…!

 

「……ああ、くそ…なるようになってくれ!」

 

 ──────────

 

 

「そおっ…ら!!」

 

 一度後ろに助走をつけて、大玉にこいつを打ち込む。

 やっぱり吸血鬼って言っても大したことは……。

 

「おりゃあ!!」

「うぇ?」

 

 コツン、と右手に何かが当たった感触があった。

 見てみれば、人間が私の右腕に蹴りを入れていたようだ。

 

「……何してんだ?」

「やっぱダメかぁ…!」

「…アハハハ! やっぱ面白いなお前! 分かっててやったのか!」

 

 でも残念だったな、全然邪魔になってないよ。

 

「大健闘ね、よくやったわ」

「あ」

 

 気を取られた一瞬で、レミリアに鎖を引っ張られる。今度は私が宙に浮く番だ。

 

「やっちゃったあぁぁぁああ!」

「天誅!」

 

 レミリアは鎖を叩きつけて、私を弾幕へ突っ込んだ。

 

「あぁぁぁあああ!!」

「お終いね!」

「……ん〜」

 

 どうすっかな。まぁ今回は人間の肩を持ってやるか。頑張ったみたいだし。

 だがこのまま負けるのも癪なので、せめて道連れにしてやるか。

 

「ちょっ…!」

 

 被弾覚悟で鎖を後ろに思いっきり引いた。

 レミリアはその勢いを殺しきれず──。

 

 ─────────────

 

 

 激しい炸裂音が鳴った。

 

 急な音で驚いて目を閉じたが、すぐに開け直す。

 

「れっレミリアさん!!」

 

 姿が見えない。もしかして。

 

「しっ…し、しし、…死んだ…?」

 

 どうしよう、っていうか俺も咲夜さんに殺される!

 

「やったわね、大金星よ…まぁ勝ちではないけど」

「わっ!れ、レミリアさん!」

 

 後ろから声が聞こえた。まさしくレミリアさんの声だ!

 ボロボロになった服で、ケホッと少し咳き込んでいる。

 

「大丈夫ですか?」

「私よ? 大丈夫に決まってるじゃない。そもそも直撃は避けたし。あいつと違って」

「流石ですね…」

 

 レミリアさんの指の先では、萃香が気絶していた。

 

「当然ね、私のマックスパワーだもの。直撃すれば気絶もするわ」

「いたたた…負けたかぁ」

 

「…起きてません?」

「……」

 

 萃香が後頭部を擦りながらスッと立ち上がった。

 

「ちょっと、そんなすぐ立ち上がらないでよ、私が大した事ないように見えるでしょ」

「あーあ、負けちゃったかぁ。やるなぁ」

「これからは慢心しない事ね。私ならあそこで負け筋は作らなかったわ。例え非力な人間だったとしても近寄らせない」

 

 それに、と続けるレミリアさん。

 

「さっきの大きくなるやつ使えばまだ闘えたでしょ? 何故私に投げられてすぐ使わなかったの?」

「結局被弾するのに変わりはないでしょ。それに私はそんな横暴でも見栄張りでもないよ、そんなズルしても楽しくないし」

「それもそうね。けどやせ我慢で痛くない振りするのは見栄っ張りとは違うのかしら?」

「はいはい、強かったって。謝るよ」

 

 その言葉に満足したようだ。笑顔でウンウンと頷いている。

 

「それじゃ、私達はここで去るわね。せいぜい霊夢にこっ酷くやられるがいいわ」

「はーい」

「…レミリアさんの方が見栄っ張りに見えちゃいますよ」

 

 どうやら勝てなかったのが多少尾を引いてるらしい。

 

「…そういえば聞いてなかったけどさ、なんの目的があってこんなことしてんの?」

「んー?」

 

 数秒右上を見ていると思えば、こちらを向き直した。

 

「私はただ皆んなで宴会したかっただけだよ? 出来れば毎日大勢で」

「は? それだけ?」

「うん! それだけ」

 

 こんなに強いんだからてっきりもっと悪いこと企んでるんだと思ってたが。なんともまぁ肩透かしだ。

 

「…ふふ、柊からしたら少し面食らったかしら? 異変なんて大抵こんなもんよ」

「……こんなに大変だったのになぁ」

「アハハハ! それじゃあねー!」

 

 プツン、と意識が一瞬消えて気づくと、博麗神社に戻っていた。

 多分紫さんが連れ戻してくれたのだろう。

 

「あら…お帰り、柊」

「どうも」

「…紫さん霊夢は?」

「今行かせたわ」

「…そうですか」

 

 レミリアさんが横にいた。

 

「…ん」

「何か騒がしいわね?」

 

 ザワザワと音がする博麗神社の方を見やる。

 

「おーい早く来いよお前ら〜!! お前らも準備手伝えよな〜!」

 

 魔理沙が両手に酒を持って手を振っている。ああ、今日が宴会だったな。

 

「完全にそっちのけだったわね…正直言って宴会よりお風呂先に入りたいわ…」

「俺もです…ていうか寝たい」

 

 体は痛いわ頭はぼーっとするわで早く寝たいなぁ。

 

「もしかして昨日からずっと寝てないの?」

「貴女を探してたんですよ…咲夜さんに言われて」

「そういえば言ってたわね…全く。今日はゆっくり寝なさい」

「それじゃボチボチ行きましょうか」

 

 神社へ足を運んでいると。肩を叩かれた。

 

「…?」

「はいコレ、返すの忘れてたわ」

 

 胴のメダルだ。そういえばそうだったな。

 

「どうもありがとうございます」

「それはこっちもよ、あいつの気持ちの問題だろうけど、貴方がいなかったら相討ちには持っていけなかった。誇っていいわよ」

「はいはい」

 

 いつもの饒舌を軽く流しながら聞く。

 レミリアさんもこういう扱いに慣れてるのかちょっと困った笑みを浮かべているだけだ。いつもだったらこれでおしまいなのだが。

 

「ほんとにありがとね。いつも感謝してるわよ」

 

 身体を右に曲げて満面の笑みでこちらにお礼を言う。それは友達に向けて言うようで、少し照れくさかった。

 

「う…じゃあ、今度弾幕ごっこ教えてくださいね」

「ええ、いいわって…なに目逸らしてるのよ、照れてるの?」

「……ちょっとビックリしただけです」

「ふふ、なら偶にはこうやって対応してあげようかしら」

「勘弁してください」

 

 ─────────────────────

 

 数刻後に泣いている萃香の首元を引っ張りながら神社へと戻った霊夢を見て、異変は終わりを告げたのだった。

 

 

 

「異変の主犯になったぐらいだからもっと暴れると思っていたのだけれど」

「いや〜私もそこまで乱暴する様な奴じゃないよ」

「それでどう? 強かったかしら?」

 

 紫が笑って尋ねる。

 

「霊夢? だったら言うまでもないだろ?」

「違うわよ。吸血鬼とともに来た方の子のこと」

「さぁな。正直そんな強いとは思わなかったけど……」

「?」

「中身はあんな吸血鬼が推すほどの素質は感じなかった。が……」

 

 紫が謀ったような瞳で萃香を見つめている。

 

「……まぁ、妖怪になってる時のあいつは確かに面白かったな。私と握力で引けを取らない種族が鬼以外でいるとは思ってなかった。ま、弾幕ごっこのセンスはあんましなさそうだったけどな」

 

 痛めた右手をブラブラと振る萃香。

 

「妖怪じゃなくてオーズよ」

「どっちでもいいだろ。それにさ」

「?」

「私が手を出したら止めてただろ〜紫」

「さぁ、どうかしらね」

 

 知ってるんだよ、という目で訴えかける萃香。

 

「それより、異変も大団円で終わったんだし飲まないの〜?」

「飲む飲む〜。私達も霊夢の所行きましょうか」

 

 こうして、殆どの者は異変に気づかぬまま、異変は幕を閉じたのだった。

 

 



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誤想永紫 編
36話 墓とお参りと永遠亭


紫は今永遠亭の主人とも呼べる医者、八意 永琳(やごころ えいりん)に呼ばれて、永琳の元へ来ていた。

 

「直々に呼ぶなんてどうかしたのかしら? 私も暇ではないのだけれど」

「……直接会って聞きたい事があったの」

 

「……以前貴女と大食漢……もとい幽々子と話つけていたのを見ていたんだけれど」

「あら。盗み聞きなんてはしたないですわ」

 

お前が言うな。という目で紫を睨む永琳。

 

「それで聞きたいんだけど……もう解決策は編み出せたの?」

「全然」

「働いてないじゃない!!」

 

何が暇か! と内心突っ込んだ。

 

「いやいや、ほんとに働いてるわよ。……ん〜以前一回だけ翔と現代に行ったことがあるんだけど、何も変わった事は起きてないから大丈夫よ」

「何やってるのよ!」

 

いきなり首元を掴む永琳、そして紫は泣き出した。

 

「わ〜ん! 意図的じゃないもん! しょうがないじゃない!!」

「……じゃあ、まだ手立てはないのね?」

「ないわよ……っていうか何? もしかして貴女も手伝ってくれるの?」

 

いきなり変化する紫の情緒の変化に永琳はツッコむのを放棄した。

 

「違うわ。私は聞きたいだけ……このままだと私の居場所にいつか危険が訪れるかどうか」

「……?」

 

椅子に座り込んで話す永琳。

 

「……覚えてるかしら、私が以前偽の月を作った異変の事」

「勿論よ、私と霊夢の初めての共同作業だもの」

 

紫が上機嫌に言う。相変わらず胡散臭い紫に苛立ちを覚えても尚、永琳は無視して話した。

 

「あの時は結局月の使者が幻想郷に入れない、という事で事態が収束したけど」

 

分かりやすくいうならば永夜抄。永夜抄異変と呼ばれる異変が以前起こっていた。

 

偽の月を作り月の使者から輝夜姫を守ろうとした永琳によるものだったが、幻想郷の結界は外からの悪意を通す事はない、という紫と霊夢の説得により終焉を迎えた異変だ。

 

「今回はそうも言ってられないのではなくて?」

「う〜ん……流石は天才。というか話を聞いてたんだものね。盗み聞きで」

「……外の世界の民がどれだけの力を持っているかは知らないけれど……私には生きて守らなければならないものがある。……その為には手段を選ばない、とだけ」

 

紫が、永琳の両肩に手を乗せる。

 

「心配しないで、必ずどうにかしてみせるから。私だって貴女と同じ気持ちですわ」

「……彼を殺しても、意味がない、だったわね?」

「ええ、問題は彼そのものではない。それはさっき言った通りよ」

 

一回現世に戻っても結び付きは変わらなかった。結界には綻びも生じなかった。つまりはもう彼の問題ではなくなったのだ。

 

「でも、あの子の()()秘密はあるかもしれないわね。必ず理由はある筈だし。まぁせいぜい私達の愛する居場所を壊されないように頑張りましょう」

 

「……ふ〜ん」

 

 

スキマを縫って帰る紫。そして、永琳は数日永遠亭に籠ったのであった。

 

 

 

ある日の快晴。その中で翔は墓の前で手を合わせていた。

 

「……」

 

この墓は、いぜん現世に行った時に助けられなかった人間の墓である。不運の連続で助けられなかった事、たまたまがある事、そしてあの日の濃密な出来事全てを、忘れない為に一人で作ったのだ。

 

「……こんな所にいたの?探したよ、翔」

「……慧音さん、すいません。何も言わずに出てしまって」

 

萃夢想異変後、幻想郷は平和そのものであった。悪戯する妖精や活気ある人里。常日頃何かを企む妖怪たち。その光景に翔はすっかり愛着が湧いてしまう。

 

「……いつの間にかここが俺の第二の故郷になっちまったなぁ」

 

今は、現世で会った左 翔太郎の言っていた言葉がよくよく理解できる。

 

「この幻想郷で誰にも泣いてて欲しくない……うん」

 

ならば、自分も一歩前に進めたのではないだろうか、と思い翔は無意識に笑顔になった。

 

「どうした? 何かいい事があったの?」

「強いていうなら……慧音さんが笑顔が見れた事、かなぁ……」

 

人里でも屈指の美人である慧音、彼女の笑顔が見られるのは歓喜以外の何物でもないだろう、だが。

 

「うわぁ……誰に影響されたか知らないけどさ、ちょっと恥ずかしいぞ、それ…」

「……」

 

共感性羞恥、というよりかは親しくなったゆえの反応だろうが、翔の心に一閃の傷が入る。

 

「心の傷は男の勲章……大事な経験として閉まっとくぜ…」

「……なぜそう遠回しに言うんだ…さっきのも私と一緒にいると楽しい…でいいだろう」

 

若干慧音が身を引いている。だが今のは慧音も中々攻めているのではなかろうか。

 

「そ、その発言は……勘違いしますよ…」

「? まぁいいや……今日はどうする? また教えに来る?」

 

一つ、嬉しい事が翔にはあった。それは慧音さんが自分への接し方を保護者としてではなく、仲間として見てくれるようになった気がするからだ。

 

あくまで気がするだけで、慧音はその気など一切ないのだが。

 

「……嬉しい誘いなんですけど、今日は行きたい所があるんです」

「そうか、また後でな」

「はい、何かあったらすぐ言いますし、そっちも教えてくださいね、すぐに行きます」

 

翔が向かった場所は。

 

「よっ! 沙耶!」

「あ! 変なお兄ちゃん!」

 

以前猫が迷子になったと言い慧音と翔に頼み込みに来た少女である。

 

「元気にしてたか?」

「うん!」

 

両親ともに働いているが沙耶自身はまだ寺子屋には行っていない。両親が帰ってくるまではいつもペットの猫と遊んでいたのだが。翔が来てからは翔ともよく遊ぶようになった。

 

「どうする? また人里回るか?」

「うん! かた!かたがいい!」

「はいはい」

 

かた、とは肩車の事だ。上から人里を見上げる視線が新鮮で楽しいらしい。

 

そもそも、翔とは猫探しの縁であっただけの話なのだが翔から彼女に会いに行っているのだ。

 

(……俺はまた……いやまだ……)

 

翔は、未だ沙耶という名前に縛られている。ただ、償いの為に遊んでいるわけではないし、また悩んでいるわけではない。

 

「あっちに行こうよ! まだ見てないよね!?」

「え、あ、うん」

 

「よぉ! 兄ちゃん!」

 

横にいた男から話しかけられる。件の少女、沙耶の親父であった。

 

「悪いねいつもいつも!」

「ああ、いえいえ…」

「おとうちゃん! 早くかえってきてな!」

 

手を振りながらまた歩いていく。翔は沙耶の両親からは信頼されている。というのも、慧音と一緒に行動している面が大きかった。以前は特訓メニューの一つで人里での荷物運び等々をしていた為に大体の人が翔の人となりを知っているのだ。

 

「楽しいか?」

「うん!まだおろさないでよ!?」

「わかーってるって」

 

翔は、現代で助けられなかった別人の沙耶の母親の事を、どこか負い目に感じているのかもしれない。

 

「じゃあな、また今度」

「う!! ばいばい!」

 

夕刻になり、翔は帰った。

 

「……今日も平和だった、うん」

 

 

 

 

振り返されるトラウマ。未だ翔には尾を引いているのかもしれない。

 

(……だけど、どっか面影があるんだよなぁ…)

 

現代でであった少女と。もしかすると、関係がないわけではないのかもしれない。なんて言い訳しながら慧音の元へと足を運んだ。

 

「ただいま」

「ああ! お帰り! 手洗っておいで」

 

慧音も変わらないな、と笑いながら洗面台へ翔は向かう。

 

「そういえば、手紙が来てたぞ?」

「内容は?」

「いやいや…お前宛なんだからお前が見ないとダメだろ」

 

そりゃそうか。と思い翔は手紙を開く。

 

『貴方に頼みたい事があります。よろしければ来てください。時刻は〜〜、案内人も派遣しております 永遠亭より ps…」

 

「……これは……」

 

あのお医者さんからの手紙か。と手を口に当てて考える。

 

「何だったんだ?」

「いや……野暮用です。多分くだらない事でしょうけど」

 

とりあえず、慧音には悟られないようにしよう。と意識する。

なんの用があって? なぜ自分が? と疑問はあるが、行ってみようとは思う。どうせ暇なのだから。

 

 

♢   

 

次の日

 

「……紫さん?」

「はぁい、翔」

 

慧音に言われ自分の部屋として使わせてもらっている部屋に突如スキマを使って紫が現れた。

 

「ね〜え、ここ最近不思議な事なかった?」

「……はい?」

「だから〜不思議な事よ」

 

真っ先に思い当たったのは、手紙の件だった。

 

「……何か企んでるんですか?」

「企んでるっていうか……対策してるっていうか?」

 

紫はふわふわ、浮いて翔の肩に頭を置いた。

 

「ちょ、近いですって!」

「いいじゃない、修羅場を潜り抜けた友達でしょ?」

 

再び以前の記憶が翔の頭で呼び起こされる。

 

「……こっちも聞きたい事があったんです」

「ん?」

「……同じ人間が、幻想郷に生まれ変わりとして生きてる…ってことあり得ますか?」

 

紫は神妙な顔になる。

 

「あり得ないわ、残念ながら……貴方の思っている事も分かるけど…それはあり得ないのよ」

「……そうですか、残念です」

「……そうね」

 

少しの間静寂が流れるが。

 

「……この話はやめましょ! 聞きたい事は他にあるし!」

 

両手を叩き、笑う紫。

 

「聞きたい事…?」

「うん、翔の所にさぁ何か永遠亭からメッセージ的なの来なかった?」

「──!」

 

脳裏に浮かぶ一枚の手紙。

あれにはまだ続きがあった。

 

ps 紫は信用するな、と。

 

その手紙を送った永琳を信じてからか、はたまた紫の人徳ゆえか。

 

「……来てません」

「はーい、何かあったら教えてね。すぐ来るから」

 

翔は嘘をついた。

 

「……何が起こってるんだ……」

 

自分に関係のある事が、自分の周りで起きているのに肝心の自分は蚊帳の外である事に不安を覚える。

 

そして、平和なまま約束の日が訪れた。

 

「……あ、ウサギの人…」

「こんにちは、それでは安全の為にも私が永遠亭へ案内します」

 

鈴仙が、派遣されていた。そして竹林を潜り抜ける。

 

「あの〜……お医者さんが俺になんの用なんでしょうか?」

「さぁ? 私も詳しい話は聞いてませんから……本人に会って直接聞いてください」

「そうですか…」

 

心当たりなんて一切ない。送られた時から色々考えてみて、初めは医療費の請求か何かかと思ったがそれはすでに解決しているはずだ。

 

「……全く……お師匠様も人使いが荒いんだから…」

 

独り言らしき愚痴を鈴仙が零す。どうやら鈴仙は本当に事情を知らないらしい、と確信する。

 

「それを言うなら兎遣いでは?」

 

明らかに兎だし。うさ耳生えてるし。

 

「ああん!?」

「ひえっ……なんもないっす」

 

こういう人だったのか…と反省する翔。

 

「はぁ……歩き続きですし…ちょっと休憩しますか」

「あ、いや気にしなくていいですよ。別に疲れてないんで」

「……そうですか」

 

多分、鈴仙は休憩したかったのだろう。翔を思い切り睨みながら座りかけていた石から起き上がる。

 

「…おかしいわね」

「何がですか?」

 

普段竹林に近づかない翔には異変がわからないので、鈴仙に尋ねた。

 

「いつもだったらバカが落とし穴とか罠で嵌めてくるのに……今日は何もないのよ」

「……えっと、看護婦さんに? 毎日ですか?」

「ほぼ毎日よ。あと鈴仙でいいから」

「あ、はい」

 

辺りをグルグルとみて回る鈴仙。

 

「でも悪戯されないっていうのはいい事なのでは?」

「なーんか、逆に不穏なのよね」

 

なんともまぁ、大変そうな女の人だなと思った翔であった。

 

「…あ、妹紅さん!」

「げ……あんたは」

「……なに? どうしてここにいるの? それに鈴仙ちゃんまで」

 

妹紅はこの竹林近くに住んでいる人間だ。ゆえに鉢合わせすることもあるだろうが。

 

「お師匠様がこの人に用があるの。あんたとは関係ないから」

「ちょっと…そんなあしらうみたいに…言うのは失礼じゃ?」

「いいから! あんたはさっさとついて来ればいいの!」

「ま、また後で! 妹紅さん!」

 

後ろから二人を見送る妹紅。

 

「……」

 

だが、妹紅は確実に二人の様子を訝しげな目で見つめていたことだろう。

 

ようやく、永遠亭へと到着した。

 

「はい、あとはもう一人で行けるでしょ!」

「あ、うん…ありがとうございました」

 

そして一人足を運んで行く翔。

 

「……今更だけど……相当広いよな」

 

流石は幻想郷の病院といった所か。相当広くて危うく迷子になりそうだ。

 

「こっちよ、入って来て」

 

翔の眼前にある一つの扉から声がする。以前から世話になりっぱなしの医者様の声だ。

 

「失礼します」

「ええ……こんにちは」

 

八意 永琳が、翔と邂逅した。

 

 

 



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37話 信頼と信用と生きられない

「その椅子に座ってくれる?」

「はい」

 

柊は用件を聞くこともなく大人しく座った。

 

二人の間に流れる雰囲気は合コンやお見合いのそれではない。剣呑な空気が流れている。

 

「紫から何か言われなかった?」

「言われましたよ。永遠亭から何かメッセージが届かなかったかって」

「ありがとう、私を信頼してくれて」

 

八意 永琳よ、と言って手を伸ばす永琳。だが。

 

「……うーん、お医者さんのイメージが強くて……名称が決めづらいなぁ……八意さんでいいですか?」

 

さっきまでの冷たい空気が嘘のように柊の眼が輝いている。医者を観るのが物珍しいように。

 

「いいわよ。…ていうか別に外の世界でも医者はいるだろうし話すことも珍しくないでしょ?」 

「え? でも俺…一回も病院に行った事なんてなかったですから……」

「へぇ〜、外じゃ貴方も随分元気だったみたいね」

 

感心感心、と頭を縦に振る永琳。

 

「こっちじゃ常連なのにね」

「す、すいません……」

 

困った顔で永琳が笑い、柊は平謝りする。

 

だが、どこか不穏な気配は拭えない。

 

「……でも、その方が都合が良かったんじゃないですか? おかげでなんの怪しさもなく俺に手紙を出せたでしょう?」

「……あら? 企んでるって分かってたの?」

「そりゃ、心当たりがありませんでしたから……って言っちゃうんですね!?」

「だって嘘つくのは良くないもの」

 

どこか抜けていた医者の姿に思わず柊は咳き込んだ。

 

「ごほっごほっ!」

「ちょ、ちょっと!? 大丈夫!?」

「大丈夫…て、…あはは! なんで永琳さんが心配してるんですか!」

 

自分を利用する為に呼んだのであろう永琳がなぜか心配してくるのに柊は混乱してしまう。

 

「あ、え、だって……つい癖で」

「はぁ〜……折角覚悟決めてきたのに…ちょっと気が抜けちゃったじゃないですか」

 

さっきまでの医者たる厳格や敵対心も拭えてきた。医者じゃない時の八意 永琳とはこんなフランクな人だったのか、と。

 

(これが作戦だったら完全に俺は落ちまってるなぁ…)

 

永琳をして、もう天然にしか見れなくなった柊である。

 

「まぁ話を聞いてよ」

「はい、なるべく簡潔にお願いしますね」

「ええ、任せて」

 

永琳はどこからかメガネを取り出して立ち上がった。

 

「貴方の出所は紫と幽々子が話しているところを盗み聞きで聞いたわ!」

「!」

「それでね……このままだと幻想郷に危機が訪れるかもって聞いて……そこで!」

 

メスとナイフを取り出して。高らかに言った。

 

「貴方を調べれば対策が思いつくかも……ってね!」

「! ──変身ッ!!」

 

──タカ! ──トラ! ──バッタ!

──タ・ト・バ! タトバ! タ・ト・バ!!

 

「せいっ!」

「!!ッチィ!」

 

 

オーズはトラクローでメスを弾く。

 

「あくまで反抗するのね……」

「だって……身体いじるって…俺死んじゃうでしょ!?」

「死なせないわよ、約束するわ。別に貴方が困ったりはしないようにするもの」

 

互いに間合いを詰める。

 

「でも……腹とか裂かれるんじゃ…」

「解剖したっていう記憶は消しとくから大丈夫よ」

「……俺が失踪したって知ったら他の人達も心配させるし…」

 

永琳はそれに対して問題ないわよ? と左手を挙げる。

 

「貴方を催眠状態にして、『暫く永遠亭に泊まります』って言わせれば怪しまれないわ」

「……なら……いい、のかな……」

 

誰もそれで被害が出なくて、自分が数日間の記憶がなくなるだけならば、と。柊は思い始めた。

 

だが、そこには当然、倫理観というものが欠けている。

 

「……弄って俺がおかしくなっちゃったら……?」

「うーん、もしそうなっちゃったら正常に見せる薬を使うから。それで周りは誤魔化せると思うけど?」

 

柊にも、永琳にも倫理観が欠如している。その中で柊が否定する理由は一つだけ。

 

「……親が日中仕事で働いてて、寂しがってる女の子が居るんですよね」

「優曇華にでも遊戯に遣わせるわよ? それじゃダメ?」

「う……ん」

 

「……貴方が体張ってくれればそれだけで他の人を助けられるのよ? 迷惑を感じる人はいないわ」

「……なら」

 

いままでの話を聞いてくれないし付き合ってくれない人達とは違う。これは提案なのだろう。と柊は理解すると同時に積年の功を感じる。

 

「……お願いします」

「そう、それじゃあね」

 

容赦のない一撃を放つであろう弓が、柊に向けられる。

 

「安心して、次起きた時には全部終わってるから」

「──!」

 

次の瞬間。

 

何が起こったのか、彼には理解できなかった。

 

見えたのは。ただ、矢が、自分の側に横たわっていることだけ。

 

 

「ちょっと、彼を痛めつけないでくれる? 可哀想じゃない」

「紫さん……」

「紫……!? な、なんで…」

 

その場に現れたスキマ妖怪、もとい八雲 紫は柊の右腕に手を伸ばす。

 

「全く、そこまで困ってたなら相談してよ」

「……はい」

 

それを聞くなり意地悪そうに柊のほっぺに指を当てる紫。

 

「このこの〜、私は貴方の為に人肌脱いだんだからね?」

「すいませんでした…」

 

柊と紫は並一通りの関係性ではない。狙い狙われ、殺し殺されの関係を潜り抜け共に早苗を守った者同士の奇妙な縁。

 

 

「そうね、これからは信頼もしてくれる?」

「元からしてましたよ。……今回俺が貴女に相談しなかったのは俺一人でここに来たかったからですから」

「もう……そういう所は男の子よね」

 

自分の事ならば、自分一人で解決したい。もし無理でも話だけは自分一人で付けにいきたい、と柊は思っていた。

 

二人の笑顔を見て眉を顰める永琳。

 

「あ、それと後で貴方に言いたい事と…見せてあげたい物があるから、さっさと終わらせましょう?」

「そうですね。……こんな所で終われないし…」

「ほら、メダル。次は気をつけなさいな?」

「……はい、ありがとうございます…!」

 

柊は空を司る王の力を、身に纏った。

 

──タカ! ──クジャク! ──コンドル!

 

──タ〜ジャ〜ドル〜!!

 

「……ハァッ!」

 

熱気を払って、紫の横に立つ。

 

「……なんだかんだ言って、これが初めての共闘になるのかしら」

「そうですね、いぜん西行妖とやり合ってた時は…利用し合ってただけでしたから」

「ふふ、楽しいわね。永琳」

「ど、どこが……!」

 

 

「「はぁ……はっ!!」

 

オーズが火球を飛ばし、紫が結界を張る。

 

とうとう、これでこの三人が決着をつけざるを得ない。

 

 

「いいわ……貴女まで敵になるというのなら…貴女も泣かせるだけよ!!」

 

「……貴女まで?」

「気にしないでいいわ、ざ、戯言よ」

 

どこか汗をかいているような紫をよそ目に、柊は永琳に向きあう。

 

「それじゃ…一気に決めましょう!」

 



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38話 小さな幸せと自分勝手と意地っ張り

「相手は無敵の弓兵。攻めるにはどうしたらいいと思う?」

「……片方を囮にして片方が隙を突くのがセオリーだろうけど……今回は俺が囮の方が良い、かな」

「いいわね、それでいきましょう」

 

 

 永琳は、先に落とせる確率の高い相手、つまり柊を優先的に狙い定めた。

 

 永琳の持つ矢は柊が捉えきれない高速の矢。弦を引く様子に柊は内心で焦るが。

 

「──!?」

 

 柊はまっすぐ、永琳の元へと駆ける。

 

 ──何故!? 諦めたの……!?

 

 惑わされる思想を振り切って、永琳は矢を放ったが。

 

 しかし、紫のスキマによって狙いをズラされる。

 

「ねぇ便利すぎるわよ? それ!」

「ふふ、月の頭脳がよく言うわ。おあいこ様でしょ」

 

 柊の動きに合わせてスキマを展開するので柊が脚を止める必要もない。

 

 柊はタジャドルコンボによる高速飛行と火球を駆使して永琳を穿つ。

 

「紫を先に沈めるしかないわね…!」

 

 先の戦いで使った戦法である矢を放った後に軌道を変える技術を再び使う。

 

 その動きは紫も柊も既に知っている。柊に向かうと見せかけて紫の元へ飛ぶ矢は、スキマによって無効化される。

 

 ──こんな物でどうにか出来るなんて思ってない筈。何か別の狙いがあるわね。

 

 紫は矢を受けたスキマから即座に離れる。

 

 その数秒後にスキマから爆風が飛び出した。

 

「成る程……受けていたら負けてたわね」

 

 しかしながら、それは的外れな作戦の筈だろう。紫が矢を直接手でキャッチする事などそうない。どちらかといえばスキマで解決する方法を取る方が安全面においても妥当。それがわからない永琳ではない。

 

 

 

 紫は右手を円状に回し、屋敷上にスキマを作り、電車を呼び寄せた。

 

「!」

 

 いち早く察知した永琳は矢を壁に埋め込み綺麗に穴を開けて外へ飛び出る。

 

 

「……流石の対応力ね。完全に決まったと思ったんだけど」

「一応……人の家ですけど」

 

 

 発想がぶっ飛んでいるという他ない。スキマで武器を用意するのなら柊も頷ける。だが。

 電車を人の屋敷に打ち付けるなんて普通の思考では思いつきもしないだろう。

 

 

 永遠亭の屋敷の上という永琳の死角から電車を垂直に突き落とすという中々にイカれた行動を突起した。しかも自分と柊はスキマで上に逃すという安全性っぷり。

 

「あれを避けるんだから永琳も大したものよね。月の賢者というのも頷けるわ」

「? そういえば八意さんは?」

「上じゃない?」

 

 上? と柊がオウム返しを交わして上を見上げる。

 

「!! ッ…勘が……良すぎるわよ!!」

 

 紫の鋭過ぎる察知能力に永琳は僅かな苛立ちを見せた。

 

「そもそもこの私に不意打ちなんて土台無理な話ね」

 

 すると、永琳は速やかに弦を抑えていた力を弱めて、右ポケットから瓶を取り出した。

 

「あらあら危ない物はメッ、よ」

 

 腕ごとスキマに誘って、腕から強引に瓶を奪い取った紫。

 

「あっ!!」

 

 さらに永琳の背後から出したスキマから蹴りを入れる。そして落下する場所を計算して柊は火球を撃ち放ち、見事に炸裂した。

 

「良い火力ねぇ」

「いや、咄嗟に矢で相殺されてます。……もしかしなくても相手超強いですよ」

 

 そもそも、紫のスキマがなければ永琳の穿つ弓矢の最高速度には対応できない柊はどうやっても勝てないのだ。

 

「ウサインボルトに五歳児が100mで追い越すくらい無理な話ですよ」

「う、ウサイ……? ……今度調べておくわ」

 

 コツコツ、と足音を立てながら、ボロボロの屋敷から永琳がやってくる。

 

「紫がそこまで出っ張るなんて……厄介な事この上ないわ」

「あら? そうとも言うわね。でも貴女何か仕込んだんでしょう? まだまだ負けたって顔してないわよ」

 

 身体についた埃を払い除けて、永琳は言う。

 

「──次スキマを使った時が貴女の終わりよ」

 

「……来るわよ、気を抜かないでね」

「抜けませんよこんな相手…!」

 

 両者共に油断は一切していなかった。だが、それでも。永琳の稲妻のように素早い動きに二人は度肝を抜かれてしまう。

 

 

 

 いつの間にか二人の背後に回って弓を引いていた。紫が間一髪弾幕を放ち軌道を逸らす。

 

「式神『八雲 藍』」

 

 爆風と共に式神の藍が現れた。

 

「紫様、如何様に」

「常に弾幕を放ちながらあいつに近づきなさい」

「御意」

「藍さん!」

 

 柊の声を聞き、一瞬笑って、藍は紫の指令通りに動き始めた。

 

「……うーん」

 

 ──ブラフでスキマを使わせないようにした?

 

 紫は先の発言を振り返る。次スキマを使えば、とはどういう場合においてだろうか。

 

 逃げる為に使った時? 攻撃の為に使った時? それとも、スキマを使ったらその時点で終わる何かを仕組んだのか?

 

 頭の中で疑問符が乱舞する。

 

 

 だが少なくとも、スキマを使わせない為に言ったブラフではない。

 

 それは分かっている。永琳は聡明だが嘘をつくのが下手である。あの自慢げな顔で言った以上スキマに何かを仕組んだ可能性が高い。

 

「全く。貴女との弾幕ごっこは戦争みたいに忙しいわね」

 

 

     ♢

 

 

 永琳の放った数本の矢は藍の尻尾で弾かれる。

 

「随分と従順な狐だこと!!」

 

 霊力で形どった矢は、以前放っていたそれとは比べ物にならない火力を誇った。それこそ藍を一撃で葬る程の。

 

「ぎゃぁつ!? ごめんなさい紫さまぁぁあ!!」

 

 コミカルな爆発音とともに藍が消える。

 

「力技……今やられるともっとも嫌なやり方よねぇ。こっちは無闇にスキマを使えないのだし」

 

 スキマを使えない今柊を弓矢から守るには弾幕で弾くか、柊自身が弾くしかない。

 幸い、あの高速矢の発射には溜めがいる。常に永琳を動かし溜めの時間を与えなければ柊でも弾ける矢しか飛んでこないのだが。

 

──永琳相手にスキマなしでそれをやるのは無理か。

 

 柊の火球弾幕は永琳に避けられ続けてはいるものの牽制にはなっている。しかし逆を言えば牽制のみ。決定打がない。スキマを使えるのならば話は変わるが。

 

 互いの弾幕打ち合いとなれば勝負を分けるのは物量差。二体一なら普通は二人いる方が優位に立つ筈。けれどこの永琳という女の使う俊敏かつ強大な矢は、紫達を押し込んでいる。

 

「ほんっと化け物……!」

「スキマに頼りすぎてたんじゃないの?」

 

 

 柊の放つ数火球を一矢で相殺していくその姿は、化け物そのもの。

 

 このままではジリ貧になるばかりと踏んだ紫は、スキマを使う事を決心した。

 

「出して見なさいよ! 仕掛けがあるならね!!」

 

 柊が火球を放ち距離を詰めようかとする瞬間、それより速く距離を詰めた紫。

 

「!」

「誰が頼りすぎてたって?」

 

 超至近距離からの弾幕を放つフリをして、永琳に防御の態勢を取らせた瞬間。全方位にスキマを展開する。

 

「最悪でもこれなら道連れよ…!」

 

 柊の火力、スキマのオールレンジ攻撃。両方を捌く術は永琳にはない。

 

 そう思っていた矢先、紫の背中に異物が直撃した。

 

「!? かはっ……あ、が!」

 

 それは、永琳から強奪したとも言える、瓶だった。

 

「ふふっ、その中に詰まっているものは薬だけじゃなくてね。持ち主の元へ勝手に戻ってくる強力なマグネットのような物。そして」

「うわっ!?」

 

 柊の身体が紫に、いや正確に言うならば紫の背中にめり込んでいるマグネットの元へと身体が誘われる。

 

(柊の身体にも同じ物を付着させてたのね…!!)

 

 二人共一直線に並んだ所を、霊力で形どった高威力の弓矢で穿つ、という腹だろう。

 

 

「紫。貴方ならギリギリ耐えられる威力よ。安心なさい」

 

 しかしそうは問屋が卸さない。そういう様に、紫が柊を蹴り飛ばした。

 

「! へぇ、そっちを取るのね」

 

「なっ!!」

「信じてるわよ」

 

 ならば、と確実に落とせる紫が堕とされたのは必然だった。

 

 

「紫さっ」

 

 ん。と言い切る前に、柊もスキマに運ばれていく。

 

「……あら? 逃げたのかしら」

 

 

 

     ♢

 

 

 

「けほっけほっ……」

「すいません……! 紫さん…」

 

 スキマの中だ、と確信するなり謝罪を切り込む。

 

「俺の所為で……」

「… 言いたいことは沢山あるけど……短く言うわね」

 

 柊の肩につく埃を払って笑う。

 

「私がスキマを使える時間は残りほんの少ししかない。さっきの薬の効力でしょうけど、ドンドン力が抜けていってるわ。私はもう闘えないみたい」

「え……」

「そんな顔しないの。私は貴方なら勝てると信じてるから助けたの。きっと私だけじゃ今回は負けてしまっていたわ。けど今回は違う。まだ貴方がいる」

「そんな……俺なんかじゃ…」

「……仕方ないわねぇ。勝ってからのサプライズのつもりだったんだけど」

 

 紫はどこからともなく、携帯を取り出した。

 

「わっ! スマホ……外から取ってきたんですか?」

「そうそう。ほら、見てよこれ」

「!」 

 

 カシャ、と。

 そこに映されたのは、たった今撮られた自分。

 

「焦りすぎよ。折角そんなカッコいい姿なのに、台無しじゃない」

 

 オロオロと、どこか頼りなさそうなタジャドルコンボのオーズだ。こんなんじゃダメだと分かっているが、何故か力が出てこない。シャキッとできない。

 

「……っ」

「そう落ち込まないで。前を向きましょう。無理だったら横でも良いわよ、私がいるから」

「……!」

 

 それは以前、柊自ら放った言葉だった。

 

「少しは冷静になれた? 今の逃げてる姿勢を止めれば、すぐにでも貴方は勝つ方法が思い付くはずよ」

「……逃げてる…」

「無意識のうちに、ね」

 

 重かった肩の荷物が、少しは軽くなったようだ。

 

──まぁ気休め程度にしかならないでしょうけどね。

 

 ただ、今永琳に勝つ為にはその気休めが必要なのだ。紫は能力で柊の意識を離散させる。具体的に言うと、柊の感覚や意識を夢の中の感覚と近づけた。そうする事で、誰しも陽気な気分になれる。いわばケセランパサランのような物。やり過ぎれば気怠さだけが残るが、落ち込んでいる人間を励ますにはやむ無しといったところか。

 

 

「早苗を救った時から、貴方には期待しかしてないんだから。カッコ良い所見せてよね、柊!」

「……ありがとう、紫さん!」

 

 うんうん、と頷いて、札を渡す。

 

「これは?」

「貴方が力を入れれば一発だけ弾幕が出せるようになるお札よ。一応もっていなさい」

「…ほんっとうに、ありがとう。何から何まで」

 

 紫が頭を撫でる。といってもオーズなのだが。

 

「……自分は強いんだって、教えてやりなさいな。私もちゃんと見てるから」

「うん! 行ってくる!!」

 

 そして、二人はスキマから再び永遠亭へと戻る。

 

「そろそろスキマも使えなくなると思うけどどう? 紫」

「……そうね。私に出来ることはもう信じる事しかない」

「……へぇ、貴方変わったわね」

 

 ──あの臆病者が信じる、か。

 

「……貴方はこの世とのお別れは済んだかしら」

「そんなの必要ないよ。俺はただ背中を押してもらってただけだ」

 

 そう言って、柊は真下に火球を放つ。

 

「! 目眩しのつもり……」

 

 だが、その時間に渾身の霊力を込めた矢を作る。永琳は次の一撃で勝負を決するつもりだ。

 

 

 ── クワガタ! ── カマキリ! ── バッタ!

 ガ〜タガタガタ・キリッバ・ガタキリバッ!

 

「「「「うぉぉぉぉぉおおお!!!!」」」」

 

 50人のオーズが、煙幕を払い飛び出てくる。

 

「はっ!?」

 

 一瞬見た永琳はまず考えた。どれが本物か、と。普通であれば分身を生み出した先頭のオーズが本物である。

 

 

 だがガタキリバは全てが本物だ。誰に当たっても柊は被弾することになる。

 

 永琳は先頭のオーズを狙うが、それこそが柊の賭け。永琳の一般的な常識に少し疎いことや天然さゆえに先頭のオーズを狙わない可能性もあったが、その時は大人しく改造されよう、それでいいや。と紫の能力により異常にポジティブになったからこその行動であった。

 

 そして避けることの出来ない矢ならば。永琳が弦を離すと思われるタイミングで矢が当たる筈の先頭のオーズを分身として消す。

 

「残念! 引っかかったな!」

「だからどうということはないわ……!」

 

そして続けて48人のオーズを消して残った一人の本体であるオーズは、再び変身する。

 

 

 ──ライオン! ──トラ! ──チーター!

 

 ──ラタ! ──ラタ! ──ラトラータ!

 

 

「はぁああっ!!」

 

 チーターレッグの速度に永琳は目を見開いた。すかさずバックステップし細かい矢を放ち続けるが、高速で避け続けていく。

 

──速い…けど当てさえすれば!

 

 ついに、一発勝負の超火力弓矢を接近されるギリギリで生み出した。柊には反応できない速度の矢だ。当たれば勝ち、避けられれば隙が出来て負ける。

 

 しかし永琳の有利に変わりはない。柊よりも矢の方が速いのだ。近づかれた瞬間に放てば必ず当たる筈だ、と。そして。

 

「私の勝ち!!」

 

 矢をつがい、弦を引き放つ瞬間。

 

 ──ベルトを戻して変身を解く。

 

 弦を離し放たれた矢は、柊の頭上を高速で駆けた。

 

「……えっ……!?」

 

 なぜ避けれたのか?

 柊はオーズの身長が自分の頭一つ分大きい事を知っている。オーズから自分の身体に戻る事で、約頭一つ分身体が縮まることを利用したのだ。

 

 そして──。

 

「はぁぁぁぁ…」

 

 右手に握りしめた札は、光り輝き力を生み出した。永琳はもう矢を放つ時間も、後退する時間もない。

 

「せいやぁぁぁぁあ!!!!」

 

 拳に溜まる力は白いオーラとなり、一つの弾幕へと変化して永琳の身体へぶつかり、吹き飛んだ。

 

「きゃあああ!!!!」

 

 数メートル吹き飛び、竹林に突っ込む永琳。そして、膝から体を崩れ落とす柊。

 こうして弾幕ごっこは終わりを迎えた。

 

「や、……やった?」

「ええ、よくやったわね柊。カッコよかったわよ」

 

 指を鳴らして柊にかけていた暗示を解く。

 

 

「……ぅ」

「永琳さん! 大丈夫ですか」

 

 すぐさま永琳に駆け寄って手を出す。

 

「はぁ……負けたわ」

「永琳。貴女が何を考えてたかなんて言うまでもないけれど、この子の身体を弄っても何も得られないわよ」

「……ええ、悪かったわ。ごめんなさい」

 

 両者握手を交わし、弾幕ごっこは終わった。

 

「そもそも……なんで俺の身体を解剖したら解決できるなんて思ってたんですか? そんな事したって俺の大腸の長さが分かるくらいでしょうに」

「柊。もういいでしょ? ほら、終わったことじゃない」

「……なんでですか? 永琳さん」

 

 横で汗をハンカチで拭っている紫の姿を見て、柊は訝しむ。

 

「紫が貴方の中を弄ればどうにかなるかもって」

「紫さん」

「違うの。あれは冗談のつもりだったのよ。ほら、だから私も自ら赴いたじゃない……ね?」

 

 柊は黙って紫の右腕を握りしめた。スキマで有耶無耶にさせまいとする柊の意識が、そこにはありありと見えた。

 

「俺、勘違いで人体を弄られそうになったんですか?」

「はい、あの時私は永琳に聞こえる様にわざと大きな声で話してました」

「誰が悪い?」

「私です」

「永琳さん」

「はい」

「何が言いたいか分かりますね?」

 

 即座にスキマを開いて逃げ出した紫だが、紫は既に永琳の術中に嵌っていた。

 

「うふふふ!お──ほっほっほ!! 危ない危ない…仕方ないわねまたの機会に……ん?」

 

 お尻に痛みを感じる、とお尻を触る紫。次第に痛みが増してくる。

 

「あら? あらあら? ……いった──い!!?」

 

 

 

     ♢

 

 

 

「分かるかしら柊。この人体模型はね、狙いの人の血を付着させると感覚共有させる事が出来る。そして……」

 

 永琳は馬鹿でかい注射器をその人体模型の肛門に容赦なく挿し込んだ。

 

 

「ら、藍〜! 助けて頂…いったぁ!!!!」

 

 紫は即座に永遠亭に戻る。

 

「もう逃げようとしないかしら?」

「はい……すいませんでした…」

「……全然反省してないわね」

「ひぎっぁ!?」

「……うわぁ」

 

 お尻に二本の矢が突き刺さったまま、顔を地面に伏せる紫。

 

「ごめんなさい、柊。私も勘違いで行き過ぎた真似をしたわね」

「いや……もう大丈夫です。それよりも紫さん死んじゃいますよ…?」

「気にしなくていいわよ。これぐらいしないと反省しないんだから」

 

 永琳は紫に唆されていなければ、拉致などする訳もなかっただろう。というか永琳の行動に気づいた紫が面倒くさがらずにきちんと話をつけていれば今さらだが闘うまでもなかった話なのだ。しかしまぁ、弾幕ごっこをしようと思ったのは、双方が納得のいく終わりを迎えられるだろうという配慮と普段の己に溜まっている鬱憤を晴らす為にという意図があったのだが。紫は敢えて言うこともなく、異変は終わった。

 

 その為に死にかける思いをした柊は溜まったものではないが。

 

「貴方も一発くらい殴れば? どうせすぐ調子乗るんだから」

「いや……遠慮しておきます」

 

 尻に矢が刺さっている女をぶん殴る趣味などない。手を出して断った。

 

 

「あいたたた……えいっ!!」

 

 お尻に刺さった注射器二本を思い切り引き抜いた。そして、血が宙へと舞う。

 

「えっ? ……痛くないんですか?」

「ちゃちゃーん! お尻の穴の前をスキマと繋げてました〜、今飛び散ったのはスキマの先に置いていたトマトジュースです!」

「……どこから持ってきたのかしら」

「紅魔館に置いてあったのよね、美味しかったから何個か拝借してきたのよ」

 

 スキマから矢が刺さったトマトジュースを取り出した。

 

「ほらね、こいつ反省なんてしないのよ」

「あはは…そうですね…それじゃ俺はそろそろ」

「──沙耶の所に行こーっと、……て所かしら」

「──は」

 

 あまりに突然の言葉で、その瞬間だけ時が止まったみたいだった。

 

「沙耶って…さっき貴方が言ってた待ってるって子?」

「……ダメなんですか?」

 

 明らかに威圧感を持って話す紫には悪意がある。自分が何をするかなんて勝手だろう、他人の踏み込んでいい領域ではない。

 

「貴方が好きでやってるなら別にダメじゃないけれど…あの時の負い目で世話焼いてるんならあの子にとってはただの押し付け、自己満に過ぎない。迷惑もいいところよ」

「……」

 

 負い目を負ってるんだろうか、でもきっと全部が全部責任感でやっていた訳じゃない。

 けど、この世界の沙耶を笑顔にする事でどこか許しを請うていたのかもしれない。

 

 だからって、はいそうですとは口が裂けても言えるわけがない。

 

「俺は……朝昼相手がいないのは寂しそうだから相手になろうと……」

「子供なんだから子供同士遊ばせた方が後々にも良い方向へ向かうと思うけどね」

「……まだ寺子屋に行ってないんです」

「何のための寺子屋よ。それに貴方にお節介を焼く教師も居るじゃない。どうとでもなるでしょうに」

 

 図星だ。別に相手は自分でなくていい、何なら自分でない方がいいとまで言える。多感な時期に歳近い子供と一緒に遊ぶというのはなによりも希少な物だ。

 

「……ハッキリ言うけど、貴方まだ気にしてるでしょ。それどころかドンドン背負っちゃってる、……私は仕方がない事だったと思ってる。それに、人里の人間がどうだとか知った事ではないわ。貴方が今宝石の様に可愛がっている沙耶とかいう子も、死のうが死ぬまいが…」

 

 それより先の言葉を言わせることは、許せなかった。

 

「仕方がないで吐き捨てられるほど粗末なもんか…!……命ですよ!?」

「……冗談よ。……いや冗談というより……それが現実ってやつかしらね」

「……何が言いたいんですか…」

「出来る事なら誰にも死んで欲しくないなんて当たり前よ。さっきはああ言ったけど、死なないで済むならそれに越した事はないと思ってる。用は貴方の考え方が甘いって事よ」

 

 何が甘い、だろうか。

 

「あの時の人間爆弾にされた人間達の顔は全員覚えているし、申し訳ない気持ちもある……けど、それを悼んでいる暇なんてなかった。仮にあの場にいるのが皆貴方みたいな腑抜けだったら早苗を助けられなかったのよ……いっそのこと沙耶とかいう子も死んでたらマシだったかもね」

 

 自分の事だけなら、ただ捨て吐いて無視でも何でもしただろう。だが一人の少女への侮蔑を聞いた時頭の中の線、怒りと冷静を分かつ線が綺麗に千切れた。

 

「そんなに俺が気に入らないならなんで助けた!! 見殺しにすれば良かったろうが!!」

「ちょ、ちょっと…!」

 

 紫の首元を掴み顔を近づける。横から止めにかかる永琳に二人は視線すら向けない。

 

「今の貴方が気に入らないからよ……!」

「……俺の、気持ちは変わってない……今までと何ら変わってない……!」

「いいや、逃げてるわよ……あの時からずっと苛まれてる。自虐して逃避してるもの……違くて?」

「…ふざけ……んな」

 

 あの時の事は、柊太郎の助言もあり、とっくに脱却している。すでに克服したんだ、逃げてるなんて言われる筋合いも、バカにされる筋合いもない。

 

「見てられないのですわ。今の貴方の姿は……さっきだってそうじゃない、自分に自信が無くて私に謝って負けを認めて……そんなんで何かを守れるとでも思ってるのかしら?」

「あの時よりも強くなってる……! さっきだって負けを認めた訳じゃない…ただ、あんたが負ける程の相手だったから俺じゃ分が悪いと思っただけだ」

 

 その言葉が既に、消極的であることに気づく。

 

「人間の物理的な力なんて博麗の巫女でもない限りたかが知れてる。どうやらオーズの力を持て余して傲慢になってる様ね。以前持ち合わせてた強かさの欠片も見えないわよ、今の貴方には」

「ねえ、ちょっとなんで喧嘩してるのよ貴方達……」

 

「……でも、小さな幸せを守る為に頑張ってたんだ……それが悪いって言いたいのかよ」

「今の貴方がやってる事は幸せを守っていることなどでは断じてない。苦しい目に遭いたく無くて周りに責任を押しつけて逃げてるだけの臆病者、底辺妖怪と一緒ですわ」

「そんなこと……!「だったら」

 

 柊の反論を紫は遮り、言った。

 

「永琳に頼まれて、何で断らなかったのよ」

「……っ」

 

 扇子を柊に鋭く差し向ける。

 

「自分の目の前で親を失ってしまった少女が、今は幸せだと思い込む為に、名前が同じだけの赤の他人に姿を重ねて自分の前では無理やり笑顔にさせて納得しようとしている。そんなのただのエゴでしかないでしょうに」

 

 紫が攻めているのは、自分がこうすれば相手も幸せになる筈という押し付けをして逃げていることに他ならない。

 

「相手にだって小さな幸せがある事を貴方は忘れてはならない。貴方がそういう(正義の)生き方をしていくのであれば」

「──!」

 

 それは核心をついた言葉であった。その言葉がどういう事か、そして自分のしていた事に心当たりがあったからだ。

 ここ最近紅魔館に逃げる様に泊まりついているのも、逃避の一つなのかもしれない。

 

「貴方の幸せを守る為に相手に行動を押し付ける事はそこら辺にいる脳のない妖怪が己の空腹を満たす為に人を喰らうのと一緒。自分の欲望を押し付けて強引に押さえ込む事。相手が逆らわない事をいい事にね」

 

 その通りだ、何も言い返せなかった。沙耶という少女が本当にこの先幸せになる為に己がするべき事はただ時間を無意味につぶさせる事では断じてない。紫の言う通り、寺子屋なりの協力を得て、少女が勇気を出して友達を作る事や、親子を手伝うのを見守って、困っているときに手を差し伸べることだろう。

 

 それを聞いて冷静になった途端、自分は一人の姿を思い浮かべていた。

 

「……貴方は自分の恩師の小さな幸せすら踏みにじってるじゃない」

「……慧音さん」

 

 今まで何度も泣かせてきた。慧音の優しさに甘えて思いを軽んじていた。

 

「今日私がここに間に合ったのも、彼女の協力あっての事よ」

「…え?」

「そもそも貴方が永遠亭に赴いた事に気付けたのは彼女の行動あっての事だもの。知ってる? 貴方が訳も話さず消えた時の彼女の慌てっぷり」

 

 そんな事、考えたこともなかった。自分が帰ってくるなり最高の笑顔で迎えてくれる慧音には、そんな行動をしていた事など微塵も感じさせなかった。

 

「貴方が煩わしく思わないように普段隠してるんでしょうけど、人間の事が大好きな彼女が貴方を気にかけないわけがない」

 

 トラウマから逃げてしまうのは、仕方がないことではあるがそれを言い訳に出来るほど幻想郷は温厚な場所ではない。

 

「……トラウマがたった一回の激励で綺麗さっぱり解消出来るなんて誰も思ってないわよ。だから貴方が誰に相談するかずっと観てたのに、誰にも話せずに今日まで尾を引いてた」

 

 人間と妖怪の倫理観や死生観は差がある。おいそれと相入れる程やわなものではない。だが、長年生きてきた中で人間の気持ちが、心の隙間が分からない紫ではなかった。

 

「貴方が強い人間なんかじゃないことなんてちゃんと知ってる。……いい? 誰も頼らない事は強さじゃないのよ」

 

 気づけば拳に力が入っていた。『頼らない事は強いことではない』そんな単純で何度も聞き返して聞き慣れた言葉、他の誰よりも理解があった筈なのに。いつのまにか深い沼に嵌っていた。

 

 

「……」

 

 

 身体が震え汗が流れる。だが、自分のしてきた愚行を思い返せばどれだけ後悔しても涙は絶対に流してはいけない。それは、自分が傷つけた人達が流すものだ。今自分が流すのは、愚かで筋違いにも程がある。どの立場で泣いてるんだ、という話になるだろう。

 

「トラウマが怖いなんてこと、当たり前ですもの。だからこそ溜まっていたものを吐き出すべきだったのに、立場ゆえに吐き出せなかったのね」

 

 自分は守る側の人間であり耐えるのは当然の義務であると無意識に思い込んでいた。

 

「……叱りつけたのはごめんなさい。でも……そのままの気持ちでこれを見せたくはなかったの」

 

 再びスマホを取り出して、画面を見てから微笑んだ。

 

「今の貴方なら本当の意味で受け入れられるだろうから」

 

 そう言って見せたのは。

 

 

 柊太郎、フィリップ、照井、亜樹子、そして早苗に叶の娘である恵と…沙耶の集合写真だった。

 

「これ…」

「私から頼んだわけではないわよ。皆んながどうしても貴方に見せたいからって言って撮った写真なの。よく撮れてるでしょ〜? 今日はこれを見せたくて」

 

 全員、いい顔で笑っていた。これからの未来に期待するように。その眼には希望が、これからの光が宿っていた。

 

「……ぅ……」   

 

 どうしても、心から来るものがあった。だが、今の自分は心から涙を流してもいい立場ではない。今の今まで彼女の思いを汲めなかった人間なんだ。

 

「いいじゃない、泣いても別に」

「……今の今まで勝手に温情を押し付けてた自分勝手なバカに……泣く権利なんてないでしょ」

 

 ムッ、とした顔でデコピンをかます。それも、力をそれなりに入れて。

 

「いだっ!?…つぅぅ……」

「自分勝手でいるくらいが精神の安定には丁度いいのよ。ただ忘れて欲しくないのは幸せの押し付けと幸せを守る事は違うって事、もう分かったでしょ?」

「う、……はい。すいませんでした…」

 

 自分の幸せを守る為に周りを動かすならそれはただの傲慢だ。周りの人の幸せを守ること、それこそが自分にとっての喜びだと、思い知る事になった。

 

『ありがとうございました!』

「……ん?」

 

 スマホから流れる音声。思わず耳を傾けていた。

 

『えっと……覚えてますか?』

 

 叶 恵。忘れることは出来ない。覚えていないわけもない、かの闘いにおいて彼女の為に叶という男と闘ったこと、そして彼女の想いは記憶に新しい。

 

『実は…探偵の皆さんと、早苗ちゃんのおかげで……私もようやく前に進めそうなんです!』

「え? て事は……」

『病気を治せるかもしれないんです!』

 

 なんという朗報だろうか、これ以上の喜びはない。

 

「そっか…」

『完治するのは難しいそうですけど…リハビリを続ければきっとまた外に出られる日が来るって……私それを聞いてどうしても貴方にお礼が言いたかったんです!』

 

 元々陽気な子だったが輪にかけて明るい顔をしている。

 

『ありがとうございました! 本当に感謝してもしきれません…! 今度また会えたら嬉しいです!』

 

 勢いよく頭を下げて礼を言う少女、その顔は希望に満ち溢れていた。例えこれから先何があってもその顔が歪む事はなさそうだ。

 

「強い子よ、今までどれだけ苦しんできたかも分からない。これからどうなるかも分からない中で必死に前を向いて生きようとしてる」

 

 もう一つのファイルを開いて、音声が流れる。

 

『ご、ごめんなさい! いっぱいやりなおして…!』

『大丈夫よ、…話せる?』

『は、はい! ……えっと、えっと……ありがとうお兄さん!』

 

 その少女を見た途端心の臓が跳ね上がった。心拍数が激増する。ダメだ、泣くな。

 

『わたしもうすぐ病院からぬけます!』

 

 退院、ということだろう。少ない語彙から頑張って絞り出す健気さは、必死で押さえ込んでいた自分の心を震え上がらせるのには十分だった。

 

『えっと……わたしもいっぱいいやだったけど、もうすぐお外に出たらがんばるから、はい!』

 

 バッと、両手で握っていた厚紙を見せる。

 

『がんばってかいたの! だからお兄さんもげんきだして!』

 

 ばいばーい! と、言って最後に何か思い出したように言った。

 

『わたしもがんばるからね!』

 

 そこで映像は途切れる。そして、紫がスキマから取り出したのは。先程の厚紙だった。

 

「見てご覧なさい」

 

 クレヨンで描かれた絵はおよそ上手と言えるものではなかったが、それでも何が描かれてるかは分かった。

 

 いつかの、集合写真。先程撮られていた皆んなの写真に自分と、彼女の母親を含めた絵だ。

 彼女の絵では、みんなが笑っていた。

 

 

「あ……」

 

 涙を抑えられなかった。彼女達はいずれも前に進もうとしていた。蹲ってたのはただ一人、自分だけだったのだ。

 

「貴方が苦しんでいると思っていた子達は皆んな前を向いてるわ。それで?貴方はどうするの?」

 

 袖で必死に目を擦る。ここで自分を責めていてはまた自己の意識に苛まれて負の連鎖を繰り返すだけ。いつまで経っても前に進めない。そう、この世界では時には何かを振り切って思い切り前を見据えることが大切なことである。

 

(個を重んじるこの世界では尚更、ですわ)

 

 再びこんな苦しみを味あわないように、この経験を噛み締めよう。前を向き続けよう、時には愚痴を零したっていい。

 最後に笑顔でいられる事が、成長の秘訣だ。

 

「まだやり直せるわよ」

「……はい…!」

 

 指を鳴らすと同時に後ろから、気配が現れる。

 

「あれ!? ここは……」

「上白沢女史。件の彼はここにいますわ」

「慧音さん……!」

 

 凝視しなくともわかるほど、腕に擦り傷がついている。そして紫の話からも分かった、こんな時間になっても自分を探していたんだ、と。

 

 柊は何かを考える前に抱きついていた。

 

「わっ!? なっど、どうしたんだ!?」

「今まで迷惑をかけてごめんなさい…貴女の思いを無碍にしてごめんなさい…!」

 

 ようやく解決できたか、と紫が肩を落とす。

 

「……よく分からないけど……無事みたいで何よりだ」

 

 心配していただろうに。その一文で締めようとする慧音に、返って申し訳なさでいっぱいになる。

 

「今まで沢山心配かけてごめんなさい…あれだけ気にかけてくれてたのに…無視してごめんなさい……!」

「いいんだ、無事に帰ってきてくれるならそれでいい」

 

 紫は意地悪な笑みを浮かべて後ろから、慧音に向かってNGアピールをする、本心を言って構わない、という意味だろう。

 

「……そりゃ心配もするし……静止して欲しかった時もある……春が来なかった異変の時なんて最もだよ」

 

 春雪異変に関しては胃が痛くて仕方がないと紫が内心焦っているがそれはまたのお話。

 

「けどお前は力もあるし仲間もいるから……私が手を出すのも烏滸がましいかなって、思ってたんだ」

「……そんな事、思ってません」

「ああ、今分かったよ…ごめんな」

 

 なるだけ楽になるように、と柊の背中を摩りながら微笑む。

 

「……これからはなるべく私を頼ってくれると、嬉しい……私にはお前の知っている者たちほど力はないが」

「今までは本当にごめんなさい…」

「もういいんだ、ほら」

 

 慧音が柊の後頭部を寄せて。コツン、と額を互いに当てる。

 

「……帰ろう、もう大丈夫だからな?」

「はい…!」

 

 あ、ちょっと、と紫は二人を引き止めた。

 

「ありがとう…紫さん」

「ええ……いいのよその代わり」

 

 

「今回の件で今までの分全部チャラね?」

 

「「台無しだよ!!」」

 

 あくまで紫は紫だった。

 

 

     ♢

 

 

「貴女本当悪趣味よね……あの雰囲気に水刺せるのは貴女くらいなものよ」

「だって恨まれたままなのは嫌じゃない。それにあの子に借りを作っておいた方がこの先得ですわ」

「貴女……分かってたけど最低ね」

 

 だが、その為にわざわざ外の世界の写真を見せたり弾幕ごっこをしたのにはさしもの永琳も驚いた。

 

「貴女が個人の為にここまで動くとは思わなかったわ」

「早苗きっての頼みだったし、動画も写真も本当にあっちの世界の人達からのリクエストだったからね」

「そうじゃなくて、わざわざ柊に叱咤した事よ」

「ああ〜そっち?」

 

 紫は扇子をはためかせて、どこか遠くを見つめる。

 

「恩も借りもあったから返すにはいい機会だと思ってね」

「現金ね」

「効率的と言うべきですわ」

 

 しかし、今回の件を考えてみれば果たして効率的といえるのだろうか。

 

「わざわざあの子の顔を立てるなんて……やっぱりどう考えても可笑しいわ。私に負ける可能性だってあったじゃない。もし私が勝ってたらどうする気だったのよ?」

「そしたら……まぁ死んでたかもね」

「……な」

「でも実際そうはならなかったじゃない?」

「まさかほんとうに彼が勝つと信じてたの?」

 

 信じられない。策に策を重ねて徹底的に勝率をあげるのがスキマ妖怪の闘い方の筈。少なくとも博麗の巫女以外の人間と永琳を闘わせて勝とうとするなんてかつての紫からは考えられなかった。

 

「今回の問題はあの子が解決する必要がある。いくら私の助けがあるとはいえ、最後にはあの子自身に闘ってもらいたかったの」

「確かに予想は裏切られたけどねぇ…」

 

 まさかオーズと自分の身長差を活かして攻撃を仕掛けてくるなどと予想できるわけがない。

 

「まぁ貴女が一発勝負を狙わなきゃ使えない作戦だったんだけどね」

「まさかそれも誘導させた?」

「うん、まんまと引っかかってくれたわね」

 

 クスクス、と鼻を鳴らす。

 

「あの子の能力も多彩だったわ。もっと地力があったら一対一でも負けてたかも」

「……そこよねぇ」

 

 唯一今回の件で不穏な事はそれだ。

 

「明らかに強さが一段……いや二段階近く上がってるのよね。以前とは考えられないタフさだったわ」

 

 コンボになるだけでも相当な負担を抱えていた彼が今ではほぼ全てのコンボの負担を負ってなお平然と立っていた。

 

「なーんか府に落ちなくてね、それも私が出っ張った要因の一つよ。結局直接彼をその見ても理由は分からなかったけど」

「成長したんじゃないの? 彼もそういう時期でしょ」

 

 その可能性は否定できない。だがあまりにもその次元の強さに到達するのが速すぎる。

 

「貴女も何か気づいた事があったらすぐに教えて頂戴」

「……ねぇ、貴女がそこまで気にかけるには何か理由があるの?」

「あるわよ」

 

 たった一つのシンプルな理由だ。

 

「友達だもん。悩んでたら助けなきゃ」

「友達って……相手は人間よ?それを妖怪の貴女が助けなきゃなんて…」

 

 

 およそ紫という妖怪は並の妖怪と同じカテゴリーに部類してはいけない類の妖怪だ。全ての人間と妖怪が真に手を取り合える日は来ない、けれど例外の一つである紫ならばあるいは。

 

 以前愛した今は亡き儚い少女のように、夢知月 柊という人間とも手を合わせる事ができる。

 

「友情が人間と妖怪の間に生まれた事がある、と自信を持って言うことは私には出来ないわ。けれどね? 永琳。妖怪と人間が愛し合う事は絶対に出来るのよ。それは断言できるの」

 

 この世界でもその光景を観た、そして己もその体験をしている。それが如何に苦難な事であるかはさておき。

 

 

 

「皆まで言わずとも分かってる。けどね、あの子と私は本当に相性がいいのよ? だって」

 

 本当に幻想郷を愛しているから。

 

「そこには人種の差も何の垣根もない。あの子は今人間としての人格を形成している大切な時期だから、尚更挫けてたら助け舟を出してやるべきなのよ。放っておいても百害あって一利なしよ」

 

「貴女をそこまでさせる何かがあるのね?」

「元々は殺そうとまでしてたのに、今じゃ助け合って闘える、そんな奇跡を見せてくれたんだもの」

 

 紫は、脳内に少年を思い浮かべた。

 

「普段はオロオロしてて頼りないけど私の命を、幻想郷を救ってくれた事は……確かだから」

 

 助ける価値も、助けたい気持ちもあるのだ。

 

「ふ〜ん……でも妙な所あるわよね、彼」

「それは貴女もだけどね?」

 

 貴女の天然っぷりには驚かされるばかりだわ、と半ば呆れる。

 

「今人格を形成してるのはそうだろうけど…どこか常識と合わないのよ」

 

 例えば、病院に行った事がないと言っていた。あり得るだろうか? そんな事が。見た所異常に元気で身体が異常に頑丈という訳でもないだろうに。

 

「それだけじゃないわ。よくよく考えてみれば実験に乗り気なのもおかしかった話よねぇ?」

「……半分は自暴自棄だったこともあるんでしょうけど、確かに気になるわね。大方彼の人生経験が影響してるんでしょうけど」

 

 以前聞いた時は普通の生活をしていたと言って追い払われたのだ。

 

「……調べてみるのもいいかもね。彼の中」

 

 あ、それと。思い出しかのように永琳に語る。

 

「もうすぐ外の世界の子がここに来るだろうけど、温かく受け入れてあげてね。敵じゃないから」

「あ、さっきの写真の子の誰か?」

「ピンポーン、見る? 見る? 私に似て可愛いわよ」

 

 そして、同時に楽しみで仕方がない。早苗が来たとあれば霊夢も黙ってないだろうし、柊の件もある。

 

「……次の……いや次の次かしら。その異変は面白くなりそうね」

「まぁ〜た何か企んでる?」

「違うわよ。……ふふ、今まで無意識とはいえ溜めに溜めこんでいた物が解放されたのよ、それはかつてない程の爆発力を生み出すでしょう」

 

 妖怪達の眼を丸くさせる人間達の姿が目に浮かぶ事浮かぶ事。まぁその姿を見る前に一度別の異変が起こりそうだけれど。

 

「貴女がそこまでいうのなら私も彼の行方を見守ろうかしら」

「きっと退屈はさせないわよ。霊夢に似て純粋だから一度に二度可愛いが観られるし。……その前にそろそろあれだけどね」

「あれ?」

「60周目なのよ、今年は」

 

 ああ、と頷く。

 

 そうやって二人で時間を過ごしていると、屋敷から出てきた者がいる。

 

「はぁ……はぁ……! おい、柊はどこだ!?」

「待ちなさいよ!? まだ終わってないでしょうが!!」

 

 身体、服共にボロボロな妹紅と輝夜。

 

「……おっそ」

「すっかり忘れてたわね、あの二人」

 

 そして、異変とも呼べない事件は終わりを迎えたのだった。

 




事情で一年近く投稿できなくなります。一年後にまた、忘れてなければ会いましょう


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花映塚 編
39話 四季狂い咲きと巫女と60周期


息抜き。



「ふふ、やはりここから観る景色は壮観ね」

「そうですね。これら全てが死者の残穢なるものと考えれば些か不謹慎ですが……」

 

「そんなに肩肘張らなくてもいいでしょうに。綺麗だし害あるものではないのだから」

 

 幽々子が二人に向けて足を運ぶ。

 

「貴女が言うとちょっとあれよね……冥界の主人がそれでいいのかってなるわよね……」

「恐縮です、幽々子様」

「いいえ〜、私もただこの景色を目に納めておこうと思っただけだもの」

 

 扇子を広げ、風を煽る。

 

「……やっぱり幻想郷の賢者としては思うところもあるのかしら?」

「いいえ、別に。こればかりは嘆いても仕方ないしね……ただ幻想郷に変化が起きた時はこうやって全体を見ておきたいの」

「ふーん」

 

 幽々子はあまり関心のなさそうに鼻を鳴らした。

 

「俯瞰して観る……というやつかしら?」

「そんな大層な物じゃないわよ……私達はただでさえ永く生きる生命なんだから変化には敏感でありたい。ただそれだけのことよ」

「貴女のそういう乙女チックな所私好きよ?」

「乙女……ふえっ!? いきなりなんなのぉ!?」

 

 珍しく幽々子が率先していじりにかかった。

 

「私知ってるのよ? 貴方自ら翔くんの危機に駆けつけたこと」

「いや、それは別に乙女とかじゃないわよ!」

「普段尊敬され慣れてないから嬉しくてつい世話焼いてしまうのよね」

「ち、違う……」

 

「うざ絡みしてもちゃんと構ってくれるから一緒にいて楽しいのよね〜」

「もういいから! 用がないなら帰れば!?」

「そうしようかしら」

「えっ……」

 

 咄嗟に冷たくされ、本気で戸惑う紫。そういう所が愛らしいな、と感じる。

 

「あ、そうそうこの前面白い少女漫画見つけたけど見るかしら?」

「見るー!」

 

「紫様……」

 

 ほっこりすると同時に、呆ける式神もいた。

 

 

 ♢

 

 

「……ん」

 

「あ、おはよう。いい天気だぞ」

 

 瞼を開けると、慧音の顔が映っていた。

 

(……綺麗だなぁ)

「朝餉の用意が済んでいるから顔を洗ってから来なさい」

「……もしかして毎朝ああやってるのか……?」

 

 紫が誤想異変、と呼んでいた異変以降。翔は慧音との溝が埋まっていた、いや元から溝などないが、更に親密な一歩を踏みしめたように感じた。

 

 そんな事考えながらゆらゆらとした足並みで洗面台まで向かう。

 永琳と一悶着終えてからというもの、猛省に猛省を重ねた翔はすっかり憑物が取れたような立ち振る舞いをしていた。

 

「いただきます!」

「美味しいか!?」

「まだ食べてませんよ……ん、美味しい!」

「それはよかった!」

 

 けれど以前と違って意識して行っていることもある。一つは思ったことをちゃんと声に出す事。

 今まで誤解される事の多かった自分だからこそ、そういう面からしっかり磨こうと思う。ほうれん草。

 

「慧音さんはいつもどおり寺子屋勤務だと思いますけど……俺は今日ちょっと博麗神社に用があるので別行動になりそうです」

 

「霊夢の所にか?」

「はい、いい加減俺もこっちの法にちゃんと寄ったがいいかなと」

「というと?」

 

 以前、具体的に言うと萃夢想異変と呼ばれる時にレミリアの話していた事を思い出したのだ。

 

 もうそろそろちゃんと闘ってもいいんではないか、と。

 

 つまり──。

 

「スペルカードが欲しい……と」

「左様。くれ!」

「あんた何か変わったわね……ったく、朝からいきなり押し掛けられて何かと思えば……ほら、はいどうぞ」

 

 そも、この幻想郷という地には人間だけでなく妖怪や、神々などというものも存在する。当然妖怪と人間には力の差が存在し、また妖怪同士の激しい闘いでは命を落とす危険性が恐ろしく高い。なので『殺し合い』ではなく、『遊び』として扱う事で死合を試合に。死闘を決闘に変えたものが弾幕ごっこである。平和を壊さない為に巫女と大賢者が制定したルール。まぁたまに死者はでるが、建前は遊びである。

 

「ふーん、元はこんななんだ」

「ええ、ただの紙よ。この紙質が嫌なら別に家の好きな紙を長方形に切って使っても良いわ」

 

 そんな適当な物なのか。適当なのだ。

 

「魔理沙とかアリスさんはすっごいゴテゴテしてた気がするんだが……」

「あー魔法使いだから見栄えとか気にしてるんじゃない? でも実際の所それ自体はほんとにただの紙よ」

 

 大事なのはそこではないという。

 

「私はこういう弾幕を使いますよっていう契約書みたいなものだからねそれ」

「なるほどな……あくまでこれを使うっていう宣言が重要なのね」

「そういう事……っていうかあんた今までスペルカード使わずにどうやって決闘してたの?」

 

 顎に手を乗せて上を見上げる。以前の闘いを振り返ってみるが。

 

 紅霧異変ではフランやレミリア。春雪異変では西行妖。最近のケースでいえば永琳との闘い。

 あの時は紫が事前にルールを提示していたがよくよく考えるとあれはスペルカードを所持していない自分への配慮だったのか。

 

 

「なーんかあんまりハッキリとは決めてなかったかもなぁ。被弾数とかその場の雰囲気とか……ローカルルール的なね」

「うわぁ……良くそれを相手も通したわね。私だったらあやふやにされるの嫌だもの」

 

 しかし翔の言っている事も一理ある。この幻想郷での決闘は大まかなルールこそあれど、大体先に啖呵切った方のルールのノリに合わせることが多いからだ。

 

「まぁ霊夢はきっちりルール決めないと困るよな」

 

 当然だ。霊夢は仕事柄ゆえに異変解決にしょっちゅう出向く。そしてこの世界での決闘は前述の通り弾幕ごっこである。

 ルールに漏れがあったり抜けがあれば相手がそこを突いてシラを切る可能性も捨てきれない。

 つまり負けを認めない可能性だってあるのだ。

 

「今のところそういう奴はほとんどいなかったけど……いた時は叩きのめしてやってるけどね。やっぱり異変なんて起こしてる奴には一度くらい痛い目合わせてやんないと」

「……怖い」

 

 結局の所、幻想郷では精神的な、意地の張り合いという側面が大きい。

 弾幕は当たれば死ぬこともある。ただの弾幕でも掠ればそれなりに痛いのだ。数回直撃でもすればそれだけで戦闘を終了するケースもあるだろう。

 もしかしたらどこか他の世界ではそれを残機、と命名している事もあるかもしれない。

 それを踏まえるとやはり霊夢は異変解決のスペシャリストだろう。霊夢はこと異変解決においては気持ちで負けることなどないからだ。

 

「ま、最近じゃどこもかしこも大人しいもんだけどね。人里もそうでしょ?」

「そういわれてみれば……そうかもな」

「私は仕事しなくていいから気楽でいいけどね〜」

 

 そう言い切ってから、箒で境内を掃除していく。翔は縁側で紙と睨み合いっこしながらそれを眺めている。

 

「むむむ……うーん」

 

 スペルカードはいわば必殺技のようなもので、使用することで戦況を大いに変えたりするわけだが。

 翔の場合は十中八九コンボがそれに該当するだろう。

 

「なんでそんなに悩んでるのよ」

「ちょっと……うーん」

 

 こういう時の為の便利な言葉を、翔は知っている。

 

「ゆっかりーん!」

 

「はーい!!」

「……は?」

 

「呼ばれて飛び出てゆかゆかりん!」

 

「おすおす、この前はどうも」

「うふふ。あれからどうかしら? 上白沢女史との進展はあった? 同じ布団で寝てたりする?」

「いや滅多にないです。でも進展はしました」

「あらそう! うふふ、うふふ。いいわねぇ」

 

 滅多に、という言葉は捨て置け。

 昭和のアイドル臭の強い紫が、スキマを通じて現れた。

 

「所でどうして呼んだのかしら?」

「その前に二人に確認しておきたいことがあったんだけど」

 

 そういってベルトを具現化した。

 

「俺が変身する場合これを使うわけだけど……スペルカードと併用して使うのって面倒臭くてさ、どうにかなんない?」

 

 わざわざスペルカードを取り出して、宣言したのちメダルを3枚抜き取って力を込めて再び装填してからスキャンする。その工程はそれなりに面倒だしどうにかしておきたい所だ。

 

「そういう事なら私の出番ね! はいっ!」

 

 空に一周輪を描く。すると翔の握っていたスペルカードに絵が浮かび上がった。

 それは、鳥のコンボ。タジャドルのオーズの姿だ。

 

「宣言してみなさい、『王符 空を統べる王』と」

「……王符 空を統べる王」

 

 紙が光だし、さながらオーロラカーテンのように翔を包み込んだ。

 

「ベルトを見なさい」

「! なるほどな」

 

 ベルトの三枚のメダルは、タカ クジャク コンドルのコンボメダルへと変容していた。

 

「あとはスキャンすればそのままタジャドルコンボになれる。さ、他のもちゃっちゃとやっちゃうわよ!」

 

 てきぱきと、他のコンボ用のスペルカードも作り出した。

 

「こんなもんかしら」

「そうですね、助かりました」

「用が済んだなら帰りなさいよね」

 

 触れてはいなかったが、霊夢は紫が現れるなり分かりやすく不機嫌になっていた。

 

「あら? また 私何かやっちゃいました?」

 

 舌を出してウィンクしながら言う紫に一層青筋を立てる。

 

「うっさいわね! そもそもここ私の家なんだからそんなにくつろがないでよ!」

「霊夢ちゃんが怒ってるみたいだし私もそろそろお暇するとしましょう。あ、そうそう翔、こっち向いて〜」

「ん?」

「はいチーズ」

 

 紫が肩を掴んで笑う。フラッシュが眩しくて、ちょっと目を閉じてしまった。

 

「スマホ使うのにはもう慣れましたか?」

「慣れたわよ、面白くて重宝してるわ。あ、ラインくれない?」

「幻想郷でライン出来るんですか!?」

「ごめんうそ」

 

 別にインターネットがあるとかそういう訳ではなかった。

 

「出来る様になったら言うわね、あでゅう!」

「あ、ちょっと待ってください」

「ん?」

「早苗はいつきますか?」

「あら? 言ってなかったかしら」

 

 少し間を置いてから。

 

「貴方がもう一皮剥けた時にはきっと来るわ。それと……しばらくは私達も忙しくなるから、手を借りる時は他を当たって頂戴」

 

 ぬるっとスキマをくぐり去って行ってしまった。

 

「ったく、朝からうるさいわね……」

 

「? 紫さんの事となると途端に厳しくなるな」

「あいつ隙を見せたらいじってくるじゃない。面倒くさいのよ」

「そっか。……んーと今何時だ?」

「ん? まだ午の刻よ」

「……ちょっとだけここにいても良いか?」

「珍しいわね? いいわよ別に」

 

 翔も霊夢の神社掃除に手伝う。

 

「こんなもんか」

「助かったわ。ありがとう、でもなんの気の変わりようかしら?」

「いやそんなんじゃない。ただ綺麗にしとくに越したことはないしな」

「……そう? いっとくけどお礼の金とかやらないわよ?」

「いいよ別。 そこまで切羽詰まってないからな?」

「ま、慧音もいるしね」

 

 むしろうちの方が危ういわ、と自虐を噛ます霊夢。

 

「はいお茶」

「ありがとう……んん……霊夢お茶淹れるの上手いな」

「えぇ? お茶なんて誰がいれても一緒よ」

 

 お茶っ葉が良いのだろうか。いやそうではない。霊夢は少しでもケチる為にお茶っ葉も香霖に限りなく値切った安物だ。

 だが本当に美味しいと翔は感じた。

 

「……綺麗だからかなぁ」

 

 空が。雲はあるが青空だ。だが、それを言わなかった為に、霊夢には勘違いされる。

 

「……何言い出してんのよあんた!?」

「え?」

「そんな……変なもの食べた?」

「いや何の話だよお前は思わないのか? 心が清らかになるぞ」

 

 一言少ない為に勘違いしたまま話が進む。

 

「だって……私は自分じゃ見えないし……そんな、分からないわよ自分じゃ……言われ慣れてないし……」

「……言われ慣れてない? いや聴いた側も多分そんな大層な反応を求めてたわけじゃないと思うが」

「んなっ!? う、うるさいわね! ちょっとくらい浮かれてもいいでしょ!?」

 

 勝手に霊夢がヒートアップしていく様を見て! 宥める翔。

 

「……まぁ落ち着けよ。らしくもない、どうしたんだよ?」

「こっちの台詞よ! 何でそんなんなっちゃったのよ!? もしかして……わ、悪い人に引っかかっちゃったの?」

「はぁ?」

 

 流石にここまで反応の差があると何かがおかしいと翔は気づく。自分の言動を振り返る。そして、一言足りないことに気づいた。

 

「あ〜……ごめん! 綺麗って言ったのは空のことだ」

「……んぁ?」

「いや別に霊夢が綺麗じゃないって言ってるわけじゃないんだけどさ、その、もしかして勘違いしてるんじゃ……霊夢?」

 

「夢想封印!!」

「ぎゃぱあっ!!?」

 

 もう今日は帰れ! と怒鳴られて、翔は落ち込んだ。

 そして何気なくさらっとスペルカードをもう数枚かっさらって家へと戻ってから、数日が過ぎた。

 

 

「冬の花?」

「ああ、マーガレットが咲いてたのを妹紅が見つけたらしい」

 

 幻想郷の季節。今は春。春は曙、世は情け。

 

「また一風変わった異変ですねぇ……主犯は何を思ってやってるんでしょう」

 

 過去に春が訪れない異変は存在した。しかし今回は四季の花すべてが咲き誇っている。全ての四季が訪れているともいえるだろう。

 

「でも害はないのでは?」

「ないことはないがどう見ても異変だろう……霊夢が困ってるだろうな」

 

「あ、そっか」

 

 この現象をほったらかしにするということは異変を知らんふりするのに等しい。そうなれば博麗の巫女としての威厳は消える。

 

 霊夢はその身を粉にして動かざるを得なかった。

 

「……手伝って来てもいいですか? 割と規模がでかそうなわりに危険もなさそうですし」

「何かあったらすぐに戻って来……いや、言わずとも分かるか、うん。大丈夫だ」

「ありがとうございます! じゃ、行ってきます!!」

「夕方までには帰ってくるんだぞ〜!」

「夜までには〜はい、しっかりと!」 

 

 

 ♢

 

 

 

 戸を開けて、走り出す。そのすぐ先に知人がいた。

 

「魔理沙!」

「お? 久しぶりだな!」

「だな! 何やってるんだ?」

 

 何やら本を読みながら歩いてる見たいだが。

 

「その本は……紅魔館のか?」

「いやこれは鈴奈庵っつう貸本屋から借りたんだ。外の世界の本もあるからお前も行ってみたらどうだ?」

「そうするよ。鈴奈庵ね」

 

 ワンアクション挟み、魔理沙が本題に入る。

 

「知ってるか? 翔。今な、幻想郷の四季がおかしくなってるみたいだ。高い所から見るとまた風情がある感じになってるぜ」

 

「知ってる知ってる、四季違いの花が咲いてるんだろ?」

「そうそう。んで今調べてる」

 

 どうやら魔理沙の見ていた本は花の資料集めのようだった。

 

「何か共通点はないもんか見てみたけど……なさそうだな」

「どう思う? この異変」

「この異変に犯人がいるとしたら何でこんな事やるのか検討つかんし、被害者なんて出そうもない。むしろ圧巻な景色に心ときめいてる奴らもいるくらいだしな。こういう異変は多分害はないよ。雰囲気でわかる」

 

「そういうもん?」

「そういうもん。ああでも霊夢だけは困るだろうなぁ。仕事サボってるなんて思われてるだろうし」

「それはあまり否定できないかもだけどな」

「ははは、違いないな」

 

 異変解決に関しては誰も口を出す事はないだろう、が普段の巫女奉行は目に余る。異変解決までサボり始めたと思われたが最後、彼女の生活にまで関わってくる問題だろう。

 

「でもなんでこんな事になってるんだろうな。魔理沙も初めてなんだろ?」

「ああ。……ま、私たちにはどうこう出来る話でもないし、見守るしかないな」

「そっか……」

 

 魔理沙と分かれて、人里を出た。再び紫を呼びつける。

 

「ゆっかりーん!」

 

 だが、2回目はなかった。

 

「ん〜もう早速忙しいのかな……」

 

 先刻会ったばかりだったが、もう手は借りられないのだろう。

 そして藍に「困ったときに押せば駆けつける」と言われ渡されたブザーを取り出して、押し込もうとするが。

 

「かっ固い……!」

 

 何故か押せないようになっていた。おかしい。細工されている。そういえば紫が私達、と言っていたな。

 つまりは藍も同様ということだ。

 

「仕方ないか……」

 

 聞き込みの時間だ。

 

 

 

 ♢

 

 

 

「花? ああ、確認してるわ。悪いけど私達は何も知らないわよ」

「そうですか……」

 

 紅魔館なう。

 

「私は気にならない事もないけど……お嬢様が今の平穏な異変に関心を持ってらっしゃらないのよ」

「わかりました。なんか有益になりそうな場所とか心当たりありますか?」

「そうねぇ……あまり具体的に言えないのだけれど……妖精が多い場所なら何か分かるかもしれないわね」

「妖精?」

 

 紅魔館の洒落たメイド長。十六夜 咲夜は頷く。

 

「うちの妖精メイドが紅魔館の誰よりも早く異変に気付いてたの。自然から生まれたんだから当たり前といえば当たり前だけど、事情を知ってる妖精もいるかもしれないわ」

 

「わかりました! ありがとう咲夜さん!」

「いいえ、それはそうとこの頃フラン様が会いたがっていたわ。ちょっとだけでも寄っていかない?」

 

 言う通り、フランや紅魔館の面々と少し雑談をして、再び歩みを進めた。

 

 ──のだが。

 

 

「ここ……どこだろう」

 

 迷ってしまっていた。夜には帰ると言っていた手前、このままでは慧音さんにも心配されよう。

 

「なんでこんな事になったんだ……」

 

 自分の背丈よりも高い向日葵群。道は綺麗に舗装されているが、場所の把握はできない。

 

「……でも綺麗だしいいか」

 

 魔理沙の発言も納得の迫力がそこにはあった。風に揺られ一律に動く巨大向日葵。自然の尊さを感じるには充分な光景だった。

 

「……妖怪が、ここに何の用事かしら? ここら辺にはとんでもなく強い妖怪がいるから気をつけなさい」

「え、あ、こんにちは」

「……こんにちは。……マイペースね」

 

 大きな傘、日傘を抱えてこちらに訪ねてくる。

 

 そして妖怪と間違われるのもまた無理はなかった。自分はタトバコンボで行動していた。

 だが、翔は変身を解き誤解を解消させる気はない。──相手もまた妖怪であると察知したからだ。

 

「……ん?」

 

 しかしよくよく見れば服の袖が焦げている。

 

「……もしかして闘い終わった後ですか?」

「……ええ、そうです」

「その相手って」

「博麗の巫女よ」

 

 既に霊夢は行動を起こしていたようだ。だが恐ろしきはやはりその勘だろう。恐らく霊夢は聞き込みなどしていない。自分の勘に身を任せて目の前の少女を叩きのめしたのだろう。

 

 で、あれば。この少女は大事なキーだ。

 

「……霊夢に教えたことを俺にも教えてほしい」

「あの時は放っておいたら元に戻ったんだっけ?」

「え?」

 

「そうか、もうそんな時期なのね」

 

「……どこに行っても花花、花。最後にこんな事があったのは60年前ね」

「へ?」

 

「私は花を操る妖怪。風見 幽香」

 

 そう言ってから翔を無視してどこかを凝視する。

 翔もそれに合わせて視線を向けた。

 

「いやまぁ、隠れて観察してただけですよ?」

 

 向日葵のスキマを縫ってひょっこりと現れた鴉天狗。

 

「文さん!?」

「あ、あはは……」

 

「そう。やっぱ貴方達グルなのね」

 

「え?」

「はい?」

 

 傘を片手で持ち替えて、二人に向けて傘の先端からレーザーを放つ。

 

「あっぶな!?」

「わっ!!」

 

「あら、やるわね」

 

 幻想郷最速と名高い文は兎も角、そこら辺にいる雑魚妖怪と見縊っていた翔が回避したのに、幽香は一瞬眼を見開いた。

 

 

「なっなんで戦うんですか! 俺は話が聞きたいだけです!」

「だって貴方も其奴のお友達なんでしょ? 私の花達に傷を付けた罪は重いわよ」

 

「は?」

「げっ……」

 

 心当たりがあるようで、文は苦笑いを浮かべた。

 

「ここに至るまでに速度を上げ過ぎましてね……向日葵に傷を付けたのはすみません! 謝るから許してください!」

「貴方達が同じだけ痛みを味わったら良いと言っているわ」

 

「俺まで巻き添え喰らっちゃったじゃないですか……」

「あはは。いやぁ〜申し訳ありません。ここは協力して風見さんをぶちのめしましょうか!」

 

 大声で言う。それにより風見 幽香は翔を明確に敵と認識した。

 

「花符『幻想郷の開花』」

 

 

「王符『大空を統べる王』!」

「風符『風神一扇』」

 

 

 互いに闘いの認証を宣言した。

 

 

「所詮は霊夢さんに既に負けている妖怪です! 早いとこ蹴散らしてあげましょう!」

 

「……貴女の翼だけは必ず捥ぎ取って揚げ物にしてから貴方の部下に食わせてあげるわ」

「こわっ!? もしかして近寄っちゃダメなタイプの妖怪でしたか!?」

 

 幽香の背から感じるオーラには、殺意がもりもりと感じられる。どうやらさっきの文への発言は冗談で発したわけではないらしい。

 

「今更でしょうよ……ほら構えて構えて」

 

「他人事みたいな顔してるけど貴方の翼ももぎ取るから逃げちゃダメよ」

 

「んなっ!? なんでっ!?」

「そのザマを想像するだけでゾクゾクする……ふふ。楽しませて頂戴?」

 

 先程のスペル宣言など梅雨知らず。幽香は傘を二人に向けた。

 再び傘から放たれるレーザー。それを翔の火球が相殺した瞬間、闘いのゴングがなった。

 

 

 



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40話 酷似と純粋と花鳥風月

「! っぶね」

 

 柊はひらりと、光線をかわす。

 

「へぇ……いい反射速度ね」

「そりゃどう……」

「これならどう?」

 

 次に放たれた光線には、見覚えがあった。見慣れていたお陰で咄嗟に身体が動き直撃を避ける事に成功したのだが。

 超極太レーザー。それが二人を襲った。

 

 

「ゲホッゲホッ……! 今のはま、魔理沙の……!?」

「マスタースパークと酷似してますね……! お怪我はないですか?」

「ちょっとだけ掠ったけど支障はないよ! 痛いだけ!」

「ならよしです! あの妖怪と持久戦は相性悪いですから、 今度はこっちから攻め立てますよ!」

「よしきた!」

 

 持久戦を仕掛けることは風見幽香との闘いにおいては得策ではない。妖怪相手に持久戦は基本地雷なのだ。

 しかし現在は空中戦闘、速さで上回っている柊と文には地の利がある。特に文のスピードは眼を見張るものがあった。

 

 だが、幽香が注目したのは。

 

「貴方、何者?」

 

「え? 俺?」

「他にいないでしょ?」

「うーんと、まぁ人間……です」

 

 幽香は訝しんだ。

 

「嘘は良くないわね。ただの人間がそんな力持ってるわけないでしょう」

「そんな事言われてもな〜。まぁそうだな……俺達に勝てたら一から説明するよ」

「ふふ、言うわね。出任せでない事を期待しとくわ」

 

 風見幽香。彼女もまた好戦的な妖怪であることに違いはないだろう。

 

「せいっ!」

「ふん」

 

 互いの拳が腹に当たる。

 

「うっ……」

「いだっ!?」

 

 柊は思わず蹲まり、そして幽香の力を把握した。

 

「大丈夫ですか?」

「う、うん……けどめちゃくちゃ力強いよあの人。文さんも気をつけ」

 

 言い切る前に、二人が空を大きく駆ける。

 

 先程宣言したスペルコールにより、空中に花の弾幕が咲いたのだ。

 

 だが二人の高速機動の前では、その花の弾幕はただの置き玉だった。

 しかし幽香としてはそれでいい、幽香の狙いは各個撃破。

 

「せいぜい良い声で鳴きなさい」

 

「げ」

 

 数秒間傘の先端に光が募り、光線が放たれる。

 

 柊は身をよじり避ける。

 その直後、再び小さな光線が飛ぶ。これには掠ってしまった。

 

「あっちちち!! ちょっと……そんな何回も……!」

 

 タメが短い分当然大きさはそれ程でもないが、生身で直撃すれば肉体ごと消滅してしまうだけの威力はある。

 更にはまきびしのような役目を果たす花の弾幕。それらをかわしてカウンターを仕掛けようなどとは到底思えない。

 

「いい眺めね。もっと鳴いて頂戴」

「わおーん! 文さんお助けっ!!」

 

「……思ったよりノリがいいじゃない。気に入ったわ未知の妖怪さん」

 

「うげ……それより……文さんは?」

「……そういえば、見えないわね」

 

 姿が見えない、何なら弾幕も飛んでいない。

 

 ──あの鴉。何か企んでるわね。

 

 直後、地面から吹き荒れる砂嵐が幽香を包んだ。

 

 文が地上の風を操り鋭い砂塵を巻き起こしたのだ。

 

「!!」

 

 

「おおっ!」

「お待たせしました! あれなら幽香さんは逃げられません! 一気に……」

 

 砂嵐が光線で吹き飛ぶ。

 

「……文さん」

「……いや、別に私のせいではないのでは? あの人が規格外なんですよ。多分」

「ちょこまかと……目障りね、貴女」

 

「決闘ってそういうものでは?」

「博麗の巫女は逃げなかったわ」

「私と霊夢さんを一緒にしないでくれませんか!?」

 

 幽香は不敵に笑った。

 

「……? なんです?」

「ふふ、どうすればすばしっこいカラスを捕まえられるか画策していた所なんだけどね、いい案を思いついたの」

 

 文の気付かぬ一瞬で絡みついた蔦が文を向日葵畑に投げ飛ばした。

 

「! すいません、暫く相手を……!」

「文さん!」

「余所見をする余裕があるのかしらね?」

 

 すでに幽香が接近している。

 

「ふっ!!」

「いいわ、続けましょう……!」

 

 右手に炎を灯し振る。幽香は下がらず左手で応戦した。

 

「はっ!?」

 

 左手が焼かれながらも幽香は柊の顔面を右手で打ち抜く。

 

「ごえっ!」

 

 火傷もすぐに再生して、拳を撃ち続ける。

 

 ──くそ、一撃がとんでもない威力だ……! 

 

 一歩下がり火球を放つも、傘で防がれる。

 この数手で柊は気付く。

 

 

 風見幽香は幻想郷において数人しかいないとされる強者たち、所謂、大妖怪である、と。

 

「……だよな。多分」

 

 紅霧異変の時はまだ未熟だった。今ならコンボを使わずとも、美鈴と闘った時の自分には勝てる。それくらいには強くなった。

 だがこの風見幽香との闘いはあの時の戦闘以上の力量差を感じる。

 

「こんなほんわかした異変なのに相手は過去一位を争うレベルなのが恐ろしいよ!」

「そんなに褒めないでくれるかしら、恥ずかしくなってうっかり殺しちゃうかもしれないわ」

「それ腹立ってるだけだろ!」

 

 幽香に弾幕ごっこを仕掛けたことを後悔する。

 

 ──うわぁあ逃げときゃよかったぁ! なんで霊夢は勝てたんだよ……! 

 

 ここまでの力を持ってる相手に人間である霊夢が勝てた理由。それこそが弾幕ごっこの真髄だった。

 たとえ幽香が大妖怪で幻想郷随一の力があったとしても、こと弾幕ごっこにおいてその代名詞は必ずしも強さの証明ではない。

 

 そして、柊は後悔こそすれど、まだ諦めてはいない。

 それは、異変解決においての強者の素質の一つでもある。

 

「ああいい……! いいわ……! 貴方のその眼……自分はまだ折れてないって叫んでるかのように強い眼……完膚なきまでに上から捻り潰して光を奪ってあげるわ!」

「貴方からは俺の眼わかんないでしょ!?」

 

 オーズの複眼は変わらない。だが、幽香は確かに気迫を感じていた。

 

 

「気持ちの問題よ。わざわざ水刺さないの」

「……へへっ言ってろよ! もうこの弾幕は見切った! 次は貴女に痛い目にあってもらうぞ!」

「……へぇ?」

 

 精神の強さ。それこそが人間が妖怪に勝ち得るポテンシャルの一つ。

 

「見せてもら──」

 

 数秒間のタメ。察知した柊は高速で接近する。

 

「!」

 

 タメ切る前に傘を蹴り射線をかわす、その意図を持って近づくが、幽香のそれは。

 

「惜しい」

 

 ただ光線を放つだけならタメは必要がない。

 

「やっぱな!」

「!」

 

 

 風見幽香の放つ弾幕は、花びらから散る弾幕、そして数秒のタメの入る極太レーザーとミニレーザー。

 ではない、あくまで傘に込める妖力に差があるだけで二つそれぞれが別の技というわけでもない。

 なぜそんな莫大なエネルギーを要するものが放てるか。簡単だ。なぜなら彼女は大妖怪であるから。

 

 ここまでが柊の考察。

 

「せいやっ!」

 

 脚を牙に変化させ、レーザーを引き裂く。

 

「! ちっ」

 

 幽香は傘を手放した。それでは当然レーザーは消える。

 

「望む所よ!」

 

 再び接近戦がお望みならば、ご期待通りスクラップにしてやろう。その粋で前進した。

 ──柊は後退していたにも関わらず。

 

「逃げ……」

「ええ、逃げました!」

 

 前のめりになった幽香は火球をモロに受ける。

 

 服がより酷く焦げる。幽香は遂に顔を歪めた。

 

「……レディに対して失礼だとかそういい気遣いってものはないのかしら」

「異変解決したらすぐ詫び持ってきます。具体的には向日葵の種と服代を」

「……なに? もう勝った気?」

「いや全然、でも負ける気で闘うような真似は貴方にも失礼だろ」

「……悪くない。うん、悪くないわね貴方」

 

 なにかに満足したように幽香は頭を縦に振った。

 

「今代は私に本気で勝とうとする人間が少なくとも二人はいる。悪くないわね。話しすらしてみたい気分」

「ならもう終わってゆっくりお話……」

「却下。そんなの楽しくないもの」

 

 いいわ、と幽香は口にした。

 

「私はこのスペルを破られたら負けでいい、ただし貴方は何をしてもいいし、死ぬまで闘っていいわ」

「ん〜? えーっとそれは……」

「安心して、私は人より意地汚くはないわ。素直に負けたと思ったら負けを認める。それがこの世界でのルールだからね」

 

 柊の引っかかる所はそこではない。全ての種族が平等な弾幕ごっこによるハンデ宣言が何を意味するか、柊にはすぐ分かった。

 

 

 幽香が妖怪としての力を前面に押し出す闘い。

 出来る事なら本気で拒否したかったが、不思議と乗ってしまいたい自分がいたことに彼は驚く。

 今まで隠れていた本音。紫や慧音との出会いを境に彼の奥底に隠されていた何かが解放されたのかもしれない。

 

 だが、それでは本気で危ない目に遭う可能性がある。今度こそ慧音を号泣させてしまうかもしれない。ならそれは出来ない。

 

「そうなるとこっちも全身全霊でやらざるを得なくなる」

「ええ、そうね」

 

 しかし先の提案はあくまで弾幕ごっこのルールの範疇にある。そこに変わりはない。

 

 

「……やっぱり俺は飲めません。つい最近この世界のルールに合わせようって思ったばかりなんです。それに貴女が妖怪としての力を本気で使ったら人間では多分……勝てる奴は限りなく少ない。少なくとも俺じゃ勝てません」

 

 それを耳に入れた幽香の目つきは、鋭くなる。

 

「……で? だからなに? 私が貴方の情けを聞き入れる理由がどこにあるの?」

「この世界のルールは──」

「煩い」

 

 大妖怪による本気の殺意を含んだ(まなこ)は、柊の心臓を撃ち抜くが如く、動きを停止させた。

 

「貴方の為にもなるのよ?」

「……え」

 

 次いで聞こえた声でようやく硬直が解けた。

 

「力が欲しくはないの?」

「──」

 

 幽香の目は依然鋭く、だが何かを見据えていた。

 

(強敵)と闘って今何かを掴みかけてる。折角のチャンスを無駄にしてもいいの?」

「……でも、俺は別に力が欲しいわけじゃ」

 

「そ。そんなんじゃ一番動きたい時に動けないまんまでしょうね」

 

 脳裏に沢山の記憶がよぎる。その容量の大部分は、以前の失敗だった。

 

 前世での少女と、今世での女性。

 脳内で置いて去っていた記憶がぶり返す。

 

 以前のように自棄になっているわけでもなく、ただ冷静に思い返す。自分は、また同じ思いをしてもいいのか、と。

 

「強くなれる時に強くならないで、いいの?」

「いいわけ──ない!!」

 

 辺りが暗くなる。それは雨雲でも紅霧でもない。

 一面を覆う何か、幽香の能力による代物だろう。

 

「これは……」

「貴方を最大限まで痛ぶる為のステージよ。精々暴れなさい」

 

 恐らく花を操って何かしたのだろうが。柊には知る由もなかった。

 

「……ふー……」

 

 

 大妖怪には大妖怪たる所以がある。

 幽香で例えるならば、圧倒的な身体能力、そして。

 危険度:極高と評されるその性格そのものが大妖怪たらしめていた。

 

 自由に行動を起こし、自由に振る舞えるだけの力を持ち得てこそ大妖怪なり。その文言を体現するかのように、幽香は柊の前に聳え立つ。

 

「……一応言っときます。貴女が花を愛しているのは知ってる。そんな貴方が、この異変を解決しようとしてる俺を止めるのは無意味だろ」

 

 文の仲間だろうとなんだろうと、柊が花を自ら傷つけるような人間ではない、むしろ保護しようとする類の人間であることは今までの立ち振る舞いから理解している。

 

「今はそんな理由どうだっていいもの。戦う理由はお互い別のところにあるでしょう?」

 

 だがそれは今回の弾幕ごっこには関係のない理由だ。ただ闘いにかこつける為に恨みがましいフリをしていただけ。

 そんなものより何よりも、博麗の巫女と同じ使命を負っているこの少年を試しに嬲っていただけのこと。

 

 博麗の巫女に負けて少し昂っていたことは否定しない。だがそれを差し置いて余りある興味が今の彼にはあった。

 

「さっきも言ったけれど……私は意地汚くなければ、真剣勝負での私有地の被害を気にするほど無粋ではないわ」

 

 ──向日葵畑を全て焦土にされれば流石に傷つくけれど。十日間は布団から出ないけれど、自分から名乗り出た勝負で後からゴチャゴチャ言うほど面倒くさくてダサい生き方はしていない。

 

「貴方は強くなる為に。私はより強い人間を虐める為に」

「勘違いするなよ」

 

 幽香の煽りは、柊を焚きつけるにはまた、充分だった。

 

「ハンデをつけ過ぎてぼろ負けしても泣くなよって言いたかっただけだ」

 

 幽香は思わず笑った。口が裂けるほど。

 

 大妖怪に向けてのそれは自殺行為と同等だろう。

 

「なら見せてみなさい!!」

 

 

 言うと、柊はいきなり高速で後退し、向日葵畑の中へ潜った。

 

「ふん、逃げてどうするの」

 

 今彼女の目に入っているものは、花ではない。戦場だ。そして己の武器だ。

 胸は少し傷むけど、多少の犠牲もなしに勝とうなんてそれこそ嘘だろう。

 

 

「せいやぁ!」

 

 地上から巨大な火球が吹き上がる。

 

「ふん!」

 

 先よりも少しだけ強く力を込めたレーザーで相殺した。

 彼を捕捉したからには次はこちらの番だ。

 

 全速力で接近しながらも、花を操る。

 柊の周りにいた花は食虫動物に似た形に変化して柊に襲い掛かった。

 

 だがその程度では支障はない。

 全ての花を炎で枯らし尽くす。当然のことながら、花にとって炎は弱点なのだ。

 

 それは、幽香にとっても例外ではない。

 

「タトバで殴ってついた傷の再生速度はもっと早かった、アンタ炎が苦手だろ!」

 

 柊は再び花を潜り抜けて、逃げて行く。

 

「っちぃ……」

 

 柊の居場所が見えないのなら花の声を聞けば良い、花の感覚を辿ればいい。自分ならそれが出来る。

 

 感じた敵の位置は。

 

 目の前。

 

「ぐうっ!」

 

 柊にはタカヘッドがある。遠い距離にいたとて、幽香が目を閉じたのならば、高速移動で隙を突くのは当然だ。

 そしてクジャクフェザー。背中に装填される無数の羽は、幽香の身体を幾度も貫通してゆく。

 

 だがそれを物ともせずに突っ走るのは風見幽香。ここまでくれば絶対に逃してなるものかという意思を感じる。

 

 幽香は傘を前に出して全速飛行。もはや隠す気のないその巨大な光は恐らく魔理沙のマスタースパークより数段太いだろう。

 

「上に逃げたのが運の尽きね」

「どうかな?」

 

 つまり畑に沿って逃げれば、撃つことはない。その事実を耳に入れて柊は言う。

 

「王符『昆虫を統べる王』!」

 

 光線の発射に合わせてスキャンする。

 

 ── クワガタ! ── カマキリ! ── バッタ! 

 ガ〜タガタガタ・キリッバ・ガタキリバッ! 

 

「うぉぉお怖ぇぇえ!」

「うざい!」

 

 三枚のメダルエフェクターが柊を守った。

 

「「「「せりゃ!!!!」」」」

 

 50人のオーズによる雷光が幽香を炙してゆく。

 

「ぁ、ぅ……!」

 

 傘に力を込める。そして雷を横払いした。

 

「何ぃ!?」

「フッ!!」

 

 そのまま傘の先端から放たれるレーザーを避ける、が。

 

「甘い!」

 

 傘を片手で振り回して薙いだビームを振り回し始めた。分身をかき消す魂胆か。冗談じゃない。一人一人が本物のオーズなんだ。それこそ、五人分でもあれをまともに受けたら耐えられない。なんてことだ、まさかガタキリバの火力が通用しないのか。

 

「王符『重量を統べる王』!」

 

 空に浮いていたオーズは姿を消し、生身に戻った柊は既に地に足つけていた。

 

「そら!」

 

 ──サイ! ──ゴリラ! ──ゾウ! 

 ──サゴーゾ…… ──サゴーゾ!! 

 

「うぉぉぉおああああ!!!!」

 

「!?」

「ふんっ!!」

 

 拳をミサイルのように射出する。咄嗟の不意打ちに幽香は避けることが出来ず直撃した。

 

「コロコロ姿を変えて……!」

「まだまだ!」

 

 柊は重力を歪ませる。恐らく長年生きた幽香でも重量を操作されるのは初めての感覚だったろう。

 

「いい度胸ね!」

 

 ただ引きつけられただけのこと。むしろそちらから来るのであれば容易い。

 そう、サゴーゾコンボの柊への認識だけが甘かった。

 

「うぉらっ!!」

「ぎっ!」

 

 歯軋り。口内から血が吹き出る。

 

 しかし、そこから先は苦難だった。

 

 一通りの固有能力を見せ切った柊にはもう相手を騙す手札が残っていない。

 

「ほらほらほら!」

「ぐあっ!」

 

 自慢の超怪力も超重力も──。一度見た幽香には通用せず。

 

「それでいいの?」

「──は?」

力勝負(それ)、私の得意分野なんだけど」

 

 柊の拳を、幽香はいとも容易く抑え、片手でぶん投げた。

 

「──なっ!!?」

 

 空中に投げられる。そして最高点に達した時、幽香が両手を握りしめて待ち構えていた。

 

「そう……らっ!!」

「うっ!!」

 

 しっかり腕を前に出しガードをしていても尚、腕は痺れ、痛み、一瞬体が硬直し。その勢いのまま地面に叩きつけられた。

 

「……まじ、か!」

 

 すぐさま身体を起こすが、それよりも驚愕であり、対策しなければならない事に思考を巡らせる。

 

 ──今の俺の最大の力だぞ!? あんなあっさり超えてくんのかよ!!

 

 今までの弾幕は、ただの様子見だったのだ。

 

「もう諦めるのかしら?」

「……んな、わけねえだろ」

 

 コンボに備わる固有能力。それは決して初見殺しで終わる能力ではない。

 そのどれもが切り札相当。対応すれば問題はないなどとは口を裂いても言えない。

 

 初代オーズもそのコンボの真髄によって世を恐怖たらしめたのだ。

 ただ今回は一重に相性が悪かった。

 

 タジャドルの自力勝負では相手が上、ガタキリバでの物量作戦は幽香の光線に不利、シャウタはそもそもここでは真価を発揮できない。

 サゴーゾでは相手の土俵に乗ってしまうだけ。ラトラータは……花を焼き尽くしてしまうので柊は使わなかった。もし使っていたとしても幽香は対処していたに違いない。

 

 これが大妖怪。ただの実力、力だけで相手を上から無理やり封じ込めることができる。

 

 やはり、弾幕ごっこという枷を掛けなければ大妖怪は手に負えないということは、何よりも柊が今一番痛感していた。

 

「途端に動かなくなったわね」

 

 腹部を蹴られ、地に這いつくばる。

 

「ぐ、……っと」

 

 再びタジャドルコンボへ。大きく後退する。

 

 もうすぐ幽香のスペルカードの時間は切れる。タジャドルコンボの速度は幽香より遅くはない。ただ追いかけっこをするならば充分勝機はある。

 

「……そ、好きにしたら?」

 

 幽香は決して彼を追わなかった。

 

 

 ♢

 

 

「はぁ……はぁ」

 

 一輪の向日葵の下に身を隠し、柊は息を整える。

 

「……散々殴られたけど……まだ酷い怪我はない……今のうちに切り上げて……」

 

 大妖怪への認識を、思った以上に甘く見積もっていた自分がいる。それを踏まえて今、どうすることがベストか。簡単だ。

 

「このままやり過ごせば弾幕ごっこは終わり。うん。それでちゃっちゃと……」

 

 ──……終わらせたくないなぁ。

 

 

 ぽつりと呟く我儘。

 

 幽香が無理やり突きつけたルールだ。辞めても幽香以外文句は言わない、この世界すらも。

 

 

 彼が終わらせたくなかった事は、当然意地もある。簡単に負けたくない、このまま終わらせては試合に勝って勝負に負けたようなものだと。

 しかしそれ以上に掻き立てる焦燥感。霊夢が幽香を倒した事実、慧音との約束、それらを踏まえてなお身のうちに宿る焦り。

 

 何か大事なものが、この闘いには詰まっている気がするのだ。

 

 だがそれが何なのかは柊には分からなかった。

 

「……なんなんだ?」

 

 その答えを、幽香は知っているのか。そう思えてならないから、彼は答えを知る為に逃げたくなかった。

 

 だってきっと自分では答えを明かせない。何も手がかりがないから。自分の記憶に()()()()()()()()()

 

「……はぁ」

 

 何度乗り越えても更に大きくなって迫る壁。彼はその圧に潰されようかとしている。

 

 

 ♢

 

 

「……ふん、今の所ただの宝の持ち腐れね……」

 

 現時点のまま終われば期待外れだ。ただただ時間を無駄にしただけ。

 博麗の巫女を相手取った手前、更なる刺客がまた人間で、しかも異様な力を持ち合わせているのであれば期待してしまうのも無理はない。

 

 だがまぁ蓋を開けてみればこの有様で。

 

 

「……そこらの妖怪と変わらないわ」

 

 力をまともにコントロールできずに、ただ振り撒くのならそれは妖怪でもできる。

 幽香が彼に期待していたのは、人間ならではの闘いだったのに。

 

「……このまま逃げるなら、試合を終わらせてからちゃんと殺す、うんそれがいいわね」

 

 彼との勝負に自分は負けた、だが彼を殺せばそれでチャラだ。

 

 

「──!」

 

 だが、そうはならなかった。

 

「はあっ!!」

 

 背後に回った柊からの渾身の火球。

 

 それは、逃げないという合図。落胆していた幽香の戦意に火をつけるには充分な火力だった。

 

「及第点」

 

 もろに火を浴びたが、身体が焼けようと無問題。この程度なら戦闘に支障はない。

 

「なぜ逃げ続けなかったの?」

「……貴女は強すぎる、今の俺じゃ何が起きても100%勝てない」

「どうも。それならば尚更不可解ね」

「強くなりたいからな、自分でも逃げちゃダメだと思った」

「……ふふ」

「! ぐ!」

 

 幽香の拳を腕で止める。その衝撃は後方に風を舞わせた程の威力であった。

 

 さらにもう一発、今度は受け止めきれずに、地面に落ちた。

 

「……及第点止まりね」

「ん?」

 

 速やかに柊は立ち上がる。そしてそれを睨む幽香。幽香は思考していた。

 

 簡単には折れない精神力。そしてなにより姿ごとの能力。それをモノの見事に使い切っている。

 だが。

 

「姿をコロコロと変えて相手を撹乱させる戦法。それは貴方の悪癖ね?」

「──」

 

 ぐうの音も出ない正論。事実その狙いを持ってコンボを変化させていたのだから、何も否定できない。

 

「確かに惑わされる。貴方の力を持ってすれば並みの相手では相手にすらならないでしょうね。……並みの相手なら」

「!」

 

 真っ先に脳裏に西行妖の姿が浮かぶ。

 

「本物の強者には通用しないわ。貴方はそれでもいいの?」

「……いいわけない」

 

 その言葉に、幽香は微笑んだ。

 

「本能で理解なさい、貴方にどんな力が詰まっていようと貴方は貴方、人間なのよ。人間が妖怪の真似をしても妖怪のようにうまくはいかないわ」

 

 煽る様に、幽香は言う。

 

「……でも、俺には他にやり方が思い浮かばない……何か知ってんなら教えてくれ」

「いいじゃない、素直なのは美徳よ。なら教えてあげる。貴方はあなたらしく闘えばいい。ただそれだけよ」

「は……俺らしく?」

「ええ人間らしく小賢しく立ちふるいなさい」

 

 あまりに抽象的なアドバイスだったが。結果として、柊が幽香から学ぶものは多かった。

 

「いつまでも突っ立ってないで来なさいよ」

「!」

 

 風見幽香は自由を好む。孤独が好き、花が好き、人生、いや妖生で培った力は彼女自身の妖怪としての力。

 彼女が一から積み上げたその力によって彼女が振り回されることはない。だが、誰かが振り回されているのは分かる。

 

 幽香の諭しは実に有効だった。

 

「今まで過保護に育てられて来たんでしょうけど私は甘くないわよ。なんせ軟弱な生き物を華のように愛でる趣味はないからね」

「……ありがとうございます、幽香さん」

「お礼は要らないわ。付いて来られなかったら普通に殺して捨てるから」

 

 幽香が接近する。柊はいなして、中距離から火炎を振り払う。

 

「! へぇ」

 

 中距離では幽香がレーザーを撃つには少し隙が生まれる、しかし拳も震えない嫌なポジションであった。幽香は一歩後ろへ後退しレーザーを放つ。

 

 今までなら確実に捉えていた動き、しかし人間は学習する。幽香に諭されて、我に帰った柊はタジャドルコンボの固有能力である高速移動には頼らなかった。

 自身の眼と技量を持ってレーザーを見抜く為に力を使う。それが人間としての自分の力。

 

 ──やはり眼がいいのね。吸収が異常に速い。

 

 中距離からの飛び道具で近遠の選択を相手に取らせる行動は、ついさっきまで自分がやっていた事だった。それを観てすぐにやってのけるにはそれ相応の眼と技術がいる。

 つまりその動きの基礎を既に彼は身につけていると言う事だ。

 

「貴方の師が堅実的だったのかしら?」

 

 事実、高速移動の為に目を鍛えても意味がないように、彼が正しく力を使うにはこれが正解だった。相手の力を身をもって体験し取り込んで学習していく事。それが人間の本領である。

 

 

 知恵を絞り、編み出した手順を踏む為にオーズの力を使う事。

 

 さっきまでの固有能力頼りの闘いとはうってかわり、自分の力を持ってオーズの力を工夫しながら闘うスタイルを選んだのだ。

 

 そして、それを活かすための闘いの経験値。

 

 ──きっと実戦を多くこなしてるのね。それか妖怪に特訓を付けてもらっているのか。

 

 柊の闘い方は対妖怪に特化していると言っても過言ではない。相手の攻撃をとにかくいなしていく。恐らく優秀な指導者がいるのだろうが、それも彼の成長に一役買っている。

 

「いいわね、少し昂ってきたわ」

「物理的にな!」

 

 火炎を起こし、容赦なく幽香の身を焦がす。だが依然として衰えない幽香は柊の火球を受けながら前に進み続ける。

 

「そらっ」

「っと!」

 

 ──もう拳に拳は合わせない。

 

 自分は人間だと強く教えられたことが功を奏したか、柊は人間らしい立ち回り。言うなれば慧音に教わっていた動きの基礎を自分の物にし始めていた。

 幽香の右拳を手の甲で弾き、隙に一撃を加える。

 

「ふふ、良くなったわね」

 

 更に追い討ちでかけてくる蹴りを、飛んで避け、真上から焼く。

 

「追撃の手も悪くない」

 

 そして、再び距離を置く。

 

 幾度も燃やされ、光線はかわされる。だが幽香は怒るどころか確かに笑っていた。

 

「忘れてるわよ、花」

「ん? ──ぎゃっ!?」

 

 幽香を視認しながら後方へ下がった為、全方位から放たれる花の弾幕にきづかなかった。

 

「あいたたたた……」

「ふふっ抜けてるのね貴方」

「は、恥ずかしい所をお見せしました……」

「いいえ」

 

 互いに静止。だが驚きにも先に手と弾幕を止めたのは幽香だった。

 

「貴方が後ろの弾幕に気付けなかったのは私に躍起になり過ぎた結果。一生懸命私に向かった結果でしょう? 貴方、闘うことに意識しすぎで弾幕ごっこであることを忘れてたでしょ」

「返す言葉もないです……」

 

 風見幽香への対処を考えるだけで手一杯だった。だが、幽香は次にそれを肯定する。

 

「なんで謝るのよ、素敵なことじゃない。必死になってもがこうとするのは。良いわよ、そのままドンドン調子を上げて行って頂戴」

「……えぇ?」

「貴方はバカじゃないというのはもう分かったわ。自分の力を正確に理解してるのは見て取れたし、私を食って闘い方を学ぶ精度は目を見張るものがある」

 

 ふぅ。と一息ついてから、幽香は柊に告げた。

 

「けれど惜しいわね。あと少しで殻を破れそうなものなのに……焦っている所為で本質を見誤っている」

「あ、焦り?」

 

 再度立ち上がる意思を見せ、タジャドルコンボの力任せにならずに、自身の力を最大限生かそうとする知恵。柊が人並みには人間としての力を持ち合わせている事は分かった。だからこそもうワンステップ上に追いやってやろう、と。

 

「能力に頼り切っていた時の貴方の評価はマイナスだった。そして今ゼロになった貴方。でもまだ私レベルの妖怪には敵わない」

 

 既に柊は風見幽香にとって虐める相手ではない。特別な力を持った、博麗と同じ興味深いヒト。

 

「今の貴方に足りないものはここよ」

 

 幽香は人差し指で自分の胸をつく。

 

「……え?」

「博麗の巫女にあって貴方にないもの。私にあって貴方にないもの。強者にあって貴方に足りないモノ」

 

 それは口で言ったところで理解に及ばないだろう。柊が本当の意味で答えを見つけなければならないもの、それこそ命をかけて辿り着かなければならないことだ。

 だから、命をかけてもらおう。

 

「きっと多くの妖怪はそれを忘れている。確固としてそれがあるものはそれだけで特別、強いのよ。……でも仕方ないことなのかもしれないわ。だって人間ですらも時にそれを忘れてしまうものね。まして数百年の時を生きる妖怪なんて……ね」

 

 幾多の記憶を連想する幽香。だが幽香の言葉に迷いはない。

 

 

「赤ん坊は生まれたその瞬間から『明日が欲しい』、『生きたい』と泣き、産声を上げる。本音を漏らす事は赤子でも出来るのに」

 

「赤ん坊ですら出来る筈のことが貴方には出来ていないのよ」

 

 自分の意思を貫ける事。それは強者の全てに共通している事だ。

 

 博麗の巫女なら「仕事だから」とでも言うだろうか、その意志が揺らぐことはない。別に何と言うこともない、今の花の異変が続けば自分の信用が消えてゆくゆくはご飯を食べていくことができなくなってしまうから。

 その眼には意志がある。

 

「私は花を咲かせて、花と共に生きる為に今ここにいる……時々周りの奴等を虐めて楽しんだりもするけど」

 

 虐めや弾幕ごっこはその人生についてくるおまけに過ぎない。

 そして今、芽吹きそうな花に水をやる為にここにいる。

 

「今のまま時を過ごしたらきっと貴方には何も残らない。笑う為にここにいる? つまりは博麗や貴方の友達の為にここにいるんでしょ。それの何が楽しいの?」

「困ってるなら……助けたい。一度捨てた命だから……価値のあるものに……」

「それで? 今のまま過ごせばきっと死ぬ間際後悔する」

「なんではっきり言えるんですか?」

「全てを他人任せにしているからよ」

 

 柊の苦言を幽香は見逃していなかった。

 

「自分の行動理由を他人に委ねれば、流されるまま一生納得のいく答えは得られない」

 

「他人任せにしてるつもりは──」

「他人に笑えと強要させることの何が自分本位なの?」

「……いや、別にそういうつもりで言ったわけじゃ」

「作られた笑顔を見て勝手に自己満足に浸かりたいだけでしょ」

 

 皆んなの笑顔を守りたい、そんなものは傲慢でしかないと幽香は言う。

 

「この世界で、そんなものに引っ張られるなんて勿体ないでしょう? この世界のようにもっと自由に生きなさいな」

「……そんなこと言われても」

「はぁ。……これからは偶には景色を見ることになさい、貴方」

「……?」

 

 呆れた顔で柊に問いかける。

 

「貴方は笑おうと思って笑ってるの? 楽しい時や嬉しい時は自然に笑みが浮かんでいるのではなくて?」

「……え、まぁ確かに」

 

 思い返せば、いつもそうだった。笑おうと思って笑ったことなんて一度もない。

 

「笑顔なんて感情を出力したものに過ぎない。ただ笑顔を守りたい、笑顔を作りたいなんて相当な自己中か勘違いした極悪人よ」

「……」

 

 自由に延び延びと。そんなこと口には出来ない。

 

 思えば自分には過去がない。大切にしたいと思ったものも、誇りにあるものも。

 全ては他の人の持ってるものだ。

 

 慧音や霊夢、幻想郷でであった全ての人達の良き所を守って、その笑顔を守りたい。それは今までも変わったことはない。

 

 ──俺は自分本位な考えを持ち得ていなかったんだ。

 

「……自分の夢を支えてくれる者。それが仲間、友達でしょ。そいつらと一緒に生きてたら笑顔なんていくらでも溢れるわよ。大切なのは周りの仲間が自分もついていきたいと思うようになるような自分になることなんじゃない?」

 

「……すぐには思いつきません」

「どうして?」

「……だって、今までやりたい事なんてなかった…から」

 

 何もなし得てこなかった人生だ。強いて言えば、自分の人生はオーズになりたいがためのものだったと言っても良いかもしれない。一度死んでそれも叶った。

 

 今は何も自分が欲するものはない。周りの人が欲するものを自分も手助けするだけだ。その恩を周りが返してくれる。その関係が心地良かったから幽香の言うところの偽善を続けようと思ったんだ。

 

「……ただの操り人形として生きるなんて勿体ないと思わない? だって幻想郷はあらゆるものを受け入れるのよ?」

 

 そこらへんにいるただ肉が食べたいだけの妖怪よりも、頭を使っている分立派な生き方ではあるが、そんなもの幻想郷には不要だ。

 

「──いいこと? 柊」

 

 華が咲き誇る、その表現にピッタリな、美しい笑顔で。

 

「花も鳥も木々や川、月すらも含めて私達は今、この世界で足を踏みしめて、この瞬間を全身全霊を持って生きてるのよ。そんな素敵なことって他にないわ」

「──」

 

 憧れの人の人生の一部を記録されたデータをテレビを通して永遠と眺めて、憧れて死ぬ。それが、柊の旅だった。

 そして終わる──筈だった。

 

 望んで得たわけではない二度目の旅。ゆえに彼は初めから全てを捨ててきた。

 

 次は誰かの人生の為に生きよう。今度こそ、守れなかった悲劇の少女なんて出さない、自分の手の届く範囲にいる人間の幸せを守ろう、と。

 そんな壊れた聖人君子の生き方を拒む事はなかった。なんせ人生の基準になる人間がいなかったから。

 

 テレビの世界の人間の生き方しか自分は知らなかった。だからそれがおかしい事だとは思わなかった。

 初めからそう生きてきたから何が変かなんて知るわけない。

 

 けど幽香は手を差し伸べる。二度目の生だろうがなんだろうが関係ない、今度こそ貴方の人生をやり直せばいいじゃないか、と。

 

 以前四季映姫の伝えたかった本意を、意図せずして風見幽香が柊へと伝えることになった。

 

「……そっか」

 

 幽香は確信した。今、柊の目の中にあったモヤが消えた、と。

 

「……でも、ごめんなさい幽香さん。俺今何をする為に生きてるかって聞かれたらやっぱり何も答えられない」

「……」

「周りに困ってる人がいたら助けるし、慧音さんたちの笑った顔を見ると、俺の心もじーんと温かくなって、嬉しくなれるんだ」

 

 だが、それでも今さっきまでの自分はもうそこにいない。他人主体だった頃の自分はもう──いない。

 

「けど……本当に大切な何かには、気づけた気がします。俺がここで生きていく理由。使命とかやらなきゃとかじゃなくて、やりたいこと。俺の満たされるものが、何なのか。うっすらとだけど、分かった」

「……ええ」

 

 いつまでも殻にこもったままじゃいられない。変化を怖がってちゃいけない。

 

 ──まずは、知ろう。俺の事を。俺自身が本当に俺を好きになれるように。

 

 今まで怖くって誰にも相談できなかった。そもそも初めに霊夢たちと出会った時から知ることを諦めていた。

 自分がここにいる理由、それをなかったことになんてできない。

 

「……ありがとう、幽香さん。本当にありがとう」

「いいえ、別に。貴方が何をしたいかなんてどうだっていいもの。私は強い貴方と闘ってみたいだけ」

 

 その言葉に柊は笑う。

 

「……そっか。うん、でもやっぱりありがとう。おかげで、今俺の目に映るこの景色がただただ、気持ちいい」

「ようやく作り笑いも消えたわね、今さっきまでずーっと何考えてるか分からない顔でとっても気持ち悪かったわ」

「だから顔は見えないでしょ!? この姿だと!」

「雰囲気で分かるのよ。流されるまま生きてる人間と自分の意思がある人間の違いくらいなら」

 

「……そうですか……」

 

 柊は、タジャドルコンボを解きタトバコンボへと変わる。それが一番今の自分を強くしてくれると、理性ではなく本能が伝えているのだ。

 

「さぁ全力で登って来なさい。強者の高みまで。手は抜かないわよ」

 

 前言撤回などしない。今の彼がさっきまでと変わらぬ実力だったら彼は死ぬ。それだけだ。

 

 ──それにしても、ヒントを与えすぎたわね。

 

 先程のやり取りから、柊の身に少しずつ異変が起こっている。その変わろうとしている何かに今、柊が触れ、得ようとしている。それは彼自身は全く意図したものではないのだが。

 

 ──漏れ出ている。恐らくあの身に纏っている鎧に使っていたのだろうけど、私の攻撃を受けてダメージを負った所為で身体の調子が乱れたのかしら。

 

 今の柊ならば、理解は出来ていなくとも、感覚で気づいている筈だ。その漏れ出ている力の正しい使い方を。

 

「……ふぅ」

 

 柊が深呼吸を一息つける。そして、その身から現れる迫力。幽香はそれを受けてから愉しそうに空を仰いだ。

 

 柊は、全速力で一直線に駆ける。

 

「──!」

 

 傘の先端から発するビームは柊を襲う。だが、彼はそれをバッタの力で地面スレスレを跳躍することで避けた。

 

 そして。幽香との距離──0。柊は右手拳に力を乗せながら、胸から溢れ出る何かも込め、打ち込んだ。

 

 

 

 柊はこの世界の住人ではない、故に幻想郷の人はどこか自分とは違う人間だと隔壁を作り、心の奥でセーブをしていた。

 だが幽香の助言により、自分の心に図々しさと自分の本当の気持ちが存在していることにうっすらとだが、気づくことができた。

 

 

 

 実は、以前一度だけ偶然にもそれを引き出せたことがある。春雪異変の時の事だ。

 後に引けなくなり全身全霊の力を放った時彼は無意識にその力をメダル、そして全身から漏らしていた。

 

 その力が、今確実に彼の意識下の元で胸を通して全身へと吹き上がる。

 

 

 洗礼された人間のみが自由に扱える、唯一人間が妖怪に対応できる力。雲ひとつない心の在り方が生む浮き雲のような純然で純真そのものの力。

 

 

「……かはっ……!!?」

 

 ──"霊力"。

 

「……えっ?」

 

 柊の今の驚きは幽香が数メートル吹き飛んだことにでも、驚くほどスムーズに拳を入れられたことでもない。

 

 身体が別人かのように軽いことだ。

 

 ──これが今の……俺? 

 

 今まで闘っていたのが嘘のように脳に雑念がない。透明感すらある。全てをふっきれ、霊力の存在を知覚した今、彼は完全に、アスリートで言うところのゾーンにはまっていた。

 

 身体から意図的に溢れる霊力とオーズの力の融合。能力と己の力の完全融合が柊の体に核心を与えた。

 

「……ここまでとはね」

 

 元々並みの妖怪に引けを取らない力はあった。ただ余計な思考を除いたスムーズな動きになるだけでも厄介だったのに。

 妖怪にとっての超有効打である霊力まであの拳に重ねて来た。

 

 ──元々少し漏れてたから心の在り方次第ですぐ扱えるようになるとは思ったけど。あんなに綺麗にこめてくるとはね。

 

「……んふっ、本当に面白いわ……んふふふ」 

 

 ふわり、と幽香は浮き上がる。

 

「その力は貴方が元々持っていたものよ。それを今自覚できたことで何か変わった?」

「身体も頭もスッキリしてるんだ。……なんか、自分が自分じゃないみたいだ」

 

 霊力を上手く扱うことが出来る人間とそうでない人間には明確な力の差が存在する。

 身体能力の強化や術の発動など基礎的な面においてですらも霊力を自在に扱えない人間との精度の差は目にみえるようになる。

 

 今までのように無意識下でオーズの力を使う為に自らの霊力を使用していただけでなく、自身の意志で霊力を使えるようになった彼は文字通り1ステージ上の世界で戦えるようになったのだ。

 

「その感覚は離さないことね。きっと貴方を構成する大事なパーツよ」

 

 コクリと頭を下げた柊の顔、マスクで隠れていても笑っていると伝わるほどに彼は朗らかなオーラを纏っていた。

 

「そんな勝った、みたいな顔しないでよ。むしろこれからなんだけど?」

「……はい、続けましょう!」

 

 ──何よそんないきなり自信満々になっちゃって。

 

 そんな幽香もどこか、楽しそうであった。

 

 だが幽香の発動しているスペカの残り時間はもうそれほどない。

 それが切れるまで。

 

「アハハ! もっと踊りましょう!」

「くぅ……!! 流石にそう簡単に勝てやしないか……!」

「あら諦めるの?」

「誰がッ!!」

 

 その1秒1秒を惜しむかのように互いに拳を振るい合う。

 

「……あ!」

「!!」

 

 30秒ほど闘った後だろうか。柊の変身が解け、向日葵畑に落下していく。

 

「……ったく、何やっ──」

 

 ──ここまでね、最後まで締まらなかったわ。

 

 と柊を迎えに行こうとした時。

 一瞬で、何かが幽香の横を遮った、と同時にその音だけが耳に届いた。

 

『数秒待ってください』

 

 

 ♢

 

 

 言う通り数秒待つと、再び柊が上空へ上がってきた。

 タカ、クジャク、チーター。亜種コンボ。

 それはもうすでに柊の体力が無いことを意味する。

 

「あら……邪魔虫が入ったかと思えば案外仕事したのかしらね」

「ハァハァ……もうスペカも時間がないし、俺も体力の限界だ」

「ええ、来なさい」

「ああ、ラストスパートだ!」

 

 クジャクの翼を展開し、飛行する。だが、あまりにも遅い。幽香を欺くことは出来ない。

 

「ふっ!」

 

 幽香の鋭い蹴りももう避けられない。持てる力の限りを使っていなす。

 

「あとは気合って所?」

「気合と……根性ですね!」

 

 残り時間が少ないだろうと互いが理解した。

 この取っ組み合いが最後になる。

 

 その焦りが、無意識に柊の拳の速度を鈍らせた。

 

 柊の拳よりも早い蹴りを土手っ腹に幽香は叩き込む。

 

「かっ!」

 

 左手で背を押さえる。だがかなりのダメージであり、変身は解けた。

 もう亜種コンボすら保てないほどのダメージが蓄積しているということだ。

 

「終わ……」

「──まだだ!」

 

 変身を解き左手に持っていた物を取り出す。

 

「……!?」

「せいやぁ!」

 

 柊は葉団扇を幽香に向けて振るうのではなく、後方に振って自身の勢いを高める為に使った。

 

 そして、その強すぎる強風はただ前に出していただけの柊の拳でも強烈な一撃に変えることができた。

 

「うっ!」

 

 幽香の顔に拳がぶつかると同時。

 

 花びらは散り切った。終わったのだ。

 

「ほっ……ってあ」

 

 生身で落下していく。この後については考えてなかった。

 

「わああぁぁぁぁ!!!!」

「ほら、しっかりしなさい」

 

 右手を幽香が掴む。

 

「あ、ありがとう……! 幽香さん……!」

「やっぱりどっか締まらなかったわね……ふふっ」

 

 ゆっくりと下降して、家の前で柊を降す。

 

「……また今度やりましょ。一対一で」

「今度やるならちゃんと弾幕ごっこじゃなきゃいやです」

「分かってるわよ。今度は完璧にねじ伏せてあげるから」

 

 ケホッケホッ、と咳をしてから幽香は傘についた泥を払う。

 

「おめでとう、貴方の勝ちよ」

「……あの、なんでここまで手伝ってくれたんですか? 幽香さんには俺を強くさせる事も手間をかける事にも利点はないですよね?」

「私強い人間と闘うのが好きなの。だから定期的にやり合いましょうね? 来なかったらこちらから出向かせて貰うわ」

「……えぇ、分かりました」

 

 ただただ強い相手と闘いたい、その為に手を貸した、という。

 少し休憩して、幽香から事情を聞いて柊は帰路についた。

 

 

 ♢

 

 

「……貴女も、いつまで休んでるのよ」

「あら、ばれた?」

「……花が貴方の匂いを嫌がってるからすぐに分かるわ」

「えっ……」

 

 文は微妙な顔をして、服を見てから匂いを数回嗅いだ。

 

「……直接嗅いでるわけじゃないわよ。貴女の周りの妖気やらを察知してるの」

「な、なーんだ! びっくりしちゃった」

「……ここまで全部貴女の掌の上かしら、だとしたら貴女と今からやり合うのもやぶさかではないわね」

「ええっ!? なぜそうなるんですか!?」

「わざわざ武器まで拵えて……あいつを立てるなんて何を企んでるのよ」

「もーそんなんじゃないですって」

 

 あれはですね、と言って文が説明する。

 

 

 ♢

 

 

「あいたたた……ああ、浮かれ過ぎてたな」

「そんな事ありませんよ、充分過ぎるほどによくやっていたと思います」

「どわっ!? あ、文さん……」

 

 すでに存在を忘れていた、とは口が裂けても言えない柊。

 

「忘れられていたのは百も承知ですよ、それよりもこれ! どうぞ!」

「これ……って団扇?」

「はい! それは葉団扇です。ただの葉団扇では彼女にはあまり効果がないかもしれませんが、ないよりましだろうと思って持っきちゃいました! それに……」

「持ってきたってわざわざ……俺の為に?」

 

「ええ、貴方のためにわざわざ持ってきたわ」

「あ、ありがとうございます……今度お礼はしますね」

「あ、お礼は私から頼みに行くから考えなくていいからね」

「……もしかして借りを作るためにこれを……」

「うん、そういうこと」

 

 柊は半笑いになるが、ほかに策もない以上ありがたくこれを使うことにした。

 

「それに……成長を見れそうでしたからね」

「え?」

「いえいえ! ……それより、その葉団扇はただの葉団扇ではない。私特製の団扇です。その一振りは自慢じゃありませんがかなりの風を纏うことができます。流石に彼女に直接浴びせても効果は少ないでしょうけど貴方の不意打ちに使うカードの一枚くらいにはなるかと」

 

 まだ、闘える。まだ異変は終わってないどころか、この闘いすらも終わっていないのだ。

 

「……うし、良い手を思いついた。勝ってくるんで文さんはここで俺の勇姿を撮っててくださいよ。正真正銘こっからが俺の旅の再スタートですから」

「わかりました! 良い写真撮りますから、カッコいい姿お願いしますね!」

 

 互いに親指をたてて、再び変身する。

 

「──変身っ!」

 

 

 ♢

 

 

「……というわけです」

「貴女の狙いが読めないわね。私をただ煽りたいだけ? それとも人間が痛ぶられながら闘ってるのを見るのが好きなのかしら」

 

 天狗は狡猾な生き物だものね。と幽香は鼻で笑う。

 

「違います、あ……いえ半分正解ですけど」

「……クズね」

「言葉の綾ですよ。文だけに、なんつって……っていうか、まぁ、健気な者には手を差し伸べるべきだと思ったまでです」

「隠れながら柊を見守っていたのは知ってるのよ。わざわざ山まで戻って悪趣味な団扇を取りに行ってたのもね」

「あちゃー。やっぱ私隠密は向いてないんですかね」

「なぜ力をひけらかさないの、それだけの力があるのに」

 

 少しばかり本気で文を睨む。文はとくに動じることもなく、一瞬上を向いてから幽香に向き直す。

 

「意味がないので」

「……貴女は何の為にあそこにいたの?」

「彼の闘いを見たかったからです。他意はないですよ」

「……ふぅん?」

 

 無邪気な笑顔が幽香に刺さる。

 

「自分より弱い種族だと分かりきっているのに守り守って……殊勝なことね」

「いやだからそんなんじゃないんですって。本当ですよ? それに多分……想いは貴女と一緒よ?」

「……なに? なんですって?」

「人間が自分に立ち向かう姿が好きだから、人間が頑張る姿が好きだから助言したんでしょう? 磨いてあげたのでしょう? あの原石を」

「……私はただ興味のある石を気まぐれついでに洗っただけよ」

「一緒ですよ」

 

 困り顔で幽香に言った。

 

「私は本当にそんなつもりはない。けれど……驚いたわね生粋の鴉天狗である貴女がそこまで素直になるなんて」

「だって見てて楽しいじゃないですか。短い生で必死に輝こうとする健気さが」

「かなり黒い発言してるの自分で分かってる?」

「貴女の言ってる事、私もよく分かるんですよ。私達は全身全霊でこの地に足をつけて生きている。とても素敵でユニークです」

 

 文は自分では生み出せない儚い光を生み出すものが好きだ。楽園を担う巫女や大賢者。この世界にはそんな光を作る者がゴロゴロいる。

 

「自由に生きようとしてる人間を見ると、つい手を貸してあげたくなってしまうんです。自分がこうですから……霊夢さんや柊くんのような善性の塊のような人なら尚更ね」

「嫉妬かしら」

「昔だったらあったかもしれませんけど、もう……そんな感情を抱くほど未熟じゃありませんよ」

 

 自分はもう、自由に動き回ることは出来ない。いや、写真を撮るという名目で関心のある場所を見て回ったりするぐらいの時間はあるけれど。

 私という個人で動くことが許されるのはごく一部の行動だけだろう。もしかすると今回の人間への援助もあとから処罰を受けるかもしれない。

 

自由(それ)は今の私が失ってしまったものだから……今から掴もうとしてる者の背を押すことくらい許されるでしょう。ここは全て幻想郷(受け入れてくれる)所なんですしね」

「……私から見たら充分自由にしてるように見えるけどねぇ貴女」

「……私でも、これぐらいしか自由に動けない、という事ですよ」

「ふ〜ん」

 

 よいしょ、と文は重い腰を上げる。

 

「あら……もう行くのかしら」

「仕事ですから」

「新聞屋なら異変を解決した者達の姿を見納めておいた方がいいんじゃないかしら」

「必要ありません。今回の異変はきっと人間達だけで解決してしまいますから……それに、今回の異変。……花映塚とでも呼びましょうか。それには犯人……黒幕もいませんからね」

 

 私の介入すべきことはない、と背筋を伸ばして言う。

 

「もう人間の援助はしないという事? さっきと言ってる事が違うじゃない……いや、ああなるほどね」

「そういうことです。私も組織人ですから」

 

「なるほど、貴女とっくに翼をもがれてたのね」

「……まぁ、そこら辺はあまり突っついてくれないと助かります」

「そうね。あまりにも礼儀を欠いた発言だったわ。ごめんなさい」

「いえいえ、むしろ謝られると思ってませんでしたよ。幽香さんは優しいんですね」

「……個性的な生き物が好きだ、と言っていたけど、同種は尊ばないのかしら。やはり同族嫌悪があって?」

 

 幽香の問いに文は両眼を丸くした。そして、幽香も気づかないくらいの、小さな悲哀を振り払い答えた。

 

「私は嫌っていないんですが……あはは。日頃の立ち振る舞いの所為か、どうやらあまり好ましく思われていないようなのです。……後輩も多分私のこと嫌ってますし」

 

「別にいいじゃない貴方強いでしょ。弱い者なんて目を向けなくてもいいのよ」

「そうもいきません……近々私達に関わる大きな異変が起きると予想しているので」

「……まさか今回あの人間に手を貸したのって……」

「ふふふ、まぁそういうことです」

 

「その太々しさをあの人間にも見習ってもらいたいものね」

「あははは、確かにそうかもしれません」

 

「……鴉天狗は所詮鴉天狗って訳ね」

「これでもマシな方だと思ってるんですけどね〜」

 

 はっ、と幽香は鼻で笑った。

 

「聡明すぎるのも困り物ね。周りから正しい評価を貰えないのだもの。ご愁傷様」

「おや、今のは貴女は私を認めてくれる、というような言い方ですが」

「さぁどうでしょう」

「あはは」

 

 二ヘラと笑う文に、幽香も自然と苛立ちを覚えることはなかった。

 

 

「一つ私からも聞かせてください」

「何かしら」

 

 幽香も、文の視線に合わせ立ち上がる。

 

「もし私が彼に手を貸さなかったら……きっと彼には他になす術はなかった。いやそれ以前に彼が闘うのを辞めて逃げていたらその時はどうしていたんですか?」

「そんな奴にわざわざ私が手を下すまでもないでしょう。花にやらせるわけもない。どこか適当な場所に放り投げてお終いよ」

 

 ほっ、と文は息を吐く。そして笑った。

 

「そうでしたか。私が言うのも可笑しな話ですが……やはり貴女は優しいお人でしたね」

「……別に、貴女から礼を言われることなんて何一つとしてしていないわ」

「それでも言わせてくださいよ」

 

 もしもはもしもだろう。ただ、彼が諦めることはなかっただろう、という確信が二人にはあった。

 

「……花の大妖怪、その矜恃をしかと会い見えました。今日は出会えて良かったです」

「……そう」

「……では!」

 

 神速の如きその身で、一気に上空へと駆けて行った。

 

「……」

 

 彼、そして彼女。二人の人間が自分を打ち負かした。例えルールの範疇であったとしても。

 まして片方とはほぼルールから外れていたのに。

 

 例え自分が手加減していたとしても、人間が確かに自分を満身創痍にさせた。

 それも二人。

 

 そう思えば、無理に花を咲かせる異常事態なこの不愉快な異変も、少しは許せるだろう。

 

 ああ、今度こそは。私が勝つ。だから次会う時はもっと強くなっていなさい。

 

 ──楽しみにしてるから。

 

 独り、空に小言を呟きながら、大妖怪はこの異変を終えた。

 



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41話 増えすぎた使者と死者とギガスキャン

 花映塚異変、此度の事変は幻想郷の自然現象のようなものだ。

 

 

 何せ、この異変では異変を起こした黒幕が──存在しない。

 

 外の世界で死んだ大勢の霊。それらの大体が無縁塚に漂い、死した事実を無意識に否定する。そして不安定になった霊が花に取り憑いた所為で四季違いの花も咲く事態となった。

 

 

 もし仮に此度の異変の原因を辿るならば。

 それは行き場を失った外からの死者が増えすぎた所為なのでしょう。

 

「ってことらしいですよ。花使いの風見幽香って人が言ってました」

「ふーん、それを知る為に魔法の森で倒れてしまうほど体張ったの?」

「あははすいません、でもこれでも結構頑張ったんですよ?」

 

 現在柊は魔法の森で倒れていた所をアリスに運ばれて治療してもらっている。

 

「魔法の森で倒れてたなんて……ちょっとは危機感持った方がいいんじゃない?」

「すいません恩赦を下さい……」

「まぁ、私も以前迷惑をかけたし、これでチャラね」

 

 萃夢想の件だ。彼を異変の加害者と認識して攻撃を仕掛けたことがあった。恐らくその一件で借りを作ったと認識したのだろう。

 

「それじゃ、ありがとうございました。シャンハイもね!」

「シャンハーイ」

 

 頬の傷に絆創膏を張る上海人形。お礼を言うと嬉しそうにどこかへ飛行して行く。

 

「いいわよ別に。それよりもどうするつもり? ここからまた出向くの?」

「いや、その必要はなさそうでした。霊夢は既に全部突き止めてたみたいです」

「こういう目に見える異変の時はほんっと、動くの早いわよね。ま、それが霊夢らしさか」

「そうですね」

 

 恐らく霊夢はどうすれば早く異変が終わるかも分かっているだろう。いや分からずとも彼女の勘があれば答えには必ず辿り着く筈だ。

 

「それで?」

「え?」

「あの風見幽香と闘ったんでしょ。どう? 強かった?」

「ああ、そうですね、はっきり言って歯が立ちませんでした。単純な力量では紫さんより上かもしれません」

 

 自分の持てる力の全てを力で押しつぶされたあの感覚は2度と忘れないだろう。それぐらい衝撃的だった。

 

「へぇ、それに勝てたんなら貴方もう大妖怪名乗っていいんじゃない?」

「いや勝てませんでしたよ」

「あれ? そうなの? 五体満足だからてっきり……」

 

 柊は包帯を摩り、確認する。

 

「俺が死なないように手を抜いてたんだと思います。あと……俺を強くする為に。多分妖怪としての全力でいうなら半分の力も出し切ってないんじゃないですかね」

「貴方を強くする為だけに弾幕ごっこを放棄して修行をつけた、みたいなものね。……もしかして存外物好きなのかしら。それとも鬼みたいな戦闘狂?」

 

「さぁ……ただまぁ、いかにも幻想郷の人だなって思いましたね。あの人は本当に強かった。いろんな意味で」

 

 右手を握りしめて、今回のことは忘れない。と固く決心する。

 

「……ふーん、まぁ、いってらっしゃい。困った事があったらまた来なさいな」

「今度お礼持ってきます」

「じゃあ……ってちょいストップ!」

「はい?」

 

 焦りながらかけつけるアリス。

 

「生身で外に出たら危ないから! 学びなさいよ!」

「シャンハーイ!」

 

 側で柊を眺めていた上海人形が魔力を放つと、柊は身体が軽くなったことに気付いた。

 

「おっ!?」

「全く……連れて行きなさい、森から出て行くまではね」

「本当にありがとう、また宴会で!」

「ええ」

 

 上海が喉を鳴らし、柊は家を出て駆けていった。

 

「……なんか、明るくなったかしら?」

 

 

 ♢

 

 

 そして。

 ──人里に帰った時点で霊夢が異変は解決した、と宣言したという風の噂を耳にした。

 

 さらに数時間後。

 

 

 

 博麗神社

 

 

「全然解決してないんだが」

「見れば分かるわよ〜っ!!!!」

 

 両手を空に広げ、巫女の威厳を捨てる霊夢。

 

「な、なんでまだ花が散ってないのよ!? 意味わかんないってば!」

 

 事実を告げに来た柊に、霊夢はキレる。

 

「一応聞くが、何をした?」

「花の妖怪に事情を聞いたから、閻魔に会いに行ったわ。もっと霊の管理を徹底しろってね。んで適当に叩きのめしてやったけど……」

 

 お手上げか。両手を組みうな垂れる霊夢。

 

「そもそも考えてみろ霊夢。今季の花の量が増えただけでなく、四季違いの花すら咲いてしまうくらい霊が出てるんなら数時間程度で解決するとは思えないぞ」

「あ〜そういえば……あの時は忙しいから後にしてくれって言われてたのよね……」

「理由は聞いたか?」

「勿論。『外からの霊が出たこのタイミングで霊を斬り無理やり成仏させる愚か者に説法がいる』って言ってたわ」

 

 それとなく予想がつく柊だったがさりげなく話を変えた。

 

「……それで?」

「そんなの知ったことないからって言ってぶっ飛ばしてやったわ」

「……何やってんだ」

「いや、だって私の面子を保つのが最優先事項でしょ」

 

 この奔放な精神こそが霊夢たらしめてきるのだ。柊は幽香の言っていたことに深く心染み込ませる。

 

「そりゃ図太い精神してるわな」

「あん?」

「ごめん忘れて」

 

「それじゃ行くわよ。私に任せてついて来なさい」

「え?」

「え、じゃない! もう一度懲らしめて分らせてやるのよ!」

 

 柊の首根っこを掴み、浮く。これで柊は最早従わざるを得ない。

 

「逆らったら落とすわよ」

「おまっ……ああ、うん、いや良いよついてくよ」

 

 別にタジャドルコンボで霊夢に反骨精神を見せてもいいのだが、互いにとって無駄な時間でしかないだろう。

 

 柊は大人しく霊夢に運ばれて行った。

 

 

「なんで俺まで……」

「味方は一人でも多い方がいいでしょ」

「え?」

「ん?」

 

 柊は霊夢の言葉に反応する。

 

「あ、いや」

「?」

「な……なんもない」

 

 不意のことだった。

 

 特段変なことではないのだが、なんの気なしに霊夢に仲間だと言われたことが、嬉しかった。

 

「何よ急に汐らしくなって」

「いや……別に、なんだかな……調子が狂うな」

 

 霊夢がそんなこと言うなんて何かあったのか? いや違う、正確には、柊が変わりつつある。

 

 以前のままなら動じることなどない筈の発言に狼狽えてしまうほど、今の彼はこの世界に馴染んでしまっていた。

 

「ご、ゴホン……えー、と霊夢。今更なんだが行く宛はあるのか?」

「あるわ、というかあいつらがいる所なんて大体決まってるでしょ」

「まぁな」

 

 

 死神閻魔が必要な場所。そう、それは中有の道の最果て。三途の川。

 

 ──なのだが。

 

 

「何あれ……」

「う〜ん……説法中って感じ?」

 

 問答無用と言わんばかりに声を張り上げて説法している者がいる。そして、それを気まずそうに聞く死神も。

 

 

「小町。今はこれまでの行いには目を瞑りましょう。ですが、それを差し引いても余りある愚行。外の世界からの霊も増えて尚更意気込んで行動しなければならないこの時期に事もあろうに、貴女──寝ていましたね? そんな恐ろしい事を容赦なく行える死神なぞ貴女だけです。もしかしてクビを切られたくてやっているの?」

 

「いやほんとにごめんなさい、返す言葉も……」

 

「何度も口説く言うけれど、私達は生前の罪を裁く者。罪を裁く者は常に公明正大に身を正していなければならない。……一度貴女は裁いた方が良いのかもしれないわね、そうすれば少しは反省するでしょう」

 

「いっいや……ごめんなさい! すいませんでした! ちゃんとしますからっ!!」

 

 必死の叫び、そして頭をなんども地面につけているその様子は明らかにこなれている。

 

「あー霊夢あれ12時間コースだから早く止めとけ」

「……ちょっといいかしら」

 

「……!」

 

 パァッと眼を輝かせる小町。

 

「博麗の巫女。こんな所まで何の用件ですか」

「もうすぐ元どおりになるって言った癖に……全く持って解決してないから直接言いに来たのよ。今度こそ正面切って相手して貰うわ」

「ふむ。つまりは──」

「あんたらが早くこの事態を終わらせるように忠告しに来たのよ」

 

 死神が総動員して霊を運び続ける。そうすれば確実に異変が終りを迎える刻が縮まる。

 逆を言えばそれしか方法がない。

 

 

「私じゃどうにもならないからあんたらに何とかして貰わなきゃ困るのよ」

「こればかりはどうにもなりま──」

「うるさい」

 

 淡々と、朝起きておはようと言うくらい自然に言った。

 

「異変を放っておくと困るの、つべこべ言わずにあんたらを倒せば元どおりになるんでしょ?」

 

 霊夢が映姫の口を遮ったその瞬間。この場の誰もが重苦しい雰囲気に変わったと、察知していた。

 

 

「──貴女は大した理由もなく大勢の妖怪を退治して来た」

 

 明らかに格が違う。人間や妖怪とは次元が違う。不自然な言葉の圧がそこにあった。

 

「妖怪では無い者を退治した事も少なくない。更に巫女なのに神と交流せず、時には牙をむくことすらある」

 

 黒か白かを見定める。その瞳にはそれ以上の意思は伴っていないように見えた。

 

「そう、貴女は少し業が深すぎる」

「ん……」

 

「このままでは死んでも地獄にすら行けない」

「仕方ないじゃない、妖怪退治は私の仕事なのよ」

 

 悔悟の棒で口元を隠し、霊夢を曇なき眼でとらえた。

 

「泥棒や人殺し、戦争すらもそれが仕事の人がいる。仕事だから、というのは罪の免罪符にはならないのよ」

 

「……」

 

 しかし霊夢もまた、映姫に対しての気迫は負けていなかった。

 

「少しでも罪を減らす為に、これから善行を積む必要がある」

「──博麗の巫女。そこに事の善悪はなし、其人はただ調停を担うのみ……よく紫から聞かされるわ」

「賢者からのお達しがあれば何をしてもいいと思っているの?」

 

 映姫の基準でいうなれば、博麗の巫女という仕事には人助けという善も人殺しという悪もない。

 

 ただ、調停を担うのみ。

 

「善悪の指標がなければそこに罪はないとでも?」

「それはあんたの価値観でしょ、私は私の思うように飛ぶ。ただそれだけよ」

 

 誰に指図されようと折れる事はない。

 

「私は異変解決の専門家、異変解決の行いで善行も悪行もない。異変を起こす役目の黒幕がいれば異変を終わらせる役目を担うのが私である、ただそれだけ」

「……なるほど一理ある。ただし私一個人としては異変が無ければ暇を潰して過ごすような惰性を貪る日々は治すべきだと思いますが」

「うぐ」

 

 霊夢はわざとらしく口角を吊り上げた。図星だった。

 

「あれでは貴方の神社に纏わる神が可哀想だとは思わない?」

「確かに」

「なんであんたが納得すんのよ!?」

「だってお前博麗神社の神さまが何の神さまなのかすら知らないんだろ……」

「う……まぁ、それは悪かったわ、善処しまーす」

「……まぁ良い」

 

 映姫は視線を霊夢から柊へと変えた。

 

「久しぶりね、柊」

「ええ、どうも久方ぶりです映姫さん」

「随分と変わりましたね。良くも悪くも」

「そうですかね? ……そうかも?」

 

 調子の良い声を張る柊に映姫は淡々と述べる。

 

「それでも敢えて聞きましょう。幻想郷には慣れましたか?」

「……」

 

 先程の声色や朗らかな表情を浮かべていた人間とは思えないくらい、真剣な眼差しを柊は映姫に向ける。そして柊の口から答えが出るのを映姫も大人しく待ち続けた。

 

「んー、ついさっきようやく馴染めた気がする……かなぁ」

「ふ、相変わらず独特ですね。ついさっきですか」

 

 手で口を押さえ映姫は上品に笑う。

 

「いやーあはは、さっきしこたま教えられまして」

 

「何でもかんでも鵜呑みにしてしまうのは貴方の悪い所です。以前も言いましたね?」

「あ、はい……いや、でもほんとに」

「いやじゃない」

「は、はい!」

 

 柊は自然の流れで脚を折り畳み座り始めた。そして映姫も近づき、説法を始めた。横でドン引きする霊夢を尻目に。

 

「前の様に誰かに助けて欲しそうな雰囲気を出さなくなったのは良い事です。あれから色々と善行を積み重ねてきたのでしょう」

「は、はい! あ、えとそこまで気にして行動してませんでしたけど……」

「……はぁ」

 

 映姫の右手に持つ悔悟の棒と呼ばれる笏で柊の頭を軽く打つ。

 

「いてっ」

「意思無き善行に意味は然程なく、互いの助け合いこそが身を結ぶのです」

「む、難しいです……」

「ありがとうとどういたしましては大切なこと、という事です」

「あ、それならなんとなくわかるかも」

「ええ、ちゃんと心がけてね?」

 

 最早世間話に至ろうとしている自分の上司を止めようと小町が割って入る。

 

「あのー四季様〜、お話も良いんですけど横の巫女がですねぇ」

「宴会で続きはしなさい」

 

 顔を見ずとも、霊夢が雰囲気から怒っていることが、柊と映姫には容易に伝わった。流石にまずいと思ったか、映姫は咳払いし。

 

「ゴホン……では、改めて」

「ようやくかしら。全く貴方達の話は長くて──」

 

 霊夢の背後から、小町が鎌を振るう。

 

「……これくらい突拍子がない方が話が早くて助かるわ」

 

 小町の不意打ちに動揺することもなく、滑らかにしゃがみ鎌を避けた。

 

「はは、そりゃどうも!」

 

 霊夢と小町は互いに場を離れ、弾幕ごっこを始める。

 

「……客に対しての振る舞いとしてはあまりに不遜。どうかご容赦を」

「いや別に気にしてないんで」

「……あれから、何か進展はありましたか? 一人でも幸せに出来た?」

 

 柊は真剣な面持ちで右手のメダルを見つめる。

 

 きっと多くの困難があったのだろう。此度会った時から以前とは別人のような瞳の輝きをしていた。

 少し色が濃ゆくなって、大人になってしまった眼。

 

「分かりません……幸せかどうかを決めるのは俺じゃないし」

 

 人が一枚岩では生きていないと、とっくに彼は気付いている。果たして、それでもまだ昔と同じようになんの曇りもなく人を助けたいと思えているのだろうか。

 

「きつい事、結構ありましたけど……まぁ、こうして今生きていられてるってことは……少しくらいは成長した……のかな」

「自分の事についての進展は? どう?」

「えっと……」

 

 柊は困り顔で後頭部を掻く。──やはりあまり進展を示していないのだろうか。

 映姫の抱くそんな思考は、杞憂に終える。

 

「……やはり、難しいですか」

「いや、やらなきゃいけない事はできました」

「……え?」

「それは人助けとかそういう誰かの役に立てるような事じゃないけど、俺がしなきゃいけない事なんだっていうのは、肌でわかるんです」

 

 ではなぜ困り顔だったのか? 目的がなかったからではない、それが人の役に立たない事だからではない。映姫は、納得してしまう。

 

「……なるほど、それを知れば」

「……ええ、俺はきっと俺じゃいられなくなる。今まで出来てた見ないフリも出来なくなる」

 

 ──感覚で分かる。自分の内側にある空洞。それが満たされれば確実に今の自分のままではいられなくなる。

 

「良し悪しは分からないけど……自分の中の大切な何かはきっと変わってしまう」

 

 ──それでも。

 

「でも、俺は調べますけどね。もう決めたんで」

「……そう、もう止まる気はないのね」

 

 彼は静かに頷く。

 

「あの時、俺が魂だけの時。……あの時は皆んなが笑ってるだけで、嬉しかったんだ。それは本当。今でも皆んなが笑ってくれたら俺も楽しいし嬉しい。けど、世界はそれだけじゃ回らない。俺は、俺自身と向き合う為に、あのどうしようもなくバカで、自暴自棄だった俺を捨てたくないから」

 

 もう、今までのような綺麗事だけを見ていた姿はどこにもない。

 

「自棄になってた俺も、周りが楽しいと自分も楽しくなれる俺も、今ここにいる俺も、全部大切な俺の本音なんだ。嬉しいも悲しいも、あの時の自棄も……でも、だからこそやっぱり俺は楽しいと思える人生を目指す。その為に、多少の苦しいは受け入れてみせる。もうそんな簡単には折れないさ」

 

 映姫は嬉しそうに頷いた。

 

「正直に言って、驚いています。貴方が自分の為に動いている事に、そしてその成長に悲しくとも、嬉しくとも思う。なればこそ」

 

 少女は立ち上がり気配を慌ただしくさせた。

 

「今日の程は、お客として存分に相手しましょう。お話は宴会で」

「ええ、俺の相手は後ろの彼女ですね?」

 

 映姫が目を逸らした一瞬で、スキャンを済ませていた。

 

「全力でかかってきなさい、今代の巫女の全霊、我が閻魔の力を持って計りしんぜよう!!」

 

 激励を飛ばす映姫の背から飛び上がるように飛び出す小町。

 そのまま飛行し柊に鎌を向けた。

 

「はっ、霊夢もあんたも……ここに来るだけのことはある!」

 

 ──サイ! ──クジャク! ──チーター! 

 

「どう……もっ!」

 

 タジャスピナーで鎌をガードする。そのまま腕を振り回して、小町を下がらせた。

 

「霊夢!」

「そっちの閻魔はあんたじゃきつい。私に任せなさい」

 

 霊夢はタタン、と軽快な音で岩を飛び、映姫に札を投げつける。

 

「あたい舐められてる!?」

「そういう話じゃないのは分かってるでしょ」

「まぁねぃ」

 

 霊夢はお祓い棒で鎌の刃先を押さえながら、柊の襟、もといオーズの首を引っ張る。

 

「だから、あの根明死神はあんたに任せた」

「りょーかい!」

 

 火球を横に放ち煙幕の様にして小町を威嚇する。

 

「ひいぃ! あっちぃ!!」

「死神でも熱いのか」

「熱いもんはあっついよ! ……ってなもんで」

 

 瞬時に気配が戦闘モードに切り替わる小町の不敵さを、柊は見逃していなかった。

 

 ──サイ! ──ウナギ! ──チーター! 

 

「せいっ!」

 

 鎌の一振りで炎を蹴散らす。だが柊は振り払った後の一瞬の隙を突く。

 

「唸れ!」

「あっ!」

 

 鎌を握る手、その手首をウナギの鞭で縛り付ける。

 

「……ふっ」

 

 口を釣り上げ小町は鎌を左に振るった。すると、柊が掴んでいたはずの鎌はするりと鞭を透けていく。

 

 

「へへっあのとき以来だね、こうして面と向かって話すのは」

「ああ、元気してたか……って死神に言うのはおかしいか?」

「知らんよ死神に常識を問われても。ま、元気してたけどね」

「そりゃよかった」

 

 互いの顔を見て笑い合う。久しぶりに会えた友達なのだ、仮に敵同士でもそうなるのは仕方なし。

 

「んーまぁ今回は敵同士だけどさ、終わったら宴会するんだろ? 私が来ても良いかな?」

「ああ、来いよ、閻魔様ご一行」

 

「へへっだってさ、四季様」

 

 霊夢のお札をひらりと避けながら、小町に語りかけるほどの余裕を見せる映姫。

 

「そちらは任せるわよ小町。いくら相手が彼でも手を抜いたら……分かってるわね?」

「あーい、そんな無礼はしませんよ」

 

「柊! 危なくなったら逃げるなりなんなりしなさい今回は……まぁ大丈夫だと思うけど万が一」

「要らない心配だよ、なんならそっちの映姫さん共々俺が倒そうか?」

「冗談!」

 

 霊夢の方へと身体を向ける柊に鎌をあてがう。

 

「けっ……ファッション鎌じゃねえのかよそれ!」

「ファッション兼護身用さ!」

「ラトラータ!」

 

 柊は即座にラトラータコンボに変身。そのまま高速で、小町が鎌を振り切る前動作のタイミングで鎌にトラクローを引っ掛けた。

 

「うおわっ!? はっや!!?」

「1発でおしま……ありっ!?」

 

 もう片方の手で拳を喰らわせる手筈だったが、またも小町は避けた。まるで周りには何も障害などないかのように。

 

「ざんねーん、これぐらいじゃやられてやんねー……よっ!」

「ははは! こっちが一本取られてやんの! 流石に死神だなぁ!」

「元気だなぁ……ま、いいことさね!」

「違いない! シャウタ!!」

 

 水棲を司る王の力。

 

「そりやぁ!!」

 

 シャチヘッドの水流で小町を狙う。

 

「わっ」

 

 足場を失い体勢を崩した小町を、水化した身体で押し飛ばす。

 

「流されるっ!!」

「まだまだ!!」

 

 背後から急に肉体を戻し、そのまま脚をドリルへと変化させ背中目掛けて加速した。

 

「今度こそ!」

 

 小町に水圧を浴びせる間に両鞭で確実に鎌を掴み、過剰な程丁寧に鎌を奪い取る。

 

「うげっ……しゃあないなぁ」

「お!?」

「ほいほいっと……」

 

 鎌を手放したはずの左手に、鎌自ら近づくように小町の手に戻された。

 

「……あれ〜?」

「うん、まだまだ新米異変解決人ってとこかな」

「ずっずるいぞ! 間違いなく掴んだのに……!」

「にししし」

「……まぁ船頭なんてやってる死神だから能力自体は大体推測出来るけどな」

 

 大方、死神特有のどんな所までも追いかける、というやつだろう。もしくはそれに近い性質を持っているのだろうが。

 

「ほぉ? じゃあどうやって対策するんだい?」

「……う、うーん……どうにかするさ」

「あっはっは! こいつは面白い! 策は特にないときた!」

「笑ってんなよ……? 次は奪ってやるよ」

「かーかっかっか!! やってみなよ、ほらほら!」

 

 器用に持ち手の先端を小指で回転させ、ジャグリングのようにして見せる。

 

「そら」

「あ」

 

 だが当然タネも仕掛けもないので、容易に取られる。

 

「ったくそんなズボラなくせしてよく死神勤まるよな……いや務まらないからクビにされかけてんのか。死神向いてないんじゃねーか?」

「ふっ……そんな褒めても何も出ないよ」

「褒めてはねーよ」

「褒め言葉だよ、死神に向いてないってのはな」

「……いや、ああなんか、ごめん」

「いや謝らなくていいけどさ、これは返して貰うよ」

「……!? また……ああもう!」

 

 柊は子供のように足を地面に踏んづけて、苛立ちを露わにする。

 

「ズボラでも案外なんとかなるだろ?」

「……その能力ずるいぞ」

「だから多用は避けてるだろ」

「避けてねーよ!」

「そうか? まぁ今回は四季様から許可降りてるから……さ!」

「ちっ! タカキリーター!」

 

 小町の振るう鎌を避ける為に、高速で脚を後ろに蹴り続ける。小町も次いで鎌を降り続けるのでこちらも両手のカマキリソードで防ぐ。

 

「あーあ、弾幕ごっこ中だってのに気が抜けちまった」

「……へ?」

「お前さんは本当、変わらんな。今日も今日とてここまで来てさ。どうせまた人助けの為だろ?」

「いや今日は霊夢に無理矢理連れられてきたんだ」

「あっはっは! それでここまできてるってんだから、やっぱお前さんは筋金入りだよな」

 

 互いにハイレベルな攻防を交わりつつ、口ずさむ。

 

「死神なんてのはさ。それこそが存在理由ではあるが、大体のやつに疎まれて望まれない仕事だ」

「お、おう」

 

 喋りながらなお、二人は殺陣を継続する。

 

「今日は会えて良かったよ、これなら異変を起こすのもやぶさかじゃないってなもんだ」

「いや……普通に会いに来てくれ」

 

 困惑する柊に笑いかける小町。彼は暫くすると、素朴に笑って。

 

「……まぁ死神がどうとかは抜きにしても」

「……おん?」

「小町はいい奴だよ」

 

 辺りに生まれたクレーターや煙を差し置いて、一瞬二人の間に静寂が出来た。

 

「……?」

「ハッハッハ!!」

 

 急に大笑いする彼女は、鎌を地面に立て置いた。

 

「あんたのそういう所、ほんっと私大好きだよ」

「どこ?」

「死神相手に、本気でそう思ってるところさ!」

 

 小町は脚を思い切り前に踏み出して鎌を用いて空気を勢いよく切り裂き、啖呵を掲げた。

 

「『死神 ヒガンルトゥール』!!」

 

「スペル……!」

 

 切り裂いた空気は淀み、円盤状の斬撃となって柊へと襲い掛かる。

 

 ──サイ! ──ウナギ! ──バッタ! 

 

 ウナギウィップで円盤型弾幕を弾けるだけ弾く。しかし、取り残した分は。

 

「ふんっ!!」

「おおっ!?」

 

 サイヘッドの頭突きで対抗する。

 

「いちちちち……!」

「いいねぇ、その愚直さ!」

 

 頭を抑えて座り込む柊。しかし死神は鎌を振ることは止まず、絶えず弾幕を放つ。

 

「──今だっ!!」

 

 バッタレッグの跳躍。弾幕を全て避けられるだけの高さまで飛び、ウナギウィップを小町の足首へと這わせた。

 

「(よしっ!!)」

 

 彼の視界の中心にいた筈の小町は、棒立ちのまま彼から見て少し右にズレていた。

 

「……! 移動したのは……俺の方か!」

「知ってどうにかなるのかい?」

 

 勝ち目の薄い事実を把握した事による悔しさと風見幽香の激励による昂りが相まって、彼は今人生で一番感情を露わにしていた。

 

「え」

 

 小町も一瞬呆気をとられる程、今の彼には気取られた。

 

 ──笑、ってる? 

 

 仮面をしているから、直接は分からない。けど確実に、そのマスクの奥で彼は、笑っていた。

 

「──は、いや、やっぱり変わったよあんた!!」

「いや、あの時が落ち込んでいただけさ」

 

 小町は再度弾幕を放ち、様子を見る。

 

「……タカ、クジャク、コンドル……!」

 

 弾幕の衝撃と共に煙幕が起き、柊の状態を視認できない。

 それもほんの少しの間だ。煙が払うまで待って──。

 

「……なんだ……!?」

 

 それは、全てを焼く王。

 

 ──タ〜ジャ〜ドルゥ〜〜! 

 

 

「──はぁぁ……うおりゃあっ!!」

 

 煙幕を潜るように大火球が舞う。

 

「っとぉ!!」

 

 縦に一振り。火球は綺麗な切れ目を作り、二つに割れてから小町を素通りしていく。

 

「へへ……っあっちちち!!」

 

 だが、あまりの熱量で掠るだけで小町の服の端に引火してしまった。

 

「ふーっ! ふーっ!!」

「りゃ!」

 

 猶予なく迫る柊の蹴りを鎌で振り払う。

 

 弾かれた柊には隙が生まれる。そしてその隙を狙われない筈はない。

 

「そりゃ!!」

 

 超大型弾幕をまともに受けた柊は吹き飛ばされる。

 

「ぐあっ……!」

 

 先程までとは動きのキレが違う。自分の力量を測っている段階だったのだ。

 

 鎌の取っ手の部分を振り回して、強打する。そして、鎌による斬撃が柊の身体を切り裂く。

 柊はその威力にたじろいで地面へと落下した。

 

 

「そろそろ時間みたいだな?」

「ハァ……ハァ……」

 

 肩で息し始める柊は、頬に一筋の汗を流す。

 

「つ、強いな小町」

「あんた倒して、四季様に早いとこ加勢しようかね」

 

 朝飯前と言わんばかりに口笛を吹きながら、歩き始める。

 

 身体の痛みに苦しみながらも、足に力を入れて立ち上がろうとする。

 

「観念したか?」

「……いいや、お前がどんなに強くても俺は諦めない……もう、教えてもらったからな」

 

 歯を食いしばり、無理やりに立ち上がる。

 

「必死になってもがくことだけが、俺に出来る唯一の闘い方だってな!!!!」

「……お!?」

「──!?」

 

 強く念じた瞬間彼に異変が起きる、いや正確に言えば彼の左手に。

 

「た、タジャスピナーが……光って……!?」

 

 クジャクメダルの秘めたる力。タジャスピナー。メダルを装填することによって力を増幅させる事が出来る代物だが、以前の彼には使うことが出来なかった。

 

 いざスキャンしても、反応がなかったのだ。だが今、それは解放された。

 

「……俺の力を、コアが認めてくれたのか……?」

 

 颯爽と小町へ振り返り、左手に力を込める。

 

「んじゃ、その力……魅せてみな!!」

「はっ!!」

 

 突如として、火球を放つ。小町はひらりと躱して地に足をつける。

 

 

「完全に回避してこの熱さ……参るねぇさっきよりも火力上がってるじゃないか」

 

 柊の意思に比例して熱さも増している。

 

「本場の火力はそんなもんじゃねえ!」

「……っちちち……おん?」

 

 ベルトから取り出した三枚のメダル。タカ、クジャク、コンドル。

 それらが展開されたタジャスピナーに挿入された。

 

「今の俺にならこれだって出来るはずだ……!!」

 

 柊が理解してそれを言っていたのか、はたまた感覚で喋っていたのかは分からない。だが、

 

「はぁぁぁ……」

 

 オーズの力は確実に彼の味方をしていた。

 

 ──《タカ》! ──《クジャク》! ──《コンドル》! 

 

 ──《Gin》!! ──《Gin》!! ──《Gin》!! 

 

 

 ──《Giga Scan》!! 

 

 

 

「な、なんかやばそう……」

 

 鎌を握る小町の手にも思わず力が入る。そして、ほんの一瞬の無音の後に火花が散った。

 

「セイヤ──!!」

「……んんん……せ──いっ!!」

 

 小町は再び火球向けて鎌を振るう。そしてそこには、死神としての本気が見られた。

 

 それは死神気質の、透き通るような殺意。

 

「受け止め……っ!? マジか!?」

 

 まさか真っ向から受けるなどとは。柊が手を咄嗟に前に出すが、すでに遅い。小町が動かなければ既に当たっている距離だ。

 

 超火力による余波で小町の姿が見えない。汗をかいて柊は焦り始める。

 

「ゲホッゴホッ……あー負け負け! あんなの咄嗟にやられちゃ一溜りもないわ」

 

 鎌を落とし、黒焦げになった小町が見えた。

 

「ビックリした……一瞬鎌で振りかぶった様に見えたぞ……能力使ったのか?」

「あー、うんまぁ……けど逃げる為に咄嗟に能力使わされたんだ、正真正銘私の負けだよ」

 

 ヘタリ、と弱々しく地面に座り込む小町。

 

「そうか……ぐ!」

 

 コンボの負荷に耐えられず柊もたまらず倒れ込む。

 

「ゴホッ……いてて」

「お前さんも大概だなぁ。身体に鞭打つのは程々にしときなよ。早死にするぞ」

 

 節々の痛みを抑えながら、視線だけを小町に送る。

 

「お前さんが死ぬのを見るのは気分が悪い」

「……真顔でよく言えるな、恥ずかしくないのか」

「恥ずかしくても言っといたほうが良いと思って」

「……?」

 

「あたいがあれだけ喋っても変わらなかったのに、暫く見ない内に随分変わってたからさ。思ってることは言えるうちに言っとかなきゃな。変わり切っちまう前に」

「……」

 

 小町はほんのりと頬を赤らめて、意地が悪そうにしている。

 

「あたいは力になれたのか?」

「……あの後、生き返ってすぐ、また戦う羽目になったんだけどさ」

 

 柊はメダルを、石畳に乗せた。

 

「犠牲を出して……ああ、いや……それは正しくないな……」

 

 眼を瞑り、一呼吸おいてからまた口を開いた。

 

「……助けを求めてた人達を助けられなかった。そして助けられたかもしれない人を今度こそ俺のドジで死なせた。俺の所為ってやつだ。思い込みとかじゃない、自棄でもなく、本当に俺に力があれば助けられた筈だった。……けど」

 

 目を閉じるための筋肉に、一層力が入る。

 

「……俺はまた助けられなかった」

 

 堅く閉じた瞳を、少しずつ開け始める。現実を、事実を見据えるように。

 

「…….俺は幻想郷に来た時から、ずっと自暴自棄になってたんだ。俺の身を捨てて何か出来るならそれで良い、俺が犠牲になりたいって」

 

 最初の出会いを思い出す。魔理沙と、霊夢に出会った事。

 

「二回目も助けられなくて、あの時は正直心が折れてたな……いや、割と最近までそうだったかもしれない」

 

 脳は停止し、ただ涙だけが溢れ出る。あの残酷な感覚。もしあの時に柊太郎や仲間が居なければ柊は今こうしていられなかっただろうという確信がある。

 

「でも今日ある人に出会えて、ようやく変な呪いみたいなのが解けた気がするんだ。良い人だった」

 

 小町は、少し寂しそうに目を下げる。なぜなら、自分は柊に対して何もしてあげられていない、と思っていたから。

 

「でもそう思えたのもきっと今までの積み重ねがあるからなんだ、俺は小町や映姫さん、他にも沢山いるけど、皆んなの言葉を忘れた事なんてない、どころかそれが頼りになってたんだ」

 

 少しだけ、小町の目蓋が開いた。

 

「皆んなの言葉が俺を支えて、今の今まで生かしてくれた。だからこれからも俺はそうやって甘んじて、支えられながら生きていく」

 

 少し不格好だけどな。柊はそう笑って。

 

「小町がどう思ってるかは兎も角。お前と映姫さんに会えなかったら俺はきっと立ち直れてなかったよ」

「……そっか」

「お前の言葉は俺の力になってくれてる、だからありがとな、小町」

「……うん」

 

 小町は膝に手を突きながら恥ずかしそうに笑みをこぼしていた。それが意味するものが何か柊は、分からないままだったが。

 

 

 

 ♢

 

 

 

「ハッ……ハッ……どんなもんよ!」

「私の負け、ですか」

 

 霊夢は映姫にむけて息を吐きながら、高らかに叫ぶ。

 

「小町達も、終わった様ですし今日はこの辺りでお開きにしましょう」

「そ、なら異変があらかた片付いたらまた来るわね」

 

 ただ青く染まる空。その地に閻魔は笑って寝そべった。

 

「そうしてくれると助かります。……私たちもすぐに取りかかりますから」

「それじゃあね」

「あ、一つだけいいですか?」

 

 ふわりと浮き背を向ける霊夢に対して、発言した。

 

「さっきあっちの二人の会話で聞こえた事も聞きたいことあるでしょうし、宴会の時は是非呼んで下さい」

「……そうね」

 

 

 ♢

 

 

「……お、来たか終わったようだね」

「んあ?」

 

 石同士がぶつかり、ジャリジャリと音が鳴る方を向いた。

 

「霊夢!」

「ええ、帰るわよ」

 

 ほら早く立ちなさいよ、そう言って柊の腕を引き上げた。

 

「それじゃ宴会でまた会おうぜ、小町」

「ああ、ちゃんと呼んでくれよ? じゃなきゃ拗ねてやるからな」

「当たり前だろ?」

「へへっ……またな」

「ああ、また」

 

 気怠そうに霊夢に運ばれていく柊を、小町は寝そべりながら見送った。

 

 

 ♢

 

 

「今回も大活躍だったな、霊夢。結局対して手伝ってやれなくて悪い」

「そうでもないわ。あいつら二人相手は荷が重かったし。こっちこそ悪かったわね巻き込んじゃって」

「いやいや大丈夫、だってほら、今回割と怪我も少なかったしさ!」

 

 不恰好に霊夢に抱き抱えられながら博麗神社へと帰る。その道の途中だった。

 

「……確かに。あんたも捜索してたのよね?」

「おう。初めてかもな、最初から最後まで意識があるまま立ち会ったの」

 

 それを聞いて霊夢は笑った。

 

「あんたも少しは頼りになってきたじゃない。これでちょっとは肩荷が降りるってなもんよ」

「だろ? って今までは荷物扱いかよ……」

「そこはそれ。これから精進なさい」

「へいへい」

 

 もうすっかり夜明けだ。遠目で見える博麗神社の後ろの山から光が刺している。

 

「なぁ霊夢」

「ん?」

「不謹慎かもしれないけど、俺今回凄い楽しかったよ」

「……そ。私もアンタとこうして帰るのは少し楽しいわ」

「へへ、また今度異変があったら、頑張ろうな」

「ええ、お互いにね」

 

 二人して微笑みながら、博麗神社へと帰って行った。

 

 

 ♢ 

 

 

「小町、お疲れ様でした」

「……四季様も、お疲れ様です」

 

 木を背もたれにして、寝かかる小町の眼前に映姫が話しかける。

 

「……あ、そっか」

 

 負けたのだから、クビか。柊との戦いに浮かれすぎて忘れていた。

 

「……帰りますよ」

「え?」

「? またサボる気だったの?」

「いやでも、クビなんじゃ……」

 

 映姫は首を傾けて、言う。

 

「クビにされたいの?」

「そんな滅相もない! でも、な、なんで」

「偶然が重なったとは言え、まぁ今回は良く働いてくれましたから、普段から働き続けると約束するなら今回はそれで良しとします」

「は、はい! 誓います! 誓います誓います!!」

 

 勢いに任せて肯定する小町を見て、映姫は苦笑いをしながら溜息をつく。

 

 風に揺られて木の葉が舞う。そしてこの木を見るのももうお終い。

 

 

「ふふ、成長してたわね」

「え? ああ、確かに。より人間らしさが増してましたねぇ、いい傾向だと思います?」

「……ノーコメント。しかしまぁ、仮に何かあっても博麗の巫女が止めるだろうという事は確信しました」

 

 よいしょ、と少しだけ勢いつけて小町の横にダイブする。

 

「ああっ!? 四季様!!?」

「ふー……こうして見ると壮観ねぇ……綺麗だわ」 

 

 風に煽られて気持ちよさそうに、映姫は目を瞑る。

 

「こう気持ちが良いと、貴方がサボりたがる気持ちは分かるわ」

「えへへ、今度もっと寝やすい所も、四季様が良ければ案内しますよ」

「仕事をちゃんとしたらね?」

 

少しの静寂があって、四季は口を開いた。

 

「……随分と成長していたわね、彼も」

「ああ、私もやられちゃうくらいには強くなってましたね」

「力もそうですが……心も。……そう……彼は少し、看過されやす過ぎる」

 

四季の険しい表情を見て、思わず小町は尋ねた。

 

「あの子は……黒ですか?」

「……ええ、そうね、今の彼は黒だわ」

「……」

「──でも」

 

両の手を地面に広げながら、四季は笑って答えた。

 

「彼の周りの人間達がきっと彼を白に塗り替えてくれるでしょう。なんの問題もありません」

「──」

「? どうしたのよ、そんなキョトンとして」

「……はは、いや。四季様がそんなことを仰るとは」

「……そうですね、人とは本当に難しい生き物だ」

 

 今は亡き人の欲望、希望、願望、それらが今散り落ちていく一枚一枚の花びらに込められているのだ。

 別に憐憫も同情もない。だが、それでも平穏であって欲しいとは願っている。

 

 

 その花びら達は祈るように、そして幻想郷を変えていた彩り取りの花も散り終えたという。

 

 



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