Specialian's Life(スペシャリアンズ・ライフ) (パラレル。)
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第1話 Specialian’s Life

四月――。

 

 

桜の花がまだ咲き乱れる季節。とある少女は学生鞄を持って、自宅であるアパートの扉を強く開けた。

そしてそのまま鉄製の階段を鉄と学生靴とがぶつかって鳴る音を立てながら駆け下りて、あっという間にアパートの出入り口へ走った。

 

 

「行ってきます」

「はい。行ってらっしゃい。車には気をつけるのよぉーー」

「はい!」

 

 

彼女がアパートの出入り口を通るとき、そこの側でこのアパートの大家である若い女性が箒で掃き掃除をしていた。少女はその彼女に挨拶すると、彼女は優しく挨拶し返してくれてその少女に身の安全を喚起してくれた。

そのことに対してその少女はお礼として大きな返事を返して、元気よく通学するのであった。

 

 

 

 

彼女が通る通学路に並び立つ桜の花のような桃色の髪と秋の紅葉のような紅色の瞳をしたその少女は通学路である桜通を駆け、その先にある彼女が通う高校へ目指していた。

この先にある高校は私立八百万事(やおよろず)女子高校。そして、その少女の名は三芳有桜(みよしありさ)。高校一年生。

この物語はその彼女を中心とした人達のちょっとおかしな日常の一遍である。

 

 

 

 

 

――「Specialian’s Life」――

 

 

 

 

 

 

 

 

ここは八百万事女子高校の1年B組のクラス。まだ朝礼前であることもあってみんな仲良くおしゃべりしてます。けど私こと、三芳有桜は今日、日直の仕事があったため早起きして早く登校してきたのでもうくたくたです。だから机に屈しています。

 

 

「いや~~~!!おつかれさまです“リサちゃん”!日直5・9・6・3ですッ!!」

「あっ・・・“早百合(さゆり)”ちゃん。おはよう」

「おはようです~~~!!」

 

 

みんなの声が騒がしい中、それを打ち消すほど元気に話しかけてくるのが、私の友達、“寿早百合(ことぶきさゆり)”ちゃん。茶色いロングヘアと青い瞳が特徴の同級生だよ。

ところで・・・5963って何だろう??

 

 

「もう~~~。早百合ったら~~。また訳の分からないことを言って~~~。ふつうに“ご苦労さん”って言えないわけ?」

「さゆり・・・・・おもしろい」

「えぇ~~~そうすか~~~~~。照れますね~~~~~」

「誰も褒めてないわよ・・・“花音(かのん)”はいらない言葉を・・・」

 

 

あぁ!そういうことですか!!5963で“ご苦労さん”でしたか。早百合ちゃんったらセンスいいなぁ。

早百合ちゃんのセンスのいいしゃれにつっこみを入れるのが同じ同級生の“実野芿紗凪(まことのじょうさな)”ちゃん。そして、早百合ちゃんのシャレを私と同じく賞賛しているのが“相生花音(あいおいかのん)”ちゃん。

紗凪ちゃんはスタイルが良くて、オレンジ色の髪と藍色の瞳も相まって学校では有名で、花音ちゃんは小柄だけど、童話とかに出てくるペガサスのような白銀の髪と左右の目の色が違うオッドアイが特徴的で癒やし系だって言われているんだ。地味な私とは正反対だよ。

 

 

この三人が私の友達。三人は私のことを”リサ”って呼んでくれて、周りに溶け込めなかった私とすぐにお友達になってくれたんだ。

今の他愛もない会話も日常茶飯事。とってもとっても楽しいよ。

 

 

「おいお前等。チャイムはもうとっくに鳴ってんぞ・・・さっさと席に着け」

 

 

あっ・・・もう朝礼が始まってた。

私とおしゃべりしてた三人はすぐに席に戻って、担任の“椨乃木奏影(たぶのきかなえ)”先生の話を聞く体勢に入った。私も聞かなきゃ。

 

 

「えっと・・・出席確認はいらないな・・・・・全員いるし。連絡事項としては最近不審者や行方不明者が相次いで報告されてるから登下校中は気をつけろよ」

「はぁーーーい」

 

 

私も含めたクラス全員は先生の連絡を聞いた後に返事を返して、朝礼が終わることを祈った。

椨乃木先生は上から下まで黒一色の服を着ていて何の装飾品も着飾らないほどお堅いイメージがあって近付きがたい存在ですが、話すと意外に話してくれますし、かわいいものには目がないってのもあって私達生徒の間では評判の良い先生です。

ですが私は以前先生とワンツーマンで話していた際、息をとても荒げて、先生のツリ目が血走っていかにも私を捕食しそうな感じがしたので私は少し苦手です。やっぱり男の人より女の人を好きになっちゃう人なんでしょうか?あの人は・・・。

 

 

 

 

朝礼中何度か先生と目が合って思わず目を伏せた私は朝礼後、一時限目の授業の準備をしていると、早百合ちゃんと花音ちゃんと紗凪ちゃんの三人がやって来ました。何の用だろう?

 

 

「リサちゃん!リサちゃん!実はお願いがあるのですがよろしいですか?」

「何??何のお願い?」

「実は早百合ったら急にリサのアパートに行きたいって話になったのよ」

「えぇ!?私の・・・!?な・・・なんで!?」

 

 

これは驚いた。開口一番に躊躇いもなく私の借りているアパートに行ってみたいって早百合ちゃんが言うものだから・・・。理由も聞きたいよ。

 

 

「理由ですか?前にリサちゃんがアパート暮らしって言ってたからどんなところか知りたかったからですよ」

「あたしも行ってみたい・・・。リサのアパート」

「もう・・・・・早百合、花音。リサの事情も考えないで・・・。ごめんね、リサ」

「そそそそんなことないよ!逆にうれしいよ!みんなをうちに招くこと」

 

 

私は早百合ちゃんに理由を求めたけど本当は心からうれしいの。だってこんな地味な私が初めて出来たお友達を部屋に上げるなんてこと初めてだから。

私が三人をアパートへ招待することを決めたことで、早百合ちゃんと花音ちゃんは嬉しさのあまり飛び跳ねて喜んでました。

子供のようにはしゃぐ二人を紗凪ちゃんはお母さんのような貫禄で落ち着かせていました。そんな二人を見ていると、私はとてもうれしくなりました。・・・早く放課後にならないかな。

 

 

 

 

そして待ちに待った放課後になり、私達四人は終礼が終わると同時に教室を飛び出し、下駄箱へ向かった。

私は三人に私の部屋を見せたいという気持ちもあって心躍っていましたが、私なんかより比にならないほど早百合ちゃんと花音ちゃんは心躍っているようで、足取りも運動音痴の私にはキツすぎるほどでした。

紗凪ちゃんはそんな二人を見て「本当・・・子供ね・・・」と呟いた後、私の手を取ってくれて疲れている私を引っ張ってくれました。

 

 

そして、学校を出てから約十五分。キレイな桜の木々に囲まれ、美しく整備されたアパート、「Specialian(スペシャリアン)」荘に辿り着きました。

私の部屋は2階の端の部屋、201号室となっています。二階建てのアパートで一フロアに4つの部屋があり、私が201号室を選んだ理由として、この桜を少しでも通学中に眺められるようにしたかったという希望があったからでした。それを三人に話すと三人は笑い出して、「リサらしい理由だね」と言われました。

少し恥ずかしいです。

 

 

アパートに着いた私達四人はこのまま私の部屋へ行こうとしますが、その前に買い物バックを提げた女性が私達の背後からやって来た。

マジェンタ色の長い髪、綺麗なコーラル色の瞳、世の男性も目を奪われるほどに育った胸をした女性、“牛若如月(うしわかきさらぎ)”さん。このアパートを管理する大家さんです。

 

 

「あら?有桜ちゃん・・・今日はお友達を連れてきたの?」

「はい。お帰りなさい大家さん・・・・・買い物帰りですか?」

「そうよ。『彼』に私のおいしい料理をいっぱい食べさせてあげたいから・・・」

「ほほぉ~~。大家さんには『彼』がいるんですかぁ~~~。とても素敵な殿方なんでしょうねぇ~~~」

「えぇ・・・それはもう・・・・・『食べちゃいたい』ぐらい・・・・・」

 

 

買い物バックに野菜やお肉をたくさん詰めている大家さんはそれで大家さんの彼氏さんにて料理をたくさん振る舞うらしく、とても張り切っていた。早百合ちゃんは大家さんに彼氏が存在することにとても興味が引いたのか大家さんの彼氏のことを詮索し出しました。

大家さんはそんな早百合ちゃんにとても素敵な彼氏さんであることを伝えました。しかし何でしょう・・・。私はその大家さんの言葉に悪寒を覚えてしょうがないです。

早百合ちゃんは「もう~~。ラブラブですねぇ~~~。このこの~~」と笑って接し、紗凪ちゃんも花音ちゃんも笑っているのに私だけそこに不気味なものを感じている気がしてなりません。きっと大家さんが意味深な言葉をあえて言ったからだと思います。きっとそうに違いありません。

私はそんな邪念を振るいだし、自宅である104号室へ入る大家さんを見届けて、三人を自宅へ案内した。

 

 

自宅へと招き入れた私は三人にお菓子やお茶を出して、普段話さないような話題で普段よりも長く会話した。その後はトランプで小一時間も遊んだ。

何時もはこぢんまりしている自宅ですが、今日だけは友達の笑い声や話し声で賑やかになりました。

 

 

ですがそんな時間もすぐに終わってしまいました。午後六時を回った辺りで三人は帰る支度をし始めました。

 

 

「今日はありがとう。リサ・・・今度はお泊まり会でも開きましょうか・・・ここで」

「おぉ~~~!それはいいアイデアですねぇ~~~!!一つ屋根の下でお泊まり・・・ぐへへ」

「やった~~~やった~~~。またリサの家にいける・・・けどそれまで待てる自信がない・・・」

 

 

荷物をまとめた紗凪ちゃんが私にこの部屋でお泊まり会を開く希望を伝えた。お泊まり会・・・小中学校の時にも経験したことのないそれを私の家でやる・・・・・。そう考えただけでとても胸が躍る。

けどそう思っているのは私だけでなく皆嬉しそうで、特に早百合ちゃんは嬉しさのあまり口からヨダレが出て、花音ちゃんはお泊まり会の期日まで待てる自信がないと落胆している。

でもそこは紗凪ちゃんがいつものように花音ちゃんを落ち着かせていました。

 

 

「大丈夫よ花音。お泊まり会って言ってるけど本命は勉強会にするつもりだから」

「うぅ・・・・・さな・・・ひどい」

「そうですよ!!お泊まり会ぐらい勉強のことを忘れさせてくれてもいいじゃないですかぁ~~~~~~!!」

「だ~~~め。こういうところでやらないとあなた達二人はリサと違ってやらないからね」

「「うぅ・・・・・」」

 

 

楽しいお泊まり会・・・しかしそれは勉強会のついでと言うことで一気にテンションダウンする早百合ちゃんと花音ちゃん。

かく言う私もテンションダウン中です。だって勉強苦手なんだもん!!

 

 

「お願いですぅぅぅぅぅ~~~!!後生ですから~~~」

「だーーーめ!!いい加減離してくれる早百合・・・歩きづらい」

「後生だからーーーーー」

「花音!早百合に便乗しないで!!歩きづらくなるって言ってるでしょ!もう・・・リサ。ちょっと手伝って」

 

 

玄関に移動する紗凪ちゃんですが、勉強会が嫌な早百合ちゃんは諦めが悪く、紗凪ちゃんの腰にしがみついて考えを改めさせようと必死に抵抗している。

早百合ちゃんがしがみついているせいで歩きづらくなって困っている紗凪ちゃんに、花音ちゃんも便乗して一緒にしがみついたことでとうとう紗凪ちゃんは私に助けを求めてきた。

私は手を出すなと言わんばかりな視線を送る二人を見ないフリをして紗凪ちゃんから二人をどかした。

 

 

「それじゃあリサ。バイバイ」

「バイバイです~~~~!!」

「また明日・・・」

「うん。またね」

 

 

結局非力な私じゃ二人を引き離すことが出来ず、紗凪ちゃんの一言「もういいわ。お泊まり会はなし」でようやく二人を正気に戻しました。

それから少しの間気まずい空気になりましたが、玄関を出て渡り廊下に足をつけたときにはいつも通りの雰囲気に戻り、私は三人にさよならをした。

夕日が半分沈み昼と夜の中間に位置するこの時間にアパートを出る三人に私は渡り廊下から見送り、ずっと手を振り続けた。三人の姿が見えなくなるまでずっとずっと・・・・・。

そして三人の姿が見えなくなると私は自宅へ戻った。自宅の扉を閉め、今日ここで起こったことを振り返り、その余韻に浸りながら大きな深呼吸を一つした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・やっと帰ったか・・・・・全く心臓に悪いぜ」

 

 

深呼吸をした後、私は・・・いや、“俺”は素に戻った。あの女どもの視線から解放されたことで安心し、肩を伸ばしながら靴を脱ぎ、部屋へと入った。

そしてそのまま、自室の押し入れの戸を開き、その中にある“表面上”の三芳有桜の好みとは全く非なるワイルドでディープなジャンルの単行本などの私物を引っぱり出し、あの三人に見られた痕跡があるかを確認した。

 

 

「全く急に来やがって・・・・・偶然この前掃除して俺の私物を押し入れに隠していたからまだしも・・・あと少しで俺が望む平穏な生活が瓦解しかけたじゃねぇか!あのクソアマ共がッ!!」

 

 

奴等が俺が借りてるアパートに行きたいとほざいたときはやばかった。ヘタに探られて俺の正体を勘ぐられれば、俺に待つのは無間地獄だけだったからな。

たく・・・“有桜”の奴も何故そう易々と他人を中に入れやがんだ・・・・・。自分だってうすうす俺の存在に気付いているはずなのにバカなのか!?あいつは!!何が嬉しいっっだぁぁ!!グズがッ!!

俺はそう思いながらこの存在を知られていないことに安堵し、それを元の場所に戻して保管した。何とか今回のミッションは無事完了した。だが、お泊まり会という存在を忘れてはいけないッ!!

 

 

「・・・くっ!何とかその件は考えなきゃなぁ・・・・・。ん??インターホン?誰だこんな時間に?」

 

 

俺は『お泊まり会』という難関にどう対処しようかあれこれ考えようとするときに、インターホンが鳴った。つまり誰かが来たのだ。

俺は素早い身のこなしで玄関まで数秒で辿り着き、玄関の戸を開けた。だが、こんな時間帯に訪ねてくる奴にはロクな奴はいないだろうと思ったので、念のためにチェーンロックは解除しないでおく。

 

 

「・・・・・何だお前か。大家」

「はいはい~~!そうで~~~す。大家さんですよ~~~。だから開けて~~~」

「用件を言え・・・じゃなきゃこのまま閉める!」

「もう~~~用心深いわねぇ~~~。シチューのお裾分けよ・・・ただの。彼ったら全然食べなくて~~~」

 

 

来客の正体はここの大家。この女は俺の正体を知っている唯一の存在・・・そして警戒すべき人物だ。故に俺は大家に用件を言うように伝えた。

何?神経質すぎだぁ~~~!?それは大家のことを知らないからそんな風に言えるんだ。理由はいずれ分かるがとにかく先が読めない。何を考えているかが分かんないから用心してるんだ。

 

 

俺の要求に渋々従い大きな鍋を俺に見せた大家はシチューのお裾分けに来たことを説明した。俺はその話を聞き、それぐらいなら許容してもいいと判断した。しかし、油断はしない。

だから俺はチェーンロックを外し、戸をある程度開いた後、あいた隙間から素早く大家が持つ鍋をひったくった。

 

 

「あら・・・?フフ・・・もう~~~小動物みたいに陰に隠れていないで面と向き合ってお話ししましょうよ」

「お断りだ。話がしたいなら彼氏にでもするんだな。尤も彼氏に食わすはずだったシチューを持ってきたということは既に彼氏は話も出来ねぇし、シチューも食えない状態だってことだな」

「ウフフフ・・・・・・・・やっぱり“かわいい”わね有桜ちゃん。あなたのその邪悪に輝く『黄色い』瞳とあまねく生物を凍てつかせるその眼光。すっっっごくシビれるわ~~~ッ」

「フッ・・・悪趣味な女だ。それじゃあな」

「あっ・・・ちょっと待って・・・」

 

 

大家が制止させる言葉を投げかけているが知ったことではない。用は済んだ。これ以上てめぇと馴れ合うつもりはない。シチューごっそうさん。

そう呟きながら俺は鍵をかけ、大家からひったくった鍋をキッチンに置きに行った。

今日は色々ありすぎたからシチューを食べてそのまま寝る。明日も変なことは起きないでくれよ。

そう思いながら夜になりつつある外の景色を大家の言う黄色い瞳で見つめる俺であった。

 

 

 

 

太陽がほぼ沈み、辺りがほとんど夜になっている中、自分が持っていた鍋を住人に碌に目も合わせてくれず、挙句にひったくられた大家である牛若如月は渡り廊下でぽつんと一人で佇んでいた。

だが彼女は悲しくはなかった。普通ならこれほど拒絶されると涙の一つも溢したくなるのだが、それよりも腹の底から溢れ出る感情は・・・“恍惚”。

 

 

「~~~~~ッ。やっぱり隙を作らないわね~~~。あの子~~。せっかく新調したこの“のこぎり”を使ってみたかったのに~~~」

 

 

そう言いながら如月が後ろの首辺りから取り出したものは彼女が持つにはあまりにも違和感があるほど大きく、硬く、鋭いのこぎりだった。

二頭身はある刀身ののこぎりを軽く振り回しながら自宅へ戻ろうとする如月。その間、彼女はまだブツブツと言っていた。

 

 

「こののこぎりであの子の首をスパッ・・・・・ってしたかったのに残念。まぁいつでも殺せる機会はあるからその時にでもいいか。今は『うっかり』殺しちゃった『彼』の後始末をしないといけないし・・・」

 

 

ブツブツ言いながら如月は新調したのこぎりを右手に持ったまま自室のドアノブを回したときにあることを思い出した。

 

 

「いっけな~~い!液体窒素切らしてたんだったわ~~~。私としたことが・・・今から取りに行かないと!」

 

 

如月は生活必需品である液体窒素を切らしていることに気付いて、慌てて右手に持つのこぎりを上着の中に差し入れてそのまま液体窒素を探しに出かけた。

大急ぎで走る如月は体からたくさんの金属音を発しながら夜の道を進んでゆき、数時間後に液体窒素が入った容器を担ぎながら戻ってきた。顔や服に血を付着させたまま・・・・・。

 

 

 

 

もう一度言おう。この物語は女子高校生・三芳有桜を中心とした人達の“ちょっとおかしな”日常の一遍である。

 

 

 

 

 

 

●桜蘭市の実態

 

私はジャーナリストの天璋院礼(てんしょういんあや)。26歳。

世界では毎日の如く色んな出来事が起きている。天災や犯罪、事故、朗報、悲報が世界中を飛び交う中、マスコミの誰も調べなかったいいネタを見つけた。それが桜蘭市の実態調査である。

 

桜蘭市は名前通り桜の名所で、こぢんまりとした街である。遅れているわけではないが進んでいるわけでもない。良く言うと自然と文明がほどよく調和している街で、ベッドタウンとして機能しており、わざわざ都会から引っ越してくる人も多いようだ。

 

ですがこの街、よくよく調べていくと犯罪件数・行方不明者数が全国平均の約五倍という数値で地元近隣から恐れられているらしい。

専門家に話を伺うと、治安が悪いということはないのですが、考えるだけで恐ろしい説明不能な異常者達がこの街に集中していることが考えられる主要な理由であるとのことです。

実際この桜蘭市で起こる事件のほとんどが他を見ない異質なものばかりであることが分かる。

 

以上のことから私は非常にこれらのことに興味が湧き、本格的な調査を行い、この謎を解明するつもりだ。そして上手くまとめて私はマスメディアに大々的に取り上げるつもりです。

しかしこの調査は命がけ。もしかしたら調査中に消される可能性もある。そのため私は得た情報を随一ここに書き込む所存だ。

この記事を見ている皆、もし私がある日からピタリと更新しなくなったらこの記事の存在を警察に知らせてください。その行為が今も桜蘭市に潜む犯人を捕まえる唯一の手がかりになるのなら・・・。

 

 

Case1. 獰猛な少女

 

調査をしていると、最近現れるようになった一人の少女の話が出てきた。

二週間ほど前に四~五人の不良が大人しそうな少女一人を取り囲み、ナンパをしていた。その少女は最初びくびく怯えていたようだが、不良の一人が彼女を取り押さえたとき、これまでの仕草が嘘であるかのようにいきなり攻撃的になり、不良達全員を半殺しにしてしまったらしい。

 

だが話はこれで終わりではない。私がその話を聞いた日までの二週間に同様の事件が五件発生し、多くの不良グループが皆彼女に報復しようと躍起になっていたが、ここ数日前になってピタッとその動きがなくなった。

噂では報復しようとしていた1つの不良グループが最近その姿を現さないことからその少女に殺されたという旨が広がったという。

実際に調べてみると本当に不良と呼ばれている少年五人が三日前から行方不明で、警察は証拠となる証拠もないことから単なる家出という線で捜査を打ち切っているそうだ。

 

件の彼女は何者なのか?不良達を如何したのか?真実はまだ闇の中である。

 

 

 




今作品は「スロウスタート」をモデルに作り上げられた作品です。キャラクター構成がそれを物語っているでしょう。
ですが、あちらのストーリーを「光」とするならこちらは「闇」です。
登場キャラクター全てに後ろめたい心の闇を抱かせることで、人との関係や自身との葛藤を人間賛歌を交えてお送りする所存です。

しかし、全年齢で描こうとしたのにこのままじゃあ年齢制限をつけないといけなくなってしまう・・・・・。
それもこれも全て大家のせいだッ!!


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第2話 三芳有桜と・・・その①

「このシチューを食べていると俺はあの女に生かされている気がしてならねぇ。気分が悪い・・・自発的に呼吸して自分の意思で生きているはずなのに・・・。あの女に弱みを握られたまま生きているみたいだ・・・・・クソがッ!!」

 

 

夜のトバリが訪れ、外はシンと静かになっているとき、三芳有桜は自宅のアパートで夕食にしていた。

夕食はここの大家さんが作ってくれたシチュー。それを自分が炊いたご飯にかけて食べていたが、彼女は食べている間、大家さんの手によって無理矢理生かされているような気がして気が気でなかった。

自ら選んでこのシチューを食べているはずが、逆にシチューを食べさせるように誘導されているかもしれないと疑心暗鬼に陥っている有桜は無理矢理口にほりこんで食べていたシチューを食べるのを止め、外の景色を見ることに切り替えた。

 

 

(思えばあれから二週間か・・・・・。俺と大家・・・・・この関係が築き上げられたあの日からッ!!)

 

 

夜桜が所々見える夜景を黄色い目に焼けつけながらも有桜はつい二週間前・・・このアパートに引っ越してきたときのことを思い出していた。

 

 

大家さんと複雑な関係を確立させたあの時のことを・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

4月初頭。桜の木々が綺麗に咲きほこり、今まさに絶頂の頃合いの時に牛若如月は自分が管理しているアパートの前で何かを待ってそわそわしていた。

右往左往している彼女は時折腕時計を確認し、道路を覗き込むという落ち着きのない行動ばかりを取っていました。

彼女がそんな行動を始めてしばらくすると、一台のトラックがこちらに近付いてきて、彼女の前で停止した。

 

 

そのトラックは大手引っ越し企業のロゴが入ったものであり、停車した後作業員が下車し、荷台から大量の荷物をアパートへ運んでいった。

それから遅れて一台の乗用車がやって来て、そこから一家と思われる三人が現れ、彼女に近付いていった。

 

 

「どうも初めまして。これからお世話になります三芳有桜の母、三芳三葉(みよしみつは)です。そしてとなりにいますのが夫の史明(ふみあき)です」

「娘がこれからお世話になります」

「いえいえ、こちらこそ」

 

 

三葉と史明は大家である如月に挨拶をし、それに対して如月が社交儀礼の一環として返答したあと、二人の背後に隠れている存在に気付いた。

 

 

「こんにちは。有桜ちゃん・・・。私がここを管理している牛若如月です。よろしくね」

「・・・よろしく・・・お願いします。・・・大家さん」

 

 

内気な二人の娘、有桜は両親の背後に隠れながらも頭だけを出し、小さな声で如月に挨拶した。

恥ずかしながらも挨拶した有桜に微笑んだ如月はその後顔を有桜から両親に移し話し出した。

 

 

「それでこのあとのご予定はどうされていますか?」

「そうですね。運び出された荷物をある程度片付けたあとお暇するつもりです」

「そうですか。でしたら私はここで・・・」

「はい。お出迎えご苦労様です」

 

 

如月は三葉らの予定を確認したあと、ゆっくりとお辞儀をして自宅へと帰っていった。対して三葉ら三人は有桜の自室へ向かい、その部屋に運び込まれた彼女の荷物を整理しに行くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんね・・・急に出てっちゃって。ここの新しい住人さんのお出迎えをしてて・・・」

 

 

自室の104号室に帰った如月は唐突に弁明を言い、リビングにあるソファーの前で座っている男に微笑んだ。

その男は如月よりも年下のようだが、如月が話しかけてきたにも関わらずうつむいたままピクリとも動かなかった。如月はそんな彼の態度に目もくれず話し続けている。

 

 

「有桜ちゃんって言ってね、とても大人しくて可愛らしい子だったわ。雛人形として飾りたいくらい。もっと言えば、私が男の子だったら彼女にしたいくらいかな?・・・・・もう心配しなくても私はあなたの可愛い可愛い彼女よ」

 

 

色々な比喩表現を用いて如月は有桜の可愛さを説明するが、不動の彼が愛でられている有桜に妬いているように感じて照れくさくなり、彼の鼻っ先をツンと押した。

すると彼は押された勢いでそのまま倒れて後頭部を強打してしまう。それでも彼はピクリとも動かなかった。

 

 

「もう何してるのよ~~~。しっかりしなさい!」

 

 

如月は倒れた彼を見て呆れた後、中々起き上がらない彼の腕を掴み上げ、立たせようとする。

しかしこの時、捕まれた彼の腕からボキボキと鈍い音が聞こえ、上体を起こされた彼はすぐにまた床に伏せてしまった。

そんな“カレ”を見て如月は考えにふけた。だが、この時の彼女の目つきは非常に冷たく、さっきまでの生き生きした表情も今ではこわばっていた。

 

 

「あ~~あ。とうとう“この子”ともお別れか・・・。また別の素敵な男の子を見つけなきゃ・・・・・」

 

 

考えがまとまった如月は”カレ”の後ろの襟を掴むと、そのまま彼を引きずりながら自分の寝室に運んだ。

その寝室にはベッドや机の他に、数種類のノコギリや鉈が壁に掛かっていたり、液体窒素が入った頑丈な容器が隅に置いていたりしていた。

第三者を確実に絶句させる彼女の自室に”カレ”を放置した後、如月は天井を、正確には今日越してきた有桜の部屋を凝視していた。

 

 

「”カレ”を処理するのは三葉さん達が帰ってからにしましょう。折角会ったばかりなのにもう“お別れ”してしまうのはとても残念なことなので・・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

「荷物もあらかた片付いたし、そろそろ私達は帰るわ」

「頑張るんだぞ・・・有桜」

「うん・・・分かった」

 

 

有桜達三人は部屋に入ってから今まで運び込まれた段ボールを開け、その中にある比較的大事な家具等を取り出し、有桜があらまし暮らせるように整理していた。

それが完了したため彼女の両親は帰る支度をし始めた。しかし母がそう言ったからだろうか、有桜の顔が少し陰って見えた。

そのため父の史明は顔を陰らせ不安がる有桜を慰め、元気つかせようと彼女を優しく抱きしめた。

父の温もりを感じた有桜は少し安心して笑顔を何とか取り戻した。

 

 

その後、有桜は車に乗って去る両親を見届けて、その車の姿が見えなくなるまで手を振った。その姿が見えなくなるまで手を振り続けた。

そしてその姿が見えなくなると、有桜は物寂しさを覚えた。むろん自分を今まで支えてくれた親という柱を失い、これからは自分だけで立っていくしかない事への不安感は一人暮らしをしていく上で必ず起こること。

これを時間の経過や経験で紛らわせるのだが、彼女にはそんなものはない。よって人一倍有桜は不安感に襲われているのであった。

 

 

(だめだめ。しっかりしなきゃ!“こんなことになってしまったのは”元々私のせいなんだから・・・・・!よし!まずはご飯!夕食の用意をしないと!)

 

 

不安に襲われる有桜だが自分の両頬を叩き、今ある不安をとりあえずは消し去った後、気分を変えるためと空腹を満たすために夕食を食べようと考え、財布を持ってスーパーまでかけていった。

しかし彼女はまだ気付いていなかった。ここからスーパーまでは中々の距離があることに・・・。

 

 

 

 

その様子を自室の扉からこっそり見ていた如月は有桜が完全に出かけたことを確認すると、扉を閉じて作業にかかった。

 

 

鈍い音を何度もさせる作業を・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ・・・もうこんな時間だ。もう~~どうして引っ越してきた初日にこうもずっこけちゃうのだろう・・・」

 

 

時は黄昏時。アパートを出てから小一時間探した有桜だが、結局スーパーには辿り着けず、挙句の果てに道に迷ってしまってこのざまである。

新生活初日でこの調子では先が思いやられると一抹の不安を感じる有桜は刻々暗くなる路上をひたすら歩いていく。

 

 

「お困りのようですね。そこのお嬢さん」

「・・・!!」

 

 

涙と疲労で視界が歪んでいく有桜に後ろから声をかける者が現れた。

声をかけられた彼女は驚き、その瞬間彼女の紅色の眼が黄色に変わり、背後にいる者に敵意を向けるような眼差しを送るが、その正体を確認するために振り返る時には元の紅色の眼に戻っていて、表情も穏やかさを取り戻していた。

声をかけた人物は老体の割に背が高く、肉付きのいい体をして、白い口髭をたくわえ正装している紳士っぽい男性だった。

 

 

「はい・・・何か・・・」

「困っていたようなので声をかけた所存ですが、このわたくしにできることであれば、助太刀いたしますが・・・」

「えっと・・・実は道に迷ってまして・・・」

「ほぉ・・・でしたら、このまま右に曲がって自営業の雑貨店までそのまままっすぐ進み、そこから左に曲がって3ブロック進んで右に曲がればあなたのアパートが見えるでしょう」

 

 

優しい顔をしているその老人に少し警戒しつつも有桜は道に迷っていることを告げるとその老人は的確に彼女のアパートまでの道のりを教えてくれた。

そこまで丁寧に教えてくれた老人にお礼の一つでも言わなければならなかったが、有桜にはできなかった。否、それどころではなかった。

 

 

「・・・どどどどどうしてッ!私のアパートの場所がわかったんですか!?まだ何も伝えてませんよ!!」

「それはそうでしょう何故ならわたくしはあなたのストーカーなのですから・・・」

「ススススススス・・・ストーカー!?私の・・・ストーカー!?」

 

 

その老人が既に自分のアパートの場所を知っていて青ざめる有桜に老人は自分がストーカーであることを告白した。

それを聞いて有桜は尻もちをついて小動物のように怯え小刻みに体を震わせた。それを見て老人は不意に笑い出した。

 

 

「フハハハハハハ。いや失敬。実は君が財布を落としていたのでね。その財布の中にあった保険証から住所を確認したのだよ」

「えっ?あっ!ホントだ・・・落としてた・・・財布を・・・・・」

「気をつけてくださいね。財布は・・・大事ですからね」

 

 

急に笑い出した老人は懐から彼女の財布を取り出して彼女に見せた。

慌てて彼女は買い物バッグの中を確認すると財布がなくなっていて彼女は赤面した。

財布を拾ってくれた老人にお辞儀をした後、有桜は自分の財布を返してもらって、赤面したまま急いでこの場から立ち去り、老人は黙ってそれを見届けた。

 

 

「しかし不思議な子ですね。私が声をかけた時、瞬きする間もない一瞬のことですがこのわたくしに殺気を立たせるとは・・・あんな子ですらああだとこの町の危険度はかなり高いようですね・・・・・おや?」

 

 

その老人は声をかけた有桜が微かな殺気を立てたことに気づいており、この町の危なっかさを体験して少し憂いていると、ふと左耳につけている小型スピーカーから大きな音が聞こえてきた。その音から人間一人が何やら喚いているように聞こえてきた。

 

 

「全く・・・お嬢様は慣れないことをしますから・・・・・。早く帰宅してサポートしなければなりませんね・・・」

 

 

小型スピーカーから聞こえてくる声から察した老人は助け舟をかけるために踵を返した。

未だにスピーカーから聞こえる声にうっすら笑みを浮かべながら夕陽が紅く差す道を歩くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ・・・今日は自炊しようと思っていたのに結局インスタントかぁ・・・・・こんなので私・・・生活できるのかな・・・」

 

 

陽は完全に沈み、夜のトバリが訪れた頃合いに、有桜は買い物バッグを持ってアパートに戻ってきた。彼女が持つ買い物バッグにはここまでの道中で見つけたコンビニで買ってきた菓子パンやインスタント食品が入っていた。

慣れない一人暮らしでミスの連続をかましてしまう有桜は億劫になっており、これからのことが恐ろしく思い始めた。

親はもういない。誰も待っていない部屋へ重い足取りで進む有桜だが、階段に一段足をかけたときにガサゴソと何かが動く音が聞こえた。

有桜は怖がりつつもその音がする場所へ顔を覗かせた。

 

 

そこはアパートの裏で有桜が知る限りでは花壇と倉庫しかない場所であるが、そこで大家の如月が大きな袋を持って花壇の前に立っていた。

その花壇には大きな穴が空けられていて、如月の側にそれを空けたとされるスコップが置いてあった。その後如月は袋の底を持って、そのまま中身を穴の中に入れた。

 

 

(花壇に肥料でも入れているのかな・・・?)

 

 

一連の如月の行動を肥料まきと推測した有桜はそのまま部屋に戻ろうと階段をかけようとするが、「あ・・・!いけない」という如月の言葉に反応して踏み出した足を戻した。

何か大変なことが起きたかもしれないと思った有桜は再び如月を覗き見て、その後一気に顔面蒼白した。

有桜が見た光景は如月が袋の中身を外にこぼしてしまったところだ。ほんの些細な出来事・・・しかし、そのこぼれ落ちたものが凍った人間の頭部でなければ・・・。

 

 

“それ”は顔面が砕かれていて、誰かは判別できない。とてもじゃないが直視できる代物ではない。

しかし如月はそれを躊躇いもなく手袋をした手で掴み上げると「ばいばい・・・」と言って“それ”をまるでゴミ捨て場にゴミを捨てるかのような当たり前さで穴に投棄し、空いた穴に土をかけて埋め始めた。

 

 

如月の狂気じみた一連の行動に有桜は恐怖し、尻もちをついた。しかしその時、持っていた買い物バッグの中に入っていたパンやインスタント食品が擦れる音を出してしまい、その音で如月に自分の存在を教えてしまったと思い、腰が抜けた足取りで階段を上がり、自宅へと逃げ込んだ。

一方如月は遺体を埋めている最中に物音がしたため一旦作業を中断し耳を澄ませた。その後、急いで階段を駆け上がる音と扉を開閉する音を聞いて、如月は持っていたスコップを地面に刺し、有桜の部屋を凝視する。

 

 

(・・・・・有桜ちゃん。・・・どうやらあなたとは“お別れ”しなければならないようね・・・残念よ)

 

 

有桜の部屋を視界に入れながら苦い顔をする如月はすたすたと歩いて自室に戻る。そしてものの数秒で部屋を出た彼女は有桜と『大事なお話』をするために階段を昇っていく。

 




タグに「Rー15」と「残酷な描写」を追加しました。

まあ大家の暴挙をリアルに描こうとしたらそうなりますよね。


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第3話 三芳有桜と・・・その②

(どうして・・・どうして・・・なんで・・・・・こうなるの!?・・・助けて・・・助けて・・・誰か・・・)

 

 

大家である如月の見てはいけない場面を見てしまい、急いで部屋へ戻った有桜は扉にチェーンロックをかけて、小刻みに体を震わせながらも携帯を取りだし、ロックを解除していた。

このままでは如月に殺されると思った有桜は携帯で110番に連絡し、身の安全を確保してもらおうと考えるが、恐怖で指先が上手く動かず、ロックの解除に手間取っていた。

何回か失敗した後、何とか携帯のロック解除に成功し、いざ連絡しようとする矢先に部屋のチャイムが鳴った。

 

 

「有桜ちゃ~~~ん。開けて~~~」

 

 

如月が自分を呼んでいる最中、有桜はこのまま警察に連絡することも出来るが、大家を余計に逆上させないためにもチェーンをかけたままではあるが扉を開けた。

万が一にも自分が目撃したことに気付いていないかもと淡い期待を胸に有桜は扉を開けるが、その刹那僅かに開いた隙間から重い一閃が走り、チェーンロックが破壊されてしまう。

その一閃の正体はこれまた立派に研ぎ澄まされた斧。外灯から漏れる光に反射して禍々しく艶やかに光る刃がチェーンを断ち、床に深い切れ込みを入れたことから有桜の恐怖心を一層駆り立てた。

そしてそれを使役する大家の如月にこれ以上もないホラーを感じた。

 

 

「きゃあああああああああーーーーーーーーーー!!!あああああーーーーーーーーーーーーーーッ!!!」

「あ、り、さ、ちゃ~~~~~~~~ん・・・・・入るわよ~~~~~」

 

 

チェーンを破壊されて恐れ慄き腰を抜かしてしまう有桜に対して、如月はゆっくりと扉を開けて彼女と対面した。右手に斧を携えながら笑顔を決め込む如月はもう昼間の優しい大家というイメージを完全にぶち壊し、ただの殺人者であると誰もが思える威圧感を醸し出しながら有桜の部屋に入り、扉を閉めた。

逃げ場を失い、恐怖で錯乱している有桜は奥へ逃げようと踏み出すも玄関の段差につまずいて膝を強く打ってしまう。

 

 

「痛たたた・・・」

「大丈夫~~~?お姉さんが介抱してあげようかしら~~~?」

「いやあああああ!!!来ないで!!!助けて誰か!!!助けて!!!」

 

 

膝を打ってしまい上手く動けなくなった有桜に如月はジワジワと接近してくる。

近付く如月に有桜は必死に這って逃げるが、当然追いつかれて髪の毛を掴まれてしまう。

 

 

「痛い痛い痛い!!・・・やめて!!止めて大家さん!!殺さないで!!!」

「だ~~~め。静かにしてくれる?」

「~~~ッ!!!~~~~~ッ!!!」

 

 

自分の死を感じて涙をあふれさせる有桜は如月に命だけはと懇願するが、彼女は了承せず、有桜を壁に叩き付け、喚く口をあいている左手で塞いで有桜の体を斧の背でなぞった。

 

 

「有桜ちゃん・・・あなた本当に女の子?女装好きの男の子って線はないの~~~?・・・あら。意外に胸はあるのね。ウフフフ・・・ツンツン」

「~~~ッ!!!~~~ッ!!!~ッ!!!~ッ!!!~ッ!!!」

 

 

如月は斧の背で有桜の体をなぞりながら、彼女の体のつくりを確認し、彼女の背格好からしてよく育ち膨らんでいる胸をしていると知ると、幾度となく斧の背で軽くつつく。

斧の背とはいえ、有桜にとっては立派な凶器であるためいつ刃を向けられるか気が気でなく彼女は涙を流して恐怖した。

そんな彼女に如月は瞳孔が開いた顔を近づけて問いだした。

 

 

「不思議ねあなたは・・・。れっきとした女の子のはずなのにあなたから“男の子”の匂いがするのよ。どうして?なんで“男の子”の匂いがするの・・・有桜ちゃん?・・・まあ別段血眼になってまで知る必要はないけどねぇ」

「~~~~~~~~ッ!!!~~ッ!!!~~~~~~~~ッ!!!」

 

 

有桜の匂いが男が持つ匂いの特徴と合致しているところがあって如月はそこのところに興味を持つが、彼女を抹殺することの方が重要だったため、ここで彼女にあれこれ探求することは止め、右手に持つ斧を掲げていよいよ有桜の処刑執行の準備に入る。

とうとう死期が近付いて心の底から恐怖する有桜は最後の足掻きで如月の左腕を引っ掻いてみせるが、虚しくも有桜の力は如月にとってマッサージ程度の力のようで、全くと言っていいほど効いていない様子だった。

 

 

「無駄よ・・・・・あなたはもう助からない。死ぬのよ・・・。今更だけどここのアパートって防音機能がしっかりしていて大体の音は遮断できるのよ・・・近隣の人達が気付かないぐらいね・・・。まあ気付けるのは精々ここに住む住人だけだけど、その住人も私と同じ犯罪者まがいだから、ここの暗黙のルールとしてお互いの犯罪行為には不干渉にしようって取り決めているから“絶対に”あなたを助けたりはしないわ・・・」

 

 

有桜は最後の望みとして懸命に喚いて助けを求めるが、如月の発言を聞いて喚くのを止め、その表情は絶望の一色に染まった。

近隣の人達は絶対に気付かず、挙句の果てに他の住人はシカトを続けていることを知り、この状況で助けに来てくれる人は存在しない・・・自分は死ぬ以外の道がないことを悟り、大粒の涙を流しながら彼女はこの無情な世界を呪った。

死を受け入れたことで抵抗しなくなった有桜を見て不敵な笑みを浮かべた如月は斧を振り下ろし、彼女の脳天にその刃を食い込ませた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「えッ!?・・・・・ブハ・・・な・・・なんで・・・・・?」

 

 

鈍い音と共に骨が軋む音が部屋中に響き渡ったが、その肝心の斧は如月の手にはなく有桜の手にあり、それを使役していた如月は右の脇腹を押さえて苦悶していた。

 

 

一体何が起こったのか・・・。苦悶している如月が覚えていることは自分が斧を有桜の頭に叩き入れるとき、有桜の左足が瞬時に動いて自分の脇腹に蹴りを入れたことだけだ。

だが更に言えば、その蹴りはさっきまでの彼女の筋力からは考えられないほどの衝撃が体中に伝わり、大ダメージを受けて今に至るわけだ。

 

 

有桜はさっきまで如月が所持していた斧を後ろに放り投げると、片膝をついて苦しんでいる如月の首を両手で掴み、そのまま扉に叩き付けられた。

扉に叩き付けられ首を絞められている如月は締め付けている有桜の両腕を振り解こうとするが、脇腹を蹴られ且つ扉に叩き付けられた衝撃や酸欠のせいで手足の末端部分に力が入らず、逃げようにも逃げられない状況になっていた。

有桜は華奢とは到底思えないほどの豪快な力で如月の首を締め上げ、今にも意識が飛びそうな彼女を見て悦には入り、不気味に笑い出した。

 

 

「くふふふふふ・・・。お互いの犯罪には不干渉・・・誰も助けには来ないかぁ~~~。いやはや実に・・・・・エクスェレンントだな~~~アハハ」

「・・・・・ッ!!い・・・イ・・・ヤ・・・・・ヤメテ・・・タスケ・・・コヒューコヒュー・・・テ・・・」

 

 

意識が朦朧とする中、如月は悦の表情を浮かべる有桜を見て戦慄した。その悦は恐怖心から来る錯乱によるものではなく本心から来るもので、その眼光は暗い闇の中で一層禍々しい黄の色を放っていた。

その黄色に輝く有桜の眼を見て如月は全身の震えが止まらなくなり涙を流さずにはいられなかった。死を感じざるを得なかった。命を乞わずにはいられなかった。

だが、もちろん人が変わったかのように凶悪化した有桜に通じるわけもなくより強く首を締め上げられた。

 

 

「散々ひとを殺そうとおいてそれはないだろう・・・。尤も匂いだけで俺の正体に気付きかけるお前は初めっから殺すつもりなんだがなぁ!!」

「や・・・ヤッパリ・・・・・アナタハ・・・男・・・の子・・・・・ナ・・・ナン・・・デ・・・・・」

「俺が懇切丁寧に教えてやるタマに見えるかぁ!?そのまま死ねよ!俺の平穏を乱す魔女が!!」

 

 

直感だったとはいえ如月の言い分は的を射ているため、有桜は何故女の子なのに男の子なのかと考える如月だが、頭に酸素が回らないため熟考することが出来なかった。

だが、一つだけなら考えがまとまった。それは助かる手段。

有桜が殺すのを躊躇う作戦を何とか決行するために最後の力を振り絞って閉めている彼女の腕を緩ませて気道を確保した。

 

 

「ガハガハコホ・・・ダメよ・・・私を殺せばあなたは絶対に後悔する・・・」

「ほざけ!正当防衛で殺人罪を問われるはずはねぇよ。最悪お前の部屋にある液体窒素を使って“彼氏”と同じ場所に埋めれば問題ねーよ」

「それはどうかしら?私の行方が分からなくなれば誰かが警察に通報する。そして私の部屋に入り、私が連続殺人鬼だとわかった場合どうなる?きっとニュースになって全国に広がるでしょう。そうしたら、一生このアパートは『殺人鬼が大家だったアパート』と呼ばれ続けるでしょうね!!」

「・・・・・ッ。キサマ〜〜〜」

「とてもじゃないけど・・・あなたが望む平穏な生活は無理でしょうよ。抜いても抜いてもしつこくまた生えてくる雑草のようにやって来るマスコミやヤジウマたちによってね!!」

「グヌヌヌヌヌ〜〜〜!!」

 

 

如月を殺すことで想定できる出来事について指摘されて表情が曇る有桜。

だが締め上げている腕の力は弱まるばかりか逆に強くなり、抗う力を使い果たした如月は口から泡を吹き出し、薄れゆく意識の中で自分の死を覚悟した。しかしその直後、有桜は如月の首から手を離し、彼女を解放した。

解放された如月は咳込みながらも全身に酸素を取り入れるために必死になって呼吸した。

 

 

「いいだろう。お前の口車に乗ってやるよ。俺も変な肩書きを持つのはまっぴらごめんだからな・・・・・とっとと消えな」

「あなたは二重人格者・・・違う?」

「・・・・・・・・」

 

 

血眼になって呼吸している如月に興味を失った有桜は自分が奥に放り捨てた斧を拾い上げて彼女に返そうとする。しかしその直前に如月は有桜が二重人格者であると指摘する。

 

 

あまりにも演技っぽくない二つの真逆の性格。紅色から黄色に変わる眼。急激に変化した筋力。

それらを照らし合わせるとそう結論付けざるを得ないと思う如月は確認を取ろうと有桜に問い出す。すると有桜はニヤついた表情をしながら振り返った。

 

 

「惜しい・・・・・だがいい線いってるよ」

「・・・えっ?」

「いや・・・そこまで思惟を巡らせなくていい・・・・・。別にお前に理解してもらいたいわけではない。だからこの斧を持ってさっさと俺の部屋から出て行きな!」

 

 

有桜は如月に意味深な言葉を言った後、彼女に斧を返した。返された斧を拾い上げた如月はかれの威圧的な視線に気圧され、そのまま脱兎の如く立ち去った。

そしてそのまま有桜の部屋から出た如月はまだおぼつかない足取りで階段を下り、やり残した後始末をつけに行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

翌朝有桜は眼を覚ますと、体が妙に重だるかった。何かの反動かのように体の節々が悲鳴をあげていてとてもじゃないが動けたものではなかった。

しかし有桜は、今日中に昨日行けなかったスーパーの場所とその道のりを把握しなければならないので、重い体を起こして寝間着を脱ぎ普段着に着替えて部屋を出た。

部屋を出て一階に降りると有桜の体が硬直した。というのもアパートの広間にて如月が箒を使って掃除をしていたからだ。

 

 

「大家・・・・・さん」

「あらおはよう。・・・有桜ちゃん」

 

 

有桜は如月を見るとおぼろげな記憶が浮かんでくる。

昨日、花壇で如月が何かを埋めていた。その“何か”を思い出そうとしても中々出てこなく、それ以降の記憶もあやふやなので余計に混乱する有桜だった。

 

 

「あの・・・大家さん。昨日花壇で何をしていたんですか?」

「昨日?肥料を埋めていたのよ。知らない?肥料って振りかけるより埋める方がいいのよ」

「・・・そ・・・そうだったんですか。よかった。大家さんが何か恐ろしいことをしているかと思いましたよ」

「私もごめんなさいね。誤解するようなことしちゃって・・・」

 

 

記憶の転結がもやもやしているので思い切って聞いてみることにした有桜は如月に昨日のことを問い、如月はそれに対してうんちくを交えて答えた。

てっきり怖いことをしていたんじゃないかと疑っていた有桜だったが、ただの勘違いだと判明したため気持ちが晴れてそのままスーパーへと向かった。

 

 

しかし有桜はアパート前で一旦立ち止まり、半分だけ振り返った。冷酷と呼べるほどの黄色い眼光と眼差しをもってして・・・・・。

 

 

「・・・・・ッ!!」

 

 

如月は有桜のそれを強く感じ取って、背中に氷を入れられたような圧巻が体中に走り、そのまま腰が抜けて尻もちをついた。

有桜は昨日のことを何も覚えていないが『自分』は忘れていない。常にお前を見張っているということを物語らせるために『彼』が現れたのだと感じた如月は有桜の姿が見えなくなっても体の震えが止まらなかった。

だが昨日は気づいていなかったが、この震えは単に彼を怖がっている訳ではない。この震えは女としての感情を表している。つまり如月は『彼』のことを・・・・・。

 

 

「素敵ッ!!あの子は他の男の子たちとは違い、私の命を奪いかけるほど強く!!心までも私に売り渡すことなく自我を保ち続けるほど孤高で!!ああ~~~~~ん♡・・・彼のことを考えると興奮してきた・・・・・」

 

 

自分がかつて殺してきた男たちは皆如月の美貌の虜になり、必ず心と体を彼女に渡して死んでいった。

だが『彼』はそうではなかった。冷酷で残忍な『彼』は彼女の美しさに翻弄されることなく、確実に如月の命を奪いかけた。

そんな『彼』のことを思うと如月は下腹部が熱くなるのを感じ、同時に有桜に対して異常なほどの執着と献身の感情が暴走しかけているのを感じた。

 

 

そう・・・彼女は・・・牛若如月は、三芳有桜に病的なまでに惚れてしまっていた。

 

 

「あの子は私が殺すの!!それでいてあの子の手でなら殺されてもいい!!だからあの子は私だけのものッ!!誰にも渡さないし、殺させはしないッ!!」

 

 

如月の醜く歪み、それでいて強固なその執念は例え世界中が敵になったとしても、その全てを滅ぼしかねないほどドス黒くなっていき、徐々に有桜を独占しようとするまで深刻化していた。

もうこの状態だと仮に有桜に恋仲になりつつある者や有桜に危害を加えようと企む者がいれば、如月は難なく始末するだろう。

有桜を殺すことを目標とし、有桜に殺されることを至上の悦びだと思うまでに熱を上げている如月は頬を赤らめながら、出かけていった有桜が帰ってくるまで待ち焦がれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ううぅ・・・なんだろう・・・怖い。背筋に悪寒が・・・・・」

 

 

一方スーパーへ向かっている有桜は如月の常軌を逸した愛情の念波を感じ取ったのか、寒気を感じていた。

これから有桜と『彼』は見えないところで如月の狂った愛情を注がれることになるが、この時の二人は知る由もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

Case2. 殺戮の美女

 

数年前から男子大学生、男子高校生の行方知れずとなる事件がちらほら起こっている。

数ヶ月前に消息を絶った男子大学生の友人に話を伺ったところ、失踪する前にとてもスタイルの良い20代の美しい女性と一緒に歩いていたのを目撃したようだ。

警察もその友人の証言を元にその女性を事件の重要参考人として捜索したしたらしいが、結局該当する女性は見つからなかったらしい。

 

だが、詳しく調べてみるとほとんどの男子学生の失踪の背景にスタイルの良い20代の美しい女性が登場していた。

髪型や髪の色は全く異なっていたが、出てきた全ての女性の背丈は約160cmと証言してくれたため、彼女が変装していたとすれば、全てはその女性の一連の犯行であると裏付けできる。

 

これを見ている読者の皆さん。もし桜蘭市にお越しになった際はくれぐれも身長約160cm、年齢20代で、ルックスとスタイルが非常に良い女性を見かけた場合は速やかにその場から離れて、あまり深く関わらないようにしてください。

 



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