東方迷子伝 (GA王)
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Ep.1 鬼の子
星熊勇儀_※挿絵有


初めまして、GA王と申します。
文章力が残念でにわか東方ファンではございますが、
温かい目で読んで頂けると幸いです。

動画で【東方Project】の存在を知りました。
動画やこちらで皆さんが書かれた小説を読んでいるうちに、
自分独自の幻想郷を作りたいと考える様になりました。
原作とは異なる点が多々あると思いますが、
その中でも自分が作る幻想郷に共感頂けると嬉しいです。





 ここは日本の何処かにある閉ざされた空間、幻想郷。その地下深くに位置し、地上から隔離された町。その名も旧地獄。ここでは人間に嫌われ、地上から追いやられた妖怪や鬼達が生活をしている。

 時刻は深夜。もう間もなくで日付を超える頃。町全体が静まり返り、明かりが落とされていく中、煌々(こうこう)と光る一軒の長屋が。と、そこへ小麦色の髪を(なび)かせ、ゆっくりと歩みを進める一人の女鬼。額から美しくも力強く生えた1本の赤い角が、彼女自身を象徴している様だ。

 

【挿絵表示】

 

 

鬼 「さあ、張った張った!」

鬼 「半に赤2つ!」

鬼 「丁に青2つ!」

 

 店の中から男達の威勢の良い声が聞こえる。ここへ来る前に寄った店で買った土産を片手に、熱気が溢れる扉に手を掛け、大きく深呼吸。さて、今日はどうか……。

 

 

ガラッ……キィー~……ガッ、ガッ、ガン!

 

 

 嫌な音を出しやがる。

 

??「おう、勇儀ちゃん今日は引っかかったか」

 

 受付をしているここの店長だ。嬉しそうにニヤついた顔で話し掛けて来た。

 

勇儀「あぁ……、幸先(さいさき)悪いよ」

 

 ため息と共に肩を落としながら、上機嫌の店長に返事。

 ここの扉は気まぐれで、静に開く事もあれば、今みたいに悲鳴を上げた後、咳払いをした様な(かん)に障る音を奏でる事もある。しかも、こういう時は負け越す事が多く、常連の間ではちょっとした験担(げんかつ)ぎになっている。

 

店長「で? 今日はどうするかね?」

 

 尚も笑顔の賭博屋の店長。好い鴨が来たとでも思っているのだろう。

 

勇儀「青10と赤10にしておくよ」

店長「はは、随分と慎重だな」

勇儀「でも負けて帰るつもりはないさ」

 

 軽く微笑んで決意表明。ここに来たからには、負けて帰ろうなんて端から思っていない。それはここにいる連中皆同じだ。

 

店長「そうかい、ほれ六千だ。ご武運を」

勇儀「ありがとうよ」

 

 店長から札を受け取り、店内を見回すがどの場も客がいっぱいで、空いているところは少ない。

 

??「姐さん! こっちこっち!」

 

声のする方に視線を向けると、青い髪をした若い鬼、鬼助(きすけ)が手を振っていた。

 

勇儀「店長! 升を2つ持ってくよ」

 

 煙管を吹かしながら「勝手に持って行け」と手を振る店長。(ます)と土産を持ち、鬼助の方へ足を運び、隣へと腰を落とす。

 

鬼助「姐さん遅かったですね。それ何です? あ、丁に青1つ」

勇儀「さっきの店で買って来たんだよ。一緒にやるかい? 半に青1つだ」

 

 青札を置きながら鬼助と簡単に挨拶を交わし、本日最初の一札に願いを込める。

 鬼流丁半。「丁」か「半」を宣言し、当たれば倍がもらえ、外れれば店に掛け分全てを持っていかれる簡単な遊びだ。この町で『打つ』と言えばここになる。そしてこの店の常連の殆どが私の仕事仲間。

 

鬼助「ありがとうございます! 頂きます!」

 

 持ってきた土産の栓を開け、鬼助の手の中の升に注いでやると、少し黄色い透き通った液体が満たしていった。

 

鬼助「ささ、姐さんもどうぞどうぞ」

 

 今度は私の番。初めて買った酒だから、どんな味なのか分からない。これも一つの賭けだ。

 

勇儀「悪いねぇ。じゃ、今日もお疲れさん。あ、それで続けて半ね」

鬼助「お疲れ様です。くぁーっ! 効きますね! オイラは丁に青1つで」

勇儀「そうかい、気に入って貰えて良かった。うん、たしかに美味いな」

 

 酒()当たりだったようだ。

 ここへはほぼ毎日来ている。酒の香りと煙管の匂い、サイコロの音と歓喜とため息の音色が心地良い。賭博の勝ち負けよりも、癒しを求めに来ていると言っても過言ではない。……いや、勝ちたい。

 

鬼助「姐さん明日非番ですよね? 丁に青1つ」

勇儀「そうさ、いいだろ? あぁ、それで続けて丁で頼むよ」

 

 鬼助は仕事の後輩で古くからの付き合いだ。気心知れた仲で、行動を一緒にする事も多い。彼がここに来るようになったのも、私の後を追うように付いて来たからだ。一時は鬱陶(うっとお)しいと思っていたのかもしれないが、今となっては可愛い弟分だ。

 

 

--鬼等丁半中--

 

 

勇儀「鬼助、面白いネタは無いかね?」

 

 近頃は目立って面白い事もなく、毎日同じような生活を送っている。平和で何よりだが正直退屈だ。何か変化が欲しい。

 

鬼助「え~…。急に振らないで下さいよ。姐さんの方こそ妖怪にも知人が多いじゃないですか」

勇儀「そうなんだけどね。あいつらは自分から事を起こす様な連中じゃないし、まぁ相変わらずってとこさ」

 

 顔見知りの妖怪達の顔を思い浮かべながら鬼助に答える。一癖ある連中ばかりだが。

 

??「陰口とか妬ましいわ」

 

 コイツの様に。

 

鬼助「ん? 何か聞こえませんでした? 青1つで半!」

勇儀「いんや、気のせいだろ? あー、さっきと同じで」

 

 外からパルパル聞こえて来るが、放っておこう。

 

鬼助「あ、でもそろそろ祭の時期ですよ」

勇儀「もうそんな時期かい? 今年は私が当番だよ…」

 

 すっかり忘れていた。しかも私の番とは……最悪だ。

 

鬼助「そう言えばそうでしたね。期待してます」

 

 にこやかに口先だけの応援をしてくる弟分。

 

勇儀「もちろんお前さんも手伝うだろ?」

 

 そんな可愛い弟分に()()()()()協力を仰ぐ。

 

鬼助「え!? えー!?」

勇儀「テ・ツ・ダ・ウ・ヨ・ナ?」

 

 拒否反応を示したので、再び()()()()()協力を仰ぐ。ただし、今度は()()()()強めの口調で。ついでに笑顔も作ってやる。

 鬼主催の祭は盛大で町全体に屋台が並び、酒と料理を手に至るところで大騒ぎが始まる。しかも地底に住む妖怪達もみんなやってくる上、それが2週間休む事なく行われる。そのため、事前準備や後片付け、当日の見回り等の仕事量が異常なのだ。当番はただただ忙しいだけ。誰も進んでやろうとは思わない。

 

鬼助「はい……、喜んで……」

 

 喜んで了承してくれた。よしよし、当日は目一杯愛でて(使って)やろう。

 

鬼 「ご両人。どちらにします?」

 

 随分と話し込んでしまったのだろう。中盆の鬼が顰めた顔で尋ねてきた。

 

鬼助「オイラは丁に赤3つで、もう終わりかな」

勇儀「なんだい、もう赤だけかい? 私はさっきと同じでいいや。勝ち負けいくつだい?」

鬼助「姐さんが来てからは4勝5敗です。今ので5分です。あれ? 姐さんは?」

勇儀「私は一度置いてから、そのまま引かずに張っていたから……え?」

 

 

ジャラジャラ……。

 

 

 目の前に現れた札に釘付けになった。白が5つに黒が1つに黄が2つ。白は初めて見た。それも5つ。酒を飲みながら鬼助との話に夢中で…

 

鬼助「姐さん!スゴイです!」

勇儀「これはウソだろ!? 夢じゃないよな!?」

鬼 「まだ張るのなら次は店長とのタイマンになるが、どうする?」

 

 ここで引いても文句は無いほどの利益だ。というよりも、もう引き際だろう。でも…。

 究極の2択にどちらにしようか考えていると、全身に威圧感を感じた。ふと周りを見ると、いつの間にか店中の客が集まって来ていて、熱い視線で私の言葉を待っていた。もう覚悟は……決まった。

 

勇儀「やるよ!」

鬼 「おー! やったれ勇儀!」

鬼 「いけ勇儀ちゃん、夢みせてくれ!」

鬼助「姐さん流石! よっ、男前!」

 

 鬼助、後で覚えていろよ?

 野次馬共は今宵(こよい)の大一番の勝負に更に火が入り、私も気分が高揚して体が熱い。場の流れは今私にある。もう負ける気がしない!

 

店長「どれ、ワシの出番か。幸先悪い筈だったのにな。ここまで来るとは……。恐れ入った」

勇儀「私も驚いてるよ。もし次も勝ったら、ちゃんと支払ってくれるんだろうね?」

店長「鬼はウソつかない! だろ? それじゃあ勝負の前に三か条言っとくか」

 

 三か条とは、鬼の間での決まり事で、破れば即追放の鉄の掟だ。

 

店長「一つ、鬼はウソをつかない!」

  『一つ、鬼はウソをつかない!』

 

 店長の後に続いて皆で復唱をする。

 

店長「一つ、鬼は騙さない!」

  『一つ、鬼は騙さない!』

店長「一つ、鬼は仲間を見捨てない、裏切らない!」

  『一つ、鬼は仲間を見捨てない、裏切らない!」

 

 言い終わったところで、店長がサイコロを手に取り、

 

店長「いざ!勝負!」

 

 

 

 

??「うわぁぁぁーー! ぎゃーー!」

 

 突然外からけたたましい叫び声。店中の全員が顔を見合わせ、「何事か!?」と慌てた様子で店の外へ出て行く。私が外に出ると既に人集りが出来ていた。

 

勇儀「なんだい? どうしたんだい?」

 

 人混みを掻き分け進んで行くと、人集りの中心に見慣れない服装をした小僧が、震えながら蹲っていた。

 近寄って声を掛けてみるが、更に縮こまってしまい、震えが激しくなる。このままでは(らち)が明かないので、一先ず抱き寄せて落ち着かせてやる事にした。

 

勇儀「大丈夫。何も怖がる事なんてないよ。どうしたんだい?」

 

 小さな背中を擦りながら優しく(ささや)く。腕の中の小僧はまだ震えていたが、呼吸が少しずつ落ち着きを取り戻していくのが感じられた。

 

鬼助「姐さん。その小僧……」

勇儀「あぁ、何か怖い事でもあったんだろ?」

 

 驚いた表情の鬼助に「大したことはない」と言葉を返した。しかし、鬼助の次の一言で私は驚愕することになる。

 

鬼助「姐さん、その小僧……。人間です」

 

 鬼助に言われ、慌てて腕の中の小僧を見つめる。角が無い事には近づく前から気付いていた。妖怪等の類いかと思っていたが、言われてみれば確かに妖力も感じられない。この小僧が妖怪であれば、絶対に妖力を発しているはずだ。

 

勇儀「人間…」

 

 私たち一族を忌み嫌い、地底へと追いやった一族。

 

鬼 「でも何で人間が?しかもこんな小僧が」

 

 どこからか聞こえて来た。

 確かにそうだ。地上からここへ来るには、大穴に飛び込むしかない。しかし、飛び込んだところで空でも飛べない限り、生きてここへは辿り着かないだろう。仮に飛べたところで、見張りの妖怪共が黙っていない。

 

??「人間のクセに抱いてもらえるなんて、妬ましいわ」

勇儀「おい、パルスィ! 見張りの連中は居眠りでもしていたのかい?」

 

 声だけが聞こえて来る妖怪の知人に、大きな声で尋ねる。

 

パル「真面目に仕事していたのに、妬ましいわ。パルパルパルパル……」

勇儀「ってことはこの小僧は穴を通らないで、ここへ来たってことかい!?」

 

 何なんだ、この小僧は?

 

鬼 「とりあえず今日は夜も深い。お開きにしよう」

 

 誰かがそう言うと人集りはバラバラと散っていった。

 私も家へと帰るため、小僧から手を離して立ち上がる。視線を落として改めて小僧の様子を見ると震えは治まっていたが、目から出るそれは止め処なく溢れ続けていた。小僧の気休め程度になればと、頭に軽く手を置き、

 

勇儀「大丈夫。ここの連中はお前さんを悪い様にはしないさ。じゃあな」

 

 顔を近づけて笑顔で別れの言葉を残し、小僧に背を向けて立ち去ろうとすると、

 

 

グッ!

 

 

 裾を引っ張られた。振り向くと小僧が涙を流しながら怯えた表情で、私の裾を両手で掴んでいた。

 

勇儀「離しな、私じゃ力になれないよ。ここにいれば……」

 

 ここにいれば大丈夫なのか?人間を嫌う妖怪や鬼がいる様な所だぞ?人間が、しかもこんな小僧がたった一人で翌朝まで無事でいられるのか?

 裾を掴む力が更に強くなった。とは言え、振り解こうと思えば、簡単に振り解ける程度の弱々しい力。

 

勇儀「弱ったねぇ、懐かれちまった」

小僧「ヒック、エグ、ママ……」

 

 ママ?飯か?腹が減っているのか?

 

勇儀「はー……仕方ない。行くよ、来な」

 

 

--小僧移動中--

 

 

 町の大通りから脇道に入り、更に奥に進んだ所にある薄汚い古びた長屋。決して広いとは言えないそこの一室が私の城。台所も一応付いているが、ただ寝るためだけに帰って来る私にとって、そこはほぼ無縁の空間だ。

 

勇儀「着いたよ。ここが私の家だ。入りな」

 

 所々に穴の開いた引き戸を開け、いつも通りに履物を脱ぎ捨て、家の中へと入って行く。小僧は玄関まで入って来たものの、俯いてそこから動く気配がない。

 

勇儀「あはは、食っちまおうなんて思ってないよ。こっちに来てココに座りな」

 

 用意した座布団を叩きながら、警戒心を解く様に気軽に声を掛け、食料を確認するため台所へ。

 

勇儀「腹が減ってるんだろ? ロクな物無いなぁ。朝の残りの米くらいか……」

 

 大きな声で独り言を言いながら、ふと居間へ視線を移すと、小僧が卓袱台(ちゃぶだい)の前で座っていた。まだ表情は硬いが少し安心した。あのままあの場に居られたら、亡霊みたいで薄気味が悪いからな。

 手に塩を付け、余りの米を握っていく。不恰好で冷たい即席のオニギリの出来上がりだ。

 

勇儀「悪いな。コレぐらいしかないんだ」

 

 卓袱台の上にヘタクソなオニギリがのった皿を置くと、

 

小僧「いただきます」

 

 ボソッと一言呟き、

 

 

モグモグ

 

 

 少しだけオニギリを口へ頬張り、飲み込んだ。

 

 

ガツガツガツガツ、モグモグモグモグ

 

 

 そこからは瞬く間にオニギリが小僧の口へと消えていった。

 あまりにも夢中になって食べる小僧の姿に驚き、見入っていると、

 

 

ムシャ……ムシャ…………

 

 

 その動きが急に止まり、俯き出した。

 

勇儀「不味いのか?」

小僧「……」

勇儀「どうしたんだ?おーい」

小僧「zzz……」

 

 緊張の糸が切れたのだろう。あと一口だけを残して眠ってしまった様だ。

 残ったオニギリを小僧の手から取り、自分で食べてみる。

 

勇儀「しょっぱいな。でもあんな美味そうに……」

 

 部屋に布団を敷き、小僧を起こさない様にゆっくりと横たわらせ、私も同じ布団に入ることにした。少し窮屈だが、布団はコレしかないので仕方がない。

 それにしても不思議な小僧だ。背中に首元から袋が付いた服、青い二股に分かれた袴。どれもこの町では見た事がない。そして首に下げた『○×神社』と書かれた橙色の袋。

 親はどうしたのだ?何処から来た?これからどうしたら?その前に何か大切なことを忘れている様な…。ぼんやりと彼是(あれこれ)思いを巡らせていると、

 

 

ゴソゴソ……

 

 

 胸元がくすぐったい。見ると小僧が服を掴み、顔を埋めながら安堵の表情で眠っていた。

 

勇儀「へぇ、可愛いとこもあるじゃないか」

 

 今日はもう考えるのを止め、小僧を優しく抱き寄せて頭を撫でながら眠ることにした。

 

 

 

 

小僧「ママ……」




Q.赤、青、黄、黒、白の札は
 それぞれいくらの設定でしょう?




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親子_※挿絵有

呼んでくださっている方々。
どうもありがとうございます。

下手な文章でございますが、
よろしくお願いします。

耐え切れない場合はご指摘頂ければと思います。




--翌朝--

 

勇儀「んぁ? 今何時だ?」

 

 目を覚まして時計を見ると、既に昼近くになっていた。かなり寝ていた様だ。朝食を兼ねた昼食をどうしようかと、まだ起動しきれていない寝起きの頭で考えていると、足にモゾモゾと違和感が。

 

??「うーん……重い……」

 

 見ると小僧が私の足の下敷きになっていた。慌てて足をどけ、驚かせない様にそっと小僧の顔を覗き込む……。

 目が合った。

 

勇儀「よぅ、おはようさん。少しは眠れたかい?」

小僧「うん……」

 

 寝ぼけ眼を擦りながら返事をする小僧。

 

勇儀「もう昼近いんだ。腹減っただろ? 飯食いに行くか?」

小僧「うん!」

 

 今度は明るい表情で返事をしてくれた。

 少し元気が出たみたいだ。昨夜の事を思い出して、また泣き出すのかと思ったけど、思いの外受け答えがしっかり出来ているし、これならばもう大丈夫だろう。

 布団を片付けて身支度をしていると、

 

小僧「ねー……」

 

 呼ばれた気がしたので、小僧の方へ視線を向ける。

 

小僧「ねー、ツノのお姉ちゃん、なんてーの?」

 

 濁りの無い瞳で、真っ直ぐに私の角を見て尋ねてくる小僧。

 

勇儀「あははは、私は勇儀っていうんだ。鬼だよ」

小僧「オニ?」

勇儀「鬼」

小僧「オニってもっと大きくて、怖い顔だと思ってた」

勇儀「ふふっ、そういうのもいるよ。会いたいかい?」

小僧「……」ブンブン

 

 私の言葉に小僧は顔を引き()り、首を勢いよく横に振り出した。小僧も言っていたが、人間からすれば私達鬼は悪と恐怖の対象。出来る事なら……いや、絶対に会いたくないと思って当然だ。ただ、こうも素直に拒否反応を示されると、意地悪をしたくもなる。

 

勇儀「でも……今日行く所はそういうのがいるかもな~……」

 

 けどこれは冗談では無く真実。これから向かう先に居るのは、小僧の想像通りの鬼がいる。それを察したのか、

 

小僧「え!?」

 

 小僧の顔が不安と恐怖の表情へと変わっていった。暗い表情になってしまった小僧を安心させようと、笑顔を作り「心配するな」と言ってみる。

 

勇儀「大丈夫、大丈夫。喰われるとか、酷い事される事とか無いと思うから……たぶん……」

 

 だが、正直なところ「絶対」とは言えなかった。

 

小僧「……」

 

 私の事が頼りなく見えたのだろう。無言になり、再び暗い表情へと戻ってしまった。

 

勇儀「だからそういう事されない様に、私が交渉してやるよ」

小僧「コーショー?」

勇儀「あぁ、守ってやるよ」

小僧「うん」

 

 少しだけ小僧の表情が明るくなった。

 

 

--小僧支度中-ー

 

 

 身支度を終え、玄関で草履を履いていると、

 

 

ビリビリビリッ!

 

 

 背後で聞き慣れない音がした。驚いて振り返ると、小僧が靴から皮を剥がし、足を入れていた。足を入れ終わると今度は「ペタッ」とその皮をくっ付けた。不思議な作りの履物に、小僧が履き終わるまで終始目が釘付けになっていた。

 そしてお互いの準備できたところで、玄関の扉を開けると、

 

 

メラメラメラメラメラメラ……

 

 

??「人間のクセに……人間のクセに……人間のクセに……勇儀の家でお泊り……勇儀の家でお泊り……勇儀の家でお泊り……朝チュン……朝チュン……朝チュン……妬ましい……妬ましい…妬ましい! 羨ましい!」

 

【挿絵表示】

 

 

 黄金色の短い髪に尖った耳。緑色の目には少し涙を浮かべた水橋パルスィが、強い妖力を撒き散らして前に立っていた。

 

勇儀「お、おぅ。今日は朝から絶好調だな」

パル「パルパルパルパルパルパルパルパルパルパルパルパルパルパルパルパルパルパルパルパルパルパルパルパルパルパルパルパルパルパルパルパルパルパルパルパルパルパルパルパルパルパルパルパルパルパルパルパルパルパルパルパルパルパルパルパルパルパル……」

 

 更に妖力を上げていく。後ろを見ると、小僧が不安そうな眼差しでこちらを見ていた。

 

勇儀「すまない、パルスィ!」

 

 

ガッ!(パルスィの服を掴む音)

 

 

パル「パ!?」

勇儀「うおおおおぉぉりゃぁぁーーーー!!!」

パル「ルううううぅぅぅぅぁぁぁぁ。。。……☆」

 

 うん、今日は肩が絶好調だ!

 

勇儀「よし、じゃあ飯に行こう!」

 

 

--小僧移動中--

 

 

 小僧の手を引きながら町を歩く。もう少しで昼時ということもあり、どの店も営業を開始し、至る所に買い物客達がいて賑わいを見せていた。

 

鬼 「アレが例の……」ヒソヒソ

 

 いつもならば気にも留めない奥様達の井戸端会議ではあるが、

 

鬼 「ほら、今話していた……」ヒソヒソ

 

 今日は嫌に耳に付く。昨夜のことは既に町中で噂になっている様だ。それに全身に冷ややかな視線を感じる。周囲を見回すと視界に入る者達が、皆同じ目つきでこちらを見ていた。

 私に向けられた物でないことは分かってはいる。だから気にする必要もない。それも分かっている。でもこの沸々と込み上げてくる気持ちは何だ? 連中達にイライラしてくる。

 感情が直ぐに表に出てしまう私は、鋭い目つきをしていたのかも知れない。けれど、ふと小僧に視線を向けた時、小僧(コイツ)はただ真っ直ぐに前だけを見つめていた。私はその小さな勇者の姿に思わず笑みがこぼれた。

 行きつけの店に到着。店の外にまで漂う食欲をそそる出汁の香り。週に1度は必ず立ち寄る蕎麦屋だ。暖簾(のれん)を潜り、調理場の店長に注文をする。

 

勇儀「店長、かけ蕎麦2つ! あ、蕎麦でいいか?」

 

 注文した後だが、念のため小僧に確認をすると、

 

小僧「そば大好き!」

 

 笑顔で元気良く答えてくれた。どうやら本当に好物の様だ。

 

勇儀「そうか、良かった。ここはダシが濃くて美味いんだ。期待していいぞ、きっと気に入るから」

 

 店内を見回すとまだ空席が目立つ。奥の空いている席へ移動し、小僧と隣同士で座る。暫く待っていると、大きな器から湯気を出しながら、蕎麦が運ばれて来た。

 

店長「へい、お待ち。ところで勇儀ちゃん、この小僧って……」

小僧「いただきまーす♪」

 

 上機嫌で蕎麦を食べ始める小僧をまじまじと見つめながら、蕎麦屋の店長が尋ねてきた。

 

勇儀「ほーばほ(そうだよ)ほーふははべひーへふばぼ(もう噂で聞いてるだろ)

小僧「ズルズルズルー♪」

 

 蕎麦を頬張りながら店長に返事をする。隣からは蕎麦を(すす)るいい音が聞こえてきた。どうやら気に入ったみたいだ。

 

店長「まぁ……でも、なんでまた勇儀ちゃんと一緒なんだい?」

 

 さっきから私が蕎麦を口に運ぶのと同時に質問をして来る店長。食べ終わるまで少し待ってはくれないだろうか?

 

勇儀「ふーっ、ふーっ。懐かれちまってな。今は私が預かってる」

小僧「モグモグ、ズルズルズルズルズルー♪」

店長「そうだったのか……。それで、()()()()は既にご存知なのか?」

 

 その言葉に私は思わず箸を止めた。

 

勇儀「今から行くところだよ。何て言われるか……」

店長「親方様も棟梁様も反対されるだろうね」

勇儀「私じゃなければ即座に反対されるだろうね」

 

 正直気が重い。出来る事なら私だってあそこへ行くのは避けたい。けれど、私一人ではどうすることもできない程の大きな問題。自問自答しながら気持ちの整理をしていると、

 

小僧「ぷはっ♪」

 

 隣の小僧が幸せそうな表情で汁を飲んでいた。「こっちの気持ちも知らずに呑気(のんき)なヤツだ」と思いながら、ため息を吐き、残りの蕎麦を掻き込んだ。

 

勇儀「ズルズルズルー……ゴクッ。ご馳走さん。食べ終わったら行くよ……え?」

 

 小僧に声を掛け、あとどれくらいで食べ終わるのか様子を伺………ない。器の中が綺麗さっぱり何も残っていない。それこそ汁でさえも。

 

小僧「ごちそうさまでした。すごく美味しかった」

 

 満面の笑みで胸の前で掌を合わせる行儀のいい小僧。「美味しかった」人間の子供の口から放たれたまさかの言葉に、店長は苦笑いをしながら頬を掻いていた。

 それにしても、早すぎる。それにこの小さな体に、大人の鬼一人分が良く入ったな。かく言う私でさえも腹が一杯だと言うのに……。人間の子供の食欲は驚異だ。

 

勇儀「ありがとう。もう行くよ。いくらだい?」

 

 支払いをするため、小僧と共に店の出入り口へ。

 

店長「かけ2つで、8つだ」

勇儀「細かいのしかないんだ、数えてくれ。1つ、2つ、3つ、4つ」

 

 店長に見える様に一枚ずつ丁寧に置いていく。

 

店長「坊主、また来いよ。ところで、今いくつだい?」

小僧「5つ!」

勇儀「へー、5つだったのかい。6つ、7つ、8つ! はい、店長」

店長「はいよ、まいどー」

 

 蕎麦屋の店長に軽く挨拶を交わし、再び小僧と一緒に歩き始めた。これから向かう場所の事を考えると、自然と顔に力が入る。「私は戦場へ向かう戦士」そう自分に言い聞かせ、一歩一歩力強く大地を踏み締め、歩を進めていった。

 

店長「おーい勇儀ちゃん! 一つ足りてないよ!」

 

 

--鬼再清算中--

 

 

勇儀「さて、着いたわけだが……」

 

 私と小僧の目の前には()この町一番でかい屋敷の門。ここには町の長、棟梁(とうりょう)様と親方(おやかた)様が暮らしている。既に町では小僧の噂は広まっていたし、もう避けては通れないだろう。覚悟は決まっている。大きく息を吸って……。

 

勇儀「たのもーーー!!」

 

 

ガチャ

 

 

 中から鍵が外され、門が低い音を上げながら開いていく。

 真っ先に目に飛び込んできたのは、小麦色の髪から力強く生えた太くて長い2本の角。更に開きかけた門の隙間から迫力のある大きな顔が覗き、全開になる頃には私の倍はある巨大な鬼がその全貌を現した。彼こそが親方様だ。

 

 

ガシッ!

 

 

親方「勇儀ちゃーん! 今日休みなんだって?会いに来てくれるなんて父さん嬉しい!」

 

大きな体で抱きつきながら頬ずりをして来た。(ひげ)がチクチクと当たり痛痒い。何より恥ずかしい……。

 そう、この屋敷は私の実家。親方様とは私の父の事で、棟梁様とは母の事。

 元々ここは母の実家で、父は婿養子としてやって来た。立場上母の方が上になるのだが、それでは面目が立たないだろうと、補佐役の親方様という役割を与えられ、この町では2番目の地位となっている。

 こんなお屋敷育ちだった私だが、礼儀がどーとか、作法があーだとか言われ続ける日々が嫌になり、家を飛び出して一人で暮らしていく事にしたのだ。おかげで今は自由気ままにやれているし、その事について後悔はしていない。(むし)ろ清々しているくらいだ。

 

勇儀「いい加減離れろよ」

親方「連れないこと言うなよ。ん? その小僧は? まさか……」

 

 まずい……。親方様(父さん)は大の人間嫌いだ。

 その昔、鬼達がまだ地上にいた頃、親方様(父さん)が小島でのんびりと休暇を楽しんでいるところに、犬・猿・雉を連れた鬼払いがやって来て暴れ回ったそうだ。まともに相手をする気のなかった親方様(父さん)は、持っていた金品の少しを持たせて、その鬼払いを逆に島から追い払ったらしい。

 その時の話を良く聞かされていたが、いつも話の最後に「奴らは自分勝手で空気が読めない迷惑な奴らだ」と、ボヤいていたのを覚えている。

 目を大きく見開き、小僧を見下ろす親方様(父さん)親方様(父さん)との接触は可能な限り避けたかったが故に、この展開は最悪。(わら)にもすがる思いで神に祈った。「どうか面倒な事にならない様に」「小僧に酷い事をしない様に」と。

 そして親方様(父さん)は私の肩を力強く掴むと、

 

親方「ついに孫がッ!? 相手は誰だッ! 鬼助かッ!?」

 

 興奮しながら迫ってきた。

 

勇儀「バカ! ちげーよ!!」

親方「じゃあ父親は何処のどいつだ!? 適当なやつだったら父さん悲しい!」

勇儀「だから! 違うって言ってるだろ! この小僧は人間の……」

親方「人間だとぉ……!?」

 

 想定外過ぎる言葉に思わず熱が入り、つい勢いで口が滑ってしまった。本当は順を追って話しをしたかったのだけど……。変に勘違いされたか?

 

親方「相手は人間だと!? 父さんはそんな娘に育てたつもりはないぞ!」

勇儀「さっきから想定外の勘違いをしてるんじゃないよ! いつまで空想の孫の話をしてるんだい!ほら、良く見なよ」

 

 話の噛み合わない親方様(父さん)の手を振り解き、その大きな顔を強引に小僧へと向ける。暫く無言で小僧をじっと見つめた後、落ち着いた口調で話し出した。

 

親方「確かに、角が無ければ妖力も感じられねぇ」

勇儀「町じゃあもうとっくに噂になっているよ。聞いてなかったのかい?」

親方「いや、オレのところには入って来てねぇな。それで何で勇儀ちゃんと一緒いるんだ?」

勇儀「その辺りも含めて相談に来たんだ。棟梁様……母さんはいるかい?」

親方「あぁ、広間で一服でもしてんじゃねぇか?」

 

 親方様(父さん)が知らなかったのは意外だった。あれ程の騒ぎだったというのに……。けどここに情報が来ていないとは考えにくい。恐らく……いや、ほぼ間違い無く棟梁様(母さん)の仕業。その事を知っていて、それで私が今日ここに来ると予期した上で、親方様(父さん)に知らせていないのだろう。広間で優雅に一服? 違うね。待ち構えているんだ。

 

勇儀「そうかい、上がらせてもらうよ」

 

 そう呟き、小僧の手を取り、いざ屋敷の中へ。

 だが握ったその小さな手が、この先に進む事を拒んでいた。後ろを振り返ると、小僧は足元を見て震えていた。気付けば私の手の中でも……。無理もない。目の前に自分の背丈の三倍はある強面の、小僧が思っていた通りの鬼がいるのだから。

 でもまぁこうなる事は薄々分かっていたわけで……

 

勇儀「ほら、おいで」

 

 小僧に近づき、優しく声を掛けながら抱きしめてやる。

 

勇儀「どうしても中で話しをしなくちゃいけないんだ。こうしていてやるから、一緒に来てくれるかい?」

小僧「……うん」

 

 顔を肩に埋め、小さく弱々しく返事をしてくれた。私は小僧を抱いたまま門をくぐり、ゆっくりと屋敷を目指した。

 

親方「本当に勇儀ちゃんの子供じゃないのか?」

勇儀「しつこい!」

 

 

グサッ!

 

 

親方「シクシクシクシク……」

 

 ふっ、今のは効いただろう。

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 謎の子供を抱える娘の後ろ姿を眺めながら、彼は心の言葉を口にしていた。

 

親方「うーむ……どう見ても()()だよなぁ……」




パルスィファンの方すみません。



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母と子_※挿絵有

リニューアルしました 2018/07/26


勇儀「おじゃまします」

 

 「ただいま」とは言い辛く、他人行儀な挨拶で実家へと足を踏み入れ、小僧を抱えたまま棟梁様(母さん)の下、家の中央に位置する広間へと歩を進める。

 中はあの頃と(ほとん)ど変わっていない。柱に刻んである私の成長記録。壁に描いた落書きの消し残し。私の歴史があちらこちらに散らばっている。いい加減、新調したらいいのに……。

 久しぶりの実家に思い出に浸っていると、いつの間にか目的地に到着していた。ここでは私が幼い頃、親方様(父さん)棟梁様(母さん)が友人を招き、よく宴会を行っていた。その時一緒に連れられて来ていた子供と仲良くなり、今となっては一番の友人だ。最近見て無いけど、どうしているかな?

 

勇儀「すまない、下りてくれるかい?」

 

 小僧に優しく(ささや)き下へ降ろすと、浮かない表情をしながら私から離れ、背後へと姿を隠した。これから何が起こるのかを察したのだろう。

 広間の(ふすま)を正面にして正座で腰を下ろす。この襖には見事な絵が描かれ、素人が見ても高価な物であると察せる程なのだが、左端隅に明らかに画力の異なる異物が。その友人と共同で作った芸術作品(落書き)だ。ここも当時のまま。高価な物だけあって、今思うと「勿体無い事をしたな」と後悔している。

 懐かしい小さな芸術作品に思わず苦笑い。お陰で少し肩の力が抜けた。行くなら今。大きく深呼吸をし、気合を入れる。

 

勇儀「ふー……、よしっ!」

 

 いざ!

 

勇儀「星熊勇儀です。この度ご相談させて頂きたい事があり、伺いました」

??「お入りなさい」

 

 中から聞き慣れたあの声。いる。この襖の向こう側に。町の最高権力者であり、私の実の母が。

 正座をしたまま襖を少しだけ開き、頭を下げて……。

 

棟梁「外が騒がしいので何事かと思いましたが、やはり勇儀でしたか。久しぶりですね」

勇儀「はい、お久しぶりです。実は今日伺ったのは……」

棟梁「そこの人間の事ですか?」

 

 「やはり」と思った。私の予想通り彼女は町での噂を知っている。

 頭を上げ、広間の奥へと視線を向ける。そこには赤い着物を(まと)った女鬼が煙管を片手に座っていた。(りん)とした顔立ちに腰まで伸びた黒い髪。綺麗に(そろ)えられた前髪からは、赤く染まった1本の角が覗いている。

 

【挿絵表示】

 

 私は若かりし頃の母さんを知る者から、「顔は母親に似たんだ」とよく言われる。その点()()であれば、彼女は自慢の母だ。

 鬼は人間の様に急激に見た目が変わる事はないが、それでも以前より少し(しわ)が目立つ。特に眉間のあたりが……。

 

勇儀「はい、実はその事で……」

棟梁「ちょっとお待ちなさい。お前さん、聞き耳なんて立てていないで、こっちで一緒に聞いたらどうです? あなた達もそこで話をするつもりですか? もっと近くまで来なさいな」

 

 横の襖が開き、申し訳なさそうに頭を()きながら父が入って来た。どうやら先程からそこでこちらの様子を伺っていた様だ。

 私は立ち上がって振り返り、小僧に顔を近づけて語り掛けた。

 

勇儀「いいかい? もう隠れるのはおしまいだ。堂々と。聞かれた事には素直に答えな」

小僧「……うん」

 

 小僧は小さく返事をすると、下を向きながら立ち上がった。立ち上がった小僧は緊張しているのか、もしくは恐怖からなのか、拳を握り締めて身を震わせていた。震える小さな手。そっと手を差し出し、「大丈夫」そう視線を送ると、小僧はコクリと頷いて手を握ってくれた。そして私達はそのまま、棟梁様(母さん)の下へとゆっくりと歩き出した。

 棟梁様(母さん)の下まであと数歩。私の鼓動が激しくなっていた丁度その時、

 

 

ギュッ……

 

 

 小僧が手を強く握ってきた。掌の柔らかな感触、体温と共にその想いが伝わって来た。

 

 

ギュッ!

 

 

 私も同じくらいの強さで返事をする様に小僧の手を握り返した。

 私たちが辿り着く頃には棟梁様(母さん)の隣に親方様(父さん)が座り、こちらの様子を伺っていた。そして私は棟梁様(母さん)の前に、小僧は親方様(父さん)の前に座り、ついに……、

 

棟梁「では、話してみなさい」

 

 場は整った。

 私は昨夜の事を正確に、ありのままを全て話した。突然現れたこの小僧の事。懐かれてしまった事。一晩面倒を見た事を。全てを語り終えた後、頭を深々と下げて頼み込んだ。

 

勇儀「力をお貸し下さい」

棟梁「……協力しろと? 具体的には?」

勇儀「この子の親を探してあげてください。親も探していると思います。それと、出来ればここで面倒を見てくれないでしょうか? 私一人ではこの子に苦労をかけてしまいます。その時は私もここで一緒に暮らして面倒を見ます」

親方「おい、母さん! 勇儀ちゃんとまた一緒に暮らせるぞ! 父さんは……」

棟梁「お前さんは黙っていてください。勇儀、顔を上げなさい」

 

 言われた通りゆっくりと顔を上げ、棟梁様(母さん)へと視線を向ける。

 

棟梁「変わらないね。スー……、フー~」

 

 私の事を見下ろしながら、ため息代わりに煙管の煙を吐く棟梁様(母さん)。暫く沈黙の時間が続いた。皆が棟梁様(母さん)の次の言葉を待っていた。

 そして、とうとう口を開いた。

 

棟梁「ここでの生活が嫌で勝手に飛び出して、久しぶりに顔を出したかと思えば……。後先考えず情に流されて、拾った迷子の子猫の面倒を一緒に見ろと? あまりに身勝手。全く成長していない」

勇儀「違う! 私はこの子の事を思って……」

棟梁「自分の都合の間違いでしょ? それは坊やと話をして、坊やがそれを望んだのですか?」

勇儀「それは……、でも誰が考えてもそれが最善だと思うだろ?」

棟梁「呆れた……。まさかここまでとは……」

勇儀「何がそんなに気に入らないんだい!? そんなに私が嫌いなのか!? そうだよな!? 昔から私に文句ばかり言っていたもんな!」

親方「勇儀ちゃんも母さんも落ち着いて……」

  『お前さん(父さん)は引っ込んでな!』

親方「はいっ!」

 

 眉間に皺を寄せ、再び煙管に口を付ける棟梁様(母さん)。大きく吸い込み、勢い良く煙を噴き上げた。

 

棟梁「と・に・か・く。今はあなたが責任を持って面倒をみなさい。これは棟梁としての命令です」

 

冷静を取り戻した表情で下された『棟梁としての命令』。これを言われてしまっては、もう……。私にできる事はただその決定に従う事だけ。

 

勇儀「くっ……分かりました。でも、この子がここで生きて行くにはあまりにも……」

棟梁「そういう事も含めてという意味です。事が事なだけに私の一存では決め兼ねます。奇遇にも1週間後に組合長との会議があるので、その時に嫌でも議題になるでしょう」

 

 組合長とは棟梁様(母さん)親方様(父さん)と共に、この町を統治している者達の事だ。皆かなりのご老体だったはず。そして、人間に対して良い印象を持っていなかったとも記憶している。

 その『組合長』達と話し合いで決める。そう聞いた私は一気に焦りだした。

 

勇儀「ちょっと待ってくれ! そうならない様にココに相談に来たんだ! そんなところで最悪の結論が出た日には……」

棟梁「それでも従うしかないでしょう。先程も言いましたが、事が事です。それを私一人の判断で決める訳にはいきません」

 

 棟梁様(母さん)の意見は至極当然なだけに、私は言葉を返す事ができなかった。

 小僧に「守る」と約束したのにも関わらず、出された結果は最悪な物。私とボロくて狭いあの部屋で一緒に暮らす事になり、1週間後にはもしかしたら……。もしそうなれば、見殺しにするのと同意。

 何もできなかった己の非力さにガックリと肩を落とし、項垂(うなだ)れていると、その様子に見るに見兼ねたのだろう、棟梁様(母さん)がため息を吐いて語り出した。

 

棟梁「ただ、坊やの親を探す事には賛成です。それについては力を貸しましょう。それとこの町で生活するのですから、疫病や健康状態が気になります。診療所へ連れて行き、診てもらいなさい。費用はこちらが持ちます。私からあなた達にして上げる事はここまでです」

 

 絶望の(ふち)にいた私にとってこの言葉は救いだった。

 

勇儀「ありがとうございます」

 

 小僧の親を探して貰える。(わず)かではあるが希望が見えてきた。私は手を前について深々と礼をした。

 

棟梁「では、今度は坊やに聞きます」

 

 今度は小僧の番。ゆっくり姿勢を戻すと、棟梁様(母さん)は小僧を真っ直ぐと見つめていた。

 

棟梁「名を何と言う?」

小僧「……ダイキ」

 

 小僧は真っ直ぐに答えた。数時間ばかり一緒にいたが、今まで小僧の名前を聞いていなかった。ダイキっていうのか……。

 

棟梁「ではダイキ。どうやってここへ?」

ダイ「わかんない」

 

 首を振りながら答えるダイキと名乗った人間の小僧。私も彼が何を語るのか気になり、熱い視線を送っていた。

 

棟梁「……それではココに来る前の事、何でも良いです。話してみなさい」

 

 棟梁様(母さん)からのこの質問に、ダイキは視線を下に落とした。膝の上で拳を握り、目には涙を浮かべ、それを(こら)える様に答えた。

 

ダイ「ママと……。電車でおでかけ……」

 

話し始めた途端、それは一粒、二粒とダイキの拳を濡らしていった。その様子に私は不憫(ふびん)に思いながらも、聞き慣れない『デンシャ』という単語に、頭上に『?』を浮かべ首を傾げていた。

 そんな中でも母はじっと真っ直ぐにダイキを見つめ、次の言葉を待っていた。

 

ダイ「あと、魚買った」

棟梁「魚?」

ダイ「マグロのお刺身とイカ」グスッ……

棟梁「……そうですか。分かりました。ありがとう」

 

 ダイキへの質問が終わり、別れの挨拶をすると、棟梁様(母さん)親方様(父さん)が「門まで見送る」と言い出し、一同(そろ)って外へ。門を(くぐ)ったところで……

 

棟梁「勇儀、()()()一週間です。しっかりとダイキの母親代りを努めなさい」

 

 一週間……。『まずは』とは言うが、そこで全てが決まってしまう。ダイキからすれば、それは『猶予』。

 

勇儀「……はい」

 

 私は小さく返事をし、これからの事について考えていた。

 問題は色々あるが、真っ先に思いつくのがやはりと言うべきか、金銭的な事。これまで酒やら賭博で使っていたので、手元にある分だけでダイキと共に一週間を乗り越えられる自信が正直ない。主に食費の面で。

 ここに来る途中に立ち寄った蕎麦屋。あの量を思うと、食事については子供と思わない方がいいだろう。もう少しで給料日なのが唯一の救いか……。

 頭を掻きながら「どうしたものか」と悩んでいると……。

 

親方「勇儀ちゃんならきっと大丈夫だ! ダイキもメソメソしとらんで、強くならないとダメだぞ!」

 

 私にだけではなく、人間の小僧(ダイキ)にも笑顔で優しい言葉を掛ける親方様(父さん)

 おやおやぁ~? 人間の事が嫌いだったんじゃなかったのか?これは……使える!

 私の悪知恵が働いた。私の隣で親方様(父さん)を見上げるダイキに、耳打ちで作戦を伝える。

 

勇儀「ダイキちょっといいか?」ヒソヒソ。

ダイ「えっ!?」

 

 ダイキは目を見開き、ソレを拒否する姿勢を見せたが、

 

勇儀「ほれ、イケ」

 

 私がクイッと(あご)で合図を送ると、少し怯えた様子でゆっくりと親方様(父さん)に近づいて行った。

 

勇儀「まぁなんだ、やれるだけやってみるよ。でも、私が母親代りになるってんだから……」

 

 

ギュッ。

 

 

 ダイキは親方様(父さん)の足にしがみ付き、上目遣いで瞳を潤ませ、

 

ダイ「じ、じぃじ……?」

 

 

ズキューーーーーーーーーーーーーーーーーン!!

 

 

 見事に打ち抜いた。

 そして、いとも簡単に打ち抜かれた親方様(父さん)はと言うと、

 

親方「じぃじか、そうかそうか。じぃじだな。折角だから服ぐらい買ってやろうか?」

 

 口元は緩み、頬は赤くなり、その表情は文句なしの満面の笑み。分かりやすい程のデレデレ具合。ふん、チョロいな。

 

棟梁「お前さん! 甘やかすんじゃありませんよ! それにお前さんの孫じゃないでしょ!?」

 

 しかし、その親方様(父さん)を現実に戻そうとするのは、やはり棟梁様(母さん)。最後まで私の前に立ちはだかる。チッ、簡単にはいかなかったか……。

 私が(うな)りながら次の作戦を考えていると、

 

棟梁「だいたいお前さんは……ん?」

 

 気付けばダイキが棟梁様(母さん)の前で、申し訳なさそうに直立していた。その事に気付いた時、ダイキがこれから何をするのか瞬時に察した。

 「おい! そっちは止めておけ! そこまで言ってないぞ!」と叫ぼうとした矢先、

 

 

ギュ~ッ。

 

 

棟梁「ばぁば、ダメなの?」

 

 やってしまった。最悪だ。『ばばぁ』って……、お前さん死にたいのか!?

 

棟梁「ま、まぁ服ぐらいならいいでしょ……」

 

 まさかの言葉に耳を疑った。見ると棟梁様(母さん)外方(そっぽ)を向き、顔を赤くし、ダイキの頭を()でていた。

 私はあまりに意外な展開に目を見開き、言葉を失った。いや、期待していた結果ではあるのだが……。割と()()だったのか?

 

勇儀「それじゃあ、ありがたく貰って行くよ」

 

 交渉は私とダイキの勝ち。ダイキの服と日用品を買えるくらいの小遣いを貰える事になった。面白い物も見られたし、自然と上機嫌になる。

 

棟梁「本当に()()()()ですからね!」

勇儀「分かってるって」

 

 足りなくなったらまたダイキを使ってお願いしよう………と一瞬頭に過ぎったが、それは流石に遠慮しておこう。

 

ダイ「じぃじ、ばぁば。またね」

 

 親方様(父さん)棟梁様(母さん)に手を振って別れの挨拶をするダイキ。そしてそれに照れ臭そうに手を振って答える2人を見て、「やっぱり、もう一度くらい大丈夫だろう」と悪知恵を働かせながら実家を後にした。

 

親方「いや~、何か急に孫ができたみたいだな」

棟梁「いつまで逆上(のぼ)せているのですか? それよりマグロやイカと言えば……」

親方「あぁ、海の生物だな。幻想郷(ココ)でも出回っちゃいるが、そう簡単に手に入るもんじゃねぇ。しかも刺身となると、超高級品だ。それにあの服装……」

棟梁「外来人で間違いないでしょうね」




ここにきてようやく小僧の名前判明です。


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ユーネェ_※挿絵有

ここまで読んでくださり、
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リニューアルしました 2018/07/30




 実家を出発し、貰った小遣いでダイキの服と茶碗や箸といった日用品を買うため商店街へ。ここは肉屋、服屋、雑貨屋、食事処といった店が軒を連ね、この時間帯は多くの客で賑わいを見せる。ダイキの手を引き、服屋へと歩を進めていると、前から懐かしい声が聞こえてきた。

 

??「お~い、勇儀~! 久しぶり~!」

 

 薄茶色の長い髪に赤い大きなリボン。小柄な体型に似合わない長い二本の角。私の幼い時からの良き友人、伊吹(いぶき)萃香(すいか)が笑顔で大きく手を振りながら近付いてきた。

 

【挿絵表示】

 

 

勇儀「萃香! 本当に久しぶりだ。いたなら会いに来ておくれよ」

萃香「いやいやぁ~。私も今来たところなんだよ。おやおやおや~? そこのちっこいのが町で噂になっている坊やかな~?」

 

 彼女はダイキの事を見つけると、ニヤニヤしながら歩み寄っていった。

 

勇儀「ダイキってんだ。ダイキ、萃香だ」

萃香「ふーん……、ちっこいクセに一人で来たんだって?」

 

 尚もにやついた表情でダイキに顔を近付けて尋ねる親友。彼女なりに親しみを込めて接しているのだろう。そんな彼女にダイキは眉をピクリと動かし、声を大きくして怒り出した。

 

ダイ「うっさいチビ! ちっこいちっこい言うな!」

萃香「ハァ~ッ!? 誰がチビだってぇ!?」

ダイ「他のみんなよりも全然チビだ!」

萃香「ナ・ン・ダ・トォッ?」

勇儀「ククククッ……」

 

 鬼に予想外の反撃に出る小さな人間の小僧。その言葉は的確に彼女に突き刺さり、2人の火花は激しさを増していった。そんな2人を横目に、私は「ダイキも言うじゃないか」と思いながら、笑いを堪えるのに必死になっていた。

 

萃香「おい勇儀! 何なんだこのガキ! 凄いムカつくぞ!!」

 

 ダイキを指差して「どうにかしろ」と怒りながら訴えてくる親友。人間の小僧相手にムキになる彼女に、思わず堪えていた笑いが吹き出そうになる。

 

勇儀「ま、まぁ萃香の言い方が気に入らなかったんだろ?」

 

 耐えろ耐えろ。笑っちゃいけない。

 

ダイ「ユーネェ、()()()友達なの?」

勇儀「ん? あぁ、一番の友達だよ」

 

 コイツって…、もうダメだ。腹が痛いぃぃ……。

 

萃香「誰がコイツだぁ!? クソガキ!」

ダイ「ユーネェの友達なのに、()()()()()()()!」

 

 

ブッッッチーーーン!

 

 

萃香「コロス……コロスコロスコロスコロスッ!」

 

 ダイキの止めの一撃。ついに私は堪えきれなくなり、彼女に見られないように腹を抱えて笑った。しかし彼女にこれは禁句中の禁句。強烈な怒気を放ちながら両手に拳を作り、ダイキに殴り掛かった。私は慌てて彼女を取り押さえ、ダイキから放した。

 

萃香「離せ! コイツは言ってはならない事を!」

勇儀「分かった分かった、でも落ちつけ!」

萃香「うるさいっ! 勇儀に私のこの気持ちは分からないだろ!?」

勇儀「うっ……。でもダイキはまだ5つだぞ? お前さん今いくつだよ!? ダイキも萃香は私の友達なんだ。酷い事を言うと私も悲しいよ」

 

 「とりあえず落ち着け」と2人に告げると、彼女から怒気が消えていき、ダイキは俯いてしまった。2人が大人しくなったところでもう一言。

 

勇儀「喧嘩両成敗。お互いに謝りな!」

ダイ「ごめんなさい」

萃香「ふんっ! ……悪かったな」

 

 お互いに謝罪をし、場から完全に熱が引いたところで、先程から抱えていた疑問を彼女に尋ねた。

 

勇儀「萃香、人里で何か変わった事無かったか? 誰かの子供が突然居なくなったとか」

 

 彼女は『密と疎を操る程度の能力』という力を持ち、自分の体の大きさや数を自在に操る事ができ、その能力を使って地上の様子や噂話等の情報を集めて帰ってくる。

 もしその様な話があれば、それはダイキの事である可能性が高い。

 

萃香「特に何も……。そんな話も聞かなかったよ」

 

 しかし、そう簡単に事が運ぶはずもなかった。

 

勇儀「なあ、萃香。お前さんの能力を見込んで、頼みがあるんだ。ダイキ……この子の親を探してはくれないかい?」

萃香「えー……。あんな事言われた後だよ?」

勇儀「さっきお互い謝ったろ? な? 頼むよ」

萃香「うーん、何か気が進まないなぁ……ん?」

 

 親友と話しながらふと視線を向けると、ダイキが彼女の直ぐ傍まで近づいていた。2人の距離はあと数歩。「まさか!?」と思ったのも束の間、

 

 

ギュー……

 

 

 ダイキが親友に抱きついた。彼女とダイキには大きな身長差はない。ダイキの頭に彼女の顎がのるくらいだ。(はた)から見れば、子供同士が抱き合っている微笑ましい光景なのだが、彼女はこの外見でも……。と思っていると、ダイキが弱々しい声で話し始めた。

 

ダイ「さっきはごめんなさい。ママを探すの……手伝って……」

 

 ダイキの表情は隠れて見えないが、必死なのは伝わって来た。だが、その涙ながらの訴えも空しく、

 

萃香「やめて! 離して!!」

 

 彼女はダイキを振り解き、再び距離を取った。あんな事があった後、さすがに効かなかったようだ。ダイキの必殺も空振りだったので、改めて親友の説得方法について悩んでいると、

 

??「あ、あのね……」

 

 透き通った高い少女の様な声が。聞き慣れない声の方へ視線を向けると、親友が口に手を当て、顔をリンゴの様に赤くしていた。

 

萃香「そ、その……、私に…出来ることなら……」

 

 更に小さな体を「キュッ」とさらに小さくし、潤んだ大きな瞳でダイキを見つめる彼女の姿に私は絶句した。

 ダイキ、お前さんは大変な物を盗んでしまったみたいだぞ。

 

 

 

 

 

萃香「私、頑張るから! 絶対にダイキの親見つけてあげるから!」

 

 そう意気込んで、彼女はまた地上へと旅立ってしまった。去り側に、

 

萃香「ダイキ……またね♡」

 

 と頬を染めながら可愛らしくダイキに手を小さく振っていた。親友の変貌ぶりに私は呆気に取られ、そしてその引き金となった張本人は…、

 

ダイ「ハフハフ、モグモグ……」

 

 腹が空いたと言い出し、買ってやった肉まんを頬張っている。

 

ダイ「ごちそうさま」

勇儀「食べるの早いな。じゃあとっとと次行くか」

ダイ「どこ? 蕎麦屋?」

勇儀「そんなにあそこの蕎麦が気に入ったかい? 残念だけど、次行く所は診療所だよ」

ダイ「シンリョージョ?」

勇儀「医者がいる所だよ。ダイキの体に変な所が無いか診てもらうんだよ」

 

 

--小僧移動中--

 

 

 着いたのは町の中心部少し離れた所にあるこの町唯一の診療所。鬼も妖怪も体が丈夫に出来ているため、疫病を除いて風邪や怪我になることがほぼない。それ故、ここを訪れる者の殆どが怪我や病気をしやすい子供や老人達だけだ。かく言う私も幼いときに世話になった。

 

 

ガラッ、チリンチリン。

 

 

 戸を開けると鈴の音が鳴り響いた。中はしんと静まり返っている。

 

勇儀「おーい、誰かいないかー?」

??「ほいほい、ちょっと待っとれ」

 

 中から杖をつきながら年老いた鬼が出てきた。彼がこの診療所の、この町唯一の医者だ。医者本人がコレだからいつも不安になる。

 

医者「やーっこらせ。なんだ、勇儀か。変な物でも食ったか?」

勇儀「なんだよそれ……、今日は私じゃなくて、この子の事を診て欲しいんだ」

 

 そう言うと爺さんは眼鏡を掛け直し、目を細めながらダイキの事を見つめ始めた。

 

医者「んー? おい勇儀、この小僧人間か?」

勇儀「そうだよ。色々と事情があるんだ。連れてきたのは母……棟梁様の命令だよ」

医者「そーかい。どれどれ」

 

 この爺さんもちょっとした能力をもっている。見た者の細かいところまで診察してしまうという能力だ。「診る程度の能力」といったところだろうか。

 

医者「大きな怪我や病気をした痕跡はないな。それにある程度の病気の抗体を持っておる」

勇儀「能力か?」

医者「いや、そういう物ではないな。人工的に処置を施した痕跡がある。気になる所は他に無いな。至って健康体だ。血液型は勇儀と一緒だな」

勇儀「へー、そうなのかい」

医者「それにしても勇儀も成長したな」

勇儀「そうかい? 全然変わってないと思うけど」

医者「いや、昔より大きく成長しておるよ。特に胸囲なんかは……」

勇儀「どこを見てるんだい!? エロジジィ!」

医者「カッカッカ、元気があって結構、結構」

 

 

--小僧移動中--

 

 

 ダイキの診察を終え町に戻ると、仕事を終えた仲間がチラホラ見える。もうそんな時間か……。

 

勇儀「ダイキ、早く帰って飯にしよう。鍋でもいいか?」

ダイ「いいけど、シイタケある?」

勇儀「イヤ、私嫌いなんだアレ。あと春菊も」

ダイ「シイタケもシュンギクもイヤッ!」

勇儀「あはは、そうかじゃあ私と好みが同じだな」

 

 家に帰り、急いで夕飯の支度に取りかかる。鍋は具材を適度な大きさに切って、突っ込めば良いだけだから本当に楽だ。そして誰が作っても大体失敗する事は無い。久々の台所での作業に戸惑いながらも、なんとかそれらしい物ができあがった。

 

  『いただきます!』

ダイ「ハフっ、モグモグ。美味しい♪」

勇儀「そいつは良かった。ハフっ」

 

 私の作った下手な鍋を笑顔で食べるダイキを何気なく見ていると、箸を持つ手が私と同じ事に気付いた。左利きは苦労するからと、幼い頃棟梁様(母さん)に散々注意されていた記憶が今でもある。それも今となって無駄に終わっているけど……。

 

 

--小僧食事中--

 

 

  『ごちそうさまでした』

 

 大人の鬼2人分は用意しておいた鍋の具は案の定、綺麗に無くなった。私は腹がそこまで減っていなかったので、一人前も食べていないと思う。つまり、おそらくダイキは私よりも多く食べている。この小さな体で。そのダイキはと言うと、

 

ダイ「はー……、お腹いっぱい」

 

 丘の様に膨れた腹を撫でながら至福の一時を過ごしていた。

 ダイキは上機嫌。話すなら今しかない。そして私はその場で姿勢を正し、ダイキに真剣な表情で語り掛けた。

 

勇儀「なぁ、ダイキ。大事な話があるんだ……」

 

 私はこれからダイキと一緒に生活していく上で、避けては通れない問題について、ゆっくりと落ち着かせる様に話し始めた。

 

 

--女鬼説得中--

 

 

ダイ「イヤだ!」

勇儀「頼むから聞いておくれよ」

 

 どうしたのかと言うと、明日私は仕事に行かねばならないなのだ。今日はたまたま休日だったのでずっと一緒にいれたが、明日はそうは行かない。その事を話し、留守番をお願いしたところ「絶対に着いて行く!」と言って聞かないのだ。

 私の仕事は建築業。現場はいつもピリピリとしており、安全の面からも部外者は立ち入り禁止だ。同族の子供でも邪魔だからと追い払うのに、人間の子供なんて論外だろう。

 

勇儀「なぁ頼むから。そうだ好きな物買ってやる」

ダイ「いらない! 一人は絶対にイヤだ!」

勇儀「危ないんだ。それに怖い鬼だって沢山いるんだぞ?」

ダイ「ユーネェが守るって約束した!」

 

 痛いところを突かれた。言ってしまった手前、今更取り消す事なんて出来ない。そんな事をしたら鬼の名折れだ。

 

勇儀「わかった、わかった。着いて来るだけだぞ? それと他の連中がダメだと言ったら、素直に諦めるんだぞ?」

ダイ「うん、わかった」

勇儀「約束だぞ? あ、そうだダイキにも三か条を教えてやる」

ダイ「なにそれ?」

勇儀「私の後に続けて同じ様に言えばいいよ。一つ、鬼はウソをつかない!」

ダイ「鬼じゃないよ?」

勇儀「そんなの分かってるよ。でもここで生活するんだ。鉄の掟には従ってもらうよ。ほれ、一つ、鬼はウソをつかない!」

ダイ「一つ、鬼はウソをつかない!」

勇儀「一つ、鬼は騙さない!」

ダイ「一つ、鬼は騙さない!」

勇儀「一つ、鬼は仲間を見捨てない、裏切らない!」

ダイ「一つ、鬼は仲間を見つけない、裏切らない?」

勇儀「違う、違う。見捨てないだ。一つ、鬼は仲間を見捨てない、裏切らない!」

ダイ「一つ、鬼は仲間を見捨てない、裏切らない!

勇儀「いいかい? それがこの町の掟だよ。破ったらこの町から出て行く事になるよ?」

ダイ「はい!」

勇儀「約束守りなよ?」

ダイ「はい!」

 

 私の教えにダイキは力強い眼差しで大きく返事をした。鬼の三か条、私も昔親方様(父さん)にこうやって覚えさせられたっけ…。

 食事の後片付けを二人でした後、風呂に入り、寝る支度していると、ダイキの布団を買い忘れている事に気が付いた。

 

勇儀「悪いダイキ、布団を買い忘れてた。また私と同じ布団でもいいか?」

ダイ「……うん」

 

 私の問い掛けにダイキは顔を少し赤くし、視線を落として小さく返事をした。照れ臭そうにしているが、そこがまた愛らしい。

 一緒に布団に入り、ダイキの顔を見ながら今日の事を聞いてみる。

 

勇儀「私の父さんと母さん怖かったか?」

ダイ「じぃじは怖かったけど、凄く優しかった。ばぁばは優しそうだったけど、少し怖かった」

勇儀「あははは、そうかそうか。でも2人ともこの町じゃ凄く偉いんだぞ?」

ダイ「へー、そうなんだ……。ユーネェは?」

勇儀「私? 私もまぁ、ちょっとね。そういう事なら萃香も偉いんだぞ?」

ダイ「へっ!?」

 

 友人の名前を出した途端、ダイキは顔を真っ赤にして布団の中に隠れてしまった。

 

勇儀「ん? どうした? まさか今更になって抱きついたのが恥ずかしくなったか?」

ダイ「うー……」

 

 どうやら図星だった様だ。

 

勇儀「あははは、何だよ。自分からやっておいて。()()見ているこっちがハラハラするからもう止めような」

ダイ「ユーネェが教えてくれたクセに……」

勇儀「そ、そうなんだけど……。でも誰彼構わず抱きつくのは良くないな」

ダイ「うん、わかった。あ、あのさ……。萃香ちゃん……ってユーネェと同じ年なの?」

勇儀「ん? うーん、どうだったかな? まぁ、あんまり変わんなかったと思うぞ」

ダイ「ユーネェっていくつ?」

勇儀「こら、女に年なんか聞くもんじゃないよ」

ダイ「なんで?」

勇儀「いい男はそんなの気にしないってことさ」

ダイ「ふーん。萃香ちゃんもいい男の方が良いのかな?」

勇儀「アイツの好みは分からないけど、多分そうなんじゃないか?」

 

ん? 萃香()()()? ん? ん? ん?

 

ダイ「そっかー……」

 

 天井を遠い目で見つめてボソッと呟くダイキ。そんなダイキに違和感を覚え、恐る恐る聞いてみる。

 

勇儀「ダイキ、萃香のことが気になるのか?」

 

 

ボンッ!カーッ……

 

 

 これまた図星だった様だ。

 

勇儀「おいおい……、ウソ……だろ?」

 

 衝撃の事実に私は呆気に取られた。萃香もダイキの事が気に入っているみたいだったし……。お前ら年の差いくつだよ……。

 

ダイ「なんか、友達になって欲しいな……って」

勇儀「あっははは、なら大丈夫だよ。萃香とダイキはもう友達だよ」

ダイ「よかったぁ。嫌われたって思った」

勇儀「ふふ、それは絶対にないから安心しな。じゃあ、おやすみ」

ダイ「おやすみ、()()()()

 

 ダイキの何気ない一言。かなり前から聞いていたような気もするが、今になってやっとその違和感に気付いた。

 

勇儀「ちょ、ちょっと待て。今なんて?」

ダイ「ん? おやすみ?」

勇儀「違う、その後」

ダイ「ユーネェ?」

勇儀「ゆーねー? 私?」

ダイ「……」コクッ。

勇儀「私がゆーねー?」

ダイ「……」コクッ。

勇儀「何でゆーねー?」

ダイ「勇儀お姉ちゃんだからユーネェ」

 

 

ぞわぞわぞわぞわ……。

 

 

 全身を電気が駆け巡り、得体の知れない力が私の内側から込み上げて来る。く~~~……ッ。もう我慢できない!

 

 

ギューーーッ!

 

 

 私は本能の(おとむ)くままダイキを抱きしめた。昨日寝た時と同じ体勢で、ただ昨日よりも力強く。

 

ダイ「!? ユーネェちょっと!」

勇儀「こいつこいつこいつこいつぅ!」

ダイ「はなじでぇ。苦しいぃ」

勇儀「離して? だが断る!」

 

萃香……、私も純粋無垢なこの人間の小僧に夢中になっちまいそうだ。

 

??「パルパルパルパル……」メラメラメラメラ……




子供の純粋さは最強の武器だと思います。


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2日目

リニューアルしました 2018/8/3


ジリリリリ…!

 

 

 朝だ。枕元との目覚ましの音がする方へ反射的に手が伸びる。

 今日は出勤日。ダイキがいるからいつもよりも起きる時間が若干早い。とは言え、早く支度をしないと遅刻してしまう。上体を起こし、大きく伸びをしながら、隣で眠っているダイキへと視線を…。

 

勇儀「あれ?ダイキ?」

 

 布団にダイキの気配が無い。慌てて周囲を見回し、ダイキの名を呼ぶ。

 

勇儀「ダイキ!」

 

 台所、玄関、部屋の隅へと視線を送るが、ダイキの姿がない。

 

勇儀「ダイキ何処だ!?」

??「ん〜…?」

 

 背後から声がした。振り向くとさっきまで私の頭があった位置に、ダイキがうつ伏せになって寝ていた。

 

勇儀「なんでそんなところで寝てるんだ?」

ダイ「夜にユーネェに蹴られて…」

勇儀「あ、ごめん…」

 

 なんでも夜中に私が布団を占領してしまい、寝る所が無くなったダイキは、再び蹴られる事を恐れて、渋々私の頭上で寝ていたそうだ。だが不運にも私の寝相が相当悪かったようで、朝方には枕と化してしまったらしい。布団問題、早目に解決しなければ…。

 

 

−−小僧朝食中−–

 

 

  『ごちそうさまでした』

 

 昨夜の鍋の残り汁で作った雑炊を食べ終えて、急いで身支度に取り掛かる。夕食分用に白米を多めに炊いていたが、2人で……と言うより、ダイキがあっという間に完食してしまった。ダイキの胃袋には毎回舌を巻く。このままでは食費だけで私の資金が早々に底をついてしまう。食事問題、これも早目に解決しなければ……。

 

勇儀「うん、似合ってるじゃないか」

ダイ「お祭りに行くみたい♪」

 

 昨日服屋で買った紺色の無地の甚平を着せてやると、ダイキは嬉しそうに鏡の前でその姿を堪能していた。

 

勇儀「今日行くところは少し暑いから、この格好がちょうどいいよ。ところでそれ何だ?」

 

 ダイキが首から下げている橙色の小袋を指差して尋ねた。一昨日の夜から気にはなっていたのだが、色々とあって聞きそびれていた。

 

ダイ「お守り。ママが…怪我しないようにって…」

 

 私の質問にダイキの表情はどんどん暗くなっていき、やがて静かに涙を流し始めた。

 

勇儀「ごめん私が悪かった。我慢してるんだよな。棟梁様(ばぁば)も萃香もダイキのお母さんを探してくれているから、きっと見つかるよ」

ダイ「ボク、捨てられた?」

勇儀「そんな事あるもんか! ダイキの様な子を捨てる親なんていないよ。だからもう泣くな。じぃじにも言われたろ? 強くなれって」

 

 ダイキの頭を撫でて励ましていると、外から私を呼ぶ大きな声が聞こえてきた。

 

??「姐さーん! いますかー? お迎えに上がりましたー!」

 

 私の部下であり、弟分の鬼助が迎えに来た。鬼助の家から現場に行く途中に私の家があるという事もあり、出勤日が同じ日は決まって、この様に迎えに来てくれる。とは言っても、ただ歩いて一緒に行くだけなのだけど。

 

勇儀「もうすぐで支度終わるから、玄関に回ってくれ!」

 

 外の鬼助に聞こえるように大きな声を上げ、作業着に着替えて玄関へ。ダイキが不思議な靴を履き終えるのを待ち、外に出ようと扉に手を掛けた時、

 

鬼助「うわぁ! なんだ、なんだ!? どうした!?」

 

 外から鬼助の慌てる声。「何事か?」と思い、扉を開けると……。

 

??「グスッ……。グスッ……。グスッ……」

 

 パルスィが膝を抱えて(うずくま)っていた。私が「どうした?」と簡単に声を掛けると、彼女はゆっくりとその泣き顔を見せた。

 

パル「グスッ2日連続お泊り。妬ましい……。グスッ2日連続勇儀と同じ布団。妬ましい……。グスッ2日連続勇儀に抱かれて。妬ましい……」

勇儀「どこから見てたんだよ!?」イラッ

パル「グスッ勇儀の手作りご飯……。妬ましい……。グスッ勇儀から服の贈り物……。妬ましい……」

勇儀「あのなぁ」イライラッ

パル「人間のクセに…………。人間のクセに……。人間のクセに。人間のクセに! 人間のクセに!! 人間のクセにぃーー!!!」

勇儀「……」イライライライラッ

パル「パルパルパルパルパルパルパルパル……」

 

 

ガッ!(パルスィの服を掴む音)

 

 

パル「パッ!?」

勇儀「いい加減に……、しろぉぉーーー!!!」

パル「ルううううぅぅぅぅぁぁぁぁ。。。……☆」

勇儀「人の私生活を覗き見するなんていい度胸だ! それと覚えとけ!! 私はメソメソナヨナヨしている奴が大嫌(だいっきら)いだ!」

  『はいッ!!』

 

 背後から切れのいい返事。振り向くとダイキと鬼助が両足を揃え、真っ直ぐに背筋を伸ばし、美しい敬礼をしていた。いや、お前さん達じゃなくてだな……。

 

勇儀「バカな事やってないで行くぞ」

ダイ「はーい」

鬼助「え? 姐さんコイツ連れて行くんですか?」

 

 私の後ろをついて行くダイキを指差し、目を丸くする弟分。誰だってそう思うだろう。私はため息を吐きながら、事情を話した。

 

勇儀「どうしても離れたくないって聞かなくて……。でも他の連中に反対されたら、諦める約束したから大丈夫だよ。な?」

 

 最後にダイキの方を向き、念を押す様に同意を求め、ダイキは私の目を見てコクリと小さく頷いた。

 

鬼助「えー……、それ守れるんですか? コイツ人間ですよ? 約束なんて守るはず……」

 

 鬼助が小馬鹿にした表情でそこまで言いかけた時、

 

ダイ「一つ!」

 

 大きな声を出しながら、ダイキが鬼助の前に立ちはだかった。

 

ダイ「鬼はウソをつかない! 一つ! 鬼は騙さない! 一つ! 鬼は仲間を見捨てない、裏切らない! 絶対守る!」

鬼助「へぇー、小僧言うじゃねーか。名は?」

ダイ「ダイキ! そっちは!?」

鬼助「オイラは鬼助だ。そこまで言ったなら男としても約束守れよ」

 

 弟分の放ったその言葉に私は感心した。種族、年齢は違うけれど、2人は『男』。女の私ではこの様な言い方はできなかっただろう。いつも私の後を付いて来るだけのヤツだと思っていたが、この時だけはちょっと見直した。

 

勇儀「じゃあ、挨拶ついでに……ダイキ」クイッ

 

 顎で合図を送ると、ダイキもそれが何のことかわかった様で、鬼助へと近づいて行き………

 

 

ギュッ。

 

 

さて、どんな反応を見せるか……。

 

鬼助「なんだ? なんだ? どうした? どうした?」

 

 足にしがみついてきたダイキに困惑する弟分。嬉しそうな訳でもなく、ただ突然の出来事に不思議に思っている、そんな感じだ。どうやらダイキの()()は鬼助の様な連中には効果が薄いみたいだ。残念だったな。

 

鬼助「ったく……。そんなに引っ付かれると歩き辛いだろ」

 

 そう言うと鬼助はダイキを持ち上げ、肩の上へと運んでいった。いきなりの事で驚いていたダイキだったが、鬼助の肩に乗せられると嬉しそうに笑った。微笑ましい光景に、思わず笑みがこぼれる。すると、

 

鬼助「じゃあ、姐さん行きましょう!」

 

 弟分が急かすように声を掛けてきた。

 

勇儀「そのままで行くのか?」

鬼助「だってダイキの歩く早さで行ったら遅刻してしまいますよ?」

勇儀「もうそんな時間かい!? じゃあ急ごう」

鬼助「ダイキ、落ちない様に捕まってろよ」

ダイ「うん! わかった」

 

 鬼助の忠告にダイキは大きく返事をし、言われた通りしっかりと捕まった。

 

 

ギューッ!!

 

 

ただし、二本の角に。

 

鬼助「ギャー! 角はやめろぉ!」

勇儀「あはは、お前さんが掴まれって言ったんだろ? ダイキは何も悪くないよなぁ?」

鬼助「姐さん、酷いです……。鬼です……」

勇儀「鬼だよ」

 

 

--小僧移動中--

 

 

 地底の中心部。そこでは今鬼達によって大掛かりな工事が行われていた。広大な敷地の中に大きな洋風の屋敷の建設しているのだ。平屋が多いこの町で生活をする鬼達にとって、異形且つ大きなこの建造物は、初めての試みでもあった。その上この屋敷には……。

 

 私達が現場に着くと仲間達が今日の朝を堪能していた。世間話をしながら煙管を味わう者、一人でゆっくりと新聞を読みながら茶を(すす)る者、皆楽しみ方は違うが、

そうやってそれぞれが気持ちを仕事へと切り替えていく。どうやら朝礼前には着く事が出来たみたいだ。

 

鬼 「勇儀姐さん、おはようございます」

鬼 「姉さん、おはようございます」

鬼 「お嬢、おはようございます」

 

 私も職場の連中と軽く挨拶をしながら、仕事へと意識を移していく。今はもう……現場の私だ。そして、ダイキの事を相談するため、いざ上司がいる小屋へ。

 

勇儀「ダイキ、ここでちょっと待ってな」

 

 ここから先は関係者以外立ち入り禁止区域。ダイキを金網の外で待たせ、小屋の中へと入っていく。何を言われても受け入れる覚悟はできている。

 

勇儀「おはようございます」

上司「おう、勇儀。おはよう」

勇儀「突然ではありますが、お願いがあります。今外で待たせている子供を中に入れさせてあげてはくれませんか?」

 

 挨拶を早々に私は上司に頭を下げ、ダイキをココにいさせてくれるように頼んだ。

 

上司「その子供ってのは、(ちまた)で話題の人間の小僧の事か?」

勇儀「はい……。訳あって今は私が面倒を見ています。危険な所には絶対に近づかせません。仕事の邪魔もさせません。だから……」

 

 ダメと言われれば、ダイキには家に戻って一人で留守番をさせる事になる。約束とは言え、それはあまりにも可哀想だ。避けたい。どうか……どうか……どうか!

 

上司「オレはいいぞ」

勇儀「え?」

 

 あまりにもあっさりと出された許しに、耳を疑うと共に目を丸くした。

 

上司「片親は何かと大変だろ? オレもその口で育ったから良く分かる。でも他の連中には朝礼の時に自分で説得しろよ?」

勇儀「はい! ありがとうございます!」

 

 よかったなダイキ。お前さんはなんて強運の持ち主なんだ。

 それから私は朝礼で他の連中に事情を話した。「仕事の邪魔をしないのであれば」と皆が了承してくれた。そしてダイキにも簡単に挨拶をさせ、この日の朝礼が終わった。

 

勇儀「じゃあ、私達は行くから」

鬼助「良かったなダイキ。いいか? あの線には絶対に入るなよ」

 

 鬼助が指した先には白い線が。ダイキのために急遽、地面に石灰で引かれたのだ。これは言わばダイキと私達との境界線。この線から先は危険区域という意味を持つ。

 

ダイ「うん! わかった!」

 

 ダイキもそれを理解してくれたようで、大きく返事をした。

 

ダイ「ユーネェもキスケもがんばってね」

鬼助「おい、なんでオイラは呼び捨てなんだよ? 鬼助お兄さんとかあるだろ?」

ダイ「うーん、いいじゃん。キスケで」

勇儀「あははは、諦めな鬼助」

鬼助「えー、そんなー」

  『ハハハハハハッ』

 

 他の連中も私と一緒になって笑っていた。いつもピリピリしている現場が小さな人間の小僧の力で、少し明るくなった。

 

勇儀「よしっ、じゃあ気を引き締めていこう!」



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少年と少女_※挿絵有

鬼 「勇儀!そこの木材をあっちに運んでくれ」

勇儀「あいよー。よっと」

 

 軽く返事をし、木材の山をいとも簡単に担ぎ上げ、指示された場所へと涼しい顔で運んでいく女鬼。

 

ダイ「すごーい!」

 

 今までとは違う彼女の勇ましい姿に、少年は目を輝かせ、その姿を焼き付けるように見つめていた。

 

カンッ、カンッ、カンッ、カンッ!

ギーコ、ギーコ、ギーコ、ギーコ!

シャーッ、シャーッ、シャーッ!

 

 初めて見る道具、初めて聞く音。その全てが少年にとって新鮮で魅力的だった。見回せば他の鬼も皆同様に、真剣な表情で各々に課せられた使命を全うしている。それは少年の目には戦士・英雄のように映り、「いつか自分も彼らのようになりたい」と胸を躍らせていた。

 

 

--1時間後--

 

 

ダイ「あきた」

 

 しかし尊敬の眼差しはそう長くは続かなかった。

 

ダイ「ひとりだとつまらないなー……」

??「ふふ、退屈そうだね」

 

 少年がぽつりと呟くと、それに答えるように何処からともなく女の子の声が。

 

ダイ「え?だれ?」

 

 突然聞こえて来たその声に少年は驚き、慌てて振り返る。が、誰もいない。一応頭上も確かめる。が、やはり誰もいない。

 

ダイ「ん〜? だれかいるの?」

??「ここだよ、ここ♪」

 

【挿絵表示】

 

 

 正体不明の声に少年が首を傾げていると、突如目の前に黒い帽子を被った薄緑色の髪の少女が姿を現した。

 

ダイ「えっ? わぁっ! 今いなかったよね!?」

少女「んーん、私はずっとここにいたよ♪ ねぇ、今退屈だった? 誰かとお話ししたいって思ってた?」

 

 しゃがみこんで少年と同じ目線で、真っ直ぐに見つめながら尋ねる謎の少女。あまりに唐突な彼女の登場にたじろぐ少年だったが、

 

ダイ「う、うん…」

 

 「暇をしていた」と合図を送るように頷いて答えた。その言葉を聞くなり少女は、にこりと微笑むと、

 

少女「じゃあ私とあそぼ♪」

 

 2人で遊ぶ事を提案。しかし少年は彼女の事が今一つ信用しきれずにいた。と言うのも、彼女はこの場の者達とは明らかに違う服装をしていたからだ。

 

ダイ「でもユーネェがココは『かんけーしゃいがいたちいりきんし』って言ってたよ。ここにいていいの?」

 

故に少年は幼いながらにも、彼女を関係者とは認識していなかった。

 

少女「一応、関係者かなぁ〜?」

ダイ「じゃあ、お仕事しないでいいの?」

少女「ん〜、私は見守るのがお仕事かな~? だから今も仕事してるよ♪」

ダイ「?」

 

 「自分は関係者で今も仕事中だ」と語る少女に、少年、首を傾げ、眉をひそめる。

 すると少女はそんな少年に「くすっ」と笑うと、立ち上がり、少し離れた所を指差して、

 

少女「あのね、あっちに廃棄角材置き場があるの♪ そこで少し貰って来て、それで遊ばない?」

 

 笑顔で「一緒に行こう」と少年を誘った。

 

ダイ「ハイキ?カクザイ?え?」

少女「ついておいで♪」

 

 突然現れた謎の多い少女に、ただただ困惑するばかりの少年だったが、「悪い人では無さそうだ」と悟り、上機嫌に先を行く彼女の後ろをなんとなくついて行く事にした。

 

 

--小僧移動中--

 

 

少女「ほらあそこ。木がいっぱい積んであるのが見える?」

 

 目的地に着くと少女は正面の離れた所にある、小さな角材が積み重なった場所を指差して、少年に尋ねた。

 

ダイ「うん、アレがどうしたの?」

少女「あそこから木を貰っちゃお♪」

ダイ「でも、このセンには……」

 

 そう言いながら少年は足元に視線を落とし、石灰で描かれた白線を見つめていた。

 

少女「そう、入ってはいけません♪ そういう約束だもんね? えらい♪ さあ問題です♪ どーすればあそこの木を貰う事ができるでしょうか?」

 

 いきなり出された少女の問題に困惑する少年だったが、彼にはその答えが分かっていた。ただそれは、これまで一緒にいた大人達が請け負ってくれていた事。少年自身がとなると初めての事だった。

 

少女「もう、正解分かってるよね? じゃあ頑張って()()()みよー♪」

ダイ「お、お姉ちゃんやって」

少女「本当はそうしてあげたいんだけど、私じゃダメなんだ……。気付いてくれないの」

ダイ「え? 気付かれないの?」

少女「そう、だから君にお願いしたいの」

 

 少女からのお願いに少年は激しい鼓動と共に、これまでに感じた事のない重圧から身動きができなかった。

 暫く時間だけが過ぎ去り、少女が「まだ早かったか」と諦めかけたその時、少年が白線へと近づいて行った。その少年の表情を見た少女は「やっぱり男の子だな」と感心し、事の成り行きを温かい眼差しで見守る事にした。

 少女が見守る中、少年は白線のギリギリと所で立ち止まると、深呼吸をして再び大きく息を吸った。

 

ダイ「スミマセーン!!」

 

 少年の全力を注ぎ込んだ声は、廃棄角材置き場の近くにいた一人の鬼に届いた。彼は少年に近づくと、少し不機嫌そうな表情を浮かべた。

 

鬼 「あー? どうした? 何か用か?」

 

 威圧するような言い方と視線で、少年に声を掛ける鬼。少年の心臓は先程よりも大きく波打ち、降り注ぐ重圧の記録も瞬く間に更新されていた。

 

ダイ「あ、あそこ。木! くくください!!」

 

 少年は息苦しい中で木材の山を指差して、目の前の見知らぬ鬼に声を絞り出すようにして頼んだ。それは聞き取り辛い震えた声だったが、その鬼は少年の指の先に視線を移し、

 

鬼 「おおアレか、どれくらい欲しいんだ?」

 

 その思いを汲み取った。

 

ダイ「え? ど、どれくらいって……」

 

 少年は声に出して頼むのに精一杯で、そこまでは考えていなかった。予期せぬ質問に慌てていると、少女が少年の耳元で小さく囁いた。

 

少女「たくさんって言って♪」

ダイ「た、たくさん? ほしい」

鬼 「沢山か、ちょっと待ってろよ」

 

 そう言い残すと鬼は(きびす)を返して行ってしまった。

 

少女「良く言えました。エライ、エライ♪」

ダイ「ドキドキが止まらない」

少女「でも大丈夫だったでしょ? ご苦労様♪」

 

 少女が一仕事を終えた少年の頭を撫でながら、「よくやった」と労っていると、先程の鬼が一輪車いっぱいに大小様々な角材を入れてやって来た。

 

鬼 「ここに置いとくから好きなだけ持っていけ」

 

 鬼はそう言うと、少年達のいる方へ一輪車をひっくり返し、木材の山を作り出した。

 

少女「おお〜♪ 大収穫だ♪」

 

 期待以上に運ばれてきた量に少女は目を輝かせ、

 

ダイ「ありがとう!」

 

 少年は持って来たもらった鬼に感謝の言葉を口にした。まだ幼い少年がここまでできれば、満点とはいかないまでも合格点だった。しかし少女は少年の前に手で三角形を作り、

 

少女「ん〜、今のは△だよ♪ こういう時は『ありがとうございます』だよ♪」

 

 満点の回答を指導した。

 

ダイ「あ、ありがとうございます」

鬼 「へへ、いいって」

 

 少年の言葉に気を良くした鬼は、照れ臭そうに微笑みながら振り返り、また自分の持ち場へ戻って行った。

 さて、目的の物をもらう事ができた少年達は、各々が持てる分だけを持ち、元の場所へ戻ってきた。

 

ダイ「これで何をするの?」

 

 少年が尋ねると少女は適当な木材を手に取り、

 

少女「見てて。コレとコレを重ねて、ほら家♪」

 

 小さな作品を作り出した。少女がやっているのは所謂(いわゆる)『積み木』。それは少し前に少年が卒業した幼稚な遊び。「あんなに頑張ったのに」とガッカリした少年だったが、少女の楽しそうに作っている姿を見て、再びその懐かしい遊びをしたくなった。

 

ダイ「じゃあ僕はここをこうして、船!」

少女「へー、これ船なんだ。私が知っているのと大分違うなぁ。ねぇ、もっと色々教えて♪」

ダイ「うん! あとは……」

 

 

--少年積木中--

 

 

ピーーーーーッ!!

 

 

 休憩を知らせる笛の音が辺りに響き、屋敷の方から汗を拭いながら鬼達がゾロゾロとやってきた。少年はその中に勇儀の姿を見つけると、約束の線まで走って行った。

 

ダイ「ユーネェおかえり!」

勇儀「聞いたぞ、ダイキ。()()()角材を貰いに来たんだって?」

ダイ「それは、アレ?」

勇儀「すごいじゃないか。これから昼休みなんだ。鬼助と一緒に飯食いに行こう。何がいい?」

ダイ「蕎麦!」

 

 

--少年が去った工事現場で--

 

 

 少年と2人の鬼が並んで歩く後ろ姿を見つめる少女。

 

少女「ダイキ君っていうんだ。またあとでね♪」

 

 再会を誓い、お楽しみの……

 

少女「私もお弁当たーべよ♪」

 

 お弁当時間。さてその中身は……。

 

少女「今日のお弁当当番は……」

 

 焼き魚が主役の幕の内弁当。その中身を見た瞬間、少女は直ぐに誰が作った物か覚った。

 

少女「お燐か♪」

 

 

--全員昼食中--

 

 

 食事を終え、町中を歩く2人の鬼と1人の少年。その歩は少年に合わせてゆっくりとしたものだったーー

 

鬼助「布団なら実家に余っていると思いますよ」

勇儀「本当か!?」

 

 何気なく鬼助にダイキの布団が無く、2人で1つの布団で寝ている事を話したところ、思わぬ言葉が返ってきた。

 

鬼助「えぇ、弟が一人暮らしを始める事になりまして、『布団はこれを期に新調したい』とかで、持って行かなかったんです。つい最近の事ですし、まだ実家にあると思いますよ。今日仕事終わったら実家に寄って、姐さんの家に持って行きます」

勇儀「悪いな。私の寝相が悪いせいで、ダイキを布団から追い出しちまうんだ」

ダイ「昨日は蹴られた。その前は足がドンって」

鬼助「あははは、じゃあ今夜からはぐっすり眠れるな」

 

 弟分のお陰で布団問題を解決出来そうだ。このまま放置していたら、ダイキを押し(つぶ)してしまっていたかもしれない。あとは食費の問題だが、こればっかりは諦めるしかないのか?

 腕を組んでもう一つの問題について悩んでいると、

 

鬼助「ところでダイキ」

 

 弟分が親しげにダイキを呼んで肩に腕を回すと、顔を近づけて耳打ちを始めた。

 

鬼助「姐さんの……って……だろ? どうだったんだ?」

 

 瞬く間に赤くなっていくダイキ。もう何を言われたのか察した。

 

 

バコッ! ガンッ! バキッ! ドコッ!

 

 

勇儀「お前さんはダイキに何を聞いてんだ!!」

鬼助「ね、姐さんず、す゛み゛ま゛せ゛ん! つ、つい出来心で。も、もう許して下さい。これ以上は仕事ができなくなります。その高々と上げた拳をどうか収めて下さい」

勇儀「ダイキ、このバカが言ったことはキレイサッパリ忘れろ」

ダイ「う、うん」

 

 仕事場へ戻り3人揃って腰を落とし、食後の休憩。私は近くの木に(もた)れて瞳を閉じた。今この時だけは誰にも邪魔はさせない。聞こえて来るのはダイキと鬼助の話し声だけ。話の内容は鬼助が子供の時に何をして遊んでいたのかだ。もう少しで私達は仕事に戻るし、一人遊びのネタを仕入れておきたいのだろう。

 

 

ピーーーーッ!!

 

 

 そうこうしていると、昼休みの終わりを知らせる笛が鳴った。大きく伸びをして、再び仕事の私へと気持ちを切り替える。

 

鬼助「オシ、じゃあなダイキ。オイラと姐さんはまた仕事に戻るぜ」

ダイ「うん、いってらっしゃい。頑張ってね」

勇儀「おう、ありがとうな」

 

 ダイキに背を向けて、私と鬼助は持ち場へと歩き出した。

 

鬼助「姐さん、『いってらっしゃい』って良いですね」

勇儀「あぁ、本当だな」

 

 

--30分後--

 

 

ダイ「あきた」

 

 少年は午前中遊んでいた積み木の続きをしていた。さっきはあんなにも楽しかった事が、なぜか今となってはあっと言う間に飽きてしまっていた。

 

ダイ「なんでだろ?」

 

 少年の心にぽっかりと空いた穴。その正体が少年自身にも分からなかった。何かが足りない。それだけは分かるがその何かが分からない。ぼんやりと建設現場を眺めていると、

 

??「ご、ごめぇ〜ん。お昼寝しちゃってた~♪」

 

 またどこからか女の子の声が聞こえてきた。

 

ダイ「え? だれ?」

 

 少年が尋ねると、目の前にゆっくりと霧が晴れる様に少女が姿を現した。

 

少女「忘れちゃった? 悲しいなぁ♪」

 

 彼女の登場に少年は目を丸くするも、心の穴が徐々に塞がっていくのを感じた。

 

ダイ「あ、さっきの……。何で急にいなくなっちゃったの?」

少女「お昼ご飯♪ お弁当を食べてたの♪  食べ終わったら眠くなっちゃって、お昼寝しちゃってたの♪」

ダイ「お弁当美味しかった?」

少女「うん♪ 今日はお燐が作ったから、凄く美味しかった♪ お燐は私の家族で料理が上手なんだよ♪」

 

 少年と少女は暫くその様な話しをしていた。少女の口から語られたのは、他にも多くの家族がいるということ。頼れるしっかり者の姉がいるということ。そして……。

 

少女「ここが私達の新しいお家なの♪」

ダイ「えーっ! そうだったの!?」

少女「だから時々お姉ちゃんに頼まれて、見に来てるんだよ♪」

ダイ「大きな家だね。部屋どこなの?」

少女「私の部屋は2階のあの辺りになる予定だよ♪ そうだこの角材で作ってみようか♪」

 

 そう言って少女はもらって来た角材で、建設中の屋敷の間取りを作り始めた。

 

少女「ここの広い部屋がお姉ちゃんの部屋で、こっちがお燐だったかな? それでここが私の部屋になる予定♪」

 

 少女は少年に優しく丁寧に説明していき、少年もまた彼女の話しを夢中になって聞いていた。

 並べる角材が足りなくなっては再び2人で貰いに行き、また少女が角材で間取りを描いていく。そんな奇妙な遊びを続けていき、気付けば少年の周りにはいくつもの屋敷の間取り図が散らばっていた。

 

ダイ「この部屋は? 凄く広いね」

少女「うん……ここはちょっと、ね」

 

 少年は自分の質問に浮かない表情を作った少女が気になり、心配そうに彼女の顔を覗き込んだ。目が合う少年と少女。すると彼女はニコリと微笑み、

 

少女「そうだ今度はお絵かきしよ♪ ここの地面描きやすそうだよ♪」

 

 次の遊びを提案した。

 

ダイ「うん! じゃあ面白いやつを教えてあげる」

 

 

ピーーーーーーッ!!

 

 

 今日一日の仕事の終わりを知らせる笛の音。その音はあたりに木霊し、町中に夕暮れ時を知らせてもいた。やがて響き渡っていた音も消えていき、その頃には屋敷の中から鬼達が続々と雑談をしながら外へと出てきたーー

 

鬼助「あーっ、ちぃー」

勇儀「おう、鬼助お疲れ」

鬼助「姐さん、お疲れ様です。今日例の部屋やらされましたよ。暑過ぎですよあそこ」

勇儀「あはは、そいつは災難だったな」

鬼助「この屋敷どんなヤツが住むんでしょうね」

勇儀「さぁな、地上の妖怪らしいが、偉そうにしている奴らなんじゃないか?」

 

 鬼助と話しをしながら歩いていると、午前中と同じ場所で地面と向き合っているダイキに気がついた。「何をしているんだ?」と疑問に思い近づいてみると、

 

ダイ「地球が一つありまして〜♪ お豆を……に置いたとさぁ〜♪」

 

 歌を歌いながら地面に絵を描いていた。しかも至る所に同じ絵が描いてある。

 

勇儀「おい、ダイキ。この絵はなんだ?」

ダイ「あ、ユーネェ。お姉ちゃんが面白いからって、アレ?」

勇儀「お姉ちゃん? 他に誰かいたのか?」

鬼助「ちょっと、姐さんコレ!」

 

 鬼助の慌てた様な声に驚きそちらを見ると、そこには角材で描かれた建設中の屋敷の間取り図が至るところにあった。

 

勇儀「ダイキ、お前さんコレをどこで?」

ダイ「お姉ちゃんが作ってくれた」

勇儀「ってことは誰かこの屋敷の関係者がお忍びで来ていたって事だな。挨拶ぐらいしていけばいいだろうに……」

 

 

--工事現場からそう離れていない所で--

 

 

 右へ左へと、誰の視線にもとまらず、フラフラと歩く少女。

 

少女「ふふ、ダイキ君楽しかったよ♪ 今度はいつ会えるかな? また遊んでくれるといいなぁ♪ 地球が一つありまして〜♪」

 

 彼女は気に入った覚えたての歌を歌いながら、家族の下へと帰って行った。



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みんなでご飯

??「姐さん、持って来ました!」

 

 家で夕食を作っていると、両手に袋を持ち背中に大きな荷物を背負い、まるで旅の商人の様な格好をした影が玄関の襖に映った。鬼助だ。昼休みに話していた布団を持って来てくれたのだろう。

 

勇儀「開いてるから勝手に入って来ていいぞ」

鬼助「へい! おじゃまさせて頂きます。よっと、ここ置いておきますね。あと、コレ。御袋に事情話したら、持って行けって」

勇儀「あー、あったなこんなの。それと食べ物までこんなに……。御袋さんによろしく伝えておくれよ」

 

 鬼助は布団と一緒に漬物や煮物、野菜等の食べ物の他に、ダイキ用にと玩具まで持って来てくれていた。

 

勇儀「よくあったなぁ」

鬼助「オイラもビックリしましたよ。昔オイラ達が使っていた玩具が、全部残っていたんですよ。中には傷が酷いのがあったので、ましなヤツだけ持って来ました」

勇儀「本当にありがとう。おーいダイキ! 鬼助がいい物持って来てくれたぞー」

 

 この場にはいないダイキに聞こえる様に、大きな声で呼んでやる。家に帰ってから「何か手伝う」と意気込んでいたので、風呂の支度をさせていた。

 

ダイ「なに? うわー、これ全部くれるの?」

 

 ダイキは鬼助が持って来た玩具を見て、案の定目を輝かせていた。

 

鬼助「おぅ、オイラが昔使っていたヤツだ。もう使わないからやるよ」

ダイ「ありがとうございます」

鬼助「へへっ、そうだコレ知ってるか?」

ダイ「けん玉?」

鬼助「正解、じゃあちょっと見てろよ」

 

弟分はそう言ってけん玉を手に取ると、

 

カッ♪ コッ♪ カッ♪ コッ♪

 

 リズム良く玉を皿から皿へと移動させ始めた。

 

勇儀「へー、上手いじゃないか」

鬼助「昔相当やりましたからね」

ダイ「やりたいやりたい、かしてかして!」

鬼助「ほれ、大事に使いな」

 

 両手を前に突き出し強請(ねだ)るダイキに、弟分は使い古したけん玉をゆっくりと手渡した。

 

 

ズンッ…!

 

 

 その瞬間ダイキの手が一気に下へと沈み、小刻みに震え出した。

 

ダイ「何これ!? けん玉ってこんなに重いの?」

  『は?』

 

 鬼助が持って来たのは鬼の子供達が遊びでよく使う一般的な物だ。それをダイキが重いと感じるという事は、鬼と人間には小さい頃からそれだけ力の差があるという事だろう。これは他にも苦労する事が出て来そうだ。

 

勇儀「よし、それじゃあ今日からダイキはそいつで特訓だ」

鬼助「いいですねそれ。そんじゃ、まずはそれで()()()()出来る様に頑張れ」

 

 モシカメとは音楽に合わせて、けん玉で皿から皿へ玉を移動させる遊びだ。私も昔はよく挑戦したが、いつも最後まで出来なかった記憶がある。どうもあの手の遊びは苦手なんだよな……。

 

鬼助「モシカメ出来る様になったら『世界一周』とか教えてやるよ」

ダイ「う、うんがんばる……」

 

 両手で一生懸命にけん玉の重みに耐えるダイキの姿に、きっと鬼助も私と同じ事を思っただろう。「まずは片手で持てる様に頑張れ」と。

 

勇儀「あ、そうだ鬼助。夕飯食べて行くか?」

鬼助「え゛っ!?」

勇儀「まだ食べてないんだろ? 丁度いいから食って行けよ」

鬼助「……あの、(ちな)みに今日の献立は?」

勇儀「焼き魚と米と味噌汁だ。あとお前さんのお袋さんが作ってくれた煮物だな」

鬼助「あの……魚はもう焼かれたんで?」

勇儀「これからだ。味噌汁も今から作る」

鬼助「魚は是非オイラにやらせてください! 味噌汁……、困った……。」

勇儀「あっ? 今なんか言ったか?」

鬼助「いえ、何でもないです! はい……」

 

 様子のおかしい鬼助を目を細めて見ていると、ダイキが何かに気付いたように玄関へと歩き出した。

 

ガラッ……

 

??「パッ!? な、なによ……」

 

 また来ていた。

 

勇儀「お前さんは()りないようだなぁ」

 

 いまひとつ反省の色が見えない()()に拳を鳴らしながら近づいて行くと、

 

鬼助「姐さん、ちょっと! 少しだけコイツと話しをさせて下さい!」

 

 弟分が慌てた様子でパルスィを引き連れ、何処かへと去っていった。

 

 

--5分後--

 

 

鬼助「姐さん、コイツも夕飯を一緒にさせてはくれませんか?」

勇儀「はあぁーーーっ!?」

 

 弟分からのまさかの申し出に、耳を疑った。「いったい2人で何を話していたんだ?」と疑問に思っていると、弟分が更に話し始めた。

 

鬼助「なんでも、コイツは姐さんとダイキが仲良くしているのが、(うらや)ましかっただけらしいんです」

 

 そうなのか? イヤイヤ、違うだろ。

 

鬼助「それに今日夕飯を一緒に出来れば、もう家は覗かないって言っています」

 

 こちらとしては願ってもない提案だ。ここは強く念を押す必要がある。

 

勇儀「本当か? 約束守れるのか? 鬼と約束をするんだ。それなりの覚悟はあるんだろうな!?」

パル「約束します」

勇儀「それと、ダイキにも手を出すなよ?」

パル「……………………………………………はい」

 

 おい、今の間はなんだ?

 

勇儀「ダイキはいいか?」

ダイ「うん、へーき」

鬼助「じゃ、じゃあ早速……。そ、そうだー。ただ食べるだけじゃ失礼だよねー。ねー、パルスィー」

パル「う、うんー。私も何かお手伝いしたいなー。あー、まだお味噌汁作ってないんだー。じゃ、じゃあ私が作ろーっと」

勇儀「は? お前さん達何を言って……」

鬼助「そーだー、それがいいー。って事で姐さんはダイキと遊んでいて下さい」

ダイ「やったぁ! ユーネェ遊ぼ♪」

勇儀「お、おお。まあお前さん達がそれでいいって言うなら……。なんかすまないね」

 

 

グッ! ×2

 

 

 おい、2人共。その拳の意味は何だ?

 

 

--小僧等食事中--

 

 

ダイ「美味しかったぁー、焼き魚サイコー!」

鬼助「あれ、オイラが焼いたんだぞ。焼き加減絶妙だろ?」

勇儀「確かに美味かったよ。鬼助料理するのか?」

ダイ「いえ、大それた物は無理です。オイラに出来るのは『焼く』だけです」

パル「ぁの、私の、味噌汁……」

 

 チラチラと私の顔色を伺いながら、パルスィが小声で自分の料理の出来栄えを尋ねてきた。具の少ない簡単な味噌汁だったが、

 

勇儀「あー、美味かったよ。ありがとう」

 

 思った事をそのまま感謝の言葉と共に送った。

 

パル「パ〜☀︎」

 

 するとパルスィの表情が明るくなり、何かの余韻に浸っていた。コイツこんな顔もするのか……。

 

鬼助「ただ、ダイキは自分で魚食べたれるようになれよな。オイラが骨を全部取ったんだぞ?」

勇儀「あはは、そうだな。それも特訓だな」

パル「骨を取ってもらえるなんて、妬ましい」

  『どこが?』

 

 パルスィのひょんな言葉に、私達3人は同じ反応をしてしまった。ただその事が可笑しくて、思わずみんな揃って声を出して笑った。

 

勇儀「なんかこういうの久しぶりだけど、いいものだな。やっぱり食事は大勢の方が楽しいよ」

ダイ「うん、キスケとパルパル来てくれてありがとう」

パル「え? パルパル? 私の事?」

勇儀「あははは、ダイキいいぞ。お前さん面白い名付けの才能があるぞ」

鬼助「なのにオイラは呼び捨てだと……」

パル「私も名前で呼んで欲しい……」

勇儀「いいじゃないか、パルパルー」

パル「勇儀になら、呼んでもらってもいいかも……」

勇儀「あっ? もう呼ばないよ」

ダイ「パルパル、ダメ?」

 

 首を傾げて上目遣いでパルスィにおねだりをするダイキ。これは流石に計算された物だろう。だが思いのほかコレが有効だったようで、

 

パル「うっ、そういうの妬ましいわ」

 

 パルスィは頬を赤らめ、それを隠すように他所へと視線を移した。ダイキ……、程々にな。

 食後の一休みを終え、後片付けをしていると、ふと昨日友人に偶然会った事を思い出した。

 

勇儀「そういえば、昨日萃香が来てたんだよ」

鬼助「そうなんですか? じゃあダイキも会っているんですか?」

勇儀「そうそう、ダイキの親を探すのを手伝ってもらう事になったんだよ」

鬼助「へー、萃香さんが人間の子供の親を? なんか意外というか、なんというか」

勇儀「その経緯は色々あるんだよ。な〜、ダイキ?」

 

 ダイキの方へ振り向きながら声をかけると、案の定顔を真っ赤にして硬直していた。

 

鬼助「ダイキ? どうした?」

勇儀「ふっふっふ、萃香ちゃんなんだよなー?」

ダイ「ユーネェ!」

鬼助「はあ!? 萃香()()()? 怒られるぞ?」

勇儀「でもそうじゃないんだよなー?」

ダイ「もー、ユーネェ! 怒るよ!」

 

 このネタはもう暫く使えそうだ。ダイキには悪いが、おもしろい。なにより私の大好物だ。

 

パル「嫉妬の臭いがして……」

勇儀「ないから!」

 

 背後から気配を感じさせること無く突然現れるパルスィ。コイツはいちいちこういう事に鼻が利きやがる。それこそほんの些細(ささい)なものでも。

 

勇儀「それで明後日こっちに来てもらって、中間報告を聞く事になってる」

鬼助「明後日って事は、その日は一斉休日ですね。そうだ! みんなで焼肉会しませんか?」

勇儀「いいなそれ! 現場の連中全員でやろう!」

鬼助「予定入れられると集まらないんで、今日中に周知させておきたいですね」

勇儀「となると……、あそこか」

鬼助「あそこでしょうね。それに姐さん、あの日の勝ち分どうするんですか?」

 

 その瞬間、今まで私の記憶に引っ掛かっていた物の正体が(あらわ)になった。

 

勇儀「そうだった! すっかり忘れていたよ。でも、ダイキを連れては行けないし……」

 

 思い出したのは良いが、どうやって貰いにいけばいいか悩んでいると、弟分がダイキの事を気にしながら、耳打ちをする様に小声で話してきた。

 

鬼助「それなら寝付いた後に、こっそりと行けば大丈夫ですよ。それに連絡して勝ち分を貰って帰るだけですよ?」

勇儀「それもそうだな。じゃあダイキが寝付いたら行くとするよ」

 

 その言葉に私も小声で約束を交わして、この日はお開きになった。

 

ダイ「パルパル、キスケまたね」

鬼助「姐さん、ご馳走さまでした」

パル「勇儀とまた一緒に寝られるなんて妬ましい」

勇儀「おい、約束守れよ」

パル「パル……、はい」

 

 弟分が去り際に「またあとで」と口だけ動かし、彼の家の反対方向、賭博場の方へと歩いて行った。

 客人達が去った後、私とダイキはこれまで通りに眠る支度を済ませた。だがこれまでとは違い、今日からはお互い違う布団だ。

 

ダイ「やったー、僕の布団だ」

 

 笑顔で弟分が持って来てくれた布団へと飛び込むダイキ。あまりにも嬉しそうなので()()

 

勇儀「良かったな。でも寂しくなったら、こっちに来てもいいんだぞ?」

 

 からかいたくなる。

 

ダイ「ユーネェ寝相悪いからイヤだ」

 

 真顔で断られた。なかなかの威力。これは効いた。

 

勇儀「そう言わないでおくれよ。悲しくなるじゃないか。ユーネェ泣いちゃうぞ?」

 

 笑顔で明るく振舞っているが、ふざけている訳ではない。これは本音だ。

 

ダイ「でもね……」

 

 そう言うと布団に潜り込み、顔を鼻から上だけを出して、私を見つめながら呟いた。

 

ダイ「大好き」

 

 その言葉は心の底まで響いた。とんでもない威力。これは流石に効きすぎだ。人には見せられない顔になってしまい、咄嗟(とっさ)にダイキに背を向けた。

 

ダイ「ユーネェ?」

勇儀「あ、あぁ……。何でもないよ、大丈夫。それじゃあ、おやすみ」

 

 何事もなかった様にダイキに眠る前の挨拶をし、部屋を温かく照らす行燈(あんどん)の明かりを消した。

 

勇儀「ダイキ、私もお前さんが大好きだ」

 

 

 

 




一人でゆっくり食べる食事も好きですが、
大勢で話しながら楽しく食べるのもかなり好きです。

毎週日曜日の国民的人気アニメの様な
一家みんなで食事をする光景とか本当にうらやましいです。


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親心

ダイ「スー、スー……」

 

 寝息を立て、穏やかな表情で眠るダイキ。時折クスクスと笑う寝言が何とも微笑ましい。どんな夢を見ているのだろう。

 

勇儀「寝た……よな?」

 

 ダイキの頭を「行ってくる」と呟きながらそっと()で、外出用の浴衣へと袖を通す。長居をするつもりは更々無い。「用を済ませるだけだ」そう自分に言い聞かせ、履き慣れた下駄で表へ。そして最後にもう一度ダイキに視線を戻すと、先程と変わらぬ体勢でただ安らかに眠っていた。

 

勇儀「ダイキ、すぐ戻るからな」

 

 そう言葉を残してゆっくりと、静かに戸を閉めて約束の場所へ歩き出した。

 

 

--女鬼移動中--

 

 

 地底の夜は闇そのもの。日中は至るところで明かりが灯り不自由はしない。祭りの時期ともなれば、提灯が頭上に連なる様に吊るされ、眩しいと感じる程だ。しかし、祭りでもない平凡な日の深夜とも呼べるこの時間帯、街灯は小さくなり民家の灯りも当然消えている。更にここは地上とは違い太陽が無ければ月もない。明かりという明かりはほぼない。

 そんな中でも一際煌々と灯りを灯す一軒の平屋。そこが賭博場だ。今日も外まで熱気が溢れていた。験担ぎの扉に手をかけ、

 

 

スー……ッ。

 

 

 今日は静かに開いた。()()が来ているのかもしれない。でもそんな事今日は関係ない。

 

??「おぅ、勇儀ちゃん。いらっしゃい。あの日の小僧と一緒にいるんだって?」

 

 毎度お馴染みの位置、受付の席に店長が出迎えるように声を掛けてきた。

 

勇儀「そうだよ。だからなかなか来られなくてさ。そうだ、鬼助は来ているかい?」

店長「鬼助ならほれ、そこにいるよ」

 

 店長の指した方へ視線を向けると、直ぐそこの()で真剣な表情をして張っている弟分がいた。あの位置なら調度良い。態々(わざわざ)鬼助を呼び寄せる必要もなさそうだ。私は店中の皆に聞こえる様に、こちらに注目を集める様に大きな声で呼び掛けた。

 

勇儀「地霊殿建設の皆の衆、今日もお疲れ」

 

 そう言い放つと、店の連中は手を止めて狙い通り私に視線を向け始め、

 

  『お疲れ様です!』

 

 部屋中から威勢のいい野太い返事が返って来た。一度店内を見回し、皆が私に注目している事を確認して

 

勇儀「まず、現場のみんなにはダイキについて、理解してもらって本当にありがとう。明日からもよろしく頼む」

 

 感謝の言葉と共に深く一礼。そして早々に用件を伝える。

 

勇儀「それと明後日の一斉休日だが、焼肉会を開催したいと考えている。場所はいつもの大穴の所だ。みんなには是非参加して欲しい」

 

 そこまで言い終わると、皆一斉に喜びの雄叫びを上げた。

 

勇儀「準備に人手がいる。手伝ってくれる者は鬼助に言ってくれ。材料は明日、肉屋の店主と話しをつけて来る」

??「おるぞー」

 

 店の奥から返事。そちらの方へ視線を移すと、手を振っている鬼がいた。肉屋の店主だ。これは好都合。

 

肉屋「肉の提供なら任せておけ。今日は景気が良くてな、大きく勝ち越しだ。だから予算に色を付けた分の肉を出してやる」

鬼 「勝手にそんな事して『お母ちゃん』に叱られないかー?」

肉屋「まあ、大丈夫じゃろ。心配すんな」

 

 

パチパチパチパチッ!

 

 

 肉屋の店主の粋な心遣いに一斉に拍手が鳴り、

 

勇儀「肉屋の店長ありがとう。私からは以上だ。あとは鬼助、頼む」

鬼助「へい! では。事前準備には……」

 

 私はそこで連絡係を弟分へと交代した。

 弟分は飲み物や道具の準備、当日の段取りについて簡単ではあるが、分かりやすく説明していった。連中も焼肉会には慣れた者達。「私の出る幕はもう無さそうだ」と判断し、もう一つの用事を済ませるため、店長へと話し掛けた。

 

勇儀「店長、今日ここにはもう一つ用があって来たんだ」

店長「なんだい? 用って?」

勇儀「実はあの日の勝ち分を受け取りに来たんだ」

店長「あー、勇儀ちゃん。その事なんだけど……」

 

 渋った表情で店長が何か言い掛けたその時、

 

??「ユーネェー!! どこーーー!? ユーネェ!」

 

 外の少し離れた所から聞こえる私を呼ぶ叫び声。その声に気付いた途端、私は居ても立ってもいられず慌てて店を飛び出していた。

 

??「うわぁーん、ユーネェーー!」

 

 悲鳴にも似た泣き声に私は心で「ごめん、ごめん、ごめん」と何度も謝り続け、ただひたすらに声が聞こえて来る方へと全速力で走って行った。

 不気味な程暗い町中。「今あいつは一人で……」そう考えただけで「後悔」という2文字が私の背中に強く圧し掛かってきた。

 目に映る人集り。そこはあの日と同じ場所だった。「きっとあそこだ」覚った私は焦る気持ちを抑えられず、その大衆の中へと全力で突っ込み、野次馬共を掻き分けながら、

 

勇儀「ごめん、ごめん、ごめん、ごめん」

 

 と心の声を口にしていた。

 ようやくの思いで人集りを抜けるとあの日と同じ位置で、私を呼びながら泣きじゃくるダイキの姿が。その瞬間私の心臓は「ドクン」強く脈を打ち、心を強く締め付けた。(あふ)れ出る感情を拭うことなく駆け寄ると、ダイキも私に気付いて駆け寄って来た。

 私はダイキを優しく胸へと迎え入れた。そして強く抱きしめ、止め処なく込み上げ続ける感情を言ぶつけた。

 

勇儀「すまないダイキ。ごめん、本当にごめん!」

ダイ「ユーネェ。一人にしないで、一人にしないで」

勇儀「ああ、もうお前さんを絶対に一人にしない! 一人で何処にも行かない! ずっとダイキの側にいるよ。ごめん、ごめんね、ごめんなさい!」

ダイ「ユーネェ、ユーネェ! ずっと一緒にいて!」

勇儀「約束するよ。ずっと一緒だ」

 

 もう離したくない。離さない。誰がなんと言おうと、ダイキは私の……。

 

 

◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 

 

??「勇儀……、あの子自分で言った事の大きさ、分かっているのでしょうか?」

??「カッカッカ、ええじゃないか。勇儀はええ子じゃよ」

鬼 「あんなに鬼に好かれる人間ってのも、また珍しいのぉ」

鬼 「これは次回の会議、慎重にならねばならないねぇ」

 

 

◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 

 

鬼助「姐さん、ダイキ。すみませんでした!」

 

 地面に額を付けて謝罪を始める弟分。騒ぎの熱りが冷めて人集りが散り始めた頃、慌てた様子で現れて躊躇すること無く、私とダイキの前で土下座を始めたのだ。

 

鬼助「オイラが野暮な事を(ほの)めかしたばかりに……。ダイキ、姐さんは何も悪くないんだ。オイラが誘ったんだ。恨むならオイラを恨んでくれ!」

勇儀「鬼助、頭をあげな。お前さんは悪くないよ。ダイキに話しもせず、少しの時間とは言え、一人にしてしまった私の責任だ。それにダイキは誰かを恨むとかしないよ。な?」

 

 私の腕の中で未だすすり泣くダイキに尋ねると、声には出さなかったが小さく頷いて返事をした。

 

勇儀「鬼助、悪いな。今日はもう……」

鬼助「はい! お帰り下さい。後の事はオイラにお任せ下さい!」

 

 弟分の言うように後の事を任せ、私はダイキを抱いたまま家へと帰る事にした。

 

 

--女鬼移動中--

 

 

 家へと戻ると、戸に背を付けて膝を抱えながら座るヤツがいた。彼女は私に気が付くと、立ち上がって心配そうな表情で話し始めた。

 

パル「ダイキ、大丈夫だった? 私が気付いた時にはもう遠い所にいて、慌てて追いかけようとしたんだけど、勇儀の家が開けっ放しだったのに気付いて……」

勇儀「見張っていて……くれたのか?」

パル「うん……。ごめんね。本当はもっと力になりたかったのに……」

 

 涙ながらに事情を話してくれた彼女に、この時ばかりは心から感謝し、

 

勇儀「パルスィ、ありがとう。すごく助かったよ。でも今日はそっとしておいてくれるかい?」

 

 そう言い残して家へと入った。

 家の中は布団がひっくり返り、所々荒れていた。ダイキが私を探した痕跡だろう。座れそうな空間を見つけ、ダイキを抱えたまま壁に(もた)れるようにして座る。ダイキは私の服をしっかりと掴んでいるが、寝息を立ててもうすっかり夢の中だ。

 

勇儀「ダイキ、大好きだからな」

 

 私は再び囁き、そのまま眠りについた。

 

 

--翌朝--

 

 

 全身に痛み。それを合図に目を覚ました。首をゆっくりと回すとゴリゴリと鈍い音を立てる。時計を寝起きの瞳でぼんやりと眺めていると、時刻は少し早いがいつも起きる時間くらいになっていた。

 だがダイキはまだ眠っていた。しかも自分の布団で横になって。すやすやと気持ち良さそうに。

 つい「涙を返せ!」と叫びたくなった。

 昨夜、私がダイキを抱きしめた時に一瞬過った想い。それはあってはならない想い。でももしそうなれば…と思ってしまう。だがそれは同時にダイキを裏切ってしまう事になる。

 

勇儀「私はどうしたら……」

 

 身支度をしているとダイキが目を覚まし、屈託のない笑顔で「おはよう」と元気に挨拶をしてくれた。私もいつも通り「おはよう」と返したが、どこかぎこちなかったと思う。

 ダイキの笑顔、ダイキの声、ダイキの仕草。その一つ一つが愛おしい。このままでは私は……。

 

 

ガラッ……

 

 

 支度を済ませて戸を開けると、やっぱりまたまたヤツがいた。ただ横になって寝ている。昨夜からずっとココにいたようだ。

 

勇儀「おい、パルスィ。起きろ、調子悪いのか?」

パル「パルー……」スヤスヤ

勇儀「ったくしょうがないなぁ……」

 

 

ガッ!(パルスィの服を掴む音)

 

 

パル「パッ!?」

勇儀「パルスィの家は…、あっちだったかな?」

パル「えっ!? ちょ、勇儀!?」

勇儀「よっこら、しょーー!!」

パル「ルううううぅぅぅぅぁぁぁぁ。。。……☆」

勇儀「もう朝だからなー! 仕事行けよー!」

鬼助「姐さん、おはようございます。今何か飛んで行きましたけど……」

勇儀「気にするな。準備運動だ」

 

 ここ最近の日課になりつつある朝の準備運動を終え、私とダイキと弟分とで現場へ向かう。深夜の出来事もあり誰も何も語らず、無言のまま歩を進めていた。

 重苦しい空気のまま現場に到着してしまった。

 

鬼 「勇儀姐さん、おはようございます。ダイキもおはよう」

鬼 「姉さん、おはようございます。よっ、ダイキ。おはよう」

鬼 「お嬢、おはようございます。お、ダイキ〜。おはよ!」

 

 けどそんな私達を出迎える様に、仲間が明るく私とダイキに挨拶をしに来てくれ、更にはダイキが暇をするだろうと、遊び道具を持って来てくれた者まで……。

 

勇儀「みんな、本当にありがとう」

 

 ダイキ、みんなもお前さんのことが大好きみたいだぞ。

 




小学生の頃、昔の遊びが
友達の間で流行った時期がありました。

ベーゴマ、けん玉、ビー玉。

それらが気付けばリニューアルされて、
アニメや漫画、そして玩具屋にならんでいました。


アレ考えた人、凄すぎです。


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いっしょに行こう

 

ピーーーーーッ!

 

 

 今日の仕事の終わりを告げる笛が鳴った。

 首に掛けた手拭で汗を拭きながらダイキが待つ場所へと足を運ぶ。仲間達から遊び道具をもらったとはいえ、一人きりで待っているんだ。きっと私の事を首を長くして待っているに違いない。深夜の出来事もあってか、昨日は考えもしなかった感情が次々と浮かんでくる。

 だが私のそんな想いとは裏腹に、ダイキはけん玉を握り締めてスヤスヤと気持ち良さそうに眠っていた。しかも(かたわら)にはしっぽが2本生えた黒い猫が寄り添って一緒に寝ている。首には首輪をしているので、誰かの飼い猫なのだろうとは思うが……。

 

勇儀「何だ、この猫? 妖怪みたいだけど」

 

 ダイキに手を近づけると、その猫は私の気配に気付いたのか、瞬時に飛び起きてそのままどこかへと去って行ってしまった。黒猫も驚いただろうが、急に動かれると鬼の私とはいえ驚く。

 さてそれはそうと、心地よく眠っているところ悪いが、起きてもらわないと。

 

勇儀「おい、ダイキ。起きな」

 

 返事がない。ただの…いやいや、かなり眠りが深いようだ。揺すっても叩いても起きる気配がない。あんな時間まで起きていたのだから、仕方がないと言えば仕方がないが……。

 

勇儀「まいった。どうしよう」

 

 頭を掻きながら「どうしたものか」と悩んでいると、後ろから肩を「トントン」と叩かれた。振り向くとそこには自信に満ち溢れた表情の弟分が。そして親指を自分に向けながら、

 

鬼助「姐さん、ちょっと任せてくれませんか?」

 

 そう言うとダイキの耳元でたった一言だけ(ささや)いた。

 

鬼助「メシだぞ」

ダイ「ふぇっ!? あ、キスケ、ユーネェお帰り」

 

 なんという素早い反応。そうやれば起きるのか。でも、どこまで食欲旺盛なんだ…。

 瞬時に眠気の去ったダイキは弟分からもらったけん玉と、仲間が持って来てくれた玩具で、ずっと遊んでいたと話してくれた。その時にさっきの黒猫を見つけ、遊んでいるうちに眠ってしまったそうだ。

 

ダイ「あ、そうだ。ユーネェ、キスケ見て見て!」

 

 突然興奮しながら声を掛けてきたダイキ。言われるがままダイキへ視線を向けると、覚束無(おぼつかな)い手付きでけん玉を披露してくれた。

 

勇儀「すごいじゃないか!」

ダイ「まだ重過ぎて、大きいところじゃないと乗せられないけどね」

鬼助「ダイキ、けん玉はそうやって持つんじゃないんだ。筆を持つみたいにして持つんだ。ほら、こうやって、こうだよ。」

 

 弟分は得意気にそう言いながらダイキの手を取り、けん玉を握り方を直させ出した。そしてそのダイキは……迷惑そうに顔をしかめている。

 

勇儀「いいじゃないか好きな様にさせてあげれば。それよりも明日の事、みんなに言っておいておくれよ。夜居なかった連中もいるんだし」

鬼助「へい、お任せ下さい」

 

 弟分はそう返事をすると、大きな声を掛けながら仲間達の下へと向かっていった。でも既に他の者からも聞いて概ね伝わっているのだろうけど。一先ずこれで職場の連中全員に明日の事が周知されたと見て間違いないだろう。

 

 

クイッ、クイッ。

 

 

勇儀「あん?」

 

 袴を引っ張られ、視線を下に受けるとダイキが不思議そうな顔で尋ねてきた。

 

ダイ「明日何かあるの?」

 

 いた。何も知らない者が。一番身近に…。

 

勇儀「あれ? 知らなかったのか? 実は明日……」

 

 そこまで話しかけて名案が浮かんだ。「どうせなら……」と。

 

勇儀「やっぱりなんでもない。()()()()()だ」

ダイ「えー……、教えてよ。ユーネェのケチー」

勇儀「その方が楽しみが増えるだろ? でもそうだな……ダイキは絶対喜ぶと思うぞ」

ダイ「きーにーなーるー! 教えてくれないと嫌いになるよ!」

 

 それだけはご勘弁願いたい。

 

勇儀「そ、そう言うなよ……。ダイキをびっくりさせたいだけなんだ」

鬼助「姐さんどうしたんですか? ダイキなに膨れてんだ?」

ダイ「ユーネェが明日何があるのか教えてくれないの」

鬼助「はは〜ん、そういう事〜。じゃあオイラも教えられないな。()()()()()だ。そんじゃボチボチ帰りますか」

 

 帰り際、弟分が「明日の準備で行く所がある」と言うので、夕飯を3人で食べて帰る事になった。その方が家に帰って食事の支度をしないで済むから私も助かる。弟分も私も「コレを食べたい」といった希望が無かったので、ダイキに決定権を(ゆだ)ねる事にした。

 

勇儀「ダイキ、何がいい?」

ダイ「蕎麦!」

 

 一瞬でその事を後悔する破目に。

 

鬼助「また!? 昼も蕎麦食っただろ?」

ダイ「そーばー」

勇儀「鬼助、諦めな……」

 

 昼と同じ店。私が行き着けの蕎麦屋へと入ると、店長が「また来たのか!?」と目を丸くして視線で語ってきた。言わなくても分かる。私が店長の立場だったら絶対そう思う。

 奥の4人掛けの席に着いてダイキは本日2度目のかけ蕎麦を注文したが、私も弟分も「流石に2食連続で蕎麦は勘弁」ということで、私は天丼を弟分は水団(すいとん)を注文した。

 

店長「ほれ、おまたせ」

ダイ「わぁー、天ぷらだ!」

 

 運ばれて来たダイキの器には小さなかき揚げが。2食連続かけ蕎麦を注文した小僧への何とも粋な心遣いだ。これは嬉しい。ダイキもまさかの展開に目を輝かせている。

 

店長「おまけだ。山菜が余ったからやるよ」

ダイ「店長さん、ありがとうございます。いただきまーす!」

 

 笑顔で「ありがとう」ではなく「ありがとうございます」と、ちゃんとお礼を言えたダイキに驚いた。いったい何時の間に……。

 

鬼助「なぁ、店長。オイラ達にはないのか?」

店長「食いたきゃ金払いな」

鬼助「そんなー……、鬼だ」

店長「鬼だよ」

 

 

--小僧食事中--

 

 

鬼助「それじゃあ姐さん、ダイキまた明日」

勇儀「おう、明日頼むな」

ダイ「ばいばーい」

 

 夕飯を食べ終え、私達は家へと帰って来た。

 明日は午前中、友人が家に来る事になっている。ダイキの親について何か情報があればいいのだが……。でも、そうなるとこの暮らしはもう……。もやもやとした物を胸に抱え、寝る準備を進めていく。そしてそれは解決する事も無く、とうとう明日を迎える体勢に。

 

勇儀「じゃあ、おやすみ」

ダイ「ユーネェ、おやすみ」

 

 こうして何気ない眠りの挨拶を交わすのは3度目……。いや、2度目だろうか。たかがその程度。それなのに……。

 

勇儀「ダイキ、やっぱりお母さん……、ママに会いたいか? また一緒に暮らしたいか?」

 

 内に秘めていた物は思わず口から零れ落ちた。

 

ダイ「え? ママ……。会いたい。ママに会いたい……。また一緒に……」

 

 涙ぐむダイキ。バカな事を聞いたと後悔した。

 コイツはまだ5つ、親が恋しくて当然。当たり前じゃないか。私はなんて答えを期待していたんだ。たかが3日間一緒にいただけだっていうのに、なにを競うと……張り合おうとしていたんだ。

 

勇儀「ダイキ、すまない。変なことを聞いて……。絶対にママを見つけてあげるからな」

 

 それがダイキの一番なんだ。

 

 

ガンガンガンガン!

 

 

 戸を叩く音が耳につく。「こんな時間に誰だ?」と思っていると、

 

??「お〜い、勇儀〜。来たぞ〜」

 

 聞き覚えのある馴染み深い声が。

 

勇儀「んあ? 萃香? 萃香!? もうそんな時間か!」

 

 完全に寝坊した。

 慌てて身支度をして戸を開けると、友人が腕を組んで頬を膨らませていた。

 

萃香「も〜、人を呼んでおいて寝坊とはやってくれるじゃないさ~」

勇儀「わ、悪い悪い」

萃香「あ、あのさ……。ダイキは?」

勇儀「まだそこで寝てるよ」

 

 友人を中へ招き入れると、彼女は真っ直ぐにスヤスヤと眠るダイキの下へと進んで行き、その寝顔を覗き込むなり

 

萃香「わ、本当だ。寝顔かわいい〜♡」

 

 と、うっとりしながら呟いた。幸せそうなところ悪いが、聞くなら今しかない。

 

勇儀「萃香、どうだった?」

 

 そう尋ねると、友人は何の話か直ぐに察した様で、明るかった表情がみるみる険しくなっていった。

 

萃香「勇儀……。私、能力を全力で使って毎日探し続けたよ。人里、山の中、森の中、それこそ幻想郷中。それっぽい話を聞けば確かめにも行った。でも……」

勇儀「見つからなかった……か?」

萃香「……」

 

 私の質問に友人は口を閉ざして(うつむ)きながら小さく頷いた。そして彼女の回答の意味するもの。それはつまり……。

 

勇儀「幻想郷の人間じゃないんだね?」

 

 薄々察していた。でも幻想郷の人間である可能性も十分にあった。ただ友人が全力で探して見つからないとなると、やはり幻想郷には……。例えそうだとしても厄介だ。

 

萃香「そう……、それに……」

 

 友人が何かを言いかけた時、

 

ダイ「ユーネェおはよう……」

 

 寝坊助(ねぼすけ)がぼんやりとした顔で、目を擦りながら起き上がってきた。

 

ダイ「それと、萃香ちゃん……? 萃香ちゃん!?」

 

 起きたはいいが彼女の存在に気付いた途端、また布団の中へと飛び込む様に潜ってしまった。でもそれはもう手遅れだろう。今思いっきり叫んでいたし。

 

萃香「えっ? えっ? えっ!? 萃香()()()!? ねぇ、今ダイキが私の事を萃香()()()って……」

勇儀「あー、呼んだな」

 

 そう答えると友人は目を皿にして瞬く間に赤くほてり出し、その顔を両手で隠しながら小さく(うずくま)ってしまった。おもしろい。

 ダイキに着替えをさせるため、友人に外で待っていてもらう様伝え、彼女が外へ出たところで布団に隠れたダイキを無理やり引き摺り出した。

 

 

--小僧着替中--

 

 

ダイ「ユーネェ酷いよ。来るなら言ってよ」

勇儀「んー? 誰のことかな?」

ダイ「……ちゃん」

勇儀「聞こえないなぁ。それに嫌がっているみたいだし、帰ってもらおうかなー」

ダイ「イヤじゃ、ないけど……。ユーネェの意地悪」

 

 上目遣いで睨みつける様に不貞腐(ふていくさ)れ出した。そんな表情をされるとまた意地悪をしたくなる。

 

勇儀「よし、着替え完了。じゃあ、自分で中に入れてあげな」

ダイ「う~……、わかった……」

 

 軽く背中を叩いてやるとダイキは頬少し赤くさせ、渋々といった様子で表へと出て行った。

 

 

--10数分後--

 

 

 遅い……。友人は直ぐそこに居ただろうに、2人とも一向に帰って来ない。これでは焼肉会に遅れてしまう。それに朝食も食べていない。いや、朝食はもう諦めるか……。

 あまりの遅さから外に様子を見に出ると、2人は向き合って立っていた。奇妙な光景に「何をしているんだ?」と暫く観察。視線が合えばお互いが反らし、視線が反れたと思えば、また視線が合う。

 なにコレ? ずっとコレなのか? 焼肉会……、腹減った……、耐えられん。

 

勇儀「おい、ダイキ。ちょっと……」

 

 2人の空間を邪魔して申し訳ないが、私は色々限界だ。ダイキに耳打ちをしてクイッと顎で合図を送る。

 

ダイ「あ、あのね。これから僕とユーネェ、すごく楽しい所に行くんだけど、萃香……ちゃんも……一緒に行かない?」

萃香「ふぁっ!? ダイキからのお誘い……行く! 絶対行く!!」

勇儀「じゃあとっとと行くぞ、遅れちまう」

 

 まぁ、1人くらい増えても問題ないだろ。

 



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焼肉会(前)_※挿絵有

 町を抜けて更に進んで行くと大きな橋がある。焼肉会の会場はその奥。唯一地上と繋がっている『大穴』と呼ばれる場所で行われる。小さな川が流れている上、風も通る事から焼肉会を行う時はいつもここで開かれている。

 到着するともう皆が(そろ)っている様で、かなり(にぎ)わっていた。至る所で炭起こしをしており、開始の合図を今か今かと待っている。

 

勇儀「鬼助、遅くなってすまない。他は揃っているかい?」

鬼助「姐さん、おはようございます。もう皆揃っています。いつでもいけますよ」

 

 準備は万全。後は私の開始の言葉を掛けるだけ。他の連中も私に気付くと酒を片手に注目し始め、私はその視線に大きな声で答えた。

 

勇儀「みんな! 毎日お疲れさん。それと、早い時間から準備をしてくれた者達には感謝している。どうもありがとう」

鬼助「姐さーん! 話長くなりますかー?」

勇儀「もう終わりだ! じゃあ、今日は楽しむぞー! うおおおーーー!!」

  『うおおおーーー!!』

 

 歓喜の雄叫びと共に聞こえて来る肉の焼く音。そして漂う空腹を刺激する香り。私の腹も我慢の限界だ。早く食べたい。けどその前に……。

 

勇儀「みんな! 今日は特別な参加者がいる。久しぶりの者も多いだろ。伊吹萃香だ」

萃香「みんな久しぶり~。元気にしてた~?」

  『萃香さんっ!? お、お勤めご苦労様です!』

 

 萃香が挨拶をすると多くの者が頭を下げ、丁寧に挨拶を返した。それもそのはず。彼女は私と同じく……。

 

鬼一「四天王が2人……だと……!?」

鬼二「勇儀姐さんだけならまだしも、 萃香さんもとなると……」

鬼三「間違いない。今日は死体の山が出来るぞ……」

鬼四「勇儀姐さんはダイキがいるんだから、あまり飲まないだろ?」

鬼五「いや、日頃の鬱憤をここで……という事も」

鬼六「御嬢の相手は鬼助にやらせろ!」

鬼七「あと萃香さんを誰が……」

 

 あちらこちらから悲鳴にも似た絶望に満ちた声が聞こえて来る。

 でも今日はそうならないから、安心して楽しんでくれていいぞ。 たぶん。おそらく。んー……、どうかな?

 

萃香「みんな~、今日は久しぶりに会ったんだ。楽しく飲もうよ~」

 

 輝かしい笑顔で挨拶をして職場の仲間達へと近づいて行く友人。酒が好物で宴会事が大好きな彼女。だが、

 

  『ひーーーーっ、助けてー!』

 

 周りを巻き込む事で有名である。

 嬉しそうに焼肉会に参加した友人を見送り、餌食になった者達を哀れんでいると、ダイキがいつも間にか姿を消している事に気が付いた。何処へ行ったのかと辺りを見回していると、

 

??「ほれ、どんどん焼くから食え、食え」

ダイ「ほいひー♪ バーベキュー大好き!」

 

 近くでダイキの声が聞こえて来た。声のする方へ視線を移すと、直ぐそこで上司に肉を焼いてもらい、スゴイ勢いで平らげるダイキが。

 

勇儀「ごめんなさい。面倒を見てもらって」

上司「いいって、こういう時は無礼講だ。しかし、よく食べるな。家のガキはもういい歳だが、それよりも食うんじゃないか?」

勇儀「それについては、私も毎回驚かされます。特に蕎麦なんかは私と同じ量を食べます」

上司「そいつはスゴイな。大好物なんだな」

 

 上司と2人で小さな人間の小僧の底知れぬ胃袋に感心していると、そいつはが首を横に振りながら予想外の事を言い出した。

 

ダイ「んーん、違うよ。蕎麦は3番目。1番好きなのはお肉。お肉はずっと食べられる」

勇儀「ウソだろ!? いつも以上に食べるのか!?」

ダイ「うん、それに朝ごはん食べてないから、その分も食べないと」

 

 取り損ねた一食分をこの場でしっかりと補おうとするダイキに開いた口が(ふさ)がらない。

 まずい…。肉はなかりの量を貰ってはいるが、これは早いうちに無くなってしまうかもしれない。何とかしてダイキの気を食べ物から反らさないと……。

 考え抜いた末、

 

勇儀「そうだ、ダイキ。アレ何だか分かるか?」

 

 大穴を指してダイキに尋ねた。興味を持ってくれるか否か、かなり苦しい。

 

ダイ「わー、大きな……穴? 入口? 出口?」

 

 だが幸いにも興味を持ってくれたようだ。

 

勇儀「近くには川もあるんだ。見に行ってきたらどうだ?」

 

 ダイキにそう告げると、「ちょっと行ってくる」と言い残し、喜んで大穴の方へと走って行った。危機は去った。これで私も暫く楽しめそうだ。

 

 

--鬼等宴会中--

 

 

 ダイキが遊びに行ってくれたので、私は仲間達と肉を食べて酒を飲み、中身のない薄っぺらな話に笑いながら会を楽しんでいた。そして友人はと言うと、色々なところへ行ってはちょっかいを出し、必ず一人(つぶ)してはまた違う所へちょっかいを出しと転々としていた。

 連中からすると恐怖と迷惑の対象でしかないのかもしれないが、普段は地底にいない彼女からすれば仲間に会えるのがすごく久しぶりで、嬉しくて()()はしゃいでしまっているのだろう。

 

萃香「あはははは〜。まだいけるだろ〜?」

鬼 「萃香さん、もうムリ…ッ!?」

萃香「ほれほれほれほれ~」

 

 ……程々にな。

 

??「ユーネェ! 友達できた! 連れて来ちゃった」

 

 友人を遠目に見守っていると、背後からダイキの声が聞こえて来たので、振り向いてみると()()の姿が。更にその後方には見覚えのある2人の妖怪が。

 

??「やっほー。楽しそうで気になってたんだ」

パル「焼き肉、楽しそう、妬ましい」

??「フッフッフッ…ブツブツ」

 

 金色の髪に茶色のリボンをした明るくて人懐っこい性格の蜘蛛の妖怪、黒谷ヤマメ。そして緑の髪を頭の上で二つに結び、いつも桶の中にいて危ない性格をした妖怪、キスメだ。

 

【挿絵表示】

 

 

 2人とも能力をもっており、キスメは『鬼火を落とす程度の能力』をヤマメは『病気を操る程度の能力』を持っている。特にヤマメの能力は厄介極まりない。

 ダイキめ……、またとんでもないヤツ等を連れて来てくれたものだ。

 

ダイ「あっちに行ったら、パルパルとキスメーとヤマメーが3人で話しをしてたの」

 

 笑顔で説明してくれるダイキだったが、その隣で

 

パル「私がいなかったらダイキ危なかった」

 

 と聞き捨てならない事を呟く嫉妬妖怪。

 

勇儀「は? どういう事だい?」

 

 眉間に皺を寄せて尋ねる私に、蜘蛛の妖怪は苦笑いで手を縦に振りながら答えた。

 

ヤマ「そんなー、大袈裟だよ。ちょっと悪戯しようとしただけだよ」

 

 

 ポカッ!

 

 

ヤマ「あイタッ!」

勇儀「お前は何をしようとしたんだ!?」

ヤマ「いやいやぁ。そんな心配する様な事はしてないよ。それよりも勇儀、この子病気が効かない能力でもあるの?」

勇儀「いや、そういう物じゃないらしいぞ。でも、抗体はあるって診療所の爺さんが……。は? 何でそんな事を聞くんだい?」

ヤマ「そういう事か〜……。いや、挨拶ついでにちょっとリンゴ病とオタフクを……はっ!」

 

 

ボカッ!

 

 

ヤマ「イタタ〜……」

勇儀「お前さんダイキに能力使ったのか!? 何かあったらどうするんだよ!」

ヤマ「も、もうやらないよ。そういう事かぁ。でもそれなら、機会があれば今流行りのイ○フレ○ザA型を……いや、B型の方が……」

 

 反省の色が見られない上、懲りていない。そんな彼女には

 

勇儀「どうやら除菌が必要な様だな」

 

 「ボキボキ」と拳を鳴らしながら本気の威嚇。

 

ヤマ「しないしない! 何もしないから!」

パル「ヤマメはまだいい方。問題はあっち」

 

 顎で「向こうを見ろ」と合図を送って来た嫉妬妖怪に従い視線を移すと、ダイキとキスメが何か話をしていた。その会話に耳を傾けてみると……。

 

キス「フッフッフッ……。お前の落とした死体はこれかい?」

ダイ「わっ! ガイコツだ。どこから出したの?」

キス「フッフッフッ……。お前もこうしてやろうか?」

ダイ「ねー、なんでそこから出ないの?」

キス「フッフッフッ……。首を刈ってやろうか?」

ダイ「僕もそこ入っていい?」

 

 なんだアレ? 見事に噛み合っていない。

 

パル「一応言っておくけど、キスメは本気だよ。それなのにダイキの方が興味持っちゃって……。私が事情を話さなかったら今頃は……」

勇儀「パルスィありがとう。助かった」

 

 なぜだろう。この時だけパルスィが一番まともに見える。

 

勇儀「キスメ、もしダイキに手を出したら、その桶を粉々にするからな」

キス「フッフッフッ……。小僧、命拾いをしたな」

勇儀「ダイキもこっちに来て食べよう。さっきとは違う肉だぞ」

ダイ「やったー、お腹ぺこぺこだ」

ヤマ「美味しー。すでに頂いてまーす」

パル「先に食べてるとか妬ましい」

キス「フッフッフッ……。肉、くださぃ」

 

 ちょっと(?)変わった3人の妖怪を新たに加え、会は更に賑やかになっていく。

 

 




黒谷ヤマメとキスメが登場です。


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焼肉会(後)

ヤマ「そうだったんですか~、勇儀の上司さんなんですね。あ、お酒空いてますね。お注ぎしま~す」

 

 私の上司に酒を注いだり、中身のない話に笑顔で耳を傾ける蜘蛛妖怪。彼女は接待やご機嫌取りといった相手の懐に入る事が得意な様だ。私には到底真似できない。

 蜘蛛妖怪のよいしょに、デレデレになって喜ぶ上司を横目に肉を頬張っていると、弟分が慌てた様子でやって来た。

 

鬼助「姐さん、萃香さんを止めて下さい!」

勇儀「どうしたんだい? いったい」

鬼助「もう半数が潰されています。地獄絵図です」

 

 弟分に言われ周囲を見回すと参加者の殆どの顔色が悪い。これはどう考えても彼女の仕業。この状況を黙って見過ごす訳にはいかない。

 

勇儀「こいつはお灸を据えてやる必要があるな」

 

 そう呟くと弟分は顔色を青くし、

 

鬼助「ね、姐さん。お気持ちは嬉しいんですが、ここで暴れられるのは、ちょっと如何(いかが)なものかと……」

 

と私を(なだ)め始めた。だがそれは取り越し苦労。私は力で解決する気なんて毛頭ない。

 

勇儀「安心しな。平和的に解決してやる。しかも萃香にとっては一番の特効薬だ」

鬼助「と、言いますと?」

勇儀「おめえの出番だダイキ!」

ダイ「ん? ほんば(呼んだ)?」モグモグ

鬼助「ちょ、姐さん正気ですか!? ダイキはまだ5つで酒なんて飲めませんよ!? それに特効薬って……」

 

 私の作戦に目を丸くし、大声を上げながら詰め寄る弟分。そんな弟分の肩をポンポンと叩きながら、

 

勇儀「いいから、いいから」

 

 と落ち着かせる様に言い残し、キョトンとした表情で私を見つめるダイキの下へ。

 

勇儀「あのなダイキ、今萃香とても楽しそうにしているだろ?」

ダイ「うん、楽しそう」

勇儀「だけど、ちょっとみんなにも迷惑かけちまってるんだ。だからダイキから注意してくれないかい?」

ダイ「でも……、そんな事言って……嫌われない?」

勇儀「大丈夫、それは絶対に無いから。よし、行ってこい!」

 

 不安そうに見つめて来るダイキの背中を軽く叩いて送り出すと、重い足取りでゆっくりと友人の方へ歩を進めて行った。

 

鬼一「え? アレは勇儀姐さんのところの……」

鬼二「何をする気……だ?」

鬼三「そっちは危険だ……」

鬼四「よせ、やめろ…!」

鬼五「お前はまだ若いんだ、生き急ぐな……」

 

 ちらほらと屍から上がるダイキを心配する声。それはダイキが萃香へ近づく毎に増えていき、やがてざわめきへと変わった。

 だがそんな声が上がっているとは(つゆ)知らず、未だ絶好調に飛ばす友人。

 

萃香「あははは~、他にい()()か~? 誰()相手しろよ~」

 

 呂律(ろれつ)も怪しい。そんな中ついに

 

萃香「あ、えっ!?」

 

 ダイキが友人の前へ。

 彼女はダイキに気付くなり慌てて立ち上がり、急いで乱れた服と髪の毛を直すと、両手を前で組んで俯いた。そして2人とも頬を赤くし、今朝と同じ状況が出来上がった。

 

鬼助「あの……、姐さん。コレ何ですか?」

ヤマ「キャーッ! すごくいい雰囲気! 2人ってそういう仲だったの!? こっちまで恥ずかしくなっちゃうよ!」

パル「あの空間が妬ましい、すごく妬ましい!」

キス「フッフッフッ……。大好物だ」

 

 キスメ、気が合うな。私もだ。

 先程までのざわめきは何処へやら。辺りは「しーん」と静まり返り、他の連中も呆気に取られて口が半開きになっている。

 

ダイ「あ、あのね。萃香……ちゃん」

萃香「う、うん」

ダイ「今……楽しい?」

萃香「うん……」

ダイ「でもね……。困っている人もいるんだって」

萃香「……うん」

ダイ「だから……みんなと仲良く……ね」

萃香「うん」

 

 声が小さくてここからでは何を話しているのか分からないが、友人が小さく(うなず)いているところを見ると、ダイキはちゃんと注意してくれているみたいだ。でもこれで終わりじゃないよな?

 

鬼助「ダイキ、大丈夫ですかね?」

ヤマ「もう萃香があんなに可愛くなっちゃって〜」

パル「パルパルパルパルパルパルパルパル……」

キス「フッフッフッ……。まだ足りぬ」

 

 キスメ、また気が合ったな。私もだ。

 

萃香「ごめんね。私……。もう、しないから。それで、ダイキ。あ、あのね……私……その……」

 

 言葉を交わす度、視線を交わす度顔色に赤みが増す2人。そしてその空間は何人たりとも入る事ができぬ2人だけの空間。その手の事に鈍感な者が多い私の仲間も流石に気付いた様で、2人を黙って温かい目で見守っていた。

 

鬼助「オイラ体中が(かゆ)くなってきました」

ヤマ「萃香が乙女だ。キャー」

パル「パルパルパルパルパル」

キス「フッフッフッ……。この後大きな波の予感」

 

 キスメ、本当に気が合うな。私もそう思う。

 

ダイ「萃香ちゃん、あのさ! もし、よかったら……。あああっちで一緒にご飯食べない!?」

萃香「うん。……え?」

 

 するとダイキが突然大声で叫び出し、友人の手を引いてこちらに向かって歩き出した。少し強引な気もするが、これはこれで……。

 

鬼助「へー、ダイキ男見せたな」

ヤマ「ダイキ君やる〜。今のヤマメ的に点数高いよ」

パル「もう……、妬ましすぎ……」

キス「フッフッフッ……。ゴチ」

 

 有だな。ダイキ、ゴチ。でももう少しデカイやつを期待したんだが。

 

鬼一「ダイキ、本当にありがとう」

鬼二「お前は勇者だ」

鬼三「萃香『ちゃん』とは……」

鬼四「甘酸っぺー!」

 

 周りからは歓声が上がっていた。小さな人間の小僧は連中を地獄から救ったのだ。それは正に鬼退治に成功した英雄。彼らにはそう映っていただろう。

 しかし当の本人は耳まで真っ赤にして俯き、それでもどこか嬉しそうな表情で戻って来た。

 

鬼助「よくやったな、ダイキ。オイラお前の事ちょっと見直したぞ」

ヤマ「萃香も可愛いかったよ~。私キュンキュンしちゃったよ~」

 

 2人が着くなり飛び交う野次。

 

パル「その手のつなぎ方、妬ましいわ」

 

 そして嫉妬妖怪のこの一言で、ダイキと親友の間に視線が集まる。そこにはダイキの左手を、両手で優しく包み込む様にして握る友人の手が。

 

キス「フッフッフッ……。もうお腹いっぱい」

 

 既に満足とった様子の桶妖怪。だがここ一番の大きな波は

 

ダイ「みんな、萃香ちゃんも一緒にいいかな? 僕……萃香ちゃんと一緒にいたいんだ!」

 

 ここでやって来た。

 

 

ボンッ! シュー……。

 

 

 小さな爆発音と共に友人の頭から上がる湯気。どうやら許容量を超えたらしい。

 

ヤマ「キャーッ! ダイキ君もうそれ告白だよー」

萃香「ここここここくこく告白ーッ!?」

パル「このリア充め……、爆発しろ。パルパル……」

キス「フッフッフッ……。グハッ!」

 

 吐血。キスメがやられた。私も期待以上の波に満足だ。

 ここから2人がどう進展するのか、今日だけでどこまでの仲になれるのか想像しただけでワクワクしてくる。

 

鬼助「塊肉いい感じですよ。ダイキ食うか?」

 

 だがダイキは弟分のこの言葉に、目を輝かせて満面の笑みを浮かべると、

 

ダイ「やったー! 食べる!」

 

 萃香から手を放してまっしぐらに肉の下へ。

 

  『おいっ!』

 

 女子一同、意見一致。

 

 

--小僧食事中--

 

 

 友人が合流し、ここのメンバーがまた濃くなった。

 弟分はひたすら「火加減が弱い」とか「遠火でじっくりやりたい」とかぶつぶつ呟きながら肉を焼き続けている。鍋奉行ならぬ焼き奉行だ。こういうのが夫だったら、さぞ面倒だろう。うん、コイツはないな。

 パルスィ、ヤマメ、キスメは3人でいつも通りの雰囲気で会を楽しんでいるみたいだ。

 そして、ダイキと友人は……

 

萃香「ダイキ、まだ何かいる?取って来てあげようか?」

ダイ「えっと……、萃香ちゃんが好きなのを……」

萃香「え!? すすすす好き!?」

ダイ「へっ!? ちがう! ちがくなぃ……けど」

 

 もはや喜劇だ。「邪魔をしてはいけない」と、1人で放れた場所から2人を見守りながら酒を飲んでいると、友人の方からこちらにやって来た。彼女は私の隣に座ると膝の上で頰杖を突き

 

萃香「は〜……☀︎ 私、幸せ過ぎ」

 

 のぼせ出した。

 

勇儀「そいつは良かったな」

 

 今ここには私と友人の2人だけ。幸せいっぱいのところ悪いが、

 

勇儀「それで、今朝の続きだけど」

 

 聞くならこの時以外にない。私が話を切り出すと友人の表情が一変した。

 

萃香「うん……。ダイキは、この世界の人間じゃないよ」

勇儀「萃香の能力で外の世界も調べられないか?」

萃香「出来るけど、すごく時間がかかるよ。それにもう……時間がないの……。私勇儀の家に行く前に町で聞いちゃったの」

勇儀「なんだ? 何を聞いた?」

萃香「組合の会議。明日なんだって」

勇儀「そんなバカな! この前棟梁様(母さん)から聞かされた時は一週間後だって……」

萃香「きっと決めなきゃいけない事が多いんだよ。地霊殿の事とか祭の事とかダイキの事とか。だから会議の日程を前倒しにしたんだよ」

勇儀「じゃあ、ダイキの親が見つかってない今、もし会議で……」

 

 心臓が大きく脈打った。それと同時に込み上げる不安と恐怖。「もし会議で」その先を考えただけで辛くなる。今から外の世界に居るであろうダイキの母親を探すにも……。打つ手は無いのか? 頭を抱えて必死に考えを巡らせていると

 

 

グラッ……ゴゴゴ……

 

 

 下から急に突き上げるような振動が。地面は不気味な音を立て、天井から小さな石がパラパラと雨の様に降ってきた。しかしそれはあっという間に落ち着き、また静かになった。

 

勇儀「地震? だったのか?」

萃香「う、うん。今確かに揺れたよ」

 

 地震なんて珍しい。この町は地震が起き難い場所にあるはずなのに。

 

ダイ「ユーネェ、今のって地震?」

勇儀「……の様だな。でももう収まったみたいだし、大丈夫だろ」

 

 心配そうな表情を浮かべているダイキにそう伝えると、ほっとため息を零して安心した表情を浮かべた。さっきの揺れが怖くなってやって来たのだろう。可愛いやつだ。

 

ダイ「あ、あのさ。それでユーネェ……。萃香ちゃんの……隣、いい……かな?」

萃香「ふぇっ!? あ、うん」

 

 だが結局こっちが本音だったようだ。

 ダイキは友人の隣に座るとみるみる赤くなり、友人も視線を落として無言になってしまった。また出来上がった2人だけの空間に居辛くなった私は

 

勇儀「じゃ、じゃあ私は行くから」

 

 2人を残し妖怪3人組の輪に入ることにした。

 

 

--鬼女子会中--

 

 

勇儀「それで急に抱きついてさぁ」

ヤマ「キャー! ダイキ君だいたーん!」

パル「ダイキ……、いい加減に妬ましいわ」

キス「フッフッフッ……。やりよる」

勇儀「そしたら『離して!』とか言ってたクセに、顔赤くして『私にできることなら』って。もう驚いたよ。あの時だね」

ヤマ「あー、それ見たかったー」

パル「パルパルパルパルパルパルパルパル……」

キス「フッフッフッ……。盗まれたか」

勇儀「キスメ、今度この手の話で飲み明かそうか」

キス「フッフッフッ……お主も好き者よのぉ」

ヤマ「私ももっと聞きたーい」

 

 私が妖怪相手に和気あいあいと、ダイキと友人の話に花を咲かせていると、

 

鬼助「あの、姐さん方。ちょっとあちらを……」

 

 弟分が耳打ちをする姿勢で向こうを指差しながら、小声で話し掛けて来た。言われるがまま視線を移すと、

 

勇儀「へーえ」

ヤマ「キャー! もう2人共可愛い~」

パル「そういうの本当に妬ましいわ」

キス「フッフッフッ……。デザート頂きました」

鬼助「和みますよね」

 

 そこには仲良く並んで寄り添いながら、幸せそうな表情で眠るダイキと友人の姿が。微笑ましい光景に胸の奥が温かくなる一方で……。

 

パル「嫉妬の臭いがして……」

勇儀「ほっとけ!」

パル「勇儀、我慢しなくていいんだよ? その嫉妬心に素直になれば……」

 

 

ガッ!(パルスィの服を掴む音)

 

 

パル「パッ!?」

勇儀「この、バッッッカヤローーーッ!!」

パル「ルううううぅぅぅぅぁぁぁぁ。。。……☆」

勇儀「私はお前の事少し見直してたんだぞ! いいか覚えておけ!私は友達の嫉妬心を(あお)るヤツが大嫌いだ!」

  『はいっ!!』

 

 見事に揃ったいい返事。振り返るとそこには難を免れ、生き残った戦士達が綺麗な敬礼をしていた。

 前にもあったな、こんな事。さて、それはそれとして……。

 私は気分を入れ替えるため大きく伸びをしながら、わざと大きな声で言い放った。

 

勇儀「よーし! 2人共寝ちまった事だし、やーっと羽が伸ばせるな」

鬼助「あの……、姐さん?」

勇儀「萃香で半分ということは、まだ半分は元気があるって事だろ?」

鬼 「御嬢、おっしゃっている意味が……」

勇儀「お前さん達! 退屈させるなよ?」

  『ひーーーーっ、助けてー!』

 




BBQ大好きです。
主は鬼助同様、焼き奉行だと思います。


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あの日

今年の桜は散るのが早いですね。
花見をする前に全部なくなりそうです。

でも花見をする予定はないので、
特に困ることもないのですが。




 焼肉会は平穏に(?)幕を閉じた。ほんの少し前までは毎日飲んでいた酒だったが、ダイキと会ってから全く口にしていなかった。変な言い方になるが酒の存在を忘れていた。久しぶりに飲んだ酒はまさに美味。思う存分飲んで、食べて、心置きなく楽しむ事が出来た。

 そして朝が来た。組合達の会議は今日。それでダイキの全てが決まってしまう。何とかして助けてやりたいが……。友人も「会議で出される答えが気になる」と言って、この町にある彼女の実家に泊まっている。

 不安と心配が渦巻く胸の奥。そんな日でも、仕事には行かなければならない。いつも通り鬼助とダイキと3人で現場へ到着すると

 

鬼一「あ、勇儀姐さん……おはようございます……。ダイキも……な。昨日はありがとな……」

鬼二「姉さん……おはよう……ございます……。ダイキ、昨日は……。いいもん……見せてもらったよ……」

鬼三「お、お嬢……。おはようございます。ダイキ、見直したぞ……。うっぷ」

 

 挨拶を交わしてくれるものの、皆顔色が悪い。これは間違いなく二日酔いだ。

 半数は友人が原因だが、もう半数は…。我ながら少しはしゃぎ過ぎだったかもしれない。反省。けどダイキの評価が急上昇のようで嬉しい。

 

勇儀「み、みんな本当に昨日は悪かった。じゃ、じゃあ、今日も一日頑張るぞー」

  『お゛ぉーー……』

ダイ「みんないってらっしゃーい」

 

 

ピーィィィィ……。

 

 

 作業開始を告げる笛の音まで今日は元気が無い。ホント反省。

 

 

--鬼等作業中--

 

 

鬼助「完成までもう少しってとこですね」

勇儀「そうだな。内装も大分落ち着いてきたな」

 

 今日の私と鬼助は屋敷の内装組へ加わっていた。床をタイル調にし、色とりどりの窓を埋め込んでいく。内装も仕上げの段階。ここまでくれば屋敷はもう完成目前。

 

勇儀「完成したらまた焼肉会かなぁー」

鬼助「姐さん、当分ご勘弁ください……」

勇儀「あはは……、だ、だからごめんって」

 

 視線を周囲に向ければ、大きな窓や上階へと繋がる階段がその存在を主張し、未完成ではあるものの「立派な屋敷」と思わせられる。ここが完成して主人が住み始めたら、どの様な変貌を遂げるのだろう。いつか見せてもらいたい。その時にはアイツも……。

 

 

グラ、グラグラッ!! ゴゴゴゴ……ッ!

 

 

 突然、下から突き上げる強烈な揺れに襲われ、思わず姿勢を崩して地面へ手を着いた。仕事仲間達も姿勢を低くし、揺れに耐えている。

 そして近くの窓ガラスがガタガタと大きな音を立て始め、今にも割れそうだ。昨日もあったが、この揺れはその時の比ではない。

 

鬼助「姐さん! すごい揺れです! 危ねぇ!」

勇儀「全員屋敷から出ろっ!!」

 

 

ピッピーーーーーーッ!!

 

 

 避難を知らせる笛の音と共に、体を右へ左へと揺られながら皆一斉に外を目指す。

 

 

ズゴゴゴゴゴゴゴ……!

 

 

 唸り声にも似た音を上げながら尚も続く地震。長い上、揺れは真下から強く感じる。

 

 

ビシッ、ビシビシッ!

 

 

まずい……、窓に亀裂が入り始めた。

 

勇儀「鬼助! 急いでそこから離れろ!」

鬼助「あいあいさー!」

 

 

バリバリッ……。バリーン!

 

 

 とうとう至る所の窓が耐え切れずに割れ始めた。そしてそれは直ぐそこでも。

 

 

バリーンッ!

 

 

 高音と共に勢いよく割れる窓の破片。それは刃の雨となってあろう事か、前を行く鬼助を襲撃した。

 

勇儀「大丈夫か鬼助!?」

鬼助「つ~……。かすり傷です! 大丈夫です! 早いとこ出ましょう!」

 

 外に向かっている間も止まらない揺れ。

 

勇儀「いったいなんだってんだい。揺れ過ぎじゃないかい? だんだん気持ち悪くなって来たぞ」

 

 だがようやく屋敷の出入り口に辿り着いた。

 

 

バリーン!!!!

 

 

 と同時に扉の上の巨大なガラスが悲鳴と共に弾け飛んだ。瞬時にその場に立ち止まり、両腕で顔と頭を防御。だが割れ方が良かったのか、破片はこちら側へは入って来なかったようだ。

 

勇儀「助かったー、危なかったな」

 

 無傷で済んで一安心。けどそれは、ほっとため息を吐いたのも(つか)の間だった

 

鬼助「姐さんヤバいです! アレ!」

勇儀「ウソ……」

 

 

--少し時間を戻して--

 

 

 一回目。

 

ダイ「よいっしょ」

 

 

カッ。ブラーン……。

 

 

 皿の淵に当たり場外へ。振り子の如く揺れ続ける玉を手で静め、二回目。

 

ダイ「ういっしょ」

 

 

コッ。

 

 

 今度は見事皿の上。だがそれと同時に圧し掛かる重力に体の均衡(きんこう)が崩れ、

 

ダイ「おっとと」

 

 慌てて立て直す。

 

 

ピタッ。

 

 

 玉はどうにかその場に留ませる事できた。

 

ダイ「むずかしいな……」

 

 少年は鬼助から譲ってもらったけん玉で絶賛特訓中だった。だが一人遊びというのはそう長くは続かない。少年は早くも「あきた」と思い始めていた。

 

??「あれ? ダイキ君何でそこにいるの?」

 

 と、そこに背後から少年を呼ぶ声。振り向くと金網の向こう側に、昨日友達になったばかりの蜘蛛妖怪が。

 

ダイ「あ、ヤマメー。いつもここでユーネェが仕事終わるのを待ってるの」

ヤマ「へー、そうなんだ。エライね。それで? 今は何をしてたの?」

ダイ「キスケからもらったけん玉で特訓してた」

ヤマ「え? けん玉の特訓? ダイキ君、大道芸人にでもなるの?」

ダイ「そうじゃなくて、力をつけるため? とか?」

 

 眉間に皺を寄せ、怪訝な表情で首を傾ける少年。特訓と言う名目で渡されたけん玉だが、当の本人はその意図を認識できていなかった。

 

ヤマ「ん〜???」

 

 そして「何を言っているのだ?」と少年と同じ表情で同じ反応をする蜘蛛妖怪。2人が金網を挟んで鏡写しに見合っていると、

 

??「ヤマメ〜。そんな所で何してるの~?」

 

 蜘蛛妖怪の更に後方から声。その声に気付いた彼女は後ろへ視線を移し、返事を

 

ヤマ「あ、すぃ…」

 

 途中で止めた。「いい事を考えた」と良からぬ事を考え「ムフフ」と笑うと、体ごと反対を向き、背中で少年の視界を封じて

 

ヤマ「やっほー」

 

 と明るく手を振りながら答えた。

 一方いきなり蜘蛛姫の背中しか見られなくなった少年。彼女が何者かと話しているのは察せるが、その相手が見えない。

 

ダイ「ヤマメー? 誰か来たの?」

 

当然の反応である。だが彼女は

 

ヤマ「さぁ? 誰でしょう?」

 

 と勿体振らせる言い方をするだけ。

 

すぃ「ヤマメ、この屋敷がそんなに……」

 

 そしてその相手が彼女に声を掛けながらやって来た。とその瞬間、彼女はサッと横へ身をかわし、

 

ダイ「萃香ちゃんッ!?」

萃香「わっ、ダダダダダイキッ!?」

 

 大好物の光景を作り上げた。

 

ヤマ「キャー! 金網越しの恋だぁ! 手を伸ばせば届きそうなのに、悲しくも2人の間には超えられない境界線が……。もー、ロマンチックー!」

 

 自分で仕掛けたにも関わらず、両の拳をワシャワシャと上下に振り、興奮する彼女。

 一方、彼女の私腹を肥やすためだけに利用された被害者達は、

 

ダイ「う~……、ヤマメーひどいよ……」

萃香「ヤマメェ……、あとで覚えてろよぉ……」

 

 赤面したまま上目遣いで、舞い上がる彼女の事を睨みつけていた。

 それでも和気あいあいとした平和な一時。町でも至る所から笑い声が聞え、のどかで穏やかな時間がゆっくりと過ぎていく。そしてこれが地底世界に住む者達の日常。この世界に迷い込んだ小さな少年にとって、それは心安らぐ幸せな時間だった。

 

 

グラ、グラグラッ!! ゴゴゴゴ…ッ!

 

 

 だがそれはそんな楽しい時間を破壊する様に、突如襲ってきた。足元が大きく波打つ様に揺れ始め、3人の平衡感覚を乱れさせた。

 

ヤマ「なになに! なんなの!?」

ダイ「うぅぅ……わあぁぁぁ!」

萃香「ダイキそこから少し離れた方がいい! 金網が倒れそうだ!」

 

 

ズゴゴゴゴゴゴゴ……!

 

 

 下から突き上げる様な揺れは更に激しさを増し、不気味な唸り声を上げ出した。地面にも亀裂が入り始め、その影響は地底の上部にまで届いていた。

 

萃香「マズイ天井が崩れ始めてる! ヤマメ、糸でここいら一体を覆いな!」

ヤマ「わかった!」

 

 小さな鬼の指示に早急に答える蜘蛛妖怪。彼女の手から放出された無数の糸は、瞬く間に空中で編み込まれ、屋敷に降り注ぐ岩石の雨を防ぐ傘となった。しかしそれは屋敷の敷地全てを覆うには小さく、少年達がいる敷地の外側からは、薄っすらと天井が覗けるほど密度が薄い物だった。

 

ヤマ「も、もうこれ以上は……」

 

 瞳を強く閉じ、苦しそうにしながらも手から糸を出そうとする彼女。だが己の限界が近いと知ると、小さな鬼に救いを求めた。

 

ヤマ「傘は薄いから大きいのは防げないよ!」

萃香「なら私が粉々に粉砕する!」

 

 蜘蛛妖怪の叫び声を聞くや否や、小さな鬼は瞬く間に霧へと姿を変えた、そしてあっと言う間に蜘蛛妖怪が作り出した傘の上へ移動すると、ピョンピョン飛び回りながら、降ってくる岩石を素手で破壊し始めた。

 

ダイ「萃香ちゃんとヤマメー、スゴーい」

ヤマ「ダイキ君ごめん、私の作った糸の傘。端が少し弱いから中側、屋敷側へ避難してくれる? もしダイキ君に岩が当たったら、怪我だけじゃすまないから……」

 

 蜘蛛妖怪からの非難指示に少年はコクリと一度頷き、背後へ走り出した。

 やがてその足は『約束の線』を超え、中庭の中央を通過し、そして……屋敷の正面へ。

 少年が辿(たど)り着いて一息ついて間もなく、それは起きた。

 

 

バリーン!!!!

 

 

 屋敷の窓という窓が同時に割れ、空中で不気味な輝きを放ちながら、一斉に少年へと襲いかかった。

 

 

◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 

 

鬼助「姐さん! ヤバいです! アレ!」

勇儀「ウソ……」

 

 私の目に全身にガラスが刺さり、血だらけで横たわるダイキが映った。

 

ヤマ「イヤーッ! ダイキ君、ダイキ君!」

萃香「ダイキーーッ!!」

 

 硬直する私を引き戻す2人の悲鳴。目の前のそれは、避け様のない現実。急いでダイキの下へと駆け寄り大声で叫んだ。

 

勇儀「ウソだ……、ウソだ! ダイキ、ダイキ! おいダイキ! メシだぞ! 起きろ! なぁ、ダイキッ!!」

鬼助「姐さん、ここから離れないと危ないです!」

勇儀「わかってる!」

 

 ダイキを抱き上げ、大急ぎで屋敷から離れた。その間も腕の中のダイキから流れ続ける生温かい血。それは私の手を、服を赤く染めていった。早く傷を塞がないとダイキが……。

 

勇儀「ダイキ、絶対助けてやるからな。萃香! 診療所の爺さんを呼んで来てくれ! 鬼助! 怪我をしていない連中と手分けして、ここと町に降ってくる岩の排除を頼む!」

萃香「わかった!」

鬼助「了解です!」

 

 私の指示に2人は返事をすると直ぐに動いてくれた。萃香は霧の様に消え、鬼助は全速力で非難した皆の下へと向かっていった。

 ダイキを安全な場所へと運んだはいいが、流れる血が一向に止まろうとしない。

 

勇儀「止まれ……止まれよ! もう止まってくれよ!」

 

 赤く染まった手で傷口を強く押さえながら叫んでいた。

 

ヤマ「勇儀どいて! 私が傷口を押さえる!」

 

 その声が聞こえて来たのも(つか)の間、「邪魔だ」とでも言う様に、私はヤマメに払い除けられていた。

 彼女は現れるなり手から白い糸を出すと、ダイキの傷口の上から丁寧にそれを巻きつけていった。額から汗を流して苦しそうな表情を浮かべて。彼女の苦悶に満ちた顔で私は気付いた。

 

勇儀「ヤマメお前さん……もう糸が……」

ヤマ「私のせいなの。私が屋敷の方へ逃げろって言ったから……。ダイキ君ごめんなさい。絶対助けるからね!」

 

 彼女の言葉は私に衝撃を与えた。

 ダイキが『約束の線』を越えてあの場にいた理由。彼女が指示をしなければこんな事には…。だが大粒の涙を流しながら、必死にダイキを助けようとする彼女を、私は責める事ができなかった。

 それに……私には祈る事しかできない。ヤマメは苦しみながらも頑張ってくれているのに、どうして私は……。なんて……なんて無力なんだ。

 

萃香「勇儀! 連れてきた!」

医者「お前さん達どいておれ。これは…(ひど)い。この場で直ぐに処置をしなければ、手遅れになるぞ」

ヤマ「私『病気を操作する程度』っていう能力を持ってます。この能力でダイキ君の近くを無菌状態できます! あと糸も必要だったら言ってください!」

医者「よし、萃香はワシを手伝え。勇儀、お前さんは小僧に呼びかけ続けろ! 意識が戻って来なきゃ助かる命も助からん」

勇儀「ダイキ! 起きろ! 目を開けてくれっ!!」

 

 私は叫び続けた。遠い意識の中にいるダイキにも聞こえる様に、祈りを込めながら何度も何度も。これが今の私にできる精一杯。

 その間友人は爺さんの指示に従いながら、道具の受け渡しと処置を終えた傷口を手際よく包帯で縛り、ヤマメは能力を全力で使い続けながら、更に糸を出し続けていた。彼女が放出する白かった糸は、いつしか黄色味掛かった物となり、彼女自身も時折悲鳴の様な唸り声を上げていた。彼女の糸の量と体力はとっくに限界を超えている。

 

医者「よし、止血は終わりだ。応急処置としてはこれでいいが……」

 

 処置を終えた傷だらけのダイキの体は青白くなり、小刻みに震え出していた。

 

勇儀「ダイキ! ダイキ! 目を覚ましてくれ! メシだぞ! 頼むから返事をしてくれよ!」

 

 意識が未だ戻らないダイキに私は最大の声量で叫んだ。

 

ダイ「……っ」

 

 (わず)かに反応があった。

 

勇儀「ダイキ! わかるか? 私だ!」

 

 握ったその小さな手は普段より遥かに冷たくなっていた。これ以上冷たくならない様に、

私の体温を分け与える様に、もう片方の手で包み込む。

 すると私の想いが通じてくれた。ダイキが薄っすらと目を開けてくれたのだ。

 

ダイ「マ……マ… ?」

勇儀「えっ……」

ダイ「……」

 

 再び反応がなくなり、瞳を閉ざしてしまった。そして手に弱々しくも辛うじて残っていた力までもが失われ、私の手からダラリと抜け落ちた。

 

医者「まずい。小さい体には過剰な血を流しておる。今直ぐ輸血しなければ……」

勇儀「なら私の血を使え! 私とダイキは同じ血液型なんだろ!?」

医者「バカ言うな! 種族が異なる者同士でなんぞ前代未聞じゃ! それにそんな事をして棟梁にでも知れてみろ。そうなったら……」

 

 頼みの爺さんが拒み出した矢先、彼の喉元に鋭く尖ったガラスが突き立てられた。

 

萃香「つべこべ言わずダイキを助けな!」

 

 先端が赤く染まったガラスの破片。それはダイキに刺さっていた物。友人はそれを握り締めていた。

 

ヤマ「おじいちゃんお願い。ダイキ君を助けて!」

 

 膝をついて泣きながら頼み込むヤマメ。もしこれで断られたら、私もだまっちゃいられない。

 

??「あなた達何をやっているのですか!?」

 

 そこへ聞き慣れたあの声。この状況で現れるなんて……最悪だ。

 

萃香「棟梁様……」

棟梁「被害状況を見に来てみれば……。萃香、あなた自分で何をしているのか、わかっているのでしょうね?」

勇儀「棟梁様……。ダイキが危ないんだ! 今直ぐ私の血が必要なんだ! だからこの場は目を瞑って下さい!」

棟梁「何をバカな事を言っているのですか! いい加減になさい!それは町だけじゃない、この世界にとっても重罪ですよ!」

勇儀「罰ならいくらでも受ける! 何でもやる! 町を出て行けと言うなら出て行く! だから、今はダイキを助けさせて下さい。もし、許してもらえないなら私は……」

 

 想像したくない。コイツがいなくなるなんて事。助けられるかも知れないのに、その邪魔をするのであれば例え……

 

勇儀「母さん、私はあなたを生涯恨み続ける!」

棟梁「……覚悟しておきなさいよ」

 

 そう言い残すと母さんは私達に瀬を向け、その場から去っていった。

 

勇儀「母さんありがとう。じいさん急いでくれ!」




次回いよいよEp.1最終話です。


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ダイキ

東方迷子伝
Ep.1 鬼の子 の最終話です。

ここまで読んで頂き本当に
ありがとうございます。


第1話「星熊勇儀」での答えです。
>Q.赤、青、黄、黒、白の札は
> それぞれいくらの設定でしょう?
赤:100
青:500
黄:1000
黒:10000
白:100000





 あの騒動から一夜明け。仲間達の活躍もあり、町は大きな被害を受けずに済んだそう。建設中の屋敷もガラスが割れただけで、今のところ柱や壁などには、亀裂や損傷といったものは見つかっていないらしい。それだけは不幸中の幸いだ。

 でもダイキは……。母さんが去った後、急いで私の血液を輸血し、なんとか一命を取り留めた。けど……。

 

ダイ「ぅー……。ぁ、ぁっぃ……」

 

消えてしまいそうな程弱々しく、(かす)れた声。ダイキは今、診療所の布団で(もだ)え苦しんでいた。

 爺さんが言うには「人間の血に鬼の血が侵入したことが原因」との事。「助かるにはダイキ自身が鬼の血を克服するしかない」とも言っていた。

 その爺さんは「知り合いの薬師の所へ相談に行って来る」と言い、友人を引き連れて出かけている。今ここにいるのは私とダイキのみ。私にできるのは……。

 

勇儀「頑張れ。ダイキ、頑張れ! 負けるな、鬼の血に負けるな! 私の血なんかに負けるな!」

 

 この小さな手を握りながら応援し続ける事だけ。

 

ダイ「ママ……。苦しいよ。ママ……どこなの?」

 

 (うつ)ろな目で必死に探し、寂しさ(あふ)れる声で救いを求めるのは、

 

勇儀「ダイキ、私はここにいるぞ! だから頑張れ! 気をしっかりと持て! 負けるんじゃない!」

ダイ「ママ……どこ? ママ……」

 

 私じゃない。

 

勇儀「ダイキ……ユーネェはここにいるぞ……」

 

 意識が朦朧(もうろう)としているダイキの手を両手でしっかりと握り、強く願った。「どうかこの子だけは連れて行かないでくれ」と。

 

医者「勇儀、待たせたの。この薬を飲めば一時的にじゃが、症状が和らぐそうじゃ。ダイキ。飲めるか?」

 

 爺さんは慌てた様子で部屋に入ってくるなり、ダイキを抱え起こすと、手にした小瓶の中身を飲ませ始めた。抱えられたダイキの両腕は垂れ下がり、首にも力が入っていない状態だったが、口に入るそれを少しずつ、ゆっくりと飲んでいた。

 薬を飲み終えた頃、顔は先程とは打って変わって血色のいいものになった。その様子に2人で同時に安堵のため息。そして爺さんは、ダイキを眺めながら語り出した。

 

医者「これでしばらくは大丈夫じゃろ。こやつはワシが見ておる。勇儀、行ってこい。萃香は先に行っておる」

勇儀「……わかった。あとを頼む」

 

 診療所に背を向け、町の中心部へと意を決して歩を進める。一歩、また一歩と踏み込む度に近づいて来るその時。

 これから大勢の者達が集まる中、私と萃香の罪状と処分が言い渡される事になっている。そして恐らくダイキの事も……。

 町に近づくにつれ、その全貌が露になってくる特設の(やぐら)。それは罪人の私を裁く処刑台の様に(そび)え立っていた。

 町中の者達は既に集まっている様で、その処刑台の正面を囲う様にして群がっていた。そこには当然、職場の連中と見知った顔も。私は人混みの中その者達にも目を合わせず、真っ直ぐに前だけを見つめ、己の処刑台へと更に足を運んだ。

 処刑台の下。民衆に囲まれポッカリと空いた場所。そこでは友人が皆に背を向けて正座で座っていた。私もその隣に同じ様に座りながら尋ねた。

 

勇儀「後悔してるかい?」

萃香「全然」

勇儀「私もだ」

 

 罪を犯したというのに心が軽い。それは友人も同じだろう。

 

??「昨日の地震で大変な思いをしている中、集まってもらって感謝しています」

 

 (やぐら)の上から聞えて来た()()()。私達の命運を左右する判決が言い渡される瞬間が刻一刻と迫っていた。

 

棟梁「今日集まってもらったのは、そこにいる両名の罪状と処分、そして(ちまた)で話題になっている人間の子供の対応ついて、こちらで協議した結果を報告させてもらいたいからです」

 

 やっぱり……、今日この場でダイキの事まで……。

 

棟梁「まず伊吹萃香。罪状、同族への脅迫行為」

 

 背後から「まさか」「なぜ」といった驚きの声が聞こえて来る。民衆がざわつく中、いよいよ

 

棟梁「次に星熊勇儀。罪状……」

 

 私の番。

 友人は診療所の爺さんを脅迫した罪。私は助けるためとは言え、ダイキに血を提供した。それは「この世界としても重罪」だと言っていた。友人よりも重い罰が言い渡されるのは目に見えている。良くてこの町からの追放。そうでなければ………死罪だろう。

 でも、後悔はしていない。今は苦しんでいるが、ダイキはまだ生きている。どんな罪状だろうと、処分だろうと快く受け入れよう。

 

棟梁「同族への脅迫、及びその主犯。以上です」

  『え?』

 

どういう…………こと?

 

棟梁「続いて両名への処分を言い渡します。今後20年間、以下の行為を禁止する。一つ。賭博行為、賭博場への出入り。一つ。金銭的な貸し借り。そして、今後20年間の祭り当番。これは被害者の方から『気にしていない。穏便に』という申し出を踏まえた上での処分です」

 

 そんな……

 

棟梁「両名には各々もう一つ処分があります。でもその前に、人間の子供……ダイキについて、現段階で分かっていることを報告します。単刀直入に言います。ダイキはこの世界の人間ではありません。更に本当の親の情報が掴めていない上、なぜこの世界に突然現れ、どうやってこの町まで辿り着いたのか、その点も未だに分かっていません。外の世界の人間がこの世界に来るには、博麗の巫女か幻想郷の創設者の一人、八雲(やくも)(ゆかり)様の力が必要です。もし、外から無理に侵入しようとすれば、博麗の結界が必ず反応するはず……。そう考え、そこの萃香に博麗の巫女と、紫様に使いを出しました。ですが、答えは十数年前を最後に、博麗の結界に反応も無ければ、紫様も十年近く眠っているとの事でした」

 

 ダイキ、お前さんはいったい……。

 

棟梁「あらゆる手を尽くしました。しかし、残念ながら彼が外来人であるという事以外は、何も分かっていません。ダイキはこの世界に突然現れた身元不明で、謎の多い人間の子供です。そんなダイキの今後について、昨日協議した結果……」

 

 お願い……お願い、お願いっ!

 

棟梁「皆に判断を委ねる事にしました。皆の者に問います。あなた達にとってダイキは何ですか!?」

??「弟分です!」

 

 この声……鬼助?

 

??「友達です!」

??「友達……かな? フッフッフッ……」

 

 ヤマメにキスメ……。

 

??「妬ましいけど、ほっとけない子です」

 

 パルスィ、ありがとう。

 

??「いつも蕎麦が美味いって言ってくれます!」

上司「現場を、明るくしてくれました!」

鬼一「一緒に飯も食べました!」

鬼二「勇者です!」

鬼三「かわいいヤツなんです!」

鬼四「ダイキは仲間です!」

鬼五「仲間です!」

鬼六「仲間です!」

 

 ダイキ、お前さんはこんなにも皆に…。

 

棟梁「今一度問います。あなた達にとってダイキは何ですか!?」

  『仲間ですっ!!』

棟梁「この判決に異論がある者はいませんか?」

 

 静寂(せいじゃく)に包まれる町。声を上げる者は誰もいない。これはつまり……。

 

棟梁「異論はありませんね……。満場一致! 今この時をもって、人間の子供ダイキを町の一員として迎え入れる事にします!」

 

 みんな、みんな、みんな……、本当に、本当にありがとう!

 

棟梁「静粛にっ! 伊吹萃香、星熊勇儀。それぞれに最後の処分を言い渡します。伊吹萃香。今後もダイキの良き友である事」

 

 ……母さん?

 

棟梁「星熊勇儀。本当の親が見つかるまで、全身全霊で責任を持ってダイキを育てる事。尚、主犯である勇儀には私直々の監視の下、ダイキと共に生活してもらいます」

 

 母さん、感謝しても仕切れないよ……。こんなバカ娘に……。ここまでしてくれて……。ありがとう。

 

棟梁「以上です」

  『うおーーーーーっ!!』

 

 私と友人はお互いの顔を隠す様にして抱き合った。そして町中に木霊する歓喜の雄叫びは、私達が上げるらしくない叫び声を()き消してくれた。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

医者「よう、良かったな。皆に感謝じゃな」

 

 診療所に戻ると、爺さんが笑顔で私と友人を出迎えてくれた。

 

勇儀「爺さんありがとう。何て礼を言ったら…」

医者「ええんじゃよ。萃香も勇儀も悪い事はしておらん。『仲間を見捨てない、裏切らない』じゃろ?」

勇儀「爺さん、もしかして……」

医者「カッカッカ。だてに歳は食っておらんよ。それより勇儀、ダイキの容体の事じゃが、今は薬で落ち着いておるが、かなり厳しい」

勇儀「そんな……」

医者「もらった薬はあくまで一時的な物。あと何個かは貰ってはおるが、完治させるには別の薬がいる。この薬を作った薬師(いわ)く、その薬を作るにはかなり高価な材料を使い、時間をかけて抽出する必要があるそうじゃ。すでに準備をする様には頼んではおるが、足りない材料を買う資金を今持ち合わせておらんそうなんじゃ」

勇儀「どれくらい必要なんだ?」

医者「七十万と言うておった。お主らいくらある?」

勇儀「二十万あるか、ないか……」

萃香「私も……」

医者「薬の仕上がり時期から考えても、今日中が限界じゃ、どうにかしないと……。ワシが貸してもいいのじゃが……」

勇儀「それが出来ないんだ……」

 

 

ジャラ……

 

 

 ぼんやりと眺める手首。そこにはここを出る時には無かった物が。

 これは罪人である私達に、あの場で母さんが直々に付けた『咎人(とがにん)(かせ)』と呼ばれる鎖だ。言い渡された処分に背けば、身を滅ぼすほどの激痛が走る代物。

 そんな物を私達に付ける母さんも心苦しかったはず、ごめんね…。

 

勇儀「給料の前借りも恐らくダメだろうね」

萃香「なにか……、なにか手はないの!? このままじゃダイキ……。ねぇ勇儀、隠し財産とかないの? お嬢様でしょ?」

 

 (うる)んだ大きな瞳で迫る友人。確かに私はお屋敷育ちではあるが、それも遠い昔の話。家を飛び出し疎遠状態だった私に……。

 

勇儀「そんなものなんて……」

 

 そこまで言い掛けた時、私の脳裏に蘇るあの夜の出来事。それはダイキと初めて出会った日に起きた奇跡。

 

勇儀「ある!」

萃香「本当!?」

勇儀「爺さん! 賭博場の店長に……」

 

 私は友人と爺さんにその事を話した。すると事情を把握するなり、友人と爺さんは大急ぎで診療所を飛び出し、再び私と布団で眠るダイキだけがここに残った。

 薬が効いているのだろう。安定した息遣いで眠っている。それでも時折辛そうな表情を浮かべている。ダイキを助けるにはもう一つの薬がいる。そのためには……。

 

勇儀「なぁ、ダイキ、お前さんなら……」

 

 ダイキに顔を近づけ、頭を撫でながら話し掛けた。

 

ダイ「ユー……ネェ?」

勇儀「ダイキ!?」

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 いつになく静かな旧地獄。私は診療所の前で腕を組んで2人の帰りを待っている。

 ほんの数日。私にすれば刹那(せつな)だったかもしれない。でも今まで生きて来た中で一番充実した時間だった。そしてこれからもずっと…。

 暫くすると2人が賭博場の店長と店の者を数人連れて戻って来た。

 

勇儀「店長、実は……」

店長「話は聞いている。金は持って来ている。だが、おいそれと渡すわけにはいかない」

 

 店長のこの言葉に私は「やっぱり」と素直に思った。そう、私はあの日……。

 

店長「勇儀ちゃん。あの時ワシとの勝負を受けただろ? その瞬間から勝ち分は掛け金になったんだ。だから、金が欲しければ……」

 

 そこまで語ると店長は懐から2つの(さい)と木製のツボを取り出し、

 

店長「ワシを超えていけ!」

 

 そう叫びながら店長は賽をツボの中に入れてひっくり返し、足元へと叩きつけた。

 

店長「勇儀ちゃん! どっちだ!?」

勇儀「私は選べないよ。ダメなんだ。だからさっきみんなが来る前に、ダイキにどっちがいいか聞いたんだ。そうしたらダイキ、弱々しい声だったけど、答えてくれたよ」

 

 出る賽の目の確立は五分と五分。

 

勇儀「半だ! ダイキは半を選んだ!」

 

 これでいいんだろ? 正真正銘、これがお前さんの運命の分かれ道だよ。

 

店長「いいんだな? ならワシは丁だ。コマが揃いました。いざ! 勝負!」

 

 

バンッ!

 

 

??「勇儀、大変だよ! ダイキが、ダイキが……!」

 

 勢い良く開かれる扉の音。そして背後からの私を急かす声。振り向くとそこには血相を変えたヤマメが。

 

勇儀「え……? ダイキがどうかしたかのかッ!?」

ヤマ「落ち着いて、聞いてよ……」

 

 

 手に汗を握り、固唾を呑んで続きを待っていた。

 

 

ヤマ「またあの鬼の子供と喧嘩したんだよ」

勇儀「は〜ッ!? またかよ……。ダイキ! そこにいるんだろ!? 出て来い!」

 

 私の声と共に姿を現したのは、いつも私に付きまとう嫉妬姫。そして……。

 

??「ちょ、パルパル! 離せ! 離せって!!」

 

 彼女に首根っこを掴まれ、宙ぶらりんで暴れながら登場したのは、あの時瀕死だった人間の小僧。ダイキは私と目が合うなり、

 

ダイ「……ふんっ!」

 

 目を横に逸らし、膨れっ面になった。

 

勇儀「あのなぁ、お前さんここ最近毎日だぞ? で、今日の喧嘩の原因は何なんだ?」

ダイ「……って」

勇儀「は?」

ダイ「けん玉が下手くそだって……」

勇儀「はー……、なんか叱る気も失せるよ」

パル「私とヤマメが気付いた時は殴り合いが始まってた。止めてなかったら、今頃ダイキ……」

勇儀「あのなぁダイキ。もう自分の力が他の奴等と違うって分かるだろ?」

ダイ「だって……、ムカつくんだもん」

 

 

ポカっ。

 

 

ダイ「イタッ!」

勇儀「喧嘩両成敗!あとで仲直りしに行くからな! で? ダイキ、ちゃんと勝ったんだろうな?」

ダイ「もちろん!」

パル「馬乗りで滅多打ちにしかけてたから……」

勇儀「でかした! 良くやった!」

ヤマ「はー……、保護者がこれだから……」

 

 ダイキと出会ったあの夜から今日で一年が経つ。

 ダイキはまだ通院中ではあるが、元気いっぱいだ。少し自重して欲しい程に。今は実家の離れで私と2人で暮らしている。本当の親は友人が今も外の世界へと行き、探してくれているがまだ何の手掛かりもない。けど、どんなに時間が掛かろうと必ず見つけてみせる。

 そして今日、世話になった皆を呼んで、祝いをする事になっている。

 

 

--小僧宴会中--

 

 

親方「ガッハハハハ、ダイキも大分強くなったな」

鬼助「男には小さな理由だろうと、引けない時がある!」

ダイ「キスケもじぃじもそう思う!?」

棟梁「あなた達ね……。ダイキ、町での争いは時として処罰の対象になります。今はまだ幼いから大目に見ていますが、今後もこの様だと困ります。もっと自分を……ん?」

 

 

ギュ〜ッ!

 

 

ダイ「ばぁば、大好き」

 

 

ズキューーーーーン!

 

 

ヤマ「勇儀、ダイキ君の育て方なんだけど……。考え直した方がいいんじゃ……」

パル「ああいう事、平気でするとか妬ましいわ」

キス「フッフッフッ……。ネタは尽きなさそうだ」

萃香「でもダイキすごく優しいんだよ。この前も……」

勇儀「そりゃ萃香にはそうだろうよ。それより、そろそろ発表するぞ?」

萃香「うん、お願い」

勇儀「みんな! 聞いてくれ! この町にダイキが来て丁度一年が経った。あの日泣いていた小僧が、今では町の皆に受け入れられ、私達の仲間となった。少し生意気にもなったけどな」

ダイ「ユーネェ……」

勇儀「それで、私と萃香からささやかながら、ダイキに贈り物を送る事にした」

 

 私は紙に並んだ2文字の漢字を場にいる皆に披露した。

 

勇儀「この字をダイキに送る! これが、この町での名だ!」

棟梁「へーえ、いいじゃない」

ヤマ「わー、カッコイイ!」

パル「パルパルパルパル……。贈り物。妬ましい…」

キス「フッフッフッ…なるほどそう来たか」

鬼助「大それた名をもらっちまったな」

親方「鬼らしい、いい名じゃねぇか」

ダイ「ユーネェ、萃香ちゃんありがとう!」

 

 突然現れた人間の小僧、ダイキとの生活はまだ始まったばかり。これからも頭を抱えさせられる事が起きたり、もしかしたら喧嘩をしたりと色々あるだろう。それでも私は保護者として、全力でコイツと一緒に成長していこう。いつか来るその日まで。

 

親方「あの勇儀ちゃんがあんな風になるなんてな」

棟梁「ふふ、そうですね。私も驚いていますよ。自分勝手だったあの子が、あの時自分の身を犠牲にしてまで、他人を助けようとしたのですから」

親方「それを本人に話してやったらどうだ?」

棟梁「嫌です! でもあの子は私の自慢の子ですよ」

 

 

 

 

Ep.1 鬼の子【完】

 




【Ep.1 鬼の子】を最後まで読んで頂き、
どうもありがとうございます。

この作品は自分の処女作で、
拙い部分が多々あったと思います。
申し訳ありません。

最初はこの作品を
読んでくれる方はいないのではないか
と心配していましたが、
読んで頂いていると知ったとき、
心の底から喜びました。

また、お気に入り登録して頂いた方々、
本当にありがとうございます。

読者様がいてくれることで、
Ep.1を完結できました。
これは冗談とかではなく、本当です。

「当初は週1 or 2話」を目標としていましたが、
読者様へ早く読んで欲しいという気持ちから、
気付けば「毎日23時の更新」 となっていました。

最後にもう一度ここまで読んで頂いた読者様。
本当にありがとうございました。

さて、Ep.2ですが少しお休みを頂いた後、
投稿したいと考えています。
今後も【東方迷子伝】をよろしくお願いします。


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Ep.2 ようこそ!幻想郷へ
2人のOTAKU


東方迷子伝のEp.2のスタートです。

この章からは自分の得意分野、
趣味をどんどん入れていく予定です。

まずはプロローグです。


キーンコーンカーンコーン

 

 

 授業の終わりを告げる鐘の音。次の授業の準備を進めていく生徒達。その中に何やらせかせか、そわそわ、うきうきとしながら支度をする者が……。

 

 

□    □    □    □    □

 

 

 次の授業は待ちに待った特別授業。

 周りを見れば、友達同士で日常の会話をしながら、教室を出ていく人達が大半。「もちろん僕も」と、言いたいところですけど……。

 僕のスペックが

 

 [容姿]坊ちゃんヘア、ぽっちゃりさん

 [性格]人見知り、会話苦手、人怖い……

 

 と、こんな感じ……。

 だから当然の様に、僕にはこのクラスに友達と言える存在がいない。「寂しくないのか?」と聞かれると、答えは「Yes」なのだけど…。新しく友達を作るのって、どうやればいいのか……。

 見えない答えに悩まされながら、独りでトボトボと廊下を歩いていると、特別授業の教室が見えて来た。と、そこへ……。

 

??「おいおい優希ぃ」

 

 聞き覚えのある声が。イヤ~な予感を抱きながら、恐る恐る視線を向けると、

 

男1「ホンットにお前オーラねぇよな」

女1「オーラってw 超ウケるぅ~! スピリチュアル的な?」

 

 そこには同じクラスの不良3人が、待ち受けていた様に立ちはだかっていた。

 僕はこの3人の事が嫌いだ。恨みを買う様な事をした訳でもないのに、事ある度に絡んできては(ののし)ってくるからだ。「なら立ち向かえっ!」って思うかもしれなません。でもムリなんです。怖いんです……。

 しかもこの3人、他のクラスメイトからは、「ノリが面白い」という理由で人気があるそうで……。歯向かった日には、クラスメイトからは非難轟々(ごうごう)。僕なんてチッポケな存在は一瞬でDeleteだろう。

 

男2「いっつも独りだよな、楽しいの?」

 

 もう、ほっといてください……。

 なるべく3人の機嫌を損ねないように、俯きながら無言で横を通り過ぎる。この時「失礼します」という気持ちで、軽くお辞儀をする事を忘れてはいけない。そして何とかその場を逃れて一安心した頃、背後から3人の笑い声がクスクスと聞こえてきた。もう止めてください……。

 

 

--オタク準備中--

 

 

先生「今日は先週に書いた回路を実装してもらいます。小手は人数分無いので、部品の配置が終わった人から、作業台で半田付けをしてください。それと自分の道具を持って来ている人も必ず、作業台で行って下さい」

 

 この特別授業は電気回路の専門授業で、今学期が終わる頃には簡易ラジオが出来上がる。「仕組みを理解しなくとも、ラジオが出来れば漏れなく合格!」という安易なシステムのため、勉強が苦手の者達からも人気がある。

 そんな真面目に取り組む人がほぼ皆無の授業だけど、僕はこの授業がきっかけで電気分野の(とりこ)になってしまった。それも自宅で半田小手を片手に、色々作ったりする程までに。

 僕がこの授業のために持ってきた道具箱の中には、愛用のピンセットと半田小手等が入っている。使い慣れている「この子」じゃないと調子が出なくて……。

 

男1「12番ってどれだよ!」

女1「ちがうしw 超ウケるぅ~w」

男2「何これ? 楽しいの?」

 

 周りが会話をしながら楽しそうに作業している中、僕は黙々と楽しんで作業を行っていた。そして、全ての部品を置き終わったところで、いよいよ作業台へ。右手にはMy半田小手、左手には愛用ピンセット。大きく息を吸って精神統一。いざ……、参るっ!

 

優希「うーん……、違うな。トゲが出来ちゃうとダメなんだよねー。もっと美しく……」ブツブツ

 

 今この時だけは、この作業の時だけは、僕のテンションは絶好調。誰にも邪魔をされたくない! A○フィールド全開なのだ。

 

 

--授業が全て終わり、HR--

 

 

日直「令!」

 

 日直の号令と共に、担任に軽くお辞儀。カバンと道具箱を手に取り、最初の一歩目を踏み出そうとしたその時、突如目の前に……。

 

男1「なぁ、優希。特別授業の時、何をブツブツと言ってたんだ?」

 

 不良が現れた。

 

------

 たたかう

 じゅもん

 ぼうぎょ

▲にげる

------

 

 しかし回り込まれてしまった。

 近付いて来る顔。その表情は眉間に皺を寄せて、明らかに不機嫌。「怖い」そう思った途端、足がガクガクと震え出した。

 

女1「ねぇ何で揺れてるの? キモッw ウケるw」

 

------

 たたかう

 じゅもん

 ぼうぎょ

▲にげる

------

 

 しかし、体が動かない。

 ご(もっと)もな意見だけに、反論ができない。しかも相手は女の子。言い返せる筈がない。

 

男2「ニヤニヤしてキモかったけど、楽しいの?」

 

------

 たたかう

 じゅもん

▲ぼうぎょ

 にげる

------

 

 ほっといてください……。

 「助けて下さい!」と叫びたかった。でも、ふと周りを見てみれば、クラスメイト達は見て見ぬフリ。更には、これから起こるであろう事態に、期待の眼差しを向けている人達まで。なんで…………。

 

男1「なぁ、その中身何?」

 

------

 たたかう

▲じゅもん

 ぼうぎょ

 にげる

------

 

優希「……トカ」ボソボソ

男1「ハァ~ッ!? もっと声を張れよッ!」

 

 怖い助けて怖い助けて怖い助けて怖い助けて……

 背後には壁。目の前には僕を囲う3人。逃げ場は完全に無い。しかも、正面にいるリーダー格の彼とは、手を出せば余裕で届く距離間。今にも殴られそうな状況に、体の震えは激しくなり、目が熱くなってくる。どうして……、どうしていつも僕だけ……。

 もう絶望だった。「殴られるんだ」としたくない覚悟をしていた。

 

??「おーい、優希ー!」

 

 でもその時、ヒーローは現れてくれた。

 声がした方に視線を向けると、そこには夕日に照らされて眩い光を放つ、神々しい方がいらっしゃった。

 

??「ん~? 何? 今取り込み中?」

男1「あ? あっちいけ!」

女1「ねぇ海斗く~ん。一緒にお茶しにいこうよw 私フラペチー……」

海斗「その話はまた今度ね。それより、大事な用があるから、優希を連れて行くぜ?」

 

 

グイッ。(僕の腕を掴む音)

 

 

男1「あ、おいっ!」

海斗「()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 海斗君の表情は笑顔そのものだった。でもその下には、「邪魔をするなら潰す」と言わんばかりの迫力が見え隠れしていた。

 

男1「ちっ……」

女1「海斗君バイバーイw」

男2「……楽しくない」

 

 海斗君に引っ張られながら、半ば引き()られながら、教室を出て行く。その瞬間、「助かった」とここから安心した。

 

優希「海斗君、アリガトゥ……」

 

 でも体はまだ震え、目からは今にも涙が零れ落ちそうだった。

 僕の事を助けてくれた海斗君は、隣のクラスではあるけど、僕の唯一の友達。そして何よりスペックが僕とは大きく違い、

 

[容姿]The・イケメン

[性格]明るい、活発、誰とでも仲良くなれる

 

 更に運動神経が良くて、何でも卒なくこなしてしまう、所謂(いわゆる)万能超人だ。その上、皆からは親しまれ、男子・女子からも人気がある。というか、女子からかなりモテる! のだけれど……、

 

優希「あのさ、海斗君。用って……」

海斗「オレの嫁の新しいフィギュアが出たんだ!」

優希「あー……」

 

 これだ。

 海斗君は黙っていれば、イケメンでモテるのだけど、The・ OTAKUなのだ。いつの事だったか、「2次元以外は嫁候補ではない!」とか、「将来2次元へいけるマシンを作る!」とか、真顔で言っていた。

 特に今お気に入りなのが、『東方Project』というゲーム(?)らしい。海斗君が日々熱弁をしてくれているため、キャラクターの名前をぼんやりとだけど、覚え(させられ)た。つい最近『東方Project』で、何のキャラクターが好きか聞いたときは、「嫁候補という意味ではみんな好きだぜ!」って言っていたけど、その後に「尊敬という意味では。魔理沙かな。あんなイケメンになりたいぜ!」とも言っていた。

 今でも思うけど、女の子なのにイケメンってどういうこと? その前に、『マリサ』ってどんな娘でしたっけ?

 

海斗「おーい、優希ー。もしもーし? もしもーし! 帰ってこーい!」

優希「!?」

 

 意識が別の世界に行っていたみたいだ。

 

海斗「だから、今から行くぜ!」

優希「あ、うん。僕も欲しい物あったから……」

海斗「そうか、それなら調度良いぜ!」

 

 ルックスと人気に、天と地の差がある2人で電車に乗って、いざ、『電気とアニメの街』へ!

 

海斗「そう言えば、今年の『博麗神社秋季例大祭』行く気になった?」

優希「えっと、まだ決心が……」

 

 

--オタク乗車中--

 

 

女1「あの人かっこ良くない?」

女2「LINE教えてくれないかな?」

 

 どこからか黄色い声が聞こえてくる中、

 

女3「アレ、同じ制服だけど友達?」

女4「引き立て役の子分とかじゃない?」

 

 とかも聞こえてくる。そう見えますよね……。これも日頃から言われ慣れている事だし、自覚もある事だから、免疫は出来ている。でも落ち込みますけど……。

 一人萎れていると、海斗君が突然思い立ったかの様に、

 

海斗「そうだ優希。2人で写メ取ろうぜ!」

 

 自撮り撮影を提案して来た。ここは電車内だ。「なぜ今?」と疑問に思っていると、

 

優希「あ! 僕のスマホ!」

 

 僕のズボンからスルッとスマホを奪っていった。

 

海斗「気にしない、気にしない。はい、笑ってー」

 

 

カシャッ!

 

 

 保存された画像には、僕の肩に腕を回して笑っている海斗君と、ぎこちない笑顔の僕が写っていた。

 

海斗「うーん、優希固いなぁ。まあいいだろ。その写真送って~」

 

 そう言いながら僕にスマホを返して来た。そして僕が言われるがまま今の写真を送信すると、

 

 

♪~♪~♪♪

 

 

 海斗君のスマホから聞きなれないメロディーが流れた。海斗君、電車内はマナーモードにしようね。

 

海斗「この曲は今一押しの嫁の曲なんだ、『U.Nオーエンは彼女なのか』って曲で、フランドール・スカーレットの曲なんだよ。見た目は(うるわ)しい幼女なんだけど、実は495歳で性格が……」

 

 楽しそうに早口で説明してくる海斗君に、相槌を打ちながら、黄色い声がした方へ視線を移すと、汚物を見るような表情でこちらを見ていた。そうなりますよね……。

 

海斗「ふん、これだから3次元は……」

 

 小声で海斗君が何か言っていたみたいだけど、それは電車の音でかき消され、僕の耳に届く事はなかった。

 

 

--オタク降車中--

 

 

海斗「ん~! 帰ってきたぜ!」

 

 電気とアニメの街に着くと、海斗君が長旅から自宅に帰って来たかの様に、大きく伸びをした。「帰って来た」。不思議と僕もそう思っていた。

 

海斗「さて、今回はどっちから行こうか?」

優希「海斗君からでいいよ」

海斗「そうか? じゃあレッツゴーだぜ!」

 

 

--オタク移動中--

 

 

海斗「いつ来ても目移りしちゃうぜ!」

 

 いつ来ても目のやり場に困ります……。

 ここは海斗君がお気に入りの『東方Project』のグッズを取り扱っているお店。キーホルダーやカードもあれば、精度の高いフィギュアも売っている。でも、中にはセクシーというか、色っぽいというか、かなり際どい物もあるわけで…。そんな中海斗君はというと、目をキラキラとさせて、商品を穴が開く程じっくりと堪能されていた。楽しそうで何よりです……。

 まじまじと見ることができない商品の数々に圧倒されながらも、おどおどしながら店内を回っていると、一体のフィギュアが目に留まった。

 黄色い髪の毛に赤いヘアバンド。青くて長いスカートに、同じ色の服。肩にはフリルの白い布のような物が。顔は幼く見えるも、どこかお姉さんっぽい雰囲気を感じる。

 

優希「綺麗……」

 

 色々なアニメやゲームのキャラを見てきたけど……。なんだろ? この感じ……。

 

海斗「ん? 優希どした? あー、それはアリスだぜ」

優希「アリスっていうの?」

海斗「フルネームはアリス・マーガトロイドだぜ。人形を操る能力を持った魔法使いだぜ。多数の人形を操って戦うのが特徴で、その人形を全部自分で作ってるんだぜ。その中でも上海(しゃんはい)蓬莱(ほうらい)っていう人形が……」

 

 海斗君が熱弁してくれている中、僕はぼんやりとそのフィギュアを眺めていた。

 アリス・マーガトロイド。東方Projectで初めて、顔と名前が一致したキャラクターになった。

 

海斗「……だから、性格上……っていう面も考えられるんだぜ! って聞いてた?」

優希「あ、うん……」

 

 ごめん、右から左に受け流してた……。

 

優希「と、ところでお目当ての物はあったの?」

海斗「あったあった。あっちにあるんだ。来いよ」

 

 海斗君の後ろを黙って付いて行くと、

 

海斗「これだよ、これ!」

 

 そこには短い金髪で、赤い服を着た幼い女の子のフィギュアが。笑顔で赤いランドセルを背負っているけど、もしかして……。

 

優希「海斗さん……。あの、これは?」

 

 嫌な予感がしたので一応確認。

 

海斗「オレの今一押しの嫁、フランだぜ! フランにランドセルとか作者様、分かってらっしゃる!」

 

 幼女が嫁とか、海斗君が危ない……。僕は心配です。

 

海斗「欲しいけど、細かいところまで作り込んでいるだけあって、高いんだよなぁ……」

 

 値札を見ると、高校生の僕らでは手が出せない程の金額が書いてあった。他の物と比べても、群を抜いている。というか、「売る気あるの?」と疑いたくなる程だ。

 

海斗「ん~、惜しいけど。目に焼き付けて行こう」

 

 フラン……。東方Projectで、2番目に顔と名前が一致したキャラクターになった。なんだか海斗君色に染まっていっている気がします……。

 

海斗「じゃあ次は優希だな。いつものとこ?」

優希「いつもの所でございます」

 

 

--オタク移動中--

 

 

海斗「毎回来るけど良く分からんぜ」

 

 「うわー! 何このセンサー! 誰が使うんだろ? デジタル出力でI2C(アイツーシー)通信なんだ、面白っ!」と、ここへ来ると海斗君そっちのけで大興奮してしまう。僕にとっては舞○駅よりも、夢の国だったりするわけで……。

 

海斗「優希は楽しそうだな。何よりだぜ」

優希「う、うん。でも長くなりそうだから、買うものだけ買う様にする」

海斗「よろしく頼むぜ! で、何を買うの?」

優希「うん、マイコンを始めてみようかと」

 

 マイコン(マイクロコンピュータ)とは、パソコン上でプログラムを作り、そのプログラムをインストールさせると、その通りに動いてくれるパソコンの様な物である。ロボットや電化製品をはじめ、玩具の中にもあり、最近では開発キッドや学習キッド、互換製品、拡張製品等が増え、サンプルプログラムや関連書籍等も多い。

 

海斗「それならここのコーナーじゃないか? すごい種類あるけど、どれにするんだぜ?」

優希「えっと、下調べはしてあるんだけど、まだ迷ってて……」

 

 困った。まさか最新の物まで置いてあるとは思わなかった……。あっちの方がいい気もするけど、僕にはまだスペックオーバーの様な気もするし……。などと、どれにしようか決めきれずにいると、

 

大人「マイコンやるの?」

優希「!?」ビクッ!

 

 突然後ろから声を掛けられた。普通の人なら「ん?」で済むところだろうけど、小心者で人見知りの僕は、「ひゃいっ!?」と、奇声を上げながら体を跳ね上げ、過剰反応。心臓が一瞬止まりかけた。心臓が強く脈打つ中、恐る恐る振り向くと、そこにはスーツ姿の若い男の人が。「万引きはする気はありませんよ」と心の中で猛アピール。

 

大人「はは、驚かせてごめんよ。初心者かい?」

優希「……」コクッ。

 

 緊張しすぎて声が出なかった。頷くのが今の精一杯。

 

海斗「すみません。彼、人見知りが激しいもんで。気を悪くしないでください」

大人「いいよ。それならこれがオススメだよ」

 

 そう言って渡されたのは掌サイズの箱。中にはマイコンのキットが入っているみたいだ。

 

大人「値段も君たちの小遣いでも買えるくらいだと思うよ」

優希「……」コクッ。

海斗「ご親切にありがとうございます。優希、これにしとこうぜ!」

優希「……うん」

 

 あ、声出た。

 

 

--オタク会計中--

 

 

 店を出るとさっきの人と海斗君が外で待っていてくれていた。

 

海斗「よかったな優希。色々ありがとうございました。じゃあ僕たちはこれで失礼します」

 

 丁寧な言葉できちんと挨拶をする海斗君。さっきもそうだったけど、ちゃんとしていて凄いな。いつもは親しみやすい感じなのに……。僕もちゃんとお礼しなきゃ。

 

優希「ァ……ガトウゴザイマ……」ペコッ

 

 「ごめんなさい…。これが今出せる全力なんです」と心の中で謝りながら、表情を伺うと、

 

大人「うん、それじゃあね」

 

笑顔で答えてくれた。そして、僕と海斗君は最後にもう一度軽くお辞儀をして、駅へと向かって歩き始めた。

 

優希「すごく良い人だったね」

海斗「あの人…」

優希「?」

海斗「いや、何でもないぜ!」

 

 

--オタク会計中--

 

 

 駅に到着。僕達は比較的に乗客が少なくて、座れることが多い先頭車両で電車を待っていた。到着した電車は、いつもより空席が目立っていた。適当な席に並んで座ると、

 

  『ふー……』

 

 2人揃ってため息。そして、どっと疲れが出てきた。

 

海斗「悪い、少し寝るぜ……」

優希「うん、僕も疲れた……」

 

 そう言い残して僕も遊び疲れた子供の様に眠りについた。

 




イジメ、ダメ、絶対。
する側は言わずもがなですが、黙認する周囲の人も同罪なのではないかと思います。でも、そこで止めに入れる勇者がいないのが現在で、少し悲しいですね。


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魔法使い_※挿絵有

Ep.1では自分自身にある縛り(制約)を
付けて書いてました。
例えば、擬音を除く外来語を使わない事です。
そうした方が自分の思い描く地底世界に
近いものが書けそうで挑戦し続けましたが、
かなり苦戦していました。


 うー……、頭がズキズキする……。

まず思ったのはそれだけ。急に襲われた激しい頭痛に不安を覚え、手と足に力を入れて動作確認を……。うん、動く。

 五体満足である事にほっと一安心。そして意を決して恐る恐る目を開け……。うわっ、眩しっ。

 強くは無い光だと思う。でも「眩しい」と感じたところから察するに……、もしかして長い間目を閉じていた? などと考察をしながら、未だ焦点が合わない目で、ぼんやりと呆けていた。

 暫くたった頃、だんだんと目が慣れてきて、僕の置かれた状況が分かってきた。

 まず、ベッドで横になっている。頭にふかふかの枕、体には薄手のタオルケットが掛けられている。

 次に、木造の天井。そこには吊るされたランタンがある……。終わり。今分かるのはここまで。

 更に情報を得るため、重い頭をゆっくりと持ち上げると、

 

 

ガタン!!

 

 

優希「!?」ビクッ!

 

 突然の物音にビックリ。全身の毛という毛が逆立ち、心臓は一瞬フリーズ。慌てて視線をそちらに向けると、そこには倒れた椅子を元に戻している女性がいた。

 

優希「え?」

 

 僕は目を疑った。その人の姿が、あの時見たフィギュアと全く同じだったからだ。アリスのコスプレ流行ってんの?

 僕が物珍しそうに見ているのがバレたのか、その人は気まずそうに視線を()らした。それに釣られる様に、僕も視線を天井へ逸らしていた。

 

??「ケガ、平気?」

優希「……」コクッ

??「痛み、無い?」

優希「……」コクッ

??「そう、良かった」

優希「……」コクッ

??「……」

優希「……」

 

 僕の記念すべき初の女性との会話終了。その余韻に浸りたいところだけど、色々分からない事がある。ここは何処? この人の家? 何でコスプレ姿? 今何時? 水もらえないかな? etc……。

 頭の中で聞きたい事が山ほど(あふ)れてくるけど、どう切り出していいのかが分からない。いきなり質問しても変に思われるかもしれないし、失礼だよね? さり気無く「すみません」とか、「ちょっといいですか?」って言った方がいいよね? よし、言うぞ! あと10数えたら言うんだっ!

 1……2……3……4……5……6……7……8……9……じゅぅ…………だああ

 

  『あのっ!』

 

 被った……。

 

??「どうぞ、お先に……」

優希「ィェ、ド、ゾ……」

??「……」

優希「……」

 

 気まずい時間が流れる。今ので絶対変な人だと思われた……。もういい、変な人ですよ……。変人は用を済ませてとっとと帰りますよ……。

 

優希「イマナンジデスカ?」

??「時間? 21時くらい?」

優希「ここッテ……」

??「私の家」

優希「オ水くだサイ……」

??「待ってて」

 

 コスプレした人はそう言い残すと、凛とした表情で部屋から出て行った。そして一人になったところで、女の人と初めて()()()会話できた事実に、小さくガッツポーズ。僕も頑張ればできるんだ!

 

 

コンコン……。

 

 

 そうこうしていると、扉から優しいノック音が。そしてガチャリという音と共に、扉がゆっくりと開き、両手でトレイを持ったさっきの人が、出て行く時と同じ表情でそこにいた。トレイの上にはコップと水差し、あとクッキーの様なものが見える。その人はトレイをテーブルの上に置くと、コップに水を入れて運んで来てくれた。

 

??「どうぞ」

 

 人形みたいに整った顔。「綺麗な人だな」とは思っていたけど、近くで見るとその印象が更に強くなる。フィギュアとは少し違うけど、雰囲気はかなり似ている。それに柔らかくて甘い香りが。僕には刺激が強すぎます……。

 

優希「ぁ、ぁりがト……」

 

 もらったコップに口を付け、水を一口……。

 

 

ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ……。

 

 

 一気に飲んでしまった……。

 

??「まだ、いる?」

優希「はぃ……」

 

 「厚かましくてすみません」と心で謝罪をしながらも、水をもう一杯だけ頂くことに。『女性と2人きり』というこの事実に、一人そわそわしていると、今度はコップと一緒に、クッキーも持って来てくれた。

 

??「よければ、これも」

優希「ありがとぅ……」

 

 女性にこんなに親切にされた事なんて、生まれて初めてかも……。母さんはカウントに入れません!

 差し出されたクッキーは、100円玉くらいの小振りな物だった。お言葉に甘えて一枚手に取り、口へと放り込んだ。

 

優希「!?」

 

 サクサクとした食感。中にはナッツも混ぜてある。それでいて、気取らず、飾らずシンプルな味付け。口の中に広がる絶妙なハーモニーに思わず、

 

優希「うまっ! 美味しい!」

 

 大き目のボリュームで心の声が漏れていた。

 

優希「デス……」

 

 大きな声出してごめんなざい……。

 

??「そう、良かった」

 

 そう呟いたコスプレの人は、僕に背を向けて窓の外を見ていた。すると突然振り返り、少し重い表情を浮かべて話し出した。

 

??「あなた、森で倒れてたの」

優希「え?」

??「帰り道の途中で上海が見つけたの」

優希「シャンハイ?」

??「これ、あなたの? 近くに落ちてた」

 

 

コンコン……。

 

 

 その人がそこまで話すと、扉からまた優しいノック音が聞こえて来た。「他にも誰かいるの?」と思いながら、音の方へ視線を向けていると、扉が開き、僕の鞄と道具箱がふよふよとやって来た。そう、「ふよふよ」と。

 「浮いてるっ!?」と、信じられない光景に目を(こす)り、見間違いのない様に改めてじっくりと観察。「下に何かいる?」ここでようやく気が付いた。浮いているのは鞄ではなく、その下の人形(?)。しかも2体。それは徐々に僕の方へ。

 近づくにつれ、その実態が(あらわ)になってきた。2体は間違いなく人形だった。それもフランス人形の様な感じの。メイド服の様なドレスを着せられて。当然人形なので、表情は無。ちょっと不気味……。

 そして2体は、ふわふわふわふわと側までやって来ると、鞄と道具箱を僕の足元に置き、

 

 

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ニコッ。

 

 

 と微笑んだ…………え? 今、笑った? 確かに今、僕のを顔を見てニコッて……。

 もう僕の頭はパニック状態。この目の前で起きている世にも奇妙な現象に、恐怖を抱き始めていた。そして、ついに意を決して聞いてみる事に。

 

優希「あなたは……」

??「アリス・マーガトロイド。魔法使いです」

 

 この回答に僕は「はい?」と更に困惑。脳内はパニックを通り越してパ○プンテ状態。

 落ち着きを取り戻したところで、冷静に状況分析。そして一つの結論に至った。「この人、かなりなりきっているのかな?中○病なのかな?確かにふわふわと浮きながら動いて、笑顔になる人形が不思議だけど、たぶん「ド○ーン」の技術を応用して作られているんだ」と。

 そう思うと、先程の2体の人形へ強い興味が沸き始め、マジマジと観察を開始していた。すると、人形達は照れくさそうな表情を浮かべ、自称アリスさんの後ろへと隠れてしまった。このあまりにも精巧な反応にまたしても、「なんかすごく忠実というか、生きているみたい。すごい技術だな」と感心して関心。

 高精度の人形についてあれこれ考察していると、何やら視線を感じた。ふとそちらへ顔を向けると、自称アリスさんが不思議そうな表情で僕の事を見ていた。あ、また目が……。

 気付くと同時に条件反射で視線を逸らすも、気まずさが爆発し、「まずい、まずい。何か話題を」と脳をフル回転。

 そして苦し紛れに出た言葉が、

 

優希「あの、ここって……」

 

 これ。でもどの辺りにいるのか聞きたかったから、結果オーライ。

 

アリス?「私の家」

 

 あれ~? デジャブかな? じゃなくて、えっと……

 

優希「どの辺りに……」

アリス?「魔法の森の中」

 

 想定外の回答。その言葉に「あー、そういう設定なんですね」と呆れというか、諦めにも近い思いが。そしてその後に込み上げる「新しいイメージ喫茶かな? だとしたら、こうしている間にも追加料金とか発生して……」という不安。そう考えた途端、居ても立っても居られず、

 

優希「あの、僕、もう、大、丈夫、です」

アリス?「え?」

優希「だから、家、帰りまス。ありがとうございましたっ!」

 

 お礼をそこそこに、道具箱と鞄を持って逃げる様にして部屋を出た。

 扉を開けると、中央にテーブルが置かれた広い部屋に繋がっていた。キッチンや暖炉、食器棚等が置いてある。たぶんここは居間、を設定した部屋。生活観が出ていて、まるでずっと人が住んでいたみたいだ。イメージ喫茶の高いクオリティに驚きながらも、周囲を見回していると、扉が目に付いた。その隣には窓。外は真っ暗で様子を伺うことができない。そういえばあの人、さっき21時くらいだって……。

 ここに来てからどのくらいの時間が経ったのかは分からない。でも、自分で進んで来たわけではない。「だからきっと大丈夫」と何事も無く、無事に、且つ平和に帰れる事を祈りながら、恐る恐るお店の外へと繋がる扉を開けた。

 

優希「え?」

 

 けど、目の前に広がっていたのは森。見渡す限り、木、木、木、木、木、木、木、木……だ。

 僕が住んでいる所は車がそこそこ通るし、電車の本数もそこそこある。それに、僕の記憶では『電気とアニメの街』で買い物をして、電車に乗って……。そんな大都会にこんな場所があるはずがない。それに、車とか電車の音も聞こえて来ない。

 

優希「そういえば森で倒れていたって……」

アリス?「そう、この森で」

優希「うわぁ!!」ビクッ!

アリス?「へ!?」ビクッ!

 

 背後から突然声を掛けられ、思わず変な声が出てしまった。

 

優希「ごごごごごごめんなさい」

アリス?「私の方こそ急にごめんなさい。あのね、ここ夜になると、人を襲う獣とか妖怪が活発で、危ないから……」

優希「え?」

 

 そう言われて森へ耳を傾けると……、聞える。遠吠えが、唸り声が、何者かの悲鳴が。それに、禍々(まがまが)しい圧力が、ビシビシと打ち付ける雨のように伝わって来る。

 こんな所に不用心に足を踏み入れ様ものなら……、まず生きて帰って来られないだろう。樹海よりも確実に死ねるね。

 

アリス?「あの……、人里で良ければ……。明日送るから、その……」

優希「?」

アリス?「……」

優希「??」

アリス?「………」

優希「???」

アリス?「…………」

優希「????」

アリス?「ぅ…………」

優希「?????」

アリス?「う……………」

優希「??????」

アリス?「う~……………」

優希「???????」

アリス?「うti……………っ」

優希「????????」

アリス?「家、泊まっていけば?」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 自称アリスさんは、赤い顔で上目遣いをしながら、凄まじい威力の呪文を唱えた。もう……死んだ……。

 




「家、泊まっていけば?」
言われてみたいです。

次回:「上海と蓬莱」 
あの2体の人形の話です。


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上海と蓬莱

最近急に暖かくというか、
暑くなってきました。
ちょうどいい気候の時が
激減している気がします。

地球温暖化、由々しき問題です。


チュン、チュン

 

 

 聞えてきたのは……小鳥の鳴き声? それに薄っすらと温かい光が……

 

優希「えーっと……」

 

 目を開けると僕はまた同じベッドの上にいた。

 

優希「アレ? どこまでが夢?」

 

 気付かない間に同じ状況に置かれると、人は何処までが現実で、夢or幻だったのか分からなくなる。となるのは僕だけ?

 

優希「でも……」

 

 あの顔であの表情。

 

優希「いい夢だったなぁ」

 

 「(家、泊まっていけば?)」今思い出してもヤバいヤバい! 反則でしょアレ!

 思い出しただけで顔が熱くなる。ついでに無性に暴れたくなり、枕を抱きしめベッドの上でジタバタ。

 

 

ビクッ!

 

 

 突然背筋に走る寒気。

 

 

じー……

 

 

 そして感じる突き刺さる様な、奇妙な視線。

 部屋を見回してみるけど、誰もいない。ここにいるのは僕一人。強いて言えば、昨日鞄を持ってきてくれたド○ーン内蔵人形が1体。テーブルの上にちょこんと、『お座り』の姿勢で置かれているくらい。さっきの視線の正体はコレかな?

 

優希「でもこれ、中どうなっているんだろ?」

 

 と、思うと気になって歯止めが利かなくなるのが僕の悪い癖。

 お店の物なのは分かっているけれど……ごめんなさい。少しだけ触らせてください。胸の内でそう思いながら、人形へ手を伸ば――

 

 

コンコン。がちゃ。

 

 

 と、そこにノックの音。そして直ぐに部屋の扉が開き、

 

??「あ、おはようございます。大丈夫ですか?」

 

 そこには自称アリスさんが。その瞬間、夢での出来事が脳裏を()ぎり……直視できません!

 

アリス?「あの、まだ、具合悪いですか? 昨日また倒れちゃったから、私心配で……」

優希「え? いつ?」

アリス?「覚えてませんか? 外に出て私が……」

 

 自称アリスさんはそこまで話すと、その白くて透き通る頬を、みるみる赤色に染めていった。そしてその反応でやっと理解した。「アレ夢じゃなかったのかーっ!?」と。

 

優希「思い出しました、思い出しました! ご迷惑をお掛けしてすみませんました!!」

アリス?「いえいえ。こちらこそごめんなさい」

優希「いえいえ、そんなそんな……」

 

 そして始まる謙遜合戦。僕も自称アリスさんも、引かずの大接戦。

 やがて2人の終点が見えなくなった頃、近くにあったド○ーン内蔵人形が突然動きだした。すると自称アリスさんの所まで飛んで行き……

 

人形「ホーラーイ……。ホラーイ」

 

 今しゃべった!? けど、そんなにパターン無さそうだね。

 一人ド○ーン内蔵人形の性能の考察をのほほんとしていると、

 

アリス?「えっ!? そんな……」

 

 自称アリスさんの表情が一変した。

 

優希「?」

アリス?「えっと……この子、蓬莱って名前なんですけど、蓬莱がベッドの上で枕を抱きしめて暴れているあなたを見たって……」

優希「!!!?」

 

 この言葉で僕の脳内は大パニック。

 

優希「(今のでそこまでしゃべったの!? じゃなくて見てた!? 見られてたのっ!? 中に小型無線カメラでもあるのっ!? あの人形スゴッ!! じゃなくて……は、は恥ずかしい~……ダメだ。もうオワタ)」

 

 学校で習った『穴があったら入りたい』っていうことわざ。まさにこういう時に使うんだろうと身を持って知った。大きな代償と共に。

 

アリス?「本当に大丈夫ですか? まだどこか苦しい?」

優希「へ?」

 

 予想外の反応。

 

人形「ホライッ!」ビシッ!

 

 あ、今のは何て言ったのか分かったかも。

 

優希「だ、大丈夫です。もうホントに」

アリス?「良かったぁ」

 

 ほっとため息を(こぼ)す自称アリスさん。どうやら本当に僕の事を気に掛けてくれていたみたいだ。更にこんな僕に、

 

アリス?「でも、また辛くなったら、遠慮しないで言って下さいね?」

 

 微笑みながら優しい言葉まで。

 自称アリスさんと話しをしていると、胸の奥がぽかぽかと温かくなる。人見知りで内気な僕だけど、すごく親切に接してくれる。それだけでも僕は本当に嬉しい。「これ以上の幸せはもうないだろう」と思っていた矢先……

 

アリス?「……その、朝ごはんを、ね……」

優希「?」

アリス?「……」

優希「??」

アリス?「……」

優希「???」

アリス?「ぁ……」

優希「????」

アリス?「ぁsa…」

優希「?????」

アリス?「朝ごはん作ったから一緒に食べませんか?」

 

 自称アリスさんは、首を傾げて恥じらいながら呪文を唱えた。

 と同時に、僕は緩もうとする表情を、バレない様に、見られない様に必死の思いで堪え

 

 

じー……

 

 

 その様子を『ホウライ』という名のド○ーン内蔵人形が、目を細めて見ていた。なんかこの人形苦手……

 

アリス?「どう……ですか?」

優希「はい、頂きます!」

 

 

--オタク朝食中--

 

 

 自称アリスさんが出してくれたのは、トースト、野菜スープ、ハムエッグ、牛乳と、まさにモーニングセットだった。野菜スープはコンソメ味で、少量の人参やキャベツ、トマトが入っている。スープを一口飲むと口の中に、優しい野菜の風味が広がり……

 

優希「わっ、優しい味。コレおいしいです!」

アリス?「へ!? あ、ありがとう……」

 

 僕は素直な感想を言ったつもりだったが、自称アリスさんは顔を隠す様にして(うつむ)いてしまった。なんか気に触れること言ったかな?

 用意してくれた朝食はもちろん全部完食。太め僕には少し物足りない量だったけど、さすがに『おかわり』をするのは気が引けたので、踏み留まった。

 そして食後に出してくれた温かい紅茶を飲みながら、ついに気になっていた事を尋ねてみた。

 

優希「あの……」

アリス?「はいっ!?」

優希「えっと、その、さっきの人形って……」

アリス?「蓬莱のことですか? 可愛いでしょ?」

優希「あ、はい。えっと……アレはあなたが動かしているんですか?」

アリス?「ちょっと違いますね。私の力で動いてはいるんですけど、基本は半自立思考で……」

優希「えーーーっ!?」

 

 意外な真実に「最新技術のAI搭載ですと!? すごいぞそれ!」と、一人で大興奮。ふと冷静になって、自称アリスさんに視線を戻すと、目を丸くしていた。

 

優希「あ、ごめんなさい。つぃ……」

アリス?「ぃ、ぃぇ……」

優希「……」

アリス?「……」

優希「……」

アリス?「ぁ、実はもう一人いて……」

 

 自称アリスさんがそう言うと、昨日見たもう一体のド○ーン内蔵人形が、スイーっと音も無く、(なめ)らかに飛んで来た。

 

アリス?「その子は上海。その子も半自立思考……」

 

 「ハイスペックの塊が今の目の前に!」その瞬間、僕の欲望は僕の体を支配し、わきわきと手を動かさせ、

 

優希「触ってみてもいいですか?」

 

 と、尋ねさせた。

 

アリス?「上海いい?」

 

 自称アリスさんが人形にそう尋ねると、

 

上海「シャ、シャンハーイ……」

 

 目の前のハイスペック人形は、衣装のエプロンの裾を掴んで、モジモジと恥ずかしそうな仕草をとり始めた。あまりの精巧な作りにただただ関心。ホントに人間みたい。許可はまだ貰ってないけれど、もう今からワクワクが止まりません。

 

アリス?「どうぞ。優しくしてあげてくださいね」

優希「あ、ありがとうございます」

 

 許可を頂いたところで、気持ちを抑えながら人形を持ち上げてみると、

 

優希「えっ?」

 

 それは予想以上に軽かった。まさにおもちゃ屋で売っている人形くらいの。

 感触は――すごく柔らかい。シリコン、もしくはゴム?何の素材かは分からないけれど、人に触れた時と同じ感じがする。しかも手、足、顔、腹どの部分を押してみても、どこも同じ様に柔らかい。電気部品の集合体であれば、部品や基板を守るために、固い物で保護する様に作る。だけど、それをどこにも感じない。何コレ? 不思議すぎ!

 などと脳内サミットを繰り広げていると、

 

上海「シャシャシャシャン、ハーーイィー」

 

 手の中の人形がくすぐったそうに大爆笑していた。こんな表情もするんだ、すごいな。

 と、ここで内蔵されているであろうド○ーンの事を思い出し、人形の服を(めく)ろうとしたその時、

 

 

バチンッ!!

 

 

 突然手の中にいた人形が浮き上がり、僕の頬を叩いた。というか殴った。そして人形は頬を赤くすると、ぷいっと視線を逸らして自称アリスさんの下へと飛んで行った。あまりにも予期せぬ出来事に、僕の頭は真っ白。驚きの白さです。

 

アリス?「ダメですよ」

優希「ぇ?」

アリス?「人形とは言えレディーなんですから。謝って下さい」

 

 困った様な表情を浮かべる自称アリスさん。「人形に謝れ」このまさかの展開に、動転しつつも、

 

優希「あ、その……ごめんなさぃ」

 

 素直に謝罪。

 

アリス?「上海も。悪気があったんじゃないんだから」

上海「シャ、シャンハーイ」

アリス?「『もうスカートは捲らないで』って。あと『ごめんなさい』って言ってます」

優希「いえ、こちらこそすみません……」

 

 人形に謝って、謝られて。人生初の経験。こんな珍体験、たぶんこの先もないだろう。それはそうと……どうしても気になる。あの人形の事が。格なる上は……

 

優希「あの、それどうやって動いたり、浮いたりしているんですか?」

 

 聞いてみるのみ! ……というか最初からこうすればよかった? 僕が尋ねると自称アリスさんは、当然の様に答えた、

 

アリス?「え? 魔法」

 

 その答えに僕は「はぃ?」と言葉に出さなくとも、目を点にした。

 

アリス?「私、魔法使いで人形を操るの」

 

 更に続けて説明してくれたけど、僕は「またまたぁ」とか、「海斗君もそんな事言ってたなぁ」とか思いながら、その話を半分も信じていなかった。

 すると、僕が疑っている事を察したのか、自称アリスさんは眉を八の字にし、首を傾げ、見るからに困った表情を浮かべていた。なんかすごく罪悪感…。でも、信じようにも『魔法』ってそんな物…。

 お互い暫く沈黙。ただ無意味に流れる気まずい時間。「何かこの状況を変えられるきっかけが欲しい」、そう思っていた矢先の事だった。

 

??「おーい、アリスーッ! いるかぁー!?」

 

 外から自称アリスさんを呼ぶ、歯切れのいい女性の声が聞こえて来たのは。




最新の家電を目にすると、
『欲しくなる』のではなく、
『分解したくなる』です。
この気持ちを分かって頂ける方は
あまりいないかもしれませんが。

次回:「もう一人の魔法使い」
もう言わずもがなです。


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もう一人の魔法使い_※挿絵有

ここにきてようやく自機登場です。

公式設定と違うところが多々ありますが、
ご了承ください。


ガチャ

 

 

 元気な掛け声と共に扉を開けて入ってきた女性は、白黒の服に、黒い魔法使いが被る様な帽子を被っていた。全体的にオセロ状態のおかげで、金色の長い髪が妙に際立って見える。誰だろう? 自称アリスさんの友達かな?

 

アリス?「あ、おはよう。何?」

??「この前のクッキーを……」

 

 彼女は自称アリスさんを見ながらそこまで話すと、こちらへ視線を移して、

 

??「ってお前誰だ?」

 

 初対面の僕にいきなり『お前』と……

 

アリス?「えっと、昨日森で倒れていて、その……」

??「ん? あぁ泊めてやったのか。で? どこまでいった?」

 

 はいぃぃ!? 平然とした顔でいきなり何言ってんの、この人っ!?

 

アリス?「なななな何もしてないよぉ」

 

 自称アリスさんも顔を赤くしてテンパり始めた。すると白黒の女性は帽子の後ろで手を組むと、

 

??「ふーん……なーんだ。つまんねぇの」

 

 冷めきった視線でそう言い放った。そしてその姿勢のまま今度は

 

??「で、コイツどっから来たんだ? 何か言ってたか?」

 

 僕の事を『コイツ』呼ばわり。でも、僕なんてそんなもんだよね……。いいですコイツで。

 

アリス?「えっと色々話しはしたけど、まだ何も……」

??「え!? 会話? コイツとアリスで? それ本当に会話だったのか?」

 

 

グサッ!

 

 

 「それ本当に会話だったのか?」なかなかの威力の呪文に、僕はダメージを負った。

 

アリス?「ちゃ、ちゃんと会話したわよ。それにさっきだって……」

??「『会話』っていうのはなぁ、言葉のキャッチボールだぞ? 投げっぱなしになってなかったか?」

 

 

グサッ!

 

 

 「会話 = 言葉のキャッチボール」そしてそれに続く云々(うんぬん)。強烈な威力の呪文に、僕は先程以上にダメージを負った。

 しかし僕へのダメージはまだ終わらなかった。これまで以上の最大級のダメージ。というか止めとなる呪文。その詠唱者は、

 

 アリス?「ヒドイよ……頑張ったのに……」

 

 

グサグサグサグサッ!

 

 

 自称アリスさん。僕は知らず知らず気を使わせ、頑張らせてしまっていたみたいだ。もう謝罪の言葉しか見当たらない。

 

優希「ごめんなさい……」

 

 心の声はいつの間にか言の葉となって(こぼ)れ落ちていた。

 

アリス?「え??」

??「は??」

 

 でもそれは2人には通じていなかったというか、的外れといった具合で、思いっきり頭に『?』を作られた。

 

??「なんでお前が謝るんだze☆? お前には何も言ってないze☆?」

優希「え? そうだったんですか? すみません勘違いして……でも、なんか、すみません……」

??「ん~?」

 

 僕の顔を目を細めて覗いて来る白黒の女性。つい気まずくなって、視線を()らしてしまった。するとその人は自称アリスさんと僕を見比べて、

 

??「お前らって……」

 

 何かを言おうとしていたけど、

 

??「まぁいいや。で、名前は?」

 

 話を切り替えられてしまった。

 

優希「優希です。あなたは?」

 

 僕がそう尋ねると、その人は左手にピースサインを作り、左目へと向ける『かし○まっ!』のポーズで、

 

マリサ?「私は『普通の魔法使い』、霧雨(きりさめ)魔理沙(まりさ)ちゃんだze☆」

 

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 自己紹介をしてくれた。キリサメ……マリサ? ぜ? あれ?

 そのタイミングで、脳裏を過ぎる海斗君の言葉。

 『尊敬という意味では魔理沙かな。あんなイケメンになりたいぜ!』

 という事は、この人は海斗君が言っていた魔理沙!? のコスプレをした人って事だよね? 東方すごいね、大人気だね。

 と思うのと同時に、浮上する疑問。というよりも、ずっと気になっていた事。僕はそれを、

 

優希「なんで東方のコスプレしているんですか?」

 

 ついに口にして尋ねた。でも自称のお2人は、

 

アリス?「…?」

マリサ?「…??」

 

 「何それ?」的な表情で、首を傾げて僕に視線を向けていた。

 

優希「え? それ『東方Project』のキャラクターの衣装ですよね?」

マリサ?「は? 何だそれ? お前外来人か?」

アリス?「魔理沙……」

優希「外来人?」

 

 今度はこっちが「何それ?」状態。

 

マリサ?「外の世界から来たやつのことを、ここではそう呼ぶんだze☆ ここは幻想郷だze☆」

優希「ウソ……」

 

 僕は自称魔理沙さんの言う事が信じられず、自称アリスさんの方へ助けを求める様に視線を向けた。

 

アリス?「そう……あなたは私達からすれば、異世界の人……」

 

 でも自称アリスさんから言われたのは、それを肯定する内容だった。

 

マリサ?「一応言っとくが、夢でも幻でもないze☆」

優希「そんな……信じられません」

マリサ?「って言われてもなぁ。どうすれば信じてくれるんだ?」

 

 「何をすれば信じられるか」そう聞かれて、緊急脳内サミットを開催。中途半端な物では納得できない。ここが僕のいた世界とは違う世界で、2人が言っている事が全部本当だとしたら、もし本人だとしたら……

 

優希「……魔法。そうだ、魔法を見せてください」

アリス?「私の魔法じゃ信用できませんか?」

優希「いえ、そうじゃなくて……」

マリサ?「魔理沙ちゃんは別に構わないze☆ じゃあとっておきを見せてやるze☆」

 

 そう言い残すと、自称(?)魔理沙さんは帽子の中から小さな箱を取り出し、森に向かってそれを構えた。

 

アリス?「ちょ、ちょっと魔理沙ッ!?」

マリサ?「いくze☆『恋符:マスタースパーク』!」

 

 

ビ=====================ム

 

【挿絵表示】

 

 

 自称(?)魔理沙さんが呪文の様な言葉を言い放った瞬間、太くて眩い光が箱から放たれた。反動で吹く風がまるで台風の様に強い。それも太い僕が飛ばされそうになる程に。

 光りと風が収まって暫くすると、(くら)んでいた目が徐々に慣れてきた。自称(?)魔理沙さんが見つめるその先には…………ぽっかりと道が。大森林に巨大な一本道ができていた。

 

マリサ?「うーん! 今日も調子いいな。弾幕はパワーだze☆」

アリス?「魔理沙! どうするのよコレ!」

 

 満足気に大きく伸びをする自称(?)魔理沙さん。そして森に出来上がった道を指差しながら怒る自称(?)アリスさん。僕、ぽかーん。『開いた口が塞がらない』とは、まさにこの事だと思う。

 

マリサ?「別にいいじゃないかよ。減るもんじゃないし」

 

 ガッツリ減ってますよ。

 

アリス?「これじゃあ丸見えじゃない!」

マリサ?「どうせ誰も来ないだろ? それよりもこの先、魔理沙ちゃんの家だze☆ 魔理沙ちゃんはそっちの方が心配だze☆」

 

 「じゃあなぜこっちに向けたんですか?」というのは聞くだけ野暮だろう。

 

アリス?「もう! 家が無くなっていても泊めてあげないから!」

 

 苦労されているんですね。分かります。

 

マリサ?「で? 信じてくれたか?」

優希「はい、少しは。じゃあ空飛べますか?」

 

 僕がそう尋ねると、自称(?)魔理沙さんは、

 

マリサ?「ん? 空を飛べばいいのか?」

 

 「おやすい御用」とでも言う様に、颯爽(さっそう)(ほうき)(またが)ると、あっという間に、しかもいとも簡単に、上空へと飛んで行ってしまった。あまりにも呆気なく繰り広げられる摩訶不思議現象に思わず、

 

優希「えー……」

 

 もうコレしか言えない。この時点で僕は薄々気付き始めていた。でも最後にと、側にいたアリスさんにも恐る恐る同じ事を尋ねてみた。

 

優希「あの、アリスさん……も?」

アリス?「はい、飛べますよ」

 

 返事はあっさり「Yes」。するとアリスさんは、ふわりと宙に浮くと、まるで優しく吹く風に身を任せる様に、ゆっくりと青い空へと飛んで行った。

 温かい朝日が、短い金色の髪をキラキラと輝かせ、柔らかく通り過ぎるそよ風が、青いドレスをヒラヒラなびかさせ、雲一つない澄んだ空が、その姿を写しだすキャンバス。

 その有名絵画の様な光景に思わず、

 

優希「綺麗……天使みたい」

 

 口から零れていた。

 

アリス?「え?」

 

【挿絵表示】

 

 

優希「ぃゃぃゃ、いやいや何も言ってないです!」

アリス?「あ……ぅん」

 

 聞こえてた? 聞かれた? 恥ずかすぃーーーッ!

 顔は一気に熱くなり、心臓はバクバク。脳内は大沸騰。お互い無言のまま、気まずい感じになっていると、魔理沙さんがタイミング良く下りて来てくれた。

 

魔理「で? 次は何をすればいいんだ?」

優希「いえ、もう大丈夫です。アリスさん、魔理沙さん。疑ってすみませんでした」

 

 もう全てを信じます。ここが異世界だって事、あなた達がご本人だって事を。

 

魔理「そうそう。そうやって最初から素直に信じていればよかったんだze☆」

アリ「魔理沙ッ! 混乱していただけですよね?」

 

 なに……このアメとムチ。

 

 

--少女説明中--

 

 

魔理「霊夢ならもう帰って来てると思うze☆? なんなら今からちょっと行ってみるか? いたら外の世界に戻してくれるはずだze☆」

優希「ほ、本当ですか!?」

アリ「ええ、霊夢なら何とかしてくれますよ」

 

 「元の世界に帰れる」そう聞いて僕の心境は……正直複雑だ。楽しい事もあるけれど、それ以上に辛い事ばかりのあの世界。もう少しだけ居たい様な……でもお母さんが心配するかな? するよね。

 この『幻想郷』という世界に来て、まだ半日程度しか経っていないけど、大きな宝物をもらった様な、そんな気分だ。特にアリスさんとの出会いとか。一生の思い出だ。「帰ったら海斗君に自慢しよ」などの僕の(よこしま)な考えを見抜かれたのか、

 

魔理「でも先に言っておくけど、ここでの記憶は全部消されるze☆」

 

 魔理沙さんから衝撃の一言が。

 

優希「えーーーーーーーーっ!?」

 

 「記憶を消される」どうやってやるのかは分からないけど、その言葉に思わず大絶叫。すると魔理沙さんは腰に両手を添えると、呆れ顔でさも当然の様に語り出した。

 

魔理「そりゃそうだze☆ 外の世界の連中に、ここの事を知れたりなんかしたら、魔理沙ちゃん達行く所なくなるze☆」

優希「え? そうなんですか?」

アリ「えぇ……元々外の世界では訳あって、生きていけなくなった者達が来る場所なので」

魔理「魔法使い、妖怪、妖精、鬼。どれも外の世界では恰好の見世物になっちまうze☆」

優希「そんなにいっぱいいるんですか!?」

 

 その後も僕は、アリスさんと魔理沙さんから幻想卿について色々教えてもらった。現在となっては迷信や神話になっている者達が、この世界で自由にのびのびと暮らしている事や、普通の人間が暮らしている里があるという事。それに霊界、天界もあるという事も。

 

優希「す、すごい」

魔理「で、それらをまとめて管理している一人が、魔理沙ちゃんの友達の霊夢だze☆」

 

 という事は、僕がいた世界では大統領とか、総理大臣とか、知事とか、そういう人って事だよね? そう思うとその人って……

 

優希「すごい方なんですね」

 

 素直にそう思った。きっとしっかり者で、器が大きくて、皆から(した)われるそんな人なんだろうと思った。でも2人は……

 

  『肩書きだけはねっ!』

優希「え? それってどういう…??」

魔理「実際に会えばわかるze☆ そいじゃあ、飛んで行くか?」

優希「え、僕はどうしたら」

魔理「魔理沙ちゃんが乗せてやるze☆」

 

 魔理沙さんは箒に跨りながらそう言うと、親指で後ろに乗れと合図を送りながら、

 

魔理「ほら、後ろに乗れよ」

 

 決め台詞。この瞬間、僕「あらやだ、イケメン」と乙女になりました。と同時に、海斗君が言っていた『魔理沙さん≒イケメン』の方程式に、「こういう事か」と納得。

 

優希「でも、僕……重いですよ?」

魔理「空飛ぶのに重さは関係ないze☆ 早く乗った乗った」

 

 魔理沙さんが急かしてくるので渋々、ドキドキしながら後ろへ。

 

優希「よ、よろしく……お願い……します」

 

 なるべく平常心を装ってみるも、女の子の背中にここまで接近したことなんて初めて。緊張感MAX。落ち着け……素数を数えて落ち着くんだ! 2,3,5,7、11、13、17、19、23……。

 そんな余裕の無い僕の事をお構いなしに魔理沙さんは、

 

魔理「そんなつかまり方だと落ちるze☆ 魔理沙ちゃんの腰にしっかりと掴まりな!」

 

 と、僕の手を取ると爽やかに腰へと導いた。もう僕の頭の中は……特大パニック状態です!

 おお女の人がぼぼぼ僕のててて手を握ったぁッ!

 おお女の人にふふふ触れたぁぁぁぁぁぁぁッ!!

 おお女の人のこここ腰にててて手がぁぁッ!!!

 おお女の人とみみみ密着うううぅぅぅッ!!!!

 うわわわわ……

 

魔理「(くすぐ)ったりエッチな事したら、振り落すze☆」

優希「は、はひっ!」

アリ「魔理沙、ゆっくり行きなさいよ」

魔理「そいつは……。約束できないzeーー☆」

優希「どわーー……☆」

アリ「もう、魔理沙待ちなさいよ!」

 

 

--オタク飛行中--

 

 

 スタートから「振り落とされるッ!」と思う程の急発進。今はそこまでの速度ではないけど……

 

魔理「どうだ? 初めて生身で空を飛んてみた感想は?」

 

 乗り心地? 両足はプラプラ。安全のためのシートベルト? そんな物ありません。快適な空の旅? ありえません。感想? そんなの……

 

優希「コワイコワイコワイコワイ……」

 

 に決まってます!

 

魔理「めったに経験できない事なんだから、もっと楽しめよなぁ」

 

 魔理沙さんが残念そうに言ってるけど、そんなの……

 

優希「ムリムリムリムリムリムリ」

 

 に決まってます!

 もう目なんか開けてられない。魔理沙さんにしがみ付くので必死。(うら)ましい? なら今すぐに変わって下さい!

 恐怖のあまり魔理沙さんを掴む手にも力が入る。というより、それでギブアップの合図を送ったつもりだった。「きっと察して、もう終わりにしてくれるだろう」そう思っていた。

 でもそれは、甘かった。

 

魔理「じゃあ強制的に……」ニヤッ

 

 

ゾクッ!

 

 

 魔理沙さんのその言葉と共に、背筋に走る悪寒。見なくても分かった。今、魔理沙さんがすごく悪い顔をしていると。そして僕の懸念は。

 

魔理「体に覚えさせてやるzeーーー☆」

 

 現実に。魔理沙さんは再び速度を上げると、更に上へ上へと上昇し始めた。

 

優希「ちょっとーーーッ!」

 

 この間たったの数十秒? それくらいだったと思う。でも僕にとっては長い悪夢の時間だった。やがて移動速度が徐々にゆっくりになっていき、完全に0になった時――

 

魔理「ほれ、見てみろ。これが幻想郷だze☆」

 

 そう言われて恐る恐る目を開いてみると、そこには山々に囲まれた綺麗な大自然と森、洋風の大きな屋敷、山の上の神社そして、村。壮大な景色に、思わず目が釘付けになった。

 

魔理「ここまで来れば、高さなんて気にならないだろ?」

優希「はい、多少は。すごく綺麗なところですね」

魔理「そうか? ずっとここにいるから特に何も感じないけど、他所から来た人にはそう見えるのか?」

優希「田舎のお婆ちゃんの家より自然が多いです」

魔理「お前今馬鹿にしたのか?」

 

 目を細めて鋭い視線を向けてくる魔理沙さん。そしてこの瞬間、

 

 

ゾクッゾクッ!

 

 

 背筋に走る先程以上のイヤな予感。

 

優希「いえいえいえいえ、そういうつもりでは……」

 

 予感を予知にしないために、必死に弁明。

 

魔理「フッフッフッ……許さん!」

 

 でもそれは通じず、

 

魔理「お仕置きだzeー☆」

 

 執行された。

 今度は先程とは打って変わって垂直に急降下。しかも後ろ向きという、とんでもない姿勢で。進行方向が見えない分、恐怖は倍増。地上というデッドラインがあるという事実に、恐怖は更に倍増。計4倍。故に、

 

優希「ご、ごめんなさーッい! 一生のお願いです! 元に戻してーッ!!」

 

 涙を流しながら、人生最大急のお願いをする事に。

 

魔理「はーっ? よく聞こえないzeーー☆」

優希「絶対ウソだーッ!」

 

 「地上まであと何m?」と先が見えない恐怖に怯えていると、

 

 

ピタッ!

 

 

 止まった……? 電車が緊急停止をするかの様に、なんの前触れも無く止まった。すると自然と心の底から「助かったぁ」と大きなため息が零れ落ちた。

 

魔理「おい、後ろ見てみろよ」

 

 僕を見て悪戯な笑顔を浮かべる魔理沙さん。その真意は分からなかったけど、言われるがまま後ろを振り返ると……地面はもうすぐそこだった。というか、もう足が届く所だった。一気に血の気が引いた。そして、魔理沙さんのあの小悪魔っぽい笑顔の意味をようやく理解した。

 

優希「あの……魔理沙さん?地面まであと少しなんですが?」

魔理「すごいだろ? 結構練習したんだze☆?」

 

 ドヤドヤしながら語る魔理沙さんに、「暇なんですね」とは口が裂けても言えない。「もう一回おしおきだze☆」なんて事になったら、次は命がないかも……。

 

優希「ふ~~~……」

 

 一応、無事着地。込み上げてくる幸福感と絶大なる安心感。地に足が着くってこんなにもホッとするんですね。でも、ちょっと楽しかったかも。

 地面に腰を下ろして休んでいると、魔理沙さんが指差しながら声を掛けてきた。

 

魔理「あの上が目的地だze☆」

 

 その指の先に視線を移すと、そこには長い階段が。更に頂上には鳥居の様な物が小さく見える。

 

優輝「神社……ですか?」

魔理「ピンポーン、正解だze☆ 『博麗神社』、そこに霊夢がいるze☆」

 

 魔理沙さんから紹介された神社をぼんやりと眺めていると、

 

??「魔理沙ー、優希さーん」

 

 少し離れた所から声が。

 

魔理「おっ、アリスー! こっちだzeー☆!」

 

 その声に魔理沙さんが大きな声で反応すると、先程見た優雅な飛行からは想像できない速度でアリスさんが飛んで来た。今、アリスさんが僕のことを「優希さん」って。もう一回呼んでくれないかな?

 

アリ「魔理沙ッ! あんなにスピード出して! ()()()()が落ちたらどうするのよ!」

 

 もう夢が叶いました。

 

魔理「大丈夫だったんだから別にいいだろ? じゃ、魔理沙ちゃんは先に行ってるze☆」

 

 再び箒に跨って上昇する魔理沙さん。僕を残して。

 

優希「え? 僕、歩くんですか?」

魔理「初めての人は、必ず階段を歩いて上るのが習わしだze☆ アリスも行くぞー」

アリ「え、え? ちょ、ちょっと魔理沙!?」

 

 「どうしていいのか分からない」といった様子で、僕と魔理沙さんを交互にキョロキョロと見ながら慌て出すアリスさん。なんか気を使わせてしまって、悪い気がする……。

 

優希「どうぞ僕に構わず、先に行ってください」

アリ「ご、ごめんなさい。ではお言葉に甘えて、お先に失礼します」

 

 アリスさんは僕に一礼しながらそう言い残すと、また優雅に神社まで飛んで行った。

 辺りはとても静か。聞こえるのは風に揺れる木々の音だけ。

 海斗君と『電気とアニメの街』で楽しく買い物をして、電車に乗ったところまでは覚えてる。けど、その後気付けば異世界。名前は『幻想郷』。

 そして出会った2人の魔法使い、アリスさんと魔理沙さん。2人ともタイプは違うけれど、優しくて話していてすごく楽しかった。

 今2人と別れて改めて気付かされる。「1人って、孤独って淋しい」って。階段、がんばろ……。

 




霧雨魔理沙さん登場です。
そして初のスペカでした。

次回:「博麗の巫女」
もうまんまですね


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博麗の巫女_※挿絵有

東方Projectのシューティングゲームの
動画を最近初めて見ました。

動画をみた素直な感想、
①クリア、ムリじゃない?
②うp主は達人!?
③目がー!





優希「ゼェーッ……、ゼェーッ……、ゼェーッ……」

 

 長い階段をようやく上りきったのはいいけど、息は切れ切れ、汗はダラダラ、喉はカラカラ、足はパンパン。

 自分の体の重さと体力の無さを今日程恨んだことはない。「ちょっと一休み」にと、傍にあった鳥居に手をかけて休んでいると、黒髪に赤い大きなリボンをのせた赤い服の女の人がニコニコしながらやって来た。服と大きな白い袖が分離しているせいで肩と脇が見事に露出。寒くないのかな?

 その奇妙な服装に疑問を抱いていると、

 

??「お水です。どうぞ」

 

【挿絵表示】

 

 

 清々しい笑顔でコップが乗ったトレイを僕に差し出してきた。コレ、「僕に」って事でいいんだよね? 他に誰もいないし。優しい人だな。でも同じトレイにある貯金箱みたいな、小さな賽銭箱(?)が気になるところではあるけど……。

 

優希「ィ、ィタダキマス……」

 

 お言葉に甘えて、ありがたくコップに手を伸ばし

 

 

ごくっ、ごくっ、ごくっ……

 

 

 一気飲み。枯れた喉にスーッと染み渡る冷たい水。旨しッ! はぁ……助かった。

 

優希「アリガトウゴザイマシタ……」

 

 感謝の言葉と共にコップをトレイに戻すと、

 

??「では、感謝の気持ちをこちらに」

 

 小さな賽銭箱をズイッと押し付けてきた。

 

優希「へ!?」

 

 僕、目が点。そして薄々察しました。コレってつまり……

 

??「お気持ちで構いませんので」

 

 やっぱりーっ! あの笑顔の実態は「金ヅルみっけ」という事だったのだろう。僕のこの人への株価は急転直下。「騙された」とか「カツアゲ怖い」とかそんな気分に。急に「金出せ」と言われても、持って来ていないし、何より……

 

??「霊夢! あなた何してるの!」

 

 そこへ助け舟。アリスさんが奥の境内の方から怖い顔をしてやって来た。

 

??「チッ……」

優希「え? レイム? こ、この人……? 今舌打ち……」

 

 

ギロッ!

 

 

 思いっきり睨まれました。ごめんなさい。僕の勘違いです。空耳です。

 

霊夢「何もしてないわよ。ただこの人が、息は切れ切れ、汗はダラダラで、かなり気持ち悪かったけれど、喉がカラカラみたいだったから、お水を差し上げただけよ」

 

 今思いっきりディスられました。そんなにはっきり言わなくても……

 

アリ「本当に? 優希さん、お金請求されませんでしたか?」

 

 心配してくれるアリスさん。ここははっきり言った方がいいよね?

 

優希「え、えっと……」

 

 

ギローーー……ッ

 

 

 霊夢さんがこれまた思いっきりこちらを睨んでいる。言いません。言えません。その先は。

 

優希「へ、平気でしたよ」

 

 結果、霊夢さんの威圧に圧倒されて事実とは180°異なる事実を。

 

霊夢「そうよ、私は()()に、お水を()()で上げただけよ。ネー!」

 

 最後の『ネー』を強調しながら、尚も鋭い目つきで同意を求めて来る。これって脅迫だよね?

 するとアリスさんは大きくため息を吐き、

 

アリ「もう……霊夢は見境ないんだから……」

 

 全てを察している様な言葉を残した。そのお言葉、僕は凄く救われた気がします。

 

アリ「霊夢、この人がさっき説明した優希さんよ。優希さん、コレがさっき話をした霊夢です」

霊夢「初めまして()()です。どうぞよしく」

優希「ゅ、優希デス……」ドキドキ

 

 アリスさんの仲介でお互いに自己紹介。と、そこへ

 

??「優希―! お疲れちゃ~ん!」

 

 アリスさんが来た方角から魔理沙さんが、山○十平衛が持っていそうな、大きな煎餅を咥えながら、手を振って悠々(ゆうゆう)とやって来た。

 

 

バリッ

 

 

魔理「はいはんはらはっはろ?」ボリボリ

優希「はい、階段長かったです。大変でした」

 

 

バリッ

 

 

魔理「ほおはいはんおへいえ、はへほおおひあほはいんはお」ボリボリ

優希「この階段のせいで? 誰も、来ない? そうなんですか」

アリ「魔理沙、口に物を入れてしゃべらないで。いつも言ってるじゃない。女の子でしょ?」

霊夢「あんたも良く分かるわね。もはや暗号よ」

 

 行儀の悪さに耐えられなくなったアリスからの注意に、魔理沙さんは

 

 

バリバリッ、ボリボリッ、ゴクッ。

 

 

 煎餅を早食い。そして何食わぬ顔で、

 

魔理「で、いつ帰せるんだ?」

 

 唐突に本題へと移った。

 

霊夢「ホントにあんた突然ね」

優希「帰れる……んですか?」

霊夢「安定した結界をほんの少し調整して、その間に外の世界に行けば帰れるわよ」

アリ「よかったですね」

優希「はい……」

 

 アリスさんにも笑顔で言われたけど……正直複雑だ。「帰りたいか?」と聞かれれば、そうでもない。「帰らなければならない」と思えば、渋々。「帰れ」と命令されれば、きっと素直に従うだろう。そんなフラフラ、ゆらゆら揺れる優柔不断な考えの中、

 

霊夢「で・も!」

 

 霊夢さんが逆説の接続詞をはっきりと、強めに言い放った。

 

  『???』

 

 僕、アリスさん、魔理沙さん、「何か?」状態。

 

霊夢「今すっごい不安定だから当分ムリ」

優希「え? 当分ってどれくらいですか?」

 

 「今はまだ帰れない」そう言われて、少し嬉しかった。安心していた。現実逃避だった。けど

 

霊夢「少なく見積もっても2~3年ってとこね」

  『えーーーーーッ!?』

 

 さすがに年単位だとは思わなかった。

 

霊夢「残念だけど、これが今の状況なの」

魔理「何が原因なんだze☆?」

霊夢「それが分からないから、昨日も昼からあちこち飛んでいたのよ」

優希「僕……これからどうすれば……」

アリ「優希さん……」

霊夢「今アリスの家にいるんでしょ? ならそのまま世話になれば?」

魔理「そうだ! それがいいze☆」

優希「いやいやいやいや、あなた方は別にいいかも知れませんけど、僕なんかがずっといたら、アリスさんにご迷惑を……」

 

 これは本心ではない。

 誰だってアリスさんみたいに優しくて、綺麗な人と一緒に一つ屋根の下で生活できるとなれば喜ぶだろう。でもそれはこちらの意見。アリスさんはそっと静かに過ごしていたいはず。だから邪魔をしてはいけないんだ。

 

優希「アリスさん、気にしないでください。僕が何か方法を見つけますので……」

アリ「ゎたしは、……けど」

優希「?」

アリ「……」

優希「??」

アリ「………」

優希「???」

アリ「………ゃ」

優希「????」

アリ「わta………ゃ」

優希「??????」

アリ「わ、私と一緒じゃ……イヤ、かな?」

 

【挿絵表示】

 

 

 イイエ! ぜひ! 喜んで!

 当面の間、アリスさんのご好意に甘えて、引き続きお世話になることに。もう天にも昇る気持ちです。ただ、服やら下着やらが今着ている物しかないので、これから『人里』と呼ばれる場所へ買い物に行くことになった。

 けど――

 

魔理「おまえ昨日からその服装だったのか!? おえっ……」

霊夢「人としてどうなのそれ……」

 

 後退りで距離を置かれるは、白い目を向けられるはで完全に汚物扱い。汚れているには間違いないのだけれど……

 

優希「新しい服を買いますので、その目をやめて下さい……」

 

 もう泣きたい。

 

魔理「じゃあとっとと行こうze☆ あ、言っておくけど、魔理沙ちゃんは乗せないからな! さっき息は切れ切れ、汗はダラダラで、その上、昨日から服を着替えてない! そんな気持ち悪いのはご勘弁だze☆」

 

 もう泣いてもいいかな?

 

霊夢「人里はここを下って、道なりに行けば着くんだから、みんなで歩いて行けばいいじゃない」

 

 霊夢さんからの提案。魔理沙さんとアリスさんには迷惑を掛けてしまうけれど、僕が汚物状態である以上、仕方のない事。でも、魔理沙さんは……

 

魔理「歩くのは面倒だze☆」

 

 それすらもバッサリ。

 

魔理「魔理沙ちゃんは、ゆっくり低空飛行だze☆」

アリ「もー……好きにしなさいよ。優希さん。安心してくださいね。私は歩きますから」

 

 アリスさんがにっこりとほほ笑んでくれた。ホントいい人。この2人とは大違いです。と、ここで思い出す問題点。

 

優希「あ、でも僕ここのお金持ってないです」

 

 そう、この世界の通貨事情。霊夢さんに「金出せ」って言われた時に、頭を過ぎった事。「お金って、僕の世界と同じ?」という事。そんな僕の疑問に、3人は「そう言えば」といった表情を浮かべ、

 

霊夢「アリス今いくらある?」

アリ「少しだけ、家に戻ってもあまり……」

魔理「魔理沙ちゃんはセロだze☆」

 

 緊急会議。でも、3人とも手持ちがあまりないと知ると、

 

霊夢「はぁー……しょうがないわね。ちょっと待ってなさい」

 

 霊夢さんはそう言い残して、境内へと歩を進めていった。

 

 

--オタク待機中--

 

 

 数分後、戻って来た霊夢さんの手には、短冊の様な物が。

 

霊夢「私の霊力を込めたお札よ。必要な物をコレと交換してもらいなさい」

優希「物々交換もアリなんですね」

霊夢「本来はあまりやらないわ。でもこの際は仕方ないじゃない。このお札は魔除けの効果が抜群だから、必要な人からすると結構な価値になるはずよ。そういう人を探して売れれば話は早いけど、いなければ店で直接交換しなさい」

優希「ありがとうございます」

霊夢「人を見る目と交渉は、そこの2人に任せるといいわ。あんたそういうの苦手そうだし」

 

 よくわかりましたね。そうなんです。コミュニケーションは大の苦手なんです。

 

霊夢「それとコレ。あんたに」

優希「ああありがとうございます。え、えっと……お、お守り?」

 

 お札と共に渡されたのは、掌サイズの『博霊神社』と書かれた赤い小袋。誰が見ても思うだろう。「コレはお守りだ」と。

 

霊夢「それにもお札が入っているわ。しかも超強力なね。幻想郷は平和そうに見えるけど、厄介なヤツ等もいるから、肌身離さず持ってなさい」

優希「は、はぁ……」

霊夢「じゃあいってらっしゃい。魔理沙、アリス、コイツの事任せたわ」

  『はーい、いってきまーす』

 

 霊夢さんに見送られ、目指すは人の集落『人里』。どんな所なのか今から楽しみです。

 

 

--優希達が去った博霊神社では--

 

 

 友人2人と外来人を見送る彼女。1人残った彼女は、3人の姿が完全に見えなくなったタイミングで、

 

霊夢「(ゆかり)。いるんでしょ?」

 

 まるで独り言の様に、まるでその者がそこにいるかの様に、その名を(つぶや)いた。

 

紫 「呼んだかしら?」

霊夢「アレ、渡したわよ。アイツがそうなの?」

紫 「ええ、彼がそうよ」

霊夢「アリス……大丈夫かしら……」




公式設定でも幻想郷の妖怪は
人間を襲うことがデフォルトみたいですね。

次回:「人里で」
いよいよ人里デビューです。


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人里で_※挿絵有

この章での話を書く時、
幻想郷の地図をよく調べるようになりました。
地図は色々種類がありましたが、
気に入った物があったので、
そちらに沿って書いています。


優希「や……っと……はぁ……はぁ……」

 

 神社から人里までの道のりは、人が歩き易い様に簡易的に舗装されてはいたものの、先程の長い上り階段の件もあり、運動不足の僕にはかなり応えた。今までの運動量だけで5kgぐらい減った気がする……

 

魔理「お前大丈夫か? 顔青いze☆」

アリ「まずは休憩にしましょうか? 甘味処はすぐそこにありますし」

 

 そう優しい言葉を掛けてくれるアリスさんは、息切れもなく汗一つかいていなかった。ずっと一緒に歩いて来たのに……

 

優希「す、すみません。アリスさんは、疲れて……ないんですか?」

アリ「私は慣れてるから……」

 

 女性で細いアリスさんよりも(おと)っているなんて……自分の体力と筋力の無さに落ち込んでくる。

 

魔理「あれだけでへばるなんて、お前相当弱いな」

 

 

グサッ!

 

 

 キツイ一言。その上本当の事で反論の余地無し。けど……あなたはフヨフヨ浮いてただけですよね?

 

アリ「魔理沙、あなたホントに程々にしなさいよ! 優希さん、どうしますか?」

 

 アリスさんの気遣いが嬉しい。自然と元気が出てくる。でも、これに甘えていてはいけない。まだ心臓が強く打ち付けるけれど、

 

優希「大丈夫です。もう大分落ち着きました」

 

 頑張ります。

 

魔理「じゃあ早速、札を換金しに行こうze☆」

優希「この札を必要としていそうな人って、どんな人でしょうね?」

アリ「うーん……」

魔理「言われてみればだze★……」

 

 いざ勇んで進もうとしたものの、3人揃って唸り出す事態に。でも、それはアリスさんの何気ない一言で一気に解決する事に。

 

アリ「人里から離れた場所から仕入れをしている飲食店とか?」

魔理「それだze☆ それなら心当たりがあるze☆」

 

 アリスさんを指差しながら大きな声を上げる魔理沙さん。すると自信満々に歩き出し、僕とアリスさんは一度顔を見合わせた後、急ぎ足で追いかけた。

 人里はまさに時代劇に出てくるような町並み。八百屋、酒屋、鍛冶屋、ラーメン屋、色々な店が並び、すれ違う人達は和服姿の人が殆ど。僕のいた世界とは全く違った町の風景に、思わずキョロキョロ。とそこに、

 

??「それではみなさん、お菓子の値段をノートに書いて来て下さい」

  「『はーい!』なのかー」

 

 子供達の元気で明るい声が聞こえて来た。生徒達と先生……かな?生徒の中には羽の生えた子供まで。飾り……じゃないよね?

 

優希「アリスさん、あの子達って……」

 

 気になり過ぎて羽の生えた子供達に視線がロックオン。そして心の声が漏れたかの様に、隣のアリスさんに尋ねていた。

 

アリ「寺子屋の生徒達ですよ」

 

 その回答に耳を疑った。寺子屋? 寺子屋って学校の歴史の授業で習ったアレ? 学校のことだよね?

 

アリ「人間の他に、妖精や妖怪も少しいるんです」

優希「妖精と妖怪が人と一緒に勉強を?」

アリ「ええ、寺子屋は幻想郷に一つしかないので」

 

 アリスさんはそう答えてくれたけれど、僕はその状況に驚かされていた。人間と妖怪と妖精が仲良く共存している。という事の方に。

 

魔理「おーい、さっさと来いよー」

 

 若干怒り口調の魔理沙さんに呼ばれ、2人で慌てて向かう事に。

 腰に手を当てて仁王立ちで構える魔理沙さんの正面には、丸印に酒と書かれたお店が。たぶん酒屋さんか居酒屋さんだと思うんだけど……

 

魔理「ここの店、味にうるさくて山の方まで魚を釣りに行ったり、山菜を取りに行ってるんだze☆」

アリ「そんな危険な所まで行ってるの!?」

魔理「そっちの方に畑もあるんだと。いい水と土で作った方が旨いからってな。かなり命がけだと思うze☆?」

優希「それでこのお札が重宝すると?」

魔理「ピンポンピンポーン。大正解だze☆ 畑の被害にも困っていたみたいだから、丁度いいと思うze☆?」

 

 このお店の事情にやたらと詳しい魔理沙さん。同じ世界で友達のアリスさんでさえ、「へぇー」と声を漏らしているのに……

 

優希「魔理沙さん何でそんなに詳しいんですか?」

 

 で、尋ねてみた。

 

魔理「常連だからな」

 

 今なんかシレッと凄いことを言っていた気がする。なに? 『()()』? 魔理沙さん僕と年齢が同じくらいだと思っていたけど……お酒飲むの? 今いくつなの?

 深まる魔理沙さんの謎。浮かぶ疑問は多数。そんな僕には目もくれず、魔理沙さんはガッツリ『()()()』と札が出された戸に手を掛けると、

 

魔理「店長、いるかーい?」

 

 開けながら当たり前の様に中へと入って行った。魔理沙さん……一連の動作が自然過ぎですよ……

 魔理沙さんに釣られて店内へと入ると、体が大きな優しそうな表情の男性が、カウンターの奥で仕込みをしていた。

 

店長「なんだ魔理沙か。まだ営業時間じゃないぞ」

魔理「飲みに来たんじゃないんだ。この前、『畑が妖怪達に荒らされて困っている』って言っていただろ? だから、今日は良い物を持って来てやったze☆」

店長「確かに今も困っているが……なんだい? 良い物って?」

 

 魔理沙さんは「その言葉を待ってました!」とでも言う様に、僕の手から札を奪い取ると、得意気に店長さんに見せつけた。

 

魔理「これだze☆」

店長「そいつは……お札か?」

魔理「ただのお札じゃないze☆ 博霊の巫女が霊力を込めて作った魔除けのお札だze☆ 効果は言わずもがなだze☆」

店長「そいつは助かる! ありがたい」

 

 余程畑の被害に悩まされていたのだろう。店長さんは笑顔を浮かべると、お札へと手を伸ばし出した。でもその瞬間、

 

魔理「で・も! ただじゃあ、渡せないze☆」

 

 魔理沙さんがそれを背後へと隠した。それ……ただの意地悪ですよね?

 

店長「なんだよ、金取るのか?」

 

 そして一気に笑顔が不服そうな表情へと変わる店長さん。お気持ちをお察しします。でもごめんなさい。

 

魔理「こっちもワケ有りなんだよ」

 

 そうなんです。僕、このままじゃ永遠に汚物扱いされ続けるんです。

 

魔理「で? どうする? 6でどうだ?」

店長「6ってことはないだろ? 4だろ?」

 

 ここから魔理沙さんと店長さんの激しい価格交渉が始まった。

 最初は互いに引かずの一点張り。そこから徐々に、徐々に2人の意見が歩みよっていき、最終的に決まった価格は5つ。双方の丁度中間で落ち着いた。初めから間でって訳にはいかなかったのかな?

 

店長「今金もってくるから待ってろ」

 

 店長さんはそう言い残すと、店の奥へと入って行った。片方の足を引きずりながら。

 

優希「魔理沙さん、店長さんの足……どうかされたんですか?」

魔理「つい先日にな、妖怪に襲われたらしいze☆ その時に足を捻挫(ねんざ)だかやっちまったらしいze☆」

優希「妖怪って頻繁に人を襲うんですか?」

魔理「中にはな」

アリ「人里にいれば警備隊もいますし、結界もあるから安心なんですけど、外に出ちゃうと……」

 

 人里の外に出ると人を襲う妖怪にエンカウント。それはまさにゲームの世界。でもそれがこの世界の常識ののようで、、

 

優希「幻想郷って意外と物騒なんですね」

 

心底そう思った。

 

魔理「光りあるとこに闇がある。光と闇は常に表裏一体。一見平和そうな幻想郷の裏には、そういう(やから)もいるってことだze☆」

 

 魔理沙さんが語った事を忘れないように胸に刻み、「そういう者達に出会わない様に」と強く願った。幻想郷怖い……。

 そこへ店長さんが痛々しく足を引き()りながら、手にお金を持って戻って来た。

 

店長「ほれ、5つだ」

魔理「はい、まいどー。今話しをしてたんだけど、その足大丈夫なのか?」

店長「ここの範囲で動く分には支障ないんだが、あっちまで運ぶのと、仕入れとかの力仕事が辛いな。(しばら)く休みにするしかないかもな」

 

 腕を組んで暗い表情を浮かべる店長さん。危険なところまで材料を採りにいったり、畑を作ったりしているところから察するに、このお店に全身全霊を注ぎ込んでいる。生計だってきっとこのお店で成り立っているはず。そんな人がお店を休みにするなんて事……。

 

優希「ぁぁぁあの……」

 

 それにアリスさんの家でお世話になるんだ。このまま何もしないなんて、アリスさんの負担を増やす事になる。それだけは……絶対にダメだッ!

 

  『???』

優希「……クヲ、……テクレ……カ?」

 

 心臓はバクバク。今にも破裂しそうな程に。そんなのやった事もないし、ちゃんとできるのかだって分からない。でも言わなきゃ。僕自身のためじゃなくて、アリスさんのためにも!!

 

優希「僕を雇ってくれませんか?!」

  『えっ!?』

 

 僕は言った。言えた! 言い切った!! 噛む事なく。

 

優希「ぼ、僕この世界に来たばかりで……あ、アリスさんの家でお世話になる事になって……迷惑をかけたくなくて……」

店長「ほー……。外来人かい」

魔理「あまり知られたくなかったけど、バレちゃしょうがないze☆ そうだよ、コイツは最近来た外来人だze☆ しかも、もうしばらく元の世界に帰れないときたもんだze☆」

店長「オレはいいぞ、この足だ。願っても無い労働力だ。それに、この兄ちゃんの心意気、いいじゃねぇか。気に入った!」

優希「よ、よろしくお願いします!」

店長「じゃあ早速明日から頼めるか? そうだな、まずは昼前には来て欲しいな」

優希「は、はい! 明日お昼前に来ます」

 

 思わぬ形で働き口が見つかった。でも今までアルバイトをした事が無いから、既に緊張感で押し潰されそう……正直不安でしかない。

 

 

--オタク買物中--

 

 

 お店を出発し、魔理沙さんとアリスさんと日用品等の必要物資の購入へ。その道中の会話のネタにと、人里について色々教えて頂いてます。

 

アリ「他にも広場があって、夕暮れ近くになると、(まれ)にそこで、芸人さんが芸を披露(ひろう)するんです。私もたまに人形劇をするんですよ」

魔理「アリスの人形劇は人気あるんだze☆ 魔法を使って人形を操るからな」

 

 アリスさんの家で見たド○―ン内蔵超ハイスペック人形……もとい魔法で動く半自立思考のただの人形。上海と蓬莱だっけ?あれを見せられたら、アリスさんの人形劇が高クオリティだって事は容易に想像ができる。きっと凄いんだろうな。

 

優希「それで生活費を稼いでいるんですか?」

アリ「はい、あとは作った人形や装飾品を売ったりとか……」

 

 働き口が見つかって本当に良かったと思った。アリスさんは必要最小限の稼ぎで、生活しているんだと改めて気付かされた。

 そうこうしている内に、次の目的地に着いた様で――

 

魔理「優希、あれが服屋だze☆」

 

 先頭を行く魔理沙さんが指差す先には一件のお店。

 

魔理「あと服を買えれば、もういいんだろ?」

優希「そ、そうですね。でも、服って……」

 

 困った、店頭に並んでいるのはどれもこれも和服ばかりだった。と言うのも、

 

優希「魔理沙さん、アリスさん、すみません。着方が分からないです……」

 

 僕が着た事がある和服と言えば、旅館等に備え付けの浴衣くらい。もっとちゃんとした物ともなれば、七五三の時以来。それだって自分で着たわけではない。

 

魔理「は? 何言ってるんだ? 子供じゃあるまいし」

優希「今まで和服を着たことがないんです……」

アリ「困りましたね……」

 

 結果、その場で立ち止まり3人で唸り声を上げる事に。と、ここで気付く2人の服装。アリスさん達が着ているのは所謂(いわゆる)……洋服。

 

優希「アリスさんと魔理沙さんは、何処でその服を買われたんですか?」

アリ「私は自分で作っているんですけど……」

 

 驚愕の事実。今着ている物全てがアリスさんはまさかの手作りだった。

 

魔理「魔理沙ちゃんは昔からのツテで、そこで仕入れもらっているze☆」

 

 普通はそうだと思います。そして妙に納得。とここで、魔理沙さんが何か(ひらめ)いた様で、

 

魔理「そうだ、そっち行ってみようze☆ 外の世界の物も結構あるし。服ももしかしたらだze☆」

 

 そう告げると突然回れ右をして、再び歩きだした。

 

優希「あ、魔理沙さん。せっかくなので浴衣を買わせてください」

 

 

--オタク会計中--

 

 

 服屋で浴衣を3着購入。そこからさらに魔理沙さんに連れられ、人里を進んで行く事10分程度。

 

優希「あの、人里出ちゃいましたけど」

 

 エンカウント発生地帯へ。

 

アリ「今から行くところは森の手前にあるんです。だからあまりお客さんは来ませんけど」

 

 向かっている方向だけで、アリスさんは何処へ行こうとしているのか察したみたいだ。それだけこの世界では有名な店なのだろう。でも、お客さんが来ないって……

 

優希「それでお店やっていけるんですか?」

 

当然疑問に思う。普通に尋ねたつもりだった。でもアリスさんは、

 

アリ「店というか……」

 

 視線を外して浮かない表情。そして魔理沙さんはドヤッと、

 

魔理「ゴミ屋敷だze☆」

 

 問題発言。そんな所で僕は今から服を買おうとしている……不安だ。

 さらに歩を進めていくと、それらしい物件が視界に入って来た。徐々に近づくに連れ、その全貌が(あらわ)になり、ついに――

 

魔理「着いたze☆」

 

 到着。見事にゴミ屋敷だったー……。

 炊飯器や冷蔵庫、電子レンジに掃除機、あらゆる電化製品が山となって店外に無造作に放置。出入り口には有名ハンバーガー店のピエロの人形と、有名フライドチキン店のおじいさんが仲良く並び、もはやカオス状態。何なのここ?

 

魔理「おーい、霖之助ー!客連れてきたzeー☆」

 

 魔理沙さんが店(?)へ向かって叫ぶと、

 

霖之「客!? ホントか!? でかした魔理沙!」

 

 返事。そして響き渡る。

 

 

ガラガラッ、ガッシャーン!

 

 

 何かが崩れる音。やがて慌てた様子で出て着たのは、白髪に眼鏡を掛けた高身長の男性だった。

 

【挿絵表示】

 

 

霖之「あなたがお客様!? いらっしゃいませ。私はここ『香霖堂(こうりんどう)』の店主、森近(もりちか)霖之助(りんのすけ)です。何かお探しでしょうか?」

優希「ぇ、えっと服を……」

霖之「服ですね! 種類は色々と揃えてございます。中にワゴンがありまして、そちらは絶賛セール中です。ささ、どうぞどうぞ中へ」

 

 霖之助さんの勢いに負け、言われるがまま店の中へ。

 そこにも沢山の商品(?)が。アクセサリーや玩具、用途不明の金具までも並んでいた。

 

霖之「こちらにあるのがセール中の物になります」

優希「あ、これ……」

 

 案内されたワゴンの上には、僕が普段から見慣れているユニク○のTシャツやズボンが、無造作に積まれていた。ようやく見知った洋服に出会えて、少し安心。

 その中から色や柄は二の次で、自分のサイズに合う物を選んでいると、魔理沙さんが霖之助さんに心配そうに尋ねた。

 

魔理「ところで霖之助、この服とかも()()()から拾ってきたのか?」

霖之「そうだけど? その中から綺麗な物だけを選んである」

魔理「一応聞くけど、洗ってあるんだろうな?」

霖之「全然」

  『うわー……』

 

 戻ってから最初にやることが決まりました。

 

霖之「まいど、どうもありがとうございました」

 

 笑顔で霖之助さんに見送られ、目指すは博霊神社。もう帰るだけ。でもここからまたあの距離、あの階段だと思うと……今から憂鬱です。

 

 

--優希達が去った香霖堂では--

 

 

 一人笑顔で客人を見送る彼。やがて客人達は遥か遠くへ。その頃には彼の表情から笑顔が消え、遠くを見つめる冷たい視線だけが残っていた。

 

霖之「紫さん、見ているんでしょ? 彼も……なんですか?」

 

 呟き。だがそこには彼一人。誰もいない。だが、

 

??「ふふ、正解」

 

 回答は告げられた。

 

 

--オタク移動中--

 

 

優希「や、やっと……やっと……やっと着いた」

 

 行きに通った道をなぞる様に戻り、本日2回目となる心臓破りの長い階段を上り、ようやく神社に辿(たど)り着いた頃には、体力はもうゼロ。完全にゼロ! (まご)うことなくゼロ!! おまけにココに来るまでに、道中魔理沙さんに「体力が無い」と何度(ののし)られたことか……。

 

優希「も、もう……ムリです……。足が……」

 

 膝は絶賛大爆笑中。立っていられるのも奇跡です。

 

霊夢「そんな調子であなた、アリスの家までどうやって帰る気?」

魔理「魔理沙ちゃんはバッチーのイヤだからな! 絶対乗せないからな!」

アリ「2人共! 少し考えてくれてもいいでしょ!」

 

 僕のために2人に注意をしてくれるアリスさん。ホント天使。

 

霊夢「魔理沙、あなたコイツが綺麗になれば乗せてあげるの?」

魔理「綺麗になれば問題ないze☆」

霊夢「だったら温泉で綺麗になって来なさい」

魔理「おー! その手があったze☆ それじゃあ優希、風呂行って来い」

優希「じゃあ、香霖堂で買った服も洗ってきます」

 

 どっかから拾って来て洗ってないって言っていたし。明日から着ると考えると、洗濯は早いに越したことはない。その僕の考えに共感してくれたのか、

 

魔理「うん、それがいいze☆」

 

 魔理沙さんが強く、大きく頷いた。

 

霊夢「洗濯するなら、そこにタライがあるから持って行きなさい。それと、温泉のお湯を使って洗うのはいいけど、最後に水でちゃんと(ゆす)がないと衣類が傷むわよ」

優希「あ、ありがとうございます。それで、その温泉は何処にあるんですか?」

 

 そう尋ねながらも、帰りに再々度、この階段を上るであろう事は覚悟していた。でもなるべく近場、「せめて人里との中間よりも手前にあって欲しい」と強く願った。願ったけど……

 

  『神社の裏』

 

 近すぎません? 助かったけど……。




自分も運動不足が心配です。
でも走るのが凄く苦手です。
特に長距離は…。

次回:「一日の終わりに」
ゆったりたっぷりのんびりな話です。


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一日の終わりに_※挿絵有

温泉行きたいです。


優希「ここかな? 『男』『女』って分かれてるし」

 

 神社の裏へと足を運ぶと、そこには大きめの板が左右に分かれて立て掛けてあり、それぞれに性別が漢字一文字で書いてあった。どうやらこの先が温泉の様だけど……

 

優希「ん? これなんだ?」

 

 男女に分かれた入り口の真ん中に小さな箱。そしてその(そば)には

 

『お気持ちを入れてください。

 尚、入れない場合、

 不幸があなたを襲うでしょう。

               by 博麗の巫女』

 

 と書かれたA4サイズの木の札が。僕、一瞬思考停止。

 

優希「ここでもお金取るのッ!? 霊夢さんって巫女だよね? 不幸が襲うとか言っていいの?」

 

 (たま)らず心の声がガッツリ出ていた。しかもやや大きめに。するとそこへ、

 

??「どうかされました?」

 

 背後から誰かに話し掛けられた。「周囲には誰もいない」と思い込んでいただけに、思わず

 

優希「え゛っ!?」ビクッ!

 

 全身で「驚きました!」のサイン。恐る恐る振り向くと……

 

アリ「そ、そんなに驚かないでください……」

 

 アリスさんでした。しかもガックリと肩を落として……無意識に傷つけてしまったみたいです。

 

優希「ア、ハィ……す、すみません……」

 

 ホント反省。そして気を取り直して、真ん中の脅迫めいた札を指差し、

 

優希「あの、コレの事なんですが……」

 

 その真意を尋ねた。するとアリスさんは呆れ顔で答えてくれた。

 

アリ「あー……、ソレですか。無視して頂いて大丈夫ですよ。今まで一度も払った事ありませんけれど、何も起きていません。気にしないで入って来て下さい」

 

 特に何かが起きる訳でも無さそうで一安心。ゆっくりと浸かってきます。

 

 

--オタク入浴中--

 

 

カポーン……。

 

 

優希「あ゛―……」

 

 気持ちいいー……足の疲れがスーッとお湯に抜けていく。これぞ日本の文化! 温泉最高!!

 でも幸せな気分ばかりではいられない。さっき一通り洗い物が終わったけれど……帰り大丈夫かな? 洗濯を終えた衣類を詰め込んだ桶を持ってみたけど、アレ結構な重さになっていたぞ。魔理沙さんは「飛ぶときに重さは関係ない」とは言っていたけど、僕がアレ持って後ろに乗ったら、支点・力点・作用点の関係で(ほうき)がポキリといくんじゃないだろうか?何より両手に荷物を持った状態で、魔理沙さんの後ろには絶対に乗りたくない! じゃあどうしよう……。

 

優希「困った……」

 

 温泉に浸かりながら瞳を閉じて考え事。辺りは凄く静か。時折吹く風が火照った顔に当たって心地いい。

 

 

ピチャ、ピチャ

 

 

 そこに水を踏む足音。しかも2つ。それは徐々にこちらに近づいて来る。全神経を耳へと集中し、気配を伺う。人を襲う獣? 妖怪? 不安と恐怖で心臓がバクバクになる中、聞えてきたのは……

 

??「いつ来てもここの温泉は良いよなぁ」

??「私は久しぶり♪」

 

 あああアリスさんとままま魔理沙さんッ!? が、ととと隣の、こここの岩に(さえぎ)られた、むむむ向こう側にッ!?

 

魔理「あ゛ーっ! 気っ持ちいー!」

アリ「魔理沙、あなたちょっとオジさん臭いわよ。でも……はー、気持ちいー……」

 

 さらに聞こえて来る2人の会話。そしてその内容から察するに、2人と僕は温泉で繋がってる!? 妄想しただけでヤバい……。

 

魔理「おーい、優希。まだいるんだろー?!」

 

そこへ僕を呼ぶ魔理沙さんからの大きな声。

 

魔理「私とアリスも風呂入って行く事にしたから! そんで、風呂出たらみんなで飯食って、帰る事にしたからなー! よろしく頼むze☆」

優希「あ、はい、わかりましたー!」

 

 平静を装って返事をしてみるも、心臓が別の意味でバクバク。

 

魔理「ところで、優希知ってたかー?」

優希「?」

魔理「アリスってこう見えて、実は結構いいもん持ってるんだze☆ ホント……ムッカつくよな! このっ!」

アリ「キャーッ! 魔理沙どこ触ってんのよ!」

魔理「少しは分けろってんだ。このこのこのー!」

アリ「ちょ、ちょっと……ほ、ホントにやめ……あっ……」

魔理「おやおやおやおや〜?」ニヤニヤ

 

 

ピチューン

 

 

アリ「もーッ! いい加減にしなさいよ!」

魔理「打ち込んでくる事ないだろ! 別にいいだろ、減るもんじゃないし! 優希もそう思うだろ!?」

 

 

--5秒経過--

 

 

魔理「あれ? おーい!」

 

 

--また5秒経過--

 

 

魔理「先に出たのかな?」

アリ「ホントに魔理沙やめてよね。隣の優希さんに聞かれていたらどうすんのよ!」

魔理「いいじゃんか。ちょっとくらいサービスしてやっても」

アリ「ア・ン・タ・ネェ……」

 

 言えない……「バッチリ全部聞こえていました」なんて。アリスさんには本当に申し訳ないですけど……魔理沙さん、ありがとうございます!

 

 

ーーオタク忍び中ーー

 

 

 あの後、「先に出た」と思われていただけあって、最新の注意を払って気配を消し続けていた僕。温泉に入ったと言うのに、無事気付かれる事なく退散できた瞬間、ドッと疲れが……。

 で、アリスさんと魔理沙さんが戻って来たところで、予告通りみんなで夕食を――

 

優希「コレ全部霊夢さんが!?」

霊夢「なによ? なんか文句あるの?」

優希「いえ……ないです」

 

 ギロリと鋭い視線を向けて来る霊夢さん。ただ素直に「凄い」って思っただけなのに……睨まれると何も言えない……。

 

霊夢「イヤなら食べなくていいわよ」

優希「いえ……、ォィシィです……」

霊夢「は?」

 

 こわいこわいこわい……。

 

魔理「そんなに睨んでやるなよ。『マズイ』って言われた訳じゃないんだからさぁ」

アリ「そうよ。それに今ちゃんと『美味しいです』って言ってたわよ」

霊夢「そ、それなら別にいいわよ。紛らわしい言い方しないでよ。まったく……ちゃんと言いなさいよね!」

 

 「ふんッ!」と他所を向いて怒る霊夢さん。僕この人ホント苦手……アリスさんは優しいです。

 

霊夢「ハッキリしないのは好きじゃないわ。ウジウジしないでシャキッとしなさいよね」

 

 霊夢さんの一言一言が重いパンチとなって襲いかかる。泣いてもいいですか?

 

アリ「霊夢、もういいでしょ?」

魔理「まあ、でも実際イラッとくる時あるよな」

 

 あ、もうダメかも……。

 

アリ「もー、二人とも! 優希さん、私はそんなことないですからね?」

 

 アリスさん、ホント天使。

 

霊夢「アリスはやたらとコイツの肩持つわね」

魔理「似た者同士なんだろうze☆」

優希「え?」

アリ「ちょ、ちょっと……。その話は……ね?」

 

 「似た者同士? 誰と誰が? まさか僕とアリスさんが?」と浮かぶ疑問。

 

 【アリスさん】綺麗、優しい、親切、明るい、会話が上手そう、誰とでも仲良くなれそう、友達多そう。

 【僕】地味、挙動不審、優柔不断、暗い、会話下手、コミュ障、友達は海斗君だけ

 

 何コレ? どこも共通点ないけど? 天と地の差ですけど? 少しでも共通点を探してしまった自分が恥ずかしい。(おこ)がましい!

 そんな僕の考えを見透かしたのか、霊夢さんがジトッとした目で、モグモグと口を動かしながら僕を監視していた。そして口の中の物をゴクリと飲み込むと、

 

霊夢「今のは忘れなさい」

 

 「気にするな」とやや強めの口調で言い放った。

 

霊夢「それで? あんた人里で仕事をする事にしたんですって?」

優希「は、はい!」

霊夢「いい心構えだと思うわよ。何もせず居候(いそうろう)するなんて、ただの()()だもん。もしそうなっていたら、私はあんたの事を軽蔑(けいべつ)していたわ」

魔理「そうだな。()()はダメだな」

優希「はい……」

 

 今だから思う、「ホントに仕事が見つかって良かった」と。

 

アリ「わ、私は別に……」

霊夢「でもあんた、アリスの家から人里までどうやって通うつもり?」

 

 そう尋ねられるものの、僕がアリスさんや魔理沙さんみたいに空を飛べる筈もなく、

 

優希「え? あ、歩いて……」

 

 必然的にこうなる。

 

霊夢「魔法の森を? 言っておくけど、あそこは人を食べる妖怪もいれば、イタズラ目的で人を惑わす妖精達もいるのよ? 私が渡したお守りのおかげで、ある程度は安全だと思うけど、無謀にも程があるわよ。そんなを事したらあんた、死ぬわよ?」

 

 霊夢さんに言われた事は薄々気付いていた。昨日の夜、アリスさんの家の外に出た時に感じた威圧感。悲鳴に唸り声。あの中を通れば間違いなく即死。でも……。

 

優希「どうすれば……」

アリ「なら、私が……」

魔理「魔理沙ちゃんが送り迎えしてやるze☆」

  『え?』

 

まさかの申し出に思わず耳を疑い、目が点。

 

魔理「行きはそのまま人里に送ってやるze☆ そんで帰りはまたここで風呂入っていけば、アリスの家まで送ってやるze☆ バッチーのは嫌だからな」

 

 「お風呂に入って綺麗になればOK」なんという好条件。僕としても温泉は心地よかったし、まさに願ったり叶ったり。それに何と言っても……。

 

優希「ありがとうございます。是非そうさせて下さい! それならアリスさんに迷惑をかけずに済みます!」

アリ「ィャ、私は別に……」

魔理「おい、魔理沙ちゃんならみいいってことか? さすがに今のは傷付いたze★」

 

 しかめっ面で不貞腐れる魔理沙さん。一気に不機嫌に。

 

優希「いえ、決してそういう訳ではなくて……、ごめんなさい……」

 

 本意でないにしろ、故意でないにしろ結果は謝罪。時を巻き戻してやり直したい…。

 僕が後悔の気持ちに駆られてしょぼくれるていると、突然霊夢さんが

 

霊夢「なに? あなたアリスの事が好きなの?」

 

 爆弾投下。

 

 

ドッキーーーン!

 

 

アリ「えーーーーッ!!?」

優希「ななななに、なにを言ってるんですか!? 僕はただお世話になるアリスさんに、これ以上迷惑をかけたくない『()()』で、ここここここ好意とかそんなのじゃなくて、『()()()()()()』なんです!」

アリ「……」

魔理「おい優希、今自分で何を言ったのか分かってるのか?」

優希「?」

霊夢「魔理沙ムダよ。こういうヤツに何言っても」

 

 

グサッ!

 

 

 なんかよく分からないけど、切れ味のいい一撃が。けど、

 

霊夢「まぁ、これ以上アリスの足を引っ張りたくないって想いは評価するわ」

 

 褒められて少し回復。

 

優希「ハ、ハイ……。ありがとうございます。いずれは魔理沙さんにも迷惑かけない様に……」

霊夢「そうね、魔理沙がいつまでも送ってくれる保証なんてないし。途中で『()()()』とか言い出すかもしれないし」

魔理「霊夢、魔理沙ちゃんはそんなに信用ないか?」

霊夢「日頃のあなたを知ってたらねー」

アリ「そうね。寝坊、遅刻の常習犯だもんね」

魔理「なんだよ2人して! 魔理沙ちゃんだって、やるときはちゃんとやるんだze☆?」

  『どうだか』

魔理「優希は信用してくれるよな? な? な?」

 

 もう必死……。

 

優希「あ、はい……」

 

 勢いに負けて『Yes』と答えたけど……正直不安です…。魔理沙さんが原因で遅刻とかになったら、シャレにならないよ……。今は頼るしかないけれど、早く一人で人里まで行ける様にならないと……。

 

魔理「安心したze☆ 優希にまで信用されていなかったら、魔理沙ちゃん一人ぼっちになって泣いてるところだったze☆」

 

 「そこまで?」と思うと同時に、脳裏を(かす)めるある疑惑。けどそれを言ったら魔理沙さん怒るだろうな……。今は止めとこ。

 

魔理「ん? それより優希さっきから全然食べてないけど、どうした? やっぱり不味(まず)かったか?」

 

 僕の表情と食事をチラチラと見比べて心配してくれる魔理沙さん。

 

優希「ィェ、そうじゃなくて……」

 

 でも決して不味い訳ではない。(むし)ろ本当に美味しい。山菜のおひたしだって、キノコのかき揚げだって。問題は味じゃなくてそもそも論で……。

 

優希「疲れなんですかね? 全然食欲がないんです」

 

 そう、心臓破りの階段を2往復、人里との間を1往復。これが響いて胃が物を受け付けてくれないのだ。そして僕が答えるまでの間の霊夢さん、すっごい睨んできた。

 

アリ「大丈夫ですか?」

魔理「あー……、あるよな。そういうの」

霊夢「あんたホント体力ないわね。明日から仕事なんでしょ? お店の足を引っ張ってたらクビにされるわよ?」

優希「ハィ、そうならない様に頑張ります……」

霊夢「それに食事は大事よ。食べれる時に食べないと、変に痩せちゃ……あんたはそっちの方が良さそうね」

 

 

グサッ! グサッ!

 

 

 反論の余地ゼロにして痛恨。分かってはいるけど、言われると痛い……。

 

魔理「あっははは! 確かに! 優希、これはダイエットだ!」

優希「ハイ、頑張って細くなります……」

魔理「あっはははは」

 

 魔理沙さん……笑い過ぎです。今度は僕が泣きそうですよ?

 

 

ーーオタク食事中ーー

 

 

 食後はみんなで協力して後片付け。一段落したところで温かいお茶を頂き、アリスさんの家へ戻ることになった。

 僕の洗濯物はあまりにも量が多く、魔理沙さんにも「バランスが取りにくい」という理由で「全部持って帰るのは無理」という判決に。そこで霊夢さんに「半分干させて下さい」とお願いしたところ、2つ返事でOKをもらい、明日の帰りに持って行く事になった。

 

優希「霊夢さん。ご馳走さまでした。あと色々ありがとうございます」

霊夢「ではそのお気持ちをこちらに……」

アリ「霊夢、あなたそれもうやめなさいよね」

魔理「いいか優希。これが霊夢だ、よく覚えておけよ」

霊夢「ちょっと、私を悪者扱いしないでもらえるかしら?」

優希「僕はそんな風には……」

霊夢「でしたら明日いらした時にお気持ちを……」

アリ「霊夢!」

霊夢「冗談よ。アリスももう少し頭を柔らかくしなさい。それじゃあ、3人とも気を付けてね」

優希「はい、ありがとうございました」

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 3人を見送る博霊の巫女。夜空へと消えて行く人形使いと、外来人の後ろ姿を眺めながら、彼女は心に思った事をそのまま呟いた。

 

霊夢「いいヤツだとは思うけど。私は苦手ね。魔理沙じゃないけど、似た者同士ね」

 

 

--オタク飛行中--

 

 

魔理「どうだ? まだ怖いか?」

優希「いえ、もうあまり怖くはないです」

 

 これは本当の事。日が出ている時はあんなに怖かったのに、今は不思議とそこまででもない。夜になって下の景色が良く見えないのが幸いしているのだろう。でも、この密着状態が……。

 

アリ「魔理沙、夜なんだから飛ばすのは止めなさいよ」

魔理「わーってるって」

優希「すごい星空……」

 

 ふと空を見上げれば、無数の星達が散りばめられた宝石の様にキラキラと輝いていた。

 僕が住んでいた町では、こんなに多くの星を見る事はできない。見えたとして1等星、2等星くらい。けど今見えているのは3等星までは確実に見えてる。もっと目を凝らせば4等星だって。満点の星空とは正にこういうものを言うのだろう。

 

アリ「満月の日は月が大きく見えて、すごく綺麗なんですよ」

魔理「魔理沙ちゃんも満月の日は好きだze☆ 1人でゆっくりと空を飛びながら、満月を(さかな)に一杯やるze☆」

アリ「あなたこの前それやって、酔っ払って木にぶつかってたでしょ。お酒飲んでる時に飛ぶのは止しなさいよね」

 

 満月を見ながらお酒って……ベテランじゃないですか……。魔理沙さんがお酒を飲むのは確定。そして、お酒を飲んだときの飛行は危険。覚えたぞ。

 

魔理「はいはい。それ、着いたze☆」

 

 アリスさんの家の上空に着くと、人形の上海と蓬莱が両手を振りながら出迎えてくれた。魔理沙さんは僕を下ろすと、また直ぐに上空へと浮上し……。

 

魔理「じゃ、魔理沙ちゃんも帰るze☆」

優希「あ、はい。どうもありがとうございました」

アリ「魔理沙、明日遅れないで来なさいよ? 優希さんの仕事初日なんだから」

魔理「わーってるって。じゃあ明日早めに昼飯食べてから来るからze☆」

優希「よ、よろしくお願いします」

魔理「おう、じゃあな。おやすみぃー……☆」

 

 夜の別れの挨拶と共に、爽やかな笑顔で去って行く魔理沙さん。暗い夜空を箒に(またが)って飛んで行くその姿は、僕が知っている魔法使いそのもの。The・魔法使い。

 そして、残された僕

 

優希「……」

アリ「……」

 

 とアリスさん。今2人きり。そう考えると急に胸がドキドキと鼓動を早め、お得意の

 

優希「(どどどどうしよう。ななな何か話題をッ! さっきまで普通に会話出来てたのにぃ~! 何で急に話せなくなるの?!)」

 

 脳内テンパリ。

 

優希「あ、あの……」

アリ「は、はい!」

 

 咄嗟(とっさ)に出た声。その先はまだ考えていなかった。だから、

 

優希「なるべくご迷惑をかけない様にしますんで」

 

 僕が思っている事を

 

優希「不束者ですが、よろしくお願いします!」

 

 そのまま伝える事にした。

 

アリ「ぃぇぃぇ、改まらなくても大丈夫ですよ。私の方こそ(いた)らない点が多いと思いますので、大目に見てください」

優希「ぃぇぃぇ、そんな。もう充分過ぎる程です」

 

 これも混じり気なしの本心。アリスさんは唯でさえ親切にしてくれる上に、これから家でお世話になる。それなのに『至らない点が多い』とか『大目に見て』とか。僕はもうこれ以上アリスさんに気を使わせたくない。

 

優希「アリスさんはどうぞ今のままで……」

アリ「ふふ……」

 

 スラッとした指で作った拳を口元に当て、くすくすと笑い始めるアリスさん。僕、

 

優希「?」

 

 ぽかーん。すると……。

 

アリ「これではいつまで経っても終わりませんね。お互い協力して頑張りましょう」

 

 少し困った顔を浮かべながらも、優しい言葉をかけてくれた。そしてやってくる強力魔法。

 

アリ「ね?」

 

【挿絵表示】

 

 

 ぐはっ! 笑って首を傾けて1文字発しただけなのに、なんという破壊力!! でも僕は耐えました。堪えました! 「ここで倒れたら勿体無い」という一心で!

 そこにチクチクと感じる圧力。見なくても、確認しなくても分かる。蓬莱! きさま! 見ているなッ!

 アリスさんの魔法のお陰で俄然やる気が出る。(みなぎ)る! (あふ)れ出る!!

 

優希「はい! 頑張りましょう!」

 

 自分でも思います。「ホント単純」と……。

 昨夜とは打って変わって静かな森の中。その中にひっそりと(たたず)む一軒家。そこには心優しい人形を操る魔法使いさんが住んでいます。そして今日から僕はそこで、その方と()()で頑張って、協力して行こうと思います。

 

優希「そう言えば魔理沙さんの家って、この先なんですよね?」

アリ「はい、魔理沙が新しく作ったこの道の先に」

優希「……」

アリ「……」

魔理「おーい、アリスー!! 悪りぃ! 家が滅茶苦茶になってたから、今日泊めてくれ」

  『やっぱりね』




次回:「バイト始めました」

ですが、ちょっと別の話を挟みます。


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Ep.2 Ver.Alice -first contact-

評価&コメント頂いた方、
どうもありがとうございます。
これからも皆さんが楽しんで頂ける
作品を作っていける様、精進します。


 今日は人里で買い物の日。食材と調味料、それと布地を買って目指すは森の中の自宅。いつもは飛んで帰るけど、天気も良いのでたまにはのんびりと歩いて。

 上海と蓬莱と話しをしながら歩いていたら、空はもうオレンジ色に。

 すると、あと少しで家が見えて来るという所で、突然上海が茂みへと飛んで行き……。

 

上海「シャンハーイ(人が倒れてる)!」

 

 急いで上海の後を蓬莱と一緒に追いかけると、そこには少しふくよかな男性が倒れていて、

 

アリ「だだだ大丈夫ですか!?」

 

 声をかけてみても返事がなかったけど、

 

蓬莱「ホーラーイ(返事がない)ホラ(ただの)……」

上海「シャンハーイ(生きてるよ)!」

 

 特に外傷も無く呼吸もしていたから、気を失っているだけみたい。

 ここは魔法の森。ここの事を知っている人であれば、あまり近付く事はない。いえ、近付こうともしない。「それなのにどうして?」そんな疑問が頭をぐるぐると。

 

--以下翻訳機能ON--

 

上海「人間なの?」

アリ「多分……、どうしてこんなところで……」

蓬莱「ほっとけば?」

アリ「ででででも、もうすぐで日没だよ? 放っておいたら襲われちゃう!」

蓬莱「関係なくねー?」

上海「蓬莱!」

アリ「とりあえず家まで運ぼう。上海お願い」

 

 何者かは分からないけど、放置しておく事もできず、一先ず自宅まで運んで上げる事に。(そば)にあったこの人の荷物と思われる鞄を拾い、

 

アリ「上海、この人を運んでくれる?」

 

 そう尋ねると彼女はコクリと頷き、男性の下へ。その後、担ごうとしたのはいいのだけど……

 

上海「お……重……い……」

 

 一人では持ち上がらず。

 ならばと、蓬莱にも協力をお願いし、上海は上半身を、蓬莱は足を持つことに。「さすがに2人ならばいける」そう思い、

 

アリ「じゃあ行こう」

 

 最初の一歩を踏み込んだその時、

 

 

ゴッ!!

 

 

 後ろで鈍い音。振り向くと、男性の頭が近くの岩に……ごっつんこ。

 

蓬莱「ご、ごめん」

 

 どうやら2人の息が合わず、頭から落ちたみたい…。けど男性はそれでも目を覚ます事はなく、「本当に大丈夫?」と少し心配に。そこに

 

上海「バランスが取れないよぉ」

 

 上海からのHELP。やっぱり小さな体の2人では難しいようなので、代わりに

 

アリ「じゃ、じゃあ私が背負うから、上海と蓬莱は後ろから支えて頂戴」

 

 私が運ぶ事に。

 男性の荷物と買い物の荷物を上海と蓬莱へ渡し、男性を背中へ。後ろから上海と蓬莱に支えてもらってはいるけど、それでも……

 

アリ「お、重い……」

 

 押しつぶされそう。

 と、ここで気付くある事実。そ、そういえば……私、男性に触れたのって……ももももしかして初めてッ!? これが初体験!? な、なんかだんだん顔が火照ってきて変な汗が……。

 

上海「アリス? 顔が真っ赤だけど大丈夫?」

 

 後ろから上海が心配そうなトーンで、声をかけて来てくれたけど、

 

アリ「だ、大丈夫……」

 

 口から出たのは強がり。本当は大丈夫からはほど遠い。だから自分に言い聞かせる様に、暗示をかける様に、

 

アリ「気にしない、気にしない……。背中にあるのはただの荷物、ただの荷物」ブツブツ

 

 何度も、何度も、何度も、何度も、何度も呟いた。そのお陰もあり、意識が段々と背中から外れ、気にならなくなっていたのだけど、

 

 

ズルッ……、ピト。

 

 

アリ「きゃーっ!?」ビクビクッ!

 

 男性の腕がズレ落ちて手が私の腰に。突然の事に驚いてしまい、思わず手が離れ……

 

 

ゴッ!

 

 

 男性は地面に落下。しかも今度は木の根に頭を……。「さすがに気付いたかな?」と様子を伺っていると……

 

??「う、う~ん……」

 

 反応が。「どどどどうしよう……まだ心の準備が」と慌てていると、

 

 

バコッ! ガスッ!

 

 

  『アリスに不埒(ふらちな)事しやがって!』

 

 上海と蓬莱が……。2人の手には木材が握られ、男性の反応は……またプッツリと……。本当にごめんなさい。

 結局、背負うのは(あきら)め、代わりに巨大人形を操る用の糸を男性に巻きつけ、3人で引き()って帰る事に。男性には「ごめんなさい。すみません」と心で何度も謝罪をしながら。

 家の空き部屋のベッドへと運んで、一休みにとリビングで紅茶を飲んでいると……。

 

アリ「ふぁ~~~~~~……ッ」

 

 初めて異性に触れた事、初めて異性を家へ招いた事、初めて異性が家で寝ている事。色々な初めてが重なり………

 

アリ「どどどうしよう、どうしよう、どうしよう」

 

 只今、絶賛困惑中。

 友達はたまに泊まりに来るけど、みんな女の子だし……同じ様に接していいのかな? 人里で男性に声を掛けられる事があっても、軽く笑って会釈する程度で、ちゃんと話しをした事なんて無いよ……。

 あれ? 私の友達って、同じ魔法使いの魔理沙と紅魔館のパチュリー、あと神社の霊夢と…………あっれ~?? 私、友達少ない?? 宴会とかでたまに会うのは友達かなぁ? 友達の定義ってどこから? 楽しく話しができたら友達かなぁ? 宴会で話すのは、魔理沙とパチュリーと霊夢と…………あれれ~?? 同じだ……もしかして……、他の人と話す事でさえも物凄く久しぶりなの!?

 自分の交友関係の範囲の狭さに改めて気付かされorz。ふと顔をあげると、掛けておいた男性の上着が目につき、「珍しい服」と思いながらも、それが初めて見る物でない事に気が付き——。

 そう言えば、前に早苗(さなえ)のところで宴会をした時、見せてもらった写真にコレと似た服を着た人がいたような……。確か外界にいた頃の写真だったと思うんだけど……あ、早苗は楽しく話しができるから友達だよね?

 東風谷(こちや)早苗(さなえ)。山の上にある守矢(もりや)神社に住む同世代の女の子。元々外界に住んでいて、諸事情からここ幻想郷に引っ越して来た。異変に加担した事もあったけど、逆に異変解決に協力してくれた事もあり、実力もさることながら、行動力もある。ただ、外界出身という事もあって、何を言っているのか分からない事もしばしばで……。

 えっ……ってことはあの人もしかして外来人なの!? どどどどうしよう、どうしよう、どうしよう。目を覚ましたら「ここ何処?」ってなるよね? いきなり「幻想郷です」とか「異世界です」なんて言っても混乱するよね? こんな時霊夢だったらどうするんだろう……? そ、そうだ! 霊夢! 霊夢だったら元の世界に帰せる! あの人も元の世界に帰りたいはず!!

 幻想郷と外界の境界の神社に住み、幻想郷の管理にも一役かっている頼れる友人の事を思い出し、心の底から安心。「ほっ」とため息を吐いて紅茶を一口…………今日霊夢お昼からいないんだった……。

 再びどん底に落とされた気分でいると、

 

上海「アリス、どうしたの?」

 

 上海が心配そうな表情を浮かべて、顔を覗き込みながら尋ねてきた。

 

アリ「さっきの人たぶん外来人だと思うんだけど、目を覚ましたら何て説明すればいいか……」

蓬莱「まー色々聞かれるよねー」

アリ「そうだよね。私ちゃんと説明できるかな?」

 

 内心、不安しかなかった。自分でもそれは難しい事だって分かってる。だから少しでも「大丈夫だよ」とか優しい言葉をかけて欲しかった。けど、

 

蓬莱「いやぁ……、ダメじゃない?」

 

 

グサッ!

 

 

 何もそんなにはっきり言わなくても……。

 

アリ「自分で作った人形にダメだしされたぁ……」

上海「もー、蓬莱!」

蓬莱「そんなに自信が無いなら、聞かれそうな事を考えておけば?」

アリ「そ、それだ!!」

 

 さすが頼れる人形、蓬莱! そのナイスアイディアに乗っかる事に。鉛筆と紙を手に……

 

『Q.ここは何処? 

 A.私の家。あなたは別の世界から来ました。

 Q.なんでこんなところに?

 A.森で倒れていた。上海が見つけました。

 Q.今何時?

 A.時計を見て答える           』

 

アリ「あとは何があるかな?」

上海「荷物の事とかは? どこにあるか聞かれるかもよ?」

アリ「そ、そうだね」

蓬莱「時間のくだりいる?」

アリ「いいの!」

 

 ある程度書き留めたところで、もう随分と時間が経っている事に気付き、

 

アリ「あの人もう気付いたかな?」

 

 男性の様子を見に行く事に。でも、運んだ部屋のドアの前まで来たはいいものの、心臓はバクバク。緊張してきたー……。ノックはした方がいいよね? 起きていたらどうしよう……。そうだ、そのためにメモを用意したんだ。だからきっと大丈夫!のはず……ううん、大丈夫! ノックするぞ~……

 

 

コッ、ココン。

 

 

 なんか変な音になった……。

 

アリ「し、失礼しまーす……」

 

 恐る恐るドアを開け、隙間から中の様子を覗いたところ、幸いにもまだ男性は先程と同じ状態。眠ったまま。少し安心し部屋の中へと足音を立てない様に、慎重に侵入。自分の家なのになんか泥棒みたい……。

 男性の目が覚めるまで、せめてこの場の雰囲気には慣れておこうと、椅子に腰を掛けようとしたその時、

 

 

ゴソゴソ……、ガサッ

 

 

 男性に動きが。

 

 

ガタン!!

 

 

 突然の事に驚き、椅子から落下。い、痛い……は、恥ずかすぃーッ!

 火照る顔を隠すように男性に背を向け、倒れた椅子を直しながら「見られてないよね?」とチラッと確認すると……ガッツリ視線がこちらに。しっかり見られてたー……。

 このままでは変な人だと思われそうなので、平然を装って尋ねてみる事に。

 

アリ「ケガ、平気?」

 

 すると男性は黙ってコクリと。

 

アリ「痛み、無い?」

 

 この質問にも、男性はまた黙ってコクリ。「頭痛がする」とか「記憶がない」とか言われなくて一安心。頭へのダメージの原因は私達だし……。

 

アリ「そう、良かった」

 

 と、ここで男性との会話終了。そして込み上げる達成感。

 男性と初めて面と向かって会話できた! 私はやればできる子なんだ。それにすごく優しそうな人で助かったぁ。この調子ならまだいける! 落ち着けアリス、落ち着け……よし、言おう! あと10数えたら言おう!

 1……2……3……4……5……6……7……8……9……じゅぅ……aぁあ

 

  『あのっ』

 

 被ったー……。調子に乗ってごめんなさい……。

 

アリ「ドゾ、オサキに……」

??「いえ、どうぞ……」

 

 また急に緊張してきて変な言葉に。今ので絶対変な人だと思われた……。

 気分はまたしても、どん底。「時間を戻して調子に乗った自分にブレーキをかけたい」そう後悔していると……。

 

??「今何時ですか?」

 

 来た、質問だ。

 

アリ「ジカン?」

 

 えっと、時間は時計を見て……。

 

アリ「21ジクライ?」チラッ

??「ここって……」

アリ「私のィェ……」

??「お水ください」

アリ「!?」

 

 これは考えていなかった。えっと水? 用意すればいいのかな?

 

アリ「待ってて」

 

 

--少女準備中--

 

 

 キッチンで水の用意をしていると、

 

上海「アリス良かったよ」

蓬莱「そう? あれ会話だった? あの人も何か変わってるよね」

 

 

グサッ!

 

 

上海「もー!! 蓬莱なんでそんなこと言うのさ!」

 

 頭の後ろで2人が言い合いを始めてしまい、私は蓬莱の一言に傷を負いながらも、頼まれた水を用意。蓬莱……私、泣いちゃうよ?

 コップと水差しをトレイに置いたところで、「あとクッキーでもあげようかな?」と、昨日作ったクッキーも一緒に持って行く事に。そして再びドキドキしながらも、男性がいる部屋へ。とここで気付く凡ミス。両手が塞がってたー……。これじゃあ扉が開けられない……。

 

アリ「上海、ノックしてドア開けてくれる?」ヒソヒソ

 

 私がそう頼むと、上海はコクリと頷き、

 

 

コンコン

 

 

 丁寧にノック。私よりも上手……。

 部屋の中に入り、トレイをテーブルの上へ。感じる視線。それは私を束縛するかの様に動きをギクシャクと、ぎこちないものに。そんな中、やっとの思いでコップに水を注ぎ終え、いざ男性の下へ。

 

アリ「ド、ドーゾ」

 

 緊張、私の心を見透かされる恐怖、変な人だと思われていないかという不安。マイナス方面の思考ばかりが働き、手が少し震えていた。「絶対何か言われる」そう確信していた。自分でもそんな状況を目の当たりにしたら、「どうしたの?」って声をかける。でも男性はその事には何も言わず、

 

??「ありがとう」

 

 とだけ告げると、

 

 

ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ……

 

 

 コップを受け取り、一気飲み。私、ぽかーん……。でもそのおかげで心が少し軽くなり、まだ足りなさそうにしている男性に、

 

アリ「まだ……ぃる?」

 

 様子を伺いながら尋ねてみる事に。

 

??「はい」

 

 答えは「Yes」。「かしこまりました」と急いで水のおかわりを用意し、

 

アリ「ょけれ、ば、これ、、mo」

 

 一緒にクッキーも。さっきとは別の種類の緊張感。口に合わなかったらごめんなさい……。「マズイ」と言われない事だけを祈っていると――

 

??「ありがとう。うまっ! 美味しい!……」

 

 えーーーーーーーッ! いいい今、美味しいって……美味しいって言ってくれた!? 嬉しーーーーーー! 魔理沙達から言われても、そこまでじゃないのに。初めて会った人から言われるのって、すっごく嬉しいかも!?

 あまりの嬉しさと恥ずかしさから、思わず顔が緩み、「こんな表情は見せられない」と咄嗟(とっさ)に背を向ける事に。でも、結果的にこれが幸いし——

 

アリ「そう、良かった」

 

 普通に話す事ができた! そうだ、事情説明しないと……えっと、さっき書いたメモは……。

 用意しておいたメモへ目を通し、内容を再確認。覚え終えたところで、意を決して男性の方へと振り返り、

 

アリ「あなた、森で倒れてたの」

 

 事情説明開始。

 

??「え?」

アリ「帰り道の途中で上海が見つけたの」

??「上海?」

アリ「これ、あなたの? 近くに落ちてた」

 

 あれ? 荷物忘れちゃった……。うっかり。

 

アリ「(上海、蓬莱。この人の荷物持って来て)」

 

 心の中で上海と蓬莱へメッセージを送ると、

 

 

コンコン……。

 

 

 丁寧なノックの音。そしてその音共にドアが開き、2人が男性の荷物を持って部屋の中へ。でもここから肝心。何も知らない男性は、きっと2人を見た途端に驚いて、怖がってしまう。だから愛想は大切。

 

アリ「(二人とも、最初の印象が大事だからね。笑顔ね)」

  『(はーい)』

 

 いい返事。2人は荷物を男性が寝ているベッドの足元へと運ぶと、私の方に振り向き、ミッションの完了を告げるサムズアップ。そしてドヤドヤ。

 その様子を男性は不思議そうに眺めながら、

 

??「あなたは……」

 

私の名前を尋ねてきた。

 

アリ「アリス・マーガトロイド。魔法使いです」




優希が幻想郷にやって来た
初日の頭痛の原因はこういうことでした。

次回は本編に戻ります。


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バイト始めました

--翌朝--

 

 

蓬莱「ホーラーイ」

優希「おはようございます」

 

 着替えを終えて僕の監視役の人形、蓬莱と一緒に部屋を出ると、

 

上海「シャンハーイ」

 

 一番に反応をしてくれたのは、人形の上海。両手を挙げて笑顔。たぶん『おはよう』って言ってくれてるんだと思う。

 

アリ「あ、おはようございます」

 

 次に挨拶をしてくれたのは、今日も眩しい笑顔のアリスさん。エプロン姿で朝ごはんを作ってくれています。

 

アリ「もうすぐで朝ご飯ができますので、座って待っていて下さい」

優希「あ、はい」

 

 で、

 

魔理「ふんッ!」

 

 反応はしてくれたけど、腕を組んで顔も合わせてくれず、不機嫌極まりない魔理沙さん。

 結局、魔理沙さんはアリスさんの家に泊まる事になり、僕は来客用の空き部屋(最初の部屋)で、アリスさんと魔理沙さんはアリスさんの部屋で、それぞれ寝ることになった。そして、いざ寝るという時に――

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

優希「アリスさん、魔理沙さんおやすみなさい」

アリ「おやすみなさい」

魔理「優希! お前絶対こっちの部屋に来るなよ! 夜這(よば)いとか仕掛けて来たら、問答無用でマスパだze☆! お前の考えなんかお見通しなんだからな!」

アリ「よ、夜這い!? 優希さんそんな事考えて……」

 

 全く考えてもいない事だった。それなのに、魔理沙さんに勝手に決め付けられ、さらにアリスさんまでも僕をそういった目で……。

 

優希「ませんよ! アリスさん、絶対しませんから! 何があっても、世界が滅びる事になっても、そんな事は絶対にしませんから!」

 

 堪らず超全力否定。「誤解されたくない」そんな思いでいっぱいだった。けど。

 

アリ「……ハイ」

 

 それが何故かアリスさんの元気を奪う事に。

 

魔理「だからお前言い方……」

優希「え?」

 

 魔理沙さんから注意されるも、僕の頭の中は『?』だらけ。そんな僕に呆れた様に、魔理沙さんは「はー……」と大きくため息を零すと、

 

魔理「何でもないze☆ アリス一応見張りに上海か蓬莱を優希の所に置いとこうze☆」

 

 監視役を置く事を提案した。というかアリスさんに命令していた。あれだけ言ったのに、信用してくれなかったみたいです。ショック……。

 そしてアリスさんは言われるがまま

 

アリ「あ、うん。じゃあ上海お願いできる?」

 

 僕の監視役に上海を任命した。そう、この時は上海だった。でも、

 

上海「シャンハーーーーーーィ!」

 

 その途端、上海が突然の逃亡。しかも猛スピードで。

 

魔理「何だ? 何だ? どうしたんだ?」

アリ「えっと、実は……」ヒソヒソ

 

 上海を目で追いながら、混乱する魔理沙さんにアリスさんが耳打ち。僕には聞えなかったけど、その内容には心当たりが。この時、既にイヤーな予感がしていた。

 

魔理「はぁーッ!? 上海のスカートを(めく)っただぁ? 優希お前そんな趣味があったのか!? 人形にもそんな嫌らしい目で見てるのか!? 気持ち悪っ!」

 

 魔理沙さんが軽く身震いしながら、本気で距離を置き始めた。確かに、上海に失礼な事をしてしまったのは事実なんだけど、

 

優希「違うんですって! 魔法で動いていて、自我があるなんて知らなかったんです!」

 

 それは大きな誤解。その誤解を解こうと、本当の事を伝えてみるも、

 

優希「ちょっと興味が湧いちゃって……」

魔理「ほらみろ! やっぱ興味あったんじゃないか」

 

 魔理沙さんがどうしてもそっちに結び付けようとする。さすがに僕も「何で分かってくれないの?」と、

 

優希「そ・う・じゃ・な・く・て・で・す・ねぇ」

 

 苛立ちを覚え始めていた。そこに、

 

 

パンッ!

 

 

 手を叩く乾いた音が。

 

アリ「はい、もうお終い。魔理沙は最後まで話を聞きなさいよ。その事はもう済んでるの。優希さんは上海にちゃんと謝って『もうしない』って約束してくれたの。ただ今朝の事だったから、まだ気持ちの整理がついていなくて、それで逃げちゃっただけなの」

 

 アリスさんは上海が逃げてしまった理由を、丁寧に説明してくれた。それを魔理沙さんはムスッとした表情で聞き、僕は再び上海への罪悪感に(さいな)まれていた。「嫌われたかな?」とも。そんな僕の心を覚ったのか、

 

アリ「優希さん、大丈夫ですよ。上海は優希さんのこと、嫌いになった訳ではないですよ」

 

 とアリスさんは微笑みながら声を掛けてくれた。この時、凄く救われました。

 

優希「そうなんですか。安心しました。嫌われたって思っていました」

アリ「ふふ、それと……」

 

 アリスさんはそこまで告げると、僕にだけ聞える様に、魔理沙さんには聞えない様に手で壁を作ると、

 

アリ「興味が湧いちゃうって気持ち、少しだけ分かります」

 

 小声で(ささや)いてくれた。その言葉以上に、その時の距離感が忘れられません。

 それでその時の僕はというと、

 

優希「あ、ありがと……ございます……」

 

 やっぱりガチガチに固まっていました。

 その時だった。魔理沙さんが不機嫌になった事の発端となる、心の声が聞こえて来たのは。

 

魔理「おーい、魔理沙ちゃんが置いてけぼりだze★」

 

 神社での件といい、この時の発言といい、僕の中の魔理沙さんへの疑惑は、確信へと近付いていた。それを確かめるために、ドキドキしながらも今度は僕が

 

優希「あの、アリスさん」

 

 アリスさんにだけ聞える様に、

 

優希「魔理沙さんって……」

 

 小声で尋ねた。

 

優希「『()()()()()()()』なんですか?」

アリ「え? あはははは、それ当たってる!」

 

 その途端アリスさん、手を叩いてお腹を抱えて大爆笑。始めてみる姿に僕、思わず唖然。そして運の悪いことに、

 

魔理「おい優希! 聞こえてるぞ! アリスも笑い過ぎだze☆!」

 

 ご本人に聞かれていたという……。

 

アリ「だ、だって……。あははははっ」

魔理「くー……もういい! 寝る! アリス蓬莱つけておけよッ!」

 

 

バタンッ!!

 

 

 顔を真っ赤にして、アリスさんの部屋へと入って行くご本人。戸を閉めた時に、近くの窓がカタカタと音を立てていた。「やってしまった……」という後悔しかなかった。

 

優希「怒らせちゃいました……。ごめんなさい」

アリ「大丈夫ですよ。魔理沙は寝ればケロッと忘れますから。それよりも、こんなに笑ったのは久しぶりです」

 

 涙を拭いながらアリスさんはそう話してくれた。なんだか照れ臭かったです。

 

優希「あ、いえ、あ、はい.……」

 

 魔理沙さんには申し訳ありませんけど……。

 

アリ「それじゃあ、おやすみなさい。あと魔理沙がうるさいので、蓬莱を渡しておきますね」

蓬莱「ホラッ!?」

優希「いま露骨に嫌そうな顔しましたよ……」

アリ「あはは……。でも根はいい子ですから。仲良くしてあげてください。ではまた明日」

優希「はい、また明日」

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 なんて事があったのわけで……。「翌朝になれば魔理沙さんの機嫌は元通り」を期待していたのに……。アリスさん、魔理沙さんめっちゃ怒ってません? 「今日送ってやらないからな!」なんて言われたら困るし、僕が原因なのだから謝っておこう。

 

優希「あの……魔理沙さん」

 

 椅子に腕を組んで座っている魔理沙さんに、声を掛けてみるも、

 

魔理「……」

 

 ツンとして無反応。しかもこっちを見てくれない。

 

優希「今、よろしいでしょうか?」

 

 下手に下手に尋ねて

 

魔理「……なんだよ?」

 

 ようやく反応が。でも依然として顔は向こう側。目だけはジロリと見てくれているけど……。

 

優希「昨夜は気に触る様な事を言って、申し訳ありませんでした」

 

 頭を下げて誠心誠意の謝罪。すると魔理沙さんは組んでいた両腕を解き、背もたれへと回すと、もたれる様に姿勢を崩し……

 

魔理「なんだよぉ。結局アリスの予想通りかよー」

 

 と。僕、

 

優希「は?」

 

 ぽかーん。

 

魔理「魔理沙ちゃんはそのまま有耶無耶(うやむや)にされると思ってたんだけどなぁ……」

アリ「だからそんな人じゃないって」

 

 もしかして賭けられてました?

 

魔理「まあ謝ってくれたし。良しとするze☆ そもそもそんなに気にしてないから、安心して良いze☆」

優希「はい、ありがとうございます」

アリ「2人共、目玉焼きの卵何個にする?」

優希「僕は1個で」

魔理「魔理沙ちゃんは2個だze☆」

 

 

ーーオタク朝食中ーー

 

 

 朝食を食べ終え、一休みにとアリスさんが紅茶を入れてくれた。アリスさんは紅茶好きみたいです。というかコーヒーとかこの世界にあるの? 苦くて飲めないけど……。

 3人でお茶を飲みながら雑談をしていると、「僕が仕事に行くまでどうしようか」という話になり――

 

魔理「午前中、家の片付け手伝ってくれよ。どうせ暇なんだろ?」

 

 ()()()って……。暇ですよ? 予定はありませんよ? けど()()()って……。

 

優希「仕事の時間に遅れなければ、いいですよ」

アリ「じゃ、じゃあ私も……」

 

 という事になり、3人揃って魔理沙さんの家の片付けへ。

 昨日魔理沙さんが作った太い一本道を進んで行くと、一軒の小屋が視界に入ってきた。それは近付くにつれその全貌と被害状況が(あら)わに。

 小屋の目の前の芝は一直線に(えぐ)られ、小屋の窓は所々にヒビと穴。窓のガラスと思われる破片が散乱し、昨日の魔理沙さんが放ったマスパの威力を物語っていた。

 

魔理「ここが魔理沙ちゃんの家だze☆」

優希「結構散らかってますね」

 

 悲惨な状況に思わず本音が。そしてふと屋根へ視線を向けると、大きな看板が視界に飛び込んで来た。

 

優希「霧雨魔法店? お店なんですか?」

魔理「依頼があればなんでもするze☆」

 

 なんでも……だと!?

 

魔理「……お前、今エッチな事考えただろ?」

 

 ジト目で僕の考えを見透かす魔理沙さん。そう告げられた瞬間、心臓が「ドキッ」と強く脈打った。

 

アリ「え!? そうなんですか?」

優希「かかか考えてませんッ!」

 

 魔理沙さんこういうの一々鋭い。でも……何故バレたし。

 

優希「そそそれよりも、こんな森の中にあってお客さんって来るんですか?」

 

 話を()らすのにもう必死です。

 

アリ「まあ、滅多には来ないですね」

魔理「何年か前に来てからは全然来てないze☆」

 

 それ、お店としてどうなんでしょうね? 香霖堂もなんかそんな感じだったし、人里でないところで店を開く人達って、あまり商売意識ないのかな?

 

魔理「んじゃ、ちゃっちゃと片付けやるか。アリスは魔理沙ちゃんと家の中を、優希は外を頼むze☆」

  『はーい』

 

 魔理沙監督の指示の下、僕とアリスさんはそれぞれの持ち場へと向かった。

 

 

--オタク雑用中--

 

 

優希「魔理沙さん、外は片付きましたよ。って、うわー……」

魔理「おう、優希サンキュー。こっちも大体片付いたze☆」

優希「え? これで?」

 

 家の中はフラスコやビーカーといったガラスの容器が机の上に無造作に並べられ、大量の本が床に山積みになって置かれていた。特に本なんかは、ほんの少しの振動で雪崩が起きそうな程に。

 

アリ「優希さんからも言って下さい。魔理沙、本当に整理整頓をしなくて……。コレがいつも通りなんです」

魔理「いいじゃんかよ。何処に何があるのか分かってるんだから。それに、下手に動かすと分からなくなるze☆」

優希「でもコレじゃあ香霖堂といい勝負……」

アリ「ほら魔理沙、言われてるわよ」

魔理「霖之助の所と一緒にするなよ。アイツは何処に何があるのか把握出来てないんだze☆? それにだze☆? アイツは……」

 

 あー……、いるよね……こういう人。自分は散らかしているんじゃなくて、自分なりの整理整頓なんだって言う人。海斗君の家に行った時も、そんな感じだった気がする。でもフィギュアだけは綺麗に並んでいたっけ? あ、そう言えばフィギュアで思い出した。海斗君が一押しの嫁って言っていた幼女。えっと名前なんて言ったっけ?

 魔理沙さんが言い訳をしている間、僕はそんな事を考えていた。そしていつの間にか脳内で考えていた文字が、言葉として出ていた。

 

優希「フラン…?」

 

 でも、とても小さな独り言。言い放った僕でさえ、ギリギリ聞き取れるくらいの。けれど、この世界の2入はその単語を聞き逃さなかった。

 

  『えッ!?』

 

 同時に驚きの声をあげ、作業をしている手が止まった。顔には緊張が走り、僕は「何かマズイ事を言ってしまった?」と思いながらも、2人に恐る恐る尋ねた。

 

優希「あ、えっと……、ふ、フラン何とかって子……知っていますか?」

魔理「お前が言ってるの、フランドールの事か?」

優希「あ、そうです。フランドールっていう金髪の女の子です」

アリ「なんで優希さんがその名前を……」

魔理「フランドール・スカーレット、吸血鬼の妹だze☆ 会いたいとか思っているなら止めろよ。冗談抜きで殺されるze☆?」

 

 「殺される」そう語った魔理沙さんの表情は、普段では見せない真剣な顔だった。そしてそれが「冗談抜き」という事場の重みを更に上乗せし、僕に危機感を覚えさせた。

 

優希「そんなに恐ろしい子だなんて……。全然知りませんでした……」

魔理「『子』って言うのはちょっと違うze☆ もう500年近く生きてるze☆」

 

 そう言えば海斗君もそんな事言ってたっけ?

 

魔理「何でその名前を知ってるのかはいいとして、忠告だけはしとく。紅魔館(こうまかん)には近付くな」

優希「紅魔館?」

魔理「フラン達がいる館だze☆」

優希「あ、はい。分かりました」

アリ「あっ! 優希さんそろそろ時間!」

優希「えっ!? もうそんな時間ですか!?」

 

 魔理沙さんの家の片付けに夢中になって、時間の事をすっかり忘れていた。お昼ごはん今日も食べれず……。

 

魔理「悪い、片付け手伝ってもらって。一度アリスの家寄ればいいか?」

優希「はい、お願いします」

アリ「じゃあ、私も……」

魔理「優希、飛ばすぞ!」

優希「安全運転を希望しますーーー…☆」

アリ「もうっ! 置いてかないでよ!」

 

 

--オタク郵送中--

 

 

魔理「途中アリスの家に寄ってここまで2分! なかなかの好タイムだze☆」

 

 ドヤッと誇らし気に語る魔理沙さんの(かたわ)らで僕、

 

優希「ゼェー…、ゼェー…」

 

 地面に手足をつけてorz。

 

優希「今回は本当に振り落とさられるかと思った。それに『40秒で支度しな!』って……」

魔理「空への冒険のスタートだze☆」

優希「魔理沙さん、それ以上いけない……」

魔理「滅びの呪文も知ってるze☆」

優希「何で知ってるんですか?」

魔理「知り合いに外から来たヤツがいるんだ。今度会わせてやるze☆」

 

 魔理沙さんの言葉に僕は驚かされた。僕以外にも外来人がいる。しかも僕よりも前に来ていると考えて間違いない。「会ってみたい」素直にそう思った。

 

アリ「やっと追いついた」

 

 そこへアリスさんが。一緒に来てくれたんだ。

 

魔理「あれ? アリスも来たのか?」

優希「う、うん。ちょっと気になって……」

魔理「良かったな優希。気になってるんだってよ」

アリ「な、魔理沙! そーじゃなくて!」

 

 魔理沙さんからの冗談を必死に否定するアリスさん。大丈夫です、僕は分かってます。

 

優希「僕がちゃんとやれるか心配なんですよね? そうですよね……。今までバイトもした事ないですし……体力無いですし……気弱で人見知りですし……」

 

 自覚しているとはいえ、それを口に出してみると、どんどん落ち込んでくる。やっぱり即クビになるんじゃ……。

 

アリ「いえ、優希さん。そういうことでは……」

魔理「お前ホント面倒くさいヤツだな。つべこべ言ってないでとっとと行ってこい!」

 

 

ガッ!(優希のケツを蹴る音)

 

 

優希「イタッ!」

 

 蹴ったね……。親父にも蹴られたことないのに!

 そんな僕の不満は完全に無視。魔理沙さんはスタスタと店へと歩いていき、洗練された無駄のない無駄な動き、The常連の動きで店内へと入って行った。僕とアリスさんもそれに続けて入っていくと、

 

魔理「店長! 時間通りに連れてきたze☆」

店長「よう、確かに時間通りだな。今日からよろしくな。まずは悪いが働く前に……」

 

 不吉な雰囲気が漂っていた。店長さんが笑顔で構えている物の所為で。

 

優希「あの、店長さん? その両手に持ってるバリカンとハサミは……」

店長「いやな、髪の毛が長いと飲食店として衛生面で良くないからな。大丈夫、オレはこう見えて結構上手いんだ。カッコ良く仕上げてやるよ」

優希「ギャァァァーーーーーーーーーーーッ!!」

 

 

--オタク散髪中--

 

 

魔理「ぶわはははははははははッ! いいze☆! 優希似合ってるze☆ ひー……、ひー……あはははは!」

 

 お腹を抱えて涙を流しながら大爆笑。魔理沙さん……笑いすぎです。

 

アリ「ふ……ふふ……」

 

 僕を見ないように(うつむ)きながら、忍び笑い。アリスさん……隠せてないです。

 

店長「うん、我ながら良くできた!」

 

 コレで? 丸坊主はなんとか逃れたけど、コレじゃあまるで……

 

魔理「タワシだ、タワシ! タワシ頭! 腹いてぇッ」

アリ「ふっ……タワシ……ふふふ……」

 

 もう泣いてもいいですか?

 

店長「ほら2人は帰った帰った。これから兄ちゃんに色々教えたりするんだ。営業時間中に来るなら歓迎するからよ」

アリ「あ、はい。お邪魔しました。優希さん頑張って下さいね」

魔理「またなタワシ! いいもん見せてもらったze☆ 霊夢のヤツにも見せてやりたいze☆」

 

 あの人達絶対また来る気だ。

 2人が店から出て行って間もなく、店長さんが

 

店長「ところで兄ちゃん」

優希「はい?」

店長「どっちが本命だ?」

 

 突然爆弾を投下。

 

優希「はいッ!?」

 

 しかも、

 

店長「人形使いの方か?」

 

 

ドッキーーーン!

 

 

 いきなり命中。

 

優希「ィャィャィャィャ、そんな……のでは……」

店長「じゃあ魔理沙か? それとも霊夢か? 会ったんだろ?」

優希「その2人は……ないです……」

 

 




タワシ頭、似合う人はいいですが、
自分がやるとイソギンチャクみたいになりそうです。

次回:「初日」
優希人生初のバイトの日です。


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初日

人生初めてのバイト。
緊張の2文字でいっぱいでした。

失敗してもいいんです!
後々上手になれればいいんです!



カラカラ……

 

 

 店長さんに勤務時間などの説明を一通り受けた後、足りない食材とお酒の仕入れに行く事に。当面の間は仕入先に顔を覚えてもらう事と、食材の選び方を学ぶため、店長さんと一緒に行く事に。

 店長さんは足を怪我していたので、僕から「荷物持ちは僕がやります!」と提案した。僕だってやればできます。ドヤドヤ。

 まあ……とは言っても、その実態は「ボ、ボクッ……二ッ、モツモツ、マス……」みたいな怪文書ちっくだったんだけど……。店長さんには通じたみたいで、笑顔で「よろしくな!」と言われました。店長さんはいい人です。

 それで僕が仕入れ用の荷車を引いて行く事になったのはいいのだけど……

 

店長「兄ちゃんそこ右だ。そしたら真っ直ぐ行って3軒目だ」

 

 なにこれ? 人力車? 荷車じゃなくて人力車なの? そこに乗るとは聞いてないですよ? しかも通り過ぎる人達からくすくすと笑い声が……凄く恥ずかしいです……。それとも僕の頭で笑われてた? どちらにしても恥ずかしいです……。

 

店長「よし、ストップ。まずは酒の仕入れからだ。次に野菜、最後に肉、魚だ。鮮度が命な物程後回しだ。覚えておけよ」

 

 酒 → 野菜 → 肉・魚。覚えたぞ。肉と魚はどっちが先だろ?

 未解決の順序に若干頭が困惑。そんな僕を他所に、店長さんは酒屋さんの暖簾(のれん)を潜ったところで、

 

店長「おーい、サケマルだ! 仕入れに来た。頼んでおいたいつものと、良いもん入ってるか?」

 

 と威勢のいい声を上げると、店の中から酒屋の店主さんらしき人が、そろばんを持って出てきた。そして、ここに来て初めて知る真実。あれサケマルって読むんだ……。

 

酒屋「焼酎は◯島を3つと酒は×祭を2つ。それとビールを樽で3つと。今回は特に変わった物は無いな、また次回に期待しててくれ」

 

 そろばんを弾きながら、商品を確認していく酒屋さん。その間に僕、「いつもの=◯島、×祭、ビール樽。いいのがあれば仕入れる」と、店長さんの注文をおさらい。覚えたぞ。

 

酒屋「今回はざっとこんなもんだ」

店長「おう、じゃあ支払いするから、兄ちゃんはそこの酒を荷車に積んでおいてくれ」

優希「は、はい!」

 

 「店長さんから任された初仕事。頑張ります!」と、一人で気合を入れていると、酒屋さんが

 

酒屋「ん? 人を雇ったのか?」

 

 ようやく僕の存在を確認。「紹介される」と瞬時に察し、緊張が全身に走った。すると、

 

店長「まあ、こんな足だからな。顔だけでも覚えてやってくれ」

 

 案の定

 

酒屋「いい頭してんじゃねーの。名前は?」

 

 その時が。

 

優希「優希デス……ヨロシク……オネガ……イシマス……」

 

 名前はしっかり言えた。けどその後が……。結局ガチガチに固まり、竜頭蛇尾。そして、何故かこの頭を気に入られました。

 

店長「ちなみに頭は俺がやった!」

 

 店長さん、腕を組んで誇らしげにドヤドヤ。よかったですね。僕は内心複雑ですが……。

 

酒屋「そうかい、よろしくな。じゃあ支払いはこっちで……」

 

 酒屋さんの案内と共に、店長さんはお店の中へ。取り残された僕。袖をたくし上げ、いざ荷物積み!重そうな物から積んだ方がいいよね?じゃあまずはこのビールの樽を……

 

 

ズンッ!

 

 

お、重ッ!!

 

 

--オタク仕事中--

 

 

店長「またよろしくな! って兄ちゃん大丈夫か?」

優希「ゼェー、ゼェー……、だぃ……じょ……ぶ……れす」

 

 店長さんが戻るまでに何とか荷物を積み終えたはいいものの、息は切れ切れ、汗はだらだら、腕はパンパン。昨日と同じ状態に……。そして早くも店長さんから、

 

店長「兄ちゃんガタイが良いのにパワー無いな」

 

 

グサッ!

 

 

 ダメ出しが……。

 

優希「す、すみ……ません……」

 

 早くも見切りを付けられ、「クビを宣告されるのでは?」とビクビク。でも……

 

店長「これは鍛え甲斐(がい)があるな。次は野菜だ。ほれ行くぞ」

 

 それは回避。その上、僕を鍛えてくれるとも。僕、心底ほっとしました。

 そして店長さんはそう告げると、さも当たり前の様に来た時と同じ位置へ。やっぱり乗車されるんですね……。

 

 

--オタク車夫中--

 

 

 仕入れた酒類と店長さんを乗せ、一路八百屋へ。そこでは少量の野菜を購入。もうホントに「これだけ?」っていう程の量。なんでも野菜は店長さんの畑で収穫しており、大体がそこで足りるらしく、不足分を補う程度らしい。ただ、購入する野菜は「新鮮且つ良い物を」という事で、その選別方法を教えてもらった。

 そして目指すは最後の目的地。で、到着したはいいのだけど、まさか肉屋と魚屋が隣どうしとは……。

 

肉屋「今日は肉の特売日だよー!」

魚屋「魚安いよー! 新鮮だよー!」

肉屋「魚より肉の方が美味いよー!」

魚屋「魚の方がヘルシーだよー!」

肉屋「はぁ!?」

魚屋「あぁ!?」

  『やんのか!?』

 

 しかもなにこれ? 睨み合ってるんですけど……怖いんですけど……もう来たくないんですけど……。

 そんな僕の気持ちを察してくれたのか、

 

店長「あー、兄ちゃん。気にすんな。いつもの事だから。まずは肉からな」

 

 と声を掛けてくれた。「いつもの事」という言葉に若干の不安を抱きつつも、仕入れる肉の種類と見方を教えてもらっていると――

 

??「こんにちは、豚肉のブロックあります?」

 

 純白のエプロンに、メイドカチューシャ。メイドさんだ。紛れもなくメイドさんだ。海斗くん行きつけの喫茶店にもいるメイドさんだ。この町に相応しくない格好でやたらと目立つ。

 

肉屋「これはこれは、いらっしゃいませ。豚肉のブロック、ございますよ。ご贔屓(ひいき)にして頂いているので、特別価格でご提供致しますよ」

魚屋「お手伝いさん。たまには魚買って下さいよ」

??「私は魚の方が好きなのですが、お嬢様達が好んで食べられないもので……。いつも申し訳ありません。今度お嬢様達に魚を勧めておきますね」

魚屋「よろしくお願いしますよ」

肉屋「そんな事されないでいいですよ。ウチでは美味しいお肉を揃えてますんで」

魚屋「あぁ!?」

肉屋「はぁ!?」

??「ふふ、いつも仲がよろしいですね。じゃあ私はこれで失礼します」

 

 メイドさんは豚肉のブロックの代金を支払いながら肉屋の店主さん、魚屋の店主さんに大人の対応で相手をしていた。それも見事に中立で、どちらの肩を持つわけでもなく。そして自分の用件を済ませた後、丁寧に一礼をして僕達の前から自然に去って行く。それはまさに『立つ鳥跡を濁さず』。絶対に使わないことわざだと思っていたけど……あるんですね。こういう事。

 

優希「本物のメイドさん。初めて見ました」

店長「あの人は()()()のお手伝いさんだ。住み込みで働いているんだとよ。人里には買い物をしによく来るんだ」

 

 つい数時間前に、耳にしたばかりの危険地帯の名称に思わず

 

優希「えっ、紅魔館ッ!?」

 

 大音量で声を上げていた。里の人達、「なんだ?」と僕に視線を集中。

 

優希「ゴ、ゴメンナサイ」

 

 結果「なんでもないんです」と頭を下げて謝罪。その後、店長さんだけに聞える様に小声で続きを。

 

優希「魔理沙さんがアソコ危ないって」ヒソヒソ

店長「だからあそこにいる輩は特別なんだ」

優希「今の人、人間なんですか?」ヒソヒソ

店長「らしいぞ。それよりメイドさんに見惚(みと)れて、説明聞き逃してたりしてないか?」

優希「ぃぇ、ちゃんと聞いてました……」

店長「じゃあ続きからな」

 

 

--オタク学習中--

 

 

 肉屋と魚屋での仕入れを終え、居酒屋『酒丸』に到着。その道中、増えた荷物にヒイヒイ言いながらも、何とか任務を達成しました。その間店長さんはと言うと……言わずもがな。

 戻ってからは渡された白衣に着替え、仕込みと調理を教わる事に。料理の経験が(ほとん)どなく、頑張って作れるのがカレーライス程度の僕にとって、教えてもらう調理方法は未知その物。だから店長さんに「これ知ってたか?」とか「作り方分かるか?」と聞かれても、返す言葉は全て「ごめんなさい。知りませんでした」。結果、「即戦力にはなりません」アピールとなってしまいました。

 でも店長さんは「そっか」と言葉を残した後、「少しずつ覚えてくれればいいから」と。器が大きいです。優しいです。惚れそうです。

 そして「調理はまず分量を覚えるところから」という事で、当面は店長さんが調理を担し、僕は仕込みの手伝いと、注文を聞き飲み物を出す所謂(いわゆる)ホール役を担当する事に。

 で、第1関門。

 

優希「ィラッシャィマセ」

店長「もっと大きな声でだ。吹っ切れろ!」

優希「いぃらっしゃぃませ」

店長「まだだッ! 雇ってくれと頼んで来た時くらいに! 腹から声を出せ!」

優希「いらっしゃいませ!」

店長「そうだ! もう一度」

優希「いらっしゃいませ!!」

店長「元気、威勢が大事だ。今の感覚を忘れるな」

優希「はい!」

 

 大きな声で元気よく発声。よし、覚えたぞ。

 で、第2の関門。

 注文を聞くという事は、「初対面の人と会話をしなければいけない」という事で……、「注文を間違えずに聞かなければならない」という事で……、「何かを聞かれたら、答えられる様にしなければならない」いう事で……、「最大級の難題」という事で……。

 でも店長さんはアドバイス一切無しの「慣れだ」の一言で終わらせてしまった。もう……不安しかない……。焼け石に水かも知れないけど、メニューだけでも覚えておこぅ……。

 

 

--オタク仕度中--

 

 

 そしていよいよやって来た開店時間。心臓はドキドキと強く打ちつけ、全身はカタカタと小刻みに震え、呼吸はフッフーと安定しない。緊張感は人生史上最大のピーク値を記録していた。今のところ人が来る気配が無いのが唯一の救い。「このまま時間が過ぎてくれないか」と淡い期待を寄せていると、

 

 

ガラッ!

 

 

 早くも来客が。僕、「えっ? えっ? もう!?」とお得意の脳内テンパリ。けど、それだけではダメ。ここからが僕の本業。「逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ」と暗示をかけ、いざッ!

 

優希「いらっしゃいませ!!」

 

 勢い任せの一声。そしてこの掛け声で僕の人生初バイトが幕を開けた。

 

??「はははは! いらっしゃいませだってよ」

??「ふふふふふ……、その頭……」

??「大きな声でビックリしちゃいました」

 

 馴染みのある面々と共に……。ほらね、やっぱり来た。でも……

 

魔理「最初の客が魔理沙ちゃん達で良かったろ?」

 

 ドヤッとした笑顔で語る魔理沙さん。ええ、助かりました。でも言われると少しイラッときます。

 

アリ「ごめんなさい。魔理沙と霊夢が行くって聞かなくて……」

 

 アリスさんならいつでも大歓迎です。

 

霊夢「だって、あなた達が『優希の頭が面白い事になった』って……。ふふふふふ……」

アリ「私はそんな事言ってないわよ!」

霊夢「そうだったかしら? でも、見れば見る程……。タワシ……。ふふふふふふ……」

 

 口を押さえて笑い続ける霊夢さん。口を隠しているけど、笑いを隠す気は無いらしいです。

 そしてここで思い浮かぶある疑問。もしかして……僕の頭を見に来ただけ?

 

魔理「だろぉ~? そうだ優希、とりあえずビール3つと枝豆、あと焼き鳥を3種3つずつ適当に頼むze☆」

優希「あ、はい。ビールと……え? 皆さんお酒飲むんですか?」

 

 魔理沙さんは分かっていた。それっぽい事を言っていたし。「きっと魔理沙さんだけが特別なんだ」と思っていた。そうなんだと信じきっていた。でも……

 

アリ「はい……」

魔理「そりゃそうだろ?」

霊夢「飲み屋に来て飲まない(やから)なんていないわよ」

 

 霊夢さんにアリスさんまでもが「当然」といった表情。逆に僕が変みたいな空気に。ホントあなた達今いくつ?この世界どうなってるの?

 

 

--オタク仕事中--

 

 

 アリスさん達が来てから暫くすると、お客さんが次々とやって来て、店はあっという間に満席近くに。僕は注文を受けるのと、料理やお酒を出すだけで精一杯になり、緊張する間も無くなっていた。

 そしてある程度注文が落ち着き、お客さんの会話にも耳を傾けるくらいの余裕が出来た頃――

 

客①「おい、ちょっとあそこのテーブル見ろよ。アリスと魔理沙と霊夢がいるぞ」

 

3人の噂話が聞こえて来た。

 

客②「お! ホントだ。3人とも可愛いよな」

客①「嫁さんにするならダントツでアリスだな」

客②「オレは霊夢だなぁ。魔理沙は……」

  『ないないないない』

 

やっぱりあの3人は人里でも人気があるみたいです。魔理沙さんも霊夢さんも容姿は良いし、冷静に見れば可愛いんだろうけど……。霊夢さんは隙あらばお金を請求するし、魔理沙さんは家がすごい事になってたし……。けどアリスさんは完璧です! 客①さん、お気持ち分かります!

 

??「ゆ~き〜」

 

 何処からか僕を呼ぶ声が。店内を見回すと魔理沙さんが手を振って「こっちに来い」アピールをしていた。

 

優希「注文ですか?」

魔理「お勘定だze☆ 私達はもう帰るze〜☆」

 

 顔を赤くして目は半開き。疑い様もないくらいの酔っ払い。そして過ぎる不安。僕、今日無事にアリスさんの家に帰れるかな?

 

優希「あ、はい。ありがとうございました。会計は皆さん一緒でいいんですか?」

アリ「はい、戻ったら3人で分けます。魔理沙も霊夢もお財布を持って来ていなくて……」

 

 大きくため息を吐いてそう語るアリスさん。不憫(ふびん)だ……。

 

優希「苦労されているんですね……」

アリ「ええ、否定しません……」

 

 友人に苦労する。そのアリスさんの愚痴に思わず共感。と、その時

 

 

ざわ……

 

 

 突然全身に鳥肌が立った。寒気、威圧、殺意……そう殺気を感じた。しかも一方向からではなく、全身に浴びる様に、突き刺さる様に、無数に。まさに蛇に睨まれた蛙状態。身動きもできず、周りを見るのも恐怖。でも、なんとかして周囲の状況を把握しようと全神経を耳へ。

 

  『……』

 

 無音。誰の声も聞こえない。気の所為(せい)とかじゃない、さっきまで(にぎ)わっていた店内がしーんと静まり返ってる。今までに味わった事のない空気に(おび)えていると……。

 

霊夢「優希、あなた早く終わらせて寄り道しないで帰って来なさいよ。じゃないと私、寝ちゃうからね」

 

 

ざわざわ……

 

 

魔理「魔理沙ちゃんもあまり待てないze〜☆ 早くしないと……いっちゃうze〜☆」

 

 

ざわざわざわ……

 

 

 2人共何でそんなややこしい言い方するんですかッ!? 魔理沙さんに至っては完全アウトですよ!! もう少し言葉を……

 

アリ「じゃあ、私はご飯を作って待ってますね」

 

 眩しい笑顔。そしてアリスさんの手作りご飯のお知らせ。僕、

 

 

ズキューーーーン!

 

 

 簡単に打ち抜かれました。そしてここ一番の殺気が……。

 

 

--少女勘定中--

 

 

優希「あ、ありがとうございました」

魔理「じゃあまた後でなー」

霊夢「ご馳走さまぁ」

アリ「頑張って下さいね」

 

 現在進行形で僕が置かれている環境には全く触れず、満足気に帰って行く渦の中心人物達。僕は無事に神社まで辿り着けるか心配です。夜道で教われないかな? 寧《むし》ろ今すぐ襲われたりしない? etc……etc……etc……。

 

店長「ひゅ〜……、兄ちゃん見た目によらず、結構なプレイボーイだったんだな」

 

 店長さん、何を思ったかそこに爆弾を投下。

 

優希「ちち違います違います! 断じてそんな事は」

店長「あー、隠すな隠すな。オレも若い頃はよくブイブイ言わせてよー。いつも3人はいてよ、夜は……」

 

店長さん……武勇伝はいいんで調理してください。




ブイブイいわせたいです。


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給料日

電気とアニメの町で
東方のイベントをやっていたので、
行ってきました。

グッズ?買いましたよ。
一番好きなキャラのがなかったのが
少し残念でした。

でも、アリスは買いました。


 

優希「こんにちわ、酒丸です。仕入れに来ました」

酒屋「はいはい、そこに置いてあるから」

優希「他に何かいい物入っていませんか?」

酒屋「純米大吟醸(だいぎんじょう)があるけど、持ってくかい?」

優希「お願いします」

 

 酒丸さんで働き始めてからもう20日が経過。今では仕入れは一人でもこなせる様になった。ドヤッ。

 でもこれは僕の力ではない。店長さんが毎回僕と一緒に仕入れ先を回ってくれて、1人になってもやり易い環境を作ってくれたおかげです。店長さんには本当に感謝です。

 

肉屋「はぁ!?」

魚屋「あぁ!?」

  『やんのか!?』

 

 肉屋の店長と魚屋の店長、今日も通常運転です。

 初めは2人とも怖くて、ずっとビクビクしていたけれど、もう毎度の事過ぎて慣れました。というか見飽きた。2人とも「やんのか!?」って言っているのに、殴り合いには絶対にならないし、お互い世間話をする姿を良く目にするし……。本当はすごく仲がいいんだと思います。

 

優希「こんにちわー、酒丸です」

  『おう、らっしゃい!!』

 

 ほらね、息ぴったり。

 

??「こんにちは。毎日仕入れご苦労様ですね」

 

 よく買い物に来る紅魔館のメイドさん。仕入れの時間とメイドさんの買い物の時間が同じなのか、人里で会う事が増え、お互いに気付けば簡単に挨拶する仲になりました。とは言っても、「こんにちわ」オンリーですけど……。

 だからこうして話しかけてもらえるのは、すごく久しぶりというか、初かもしれない……。そう気付いてしまったら……

 

優希「ぁ……はぃ。アリガトウゴザ……マス」

 

 やっぱりこうなります。どうも慣れていない人との会話は苦手です。注文を受けるのには慣れたけれど、それとは全然違う。(むし)ろ注文を受ける方が型にはまっているから全然楽。しかも女の人とか……、特に綺麗な人だと緊張がMAXになります。

 

??「夜遅くまでお仕事されているんですか?」

優希「はぃ、最近は……」

 

 仕事に慣れてきたのもあって、店長さんの負担を少しでも減らそうと、近頃は営業が終わってからの片付けも手伝う事にしている。ただそうなると、一つ問題があるわけで……。

 

??「帰り道危ないので気を付けてくださいね」

 

 そう、帰りだ。仕事が終わった後は今も博麗神社に寄って温泉入った後、魔理沙さんにアリスさんの家まで送ってもらっている。

 けど最近では神社に着く時間が遅くなっているので、霊夢さんと魔理沙さんに「もっと早く帰って来い」っていつも怒られています……。一応、仕事終わってから神社まではダッシュなんですけど……、そのうち魔理沙さんから「もう送り迎えを止めさせてもらうze☆」とか言われそうです……。

 それに、いつもご飯を作って待っていてくれるアリスさん。深夜になっても僕の事を寝ないで待っていてくれて……

 このままだとみんなに迷惑をかけ続ける一方。ここからだとアリスさんの家は近い方だし、せめて神社に寄らないでアリスさんの家まで行ける様になれれば……いや、ならないと……

 

優希「なんとかしなきゃ……」ボソッ

??「どうかされました?」

優希「あ、え? ぼぼぼ僕何か言ってました!?」

??「ええ、『なんとかしなきゃ』って。何かお困りなんですか?」

 

 なんという事でしょう。自分でも気付かなかった独り言を、しっかりと聞かれていたのです。は、恥ずかすぃ……。しかもそれに対して「何か困っているのか」と。もうこうなったら……。

 

優希「個人的な……こと……ですけど……」

 

 僕は名前も知らないメイドさんに事情を話していた。魔法の森の中にあるアリスさんの家でお世話になっている事、そこから知人の魔理沙さんに送り迎えしてもらっている事、そして最近仕事を終えるのが遅くなり、都度文句を言われている事を。

 僕個人のそんな話を、肉屋の店長さんと魚屋の店長さんも一緒になって聞いていた。山無し、落ちなしのつまらない話ですみません……。

 

??「あの森を一人で……」

優希「はい……。無謀……は分かってはいます」

肉屋「く〜、泣けるねぇ」

魚屋「惚れた女に迷惑をかけたくねぇと」

優希「ちちち違いますッ!ただお世話になってる方々に、これ以上迷惑をかけたくなくて……」

??「でも困りましたね。あそこには危険な妖怪や猛獣達が……」

優希「はい……、わんさかと……」

肉屋「やっつける事が出来ればいいがなー」

優希「いやいやいやいや、無理ですよ! 僕、口喧嘩だってした事無いんですから! ましてや殴り合いだなんて……」

  『それは男としてどうなんだ?』

 

 

グサッ!

 

 

 お2人の言いたい事は分かりますが、それをダイレクトに言われると立ち直れなくなります……。

 僕が人知れず心でしくしくと泣いている中、メイドさんは顎に手を当てて真剣な表情を浮かべていた。そして

 

??「殴り合い……」

 

 ポツリとそう呟く様と

 

??「そう言えば屋敷に武術の達人がいます。ちょっと相談してみましょうか?」

 

 解決の糸口を提案してくれた。思わぬ形での収穫に僕、

 

優希「あ、はい。お願いします」

 

 歓喜。リアクションが小さいですが……。

 

??「では明日この時間にここでお会いましょう。いい返事がもらえるといいですね。それではこれで失礼します」

優希「はい、ありがとうございます。それでは……」

 

 一礼をしていつも通りに『立つ鳥あとを濁さず』で去って行くメイドさん。僕、「今の返しは合ってるのかな?」と自分の挨拶に不安を抱きつつも、「相談してみて良かった」と一安心。もしかしたらいい解決方法があるかも!?

 

肉屋「酒丸の兄ちゃん頑張れよ」

優希「?」

魚屋「応援してるぞ」

優希「何の事ですか?」

肉屋「いや、だって……」

魚屋「稽古を付けてもらうんだろ?」

 

 いやいやいやいや、まさかまさか……。え? アレ、フラグだったの?

 

 

--オタク仕事中--

 

 

 こっちの世界に着てから、どうも曜日の感覚というのが薄れてきている。お店はいつも大盛況で「花の金曜日って何曜日だっけ?」と疑問に思う。里のお店はほぼ連日やっているし、休み事があっても不定休だし……。ホント今日何曜日?

 珍しく空席の目立つ店内を眺めながら、そんなどうでもいい事を自問自答。脳内会議は得意なんです。と、そこに来店者。

 

優希「いらっしゃいませ!!」

??「こんばんは、カウンターいいですか?」

優希「はい、どうぞ」

 

 あれ? この人……前に見た事が……

 

店長「あ、先生。いらっしゃい。今日は一人ですか?」

??「ええ、たまには一人でゆっくりと飲みたくて」

 

 僕の小さな疑問は店長さんの一言で確信へと変わった。

 

??「人を雇ったんですね」

店長「ええ、足をやっちまいましてね。最初は『治るまで』と思っていたんですけど、覚えが早くて仕事もできるんで、『もうこのままいてもらってもいいかな?』って思っているんですよ」

 

 初めて聞いた。店長さんが僕の事をそんな風に思ってくれているなんて……。僕、落ちちゃいますよ?

 

??「よかったですね。私はこの町で寺子屋の……」

優希「あ、はい! 先生ですよね? 前に駄菓子屋の所でお見掛けしました」

??「あー、遠足の前の日ですね。そうでしたか。私はここへはたまに来るので、これからもよろしくお願いしますね。お名前は?」

優希「はい、優希って言います。よろしくお願いします」

??「こちらこそ。ところで優希さん。もしかして外来人ですか?」

優希「え!?なんでそれを……」

??「職業柄、人の顔と名前を覚えるのは得意でしてね。この町で見ず知らずの人を見ると、外来人だと疑ってしまうんです」

優希「すごい……」

??「あ、でも安心して下さい。誰にも言いませんから。そうだ、ビールとおでんをお願いします」

優希「はい! 喜んで!」

 

 それから僕は寺子屋の先生や常連さんとカウンター越しに会話をしたり、料理を作って運んだりと、ほぼいつも通りの仕事をこなしていった。あ、料理は少し覚えました。ドヤッ。

 そして閉店後-―-

 いつもより早い閉店時間。「もう客は来ないだろう」と店長さんが思い切った決断を……。何か予定でもあるんですか?

 

店長「兄ちゃん今日までご苦労さん」

優希「あ、はい。お疲れ様です」

 

 え? 何この出だし……クビなの?

 

店長「ほれ、今日までの給料だ。これからもよろしくな」

 

 ビクビクしているところへ手渡された茶色い封筒。しかも今確かに「キュウリョウ」と。そしてその後に「これからもよろしくな」とも。クビではない事に安心し、人生初めて受け取った給料袋にドキドキしながら中を覗くと……

 

優希「!?」

店長「悪いな、あまり出せなくて」

優希「いえいえ、こんなに沢山頂けるなんて……。それに僕まだ1ヶ月も働いていませんよ?」

店長「今日が丁度月末でキリが良くてな。それは働いてくれた分で勘定してある。来月からは1カ月分で出すぞ」

優希「はい、これからも頑張ります!」

店長「それと今日はもう帰りな。遅いと魔理沙と霊夢がうるさいだろ? それに、そいつを早く渡したい人がいるんだろ?」

優希「はい! ありがとうございます」

 

 店長さんのお言葉に甘えて、僕の本日のバイトは終了。急いで着替えて店を出発。一路神社を目指して猛ダッシュ。いつもは焦りや不安な気持ちを抱えながら走っているけど、今日は心が軽い。と、そこに明かりがこぼれる1軒の店が目に留まった。

 

優希「ケーキ屋さん?」

 

 いつも通っている道なのに全然気付かなかった。最近出来たのかな?アリスさんはもちろんだけど、魔理沙さんと霊夢さんにも日頃のお礼をしたいな。ケーキとか好きかな?あ、でも霊夢さんは現金よこせとか言いそう……。いや、流石にそこまで……とは言い切れない。でも買うなら3つだよね。後々うるさそうだし……。

 店長さんから貰った封筒を手に、いざケーキ屋さんへ!

 

 

カランカラン。

 

 

 入店と同時に鳴る鐘の音。「こういうのよくあるよね」と感想を抱きながら店内を見回していると、

 

??「は〜い、いらっしゃいませ〜」

 

 なんとも緩い感じの女性の声が。聞こえたはいいけど、何処にいるんだろ?

 

??「あ〜、ちょっと〜、待っててもらえますか〜?」

優希「あ、はい……」

 

 言われるがままその場で待機。そして再び店内をキョロキョロ。ショーケースの中には数個のカットされたショートケーキと、ホールのショートケーキが申し訳程度に陳列されていた。他は売れちゃったのかな?

 

店員「お待たせしました〜。片付けの〜途中だったんで〜」

 

店の奥から出てきたのは、僕と同じ年くらいか少し下の女の子。目がトロンとしていて今にも眠ってしまいそう。疲れてるのかな?それなのに着ちゃってごめんなさい……。とっとと用件済ませて帰ります。

 

優希「あ、えと……、ケーキを……つ」

店員「どのケーキにしますか〜?3つとも同じですか〜?」

優希「あ、はい……」

店員「じゃあ〜、今は〜このホールのショートケーキしかないから〜」

優希「じ、じゃあ、それで……」

店員「なにか〜、メッセージ添えますか〜?」

優希「あ、ぇと、みんな……ぃっ……とぅって」

店員「は〜い、『みんないつもありがとう』ですね〜」

 

 なんか、全部通じちゃってるし……。ふわふわしてる人だけど、結構鋭いのかな?

 再び待たされる事になったけど、すぐにその女の子は戻って来た。ケーキにメッセージプレートを乗せて。

 

店員「お待たせしました〜。こちらになりま〜す。お持ち歩きのお時間は〜、どれくらいですか〜」

優希「えと、すぐそこです」

店員「ん〜?」

 

 クビを傾げて通じていませんアピールをする店員さん。え? 今ちゃんと言えたのに逆にダメでした?

 

優希「ぇと、すぐ……です」

店員「じゃあ〜保冷剤一つ入れておきますね〜。お会計はこちらで〜す」

優希「あ、はい。え? 安っ!」

店員「売れ残りのですし〜、半額でどーぞ〜」

優希「ありがとうございます」

店員「ん〜? あー、どういたしまして〜」

 

 やっぱりこっちの方が伝わりにくい? 何で?

 

店員「またよろしくお願いしま〜す」

 

 

カランカラン。

 

 

 再び鳴る鐘の音。それを合図に僕、キリッ! ケーキを手に再び目指すのは目的地、博霊神社。いざ猛ダッシュ! なんて事をしたらケーキがグシャグシャになるので、ゆっくりと慎重に。帰ったら魔理沙さん達どんな反応するかな?今からわくわくです。

 

 

--優希が去ったケーキ屋では--

 

 

 店内の椅子に腰を掛け、ぼんやりと呟く少女。

 

店員「あの人も外来人さんかな〜?私以外にもまだいるんだ〜」

 

 と、そこに

 

 

カランカラン。

 

 

 一人の兎がご来店。

 

??「迎えに来たダニ」

店員「あー、チビウサギちゃんありがと〜。だけど〜、その語尾はダメだよ〜」

??「でもコレはしっくりきてるダニ」

店員「でもそれだと〜、出番減るよ〜」

??「メタいダニ……」

 

 

--オタク移動中--

 

 

優希「ただいま戻りました」

霊夢「あら、今日は早いのね」

魔理「よー、お疲れー」

アリ「優希さんお疲れ様でした」

 

 今日はアリスさんも来ていました。ケーキの事もあるのでナイスタイミングです。けど……

 

??「くかー……。うふふ……」

 

 両腕に鎖。頭から2本の角が生えた髪の長い女の子が、恥じらいも無く大の字なって幸せそうに寝ていた。誰?というか何者?

 

優希「えと……、霊夢さん?あの、この子は……」

霊夢「伊吹(いぶき)萃香(すいか)、鬼よ。よく家に来るのよ。さっきまでやたらと飲んでいたから、酔い潰れているだけよ」

 

 『鬼』、『酔い潰れる』このワードに思わず、

 

優希「鬼ッ!?こんなに可愛らしい子が!?しかもお酒を!?」

 

 声を大にして聞き返していた。一つ失言を加えて。

 

霊夢「なに?あなたこういう娘がいいの?幼女趣味なの?」

魔理「うわー、人形だけじゃなく幼女もかよ……。見境なさすぎるだろ……」

優希「ち、違いますからッ!」

 

 その所為で散々の言われ様。前科があるだけに、その視線は冷たく突き刺さる。その前科もわざとじゃないのに……。魔理沙さんへの誤解は、まだ完全に解けてはいないみたいです……。しかもよりによって……

 

アリ「そんな……、優希さんにそんな趣味が……」

優希「アリスさんまで!?」

 

 でもその後に、

 

アリ「ふふ、冗談です」

 

 と茶目っ気を含んだ笑顔。あ、あざとい……。

 

霊夢「あなたの鬼の印象がどうだかは知らないけど、萃香はれっきとした鬼よ。しかも上位クラスのね。こう見えて私達よりも全然年上よ」

 

幻想郷、恐るべし……。

 

魔理「ところで、その箱なんだ?」

優希「あ、そうでした。今日帰りに、気になったお店があったんで寄って来たんです。よろしければ皆さんでどうぞ」

 

 そう3人に伝えながら箱を卓袱台の上へ。

 

霊夢「へー。あなたにしては気が効いた事するじゃない」

アリ「わざわざすみません」

魔理「開けていいか?」

 

 すると何かを嗅ぎ付けたかの様に、3人がわらわらと卓袱台を囲み、箱を覗き込んで来た。魔理沙さん……聞く前から手がスタンバってますよ?

 

優希「ええ、どうぞ」

 

 僕のGoサインを合図に魔理沙さんが箱を開けていき、僕にも中身が確認できたその時、

 

  『わぁ〜!』

 

 3人の乙女の歓声がハーモニーを奏でた。

 

アリ「すごい美味しそう!ありがとうございます」

 

 目を輝かせて微笑みながらお礼を言ってくれるアリスさん。いえいえ、いつもお世話になっていますので。

 

霊夢「な、なによ。みんないつもありがとうって。感謝の気持ちがあるなら賽銭入れなさいよね」

 

 腕を組んで他所を向く霊夢さん。やっぱりそういう事言うんですか……でも、とか何とか言いながら、さっき目がキラキラしていましたよ?

 

魔理「あ、やばい魔理沙ちゃん泣くかも……」

  『え!?』

 

 目頭を押さえて上を向く魔理沙さん。おっとこれは予想外……。

 

魔理「だってあの優希がわざわざ魔理沙ちゃんの為に、大好物のケーキを買ってきてくれだんだze☆? 泣けるだろ?」

 

 魔理沙さんの為と言うか、どちらかと言うと……

 

霊夢「あんた何言ってるの?アリスの為でしょ?私と魔理沙はただのオマケよ」

 

 えと、そこまでは言いませんけど……

 

魔理「え? そうなのか? 違うのか?」

 

 (うる)んだ瞳で上目遣い。ここで「ちょっと可愛い」と思ってしまった僕は負けかな?

 

優希「いつもお世話になっている魔理沙さん、アリスさん、霊夢さんの為に、僕の初給料で買いました! ど、どうしてもお礼がしたくて……」

霊夢「ななななによ。べ、別にそんなのいらないんだから!」

魔理「いつも酷い事言ってごめんなー」

アリ「優希さん……」

 

 霊夢さん、顔が服と同じくらいに真っ赤。魔理沙さん、号泣。アリスさん、目がうるうる。決壊間近。今まで人からこんな反応をされた事が無く……

 

優希「あああああの僕お風呂入ってきます。食べてて……さい」

 

 僕、逃亡。まさかあんなに喜ばれるなんて……。買って来てよかったです。

 

 

--オタク入浴中--

 

 

 温泉から出ると、みんな笑顔で「美味しかった」と言ってくれた。喜んで頂いてなによりです。そしていつもより少し早いけど、

 

優希「それじゃあ、また明日からもお願いします」

 

 帰宅時間です。

 

霊夢「はいはい、ケーキご馳走様。余りは萃香にあげていいのね?」

優希「はい、なんだか可愛そうですし」

霊夢「伝えておくわ」

優希「いえ、それはいいです……」

魔理「じゃあ早いとこ帰るze☆」

優希「安全運んーーーー……☆」

アリ「ちょっと待ちなさいよーッ!」

 

 

--優希が去った博霊神社では--

 

 

萃香「ふぁ〜……、誰か来てたの?」

 

 大きな欠伸をしながら大きく伸び。たった今まで眠っていた小さな鬼が目を覚ました。

 

霊夢「いいタイミングで起きて来たわね。温泉の客よ。あと魔理沙とアリス」

萃香「ふーん、相変わらず仲がいいね」

 

 彼女はそうポツリと呟くと、頭の後ろで手を組んで、空に残る小さな影を見つめていた。と、そこへ……

 

霊夢「あのさ、萃香……。もし仲良くしてはいけない人と友達になってしまったら……、あなたならどうする?」

 

 予期せぬ質問。この質問に彼女、一歩後退。そして大量の嫌な汗を流し始ながら、

 

萃香「へ!? わわわ私!?」

 

 動揺。回答に困った彼女は、当たり障りのない言葉を慎重に選び、厳選すると――

 

萃香「ほ、本人達がいいならいいんじゃない? かな……」

 

 The・模範解答。緻密(ちみつ)に計算された答えである。

 

霊夢「本人達が良ければ……ね」

萃香「あ、あのさ霊夢。今度の花見の事なんだけど……」

霊夢「なに? どうしたのよ、顔を赤くして」

萃香「えっと、その……てもいいかな?」

霊夢「は?あ、そう言えばケーキあるけど食べる?」

萃香「ケーキ!? 食べる~」

 




もちろん、電子部品のお店にも行きました。
小学生くらいの子が部品を選んでいて、
びっくりしました。

こんな時代になるなんて、
昔の偉い技術者も驚きでしょうね。

次回:「プレゼント」
いつもお世話になっているあの人へ。


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プレゼント_※挿絵有

近頃、寒暖差が激しいですね。
皆さん体調には気をつけてください。



  『ただいまー』

上海「シャンハーイ」

蓬莱「ホーラーイ」

 

 アリスさんの家に帰ると、上海と蓬莱が「待ってました」とでも言うように、飛んで来た。アリスさんの方へ。微笑ましい光景ではあるのだけど、僕へは……

 

上海「シャッ!」

蓬莱「ホラッ!」

 

 と、片手を上げて「よッ!」か「おかッ!」みたいな雑な対応。この温度差……。でも挨拶をしてくれるだけありがたいです。

 

アリ「優希さん、お腹空きましたよね? 今ご飯の用意をしますから」

優希「ありがとうございます」

 

 白いエプロンをしながら、僕のご飯の準備へと取り掛かるアリスさん。 僕はこの姿のアリスさんが好きです。旦那さんのために、美味しい料理を作ってくれる綺麗な奥さん……みたいな。そうなれたらいいな。ちょっとそれっぽい事言ってみようかな?

 

優希「今日のご飯は何ですか?」

アリ「今日はポトフを作りました。それと……」

 

 あー……、いいなぁ、この感じ。さらに2人きり……

 

魔理「魔理沙ちゃんが採ってきたキノコで作ったパイだze☆」

 

 じゃないんだよなぁ……。

 魔理沙さんは家が滅茶苦茶になったあの日から、ずっとアリスさんの家にいます。その事にも一悶着(ひともんちゃく)ございまして――――

 

 それは僕のバイト初日。その日も魔理沙さんに送られ、アリスさんの家に無事に帰還。そして僕がご飯を食べている時だった。魔理沙さんが背もたれに寄り掛かり、ぼんやりと天井を眺めながら突然、

 

魔理「魔理沙ちゃん、やっぱりしばらくアリスの家に泊まる事にしたze☆」

 

 宿泊延長のお知らせ。僕とアリスさん、

 

  『え?』

 

 思わず目が点に。

 

魔理「ダメか?」

優希「いや、ダメというか……」

アリ「ちょっと魔理沙、いきなり何を言い出すのよ」

魔理「いいじゃんか、一日もしばらくも大差ないze☆」

アリ「だいぶ違うわよ……」

 

 いきなりの事で、この時のアリスさんは迷惑そうにしていました。

 

優希「せっかく片付いたんですから、戻ってこれまで通りに……」

魔理「なんだ? 優希は魔理沙ちゃんがアリスの家に泊まられると、マズイ事でもあるのか?」

優希「いえ、そうではなくて……アリスさんが大変ですよ」

魔理「なにもただ泊めてくれとは言ってないze☆ 家事なら魔理沙ちゃんだってできるんだze☆?」

優希「いや、でも……」

魔理「アリスは困るか?」

 

 でも魔理沙さんの迫力とゴリ押しの意見に負け、

 

アリ「え、えーと……」

 

 すぐに「No」とは言えず、

 

魔理「ほら大丈夫だってさ」

 

 結果、一方的に丸め込まれてしまいました。それは見るからに明らかで、酒丸での事もあって、アリスさんが可愛そうに思えて、

 

優希「いやいやいやいや、言ってませんよ」

 

 味方をしたつもりだったんですが……。

 

魔理「ははーん……。優希お前……、魔理沙ちゃんがいなくなったら、アリスの事を寝込み襲おうとしただろ?」

アリ「え、えーーーッ!! 優希さん、そんなまさか……」

 

 どうしてこうなった?

 

優希「してませんよ! そんな事考えてもいませんよ!!」

魔理「どーだか、男はみんな狼だze☆ うん、やっぱりコイツ信用できないから、魔理沙ちゃんがアリスのことを守ってやるze☆ アリスが反対しても泊まるからな! アリスの純潔は、この魔理沙ちゃんが死守するze☆」

優希「わかりましたから、その酷い誤解を改めてください!」

 

 ――――とまあ、そんなこんなでアリスさんの家で、今も3人で暮らしています。

 

優希「ポトフすごく美味しいです」

アリ「ありがとうございます」

魔理「キノコパイはどうだ?」

優希「まだ食べてませんけど? 先に感想言った方がいいですか?」

魔理「じゃあさっさと食べろよ」

 

 ジト目で威圧。食べ辛いです……。

 

優希「じゃ、じゃあいただきます」

 

 キノコのパイを一切れ取り、いざ実食。口の中に広がる多種多様のキノコの風味。不思議とどれも喧嘩せず、上手に共存、協和している。それにその素材の味を生かすために、塩加減は極力抑えている。食感も色々あって楽しめる。これはこれで……。

 

魔理「どうだ? どうだ? どんな味だ?」

 

 顔を寄せて感想を求めて来る魔理沙さん。そんなにがっつかないで下さい……。

 

優希「え?キノコの味」

アリ「ふふ……」

魔理「ほ、他にあるだろ? なんかさぁ」

 

 ちょっと意地悪したくなりますから。

 

優希「なんの事です?」

アリ「クスクス……」

魔理「魔理沙ちゃん悲しくて泣くぞ?」

 

 魔理沙さんが眉を八の字にして、ドンヨリとした雰囲気を(かも)し出した。分かってますって。そろそろ頃合いかな?

 

優希「美味しいですよ」

魔理「な? だろ? もったいぶらずに言えよなぁ」

 

 その途端、魔理沙さんの表情がパッと明るくなり、その勢いのままドヤられた。でも……、

 

アリ「あはははは、優希さん魔理沙の扱いが上手になりましたね」

 

 全ては僕の計画通りなのです。

 

魔理「へ? な、担いでたな!?」

優希「やっぱり魔理沙さんは『かまってちゃん』ですね」

魔理「優希ぃー……、オ・マ・エ」

 

 

スチャッ!

 

 

 顔を赤くし、怒気を放った魔理沙さんの手には、見覚えのある小さな箱が。それは森の木々を吹き飛ばし、ここから少し離れた魔理沙さんの家を、滅茶苦茶にした魔法を放つ……

 

アリ「ちょ、ちょっと魔理沙やめなさいよ!」

優希「うわわわ、ごごごごめんなさい」

魔理「次またそれ言ったら、近距離マスパだからな!」

 

 近距離でアレをやられたら即死だろうね……。調子に乗ってごめんなさい。もう言いません。

 

 

--オタク反省中--

 

 

アリ「それじゃあ、おやすみなさい」

 

 寝る支度を済ませ、それぞれの部屋へ。と、その前に。

 

優希「あ、アリスさん。ちょっとお話が……」

魔理「じゃあな優希、また明日なぁ。アリス、先に部屋に行ってるze☆」

アリ「あ、うん。あのそれで優希さん話って……?」

優希「あの……えっと、こここコレを受け取って下さい!」

アリ「えーッ!? こここコレって」

 

 

◇    ◆

 

 

 「先に部屋に行ってる」そう告げたにも関わらず、2人の様子が気になり、物陰からコッソリと伺う

 

魔理「お? ラブレターか? 面白くなってきたze☆」

 

 オセロ魔法使い。2人が発する雰囲気から、その後の展開に胸を躍らせていた。

 

 

◆    ◇

 

 

優希「今までお世話になったアリスさんに……」

 

 僕はそれをアリスさんに頭を下げて差し出した。今日早くバイトを終わらせたのだって、これをすぐにでもアリスさんに渡したかったからだ。

 

 

◇    ◆

 

 

魔理「言うか? 言うのか? ワクワクだze☆」

 

 顔を半分だけ見せ、悪い笑顔。そして久しぶりに訪れた面白い出来事に、彼女の期待は最高潮。

 

 

◆    ◇

 

 

 渋々ながらもそれを受け取ってくれたアリスさん。これが今の僕にできる精一杯の恩返しであり、使命であり、当たり前の事。それと……。

 

優希「それと、これからもよろしくお願いします。だからそれ、全部受け取って下さい。それで足りますか? 足りなければもっと仕事を……」

アリ「いえいえ、充分過ぎます。こんなに沢山……。優希さんが稼がれたお金ですし、もっとご自身のため使って頂いても……」

優希「今はまだ欲しい物はないですし、もし何かあったらアリスさんにお願いします」

アリ「けど、それじゃあ……。私は優希さんに好きな物を買って欲しいです」

 

 

◇    ◆

 

 

 だがその実態は、ただの居候の給料の受け渡し。期待していた展開と大きく異なり、白黒魔法使い、

 

魔理「なんだよ……つまんねぇの。寝よ……」

 

 がっかり。そして、「これ以上得られる物は無さそう」と覚ると、自身の寝室へ……

 

 

◆    ◇

 

 

 「好きな物を買って欲しいです」と言われるも、これと言って欲しい物も無い。ただ「家計が少しでも楽になれば」もしくは「喜んで欲しい」そう思っていただけに、こう言われてしまうと困ってしまう。

 悩みに悩んだ結果、僕は……

 

優希「それじゃあ……」

アリ「?」

 

 何故か心臓バクバクです。それも壊れそうな程に。まるで、こっ、告白しているみたいに。そんな経験ないんですけどね……。

 

優希「ア、アリスさんに……そ、その……プ、プレゼント……したい……です」

 

 勇気を振り絞って言いました。手とか足とかガタガタ震えていたけど、最後まで何とか言い切りました。するとアリスさん、

 

アリ「ふぇーーーーっ!?」

 

 間髪入れず、赤面して大絶叫。困らせてしまったらごめんなさい。

 

 

◇    ◆

 

 

魔理「へー……、そうきたか」

 

 行っていなかった。普通の魔法使いはお宝の匂いを嗅ぎ付け、その場に留まっていたのだ。期待値とは異なるものの、「これはこれでアリ」と判断し、

 

 魔理「じゃ、そろそろかな?」

 

 頃合いを見計らい……

 

 

◆    ◇

 

 

優希「ダメ……ですか?」

 

 (うつむ)いてしまったアリスさんに恐る恐る尋ねてみたけど、

 

アリ「……」

 

 すぐに返事は来なかった。「かなり困らせてしまった?」と後悔し、「どうしよう……」と思い始めた頃、もういないと思っていたあのお方が……

 

 

◆    ◆

 

 

魔理「いいんじゃないか?」

 

 参上。

 

アリ「え、魔理沙? 先に寝ていたんじゃ……」

魔理「明日、優希の仕事前に人里で買い物しようze☆ それでアリスにプレゼントすればいいだろ?」

 

 なんたる助け舟。魔理沙さんの心遣いに感謝です。

 

優希「はい、それでいいですか?」

アリ「えっと、はい……」

魔理「で、優希。アリスにプレゼントするのに、まさか毎日送り迎えしている魔理沙ちゃんには、何も無いって事はないだろうな?」

優希「いえ……あの……、だからケーキを……」

魔理「お前の魔理沙ちゃんへの感謝の気持ちは、ケーキで済まされる物なのか?」

 

 うわー……。さっき泣きそうになる程喜んでいたのに……。前言撤回です。

 

アリ「魔理沙、厚かましいわよ。優希さん、私は頂いたケーキだけで充分ですよ」

優希「でもそれだと……」

魔理「だーもうッ! 魔理沙ちゃんが悪かったよ。魔理沙ちゃんはもういらないから、アリスは優希からプレゼントを買ってもらう。それでいいな!? 全く、2人だと話が進まないze☆」

  『ごめんなさい……』

 

 

--翌日--

 

 

 朝食を済ませ、3人で人里へ。僕がバイトに行くまでの限られた時間ですけど、アリスさんが喜ぶ物を見つけたいです。

 

魔理「アリスはどんな物がいいんだ?」

アリ「うーん……」

魔理「いざプレゼントされるってなると、結構迷うよな」

アリ「迷うというか……」

優希「思い浮かびませんか?」

 

 首を傾げて困り顔。意気込んで来たはいいけど、もしかしたら本当に欲しい物が見つからないかも……。早くも高い壁が目の前に現れた感じです。

 

魔理「え? そうなのか? 魔理沙ちゃんだったらわんさか出てくるze☆?」

 

 目を見開いて驚き顔。魔理沙さんは欲深いんですね。なんとなく気付いてました。

 

アリ「魔理沙が(うらや)ましい……」

魔理「じゃあ適当に店を回って行こうze☆」

 

 

【一軒目:服屋】 

 僕がこの世界で服を買おうとした店。結局、和服は着方が分からなかったから断念したけど……。アリスさんはその時「服は自作」みたいな事を言っていたし……どうなんだろ?

 

アリ「和服ってあまり着ないんですよね……」

 

 ぼんやりと眺めるアリスさん。和服はあまり着ないとのことです。でも似合うと思うんだけどなー……。

 

魔理「夏祭りは浴衣着たりするけどな〜」

優希「え、魔理沙さんが? 浴衣?」

魔理「なんだよ、悪いか?」

優希「いえ、ただイメージできないなーって」

魔理「じゃあ今度の夏祭りで着てやるze☆ 魔理沙ちゃんの浴衣、白と黒で可愛いんだからな」

優希「それ……喪服……」

 

 

スチャッ!

 

 

優希「ごごごごめんなさい! 八卦炉(それ)をしまって下さい!」

 

 

【二軒目:玩具屋】

 町並みが時代劇のセットみたいな感じなだけに、商品がメンコやおはじといった古風な物だけかと思いきや、以外や以外。ぬいぐるみやキャラクターグッズまであってビックリです。アリスさんは上海と蓬莱と暮らしているし、人形も自作するくらいだから、もしかしたらこういうお店こそ、気に入る物があるかもです。

 

優希「外の世界の商品も結構あるんですね」

魔理「ちょっとしたルートがあって、人里の商人達は 外の世界の物も仕入れているんだze☆」

 

 僕と魔理沙が店内の商品を見ながら2人でそんな雑談をしていると、アリスがいない事に気が付いた。「何処にいったのだろう?」と店内を回っていると、アリスさんがある商品を手に取ってじっと見つめていた。

 

優希「アリスさん、何か気になる物ありました?」

アリ「へ? いや、ちょっと……」

優希「あ、それ外の世界で人気のプラモデルですよ」

アリ「プラモデル?」

優希「自分で組み立てるプラスチックの人形ですよ。僕も好きです。特に赤いのは通常の3倍なんです!」

魔理「お前の好きな物を買いに来たんじゃないだろ? アリスはそんな子供っぽい物を選ばないだろ」

優希「そうですよね……」

アリ「あはは……。チョットホシカッタ……」

 

 

【三軒目:アクセサリー屋】

 装飾品を主に売っているお店。宝石を使った高価な物から、安価でカジュアルな物も扱っている。なんでもアリスさんが作った物もここで売られているそうです。そして時間的にもここが最後のお店になりそうです。ちょっとピンチ……。

 

魔理「まあここが一番無難だろうな」

優希「色々ありますね」

アリ「あ、これ私が作ったやつですよ」

優希「すごい……、これ手作りですか? 細かいですね……」

 

 アリスさんが作った装飾品に絶句。だって素人目にも分かる程クオリティーが高いんですから……。これだったらプレゼントされるまでもなく、自分で作りますよね……。かなりピンチ……。今までで一番お店のチョイスをミスした感が……。と、そこに

 

 

トントン

 

 

 僕の肩を誰かが叩いた。「誰?」と視線をそちらへ向けると……

 

魔理「なー、なー。コレどうだ?」

優希「ね、猫耳!?」

魔理「あっちにあったんだ。ニャー」

 

【挿絵表示】

 

 

 猫耳のカチューシャをした魔理沙さんが。しかも招き猫のようなポーズで猫の真似。不覚にも可愛いと思ってしまった……。

 

魔理「ほらアリスもやってみろよ」

アリ「え、えー!? ちょ、ちょっと……」

 

 マズイ……。それ、耐えられる自信がない……。

 

魔理「わっ、似合い過ぎだze☆ アリス、ニャーってやってみてだze☆」

 

 魔理沙さんがそう言うと、アリスさんは(うる)んだ瞳で上目遣い。さらに恥ずかしそうに顔を赤くしながら、さっきの魔理沙さんと同じポーズを……

 

アリ「ニャ、ニャー?」

 

【挿絵表示】

 

 

優希「グハッ!!」

アリ「キャーッ! 優希さん大丈夫ですか!?」

魔理「あー……大丈夫じゃないか? なんか幸せそうだし」

 

 

--オタク幸福中--

 

 

店員「お買い上げありがとうございました」

アリ「優希さんありがとうございました」

優希「いえ、でもそれで良かったんですか?」

アリ「ええ、とても嬉しいです」

 

 途中アクシデントもありましたが、アクセサリー屋でアリスさんへのプレゼントを購入することが出来ました。

 

優希「あの……魔理沙さん。アリスさんの趣味って……」

魔理「言うな。魔理沙ちゃんも絶賛困惑中だze☆」

 

 アリスさんはアクセサリー屋で「キャーッ!可愛いー!」と突然叫び出し、「何事!?」と様子を見に行くと、掌サイズの太った猫のストラップを手に取っていた。そして僕を見つけるなり、「優希さん! コレ、コレがいいです!」と必死にお願いをして来た。値段も全然問題なかったので、プレゼントしたのですが……、

 

優希「あれ、可愛いと思います?」

魔理「イヤ……、どう見てもブサイクだze☆」

 

 魔理沙さんと初めて意見が合った気がします……。でも、

 

アリ「〜♪」

 

 アリスさんがあんなに喜んでくれているなら、僕は満足です。

 

優希「それじゃあ、僕は仕事行ってきますね」

アリ「優希さん、ありがとうございました。私、この子を大事にしますね。あと今日のご飯、期待していてください」

優希「はい、ありがとうございます。なるべく早く帰ります」

アリ「大丈夫です。いつまでも待っていますよ」

優希「あ、ありがとう……ます」

魔理「魔理沙ちゃん、ちょっと疎外(そがい)感……」

 

 出たよ……『かまってちゃん』。

 

優希「あー……、魔理沙さんも。なるべく遅くならない様に頑張りますので……」

魔理「お前……、隠し事苦手だろ?」

 

 

--オタク仕入中--

 

 

 昨日と同じ時間に魚屋と肉屋に向かうと、お店の手前で紅魔館のメイドさんが、既に来ている事に気が付いた。

 

優希「こ、こんにちは」

??「あ、こんにちは。今日もご苦労様です」

優希「ありがとうございます。ご苦労様です」

??「昨日の件ですが、『一度連れて来て欲しい』と言われていましたので、明日などいかがでしょうか?」

 

 あの紅魔館へ……。魔理沙さんからは「近付くな」と止められている。でもせっかくだし、一度だけ行ってみようかな?

 

優希「ありがとうございます。明日伺ってみます」

??「分かりました。伝えておきますね」

 

 バイトが終わってアリスさんの家に戻ったら、2人に相談してみよ。

 

 

 

--オタク帰宅中--

 

 

 いつも通りにバイトを終え、魔理沙さんが待つ博霊神社へ。そして一風呂入って魔理沙さんの後ろに乗ってアリスさんの家へ。ここまでの流れはもう完全に慣れました。初めの頃は高さが怖かったけど、今では周囲を見回す余裕もあります。でも早いのは苦手です。

 

優希「ただいま戻りました」

 

 扉を開けると、

 

優希「わっ、スゴイ!」

 

 テーブルの上に沢山のご馳走が。

 

アリ「おかえりなさい。今準備しますね」

魔理「アリスのヤツ、今日やたらと気合い入れて飯を作ってたze☆ よかったな、この幸せ者」

優希「はい、すごく嬉しいです。夢……じゃないですよね?」

 

 

スチャッ!

 

 

 突然僕の目の前に八卦炉が出現。

 

優希「なんで?」

魔理「いや、眼が覚めると思って……」

優希「永遠の眠りにつかせる気ですか?」

魔理「お前上手いこと言うな」

 

 そうでもないと思いますが……。

 

優希「今回は魔理沙さん不参加ですか?」

魔理「は? 何の話だze☆?」

優希「いや、ご飯の準備」

魔理「あー、アリスが邪魔すんなって言うから……」

優希「ということは……、100%アリスさんの手料理!?」

魔理「おい、そこでテンションが上がるのはどうかと思うze☆?」

優希「なんでですか?」

魔理「普段は魔理沙ちゃんもやってるんだze☆? その当事者を目の前にして、それはちょっと傷付くze★ お前、前からそうだけど、少し言葉と態度考えろよ?」

優希「はい……。気をつけます」

 

 魔理沙さんから本気の説教をされてしまった……。僕はどうやら無意識に他人の事を傷つける癖があるみたいです……。だから友達が少ないのかも……。気をつけます。

 

アリ「おまたせしました」

 

 凹んでいるところに、アリスさんから「食事の準備ができました」と。その手には出来立てのグラタンが。

 

優希「すごっ! 美味しそう! いただきます」

アリ「熱いので気をつけて下さいね」

優希「あつっ! でもめちゃくちゃ美味しいです!」

アリ「いつも美味しいって言って頂けて、作りがいがあります」

魔理「あー! 魔理沙ちゃんを仲間外れにするな!」

 

 

--オタク食事中--

 

 

 アリスさんの手作り100%の料理は本当に美味しかった。グラタンなんて特に。チーズは2種類使っていたみたいで、味に深みを与え、食感も楽しませてくれた。流石です。あ、魔理沙さんの料理が美味しくないって言っている訳ではないんです。魔理沙さんにもいつも感謝しています。ただ、アリスさんの料理のスペックやクオリティーが異常に高いんです。

 そして食事を終え、あの事を2人に話した。

 

魔理「は? 紅魔館に行きたいだ?」

アリ「フランに会いに行かれるのですか?」

優希「いえ、武術の達人の方がいるそうなので……」

  『あー、中国』

優希「え? 中国?」

アリ「紅美鈴っていう妖怪です。紅魔館の門番をしているんです」

優希「じゃあ、仕事中は邪魔しちゃいけないですね……」

 

 仕事中の人に話し掛けたら、きっと迷惑だと思われるに違いない。そう思っていた。でも……

 

  『いやー……』

 

 2人は首を傾げて「それはどうだろう?」みたいな表情を浮かべていた。僕、頭上に『?』。

 

魔理「逆に行ってやった方が勤務態度良くなるかもな」

アリ「咲夜も頭を抱えていたからね……」

魔理「それに館の中入るわけじゃないし、大丈夫かな? うん、明日朝飯食ったら行ってみようze☆」

優希「お願いします」

魔理「ところで門番に会ってどうする気だ? 喧嘩でもしに行くのか? それとも修行か?」

 

 いやいや……、だから何でみんなそうなるの?




ニャリス可愛いです。

次回:「一人で行くために」
いよいよ紅魔館です。
誰が登場するのかはお楽しみにです。


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一人で行くために_※挿絵有

文章を書く様になって、
①日本語って面倒くさい
②日本語って応用が効く
③日本語ってちょっと面白いかも
と改めて思います。

純日本人なのに。




--翌日--

 

 

 いつもより早めに朝食を済ませ、毎度の事の様に魔理沙さんの後ろに搭乗。いざ目指すは危険地帯、紅魔館。内心ちょっとビクビクです。そしてアリスさんはというと、片付けを終えたら来てくれるそうです。嬉しい限りです。

 で、やって来ました。

 

魔理「ここが紅魔館だze☆」

優希「ここが……」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 全体的に血の様に紅く、漂う雰囲気は禍々しい。名前と外見がぴったりの館。僕はこの館を見たのは初めてではなかった。それは僕が幻想郷に来た翌日、魔理沙さんに強引に遥か上空に連れて行かれた時だ。あの時僕はこの館を見ていた。遠目では何も感じなかったけど、近くで見ると……

 

優希「ちょっと不気味ですね」

 

 本音は「ちょっと」じゃないのですが……。

 

魔理「で、あそこに突っ立ってるヤツいるだろ?」

 

 魔理沙さんが指差す先に、赤毛のロングヘアーの一人の女性が、

 

優希「はい、なんかずっと足元を見ていますけど……」

 

 手を後ろで組んで(うつむ)いて直立不動でいた。

 

魔理「あれが(ほん)美鈴(めいりん)だ。今は……寝てる」

優希「は? 寝てる? 門番が? それじゃあ物騒じゃないですか。簡単に泥棒とか入っちゃいますよ?」

魔理「そうそう、だから楽に……」

 

 魔理沙さんはそこまで語ると、突然「あーっと」と声を上げ、話を中断した。僕、意味不明で脳内『?』だらけ。そんな僕を押しのける様に、魔理沙さんは僕の前へと移動すると、

 

魔理「まあ取り()えず起こすか。ちょっとどいてろ」

 

 と告げ、

 

 

スチャッ!

 

 

 ご愛用の超強力魔法の準備。

 

優希「え!? そそそれはちょっとやり過ぎ……」

魔理「タメ無し、マスタースパーク!」

 

 

ビ===ム

 

 

 放たれたそれは、僕の腕の太さ程度の光。出力されていた時間は1秒前後。やがてその光は門番さんの顔へ……

 

 

ドーーーン!

 

 

美鈴「ぷはっ! 何!? 敵襲!?」

魔理「おい、お前また寝てたze☆」

美鈴「そんなー、またまたご冗談を。ちょっとウトウトとしていただけですよ」

 

 笑顔を浮かべて手で仰ぎながら、魔理沙さんに話す門番さん。でもそう言いますけど、それ寝てますよ……。

 

美鈴「そんな事より……、今日こそは館の中へは入れさせませんよ!」

 

 門番さんはそう告げると、一気に戦闘の構えに。そして……。

 

美鈴「たっぷり寝たから調子が良いんです!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 ウトウトじゃなかった……。それに今、魔理沙さんに「今日こそは」って……

 

魔理「ば、ばか! 今日はコイツを連れて来ただけだze☆」

 

 「コイツ」と言われた瞬間にお尻に痛みが。どうやら魔理沙さんに膝で蹴られたみたいです。また蹴った! 親父にも蹴られた事無いのにッ!!

 

美鈴「おや? そちらは? 初めて見る方ですね」

優希「ゅ…ゅぅきで…す」ドキドキ

美鈴「へ?」

 

 精一杯の自己紹介に門番さん、目が点。僕の声は門番さんには届かなかったご様子。すると、見るに見かねた魔理沙さんが、

 

魔理「あー、優希って言うんだ。なんか人里でお前の所のメイドに相談してとか……」

 

 代わりに紹介をしてくれ、その上経緯まで。ホントに感謝です。お尻を蹴られた事は、これで水に流します。

 

美鈴「あら、あなたがそうでしたか。一人で魔法の森を歩ける様になりたいと?」

魔理「え? お前そんな事考えてたのか?」

優希「……はい、最近いつも遅いですし。魔理沙さん達に迷惑をかけたくなくて……」

魔理「お前……」

美鈴「えっと、事情はよく分かりませんけど、方法はありますよ」

優希「ホントですか!?」

美鈴「ええ、簡単です。強くなれば良いんです!」

 

 あっれ〜……? やっぱりフラグだったの〜?

 

 

--オタク??中--

 

 

優希「ゼェー、ゼェー……」

 

 息は切れ切れ、喉はカラカラ、手足はパンパン(ry。一言でまとめると僕、orz。

 

アリ「優希さん、魔理沙お待た……。えっと……、魔理沙コレどういう……」

魔理「身体能力のテスト中だze☆ でもコイツ……」

美鈴「困りましたね……。コレでは先が長そうです」

 

 門番さんから早くも見切られ通告。それでも「先が長そう」と言ってくれるだけ救いです。ここで「やっぱり諦めた方が……」なんて言われたら本気で困っていました。

 

魔理「力も無ければ体力も無いし、足も遅い。良いところ無さ過ぎだze☆」

 

 

グサッ!

 

 

 見下ろしながら冷たい視線。加えてキツイ一撃。運動神経が悪いのは自覚しているんです。でも、やっぱり直接言われると傷付きます。それに、「良いところ無さ過ぎ」って……。僕、泣きますよ?

 

美鈴「分かりました。基礎運動能力の向上と護身術の両方でやっていきましょう」

優希「は、はい。お願ぃ……ます」

美鈴「でも、やる前に一つ約束して下さい」

 

 人差し指を立てて数字の『1』を作り、「約束して欲しい」と告げる門番さん。否、僕の先生。いや、コーチ。「何だろう?」と構えていると、

 

美鈴「妖怪相手に戦おうなんて思わないで下さい」

 

 ちょっと予想外の言葉が告げられた。

 

魔理「おいおい、それじゃあ解決にならないだろ?」

アリ「あの、魔理沙。コレいったいどういう……」

美鈴「私が教えるのは身の守り方と(かわ)し方です。人間の力ではどう頑張っても、妖怪には敵いませんからね。基本は逃げて、危なくなったら守って躱して、また逃げるです!」

 

 人と喧嘩をした事のない僕にとって、コーチが語る戦法は非常にありがたかった。痛いの嫌いですし、逃げる事に躊躇(ためら)いは無いんです。

 

優希「わ、分かりました」

美鈴「という事で、まずは館の周りを走って来てください。ただ走るのではなく、追われている事をイメージして」

 

 コーチの指示に従い、スタートを切ろうとしたその時、

 

魔理「なら魔理沙ちゃんが一役かってやるze☆」

 

 と(ほうき)(またが)った魔理沙さんが乱入。その手には丸く輝く光の玉。そしてそれを、とびきりの(まばゆ)い笑顔で

 

 

ドーン!

 

 

 足元へ撃ってきた。地面の草が……真っ黒に……。焦げてる……。

 

魔理「先に言っておくけど、当たると痛いze☆?」

優希「いや、あの……ちょっと……」

魔理「嫌なら……、逃げてみろ!」

 

 

ドドドドドーン!

 

 

優希「わーーー……」

 

 

--優希が去った紅魔館の正門前では--

 

 

アリ「魔理沙ちょっと!」

 

 光弾を放ちながらオタクを追い回す親友に、静止を呼びかけて追いかけようとする人形使い。だが、その彼女の目の前に武術の達人が、仁王立ちで立ち(ふさ)がった。

 

美鈴「あなたはここにいてください。じゃないと訓練になりませんから」

アリ「訓練って……、いったいどういう事?」

美鈴「あれ? あなたもご存知ありませんでしたか? なんでも魔法の森を一人で行き来出来る様になりたいそうですよ?」

アリ「そんな……優希さん……。ムリされないでも……」

 

 互いに気を使うが故の食い違い。片や「これ以上迷惑を掛けたくない」という想い、片や「もっと頼って欲しい」という想い。それは決して交わることの無い平行線。

 そんな中『()を使う程度の能力』の武術の達人は、 「そっちの『気を使う』は専門外」と、気の利いた言葉が見つからず、

 

美鈴「うーん、私こういうのは苦手だなぁ……」

 

 青空へ視線を移し、頬をかきながら(つぶや)いた。

 

 

--オタク逃走中--

 

 

 やっと……一周……もう……無理……。

 

 

ドサッ

 

 

アリ「キャーッ! 優希さん大丈夫ですか!? ちょっと魔理沙! ここまでする事ないでしょッ!!」

美鈴「何回被弾したんですか?」

魔理「30回以上だze☆ 途中から数えるのが面倒になって、よく覚えてないze☆」

アリ「30回以上!? あなた手加減しなさいよ!」

魔理「イヤイヤ、狙いにいったのは数発だけだze☆? でも優希のヤツ、わざと外したつもりの弾にも、ご丁寧に突っ込んでいくんだze☆? どうしろって言うんだよ」

美鈴「あー……、コレは大変だ……。今日はもうお終いに……」

 

 掠れる意識の中、僕を心配する声とダメ出しをする声が聞こえて来る。確かに僕はダメです……。運動神経悪いですし、30発以上被弾する程のマヌケです……。だから……だから……、

 

優希「いえ……、大丈夫なので……続けて欲しいです」

 

 「無理をしてでも、限界を超えてでも、努力するしかない!」そう自分に言い聞かせながら、全身に走るダメージに歯を食いしばり、ゆっくりと立ち上がる。

 

魔理「優希、ガッツは認めるけどな、これ以上は魔理沙ちゃんも心配になるze☆」

アリ「無理なさらないで……」

 

 あの魔理沙さんが心配している。アリスさんは困った様な表情を浮かべている。でも、だからと言って、このままその言葉に甘えたら、僕は何も変わらないと思うんです。

 

優希「いけます! お願いします」

 

 僕は変わらないといけないんです!!

 

美鈴「分かりました。じゃあ次は(かた)にしましょう。それなら激しくありません。では、まず腕を顔の前に……」

 

 

--オタク修行中--

 

 

 コーチた言う様に形の練習は静かなもので、お陰でかなり体力も回復しました。しかもコーチが手取り足取り教えてくれる上、教え方も丁寧なので、初心者の僕でも分かり易いです。

 

美鈴「腕をもう少し内側へ絞った方がいいですよ」

優希「こうですか?」

美鈴「そうです。それでここまで教えて来た事を全部繋げてください」

優希「は、はい」

魔理「期待してるze☆」

 

 僕、ここまで教えてもらった事が一連の流れだとようやく理解。そしてコーチに指摘してもらった事を全て思い起こし……いざッ!

 まずは基本の構えから、真っ直ぐに伸びて来る棒を、掌で払うイメージ。

 

 

サッ!

 

 

 そこからもう片方の手を大きく広げて突き出し、相手の視界を奪う。

 

 

スッ!

 

 

 最後に全身にグルッと反時計回りの回転を加え、踏み込みと同時に肩で下から(えぐ)る様に体当たり!この時に腕を内側へ絞る事を意識して……。

 

 

ザンッ!

 

 

 終わり。ど、どうでしょうか? 決して「ドヤッ」なんてできない。自分でもまだまだだと思うし、動きがぎこちなかったし……。「また魔理沙さんから野次られる」と覚悟を決め、恐る恐る振り返る……。

 

魔理「おー、優希カッコいいぞ! な?」

アリ「う、うん」

 

 カッコいい!? 人生初の言葉! もう一回言ってくれないかな? あ、その時は録音したい。

 

美鈴「いい感じです。(かた)は覚えが早いですね。まずはそれを日々練習してください。流れる様に自然に出来れば、今後の鍛錬もスムーズにいきます」

優希「はい! ありがとうございます!」

 

 ここに来てやっと褒められ、僕、大歓喜。そして「もっと覚えたい。もっと知りたい」という欲が沸き、

 

美鈴「では、次回は……」

優希「毎日お願いできませんか!?」

  『は?』

 

 暴走しました。みんな口を開けたまま硬直状態。でも、これは抑えきれそうにもありません。

 

優希「お仕事でお忙しいかもしれませんが、もっと上達したいんです」

 

 それに早く上達できれば、その分アリスさんと魔理沙さんへ迷惑掛けずに済みます。

 

美鈴「私は別に構いませんが、体もちます?」

優希「やれます!」

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 オタクが熱血している頃、その姿をぼんやりと眺めながら、

 

魔理「アイツ初めて会った頃と比べると、大分変わったよな?」

 

 ほんの少し前の彼と比較する白黒魔法使い。その結果、彼女の中では「成長した」という結論に。

 

アリ「え? そうかな? 前から優しくて、少し無茶もするけど、努力家で……」

 

 しかし、彼女の親友の人形使いの結論は「前から変わらない」。だがそれは悪い意味ではなく……。

 

魔理「そっか、アリスにしか分からなかっただけか」

アリ「?」

 

 そう、それだけの事。だが、2人共通している結論もある様で……。

 

魔理「でも少し()せたよな?」

アリ「あ、うん。それは気付いた」

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 翌日から僕の鍛錬が本格的に始まった。毎日朝食を食べた後、魔理沙さんとアリスさんと一緒に紅魔館へと(おもむ)き、美鈴さんに稽古を付けてもらう事に。そのメニューは初日とほぼ変わらず、形の代わりにときどき組み手をするくらい。

 そしてみっちりと教えてもらった後はバイト。そんな超過酷スケジュールをこなしていった。

 当初は仕事中に意識が飛ぶ等のハプニングもあったけれど、事前に事情を話していた酒丸の店長さんの理解もあり、なんとかクビにならずに済んだ。

 今ではその生活リズムにも慣れ、稽古開始したあの日から1カ月が経った――――

 

 

魔理「この、当たれ当たれ当たれーッ!」

 

 

ドドドドドドドドドーン!

 

 

 魔理沙さんの光弾は単調で単純だから避けやすいです。

 

魔理「感のいいヤツだなぁ! アリスももっと応戦しろよ!」

アリ「で、でも……これ以上はホントに当たっちゃう……」

魔理「そうでもしないと意味ないだろ! クソーッ!」

アリ「うー……、優希さんごめんなさい! 上海! 蓬莱! 行って!」

 

 アリスさんの掛け声で迫ってくる2体の人形。上海と蓬莱。いつもアリスさんの手伝いをしていて、それ用途だとばかり思っていたけど……めっちゃ修行に参加して来ます。しかもその手に持っている物が……。僕知っていますよ、それ。ナイト専用の武器、『ランス』ってヤツですよね? 当たると痛いヤツですよね? チクンとするヤツですよね? なのに……蓬莱、いい笑顔で振り回さないでくれる?

 左から蓬莱、右から上海、僕の逃げ場は徐々に狭まり、「マズイ……」と察知したのも束の間、

 

魔理「よし、逃げ場無しだze☆!」

 

 ()()が。

 

魔理「伝家の宝刀! 『恋符:マスタースパーク』! 出力=死なない程度!」

優希「ちょっ、まっ! ムリムリムリムリ!」

 

 

ビ=====ム! & ピチューン…

 

 

魔理「やっと当たったか」

アリ「魔理沙やり過ぎよ!」

魔理「ちゃんと出力抑えたze☆? 大丈夫だろ?」

アリ「優希さん、優希さん! 目を開けて下さい!」

 

 朦朧(もうろう)とする意識の中、聞えて来たのは僕を呼ぶ透き通った声だった。その声に導かれる様にゆっくりと目を開くとそこには……

 

優希「あ、可愛くて綺麗な天使が……。ここは天国?」

アリ「ここは幻想郷ですよ。良かったー……」

魔理「おいアリス、お前今えらいとこスルーしたze☆?」

 

 魔理沙さんのこの言葉で一気に現実へ。

 

アリ「え?」

優希「わー! わー! 何でもないです!」

 

 大声を上げ、両手を振りながら必死の抵抗。あんなの聞かれていたらと思うと……は、恥ずかすぃー……。聞き流してくれて正解です。

 

美鈴「だいぶ避けれる様になりましたね。私も鼻が高いです。でも、ああいう時こそ受け流しと受け身です」

優希「はい。頑張ります」

美鈴「では次は組手をしましょう。昨日と同じ順番で少しずつ早くしていきます」

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 紅魔館、そこは吸血鬼の姉妹とその友人、そして彼女達に仕える従者達が暮らす紅い洋館。そこの住人は実力者揃いとして名高い。そんな館の中から、()えない人間達を見下ろす2つの影が。

 

??「最近、彼も魔理沙も人形使いもよく来るわね」

??「はい、もう1カ月近くになります」

??「いつも見ているけど、なかなか上達のスピードが早いじゃない。それに、美鈴が楽しそうね」

??「最近では少し本気になる事もあるそうです」

??「ふふ、いいじゃない。いい子そうだし、あの子のいい遊び相手になりそうね」

??「お嬢様……」

??「今度、招待してさしあげましょう」

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

美鈴「ちょっと早いですが、今日もお疲れ様でした」

 

 途中死に掛けましたが、今回も無事五体満足で鍛錬終了。そしてついに……

 

優希「ありがとうございました」

美鈴「もう(おおむ)ね大丈夫だと思います。あとは実践あるのみです」

 

 コーチからGoサインが。

 

魔理「やったな! じゃあ早速今日から……」

アリ「待って! そんないきなり一人なんて……」

魔理「それもそうだな。しばらくは魔理沙ちゃんも一緒に行くze☆ 試しに今からアリスの家から人里まで行ってみようze☆ いきなり夜はハードル高いからな」

 

 という事で、いよいよ魔法の森をこの足で通る事になりました。まだ、不安は色々あるけど、美鈴さんから色々教えてもらったし、きっと大丈夫! のはず……。とそこへ……

 

??「私も行く!」

魔理「おう、アリスも行くか」

 

 魔理沙さん、今のアリスさんの声じゃ……。

 

アリ「え? 私も行くけどまだ何も……」

魔理「は?」

??「魔理沙ー! 遊びに来てたなら言ってよー!」

 

 甲高くて幼い声と共に、魔理沙さんの背中に飛び乗ったのは小さな女の子。、短い金色の髪の毛、赤い服、背中に綺麗な石(?)のついた羽根(?)。該当箇所多数。間違いないこの子が……

 

魔理「フラン!? お前なんで外に……」

フラ「日傘があれば大丈夫!イエイ!」

 

【挿絵表示】

 

 

美鈴「妹様。レミリア様からの外出許可は出ていますか?」

フラ「えー、だって絶対ダメって言うんだよー」

魔理「また今度来るからそん時な」

 

 魔理沙さんに「遊ぶのはまた次回」と告げられ、フランさんは「ブー……」と頬を膨らませ、不服といったご様子。その仕草から「面白くて可愛らしい人だな」と思い始めた時だった。

 

フラ「ん? あなたは誰?」

 

 フランさんとバッチシ目が合ったのは。完全に僕をロックオンし、逃げる隙を与えなかった。

 

優希「ゆ、ゆぅきって……いいます」

 

 見るからに年下の幼女に敬語……。けど、ものすっっっごく年上のお方なので、これで正解。

 

フラ「ふーん、ゆーきね。あなた、今度私と遊んでくれる?」

 

 自己紹介を終えると、彼女はあどけない顔で、首を傾けながら尋ねてきた。自然に、それこそまるで子供の様に。僕には純粋に「一緒にあそぼ」と言っている様に聞こえた。だからそれに釣られる様に……

 

優希「え? あ……」

 

 答えようとしていた。その矢先、

 

魔理「優希!」

アリ「優希さん!」

 

 魔理沙さんとアリスさんが緊迫した表情で、それを止めに来た。僕、何がなんだか分からず、「へ?」と変な声を発声。すると魔理沙さん、僕に背を向けて、フランさんから隠す様に間に立ち……。

 

魔理「フラン、今度絶対遊んでやるから……。私だけでいいだろ?」

 

 違和感。魔理沙さんは自分の事を言う時は、常に「魔理沙ちゃん」だった。でも、今は確かに「私」って……。

 

フラ「うん、いいよ。じゃあね、ゆーき。マタ、コンドネ……」

 

【挿絵表示】

 

 

 

ゾクッ……!

 

 

 全身を走る寒気。去り際に見せたその表情は、「いいおもちゃを見つけた」と言わんばかりの笑顔。でもその瞳は獲物を捕らえる狩人その物。完全にこの時理解した。彼女は僕の事を狩ろうとしていたと。ヤバイ……、ヤバイ、ヤバイ、ヤバイヤバイヤバイヤバイッ! 今の人ホントにヤバイッ!! 次に会ったら僕、どうなっちゃうの? 無事でいられる?

 海斗君……。僕は今、君の一押しの嫁に会いました。言わせてください。嫁とかふざけて言える次元の人じゃないです! 殺されます! 嫁を変える事を強くお勧めします!!

 

魔理「今のがフランだ。会えて良かったな」

優希「もう、会いたくないです……」

魔理「それが正解だze☆」

アリ「最近は大人しくなったって聞いてるけど……」

魔理「いつ爆発するか読めないze☆ おっと、早いとこ戻ろうze☆」

 

 思い知らされた。この世界で会った人達は、みんないい人だったから、きっと凄く素敵な世界なんだと思っていた。でも、これが実態。ああいう人もいる。

 魔理沙さんが前に言っていた「光りあるとこに闇がある」っていう言葉の意味と重みが、今ひしひしと送れて伝わってきます。幻想郷……、怖い。

 

 

--オタク通勤中--

 

 

 アリスさんの家に一度戻って荷物を持って準備完了。忘れ物無し。人里を目指していざ!位置についてヨーイ、ドン!

 

魔理「もう少しペース上げてもいいか?」

 

 現在魔理沙さんを先頭に僕とアリスさんが並走中。とは言っても走っているのは僕だけ。魔理沙さんとアリスさんは低空飛行で飛んでいます。そんな状況ですが、多くの方に鍛えてもらった甲斐(かい)もあって、ここまで順調に魔理沙さんに付いていけてます。前の僕だったら、早くも息は切れ切れ、汗はだらだら、etc、etc,、etc、だっただろうな……。

 でも今まで平坦な道でしか走っていなかったから、森の中のアップダウンは地味に足腰に響きます。

 

優希「まだ何とか。でもやっぱり森の中は走り辛いですね」

アリ「大木ばかりで、根が太いですから……」

 

 と、愚痴にも似た感想を呟いていると……。

 

魔理「待った!」

 

 魔理沙さんが緊急停止。そして周りを見回して……

 

魔理「あいつら〜……」

 

 と。そしてアリスさんまでも。

 

アリ「もー、あの子達、急いでるのに」

優希「え? どうかしたんですか?」

魔理「優希、そこの木に体当たりしてみろ」

優希「コレですか? なんで?」

魔理「いいからやってみろよ」

 

 とは言われたものの、魔理沙さんが何故そんな事を言うのか意味不明。よく分からないまま、言われた通り目の前の木に軽く突進してみると……、

 

優希「あれ? は? なに? なんで?」

 

 そのまま通過。物理法則を無視され、僕、頭の中大混乱。

 

魔理「妖精のイタズラだze☆」

アリ「たまにやってくるんです」

魔理「アホ3匹のな」

 

 魔理沙さんが暴言を吐いて0.1秒後、

 

??「アホとか言うな!」

??「今日はちゃんと考えたんです!」

??「えーと……です!」

 

 何処からか子供の様な声が。でもすぐ近く。こっちかな?

 

優希「あ、見つけた」

  『あ……』

 

 見つけたのは背中に羽の生えた3人の女の子達。それぞれ赤、白、青を基調とした服を着ていた。それはそれでいいとして……

 

魔理「よし、こうしとけばもう悪さはしないだろ」

赤服「ほどけーッ!はなせーッ!」

白服「妖怪達に食べられちゃいますー!」

青服「だから止めようって言ったのにー!」

 

【挿絵表示】

 

 

 魔理沙さんに(ひも)で縛られ、木の上から吊るされる3人。ちょっと可哀想……。というか魔理沙さん、その紐どっから出したの?

 

アリ「彼女達は仲良し3人組の妖精でして、赤い服の一番元気な子がサニーミルク、白い服の髪がクルクルな子がルナチャイルド、青い服の大人しそうな子がスターサファイアです」

  『アリスさん助けてー』

優希「知り合いなんですか?」

アリ「たまにお菓子を食べに来るくらいなんですけどね」

 

 涙目に助けを求めて来る3人の妖精達に、苦笑いを浮かべ、彼女達との接点を説明してくれるアリスさん。お菓子を上げているなんて優しいですね。でもアリスさん、それ多分(たか)られていますよ……。

 そうしている間もギャーギャーと叫び声を上げ、助けを求める3人。なんかもう見ている方が辛いです……。

 

優希「魔理沙さん、少し可哀想なのでその辺で……」

  『いい人だー!』

魔理「お前ら反省してんのか?」

  『もうしません!』

魔理「優希に感謝するんだな、ほれよ」

 

 

ドサッ!!!

 

 

サニ「イッター……、もうちょっと優しく下ろしてくれてもいいじゃんか!」

ルナ「っつ〜、酷いよー……」

スタ「いたたたぁ、ごめんなさい……」

魔理「2匹の反省の色が見えない。全体責任で近距離マスパいっとくか?」

  『ごめんなさい!』

 

 3人寄り添ってガタガタ震えながら「ごめんなさい」と。もう魔理沙さんが悪人に見える……。

 

魔理「もうイタズラするなよ! 特に、優希は今日からココを通る事になるんだ。もし、優希に何かあったら……」

  『あったら……?』

魔理「近距離マスパと妖怪の餌、どっちがいい?」

  『どっちもイヤー!』

魔理「じゃあ死ぬ気で優希を守れ!」

 

 はい? 魔理沙さん、今……何と?

 

サニ「え? 夜も?」

魔理「なんか問題あるのか?」

サニ「だって寝る時間……」

スタ「いつも早く寝ているので……」

ルナ「そ、そーそー」

魔理「おい、待て。1匹は分かるぞ? でも、スター! ルナチャ! お前らはどちらかといえば夜の妖精だろ!?」

 

 魔理沙さんのこの一言で、ハッと気付いた。それは3人の名前。サニー=太陽。スター=星、ルナ=月。そう気付けば確かに3人ともそれっぽい。そして「夜の妖精」と言われ、立場が悪くなったクルクルヘアーのルナチャイルドが……

 

ルナ「えーっと、まだ成長期だしー、夜更かしはお肌に悪いしー、朝は早くから近所の掃除をしなきゃならないしー、こう見えて若くないしー……」

 

 両手の人差し指を付き合せてモジモジと言い訳。その瞬間、魔理沙さんからスチャッと音が。

 

魔理「よし、近距離マスパが決定した」

優希「魔理沙さん、大丈夫ですから。もうイジメないで下さい。イタズラされなければそれでいいです」

  『いい人だー!』

 

 

 




サニーミルク、
ルナチャイルド、
スターサファイア
そしてついに、
フランドール・スカーレットが
登場でした。

次回:「護衛連盟」


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護衛連盟_※挿絵有

もうすぐでGWです。
どうやってすごすか考え中です。
どこも混んでいそう…。

電気とアニメの町での東方イベントは
4月中はやっているそうですよ。


優希「お待たせ、それじゃあ帰ろうか」

 

 バイトが終わって帰宅時間。月は最も高い位置。待ち合わせ場所はいつも森の手前。そこには、

 

蓬莱「ホーラーイ」

 

 僕の見張り役、アリスさんお手製の半自立思考人形の蓬莱と、

 

スタ「ふぁ〜……、今日は比較的安全です。それじゃあ私は帰ります」

 

 3妖精の一人、スターサファイアが。早く寝るって言っていたのに、いつも夜遅くまでごめん。

 

優希「あ、うん。いつもありがとう」

 

 森を自分の足で通う様になって1週間。今のところ妖怪や獣に襲われる事も無く、なんとか無事でやれています。霊夢さんから貰ったお守りもあるし、そばに蓬莱もいてくれる。これだけでも充分心強い。

 そこにスターサファイアの『動く物の気配を探る程度の能力』で、事前に森の状況を教えてもらえるので、経路を選ぶ事が出来る。天気予報ならぬ魔法の森予報だ。もう至れり尽くせりです。でも念には念を、という事で……アリスさんの家までダッシュで帰ります。

 秋が深まり、落ち葉が増えてきた森。でも木々に覆われていて、中に入ってしまうとほぼ真っ暗。そんな時便利なのが蓬莱。なんとサーチライト機能付き。目から光が出ます。

 そして時々差し込む月明かりもあるので、今は何とかなっています。

 

優希「今日は満月か、夜なのに明るいね」

 

 枝の隙間から覗く、夜空に煌々と光る月を見つめてポツリ。「魔理沙さんはこういう時に、空でお酒を飲むのが好きだって言ってたな」などと、全く関係ない事をぼんやりと考えながら走っていると……、

 

蓬莱「ホーラーイ!!」

 

 突然蓬莱が叫び出した。まるで「気を付けて」と言っている様に。

 

優希「え? 何?」

 

 立ち止まって警戒態勢。次の瞬間、上空から現れたのは……

 

??「見つけたーッ!!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 僕の目の前で宙に浮きながら、まるで『通せんぼ』をする様に大の字。月明かりを反射してキラキラと美しくも、怪しく光る羽の石。無邪気な笑顔からチラチラと見え隠れする狂気。もう絶対に会いたくないと思っていた人物。どうして……、なんでここに!?

 

フラ「今日満月でね、テンション上がっちゃってね、お姉様にね、外出たいってね、言ったらね、特別にね、『いいよ』ってね、許してもらえたの!」

 

 早口で興奮気味に話し出すフランさん。テンション上がりすぎのMAX状態。一言一言声を発する度に伝わってくる威圧感がすごい。僕の足は……震え始めていた。

 

フラ「だからねだからねだからね、フランね……」

 

 

 ゾクッ!

 

 

 全身を駆け巡る危険信号。「何かが来る」僕の体が、全神経がそう予期していた。ジリジリと気付かれない様に、足を後方へ動かし……

 

フラ「()()()()()()()()! キャハハハハハハッ!!」

 

 笑っているけど、目は完全に狩る側のそれ。ギラギラに輝き、まるで餌を目の前にした腹ペコの猛獣そのもの。捕食される側、絶体絶命の大ピンチ。ヤバイ、ヤバイヤバイヤバイッ!

 襲われる恐怖の中、今出来る事……それは……とにかく逃げる!

 

 

ダッ!

 

 

 僕は勢いよく後方へスタートを切った。

 

フラ「鬼ごっこ? フラン得意だよ! 直ぐに、()()()()()()()()! 待て待てー! キャハハハハ!」

 

 いつも以上に、全速力で、がむしゃらに走り続けた。「もし捕まったら……」と考えると、その先が恐ろしくなり、呼吸を忘れて無我夢中になっていた。それでも伝わって来る背後に迫る危険、脅威、プレッシャー、死へのカウントダウン。それらを振り払う様に、追い付かれない様に、ただひたすら真っ直ぐ逃げ続けた。

 

フラ「ツカマエタ!」

 

 けど僕の逃亡時間は長くは続かなかった。再び目の前にフランさんが現れ、逃げ道を(さえぎ)る様に大の字。前方を塞がれて右へ逃げ出すも、彼女は再びあっという間に僕の目の前に現れて行く手を(はば)み、また方向を変えようとすると、今度は先読みされて進路妨害。

 身体能力が違い過ぎる。反射神経、瞬発力、スピード。それに感も鋭い。どれを取っても僕が勝る物は無い。完全に打つ手なし。

 

フラ「キャハハハ、もう……()()()()()()

 

 ゆっくりと迫る手。恐怖のあまり僕はその場で腰から崩れ落ちた。もう僕は……ここで……。そう覚った途端、今まで楽しかった思い出が、一気にフラッシュバックしてきた。

 お父さんとお母さんとの生活、学校の特別授業、海斗くんとの買い物、魔理沙さんとの会話、霊夢さんの照れた時の顔、アリスさんの眩しい笑顔。

 アリスさん……最後にもう一度だけ……。僕はあなたにまだ伝えたいことが…………。

 

 

タッチ

 

 

フラ「じゃあ次はゆーきが鬼ね。フランの事を捕まえてねー」

 

 そう告げるとフランさんは、持ち前の超スピードで森の奥へと消えて行った。僕の肩に残る軽く叩いた感触を残して。僕、「は? え? コレどういう事?」と脳内パニック。そして文字通り置き去りです……。

 しばらくその場で呆然としていると、フランさんが顔をムスっとさせて戻って来た。

 

フラ「ねー! ちゃんと鬼やってよ! 鬼ごっこやった事ないの? タッチされたら鬼交代なんだよ?」

優希「ご、ごめんなさい。腰が抜けちゃって.……」

フラ「え? そうなの? でもくっついてるよ?」

優希「そういう事じゃなくて……」

 

 なんとベタなボケを……。

 

優希「ちょっと今立てないんです」

フラ「ふーん……、いつ治る? 治ったらまた遊べる? 今度は何する? 弾幕出せる? 弾幕ごっこしようよ!」

 

 早口でマシンガンの様に放つ質問。答える間もなく次々と。その上聞き慣れない単語まで。『ダンマクゴッコ』って何? 新しい遊び? 鬼ごっこ的な何か?

 頭に少し冷静さが戻り、周囲の状況も把握できて来た頃、さっきまでそばにいた彼女が、行方不明になっている事に気が付いた。

 

優希「あ、あの……。人形……、知りません?」

フラ「あー……アレ? さっきどっかに飛んで行ったよ」

 

 蓬莱ー! 見捨てるなー!

 

フラ「ねえねえ、それよりも遊ぼうよ。ネ?」

 

 「ネ?」が怖い。共感を呼びかけるとかじゃなくて、ただの脅迫。いつかのアリスさんと180°違う。このまま相手していたらいつかは……

 

 

 ガタガタ……。

 

 

 手が、足が、全身が震度5強。震源地は僕の内側。恐怖心と絶望感のプレートが引き起こしていた。それをフランさんが見逃すはずもなく……

 

フラ「どうして? なんで震えてるの? 寒いの? それとも……」

 

 

ゾクゾクッ

 

 

 再び走る悪寒。そして放たれる、

 

フラ「()()()()?」

 

 狂気。もう僕の心はボロボロ。目に涙が浮かび、終いには

 

 

ガチガチ……。

 

 

 歯まで鳴り出す始末。これ以上は耐えられない。僕が内側から壊される。

 

フラ「アハハ、でもフランがいるから大丈夫だよ。悪いヤツが来たら、『きゅっとしてドカーン』だから」

 

 でも、彼女は笑いながら「自分がいるから安心して」と告げて来た。もう僕の脳内は滅茶苦茶のグチャグチャの大混乱。いったいこの人は何? 何が目的なの!? 言っている事が一々怖いのに、「遊ぼう」とか「大丈夫」とかこれじゃあまるで……

 

??「優希!」

??「優希さん! 大丈夫ですか!?」

 

 と、そこに魔理沙さんとアリスさんが駆けつけてくれた。僕、もう涙腺崩壊直前です。生きてまたアリスさんに会えて良かった。もちろん魔理沙さんにも。

 

アリ「蓬莱から連絡がありました。『追われているから助けに来て』って」

 

 蓬莱ありがとう! 自分だけ逃げたんじゃなかったんだ。疑ってごめん!

 

魔理「おい、フラン! お前何しに来たんだ!?」

 

 魔理沙さんのダイレクトな質問。僕も気になっていた。

 

フラ「ゆーきと遊びに来たの! 鬼ごっこしてたんだよ」

 

 でもフランさんの回答はにっこり笑顔で「遊びに来た」と。僕はあれだけ怖がっていたのに……

 

魔理「優希、怪我ないか?」

優希「だ、大丈夫です」

魔理「フランッ! おま……」

 

 

パチンッ!

 

 

 何かが破裂したのかと思った。もしかしたら破裂していたのかも、いや、たぶん破裂したのだと思う。魔理沙さんがフランさんに全てを告げる前に、アリスさんがフランさんの頬をビンタしていた。

 

アリ「もし優希さんに何かしたら……、私はあなたの事を絶対に許さないッ!」

 

 初めて見た……。アリスさんの本気の怒り顔。予想外の威圧感に僕、ビックリ。と同時に感じる

 

 

ゾクゾクゾクッ!

 

 

 ここ一番の危険を知らせるシグナル。

 

フラ「……ョ」

 

 なんか嫌な予感……。

 

フラ「……ョ……ョ……ョ」

魔理「お、おいフラン。落ち着け。な?」

 

 アリスさんに叩かれた状態のまま、ブツブツと(つぶや)き始めるフランさんを、(なだ)め始める魔理沙さん。

 

フラ「……ィョ……ィョ……ィョ」

 

 でもフランさんは落ち着くどころか、その音量を徐々に上げていく。それは心のバロメーターが上昇していく様に。魔理沙さんもその事に気付いたのだろう。

 

魔理「アリスも殴るのはやり過ぎだze☆? 謝れよ、な?」

 

 アリさんにも「非はある」と告げ、「協力しろ」とでも言うように、フランさんに謝るように指示を出した。でもアリスさんは「フンッ!」とそれを拒否。そしてついに……

 

フラ「……ドィョ……ドィョ……ドィョ」

 

 フランさんのボルテージはMAXに。

 

フラ「ヒドイヨヒドイヨヒドイヨ! フラン何もしてないのにぃッ! えーーーん!」

 

 膝から崩れてとうとう泣き始めた。その姿に魔理沙さん、アリスさんは

 

  『え?』

 

 キョトン顔。そして僕はと言うと、この時「もしかしたら」と思っていた疑惑が、確信へと変わっていた。やっぱりこの人……

 

魔理「なんだ? なんだ? どういう事だze☆?」

アリ「えっと……」

フラ「えーん」

優希「あのー……、魔理沙さんとアリスさん。もしかしたら僕達、勘違いをしていたのかもしれません」

アリ「それどういう……」

優希「たぶん本当に、ただ遊びたかっただけなのかと……」

魔理「そうかも知れないけど、お前フランがどういうヤツか知らないだろ? フランはなぁ、吸血鬼で『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』っていう、超危険な能力の持ち主なんだze☆? 人間なんて片手で握りつぶすくらいの力だってあるんだ。それをフランはまだコントロール出来てないんだze☆?」

フラ「フラン、ちゃんとコントロールするもん!」

魔理「お前はいつキレるか分からないんだよ! そんなのと一緒にあそ……」

優希「僕は怪我していません! 大丈夫でした!」

フラ「ゆーき……?」

魔理「あのなー……」

優希「僕はフランさんを信じてあげようと思います」

アリ「優希さん! それは危険過ぎます! お願いですから、これ以上……」

 

 突然顔を両手で隠すアリスさん。僕、何が起きたか分からず一時硬直。そしてディレイを起こしながらも理解。泣いてる……? え? え? え? なんで? 僕が原因? アリスさんを……泣かせた? 僕がアリスさんを!? えーーーッ!? どうしようどうしようどうしよう……。

 

魔理「あのな優希、お前最近一人で森を通ってるだろ? それをアリスがどんな気持ちで待っているか考えた事あるか? お前が魔理沙ちゃん達に迷惑をかけたくないって気持ちは偉いと思うぞ? でもな、それだけじゃダメなんだよ」

優希「あわわわ……」

魔理「おい、聞いてるか? 今、魔理沙ちゃんスゲーいい事言ったんだぞ?」

優希「どうしよどうしよどうしよ……」

魔理「おい!」

優希「はい!」

魔理「はー……。とりあえずアリスに心配させた事、謝っとけ」

優希「はい……」

 

 魔理沙さんの渇で現実に帰り、いつも迷惑ばかり掛けてしまっているアリスさんの下へ。

 

優希「あの、アリスさん……」

 

 顔を両手で覆ったままで、返事は無かった。きっとアリスさんは、今みたいな事をずっと心配してくれていたんだと思う。凶暴な獣や妖怪がいる森。そこに弱くて、出来損ないの僕が飛び込んでいるのだから、心配になって当然だ。

 

優希「いつも心配させてしまってごめんなさい!」

 

 僕は「2人に迷惑を掛けたくない」と思うばかり、本質を見失っていた。

 

優希「それと……」

 

 だから約束します。

 

優希「もう心配とご迷惑を掛けないくらい、アリスさんの事を守れるくらい、しっかりとした強い男になります!!」

 

 これは僕の決意表明。絶対にそうなってみせます。

 

魔理「なんでそうなんだよ……」

優希「へ? ダメでした?」

アリ「ふふふ……」

 

 魔理沙さんにダメ出しをされていると、アリスさんからクスリと笑う声が聞こえた。そして、ゆっくりと顔を上げて涙を指で払いながら

 

アリ「じゃあ期待してます」

 

 と少し困り顔だったけど、微笑んで答えてくれた。枝の隙間から差し込む月の光。暗い森を上から照らしてくれる唯一の明かり。このお陰で僕はいつも助かっています。でも、今この時だけは……。アリスさんのその笑顔を照らさないで。瞳に残る涙が眩しく輝き、僕の心を強く、苦しくなるまでに締め付けた。

 

優希「本当にすみませんでした!」

 

 アリスさん、ごめんなさい……。

 

フラ「えーっと、フランどうしたらいい? ゆーきは信じてくれるんでしょ?」

 

 そこに割り込んでくる無邪気な脅威。人差し指で自分を指してキョトン顔。しっかり存在を忘れてた。どうしよう……、信じるって言っちゃったし、今更無しなんて事になったらまた泣き出すだろうし……、それ以上の事が起こるかもだし……。でもアリスさん心配するし……。困った。本当にどうしよう……。

 

優希「あーうー」

魔理「お前洩矢の神みたいな声を出すなよ……」

アリ「優希さんはフランの事をなんで信じてみようと思ったんですか?」

優希「えっと……、さっき(おび)えて震えていた時に、フランさんが『悪者から守る』って言ってくれたんです」

フラ「きゅっとしてドカーンね」

 

 片手をニギニギと、開いては閉じてを繰り返し、笑顔で答えるフランさん。そう、それです。でもそのフレーズ何? どういう意味?

 

魔理「それ本当か?」

フラ「ブー……、魔理沙も疑り深いなぁ」

 

 疑いの姿勢をなかなか解かない魔理沙さんに、フランさんいよいよ膨れ面に。あまりしつこいと、それはそれで爆発しないか心配です。すると、アリスさんが、

 

アリ「じゃあ、私も信じてみます」

 

 と。この瞬間フランさんの顔が一気に明るくなった。

 

魔理「本気かよ!?」

アリ「いきなり全部を信じられるわけじゃないけど、優希さんを守ってくれるって言っていたなら、『もう夜の森も心配しなくていいかな?』って」

魔理「は?」

優希「へ?」

アリ「だってフラン、優希さんの事を守ってくれるんでしょ?」

フラ「うん!」

アリ「じゃあこれから毎日、夜の森の優希さんの護衛をお願いできる?」

フラ「いいよ! お姉様に言っとく!」

 

 えーーーっ!? アリスさんそんな事考えてたのッ!? いや、最強の護衛ですけど、最恐ですよ!?

 

魔理「アリス、お前結構黒いな……」

アリ「ふふ、あんな目に遭わされたんだもん、利用できる物は利用しないと」

 

 笑顔でそう話すアリスさんですが……怖っ! その笑顔が怖いです! でもこれでなんとか丸く収まって……。

 

フラ「あっ」

 

 と思っていたのも束の間、フランさんが突然思い出したかの様に、頬を撫でながら

 

フラ「フランまだほっぺ痛いな〜」

 

 と。それは「まだ謝ってもらってない」と言いたげな感じで……。終わったと思ったのに、フランさんの中ではそこは譲れないみたいです。でも……

 

アリ「あら? そんなに強く叩いてないわよ? それに吸血鬼なんだから頑丈でしょ?」

 

 アリスさんはそれに真っ向から戦う姿勢。飛び散る火花。第2Rが始まろうとしていた。

 

魔理「おい、お前ら……」

 

 するとフランさん、止めに入ろうとする魔理沙さんを盾にしてアリスさんから身を隠した。

 

フラ「魔理沙ー、この人怖ーい」

 

 見方作りに動いたのだ。

 

魔理「もとはと言えば、お前が優希を追いかけるからだろ?」

アリ「そうでしょ?」

 

 が、断られた。しかも魔理沙さんはアリスさんに加担する姿勢。フランさん、現在2対1で分が悪い状況。で、

 

優希「えーん、ゆーきー。2人がフランを(いじ)めるー」

 

 こっちに来た。さっきの魔理沙さんの時同様、僕の背後に隠れようとする。でもその時に耳元で……

 

優希「ゆーきは私のミ・カ・タ・ヨ・ネ?」

 

 

 ゾクゾクゾクゾクゾクゾクッ!!

 

 

 恐怖と刺激で全身チキン肌。

 

アリ「優希さんから離れなさい!」

 

 そして目の前のアリスさんは蓬莱を向けて戦闘態勢。 僕、完全に2人の板挟み状態。この状況下で助けを求められるのは一人だけ。

 

優希「魔理沙さん、助けて。怖い……」

魔理「あー……、ご愁傷様!」

 

 誰か助けてーーーッ!

 

 

--オタク恐怖中--

 

 

フラ「わー、可愛い! これも手作り!?」

アリ「ふふ、気に入ったならあげようか?」

フラ「ホント!? やったー、ありがとう!」

  『……』

フラ「キャーッ! 何この猫!? すごい可愛いー!」

 

 僕がプレゼントしたストラップだ……。可愛い?

 

アリ「可愛いでしょ? でもそれはダーメ」

フラ「むー……、いいなぁ」

 

 一触即発の雰囲気の中、魔理沙さんが止めに入ってくれました。おかげで無事に、五体満足のままアリスさんの家まで戻って来れました。と、そこまではいいんですが……。フランさんまで一緒に付いて来て、今なんか2人ともすごい仲良くなってます。

 

フラ「コレの大きいやつ作ってよ」

アリ「じゃあ今度一緒に作ろうか?」

フラ「うん、約束ね」

アリ「うん、約束」

 

 事情を何も知らなければ、「2人は仲がいいんだな」って思う程の、微笑ましい光景なんだけど……。あんな事があったのに、何でこうもコロッと変われるんだろ?

 

優希「あの、魔理沙さん……」

魔理「言うな! 絶賛困惑中だze☆ ホント女子って面倒くさい」

優希「魔理沙さんも女子ですよ?」

魔理「じゃあ魔理沙ちゃんもあの輪に入った方がいいか?」

 

 ちょっと想像してみる……。キャッキャウフフしてる魔理沙さん…………。アリなんじゃない?

 

優希「悪くないと思います」

魔理「だが断る!」

優希「ナニッ!」

魔理「この霧雨魔理沙が……」

優希「もうやめときましょう……」

 

 ○○な冒険ごっこをしながら、魔理沙さんの外の世界のボキャブラリーの多さに感心。前にも言っていたけど、僕以外の『外の世界から来た人』から教えてもらったのかな? ん? という事はその方はコッチ(オタク)派!?

 

 

コンコン……。

 

 

 そこに外から扉をノックする音が。「あれ? こんな時間に誰だろ?」と思っていると、

 

アリ「あ、来たかな?」

 

 アリスさんがポツリと呟いて、駆け足で扉の方へ。そして「今開ける」と外の客人に告げてドアノブへ手を掛け……

 

 

ガチャ

 

 

アリ「え!?」

魔理「おいおいおいおい、主人自らかよ……」

 

 そこにいたのは、背中に大きな黒いコウモリの翼が生えた少女。髪の毛は薄い青色だけど、顔がフランさんにそっくりで、直ぐに姉妹だと察した。そしてアリスさん、魔理沙さん、美鈴さん、フランさんの話から考えると、この人が紅魔館の主人でお嬢様……。

 

【挿絵表示】

 

 

??「こんばんわ、いい夜ね。この子から手紙を頂いたわ」

上海「シャンハーイ」

フラ「お姉様……」

魔理「上海なんで主人に渡すかなー……」

??「美鈴が食事でいなかったみたいよ」

アリ「でもわざわざ……」

??「たまにはいいじゃない。それに……」

 

 この間僕、ぽかーん……。一人だけ蚊帳(かや)の外。するとフランさんのお姉さんが、僕の方へ視線を移してニッコリと微笑むと、

 

??「フフ。あなたとこうして会うのは初めてね。私はレミリア・スカーレット、本日お世話になったフランの姉です。以後お見知り置きを」

 

 自己紹介の後に、ドレスのスカートの裾を両手でつまんで、柔らかくお辞儀をした。通称:カーテシー。初めて見たー! お嬢様がやるヤツだ! すごい高貴な人なんだな……。えっと、コレには普通に返していいのかな?

 

優希「ぁ、ゆぅきです。よろ……しくです」ドキドキ

魔理「お前まだそのクセ治らないんだな……」

 

 すぐに治るなら苦労しませんよ……。

 

レミ「ゆーきさんですね。今度紅魔館へいらしてください、一緒にお茶でもしましょう」

フラ「ゆーきが家に来てくれるの!?」

レミ「ええ、ご招待したのよ。それじゃあフラン、帰るわよ」

フラ「はーい、そうだお姉様。私明日から……」

レミ「ええ、聞いてるわ。ちゃんと護衛して差し上げなさい」

フラ「ヤッター!」

 

 お姉さんからの許可が出て万歳をして喜ぶフランさん。そしてこの時をもって正式に決定しました。僕の最強にして最恐のボディーガードが。心強い様で、不安だらけで……、無事が保障されているようで、されてないようで……。とにかく矛盾だらけ。

 

フラ「じゃあね、ゆーき。また明日ね」

優希「あ、はい……。明日からお願いします」

フラ「あとアリス、()()ありがとう」

 

 フランさんがその単語放った途端、お姉さんの足ガピタリと止まり……

 

レミ「人形? キャッ、可愛いぃ!」

 

【挿絵表示】

 

 

 目をキラキラと輝かせて純粋無垢の少女の顔に。あれ? なんか急に……

 

レミ「いいなぁ」

アリ「今度同じの作ってあげるから……」

レミ「ホント!?」

魔理「おい、レミリア。ブレイクしてるze☆?」

レミ「はっ! こほんっ、それでは失礼します」

フラ「バイバーイ」

 

 

 




フランが護衛だったら、
生きた心地しないでしょうね。

そして、レミリア・スカーレット様
ご登場でした。カリスマ!

次回:「花見へ ver.優希」
いよいよEp.2最終話です。


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花見へ ver.優希_※挿絵有

Ep.2 ようこそ!幻想郷へ の最終話です。

Ep.1 に引き続き、
ここまで読んで頂いたこと、
心から感謝致します。

これからも【東方迷子伝】を
どうぞよろしくお願いします。


 フランさんとの恐怖のリアル(吸血)鬼ごっこの一件があってからしばらく経って――――

 外はぽかぽかと暖かくなってきた。快適な気候。もうすっかり

 

??「春ですよー」

 

 ……。それで今は酒丸の店長さんの畑で収穫の手伝いをしています。キャベツにからし菜、玉ねぎ。もうすっかり

 

??「春ですよー」

 

 ……。桜の木も……

 

??「春ですよー」

優希「あの……、この子何なんですか?」

店長「春告げ精のリリーホワイトだ。春が来た事を教えてくれんだ。でもなんか兄ちゃん、えらく気に入られたみたいだな」

優希「えー……」

 

 もうさっきからずっとニコニコしながら付いてくる。僕何かしました?

 

アリ「優希さんもしかして春生まれですか?」

 

 今日はアリスさんも一緒です。収穫した野菜を少し分けてもらえるという事で、魔理沙さんと一緒に来てくれています。アリスさんが慣れた手付きで野菜を収穫していく中、魔理沙さんは……、はい、ご想像通りです。木陰で爆睡中です。朝早くから来ているので、仕方ないと言えばそれまでなのですが……もうちょっと手伝ってくれても……。

 

優希「はい、桜が満開になるちょうどこの時期くらいです」

アリ「だから気に入られているんだと思いますよ」

リリ「春ですよー」

 

【挿絵表示】

 

優希「そうみたいですね……」

 

 

--オタク収穫中--

 

 

カラカラ……。

 

 

店長「今日は手伝ってくれてありがとうな」

アリ「いえ、私達の方こそ収穫した野菜をこんなに頂いてしまって。ありがとうございます」

魔理「ふぁ〜。たまに仕事するのもいいもんだze☆」

アリ「魔理沙、あなたほとんど何もしてないじゃない!」

優希「あの……」

魔理「アリスは真面目過ぎなんだよ」

アリ「魔理沙が不真面目なだけよ!」

優希「ちょっと……」

店長「ははは、2人とも仲が良いんだな」

リリ「春ですよー」

優希「あ・の!! 野菜を積んで4人はさすがに重いです!」

 

 荷車を引くのは僕の日課ですよ。それは認めます。でも何でさも当たり前の様にみんな乗るの!? 魔理沙さんとリリー飛べるでしょ!? 店長さんも足はもう治ってますよね!?

 

アリ「重かったですか? ごめんなさい。じゃあ私は飛んで行きます」

優希「いえ、アリスさんは……」

魔理「なんだよアリスは良くて、魔理沙ちゃんはダメだって言うのか? 差別だze☆!」

リり「春ですよー!」

 

 魔理沙さんに便乗して「そうですよー!」みたいに答えるリリー。はいはい、すみませんでした。でもさリリー、いつまで付いてくるの?

 

店長「鍛錬だと思って頑張れよ。それに急いで行かないと、宴会に間に合わなくなるぞ?」

 

 そう、今日は霊夢さんの所、博霊神社で花見を開催する事になっている。夜はもう神社に寄る事がなくなったので、今までお世話になったお礼をしに行った時に、誘われたのです。ドヤドヤ。でもまあ実際は、「絶対来い」みたいに半ば(?)強制的にですが……。

 なんでも、霊夢さんの知り合いが沢山来るらしく、大宴会になるそうで、これは食材稼ぎに来ているというのが本音です。

 

魔理「優希急げ!」

 

 僕を馬だか牛だかの様に扱う魔理沙さん。結局みんな(アリスさん除外)降りないわけですか……そうですか……。だったら……。

 

優希「も゛ーッ! わかりましたよ!」

 

 やけくそです!

 

優希「走るんで捕まっててください!」

 

 持ち手を握り直して大きく深呼吸。全身を前に傾け、足に力を込めて、ヨーイ……。

 

優希「だあーーーーーーーーッ!」

アリ「わ、気持ちいい!」

魔理「やればできるじゃないか」

店長「いいねー。若いねー」

リリ「春ですよー」

 

 

--オタク全速中--

 

 

霊夢「あら、いらっしゃい。食材調達ご苦労様。一人だけ息は切れ切れ、汗はダラダラで気持ち悪いけど」

 

 足も腕もパンパンなんです……。

 

優希「霊夢さん……、水……」

霊夢「では、感謝の気持ちをこちらに」

優希「もう掘り返さなくていいです」

魔理「あれから随分たったな」

アリ「色々あったけどね」

 

 早いものであれからもう半年程度が経過しました。色々な人に出会えて、親切にしてもらって、時々驚かされて、怯えて……。僕の人生史上初です。こんなに波乱万丈だったのは。でもすごく充実していました。楽しかったです。本当に心から感謝です。

 でもその前に……

 

優希「水……」

 

 こっちが最優先。じゃないと僕、枯れる……。

 

霊夢「もう勝手に飲んで来なさいよ。それともうすぐでみんな来るのよ? その汚い格好でいる気? 風呂にも入って来なさい」

アリ「じゃあ私は一度家に戻って優希さんの着替えを持ってきますね」

魔理「じゃあ魔理沙ちゃんは……」

霊夢「あんたは手伝いなさい。今年はやたらと多いんだから」

 

 

--オタク入浴中--

 

 

 久しぶりの霊夢さんのところの温泉。やっぱり癒される~。たまには温泉だけ入りに来てもいいよね? ……でも一人で来るとお金請求されるかな? もう知り合いなんだし、さすがにそれは……、無いとはいいきれない……。

 「温泉に入りたい vs お金請求怖い」の葛藤(かっとう)を抱えながら、霊夢さんがいるであろう台所へ。手伝いもあるけど、僕は僕で店長さんから教えてもらった料理の仕込みをしないと。

 

優希「霊夢さん、お風呂ありがとうございました」

霊夢「はいはい。早速で悪いけど、外から薪を持って来てくれる?」

優希「はい、喜んで」

 

 ついつい仕事のクセが……。これが所謂(いわゆる)『職業病』ってヤツですね。バイトをした事がなかったこの僕が……。ちょっと感動。

 外に出ると、魔理沙さんとアリスさんが地面に『お絵かき』を……。僕、「何故に今?」と困惑。

 

優希「魔理沙さんとアリスさん何をされているんですか?」

アリ「あ、優希さん。お風呂から上がられたんですね」

優希「はい、着替えありがとうございました」

アリ「いいえ、どういたしまして」

優希「で? これは一体……」

魔理「転送呪文の魔法陣だze☆」

 

 シレッと答える魔理沙さん。僕、その言葉に驚愕(きょうがく)。魔法陣!? 初めて見た、それよりも『転送呪文』!? そんな便利な物があるなら言ってよ……。もう僕の今までの苦労をゴソッと無に返す様な存在です。

 でも魔理沙さんは、そんな僕の心境を悟った様に、手を休める事無く語り出した。

 

魔理「お前、今コレがあったら苦労しないで、人里に行けると思ったたろ? でもこれな、スゲー魔力を使うし、転送先にも魔法使いがいないとダメなんだ。結構不便なんだze☆?」

優希「そ、そうなんですか……」

 

 そう聞いて何故かちょっと一安心。きっと「無駄じゃなかった」って思えたから。で、今こうしてせかせかと描いていらっしゃるという事は……。

 

優希「魔理さんとアリスさん何処かへ行かれるんですか?」

魔理「いや、逆だze☆ 来るから描いてるんだze☆」

 

 僕の質問に魔理沙さんはそう答えると、立ち上がって手を(はた)き、

 

魔理「よし、出来上がりだze☆」

 

 と。出来上がった円の内側には、様々な幾何学模様や初めて見る文字が一定の間隔で描かれており、どこか芸術作品の様でもあった。

 

優希「なんかコレ凄い模様ですね。それと来るって一体誰が……」

 

 僕が尋ね様とした瞬間だった。

 

優希「うわっ、眩しっ!」

 

 足元の魔法陣が突然強い光を放ち、輝き始めたのは。

 

魔理「優希の知ってるヤツらだze☆ 見てろよ?」

 

 そして魔理沙さんは両手を魔法陣へ向けて構え、

 

魔理「アリス、補助頼むze☆ あ、優希は少し離れた方がいいな」

 

 アリスさんへ指示。するとアリスさんは魔理沙さんの背中に手を当て、瞳を閉じて意識を集中させ始めた。それはまるで魔理沙さんに力を送っている様でもあった。その後すぐに、魔理沙さんはぶつぶつと何かを呟き始め、僕は「あれは呪文かな?」と思いながら、2人から1、2歩離れた位置でその姿を見守っていた。と同時に「やっぱり2人は魔法使いなんだ」と再認識。もう疑ってませんけどね。

 

 

ピカッ!

 

 

 強い光がカメラのフラッシュの様に一瞬だけ放たれた。眩む目。徐々に慣れた時、魔法陣の円の中にいたのは……

 

??「あら、ゆーきさん。いらしてたんですね」

??「ゆーきだ! ヤッホー!」

??「これはこれは、最近来ないんで寂しいんですよ」

??「あら、酒丸さんの」

 

【挿絵表示】

 

 

 レミリアさん、フランさん、美鈴さん、メイドさん。紅魔館の人達だ。

 でも、

 

【挿絵表示】

 

 初めて見る人が2人……。

 

??「魔理沙とアリス、ご苦労だったわね。それと魔理沙、いい加減に本を返しなさい」

 

 紫色の長い髪に紫を基調とした……パジャマ(?)を着た女の人と、

 

??「この度は紅魔館一同をお招き頂き、ありがとうございます」

 

 銀色のショートヘア、メイドカチューシャをして……、ミニスカ!? 短っ! この人もメイドさんなの?

 

優希「あの……魔理沙さん、こちらのお2人は?」

魔理「こっちの眠そうなのがパチュリー。で、そっちの怖そうなメイドが咲夜だze☆」

パチュ「眠そうで悪かったわね。パチュリー・ノーレッジです。あなたがゆーきね。レミィから話は聞いてるわ」

咲夜「十六夜(いざよい)咲夜(さくや)です。紅魔館のメイド長兼、レミリア様の専属のメイドです。怖くないですから安心してください」

優希「ゅ、ゆ〜きでで……す」ドキドキ

魔理「お前そんなんで大丈夫か? これからもっと知らないヤツら来るんだze☆?」

 

 そういえば、かなりの人が来るって言ってたけど、全部で15人くらいじゃないの? と思いながらも一応確認。

 

優希「あの……、どれくらい来るんですか?」

魔理「ん〜、少なく見積もっても、40は超えるんじゃないか?」

優希「40!?」

 

 前代未聞の数字に僕、また驚愕。酒丸の満席時と同じくらいじゃないですか!

 

魔理「その中で優希が知っているのなんて、半分もいないze☆?」

 

 そうでしょうね。僕が知っている方々なんて今ここにいる方達だけですよ。10人もいませんよ。そんな中で僕……。どどどどうしよう。一気に不安に。

 

優希「で、でも目立たなければ……ね」

魔理「あー、それはちょっと厳しいかもなぁ……。な? アリス」

優希「え? なんでですか?」

アリ「えーっと……」

 

 視線を横に外すアリスさん。と、そこに……

 

霊夢「ちょっと優希、遅いわよッ!」

 

 お払い棒を片手にもった霊夢さんからお叱りの声が。そういえば薪を取りに来たんでした。

 

霊夢「ってなによ、レミリア達も来てたの?」

レミ「ええ、お邪魔するわ。ところで人手は足りてる?」

霊夢「さっき3妖精を叩き起こして手伝わせてるけど、全然足りないわ」

 

 3妖精。スター、ルナチャ、サニーは博霊神社の敷地内の大木に住んでいると本人達が言っていた。つまりあのお払い棒の用途は……文字通り叩き起こされたのだろう。

 

レミ「なら(うち)のメイド達を貸すわ。2人とも、手伝ってあげて」

  『はい、お嬢様』

 

 レミリアさんの指示に頭を下げ、霊夢さんの後を付いて行く様に台所へと向かって行った。

 

魔理「なー、もう1人のメイドは誰だ?」

レミ「最近雇ったフラン専属のメイドよ」

魔理「フラン専属って……大丈夫なのかそれ?」

レミ「ええ、仲良くやっているわ。あら? もう何組か来たみたいよ」

 

 誰かの気配を感じ取ったレミリアさん。その視線は神社の鳥居の奥、階段へと向けられていた。そして聞こえて来た

 

??「チビウサギちゃんありがと〜」

 

 緩い声。その声に反応し、僕も釣られる様にそちらへと顔を向けると……

 

小兎「お安い御用ウサ。でも、耳は握らないで欲しいウサ」

??「え〜でも〜ハンドルみたいで〜」

??「耳って結構痛いから止めてあげて……」

 

 そこには、黒い髪に大きな兎の耳をした小さな女の子と、彼女におんぶされているケーキ屋の女の子が。さらに、その隣には……女子高生!? 兎の耳をつけた女子高生がいる! あの人も外来人かな?

 

??「私は面倒だから飛んで来たわよ」

??「たまには体を動かせよネオニート」

ニート 「な、誰がネオニートよ! 単細胞!」

単細「あぁ〜? 誰が単細胞だぁ!?」

 

 次に階段に現れたのは、長い黒髪の日本人形みたいな女の人と、長い白髪のヤンキーみたいな女の人だった。お互い睨みあって一触即発のヤバイ雰囲気……。と、そこに

 

??「2人共こんな時まで止めなさい」

 

 三つ編みの長くて綺麗な銀髪。左右で赤色と青色に分かれた不思議な服。凛とした顔の女性が仲裁に入った。『人は見た目では分からない』とは言いますが、この人は100%頭がいいって分かります。もう全面的にそれが出てます。

 

??「霊夢ー、遊びに来てやったぞー!」

??「チルノちゃん、今忙しそうだから後でにしよ……」

??「鰻持ってきたよ〜♪」

??「お、アホ3人組じゃん。働かされてんの?」

??「なのかー?」

  『うるさい! 手伝え!』

 

 スター、サニー、ルナチャと話しているのは……うん、間違いない。前に見た事がある。確か寺子屋の生徒達だ。そういえば3人は寺子屋に行ってなかったような……。あ、喧嘩したらダメだからね。仲良くね。

 

 

スタッ。

 

 

 さらに空から3人。

 1人目は2つの球体がついた帽子を被った女の子。見た目も身長も僕よりも低い。本当に女の()といった感じ。

 2人目は背中に大きなしめ縄を背負った大人の女性。背が高くて迫力がある。

 3人目は長い緑色の髪の毛をした、僕と同じ年くらいの女の人。服装がどこか霊夢さんに似ている。という事はあの人も巫女なの? そういえば、里で山の上に神社があるって話を聞いた事が……。その関係者達かな?

 謎の多い3人組に首を傾げていると、寺子屋の生徒の一人、エメラルドグリーンの髪をした……妖精(?)が

 

??「あ、諏訪子(すわこ)さん。こんにちは」

 

 3人組の1人、1番背の小さな女の子に挨拶。するとその女の子は……

 

諏訪「よー、チビ共。元気にしてたか?」

 

 と。あの子はスワコっていうんだ……。寺子屋の生徒達と面識あるみたいだけど、「チビ共」って……。あまり変わらないでしょうに……。

 

霊夢「手が空いてるならどんどん手伝いに来なさいよ! これじゃいつまでたっても始められないわよ!」

 

 花見の参加者が続々と集まる中、響き渡る霊夢さんの大きな声。右手におたま、左手にお払い棒を握り締め、みんなに「手伝え」と。お払い棒は常備なんですね。

 

兎耳「あ、私手伝います」

緑髪「はいはーい、やりまーす」

  「『はーい』なのかー」

兎耳「あれ? みんな来てたの?」

??「あ、うどんだ」

??「こんにちは〜♪」

チル「よ!」

妖精「鈴仙さん、こんにちは」

??「なのかー」

 

 そしてその声に挙手したのは、ウサギ耳の女子高生と緑髪の霊夢さん服の人、寺子屋の生徒達。去り際に霊夢さんが険しい顔で、僕に向けてクイッと(あご)で「取って来いと合図」。薪でよすね……。失念しておりました。ごめんなさい。

 それにしてもすごいです。次から次へと人が集まって来る。しかもこの人達はみんな霊夢さんの友達で……。人望、人柄、魅力。その全てが霊夢さんにはあるんだろう。それは僕とは真逆で、僕では絶対に真似出来ない、辿り着けないところ。正直羨ましいです。僕もそんな風になれていたら、外の世界で楽しく出来ていたのかな? 友達沢山できていたのかな? 友達……。僕の唯一の気心知れた仲。遠慮しないで話せる相手。僕の本心を理解してくれる人。今頃どうしてるかなぁ……。 

 

??「すっげーーーッ!  みょん、オレの元嫁候補が大集合だぜ!」

??「ちょっと、大きな声でやめてください…」

??「あらあら、良かったわね」

 

 そこに聞えて来たハイテンションの、大興奮の、大歓喜の声。それは僕の近くで何度も聞いたあの声。幾度と無く助けてくれたあの声。心の底から安心できるあの声。

 

  『げっ、カイト』

 

 それに加えてダメ押しとなるその名前。今みんな『カイト』って……。間違いない。高鳴る心臓に堪えながら、ゆっくりとそちらへ視線をむけると、そこには……

 

優希「海斗くん!」

 

 見慣れたシルエット。夢でも幻でも見間違いでもない。そこにいるのは僕のただ一人の友達で、親友。アリスさん達に親切にしてもらって、色々な人と仲良くなれた。すごく嬉しかった。けど、心の底ではやっぱりどこか不安で、遠慮していて、これ以上迷惑掛けたく無いって、常に一歩引いていた……。だから僕は今、海斗くんと再会できて、心からホッとしています。

 

海斗「!?」

 

 海斗君も僕に気付いてくれたみたいで、走って駆け寄って来てくれた。そして、僕の肩を両手でつかむと……。、

 

海斗「大変なんだ優希! オレの嫁候補達の『D』が一つ増えちまった!」

 

 えーーー……。久しぶりの再会の第一声目がコレ?

 

 

Ep.2 ようこそ!幻想郷へ【完】




Ep.2 はこれで終わりですが、
優希の幻想郷での生活はまだまだ続きます。

そして、ここで海斗を含む
オリジナルのキャラクターが
ごそっと出てきました。

彼らのエピソードも書いていければと思います。

下記に花見の現状の参加者をちょっとまとめます。
《幻想郷の参加者》
 1.博麗霊夢   2.霧雨魔理沙
 3.アリス    4.紅美鈴
 5.レミリア   6.フラン
 7.十六夜咲夜  8.パチュリー
 9.藤原妹紅  10.蓬莱山輝夜
11.八意永琳  12.鈴仙
13.てゐ    13.洩矢諏訪子
14.八坂神奈子 15.東風谷早苗
16.チルノ   17.大妖精
18.リグル   19.ミスティア
20.ルーミア  21.スター
22.サニー   23.ルナチャ
24.魂魄妖夢  25.西行寺幽々子
26.リリーホワイト(?)

まだ花見には登場していない
キャラもいますので、
これから誰が登場して、
どの様な展開になるのかご期待ください。

さて、次回から新章が始まります。
新章は優希から離れて、
また別のストーリーになります。

次回の更新予定日等については、
活動報告に記載致しますので、
そちらをご確認頂ければと思います。


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Ep.3 教師
1時間目 国語  ※挿絵回


東方迷子伝のEp.3のスタートです。

お察しの通り寺子屋メンバーのお話です。
でも、所々着色していく予定です。

「こんな寺子屋だったらいいな」を
テーマに書いていきます。

--2018/5/31--
このエピソードの表紙(?)みたいな物をつくりました。


【挿絵表示】




【おかりした物】
■モデル
①チルノ/ゆきはね様
②大妖精/ゆきはね様
 公式HP→http://yukihane.rdy.jp/
③リグル・ナイトバグ/暁朱様
④ミスティア・ローレライ/えと様
⑤ルーミア/モンテコア様
⑥上白沢慧音/モンテコア様
⑦藤原妹紅/nya様
⑧フランドール・スカーレット/すけ様
⑨鈴仙・優曇華院・イナバ/フリック様
⑩洩矢諏訪子/にがもん様

■ステージ
 人里/鯖缶様

■ポーズ
 日常ポーズ集/彩籠様
 女の子の撮影ポーズ集3/KEITEL様
 指ポーズ集/あすは様
 チアガールっぽいポーズ/Siva様

■エフェクト
 Adjuster.fx v0.21/Elle/データP様




??「大妖精さん」

大妖「はい」

 

【挿絵表示】

 

 

 高くて透き通ったいい返事。エメラルドグリーンの髪の優等生は、今日も明るい笑顔。

 

??「チルノさん」

チル「はーい!」

 

【挿絵表示】

 

 

 うん、今日も元気な声。水色のショートヘアーに、お気に入りのリボン。元気が取り柄の氷の妖精は今日も元気。

 

??「ミスティアさん」

ミス「は~い♪」

 

【挿絵表示】

 

 

 ただの返事なのに、その声はまるで歌声の様。ピンク色の髪から覗いている羽の耳が可愛らしい妖怪。夜には屋台を経営しながらも、こうして毎日通ってくれている。感謝です。

 

??「リグルさん」

リグ「はいはーい」

 

【挿絵表示】

 

 

 緑色のショートカットヘアに2本の触覚。ちょっと面倒くさがり屋の蛍の妖怪は、いつも通りの感じ。

 

??「ルーミアさん」

ルー「呼ばれたのかー?」

 

【挿絵表示】

 

 

 ええ、呼びましたよ。黄色の髪に赤いリボン、いつもニコニコ笑顔の妖怪は、今日も楽しそうですね。

 よし、欠席者なし。みんな今日も元気に来てくれていますね。

 

??「それではみなさん、今日もよろしくお願いします」

  「『よろしくお願いしまーす』なのかー」

??「まずは漢字のテストですね」

  『えーーーっ!』

??「大丈夫、昨日習った字の確認ですよ。紙を配るので回してください」 

 

 

--試験準備中--

 

 

チル「大ちゃん、アタイ昨日の記憶が……」

大妖「チルノちゃん、もう忘れちゃったの?」

 

【挿絵表示】

 

リグ「あれれー、おかしいな。急にお腹が……」

ルー「空いたのかー?」

ミス「リグル、仮病バレバレ~♪」

 

【挿絵表示】

 

??「出来なかった字は今日覚えればいいですよ。それでは始めてください。終わった人から丸付けするので、持って来てください」

チル「はい、アタイ終わった!」

??「早いのはいいですが、コレは?」

チル「全部わからない!」

  『あはははは』

 

【挿絵表示】

 

リグ「さすがチルノ……」

ミス「リグルは他人の事言えるの〜?」

ルー「それもいいのかー?」

 

【挿絵表示】

 

??「それじゃあ正解を書いておきますので、ゆっくりと丁寧に5回ずつ書いて来てください」

 

 

--⑨丸付け中--

 

 

チル「大ちゃん……、アタイ全部で15回書かなきゃいけない……」

大妖「え? 15回? 問題は10個だよ? だから全部で……50回……」

チル「えー!? 50回も!? 今日中に終わらない……。うー、また居残りだ……」

大妖「チルノちゃんガンバッ! 私終わったから丸付けしてもらって来るね」

 

【挿絵表示】

 

 

 

--生徒試験中--

 

 

 生徒全員の丸付けが終わり、束の間の休暇時間。それでも生徒達は、仲の良いグループに分かれてテストの話をしたり、放課後の話をしたりとリラックスモード。そんな中、私の目の前のグループでは……

 

大妖「チルノちゃん、何問目まで書けた?」

チル「今ちょうど半分……、大ちゃんは?」

 

【挿絵表示】

 

大妖「私は……」

リグ「大ちゃんは満点でしょ?」

 

【挿絵表示】

 

大妖「う、うん……」

チル「そうだよね……、リグルは? 何問()()()た?」

リグ「聞いて驚け! 私は7問だ!」

ミス「リグル~、それ自慢にならないよ?」

ルー「そうなのかー?」

チル「ぐっ、リグルにまた負けた……」

リグ「負けたって……。初っ端から試合放棄して、負けたも何もないでしょ……」

チル「むー……。そうだルーミア! ルーミアは!?」

ルー「5個なのだー」

  『ウ、ウソだーーーーー!』

ミス「最近ルーミア頑張ってるんだもんね~♪」

ルー「なのだー」

 

【挿絵表示】

 

 

 正解数より不正解数を競うという……。おっと、もうそろそろで休憩も終わりですね。

 

??「それでは授業を再開します。次は音読をしますので、教科書を出してください」

 

 外も暖かくなってきて、寺子屋の桜にも(つぼみ)がいくつか付いている。もうすぐでこの教科書も終わり、桜が満開の頃にはまた新しい教科書になる。次はどんな教科書にしようか。

 

??「はい、では次をチルノさん読んでください」

チル「えっと春になるとたくさんの()()()()が……」

大妖「チルノちゃん……、()()()()って読むんだよ」

  『あっはははは』

 

【挿絵表示】

 

リグ「ナマモノって……」

ルー「おいしいのかー?」

チル「なによ! リグルだって読めなかったでしょ!?」

リグ「いや、さすがにないわ……」

 

【挿絵表示】

 

??「では、続きをリグルさんお願いしますね」

リグ「げっ、あーっと。多くのの生物が出てきます。それらの生物はそれまで土や木の中で……ふ、()()()()を……?」

ミス「リグル、トウミンだよ~♪」

  『あははははは』

チル「フユミンって、誰よ……」

ルー「知り合いなのかー?」

 

【挿絵表示】

 

??「チルノさん、リグルさん。頑張りましょうね」

  『はい……』

 

 生徒は皆それぞれ長所があって魅力的なのですが、唯一の悩みは生徒たちの学力に差が開いてしまっている事。特にチルノさんとリグルさんの遅れが顕著(けんちょ)に目立ってしまっていますね。何か手を打たないと……。

 

??「今日はここまで、ありがとうございました」

  「『ありがとうございました』なのかー」

??「漢字の直しが終わってない人は、終わらせてから帰って下さい」

  『はーい……』

 

 残ったのはやっぱり、チルノさんとリグルさんの2人だけ。

 

リグ「終わったー……。チルノ後どれくらい残ってるのさ?」

チル「あと2問」

??「2人とも漢字は苦手ですか?」

リグ「漢字がというよりも……」

チル「アタイは覚えるのがダメだぁ……」

リグ「ルーミアはなんで急にできる様になったんだろ?」

??「大妖精さんの話だと、ミティアさんに読めない漢字を教えてもらって、教科書に振り仮名を書いているそうですよ。2人も試してみますか?」

リグ「あいつそんな事してたのか……」

チル「ただのアホじゃなかった……。アタイそれやってみる!」

リグ「私も……」

??「ではそうですね、ただ教えるだけじゃ面白くないですし……。コレを使ってください」

 

【挿絵表示】

 

リグ「あの……、コレって……」

??「漢字辞典です。ちょうど2冊あるので2人に貸します。授業中はそれを使ってください。テストで使ってもいいです。放課後と授業の前はそれで調べて、教科書に振り仮名を書いてください」

チル「リグル! これ漢字がいっぱい書いてある!」

リグ「すげー」

チル「これがあったらアタイ最強だ!」

??「ただ持っているだけではダメですよ。ちゃんと使わないと」

  『はーい……』

大妖「チルノちゃん、リグルちゃん終わった?」

チル「大ちゃん、あとちょっとだから」

ルー「まだなのかー?」

リグ「ミスチー、ルーミアに漢字の読み方教えてたんだって?」

ミス「そうだよ〜♪」

リグ「秘密の特訓なんてズルいじゃん」

ミス「秘密にはしてないよ。ルーミアが教えてって言うから……」

ルー「ダメだったかー?」

??「いいえ、むしろ良い事ですよ。ルーミアさんも偉いですし、ミスティアさんも偉いです」

ミス「むふふ~♪」

ルー「えっへん! なのかー」

 

【挿絵表示】

 

チル「終わったー! これでいい?」

??「はい、2人ともご苦労様でした。ではみなさん、また明日」

  「『また明日』なのかー」

 

 

--翌日--

 

 

チル「えっとこの字は……ドウ? ウゴ(ク)の方か」

リグ「アツメル……アツメル……あった」

大妖「チルノちゃんとリグルちゃん、どうしちゃったんですか?」

 

【挿絵表示】

 

??「漢字辞典を貸したんです。テスト中も使ってもいいとしています。使い方は昨日教えましたし、上手く使えているみたいですね」

チル「大ちゃん! 分からない漢字があったら何でも聞いて。アタイこれあると最強だから!」

リグ「チルノだけじゃないよ。私も持ってる!」

ルー「最強なのかー?」

ミス「でも、チルノもリグルも、それ無しで書ける様にならないとダメだよ~♪」

  『あ……』

??「そうですね。最終的には、そこに書いてある漢字を全部覚えて欲しいですね」

チル「これ全部!? アタイの頭より大きいコレを!?」

リグ「あ、眩暈(めまい)が……」

ルー「仮病なのかー?」

リグ「いや、今回はワリとガチで……」

 

【挿絵表示】

 

 

--そして更に時は経ち--

 

 

大妖「チルノちゃん……どうだった?」

チル「ふっふっふ……、70点!」

大妖「すごい! チルノちゃんすごいよ! もう辞典見なくても、沢山の漢字を書ける様になったんだね」

チル「アタイ天才?」

大妖「う、うん天…」

リグ「然のバカだね。70点は普通以下だよ」

チル「なにさ! そういうリグルは何点だったのさ!?」

リグ「80点だよ。すごいだろ?」

チル「またリグルに負けた……。今度はちゃんと勝負にいったのに……」

ミス「リグルもあまり自慢できないよ? 80点は平均点だよ~♪」

リグ「そういうミスチーはいくつだったのさ?」

ミス「92点だよ~♪ それでルーミアが……」

ルー「88点なのだー」

  『ウ、ウソだーーーーー!』

 

【挿絵表示】

 

 

 今日はこの1年で習った漢字のまとめのテストの日。点数の良し悪しは各々あるけれど、1問2点のテストで、みんなが高得点を出せるなんて思ってもみなかった。特にチルノとリグルとルーミアの成長ぶりには、目を見張るものがある。3人ともそれぞれ自分にあった方法で努力してきた結果。これからもその姿勢を崩さず、成長していって欲しい。

 ここは幻想郷唯一の寺子屋。生徒達の明るい声が、今日も聞こえる。

 




チルノ=⑨の印象は崩さないように
していきたいのですが、
⑨過ぎると話がちょっと難しくなるので、
「一番勉強が遅れている子」と思ってください。

次回「2時間目 理科」


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2時間目 理科  ※挿絵回

この回で気付けば30話。
毎度の事ですが、
読んで頂きいつもありがとうございます。



??「今日もよろしくお願いします」

  「『よろしくお願いしまーす』なのかー」

??「先日お話した通り、本日は特別講師を呼んでいます。それではご紹介しましょう。どうぞ入って来てください」

 

ガラ……。

 

 丁寧に扉を開き、軽く一礼をして教室の中へ。長い薄紫色の髪と、長い兎の耳が特徴的なこの人が、今回の特別講師。

 

鈴仙「ど、どうも。鈴仙(れいせん)です。よろしくお願いします」

 

【挿絵表示】

 

 

 今日は私の代わりに知人に先生をしてもらう日。これは生徒達を飽きさせないための工夫の一つで、たまにこの様な授業を行う事にしています。

 

大妖「あっ、永遠亭(えいえんてい)の……」

チル「薬屋だ」

ミス「いつもご贔屓(ひいき)にして頂いてま~す♪」

リグ「なーんだ、ウドンじゃん」

ルー「うどんなのかー? じゅるり……」

 

【挿絵表示】

 

 

 ルーミアさん、食べてはいけませんよ?

 

鈴仙「()()()()・です!」

 

【挿絵表示】

 

??「今日の理科の授業は、こちらの鈴仙先生に教えて頂きます。ちゃんと聞いてくださいね」

  「「『はーい』なのかー」

??「では、鈴仙先生よろしくお願いします」

鈴仙「えっと、今日私がみんなに教えるのは、生き物……虫についてです」

リグ「虫とな!?」

大妖「リグルちゃんの得意分野だね」

チル「アタイも虫好きだぞ」

ミス「私はちょっと苦手かも……」

 

【挿絵表示】

 

ルー「美味しいのだー」

  『えっ!?』

 

【挿絵表示】

 

鈴仙「えーっと、続けていいですか? 虫にも色々種類がいて、そうですねぇ……。例えば、クモと(ちょう)では何が違うでしょうか?」

ルー「蝶には羽があるのだー」

チル「アタイ知ってる! クモは糸を出すんだぞ!」

鈴仙「あはは……そ、そうだね。それも違うね。他には?」

大妖「足の数と……」

鈴仙「そう! 足の数が違うね。クモは8本で蝶は6本」

ミス「(えさ)?」

鈴仙「そう! 食べるものも違うね。だから……」

リグ「狩る側と狩られる側の違い?」

  『うわー……』

 

【挿絵表示】

 

 

 生徒達の勢いに終止圧倒されっぱなしの鈴仙先生。彼女自身『教える立場』というのが初めてなのでしょう。あたふたとしている反応が初々しいです。生徒達も教え慣れている私とは違った表情を見せてくれていますし、良い刺激になっているみたいですね。……もう少し見守っていたいところですが、後は鈴仙先生に任せましょう。

 

 

--この日の放課後、職員室にて--

 

 

鈴仙「ふーっ、先生ってすごく大変なんですね……」

 

 この日の授業を無事に終えた鈴仙先生。慣れない役目から解放され、どっと疲れが湧き上がったのでしょう。席に座るなり突っ伏してしまいました。

 

??「そうでもないですよ。慣れてくると楽しいものですよ」

鈴仙「今日の事……お酒の席でとは言え、誘われた時に承諾してしまった事をちょっと後悔しています」

??「おや? それはどうして?」

鈴仙「私、きちんと授業できていたか……。生徒達にちゃんと伝わっているか自信がありません」

 

【挿絵表示】

 

??「最初は誰でもそう思うものです。でも、鈴仙先生の想いはちゃんと届いていると思いますよ?」

鈴仙「そうでしょうか?」

??「ええ、だからまた次回もお願いしますね」

鈴仙「……はい」

 

 浮かない表情を浮かべて渋々といった様子ですが、次回も講師をやってもらえることになりました。

 

 

--別の日--

 

 

??「今日は先日に引き続き、鈴仙先生の授業です。では、よろしくお願いします」

鈴仙「はい、それじゃあこれからテストを……というより、確認問題をさせてください。問題を配るので、配られた方から始めてください」

 

【挿絵表示】

 

 

 理解度のチェックといったところでしょうか。相談もしてもいいとの事なので、既に何人かの生徒は周りと確認しながら進めていますね。さて、最前列の彼女達はどうでしょうか?

 

チル「大ちゃんどう?」

大妖「ちょっと自信ないな……」

 

【挿絵表示】

 

ルー「虫なのかー?」

リグ「フフフ、私にとってはこんなの楽勝。『足が6本、体が3つに分かれている虫をまとめて何というか』なんて……」

ミス「リグルわかるの~?」

 

【挿絵表示】

 

ルー「なんなのだー?」

リグ「答えは簡単! 『家来』だ!」

  「『それ絶対違う』のだー……」

 

【挿絵表示】

 

鈴仙「うーん……。あまり覚えていない人が多いかな? じゃあ、それでもう一回おさらいをしましょう。えっと、まずは今リグルが言っていた問題、これ分かる人はいますか?」

生徒「昆虫?」

鈴仙「そう、正解」

チル「リグルさぁ、家来って……」

大妖「それはリグルちゃんだけだよ」

ミス「ふふふ~♪」

リグ「だって……」

鈴仙「リグルの能力は『(むし)を操る程度』だっけ?」

リグ「そうだけど?」

鈴仙「能力の所為(せい)であまり気にしていないかもしれないけど、虫にも色々な種類がいて、それぞれ特徴があって命があります。私は永遠邸(えいえんてい)で、医者の助手をしながら医学の勉強をしています。その先生は『命は何にも代えられない宝物』だとおっしゃっていました。虫は私達からすると小さな命かもしれません。でも、同じ命ある者として、あと少しだけでも関心を持ってあげて下さい」

 

【挿絵表示】

 

  「『はーい』なのだー」

リグ「ふんッ! わかってるよそれくらい……」

 

 

--この日の授業後、職員室にて--

 

 

鈴仙「はーあ……、やっぱり理解してくれている子、あまりいませんでした……」

 

 先日同様席に戻るなり、突っ伏してしまいました。しかも今日は頭上にどんよりとした影まで見えます。自信喪失、と言ったところでしょうか? でも……。

 

??「でも、最後のあの言葉は良かったと思いますよ。それに、外を見てください」

 

 視線の先、そこには下校を始める生徒達の姿が。何やら随分と足元を気にしている様です。これはおそらく……。

 

チル「大ちゃん、そこにアリがいるから踏んじゃダメだよ」

大妖「うん、ありがとう」

ルー「アリはなんなのだー?」

ミス「昆虫だよ~♪」

リグ「……」

 

【挿絵表示】

 

 

 やはりそういう事だったみたいです。

 

??「ちゃんと伝わっていたみたいですね」

鈴仙「あの子達……」

??「先生をやっていて一番嬉しいのはこの瞬間です」

鈴仙「……」

??「次回もお願いできますか?」

鈴仙「……はい」

 

【挿絵表示】

 

 

 この日を境に鈴仙先生は授業後に背中を曲げる事は無くなりました。授業中も明るいリラックスした表情を見せてくれる様になり、先生という立場を楽しんでくれているみたいでした。ですが彼女には本職があります。残された授業の回数は僅か。思う存分楽しんで欲しいものです。

 

 

--鈴仙先生、最終日--

 

 

??「これで鈴仙先生の特別講師の授業は終わりです。最後にみんなでお礼をしましょう」

  『ありがとうございました』

鈴仙「こちらこそありがとうござました。教えるのが上手じゃなくてごめんね」

 

 鈴仙さんから最後に簡単な挨拶をもらい、いつもの様に帰りのホームルームを済ませれば……と、その前に。リグルさん、今です。

 

リグ「うどん……コレ……」

鈴仙「えっ?」

リグ「みんなで寄せ書きしたんだ。それと虫の授業ありがとう。私今までアイツらの事をずっとみんな同じで、道具みたいに思ってた。でも、あの日『命がある』って言われて……。だから私、アイツらの事をもっともっと知ろうと思う」

鈴仙「うん……、ありがとう。リグルならきっと良い上司になれるよ」

 

【挿絵表示】

 

??「良かったですね」

鈴仙「あの……」

??「なんでしょうか?」

鈴仙「また……先生をしに来てもいいですか?」

 

【挿絵表示】

 

??「ええ、もちろん。その時はまたよろしくお願いします。鈴仙()()

 

 

--そして更に時は経ち--

 

 

チル「リグルー、この虫なに? G?」

大妖「ひっ! G!?」

ミス「いや~~~~♪!」

ルー「イヤなのだー!」

リグ「Gじゃないよ。それはヤマトカブトムシの(めす)だね。まだ少し小さいかな?」

 

【挿絵表示】

 

チル「へー、カブトムシの(めす)かー……。そういえばリグルってGに似てるよね?」

  『!?』

リグ「チルノ……一発殴らせろ」

 

【挿絵表示】

 

大妖「リグルちゃん落ち着いて!」

ミス「チルノ謝って~♪」

ルー「リグルはGだったのかー」

リグ「ちげーよ! 蛍だ!」

ルー「わははー、おしりが光るのかー?」

リグ「よし! ルーミアとチルノ、まとめてピチュってやる!」

 

【挿絵表示】

 

大妖「お願いだから2人とも謝ってよ!」

ミス「これ以上ややこしくしないで~♪」

チル「フフフ……大ちゃん、ミスチー。1つ忘れている事があるよ。アタイは最強なんだ!」

  『そうじゃなくて!』

ルー「Exモードはありなのかー?」

  『それは絶対ダメ―!』

??「はいはい、チビ共そこまでにしときなよ」

 

【挿絵表示】

 

 

 最近、生徒達の生物への関心が強い。特にリグルは今まで以上に、虫について勉強をしていて、今となっては寺子屋一の虫博士だ。鈴仙の授業がみんなにちゃんと響いているのだろう。

 ここは幻想郷唯一の寺子屋。特別講師は随時募集中です。

 




教育実習生の授業。
普段の先生達とは違い、
授業を受けている側なのに、
初々しさを感じていました。

次回:「3時間目 算数」 


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3時間目 算数  ※挿絵回

主は国語、算数、理科、社会の中では
算数が一番得意でした。
テストも楽に100点を取れていましたが、
その後、算数は数学に姿を変え、
苦戦する存在になっていました。

算数⇒数学への進化は反則です。



??「今日もよろしくお願いします」

  「『よろしくお願いしまーす』なのかー」

??「突然ですが、今日は体験入学の方が来られています。それではご紹介します」

 

 

ガラッ……

 

 

  『えーーーーーーッ!!』

大妖「えっ!」

チル「!?」

リグ「はぁッ?」

ミス「ふぇ~♪」

ルー「なのかー?」

 

【挿絵表示】

 

 

 (うつむ)き加減で教室に入って来たのは、守矢神社の神様の一人。普段は特徴のある帽子を被っておられますが……。

 

??「みなさんご存じの様ですよね。洩矢(もりや)諏訪子(すわこ)さんです」

諏訪「よ、よろしく」

 

【挿絵表示】

 

大妖「神様がなんで?」

リグ「神社いいのかよ?」

ミス「ふぇ~♪」

ルー「なのかー」

 

 意外な体験入学者に目を点にする生徒達。無理もありません。容姿からはとても想像できませんが、彼女は紛れもなく長年行き続けている神様。この様な場所に来られるような方ではありません。ましてや体験入学だなんて……。

 そんな生徒達の中で唯一様子がおかしい

 

??「アタイのせいだ……」

 

 チルノさん、頭を抱えてうずくまってしまいました。

 

  「『え!?』なのかー?」

大妖「もしかしてあの時の?」

男子「チルノ、お前何したんだよ?」

チル「じ、実はこの前、大ちゃんと守矢神社に遊びに行ったときに……」

リグ「あそこまで行ったのか? お前ら遊びに行く範囲広いな」

 

【挿絵表示】

 

チル「最初は2人でかくれんぼをしていたんだけど、途中から大ちゃんに九九の宿題を教えてもらっていたら……」

大妖「諏訪子さんが来て、ちょっと難しかったみたいで……」

生徒「わからなかったの? 九九が?」

チル「う、うん」

ミス「でも、それだけじゃ……」

大妖「そしたらチルノちゃんが『神様なのに九九知らないの?』って」

 

【挿絵表示】

 

リグ「うわぁ、それ100%チルノが原因じゃん」

チル「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」

ルー「帽子はないのかー?」

 

【挿絵表示】

 

  『そういえば』

諏訪「神奈子と早苗に取られた……」

  『えっ!?』

??「諏訪子さんの件はご家族からの希望なんです。ですから、チルノさんが責任を感じる必要はありませんよ」

リグ「あー、読めた。あの2人に九九が分からない事を知られて、寺子屋(ここ)で覚えるまであの帽子を取り上げられたんだ」

??「リグルさんなかなか鋭いですね……」

諏訪「あーうー」

 

【挿絵表示】

 

 

 自己紹介はこれくらいにして授業を始めるとしましょう。

 

??「それでは諏訪子さんはそちらの席へどうぞ。それとせっかくなので、掛け算の抜き打ちテストをしましょう。配られた方から始めて下さい」

チル「大ちゃん、アタイまだ1の段も厳しいよ」

大妖「チルノちゃん、1の段はそのままだよ……」

ルー「苦手なのだー」

リグ「ミスチーは算数得意だよね」

ミス「じゃないとお店の経営できないからね~♪」

諏訪「あーうー」

 

 

--生徒試験中--

 

 

 全員の採点が終わり生徒達へ返却済み。抜き打ちテストにも関わらず、朝飯前といった表情を浮かべる生徒がいる中、算数が苦手の彼女達は――。

 

ミス「リグル~♪ できた?」

リグ「はぁー、3点」

ミス「ヒドイね……チルノは?」

チル「アタイ、リグルよりヒドイよ……1点」

大妖「チルノちゃん……」

ルー「2点なのだー」

 

【挿絵表示】

 

諏訪「あーうー」

大妖「あの、神様はどうでした?」

諏訪「……点」

大妖「え?」

諏訪「2点……」

  「『えー!』なのだー」

チル「アタイ達と変わらないじゃん」

リグ「これは新星が現れたな」

ルー「同じなのだー」

 

【挿絵表示】

 

諏訪「チビ共と一緒にするんじゃないよ! こんなの直ぐに覚えて、上から見下ろしてやるさ!」

リグ「へー、言ってくれるじゃんよ。私よりも点数低いクセに」

チル「アタイよりも1点いいだけのクセに!」

ルー「なのだー!」

大妖「ちょっと4人共落ち着こ、ね?」

 

【挿絵表示】

 

諏訪「神に楯突くなんていい度胸だね。じゃあ今度の掛け算の集大成のテスト、この4人の中で1番になったヤツがビリのヤツに、1つ命令できるってのはどうだい?」

  「『のった!』のだー」

ミス「も~……、なんでみんなそうなるの~♪?」

大妖「ミスチー、諦めよ……」

 

【挿絵表示】

 

 

 白熱する4名。なるほど、そういう……なにやら面白い展開になってきましたね。

 

 

--放課後--

 

 

  『ねー!』

??「おや? どうしました?」

リグ「洩矢の神に負けたくないんだ」

チル「アタイ達を特訓してよ!」

ルー「なのだー」

 

【挿絵表示】

 

??「特訓と言われても……」

リグ「何か簡単に九九を覚えられる方法はないの?」

??「そうですねぇ、色々ありますが一つその前に質問です。みなさんは九九が嫌いですか?」

リグ「だって計算苦手だし」

チル「アタイは覚えるのが苦手だし」

ルー「頭が痛くなるのだー」

??「なるほど」

 

 根本的に拒絶していますね、これでは克服は難しい。ならば……

 

??「では、歌は好きですか?」

リグ「それは……」

チル「アタイは大好きだぞ」

ルー「私もなのだー」

??「なら歌やリズムに合わせて、九九を覚えるというのはどうでしょう?」

  『???』

??「例えば、1×1が1♪ 1×2が2♪ 1×2が3♪ という具合に」

リグ「それならやれるかも」

チル「アタイ歌を作るの好きだぞ」

ルー「歌うのだー」

 

【挿絵表示】

 

 

 

--翌日--

 

 

チル「2×4が8♪ だから8!」

大妖「チルノちゃん、正解だよ!」

ミス「ふぇ~、3人ともどうしたの急に」

ルー「歌を作ったのだー」

リグ「九九を歌で覚えることにしたんだ。5×1が5♪ 5×2が10♪ って」

ミス「へー、楽しそうでいいね♪」

 

【挿絵表示】

 

リグ「絶対に負けない! 打倒、諏訪子!」

  「『おー!』なのだー」

諏訪「へー、神のこの私をチビ共が倒すって?」

大妖「諏訪子さん!?」

ミス「ふぇ~」

 

【挿絵表示】

 

リグ「ま、負けないからな!」

諏訪「どんな手を使ってくるのか知らないけれど、勝負をするからには私も全力で相手をさせてもらうよ?」

  「『のぞむところだ!』なのだー」

ミス「大ちゃ~ん。これ、ただの九九のテストの話だよね?」

大妖「う、うん。そのはずなんだけど……」

 

 

--そして運命の日--

 

 

??「それではテストを返します」

大妖「チルノちゃん、大丈夫?」

チル「アタイお腹が……」

ルー「空いたのかー?」

リグ「ルーミアはお気楽だな。私もドキドキしてきた」

ミス「みんな頑張っていたから大丈夫だよ~」

諏訪「これは私の勝ちが決まったかな?」

 

【挿絵表示】

 

??「みなさんもご存知のように、この中にこれから返すテストの点数を競争している方達がいます。折角ですので、今回は先にこの4人に特別な方法でテストを返したいと思います」

  『特別な方法?』

 

 首を傾げる生徒達、これから私が何をするのか想像もできないといった様子。

 

??「では発表します、第3位!」

 

 口で鳴らすドラムロール、教室内は瞬時に緊張の渦へ。

 

リグ「そういうことかッ!?」

ルー「ドキドキなのだー」

チル「大ちゃんアタイ……」

大妖「大丈夫だよ!」

 

 最初に名前を呼ぶのは……

 

??「ルーミアさん、80点」

ルー「やったのだー」

 

【挿絵表示】

 

 

 笑顔ではしゃぐルーミアさんに送られるのは驚きの歓声、無理もありません。

 

リグ「ルーミアだったかぁ」

チル「3位で80点!?」

諏訪「へぇ」

 

 発表は始まったばかり、どんどんいきましょう。

 

??「続いて第2位!」

 

 再び流れるドラムロール、そして包まれる独特の空気。

 

ルー「緊張するのだー」

リグ「もうルーミア呼ばれたでしょ……」

チル「もしここで呼ばれなかったら……。大ちゃんアタイ……」

大妖「だ、大丈夫だよ!」

 

 次に名前を呼ぶのは……

 

??「リグルさん、84点」

リグ「よし!」

 

【挿絵表示】

 

 

 ガッツポーズを取って喜ぶリグルさんへは惜しげも無い拍手、よく頑張りました。

 

ミス「リグルすご~い」

ルー「やったのかー?」

大妖「じゃあこれで残るのはチルノちゃんと……」

諏訪「ふん、ここまでは想定通りだよ。私が1位さ」

??「みなさん、心の準備はいいですか? いよいよ最下位を発表します」

 

 一気に静寂に包まれる教室、生徒の心臓の音が聞こえて来そうです。

 

チル「大ちゃん……」

大妖「だ、大丈夫だよ……たぶん」

リグ「奇跡よ、起きろー」

 

 最後に名前を呼ばれてしまうのは……

 

??「チルノさん」

  『あー、やっぱり……』

??「ですが、チルノさん76点と高得点です。良く頑張りました」

  「『チルノが76点!?』なのかー」

??「そして1位の諏訪子さん、せっかくですのでご感想を」

諏訪「ま、当然の結果でしょ。それとチルノに命令していいんだよね?」

 

【挿絵表示】

 

??「ええ、そういう約束ですから」

諏訪「それじゃあ……」

 

 そういい残して席を立つ諏訪子さん。チルノさんの席へゆっくりと歩き出し、

 

ミス「えっ、今!?」

大妖「お願いです、許してあげて下さい」

リグ「きついのは勘弁しろよな」

ルー「なのだー」

生徒「諏訪子様落ち着いて下さい」

 

 「穏便に」と懇願する生徒達には目もくれず、ついにターゲットの目前へ。

 

チル「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」

 

【挿絵表示】

 

 

 そして頭を抱えて怯えるチルノさんに、

 

諏訪「これからも勉強、頑張ること」

 

【挿絵表示】

 

 

 人差し指で額を小突いて命令を言い渡しました。

 

諏訪「命令だよ?」

チル「うん……」

 

 チルノさんその命令、ちゃんと守ってくださいね。

 

??「さてあとは他の方達にも配りますが、言わずもがなですね。みなさん満点です」

  「『え!?』なのかー」

??「リグルさんとルーミアさんも、もう少し頑張りましょう」

  「『はーい』なのだー」

 

 

--その日の放課後--

 

 

諏訪「これで満足かい?」

 

【挿絵表示】

 

??「ええ、充分です。一役買って頂いてありがとうございました。チルノさん、リグルさん、ルーミアさんは、普段から3人とも競い合って成長していますが、算数については3人ともほぼ同じ成績で伸び悩んでいました。でも諏訪子さんの機転のおかげで、成長のきっかけを掴めたみたいです」

諏訪「狙い通りってことかい。でも私もいい暇つぶしになったよ」

??「それはよかったです。ですが、初日のエピソードは実話なのでは?」

諏訪「ばっ、ばか言うんじゃないよ。誰が子供の算数なんかで苦戦するかい!」

??「そう言いますけど、最後のテスト一問間違えていますよ?」

諏訪「それは……、あーうー」

 

【挿絵表示】

 

??「あなたも負けじと勉強されていたみたいですね」

 

 

--そして更に時は経ち--

 

 

チル「大ちゃん……、アタイ九九の先があるなんて思わなかった」

リグ「なんだよ繰上りって……もう足し算のときで十分だよ」

ルー「ごちゃごちゃなのだー」

 

【挿絵表示】

 

 

 九九は全員が覚えることができた。あの3人がここまで成長してくれるとは正直驚きだ。今は苦戦しているけれど、九九の時と同じように、この3人はまた競い合いながら、助け合いながら成長していくのだろう。競える相手がいるというのは(うらや)ましいものだ。ずっといい友達、ライバルでいて欲しい。

 ここは幻想郷唯一の寺子屋。体験入学も受付中です。

 




転校生が来ると知ったときの
あのワクワク感。
異性であればドキドキ。
同姓であればちょっと張り合って
みようとしたり。

仲良くなった転校生の友達に
当時の事を聞いた時がありました。
そのときは「吐きそうなほど緊張していた」と
語っていました。

それはそうですよね・・・。

【おかりした物】
■モデル
①チルノ/ゆきはね様
 公式HP→http://yukihane.rdy.jp/
②洩矢諏訪子/にがもん様

■ステージ
 人里/鯖缶様
 スカイドームいろいろ詰め合わせ(軽量版)/額田倫太郎様
■ポーズ
 日常ポーズ集/彩籠様
 指ポーズ集/あすは様

■エフェクト
 Adjuster.fx v0.21/Elle/データP様


次回:「4時間目 遠足(準備)」 


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4時間目 遠足(出発)  ※挿絵回

 明日はいよいよ寺子屋の一大イベントの日。

 

??「明日は楽しみにしていた遠足ですね」

 

 生徒達の表情も明るく、早くも興奮している方もちらほら。

 

チル「アタイずっと楽しみにしてたんだ」

大妖「ワクワクするね」

ミス「明日晴れるといいね〜♪」

 

【挿絵表示】

 

 

 遠足では皆一緒に行動しますが、昼食はグループ毎に食べてもらう予定で、1グループにつき6名。気心の知れた仲で集まる生徒達。そして毎度寺子屋を(にぎ)わせてくれている5名のところに加わる

 

ルー「ヒマリも楽しみかー?」

ヒマ「うん、楽しみだよ」

 

【挿絵表示】

 

 

 1名。

 

リグ「ヒマリよろしくな。そう言えば虫の知らせだと、明日は晴れるらしいよ」

大妖「リグルちゃん、虫の知らせって……」

ミス「それ悪い意味だよ〜」

チル「アタイ晴れないと嫌だよッ」

ルー「なのだー」

ヒマ「あはは……」

リグ「だって虫達がそう言ってるんだよ。それに結構当たるんだ」

??「リグルさんの言うように、明日の天気は快晴のようです。そこは心配しなくても大丈夫でしょう。そして楽しみにしているみなさんに、私からささやかなプレゼントです」

ルー「なんなのかー?」

??「遠足の醍醐味と言えば、思いで作り、お弁当、そしてオヤツです。そ・こ・で、オヤツの資金1000をみなさんに差し上げましょう」

  『ヤッター!!』

チル「大ちゃんオヤツ買えるよ!」

大妖「えっと、アレとアレとアレと……」ブツブツ

チル「大ちゃん?」

 

【挿絵表示】

 

リグ「聞こえてないな」

ミス「オヤツ好きなんだ〜♪」

ヒマ「ちょっと以外だなぁ」

ルー「なのだー」

??「ただし! コレは1グループずつにお渡しします。使い方は自由ですが、良く考えて全員が納得出来る様にしてください。ではどの様に使うか話し合って下さい」

 

 6人で1000、1人あたり170未満。この金額ではみんながそれぞれ好きな物を選んでいたら、到底満足のいく物は買えません。さて、生徒達はどんな結論を導き出すのか……。楽しみです。

 

男1「オレ達ジャンケンで勝った者順に、好きなのを選ぶ事にしました」

 

【挿絵表示】

 

 

 ふむ、ジャンケン。平等で実に効率的。皆が納得しているのであれば、それもアリでしょう。

 

??「いいでしょう。でも、買える金額の上限を決めてください。でないと、負け続けた人の分が無くなってしまいます。流石にそれは可哀想です。それと上限が決まったら、その理由を後でちゃんと教えて下さい」

  『はーい』

女1「私達は好きな物が似ているので、それを買ってみんなで分けます」

 

【挿絵表示】

 

 

 いつも仲良く遊んでいる者同士であれば、お互いの好みを良く知っている上、似ているとなれば選ぶのも限られるでしょう。

 

??「いいと思います。仲良く分けてくださいね」

  『はい』

 

 さてさて、最後のこのグループはどうなるか……。

 

チル「アタイ絶対かき氷がいい!」

リグ「そんなの自分で作れ!それよりも水飴の方がいい!」

ミス「私は梅のお菓子が欲し〜♪」

ルー「チョコがいいのだー」

大妖「私はアレとアレと……」ブツブツ

 

【挿絵表示】

 

 

 うーん……、普段このメンバーのまとめ役をしている大妖精さんが機能していないと、こうなってしまいますか……。

 

ヒマ「あ、あのね……」

リグ「このままじゃいつまでたっても決まらない! ここは私達のルールで決めよう! 意見を通したければ……」

  「『弾幕勝負!』なのだー!」

ヒマ「待って!」

チル「ヒマリ?」

ヒマ「私、弾幕出せないし、それにそれじゃあ……。喧嘩できめるのは良くないよ」

 

【挿絵表示】

 

リグ「そうだね……」

チル「ごめん……」

ミス「ヒマリちゃんごめんね~」

ルー「なのだー」

大妖「アレもいいかも……」ブツブツ

リグ「でもどうすればいいのさ?」

ヒマ「それは……」

 

 ヒマリさんのおかげで最悪のケースは間逃れましたが、具体案が見つからないといったところでしょう。そろそろ手助けが必要そうですね。

 

??「それでは一度視察にでも行ってみましょうか。実際に見ると欲しい物が変わってくるかも知れませんしね」

  『やったー!』

 

 歓喜の声と共に席を立ち玄関へ急ぐ生徒達。

 

??「ノートと筆記用具は持ってくださいね。それでは課外授業に行きましょう」

 

 

--生徒移動中--

 

 

??「それではみなさん、お菓子の値段をノートに書いてきてください」

  「『はーい!』なのかー」

 

【挿絵表示】

 

 

 駄菓子屋で自分の欲しいお菓子の値段を調べて6人の合計が1000で足りるのか、はたまた余るのか、余った場合の使い道、全ての判断を生徒達に任せましょう。

 

チル「かき氷ない……」

リグ「時期考えろよ、もう秋なんだから。それにシロップがあればチルノはいくらでも作れるだろ?」

チル「リグルは分かってないなー、ここで買うから美味しいんだよ」

ミス「梅のお菓子は安いから買って欲しいな〜」

 

【挿絵表示】

 

大妖「アレもいい、コレもおいしそう。あー、コッチもいいなぁ」

ヒマ「大妖精さん、そんなに買えないよ……」

ルー「チョコ、チョコ、チョコいっぱいなのだー」

 

【挿絵表示】

 

リグ「ヒマリは何が欲しいの?」

ヒマ「私はみんなと仲良く分けて食べたい……かな」

リグ「それは難しいと思うよ。みんな好みがバラバラだし」

ヒマ「うーん……じゃあみんなが一番欲しい物って何? 私はラムネがいいな、みんなで食べれるし」

ルー「チョコなのだー」

ミス「すもも〜♪」

リグ「ミスチー梅やめたんだ。私は水飴」

チル「かき氷……」

リグ「だから無いし無理だって」

チル「じゃあ、みぞれ玉。大ちゃんは?」

大妖「うーん、ご……」

  『ご?』

大妖「ゴマ煎餅」

  「『シブっ!』なのだー」

ヒマ「大妖精さんはゴマ煎餅、あれ?」

リグ「お金足りない?」

ルー「買えないのかー?」

ヒマ「ううん、余る。まだまだ買える」

  「『えっ!?』なのだー」

 

 そう、高価な物で無ければ一人一品は必ず買えるんです。そこからはみんなで話し合って下さいね。

 

??「それじゃあそろそろいいですか? 戻って何を買うのか決めましょう」

 

 

--生徒HR中--

 

 

??「明日は先日配ったしおりに書いてある物を、忘れずに持って来て下さい。スケジュールもその通りに行動できる様にみなさん心掛けて下さい」

  「『はーい』なのだー」

??「先程提出してもらったリストに書いてあるおかしは、私が責任を持って買っておきます」

ミス「忘れないでよ〜♪」

チル「食べないでね?」

ルー「なのだー」

??「うーん、いまいち信用されてませんね。大丈夫ですから安心して下さい。それでは、みなさんまた明日」

  「『また明日』なのだー」

 

 

--翌日--

 

 

??「全員(そろ)いましたね、それでは出発すよ」

リグ「あのさー、しおりに移動時間が10分って書いてあるんだけど、そんなに近場なの?」

??「それは着いてからのお楽しみ」

大妖「それと何で妹紅(もこう)さんまで?」

 

 白い長い髪に赤いリボン。目つきがやや鋭い彼女の名前は藤原(ふじわらの)妹紅(もこう)。私が心から信頼できる存在であり、何よりも……

 

??「常勤の体育教師なのだから一緒に行くのは当・然です」

妹紅「勝手に常勤扱いするな! 暇だからな、お前達のボディーガードだよ」

 

【挿絵表示】

 

ヒマ「え? ボディーガードが必要な所なんですか?」

??「ふふ、念のためです」

 

 

--数分後--

 

 

??「さあ着きましたよ。まずは挨拶をしましょう」

ルー「ここなのかー?」

  『えー……』

 

 生徒達から上がるため息交じりの愕然(がくぜん)とした声。「またか」とでも言いた気です。

 

リグ「ちょ、ちょっと待った。ここ命蓮寺だよ?」

??「そうですが?」

チル「遠足って……、はぁ……」

??「お気持ちは分かりますが、まずは挨拶です。おはようございます」

  「『おはようございまーす』なのかー」

??「\おはようございまーすなのかー/」

 

 被せ気味で大きな声で返事をしてくれたのは、ミスティアさんと親しい仲の山彦の妖怪、幽谷(かそだに)響子(きょうこ)さん。

 

【挿絵表示】

 

 

 そして……

 

??「はい、おはようございます。今日は命蓮寺一同、みなさんが遠足を楽しめる様全力でサポートします」

 

 紫のグラデーションが入った長い髪。白黒のゴスロリ風のドレス姿のこの方。命蓮寺の住職にして魔法使いの(ひじり)白蓮(びゃくれん)さん。

 

【挿絵表示】

 

 

聖 「では準備は出来ておりますので、こちらへどうぞ」

 

 聖さんの案内でお寺の敷地内へ。門を潜り左手には打ち合わせ通りの物。

 

聖 「みなさんこの円の中に入ってください。それと護衛用にうちの者を2名同行させて下さい」

??「みんなよろしくね。私もすっごく楽しみだったんだ」

 

 明るく元気にやって来たのはセーラー服を着た船幽霊。村紗(むらさ)水蜜(みなみつ)さん。

 

??「何で私が……」ブツブツ

 

 その村紗さんとは対象的に不貞腐(ふてくさ)れた表情。背中から独特な翼が左右非対称に生えた大妖怪、封獣(ほうじゅう)ぬえさん。彼女が日本古来から伝わるあの(ぬえ)だったと知った時は大変驚かされました。

 

【挿絵表示】

 

 

聖 「ぬえは代理でして、本当は(しょう)を同行させるつもりだったんですが……」

??「ご主人様が宝塔を無くされまして」

 

 聖さんに続いて事情を話してくれたのは探し物の達人、ネズミの妖怪のナズーリンさん。そして、

 

??「面目無い……」

 

 がっくりと肩を落として項垂れている方が落し物・無くし物の達人。毘沙門天の化身の寅丸(とらまる)(しょう)さん。

 

【挿絵表示】

 

 

??「またですか?」

星 「お恥ずかしながら……」

ナズ「いいか生徒共、自分の物にはちゃんと名前を書く事。それと大事に使って、使い終わったら元の場所に戻す事。間違ってもこんな大人になっちゃダメだからな」

??「言われてますよ?」

星 「何も言い返せません……」

リグ「ねー、いつまでここにいればいいのさ」

ルー「まだなのかー?」

聖 「そろそろ時間ですね」

??「そうですね。ではお願いします」

 

 生徒と引率の方々全員が円の中にいる事を確認して小さく頷くと、

 

聖 「楽しんで来て下さいね」

 

 聖さんはそれに応えてくれました。そして両手を地面に向けると何やら呟き始め……

 

リグ「何これ、どういう事!?」

ヒマ「何が起きるの?」

 

 輝き出す足元の円、光の強さは徐々に強いものに。

 

チル「大ちゃん、アタイちょっと怖い」

大妖「チルノちゃん、私も……」

ミス「ふぇ〜」

ルー「なのだー」

??「みなさん大丈夫ですから動かないで下さいね」

 

 一気に眩しく光る魔法陣、その外側で聖さん達は微笑んで見送ってくれました。では、いってきます。

 

【挿絵表示】

 

 

 

ピカッ!

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

聖 「ふー、一仕事終わり」

??「おや、姐さん。もうみんな出発したの?」

聖 「あら一輪、ええ今送ったところよ」

 

【挿絵表示】

 

一輪「いいなぁ、私も行きたかったなぁ」

聖 「そうね、じゃあ今度みんなで行きましょうね。さて星、さっさと見つけて来ないと昼ご飯抜きにしますからね」

星 「はい……、ナズお願い」

ナズ「たまにはご自身のお力だけで探してみては?」

聖 「そうね、その方が有り難みがわかるでしょう」

星 「えー、そんなぁ。助けてナズエモ〜ン」

ナズ「私はネズミの妖怪です」

 




この回は
Ep.2[人里で]との接点の話です。
そちらでチラッと生徒達が出ています。

次回:「5時間目 遠足(現地)」 


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5時間目 遠足(現地)  ※挿絵回

遠足回の後半になります。

では、続きをどうぞ。


ピカッ!

 

 

 カメラのフラッシュの様に一瞬だけ放たれる(まば)ゆい光。(くら)んでいた目がゆっくりと慣れ始め、やがて映し出される美しい川、赤や黄色の葉に装飾された木々。絶賛秋真っ盛りの

 

  『妖怪の山!?』

??「そう正解です、今年の遠足は妖怪の山です」

チル「アタイ達はたまに来るよ」

??「そうかもしれませんが、人里に住んでいる方はなかなか来れる場所ではありません」

??「コホン、そろそろ帰らせてもらってもいいかしら?」

 

 存在をアピールする態とらしい咳払い。そこには全身紫色の大魔法使い。『動かない大図書館』こと、パチュリー・ノーレッジさんが。

 

??「この度はご協力ありがとうございます。帰るなんて言わずに一緒にいかがですか?」

パチュ「お断り、性に合わないわ。しおりはもらっているから、帰りの時間頃にまた来るわ」

 

【挿絵表示】

 

 

 ぶっきらぼうにそう言い残すと、ふわふわと空を飛んで行き、

 

 

スタッ!

 

 

 そこへ入れ違いで突風の様に空から現れる三つの影。

 

??「あやや? 少し遅刻しちゃいましたか?」

??「そんな事は……、時間通りのはずです」

??「やっぱ文だけでいーじゃーん」

 

【挿絵表示】

 

 

 「文々。(ぶんぶんまる)新聞」の記者、黒髪ショートヘアの鴉天狗、射命丸(しゃめいまる)(あや)さん。そしてこの山の警備担当、綺麗な白髪の白狼天狗、犬走(いぬばしり)(もみじ)さん。最後に射命丸さんの同業者にしてライバル、「花果子(かかし)念報(ねんぽう)」の記者、長髪ツインテールの鴉天狗、姫海棠(ひめかいどう)はたてさん。

 

??「本日はよろしくお願いします。特に射命丸さんと姫海棠さんには期待しています」

はた「私こういうの好きじゃないんだよねー」

文 「たまにはいいじゃないですか、目の保養になります」

??「今日一日の思い出は射命丸さんと姫海棠さんが写真を撮ってくれます。声をかけられたら笑顔で写りましょう」

  『はーい』

 

 生徒達に話しているその間、私の背後では……

 

妹紅「やたらと護衛が増えたな」

村紗「え? でもあなたは常勤なんでしょ?」

妹紅「ちげーよ!」

椛 「本日はようこそおいで下さいました。私の能力で異常をいち早く察知できますので、何かあればご対応を」

妹紅「分かったよ。そう言えばそっちのツレは何処に行った?」

村紗「え? ぬえ? あれ?」

椛 「里の方面に何者かの気配がありますね。どんどん離れていきます」

村紗「あいつバックれやがった最低! 帰ったら聖に言いつけてやるんだから!」

 

【挿絵表示】

 

 

 大声で怒りを(あら)わにする村紗さん。状況は把握しました。

 

??「早速のトラブルですが、問題はありません。では、射命丸さん」

文 「じゃあ集合写真を一枚」

はた「はーい、こっちに目線お願いしまーす」

文 「あや? はたては乗り気じゃなかったのでは?」

はた「仕事だもん。ちゃんとやるわよ」

 

 

カシャッ

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 川に沿って山道を登って行く。普段は足を踏み入れない場所。里から眺めて楽しむ程度。でもいざ来てみると……。

 

ヒマ「わー、綺麗」

??「ええ本当に。秋には色々な秋があって私は好きです」

チル「アタイも秋は好きだぞ。でも冬が一番好きだ」

リグ「もうすぐで冬が来ると思うと……なんか気が重くなる」

ルー「なのだー……」

大妖「私も冬は苦手かな」

ミス「私も〜」

チル「みんな冬を嫌いにならないでよ……」

 

 

カシャッ。

 

【挿絵表示】

 

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

文 「題名は『秋の散歩道』とでもしておきますか」

はた「文は子供好きだよねー」

椛 「私も悪くないと思います」

妹紅「うるせーだけだよ」

村紗「えー、先生がそんな事言う?」

妹紅「だから違うって!」

 

【挿絵表示】

 

 

 引率組も楽しんでくれているようで、なによりです。

 

??「こんにちは、皆揃って何処に行くの?」

 

【挿絵表示】

 

 

 そこへ声をかけて来たのは、桃色の髪に右腕を包帯でグルグル巻きにした仙人。この山でひっそりと暮らしている茨木(いばらき)華扇(かせん)さん。

 

ルー「遠足なのだー」

華扇「遠足?」

??「寺子屋の遠足です」

華扇「寺子屋って……人里から来たの!? 随分距離あるわよ?」

チル「アタイ達ワープして来たんだよ」

華扇「ワープ?」

リグ「魔法だよ。命蓮寺の年増と、紅魔館のもやしのおかげでここまで一瞬」

村紗「あんた年増って……。聖に怒られるわよ?」

妹紅「あははは、リグル言うじゃないか」

華扇「妹紅もいたの。それにあなたは命蓮寺の……」

村紗「村紗です。こんにちは」

文 「『隠居生活の仙人と子供達』。悪くないですね。せっかくですからみんなで一枚撮りましょう」

はた「はーい、こっちに目線お願いしまーす」

 

 

カシャッ。

 

【挿絵表示】

 

 

 

文 「あやや? 華扇さんポーズとアングルがいいですね。もしかして研究されてます?」

華扇「えーっと……」

妹紅「一人で何やってんだか……」

華扇「別にいいでしょ!」

 

【挿絵表示】

 

 

 赤面する華扇さんと別れ、紅葉を楽しみながら更に山を登って行くこと30分程。見えてきました最初の目的地。太陽は一番高い位置、到着時間はほぼ予定通り。

 

??「みなさんよく頑張りました。ここでお弁当にしましょう」

  『やったー!』

文 「はたて来ましたよ、モグモグタイムです! 子供達のモグモグ顔を写真に収めるチャンスです! 一瞬たりとも逃してはいけません!」

はた「文、ちょっと落ち着こうか?」

 

【挿絵表示】

 

 

 持参して来たお弁当を広げていく生徒達、外で食べるお弁当は格別でしょう。

 

村紗「お・弁・当♡ お・弁・当♡」

妹紅「護衛組は護衛組で食べるとしますか」

椛 「私は能力を解くわけにはいかないので、皆さんが食べ終わってから頂きます」

村紗「えー、そんな固いこと言わずにさー。ワンちゃんも一緒に食べようよ」

椛 「ワ、ワンちゃん!? 私は白狼天狗です! それに犬走椛という名が…」

村紗「じゃあ椛ちゃんだね。ココにおいでよ」

椛 「ですが……」

妹紅「いいから来いよ。これだけ実力者いれば何か来ても大丈夫だって」

 

【挿絵表示】

 

 

 こちらもいい雰囲気で私の入る余地はなさそうです。

 

リグ「ミスチーのご飯は屋台の残り?」

ミス「作る時間がなくてね〜♪」

リグ「でも相変わらず美味しそうだよね。ヒマリは?」

ヒマ「私は自分じゃ作れないから……」

リグ「チルノの弁当は大ちゃんが?」

大妖「うん、今日は頑張った!」

チル「おいひー、大ちゃんありがとう」

リグ「ルーミアは? そう言えばルーミアって料理するの?」

ルー「Exモードで作るのだー」

  『えーーー!?』

リグ「それ大丈夫なの?」

大妖「霊夢さんに怒られない?」

ルー「ふふ、大丈夫。ちょっとだけExモードになるだけだ・か・ら」

 

【挿絵表示】

 

リグ「え、今……」

大妖「だよね?」

チル「アタイ初めて見た」

ミス「ルーミアかっこい〜♪」

ヒマ「違う人みたい……」

ルー「なのだー」

  『どっち!?』

文 「はーい、みんなこっち向いてー。チルノはそのままモグモグしてていいよー。リグルの口元のお弁当、あざといですねー!」

 

 

カシャッ。

 

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妹紅「おい、お前のところの鴉大丈夫か?」

椛 「恥ずかしい……」

村紗「ねー、私達も撮ってよ」

 

【挿絵表示】

 

はた「はいはーい、じゃーこっちは私が撮りまーす。椛、笑顔笑顔。妹紅、顔怖いよー」

妹紅「いいからさっさと撮れよ」

 

 

カシャッ。

 

【挿絵表示】

 

 

 

--生徒昼食中--

 

 

??「みなさん食べ終わりましたか? お待ちかねのおやつタイムです。代表者は取りに来てください。食べ終わったら片付けをして下さい」

文 「はたて、おやつタイムですよ! 子供と言えばおやつ、おやつと言えば子供。さらなるモグモグタイムです!」

はた「いい加減に落ち着きなさい!」

 

 2つのグループを配り終え残すは……

 

??「はい、ヒマリさん。皆で好きな物を1つずつ選んで、残りは詰め合わせとはなかなか考えましたね」

ヒマ「これなら皆と食べられるかなって。それに大妖精さん、色々食べたかったみたいだし。他のみんなもそれでいいって」

??「そうですか、仲良く分け合って下さいね」

 

 普段は友達の勢いに圧倒され、意見を主張しない大妖精さん。きっとそれを分かった上で気を使ったのでしょう。

 

ヒマ「持って来たよ。まずは皆が選んだやつを渡すね。チルノちゃんがみぞれ玉で、リグルちゃんが水飴。ルーミアちゃんはチョコで、ミスティアさんが……」

ミス「ヒマリちゃん、ミスチーでいいよ」

大妖「私も大ちゃんでいいよ。みんなそう呼んでるし」

ヒマ「じゃ、じゃあミ、ミスチーがすももで、だ、大ちゃんがゴマ煎餅ね」

 

 

カシャッ。

 

【挿絵表示】

 

 

 

文 「はたて今の見ました!? 感動のシーンですよ!」

椛 「先輩? いい加減にして下さいね」

文 「あやや? 椛、もしかして怒ってます?」

椛 「少し自重しないと斬って焼き鳥にします」

妹紅「火はあるぞ。コンガリいっとくか?」

文 「あやややや…」

 

 

カシャッ。

 

 

はた「『後輩から叱られる新聞記者』。明日の一面にしよーかなー」

村紗「あははッ、抜け目ないねー」

文 「はたてど、どうかそれだけは……」

 

【挿絵表示】

 

村紗「そう言えばさ、さっきから気になってるんだけど、あそこにいる赤いドレスの人は誰?」

はた「あー、(ひな)ね。鍵山(かぎやま)(ひな)。名前くらい聞いたことあるでしょ?」

村紗「へー、あの人が聖が言ってた。厄を集めてくれてるっていう……」

妹紅「近づくと不幸になるんだと」

文 「あや? 妹紅さん、それはちょっと違いますよ。不幸が襲ってしまうんです。彼女に厄が集まるので、自然とそうなってしまうんです」

椛 「穏やかな方なので、こちらから何かしない限り害はありません。それに本当は……」

??「友好的な方。ですよね?」

椛 「ご存知でしたか」

??「ええ、事前に色々調べましたから。ここでのランチもそのためです」

 

【挿絵表示】

 

チル「大ちゃん知ってた?」

大妖「初めて聞いた。そんな人がいたなんて」

リグ「ふーん、色々な人がいるんだね」

ヒマ「なんか、可哀想だね」

ミス「ヒマリちゃん…」

ルー「……」

 

 

--生徒準備中--

 

 

??「片付けは終わりましたか? そろそろ出発しますよ。とその前に前に、あちらにいる鍵山雛さんに大きな声で、『いつもありがとう』とお礼を言いましょう。雛さんはみなさんの厄を集めてくれているありがたい方です」

  『いつもありがとう!』

 

 みんなで送った感謝の声に、雛さんは手を振って答えてくれました。しっなりと届いてくれたみたいですね。

 

??「……それでいいの?」

村紗「え!?」

妹紅「おい戻れ!」

文 「あややや」

椛 「はやっ!」

はた「待ちなさいよ!」

??「ルーミア!」

 

 雛さん目掛けて一直線に飛んで行くルーミアさん。不意打ちな上、猛スピード。それは速度に自信がある射命丸さん達が完全に出遅れる程に。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

雛 「ちょちょちょっと近すぎ! 厄が感染(うつ)るわよ!?」

ルー「私なら平気。『闇を操る程度の能力』だから。厄は精神と心の闇、同じもの。私ならコントロールできる。何でもっと望まないの? 本当はみんなと近くで話したいんでしょ? 温もりを知りたいんでしょ? あなたが望むのなら手伝ってあげる」

 

【挿絵表示】

 

雛 「でも……」

ルー「この状態あまり長く続かないから早くして」

雛 「私……。みんなと近くで話したい!」

ルー「いいよ、力を貸してあげる」

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

ルー「みんな大丈夫だからこっちに来て!」

 

 大丈夫と言われるも、顔を見合わせてなかなか一歩が踏み出せないといった様子。やはりここは

 

??「ルーミアさんが言っているんです。きっと平気でしょう」

 

 私が先陣を切りましょう。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

妹紅「お前ムチャすんなよ。ヒヤヒヤしたぞ」

村紗「本当に大丈夫なの? それにあんた雰囲気変わってない?」

椛 「長年この山にいますが、こんな事は初めてです」

リグ「へー、近くで見るとこんな感じなんだ」

チル「大ちゃんと髪の毛の色が似てるね」

ミス「ホントだ〜♪」

ヒマ「綺麗……」

ルー「大人気じゃない」

雛 「ありがとう……」

 

【挿絵表示】

 

文 「はたて、コレは大スクープですよ」

はた「うん、一面決定だね」

文 「みなさーん、写真を撮りますよー。笑ってくださーい」

はた「こっちに目線お願いしまーす」

 

 

カシャッ。

 

【挿絵表示】

 

 

 

 ルーミアさんの突然の行動には驚きましたが、とても貴重で有意義な時間を過ごす事が出来ました。その上雛さんに恩返しを出来たみたいなので、良しとしましょう。

 そのルーミアさんは、文字通り力尽きて今は夢の中。

 

【挿絵表示】

 

 雛さんとの交流を楽しんでいる時に、ウトウトし始めたときは肝を冷やしました。

 さて、あとは山を下って帰るだけですが、その途中でもう一箇所だけ。

 

文 「やはり最後はココですか」

はた「もういい写真撮れたからいいんだけどなー」

椛 「でも、いいと思います」

妹紅「こりゃ集め甲斐がある。アイツも喜ぶだろ」

村紗「みんなも大好きだから沢山取ろ〜」

??『みんないらっしゃーい』

 

【挿絵表示】

 

 

 出迎えてくれたのは、秋と言えばこの方々。イチョウの様に黄色い髪にモミジの様に赤い服、『紅葉の神』こと姉の(あき)静葉(しずは)さん。そして帽子に果実の装飾品を付けた『豊作の神』こと、妹の(あき)穣子(みのりこ)さん。お二人揃って通称、秋姉妹です。

 

??「しおりに書いてある軍手と手提げ袋は持って来ていますね? それにお土産を沢山詰めて帰りましょう。ただし、ゴールまであと少し歩くので、持てる分だけにしてくださいね」

静葉「栗、梨、リンゴ、ブドウ色々あります」

穣子「どこに何があるのかは私達に聞いてね」

 

 

--生徒収穫中--

 

 

リグ「ルーミア残念だよな」

ミス「さっきので疲れちゃったからね〜♪」

 

 

ブラーン……ブラーン……。

 

 

チル「ほーれ、ほーれブドウだぞー」

 

【挿絵表示】

 

ヒマ「チルノちゃん可哀想だよ……」

 

 

クンクン……、ガブッ!

 

 

 

【挿絵表示】

 

チル「イッッッターーーッ!」

ルー「食べ物……なのだー」

ミス「あ、起きた〜♪」

チル「ヒマリー、噛まれたーッ!」

ヒマ「えっと……」

リグ「ヒマリほっとけ、自業自得だ」

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

椛 「随分取りましたね」

妹紅「まあな、頼まれたんでな」

椛 「でもこんなに食べきれるんですか?」

妹紅「ふっふっふ。実はコレがな、化けるんだよ」

椛 「化ける?」

妹紅「フルーツいっぱいのスイーツに。甘酸っぱくて、シットリしてて〜」

椛 「わ〜、美味しそう! 私も食べたいです!」

 

 

カシャッ。

 

【挿絵表示】

 

 

 

文 「『2人の白髪、やっぱり女子』ってとこですかね」

はた「あっはははは、文それ最高!」

文 「はたて、さっきの一面の件もありますし、今回は合同というのはどうでしょう?」

はた「んー……たまにはいいか」

 

 土産の果物を笑顔で次々と収穫していく生徒達。この遠足はみんなの思い出の1ページに確かに残るだろう。さて、私も負けていられない。

 

??「随分と栗を拾いますね」

村紗「果物はお供え物でよく貰うからね。それにみんな栗ご飯が好きだから」

??「こ、これって!?」

村紗「どうしたの?」

??「コレ、松茸……」

村紗「松茸!!?」

  『ナニッ!?』

 

【挿絵表示】

 

??「声が大きいです……」

 

 楽しい時間ほど、時の流れが早く感じるもの。あっという間にゴールを目指す時間に。秋姉妹も出発地点まで見送ってくれる事になり……。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

??「パチュリーさん申し訳ありません。遅くなりました」

パチュ「本当に、か弱いレディーを待たせるなんていい性格してるわ」

??「ごめんなさい色々ありまして。こちらお土産です。屋敷の皆さんで召し上がって下さい」

パチュ「……ありがたく貰っておくわ。それはそれとして、さっさとして」

??「では皆さん、こちらの円に入って下さい。そして、本日お世話になった射命丸文さん、姫海棠はたてさん、犬走椛さん、秋静葉さん、穣子さん達とはここでお別れです。きちんと挨拶をしましょう。今日一日、ありがとうございました」

  「『ありがとうございました』なのかー」

文 「いいえー、じゃあ最後に全員で1枚撮りましょう。私も入りますので、はたてお願いします」

はた「はーい、こっちに目線お願いしまーす。魔法使いさん逃げないでくださーい」

 

 

カシャッ。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

文 「では私達も帰りますか」

はた「ふー、疲れたー」

椛 「何事も無くて良かったです」

静葉「穣子はどうだった?」

穣子「また来て欲しいな。あれ? 魔法使いさんどうされました?」

パチュ「このお土産……お、重い……」

  『えー……』

 

【挿絵表示】

 

 

 

--生徒収穫中--

 

 

ピカッ。

 

 

 行きと同様に強い光に包まれ、目が慣れて来た頃には、

 

??「お帰りなさい、楽しめましたか?」

 

 命連寺。微笑んで出迎えてくれたのは(ひじり)さん。その後ろには幽谷(かそだに)響子(きょうこ)さん、ナズーリンさん、寅丸星(とらまるしょう)さんの姿も。

 

??「ええ、非常に有意義な遠足になりました」

村紗「みんなただいまー、栗と松茸いっぱい採って来たよ」

  『でかした!』

 

 村紗さんの収穫にガッツポーズで答えるお三方、今日の夕飯はさぞ豪華な物になることでしょう。

 

村紗「あ、そうだ聖。ぬえのヤツ向こうに着くなりバックれたんだよ!」

聖 「えっ!? それはとんだ御無礼を」

??「いえいえ、村紗さんがいましたから充分ですよ」

聖 「ですが……」

??「ぬえさんの事はどうか穏便にお願いします」

聖 「ありがとうございます。申し訳ありませんでした」

??「ではここで解散になります。最後にお世話になった村紗さんと聖さん、命蓮寺の方々にお礼を言いましょう」

  「『ありがとうございました』なのかー」

響子「\ありがとうございましたなのかー。今度は私も行くからねー!/」

村紗「みんなまた一緒に行こうね」

星 「次回こそリベンジを!」

ナズ「ご主人、目が松茸になってますよ」

聖 「また何かあれば協力しますね」

??「はい、ありがとうございます。ではみなさん、気をつけて帰って下さいね。家に帰るまでが遠足です」

 

 

--それから暫くして--

 

 

妹紅「遠足の写真が出来上がったぞー」

ヒマ「わー、すごーい」

リグ「ふっふっふ、なかなかいい写りしてるな」

大妖「チルノちゃんのモグモグ顔可愛い❤」

チル「大ちゃんビックリしすぎー」

ミス「これチルノがルーミアに噛まれた時だ〜♪」

ルー「なのだー」

 

【挿絵表示】

 

 

 思い出の写真に集まる生徒達。みんなが驚きと笑顔を浮かべる中……。

 

妹紅「けっ、私なんか新聞に載せられたんだぞ。何だよ『2人の白髪やっぱり女子』って……」

??「まあいいじゃない」

 

 あの日の翌日に発行された新聞の一面。そこには厄神と一緒に写る生徒達の写真が載っていた。遠足の写真は色々あるけど、私はこの写真が一番好きだ。

 ここは幻想郷唯一の寺子屋。来年の遠足も妖怪の山?

 

【挿絵表示】

 

 




登場人物がかなり多くなり、
それなりに気を付けてはいますが、
分かりにくくなってしまっていたらすみません。

次回:「6時間目 家庭科」 


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6時間目 家庭科  ※挿絵回

主が小学生の頃の家庭科の授業は
材料を各グループで分担して用意していました。
今は違うのかな?

だから当日誰かが休みとなると、
えらい事になっていました。


??「今日もよろしくお願いします」

  「『よろしくお願いしまーす』なのかー」

??「さて、まずは家庭科からですね。いつものように特別講師を呼んでいますので、みなさん元気に挨拶(あいさつ)しましょう。それではお願いします」

 

 ここ寺子屋では算数や国語等といった机に向かう授業の他に、実習がメインとなる家庭科の授業も行なっています。恥ずかしい話ですが、家庭科は私の苦手とする分野でして、このように特別講師をお呼びしている次第です。

 そしてその講師となる方はその道のエキスパートであり、右に出る方はいないでしょう。紅魔館(こうまかん)のスーパーメイド長、十六夜(いざよい)咲夜(さくや)さんです。

 

【挿絵表示】

 

 

 

咲夜「本日もよろしくお願いします」

  「『よろしくお願いしまーす』なのかー」

??「いつもお忙しい中ありがとうございます」

咲夜「お嬢様からも『得意分野でしょ? やってあげなさい』と言われておりますので、気になさらないで結構です」

??「…ふふふ、話の早い方で助かります」

咲夜「それでは前回話した通り調理実習を行いますので、みなさん準備をしてください」

 

 

--生徒調理中--

 

 

【チルノ班】

チル「ねー、大ちゃん。人参ってどれくらいに切るの?」

大妖「一口サイズかな」

チル「でも一口ってみんな大きさ違うからなぁ……。そうだルーミア、『あーん』ってしてみて」

ルー「あーん!」

チル「おー、こんなもんか。それなら半分の半分でいいか」

大妖「ちょっとそれ大き過ぎるかなー……」

 

【挿絵表示】

 

 

 私は具が大きい方が好みですね。さてこちらはどうでしょう?

 

【リグル班】

リグ「ミスチー、タマネギ切るの代わって。目が痛い……」

ミス「リグルそれやり過ぎ~♪ そんなに切らなくていいよ〜♪」

ヒマ「じゃがいもはどれくらいまで洗うの?」

ミス「土が落ちればいいよ〜♪ あとは皮を()けばいいから。ヒマリちゃんできる?」

ヒマ「うん、頑張る!」

ミス「終わったら私に頂戴。芽のところは私が取るから〜♪」

 

【挿絵表示】

 

 

 ふむ、こういう時は普段から料理をされている生徒達が頼もしく見えますね。

 屋台を経営しているミスティアさん、毎日チルノさんの食事を作っている大妖精さん。今日はいつも以上に大活躍です。

 

咲夜「お肉を(いた)めて火が通ったら、一度取り出して下さいね。後から入れた方が硬くならないで食べられますよ」

 

 そうなんですか。これはこれは勉強になります。

 今生徒達が作っているのはカレーライス、給食の中では一番人気のメニューです。本日はこれを授業で作ってもらい、給食の時間に食べる予定になっています。

 

咲夜「お水はさっき書いた分量通りに入れて下さいね。水加減が変わると大変ですから」

 

【チルノ班】

大妖「チルノちゃんできる?」

チル「このコップ何杯分?」

大妖「それにはメモリがあるから――」

ルー「お米洗い終わったのだー」

 

【挿絵表示】

 

 

【リグル班】

リグ「ミスチー、水入れたよ。あとは火をつければいい?」

ミス「あ、うん。ヒマリちゃん妹紅さん呼んで来てくれる〜?」

ヒマ「うん、わかった」

 

 具材も切り終わり、これから()る工程の班が多いみたいですね。火は付けるのが大変ですから、こういう時にいてくれて重宝するのが――

 

??「あのなー、私の力はこういう事に使うんじゃ……」

 

 常勤職員の妹紅さんです。

 

咲夜「これは直ぐに火が付いて便利ですね。さらにガス代までも……、紅魔館にも欲しいですね」

妹紅「いや、真顔で言われても……」

咲夜「いかがでしょう?」

 

【挿絵表示】

 

妹紅「『いかがでしょう?』じゃねぇよ! シリアスな顔して人の事を燃料としてスカウトすんな!」

リグ「あちちち、妹紅火ぃ強すぎ!」

妹紅「あーンモォッ!」

 

 

--具材調理中--

 

 

咲夜「では具材が煮えたと思いますので、各グループに渡したルーを入れてもらいます」

チル「大ちゃん、入れるだけならアタイやる!」

咲夜「ここで豆知識です。ルーは細かくした方が溶けるのが早く、かき混ぜる回数が少なくて済むので、じゃがいも等の具材が(くず)(にく)くなります。今回は粉々に(くだ)いてから入れましょう」

 

 なるほどそうなんですか。今度個人的に料理教室を開いて頂きたいですね。っと、おやおや? 何やら穏やかな雰囲気ではありませんね。

 

【チルノ班】

チル「おりゃッ! このッ! 魔◯沙めッ!」

大妖「チルノちゃん?」

ルー「何かあったのかー?」

チル「日頃の恨み」

大妖「気持ちは分からなくはないけど、料理にぶつけないで欲しいかなぁ……」

ルー「闇のスパイス、気が効くじゃない♡」

 

【挿絵表示】

 

  『出たEx!』

咲夜「こらこら、料理は愛情です。愛情、真心に勝るスパイスはありません」

 

 今のは名言ですね。ちゃんとメモを取らないと――あ、そんな目で見ないで下さい。

 

【挿絵表示】

 

 

【リグル班】

リグ「ミスチーどう?」

ミス「……うん、私は平気。ヒマリちゃんはどう?」

ヒマ「……んー、私はちょっと辛いかな?」

リグ「辛いって言われてもなぁ、どうすればいいのさ? 水で薄めるの?」

咲夜「それなら蜂蜜(はちみつ)を少し入れてみますか?」

リグ「げぇ、蜂蜜ぅ? そんなの入れて不味(まず)くならないの?」

咲夜「蜂蜜は色々な料理に使われています。そうよね、ミスティア?」

ミス「そうだよ〜、屋台のタレにも入ってるよ〜♪」

リグ「ふーん。入れるのはいいけど、どれくらい?」

咲夜「まずは小皿に少量のカレーと蜂蜜を入れて味の確認をします。これを何度か行い、ベストだと思ったところで、カレーの分量・比重にあった蜂蜜をを鍋に入れて……」

リグ「ちょちょちょっとごめんストップ! 話がいきなり算数っぽくなった」

咲夜「そうね、計算はこういう場面でも使うから、しっかりと勉強しておくことをお勧めするわ」

 

 今のはいい具体例ですね。算数が苦手な子を説得するのに使わせて頂きましょう。忘れないうちにメモを――あ、視線が冷たい……。

 

【挿絵表示】

 

 

妹紅「おーい、飯がいい感じだぞー。取りに来ーい」

 

 おっとご飯が()けたみたいですね。もうそろそろでお昼の時間ですし、丁度いいですね。授業のペース配分お見事です。

 

  『いただきまーす!』

 

【チルノ班】

大妖「美味しい!」

チル「最強のアタイが作ったカレーだもん!」

ルー「うまうまなのだー」ゴクゴク

 

【挿絵表示】

 

 

【リグル班】

リグ「ヒマリどうだった?」

ヒマ「すごく美味しかったよ」

ミス「リグル良かったね~♪」

 

【挿絵表示】

 

 

 みんなで作った昼食、それはそれは格別でしょう。チームワーク、これも一つのスパイスなのでしょうね。おっと今のは我ながらいい言葉ですね、覚えているうちにメモを――えっ、もうごちそうさま?

 

 

--生徒昼休中--

 

 

??「この度もありがとうございました」

咲夜「お嬢様のご指示ですのでお気になさらないで結構です。それではまた次回に……ん? あなた達……」

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

--別の日--

 

 

??「今日もよろしくお願いします」

  「『よろしくお願いしまーす』なのかー」

??「さて今回の家庭科ですが、特別講師の方を2名お呼びしています」

??「本日もよろしくお願いします」

 

 丁寧な挨拶、(りん)とした(たたず)まい、女子生徒が(あこが)れる女性ランキング不動の第一位。いつもお世話になっているスーパーメイド長、十六夜咲夜さん。そして――

 

??「ぉね……がぃしま……す」

 

 小さな声、(あふ)れ出す緊張感、それでも男性生徒が恋人にしたいランキング絶対的上位層の内の一人。裁縫(さいほう)なら右に出る方はいないでしょう。人形使いのアリス・マーガトロイドさんです。

 

【挿絵表示】

 

 

??「今回は2つの組に分かれて授業を受けてもらいます。名前を呼ばれた方は咲夜さんの授業になります」

 

【アリス組】

アリ「ぇーっと、今日は……用意した布……の、線……沿()って手で()って……」

大妖「あ、はい。分かりました! この布に書いてある線に沿って縫えばいいんですね?」

アリ「……」コクッ

大妖「分からないところは聞きに行けば良いですか?」

アリ「……」コクッ

ヒマ「大ちゃん優しすぎ……」

ミス「流石〜♪」

 

【挿絵表示】

 

 

 うーん、ちょっと心配ですが、時間の経過と共に慣れてくれることを期待しましょう。それにあちらは大妖精さんのような気配りができる方が多いですし、今みたいにフォローをしてくれるでしょう。さてさて、あちらはどうでしょう?

 

【咲夜組】

咲夜「今日はクッキーを作ってもらいます。必要な材料は用意してありますし、型も色々あるので好きな形にして、出来上がったクッキーを日頃からお世話になっているご家族やご友人にプレゼントしてあげて下さい」

 

  「『はーい』なのだー」

 

 あの日の昼休み、咲夜さんの前に現れたのはチルノさん、リグルさん、ルーミアさんでした。いつも仲良くしてくれている友達に「サプライズでお礼がしたい」と相談をしに来たのです。生徒の自発的な7行動、断る理由なんてありません。咲夜さんも同じ気持ちだったと思います。

 咲夜さんは(しばら)く考えた後、二組に分かれて授業を行うことを思い付きました。つまり、家庭科の先生が二人となるわけです。その点についても咲夜さんは「任せて欲しい」と言っていましたが……。あの様子では進んで来て頂いている感じではありませんね。何か訳ありでしょうか?

 

 

--生徒授業中--

 

 

 さて、咲夜さんの方は出来上がったみたいですし、アリスさんの方はどうでしょうか。

 

  『すごーい!』

 

 ()き上がる歓声と拍手。取り囲む生徒の中心には布をハサミで華麗に素早く裁断し、さらに糸と針で超スピードで縫い合わせ、瞬く間に人形を作り上げるアリスさんの姿が。もはや曲芸です。

 

【挿絵表示】

 

 

アリ「うん、こんな感じかな」

 

 緊張の糸も解れたみたいでなによりです。

 お、またまたタイミングバッチリ。手作りのクッキーが入った包と感謝の言葉を送り送られ、教室が笑顔ほのぼのとした空気に包まれる中、例の三人は……。

 

チル「大ちゃん、ミスチー、ヒマリ!」

リグ「これ私達が作ったクッキー。三人にあげる」

ルー「なのだー」

ミス「わぁ~♪ クッキーだ」

ヒマ「みんなありがとう」

大妖「それじゃあ、私達は――」

 

 大妖精さんからヒマリさんへ、ヒマリさんからミスティアさんへと送られるアイコンタクトのバトン。そしてそのバトンが大妖精さんへ帰ってきたところで――

 

チル「ん?」

 

 大妖精さんはチルノさんへ、

 

リグ「へ?」

 

 ミスティアさんはリグルさんへ、

 

ルー「なのか?」

 

 ヒマリさんはルーミアさんへ丁寧に畳まれた布を手渡すと、小さく「せーの」とタイミングを合わせ、

 

  『開けてみて』

 

 と。布を受け取った不思議そうな表情を浮かべる三人が布を開くとそこには……

 

チル「おおっ!」

リグ「すごっ!」

ルー「花なのかだー」

 

 感謝の言葉が大きな花の刺繍(ししゅう)と共に綺麗に咲いていました。

 

咲夜「流石ね、頼んで良かったわ」

アリ「今回だけだから、もうこういうのは止めて」

咲夜「あら? でも楽しそうにしてたじゃない」

アリ「べっ、別にそんなこと……。あ、それよりもこの間あなたのところの――」

咲夜「その節は大変ご迷惑をお掛けしました」

アリ「何事もなかったから良かったものの、ちゃんと監視していて欲しいわ」

咲夜「深く反省しております」

アリ「……まあでも、約束はちゃんと守ってくれているみたいだし、おかげで無事にカエッテ……ゴニョゴニョ」

咲夜「ふふ、あなたにも大切な人が出来たみたいね」

アリ「ふぇっ!? そそそそそれよりも今回引き受けたんだから、約束は守りなさいよね?!」

咲夜「別にいいけど、本当にアレでいいの? 子供の玩具(おもちゃ)でしょ?」

アリ「いいの! アレがいいの! それと絶対に誰にも言わないでよ!」

 

【挿絵表示】

 

 

 楽しそうに咲夜さんと話しをしているアリスさんの腰には、丸々とした猫の人形が。きっとお気に入りなのでしょう。お世辞にも可愛いらしいとは思えませんけどね……。

 

 ここは幻想郷唯一の寺子屋。

 家庭科の授業は超一流です。




Q.アリスさんと咲夜さんの間での約束は何でしょう?












ヒント:Ep.2「プレゼント」

次回:「7時間目 図工」


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7時間目 図工  ※挿絵回

図工の授業が一番好きでした。
ただ絵を描くのが凄い苦手で、
特に人物画が酷かったです。

主はもっぱら工作系が好きでした。
それは今も同じで、
今思うとそれが原点だったのかもしれません。


??「今日もよろしくお願いします」

  「『よろしくお願いしまーす』なのかー」

??「では早速ですが、体験入学の方がいらしてますのでご紹介しましょう」

 

 

ガラッ。

 

 

 私の合図で戸を開けて入って来たのは、いつもお世話になっているスーパーメイドさん。意外な体験入学生に生徒達は驚いた表情のまま言葉を失い、しばらくの間沈黙(ちんもく)が続きました。

 やがて静かな教室にどよめきの声がチラホラと聞こえて来たころ、

 

大妖「キャーーー!」

リグ「おいおいおいおい」

チル「あわわわわ……」

ミス「イヤァーーーッ♪!」

ルー「ガタガタガタ……。マナーモードなのだー」

ヒマ「みんなどうしたの?!」

 

 一部の生徒達が悲鳴を上げて(おび)え出しました。無理もありませんね、スーパーメイドさんの後に入って来たこの方こそ、今回の体験入学生――

 

??「やっほー来ちゃった」

 

【挿絵表示】

 

 

 紅魔館の主人の妹様、フランドール・スカーレットさんです。

 

??「ご存知の方もいるようですね。紅魔館からお越しのフランドール・スカーレットさんです」

フラ「フランって呼んでねー」

リグ「あのさ一応聞いておくけど、本物?」

フラ「そうだよ、証拠見せようか? きゅっとしてー……」

リグ「いーいーいーいー! 本物だって信じるから!」

フラ「ふーん……」

 

 断るリグルさんに少し残念そうにするフランさん。それはそうと(てのひら)……、何でこっちに向いているのでしょう?

 

【挿絵表示】

 

 

??「フランさんは図工の授業を受けに来られます。また、本日咲夜さんはフランさんの保護者として、授業を見学されて行くそうです。皆さん仲良くして下さいね」

  「『は、はーい』なのかー……」

??「では、フランさんはチルノさんの後ろの席へどうぞ」

フラ「はーい」

??「さて早速授業を始めましょう。今日の図工は絵を描きましょう。何を描くかは自由です。題材に困ったら秋ですし、外の紅葉(こうよう)を描いてみてもいいでしょう」

 

 

––生徒準備中––

 

 

フラ「いひひ〜、フラン絵の具セット持ってきたんだ〜」

リグ「へー、よく持ってた……お持ちでございましたですね」

大妖「フラン様は何を描かれるのですか?」

ルー「今日はExモードでいるわ……」

チル「えーっとアタイは……ムグッ」

 

【挿絵表示】

 

リグ「チルノ、今日一日発言禁止だからな」

フラ「みんなもっと普通にしてよ。それにさっき言ったじゃん、フランって呼んでって」

大妖「で、ですが……」

チル「別にいいんじゃないの? 本人がそう言ってるんだし、アタイはフランって呼ぶよ」

リグ「チルノ、それ以上(しゃべ)ったら口にガムテープ()るぞ」

フラ「フランもチルノの事はチルノって呼ぶね。ねぇチルノ、他のメンバーは何て呼んでるの?」

チル「アタイの隣にいるのが大ちゃん。その隣がヒマリ、で向こう側にいるのが奥からミスチー、ルーミア、リグル」

フラ「フランだからね、よろしくー。イエイ」

  『イ、イエイ……』

 

【挿絵表示】

 

 

 

--生徒絵描中--

 

 

 そろそろ出来上がって来た生徒も多いみたいだな、少し(のぞ)いてみようか。

 

??「リグルは絵が上手いな。色使いも綺麗(きれい)だ」

リグ「さんきゅー、でもまだまだ」

 

【挿絵表示】

 

 

 隠れた才能と言うべきだろうな。勉学の面ではお世辞にも優秀とは言えないリグルが、図工という科目では文句なしの優等生だ。そういえばあの時に描いた仏の絵、あれも独自性があって面白い物だった。

 でも、充分な仕上がり具合だと思うが「まだまだ」とは。()り出すと止まらないのも少々考えものだな。

 

??「ほどほどにな」

 

 で、こっちの問題児は……。

 

??「チルノ、それは?」

チル「雪だるま」

??「点が2つしかないけど?」

チル「雪だるまの目」

 

【挿絵表示】

 

??「どうしてそこを描こうと?」

チル「うーん……可愛いから?」

??「紙をもう一枚あげるから違う物も描いてみようか……」

 

 隠れた才能は(いま)だ見つからず。何か特出している科目があれば他の授業へもいい影響を与えられそうだが、今のところそういった(たぐい)はない。どうしたらいいものか……。

 

フラ「ねえねえ、フランのはどう?」

??「ん? これは赤一色でずいぶんと大胆な紅葉ね。でも同じ赤にも強弱があって面白い。でも紅葉は赤色以外にも——」

フラ「これフランの部屋だよ」

??「え?」

フラ「赤いのはチシ——」

??「あーはい。分かった分かった」

フラ「ふふ、ウ・ソだよ」

 

【挿絵表示】

 

 

 ど・こ・ま・で・が? まったくこの妹君は……。

 

 

--別の日--

 

 

【室内】

大妖「ずいぶんと積もったね」

リグ「何だよ雪って……。ただ寒いだけじゃん」ガチガチガチガチ

ミス「リグル大丈夫〜?」

ヒマ「暖かくしてもらうように頼んで来ようか?」

 

【挿絵表示】

 

リグ「ヒマリお願いしていい? それにしても……、あのバカ達は何であんなに元気かな?」

【外】

チル「なじむ! 実に! なじむぞ! 最高にハイってやつだアアア」WRYYYYY

フラ「やれやれだぜ……」

ルー「なのらー?」

【室内】

リグ「チルノだけなら分かるぞ? でもフランとルーミアは絶対寒いだろ? ルーミアなんて鼻水垂れてるし」

大妖「ルーミアちゃん戻っておいで。鼻かもう」

【外】

ルー「ん? あーい、なのらー」

 

【挿絵表示】

 

チル「ふふふ……、アタイはこの時を待っていた」

 

【挿絵表示】

 

フラ「ふふふ……、それはフランも同じだよ」

 

【挿絵表示】

 

  『勝負!!』

 

【挿絵表示】

 

【室内】

??「皆さんおはようございます。出席を取るので席に——」

【外】

チル「ムダムダムダムダムダムダムダムダムダー!」

フラ「悪羅悪羅悪羅悪羅悪羅悪羅悪羅悪羅(おらおらおらおらおらおらおらおら)ー!」

チル「わわわわわ、『氷符(ひょうふ):アイシクルフォール』!」

フラ「あ、スペカずるーい! それなら……『禁忌(きんき):フォーオブアカインド』!」

チル「4人に増えるなんて反則だよ!」

 

【挿絵表示】

 

【室内】

??「あれは雪合戦で合ってます?」

  『たぶん……』

??「チルノさんとフランさんは元気に出席と……」

 

 

--生徒点呼中--

 

 

??「さて今日の図工の時間はせっかくですから、雪で何か作りましょうか」

 

 と言ってみますが……

 

??「やっと暖かくなってきたのに? 外に出たくないなあ」

??「おい、リグル……」

 

【挿絵表示】

 

 

 もうすっかり暖まった室内からは出にくいものです。

 

??「私もこっちの方がいいな〜。はぁ〜、ポカポカ〜♪」

??「ミスティア……」

 

【挿絵表示】

 

 

 なお寒いこの時期、ストーブもヒーターもない寺子屋では、この方の周りに生徒が集まるのが恒例となっています。

 

??「ふー、あったかーい」

??「もう少しだけ、もう少しだけ」

??「ヒマリに大妖精……。オ・マ・エ・ラ・ナー」

 

 常勤教師で燃料いらずの火付け役、毎度お馴染みの妹紅さんです。

 

 

【挿絵表示】

 

 

  『ん~?』

妹紅「全員離れろ! 私を湯たんぽ代わりにするな!」

リグ「あちち、もう少し抑えてよ」

妹紅「なんなら香ばしくいっとくか?」

  『外に行ってきまーす』

 

 ああいう言い方ですが、本当は嬉しいんだと思います。

 

 

--生徒工作中--

 

 

 大きな雪玉を仲良く転がす5人、この光景を見るのはこの時間だけで実に三度目ですか。…フフフ、そこからが大変なんですが上手くいくと良いですね。

 

  『せーのっ!』

 

【挿絵表示】

 

リグ「うん、いい感じじゃない?」

ヒマ「私三段って作るの初めてかも」

ミス「思いの(ほか)大変だったね〜♪」

ルー「なのらー」

大妖「あ、ルーミアちゃんまた鼻が……」

リグ「で、あの二人は何を作ってんだ?」

 

 完成した雪だるまへの余韻(よいん)を早々と切り上げ、視線を移すリグルさん達。多くの生徒達からの眼差しが集中するそこには、授業開始前までには無かったはずのオブジェが。そしてその前では……、

 

??「『ちょっとだけ:きゅっとしてドカーン』」

 

 掌を氷の塊に向けて能力を巧みに操るフランさんと、

 

チル「おー、流石にもう壊れると思ったのに」

フラ「次はチルノの番だよ。もうムリじゃない?」

チル「アタイは天才だからまだやれるよ! 『氷符:アイシクルマシンガン』!」

 

 無数の氷を連射機のごとく放つ、オブジェの生みの親のチルノさんが。

 初めは青く透き通った美しい氷でしたが、今はギリギリ原型を(とど)めているといったところ。多数のツブテとツララが突き刺さり、いたるところにヒビ……いえ、ヒビのないところを探す方が困難と言えるでしょうね。ピキリピキリと悲鳴を上げ今にもパリンと(くだ)けてしまいそうです。

 うーむ、これは2人共遊んでしまっているようですね。

 

フラ「うわぁ、まだ壊れないんだぁ」

チル「アタイにかかればざっとこんなもんよ、けどもう次は無いよ。これでジ・エンドね」

 

 他の生徒もいますし、ちょっと注意をしておきましょうか。

 

??「…ふふふ、お二人とも楽しむのは実に結構です。けど今は図工の授業中、遊んではいけません」

 

【挿絵表示】

 

チル「アタイ達ちゃんと作ってるよ」

フラ「ほら、コレすごいでしょ?」

 

 凄いかと問われればそうなのかも知れませんが、コレを作品として認めてしまっていい物か……悩ましいところですね。

 

リグ「うわっ、なんだよコレ」

ヒマ「壊れそう……」

大妖「チルノちゃんコレ何?」

ミス「なるほど〜、芸術だね〜♪」

ルー「なのらー?」

チル「ふふふ、ミスチーにはアタイ達の天才ぶりが分かるみたいだね」

フラ「でもね、コレで終わりじゃないんだよ。チルノもういいよね? 最後の仕上げやって」

チル「いいよー、みんな少しだけ下がって下がって」

 

 「危ないから」ということなのでしょう。みんなもそう察したようで、不思議な顔をしながらもチルノさんの言われるがまま四歩、五歩と後退(あとずさ)りを。そして全員が安全な所まで下がったと判断したフランさんは――

 

フラ「いっくよー、そーれッ!」

 

 上空へ氷の塊を放り投げると、その直後に目にも()まらぬ早さで飛び上がり、さらにターゲットの背後に回り込むや、

 

フラ「『禁忌:フォーオブアカインド』」

 

 またしても4人に分身を。それだけでも充分驚きですが、フランさんの言う「仕上げ」はここからでした。

 

フラ①「全力!」

フラ②「きゅっ」ドヤッ

フラ③「TO!」

フラ④「して~」

  『ドカーン!!!!』

 

 その瞬間、氷の塊はガラスが割れた様な高音を上げて粉々に(くだ)け散り、カケラ達はダイヤモンドをばら()いた様に美しく輝きながらパラパラと降り注ぎました。

 

【挿絵表示】

 

 

チル「どう? 私とフランの作品」

フラ①「芸術は!」

フラ②「爆発」ドヤッ

フラ④「だ~」

フラ③「YO!」

 

 ええ、すごく神秘的でしたよ。形には残りませんが――

 

大妖「チルノちゃんとフランさん凄い!」

ヒマ「とってもキレイでした」

ミス「目に焼き付いちゃった〜♪」

ルー「なのらー」

 

 みんなの思い出に残るのなら、この様な形があっても良いでしょう。

 

リグ「チルノもフランもすごいと思うよ? でもさー……」

  『?』

リグ「アレ、雪じゃなくて氷じゃん」

  『あ……』

 

 

--さらに時は経ち--

 

 

【室内】

リグ「ガチガチガチガチ……。今年も雪降るのかよ」

ミス「リグル大丈夫〜?」

ルー「なのかー?」

ヒマ「妹紅さん呼んで来ようか?」

リグ「ヒマリお願い…。元気なのはアイツだけだよ」

【外】

チル「なじむ! 実に! なじむぞ!」WRYYYYY

【室内】

ヒマ「そう言えば去年はフランさんが来てたよね」

大妖「チルノちゃんとフランさんの凄かったよね」

ミス「また見たいな〜♪」

ルー「なのだー」

【外】

チル「みんなー、外で遊ぼうよ」

【室内】

  『断る!』

 

 去年のこの季節の図工で形には残らない素晴らしい芸術作品が生まれた。けれどそれは生徒達の記憶と心にしっかりと残り、この寺子屋の歴史の一部として今後も伝えられていくだろう。

 ここは幻想郷唯一の寺子屋。

 歴史に残る図工の授業があります。

 




破壊担当のフラン。図工とは真逆の関係。
だからこそ書いてみたかったです。


次回:「8時間目 体育」


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8時間目 体育   ※挿絵回

体育の授業、マット運動、跳び箱はそこそこでしたが、
球技系、鉄棒が苦手でした。
鉄棒に関しては小学校卒業するまで
逆上がりが出来ずでした。
でも休み時間にグライダーで遊んでいた記憶があります。
今思うとアレ怖いです。



 寺子屋では体育の授業も行います。

 でも体を動かすものだけではなく、生徒個々の能力開発を目的としたものまで。

 では何故そこまでするのか。理由は至ってシンプル、生徒の親御さん方の強い希望なのです。

 幻想郷に暮らす人々はそれぞれなんらかの能力を持ち、その能力を活かせる職業に就いて生活をしています。例を上げると鍛冶屋であれば『金属を加工する程度の能力』、料理屋なら『美味しい物を作る程度の能力』といった具合に。

 

??「おや、これも違いましたか。それでは大妖精さんは次に——」

 

 寺子屋(ここ)に通う生徒は皆成長途中の子供、ほとんどの者がまだ自身の能力を花咲かせずにいる。あらゆる可能性を考えて花咲くチャンスとなる場を提供してあげる、それが寺子屋の役割。とは言ってみるけど、若いっていうのはいいな。無限の可能性に満ちている。

 

??「ヒマリどうした?」

 

 多くの生徒が試行錯誤をして取っ掛かりを探す中、既に能力を開花させている方もいます。その生徒達を更に成長させるべく、専属で担当して頂いている方が、

 

【屋外】

??「チルノ、もっと力を(おさ)えろ」

 

 毎度お馴染みの藤原妹紅さんです。

 

チル「これでも抑えてるよ……」

妹紅「(てのひら)全体でやってたらいつまでも弱くならねぇよ。掌のド真ん中、そこだけを意識しろ!」

 

【挿絵表示】

 

 

 口調はアレなんですが……

 

妹紅「リグル、虫達への指示が雑すぎる。シンプルなのは良いが、お前の意思をちゃんと伝えろ」

リグ「簡単に言うなよ……」

 

【挿絵表示】

 

 

 うーん……。

 

妹紅「ルーミア、お前の周りだけ闇で(おお)ったら、そこにいるってモロバレだぞ」

ルー「そーなのかー?」

 

【挿絵表示】

 

 

 いやはや……。

 

ミス「〜〜〜〜♪」

妹紅「ミスティア、まだ声出せるだろ? もっと腹から声を出せ、離れたら全然聞こえないぞ」

 

【挿絵表示】

 

 

【屋内】

ヒマ「私達も能力が使える様になったら、妹紅さんに教えてもらう事になるの?」

??「……そうなるな」

大妖「でもきっと大丈夫だよ。妹紅さんは優しい人だから」

 

【屋外】

妹紅「だーかーらーッ、何回言わせるんだよ!」

 

【屋内】

大妖「……たぶん」

ヒマ「私、能力なくてもいいかも……」

大妖「ヒマリちゃん……」

 

【挿絵表示】

 

 

 ふーむ、これはよろしくないですね。もう少しで授業は終わりますし、放課後にお話ししてみましょう。

 

 

——生徒授業中——

 

 

妹紅「あ? 生徒が怖がってるだ?」

 

 そう(にら)まないで下さい。ご機嫌が斜めのようですし、ここは一つ下手(したて)に下手にお願いしてみましょう。

 

??「もう少しだけでいいので、口調を柔らかくして頂けないでしょうか?」

妹紅「けっ、わーったよ。じゃあまた今度な」

??「ええ、また次回もお願いしますね。お疲れ様でした」

 

 悪い方ではないんですけどね。約束もしてくれましたし、次回はきっと大丈夫でしょう。

 

 

——数日後体育——

 

 

 チルノさんは先日の続きをしているみたいですね、さてさて様子はどうでしょうか。

 

チル「どう?」

妹紅「悪くはないけど……うーん。じゃあ今度はその状態で目一杯力を出してみ」

チル「わかった」

 

 チルノさんは(うなず)いて深く息を吸い込むと眉間(みけん)に力を込め始め、やがて「えいッ!」と掛け声を上げると、白い小さな手からバラバラと小さな氷が噴水のように放出されました。これは成功——

 

妹紅「あーもう……掌のココ、一点集中! 出す時も形状維持!」

 

 ではないようですね。

 

チル「えー、アタイそれ好きじゃなーい」

 

【挿絵表示】

 

妹紅「じゃあ聞くが、お前が日頃から(うら)みを抱えている白黒魔法使いいるだろ? あいつのスペルがなんで強いのか答えられるか?」

チル「うーん、八卦炉(はっけろ)のおかげ?」

妹紅「まあ正解だ」

チル「さっすがアタイ」

妹紅「原理を説明すると、アレは(ふく)らむ魔力を一点に集中させて()()()上げているからあそこまでの威力が出せるんだ」

チル「ミツドー?」

妹紅「……つまり今のお前はただ闇雲に力をばら()いているだけって事」

チル「でもアタイ天才だからそれでもいい!」

 

 ぶつかり合うお二人の視線の間に火花が飛び散り、静かな寺子屋に気不味い雰囲気が漂い始めました。すると反発的な態度を取るチルノさんに(あきら)めてしまったのか、妹紅さんは「ああそうかい」とだけため息まじりに(つぶや)き、それ以上は何も語らず歩き出してしまいました。

 その行き着いた先というのが——

 

妹紅「あそこにあるボールを取って来い。ただし虫達だけでだ」

 

 『虫を操る程度の能力』のリグル、どうやらあの位置から20メートル程離れた場所に置かれたボールを取って来させるつもりみたいだ。間には障害物となりえる物はない、こんなもの彼女にとっては——

 

リグ「そんなの朝飯前じゃん、お前達行って来い」

 

 だろうな。

 リグルの号令と共にボールに向かって一直線に飛んで行く虫の群れ、それらは目的地に到着するや獲物の下で厚みのある影を作り、即座に主人の下へと貢物(みつぎもの)を運んで行く。その光景たるや……お世辞にも素晴らしいとは言い(がた)い、正直おぞましい。直視を避けたい程に。

 

リグ「へへーん、ざっとこんなもんよ」ドヤッ

妹紅「なら次は——」

 

 先程ボールがあった位置とリグルさんの間に三角コーンが等間隔で置かれていきますね。その数が五個目になったところで——

 

妹紅「ここをジグザグに進ませてボールを落とさずにさっきの場所に戻して来い。虫の量はボールをギリギリ運べる程度に抑えろ」

 

 と。ふむ、これはグンと難易度が上がりましたね。果たしてリグルさんはこの課題を見事クリア出来るでしょうか?

 

リグ「へへーん、なんだそんな事か。よし、お前達行って来い」

 

 再び号令と共に飛んで行く虫達、でも今度は赤いボールを一丸となって運んで行きます。そして最初の一本目のコーンに差し掛かった所で、

 

 

パカッ

 

 

 と見事に二分化。そのおかげでボールは地面をコロコロと転がりリグルさんの足下へ。これは分かりやすい失敗ですね。

 

リグ「お前達もっと息を合わせろよな」

虫 「$%€#」

リグ「その場その場で判断しろよ」

虫 「%¥〆!」

リグ「はぁ!? なんだよその言い草!」

 

 虫達の言葉は分かりかねますが、おそらく「しっかり導いてくれ、人任せにするな」とでも言われたのでしょう。

 

妹紅「リグル、今のはお前の指示が雑なのが原因だ。『行って来い』だけじゃ右から行くのか、左から行くのか分からないだろ」

リグ「右からとか左からとか選ぶ状況なんてないよ。だいたい最終的に目的を達成果出来ればそれでいいじゃん」

 

 …ふふふ、リグルさんの言い分も一理ありますね。妹紅さんは結果主義のリグルさんに「過程も大切だ」とでも伝えたかったのでしょうか? それとも何か別の目論見(もくろみ)でも……。

 などと考えている間に妹紅さんはチルノさんの時よりも浮かない表情で別の所へ、残されたリグルさんの視線がチクチクと背中に突き刺さっている事など気にもせずに。

 

妹紅「よし、ルーミアやってみろ」

 

 今度はルーミアか、リグルやチルノの時のようにならなければいいけど……。

 

ルー「いくのだー!」

 

 突然視界が黒一色に染められた。外の景色はおろか、そばにいた生徒の姿でさえ今や何処にいるのか見当もつかない。瞳を閉じているのか開けているのかも疑いを持つ。これがルーミアの生み出した闇……。生徒達の(おび)えた声が聞こえるあたり、どうやら私だけではないらしい。範囲はこの部屋までを……いや、もしかしたら寺子屋全てを飲み込んでいるのかもしれない。

 

??「みんな、大丈夫だから。その場を動かないように」

 

 今の私に出来ることはこんな事くらい。向こうの事は彼女に任せると決めたのだから。

 

妹紅「いいじゃないか、この前とは段違いだ。それで私に触れることができたら文句なしだ」

ルー「こっちなのだー」

 

 

ガーーーン!

 

 

 金属が激しく衝突する音が響き渡り、日常の光が元気よくご帰還されました。やはり明るい方がいいですね。でも日差しのテンションについていけない(まぶた)が再び暗闇を求めしまい、視野はいつもの半分に。やがて小慣れてきた頃、最初に目撃したのは——

 

??「きゅー……」

 

 地面で仰向(あおむ)けになって目を回しているルーミアさんでした。頭には小さいながらも存在を主張するコブが痛々しいですね。そして次に目撃したのは、そのそばで尻餅(しりもち)をついて額に手を当てる妹紅さんの姿でした。

 

妹紅「いっつぅ……頭が割れるかと思ったぞ」

 

 と言っておられますが、無傷なんですよね。相当頑丈とお見受けしました。

 

妹紅「お前見えてないだろ、今のは触った内にカウントしないからな」

ルー「なのかー……?」

 

 ともあれ、ルーミアさんの介抱(かいほう)が先決ですね。

 

??「チルノさん氷をお願いできますか?」

妹紅「こっちも頼む……」

チル「オッケー任せて」

 

 チルノさんから(にぎ)り拳サイズの氷を受け取ると、妹紅さんはルーミアさんを私に預け、患部に氷を押し当てながら最後の生徒の下へ。反対の手にはワイングラス……でしょうか?

 

妹紅「ミスティア、このコップを声だけで割れ」

ミス「えー、そんなの無理ですよ〜」

妹紅「命蓮寺の犬は出来るらしいぞ?」

ミス「響子ちゃんの声量と一緒にしないで下さい……」

 

 

--放課後、寺子屋--

 

 

??「今、よろしいでしょうか?」

妹紅「なんだよ?」

??「開花組の生徒にハードルの高い課題を出されているようですね」

妹紅「……だったら何だよ?」

??「妹紅さんの事です、何か理由でもお有りなのかと」

妹紅「アレくらい出来ないと。特にチルノなんかは……」

 

 やはり妹紅さんは生徒達の事を思ってされていたようです。では何故課題を力や精度を求めるような難易度の高いものにする必要があるのか。

 

??「ほお、それはどうしてですか?」

妹紅「じゃないと——」

 

 その答えを知る間も無く、私と妹紅さんに緊張が走りました。鼓膜(こまく)を突き破り脳を直接振動させる甲高い悲鳴によって。けれどそれは透き通っていて心地良くて、思わず聴き入ってしまいそうです。私達はすぐに理解しました。

 

??「今のは!」

妹紅「ミスティアか!?」

 

 彼女が危ないと。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 ここは人里から少し離れた森の中。幻想郷(この世界)に住む者達はこの森を『魔法の森』と呼び、獣や妖怪やイタズラ好きの妖精達がいる事から非力な人間は滅多に立ち入らない危険地帯である。そんな森を行く

 

??「妹紅の課題難し過ぎるんだよ」

 

 不機嫌極まりないゴキ——もとい(ほたる)の妖怪、

 

??「それはさ……」

??「アタイ嫌われてるのかなー?」

 

 背中を丸めてすっかり自信を失ってしまった自称天才、

 

??「そうじゃないと思うよ」

??「2人はまだいいよ。私なんて芸人みたいな事させるんだから~」

 

 (あき)れ顔でため息混じりに愚痴(ぐち)(こぼ)夜雀(よすずめ)

 

??「ミスチーならきっと割れるよ」

??「痛いのだー」

 

 頭に絆創膏(ばんそうこう)を貼って傷をさする「そーなのかー」妖怪、

 

??「ルーミアちゃん大丈夫?」

 

 そして一人一人を丁寧に(はげ)ますしっかり者の妖精。

 そう、ここは寺子屋に通うこの二人の妖精と三人の妖怪達の通学路でもある。

 

【挿絵表示】

 

 

リグ「大ちゃんは未開花組だから分からないかも知れないけど、妹紅の教え方ってさ、上から目線で一方的なんだよ。こっちに来たらきっと後悔するよ」

大妖「そう言えばヒマリちゃんもこのままでもいいかもって……」

リグ「ヒマリが来たら大変だろうな。多分泣くよ」

チル「アタイも泣きたくなる時が……」

ルー「なのだー……」

大妖「妹紅さんも何か考えがあっての事だと思うから元気だそ」

 

 と、この様に開花組四名が鬱憤(うっぷん)をもらし、未開花組の優等生が(なだ)めるのは今に始まった事ではない。体育の授業がある日、特に能力育成プログラムの日の帰り道は決まってこの光景が訪れる。それが平和な日常。

 

大妖「ね?」

 

 だがこの日はいつもと違っていた。

 

??「大ちゃん危ない!」

 

 真っ先に気が付いたのは蛍の妖怪だった。優等生の背後に忍び寄る黒い影の存在に。

 

大妖「えっ、キャー!」

 

 地面へと倒れる優等生、タイミングは間一髪。蛍の妖怪が察知していなければ、知らせるのが出遅れていたら、

 

リグ「頭が三つ……こいつケルベロスだ。こんなヤツ森にいなかったぞ!?」

 

 彼女は(しげ)みから現れたこの猛獣の餌食(えじき)になっていた。

 

チル「アタイも初めて見た……」

ルー「な、なのだー」

 

 だが安心はしていられない。低い(うな)り声で恐怖心をあおり、口から(よだれ)を垂らす獣の視線は彼女を捕らえて放さない。そこへ惨状(さんじょう)が重なる。

 

大妖「うぅ……」

 

 足首を抑えて涙ぐむ優等生、逃れる際にあらぬ方向へ曲げてしまっていたのだ。おまけに(すく)んでしまい立ち上がれない。それはトラバサミにかかった小動物と同意、彼女の脳裏に血塗られた自画像が描かれていた。

 そんな時だった。夜雀が駆け寄り救いの手を差し伸べてくれたのは。彼女の脇下(わきした)へ腕を通し強引に立ち上がらせようとする。

 

??「大ちゃん立てる? 私に捕まって」

 

【挿絵表示】

 

 

 しかしそれが(あだ)に。狩る側からすれば獲物がもう一匹増えただけに過ぎないのだから。

 日の傾いた薄暗い森に恐怖に満ちた叫び声が響き渡り、鋭い牙が不気味に光る三つの口が二人に襲い掛かる。

 

チル「大ちゃんとミスチーを食べるな!」

リグ「お前達いけッ」

 

 そこへ「そうはさせない」と氷の妖精は自慢の(つぶて)を、蛍の妖怪は群れをなした下部を仕向けるが、無情にも獣は二人の攻撃を「鬱陶(うっとう)しい」と身震い一つで弾き飛ばし、怒りを全開にして今ゆっくりと標的を

 

チル「へ?」

リグ「おっとこれは……」

 

 邪魔者へ。

 

 『うわあああぁぁぁ……』

 

 ()えながら追う獣、懸命に走る二人。珍獣 vs (あやかし)による命が賭かった鬼ごっこの行方は――

 

チル「お、追いつかれるー!!」

 

 珍獣に軍配が上がり始めていた。前を行く二人をしっかりと射程範囲に入れ、飛びかかろうとしていたのだ。絶体絶命の大ピンチ、絶望的な状況、フラッシュバックする楽しい思い出の数々。

 そして彼女らは強く願った。生き長らえたいと、格好よく登場してくれる救世主を。その願いを聞き入れたのは神々しい光を放つ正義のヒーローとは程遠い――

 

??「なのだー!」

 

 深い闇を操る幼い少女の姿をした妖怪だった。

 

【挿絵表示】

 

 突如(とつじょ)視界を奪われ足を止める獣、首を振って払い除けようとするも闇は三つの頭を根本から丸ごと飲み込んで放れようとしない。

 

リグ「ルーミア、サンキュー」

チル「あ、危なかったー」

ルー「そーなのかー?」

 

 九死に一生を得た二人は「今のうちに」と、少女と共に離れてしまった友人達を目指して駆け足で来た道を戻って行く。

 一方、彼女らの友人達は心配と不安に押しつぶされそうになりながら、祈る想いで三人の帰りを待っていた。「大丈夫か、うまく逃げられたか」と。

 そこへ無傷で生還を果たした三人が。お互いの無事を確認すると緊張の糸が解かれた表情を作ってその距離を縮めていく、その矢先だった。

 

ルー「な、なのかー!?」

 

 闇に(とら)われたままの獣が唸りながら彼女達の間に現れたのは。

 ケルベロスは三つの頭を持つ犬の妖怪、嗅覚が抜群に優れているため視覚を拘束されていながらも、彼女らの位置を正確に特定していのだ。

 そして先に狩ると決めた邪魔者三人に狙いを定め、逃亡を計る間も与えずに真っ直ぐ飛びかかった。次の瞬間、木々が()れ森全体がざわめいた。

 

??「イヤァーーーーーーーーーーーッ♪!」

  『ミスチー!?』

 

【挿絵表示】

 

 

 小さな発射口から放たれるソニックブームは

 

リグ「うわっ、頭が割れそう」

 

 大気を激しく震わせ、

 

チル「アタイも頭が痛いー」

 

 どこまでも広がっていく。

 

ルー「な〜の〜だ〜」

 

 耳に(ふた)をして頭痛と眩暈(めまい)悶絶(もんぜつ)する妖の少女達。彼女達を襲った症状はこの程度で済んだが、人間の四倍の聴力を誇る生物にとっては脳を激震させる痛烈な破壊音に等しい、犬型の猛獣は意識を失ってその場で倒れ込んだ。

 

リグ「ミスチー凄いよ!」

チル「アタイびっくりした」

ルー「なのだー」

ミス「えへへ〜♪ 私も響子ちゃんみたいに大声出せるなんてビックリしちゃった〜♪」

 

 感謝、次ぐ感謝、感謝に次ぐ感謝、その渦の中心で夜雀は照れくさそうに(ほほ)を赤らめ、助けられた少女達の顔からは自然と笑顔がこぼれていた。

 ただ一人だけを除いて。

 

大妖「う、うしろ……」

 

 血の気が引いた真っ青な顔で小刻みに震える指が示す先、そこには倒れたはずの獣が起き上がり一歩ずつゆっくりと彼女達に迫っていたのだ。

 夜雀達は悟った。この恐怖からは逃れらないと、『無』の広がる暗く冷たい未来を受け入れるしかなかいと。

 だがこの二人だけは諦めていなかった。

 

リグ「一点集中だからな、私達で動きを止めるから」

チル「アタイ天才だからそんなの余裕、リグルこそしっかりやりなよ」

 

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 怯える夜雀達を背後に置き、牙を()き出しにして詰め寄る獣を正面にして構える。その瞳に確固たる信念を映して。

 

リグ「お前達行けッ!」

 

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 先手必勝と口火を切ったのは蛍の妖怪だった。一度敗北を味わっているのにも関わらず、虫の大群は主人のいつもと変わらない命令で一斉に、一直線に獣に向かって飛び出す。と、

 

リグ「外から回って後ろ右足!」

 

 流れが変わった瞬間だった。先頭を行く虫達が(かじ)を左に切ると、うごめく黒い激流はシンカーの軌道を描いて獣の後ろ足を飲み込んでいった。一匹も軌道(きどう)()れることなくまとまったまま。

 一匹一匹は確かに非力、例え群れをなしたとしても個々がバラバラに動いてはケルベロスのような化け物には致命傷はおろか、傷一つでさえ与えられない。だが全ての虫が息を合わせ、一か所だけをターゲットとしたのなら――。

 

リグ「よしッ」

 

 この結果は吉と出た。獣に足枷(あしかせ)をはめることに成功したのだ。そして小粒な戦士たちが戦っている間に

 

リグ「チルノ今のうちだ!」

 

 氷の妖精が準備に取り掛かっていた。獣に向けられた手には顔の大きさ程の力の結晶が生み出され、眩い光を放ちながら急速に範囲を狭めていく。

 

チル「うぎぎ……」

 

 だが掌サイズとなったところで収縮がピタリと止まった。歯を食いしばり苦い表情を浮かべる氷の妖精。「このままではいけない、もっと小さくしなければダメだ」と分かっていながらも、その先になかなか進めない。そうこうしてある間にも獣は足掻(あが)き続け、小さな戦士達を数匹、数十匹、数百匹と蹴散らしていく。そしてついに足枷が外れ自由の身に。

 

??「『凱風快晴飛翔脚(がいふうかいせいひしょうきゃく)』」

 

 その時辺りが熱気と炎に包まれた。自由を手に入れた獣は次の動作に移る間も無く業火に焼かれながら宙を舞い、悔し涙を浮かべる氷の妖精の目に映し出されたのは翼を広げた不死鳥……いや、

 

チル「妹紅?!」

 

 問題の体育教師だった。

 

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妹紅「お前達無事か!?」

大妖「妹紅さんどうして——」

妹紅「ミスティアの声が聞こえた。それとリグル、よく捕まえててくれた」

 

 驚きながらも生徒達に笑顔が戻った。それは安心感が生んだ安堵の表情、しかし危機は過ぎ去ってなどいない。炎に包まれたはずの獣が消火に成功し、全身から煙を上げながらも立ち上がって来たのだから。

 追撃を放とうと構える問題体育教師。しかし彼女は背後へチラリとだけ視線を向けると、あろう事かその構えを解いたのだ。そして——

 

妹紅「チルノ、あいつにキツイのを一発かましてやれ」

チル「え、でもアタイ……」

 

 困惑を見せる氷の妖精の隣で膝を曲げると、そっと力んだ小さな肩に手を添えてこうささやいた。

 

妹紅「落ち着いて意識を掌に集中させろ」

 

 相変わらずの命令口調で。けれど氷の妖精はそれが嬉しかった。マゾっ気があるから? ノー。耳に触れる吐息に快感を覚えたから? そんなわけがない。命令口調でありながらも、そのトーンが穏やかだったから? 少し惜しい。正解は、いつもダメ出しばかりで認めようとはせず、怒号ばかり放つ彼女の温かな本性に触れられたから。

 

妹紅「焦らなくていい、お前なら必ず出来る」

 

 その言葉は氷の妖精に喜びと勇気と自信を与えた。

 

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 全神経を、思考を、心を掌へ。そして収縮活動を再開する力の結晶、さらに輝きを増しながらみるみる小さくなっていき、その大きさがついにビー玉サイズまでに。

 

ケル「ガアアアアッ!!!」

妹紅「今だおもいっきりぶつけてやれ!!」

チル「バッカヤローッ!!」

 

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 押し込まれていた冷気は飛び出し口を見つけるや、たちどころに極太ビームへと姿を変え、すぐそこまで迫っていた獣を瞬く間に氷漬けにし、(はる)彼方(かなた)へと吹き飛ばした。

 危機は去った。誰も大きな怪我をする事もなく、少女達は自分達の力で完全勝利を手にしたのだ。

 

大妖「凄いよチルノちゃん!」

リグ「何だよ今の……今のまるで——」

ミス「魔理沙さんのマスタースパークみた〜い♪」

ルー「なのだー」

チル「は、ははは……」

 

 今のは現実か、はたまた夢や幻か。自身の秘められた力に小刻みに揺れる手を眺めながら引きつった笑顔を作る氷の妖精、やがてそれが(まこと)であると自覚したところで、友人達の方へ振り向き確認してみる。

 

チル「もしかしてアタイって——」

  『天才!』

 

 それは間髪入れずの、食い気味の、綺麗に調和した回答だった。

 長く険しい道のり、ここまで長かった。(ほこ)らしげに自称してみても雑にされて、頭にきて勝負を挑んでも完膚(かんぷ)なきまでに返り討ちにされて、身も心もボロボロで大ちゃんに(なぐさ)めてもらう。そんな日々にはもうおさらば、アタイは本物になったんだから!

 と、天才は思ったそうな。

 

チル「ついに、ついにアタイの時代が……」

 

 さらに胸元で拳を握りしめて泣きながら歓喜。とそんな時、ドサリと何かが崩れ落ちる音が辺りに響いた。少女達がそちらの方へ視線を向けると、そこには(ひざ)を地に付けて項垂(うなだ)れる体育教師の姿が。

 

妹紅「ごめんな、私が慧音(けいね)達みたいに教えられてさえいれば、もっとみんなを成長させてさえいればこんな事には……。全部私の所為(せい)だ、本当にすまなかった」

 

 その言葉は心からの謝罪、力強く握られた拳は自分への苛立(いらだ)ち、食いしばる歯は後悔の念、そして目に薄っすらと浮かぶものは断念だった。

 しかしそう考えているのは――

 

チル「何言ってるんだ?」

 

彼女だけ。 

 

チル「アタイ達妹紅のおかげで助かったんだぞ?」

妹紅「え?」

 

 老いる事も死ぬ事もない彼女、

 

ミス「私、妹紅さんに腹から声出せって言われていなかったら、あんなに大きな声なんて出せませんでしたよ~♪」

 

 長い長い歴史の中で

 

リグ「私も指示は丁寧にやれって言われたから」

 

 平穏に終わりのない時間を過ごす中で、

 

ルー「なのだー」

 

 心から他人を(うらや)んだのはいったいどれくらいあっただろう。

 

妹紅「お前達……」

 

 そしてその自分に気が付いてしまったのは——

 

大妖「私はまだ未開花組ですけど、開花したらその時はよろしくお願いしますね」

 

 彼女が足繁(あししげ)く寺子屋へ通う理由、それは……。

 

大妖「妹紅先生」

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

【翌日寺子屋にて】

妹紅「ってな事があったんだよ」

??「ケルベロス、何でそんなものが……」

妹紅「さあね。里周辺の警備、厳重にした方がいいかもな」

 

 彼女は昨日の出来事を話してくれた。そして全て語り終えたところで、ボンヤリと手を眺めながらポツリと呟いた。

 

妹紅「仕留められなかった……」

 

 と。そこへ近付く複数の足音が。

 

リグ「妹紅、ちょっと見てくんない?」

チル「妹紅、ちょっとこっち来て」

ミス「妹紅さん、コップにヒビが入りました〜♪」

ルー「少し見える様になったのだー」

??「ふふふ、すっかり人気者ね」

妹紅「ったく、うるせぇな」

 

 ここは幻想郷唯一の寺子屋、

 

妹紅「いっちょ揉んでやるか」

 

 口が悪くも心優しい体育教師が生徒達に大人気です。

 

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次回:「9時間目 放課後」


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9時間目 放課後   ※挿絵回

※※※【注意】※※※※※※※※※※※※※
この回はEp3のネタバレ要素を含みます。
まだEp3をここまで読んでいない方は、
【1時間目 国語】から読んで頂くことを
お勧めします。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

小学生の頃の放課後、
友達と何をしていたか思い出してみると、

・テレビゲーム
・ミニ四駆
・秘密基地作り

を真っ先に思い出します。
秘密基地は木材を拾って来て、
釘で打ち付けたりしてガチで作っていました。




 チルノさんとリグルさんが引き起こした些細(ささい)なトラブルがあったものの、本日も無事に全ての授業を終えることが出来ました。

 

??「それでは皆さん、本日もありがとうございました」

  「『ありがとうございました』なのかー」

 

 訪れる下校の時間。生徒達は荷物をまとめ、明日の約束を交わしながらそれぞれの家路へ。

 日常とはいえ、いざこの時間を迎えると(さび)しく感じるものですね。

 

リグ「ヒマリまた明日な」

チル「バイバーイ」

ミス「また明日ね〜♪」

大妖「ヒマリちゃんバイバーイ」

ルー「またねなのだー」

 

 他から少し出遅れて寺子屋を出発する五人組、彼女達の通学路はお世辞にも安全とは言い(がた)い。ケルベロスの一件があってからは何事も無いみたいだけど、それでも常に危険と隣り合わせである事に変わりはない。

 

ヒマ「うん、みんなバイバーイ。また明日」

??「気を付けて帰りなよ。くれぐれも寄り道はしないように」

 

 そしてここに残されたのはヒマリさんただ一人。

 

??「今日も先に宿題をしてから行く?」

ヒマ「はい、そうします」

 

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 なら今日行ったテストの丸つけをしながらヒマリさんの宿題が終わるのを待つことにしましょう。

 

 

--1時間後--

 

 

??「それでは行きましょうか」

 

 夕日で秋の色に染まる寺子屋を出発し、夕食の香りが(ただよ)う通りを抜けて辿り着いた先は……

 

??「\お帰りなさーい/」

 

 今年の遠足でもお世話にった命蓮寺(みょうれんじ)

 そしていつも元気に出迎えてくれる幽谷(かそだに)響子(きょうこ)さん、毎度のことながら()き掃除に精が出ますね。

 

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響子「\まだ少し残っていますから/」

 

 お誘いしましたがこのように元気いっぱいに答えられるので、一礼だけして中へ進んで行くとそこには……

 

??「あっれー、おっかしーなー?」

 

 本殿の下に頭を入れて四つん()いでいる寅丸(とらまる)(しょう)さんの姿が。あれは……探し物でもしているのでしょうか?

 

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ヒマ「星さん?」

星 「へ!?」ビクッ!

 

 赤い空 打ち鳴らされて 響く音

 夕刻知らせる 寺の鐘かな

 

ヒマ「大丈夫ですか?」

 

 などと呑気(のんき)に一首読んでる場合ではありませんね。後頭部を押さえて悶絶(もんぜつ)しているところから察するに、相当強く打たれたみたいですね。いい音もしていましたし。

 

星 「お見苦しいところをお見せしました」

??「いえいえ、コブもないようで安心しました。ところで、まさかとは思いますが——」

星 「ええ、お恥ずかしながら……」

  

 ()()()()ということで状況は把握(はあく)しました。大事になる前にションボリと肩を落とす星さんに協力の提案をしようとしたその時、

 

??「ご主人、居間にコレが置き去りになっていましたよ」

 

 庫裏(くり)から星さんのお目付役であるナズーリンさんが。大事そうに星さんのお目当ての物(宝塔)を両手で抱えながら。

 

星 「ナズありがとう、助かったー」

ナズ「もしかして、また失くされてました?」

星 「イヤー、そそそんなことナイヨー」

ナズ「ご主人! コレがどれだけ貴重な物なのかちゃんと認識して頂かないと困ります! この前みたいに(よこしま)な者に拾われでもしたらどうされるのですか?!」

ヒマ「何かあったんですか?」

星 「えっ、イヤー……」

 

 表情では「(たず)ねられたらどうしよう」と語っていますが…ふふふ、私の目は誤魔化せませんよ。赤く染まった(ほほ)をかく仕草は動かぬ証拠、これは確実に何かありましたね。甘酸っぱい何かが。

 

ナズ「ご主人は先日、宝塔を拾われた方に求婚されたんです」

  『えーーー!?』

 

 甘酸っぱいどころではありませんでした。予想の(はる)彼方(かなた)で思わずヒマリさんと絶叫してしまいましたよ。

 

ヒマ「おめでとうございます」

星 「いやいやぁ、あはは……」

??「OKされたんですか?」

ナズ「いえ、それがご主人はその方とは初対面だったようでして」

??「初対面でいきなり求婚ですか?」

ナズ「はい、おまけに(つか)み所のない方でしたので、私から丁重にお断りしました。ですがご主人はその日から舞い上がっておりまして、そのおかげで——」

??「宝塔を頻繁(ひんぱん)に失くされるようになったと?」

星 「あんなに直球なのは初めてでしたので。はは……」

 

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ナズ「それは今に始まったことではありませんけどね。ちなみに聞く所によると、その方は誰彼構わずそんな感じらしいのです」

??「そんな感じとは?」

ナズ「出会い頭にいきなり嫁になれだの、愛を語るだのをして来るそうです。そのクセに顔が整っていて、無邪気な子供みたいで、それなのにどこか魅力的で……」

ヒマ「ナズーリンさん?」

ナズ「言われた身にもなれって言うのよ」

 

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 冷静で知的なナズーリンさんがこんな表情をされるとは……。これは凄い人がいたみたいですね。人里にそんな方がいたでしょうか?

 

??「星とナズぅ、お風呂空きましたよー。って、ヒマリも来てたんだ」

??「おお、先生殿も」

 

 空色の髪の毛をタオルで拭きながら登場されたのは、命蓮寺の修行僧であり皆さんの食事作りを担当している雲居(くもい)一輪(いちりん)さん。そしてそのそばには老人男性の姿をした桃色の雲が。名前を雲山さんといい、一輪さんとは主従関係にあるそうです。

 

【挿絵表示】

 

 

ヒマ「はい、今日もお世話になります」

一輪「いいって、遠慮しないで。自分の家だと思って楽にしなよ。ご飯の前にお風呂入って来るかい?」

雲山「ならワシが背中を流してやろうぞ。いや是非、是非!」

 

 鼻息を荒くする雲山に「それはちょっと……」と断りを入れようとした矢先でした。雲山さんの顔の側面がグニャリと凹み、そのまま重低音を(かな)でて横へ流されて行きました。そしてご退場された雲山さんの代わりにご登場されたのはこの方、

 

??「黙れエロ雲!」

 

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 遠足の時にもお世話になった村紗(むらさ)水蜜(みなみつ)さんです。

 

村紗「ヒマリちゃん、私とお風呂に入ろっか」

 

 それよりも村紗さん雲を蹴りました、水蒸気の塊を蹴り飛ばしました、凄いですね。

 

ヒマ「先生、村紗さんとお風呂に入ってきます」

??「はい、楽しんで来てください。では私はこれで」

ナズ「たまには一緒にご飯を食べてもいいのでは?」

星 「ナズの言うようにたまにはどうでしょう?」

??「ですが……」

一輪「姐さんも喜んでくれると思いますよ?」

??「ヒマリさんの事でもお世話になっているのに、これ以上は流石に……」

村紗「えー、いーじゃーん。ヒマリちゃんもそっちの方が良いよね?」

ヒマ「うん!」

 

 参りましたね、でもここは断ったらかえって失礼でしょう。

 

??「では、お言葉に甘えさせて頂きます。ですがその前に(ひじり)さんにご挨拶をさせて頂けますか?」

一輪「姐さんなら本堂の内陣にいたかな?」

星 「え゛っ、本堂(そこ)にいたの?」

ナズ「ご主人、多分バレてますよ」

一輪「星またなのー?!」

星 「だからそれはここだけの話に……」

??「モロバレデシタヨー」

 

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 (なご)やかでいて柔らかく優しい笑顔。でも(ただよ)わす雰囲気は黒く、メラメラと燃え盛っています。聖さん、明らかに怒っておられますね。もう長時間のお説教は間逃れないでしょう。

 

聖 「星、あとで2人だけでゆっくりと時間をかけてお話しをしましょうか?」

星 「はい……」

聖 「それと先生、話は聞こえていました。今日はみんなでご飯を食べましょう」

 

 

--先生夕食中ーー

 

 

ヒマ「その時にね、チルノちゃんがね」

 

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 ヒマリさんが今日の寺子屋での出来事を楽しそうに話し、それをみんなで微笑みながら、声を上げて笑いながら一輪さんの手料理に舌鼓(したつづみ)を打つ。やはり多くの方と食事を共にすると美味しさが格段に違いますね。

 

??「(わちき)も絶好調なんだよ。みんなビックリしてくれてさー」

 

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 次の話題を提供するのはこちらへよく訪れる唐傘(からかさ)お化けの多々良(たたら)小傘(こがさ)さん。人を驚かす事を生業(なりわい)としている彼女、でもなかなか上手くいかずに悩んでいましたが、どうやら近頃は調子が良好なようです。なんでも購入したスイーツを使って里の方々を驚かせているのだとか。どんな方法で驚かせているのか気になりますね。

 (ほこ)らし気に語り続ける小傘さんでしたがそこへ——

 

??「ごめんくださーい」

 

 玄関から女性の声が。この声は……。

 

ヒマ「あ、お母さんだ」

聖 「あら、今日は少し早いかしら? はーい、お待ち下さーい」

 

 残りの食事を慌ててかき込み、急ピッチで支度を済ませてお母様の下へと駆け寄るヒマリさんをみんなで見送ることに。

 

響子「\またねー/」

村紗「ヒマリちゃんバイバーイ、またお風呂一緒に入ろうね」

一輪「雲山、途中までお願い」

雲山「任された」

小傘「これ今日買ったスイーツの残り、あげるね」

ヒマ「うん、ありがとう。みんなバイバーイ。あと星さん頑張ってね」

星 「応援ありがとう!」

ナズ「ご主人、勘違いされないように!」

母 「毎度毎度、皆さんありがとうございます。それと先生、ヒマリから寺子屋の事をよく聞かされています。授業を毎日とても楽しみにしているみたいで、本当に常々感謝を……」

??「いえいえ、私は好きでやっているだけですので。それじゃあヒマリさん、また明日」

 

 最後に笑顔で手を振るヒマリさんとその隣で深々と一礼をするお母様、応える私達に見送られながら二人は用心棒の雲山さんを先頭に、仲良く手を繋いで自宅へと帰って行きました。ようやくやって来た彼女の帰宅時間、彼女の放課後は今日のように過ごす事がしばしば。なぜなら彼女は——

 

村紗「ヒマリちゃんの家は片親だから大変だよね」

一輪「ヒマリに限らずこれからも増えて来るかもね。姐さんはああいう子をこれからも面倒見ていくの?」

聖 「ええ、そのつもり。それよりも先生、いつも言っておりますがおるあまり遠慮されないでくださいね」

??「ですがお金を頂いていますし、部屋までも……」

聖 「それでもです、ご飯くらいは皆で一緒に食べましょうよ。寂しいじゃないですか」

 

 本当にここの方々はいい人達ばかり、これ以上親切にされると私は……。

 

??「ありがとうございます」

 

 

--数時間後--

 

 

??「お出かけ?」

 

 不意打ちに声をかけられ一瞬ドキリとしましたが、落ち着いて振り向けばなんて事ない見知った顔、真っ暗な背景に同化しながらも月の光に照らされていたのは封獣(ほうじゅう)ぬえさんでした。普段はあまりお見かけしないだけに珍しいですね。何かご用でもあったのでしょうか?

 

??「ああ、ぬえさん。いらしてたんですね」

ぬえ「ああああのさ。遠足の時はその……ごごごめんなさい」

 

 なるほど、そういう事ですか。

 

??「もういいんですよ。それにぬえさんとの付き合いも長いですし、いなくなった理由も察していますよ」

ぬえ「ぬぇ?」

??「照れ臭かったんですよね?」

ぬえ「うっ、そそそそれは……」

 

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??「…ふふふ、私はこれから居酒屋へ行ってきます。もし何方(どなた)かに尋ねられたら教えてあげて下さい」

 

 少し肌寒く感じるようになった夜風に吹かれながら、季節の代わり行く様を楽しみながら、明日の授業と生徒達の顔を思い描きながら人里の居酒屋へ。そこは戸を開ければ温かな店長さんが笑顔で出迎えてくれ、この時間にもなれば明日の英気を養いに来るお客で(にぎ)わいを見せます。いつも、よく、頻繁(ひんぱん)にとはいきませんが、たまに訪れるお気に入りの店です。それは決まって今日みたいな……

 

??「いらっしゃいませ!!」

 

 店の戸を開けるといつもと違う、初めて聞く大きな声が出迎えてくれました。これまた不意打ちで一瞬ドキリとさせられました。けどそんな事より元気のいい面白い髪型の彼、里では見ない顔ですね。まさか……。

 

??「こんばんは、カウンターいいですか?」

青年「はい、どうぞ」

店長「あ、先生。いらっしゃい。今日は一人ですか?」

??「ええ、たまには一人でゆっくりと飲みたくて。人を(やと)ったんですね」

店長「ええ、足をやっちまいまして。最初は治るまでと思ってましたけど、覚えが早くてなかなか仕事ができるんで、もうこのままいてもらってもいいかなって思ってるんですよ」

 

 嬉しそうに話しているところからすると、新顔の彼は随分と気に入られているみたいですね。おっと自己紹介がまだでしたね。

 

??「よかったですね。私はこの町で寺子屋の——」

青年「あ、はい! 先生ですよね? 前に駄菓子屋の所でお見掛けしました」

??「あー、遠足の前の日ですね。そうでしたか。私はここへはたまに来るので、これからもよろしくお願いしますね。お名前は?」

青年「はい、優希って言います。よろしくお願いします」

??「こちらこそ。ところで優希さん」

 

 探りを入れるのはやめましょう、ここは単刀直入に。

 

??「もしかして外来人ですか?」

優希「え!? なんでそれを……」

 

 やっぱりそうでしたか。

 

??「職業柄人の顔と名前を覚えるのは得意でしてね。この町で見ず知らずの人を見ると、外来人だと疑ってしまうんです」

優希「すごい…」

??「あ、でも安心して下さい。誰にも言いませんから。そうだ、ビールとおでんをお願いします」

優希「はい! 喜んで!」

 

 この世界に来てもうどれくらいの月日が経ったことか。寺子屋の生徒達、命蓮寺の方々、里の方々。なるべく関わりを持たないようにと釘を打っていましたが、みんなが温かく受け入れてくれて、親切に接してくれて、いけないと分かっていながらも願ってしまいます。

 

??「このままずっと——」

 

 と。

 

??「でも私は……」

 

 でも私は外来人。

 いつかは元の世界へ……少しこの世界に慣れ過ぎてしまったのかもしれない。

 




今回はお察しの通り縛りを設けて書いてました。

私の中では細心の注意を払っていたつもりでしたが、
感の鋭い方は早い段階でお気付きだったと思います。
(主が下手なだけ?)

そして、優希との接点でした。

次回:「10時間目 歴史」


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10時間目 歴史   ※挿絵回

※※※【注意】※※※※※※※※※※※※※
この回はEp3のネタバレ要素を含みます。
まだEp3をここまで読んでいない方は、
【1時間目 国語】から読んで頂くことを
お勧めします。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

主は歴史の授業が大の苦手でした。
日本史まではギリギリでしたが、
世界史は完全アウトでした。

外国人の名前って何であんなに
覚え難いんですかね…。



??「今日もよろしくお願いします」

  「『よろしくお願いしまーす』なのかー」

 

 私は上白沢(かみしらさわ)慧音(けいね)。そしてここは幻想郷唯一の寺子屋。私はここでずっと何年も一人で教師をしている。

 いつも通りに点呼を取り、いつも通りの掛け声と共に、いつも通りの授業を行う。授業の内容もいつもの通り、幻想郷の歴史についてだ。私が一番得意とするところであり、生徒達に一番伝えたい事でもある。

 歴史から学ぶ事は多い。良い事、悪い事共に大切な事。良い事は手本にし、悪い事は同じ過ちを犯さないように学んで欲しい。

 でも私の想いとは裏腹に生徒達はいつも退屈そう。こんな時は……。

 

慧音「今日は外で勉強しようか?」

  『やったー!』

リグ「でもまた命蓮寺じゃないよね?」

大妖「そうなんですか?」

チル「えー、アタイ違う所がいいなぁ」

ミス「私も〜」

ルー「なのだー」

慧音「じゃ、じゃあ次回は違う所にするから、今回は……。ね?」

 

 けどこれもいつも通り。

 この『いつも通り』が私の悩み。他に何をすればいい? 歴史の授業だけではダメなのか? 生徒達は何を望んでいる?

 

??「あら慧音先生、それに生徒さん達まで」

 

 出迎えてくれた(ひじり)さんに限らず、命蓮寺(ここ)のメンバーとはすっかり顔馴染み。

 

慧音「突然ですみません。また見学させて頂いても良いですか?」

聖 「ええ、どうぞ」

 

 表情には出さないけど、少なからず私が彼女達の立場ならとっくに思っているだろう。「また来たのか」と。

 

慧音「みんな挨拶しましょうね」

  「『よろしくお願いしまーす』なのかー」

 

 境内に配置されている仏の話をしながら歩いて行く聖さんの後ろをついて行く。この光景も何度目だろう。聖さんには感謝しているけど生徒達はウンザリといった表情を浮かべている。そして見学が終わった後には、また『いつも通り』の感想文を書くことになっている。

 このままではいけない。でもどうすればいいのか、何をすべきなのか……。教師なのに、教える立場なのに解答が分からない。誰でもいい——

 

慧音「教えて……」

 

 (こら)え切れなくなって人知れず(こぼ)れ落ちた祈りはその日、その時、その瞬間に

 

??「聖さんこちらは?」

 

 叶った。そしてそれが彼との出会い。

 

慧音「人里の寺子屋で教鞭(きょうべん)をとられている上白沢慧音さんとその生徒さん達です。こうしてたまに見学に来られるんですよ」

彼 「そうでしたか。どうも初めまして、私は最近こちらでお世話になっている者です。どうぞよろしくお願いします」

  「『よろしくお願いしまーす』のだー」

 

 細くて落ち着いた雰囲気、それでいて初対面なのに安心と親しみを感じさせる話し方は、冷たくなった私の心を徐々に溶かしていってくれた。

 

彼 「皆さん元気で礼儀正しいですね、きっと先生の教え方がお上手なのでしょう」

慧音「いえ、そんな事は……」

彼 「こちらに何度も足を運ばれるということは、皆さん仏様が好きなんですか?」

  『うーん』

彼 「あはは、いまいちと言ったところですか。それは何故です?」

生徒「なんかカッコ良くない」

彼 「他には?」

リグ「怖い」

生徒「眠そう」

聖 「住職として貴重な意見、でいいのかしら?」

慧音「すみません……」

彼 「…ふふふ。ではカッコ良くて、優しそうで、目がシャキッとした仏様を作ってしまいましょう。ノートと筆記用具は持っているみたいですし、そちらに好きな様に仏様を描いてみて下さい。あ、上白沢先生それで宜しいでしょうか?」

慧音「はい、あと私の事はどうぞ下の名前で呼んでください。そちらの方が呼ばれ慣れているので」

 

 

--生徒絵描中--

 

 

彼 「どうでしょう?」

チル「アタイの見て、氷の仏を描いた!」

彼 「良いですね、これは珍しい」

生徒「私は優しい顔の仏様を描きました」

彼 「ふむ、優しさが(にじ)み出ていて素敵です」

リグ「私のはどうよ、虫の仏だ!」

彼 「お上手ですね。成る程そう来ましたか。これはこれでアリですね」

リグ「(あり)じゃないよ?」

彼 「いえ、そう言う事では……」

 

 とんとん拍子に展開される生徒と彼とのやり取りに私は言葉を失った。それと同時に懐かしさも覚えていた。いつからか無くなってしまっていた沸き上がる生徒達の笑い声に。

 

??「ではここで本題です」

 

 さらに彼は仏像がなぜ半目でいるのか、本質、生い立ちを丁寧に説明してくれた。もう聖さんから何度も聞かされていたはずなのに、まるで初めて聞く事のようにして生徒達は真剣な表情で聞き入っていた。それは私も。

 そして気付かされた。私に足りない物を。教えて欲しい、この人からもっと教わりたい。心がそう望んだ瞬間私は——

 

慧音「あの、お願いが——」

 

 あの日から五年。

 彼は私に数々のことを教えてくれた。本を読むために必要な漢字を学ぶ国語、生物と命の大切さを教える理科、数字を使って計算を行う算数。歴史以外にも生徒達に教えるべき事はあると。そしてそれらを教えられるのは私達以外にもいるはずだと。

 人里を頻繁に訪れる知り合いを(たず)ねられ、名前を挙げたのが妹紅、鈴仙、咲夜、アリスの四人だった。彼は彼女達に協力を依頼して見事に授業を行っていった。やがて寺子屋には活気と笑顔が戻り、その噂は里中に、幻想郷中を駆け巡り体験希望者まで現れるようになった。

 そして私は『いつも通り』に歴史を教えていく。けど生徒達は私の変わらない授業をまるで別人のように、これまで以上に興味を示してくれるようになった。その事に気付いた時は衝撃を受けながらも、あふれる喜びに思わず涙が零れ落ちそうになったもの。

 

ミス「妹紅さんいらっしゃ〜い」

妹紅「よっ! あれ、慧音どうした? なんか目が――」

 

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慧音「ううん、何でもないよ」

ミス「妹紅さん、お酒どうします〜?」

妹紅「常温で二合頼む」

ミス「は〜い♪」

妹紅「そういえばミスティアついにやったな」

ミス「私もビックリしました〜♪ けどアレは一日一回ですね、今も(のど)が本調子じゃないんです〜♪」

慧音「ふふ、それでも綺麗な声だよ」

妹紅「ホント、その声(うら)やましいよなー」

ミス「えへへ〜♪ ありがとうございま~す♪」

 

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 生徒でもあるミスティアの店で妹紅と並んでお酒を交わす、これも私の歴史では『いつも通り』のこと。けど、今日はきっと新しい歴史が刻まれる。

 

??「おや、お二人共もうお(そろ)いでしたか」

 

 彼が来てくれたから。

 

【挿絵表示】

 

 

ミス「先生いらっしゃしませ、来てくれたんですね~♪」

先生「ええ、せっかくご招待して頂きましたから。そう言えばミスティアさん、今日の体育の授業おめでとうございます」

妹紅「今その話をしてたんだよ、でもアレは一日に一回しか出来ないとさ」

先生「…ふふふ、それはそうでしょうね。あんなにパワーがあるのですから。チルノさんとルーミアさんは気を失っちゃいましたからね」

慧音「あ、あああああの!」

先生「はい、何でしょうか?」

慧音「命蓮寺の見学でお会いしてから――」

先生「あー、随分と経ちましたね。えっと確か――」

慧音「五年くらいです。今までずっとありがとうございます。今日、国語で漢字のまとめのテストをしました。チルノもリグルもルーミアもみんな70点以上で……これも全部あなたの――」

先生「いいえ、私はみんなにキッカケを与えただけに過ぎません。ここまで成長できたのは生徒自身の努力があったからこそです。そしてその生徒達をたった一人で教えていた慧音先生、あなたは凄いと思います」

 

 また私を……あの時もそうだった。ずっと誰にも言えなくて、誰にも相談できなくて、破裂寸前だった私を快く受け止めてくれたあの日も。全てを吐き出した後彼は…

 

先生「協力しましょう。でもこれまでずっとお一人で授業をされていただなんて、私にはとてもとても」

 

 間違いだらけだった私の歴史を否定せず、さらには(うやま)うとまで。

 あの日から今日まで感謝を(おこた)らなかった日はない。けどそれを面と向かっては……。だから今日こそはこの気持ちを伝えたい。彼の瞳に私を映して。寺子屋と私を救ってくれたこを。

 

慧音「本当に本当に、ありがとうございました。あなたに出会えていなかったら私は……」

先生「それは大袈裟(おおげさ)ですよ」

 

 違う、そんな事ない。あなたがいてくれたから私は……!!?

 

先生「慧音先生なら遅かれ早かれ、何らかの答えを見つけていましたよ」

 

 お願い。

 

妹紅「慧音?」

 

 今は、今だけはやめて。

 

ミス「今日は満月ですね〜、月が綺麗です〜♪」

先生「ええ、来る時につい見入ってしまいましたよ」

 

 彼の前でだけは……

 

妹紅「満月!? おい、あんた直ぐにココから離れろ!」

先生「それは何故……って慧音先生どうかされました? どこか具合でも——」

 

 お願いだから出てこないで!

 

妹紅「早くここから離れてやってくれ、頼むから見ないでやってくれ!」

先生「ですが……」

慧音「イヤーーーッ! 見ないでー!!」

 

 (こら)え切れなくなった力が吹き出す。そして彼が知っている私は姿を消し、あの姿へと変貌(へんぼう)()げていく。白髪で二本の角が生えた人外の(みにく)い姿へ。

 

先生「そのお姿はいったい——」

 

 この姿を彼にだけは見せたくなかった。

 

慧音「醜いですよね……。私、人間ではないんです。半人半獣なんです。満月になると力が抑えられなくなってこの姿に……」

妹紅「慧音……」

 

 もう私は彼と——

 

先生「いいえ、お綺麗ですよ」

 

 え?

 

先生「ちょっとビックリしましたが、とても幻想的で神秘的です」

 

 そんなもったいない言葉を言われたら私……

 

先生「もっと近くで見せて頂いてもいいですか?」

 

 だからこの気持ちをあなたに伝えます。

 

慧音「はい、もっと近くで私を見てください」

 

【挿絵表示】

 

 

 

ミス「妹紅さん私も見たい〜♪」

妹紅「バーカ、部外者は立ち入り禁止だ。慧音………、良かったな」

 

 

--1時間後--

 

 

妹紅「全く……随分と長いことイチャイチャしてくれてよぉ、そっちが熱々の間におでんが冷え冷えになっちまったよ」

慧音「妹紅!」

先生「ももも妹紅さん!? イチャイチャってそんな事は——」

妹紅「あ? おい慧音違うらしいぞ」

慧音「えっ……」

先生「いや、私は素直な気持ちで接していたのであって、決して如何(いかが)わしいことなど――」

妹紅「そんなんだったらこの場で焼き殺すぞ?」

ミス「あはは…。そうだ気分を変えましょう。私からいつもお世話になっている先生達に歌のプレゼントをしま〜す」

 

 大きな月の光に包まれて、夜風に流れる生徒の美しい歌声と共に酔いしれる。こんなに満ち(あふ)れた心地のいい満月の夜は私の歴史上初めて。しっかりと刻もう、二度と忘れないように。

 

先生「さすがミスティアさん、素敵なBGMですね」

妹紅「ミスティア、ありがとな」

ミス「えへへ〜♪」

妹紅「そう言えばあんた教師の経験あるのか? あまりにもやり方が上手過ぎる」

慧音「私も気になっていました。幻想郷には寺子屋はあそこしかないのに、いったいどちらで?」

ミス「確かに教師の経験はあります。ですが、それはたった一年だけです」

  『一年だけ!?』

先生「ええ、ですからまだまだ新米なんです。そして教壇に立っていたのはこの世界ではありません。別の世界にいた時の話です」

慧音「えっ!?」

妹紅「なっ、あんたも外来人だったのか!?」

ミス「ふぇ〜」

先生「あれ、ご存知ありませんでした?」

妹紅「いや全く、馴染み過ぎててすっかりこっちの人間だって思ってたよ」

慧音「こちらに来てから長いんですか?」

先生「そうですねぇ、こっちの世界に来たのは慧音先生にお会いする少し前くらいですね」

慧音「外の世界でも今の寺子屋の様な授業を?」

先生「ええ、あちらの世界では各教科に専門の教師がいるのが通常でしたので。私も同僚 (どうりょう)にお願いして体育や外国語を担当して頂きました」

妹紅「なるほどねー、じゃあこれまでのは外の世界の受け売りだったわけか」

先生「ええ、そうなりますね。でもそれが私がいた世界の歴史の果てです。良い所は手本にする。そうですよね慧音先生?」

慧音「はい!」

先生「ところで妹紅さん、私が先程外来人だとお話しした時に『あんたも』と言われていましたが?」

妹紅「ああ、永遠亭(えいえんてい)にも女の子が一人いる」

先生「おや? まだ他にもいましたか。私は先日人里で外来人の青年にお会いしましたよ」

妹紅「本当か!? 最近多いな」

 

 多い? 確かに一言で語ればそうかもしれないけど、こんな短期間にまとまって外来人がやって来るなんて、長い幻想郷の歴史においても初めてのこと。明らかに異常だ。

 スキマ妖怪、霊夢いったい何を……妙な胸騒ぎがする。




慧音先生は主の1番とは言いませんが、
好きなキャラクターです。
あんな綺麗な先生が担任だったら…
主の学校の出席率は100%だったでしょう。

次回:「11時間目 花見へ」
次回でEp.3は完結です。


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11時間目 花見へ

※※※【注意】※※※※※※※※※※※※※
この回はEp3のネタバレ要素を含みます。
まだEp3をここまで読んでいない方は、
【1時間目 国語】から読んで頂くことを
お勧めします。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

↑とか言いながら
Ep.3 教師 の最終話です。

これからも【東方迷子伝】を
どうぞよろしくお願いします。








最後で登場人物が多数なので、
「」の前に2文字のキャラ名入れます。
(例:チルノ⇒チル、ルーミア⇒ルー)

本当は最初からこの形を取りたかったのですが…。
それをしないで各キャラに個性を持たせる。
本当に大変でした。



先生「それでは給食を食べ終わった方から

   食器を洗って昼休みにして下さい」

 

肌に触れる風が、

冷たさから涼しさへと変わってきた

今日この頃。

ここ寺子屋の桜もすっかり花開き、

見頃を迎える。

生徒達も休み時間に外で遊ぶ事が増え、

とても嬉しそう。

 

ただ一人を除いて…。

 

チル「あー…、終わっちゃったぁ。

   アタイの大好きな

   冬が終わっちゃったぁ…」

 

ガッカリして机にひれ伏している

チルノさん。

 

大妖「チルノちゃん、元気出して。

   それに明日お花見だよ。

   きっと楽しいよ。ね?」

 

そしてそのチルノさんを励ます親友の

大妖精さん。

初めて2人に会ったときもとても仲が良く

いつも一緒にいました。

 

ミス「私もお花見楽しみ〜♪

   鰻とお酒持って行こ〜♪」

 

歌が本当に大好きなミスティアさん。

夜に屋台を経営していると聞いたときは

とても驚きました。

料理は美味しいですし、

素敵なBGMも披露してくれて、

私の憩いの場になっています。

 

リグ「荷物持って行くなら手伝うよ。

   神社行く前にミスチーの屋台に

   みんなで行くよ」

 

いつも『仲良し5人組』を

引っ張っていってくれるリグルさん。

出会ったときはトラブルメーカーだと

思っていましたが、

何だかんだで他人の事を気遣い、

獣に襲われた時は先頭を切って

立ち向かってくれたと聞いています。

 

ルー「なのだー」

 

いつも楽しそうなルーミアさん。

あっけらかんとした明るい性格ですが、

遠足の時に見たあの姿。そして優しさ。

本当に驚かされました。

 

ここで先生をする事になってから、

早5年ですか…。

生徒達の意外な一面も見れましたし、

よくここまで成長してくれたと、

感謝もしています。

みんな私の自慢です。

 

そして、どうやら明日は博麗神社で

毎年恒例のお花見の様ですね。

これまで一度も行った事はありませんが、

慧音先生と妹紅さんの話だと、

大勢が集まって大宴会となるそうですね。

 

リグ「あ、そうだ。

   先生も今年こそは一緒に行こうよ」

先生「え?ですがリグルさん。

   私の様な者が突然参加したら、

   皆さんに気を使わせてしまいます」

大妖「先生、大丈夫ですよ。

   来る者拒まずですし」

ミス「一緒に行こ〜よ〜♪」

ルー「ダメなのかー?」

先生「ダメって事はありませんが…」

 

 

--職員室にて--

 

 

先生「生徒達に明日の花見に誘われて

   しまったのですが、私が行っても

   大丈夫なのでしょうか?

   折角仲間内でワイワイと気兼ね無く

   楽しめる場なのに、他所者の私が

   突然お邪魔しては…」

慧音「それなら大丈夫ですよ。

   細かい事は気にしない人達ですし、

   一緒に参加しましょうよ」

妹紅「永遠亭のヤツも行くって

   張り切ってたから来ればいいだろ。

   それに人数が多過ぎるから、

   新参者が多少入ったところで、

   いつも通り過ごすだけだろうよ」

先生「なら、お言葉に甘えて今年は

   参加させて頂きますね」

慧音「はい!では当日私命蓮寺まで

   迎えに行きますので、

   一緒に行きませんか?」

先生「はい、一緒に行きましょう」

妹紅「あー、はいはい。

   見せつけやがって。

   私は永遠亭の奴等と一緒に行けば

   いいんだろ」

 

 

--生徒HR中--

 

 

先生「突然ですが皆さんに連絡事項です。

   明日の寺子屋は先生達の都合により

   お休みとさせて頂きます。

   今日の『文々。新聞』の夕刊にも

   記載して頂く事にもなっていますが

   皆さんからもご家族の方々に

   教えてあげて下さい」

 

  『はーい』

 

先生「それではまた次回。

   今日もありがとうございました」

 

「「ありがとうございました」なのかー」

 

リグ「先生!花見参加するの!?」

大妖「だから休みなんですよね?」

チル「アタイ達と一緒に行こうよ!」

ミス「先生も一緒だ〜♪」

ルー「なのだー」

先生「ええ、参加させて頂きます。ですが

   これは内緒でお願いしますね。

   そのために寺子屋に休みにしたと

   知られると後々面倒ですので。

   それと残念ですが、

   一緒には行けません。

   行く前に寄りたい所もあるので」

 

  「「はーい」なのだー」

 

 

--先生帰宅中--

 

 

響子「\お帰りなさーい!/」

 

命蓮寺に着くと必ず一番最初に

声を掛けてくれるのは、

掃き掃除をしている幽谷響子さん。

5年前に私がさ迷っていた時にも

今みたいに元気一杯に声を掛けて

くれました。

 

先生「響子さん、ただいま。

   こんな時間まで掃除していて偉い

   ですね」

響子「\お仕事ですからー!/」

 

小傘「ばあーーっ!」

 

大きな一つ目の唐傘。

毎度お馴染みの脅かし方。

 

先生「おや、小傘さん。

   今日もいらしてたんですね」

小傘「むー、いつも驚いてくれないよね」

先生「すみません。

   元々あまり驚かない体質なので」

 

5年前に初めてお会いした時も

今みたいに反応が薄くて、

文句を言われました。

 

村紗「響子ー。まだ掃除してるのー?

   もうそろそろ帰っておいでって

   聖が…。

   あ、先生おかえりなさい」

先生「あ、どうも村紗さん。ただいま」

小傘「ばあーーっ!」

村紗「あー、はいはい。

   小傘も来てたのね。

   ご飯食べて行くんでしょ?」

 

命蓮寺のムードメーカー村紗さん。

いつも明るくて誰とでも直ぐに

打ち解け合う事が出来る。

命蓮寺で初めて親しくなったのも

村紗さんでした。

 

ガラッ…。

 

星 「響子お疲れー。

   お、先生もお帰りなさい。

   それに今日は小傘も一緒か」

ナズ「先生。お勤めご苦労様です」

 

扉を開けると出迎えてくれたのは、

星さんとナズーリンさん。

二人共夕食の支度をしているみたいです。

それよりも気になっている事が、

 

先生「宝塔は首から下げる事にしたんです

   ね」

ナズ「苦肉の策です」

星 「コレが意外と重くて…。

   邪魔になるので嫌だったのですが、

   ナズと聖が…」

ナズ「ご主人様、この件に関しては

   あなたに選択の余地はありません」

 

このお二人は初めてお会いした時も

宝塔を探していましたっけ?

 

 

 

 

  『頂きまーす』

 

先生「うん、一輪さん。

   今日のご飯も美味しいです」

一輪「ふふ、恐れ入ります」

 

いつも美味しい料理を作ってくれる

雲居一輪さん。

こちらで御厄介になる事になった時は、

服を用意してくれたりと色々と

お世話になりました。

 

雲山「先生殿。

   食後に一局お願いできますかな?」

 

食後に温かいお茶と共に雲山さんと一局。

今ではもう日課です。

そして…。

 

先生「聖さん。

   実は明日の博麗神社の花見に

   参加しようと思っていまして…」

聖 「え?」

先生「今日、寺子屋で誘われて

   しまいまして…」

 

  『ホントに!?』

 

聖 「毎年お誘いしていましたが、

   毎回断られていたので、

   皆で諦めていたんです。

   でも決心して頂いて嬉しいです」

 

命蓮寺の住職の聖白蓮さん。

私はあなたに救われました。

この里に来て右も左も分からない私を

温かく受け入れて頂いた上に、

衣食住を提供して下さった。

更に私が身勝手にお願いした、

寺子屋に通っている生徒で日中保護者が

家庭にいない子の受け入れまで…。

深く感謝しています。

 

先生「いつも断っていて、

   申し訳ありませんでした」

聖 「では、明日は皆で行きましょう。

   あ、人数が多くなるから

   何か料理を持って行きましょう。

   一輪、お願いできる?」

一輪「もう仕込みは済んでいます。

   それに相当量を用意してあるので、

   一人増えたくらいでは

   大差ありません」

雲山「となると留守番はワシ一人か」

村紗「先生と出掛けるのは

   遠足の時以来だなー」

星 「明日は私とナズも一緒に行きます」

ナズ「宜しくお願いします」

響子「\わーい!皆一緒だぁ!/」

小傘「えーとえーと、ばあーーっ!」

 

  『何故!?』

 

小傘「はー…、快・感」

先生「あはは…。

   皆さん宜しくお願いします。

   でも当日は既にある方と一緒に行く

   約束をしておりまして…」

 

ジトー………。

 

一輪「ある方って…」

雲山「男は不器用だからのー」

村紗「先生、それってさぁ…」

星 「一人しかいないでしょ…」

ナズ「ご主人でさえも察せる程ですよ…」

響子「\へ?/」

小傘「えーとえーと、ばあーーっ!」

 

ギロッ!

 

小傘「ごめんなさい…」

聖 「ワタシハ、ゼ・ン・ゼ・ン、

   カマイマセンヨ、

   デハゴチソウサマデシタ」

先生「え?あ、あれ?」

 

一輪「姐さんアレ相当きてるよ」ヒソヒソ

雲山「じゃが相手が悪かろう」ヒソヒソ

村紗「だってあの人、

   性格も容姿も完璧だもん」ヒソヒソ

星 「これ明日、

   修羅場にならないかな?」ヒソヒソ

ナズ「その時はご主人様。

   あなただけが頼りです」ヒソヒソ

響子「\???/」

小傘「えーとえーと、ばあーーっ!」

 

  『あ゛?』

 

小傘「ひぃ〜〜〜っ!」

 

 

--翌日--

 

 

聖 「では、私達は一足お先に博麗神社へ

   行っておりますので、

   待ち合わせしている方と

   ドウゾ、ゴユックリト、

   イラシテクダサイ」

先生「はい。ではまた後で」

 

  『はぁー…』

 

聖さんの様子が

昨日の夜から少しおかしいですね。

どうかされたんでしょうか?

 

聖さん達と別れた後、

しばらく待っていると、

慧音先生の姿が。

 

慧音「おはようございます。ですかね?

   もうすぐでお昼ですけれど」

先生「はい、おはようございます。

   他の皆さんは先に行かれています。

   行く前に手土産を用意したいので、

   少し付き合って頂けますか?」

慧音「はい、お付き合い致します」

 

私の我儘を慧音先生は眩い笑顔で答えてくれ、

2人並んでゆっくりと歩き出しました。

 

先日、ミスティアさんの屋台で見た

あなたの姿は私の心に焼き付いています。

そして近寄って見せてもらった

あなたの澄んだ瞳。

吸い寄せられる様でした。

 

先生「慧音先生。ミスティアさんの屋台で

   ご一緒した時、私はあなたに

   言いそびれていた事があります」

慧音「な、何ですか?」

先生「私を寺子屋の先生として誘って頂き

   ありがとうございました。

   素敵な生徒達、

   素晴らしい特別講師の方々に会えた

   事を私は大変感謝しています」

慧音「いえ、こちらの方こそ…」

先生「慧音先生に出会えた私は、

   この上ない幸せ者だと思います」

慧音「あ、ありがとうございます…」

 

私は本当に恵まれている。

命蓮寺の方々、寺子屋の皆。

この里に来る前の私は………。

 

 

 

この里の前………?

私はいったい何をしていた?

里の外にいた?

でも一体何処で?

 

 

 

慧音「どうかされました?」

先生「いえ、ちょっと昔の事を

   ど忘れしたみたいで。いやはや、

   歳は取りたくないですね…」

慧音「あはは…。

   まだお若いじゃないですか。

 

 

 

 

 

 

 

   ごめんなさい…」

先生「え?」

慧音「いえ、何でも…」

 

手土産用のお酒を酒屋で4升購入し、

また2人並んで今度は博麗神社へ。

 

先生「随分ゆっくりしてしまいましたね。

   すっかり遅れてしまいました」

慧音「大丈夫ですよ。もう構わずに先に

   始めていると思いますし、

   途中参加は毎年誰かいます」

先生「あ、もうそろそろですね」

 

神社の階段が見えて来ました。

長くて少し疲れますが、

あとはここを上れば目的地…。

 

慧音「待って下さい!!」

 

突然叫んだ慧音先生に驚き、

足を止めて振り返ると険しい顔で

 

慧音「この先、神社で何か起きています。

   みんなが臨戦態勢に入っています。

   相手は…………、誰?

   この感じ…初めてです」

先生「え?どういう事ですか?」

慧音「今まで感じた事ない雰囲気の…。

   妖怪?いや、でも…ちょっと違う。

   危険ですので、あなたはここで

   待っていて下さい」

先生「チルノさん、大妖精さん、

   リグルさん、ミスティアさん、

   ルーミアさんが来ているんです。

   私も行きます!」

 

ここは引けません。

生徒達も心配ですが、

もしあなたに何かあったら私は…。

 

慧音「………分かりました。

   でも私の後ろにいて下さい」

 

長い階段を駆け足で上り、

頂上に着いて目に映ったのは…

両手に複数のナイフを持った咲夜さん、

抜刀寸前の白髪の少女、

花見の参加者の皆が身構え、

その視線先には1人の若者。

皆と私とで若者を挟み込む形に。

 

慧音「萃香?萃香!大丈夫!?」

 

慧音先生の方を見ると鳥居に

凭れる様に座っている少女が。

 

 

一触即発の緊張感に包まれた中、

幻想郷の花見が今始まる。

 

Ep.3 教師【完】

 

 




Ep.3 も最後まで読んで頂き、
ありがとうござました。


Ep.3 は Ep.1 と Ep.2 とは違い、
時系列がバラバラになっています。
このあたりがかなり複雑になってしまい、
混乱を招いたかもしれません。


ですので、Ep.2とEp.3の年表みたいな図を
挿絵の方に置こうと思います。
参考にしてください。


この章は主にとっては『挑戦』でした。
【9時間目 放課後】で
「騙された」と感じて頂けたら、
主としてこれ以上ない喜びです。
※注:m9(^Д^) 的な意味でなく


そうでなく「何の事?」と
感じさせてしまっていたら、
主の力不足でした。
申し訳ありません。
そんな中、ここまでお付き合い頂いて感謝です。


次回からまた新章が始まります。
新章の更新予定日等については、
活動報告に記載致しますので、
そちらをご確認頂ければと思います。



【挿絵表示】


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Ep.4 里のケーキ屋
下拵え               ※挿絵有


 
Ep.4 のはじまりです。
まずはプロローグです。

 


 通勤・通学客で(にぎ)わう電車内。先頭車両の多人数掛けのシート。そこには楽しそうに会話をする女子高生達が。

 

女A「今度ランド行かない?」

女B「私はシーがいいな」

女C「えー…、それなら多○センターの方が良くない?」

女D「あゆみは何処がいい?」

あゆ「えっと~、富士山の麓の~」

女C「うわぁ……あゆみ意外と絶叫系好きだよね」

女B「でも反応がワンテンポずれてるんだよねぇ」

あゆ「そーかな~?」

女B「だってジェットコースターの下りきったところで、いきなり『キャーッ』って叫んだりとかさ……」

女D「でも絶叫系ならランドもシーもあるよ」

女A「じゃあ、どっちかにしよっか?」

 

 

プシュー…

 

 

女A「あ、駅着いちゃった。あゆみ、あとでLINEするね」

あゆ「ん~、わかった~。ばいば~い」

  『ばいばーい』

 

 車内に一人だけ残して電車を降りて行く女子高生達。笑顔で手を振り、次の駅へと向かう電車を見送る。そして友人達と別れ、1人残された彼女はというと、

 

あゆ「~♪」

 

 退屈しているのかと思いきや、なぜかどこか楽しそう。ゆっくりと車内を見渡す彼女の視線の先には、仕事で疲れたのか深い眠りについたスーツ姿の男性や買い物帰りの親子、他には静かに本読む女性やスマホを見ている若者、新聞を読んでいるサラリーマンの姿が。

 電車は様々な人が利用し、皆違った過ごし方をするもの。彼女はそれを眺めているのが好きな様だ。

 

 

プシュー…

 

 

 電車が次の駅に到着。そこは有名な電気とアニメの街。彼女が通学でいつも通る駅ではあるが、一度も降りた事がなかった。「今度降りてみようか」と思っているところに、二人の男子高校生が乗車してきた。彼等は彼女の目の前の席に座り、お互い一言ずつだけ言葉を交わし、そのまま眠りへ。

 その光景に、「話しをしながら帰らないのか?」疑問に思う彼女であったが、あまりにも心地良さそうに眠る二人を見ているうちに、次第に睡魔が彼女を襲い……やがて夢の中へーーーー

 

 

ドーーーン!

 

 

 突然の大きな音に驚き、目を覚ましたあゆみ。

 

あゆ「ん~?」

 

 周囲を見回すが、

 

あゆ「あれ~?」

 

 竹だらけ。眠る前は電車の中にいたはずが気付けば竹林の中。

 あまりの突然の状況変化に頭の回転が付いていかず、呆けているところに、

 

??「あ?お前そこで何やってんだ?」

 

 あゆみの背後から声が。振り返るとそこには、長い白髪に赤いリボンをした少女の姿が。声を掛けられたあゆみ、返答に困ってしまい……、

 

あゆ「えっと~、え~っと~……」

 

 慌てる。

 

 

イラッ!

 

 

少女「さっさとしゃべれー!」

あゆ「うわ~、イタイイタ~イ!」

 

【挿絵表示】

 

 

 結果、初対面の少女に頭を拳骨で左右からグリグリをされることに。

 (ほとぼ)りが冷めたところで、あゆみは出会った少女に気が付いたらこの場にいたことを説明し、

 

少女「あ?ここが何処だか分からない?」

あゆ「そ~なんです~」

少女「まいった、このパターンは初めてだ」

あゆ「ど~しよ~」

少女「とりあえず付いて来い、

   頼れそうなヤツに合わせてやる」

あゆ「は~い」

 

出会った少女の後ろに付いて更に竹林を奥へ奥へと進んで行くと、一軒の大きな屋敷が彼女の目に飛び込んできた。

 

あゆ「お~…」

少女「なんだよ、変な声出して」

あゆ「っき~」

 

イラッ!

 

少女「タメが長いんだよー!」

あゆ「うわ~!イタイイタ~イ!」

??「何やってるウサ」

 

【挿絵表示】

 

 

屋敷から出てきたのはあゆみよりも小さな体に大きな兎の耳を付けた女の子だった。その小さな兎を見たあゆみは、

 

あゆ「か、か、か…。かわい~~~~!」

 

突然叫び出し、抱き付いた。

 

兎①「ウサッ!?は、離れるウサ!」

あゆ「キャッ、耳!耳ふわふわ~」

兎①「耳は…、ハァハァ、やめ…あっぁ~…ビクビク!」

 

【挿絵表示】

 

 

 

イラッ!

 

 

少女「いい加減にしろー!」

 

見るに見かねた少女は、

 

あゆ「イタイ!イタイ!イタイ!イタイ!」

兎①「痛い!痛い!私は被害者ウサー!」

 

二人に痛恨のグリグリをプレゼントした。

 

あゆ「もう、なんなのさっきから。あれ?妹紅?」

 

屋敷から出てきて少女の名を呼んだのは、ブレザーにミニスカートを穿いて兎の耳をしたあゆみと同じくらいの年の女の子だった。

 

【挿絵表示】

 

そして、あゆみは・・・

 

あゆ「か、か、か…。かわ…」

 

ブレザーの少女に飛び掛った。

 

ガシッ!

 

が、一歩手前で妹紅に阻止され、

 

妹紅「おい、お前。

   同じ事を繰り返すつもりじゃあ

   ないだろうな?」

あゆ「え~~~っと~…」

 

イラッ!

 

妹紅「やっぱりかー!」

あゆ「ごめんなさ~い!」

 

妹紅から4回目のプレゼントを受け取った。

 

兎②「えっと、それで妹紅そちらは?患者さん?」

妹紅「いや、どうも迷子みたいだ。

   ココが何処だか分からないんだってさ」

兎②「何処だか分からない?

   えっとここは『迷いの竹林』ですよ。

   って言って分かります?」

あゆ「ん~?」

妹紅「迷いの竹林。分かるか?」

あゆ「ん~??」

 

妹紅とブレザーの兎から現在地を聞かされるも、聞いたことのない名前に戸惑うあゆみ。すると、

 

妹紅「ダメだこりゃ」

 

妹紅は諦めだした。

しかしここでブレザーの兎が別の可能性を口にした。

 

兎②「もしかしたら外来人かも…」

 

外来人。妹紅達が住むこの世界。名前を幻想郷。

その幻想郷の外側の世界からやって来た者達は外来人と呼ばれている。

 

あまりに意外な言葉に妹紅と小さな兎は

 

  『は!?』

 

呆気に取られた。

ブレザーの兎は自分が言った可能性を確かめるためあゆみに質問をした。

 

兎②「あの、何か覚えていることありますか?」

あゆ「学校に行って~、電車に乗って~」

妹紅「学校…、

   そういや菫子(すみれこ)がそんなのに通ってたって」

兎②「じゃあやっぱり…」

兎①「外来人ウサ」

あゆ「ん~?」

兎②「私お師匠様に相談してくる」

妹紅「いいか、落ち着いて聞けよ。

   お前からするとここは別の世界なんだ」

兎①「そんなにストレートに言わなくても…」

 

妹紅から突然聞かされた事実。

それを聞かされたあゆみは。

 

あゆ「へ~、やっぱりそ~なんだ~」

 

予想通りといった反応。

予想外の反応に妹紅と小さな兎は、

 

  『えー…』

 

落胆。

 

 

妹紅と小さな兎があゆみに幻想郷について話しているところに、ブレザーの兎が白くて長い三つ編みの大人の女性を連れて来た。

 

【挿絵表示】

 

 

??「こんにちは、私は八意永琳です。

   あなたが外来人?」

あゆ「みたいで~す」

永琳「名前は?」

あゆ「あゆみで~す」

永琳「あゆみちゃん、今日はもう夕暮れ時だから、

   ここで泊って行きなさい。

   明日知り合いに頼んで、

   元の世界に帰れる様にしてもらうから」

 

八意永琳と名乗る女性からの提案にあゆみは、

 

あゆ「は~い。おじゃましま~す」

 

何の疑いも無く、素直に聞き入れた。

 

妹紅「コイツ何でも受け入れるのか?」

 

他人の、しかも異世界で初めて出会った者の家へ宿泊する事に、何の抵抗も示さないあゆみの素直さに困惑する妹紅。その妹紅とは逆に、それを喜ぶ者が一人。

 

兎①「いい獲物が来たウサ」

 

シメシメといった顔でニヤニヤと笑う小さな兎。

 

兎②「てゐ、あんた屋敷のアレ片づけなさいよ」

てゐ「何の事ウサ?」

兎②「とぼけないで!ケガしたら大変でしょ!」

妹紅「お前まだそんな事やってたのか…。

   私はもう帰るからな。

   アイツの顔見たくないし」

あゆ「え~、私嫌われたの~?」

妹紅「あゆみの事じゃないよ。

   ココのしょーもない奴のことだ。じゃあな」

あゆ「うん。また今度ね~」

 

ここまでお世話になった妹紅に笑顔で手を振って見送るあゆみ。

 

兎②「また今度って…」

てゐ「明日には帰るウサ…」

永琳「ふふ、あゆみちゃんって可愛い」

  『え!?』

 

 

 

 

妹紅と別れた後、あゆみは屋敷の中へ案内された。そこはまさにTVに出てくる純和風の田舎の農家の様な昔ながらの家。

 

兎②「私の後ろに付いて来てくれる?」

 

ブレザーの兎があゆみを案内する事になり、その後ろをあゆみは付いて行く。

 

あゆ「あの~、えっと~」

兎②「ん?なに?」

あゆ「ウサギちゃんの名前は~?」

兎②「ごめんなさい、自己紹介がまだでしたね。

   私は鈴仙です。よろしくね」

あゆ「冷麺ちゃんよろしく~」

鈴仙「鈴仙なんだけど…」

 

あゆみと鈴仙が自己紹介をしながら歩いて行く。

そして、その後ろをこっそりと付いて行く者が。

 

てゐ「ムフフ、もうそろそろウサ」

 

てゐである。もう少しで起きる事象を今や遅しと

待ちうけている様だ。

そんな事とは露知らず 、楽しそうに話しながら歩を進める鈴仙とあゆみ。鈴仙が更にもう一歩足を進めようとしたその時、あゆみは鈴仙の足元の異変に気が付いた。

 

ポチッ。

 

鈴仙の足元からは不吉なスイッチ音が。

 

鈴仙「え?やば!」

 

やってしまった事に焦りだす鈴仙。そして、

 

ガーン!

 

鈴仙の頭上からタライが落下し、素敵な音を奏でる。

 

鈴仙「あのクソウサギ~~…」

 

当然、激怒である。

そして鈴仙は一度大きく深呼吸をし、心を落ち着かせた後、あゆみに

 

鈴仙「実はこの屋敷ね…。

   さっきいた小さいウサギ、

   『てゐ』って言うんだけど、

   あいつのせいで罠だらけなの」

 

事情を説明した。

 

あゆ「ん~?」

 

しかし、それはあゆみに通じていなかった様で、

仕方なく…

 

鈴仙「えっと…。罠だらけで危ないの」

 

少しずつ説明していくことに。

 

あゆ「なんで~?」

鈴仙「さっきの小さいウサギのせいで…」

あゆ「へ~」

鈴仙「だから気をつけてね」

あゆ「うん、わかった~」

 

説明が終わったところで思わず本音が。

 

鈴仙「疲れる…」

 

すると突然、説明を聞き終わったあゆみが、

 

あゆ「じゃ~、

   さっきの色は触っちゃダメなんだね~」

 

可笑しなことを言い出した。

何かとの聞き間違いかと思い、

 

鈴仙「え?色?」

 

鈴仙は聞き返してしまった。

そしてそれは隠れて見ていたハンターにも聞こえ、

 

てゐ「色?何の事ウサ?」

 

疑問を抱かせた。

2人が疑問に思う中、あゆみは更に続けて、

 

あゆ「さっき冷麺ちゃんが踏んだ所、

   赤い色してたよ~。あとそこの壁も~」

鈴仙「ここ確かに罠のところだけど…。

   あゆみちゃん分かるの!?」

あゆ「うん。

   あとここから5歩くらい進んだ床も~」

 

見えていた『色』について話し始めた。

それを物陰から聞いていたハンターは、

 

てゐ「コイツ何者ウサ?」

 

焦りを感じていた。

 

鈴仙「あゆみちゃん、もしかして能力持ちなの?」

あゆ「ん~?」

鈴仙「一度部屋に案内するから、

   その後私とお師匠様の所に行ってくれる?」

あゆ「わかった~」

鈴仙「じゃあ部屋はもうすぐだから付いて来てね」

 

あゆみを部屋へ案内するため、更に歩を進める鈴仙。

 

1歩、2歩、3歩、4歩…。

5歩目を踏んだその時!

 

ポチッ。

 

鈴仙「え?また!?」

 

あゆみの予告通りの場所で、鈴仙に2度目のタライのプレゼントが降って来た。

 

ガーン!

 

 

 

鈴仙に部屋を案内され、荷物を置いた後、再び鈴仙と共に彼女の師匠の部屋へと足を運んだ。

 

永琳「え?色が違う?」

 

弟子から妙な事を言われて困惑する永琳。

弟子は更にあゆみが話していた事を説明する。

 

鈴仙「そうみたいなんです。

   あゆみちゃんが言うには、

   てゐの仕掛けた罠の位置だけ、

   色が違って見えるそうです。

   その証拠にあゆみちゃんの部屋から

   ここまで一度も罠にかからないで来ました」

永琳「へー。てゐがわざわざ罠の位置を

   教える様なことをするとも思えないし、

   あゆみちゃん、

   この世界へ来る前も同じ様なことが?」

あゆ「ん~?」

鈴仙「えっと、前にも同じ様な事あった?」

あゆ「ありませんでした~。初めてで~す」

永琳「ならきっとこっちの世界に来た時に

   開花しちゃったのね」

鈴仙「なんの能力でしょう?」

永琳「多分『危険を察知する程度』

   とかじゃないかしら?」

鈴仙「この屋敷にうってつけですね…」

 

 

--翌朝--

 

 

あゆ「冷麺ちゃん、チビウサギちゃん、

   永琳さん、おはようございまーす」

 

身支度を終え、元気な声で挨拶をするあゆみ。

 

てゐ「おはよウサ」

永琳「おはよう」

鈴仙「おはよう。あと鈴仙だからね…」

 

それに笑顔で応える鈴仙、てゐ、永琳。

 

永琳「良く眠れた?」

あゆ「はい。それと…」

 

あゆみの視線の先には昨日は見なかった女の子が。見た目はあゆみと同じ年頃だが、

その身なり、姿勢が気品を感じさせ、あゆみは純和風な美人だと感じた。

 

そして…

 

あゆ「か、か、か…。かわい~~~~!」

 

また飛び付いた。

 

??「え!?ちょ、何この子!?」

あゆ「わ~、お肌モチモチでスベスベ~。

   髪の毛長いのにサラサラだ~、いいな~」

??「ちょっと頬ずりしないでよ!

   ご飯が食べれないじゃない!」

あゆ「え~、も~ちょっとだけ~」

 

【挿絵表示】

 

永琳「はいはい、あゆみちゃん。

   もうその辺で止めましょうね。

   その方はこの屋敷のお姫様、

   蓬莱山輝夜様よ。

   姫様、昨夜お話ししたあゆみさんです」

 

永琳はあゆみを宥めながら輝夜から引き離すと更に続けて、

 

永琳「あゆみちゃん、さっき知り合いに、

   元の世界に帰れるか聞いてみたんだけど…

   今は難しいらしいの。

   後2~3年は帰れないそうよ。

   ご家族も心配していると思うけれど、

   力になれなくてごめんなさいね。

   それで、帰れるまではここにいていいから」

 

友人から聞いた話を掻い摘んで、謝罪する様にあゆみに説明をした。その話を聞かされた本人はと言うと、

 

あゆ「は~い。よろしくお願いしま~す」

 

また何の疑問も抱かず、素直に聞き入れた。

 

輝夜「この子ホントに何なの?頭大丈夫?」

てゐ「素直すぎるウサ…」

永琳「それとコレをあゆみちゃんにって。

   お守り。肌身離さず持っててね」

あゆ「は~い。ありがとうございま~す」

 

あゆみは元気良く返事をし、永琳から『博霊神社』と書かれたお守りを受け取った。

 




Ep.4 は Ep.2 で少し出てきた
ケーキ屋の女の子の話になります。

次回:「Menu①:パンケーキ」


--2018/05/28--
挿絵作りました

【おかりした物】
■モデル
①春子/ゆきはね様
 公式HP→http://yukihane.rdy.jp/
②藤原妹紅/nya様
■ステージ
 竹やぶ/NuKasa様


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Menu①:パンケーキ       ※挿絵有

【パンケーキ】と
【ホットケーキ】の違いを調べてみました。

【パンケーキ】 :甘さ控えめ、薄い
【ホットケーキ】:甘い、ふっくら

の違いらしいです。
ただコレは日本だけの話で
海外では【パンケーキ】だけらしいです。



--2018/05/28--
あゆみのイメージを挿絵で載せます。


【挿絵表示】


こちらのモデルは「ゆきはね様」のオリジナルキャラクター「春子」ですが、あまりにもイメージ通りだったので、お借りしました。
ホントこのモデルを見つけたとき、衝撃的でした。


【おかりした物】
■モデル
春子/ゆきはね様
 公式HP→http://yukihane.rdy.jp/
■ステージ
 竹やぶ/NuKasa様
■ポーズ
 チアガールっぽいポーズ/Siva様
 





迷いの竹林の中にある永遠亭。

ここには天才薬師、八意永琳(やごころえいりん)とその弟子、鈴仙(れいせん)とてゐ、そして輝夜姫こと蓬莱山輝夜(ほうらいさんかぐや)の4人で生活していたが、突然現れた迷子、あゆみも共に生活することに。

 

今は昼を少し過ぎた頃、

永遠亭の縁側には3人の乙女が、

 

ズズー…。

 

  『はぁ~。お茶が美味し~』

  

【挿絵表示】

 

輝夜「でも茶菓子がいつも団子か饅頭だけだと

   さすがに飽きるわ」

てゐ「もっと違う物も食べたいウサ」

 

永遠亭でのお茶菓子はだいたいいつも団子か餅。

あとは時々人里の菓子屋で買う和菓子が出るくらい。

 

輝夜「あゆみは外の世界では

   どんなスイーツ食べてたの?」

あゆ「ケーキとか~、ソフトクリームとか~」

輝夜「いいなぁ。ケーキもソフトクリームも

   あまりこっちじゃ見ないもん」

あゆ「ケーキ屋ないの~?」

てゐ「専門店はないウサ。

   和菓子屋が気まぐれで作る程度ウサ」

 

2人から知らされる幻想郷の意外な真実に驚かされるあゆみ。ケーキ等の洋菓子は彼女の好物であり、それを滅多に食べられない2人が気の毒に思えた。

 

そして彼女はそんな2人にある提案をする。

 

あゆ「じゃあ~、ケーキを~…」

輝夜「ケーキとか久しぶりに食べたいなー」

あゆ「え~っと~」

てゐ「私はキャロットケーキが食べたいウサ」

あゆ「ん~っと~」

 

イラッ!

 

輝夜「もー!さっきから何なのよ!

   言いたい事があるなら、

   さっさと言いなさいよ!」

あゆ「カグちゃんイタイイタイイタイイタイ!」

てゐ「姫様、その反応は妹紅と同じウサ」

 

しかし間を見誤り、コメカミに拳の万力をプレゼントされることに・・・。欲しくないプレゼントから解放され、一旦落ち着いたところで…

 

あゆ「私趣味でスイーツ作ってたから~、

   少しはできるよ~」

 

自分の特技を2人に教えた。

あゆみから予想外の言葉を聞かされた輝夜は目を丸くし、

 

輝夜「え?ケーキ作れるの?」

 

自分の聞き間違いで無いことを確かめた。

 

あゆ「今からだとパンケーキくらいかな~」

 

 

--食材確認中--

 

 

輝夜「ここにある物でパンケーキ作れるの?」

 

長年ここで住んでいる輝夜にとって、常備してある食材でパンケーキができるとは到底思えなかった。しかし、外の世界から来た少女は、

 

あゆ「卵とバターと小麦があればできるよ~」

 

あっさりと答えた。

 

てゐ「卵とバターと小麦とヨーグルト、

   それと蜂蜜があったウサ」

あゆ「それなら~簡単なのできるよ~」

輝夜「やった!

   久しぶりに違うスイーツが食べれる♪」

てゐ「楽しみウサ♪」

あゆ「永琳さんと冷麺ちゃんの分も作るね~」

 

卵をとき、砂糖とヨーグルト、そしてすりおろした秘密の具材を入れ、かき混ぜる。全体が均一になったところで小麦を入れ、泡を立てる様に更にかき混ぜて生地は完成。あとは丁寧に焼いていき…、

 

 

--少女料理中--

 

 

あゆ「できた~」

輝夜「いい匂ーい」

てゐ「ニンジンの匂いウサ!」

あゆ「さすがだね~。ニンジンも入ってるよ~」

 

焼きあがったパンケーキを2人の皿にのせ、いざ!

 

  『いただきまーす』

あゆ「ど~ぞ~。召し上がれ~」

 

輝夜とてゐは2人同時に切ったパンケーキを口に運び、

 

  『!!』

 

一口食べた瞬間目を丸くした。

 

輝夜「甘くてふわっふわー♪はぁー、最高」

てゐ「ふぁー、幸せウサー」

輝夜「てゐ、あなた

   『人を幸せにする程度の能力』でしょー?」

てゐ「もうどうでもいいウサー」

 

顔がほころんで幸せそうにしている2人を見て、

 

あゆ「ふふ、気に入ってもらえてよかった~。

   永琳さんの所にも持って行くね~」

 

あゆみは満足し、2つのパンケーキを持って、永琳と鈴仙がいる部屋へと歩き出した。

 

  『いってらっひゃ~い』

 

 

 

 

 

 

 

あゆ「永琳さん、冷麺ちゃんおやつだよ~」

鈴仙「あのね、私は…。え?これは…?」

永琳「あら?今日は団子じゃないのね。

   美味しそうじゃない」

 

いつもと違うおやつに驚く鈴仙と永琳。

 

あゆ「私が作ったニンジン入りのパンケーキで~

   す」

鈴仙「ニンジン!?やったぁ!いただきまーす」

 

パンケーキを一口ずつ頬張ると、

 

鈴仙「きゃー、美味しいー。こんなの久しぶりー」

 

鈴仙は大声を出して喜び、

  

永琳「本当ね。ふわふわしてて美味しい」

 

永琳は笑顔で静かに喜んだ。

 

あゆ「ありがと~」

永琳「お世辞抜きに美味しいわよ。

   あゆみちゃん、料理が上手なのね」

 

作ったパンケーキの美味しさから、『あゆみ=料理得意』という結論を導き出した永琳だったが、その答えは…

 

あゆ「い~え~、料理はできませんよ~」

 

あまりにも意外過ぎる物だった。

 

  『え?』

あゆ「私スイーツしか作れないんです~。

   お肉もお魚も調理できませ~ん」

鈴仙「何なのその偏り具合…」

永琳「珍しい子ね」

鈴仙「でもあゆみちゃんですから…」

永琳「ふふ、そうね」

あゆ「ん~?」

 

珍回答ではあったが、ふわふわとして常に宙に浮いていそうな『あゆみ』という少女である事を考えると、どこと無く納得してしまう2人だった。

 

するとそこに、

 

ガラッ。

 

??「おすそ分けにきたぞー」

 

昨日あゆみをここまで連れて来た白髪の少女がやって来た。

 

永琳「あら、妹紅いつも悪いわね」

 

ここ永遠亭では病人・怪我人といった患者の受け入れもしており、彼女は普段からそういった者達を案内している。そのため人里での人望も厚く、人里に(おもむ)いた時に果物や野菜といった品を貰って来るのだ。

 

その品々が入った背負いの籠を下ろしながら、

 

妹紅「そういえば、向こうの部屋でイタズラ兎と

   引きこもりがアホ面でなんか食ってたけど、

   毒でも盛ったのか?」

 

立ち寄った部屋で見た謎の光景について聞いた。

 

鈴仙「アホ面って…、そんな酷い顔してたの?」

妹紅「いや、もう心ここに非ずって感じでさぁ」

永琳「ふふ、それは多分コレのせいね。

   食べてみる?」

妹紅「あ?なんだコレ?」

永琳「あゆみちゃんが作ったんだって」

鈴仙「美味しいんだから」

あゆ「パンケーキで~す」

妹紅「ふーん、じゃあ…」

 

見た事のない食べ物に疑問を感じながらも、一欠けらだけ口に運んでみることに。

 

  『どう?』

 

妹紅のリアクションを観察する3人。

 

妹紅「ふぁ~…」

 

観察対象の顔はいつもの鋭い表情から、緊張感の無い緩みきった笑顔へと変貌を遂げた。

 

永琳「感想を聞くまでもないわね」

鈴仙「妹紅ってこんな顔もするんだ。意外…」

 

観察対象の意外な一面を見れたところで、彼女は

 

妹紅「もう一口いいか!?」

 

おかわりを要求し、

 

永琳「どうぞ、お好きなだけ」

妹紅「ん~…!おいひぃ~」

 

またアホ面を披露した。

そんな中…、

 

ガラッ。

 

部屋の扉が開き、別室でアホ面を披露していた2人が入ってきた。

 

てゐ「妹紅?どうしたウサ?」

輝夜「うわっ、来てたの。っていうか何その顔。

   気持ち悪っ!」

妹紅「あぁ~!?誰が気持ち悪いって!?

   お前だってアホ面して食ってたろうが!」

輝夜「な、見てんじゃないわよ!」

 

普段から犬猿の仲の妹紅と輝夜。

お互いが見られたくない顔を見られた事に焦り、顔を赤くして言い争いを始めた。

 

てゐ「はいはい、二人ともこれ食べるウサ」

 

モグッ×2

 

イタズラ兎によって突然口に入れられた一欠けらのパンケーキに2人は、

 

  『ふぁ~…」

 

同時にアホ面を披露した。

 

あゆ「ふふ、二人とも仲良いんだね~」

鈴仙「それはちょっと違うかも…」

てゐ「いつも殺し合いウサ」

あゆ「ん~?」

永琳「はいはい、仕事の邪魔だから出て行って。

   それとあゆみちゃん。

   もし、違う物を作りたかったり、

   欲しい道具とか必要な物があったら、

   遠慮せずに言ってね。お金は出すから」

 

予想外のスポンサーの申し出に、あゆみの頭の中は次々と欲しい物が込み上げ、

 

あゆ「えっと~、じゃ~あ~、え~っと~」

 

イラッ!×2

 

  『さっさとしゃべれー!!』

 

脳内の整理がつく前に犬猿の仲の2人から同時にプレゼントを受け取ることに。

 

 

 

 

輝夜「いい?ちゃんと連れて帰って来るのよ!」

 

永遠亭の門で妹紅とあゆみを見送る輝夜と永琳。

 

妹紅「いちいち命令するな。

   お前じゃないんだ、一緒にすんな!」

輝夜「何よ!私だとできないって言うの!?」

妹紅「引き篭もりだからな。

   途中で体力が尽きるんじゃないか?」

輝夜「言ってくれるじゃないの…」

妹紅「お?やんのか?」

永琳「2人とも止めなさい。

   ただ買い物をしに行くだけでしょ」

あゆ「行ってきま~す」

永琳「それじゃあ妹紅、お願いね」

妹紅「はいはい。あゆみ行くぞ」

 

あゆみの希望する品を買いに行くため、付き添いで妹紅が一緒に行く事になったのだ。

 

あゆ「これから何処に行くの~?」

妹紅「人里だよ。人間が住んでる集落だ」

あゆ「ん~?モコちゃん人間でしょ~?」

妹紅「一応な。でも普通の人間じゃないんだ。

   こう見えてももう1300年は生きてる」

 

妹紅の口から語られた真実に

 

あゆ「へ~」

 

少し驚きと戸惑いを見せるあゆみ。

そして禁断の言葉を…

 

あゆ「じゃ~、おばあ…」

妹紅「それ以上言ったら塵にするぞ」

 

あと少しというところで、手から燃え盛る炎を出し、鬼の形相であゆみを威嚇するレディー。

 

あゆ「は、は~い」

妹紅「あー、このペースだと日が暮れる…。

   あゆみ、背中に乗れ」

あゆ「え~!?でもでも、私重いし~。

   なんか悪いし~。

   それになんか~、

   恥ずかしいと言うか~」

 

いきなりの妹紅からの命令に顔を赤くし、モジモジしながら答えるあゆみだったが、

 

イラッ!

 

妹紅「このままだと着くのが遅くなるんだよ!」

あゆ「わかったから~!グリグリやめて~!」

 

それが妹紅の逆鱗に触れた様だ。

 

 

--少女移動中--

 

 

あゆ「わ~、すご~い」

 

あゆみが連れてこられた人里と呼ばれている所は、修学旅行で行く京都の映画村の様な所で、大きな寺や本屋、服屋等の店も並んでいる。

 

妹紅「で?何を買うんだ?」

あゆ「お砂糖と~、卵と~、牛乳と~、

   生クリームと~」

妹紅「道具は?」

あゆ「外の世界ではポピュラーな道具が

   あるといいんだけど…」

妹紅「そういうのは…。うん、あそこかな?

   先にそっち行くか」

 

あゆみからのリクエストに何かを思い出した様に、急に進路を変える案内人。その後ろをあゆみは黙って付いて行く。案内人は里を奥へ奥へと進んで行き、やがて里の外へ。更に歩いて行くと、いつの間にか2人の目の前には大きな森が広がり、その手前にはガラクタの寄せ集めのごみ屋敷が。

 

その屋敷を見たあゆみの心境は

 

①うわぁ…、何ココ…

②ココ入るの?

③Gが出そう

 

①~③が入り混じり、

一言で言えば「絶対にイヤ!」だった。

 

だがそんな彼女の気持ちなんぞお構いなしに、案内人はそこに向かって迷うことなく進んで行く。

 

妹紅「おい!さっさと来いよ」

 

催促する案内人。目的地はやはりあそこ。

あゆみは人里での自分の言葉を後悔していた。

 

妹紅「おーい、いるかーい」

 

屋敷の外から呼びかける案内人。

やがて屋敷の主らしき人物が中から出て来た。

 

霖之「珍しいね君が来るなんて。

   何か物入りかい?」

妹紅「コイツ外来人でさ、

   外界の調理器具が欲しいだって」

霖之「それなら中に沢山あるから、

   見て行くといいよ」

 

あゆみの事なんど気にもせず、案内人と屋敷の主の間でトントン拍子に話が進んで行き、

 

妹紅「良かったな見て来いよ」

 

ついに悪夢のGoサインが。

 

あゆ「モコちゃんも…」

 

一人で入るには心細いあゆみは、頼れる案内人を一緒に行く様に誘うが、

 

妹紅「あ?こんな所入りたくねーよ」

 

見事にキッパリと断られた。

 

 

--少女買物中--

 

 

霖之「まいどー」

 

屋敷での買物を終えたあゆみ。

しかし、どうも様子が…。

 

あゆ「う~…、も~いやだ…」

 

両目に涙を浮かべて、口をへの字に曲げるあゆみ。

更に…

 

妹紅「な、泣くなよ。何も無かったんだから」

あゆ「だって…。

   なんかカサカサ音がしてたんだんよ?

   絶対何処かにいたって…」

妹紅「あ、首筋の所に…」

 

妹紅からの指摘に全身に鳥肌が立ち、

 

あゆ「ィヤ~~~~~ッ!!!」

 

大きな悲鳴を上げた。

 

妹紅「落ち着け!冗談だよ!」

あゆ「モコちゃんのバカ~」

妹紅「お前トロイそうなのに、

   こういう時は反応いいんだな。

   で、目当ての物はあったのか?」

あゆ「うん…でも絶対に

   洗剤で5回洗って、

   煮沸消毒3回して、

   アルコール消毒もする!」

妹紅「ああ…、それがいい」

 

人里に戻って来た2人。今度は食材の調達。

意外に材料は揃っている様で、あゆみはスイーツ作りの幅が広がりそうだと、喜んだ。そして全ての食材の調達を終え、

 

妹紅「じゃあ買う物は買えたみたいだし、行くか」

あゆ「…」

 

妹紅が話し掛けるがあゆみは何かに見惚れ、反応しなかった。

 

妹紅「おーい、聞いてるか?」

 

妺紅が再び声を掛けると、

 

あゆ「あそこ家かな~?」

 

今度は反応があった。

どうやら人里の端の方にある一軒の小民家に釘付けになっている様だ。

 

妹紅「ん?ああ、家だな。

   でも人が住んでる気配ないけど…」

あゆ「信じてくれないかもだけど~。

   あそこだけ色が違うの~」

 

妙な事を言い始めるあゆみに、妹紅は眉間にシワを寄せて、

 

妹紅「色?なんだよ色って」

あゆ「黄色くキラキラ光ってるの~。不思議~」

 

聞いてはみるが、返事の内容も理解し難い物。

 

妹紅「私には何も見えないけど…、

   そんなに気になるなら明日調べてみれば?」

あゆ「調べるって?」

妹紅「持ち主を探してみるとか色々あるだろ?」

あゆ「お~っ!流石モコちゃん頭い~!」

 

イラッ!

 

妹紅「お前に言われるとなぜか腹が立つ!」

あゆ「え~~~!?なんで~~!!」

 

 

 




東方Projectの好きな所の一つが、
「程度の能力」というネーミングセンス。
出てくるキャラが各々違う「程度の能力」を
持っている訳ですが、
どう考えても「程度」で済まされる力では
ないと思ったりします。

次回:「Menu②:クレープ」


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Menu②:クレープ        ※挿絵有

主はクレープ好きです。
とは言ってもいつも食べるのは、
おかずクレープです。うまい!
主の中では「クレープ=飯」
という位置づけなのですが、
甘い物好きの友人が隣で
ガッツリスイーツ系のクレープを
食べている時は素直に
「それ、おくれ」
といった気持ちになります。
で、「欲しければ自分で買え」と
説教されます。




迷いの竹林の中にある永遠亭。

 

今は昼を少し過ぎた頃、

永遠亭の縁側には今日も3人の乙女が、

 

ズズー…。

 

  『はぁ~。お茶が美味し~』

てゐ「昨日のおやつは最高だったウサ」

輝夜「あゆみまた作ってよ」

 

昨日のおやつを忘れられない輝夜とてゐ。

それもその筈、あの様なスイーツは幻想郷に住む彼女達にとってはとても久しぶり。いや、初体験と言っても差し違えない程。

 

あゆ「いいけど~、

   パンケーキって結構カロリー高いんだよ~。

   食べ過ぎると太るよ~」

てゐ「私は見回りとかするから平気ウサ」

あゆ「カグちゃ~ん、運動してる~?」

輝夜「う、うるさいわね!

   私はいくら食べても太らないの!」

てゐ「でもそんなんじゃ、

   妹紅にやられるのも時間の問題ウサ」

輝夜「なによ!

   兎の分際で言ってくれるじゃないの」

てゐ「紅魔館の魔法使いといい勝負ウサ。

   いや、あっちは本を読んでいる分マシウサ」

 

楽しく一緒にパンケーキの話をしていた筈の2人。

しかし、何気なく放った自分の言葉が引き金になり、睨み合いとなってしまった事にあゆみは、

 

あゆ「ど~しよ~」

 

戸惑い、慌てふためいていた。

するとそこへ…。

 

鈴仙「てゐと姫様?何を睨み合って…」

 

この上ない助け舟が。

 

あゆ「冷麺ちゃん助けて~」

鈴仙「だからー…」

 

 

--少女説明中--

 

 

輝夜「イナバ酷いと思わない!?」

てゐ「ふんウサ!」

鈴仙「でも、お師匠様も姫様の事を

   気にしておられます。

   少し運動なりをされた方が…」

 

輝夜の事を皆が気にかけている事を伝えてみるものの、

 

輝夜「そんなの柄じゃないわ。

   それに妹紅が来れば必然と運動になるわよ」

 

当の本人はそんなのは御構い無し。

顔を突き合わせれば喧嘩になる妹紅が来れば、自然に弾幕ゴッコが始まり、それが運動になると開き直る始末である。

 

妹紅「私がどうかしたのか?」

 

丁度、話題の彼女がやって来た。

 

輝夜「げっ、妹紅。何よ勝負しにきたの?」

 

さっき自分が言った事をこの場の皆に示そうと、敢えて喧嘩口調で妹紅に突っかかる輝夜。

 

妹紅「お生憎、お前になんかもう興味はない。

   引きこもりニートの相手をしている程、

   私も暇じゃないんでね」

 

しかしその喧嘩相手は華麗にスルー。

後に引けない輝夜は、更に妹紅を挑発する。

 

輝夜「なによ、逃げる気?」

 

『逃げる』この言葉が妹紅にとって、どれ程嫌いな物で、逆鱗に触れる物であるか輝夜は長年の付き合いから知っていた。

 

妹紅「そう思ってもらっても結構。

   今のお前から何を言われても何も感じない。

   あゆみ、ちょっと来い」

 

だがそのNGワードにも反応する事無く、挙げ句の果てには『眼中にない』と思われている事を伝えられる始末。

 

あゆ「あ、うん…」

輝夜「…」

 

あまりにも予期していなかった結末に、輝夜は肩を落とし、無言で俯いた。

 

てゐ「今のはクリティカルだウサ」

鈴仙「ちょっと気の毒…かな?」

輝夜「負けない…、絶対見返してやる!」

 

だがそこまで言われら黙ってはいられない姫様。『逃げる』と言う言葉がNGワードなのは彼女も同じだった。

 

輝夜「てゐ、イナバ!

   弾幕ゴッコの相手をしなさい!」

  『えー…』

 

 

 

 

 

妹紅「連れてきたぞ」

あゆ「永琳さん何かご用ですか~?」

 

妹紅に連れられ、あゆみがやって来たのは永琳の仕事部屋。

 

永琳「あゆみちゃん。

   昨日人里で黄色に光る家を見たそうね?」

あゆ「はい、見ました~」

永琳「てゐの罠は赤色に見えたって?」

あゆ「はい、今も見えますよ~」

 

永琳からの質問はあゆみが見たと言う不思議な『色』について。永琳は他にもいくつか質問をした後少し考え、口を開いた。

 

永琳「あゆみちゃん、あなたのそれはおそらく、

   物が放つオーラの様な物を色で識別できる

   能力だと思うわ。危険な物なら赤色、

   自分にプラスになる物なら黄色みたいにね」

あゆ「じゃ~昨日の家って~」

妹紅「今朝、人里に行ったから聞いて来たんだよ。

   あそこ最近空き家になったらしいんだ。

   作りは頑丈で問題ないって。

   入居者募集中でなんだって」

永琳「きっとそこはあゆみちゃんにとって

   プラスになる場所なのよ。

   だから黄色く光っていたんだと思うわ。

   もし黄色が別の意味だったら、

   あゆみちゃんが惹きつけられることはないと

   思うの」

妹紅「なるほどねー。でもそれが本当かどうか、

   確かめた方がいいんじゃないか?

   あと色の意味も色々あるだろうし」

あゆ「ぷぷぷ~。色が色々だって~」

 

イラッ!

 

妹紅「おちょくってんのかー!」

あゆ「わ~!ごめんなさ~い!」

 

永琳の見解を聞き終え、仲良くじゃれ合う妹紅とあゆみ。

 

 

ドドーン!!!

 

 

そこへ突如大きな爆発音が。

 

妹紅「な、なんだ?」

永琳「弾幕の音ね。誰か外で…」

??「『神宝:ブリリアントドラゴンバレッタ』!」

 

聴こえて来たのは問題姫のスペルカードを高らかに宣言する声。

 

永琳「姫様!?」

妹紅「あの引き篭もり…」

 

その頃外では………。

 

てゐ「こんなの一方的ウサ!

   ただの憂さ晴らしウサ!」

鈴仙「姫様もう止めてください!」

 

弾幕ゴッコとは名ばかりのハンティングが行われていた。

 

永琳「何?どうしたの?」

 

慌てて外へ出て来た永琳達。

 

鈴仙「お師匠様。姫様が急に弾幕ゴッコをしよう

   って張り切り出して…」

てゐ「わわわわわ!」

 

迫る弾幕を辛うじて躱す小兎。

 

ドーン!

 

躱した弾は地面に接触し、大きな音と共にその場を抉る。

 

鈴仙「てゐが餌食に…」

妹紅「張り切り方を間違ってるだろ…」

永琳「はー…」

 

鈴仙から伝えられた事の経緯に呆れる2人。

そんな2人の目の前で、

 

輝夜「『神宝:ブディストダイアモンド』!」

 

更に追い討ちのスペルカードを宣言するハンター。

 

てゐ「誰か助けてウサ!」

 

差し迫る恐怖に涙を流しながら助けを求める小兎。そこへ救いの声が。

 

あゆ「えっと~、チビウサギちゃん半歩後ろ~」

てゐ「え?ここ?」

 

疑問に思いながらも、あゆみの指示通り半歩分下がり、その場で直立。

 

ドドドドドドドーン!

 

弾は全て小兎に触れる事無く、左右をすり抜けて行った。

 

『え?』

 

輝夜「上手く躱せたわね。なら、これならどう?

   『神宝:サラマンダーシールド』」

 

信じられない状況に驚く観客一同。

そしてそこへ駄目押しのスペルカードを宣言するハンター。

 

てゐ「次はどこウサ!?」

 

さっきのがマグレでない事を期待し、あゆみに救いを求めるが、そこはやはりあゆみだった。

 

あゆ「えっと~、え~っと、右に~…」

てゐ「遅いウサー!!」

 

ドドドドドドドーン!ピチュ―ン!

 

輝夜「ふー、いい汗かいた」

 

久しぶりの運動に清々しい笑顔で額の汗を袖で拭うハンター輝夜。狩に満足した様だ。指示したあゆみに手応えを感じた永琳は

 

永琳「あゆみちゃん、見えたの!?」

 

少し興奮気味に問いかけた。

 

あゆ「はい、ほとんど赤色だったけど~、

   何か所かは緑色でした~。

   さっき永琳さんが赤は危険だって言ってた

   から緑は安全なのかな~って」

妹紅「黄色はあったか?」

あゆ「黄色はなかったよ~」

永琳「確定ね」

 

あゆみの答えから赤、緑、黄色の意味がこの時確かな物となった。永琳が自分の仮説が正しかった事に満足している中、あゆみの背後に忍び寄る影が。

 

てゐ「あーゆーみー…。

   分かってるなら早く教えるウサ!」

あゆ「あはは~、ごめんね~」

 

弾幕ゴッコはルール上、発動したスペルカードを全弾回避すれば、スキルブレイクとなり、更にそれを続けると勝ちとなる。つまり、あゆみが開花させた能力は弾幕ゴッコにおいてこの上無く有利となるのだ。その事実に気付いた者達は、

 

鈴仙「弾幕ゴッコで安全な場所が分かるって…」

妹紅「これはとんでもない奴が出てきたな」

 

素直に恐れている者もいれば、

 

輝夜「まあでも、あゆみだし。鈍そうだし」

 

と、宝の持ち腐れだと思う者も。

そう思う輝夜に永琳は、

 

永琳「じゃあ一度やってみたらどうですか?」

 

そして2回目のハンティングが決まった。

 

輝夜「いい?私がカードを3枚使うから、

   それを全部避けたらあゆみの勝ちね。

   威力は抑えるから。ボールが軽くあたる

   くらいの強さだと思って」

あゆ「は~い」

 

あゆみと輝夜がルールの確認をする一方で、ギャラリーは……

 

妹紅「ニートに一つ」

てゐ「姫様に一つウサ」

永琳「私はあゆみちゃんに二つ」

鈴仙「なんで賭けになるかな…」

 

輝夜とあゆみの間でルールの確認が終わり、ついにハンティングが開始された。

 

輝夜「じゃあまずは様子見で。

   『難題:燕の子安貝-永命線-』!」

 

ハンターが宣言したスペルカードは数ある中でも上級の物。容赦無いハンターの行動に

 

  『いきなり!?』

 

呆れ驚くギャラリー。

一方であゆみは、輝夜が放った弾幕が迫って来る中、

 

あゆ「綺麗〜」

 

見惚れていた。

が、ふと我に返り急いで緑色の場所を探し出し、

 

トテトテ… 

 

全速力で移動し、初弾を回避した。だが弾幕は次から次へと襲いかかる。次の緑色の場所を探し、移動を試みるあゆみだったが、

 

ダダダダダダダーン!

 

多数の弾が被弾する事に。

結局あゆみが避けれたのはたった一回だけ。

呆気ない結果に

 

永琳「色が見えなくなったのかしら?」

 

不思議に思うギャラリーに

 

あゆ「赤と緑だらけで目が~」

 

頭をクラクラさせながら答えるあゆみ。

 

てゐ「まだ不安定みたいウサ」

鈴仙「私も目を使う能力だから気持ちわかるなぁ。

   結構疲れるんだよねぇ」

永琳「でも練習すればそのうち慣れてくるでしょ」

 

皆があゆみの能力について語っている所へ

 

??「あのー、御免下さい…」

 

来客が。

ゆっくりと近づいて来たのは長い黒髪に犬の耳をした少女だった。その少女を見たあゆみは……

 

あゆ「か、か、か…かわい~~~~!」

 

瞬時に回復し、

 

  『まずい』

 

またまた飛び付いた。

 

??「わっ!なんですか!?

   ちょちょっと離れてください!」

あゆ「い~子い~子。よしよ~し。

   耳の裏とかどうかな~?よしよ~し」

妹紅「あゆみ言っとくけどな、そいつ狼だぞ?

   そんなことして怒らせて噛みつかれても

   知らないぞ」

輝夜「狼はプライド高いわよ」

てゐ「あゆみ、狩られるウサ」

 

動物の犬をあやすように接するあゆみに、注意を促す皆だったが…

 

??「ふぁ~~…。くぅ~ん」

 

少女は笑顔で甘えた声を出し、あゆみに擦り寄った。

 

あゆ「わしゃわしゃわしゃわしゃ~」

??「くぅ~~ん、くぅ~ん」

あゆ「もっとして欲しいの~?お前は可愛いな~」

 

【挿絵表示】

 

鈴仙「はいはい、あゆみちゃん、そこまでね。

   この子は今泉影狼(いまいずみかげろう)って言う狼女でね、

   この近くに住んでるの。って聞いてる?」

 

あゆみにじゃれ合いを終える様に優しく声をかける鈴仙だったが、あゆみにとって犬は最も好きな動物。我を忘れ、話を聞いていなかった。

 

イラッ!

 

鈴仙「あゆみちゃん人の話を聞こうかー!」

あゆ「わー、ごめんごめんごめんごめ~ん!」

輝夜「ついにイナバまで…」

妹紅「当然の反応だろ?」

てゐ「自業自得ウサ」

永琳「ふふ、あゆみちゃん本当に可愛いわね」

 

落ち着いたところで……

 

影狼「取り乱しました…」

鈴仙「いえ、御気になさらずに」

永琳「可愛らしかったわよ」

妹紅「意外な一面だったけどな」

てゐ「これは使えるウサ」

永琳「それで?どのような用件だったかしら?」

影狼「いえ、こちらの近くを通りかかった時に、

   ピカピカと光っていたので、何事かと…」

鈴仙「それは失礼しました」

輝夜「私のせいね。反省」

妹紅「この引き篭もりが全面的に悪いんだ」

てゐ「私は被害者ウサ」

永琳「ごめんなさいね。心配させてしまって」

 

影狼に迷惑をかけた事に謝罪する永遠亭一同。

そこへ

 

あゆ「みんな~おやつだよ~」

 

本日のおやつを作り終えたあゆみが皆を迎えに来た。あゆみの後ろに付いて行き、食卓へ案内されると、影狼を含む一同の目に映ったのは、皿に盛り付けされたあんこや生クリーム、カット済みの沢山の果物と野菜。そして見慣れない丸みを帯びた薄い生地。

 

あゆ「今日は自分で作ってもらいま~す」

影狼「これがおやつなんですか?」

鈴仙「へー、面白ーい」

輝夜「えー、昨日のふわふわの

   パンケーキがよかったなー」

妹紅「生地ペラペラじゃん」

てゐ「なんでニンジンとサラダ菜まであるウサ」

永琳「不思議ね。こんな物初めて見たわ」

 

あゆみが作り方を教え、各々が好きな具材でクレープを作っていく。皆が作り終わったところで、いざ!

 

  『いただきまーす』

 

それぞれが自分のタイミングで一口ずつ頬張り、

 

  『おいひぃ!』

 

一斉に歓声を上げた。

 

影狼「みなさんこんなに美味しい物を

   いつも食べてるんですか!?」

鈴仙「昨日からなんです。

   あー、苺とクリーム美味しー」

輝夜「あんことクリーム試してみたけど合うー」

妹紅「生地が薄いのに意外と味あるな」

てゐ「ニンジンとサラダ菜うまいウサ!

   もう明日からお昼ご飯これがいいウサ!」

永琳「うん、本当に美味しい!これは決まりね。

   あゆみちゃん、さっき話した家の事だけど、

   あそこでスイーツのお店を出してみたら?

   こんなに美味しい物を私達だけっていうのは

   もったいないわ」

 

永琳からの突然の提案。

 

影狼「私もこれ友達たちに食べて欲しい!

   人里に友達いるからお店出して!」

鈴仙「私、お師匠様の手伝いで人里に行くから、

   何かあれば言ってね」

輝夜「残り物は任せて!」

妹紅「都合がつけば送り迎えはしてあげるよ」

てゐ「私も作るの手伝うウサ」

永琳「どうかしら?」

 

一同はあゆみに店を出す様に促し、しかも協力は惜しまないとまで言ってくれている。

 

 

が、

 

 

あゆ「あの~…、家って何のことでしたっけ~?」

 

ズルッ…×6

 

やはりあゆみだった。

 

 

 




次回:「Menu③:ドーナツ」
お店を『工事』する話です。


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Menu③:ドーナツ        ※挿絵有

主はドーナツは大好きです。
有名なドーナツのチェーン店に訪れた際に必ず買う物は、一口サイズの6個入りのドーナツとポン◯デリングぜぇ。そしてこれが翌日の朝食になります。



迷いの竹林の中にある永遠亭。

 

今は昼の少し前、

永遠亭の縁側には今日も3人の乙女が、

 

ズズー…。

 

  『はぁ~。お茶が美味し~』

輝夜「あゆみ、お店の準備はいいの?」

あゆ「これからモコちゃんが来てくれて~、

   一緒に手続きしてくれるって~」

 

昨日の皆の勧めから店を出す事にしたあゆみ。今日はそのための手続きをしに行く様だ。

 

てゐ「それが終われば、いよいよ工事ウサ」

輝夜「それじゃあまだ先になりそうね」

あゆ「でもモコちゃんがあっという間に

   終わらせてくれる人達を知ってるとかで~、

   明日から営業する気でいろ~

   って言ってたよ〜」

輝夜「そんな人いたかしら?」

 

喧嘩相手が言っていたと言う人物に心当たりがない輝夜は、不思議に思いながらも、彼女を信じる事に。

 

輝夜「それで何のスイーツを売るの?」

あゆ「色々考えてるけど、

   一番やりたいのはケーキ屋かな~。

   でもね、ケーキって冷たいところで

   保存しないといけなくて~。

   大きな冷蔵機能付のショーケースが

   欲しいんだけど~…」

輝夜「それはかなりハードル高いわね。

   幻想郷は冷蔵・冷凍技術が遅れてる

   から」

 

ここ幻想郷は外の世界と比べると著しく文明の発達が遅れており、電化製品の普及率も疎らで、その機能も民衆を満足させられる物ではなく、何より電気が通っているのが極限られた場所のみだった。

 

あゆ「そうなの…。だから暫くは

   日持ちする物くらいしか…」

 

あゆみが悲しい顔で視線を下に落としながら話していると、

 

てゐ「じゃあ、河童に作ってもらうウサ」

 

悪戯好きの兎が外の世界でも有名な妖怪の名前を口にした。

 

あゆ「河童って胡瓜が好物の〜?」

てゐ「その河童ウサ」

あゆ「本当にいたんだ~」

 

あゆみが空想上の生物だとばかり思っていた河童。しかし、平然とその存在を認めるてゐ。

 

輝夜「でもあゆみが思ってるのと少し

   違うかもよ?」

あゆ「ん~?」

てゐ「ちょっと行ってくるウサ。

   後で人里に寄らせるウサ」

 

思い立ったが吉日と言った様子で、縁側からピョンと飛び降り、走り去る悪戯好きの兎。

 

あゆ「ありがと~」

輝夜「てゐがあんなに張り切るなんてね」

 

あゆみがこの世界に来る少し前までてゐは、竹林の中に落とし穴を作っては鈴仙が落ちる様を物陰から見て喜び、またある時は屋敷の中に罠を仕掛け、鈴仙が引っかかるのを楽しんでいたりと悪戯ばかりしていた。そんなてゐが、人の為に進んで行動しているのを見て、微笑ましく思う輝夜だった。

 

あゆ「カグちゃんは運動止めたの~?」

 

この言葉に少しカチンと来た輝夜は、

 

輝夜「なら相手してくれる?」

あゆ「ゆっくりならいいよ~」

 

あゆみを狩る事を決意した。

 

 

--少女弾幕中-

 

 

所変わって永遠亭内では、

 

妹紅「あゆみー!いないのかー?」

 

あゆみを迎えに来た妹紅だったが、何処にも見つからず大声で呼んでいた。そこへ声を聞きつけた鈴仙がやって来た。

 

鈴仙「あ、妹紅。あれ?

   庭の方にはいなかった?」

妹紅「いや、誰もいなかったぞ」

鈴仙「変ね。ん?姫様とあゆみちゃんの靴がない」

妹紅「外か…」

 

【屋敷の敷地外】

輝夜「ふー、今日もいい汗かいた」

 

昨日に続き、清々しい笑顔で額の汗を拭うハンター。今回のハンティングにも満足といったご様子。そして獲物の具合はと言うと、

 

あゆ「先回りするとかズルイよ~」

 

ボロボロになりながら涙目。

いや、…泣いていた。

 

輝夜「動かないなんて一言も

   言ってないじゃない」

あゆ「カグちゃんが動いただけでも

   色がメチャメチャになるのに~」

 

あゆみが見ていた景色は赤と緑の2色が疎らに色分けされた世界。それが輝夜が移動する都度、ガチャガチャと忙しなく色を変え、それを見ている方は堪ったものではない。

 

輝夜「全部の色を見るからじゃない?

   緑だけ見るとかできないの?」

 

平然と言う輝夜に納得するものの、「それが出来たら苦労しない」と思うあゆみだった。

 

妹紅「あ、いたいた」

輝夜「げっ、妹紅…」

 

犬猿の仲の2人が顔を合わせた。

 

妹紅「あゆみ遅れて悪かったな。

   支度できたら行くぞ」

あゆ「は~い」

 

が、何も見ていなかった様にお互い華麗にスルー。

しかし、

 

妹紅「おい、引き篭もり」

 

戦線布告とも捉えられる出だし。

 

妹紅「もしコレを日課にするなら…」

輝夜「日課にするなら何よ…」

 

どんな開戦になるのか身構える輝夜。

 

妹紅「たまには付き合ってやる。

   じゃあな」

 

しかし、何故か嬉しそうな顔で再戦を約束する永遠のライバルに、

 

輝夜「ふん!その時は完膚なきまでに

   叩きのめしてやるわ」

 

少し顔を赤くしながらも、腕を組んで偉そうに答える輝夜だった。

 

 

--少女移動中--

 

 

妹紅の案内で人里の役所で手続きを済ませ、例の家へやってきたあゆみ。案内人は寺子屋に用があるからと役所で別れた。あゆみが家の前で佇みながら「可愛い感じにしたい」と思っていると、

 

??「よっ!お待たせ」

 

2本の角が頭から生えた長髪の少女がやって来た。

 

萃香「えっと、依頼を受けて来た伊吹萃香だ。

   あと…」

 

萃香の後ろからやって来たのは、額から一本の赤い角が生えたスタイルの良い女性。彼女を見たあゆみは、同性にも関わらず「綺麗でかっこいい」と思い、自分の胸と見比べた後、彼女の破壊力抜群のナイスバディを羨んだ。

 

勇儀「星熊勇義、鬼だ。よろしく。

   それとこいつらは……おまけだ」

 

背後を親指で指す勇儀。そこから現れたのは、

 

鬼助「姐さん酷いです…。鬼助です」

 

猫背でガックリと肩を落とした鬼助と名乗る鬼。

そして、その隣には

 

鬼助「こいつは新米のオイラの弟分です」

弟分「どうも。よろしくお願いします」

 

礼儀正しく頭を下げて挨拶をする若者が。

 

あゆ「私、あゆみで~す。よろしくで~す。

   鬼って初めて見ました~。

   本当にいたんですね~。

   鬼ってもっと大きくて

   怖い顔だと思ってました~」

勇儀「ふふふ、昔誰かさんにも

   同じ事言われたっけね?」

 

笑って背後にいる若者を見ながら問いかける勇儀に、

 

弟分「もう覚えてないよ」

 

鼻で笑いながら答える若者。

 

勇儀「よし、じゃあ早速取り掛かろう。

   絵を描いて来てくれたんだろ?見せてみな」

あゆ「は~い、ど~ぞ~」

 

あゆみが手渡したのは外観のイメージ図。彼女が思う「可愛い感じ」に描かれ、拘りたい箇所にはコメントが記載されている。コメントは細かい所まで書いてたあり、彼女は全て希望通りにいくか少し心配だった。その絵を見た建築のプロは、

 

勇儀「…。おい鬼助。これどう思う?」

鬼助「ちょっと厳しいですね。

   大きなガラスとなると耐久性が…」

 

彼女が一番拘りたかった箇所を早々に指摘した。

 

あゆ「そーですか~…。

   でも中が見える様にしたいんです~」

 

『外から中を見える様にしたい』そこは譲れないあゆみに、

 

勇儀「じゃあ…」

 

と、代替案を出した。そこからあゆみと鬼達の間で話し合いが行われ、決まったところから下っ端のおまけ達が作業を始めていき、全体が決まったところで…

 

勇儀「よし、じゃあ私達も加勢するか」

萃香「そうだね。さっと終わらせて、

   そのあとに…チラッ」

 

少し頬を赤らめながらある方向、ある人物を見ている萃香に

 

勇儀「はいはい、終わったらね。

   細かい所は任せたよ」

 

呆れ顔で「仕事をしろ」と返す勇儀。

その言葉に萃香は気持ちを仕事モードへとスイッチを入れ替え、能力を発動した。

 

萃香『よし、これくらいいればいいか』

 

能力を発動した萃香は

 

あゆ「小さくなって増えた~!」

 

のである。更にあゆみは畳み掛ける。

 

あゆ「か、か、か…かわい~~~~!」

萃香『えっ、なになに!?』

 

小さくなった萃香を一人捕まえ、

 

あゆ「一人貰っても良いですか~?」

 

まるで子犬か子猫を貰う様な勢いで頼んだ。

 

勇儀「あははは!珍しい子もいるもんだね。

   私はいいと思うぞ」

 

あゆみの奇行が気に入ったのか、大声で笑う勇儀。

 

萃香『一人でもいなくなったら、

   元に戻れなくなるからダメー』

勇儀「じゃあ作業終わったら愛でてやればいいさ」

 

そんなガールズトークが繰り広げられる中、

 

鬼助「あの姐さん方、作業を進めてもらっても?」

 

下手に、最上級の敬意払って「仕事をしろ」と頼み込む鬼助だった。

 

勇儀「あ、悪い悪い…」

 

 

 

萃香と勇儀が作業に加わり、店の外観が瞬く間に仕上がっていく。完成まであと少しのところで、

 

??「ちわー!河城(かわしろ)でーす」

 

大きなリュックを背負い、緑の帽子を被った少女がやって来た。

 

あゆ「え~っと~、どちら様ですか~?」

河城「あれれれー?

   ここに来るように言われたんだけどね。

   場所を間違えたかな?」

 

【挿絵表示】

 

 

あゆみと河城と名乗る少女が顔を見合わせ、お互いが首を傾げていると、

 

勇儀「おや?なんだい、河童じゃないか」

萃香「あれ?本当だ。にとりだ」

 

鬼達が少女の存在に気付いた。

 

にと「やや、これはこれは。勇儀様に萃香様。

   それとその他鬼の皆様方。

   どうもこんにちはです」

鬼助「オイラ達をその他でまとめるなよ…」

勇儀「お前さんは何しにここへ?」

にと「永遠亭の兎にここに寄る様に言われまして。

   なにやらビジネスの話らしく…」

 

にとりがそこまで話したところで、あゆみは今朝縁側でてゐが話していた事を思い出した。

 

あゆ「あ~、それなら私です~」

にと「お、やっぱりそうでしたか。

   いやいや、間違えたかと思ったよ。

   あ、自己紹介まででしたね、

   河童の河城にとりと申しますです」

 

目の前の河童を名乗る少女が、自分の知っているソレと違い過ぎる事に

 

あゆ「こんなに可愛い子が河童なの~!?」

 

本音を大声で叫びながら驚いた。しかしこれが、

 

ボンッ!

 

にと「か、か、か、かわ…」

 

にとりの小さなキャパシティを易々と超えた。

 

にと「はっ!そ、それでどんな物が欲しいって?」

あゆ「えっと~。冷蔵機能のついた~…」

 

 

--少女説明中--

 

 

あゆみからの注文を聞き終えたにとりは、ソレが大掛かりな物で、今の幻想郷の技術力で実現するには簡単にはいかないと悟った。そして、

 

にと「なるほど…。これは大変だ」

 

本音が溢れた。

 

あゆ「ダメですか〜?」

 

あゆみはその言葉を聞き半ば諦めていると、

 

にと「…くぅー!」

 

目の前の技術屋は身震いをしながら、突然奇声を上げ出した。そして口元で拳を構え、ニヤニヤしながら

 

にと「ワクワクしてきた。久々に本気出すよ!

   まずは材料集めだな。

   温度を均一にするからファンがいるか…。

   あとは温度センサー、湿度センサーも…。

   それをアレで受けてオート制御できれば…」

 

あゆみには理解出来ない単語を口遊み始めた。その姿を不気味に思いながらも

 

あゆ「えっと~、お金は…」

 

支払いを聞いてみる事に。しかし技術者は『喋り掛けるな』とでも言う様に掌を突きつけ、

 

にと「後から請求する!製作期間に1ヶ月頂戴。

   問題は燃料だ。変換効率を考えると…」

 

一応答えてまたブツブツと何かを言いながら、何処かへと歩いて行った。

 

あゆ「あの~…」

 

結果、ポツンと取り残されたあゆみ。

しかし、にとりをよく知る者からすると、アレはいつもの事。

 

勇儀「ほっときな。

   あーなったら何も聞こえなくなるんだ」

萃香「そそ。でもね、すごい物作ってくるよ。

   絶対!だから期待してなよ」

あゆ「は~い。そうだ、休憩にしませんか~?

   皆さんに差し入れ持って来たんですよ~」

 

あゆみは持ってきたバスケットから手作りのスイーツを披露した。

 

勇儀「へー、これは何だい?」

萃香「知らないの?ドーナツだよ」

鬼助「オイラも初めて見ました」

弟分「へぇ…」

あゆ「どうぞ召し上がってくださ~い」

 

珍しい食べ物に目を丸くする鬼達にドーナツを配り、いざ!

 

  『いただきまーす』

 

皆一斉に最初の一口目を噛り付く。

 

鬼助「うわっ、うめぇ!こんなのオイラ初めてだ」

勇儀「やるな。うまいじゃないか」

弟分「パクパクパクパク」

 

ドーナツを頬張りながら大絶賛の鬼達。そんな中小さな鬼は…

 

萃香「ふぁ~~~…♪」

 

口元が緩み目は蕩け、正に幸福の絶頂だった。

 

弟分「萃香ちゃん?」

鬼助「萃香さん、幸せそうですね」

勇儀「なんてだらしのない顔をしてるんだい」

あゆ「気に入ってもらえて良かったで~す」

 

休憩後、鬼達は仕上げの作業に取り掛かり、そしてついに…。

 

あゆ「お~~~~~~!」

勇儀「気に入ったかい?」

あゆ「はい、とっても~」

萃香「ふふ、気に入ってくれて良かったよ」

勇儀「これで私達も旨い酒が飲めるってもんさ」

鬼助「じゃあオイラ達はこれで失礼しますよ」

 

そう言うと鬼達は帰って行き、あゆみが出来上がった店に目を輝かせていると、

 

妹紅「おーい、あゆみー!」

 

町の中心部の方から妹紅が手を大きく振りながらやって来た。

 

妹紅「うおっ!スゲーな、さすがに仕事早いな」

あゆ「見て見て~!お店!私のお店~!!」

 

あゆみは自分の店を指し、今来たばかりの友達に興奮しながらアピールした。

 

妹紅「わかった、わかった。もう見たから…」

 

大興奮のあゆみだったが、

 

あゆ「あ!」

妹紅「なんだ?どうした?」

 

ふと、大事な事を忘れていた事に気付いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あゆ「萃香さんを愛でるの忘れてた~…」

妹紅「は?何だそれ?」

 

 




「弟分」誰でしょうね。

次回:【Menu④:シュークリーム】
いよいよスイーツ店オープン。


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Menu④:シュークリーム     ※挿絵有

主がコンビニスイーツで一番好きなのが、シュークリームです。特に最近のコンビニスイーツのクオリティの高さには驚かされます。




迷いの竹林の中にある永遠亭。

 

今は朝食が終わった頃、

永遠亭の縁側には今日も3人の乙女が、

 

ズズー…。

 

  『はぁ~。お茶が美味し~』

鈴仙「あゆみちゃんお店できて良かったね」

 

いつもより幸せそうにお茶を啜るあゆみに、鈴仙は笑顔で祝福し、

 

輝夜「メニューはもう決まってるの?」

あゆ「うん、暫くはドーナツとかかな~」

鈴仙「ドーナツって、昨日作ってた穴の開いたやつ

   でしょ?あれ美味しかったよ」

輝夜「イナバ、夢中で食べてたわね」

あゆ「そう言われると凄く作り甲斐があるよ~」

鈴仙「じゃあ、また作ってね」

 

昨日食べたお気に入りのおやつをまた作ってもらう事を約束した。しかし、ある事に気付いた。

 

鈴仙「あ、でも買いに行けばいいのか」

輝夜「そうかお店を出すんだから、

   もう気にしないでいいのよね。

   じゃあ、売れ残ったら喜んで食べて上げる」

あゆ「あはは…。売れ残られると困るんだけど~」

 

輝夜の申し出に「違った方法で協力して欲しい」と思いながら、苦笑いで答えるスイーツ店の店長だった。

 

鈴仙「それはそうと、てゐは何処かしら?」

輝夜「そう言えば、見てないわね」

 

いつも縁側で一緒にお茶を飲むチビ兎がいない事を不思議に思う2人に、

 

あゆ「窯にいるよ~。手伝いをしてくれてるの~」

 

店長が答えた。と、そこに噂の兎が。

 

てゐ「あゆみ、時間だウサ。見に来て欲しいウサ」

あゆ「うん、今行く~」

 

焼き上がりの時間の様だ。

 

てゐ「どうウサ?」

あゆ「うん、両方ともいい感じ~」

 

香ばしい匂いをさせ、焼き上がったのはふっくらと膨れたシュー。それを見たおまけ達は、

 

鈴仙「わ〜、美味しそう」

輝夜「早く食べたい!」

 

歓声をあげ、食べる気満々。

 

てゐ「2人共つまみ食い目当てウサ」

あゆ「でもシュークリームはこれで終わりじゃない

   んだよ~。これにカスタードクリームを入れ

   るんだよ~」

  『クリーム!?』

 

クリームという言葉に目を輝かせ、過敏に反応するおまけ達。

 

てゐ「鈴仙も姫様も少し落ち着くウサ」

 

焼き上がったシューに切れ込みを入れ、カスタードクリームを絞り入れたら、シュークリームの出来上がり。作り終えたシュークリームをつまみ食い目的で付いて来たおまけ達に手渡して、試食会がスタート。

 

  『おっいし~』

あゆ「ふふ。良かった~」

 

2人のリアクションに笑顔で喜ぶ店長。

 

輝夜「これ絶対人里で大変な騒ぎになるわよ」

 

目を見開き驚きの表情でコメントする輝夜に対し、

 

鈴仙「し・あ・わ・せ~♡」

 

頬に手を当て、満面の笑みで余韻を楽しむ鈴仙。

 

てゐ「さっそくたくさん用意するウサ」

 

2人のリアクションから「これはいける!」と確信を得て、準備に取り掛かろうとするチビ兎だったが、

 

あゆ「ん~っと、そ~したいんだけど~」

 

店長は何か訳ありといった様子。

 

あゆ「初日だし~。どれくらいのお客さんが来るか

   分からないし~、えっとそれよりも〜、まだ

   小さな冷蔵庫が一つあるだけだから~、後は

   保存できる量が~…」

 

長い…。それに耐えられなくなった者が一人。

 

イラッ!

 

輝夜「まどろっこしいわね!

   要点だけまとめて言いなさいよー!」

あゆ「ごめんごめん、ごめんって~」

 

『拳の万力』を開店祝いにプレゼントするのだった。

 

鈴仙「え?その場で作るの?」

 

鈴仙の問いにジンジンする頭を抑えながら、

 

あゆ「うん、シューは常温でも大丈夫だから~、

   クリームだけ冷蔵庫にいれて~、

   注文が来たら作るの~」

 

涙目で答える店長。

 

輝夜「いっぱいお客さん来たらどうするのよ?」

鈴仙「なんならてゐを貸そうか?」

てゐ「私は全然構わないウサ」

 

万が一の事を考え、心配する3人だったが、

 

あゆ「たぶん大丈夫だよ~。それに一人でどこまで

   やれるか試したいの~」

 

挑戦したいと言う店長。そこへ、

 

妹紅「おーい、あゆみー。行くぞー!」

 

迎えが来た。店長は出来上がったシューとカスタードクリームを持ち、

 

あゆ「いってきま〜す」

 

元気に挨拶をして仕事へとむかった。

 

  『いってらっしゃーい』

 

小さな店長の初出勤を見送る3人。その姿を見て、

 

輝夜「あゆみ、すごいわね。

   私……、このままでいいのかな?」

 

永遠亭の悩みの種が口を開いた。そして、その言葉を2人は聴き逃さなかった。

 

  『おお!これは!?』

輝夜「ううん、あゆみだって頑張ってるんだから。

   私だって!」

 

このままではいけないと悟った姫に、

 

鈴仙「お師匠様、ついに姫が…」

てゐ「長かったウサ。

   ここまで本当に長かったウサ」

 

涙を浮かべながら喜ぶ側近達。そして、意を決した姫が、

 

輝夜「鈴仙!てゐ!」

  『はい、姫様!』

 

動いた。

 

輝夜「弾幕ゴッゴ付き合いなさい!」

  『えーーー、そっちーーーー!?』

 

だが、やはり輝夜だった。

一方その頃、永遠亭を出発した2人は、

 

妹紅「今日からだな。楽しみか?」

あゆ「うん、でもちょっと不安かな~」

妹紅「ふふふ、あゆみも不安になる事あるんだな」

あゆ「む~、それ失礼だと思うよ~」

妹紅「ふふふ、そうだな」

 

楽しく話しながら人里へと歩を進めていた。すると突然、あゆみが何かに気付いた。

 

あゆ「あれ?前にいるの…。影狼ちゃん!」

 

影狼の姿を確認するや否や、弾丸の様に走り出したあゆみを妹紅は止め

 

妹紅「あ、まずい…。間に合わなかった…」

 

る事が出来なかった。

 

影狼「え?きゃっ!」

 

差し迫る足音に気付いた影狼。後ろを振り返ると、目の色を変えたあゆみが飛び掛かって来ていた。あまりに突然の出来事に避ける事も出来ず、

 

あゆ「よ~し、よしよしよしよし~」

 

とある動物研究家の様な掛け声で、愛でられるのだった。

 

影狼「くぅ~~~ん」

あゆ「わしゃわしゃわしゃ~」

 

誰にも邪魔される事無く、心置きなく触れ合いを楽しむアユゴロウだったが、背後に迫る殺気を感じ、

 

あゆ「はっ!」

 

我に返った。そして振り向くとそこには…

 

妹紅「ほーぉ、察知する様になったか…」

 

2つの拳を構え、炎を身に纏った鬼が立っていた。

 

あゆ「あはは…」

 

 

--少女反省中--

 

 

影狼「取り乱しました…」

妹紅「いや、こっちが悪かった」

あゆ「ごめんなさ~い」

 

それぞれが自分の不甲斐なかったところを謝罪し、気持ちを入れ替え、

 

影狼「それで今からどちらへ?」

妹紅「人里だよ」

あゆ「私のお店今日からオープンなの~」

影狼「そうなの!?じゃあ後で友達連れて行くね」

妹紅「博霊神社の方の派手な色の店だ。

   行けば一発で分かると思うぞ」

影狼「わかった。それじゃあ後でね」

 

影狼に来店の約束を取り付けたやり手の店長だった。

 

 

--少女移動中--

 

 

妹紅「それじゃあ、私はこれから寺子屋行くから」

あゆ「うん、また後でね」

 

妹紅を見送った後、開店の準備をしていく小さな店長。そしてついに、

 

あゆ「開店で~す」

 

キラキラの笑顔と共にあゆみのスイーツ店が今オープンした。

 

 

 

 

 

 

 

が、誰も居なかった。

分かってはいた事だったが、少し寂しそうな表情を浮かべる小さな店長。せめてもと思い、扉を開けておく事にした。

 

 

--3時間経過--

 

 

結局まだ来店者はおらず、約束をした狼娘の事を首を流して待っていると…。

 

【来客1&2人目】

 

影狼「こんにちわー。来たよー」

??「…どうも」

 

狼娘が約束通り友人を連れてやって来た。

 

あゆ「あ、影狼ちゃん。あと…」

 

狼娘の友人は赤いショートヘアに青系のリボンをした少女だった。少女はマントを身に着け、口元が隠れている。

 

影狼「彼女が話してた友達の赤蛮奇。

   蛮奇、あゆみさんよ」

 

【挿絵表示】

 

あゆ「あゆみで~す。よろしくで~す」

蛮奇「…赤蛮奇です、どうぞよろしく」

 

蛮奇が自己紹介と共にお辞儀をすると…

 

スポンッ!

 

心地よい音共に、

 

ガンッ、

 

頭が

 

ゴロゴロゴロ…。

 

床を転がり、

 

【挿絵表示】

 

 

あゆ「…」

影狼「あ、また取れた」

あゆ「きゃーーーーーーーーーーっ!!」

 

甲高い悲鳴が店内に響いた。

恐怖体験をしたあゆみは、

 

あゆ「怖かったよ~」

 

大量の涙を流しながら大声で泣いていた。

 

蛮奇「…すまない」

影狼「ご、ごめん。先に言っておけばよかったね。

   蛮奇はろくろ首で、頭が取れるの」

 

あゆみにも馴染みのある妖怪の名前を聞いて、

 

あゆ「ろくろ首~?昔話に出てくる~?」

 

涙を手で拭いながら尋ねた。

 

蛮奇「…そう、それ私の一族」

あゆ「簡単に取れちゃうんだね~」

蛮奇「…取り外し自由。痛みもない」

 

スポンッ!

 

少し自慢気に首を引き抜きながら話すろくろ首。更に、

 

蛮奇「…取ってもこの通り話せる」

 

取った首を手に持ちながら喋り出した。

 

あゆ「…」

影狼「あゆみさん?」

あゆ「きゃーーーーーーーーーーっ!!」

 

また絶叫するあゆみに、

 

蛮奇「…すまない」

 

首を元に戻して萎れながら謝罪をするろくろ首。

 

影狼「大人しくていい子だから。ね?」

あゆ「う、うん…」

影狼「そ、そうだ。それで蛮奇も甘い物が大好きだ

   から、この間もらったやつか新作があったら

   欲しいな」

 

場を雰囲気を変えようと、あゆみに本来の目的であるスイーツを注文する狼娘。

 

あゆ「なら~。シュークリームがお勧めで~す。

   これシューって言うんだけど~、

   この中にカスタードクリームを入れるの~」

影狼「しゅー?カスター…なんだっけ?」

 

聞き慣れない単語に困惑していると、

 

あゆ「試食様に作ってあるから、これどうぞ~」

 

店長はカットしたシュークリームを差し出した。

 

影狼「わー、ありがとう」

蛮奇「…どうも」

 

2人同時に一口で食べると、驚いた表情をしつつ、

 

影狼「私これ買う!」

蛮奇「…私も!」

 

興奮しながら一個ずつ買って行った。

 

あゆ「ありがと~。また来てね〜」

 

蛮奇と影狼を店の外で手を振りながら見送り、「もう蛮奇には驚かない」誓うあゆみだった。そのあゆみに忍び寄ってくる者が…。

 

??「ばぁーーーーっ!!」

あゆ「…」

??「あれ?またダメだったかな?」

あゆ「きゃーーーーーーーーーーっ!!」

??「は~~~♡快・感♡」

 

【来客3人目】

 

脅かせてきたのは、舌を出した大きな一つ目の傘を手に持った少女だった。先程のろくろ首の事もあり、あゆみの心はボロボロだった。

 

あゆ「も~!なんなの今日~…」

??「ごめんねぇ」

 

謝罪する傘の少女だったが、その顔はニヤつき、「いい獲物を見つけた」と喜んでいた。暫くして、気を持ち直したあゆみは、改めて脅かして来た少女を眺めた。水色のショートボブ。瞳の色は左右で異なるオッドアイ。

 

あゆ「か、か、か…かわい~~~~!」

 

どうやらツボに入ったらしい。

 

??「ひぇっ!?驚かされるのはイヤーッ!」

 

 

--少女愛で中--

 

 

小傘「私は小傘だよ。ここお店だったんだ」

あゆ「そ~だよ~。今日オープンしたの~」

 

愛でてる最中にお互いに「誰?」という話になり、軽く自己紹介を。

 

小傘「何屋?」

あゆ「スイーツ屋さ~ん。

   今はドーナツとシュークリームがあるよ~」

小傘「ふーん、どれも聞いたことないや」

あゆ「じゃ~少し食べてみる~?

   こっちがドーナツで、

   こっちがシュークリームだよ~」

 

初めて聞く名前の食べ物だと言う小傘に、試食用のドーナツとシュークリームを笑顔で差し出すあゆみ。

 

小傘「じゃあドーナツから…」

 

小傘は眉を顰めながらドーナツのカケラを手に取り、まじまじと観察した後、ヒョイッと口へと放り込んだ。

 

あゆ「どう?」

小傘「わっ、ビックリしちゃった!これすごい!

   食べ物でビックリさせられるんだぁ」

 

初めての経験に目を皿にして関心する小傘に、

 

あゆ「ん~?」

 

他の人とは違うリアクションだと違和感を感じる店長。

 

小傘「じゃあこっちも…」

 

更に試食用のシュークリームに手を伸ばす小傘。こちらも手にし、再びまじまじと観察した後、パクッと一口で頬張ると、

 

小傘「おーっ!これにもビックリ!」

 

『味』や『食感』よりも、『驚き』に対する感想だけを残した。その様子を見ている方は、

 

あゆ「ん~??」

 

どこか腑に落ちないといったご様子。そして、試食を終えた小傘は飛び掛かる勢いで、

 

小傘「これ!10個ずつ頂戴!」

 

注文をした。しかも大量に。

 

あゆ「10個ずつ~!?」

小傘「これがあれば私…、

   幸せライフが約束されるよ!

   これでみんなをビックリさせてやる!」

あゆ「あ、うん」

 

注文の品を用意している最中、買ってくれる喜びの一方で、小傘の購入までの経緯にどうも納得できない店長だった。

 

あゆ「ありがと~ございました~」

 

小傘を見送り、また店内で次の客を待つものの、その後客が来ることは無く、オープン初日はこれにて

 

【CLOSE】

 

妹紅「あゆみ、迎えに来た…ぞ?

   おい、どうした!?」

 

迎えに来た妹紅だったが、あゆみは直立して硬直していた。妹紅が心配していると、ゆっくりとか細い声で話し始めた。

 

あゆ「お客さん、来てくれた…」

妹紅「え?」

 

妹紅が聞き返した途端、急に大きな声で、今度は早口で話し始めた。

 

あゆ「お客さんが来てくれたの!それでシュークリ

   ームがドーナツで10個以上!お客さんが、

   お客さんが~!」

妹紅「分かった、分かった。

   分かったから落ち着けって!」

 

 

 

 




次回:【Menu⑤:フルーツタルト】
永遠亭メンバーと深い関わりのある方々と言えば…。


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Menu⑤:フルーツタルト(生地) ※挿絵有

タルトは主の2番目に好きなスイーツです。
なぜって一つのケーキに大量の果物。
このお得感!
ただそんな理由です。


迷いの竹林の中にある永遠亭。

 

今は朝食が終わった頃、

永遠亭の縁側に今日は4人の乙女が、

 

 

ズズー…。

 

  『はぁ~。お茶が美味し~』

鈴仙「あゆみちゃんがお店を始めてから

   明日で一週間かぁ。どう、お店は順調?」

あゆ「うん、順調だよ~」

輝夜「あゆみが嬉しそうで良かったわ」

 

あゆみのオープンした翌日から、影狼と蛮奇の他に新規の客が少しずつ増えていき、売り上げは右肩上がりで好調。もちろん謎の客、小傘も稀に来ては、売り上げに貢献している様だ。

 

てゐ「私もあゆみの手伝いをし始めて、

   少しスイーツの作り方を覚えたウサ」

鈴仙「てゐが作るの?」

輝夜「それ大丈夫なの?

   変な薬を盛ってないでしょうね?」

 

悪戯好きの兎の一言に驚きと疑いの目で見る2人。そんな2人の警察官に、

 

てゐ「失礼ウサ!ちゃんと作ってるウサ!」

 

そんな事はしていないと、顔を赤くして断言する容疑者。そこに、

 

あゆ「チビウサギちゃんが作ると凄いんだよ~。

   ここがポカポカするの~」

 

と胸を押さえ、幸せそうに2人に伝える悪戯兎の弁護人。しかし、その弁護が仇となる事に。

 

鈴仙「てゐあなた…」

輝夜「能力使ってるわね…」

 

悪戯兎の『人を幸せにする程度の能力』に疑惑が掛かり、

 

てゐ「あははは…。

   でも間違った使い方はしてないウサ」

 

本人はあっさりとそれを認めた。

 

あゆ「ん~?」

 

しかし、何の事だか理解できない弁護人。すると、鈴仙は悪戯兎の服を掴んで引き寄せ、弁護人を背に3人で円陣を組んだ。

 

鈴仙「いい?もう能力は禁止よ」ヒソヒソ

輝夜「もしあゆみに知られたら悲しむわよ」ヒソヒソ

 

今後は能力を使わない様にと、注意をする警察官達だったが、

 

てゐ「でも食べた人を幸せにしたいって…」ヒソヒソ

 

自分は悪いことはしていないと語る容疑者。いや、もはや犯人。だが、その言い分が通る筈もなく、

 

  『それでも!』

 

2人の警察官に強く念を押されるのであった。

 

あゆ「なになに~?」

  『なんでもなーい』

あゆ「ん~??」

 

結局、何が何だか分からないままの被害者だった。そこに、

 

永琳「あら、あなた達ここにいたの。丁度いいわ、

   午後に豊姫達が来るみたいなの。

   急いで片づけと準備をしてくれる?」

 

突然現れ、涼しい顔で爆弾を投下した天才薬師。

 

鈴仙「お師匠様、それホントですか?」

てゐ「あいつらが来るウサ…」

輝夜「あー、面倒くさー」

 

被弾した者達は次々と怪訝そうな表情をする中、

 

あゆ「ん~???」

 

不発だった者は更に混乱するだけだった。

そんな生存者に、

 

永琳「あゆみちゃん、何かおもてなし用の

   スイーツを作ってくれないかしら?」

 

スイーツを注文する天才薬師。

 

あゆ「私、お店が~…」

 

でもあゆみとしては、始めたばかりの店を突然休みにはしたくなかった。すると天才薬師はその胸の内を悟った様に、

 

永琳「それならてゐに行かせるわ。お願いね」

 

代役を立て、チビ兎に依頼をするのだった。普通に考えれば、あまりにも突然の依頼で、文句を言うところではあるが、

 

てゐ「よし!一抜けウサ!」

 

チビ兎は喜んで快く引き受けた。

 

  『ずるーい』

 

その特例措置を受けたチビ兎を羨ましそうに見つめる輝夜と鈴仙。

 

あゆ「あの~、何人くらい来ますか~?」

永琳「たぶん5、6人くらいかしら。できそう?」

あゆ「ん~…」

 

あゆみが何を作ろうか悩んでいるところに、

 

妹紅「おーい!今日もおすそ分けに来たぞー」

 

おすそ分け娘が大きな声でやって来た。

 

輝夜「げ、妹紅」

永琳「あら、妹紅いらっしゃい。いつも悪いわね」

妹紅「里で果物をやたらと貰ったんだ」

てゐ「凄い量ウサ」

 

おすそ分け娘が背負っていた籠の中には、溢れそうな程の旬の果物が入っており、それを見たあゆみは、

 

あゆ「林檎、梨、葡萄…。うん、いいかも~。

   私、久しぶりにケーキ作る~」

 

いつもより少しだけ真剣な顔で決心した。

 

 

--少女調理中--

 

 

あゆ「できたよ~」

 

パティシエが持って来たのは…。

 

輝夜「何これ何これ!フルーツがいっぱーい」

鈴仙「あゆみちゃん、これ何ていうケーキ?」

あゆ「フルーツタルトだよ~」

 

それを見た者達は視線が釘付けになり、

 

永琳「本当に美味しそうね。

   てゐには悪い事しちゃったわね」

 

特例措置を出した者を気遣うのだった。

 

あゆ「まだ作るから、チビウサギちゃんの分は余る

   と思いますよ~」

妹紅「なぁなぁ、一個くれよ。客が来るんだろ?

   なら私もう行かなきゃいけないし。

   な?いいだろ?」

 

目を輝かせながら催促する妹紅に、

 

永琳「そうね。妹紅が持ってきてくれたフルーツ

   ですもんね。いいわよ、持っていきなさい」

 

笑顔で『持って行きなさい』と返す天才薬師だったが、

 

妹紅「サンキュー、じゃあいただきまーす」

鈴仙「ここで食べるんだ…」

 

一切れ手に取り、口へと運ぶ妹紅。

 

妹紅「ん~~~~~ッ!!」

 

一口食べた瞬間目を瞑り、全身を震わせながら、

 

妹紅「ふぁ~~~♡私、コレ、好き♡」

 

両手で落ちそうになる頬を押さえ、幸せを噛み締めた。その表情を見た者達は、

 

輝夜「パンケーキの時より酷い顔してるわよ」

鈴仙「よっぽど美味しかったんだ…」

永琳「これは期待大ね」

 

と、目の前のフルーツタルトの攻撃力を思い知らせられるのだった。

 

ガシッ!

 

そんな中、妹紅が急にあゆみの肩に掴みかかり、

 

妹紅「あゆみ!果物を持って来たら、

   また作ってくれるか!?」

 

目を見開き興奮しながら、

 

あゆ「うんうんうんうん」ガックンガックン

妹紅「約束だぞ!」

 

パティシエの体を揺らし、

 

あゆ「うんうんうんうん」ガックンガックン

妹紅「絶対の絶対の絶対だぞ!」

 

約束を取り付け、更に念を押した。

 

あゆ「うんうんうんうん」ガックンガックン

 

揺らされる度に前後に行ったり来たりするパティシエの頭。その光景に見るに見かねた者達は、

 

鈴仙「妹紅、その辺で止めてあげて…」

輝夜「あんた、あゆみの首が取れるわよ」

 

パティシエを気遣い、止めに入った。

 

妹紅「あ、ごめん」

 

そこで我に返った妹紅。目の前には、

 

あゆ「ふしゅ~~~…」

 

目を回したパティシエが。

 

 

--少女回復中--

 

 

妹紅「実はな、明日寺子屋の遠足に同行する事に

   なってて、もしかしたら秋姉妹の所に

   寄るんじゃないかって思ってるんだ」

あゆ「秋姉妹?」

鈴仙「紅葉と豊作の神様よ」

永琳「農園もやっていて、

   美味しい果物が沢山できるのよ」

あゆ「じゃあもし行ったら沢山採って来てね〜。

   スイーツいっぱい作れるから〜」

妹紅「よし、任せろ!」

 

あゆみに大量のお土産を約束し、永遠亭を立ち去る妹紅だった。

 

 

--少女支度中--

 

 

あゆ「うん、これで全部完成~」

鈴仙「すごい種類あるわね」

輝夜「タルトが1、2、3、4…」

永琳「あゆみちゃん、流石ね。頼んで良かったわ」

あゆ「ありがとうございま~す。

   材料がいっぱいあったので、

   張り切っちゃいました~」

 

キッチンのテーブルに並べられた、選り取り見取りのフルーツタルトに目を輝かせる乙女達。その場にいる誰もがどれから食べようか悩んでいるところに、

 

ガラッ。

 

客①「ごめんくださーい。

   師匠ー!ご在宅でしょうかー?」

客②「お邪魔しまぁす」

永琳「丁度来たみたいね」

 

噂の客が来た様だ。

 

永琳「いらっしゃい」

客①「突然の訪問、誠に申し訳ありません」

客②「八意様、遊びにに来ちゃいましたぁ」

客③「鈴仙先輩お久しぶりです!」

客④「私たちも…」

客⑤「来ちゃいましたー」

客⑥「…」

 

訪ねて来たのは、6人の少女だった。その内3人にはてゐや鈴仙の様に頭に兎の耳があり、彼女達を見たあゆみは、

 

あゆ「か、か、か…かわい~~~~!」

 

3匹に襲いかかった。

 

  『ひえっ!?』

 

あまりにも予想外の展開に怯える様に驚く3匹に対し、

 

  『あー、やっぱり…』

 

予想通りの展開だと思う永遠亭組だった。

そして飛びかかったあゆみは、ブレザーを着た水色のショートヘアの兎の耳に、笑顔で頬擦りしながら、

 

あゆ「たれ耳だ~。私たれ耳大好き~♡」

 

愛でていた。その様子に来客者は、

 

客①「師匠、あの子は?」

永琳「早々にごめんなさいなさいね。

   最近ここに住み始めたあゆみちゃんよ」

 

あゆみの事を不審に思う者もいれば、

 

客②「小さくて、ふわふわした子なんですねぇ」

 

と笑顔で見守る者も。

しかし、温かい視線はだんだんと熱い視線へと変わり、やがて体がウズウズし始め…

 

客②「か、か、か…かわいぃぃぃぃ!」

 

我慢の限界といった勢いで、あゆみに抱き付いた。

 

あゆ「ふぇっ!?」

 

捕獲されたあゆみは突然の出来事に硬直し、

 

客②「やだぁ、この子ほっぺぷにぷにしてるぅ。

   肌若ぁい♡」

 

抵抗出来ないまま頬を指で突かれた上、頬擦りされるのだった。その光景に永遠亭組は、

 

輝夜「あゆみの同タイプがこんな身近に…」

鈴仙「そう言えば豊姫様も可愛い物好きでしたね」

永琳「でもこれであゆみちゃんも抱き着かれる側の

   気持ちが分かってくれるでしょ」

 

来客者の奇行に驚くものの、あゆみにとって良い薬になるだろうと期待した。

 

が、

 

あゆ「はぁ~~~~もっとして~~」

 

当の本人は顔をうっとりとさせ、満更でもないといったご様子。寧ろ喜んでさえいた。

 

客③「先輩!あの子なんなんですか!?」

 

あゆみから解放されたブレザー姿の垂れ耳兎は、鈴仙に涙目で泣き付く様に駆け寄っていた。

 

客④「まあまあ、気にしない気にしない」

客⑤「ニシシシ、レイセンかーわい〜」

 

【挿絵表示】

 

 

あゆみの仕業で場が滅茶苦茶になってしまったが、一度仕切り直して、

 

永琳「ちゃんと紹介するわね。

   こちら、あゆみちゃん」

あゆ「あゆみで~す」

 

挨拶と自己紹介を。

 

永琳「それであゆみちゃん。

   この人達は私の弟子みたいな人達で、

   月から来てくれたの」

あゆ「へ~、月ですか~」

 

常人であれば驚く信じられない筈の事実にも関わらず、平然と受け入れるあゆみ。彼女は幻想郷で生活する様になり、少しの事では動揺しなくなった様だ。

 

永琳「白の帽子の子が綿月豊姫(わたつきのとよひめ)

   刀を持っている子が綿月依姫(わたつきのよりひめ)

   豊姫の妹ね。

   あと翼があるのが稀神(きしん)サグメ」

豊姫「綿月豊姫でぇす」

 

【挿絵表示】

 

依姫「豊姫の妹の依姫と申します」

 

【挿絵表示】

 

サグ「…」ペコッ

 

【挿絵表示】

 

 

永琳が次々と客を紹介していく。

 

永琳「それでさっき抱き着いた兎達が、

   浅葱色(あさぎいろ)の髪の子が清蘭(せいらん)

   ブロンドの髪の子が鈴瑚(りんご)

   それで誰かと一緒の恰好をしているのが、

   ややこしいかもしれないけど、レイセン」

清蘭「清蘭っす。よろしくっす!」

 

【挿絵表示】

 

鈴瑚「ニシッ、鈴瑚でーす」

 

【挿絵表示】

 

レイ「鈴仙先輩の後輩のレイセンです」

 

【挿絵表示】

 

 

皆が挨拶を終えた後、

 

あゆ「よろしくね~。清蘭ちゃん、鈴瑚ちゃん、

   レイセンちゃん」

 

あゆみから「よろしく」と挨拶。しかし、この事を不服と思う者が。

 

鈴仙「あゆみちゃん?

   私も『れいせん』なんだけど…」

あゆ「ん〜?冷麺ちゃんじゃないの〜?」

鈴仙「違うって!」

レイ「…」

 

黙ってその状況を眺めるもう1人の『れいせん』。だが心では「勝った!」と、ガッツポーズを取っていた。

 

永琳「それじゃあみんな上がってちょうだい」

 

そして、永琳が客を中へ招き入れ様とした時…。

 

あゆ「えー!?みんな月から来たんですか!?」

 

前言撤回、あゆみは驚いていた。

 

  『今!?』

 

広間に案内される月からの来客御一行。皆が腰を掛けたところで、訪問の目的を問いかける永琳、

 

永琳「それで?今日は何をしに来たのかしら?」

 

何気無い質問の筈であるのだが、御一行の様子がどこか変。

 

豊姫「えぇっと…依姫、何だったけ?」

依姫「えーっとアレですよ。ね?レイセン?」

レイ「えっと、あ、そうそう。アレよね、鈴瑚?」

鈴瑚「え、えー!?ああ…だよね?清蘭?」

清蘭「んー、ザクメ様よろしくっす!」

 

次々にバトンタッチを繰り返し、最後にバトンを託されたサグメが本来の目的を告げた。

 

サグ「……暇で」

  『おいっ!』

永琳「途中からそうじゃないかと思ったわよ。

   まあ折角来たんだし、お茶でもして行きなさ

   い。あゆみちゃん、アレお願いね」

 

特に用も無く来た客達を永遠亭の薬師は呆れながらも、もてなす事に。

 

あゆ「は~い。冷麺ちゃん手伝ってくれる?」

鈴仙「うん。でも、私は『れいせん』だからね?」

輝夜「待ってあゆみ、私も行く!」

 

鈴仙だけに声を掛けた筈のあゆみだったが、何故か付いて行くと言い出した輝夜。

 

依姫「輝夜姫様もお変わりなさそうですね」

豊姫「でも以前程の怠け者ではなさそうよぉ」

 

2人の月の姫は久しぶりに会う輝夜の後姿を見つめ、昔の輝夜と照らし合わせ、微笑みながら思い出に浸っていた。一方輝夜は、

 

あゆ「何で来てくれたの~?」

輝夜「あそこ気まずいのよ」

 

2人の月の姫が苦手の様だ。

 

 

 

 

 

 




次回:【Menu⑥:フルーツタルト(果物)】
続きになります。


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Menu⑥:フルーツタルト(果物) ※挿絵有

Menu⑥:フルーツタルトの
後編です。では、続きをどうぞ。

あとサグメの能力について、
オリジナル設定を追加しています。



《前回までのあらすじ》

突如月から永遠亭に綿月豊姫、綿月依姫、稀神サグメ、清蘭、鈴瑚、レイセンの6人が暇つぶしにやってきた。てゐに店を任せ、来客者をもてなすためのスイーツ、フルーツタルトを作る事になったあゆみ。そして、作り終えたタルトを持って、来客者達の下へ。

 

 

 

 

あゆ「お待たせしました~」

 

キッチンから戻ってきたあゆみ達。手には人数分の皿とフォークの他に、沢山のフルーツタルト。それを見た来客者達は…。

 

豊姫「何これぇ!?素敵ぃ!」

 

ある者は目をキラキラと輝かせ、

 

依姫「姉さん、私もう目が離せません」

 

またある者は視線が釘付けになり、

 

サグ「………」ダラダラダラダラ

 

更にある者は口から涎を垂れ流していた。

 

清蘭「うわー、こんなの初めて見たっす!」

鈴瑚「ニシシシ、早く食べようよ」

レイ「これ先輩が?」

鈴仙「ううん、これ全部あゆみちゃんが作ったの」

  『ウソ!?』

 

鈴仙の言葉に驚きを隠せない来客者達。初めて会った永遠亭の居候に一斉に視線を向けた。

 

あゆ「切り分けてあるので、

   好きな物を取って下さいね〜」

 

皆好き好きにタルトを自分の皿に取り、いざ!

 

  『いただきまーす』

 

幸せへの階段を一歩ずつ踏み込んだ。

 

豊姫「おっいしぃぃぃぃ!」

 

笑顔で絶叫しながら喜ぶ豊姫。

 

清蘭「果物の酸味とクリームの甘さが絶妙っす!

   クリームだけだと少し甘過ぎるのに、

   果物と一緒だからそのしつこさを感じないっ

   す!」

 

美味しさを細かに実況する清蘭。

 

鈴瑚「ニシシ、そだねー。清蘭食レポサンキュー」

 

それに乗っかる鈴瑚。

 

永琳「うん、今回も今まで以上に美味しいわ」

 

冷静ながらも素直にあゆみの実力を認める永琳。

 

レイ「はぁ〜♡

   先輩いつもこんなに美味しい物食べているん

   ですか?ズルイです!」

 

絶頂の表情と共に永遠亭組みを羨むレイセン。

 

鈴仙「へへーん、いいでしょー。あゆみちゃんのお

   かげで、最近は美味しいスイーツ食べれてる

   のよ」

 

ドヤ顔で後輩に自慢する鈴仙。

 

輝夜「妹紅じゃないけど、私もコレ、好き♡」

 

ライバルの気持ちが少し分かった輝夜。

それぞれが違ったリアクションをしながらも、「美味しい」と口にして喜んで食べている中、どうも様子の違う者達が…。

 

ガツガツガツガツガツガツガツガツガツガツ…

 

掻き込む様にタルトを食べているのは、月の姫の一人、依姫だった。彼女は取ったタルトを物凄い勢いで平らげると、おかわりをし、また高速で食べていった。その様子は姫のイメージ像とは程遠く、品がない。その様子に呆れた者が…。

 

永琳「依姫、お止しなさい。はしたないわよ」

依姫「分かってます。分かってはいるんですけど、

   右手と口が止まらないんです!」

輝夜「なんかその表現いやらしいわよ」

豊姫「それは捉え方次第じゃないかしらぁ?

   輝夜のエッチィ。溜まってるのかしらぁ?」

輝夜「ばっ、私はそんなんじゃないわよ!」

豊姫「冗談よ。ムキになっちゃって可愛い~。

   輝夜は弄りがいがあるわねぇ」

輝夜「くぅ~っ…」

 

豊姫に弄ばれた輝夜は歯を食いしばって顔を赤くし、両手で拳を作りワナワナと震えていた。一方、タルトで完全に自分を見失っている者は…。

 

依姫「姉さん、私はコレを毎日食べたいです!」

 

無茶苦茶な事を言い始めた。

 

豊姫「あゆみちゃんの都合もあるんだから、

   それは難しいんじゃないかしら?」

 

妹のわがままを大人の対応で言い聞かせる姉。

 

依姫「なら………」

 

だが妹はそう呟くと意を決し、

 

あゆ「わわわ、なになに〜!?」

 

あゆみを力強く引き寄せ、

 

依姫「攫って帰るまで!」

 

小脇に抱えた。その目は狂犬の様に周囲の者を睨み付けていた。

 

あゆ「助けて〜!」

 

悲鳴に近い声で助けを求めるあゆみ。本気で恐怖を感じ、目から涙を流していた。

 

永琳「いい加減になさい!」

 

 

--少女反省中--

 

 

依姫「大変失礼致しました」

鈴仙「いえいえ、お気になさらないで下さい」

レイ「先輩すみません…」

清蘭「依姫様の意外な一面っすね」

 

いつもの2人であればこの立場が逆だった。わがままな姉とそれを宥めるしっかり者の妹。それに見慣れている者達からすると、先程の状況はレア中のレア。素直に驚く者がいれば、

 

鈴瑚「ニシシシシシ、面白ーい。もう一回やって」

輝夜「ぷぷぷ、いい物が見れたわ」

 

面白がって喜ぶ者も。だが、その被害者は

 

あゆ「怖かったよ〜」

 

たまったものではない。それもそのはず、拉致される寸前だったのだ。あゆみは自分の体を抱きしめながら涙を流し、震えていた。そんなあゆみに近づく豊姫。

 

豊姫「あゆみちゃん怖がらせてごめんね。

   はい、いい子いい子」ナデナデ

 

あゆみを優しく抱き寄せ、頭を撫でながら、耳元で囁く様に妹の失態を謝罪した。

 

レイ「豊姫様、流石にその様なやり方では…」

 

その光景は正に子供をあやす母と子。それで許される筈もないだろうと思うレイセンだったが、

 

あゆ「ふぁ〜。もっとして〜」

  『えー…』

 

割とアリだった様だ。

 

 

--少女充電中--

 

 

あゆ「豊姫さんのおかげで完全復活です〜!」

依姫「あゆみ、本当に申し訳ない」

 

立ち直ったあゆみに改めて深々と頭を下げて謝罪するお騒がせ姫様。

 

あゆ「もう大丈夫ですよ〜。それよりも…」

 

その謝罪に笑顔で答える被害者。それとは別にあゆみには気掛かりな事が。向けた視線の先にいる少女が先程から一口も食べず、タルトを凝視したまま涎を滝の様に流し続けているのだ。それは餌を目の前に『待て』を命じられている飼い犬の様。

 

あゆ「あの〜…、サグメさんでしたっけ〜?

   タルト嫌いでした〜?」

 

あゆみが涎だらけの少女、サグメになぜ食べないのか問いかけると、サグメは言葉を選びながら答えた。

 

サグ「……怖い」

あゆ「怖い?大丈夫ですよ〜。安全ですよ〜」

 

サグメの言葉が食中毒を気にしているのだと思い、答えるあゆみだったが、

 

サグ「……」

 

本人はまだ踏ん切りがつかないといった様子。あゆみがどうしたらいいのか考えているところに、

 

豊姫「なら、食べたら私が口を塞いであげるぅ。

   だから、我慢しないで食べたらぁ?」

 

豊姫からの謎の提案。何も知らない者からすれば「なんでそんな事を?」と疑問に思うだろう。

 

サグ「……じゃ」

 

その提案に乗っかる事にしたサグメ。タルトをカットし、口へと運んでいく。頬張る直前に一度豊姫に視線で合図を送り、

 

パクッ。

 

食べた。

 

サグ「お い し」

 

間髪入れずに言葉を発するサグメに、慌てて手で口を塞ぐ豊姫。

 

サグ「!!」

豊姫「あ、危なかったぁ」

依姫「間一髪でした」

輝夜「あと一文字だったわよ!」

 

そのタイミングは正にギリギリセーフ。皆が肝を冷やす中、

 

あゆ「ん〜?なんで〜?」

 

納得いかないあゆみ。

 

永琳「あゆみちゃん、サグメはね

   『口に出すと事態を逆転させる』能力を

   持っているの。しかもそれは自分の意思とは

   無関係に発動しちゃうの」

輝夜「3文字まではセーフなんだけどね」

依姫「何がきっかけになるか分からない以上は

   こちらも用心するしか方法がないのです」

サグ「…」

あゆ「だから喋っちゃいけないの?」

サグ「…」コクッ

 

俯きながら小さくなって頷くサグメ。

 

あゆ「そんなの変だよ!可哀想だよ!

   美味しいなら『美味しい』って言えば

   いいじゃないですか!」

 

誰に言った訳でもなく、あゆみは悲しい瞳でらしくない強い口調で叫んだ。思いを汲んだ永琳はあゆみを宥めるように、落ち着いた口調で話し始めた。

 

永琳「あゆみちゃんの言う事は最もだと思うわ。

   でもね、それが原因で能力が発動したら、

   あゆみちゃんが作る物全てが『不味い』物

   になり兼ねないのよ?もしかしたら、それ以

   上に良くない事だって…」

サグ「…」

 

サグメ自身にとってもこの能力は望んで得た力ではなかった。この力は言わば呪い。気が遠くなる程の長い人生の中で、彼女は言いたい事も言えず、ただ黙って過ごすしかなかった。周りもそれが普通の事で、当たり前の事だと思い、気遣う者もいなかった。そんな中、初めて出会った小さな少女は彼女の事を「可哀想」だと言った。彼女はそれが堪らなく嬉しかった。それだけで十分だった。

 

あゆ「なら…ちょっと待ってて〜」

  『ん〜?』

 

皆が疑問に思う中、小さな少女はそんな彼女のために動いていた。

 

あゆ「サグメさん!

   これに言いたい事を書いて下さい」

 

少女が持ってきたのは、彼女と一緒に外の世界からやって来た鞄の中のノートとボールペン。

 

あゆ「口に出せないなら、書けばいいんですよ〜」

  『おーー!』

永琳「確かにこの方法なら」

豊姫「こんな簡単な方法があったなんてねぇ」

依姫「発想の転換ですね」

輝夜「あゆみ、やるわね」

鈴仙「ホントあゆみちゃんには驚かされてばかりね

   」

レイ「サグメ様、良かったですね」

清蘭「じゃあ早速何か聞いてみるっす!」

鈴瑚「サグメ様、それ美味しかった?」

 

予想外なナイスアイデアに皆が歓声を上げ、あゆみを讃えた。そして、会話の手段を手に入れたサグメは、鈴瑚の問いに迷う事なく、筆を走らせた。だがその内容は…。

 

カキカキ[すごく美味しかった(≧∇≦)]

 

【挿絵表示】

 

  『えっ…』

 

サグメを古くから知る者達は皆、顔を引き攣らせた。

 

あゆ「良かった〜。おかわりいる?」

カキカキ[いっぱい欲しい o(≧▽≦)o ]

依姫「姉さん、サグメって…」

豊姫「案外可愛らしいところあるのねえ」

 

 

--皆女子会中--

 

 

お茶と共にタルトを食し、話に花が咲く女子一同。

彼女達の今の話題は…。

 

あゆ「豊姫さんって昔話の『浦島太郎』の

   あの乙姫なんですか〜?」

豊姫「ふふふ、そうよ。本人よ」

 

あゆみにとって予想だにしない真実だった。誰もが知っている昔話のヒロインがまさか目の前にいるとは、誰も思うまい。その裏話と真相は色々ある様で、

 

永琳「まったく、あの時はあなたの身勝手に

   振り回されたわ」

依姫「その節は姉が本当にお世話になりました」

 

大変だったらしい。

 

輝夜「あゆみ、そう言う事なら私も昔話の

   『かぐや姫』よ」

 

ここでまた意外な事実が。あゆみと共に生活をしている少女が「自分はかぐや姫だ」と言い出した。その事を信じていないのか、

 

あゆ「へ〜」

輝夜「何よ、反応薄いわね」

 

スルーするあゆみ。そしてその態度が気に入らない自称かぐや姫だった。しかし、輝夜の言う事は事実であり、彼女もまた昔話のヒロイン。そしてその話にも裏話と真相が色々ある様で、

 

清蘭「輝夜様の時はこっちが大変だったんっすよ」

鈴瑚「清蘭もう済んだことなんだからいいじゃん」

レイ「あの時大変だったなー。ねー、先輩?」

 

こっちも大変だったみたいだ。

そしてレイセンが放ったこの一言が、

 

鈴仙「…ごめんなさい」

 

彼女の先輩を苦しめた。その時の話は鈴仙からすれば苦い記憶で、思い出す度罪悪感で押し潰されそうになった。今でも彼女はその事を悔やんでおり、涙目で頭を下げ後輩達に謝罪した。

 

レイ「あ、あれ?本気で謝らないで下さいよ」

 

先輩からのまさかの本気の謝罪に後輩は焦った。そんなつもりは全く無く、ただ話の流れで言っただけで、まさか真に受けるとは思わなかった。そしてこの状況の中、嬉しそうに筆を走らせる少女が。

 

カキカキ[レイセン泣かせたー (σ°∀°)σ]

 

今のサグメは言わば本来の姿であり、憧れだった。もう何も隠さず、素直に思った事を表現できる。もう彼女の筆を止めれる者は誰もいない。

 

あゆ「カグちゃん『かぐや姫』だったの〜!?」

 

大幅な遅延でやってきたリアクションに、

 

  『えっ、今?』

 

呆れる一同。しかし、これがあゆみの通常運転。

 

カキカキ[おそっ ∑(゚Д゚)]

 

そしてこちらはいつもより特急運転の様だ。

その後も女子会は笑い声が絶えず、気付けば外はもう暗くなっていた。そして月からの客人達は帰る時間に。

 

豊姫「八意様ごちそうさまでしたぁ」

依姫「突然押し掛けて申し訳ありませんでした。

   あゆみ、一緒に月で暮らさない?」

永琳「ダーメ。そんなにスイーツを食べたければ、

   あゆみちゃんのお店に買いに行きなさい」

レイ「先輩、また遊びに来ますね」

清蘭「今度は遊びに来て下さいっす!」

鈴瑚「その時はお団子とお餅をご馳走するよ」

鈴仙「あ、うん(もう来ないで)」

カキカキ[輝夜様もお元気で (^^)/~~~]

輝夜「あ、うん(めんどくせー)」

 

輝夜との挨拶を終えたサグメはあゆみに近づき、

 

カキカキ…。

サグ「……ん」

 

何かを書き終え、あゆみにノートとボールペンを返した。あゆみがノートに視線を落とすとそこには、

 

  [ありがとうヽ(;▽;)]

 

泣き顔の顔文字と共に感謝の言葉。それを見たあゆみが再び視線を上げると、

 

ぎゅーっ!

 

無口な悲劇のヒロインがあゆみに力強く抱きついた。始めは驚いた王子様だったが、彼女の気持ちが伝わったのか、

 

あゆ「うん、サグメさん元気でね」

 

抱きしめ返して別れの言葉を囁いた。そしてタイミングを見計らった様に、

 

豊姫「それじゃあみんな挨拶はもういいかしらぁ」

 

豊姫が能力を発動させ、客人達は一斉に月へと帰っていった。

 

輝夜「あ゛ー…、どっと疲れが」

鈴仙「ふー…、くたくたです」

 

その場でヘナヘナと腰を下ろす2人。そんな2人とは反対に

 

あゆ「また来て欲しいな〜」

 

再び会える事を月に願うあゆみだった。

 

ドサッ!

 

突然大きな物音。皆が音の方へ視線を向けると、そこにはグッタリと横たわったスイーツ店の代理店長が。

 

あゆ「チビウサギちゃん?」

輝夜「え、てゐ?」

鈴仙「てゐ!?どうしたの!」

永琳「ちょっとどうしたのよ!?」

輝夜「襲われたの?」

鈴仙「私、救急箱取って来ます」

 

皆が代理店長を心配し、慌てて駆け寄ると彼女は弱々しい声で呟いた。

 

てゐ「あゆみ…、お店が大変ウサ…」

あゆ「え?」

永琳「あゆみちゃんのお店がどうしたの!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

てゐ「大繁盛ウサ」

輝夜「は?」

 

眉をひそめる輝夜と

 

てゐ「客が尋常じゃない程押し寄せて来たウサ」

永琳「えーと、つまり?」

 

額に人差し指を当て、状況整理をする天才薬師。

 

てゐ「疲れたウサ。もの凄い疲れたウサ…」

あゆ「え?え?え?え〜〜!?」

 

頭を抱えながら大混乱する店長。だが、その顔は困惑というよりも嬉しそう。

 

永琳「あゆみちゃんやったじゃない!

   人里の皆があゆみちゃんの作る

   スイーツに満足してるって事よ!」

 

状況整理が完了した天才薬師はあゆみの手を取り、興奮しながら讃えた。しかしその店長は、

 

あゆ「でも…何で急に〜?」

 

そうなる原因が思い当たらなかった。確かに少しずつ客が増えてはいたが、てゐがくたくたになる程ではなかった筈だった。不思議に思っているところに、てゐがその元凶について語り始めた。

 

てゐ「小傘のせいウサ。アイツがスイーツをあちこ

   ちで配ってたみたいウサ。来たお客がみんな

   同じ様な事を言ってたウサ」

あゆ「そう言えば買う時に、そんな事言ってた〜。

   なんか皆をビックリさせられるって」

てゐ「しかもアイツ足りなくなったからって今日、

   また補充しに来たウサ」

輝夜「何そのスパイラル」

永琳「予想外の客引きがいたのね」

 

小傘の働きに呆れつつも驚く一同。そして、その連鎖はまだまだ続く様だ。そこに、てゐを心配して救急箱を取りに行った鈴仙が戻って来た。

 

鈴仙「持ってきました!」

永琳「取り敢えず栄養ドリンクあげてくれる?」

鈴仙「え?怪我じゃないんですか?」

てゐ「ファイト一発が欲しいウサ…」

 

 

 




小学生の頃、人を驚かす事にはまっていた時期があり、悪戯を仕掛けてその様を見て楽しんでいました。
まさに(てゐ+小傘)/2=主 みたいな感じです。
そんな主に担任の先生は「やるなら人を喜ばす方法で驚かせなさい」と注意し、それが幼いながらも胸に響きました。あれは名言だったと思います。

次回:【Menu⑦:アップルパイ(サクサク)】
ヤツが動きます。


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Menu⑦:アップルパイ(サクサク)


アップルパイは熱くても冷めてても美味しい。
ただ食べ終わると生地のカスの
散らかり様が酷いんですよね…。


迷いの竹林の中にある永遠亭。

 

今は朝食が終わった頃、

永遠亭の縁側には今日は5人の乙女が、

 

ズズー…。

 

  『はぁ~。お茶が美味し~』

永琳「あゆみちゃん昨日はありがとう。

   助かったわ」

 

昨日月からの客人達に出したスイーツは、多くの者を喜ばせ、ある者の正気を失わせ、またある者のこれまでを逆転させた。それはスイーツを作ったあゆみにとってこの上ない名誉なこと。

 

あゆ「いいえ〜、皆喜んでくれて良かったで〜す」

 

永琳の言葉に笑顔で答えるあゆみ。彼女にとって昨日は最高な日になった様だ。しかしその一方で、

 

輝夜「もう暫く来ないで欲しいわ」

 

気疲れした者もいれば、

 

てゐ「私はもう一人は嫌ウサ」

 

体力的に疲れきり、昨日は最悪だったと思う者も。皆が昨日の余韻に浸っているところに、

 

鈴仙「そうそう、あゆみちゃんお店どうするの?」

 

思い出したかの様にスイーツ店の心配をする鈴仙。昨日のてゐが言っていた事から、今日も同様の事が起きると容易に予想できた。彼女はその事を気遣っていたのだが、

 

あゆ「う〜ん、もう少しストックを増やして〜」

輝夜「いやいや、そうじゃなくてさ…」

 

店長としては商品が売り切れる事を心配している様だ。

 

てゐ「私も本格的に手伝うウサ」

鈴仙「そうだよ、そうしなよ!」

 

昨日の地獄を体験した者からの申し出を受け入れる様に促す鈴仙だったが、

 

あゆ「う〜ん、取り敢えず今日行ってみてから

   考えるよ〜」

 

いまいちピンと来てない様子の店長。

そしてこの日、店長とてゐが店に行ってみると、てゐが言ってた様に開店前にも関わらず、店の前には長い列が。そして、多めに用意していたドーナツとシュークリームは昼過ぎには完売してしまい、後から来た客に悪い事をしたと思う店長だった。

 

 

--翌日、永遠亭縁側にて--

 

 

輝夜「で、どうだったの?」

あゆ「昨日行ってみて分かったよ~。

   やっぱりお店でも作れる様にならないとダメ

   かも〜」

 

昨日の教訓から店での追加生産が必要だと感じ、俯きながら答える店長。売り切れ後に来た客の残念そうな顔をもう見たくないと思っていたが、

 

輝夜「でもお店に窯は無いんでしょ?」

てゐ「作るにしてもスペースが無いウサ」

 

簡単に解決出来る訳でもなさそうだ。そこに、

 

永琳「ならもう内側の工事しちゃったら?」

 

笑顔でしれっととんでもない事を言い出すスポンサー。

 

鈴仙「でもお師匠様、資金が…」

 

当然の心配である。

店のオープン時に一度工事しており、それ程時間が経過していない。更に今度は外観を少し変えるのとは違い、内側の構造も変える事になり、前回よりも大変な工事になる事が想定された。しかし、そんな心配をする鈴仙をよそにスポンサーは、

 

永琳「それなら多分問題無いわよ。

   前回の工事の時に頼んだ鬼達から工事の資金

   はいらないって言われてるの」

  『えーーーっ!?』

 

また笑顔でとんでもない事を言い出した。

 

輝夜「何よそれ…、鬼は慈善事業でも始めたの?」

てゐ「ありえないウサ。どういうつもりウサ」

鈴仙「お師匠様、何か理由があるんですか?」

 

引き攣った顔でスポンサーに視線を集める一同。これもまた当然の反応。一日で終わってしまった工事ではあったものの、工事をした方からすれば仕事の依頼である。それを無償でとなると…。

皆が不思議に思っている中、天才薬師は瞳を閉じ、思い出す様にゆっくりと話し始めた。

 

永琳「ふふ、それはね。どうやら私は鬼達に

   大きな貸しを作ってしまったらしいの」

輝夜「鬼に恩を作るなんて、何をしたのよ?」

てゐ「お師匠様はやっぱり只者じゃないウサ」

鈴仙「いったいどんな事を?」

 

彼女が語った意外な事実に驚きつつも、更に詳細を求め、身を乗り出すあゆみ達。そんな彼女達に彼女は片目を瞑り、

 

永琳「それはヒ・ミ・ツ♡」

 

人差し指で可愛らしくリズムをとった。いや、爆弾を投下した。

 

  『…』

 

被弾した者達は慌てて円陣を組み、

 

輝夜「歳を考えろってのよ」ヒソヒソ

てゐ「今のは強烈ウサ…」ヒソヒソ

鈴仙「見たくなかった…」ヒソヒソ

あゆ「面白かったね〜」ヒソヒソ

 

緊急会議が開かれた。するとそこへ、

 

妹紅「あゆみーー!!」

 

大きな籠を背負い門から猛スピードであゆみ達の方へやって来…

 

ズザーーッ!!(ブレーキ音)

 

妹紅「あゆみ!頼まれてた果物採って来たんだ!

   林檎が美味そうだったから沢山採ったんだ!

   これで一昨日のスイーツ作れるか!?

   あの甘酸っぱくてシットリしたやつ!

   なぁ、あゆみムリなのか?

   何か材料が足りないのか?

   足りなければ買ってくるから、

   また作ってくれよ。なあ!なあっ!!」

 

あゆみに掴みかかり、目の色を変えて早口でまくしたてる妹紅。

 

輝夜「ちょちょちょっと!

   あんた少し落ち着きなさいよ!」

鈴仙「妹紅がこんなに必死なの初めて見るかも」

てゐ「フルーツタルトがよっぽど気に入った…

   と言うより中毒レベルウサ」

永琳「でも気持ちは少し分かるわ。

   それであゆみちゃん、作れそう?」

 

完全にキマっている中毒者のために、もう一度フルーツタルトを作れないかあゆみに問いかける永琳だったが、

 

あゆ「えー…っと、ごめ〜ん!」

 

あゆみは顔の前で両手を合わせ、妹紅に謝った。

その言葉を聞いた妹紅の顔はどんどん暗くなっていき、

 

妹紅「そんな………、もう……食べれないの?」

てゐ「絶望に満ちた顔をしているウサ…」

鈴仙「なんかちょっと気の毒かも」

 

正にこの世の終わりといった表情を浮かべた。

 

輝夜「あっははは、その顔!最っ高よ!」

 

そんな妹紅を指して腹の底から大笑いをする無神経な姫。

 

永琳「姫様!空気を読んで下さい!」

あゆ「あのね…、怒らないでね〜?」

妹紅「うん…」

 

永琳が輝夜に注意する中、あゆみは宥める様に語りかけ、妹紅は次の言葉を固唾を飲んで耳を傾けた。

 

あゆ「何を喋ってたか分からなかったから〜、

   もう一回ゆっくり話して欲しいな〜…」

 

イラッ!

 

妹紅「ちゃんと聞いてろよ!!」

あゆ「イタイイタイ〜!嘘つき〜!」

 

 

--少女聴取中--

 

 

あゆ「うん、大丈夫だよ〜」

妹紅「やっっったー!また食べれるんだぁー!」

 

あゆみの言葉に両手でガッツポーズを取り、大喜びをする妹紅。その目には心なしか薄っすらと涙が。

 

鈴仙「本当に嬉しそうね」

てゐ「一度地に落とされた分、反動が大きいウサ」

 

皆が安堵する中、

 

輝夜「ちぇっ、つまんないのー」

 

事の結末が不服そうなモラルのない姫。そんな彼女の態度に呆れた薬師は鋭い目つきで、

 

永琳「姫様、これから『道徳』というものを

   みっちりと教えて差し上げます」

 

説教モードへと切り替わった。

 

輝夜「や、やだなぁ永琳。冗談よ、冗〜談」

 

永琳の面倒な提案を逃れようと苦笑いを浮かべ、何とかその場を凌ごうとする輝夜。一方、沢山の果物を受け取ったあゆみは、妹紅が持って来た籠の中身を見て別の事を考えていた。

 

あゆ「林檎の量が凄い多いから〜、

   アップルパイにしたいな〜。

   今から作るからそれ食べてみて〜。

   あとチビウサギちゃん手伝って〜」

てゐ「任せるウサ」

 

 

--少女調理中--

 

 

てゐ「できたウサ」

 

てゐがトレイに乗せて持ってきたのは生地に包まれた四角いアップルパイ。湯気が立ち、甘酸っぱい香りを漂わせ、食べ頃を周囲にアピールしている。

 

輝夜「いい香り。でも私の知ってるアップルパイ

   とは少し違うわね」

あゆ「熱いうちがおススメで〜す」

 

皆にアップルパイが行き渡ったところで、いざ!

 

  『いただきまーす』

 

サクサク…。

 

一口咥えた途端、食欲を唆る音色か響いた。そして熱々の果汁が口いっぱいに広がり…。

 

輝夜「おっいしー!」

永琳「うん、流石ね」

妹紅「コレもアリだな」

鈴仙「…」

 

皆がアップルパイに満足しているところに、

 

てゐ「ふっふっふ…」

 

腕を組み不敵な笑みを浮かべるイタズラ兎。

 

輝夜「何よ、急に笑い出して」

 

何事かと不審に思う輝夜。だが更に、

 

あゆ「ふっふっふ〜」

 

あゆみまでが腕組みをして、不気味に笑い始めた。

明らかに様子のおかしい2人に、

 

永琳「何?どうしたの2人共」

妹紅「ついに壊れたか?」

 

正気を疑う永琳と妹紅。そんな2人にあゆみはパッと笑顔を作り、種明かしをした。

 

あゆ「実はそれ、私は作ってませ〜ん」

てゐ「全部私が作ったウサ」

妹紅「いやいやいやいや…」

輝夜「ウソだー」

永琳「まさかー」

鈴仙「!」

 

あゆみとイタズラ兎の言った事が信じられず、疑いの眼差しを向ける一同。だがイタズラ兎は続けて

 

てゐ「私だってやればできるウサ」

 

と、腕を組んだまま反り返り、疑う一同を上から見下ろした。実は本当にあゆみはてゐに作り方を教えていただけだった。日頃からあゆみの手伝いをしているてゐは、いつの間にかスイーツ作りの手際を習得していたのだ。

 

ガタンッ!

 

突然椅子の倒れる音が部屋中に響いた。

 

ズンズンズンズン…

 

てゐ「な、何ウサ?」

 

大きな足音でてゐに近づいたのは…。

 

鈴仙「…今の本当なの?」

 

鈴仙だった。両手に拳を作り、肩を怒らせている。俯いており、前髪で隠れて顔色を窺う事が出来ない。彼女はポソリと呟き、更に続けて

 

鈴仙「まだおかわりあるの?

   どれくらい作ったの?

   りんごは足りるの?

   他の材料は?

   いる物あったら言って!」

 

どんどん口調を強くし、てゐを威嚇する様に問いかけた。

 

  『へ?』

 

一斉に素っ頓狂な声を出しつつも、この光景に見覚えがある一同。

 

永琳「これは…」

輝夜「単細胞の時と同じね」

妹紅「あ?今私をバカにしたか?」

 

皆が「今度は鈴仙か」と思っている最中その本人は、

 

鈴仙「お願い!もっと頂戴!

   アレないと私生きていけない!」

 

てゐの腕を掴み、跪いて涙目で懇願していた。

 

てゐ「でも残りは今日お店の日替わりメニューに…

   」

 

この状況に慌てながらも、鈴仙の神経を逆撫でしない様に説得を試みるてゐだったが、

 

鈴仙「じゃあ今ここで全部買う!」

 

完全にキマっている鈴仙には意味を成さなかった。

 

永琳「ちょっと落ち着きなさい!」

 

 

--少女反省中--

 

 

永琳「まったく…。妹紅といい、依姫といい、

   今度は鈴仙って…」

 

ため息をつきながら頭を抱えるお師匠様。

 

てゐ「怖かったウサ…」

鈴仙「ごめんなさい!」

 

鈴仙が自分の失態に深々と頭を下げ詫びているところに、

 

輝夜「変な物入れてないわよね?」

 

妙な疑いを掛けられるてゐ。しかもこれで2度目。彼女の日頃の行いを考えると至極当然ではあるが、

 

てゐ「失礼ウサ!そんな事してないウサ!」

 

本人は怒りながらキッパリとそれを否定した。

 

妹紅「美味すぎるのも考え物だな」

永琳「あゆみちゃん達は悪くないわ。あなた達が

   気をしっかりと持てばいいだけでしょ?」

 

ごもっともな意見に、

 

  『はい…』

 

再び反省する妹紅と鈴仙。

そこに今まで黙っていたあゆみが、

 

あゆ「永琳さ〜ん、お店の改装のこと…」

 

忘れられては困ると永琳に話しを切り出した。

 

永琳「ああ、そうね。妹紅、また萃香達にお願い

   してくれないかしら?あゆみちゃんがお店を

   改装したいんですって」

妹紅「あ?もう?改装って何するの?」

あゆ「ん〜と、窯かオーブンが欲しいの〜。

   できれば室内に〜」

妹紅「あー、なる程ねぇ。金はどうするんだ?」

永琳「ふふ、あるけど多分必要ないと思うわよ。

   取り敢えず言ってみて」

妹紅「よく分からないけど、じゃあ行ってくるよ」

 

永琳の言葉に若干の違和感を感じつつも、頑張る友達の為に動き出す妹紅。

 

あゆ「それじゃあ私達も行こうか」

てゐ「用意は出来てるウサ。

   あとは荷車に乗せるだけウサ」

あゆ「ありがとう。仕事早いね〜」

 

笑顔で店へと向かうあゆみとてゐ。

 

鈴仙「私も薬の売り上げと補充行ってきます。

   あゆみちゃん、一緒に行こう!」

 

その後を追う様にいつもの仕事へと向かう鈴仙。

そして、

 

ポツン。

 

1人だけ取り残された輝夜。

 

輝夜「えっと…」

永琳「残っちゃいましたね。

   ところで姫様のご予定は?

   あ、聞くだけ野暮でしたね」

 

そんな彼女にわざと神経を逆撫でする様に話を切り出す保護者。

 

輝夜「ぐっ…」

 

何も言い返せず、膝の上で拳を握り歯をくいしばる引き篭もりに、追い討ちを掛ける。

 

永琳「あゆみちゃんのお店、

   てゐだけで大丈夫かしら?

   猫の手も借りたい程忙しいと思うなー」

 

遠回しではあるが、分かりやすい。そして遂に。

 

輝夜「私…、行ってくる!」

永琳「はい、お気を付けて」

 

永琳達にとってこれまではあまりにも長かった。永遠の様に続いてきた時間の中、面倒くさがり屋で屋敷から出ようとしない輝夜が、今自分から進んで友達を助けに行ったのだ。その事実に永琳は心から安堵し、人知れず涙が溢れた。

 

永琳「あゆみちゃん、ありがとう」

 

 




次回:【Menu⑧:アップルパイ(ジュワ~)】
ついに動き始めた輝夜。何事もなく…か?


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Menu⑧:アップルパイ(ジュワ~)※挿絵有

前回の後編です。

最近やたら暑いですね。そういう時は涼しい喫茶店でアイスコーヒーと共に小説を書く。長い間いるとやたらと空調が強く感じるですが、あれは意図的なのでしょうか?



《前回までのあらすじ》

一気に人気の出たスイーツ店。永遠亭で事前に用意していた商品は早々に売り切れ、店での追加生産を決意したあゆみ。しかし店には窯がなく、あゆみが途方に暮れているところに、寺子屋の遠足で大量の林檎を収穫した妹紅がやって来た。その彼女に再び鬼達にあゆみの店の改装の依頼を伝える様にお願いをする永琳。妹紅は鬼達に伝えるために、あゆみとてゐは店の営業のために、鈴仙は薬の販売のためにそれぞれが動き出した。そんな中、一人取り残された輝夜。永琳からの後押しもあり、ついに彼女が動き出した。

 

 

--スイーツ店--

【OPEN】

 

 開店と共に押し寄せる客の波。ドーナツとシュークリームは飛ぶ様に売れて行き、日替わりメニューとして出したアップルパイの人気も上々。客の列は外まで続き、慌ただしく動く店員達。でも今日は輝夜が加わり、その表情にはどこか余裕がある。

 あゆみ達が店に向かっている途中で輝夜が追いつき、いきなりあゆみの店を手伝うと言い出したのだ。あまりにも突然な事に驚いたあゆみ、てゐ、鈴仙ではあったがあゆみは笑顔で受け入れ、てゐと鈴仙は泣きながら喜んだ。

 

 そして今は昼飯時、客の数が落ち着いてきた頃。丁度のタイミングで萃香達が店にやって来た。

 

萃香「よ!この前ぶり!」

勇儀「お邪魔するよ」

あゆ「萃香さん、勇儀さん!お待ちしてました〜。

   ありがとうございま〜す」

 

しかし、開店の工事の時に来ていた2人の鬼の姿がなかった。

 

あゆ「あれ〜?今日はお二人だけですか〜?」

勇儀「あー、あのバカ達は野球で来れないんだよ。

   アイツにこそやらせないと意味無いのに」

 

あゆみの問いに呆れ顔で答える勇儀。更に、

 

萃香「でも前から決まってたみたいだし」

勇儀「それでもだよ。受けた恩を返さないなんて

   鬼の名に泥を塗る様なもんだよ」

 

萃香の弁護にも腕組みをして否定的といったご様子。

 

あゆ「あの〜…」

勇儀「ああ、悪いね。窯が欲しいんだって?

   奥見せてくれるかい?」

あゆ「はい、案内しま〜す。チビウサギちゃん、

   カグちゃん少しお願いね〜」

  『はーい』

 

萃香達を奥へ案内する為、店頭を離れるあゆみ。

 

萃香「ねー、今のって永遠亭の姫?」

あゆ「そーですよ〜」

勇儀「やっぱりか!アイツ働き始めたのか!?」

あゆ「今日から手伝ってくれてるんですよ〜」

萃香「明日隕石でも降るんじゃないの?」

 

輝夜の変わり様に驚く2人。輝夜の事を知る者達からすれば、天地がひっくり返る程あり得ない話で、翌日の天変地異を心配したくもなる。

 そんな2人をあゆみが店の奥へ案内すると、鬼達は部屋を見回し、柱や壁の具合を軽く叩きながら確認した後、工事の内容と作れる窯の大きさを店員達に説明していった。

 

勇儀「とまあこんな感じだけど、質問はあるか?」

 

勇儀の質問に黙って首を横に振る店員一同。

 

萃香「他に何かやって欲しい事ある?」

輝夜「この際だから頼んじゃえば?」

勇儀「遠慮しないで言ってみな」

 

あゆみ達からすれば願ってもない申し出。萃香と勇儀の言葉に店長は

 

あゆ「え〜っと、じゃー…。

   でも難しいかもしれないし〜。

   出来ればでいいかなぁ〜って感じで〜、

   あ、でもでもやっぱり欲しかったり〜」

 

視線を横に外し、両手の人差し指を突き合わせ、モジモジとこねくり回しながら答えた。遠慮をしているのかしていないのか、やって欲しいのか欲しくないのか、よく分からない彼女に

 

イラッ!

 

輝夜「いったい何を言いたいのよ!!」

あゆ「ごめんごめん!イタイイタイ〜」

 

拳のドリルで闘魂を注入する輝夜店員。その光景を初めて見る者達は、

 

勇儀「随分と活発な姫様だな…」

萃香「痛そー…」

 

顔を引攣らせ拳の間で涙目になっているあゆみを哀れんだ。

 

てゐ「いつもの事ウサ」

 

しかし見慣れた者からすれば、どうって事のない日常の光景。そして、熱りが冷めたところで、店長が頭を抑えながら話し始めた。

 

あゆ「えっと屋根付きの外で食べれる席が

   あったら良いな〜って」

 

それは所謂テラス席。テイクアウトだけではなく、ゆっくりと食べていって欲しいという彼女の願いだった。

 

輝夜「それはちょっと難しいかもね」

勇儀「屋根の増築は簡単に出来るけどね」

 

しかし店の敷地は狭く、無理にテラス席を作ろうとすれば、道にはみ出てしまうのだ。 その2人の言葉にしょんぼりと肩を落とす店長。

 

萃香「団子屋みたいに椅子出すだけじゃダメなの?

   」

 

代替案を出す萃香だったが、あゆみが置きたいのは椅子とテーブル。客にはそこで友達達とコーヒーや紅茶と一緒にケーキを食べて、楽しいひと時を過ごして欲しいと考えていた。萃香の案に賛成する事ができず、唸り声をあげて悩む店長。そんな彼女を見かねて、

 

てゐ「ちょっとどれくらいまで使えるか聞いてくる

   ウサ」

 

そう言い残して、てゐは店を出て役場へと走って行った。テラスの事はてゐが戻るまで保留という事で、あゆみから他の改装希望を聞き終えた勇儀は、

 

勇儀「じゃあこれからの段取りだけど、早速今から

   始めるよ。だから中にある商品は外に出した

   方がいいよ」

 

作業を開始する旨を伝えた。しかしそうなると問題が…。

 

輝夜「ちょちょっと待って!

   じゃあ暫くお休みってこと?」

萃香「そうなるかな?」

輝夜「せっかくお客さんが来てくれてるのに…」

 

店内の工事の為、必然的に店での商売が出来なくなる。今スイーツ店の人気はうなぎ登りで、そんな時に休みとなるのは大きな痛手で、輝夜の意見は真っ当だった。すると店長は、

 

あゆ「じゃあお店の前でドーナツだけでも

   露天販売しようか?」

 

限られた商品ではあるが、店外での販売を提案した。この案に輝夜はしばらく考えた後、口を開いた。

 

輝夜「そうね、何もしないよりかはマシね」

勇儀「お前さんがソレを言うか?」

萃香「ふふふ…」

 

今日まで何もせず、ただ屋敷に引き篭もっていた輝夜。その彼女の口から出たまさかの言葉に苦笑いをする鬼達だった。

 その後鬼達は工事の準備を始め、あゆみ達は鬼達が工事を始める前にと、急いで店内の片付けと商品の避難を開始した。それぞれが準備を進めているところに、

 

てゐ「ただいまウサ、聞いて来たウサ」

 

出掛けていたてゐが戻って来た。

 

  『どうだった?』

てゐ「閉店後に片付けるならOKだって。

   あとは人がすれ違えるくらいのスペースを

   残していれば、問題ないらしいウサ」

あゆ「じゃ〜…」

輝夜「あゆみ良かったわね」

あゆ「やっっっった〜〜!」

 

大きな声で兎の様に飛び跳ねて喜ぶあゆみを安堵の笑顔で見つめる一同。

 

勇儀「となるとやる事は決まったかな」

萃香「そうだね。外の事は後日決めるとして、

   先に中をやっちゃおう。

   じゃあ気持ちを切り替えて仕事にかかるよ」

 

萃香の言葉と共に再び準備に取り掛かる一同。そして商品の避難と露天販売の準備来た頃、鬼達の作業が本格的に始まり、

 

ドガーン!!バキバキ!

 

店内からは凄まじい破壊音が。

 

てゐ「何事ウサ!?」

輝夜「凄い音ね…」

あゆ「お店壊れないよね〜?」

 

異常な音に店が心配になるあゆみ達。

 

カシャッ。

 

その3人の近くでシャッターを切る音が。音の方に視線を向けると、そこにはカメラを構える1人の少女がいた。

 

??「あやややや?今日はもう閉店ですか?」

あゆ「まだやってますよ〜。いらっしゃいませ〜」

??「あや、そうでしたか。ではドーナツを一つ。

   それと取材してもいいですか?

   あ、申し遅れました。

   私は『文々。新聞』の記者の

   『清く正しい射命丸』こと、

   射命丸文と申します」

 

新聞記者を名乗る少女は注文したドーナツを受け取ると、その流れで名刺をあゆみに手渡した。

 

輝夜「ブンヤが何の用?」

文 「いやー、今人里を賑わせているスイーツ店の

   取材を…って、あやややや!?

   あなた輝夜さんでは?」

 

ここで認めれば新聞の一面として取り上げられると瞬時に悟った輝夜は、声色を変え、

 

輝夜「な、何の事だろうなー。私はテルヨだぜぃ」

 

演じきる事を決意した。

 

てゐ「ネーミングセンスが皆無ウサ」

 

しかし、新聞記者としてはこれ程美味しいネタはない。その上わざわざ向こうから調理されに来ているのだ。そして彼女のスイッチが入った。

 

文 「…。ではテルヨさんに質問します。

   こちらで働き始めてどれくらいですか?」

輝夜「き、今日から…だぜぃ」

文 「ここのおススメは何ですか?」

輝夜「シュークリーム、だぜぃ」

あゆ「ぷぷぷ〜」

てゐ「くっ、苦しいウサ」

 

【挿絵表示】

 

 

輝夜の必死の演技にあゆみは口を抑え、てゐは腹を抑えて笑いを堪えた。

 

文 「では、最後に妹紅さんに一言お願いします」

輝夜「見てなさいよ単細胞!

   もう私の事を引き篭もりなんて

   言わせないんだから!」

あゆ「…」

てゐ「…」

文 「はい、輝夜さんありがとうございまーす」

 

何食わぬ顔でサラサラと手にしたメモ帳に輝夜のコメントを記載していく新聞記者。調理は完了し、美味しく召し上がった様だ。

 

輝夜「しまったー!」

 

頭を抱え跪く輝夜。

 

てゐ「しまったも何も全然隠せてないウサ。

   自分の首を絞めただけウサ」

文 「なぜお店の外で販売を?」

あゆ「今改装工中なんです。

   中で鬼さん達が工事してくれているんです」

 

あゆみが質問に答えた瞬間、その新聞記者の顔が青くなり、

 

文「あややややや。あ、取材はもう結構ですので、

  私はこれで失礼します」

 

挨拶をそこそこに空の彼方へと猛スピードで飛んで行った。

 

あゆ「はや〜い。でもどーしたんだろ〜?」

てゐ「鬼と天狗は上司と部下の関係ウサ。

   だから面倒事から逃げたウサ」

あゆ「天狗?」

てゐ「天狗。さっきのブンヤ」

あゆ「…」

てゐ「…」

あゆ「え〜〜〜っ!」

てゐ「なる程、このタイミングで…。あれ?」

 

てゐの視線の先には頭を抱えたままガタガタと震える輝夜が。

 

てゐ「姫様どうしたウサ?」

輝夜「新聞…。どうしようどうしよう」

てゐ「2人共面倒くさいウサ」

 

 

 




次回:【Menu⑨:ショートケーキ(スポンジ)】
あの話とリンクします。


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Menu⑨:ショートケーキ(スポンジ)

ケーキの王道と言えばショートケーキ。
幼い時はケーキ+ジュースとか平気でいけてましたが、もうムリ...。




迷いの竹林の中にある永遠亭。

 

今は朝食が終わった頃、

永遠亭の縁側には今日は6人の乙女が、

 

ズズー…。

 

  『はぁ~。お茶が美味し~』

鈴仙「早めに工事が終わって良かったね」

あゆ「うん、萃香さん達のおかげだよ〜」

 

 工事を始めた翌日から、勇儀と萃香の他に多くの鬼があゆみの店の改装の為に駆け付け、当初の予定よりも早く工事が終わったのだ。

 

萃香「ふふふ、気に入ってくれたかな?」

 

そして今日は暇を持て余した萃香がお茶を啜りに来ていた。

 

あゆ「はい!とっても〜。

   素敵なお店になりました〜」

 

萃香の質問に満面の笑みで答えるスイーツ店の店長。

 

輝夜「今日から新装開店ね。私も頑張ろ!」

 

いつも以上に気合いを入れ、今日一日を楽しんであゆみの手伝いをしようとする輝夜。そんな姫の姿に、

 

永琳「あの姫様が…。私は嬉しいです」

鈴仙「お師匠様。私も涙が…」

てゐ「ウサ…」

 

保護者と従者達は感極まり、目頭を押さえた。

 

萃香「新聞にも載っちゃったしね〜」

 

 文が取材に来た次の日の「文々。新聞」の朝刊の一面に、大々的に輝夜が店で働いている事が載り、幻想郷中で朝から驚きの声か上がったという。そして、その日から店には男性客が一気に増え、輝夜は店の看板娘へと昇進したのだった。

 

輝夜「ちょっと大袈裟よ。でも…、その…。

   今までごめんね」

 

涙ぐむ3人に呆れつつも、これまで迷惑を掛け、心配させていた事を謝罪する看板娘。

 その光景に胸を打たれた萃香は、

 

萃香「いい話だなぁ〜」

 

笑顔を浮かべるもその瞳には薄っすらと光る物が。

 

永琳「ごめんなさいね。

   ところで工事費はお幾らかしら?」

 

 気を取直した天才薬師は指で涙を払いながら、店の改装費を尋ねてみた。すると萃香は、

 

萃香「ん?そんなの決まってるでしょ?

   要らないよ」

 

さも当たり前の様にしれっと爆弾を投下し、

 

  『えーーーっ!?』

 

被爆した者達は竹林を揺らす程の大声で驚いた。

 

鈴仙「以前にもお師匠様が言ってましたけど、

   いったいどうして?」

てゐ「慈善事業を始めたウサ?」

あゆ「なんで?なんで〜?」

輝夜「いったい何でそうなるのよ?」

 

真相を聞こうと萃香に詰め寄る4人。以前永琳にお茶を濁され、その頃からずっと気になっていた様だ。

 そんな4人に萃香は空を見上げ、思い出に浸りながらゆっくりと語り始めた。

 

萃香「永琳はね、私達の仲間を助けてくれたんだ。

   そいつはその時命が危ない状態だったんだけ

   ど、永琳の薬のおかげで救われたんだよ。

   しかも高級な材料の殆どを賄ってくれてさ。

   私達が出したのなんて、ほんの少しだけ…」

永琳「ふふ、そんな事もあったわね。

   もう随分前の事だから、

   気にしなくてもよかったのよ」

萃香「いいんだ。いつかは恩返ししたいって

   みんなで言ってたから。いい機会だったよ」

 

思い出話に花が咲く2人。

 当時の事を永琳は今でも鮮明に覚えていた。永琳が日常を過ごしているところに、突然血相を変えて飛び込んで来た2人の鬼。1人は萃香だったが、もう1人は年老いた鬼だった。萃香が連れて来た彼と永琳は顔を見知った仲で、友人とはいかないまでも知人ではあった。

 その彼が永琳に会うや否や、「何も聞かずに薬を作ってくれ」と頼んで来たのだ。流石にそれは無理があると断る永琳に、彼は余計な事を話さない様に、慎重に言葉を選びながら説明し、永琳は彼達のために薬を処方する事を決意したのだった。

 だが、誤算があった。滅多に作らない薬故、材料が切れていたのだ。しかもその材料は高価な物で、中には特殊な液に入れ、ゆっくりと時間をかけて抽出する必要な物があった。

 彼達の様子から切羽詰まっていることを察していた永琳は事情を話し、その場は代わりに症状を緩和させる薬を手渡したのだった。

 

 あれから月日は流れ、永琳の薬で助けられた『そいつ』は今…。それはまた別の話で。

 

永琳「そう言えば彼…先生は元気?」

 

永琳があの日萃香と共に訪れた鬼の近況を尋ねた。

 

萃香「うん、相変わらず儲からない診療所で

   のーんびりとやってるよ」

永琳「あの人の能力便利よね。

   医者として羨ましいわ」

 

 年老いた鬼の能力『診る程度の能力』。検査をせずとも見た者を瞬時に診察してしまう能力に、医者であれば誰もが嫉妬する能力だと語る『あらゆる薬を作る程度の能力』を持つ天才薬師。

 

永琳「そういえば、あゆみちゃんも彼と似た能力を

   もってるのよ」

萃香「え?そうなの?どんな能力?」

あゆ「『見つける程度の能力』

   って言われました〜。

   安全、危険が色で見えるんで〜す」

萃香「どう言う事?」

 

あゆみの答えに眉を顰める萃香に天才薬師は、

 

永琳「体験してみるのが早いわよ」

 

あゆみ vs 萃香の試合を提案した。

 

 

--少女移動中--

 

 

 屋敷の外へと移動するあゆみ達。あゆみと萃香が少し距離を取って互いに向き合い、他のギャラリーは2人を残して、更に離れた位置から見守ることにした。

 

萃香「あゆみー、通常弾出せるのー?」

 

あゆみに聞こえる様に大きな声で尋ねる萃香に、

 

あゆ「出せませ〜ん」

 

両手で拡声器を作って返事をするあゆみ。

 

萃香「スペルカードもないよねー?」

あゆ「無いで〜す」

 

その様子を遠くから見ているギャラリー達は…

 

輝夜「あれ近くで話せばいいんじゃない?」

 

「ルールくらい先に決めておけ」と思う輝夜に

 

鈴仙「通常弾も出せなければ、

   スペカも無くて弾幕勝負しようなんて、

   何も知らない人は戸惑いますよね…」

 

萃香の心境を察する鈴仙。

 

永琳「あゆみちゃんはいつぶり?」

てゐ「もう暫くやってないウサ」

 

 あゆみが弾幕ごっこをするのは輝夜に狩られた時以来で、久しぶりの事だった。故にまだまだ初心者。そんなあゆみを察してか、

 

萃香「じゃあ、一発勝負にしよー!

   私がスペカを宣言するからー、

   全部避けたらあゆみの勝ちねー!」

あゆ「は〜い!」

 

萃香は短期勝負の優しいルールを提案した。

 

鈴仙「一発勝負にするみたいですね」

永琳「妥当ね。初心者で弾幕を出せない人相手に

   スペカを3枚も使おうとなんて、

   普通は思わないわよ」

 

呆れ顔でため息混じりに呟く永琳に、

 

輝夜「う、うるさいわね…」

 

顔を赤くして自分の大人気なさを悔いる輝夜だった。そしてギャラリー一同は弾幕ごっこの恒例なのか、

 

てゐ「萃香に一つウサ」

輝夜「じゃあ私も」

永琳「じゃあ私はあゆみちゃんに二つ」

鈴仙「また賭けるんだ…」

 

賭けが始まった。そんな事が起きているとは知らず、スペルカードを扇状に広げて眺める萃香。

 

萃香「んー・・・、どれにしようかなぁ?」

 

悩んだ末、

 

萃香「コレがいいかな?あゆみー!いくよー!」

 

勝負の一枚が決まった。

 

萃香「『地獄:煉獄吐息』!」

 

 彼女がスペルカードを宣言すると、大小2種類の光の弾が彼女を中心に打ち上げ花火の様に一斉に放たれた。

 

あゆ「わ〜…。すご〜い」

 

 輝夜の弾幕とは違い、力強く輝く光の弾達。その胸を打つ様な光景に思わず魅入ってしまうあゆみ。しかし我に返り安全な場所を求め、周囲を見回してみるが、

 

あゆ「また色がごちゃごちゃしてる〜!」

 

広がる景気はまたしても目に優しくない世界。頭を抱えて大声で叫ぶあゆみに、

 

  『えー…』

 

話しにならないとガックリと肩を落とすギャラリー達。そんなあゆみの目の前まで迫って来ている光の弾。彼女は身を屈め、右へ身を躱した。

 

バーーン!!

 

あゆ「危なかった〜」

 

辛うじて避けることが出来たが、輝夜の時とは違う大きな破裂音に驚き、振り向くと…

 

あゆ「地面…、穴…」

 

そこにはポッカリと口の開いた地面が。

 

鈴仙「え!?」

輝夜「ちょっと!威力そのままじゃない!」

てゐ「不味いウサ!あゆみ逃げるウサ!」

 

萃香の放った弾幕の威力が通常時の物である事に焦るギャラリー達。

 人間離れした彼女達でさえも怪我をしかねない弾幕の威力の上、あゆみは普通の人間、か弱い少女。当たれば怪我だけでは済まされない事が容易に想像できた。

 

萃香「えっ!?まだ不安定だったの!?」

 

 ギャラリー達の言葉が聞こえた萃香も焦りだすが、スペルカードを宣言してしまった後ではもう止める事が出来なかった。

 急に知った己のピンチに放心状態になるあゆみ。しかし、光の弾は容赦なくあゆみに次々と襲いかかる。次の弾はもうあゆみの目前。「もうダメ」と瞳を閉じて恐怖から逃れ様としたその時、一瞬だけ周囲の景色から赤色が消えた。

 そして、直ぐ側に緑色の場所を見つけ、

 

ババババーーン!!

 

間一髪の所で避難する事に成功した。次の避難所を求めて視線を移すが、目に映る景色はまた2色の世界。

 そんな状況が頭にきたのか、

 

あゆ「もー!なんなの〜!」

 

大声で愚痴を零すのだった。しかし愚痴を零したところでピンチの状況には変わりなく、一度深呼吸をして落ち着く事にした。

 先程一瞬だけ見えた景色。その時自分は何をしていたか急いで思い出すあゆみ。

 

   頭が真っ白になった…

   怖かった…

   目を瞑ろうとした…

 

そう、彼女が目を瞑ろうとした時に一瞬だけ、その光景は顔を出した。そして彼女は更に気付いた。

 

あゆ「そう言えば…。

   さっきは片目だけ瞑っていた様な…」

 

試しにあゆみが片目を閉じると…

 

あゆ「真っ赤なんですけど〜!」

 

今度は逆に最悪の世界が顔を出した。

 

てゐ「さっきから何やってるウサ?」

 

1人で騒いで落ち着いて、また騒ぎだすあゆみが心配になるてゐ。

 

鈴仙「もう次が来てるよ!」

輝夜「そこ危ないわよ!」

 

そんなあゆみを助けようと声を上げて誘導する鈴仙と輝夜。

 彼女達の声が聞こえたあゆみは急いでその場を離れるが、萃香のスペルカードはまだ終わらない。

 片目を閉じたら緑色の所だけ見えたと思えば、再び片目を閉じれば今度は真っ赤。両目では色が入り組み、見るに耐えない。もうどうしたらいいのか分からないあゆみは、恐怖と絶望から涙を流し始めた。

 

あゆ「ん〜?」

 

 流れた涙を手で拭った時、待望の世界があゆみの目の前に広がった。何が起きているのか理解出来てはいない彼女だったが、その姿勢のまま緑色の場所を求め、移動をし続けついに…。

 

萃香「あゆみー!スキルブレイクで私の負けだよー!」

あゆ「へ?」

 

試合終了、あゆみが勝利した。

 

 

 

 




次回:【Menu⑩:ショートケーキ(生クリーム)】
全弾回避に成功したあゆみ。その能力のカラクリは…。


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Menu⑩:ショートケーキ(生クリーム)※挿絵有

気付けばこの回でトータル50話目。
ここまであっと言う間でした。
読者の皆様にはいつも元気を頂いてます。
これからもよろしくお願いします。





《前回までのあらすじ》

 永琳の提案で萃香と弾幕ごっこをすることになったあゆみ。だが萃香が放った弾幕の威力は、彼女達がいつも行う弾幕ごっこの威力のままだった。触れれば大怪我を免れない上、あゆみの能力は依然として不安定な状態。しかしそんな状況の中、あゆみは片目を閉じれば色が1色になる事に気が付いた。そして萃香のスペルカードを避けきり、ついに初勝利を収めた。

 

 

鈴仙「凄い…」

てゐ「ついに全弾回避したウサ…」

輝夜「たまたま…じゃないわよね?」

 

目の前で起きた現実に、驚きを隠せないギャラリー達。しかし、1人だけ様子が違う者が…。

 

永琳「『見つけた』みたいね」

 

顎を引いて腕を組み、ポツリと呟いた天才薬師。

 今まで口を開かず、ただ試合を見守っていた彼女だけはあゆみを信じ、この展開になる事を予期していた様だ。

 

萃香「あゆみー!大丈夫?怪我はない?

   いやー、一時はどうなるかと思ったよ」

 

あゆみの事を心配して駆け寄る萃香。彼女も大変な事をしてしまったとハラハラしていたのだった。

 

あゆ「えーん、怖かったよ〜」

 

ようやく安心できたためか、膝をついて片目を抑えたまま泣き叫ぶあゆみ。そんな彼女に、

 

輝夜「あゆみ、泣いているところ悪いんだけど、

   もう一回だけできる?今度は私が相手で!

   威力はちゃんといつも通り落とすから」

 

半信半疑のいつものハンターがハンティングを申し込んだ。

 

あゆ「う、うん…」

 

 

--少女弾幕中--

 

 

輝夜「ウソ…」

 

だが結果は獲物を捕らえる事が出来ず、ハンター輝夜は完全に敗北した。この結果に、

 

鈴仙「お師匠様、これはもう…」

永琳「ええ、確定ね」

萃香「いや〜、お見事」

 

手を叩きながら賞賛する萃香を始め、皆が偶然ではない事を認識した。しかし、本人は少し違う事を思っていた。

 

あゆ「でも今だけかも〜」

てゐ「なんでウサ?」

あゆ「片目を閉じたら色を絞れるみたい

   なんだけど〜、萃香さんとやってたとき、

   真っ赤になった時もあって〜」

永琳「まだまだ不安定なのかしらね」

 

 あゆみの話から『能力はまだ不安定』と結論を出した天才薬師。しかし、この結論に妙な違和感を感じた者が…。

 

てゐ「あゆみ、私が今から弾幕を撃つウサ。

   それで右目と左目交互に見て欲しいウサ」

鈴仙「え?どう言う事?」

 

 

--少女弾幕中--

 

 

てゐ「どうウサ?」

あゆ「うん、そー言う事だったみたい〜」

永琳「なる程。そう言う事」

輝夜「え?どういう事?」

 

皆が納得していく中、未だ理解出来ず置いてけぼりになってしまった輝夜。そんな彼女に鈴仙があゆみの能力について解説をした。

 

鈴仙「たぶんあゆみちゃん、

   右目と左目で見える色が違うんですよ」

輝夜「じゃあ黄色は?あれは何なの?」

永琳「多分イレギュラーなケースだったんじゃない

   かしら?それに自分にプラスになる場所なん

   て、そうそう無いから確かめ様が無いわよ」

 

あゆみの能力が徐々に解明されていく最中…。

 

あゆ「でも疲れた〜。目がシバシバする〜」

 

その本人は精根尽き果てクタクタといったご様子。

 

永琳「じゃあ、後で目薬あげるわ。

   それとあゆみちゃん、

   前に頼まれてた物出来てるわよ」

 

 その後、萃香は「寄りたい所がある」と言い、永遠亭を去って行った。そして、てゐに店の開店準備を依頼したあゆみは、永琳に作って貰った『ある物』を持ち、今…。

 

あゆ「凄ーい!高ーい!」

 

空を飛んでいた。

 

輝夜「大丈夫?怖くない?」

 

ただし、輝夜に掴まって。

 

あゆ「うん、大丈夫〜!

   私絶叫マシーン大好きだから〜、

   高い所もスピードあるのも平気だよ〜」

 

輝夜の背で笑顔で答えるあゆみ。その返事は挑発しているようにも聞こえた。そしてそう受け取った輝夜は…。

 

輝夜「じゃあ…、しっかり掴まっててね!」

 

一度回転を加えて、更にスピードを上げた。

 

あゆ「あはは〜。たっのし〜〜〜☆」

 

 

--少女飛行中--

 

 

輝夜「着いたわよ」

 

 目的地に到着したあゆみ。彼女の目に真っ先に飛び込んで来たのは、

 

あゆ「わー、凄い大きなお屋敷〜」

 

怪しい紅色をした洋風の屋敷だった。

 

輝夜「それは紅魔館って言うのよ。

   でも今から行く所はこっちよ」

 

紅魔館に背を向け、歩き始めた輝夜。その後ろを付いて行くあゆみ。しばらく進んだ所で彼女達の目の前には大きな湖が広がっていた。

 そしてその辺りには湖を見つめて佇む一人の女性の姿が。彼女にある依頼をする事があゆみ達の今回の目的だった。あゆみは彼女に近づくと顔を覗きこみながら、

 

あゆ「あの〜…、レティさんですか〜?」

 

本人かを確認をした。

 

レテ「はい、私がレティ・ホワイトロックです。

   何か御用でしょうか?」

 

【挿絵表示】

 

 

突然顔を覗き込まれたにも関わらず、驚きもせず笑顔でゆっくりとした口調で話し始めるレティ。本人だと確認出来たあゆみはレティの顔色を伺いながら…

 

あゆ「実は〜、お願いがあるんですけど〜」

レテ「なにかしら?」

あゆ「コレを全部冷やして、

   凍らせて欲しいんです〜」

 

そう言ってあゆみが取り出したのは、掌サイズの袋。しかも大量に。袋の中には何やら液体の様な物が入っており、それを見たレティは首を傾げながら、

 

レテ「いいけど、コレは何?」

 

初めて見る物体について尋ねた。

 

あゆ「保冷剤って言うんです〜。

   長持ちする氷みたいな物で〜す」

 

あゆみが持って来たのは冷却前の状態の保冷剤だった。

 彼女は外の世界では当たり前に普及している保冷剤が無いと知り、これからのスイーツ店には必要だと考え、永琳に相談をしたのだ。あゆみからの相談に、天才薬師は笑顔で「任せなさい」と答え、あっという間に量産出来るところまで仕上げたのだった。

 

レテ「ふーん。面白いわね。

   じゃあそこに置いて少し離れてくれる?」

 

あゆみは永琳が作った大量の保冷剤をレティの前に置き、言われた通りにその場から後退した。レティは彼女達が離れた事を確認すると、両手を掲げ上空に渦を巻いた球体を作り出した。すると置かれた保冷剤は一斉にその渦の中へと吸い込まれていった。

 

輝夜「結構冷えるわね…」

 

レティが作り出した球体は冷気の塊。離れてはいるものの、風は輝夜達の方まで届き、彼女達の体をも冷やしていった。

 そして数分後…。

 

レテ「はい、終わり」

輝夜「早っ!」

あゆ「ありがとうございま〜す。

   わっ、凄ーいカチコチだ〜」

 

電子レンジで温めるが如くあっという間に保冷剤は固まった。

 

レテ「これくらいはお安い御用よ」

 

笑顔で謙虚な姿勢ではあるものの、少し自慢気に語るレティに、

 

あゆ「あの〜、これからもお願いしてもいいですか〜?」

 

保冷剤の追加生産の約束を取り付けようとするやり手店長。しかし、彼女からの答えは…。

 

レテ「いいけど、私は春までしかいないわよ?」

あゆ「え〜、カグちゃんそーなの〜?」

輝夜「残念だけどそうなの。

   レティは秋から春までしか姿を現さない

   妖怪なのよ」

あゆ「暑い時期程重宝するのに〜」

 

保冷剤メーカーからの返答に戸惑いを見せる店長。彼女としては春から夏の暖かい時期の活躍を願っていたのだ。そんな彼女の言葉に保冷剤メーカーは、

 

レテ「なら暖かくなったらあの子に頼めばいいわ。

   この時間は寺子屋に行ってるけど、

   これくらいならあの子でも出来るはずよ」

 

代理のメーカーを紹介した。

 

あゆ「寺子屋ってモコちゃんが通ってる〜?」

輝夜「ああ、あの…。でもあの子力加減できるの?」

レテ「寺子屋で練習しているそうよ」

 

輝夜もが知っている人物の様だが、2人の話から推測するにどうやら子供の様。しかし、あゆみとしては願ってもいない有益な情報だった。

 

あゆ「じゃあ今度会えたらお願いしてみま〜す」

 

 レティに礼を言い、店へと急ぐ2人。彼女達が店に着いたときは、開店時間まで15分を切っていた。

 

あゆ「チビウサギちゃん遅くなって…」

 

あゆみが慌てて店へ駆け込むとそこには…。

 

にと「やあ、待ってたよ。見て!遂に完成だよ!」

 

いつかの技術者の姿が。そしてその側にはあゆみが夢にまで見た待望の…。

 

あゆ「冷蔵機能付きショーケースだ〜!」

 

それを見て一気にテンションが上がったあゆみは、

 

てゐ「中は洗って拭いておいたウサ。

   もういつでも使えるウサ」

 

てゐの心遣いも

 

にと「ふっふっふ、今回は少し本気出したよ。何と

   言っても自慢はオートコントロール機能!

   しかも3つの場所でそれぞれ違う設定で

   温度と湿度を一定に保ち…」

 

誇らし気に語る技術者の言葉も

 

あゆ「ふぁ〜〜〜〜」キラキラキラキラ

 

目を輝かせながら右から左へと受け流した。

 

にと「えっと、聞いてる?」

てゐ「嬉しさのバロメーターを振り切ったウサ」

輝夜「あゆみ良かったわね」

 

今のあゆみは話が出来る状態ではないと悟った技術者は、

 

にと「あー、じゃあてゐに使い方を伝えておくよ。

   まず燃料は弾幕だから。

   そこの装置の受け口にスペルカードを入れて

   宣言すればいいから」

 

一番話が通じそうなイタズラ兎に説明をする事にした。

 

てゐ「強さは?」

にと「強すぎると壊れる可能性あるけど、

   中級クラスまでなら問題ないよ。

   私の『光学:オプティカルカモフラージュ』

   で4時間くらいはフル回転できたよ。

   あとは…」

 

 

--河童説明中--

 

 

てゐ「分かったウサ。あとで伝えておくウサ」

輝夜「取り敢えずいつもの開店準備は出来たわよ」

にと「じゃあ私は帰るね。

   お代はそこの紙に書いてあるから、

   今度来た時に払ってくれたらいいよ。

   あ、分割も有りね」

 

にとりは装置の使い方等の説明を、輝夜は店の開店準備を、てゐはにとりの説明の理解を、皆それぞれが自分の役割を全うしていく中あゆみは…。

 

あゆ「ふぁ〜〜〜〜」キラキラキラキラ

てゐ「いつも以上に余韻が長いウサ…」

にと「ふふ、こんなに喜んでくれるなんて、

   技術者として最高の幸せだよ。

   じゃあまた何かあったら呼んでねー」

 

顧客の素直な反応に笑顔で店を出て行く技術者。その後ろ姿は戦いに勝利した戦士の様に勇ましく、誇らしげであった。

 

輝夜「にとりありがとう。あゆみ!

   開店にするわよ」

あゆ「ふぁ〜〜〜〜」キラキラキラキラ

 

イラッ!×2

 

  『戻ってこい!』

あゆ「ごめんなさ〜い!」

 

 

 




次回:【Menu⑪:ショートケーキ(苺)】
揃うべきものが揃ったあゆみの店。いよいよ…。


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Menu⑪:ショートケーキ(苺)

ショートケーキの上に乗せられた苺。
主は最後に食べる派です。
そして酸っぱいのにあたるとたまに思います。
「先に食べれば良かった」と。


《前回までのあらすじ》

ついに自分の能力をコントロールする方法を見出したあゆみ。スイーツ店では改装工事を終え、新装開店の日を迎えた。更にあゆみが特注した『保冷剤』、『冷蔵機能付きショーケース』を手に入れ、店は今大きな変化を遂げようとしていた。

 

 

 

 

 新装開店した店は良好の滑り出し。あゆみ達が用意していた分のスイーツはあっと言う間に残り半分となっていた。そして増設したテラス席にも早速利用客が現れ、あゆみが思い描いていた店まであと一歩となっていた。

 

 

--昼休み--

 

 

そしていよいよ、

 

あゆ「ショーケースもある!窯もある!いよいよ

   念願のケーキ屋さんをスタートしま〜す」

 

その最後の大きな一歩を踏み出す時が来た。

 

てゐ「窯はいつでもいけるウサ」

 

腕を組み店長の指示を待ち受ける店長補佐。

 

輝夜「いよいよね。何から作る?」

 

拳をポキポキと鳴らし、更にターボを掛ける看板娘。

 

あゆ「やっぱり最初は…」

  『ショートケーキ!』

 

皆の意見が見事に一致した。

 

あゆ「私、先に生地を作り始めてるから〜、

   チビウサギちゃん材料を買って来て〜」

てゐ「了解ウサ。行ってくるウサ!」

 

店長からの指示に敬礼で答え、籠を手に張り切って買い物へと向かう店長補佐。そして自分への指示は無いと悟ってしまった看板娘は…。

 

輝夜「じゃあ私はいつも通りに休憩してるわ」

あゆ「手伝って欲しいかな〜」

 

そんな彼女に苦笑いをしながら、やんわりと「暇なら手伝え」と伝える店長だった。

 あゆみと輝夜がケーキの下拵えをしていると、

 

カラン!バタン!

 

突然店の扉を力強く閉じる音が店内に響いた。店の札は今【CLOSE】になっている筈だった。不思議に思ったあゆみが店頭に出てみると、

 

あゆ「あれ〜?モコちゃん?」

 

妹紅がいた。しかしいつもとは様子が違い、額から汗を流し、膝に手を当て、肩で息をしていた。

 

妹紅「はぁ…はぁ…。頼む、隠れさせてくれ!」

輝夜「げっ、妹紅。何で来…」

妹紅「うるさい、静かにしろ」

 

輝夜が言い切る前に小さな声で「喋るな」と命令する妹紅。頭にきた輝夜だったが、妹紅の切羽詰まった顔を見て、大人しくしてあげることにした。彼女達が店内で息を潜めていると、

 

??「モコたーん♡何処行ったのー?」

 

外から妹紅を呼ぶ男の声が。しかもあのプライドの高そうな妹紅を、馴れ馴れしく「モコたん」と呼んでいる。

 

あゆ「モコ『たん』?ふふふ〜」

輝夜「ぷぷぷ、モコたんだって。

   何?追われてるの?」

 

妹紅の変な呼ばれ方が可笑しく、口を押さえて笑うあゆみと輝夜。

 

妹紅「突然迫って来て…、…って言われた」

輝夜「は?」

妹紅「だから!いきなりさっきみたいに

   呼ばれて追いかけ回されたんだよ!」

 

顔を赤くし、恥ずかしさに堪えながら、事の経緯を説明する被害者。普段はキツイ口調の妹紅だが、それでも立派なレディー。異性から追いかけ回されるのは恥ずかしい上、怖かったのだ。

 

輝夜「あなたを?物好きがいたのね」

 

被害者にも関わらず、酷い言われ様である。そんな中、あゆみはと言うと、

 

あゆ「変な人がいて怖いね〜。

   チビウサギちゃん大丈夫かな〜?」

 

先程買い物に向かわせたてゐの事を心配していた。

 

 

--数分後--

 

 

カラン…、カラン…。

 

 どこか寂しいそうな鐘の音が店内に鳴り響いた。店の扉を開けて入って来たのは、買い物を終えたてゐだった。頭の耳は萎れ、顔は俯き加減で、暗い表情を浮かべている。

 

てゐ「…」

輝夜「てゐ?どうしたの?」

てゐ「私って個性ないピョン?」

  『ピョン?』

 

突然変わったてゐの語尾に驚くあゆみ達。いつもと明らかに違うてゐの様子に、輝夜は詳細を尋ねた。

 

輝夜「何それ?どうしたのよ?」

てゐ「さっき変な男に声をかけられて、

  『語尾がウサってあまり意外性がない』って、

  『鈴瑚と清蘭もいるし』って言われたピョン」

妹紅「お前も被害者か…」

てゐ「取り敢えず語尾を変えるピョン」

 

妹紅を追いかけ、てゐに精神的痛恨の一撃を与えた謎の男。あゆみは内からフツフツと湧き上がる気持ちを、いつかその男にぶつけ、「2人が納得するまで謝って貰おう」と誓うのだった。

 

 

--昼休み後--

 

 

 暫く店内で避難していた妹紅は、先程の謎の男がいない事を恐る恐る確認すると、足早に帰って行った。そして昼休みは終わり、午後の営業が始まった。

 

輝夜「ありがとうございましたぁ」

あゆ「お客さんの数も大分落ち着いて来たね〜」

てゐ「一時の大混雑は何だったピョン」

輝夜「物珍しさからでしょ?

   流行り廃りなんてそんな物よ」

 

てゐが体験した大混雑。その頃と比べると来客は途絶える事はないものの、比較的落ち着いており、1人でも対応出来る具合だった。そして、この機を逃すまいとあゆみはケーキ作りを決意した。

 

あゆ「じゃあ、後はカグちゃんお願いできる〜?

   チビウサギちゃん手伝って〜」

  『はーい』

 

 輝夜1人に客の対応を任せ、てゐと共にさっき用意しておいた生地を、新しく作った窯で焼いく。普段から使い慣れている永遠亭の物とは加減が違うためか、2人が緊張して見守る中、最初のスポンジが焼きあがった様だ。

 

てゐ「どうピョン?ちょっと早い?」

あゆ「ん〜難しいね。

   手前に置いて少し様子見かな〜」

 

スポンジを窯の手前に引き寄せ、具合を確認していると、あゆみが何かに気付いた。

 

あゆ「あれ〜?」

 

彼女の目に映ったのは、窯の中で黄色く光り輝くポイント。それも一箇所だけでなく、数箇所でそれぞれがある程度距離を保ち、「そこに置け」とでも言うように強く輝いていた。

 隣にいる店長の異変に気付いたてゐは、

 

てゐ「何か見えたピョン?」

 

能力を発動したと察した。

 

あゆ「チビウサギちゃ〜ん、

   真ん中の所にそのスポンジを置いてみて〜」

 

黄色く輝くポイントを指して指示を出すあゆみに、

 

てゐ「え?ここ?かなり温度高いけど。

   大丈夫ピョン?」

 

少し心配になりながらも、言われた通りに動くのだった。

 あゆみの指示で置かれたスポンジ。あゆみの目には黄色い光が徐々に変色する様子が映っていた。そして、光の色が赤へと変わろうとした瞬間、

 

あゆ「今!出して!」

 

急いでてゐに指示を出した。

 

てゐ「えっ、もう!?あちっ、どうピョン?」

 

窯から取り出したスポンジを再び確認するあゆみ。

 

あゆ「うん、今度は大丈夫。コレは第1号だから

   仕上げたらみんなで食べよ」

 

記念すべき最初のスポンジが焼きあがった。

 

てゐ「やったピョン!

   それにしても、あゆみの能力便利ピョン。

   窯はあゆみが担当して欲しいピョン」

あゆ「うん、分かった〜。

   じゃあ生クリームと苺をお願いね〜。

   後で私もそっちやるから〜」

 

あゆみの能力が意外な方向で役立つ事になった。

 その後、あゆみは窯の中の黄色く光るポイントへ生地を置いていき、焼き加減を見守っていた。

 光の上に置かれた生地達。光はその下からライトアップし、生地達はまるでステージの上の役者の様。自分だけが見ることができる舞台に、あゆみは鼻歌を歌いながら堪能していた。

 そして暫くあゆみが見守っていると、舞台の照明に変化が出始めた。黄色だった舞台照明が徐々に緑色へと変わっていったのだ。その色は見覚えのある色。あゆみをピンチから救ってくれた色。

 試しに1つ取り出して焼き加減を確認すると、第1号よりも良い感じに、ベストの焼き上がりだった。その事にあゆみは「赤色は少しやり過ぎだった」と反省した。

 全ての生地を焼き終え、てゐと協力して仕上げの作業を進めていく店長。

 

てゐ「大きいままのは何個残すピョン?」

あゆ「2個くらいにしとく〜。

   あとは切り分けて飾り付けしよ〜」

 

 時刻はちょうど昼と夕刻の間頃。店内は賑わっており、店頭では輝夜が一人でせかせかと客の対応をしていた。そこへ、切り分けられたケーキを持った店長がやって来た。

 

あゆ「ショートケーキが出来ました〜。

   どうぞお買い求め下さ〜い」

 

あゆみが大きな声で客にアピールしながら、入荷したばかりのショーケースへ並べていくと、

 

  『おー!』

 

客達から歓声が歓声が上がり、ついにあゆみの夢だった『ケーキ屋』がスタートした。

 

輝夜「やったわね!」

てゐ「つかみはバッチリモグ」

  『モグ?』

 

てゐの語尾がまた変わった。しかし、てゐ自身もシックリ来ていないと悟り、これはお蔵入りとなった。

 ケーキ屋としてスタートを切ったあゆみの店。しかし、ショートケーキの売れ行きは、予想以上に伸びていなかった。客達は食べた事のないケーキよりも、里で評判で安定感のあるドーナツとシュークリームを求めて来ていたのだ。そんな状況にあゆみは気落ちし、浮かない表情をしていた。彼女の希望はケーキ屋。しかし肝心なケーキが売れなければ、意味をなさない。

 やはり難しかったのか、とあゆみが考え事をしながらテラス席を片付けていると、

 

小傘「ばぁーーっ!!」

あゆ「…」

小傘「ワクワク」

あゆ「きゃーーーーーっ!」

小傘「コレ、コレ♡ん〜〜快・感♡」

輝夜「なになに!?何事よ」

 

突然のあゆみの悲鳴に慌てて出て来た輝夜。続いててゐが出て来たが…。

 

てゐ「あ、また来たダニ」

  『ダニ!?』

 

またまたてゐの語尾が変わった。

 

てゐ「おお、コレはいい感じダニ」

 

しかも今度は本人も納得といったご様子。しかし彼女が言うと、彼女だからこその問題が…。あゆみもその事を察していたが、今は棚に上げておく事にした。

 

小傘「また補充しに来ちゃった」

輝夜「彼女がスパイラルの元凶ね」

 

彼女がてゐの言っていた店を大繁盛させた立役者だと初めて認識した輝夜。彼女はまた今日も営業活動に勤しもうと、商品を購入しに来ている様だが。

 

てゐ「でもドーナツもシュークリームも

   残り僅かウサ」

小傘「えー、そうなのぉ!?」

 

商品が残り少ないと知り、ガックリとうなだれた。しかしそんな彼女の目に飛び込んできたのは、白くて苺が乗った丸い物体だった。

 

小傘「ん?アレは何?」

あゆ「ショートケーキだよ〜。味見する〜?

   そこで座って待ってて〜」

 

小傘にテラス席で待つ様に言い、ショーケースから小分けにしたショートケーキを一つ取り出し、小傘の下へ持って行くあゆみ。小傘は店の新商品をあゆみから受け取ると、それをまじまじと眺め、

 

小傘「へー、中に苺があるんだ」

 

一言だけ見た目の感想を残し、いざ!

 

小傘「いただきまぁす!」

 

大きな口でショートケーキにかぶり付いた。当然口の周りは生クリームだらけ。更に鼻の頭にまでクリームを乗せ、その姿は子供そのもの。そんな愛らしい姿を見て、また飛び付きたくなるあゆみだったが、

 

小傘「何コレーーーーー!?」

 

小傘の突然の大きな声に驚き、踏み止まった。そしてその小傘は、

 

小傘「ドーナツとシュークリームよりも美味しい!

   私こんなに美味しい物初めて食べたよ!

   ビックリだよ!コレ小さく切っていっぱい

   頂戴!」

 

初めて商品の「味」について感想を残した。しかも注文する気満々。小傘の注文に応え様とするあゆみだが、

 

あゆ「いっぱいって…どれくらい〜?」

小傘「あの大きいやつ!あの量で小さくして!」

あゆ「いいけど〜、明日までだよ〜。

   食べれるの〜?」

 

細身で小柄な彼女が1人で食べれるのか心配になった。だが、その彼女の答えはやはりと言うべきか、

 

小傘「ん?配るの」

 

自分で食べる様ではなかった。

 小傘が注文したのはホールのショートケーキ。

だが、それは綺麗に飾り付けがしてあり、細かく切って配るのには勿体無かった。どうしたらいいかとあゆみが考え始めたとき、彼女の脳裏を横切る物が。

 

あゆ「チビウサギちゃん!

   最初に作ったケーキどーした〜?」

 

店内に戻ったてゐに大きめの声で第1号のケーキの行方を尋ねた。

 

てゐ「クリームを塗って中の冷蔵庫にあるダニ」

あゆ「それ、小傘ちゃんにあげてい〜?」

てゐ「いいけど…。え?小傘あれ配るダニか?」

 

 てゐの言葉を聞くや否や、慌てて中に戻って行く店長。大急ぎで第1号のケーキを一口大に切り分け、大きめの皿の上へと乗せていく。そして皿がいっぱいになったところで、それを持って小傘の下へ。

 

あゆ「小傘ちゃん!お金はいらないから、

   コレ全部配って来て〜」

 

小傘へ営業の協力を依頼する店長。

 

小傘「うわぁ、すごーい!大量だぁ!」

 

皿に並べられた大量のケーキに目を輝かせる営業担当は、

 

あゆ「まだ少しあるから、

   足りなくなったらまた来て〜」

小傘「任せてぇ」

 

張り切って営業活動へと出かけて行った。

 すれ違う人達に、手当たり次第にケーキを配っていく営業担当。客はケーキを口にする度に驚きの表情を浮かべ、営業担当は満足といった様子で喜んでいた。

 そんな彼女を店内から見ていた3人は。

 

てゐ「どうなっても知らないダニよ」

あゆ「だって〜…」

輝夜「今のうちに休憩してくるわ」

 

これから起こるであろう事態を薄々察していた。

 

 

 




謎の男、迷惑極まりない。
誰でしょうね。

次回:【Menu⑫:ショートケーキ(メッセージプレート)】
日頃お世話になっている人達へ感謝をこめて。


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Menu⑫:ショートケーキ(メッセージプレート)

ケーキに飾られた板チョコ。
通称メッセージプレート。
これは幼い頃は喧嘩の火種でしかなかった…。





《前回までのあらすじ》

新装開店したあゆみの店。そして、いよいよ彼女念願のケーキ屋として歩き始めた。しかしショートケーキの人気は低く、他の商品が売れていく中、再び現れた謎の客小傘。彼女こそ、あゆみの店の火付け役。そんな彼女に、あゆみはショートケーキの営業を依頼するのだった。

 

 

--2時間後--

 

 再び賑わいを見せる店内。客の殆どが小傘の営業によるもの。店員達は、一気に押し寄せて来た客の対応に追われ、息つく暇もない。客が多くとも買う物が限られていたので、接客がスムーズにいく筈だったのだが。

 

あゆ「はい、ショートケーキ2個で〜す。

   保冷剤を一つ入れておきますね〜」

客A「ホレイザイ?」

あゆ「氷みたいな物で〜す。

   食べれないので気を付けて下さいね〜。

   それと次回来て頂いたときに〜、

   保冷剤を持って来て頂いたら〜、

   お値引きしま〜す」

 

輝夜「何処まで持って行くの?」

客B「なんでそんな事聞くの?

   あっ!もしかして…」

輝夜「保冷剤の量を知りたかっただけでーす」

客B「へ?何それ?」

 

てゐ「ありがとうございましたダニ」

客C「これずっと冷たいの?」

てゐ「そのうち溶けて袋の中身が液化するダニ。

   そうなったらまた凍らさないと駄目ダニ」

 

あゆ「カットとホール、どちらにしますか〜?」

客D「何が違うの?」

あゆ「大きいのがホールで〜、

   小さいのがカットで〜す」

 

 幻想郷の人々は『保冷剤』『ホール』『カット』の言葉に馴染みが無い様で、彼女達は訪れる客達に都度説明をしていたのだ。これが原因で回転率が落ち、もう間も無くで閉店時間だというのにも関わらず、客が溢れ、店の外まで行列が出来ていたのだった。

 そして、ドーナツとシュークリームはいつもの様に売り切れ、残ったのはカットのショートケーキが一個とホールのケーキのみとなった。結局、あゆみ達が用意したホールのケーキは2個とも売れず、あゆみの貴重な反省材料となった。

 あゆみが店内にいる最後の客の対応を終える頃には、閉店時間を優に過ぎており…。

 

てゐ「あ!人里のお店が全部しまっちゃうダニ!

   急いで材料の補充に行って来るダニ!

   永遠亭に荷物置いてから来るから、

   遅くなるかも知れないけれど、

   後で迎えに来るダニ!」

輝夜「あー…、つっかれたー。

   私は一足先に帰ってるわね」

あゆ「うん、わかった〜」

 

激務を終え、店長を1人残して店を出て行く店員達。

 そして1人になったあゆみは、

 

あゆ「…った

   やった…、

   やった、

   やった〜!」

 

両手の拳を高らかに掲げ、確かな手応えとその余韻に浸っていた。それもそのはず、新装開店初日、ケーキ屋としての初日は見事大成功だったのだ。

 いつも協力を惜しまない永遠亭一同と妹紅、店の売り上げに貢献してくれた小傘、この店を無償で改装してくれた鬼達、そして彼女が作るスイーツを求めて買いに来る客達。あゆみが出会った数々の人達の協力があったからこそ、今この喜びを堪能できていた。あゆみはその事を充分過ぎるほど理解していた。

 

あゆ「ありがとう」

 

そして感謝の言葉を一つ呟き、いつか世話になったこの世界のみんなのために、恩返しをしようと心に誓うのだった。

 いつもより遅い時間になってしまったが、今日の営業は終了。店の看板もしっかりと【CLOSE】の文字が出されていた。そして、気持ちを入れ替えたあゆみは、店内の片付けをしていた。

 

あゆ「これでおしまい。

   チビウサギちゃんまだ来ないのかな?」

 

 片付けを一通り終えたあゆみだったが、てゐがまだ迎えに来ていなかった。大人しく待つ事を考えたあゆみだったが、今の彼女は気持ちが高ぶり、じっとしていられなかった。そして、てゐが迎えに来るまでの間、店の奥で明日の下準備をすることにした。

 

あゆ「うん、ここまで出来ればいいかな〜」

 

 明日の準備まで終わらせてしまったあゆみ。体を反らせ、大きく伸びをするのと同時に、大きな口で欠伸をした。あゆみの今日一日を振り返ると、朝は萃香と輝夜を相手に弾幕ごっこをし、その後レティへ保冷剤生産の依頼。更にその後は、店で出来上がったショーケースに大はしゃぎし、ケーキ作りと大勢の客の対応。あゆみにとって、密度が濃くて充実した一日だった。

 そんな彼女は今、ようやく緊張の糸が切れ、体力と気力共に限界を迎え、

 

あゆ「う〜…、眠い〜。頭がボーっとする〜」

 

瞳を閉じればそのまま眠れてしまいそうな程疲労していた。あゆみが眠い目を擦りながら、最後の気力を絞って片付けを進めていると…。

 

カランカラン。

 

 扉を開ける音が店内に響いた。あゆみは「てゐがようやく迎えに来てくれた」とほっとし、顔を出して店頭を確認した。しかし、そこに居たのはてゐではなく、あゆみと同じくらいの年齢の青年がいた。あゆみは「店の看板を【CLOSE】にした筈なのに」と思いながらも、

 

あゆ「は~い、いらっしゃいませ~」

 

せっかく来てもらったのだからと、客の対応をする事にした。

 

あゆ「あ~、ちょっと~、

   待っててもらえますか~?」

 

疲労のせいか、いつも以上に緩い口調のケーキ屋の店長。急いで片付けを済ませ、店頭へと向かった。

 

あゆ「お待たせしました~。

   片付けの~途中だったんで~」

 

疲れきった体でいつも通りに対応する店長。しかし目は虚ろで、思考も覚束無い状態だった。

 

??「あ、えと、ケーキを3つ」

あゆ「どのケーキにしますか~?

   3つとも同じですか~?」

 

完全に夢見心地。『どのケーキ』と聞くも、今あるのはショートケーキだけ。

 

??「あ、はい」

あゆ「じゃあ~、今は~このホールの

   ショートケーキしかないから~」

??「じ、じゃあ、それで」

あゆ「なにか~、メッセージ添えますか~?」

??「あ、えと、みんないつもありがとうって」

あゆ「は~い、

   『みんないつもありがとう』ですね~」

 

突然来た迷惑な客の注文を必死の笑顔で聞き終え、ショーケースからホールケーキを取り出し、作業をする為に店の奥へと向かうあゆみ。

 小さな冷蔵庫から板チョコを取り出し、言われたメッセージを入れようとした時、ある事に気付いた。その途端、彼女の全身に電流が走り、眠気が一気に飛んでいった。

 

あゆ「私…、あの人に何の説明もしてない」

 

 今日一日嫌と言う程客に説明してきた『ホール』という言葉の意味。しかしそれは会話の流れで察した可能性があった。だが、彼は『メッセージを添える』、これに関して何の疑問も持たなず、当たり前の様に、ケーキ屋に注文する様に答えていた。

 

あゆ「もしかして…」

 

あゆみの中で生まれたその疑惑を確かめるため、メッセージを添えたケーキを持って、遅れてやって来た客の下へ。そして、

 

あゆ「お待たせしました~。こちらになりま~す。

   お持ち歩きのお時間は~、

   どれくらいですか~」

 

敢えて外の世界のケーキ屋の店員と同じ様に振る舞い、様子を伺うあゆみ。

 

??「えと、$%¥#です」

 

しかし彼の口から出た言葉を理解する事が出来ず、寧ろ日本語なのかすら疑っていた。そして首を傾げ困った表情を浮かべ、

 

あゆ「ん~?」

 

伝わっていない事を合図した。

 

??「えと、すぐそこです」

 

今度は聞き取れた様だ。そしてその返事から、彼はこのやり取りが初めてではないと察したあゆみ。目的地が近くであれば、本来は必要の無い物なのだが、どうしても確かめたいあゆみは、最後の切り札をさり気なく差し出した。

 

あゆ「じゃあ~保冷剤一つ入れておきますね~。

   お会計はこちらで~す」

 

また様子を伺うあゆみ。彼の第一声を待つ。

 

??「あ、はい。え?安っ!」

あゆ「売れ残りのですし~、半額でどーぞ~」

 

やはり彼は『保冷剤』について何も聞かず、疑ったり怪しんだりといった表情もせずに、自然に受け入れた。彼女の疑惑はほぼ確信へと変わった。

 

??「あ@がと#ござ$ます」

あゆ「ん~?あー、どういたしまして~」

 

また所々聞き取れず、首を傾げるあゆみだったが、なんとなく伝わったみたいだ。

 

あゆ「またよろしくお願いしま~す」

 

カランカラン。

 

遅れて来た客を見送り、また1人になったあゆみ。先程あゆみが仕掛けた数々の罠は、

見事に隠れていた彼の素性を露わにしていった。しかしそれは余りにも突然で意外過ぎる事実に、あゆみは未だ半信半疑だった。

 

あゆ「あの人も外来人さんかな~?

   私以外にもまだいるんだ~」

 

カランカラン。

 

あゆみが店内に片付けたテラス用の椅子に腰を掛け、独り言を呟いた時、再び店内に鐘の音が響いた。

 

てゐ「迎えに来たダニ」

あゆ「あー、チビウサギちゃんありがと~。

   だけど~、その語尾はダメだよ~」

てゐ「でもコレはしっくりきてるダニ」

あゆ「でもそれだと~、出番減るよ~」

てゐ「メタいダニ…」

あゆ「いつものままの方が可愛いよ〜……」

てゐ「そ、そうかなぁ…。

   じゃ、じゃあ戻す…ウサ。

   うん、やっぱりこれが一番ウサ」

 

自分を見失い、彷徨い続けたてゐだったが、あゆみのアドバイスで本当の自分を取り戻す事が出来た様だ。

 

てゐ「あゆみ、ありがとうウサ」

 

頬を赤くしながら笑顔で感謝をするチビ兎。

 

あゆ「…」

てゐ「あゆみ?」

 

返事のないあゆみを不審に思い、顔を覗き込むと…

 

てゐ「あれ?寝ちゃったウサ。

   ふふ、嬉しそうにしちゃって」

 

 






Ep.2とリンクした回でした。
Ep.2を書いてる時にこの構想を思いつき、
今ようやく出せて満足しています。

次回:【Menu⑬:◯◯◯ケーキ(考案)】




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Menu⑬:◯◯◯ケーキ(考案)  ※挿絵有

一気に暑くなってきました。
まだ6月だと言うのに・・・。
7月・8月。今から不安です。





迷いの竹林の中にある永遠亭。

 

今は朝食が終わった頃、

永遠亭の縁側には今日は6人の乙女が、

 

ズズー…。

 

  『はぁ~。お茶が美味し~』

あゆ「レティさん、

   いつもありがとうございま〜す」

鈴仙「毎日わざわざ来て頂いて…」

輝夜「大変じゃない?」

レテ「いいのよ。いつも退屈してるから。

   私も頼りにしてもらえて嬉しいわ」

 

 保冷剤を使う様になってから、店に行く前に湖へ寄り、保冷剤を凍らせて貰っていたあゆみ達。しかし、それでは効率が悪い上大変だろうと、レティはあゆみ達の事を気遣い、永遠亭まで足を運ぶ様になったのだ。

 最初こそ驚いた彼女達だったが、今ではすっかり『縁側仲間』となっていた。

 そして季節はもう…。

 

レテ「でも、もう私が協力出来るのも…」

輝夜「そうね。もうすぐで交代の時期ね」

鈴仙「なんかあっと言う間だったね」

てゐ「ちょっと寂しいウサ」

あゆ「うん…、そうだね」

 

 永遠亭の周りの竹林では、筍が地面から顔を出し、人里では桜の木は見頃を迎えていた。

 

レテ「そんなにしんみりしないで。

   また寒くなったら会えるんだから」

 

暗くなった一同に、「今生の別れではない」と苦笑いをしながら答えるレティ。

 ここ幻想郷では季節毎に姿を現わし、冬眠の様に眠りにつく者達がいる。その者達は互いに、それぞれの季節が終わる頃、次の季節の者へバトンタッチを行い、季節が変わる事を知らせて来た。レティ・ホワイトロックもそういった者達の一人。そして、レティがバトンを渡す相手と言うのが…。

 

??「春ですよー」

あゆ「ふふ、そうだね〜」

輝夜「毎度毎度ワンパターンね」

てゐ「他の事を喋ってるところを

   見た事がないウサ…」

 

 彼女の名前はリリーホワイト。レティと同様、ある季節限定の少女である。春に姿を現し、幻想郷中に春が来た事を知らせて回るのだ。今は永遠亭の番の様なのか、先程からあゆみ達と一緒に、縁側に居座っていた。

 

レテ「そうね、もう春よね」

輝夜「例年通りまた花見でバトンタッチね」

てゐ「確かにもうそんな時期ウサ」

あゆ「花見?」

鈴仙「毎年桜が満開になる頃に神社でやるのよ」

てゐ「初詣の時行った所じゃないウサ」

あゆ「お店の近くの?そう言えばこのお守り…」

 

 あゆみが取り出したのは、この世界にやってきた次の日に、永琳から貰ったお守りだった。

 

レテ「博麗神社の…お守り?」

鈴仙「あゆみちゃん、律儀にいつも持ってるよね」

あゆ「うん、永琳さんから貰った物だし〜。

   肌身離さず持つ様に言われたし〜」

てゐ「あそこのお守りとか胡散臭ウサ」

輝夜「呪いのアイテムだったりしないわよね?」

あゆ「あはは、それはないんじゃないかな〜?」

リリ「春ですよー」

 

あゆみのお守りに疑惑の視線を向ける一同。博麗神社の事情を知る者達からすれば、「何か裏があるのでは?」と勘ぐってしまうのだ。

 そんな神社ではあるが、これまで数々の異変、幻想郷の危機を救って来たのもまた事実で…。

 

輝夜「でも不思議と集まっちゃうのよねー」

鈴仙「そうですね。霊夢さんの魅力で」

レテ「ふふ、そうね。花見は特に賑わうわね」

てゐ「毎回荒れるウサ。特にあの巫女酔うと…」

輝夜「そうそう、今回の犠牲者は

   誰になるかしらね」

レテ「そう言う意味なら、白玉楼の庭師も…」

  『あれも面倒くさい』

リリ「春ですよー」

 

笑顔で花見の思い出を語る幻想郷の住人達。

 それは大勢が集まり、花見とは名ばかりのお祭り騒ぎ。皆の表情と会話からその光景が目に浮かぶ様で、外の世界から来た人間は、

 

あゆ「いいな〜、私も行ってみたいな〜」

 

その場へ行き、自分も皆と一緒に楽しみたいと思っていた。そんなあゆみの思いは、

 

輝夜「じゃあ一緒に行こうか?」

てゐ「そうするウサ!一緒に行くウサ!」

レテ「参加者は拒まないから平気だと思うわよ」

リリ「春ですよー」

 

あっさりと叶った。

 こうして、あゆみの花見への飛び入り参加が決定した。花見へ参加出来る事が叶ったあゆみの表情は、羨ましさから喜びへと、顔の各パーツが一気に変化した。

 

あゆ「じゃあ今から手土産考えておこ〜」

輝夜「そんなの用意しなくてもいいのよ」

てゐ「気軽に行けばいいウサ」

鈴仙「でもあゆみちゃんが作ったスイーツを

   手土産にしたら、大騒ぎになるかもね」

 

あゆみの参加を心から喜ぶ一同。

 だが、そこへ予期しない爆弾が投下された。

 

レテ「そんなに美味しいんだ。

   それじゃあ『明日』が楽しみね」

リリ「春ですよー♪」

あゆ「…」

鈴仙「え?」

輝夜「花見って…」

てゐ「明日だったウサ?」

あゆ「ふぇ〜〜〜!」

 

突然知らされた花見の開催日。例年通りであれば、開催地から何らかの通知がある筈なのだが…。

 永遠亭一同が慌てる中、天才薬師がおすそ分け娘を引き連れ、彼女達の前に現れた。

 

鈴仙「あ、お師匠様!

   明日、恒例の花見みたいなんですけど、

   ご存知でした?」

永琳「ええ、私は妹紅から聞いていたから

   知っていたけど…。案内来てなかったの?」

てゐ「そんなの来てないウサ」

妹紅「いやいや、手紙で来てただろ?」

輝夜「手紙?」

レテ「私は紅魔館の方から教えて頂きましたが、

   やはり手紙で来ていたそうですよ」

 

永遠亭メンバーだけが知らない『手紙』。それがどういった物なのか分からず、彼女達が眉を顰めていると…。

 

リリ「春ですよー」

 

頭に被っていた白い三角帽子の中から、一枚のカードを取り出した春告げ精。どうやらこのカードが例の『手紙』の様である。それを見た永遠亭メンバーは、たった一人だけを除き、「初めて見た」というリアクションを取った。そして心当たりのある者は…。

 

??「あっ…、それ…」

 

そう言い残し、慌てて自室へと戻って行き、数分後、リリーホワイトが見せたカードと同じ物を、赤い顔をしながら持って来た。

 

??「あはは…。

   私が受け取ったままだったみたい…」

レテ「あらあら」

リリ「はーるでーすよー…」

妹紅「予想通りっちゃ、予想通りだがな」

永琳「はぁー…」

てゐ「読んですらいなかったと見たウサ」

鈴仙「もー!しっかりして下さいよ!」

あゆ「お手紙はちゃんと読まないとダメだよ〜」

 

皆から呆れ顔で注意される

 

輝夜「ごめんなさい…」

 

問題児兼、マイペースな姫だった。

 

 

 

 縁側でのお茶会を終え、いつもの様に人里に到着したあゆみ、てゐ、輝夜、鈴仙、妹紅。道中の話題は花見の手土産について。あゆみは参加者達に手製のスイーツを披露したいと、張り切っていた。

 

妹紅「じゃあ、私は寺子屋に行くからここで」

 

 日課の様に幻想郷唯一の学舎へ向かう妹紅。そんな彼女にあゆみは、日頃抱いていた疑問を投げかけた。

 

あゆ「モコちゃん、いつも寺子屋に行って、

   何を勉強してるの?」

 

事情を知らない者からすれば、妹紅の様な少女が毎日の様に足を運ぶ理由が何なのか、

気になるところではある。しかし、彼女の回答はあゆみの予想を覆す物だった。

 

妹紅「へ?勉強?私はそんなのしないよ。

逆だよ。寺子屋のヤツらに教えてるんだよ」

あゆ「…」

てゐ「今は待つ時間ウサ」

あゆ「えーーーーーっ!」

輝夜「意外でしょ?」

妹紅「お前に言われたくねーよ、ニート」

輝夜「ざんねーん。

   私はあゆみの店で手伝いをしているから、

   もうニートではありませーん」

 

妹紅の挑発を腰に手を当て、胸を張って否定する輝夜。あゆみの店の『手伝い』をしているので、ニートではないと言う主張なのだが…。

 

妹紅「あくまで『手伝い』だろ?」

 

一般的に、店の手伝い等はニートの部類には入らないのだが、妹紅の固い頭は「給料を貰っていない=ニート」と解釈していた。そして、輝夜もまた妹紅のこの一言が気に食わなかった。

 

輝夜「はあー!?ニートの意味分かってんの!?

   あんた寺子屋で辞書を引いて来なさいよ!

   どこまで頭の固い脳筋なのよ!」

妹紅「誰が脳筋だぁ!?」

 

里のど真ん中で火花を散らせる永遠のライバル達。止めようにも割り込めば飛び火は免れない状況の中、あゆみが2人に近寄り、

 

ポンッ。

 

それぞれの肩に手を置くと…。

 

あゆ「カグちゃ〜ん、モコちゃ〜ん。

   ここで喧嘩したら…。

   ワタシ、オ・コ・ル・ヨ?」

 

笑いながら2人を威嚇した。

 口では笑ってはいるものの、光が消えた瞳で2人をロックオンし、下手に動けば、迎撃され兼ねない雰囲気を漂わせていた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

これまでに感じた事のない殺気に萎縮した2人は…。

 

  『ご、ごめんなさい…』

 

素直に謝る事にした。

 

てゐ「あゆみが怒っているところ、

   初めて見たウサ…」

鈴仙「う、うん。もう怒らせない様にしよ…」

 

普段はにこにこと明るい笑顔のあゆみ。その彼女が初めて見せた怒りの表情。それは鬼の形相とは違い、静かな物だったが、周囲の者を黙らせるには充分過ぎる程の破壊力を秘めていた。そして、そのパンドラの箱を二度と開けてはならない、と誓う一同だった。

 

あゆ「仲良くね〜」

 

普段通りの明るい笑顔に戻り、仲直りをする様に促すあゆみ。

 

輝夜「ふ、ふん!」

妹紅「けっ!」

 

とは言え、状況が状況だったため、直ぐに仲直り出来る筈もない。

 そんな中、あゆみ達の後方から、

 

??「モコたーん♡」

 

いつかの男の声が。それに気付いた妹紅は背筋に電気が流れ、確認する間もなく全速力で走り始めた。

 

??「なんで逃げるのー?

   あーあ、また行っちゃった…。あれ?」

 

逃走した妹紅を追い掛けるのを諦め、あゆみ達の目の前に現れた青年。そう、彼こそが…。

 

てゐ「こいつウサ!!」

鈴仙「え?なになに?」

輝夜「こいつが…」

??「あ、てゐ!やっと会えた、この前はごめん。

   そんなつもりじゃなかったんだ」

 

深々と頭を下げて謝罪する青年。そして彼はそのままてゐに近づき、同じ視線になる様に屈み、にこりと微笑むと、

 

??「本当にごめんな。

   俺てゐの事が嫌いで言ったんじゃないんだ。

   許して欲しいな」

 

甘い囁きで更に謝罪した。

 

てゐ「そっ、そんなのズルいウサ!」

 

声を大きくし、真っ赤な顔で怒鳴る様に答えるてゐ。しかし、その表情は怒気を放っておらず、寧ろ…。

 そんな色男は改めて彼女達へ視線を向けると、

 

??「ん?んん?えっ!?嘘…だろ…?」

 

目を丸くし、何かに気付いた。そして、

 

??「グーヤ!グーヤだ!グーヤ!

   グーヤが外にいる!!」

 

突然、輝夜の下へ近寄り、彼女をまじまじと見つめ始めた。

 

輝夜「な、何よ。それに私は…」

??「蓬莱山輝夜だろ!?

   すげぇ!思ってた以上に可愛いし、

   超美少女でザ・和風美人。モロタイプだ!」

 

聞いている方が恥ずかしくなる言葉を、いとも簡単に易々と連発する色男。しかもそれは嘘や建前ではなく、心から出た真っ直ぐな言葉。

 そんな言葉をぶつけられた姫は…。

 

輝夜「なななな何を…」

 

てゐ同様、いや、それ以上に赤くなり動揺していた。更に彼は輝夜に畳み掛ける様にもう一球、しかも、さっきよりも強烈なストレートを投げた。

 

??「俺の嫁にならない?」

  『えーーーーーっ!?』

 

 これまで輝夜に求婚をしてきた者は山程いた。しかし、彼らは皆気持ちこそあったものの、飾られたよく分からない難しい言葉で、彼女に言い寄っていた。だが、当時の輝夜は今以上に色恋沙汰に興味がなく、彼等の思いを知りつつ、無理難題を突きつけ、その慌てふためく様を楽しんでいた。そしていつしか彼女の下へは、気持ちのない、ゲーム感覚で求婚をする者達だけになっていた。

 しかし、今彼女の目の前にいるこの青年は、飾り気のない真っ直ぐな気持ちで求婚をしていた。これまでにいなかった初めてのタイプの男に、輝夜は…。

 

輝夜「……い、イヤーー!!」

 

逃げ出した。

 

??「ちょ、グーヤー!何で逃げるのー!」

 

輝夜を追い掛け様とする青年だったが、

 

ガシッ!

 

あゆみが取り押さえた。

 

 

 




いよいよEp.4がエンディングへと動き出しました。
次回:【Menu⑭:◯◯◯ケーキ(企画)】


【おかりした物】
■モデル
①春子/ゆきはね様
 公式HP→http://yukihane.rdy.jp/
②藤原妹紅/nya様
③蓬莱山輝夜 / フリック様

■ステージ
 人里/鯖缶様
 
■エフェクト
 Adjuster.fx v0.21/Elle/データP様


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Menu⑭:◯◯◯ケーキ(企画)

『彼』の話を書くのは凄く久しぶりです。
ちゃんと書くのは初?


《前回までのあらすじ》

永遠亭メンバーに突然知らされた花見の開催日。それは明日。あゆみも一緒に参加することになり、皆が盛り上がる中、突然現れた謎の青年。彼はあゆみにとって因縁の相手でもあった。

 

 

 

 

 妹紅を追い回し恐怖させ、てゐを精神的に傷つけた男。あゆみが2人に誠心誠意に謝罪をしてもらおうと心に誓った男。その男が今、目の前に。そして今度は輝夜を毒牙にかけ様としている。

 

 

ゴゴゴゴゴゴゴゴ……

 

 

あゆみの背後に現れる不吉な効果音。

 

 

そして、

 

 

動いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あゆ「カッコイイ〜〜!イケメンだ〜♡」

  『へっ?』

 

あゆみの発言に困惑する一同。

 あゆみは彼を取り押さえた訳では無かった。彼の外観的魅力に魅了され、飛び付いただけだった。そんな彼女の瞳はてゐ達に飛び付いた時とは違い、ハート…。正に恋する乙女すそのものだった。

 一方で飛び付かれた方は、

 

??「は、離れてぇー…」

 

輝夜に平気な顔で求婚をしていたにも関わらず、顔を赤くし、必死にあゆみから逃れ様としていた。どうやら異性に触れられる事に慣れていないといったご様子。

 そして何とかあゆみの呪縛から解放された青年は、

 

??「な、何なんだよー!あ、グーヤ待ってー!」

 

あゆみから逃げつつ輝夜を追い掛けた。

 

が、

 

恋する乙女の力は凄まじい。

 

あゆ「きゃー!待って〜♡」

 

その彼を更に追い掛けた。

 

輝夜「こっちに来ないでー!」

??「グーヤー♡嫁になってよー!」

あゆ「イケメンさ〜ん、名前教えて〜♡」

??「うわっ!追って来た!?」

輝夜「あゆみ助けてー!」

 

取り残されたてゐと鈴仙。目の前で繰り広げられる奇妙な三角関係に、どう対処すればいいのか分からず、立ち竦んでいると、

 

??「鈴仙、変な男を見なかった?!」

 

彼女達の後方から鈴仙を呼ぶ声が。

 走りながらやって来たのは、白髪のおかっぱ頭の少女だった。鈴仙達と彼女は面識があり、名を

 

鈴仙「あ、妖夢。変な男って?」

 

魂魄妖夢。冥界にある白玉楼の庭師である。

 

妖夢「嫁になれとか言い始める変人です」

てゐ「それならあっちに行ったウサ」

 

てゐが3人の走って行った方を指差して答えると、

 

妖夢「ありがとうございます!

   少し待ってて下さい!」

 

そう言い残し、持ち前の運動神経を活かし、猛スピードで追い掛けた。そしてその直後、

 

妖夢「『人符:現世斬』」

 

彼女のスペルカードを宣言する声と共に、

 

 

ピチューン…

 

 

誰かが召されたのだった。

 

 

 

 

 数分後、ズタボロになった青年を引き摺りながら、てゐと鈴仙の下へ戻って来た妖夢。彼の変わり果てた姿から、何が起きたのか悠々と想像出来た2人は、苦笑いをしつつも、「ざまあみやがれ」と心の中で指差して笑っていた。

 そんな2人に妖夢は突然深々と頭を下げ、

 

妖夢「この度はご迷惑をお掛けして、

   申し訳ありませんでした!」

 

彼女達への無礼を詫び始めた。

 

鈴仙「えっ?えっ?えっ?」

てゐ「何であんたが謝るウサ!?」

 

妖夢のいきなりの謝罪に、訳が分からず戸惑う2人。彼にキツイお仕置きをしてくれた彼女に、寧ろ感謝さえしていたのだ。すると彼女はゆっくと頭を上げ、

 

妖夢「実は彼、白玉楼の居候でして…。

   買い物について行きたいと言うので、

   連れて来た途端…。私の監督不届きでした」

 

事情を話した後、再び頭を下げた。

 

てゐ「そうかも知れないけど、

   あんたは全然悪くないウサ!」

 

力強く「妖夢が謝るのは筋違いだ」と言うてゐ。隣の鈴仙もてゐの言葉に同意する様に大きく頷いた。

 

??「そ、そうだぜ…。みょん」

 

すると、彼女達の下の方から弱々しい青年の声が聞こえて来た。かなりキツイお仕置きだった様で、声を発するのもやっと、といったご様子。

 

??「悪いのは…、俺…。

   てゐ、優曇華。ごめん…なさい」

 

彼が今できる必死の謝罪だった。これもまた、心からの飾り気のない、真っ直ぐな気持ちだった。が!

 

ドコッ!×2

 

  『その名で呼ぶな!!』

 

妖夢と鈴仙に踏み潰されるのだった。しかしそんな状況下でも、

 

??「(幸せー♡)」

 

と青年が思っていた事を彼女達は知る由もなかった。

 そしてこの時、青年の口から出た言葉をてゐは聞き逃していなかった。

 

てゐ「何でコイツ、鈴仙のフルネームを知ってるウサ?」

 

謎が多い奇妙な青年に、てゐは恐怖に似た感情を抱いていた。

 

妖夢「輝夜さん達にはあちらで謝罪をしましたが、

   輝夜さんは怯えておられましたし、

   後日改めて彼を連れて謝罪に伺います」

 

 妖夢は青年の毒牙から輝夜を助けた際に、鈴仙達と同様の謝罪をしていた。しかし、輝夜は自分の物差しでは測れない未知の生物に恐怖し、聞く耳を持ち合わせていなかったのだ。それが日を改めようと考えた理由の一つ。そしてもう一つの理由が…。

 

妖夢「それにもうお一方が…」

 

この時点で鈴仙とてゐは何の事だか気付き、

 

  『あー…。ごめんなさい』

 

今度は逆の立場で謝罪した。

 

妖夢「いえ私は全然、全く、道端の石ころ…、

   いや、ゾウリムシ程も気にしていません」

 

鈴仙とてゐの謝罪を、手を振りながら「必要無い」と語る妖夢。ただその言い方は刺々しく…。

 

てゐ「酷い言われ様ウサ…」

鈴仙「あははは…」

 

青年の事を少し憐れむ2人だった。そんな中、場の空気を変えようと、鈴仙が別の話題に切り替えた。

 

鈴仙「そ、そう言えば明日のお花見来るでしょ?」

妖夢「はい!実はその時に持って行く、

   料理の材料を買いに来ていたんです」

鈴仙「妖夢は偉いね。

   私は当日の手伝いに参加しようかなぁ」

てゐ「ソレはどうするウサ?」

 

3人の足下のボロ雑巾を指差して尋ねるてゐ。先程から地面で俯せのまま、天を仰ぐ様にして、3人の話を聞いていた。

 

妖夢「それはこの方次第ですね」

??「反省してます。

   山よりも高く、海より深く反省してます」

妖夢「言葉では何とでも言えます」

??「…見てろよみょん。

   後で俺の本気の誠意を見せてやるからな」

妖夢「どうぞご自由に」

 

青年の言葉を全否定する妖夢ではあるが、彼女の顔からは、それを楽しんでいる様に見えた。

 

妖夢「お時間を取らせてしまってごめんなさい。

   では、私達はこれで失礼します。

   明日、またよろしくお願いします」

 

妖夢に首根っこを掴まれ、またズルズルと引き摺られながら去って行く青年。去り際に2人に手を振りながら、

 

??「2人共また明日ねー」

 

明日の再会を勝手に約束していたのだった。

 妙な関係の2人ではあったが、

 

鈴仙「何だかんだ言いながら」

てゐ「良いコンビウサ。

   夫婦漫才みたいだったウサ」

鈴仙「そうだね」

 

 あゆみと輝夜と合流するため、先程2人が走って行った方へ移動するてゐと鈴仙。しかし、それらしき場所には既に2人は居らず、ただ斬撃の後だけが残っていた。それを見た2人の兎は、

 

鈴仙「コレ結構本気じゃない?」

てゐ「峰打ちだろうけど、地面が抉れてるウサ…」

 

「よくあれだけの怪我で済んだもんだ」と感心していた。あゆみと輝夜は、もう店に行っているのだろう、という事になり、鈴仙と別れて店へと向かうてゐ。彼女が店に着くと、2人は開店の準備に取り掛かっていたのだが…。

 

あゆ「はー…♡かっこよかったな〜♡」

輝夜「はー…、まったく何なのよアレ…」

 

2人共溜息を吐き、別々の意味で心が何処かへ出かけていた。そんな2人に、

 

てゐ「はー…、これじゃ営業に支障が出るウサ」

 

こちらも溜息を一つ吐き、大きく息を吸って、

 

てゐ「2人共戻って来るウサ!!」

 

喝を入れた。てゐの大声のおかげで心が無事生還できた2人は、我に返り、またいそいそと準備に取り掛かった。

 大きなハプニングに遭遇したものの、ケーキ屋は通常通り営業を開始し、そして昼休み。

 

てゐ「え?名前を聞いたウサ?」

あゆ「うん!あの人『カイト』さん

   って言うんだって〜♡」

 

鈴仙のフルネームを知っていて、てゐに精神的ダメージを与え、妹紅と輝夜を追い掛け、あゆみに追い掛けられた奇妙な青年。彼の名は『海斗』。彼もまた、あゆみ同様、外の世界からやって来た者。しかしその事は、この時誰も予期していなかった。そして、彼女達がその事実を知るのは、もうすぐそこまで来ていた。

 

輝夜「今度会ったらビシッと文句言ってやるわ!」

あゆ「また会いたいな〜♡」

輝夜「あゆみって…」

てゐ「面食いウサ…」

 

これまでのあゆみの奇行。彼女好みの者がいれば飛び掛かる。いつもその状況を目にしている者達からすれば、彼女が『面食い』である事は意外ではなかった。ただ、「やはりか」と再認識する程度だった。

 

あゆ「そうだ、チビウサギちゃん!」

 

ようやく現実に戻って来たあゆみ。しかし、相変わらずタイミングが掴めない話の振り方に、

 

てゐ「急にどうしたウサ!?」

 

少し驚く店長補佐。

 

あゆ「私明日の手土産、

   ショートケーキに決めた〜」

輝夜「でも明日大勢来るのよ?

   いつもの大きさだと、

   あっという間に無くなるわよ?」

てゐ「それに、そんなに沢山持てないウサ」

 

店長の発言に反対する店長補佐と看板娘。

 毎年参加している彼女達からすれば、店長の考えはあまりに無謀。花見の参加者全員に配るとなると、ホールのケーキが大量に必要だった。更にそれらを保存できる場所が開催地には無いのだ。

 だが店長の考えは、その事を心配する彼女達の遥か上を行っていた。

 

あゆ「沢山なんて作らないよ〜。

   凄く大きいの作るの〜」

  『はぁーーーーーっ!?』

 

完全に暴挙だった。2人は店長を説得をしようとしたが、

 

あゆ「一度作ってみたかったんだ〜。

   大勢で食べれる大きなケーキ♪」

 

目を輝かせながら、遠い目で夢を語る店長。そんな店長を見てしまっては、

 

  『はー…』

 

溜息をついて、諦めるしかなかった。

 

てゐ「どういうのにするのか決まってるウサ?」

あゆ「もちろん!これくらいの大きさ〜」

 

両手で大きく四角を描く店長。

 彼女が考えていたのは、四角い大きなショートケーキ。更に飾り付けには、苺を均等に並べ、その間をカットすれば、一人用の小さなショートケーキが出来上がる、といった物だった。

 

てゐ「1人分でどれくらいの大きさにするウサ?」

あゆ「5cm四方くらいかな〜」

てゐ「酒飲みのデザートなら、それで充分ウサ」

輝夜「少なくとも40か50人くらいは

   来るわよ?」

あゆ「じゃあ余裕持たせて60人分くらい

   かな〜?」

てゐ「正方形で作ると考えると、一辺に8人分で、

   1人当たり5cmだから…」

輝夜「40cm四方…」

てゐ「まあまあいい大きさウサ」

あゆ「作ろうよ!」

 

これまでに作った事のない大きなケーキ。「上手く作れるのか」という不安よりも、「挑戦したい」という気持ちが先走りしている店長。そんなやる気溢れる彼女を近くで見ていれば、乗せられても仕方のないというもの。

 

てゐ「分かったウサ。やってやるウサ!」

輝夜「しょうがない…。やるわよ!」

 

一丸となって巨大ケーキを作る事になった。

 

昼休みを終え、午後の営業を開始したあゆみのケーキ屋。

店の前には、明日の臨時の休業を知らせる張り紙が掲示された。

そしてこの日もケーキ屋は、通常通り営業を終了した。

 




女性がいるところで、
『地面で俯せのまま、天を仰ぐ』それはつまり…。

ヒント:妖夢、鈴仙、てゐの共通点

次回:【Menu⑮:◯◯◯ケーキ(注文)】


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Menu⑮:◯◯◯ケーキ(注文)

気付けば一話辺りの平均文字数が
4000字を超えてました。

作品を書き始めた頃は
「到底無理」と思っていました。
「少し成長できた」という事でしょうか?




(第1話を読み返してみる…)




あまり変わってませんね…。




《前回までのあらすじ》

ようやく出会ったあゆみの因縁の相手。その名も『海斗』。妹紅、てゐ、輝夜への無礼を詫びさせると思いきや、あゆみは彼に一目惚れしてしまうのだった。一方、花見へ持って行く手土産を『巨大なケーキ』に決め、ケーキ屋一同一丸となって作る事になった。

 

 

 

 

迷いの竹林の中にある永遠亭。

 

今は朝食が終わった頃、

永遠亭の縁側には今日は5人の乙女が、

 

ズズー…。

 

  『はぁ~。お茶が美味し~』

永琳「手土産のショートケーキ、

   上手く作れるといいわね」

 

あゆみの初めての挑戦の成功を祈る天才薬師。

彼女が幻想郷に迷い込んだあゆみを保護したお陰で、今日まであゆみは異世界の地で生活出来た。

 

鈴仙「あゆみちゃんごめんね。

   本当は一緒に手伝いたかったんだけど…。

   薬の販売が終わったらすぐに行くから」

 

手伝いに加われない事を悔やむ鈴仙。てゐがあゆみの手伝いをする様になって、彼女はこれまでてゐと分担していた家事や仕事を1人でこなして来た。彼女が居たから、あゆみは店を続けられているのだ。

 

輝夜「大丈夫よイナバ、私達が居るんだから」

 

自信満々にあゆみの夢の成功を誓う輝夜。面倒くさがりで、引き篭もりで有名だったあの輝夜が、この様になるとは誰が予期出来ただろう。

 

てゐ「任せるウサ!絶対成功させるウサ!」

 

あゆみの勢いに乗せられたてゐ。今となってはあゆみの良き理解者であり、あゆみが一番頼りにしている人物だった。そんないつも応援してくれる永遠亭一同に、

 

あゆ「みんな、ありがと〜。ホントに、本当に…。

   みんなありがとう……」

 

あゆみは込み上げる熱いものを抑える事が出来ず、それは目から溢れ出した。

 

  『えっ!?』

 

突然ポロポロと涙を流し始めたあゆみに、困惑する一同。

 

輝夜「ちょ、ちょっといきなりどうしたのよ!?」

あゆ「だって…、だって〜」

 

加速するあゆみの涙。

 一時は驚いた一同ではあったが、自分達に向けられた彼女の心には皆が気付いていた。

 

輝夜「ありがとうって言いたいのは、

   こっちの方よ……」

鈴仙「そうだよ。

   私達あゆみちゃんの頑張ってる姿に、

   元気を貰っているんだから」

てゐ「あゆみが頑張るから、

   私も協力したくなったウサ」

 

 突然この世界に迷い込んだ1人の小さな少女。彼女はいつしか永遠亭にとって、かけがえのない存在になっていた様だ。

 その皆の気持ちを代表する様に、天才薬師は強くあゆみを抱きしめ、囁いた。

 

永琳「あゆみちゃん。

   私達はあなたに凄く感謝しているの。

   だからこの先何があっても、

   どんな事が起きても、

   私達はあなたの味方よ」

あゆ「永琳さん…。ありがとう」

永琳「…」

 

あゆみを守る様に抱きしめる天才薬師の顔は、迷いを振り切り、何かを決意した表情をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 巨大なショートケーキを作るため、店へとやって来た店員達。今日は店長がやたらと張り切っている様で…。

 

あゆ「チビウサギちゃんは材料をお願い!

   カグちゃんはショーケース冷やして!

   その後生クリーム作り手伝って!

   私は窯の温度調節してるから!」

 

いつになくキビキビと指示を出していた。その勢いに完全に飲まれた店長補佐と看板娘は、

 

  『Yes, Sir!』

 

敬礼をし、それぞれに与えられた指令を熟すことになった。

 店長補佐が帰還した頃、ケーキ作りは更に激化していた。てゐは初めて経験する巨大な生地作りに苦戦し、輝夜は慣れない生クリーム作りに悪戦苦闘し、あゆみは、

 

あゆ「窯の中の光が纏まってくれないよ〜」

 

額から汗を流しながら、窯と一対一の攻防を繰り広げていた。

 

てゐ「一度交代するウサ。

   あゆみは生地のチェックをお願いウサ」

 

あゆみは能力で窯の状態が分かるものの、これまでてゐが準備した状態でしか使った事がなかった。ましてや、外の世界では電気・ガスの普及のお陰で、幻想郷に来るまで窯に触れた事さえなかったのだ。故に、彼女は窯の使い方に関しては、まだまだ初心者。

 

あゆ「うん、お願〜い」

 

その事は本人も充分理解しており、ベテランのてゐと持ち場を交代する事にした。

 

てゐ「うん、こういう時は…。

   外側から温めた方が良いウサ」

 

てゐが窯を弄り始めて間もなく…。

 

あゆ「すご〜い!」

 

あゆみの目には、これまで散らばっていた光達が、徐々に中央へ集まって行く様子が映し出されていた。あゆみがベテランの神業に感心していると、

 

てゐ「長年の感ウサ!」

 

巨匠は胸を張って、いかにもそれっぽい言葉を残した。

 その後、あゆみの能力で窯が程良くなったタイミングを見計らい、巨大な生地は、その身を灼熱の窯の中へ投じる事になった。

 その間、ケーキ屋一同は…。

 

ズズー…。

 

  『はぁ~。お茶が美味し~』

 

ティータイム。

 

 

--生地焼身中--

 

 

輝夜「どう?」

あゆ「もう少しで緑色になりそ〜」

 

 焼き上がりの頃合いを狙って、様子を見に来たあゆみ達。この絶妙な焼き加減は、あゆみの能力の出番。彼女の独壇場である。

 

あゆ「も〜い〜かい?」

 

突然窯の中のスポンジに尋ねるあゆみ。

 

  『??』

 

意味が分からず、呆然とするてゐと輝夜。そこに、

 

あゆ「も〜い〜よ〜」

 

いきなりの引き上げのタイミングを知らせる合図。完全に不意を突かれ、一瞬出遅れ、慌てて中のスポンジを協力して取り出す店長補佐と看板娘。

 

輝夜「ちゃんと指示しなさいよ!」

てゐ「焦ったウサ…」

 

窯から救出されたスポンジ。その仕上がり具合は…。

 

あゆ「うん!ムラなく出来てる!」

  『やったー!!」

 

上手くいった様だ。

 スポンジを冷まし、次の工程へと移る3人。生クリームと苺を間に入れ、再び全体を生クリームでコーティングしたところで…。

 

カラン、カラン。

 

 店に響く優しい鐘の音。店先の張り紙にも書いてある様に、本日は休業日。不審に思った3人は顔を見合わせ、恐る恐る店頭へ出てみると、そこには1人の少女が。

 

あゆ「あの〜…、今日お店お休みなんですけど〜」

輝夜「あれ?あんた…」

てゐ「珍しいウサ。どうしたウサ?」

??「実は…」

 

現れた少女と輝夜達は知り合いの様。そしてその少女は、訪れた理由を3人に話した。事情を知ったあゆみは、

 

あゆ「そういう事なら、喜んで協力しま〜す」

輝夜「いやいや、時間が無いわよ」

てゐ「もうすぐでお師匠様達が来るウサ」

 

少女に協力をしようとするも「時間に余裕が無い」と輝夜達に止められるのだった。3人の話しを聞いて暗い表情を浮かべ、鬱ぎ込む少女。だが輝夜とてゐの心配も、少女の不安も、必要無かった。

 

あゆ「大丈夫ですよ〜。え〜っとね…」

 

 

--少女説明中--

 

 

??「ありがとう」

 

 あゆみ達に頭を下げ、礼をする少女。店を出る時に、少女はお代を出そうとしたが3人は「その必要はない」とそれを断った。その言葉に少女は再び礼をし、足早に店を去って行った。

 突然の来客があったものの、その後3人は巨大ケーキの最後の仕上げに取り掛かり、そして…。

 

あゆ「出来上がり〜」

てゐ「我ながら上出来だウサ」

輝夜「生クリームは私が作ったんだから!」

 

出来上がったケーキに自画自賛する3人のパティシエ。

 だが、ここで問題が浮上した。

 

  『どうやって運ぼう…』

 

先に考えておくべき問題だった。いや、全く考えなかった訳ではなかった。ただ、巨大ケーキ作りへの意欲が先走り、皆この問題を棚に上げていただけだった。そこで、緊急作戦会議が開催された。

 

《作戦案①》

輝夜「みんなで頑張って持って行く?」

てゐ「いや、それじゃあ目立ち過ぎるウサ」

あゆ「それに長い時間外に置けないよ〜」

 

作戦案①:みんなで持って行く…没

 

 

 

《作戦案②》

輝夜「じゃあショーケースごと移動させる?」

てゐ「重いウサ。現実離れし過ぎてるウサ」

あゆ「壊れたらお店出来ないよ〜」

 

作戦案②:ショーケースごと移動…没

 

 

 

《作戦案③》

輝夜「もういっその事、ここに置いとく?」

てゐ「それが一番無難な気がしてきたウサ」

あゆ「それがいいかも〜」

 

作戦案③:取り敢えず置いとく…採用

 

 

 

 

 一先ずショーケースの中に、巨大ケーキを眠らせておく事にしたあゆみ達。花見で楽しんでいる間はショーケースに入れておき、頃合いが来たら運ぼうという作戦だった。

 ショーケースの燃料は弾幕であり、スペルカード。彼女達はこれまでの実験から、どのスペルカードが一番長い間稼働出来るか知っていた。それを使えば、その時が来るまでショーケースは余裕で運転できた。とは言え、運ぶ方法についてはまだ決まっておらず、再び頭を抱えていた。

 3人が悩んでいるところに、

 

カランカラン。

 

再び店内に鐘の音が鳴り響いた。

永琳と鈴仙、そして妹紅が迎えに来たのだ。

 

永琳「おまたせ、ケーキは上手くいった様ね」

 

あゆみ達は成功すると信じていたのだろう。天才薬師は笑顔であゆみ達に声を掛けた。

 

鈴仙「あゆみちゃん、ごめーん。

   結局手伝えなかった…」

 

顔の前で掌を合わせ、詫びる鈴仙。思いの外、仕事量が多かった様だ。

 

あゆ「永琳さん、バッチリで〜す。

   冷麺ちゃん、お仕事大変だったでしょ〜?」

 

満面の笑みで「ケーキの仕上がりは最高だ」と語る店長。そして、鈴仙へは労いの言葉を掛けるが、

 

鈴仙「ううん、ありがとう。それとあゆみちゃん?

   私は『れ・い・せ!ん』だからね?」

 

未だに直らないあゆみの呼び方に、『せ』を強調して強要する鈴仙だった。

 

てゐ「ケーキは期待していいウサ!

   私も全力を尽くしたウサ!」

輝夜「生クリームは私が作ったんだから!」

 

自分達の活躍を自慢気に話す店長補佐と看板娘。彼女達の協力無しでは、出来上がらなかったのは事実ではあるが…。

 

妹紅「お前が?」

 

妹紅からすれば、特に輝夜が料理をしている姿が想像出来ない様だ。それ故、

 

妹紅「塩と砂糖を間違えてないだろうなぁ?」

 

余計な一言。そしてゴングが鳴った。

 

輝夜「はあーっ!?塩なんて置いて

   ないんですけどー!甘いケーキ屋に塩って、

   どういう頭してんのよ!?」

妹紅「あ゛〜っ!?お前ならそういう間違えを

   しそうだって意味だよ!

   そのまんま受け取るんじゃねぇよ。

   柔軟性ないのか!?」

輝夜「あんたに言われたくないわよ!堅物!」

妹紅「な・ん・だ・とぉ〜!?」

 

顔を近づけ、激しく火花を散らせる妹紅と輝夜。毎度毎度、些細な事で啀み合う2人に、

 

永琳「2人共よしなさい!」

 

「大人になれ」と注意する永遠亭きっての大人。彼女から言われてしまっては、「分が悪い」と悟ったのか2人共、

 

輝夜「ぐっ…」

妹紅「けっ…」

 

視線をそらせ、一時休戦となった。そして永琳は軽く「ふっ」と息を吐き捨てる様に、ため息を一つついた後、

 

永琳「それで?ケーキ、持って行くの?」

 

3人のパティシエが気にしていた問題について尋ねた。

 

あゆ「え〜っと、取り敢えずは、

   ココに置いておこうってなって…」

てゐ「花見のデザートとして出すウサ。

   その時に取りに来ようってなったウサ」

輝夜「でもここから神社って道が険しいし、

   割と距離あるし…。

   飛んで持って行くにしても、

   大きくて2人じゃないと…」

 

3人の言葉を額に人差し指を当て、瞳を閉じて聞き入る天才薬師。そして、あゆみ達が話しを聴き終え、少し考えた後、口を開いた。

 

永琳「なら…、八雲紫に協力してもらうのが

   最善でしょうね」

鈴仙「確かにあの方ならその問題は

   解決できますけど…」

輝夜「あいつ〜!?」

てゐ「この際わがままは言えないウサ」

あゆ「ん〜?」

 

天才薬師の口から出た幻想郷の創設者の1人の名前。それは八雲紫。掴みどころがなく、発する言葉には高確率で裏がある彼女に、永遠亭一同はあまり良い印象を持っていなかった。故に、事情を知らないあゆみを除き、皆不満そうな顔を浮かべていた。だが、答えを導き出した天才薬師の表情は、他の者達とは違い、バツの悪そうものだった。そんな中、

 

妹紅「いいのか?今そんな陰口を叩いて。

   もうその辺で聞いてるかも知れないぞ?」

 

笑いながら、笑えない冗談を言う妹紅。

しかし、人はそれを…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

??「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン♡」

 

『フラグ』と言う。

 

 

 




店に訪れた少女。
わかった方すごいです。

あとケーキ屋に塩。
実際には置いてある店もあります。
でも、そこは…ね?
ご都合主義という事で目をつぶって下さい。

次回:【Menu⑯:花見へ ver.あゆみ】

次回Ep.4最終話









(?)


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Menu⑯:花見へ ver.あゆみ  ※挿絵有

【里のケーキ屋】はこの回で最終話になります。
一先ずご挨拶を。

ここまでお付き合い頂きありがとうございます。


《前回までのあらすじ》

花見の手土産『巨大なケーキ』を作る事になったあゆみ達。途中予期せぬ来客があったものの、無事に作り終えた。しかしそこで「どうやって持って行くか」という問題が浮上。迎えに来た永琳達に知恵を借り、スキマ妖怪『八雲紫』の協力を得ることが最善となった。と、そこへ噂の彼女が現れ…。

 

 

 

 何も無い空間からハイテンションで、予告なく姿を現したレディー。鼻の頭まで開いた扇子で覆い、目元までしかその表情を確認する事が出来ない。

 

【挿絵表示】

 

 突然現れた人物に、

 

あゆ「…」

てゐ「出たウサ!」

輝夜「油断も隙も無いわね…」

妹紅「本当に出て来るなよな!」

鈴仙「えーっ!どの辺りから聞かれてました!?」

永琳「紫…」

 

うろたえる一同。その状況を楽しむ様に、

 

紫 「うふふ、それは察して頂戴ね」

 

と、唯一表情を伺える顔のパーツ、目だけで笑顔を作り、答えるスキマ妖怪。しかし「それでは面白くない」とでも思ったのか、一度天を見上げた後、

 

紫 「そうね…、でもそれについてお困りなのは

   聞いてたわよ」

 

余裕のある笑顔で巨大ケーキを指差しながらヒントを…いや、もはや答え。

 

てゐ「もう全部ウサ…」

輝夜「一番聞かれて欲しくないところを…」

紫 「私を甘く見ないで頂戴ね」

鈴仙「申し訳ありませんでした」

 

一同を代表し、誠心誠意で頭を下げて謝罪をする鈴仙。ここでスキマ妖怪の気を悪くしてしまっては、あゆみ達の頑張りが水の泡となってしまう、と思っての事だった。

 その誠意が届いたのか、それとも鈴仙の考えを見抜いたのかスキマ妖怪は、

 

紫 「頭を上げなさい。安心なさい。

   そんな事で怒ったりする程小さくないわよ」

 

頭を下げている鈴仙に和かに、柔らかい口調で語った。そして「ふふっ」と軽く笑った後、更に続けてその場の全員に、

 

紫 「私も甘い物には目がなくてね。里で噂の

   ケーキ屋の渾身の作品を食べてみたいの。

   喜んで協力させてもらうわ」

 

和やかに協力する旨を伝えた。こうして、巨大ケーキの問題は全て解決することができた。

 

紫 「それじゃあ、私も出発の準備があるから、

   これで失礼するわね。じゃあまた花見で♡」

 

皆に一時の別れを告げた後、スキマ妖怪は空間を引き裂き、その闇へと消えて行った。

 

てゐ「いきなりでビックリしたウサ」

輝夜「妹紅がフラグ立てるからでしょ!」

妹紅「私のせいかよ!」

 

再び始まった妹紅と輝夜の睨み合い。また永琳が2人を止めに入るかと思いきや、

 

永琳「…」

 

彼女は八雲紫が消えて行った方を無言で、鋭い目付きで睨んでいた。

 

あゆ「……」

 

 そして、未だに反応を示さないあゆみ。「よっぽど驚いたのだろう」と思った鈴仙は、

 

鈴仙「あゆみちゃん驚いたよね?

   今の人は八雲紫さんって方で………」

 

ここまで説明してあゆみの異変に気付いた。

 

鈴仙「あゆみちゃん!?大丈夫!?」

あゆ「はぁはぁはぁ…」

 

あゆみは顔から血の気が引き、体を小刻みに震わせ、胸を押さえて苦しんでいた。

 

てゐ「どうしたウサ!?」

妹紅「あゆみ?」

輝夜「え!?」

 

皆の声で気付いた天才薬師。急いで駆けつけ、あゆみの背に手を当てながら、ゆっくりと座らせた。

 

永琳「あゆみちゃん!

   ゆっくりと大きく息を吸って!」

 

あゆみに聞こえる様に大きな声で呼びかけた。永琳の声が聞こえたのか、あゆみは大きく吸い始めた。意識ははっきりとしていると悟った天才薬師は、

 

永琳「そう、ゆっくりとね」

 

今度は優しく囁いた。あゆみが目一杯息を吸い込んだところで、

 

永琳「はい、止めて……………。

   いいわ、さっきよりもゆっくりと吐いて」

 

一瞬止めさせた後、あゆみに合図を送る様にゆっくりと背を押しながら、呼吸を促した。

 

永琳「鈴仙、脈を」

 

瞳に患者を映したまま弟子に指示を出す永琳。

 

鈴仙「はい!てゐカウントと記録!」

てゐ「わかったウサ!」

 

そして、それぞれの本職を全うする為、動き出す弟子達。いつもあゆみと一緒にスイーツを作っていたてゐだが、本来は彼女も鈴仙同様、永琳の弟子であり助手なのだ。

 永琳があゆみを介抱し始めてから数分後。あゆみの呼吸は落ち着きを取り戻していた。

 

てゐ「28…、29…、30ウサ!」

鈴仙「38、安定してます」

 

あゆみの脈を計り終えた鈴仙。そしてその後ろで等間隔で30を数えるてゐ。手に紙と鉛筆を持ち、これまでの鈴仙が数えていた脈拍の記録も取っていた。

 

永琳「見せて」

 

てゐから記録を受け取り、そこに記載してある数値を眺める師匠。

そして、

 

永琳「一先ず安心ね」

 

ほっとため息を吐いた。だが、雪の様に白いあゆみの顔は、更に白く、青みがかった色をしていた。

 

鈴仙「まだ気分悪そうですね。

   あゆみちゃん、お水いる?」

 

鈴仙の気遣いに黙って頷くあゆみ。

 あゆみが返事をしてまもなく、てゐがコップに水を入れて持って来た。

 

てゐ「あゆみ、今日は帰った方がいいウサ。

   私も一緒に戻るウサ」

 

あゆみにコップを手渡しながら、一緒に永遠亭へ戻る様に促すてゐ。

しかし、

 

あゆ「イヤ!私も行く!」

鈴仙「私達みんな行くのやめるから…」

あゆ「イヤ!!」

輝夜「あゆみ、休んだ方がいいわよ」

あゆ「イヤ!!!」

 

皆があゆみの事を思い、優しく声をかけるも本人は「イヤ」の一点張り。まるで駄々をこねる子供。そんなあゆみが頭に来た妹紅。

 

イラッ!

 

妹紅「いい加減にしろよ!」

 

しかし、いつもと違った。彼女はあゆみに近付き、胸ぐらを掴んで睨み付けた。

 

妹紅「みんなお前の事を心配して言ってるんだ!

   宴会なんてまたやる。

   望めば直ぐにでもやってくれる。

   また次まで我慢すれば良いだろ?

   だから今日は大人しく帰れ…」

 

だが、最初こそ鋭い眼光ではあったものの、それは徐々に優しさを取り戻していき、言い終わる頃には穏やかな物になっていた。

 それでもあゆみには充分なダメージ。目を潤ませ、唇を噛み必死に涙を堪えていた。そして口を開いた。

 

あゆ「あのケーキをみんなが笑顔で食べてるところ

   を見たいの!それにあれは特別なの!

   私、楽しみなの!」

 

ケーキにかけた情熱を語るあゆみ。

 妹紅もそれは分かっていて、何も言い返せなかった。そんな彼女にあゆみは駄目押しの一言を放った。

 

あゆ「私、レティさんに『またね』って、

   『お疲れ様』って言ってない!」

 

堪えていた涙は限界を超え、頬を伝い、妹紅の拳にまで到達していた。

 他のメンバーは黙ってただその状況を見守るしかなかった。

 

妹紅「あーもう!勝手にしろよ!」

 

吐き捨てる様に言いながら、あゆみから手を離し、背を向ける妹紅。

 

あゆ「モコちゃん、怒ってる?」

 

そんな彼女に恐る恐る尋ねるあゆみ。

 

妹紅「あたり前だ!次倒れたら首根っこを掴んで、

   引き摺ってでも連れて帰るからな!」

 

真剣な顔で答えた妹紅だったが、その光景を想像すると酷く滑稽。

 

輝夜「ぷっ、何よそれ?」

 

輝夜は思わず吹き出し、

 

鈴仙「ふふふふ、昨日それ見たばかりよ」

てゐ「あはははは、それじゃあカイトと同じウサ」

 

既に目の当たりにしていた2人は、腹部を押さえて笑いだした。

 

妹紅「カイト?誰だそいつ?」

 

てゐの上げた単語に覚えがない妹紅は、眉をひそめ、首を傾けた。

 

てゐ「昨日の『あの男』の事ウサ」

 

『あの男』で分かったのか、

 

ゾクゾクゾクゾク……。

 

拒否反応。妹紅の全身に悪寒と共に鳥肌が立った。

 

妹紅「頼む、思い出させないでくれ…」

鈴仙「名前聞いたの?」

てゐ「あゆみが聞いたみたいウサ」

輝夜「今度会ったら許さないんだから!」

 

妹紅の時同様、苦い経験をさせられた輝夜は、右手に拳を作り、左手の掌に怒りと共にぶつけた。

 

妹紅「珍しく気があったな」

輝夜「ふん!あなたの事はどうでもいいわよ!

   でも、アイツに関しては…」

  『許せない!』

 

幻想郷きっての犬猿の仲の2人。永遠に気が合わないと思われていた2人。その2人が『カイト』という共通の敵を持ち、今…。

 

妹紅「手を組むぞ!」

輝夜「乗った!」

 

バチンッ!!

 

ロータッチを交わし、協定を結んだ。

 

鈴仙「姫様と妹紅が…」

てゐ「あり得ないウサ…」

 

目の前で起きた事が、信じられない、といったご様子の2人の兎。

 

妹紅「いってーなぁ!」

輝夜「はあ!?そんなに強くしてないでしょ!?」

 

だが、完全に仲直りをした訳ではなさそうだ。

 

あゆ「あの〜、行っても…いいんだよ…ね?」

 

 完全に蚊帳の外に置かれていたあゆみ。

永琳に抱えられ、まだ弱々しいが、その緩い口調は少しずつ戻りつつあった。

 

永琳「あゆみちゃん、医師としてはあまり勧められないわ」

 

しかし、ドクターストップがかかった。その言葉にあゆみの表情はまた暗くなっていった。

 

永琳「でもね、八意永琳としては…」

 

しばらく考え、医師としてではなく、1人の人としての気持ちをあゆみに伝えた。

 

永琳「次はダメだからね」

あゆ「はい…」

永琳「気分が悪くなったらちゃんと言うのよ?」

あゆ「はい…」

 

「次気分が悪くなったら帰る」という条件付きで、予定通りあゆみも一緒行く事に。皆あゆみの強い思いに根負けした結果となった。

 

 

 

 

 

 

輝夜「『神宝:ライフスプリングインフィニティ』」

 

 ショーケースの装置にスペルカードを投入し、宣言する輝夜。これまであゆみ達が試してきたスペルカードの中で、彼女のこのスペルカードが一番運転出来る時間が長かった。低い音を上げながら中を冷やして行くショーケース。それを見届け、

 

輝夜「これで大丈夫よね?

   忘れ物は…ない、かな?」

 

周囲を見渡す看板娘。今店に残っているのは輝夜1人。他の者はあゆみと共にゆっくりとした足取りで花見の開催地、博麗神社へと向かっていた。

 

輝夜「あ゛ー、疲れたー…」

 

店内に置かれたテラス用の椅子にもたれる様に座る姫。朝から慣れないケーキ作りの手伝いをし、突然現れたスキマ妖怪に緊張し、そして、あゆみ…。

 

輝夜「どう考えても、疲れ…じゃないわよね」

 

あゆみの突然の容体の変化は、明らかに八雲紫が現れた事による物。その場にいる誰もがそう思っただろう。

 

輝夜「ビックリし過ぎたのかな?」

 

自分の中で結論を導き出し、呟いた。ふと外を見れば、笑顔で会話をしながら歩く、店の最初の客、赤蛮奇と今泉影狼。更にその後方には、不機嫌そうな代表者の後ろを、肩を落として淀んだ雰囲気でついて行く店の営業担当、多々良小傘を含めた命蓮寺一同。皆向かう先は同じ。博麗神社。もうまもなく花見は始まる。

 

輝夜「私もそろそろ行こうっと」

 

椅子から立ち上がり、

 

カランカラン。

 

外へ。戸締りをして、いざ!

 

輝夜「あー…歩くのしんど…」

 

ここに来て輝夜節を披露し、空へと舞い上がった。

 

 

 

 

 

一方、先に神社へ向かったあゆみ達。今のあゆみを歩かせるのは酷だ、という事になり…。

 

あゆ「チビウサギちゃん…、重くない?」

てゐ「ぜーんぜん。寧ろ軽いくらいウサ」

 

てゐがあゆみをおぶっていた。あゆみに負担を掛けぬ様に、ゆっくりと、揺らさず、静かに歩を進める。

 

てゐ「あゆみは肌が雪みたいに白くて、

         羽みたいに軽いウサ」

あゆ「ふふふ、ありがと〜」

 

あゆみに笑える程の元気が出てきた様だ。

 

妹紅「やっと笑ったか」

鈴仙「もう大丈夫そうですね」

 

前の2人の様子を見て胸をなでおろす妹紅と鈴仙。

 

永琳「2人共、ちょっといい?」

 

更にその後方から、あゆみには聞こえない様に、小さな声で妹紅と鈴仙を呼ぶ天才薬師。その表情は険しく、身に纏う雰囲気は張り詰めていた。呼ばれた2人は永琳の雰囲気から「ただ事ではない」と悟り、歩くスピードを落とし、永琳と肩を並べる様に歩きだした。

 

鈴仙「…何でしょうか?」

妹紅「…」

 

鈴仙は小声で返事をし、妹紅は視線で返事を送った。

 

永琳「八雲紫をあゆみちゃんに近づけさせないで」

 

それは2人も予期していた指示。黙って頷き、天才薬師の次の言葉に身構えた。

 

永琳「気付いてると思うけど、

   さっきのは間違いなく八雲紫が引き金。

   極度に驚いたとかではないわ。

   あゆみちゃんは彼女の事について、

   何か知っている。ほぼ間違い無く。

   そして、それがあゆみちゃんのトラウマに

   なってる」

 

己の見解を淡々と述べていく永琳。そして両隣の2人と…。

 

永琳「恐らく彼女はその事には気付いていないわ。

   それを知られたら、あゆみちゃんに

   危害を加えるかもしれない。

   あゆみちゃんの側から離れない様にして。

   いいわね?てゐ、聞こえてたら合図して」

 

鈴仙と妹紅は黙って頷き、前方を行く小さな兎は、「クルッ」と両方の耳を回して、後方に合図を送った。だが、この合図が仇となった。

 

あゆ「えっ?えっ?えっ?今の何?

   チビウサギちゃん、もう一回やって〜」

 

変なところに興味を持たれた。てゐはため息をつき、あゆみのリクエストに応えるべく、再び耳を回した。それはの両側に取り付けられたプロペラの様に大きく一回転した。

 

あゆ「おもしろ〜い。チビウサギちゃんの耳って

   どうなってるの〜?」

 

目の前のてゐの耳に触りながら、じっくりと観察をするあゆみ。しかし、耳はてゐの weak point。

 

てゐ「はうぅっ!はぁ〜…」

 

高く、か細い声を上げ、ビクビクと体を小刻みに震わせながら、

 

てゐ「はぁ…はぁ…」

 

呼吸が荒くなっていった。てゐとしては、今すぐにでもあゆみを下ろしたかった。しかし、元気が出て来たとは言え、本調子ではないあゆみに気を使い、

 

てゐ「ぐぅ…。頑張れ私…ウサ」

 

耐えた。その状況を

 

妹紅「アイツ少し調子戻ったか?」

鈴仙「耳はやめてあげて欲しいかなぁ…」

永琳「てゐ…、頑張れ」

 

後ろから哀れみの視線で見守る3人だった。

 

 

 

 

 

 いよいよ博麗神社の長い階段までたどり着いたあゆみ達。ある者はこの階段を上りきったところで、息が切れ切れ、汗はダラダラ、喉はカラカラ、足はパンパンになった程の、長く傾斜のきつい階段。その階段を小さな兎は、あゆみをおぶりながら上っていた。

 

てゐ「うー…。耳…」

 

しかも耳を掴まれたままで。階段を上る前にあゆみに「危ないからしっかり掴まれ」と、指示を出したところ、どういうわけか耳をしっかりと掴まれたのだ。その時てゐは誓った。

 

てゐ「(元気になったら仕返ししてやるウサ)」

 

と。そして、てゐにとって待望の瞬間が。残す階段はあと一段。彼女達の後方にいた鈴仙は、労いの気持ちを込めて。

 

鈴仙「ファイトーッ!」

てゐ「いっぱーーつ!ウサ!」

 

てゐもその応援に応えた。

 

 

 

 

 




てゐ「あゆみは肌が雪みたいに白くて、
         羽みたいに軽いウサ」

縦に読むと「ゆきはね」。
挿絵であゆみのイメージモデルとして使用させて頂いているので、ちょっと遊ばせて頂きました。
このトリック。以前にも使いました。
気付いて頂けていたら嬉しいです。

そちらの答え合わせは近い内にします。




次回:【蕾】
つぼみ、と読みます。

次回、花見回へ突入します。


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幻想郷の花見(プロローグ)-蕾-

タイトル名を少し変えました。

花見の回へそのまま突入します。




 ようやくの思いで長い階段を上りきったてゐ。神社には既に何人か来ており、挨拶を交わし、会話を楽しんでいた。

 

あゆ「チビウサギちゃんありがと〜」

てゐ「お安い…御用…ウサ…」

 

あゆみに余裕を見せようと、強がりを言ってみるものの、額から汗を流しながら肩で息をし、てゐは疲れきっていた。そして、ついに言った。

 

てゐ「でも、耳は…握らないで…欲しい…ウサ…」

 

怒りを堪えながら「いい加減に離せ」と命令するが、

 

あゆ「え〜でも〜ハンドルみたいで〜」

 

上の乗客はそれを楽しんでいた。と、そこへ遅れて到着した鈴仙が、あゆみ達の下へやって来た。

 

鈴仙「耳って結構痛いから止めてあげて…」

 

女子高生風兎からの本気のお願い。同じ兎として、てゐの今の気持ちが痛い程伝わっていた。あゆみは彼女の言葉に素直に従い、

 

あゆ「チビウサギちゃん、ごめんね〜」

 

謝罪した。その言葉にてゐは、

 

てゐ「もういいウサ」

 

笑顔で「気にしていない」と答えるのだが……。恨みという物はそう簡単に晴れる物ではない。

 

てゐ「(あとで覚えてろウサ)」

 

てゐの真骨頂、イタズラによる復讐を誓っていた。

 

あゆ「私、もう大丈夫だから〜、

   下ろしてくれていいよ〜」

 

口調がすっかり元に戻ったあゆみは、ここまで運んでくれた礼を言い、小さな兎の乗物から降車した。

 

鈴仙「あゆみちゃん、立ちくらみとかない?」

あゆ「うん、平気だよ〜」

 

心配する女子高生風兎に笑顔で答えた。

 あゆみ達が話しをしているその間にも、続々と集まる花見の参加者達。ある者達は上空から現れ、またある者達は低空飛行であゆみ達の後ろ、階段から現れた。次々と現れる美しくも、愛らしい者達に感動するあゆみ。でも感動ばかりしてはいられない。

 

あゆ「そうだ!神社の人に『あの事』を

   言っておかないと」

てゐ「それなら、今ちょうど出てきたウサ」

 

てゐが指差した方向に現れた少女。赤い大きなリボンを頭に乗せ、肩と脇が露出した寒そうな格好の紅白巫女。幻想郷を幾度と救って来た金の猛者。その名も…。

 

あゆ「あの人が…」

てゐ「博麗霊夢ウサ。ただちょっと…」

鈴仙「機嫌悪そう…」

 

眉間に皺を寄せ、せかせかと動き回る紅白巫女。明らかに忙しそうである。

 するとその紅白巫女は 、鋭い目付きであゆみ達の方を見て、

 

霊夢「手が空いてるなら

   どんどん手伝いに来なさいよ!

   これじゃいつまでたっても

   始められないわよ!」

 

「突っ立ってないで手伝え!」と救いを求めた。

 

鈴仙「じゃあ私手伝いに行くね。

   用があるなら、あゆみちゃんも 

   一緒に行く?」

あゆ「うん!ありがと〜」

 

前日から手伝いに参加しようと決めていた鈴仙は、迷う事なく挙手し、進み出た。

 

鈴仙「あ、私手伝います」

??「はいはーい、やりまーす」

 

鈴仙とほぼ同じタイミングで挙手したのは、緑の髪の少女だった。紅白巫女と似た様な服装をし、彼女もまた別の神社の巫女。名を東風谷早苗。そして、鈴仙と早苗を皮切りに挙手をしたのは…、

 

「「「「「はーい」」」」なのかー」

 

小さな子供達だった。皆挙手をするのと同時に紅白巫女の下へと、ワラワラと集まって行く。

 

あゆ「すごいね〜。

   みんな霊夢さんの友達なの〜?」

鈴仙「うーん、友達…。なのかな?」

 

あゆみと鈴仙が会話をしながら歩を進めていると、鈴仙が前を行く子供達に気が付いた。

 

鈴仙「あれ?みんな来てたの?」

リグ「あ、うどんだ」

ミス「こんにちは〜♪」

チル「よ!」

大妖「鈴仙さん、こんにちは」

ルー「なのかー」

 

声を掛けた鈴仙にきちんと挨拶をする出来た子供達。

 この子供達は皆、幻想郷唯一の寺子屋に通っており、以前鈴仙は教師として訪れていた。その事を知らないあゆみは、鈴仙に尋ねた。

 

あゆ「知り合いなの〜?」

鈴仙「うん、随分前にちょっとね…」

 

頬を掻きながら少し照れ臭そうに答える特別講師。

 

大妖「先生をしてくれたんですよ」

チル「理科だったっけ?」

ミス「そうだよ〜♪」

リグ「虫の授業だったよ」

ルー「なのだー」

 

汚れのない明るい表情で答える寺子屋の生徒達。正に純粋その物。皆小さく、愛でたくなる程で、あゆみは今すぐにでも、飛び付きたくてウズウズしていた。しかし、それ以上に気になることが…。

 

あゆ「今そこの子が『うどん』って…」

 

真っ直ぐリグルを見て尋ねるあゆみ。聞かれていたのだ。バッチリと。鈴仙にとって最も恐れていた状況になった。

 

鈴仙「えっとー…。何の事かなー?」

 

声を震わせながら、何とか話しを外らせ様とする鈴仙。だが、もう手遅れ。

 

リグ「名前だよ。『鈴仙・優曇華院・イナバ』が

   フルネームで長くて面倒だから『うどん』」

 

ついにあゆみに知られてしまった。しかも『あの呼び方』が直っていないあゆみに。顔を赤くし、焦り出す優曇華。

 

あゆ「へ〜。そうなんだ〜」

 

笑顔で受け入れるあゆみ。笑ったり、驚いたりする事もなく、ただ穏やかに。優曇華にとってそれは救いだった。

 だが、彼女は今すぐにでも、暴露したリグルを張っ倒したかった。けれど、それは年長者として恥ずべき行為。遣る瀬無い思いをグッと堪えた。そして気持ちを切り替え、状況を悪化させない様にするために考えた。

 考えた末、もう残された手段は…。

 

鈴仙「そ、そうなんだ。長くて変な名前でしょ?

   はい、この話はもうお終い。

   霊夢さんの手伝いしないと」

 

手を叩き、話を打ち切る事。あゆみに何も話させない事だった。

 あゆみ達が霊夢のいる台所に着いた時には、メイド服を来た2人と、3人の小さな子供達が準備に追われていた。

 

鈴仙「私霊夢さんの手伝いに行くね」

大妖「私はサニーちゃん達の方を手伝うね」

チル「アタイも!」

ルー「なのだー」

ミス「私はお料理手伝いま〜す♪」

早苗「じゃー私はお料理並べてまーす」

 

皆が自分に合った職務を見つけ、助っ人に加わっていく中…。

 

リグ「何しよーかなー」

 

両手を頭の後ろに組み、気怠そうにしているのは、寺子屋きっての面倒くさがり屋。どうやら進んで来たというよりも、他の者に釣られて来たといったご様子。周囲を見回し、楽そうな仕事を探していると、あゆみと視線が合った。

 

リグ「そう言えば、あんた初めてだよね?」

あゆ「うん、私あゆみ〜。宜しくね〜」

 

リグルの問い掛けに、いつものニコニコ笑顔の緩い口調で答えるあゆみ。そんなあゆみに、

 

リグ「あ、うん。私、リグル。よろしく…」

 

自己紹介をするも「変な奴」と早々に悟っていた。そして2人の会話はここでピタリと止まった。それでもニコニコとしながら、リグルをロックオンし続けるあゆみ。された方は必死にこの場を逃れようと、無い頭をフル回転させていた。妙な緊迫感が2人を包んでいたが、皆業務に追われ、構ってなどいられなかった。が、これが良くなかった。この状況を打破すべく、リグルが必死に考えた答えは、

 

リグ「さっきの話の続きだけど…」

 

再び鈴仙の話をする事だった。

 

ピクピクッ!

 

鈴仙の耳はリグルの言葉に反応した。いや、危険を察知したのだ。一度は去った筈の窮地がまた訪れていた。

 

リグ「あゆみはフルネーム知らなかったの?」

 

鈴仙が打ち切った筈の話題だった。しかし、リグルにはあゆみとの共通の話題は、コレしか無かったのだ。

 

あゆ「うん、さっき初めて聞いたよ〜」

 

あゆみの一声目。それは奇跡的に危機を回避した。だが依然として危険な状況に変わりはない。居ても立っても居られない鈴仙は、

 

鈴仙「ちょ、ちょっとごめん!通して!」

チル「うわわわわ!」

サニ「わっ!なになに!?」

 

準備している者達を掻き分け2人に近づいて行った。焦る鈴仙。そんな鈴仙の気持ちとは裏腹に、2人の会話は第2幕を開けていた。

 

リグ「じゃあ何て呼んでるのさ?」

 

話題がついに核心をついた。鈴仙の頭を「ヤバイ」「マズイ」が何度もリピートしていた。そして焦るあまり、掻き分けて進んでいた筈が、いつしか押し退ける様に進んでいた。

 

霊夢「痛っ!ちょっと危ないじゃない!」

鈴仙「ごめんなさい」

早苗「きゃっ!」

鈴仙「ごめんなさい!」

 

謝罪をするも鈴仙の気持ちは常に前を向いていた。ただならぬ雰囲気の鈴仙に、その場の全員の視線が彼女に集まっていた。

 

あゆ「ん〜?みんなと同じだよ〜」

 

ついにあゆみが話し始めた。「それ以上いけない」と最後のスパートをかける鈴仙。あゆみ達との距離はあと5歩分。

 

鈴仙「あゆ…」

 

あゆみに声を掛けて話題を外らせ様と試みたが、

 

ガシッ!

 

背後から何者かに首根っこを掴まれた。

 

鈴仙「ちょっ、離して!」

 

大声で掴んで来た何者かに命令し、視線を後ろへ向けると、

 

霊夢「あんた、さっきから何してくれてんのよ」

 

怒りのバロメーターを振り切った紅白巫女がいた。

 

霊夢「包丁持ってる人もいるのよ!

   怪我したら大変でしょ!

   暴れたいなら他所でやりなさい!」

 

霊夢の言葉にその場が「しーん」と静まり返った。鈴仙としてはいただけない結果となったが、なんとか難を逃れた様だ。それならばもう思い残す事はないと、鈴仙は霊夢の手をそっと離し、後ろを振り返って、

 

鈴仙「どうかしてました。ごめんなさい」

 

深く、深く頭を下げて迷惑をかけた皆に謝罪した。

 

リグ「何やってんだか…」

 

後方から聞こえてきた言葉の主にイラつきを感じるも、またグッと堪える。石を投げれば響き渡る静寂に包まれる中…。

 

リグ「で、何て呼んでるんだっけ?」

あゆ「『冷麺』ちゃんだよ〜」

  『ぶふぉっ!!』

 

その場の全員が不意を突かれ、吹き出した。

 

チル「あははは!」

ルー「わはははー」

ルナ「きゃははは」

 

悪気の無い顔で笑うチルノ、ルーミア、ルナチャ。

 

大妖「わ、笑っちゃ、し、失礼…ふふふ」

ミス「一文字違いだけなのに…ははは〜♪」

早苗「ぷぷぷー」

スタ「ふっ…ふふふ…」

 

笑ってはいけない、と必死に堪える大妖精、ミスティア、早苗、スター。

 

サニ「はいった!はいった!ギャハハハ!」

リグ「ヒー、ヒー…ピッタリじゃん!

   『うどん』に『冷麺』」

霊夢「ちょっ、リグル笑わせないで。

   お、お腹痛い…」

 

腹部を押さえ、涙を流しながら大笑いするサニー、リグル、霊夢。結果、鈴仙の努力は虚しく、無駄に終わったのだった。その鈴仙はというと…。

 

鈴仙「………」

 

燃え尽きた…真っ白に…。

 

霊夢「だ、だからアンタ、

   あんなに血相を変えて…。くくく…」

 

横っ腹を押さえ、笑いながら鈴仙に話し掛ける紅白巫女。先程の事が気に入った様だ。

 

鈴仙「はうぅ〜…」

 

顔を真っ赤にしてその場で膝を抱えて蹲る優曇華。今は怒りを通り越し、哀しみ、恥じらい、屈辱感から、「穴があったら入りたい」と思っていた。

 

鈴仙「もー!!あゆみちゃん!

   私『れいせん』だってば!」

あゆ「ごめ〜ん、クセでつい…。

   もう間違えないから。

   れいせんちゃん、

   れいせんちゃん、

   れいせんちゃん…」

 

二度と間違わない様に、何度も何度も鈴仙の名を呟き、脳内に一生懸命叩き込むあゆみ。しかし、そのあゆみの一生懸命な姿に、イタズラをしたくなる者もいたりするわけで…。

 

あゆ「れいせんちゃん、

   れい」

リグ「め!」

 

リグルがここぞというタイミングで割って入った。

 

あゆ「んちゃん、

   れいめんちゃん、

   冷麺ちゃん、

   冷麺ちゃん……あれ〜〜?」

 

元に戻っている事が不思議でクビを傾け、『?』マークを浮かべるあゆみに、

 

  『あっははははは』

 

再び笑い出す一同。

 

リグ「ははは、あゆみも大概だよね」

 

今ようやく釣られていた事に気付き、

 

あゆ「も〜!やめてよね〜」

 

両腕を上下にバタつかせた。変わった新参者のあゆみではあるが、

 

チル「面白いヤツはっけーん」

早苗「ふふふ、お友達になれそー」

ルー「なのだー」

 

早くも受け入れられた様だ。その一方で、

 

サニ「スター!ルナ!」

スタ「うん、分かってる」

ルナ「優希さんはダメだったから、久しぶりだね」

  『獲物だ!』

 

あゆみをイタズラの獲物とみる者達も。そして一番の被害者は静かに、誰にも悟られない様に、

 

鈴仙「(後でみてなさいよー…)」

 

復讐という名の炎を灯していた。

 

霊夢「はいっ!おふざけもここまで。

   みんなちゃっちゃっと動いて!」

 

手を「パンッ!」と叩き、皆に気持ちの入れ替えを促す紅白巫女。それを合図に再び動き出す一同。

 

あゆ「あの〜…、霊夢さ〜ん、ご相談が〜…」

 

指揮を取る紅白巫女の顔色を伺いながら、声をかける里のケーキ屋店長。

 

霊夢「ん?なに?」

あゆ「実は〜…」

 

 

--少女説明中--

 

 

あゆみは自分がケーキ屋を経営している事。巨大ケーキの事を説明した。

 

霊夢「あー。その話なら聞いてるわ。よろしくね」

 

柄にもない笑顔で答える紅白巫女。どうやら気に入った相手にしか見せない表情の様だ。

 

霊夢「一度ショートケーキをもらって食べたけど、

   すごく美味しかったわよ。あんたやるわね」

 

あゆみにとってこの上無い言葉だった。誰だかは分からないが、あゆみの店で買ってくれた人が、プレゼントをした相手、霊夢を幸せにしたのだ。

 

あゆ「へへへ〜、ありがとうこざいま〜す」

 

珍しく頬をかきながら本気で照れ臭がるあゆみ。

 

霊夢「それよりもあんた、

   顔真っ白だけど、大丈夫?体調悪いの?」

 

両手を腰に当て、前屈みであゆみの顔を覗き込む霊夢に、一瞬たじろぐあゆみ。

 

あゆ「元々なんで大丈夫ですよ〜」

 

強がりだった。本当はまだ本調子ではなかった。しかし、目の前の紅白巫女はあゆみをジッと見つめ、口を開いた。

 

霊夢「…ふーん。あんたがそう言うなら、

   それで良いけど。無理はしないでね」

 

完全に見抜かれていた。この時あゆみは直ぐに察した。「この人に隠し事は出来ない」と。そして、本当の事を話す事にした。

 

あゆ「ちょっとストレスで倒れちゃって…」

 

目の前の紅白巫女か視線を外しながら、『事実』を話すあゆみ。

 

霊夢「そ。理由は聞かないけどそういうことなら、

   裏の温泉浸かって来なさい。

   なんか嫌な汗をかいてるみたいだし」

 

「そこまでバレているのか」とあゆみは感心を通り越して、恐怖を覚え始めていた。

 

あゆ「そうします…」

 

俯きながら返事をすると、

 

霊夢「お風呂は命の洗濯よ。

   ゆっくり浸かってきなさい」

 

なぞられた名言を残し、あゆみに親指を立てて、指示を出す紅白巫女だった。

 

??「霊夢、この食材勝手に調理していいの?」

 

と、そこにミニスカートのメイドが声を掛けた。

 

霊夢「あー、それ?なんかあるみたいよ。

   そうだ、あんた悪いんだけど、

   表にタワシみたいな頭をした男がいるから、

   そいつを呼んで来てくれる?

   誰だか分からなければ、

   『ユウキ』って言えば反応すると思うから」

 

あゆみは容赦なく使いを頼まれた。

 

 

 




鈴仙の名前の話の発端は主のタイプミスからでした。

次回:【幻想郷の花見(プロローグ)-開花-】
Ep.4の最終話です。


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幻想郷の花見(プロローグ)-開花-

Ep.4の最終話ですが、まずお詫びをさせてください。
23時投稿を目標に、毎回してまいりましたが、
編集が間に合いませんでした。ごめんなさい。

終わりよければ全て良しとはいいますが、
最後の最後で思いっきりこけましたorz。





 時を少し遡って…。てゐがあゆみへの復讐を誓っていた頃、妹紅と永琳も階段を上りきり、博麗神社の敷地内へと到着していた。

 

妹紅「久しぶりに歩いて来たな」

永琳「ここ結構傾斜あるわよね」

 

少しだけ早くなった鼓動を感じながら、長い階段への愚痴を零す妹紅と永琳。と、そこへ。

 

??「私は面倒だから飛んで来たわよ」

 

2人の話を聞いていたかの様な入り方で、上空からやって来たのは、店を遅れて出発した輝夜だった。皆が苦労して歩いて来たのにも関わらず、涼しい顔をして現れた輝夜が気に食わなかったのか、

 

妹紅「たまには体を動かせよネオニート」

 

言葉でどついた。となれば輝夜も黙ってはいない。

 

輝夜「なっ!誰がネオニートよ!単細胞!」

 

再びゴングが鳴った。

 

妹紅「あぁ〜?誰が単細胞だぁ!?」

 

階段の側で激しく火花を散らせる2人。側から見ても喧嘩してる様にしか見えない。そんな2人に見兼ねた大人は、

 

永琳「2人共こんな時まで止めなさい」

 

呆れ顔で2人の間に入った。

 

永琳「それよりも姫様。

   あゆみちゃんについてお願いしたい事が」

輝夜「…なに?」

 

険しい表情で声を掛けて来た教育係に、ただならぬ雰囲気を感じ取った輝夜は、彼女の話に真剣に耳を傾けた。

 あゆみと八雲紫の事、そしてあゆみの側から離れない様にする事。己の見解を踏まえて話していく天才薬師。

 

輝夜「分かった。でもアイツいつ何処から現れるか

   予想すら出来ないわよ?」

 

そう、八雲紫は『境界を操る程度の能力』の持ち主。何もない空間に『スキマ』と呼ばれる境界の裂け目を生み出し、そこを出入口として移動が可能…、所謂『ワープ』が出来るのだ。

 

妹紅「アイツに弱点とか無いのか?」

永琳「それが分かっていれば、苦労しないわよ…」

 

肩をガックリと落とし、答える永琳。と、そこに…。

 

??「すっげーーー!」

 

聞き覚えのある『あの声』。

 

??「みょん、オレの元嫁候補が大集合だぜ!」

 

『嫁』という単語。

 

妖夢「ちょっと、大きな声でやめてください…」

 

妖夢の恥ずかしがる小さな声。彼女の声だけで赤面して、身を小さくしているのが優に想像出来た。

 

女 「あらあら、良かったわね」

 

更に駄目押しの様に聞こえて来たおっとりとした声。白玉楼の主人、西行寺幽々子。開いた扇子で顔の半分までを隠しているが、笑顔であるのは誰から見ても明らか。

 彼らの言葉と共に輝夜と妹紅、そして側にいたてゐには、

 

ゾクゾクゾクゾク…。

 

拒否反応が出た。声の主の方へ恐る恐る視線を移す被害者達。

 

  『げっ、カイト』

 

遂に彼の存在を確認してしまった。

 

妹紅「マジかよ…」

輝夜「何で来てるのよ!?」

てゐ「昨日の感じだと来れる筈がないウサ!」

 

昨日、彼は妖夢からその身がズタボロになる程のキツイお仕置きを受けていた。更にその時、妖夢は彼の身勝手さに激怒しており、花見への参加へは難しいと思われていた。3人が唖然としていると…。

 

??「海斗君!」

 

彼を呼ぶ若い男の声。彼…海斗もその声に気付いた様だ。

 目を丸くし、口が半開きのまま暫く固まる海斗。そして「ニヤッ」と安堵の表情で微笑み、彼を呼んだ者の方へ駆け付けた。

 

輝夜「なに?あいつ海斗の知り合いなの?」

妹紅「あいつなら人里で何度か見かけたぞ」

てゐ「海斗の知り合いなら、

   アイツも碌でもない奴に違いないウサ」

 

海斗の知り合いというだけで、勝手にイメージを悪くさせられる、哀れな海斗の友人だった。

 彼女達が海斗の話をしていると、彼の監視役が被害者達の前に現れ、

 

妖夢「みなさん、こんにちは。

   それと昨日はご迷惑をお掛けしました」

 

挨拶と共に再び頭を下げて謝罪をした。そんな彼女に、

 

てゐ「あいつ何で昨日のあの怪我で、

   来れてるウサ?」

 

てゐはまず第1の疑問の解を尋ねた。

 

妖夢「どうやら何かの能力の様でして…。

   やたらと回復が早いんです」

てゐ「回復が…」

輝夜「早いねー…」

 

ある人物にジト目で視線を集める一同。

 

妹紅「あ?何だよ?」

 

その冷めた視線に気付き、睨み返す『老いる事も死ぬ事も無い程度の能力』の持ち主。

 

輝夜「いや、だって…。ねー…」

てゐ「もしそれが海斗の能力なら、

   『誰かさん』とそっくりウサ」

 

相変わらずジト目で『誰かさん』を見続ける2人と、

 

妖夢「そうなんです…」

 

額に掌を合わせ、ため息混じりに語る海斗の監視役。

 

妹紅「待て待て待て待て!

   私はアイツと何も関係ないからな!」

 

知人の下へと向かった海斗を指差し、声を荒げる妹紅。しかし妹紅の気持ちなど御構い無し、とでも言うように、明るい笑顔で知人と会話を楽しむ海斗。

そんな彼を見つめながら、

 

妹紅「何なんだよ…」

 

伸びた人差し指を徐々に折り曲げ、

 

妹紅「どうして…、何も無いんだよ…」

 

拳を作り、握りしめた。

 

妹紅「あ゛ー!!イラつく!

   呑気に楽しそうにしやがって!

   人に勝手に『嫁になれ』って。

   あの笑顔で…。真っ直ぐに…。

   そのクセ放ったらかしかよ…。

   なんなんだよ!」

 

そして、顔を赤く染めながら目を潤ませ、怒りを吐き捨てた。

 普段は見せない表情だった。それはまるで遊んでくれない事に腹をたてる子供…。いや、と言うよりも…。それを永遠のライバルが気付かない筈がない。

 

輝夜「あ…、あんた『も』まさか…」

 

輝夜は動揺していた。声を震わせながら、己の気持ちを隠す様に、その事実を確かめようとした。しかしたった一言…、一文字だけミスが出た。それは2人にとって大きな意味を持つ一文字。輝夜は願った。妹紅が気付かない様にと。

 

妹紅「『も』ってお前…」

 

しかしその願いは虚しく、ライバルに己の気持ちに気付かれてしまった。となれば、

 

妹紅「そうよ!あんなヤツなのに…気になるのよ!

   もう自分でも訳が分からないのよ!」

 

下を向いて表情を隠しながら、開き直るしか無かった。

 

  『えーーーっ!?』

 

輝夜の突然のカミングアウトに驚く一同ではあるが、

 

てゐ「そんな…、姫様まで…」

妖夢「…」

 

てゐは知ってしまった事実に後退りをし、妖夢は寂しげで複雑な表情を浮かべていた。そして妹紅はと言うと…。

 

ガシッ!

 

輝夜の肩を掴み、涙で決壊寸前の瞳で語った。

 

妹紅「お前の気持ち…。分かる!!

   それでアイツはココに来てから、

   私達に挨拶をしていなければ、

   見向きもしてないんだぞ。許せるか?」

輝夜「許せない!」

妹紅「悔しくないか!?」

輝夜「悔しい!!」

 

凄まじい勢いで熱を上げていく永遠のライバル達。だが今は…。

 

妹紅「私達は『仲間』だ!」

輝夜「『仲間』よ!!!」

 

2人がついに硬い絆で手を組んだ。

 

妹紅「もうダメだ。ガツンと言ってやる!」

輝夜「私も!もう我慢の限界!」

 

そして背後に怒りの炎を上げ、肩を並べて歩き出した。

一方、残された2人は…。

 

てゐ「よろしくウサー」

妖夢「是非お願いしまーす」

 

「手間が省けた」と笑顔で手を振り、2人の戦士を送り出した。するとそこへ、

 

永琳「姫様と妹紅どうしたの?

   あの雰囲気、只事じゃないわよ?」

幽々「みょんちゃん、何があったの?」

 

2人の大人が首を傾げながらやって来た。どうやら2人だけで話をしていて、先程の騒動に気付かなかった様だ。

 

妖夢「えっと…、海斗さんの事で…」

てゐ「ちょっとお灸を据えに行ってもらったウサ」

 

妖夢とてゐに説明をしてもらうも、いまいちピンと来ない2人の大人は、

 

  『ん〜?』

 

頭上に『?』を浮かばせ、首を更に傾げた。

 

てゐ「ところで何でアイツ、ここに来れてるウサ?

   あんた相当怒っていたのに…」

 

妖夢を見つめ、第2の疑問の解を尋ねるてゐ。昨日の妖夢の様子から、外出禁止の指令が出てもおかしくは無い筈だった。寧ろそれくらいの罰則が有って丁度良いくらい。すると、妖夢は急に顔を赤くして俯きだした。

 そんな妖夢の姿を見て「ならば代わりに」と思った彼女の主人が、口を開いた。

 

幽々「『誠意』を見せてくれたのよね?」

妖夢「あんなのただのご機嫌取りです!」

幽々「でも悪い気はしなかったでしょ?」

 

てゐは思い出した。昨日海斗が妖夢に放った一言『本気の誠意』。これについて何かあった事はもう間違いなかった。

 

てゐ「一体何があったウサ?」

妖夢「そ、それは……」

 

緑のスカートを握りしめ、更に小さくなる世話係。

 

幽々「ふふふ、ご主人様だったのよね?」

 

必死にお茶を濁そうとする妖夢の代わりに、また横から答える白玉楼の主人。彼女はこの状況を楽しんでいる様だ。

 

妖夢「幽々子様!」

幽々「いいじゃない。お掃除にお料理にお洗濯。

   全部やってくれたじゃない。それに〜…」

妖夢「それ以上は止めてください!

   それに洗濯は私がしました!」

 

泣きそうな顔で主人の話を断ち切ろうとする世話係。

そして、その妖夢を哀れに思ったてゐは、

 

てゐ「つまり海斗のご機嫌取りに鬱陶しくなって、

   渋々連れてきたと…」

 

綺麗にまとめた。

 

妖夢「そ、そうなんです!」

 

てゐのまとめに、藁にもすがる思いで乗っかる妖夢。

 

幽々「んー、渋々かどうかはねー…」

 

しかしその主人は頭上に咲く桜を見ながら、含みのある言い方で言葉を残した。

 

永琳「ちょっと3人共、2人がその彼の所に…」

 

今まで会話には参加せず、様子がおかしい姫達を見守りながら、耳を傾けていた天才薬師。その彼女が会話に夢中になっていた幽々子達に、合図を送る様に声を掛けた。

 

幽々「ちょーっとあの雰囲気はマズイかしら…。

   みょんちゃーん。海斗ちゃんの事、

   お願いできない?」

 

他ならぬ主人からの依頼。だが…。

 

妖夢「えー…。少し痛い目を見た方が

   良いと思いますよ?」

 

世話係は正直気乗りしていなかった。お調子者で、人の気など考えもせず、デリカシーのカケラもない彼には「良い薬になるだろう」と思っていたのだ。

 

妖夢「それに能力で…」

 

更に言葉を繋げようとした時、妖夢は主人の視線に気が付いた。それは鋭く冷たい、氷の様な視線。主人に意見した事を後悔し、

 

妖夢「申し訳ありません!」

 

姿勢を正し、勢いよく頭を下げた。

 

幽々「みょんちゃんの気持ち、

   分からなくはないけど、

   万が一って場合もあるのよ?

   海斗ちゃんは大事なお客様なんだから。

   ね?」

 

最後にニコリと微笑み、

 

妖夢「はい!行って参ります!」

 

世話係を送り出した。

 

てゐ「何でアイツにそこまで手厚いウサ?」

 

てゐにとっては素朴な質問だった。ただの居候を何故、白玉楼の主人がかばう様に、丁重にもてなすのか。簡単に答えてくれると思っていたてゐだったが…。

 

幽々「…兎さん、知らない方が幸せな事もあるのよ」

 

彼女は冷ややかな視線で含みのある言い方をし、お茶を濁した。

 

 

 

 

 

 そして、海斗の下へと怒気を放ちながら、一歩一歩近づいて行く2人の蓬莱人。ただならぬ雰囲気に、

 

人妻「珍しいね。蓬莱人(2人)が肩を並べるなんて」

大女「オーラが凄い事になってるけどねぇ…」

人妻「でも…、なんか面白くなりそうだよ」

大女「それは間違いないだろうねぇ」

 

今後の展開をワクワクしながら見守る2人の神々。少女の姿をした算数の九九ができなかった人妻、守矢諏訪子と、背にしめ縄を背負った背の高いナイスバディの八坂神奈子。

 

諏訪「んー?あそこにいるのは…海斗?」

神奈「おや?ホントだ。

   2人共海斗に用があるみたいだねぇ」

 

蓬莱人の視線の先にいる『彼』を見つけ、少し驚く神々。彼女達は既にそのお調子者と出会っていた。その時の彼は2人にとって「明るくて面白いヤツ」という印象を与えていた。

 

諏訪「どう見ても2人共怒ってるよね?」

神奈「恨みを買う様なヤツには

   見えなかったけどねぇ」

諏訪「うーん…。何があったんだろ?」

  『気になる!!』

 

 

 

 

 

 神々までもが見守る中、彼の直ぐ背後まで近づいていた硬い絆で結束した2人の蓬莱人。後はもう一歩踏み込んで、あのお調子者に胸の内の怒りを打つけるだけだった。しかし、その一歩が大きかった。彼の事を近くに感じる程、

 

輝夜「ぐー…っ」

妹紅「く、くそー…っ」

 

赤面して硬直してしまい、何も言えなくなってしまうのだった。

 

輝夜「あんた行きなさいよ!」

妹紅「お…お前こそ行けばいいだろ!」

 

小声で先陣を譲り合う2人。と、そこへ…。

 

??「なんだなんだ?優希の知り合いか?」

 

金色のロングヘアーを靡かせ、やって来た大泥棒。紅白同様、幻想郷の異変解決に何度も加わって来た「死ぬまで借りとく」がモットーの白黒魔法使い、霧雨魔理沙だった。彼女は海斗とその知人、『優希』の顔を見比べ、意外そうな表情で2人に話しかけた。すると海斗は身震いを一つし、

 

海斗「魔理沙師匠、ちわっす!海斗です!」

 

素早いお辞儀と共に体育会系のノリで挨拶をし始めた。今海斗の意識は完全に白黒魔法使いへと向いていた。それは2人の蓬莱人にとって、大きなチャンスだった。そして「この機を逃してはなるものか」と2人同時に動いた。

 

ガシッ!

 

まずは妹紅が背後から肩を掴み、力一杯引き寄せ、引き摺る様にその場から離れた。己の身に起きた出来事に、脳内処理が追い付かず、慌てふためく彼。そんな彼を投げ捨てる様に解き放ち、

 

妹紅「おい、お前」

 

眉間に皺を寄せ、顔を近づけながら威嚇した。続いて輝夜が腰に手を置き、妹紅同様、その彼に顔を近づけ威嚇し始めた。

 

輝夜「アイツ…海斗の友達?」

優希「あ、はい…」

妹紅「お前の友達なんなんだよ!」

輝夜「いきなり嫁とか言い始めて

   追い掛け回してくるのよ!」

  『どーにかしろ(なさい)よ!』

 

が、相手が違った。と言うよりも、いつの間にか怒りの矛先が海斗の友人、優希へと向けられていた。2人共、海斗を前に硬直してしまい、直接言う事は出来ないと悟っていたのだ。しかし、内から込み上げて来る怒りを、何処かに打つけずにはいられない状況の中、目に付いたのが海斗と親しげに話す優希だったのだ。所謂『八つ当たり』である。

 

優希「と、友達が、ゴ・・・カケ・・・マセン」

 

体を小刻みに震わせながら、俯き加減でボソボソと呟く海斗の友人に、

 

  『はぁ〜!?』

 

更に怒りが増した蓬莱人。優希の一言は火に油だった様だ。

 

??「ん〜っと〜、

   『友達がご迷惑をかけてすみません』

   だって〜」

 

怒りの炎が燃え上がっている2人の後ろから聞こえてきたのは、妹紅と輝夜が聞き慣れた緩い口調。あゆみだった。彼女の表情はいつも通りの、時に助けられたニコニコの笑顔。その笑顔を守るために彼女達はあゆみを支え、協力して来た。すっかり元通りになったあゆみに、2人のは「もう大丈夫」と心から安堵し、ため息と共に口元が緩んだ。

 

 そして、まるで引き合う様にあゆみ、海斗、優希の3人の外来人が今、お互いを認識できる程の至近距離に集った。

 

突然幻想郷に現れた『迷子』の物語は、まだ幕を開けたばかり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

??「お姉ちゃん達はまだ来てないんだ〜♪

   あとでビックリさせよ〜♪」

 

 

Ep.4 里のケーキ屋【完】

 

 




Ep.4 まで読んで頂き、ありがとうございます。

また、お気に入り登録して頂いた方々、
最新話を投稿する度、読んで頂いている方々、
感謝の言葉がつきません。
本当にありがとうございますm(_ _)m。

さて、各エピソード毎の恒例になりつつある
主のお休みをまた少し頂ければと思います。
いや、近頃寝不足でして…。
何がって…4年に一度の大会ですし。。。
とりあえず日本一戦目勝って嬉しいです。
(よく勝てたなと…)

次回の投稿予定日についてはまた
いつも通りに活動報告に記載させて頂きます。

by GA王


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【やってきたぜ!幻想郷】嫁候補一人目 ※挿絵有

サブタイトルからもお察しの通り、
彼の話です。



カチャッ、ブン!

ヒュッ、ヒュッヒュッ!

 

庭先で日課の鍛錬に勤しむ一人の少女。今日もノルマを達成すべく、刀を振るっている。

 

ビュンッ!

 

最後の一振りを終え、瞳を閉じ、刀をゆっくりと腰の鞘の中へ。

 

……カチャ。

 

そして最後の集中をするため、大きく深呼吸をし…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

??「みょーん!終わった?遊びに行こうぜ!」

 

そこへ少女に大声で手を振りながら話し掛ける青年。

 

【挿絵表示】

 

 

妖夢「あーもう…。

   せっかく精神統一してたのにぃ…。

   邪魔しないで下さい!」

 

だがどうやら彼女を怒らせてしまった様だ。

 

??「そんな~。

   オレずっといい子で待ってたんだぜ?

   幽々子様ぁ、みょんが酷いんですよー」

 

青年は、縁側でにこやかにその様子を見守る屋敷の主、西行寺幽々子に妖夢の悪態を言いつける様に泣きついた。

 

幽々「ふふ、みょんちゃん?

   ちゃんと仲良くしなきゃ『めっ!』よ?」

 

【挿絵表示】

 

 

主が笑顔で 幼い子供を叱る様に注意すると、

 

妖夢「邪魔をしないでって

   言っただけじゃないですか!

   幽々子様もその呼び方やめてください!

   だいたい私その呼び方認めていませんよ!」

 

少女は顔を真っ赤にして声をあらげた。

 

??「いいじゃん。ケチー」

幽々「みょんちゃんのケチー」

 

その様子を面白がって、からかう二人に、

 

妖夢「お願いですから、

   人前ではその呼び方は

   本当に止めてください」

 

少女は肩を落とし、落胆しながら懇願した。

だが…。

 

??「あれ?みょん泣くの?」

幽々「みょんちゃん泣いちゃうの?」

 

弄りは続く。

 

妖夢「泣きませんよ!何なんですか2人して!

   一緒に行くの止めますよ!」

??「ごめん。どうか、どうかそれでだけは…」

幽々「あらあら。うふふ」

 

ここは西行寺幽々子とその世話係兼、庭師の魂魄妖夢が暮らす白玉楼。

 そこへ一昨日、突如訪れた青年。名は海斗。彼は親友と共ににアニメと電気の街へ遊びに行った。その帰りの電車で一眠りをし、目を覚ます頃は最寄駅へ到着。

 する筈だった…。

 だが目を覚ますと、そこは長い長い階段の途中。一時はその状況に混乱した彼だったが、興味本意で階段を上って行ったところ、ここ白玉楼へ辿り着いたのだ。普通の人であれば、白玉楼へ辿り着いても、自分が置かれた状況に戸惑うばかりだろう。

 しかし、この青年は違った。目に映る屋敷、庭で刀を振るう少女、縁側でのんびりと団子を食べる女性。どれも自分の知っている…いや、知り過ぎている大好きなゲームの世界と酷似していたため、瞬時に悟ったのだ。

 幻想郷入りしたと。そして彼はこうも思った「オレ、勝ち組」と。

 だが、誤算もあった。海斗は2次元(2D)しか愛せない男だった。折角、幻想郷に来れたというのに、目の前の彼女たちは立体(3D)である。つまり『D』が一つ増えたのだ。それが海斗を心底ガッカリさせたが、その反面これも縁だと開き直ってもいた。

 こうしてお調子者、海斗の『嫁捕獲作戦』が幕を開けたのだった。

 

妖夢「それで、どちらに行かれたいんですか?」

海斗「そうだなぁ、霊夢にも会いたいし、

   魔理沙師匠にも会いたいし、

   でもなんと言っても、

   フランには絶対会いたいよなぁ。

   あと他には…」

 

一昨日来たばかりの外来人は自分が知っている幻想郷の住人の名前を次々に挙げていった。

 

妖夢「本当にこの世界の事お詳しいんですね…」

海斗「おう、大ファンだからな。

   幻想郷の皆はオレの嫁候補だぜ!」

 

呆れ顔で言う妖夢に胸を張ってドヤ顔で答える外来人。

 

妖夢「それなんなんですか?

   人の事を勝手に『嫁』とか。

   失礼にも程があります」

海斗「みょんダメ?オレの嫁にならない?」

妖夢「お断りします!」

 

いきなりの告白ではあったが、『お断りします!』とはっきりと強調され、海斗の脳内で何度もリピートし続けた。今まで一度も言われたことがない言葉に、

 

海斗「フラれた…だと。

   オレ結構モテるんだぞ!?」

 

少しムキになる。

 

妖夢「あなたの世界ではそうかも知れませんが、

   私はあなたみたいに

   チャラチャラしている方は、

   好きではありません!寧ろ苦手です!」

 

海斗はその容姿から周囲の女子達から声を掛けられ、交際しようと思えば苦労ぜずに誰とでもできた。そんな彼が正式にフラれたのだ。

 

海斗「幽々子様ぁ~。

   ハートブレイクしちゃいましたー」

 

ふざけながらも半ば本心で、縁側の幽々子の下へ泣き付きに行く。

 

幽々「あらあら大変。

   それじゃあ『いい子いい子』してあげるから

   いらっしゃ~い」

 

それを両腕を広げ、笑顔で待ち構える女神。海斗の目は女神の豊満で柔らかそうな2つの幸せ袋をロックオンしていた。そして彼は本能の赴くまま…。

 

 

もぎゅっ♡

 

 

幸せへダイブ。

 

海斗「はぁ、柔らか~い。気持ちい~」

幽々「ふふ、ちょっとくすぐった~い」

 

幽々子の深い谷間に顔を埋め、鼻の下を伸ばしながら幸せを満喫する海斗。それを優しく我が子の様に抱きしめる幽々子。海斗の下心さえ無ければ微笑ましい状況ではあるのだが…。

 

妖夢「カ・イ・トさん?

   ふざけるのもいい加減にしてください。

   幽々子様も甘やかさないでくださいね」

  『はーい』

 

妖夢に真面目に怒られる2人だった。

 

妖夢「そ・れ・で、何処に行かれたいんですか?」

 

気を取り直して海斗に質問をする世話係。その質問にお調子者の彼は真剣な顔で、

 

海斗「紅魔館、博霊神社、守矢神社、人里、

   魔法の森、山ほどあるけど…」

 

一昨日やって来た者とは思えない程、次々と幻想郷の地名を挙げていく。だがそんなお調子者にも一つの疑問が。

 

海斗「その前にどうやって行くんだ?」

 

ここは白玉楼は冥界と呼ばれる地上とは違った異質な場所にあり、海斗は「何か特別な方法が?」と考えていた。

 

妖夢「階段を下って行けば人里近辺に出られます」

 

だが、意外と簡単だった。

 

海斗「じゃあ手始めに人里に行こうぜ!」

妖夢「分かりました。

   夕飯の材料も必要でしたので、

   ちょうど良かったです。

   では幽々子様、人里へ行って参ります」

幽々「はいは~い、気を付けてね~。

   いってらっしゃ~い」

 

手を振る主に見送られ、肩を並べて歩いていく2人。暫く歩いたところでお調子者が、

 

海斗「なぁ、みょんところで…」ヒソヒソ

 

小声で

 

妖夢「何ですか?」

海斗「幽々子様って大食いだったりする?」ヒソヒソ

 

白玉楼の主の噂の真相を尋ねた。

 

妖夢「はい…、良くご存じですね」

 

どうやら本当だった様だ。

 

海斗「家計大丈夫か?」ヒソヒソ

妖夢「もう火の車です。

   資金源もそろそろ底を尽き始めていて…。

   でも幽々子様の食べてる御姿が

   可愛らしくて。つい…」

 

頬を染めながら自分の落ち度を反省する世話係。だがこのままでは負のスパイラル。誰かが手を打たなければ、何れは破綻してしまう。

 

海斗「よし、じゃあついでにバイトも探そうぜ!」

妖夢「え?バイト?」

海斗「働くんだよ。

   だってこのままじゃさすがにまずいだろ?」

 

その事に気付いたお調子者。彼なりに今の状況を打破し、白玉楼を救いたいと考えている様だ。しかし急な提案だったためか、

 

妖夢「でも私働ける様な特技なんて…」

 

心の準備ができていないといった様子の世話係。彼女は海斗の言葉から自分にできる事を精一杯考えていた。そんな最中、知り合って間もないお調子者は、

 

海斗「みょんは家事だってやってるんだから、

   飲食店だって大丈夫だろ?

   それにいざとなれば、剣道場を開くとかさ」

 

妖夢の特技から活躍できそうな就職先をさらりと答えた。

 

妖夢「なるほど…。

   海斗さん意外と発想力が豊かなんですね」

 

少し彼の事を見直した妖夢。

 

海斗「見直した?ならオレの嫁に…」

妖夢「なりません!」

 

ただし、コレさえなければ…。

 

 

 

 

 

 

 

 そして、お調子者が立ち去った白玉楼の縁側では…。

 

??「行った?」

幽々「ええ、たった今」

??「こっちの世界に詳しい者だったとは…。

   迂闊だったわ」

幽々「紫、本当にあの子なの?」

紫 「ええ、間違いなく。

   コレを渡しておいてくれるかしら?」

 

八雲紫が幽々子に手渡したのは『博霊神社』と書かれた赤い…

 

幽々「お守り…、ではないわね」

紫 「一応お守り要素もあるわよ」

幽々「これで後何人なの?」

紫 「あと3人。でもかなり難航しているわ。

   蘭と橙にも探させているけれど、

   今の所手がかり無し」

幽々「ふーん…」

 

 

 

――ヲタク移動中――

 

 

 

人里に到着した海斗と妖夢。彼としては憧れていた世界を体験できるとあって、喜んでいるのかと思いきや…。

 

海斗「人里!って感じなんだな」

 

予想通りの世界に真新しさを感じず、テンションが上がることもなく、ただ静かに里の雰囲気を見学していた。

 

妖夢「何か見たいお店があったら言ってください」

 

妖夢からの気遣い。しかし、彼としては今のところ寄ってみたい店も無く、もう少しこの世界をゆっくりと観察していたかった。

 

海斗「じゃあ、一緒にお茶しない?」

 

外の世界では、男性が女性に突然声を掛ける時の決まり文句。彼の様な者が言えば、相手は照れくさそうに困りながらも、もう一押しでOKするだろう。だが隣の彼女は、

 

妖夢「はい、わかりました」

 

その誘いを涼しい顔で、業務的な返事で答えた。

 

海斗「…その反応、何か違うんだよなぁ」

 

OKの返事をもらったにも関わらず、彼女の対応に不服な我儘ヲタク。

 

妖夢「すみませんね、ご希望にそぐわなくて…!」

 

そんな彼の態度に拳を握りしめ、怒りに耐える庭師。彼女が怒っているは、誰から見てもあからさま。彼自信も少しからかい過ぎたと反省していた。そして今度は彼女を持ち上げる作戦に出た。

 

海斗「ツンツンしてるみょん、いいね。

   俺は好きだなぁ」

 

持ち前の甘いマスクで、サラッと火薬を投下する色男。一気に持ち上げられた庭師は、

 

妖夢「みょっ!?急になななにを!?

   それに、その呼び方止めてください!」

 

彼の不意打ちに頬を赤くし、動揺していた。

 

 

――ヲタク休憩中――

 

 

 里の甘味処。ここは里の端の方にあるのだが、その味から皆から人気がある。その店の前に置かれた長椅子に、腰を掛けて団子に舌鼓を打つ

 

海斗「うん、この団子美味いな」

 

ヲタクと、

 

妖夢「私、ここのお団子が大好きなんです」

 

おかっぱ頭。団子を頬張りながら、幸せそうに語る彼女。そして、その様子を隣で笑顔で眺めるヲタク。

 

妖夢「私の顔に何か?」

 

その薄気味悪い視線に気が付いたおかっぱ頭。

 彼の視線は明らかに自分の顔。食べ残しでもあるのかと、ポケットからハンカチを取り出し、口回りを拭っていると…。

 

海斗「いや、笑うとスゲー可愛いなぁ…って」

 

またシレッと先程よりも威力のある火薬を投下した。

 異性から初めて言われた『可愛い』という言葉。これまで剣の道一筋だった彼女が、今一人の少女として見られていた。この慣れていない状況に彼女は、

 

妖夢「だだだだだだだから!

   なななな何であなたは、

   そそそそそういう事を

   かかかか軽々しく…」

 

全身を赤くし、最上級にテンパっていた。

 そして、そんな彼女を見て「今ならいける!」と思ったヲタクは…。

 

海斗「やっぱオレの嫁になる?」

 

その瞬間、彼女の顔から一気に赤色が引いていき冷めた瞳で、

 

妖夢「だからなりませんって…」

 

さらっと迎撃した。

 

 

――ヲタク買物中――

 

 

 団子を食べ終え甘味処を出発して、夕飯の材料を買いに店を回る2人。

 

店主「まいどー!」

妖夢「野菜はこれでいいです。あとはお肉ですね」

 

1軒目でまず野菜を購入し、次の目的を果たすため、更なる店へと足を進めていた。

 

海斗「今日は肉?」

妖夢「ええ、この時期は魚が高いので」

海斗「そういえば幻想郷で魚って、

   川魚しかないんじゃ…」

 

ここ幻想郷は山々に囲まれ、海が無い。その予備知識がある者としては当然の疑問。しかし実際は、

 

妖夢「そんなことないですよ。

   海の魚も入って来てますよ。

   八雲紫さん達が外界で買われた物を

   魚屋で売っているんです」

 

スキマ妖怪が卸売業者として一役買っていた。

 

海斗「そうだったの?ユカリンそんな事業を…」

妖夢「でもそのシステムができたのはつい最近で、

   それまでは海の生き物は高級品でした」

海斗「ふ~ん。

   オレが知らない事も意外とあるんだなー」

 

己の知らない本当の幻想郷の実態に初めて感心するヲタクだった。

 妖夢との会話を楽しみながら、足を進めていくヲタク。

 気付けば里唯一の

 

??「はぁ!?」

 

肉屋

 

??「あぁ!?」

 

と魚屋。

 

  『やんのか!?』

 

初めて見る平常運転のご両人にヲタクは、

 

海斗「みょん、コレは何?」

 

口元をひくつかせ、苦笑い。

 

妖夢「肉屋の店主さんと魚屋の店主さんです。

   毎度の事ですので、お気になさらず。

   どうも、こんにちは」

  『へい、らっしゃい!!』

 

睨み合いながらも妖夢の挨拶に、仲良く同時に振り向いて答える肉屋と魚屋の店長。

 

海斗「面白っ!」

 

どうやらヲタクのツボに入った様だ。

 そして、その彼に気付いた店長達。妖夢と彼を見比べ…

 

肉屋「おや、妖夢ちゃん。彼氏できたのか?

   俺の若い頃には負けるが、色男じゃねぇか」

魚屋「妖夢ちゃん意外と面食いだったんだな」

 

冗談交じりに妖夢を揶揄う店長達。予期していなかったまさかの言葉に、

 

妖夢「みょっ!?」

 

体を跳ね上げて赤面する世話係と、

 

海斗「あ、分かりますぅ?

   付き合ってるのばれちゃいましたか~」

 

ここぞとばかりに、作り笑顔で頭を掻きながら乗っかるお調子者。だがそのおかげで、

 

肉屋「あっはははは」

魚屋「兄ちゃん面白いな!」

 

瞬時に気に入られた。

 

妖夢「ちちちちち違いますからね!

   ただの居候ですからね!」

 

必死に誤解を解こうとする真面目な庭師。しかしそれは格好のネタ。弄りは止まない。

 

肉屋「ふぅ~♪、と言うことは一つ屋根の下か」

魚屋「しかも幽々子嬢も一緒だろ?

   ってことは兄ちゃん、コレはどうなんだ?」

 

鼻の下を伸ばしながら、胸元で大きく半円を描く魚屋店長。大好物の話題にお調子者は、耳打ちをする様に魚屋の店長に近づき、

 

海斗「はい、実は…」

 

いやらしい目つきで囁き始めた。もう何の話の事だか察した、その場唯一の少女。

 

妖夢「それ以上言ったら斬ります!」

 

腰の刀に手を掛け、抜刀の構え。そんな彼女の姿に「クスッ」と一笑し、

 

海斗「冗談だって、本気にすんなよ。

   みょんは真面目だな~」

 

手で仰ぐ様に『みょん』を宥めた。

 

妖夢「その呼び方は止めて下さい!!」

 

「人前では止めてくれ」と念を押した筈の呼び方。己の主と海斗だけならまだしも、これ以上そのあだ名が広がるのは何としても阻止したかった。だが…。

 

  『みょーんちゃん』

 

もう手遅れ。

 

妖夢「覚えられちゃったじゃないですか!」

 

にやける肉屋と魚屋の店長を指差し、涙目でお調子者を睨みつける苦労人。そしてその彼はと言うと、

 

海斗「~♪」

 

手を頭の後ろで組み、口笛を吹きながら、素知らぬ顔。そんな彼の態度に再び怒りが込み上げる苦労人だったが、

 

肉屋「ははは、夫婦漫才見てるみたいだ。

   何を買いに来たのかは知らんが、

   これをサービスで付けてやるよ」

魚屋「いいもん見せてもらったお礼だ。

   うちからもサービスで付けてやる」

 

2人の店長は酷く気に入った様だ。

 

妖夢「あ、ありがとうございます…」

 

予期していなかったプレゼントに呆気に取られる世話係だった。

 肉屋での買物を終え、再び歩き出した2人。

 

海斗「肉屋と魚屋の店主さん面白すぎ!」

 

腹を押さえてケタケタと笑いながら歩くヲタク。先程の事が余程気に入った様だ。

 

妖夢「もうあんな事は止めてください…」

海斗「でもサービスしてもらったからいいじゃん。

   幽々子様も喜ぶぜ。あとはバイト先か」

妖夢「甘味処の方が言っていましたが、

   この先の居酒屋の店長さんが、

   働き手を募集しているかも

   しれません。寄ってみますか?」

 

先程の甘味処で支払いしている時、妖夢は店員に働き口が無いか聞いていた。その店員の話では、とある居酒屋の店長が足を怪我し、困っているとの事だった。十分に可能性がある話に、

 

海斗「そうだな。行ってみるか!」

 

期待を膨らませる海斗だった。

 

 

――ヲタク移動中――

 

 

その『とある居酒屋』に到着した2人。

 

海斗「これ何て読むんだ?」

 

店に書かれた丸印の中に酒の字を眺めながら尋ねる海斗。

 

妖夢「サケマルです」

海斗「そのままかよ…。

   しかもモロ居酒屋って感じだな…」

 

何の捻りもない居酒屋に苦笑いをする海斗。「もう少し面白くしてもいいのでは?」と彼が思っているところに、

 

妖夢「では、ちょっと失礼して」

 

隣の妖夢が店の引き戸に手を掛けた。

 

??「いらっしゃいませ!」

 

その瞬間、中から若い威勢の良い声が。

 

店長「そうだ!もう一度」

??「いらっしゃいませ!!」

店長「いいか、元気が大事だ。今の忘れるな」

??「はい!」

 

中から聞こえる話しから、状況を察した妖夢。ゆっくりと戸に掛けた手を戻した。

 

妖夢「もう誰か雇われたみたいですね…」

海斗「みたいだな。いかにも教育中って感じだ」

妖夢「他を当たりましょうか?」

海斗「ちぇー、折角見つかったと思ったのに。

   まったく誰だよタイミング良く来るヤツ」

妖夢「ははは…、そういう時もありますよ」

 

 

――ヲタク帰宅中――

 

 

人里見学&買物を済ませ、白玉楼へ帰って来た妖夢と海斗。出迎えてくれた主へ、

 

  『ただ今戻りました』

 

2人仲良く挨拶。

 

幽々「あら、お帰りなさい。人里はどうだった?

   楽しめたかしら?」

海斗「パッと見は想定の範囲内でしたけど、

   甘味処のお団子美味しかったですし、

   肉屋と魚屋の店主は面白くて、

   もっと幻想郷を好きになりました」

 

笑顔で海斗に初めて体験した人里の感想を聞く主。そしてそれに目を輝かせながら答える外来人。和やかな雰囲気に包まれていた2人だったが…。

 

幽々「そう、それは良かった。で?お土産は?」

 

突然冷めた目で海斗を見つめ始める主。

 

海斗「お土産?今日の夕飯は買ってきましたよ?」

 

『お土産』。買物リストになかった物。主のいきなりの注文に困惑していると、

 

幽々「あそこの甘味処行ったんでしょ!?

   2人だけお団子食べて…

   ズルいズルいズルいズルいズルいズルい!

   私も欲しかったぁ!」

 

仰向けに寝転がり、子供の様に両手足をバタつかせる白玉楼の主。大事な事なのでもう一度、白玉楼の『主』。するとそこへ頭を抱えながらやってきた世話係。

 

妖夢「あー…、失敗した」

海斗「何これ?どういう事?」

妖夢「甘味処の件は、

   内密にして頂きたかったんです。

   外出先での食事を幽々子様に知られると、

   この様に駄々をこねるんです…」

 

主の食い意地を赤面しながら説明する世話係。彼女の話を聞きながら、海斗が主へ再び視線を移すと、

 

幽々「私も食~べ~た~い~!

   買って買って買ってぇ!」

 

依然としてジタバタと駄々をこね続けていた。その様子にこのヲタク、

 

海斗「(何この可愛い生き物)」

 

萌えていた。鼻から忠誠心が出るところを必死の思いで耐え、

 

海斗「あー、うん。今度から気を付ける」

 

冷静な顔を装った。

 

 

――ヲタク購入中――

 

 

幽々「おいひぃ~」

妖夢「海斗さんすみません。買ってきて頂いて」

 

一人で再び人里へ赴き、団子を購入してきた海斗。自分の失態を詫びる為かと思いきや…。

 

海斗「いや、今のは俺が悪かった。それに…。

   さっきの幽々子様と2人きりにさせられて、

   平常心を保っていられる自信がない

   (性的な意味で)」

妖夢「そう言って頂けると助かります。

   私は夕食の準備をしますので、

   お風呂に入って来てください。

   それともご飯まで待ちますか?」

海斗「…」

妖夢「何か?分からない事でも?」

海斗「…いい」

妖夢「へ?」

海斗「エプロン姿で先に『お風呂 or 飯』!

   正に新婚宛ら!

   みょん!やっぱりオレの嫁に…」

妖夢「なりません!!」

 

 

嫁捕獲作戦_一人目:魂魄妖夢【失敗】

 

 




主ではありますが、
海斗、ムカつく…。

そして次回からいよいよ新章開始します。
タイトルは予告通り【大和】です。
サブタイトルは、



























《一年後》。


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Ep.5 大和
一年後


小説投稿の初心という事もあり、
今まで色々な書き方をさせて頂き、
学ばさせて頂きました。

ここまでお付き合い頂いた皆様、
ありがとうございました。



そして今、あの話を…。



再開します。




 暗闇で立ち竦む少年の前に

 

 

バリィーーーン!!!

 

 

高音と共に降り注ぐガラスの雨。差し迫る刃と化したガラスに少年は足が震え、その場から動く事が出来なかった。

 そこへ容赦なく降り注ぐガラスの刃。次々と少年の皮膚を切り裂き、傷付け、そして………

 

 

 

深く突き刺さった。

 

 

 

その瞬間、激痛が体中を駆け巡り、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガバッ!!

 

 

少年は慌てて目を覚ました。

 

 今でも夢に出てくる一年前の恐怖。思い出す度に体中の古傷が疼き、恐怖と不安が心を支配していた。

 

??「おーい、飯だぞー!」

 

そこへ力強くも優しい少年が聞き慣れた声。

 内から込み上げる物を押さえきれず、少年は起きたままの姿で声の主の下へと駆け寄り、

 

少年「ユーネェ!!」

 

力強く抱き着いた。

 

??「なんだなんだ?どうした?」

 

突然抱き着いてきた少年に困惑する『ユーネェ』こと星熊勇儀。勇儀の問いに、顔を上げる少年の目には光る物が。

 その表情を見た勇儀は瞬時に察し、

 

勇儀「大丈夫。お前さんはちゃんといるよ」

 

少年を安らかな顔で優しく抱き寄せ、柔らかい声で囁いた。

 そして暫く抱きしめた後、少年の背中を「ポンッ」と叩き、

 

勇儀「さっ、いつまでも甘えてんじゃないよ。

   朝飯にするから顔を洗って来な」

 

笑顔で喝を入れ、洗面所へと送り出した。

 もう少しだけ抱きしめていて欲しかったと思う少年は背を丸め、渋々洗面所へと歩を進めて行く。

 

 勇儀が少年をこうして落ち着かせるのは初めてではなかった。今みたいに朝方目を覚ます頃もあれば、夜中の寝静まっている時もあった。そしてその都度、大泣きしながら「僕はいるよね?」と血相を変えて自分の存在を確認してくるのだった。そんな少年を勇儀はいつも「いる」と「生きてここにいる」と言い聞かせていた。

 

勇儀「もう少しだけ抱いていたかったかな…」

 

送り出した少年の後姿を見つめながら、勇儀は物足りなさそうな表情でポツリと呟いた。

 

 

 

 

 

 少年が食卓へ付いた時は少年以外の「家族」が揃っており、勇儀が手製の料理を並べていた。

 

??「お、泣き虫小僧が来たな」

 

さっきの現場を見ていたのか、少年を巨大な鬼が冷やかした。

 

少年「じぃじ?嫌いになるけど。いい?」

 

 少年に『じぃじ』と呼ばれるこの巨大な鬼は他の者からは『親方様(おやかたさま)』と呼ばれ、立場上はNo.2の鬼。殆どの者が頭が上がらないこの鬼であるが、

 

親方「ごめんごめんごめん。それは堪忍な」

勇儀「ふっ…、冷やかすからだよ」

 

家族の中での地位は些か低い。いや、底辺の様だ。

 勇儀が少年の隣の席に腰を落としたところで、

 

親方「じゃあ、いただきます!」

  『いただきます』

 

家族揃っての朝食。

 誰かが言い出した訳では無いが、朝食と夕食は家族全員が揃ってから食べる決まりになっていた。

 そして皆が食べ始める中、

 

少年「ユーネェ、おかわり!」

 

あっという間に茶碗の飯を平らげ、勇儀に茶碗を差出す少年。

 

勇儀「あー、はいはい」

親方「がははは、良い食いっぷりだ。

   いつ見ても気持ちがいい」

 

少年の清々しいまでの食事の勢いに、高笑いをする親方様(おやかたさま)だが、

 

??「お前さん、食事は静かにするものですよ」

 

それを快く思わない一人の女鬼。

 顔立ちはどことなく勇儀に似ているが、その身に纏う雰囲気(オーラ)が気品に溢れている。彼女こそ勇儀が住むこの町のNo.1。『棟梁様(とうりょうさま)』である。そして星熊勇儀は『棟梁様(とうりょうさま)』と『親方様(おやかたさま)』の娘であり、つまりお嬢様。

 一度はこの屋敷での生活が嫌になり、飛び出した勇儀であったが、『あの日』を境に再び少年と一緒に屋敷で暮らす事になったのだ。

 

親方「はい、ごめんなさい…」

 

 大きな図体を小さくして、素直に謝る親方様(おやかたさま)。更に棟梁様(とうりょうさま)は少年の方を見て、

 

棟梁「沢山食べるのは結構ですが、

   もっと良く噛んでお食べなさい。

   あと箸は右手、茶碗は左です。

   今から直さないと…」クドクド

 

食事中にも関わらず説教を始めた。

 少年にとってこれは何度も言われて来た事で、耳にタコ。勇儀に至っては幼い頃に言われ続けた悪夢の再現で、少年が今どんな気持ちなのか痛い程理解していた。そして………、

 

 

動いた。

 

 

 

勇儀「ぉぃ!」クイッ

少年「うん!」

 

勇儀が小声で少年に顎で合図を送ると、少年はそれが何の事か瞬時に理解し、頷いた。

 

少年「ばぁば♪」

 

長々と説教を続ける棟梁様(ばぁば)を呼び、下心を感じさせない満面の笑みで、

 

少年「だーーーい好き」

 

必殺の呪文を唱えた。呪文を唱えられた棟梁様(ばぁば)は顔を真っ赤にして、

 

棟梁「~~~~~っ!」

 

にやける顔を必死で堪えていた。

 その様子を見て2人は何食わぬ顔をしながら、

 

 

パチンッ!

 

 

食卓の下で勝利のロータッチを交わすのだった。

 

親方「なあなあ、それじぃじにもやって」

少年「ヤダ」

 

 

 

――食後――

 

 

 

 家族の食器の片付けをする勇儀と少年。

 彼女は数年前まで何の縛りも無く、ただ楽しくて居心地のいい場所を求め自由奔放に生きてきた。しかし少年と出会い、これまでの生活がガラリと変わり、この生活が居心地良い物になっていた。

 

勇儀「よし、おしまい。ありがとな」

少年「ん!」

 

勇儀からお礼を言われ、誇らしげに返事をする少年に、

 

勇儀「今日は診療所に行く日だからな。

   支度が終わったら行くぞ」

 

今日の予定が告げられ、勇儀と少年は支度をするために2人の生活スペースの『離れ』へ戻った。

 屋敷の敷地に内の隅に建てられた小さな建物。そこが2人の住居スペースだった。

 

勇儀「どれを着て行こうか…。これでいいか?」

 

勇儀が何気なく手渡した服に袖を通す少年だったが、袖口は二の腕の半ば、下のズボンからは膝が完全に見えていた。

 

勇儀「ん?少し小さいか?」

 

勇儀が差し出したのは初めて少年に買ってあげた服で、その服が小さいと感じてしまう程、この一年で少年は大きく成長していた。

 その事に勇儀は驚きながらも、それが微笑ましかった。

 

勇儀「じゃあ診療所の帰りに新しい服を買うか」

 

 

――小僧移動中――

 

 

 町の外れの小さな診療所。町の誰もが気にもしない場所だが、勇儀と少年にとっては違った。少年はここで生死の淵をさ迷い、勇儀はここで一世一代の大勝負の立ち会い人となった。

 

医者「どうじゃ?変わりはないか?」

 

そして2人はこのヨボヨボに老いた鬼に大変世話になったのだ。

 

少年「うん」

勇儀「急に熱を出すこともないし、

   恐ろしい程元気だよ」

医者「カッカッカ、そうかいそうかい」

勇儀「薬もちゃんと毎日飲ませてる。

   けど、あとどれくらいあるんだ?」

医者「あと2~3ヶ月ってとこじゃな。

   辛いかもしれんが、ちゃんと飲めよ」

少年「う、うん…」

 

少年を救うために地上の天才薬師に処方してもらった薬だが、コレが今少年を苦しめていた。飲まなければいけないと分かっていても、「不味い」上「苦い」のだ。「苦くて不味い」のでなく、「不味くて苦い」のだ。それも特上急に。少年はずっと飲み続けてはいるものの、その味に慣れず、毎朝それを食後に涙目で飲んでいた。それを間近でみている勇儀は、

 

勇儀「あと2~3ヶ月なんだ、頑張ろうな」

 

少年を励まし、「もう少しだの辛抱だ」と応援した。

 勇儀の言葉の真意は分かってはいるものの、やはり辛いのだろう。少年は俯き加減に

 

少年「はーい…」

 

渋々返事をした。

 

 

――小僧移動中――

 

 

 診察終え、2人は診療所を背に歩き出していた。時刻は丁度昼飯時。昼休憩なのか町の至る所では、勇儀の仕事仲間達が思い思いの店の前に並んでいた。

 

勇儀「昼飯…」

 

何気なく口にした勇儀だったが、「しまった!」と途中で気付き、その言葉をピタリと止めた。

 そして恐る恐る隣に視線を向けると…。

 

少年「蕎麦!」

 

キラッキラの笑顔で答える少年が。「また!?」と文句を言いたくなる勇儀だったが、自分から聞いた手前、何も言い返せなかった。何より少年の眩しい笑顔に「ダメ」とは言えず、

 

勇儀「はぁー…、しょうがない」

 

ため息混じりに渋々行きつけ蕎麦屋へと足を運ぶ事に。

 蕎麦屋の前に着くと食欲をそそる出汁の香りが広がっており、店内は大勢の客で賑わっていた。

 

勇儀「あっちゃー、やっぱ混んでるか」

 

店内で食べれないと知り、頭を掻きながら苦笑いをする勇儀。

 

勇儀「少し待つことになりそうだけどいいか?」

少年「えー、お腹空いたよ。ボク外でもいいよ」

 

だが、どこでもいいから早く食べたいと言う少年。少年の言う『外』というのが勇儀はあまり気乗りしなかったが、この際はしょうがないと割り切り、

 

勇儀「店長!かけ2つ!」

少年「天かす大目でネギ少な目、

   汁少な目、蒲鉾おまけして!」

店長「はいよ!いつものだな。

   席ないから外だぞ、いいか?」

勇儀「ああ、分かってる」

 

 注文して暫くすると、

 

店長「おまちどー!」

 

店長の掛け声と共にカウンターの隅に置かれた2つの器。

 勇儀は2つの器を手に暖簾をくぐり、少年の待つ店外へ。そして少年に少し小さい方の器を手渡し、蕎麦屋の前の低い段差に2人で並んで腰をかけ…。

 

  『いただきまーす』

勇儀「ホントは行儀悪いんだからなコレ」

少年「ふぁ~い」モグモグ

勇儀「母さんに知れたら説教もんだろうな…」

少年「~♪」

 

今の状況に若干後悔した勇儀だったが、隣で笑顔で美味しそうに蕎麦を啜る少年を見て「まあいっか」と思ってしまうのだった。

 

 

――小僧食事中――

 

 

店長「まいどー」

  『ごちそうさまでした』

 

 支払いを終え、揃って大声で挨拶をする勇儀と少年。その2人を笑顔で見送る蕎麦屋の店長と客達。

 

店①「本当に仲がいいな。羨ましいよ」

客②「お嬢もごりっぱになられて…」

店長「小僧もすっかりこの町の一員だよ」

客③「オレ結婚するなら、

   姐さんみたいな嫁さんもらお」

  『それは考え直せ』

??「成程、あの子が噂の…」

 

 

――小僧買物中――

 

 

 腹の膨れた2人は仲良く並んで歩きだし、少年の小さくなった甚平の代わりを買いに今度は服屋へ。そこで購入したのは背中に『鬼』とだけ書かれたシンプルな甚平。少年はこれが酷く気に入った様で、勇儀が選ぶ間もなく持って来ては「ここで着て行く」と言いだし、店内で突然服を脱ぎ始めたのだ。

 そして…。

 

店員「ありがとうございました」

 

服屋を出て再び歩き出す2人。

 

少年「どう?似合う?」

 

歩きながら笑顔で服を見せつける様に回転する少年の後ろを

 

勇儀「ああ、似合ってるよ。でも頼むから急に服を

   脱がないでおくれよ。恥ずかしいだろ」

 

顔を赤くし、付いていく勇儀。

 少年の奇行は今日に限った事ではなかった。何の予兆もなく突然全力で走り出す事もあれば、ちょっとした段差で上り下りを繰り返す事もあったり、立ち止まって足元の虫をじっと見ていることもあった。その都度、勇儀は少年を追いかけ、立ち止まり、待たされるといった事が続いていた。しかもそれはここ一年で目立つ様になり…。

 

勇儀「大人しかったあの頃が懐かしいよ」

 

と、懐かしみながらため息をついて呟くのだった。

 

 

――小僧帰宅中――

 

 

 買物を終えた2人はその後、途中で公園に寄り帰宅した。2人が屋敷についてたのは夕刻少し手前。小腹が空いた少年は、

 

少年「なんか食べたーい」

 

おやつのおねだり。

 

勇儀「煎餅ならあるぞ?」

少年「んー、それよりも干し肉がいい」

 

近頃の少年のお気に入りのおやつ。

 親方様(じぃじ)が晩酌の時に食べている時に一切れもらったのがきっかけで、彼はコレの虜になっていた。つまりこれは親方様(じぃじ)の大事な酒の肴。最近は無造作に置いておくと少年に食べられてしまうので、彼は警戒して隠す様になっていた。

 

勇儀「でもアレ何処にあるか知らないぞ?」

少年「えーっとね、たぶん…」

 

そう言うと少年は台所へと移動し、食器棚を弄り始め、

 

少年「この辺だったような…。あ、あった!」

 

見事獲物を捕らえた。

 

勇儀「でかした!しかし、よく見つけたな」

 

少年の働きに指を鳴らして称賛する勇儀。勇儀もまた干し肉が好物で、その経緯もやはり少年と同様だった。

 

少年「じぃじが隠してるのあそこから見てた」

 

少年が指した先には太い柱。どうやらそこに隠れて親方様(じぃじ)の動向を伺っていた様だ。

 

勇儀「抜け目ないな…」

 

少年に呆れつつも「末恐ろしいヤツだ」と感じ、親方様()には「残念だったな」と憐れむ勇儀だった。

 

 

--夕食--

 

 

  『いただきます』

 

家族揃っての夕食。この日の献立は焼き魚と煮物、麦飯と味噌汁、そしてお浸しに山芋のとろろと、品数豊富で少し贅沢な夕食になった。しかもこれらの品々は全て勇儀の手料理。

 彼女と少年が屋敷暮らす事になった時、「なるべく使用人達に頼らない様に」と棟梁様()に言われ、『離れ』の掃除等の身の回りの家事全般は勇儀と少年で協力して行う事になったのだ。これには当然食事の事も含まれており、彼女は使用人達に教わりながら、ここ一年でメキメキと料理の腕を上げていった。そして、いつしか「2人分も4人分も労力は変わらない」と言い出し、今では朝・夕の家族分の飯を作っていた。

 

勇儀「今日のはどうだ?」

少年「うん!ふごふほいひい(すごくおいしい)!」モグモグ

 

頬をリスの様に膨らませながら答える少年。

 勇儀にとってこれはこの上ない褒め言葉。

 

棟梁「口に物を入れながら喋るんじゃありません」

 

しかし、第3者からすればただ行儀が悪いだけ。

行儀・作法に煩い棟梁様(ばぁば)にスイッチが入る前にヘコヘコと頭を下げる少年だった。彼もまたここ一年で家族の調理方法の腕が上がった様だ。

 一方で勇儀の手料理に舌鼓を打つ親方様(じぃじ)

 

親方「勇儀ちゃんも料理が上手になったな。

   初めの頃は今だから言うが、

   まあ~…酷かったな。

   けどもう花嫁修業はバッチリだな!」

少年「じぃじはその頃食べてないでしょ…」

 

一番の被害者は隣にいる女鬼に聞こえない様に、外方を向いてポソッと呟いた。

 

勇儀「嬉しいけどさぁ、私はそんなつもりは

   これっぽっちも無いからね?」

親方「そうかそうか、そうだよな…」

 

勇儀の言葉に苦笑いを浮かべながら詫びる親方様だが…。

 

親方「屋敷のお嬢様が嫁とは変だよな。婿だよな」

勇儀「だーかーらー!」

 

気持ちが通じていない親方様()の言葉に勇儀は眉間を寄せ、箸と茶碗を握りしめ、ワナワナと揺らすのだった。

 勇儀の怒りのバロメーターが上昇する中、彼女の前にズルズルと少年から差し出された皿。その皿の上に焼き加減抜群の一尾の魚。

 

少年「ユーネェ、骨」

勇儀「ああ、はいはい…」

 

何の事か察した勇儀はため息を一つ付き、箸で丁寧に魚の身をを解し、少年の空いた皿へと置いていく。

 

親方「がはははっ!

   魚の骨なんて食っちまえばいいんだ!

   ワシなんてほれ見てろ」

 

その光景に親方様(じぃじ)は高笑いをし、徐に皿の上の魚を箸でつまむと、

 

 

ガブッ!

 

 

魚を頭から齧り付き、

 

 

バキバキッ!ゴリゴリッ!

 

 

骨を激しい音と共に自慢の歯で粉砕していき、

 

 

ゴックン!

 

 

そして飲み込んだ。

 

親方「どうだ?」

少年「じぃじすご~い!」

 

親方様(じぃじ)の男らしく、野生的な食べ方を見て、尊敬の目を向ける少年。

 

親方「へへへ、凄いだろ!」

 

久しぶりの少年からの熱い視線に頬を赤くしながら、胸を張ってドヤ顔で答える親方様(じぃじ)

 

が、

 

棟梁「お前さん!品が無さ過ぎますよ!」

勇儀「真似したらどうするんだよ!

   変なこと吹き込むなよな!」

 

正に鬼の形相で睨んでくる教育熱心な女鬼達に、

 

親方「ご、ごめんなさい…」

 

怯えながら小さくなって詫びるのだった。

 

少年「みんな、食事は静かにするものですよ」

  『はい、ごめんなさい…』

 

 

--夕食後--

 

 

 棟梁様(とうりょうさま)は広間でゆっくりと煙管を楽しみ、少年は親方様(おやかたさま)と風呂に入り、勇儀は皆の食器を洗っていた。

 使用人達が他の場所の掃除を進める中、屋敷のお嬢様が食器を洗う。何とも奇妙な光景ではあるが、これもまた最近では見慣れた光景。

 勇儀が一段落した頃、

 

少年「ユーネェ、お風呂出た!」

 

少年と親方様(おやかたさま)が勇儀の下へやって来た。

 親方様(おやかたさま)はやって来るなり自前の盃を取り出し、適当な酒を手に取るとその場を後にした。親方様(おやかたさま)が持って行った盃は『注いだ酒のランクを上げる』という名品で、鬼達の宝だった。勇儀は密かにコレを狙っていた。

 

勇儀「いつか私の物にしてやる!」

少年「そんなに欲しいの?」

勇儀「当たり前だろ。鬼じゃなくても酒好きなら

   喉から手が出る程の品だぞ」

少年「何それ?妖怪?」

勇儀「あー、そうじゃなくてだな…。

   凄い欲しいってことだよ」

 

勇儀に力説されるも、その内容がいまいちピンと来ない少年。でも少年は彼女が欲しがっている様をいつも側で見ていた。

 

少年「ふ~ん…、

   じゃあ今度じぃじにお願いしてあげる」

勇儀「あはは、確かにお前さんのお願いだったら

   聞いてくれるかもな。

   じゃあ、その時になったら頼むな」

 

2人の間で盃を勝取るための協定が結ばれた。と、そこへ鼻歌を歌いながら親方様(じぃじ)が戻って来た。

 

親方「~♪」

 

親方様(じぃじ)は警戒をすることも無く、勇儀と少年の目の前で食器棚から干し肉が入った袋を取り出した。そして袋の中身を覗き込み…。

 

親方「おや~?」

 

 

ドキッ!

 

 

親方様(じぃじ)の言葉に緊張が走る勇儀と少年。2人共無口になり、親方様(じぃじ)の次の言葉に耳を澄ませた。

 

親方「こんなもんだったか?

   また買わなきゃいかんか…」

 

記憶していた量よりも少なかった事に不信感を抱きながらも、また鼻歌を歌いながらその場から去って行く親方様(じぃじ)

 そんなお気楽な彼を

 

勇儀「っくくく…。は、腹が痛い」

少年「あっはははは」

 

2人は腹を押さえてクスクスと笑っていた。

 

勇儀「私達の目の前で取って行くなよな」

少年「意味ないじゃん」

勇儀「それに『こんなもんだったか?』って…」

少年「普通気付くよね?」

勇儀「もう一瞬ダメかと思ったぞ」

少年「ボクもー」

 

2人がおやつに食べた干し肉。1切れずつ頬張って終わりにする筈だったのだが、その濃くて病み付きになる味に、気付けば5切れずつ食していたのだった。

一時のピンチだったが、親方様(じぃじ)の呑気な性格のおかげで助けられた2人。

 

 

 

 

 

 そして時刻は夜、子供は寝る時間。

 

勇儀「じゃあ明かり消すぞ」

少年「うん」

 

並べられた2つの布団。それぞれが自分の布団に入り、明かりを消して瞳を閉じて明日を待つ。

 

 

モゾモゾ…。

 

 

勇儀「ん?」

 

自分の布団に違和感を感じた勇儀。目を開け隣を見ると、

 

少年「今日は一緒じゃダメ…かな?」

 

上目使いですり寄って来る少年がいた。

 

勇儀「ふふ、しょうがないなぁ。いいぞ」

 

そんな少年を優しく自分の布団に招き入れる勇儀。言葉では偉そうに言ってはいるが、

 

少年「あ、でも蹴らないでね」

勇儀「それは約束できないなぁ」

少年「えー…」

勇儀「なら自分の布団で寝るか?」

 

本心は嬉しかったのだ。それを悟られまいとワザと意地悪な言い方をした。勇儀にとってこれは賭けだった。

 

少年「うんん、蹴られてもいい。

   その代わり『ぎゅっ』ってして」

勇儀「はいはい、今日は随分と甘えん坊だな」

 

今朝の事もあり、不安なのだろう。だがいつかは少年自身が超えて行かなければならない壁。そして勇儀は少年に優しく喝を入れた。

 

勇儀「なぁダイキ。私と萃香がどんな気持ちで

   あの名前をプレゼントしたか分かるか?」

少年「ううん。何?」

勇儀「どんな事にも怯えない大きな心を持って 、

   鬼にも負けないくらい強くなって欲しいって

   願いを込めてプレゼントしたんだ」

 

勇儀達の想いを聞いた少年は、力強く彼女に抱き付いて無言で小さく頷き、その名に恥じぬ様に生きて行く事を決意した。

 

 

 

 

 

 ここは幻想郷の地底世界、その名も旧地獄。

 そこへ突然現れた人間の子供、名をダイキ。1年後、彼は勇儀達から強い願いを込められた立派な名をもらい、この町ではその名前で呼ばれていた。

 その名は…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大鬼(ダイキ)』。

 

 




ダイキの新しい名前については、既にEp.1の《ダイキ》の回でトリックを用いて、披露していました。場所としては勇儀の最後のコメントがヒントになってます。その後、みんなの発した言葉をその法則で見ると…。




気付かれました?


次回【三年後:いってきます】

今回文字数がいつもの倍あるので、
一回分お休みを頂きます。


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三年後:いってきます

サブタイトルからもお察しの通り、そんな感じで進めていきます。



 少年8歳。

 

  『いただきます』

 

 今日も一家揃っての朝食。少年の前には一家の底辺、町のNo.2の親方様(じぃじ)。その隣には行儀に口うるさい町のNo.1の棟梁様(ばぁば)。そして、少年の隣には勇儀(ユーネェ)。いつものポジションである。

 家族で会話を楽しみながら進める食事。何気ない良くある日常の風景ではあるが、少年にとってこれ程安心できて、幸せなことは無い。

 

大鬼「おかわり!」

 

笑顔で勇儀に空の碗を向け、次の飯の要求する大食い少年。

 

勇儀「はいはい」

大鬼「おっかわり♪おっかわり♪」

 

少年は今日も元気一杯だ。

 

 

--小僧食事中--

 

 

食事と身支度を終え、少年と勇儀は屋敷の門に来ていた。

 

勇儀「じゃあ、行って来るな」

 

この日、勇儀は出勤の日。

 

大鬼「いってらっしゃーい」

 

笑顔で手を振りながら、勇儀を見送る少年。

 以前は勇儀の仕事場へ「絶対一緒に行く」と駄々をこねていたが、ここ最近ではそれも無くなり、屋敷で勇儀の帰りを待つ事が増えて来ていた。

 

勇儀「棟梁様(ばぁば)親方様(じぃじ)の言う事、

   ちゃんと聞くんだよ」

大鬼「はーい」

勇儀「それと遊びに行くなら棟梁様(ばぁば)親方様(じぃじ)

   それかお手伝いさんに言ってから行きなよ」

大鬼「はいはーい」

 

心配する勇儀の言葉に、慣れた返事をする少年。

 少年は留守番をする毎に、何度も言われている事なので、「それくらい分かってる」とも思ってもいた。ここまではいつも通り。後は再び勇儀に笑顔で「いってらっしゃい」と言えば終わりだった。

 

勇儀「あっ、あと…」

 

しかし視線を上に向け、何かを思いついた彼の保護者。

 

大鬼「まだ何かあるの?」

 

肩を落として、呆れ顔で尋ねる。

 

勇儀「遊びに行くのはいいけど…、

   喧嘩はするなよ?」

 

睨み付ける様に最後の『約束』を取り付ける保護者。

 

大鬼「えー…。でもそれは…」

 

保護者から視線を外らせて、これ以上面倒な事にならない様に、その場を逃れようとする少年だったが…。

 

勇儀「いいな!?」

 

顔を少年の目の前まで寄せ、鋭い目で強引に視線を合わせる保護者だった。

 「こうなってはもう逃げられない」と悟った少年は、

 

大鬼「はーい」

 

その場逃れの気の無い返事をした。

 

勇儀「『約束』だからな!!」

 

だがそんな少年の心中を察してでもいる様に、更に語尾を強調して、念を押す様に詰め寄る保護者。少年と保護者の額は仲良くぶつかっていた。

 

大鬼「は、はーい…」

 

威圧感と頭上に伸し掛かる角の重みに耐えながら、渋々約束を交わす少年。

 返事をするも、未だに離れてくれない保護者に、

 

大鬼「も、もう分かったから…。

   いってらっしゃーい」

 

苦笑いを浮かべ、離れてくれる様、懇願した。

 観念した少年を見つめ、ため息と共に姿勢を直す勇儀。

 

勇儀「…じゃあ、行ってくるよ」

 

一時の別れを惜しむ様に言葉を残しながら、少年に背を向ける勇儀。以前は勇儀の仕事場まで一緒に通っていた『寂しがり屋』。その『寂しがり屋』が今は仕事へと向かう勇儀を見送っている。

 当時は頭を抱えていた勇儀だったが、

 

勇儀「少し、寂しいな…」

 

心の声が口から溢れていた。このままでは支障が出かねない。そんな時は…。再び少年の方を振り向き、

 

勇儀「んっ!」

 

少年の顔まで頬を突き出し、元気の源の『おねだり』。

 

大鬼「えー…、恥ずかしいよ…」

勇儀「誰も見てないって、ほら早く!

   遅れちまうよ」

 

少年は顔を赤くし、ゆっくりと勇儀の頬に顔を近づけ、

 

 

チュッ。

 

 

優しく口付けをした。

 

勇儀「ん〜〜〜っ!!」

 

その瞬間、勇儀は体を「ゾクゾクッ」と震わせ、内から湧き出て来る不思議な力を感じた。

 

勇儀「よしっ!今日も仕事頑張るぞ!

   じゃあ、行ってくるよ!」

大鬼「うん、いってらっしゃい!」

 

今度は力一杯の大きな笑顔で、先程と同じ言葉を残して仕事へと向かう勇儀。

 そして、その笑顔に負けないくらいの笑顔で、少年は彼女を送り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが勇儀が歩き始めたところで、

 

 

トンッ。

 

 

彼女の体が何かにぶつかった。彼女が違和感の正体を確認するため、視線を下に向けると…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

??「ブツブツブツブツ…」

 

ブツブツと何か呟いているショートヘアの金髪の少女が。妬みがあるところに彼女あり、一応『橋姫』水橋パルスィだった。

 パルスィが何を言っているのか分からない勇儀だったが、嫌な予感はしていた。そしてそれは的中していた。徐々に妖力と共に音量を上げるパルスィ。勇儀の耳にもその言葉がはっきりと聞こえて来た。

 

パル「勇儀のほっぺにチュー…、

   勇儀のほっぺにチュー…。

   勇儀のほっぺにチュー…!

   私だってした事ないのに…、

   私だってした事ないのに…。

   私だってした事ないのに…!

   妬ましい…、

   妬ましい…。

   妬ましい…!

   羨ましい!!」

 

「最後一個違うのが入ったぞ」と突っ込みを入れたかった勇儀だったが、それ以上に…。

 

勇儀「毎度毎度…。いい加減に……」

 

歯を食いしばり、眉間に皺を寄せ、利き手の左手に拳をつくり、怒りを露わにする勇儀。と、そこへ…。

 

大鬼「あっ、パルパルだ」

 

勇儀の背後から何食わぬ顔でヒョッコリと顔を出す少年。タイミングは最悪。

 

 

ブチッ!

 

 

何かが切れる音と共に、橋姫は緑色の瞳を見開き、光を放ちながら妖力を全身から噴き出させた。

 

パル「パルパルパルパルパルパルパルパルパル…」

 

 

ガッ!(パルスィの服を掴む音)

 

 

パル「パ!?」

勇儀「しろおおおおぉぉぉーーっ!!」

パル「ルううううぅぅぅぅぁぁぁぁ。。。…☆」

 

勇儀に片手で投げ飛ばされる橋姫。

 少年にとってこの光景はもうお馴染み。よく見る光景だった。そして、猛スピードで宙を飛んで行く橋姫に、

 

大鬼「後で遊ぼーねー!!」

 

慣れた様に両手でメガホンを作って、一方通行の約束を交わす少年だった。と、ここまでは日常だった。

 

 

バコーーン!!

 

 

パルスィーの飛んでいった方向から突然聞こえて来た破壊音。見ると砂煙を巻き上げる地底の壁。更に目を凝らして見ると、その中心には…

 

大鬼「パルパル?」

 

大の字で壁に埋まった橋姫の姿が。

 

勇儀「おいおい…、ウソだろ?」

 

自分のやってしまった事に焦り出す勇儀。これまで幾度も彼女を力いっぱい投げて来たが、そこまで到達する事はなかった。いくら勇儀が他の鬼よりも力があるとは言え、今彼女がいる位置から地底の端の壁まで届く事は異常だった。

 

勇儀「何なんだよいったい…」

 

掌を眺め、自身に起きた事を整理する勇儀。だがいくら考えても、その理由が分からず…。

 

勇儀「ん〜、絶好調!」

 

運動を終えた左肩をポキポキと音を立てながら一回転させ、そういう事にした。

 

勇儀「大鬼悪い。パルスィと遊ぶのは…、

   また今度にしてあげてくれ…」

大鬼「うん…。そうする…」

 

悲惨な目にあったパルスィを哀れむ少年だった。

 

大鬼「ユーネェ、それよりも時間大丈夫?」

勇儀「ヤバっ!あーもう!ヤツのせいで…」

 

少年の一言で現実に戻った勇儀。

 そして急に現れたお馴染みの『ヤツ』にブツブツと文句を言いながら、3度目の正直。今度こそ…。

 

勇儀「じゃあ、行ってくるよ!」

大鬼「うん、いってらしゃーい」

 

少年に見送られながら、駆け足で仕事場へと向かう勇儀だった。

 

 

 

 

 

 手を振りながら勇儀を見送った少年。今何をしているのかと言うと…。

 

大鬼「さて、お昼食べたら遊びに行こっと」

 

手を頭の後ろに組んで今日の予定を考えていた。

 

大鬼「パルパルはダメだけど、

   他の『隊員』はどうかな?

   今日は仕事休みかな?んー…」

 

少年が天を見上げて唸っていると、

 

??「おう大鬼。勇儀ちゃんはもう行ったか?」

 

その天を大きな顔で隠す様に、親方様(じぃじ)が上から覗き込んで来た。

 急にこの様に現れられては、身震いと共に驚くところではあるが…。

 

大鬼「あ、じぃじ。今行ったとこー」

 

平然と返事をする肝の座った少年。更にそこへ、

 

??「大鬼、ちょっといいですか?」

 

少年を呼ぶ聞き慣れた声。棟梁様(ばぁば)だった。

 声の主の方へ視線を移す少年。その姿はいつも家にいる時とは違い、化粧を施し、美しい着物に身を包んでいた。

 そして顔しか見えなかった親方様(じぃじ)へ視線を戻し、反り返りながら服を見ると、彼もまた普段は着ていない余所行き用の着物を着ていた。

 

大鬼「あれ?2人ともどっかいくの?」

親方「ああ、会合があってな。

   今から出かけて来る」

棟梁「暫くですが、その間留守を頼めますか?」

 

少年にとって大きな誤算だった。僅かな時間でお手伝いさんが居るとは言え、広い屋敷に一人になってしまう。寂しい上、退屈過ぎて発狂してしまうだろう。

 そう考えた少年の答えは、

 

大鬼「一緒に行く」

 

苦渋の決断だった。

 

棟梁「それは構いませんが…」

親方「いいのか?本当に?」

 

会合の場所は恐らく『あそこ』。少年は気付いていた。その上で決断したのだ。

 

大鬼「うん…」

 

一度自信なさそうに、萎れながら返事をしたが、

 

大鬼「うん!大丈夫!もう負けない!」

 

グッと拳を握りしめ、力強い視線で決意を表した。

 

棟梁「ですが…」

 

少年を心配し、反対をしようとする棟梁様(ばぁば)だったが、彼女の目の前に突然大きな掌が割って入った。

 

親方「いいんだな?」

大鬼「うん!」

親方「負けるなよ?」

大鬼「うん!!」

 

親方様(じぃじ)の問い掛けに、素早く、全力で答える少年。彼の決意は固かった。そして、その意思が伝わった親方様(じぃじ)はニヤリと笑い、

 

親方「じゃあ、一緒に行こう」

 

少年と並んで歩き出した。

 その大きな背中を見つめる一人の女鬼。久しぶりに見た親方様()の男らしい姿に、忘れていた当時の気持ちが込み上げ、

 

棟梁「おまえ〜さん♡」

 

後ろからその幹の様に太い腕に、頬を寄せながらしがみついた。

 

 

ドキーーーッ!

 

 

背後からの不意打ちに顔を赤くして、驚く巨大な鬼。

 

親方「どどどどどーしたのかなー?」

棟梁「いいじゃないさ、たまには♡」

大鬼「……ボク先行こ…」

 

呆れ顔をして先頭を歩いていく、無駄に気の利く少年だった。

 

 

 




毎度毎度パルスィファンの方ごめんなさい。


次回【三年後:負けない】






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三年後:負けない ※挿絵有

 少年の目に映るのは、この町の風景に場違いな洋館。彼の夢の中で幾度と苦しめられた忌々しき館。少年を見下す様に聳えるその洋館は、彼の行く手を阻んでいた。

 館の門前に辿り着いた少年。まだ敷地の外だと言うのに、いざ目の前にすると、萎縮し、先程のまでの勢い・決意も歪んでしまうのだった。

 

大鬼「ぐっ…、ぅぅっ」

 

蘇るトラウマ。疼く古傷。少年は体を抱きしめ、蹲りながら震えていた。そこへ、

 

 

バンッ!!

 

 

背中を何者かに強く叩かれ、前方へと吹き飛んだ。足を前に出し、必死の思いで踏ん張る少年。自身の勢いは殺せたが、背中は徐々に熱を帯びていき、脳に伝達信号が到達し、

 

大鬼「いっっったー!!」

 

堪らず叫んだ。振り向いて…犯人を見つけた。

 

親方「がははは!痛かろう?」

 

大きな声で笑う親方様(じぃじ)。いや、犯人。親方様(じぃじ)は丸くなった少年の背中に、その大きな手で気合を入れたのだ。巨大な鬼による闘魂注入。少年の背中は服で見えないが、掌の跡…いや、全面が真っ赤になっているのが容易に想像できる。親方様(じぃじ)が何故叩いたのか、意味が分からない少年。

 

大鬼「痛いなーっ!何すんのさっ!」

 

当然、激怒である。少年は親方様(じぃじ)を睨み付け、怒鳴った。

 するとそんな少年に親方様(じぃじ)は、腕を組んでほくそ笑み、堂々と胸を張って、

 

親方「今痛いなら、お前は今『ここ』におる!」

大鬼「…」

 

名言を…いや、迷言を残した。言いたい事は少年に伝わっていた。そして、親方様(じぃじ)が自分を元気付けてくれ様としている事も。しかし、少年はそれを認めるのは釈然としなかった。

 

大鬼「…何それ……」ボソ

 

誰にも聞こえない様に呟いたつもりだったが、

 

親方「ん?分からんか?つまりだな…」

 

聞かれていた。しかも迷言の説明までする始末。正直ダサかった。でもそのダサさが、迷言以上に救いだった。そして少年は笑った。

 

大鬼「クスっ…。じぃじ、もういいよ」

親方「そうか」

 

話すのを止め、笑顔の少年を見て安堵の表情を浮かべる親方様(じぃじ)。少年の前に立ち、忌まわしき洋館に向かって先陣を切って立ち向かって行く。

 

親方「じゃあ、行くぞ」

 

今少年の目に映るのは、大きくて広くて勇ましい親方様(じぃじ)の背中のみ。少年は黙って頷き、頼れる男の背中に付いていく。そしていよいよ敷地の中へ…。

 

 

 

 

 

 屋敷の前に広がる広い庭。そこは曾て屋敷の建設中の時に、少年が勇儀の帰りを待っていた場所だった。しかし工事を終え、今はその面影はすっかりなくなっていた。屋敷からの距離と自分の記憶を頼りに「あの辺りだったかな?」と、3年前に何度か通った場所を眺めて当時を懐かしんでいた。

 思い出されるのは、一度は憧れた勇儀とその仲間達の勇ましい姿、石灰で引かれた白い線、そして…。やはり忘れる事ができないあの日の出来事。

 親方様(じぃじ)に元気付けられたものの、やはり怖かった。本当は我慢していた。

 だが、ついに…。

 

 

 

 

 

あの日の、

 

 

 

 

 

あの時の、

 

 

 

 

 

あの場所。

 

 

 

 

 

 少年は瞬時に全身で悟った。「ここだ」と。

 さっき以上に拒絶する体。古傷の疼きは生々しいあの日の痛みへと変貌し、少年の目には蘇るガラスの雨。

 

大鬼「イヤだーーーっ!!」

 

真っ青な顔で涙を流して泣き叫ぶ少年。

 少年の強がりはもう…………………限界だった。

 

親方「大鬼ぃーーーっ!!」

 

少年の叫び声を打ち消す様な、突然の親方様(じぃじ)の怒号。それは悪夢の中にいた少年を『今』へと連れ戻してくれた。

 

親方「負けるんじゃねー!」

 

親方様(じぃじ)からの力強い応援。そう、これは少年と忌々しいこの館…、彼自身の記憶との一騎打ち。今少年が戦っているのは、あの日の自分『ダイキ』。

 

親方「男だろうが!大きな鬼だろうが!」

 

『ダイキ』ではなく『大鬼』として少年の名を呼ぶ親方様(じぃじ)

 勇儀がいつだか少年に話した名前の由来、「どんな事にも怯えない大きな心を持って、鬼にも負けないくらい強くなって欲しい」その想いを少年は思い出していた。

 

大鬼「ユーネェ、萃香ちゃん…」

 

少年の大好きな者達の名を呟き、

 

親方「大鬼!お前は『鬼』だ!勝て!

   勝ってここまで来い!」

 

親方様(じぃじ)からの最後のエールを貰い、右足を一歩、力強く踏み込んで、

 

大鬼「うわぁーーーっ!!」

 

目の前の悪夢を打ち壊す様に勢いよく前へと走り出した。

 その瞬間、少年の中で

 

 

バリーン…。

 

 

何かが割れる音ともに、深い闇に覆われていた景色は、舞い散る花びらの様に崩れていった。

 

 

 

 

 

 少年は『ダイキ』に勝った。

 

 

 

 

 

 歯を食いしばり、走り続ける少年。それをしゃがんで両手を広げて待ち受ける親方様(じぃじ)。少年は親方様(じぃじ)のすぐ目の前。あと5歩程踏み込めば、親方様(じぃじ)の下。ゴールだ。

 

あと4歩…。

あと3歩…。

 

 

 

 

 

 

だが突如ここで少年は「カクーン」と素早く、抜き去る様に進行方向を右へ45度変えた。

 その先には、

 

大鬼「ばぁば!!」

 

親方様()の隣で事を見守っていた棟梁様(ばぁば)。ゴールにしがみ付く少年。

 

棟梁「えっ?えっ?えっ?」

 

目を丸くして少年と親方様()を交互に見る棟梁様(ばぁば)

 あのまま親方様()の腕の中へ…。そう思っていた。涙の準備もしていた。しかし、予想していた展開とあまりに違い、ただただ困惑していた。が、一先ず勇気を振り絞ってここまでやって来た少年に、

 

棟梁「えーっと…。大鬼よく頑張りましたね」

 

優しく声を掛け、頭を撫でてやる事にした。

 そして少年にフラれた親方様()は…、

 

親方「………グスン」

 

先程と同じ姿勢のまま泣いていた。哀れな親方様()の姿に、

 

棟梁「どうしてこちらへ来たのですか?」

 

「理由ぐらい聞いてやるか」と気を使い、少年に尋ねた。

 

大鬼「じぃじは絶対イヤ!」

 

更に正式にフラれた。

 

親方「そんなぁー…」

 

少年の一言に目から滝の様に涙を流し始める親方様()。しかし、少年の攻撃はまだ続く。

 

大鬼「だってじぃじ、すぐにほっぺスリスリして、

   チューしようとするじゃん!」

 

 親方様(おやかたさま)は少年の事を実の孫の様に溺愛していた。それ故、屋敷では少年が彼に近付こうものなら、抱きつき、頬擦りを仕掛けていた。その様子は獲物を捕らえる食虫植物。正にハエトリグサ。

 

棟梁「あはははっ。それはお前さんの日頃の行いが

   祟りましたね」

 

口を手で隠しながら上品に大笑いする棟梁様(とうりょうさま)。こんな時でも気品を失う事なく、凛として美しい。

 

親方「この時ぐらい、いいじゃないかよー…。

   せっかくの両手が寂しいぞ…」

 

いつかは少年が来てくれると信じて、姿勢を戻さない親方様(おやかたさま)。しかし痺れを切らして、手を握っては開いてを繰り返しながら、アピールし始めた。その可愛らしい姿に、「仕方ない」とクスリと一笑して歩み寄った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

棟梁「お前さん。格好良かったですよ」

 

赤面する親方様(おやかたさま)

 彼は今その大きな頭を最愛の人に抱き締められ、耳元でこの上ない慰めの言葉をもらっていた。

 

 

ガチャッ…。

 

 

 そこへ屋敷の扉が開く音…。その音に気付いたのは、2人の鬼を冷ややかな視線で見ていた少年だけだった。

 

大鬼「…?」

 

音はすれども、それまで。少年は一向に開かない扉を不審に思い、注意深く観察していると、扉が少しだけ開いている事に気が付いた。それは3cm程の僅かな隙間。少年はその隙間の前に立ち、屋敷の中を覗いた。

 

大鬼「!!」

 

驚いて身を反らす少年。

 

大鬼「(誰かいる)」

 

少年が中を覗いた瞬間、何者かと目が合った。しかしそれは瞳ではなかった。赤い大きな火の玉の様な、一つの目玉…。

 

【挿絵表示】

 

 自分の見間違いを疑い、恐る恐る再び隙間を覗き込む。

 

大鬼「?」

 

今度は紫色の2つの瞳と目が合った。その瞬間少年は思った「誰?」と。

 

??「古明地さとり」

 

中から少女の声が聞こえた。

 

 

 




ようやく、さとり様ご登場です。

次回【三年後:地霊殿の主】


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三年後:地霊殿の主 ※挿絵有

さと「今、お邪魔?」

 

 少年に小さなボリュームで(ささや)く様に語りかけて来る少女の声。外の様子を察し、気を使ってくれている様だ。少年はその様子から「悪い人ではない」と、まだ見ぬ少女に安心していた。

 

大鬼「ちょっと待っててね」

 

少年も小さな声で返事をし、その返事に隙間から覗いている少女は「コクリ」と頷いた。そして少年は2人だけの世界に浸っている身内に、

 

大鬼「ねー。『古明地さとり』って人が見てるよ」

 

ありのままを伝えた。

 

  『えーーーっ!?』

 

屋敷の中からも聞こえてくる絶叫。少年から伝えられた事実に、慌てて身なりを直す棟梁様(とうりょうさま)親方様(おやかたさま)。仲良く扉の前に立ち、赤い顔をして扉が開くのを待ち構えた。

 

 そして、ゆっくりと音も無く扉が開いた。

 

 中から出てきたのは紫色のショートヘアの少女。胸元にコードの付いた赤い目玉が浮いており、少年は彼女の姿を見た時、最初に見た物体の正体が少女の胸元にある目玉だと瞬間的に理解した。

 

さと「お、お二人共仲がよろしいですね」

 

苦笑いを浮かべ、赤くなった頬を人差し指でなぞりながら、気まずそうに来客者に声を掛ける少女。だが気まずいのは(むし)ろ…。

 

親方「あははは…」

棟梁「〜〜〜…っ」

 

少年の身内の方。少女よりも赤くなり、親方様(おやかたさま)は天を見上げ、棟梁様(とうりょうさま)は地を見下ろし、2人共少女と視線を合わせ様としない。

 

さと「立ち話もなんですから、どうぞ中へ」

 

笑顔で扉を開け、来客者達を上品に迎え入れる少女。

 

さと「ようこそ、地霊殿(ちれいでん)へ」

  『おじゃまします』

 

3人で揃って一礼し、親方様(おやかたさま)を先頭に屋敷の中へと入って行く鬼達。少年も後に続いてこわばった表情を浮かべながらも中へ。

 

大鬼「すごい…」

 

目に飛び込んで来たのは、赤い絨毯(じゅうたん)の敷かれた2階へと続く階段。そしてカラフルなガラスでできた大きな窓。大理石製の床。どれも少年達の暮らす屋敷とは異なる物だった。そして少年は思った。

 

大鬼「きれい…」

 

衝撃の事実だった。今までトラウマとして見ていた忌々しき館。その実態を少年は初めて認識したのだ。

 目を見張り驚く少年。それと同時に、勇儀やこの屋敷の建設に関わっていた全ての鬼達の事を改めて感心していた。

 

大鬼「これが…、ユーネェ達が作った…」

棟梁「そう、勇儀(あの子)達が一生懸命作った

   お屋敷です」

 

目を皿にして辺りを見回す少年の隣に並び、ゆっくりと語りかける棟梁様(とうりょうさま)

 

棟梁「この屋敷は勇儀(あの子)にとって特別なのです。

   建設時にいくつかに分かれる組の長として、

   初めて就任したのです。

   慣れない責任ある役目に、勇儀(あの子)なりに

   苦労していたと思います。

   でも完成したこの屋敷を見れば分かります。

   よくやったと思いますよ」

 

余程機嫌がいいのか、珍しく勇儀の事を褒める棟梁様(とうりょうさま)。少年には全てを理解することはできなかったが、勇儀が並々ならぬ思いで作っていたという事は伝わっていた。棟梁様の話を聞き終え、改めて屋敷の中を見回し、

 

大鬼「ユーネェー…。頑張ったんだ」

棟梁「ええ…、すごく。ですから…」

大鬼「うん、好きになれるように頑張る」

棟梁「ふふ、そうですね」

 

勇儀の想いを感じていた。そして少年の憧れは再び込み上げ、決意する様に思った。

 

 「いつか自分も」と。

 

親方「いやいや、いつ来ても立派なお屋敷ですな」

さと「ふふ、ありがとうございます。

   でも鬼さん(みなさん)のおかげですよ」

親方「しかし、さとり殿も人が悪いですなー。

   いたなら言って頂ければよかったのに」

さと「それは失礼しました。

   突然大きな声が聞こえたので、

   ビックリして様子を伺っていたのです」

親方「そうでしたか。驚かせてしまって面目ない」

さと「いえいえ、男らしくて鬼らしい、

   力強いお声でしたよ」

親方「いや~、あははは…」

 

少年の前を歩く屋敷の主と親方様(おやかたさま)。話の内容は何気ない薄っぺらな挨拶程度ではあるが、少女は笑顔で答え、客人への配慮を怠らなかった。そしてその少女の言葉に簡単に乗せられ、すっかり上機嫌になった親方様。

 

さと「もう皆さん揃っています。

   部屋はいつもの所なので、どうぞ奥へ」

 

一階の廊下の先を手のひらを上に向け、丁寧に来客者達を案内する屋敷の主人。その言葉と共に屋敷の奥、会議室へと歩いて行く2人の鬼。

 少年も遅れて2人の後ろを付いて行こうと歩き出したその時、

 

 

ムギュッ!

 

 

さと「ちょーっとチビっ子ー?

   なーんであのまま言っちゃったのかなー?」

 

眉をピクピクと小刻みに動かし、作り笑顔で少年の両頬を摘んで広げる屋敷の主人。どうやら先程の事を根に持っているご様子。そして頬をムササビの様に広げられた少年は、一瞬驚き、焦るも…。

 

大鬼「はひふんばほ(なにすんだよ)はあへ(はなせ)!」

 

果敢に立ち向かっていった。

 

さと「離せ?ほー…。この屋敷の主人に向かって、

   生意気な事を言うのはどの口かなー?」

 

少年の頬を「ビヨーンビヨーン」と伸ばしては縮めを繰り返す主人。少年の反応と意外と良く伸びる頬の感触が面白くなり、半分楽しんでいた。

 

大鬼「はあへっへば(はなせってば)!」

 

少年の本気の抵抗。それを感じ取ったさとりは、

 

さと「うーん…。これで許してやりますか」

 

と呟き、

 

 

ビヨーン…。

 

 

思いっきり引っ張り…、

 

 

バチンッ!

 

 

そのまま指の摩擦を与えながらゆっくりと解放した。引っ張られている時よりもこの瞬間が一番のダメージ。

 

大鬼「いっっったぁー!!」

 

少年は激痛の走る頬を押さえ、飛び跳ねた。自分にダメージを与えた相手を睨みつける少年。

 

さと「ふんっ!これだからチビっ子は嫌いです」

 

その視線を鼻であしらい、少年に毒を吐く地霊殿の主人。少年が「何だ?コイツ」と刺すような視線を向けていると、

 

さと「お燐!お燐!!いらっしゃい!」

 

屋敷の主は手を叩きながら何者かの名を呼び始めた。そしてそこへ現れたのは…。

 

 

ニャー。

 

 

尻尾が2本生えた黒い猫。

 

【挿絵表示】

 

 

さと「これから会合があります。

   その間、このチビっ子の相手をしてあげて」

 

黒い猫に向かって指示するさとり。これは彼女なりの少年への優しさだった。会合に一緒に来ても退屈な時間を過ごすだけ、そう思っての事だった。しかし、少し配慮が足りなかった。彼女が少年の事をそう呼ぶのは通算これで…。

 

大鬼「チビっ子って呼ぶな!しかも3回も!」

 

叫びながら怒りを(あら)わにして、さとりに立ち向かう少年。

 

さと「ふん、チビっ子にチビっ子って言って

   何が悪いのですか?それに回数まで数えて。

   男の子のクセに女々しい」

 

だがそれを見事に逆手に取り、倍返しにするさとり。見た目は幼い少女ではあるが、屋敷の主人であり、少年よりも遥かに常識を弁えた年長者。こんな事では相手にもしない。

 一方、少年。『女々しい』の意味は分からなかったが、その前の『男の子のクセに』が響いていた。ここまで言われてはと、

 

大鬼「おい、チビ」

さと「あははは、私より小さいのに『チビ』って。

   何かなぁ?チビっ子?」

 

反撃を開始するも嘲笑(あざ)われ、逆に冷やかされる始末。だが少年の反撃はまだ開始したばかり。

 

大鬼「今…いくつ?」

さと「ん〜?女性に年齢を聞いてはいけない、

   って教えてもらわなかったのかな〜?」

 

少年の頭をペチペチと叩きながら答えるさとり。もはや少年を虐めている様にしか見えない。

 

黒猫「ニャー……」

 

主人を冷たい目で見て、ボソッと呟く様に一鳴きする黒猫。

 

さと「大人気ないって…、そんな事ないですよ。

   私は可愛がってあげてるだけですよ。

   ねー?」

 

黒猫に返事をする様に語りかけ、最後に少年を覗き込みながら、同意を求める大人気ない主人。少年の怒りは、もうキャパシティーを越えていた。

 

大鬼「今…いくつ?」

 

再び同じ質問。「他に言う事は無いのか」と呆れながら、

 

さと「こう見えても、あなたよりずっと

   『お姉さん』ですよ」

 

答えた。少年は

 

 

 

 

この瞬間を、

 

 

 

 

その言葉を

 

 

 

 

ずっと待っていた。そしてここぞとばかりに大きな声で…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大鬼「お姉さんのクセに、おっぱい()()な!」

 

 

プッツン

 

 

さと「このガキィ!気にしている事をー!」

??「さとり様落ち着くニャ!相手は子供ニャ!」

 

少年のとっておきのカウンターは、彼女にとってヘビーブローだった。

 少年がその言葉を発した瞬間、平常心を失い、鬼の形相で飛び掛かる地霊殿の主人。その勢いに圧倒された少年だったが、それ以上に驚いたのが、怒りを露わにした彼女を羽交い締めで取り押さえる赤毛の少女の事だった。さとりよりも背が高く、スラッとした体系にも関わらず、女性を強調する胸部。つい一瞬前までその場には居なかった。少年とさとりだけのはずだった。いつの間にか現れた謎の少女に少年は、

 

大鬼「お姉さん誰?」

 

お姉さんと呼び名前を聞いた。

 

??「お燐って呼んでニャ。

   ダイキ君、久しぶりだニャ」

 

【挿絵表示】

 

  『はっ?』

 

2人仲良く目を点にし、口を大きく開けた。

 

 

 

 

 




頬の肉は男性は伸びますが、女性はあまり伸びないみたいです。本当かな?確かめようにも確かめる術が…orz

次回【三年後:少年と黒猫】


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三年後:少年と黒猫

 少年の前に前触れも無く現れた『お(りん)』という呼び名の少女。彼女は現れるなり少年の事を見て『ダイキ』と呼んだ。そして『久しぶり』とも。しかし少年には、覚えが無かった。この町に住み始めて数年になるが、目の前の少女は明らかに初対面。少年と屋敷の主人が目を点にして、硬直していると、

 

さと「お燐このチビっ子の事知っているの?」

 

屋敷の主人の方が先に動いてくれた。

 

お燐「屋敷(ここ)ができる前に一度会ったんですニャ」

 

少女から語られる真実。だが、それでも少年には覚えがなかった。少年の記憶ではその頃は『1人で』遊んで勇儀を待っていたという事だけ。

 

お燐「一緒にお昼寝したのに…。

   忘れちゃったかニャ?」

 

笑顔で少年に尋ねる謎の多い少女。だがその表情はどこか寂し気でもあった。

 

さと「昼寝…。お燐、あなたその時と今、同じ姿?

   それといい加減離しなさい。

   もう大丈夫だから」

お燐「あ、ごめん(ニャ)さいニャ」

 

己の主人からの指示に、慌てて謝りながら主人を解放するお燐。そして主人からの質問に、

 

お燐「そう言えば、こっちじゃ(ニャ)かったニャ」

 

手を叩いて1人で納得。そして瞬く間に、

 

黒猫「ニャーン」

 

黒猫へ。お燐は黒猫になったのだ。

 突然の出来事に唖然とする少年。目を擦り、再び猫を見つめる。

 

黒猫「ニャーン」

 

鳴き声を上げながら少年の足に擦り寄る黒猫。

 

さと「『私だよ、思い出した?』だって」

大鬼「え?え?え?さっきのお姉さんは?」

さと「だからー…、その足下の黒猫。

   さっき見ていたでしょ?」

 

黒猫となったお燐の言葉を通訳し、話を進める屋敷の主人だったが、目の前で起きた現実に頭が追いつかない少年。そんな少年を見兼ね、足下にいる黒猫を指差し、「それがそうだ」と呆れ顔で溜息と共に説明するのだった。

 

大鬼「えーー!!」

 

さとりから聞かされた真実に声を上げて驚く少年。再び足下の黒猫に視線を戻し、ジッと観察する。

 

黒猫「ニャーン」

さと「『お燐だよ』ですって。

   お燐、もう一度見せてあげれば?」

 

主がそう言うと、黒猫は少年から少し距離を取り、トランスフォームを開始した。そしてまたあっと言う間に人の形になり、

 

お燐「にゃーん!どう?凄いでしょ?」

 

お姉さんへと変身した。変身を終えたお燐。自信満々の顔で胸を張りながら、目を皿にしている少年に「ドヤッ」と自慢した。

 

お燐「それでどうかニャ?

   思い出してくれたかニャ?」

大鬼「あ…、えと…」

 

膝に手を置き、少年を覗き込む様に顔を近づけるお燐。その赤い瞳はキラキラと輝き、少年の言葉を待ち焦がれていた。

 しかし、当の少年。やはり思い出せずにいた。確かに少年とお燐はこの屋敷、地霊殿の建設中の時に出会っていた。

 その日、お燐は建設中の屋敷の様子をお忍びで見守る『臨時当番』の日だった。鬼達にバレないように、近くで屋敷を見られるように、先程の黒猫の姿で訪れていた………

 

 

--数年前、お燐臨時当番の日--

 

 

 心地良い木材を切る鋸の音。テンポ良く釘を打ち付ける金槌の音。勇ましい鬼達の声。

 そこへ散歩を楽しんでいるかの様に現れた一匹の黒猫。『関係者以外立ち入り禁止』の金網を易々と潜り抜け、敷地の中へ。近い将来、自分達の住居になる建設中の建物を眺め、

 

黒猫「ニャーン」

 

満足気に一鳴き。

 建物はもう既にその全貌を現しており、立派な洋館となっていた。残すは内部の工事のみ。誰もがそう思うまでの仕上がり具合。

 黒猫は自分の使命を全うするため、屋敷へと近づいていった。この黒猫こそお燐、彼女だった。

 お燐が主人から課せられた使命、それは屋敷内部の進捗具合の確認と、重要な部屋の現状確認。お燐の前の『当番』の報告は粗末な物で、要約すると「ただ遊んで帰って来ただけ」だった。そのため、この日の彼女の任務は超重要視されていた。

 

お燐「(どこから入ろうかな?)」

 

 建設中の建物の中に猫が一匹紛れ込んで来たところで、鬼達は気にも止めぬか、「しっしっ」と軽く追い払う程度だろうと彼女は踏んでいた。とは言え、出来る事なら後者は避けたい。そう考え、一先ず様子を見る為、屋敷の周りをゆっくりと歩いて下見をする事にした。

 彼女の目に映るのは、石造りの美しい白い壁。一部屋一部屋に設置された大きな窓。どれも主人の注文通り。出来栄えとしてはそれ以上。

 そして彼女は一度立ち止まり、

 

お燐「ニャーン♪」

 

また一鳴き。先程よりも上機嫌に。

 彼女が立ち止まった部屋。そこが彼女の部屋になる予定の場所。他の部屋とは何ら差は無いが、彼女にとっては特別な部屋。中に入って新生活へのイメージを固めておきたかったが、生憎中から話し声。

 

??「えーっ!?オイラまたあの部屋ですか!?」

??「ま、鬼助頑張れよ」

鬼助「姐さんあそこ一度体験してみて下さいよ」

??「か弱い女の子にそんな事言うなんて…。

   ヒドイ…」

鬼助「…………………か弱い?」

??「何か?文句あるのかい?」

 

 外まで聞こえて来る拳を鳴らすボキボキ音。「この中にはとんでもない鬼がいる」とお燐は本能から察した。そして、鬼達の会話にあった『あの部屋』『暑い』。その部屋こそが、与えられたミッションのメイン。だがそこもこれから鬼達が中で作業を開始する。

 今は動かない方が無難と判断したお燐は一旦屋敷から離れ、鬼達が屋敷から出てくる時間まで待つ事にした。

 

 

--黒猫待機中--

 

 

お燐「ニャ〜……」

 

 大きなあくび。うつ伏せではあるが、これもれっきとした業務。今は待つ事が仕事。だが退屈な上、眠かった。そして彼女はこんな目に合わせた前の『当番』への愚痴をこぼしていた。

 

お燐「(こいし様も酷いニャ。

    お弁当も作ったのに…。

    帰って来たら『楽しかった〜♪』って。

    それに意味不明な歌まで歌って。

    肝心な館の様子は『いい感じ〜♪』って。

    もう少しちゃんとやってくれたら、

    今日はのんびりできたのに…)」

 

黒猫の姿で溜まっている鬱憤(うっぷん)を吐き出すお燐。側から見れば黒猫が「ニャニャニャニャニャニャ…」と連続して鳴いてる不思議な光景。だが今は都合のいい事に周囲に鬼の(・・)気配は無い。どれだけ奇妙な状況を生み出そうと、それを気にする者などいない。

 

 

ぎゅーっ!

 

 

はずだった。

 

??「ネコ!」

 

 突然のしかかる重みと子供の声。彼女はまだ見ぬ相手に上から羽交い締めにされていた。

 

お燐「ニャー!ニャー!ニャー!」

 

その場から逃げ出そうと「離せ!」と叫びながら必死にもがくお燐。

 

??「離して?だが断る!」

お燐「ニャニッ!」

 

断られた。それよりも彼女の言葉…猫語が通じていた。「それなら」と…。

 

お燐「ニャニャ…(離さないと…)ニャニャー(承知しないよ)!」

??「もう…にげない?じゃー、スリスリさせて」

お燐「ニャーーーア(ちがーーーう)!!」

 

だがそうではなかった。上の子供は腕の中で暴れ回る黒猫の様子から、勝手に解釈しただけだった。

 

 

スリ…

 

 

何かが背中をなぞる感触。その瞬間彼女に電気が走った。「ビクビクッ」と体が反応し、全身から力が抜けていった。

 

 

スリスリ…

 

 

再び訪れた刺激に、又しても体が正直に反応してしまう。その後も何度も何度も押し寄せる快感に彼女は…。

 

お燐「フニャ〜〜……♡」

 

骨抜きにされた。

 

??「あれ?寝ちゃった?」

 

 急に身が軽くなった。上の重りが無くなったのだ。この機を彼女は見逃さなかった。

 瞬時に前へ駆け出して距離を取り、敵を確認するため後ろを振り向くと、先程の場所に小さな男の子が膝を付いて座っていた。「何故こんな所に」と思ったもつかの間、敵は立ち上がり、彼女へ向かって走り出していた。

 

お燐「ニャニーッ!?」

 

迫って来る少年。「捕まってたまるか」と逃げ出そうとした時、

 

少年「うわっ!と…」

 

突然止まった。そして敵は頬を膨らませながら、悔しそうな表情で彼女を眺めていた。不思議に思い、恐る恐る一歩少年へ近づく。

が、動かない。

更にもう一歩慎重に踏み込む。

が、やはり動かない。

 依然として悔しそうに彼女を見つめ、視線を…。この時、彼女は初めて気が付いた。少年が足下に視線を落とし、気にしている事に。そして、そこに白い線が描かれている事に。

 

お燐「(ははーん…)」

 

不敵な笑み。彼女は理解した。少年はあの白い線を越える事は出来ないと。警戒心を解き、軽快な足取りで少年に近づいて行く。彼女が止まったのは白線を隔てて少年の反対側の少し離れた位置。少年が手を伸ばしても届かない位置。

 

少年「もう…ちょっと…」

 

白線ギリギリの位置で膝を付いて手を伸ばしてくる少年。

が、届かない。

 

お燐「ニャーン♪」

 

ここで勝ち誇った様に一鳴き。

 イタズラに前足を差し出す。少年の指先が彼女の手に触れ…

 

 

サッ!

 

 

る直前に引っ込める。

 

少年「あっ…」

 

残念そうな表情で彼女を見つめる少年。その潤んだ幼い瞳にこの猫、

 

 

キュン♡

 

 

ときめいた。

 その表情をもっと見たい。もっとイジワルしたい。そんな想いから、それを何度も何度も繰り返し、彼女が満足し始めた頃。

 

少年「あーっ!もう!」

 

触れそうで触れられない彼女の手に、少年は苛立ち始めた。

 新しい反応に彼女は

 

お燐「(おもしろい)」

 

楽しみ始めていた。

 すると少年、徐に立ち上がり、背後の茂みの方へ走り出した。

 急に立ち上がった少年に、警戒の構えを取ったお燐だったが、こちらに来ないと知ると、またその場でリラックス。

 茂みを漁る少年。もう諦めたのだろうと、邪魔された昼寝を開始しようとした時、

 

 

ブチっ!

 

 

何かを引き抜く音。そして満面の笑みで戻ってきた。

 少年は諦めてはいなかった。

その手には少年のリーサルウェポン、

イネ目イネ科エノコログサ属エノコログサ(ネコジャラシ)

 お燐は呆れた。そんな物で自分を釣ろうと言うのかと。

 彼女はもう何年も生きてきた妖怪の猫であり、背後の屋敷に部屋を貰っているセレブな猫。そんな彼女が雑草如きに…

 

お燐「ニャッ♪ニャッ♪ニャッ♪」

 

簡単に釣られた。

 それは腹を空かした生簀の中の魚の如く、少年が雑草を差し出した瞬間に食いついた。

 少年の操るネコジャラシに合わせて飛び跳ねるお燐。無我夢中で獲物を追い回し、白線を超え、先程のいた場所を通り過ぎ…

 

 

カシャン…

 

 

金網まで。少年が金網に当たった音で我に返った彼女。

 

お燐「ニャニー!?」

 

だが目の前の獲物に体が疼いて反応してしまう。今すぐ逃げ出せば、少年は追いつかない。

 けれど、アレが気になって気になってしょうがない。

 そして、悩んだ末の苦渋の決断。

 

お燐「ニャー♪」

 

楽しむ事にした。

 目の前で跳ね回る黒猫をネコジャラシで操る少年。ネコジャラシ目掛けて飛んで来る猫を躱し、誘い、また躱す。そしてそのネコジャラシをどんどん自分の方へ…。

 

 

ぎゅっ!

 

 

再びネコゲット。

 だが今度は胡座をかいて座り、黒猫を組んだ足の上へ。また逃走を試みようとする黒猫をネコジャラシで気を紛らわせ、空いた手を黒猫の顎下へ。少年がくすぐる様に指を動かすと、黒猫はゴロゴロと喉を鳴らし、目を細めて大人しくなっていった。続いて今度は耳の裏を優しく揉み解す様に。すると黒猫は大きなあくびを一つして、

 

お燐「(幸せ〜♡)」

 

満喫していた。

 だがその幸せは突然止まった。不思議に思い見上げると、少年がウトウトと舟を漕ぎ始めていた。この日、少年は『ある出来事』が原因で寝不足だったのだ。そして次第に体は斜めに傾いていき…、

 

 

トスン。

 

 

少年が地面に接触する直前で、お燐が体を張って受け止めた。間一髪だった。彼女が受け止めていなければ、少年の頭はそこに転がっていたけん玉に激突していた。のし掛かる重みに耐え、ゆっくりと倒れる方向を変え、少年を丁寧に地面に寝かせてやる。少年を眺め、怪我が無い事を確認し、「ほっ」と一安心した瞬間、

 

 

きゅーっ。

 

 

三度目のホールド。

 だが彼女はすぐには逃げ出そうとはしなかった。彼女の目の前には無邪気な寝顔。その閉じた目から流れる一筋の涙。そして…

 

少年「ママ…」

 

母を呼ぶ寂しそうな声。

 彼女は少年が何か辛い体験をしたのだと理解した。更に、少年は温もりを求めていたのだとも。それならと彼女は少年に自分の体温を感じさせてあげる様に、少年の体にぴったりと寄り添い、頬を流れる涙を拭ってあげる様に

 

 

ぺろっ

 

 

と優しく一舐め…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お燐「(!!)」

 

 突然襲いかかって来たプレッシャーに驚き、慌てて逃げ出すお燐。だが少年の事が気になり、物陰から見守る事にした。

 

??「おい、ダイキ。起きな」

 

少年を『ダイキ』と呼びながら、揺すり起こす女鬼。この時お燐は少年の名前を初めて認識した。と同時に、名前を呼んでいるあたり、鬼達と面識があるのだろうとも悟っていた。

 屋敷の方へ目をやれば、額の汗を拭いながらやって来る鬼達。仕事が終わったのだろう。そしていつの間にか少年と一緒に眠ってしまったのだと気付かされた。

 続々とやって来る鬼達。皆、金網の向こう敷地の外へと歩を進めていく。行くなら今。早く行かなければ、目当ての部屋の鍵が閉まってしまう。お燐は急いでミッションを開始した。開いてる窓を見つけ、窓際へ。そして屋敷に侵入する直前で、最後に少年をもう一目だけ…。

 少年は眠りから目覚め、女鬼と青髪の鬼と楽しそうに話しをしていた。

 

お燐「(ダイキ君…。元気でニャ)」

 

 

 

 




当初はEp.1で書こうと思っていましたが、主の気分的に見送っていました。ようやく書けてスッキリしています。

次回【三年後:ボケっ子】


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三年後:ボケっ子 ※挿絵有

 期待の視線を解く事無く、少年の事をジッと見つめ続けるお燐。その熱い眼差しに少年は「覚えていない」とは言えずにいた。それは蛇に睨まれた蛙の様。そんな状況に耐え切れなくなった少年は渋々口を開いた。

 

大鬼「えっと…、覚えて…」

さと「止しなさい」

 

少年が最後の一文字を発しようとした瞬間、それを阻止しようと割って入る覚り妖怪。

 

さと「あなた、()()()()()()()『鬼』なのでしょ?

   三か条忘れたの?それと私の前で隠し事は

   無駄ですよ」

 

三か条。「ウソをつかない。騙さない。仲間を見捨てない、裏切らない」を絶対とした鬼達の鉄の掟。

 決して忘れていた訳では無かった。少年の保護者である勇儀から、何度も何度も口酸っぱく言われ続けてきた。だが、軽んじていたのは事実。少年は未熟者とはいえ、早くもそれを破るところだった。結果的に少年はさとりに救われたのだ。

 

大鬼「ごめんなさい…。本当は…覚えてない」

 

出会ったばかりの少女の言葉に、己の大きな過ちに気付かされ、謝罪をすると共に真実を話した。

 

さと「ふん、チビっ子のクセに気を使うなんて

   生意気です」

 

偉そうに腰に手を当てて、説教垂れる地霊殿の主人。そして、少年の言葉にお燐は寂しそうな表情を浮かべ、

 

お燐「そっか…。ん〜、残念だニャ。

   あれ、ファーストキスだったのにニャー…」

 

いきなりの爆弾発言。

 

さと「はーーーっ!?」

 

過剰に反応する主人と

 

大鬼「?」

 

言葉の意味が分からず「何のこっちゃ」と、首を傾げる少年。

 

さと「このマセガキィ!

   私のペットに何してくれてるのよ!」

お燐「さとり様待ってニャ。

   あたいが勝手にしただけニャ」

 

少年は『チビっ子』から『マセガキ』に降格した。

 自分のペットに手を出された事に、怒りを剥き出しにし、マセガキに襲いかかろうとする主人。その彼女を「そうではない」と取り押さえながら、誤解を解こうとするペットだったが、

 

さと「勝手にって……。なら誘惑したのね!

   そのクセ覚えてない?

   いい度胸してるじゃない!」

 

更にヒートする主人。こうなってしまうと言葉は通じない。そこでペットは行動に出た。

 

お燐「さとり様あたいの心を読むニャ!」

 

主人の胸元にある赤い目…さとりの第三の目を鷲掴みにし、自分の方へ強引に向けた。第三の目を握られた主人。胸元で宙に浮いているとは言え、これは正真正銘、彼女の体のパーツ。『目』なのである。故に、

 

さと「痛い痛い痛い!」

 

握られると物凄く痛い。悶絶する覚り妖怪。そして観念したかの様に、

 

さと「分かった。分かったから離してー」

 

3つの目から涙を流しながら懇願した。

 ペットから第三の目を返してもらった覚り妖怪。目の痛みが引いたところで、頼まれた通りお燐の心を読む。

 

さと「…」

お燐「分かってもらえましたかニャ?」

さと「ええ…。でもこれ、キス?」

 

さとりが見たのは、少年の頬を舐める光景を思い出していたお燐の心の『文字』。彼女は第三の目によって見た者の心の声を文字として見る事ができる。『心を読む程度の能力』の持ち主だ。

 

お燐「キスだニャ♡」

 

猫の姿で顔を舐めた事をキスだと言い張るお燐。だがそれは、主人が知っている()()とは全くの別物。それに、

 

さと「私の顔だって舐めてたじゃない」

 

彼女もコレならば体験済みだった。朝起きる時、夜寝る時、何も無い時、あらゆる場面で幾度となく、お燐に顔を舐められていた。故に、彼女は「ファースト」では無いだろうという意味で、言葉を投げかけた。すると彼女のペットは、赤く染まった頬を掻きながら、

 

お燐「さとり様は(おんニャ)の子ニャ。それに…」

 

ペットの言いたい事はもう分かった。というよりも読んでいた。そして再び内から込み上げる物。握り拳を作り、それに耐えた。だが、話題の中心の彼は…

 

大鬼「???」

 

首を傾け、口は半開き。頭の中は…

 

大鬼「(なんの話?)」

 

 

プッチーン

 

 

さと「あんたの話よ!ボケっ子!」

 

それを覚り妖怪は読んでいた。少年、2度目の降格。

 再び冷静さを失う覚り妖怪。だが、彼女は大事なことを忘れていた。

 

??「さとり様ー。お客様がお待ちですよー」

 

【挿絵表示】

 

さと「いけない!ってお空!?

   あの部屋出ちゃダメじゃない」

お空「うにゅ?何で出たんだっけ?えっと…。

   あ、トイレ行ってきまーす」

さと「もう…。お燐、後お願いね。ボケっ子!

   ちゃんとお燐の言う事聞きなさいよ」

 

慌ててその場を走り去って行く屋敷の主人と『お空』と呼ばれていた羽の生えた少女。

 

 

ポツーン…。

 

 

急に静まり返る地霊殿、そして取り残された2人。

 

大鬼「今の誰?」

 

当然の疑問である。

 

お燐「お空だニャ。あたいの友達で家族だニャ」

大鬼「ふーん…。オモシロイ(面白い)ヒト()ダネー」

お燐「あははは…」

 

この時少年は突然現れた少女の事を「頭悪そう」と早くも悟っていた。そして、お燐はその少年の内なる声をその雰囲気から悟っていた。

 

お燐「それよりもダイキ君大きく(ニャ)ったね。

   カッコいいお兄ちゃんに(ニャ)ったニャ。

   最初あたい分から(ニャ)かったニャ」

大鬼「そう…かな?」

 

「カッコいい」。初めて言われた言葉に、思わず顔がにやけてしまう少年。だらしのない顔を見せまいと俯いて顔を隠そうとするが、そんな表情も見逃さまいと、追う様に覗き込むお燐。必然的に視線が合う。

 

大鬼「な、なんだよ…」

 

顔を赤くしながら視線を逸らし、ちょっとカッコつけてみる。

 

お燐「ふふ、可愛いニャ♡」

 

だが、結局こっちが本音だった。

 男の子にとって「カッコいい」は最上級の褒め言葉。栄誉である。しかし「可愛い」は彼等にとって、芽生えたばかりの『男のプライド』を傷付ける言葉になり兼ねないのだ。それも歳を重ねるうちに、褒め言葉として捉えられる様になり、どこかのお調子者の様であれば「嫁になる?」とまで言える様になる(?)。

 だが少年はまだ子供。それ故、

 

大鬼「ふんっ!」

 

頬を膨らませ拗ねた。それを笑顔で見つめるお燐。少年のそんな姿でさえ、彼女には愛らしく映っていた。だが「これ以上怒らせるのは良くない」と自分の気持ちを抑え、

 

お燐「それじゃあ(ニャに)してようかニャ?

   お屋敷の中案内(あんニャい)しようかニャ?」

 

少年に屋敷を見せて回る事にした。

 

 

--所変わって--

 

 

さと「申し訳ありません。遅くなりました」

 

 来客達が集まっている部屋へと駆け込む地霊殿の主人。彼女以外の者は全員着席し、姿勢を正して険しい顔つきをしていた。それは少年の身内も同様で、随分と長いこと待たせてしまったと覚り妖怪は思った。自分のせいで皆が苛立っている

 

 

クスクス…。

 

 

かと思いきや、周りから鼻にかかる笑い声。

 

??「がっはっはっは!」

 

力強い笑い声。No.2の鬼、親方様だ。

 皆が何故笑い出したのか予測すらできずにいる覚り妖怪。その解を知る為、第三の目で…

 

親方「さとり殿、聞こえておりましたぞ」

 

心を読む前に大声で答えを言う親方様。その言葉に覚り妖怪は後退りし、頬を赤く染め始めた。

 

??「カッカッカ。あいつも言う様になったの」

 

嬉しそうに笑う町の診療所の医者であり、最年長の鬼。彼も町の会合や組合の集まりの常連だった。

 

??「家の者が失礼な事を言って…。後で言い聞かせます」

 

この町のトップ棟梁様。袖で口元を隠し、赤面しながら少年の無礼を詫びた。棟梁様の言葉と表情から地霊殿の主人は「あの事だ」と瞬時に察し、

 

さと「はうぅ~…」

 

奇声と共に頭から湯気を出し、顔を真っ赤にした。

 恥ずかしい。今すぐ何処かに隠れたい。そしてあのボケっ子の頬を再び引っ張ってやりたい。そう思っていた。

 

親方「さとり殿はあまり感情を表に出さない方だと

   思っておりましたが、

   意外な一面もあるのですな」

棟梁「ちょっとお前さん言い方…。

   でも私達はあなたの事を誤解していました。

   これからも遠慮などせず、

   思った事を言ってくださいね」

 

笑いながら話す親方様を注意しながら、優しい微笑みと言葉でさとりへ気を使う棟梁様。

 さとり達はこの町に越して来て日が浅かった。そのため、新参者として周りの者を引き立て、決して目立つような事をせず、本当の自分を押し殺しながら生活して来た。そんな彼女への棟梁様からのありがたい言葉。

 彼女は心から大きな重りが外れ、翼が生えた様に軽くなったのを感じた。

 

さと「いえ、こちらの方こそあなた方様の

   ご家族に大変失礼な事を…。

   出来心とは言え、申し訳ありませんでした」

 

深々と頭を下げて少年への大人気のない対応を詫びるさとり。だが、彼女のある一言に反応した者が。

 

医者「出来心…とな?」

 

眉を釣り上げ、興味深そうに尋ねる診療所の爺さん。

 

さと「はい…。なぜか構いたくなると言うか、

   気になると言うか、ほっとけないと言うか」

 

さとりは少年を見た時に感じた不思議な魅力について、思った事をそのまま伝えた。

 

親方「なんか分かる気がするな」

棟梁「勇儀(あの子)もそうだったのでしょうか?」

医者「それは分からんが…。

   儂も『あの時』似た様なことを思ったよ」

 

皆が口々に少年への感想を述べていく中さとりは、

 

さと「能力…。でしょうか?」

 

その可能性を口にした。

 

医者「カッカッカ。

   そんな大それた物じゃなかろう」

親方「まだ子供だしな」

棟梁「ただ守ってあげたくなるのですよ」

 

しかし少年を知る者達は笑顔で「そうではない」と否定した。

 この時、さとりは来客者達の心をこっそりと覗いていた。浮かび上がる文字は皆、心が温まる物ばかり。彼女も自然と優しい表情になり、こう思った。

 

ボケっ子は「愛されている」と。

 

 




猫の舌って舐められると
意外と痛いんですよね…。
ザラザラって感じで。

次回【三年後:いい子で待ってた】


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三年後:いい子で待ってた

棟梁「では今日の議題はこれくらいでしょうか?」

  『…』

 

棟梁様の締めくくりの言葉と共に、静まり返る地霊殿の会議室。

 

棟梁「他にはありませんね?」

鬼①「そうですね。祭の事は例年通りですし」

 

皆の意見を代弁する1人の鬼。

 会合は滞りなく終わりを迎えようとしていた。この日の会合は定例的な連絡事項のみ。平和な会合となった。もう会合は終わりと知り、大きく伸びをする者、欠伸をする者、肩の凝りをほぐす者。皆がリラックスしていく中…。

 

さと「あのー…」

 

ここで屋敷の主人であり、地底妖怪の代表が申し訳なさそうに挙手した。

 

棟梁「なんでしょうか?」

 

そんな彼女に微笑みながら「遠慮するな」と、表情で語る町の最高権力者。

 

さと「そのお祭りの事なのですが、私達は本当に

   何もしなくてよろしいのでしょうか?」

 

さとりは鬼主催の祭について、疑問に思う事があった。

 鬼達が開く祭は力強く、勢いがある。町の大通りを主に脇道に至るまで屋台が出店し、その店の品を肴に彼方此方(あちこち)で宴が始まる。他にも多彩な催し物があり、訪れる者達を飽きさせない。しかしその裏で、祭の役員達は準備や見回りに追われ、祭を楽しむ事が出来ないのだ。しかもその祭の開催期間は長い。その間ずっと役員の者達は働いているのだ。

 それを毎年同じ者がやっているという事が、新参者の彼女にとっては不思議でならなかった。

 

棟梁「ええ、いいのです。

   これは決まった事ですから…」

 

棟梁様は彼女の問いに苦笑いで答えた後、哀しそうな表情を浮かべた。

 

親方「手伝いは歓迎ですぞ。

   でもさとり殿達はここに来てまだ数年。

   まずは祭を楽しんでくだされ」

 

親方様からの粋な計らいだった。ただ無下に断れば、彼女を傷つけてしまう。そう思っての自然な言い回しだった。

 

さと「はい…。ありがとうございます」

 

遠慮がちな笑顔でその好意に甘えることにした覚り妖怪。

 

さと「でもなぜ娘さんとそのご友人達が?」

 

覚り妖怪の言葉がついに核心を突いた。その言葉に周りの者達がバツの悪い表情を浮かべ、彼女と視線を合わせぬよう俯いた。

 このタイミングで第三の目と能力を使えば、その理由は容易く知る事が出来た。

 しかし、さとりはそれをしなかった。先程の棟梁様と親方様の好意もあり、折角築き上げた信頼関係を崩したくなかったのだ。それ故、どうしても鬼達の口から直接聞きたいと思っていた。

 重々しい空気に包まれる会議室。そんな中、棟梁様は覚悟を決め、ゆっくりと口を開いた。

 

棟梁「罰です。娘は仲間を脅迫したのです」

 

さとりはその言葉に愕然(がくぜん)とした。

 三カ条にもある様に、鬼は仲間の事を大切にしている。ましてや棟梁様と親方様の娘。

 

さと「(よほどの事がない限りそんな事…)」

 

この時彼女は気付いた。その原因となり得る存在に。

 

さと「あの『人間』と何か関係が?」

 

さとりの言葉に出席者達は「気付いたか」と苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

 

棟梁「ごめんなさい。これ以上は…」

 

申し訳なさそうに地霊殿の主人に言葉を残す棟梁様。

 しかしこの時彼女は自分の左胸を人差し指で2度叩いていた。それはさとり以外に見えないようにひっそりと。小さく。

 

さと「あはは…。こちらこそ野暮な事をお聞きして

   申し訳ありません。ただちょっとだけ

   気になってしまっただけなので。

   ()()()()()()()()()()から」

 

さとりは棟梁様の合図を見逃さなかった。苦笑いを浮かべ、口から中身のない言葉を発しながら、第三の目で棟梁様の心の文字を速読した。

 そして彼女は知った。あの日の出来事を。彼女がボケっ子と呼んでいた人間の身に起きた悲惨な事故を。そして彼を助けるために棟梁様の娘達が取った行動の真意を。また、それを知っているのは、この中でも極一部でトップシークレットであると。

 棟梁様の心を読み終わった彼女は、読み終えた事を合図した。と同時に内から込み上げてくる物。彼女はそれを表情で悟られない様に必死に耐えた。

 

棟梁「…それでは、今日はこれで」

 

会合を終える言葉。それと共に、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドドドドドドドド…

 

 

バンッ!!

 

 

黒豹「ガーーッ!」

 

屋敷を揺らす地響き。そして会議室の戸を勢いよく開け、飛び込んできた一匹の黒豹。

 

さと「いきなり入ってきたら危ないじゃない!」

黒豹「(ご主人様助けて下さい!)」

ワニ「(私達には荷が重過ぎます!)」

 

続いて、やはり慌てて飛び込んで来たワニ。

 この動物達はさとりのペットであり、大事な家族。彼女はその能力からペット達の気持ちまでも見る事が出来るのだ。

 現れたペット達の心の文字は一応に助けを求める物だった。一体何事かと彼女が不審に思っていると、

 

 

獅子「(申し訳…ありません。さとり様…。

    我々では…あの小僧は手に負えません)」

 

部屋に入って来るなり「バタリ」と倒れ込む百獣の王。彼が残した心の文字。主人ははっきりとその文字を見た。

 

さと「今何処!?」

黒豹「(一階のロビーです)」

さと「皆さんすみません、お先に失礼します!」

 

来客者達を残し、慌てて会議室を飛び出して行く主人。

 

親方「部屋に飛び込んで来たと思えば、

   今度は飛び出して行って。

   さとり殿も苦労されてますな」

棟梁「お前さん。他人事じゃありませんよ」

医者「カッカッカ。大鬼じゃろうな」

  『でしょうね…』

 

皆薄々察していた。

 

さと「もー!お燐は何してるのよ」

 

少年の面倒を見るように頼んだペットへの愚痴を零しながら、現場へと急ぐ主人。

 そしてその現場へと到着した。

 

お燐「フニャー……」

 

黒猫の姿で目を回して床に倒れ込んでいるお燐。それと同様に累々と横たわる屍。皆息はあるが、力尽きていた。そしてその中心には、

 

蛇「(ギャーーッ!助けてー!!)」

大鬼「11…12…13…」

 

泣き叫ぶアナコンダで楽しそうに二重飛びを披露する少年。異常な光景に目を見張る主人。しかし今は家族の救出が最優先。腕を組んで少年の前に立ち、

 

さと「何してるのかなぁ?」

 

優しく声をかけた。しかし、その表情は額に血管を浮かせ、沸点寸前といったご様子。

 

大鬼「あ…」

 

さとりの登場と共に縄跳びを中断する少年。彼女の怒りを堪える表情に気付き、笑顔だった少年はバツの悪そうな表情を浮かべた。

 

さと「取り敢えずその子を離してくれる?」

 

少年の両手に握られた大蛇を指差し、優しく「離せ」と命令する主人。

 その命令に少年は返事をし、縄から手を離した。その途端、縄は急いで主人の下へ這い寄り、泣きついた。

 

蛇 「(ご主人様ぁ、助かりました)」

さと「なんでこんな事に?」

蛇 「(それはあの小僧が…)」

??「待つニャ!」

 

蛇の言葉に割って入ったのは、先程まで黒猫の姿でのびていたお燐だった。

 

お燐「大鬼君は悪く(ニャ)いニャ。

   原因を作ったのは寧ろ蛇達ニャ」

蛇 「(余計な事言うな!)」

さと「どう言う事?ちゃんと聞かせて」

 

お燐は主人と別れた後の出来事を着色する事無く、事実のみを話していった。

 お燐は少年に館の中を見せて回っていた。それと同時に、出会ったさとりのペット達を紹介し、仲間を増やしながら屋敷の中を散歩していた。この時に出会ったペットは兎、羊、ハシビロコウといった大人しい者達。そして一通り屋敷の案内を終えた後、少年とお燐は出会った仲間達と「かくれんぼ」をして遊んでいた。

 その時だった。少年が隠れた先にいたのは、巨大な蛇、アナコンダ。少年を見るなり獲物と認識し、襲いかかった。少年の体を締め付けていく蛇。

 アナコンダの締め付ける力は強いものであれば、1トンにもなる。人間の骨など易々と粉々にしてしまう。ましてや子供など…。

 少年を締め付けていく蛇。徐々に力を強くしていく中、蛇は違和感を覚え始めていた。骨が枝の様に折れる心地の良い音、振動がいくら力を入れてもしないのだ。そればかりか内側から押し返されていた。広がっていく渦の中心。蛇は遂にその力に対抗できなくなり、獲物を逃がしてしまった。

 その獲物は「スルッ」と抜け出ると、蛇の事を凍りつく様な視線で見下ろした。この瞬間、蛇は悟った。自分が獲物になったのだと。

 一方小さなハンター。最初こそ驚いたものの、巻きついてくる蛇に「戯れにきた」と錯覚していた。そして攻守交代。「今度は自分の番だ」と、アナコンダに対しヘッドロック。

囚われた蛇は恐ろしい馬鹿力の前に身動きが取れず、助けを求めた。

 そこに現れたのが、ワニと黒猫と獅子だった。少年を落ちる寸前の蛇から引き離そうと、牙を剥き威嚇をした。怒りを露わにした猛獣3匹を前にすれば、その威圧感から萎縮し動けずにいるか、尻尾を巻いて一目散に逃げ出すだろう。三匹の猛獣もそうなると思っていた。それが当たり前だと信じていた。

 だがこの少年はあろう事か満面の笑みを浮かべ、彼らに近づいていった。それは正に新しい玩具でも見つけた様な眩しい笑顔で。予想外の反応に後退りをする3匹の猛獣だったが、食物連鎖の上位ランクの者としてのプライドがあった。目の前の未知の恐怖に3匹同時に立ち向かっていった。

 そこからは見るも無残。少年の思うままの遊び相手…いや、文字通りの玩具にされ、やがてボロ雑巾となっていった。そんな3匹に同情したお燐達が止めに入ったのだが、暴れ回る3匹と少年の巻き添いをくらい……。

 そして今に至る。

 

さと「事情は分かりました…。お燐ありがとう。

   それとみんなもご苦労様」

 

結果だけを見ると酷い有様ではあるが、主人は少年と平和に過ごそうとしたお燐を評価した。そして、お燐と共に必死な思いで仲間を救おうとしたワニ、黒猫、獅子を含めた他のペット達に労いの言葉を掛けた。

 

さと「けど…」

 

そう言うと主人は「クルッ」と蛇の方を向き、

 

さと「あんたは別よ!朝ごはん食べたでしょ!?

   それなのに獲物だと思って襲った?

   ふざけるんじゃないわよ!お客様なのよ!

   怪我をさせたらどうするのよ!」

 

感情をぶつけながら説教を始めた。主人の本気の怒りに緊張が走るペット達。

 

さと「怪我だけじゃない、下手したらあなた…」

 

「取り返しがつかない事になっていた」その場の誰もがそう思った。それは蛇にも痛い程伝わっていた。項垂れて主人の説教を聞く蛇。反省しての事でもあるが、今は主人の顔を見る事が出来なかった。

 

蛇 「(さとり様はきっと…)」

さと「バカ!あんたなんて…」

 

 

ぎゅーっ…

 

 

突然少女は背後から何者かに抱きつかれた。小さな手だけが涙で溢れた彼女の目に映った。

 

大鬼「もう許してあげて…。

   ボク…大丈夫だから。

   それと、ごめんなさい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズキューーーーン!

 

 




アナコンダで二重跳び。
昔読んだ好きな漫画のワンシーンです。
パワフルな子供と言えば、
真っ先に彼を思い出します。

次回【三年後:張り切り過ぎたかも…】


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三年後:張り切り過ぎたかも…

鬼①「うおっ!?なんじゃこりゃ!」

親方「ありゃりゃ、コイツは酷い」

鬼②「大丈夫かのぉ…」

医者「カッカッカ。

   大鬼のヤツ派手に暴れた様じゃな」

 

続々と現れる会合の出席者達。多くの者が目の前に広がる悲惨な光景に驚き、立ち止まる中、屋敷の主人の下へ慌てて駆け寄る1人の鬼が。

 

棟梁「古明地さん、本当にごめんなさい。

   大鬼がとんだご無礼を…」

 

少年の頭を鷲掴みにし、強引に一緒に頭を下げさせる棟梁様。少年とさとりは既に一定の距離を保ち、少年がさとりの背を眺める様にして立っていた。

 棟梁様の謝罪に反応を示さず、ただ俯いて直立したままの覚り妖怪。

 

棟梁「古明地さん?」

 

なかなか反応しない覚り妖怪を不思議に思い、もう一度声をかける棟梁様。すると今度は気付いた様で棟梁様の方へ振り向き、

 

さと「大丈夫ですよ。みんなで仲良く遊んでただけ

   みたいなので。みんなこんな感じですけど、

   ちゃんと元気ありますから。

   まだまだ遊びたいとも言ってますよ」

  『⦅いやいや、それは流石に…⦆』

棟梁「でもかなり参っている様に見えますけど…」

  『⦅そうなんです!⦆』

さと「そんな事無いですよ。大鬼君が満足するまで

   遊びたいって言ってますよ。ね?みんな?」

 

「お気になさらず」と着色して答えた後、再びペット達の方へ振り返った。同意を求める鋭い視線で。

 

  『⦅えーーーっ!?⦆』

 

主人が何を考えているのか全く理解出来ない彼女のペット達。だがその目は本気。逆らえば本気で狩られる。彼らはそう本能的に察知した。ここは安全第一。全員の意見が一致した。

 

 

ニンマリー…

 

 

姿勢を正し、笑顔の仮面を被るペット達。

 

棟梁「はー…、そうですか…。

   でも今日はお暇いたします。

   皆さんありがとうございます。

   大鬼ももう十分でしょ?」

大鬼「え?あ、うん…」

  『⦅助かったー…⦆』

 

棟梁様からさとりのペット達への配慮。ペット達も「これでゆっくり休める」と、心から安堵した。全てが丸く収まった。誰もがそう思っていた。

 

さと「え…、そんな…」

 

その結果に物足りなさそうな表情を浮かべる主人。すると主人は続けて、

 

さと「大鬼君さえ良ければ…」

  『⦅おいおいおいおい⦆』

 

またとんでもない事を言い始めた。その後に続く言葉を予期した彼らに寒気が走った。だが、

 

さと「…ムグッ!?」

 

「それ以上いけない」と主人の口を塞ぐ者が。

 

お燐「大鬼君さえ良ければまたおいでだってニャ。

   またみんなで遊ぼうニャ」

さと「ンーッ!ンーーッ!」

 

主人の言葉を代弁するお燐。主人の様子から嫌な予感がして、背後でスタンバイしていたのだ。そして腕の中で彼女を睨みつけながら暴れ回る主人。お燐の言葉は主人のいうよりもどちらかと言えば…。

 

大鬼「うん!また来るね」

  『⦅取り敢えず助かった…⦆』

 

少年と次回遊ぶ事を約束し、その場を平和的に沈めたお燐。「ホッ」とため息を一つつき、主人を解放した。

 

さと「お燐!あなたなんて事を!私そんな事…」

 

お燐の方へ振り返り顔を近づけ、彼女だけに聞こえる程の小さな声で話し始めた。

 

さと「私は…」

お燐「さとり様。これ以上引き止めると逆に不審に

   思われるニャ。ここは次に会う約束をしてお

   いた方が賢明ニャ」

 

そんな主人に作戦を耳打ちする賢いペット。主人は彼女の意見に「それもそうか」と納得し、小さく頷き口を開いた。

 

さと「大鬼君、また来て下さいね。

   何なら明日でもいいですよ」

  『⦅どうしてそうなる!?⦆』

さと「美味しいおやつと飲み物用意しておくから」

  『⦅いやいやいやいや待て待て待て待て⦆』

 

笑顔で大鬼との再会を、明日にセッティングしようとするせっかちな主人。それはせっかちと言うよりも、もはや暴走。周りが見えず、一人突っ走る主人をペット達は止める事が出来ずにいた。

 

棟梁「ふふ、古明地さんは大鬼の事が

   余程気に入った様ですね」

 

棟梁様の言葉に彼女はふと我に返り、初めて気付かされた。

 

出会ったばかりの大っ嫌いな子供に、

気にしている事を大声で言われたムカつく子供に、

ボケっ子と呼んでいた子供に、

背後から泣きつく様に抱きしめられたこの子供に…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

心を踊らされていると。

 

さと「えーーーっ!!」

 

火照った顔を覆い隠し、その場で縮こまる少女。気付いてしまっては、もう彼の事を直視出来なかった。

 

さと「(ちがう!ちがう!そんなはずない!)」

 

必死に理性で自分の気持ちに抵抗する少女。頭を左右に振り、あり得ない感情を捨て様としていた。

 

棟梁「えっと、古明地さん?」

 

様子がおかしい地霊殿の主人に、恐る恐る声をかけてみる棟梁様。

 

さと「はひっ!?」

棟梁「せっかくのご好意ですが、

   明日はちょっと予定がありまして…」

さと「え…」

 

棟梁様からの丁寧な断りに再び残念そうな顔を見せる主人。しかしそれだけでは無かった。

 

棟梁「それに大鬼がまたこちらに来れるかは…。

   ご存知の通り大鬼はその…」

 

棟梁様の言葉に、はっと気付かされた。大鬼はこの屋敷の前で事故にあっている事を。それがトラウマになっている事を。

 今日は頑張って立ち向かって来れた。しかし深い心の傷は一度や二度で克服出来る程、容易い物ではない。それは覚り妖怪である彼女がよく知っていた。

 そして、彼女の気持ちは大きく動かされた。

 

さと「その件ですが、私に任せては頂けませんか?」

 

少年の力になりたいと。立ち上がって真っ直ぐに棟梁様を見つめる覚り妖怪。

 

棟梁「それはいったいどういう…」

 

覚り妖怪の提案の意味が分からず首を傾げる棟梁様。そんな彼女に覚り妖怪は真剣な顔で答え始めた。

 

さと「私は覚り妖怪です。心を読む事ができます。

   そしてその能力の発展で、トラウマを思い起

   こさせる事も出来るんです。それでこの力を

   使って、大鬼君を治してあげたいんです」

 

棟梁様から視線を外さず「必ず治す」と瞳で決意を語る覚り妖怪。とそこに、

 

医者「カッカッカ」

 

お馴染みの笑い方で入ってきたご老体。

 

医者「ええんじゃないか?大鬼どうじゃ?

   また一人でここに来れるか?」

大鬼「え?一人で?」

 

医者からの問いに、目を泳がせて不安な表情を浮かべる少年。

 またここに来なければならない、しかも一人で。正直自信が無かった。親方様(じぃじ)のおかげで、少年の心は以前よりも遙かに楽になっていた。とはいえ、やはり出来る事ならば、もうここへは近付きたくないと思っていた。

 

医者「ならワシの所でやるか。

   嬢ちゃん場所は分かるか?」

さと「へ?あ、はい。分かります」

 

地霊殿の主人を嬢ちゃんと呼ぶ診療所の医者。慣れていない呼ばれ方に、一瞬自分の事だと気付かず反応が遅れる主人。

 

大鬼「え…、またなの?」

医者「カッカッカ。そうなるの」

 

「ガクッ」と肩を落とし、背中を丸める少年。

 不味くて苦い薬を卒業した少年だったが、ある事がきっかけで、数ヶ月前まで診療所へ通っていた。それも最近ようやく落ち着き、もう診療所へは行かなくて済む。そう思っていた矢先の通院延長のお知らせだ。ショックを通り越して飽き飽きといった様子の少年に、

 

医者「それと大鬼、そろそろ来るぞ」

 

謎の予告。

 

さと「来るって何が…」

 

医者の言葉の意味が分からず、彼に聞き返そうとした時、

 

大鬼「うわーーーーっ!」

 

突然少年が体を痙攣させながら悲鳴を上げ、

 

大鬼「いてててててててっ」

 

その場にうつ伏せに倒れ込んで悶絶し始めた。

 少年の急変に驚きを隠せない地霊殿一同。

 

お燐「大鬼君!?大丈夫かニャ!」

獅子「(小僧!どこが痛いんだ?)」

蛇 「(おいおい…)」

 

ペット達は慌てて少年の下へ集まり、心配そうに見つめ始めた。そしてそれは主人も同じ。

 

さと「どうしたの!?どこか怪我を…」

 

一気に焦り出す主人。

 先程、蛇に巻き付かれた事で「やはり怪我を負わせてしまっていたのでは?」と彼女は思った。すると彼女の隣にいた鬼が口を開いた。

 

医者「あー、筋肉痛じゃよ」

  『へ?』

 

医者から語られた症状。筋肉痛。その言葉に呆気に取られ、目を点にする地霊殿一同。そんな者達に説明を加える。

 

医者「大鬼のヤツ、馬鹿力使ったじゃろ?

   まだ体が出来てないからの。

   反動がでかいんじゃ」

さと「そんな事って…。それに人間の子供に

   何でこんな力が…」

 

そこまで話して覚り妖怪は思い出した。さっき棟梁様の心を読んだ時の当時の出来事を。

 そんな彼女の様子を鋭い視線で見つめる当時の被害者。そして口を開いた。

 

医者「そうか。嬢ちゃん知ってしまったんじゃな」

さと「何故そう思うのですか?」

 

彼の言葉に冷静を装って言葉を返す覚り妖怪。

 心を読めない者に、自分の考えている事が分かるはずがない。そう思っていた。

 

医者「ワシにも嬢ちゃんと似た能力があってな。

   脈拍、呼吸、体温が一目でわかるんじゃよ。

   嬢ちゃん今動揺して脈拍が早くなっとるよ」

 

 この年老いた鬼の能力『診る程度の能力』。これによって彼はウソ発見器の様に、覚り妖怪の考えていることを見抜いたのだ。

 詰めが甘かった。覚り妖怪はそう思った。と同時にこの時初めて気が付かされた。

隠し事が出来ないとは、こんなにもやり辛いのかと。心を読める彼女は駆け引き等では、常に優位な立場にいれた。

 それが今、目の前の御老体によって立場を逆転されたのだ。

 

さと「うぐっ…」

 

これ以上ボロを出すのは危険と悟り、覚り妖怪は口を閉ざした。

 

医者「カッカッカ。そう身構えんでええよ。

   だからと言って、どうこうするつもりも

   無いんでな」

さと「はー…」

医者「取り敢えず嬢ちゃんの力、

   どんな感じか見せてくれるかの?」

 

御老体の指示に覚り妖怪は返事を返し、床で寝転がっている少年に歩み寄った。そして、その場にしゃがみ込み、胸元の第三の目を掌に乗せて少年の顔に近付けた。

 

さと「大鬼君、この目をジッと見てて」

 

見つめ合う少年と第三の目。程無くして、覚り妖怪は呪文を唱える様に呟いた。

 

さと「『テリブルスーヴニール』」

 

少年の苦い思い出を浮かばせる覚り妖怪。

 数ある物の中から、色濃く残る当時の事件の記憶を見つけた。「コレがそうだ」と彼女が確信した。とその時。

 

さと「(ん?あれは…)」

 

更に深い所にある(くす)んだ黒い記憶の存在に気が付いた。そして彼女は見た。そこに強調される5つの文字を。『電車』『音』『暗闇』そして『目』と『女』。更に詳しく知ろうと、その記憶に触れようとした時、

 

 

バーン!

 

 

高電圧の電気回路がショートしたかの様な衝撃と、目に焼きつく様な火花が。それと共にその記憶は跡形も無く消え去った。

 

 

 





次回【三年後:またね】


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三年後:またね

さと「どうかな?」

大鬼「うん…」

医者「気分はどうじゃ?」

大鬼「あまり…」

 

 地霊殿での事件の記憶を断片的に思い出させ、様子を見守る覚り妖怪と御老体。

 少年の記憶の奥底にあった物について、彼女は誰にも言わず、自分の心の中に仕舞う事にしたのだった。

 

さと「でも症状は軽い方だと思います。

   時間の経過もありますが、親方様との件で

   勇気付けられたのでしょう」

 

覚り妖怪の見解は正しかった。当時の記憶を思い出させられた少年は、気分こそ優れないものの、以前程の拒否反応は無かった。というより…

 

大鬼「身体が痛いんだけど…」

 

ぼそっと「それどころではない」と訴える少年。

 

大鬼「あとさ…」

 

そして急に顔を赤くし、視線を横に外してモゴモゴと口を動かし始めた。その様子に覚り妖怪が不審に思っていると、少年は覚悟を決めた様に口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大鬼「パンツ見えてる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  『!!』

さと「〜〜〜…っ」

 

少年の言葉に唖然とする一同。

 そして声にならない声を発し、頭から湯気を出して、顔を純度100%の赤色に染め上げる覚り妖怪。慌てて立ち上がりスカートを抑えるも、それはもう手遅れ。

 例えそうだったとしても、口に出して言わないで欲しかった。恥ずかしい。この上ない屈辱。今すぐこの場から消え去りたい。彼女はそう思っていた。

 そしてそれは次第に少年への怒りへと変貌し…。

 

さと「見てんじゃないわよ!

   ボケっ子が!!もう最低!」

大鬼「べ、別に見たくなんてなかったし!

   そっちから見せて来たんだろ!」

さと「はーっ!?私の事を変態みたいに言わないで

   くれる!?人の下着見ておいて、

   あんたの方が変態じゃない!

   変態!変態小僧!エロガキ!!」

お燐「ストップ!ストーーップ!ニャ!」

 

壮絶なデッドヒートが繰り広げられる中、2人の仲裁に入るお燐。

 

お燐「さとり様落ち着くニャ。

   不可抗力だから許してあげてニャ。

   それにみん(ニャ)見てるニャ!」

 

一先ず主人の気を宥める事にし、その後に少年を指導する事にした。

 

お燐「大鬼君も謝ってニャ。

   まだ分から(ニャ)いかもしれ(ニャ)いけど、

   (おんニャ)の子にそん(ニャ)

   言っちゃダメニャ」

 

 普段から言われている者とは違い、ほぼ初対面の他人からの注意は、少年にとってこの上ない特効薬だった。さっきまでの勢いはみるみる消えていき、

 

大鬼「ごめんなさい…」

 

萎れながら謝罪した。その姿は見事な土下寝。全身の痛みで動けない少年が、唯一できる謝罪方法だった。

 

さと「クスッ…、もういいわよ」

 

少年の滑稽な姿に思わず笑いを吹き出す少女。しかし、腰に手を当てて少年を指差し、

 

さと「でも完全に許した訳じゃないんだからね。

   今回の件は貸しにいておいてあげる」

 

「勘違いするな」と念を押した。

 

 

 

 

 

 場が落ち着いたところで、会議室を提供してくれた地霊殿の主人へ礼を済ませ、館を去って行く来客者達。主人は笑顔で彼らを見送り、残るは…。

 

さと「騒がしくしてしまい、

   申し訳ありませんでした。

   それにご家族の方にとんだ暴言を…」

棟梁「いえいえ、そんなそんな。

   大鬼が原因ですし、古明地さんには何度も

   ご無礼とご迷惑をかけてしまい、

   申し訳ありませんでした」

 

お互い頭を深々と下げ、謝罪しあう代表者達。

 

親方「ほれ、大鬼。お前からも」

大鬼「ごめんなさい」

 

歩く事ができず、親方様の肩の上で布団の様に干される少年。

 

さと「あ、うん…」

 

少年の謝罪に返事をするさとり。と、その彼女の下にゆるりと現れた大蛇。彼女は蛇をジッと見つめ、口を開いた。

 

さと「大鬼君、この子が

   『すまなかった。それとありがとう』

   だって」

大鬼「うん、遊んでくれてありがとう」

 

蛇の心声を通訳する覚り妖怪。

 振り回していた蛇からの意外な言葉に、目を丸くした少年だったが、笑顔で感謝の言葉を返した。

 その言葉を聞いた蛇は主人に擦り寄り、「もう一度心を読め」と合図を送った。

 そして蛇の心の声を読んだ主人は、

 

さと「え?本当にいいの?」

 

そのまさかの言葉に驚いた。間違いではないかと一度確認を取り、蛇はそれにコクリと頷いた。

 

さと「『また来いよ』だって」

大鬼「うん!一人で来れる様になったらまた遊ぼ。

   今度はみんなで『大縄跳び』しよ」

親方「へへ、大鬼良かったな。蛇にも好かれたか」

棟梁「古明地さん、

   この今日は本当にありがとうございました」

さと「いえいえ、また来て下さいね。

   あ、ソコまで送ります」

お燐「あたいも行くニャ」

 

挨拶を交わし、屋敷を出て行く来客者と主人、ペット達の代表。

 そして、屋敷に残されたペット達は、

 

  『⦅つっかれたーー…⦆』

 

一斉に脱力。

 

黒豹「(とんでもない小僧だったな)」

兎 「(でもいい子だったよ)」

ワニ「(俺たちが本気を出たのはいつぶりだ?)」

羊 「(みんな揃ってね)」

 

地霊殿に越して来て…いや、その前から思い返してみても、上位になる程の大騒動。しかも皆が一致団結するなんて事は、力、生活リズム、大きさ、生物としての種が違う彼等にとって初めての事だった。

 

黒豹「(でも楽しかったかな)」

獅子「(たまには相手してやるか)」

 

獅子の言葉に皆が笑顔を浮かべた。ただ一匹を除いて。

 

蛇 「(な、なあ…。あの小僧、

    今度来た時何するって言ってた?)」

黒豹「(なんだっけ?)」

ワニ「(大縄跳びとか言ってなかったか?)」

蛇 「(縄は?)」

  『⦅そりゃお前だろ⦆』

蛇 「(……もう来るんじゃねー!!)」

 

 

--ちょうどその頃--

 

 

お燐「大鬼君ばいばいニャ」

大鬼「ばいばい。お燐またね」

お燐「きゃっ♡ご主人様聞きました!?

   大鬼君があたいの事『お燐』って!」

 

少年に名前を呼ばれて興奮するお燐。嬉しさのあまり隣人の肩を揺らすが、それをする相手が悪い。

 

さと「へー…、ヨカッタワネー…」

 

引きつった笑顔で讃える主人。いかにも橋姫が現れそうな状況の中、ペットに負けてたまるかと、主人が動いた。

 

さと「大鬼君またね。今度会う時は診療所かな?

   あ、その時私お菓子作っていくね」

 

掌を合わせた両手を傾けた顔に添え、可愛いさアピール。そしてお菓子を作れる事をさり気なく仄めかし、女子力もアピール。もう必死である。

 

大鬼「ホント!?やった!」

 

この瞬間、さとりは勝ちを確信した。全ては『計画通り』と。

 

大鬼「じゃあまたね『ミツメー』」

さと「は?今、なんて?」

大鬼「ミツメー」

さと「誰の事?」

大鬼「君」

さと「なんで?」

大鬼「三つ目だから」

 

 不運な事に少年には、同じ様に呼んでいる者達がいた。そして「どうせなら同じ感じにしよう」と呼び名を考えていたのだった。

 一方、計画を壊された少女。期待していたのと違う。しかも可愛くない。そう思えば思うほど、次第にそれは怒りへと変わり…。

 

さと「もう!なんなのよ!最後までムカつく!

   あんたなんかボケっ子で充分よ!

   お菓子だって…」

 

感情の赴くまま言葉を発した。だが…。

 

大鬼「え?ないの?」

 

ずぶ濡れの捨て犬の様な表情を浮かべ、お菓子を恋しがる少年。その表情に彼女は不覚にも

 

 

きゅん♡

 

 

射抜かれた。

 

さと「ま、まあ…お菓子ぐらいは…。

   しょうがないから作ってあげるわよ…」

大鬼「やったー!ミツメーありがとう!」

 

この瞬間、地霊殿の主人、古明地さとりのあだ名が確定した。

 

親方「がっはっは!また友達できて良かったな」

棟梁「古明地さん、ありがとうございます。

   これからも大鬼と仲良くしてあげて下さい」

さと「は、はい!」

棟梁「それでは私達はこれで失礼しますね」

さと「はい!こちらこそ!

   これからも宜しくお願いします」

 

姿勢を正して来客者達を見送る地霊殿の主人。隣では彼女のペットが満面の笑みで手を振っていた。

 

お燐「さとり様、屋敷に戻りましょうニャ」

さと「…い」

お燐「え?」

さと「ずるいずるいずるい!

   私も名前で呼んで欲しかったー!」

 

地団駄を踏みながら本音を暴露する主人。

 

お燐「えー!じゃあさっきそう言えば

   良かったニャ」

さと「イヤよ、そんなの…。

   アイツに負けたみたいじゃない」

お燐「えー…」

 

口を尖らせ謎の強がり。彼女は屋敷の主人であり、少年よりも遥かに年上。そのため「名前で呼んで欲しい」と下手に頼み込むなんて事は、高貴なプライドが許さなかったのだ。

 そしてこの時、お燐は己の主人にも関わらず、こう思った。「めんどくせぇ」と。

 

さと「お昼ご飯!」

 

しかしそれは奇跡的に、屋敷に向かって歩み初めていた主人に読まれずに済んだ。

 

お燐「何にしますかニャ?」

さと「お蕎麦食べて来る。お財布取ってきます」

お燐「え、またですかニャ?

   一昨日もお蕎麦食べに行ってたニャ」

さと「いいの!好きなの!」

 

屋敷へ歩みを進める覚り妖怪。

 尚もぶつぶつと小言を呟き、絶賛不機嫌中だった。と、いきなり彼女の視界が真っ暗に。目に当たる柔らかな感触。そして、

 

??「だ〜れだ♪」

 

彼女が聞き慣れた声。気ままで自由奔放で、直ぐに何処かへ行ってしまい、いつも心配させる彼女のただ一人の実の妹。

 

さと「こいし。おかえり」

こい「当たり〜♪流石お姉ちゃん♪

   それと、ただいま♪」

 

姉から手を放し、笑顔で答える心を閉ざしてしまった覚り妖怪。

 

お燐「こいし様、おかえり(ニャ)さいニャ」

 

こいしの後方から声をかけるお燐。彼女は既に存在を目視していたが、こいしが顔の前で人差し指を立てるポーズを取ったため、黙って見守っていたのだった。

 

こい「お燐もただいま♪そう言えばさっきそこで

   偉い人達とすれ違ったよ♪お客様?」

さと「ええ、会合があってね。ここでやったのよ」

こい「そ〜なのか〜♪」

 

両腕を広げてどこかの妖怪と同じ事を言うこいし。というよりも、もはやそのままである。

 

こい「男の子もいたけど…」

さと「ボケっ子よ」

こい「え?誰?」

お燐「大鬼(ダイキ)君ニャ」

 

お燐が口にした名前に目を丸くするこいし。そして、

 

こい「えー!やっぱりそうだったんだ~♪

   大きくなったね♪分からなかった~♪」

 

当時の少年の姿と重ね合わせ、懐かしんでいた。

 だが、これは他の2人からすれば初耳。

 

さと「こいしあなた、あの子の事知ってるの!?」

お燐「いつ会ったニャ!?」

 

驚きを隠せず、顔を近づけこいしに迫った。

 

こい「ん〜、ここが出来る前だよ♪」

 

少年と少女(こいし)が出会ったのは、お燐が少年と出会った前日の事。そして辛くもそれが原因で、お燐は臨時当番となったのだ。

 

お燐「それじゃあ…。

   こいし様があの時遊んでいたのって…」

こい「ダイキ君とだよ♪」

さと「凄い巡り合わせね…」

 

こいしが少年と遊んでいたから、お燐は少年と出会う事ができた。そして少年とお燐が出会っていたから、さとりは少年と本音でぶつかれる程の仲になれた。それは歯車の様にそれぞれが噛み合いながら、その時から回り始めていたのだった。

 

こい「懐かしいな〜…

   地球が一つありまして〜♪って」

 

少年に教えてもらった思い出の絵描き歌を歌い出すこいし。またいつか会える事を願いながら。

 

こい「ところでお姉ちゃん、地球って何?」

 

 

ズルッ!

 

 





こいしとの話を書いたのが、
もう随分と前に感じます。

次回【三年後:ただいま】
色々な意味で。


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三年後:ただいま

勇儀「ただいまー」

 

 仕事を終え、玄関の戸を開く。

 

勇儀「迎えはなしか…」

 

昔は大鬼が帰るなり駆け寄って抱きついて来たけど、それも無くなったな。あの頃は「疲れているから、そっとしておいてくれ」って煩わしく思っていた時もあったけど、いざそれが無くなると、こんなにも寂しいなんてな…。

 あー…、出来る事ならあの頃に戻りたい。それでもっと抱きしめて、飽きるまで一緒に遊んでやりたい。ま、でもこれも成長なのかな?私が大鬼くらいの頃どうだったっけ?

 ………何年前の話だ?もうあまり覚えてない。

 

 服についた汚れを軽く払い、履物を脱ぎ捨て…。

 

 いかんいかん。揃えておかないと棟梁様(母さん)の長い説教が始まる。

 

勇儀「ん?この匂い…」

 

 家の中に漂う夕食の香り。私が仕事の日はお手伝いさんが、米を炊いてくれてはいるけれどそれまで。御菜はいつも私が作っている。けど、この漂う香りは醤油と酒と砂糖で煮込んでいる時のそれだ。少し脂っぽいか?これから想像するに…。

 

勇儀「煮物?まさか…角煮?」

 

 その答えを確認するため、空腹を活性化させる匂いに釣られながら台所を目指す。

 

勇儀「え?これって…」

 

匂いの下へ近付くにつれ、もう一つの香り。味噌汁だ。ただこれは私が作っている時とは違う味噌の香り。けど私はこの匂いを知っている。懐かしい。それこそいつぶりだろう。私がこの家を飛び出す前に食べていた…。

 

勇儀「母さん!?」

棟梁「あら、おかえりなさい」

 

何の冗談だ?母さんが割烹着を着て夕飯の支度?それにお手伝いさん達はどうした?さっきから一人も見てないぞ。これは………何があった?

 

勇儀「あ、あのさ…。私は有難いのだけど…。

   何でまた急に?」

 

ダメだ。上手い言葉が見つからない。なるべく丁寧に聞いたつもりだけど、気を悪くさせたか?

 

棟梁「いいじゃないさ♡たまには」

 

 

ゾクッ…

 

 

寒気。なんだ今の?笑顔で頬を赤くして…。なぜ年甲斐にも無くそんな事を?

 

「気持ち悪っ!」

 

って言えたら私の胸の内はスッキリするんだが…。本当に………何があった?

 

勇儀「そ、それで何を作っているんだ?」

棟梁「今は角煮ですよ」

勇儀「今は?」

 

食卓に視線を移すと、そこには大量に並べられた御菜の数々。漬物、おひたし、ナス焼き、とここまでは分かる。けど、天ぷらに焼き鳥?角煮があるのにか?しかもこの山の様に積まれた、焼いただけのバラ肉は何だ?

 

棟梁「〜♪」

 

さっきと変わらない表情。鼻歌まで。今日は何かの記念日か?いや、何もない。もうこうなったら…。

 

勇儀「ところでさ、大鬼と父さんは何処に?」

棟梁「広間にいませんでした?

   今日はそっちで夕飯にしますよ」

 

そうだったのか…。急ぎ足でここまで来たから気付かなかった。あそこで夕飯なんて、宴会でもするのか?あ、そうか。急に宴会をする事になったんだ。それなら…。

 いや、待て。じゃあなぜお手伝いさんがいない?考えても分からん。大鬼達に聞こう。

 

勇儀「何か手伝う事あったら言っておくれよ。

   私は大鬼達の方に行っているから」

 

 

 

 

 

 

 

 で、広間に来たわけだが…。

 

親方「かーっ!美味い!」

 

既に飲み始めている親方様(父さん)と、

 

大鬼「じぃじー…。お酒臭いよ…」

 

その膝の上に嫌そうな顔で座らせられている大鬼。嫌なら退けばいいだろうに…。

 

勇儀「よっ!ただいま。大鬼が親方様(じぃじ)

   膝の上なんて珍しいじゃあないか」

 

明るく元気に。どんなに疲れて帰っても、大鬼(コイツ)の前では笑顔でいようって決めたんだ。

 

大鬼「あ、ユーネェ。おかえり、あと助けて」

勇儀「は?」

 

気怠そうに私に救いを求める大鬼。何かされたのか?

 

大鬼「じぃじが離してくれない」

勇儀「離してくれないって…。

   嫌ならそこから退けばいいだろ?」

大鬼「体が痛くて動けない…」

勇儀「体が痛いって…。

   まさかお前さん、また力使ったのか!?」

 

近頃の大鬼が体の傷みを訴える時は、だいたいが本気で力を使った時だ。

 初めてこうなった時は凄く焦った。また発作かと思って、慌てて診療所に連れて行ったら、まさかの筋肉痛…。(わたし)の血が混ざった事による副産物だって言っていたけれど、どう考えてもコレって副作用だよな?その時爺さんは「体が強くれば症状は緩和される」とも言っていた。

 だから()()()に大鬼の特訓を頼む事にして、そのおかげでここ最近は大分落ち着いて来た。

 でもその大鬼が本気で力を使う様な事。思い付くのはやはり…

 

勇儀「また喧嘩したのか?」

 

 これだろ。家を出る前に散々釘を刺したのに…。もしそうだったら、これから説教モード。準備は出来ている。

 

大鬼「してない!遊びにも行ってない!」

勇儀「へ?そうなのか?」

 

 私は予期していなかった返事に呆気に取られ、思わず変な声を出してしまった。

 

親方「今日大鬼は一皮剥けたんだよな?」

大鬼「は?何それ?」

親方「頑張ったんだ!な?」

大鬼「…」

 

親方様(父さん)に言われて無言で照れ臭そうにする大鬼。

 教えてもらうも、その言葉の真意が分からず腕を組んで考えていると、親方様(父さん)が私を見て笑顔を作り、口を開いた。

 

親方「今日、会合があってな。

   大鬼は一緒に行ったんだ」

勇儀「そこって…」

親方「地霊殿だ」

 

頭よりも体が先に反応していた。気が付けば私は、実の父親の胸ぐらを掴んで睨みつけていた。

 

勇儀「あそこが大鬼にとってどんな場所か

   知っているだろ!」

 

感情に任せて父さんに言葉をぶつけた。父さんは一瞬目を丸くしたが、また微笑んで…。

 

親方「大鬼自身が決めた事だ。

   それで大鬼(コイツ)は勝ったよ」

勇儀「え?」

親方「立派に戦った。な?」

 

大鬼の頭を撫でながら答えてくれた。

 

大鬼「お屋敷の中見た。凄く綺麗だった」

 

大鬼?お前さん…。そんな…。その言葉…。

もう無理だって、諦めていたのに…。

 

棟梁「あなたの事を『頑張ったんだね』って

   言っていましたよ」

 

背後から現れた母さんは添える様に私の手に優しく触れ、拳を解いてくれた。

 

棟梁「父さんが大鬼の事を応援し続けて、

   立ち向かう勇気を奮い起こさせたのですよ」

勇儀「え…」

棟梁「出来上がったお屋敷、

   大鬼に見せたかったのでしょ?」

 

自慢したかった。

 

勇儀「………うん」

 

すごいって言って欲しかった。でもそれは大鬼に辛い思いをさせる事になるから…。

 

棟梁「なら言う事は?」

勇儀「父さんありがとう!」

 

何年ぶりだろう?私がこうして父さんに抱きついたの。いつも頼りないって思っていたのに…。

 

親方「なーに、ワシは大した事しておらん。

   それより頑張った大鬼を褒めてやってくれ」

勇儀「うん…」

 

大鬼…、少し待ってておくれよ。今はちょっと…ダメだ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

よし、落ち着いた。

 

勇儀「大鬼スゴイぞ!よくやったな!」

 

私は大鬼を抱きかかえて、思いっきり褒めてやる。私の喜びも込めて。帰って来て寂しかったし、抱く力に思わず力が入る。

 

大鬼「いたたたたたっ!ユーネェ痛い!」

勇儀「あ、ごめん。そう言えば何でこんな事に?」

親方「まあ平たく言えば遊び過ぎだ」

勇儀「は?屋敷に行ったんだろ?」

棟梁「詳しくは分かりませんが、

   私達が見た時はもう古明地さんのペット達を

   軒並み力尽きさせていましたよ」

 

おいおい…。それって不味くないか?ここは大鬼に注意するところか?いや、その前に何があったのか聞く方が先か。

 

勇儀「なんでそんな事になったんだ?」

大鬼「んー…。何でだろ?」

 

私の腕の中で天を見上げて考える大鬼。これは隠し事とかじゃないな。本当に分からない時の仕草だ。

 

棟梁「古明地さんの方にも何かあったみたいですし

   気になる様なら今度行って来なさい」

勇儀「あー…、そうするよ」

 

母さんが言うように、話しを聞きに行った方が良さそうだ。場合によっては謝らないと…。地霊殿の主人さんか。引っ越しの挨拶をしに来た時以来だな。まだちゃんと話しをした事ないし、丁度いいか。()()()は妖怪繋がりで面識あるのかな?

 

棟梁「それじゃあご飯にするから、

   勇儀運ぶのを手伝いなさい」

勇儀「わかった」

 

母さんを手伝うため、大鬼を元の位置(父の膝上)に戻…

 

大鬼「ユーネェ!あっち!あっち!」

 

突然大鬼が腕の中で必死に懇願して来た。そう言えば「助けて」って言ってたな。

 

親方「えー、もう少しくらいいいだろ?」

 

あー…、そういう事。大鬼が動けない事をいい事に、無理矢理膝の上に連れて来たのか。せこっ!まったく…。そんな事するから嫌われるんだよ。

 

勇儀「ほらよ」

 

けどまあ、

 

大鬼「ユーネェ!ここじゃない!」

親方「がっははは、戻ってきたな」

 

もう少しくらい、いてあげても良いと思うぞ。父さん、これで貸し借り無しだからな。

 

親方「よしよし。久しぶりにスリスリするかな」

大鬼「ぎゃーーー!!」

 

父さん…程々にな。それと、あとは自己責任だからな。

 

 

--小僧地獄中--

 

 

  『いただきます』

 

食事を運び終えて、食事開始。私も腹が減った。けど…。

 

大鬼「ユーネェお肉おかわり!

   ご飯おかわり!水!」

勇儀「わかったから少し落ち着け!」

 

飯を食べるタイミングで父さんから解放された大鬼。私の隣でいつも以上の早さで皿を平らげていく。主に肉を。台所で見た大量のバラ肉は大鬼専用だった。その事に気付いたのは大鬼が筋肉痛だと知った時。

 今までもそう。筋肉痛になる度に、水をがぶ飲みする様に肉を平らげていた。大鬼曰く「体が欲しがっている」らしい。まあ、分からないでもないが…。

 

大鬼「ユーネェお肉おかわり!

   ご飯おかわり!水!」

勇儀「は?さっきあげたばかりだろ?」

大鬼「お肉ぅー」

勇儀「あー!面倒くさい!

   大皿ごと持って来るから待ってろ!」

 

本当ならこれは行儀の悪い事。母さんが耳にしたら真っ先に注意しに来る。けど…、今はたぶん大丈夫。

 

棟梁「おまえ〜さん♡次は何にしますか?」

親方「じゃあ天ぷらを貰おうかな」

 

大鬼がいなくなった位置に母さんが腰をかけ、父さんの口元へ天ぷらを運んでいく。……何コレ?

 

「気持ち悪っ!」

 

って声を大にして叫びたい!こんな2人初めて見た。間違いなく初めてだ。それに今日の献立、全部父さんの好物ばかりだ。父さんの誕生日は大分先だし、いったい何があった?

 

勇儀「なあ、大鬼。あの2人どうしたんだ?」

 

バラ肉が盛られた大皿を大鬼の目の前に置き、今日一番の謎について聞いてみる。

 

大鬼「んー…」

 

視線を横に外した。コレは知っているな。さて、言うかな?

 

大鬼「んー…」

 

今度は上。知ってるんじゃないのか?

 

大鬼「ん゛〜…」

 

眉をひそめて唸りだした。そんな困る様な事言ったか?

 

勇儀「何だ?どうした?」

大鬼「何て言えばいいのか分からない」

勇儀「そうか…。じゃあ、親方様(じぃじ)棟梁様(ばぁば)

   何か変わった事はあったか?」

大鬼「変わった事…。んー…。

   じぃじ、いつもよりカッコ良かった。

   かな?」

 

ははーん。そう言う事か。確かに私もさっきちょっと見直しちまったしな。父さん、今日は絶好調だったのか。

 

大鬼「あ、コレ言わないでね」

勇儀「わかってるよ」

 

にしても…。

 

棟梁「はい、お前さん♡」

親方「あーん♡」

 

実の娘の前で見せつけるなよな。

 

親方「酒、くれるか?」

 

空いた盃を差し出して、酒のおかわりを要求する父さん。あの盃…。欲しい。借りるだけでもダメかな?

 

棟梁「あら、もうありませんね」

親方「そうか…」

 

酒が切れたと知り、残念そうな表情をして塞ぎ込んだ。残りわずかと知っていれば、飲み方も変わっていただろうに。残念だったな。……ん?私の分は?

 

棟梁「でもお前さん、安心して下さい。

   こんな事もあろうかと、伊吹さん宅から

   いい物を借りて来たんですよ」

親方「伊吹のところって…。

   まさかそれって…」

棟梁「じゃーん」

  『なに!?』

 

母さんが懐から取り出したのは、酒が無限に湧き出る瓢。父さんが持ってる盃と同様、鬼達の宝。今は友人の実家が所有権を持っている。盃と瓢。最強の組み合わせじゃないか。素敵な光景に私の視線は釘付けになり、

 

 

ゴクっ…。

 

 

思わず生唾を飲んだ。それは大きな音だったのだろう。隣の大鬼が私の顔を覗き込んでいた。

 そして…。

 

大鬼「ねー、じぃじ!」

親方「なんだ?」

大鬼「そのお酒のお皿、ユーネェにあげて」

 

言った!あの時の事を覚えていたかまでは分からないが、父さんは酒を飲んで上機嫌。この上ないチャンスだ。でも、それはできないんだよな…。

 

親方「悪いな大鬼。ワシもできる事なら

   勇儀に譲ってやりたいが、

   コイツを所持できるのは男だけなんだ。

   しかも欲しければ戦って奪うしかないんだ」

 

そう、歴代のアレの所持者は皆男。そしてその入手方法は…

 

親方「祭でな、みんなの相撲で勝負するんだ。

   じぃじはその相撲で負けた事がないんだぞ」

大鬼「へー、そーなのかー」

 

父さんのとっておきの武勇伝だったのに、冷たい視線で「そこに興味はない」と表情で語る大鬼。

 祭の相撲は盃の奪い合いに限った事じゃない。互いに何かを賭け、その勝者がそれを手にする事ができる男同士の汗臭いイベントだ。

 因みに我が家に盃が渡ってからというもの、それを狙って来る者が居なくなったらしい。と言うのも、本気になった父さんの右に出る者はそうはいないからだ。

 

棟梁「でもお前さん、今年は伊吹さんが挑戦する

   って言っていましたよ」

  『はー!?』

 

ちょっと待てよ…。そんな話、萃香からは聞いてないぞ。もしそうなら、お互いが賭ける物って…。

 

親方「盃と瓢か」

棟梁「ええ、奥様が言っていました」

 

そんな歴史に残る大勝負になるのか。コレは祭の見直しが必要だな。

 

棟梁「そういう事ですから。

   勇儀、よろしくお願いしますね」

勇儀「ああ、任せてくれ!

   最高の舞台にしてやるよ!」

親方「ならワシも久々に特訓するかな」

 

幹の様に太い腕を回し、岩の様な拳骨を鳴らし、闘志を燃やす父さん。

 

親方「でもその前に英気を養おう。

   お酒ちょーだい♡」

棟梁「はいはい」

 

またにやけながら母に酒をついで貰う父。アレがあるなら後で酒を恵んで貰おう。

 

 

ソロ〜…。

 

 

隣から殺気。反射的に犯人の手を掴む。

 

勇儀「何をしているんだい?」

大鬼「あはは…」

 

苦笑いで誤魔化そうとする犯人。握られた手の中の箸は私の角煮を狙っていた。

 

勇儀「コレは私の肉だ!さっき大皿で…」

 

視線を持って来た大皿に向けると、ない…。肉の山がない!皿しか残ってない!

 

勇儀「全部食ったのか!?」

大鬼「ゴチ!」

勇儀「私あれまだ食べてないんだぞ!」

大鬼「え?あれボク用でしょ?」

勇儀「少しくらいくれてもいいだろ!」

大鬼「じゃあ言ってよ」

勇儀「あのなー…」

 

大鬼が成長してくれて、強く逞しく育ってくれて、最近思う事がある。

 

勇儀「このヤロー!」

大鬼「いだだだだっ!!」

 

たまにイラッとくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこも可愛いんだけどな。

 




凄い久しぶりに勇儀姐さん視点の
ストーリーを書いてみて、
以前と比較してみて、
今だからこそ思う事が多々あります。
という事で、近々Ep1をリニューアルします。
その分更新が遅れてしまうかも知れませんが、
ご了承下さい。


次回【ボクの友達】


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三年後:ボクの友達

 少年には友達がいた。

 

大鬼「隊員!番号!」

女①「1!」

 

笑顔で返事をする隊員No.1。

 

女②「()()()ッ…2」

 

不気味に微笑みながら返事をする隊員No.2。

 

女③「はぁ…3…」

 

面倒臭そうにやる気のない返事をする隊員No.3。

 近頃の少年の遊びと言えば、友人達との冒険ごっこだった。

 

大鬼「よし、全員いるな!

   隊長より皆に連絡事項。

   今日、萃香ちゃんは欠席です」

 

もう一人の隊員の欠席の旨を伝える小さな隊長。

 

女②「フッフッフッ…。今日はお預けか…」

 

その連絡事項に不気味に笑うも、何処か残念と言った様子の隊員No.2。彼女の目当ては別のところにある様だ。

 

女①「隊長!よろしいでしょうか?」

 

手を挙げ、発言の許可を確認する隊員No.1。他の隊員達と比べても、冒険ごっこに一番乗り気で、楽しんですらいた。

 

大鬼「認める!」

女①「今日のご予定は?」

大鬼「秘密基地の補強作業を行う!」

女③「えー…またぁ?」

 

がっくりと肩を落とす隊員No.3。冒険ごっことは言うものの、何処かへ出かけることはほぼなく、だいたいが秘密基地作りをしていた。

 

女①「パルスィー文句言わないの。

   大鬼君が楽しめたら、それでいいじゃない」

パル「せっかくの休みなのに…。妬ましいわ。

   キスメとヤマメは良く付いていけるよね?」

ヤマ「え?だって楽しいじゃない」

パル「もうそのポジティブなところが妬ましいわ」

キス「フッフッフッ…。

   萃香がいればネタはつきない」

パル「妬ましいだけだよ…」

 

隊長を余所に会話をし始める3人の隊員達。すると隊長は、

 

大鬼「ねー、隊長許可出してないんだから、

   勝手に喋らないでよね」

 

見るからに不機嫌な顔をしていた。

 

ヤマ「あはは、ごめんごめん。

   じゃあ秘密基地に行こうか?」

 

 

--小僧移動中--

 

 

 少年達の秘密基地。拾って来た木材で、木の上に簡易的に作られた小屋をベースに、ネットやハンモック、ターザンロープもあり、それは基地というよりも…。

 

パル「どうするの?この遊具…」

 

もはや完全にアスレチック。そしてこの施設の器具の殆どが黒谷ヤマメによる作品である。

 彼女には『程度の能力』とは別に、糸を出す能力があった。その能力を使い、ロープや紐を作り、隊長好みの秘密基地を建設していたのだった。しかも彼女はそれを苦と感じてはおらず、今となっては趣味と化していた。

 

ヤマ「大分仕上がって来たよねー。

   けどまだ作りたい物があるんだよねー」

キス「フッフッフッ…。桶はあるぞ」

 

腕組みをして創作意欲に燃える巨匠。しかし、

 

パル「もうこれ以上テリトリーを広げない方が

   いいと思うけど…」

 

その領域は公園一つ分程度までに膨れ上がっていた。

 流石にもうやり過ぎだろうと、隊員No.3が心配していると、

 

ヤマ「うーむ…。じゃあ質の方で攻めるか…」

 

腕を組んだまま作戦を練り直し始めた巨匠。彼女の創作意欲は底が知れない。

 

大鬼「見て見て!ここもう腕だけで登れるんだよ」

 

自慢気に隊員達を呼び、木の枝から垂れ下がったロープを腕の力だけで登っていく隊長。

 その様子に隊員達は自然に口元が緩んだ。

 

ヤマ「なんかさ。人の成長を見るのっていいよね」

キス「フッフッフッ…。同感。最初なんてあそこ」

 

キスメが桶の中のから手を出して指した場所。それはヤマメ巨匠の処女作。少年の背丈の倍程の岩の上から、ネットを張り巡らせただけの単純な物。

 

パル「上れなかったよね」

ヤマ「そうそう、私達が下から押してあげてさ」

キス「フッフッフッ…。泣いていたし…」

パル「下りられなくてね」

 

思い出話に花が咲く隊員達。

 彼女達がこうして少年と遊ぶ様になったのは、保護者である勇儀からの依頼が発端だった。この町にやって来て間もない少年の「遊び相手になって欲しい」という純粋な願いからだった。しかし、ある期を境に彼女達は少年の見張り役兼、トレーナーとなったのだった。

 

ヤマ「そのうち上れるようにはなったけど、

   なかなか下りられなかったよね。

   抱っこして下ろしてあげてたなー」

キス「フッフッフッ…。私は桶の中」

パル「2人とも甘やかせ過ぎじゃない?

   私は教えながら戻らしたよ」

  『スパルタ!!』

パル「いやいや、普通でしょ?」

 

尚もガールズトークを繰り広げるトレーナー達。と、そこへ…。

 

大鬼「ヤマメー!キスメー!」

 

隊長の彼女達を呼ぶ元気な声。少年はロープを上り終え、更にその上へと上っていた。

 

ヤマ「なにー?」

 

高い所へと上った少年に聞こえる様に、大きな声で返事をするヤマメ隊員。

 

大鬼「ここにブランコ作りたい!」

  『いやいやいやいや…』

 

「流石にそれは危険だろ」と隊長にツッコミを入れる隊員一同。

 

ヤマ「そこは高過ぎるから、

   もう少し低い所にしよー」

大鬼「ふーん…」

 

巨匠の優しい注意に素直に従う少年。

 

大鬼「じゃあここはー?」

 

が、そこはさっきの位置から一段下がっただけ。

 

  『いやいやいやいや…』

 

それでは変わらないと再びツッコミを入れる隊員一同。

 

ヤマ「もっと下かなー…」

 

巨匠の言葉に従い、

 

大鬼「じゃあここ?」

 

また一段だけ下がる少年。

 

  『いやいやいやいや…』

 

と、これを複数回繰り返し…。

 

大鬼「ここー…?」

 

見るからに不服そうな表情の隊長。

 

パル「そこならまあ…」

ヤマ「無難だね」

キス「フッフッフッ…。ようやく落ち着いたか」

 

その位置はごく普通のブランコの高さの2倍程度の高さ。この結果に隊長は不満がある様で…。

 

大鬼「低くない?」

パル「充分でしょ。だいたい高すぎると、

   乗れないでしょ?」

 

パルスィ隊員の言葉に「確かに」と納得する2人の隊員。

 

大鬼「気合いで頑張る!」

 

だが自信満々にそれを根性論で解決しようとする隊長。「その自信はどこから来るんだ」と思いながらも、

 

パル「じゃあもう一段だけだからね」

 

パルスィはため息交じりに許可を出したが、少年はまだ引かなかった。

 

大鬼「もうひとこえ!」

パル「もうダメ」

大鬼「…」

 

「ラスト一段欲しい」少年はそう思っていた。しかし目の前の見張り役の決意は固そう。そこで少年は行動に出た。

 掌を合わせ、その手を傾けた顔に添え、

 

大鬼「おねがい」

 

笑顔でおねだり。少年が最近学んで来たこのポーズに、

 

ヤマ「きゃーっ!可愛いー!」

 

目を輝かせて鼻息を荒くする者、

 

キス「フッフッフッ…。グハッ!」

 

興奮を通り越し吐血する者、

 

パル「そ、そういうのホント妬ましい…」

 

頬を染め視線を外す者。彼女達には効果が抜群の様だ。

 

パル「もう、ないからね」

大鬼「うん!わかった、ありがとう!」

 

少年の交渉勝ち。そう、全ては少年の

 

大鬼「(計画通り)」

 

だった。なぜならそこが本来の希望していた位置。あり得ない高さでの事は全て布石だった。

 いきなり希望通りの位置を言ってしまっては、それよりも低くなるのは目に見えていた。そこで時間をかけ、徐々に下げていき、相手が油断を見せたところで交渉開始。

 実に見事なやり口。天晴れである。

 

 

--遊具製作中--

 

 

ヤマ「ドヤッ!」

 

腰に手を当て、誇らしく胸を張る巨匠。

 

大鬼「おーっ!」

 

出来上がった遊具に目を輝かせ、大満足の少年。

 

キス「フッフッフッ…。桶よ、達者でな」

 

手を合わせ、桶に別れを告げる桶少女。

 キスメが持ってきた桶を縦に真っ二つに切断し、補強を行った後、ヤマメのロープで吊るして完成。

 なんということでしょう。匠の手によってキスメの使い古しの桶が、腰掛け付きのブランコとして生まれ変わったのです。

 

ヤマ「キスメ、あの桶本当によかったの?」

キス「フッフッフッ…。心配ご無用。

   アレはスペア。それに少し小さい」

パル「小さい?少し前までアレにも

   入ってなかった?」

 

 キスメは少女の姿をしてはいるが、もう成長仕切った妖怪。少年の様に背が伸びたりする事はもうない。故に…。

 

ヤマ「あのさ…。キスメ最近ふと…」

キス「それ以上言ったら首を刈る!」

 

目に涙を浮かべ、険しい表情で鎌を構えるキスメ。

 久しぶりに見た本気の友人の姿に、

 

パル「ぷっ…、あははは」

ヤマ「きゃはははは」

 

腹部を押さえて笑い出す2人。

 

キス「わわわわ笑うな!」

パル「やっぱりそうだったんだ。

   なんか最近『女性らしい体系になったな』

   って思っていたんだよ」

キス「はぅー…」

ヤマ「そうそう、今の方が健康的な感じだよ。

   前はガリガリだったから」

キス「はうわぁー…。こんなの私じゃない…」

 

友人達からの一言一言が鋭利な刃物となり、彼女に突き刺さった。

 普段は決して明るいとは言えない性格で、笑顔も不気味な彼女が、珍しく顔を苺の様に赤く染めていた。

 

ヤマ「きゃーー!キスメが可愛いー♡」

 

友人のギャップにやられ、抱きつき頬擦りをするヤマメ。

 

パル「ヤマキス!妬ましい!

   ヤマキス!妬ましい!

   ヤマキス!妬ましいぃぃ!」

 

そしてその光景をオカズに通常運転に入る橋姫。

 

 

--ヤマキス中--

 

 

キス「もういい加減離して…」

 

 顔の火照りはすっかり無くなり、いかにも迷惑そうな表情を浮かべる桶娘。だがヤマメはそれを止めようとする気配が無かった。

 彼女は友人のシルクの様に肌理(きめ)の細かい肌を「まだまだ堪能していたい」と思っていた。

 

ヤマ「んー?もうすこ…」

キス「フッフッフッ…。ならば首はいらないと?」

 

平常運転へと切り替わったキスメ。くっ付いて離れようとしない友人に、愛用の鎌を見せつけ、不気味に微笑んだ。

 

ヤマ「はい、やめまーす」

 

両手をあげ、降参のポーズを取るヤマメ。

 

パル「だからキスメ気にすることないよ」

 

時を同じく、冷静(賢者タイム)になった橋姫。自然に話題を先程の軸に戻した。

 

キス「フッフッフッ…。

   でもこれ以上は阻止したい…」

ヤマ「じゃあ桶から出て大鬼君と遊んだら?」

 

ヤマメのナイス提案。

 

パル「そうだよ。それなら少し痩せるかもよ」

 

年中桶に入り、ふよふよ浮いているキスメ。そんな彼女に「たまには運動しろ」と優しく誘導する友人達だったが、

 

キス「フッフッフッ…。私が()()と一緒に?」

 

キスメが指差した先には、遊具から遊具へと飛び移り、走しり回る元気な少年の姿が。

 

キス「フッフッフッ…。あんな『赤色の配管工』の

   様な動きを私にしろと?」

ヤマ「あはは…、そうは言わないけど」

パル「今度、亀と土管を持って来ようか?」

ヤマ「いやー、流石にそれは…」

 

少年を見守りながら井戸端会議に夢中になる臨時保護者達。と、その背後から…

 

子鬼「また妖怪と遊んでるのかよ」

 

一人の子供の鬼が近づいて来た。

 

 




次回【三年後:ムカつくアイツ】


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三年後:ムカつくアイツ

大鬼と3人の妖怪の前に現れた1人の子供の鬼。その子供を見るや否や、3人の妖怪達は

 

  『あ、まずい…』

 

不穏な空気に包まれた。

 

ヤマ「じゃ、じゃあ一緒に遊ぶ?」

キス「フッフッフッ…。いらっしゃーい」

パル「キットタノシーヨー」

 

固い笑顔でこの子供の鬼を迎え入れようとする3人。

 

子鬼「え?」

 

彼女達の言葉に子鬼も少しその気になり始めていた。見渡せば心を踊らされる数々の遊具。子供ならば一度は遊んでみたいと思って至極当然。が、

 

大鬼「ダメー!ボクの秘密基地だぞ!

   それにカズキは絶対にダメ!」

 

自分の領地への侵入を拒む隊長。そして少年とこの子鬼は面識があり、

 

カズ「お前と一緒に遊びたいなんて思ってない!」

 

仲が悪い。

 

ヤマ「あーもう、また…。

   大鬼君、仲良くしなきゃダメだよ」

パル「勇儀にも言われたでしょ?」

 

カズキと大鬼の争いは今に始まった事ではなかった。

 それは少年が『大鬼』の名前を貰う少し前の事。最初に声を掛けたのは大鬼の方だった。近くの公園に1人でいたカズキを大鬼が誘ったのが彼等の出会い。初めこそ仲良くしていた2人だったが、そこは人間と鬼。子供ながらに2人の間には大きな力の差があった。カズキが難無くこなせる事が、大鬼にとっては大変厳しく、困難な事だった。それでも大鬼はカズキの後を必死の想いで食らいついて行っていた。しかし、それは鬼のカズキからすれば鈍臭い上、危なっかしいとしか見えてなかった。

 そしてある日、ついにカズキから一緒に遊ばない宣言が。その言葉にショックを受けた大鬼。ようやく出来た遊び相手を失いたくない一心で泣き付いた。

 だがカズキとしては、大鬼に怪我をさせてしまう事が怖かった。掴まれた腕を「離せ」と言葉共に振り払った。

 カズキに吹き飛ばされた大鬼。身体に走る痛みと一方的な通告から悲しみは怒りへと姿を変え、カズキに殴りかかった。

 これを境に、2人は顔を合わせれば喧嘩を始める犬猿の仲となっていた。そして大鬼の筋肉痛もこの時から始まったのだった。

 

大鬼「だってコイツ直ぐ悪口言うんだよ!?」

カズ「悪口じゃない!そのまま言ってるだけだ!」

大鬼「なんだとー!?」

 

睨み合う2人の少年。唯一の救いは2人の距離が離れている事。カズキは3人の隊員達と同じ場所。一方隊長は木の上。

 手が届かなければ殴り合いになる事はない。と、隊員達は安心していた。

 

が、

 

大鬼「いいからココから出て行けよ!」

 

隊長が木から下りて近付いて来た。

 

  『あ、やばい…』

 

一気に緊張が走る隊員達。そこに追い打ちを掛けるカズキの一言。

 

カズ「別にお前の場所じゃないだろ!

   お金出して買ったのかよ!

   バッカじゃねーの!!」

 

ゴングが鳴った。

 

大鬼「バカって言うな!」

 

カズキに向かって走り出す大鬼。

 

カズ「バカだろうが!」

 

返り討ちにしてやろうと、大鬼目掛けて勢いよくスタートを切ったカズキ。急接近する2人。最初に仕掛けたのは…

 

カズ「わーーっ!!」

 

カズキ。右手に拳を作り、力強く大地を蹴って迫る敵に飛びかかった。

 襲いかかるカズキに一度立ち止まり、身構える大鬼。一度深く息を吐き、そして再び動き出した。

 

大鬼「さん…」

 

 

 

 

??「『キャプチャーウェブ』」

 

 

 

 

 大鬼が一歩目を踏み込んだ瞬間、2人の間に現れた巨大な蜘蛛の巣。カズキは空中で、大鬼はその網に首を突っ込む姿勢で捕らえられた。

 

キス「フッフッフッ…ナイスタイミング」

パル「ホント便利で妬ましい」

 

友人の仕事ぶりに舌を巻く桶姫と橋姫。

 

ヤマ「まったく…」

 

呆れた表情でため息を吐く巣の主人。そして更に手から糸を出し、捕らえた獲物をグルグル巻きにしていった。

 

カズ「なにすんだよ!」

大鬼「ヤマメー離せ!」

 

蓑虫状態でもがきながら怒鳴り声をあげる獲物達。

 

カズ「ぐぎぎぎ!」

大鬼「だあーー!」

 

力を込めて糸を引き千切ろうと試みるが、

 

キス「フッフッフッ…。それ無駄」

パル「大人の鬼でも切れないから」

 

数年前のヤマメの糸であれば、少年達でも引き千切ることができただろう。しかしあの事故があって以来、彼女は己の力の無さを悔い、日々トレーニングをしてきた。更に秘密基地の器具を作るために、大鬼が怪我をしないようにと、丈夫な糸の作り方も研究していた。

 その努力を知っている彼女の友人達は「諦めて大人しくしていろ」と忠告したのだった。そこへ巣の主人が腕を組んで少年達へ歩み寄った。

 

ヤマ「あのねー。何で仲良く出来ないかな?

   喧嘩するならココ壊しちゃうけど」

  『え…』

 

巨匠からのまさかの通告に、()()()同じ反応を示す少年達。

 

ヤマ「大鬼君はみんなと仲良く使う事!

   カズキ君はすぐ悪口言わない事!いい!?」

  『はい…』

 

いつも笑顔で人当たりが良いヤマメは、地底に住む者達からの印象は良く、人気も高い。そんな彼女が見せた説教モードに驚き、俯向きながら反省する少年達。

 

  『おー』

 

そして名演説に感嘆の声を上げ、拍手を送る彼女の友人達。

 

キス「フッフッフッ…。もっと評価されるべき」.

パル「ヤマメはお姉さんだねー」

ヤマ「いやははははは」

 

友人達からの称賛の声に、嬉しそうに後頭部を掻きながら、笑顔に戻るヤマメ。

 

ヤマ「今から糸を解くから仲良くしなよ」

 

彼女はそう言うと糸を回収し、

 

ヤマ「()()()だからね」

 

2人の少年に強く念を押した。

 糸から解放された少年達。己の身が自由になったと知った途端。

 

 

ダッ!!

 

 

2人で遊具に向かって猛ダッシュ。その先には作ったばかりのブランコが。2人は()()()同じ物を目指していた。

 ゴールはほぼ同時。となると、

 

大鬼「ボクが先!まだ乗ってない!」

カズ「先に着いたのはオレだ!」

 

ブランコの取り合いが始まった。睨みあう2人。

 

大鬼「ボクの方が早かった!」

カズ「違うね!先にオレの指が触っていましたー」

  『やんのか!?』

 

そしてついに取っ組み合いになった。状況は…。

 

カズ「力弱いくせに逆らうな!」

大鬼「うぐぐぐ…」

 

大鬼が鬼の子供であるカズキに押されていた。

 

カズ「人間のクセに力で鬼に敵うはずないだろ!」

大鬼「だまれー!」

 

ありったけの力を込めて押し返す大鬼。両者が同じ姿勢になった。

 

 

シュルシュルッ!

 

 

2人の足元から巻きついて来る糸。それはあっという間に2人を取り込み、

 

大鬼「うわっ!」

カズ「また!?」

 

再び蓑虫状態に。

 

ヤマ「あんた達さー…」

 

これまでと明らかに違う声色。その場に不穏な空気と緊張が走った。

 

ヤマ「言ったよね?仲良く出来ないなら…」

 

身体から強い妖力を放ちながら、次の言葉の用意をするヤマメ。

 そんな彼女の様子に、己の仕出かした過ちにようやく気付いた少年達。

 

  『ごめんなさい!』

カズ「もう悪口言いません!」

大鬼「一緒に遊びます!だから…」

 

必死に()()だけは回避しようと謝り、泣き付いた。しかし少年達が犯した過ちは、彼らが思っている以上に深刻だった。

 

ヤマ「だから何?さっきだよ?

   ついさっきだよ!?」

 

更に妖力を上げ、掌に力を集中させた。手の向かう先は…、喧嘩の原因。彼女が今日作ったばかりのブランコ。

 

パル「はい、ストップー」

 

ヤマメとブランコの間に割って入る橋姫。それは彼女の作品を守る様に大の字で現れた。そして巨匠の金色の髪を撫でながら、お開きにする事を提案した。

 

パル「今日はもう帰ろ。

   私とキスメでカズキ君を送って行くから、

   ヤマメは大鬼をお願いね」

キス「フッフッフッ…。半桶よ、助かったな…」

 

救われた半分の桶を労る桶姫。その背後では、

 

カズ「おい!なにすんだよ!?」

 

橋姫が蓑虫状態のカズキを担ぎ上げ、キスメの桶に詰め込もうとしていた。

 

キス「フッフッフッ…。いらっしゃ〜い♡」

 

桶姫は久しぶりの来客者に大歓迎。しかしその城の中は…

 

カズ「うわっ、鎌に槍!?骸骨まで!?

   何だこれ?ぎゃーっ!目が合ったー!!」

 

リアルホラーグッズのオンパレード。免疫のない者はトラウマになり兼ねない物だらけ。そこに大鬼は何度も入れられていた訳だが…。

 

パル「じゃあそっちよろしくね」

ヤマ「…うん」

パル「キスメ行くよ」

キス「フッフッフッ…。上へ参りまーす」

 

不気味に笑うエレベーターガールに案内され、家へと連れ戻されるカズキ。

 そして大鬼は…

 

 

ズルズルズルズル…。

 

 

ヤマメに引き摺られ、勇儀の下へと運ばれていた。

 

大鬼「いだだだだっ。ヤマメー筋肉痛が来た!

   引き摺ると痛いって!」

 

本気を出した後の反動。お馴染みの筋肉痛が大鬼を襲っていた。この時の大鬼には些細(ささい)な振動でも痛覚に刺激を与えるには充分。

 絶え間なく送られてくる刺激から、蜘蛛姫に「せめて引き摺らないでくれ」と懇願するが、

 

ヤマ「知らないっ!」

 

振り向きもせず即答で拒否された。

 

 

ズルズルズルズル…。

 

 

大鬼「ヤマメー、怒ってる?」

ヤマ「なんでそう思うの?」

大鬼「仲良く出来なかったから…」

ヤマ「…そうだね。でもそれで、

   私が怒っている()()だと思う?」

大鬼「え?」

 

2人の会話はそこで途切れ、しばらく沈黙が続いた。聞こえくるのは大鬼を引き摺る音だけ。やがてその音も止んだ。

 

ヤマ「もし大鬼君が一生懸命作った遊び道具で、

   他の子達が喧嘩を始めたら、どう思う?」

 

大鬼に背を向けたまま語り掛けるヤマメ。大鬼はその言葉にハッとした。ようやく事の大きさに気付いたのだ。

 

大鬼「イヤだ」

ヤマ「それだけ?」

大鬼「…悲しい」

ヤマ「そうでしょ!」

 

拳を握りしめて耐えるヤマメ。

 

大鬼「ヤマメー、ごめんなさい。

   ボク約束する。あそこでは仲良く遊ぶ」

 

ヤマメの本当の気持ちを知った上での謝罪。「もうしない」と誓いを立て、ヤマメに誠心誠意で謝った。

 

ヤマ「ウソつかないでよ…」

大鬼「一つ!鬼は嘘をつかない!ボクは鬼だ!!」

 

大きな声で三カ条の一つを叫び、自分の決意を表した。もう二度と同じ過ちはしないと。

 

ヤマ「……バカ」

 

 

ズルズルズルズル…。

 

 

再び聞こえて来る引き摺り音。

 ちゃんと謝った。反省もしている。「流石にもう許してくれるだろう」と踏んでいた大鬼にとって、この結果は不意打ちだった。

 

大鬼「えっえっえっ?痛いって!」

ヤマ「…」

大鬼「ねー!」

ヤマ「お仕置き」

大鬼「はー!?」

ヤマ「ふふ…」

 

大鬼のリアクションに笑いを吹き出し、「これで許してやるか」と思う大鬼の一番の友達だった。

 




次回【三年後:会いに行ってみた】


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三年後:会いに行ってみた

Ep.1をリニューアルしています。
内容は変わりませんが、
レイアウト、表現、状況描写などが変わっています。
今日で3話目までリニューアルしています。
もし良ければ、そちらも覗いてみてください。

2018/07/26


 少年が遊びに出掛けていたちょうどその頃…。

 地底の洋館の前で佇む1人の女鬼の姿が。目の前の扉を軽く叩き…。

 

勇儀「たのもーーー!!」

 

道場破りでもするかの様な大きな掛け声。彼女なりの「ごめんください」の様だ。

 

 

ガチャ…。

 

 

 扉の鍵が外された音。だが、音はすれどもそれまで。いくら待てども扉が開く気配がない。「迎え入れてくれるんじゃないのか?」と思っていると、扉の向こう側から何者かの気配を感じた。誰かがそこにいる。それは間違いない。

 

 

そー…。

 

 

ゆっくりと凄くゆっくりと扉が開いていく。注意深く見ていないと、止まっているのかと勘違いしそうな程ゆっくりと静に。まどろっこしい…。ため息を一つ吐いて、

 

勇儀「おい、さっさと開けてくれないか?」

 

開きかけの扉に向かって優しく声をかけてみる。

 

??「ひゃい!!」

 

驚いたような甲高い声が響いた。やっぱり誰かいた。これが屋敷の主人だったら、笑えるな。

 

??「…私なんです」

 

は?何が?

 

??「いえ、何でも……。今開けます」

 

やっと開かれた扉から姿を見せたのは、背丈の小さな少女、地霊殿の主人だった。

 

勇儀「あ、私星熊勇儀です。

   棟梁様と親方様の娘です」

 

意外な登場人物に、吹き出しそうになる笑いを堪えながら挨拶をする。

 今日私がここへ来た理由は、先日大鬼がここを訪れた時に何があったのかを聞くため。大鬼(アイツ)の保護者としての使命だ。彼女達に迷惑を掛けていない事を祈りながら、憂鬱な気分でここまでやって来たのだ。

 

勇儀「えっとそれで、今日こちらに伺ったのは、

   先日こちらに父と母がお邪魔した時に、

   一緒に来ていた子供…大鬼がそのー、

   迷惑を掛けたんじゃないかって。

   あ、これ。茶菓子です。どうぞ」

 

手で謎のジェスチャーを取りながら、今日訪れた理由を下手クソな言い方で説明し、最悪なタイミングで手土産の茶菓子を献上。あー…ダメだ。順番が滅茶苦茶だし、うまい言い方も出来ない。慣れないといけないのに、どうもこういうのは苦手だ。私が自分の駄目出しをしていると、

 

さと「ふふっ」

 

目の前にいる屋敷の主人が口元に手を当て、上品に笑いだした。

 

さと「大丈夫ですよ。貴女のお気持ちはちゃんと

   伝わっていますよ。

   それとお茶菓子ありがとうございます。

   立ち話も何ですから中へどうぞ」

 

これまた上品に中へと案内してくれる屋敷の主人。

 屋敷の代表者で女性だからお嬢様って事だよな?私も仕事仲間から「お嬢」って呼ばれるし、友人から「お嬢様」って言われた事もある。けどこの天と地の差はなんだ?出来が違いすぎる。品とか礼儀作法とかこういう時に物を言うんだな。私はそれが性に合わなくて嫌だったから…。もし、私が彼女みたいに上品だったらどうだろう?ちょっと想像してみる………。

 

 

ゾクッ!

 

 

自分で自分の事を想像しておいてなんだが、気持ち悪っ!

 

 

さと「ふふふ、本当に面白い方ですね。

   私はそんな事ないと思いますよ。

   上品なあなたも、ありのままのあなたも

   素敵だと思います」

勇儀「ちょっと待て!私今口に出していたか!?」

 

出来たお嬢様のカミングアウトに、堪らず顔が熱くなる。人に聞こえる程の声量で独り言って…恥ずっ!自分の醜態に嫌気が差し、ガックリと肩を落として大きなため息を吐く。

 

さと「えっと……、そうではなくて…。

   私一応覚り妖怪でして、心が読めるんです」

勇儀「は!?じゃあ今まで私の心を読んでいたって

   言うのかい!?」

 

驚愕の事実に思わず声が大きくなってしまった。

 

さと「ごめんなさい!癖なんです。特に初対面だと

   どうしても使っちゃうんです」

 

怯えた様子で慌てて頭を下げて謝罪をしてきた。別に怒ってはいないし、寧ろ驚いただけなんだけどな。悪い事しちまったな。

 

勇儀「あーっと、あれだ。別に怒ってないから、

   頭上げておくれよ。

   それに初対面じゃないだろ?

   前に一度会っているよ」

 

頭を掻きながら胸の内を明かす。すると地霊殿の主人はゆっくりと頭を上げて、

 

さと「ありがとうございます。

   あなたがいい人そうで助かりました」

 

そう言いながら、明るく微笑んだ。チクショー…、可愛らしいじゃないか。

 

さと「はうー…」

 

突然顔を赤くして奇声を上げ出した。コイツ…。

 

勇儀「だから心の中を覗くなよな!」

さと「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

 

連続して頭を下げて来る覚り妖怪。まったく…。こっちも恥ずかしくなるじゃないか。……おい、今も覗いているだろ?

 

さと「え?」

勇儀「だんだんお前さんって奴が分かってきた」

さと「あははは…」

勇儀「ふふ、もう遠慮しないからな。

   思った事は直ぐに言う事にするから、

   多少の無礼は許しておくれよ」

さと「はい、私ももう能力を使わないように

   努めます」

 

お互い微笑み合い、挨拶を交わし、

 

勇儀「じゃあ、おじゃまします」

さと「ようこそ地霊殿へ」

 

2人並んで屋敷の中へ。

 屋敷の中へ通された瞬間、私は目が釘付けになった。そこは私が工事を行った時よりも遥かに美しくなっていた。赤い絨毯、大きな照明、高価そうな置物。今まで仕事で数々の建設工事に加わって来た。人が住んでからの家にだって何度も見学をしに行った。工事していた時には気付かなかった事とか、その家の使い方に感心したり、残念に思う事があったりもした。けど、この屋敷はなんだ?そういう次元の話じゃあない。一言で言えば芸術作品。彼女達が住む事で、一つの作品として仕上がったんだ。

 

さと「勇儀さんは初めてでしたよね?

   どうですか?」

勇儀「ああ、すごく綺麗だ。

   正直感動すらしているよ」

さと「ふふ、勇儀さん達のおかげです。ボケ…、

   大鬼君も綺麗だって言われていましたよ」

勇儀「そうかい。ありがとう」

 

大鬼、これは確かに綺麗だよな。私はこの屋敷の工事に加われた事を誇りに思うよ。

 

さと「他の部屋も見ていかれますか?」

勇儀「いや、それは別の日にするよ。

   この後決めなくちゃいけない事があって、

   すぐ戻らないといけないんだ。

   だからあまり長居出来ないんだ」

さと「そうですか」

 

私の言葉にため息をしながら返事をする主人。今のそれは間違いなく安堵のため息だろう。「私が長居するとマズイ事でもあるのか?」と思いながら、ふと隣に視線を移すと彼女は真っ直ぐ前を向いていた。引き()った笑顔で。さらに視線をもう少し下に移す。胸元の赤い目玉が真っ直ぐに、ガッツリとこちらを向いていた。

 

勇儀「おい」

さと「ハイ、ナンデショウカ?」

勇儀「この目だろ?能力って」

 

だいたい仕組みが分かってきた。

 

さと「……ごめんなさい」

勇儀「信用されてないのか?」

さと「いえ、そういう事では…。

   ただ気になってしまって」

 

暗い表情を浮かべながら私の質問に答えてくれた。でも私としては彼女がそうなる原因に心当たりがない。すると彼女は私の事を真っ直ぐに見つめ、覚悟を決めた表情で口を開いた。

 

さと「あの、単刀直入に聞きます。

   今日こちらに来られた御用って…」

 

心なしか目が潤んでいた。忘れかけていた本題に手を叩き、

 

勇儀「そうそう。大鬼が来た時に何があったのか

   知りたくてさ。お前さんのペット達を

   再起不能にしたって聞いたんだよ。

   なんか悪い事したな。すまん!」

 

謝罪の言葉と共に頭を下げた。どんな理由があっても、彼女の大事なペット(家族)に危害を加えた事に変わりはない。でもこの謝り方はちょっと簡単過ぎたか?

 

さと「良かったー…」

勇儀「え?」

 

瞳に突然飛び込んで来た彼女の頭部。急な視界の変化に驚き、姿勢を少し戻して改めて見てみると、彼女は糸が切れた操り人形の様に「ペタン」と両手を床に付け、座り込んでいた。

 

勇儀「どうしたんだい急に」

さと「ごめんなさい。安心して腰が抜けちゃって。

   私はてっきり苦情を言われるのかとばかり」

勇儀「は?どういう事だい?」

 

 それから彼女はその姿勢のまま、あの日にあった出来事を話してくれた。話の中には私が目を丸くする様な事もあった。その時の彼女は凄く辛そうな表情をしていた。そうまでして話してくれたのだから、それは混じり気なしの事実なのだろう。

 私も聞き逃さない様に彼女の話に耳を傾け、気付けば私も彼女と肩を並べる様に座っていた。

 そして、話は終わり…

 

さと「これがあの日に起きた事です」

 

瞳を閉じて俯きながら苦しそうな表情を浮かべる彼女。

 

勇儀「……大きな蛇ねー」

 

私は正面の大きなステンドグラス見つめながら、彼女が話してくれた出来事を想像していた。

 

さと「はい…」

勇儀「……ッ」

 

そんなことが起きていたなんて…。私がしっかりしないといけないのは分かっている。けど、これはダメだ…。我慢の限界だ。

 

 

 

 




次回【三年後:地底のお嬢様】


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三年後:地底のお嬢様

勇儀「あっははははは!!」

さと「!?」

 

腹を押さえ、膝を叩きながら大笑いをする私に驚いたのだろう。彼女は一瞬身を跳ね上げ、目を点にしていた。

 

勇儀「あー、悪い悪い。ククク…。

   蛇で二重跳びって大鬼(アイツ)アホだろ」

さと「え?怒らないんですか?

   私達はあなた方の大切なご家族に、

   危害を加えてしまったんですよ!?

   それに、もしかしたら…」

 

スカートの裾を握りしめながら語る地霊殿の主人さん。きっとその時の事をまだ悔やんでいるのだろう。

 

勇儀「でも今の大鬼(アイツ)ならそれは大丈夫だよ。

   それに家族に危害を加えたって言うなら、

   それはこっちも同じだ。

   しかも、こっちは大勢のな」

さと「勇儀さん…」

勇儀「なあ、みんなを集めてくれるかい?

   私の口から直接謝りたいんだ」

 

私はそう言って立ち上がり、

 

勇儀「立てるかい?」

 

腰を抜かしたこの小さなお嬢様に手を差し出した。彼女は返事をすると和やかに微笑んで手を掴んだ。

 

勇儀「よっ!」

さと「きゃっ!」

 

立たせてやろうと掴んだ手を引いた途端、

 

 

ムギュ♡

 

 

勢い余って彼女が私の胸へ飛び込んで来た。

 

勇儀「悪い大丈夫か?」

さと「…」

勇儀「おい?」

 

なかなか反応を示さない彼女に違和感を覚え、声を掛けてみると…

 

さと「勇儀さん、思っていた以上に柔らかいです。

   何ですかこの魅力。世の男性だけならず、

   女性、万物を惹きつける、この力はまさに…

   柔力(じゅうりょく)!!

   これは立派な能力です!羨ましいです!

   妬ましいです!パルパルです!」

 

鼻息を荒くして饒舌になるお嬢様。先程までの上品なイメージからの変貌ぶりに、もう苦笑いをするしかなかった。それに後ろの方のコメントは何だ?()()と同じ様な事を言いやがって…。

 

勇儀「でもそろそろ離れてくれかるかい?」

 

やんわりと優しく「いい加減離れろ」と言ってみるものの、

 

さと「パルパルパルパル…」

 

コレだ。中身が()()でない事の確認の意味も込めて、

 

 

ムギュッ!

 

 

勇儀「おーい、話しを聞いてるかー?」

さと「ひべべべべ」

 

彼女の両頬を抓ってみた。柔らかくて手に吸い付いてくる様な肌。 羨ましいなコンチクショーが。涙を少し浮かばせ始めたところで、

 

勇儀「よし、どうやらその顔は本物みたいだな」

 

「もう少しだけ堪能していたい」と思う欲求を抑えながら、確認終了。

 

さと「何を言っているんですか!?

   紛れもなく私ですよ!」

勇儀「いや、私の知り合いと同じ様な事を

   言うもんだから、()()な」

さと「その方は橋姫の水橋パルスィさんですか?」

勇儀「なんだい、やっぱり知っていたのかい」

さと「ええ、たまにここに来て

   一緒にお茶をしたりしますよ。

   他にはキスメさんと黒谷ヤマメさん達も

   来られます」

 

「妖怪同士で繋がりがあるんじゃないか」って思っていたけれど、まさかそこまで親しい間柄だったなんて初耳だ。

 

勇儀「そうだったのかい。クセの強い奴らだけど、

   悪い奴らじゃないから、これからも仲良くし

   てやってくれよ。で、ペット達を呼んでくれ

   ないかい?」

 

話が大幅にズレたので、軌道を元に戻す。私の言葉を聞くと彼女は、笑顔で返事をした後、指笛を鳴らした。その音は屋敷中を反響し、遠くの方まで届いているのが想像できた。そして音が消えた頃、

 

 

ゾロゾロ…。

 

 

続々と集まる動物達。

 

勇儀「凄いな。こんなにいたのかい」

 

兎に鳥、小さいのもいれば、黒豹、獅子といった肉食の動物までいる。

 

勇儀「よくペット同士で喧嘩したり

   食われたりしないな」

さと「そこは自慢なんです。

   キチンと教育していますから」

 

胸を張って堂々と語る主人。こういうヤツを見ると意地悪をしたくなるのが、私の悪い癖。

 

勇儀「でも大鬼は襲ったと」

さと「…」

 

冗談のつもりで言ったのだが、彼女は表情を暗くして俯いてしまった。

 

勇儀「悪い悪い。本心じゃないんだ。

   もう何とも思ってないって」

さと「勇儀さんの意地悪!」

 

子供の様に頬を膨らませて拗ねた。コイツ…、あざとい。

 

勇儀「ん?アレが例の蛇かい?」

 

ふと巨大な蛇が目に映った。私の二の腕よりも太く、全長は親方様(父さん)程はあるだろうか。

 

さと「はい…」

勇儀「なかなか立派な蛇だな。アレを二重跳びか。

   大鬼(アイツ)もようやく他の子並みにはなったのか

   な?」

さと「え?え?え?」

 

私の大きな独り言が聞こえたのだろう。猛獣等の主人はそれを聞き間違いである事を願っている様子だった。

 だってさ…。嬉しいじゃないか。弱くて、泣き虫で「守ってやらないといけない」と思っていたあの大鬼が、やっと私達が見えるところまで追いついて来たんだ。そりゃ声も大きくなるって。

 

勇儀「お前さん達!私は星熊勇儀だ!

   この前ここに来た小僧の保護者だ!

   アイツが迷惑をかけてすまなかった!」

 

私は生まれて初めて動物達に頭を下げて謝った。ここにいない大鬼(アイツ)の分も含めて誠心誠意。こんな経験はもう二度とないだろう………と願いたい。それとコイツ等に忠告をしておかないとな。

 

勇儀「アイツはアレでも鬼の中で一番弱い。

   子供も含めてな。だからお前さん達!

   無闇に鬼に手出しをするのは止めておけよ」

 

私が言い終えると地霊殿のペット達は、「首が取れるんじゃないか」と思う程の速さで頷き始めた。一応言葉は通じているみたいで良かった。

 

さと「勇儀さん、今の本当ですか?」

 

主人が目を丸くしながら尋ねて来た。そんな意外な事実だったか?

 

勇儀「そうだよ。子供の鬼にも()()()じゃ勝てない

   よ」

さと「私は鬼達(あなた達)の力を見誤っていました」

勇儀「まあみんな抑えながら生活しているからな。

   本気を出したら神にだって負けないさ!

   ………いや、今のは言い過ぎた…」

 

誇らしげに鬼達(私達)の自慢をしたが、話を盛り過ぎた事を後悔し、掌を突き出して訂正した。今のが『あの方』の耳に入ったら面倒な事になる。

 

さと「ふふ、勇儀さんはホントに面白い方ですね。

   今日来て頂いて感謝しています。

   あの、これからも…」

勇儀「ああ、こちらこそ…」

 

上品な笑顔で手を差し出す覚り妖怪。そして歯を見せて品のない笑顔でそれに応える私。生まれも背丈も種族も違うけど…。

 

  『よろしく!』

 

固い握手を交わした私達はお嬢様。

 

 

 

 

 

勇儀「じゃましたね」

さと「いいえ、またいらして下さい」

 

私を外まで送ってくれる地底の小さなお嬢様。表情が会ったばかりの時よりも柔らかくなっているから、少しは馴染んでくれたのだろう。かく言う私も気付けば普段通りの口調になっていた。これからも彼女とは気兼ねなく話せる仲になれたらいいな。

 

さと「そうだ、ボケ…大鬼君に2日後に診療所に

   来るように伝えて頂けますか?」

 

大鬼への連絡事項。この事は棟梁様(母さん)から聞いていた。彼女が大鬼の心を治してくれるって。

 

勇儀「分かった。伝えておくよ。

   それこそ大鬼(あいつ)の為にありがとうな」

さと「いいえ、私が行うのはほんの些細(ささい)な事です。

   残骸を処理する程度です。

   殆ど親方様のお陰で治っていますよ」

 

先日棟梁様(母さん)からその話を聞いた時、親方様(父さん)には「酷い事をしてしまった」と後悔している。そう言えば、あれから謝っていなかった様な気がする。

 

さと「謝った方がいいと思いますよ」

勇儀「別に気にしてもいないと思うけど。

   そうするよ」

 

………だから覗くなよ。バレバレだぞ。

 

さと「流石に分かっちゃいましたか?」

 

流石にな。

 

さと「あはは…」

勇儀「ふふふ…。じゃあまた今度な」

 

軽く笑い合い、彼女を背にして歩き出す。

 

黒猫「ニャー」

 

不意に足下から鳴き声。見るとそこには尾が2本生えた黒猫がいた。しかもその猫は私の足に擦り寄って来た。黒猫の首を摘み、目の前まで持ち上げて見つめていると、数年前の記憶が蘇って来た。

 

勇儀「ん?お前さん前に会ったか?」

 

あれは大鬼がいた時。焼肉会の前の日だ。あの日の前後で色々あったから良く覚えている。

 

勇儀「大鬼と一緒に寝ていただろ?」

黒猫「ニャーン♪」

 

私の言葉に嬉しそうに一鳴き。どうやら正解だった様だ。

 

さと「『正解(せーかーい)』だそうです」

 

まさかの一致。ん?コイツ今…。

 

さと「はい。動物の心も読めます」

勇儀「あっそう…。便利だよな、それ」

さと「便利ですが、嫌われる事の方が多くて…」

 

少し悲しげに語る覚り妖怪。

 それはそうだろう。誰だって心の中を覗かれて、いい気分にはならないはずだ。彼女は『癖』だと言っていたが、これはどちらかと言うと『(さが)』。覚り妖怪としての本能なのだろう。

 

勇儀「で?その黒猫が私に何の用だい?

   遊んで欲しいのかい?」

黒猫「ニャーン」

さと「ちょっとお燐!それは…」

 

この猫の心を読んだ彼女が焦り始めた。

 

勇儀「何て言ってるんだい?」

さと「それが、ボケ…大鬼君に会いに行きたいと。

   急過ぎてご迷惑ですよね?

   これから会議もある様ですし。

   諦めるように言って…」

勇儀「私は構わないよ。猫一匹くらい別にどうって

   こと無いさ」

 

どうやらこの猫は大鬼の事が酷く気に入っているみたいで、私が「来ても良い」と言った途端、表情が明るくなった………様な気がする。彼女のペットだから(しつけ)もしっかりとしてあると思うし、家が滅茶苦茶になることも無いだろう。

 

さと「えーーー!?ででででですが」

 

私の言葉が意外だったのか、彼女は焦りを通り越して慌てていた。その様子の真意が気になるが、そろそろ行かないと。

 

勇儀「よし、じゃあ一緒に行こうか。

   そんじゃ、この猫借りて行くよ」

 

肩に黒猫を乗せ、主人に別れを告げた。その直前、猫は主人に向かって舌を出し、何かの合図を送っていた。なんとも芸達者なヤツだ。気に入った。

 

 

--勇儀が去って間もなく--

 

 

さと「お燐〜…。何が『負けないもん』よ。

   帰ったら覚えてなさいよ~…。

   おかわり!!」

 

歯を食いしばり、己のペットに闘志を燃やすお嬢様妖怪が、蕎麦屋でとある記録を塗り替えていたそうな。

 

 




次回【三年後:父親の能力】


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三年後:父親の能力

--勇儀実家前--

 

 

私が実家に到着すると、塀に寄りかかり、腕を組んで遠くを見つめる2人の鬼の姿が。近づくと、手前にいた鬼が私の存在に気が付いた。

 

??「も〜!勇儀遅いよ〜!」

 

私の顔を見るなり、文句をぶつけて来る幼い頃からの親友。

 

??「姐さん、どちらへ行かれていたんですか?」

 

不機嫌な表情で敬語を使う、私の頼れる弟分。2人の様子から察するに、どうやらかなり待たせてしまったみたいだ。

 

勇儀「悪い悪い。大鬼の事で地霊殿に

   行っていたんだよ」

萃香「大鬼の事で?何かしたの?」

鬼助「いやいや、何かするっていう以前に、

   大鬼(アイツ)あそこには近付こうともしないじゃ

   ないですか」

 

鬼助が言う様に、つい先日までの大鬼(アイツ)は確かにそうだった。でもあの事を話したら、きっと2人は驚くだろう。でもここは一先ず(はや)る気持ちを押さえる。

 

勇儀「詳しい事は後で話すから、

   取り敢えず上がりなよ」

 

待たせてしまった2人を広間に案内し、私は台所へ。3人分の茶と茶菓子を用意して、私も広間へと足を運ぶ。広間に着くと、2人は先程の私の発言について、怪訝(けげん)な顔をして話し合いをしていた。大鬼に何があったのか、見当もつかないといったところだろう。

 そんな客人達に用意した茶と茶菓子を差し出し、私もおっさん臭い言葉を放ちながら腰を下ろして、

 

 

ズズー…。

 

 

  『はぁ~。お茶が美味し~』

 

一服。

 

 

 

 

 

萃香「ね〜勇儀、さっきの話どういう事?」

鬼助「大鬼のやつ地霊殿(あそこ)に行ったんですか?」

 

再び怪訝な顔で尋ねてくる萃香達に、大鬼が地霊殿へ行った日の事を話した。私は現場に居なかったから、棟梁様(母さん)から聞いた事をそのまま伝えた。私が話を終えると、鬼助が鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして尋ねてきた。

 

鬼助「…マジっすか?」

勇儀「大マジだ。それで中にも入ったってさ。

   『凄く綺麗だった』って言ってくれたよ」

萃香「勇儀、良かったね。私もほっとしたよ」

 

(あふ)れた涙を拭いながら嬉しそうに微笑む親友。彼女も大鬼の事をずっと気に掛けていただけあって、喜びも一入(ひとしお)なのだろう。それに彼女にとって大鬼は…。

 

鬼助「でもそれで何で姐さんが地霊殿(あそこ)に?」

 

鬼助が核心を突いて来た。話はまだ途中までだったから、その疑問は当然と言えば当然。

 

勇儀「それがさー…」

 

私は笑いを堪えながら、さっき地霊殿の主人から聞いた話を着色する事なく、ありのままを伝えた。

 私が大鬼の珍行動について話した途端、

 

  『あっははははは』

 

やっぱり2人とも私と同じ反応を示した。

 

鬼助「ひーっ!ひーっ!腹が痛い!

   大鬼のヤツそこまでになりましたか」

萃香「いいね〜。男の子はそれくらいじゃないと。

   私()嬉しいよ」

 

たぶん私は感情を抑えきれず、顔に出ていたのだろう。少なくとも萃香にはバレバレだった様だ。

 

勇儀「けど、主人さんは凄い責任を感じていた

   から、気にするなって伝えておいたよ。

   それと大鬼が暴れた事には変わりないから、

   ペット達にも謝って来たんだ」

萃香「そうだったんだ。勇儀も苦労してるね」

 

大鬼の()()が余程気に入ったのか、親友はクスクスと笑いながら私を(ねぎら)った。苦労…ね。大鬼と一緒に生活する様になってから、それは絶えないが、不思議と嫌じゃない。

 私達が大声で笑いながら話をしていると、

 

黒猫「カー…」

 

存在をアピールする様に、黒猫が空いた座布団の上で丸くなりながら、大きな欠伸をした。いつの間にか私の肩から降りていたみたいだ。そう言えば連れて来たんだった。

 

鬼助「その猫は?」

 

黒猫にの存在に気が付いた鬼助が、不思議そうに眺めながら尋ねてきた。

 

勇儀「ああ、地霊殿のペットだよ。

   確か『お燐』って呼ばれてたっけ?

   大鬼に会いたいんだってさ」

萃香「へー…。大鬼に…。

   イッタイナンノヨウカナ〜?」

 

鋭い眼差しでお燐を見下ろす親友。何で猫にまで熱くなるかね…。萃香は束縛タイプか、大鬼は苦労するだろうな…。そんな親友の視線にも物怖じせず、尚も眠り続けるお燐。いい度胸をしている。

 

勇儀「さて、雑談は終わりだ。

   今日は緊急連絡があるんだ」

 

先日の夕食の時に棟梁様(母さん)から聞かされた超一大イベント。親方様(父さん)と萃香の父親との相撲対決。今日はその事について、この2人に知らせておく必要があった。

 萃香はあの日の一件があってから私と同様、罰として毎年祭当番をしなければならない。だが鬼助は()()()()()()手伝ってくれている。

 私の話しが進むに連れ、2人の表情がみるみる曇っていき、話し終える頃には目を皿の様にし、口は開いたままの状態になっていた。

 

勇儀「ってな事を棟梁様(母さん)が言っていたんだけど、

   萃香知ってたか?」

萃香「ううん。全然、初めて聞いたよ。

   親父のヤツ何を考えてるんだろ?

   そんなに盃が欲しいのかな?」

 

昔からの付き合いで、萃香の親父さんの事は良く知っている。物腰柔らかで好戦的な感じではなかった筈だ。ましてや親方様(父さん)とは、親友とも言える仲…。

 

勇儀「何か心当たりあるか?」

萃香「いや〜…、私あまり実家に帰らないし、

   帰っても親父とは全然話をしないし…」

 

先程から腕を組み、首を傾けて悩み続ける親友。思い当たる節を必死に探しているのだろう。

 

鬼助「親方様もこの事を知らなかったんですよ

   ね?」

勇儀「ああ、だからすごい驚いていたよ。

   でもその後『久々に特訓するか』って

   張り切っていたよ」

鬼助「え?親方様が特訓ですか?

   能力を使ったら誰も敵わないのにですか?」

 

私の言葉に再び目を丸くし、尋ねてくる弟分。

 私の父さんの能力は有名で、この町の誰もが知っている。その名も『力を倍化する程度の能力』。読んで字の如くの能力だ。単純ではあるが、鬼という種族である上、能力無しでも鬼の中では力が強い方の彼にとって、この上ない武器。その能力故に「本気を出した彼には誰も敵わない」と思われていたのだが…。

 

勇儀「な?変だろ?萃香の親父さんって、

   そんな実力者だったか?」

萃香「え?」

鬼助「いやー…、記憶に無いですね」

  『うーん…』

 

眉間に皺を寄せて腕を組み、次々と浮上してくる謎の答えを考えていると、

 

鬼助「でもこれは史上初ですよね!?

   あの(はい)(ひょう)が一人の物になるなんて」

 

その場の雰囲気を変える様に、鬼助が興奮しながら口を開いた。

 気持ちは分かる。そしてその史上初となるビッグイベントの祭の当番が私達。

 

勇儀「ああ、だから責任重大だぞ」

鬼助「なんか久々に燃えて来ました!

   相撲会場はどうしましょう?」

 

瞳の奥に闘志を燃やし、期待に心躍らせる子供のような表情の鬼助。

 コイツはどうやら目標が高い方がやる気を出すタイプの様だ。確かに久々に見たな鬼助のこんな顔。地霊殿の建設の時以来かな。

 

勇儀「そうだな、取り敢えず観客席を…」

萃香「ちょちょちょちょっと待って!」

 

私が鬼助に指示を送る直前で、慌てた様子で話しに割って入って来た萃香。

 

勇儀「なんだい急に?」

萃香「親父の能力知らないの!?

   もし親父が本気を出すとしたら、

   観客席がどうとかっていう次元の話じゃ

   なくなるよ!?」

鬼助「何でしたっけ?

   萃香さんのお父さんの能力って」

 

そう言えば聞いたことがなかった。やはり親方様(父さん)に匹敵する程の能力なのだろうか?

 私と鬼助が萃香の言葉に注目する中、彼女は真剣な表情で口を開いた。

 

萃香「巨大化だよ」

 

親友の口から語られた彼女の父親の能力に、私と鬼助は絶句した。だがそれは彼女の能力を考えると行き着く能力でもあった。

 彼女の能力は『密と疎を操る程度の能力』。これにより彼女は自身を小さくする事も出来れば、巨大化する事も出来る。となれば、彼女の親はその能力に関係する能力を持っていてもおかしくない。完全に見逃していた。

 

勇儀「巨大化ってどのくらい大きくなるんだい?」

 

額に汗を(にじ)ませながら、恐る恐るその能力の底力を聞いてみる。

 

萃香「最大だと地底の天井に頭が着くと思う」

勇儀「おいおいおいおい、何だよそれ。

   それじゃあ相撲なんて出来ないだろ?」

鬼助「土俵が壊れますし、暴れられたらそれこそ

   町全体に被害が出ますよ!」

萃香「だからどういうつもりか分からないんだ

   よ!」

 

大声を上げる親友に私と鬼助は口を閉ざした。

 巨大化…。その能力を使ったら、もしかしたら親友の親父さんは、この町で最強なのではないだろうか?今まで相撲に参加していなかったのが不思議なくらいだ。父さん…。大丈夫か?これは初めて負けるんじゃ…。

 想像を絶する挑戦者に自分の父の事が心配になる。勝敗の行方をじゃない。「無事に帰って来れるか」をだ。

 そこからは3人とも口を閉ざして俯いたままだった。何かいい案はないかを考え、また同時に誰かが閃いてくれる事を願っていた。それは他の2人も同じだったと思う。ただ時間だけが過ぎ去り、今日はダメかと諦めた時…。

 

黒猫「ニャー!」

 

地霊殿の黒猫が飛び起きて、鳴き声と共に部屋を出て行った。それから間も無く、

 

ガラ…。

 

 

玄関の方で扉が開く音がした。

 

 

 




次回【三年後:玄関先で】


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三年後:玄関先で

??「勇儀ー。いるー?」

 

遠くまで通るこの声は………ヤマメだ。大鬼と遊んでくれていた筈なのに、どうしたのだろう?

 

勇儀「いるよー!そっちに行った方が良いかい?」

ヤマ「おねがーい!きゃっ!なになに!?」

 

ヤマメに呼ばれ、玄関へと向かう。何やら事が起きている様なので、急ぎ足で。

 

 

 

 

 

着いてみると…、

 

黒猫「フシャーッ!!」

 

毛を逆立てて威嚇するお燐と、

 

ヤマ「ひぃ〜っ!」

 

涙を浮かべてそれに怯えるヤマメが。そして…

 

大鬼「いたたたた…」

 

蓑虫状態で地面に寝転がる大鬼。

 

ヤマ「勇儀この黒猫何!?

   なんか凄い怒っているんだけど!

   知ってるでしょ!?私猫より犬派なの!」

勇儀「何かしたのか?」

ヤマ「何もしてないよ。

   私の事見るなりいきなりだよ!」

 

玄関の外から救いを求めるヤマメ。

 けど、お前さんが犬派だなんて初耳だし、だから何だって言うんだ?取り敢えず困っているみたいだし、見ていて可哀想だから助けてやるか。

 

勇儀「こら、ヤマメは私の友達なんだ。

   何があったのか知らないけど、

   威嚇しないでやっておくれよ」

 

腰に手を当ててお燐にそう言葉を放つと、不機嫌そうな表情を浮かべて威嚇の姿勢を崩した。

 一先ず場が落ち着いたところで、

 

勇儀「で、ヤマメ。()()がそういう状態って事は、

   そういう事なんだね?」

 

私が尋ねると、ヤマメは深くため息を吐いて、

 

ヤマ「……そういう事」

 

ガックリと項垂(うなだ)れながら答えた。

 他の者からすれば暗号の様な会話だが、彼女達とはこれでだいたいが通じてしまう。特にこの件に関しては。私は気まずそうな表情を浮かべている大鬼を一睨(ひとにら)みし、

 

勇儀「詳しく話してくれるかい?」

 

ヤマメにその詳細を尋ねた。彼女から聞かされた内容は、予想通りカズキとの喧嘩について。ただその中で見逃せない事が。

 

勇儀「そうだったのかい。ヤマメ、ごめんな。

   辛かっただろ?」

ヤマ「…」

 

ヤマメは私の言葉に視線を落として、暗い表情を浮かべてしまった。

 

ヤマ「でも…」

勇儀「大鬼!」

 

ヤマメが何かを言い掛けていたが、それよりも私の怒号の方が早かった。そして地面に寝転ぶ大鬼を掴み上げ、

 

勇儀「あそこの物はヤマメがお前さんの事を思って

   一生懸命作ってくれたんだろ!?それを…。

   喧嘩の原因にされて、自分の手で壊させる真

   似させて。ヤマメにとってどれほど辛い事か

   考えなかったのか!?」

 

説教モードへとスイッチが入った。職業柄、今のヤマメの気持ちが痛い程分かってしまい、いつも以上に熱が入る。

 喧嘩をしてしまった事は大目に見るとしても、ヤマメが今どんな気持ちなのかを理解した上で、ちゃんと反省して謝って欲しい。

 だが目の前の大鬼(コイツ)は、私から視線を外して不服そうな表情をしやがる。

 

勇儀「おい!話しを聞いてるのか!?」

ヤマ「勇儀、私はもう大丈夫だから。

   それに大鬼君、仲良く使うって約束してくれ

   たから。だからそんなに怒らないであげて」

 

苦笑いをしながら私を(なだ)めるヤマメ。彼女の話から察するに、ここに来るまでに2人で話は決着していた様だ。そう気付いたとき、今の自分の行いに「やってしまった」と後悔した。つい感情が先走り、大鬼の話しを聞くのを忘れていた。ならば謝るのが筋だ。

 

勇儀「そうかい。大鬼、すまなかったな」

大鬼「ホントだよ。ちゃんと話を聞いてよ…」

勇儀「悪い悪い。ヤマメ、糸を解いてやってくれる

   かい?」

 

ヤマメが糸を解き終えると、大鬼は全身の痛みに耐えながら、ゆっくりと立ち上がり、

 

大鬼「ヤマメーごめんなさい!」

 

ヤマメを正面にして綺麗に頭を下げて謝った。

 私は後でもう一度ちゃんと謝らせようとしていた。けど、私が言う前に自分から進んで行動をとった大鬼(コイツ)に、私は心底驚かされた。もしかしたら私の出番は必要無かったのかも知れない。

 

ヤマ「もう…、約束だからね」

 

そんな大鬼にヤマメは腕を組んでため息を吐くも、微笑みながら大鬼の謝罪を受け入れた。

 

勇儀「ちゃんと謝って偉いぞ」

 

大鬼の頭を撫でて褒めてやる。これで一件落着、

 

勇儀「でもそれはそれ。カズキのとこ行くぞ」

 

とはいかせない。

 

大鬼「えーーーっ!?やっぱり行くのー!?」

 

大鬼が大声で拒否反応を示した時、私の背後から笑い声が聞こえて来た。

 

??「あははは。大鬼、また喧嘩して来たのか?」

 

鬼助だ。大鬼の事を冷やかしにでも来たのだろう。

 

大鬼「だったら何だよ…」

 

ニタニタと笑う鬼助を睨みつける大鬼。だが鬼助の背後から現れた彼女の登場に、

 

大鬼「!!」

 

大鬼は目を皿にし、顔を真っ赤にした。

 

萃香「大鬼…、おかえり」

 

2人を包み込む温かく、甘酸っぱい雰囲気。その間に挟まれた私は、

 

勇儀「(い、いずらい…)」

 

居心地の悪さを感じていた。それは私だけでは無かった様で、

 

黒猫「フシャーッ!!」

 

再び毛を逆立てて、威嚇の姿勢を取る地霊殿のペット。しかもその標的は事もあろうに……親友。妖怪だけでは無く、鬼にまで威嚇するなんて…。いいね、気に入った。

 

萃香「また、喧嘩しちゃったの?」

 

鈴を転がす様な声で大鬼に尋ねる親友。普段では絶対に聞く事が出来ない声に、「どこから出しているんだ?」と疑問に思うと共に、「気持ち悪っ!」と思ってしまう。

 けどこれが思いの外、大鬼(コイツ)には効果が抜群で、

 

大鬼「……うん」

萃香「仲直り…しなきゃダメだよ?」

大鬼「うん…。仲直りして来る」

 

この様にあっさりと言う事を聞く。

 私が言っても渋るクセに、どうしてこうも違うのだろう?流石萃香とでも言ったところだろうか。それとお燐。さっきからフシャーフシャー五月蝿い(うっさい)。さっきまで大人しかったのに、ここに来て急にどうした?

 

萃香「私、待ってるから。仲直りして来てね♡」

 

頬を赤く染め、眩しい笑顔で大鬼を送り出す親友。その笑顔は汚れのない少女その物。彼女の場合はその威力は絶大で、

 

ヤマ「きゃーっ!かーわーいーいー!」

鬼助「……萃香さん、それは卑怯です」

黒猫「フシャーーーッ!!」

 

周囲の連中までを巻き込む。ヤマメは火照った頬を隠す様に手を当てて奇声を上げ、鬼助は不意打ちに耐え切れず、表情を隠す様に他所を向き、お燐は………五月蝿い(うっさい)

 そして大鬼はと言うと、

 

大鬼「〜〜〜っ」

 

先程よりも赤く実り、口元が緩んでいた。この幸せ者め…。大鬼もその気になってくれたみたいだし、出荷するなら今だろう。

 

勇儀「じゃあ大鬼行くぞ。

   それとヤマメは上がって待っていてくれ。

   詫びに夕飯作るから食べていきなよ。

   あ、萃香と鬼助も食うだろ?」

  『え?』

勇儀「それじゃあ留守を頼むよ」

 

客人達に留守番を頼み、大鬼を引き連れて、いざ私の戦場へ。

 

 

--勇儀が去った屋敷では--

 

 

ヤマ「ねー…、誰か最近勇儀の作ったご飯を食べた

   事ある人、いる?」

萃香「わ、私は全然…」

鬼助「オイラは以前、パルパルとそれを回避しまし

   た」

ヤマ「大鬼君のご飯を作っているのって勇儀?」

  『いやいやいや、まさかまさかまさか…』

ヤマ「…」

萃香「…」

鬼助「…」

  『不安だ…』

 

不穏な空気に包まれていた。

 

黒猫「ニャー?」

 

 

 




次回【三年後:お母ちゃん】


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三年後:お母ちゃん

 全身が筋肉痛で動けないと言う大鬼をおぶり、辿り着いたのは商店街。更に中心部へと歩いて行くと、『和』の(のぼり)が目に付く。そこは極々普通の肉屋。

 ここの店主は、焼肉会の時に毎回世話になっている上、賭博場の顔馴染みだったりするのだが…。

 

??「あ、やっと来た」

??「フッフッフッ…。待ちわびたぞ」

 

そこに居たのはヤツ(パルスィ)と不気味に微笑むキスメに、

 

子鬼「…」

 

頭にコブを作り、目に涙を浮かばせているカズキ。刑は執行されたようだ。そして、

 

女鬼「あら〜、勇儀ちゃん。いらっしゃい。

   ごめんなさいね~、家のバカ息子が大鬼君に

   ま~たちょっかい出して」

 

肉屋の奥さんでカズキの母親。大きな身体で、その体格に見合った器を持ち合わせた肝っ玉母ちゃんだ。もう何人もの子供を育てている上、その勢いと竹を割ったような性格から、仲間達から「お母ちゃん」と呼ばれ、親しまれている。

 どうやら既にヤツ等から事情を聞いているようだ。

 

お母「ほらカズキ!あんたも謝んな!」

 

カズキの頭を鷲掴みにし、強引に頭を下げさせる奥さん。

 

勇儀「いえいえ、こちらこそ意地悪をしてしまった

   みたいで…。ほら大鬼、下りて謝んな」

 

大鬼を背中から下ろし、背中を軽く一押し。カズキは大鬼を目の前にすると、気まずいとでも思ったのか、口を尖らせて横に視線を外した。

 大鬼は後姿しか見えないので、どんな表情をしているのか分からないが、カズキと似た様な物だろう。互いにどちらが先に口を開くのか、様子を見合う状態が続く……………と思っていた。

 しかしそれは違った。真っ先に口を開いたのは………大鬼。

 

大鬼「カズキ、さっきヤマメーが言ってた。

   基地(あそこ)を仲良く使ってくれないと

   悲しいって」

カズ「……だから?」

大鬼「だからあそこでは仲良くしよ」

 

私は思わず目を見張った。大鬼は先程の事を反省し、カズキに自分の考えを真っ直ぐに伝えたのだ。

 

パル「へー、一応分かったんだ」

キス「フッフッフッ…、これも成長」

 

彼女達もその事に思うところがあったのだろう。嬉しそうに微笑みながら、大鬼の事を見つめていた。

 

お母「大鬼君偉いじゃない!カズキ!

   何か言う事あるんじゃないの!?」

 

今度はカズキの番。両手に拳を作り、一生懸命『その言葉』を振り絞ろうとしていた。だが暫く待ってもそれは、カズキの口から出て来ることは無かった。

 ふと肉屋の奥さんの方へ視線を向けると、眉間に皺を寄せ、腕を組みながら人差し指で一定のリズムを刻んでいた。痺れを切らせる一歩手前。誰もがそう思う状態だった。

 そんな中、ついに動きが。カズキに差し出される小さな手。そして、

 

大鬼「カズキ、意地悪してごめん」

カズ「…悪口言ってごめん」

 

その手を握り、恥ずかしそうにしながらも、ようやくカズキが『その言葉』を口にした。これには本当に驚いた。まさか大鬼がここまでやるなんて。私も鼻が高い。帰ったら思いっきり褒めてやろう。いや、それよりも…。

 

お母「大鬼君ごめんね。ありがとうね。

   ご褒美にアメちゃんあげる。

   勇儀ちゃん達にも、ほらアメちゃん」

  『あ、ありがとうございます…』

 

和やかに微笑む肉屋の奥さんから差し出された飴玉。コレが差し出されたという事は、この話はもうお終いという事。これはもはや恒例行事。ホントにこの人は…。

 

お母「あ、そうそう。大鬼君、身体大丈夫?

   まだ痛い?」

 

心配そうに大鬼を覗き込む肉屋の奥さん。大鬼の筋肉痛の事を気にしてくれているみたいだ。深い理由は知らないと思うが、「大鬼は暴れると動けなくなる」これはこの町ではもう有名な話になっている。

 

大鬼「うん…」

 

まだ全身に痛みが残っているのか、大鬼は苦痛な表情を浮かべながら返事をした。

 

お母「それならコレあげるわ。

   家ではもう使わないから」

 

差し出されたのは掌に収まる程度の容器。(ふた)を開けて中を見てみると、固形化した白い物体が入っていた。

 

勇儀「薬…ですか?」

 

中身が何なのか分からず、首を傾げながら尋ねると、彼女は「待ってました!」とでも言うように、嬉しそうに勢いよく語り出した。

 

お母「それがね、聞いてよ~。一週間くらい前に、

   家の旦那がギックリ腰をやったのよ。

   鬼だって言うのに笑っちゃうでしょ?

   普段からお酒ばっかり飲んで、運動してない

   からそういう目に遭うのよ、ねー?

   口調だけじゃなくて、体まで爺臭くなって来

   たんだから。おまけに杖までついて診療所に

   行ったのよ。もうそれは完全にジジイよ。

   おまけにね………。

   --20分後--

   で、それはその時旦那が貰った薬の残りよ。

   お酒を飲み過ぎたときの二日酔いや疲労、

   怪我に効くんですって。本当は飲み薬らしい

   んだけど、塗り薬として使っても良いんです

   って。鬼用の薬だから大鬼君の場合は、

   溶かして布に浸して、皮膚に当てる感じで

   使ったらどうかしら?」

勇儀「あ、ありがとうございます。

   帰ったら早速使ってみます」

 

奥さんの勢いに圧倒されて話が所々入って来なかったけど、まあ、大丈夫だろう………多分ね。

 

お母「それじゃあね。勇儀ちゃん、困った事があっ

   たら何でも言ってね。相談に乗るから。

   大鬼君もお大事にね。

   またカズキに何か言われたら言いなよ?

   『お母ちゃん』が怒ってあげるから」

 

ホントにこの人には頭が上がらない。いつも大鬼の事で迷惑をかけていると言うのに、嫌な顔一つせず、私達の事を受け入れてくれて、その上助けてくれて。保護者としてまだまだ未熟者の私にとって、この町の『お母ちゃん』は私の憧れの人だ。

 

 

 

 

 

 肉屋の奥さんに別れを告げ、再び動けない大鬼をおぶり、客人達の待つ実家へと足を運ぶ。

 

パル「相変わらずの『お母ちゃん』節だったね」

キス「フッフッフッ…。あの勇儀がたじたじ…」

 

コイツ等と共に…。

 折角肉屋に来たので、大鬼用のバラ肉を買って帰る事にした。受け取る時に「みんなで食べな」と言って、少しおまけしてくれた。今日2人には大鬼が世話になったんだし、礼もしたいな。

 

勇儀「なあお前さん達。今日はありがとうな。

   礼と言っちゃなんだが、夕飯食べて行けよ。

   萃香とヤマメと鬼助も誘ってるんだ」

  『えっ?』

 

2人の表情が急に曇り出した。

 

勇儀「何か予定でもあったか?」

パル「わわわわたしは、何も………」

キス「フッフッフッ…。私は今日夜勤」

パル「キスメず………妬ましい…」

勇儀「そうか、それは残念だな。

   じゃあ代わりに後で夜食を持って行くよ」

キス「フッフッフッ…。ファッ!?」

 

いつも通りに不気味に笑った後、珍しく身体を跳ね上げて目を丸くするキスメ。どうも様子がおかしい。いや、キスメだけじゃない。さっきからヤツの様子も変だ。

 

勇儀「おい、お前さん達。何か隠してないか?」

 

眉間に皺を寄せ、睨む様に2人に視線を向ける。

 

パル「そそそそそんな事無いよ。

   喜んで頂くよ。ね?キスメ?」

キス「ファファファッ!?うんうんうん…」

 

慌てて前言撤回する2人が気になるが、それよりも私の背で小刻みに震え、

 

大鬼「クククク…」

耳元で笑いを堪える大鬼(コイツ)の方に意識がいく。

 

勇儀「大鬼、何がおかしいんだ?」

大鬼「え?だって……ククク」

勇儀「あ?」

大鬼「なーいしょ。お楽しみに。

   パルパルとキスメーはもっとお楽しみに。

   早く帰ろ、萃香ちゃん達が待ってるよ」

  『???』

 

 

--小僧移動中--

 

 

 途中で夜勤だと言うキスメと別れ、夕飯の買い物を済ませて実家に戻ってきた。今日はいつも以上に人数が多いが、結局のところ分量が増えるだけで、手間は然程(さほど)変わらない。どうって事のない日課の延長だ。……なのに。

 

鬼助「姐さん何か焼く物ありますか!?」

萃香「ご飯何を作るの!?何か手伝う事ある!?」

ヤマ「というか、やるよ!?」

 

私が玄関の戸を開けた途端、親友と鬼助とヤマメが血相を変えて慌てながらやって来た。

 

パル「味噌汁作ろうか!?」

 

それにお前さんまで…。手伝ってくれるのは嬉しいけど、それだと礼じゃあ無いみたいで、私の気が済まないんだよなぁ…。

 

大鬼「クククク…。お、お腹痛い…」

 

また私の背で小刻みに震える大鬼。しかも今度はさっきよりも必死に笑いを堪えている。限界スレスレと言ったところだろう。見なくても分かる。絶対にそうだ。

 

棟梁「おかえりなさい。ふふふ」

 

腕にお燐を抱え、笑いながら棟梁様(母さん)が迎えに来てくれた。

 今日は親方様(父さん)と2人で昼食を食べると言って、昼前から留守にしていた。どうやら私達と入れ違いだったようだ。

 背中の大鬼を下ろしながら、棟梁様(母さん)にその笑顔の真意を尋ねる。

 

勇儀「帰ってたんだ。で、何で笑ってるんだい?」

棟梁「ふふふ、だってねぇ。ふふふ…」

 

だが袖で口元を隠して、笑いながらお茶を濁された。まったく…。大鬼といい棟梁様(母さん)といい、何がそんなに面白いんだ?

 

鬼助「姐さん!」

ヤマ「勇儀!」

萃香「勇儀!」

パル「勇儀!」

  『手伝わせて!お願い!』

 

4人揃って頭を下げた。 何でそんなに必死に………。私も馬鹿ではない。遅くなったが、彼女達の不可解な行動の理由について、ようやく気付いた。

 

勇儀「そうか、本当に手伝ってくれるのか?

   そうすればお前さん達の気は済むのかい?」

  『もちろん!』

勇儀「だが断る」

  『ナニッ!!』

 

私の一言目で安心の色を見せた彼女達だったが、二言目で揃って絶望に満ちた表情に変わった。その表情があまりにも面白かったので、

 

勇儀「今日はお客さん多いし〜、いつもよりも~、

   気合い入れて頑張っちゃおうかな〜?」

 

意地悪を続行。立てた左の人差し指を頬に添え、可愛らしく、お茶目に振る舞う。

 

   『…』

 

誰も言葉も発せず、全員真顔。というより硬直。その静けさから先程の自分が恥ずかしくなって来た。

 

勇儀「と、とにかく!飯は私一人で作るからな!」

 

顔が火照ったまま、腕を組んでそのまま台所へと向かった。

 




次回【用量用法を守って正しくお使い下さい】


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三年後:用法用量を守って正しくお使い下さい

 小皿に取った汁を(すす)り、最後のチェック。

 

勇儀「うん、よしよし」

 

いつもと変わらない味付けだ。問題なし。あとは落し蓋をして煮込めば出来上がり。なのだけれど…、

 

 

じー…

 

 

背後から多数の強い視線を感じる。視線の出所は親友、ヤマメ、パルスィそして鬼助だろう。後でコイツらの驚く顔を想像すると、(おの)ずと笑いが込み上げて来る。今に見ていろよ。

 

??「ねー勇儀、ホントに何か手伝う事ない?」

 

この声は………萃香か。どうも落ち着いて待つ事が出来ないみたいだ。

 

勇儀「そうだなぁ…。あっ、だったら大鬼にコレを

   付けてあげてくれないか?」

 

後ろを振り向き、肉屋の奥さんから譲って貰った容器を親友に手渡す。

 

萃香「ん?何これ?」

 

渡された親友は先程の私と同じ反応を示した。

 

勇儀「筋肉痛とかに効く薬だってさ」

パル「『お母ちゃん』さんがくれたの」

 

現場にいた私とパルスィで説明員に徹する。

 

ヤマ「へー、どうやって使うの?」

 

興味津々といった様子で、ヤマメは親友の手元を覗き込みながら尋ねてきた。その質問に答えるため、肉屋の奥さんが言っていた事を思い起こす。その殆どが抜け落ちているので、必死に記憶を手繰(たぐ)り寄せる。そんな中、頭を過ぎったのは『酒』『溶かす』『布に浸す』という事。

 私はもうあまり使っていない(ます)を取り出し、導き出した答えと共にそれをヤマメに渡した。

 

勇儀「この中に薬を入れて、『酒』で『溶かす』。

   それで『布に浸し』て大鬼に巻き付ける」

 

うん、これだろ。間違いない!

 だが視界に入るコイツらの目付きといったら…。

 

パル「勇儀、それ絶対違うと思う…」

 

全否定ときたもんだ。

 

勇儀「じゃあお前さんは覚えてるのか?

   一緒に居ただろ?」

パル「いや…、勇儀がちゃんと聞いていると思って

   いたから…」

ヤマ「2人して『お母ちゃん』さんの迫力に負けて

   たんだ…」

  『お恥ずかしながら…』

鬼助「でも酒で溶かす薬なんて、

   聞いた事無いですよ?」

勇儀「まあ物は試しだ。

   違ったらその時はその時だ」

  『えー…』

萃香「お酒はどうするの?何でも良いのかな?」

勇儀「んー…。少し勿体ない気もするけど、

   安いやつとか調理酒とか…」

 

とボヤいてみるが、それらも金を出して買った物。屋敷で生活している以上、金の面については気にする事はないのだが、一人暮らしが長かったのもあって、私のケチ症がそれを許さない。何かタダで……

 

勇儀「あ、良いのがある」

  『何?』

 

私の閃きに興味を示す客人達。だが次に私が何気無く放った言葉が、

 

勇儀「『酒が無限に湧き出る瓢』」

  『はーーーっ!?』

 

全員の度肝を抜く事になった。

 

鬼助「いやいやいやいや、何でアレがここにあるん

   ですか!?」

ヤマ「それって鬼達の宝でしょ!?」

パル「お宝…。妬ましい…」

萃香「私の実家にあるはずなのに…」

勇儀「あー、そうなんだけど…」

 

私が連中に事の成り行きを説明しようとした時、

 

??「お、今日は客が多いなぁ」

 

首にタオルをぶら下げ、全身から湯気を出した親方様(父さん)が客人達の背後から声を掛けた。風呂にでも入っていたのか?

 

パル「こんにちは」

ヤマ「おじゃましてまーす」

 

と、ここまでは普通。親方様(父さん)も笑顔で返事をした。だが残りの2人はそうはいかない。

 

鬼助「親方様(おやかたさま)、お勤めご苦労様です!

   この度は娘さんに呼ばれ、おじゃまさせて頂

   いている次第です!」

 

深々と頭を下げて失礼の無いように、丁寧にかたい挨拶をする弟分。だがこれは鬼達では当たり前の挨拶。親方様(父さん)を前にすれば鬼達は皆こうなる。忘れられては困るが、親方様(父さん)は立場上2番目のポジション。そう、私の父はこの町で2番目に偉い!

 

親方「おう、楽にしな」

 

綺麗なお辞儀を決めている弟分に、親方様(父さん)は他の鬼達と変わらぬ、いつも通りの言葉を返し、そして…。

 

萃香「親方様(おやかたさま)、お勤め…」

 

親友も弟分に習って同様の挨拶を…

 

親方「ガッハハハハ、何だよ改まって。

   萃香久しぶりだな。いつも通りに呼んでくれ

   よ」

 

その姿が可笑しかったのか、親方様(父さん)は高笑いと共に「(かしこ)まるな」と友好的に命じた。

 

萃香「では、お言葉に甘えまして…」

 

その命令に親友は、一度瞳を閉じて軽くお辞儀をすると、

 

萃香「おじさん久しぶり〜!家の親父と相撲を取る

   って聞いたけど、ホント?」

 

表情を明るくして、普段通りの親方様(父さん)が慣れ親しんでいる親しげな口調で、相撲の件の真相を尋ねた。

 

親方「おう、本当だ。

   だから今まで鍛錬に行っていたところよ!」

萃香「本気…、なんだよね?」

 

親友は笑顔で答える親方様(父さん)を見上げながら、恐る恐る顔色を伺うように重ねて質問をした。親方様(父さん)の返答次第では、今年の祭について本腰を入れて見直さないといけなくなる。私達は固唾を呑んでその言葉を待った。緊迫した空気が漂う中、とうとう親方様(父さん)が険しい顔つきで口を開いた。

 

親方「ああ、今日昼飯を食いに行った(つい)でに、

   伊吹の所に寄ったんだ。

   そしたら『本気で取りに行く』って()かし

   やがってよ」

萃香「親父が本気…」

 

その言葉にこの場の全員が下を向き、黙り込んだ。事情を知らなかった2人の妖怪も、どうやらある程度察したようだ。再び私達は無言になり、グツグツと料理を煮込む音だけが聞こえていた。

 

鬼助「本気(マジ)っすか…」

 

ボソッと小声で呟いた弟分の一言に、

 

  『鬼助つまらない!』

 

全員でダメ出し。本人はそんなつもりではなかったと思うが、思いの外これが静寂に包まれていた雰囲気に風穴を開けた。

 

勇儀「まあ、それは飯を食ってから考えよう。

   それで父さん。あの瓢はまだあるかい?」

親方「おう、あるぞ。今日持って行き忘れてよ」

 

頭を掻きながら自分の失態を恥じる親方様(父さん)。でもお陰でこっちとしては好都合。

 

萃香「おじさん。何でここにアレがあるの?」

親方「借りた」

 

親友の問いに3文字でまとめた。「幾ら何でもそれでは誰も納得しないだろう」と思っていると、

 

  『へー…』

 

まさかの全員が納得した。え、終わり?もう少し食い下がってもいいんじゃないか?結構面白いんだぞ、その話。

 

萃香「それでおじさん、それ借りてもいい?」

親方「いいが、飲むのか?だったらそれよりも…」

 

「美味い酒がある」と言うつもりだったのだろう。けど私達は飲むために求めている訳ではない。

 

鬼助「いえいえ…、そうではないんです。

   大鬼の薬に使うんです」

 

そこに弟分が申し訳なさそうに、その用途を簡単に説明した。

 

親方「は?薬に?酒を?」

 

鬼助の言葉に目を点にし、首を傾げる親方様(父さん)

 

ヤマ「らしいです…」

パル「絶対に違うと思いますけど…」

 

全員が私の記憶に疑問を持っている。料理の事といい、さっきから信用が無さ過ぎじゃないか?終いにゃ泣くぞ?

 私が一人傷心していると、程よく濃くなった醤油の良い匂いがしてきた。そろそろ火加減を調節し、また暫くすれば頃合いだろう。

 

勇儀「大丈夫だって。

   もう直ぐで飯が出来るから行った行った。

   父さんは風呂、皆は大鬼を頼むよ」

 

私は「邪魔だから向こうへ行け」と手で合図を送りながら、全員をこの場から追い払った。いつまでも居られると(はかど)らないし、見張られながらなんてやり辛い。

 外野連中が居なくなり、台所には私一人。大きく深呼吸をして、再び調理開始。

 

 

--鬼再調理中--

 

 

勇儀「おーい、出来たぞー」

 

焼いたバラ肉が山になって盛られた大皿を持って広間へ。客人が多いので今日はここで夕飯だ。そしてこの肉は…まあ言わずもがな。私が広間に着くとそこには、

 

??「勇〜儀〜、ご飯まら〜?」

??「姐さんの手料理…。

   オイラは猛烈に感動しています!」

 

顔を赤くして呂律(ろれつ)が回っていない親友と、暑苦しい涙を流す弟分の姿が。コイツ等…、飲みやがったな…。

 そして、ふと視線を移すとこれまた顔を赤くして、呆けている大鬼の姿。腕と足に包帯を巻き付けているところを見ると、私の指示通り薬を付けてくれたみたいだ。と、そこに2人の妖怪が不安そうな顔つきで近寄って来た。

 

ヤマ「勇儀、あれホントに大丈夫かな?」

パル「大鬼、出来上がっちゃってるよ?」

勇儀「え?何で?」

ヤマ「あのお酒かなりキツイよ」

パル「私は臭いでアウト」

 

そんなにキツイ酒なのか?この間はなんだかんだで結局飲めなかったから、その事を知らない。でも鬼助と萃香が酔っ払っているって事は、そういう事なのだろう。

 

勇儀「という事は…、匂いだけで酔っ払った?」

  『そうでしょ!!』

 

やってしまった…。素直にそう思った。大鬼の事が心配になり、様子を見るために近付いて声を掛ける。

 

勇儀「大鬼、大丈夫か?」

 

すると大鬼はぼんやりと私を見つめ、返事をしてくれた。

 

大鬼「あー、ユーネェ。頭がボーッとするけど、

   すごい身体が楽になったよ。

   もうどこも痛くない」

勇儀「本当か!?」

 

何という即効性。使い方は正しかった。この事を皆に自慢したくて、

 

勇儀「もう大丈夫だってよ!

   ほれ見ろ、やっぱり間違ってないだろ!?」

 

声を張ってドヤ顔をしてやった。

 

  『いやいやいやいや…』

 

顔の前で手を左右に振り、「それでも違う」と言いたげな表情を浮かべる妖怪達。

 

萃香「ふぇ〜?なにら〜?」

鬼助「良かったですね姐さん!感激です!」

 

そして話を聞いていない親友に、暑苦しさに磨きの掛かる弟分。もうお前さん達コレ禁止な。それと…。

 

??「ふふ、お前さんは可愛いな〜♡」

黒猫「ニャーン♡」

 

お燐を膝の上に乗せて戯れる棟梁様(母さん)。さっきからずっとこの調子だ。しかもお燐の方が棟梁様(母さん)に好んで擦り寄っている様に見える。

 町で一番偉いからな。(こび)を売っているのだろう。……だとしたら頭が良すぎないか?

 それはそれとして、飯だ!ヤマメに大鬼から包帯を外す様に頼み、パルスィには面倒くさい2人の介抱を指示し、母さんには

 

「父さんが風呂から出たら飯にするから、

 いい加減にして手を洗って来い!」

 

とは強く言えないので、下手(したて)にやんわりと

 

勇儀「父さんが風呂から出たら夕飯にするから、 

   そろそろ手を洗って来てくれるかい?」

 

伝えて、私は配膳へと取り掛かる。

 

 

 




次回【三年後:8人+一匹】


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三年後:8人+一匹

  『いただきます』

 

 親方様(父さん)が風呂からあがり、全員が揃ったところで食事を開始。こんなにも大勢で食べるのは久しぶりだ。

 私の右隣に大鬼を座らせ、左には棟梁様(母さん)親方様(父さん)と続き、鬼助、ヤマメ、パルスィ、萃香の順で食卓を囲む。大鬼の右隣がちょうど萃香になる配置だ。

 酔っ払い共はもうすっかり酔いを覚まし、平常心を取り戻しているはずなのだが…。

 

萃香「…」

大鬼「…」

 

尚も赤い顔で体を小さくして、無言のまま下を向く親友と大鬼。

 萃香よ…、そうなるなら何故大鬼の隣に座った?配膳終えて、座る位置を考えている時に、真っ先に「大鬼の隣がいい」と言って来たから、希望通りにしてやったと言うのに…。これなら正面の鬼助の位置の方が良かったんじゃないか?

 そしてその弟分はというと、

 

鬼助「意外にも見た目は…」

ヤマ「う、うん。普通だけど…」

パル「いい匂いもしてる…。妬ましい…」

 

ヤマメとパルスィ達と共に、箸を持ったまま硬直していた。事情を察している棟梁様(母さん)の発案で、客人達が先に一口食べる事になっている。つまり、彼等が食べないと私達は食べられないのだ。

 

親方「ほら鬼助とっとと食え!これは親方命令だ」

 

悪そうに笑いながら、権力を使う我が家の底辺。どうやら親方様(父さん)も事情を察しているようだ。鬼助の背中を力強く叩いて後押しすると、鬼助は驚いた顔をした後、一度大きく深呼吸をし、

 

鬼助「で、では…。逝かせて頂きます!」

 

覚悟を決めた表情で料理に勢い良く箸を伸ばした。

 

ヤマ「がんばっ!」

パル「骨は拾ってあげる」

 

男を見せる鬼助にエールを送るヤマメとパルスィ。

 そして私達一家が注目する中、鬼助は強く目を閉じ、震えながらその一口を…、

 

鬼助「モグ………」

 

放り込んだ。

 

  『どう!?』

 

その瞬間、鬼助は目を見開いて大声で叫び出した。

 

鬼助「()()にうめぇー!ちょっ、ヤマメとパルパル

   食ってみろよ!」

ヤマ「え?そうなの?じゃあ…」

パル「う、うん…。いただきます…」

 

鬼助に薦められ、2人共一口…。

 

  『モグモグ………!!」

 

そして鬼助と同様、私の期待通りの表情を浮かべた。これだ、私はこれを待っていたんだ。でも…。

 

ヤマ「ホントだ!()()に食べれる!」

パル「…」

勇儀「お前さん達…。普通普通って…。泣くぞ…」

鬼助「いやいや、オイラは美味しいって言いました

   よ!?」

ヤマ「でも先に『普通』って言ったの鬼助だよ?」

鬼助「そういう事じゃないから…」

親方「お?なんだ鬼助。勇儀ちゃんの料理に文句が

   あるのか?」

 

ボキボキと大きな拳を鳴らして鬼助を睨み付ける父さん。先程から鬼助がいる事をいい事に、ここぞとばかりに地位を利用している。ホントにせこい…。

 

鬼助「えーーー!?そんな事、一言も言っていませ

   んけど!?」

勇儀「しくしく…。鬼助が私の料理を…」

ヤマ「あー、鬼助泣かせたー!」

親方「よし鬼助、表に出ろ!」

鬼助「いやいやいやいや!だから違いますって!」

  『あはははは』

 

 騒がしい食卓。こんなにも大勢でとなればもう宴だ。いつもの棟梁様(母さん)なら怒るところだろうけど、さすがに今日は大目に見てくれている様で、優しく微笑んでその様を見守ってくれていた。

 そんな騒がしい中でも、別世界に行っているのが…。

 

大鬼「…」

萃香「…」

 

尚も箸すらも持たずに、俯いたままの2人。いや、時々視線は合っているみたいで、顔が赤くなったり、元に戻ったりを繰り返している。まあこの2人がそれでいいなら、それでもいいだろう。

 ただもう一人が…。

 

パル「勇儀の美味しい料理!

   大鬼…妬ましい…。

   勇儀の手料理!

   大鬼…妬ましい…。

   勇儀の…勇儀の…勇儀のーーー!

   大鬼…大鬼…大鬼…妬ましいー!」

 

飯を食べては妬み、飯を食べては妬みと忙しない。でもまあ、これは…知ってた。こうなるのは知っていた。

 

勇儀「おい、パルスィ。食うか妬むかどっちかにし

   ろよ」

パル「じゃあ…………………………………食べる」

 

暫く視線をキョロキョロと左右に泳がせて、ようやく決心した。

 

勇儀「そうしろ。私がせっかく作ったんだから、

   ちゃんと味わえよ」

 

少し厚かましいかも知れないが、コイツにはこれくらいが調度いい。じゃないとすぐ勘違いしやがる。

 

パル「それは私へのプロポーズ?」

  『どうしてそうなる!?』

 

ここは満場一致。アレでもダメか…。コイツは本当に…。ここまで行くと流石に…。

 思考がぶっ飛び過ぎの橋姫に顔を引きつらせていると、何かが左足に擦り寄る感触が。お燐だ。こっちから来た事を考えると、さっきまで母さんの所にいたのだろう。

 

黒猫「ニャーン」

勇儀「あ、悪い。お前さんの飯を忘れてた。

   何がいいかな?」

 

私がそう言うと、お燐は首を大きく横に振った。「いらない」という合図なのか?

 

勇儀「いらないのか?」

 

尋ねてみると、首を縦に振った。そういう事らしい。それにしても頭のいい猫だ。流石あの主人のペット。

 

パル「ん?その猫何?」

勇儀「あー、地霊殿の猫だよ」

ヤマ「さっき私威嚇されたんだよ」

鬼助「でもあの時だけだろ?」

ヤマ「うん…、でもやっぱり私は犬派だなぁ」

棟梁「そう?人懐っこくて可愛いじゃない」

親方「それが何でまたここに?」

勇儀「あーそれは…」

 

私が父さんの質問に答えようとした時、

 

黒猫「フシャーーーッ!!」

 

お燐が毛を逆立てて、また威嚇の姿勢を取った。

 

ヤマ「え?え?え?なに?なに?なに?」

鬼助「うわっ!急にどうした!?」

親方「んー?」

棟梁「あらあら、何かしら?」

パル「ん?この匂い…」

 

その視線の先、威嚇の矛先は…。

 

パル「嫉ーーーーーっ妬(しーーーーーっと)!!」

 

急に叫び出す嫉妬妖怪。突然の事に私を含め、その場の全員が一斉に彼女に注目した。

 

ヤマ「ちょっ、どうしたのパルスィ!?

   ご飯中だよ!?落ち着いて!」

パル「ご馳走の匂いがする。しかも特上の!」

鬼助「は?何も匂わないぞ?」

パル「匂う…匂う!嫉妬の匂いが!その猫から!」

  『はあーーーっ!?』

 

嫉妬心を操り、嫉妬心を好物とするパルスィ。そんな彼女が指差した先にいるのは、萃香に威嚇するお燐。

 猫が嫉妬?そう言えば、お燐は大鬼に会いに来たんだったよな。

 私はお燐を連れて来た理由を思い出し、依然として2人だけの世界から出て来ようとしない大鬼に、「そろそろいい加減にしろ」と肩を叩いた。

 

大鬼「あっ、え?なに?」

勇儀「あのな、今日地霊殿行って来たんだよ。

   そしたらそこの猫がお前さんに会いたいって

   言うから、連れて来たんだ。

   ちょっとは相手してやれ」

 

私がそう言うと大鬼はお燐の方へ視線を向けた。

 

大鬼「あ、ホントだ。遊びに来てたんだ」

黒猫「ニャ〜〜〜ン♡」

 

大鬼に声を掛けてもらったお燐は、すぐに威嚇の姿勢を解き、嬉しそうに鳴き声を上げた。そして大鬼に近付いて行き、食事の邪魔をしないように背後で寄り添う様に丸くなった。

 

パル「あ、消えた…」

 

と、同時にコイツが大人しくなった。ご馳走までもう少しのところだっただけに、それはガックリと項垂(うなだ)れ、見るからに残念&無念といった様子。

 

鬼助「パルパルどうした?」

ヤマ「嫉妬が無くなったの?」

親方「がっははは、それは残念だったな」

 

その橋姫を哀れむ者達。だがその顔はどこか安心をしている様でもある。

 

棟梁「はいはい、もうご飯を食べましょ」

 

手を「パンッ」と叩き、一同の気持ちを入れ替えさせる棟梁様(母さん)。それを合図に皆が姿勢を正し、料理と向き合う。こういうところは私では真似ができない。さすがだ。

 

鬼助「大鬼、その肉食べないならよこせ」

大鬼「食べるから!」

勇儀「おい萃香、そろそろ帰って来い。

   飯がなくなるぞ」

萃香「ふぇっ!?ごごごこめん。いただきます」

 

親友の最初の一口。皆が彼女の第一声に注目していた。さて…、お前さんにはちゃんとした感想を期待しているぞ。

 

萃香「あ、普通だ」

 

いかん…、目頭が…。

 

 




次回【三年後:9人】


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三年後:9人

  『ご馳走様でした』

 

温かいお茶と共に食後の休憩。

 

ヤマ「ん?勇儀それ何?」

勇儀「キスメのだよ。今日世話になったからな。

   夜勤だって言っていたから、あとでお前さん

   かパルスィで届けてやっておくれよ」

ヤマ「うん、わかった。

   でも勇儀、料理が上手になったよね」

勇儀「そ、そうか?ありがとう」

パル「私、幸せ♡」

勇儀「ああそうかい。そいつは良かったな」

 

私達が他愛も無い話をしている中、もう一つのグループでの話題は

 

鬼助「親方様、萃香さんの親父さんの能力、

   ご存知でした?」

 

親友の親父さんの能力についてだった。その事に気付いた時、私達もその話に耳を傾け、いつの間にか吸い寄せられるように、会話に参加していた。

 

親方「そりゃまあな。昔からの付き合いだし、

   よく喧嘩もしたからな」

萃香「え?そうなの?」

勇儀「仲が悪かったのか?」

親方「もう随分と前の話だ。顔を合わせれば言い合

   いになって、それから殴り合いになって。

   そうだな、ちょうど大鬼とカズキみたいな仲

   だったぞ」

ヤマ「へぇー、そうだったんですか」

パル「大鬼とカズキ…。うっ、頭が…」

 

思い出に浸りながら語る父さんの話に、私達は聞き入っていた。私も知らない父さんの過去。武勇伝ばかり聞かされていた私にとって、この様な話は凄く新鮮だった。

 

親方「それで?何が聞きたい?」

勇儀「萃香の親父さんが、

   地底の天井に頭が付くくらいまで…」

 

私は親友から聞かされた最悪の情報が、何かの間違いである事を期待していた。しかし、

 

親方「おう、デカくなるぞ」

 

父さんは「当たり前だ」とでも言うように、平然とした表情で素早く答えた。

 

ヤマ「えーーー!?何それ!?」

パル「町が潰れちゃう…」

鬼助「やっぱり」

萃香「うーん。どうしよう…」

 

再び窮地に立たされた。この問題を解決できる手段なんてあるのだろうか?難題を目の前に、皆が口を閉ざして眉間に皺を寄せた。

 

大鬼「ほら、こうすると喜ぶんだよ」

棟梁「あらホントね。ふふふ」

黒猫「ニャーン♡」

 

静まり返る広間。大鬼と母さんがお燐と戯れている声だけが聞こえる。そんな中、口を開いたのがやはり…。

 

親方「ん?なんか困るのか?」

 

お気楽な父さん。

 

「あんたの事で悩んでるんだよ!」と全員が思っただろう。いや、正確には萃香の親父さんが発端なのだが…。

 

鬼助「正直に申し上げますと、親方様と萃香さんの

   親父さんの相撲会場の事で…」

 

痺れを切らせた鬼助がとうとう打ち明けた。もう私達だけでは解決の糸口でさえ見出せそうにない。これは悔しいが致し方ない。

 すると父さんは「意外」といでも言うような視線で、私達を見ながら語り始めた。

 

親方「お前達知らないのか?伊吹の能力の弱点」

  『弱点?』

 

私達は父さんが語った言葉に耳を疑った。そんな私達に父さんは更に続けて話し出した。

 

親方「確かに伊吹はバカデカくなれるが、

   その大きさだと一瞬、一秒も保たないぞ。

   あいつは能力を発動出来る時間と大きさが

   反比例するんだ」

勇儀「そうなのか?」

鬼助「初耳です…」

親方「萃香は知っていたんじゃないのか?」

萃香「ううん、私も知らなかった」

 

これなら何とかなるかも。みんながそう思ったはずだ。でも…。

 

鬼助「そこまで大きくならないにしても、

   勝負は短期決戦ですから、

   やっぱりかなりの大きさには…」

親方「ああ、なるだろうな」

 

そう、戦うのが相撲だという事。となれば萃香の親父さんは一瞬で終わらせに来るだろう。その戦法はおそらく…。

 

親方「だからよ、土俵は例年よりも大きくして

   欲しいんだ。

   アイツとは思いっきり闘いたいからよ」

 

やる気満々の強い眼差し。それはまさに戦士の目。

 

勇儀「わかった。出来るだけ広くするよ」

鬼助「でも姐さん場所はどうするんですか?

   観客席込みで広い場所なんてこの町には…」

大鬼「ねー」

萃香「無いよね…。何もない空き地みたいな所」

大鬼「ねーってば」

鬼助「いっその事、新しい空き地を作りますか?」

勇儀「いや、その後の事を考えると間に合わない」

  『うーん…』

大鬼「ねー!!」

 

大声で叫ぶ大鬼にみんなが注目した。いつの間にか萃香の隣に座って話を聞いていたみたいだ。やっぱりそこがいいんだな。

 

大鬼「無視しないでよ」

勇儀「悪い悪い。で、なんだい?」

大鬼「広い場所なら知ってるよ」

鬼助「どこ?」

大鬼「焼肉会のところ」

 

全員の目が点になった。町から離れているが、確かにあそこならば周りに何も無い。それに川の側だから整備も楽だ。

 

鬼助「姐さん!」

萃香「勇儀!」

勇儀「よし、明日からやるぞ!」

親方「がっははは!決まったな」

ヤマ「大鬼君ナイスアイディア!」

パル「勇儀の役に立って…妬ましい…」

 

予想外の者からの助言のおかげで、最大の難所を超える事が出来そうだ。

 

勇儀「大鬼、ありが………」

萃香「大鬼!凄いよ!ありがとう!」

 

私が礼を言う前に親友が飛び付きながら、私の代わりにその役を担った。大鬼にとってこれは最高の褒美だろう。

 

大鬼「すすすすうぃいいいいかちゃん!?

   あわわわわわ…」

 

予想通り奇声を上げながら赤くなった。そしてその光景に外野連中は、

 

鬼助「よっ!色男!」

 

笑いながら冷やかし、

 

ヤマ「きゃーっ!急接近!!」

 

大好物に鼻息を荒くして喜び、

 

パル「ねーたーまーしーーーぃ!!

   パルパルパルパルパルパルパル!!」

 

手にした布を噛みながら、いつも以上に妬んだ。

 パルスィ…。ソレ、台布巾だからな。あとで口を濯いでおく事を強くお勧めするぞ。

 

萃香「ふぇっ!?あああああたしなななにを!?」

 

咄嗟(とっさ)の行動だったのだろう。親友は自分のした事を赤く染まった顔で悔やみ出した。しかしその場から離れる様子は無く、逆に大鬼を抱擁するその腕に、力が入っている様に見える。「やはりわざとか?」と疑問を持ち始めた時、

 

黒猫「ニ゛ャーーー!フシャーーーッ!!」

 

またまたお燐登場。しかも今度はこれまで以上に怒りを露わにしている。それは今にも親友に飛び掛かりそうな程に。

 

パル「嫉ーーーーーっ妬(しーーーーーっと)!!」

 

そして極上の馳走の匂いに釣られ、叫びながら勢いよく立ち上がる嫉妬妖怪。先程とは違い、目の色が違う。いや、輝きが増していた。

 

ヤマ「なに!?またなの!?」

鬼助「パルパル落ち着けって!」

パル「無理!私…我慢出来ない。

   こんなに美味しそうなの………久しぶり!」

 

私は(よだれ)を垂れ流し、お燐に近づいて行く橋姫の姿に悪寒が走り、

 

勇儀「萃香!大鬼から離れろ!すぐに!!

   大鬼!()()を抱っこしてやれ!」

 

2人に急いで指示を出すと、親友は慌てて大鬼から離れ、大鬼はお燐に手を伸ばした。

 するとお燐は「待ってました」と言わんばかりに、大鬼の胸へと飛び込んでいった。

 

黒猫「ニャーン♡」

 

大鬼に抱えられて幸せそうに鳴き、思う存分に顔を擦り寄せながら甘えるお燐。もうすっかり上機嫌だ。

 

パル「あ、また消えた…。

   むー…、もう少しだったのに…。

   勇儀、妬ましいわ…」

 

こちらも平常心を取り戻した様だ。

 

萃香「私何かしたの?」

鬼助「さっきから大鬼絡みの事で怒ってません?」

パル「言われてみれば…」

棟梁「萃香が大鬼の側にいるのが嫌なのかしら?」

親方「だとしたら随分と嫉妬深い猫だな」

 

皆が首を傾げながらお燐を見つめる中、1人だけ天を見上げる者が。

 

ヤマ「んー…。どこかで…」

勇儀「ヤマメどうかしたのか?」

ヤマ「え?いやいや、何でもないよ」

 

何か考えていた様子だったが、苦笑いで手を振りながら否定された。

 

萃香「でも私猫好き。可愛いな〜」

大鬼「萃香ちゃんも触ってみたら?」

萃香「え〜、大丈夫かな?さっき凄い怒ってたし、

   引っ掻かれないかな?」

 

平和で何気ない2人の会話。だがこの場の全員が思っただろう。「やめておけ」と。

 

大鬼「抱っこしてるから、背中を撫でてみたら?」

 

大鬼はそう言ってお燐の顔を肩に乗せる様に抱き直した。

 

大鬼「お燐いいよね?」

 

お燐の耳元で囁くように尋ねる大鬼だが、そのお燐は凄く嫌そうな表情を浮かべていた。

 

萃香「じゃあ…」

 

大鬼の言葉に親友はお燐の背中へと恐る恐る手を伸ばした。指先があと少しで触れる。

 

ヤマ「思い出した!」

 

突然ヤマメが大きな声を出し、その声に驚いた萃香が慌てて手を引っ込めた。

 

勇儀「どうしたんだい急に?」

ヤマ「ごめん。うん、でも間違いないよ。

   その猫の名前、何処かで聞いた事があるって

   思ってたんだよ」

親方「地霊殿でだろ?」

鬼助「え?そんな事で?」

ヤマ「そうなんですけど、パルスィ覚えてる?

   この前さとりちゃんとお茶した時の事」

パル「あ、うん。でもそれがどうしたの?」

ヤマ「その時、赤毛の女の子がいたでしょ?

   その子の呼名も確か…」

パル「そうだ!お燐だった!」

 

目を丸くしながら納得し合う2人の妖怪。

 今日私が行った時、2人の言う『赤毛の女の子』は居なかった。居たのは動物達と主人だけだ。別の部屋にいたのか?それにその子の名前もお燐って…。

 

親方「おー、そう言えば居たな」

棟梁「え?」

鬼助「たまたまじゃないのか?」

パル「そうじゃないから…」

勇儀「どんなやつなんだい?」

 

当然の質問だ。私が言わなくても、いずれ鬼助あたりが同じ事を尋ねていただろう。ただそれがきっかけで、私達の表情が凍りつく事になろうとは、この時思ってもいなかった。

 

ヤマ「赤色のお下げ髪に、頭に黒い猫みたいな耳が

   あって、お尻から2本の尻尾が生えていて、

   語尾に『ニャ』が付くの…」

萃香「ウソ…」

パル「信じられないかもしれないけど、本当の事」

鬼助「なんだよそれ」

勇儀「共通点多過ぎだろ」

親方「それじゃあまるで…」

 

しかしこの2人だけは違った。

 

棟梁「お前さん気付いてなかったのですか?」

大鬼「そうだよ。それ、このお燐だよ」

  『えーーーーーっ!?』

 

大鬼からの正解発表に、何も知らなかった私達は体を()け反りながら驚いた。そしてその黒猫を食い入るように見つめていると、それは観念したかのように、ため息を吐いて大鬼から飛び降り、噂の彼女へと姿を変えた。

 




次回【三年後:嫉ーーーーーっ妬(しーーーーーっと)!!】


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三年後:嫉ーーーーーっ妬(しーーーーーっと)!!

  『えーーーーーっ!?』

 

目の前で起きた現実を受け入れられず、再び目を見開く私達に、彼女は照れ臭そうに頬を掻きながら、自己紹介を始めた。

 

お燐「ど、どうもニャ。この姿が初めての方は初め

   ましてニャ。さとり様のペットの火焔猫(かえんびょう)(りん)

   っていいますニャ。お燐って呼んで下さい

   ニャ」

ヤマ「そうそう、この子だよ!」

親方「いやはや、まさかあの猫だったとは…」

棟梁「お前さん、鈍感過ぎです」

鬼助「手品じゃないよな?」

大鬼「僕も最初そう思った。でも違うんだよ」

勇儀「いや〜、驚いたね」

 

黒猫が変身したという事に驚かされたが、変身したこの姿にも驚きだ。切れ長な目に赤い大きな瞳、可愛いらしいと言うよりも、美人の(たぐい)だ。しかもスタイルもいいときた。これはマズイ…。

 

萃香「な、な、な…。騙してたのね!」

お燐「そんなつもり無かったニャ!

   アタイは大鬼君に会いに来ただけニャ!」

萃香「へ、へぇ〜…。大鬼に何の用事で来たのよ」

 

互いに火花を散らすお燐と親友。これまでの流れから察するに、もしかしてお燐は…。

 

お燐「用(ニャ)んて(ニャ)いニャ!

   ただ会いたかっただけニャ!」

 

お燐のこの言葉に、私達は彼女の想いに気が付いた。

 

ヤマ「えーーー!萃香にライバル出現!?」

親方「ほほぅ〜。面白くなって来たな」

 

今後の展開を楽しみにする者達、

 

棟梁「やっぱりそういう事だったのね」

 

その事を薄々察知していた者、

 

鬼助「くっそー…、大鬼ずるいぞ!

   こんなにも可愛い子からもなんて!」

 

男達の夢を幼くして叶える大鬼を、滝の様に涙を流しながら妬む者、それぞれが違う反応を見せた。

 鬼助、お前さんああいうのが好みか…。あとパルスィがお前さんの事、(よだれ)を流しながら見ているからな。自分でどうにかしろよ。

 そしてその気持ちを知った親友は、

 

萃香「あんたねぇ…」

 

自分とは間逆のタイプのライバルを目の前に、スカートを握りしめてワナワナと震えていた。だが、突然大鬼の左腕にしがみつき、

 

萃香「私と大鬼は前から仲が良いの!

   通じ合ってるの!」

 

分かりやすく敵意を示した。

 

お燐「大鬼君から離れるニャ!困ってるニャ!」

 

親友にしがみつかれた大鬼はまた赤面し、あたふたしていた。困っている様に見えるかもしれないが、これは喜んでいる。なぜなら大鬼は…。

 「お燐には可哀想だが、勝ち目は無かろう」と思っていた矢先、

 

萃香「いや!困ってないもん!」

お燐「〜〜〜っ!ずるいニャ!」

 

お燐が空いていた右腕に飛び付いた。しかも、

 

 

ムギュ〜〜〜…♡

 

 

当てている。いや、山と山の間に押し込んでいる。間違いなくこれは意図的だ。

 昔の大鬼であれば何とも思わなかっただろう。しかしあれから月日は流れ、大鬼は成長した。と同時に、女を以前よりも意識する様になった。今では私とでさえ一緒に風呂に入ろうともしないし、抱きしめる事さえも拒否反応を見せる時もある。男として育っていく一方で、悲しくもそういったところまで大人に近づいていく。

 故に今の大鬼にコレは、

 

大鬼「はわわわ!おおおお燐!

   あたたあたあたあたっっつててててるぅ!」

 

想像以上に効果が抜群だったりする。

 今日一番のテンパりを見せる大鬼。だがその表情は口元は緩み、ニヤつく顔を必死に堪えていた。つまり、もの凄く喜んでいる。

 そしてその光景に、

 

ヤマ「きゃーーーっ!破廉恥(はれんち)ーーー!!」

棟梁「い、いけません!ははははしたない!」

 

と言いながら、顔を覆う指の隙間から見守る者、

 

親方「ほほ〜」

 

と言いながら、いやらしい顔で食い入るように見る者、

 

鬼助「大鬼ぃぃぃぃぃ…」

 

と言いながら、手にした台布巾を噛みつつ大鬼を妬む者、

 

パル「うまうま♡」

 

と言いながら、その妬みを幸せそうに頬張る者、それぞれが違う反応を見せるが、全員の意見は一致していた。大好物だと。

 そして各々に「見てないで止めろ!」「最低!」「食われてる!」「幸せそうでなにより!」と思う中、

 

お燐「ん〜?(ニャ)にがか(ニャ)ー?」

 

尚も続くお燐のターン。顔を近づけ、甘い囁きでアイツがまだ知らない世界へと(いざな)おうとする。さすがにコレはやり過ぎだ。アイツには早過ぎる。

 注意しようと口を開けた時、

 

萃香「ダメーーーッ!!」

 

私が声を発するよりも早く、親友が大声を上げて大鬼を力強く引き寄せた。

 

お燐「ニ゛ャッ!」

大鬼「うわっ!」

萃香「えっ!?」

 

その途端、大鬼の右腕がお燐の腕からすっぽ抜け、お燐の顎に肩が激突。お燐は仰け反り、勢い余った大鬼は親友と共に、

 

 

ドンッ!

 

 

倒れた。

 

お燐「いたたた…」

 

涙を浮かべ、ダメージを受けた顎に手を当てて姿勢を戻し、倒れた込んだ大鬼に声を掛けた。

 

お燐「大鬼君、だいじょ………」

 

お燐が突然目を見開き、固まった。と同時に、2人が慌てながら起き上がり、下を見て正座をした。ただ先程とは打って変わって、よそよそしく背中合わせで座っている。しかも2人共顔が異常に赤い。

 「どうした?」と軽い気持ちで思っていた。しかし、次の親友の仕草でその全てを悟った。口を両手で覆ったのだ。

 

ヤマ「もしかして………しちゃった?」

 

一同を代表して側にいたヤマメが恐る恐る親友に尋ねた。しばらく沈黙が続いた。静かに時間だけが経過する中、全員がその答えをドキドキしながら待っていた。

 

萃香「………」コクッ

  『えーーーーーっ!?』

 

それは小さな、本当に小さな返事。だがこの場の皆を驚愕(きょうがく)させるには、大き過ぎる破壊力だった。

 

棟梁「私には刺激が強過ぎて…」

親方「がっはははは!赤飯炊くか!」

勇儀「あっはははは!萃香おめでとう!」

ヤマ「キタキタキタキターーー!」

鬼助「オイラよりも先に、コンチクショーッ!!」

 

鬼助…。それ以上泣くと干からびるぞ。それに…。

 

パル「嫉ーーーーーっ妬(しーーーーーっと)!!」

 

コイツが反応する。でも標的は鬼助みたいだし、放っておこう。

 アクシデントとは言え、これで2人の関係はきっと進展するだろう。私も嬉しい…のかな?

 何気なく視線を向けると、他の連中も私と同じ気持ちなのだろう、親友を讃えるような目で2人を眺めていた。

 その彼女はと言うと、大鬼の顔色を伺うように振り向いて視線を送っていた。「イヤじゃなかったか?」「謝った方がいいのか?」そんな不安な気持ちでいっぱいなのだろう。

 そして親友の視線の先、問題の小僧は目を丸くして頬を押さえていた。ヒットしたのはどうやらあそこらしい。

 

勇儀「なんだ、頬か」

鬼助「でででですよねー。幾ら何でもそっちは

   早過ぎですよねー。あー、びっくりした」

 

私の発見に真っ先に食いついたのは、顔色が悪くなった鬼助だった。胸を撫で下ろして安心しているが、水分の出し過ぎに加え、精神的エネルギーをパルスィに食われ、見ているこっちが心配になる。(ほとぼ)りが冷めたら精の付く物でも作ってやるか。

 

パル「あー、もう少しだったのに…。妬ましい…」

 

ひもじそうに指を加え、鬼助を見つめる嫉妬妖怪。まだ搾り取るつもりだったのか…。

 

ヤマ「ほっぺにチューだったかぁ…。

   でも、いい!」

 

少し残念そうにするも、満面の笑顔でサムズアップをするヤマメ。あれはあれで良かったらしい。

 この完全にアウェーな状況が気に入らなかったのだろう。お燐は頬を膨らませ涙を浮かばせながら、とんでもない事を口にした。

 

お燐「(ニャ)にさ(ニャ)にさ!ほっぺにチューだったら、

   アタイの方が先ニャ!」

  『…』

 

全員が目を点にして硬直した。皆が彼女の言葉の意味をすぐに理解する事が出来なかったのだ。

 虫の鳴き声だけが聴こえてくる広間。徐々に皆の凍りついた表情が解けていき、ついにその静寂は破られた。

 

  『はあーーーーー!!?』

ヤマ「なにそれ!?」

勇儀「聞き捨てならないぞ!」

棟梁「大鬼あなた…」

親方「がっははは!やるなぁ!」

鬼助「大鬼なんなんだよお前!コンチクショー!」

パル「嫉ーーーーーっ妬(しーーーーーっと)!!」

 

多くの者が怒りの表情を浮かべた。しかもその矛先は大鬼。萃香がいながら大鬼(コイツ)は…。

 

萃香「そ、そんなのウソよ!」

お燐「ウソじゃ(ニャ)いニャ!しかもあ(ニャ)たと違って、

   アタイはアクシデントでじゃ(ニャ)いニャ!

   ちゃんとアタイからしたニャ!」

  『ちょっとまてーーーーーっ!!」

 

次々と語られるお燐の言葉に、私は頭が追いつかず、ただただ混乱する事しか出来なかった。

 

ヤマ「ウソだよウソだよ!ウソだって言ってよ!」

親方「がっはははは!モテモテだな!

   ワシの若い頃にそっくりだ!」

棟梁「は?何を寝ぼけた事を言ってるのですか?」

鬼助「パルパルパルパル」

パル「更に嫉ーーーーーっ妬(しーーーーーっと)!!」

 

騒がしさに拍車がかかる外野達。そして「事故ではなく自ら進んでした」と聞かされて、

 

萃香「ぐっ…」

 

親友は歯を食いしばり、言葉を返せないでいた。もうライフポイントはゼロ。だがお燐のターンは終わっていなかった。

 

お燐「それにアタイはその時が初めてニャ!!」

  『うおーーーーーいっ!!』

 

正真正銘の最後の攻撃にして最大の波に、萃香のみならず私達までもが飲み込まれた。

 

親方「それが本当なら、

   こいつは話が少し変わってくるぞ」

棟梁「はー…、もう頭が痛い…」

ヤマ「そんな…。ちょっと大鬼君!

   どういう事!?」

勇儀「大鬼!今のは本当なのか!?」

 

私とヤマメはその真相を確かめるため、大鬼に詰め寄った。しかしその本人まだ頬を押さえたまま、呆けた顔でその余韻に酔い()れていた。

 

勇儀「おい!」

大鬼「へ?なに?」

勇儀「お前さんお燐にも同じ事をされたのか!?」

大鬼「え?何の事?」

勇儀「だ、だからお燐にも…その…」

大鬼「?」

 

「何でわたしがこの役目をやらなきゃならないんだ?」素直にそう思った。この先の事を言うのが凄く恥ずかしい。私だって女なのに…。本当なら御免蒙(ごめんこうむ)りたい。しかし口火を切ってしまった手前、致し方ない。えーい、ままよ!

 

勇儀「頬に口付けされたのか!?」

 

ついに言ってやった。私の質問に全員が大鬼に注目していた。親友に至っては瞳を強く閉じ、祈るようにその答えを待っていた。すると大鬼は目を見開き、

 

大鬼「はーーーっ!?知らない!

   そんなの知らない!」

 

慌てだした。

 

鬼助「でもお燐ちゃんは『した』って言ってたぞ!

   しかもそれが初めてだって。

   ウソをつくな!!」

大鬼「ウソなんてついてない!

   ホントに知らない!!」

鬼助「じゃあ覚えてないだけだろ!

   こんなに可愛い子にそんな事させて、

   覚えてないは無いだろ!」

 

加速する2人の男の醜い争い。いや、これは鬼助の一方的な酷い尋問だ。

 鬼助を除き、他の者は薄々察知していたと思う。大鬼は本当に何も知らないのだと。だが、お燐が言った事が嘘だとも思えない。噛み合わない2人に首を傾げていると、ブツブツと何か聞こえてきた。

 

萃香「それじゃあなに?不意打ちって事?

   やってくれるじゃない…。ずるい…。

   ね、ね、ね…」

 

そして向こうでも………。

 

鬼助「ガキのクセにいい思いしやがって…。

   ね、ね、ね…」

  『妬ましーーーーーーっ!!』

パル「嫉ーーーーーーーーーーっ妬(しーーーーーーーーーーっと)!!

   今宵は祭りじゃー!嫉妬祭りじゃー!

   パルパル祭りじゃー!

   パルパルパルパルパルパルパルパルパル

   パルパルパルパルパルパルパルパルパル」

 

 

ガッ!(パルスィの服を掴む音)

 

 

パル「パッ!?」

勇儀「はい、これをしっかりと持て。

   くれぐれも落としたりするなよ?」

パル「ちょちょちょちょちょっと!この流れって」

勇儀「いつものぉぉぉーーーーーっ!」

パル「ルううううぅぅぅぅぁぁぁぁ。。。…☆」

勇儀「それちゃんとキスメに届けろよー!!」

 

私の一仕事と共に、広間に静寂が戻った。

もう毎度の光景に、殆どの者が苦笑いを浮かべているが、お燐だけが目を丸くしていた。心なしか震えているか?でもさっきの事はちゃんと聞かないと。

 

勇儀「さてお燐。さっきのはどういう事か、

   説明してくれるかい?」

 

優しく声をかけたつもりだったが、お燐はその赤い瞳を潤ませ出した。

 

お燐「ご、ご、ご、ごめ…」

??「ごめんくださーい」

 

お燐が何かを言いかけた時、外から声が聞こえてきた。




次回【三年後:I'll be back】


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三年後:I'll be back

勇儀「はーい!」

 

「こんな時間に誰だ?」と不審に思いながらも玄関へと足を運ぶ。

 だが、そこには誰もおらず「門の方か?」と下駄を履き、屋敷の外に繋がるその場所へと更に歩を進める。父さんも(くぐ)れるこの巨大な門をゆっくりと開けると、そこには今日会ったばかりのもう1人のお嬢様が息を切らせ、慌てた様子で待っていた。

 

勇儀「よー、どうしたんだ?何かあったのかい?」

さと「いいい今さっきそこでパパパルスィさんが!

   凄い勢いでビューンって!」

 

来たほうを指差し、見た物をあたふたしながら説明してきた。そうか、彼女もアレを見るのは初めてか。

 

勇儀「あー、アレな。いつもの事だから。

   恒例行事とでも思ってくれ」

さと「え?恒例行事?」

 

私達が簡単な挨拶をしていると、

 

??「おー、さとり殿」

??「あら、古明地さん。いらっしゃい」

さと「あ、棟梁様と親方様。こんばんは」

 

父さんと母さん、

 

??「さとりちゃんだ。やっほー」

さと「ヤマメさんいらしてたんですね」

 

ヤマメまで私に続いて来ていた。

 笑顔で手を振るヤマメに、明るい表情で答えているところ見ると、やはり親しい仲みたいだな。

 

??「へー、アレが地霊殿の。私初めて見たよ」

??「オイラは何度か会った事がありますよ」

 

更に声が聞こえて来た方へ視線を移すと、親友と弟分が少し離れた所からこちらの様子を伺っていた。2人共あまり面識がないのか、謙遜しているといった具合だ。すると地霊殿の主人さんが2人の存在に気が付き、声を掛けた。

 

さと「あなたは…。伊吹萃香さんですか?」

萃香「え?そうだよ。私の事知ってるの?」

さと「ええ、お噂は予々(かねがね)耳にしていますよ」

萃香「そ、そうなの?いや~、嬉しいな〜」

 

「噂になっている」そう聞いて頭を掻きながら、照れ臭そうにしているけど、その噂必ずしもいい物とは限らないからな。特にお前さんの場合は。

 

さと「あ、えっと…」

鬼助「どもー」

 

目の合ったさとり嬢に、気軽に手を振って答える弟分に「面識があったのか?」と考え直していると、彼女は困ったような表情を浮かべた後、意を決したように口を開いた。

 

さと「ど、どちら様でしたっけ?」

  『あっはははは』

勇儀「コレは恥ずかしいな」

萃香「会った事あるんじゃなかったの?」

ヤマ「お、覚えられてないって…。ぷぷぷー」

棟梁「笑ったら可哀想ですよ。ふふふ…」

親方「がっははは、さすが鬼助!

   いや、これはさとり殿を評価すべきかな」

 

散々の言われ様に、弟分がしくしくと泣き始めた。

 

鬼助「オイラは鬼助です…。

   もう何度かお会いしていますって…」

さと「ごめんなさい!それは大変失礼しました」

勇儀「気にしなくていいよ。コイツの扱いはいつも

   こんな感じだから」

鬼助「姐さん酷いです、鬼です…」

勇儀「鬼だよ」

棟梁「ところで今日はどういったご用件で?」

 

棟梁様(母さん)がさとり嬢に訪れた理由を尋ねた途端、

 

??「さとり様ー!」

 

玄関からお燐が駆け抜けて行き、さとり嬢にしがみついた。

 

さと「なに?どうしたの?」

 

突然の事に慌てふためく主人。その言葉にお燐は顔を上げ、視線で何かを訴え出した。すると主人はそれに答えるように、優しくお燐を引き離し、胸元の瞳で彼女を見つめ始めた。

 

さと「そういう事…。皆さんお騒がせしてしまい、

   申し訳ありませんでした」

 

その能力で状況を把握したのだろう。彼女は頭を下げて謝罪をした後、お燐のさっきまでの言葉の真相について語り出した。

 

  『なーんだ』

 

事情を知った私達は「そういう事か」と大きくため息を吐くと共に、緊張の糸がプツリと途切れ、一気に脱力した。

 

棟梁「あー、良かった。もうハラハラしたわよ」

鬼助「そんな事だろうと思っていましたよ!」

勇儀「鬼助、あとで大鬼に謝れよ!」

鬼助「はい…」

 

初めて事情を知った者達は「お燐の()()はカウントしない」という事に自然と意見が一致した。

 

お燐「でもあれはあたいにとって…」

さと「はいはい、そうね」

 

物言いたげなお燐に主人は「ここは堪えろ」とでも言うように、彼女の肩に手を置きながら(なだ)めていた。そんな彼女を「少し気の毒だな…」と思いながら見守っていると、

 

ヤマ「ということは、もしかして…」

 

傍にいたヤマメがある事に気付いたようだ。そして、大声でそれを発表した。

 

ヤマ「さっきのアレが大鬼君の初めて!?」

 

大鬼がここに来る前の事は分からないが、あの歳だったら無いと考えて間違いだろう。という事はやはり…。

 

ヤマ「あ、でも勇儀がいたか」

 

ヤマメに言われ、これまでの大鬼と暮らしてきた日々を思い起こす。朝起きた時、夜眠る時、何気ない日常の一コマ。出会った時から今まで私が大鬼の頬に………。あれ?もしかして無い?してもらった事はまだ記憶に新しい。だがいくら思い起こしても、私からは…。

 

勇儀「…ない」

  『えっ!?』

勇儀「一度も大鬼にそういう事をした事がない!」

  『えーーー!?』

ヤマ「忘れているだけとかじゃなくて?」

勇儀「間違いない!抱きしめた事は何度もあるが、

   それだけは無いって断言できる!」

萃香「え?ウソ、えっ?えっ?えっ?」

鬼助「と、という事はつまり…」

ヤマ「萃香が正真正銘の初めての人!?」

萃香「えーーーっ!?わ、私が大鬼の…」

 

突然浮上した事実に、親友は赤くなった頬を両手で覆いながら慌てだした。しかしその口元は緩み、明らかに喜んでいる。

 そんな中、地霊殿の者達はと言うと。

 

お燐「〜〜〜っ!」

 

お燐は頬を膨らませ、ぷるぷると小刻みに拳を震わせていた。それは自分の気持ちを言葉にしてはいけないと、必死になって堪えているのが分かりやすく表現されていた。

 自分の思いとは裏腹に、周囲の者がそれを認めてくれない。そう思うと彼女の事が不憫(ふびん)に思えてきてしまった。

 

勇儀「お燐、お前さん…」

 

彼女を励まそうと近付いた時、恐ろしい威圧感が襲ってきた。その出所に視線を移すと、そこにはまさかのさとり嬢。しかもそのプレッシャーの矛先は、赤く実った親友。

 

勇儀「お、おい。お燐の事は気の毒だけど…」

 

そこまで言いかけた時、

 

??「誰が来たの?」

 

大鬼の声がした。今までこの場におらず「一人で何をしているんだ?」と気にはなっていたが、その姿を見て全てを覚った。口元に米粒を付け、口をモゴモゴと動かしているのだ。

 

勇儀「おい!さっきご馳走様しただろ!」

大鬼「あ、ヤバッ!」

勇儀「それと口に物を入れて歩くな!喋るな!」

大鬼「ゴクン…。もう無い」

 

そう言うと、大鬼は空になった口の中を見せつけてきた。ホントにコイツはこういうところがあるから、たまにイラッとくる。

 私が拳を握りしめ、込み上げる怒りを堪えていると、母さんが微笑みながら大鬼に優しく語り始めた。

 

棟梁「大鬼、調子乗り過ぎですよ?後で…」

 

「来る」。そう覚った途端私の本能が、記憶が鳥肌となって拒否反応を出し始めた。

 

棟梁「覚悟なさいよ!」

 

ドスの利いた声でザ・鬼の顔。その表情と声は他の者達を瞬時に凍りつかせ、この場に緊迫した雰囲気を作り出す。こうなると長時間の説教は間逃れない。大鬼、少し度が過ぎたな。

 

さと「あ、えっと。ボケ…大鬼君こんばんは」

 

 一先ず、凍りついたこの場の雰囲気を変えようとしたのだろう。勇敢なお嬢様が大鬼に笑顔を作り、手を振って声を掛けた。

 

大鬼「あ、ミツメーだ」

ヤマ「何それ?さとりちゃんの事?」

勇儀「一文字も名前と関係ないぞ?」

大鬼「三つ目だからミツメー」

 

大鬼からその呼び名の由来を聞かされるも、殆どの者がどこか腑に落ちないといった表情を浮かべていた。だが私と蜘蛛姫には心当たりあった。

 

勇儀「大鬼、キスメの事は何て呼んでる?」

大鬼「キスメー」

ヤマ「私は?」

大鬼「ヤマメー」

さと「そ、それで私は?」

大鬼「ミツメー」

 

この瞬間、全員が「そう言う事か」と納得した様な表情を浮かべた。ただ事情を知ったさとり嬢だけはガックリと項垂れ、傷心してしまった。

 

棟梁「古明地さんごめんなさい。

   後で勇儀から厳しく言わせますので」

親方「さとり殿もそんな落ち込まんでぇ」

鬼助「もう少し他に無かったのかよ」

萃香「ふふふ、大鬼がそう呼んでるなら、

   私もそうしようかな〜?」

 

多くの者がさとり嬢の事を励ます中、イタズラっぽい笑みを浮かべて、それに便乗しようとする親友。彼女を良く知る者であれば、それは彼女なりの親しみを込めた冗談だと分かるだろう。だが、その言葉にさとり嬢は彼女の事を一瞬、鋭い視線で睨みつけ、姿勢を正した。そして両手を後ろで組むと声色を変え、はにかみながら口を開いた。

 

さと「大鬼君。明後日、約束の場所に来てね。

   あの続きをしましょ」

 

彼女の言っているのは、大鬼のトラウマの治療の事だろう。「でも何でわざわざそんな回りくどい言い方をするんだ?」と彼女の不可解な行動に首を傾げていると、

 

鬼助「おい大鬼!何のことだ!?」

 

またしてもコイツが素早く反応した。しかし、彼女の言葉はこれで終わりではなかった。

 

さと「そうだ!お菓子の約束もしていたよね?

   何がいい?クッキーとかでもいいかな?

   作って持って行くから、食べ終わったら…」

 

そして最後に、あたかもそれが言いにくい言葉であるかの様に、頬を赤らめながら首を傾け、「ね?」と大鬼に向けてメッセージを送った。

 

  『はーーーっ!?』

 

これには事情を知っている私でさえも、思わず反応してしまった。大鬼の治療について母さんから聞かされていた内容と、大きく違うような印象を受けた。それこそ大鬼には早すぎる世界の様に。何でわざわざ誤解を招くような事…。そうか、彼女はお燐の事で…。だとすれば、親友の追い討ちを掛けるようなあの態度は頭に来ても仕方ないだろう。

 さとり嬢の奇行について一人で納得し、ふと視線を親友に向けると、

 

 

メラメラメラメラ…

 

 

燃えている。鋭い殺気を撒き散らして燃えている!

 

萃香「あんた、大鬼に何をしようと…」

 

だがこれが彼女の狙い。親友が暴れる前に仲裁に入ろうと身構えていると、

 

 

メラメラメラメラ…

 

 

とんでもない熱量が私を襲った。

 

お燐「さとり様ずるいニャ。

   1人だけ抜け駆け(ニャ)んて許さ(ニャ)いニャ」

 

前言撤回。さとり嬢は私情で親友を挑発していた。恐らくお燐の心を読んだ時に、さっきまでの事を覚ったんだ。つまりコイツら揃いも揃って…。

 

ヤマ「うそ!?さとりちゃんもなの!?」

鬼助「大鬼お前どこまで…。チィィックショー!」

親方「いや〜本当にワシの若い頃にそっくりだ!」

棟梁「また頭痛が…」

 

その事に1人を残して全員が気付いた。そして火花を散らす3人。状況はまさに一触即発。

 

さと「なによ、ボケ…大鬼君の頬にして」

萃香「大鬼と密会の約束なんて」

お燐「アタイだってアレが初めてだったのに」

鬼助「なんで大鬼だけ…。ね、ね、ね」

  『妬ましーーー!!!!』

 

現れた4つの高純度の嫉妬心。となれば…。

 

??「嫉ーーーーーーーーーーっ妬(しーーーーーーーーーーっと)!!」

ヤマ「え!?戻って来た!」

パル「ご馳走だー!宴だー!祭りだー!」

 

ナイスタイミング。せっかくの再登場のところ悪いが、場がこれ以上荒れる前にご退場願おう。

 

 

ガッ!(パルスィの服を掴む音)

 

 

パル「!?」

勇儀「とりあえずありがとよーーーー!」

パル「……………☆」

 

よし、これで場も収まって…

 

勇儀「えっ…?」

 

 




次回【鬼の祭_前夜祭】


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三年後:鬼の祭_前夜祭

振り向いた先にいたのは、たった今星になったはずの…。

 

パル「パルパルパルパルパルパル…」

ヤマ「え?え?え?」

大鬼「パルパルが2人!?」

親方「こりゃたまげた」

パル「残念、今のは分身。今度こそ…。

   いただきまーす!」

 

 

ガッ!(パルスィの服を掴む音)

 

 

パル「パッ!?」

勇儀「いらん技を…」

パル「せっかくのご馳走なのにぃ!」

勇儀「覚えるなぁーーーーーっ!」

パル「ルううううぅぅぅぅぁぁぁぁ。。。…☆」

 

ヤツが星に返ると、4人の表情に冷静さが戻った。エネルギーを食われたのかもしれない。彼女達の事が少し心配ではあるが、今なら話しが通じそうだ。

 

勇儀「お前さん達、いい加減にしろよ。

   まず萃香、悪気は無いにしても、

   さとり嬢の気にしている事を茶化すな」

萃香「え?」

勇儀「呼び名の事!」

萃香「…」

 

何の事か理解した親友は(しお)れながら口を閉ざした。

 

勇儀「次にさとり嬢、紛らわしい言い方はよせ。

   ただの大鬼の治療の事だろ?」

さと「…はい」

萃香「え?そうなの?」

お燐「ニャ!?」

勇儀「私だって変に勘違いしそうになったぞ」

さと「…」

 

真相を知った親友と彼女のペットは、目を見開いて驚きつつも、安心した表情を浮かべ、そして地霊殿の主は先程の親友と同様、視線を落として黙り込んでしまった。2人とも反省してくれたようで、私も一安心だ。

 

勇儀「互いに謝りな!」

萃香「ごめんなさい」

さと「申し訳ありませんでした」

 

俯くように謝る親友と、丁寧に腰から曲げて謝るさとり嬢。謝罪方法に差はあるが、両者とも同じ気持ちだろう。この2人はこれでよし。あとは…。

 

勇儀「それとお燐」

 

彼女の名前を呼び、正面に立った。この3人の中では彼女が一番の被害者だろう。だから彼女へは、

 

勇儀「あの事で悔やみきれないのは分かる。

   でも次頑張れ!それこそ誰にも文句を言われ

   ないくらいに!」

 

励ましの言葉を送ろう。

 

お燐「はいニャ!」

 

明るく元気に返事をしたお燐は、どこか吹っ切れたような、気持ちの整理がついたような、そんな表情をしていた。これならもう大丈夫だろう。

 

勇儀「で、大鬼」

大鬼「ん?」

 

事の元凶に注意をしようと声を掛けてみたはいいものの…、何を注意したらいい?そもそもこうなった原因が分からない。たかだか8つの、しかも人間の小僧に、何故こうまで3人が夢中になるんだ?

 

勇儀「ダメだ分からん」

大鬼「え?何が?」

勇儀「いやー…、あれだ。

   お前さんはみんなと仲良くしろよ」

大鬼「うん、分かった」

 

結局これくらいの事しか言えなかった。

 そして荒れ放題な一連の騒動は、ようやく終幕を迎えていた。

 

ヤマ「それじゃあ、私はもう帰ろうかな」

 

ヤマメの言葉を皮切りに、他の者達も場の空気を感じ取り、口を開いた。

 

鬼助「オイラも帰ります。スゲェ疲れました…」

 

ガックリと背中を大きく曲げて肩を落とす弟分。初めて見る弟分の疲れきった姿に、本気で心配になる。

 

勇儀「お前さん大丈夫か?さっきもパルスィに食わ

   れてたし、腹が減っているなら何か食って行

   くか?」

鬼助「いえ、すぐにでも寝たいです。

   お気持ちだけ頂きます」

大鬼「キスケ大丈夫?」

鬼助「けっ、色男が。お前に心配されたくねーよ」

 

大鬼の心遣いを鼻であしらう弟分ではあるが、あんな事があった後だ。彼からすれば余計なお節介でしかないのだろう。

 

鬼助「まあでも、さっきは悪かったな」

大鬼「?」

鬼助「分からないならいい。聞き流せ」

 

でも、こちらもどうやら丸く収まったようだ。そしてあちらでは、

 

さと「棟梁様、親方様。本日は私のペットが大変お

   世話になりました。それにお見苦しいところ

   まで…」

棟梁「いいえ、そんな事ありませんよ。

   今度は古明地さんもいらして下さいね」

親方「なんだかんだあったが、楽しかったしな」

さと「ありがとうございます」

 

父さんと母さんに頭を下げるさとり嬢。どうやら彼女は、お燐の事を迎えに来ただけのようだ。しかし、さとり嬢は今日一日私達に頭を下げてばかりだな。

 

さと「それと…」

 

そう呟くと、彼女は親友の目の前まで歩み寄って行った。

 

さと「伊吹さん、あの…」

萃香「萃香でいいよ。それとさっきはごめんね」

さと「いえ、こちらの方こそごめんなさい」

萃香「なんかさ…えっと…」

 

親友が言いかけた時、その口を塞ぐように、細くも綺麗な人差し指が差し出された。

 

さと「私は覚り妖怪です」

 

彼女は片目をそっと閉じ、その言葉だけを残した。

 

さと「頑張りましょう」

萃香「負けないよ」

 

笑顔でお互いをライバルとして認めあった2人だったが、彼女達はもう1人のライバルの存在を完全に蚊帳の外にしてしまっていた。そしてそのせいで…。

 

お燐「大鬼君、またねニャ」

大鬼「うん、じゃあね。また来てね」

鬼助「あ、お燐ちゃん今度オイラと一緒に…」

 

気付いた時には既に遅かった。確かに私は彼女にああ言った。だが、なにも全てが丸く収まったこのタイミングで…。

 

  『おいーーーーーっ!』

大鬼「はわわわわわ…」

さと「お燐あなた!」

萃香「なにをどさくさに紛れて!」

鬼助「しかもオイラの目の前で…」

ヤマ「キターーーッ!」

親方「がっはははは!確かにこれならもう誰にも文

   句を言われないな」

棟梁「ああ、もう目眩が…」

勇儀「なぁお燐、お前さんに迷いとか躊躇(ためら)いとかな

   いのか?」

お燐「それはあ(ニャ)たのお陰で吹き飛んだニャ」

 

やっぱり…。私が彼女を励ますつもりで言ったあの一言が、彼女を後押ししてしまったみたいだ。ん?という事は…。

 

さと「ゆ・う・ぎ・さ・んー?」

萃香「勇儀ぃ〜?」

 

困った。こんな時はどうすれば…。そうだ!たった一つだけ残った策がある!とっておきのやつだ!

 

勇儀「えっと、お前さん達も頑張れ!

   あ、片付けまだだった。

   じゃあな、みんな気を付けて帰れよ!」

  『逃げるなぁ!』

 

その後は直ぐに場も静まり、喧嘩別れをする事も無く、全員が笑顔でそれぞれの家へと帰って行った。

 客人達が帰った途端、大鬼はすぐにその場から逃げ出そうと試みたが、呆気なく母さんに捕まり、その悪態をみっちりと説教される事になった。

 父さんは「食後の運動だ」と言って、客人達の後を追うように、また鍛錬へと出掛けて行き、そして私は後片付けと、翌日の朝食の仕込みを済ませ、長くて騒がしい一日がようやく終わりを迎えた。

 ここからは後から聞かされた話だが、パルスィはちゃんとキスメに夜食を届けてくれていた。最初の一口こそ恐る恐る食べたらしいが、その後は「美味しい、美味しい」と言いながら、あっという間に完食してくれたそうだ。それこそが私の求めていたものだけに、その光景を見られなくてすごく残念だ。

 さとり嬢とお燐の仲はあんな事があっても、飼い主とペットの関係は崩れず良好らしい。ただお互い引けない物を持っているだけに、今後の展開が少し心配ではある。

 そして親友は…。

 

 

 

 

 

萃香「いくよー」

勇儀「おー、思いっきり頼むぞー!」

 

私が合図を送ると親友は両手を天井に向かって突き出し、

 

萃香「『ミッシングパワー』」

 

その小さな体を瞬く間に巨大化させた。その大きさは地底の天井まで残り半分といった具合、ちょうど地霊殿と同じくらいだろうか。これが今の彼女の精一杯の大きさであり、当日想定される彼女の親父さんの大きさだ。

 

鬼助「それじゃあ萃香さんお願いしまーす!」

 

弟分の掛け声と共に、力強い地響きを立てて揺れる大地。親友の巨大な足が着地する度に、

足元のそれは悲鳴を上げるも、その原型を留めようと必死に堪えていた。

「どうか、持ち堪えておくれ」私は祈る思いでその光景を腕を組んで見守っていた。

 

鬼助「98、99、100!姐さんやりましたよ!」

勇儀「よしっ!」

 

弟分からの合格を知らせる言葉に、私は小さくガッツポーズをとり「なんとか間に合った」と心から安堵した。

 

萃香「やったぁーっ!」

 

元の小さくて可愛らしい姿に戻り、両手を広げて嬉しそうに叫びながら向かう先は、

 

??「やったね、おめでとう!」

 

彼女が思いを寄せる小僧。とびっきりの笑顔でハイタッチを交わし、それの完成を称え合った。

 あの日があってから、2人は互いに緊張の糸が解けたというか、どこか吹っ切れたところがある。顔を合わせればすぐに照れてしまい、近づけばろくに会話さえもままならなかったが、今では心の底から喜び合い、笑い合い、本当の意味で『通じ合っている』様に見える。

 他の2人には悪いが、同族で親友である私としては、こうして2人がいつまでも…。

 

大鬼「ユーネェ、キスケもおめでとう!」

鬼助「へへっ、どうだ!オイラ達だけだってやりゃ

   あ出来るんだ!見直したか!」

大鬼「ボクも手伝ったから!」

勇儀「そうだな、手伝ってくれてありがとな」

 

私に礼を言われた大鬼は、所々抜け落ちている歯を見せながら、大きな笑顔を作った。

 

大鬼「あのね、ユーネェ」

勇儀「ん?なんだい?」

大鬼「ボクも大きくなったら、

   ユーネェ達と一緒に仕事したい!」

勇儀「え?」

 

本当にコイツは………。不意打ちでこういう事を平然と言いやがる。

 

鬼助「へぇー…、じゃあオイラの弟分にして面倒を

   みてやるよ」

 

だからきっと、

 

大鬼「えー、キスケが?大丈夫なのそれ?」

 

みんなが

 

萃香「あははは、鬼助じゃ不安だってさ」

 

夢中になるんだ。

 

勇儀「そうだな。いつかきっと一緒にやろうな」

 

最後の難関、父さんの闘技場である大きな土俵も完成した。祭りの準備は万全。町では既に至るところで前夜祭が始まりつつある。そう、祭りはいよいよ明日から。私達の罰則の本番はまだこれから。

 

勇儀「お前さん達、いよいよ明日からだ!」

 

私の掛け声と共に、目の色を変える一同。みんな例年より良い目をしていやがる。

 

勇儀「気合い入れていくぞ!」

  『うおーーーっ!!!!』

 

 




次回【三年後:鬼の祭_壱】


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三年後:鬼の祭_壱

◆   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 

 

町の大通り。そこでは多くの出店が並び、町一番の賑わいを見せる。食欲をそそるタレに漬け込んだ肉を焼く匂い、見る者を魅了する色とりどりの綿菓子、興奮して熱くなった体が求めてくる炭酸入りの飲み物。

 見渡すと目移りしそうになる商品が所狭しに並ぶ中、ただまっしぐらにある店を目指す者が。

 

??「この先にアレが…」

 

目の前の人混みを掻き分けていき、目当ての店へと到着した。

 

 

◇   ◆   ◇   ◇   ◇   ◇

 

 

 私達の祭にも祀る神がいる。祭の時以外は滅多に姿を現さない気まぐれな神、いや、女神だ。その女神様は祭を一望できるこの場所で町のお偉いさん達、つまり母さんや父さん達と共に、祭を堪能される事になっているのだが…。

 

勇儀「またいない…」

 

いや、正確にはいなくなった。私が最後に見た時はこの席に座って女神様らしく、訪れる者達に笑顔で接して貢物を貰ったり、父さんや母さんを相手に明るく話しをしたりしていた。けど私が見回りに行って帰って来た時には、既に彼女の席はもぬけの殻。なんでも、父さんは試合前の最後の調整に行き、母さんが他の者と話しをしている内に、何処かへと行ってしまった様なのだ。

 

勇儀「母さん、ちゃんと見張っていておくれよ…」

 

女神様を見張るというのも失礼な言い方だが、あの方の場合はこれが当たり前になっている。

 

棟梁「ごめんなさい。()()ね。()()

 

大きくため息を吐いて「母さんを責めてもしょうがない」と気持ちを入れ替え、あの方の捜索に行こうと決意した途端、

 

 

ドーン!

 

 

爆発音が聞こえて来た。音のした方へ慌てて視線を向けて出所を探る。すると打ち上がる光の玉が目に映った。それは上空で花火の様に大きな音を立てて破裂した。合図だ。色は赤、トラブルか。

 

勇儀「行ってくる!もしあの方が戻って来たら今度

   は頼むよ!」

棟梁「はいはい、穏便にね」

 

そう母さんに言い残して光の玉の下へと急ぐ。

 

 

◇   ◇   ◆   ◇   ◇   ◇

 

 

??「2個目!」

 

釣り上げた球体を高々と掲げ、誇らしげに自慢する少年。

 

??「まだだね、こっちは4個目だ」

 

その少年の鼻をへし折るように、更に釣り上げた球体を見せつけるもう一人の少年。と、ここでこの少年の手の針が切れ、球体と共に水の中へ。

 

??「あっ…」

??「よしっ、今の数に入れないからな」チラッ

??「はいはい、分かったよ。でも次釣らなきゃ大

   鬼の負けだからな」チラッ

大鬼「カズキには負けるか」チラッ

 

ここを釣り上げれば同点。少年は意気込んで水分を多量に含んだ針を、球体が集まるその場所へと慎重に投じた。と、そこに軽快に現れるもう一つの針。

 

??「おっと、それは私の獲物ね」

 

少年のターゲットに針を引っ掛けると、易々と球体を(さら)っていった。

 

大鬼「…」

カズ「…」

 

その光景に無言になり、固まる2人の少年。その間も球体は次々と釣り上げられていき、残りはあと(わず)か。もう2桁を切っていた。

 

大鬼「なんかさぁ…」

カズ「次元が違うよな…」

 

先程から少年達がチラチラと気にしている者の両脇には、ゴム製の球体が山の様に積まれていた。商品のほぼ全てがそこに集結しており、少年達を含む他の客達は、その光景に唖然とし、手出しが出来ない状態だった。

 その者は少年達の方を見ると、歯を見せて微笑み、

 

??「伊達にヨーヨーぶら下げてないよ。

   まだまだいくよ!」

 

閉店をお知らせした。

 

 

◇   ◇   ◇   ◆   ◇   ◇

 

 

ゴミ袋を片手に動き回る小さな鬼達。彼女(達)は現在進行形で任務の真っ最中。やがて彼女(達)は一箇所へと集まり、元の姿へと戻っていった。

 

??「ふ〜、流石に最終日ともなると出る物も多い

   ね。さっきから能力を使いっぱなしだよ~」

 

誰かに向けたメッセージではなく、ただの独り言。ぼやきだ。

 祭りは盛大で賑やかではあるが、その分出るゴミの量が尋常ではない。祭りの盛り上がりとゴミの量は悲しくも比例関係にある。

 そんな中、彼女はたった一人の力で町中のゴミを集めて回っているのだ。

 

??「はい、これが今回の分。あとはお願いね」

 

そう言って、彼女は集めた大量のゴミを一箇所にまとめると、次の者へと託した。

 

??「フッフッフッ…。任された」

 

不気味に微笑みながら、愛用の乗り物に託されたバトンを(くく)り付け、いざ目的地へ。

 

??「フッフッフッ…。上へ参りまーす」

 

だが、

 

??「うッ!お、重い…」

 

どうやら定員オーバーのようだ。

 

??「大丈夫?」

??「………ちょっと厳しい」

??「また()()いっとく?」

 

 

◇   ◇   ◇   ◇   ◆   ◇

 

 

??「うわぁ、食べ物がいっぱい♡

   ホントに何を食べてもいいんですか?」

 

店に陳列されている商品に目を輝かせながら、口から抑えられない欲を垂れ流す少女。視線を移せば違う食べ物が彼女を釘付けにし、「他にも」とまた視線を移すと今度は別の商品が彼女を誘惑し、記憶力の悪い彼女の頭の中は食べ物の事でいっぱいになっていた。

 

??「ふふ、どうぞ。欲しい物があったら言って

   ね」

??「さとり様、アタイは鮎の塩焼きが欲しいです

   ニャ」

 

それに便乗するように、己の好物を主人におねだりをするもう一人の少女。屋敷の主人からすれば、どうって事のないお願い。答えはもちろん

 

さと「ええ、いいわよ」

 

問題なし。

 

??「あと大鬼君も欲しいニャ」

さと「…ん?」

??「ニャ?」

 

このおねだりに笑顔で火花を散らす2人。和やかな雰囲気が一瞬にして険悪モードへと姿を変えた。暗雲が立ち込める中、

 

??「さとり様、さとり様!うつほの大好物があり

   ました!アレが食べたいです!」

 

食べ物の事で脳が100%侵食されてしまっている者からのおねだり。彼女の指した先にあるのは…。

 

さと「お空…。アレ、ゆで卵じゃないわよ?」

お燐「玉こんにゃくニャ…」

お空「うにゅ?タマゴンニャク?

   卵ならうつほは好物だよ♡」

  『…もういい』

 

 

◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◆

 

 

??「あっれー?何処に行ったのかなぁ?」

 

辺りを見回し、見失った()()を懸命に探す1人の女性。賑わう町中をウロウロと彷徨(さまよ)っていた。しかし通り過ぎる者達は、彼女の事を迷惑且つ冷ややかな目で見ていた。

 それもそのはず、彼女の背には自分の背丈以上の長い棒。そしてその先には、キラリと光る三日月状の鋭利な刃物が周囲の者を威圧していたのだ。

 

鬼 「ねーちゃん、()()危ないからどっかに

   置いて来てくれねぇか?」

 

見るに見兼ねた鬼がとうとう彼女に声を掛けた。

 

??「おっと悪いね。でもこれが無いと、どーも落

   ち着かなくてねぇ。そうだあんた、あたいの

   上司を見なかったかい?」

鬼 「ねーちゃんの上司?誰だいそりゃ?

   というか、あんた何者だい?」

 

首を傾げる鬼に彼女は自分の正体を明かすと共に、先程から探している彼女の上司の名前を挙げた。

 

鬼 「見てねぇ!見てねぇ!それ以前にいらしてい

   るって事の方が驚きだい!」

 

彼女とその上司の正体を知った途端、その鬼は顔色を変えて「関わりたくない」とでも言うように、両手を前へと突き出してその手を振りながら、そそくさとその場から離れて行った。

 

??「何もそんなに毛嫌いしなくてもいいのに…」

 

頭を掻きながら逃げ去っていく鬼を見送る鎌女。ふと周囲に視線を向ければ、他の者達も彼女と視線を合わせないように他所を向きながら、彼女から離れて歩き出していた。

 

??「参ったねこりゃ…」

 

上司の行方を聞こうにも、これでは話し掛けた途端に逃げられる。彼女はそう覚った。

 

??「仕方ない、迷惑にならない所から探すとしま

   すか」

 

そしてため息を吐いてボヤいた後、再びキョロキョロと周囲を見回した。しかし今度は視線を上へ向けて。

 

??「んー、取り敢えずあそこがいいかな?」

 

彼女は1人呟くと、風のようにその場から姿を消した。

 

 




次回【三年後:鬼の祭_弐】


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三年後:鬼の祭_弐

◆   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 

 

??「ください」

店員「はいよ!何本…」

 

他の客と変わらぬ威勢の良い対応で迎える店員だったが、目の前の人物を見て瞬時に凍りついた。

 

??「一先ずこの黒いのを5本お願いします」

 

彼女が指差した先には、黒色にコーティングされた長い物体が、棒に刺さって陳列されていた。その隣には桃色、黄色とカラフルに装飾された同様の物が陳列され、華やかに店を彩っていた。

 

店員「ぜ、全部黒色で宜しいのですか?」

 

伸し掛かるプレッシャーの中、一言一言に気を使いながら接客をする店員。それは高級な骨董品を扱うように丁寧且つ慎重に。

 

??「そうです。それと一本につき、じゃんけんが

   一回出来ますよね?」

店員「はい。左様でございます」

??「では私は5回じゃんけんができますよね?」

店員「おっしゃる通りです」

??「勝てば2本、他は1本のまま。ですよね?」

 

しつこいくらいの質問に、ガチガチに固まりながらも、丁寧に敬意を払って答える店員。しかしこの店員は思っていた。「こうまで白黒はっきりつけなけないといけないものなのか」と。

 

店員「仰せの通りでございます」

??「では、早速じゃんけんを始めましょう」

 

その一言に「やっと終わった」と店員は胸を撫で下ろした。

 だが次の一言で、この店員は更なるプレッシャーに襲われる事になる。

 

??「私はグーを出します」

店員「えーっ!?」

??「聞こえませんでしたか?私はグーを出しま

   す」

店員「ちょちょちょちょっと待って下さい!なんで

   ご自分の出す手を宣言されるのですか!?」

??「いけませんか?」

店員「そそそそんな事はございませんが、

   何故わざわざご自分が不利になる事を…」

??「はっきりさせておきたいのです。あやふやな

   気持ちのまま勝負をしたくないのです。

   それに、私はこれで負けた事がありません」

 

自信満々に拳を突き出し、無茶苦茶な事を語る客を前に、店員は生まれて初めて胃薬を欲していた。

 

??「それじゃあいきますよ。じゃーんけーん…」

 

 

◇   ◆   ◇   ◇   ◇   ◇

 

 

現場に着くと既に人集りが出来ていた。

 

??「勇儀こっち!」

 

光の玉の発生源である()()が手を振って私を呼んでいるが、ここまで派手に騒ぎになっていれば、

 

勇儀「分かってる!」

 

自ずと目に付く。

 野次馬連中を掻き分けその中心部へ到着すると、そこでは2人の鬼が胸ぐらを掴み合っていた。両者の足下には空いた酒の容器が多数転がっており、その顔も怒りに満ちてはいるものの、目が座っていた。

 祭りはいい。至る所で笑顔と活気に溢れ、裏方役に徹している私でさえも、元気がもらえる。そんな祭りだが、中にはこういう輩がいるのもまた事実。喧嘩や居眠り、無意味に暴れ出す者までいる。しかも最終日ともなれば、その頻度が高い。

 酒には強い種族の鬼だが、祭りの最中常時飲み続けているとなれば、さすがに…。

 

勇儀「ちっ、面倒くさいな」

 

原因は分からないが状況は把握した。ちっぽけな火種はどうでもいいとして、消火活動を急がないと。

 

勇儀「おい、お前さん達!何があったか知らないけ

   ど、下らない事で喧嘩するのは止めろよな」

鬼①「姉さん、でもコイツが…」

鬼②「オレが悪いってか!?先に…」

勇儀「いい加減にしろ!折角の祭りを台無しにする

   つもりか!?」

 

まったく…。こんなのがいるから私達は毎年忙しいんだ。それに注意する方も気分の良いものじゃない。

 

鬼①「けっ、ここは姉さんに免じて引きます」

勇儀「そうか、ありがとうよ」

 

話が通じる状態で助かった。「これでこの騒ぎも幕を下ろすだろう」と安心した矢先、

 

鬼②「はっ、腰抜けが」

 

この言葉で均衡が破れた。

 大人しく引いてくれた鬼が安い挑発に乗って殴りかかり、気付いた時には振り抜いた拳は鈍い音を上げ、ターゲットの顔面に命中していた。

 私は咄嗟の間の出来事に不意をつかれ、身動きが出来なかった。

 

鬼②「やりやがったな!」

勇儀「よせっ!」

 

今度は止めに入ったが間に合わなかった。

 反撃の拳は相手の胸元を(えぐ)る角度で、下から上へと勢いよく振り上げられ、敵の顎を打ち抜いた。その拳の勢いをもろに受けた鬼は、体が浮き上がり後方へと吹き飛んでしまった。

 

 

◇   ◇   ◆   ◇   ◇   ◇

 

 

??「〜♪」

 

笑顔で鼻歌を歌いながら次の店へと向かう少女。彼女を見た者は皆一様に深々と(こうべ)を垂れ、通り過ぎるのを待っていた。

 そしてその彼女の背後には、両手に彼女が獲得した景品の数々を持った

 

??「なー、何処に行こうとしているのさ?」

??「戻らなくていいの?ユーネェ達が探してると

   思うよ」

 

犬猿の仲の2人の少年が、迷惑そうな顔をして歩いていた。仲の悪いこの2人だが、今日は珍しく喧嘩をする事もなく、ただ大人しく前を行く少女の付き人に徹していた。

 

??「質問は一個ずつね、まずカズキ君から。

   今向かっているのは私の部下のお店でーす」

 

軽快な足取りで前進しながら、背後にいる少年達に答える少女。だが、

 

??「次に大鬼君」

 

もう1つの質問に答えようとした時、突然その足を止めて腕を組み、少年達の方に振り返った。

 

??「戻らない!あんな所でじっとしているなんて

   楽しくないじゃない!

   お祭りっていうのはねぇ、出店に行ってこそ

   なのよ!だいたいねぇ…」

 

眉間に皺を寄せ、膨れっ面で自身の祭論を唱え始めた。

 

  『…』

 

それを無言で頷きもせずに、ただ終わりだけをじっと待つ少年達。彼らは思っていた。心底どうでもいいと。

 

 

--10分後--

 

 

??「…って事で満足するまで帰りません!」

 

ようやく終わった実りのない授業に、生徒達は大きくため息を吐き、再び目的地へと歩き出した彼女を「見失ってたまるか」と、追うように付いて行った。

 

 

◇   ◇   ◇   ◆   ◇   ◇

 

 

 町から離れた場所に位置する空き地。広さはそれ程広くはないが、子供が走り回るには充分な広さだ。現在ここはゴミの収集場兼、焼却場となっている。山積みになったゴミはその場で次々と焼かれていき、今やちょっとした山火事の様になっている。と、そこに…。

 

 

ゴーッ!

 

 

 唸り声を上げながら、落下してくる赤い火の玉。それは見事ゴミ山の最下段に命中すると、山火事の勢いを更に加速させた。その一つの火の玉を皮切りに、次々と降り注ぐ同様の火の玉。来る方向は皆同じ。

 そちらの方へ目をやれば、上空にフヨフヨと浮かぶ桶、更にはその下から打ち上げられる物体。奇妙な光景が繰り広げられるそこでは…。

 

??「いっくわよ〜!」

??「はーい!」

??「そ〜っれ、トース!」

 

笑顔でゴミ袋を打ち上げる小さな鬼と、日頃の鬱憤、ストレス、体重が増えた自分への(いきどお)り、それら全てを鬼火にのせ、

 

??「アターーーック!」

 

そのゴミ袋を平手で打ち付ける桶姫が、いい汗を流していた。

 

萃香「とりあえず次で終わりだよ〜」

キス「フッフッフッ…。お願いしまーす」

萃香「気持ちいいのを頼むよ!」

キス「フッフッフッ…。任されよ」

 

2人の意思はただ一つ、最高のアタックを決める事。互いに視線を送ると深く頷いた。

 

萃香「いっくわよ〜!」

キス「はーい!」

萃香「そーっれ!」

 

元気な掛け声と共に小さな鬼は球を軽く上空へ放り、その落下点へと急いだ。

 そして彼女の上空では、桶姫がブツブツと呪文を唱え始めていた。

 

キス「桶がワンサイズアップ…。

   体重が◯キロ増…。

   お腹周りが◯センチ増…。

   お尻周りが◯センチ増…。

   胸部………変化なし!!」

 

もとい、やるせない思いをここぞとばかりに怒りへと変換していた。その怒りはエネルギーとなり、赤く轟々(ごうごう)と燃え盛る鬼火へと姿を変えていた。その大きさはこれまでの比ではなく、ターゲットの山火事を優に飲み込む程までに成長していた。

 しかしそこから彼女は、せっかく大きく膨らんだそれを収縮させ始めたのだ。鬼火はみるみる小さくなっていき、やがて小さな彼女の手程までに縮んでいった。

 だがその色は深い青色へと変化し、彼女の笑みの様に静かに、不気味に揺らいでいた。

 

キス「フッフッフッ…。出来た。最高の鬼火が!」

 

こちらの準備は万全。あとは下からの正確無比のトスを待つばかり。

 

 




次回【三年後:鬼の祭_参】


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三年後:鬼の祭_参

 

◇   ◇   ◇   ◇   ◆   ◇

 

 

??「しくしく…」

 

ガックリと肩を落とし、メソメソと泣きながら歩く長髪且つ高身長の女。彼女の前を行く2人はその事を気にも止めていないのか、ただひたすら前だけを向いて歩みを進めていた。

 

??「お祭りに卵はないのかなぁ?」

 

彼女のこのぼやきに痺れを切らせた2人は、その足をピタリと止めて振り返った。

 

??「もー…、諦めなさいよ。

   茹でただけの卵なんて何処も売らないわよ」

??「それよりもコレどうするニャ?」

 

そう尋ねた彼女の手には、使い捨ての皿にこんもりと盛られた茶色い球体が、醤油と出汁の香りを周囲に漂わせ、すれ違う者達の食欲を誘っていた。

 

お空「お燐が食べていいよ…」

お燐「アタイ好みの味だからいいけど、

   コレ熱過ぎニャ。ふーっ、ふーっ」

 

何とか冷まして食べようと試みるも、

 

お燐「熱っ!」

 

熱い物が苦手な彼女にとっては到底歯が立たない相手だった。

 

さと「だから少しにしなさいって言ったじゃない」

お空「うにゅー…、ごめんなさい」

お燐「捨てちゃいますかニャ?」

さと「ダメよ勿体ない。食べ物は粗末にしちゃいけ

   ないって、いつも言っているでしょ?」

 

主人の真っ当な意見に、ペット達は言葉を返す事が出来なかった。とは言え「この大量の玉こんにゃくをどうしたものか?」と悩んでいると、

 

??「あっ、さとりちゃん!と、お燐!」

 

黄金色の髪の少女が慌てた様子でやって来た。

 

さと「あら、ヤマメさん」

お燐「こんばんはニャ」

 

既にお互いに面識ある者達は彼女の様子に違和感を覚えるも、いつも通りに挨拶を交わし、

 

お空「うにゅ?誰だっけ?」

 

記憶に無い者は伸ばした人差し指を顎に当てて目を点にし、

 

お空「さとり様、あの人の名前忘れちゃいました」

さと「黒谷ヤマメさんよ。安心なさい、あなたは会

   うのが初めてよ」

 

目の前の本人に失礼の無いように、聞かれないように己の主人と小声で言葉を交わした。

 

ヤマ「ん?そちらの方もさとりちゃんの家族?」

 

そんな彼女に視線を向けて尋ねて来る蜘蛛姫に、

 

さと「はい、地獄鴉の(れい)()()(うつほ)です」

お空「お空って呼んでねー」

 

地獄鴉は主人からの紹介に合わせて、両手を大きく振って存在をアピールした。彼女もまた、お燐と同様に古明地さとりの家族でありペットだった。

 

ヤマ「うん、初めまして。私は黒谷ヤマメだよ。

   好きなように呼んでくれていいよ」

お空「じゃあ、ヤマメーちゃんでいい?」

 

初対面の彼女の口から出た聞き覚えのある呼び名に、

 

ヤマ「あははは、まさかもう1人現れるとは…」

 

苦笑いを浮かべる蜘蛛姫。と、そこへ。

 

お燐「先日は威嚇したりしてごめん(ニャ)さいニャ」

 

彼女に頭を下げて謝罪を始めるさとりの愛猫。

 

ヤマ「ん?なんだっけ?」

お燐「みんなで夕ご飯を食べた時に…」

 

お燐が言っているのは祭りが始まるよりも前の日の事。勇儀の実家に彼女の知人達が大勢集まって、ただの夕飯がちょっとした宴会になり、ある者にとっては大きなアクシデントが起きたあの日の事だった。

 

ヤマ「あー…、あったねそう言えば」

 

おぼろげにその日の記憶を呼び起こす蜘蛛姫。

 

お燐「アタイはてっきり大鬼君が(いじ)められているの

   かと…」

ヤマ「あはは、そうだったんだ。

   もう気にして無いから頭上げてよ」

さと「ヤマメさん、ところでそのボケ…」

 

気の緩みだった。つい本音が先走ってしまっていた。だがこれまでその事に触れる者は誰もいなかったので、今回も言い直せば問題ないだろうと彼女は踏んでいた。しかし、

 

ヤマ「ボケ?」

 

蜘蛛姫は広げた網で獲物を捕まえる様に、見事にそれを捉えていた。

 

さと「え、えっと。いやー…」

 

誤魔化しようが無いタイミングに、地霊殿の主人は大量の嫌な汗を流していた。「なんとかしてお茶を濁そう」そう決意した矢先、

 

お燐「『ボケっ子』ニャ。大鬼君の事ニャ」

 

彼女のペットにしてライバルからのカミングアウト。ついに知られてしまったのだ。しかも彼と関わりの深い者に。

 

さと「お燐あなたねー…」

 

自身の愛猫を鋭い目つきで睨みつける覚り妖怪。しかし彼女の愛猫は「してやったり」と舌を出して、イタズラな笑顔で微笑んでいた。

 

ヤマ「ボケっ子って…。さとりちゃん大鬼君の事が

   好きなんじゃなかったの?」

さと「そそそそんな事ないです!誰があんなデリカ

   シーのないボケっ子のことなんか!

   私は紳士的な方がいいんです!」

 

赤い顔で蜘蛛姫の言葉を全力で否定する素振りを見せる覚り妖怪だったが、

 

お燐「じゃあ、アタイが〜」

 

それを良しとして、彼女の愛猫が名乗りを上げた。

 

さと「ん?」

 

それに対して「調子にのるなよ?」と笑顔に覇気を込める覚り妖怪。祭りで賑わう町中で、ただその場だけがピリピリとした緊迫した雰囲気に包まれていた。

 

お空「なんの事か分からないけど、

   さとり様もお燐も怖いよぅ…」

ヤマ「な、仲良くね。それで、その大鬼君の事なん

   だけど…」

 

蜘蛛姫が場の空気を察し、言いづらそうに小さな声でその固有名詞を発した途端、

 

  『大鬼君!?』

 

2人仲良く声を揃えてヤマメに注目した。

 

ヤマ「見なかった?」

さと「いえ、今日はまだ」

お燐「どうかしたのかニャ?」

ヤマ「一緒にお祭りを見て回っていたんだけど、

   急にいなくなっちゃって…」

 

突然姿を消した少年の事を心配し、暗い表情で事情を話す蜘蛛姫。

 少年とは言え、彼はもう1人で難なく買い物ができる年頃。「迷子になる事は無いだろう」と彼女は思っていたが…。

 

ヤマ「何か仕出かすんじゃないか心配で…

   って聞いてる?」

 

俯いてぶつぶつと呟いている2人を不思議に思い、声を掛けてみると、

 

さと「大鬼君と2人でお祭り…」

お燐「(ニャ)んて羨ましい…、やっぱりあ(ニャ)たも!?」

 

酷い勘違いである。

 

ヤマ「わわわ私は違うよ!大鬼君の監視役だよ。

   それにもう1人子供の鬼も一緒だよ」

お燐「え、そう(ニャ)のかニャ?」

さと「ですよねー。まあだからって、私には関係あ

   りませんけど」

 

誤解だったと分かり、ほっと一安心をする2人。お燐はため息を吐きながら胸を撫で下ろし、彼女の主人は腕を組んで「どうでもいい」と余裕な姿を作った。そして完全に蚊帳の外にされた地獄鴉が、

 

お空「タマゴンニャクいる?」

 

何故かこのタイミングで話題をチェンジ。

 

ヤマ「え…?なにそれ?」

お燐「玉こんにゃくニャ」

さと「お空がゆで卵と間違えて大量に買ってしまっ

   たんです。でも一口食べて卵じゃないって分

   かったらいらないって…」

ヤマ「何個買ったの?」

お燐「15個ニャ。アタイもアツアツで食べられ(ニャ)

   くて困ってたところだったニャ」

さと「ここは一つでいいので、

   消費するのを手伝って頂けませんか?」

ヤマ「いいよ、じゃあ一個もらうね」

 

そう言って蜘蛛姫は、まだ湯気が立っている玉こんにゃくを頬張った。

 

ヤマ「ん〜、おいひぃ」

 

悩みの種を笑顔で食べる蜘蛛姫は、彼女達にとって「近所の優しいお姉さん」の様に映っていた。

 

ヤマ「ご馳走さま。それで、お空ちゃんは卵が

   欲しかったの?」

お空「うん…。ゆで卵が欲しかったの」

さと「ありませんよね?」

ヤマ「ん〜…」

 

(しお)れる地獄鴉の希望を何とかして叶えようと、眉間に皺を寄せながら腕組みをし、出店のメニューを一生懸命に思い起こす蜘蛛姫。

 

ヤマ「あ、そう言えばおでん屋さんがある。

   そこなら卵あるかも。茹でたやつね」

 

その瞬間、地獄鴉の心に、光が射した。それは卵の様に小さく、殻を剥いた白身のように白い光。だがそれは彼女にとっては待望の光だった。

 

お空「にゅはっ♡さとり様行きましょ、

   行きましょ!おでん屋さん!」

さと「はいはい…」

お燐「またアツアツニャ…」

 

すっかり上機嫌になり、先陣を切って前へと歩き出した地獄鴉の後ろを渋々ついて行く2人だったが、

 

ヤマ「おでん屋さんあっちなんだけど…」

 

近所の優しいお姉さんが指した方角は真逆だった。

 

 




次回【鬼の祭_肆】


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三年後:鬼の祭_肆    ※挿絵有

◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◆

 

 

 町の広場に設置された(やぐら)。その上では祭りに欠かせない大太鼓が力強く、町の隅々へ届くように打ち鳴らされていた。これもまた『祭り当番』の役目であり、四六時中ほぼ休みなく打ち続けなければならない。それは体力、筋力、持久力と精神を容赦なく削ぎ取り、実質祭り当番で一番辛い役目になる。

 そして今宵も魂のビートを刻む1人の鬼が、

 

??「当番じゃないのにぃー!」

 

歓喜していた。

 彼は例の罰則の対象者でなければ、その事と直接関わりのない、ただの善意に満ち(あふ)れた鬼。今は彼の直属の上司であり、尊敬する鬼から()()()()と言い渡された指令を全うできる喜びに浸っている。ただそれだけの事だ。

 

??「オイラも祭り楽しみてぇー!

   可愛い子と出会いてぇー!恋がしてぇー!」

 

その魂の叫びは太鼓の音を更に熱いものにし、祭りをより一層盛り上げていたが、打ち手である彼のポテンシャルはもう限界を迎えていた。

 

??「ダメだ…。ちょっと休憩」

 

その場に倒れ込む様に座り込み、持参して来た竹筒の中身を一気に飲み干した。

 

??「ふぃ〜、今日で祭りも終わりか…。

   あとは結びの一番、親方様の取組だけか。

   なんかここまであっと言う間だったなぁ」

 

祭り自体は2週間だが、その前の準備の段階から加わっていた彼にとって、今日という日はようやく迎えた言わばゴール地点。

 

??「終わり良ければ全てよしだ」

 

彼の好きな言葉だった。

 

??「もう一踏ん張りしますか」

 

悲鳴を上げる体に言い聞かせ、袖をたくし上げながら再び立ち上がると、バチに力を込めて

 

??「そーれっ!」

 

掛け声と共に振り下ろした。

 

??「うん、ここなら見晴らしいいねぇ」

 

その瞬間突然の声に驚き、振り下ろしたバチは手を離れ、太鼓のふちに当たると勢い良く跳ね返った。

 

 

ゴッ!

 

 

??「いってー!鼻が…、オイラの自慢の鼻が!」

 

然程高くもなく、至って普通の鼻を押さえて涙を浮かべる打ち手。

 

??「あんた大丈夫かい?」

??「あのなぁ………!?」

 

声の主を睨みつけ、威嚇をすると共に「ここは立入禁止だ!」と注意しようとしたが、その姿に目が釘付けになった。彼が尊敬する鬼にも引けを取らない抜群のプロポーション。更にその胸元ははだけ、見る者を誘惑していた。

 そんな彼女を見たこの鬼は一瞬で理解した。

 

??「(もろ好みだー!)」

 

と。

 

??「ん?どうかしたかい?」

??「いやいや、なんでも。オイラは鬼助だ。

   ここに来たって事はオイラに何か用かい?」

 

軽い自己紹介をする勇儀の部下兼、弟分兼、みんなの便利屋。彼のみが立ち入る事を許されているこの場所に、わざわざ足を運んでくれた彼女に、強い期待を込めて声を掛けた。

 

??「いやぁ、用って訳じゃないんだけど、

   暫くここにいてもいいかい?」

 

彼にとっては願ってもない返事。当然、

 

鬼助「どうぞ、どうぞ。お好きなだけ」

 

断る理由なんてない。ただ…。

 

鬼助「でも()()おっかないから、

   置いてくれない?」

 

彼女の背にある大きな凶器を指し、申し訳なさそうに下手にお願いした。だが彼女は笑顔を浮かべると、

 

??「あはは、悪いけどそいつは無理な相談だね。

   これがないと落ち着かなくてねぇ。

   見つける()()見つけたら直ぐ行くから、

   それまで我慢しておくれよ」

 

笑いながらそれを拒否した、と同時に彼女のこの言葉で彼はとうとう覚った。自分には全く用は無かったのだと。だが「ここで諦めては男が廃る!」と悟りを開いてもいた。

 

鬼助「じゃあ見つかったらオイラと店を回らない?

   オイラもあと少しでココが終わりなんだ」

??「へ?あたいを誘ってるのかい?」

鬼助「おうよ!絶対に楽しかったって思える時間を

   プレゼントするから」

??「へぇ〜…」

 

毎日()()()()三途の川で死者の霊を船に乗せ、上司の下へ送り届ける仕事に徹している彼女にとって、彼の様な存在は初めて。それは嬉しくもあり、心を踊らされる言葉だった。しかし彼女はこうも思っていた。

 

??「(あたいの正体を知っても、

    同じ事を言えるのかな?)」

 

と。自分が何者かを知った途端、「さっき出会った鬼と同様の反応をするのではないか?」という不安が彼女の中で渦を巻いていた。

 そんな彼女の気持ちとは裏腹に、ついに彼は口を開いた。

 

鬼助「ところでお嬢さん、お名前は?」

??「あたいの名前は小野塚小町。死神だよ」

 

【挿絵表示】

 

 

 

◆   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 

 

??「ん〜、ほいひぃ(美味しい)♡」

 

口いっぱいに大好物を頬張りつつ、両手いっぱいに購入&獲得した同様の物を持って、大通りを満面の笑みで歩く少女。その量は数にして10本。彼女のじゃんけん無敗記録は未だ健在のようだ。だが不満に思う事もあるようで…。

 

??「全く…、小町は何処に行ったのでしょう?

   上司を残して勝手に何処かへ行くなんて、

   言語道断、前代未聞です!見つけたらお説教

   です!」

 

ブツブツと消えた部下への愚痴を(こぼ)しながら、腰を据えてゆっくりと食べられる場所を探していた。と、そこに1人の妖怪が現れ、

 

妖怪「おい!あっちで鬼同士の喧嘩だってよ!」

 

興奮しながら誰にというわけでもなく、大声で叫んだ。その声に反応した者達は、次々とその妖怪が指差す方角へと急ぎ足で向かって行った。

 

??「喧嘩…ですか。これは見過ごせませんね」

 

彼女はそう1人呟くと、他の野次馬達と同じ方角へと歩き出した。

 

 

◇   ◆   ◇   ◇   ◇   ◇

 

 

吹き飛んだ鬼は近くにあった出店へと、その身体ごと突っ込み、大きな破壊音を立てた。出店はぐちゃぐちゃに潰れ、辺りからは悲鳴とどよめきが上がり、場は騒然としていた。

 せっかくここまで頑張って来たのに、最後の最後でこの様…。あの時のヤマメの気持ちを理解していたつもりだったけど、いざその立場になるとこうまで辛いなんて…。

 私はその思いを瞳に乗せ、吹き飛ばした鬼を睨みつけた。

 

勇儀「おい!やり過ぎだろ!店までめちゃくちゃ

   じゃないか!」

鬼②「そんなの知るか!アイツが避ければ済む話だ

   ろ!?弱いアイツがいけないんだよ」

 

私の中で何かがギシギシと音を立て始めた。

 

勇儀「反省する気は…無いんだな?」

鬼②「喧嘩両成敗だろ?反省も何もないだろ?」

 

この馬鹿には………お灸を据える必要がある!

 

 

◇   ◇   ◆   ◇   ◇   ◇

 

 

??「ここがその店だよ」

 

彼女が2人のBoysを引き連れてやって来たのは、Pon-Ponと愉快なSoundを立て、周囲に乳製品の香ばしい匂いを漂わせるColorfulなShopだった。店員が彼女に気が付くと、明るいFaceで声を掛けた。

 

??「Hey,Master!Welcomeね!」

 

【挿絵表示】

 

??「ピースご苦労様、景気はどう?」

ピー「Bochi-Bochiね。ん?そこのBoysは?」

??「さっきのお店で会ってね。私1人だと寂しい

   から……」

 

彼女はそこまで語ると、地底の天井眺めて少し考えた後、

 

??「借りた?」

 

疑問形で簡潔に経緯をまとめた。

 

大鬼「どーも…」

カズ「無理矢理借りられました」

 

そんな彼女に恐れ多くも皮肉めいた言葉で挨拶をする少年達。

 

ピー「きゃははは、それはUnhappyだったね。

   My masterがYouにTroubleを掛けたお詫び

   に、PopcornをPresentするね」

 

そう言って店員は少年達に、ポップコーンがこんもりと盛られたBucketを一つずつ手渡した。

 

カズ「は?え?くれるの?」

大鬼「何これ?」

 

 少年達が初めて見る物体に呆然としていると、店員の主人はくすりと笑い、カズキのバケツから一粒摘み上げ、口の中へと入れた。

 

??「う〜ん、美味しぃ。ポップコーンはやっぱり

   オーソドックスな塩バターだね。

   2人とも食べてみなよ」

 

彼女の様子から手にしたそれが、食べ物であるとようやく理解出来た少年達は、一粒ずつ摘み上げてまじまじと観察し、

 

  『いただきます』

 

仲良く声を揃えて、いざ実食。

 

カズ「あ、これ美味しい!」

大鬼「うーん、ボクは今一…。かな?」

??「ピース良かったね。

   1名様が気に入ってくれたみたいだよ」

ピー「I'm happyね。Not good だったBoyは

   Other taste もあるよ。Sugar、Curry、

   Honey。Let's select ね。

   どれもYummy , Yummyよ」

 

「あまり気に入らなかった」と答えた少年を微笑みながらジッと見つめ、返事を待つ店員。

 その様子から彼は状況を覚り、救いを求めるように休戦中の相手に小声で話し掛けた。

 

大鬼「これ、ボクに言ってるのかな?」ヒソヒソ

カズ「多分そうだろ?」ヒソヒソ

大鬼「何て言ってるか分かる?」ヒソヒソ

カズ「さぁ…。さっきから何を言ってるのか…」ヒソ

大鬼「初めて聞く言葉だよ?」ヒソ

カズ「あの人の部下だって言うんだから、

   神様語とかじゃないのか?」ヒソ

大鬼「何て答えればいい?」ヒソ

カズ「知らねぇよ!自分で考えろよ!」

大鬼「一緒に考えてくれてもいいじゃん!」

カズ「オレは関係ないだろ!巻き込むなよ!」

 

休戦は解けかけ、言い合いを始める2人。少年達の声はいつしか店員と、その主人の耳にも届く程になっていた。

 そんな2人にただ苦笑いを浮かべて見守る店員。実はこの店員、話そうと思えば他の者達と同様にJapanese onlyでSpeakする事が可能なのだ。だが、もめ始めた少年達のために言い直そうとしたところを、彼女の主人からの指令によりStopさせられているのだ。その指令とは「面白いからほっとけ」だった。と、そこに…。

 

??「見つけた!」

 

 

◇   ◇   ◇   ◆   ◇   ◇

 

 

 落下点に到着した彼女は上空の様子を伺っていた。眼に映るのは不気味な色の鬼火を構える妖怪の友達。それは最高の物だと彼女もすぐに感じた。

 

キス「胸の大きさがなんぼのもんじゃー!」

 

上空から聞こえて来た心の叫びは、下にいる彼女にも届き、

 

萃香「そうだそうだ!こちとら希少価値じゃー!」

 

共鳴した。

 そして間も無く視界を覆う様にやって来た球に、その思いと理不尽な世の中への恨みを乗せ、

 

萃香「トォーーーッス!!」

 

全力のバトンタッチ。が、

 

萃香「くしゅんっ!」

 

突然巻き上がった砂埃が彼女の鼻を刺激した。その瞬間手元が狂い、球はこれまでの軌道を外れ、全てを乗せたままアタッカー目掛けて飛んで行った。

 

萃香「やばいっ!避けて!」

 

彼女の危険を知らせる声に気付いたアタッカー。

 

キス「きゃっ!」

 

間一髪の所で避けた彼女だったが、

 

 

バチコーーーンッ!!

 

 

振り上げていたその手は体制を崩しながらも、それを見事に打ち抜いていた。

 最高の鬼火を乗せたゴミ袋はターゲットを大きく外れ、

 

萃香「まずい…」

キス「あっちゃー…」

 

青い直線となり、町中へと向かっていった。

 

 




次回【三年後:鬼の祭_伍】

※小野塚小町_カラーバージョン

【挿絵表示】


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三年後:鬼の祭_伍    ※挿絵有

◇   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇

 

 

??「見つけた!」

 

突然見失った2人を見つけた彼女は、思わず大声で叫んだ。

 

??「あ、ヤマメー!」

 

その声に気付いた少年は、彼女を見るや地獄から解放された様な、安堵の表情を浮かべた。そこに

 

??「どーもー」

??「大鬼君こんばんはニャ」

 

彼女の背後から現れる者達。少年は顔を見知った彼女達を見つけると笑顔を浮かべ、

 

大鬼「ミツメーとお燐!よっ!」

 

元気良く挨拶を交わした。

 

大鬼「あと…」

 

少年が見つめる先には背の高い黒髪の女性。彼は彼女の事を知っていた。だから、

 

大鬼「お空…、だっけ?」

 

名前を確認するために声を掛けた。だがその彼女は顔色を変え、

 

お空「うにゅーーーっ!?さとり様どうしよう!

   うつほはあの子の事が記憶に無いです!」

 

主人に慌てながら泣きついた。

 それを受け止めた小さな主人は、彼女の事を落ち着かせるのかと思いきや、

 

さと「お空…」

お空「うにゅ?」

さと「あなた何処であのボケっ子と会ったのよ!?

   何でボケっ子があなたの事を知っているのよ

   !?」

 

嫉妬が爆発した。そして、彼女の胸倉を掴んでガタガタと揺らし、激しい見幕で詰め寄った。

 

お空「うにゅーーーっ!?分からないんです!

   覚えてないんです!記憶にないんです!

   お願いですから怒らないで下さい!!」

 

しかし彼女には身に覚えがない事。この理不尽極まりない主人の物言いに、とうとう泣き出してしまった。

 

大鬼「あのさミツメー、前にじぃじとばぁばとで

   ミツメーの家に行ったでしょ?」

さと「あ、うん…」

大鬼「その時にお燐が教えてくれた」

お燐「だニャ」

 

見るに見兼ねた者からの発言に、地霊殿の主人は当時の事を思い起こしていた。そしてその事を思い出した彼女はペットから手を放し、ポンと叩いて納得した。

 

さと「あー、なるほど。そういう事。

   お空、私の勘違いだったみたい…」

お空「さとり様もう怒らない?」

さと「ええ、ごめんなさいね」

 

ペットと主人の仲が回復する中、

 

カズ「なぁ、あれって地霊殿の連中だろ?」

大鬼「うん、そう」

カズ「あれもお前の知り合いなわけ?」

大鬼「うん、そう」

カズ「お前…、ホントに妖怪の知り合い多くね?」

大鬼「うん、そう」

 

小声で会話をする少年達。カズキの質問に全てYESで答える少年に、彼はこう思った。「コイツ実は凄いヤツなんじゃないか?」と。故に、

 

カズ「鬼の知り合いは少ないのにな?」

 

悔しくて意地悪。

 

大鬼「うん、…?は?」

カズ「事実だろ?」

 

その言葉に、第2ラウンドのゴングが鳴った。すると間髪いれず、睨み合う2人の前に

 

ヤマ「はいはい、喧嘩しない!」

 

近所の優しいお姉さんが立ちはだかり、試合を打ち切りにした。

 

ヤマ「2人共探したんだよ?何処に行って…」

 

彼女はそこまで言いかけてようやく気が付いた。少年達の後ろで笑みを浮かべながら、彼女達を温かい目で見守る、変なTシャツを着た偉大な存在に。

 そして慌ててその場で(ひざまず)き、頭を垂れた。

 

ヤマ「ヘカーティア・ラピスラズリ様!」

  『えっ!?』

 

蜘蛛姫の言葉を皮切りに、地霊殿の者達も通行人達も続々と跪いた。

 

ヘカ「いい、いい、いい、いい。

   そういうの要らないから。

   通行人の人達はどうぞ通り過ぎちゃって〜」

 

【挿絵表示】

 

 

手で振り払いながら「お気になさらず」とサインを送った。

 だが彼女のせっかくの心遣いにも関わらず、その場から去ろうとする者は誰もおらず、

あまつさえ皆が身動きすら出来ずにいた。

 

ヘカ「弱ったなぁ〜…」

 

ただ純粋に祭りを楽しんでいた彼女にとって、この状態は好ましくなかった。どうにかしてこの均衡を破れないかと悩んでいると、

 

ピー「Hey , Master!Listenね」

 

彼女の部下、『地獄の妖精』クラウンピースが耳打ちを始めた。

 

ヘカ「ふんふん、なるほどなるほど」

 

彼女は部下の話を聞き終えると、「コホンッ」と(わざ)とらしく咳払いをし、少年達一同を指差して真剣な顔付きで語り出した。

 

ヘカ「では命令します。ここにいる者達6名以外は

   他へ行きなさい。あ、お店の人達はそのまま

   営業を続けてね」

 

彼女がそう言い終わると、少年達一同以外の者達は足早にその場を後にした。

 

ヘカ「これで良し。ピース、サンキュー。

   ナイスアイディア」

ピー「You're welcomeね」

ヘカ「で?あなた達もいい加減に頭をあげて普通に

   してよ」

ヤマ「で、ですが…」

ヘカ「これも命令。それにお子ちゃま達はずっと

   普通にしていてくれてるよ?」

 

その言葉に目を丸くし、慌てて顔を上げるヤマメ達。その目に映ったのは2本足で立ち、

 

大鬼「お子ちゃまって言うな!」

 

事もあろうに

 

カズ「もうそんな年じゃない!」

 

彼女に反抗する

 

  『このボケーッ!!!!』

 

子達。そのボケっ子達の無礼に

 

ヤマ「2人共この方を知らないの!?」

さと「地獄の女神様よ!」

 

血相を変えて詰め寄る者達。またある者達は

 

お燐「も、もうおしまいニャ…」

お空「ゆで卵食べたかった…」

 

絶望の(ふち)に立たされ、命の危険を感じていた。だが彼女は苦笑いを浮かべ、片手をヒラヒラと振りながら話し始めた。

 

ヘカ「いいの、いいの。私がそうしろって言ったん

   だから。友達だと思えって」

大鬼「ヘカーティア様の事は知ってたよ」

カズ「そりゃ最初はオレ達もちゃんとしてたさ」

大鬼「でもさっきみたいに命令されてたから」

カズ「ならまあいっかって」

ヤマ「ん?ちょっと待って。じゃあ今までずっと

   ヘカーティア様と一緒にいたって事?」

  『うん、そう』

 

平然と答える少年達に、彼等の監視役の表情はみるみる青くなっていき、

 

ヤマ「ご迷惑をお掛けしました。

   私がちゃんと見張って無かったばかりに、

   ヘカーティア様のお手を(わずら)わせてしまい、

   申し訳ありませんでした」

 

深々と頭を下げてこれまでの事を謝罪した。

 でもこれは筋違い。少年達を行方不明にした原因は、このお騒がせ女神様なのだ。にもかかわらず、

 

ヘカ「あはは…。ド、ドウッテコトナイヨー」

 

笑って誤魔化し、そればかりか「気付かれていないなら、それでいいや」と蜘蛛姫の言葉に便乗した。だが被害者、事情を知っている者は目を細め、呆れた表情で彼女の事を見ていた。

 

ヤマ「お詫びとお近づきの印に、

   何か差し上げたいのですが、生憎今は…」

 

事情を知らずに気を回す人の出来た近所の優しいお姉さん。そんな彼女に「その気遣いはいらない」と変なTシャツヤローが答えようとした時、

 

お空「卵こんにゃく要ります?」

 

空気の読めない地獄鴉が、持て余しているそれを差し出した。

 

さと「何してるのよ!」

お燐「(ニャ)んでそう(ニャ)るニャ!

   しかも玉こんにゃくニャ!

   いい加減卵から頭を(はニャ)すニャ!」

 

失礼極まりない彼女の行為に慌て出す家族達。だがこれは、

 

お空「だってヤマメーちゃんがヘカーティア様に

   渡す物が無くて、困ってそうだったから…」

 

彼女なりの好意だった。

 

ヤマ「あはは…、お空ちゃんありがとう。

   でもそれじゃない方がヘカーティア様も…」

ヘカ「いいよ、それなら貰ってあげる。

   でもそんなに要らないから1個だけ頂戴」

 

何という慈悲。度重なる無礼に目を瞑り、更には悩みにも協力してくれて、まさに神対応。地霊殿組は一様にしてそう思った。そして、そんな彼女は地霊殿組にとって、文字通り女神様となった。

 女神は玉こんにゃくが盛られた皿を地獄鴉から受け取ると、添えてあった爪楊枝(つまようじ)で一つ取り、一口で頬張った。

 

ヘカ「うん、少し冷めているけど美味しい。

   おチビちゃん達も食べる?」

 

その女神様は笑顔で頬張った物を少年達に差し出すが、

 

大鬼「だーかーらっ!」

カズ「さっきより酷くなってるし!」

 

呼ばれ方が気に入らなかったのか、しかめっ面で反抗される始末。だがそこはやはり育ち盛り。

 

ヘカ「じゃあいらない?」

  『いただきます!』

 

頂ける物は容赦なく貰う。

 

ヘカ「ピースもいる?」

 

更に女神は自分の部下にもそれを差し出した。

 

ピー「Oh , Thank you ね。

   Umm~.Yummy , Yummyね」

 

主人からの気遣いをありがたく頂戴した地獄の妖精は、頬を押さえてその純和風な味付けを堪能した。面識がないにも関わらず、悩みのタネを消費してくれている彼女は、地霊殿組にとってまさに突然現れた救世主だった。

 

ヘカ「ご馳走様、はいこれ」

さと「いえ、こちらこそ。ありがとうございます」

 

満足した顔で皿を覚り妖怪に返す女神様。彼女は皿を手渡すと、姿勢を覗き込む様にして話し始めた。

 

ヘカ「へぇ〜、あなたが棟梁さんの言っていた地霊

   殿の主人ね。確かにしっかりしていそうね」

さと「え?棟梁様が何か言われていましたか?」

ヘカ「ふふ、それは本人から直接聞いてね。

   私からは『頑張ってね』って言う事くらいか

   な?」

 

意味深な微笑みで語る女神の本質を探ろうと、覚り妖怪はその能力を発動した。

 

さと「うそ、どうして…」

 

彼女のセオリーでは言葉を発する時、心や脳はリンクするはずだった。

 例えば、音読をしながら暗算をする事はとても困難である。それは脳が同時に2つの事を処理しようとするからだ。日常の何気ない会話の中でそれをやってのけるのは、まず無理な事。

 しかし彼女が読んだのは、この件とは全く関係のない言葉。むしろ別次元の内容だった。

 

ヘカ「ざーんねーんでした。そうはさせないよ。

   私には体が他にもあるからね。

   私はたぶん3人目だと思うから…」

さと「はい?」

ヘカ「でもまあ今日中には分かるよ。

   それまでお楽しみに〜」

 

謎の名言を残し、覚り妖怪に笑顔を送る変T。そして今度はペットの方へ視線を向けると、ゆっくりと近づいて行った。

 

お空「うにゅ?うつほに何かご用?」

お燐「こらお空!ちゃんとし(ニャ)きゃダメニャ!」

ヘカ「あはは、いいよいいよ。

   ふーん、お空って言うの」

お燐「失礼でごめん(ニャ)さいニャ。

   もうお気付きかも知れませんが、

   彼女はその、頭があまり…」

お空「お燐!それはうつほに失礼だよ!

   うつほだってやる時はちゃんとやるよ!」

 

自分の事をバカにされている。無い頭でもそれに気付いた地獄鴉は、両手を上げ「そんな事ない」と頬を膨らませてアピールした。

 

ヘカ「ふふ、2人とも仲が良いんだね。

   それにお空は純粋なんだね。良い事だよ。

   でもね…」

 

そこまで話すと、女神は真剣な表情で続きを語り出した。

 

ヘカ「そこに付け入る悪い輩もいるから、

   くれぐれも気を付けてね。

   そんな時はお燐が助けてあげてね」

お燐「はいニャ!」

 

女神様からのありがたいお言葉に、ビシッと姿勢を正してキレのある返事をする地獄鴉の親友。更に女神様は一同の方へと振り向き、

 

ヘカ「みんなもね。困った事があったらお互い仲良

   く助け合ってね」

  『はいっ!』

 

女神らしい仕事をした。

 

ヤマ「大鬼君とカズキ君聞いたぁ?

   ()()()して、()()()()んだよ?」

  『うっ…』

 

近所の優しいお姉さんからの念押しに、仲良く苦虫を噛み潰したよな表情を浮かべる少年達。

 その場が穏やかな雰囲気に包まれる中、それは突然起きた。

 

 

ドーン!

 

 

大鬼「合図だ!」

 

その音にいち早く気付いた少年。キョロキョロと上空を見回し、次の信号を待っていた。

 

ヤマ「向こうだ!ちょっと行ってくる!」

 

第2弾目を見つけるのは蜘蛛姫の方が早かった。彼女は確認するや否や現場へと急行した。

 

さと「ヤマメさん、いったいどちらへ!?」

お燐「(ニャ)(ニャ)のかニャ?」

大鬼「トラブルが起きた時の合図だよ!」

お空「そう言えば、さっきからあちこちで喧嘩がど

   うって…」

ヘカ「え?なになに?喧嘩?」

カズ「なんで嬉しそうなのさ…」

 

少年がふと周りに目をやると、多くの者が蜘蛛姫と同じ方へと向かっていた。出所はこの近く。そう覚った少年は、

 

大鬼「ボクも行ってくる!」

 

好奇心から駆け出していた。

 

さと「ボケっ子ちょっと待ちなさい!」

お燐「アタイも行くニャ!」

お空「待ってぇー!置いて行かなでー!」

 

その少年を追う様に続々とついて行く地霊殿組、

 

ヘカ「ピースまた後で来るね」

カズ「ちょっ、離せよ!」

 

そして、然程(さほど)興味を示さない少年の首根っこを掴み、引き()る様に遅れてその後を追う女神。その瞳はこれまで以上に輝いていた。

 

ピー「Aye aye sir ね。

   Master , Have a good time ね」

 

 

 




次回【三年後:鬼の祭_陸】


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三年後:鬼の祭_陸

◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◆

 

 

 自分の正体を明かした彼女は満面の笑みを浮かべていた。

 

??「じゃあ、ちゃんとエスコートして

   おくれよ?」

??「おう!任せな!」

 

彼女の笑顔に、彼は胸を叩いて答えた。彼はやっと訪れた出会いに喜んでいた。そして早く目的を果たそうと、彼女が探している()()について尋ねた。

 

??「それはここからでも見えるのかい?」

 

そこは周囲を一望出来き、近くであれば道行く者達の表情を伺えた。しかし離れた場所では姿を辛うじて確認できる程度である。

 

??「うーん、そうだねぇ…。それっぽいのが見え

   れば、直ぐに気付くんだけどねぇ」

 

彼女はそう呟くと、敬礼をする様に町を眺め始めた。

 

??「そいつは大きいのかい?」

 

彼は尋ねながら彼女の隣に立ち、同様に町の中を探し始めた。

 

??「小さいと言えば小さいかなぁ?

   少なくともあたいよりは小さいよ」

 

その言葉に彼は「それは大きいのでは?」と違和感を覚えて始めていたが、「特に気にする必要もないだろう」と深くは尋ねなかった。

 

??「何か目印になりそうな物はあるかい?」

??「見た目が独特なんだよ。あと多分騒がしい所

   とかに…」

 

彼女がそこまで話した時、

 

 

ドーン!

 

 

後方から大きな爆発音が聞こえ、

 

??「何事だい!?」

 

彼女は慌てて振り向いた。すると隣の彼は

 

??「あー、合図だな。この時間はパルパルか?」

 

平然とした顔で答えた。

 

??「合図?」

 

彼女が首を傾けて尋ねると、今度は視線の先に赤い光の玉が打ち上がり、目の高さで彼岸花の様に花開いた。その光景に彼女は目を奪われ、思わず心の声がこぼれた。

 

??「綺麗…」

??「気に入って貰えて嬉しいけど、

   あれはウチらの合図なんよ。

   あの色は…トラブルだな」

??「トラブル…。もしかしたらそこに()()かも

   しれないねぇ」

??「え?いる?」

 

 

◆   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 

 

 彼女が辿り着いた時には、既に緊迫した空気が2人の鬼を包んでいた。だがそれを止めようとする者はおらず、その場の全員が傍観者の態度を取っていた。しかしその瞳は輝き、期待に満ち溢れ、それは傍観者というよりも観客に近い。

 

鬼①「ふざけるな!今の言葉取り消せ!」

 

片方の鬼が怒りを(あら)わにしながら、相手の胸ぐらを掴んだ。

 

鬼②「キサマこそ図に乗るなよ!」

 

こちらも負けじと怒号と共に胸ぐらを掴む鬼。その瞬間辺りから「おーっ!」と歓声が上がり、場に熱が入り始めた。

 

??「まったく…。これだから鬼という種族は…」

 

その光景をただ静かに見守っていた彼女だったが、「ここは出番か」と愚痴と共にため息を吐き、一歩前へと歩み出した。と、そこに…。

 

??「おい、お前さん達!」

 

凛としつつも、勇ましい一本角の女鬼が大声を上げ、ゆっくりとした足取りで睨み合う2人に近付いて行った。

 

??「あれは棟梁の娘で四天王の…」

 

その者の登場に、彼女は二歩目をその場に下ろし、三歩目を踏み出す事を止めた。そして笑みを浮かべ、静かに呟いた。

 

??「それではこの場をどう収めるのか、

   お手並み拝見といきましょうか。

   頑張って下さいね。『無能の四天王』さん」

 

 

◆   ◆   ◇   ◇   ◇   ◇

 

 

一向に反省の色を見せない目の前の鬼に、彼女の堪忍袋の緒はついに音を立てて切れた。

 

勇儀「どうやら痛い目見ないと分からないみたいだ

   ね!」

 

彼女の一歩目。

 それは踏み込んだ途端、局地的に地震を起こさせ、その余波は町中を駆け巡り、町外れでは砂塵を巻き上げさせた。そして騒ぎの中心の鬼は、その揺れに足を取られ、体を前後に動かしてバランスを崩していた。

 

勇儀「鬼の一歩は大地を揺らし!」

 

彼女の二歩目。

 踏み込むと同時に彼女から発せられる強烈な圧迫感。それは周囲の者達にも肌で感じられる程の突き刺さる様なプレッシャーだった。その威圧感の的となり、全身でもろに受けた者は、さっきの事も相重なって、何者かに押されたかの様に背後へと倒れ始めた。

 

勇儀「鬼の一歩は大気を震わせ!」

 

そこへ間髪入れず踏み込む彼女の三歩目。

 だがそれはこれまでのとは違い、地に足を付けた瞬間、彼女はターゲットに飛びかかっていた。そして酒に飲まれ、彼女の静止を聞かず、出店を破壊しても反省しない頭を鷲掴みにし、「頭を冷やして反省しろ!」という思いを乗せ、一気に地面へと叩きつけた。

 

 

バッコーーーン!

 

 

巨大な破壊音と共に地面はひび割れた。彼女の技の餌食となった鬼は頭に大きな(こぶ)を作り、その場で気を失った。

 

勇儀「そして鬼の一歩は全てをなぎ倒す」

 

彼女の決め台詞と共に湧き上がる観客達。

 

鬼 「すっげぇ!」

妖怪「何なんだよ今の!?」

鬼 「あれがお嬢の秘技だ!その名も」

  『三歩必殺!』

 

彼女の事をまるで正義のヒーローのように称えていた。そんな中、その様を厳しい目で見る者がいた。

 

??「これはいけませんね」

 

彼女は再び前へと歩き出した。

 

 

◆   ◆   ◆   ◇   ◆   ◇

 

 

??「出た!ユーネェの三歩必殺!」

 

少年は目を輝かせながら、彼の保護者の勇姿を最前列で見届けていた。彼女達を囲う野次馬達も少年と同様に熱い眼差しを向け、歓声を上げていた。

 

??「あれが本家の…。お前のとは大分違うな」

 

そこに頭の後ろで手を組みながらやって来た休戦相手。少年の隣に並ぶと、たった今見たそれと見慣れた物とを照らし合わせ、思った事をそのまま呟いた。

 

??「だってあんなの真似出来ないし…。

   けどあれもユーネェが教えてくれたんだよ」

??「ふーん…。でもお前のってさぁ、

   掴まれたら何も出来ないじゃん」

 

 

グサッ!

 

 

少年の心に鋭い刃が突き刺さった。

 

??「それにお前使う時分かり易過ぎ。

   初見はいいけど、2回目からは通じないよ」

 

 

グサッ!グサッ!

 

 

秘技の弱点を淡々と語る喧嘩相手に、少年は言葉を返せずにいた。「もうこれ以上の駄目出しはごめんだ」と、

 

??「そ、それよりみんなは?」

 

強引に話題を変えた。

 

??「たぶんまだ後ろじゃない?

   この人集りでここまで来られるのは、

   背の低いオレ達くらいだよ」

 

 

--その頃、彼らの後方では--

 

 

??「2人だけで大丈夫かな?」

 

再び少年達を見失ってしまった近所の優しいお姉さん。

 このトラブルを静めようと、勇んで駆け出してみたはいいものの、いざ現場に着いてみれば大勢の野次馬。前へ進もうにも軽い彼女は押し返えされ、その場で足止めされていた。

 そこに彼女の隊長が横を走り抜けていき、目の前の壁の下に空いた穴、野次馬連中の足の下を身を屈めて潜って行ったのだ。その光景に彼女が呆気に取られていると、2人目の少年を引き連れた女神がやって来た。

 女神は彼女から状況を聞かされると、連れて来た少年に一言二言伝え、姿が見えなくなった少年の後を追わせたのだ。

 

??「まあ、大丈夫でしょ。カズキ君には大鬼君が

   無茶をしないように見張らせてるし」

 

不安そうな表情を浮かべる蜘蛛姫に、景品の球体で遊びながら「心配し過ぎだ」と答える変なTシャツを着た女神様。そんな彼女の隣では、

 

??「これじゃあ前が見え(ニャ)いニャ」

 

何とかして状況を探ろうと、猫娘がジャンプを繰り返しており、更にその隣では

 

??「さとり様、上から見てもいいですか?」

 

地獄鴉が天井を指差し、特等席へと移動しようとしていた。

 

??「何も見えないよ〜」

??「待って。…騒ぎは勇儀さんが静めてくれたみ

   たいです」

 

しかしそこは状況把握と情報収集ならお手の物の覚り妖怪が、野次馬達の心の声を読んでいた。

 

??「そうなんだ、良かったぁ」

 

トラブルは解決したと聞いて、ほっと一安心のため息を吐く少年達の監視役。そして彼女はここに着いて間もなくに起きた自然現象の事を思い出した。

 

??「それじゃあ、さっきの地震はもしかして…」

??「勇儀さんの技のようです。

   『三歩必殺』っていう。有名らしいですね」

??「なにそれ!?か~っくうぃ〜」

 

その技名が気に入ったのか、瞳を輝かせて歓喜の声を上げる変なTシャツヤロー。更にそれは飛び火したようで…。

 

??「うにゅーっ!うつほもカッコイイ名前の技が

   欲しい!」

??「そんなの勝手にすればいいニャ…」

??「じゃあ…、

   ウツホミラクルスペシャルウルトラスーパー

   メガトンパンチ!」

 

地獄鴉は拳を前に突き出し、考えた技名と共にドヤドヤした。

 

??「えーっと…」

??「なにそれ?お空センス悪っ…」

??「変なの〜♪」

??「(ニャが)過ぎるニャ…。

   そもそもそれただのパンチニャ」

 

だが一同は皆一様に目を細め、彼女に「それはダメだろ」と視線を送っていた。

 

??「うにゅーっ!みんな酷いよ!

   カッコイイでしょ!?

   さとり様もそう思いますよね?ねっ?」

 

せっかく考えた技名を却下され、機嫌を悪くした地獄鴉は、ただ唯一コメントをしていない主人に同意を求めた。だが主人はまだ絶賛読心中。人差し指を立てて彼女に合図を送り、話し始めた。

 

??「しっ!動きがありました。えっ!?

   何であの方がここに!?」

 

状況を覚った覚り妖怪は目を見開き、驚きの声を上げた。

 

??「さとりちゃん、どうかしたの?」

 

様子が急変した友人を不思議に思い、蜘蛛姫が声を掛けると、彼女は自分を落ち着かせる様に、ゆっくりと状況を報告した。

 

??「閻魔様が…、来られています」

  『えーーーーっ!?』

??「どどどどどうして!?」

??「お仕事を放り出すよう(ニャ)方じゃ(ニャ)いはずニャ!」

 

事情を知り驚きの隠せない者達。

 

??「うにゅ?誰だっけ?」

??「ん〜、会ったことあったかな〜?」

 

事情を知ってもぴんと来ない者達。一同の反応が二分化する中、

 

??「四季ちゃんもやっぱり来たかぁ」

 

事情を知っている素振りを見せる者が。

 

??「ヘカーティア様は何かご存知なのですか?」

 

その言葉に、女神へと詰め寄る地霊殿の主人。だが女神はその内容を今この場で言いたくはなかった。お楽しみにしておきたかったのだ。

 鬼気迫る表情を浮かべる小さなしっかり者に、表情から覚られまいと視線を上へ外しお茶を濁そうとした。

 

??「え?何あれ?」

 

その時女神の目に尾を引く彗星が映った。

 

 

 

 




次回【三年後:鬼の祭_漆】


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三年後:鬼の祭_漆     ※挿絵有

◇   ◇   ◇   ◆   ◇   ◇

 

 

??「いっくよー!」

 

上空で大きく振りかぶる小さな鬼。

 

??「思いっきりお願い!」

 

彼女の腕の中でしっかりと愛車に捕まり、それに答える桶姫。

 彼女達は焦っていた。故意ではないとは言え、自分達が放った物が事もあろうに、多くの者が集まっている町中へと迷う事なく、一直線に向かっているからだ。もし、それがこのまま突っ込んでしまったら、大惨事は間逃れない。旧地獄が文字通りの地獄と化してしまう。

 そこで彼女達は町に着く前にそれを処理、つまり証拠隠滅をしようと考えたのだった。

 

萃香「お願いね!私も直ぐに行くから!」

 

彼女は担いだ桶姫に思いを託し、腕に有りったけの力を込め、

 

萃香「うおりゃぁーーーっ!」

 

全力投球。球種は文句なしのストレート、ど真ん中低めである。投じられた球は

 

キス「あばばばば」

 

顔全面で重力を受け、頬を(なび)かせながら、猛スピードでそれを追いかけていった。

 

キス「ばびばべ(まにあえ)ーっ!」

 

 

◆   ◆   ◆   ◇   ◆   ◇

 

 

??「あなたが来てからの一部始終を拝見させて

   頂いておりました。」

 

四季映姫(しきえいき)・ヤマザナドゥ。彼女の登場に辺りは騒めき始め、

 

勇儀「どうしてあんたがここに…」

 

私は目を疑っていた。彼女が来ているなんて話しは聞いていなかったし、それよりもこの人、

 

勇儀「両手の()()、どうしたんですか?

   あと口の周り真っ黒ですよ?」

 

祭りを楽しんでいやがる。

 

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 右手に5本のチョコバナナ、左手に残骸と思われる棒が5本。「全部一人で食べる気か?よっぽど好きなんだな…」などと思っていると、彼女の顔が徐々に赤く染まっていき、慌てたようにハンカチを取り出して

 

映姫「そ、そんな事より!」

 

口を拭いながら話を切り替えた。

 

映姫「揉め事を暴力で解決するのは感心しません!

   言語道断です!」

 

始まった。彼女の説教は長い事で名高い。恐らく怒った時の母さんよりも長い。

 

映姫「いいですか?それでは彼等と何も変わりませ

   んよ?大同小異です!そればかりか……」

 

くどくどと始まった説教に耳が痛くなる。さっきの私の余計な一言のせいもあって、彼女は怒り口調だ。あー…、できるならあの時に戻って放ってしまった言葉を取り消したい。

 だが私には秘策がある。その名も『ちくわ耳』。

 説明しよう。『ちくわ耳』とは、心を無にして言葉を右から左へ受け流すのだ。教育熱心な母さんの長い説教を受けていた時に、私があみだした技だ。

 意識を集中させ、ゆっくりと無の境地へと足を踏み入れる。

 

勇儀「(…・ ・ ・ )」

??「どいて!どいて!女神様のお通りだよ!」

 

それを妨害するように、聞き捨てなら無い言葉が右からやって来た。

 声の方へ目を向けると人集りの中に一本の道ができていた。そしてその先に、両手に大量のヨーヨーを持った『あの方』の姿があった。突然姿を(くら)ませたかと思えば、随分と祭りを楽しんでいたみたいだ。

 彼女の姿を目視した周囲の者は次々と(ひざまず)いて敬意を表し、かく言う私も説教好きな閻魔様も他の者達と同様に跪いた。

 

勇儀「ヘカーティア様!」

映姫「これはこれはヘカーティア様。

   ご無沙汰しております。

   この件が片付いた後に伺おうと…」

ヘカ「話しは後!ちょっとみんな頭上に気をつけて

   ね!」

 

彼女は集まった者達に聞こえる様に大声で注意を促した。私がその言葉の意図が分からず、疑問に思っていると、

 

ヘカ「鬼さん肩を借りるよ!」

 

彼女はそう言い放ち、私の肩を踏み台にして後方へと飛び上がった。細くて華奢(きゃしゃ)な容姿にも関わらず、踏まれた瞬間に重力がずっしりときた。「見た目の3倍はあるんじゃないか?」などと思っていながら、彼女の行方を見ようと姿勢を起こし、振り返ってようやく気が付いた。

 

勇儀「なんだい、あれ?」

 

 

◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◇

 

 

映姫「地底で隕石!?落石襲来!?」

 

青い玉が不気味な炎を上げながら、こちらを目指して飛んで来ていた。私と閻魔様がその光景に目を丸くし、絶句している間に彼女は催促するように次の指示を出していた。

 

ヘカ「誰か上空に足場!」

??「はいっ!」

 

その指示に答える高い声。と同時に頭上に展開される大きな蜘蛛の巣。誰が対応したのか直ぐに分かった。彼女はその蜘蛛の巣に足を掛けると、青い火の玉へと向かって行った。

 

ヘカ「あれ?思いの外小さいね。このままでも塵に

   なりそうだけど、一応消火しておきますか。

   おりゃっ!」

 

そして両手の大量のヨーヨーをそれに打ち当てた。炎に触れたヨーヨーは各々が含んだ少量の水分を落とし、やがて青い炎と共に姿を消していった。

 

ヘカ「地獄に降る雨か…。うん、悪くないね」

 

結局あれは何だったのか疑問に思う事は色々あるけど、彼女のおかげで大事にならなくて助かった。

 

ヘカ「きゃっ!」

 

だがまだ終わりではなかった。もう一つ飛んで来ていた。それは彼女の横を掠るように通過すると、蜘蛛姫の作り出した網を見事に()(くぐ)り、一直線に私を目掛けて向かって来た。しかもさっきの火の玉よりも早い。とそこに、

 

??「ウツホミラクルスペシャルウルトラ…」

 

翼の生えた黒髪の女が、それを迎え撃つように飛んで行き、

 

黒髪「うにゅーーーっ!」

 

そのまま弾き飛ばされた。

 結局何がしたかったのか分からない正体不明の女。だが彼女の体当たりのおかげで、それは少し軌道を変えていた。落下地点は恐らく私の後方の野次馬達。私は振り向き連中に逃げる様に指示を出した。

 

勇儀「お前さん達そこから離れろ!」

 

言い切った時、目を疑った。幻だと信じたかった。慌てて逃げ出す野次馬達の最前列に呆然と佇む子供が、あの仲の悪い二人がいるという事に。「ここからでは間に合わない」と焦る気持ちの中、そこに救いの手が差し伸べられた。

 

??「大鬼君!カズキ君!こっちニャ!!」

 

人だかりを掻き分け、猫娘が2人の手を引いてその場から逃げ出す様に離れてくれた。

 「よかった、これなら大丈夫だ」と気を抜いた矢先だった。私の耳に聞き覚えのある声で、悲痛な叫びが入ってきた。

 

??「誰か止めてー!」

 

この声は…。

 

??「キスメ!?勇儀!あれキスメだよ!」

 

どこからか聞こえて来たヤツの声。だがそのおかげでようやく気づく事ができた。

 

勇儀「はあーっ!?なんであいつが突っ込んで…」

 

見上げた時にはもう彼女の顔を完全に目視出来る距離だった。その顔は強張った表情で青くなり、泣きべそをかいていた。この速度で地面にそのまま衝突したら大怪我は間逃れない。けど助けようにも今から動き出したのでは届かない。私はただ祈る思いで見届ける事しかできないのか?私にもっと力があれば、何か能力があれば…。

 

 

◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆

 

 

??「四季様みーつけた!」

 

そこに突然現れた赤髪の女と、

 

??「ぬわぁーっ!」

 

弟分。どこから湧いて出てきたのか疑問に思うところだが、ナイスタイミング!それにあの位置なら…。

 

勇儀「鬼助!そいつを受け止めろ!」

鬼助「へ?」

 

弟分が目で認識するよりも早く、

 

鬼助「オウフ!」

 

それは彼の胸へと飛び込んでいた。

 

 

メキッメキッメキッ…

 

 

何かが砕けるような鈍い音を立て、弟分は背を地面に擦りながら桶姫と共に砂塵を巻き上げて吹き飛んだ。

 

??「きゃん!」

 

あと赤毛の女も。

 

  『キスメ!』

映姫「小町!?」

 

彼女達の身を案じて名前を叫ぶ一同。

 次第に舞い上がった砂の霧が晴れていき、3人の姿が薄ぼんやりと現れ、その姿がはっきりと確認できた時、

 

  『うおーーーっ!』

 

一斉に歓声が上がった。

 キスメは無事に緩衝材の上に着地し、赤毛の女は腰を(さす)りながらも、既に起き上がっていた。2人共大した怪我ではないみたいで良かった。

 

パル「キスメ!」

ヤマ「キスメ大丈夫!?」

 

彼女に駆け寄る橋姫と蜘蛛姫。飛んで来たモノが彼女と知り、気が気ではなかったのだろう。

 

映姫「小町、怪我は!?体大丈夫?」

小町「あたたた…。はい、なんとか。

   尻餅をついて腰を打っただけです」

 

赤毛の女に近付いて、不安な表情を浮かべる閻魔様。どうやら赤毛の女は彼女の知り合いようだ。

 

鬼助「だぁー!もーっ!」

 

そこに急に聞こえて来た叫び声。

 

鬼助「なんで誰もオイラの心配をしてくれないんで

   すか!!」

 

その声に周りに笑いが起きた。だが私の弟分は良くやった。この働きは称賛に値する。

 

勇儀「鬼助でかした!」

 

私の声に野次馬連中から大きな拍手が鳴り、

 

鬼助「ありがとうございます!」

 

大きな声でそれに答える緩衝材だった。

 

 

 

 




次回【三年後:鬼の祭_捌】

四季映姫・ヤマザナドゥ(カラー)

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三年後:鬼の祭_捌

??「鬼助、体大丈夫?」

 

友人を助けてくれた鬼の身を案ずる嫉妬姫。上に乗っていた桶姫を下ろし、彼の体にどこか異常がないか注意深く観察していた。

 暫く眺めた後、彼に目立った外傷はなかったので、ほっと一安心した彼女だったが、彼の口から語られた事実に

 

鬼助「正直言ってキツイな。

   たぶん肋骨が何本か折れてる」

  『えーっ!?』

 

目を丸くし、大きな声を上げて驚いた。それは彼女のみならず、側にいた蜘蛛姫、そして彼に助けられた桶姫も同様で、

 

ヤマ「どうして!?鬼は頑丈なんでしょ?」

パル「怪我とかしないはずなんじゃ…」

 

彼女達は彼の言葉に違和感を覚えていた。

 鬼は力が強い上にその身は岩のように頑丈。それが彼女達の知っている鬼の定義だった。

 だが、彼は目を皿にしているそんな彼女達に、ゆっくりとまた語り出した。

 

鬼助「バーカ。鬼だって耐え切れない力が来れば、

   血も出るし怪我だってするってぇの」

キス「ごめんなさい!」

 

涙ながらに謝罪して来た彼女に、「気にするな」と意味を込め、

 

鬼助「いいって…」

 

一言だけ呟いた。だが彼には釈然としない事があった。

 彼女達が言う様に自分は鬼、滅多な事では怪我をする事は無い。今みたいな怪我をしたのなんて、もう何年も昔、もしかしたら初めての事かもしれない。そう思う一方で、「ではなぜ?」という疑問が頭から離れなかった。

 しかし、今の彼はこんな状態でも、いや、こんな状態だからこそ、普段回らない頭が劇的に冴えていた。

 

鬼助「キスメー、萃香さんだろ?

   お前をぶん投げたの」

キス「えっ!?」

 

ピンポイントの答えに彼女の表情は瞬時に凍りついた。

 

パル「どういう事?」

鬼助「詳しくは分からねーよ。ただ鬼を傷つけられ

   るのなんて、同族の鬼か神くらいだろうよ。

   それにキスメーはこの時間は萃香さんと一緒

   に…」

ヤマ「そうだ、ゴミの…」

 

彼の見解に納得した2人の妖怪。その真意を確かめようと彼女達が再び視線を戻すと、桶姫は俯きながらポロポロと涙を流し、

 

キス「ごめんなさい、ごめんなさい。

   ごめんなさーい!」

 

全てを認めた。ひとしきり泣いた彼女は、自分達がしてしまった事を包み隠さず、ありのままを友人達に語った。

 

ヤマ「つまりゴミ集め中に遊んいたら、手元が狂っ

   て火の玉をこっちに飛ばしてしまったと…」

キス「…」コクッ

パル「それで慌てて萃香に投げて貰ったはいいけ

   ど、あまりのスピードに途中から怖くなっ

   て、それどころじゃなくなっていたと…」

キス「…」コクッ

 

友人達のまとめの作業に(しお)れながら、無言で頷く桶姫。彼女はもう充分に反省をしていた。それは見ている者にも充分に伝わる程に。

 

鬼助「なにをやっているんだか…」

 

怪我を負った彼はため息を零し、

 

鬼助「とにかく無事で良かったよ」

 

その全てを許した。

 

キス「鬼助…。ありがとう」

鬼助「へへ、いいって」

 

誇らしげな表情を浮かべ、ぼんやりと岩だらけの天井を見つめる彼。偶然とはいえ奇跡的に彼女を救えたという満足感の余韻にしばらく浸っていた。

 

鬼助「でも一先ず、応急処置は必要そうだな…」

 

彼はそう独り言をポツリと呟いた後、

 

鬼助「大鬼!そこにいるか!?」

大鬼「うん!」

 

突然大声で叫び、少年も彼の声に大きな声で反応した。少年は人混みに紛れ、姿は見えないまでも、彼とは然程距離は離れていなかった。

 

鬼助「とりあえず、お前がいつも使っているアレ貸

   せ!」

大鬼「あれってなに?」

鬼助「『お母ちゃん』さんから貰った薬だ!

   早く持ってこい!」

大鬼「は、はい!」

??「大鬼君どこに行くニャ!?」

 

慌てて少年の名前を呼ぶ猫娘の声に、彼は少年が指示した物を取りに行ったのだと察し、安堵のため息を吐いた。

 

ヤマ「そんなに怒鳴らなくても…」

パル「大鬼をこき使うなんて…妬ましい」

??「あいつはいつかオイラの弟分になるんだ。

   オイラ達の仕事では上下関係は絶対なんだ。

   今から慣らさないと…」

 

遠く無い未来の事を考え、少年へ指示を送った彼だったが、

 

ヤマ「はいはい、分かったから大人しくしてなよ」

パル「怪我人のクセに…暑苦しくて妬ましい」

 

その男臭い言葉を、その思いを華麗にスルーする乙女達だった。と、そこに。

 

??「鬼助…だっけ?大丈夫かい?」

 

彼と一緒に吹き飛んだ赤毛の女が、二度目となる言葉で声を掛けた。

 

鬼助「小町ちゃんの方こそ。どこか怪我は?」

小町「あたいは腰を少し打ったくらいで…」

 

「大した怪我はしていない」彼女はそう言おうとした時、

 

鬼助「面目ねぇっ!」

 

それを封じるように彼は叫んでいた。

 

鬼助「小町ちゃんに、女に怪我を負わせて、

   オイラは男のクズだ!ホント面目ねぇっ!」

 

いきなりの謝罪に目を丸くする死神。

 彼女は思っていた。「自分が怪我したのは彼の故意ではない。それ以前に突然の事だったから、彼が気に病む必要などない」と。だから彼女はその思いを

 

??「そんな事ない!」

鬼助「え?」

??「鬼助はクズじゃない!」

鬼助「でもオイラは小町ちゃんを守れなかった。

   怪我をさせ…」

??「私を助けてくれた!」

 

伝えようとしていた。だがそうするよりも早く、桶姫がその全てを代弁してくれていた。そして彼女は「ふっ」と息を吐くと、

 

小町「鬼助、あたいもそう思うよ」

 

聖母のように穏やかな表情で彼を湛えた。

 

鬼助「小町ちゃん…」

 

死神の優しい微笑みは彼のハートを奪い、彼女を直視出来ない程までに虜にしていた。

 

鬼助「そそそそう言えば、探していた人は見つかっ

   たのかい?」

小町「ああ、お陰で会うことが出来たよ。

   今は丁度お節介中かなぁ?」

 

 

--その頃、もう一組の方では--

 

 

??「なるほど、そう言う事でしたか…。

   状況把握しました」

 

地獄の最高裁判長は彼女から全てを聞かされると、瞳を閉じて黙り込んだ。そして、ゆっくりと目を開けると、眉間に(しわ)を寄せて一気に早口で話し出した。

 

映姫「結局はあなたが原因じゃないですか!

   完全に因果応報、自業自得ですよ!

   しかも他人まで巻き込んで…言語道断です!

   だからあの時は暴力ではなくてですね…」

 

『秘策:ちくわ耳』。私は今無我の境地にいる。彼女が説教をしているこの間に、何があったのか説明しよう。あれは鬼助がキスメに吹き飛ばされ、無事を確認できた直ぐ後の事。そこに肩で息をする親友が現れた……。

 

 

--(さかのぼ)ること少し前--

 

 

萃香「ぜぇ…ぜぇ…」

??「萃香さん、どうされたんですか?」

 

彼女の様子に「只事ではない」と感じたのだろう、さとり嬢が心配そうな顔で声を掛けた。すると親友が答えるよりも早く、彼女はまるで「予想だにしていなかった」とでも言う様な表情へと瞬時に切り替わったのだ。

 今思えば彼女はこの時に能力を使っていたのだろう。心を覗くために親友に声を掛けたのかもしれない。そう考えると彼女はかなりのやり手だ。末恐ろしい。だが結果的にこれが後々、親友にとって功を奏する事になる。

 

萃香「火は!?キスメは!?」

??「安心して、火なら私が消しといたよ」

 

親友の言葉に誇らしげに答える地獄の女神。彼女を見た親友は目を見開き、慌てて跪いた。

 

萃香「へ、ヘカーティア様!申し訳ありませんでし

   た。この件は私達の…いえ、私の責任なんで

   す。私のせいでお手を煩わせてしまい…」

ヘカ「ちょちょちょっと待った!あの火ってあなた

   が仕向けたの!?それにさっき飛んで来た女

   の子も!?」

萃香「…はい。結果的には」

 

私はこの時耳を疑った。親友はそんな事をするようなヤツではない。何かの間違いだと思いたかった。だから

 

勇儀「ウソだ!ウソをつくな!」

 

あり得ない言葉を口にしていた。

 

萃香「勇儀…、鬼はウソは言わないよ…」

勇儀「じゃあちゃんと説明しろよ!」

萃香「説明しても結果は変わらないよ!」

勇儀「分からないだろ!?だっておかしいだろ!?

   お前さんがそんな事するはずないだろ!」

 

私達は人目もはばからず言い合いを始めていた。私は親友の言葉を信じたくない一心だったが、親友は避けようのない事実から目を背けないようにしていたのかもしれない。

 そしてその場面に現れたのが、

 

??「お待ちなさい!」

 

部下の身を心配して様子を見に行っていた閻魔様だった。

 

映姫「ヘカーティア様、ここはご無礼をお許し下さ

   い。」

ヘカ「いいってばそういうの」

映姫「では、許可を」

ヘカ「よし!やっちまえ」

 

彼女は女神に一礼をすると、鋭い目つきで私と親友を交互に「ちゃんと話しを聞けよ」と視線で指示を送り、口を開いた。

 

映姫「あなた達、言い合いをしている場合ですか!

   怪我人が出ているのですよ!」

  『えっ!?』

 

彼女が指した先には大の字で横たわる弟分と、それを心配そうに眺める3人の妖怪の姿があった。親友はそちらに目をやると一気に表情が青ざめていき、私も目を見張った。いや、心のそこでどこか「やっぱり」と思うところもあった。

 弟分がキスメと接触したときに聞こえて来た不快な鈍い音。あれは弟分の体が悲鳴を上げていた音だったのだと、

彼女に言われてようやく認識した。

 

萃香「鬼助が、私のせいで…?」

映姫「怪我人の容体は向こうの者達が確認していま

   す。今あなた達がすべき事は、この騒ぎを早

   々に収拾する事ではありませんか?

   截趾適履(せっしてきり)になっていますよ!」

勇儀「申し訳ありません…」

映姫「軽傷とは言え、私の部下も被害を受けたので

   す。何があったのか全部話して下さい。

   説明希望です」

 

彼女にそうまで言わせた親友だったが、下を見たまま直ぐには答えなかった。ただ時間だけが経過する中、その状況を打破したのが

 

??「言い辛いですか?」

 

さとり嬢だった。

 

 

 




次回【三年後:鬼の祭_玖】


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三年後:鬼の祭_玖

さと「萃香さん、誠に勝手ながらあなたの心を読ま

   せて頂きました。私はあなたがそこまで気に

   病む必要はないと思います。

   ですから、余計なお世話かもしれませんが、

   私から事情を説明させて頂きますね」

 

彼女は親友にそう伝えると、返事を聞く前に親友の身に起きた事を全て話した。集めたゴミでキスメと遊んでいた事、その最中に予期せぬ砂埃が起きて手元が狂ってしまい、キスメに火の玉をこちらへ放らせてしまった事、そしてそれをどうにかしようと、キスメを投げ飛ばした事を。

 

さと「…これが全てです」

映姫「砂埃ですか…。それはいつ頃に起きたか分か

   りますか?何分程前?」

さと「えっと…、推測ですけど恐らく私達がここに

   ついて間もなくの頃だと思うので、

   ちょうど………」

 

さとり嬢はそこで言葉を区切ると、何かに気付いたように「あっ」と言葉を放ち、私の方へ視線を向けた。この時私はなぜ彼女がこちらを見たのか、皆目検討もつかなかった。ただ首を傾げ「ん?」と眉をひそめ、彼女に「私がどうかしたか?」と合図を送っていた。

 しかしそんな中でも、閻魔様は彼女のその仕草を見逃していなかった。

 

映姫「彼女に何か思い当たる事でも?」

さと「いえ…、なんでも…」

 

あの時彼女は私の事を思ってお茶を濁そうとしていたのだろう。それなのに私はその事に気付かず、

 

勇儀「私も気になる。話してくれないか?」

 

と自分の首を絞めていた。

 

さと「そ、それじゃあ…。その時に…その…、

   ゆ、勇儀さんがちょうど『三歩必殺』を…」

 

この言葉を皮切りに閻魔様の怒涛(どとう)の説教が始まり、そして今に至る。

 

??「…と」

 

私はまだ『無』の世界にいる。

 

??「…っと、…ょっと」

 

私の耳には何も…

 

??「ちょっとーーーーーーーーーーーーー!!」

 

耳元で放たれた爆発音にも似た叫び声に、私の意識は強引に現実へと戻され、耳の中ではキーンとした高音が反響していた。

 

??「呼んでいるのにさっきから返事もしないで!

   ちゃんと聞いているのですか!?

   復唱要求!」

 

かなりご立腹の閻魔様。どうやら私の秘策を見破ったようだ。

 確かに親友の手元を狂わせてしまったのは、私が原因だろう。でも私にだって言い分はある。

 

勇儀「でも元はと言えば…」

映姫「問答無用です!」

 

私の弁明に耳を貸さず、話しを打ち切る閻魔に流石の私でもカチンと来た。

 

??「まあまあ、四季ちゃんも落ち着いて」

 

そこに見計らったかのような抜群のタイミングで、私達の間に割って入って来た女神様。

 

ヘカ「鬼さんの言い分もちゃんと聞こうよ」

 

その言葉に私は「救われた」と心から安堵した。そしてそれは同時に閻魔への説教でもあった。

 

映姫「大変失礼しました。私とした事が…。

   思慮分別が出来ておりませんでした」

 

閻魔は瞬時に我に返り、謝罪と共に彼女に(ひざまず)いた。

 

ヘカ「もー…。四季ちゃんは真面目だなぁ。

   あ、鬼さん続きをどうぞ」

 

そう言われて続きをやらねばならない程、やりにくいものはない。私の熱もすっかり冷めている。

 

勇儀「えーと、閻魔………様」

 

危うく本音で止まる所だった。

 

勇儀「その、私の言い分というのが…」

映姫「その前にこの姿勢を戻しても構わないでしょ

   うか?了承希望です」

 

一気に冷や汗が吹き出た。私は事もあろうに跪いたままの彼女に、上から話しかけていたのだ。突き刺すような強い視線でこちらを見上げる彼女に、私は苦笑いで誤魔化すしか術がなかった。

 

勇儀「あははは…、どうぞどうぞ」

映姫「全く…、随分と偉くなられたものですね。

   閻魔の威厳も地に落ちたものですよ。

   自信喪失です」

 

彼女は立ち上がり、膝に付いた砂を払いながら捨て台詞にも似たトゲトゲしい言葉を残した。

 

勇儀「いやははは…」

映姫「あなたの言い分はだいたい予測可能です」

勇儀「え?」

映姫「あの者が反省していないようだから、制裁を

   与えた。十中八九そんなところでしょう?」

 

私が気絶させた鬼を指し、尋ねてくる閻魔。その鬼はたった今目が覚めたようで、頭を押さえながら苦悶の表情を浮かべ、起き上がってきていた。

 

勇儀「…」

映姫「反論しないという事は予想的中ですね。でも

   先程も申し上げた通り、力で解決するのは良

   くありません。暴力反対です」

勇儀「はい…」

映姫「あなたにはそこの者の対応をお任せします。

   一刀両断とまでは言いません」

 

そう言う彼女の視線の先には、不安そうに私を見つめる親友がいた。そして彼女は「落ち着いて話し合いなさい」と(ささや)くように言葉を残すと、目を覚ましたばかりの鬼へと近づいていった。

 

映姫「あの者達については私も思うところがありま

   すので、こちらは任せて頂きますよ?

   身勝手なのは重々承知です」

 

目を覚まして己の置かれた状況を把握したのだろう。彼は青ざめ、慌てて正座をすると両手を地に付け、

 

鬼②「四季様!すみませんでした!

   酒に飲まれたとは言え…」

 

土下座と共に謝罪を始めた。

 何を今更…。素直にそう思った。すると彼女はチラリと私を見て、そのやるせない思いを代弁してくれた。

 

映姫「その事に気付くのが遅すぎましたね。

   あなたは少しやり過ぎました。

   傍若無人も(はなは)だしいです」

 

そして彼女は右手を下に向け、左手で袖を横に引っ張ると

 

映姫「ジャッジメントですの!」

 

そう言い放った。その彼女の右手にはチョコバナナではなく、(しゃく)に似た木製の棒が握られていた。

 

映姫「罪名!」

 

彼女の言葉に反応してそれはぼんやりと光りだし、

 

映姫「器物破損、暴力行為、迷惑行為…」

 

彼が犯した罪を読み上げる毎に光量を増していった。

 

映姫「以上!」

 

そして罪状を言い終えた頃、その光りは輝きを放つ程までに成長し、彼女はそれを頭上で構え、

 

映姫「しっかりと反省なさい!」

 

 

バチコーーーンッ!!

 

 

罪人目掛けて勢いよく振り下ろした。

 

勇儀「(えーーーっ!?)」

 

目を疑った。人に散々暴力は良くないと散々説教しておきながら、まさかの力押し。しかもその威力は私のそれ以上。罪人を地面に埋め込む程だ。

 

映姫「ふー…、スッキリしました。気分爽快です」

 

清々しい笑顔で額の汗を拭う閻魔に「ただのストレス発散だったのでは?」という疑問が頭を横切った。そんな私の事を横目に

 

映姫「あともう1人…」

 

そう呟くと、出店へと突っ込んだ鬼へと歩み出していた。

 

??「勇儀、あのさ…」

 

唖然とする私に申し訳無さそうに近づいて来た親友。ただでさえ背の低い彼女だが、体をキュッと(すぼ)め、可愛らしく思える程に小さくなっていた。

 

勇儀「まあ…、あれだ。私が頭にきて地響き起こし

   たばかりに、お前さんに責任を負わす様な事

   になっちまったな」

萃香「ふふ、そうだね。アレが勇儀の仕業だなんて

   思わなかったよ」

 

彼女の顔に笑みが戻った。昔から、幼い頃からあまり変わらないその顔には、やっぱり笑顔が良く似合う。

 

勇儀「でも当番中に遊ぶなよな。罰則なんだし」

 

私が腕を組んで親友を叱ると、彼女は頭の後ろで手を組み、ニヤついた表情で答えた。

 

萃香「分かってるよ。ちゃんと真面目にやるよ」

勇儀「って人に言える立場じゃないよな…」

萃香「ホントだよ」

 

形勢が逆転した。

 気不味くなって頬をかく私に、親友は腕を組んで「ご立腹」と言わんばかりの態度を見せつけた。でもこれは本気で怒っているのではない。その証拠に可愛らしく頬を膨らませ、こちらを伺っている。もし彼女が本当に怒ったら、それはそれは…。

 分かりやすい小芝居に思わず笑いが込み上げ、それを隠すように足元に視線を移した。そして、彼女の様子を見ようと視線を戻すと、彼女も拳で口を隠しながらクスクスと笑っていた。あとはもうする事は一つだけ。

 

勇儀「ごめんな」       萃香「ごめんね」

 

私達は同時に笑顔で謝っていた。

 

 

 

 




次回【三年後:鬼の祭_拾】


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三年後:鬼の祭_拾

映姫「一仕事終えた後のコレは格別ですね」

小町「四季様、口の周りが…」

 

彼女はそう呟くとハンカチを取り出し、

 

小町「拭きますよ」

映姫「んっ」

 

突き出された上司の口を丁寧に拭いていった。

 勇儀が(?)起こした騒動は幕を閉じ、人集りはもう跡形もなくなった。この場に残ったのは勇儀を含めて14人だけ。

 

映姫「それよりも小町、何処に行っていたのですか

   ?勝手に居なくなるなんて、どういうつもり

   ですか!?自由奔放にも程があります!」

 

部下と逸れてしまい、1人で祭りを回っていた彼女。部下とようやく会えたにも関わらず、お得意の説教を始めていた。

 

小町「…」ジトー…

 

その彼女を部下は目を細めて物言いたそうに見つめていた。「いずれはこの視線に気付くだろう」と踏んでいた部下だったが、彼女の説教は止まる事を知らない。

 そして、とうとう耐えきれなくなり

 

小町「おまえだー!」

 

叫んでいた。

 部下の叫び声に目を点にする彼女。何を言い放ったのか、ましてやそれが自分に向けて言っているのか、脳が追いつけずにいた。そこへ畳み掛ける様に、上司が頬張る物を指差しながら死神は更に言葉を続けた。

 

小町「勝手に居なくなったのは四季様の方です!

   それが欲しいって言うから、あたいが人に出

   店の場所を聞いていたら、いつの間にか消え

   ていたのですよ!?

   こっちが聞きたいくらいです!

   いったいどちらに行かれていたんですか!」

 

そこまでは勢い任せ。だが言い終えた途端、彼女は冷静さを取り戻し、一気に後悔の波が押し寄せていた。

 

小町「四季…様?」

 

俯いたまま声を発さない上司を恐る恐る覗き込むと、

 

映姫「…?…?…?」ブツブツ

 

口元をヒクヒクと引きつらせ、小声で呪文を唱えていた。やがてそれは加速すると共にボリュームを上げ、部下の耳にも届き始めた。

 

映姫「おまえ?おまえ?おまえ?おまえ?おまえ?

   おまえ?おまえ?おまえ?おまえ?」

 

彼女は脳内処理を終えていた。しかし部下からの文句を余所に、ただその部分だけが残ってしまったのだ。

 額に血管を浮かばせ、爆発寸前の死神の上司。とそこに、

 

??「四季ちゃん一本ちょ~だい」

 

彼女の手からスイーツを奪って行く自由な女神。大好物を奪われた彼女は瞬時に平常心を取り戻し「あ…」と悲しい声を出したが、時既に遅し。それは女神への献上品として美味しく召し上がられていた。

 

ヘカ「う~ん、私もコレ好きなんだよねぇ~。

   よく見つけたね。何処にあったの?」

映姫「向こうの出店で…」

 

目上の者とはいえ、好物を取られた彼女はしょんぼりと俯き、購入した出店の方を指差した。だが彼女の胃袋には、

 

ヘカ「へー、そっちの方にあったんだ。それよりも

   随分と食べているみたいだけど、今何本目な

   の?」

映姫「6本…」

 

ものそれが収められていた。

 

ヘカ「えー…。それは食べ過ぎだよ。よく入るね」

 

目を見開き細い彼女の体、主に腹回りを入念にチェックする女神。時折突いてみたり、摘んでみたりと触診も(おこた)らない。

 

映姫「むふっ、むふふふ…。へ、ヘカーティア様。

   く、くすぐったいです…」

ヘカ「ほほぉ~…」

 

「カチリ」と音と共に、地獄の女神に謎のスイッチが入った。

 

映姫「あひゃひゃひゃひゃひゃっ」

ヘカ「こちょこちょこちょこちょ~」

 

 

--乙女達がじゃれ合っていたその頃--

 

 

勇儀「鬼助の怪我はどうなんだい?」

 

怪我人の容態を心配して集まる旧地獄一同。大の字で寝そべる彼を中心に、取り囲む様にしてその様子を伺っている。

 

鬼助「多分(あばら)が何本かいってるかと」

??「ごめんね、私達のせいで…」

 

俯くように頭を下げる小さな鬼。彼女はもう充分に反省していた。その思いは彼にもしっかりと届いていた。

 

鬼助「もう気にしていません。頭を上げて下さい」

 

言葉ではそう答えたが、心では「遊ぶなよ」、「真面目にやっていた自分が阿呆らしい」とまだ許せないところもあった。そんな彼に、

 

??「鬼助さん、私は立派だと思います」

 

その心中を察したかの様な心遣い。他の者であればこの様な真似は到底できないが、彼女の場合はそうではない。彼女はその能力故、彼の内に秘めたやるせない思いを既に知っていた。

 和やかに的を射たその一言は、彼にとってこの上ない救いだった。

 

鬼助「ミツメー、惚れていい?」

さと「はいはい…、心にも無い事を言わないで下さ

   い。あなた鬼ですよね?」

鬼助「へへ…、やっぱダメか…」

 

騒ぎの事はもう過ぎた事。旧地獄組一同が穏やかな空気に包まれ、一件の幕を閉じようとしていた。

 だがそこへ間髪入れず、その余韻をぶち壊す空気を読む事を知らない者が。

 

??「みんな玉こんにゃく食べる?」

  『は?』

 

誰もが突拍子もない事を言う彼女に、「何かの聞き間違いか?」と首を傾けて聞き返す。

 

??「みんな玉こんにゃく食べる?」

 

それに笑顔で一字一句違わずに答える地獄鴉に、彼女の家族の猫娘は堪らず注意した。

 

お燐「(ニャん)で今ニャ!」

お空「だってだって人が沢山いるし、お話終わった

   みたいだったから」

お燐「それでもタイミングがあるニャ!

   今はそのタイミングじゃ(ニャ)いニャ!」

お空「そうなの?めんご」

 

手の施しようのない家族に頭を抱える猫娘。今日、彼女は気苦労だけでカロリーを大きく消費していた。

 

勇儀「なあ、そいつお燐の知り合いかい?」

 

桶姫が勢いよく襲来して来た時に現れた正体不明の女。彼女と親しげに話す猫娘に、鬼のお嬢様は「まさか」と思い声を掛けた。

 

お燐「家族ですニャ。地獄鴉の…」

お空「お空だよー」

勇儀「って事は地霊殿の…」

お燐「お察しの通りですニャ」

 

意外な事実に鬼のお嬢様が地霊殿のお嬢様の方へ視線を向けると、彼女は黙って頷いた。

 

勇儀「へー…、変わった奴がいるんだな。

   私が行った時にはいなかったよな?

   まだ私が見ていない奴もいるのかい?」

さと「彼女は特別なんです。

   例の部屋の管理を任せているんです」

勇儀「え!?それってあの…」

さと「ええ、灼熱地獄跡です。

   彼女は普段そこから出る事はあまりありませ

   んが、今日は特別に慰労を兼ねてお祭りを楽

   しむ事にしたんです。

   特例措置の有給休暇です」

勇儀「へー、それじゃあ見た事が無いわけだ」

さと「それと、私のペットはあの時呼んだ子達と

   お燐、お空だけです。他にはもういません。

   でも気に入った子がいれば、増やすつもりで

   す」

 

そう笑顔で答える彼女に「まだアレ以上増やすのか!?」と、鬼のお嬢様は苦笑いを浮かべ、

 

勇儀「そ、そうか。動物が好きなんだな」

 

と当たり障りのない返事で答えた。

 するとそこへ救いを求める声が、荒々しい息と共に2人のお嬢様の背後から耳に伝わって来た。

 

??「ゼェ、ゼェ、ゼェ…。た、助けてください」

 

2人が振り向くとそこには膝に手を乗せ、肩で息をする閻魔がいた。

 

さと「どうされたの…」

 

覚り妖怪はそこで気付いた。助けを求める彼女の背後に迫る、手をワキワキと動かす存在に。そして状況だけで全てを覚り、行動に移した。

 

さと「(黙っておこう)」

 

それはもう一方のお嬢様も同じだった。

 

勇儀「(放っておこう)」

 

差し迫る魔の手からは何人たりとも逃れられないのだ。

 

??「隙ありっ!」

??「あひゃひゃひゃひゃ!へ、ヘカーティア様。

   も、もうゆるじでぇー!

   く、苦しいですー。あひゃひゃひゃひゃ」

??「こちょこちょこちょこちょ〜」

??「あの…、ヘカーティア様。もうそろそろ止め

   て差し上げたて頂けませんか?」

 

更に戯れ合う彼女達の背後から丁寧な口調で声を掛ける死神。笑い死にしそうな上司を救うため、女神に向けてやんわりと静止を呼びかけた。すると女神は「待ってました」とでも言うようにニヤリと微笑むと、

 

??「しょうがない。ここは四季ちゃんの優秀な

   部下さんに免じて終わりにしますか」

 

両手を上げ閻魔を解放した。

 

??「ゼェ、 ゼェ、ゼェ。小町、助かりました。

   ありがとうございます」

??「ヘカーティア様…。ありがとうございます」

 

深々と頭を下げる死神に地獄の女神は何も語らず、ウインク一つで答えた。

 目の前で繰り広げられる戯れ合いをただ呆然と見守っていた2人のお嬢様。閻魔が女神から開放された頃、

 

??「ひゅーひ(勇儀)ー、ひゃへふ(食べる)〜?」

 

そこにリスの様に頬を膨らませながら、小さな鬼が彼女達に例のアレを差し出した。

 




次回【三年後:鬼の祭_拾壱】


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三年後:鬼の祭_拾壱

尋常一様(じんじょういちよう):ごくあたりまえで、格別に他と変わらないさま。
銘肌鏤骨(めいきるこつ):深く心にきざみつけて忘れないこと。


勇儀「あー、それな。でも何でまた急に配り出した

   んだい?」

さと「簡潔にお話しすると、お空が勘違いで大量に

   買ってしまったんです。申し訳ありませんが

   消費にご協力をお願いします」

??「鬼助は怪我しているから無理だけど、私と

   キスメとパルスィとお燐意外のこっちの

   みんなはもう一個ずつ食べたんだって。

   私達4人も食べ終わったから、残りはそっち

   でお願いね」

 

小さな鬼は親友に渡す物だけ渡すと、その場からそそくさと逃げる様に離脱し、渡された彼女は「押し付けられた」とすぐに察知した。

 

勇儀「萃香ぁー…」

さと「ごめんなさい。私のペットが大量に購入して

   しまったばかりに、勇儀さんにもご迷惑をお

   掛けしてしまって…。

   私もちゃんと言い聞かせるべきでした」

 

「玉こんにゃくの件はペットを説得出来なかった自分のせいだ」と責任を感じる覚り妖怪に、長身の四天王は「誰も責めてはいない」という意味で

 

勇儀「いいってば」

 

と苦笑いと共に言葉を掛けた。そこに

 

??「ん?それこっちにも回って来たの?」

 

彼女が手にしたそれを覗き込みながら、女神が声を掛けた。すると彼女は「ちょうどいい」とでも思ったのか、その女神に対して

 

勇儀「よかったら食べます?」

 

冷めきったそれを献上しようとした。

 

??「あなた何を考えているのですか!?

   ヘカーティア様にそんな物を差し上げようと

   するなんて、無礼千万ですよ!」

??「あたいもそれは流石にないと思うなぁ…」

 

変なTシャツを着て天真爛漫(てんしんらんまん)に見えるが、それでも彼女はれっきとした女神であり、この場にいる誰よりも偉い。閻魔と死神が言うように献上物としてそれを差し出すなんて事は(もっ)ての外だ。しかし…。

 

??「実は私、もうそれ食べているんだよねぇ…」

 

意外な事実を聞かされ、キョトンとする閻魔と死神。そんな彼女達に女神は勇儀の手からそれを取ると、

 

??「はい、一個ずつ食べる」

 

閻魔と死神、そしてまだ食べていない者達に配り始めた。

 

さと「いけないいけない。私も食べておりませんで

   した…。うん、冷めていても美味しい。

   あの味だ」

??「甘い物ばかり食べていたので、いい口直しで

   す。気分転換ですね」

??「あたいはアツアツの方が良かったなぁ」

??「美味し〜♪」

勇儀「んー?これは蕎麦屋の出汁かな?」

さと「あ、はい。蕎麦屋さんのご主人のお店です」

 

冷たくなった玉こんにゃくに舌鼓をうつ女子達。それぞれが味の感想を残す中、ふと大切な事を思い出す長身の四天王。

 

勇儀「そうだ!ヘカーティア様、今まで一人でどち

   らに行かれていたんですか!?

   急に居なくならないでくださいよ!」

ヘカ「だって退屈なんだもーん。お祭りだよ?

   楽しみたいじゃん。それに一人じゃないよ。

   ちゃんと付人がいたんだから」

 

そう言い訳をする彼女の視線の先には、呆然と佇む少年の姿が。

 

映姫「あの鬼の子供が付人ですか?」

??「正確にはもう一人居たんだけど、

   どっか行ったみたいだね」

勇儀「そういえば…。さっきまでは居たと思うんで

   すけど…」

 

この場から姿を消した少年の保護者はそう呟くと、

 

勇儀「お燐達。ちょっといいか?」

 

彼の行方を知っていると思われる2人を呼び寄せた。

 

カズ「なに?」

勇儀「大鬼(あいつ)はどこに行ったんだ?」

お燐「薬を取りにお家に戻りましたニャ」

勇儀「薬?」

カズ「家の母ちゃんがあげたヤツだよ。

   いつも大鬼(あいつ)が使ってるでしょ?」

お燐「鬼助さんが取って来いって命令したんです

   ニャ」

勇儀「そうか。それにしては遅いな」

カズ「あいつの事だから寄り道してるんじゃない?

   お祭りだし」

 

手を頭の後ろで組み、淡々と答える少年の予想に、未だに戻らない少年の保護者は「あり得る」と、口元をヒクつかせていた。

 

ヘカ「もしそうだとしても怒っちゃダメだからね。

   まだまだお子様なんだから。取りに行って

   くれただけでも良しとしないと」

 

そこに女神からのアドバイス。

 注意する事だけが教育ではない、時には犯した失態に目を瞑り、良いところだけを褒める事も必要だと保護者へ言葉を送った。

 

勇儀「はい、そうします」

お燐「あれ?玉こんにゃくがもう…」

 

勇儀を指導する女神の持つ皿を見て驚く猫娘。何を隠そう、あんなに持て余していた玉こんにゃくは、出会った者達のおかげでその残りは

 

お燐「一個だけニャ」

 

なのである。ようやく呪縛から解放され、ため息を零す猫娘。

 そんな彼女だが、同時に違和感も覚えてもいた。その違和感を確かめるため、彼女は指を降りながらこれまでにそれを食した者達を数え始めた。

 

お燐「ヤマメさん、ヘカーティア様、大鬼君、

   カズキ君…」

ヘカ「ピースにもあげたよ」

 

その様子を見ていた女神は「忘れられては困る」と猫娘に助言をした。

 

お燐「あ、そうでしたニャ」

 

その言葉に慌てて数え直す猫娘。だが、

 

お燐「一個消えてるニャ…」

 

のである。異常な出来事に指を折り曲げながら、最後にもう一度ゆっくりと確実に数える。

 

お燐「(ヤマメさん、

    ヘカーティア様、

    大鬼君、

    カズキ君、

    ピースさん、

    パルスィさん、

    キスメさん、

    萃香さん、

    閻魔様、

    その部下さん、

    さとり様、

    勇儀さん、

    私…)」

 

猫娘の記憶ではこの13名。残りは2個になる筈だった。

 

お燐「やっぱりおかしいニャ!」

さと「どうしたの?」

お燐「あ、さとり様。玉こんにゃくが一個(ニャ)

   (ニャ)っているんですニャ」

ヘカ「最初から一個足りないんじゃないの?」

映姫「それか誰かが2個食べたのではないですか?

   尋常一様(じんじょういちよう)な事です」

勇儀「気にする事じゃないだろ?

   それよりこの一個誰が食べるんだ?

   他にコレ食べてないヤツいないかー?」

 

長身の四天王の呼びかけに、黙って首を振る一同。しかしその中にただ一人だけ、首も振らず無反応な者がいた。そして猫娘だけはその者の事を冷ややかな視線でじっと見つめていた。

 

お燐「お空、食べ(ニャ)さいニャ」

 

なかなか名乗り出ない彼女に痺れを切らし、とうとうその者の名を呼んだ。

 

お燐「ちょうどお空の食べ残しが残ったニャ」

さと「そういえば食べてなかったわね」

??「お空ちゃんが買ったのに?」

??「責任逃れ…、妬ましい…」

??「フッフッフッ…。やってくれる」

??「お空まだ食べてなかったんだ〜」

鬼助「自分で買ったなら余計にだな」

萃香「私だって協力したんだからね」

勇儀「それじゃあ食べないといかんな」

??「一番食べなきゃダメな人が食べてないって

   どうなのさ?」

??「女神様も協力したよ。お忘れなく」

??「あたいは気にしてないから別にいいけど…」

映姫「ここにいる者達は皆食べているのです。

   最後の一個はあなた自身が片付けて下さい。

   責任転嫁は感心しません」

 

事の元凶に集まる、残った玉こんにゃくの様に冷めきった視線。しかし、残念ながら彼女は空気を読む事を知らない。

 

お空「うにゅ?でもうつほはそれいらないよ」

  『食えっ!』

 

 

--元凶実食中--

 

 

映姫「それでは、私達は棟梁達の下へ向かいます。

   近況報告もあるでしょうし。小町、お願い

   しますよ」

小町「はーい、四季様」

 

「もうここには用はないだろう」と町の主導者達が集まる場へと向かおうとする閻魔達。

 

ヘカ「じゃあ私は…」

 

そのタイミングに合わせ、自分の部下の店へと戻ろうとする地獄の女神だったが、

 

勇儀「あ、それならヘカーティア様も一緒に連れて

   行ってくれ!」

 

「そうはさせない」とそれを阻止しようとする者が現れた。そう、変Tは彼女達にとってお尋ね者同然。ようやく見つけてこの機を逃すかと慌てて頼んだ彼女だったが、

 

映姫「()()?」

 

頼んだ相手に眉をピクピクと動かしながらその部分を指摘され、

 

勇儀「…下さい」

映姫「私は言葉と礼儀がなっていない者は好きでは

   ありません。はっきり言って嫌いです!

   先程からあなた色々と失礼ですよ!」

 

挙げ句の果てには、きっぱりと彼女への好意を黒と答えられた。

 

勇儀「いやははは…」

映姫「笑って誤魔化したって…。まあいいです。

   ここは百歩譲ってあなたの依頼に答えましょ

   う。ヘカーティア様も一緒にお連れします」

勇儀「ありがとうございます。助かります」

ヘカ「四季ちゃ〜ん。私できるならそこには戻りた

   くないんだけどなぁ〜…」

映姫「と、申されておりますが?」

 

わがままな女神の意見に「どうするつもりだ?」と視線を送る閻魔。勇儀としては戻って欲しいところだが彼女は女神。強く言える筈もなく「どうしたものか」と頭を抱えていると、

 

カズ「もう充分でしょ?それにもう暫くしたら、

   最後のイベントの時間だし」

 

意外な者からの助け舟。しかしその表情と口調はぶっきらぼうで愛想すら無い。

 

映姫「ちょっとあなた!子供とは言え、礼儀を(わきま)

   なさい!このお方は女神様なのですよ!?

   無礼千万です!」

 

故に、当然叱られる。だが、

 

ヘカ「はぁー…、しょうがない。

   お子様に言われちゃったら敵いません」

 

彼女は両手を上げ降参のポーズを取った。

 

カズ「と、申されておりますが?」

 

自分を注意した者に向かって「してやったり」と、ドヤドヤする悪戯少年。更に周囲からはクスクスと笑い声が湧き上がり、閻魔の顔を赤く染め上げた。

 

映姫「〜〜〜っ!よくも私に恥を…。

   初めてです!宣戦布告と判断します!

   あなた名前は!?」

 

少年を指差して怒りを(あらわ)にする閻魔に、「何とかしてこの場を逃れる術はないか」と彼が小さな頭をフル回転させていると、

 

??「ぉ-ぃ…」

 

遠くから声が。他の者達には聞こえていないかったが、この少年の耳には確かにそれは届いていた。

 

カズ「ぁ…、大鬼だ」

映姫「そう…、大鬼。覚えましたからね!

   銘肌鏤骨(めいきるこつ)しましたから!」

  『えっ?』

映姫「いつか覚悟なさいよ、小町!」

小町「あ、はい。じゃあヘカーティア様もあたいに

   掴まって下さい」

ヘカ「えーっと…。後で誤解解いておくね」

 

大変な勘違いをしてしまった閻魔に焦り出す一同。そんな彼女達に、女神は苦笑いで頬を掻きながら「任せて」と合図を送った。

 

鬼助「小町ちゃん、約束守れそうに無くてごめん」

小町「いいや、あたいは充分楽しめたよ。

   良い物も見せて貰えたし」

鬼助「小町ちゃん…」

小町「もしまた会う事ができたら、

   その時にもう一度誘っておくれよ」

 

眩しい顔で微笑む彼女は、本物の女神よりも女神そのものだった。彼にようやく訪れた出会いは

 

鬼助「ああ、約束するよ」

 

小さな花を咲かせ始めていた。

 旧地獄へとやって来た客人達は、それぞれの思いと言葉を残し、あっと言う間に彼等の視界から姿を消した。そして地元の者達だけがその場に残り、そこに役目を終えた少年が帰って来た。

 

大鬼「キスケ、薬持って来た!」

 

だが、

 

大鬼「ん?みんなどうしたの?」

 

周囲の者達の少年に向けられた視線は哀れみに満ちていた。

 

ヤマ「どうしよう…」

パル「タイミングがもう妬ましい…」

キス「フッフッフッ…。ドンマイ」

鬼助「えらいことになっちまったな…」

萃香「あれはウソにカウントされるの?」

勇儀「いやー…、それはないと思うぞ。多分…」

お空「えっと、あっちが大鬼君だったから…。

   お薬取りに行ったのがカズキ君?

   でもさっきは…、あれれ〜?」

さと「お空、後で話すから今は黙ってて」

お燐「だニャ」

大鬼「んー?」

 

様子のおかしい一同に首を傾け、頭上に大きな「?」マークを浮かべる少年。

 

カズ「大鬼、先に謝っておく。わりぃ」

 

そこに追い打ちをかける様に、喧嘩相手からの突然の謝罪。少年の頭は更に混乱した。

 

大鬼「え?何で?」

勇儀「何でもないよ。きっとヘカーティア様が

   どうにかしてくれるさ」

大鬼「は?」

勇儀「それより、鬼助の為に薬を取りに行ってくれ

   てありがとな。偉いぞ」

大鬼「あ、うん…」

勇儀「随分と遅かったけど、どうかしたのか?」

大鬼「えっと…、そ、そそそれは…」

 

保護者からの質問に目を右へ左へと泳がせ始め、視線を合わせようとしない少年。その様子から一同はもう覚った。

 

カズ「どっかの店に寄ってたんだろ?」

 

と。

 

大鬼「めんご」

 

 

--ちょうどその頃--

 

 

??「〜♪」

 

笑顔で町中をフラフラと自由気ままに歩く少女が、ある店を目指していた。

 

??「さっきのアレ美味しかったな〜♪

   また買いに行こ〜っと♪

   お姉ちゃん達喜ぶかな〜♪」

 

地霊殿組の呪縛はまだ続く。

 




次回【三年後:鬼の祭_拾弐】


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三年後:鬼の祭_拾弐

  『うおおおおおーっ!』

 

湧き上がる大声援。時間はいっぱい。

 

??「見合って、見合ってー…」

 

父さん…、萃香の親父さん…。

 

??「はっけよーい…」

 

心置きなく全力の限りをぶつけておくれよ。

 

??「のこった!」

 

 

--試合前--

 

 

◆ ◇ ◇

 

 

??「ヘカーティア様、四季様、こちらへどうぞ」

 

丁寧な姿勢で物凄く偉い客人達を案内するこの町の長。

 

ヘカ「へぇー、いいねここ。観やすーい。

   四季ちゃんもおいでよ」

 

彼女がいるその場所は彼女の為に設置されたVIP席。他の観客席と比べて高い位置に存在し、見下ろしながら試合を観戦出来る。誰もが(うらや)む席だ。

 

映姫「いえ、私はここで結構です。

   お気遣いありがとうございます」

 

だが折角の女神からの誘いを断る閻魔。今彼女がいる位置からでも試合は観戦しやすく、土俵を正面にして視界を遮る物は何も無い。ただそこはこの町を統治する者達と同じ席。彼女のような地位の者であれば、そこは不釣り合い。

 

ヘカ「そう言わないでさぁ。もう一人分作って

   もらったんだし、一緒に見ようよ」

映姫「で、ですが…」

 

尚も困ったような表情で(かたく)なに断り続ける閻魔に、女神は違和感を覚えたが、直ぐにその理由に気が付いた。

 

ヘカ「はは〜ん、もしかして四季ちゃん………。

   高い所苦手?」

??「あちゃー、四季様バレちゃいましたね」

 

女神に上司の弱点を見抜かれるも、嬉しそうに笑う死神。そんな彼女に上司は「何が可笑しい」と視線を送ると、彼女は咄嗟に視線を天井へと移し、口笛を吹き始めた。

 

小町「~♪」

ヘカ「大丈夫だよ、そんなに高くないから。

   おいでよ」

 

ここまで女神様に言われてしまっては、閻魔様とはいえもう逃げられない。彼女は意を決して…とその前に。

 

映姫「手を…」

ヘカ「ん?なに?」

映姫「手を握っていて下さいますか?」

 

怯える子犬の様に目を潤ませて尋ねる彼女に、地獄の女神は

 

 

キュン♡

 

 

とした。

 

ヘカ「いいよいいよ〜、ずっと握っていてあげる。

   なんなら抱きついて来てもいいよ。

   寧ろそっちがいいかなぁ〜」

映姫「絶対絶対ですよ!?」

 

女神はtake outを考えていた。

 

 

◇ ◆ ◇

 

 

 熱気。全身から立ち上る湯気は闘志と同意。汗を掻いて息も荒々しいが、これはベストコンディションの証。彼は来たるその時に向け、体を温めていた。そして最後に瞳を閉じ、親友が言っていた言葉を思い返す。

 

??「伊吹…。あいつ…」

??「じぃじーっ!」

 

そこに愛すべき孫(仮)の声が。目を開けると孫(仮)と共に娘とその友人達が集まって来ていた。皆彼と一緒に食事を楽しんだ者達であり、自然とその時の事が思い起こされる。

 

親方「応援しに来てくれたのか。ありがとうな。

   一緒に飯を食ったあの日から今日まで、

   あっという間だったな。

   祭当番に手伝い、ご苦労だった」

ヤマ「私達がした事なんて些細(ささい)な事ですよ」

パル「そうですよ、お義父様」

勇儀「おい、何ドサクサに紛れて放ってんだ?」

鬼助「親方様からのありがたいお言葉!

   オイラは猛烈に感動しました!」

大鬼「じぃじ、まだお祭り終わりじゃないよ」

親方「がっははは!」

 

彼は笑った。それは上っ面の物ではなく、心の底から。

 彼は今日という日を迎える為、日々鍛錬に励んだ。それは日を追う毎に激しさを増し、表情も硬く険しいものになっていた。それがつい先程までの事。

 

勇儀「やっと笑ったか」

大鬼「じぃじずっと怖い顔してんだもん」

親方「すまんすまん。気が張っていたんだな。

   お前さん達のお陰で緊張が解れたわい」

ヤマ「親方様は笑っている時の方が素敵ですよ」

鬼助「親方様!よっ、男前!半端ないです!」

親方「おっ?そうか?いやいや照れるなぁ」

 

蜘蛛姫と鬼助のヨイショに頭を掻きながら、本気で照れる彼。そこに「今ならいける!」と目を輝かす者が

 

パル「私もそう思います。お義父様!」

 

調子に乗った。

 

勇儀「パルスィ、それ以上言ったら…。

   分かってるだろうな?」

 

拳をバキバキと鳴らし、つけあがる者を見下ろすように睨みつける『無能の四天王』。彼女の目は………、本気だった。

 

親方「がっははは!お前さん達は本当に面白い!」

鬼助「ヤバイありがとうございます!」

 

勢いよく深々と頭を下げる鬼助に、流石の彼も違和感を覚え、

 

親方「鬼助どうしちまったんだ?ちと暑苦しくない

   か?それにありゃなんだ?」

 

娘の弟分の腰から伸びる物を指差し、実の娘にこっそりと尋ねた。懸念していた事を聞かれ、冷や汗を流しながら焦り出す娘。

 怪我を負った彼女の弟分は、少年が持って来た薬のお陰で瞬く間に回復した。とは言え、折れた肋骨が薬でそう簡単に治るとは、その場にいた誰もがにわかに信じ難いと思っていた。

 更に服用した彼の様子が奇妙で、回復をアピールするために突然バック転を始めたり、会話に「ヤバイ」「猛烈」「半端ない」の言葉が現れ出したのだ。そして終いには「もっと熱くなれよ!」と、冷めた視線を向ける周りの者達まで巻き込み始める始末。言わば極度の興奮状態「最高にハイってやつ」だった。

 だが放っておけば今度は彼が騒ぎを起こしかねない。そこでとった苦肉の策。その名も『犬の散歩だよーん』。彼は今、蜘蛛姫に自慢の糸に繋がれている。

 

勇儀「ちょっとね…、ある物を飲ませたら元気が

   出すぎちゃってさ…。あれは念の為だよ。

   念の為」

 

「ウソは言っていない」と心の中で何度も呟く勇儀。

 

親方「ん〜?まあそういう事なら、

   深くは聞かねぇけど…」

 

娘の説明に納得し切れず、首を傾げる彼だったが、彼女の発する視線に「これ以上聞くのは野暮」と判断し、その話題はもう終わらせて次の話題へと移した。

 

親方「勇儀ちゃん。公平な審判を頼むよ」

勇儀「ああ、もちろんそのつもりさ。

   萃香とも約束してある」

親方「そうか」

 

彼は一言そう呟くと、真剣な表情で語り出した。

 

 

◇ ◇ ◆

 

 

??「親父…、今の話、本当なの?」

 

彼の愛娘は悲しみに満ちた表情をした。

 

??「そ、そうか私を驚かそうとウソを…」

 

笑いながら話す娘を、彼は懐かしむ様にただ静かに見つめていた。

 彼が娘と話すのは実に久しぶりの事だった。久しぶりとは言え人間の時間にすれば、それはとても気の遠くなるような時間。時々彼の下へ帰って来る事もあったが、「ただいま」「おう」と2人が面と向かって、声を発するのはコレだけ。

 そんな2人の久しぶりの会話は、以外にも彼から切り出していた。

 

 

--更に少し前--

 

 

 彼は適度の汗を流しながら腕組みをし、目を閉じて意識を集中させていた。彼もまた親方様同様来たるその時に向け、それは仕上げの段階。そこに、

 

??「いまいい?」

 

久しぶりに聞いた声。だが決して忘れもしないその声に、彼は反応した。

 閉じていた瞳を開ければ、遠い記憶の頃と然程変わらぬ愛娘がそこにいた。

 

親父「おう」

 

ここまでの言葉のキャッチボールはいつもの事。だがその先は、もう今となっては彼女達のワールドレコードに値する。故に2人は互いに暫く沈黙した。

 

親父「なあ萃香、元気していたか?」

 

記録はこの時塗り替えられた。

 

萃香「う、うん…」

親父「ちゃんと飯食ってるか?」

萃香「うん…」

 

新記録は続く。しかしそれは会話と呼ぶには程遠く、2択の質疑応答。それでも2人を包んでいた冷たく、固い雰囲気は徐々に溶け始め、

 

親父「男はできたか?」

 

彼はこの機に冒険に出た。

 

萃香「うん……………………………………、は?」

 

娘、流れでYESと答えるも、質問事項を脳内でリピートさせ目を点にした。

 

親父「へぇー、そうなのか。お前にもついに…」

 

顎を撫でながら、世にも珍しい物を見る目で納得する彼。実の娘にも関わらず、酷い仕打ちである。

 

萃香「ちょちょちょちょっとタンマ!え?なに?

   急に何を聞いて来てるの!?男っ!?

   そんなの…」

親父「なんだ?やっぱりいないのか?まだ色恋沙汰

   が無いとは…。父として安心していいのか、

   悲しんでいいのか…」

 

更には娘の否定的な反応にガックリと肩を落とし、本人に向かって愚痴まで零す始末。これまでこの手の話をしていなかっただけに、反動が大きかったようだ。

 

萃香「う、うるさいなぁ!そんなの私にだって…」

 

怒りを露わにしたかと思えば視線を外し、熱っぽい顔でゴニョゴニョと呟く娘の様子に、彼は気が付いた。

 

親父「そうか…。好きなヤツはいるんだな」

 

そっと置かれた爆弾はカウントを待つ事無く

 

 

ボンッ!

 

 

爆発し、娘の頭を噴火させた。

 

萃香「はわわわわわ」

 

最上級にテンパリ出す娘。彼女の脳内は正に火山の内側の様にグツグツと煮えたぎり、その熱は流れ出すマグマの様に赤く、情熱的な色となって彼女の顔を染め上げた。

 

親父「お母さんはその事知っているのか?

   どんなヤツなんだ?鬼なんだろ?

   知っているヤツかな?」

 

これでもかと浴びせられる質問の連打に、彼女は生まれて初めて最大級の悩みを抱えていた。なぜなら彼女の種族は鬼。鬼なのである。つまり、ウソがつけないのだ。冷静な彼女であれば、話をはぐらかす事でこの場を逃げられただろう。

 しかし彼女の頭の中は、好意を抱くその者の事でいっぱいだった。

 

萃香「お母さんは…」

 

その結果、正直に答え出していた。

 

  『ちょっと待ったー!』

 

だがそこに「それ以上いけない」と割り込んで来る者達が。

 

??「言わせませんよ!」

??「親公認にしよう(ニャ)んてずるいニャ!」

萃香「そそそそんなつもりは無いよ」

??「『紹介するまで待ってて』ってあなたが

   言うから、あそこの岩陰でずっと待って

   いたんですよ!?」

??「それ(ニャ)のに抜け駆けずるいニャ!」

 

血相を変えて娘に駆け寄って来た者達に一瞬思考が停止する彼。その原因の大半は突然現れた事によるものだが、その中の一人の姿には彼も見覚えがあり、娘と関わりがあるという事実が意外だった。

 

親父「あんた…、地霊殿の主人さんだろ?確か…」

さと「あ、失礼しました。申し遅れました。

   地霊殿の主人で古明地さとりと申します。

   それで彼女は私の家族の…」

お燐「火焔猫燐ですニャ」

 

丁寧に自己紹介とお辞儀をする旧地獄の新参者達。そしてその後方からゆっくりと遅れてやって来たのは、

 

カズ「まいどでぇーす」

 

無愛想極まりない肉屋の息子。

 

親父「なんでぇ、カズキも来たのか。

   お母ちゃんと一緒じゃないのか?」

カズ「母ちゃん今出店やってる。でもおっちゃんの

   試合は見に来るよ。母ちゃんが、

   『負けたら承知しないよ』だってさ」

親父「だっははは、こいつは手厳しい。

   相手が誰か分かって言ってるのかよ」

カズ「『でも悔いのないように』だってさ」

親父「はっ、アイツ…。また余計な事を…」

 

親しげに話す彼と少年。それはまるで古くからの知り合いであるかの様に。そんな彼らの事情を知らぬ者が堪らず尋ねた。

 

さと「あのー…、カズキ君とはどういった…。

   お知り合いなのですか?」

親父「知り合いって言うか」

 

彼女の質問に彼はそこで言葉を区切り、表情を変える事無くさも当たり前の様に

 

親父「甥っ子だ」

 

と答え、彼女達の思考を停止させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  『えーっ!?』




次回【三年後:鬼の祭_拾参】


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三年後:鬼の祭_拾参

お燐「じゃ、じゃあ萃香さんとカズキ君って…」

  『従姉弟(いとこ)

  『はーっ!?』

 

さと「つまりお母ちゃんさんって…」

萃香「私の叔母さん、親父の妹さん」

 

  『(ニャ)んですとーっ!?』

 

驚愕の事実に叫び続ける事しか出来ない2人。そんな彼女達に彼の娘は眉間に皺を寄せ、首を傾げながら

 

萃香「そんなに驚く?」

 

平然と返し、

 

さと「いやいやいやいや、そんなの一度も聞いた事

   ありませんでしたし、意外過ぎて…」

お燐「勇儀さんと大鬼君は知っているのかニャ?」

萃香「そりゃまあ…」

カズ「わりと有名だよ」

 

甥っ子は頭の後ろで手を組むお馴染みの姿勢で「知らない方がおかしい」とでも言わんばかりの太々しい態度を取った。そして彼もそれに釣られる様に甥っ子と同じポーズを取ると、

 

親父「古明地さん達はここに移り住んでまだ数年、

   知らない事も多いだろうから仕方ないさ。

   ここ地底世界には不思議と秘密が多過ぎる」

 

そうぼやきながら思い起こす様に天井を見上げた。

 

萃香「そうそう、さとり達が知っている事なんて

   氷山の一角程度の事だよ」

 

と話す彼の娘だが、彼女もまたいつの間にか自然と両手を後頭部へ。そんな彼女達を眺めながら新参者の2人は思った。「血筋は争えない」と。

 

さと「因みにその秘密って何ですか?」

 

何気ない質問。誰から見ても話の流れ的に自然、タイミングは申し分ない。そして彼女は誰にも覚られぬ様、言葉と共に能力を発動した。

 

親父「それは言えないな」

 

彼はそう答えたが内に秘めた答えは文字となり、彼女の第三の瞳によってしかりと映し出されていた。

 知ってしまった彼女。驚きを隠す事が出来ず、思わず態度に出てしまう。目を大きく開いてしまったのだ。それを彼の娘は見逃していなかった。

 

萃香「つまり()()()()()だから」

 

お馴染みのポーズのまま冷たい視線で答え、「私は気付いているぞ」と合図を送った。

 新参者ではあるが地底妖怪達の代表を担う地霊殿の主人。彼女は何れ知る事になる、知らねばならなくなる事を、この時早くも知ってしまった。封印された妖怪と幽霊、巨大な船の事を。そして、地底世界よりも更に深い闇に覆われた世界に通じる場所があるという事を。

 

親父「すまないな。でもここに住んでいたら、

   いつかは気付くだろうさ」

さと「あ、はい…。申し訳ありません。野暮な事を

   伺ってしまって…」

親父「いや、気にしなくていい。それより萃香に

   こんな可愛いらしい2人のお嬢様の友達が

   いるなんて驚いたよ」

 

微笑みながら発した分かりやすいベタベタな社交辞令。それは彼女達も理解し、

 

お燐「きゃっ♡そん(ニャ)可愛い(ニャ)んて…。

   もったい(ニャ)いお言葉ですニャ」

さと「ふふ、ありがとうございます。

   お上手ですね」

 

社交辞令で返した。だが彼の一言はこの場にいない者への陰口とも捉えられた。

 

萃香「親父〜、それ勇儀に聞かれてたら怒られる

   よ〜」

親父「だっははは、そうだな。星熊の娘もお嬢様

   だったな。そう言えばアイツ最近じゃ

   しっかりと保護者しているみたいだな。

   小僧の名前なんて言ったけか?」

 

彼のこの質問に

 

  『大鬼(ニャ)!』

 

我先にと声を張って答える3人の乙女。だがタイミングは同時。

 

親父「そうそう大鬼な。確か歳はカズキと同じ

   くらいだろ?」

カズ「うん、まあ…。そんなもん」

親父「噂は聞いているぞ。せっかく歳が近いんだ

   から…」

 

次の言葉は「仲良くしろよ」。誰もがそれを予想していた。

 少年にとっては耳にタコができる程言われ続け、耳を塞ぎたくなる言葉。そこまで話した彼自身でさえも、もちろんそのつもりだった。だが一瞬考えた後、満面の笑みで

 

親父「やり合う時はとことんやり合え」

 

とんでもない事を言い放った。

 これまで周囲の者から言われていた事とは真逆の教えに、少年は耳を疑った。それは彼の娘も同じく「何を言っているんだ?」と眉間に皺を寄せ、冷たい視線を向けられる始末。

 だが彼の教えはまだ続きがある。

 

親父「それでその後、(さかずき)を交わせ」

 

彼は思い起こしていた。彼と親友との幼い頃の若かりし日の事を。

 何が原因か、いつからか、どうしてそうなったのか、今となってはもう思い出せない。

消えゆく記憶の中、覚えているのは顔を突き合わせれば、殴り合いが始まっていたという事実と、いつの間にか恒例の様になっていたその後に交わす盃だけ。

 そしていつしか殴り合いは消え、残ったのは酒とそれを交わす親友。

 彼はその生き様に満足していた。「男はそんな生き物で構わない」とさえ思っていた。

 

親父「(喧嘩ばかりしていた自分がカズキに

    『仲良くしろ』なんて、図々しいよな。

    『どの口が言うか』ってな)」

 

彼が甥に初めて解いた教えは、

 

カズ「おっちゃん…」

 

しかりと少年の胸に届いた

 

カズ「オレまだ酒飲めないけど」

 

のかは分からない。だが少なくとも、

 

さと「そういう事じゃないと思うけど…」

お燐「アタイもちょっと理解が…」

萃香「その前に喧嘩するのを止めなよ」

 

3人の女性達には全く理解されていない様だ。

 

親父「やっぱダメか〜…、試合前に早くもおっさん

   自信喪失…」

 

名言を迷言認定され、おっさん、項垂れて(しお)れる。

 そんな彼に見かね、話題を変えようと

 

萃香「ごめん、そんなつもり無かった。

   ところでさ、何で親方様に勝負を持ちかけた

   の?」

 

とうとう聞いてしまった。彼女にとって、この町に住む皆にとって、ここ最近の最大の謎。その答えに彼女は踏み込んだ。

 

親父「…」

 

だが彼は娘の質問に目を逸らし、口を閉ざしてしまった。

 

さと「!?」

 

と同時に覚り妖怪は目を見開いて両手で口を覆い、

 

さと「お燐、ちょっとこっちに来なさい!」

 

ペットの袖を引くと足早にその場から去っていった。

 取り残された親子。ただ俯いて険しい表情を浮かべる彼に、娘は嫌な雰囲気を感じていた。

 

親父「あのな」

 

重い空気の中彼はゆっくりと語り出した。

 

親父「能力が弱くなってきているんだ」

萃香「え?」

親父「以前より遥かに大きくなれる時間が

   短くなってる」

萃香「…」

親父「それに能力を使った後の反動に

   体が悲鳴を上げる始末さ」

萃香「親父…、今の話、本当なの?」

 

彼女は父の言葉が理解出来なかった。いや、理解したくなかった。

 

萃香「そ、そうか私を驚かそうとウソを…」

 

しかし彼女を見つめる彼の瞳は真っ直ぐ。真剣そのものだった。

 

萃香「…なわけないよね。鬼だもんね…」

 

この世界の者達は皆能力を持つ。中には己の能力に気づけず、生涯を終える者もいるが、少なからず何らかの能力の種を持つ。そして一度花開いた能力は、生命力を糧として主と共に生涯を共にする。

 彼が語った能力の弱体化。それはつまり枯れ行く花と同じ。

 

親父「だからよ、あいつ…星熊とは今のうちに

   やり合いたくてさ。思いっきり戦えるのは、

   これが最後になるだろうからさ」

 

(ろく)に実家へ帰らず父との会話を怠っていたが故に、その事に気付けなかなった己への怒り。もっと早くに気付けていれば、何が変わっていたかも知れないと思う後悔。そして思い出される彼と一緒に過ごした時間。

 込み上げるそれらは大粒の涙となって溢れ出した。

 

カズ「なに?おっちゃん死ぬの?」

 

The・KY。お馴染みのポーズを保ったまま、何食わぬ顔で言い放つ覚り妖怪の忘れ物。 遠目に様子を伺っていた彼女達も「やってしまった」と後悔していた。

 

親父「だっははは、勝手に殺すなよ。

   能力が弱くなってきているだけで、そう直ぐ

   には死なないさ。歳を取ったからだろ?

   萃香も泣く程の事じゃないだろ?」

萃香「だって、親父が変なこと言うから…。

   その気になっちゃって…」

カズ「流れ的にそういう雰囲気だったけど」

 

身内にも関わらず、死ぬ事の方を期待され

 

親父「おっさん、悲しい…」

 

また萎れる。そこへ

 

 

ボォーン…

 

 

間も無く試合開始を告げるドラの音が鳴り響き、

 

親父「もうそろそろか。最後にもう少しだけ

   動いておくか」

 

彼はそう言いながら腰を上げ、首にかけていたタオルを放った。

 

萃香「親父、負けないでよ」

カズ「ガンバレー」

親父「おう」

 

両手を腰に置き、自信満々に身内の応援に答える彼。

 

萃香「あっ、忘れるところだった。

   コレ必要でしょ?返して貰ってきたよ」

 

娘が彼に差し出したのは、親友に貸していた彼の、彼等の宝。

 

親父「おっと、いけないいけない。

   おっさんも忘れるとこだった。

   一応名目上はコイツ等の奪い合いだしな」

 

彼は娘から受け取ると、それを鑑定でもする様にじっくりと見つめ、

 

親父「正直どうでもいいんだけどな」

 

誰にも聞こえないくらいの小さな声で呟いた。

 

萃香「それじゃあ私達はもう行くから。

   カズ、行くよ」

カズ「はーい。じゃあね、おっちゃん」

 

再び一人になった彼。

 久しぶりに会話した愛娘、初めて会った娘の友人、生意気になった甥。

 彼女達の思いがけない訪問に張り詰めていた糸は緩み、心身ともに最高の仕上がりとなった。燃え盛る闘志はそのまま。だが表情には笑み。そしてその背には娘達の後押し。

 

親父「うおおおーーーっ!!」

 

雄叫びは全盛期。

 

 

 




次回【三年後:鬼の祭_拾肆】


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三年後:鬼の祭_拾肆

◇   ◆   ◇

 

 

勇儀「そんなのダメに決まってるだろ!」

親方「えー…、この流れでそりゃねぇだろ?」

 

酷く残念そうな表情を浮かべる父さん。

 父さんから聞かされた話には心を打たれた。それは認める。萃香の親父さんの事は残念に思うし、出来る事なら2人には後悔する事なく戦って欲しい。けど、だからと言って父さんのワガママを聞くわけにはいかない。

 

親方「なぁ、頼むよ」

 

手を顔の前で合わせ、懸命に頼んで来る。その内「一生のお願い」とか言い出しそうだ。例えそうだとしても、

 

勇儀「ダメなものはダメ!場外無し、殴る、蹴る、

   噛み付き、金的有りでどちらかが気絶するか

   降参を認めるまでやり合うなんて、それは

   ただの喧嘩だろ!そ・れ・に!そんな事を

   したら観客まで巻き込むし、何より土俵の

   意味が無いだろ!」

 

(ゆず)る気は更々ない。

 

親方「そりゃ、そうだけど…」

 

言葉が尻すぼみになり、表情も(しお)れてはいるがまだ引く気は無いと見た。目がそう語っている。

 

ヤマ「親方様、流石にそれはちょっと無理があるか

   と…」

パル「突然のルール変更…。妬ましい…」

 

ヤマメとパルスィの援護射撃。これはありがたい。私1人では平行線のままだっただろう。だが2人の味方ができた。今父さんは1人。これで諦めてくれるだろう。

 父さんの熱い心意気は理解している。できる事なら叶えてあげたい。でも、誰がどう考えてもその意見は常軌(じょうき)(いっ)している。その父に味方をする者など…

 

鬼助「親方様の心意気マジ分かります!熱いです!

   ハンパないです!固い友情で結ばれた男同士

   の最後の決戦、オイラ猛烈に感動です!さす

   が親方!そこにシビれる!あこがれるゥ!」

 

いやがった…。

 

親方「それみろ!鬼助は分かってくれているぞ!」

勇儀「あ゛ーっ!話がややこしくなる!ヤマメ!

   鬼助の口を(ふさ)げ!」

ヤマ「ガッテン承知の助ッ!」

 

私の指示に間髪入れず弟分の口に巻きつく糸の束。反応が早かったところから察するに、ヤマメもプッツンときて準備していたのだろう。

 

鬼助「ん゛ーっ!ん゛ーっ!!」

勇儀「パルスィ、ついでに妬み成分吸い取れ」

パル「何で妬むの?」

勇儀「なんかあるだろ?騒がしくて妬ましいとか、

   面倒くさくて妬ましいとか」

パル「あのさ………。見境無さ過ぎでしょ!人を妬

   みの掃除機みたいに言わないでくれる!?」

勇儀「上手いこと言うな。よっ、座布団一枚」

パル「その考えが妬ましい…」

 

いかん、矛先がこっちに向いた。

 

勇儀「私じゃなくてあっちを妬め!」

パル「もう…、じゃあ暑苦しくて妬ましいっていう

   事で…」

 

ため息を吐きながら零す愚痴に「何が違うんだ?」「やっぱり何でもいけるんじゃないのか?」と疑ってしまうが………考えるだけ無駄だ。

 

親方「なんでぇ、せっかく味方ができたのに…」

勇儀「アレは味方にカウントしません!それと

   ルールの変更はなし!これは譲らない!

   それで正々堂々、同じ土俵で勝負しな!」

親方「相撲だけにか?」

 

 

イラッ!

 

 

勇儀「アッレェー?オッカシイナー。ソラミミ

   カナァー?」

親方「いでででっ!悪かった悪かった、頭割れる!

   勇儀ちゃん、ワシまだ試合前!」

パル「勇儀のグリグリ…。洒落にならない…」ゾクッ

大鬼「うっわ…。痛そう…」

ヤマ「大鬼君もパルスィも気をつけなよー…」

 

つまらない事を()かした父さんへの制裁。だがこれは私からの喝。だから他の者へは聞こえない様に耳元で

 

勇儀「負けんなよ」

 

ドサクサに(まぎ)れて(ささや)いた。

 

 

ボォーン…

 

 

そして時を告げる音。

 

親方「そろそろ…か」

 

父さんはそう呟くと、頭から私の手を優しく添える様に下ろし、

 

ヤマ「親方様頑張ってください!」

パル「おとう…親方様、御武運を…」

鬼助「ん゛ん゛ん゛ーっ!!」

大鬼「カッコイイところ見せてね」

親方「まかせろっ!」

 

「心配無用」とでも言う様に、力こぶを作った自慢の腕を見せつけて笑顔で答えてくれた。

 

勇儀「じゃあ、お前さん達行くぞ」

 

 

 

 

 

 大切な家族達からの声援を受け、彼の仕上がりもまた100%…いや、120%のものとなった。

 

??「うおおおーーーっ!!」

 

そこへ闘志みなぎる者の雄叫びが。

 いつからか始まり、気付かぬ間に消えてしまった親友との因縁。その戦歴は最早遠い過去の事。全てを無かった事にし、今日この場で決着を付けるべく、今日この場で輝かしい自分達の時代の終わりを告げるべく、彼はあの頃と同じ様に吠える。

 

親方「うおおおーーーっ!!」

 

 

--小僧移動中--

 

 

勇儀「じゃあ私はここで」

 

父さんと別れ、大鬼を妖怪の2人に託す。私と萃香にはまだ役目が残っているから、一緒に観戦する事は出来ない。

 

ヤマ「うん、分かった。キスメとお空ちゃんが席を

   取ってくれているから、みんなで観てるよ」

パル「大鬼はまかせろっ!」

 

先程の父さんと同じポーズで答える妬み姫。どうやらそれが気に入ったらしい。そこに

 

??「うおおおーーーっ!!」

 

反対側から聞こえて来た男の決意。それには威圧感はなく、己を奮い立たせるものだ。

 

??「うおおおーーーっ!!」

 

そして連鎖反応の様に近くから聞こえて来た男の意志。こちらは威圧感に溢れ、闘争心()き出し。両者とも気合い充分だ。

 

大鬼「すごい迫力」

ヤマ「親方様もやる気満々だね」

パル「御義父様…」ボソッ

 

試合開始まではあと(わず)か。そしてこれで今年の祭は終わる。私達も最後の役割を全うしよう。

 

勇儀「大鬼、ちゃんとヤマメ達の言う事聞けよ?」

大鬼「分かってるよそれくらい。子供扱いしないで

   よ」

パル「まだまだ子供のクセに…。妬ましい」

 

あんな事を言って不貞腐(ふてくさ)れているが、大鬼は大丈夫だろう。問題は、

 

鬼助「ん゛ーっ!」

 

妬み成分を吸ってもらったが、まだまだ元気な弟分。

 

勇儀「あとそれも頼むな」

ヤマ「えっと…、観覧席ってペット持ち込み平気?」

 

そこへ弟分から伸びる紐を見せて苦笑いを浮かべる蜘蛛姫。そうきたか。

 

勇儀「それ言い出したらお燐とお空ダメだろ?」

パル「2人は(しつけ)がちゃんとしているから

   問題ない」

勇儀「リードを(つな)いだまま大人しくさせておけ。

   なんならもう少し削ってもいいぞ」

パル「玉こんにゃくが地味に効いてお腹いっぱい。

   消費しないと」

勇儀「どうすればいい?」

パル「勇儀に壁ドンしてもらったり、

   勇儀に顎クイしてもらったり、

   勇儀に額にチューしてもらったり…」

勇儀「うわぁ甘酸っぱーい。憧れるー、分かるー。

   って分かるか!」

パル「せめて壁ドンだけでも…」

勇儀「よし、なら()()()()で壁ドンするか?

   地底の壁は直ぐそこだ」

 

そう答えながら腕を回して軽く準備運動を始める。こっちは何時でもいける。

 

パル「勇儀…、アレ凄い痛かったんだからね。

   暫く動けなかったんだからね!」

ヤマ「パルスィから聞いた聞いた。投げ飛ばしたら

   壁に届いちゃったんでしょ?」

パル「ただ届いただけじゃない。埋まった」

勇儀「悪かったって…」

ヤマ「でもみんなで食事した時は届かなかったんで

   しょ?力抑えたの?」

 

確かにあの時私は3回ヤツを投げ飛ばした。特に最初の一回の後、ヤツは元気に戻って来ていた。という事はあの時は壁には…。

 でもこれだけは断言出来る。

 

勇儀「コイツを投げる時は手加減なんてしない!」

 

私は胸を張ってヤマメの質問に「No!」と答えた。

 

パル「妬ましい…」

ヤマ「じゃあ何でその時だけ?」

勇儀「調子良かったんだろ?投げ飛ばす前に…」

 

そういえばその時、大鬼にパワーチャージをお願いしていた。それでその後元気が出て…。いや、力がみなぎる様なそんな感覚だった。

 そこまで考えがまとまった時、ある疑惑が脳裏を横切り、慌てる様に大鬼へ視線を向けていた。

 

大鬼「ん?なに?」

 

まだ少し幼い無邪気な表情で私の視線に答える人間の小僧。

 まさか…ね。私の仮説は自分自信でも信じ難い物。でもそう考えるのが自然なのかもしれない。それがコイツの能力であると。

 

パル「思い出したぁー!大鬼、勇儀のホッペに

   チューしてたぁーっ!」

 

突然私の『秘密のパワーチャージ』を大声で叫び出す橋姫。(たま)らず顔が一気に火照り、言葉使いまで

 

勇儀「パパパパパッルゥスゥィーッ!」

 

(ども)り出す始末。

 

大鬼「パルパル言うなよ!」

ヤマ「えーっ!?いがーい。大鬼君と勇儀

   可愛いーっ!」

パル「思い出嫉ーーーーーーーーーーーーっ妬!(おもいだしーーーーーーーーーーーーっと)

 

大量の妖気を吹き出し、

 

パル「パルパルパルパルパルパルパルパル…」

 

ブツブツと唱えながら戦闘モードへと入る嫉妬姫。事態は滅茶苦茶。「この場を静めるにはやはりアレか」と覚悟を決めて歩を進めた。

 

 

ドンッ、ドンッ、ドンッ、ドンッ!

 

 

そこへ鳴り始めた太鼓の音。これはもう間もなくで選手入場の時間…。

 

勇儀「ヤッバ!急がないと、後宜しくな!」

ヤマ「ちょっと勇儀!どうすんのよこれ…」

鬼助「ん゛ーっ!」

パル「パルパルパルパルパル」

大鬼「ヤマメー…、もう行こ…」

 

 

 




次回【三年後:鬼の祭_拾伍】


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三年後:鬼の祭_拾伍

◆    ◇    ◇

 

 

??「ふぅ〜〜〜…」

 

ガタガタと震えて隣の者にしがみ付く少女。見晴らし最高の有難い席ではあるが、彼女にしてみれば迷惑極まりない物。これから最後の大イベントが開催されるというのにも関わらず、目を強く瞑り、観戦なんて余裕は一切無い。自分の事で精一杯なのだ。

 

??「四季ちゃん大丈夫だよ。私がついてるから」

 

そして腕に抱きついて離れようとしない彼女の頭を「よしよし」と撫でて(なだ)める変なTシャツヤロー。「流石は女神様」と思える対応ではあるが、

 

ヘカ「(もう四季ちゃん可愛い過ぎ!こんなに小さ

    くなっちゃって。『ぎゅー』ってして、

    『わしゃわしゃ』ってして、『はむはむ』

    ってしたい!)」

 

その腹の内は邪心で満ち(あふ)れていた。怯える彼女が強くしがみ付けばしがみ付く程、本心が陰からヒョッコリと顔を出し、その度に女神は(うず)くその体を必死の思いで(こら)えていた。だが限界も近い様で、先程から彼女の頭を撫でる手がワキワキと動き出してもいる。

 

??「四季様、大丈夫でしょうか?」

 

その様子を下から見守るこの町の長と

 

??「た、多分…。ヘカーティア様もいますし」

 

死神。下からとは言うものの、彼女達と女神達とはそれ程高さは変わらない。ちょうど彼女達の頭の位置が女神達の席、その程度の高さだ。会話も楽に出来る。

 

棟梁「あの、四季様。もし宜しければ…」

 

「別の席を用意しましょうか?」と町の長は「怯える彼女の味方になってあげよう」とそう尋ねようとした。だが、この状況を楽しんでいる女神から「余計な事をするな」と発せられた視線に

 

棟梁「何か飲み物をお持ちしましょうか?」

 

さらりと笑顔で閻魔を裏切った。

 

小町「四季様…。ごめんなさい…」

 

ついに彼女の部下までも変Tの味方になり、彼女の味方になる者は…そして、誰もいなくなった。とそこに、

 

??「Master!」

 

店の品を両脇に抱えたカラフルな地獄の妖精が登場。

 

ヘカ「ピース!お店はもう終わり?」

ピー「Yeah! This Events で Festival も Finale

   ね。My Shopはもう Close ね」

小町「随分と派手な服装だね。妖精かい?」

棟梁「ヘカーティア様、こちらの方は?」

ヘカ「私の部下。妖精のクラウンピースだよ」

ピー「Nice to meet you. I'm Clownpiece ね」

 

屈託のない笑顔でこの町の長と閻魔の部下に挨拶を交わす地獄の妖精。祭りの時期は毎回旧地獄へ訪れ、遊びに来ていた彼女。面白そうだと始めた彼女の屋台は、今回が初の出店。売り上げはそこそこに、「珍しい物が出た」と町の者の間で密かに噂になっていた。

 

棟梁「もしかしてあなたが今回初出店の?」

ピー「Yeah! Sumo 観戦に Popcorn はいかが?

   Butter、Sugar、Honey、Curry。

   どれも Yummy Yummy ね」

 

またしても地底の者達に馴染みの無い言葉で語り出す地獄の妖精。故に当然…。

 

棟梁「A honey please」

ピー「Oh!Wonderful!」

ヘカ「棟梁さんすご〜い。どこで覚えたの?」

棟梁「ちょっと外の世界の事に興味を持ちまして、

   少しだけですが覚えました」

 

意外や意外。地獄の妖精の言葉に顔色一つ変えずに、同様の言葉で返事をする町の長。そしてその経緯を聞かされた女神は直ぐに察した。

 

ヘカ「それって大鬼君が…」

映姫「大鬼!?」

 

会話の途中にも関わらず、横からその固有名詞に間髪入れずに反応した閻魔。高所恐怖症は何処へやら。その内にグツグツと煮えたぎる思いに、

 

映姫「あの砂利…。無礼千万!絶対地獄!

   不倶戴天(ふぐたいてん)怨気満腹(えんきまんぷく)!絶対に許せない!」

ヘカ「いたたたた…。四季ちゃん痛いって。

   それに熱い!焼けちゃう」

 

丁寧な言葉は全速力で逃亡し、子供を砂利扱い。その上、心の支えになっていた女神の腕を「これでもか!」と言う程までに強く握り、メラメラと炎のオーラを(まと)っていた。

 尋常ではない彼女の変貌ぶりに、事情を知らぬ者は目を皿にして後退り。だが彼女はそれを放っておく事は出来なかった。なぜなら…。

 

棟梁「家の者が何かご無礼を?」

ヘカ「えっと、その事なんだけど…。四季ちゃん、

   実はね…」

映姫「あなたのところの子供だったのですか!?

   よりにもよって!?何なんですかあの目上の

   者に対する口の聞き方、態度!

   どれも最低最悪ですよ!」

ヘカ「ちょっと落ち着いて…」

棟梁「申し訳ありません!私共の教育が行き届いて

   ないばかりに…」

ヘカ「いや…、そうじゃなくてね…」

映姫「この私に恥を()かせたのですよ!

   こんなの前代未聞です!」

ヘカ「おーい、話を聞いてー…」

棟梁「大変失礼致しました!私から言って聞かせま

   す。今後この様な事にならぬ様、教育方針を

   見直します。どうか今回は穏便に…」

ヘカ「もう…、違うって言ってるのにぃ…」

 

女神の声はヒートしている2人の耳に届く事は無かった。彼女達の話も終わってしまい、今から「それは違う」と説明をしようにも、閻魔の発する張り詰めた雰囲気に飲まれて言い出せない。彼女はとうとう痛恨の誤解を解く事が出来ず、

 

ヘカ「(大鬼君、めんご…)」

 

諦める事にした。

 

 

ボォーン…

 

 

そこへ時を知らせる合図が会場全域に響き渡った。その音共に(ざわ)めき始める観客達。そして続々と集まって来る町の代表達。

 

??「カッカッカ、そろそろ始まるのー。

   棟梁、ワシの席は何処かね?」

 

杖をついてヨロヨロとやって来た最年長者。医者でもあるそんな彼でも種族は鬼。

 

棟梁「お好きな席へどうぞ」

医者「血が騒ぐのー。この日が来るのをずっと首を

   長くして待っていたのじゃ。どれ、最前列を

   頂くとするかの」

 

戦い事は大好物の様だ。

 

棟梁「ええ、どうぞ。そう言えば古明地さんを

   見掛けておりませんか?」

医者「さっきカズキと萃香と一緒におったぞ。

   伊吹の方に行っておるんじゃろ。その内に

   来るじゃろうて」

 

地霊殿の主人もこの町を統治する者達の一人。お偉いさん達が集まるこの席で一緒に観戦する事になっていた。そして彼女には…。

 

ヘカ「棟梁さん、地霊殿の主人さんならさっき会っ

   たよ。口調は丁寧だし、物腰柔らかで性格的

   にも能力的にも問題ないんじゃない?

   合格だと思うよ。ね?四季ちゃん?」

映姫「私はあまり会話をしておりませんので

   なんとも…」

ヘカ「あっれー?答えがあやふやだなぁ〜。

   白なの?黒なの?」

映姫「白です!あの方は問題無いと思います」

医者「カッカッカ、お2人のお墨付きともなれば、

   これはもう決まりじゃな」

棟梁「やはり私の目に狂いはありませんでしたね」

 

そう語る町の長には重圧から解放された様な笑みが零れた。

 

??「うおおおーーーっ!!」

 

そこに響き渡る覚悟を決めた者の雄叫びは、地底世界の第一幕の終わりを告げ、

 

??「うおおおーーーっ!!」

 

それに答える様に上がる力強い雄叫びは、地底世界の第二幕の始まりを告げている様。

 遠い遥か昔、この国が今の様な呼ばれ方をされるよりもずっと前から、彼等鬼達は存在していた。その伝説は様々あるものの、文明が発達した今も尚、文献や絵本等で多くの人々に語り継がれている。

 長きに渡る鬼の歴史の中、持ち前の力と能力から国内各地に出没しては忌み嫌われ、時には(した)われ、そして時には大暴れをする2人の若者がいた。数ある人間の間で語られる鬼の伝説はその多くが彼等2人による物であると同時に、彼等はその時代に生きる者達の代表的な鬼となっていた。

 彼等がまだ地上で人間と共に生き、活躍していた頃、この国はこう呼ばれていた。

 『大和』と。

 

 

◇    ◇    ◇

 

 

 徐々に熱を帯びる観客席。

 

 

ボォーン…

 

 

そこへ時を知らせるドラの音。そしてその後に木霊(こだま)する2人の男の雄叫び。それらは観客達を更に湧き上がらせ、会場は今や熱気で(あふ)れていた。

 皆が試合展開に胸を踊らせ、勝利を収める者を予想し、隣の者と熱く議論を交わす中、

「我関せず」と己の世界に没頭する者が…。

 

??「ほふほふ」

??「…」

??「うにゅ〜♡ほいひ〜♡」

??「…」

 

好物のゆで卵を幸せいっぱいに頬張る地獄鴉である。そして、

 

お空「ありがとう。えっと…」

??「キスメ」

 

どんよりと浮かない表情を浮かべる桶姫。

 

お空「そうそうキスメーちゃん。これ何処にあった

   の?」

キス「フッフッフッ…。会場を出た直ぐそこ。

   そしてお空よ…」

お空「うにゅ?何で私の名前知ってるの?」

キス「フッフッフッ…」

 

不気味な笑い。だがこれは彼女のいつもの事。ところが平常運転という訳ではなかった。笑いながら愛車の端を強く握りしめてフルフルと小刻みに揺れている。

 そしてそれはついに、決壊した。

 

キス「これでこの会話7回目!しかも一字一句

   異なる事無く!いい加減覚えて!

   違う話をさせて!」

 

そう彼女は今、閉鎖されたエンドレスな空間から抜け出せずにいるのだ。

 

お空「めんごめんご。でもあと一個食べさせてね。

   ほふほふ、うにゅ〜♡ほいひ〜♡」

キス「…」

お空「ありがとう。えっと…」

キス「キスメ!!」

 

8回目へ突入。桶姫が「課題はまだ終わってない」と叫ぼうとした時、

 

??「キスメー!どこー?」

 

救いの手が差し伸べられた。桶姫は待望のその声に即座に反応し、上空へと浮き上がり声の主を見つけると、

 

キス「ヤマメー!こっちこっち!」

 

大きく手を振りながら存在をアピールした。

 一方、桶姫を見つけた蜘蛛姫。反対側からやって来た猫娘と合流していた。そして一緒にいた少年に黒猫を持たせて小脇に抱えると、天井へ向けて手から糸を出し、スルスルッと上がっていった。そして反動を付けると、ターザンの様に桶姫目掛けて移動した。

 

ヤマ「よっと、お待たせ。席取りありがとう」

キス「フッフッフッ…。待ち焦がれたぞ…」

ヤマ「あとの2人連れて来るね」

キス「フッフッフッ…。よろしく」

 

ようやく抜け出せた無限ループに平常運転へと切り替わった桶姫。その笑みは絶好調である。

 

お空「お燐お帰りー」

お燐「お空、ちゃんと大人しくしてたかニャ?」

 

黒猫の姿からお姉さんへと姿を変えた猫娘。共にいた桶姫に迷惑を掛けていないか心配していたが、早くも彼女が大事そうに抱えている()()に気付いた。と同時に違和感。と言うよりも疑惑。なぜなら彼女は…。

 

お燐「お空それどうしたニャ?お金は?」

 

そう、お金を持っていない。その忘れっぽい性格故、彼女には主人から金銭的な物を持たせてもらえないのだ。

 

お空「うにゅ?買ってもらったんだよ。えっと…」

キス「キ・ス・メ!!」

お空「ちゃんに」

お燐「キスメさんありがとうございますニャ!

   お金払いますニャ!お空ダメじゃ(ニャ)い!

   さとり様からもお金の貸し借りはダメだって

   言われてるニャ!」

お空「だってぇー…」

キス「フッフッフッ…。よいよい。でも

   卵代、

   手間賃、

   精神的苦痛、

   ループ回数7.5回。

   コレは高く付くぞ…」

お燐「えーっ!お空!(ニャに)があったのか

   ちゃんと説明するニャ!」

 

桶姫の請求に慌て出す猫娘に

 

キス「フッフッフッ…。冗談。卵代だけで良い」

 

口ではそう言う桶姫だったが、心では親指と人差し指で円を描き「誠意を見せろ」と黒い物を抱えていた。

 

 

 

 




次回【三年後:鬼の祭_拾陸】


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三年後:鬼の祭_拾陸

◆    ◇    ◇

 

 

??「申し訳ありません!遅くなりました」

 

走りながらその場に登場した覚り妖怪。町の長達が(つど)う場で彼女が遅刻するのはこれで通算2度目。しかも連続である。「さすがに注意される」と覚悟を決めて来ていた彼女だったが、

 

棟梁「大丈夫ですよ。祭りは楽しめていますか?」

 

笑顔で迎えられた。

 

さと「はい、とても」

 

その笑顔に彼女も心からの笑みで答えた。

 

??「さとりんやっと来た。遅いよー。

   遅刻だよ、遅刻ぅ〜」

 

そこに優しく温かい雰囲気をぶち壊しながら、無理矢理会話に入ってきた地獄の女神。

 

さと「ご、ごめんなさい!」

ヘカ「なーんてね。そうだ、ポップコーン食べる?

   さっきピースが持って来てくれたんだ」

 

その聞き覚えのない単語に首を傾げる覚り妖怪。しかし女神から差し出されたそれが、先程訪れた店で少年達が手にしていた物と同じ物であると気付き、

 

さと「あ、ありがとうございます。

   これがポップコーン…」

 

ありがたく頂戴する事にした。

 

ヘカ「他の味が良かったら言ってね。

   あとはカレー味と塩バターがあるよ」

さと「はぁー…。それでそのピースさんは?」

ヘカ「もう観客席に行ってるよ。一緒に見ようって

   誘ったんだけど、新しくできた妖精の友達と

   一緒に見る約束をしてたんだってさ。

   ここに住んでる妖精らしいよ」

さと「え?地底にも妖精が?」

 

意外な事実に目を見開く覚り妖怪。

 彼女達が地底へ来る前、地上で暮らしていた頃。それは彼女達の周り、至る所にいた。

 氷の妖精、

 春を運ぶ妖精、

 日の光の妖精、

 月の光の妖精、

 星の光の妖精。

 挙げればキリがない程日常的に、ごく当たり前に存在していた。しかし地底に来てからというもの、それを全く見る事が無くなり「きっと地底にはいないのだろう」と、新参者の彼女達は結論付けていた。

 地底にも妖精は存在する。それを確かめるべく彼女は町の長へ視線を移した。

 

棟梁「ええ、数は少ないですがここにもいますよ」

さと「へー…、初めて知りました。

   まだまだ多いですね、私の知らない事」

 

その視線に丁寧に答える町の長に、覚り妖怪は感心する様に呟いた。

 それと同時に、脳裏に蘇る地底世界の秘密。それらがいったい何処にあり、どの様に存在し、何故ここにあるのか。彼女はそこまでは突き止められず、知ってしまったからというもの、頭から離れず気になる一方だった。

 そんな彼女の胸の内を覚れる筈もない町の長。しかし彼女が優しい笑みで語り出した内容は

 

棟梁「今はそうかも知れませんが、いずれ古明地さ

   んは全てを知る事になりますよ。

   いえ、知って頂きます」

 

偶然にも的を得ていた。

 

さと「え?それはいったいどういう…」

 

覚り妖怪が尋ね掛けた時、そこへ杖をつきながら御老体がやって来た。

 

医者「嬢ちゃん、伊吹の方に行っとったろ?

   どうじゃった?何か言うとったか?」

 

彼女が先程知ってしまったもう一つの秘密。それはあまりにもショックな話であり、気軽に話していいものではない。

 

さと「え、ええ…。でもそれは…」

医者「安心せい、ワシは知っておる」

 

お茶を濁そうとした矢先だった。あろう事かその老人は「知っている」と言い出したのだ。しかし彼の言うものと彼女が思うものが一致しているとは信じ難く、彼女は確認の意味で、堂々と能力を使った。

 

さと「はい、お察しの通りです。

   あの、どうにかならないのですか?」

医者「ワシにも分からんのだよ。ヤツの体は至って

   健康そのもの。診療所へ訪れた時、ワシは歳

   だろうと答えたが、どうも腑に落ちない。

   ヤツ()はワシより遥かに若いのにじゃ」

さと「ヤツ()?」

 

たった一言。その一言が覚り妖怪に違和感を与えた。そして眉間に皺を寄せて怪訝な表情で尋ねる彼女に、

 

医者「伊吹だけじゃないんじゃ…」

 

この町の最年長者であり唯一の医者は、影の掛かった表情を浮かべるも、

 

医者「星熊………」

 

真っ直ぐな眼差しで答えた。

 

医者「棟梁もなんじゃ」

 

理解が追いつかず、発する言葉も見つからない覚り妖怪。唖然とする彼女に町の長は笑顔を作り、遠くを見つめながら穏やかに語り始めた。(あたか)もそれは思い出に浸る様に。

 

棟梁「私の力は『正しい道を示す』程度の能力で

   す。この能力で私は町の長『棟梁』として、

   これまで皆を率いてきました。

   ですがその能力が近頃不安定で、思った様に

   機能してくれないのです。これではもう皆を

   正しい方向へと導くのは困難となってしまい

   ました」

 

棟梁の話に彼女は困惑を隠せなかった。目を丸くしながらその話に耳を傾けていた。その心境はこの町の未来の事を心配する一方で「何故自分にこの様な話をするのか」と不安と疑問が渦巻いていた。だが、棟梁の話はまだ終わりではない。

 

棟梁「ですが私は悔やんでもおりませんし、今後の

   事について心配もしておりません。

   私に代わる…いえ、それ以上の働きが出来る

   であろう逸材を見つけましたから。

   他人の本心を見る事が出来るその能力であれ

   ばきっと…」

 

そして町の長は

 

棟梁「古明地さん」

 

彼女の名を呼んだ。

 思い悩む彼女を現実へと戻す一声。彼女は我に返ると、驚きながらも返事と共に姿勢を正した。その様子に町の長はクスリと微笑んだ後、深く頭を下げて

 

棟梁「この町の事を宜しくお願いします」

 

町の未来とその想いを若く、小さな妖怪に託した。

 

 

◇    ◆    ◇

 

 

 観客から湧き上がる大きな声援。観客席から離れていると言うのに、その熱量と勢いがひしひしと伝わって来る。

 

 

ボォーーッン!!

 

 

力強く打ち鳴らされるドラの音…時間だ。

 

??「両者、前へ!」

 

母さんの掛け声と共に土俵の正面へと移動する2人の男。互いに視線を合わせるとニヤリと笑い、手にした物を高々と掲げて

 

  『この勝負にコイツを賭け、正々堂々力の限り

   を尽くす』

 

儀式の決意表明。だが今回は互いに賭ける品が品。しかも2つ同時に場に揃う事なんてそうはない。この光景を初めて見る者も多いだろう。会場は一瞬静まり返った。

 

 

◆    ◇    ◇

 

 

??「へー、アレが鬼さん達のお宝かー」

 

目下の土俵を膝の上で頬杖をつきながら眺める女神。その価値こそ知ってはいるものの、彼女が目にするのはこれが初めてだった。

 

棟梁「これより地獄の女神、ヘカーティア様と

   地獄の最高裁判長、四季映姫様がご観戦の下

   『酒が無限に湧き出る瓢』と

   『注いだ酒のランクを上げる盃』の

   争奪戦を行う。

   親方と伊吹、力の全てを出し切り、

   己が欲する物をその手に掴んで見せよ!」

 

町の長からの掛け声に、再び歓声と熱が上がる会場。紹介を受けた女神は、その姿勢のまま笑顔で手を振りながら観衆に答え、隣の閻魔は未だビクビクしながらも、凛とした姿勢で手をかざして答えた。

 

ヘカ「四季ちゃん頑張ったね」

映姫「情けない姿を晒すのだけは避けたいので。

   心頭滅却です」

 

しかしそれは所謂(いわゆる)痩せ我慢。そんな彼女の姿を部下は見上げながら見守る事しか出来ず、

 

小町「四季様頑張れー…」

 

せめてもという思いで苦笑いを浮かべて声援を送った。

 

??「親方様ぁーっ!!」

 

そこへ聞こえて来た大きな声援。

 

医者「おや?アレは鬼助かの?」

 

最年長者の視線の先には大声で熱い声援を送る若い鬼が。だが側で一緒に観戦していると思われる者達は、顔を下に向けて「この者とは無関係」という態度を取っていた。

 

小町「鬼助…、元気になったんだ」

 

愛用の巨大な鎌を肩に掛け、安堵の笑みで彼を見つめる彼女。しかし安心する一方で、

 

小町「(ちょっと元気良過ぎないかい?)」

 

新たな心配事も浮上していた。

 

医者「ん〜?あやつ肋にヒビがあるか?

   ここからだとよく見えんな。

   それに何であんなに興奮しておるんじゃ?」

小町「えーと…、多分気のせいだと思いますよー」

 

 

◇    ◇    ◇

 

 

??「親方様ぁーっ!!マジ頑張って下さーい!」

 

ありったけの声量で声援を送る熱き男。

 

鬼助「萃香さんの親父さーんっ!ファイトーッ!」

 

それは両者へと送られ、側から見れば「どっちを応援しているんだ?」と疑問に思う。だが彼としてはどちらも本命。どちらにも本気の声援を送っていた。そんな彼へ送られるのは悲しくもクスクスと湧き上がる笑い声である。

 

お燐「は、恥ずかしいニャ…」

お空「うにゅー…」

パル「妬ましい…」

キス「フッフッフ…」

ヤマ「はー…、糸外すんじゃなかった…」

大鬼「もーっ!キスケじっとしてろよ!」

 

そんな彼の近くで足元へ視線を落とし、顔を赤くする関係者達。何を言われても相手にしないと決めていた少年達だったが、

 

鬼助「なんだよお前達!もっと応援しろよ!

   もっと熱くなれよ!

   そーれ、おっやかた♪おっやじさん♪」

 

ヒートする一方の彼。終いには音頭まで取る始末。

 

棟梁「主審、副審前へ!」

 

そこへ町の長の一声。その声に流石の彼も音頭を取る事を止め、他の者達同様に土俵へと注目した。

 視線が集まる大きな土俵。その前に現れたのは2人の四天王だった。

 

 

◇    ◆    ◇

 

 

勇儀「主審を務める星熊勇儀だ。それと…」

萃香「副審を務める伊吹萃香だ」

勇儀「私達はそれぞれ両者の身内になるが、

  審判は正当且つ公平に行う事をここに誓う」

萃香「私も誓う」

 

私と親友は片手を高々と掲げ宣言した。視線の先、正面の観客席で見守る母さんはそれに黙って頷き、観客席からは拍手が送られて来た。これは期待されていると捉えるべきかな?

 さて、みんなには了承を得ないといけない事かあるのだが、果たしてどうか…。

 

 

◆    ◇    ◇

 

 

ヘカ「へー、審判は娘さん達がやるんだぁ」

棟梁「ええ、2人共どうしてもと言うので、

   反対意見が無ければという条件で認める事に

   したのです。

   事前のアンケートで反対する者はおりません

   でしたので、任せる事にしました」

 

横から聞こえて来る女神の疑問に、前を見つめて答える棟梁。彼女は絶賛『棟梁』としての職務を遂行中なのだが、

 

ヘカ「ふーん。そう言えばさー、娘さんの能力どう

   なったの?」

 

質問はお構い無しに続く。

 

棟梁「それは…」

 

この問い掛けに彼女は浮かない表情を浮かべた。そしてその表情に気付いた女神は、土俵の前で宣言する者を見つめながらそっと呟いた。

 

ヘカ「そっか、まだなんだね。早く見つかるといい

   ね。いつまでも『無能の四天王』って言われ

   るのは可哀想だよね」

 

その言葉に彼女はコクリと無言で頷いた。

 

 

◇    ◆    ◇

 

 

 湧き上がる大歓声、賛成は多数。

 それは私と親友と父さんと親父さんとで話した事。父さんだけのエゴだと思っていたが、まさか親友の親父さんからも同じ事を言われるとは思わなかった。しかも事前に打ち合わせていた素振りもなくだ。その証拠に父さんは目を皿にして驚くと共に大層喜び、この上ない程ドヤ顔をしてきやがった。これには正直イラッと来た。

 だがそれを私と親友だけで決められる筈も無く、タイミングとしても急過ぎる。

 そこで私達は許容範囲内のルールを考え、ダメ元でそれを皆に許可してもらう事にした。

 

勇儀「さーてどうなるか…」

萃香「みんな凄い熱くなってるね。

   やっぱりそういうのが見たいのかな?」

親父「だっははは、そりゃ愚問だな」

親方「がっははは、なんせ鬼は皆闘いが好きだから

   な。妖怪供も嫌いじゃないだろ?」

勇儀「私達がするのは本当にここまでだからな。

   結果が変わらなくても説得しないからな」

萃香「2人共素直に聞き入れてよね」

  『分かってるって』

 

笑いながら息ピッタリで答える2人の父親。とてもこれから闘う者同士とは思えない。

 正面ではお偉いさん達が輪になって超緊急会議を開いている。その中には地底のもう一人のお嬢様の姿も。ここで許可が出なければ全ては白紙のものとなる。

 ふとその会議の隣の席に視線を移すと、目を輝かせながら会議を見下ろしているヘカーティア様が。時折何か言葉を発している。その口の動きに注視すると「み・た・い」。「見たい」だ。これは強力な味方が…と言いたいところだが、彼女は女神とは言え部外者。あくまで参考意見止まりだろう。

 そしてその女神に口を押さえられ、青ざめてジタバタと暴れる閻魔。大方彼女が「そんなの言語道断です」とでも言おうとしたところを、女神様が「ちょっと黙ってようか」と口を塞いだのだろう。ただ何で顔が青い?それにそんなに暴れるとそこから落ちるぞ。………それ見たことか。

 そして町のお偉いさん方へ視線を戻せば、診療所の爺さんが嬉しそうに笑っている。あれは文句無しに賛成派だろう。他のお偉いさん方も同じ様な反応だ。あちらも賛成多数の様だが、町の長の母さんがとても許すとは思えない。額に手を添えてお得意のポーズ。あれは………頭痛だな。ストレス性の。

 

萃香「棟梁様、随分悩んでるみたいだね」

 

親友もその様子に気付いたみたいだ。

 

勇儀「ああ、そりゃ急過ぎて…」

 

私は言葉を途中で区切った。向こうに動きがあったからだ。

 お偉いさん方が一斉にさとり嬢に注目したのだ。それも結論を待つ様な眼差しで。最終的な決定は町の長、つまり母さんだ。それなのにあの光景は何だ?あれじゃまるで…。そしてその母さんは………笑ってる?

 その後直ぐにさとり嬢が一同へ何かを話し、それぞれが元いた席に戻って行った。

 

棟梁「静粛にっ!」

 

母さんの言葉に観客が静まり返った。

 

棟梁「先程の主審からの申し出について、こちらで

   協議した結果をヘカーティア様からお伝えし

   て頂きます。

   では、ヘカーティア様お願いします」

 

固唾を飲んで女神に注目する観客達。誰もが物音一つ立てる事無く、近くを流れる川のせせらぎだけが聞こえて来る。

 辺りが静寂に包まれる中、ついに彼女は口を開いた。

 

ヘカ「よし、やっちまえ!」

 

許可は出た。それと同時に一気にヒートアップする場内。これから試合を行う2人は互いに固い握手を交わし、それぞれの位置へ。 私と親友も握手を交わし、同時に背を向けて互いの父の後ろをついて行く。

 大きな背中。この背中を追いかけて、しがみ付いて頬を寄せていたのは遠い昔の事。でもその時に不思議と湧き上がる安心感は、未だに忘れない。一歩、また一歩と土俵へ上がっていく父。この下から見上げた時の角度。瞳に映る土俵へと上がった父の背中は、僅かに残る記憶そのまま。

 

勇儀「父様…」

 

どうか…どうかご無事で。

 

勇儀「思いっきりいってこい!!」

親方「うおおおっ!!」

 

 

 




次話、主にとって初です。挑戦です。

次回【三年後:鬼の祭_拾漆】



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三年後:鬼の祭_拾漆

■   □   □   □   □

 

 

 見合う2人の戦士。彼等の希望により変えられたルールは、相撲と呼ぶには程遠く、(おこ)がましいもの。金的と噛み付きを除き、全ての打撃・投げ・絞め技を認め、最後まで土俵に存在していた者が勝者となるシンプルなもの。

 そう、それはただの決闘。土俵の上でのみ許されたガチンコ試合である。

 鳴り止まぬ声援は腰を落として見合う戦士達の気迫に活力を与え、火花を散らさせた。

 

??「見合って、見合ってー…」

 

土俵外の主審からの掛け声に両者が片手を土俵に付き、前傾姿勢で身構える。

 それと同時に全身から発する凄味は100%前方へと向けられた。

 

勇儀「はっけよーい…」

 

観客が固唾を飲んで見守る中、主審の合図と共に、握り締めたもう片方の手をゆっくり下ろしていき…

 

勇儀「のこった!」

 

タイミングは同時。地に拳を付けた瞬間両者は互いにぶつかり合う

 

  『っ!?』

 

かと思われた。

 己の力と体重、全ベクトルを前方へと向け、ぶちかましを仕掛けに来る親友を彼はその身に回転を加えながら、横から流れる様に(かわ)して背後へと回ったのだ。

 それは彼が闘いを決意した時から何度も脳内でシミュレーションを繰り返し、親友のイメージ像を相手に反復練習を行って来た事。そしてその先も…。

 彼は作戦通りに動き出した。自身の倍近くはある親友の背後から(まわ)しを(つか)み、

 

親父「だああああっ!!」

 

気合がこもった声を放つと、体に変化を起こさせた。親友よりも頼りなく見えていた腕が、足が、そして背中が徐々にその面積を増やしていき、やがてその大きさは………親友を超えていた。

 

 

□   ■   □   □   □

 

 

 一方、チャンピオン。開始と同時に目の前から姿を消した親友に度肝を抜かれていた。そして間髪入れず襲って来た背後の違和感。「廻しを取られた」と気付いた頃にはもう手遅れ。踏ん張ろうにも徐々に両足が上へと引き上げられ、力が込められない。しっかりと土俵を踏んでいた彼の両足は、(かかと)()がされ、土踏まずを剥がされ、指の付け根を剥がされ、ついに指先までもが土俵から剥がされてしまった。

 

 

□   □   ■   □   □

 

 

 「やっぱり」試合を見守りながら私はそう思った。

 親友から親父さんの能力を聞いた時、真っ先にこの光景が思い浮かんだ。巨大化の能力を駆使して父さんの動きを封じた後、土俵に付かせるか場外へ。私が思いついたくらいだから、父さんも当然それには気付いていただろう。

 けど後ろに回ってコレを仕掛けるなんて、予想の遥か上をいっている。しかもこれだと父さんの反撃を受け辛くなる。

 今のルールだと場外へ出す事だけが決まり手。もしそうでなかったら、この時点で父さんは絶体絶命。このまま前にでも倒れられでもしたら防ぎようがない。でもこの状況。これでも充分過ぎる程の危機。親友の親父さんの大きさはもう………父さんの倍は優に超えている。

 

 

□   ■   □   □   □

 

 

親方「ぐぬぬぬ…」

 

背後に手を回し、必死の思いで廻しに掛かる手を引き剥がそうとするチャンピオン。背後で見えぬが、触れている場所は恐らく親友の前腕。だがその大きさは、既に彼の掌では持て余すサイズまでに達していた。更に、しっかりと掴まれている上、この状態では力自慢の彼でも歯が立たない。

 

親父「あっけねぇな」

 

そこへ頭上から聞こえて来た声。それは悲しみを含んだため息と共に(つぶや)かれてた。

 

親父「このまま場外に運べば終わりだ。

   場外じゃないと勝ちにならない…か。

   この場で直ぐに終わりにならないだけ

   皆に感謝かな?」

 

勝ちを確信した親友の声。それは「もっと楽しみたかった」とも聞こえる寂し気なものだった。

 

親方「あ゛〜っ?」

 

その言葉に彼は背後を(にら)みつけた後、

 

親方「そうだな、新しいルールを認めてくれた皆に

   感謝だな」

 

と呟き、

 

親方「があああっ!」

 

一気に闘魂注入。己の力全てを解放した。

 幹の様に太い自慢の上腕は瞬く間に大木の様に膨れ上がり、握力を司る前腕は通う血管を浮き上がらせ、ゴツゴツとした漢らしい拳は、指一本一本の筋肉が膨張した事によりその密度を上げ、完成したその兵器は高々と天へと振り上げられた。

 

 

■   □   □   □   □

 

 

 放たれた一撃は肉を抉る様に深く突き刺さり、その鈍い音は会場に響き渡った。

 それと同時に襲って来る強烈な痺れと痛み。いくら巨大化したとしても痛覚は同じ。脳へ伝わって来る危険を知らせる信号を遮断する事は出来ない。

 

親父「ぐぁあああっ」

 

彼は堪らず悲鳴を上げた。力を失いダラリと落ちる右手。彼は不覚にも片手を離してしまった。

 

 

□   ■   □   □   □

 

 

 九死に一生。今彼を掴んでいるのは一点のみ。千載一遇のこのチャンスを彼は見逃さなかった。体制を崩しながらも体を右へ(ひね)った後、腰から反時計回りの回転を加え、水平に弧を描いた拳は見事友人へと命中した。

 

親父「うぉふっ」

 

嗚咽(おえつ)にも似た(うめ)き声を上げ、膝から崩れる友人。彼が放った拳は友人の腹部にその跡を残していた。

 

 

■   □   □   □   □

 

 

親父「(()()()拳にも関わらず、恐ろしい破壊力。

   しかも足が地から離れている状態でだ。

   もし踏み込んでアレを放たれていたら…)」

 

腹部をズキズキと襲う痛みの中、彼は瞬時にその思いを巡らせた。そして「それだけは何としても避けねばならない」とも。が、その間にも親友は更なる追撃の姿勢を取っていた。

 その事に彼が気付いた時、全身から一気に血の気が引いた。彼が大勢を崩した事により、親友の足が再び地に付いていたのだ。

 一番危惧していた光景が今、彼の瞳に映し出されていた。

 

 

□   □   □   ■   □

 

 

 拳を握りしめ、苦しい表情で土俵を見つめる彼女。

 

??「まずい…」

 

父親の絶体絶命のピンチ。大きな声を出して応援したいが、自分の立場上それは許されない。私情を挟む事無く、目の前で繰り広げられる決闘を公平な目で見守らなければならない。

 地に足を付けた父親の対戦相手は右の拳に力を込め、全速力の投球フォーム。大きく振りかぶり、その一球を背後に向かって………投げた。

 

親方「うおっ!?」

 

が、振り上げた足が地に着く前に大胆にバランスを崩し、滑って転ぶ様にして宙を舞った。

 

萃香「しっ!」

 

その光景に彼女は拳を強く握り締め、小さくガッツポーズ。心の中では万歳三唱。ここぞという場面でのおっちょこちょい。

 

萃香「(さすが親方様)」

 

(ささや)く彼女の心の声。

 観客達も彼女同様「運悪く足を滑らせた」と見ていた。だが実はそうではなかった。

 これは彼女の父親の策。親方の廻しを掴んだもう片方の手、その左手にタイミングを合わせて体重を掛けたのだ。策とは言え、事前に考えていた物ではない。あのピンチの中瞬時に思い付き、そのタイミングに合わせたのだ。(ひらめ)きが遅ければ、もしくはタイミングが合わなければ、彼は力自慢の全力のストレートを(もろ)に受けて今頃は…。

 

 

□   □   □   □   ■

 

 

 格闘技で実力者同士が対戦する際、「目が離せない」や「瞬きも許されない」などと比喩される。今の少年はまさにそれだった。

 生まれて初めて目にする喧嘩ではない漢の決闘に、視線は釘付けになり、開いた口は塞がらずにいた。そして繰り広げられる早い攻防に、時折呼吸をする事すらも忘れていた。見ているだけだと言うのに額から汗を流し、息が切れ切れになる程集中している中、ようやく発した言葉が

 

大鬼「何やってんだか…」

 

である。

 

ヤマ「あっちゃー…」

パル「お義父様、大丈夫かな?」

お空「痛そー…」

お燐「いい音したニャ」

鬼助「ヒーッ!想像しただけで痛いッ!

   お前らには絶対分からないだろっ!?」

キス「フッフッフ…。ゴッツンコ」

 

 

□   □   ■   □   □

 

 

ゴッチーンッ!!

 

 

一瞬鳴り物の音かと錯覚した。

 強烈な一撃をお見舞いしようとした父さんが足を滑らせ、頭から落下。そしてその先にあったのが親友の親父さんの後頭部。そこから先は言わずもがな。

 ただ先に着いたのが頭ではない。私達一族の急所、角だ。それもお互いに。握られただけでも頭に響くと言うのに、全体重が掛かってのコレは…。

 観客席へチラリと視線を移せば、頭を押さえて悶絶する一族達。「いや、お前さん達はダメージないだろ?」と思ってはいけない。想像しただけで………ゾッとする。

 

勇儀「2人とも大丈夫か?」

 

声にならない声を上げて悶絶する父さんと親父さん。(たま)らず声を掛けてみるが、返事がない。ただの………いや、一応生きてる。

 

萃香「勇儀〜、仕切り直し!」

 

親友からのナイスアドバイス。いや、この場合誰でもそう思うか…。

 判断が少し遅くなったが、

 

勇儀「一旦仕切り直す!(しばら)く待ってくれ!」

 

会場全域に響く大声で休戦を宣言した。

 でも試合が始まっているというのに、これって『仕切り直し』って言うのか?『やり直し』が正解じゃないか?

 と思う中、会場中から「ドッ」と(こぼ)れる大きなため息音。(わず)かな時間とは言え、2人の闘いは凄かった。それも息つく暇もない程に。始まって1分もしていない中で行われた攻防戦、2人とも最初から全力。能力も使って来ていた。

 ただ気になるのが親友の親父さんだ。

 新ルール。アレが認められていなければ、彼の勝ちだった。それに最初の動き、アレは事前に予定していたものだ。しかも相当練習を積んでいたはず…。それなのに何故親父さんはわざわざあのルールを…。

 

親方「いたたた…」

親父「くぅ〜っ…」

 

2人が頭を押さえながら立ち上がった。先程まで父さんの倍以上あった親父さんは、もうすっかり元の大きさに戻っている。能力無しでは背丈はちょうど逆転といったところだろうか。

 

勇儀「2人共大丈夫か?」

 

再び確認。さっきは無反応だったが、今回は2人共無言ではあるが、掌をこちらに向けて「大丈夫だ、問題ない」と合図を送ってくれた。それなら…。

 

勇儀「両者元の位置へ!」

 

両腕を左右に広げ、2人に最初の位置に戻る様に指示。その声に両者は頭を左右に振りながら、土俵に描かれた白線へと歩き出した。

 

勇儀「ん?」

 

2人が去った場所に転がる一欠片の異物。それは小石程度の大きさ。試合前に(ほうき)で土俵を掃除して小石も無い状態にしておいたはず。

 

勇儀「まったく…。まだ残っているじゃないか」

 

小姑の様にぼやきながら、「試合には影響ないだろう」と放置する事にした。この時既にメッセージが送られていたとは知らずに。

 

 

 

 

 




これまで自信が無くて避けてきた戦闘シーン。
でもこの話を書くのに避けては通れないシーン。
初めて挑戦してみて、痛感しました。

「もの凄い難しい」

と…。
今その先も書いていますが、正直不安しか無いです…。
この回と次回。特に次回はガッツリ戦闘シーンです。
Good or Badだけでもいいです。
読んで下さっている皆様、
素直なご感想をお聞きかせください。



次回【三年後:鬼の祭_拾捌】


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三年後:鬼の祭_拾捌

□   ■   □   □   □

 

 

バチーンッ!

 

 己で両頬を平手打ちし、気合いを再注入するNo.2の権力者。真っ直ぐ正面にいる旧友を鋭い眼光で見つめ、全身から怒気を放っていた。

 

親方「てめぇ…」

 

彼が怒気を込めて放った一言に、旧友は眉間に皺を寄せ、ふんぞり返りながら見下す様に「何か用か?」と視線で尋ねた。その視線は、彼の逆鱗に触れた。

 

親方「何故ルールの変更を提案した!?

   アレが無ければ決まっていただろ!

   勝つ気あんのか!?手ぇ抜きやがって。

   そんなんで勝っても嬉しくねぇぞ!」

親父「うるせぇな、ゴチャゴチャゴチャゴチャと。

   お前に相撲で勝つ事なんていつだって出来た

   んだよ。これで分かっただろ?」

 

怒鳴る彼に、面倒くさそうに頭を()きながら答えるライバル。「勝つ事は造作も無い事」と言い放つその者に、

 

親方「あ゛〜!?たかが一回有利になっただけで、

   いい気になってんじゃねぇぞ!

   その後一方的だっただろうが!」

 

彼は怒気を増して「調子に乗るな」と言い返した。

 牙を剥き出しにし、怒りを(あら)わにする大柄な鬼。例え同族の者であろうと、

恐れ(おのの)くだろう。だが彼の目の前にいる者は、あろう事か太々しく頭上で手を組むお馴染みのポーズで、

 

親父「それが全て相撲では反則技だってぇのに、

   随分と偉そうに言うな」

 

「呆れた」と冷めた視線を向けながら言い放った。

 

親方「新ルール内だから問題ないだろ!それにそう

   じゃなくても、別の手段で回避出来た!」

親父「はっ、どうだか。さっきお前も言ってたろ?

   『新ルールじゃなければ決まってた』って。

   あの後そのまま前にでも倒れれば、

   お前はペシャンコだっただろうよ。

   それと勘違いするなよ?

   このお前にとって有利なルールでも、

   負けるつもりは毛頭ない」

親方「このヤロー、上から物言いやがって…。

   小させぇクセに、立場が下なクセに、

   少しだけ年が上だからって昔からいつもいつ

   も…。あの時だってそうだ!勝手に決め付け

   やがって!誰も頼んでいないのに!」

 

この言葉にライバルは、ハッと何かに気付いた様な表情を浮かべ、そっと呟いた。

 

親父「そうか…。あの頃からだったか…」

親方「あ゛っ!?」

親父「何でもねぇよ。それよりもさっさと再開しよ

   うぜ。ほれ、お前のタイミングで来いよ」

 

敵は彼に向かってそう伝えると、両手の拳を土俵に付けて構えた。そのどこまでも太々しい態度に、彼の怒りはついに頂点に達した。

 

親方「舐めてんじゃねぇぞっ!!」

 

第2ラウンドのゴングが鳴った。

 

 

□   □   ■   □   □

 

 

 仕切り線まで戻ったはいいが、目が合うなり言い争いを始める2人。『言い争い』とは言うものの、熱を帯びているのは父さんだけ。完全に(あお)られている。そう思っているのは私だけではないはず。

 そして「最後の仕上げ」とでも言う様に、先に土俵に手をついて先手を譲る親父さん。ここまでされては…

 

親方「舐めてんじゃねぇぞっ!!」

 

父さんの怒りは大噴火。惜しげも無く能力を使い、一気に体中の筋肉が膨れ上がらせ、素早く両手を土俵に触れると、親父さん目掛けて突進を仕掛けた。その勢いは最初の立会いの比ではない。能力を解放した事により脚力も上がり、踏み込んだだけでトップスピードにまで達している。

 このスピード。それに面積が大きくなった筋骨隆々(りゅうりゅう)の自慢の体。私は父さんのこの一手が確実に決まると思っていた。

 だがそれは違った。信じられない事に、次の瞬間その巨大な体が、ふわりと宙を舞ったのだ。何が起きたのか訳も分からず、呆気に取られていると、

 

萃香「勇儀っ!」

 

正面の親友から喝。お陰で我に返ることができた。「見惚れていてはダメ。今の私は審判」そう自分に言い聞かせ、遅ればせながら

 

勇儀「のこった!」

 

試合再開を告げた。

 

 

■   □   □   □   □

 

 

 合気道。古武術の一つで熟練者ともなれば、体格差関係なく、相手を制する事が可能となる武術。その主な特徴は相手の力・ベクトルを利用する事。

 彼が仕掛けた策もそれに準ずる物だった。だが誰かに教わった訳でもなく、文献等を参考にした訳でもなく、完全なるオリジナル。これもこの時の為に、何度も何度も練習を重ねて来たものだった。

 『巨大な壁』とも思える程の大きさで迫る親友に対し、彼は瞬時にその懐に低姿勢で潜り込み、その勢いを殺す事なく、寧ろ加速させるイメージで下から突き上げた。

 チャンピオンの主なベクトルは水平方向。そこに彼によって、垂直方向のベクトルと水平方向の加速度が加えられ、その合成ベクトルには角度が生まれる。

 つまり、相手は勢いよく飛んでいく。

 

 

ドシーンッ!

 

 

空中でひっくり返り、背中から落下。町1番の力自慢は土俵の上で大の字になった。

 

親父「(馬鹿が。ホント脳筋だな)」

 

そう、これは彼の策略通り。相手を怒らせたのも、煽って能力を発動させたのも、先に両手をついて構えたのも、その全てが彼のシナリオ。この一手の為に仕組んだ事だった。

 作戦通りにいけばガッツポーズの一つでも取りたくなるもの。しかし彼は止まらなかった。「今度はこっちの番」と能力を発動。鬼の平均よりも小柄な彼の体は、親友と同じ背丈になり、

その倍の大きさになり、そして更にはその倍にまで。

 そうコレが、この巨体こそが彼の娘達が想定していた最大の大きさ。観客達はその怪物に目を皿にしながら見上げ、言葉を失った。

 

 

□   ■   □   □   □

 

 

親方「…」

 

呆然。己の身に何が起きたのか分からず、只々。

 敵に突進をしかけ、辿り着いたと思った途端景色は変わり、背中と後頭部に走る痛み。そして瞳に映るのは地底の天井。脳内は『?』だらけ。そんな彼の目に飛び込んで来たのは…。彼は一気に危険を察知した。だがそれはもう…

 

親父「ルールとは言え、一回は一回だ」

 

彼の顔を覆う程の影は、息つく暇もなく彼の目の前に。

 

 

□   □   ■   □   □

 

 

グシャァッ!

 

 

低く、鈍く、不快な音。そしてその後に「ミシミシ」と聞こえて来る骨の悲鳴。

 私が恐れていた光景がとうとうやって来た。無傷で終わるはずがない。それは覚悟していた。けど、けど………。

 

 

□   □   □   ■   □

 

 

彼女の父親が放った大きな拳は、チャンピオンの顔を捉えていた。

 顔は文字通り拳の下敷き。無事なのかどうかもその拳に覆われ、表情を伺う事も出来ない。今は誰から見ても父の優勢。だが彼女は素直に喜べずにいた。

 

萃香「うっ…」

 

その衝撃的な光景に思わず目を背けてしまった。

 反対側の親友へ視線を移せば、親友もまた彼女と同じ様に顔を(しか)めていた。だがそれでも己の使命を全うしようと、真っ直ぐその光景を見つめていた。その姿に彼女は

 

萃香「そう…だよね」

 

「例え何があろうと、目を背けてはいけない」腕を組んでそう胸の内で誓った。

 

 

□   ■   □   □   □

 

 

親父「コレでくたばっちゃいねぇだろ?」

親方「当たり前だろ。さっさとこの汚い手を

   退けろ」

 

彼がそう言い放つと、顔面に()し掛かる重力が弱まっていき、徐々に視界が開けていった。

 そして立ち上がろうと膝に手を掛けた途端、強烈な目眩に襲われた。

 

親方「う゛っ…」

親父「フラフラじゃねぇか」

親方「うるせぇっ!」

 

強がって吠えてはみるが、意識が一瞬飛んだことにより、不覚にも能力はOFF状態。加えて彼の鼻からは血が流れ出し、先程の一撃が相当なダメージであると物語っていた。

 

親父「へばっているところ悪いが、お前からは2度

   貰ってる。もう一発いくぜ」

 

彼にとっては恐怖の予告。聞くなり彼はその場から離れようと、覚束(おぼつか)ない足取りで背を向けて走り出した。

 

親父「おせぇよ」

 

だが、それはもう既に彼の背後まで迫っていた。掬い上げる様に放たれたその大きな拳は、彼を2、3度バウンドさせ、土俵際まで吹き飛ばした。

 

 

ズザーッ

 

 

土俵と肌の摩擦は致命傷ならずとも、「擦り傷」というダメージを彼に与えた。しかし背後からの一撃は確かに背中に重いダメージとなっていた。

 

親方「つ〜…っ」

 

だがそんなものは彼にとっては許容範囲内。例え2撃連続で攻撃を受けようとも。

 でもそれ以上に、

 

親父「3回だ」

 

No.2の権力者として、王者として君臨してきた彼にとって、

 

親父「コレでお前が土俵に付いたの」

 

この事実の方がヘビーブローだった。そう、彼は本来であれば3回負けている事になる。

 

親方「っくしょ〜…」

 

両手を膝に置きながら歯をくいしばり、元の大きさに戻っている敵を睨みつける。が、言っている事はごもっとも。反論の余地がない。それでも、

 

親父「お前じゃ勝てねぇよ。(いさぎよ)く負けを認めな。

   回れ右をすればすぐ場外だぞ」

 

それだけは(ゆず)れなかった。

 

親方「誰が諦めるかよ。何遍地に()(つくば)ろうが、

   どんなにみっともなくても、泥臭くても、

   絶対に勝つ!お前には負けたくねぇ!」

 

彼はそう言い放つとその場で構えた。

 

 

■   □   □   □   □

 

 

 お馴染みのポーズで、またしても親友を煽る太々しい男。その甲斐あって再び熱くなる親友に、

 

親父「(ホント単純)」

 

と余裕の思想。「どうせまたムキになって突っ込んで来る」彼はそう予期していた。そしてそうであれば、また同じ事を繰り返せばいいだけ。そう思っていた。

 しかし、その親友は奇妙な行動に出ていた。彼と親友の間には土俵の半径分の距離があるにも関わらず、その場で構えたのだ。

 腰から重心をしっかりと下へ落とし、左手を真っ直ぐ前へ。そして利き手の掌をこちらに向けて肋の下でスタンバイ。それは疑いようもない程の『打』の構え。故に届くはずもない。「こちらから近づかなければいいだけの事」彼はそう結論付け、その場で休憩を…。

 

親父「!?」

 

彼は気付いた。親友が不敵な笑みを浮かべている事に。

 

親方「いいのかよ?そのままで」

 

親友が放ったその言葉が決め手だった。「何かある」彼はそう考え直し、今後の展開のシミュレーションを開始した。それは(わず)かな時間。だが、ありとあらゆる可能性を想像し、導きだした彼の答えは…。

 

親父「(能力を解放後、飛び込んで来る。

   そして間合いを詰めたところで掌底打ち)」

 

そして、彼もまた構えた。親友の攻撃を(かわ)すのに最も適した、効率の良い構えに。それは偶然にも合気道の基本の構え、そのものだった。

 

親父「かかって来い!」

 

「必ず躱す」彼はそう意気込んで親友を挑発した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の瞬間、彼は宙を飛んでいた。

 

 




ご意見頂いた皆様、ありがとうございました。
少しずつ書き方に反映させていこうと思います。


この話で気付けば100話目。
ここまであっという間でした。

「100話目という事で何か特別企画を…」とも考えましたが、いい物が思い浮かびませんでした orz

そしてこんな(つたな)い作品を読んで頂いている皆様、本当にありがとうございます。
これからもこの作品を悔いの残らないような形に仕上げ、思いっきりやりたい事をやって行きたいと思います。

どうぞこれからも宜しくお願いします。



次回【三年後:鬼の祭_拾玖】


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三年後:鬼の祭_拾玖

□    ■    □    □    □

 

 

 空手の熟練者が真っ直ぐに並んだろうそくの火を拳圧だけで一度に消す。そんな光景を見た事がある者は少なくないはず。想像してみて欲しい。例えばそれを放ったのが相撲の横綱級の大男だったら、人間よりも遥かに力を持つ鬼だったら、そしてその中でも更に倍の力を一時的に出せる者だったら…。その答えは観客が見守る決闘の中、たった今繰り広げられていた。

 構えの状態から能力を発動。伸ばした左手を引きながら、右手で素早く空気を押し出す。彼の放った掌底は空気の壁を生み出し、身構えるターゲットに一直線に向かって行った。

 

 

バチーンッ!

 

 

鞭で叩かれた様な音が会場中に響いた途端、ターゲットは吹き飛んだ。その距離、土俵の半径分。即ち、反対側の土俵際である。

 

親方「ドヤッ!」

 

ここぞとばかりの笑み。

 

  『おおおーっ!』

鬼一「なんだアレ!?」

妖怪「何も見えなかったぞ!」

鬼二「伊吹の旦那何かにぶつかったか!?」

鬼助「親方ーっ!半端ないです!」

 

初めて目にした技に湧き上がる観客席。必然的に彼への声援も増えていく。彼は勢いにのり、観客達に向かって拳をあげて答えた。

 だがそんな彼を観客席から冷静に分析する者達も。

 

??「アレは衝撃波じゃのう」

??「え?そうなの?無色の光弾じゃないの?」

??「あの者達はそう言った類の物は

   好まないはず。あくまでも『力』だろうね」

 

そして会場から少し離れた崖の上では、見下す様にその光景を見つめる者も。

 

??「面倒くさい種族」

 

彼が大歓声に包まれる中、敵はフラフラになりながらも起き上がって来ていた。

 

親方「どうだ!コレが鍛錬の成果だ!

   効いただろ?」

 

ドヤドヤしながら語る彼。

 そう彼が日々鍛錬を行なっていたのは、全てこの技の習得のため。この技を放つには膨大な『力』が必要。そこで彼は、筋力アップを中心としたトレーニングを積んでいたのだった。

 

親父「ホント考えもしなかった…」

親方「驚いたろ?名付けて『大江山颪』!」

 

「カッコイイだろ?」とでも言う様に誇らし気に語るも、

 

親父「驚いた驚いた。でも連撃は難しいだろうな」

 

「名前はどうでもいい」と(あしら)う様に素直な感想を残す敵。と同時に、この技の弱点を言い当てていた。だがそれはこの状態、この距離では関係ない事だった。

 

親方「近づけるなら…、近づいてみな!」

 

彼はそう言い放つと再び構えた。

 

 

■    □    □    □    □

 

 

親父「バカがッ!」

 

2撃目が来ると察し、彼は全速力で親友へと向かって行った。

 

 

バチーンッ!

 

 

だが辿り着く事もままならず、痛烈な衝撃波を正面に受け、再び元の位置まで戻された。

 その衝撃は巨大な手で放たれた突っ張りを全身で受けた様。だが来ると分かっていれば、その対策も可能というもの。彼はすぐ様受け身を取り、左方向、主審がいる方向へと駆け出した。

 

 

□    □    ■    □    □

 

 

 私は開いた口が(ふさ)がらなかった。父さんの隠し技が、そんなものが、そんな事が出来ただなんて…。強大な力があればこそ可能な技に、私は憧れを抱き始めていた。

 だがその弱点を早くも見切り、指摘した親友の親父さんにも舌を巻いた。「たった一撃受けただけなのに、どうしてそこまで分析できる?」素直にそう思った。と同時に「次は必ず避ける」と確信していた。

 そうとは察していない様子の単純な父さん。続け様に2撃目の構え。その瞬間、

 

親父「バカがっ!」

 

予想外の動き。親父さんは前方へ駆け出していた。そして避けもせず、正面からまともに受け、再び吹き飛ばされた。

 違和感。それしか無かった。「何故そんな事を?」そう思ったのも束の間、彼は受け身を取ると共にこちらへ向かって走り出していた。「逃れる為の位置替えか?」と思いを巡らせていると、

 

親父「そこを離れろ!」

 

手で「退け!」とジェスチャーを送りながら私に指示。その指示に慌てて右側、彼がいた方向へ移動を開始した。私と親父さんが土俵下と土俵上で重なりあった時、

 

 

バチーンッ!

 

 

3撃目がヒットした音が。

 親父さんは土俵際を走っていた。「吹き飛ばされて場外か!?」とその光景が頭をよぎった。だが彼は能力を発動し、父さん程の大きさに体を変化させて堪えていた。

 

親父「行けっ!」

 

私へ掛けられた言葉だと直感した。再び走り出し、父さんを正面にする位置へ。

 その場に立った時、ようやく気が付いた。今私の背後には………観客席。そこにはカズキとお母ちゃんさんの姿も。これまでの親父さんの奇妙な行動、その全てが私の中で一本の線になった。

 

勇儀「お前さん達そこから離れろ!」

 

私は観客席へ向かって叫んだ。

 

 

□    □    □    □    ■

 

 

 観客席は地底の壁を正面に、土俵をUの時で囲う様に組まれている。今、左の観客席は慌ただしく動き出していた。

 

カズ「おっちゃん、守ってくれてた?」

お母「みたいだね。全く、他人の事を心配している

   場合じゃないだろうに…」

妖怪「もし避けられていたら…」

鬼 「伊吹の旦那…」

 

背後にいる自分達を身を(てい)して救ってくれていた。彼の身内のみならず、他の者達もその事に気付き初めていた。

 

お母「兄者ぁー!負けんじゃないよっ!」

 

妹からの喝。

 

カズ「おっちゃんありがとう!頑張れぇ!」

 

生意気な甥からの温かい声援。そしてそれを皮切りに、観客席から感謝と応援の言葉が次々と上がっていった。

 

妖怪「ありがとうございます!頑張ってください!」

鬼 「旦那!負けないで下さい!」

 

 

■    □    □    □    □

 

 

親方「そういう事か。どうりで変だと思った」

親父「…」

 

構えをそのままに、ゆっくりと()り足で中央の席、VIP席側へ移動する親友。

 

親方「すまないな」

親父「ぃゃ…」

 

それを俯きながら横目で追う彼。

 

親方「すっかり人気者じゃねぇか」

親父「…」

親方「いいもんだろ?みんなからの声援ってのは」

親父「…」

 

皆に感謝され、英雄となった彼。鳴り止まぬ大歓声の中、彼は今………。苦虫を噛み潰したような表情をしていた。

 すると彼は何の前触れもなく能力を発動させると、更に巨大化。その大きさ実にチャンピオンの4倍。想定されている最大の大きさ。そこから放たれる拳は、さながら投じられた岩石。それに対するは、

 

親方「『大江山颪』!」

 

実態を持たない衝撃波。

 

 

バチーンッ!

 

 

これまでと変わらぬ音。だがそれは彼の表情を一時だけ(ゆが)めさせる程度。迫る拳は止められない。

 

親方「あぶねっ!」

 

親友は慌てて左へ飛び、転がりながら回避。

 彼の一撃はターゲットを失い、勢いそのままに土俵へ直接攻撃。拳に伝わる(しび)れに耐え、彼は追いかける様にもう一撃を放つ。が、これも避けられ空振り。

 

親父「ちょこまかと…」

 

それでも諦めず、彼の拳はターゲットを追い続ける。

 

 

□    ■    □    □    □

 

 

親方「はぁ…はぁ…はぁ…」

 

再び土俵際近くまで追い込まれ、肩で息をしながら、全身から大量の汗を流すチャンピオン。

 先程から迫る一撃を躱せてはいるものの、都度体力は削られていた。だがこんなピンチの時にこそ、アイディアは降って来る。

 その彼を目掛けて水平に放たれた巨大な左拳。そして彼は、動いた。全身に反時計回りの回転を加え、流れに身を(ゆだ)ねる様にやり過ごすと、その回転に乗せて敵の腕目掛けて兵器を構える。渾身の、全力の、右ストレート。

 

 

ゴッ!!

 

 

それは相手の左肘をしっかりと捕らえていた。

 

 

■    □    □    □    □

 

 

 肘を机の角等にぶつけた時に生じる強烈な痺れ。通称『ファニーボーン』。今の彼はまさにこれに襲われていた。握っていた手は無意識に開かれ、込めていた力は抜け落ち、表情を歪めていた。

 それもこれも自分の最初の一手を真似、反撃を仕掛けて来た()()()()の所為。だがその者の反撃はまだ始まったばかり。未だ残る痺れが完治するよりも早く、小さき者は彼の腕に手を掛け、体重を乗せる様にして飛び蹴りを左頬へ放った。

 相撲という競技では見られない技の連続に、湧き上がる観客達。その熱は最高潮を迎えていた。皆が「もっと見たい」「もっと激しい試合を」「より過激なものを」と望んでいた…そう、この時までは。

 小さき者が放った蹴りは空中で放たれたもの。踏み込みが無い分ダメージは軽減される。それでも同じ体格の者であれば致命傷ともなり得る。だが今の彼の体格はその4倍。効果は薄かった。

 

 

□    ■    □    □    □

 

 

蹴りを入れた彼は焦っていた。それなりのダメージになると思って放った一撃だった。しかしその瞬間目に映ったのは、彼を睨み殺すような大きな瞳。

 

親方「(カウンターが来る)」

 

そう察して蹴りの体勢を解き、守備の構えを取ろうとしていた。

 だが、それは許されなかった。敵の大きな右手で足を掴まれると、そのまま振り上げられ、

 

 

ビッッッターンッ!

 

 

勢いよく土俵へと叩き付けられた。痛恨のダメージを受けた彼は(わず)かな時間意識が遠のいた。だが敵はそれすらも待ってはくれない。彼が意識を戻した時、地面は既に目の前。

 

 

ビッッッターンッ!

 

 

□    □    ■    □    □

 

 

 見るも無残な光景に思わず口を覆ってしまった。気を失っているのにも関わらず、駄目押しの追撃。さっきまでの盛り上がりが嘘の様に静まり返る中、今私の目の前で横たわり、ピクリとも動かない父さん。

 今すぐ声を掛けたい。叫んで伝えたい。もう………やめてくれと。

 

 

□    □    □    ■    □

 

 

 組んでいた両手は、いつしか震える己の体をしっかりと掴んでいた。それは(さなが)ら凍える身を温める様に。そう、彼女は全身に走る恐怖に凍えていた。彼女でさえ「やり過ぎだ」と感じてしまう程の惨劇に。

 そして、父の異変に。攻撃をしていたのは紛れもなく彼女の父。だが彼は元の姿で膝に手を乗せ、真っ青な顔で辛そうに息をしているのだ。疲労。その一言では片付けられない程の父の変貌ぶりに、彼女の(あふ)れる思いは、ついに限界を超えた。

 

萃香「2人とももう」

??「萃香ァッ!!」

 

だがそれは彼女の名を叫ぶ声によって阻止された。

 声のする方へ視線を移せば、そこには彼女を見つめる鋭い視線が。

 

萃香「勇儀…」

勇儀「…耐えろ」

 

そう言い残す彼女の拳からは、赤い涙が流れていた。

 

 

 

 






次回【三年後:鬼の祭_弐拾】


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三年後:鬼の祭_弐拾

■    □    □    □    □

 

 

親父「へへ…、お前の娘の方がしっかりしてるじゃ

   ねぇの」

 

眉間に皺を寄せた余裕の無い表情で、依然として起き上がらない大きな存在に声を掛ける。

 

親父「ま、家の娘の方が小さくて愛嬌(あいきょう)あるけどな」

親方「…」

 

だが、言葉は返ってこなかった。

 大きく深呼吸をしながら何気なく周囲へと目をやれば、彼の親友を心配そうに見つめる大勢の観客達。町の統治者達とゲストも同様の眼差しで見つめていた。そして、(おさ)に至っては…。

 

親父「おい、()()ッ!いつまで休憩してんだよ!」

 

同じ血が通っている者とは思えぬ発言。まさに鬼。

 彼のこの発言に、場内からは大ブーイング。一時はヒーローとまでになった彼の株価は急暴落したのだ。とそんな中、

 

親方「ガッハハハ!やっぱりバレていたか」

 

大笑いしながら起き上がるチャンピオン。

 

親父「お前の三文芝居なんてお見通しなんだよ」

 

彼はそれをお馴染みのポーズで見下しながら迎えた。

 

親方「伊吹よ…、お前がそれを言うか?」

親父「うるせぇな…」

 

「まだまだ大丈夫」と余裕の表情を浮かべ、「フッフッフッ…」と桶姫の様に不適に笑い合う2人。だがそれは見栄であり、強がり。両者とも共に限界が近かった。一方は重なる重いダメージのため。そしてもう一方は…。

 

親方「何が衰えているだよ。全盛期より長いんじゃ

   ないか?」

親父「…その代わり頭痛が酷いけどな」

親方「アレは効いたな…」

親父「確かに…。でもお陰で今なら記録更新出来る

   かもな」

親方「は?」

 

 

□    □    ■    □    □

 

 

 鳴り止まない拍手。それらは全て傷付き、倒れていた者への後押し。そしてそれに答える様に、いつもの高笑いをしながら起き上がる父さん。

 心底ホッとした。けどあのダメージ量、余裕なんてものは一切無いだろう。それは親友の親父さんもしかり…。お互いがそれを隠す様に、覚られない様に笑みを浮かべ、言葉を交わしていた。きっとコレがこの試合最後の会話になる。2人の笑みの奥に潜む闘志がそれを予感させていた。

 そして、幕上がった。最初に動いたのは親父さん。能力を使い、みるみる体を巨大化させていく。父さんと同じ大きさへ、その倍へ、更にその倍へ。だが彼は、まだ止まらない。

 

 

■    □    □    □    □

 

 

 やっと巨大化を終えた時、彼の頭は天井スレスレの所にあった。そして休む間も無く、その体格から放たれた一撃は、ただの踏み込み。いや、全体重を乗せた踏み(つぶ)し。

 相手はいち早く危険を察知し、その場から移動して一撃目を躱すも、巨大な足が起こす振動に足を取られた。それを彼は見逃すはずがない。

 追撃。再び放った踏み潰しは、見事相手を捕らえた。

 

 

□    ■    □    □    □

 

 

 捕まった。そう覚った時にはもう成す術なし。

 一撃目を躱す事に成功した彼だったが、二度目は無かった。崩れるバランスの中、咄嗟に体をダンゴムシの様に丸め、能力全開での最大防御。だが、それでも耐え難い破壊力の襲撃に、体が内側からミシミシと悲鳴を上げていた。

 しかし攻撃の手は止まない。この一撃を皮切りに、浴びせられる踏み潰しのラッシュ。ズシーンッ、ズシーンッと音を立てて放たれる超重量の一踏み。その都度、土俵までもがビシビシと悶絶を始め、至る所に亀裂を生み出していた。

 

 

□    □    ■    □    □

 

 

 想定外だった。それは話でしか聞いた事のないものだった。

 今私の目に映る現実は、想像していた以上に巨大で、同族とは思えぬ程の凄味で、規格外。まさに恐怖の化身。バケモノ。私の倍はある父さんがもはや道端に転がる石ころ同然。「無理だ、こんなのに敵うはずがない」そう思った矢先だった。その一方的で残虐的な行為が始まったのは。それは『打撃』と呼ぶには生易しく、『攻撃』と呼ぶには(おこ)がましい程悪意に(あふ)れ、これは言わば『暴力』。

 今まで堪えていられたけど、もう限界。このままじゃ父さんが…。でも今試合を止めたら、私は2人に生涯顔向けできないだろう。なぜなら、間違いなくこれが2人にとって最後の試合。この試合の目的が、過程が、結末が私の背に重く圧し掛かる。

 己の気持ちとの葛藤に悩まされながら、「次父さんが意識を失ったら、試合を止める」そう心に誓い、震える体を抱きしめた。

 

 

□    □    □    ■    □

 

 

萃香「もう…いいでしょ?」

 

彼女の瞳から静かに流れ出したもの。それは心から溢れ出た一滴。

 会場中の者が土俵へ視線を向ける中、彼女だけは遥か上を見つめていた。

 

萃香「どうしてそこまでするの?」

 

呟いてみるものの、土俵から放たれる大きな地響き音でかき消され、誰にも届く事はない。攻め続けられる者への慈悲。それもあるが、攻撃をしながら顔を(ゆが)め、苦しそうに(もだ)える父への不安、「不吉な事が起こるのでは」という恐怖が彼女の心を支配していた。

 そして彼女はとうとう気付いた。それはこれまで小さな変化だった。近くで見守っていた彼女達でさえも気付けぬ程の。だが、彼が超巨大化したか事により、明らかな異常へと変化したのだ。

 

萃香「親父ッ!……に、……が!」

 

しかしその警告さえも、彼は地響きと共に踏み潰した。

 

 

□    □    □    □    ■

 

 

 圧倒的、前代未聞、空前絶後。その信じられない大きさに、観客達でさえも恐怖を覚え始めていた。それはまさに怪獣。そしてその怪獣が仕掛ける猛攻は卑劣(ひれつ)な行為そのもの。憎っくき害虫を退治する様に何度も何度も踏み付け、打ち付ける釘の様に小さき者を土俵へと沈めていく。

 見るも無残なその光景に、顔を覆い観戦を拒否し出していた。それは、彼女達も同じだった。いや、以上だった。

 

ヤマ「誰か止めてよ…」

パル「このままじゃお義父様が…」

キス「…笑えない」

 

防戦一方の者と深い関わりのある者達は、目を(うる)ませては涙を流し、

 

お空「うつほ、怖くなってきた…」

お燐「勇儀さん達どうして止めないニャ!」

 

そうでない者でさえも、青ざめた表情を浮かべていた。民衆は絶句し、会場には巨大な足音だが響いていた。

 

??「じぃじーーーーーーーーーーーーーッ!!」

 

 

そこに突然響き渡る幼き声。それは静まり返る会場に木霊した。

 

大鬼「じぃじ頑張れーっ!」

 

 

□    ■    □    □    □

 

 

 痛い…。重い…。苦しい…。ギリギリの意識の中、思い浮かぶのはその言葉だけ。だがそれでも止まぬ降り注ぐ壁にとうとう、

 

親方「(も、もう限界だ…)」

 

意識が遠のいて…

 

??「じぃじーッ!!」

 

その声は攻め続けられながらも、

 

大鬼「じぃじ頑張れーっ!」

 

掠れて行く景色の中でも、確かに彼に届いた。そしてそれに続く

 

??「親方様ーッ!」

??「お義理父様ーッ!」

??「フッ…頑張れー!」

??「負け(ニャ)いでニャ!」

??「えっと…、ガンバー」

 

心からの応援。それは次第に数を増やしていき、会場中が彼への声援一色に染まった。そしてそれを「待ってました!」とでも言う様に、抜群のタイミングで

 

??「そーれ、おっやーかた♪おっやーかた♪」

 

音頭をとる若き鬼。その音頭に賛同する者は

 

  『おっやーかた!おっやーかた!』

 

多数。今会場は空前の親方コールに包まれていた。

 

親方「う゛お゛お゛お゛お゛お゛ーーーーッ!!」

 

そして彼は立ち上がる。渾身の、全力の、最後の雄叫びを上げながら。

 

 

■    □    □    □    □

 

 

 足の裏に違和感。それはピンポイントで一点でのみ。彼が掛ける重力に反発する力だった。彼の足は今、地面につく事なく、下から押し上げられていた。更に、

 

  『おっやーかた!おっやーかた!』

 

彼の耳にもはっきりと聴こえて来た親友への熱き応援。それもチラホラではない。全身で感じられる程の数。即ち満場一致。彼への応援は皆無。そんな中彼は今、

 

親父「(懐かしいな…)」

 

笑みを浮かべていた。それは一瞬の気の緩みだった。

 

 

□    ■    □    □    □

 

 

 能力は常にON状態。その上での絶対防御。それでも耐え難い程の重い攻撃の連続だった。だが今彼はその暴力的攻撃を立膝をつき、背中と両手で受け止めていた。彼をそうさせるまでに働いたプラスの力。

 それは愛する孫(仮)からの応援。

 それは彼にとって究極の力。

 それに加えて後押しの声援の数々。

 

親方「ぐうぅぅぅっ…」

 

耐える。ただひたすら彼は耐える。もう潰されぬ様に、その姿勢のまま耐え続ける。

 そして、それが功を奏した。全身にのし掛かる重力が僅かながら和らいだのだ。絶好のチャンス。彼は力一杯押し返した。浮き上がる巨大な足。それは反撃の狼煙。そして幕を開ける彼の独走劇。

【一手目】

 彼はまだ離れきれていない足裏目掛け、あの構えから直接掌底を放った。鬼の中でも力自慢。能力を使い倍化した力で放つ物理的掌底。そこに加わるは彼の秘技。

 

親方「『大江山颪ッ!』」

 

その力、一瞬ながらも鬼の歴史上最大の破壊力。巨大の爆発音と共に、彼から遠のく速度が加速する巨大な右足。

 

親方「(バランスを崩した)」

 

それは全貌が見えずとも明らか。彼は更に畳み掛ける。

【二手目】

 足に力を込めて後を追う様に跳躍(ちょうやく)。着地先は浮き上がった親友の足の甲。そしてここでようやく彼は状況を把握した。彼の足場となっている親友は、重心を後ろに崩し始めていた。「ならば」と再び跳躍、向かう先は親友の右膝。着地まであと僅か。

 だがここで左方から彼を鷲掴みしようと、彼の視界を覆う程の右手が迫っていた。

 

親方「(タイミングは際どい)」

 

それも普通に着地しては、確実に捕らえられてしまう程の距離までに。

 そこで彼は一か八かの勝負。着地できるその距離に達した間合いで、勢いを殺さぬ様に両足で着地し、三度目の跳躍。加速した。

 背後に感じる空を切る音と獲物を見失った右手の気配。彼は逃亡に成功したのだ。そして彼は次のターゲットへ一直線に飛んで行く。

 親友のバランスを辛うじて保っているのは上半身。それを崩すのに最適な場所、そこは顎下。有効打は下から突き上げる様な攻撃。

 彼は身を丸くし、最大防御の構えで引き気味になっている顎下へ体当たりを仕掛けた。が、効果は薄い。その威力は顎を少し浮かせる程度だった。

 だがこれで充分だった。いや、(むし)ろ良すぎるくらいに。

 更にそこから彼は防御の構えを解くと、胸元に立って構えた。それは2度目の、連続での

 

親方「『大江山颪ッ!』」

 

究極破壊兵器を浮き上がった顎へ放った。と同時に走る激痛。更にミシミシ、ギシギシと音まで立てる始末。蓄積されて来たダメージの所為で、全身が強い衝撃に耐えられなくなり、悲鳴を上げ出したのだ。加えて能力も先程から常にON状態。心身共にボロボロだった。

 だがそのおかげで大きな成果を得る事が出来た。彼の放った一撃は親友の頭を勢いよく持ち上げていた。そして降下を始める彼の足元。親友のベクトルが下へと向いたという証だった。

 

 

ドシーンッ!

 

 

大きな地響き。手に負えない超巨大なモンスターは…。

 右足を下げ、踏み止まった。再び顎を引き、彼を巨大な目に映すと、睨みながらベクトルを前方へと戻し始める。が、彼はこの時次の、最後の攻撃へ向け動き出していた。

【三手目】

 起き上がる、若しくは立ち上がろうとする者を制するには、反対方向のベクトルを加えればよい。だがそれを少量の力、例えば指一本でとなればどうだろう。出来るだろうか?答えは可。体の正中線上、その中でも最も有効な場所、額にそのベクトルを加えればよい。具体例として、座っている者の額に人差し指で押さえるこの時大きな力は不要。ただそれだけの事で人は立つ事ができない。

 そう、この時の彼の狙いはまさに額。全身に受ける鋭い視線の中、そこを目掛けて飛び上がり、体内に残る全ての力を絞り出す。

 能力、筋力、加速度、全体重、気力、そして彼を後押しする大勢の声援。その全てを右手に乗せ、全身全霊の駄目押しの究極破壊兵器。

 

親方「『大江山颪』ィーッ!!」

 

 

 




次回【三年後:鬼の祭_終幕】


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三年後:鬼の祭_終幕

□    □    ■    □    □

 

 

 父さんの手が親父さんの額に触れた途端、破裂音が耳の奥にまで響いた。押し付ける様に空中で放ったそれは、踏み込みが無い分威力は落ちる。だが、今親父さんの上体は大きく後ろに傾いている。この威力であれば…。

 そして、事は私の予想通りに運ばれていく。父さんは精根尽き果て、土俵上へと落下。

親父さんは足を滑らせた様に奥へと倒れ出している。踏み止まったとしても、着く足は完全に場外。しかも(わず)かだが後ろへと吹き飛んでいる。

 試合が始まってからこの瞬間まで、短い時間だったと思う。でも私にとっては長く辛い時間だった。これでようやく………。

 

勇儀「!?」

 

一安心も束の間だった。我に返り、目の前の現実に目を向ければ…。

 

勇儀「マズイッ!」

 

気付くと同時に走り出す。親父さんが倒れるその方向には…………観客席。

 

  『きゃーーーッ!』

  『うわーーーッ!』

 

観客達は悲鳴を上げながら、慌ただしく避難を始めてはいるが、これでは内側の者達が…。と、そこに展開される特大の蜘蛛の巣。それは観客席の上に太い糸で高密度に広がり、まるで屋根。これはヤマメの仕業。けど『あの日』の比ではない程、強くしっかりとした物になっている。「頼む、止まってくれ!」走りながら祈り続けた。と同時に「あれならば」と期待もしていた。

 

 

ブチブチブチッ!

 

 

だがそれすらも無慈悲に突き破る。いや、親父さんの巨体に耐えきれず、接着点が剥がれていた。観客席にはまだ避難出来ていない者達が大勢いる。頑丈が売りの鬼とは言え、あの重さで潰されてしまっては、大怪我は間逃れない。

 とにかく走る。今の自分に、能力も持たない私に、何が出来るかは分からないけれど、放ってはいられない。ただひたすらに走る。

 そんな走り続ける私の目に映ったもの。それは目を疑いたくなるもの。幻だと信じたいもの。私が向かう先には、小さな影が。

 

勇儀「え………大鬼?」

 

 

□    □    □    ■    □

 

 

 彼女はいち早く動き出していた。今観客席に迫るそれを防げるのは自分だけ。己の能力『蜜と疎を操る程度の能力』による巨大化のみだと覚り、父が吹き飛ぶ直前から観客席へと走り出していた。

 

萃香「ここなら…」

 

今彼女は父の丁度真下の位置。降ってくる背中の中央部。

 

萃香「(全部を受け止められないのは分かってる。

    でも少しでも軌道を変える事が出来れば、

    大惨事は逃れられる)」

 

そして一気に能力を解放する。

 

萃香「『ミッシングパワー』!」

 

が、

 

萃香「…えっ?」

 

それは想定外の大きさだった。あろう事か能力を使った今の彼女は、

 

萃香「どうして!?なんで変わらないのっ!?」

 

変化がなかった。

 この時、彼女は気付いていなかった。今日自分が何をしていたのかを。その時ふんだんに能力を使っていたという事を。そう、彼女が能力を使えるだけのエネルギーは、悲しくも底をついていたのだった。

 

 

□    □    □    □    ■

 

 

  『きゃーーーッ!』

  『うわーーーッ!』

 

上がる悲鳴。迫る恐怖に慌てて逃げ出す者達。そして圧倒されて身動きができぬ者達。多くの者が青ざめた表情を浮かべていく中、

 

??「向こうへ逃げろっ!動けない奴は強引にでも

   引っ張って行け!」

 

飛ぶ的確な指示。その指示を出したのは意外な事に、暴走気味だった若き鬼によるもの。我先にと逃げ出していた者達は、その声を皮切りに次々と近くにいる者へ手を差し伸べ、共に避難していく。

 

??「はわわわわ…」

 

そして彼の側でも怯えて動けなくなった者が。

 

鬼助「キスメ行くぞ!パルスィと大鬼も来いっ!」

パル「指図するなんて妬ましい…。大鬼行くよ!」

大鬼「分かった!」

 

桶ごと彼女を抱え、少年と橋姫を呼びながら走り出す若き鬼。

 

??「お空!大鬼君とアタイを一緒に運ぶニャ!」

お空「うん!」

 

彼女は家族の指示に返事をすると共に翼を広げ、黒猫の姿へと変身した猫娘を肩に乗せると、手を伸ばしながら低空飛行で少年の下へ急いだ。

 

お空「大鬼君!」

 

少年はその声に気付くと、彼女に身を預ける様に手を差し出した。

 

 

ドンッ

 

 

が、逃げ惑う人の波に押されて彼女の手を掴み損ね、

 

お空「どどどどどしよー!」

 

更に最悪な事に下段の観客席へと転げ落ちた。

 

黒猫「ニ゛ャーーーッ!」

 

悲痛な猫の鳴き声。そんな中、それは突然現れた。

 キラキラと輝く白い糸で編まれたきめ細やかな蜘蛛の巣。飛び込んで来る特大の獲物を捕らえにかかる。

 

ヤマ「(絶対に止めてみせる!もう『あの日』

    みたいな事にはさせない!)」

 

そう心に誓って放った蜘蛛姫の渾身の傑作は、

 

 

ブチブチブチッ!

 

 

無情にもその勢いを殺す事もままならず、残酷な音を立てて剥がれ落ちた。

 

ヤマ「ウソ…」

 

迫る巨大な影はもう彼女達を覆い始めていた。

 

 

ドッシーンッ!!

 

 

次の瞬間、地底の地面は大きく揺れ、砂埃が舞い上がった。

 

 

□    □    □    □    ■

 

 

 慌ただしく動く場内。それは当事者達だけに限った事ではない。町の統治者が集まるVIP席でも…。

 

??「やばいっ!」

 

倒れていく戦士の方向から直ぐに状況を察した女神。彼女のいる位置からでは、今動いたところで間に合わない。だが居ても立っても居られず、立ち上がって自身の席を踏み台に、駆け出した。

 

??「小町っ!」

小町「はいっ!」

 

時を同じくして部下へと指示を送る地獄の最高裁判長。その部下は上司の指示の前から既に動き出していた。愛用の鎌の()を慣れた長さで肩に乗せ、先端を目標に合わせて測定開始。その測定は瞬時にして正確無比。

 これは彼女が『距離を操る程度の能力』を持つが故。彼女は能力発動時、前準備として着地点までの距離を、肩から伸びる柄の長さで計測する。

 

小町「300強…」

 

鋭い目付きで呟く。それは計測が完了した証。そして能力を発動し…。

 

小町「えっ…?なんだいアレ?」

 

足を踏み出す直前だった。その時彼女の瞳に、赤い角が生えた黄金色の龍が映った。

 

 

ドッシーンッ!!

 

 

次の瞬間、彼女は言葉を失った。

 

 

□    □    ■    □    □

 

 

 血の気が引いた。その影は紛れもなく大鬼。更にその近くにはヤマメ、キスメ、パルスィに鬼助まで。しかも観客席の前には萃香の姿が。この距離では走り続けても間に合わない。このままではみんなが…。

 あの日、私は何も出来なかった。己の無力さを呪った。もしあの日、あの時…。能力があれば、守れるだけの力があれば、アイツに辛い思いをさせないで済んだ。もうあんな思いは沢山だ。もう二度と約束を破るものか!私はアイツに「守ってやる」と言ったんだ。絶対に守ってみせる!大鬼を!みんなをっ!

 力が欲しい。今この瞬間だけでいい。みんなを守るだけの『純粋な力』が!!

 

 

□    □    □    □    ■

 

 

ドッシーンッ!!

 

 

会場中に響き渡る大きな破壊音。そしてその後に上がる絶叫と耳を(ふさ)ぎたくなる断末魔。

 

??「いかんっ!」

 

その悲惨な結末に、慌てて腰を上げて身を乗り出す最年長者。彼の周囲にいる者達は、(むご)い光景から瞳を強く閉じ、視線を逸らせていた。

 

医者「急がんと!」

 

彼は万が一の事を想定して持って来ていた道具箱に手を掛けると、座席から立ち上がり、走り始めた。

 

??「お爺さん待って!」

 

その彼へ静止を呼びかける声。

 

??「あたいが連れて行く!一瞬で着くから!」

 

それは既に着地点近くまでの計測を終えている者からの指示。彼女が手を差し伸べると、

 

医者「頼む!」

 

彼はその手をしっかりと掴み、その場から彼女と共に姿を消した。

 

 

□    □    □    ■    □

 

 

 勇んで走り出し、いち早く辿り着いた彼女。だが能力が発動できない上、迫る巨大な影に覆われ始め、今はその場で立ち竦んでいた。「このままでは自分も」そう思った時だった。突如彼女の視線上、彼女の父親の真下に黄金色の髪を(なび)かせた者が表れたのは。

 するとその者は、空中で自身の身長の4倍はある父の廻しを掴むと、

 

??「うおおおおおおりぃゃぁぁぁーーーッ!!」

 

地底の壁へ向け全力投球。

 

 

ドッシーンッ!!

 

 

観客達の頭上を覆っていた超特大の球は、地底の壁に接触すると、巨大な破壊音を響かせて粉塵(ふんじん)を巻き上げた。

 

  『え゛え゛え゛えええぇぇぇーーーッ!!!』

 

会場中から上がる絶叫。観客は目を飛び出させ、顎を外す程までに口を開け、夢とも幻とも思える光景に驚愕していた。

 それもそのはず。親方様でさえも、能力使って堪えるのがやっとだった超重量を、その者はいとも簡単に投げ飛ばしたのだから。しかも片手で。更に皆の認識では、その者は能力未開花であり、言わば無能力者。「どういう事だ?」と多くの者が脳内で状況整理を行う中、

 

 

??「ギャ゛$%#〜〜〜ーーッッ!!!」

 

「そうはさせまい」と(さえぎ)る様に響く断末魔の叫び。それは(さなが)ら拷問にかけられた様な文字には出来ぬ魂の悲鳴。

 

萃香「親父ッ!?」

 

その声に彼女は慌てて走り出した。彼女だけが気付いていた父の異変。それがついに最悪の結果として起きたのだと覚って。

 

萃香「(見間違いなんかじゃなかった)」

 

崩れた地底の壁。その瓦礫(がれき)の中に、元の大きさに戻った父の姿。彼は身を(よじ)らせ、足をバタつかせ、目を白黒させて悶絶していた。傷口を抑えるその手は頭上。消えた角の部分。

 

 

□    □    ■    □    □

 

 

 次の一歩を踏み出した瞬間、景色が変わった。

 まず目に映ったのは、足下の観客席。観客の何人かは私を見開いた目で追っている。最下段にいる大鬼とも目があった。「なぜ私の下に?」そう思ったのも束の間だった。

 その観客席を覆う巨大な影が次に私の目に映し出された。いや、初めから映ってはいた。ただ余りの大きさに、ようやく認識出来たといったところだ。それくらいまでにデカイ。上を見上げれば、私の頭上すぐそこに筋肉の壁。これは宛ら迫る天井。

 

勇儀「(どうしたらいい…)」

 

奇跡的に間近まで来れたはいいが、そこから先の事を考えていなかった。

 そんな時、更に私の目に飛び込んで来た物。それは町の大通りの道幅程に太い布地。「手を伸ばせば届く」そう思った矢先だった。爆炎の様に体の奥底から湧き上がる力を感じたのは。そしてそこからは私の意思ではなかった。体がその力に導かれる様に勝手に動き、気付けば私は大声を上げながら、超巨大な鬼を壁に向かって投げ飛ばしていた。

 

勇儀「えーーーっ!!」

 

当の私でさえも目が飛び出た。己が生んだ結果に困惑しながらも、無事観客席に着地。

 その直後だった。身の毛もよだつ悲痛な叫び声が、耳から脳へビリビリと伝わって来たのは。「ただ事ではない」そう思い、向けた視線の先には七転八倒する親友の親父さんが。

 この瞬間、その様子から理解した。彼の片方の角に異常があるのだと。

 

勇儀「ヤバイッ!」

 

心の声を口から吐き出して走り出そうとした途端、

 

??「ユーネェ!」

 

私を呼ぶ大鬼の声が後方から聞こえて来た。

 

大鬼「これっ!」

 

振り向いた瞬間に投げ渡されたのは巾着袋。コイツの中身はもう知っている。

 

勇儀「ありがとうな」

 

大鬼に礼を告げて再び振り返り、観客席の端を目指して走り出す。到着した所で手すりに足を掛け、力を足へと集中させる。再びあの力が出るように祈りながら。

 

 

□    □    □    □    ■

 

 

??「伊吹ーッ!」

 

着地点はやや手前、残りの距離を全速力で走る御老体。

 彼の目に映る患者の容態は最悪。痙攣(けいれん)しながら口から泡を吹き、意識があるかどうかも怪しい状態。

 だが彼は町唯一の医者。彼が何とかしなくては、患者は助からない。道具箱を広げながら、能力を使って直ちに診察開始。体温、血圧、肺が取り入れている酸素の量、心臓の動き、脳へと送られる血の量。体の隅々までを細かく、且つ迅速に観察する。

 

??「親父ィーーーッ!」

 

そこへ少し遅れて到着する患者の娘。変わり果てた父の姿に、大粒の涙を流しながら駆け寄ると、

 

萃香「親父!親父ッ!親父ィッ!!

   目を開けてよ!嫌だよ!ねーッ!!」

 

大声で叫び祈る様に叫び続けた。

 その間も診察を続ける彼。だがその表情は険しい物へと変わっていた。

 

萃香「爺さん親父を助けてよ!医者でしょっ!!」

 

彼の肩を掴み、前後に激しく揺らして涙ながらに訴える彼女。すると彼は彼女の手を振り解くと、鋭い眼差しで心臓マッサージを開始した。

 

医者「伊吹返って来い!意識を戻せ!」

 

彼は公言しなかったが、診察の結果は…。

 そしてその事を察知したのは彼だけではなかった。彼達を後方から見守る大きな鎌を持った者もまた…。彼女にはもう一つ能力があった。それは相手の寿命を見る事ができる『死神の目』と呼ばれるもの。彼女は見ていたのだ。横たわる患者の灯火が消えかけているのを。

 

小町「…っ」

 

その者を助けようとしている。彼女にとっては見るに耐えない光景だった。医者が懸命に手を(ほどこ)してはいるが、その火はどんどん小さくなる一方なのだから。

 

小町「お爺さん、もう…」

 

その瞬間、彼女の横を風が通り過ぎた。

 

 

ドッカーンッ!ガラガラガラガラズッシーンッ!!

 

 

騒がしい音と共に、崩れた地底の壁の瓦礫(がれき)から上がる粉塵(ふんじん)

 

??「いだだだだ…」

 

そこから現れたのは

 

  『勇儀っ!?』

 

腰を摩りながら立ち上がるお嬢様。

 不思議な力を出す事に成功した彼女だったが、その制御は未だ不慣れ。力量を誤った結果である。

 

勇儀「爺さんコイツを使ってくれ!」

 

何の事情も話さず、彼へと投じられた巾着袋。

 

医者「でかしたっ!お前さん達が持っておったか」

 

彼は中身を見るなり、それの正体を瞬時に理解した。

 

医者「萃香!中に升と薬が入っておる!薬を…」

萃香「使い方は知ってる!」

 

彼女は巾着袋の中から升と容器と竹筒を取り出すと、容器の中身を少量升へ取り、そこへ竹筒の中身を注ぎ始めた。

 その間も続けられる心臓マッサージ。だが患者の意識は返って来る気配がない。

 

医者「伊吹っ!目を覚ませ!諦めるなッ!」

勇儀「親父さん生きろっ!」

小町「頑張りなっ!あたいはあんたをまだ連れて

   行きたくないよ!」

 

目覚めさせようと声を掛ける3人。それは、

 

お母「兄者ァ!寝るんじゃないよっ!」

カズ「おっちゃん起きろよッ!」

 

次第に

 

鬼助「親父さん戻って来て下さい!」

ヤマ「死んじゃダメーッ!」

パル「起きて!」

黒猫「ニ゛ャンニ゛ャニェ(ガンバレ)ニャッ!」

 

数を増やしていき、

 

大鬼「頑張れーーーーーッ!」

キス「頑張れーッ!」

お空「頑張れーッ!」

鬼 「旦那頑張れーッ!」

妖怪「頑張れーッ!」

 

全員一致の応援となった。

 

  『頑張れーーーーーーーーッ!!』

 

そこへ加わる

 

親方「ソーーーッ!くたばんじゃねぇぞォ!!」

 

親友からの力強いメッセージ。そして、

 

萃香「起きてよ…。お父さーーーんッ!!」

 

最愛の娘からの応援。患者は、

 

親父「がはッ!!」

 

息を吹き返した。大きく胸が膨らみ、萎んでいく。そしてまたゆっくりと膨らんでいき、

 

萃香「お父さんコレ飲んで!」

 

そのタイミングで彼は娘に頭を抱えられ、升の中身を口に運ばれる。意識が朦朧(もうろう)とし、口の横から(こぼ)しながらも、彼はそれを一口、また一口と少量ずつ飲んでいった。

 

小町「えっ!?」

 

死神は信じられない出来事に目を疑った。消えかけていた小さな火が、一気に業火へと変貌(へんぼう)を遂げたのだから。そして紛れもなく虫の息だった彼は、

 

親父「ふっかーーーつ!!」

 

両手に作った拳を突き上げて「元気いっぱいだ」とアピールしながら起き上がり、

 

  『うおおおおおおーーーーっ!』

 

その奇跡的な復活劇に観客席からは、驚きと歓喜の雄叫びが上がった。

 

萃香「お父さんっ!!」

親父「なんだ?なんだ?どうした?」

 

感極まって抱きつく愛娘に動揺の色を見せる彼。何を隠そう彼は、

 

萃香「どうしたじゃないよ〜。

   死に際だったんだよ!ふぇ〜ん」

親父「何っ!?そうだったのか!?」

 

自分の身に起きた事を覚えていなかった。だが、生死の(ふち)彷徨(さまよ)いながらも、確かに記憶している事もあるようで…。

 

親父「そう言えば綺麗な川は何処いった?」

勇儀「川?」

親父「赤い花がブワーッて、咲いててな。

   綺麗な景色だったんだよ」

 

彼が語るその場所に覚えのある者がこの場に一名。それは彼女が普段から目にしている景色だった。真面目に仕事をする事はしばしば、彼岸花で囲まれたお気に入りの場所でのんびりと過ごす事は日常茶飯事。その場所こそ、

 

小町「それ、三途の川だよ…」

 

である。

 

勇儀「あの世一歩手前じゃないか!」

小町「あたいと四季様がこっちに来ていて良かった

   ね…」

親父「マジか!?だっははは!そいつは運が

   良かった!」

 

そう、それはまさにギリギリ。彼が強運だったが故の結果。死神の彼女がこの場にいなければ、今頃は船で三途の川を渡っていた。そして地獄の最高裁判官が、普段通りの業務を行っていたら、彼は『ジャッジメントですの』されていた。

 そんな危機的状況だったにも関わらず、膝を叩きながら大笑いする彼に、「なぜあんなにテンションが高いのだ?」と疑問を抱き始める者が。

 

医者「おい萃香、薬に何を混ぜた?」ヒソヒソ

 

薬を用意した本人に耳打ちで尋ねた。

 

萃香「ふぇ?何ってコレ…」

 

流れる涙を拳で拭いながら、彼女が彼に手渡した物。それは薬を溶かすために使った液体が入っていた竹筒だった。彼は中身を確認しようと栓を開け…

 

つーーんッ

 

その途端、強烈な臭いが鼻を刺激した。

 

医者「うっ…、なんじゃコレは!?酒かっ!?

   しかもかなりキツイ…」

勇儀「『酒が無限に湧き出る瓢』の中身だよ。さっき

   ちょっと使って、残った分を勿体無いから、

   鬼助が持っていた竹筒に入れといたんだ」

医者「酒じゃとーッ!?」

勇儀「え?ダメなのかい?」

医者「そんなの…」

 

「当たり前だ」と声を荒げて放とうとした矢先、

 

親父「うおっ!ホントだっ!角がねぇっ!!」

 

遅ればせながらその事実にようやく気が付いた当人。左手でいつもならあるべき物を触ろうとするが、(むな)しくもその手はスカスカと空を切っていた。それは頭上を舞うハエを追い払う様に。

 

医者「そうじゃった!伊吹痛みはどうじゃ?」

親父「あー、不思議と今は無いな」

 

薬の効力を知ってはいるものの、念のため確認する医者。それに天井を見上げてぼんやりと答える彼だったが…。

 

親父「でも角が片方って…」

 

角は鬼の象徴。それが片方無くなった。その事実がショックだったのだろう。彼は呟きながら塞ぎ込んでしまった。

 

萃香「お父さん…」

勇儀「親父さん…」

小町「鬼さん…」

医者「伊吹…」

 

そんな彼を気遣い、声をかける一同。だが呼んではみるも、その先の言葉が見つからず、皆一様に暗い表情を浮かべていた。

 

親父「か〜っくい〜」

  『は?』

親父「コレはコレでありだろ?個性だろ?

   だって他にいないだろ?角が片方だけの鬼

   なんて。よし、決めた。今日からおっさんは

   『片角の伊吹』だ」

 

だがそれは取り越し苦労。彼は凹んでなどいなかった。寧ろ喜んでさえいた。それもこれも『薬×酒』がもたらした謎のテンションによる物なのだが…。

 そして先程から続いているこのテンションに、彼の愛娘がとうとう…。

 

萃香「親父ぃ〜…」

 

「いい加減にしろよ」と鋭い視線を送り出した。しかしそんな事では彼の暴走は止まらない。

 

親父「あれ?何だよ萃香。もうお終いか?

   またさっきみたいに『お父さん』って呼んで

   くれてもいいんだぞ?

   お前さんがこれくらい小さい時は、

   『お父さん、お父さん』って追いかけて来た

   り『お風呂はお父さんじゃないとイヤッ』っ

   て…」

 

 

ゴッ!

 

 

脳天に下る制裁の鉄拳。

 

萃香「バッッッカじゃないの!?

   人前でそういう事大声で言わないでよね!」

 

幼い頃の話とは言え、話題が話題。年頃の女の子にとって『父』『一緒』『風呂』この三文字の羅列はタブー中のタブーである。故に彼の愛娘は真っ赤な顔で声を荒げ、怒りを露わにした。

 

親父「萃香、おっさん一応、怪我人。

   瀕死だったの。分かる?」

萃香「なんなら私の手で送ってあげようか?」

 

実の父を見下ろし、拳を鳴らす彼女。その表情たるや、(まご)うことなき鬼の面。文字通りの鬼の形相である。

 するとつい先程まで死にかけ、いや、死を体験した者は

 

親父「逃げるが勝ちっ!!」

 

立ち上がり、その場から砂埃を巻き上げながら、猛ダッシュで撤退した。

 

萃香「あっ!待てぇーッ!」

 

それを「逃してなるか」と彼女もまた追いかける。この突然の出来事に周りの者達は

 

小町「すごいね。もう走れるのかい?」

医者「あの薬にあんな即効性あったかの〜?」

勇儀「はっ…、ははっ…」

 

目を点にし、頬をひくつかせながら苦笑い。その視線先では、

 

親父「だっははは!」

 

嬉しそうに大笑いしながら逃げる片角の鬼と、

 

萃香「逃げるな〜!」

 

拳を突き上げて彼を追うたった一人の愛娘。それはまさに『鬼ごっこ』。その微笑ましい光景に、会場からは安堵のため息が溢れ、

 

鬼助「親父さん捕まりますよー」

ヤマ「捕まえちゃえー」

大鬼「あと少しだよー」

パル「瀕死だったのに、元気良すぎて妬ましい…」

キス「フッフッフッ…。幸せ家族め」

黒猫「ニャーン」

お空「あははは」

ヘカ「逃げ切れるかな〜?」

ピー「きゃははは、Escape &Escapeね」

??「ゾンビーw」

映姫「晴れて円満解決ですね」

棟梁「はい、本当に」

さと「ふふ、萃香さんも嬉しそう」

こい「はほひほ(たのしそ)~♪」ホフホフ

??「仲のいい親子じゃの」

??「ホントだねー。羨ましいね。憧れちゃうね」

??「そうだね。親子に限らず、みんながあんな風

   に温かい関係を持てたらと思うよ。

   そのためには姐さんを…」

??「ふーん、まあいいんじゃないかな?」

医者「かっかっか、萃香手加減せぇよ」

小町「ほらほらー、捕まっちまうよ」

お母「兄者ぁ!観念しなよー!」

カズ「あーあ、ざーんねん」

勇儀「萃香ー、程々になー」

親方「がっははは!伊吹もうすぐ後ろだぞ」

 

次第に笑顔と笑い声が湧き上がっていった。

 そんな中、父の背中を追う彼女はふと思い出していた。それは頭の片隅にあるモノトーン色で(かすみ)がかかった記憶。だがそれを思い出せば、自然と心は温かい色で包まれていく大事な思い出。

 そして彼女はクスリと笑うと、その思い出に今の自分を投影させた。背丈は伸び、自立もし、女にも磨きがかかった彼女。それでも

 

萃香「お父さんつかまえた〜」

 

父の背中に飛び乗るその時の笑顔は、当時のまま。

 

 

 

 




次回【三年後:鬼の祭_後夜祭(前)】


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三年後:鬼の祭_後夜祭(前)

 畳まれていく物は少数。その原型を未だ保ってはいるものの、灯りは消され、陳列されていた品を片付けられ、主人もいなくなった屋台が大半を占める旧地獄街道。街中に吊るされた祭りの提灯(ちょうちん)だけで、薄暗く道を照らす旧地獄街道。だが民家からは煌々(こうこう)とした明かりと、笑い声と活気が(あふ)れる今の旧地獄街道。

 現時刻はまもなくで、夜中と呼ばれる時間帯に差し掛かろうとしている。そんな中、灯台の様に一際明るい光を放ち、大勢の話し声が飛び交う、昔ながらの和風の屋敷が。そこでは盛大な後夜祭が開かれていた。

 

 

--鬼等宴会中--

 

 

??「がっははは!やっぱりこの組み合わせは

   最強だ!」

 

襖の隙間から見えるその部屋では、戦利品を両手に抱えて誇らしげに高笑いをする父さんと、

 

??「そうなのか?コウ、後で飲ませておくれよ。

   鬼助も飲んでみてぇだろ?」

鬼助「へい!是非頂きたいです!」

 

戦いに敗れたにも関わらず、嬉しそうにその様子を見つめる親友の親父さん。そしてその2人に話し相手兼、盛り上げ役兼、名誉ある生贄に選ばれた弟分が男臭い宴会を繰り広げていた。

 そう、あの決闘の勝者は父さん。親友の親父さんが場外へと吹き飛ばされた時、土俵へと落下したのが幸いだった。決まり手は一応「突き出し」という事にはなっているが、あのスケールであのルール上では、そんな型にはまった名前では収められない。

 2人の実力者の我儘から生まれた相撲(もど)き試合は、間違いなく鬼の歴史上最大にして最高の一戦。多くの者の記憶に、心に焼き付いただろう。それは早くも影響を出している様で…。

 

??「『大江山颪』ぃ〜」

??「だから違うって!親方様は右手だって

   言ってるだろっ!!」

 

先程から隣の部屋でそれの『ごっこ遊び』に勤しむ2人の子供達。代わる代わる役を演じて楽しんでいる様だが、その回数は私が記憶している限りでも、5回は繰り返されている。

そして

 

大鬼「左利きなんだからしょうがないでしょ!」

カズ「そしたら俺が全部反対の動きをしなきゃ

   ならなくなるだろ!」

 

目を離せばすぐコレだ。でも今日は、

 

??「2人共喧嘩しない!」

 

最強の監視役がいる。いや、来て頂いた。

 

??「大鬼君、確かに親方様は右手だったよ。

   それで腰はもっと落として。そうそう。

   カズキはその位置じゃないでしょ!」

 

まさかの忠実再現を始める「お母ちゃん」さん。「最後くらいはゆっくり楽しみな」と言われ「ならば」と素直に甘える事にして、大鬼の事をお願いしている。でも…。

 

お母「はい、そこから。よーい…。スタートッ!」

 

ああいう事に(こだわ)りがあるなんて正直驚きだ。しかも指示がやたらと細かい。白熱していたあの試合の細部まで記憶しているなんて…。ある意味特技…いや、もしかしたら能力なのかも…。

 鬼監督が加わり、クオリティが上がっていく『ごっこ遊び』。それを「まぁ頑張りな」と哀れみを込めた視線で見守っていると、

 

  『あはははは、ほらやっぱりぃ~』

 

すぐ側で上がる黄色い笑い声。

 

勇儀「ん?何の話だい?」

 

何を隠そう私達は今、この男子禁制の空間で絶賛女子会中なのだ。

 

ヤマ「えー、聞いてなかったの?」

萃香「もう言わないからね!」

 

顔を赤くして外方を向く親友。その様子から察するに、彼女絡みの話なのは間違いないのだろうけど…。

 

勇儀「じゃあ、ヒントくらいおくれよ」

萃香「イヤッ!」

 

断られた。こうも頑なに断られると、余計に気になるのが性。「さて、どうしたものか」と腕を組んで作戦を練っていると、

 

ヤマ「ヒント1〜」

 

ヤマメからの援護射撃。味方ができた。そしてそれに続く様に、

 

お空「お父さん!」

 

我先にと口火を切る地霊殿の鴉。

 

萃香「ちょちょちょっとぉっ!?」

キス「()()()ッ…、ヒント2ー」

お燐「小さい頃の~…ニャ」

 

まさかの展開に慌て出す親友を他所に、更なる援護射撃。これはありがたい。すると親友は、

 

萃香「も、もうね…。その辺で…」

 

「それ以上はいけない」と流れを止めに来た。

 だが萃香よ。この流れ…、そんなもので止まる訳がないだろ。

 

パル「ヒント3」

さと「『夢』ですね」

 

そして彼女の味方は誰もいなくなった。

 与えられた3つのヒントを基に、私は固い頭をフル回転させる。「お父さん」「小さい頃」「夢」。これから連想される事…。

 

萃香「わ、分かった?」

勇儀「ダメだ…。全然分からない。

   もう少しヒントおくれよ」

 

今はみんな私の味方だ。もう一つくらいは…。

 

  『ダーメ』

 

満場一致。全員寝返った。否、初めから私の味方をしていた訳ではない。この状況を純粋に楽しんでいただけだ。

 

萃香「良かった〜」

 

「助かった」とため息と共に胸をなで下ろす親友。そしてニコニコと私を見つめる一同。きっと腹の中では、「考えろ考えろ」と嘲笑(あざわら)っているに違いない。みんなが知っていると言うのに、私だけが知らないなんて、仲間外れにされているみたいで凄い悔しい。

 

勇儀「うーん…」

 

腕を組んでも、唸ってみても、皆目検討がつかない。「何か決定打が欲しい」そう思っていた。

 

??「お嫁さん♪」

 

そこへ突然聞こえて来た声に、全身に鳥肌が立った。

 

勇儀「誰だっ!?」

 

聞いた事の無い声に体は一気に戦闘モードへ。だがその直後、

 

  『こいし様!?』

さと「こいし?いるの?」

 

「こいし、こいし」と声を発する地霊殿組。何の事だか分からず、私の頭は「?」だらけ。

 

さと「隠れてないで、ちゃんとご挨拶しなさい」

 

さとり嬢がそう言い終えた途端、

 

??「()()()()()()()()()()()()

 

 

ゾクリ…

 

 

背後から殺気。慌てて退きながら振り向いた。

そこには

 

勇儀「え?」

 

誰もいなかった。「でも確かに今声が…」そう思った矢先だった。

 

??「やっはー♪」

  『わーっ!!』

お燐「こいし様いらしてたんですかニャ」

お空「もう、びっくりさせないで下さいよ」

 

私の真後ろ、さっきまでは正面だった方面が騒がしくなったのは。再び視線を背後へ戻すと、そこにはさとり嬢と似たような格好をした緑色の髪の女が、笑顔で両手を上げてポーズを取っていた。

 突然現れた人物に平然としているのは地霊殿組だけ。他の連中は

 

 

ポカーン…

 

 

だ。

 

さと「突然で申し訳ありません。やっと捕まえる事

   ができました。私の妹の…」

こい「古明地こいしだよー♪」

 

時が止まった。そんな気がした。

 

  『えーーーっ!?』

ヤマ「さとりちゃんの妹!?」

萃香「姉妹いたんだ」

パル「気配が無かった…」

さと「それがこの子の能力でして…」

こい「無意識を操るんだよ♪」

勇儀「どういう事だい?」

さと「早い話がパルスィさんが言われていた様に、

   気配を消すんです」

こい「違うよ、気付かれない様にしてるんだよ♪」

 

「なるほど」と納得した。それでさっき私が気付かない間に2度も背後を取ったんだ。でもその時に感じたアレは…。コイツ、見た目によらず相当な実力者だ。

 

キス「フッフッフッ…、アサシンか…」

パル「その能力があれば…」ブツブツ…

 

ヤツが顎に拳を当てて呟き始めた。その内容は大方予想出来ている。それはヤツが次に放つ言葉で答え合わせできる。

 

パル「妬ましい!」

 

やっぱりか。絶対今よからぬ事を考えていただろ?

 それはそれとして、驚かされてばかりいるさとり嬢の妹君には、

 

 

ガッ!(こいしの服を掴む音)

 

 

こい「へ?」

お燐「ニャッ!?」

さと「え?勇儀さんまさか…」

萃香「ちょちょちょちょっと勇儀!?」

ヤマ「勇儀落ち着いて!」

キス「フッフッフッ…、来るか?」

パル「このパターンは!?」

お空「なになに?」

 

一度御退場願おう。

 

勇儀「土足厳禁!」

こい「はーい♪」

 

私に首根っこを掴まれて宙ぶらりんになりながらも、両手を上げて底なしの明るい笑顔で返事をする妹君。楽しそうで何より。

 そんな彼女に「姉とは随分とタイプが違うな」と頬を掻きながら眺めていると、

 

  『ふ〜〜〜…』

 

ドッとため息が湧き上がった。お前さん達、今何と勘違いしたんだ?

 

 

--妹君郵送中--

 

 

こい「お姉ちゃん凄いね♪頑張ってね♪」

さと「うん…。ちゃんと出来るか自信ないけど…」

 

決闘が終わった直後にあった母さんからの緊急発表。それは私を含め、町の住人達に衝撃を与え、会場中をざわつかせた。その時深い理由は語られなかったけど、あの母さんが後任に選んだんだ。きっと大丈夫、

 

こい「お姉ちゃんなら大丈夫だよ♪」

さと「こいしがそう言うなら…」

お空「さとり様、ガンバっ!」

さと「お空、ありがとう」

キス「フッフッフッ…、ではこの際に妖怪にも

   稼ぎのいい仕事への参加を…」

さと「あ、はい。それは常々感じていたので、

   前向きに検討し、改善を…」

萃香「みんなに町の掃除する様に言ってよ。

   祭のゴミじゃないのも沢山あったんだから」

さと「そうなんですか?では最低月に一度、

   全員参加の町内清掃を…」

パル「是非年に一度の妬み祭りを」

さと「えっと、それは…。検討致します…」

ヤマ「もう気軽にお茶会出来なくなるかな?」

さと「いえ、そんな事にはさせません!

   あれは私の楽しみなんです!」

お燐「でも気軽に大鬼君と遊べ(ニャ)(ニャ)るニャ。

   だからアタイが〜」

さと「ん゛っ?」

萃香「あ゛っ?」

お燐「ニャッ?」

 

なのか?腰は低いし大鬼の事になると直ぐコレだし…。母さんみたいに皆を率いていくタイプじゃないと思うのだけど…。

 などと不安を抱きつつ、手にした酒を飲んでいると、妹君と偶然視線が合った。すると彼女は口元を緩めて笑顔を浮かべると、

 

こい「鬼さん凄い力だったねー♪」

勇儀「ブーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」

 

突然私の真横に現れて腕をペタペタと触り出し、私は驚きのあまり口に含んでいた物を吹き出してしまった。しかもその吹き出した先が、

 

 

うっとり♡

 

 

ヤツ。

 

勇儀「パルスィ悪い。酒臭くなっちまうな。

   今風呂と着替えを用意するから」

 

一応形式的に言ってはみるが、

 

パル「イヤ♡」

 

そう来ると思った。それと頬を赤らめるな!その頬に手を当てて恥じらうな!!私の気遣いを断るな!!!

 

勇儀「どうしても?」

パル「イヤ♡」

ヤマ「ラーメンだけじゃ?」

パル「イヤ♡」

キス「餃子も付けなきゃ?」

パル「イヤ♡」

 

なるほど、じゃあ仕方がない。

 

 

ガッ!(パルスィの服を掴む音)

 

 

パル「パッ!?」

 

照準、パルスィの家方面。打ち上げ角度、30度。力、もちろん全力!

 

  『あー、やっぱり』

勇儀「着替えて出直して来ーーーいッ!!」

パル「ルううううぅぅぅぅぁぁぁぁ。。。…☆」

 

私がパルスィを投球した直後、ヤマメとキスメが耳に手を当て、外の様子を伺いだした。「何をしているんだ?」と首を傾げていると。

 

ヤマ「うーん、音がしなかったから、

   今のはいつも通りだね」

キス「フッフッフッ…。勇儀よ、手を抜いたか?」

勇儀「いや、全力だ!」

ヤマ「私はてっきりまたパルスィが…」

キス「フッフッフッ…。あの力を見せられてはな」

 

そう言う事か。確かにあの時の力であればヤツは今頃「壁ドン」だっただろう。「でもアレは…」等と考え事をしていると、

 

 

ツンツン

 

 

不意に腕を突かれた。そちらに視線を向けると、

 

 

キラキラキラキラ☆

 

 

眩しい視線で訴えてくる妹君が。謎の反応に私が「なんだ?」と首を傾げている中、

 

萃香「アレ凄い力だったよ。あの大きさの親父を

   片手で『ポイッ』だもん」

お燐「あの時はありがとうございましたニャ」

お空「うつほもびっくりだった」

さと「ヘカーティア様も言われておりました。

   『あの力は神様をも脅かす力だよ』と。

   腕相撲だったらヘカーティア様でも勝てない

   かもって」

ヤマ「きっとそれが勇儀の能力なんだよ」

キス「フッフッフッ…。開花おめでとう」

 

口々に私を称賛していく者達。でも私は複雑な気持ちだった。なぜなら、

 

勇儀「たぶん、能力じゃないと思う」

  『えっ?』

勇儀「あの時の力、もう出せないんだ」

 

そう、あの時感じた体の内側から湧き上がる不思議な力が、今では踏ん張ってみても、力んでみても再現しないのだ。だから私はこう結論付けた。

 

勇儀「あれはきっと『火事場の馬鹿力』だ!」

 

この言葉に皆が腕を組んで唸り出してしまった。それは「そうなのかも知れないし、違うかも知れない」と、半信半疑な気持ちを表していた。

と、そこへ、

 

??「ユーネェ、今いい?」

 

男子禁制の秘密の花園に侵入とする者が。

 




一気にいこうと思いましたが、
諸事情により分けさせて頂きました。

次回【三年後:鬼の祭_後夜祭(中)】


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三年後:鬼の祭_後夜祭(中)

勇儀「こら大鬼、ここは今男子禁制。入っちゃダメ

   なんだぞ」

大鬼「え?そうなの?」

 

「なんで?」と言いたげな表情を浮かべる大鬼。深い理由はない。ただこれは女子一同で決めた事。例外は…

 

萃香「いや、えっと…」

さと「あなたが『どうしても』と言うなら…」

お燐「おいでニャ」

 

簡単に裏切りやがった。『大鬼>女子の結束』なのか?まあ薄々分かってはいたけど。

 

勇儀「はー…、特別だからな?」

 

許可を出しながら廊下にいる大鬼に手を差し出す。

 

大鬼「…」

 

だが大鬼はその場から動こうとはせず、硬直していた。しかも一点だけを見つめて。その視線の先は…。

 

大鬼「あ゛ーーーーーーーーーーーーーーっ!!」

 

屋敷中に響く絶叫。あまりの大声に一瞬心臓が止まりかけた。そしてその発生源は、視線と同じ方向を指差していた。

 

大鬼「あの時の!!」

こい「久しぶりー♪思い出してくれたんだー♪

   大きくなったねー♪」

  『えーーーーーーーーーーーーーッ!?』

勇儀「なっ、お前さん達知り合いだったのか!?」

萃香「私達だって会ったの今日初めてだよ!?」

キス「気配を消すレアキャラなのに…」

ヤマ「え?いついつ?いつから?」

さと「えっと、どうやら地霊殿が工事している時に

   会っていたそうなんです」

お燐「アタイが大鬼君と初めて会った日の前日です

   ニャ」

勇儀「それもう何年も前だぞ?よく覚えて…」

 

そこまで語った時、脳裏に当時の記憶が蘇ってきた。

 

勇儀「たしかお燐が来た前日の夜は…」

 

そう、アレは私が軽率な行動を取ってしまい、「もう二度としない」と決意した夜だった。こう思い返してみると、あれからもう数年か…懐かしいな。ホント、あの時は大鬼に悪い事しちまったな。

 それはいいとして、という事は妹君が来たのは大鬼が初めて仕事場に来た日になる。そういえばその時…。

 

勇儀「積み木…」

大鬼「そうだ、そこの人に言われて、

   取りに行ったんだ」

こい「あー♪懐かしい♪やったやった♪」

勇儀「じゃあ、あの間取り図はお前さんが!?」

 

私もだんだんと思い出してきた。

 あの日、大鬼の(かたわ)らに作られた地霊殿の間取り図。それは大鬼では知り得ない情報の数々だった。その上、当時の大鬼はまだ5つ。間取り図なんて作れる筈が無かった。誰の仕業かと謎のままになっていたが…。

 

こい「えっと、何か作ったっけ?」

勇儀「いや、覚えてないならいい…」

 

当の本人は記憶にないらしいが、あれは間違いなく彼女が作った物だろう。

 

こい「あ、でも覚えてる事もあるよ♪」

 

すると妹君は、突然思い出したかの様に、人差し指を立て、歌を歌い始めた。

 

こい「 地球が一つありまして〜♪

   お豆を○○に置いたとさ〜♪

   お豆を○国○川○に置いたとさ〜♪

   ドバ…」

勇儀「なんだその変な歌?」

こい「大鬼君から教えてもらったんだよ♪」

勇儀「そうなのか?」

大鬼「うーん…」

 

真実を尋ねてみるも、大鬼は視線を上に向けて(うな)り始めてしまった。これは覚えてないな。

 

勇儀「こいし嬢すまない、覚えて無さそうだ」

こい「ふーん、じゃあ後で教えてあげるよ♪

   絵を描きながら歌うと面白いんだよ♪」

 

妹君の提案に大鬼は戸惑いながら返事をすると、ハッと目を見開いた。

 

大鬼「そうだ!ユーネェ、じぃじ達見なかった?」

 

どうやらコレが本来の目的だったようだ。

 

勇儀「ん?そっちにいなかったか?」

 

私が正面の(ふすま)の奥を指差しながら答えると、

 

大鬼「ううん。居たのは寝てるキスケと

   キスケにタオル当ててるばぁばだけだった」

 

向こう側の惨劇を語ってくれた。私の弟分はその仕事、使命を全うしてくれたのだ。

 

勇儀「そ、そうか。なら分からないな」

 

襖の向こうで酔い潰された弟分の姿が容易に想像できる。苦笑いを浮かべながら大鬼にそう答えた時だった。

 

 

ブツブツブツブツ…

 

 

3つの黒い(つぶや)きが聞こえて来たのは。

 

萃香「歌?何それ…。私だって知らないのに…」

お燐「アタイの事は覚えてくれて(ニャ)かった

   のにニャ。アタイの前日(ニャ)のにニャ…」

さと「一緒に遊んだのは聞いていたわよ?でも、

   そこまでの仲だなんて聞いてないから…」

 

その矛先は妹君。だが当の本人は自覚して様で、キョロキョロと周囲を見回し、それが誰への物なのか探っているみたいだ。そして3人一斉に放つその言葉は。

 

  『妬ましいっ!!!』

 

となれば、

 

パル「嫉ーーーーーっ妬(しーーーーーっと)!!」

 

ヤツはちゃんと来る。風呂敷(ふろしき)を背負っているところを見ると、家には戻ったみたいだ。でも、

 

お空「えっ!早くない!?」

こい「すごーい♪」

キス「フッフッフ…、記録更新。おめでとう」

ヤマ「着替えてないし…」

 

そう、あのまま。コレはやり直しだな。と、その前に…。

 

勇儀「大鬼ちょっと来い」

大鬼「え?なに?」

 

大鬼の手を引き、廊下へ。

 

大鬼「いいの?あのままで。パルパル暴走気味

   だったよ?」

 

部屋に視線を向けながら尋ねてくる大鬼。いつもと違う反応を示す私に、不安を覚えたのだろう。でも安心していいぞ。その前に確かめたい事があるだけなんだ。

 そう、あの時感じた力。私は『火事場の馬鹿力』と結論付けた。皆にもそう伝えた。でもあの感覚、初めてじゃなかった。しかもかなり最近体験していた。それをどうしても確かめておきたかった。

 廊下を曲がった所で、「ここなら」と大鬼の手を離し、周囲を確認。よし、誰も見てないな。

 

勇儀「んっ!」

大鬼「え゛っ!?」

勇儀「早くしろ!」ヒソヒソ

大鬼「い、今!?」ヒソヒソ

勇儀「誰も見てないから」ヒソヒソ

大鬼「どうして今なのさ?」ヒソヒソ

勇儀「実験なんだよ。早くしないとパルスィが

   暴れ出す」ヒソヒソ

大鬼「もー…」

 

その瞬間、背筋がゾクゾクっと来た。そして体の内側から(みな)ぎる熱いもの。

 コレだ!あの時と同じだ!!

 後は答え合わせをするだけ。急ぎ足で女子会の会場へ戻ると、

 

パル「パルパルパルパルパルパルパルパルパル…」

ヤマ「お、落ち着いてぇ!」

お空「さとり様逃げてー!」

キス「パルスィちょ、ちょっと待って…」

 

そこは大惨事。目をギラギラに輝かせ、親友とさとり嬢、更にお燐を妖術で捕獲し、口を大きく開けて、エネルギーの捕食にかかるヤツの姿が。そして、それを必死に取り押さえるヤマメ達。そんな中でも妹君は…、

 

こい「これ美味しー♪」

 

ご飯中。「よく騒がしい中飯が食えるな…」と感心しつつも、場の鎮圧に急ぐ。不思議な力は…、まだ生きてる。

 

勇儀「ヤマメ達離れろッ!」

 

 

ガッ!(パルスィの服を掴む音)

 

 

勇儀「うおおおおり゛ぃゃぁーーーーッ!!」

パル「…………………………………………☆」

 

投げ飛ばした瞬間手応えがあった。それに飛んで行くスピードも先程よりも断然早い。「これなら」と思っていると、

 

パル「残念、今のは分身」

 

本物のヤツが最近身に付けた『いらん技』を自慢気に語った。そして、「今度こそは」と嫉妬に心を支配された3人に飛び掛かった。だがその時、

 

 

ドッッッッッガァーーーーーンッ!!

 

 

外から聞いた事も無い巨大な爆発音が。慌てて表に出て、音がした方角へ視線を向けると、

地底の壁に父さん達の武舞台サイズのクレーターが、くっきりと出来上がっていた。

 

キス「ウソ…」

ヤマ「もしあれが分身じゃなかったら…」

お空「ひーッ!」

パル「あわわわわ…」

 

 

キラキラキラキラ☆

 

 

 青ざめた顔で目を皿にするキスメ達。当のパルスィは、口に手を突っ込んでガタガタと震えている。それもそうだろう、仮にアレが本物だったらと思うと、私でさえもゾッとする。

 

萃香「うーん…、みんなどうしたの?」

お燐「頭がぼんやりするニャ…」

 

そこへヤツの餌になりかけていた者達が、頭を(おさ)えながら遅れてやって来た。どうやら彼女達は、何が起きたのか分かっていないらしい。ただ一人を除いて。

 

??「えーっ!アレを勇儀さんが!?」

 

さとり嬢だ。この場の皆の心を読んで、状況を把握したのだろう。流石と言うべきか、抜け目がないと言うべきか…。ホント便利だよな、それ。

 

萃香「え?なになに?」

さと「ゆゆゆゆ勇儀さんが、パパパパルスィさんの

   パルスィさんをビューンで、あそこをドーン

   って」

 

 

キラキラキラキラ☆

 

 

 出来上がったばかりのクレーターを、バタバタと腕を振りながら指差すさとり嬢。興奮しているのは分かるが…、説明下手かっ!心を読めてもそれじゃあダメだろ…。

 

お燐「つまり、パルスィさんの分身を投げて、

   アレが出来たんですかニャ?」

 

ナイス通訳。流石長年のペット。そしてそのお陰で親友がようやく理解出来た様だ。

 

萃香「じゃ、じゃあやっぱり勇儀の能力って…」

勇儀「あはは…、どうやらこの馬鹿力みたいだな」

 

私がそう答えると、

 

  『おめでとうっ!!』

 

皆が一斉に祝いの言葉と共に駆け寄って来た。それはまるで、胴上げをされるくらいの勢いで。

 

萃香「私、ずっと…ずーっと待ってたんだからね」

ヤマ「もう『無能の四天王』じゃないだね!」

 

 

キラキラキラキラ☆

 

 

キス「フッフッフッ…。能力の名前はどうする?」

パル「それは是非私が名付け親に…」

勇儀「それなんだが、実はさっき思い付いたんだ」

  『なに?』

勇儀「『怪(りき)乱神を持つ程度の能力』だ」

  『なんで?』

 

両手を腰に当てて答える私に、頭上に「?」を浮かべて首を横に傾ける一同。「いいね」と、待望の反応に喜びながらも、それを覚られぬ様に深呼吸。

 落ち着いたところで、解説開始。

 

勇儀「馬鹿力は『怪力(かいりき)』だろ?

   それとさっき、さとり嬢が言ってたろ?

   ヘカーティア様が『神をも(おびや)かす力』って

   言われていたって。だから『乱す』『神』で

   『乱神』」

 

ここで大きく胸を張ってドヤドヤ。さあどんな反応をするか…。

 

  『ふーん』

 

終わり。感想はそれだけ。(むな)しい…。

 

萃香「怪力乱神って、そういう意味だっけ?」

ヤマ「たぶん違うと思うけど…」

キス「フッフッフッ…、怪力乱神とは。

   人知を超えた不思議な現象や存在のことで、

   各々、怪異・勇(りょく)(はい)乱・鬼神を意味する。

   by 大百科」

  『メタ乙!』

 

 

キラキラキラキラ☆

 

 

パル「しかも『かいりき』じゃなくて、

   『かい()()()』だから…」

勇儀「一々細かいなー、じゃあいいよそれで!」

 

この瞬間、私の能力の名前が命名された。その名も『怪(りょく)乱神を持つ程度の能力』。待望の力、私にピッタリの能力。そして、生涯共に歩んでいく事になる力だ。「これからよろしく」と、私の中に眠る力に挨拶を交わしたところで、

 

お燐「でも、(ニャん)で急に能力が使える様に

   (ニャ)ったニャ?さっきはもう出せ(ニャ)

   って言ってた筈なのにニャ」

 

鋭い質問でいい質問。その理由は(かす)かだが、見当が付いている。ただそれを知られるのは、恥ずかしい…。私の性に合わない。だから、

 

勇儀「えっと、条件みたいなのがあるみたいで…」

 

お茶を(にご)す事にした。断じてウソは付いていない。

 歳を重ねるに連れ、身に付けた三か条回避の特技。これは町の皆も同様だ。悲しい事に歳を取ると、こう言う事が平然と、しかもそこそこのクオリティーで出来る様になる。

 だがこの場にはそれすらも通用しない者がいる。

 

 

じー…

 

 

 私を見つめ続ける赤い目玉に気付いたのは、お燐に答えて間もなくの事だった。

 

勇儀「よせよせよせよせっ!読むな!覗くな!

   見ない方がいい!」

 

手で目の前を必死にガードしてみるも、それは暖簾(のれん)に腕押し。彼女にとっては無いも同然だろう。

 

さと「なるほど、そう言う事ですか…」

 

とうとう知られた。しかも悪い事に彼女の側にはヤツがいる。「また捕食に来る」そう予期し、姿勢を低くして身構えた。ヤツが少しでも怪しい動きを見せたら、直ぐにスタートを切れる状態だった。

 

パル「ん?勇儀どうしたの?」

 

だが思いの(ほか)、ヤツは冷静そのものだった。不思議に思い、

 

勇儀「妬まないのか?」

 

さとり嬢に口に出して尋ねていた。すると彼女は、

 

さと「なんか勇儀さんならいいかなって。

   妬ましいというより、微笑ましいです」

 

頬を()きながら笑顔で答えてくれた。私は彼女からは、『ただの大鬼の保護者』として認識されているみたいだ。つまり、妬みの対象外という事らしい。

 

萃香「え?なに?教えて!」

さと「えっとですね…」

 

知りたがりの親友に、私の許可無く耳打ちで答える次期町の長。どうやら機密保持の精神は薄いらしい。町の未来が思いやられる…。

 そしてそこから始まる伝言ゲーム。今度は親友からお燐へ、お燐からキスメへと耳打ちでそれは伝わって行く。その度に、皆が一様に「へ〜」と言いながらニヤニヤと笑いながら、「意外」と視線で語ってくる。もう恥ずかし過ぎて体が熱い。変な汗まで出て来る始末だ。

 やがて伝言ゲームは残すところ後一人。最後はヤツの番。

 

ヤマ「パルスィは………止めとこ」

 

ヤマメのナイス判断。いや、これは最初から危惧して、一斉に話さなかったさとり嬢の策略だろう。おそらく伝言ゲームの最中に「パルスィは最後」と、指令が出ていたのかも知れない。

 

パル「仲間外れなんて、妬ましい…」

ヤマ「帰りに教えてあげるよ」

勇儀「それよりもお前さん着替え!

   そのままじゃ家に上げないぞ!」

パル「お泊りセット持ってきた。だからお風呂…」

 

背中の風呂敷はそういう事らしい。ならば良しとしよう。泊める気はさらさら無いがな。

 

勇儀「じゃあ用意するから」

パル「一緒に入ろ♡」

 

頬を赤らめて恥じらいながら、一方通行の夢を語るヤツ。答えは当然。

 

勇儀「断る!」

 

子供みたいな事を()かしやがって…。もういい歳だろうに。大鬼でももうそんな事言わないぞ?それと…。

 

 

キラキラキラキラ☆

 

 

 さっきからこの視線。それは無邪気の極み。まるで数年前の大鬼の様。ずっとスルーしていたが、いよいよ耐えきれん。

 

勇儀「なんだ?何か用か?」

 

出所は妹君。突然現れるわ、眩しい視線で訴えてくるわで、考えている事がよく分からない。正直苦手だ。

 

こい「私にもビューンってやって」

 

まさかのリクエストに「私を遊具として認識してないか?」と不安がよぎる。更に、

 

さと「こいし止しなさいよ」

 

姉からの忠告も

 

パル「止めておいた方がいいよ」

 

体験者からの忠告も

 

こい「おねがーい♪」

 

どこ吹く風。その眩い光を放つ視線は、一向に止まる様子がない。私としてもこのパターンは初めてで、あまり気は進まないが、

 

勇儀「じゃあ地霊殿方面に飛ばすぞ」

こい「はーい♪」

 

他ならぬ妹君(たっ)ての願い。ならば叶えてしんぜましょう。

 

 

ガッ!(こいしの服を掴む音)

 

 

こい「お邪魔しましたー♪」

 

照準、地霊殿。打ち上げ角度、20度。能力、無し。力、手加減なし。

 

勇儀「お構いもしませんでぇぇぇっ!」

こい「やああああっっっっはぁぁぁ。。。…☆」

 

怖がる様子は全く無く、そればかりか満開の笑顔で飛んで行く妹君に、

 

さと「玄関の明かり付けておいてねー」

お燐「アタイ達ももう少ししたら帰りますニャー」

ヤマ「またねー」

キス「フッフッフッ…、そして…グッドバイ」

パル「よくもまあ、楽しめるよね…。妬ましい…」

 

各々が別れの挨拶をする中、

 

お空「こいし様ー、お土産ありがとー」

 

手に袋を持った地獄鴉だけが感謝の言葉を述べていた。

 

勇儀「土産?」

お空「うん、こいし様がみんなで食べてねって」

さと「こいし、いつの間にそんな気の利く事を…」

 

呑気(のんき)で自由気まま。あんな感じの妹君だ。その成長が余程嬉しかったのだろう。さとり嬢は瞳から(あふ)れる物を指先で払いながら、妹君が置いて行った土産を柔らかい視線で見つめていた。

 

お燐「中身(ニャかみ)(ニャに)ニャ?」

お空「えっと…」

 

地獄鴉がゴソゴソと袋の中を漁り、取り出したのは…。

 

  『あ………』

 

皆私と同じ事を思っただろう。「またかよ」と。

 

??「がっはははは!」

??「だっはははは!」

 

そこへ離れの方から聞こえて来た、戦士達の高笑い。かなり盛り上がっている様だ。

 

勇儀「向こうにいたのか…」

 

 

 

 




ごめんなさい。再び分けさせて頂きます。
仕上げの作業が追いつかず、
出来上がっている所までの投稿になります。

【次回:三年後:鬼の祭_後夜祭(後)】

今度こそは…。


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三年後:鬼の祭_後夜祭(後)

--その頃、離れの縁側では--

 

 

??「か〜〜〜っ、やっぱりコイツは効くな〜」

 

何処にでもある普通の(ます)。そこに注がれた激・辛口の酒を飲み干す敗者と、

 

??「だろう?でもコイツで飲むと〜?」

 

鬼達の宝である特別な(はい)。そこにその酒を注ぐ勝者が、

 

??「うま〜い!」

??「だろ〜?」

 

仲良く(さかずき)を交わしていた。

 この時のために用意していた酒は全て空けられ、残るは止めどころなく出てくるこの酒のみ。そんな2人の酔いは深く、呂律(ろれつ)なぞあったものでは無い。先の会話でさえ、

 

??「は〜〜〜っ、やっらりホイフはひふは〜」

??「らろー?へろホイフへほふほ〜」

??「ふら〜ひ」

??「らろ〜?」

 

実態はこんな感じ。もはや何を話しているのか分からない状況。

 それを意図も簡単に、会話として成立させてしまうのは、長年の付き合い、古くからの大親友、固い友情で結ばれたこの2人だからこそ。所謂(いわゆる)妙技だ。

 

??「がっはははは」   ??「だっはははは」

 

そして終いには、無意味に同時に大笑いする始末。だがこれも彼等の恒例行事。

 

 

※以下、翻訳機能ON=============

??「お前さんとこうして2人で飲むのはいつぶり

   だろうな」

??「娘達が小さい頃、(うち)で宴会やった時

   以来か?昔はよく…」

 

地底の天井を見上げながら思い起こす親友に、彼が懐かしみながら答えていると、

 

??「そうじゃない、喧嘩した後の」

??「あー…、いつだろうな」

 

「別件だ」と告げられ、また記憶を探り直す。だが、

 

??「ダメだ、思い出せん」

 

それは一向に出てこなかった。

 

??「あの頃、会う度に喧嘩していたな」

??「そうだな」

 

彼の親友が語るのは事実だけ。その時「何処で」「どちらが勝ったのか」など、もう記憶の彼方。それは、彼も同じだった。

 

??「お前さん、喧嘩する様になった原因を覚えて

   いるか?」

 

そこへ飛んで来る質問は、更に遠い日の事。答えはもちろん

 

??「さー…」

 

だろう。すると彼は最近の出来事を織り交ぜ、語り出した。

 

??「この前、萃香達と家で飯食った時にも

   その話題になったが、どうも思い…」

 

彼がここまで話した時だった。まるでその口を(ふさ)ぐ様に、親友が言葉を挟んで来たのは。

 

??「親方が三カ条を破るのか?」

 

この発言に彼は目を見開き、勢いよく顔を親友へと向けた。

 

??「………いつ気付いた?」

 

「もう親友は覚えていない」彼はそう思っていた。思い込んでいた。

 

??「お前さん、土俵の上で言っていたよな?

   『あの時だってそうだ』って。

   最初は何の事か分からなかったが、

   『勝手に決め付けやがって』って言われた

   瞬間に思い出した」

 

親友の言葉を彼は黙って聞いていた。いや、意表を突かれて、言葉が出てこなかったのだ。

 

??「あの頃からだったんだな…」

 

親友はそこまで語ると、大きく深呼吸。そして少し間を置いて口を開いた。

 

??「すまなかったな」

??「全くだ!」

 

眉間に(しわ)を寄せて腕組み。「怒っているんだぞ」という事を猛アピール。だがそれはフリ。本音は…。

 

??「で、でもお陰で結果オーライだったんだし、

   も、もう気にはしてねぇよ。

   それにそんなのはとっくに時効だ!時効!」

 

酔いの回っている顔を更に赤く染めて、その全てを水に流した。

 だがその表情を「お?ツンデレか?」と、ニヤニヤして覗き込んで来る親友に、彼は堪らず

 

??「そ、それよりも今日の試合なんだよ!

   途中からエゲツない攻撃してくるわ、

   せっかくの応援をブーイングに変えるわ、

   あれじゃあまるで…。

   あの時の再現じゃねぇかよ!」

 

話題を変える事に。

 それは闘いを終えた後、彼が気付いた事でもあった。「なぜ?何のために?」と疑問に思うも、筋肉質な彼の脳では、その答えを導き出す事が出来なかった。すると彼の親友は、再びニヤニヤと笑いながら、その答えを語り出した。

 

??「最近お前さんの威厳が無くなっていたから

   な。原因は棟梁様、勇儀、それに大鬼。

   この3人の尻に()れている所為(せい)か?」

 

 

グサッ!

 

 

彼、心にピンポイントで深い傷を負う。たが、親友の猛打は止まらない。

 

 

??「町の連中も『親しみやすいけど、頼りない』

   って話していたぞ?それがお前の思い描く

   理想像なら別に構わないが、棟梁様の次に

   権力を持つ者としては、時として風貌と

   威厳も必要だぞ?」

 

 

グサッ!グサッ!

 

 

彼、心に寸分違わぬ深い傷を更に負う。

 いきなり始まった親友のガチ説教に、どんどん(しお)れていく彼。しかも、これは妻からも常々言われている事、つまり耳タコなのだ。

 

??「あーもう!説教はアイツだけで充分だ!」

??「だっははは!やっぱりそうだったか。

   だからな、ここらでお前さんの株価を上げて

   おこうと思ってよ」

??「じゃあお前さん初めから負けるつもりで…」

 

親友が語る真実に、目を丸くする彼。だが、親友は表情を一変させると、鋭い視線を送りながらその問いに答えた。

 

??「そこは本気で勝つつもりだったぞ」

 

「勘違いするな」と怒気と共に放たれた言葉は、彼を心底安心させた。そしてそれは彼と親友との世紀の一戦が、本物であるという裏付けにもなっていた。

 彼が一安心していた頃、親友はお馴染みのポーズを取り、続けて語り出していた。

 

??「あーあ、もう少し綺麗に運ぶ筈だったのに。

   お前さんがいきなり殴ってくるからー…。

   派手にやらないといけなくなったろうが」

 

彼の親友が思い描いていた計画、それは実にシンプルなものだった。例えるならばプロレス。悪役とヒーロー役。それに基づいて事が運べば、勝っても負けても、彼の人気は急上昇間違いなしだった。だが、それを彼は最初の一手、相撲では違反となる行為で、早くもぶち壊しにしてしまったのだった。

 

??「そいつは悪かった。でも…」

 

彼はそこまで語ると、遠くを見つめながら更に続けた。

 

??「あんな結果になっちまったが、

   お前さんは死に掛けて、角も片方失ったが、

   正直なところ、アレで良かったと思ってる」

??「それはまた随分じゃねぇの」

 

無事生還できたからいいものの、三途の川を見学して来た者に向かって「結果オーライ」などと()かす彼に、その張本人は激怒。刺す様な視線でメンチを切り始めた。

 だがそんな親友に、彼は両手で壁を作り「どーどー」と(なだ)めながら、また語り出す。

 

??「まあ話は最後まで聞けって。

   お前さんの作戦がどんなのかは知らんがよ、

   きっとあの時みたいに…、

   自分だけが悪者になるつもりだったろ?」

??「…」

 

図星、そして硬直。鈍感な彼がその事に気付くとは、彼の親友としては予想外、計画外だった。それは顔色として出ていた様で…。

 

??「やっぱりか…。もうあんな真似止めろよな。

   後味悪いし、それに…」

 

親友に注意していた彼。だが、そこまで話したところで、彼は(うつむ)いて小刻みに震え出してしまった。すると親友は、お馴染みのポーズを取りながら体を90度回転させ、視線を上へと移した。それは地底の天井、その遥か上を眺める様に。

 その瞳に蘇るのは、彼らが旧地獄へと移り住む前の、ある日の出来事だった。

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-

 とある山の中に、一人の鬼が住んでいた。彼は度々人間の村へと出向いては、物の影から人間達を観察していた。美味しそうな食べ物、華やかな服、元気に走り回る子供達、そして村中に(あふ)れる活気と笑顔。それは彼にとってとても魅力的な物だった。

 人間達に()かれていった彼は、自然と「人間と仲良くなりたい」と思う様になっていた。

 そこで、筆を手に取り「面白い鬼です。気軽にどうぞどうぞ。美味しい酒、肴。他色々あるぞ」と、お世辞にも綺麗とは言えない字で、立て札を立てた。

 しかし、人間達はそれを疑い、誰一人として彼の家に行こうとはしなかった。

 彼は非常に悲しみ、信用してもらえないことを悔しがり、しまいには腹を立て、その立て札を完膚(かんぷ)無きまでに破壊してしまった。

 立て札への八つ当たりが終わった頃、そこへ彼の親友がやって来た。事情を把握した親友はあることを思い付いた。それは、「自分が人間の村で大暴れをしているところを、彼が成敗しに来る」というものだった。親友はそれを彼に話す事はせず、一人胸の内に秘めてその日は帰って行った。

 すると翌朝、人間達が住む村から沢山の悲鳴が上がった。彼が急いで村に着くと、そこには能力を使って巨大化し、地響きを鳴らして人間を襲う親友がいた。

 彼は突然の事態に混乱しつつも止めに入った。「止めろ」と叫ぶが、親友はその静止を無視。その上彼を払いのけ、尚も人間へと襲いかかる始末。堪らず彼も能力を使い、本気の力で親友に立ち向かっていった。

 繰り広げられる激しい攻防戦。そんな中湧き上がったのは、人間達から彼への声援だった。人間が彼を味方として認識した瞬間だった。

 すると友人はそのタイミングで降参。捨て台詞と共に、そそくさと逃げて行った。その途端一斉に彼に群がり、感謝の言葉を送る人間達。そう、彼の親友の作戦は大成功したのだ。そのおかげで、村人達は彼の家を訪れるようになり、宴会を開いたり、しんみりと酒を交わしたり、子供達とも遊んだりするようになった。

 そんな充実した日々を送っていた彼だったが、胸の奥底で引っ掛かっている事があった。それは、友人の顔をあれから一度も見ていない事だった。不審に思い、彼は友人の家を訪ねることにした。

 しかし、呼んでも返事は無く、戸は固く締まっていた。

 彼は胸騒ぎを感じた。「それがただの思い過ごしであって欲しい」そう祈りながら、力尽くで扉を開けた。だが中はもぬけの殻。あったのは一枚の手紙だけ。そこには…。

 

紅鬼(こうき)、人間達と上手くやっていけよ。

 人間に2人の付き合いがバレると全ては水の泡。

 だからお前さんの前から姿を消す。挨拶も無しに

 突然ですまないな。じゃあな、風邪引くなよ。

 お互い生きていたらまた会おうぜ。

 あと、扉直しておけよ。

                    蒼鬼(そうき)

 

彼はその手紙を握りしめ、その想いを床にぶつけながら、親友を何度も何度も罵倒し続けた。

 瞳から大粒の涙を流しながら……。

-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 やがて再会を果たした2人。再会を喜び合うかと思いきや、始まったのは大乱闘。

 最初の一撃は勝手に作戦を実行し、勝手に居なくなった親友に腹を立てていた彼が放った物だった。そしてそこから始まった数え切れない程の連戦。

 更にそこから気が遠くなる程の月日は流れ、2人はこの日、その全てに決着を付けたのだった。

 

??「辛い…」

 

溢れ落ちた本音。

酒のせい?泣上戸?どれも不正解。彼の瞳から溢れるそれは、その熱さも量も当時と同じ。

 

??「分かったからもう泣くな。もうしないって。

   そ・れ・に、今日はそんな事無かったから

   いいじゃねぇか。な?」

 

試合後、観客達送られたのは2人の戦士達を讃える言葉と拍手。それは暫くの間止む事はなく、地底世界に響き渡った。作戦には無かった光景に、目を丸くした彼の親友だったが、悪い気はしていなかった。寧ろ安心さえしていた。

 

??「お前なー…。ホントに分かってんのか?」

 

軽く(あしら)う友人に、目を細めて疑いの眼差しを向ける彼。

 

??「分かってる、分かってるって。

   でも今だから言わせてもらうが、

   あの時あそこまでしたのによ、

   お前さん、バカンスから帰った途端、

   『コロッ』と掌返しやがって!」

 

そんな彼に反撃とばかりに愚痴を零す親友。だが、

 

??「なんの事だ?」

 

それは彼には身に覚えの無い事だった。いや、

 

??「(とぼ)けんなよ。島から帰って来たと思ったら、

   『人間は嫌いだ』なんて()かしやがって。

   あの時の苦労を返せってぇの」

 

忘れていただけだった。友人から言われ、彼は己が生んだ矛盾を後悔し始めた。とは言え、もう手遅れ。どうする事も出来ない。となれば、

 

??「あ、あはははは…」

 

笑って誤魔化すのみ。そして今度は彼が疑惑の視線を向けられる番。となれば、

 

??「まあ、飲もう飲もう」

 

酒で誤魔化すのみ。酒のみの常套句(じょうとうく)である。

 勝者が敗者へ送る酒は、その酒を更に美味な物へと変える素敵な盃へと注がれ、

 

??「ったく…。ほれ、貸しな」

 

敗者が勝者へ送る酒は、ありふれたごく普通の升へと注がれていく。

 

??「いやいや、悪いな。じゃあ、改めて」

??「おう、お疲れ様だな」

 

だが、固い絆で結ばれた2人の漢が

 

  『うおおおおおおっ!!』

 

交わす酒の味は、

 

  『かーーーっ、美味い!!』

 

どちらも美酒だったとさ。

 紅鬼と蒼鬼。2人が若かりし頃に、人間達に残した伝説は数あれど、その熱い友情に(まつ)わるエピソードは1つだけ。今も尚人間達によって親から子へ、子から孫へと語り継がれて行く有名な物語。それはまだ鬼達が地上にいた頃の物語。

 むかし、むかしの物語。

 

??「おーい、大鬼いたぞー」

 

そこへ聞こえて来たのは、まだ声変わりを迎えていない幼い声。そして、その後に聞こえて来たのは、廊下を全速力で駆け抜ける足音。

 

大鬼「やっと見つけた!こんな所にいたの!?」

 

※以下、翻訳機能OFF============

親方「ほう、らいひ〜。らんらろーら(おう、ダイキ〜。なんかようか)?」

親父「ハルヒもろーひら(カズキもどうした)?」

 

2人の酔いは深過ぎた。放つ言葉はもはや暗号、解読は不可能。かと思われた。

 

大鬼「カズキの叔父さんにお願いがあるんだ」

 

だがそこは流石子供、柔軟な頭脳でそれを解読したのだった。

 

カズ「オレは親方様に」

 

2人の目は真剣そのもの。ただならぬ雰囲気を感じ取った酔っ払い達は、「ちゃんと聞かねば」と姿勢を正した。

 

大鬼「おじさん…」

カズ「親方様…」

 

2人の少年は各々別々の酔っ払いを見つめると、同時に同じ言葉を言い放った。

 

  『弟子にしてっ!!』

 

予期せぬ突然の弟子入りの申し出。酔っ払い達は

 

  『はーーーっ!?』

 

仲良く同時に大絶叫。

 

大鬼「ボク、おじさんみたいに攻撃を(かわ)す技を…」

カズ「オレは大江山颪みたいな強い技を…」

  『覚えたいんだっ!おねがいっ!!』

 

鬼監督が加わった「ゴッコ遊び」は、いつしか「演劇」へ、「演劇」から「組手」へと、そのクオリティを上げていた。そして少年達は知った。いや、気付かされた。あの壮絶な闘いの中にあった技、戦術の数々を。

 そう覚った時には、既に体が動いていた。2人の理想は違ったが、目標は同じ。「アイツより強くなりたい」ただそれだけだった。

 

 

※以下、翻訳機能ON=============

親父「親方様よ、どうすんだ?」

親方「どうするったって…。

   アレは能力があるから出来る技で…」

 

そう、彼の放ったあの技は、強大な力があればこそなせる技。他の者に真似など到底出来る筈がない。ましてや子供になんて…。「変な希望を持たせたくない」彼がそう思い、渋るのも当然の事だった。

 すると彼の親友はニヤリと笑うと、

 

親父「カズキ、親方様はダメらしいぞ?」

 

彼の気持ちを代弁した。

 

カズ「え…」

親方「おい、お前さんは何を言って…」

親父「大鬼、おっさんは全然構わないぞ。

   その代わり手加減しないからな?」

大鬼「ホント!?やったー!」

 

難なく弟子入りを認められ、両手を上げて大喜びする少年。

 方やそれを羨みと悔しみの視線で見つめる少年。その少年は思った。「アイツだけズルイ!」と。そして少年は行動に出ていた。

 

カズ「親方様、お願いします!何でもやります!

   弟子にさせて下さい!」

 

それは決意の表れ。少年はこの時、生まれて初めて膝をついて頭を下げた。

 

親方「よせよせ!頭を上げろ!」

カズ「お願いしますっ!」

 

「姿勢を戻せ」と命じられるも、少年は頭を下げ続けた。そこへ、

 

親父「コウ、子供にここまでさせてまだ断るか?」

 

後押し。そう、少年の叔父は親友を(あお)っていたのだ。そして親友からのこの言葉で、彼はとうとう折れた。

 

親方「もう分かったよ!そ・の・代・わ・り!

   技を習得出来なくても文句を言うなよ!?」

 

「あの技は真似出来る物ではない」彼はそう念を押したつもりだった。

 

カズ「絶対モノにする!」

 

だがそれを強い視線で跳ね返された。しかも一番厄介な方面で。

 

親方「あのなー…」

親父「だっはははは!カズキも言うじゃねぇか!

   コレはカズキの方が一枚上手だな。

   ゆくゆくは親方様vsカズキなんて事も

   ありそうだな」

 

試合後、

 

親方「もうやらねぇよ。アレで最後だ」

 

観客達はその家路の途中、

 

親父「でも挑まれたら受けねぇと。

   腰抜け呼ばわりされてもいいのか?」

 

口々にこう語っていたそうな。

 

親方「う゛っ…。でもそんな無謀な野郎は、

   誰であろうと一瞬で蹴散らしてやるさ」

 

()()()()親方様 は…

 

親方「何せこの親方様は…」

 

『最強の鬼』

 

親方「だからな」

 

だったと。

 

 

--数年後--

 

 

 彼は親友と壮絶な決闘を繰り広げた土俵の上にいた。観客達が見守る中、瞳を閉じて胡座(あぐら)と腕を組み、ただ静かに正面に現れるその者を待っていた。

そこへ、

 

 

ザッ…

 

 

足音。その音に、彼はゆっくりと瞳を開けて呟いた。

 

親方「来たか…」

 

 

 




初の明かされるクロスオーバーです。
題材にさせて頂いたお話しは、
少しアレンジさせて頂いてます。
主が小学生頃、この話を初めて読んだとき、
衝撃を受けました。
そして初めて感動を覚えた話になりました。
以降、主は鬼が大好きになりました。
だからと言いますか、正直節分が複雑です。

そして三年後のお話はここまでとなります。

まずはお礼をさせて下さい。
ここまで読んで頂きありがとうございます。
お付き合い頂き、ホント感謝の言葉がつきません。

現状でも長いEp.5ですが、まだ終わりません。
次回からはその数年後のお話になります。
ですが、その前に別のストーリーを何話か
お付き合いの程宜しくお願い致します。

また、キリもいいので、過去の投稿したEpの
修正をしていきたいと思います。
特に、あるEpは未完成なんです。
ただそれを完成にするには、
また別の技術が必要で、時間も取れなくて…。
何度かチャレンジしていますが、難しいですね。
でも必ず完成させるつもりです!


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【やってきたぜ!幻想郷】嫁候補二人目

 ここは冥界、白玉楼。今日も朝からノルマを達成すべく刀を構える少女が一人。

 

カチャッ       ∥ザッ

ヒュッ        ∥ブンッ

ヒュッ!       ∥ブンッ!

 

 

妖夢「あの…、先程から(ほうき)でいったい何を?」

海斗「みょんのマネ」

 

と手にした箒を振り回すヲタク。そして2人の会話は徐々に文字数が減っていき、

 

妖夢「何故?」

海斗「暇」

 

とうとう一文字に。

 

妖夢「鍛錬に集中できないので、

   あっちでやってもらえませんか?」

 

庭の隅を指差し「向こうへ行け」と命令する白髪のおかっぱ頭。しかし、ヲタクはキリッとした表情でそれを全力で拒否した。

 

海斗「だが断る!それじゃあ見えないじゃーん」

妖夢「これは真剣なんです!

   もし当たったりしたら大怪我しますよ!」

 

そう、彼女が持っているのは、切れ味抜群の日本刀。彼女がその気になれば、剣圧だけで岩をも切り裂く程の切れ味を誇る。それを振り回している最中に近くにいられては、稽古に身が入らない上、気が気ではない。彼女は、お調子者の事を彼女なりに気を付かって言ったのだ。とそこへ。

 

幽々「あらあら。それなら、みょんちゃんが模擬刀

   にしてあげたら?」

 

いつも通りの穏やかな口調で、お気に入りの扇子を広げ、口元を隠しながら登場する主人。彼女からの提案に「味方ができた」と喜ぶヲタクだったが、

 

妖夢「えー…、あれ調子出ないんですよ…」

 

世話係は酷く嫌そうな表情を浮かべた。だがそんな彼女には「お構いなし」とでも言う様に、主人は更にもう一つ提案をした。

 

幽々「海斗ちゃん、剣術に興味あるみたいだし、

   教えてあげたら?」

海斗「やた!みょん教えて!」

 

彼としては剣術を教わるまたとないチャンス。しかも師となるのは、あの『剣術を扱う程度の能力』の魂魄妖夢。剣のスペシャリストである。ここは頭を下げてでも、弟子入りをお願いしたいところではあるが、

 

妖夢「えー…」

 

その師匠は先程以上に嫌そうな表情をしていた。

 

 

――ヲタク懇願中――

 

 

 お調子者がしつこく、ねちっこく、妖夢に頭を下げ続けた結果、彼女は不本意ながらも渋々それを承知した。彼の粘り勝ちである。

 何とか弟子入りを果たした彼だったが、「初心者にいきなり真剣は危険」という事で、しばらくは模擬刀での訓練となった。

 

妖夢「では、先ず初めに…」

 

刀を持つ前に『剣術の心得』を伝授しようとする師匠。

 剣術のみならず武道はまず『心得』である。心得を知らぬ入門したばかりの弟子に、教えを説こうとする師匠であったが、

 

海斗「あっ、その前にさ、アレやって」

 

その弟子からの謎の要望。

 

妖夢「アレ?」

 

『アレ』と言われ何の事だか分からず、真顔で首を傾げる師匠。「ドレ?」と聞き返そうとした時…。

 

海斗「妖怪が鍛えたこの楼観剣(ろうかんけん)に~?」

妖夢「うぐっ、やりませんよ」

 

弟子からのリクエストに赤面し、後退りをする師匠。「そんな事まで知っているのか」と驚きを隠せずにいた。

 

幽々「斬れぬものなど~?」

 

そこへ笑顔の主人からの追撃。

 

妖夢「やりませんって!」

 

強く否定するも、

 

  『斬れぬものなど~?』

 

その(あお)りは止まない。

 

  『斬れぬものなど~?』

 

そして…、

 

  『斬れぬものなど~?』

 

とうとう…、

 

  『斬れぬものなど~?』

妖夢「あんまり無い!」

 

軸足を踏み込むと同時に両手の模擬刀でいつもの構え。彼女の決めポーズと共に、その言葉は放たれた。

 

  『…』

 

風が通り過ぎる音だけが響き渡る白玉楼。

 

 

パチパチパチ…

 

 

やがて出遅れてパラパラと鳴る観客からの静かな拍手に、彼女は耳まで赤くしながら、歯を食いしばって、内から沸々と湧き上がる物に堪えていた。

 

妖夢「も、もういいですか……?」

海斗「うん、ありがとう。満足!」

幽々「ふふ、久しぶりに見たわね」

 

彼女の代名詞ともいえる名台詞が聞けて、ご満悦な観客達。

 彼女はそそくさと、そのポーズを解いて大きくため息をすると、わがままな入門生のために心得の伝授をすることにした。

 

海斗「ねえねえみょん、また今度やって」

妖夢「絶対にイヤですッ!」

 

 

--ヲタク学習中--

 

 

 おかっぱ頭が教えを説いている間、弟子は彼女をじっと見つめ、終始無言でその言葉に耳を傾けていた。彼らしくない真面目な姿勢に、彼女は「剣術に強い興味があるのだろう」と、心得の伝授を早めに切り上げ、型と構えの伝授へと移ることにしたのだった。

 

妖夢「それでは構えの伝授に入ります。

   ここに3本の模擬刀があるので、

   お好きな物を選んでください」

 

彼女は用意した3本の模擬刀を「1本だけ選べ」という意味で彼に差し出した。だが彼はその3本全てを手に取ると、

 

海斗「ひへひへ(見て見て)はんほーひゅー(三刀流)

 

やりやがった。

 

妖夢「刀を一本口に咥えただけじゃないですか。

   そんなの役に立ちません!」

海斗「ひょんはわはっへはいは(みょんは分かってないな)ー」

妖夢「は?」

海斗「ほへはばいへんおーほへばむ(これは大剣豪を目指す)

妖夢「…」

海斗「あsdfghjk$%#(-翻 訳 不 可 能-)

妖夢「もう何を言いたいのか分かりません!」

 

「いい加減にしろ」と言わんばかりの口調に、お調子者は口で構えた模擬刀を外すと、

 

海斗「つまりは男の心意気なんだよ」

 

と言葉を残し、己の言葉の余韻に浸りながら、2度頷いた。

 

妖夢「ああそうですか…」

海斗「そんなに怒らないでよ。ほら、刀」

妖夢「それ今あなたが咥えていたヤツじゃないです

   か!そっちの2本にして下さい!」

 

 

――ヲタク稽古中――

 

 

 師を正面に見よう見真似で同じポーズを取るヲタク。時折、師が近づいて彼の姿勢を微調整し、正しい形へと導いていた。最初こそ頻繁に型を直させられていた彼だったが、その持ち前の運動神経とセンスの良さから、彼女が口を挟む回数が瞬く間に減っていった。

 そして、

 

妖夢「筋はなかなか良いと思います」

 

師からのお褒めの言葉が。

 

海斗「マジ!?」

妖夢「海斗さんも日々稽古を積めば、

   そこそこの実力になると思います」

海斗「どれくらいでみょんの相手になれるかな?」

 

「見込みがある」剣術の達人である彼女からのその勿体無いお言葉に、彼の心は舞い上がり、勢いそのままに、何気なく彼女に尋ねていた。

 

妖夢「え?」

 

しかしその言葉がきっかけで、彼女の表情はこの時曇り始めていた。

 

幽々「ふふ、海斗ちゃんはみょんちゃんと

   勝負をしたいのかしら?」

海斗「ちょっと違いますね。一人の稽古は退屈そう

   だから、練習相手にでもなれればと…」

 

笑いながら主人に話すお調子者。だがこれは戯れ言ではなく、彼の本心。

 

妖夢「バカにしないでください!」

 

しかしそれは不覚にも彼の逆鱗に触れていた。

 

妖夢「私は今までずっと剣の道を歩んできて、

   毎日鍛錬をしているんです!

   今日剣を始めたばかりのあなたが、

   私の相手を務められる日が来るなんて、

   絶対にありえません!」

 

プライドだった。

 剣の道一筋だった彼女にとって、剣術こそが彼女の存在価値であり、アイデンティティ。長年の鍛錬があるからこそ、(つちか)ってきたからこそ、今の彼女がある。

 それを初心者である彼は「追いついてみせる」あわよくば「超えてみせる」とも解釈できる言葉を放った。彼女自身も「そうではないだろう」とは心の底では感じていた。しかし万が一にも、その様な事があれば彼女のこれまでは…。

 足元へ視線を落として(ふさ)ぎ込む彼女に、主人は悲しい表情を浮かべながら、

 

幽々「みょんちゃん、それはちょっと言い過ぎよ」

 

優しく注意した。

 

海斗「…いえ、いいんです」

 

お調子者の彼もまた、足元へ視線を落とし、項垂れていた。

 ドンヨリとした空気に包まれる白玉楼。時刻は朝と昼の調度真ん中。そしてこのタイミングで鳴る

 

 

グ~~~…

 

 

腹の音。

 

  『え?』

 

視線は自然とその出所へと集まる。

 

幽々「なんかお腹空いちゃった。

   みょんちゃん、お昼ご飯にしましょ」

妖夢「もうですか?さっき朝ごはん食べたばかり

   ですよ?」

 

主人の申し出でに「まだ早いのでは?」と尋ねてみるが、

 

幽々「おーなーか、すーいーたーのー。

   た―べーたーいーのー」

 

その主人は腕をぶらつかせながら地団駄。それは「待て」がイヤで駄々をこねる子供そのもの。

 

妖夢「もー…。分かりましたよ。

   でも夕飯はいつもと同じ時間ですよ?」

幽々「は~い。よろしくね〜」

 

ため息を吐いて台所へと歩き出す世話係を、主人が笑顔で手を振りながら見送る。その光景に、この世界の予備知識を持つ者は、苦笑いを浮かべて

 

海斗「(マジでもう食べるの?)」

 

と、想像を超える大食主人に距離を置き始めていた。

 

幽々「海斗ちゃんもお腹空いたでしょ?」

海斗「いやー…まだちょっと…」

幽々「そうなの?体調良くないの?」」

海斗「いや、そういう事では…」

 

 

――ヲタク昼食中――

 

 

 早めの昼食、それはそれは静かなものだった。庭師もお調子者も言葉を発せず、自身に割り振られた料理を黙々と食べていた。

 そして、食事後。縁側には湯気の立つ湯飲みを持って庭先を見つめる2つの影。

 

 

ズズー…。

 

 

幽々「はぁ~。お茶が美味し~」

 

まったりとしていた。だがそれは主人だけ。彼女の隣に座っているお調子者は、

 

海斗「…」

 

呆然と猫背で上空を見つめ、柄にもなく落ち込んでいた。そんな彼の様子に主人は、再び湯飲みに口を付けてお茶を(すす)ると、

 

幽々「海斗ちゃん。これから私とデートしない?」

 

正式なお誘い。否、爆弾発言。となればお調子者、

 

海斗「よっしゃーーーーーーーーーーーーっ!!」

 

大声で大歓喜。ご機嫌は鰻上り。その変化角、まさに178度。

 

海斗「えっ?えっ?えっ?嘘じゃないですよね?

   聞き間違いじゃないですよね?」

 

それが現実である事を念のため確認するお調子者。

 

幽々「ふふふ、本当よ。楽しみましょ」

 

そしてそれにキラキラの笑顔で答える主人。そう、今彼の身に起きている事は紛れもなく現実。この幸福極まりない現実に彼は思う。

 

海斗「(幽々子様ルートきたーーーーっ!)」

 

と。彼は自然と立ち上がり、両手の拳を高々と突き上げ、勝利のガッツポーズを取っていた。

 

??「あの…、どうかされましたか?」

 

と、そこへ食後の片付けを終えた庭師兼世話係が、首を傾げながらやって来た。

 

幽々「みょんちゃん調度いいとことに来たわね。

   今日の夕御飯は何かしら?」

妖夢「もう夕飯の話ですか!?それは流石に…」

 

早めの昼食を食べたばかりだと言うのにも関わらず、もう次の食事の事を考え始めている大食女に、驚きを隠せず後退りをする世話係。すると主人は両手を顔の前でパンッと叩くと、

 

幽々「それじゃあ私が好きな物を買って来てもいい

   かしら?」

 

明るい表情で意外な提案をした。そう彼女はここ白玉楼の主人であり、買い物等は世話係である白髪おかっぱ頭の仕事だった。

 

妖夢「構いませんが…。本当に幽々子様が直々に

   行かれるのですか?」

 

故に何かの聞き間違いではないかと、改めて確認する事になる。

 

幽々「ええ、お散歩がてらに行ってくるわ。

   それじゃあ海斗ちゃん、行きましょ」

海斗「はーーーい!」

妖夢「え?えええぇぇぇッ!?」

 

それもお調子者というオプション付きで。もう彼女の頭は理解が追いつかず、やがて脳内は髪の毛と同じ色に。そんな呆然と(たたず)む彼女に主人は、

 

幽々「それじゃあみょんちゃんお留守番お願いね」

 

笑顔で手を振りながら、オプションを連れて長い階段を下って行った。

 

 

--ヲタク移動中--

 

 

 人里に到着した2人。その主な目的は「デート」。だが2人の間はデートと呼ぶにはほど遠い距離。笑顔で道を行く白玉楼の主人を、お調子者がただ無言で付いて行く。その図は、(まご)うこと無く『主人と従者』。そして、彼が「これデート?何処に行くつもり?」と疑問を抱き始めた頃、

 

幽々「あっ、いっけな~い」

 

主人が声を出して立ち止まった。すると彼の左側へと移動し、

 

幽々「えいっ」

 

その腕へ大きな幸せ袋を押し付ける様に飛び付いた。

 

幽々「ふふふ、デートだったわね♡」

 

彼の肩へと頭を寄せるというサービス付きで。

 その図は、(まご)うこと無くリア充。この願っても無いシチュエーションに、「キターーーーーッ!!」

と、鼻から忠誠心をマスタースパークしているかと思いきや、

 

 

カチッ…,、コチッ…ガチガチッ

 

 

パーフェクトフリーズ。

 白髪のおかっぱ頭には「嫁にならない?」と言い、主人へは豊満な胸元へ進んでダイブをするお調子者。黙っていれば爽やかな好青年のお調子者。周囲の女性を見た目のみで魅了するお調子者。そんな彼の実態はDT(童○)。その上、好みが独特(2次元ONLY)のため、女性との付き合いなぞ、ほぼ皆無。故に、自分の予期しないアプローチには滅法弱いのだ。

 意外な反応を見せたお調子者に主人は、

 

幽々「あら?あらららら?」

 

困惑。と同時に、

 

幽々「か、か、か可愛いーーー」

 

この初心(うぶ)なチェリーボーイに萌えていた。

 そして抱きつく腕に少し力を加え、擦り寄る様に更に密着度を高め始めた。

 他の者から見れば「道のど真ん中でイチャつくな!」と、爆破予告も来るであろう状況だが、

 

海斗「あああの、ゆゆゆゆ幽々っ子さままま」

幽々「ん~?」

海斗「いいいいいろいろとままままずいです。

   は、離れてはももっもらませーか?」

 

お調子者にとっては耐え難い状況。

 抱きしめられた腕は動く事を許されず、更には密着度が上がった事により、手首の角度を90度にして、折り畳み続けなければならない始末。ましてや、その変わった性格であるが故、身動きすらできない。

 そんな彼の危機的状況を知ってか知らずか、主人は

 

幽々「ダーメ。甘味処まではこ・の・ま・ま♡」

 

と色気を覗かせながら、お調子者の耳元で(ささや)いた。これにはお調子者も堪らず、

 

海斗「ひゃいっ!?」

 

と奇声を上げると、主人に腕を掴まれたまま、ゴールを目指して全速力でスタートを切った。

 

幽々「はや~い。でも海斗ちゃん、せっかくの

   デートなんだから、もっとゆっくり…」

海斗「腕が限界!!」

 

 

――ヲタク逃走中――

 

 

幽々「ん~♡やっぱりここで食べるお団子は格別

   ね」

 

店先に置かれた席に腰を掛け、温かい日本茶と共に甘味に舌鼓を打つ2人。デートと言えばカフェでお茶。定番のコースである。ここはお調子者が、以前庭師と共に訪れた店でもある。

 

海斗「こういうのって雰囲気が大事なんだよなぁ」

 

お調子者、7割くらい復活。

 

幽々「あら、気が合うわね。海斗ちゃんがお望みな

   ら、また一緒にいかが?」

海斗「いいですね、でも今度は俺にリードさせてく

   ださいよ」

幽々「ふふ、なら期待しちゃおうかしら」

 

お調子者、9割くらい復活。

 その後も柔らかく通り過ぎる風に、少し肌寒さを覚えながらも、何気ない会話で心と体を温めていく2人。暫く彼等は時を忘れ、話に夢中になっていた。

 そして、湯呑みのお茶が猫舌の者でも、一気に飲み干せる程の温度になった頃、主人は瞳を閉じて語りだした。

 

幽々「海斗ちゃん、ごめんなさいね」

海斗「何がですか?」

幽々「今朝の、みょんちゃんの事」

 

彼女のこの言葉にお調子者、4割くらいまで凹む。更に表情はどんどん暗くなっていき、

俯いてしまう始末。

 

海斗「いえ…、自分も…」

 

彼が塞ぎこんで反省の色を全面に出しながら、そこまで語った時、

 

幽々「ううん、そうじゃないの」

 

彼女は首を横に振った後、微笑みながら柔らかい口調で、更に続けて語り出した。

 

幽々「稽古はいつも一人、剣の事で話せる友達もい

   ない。『練習相手になりたい』って言って

   くれたのは、海斗ちゃんが初めてよ。

   だから本当はみょんちゃん、凄く嬉しかった

   はずよ。でも、あんな性格でしょ?

   きっと素直になれなかったのよ」

 

長年共に暮らしていた彼女だからこそ、気付いている庭師の本音。それを「誤解しないで汲み取って欲しい」と丁寧に語るも、

 

海斗「なるほど、ツンデレというわけですね」

 

このヲタク、一言でまとめた。

 

幽々「ふふ、そうなるかしら?仲直りできそう?」

海斗「はい!任せてください!!

   こういう事は色々なシミュレーションツール

   で体験済みなんです!」

 

更には主人の真面目な依頼に、得意気に胸を叩いて答える始末。

 だがそんなふざけたお調子者にも、微笑ながら「よろしくね」と伝える彼女。その笑顔は母性に満ち溢れ、彼の目を釘付けにしていた。すると彼はその笑顔に導かれる様に、あの言葉を放っていた。

 

海斗「嫁になりません?」

 

この言葉に彼女は目を丸くした。それもそのはず、何の前振りもなく求婚されたのだから。答えも当然…。

 

幽々「ふふ、いいわよ」

海斗「えーーーっ!?いいの?え?マジで!?」

 

まさかの回答にうろたえ出すお調子者。「これは夢ではないか」と頬を強く(つね)ってみたり、血だらけになるまで柱に激しく頭突きをしてみたりするも、結果は全て

 

海斗「い、痛てぇ…」

 

である。そしてようやく落ち着いたところで、主へと視線を戻すと、彼女は心を照らす笑顔で答えた。

 

幽々「本当よ。海斗ちゃんだったら良かな?って」

海斗「いよっしゃーーーーーーーーっ!!!!!」

 

ヲタク、夢が叶い大興奮。その場で拳を握りって万歳、勝利のポーズである。これで彼の「嫁捕獲作戦」は…。

 

幽々「でもね?」

 

と思いきや、主人は逆接の接続詞を呟くと、お気に入りの扇子で口元を覆い、子供をからかう様に語り出した。

 

幽々「旦那様になるなら、私を残して先に成仏され

   たくないかな~。だからって私に手を掛けさ

   せるなんて事、させて欲しくないわね〜」

 

彼は知っていた。彼女の能力を、彼女がどういう存在であるかを。

 彼女は決して成仏する事ができない者。そしてその能力は、『死を操る程度の能力』。この能力で殺された者は成仏する事できない。だがそれは「やりたくない」と言う理由でNG。

 故にこの言葉は遠回しのお断りサイン。でも不思議と(とげ)が残る物ではなく、自然と受け入れられるものだった。そしてこの時、彼は思った。

 

海斗「(やっぱりこの人には敵わないな)」

 

と。と同時に、ため息を吐いて笑顔を作り、

 

海斗「じゃあ、幽々子様を悲しませたくないので、

   諦めます」

 

(さわ)やかに断念。

 

幽々「そうね。それがいいかもね」

 

彼のこの回答は彼女の想定通り。「これで後腐れなく綺麗に終われる」と、安心していた。

 

海斗「で・も!」

 

だが彼は、

 

海斗「成仏するまではお(そば)に居させて下さい」

 

彼女の目の前で(ひざまず)いてThe・キザ。それへの答えは、

 

幽々「ええ、宜しくね」

 

美しく咲く笑顔。

 

海斗「じゃあ、そろそろ買い物に行きましょう。

   あまり遅くなるとみょんが心配しますし、

   夕飯が遅くなります」

 

彼は立ち上がって主人にそう言葉を残すと、会計をするため店内へ。

 その後ろ姿を主人は少し冷ややかな視線で見つめ、ポツリと呟いた。

 

幽々「困ったわね〜…」

 

開いた扇子でその言葉を隠す様にしながら。

 

 

--ヲタク買物中--

 

 

  『ただいまー』

 

『デート』という名の夕飯のお使いを終えた2人。仲良く揃ってご帰宅である。

 甘味処を出発してからは、また腕を掴まれる事も無く、終始リラックスしてお使いを楽しんでいた彼。だが、

 

妖夢「幽々子様!大丈夫でしたか!?

   変な事されませんでしたかっ!?」

 

その言われようは散々である。

 

海斗「みょん、流石にそれは傷付くぜ…」

幽々「ふふ、大丈夫よ。それに私が誘ったんですも

   の。多少何かあっても良かったんだけど〜」

妖夢「幽々子様!?」

幽々「ふふ、冗談。誘ったのは本当だけどね。

   でもまさか海斗ちゃんが……ねー?」

 

含みのある言い方で、彼にニヤニヤと視線を送る主人。

 

妖夢「何かあったんですか?」

海斗「幽々子様、お願いします。どーか、

   どーかそれだけはみょんにはぁ~…」

 

彼女が首を傾げて尋ねるも、彼は手をピクピクと痙攣(けいれん)させながら止めに入った。

 

幽々「ふふ、そうね。2人だけの秘密ね」

妖夢「はー…、そうですか…」

 

こんな光景を見せられては、「気になります。教えて下さい」となるのが通常。だが彼女 は「あっそう」と然程(さほど)興味を示さなかった。というのも、2人の両手の荷物の方へ、視線が釘付けになっていたからだ。

 

妖夢「それよりも何ですかこの量!?」

 

そこには大量の肉と魚とお惣菜が。

 

幽々「たまにはいいじゃない♡安くしてもらったん

   だから」

妖夢「いったいいくら使われたのですかっ!?」

 

驚き、呆れ、そして怒り。その3つの感情が入り混じり、放たれた言葉は屋敷の空気を一変させた。と、そこへ

 

海斗「みょんさん、ちょっと宜しいでしょうか?」

 

お調子者が腰を低くして、彼女に近付いた。そして2人で主人に背を向けると、

 

海斗「悪い、幽々子様の暴走を止められなかった。

   でも、コッソリ色々やってかなり値切った。

   それで出費はこんな感じ」

 

緊急決算報告会を開催した。

 彼から秘密裏にと手渡された領収書。それは長い、長い、長い、長い……物だった。だが、その割にはお安く済んでいた様で、

 

妖夢「よくこれで済みましたね。助かりました」

 

会計係を感心させた。

 

海斗「そう言ってもらえると助かるぜ」

 

彼女から怒られると覚悟を決めていた彼。

 結果的に言ってしまえば、彼は食べたい物を躊躇(ちゅうちょ)なく選んでいく主人を止める事はできなかった。だが、細やか且つ大胆な反抗はしていた。

 例えば、こっそりと高級な肉からセール品に変えたり、こっそりと牛カツを豚カツに変えたり、こっそりと大トロを赤身に変えたりといったものだ。再三になるが、これは『こっそりと』である。

 そして会計時に、肉屋と魚屋の店長を(あお)り、価格のデッドヒートを起こさせたのだ。つまり、この領収書の金額は彼なりの努力の結果でもあった。

 安心した彼はホッとため息を(こぼ)すと、引き締まった表情で、まっすぐに彼女を見つめ始めた。

 彼の突然の態度の変わり様に、おかっぱ頭、

 

妖夢「な、何かご用ですか?」

 

引き()った顔で後退り。すると彼は勢いよく頭を下げ、

 

海斗「調子にのってすみませんでしたっ!」

 

誠心誠意の謝罪の言葉を述べた。その角度、寸分狂わず45度。この見事な姿勢に、一時は戸惑う彼女だったが、直ぐに何の事か理解した様で……

 

妖夢「ふんっ!」

 

またツンとして不機嫌に。「やっぱりダメだったか」と彼が諦めかけたその時、

 

妖夢「で、でもあなたが『どうしても』と言わ

   れるのでしたら、また稽古をつけてさし

   あげなくも…」

 

デレはやって来た。待望のそれにお調子者、

 

海斗「ほんとッ!?サンキュー!」

 

心で萌えながらガッツポーズ。

 

 

--ヲタク夕食中--

 

 

 この日の夕食は、2人の従者を終始ハラハラとさせる展開になるかと思われた。だが(ふた)を開けてみれば、主人は希望通りの物を食べていると信じ込み、「美味しい、美味しい」と笑顔で完食したそうな。その光景を見て2人の従者は思った「なぜバレない?」と。

 そして夕食後、縁側には月を眺めながら、主人と従者達が仲良くお茶を(すす)っていた。

 

幽々「2人が仲直りしてくれて、私も一安心よ」

海斗「色々とありがとうございます」

妖夢「ご心配をお掛けしました……」

幽々「みょんちゃん、明日から海斗ちゃんの稽古、

   よろしくね?」

海斗「お願いしまーす」

妖夢「はい!」

幽々「あと海斗ちゃん、まだまだ幻想郷観光したい

   みたいだから、連れて行ってあげてね」

海斗「お願いしまーす」

妖夢「はい?」

幽々「海斗ちゃんもみょんちゃんの事よろしくね。

   彼女しっかり者の様で少し抜けているところ

   があるから」

海斗「任せて下さい!なんせみょんはオレの…」

妖夢「嫁ではありませんからね!」

 

 

 

嫁捕獲作戦_二人目:西行寺幽々子【無理】




文字数が主、最長記録です。
長ければ良いってものではないのは、
重々承知しているのですが…。
書きたい事が頭をよぎると、
書かずにはいられないのです…。
まとめる力が欲しいです。

そして、久々の彼登場。
やはりムカつく。


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MAIGO●

◆   ◇

 

 

 出される指の本数は5本。そこから始まるカウントダウン。指の本数が減る毎に場に緊張感が一つ、また一つと高まっていく。そして、カウントはいよいよ――ゼロ。

 

??『おはようございます』

 

朝の挨拶と共に頭を下げる2人の姉妹。まず初めに口を開いたのは、しっかり者の妹の方。

 

??「あさの情報番組、

   『Moon side 

    Announce

    Information to

    Gensoukyou.by

    Otohime』のお時間です」

 

『by Otohime』という名前が付いているところから察するに、彼女の姉が企画した番組の様である。そう、ここは幻想郷から約384,400 km程離れた場所。マッハ20では約16時間で着いてしまう身近な星、月である。

 そして今、そこで暮らす暇を持て余した姫様が、妹、家来と友人を巻き添えにして、何やら不可解な事を始めていた。

 

豊姫「長いからMAIGOって覚えてねぇ」

 

謎の略称。笑顔で言い放つも、そのネーミングセンスは皆無である。

 

豊姫「最近一段と暑くなって来たわね」

依姫「そうですね。皆さんも脱水症状、

   熱中症には十分に気を付けてください」

 

と、出だしのコメントを終え、2人は次の指示を確認するため、前方へと視線を向ける。

 そこでは、一人の少女がスケッチブックを開き、待ち構えていた。

 

??[出番キターーー(゜∀゜)ーーーッ!!]

  『へ?』

 

出された指示に困惑する姉妹。だが本番はもう始まっている。と、そこへ

 

??「にししし。サグメ様、そっち『感想欄』用で

   すよ。あっちあっち」ヒソヒソ

 

小声で別のスケッチブックを指差すカメラマン兼、月側の技術担当。お団子大好き鈴瑚(りんご)である。カメラマンが指差すその先へ、駆け足で取りに行くAD。

 

サグ「んっ!」

 

そして、お礼の代わりのサムズアップ。

 彼女が無事元の位置に戻った事を確認した姉妹。この間約5秒。たかが5秒、されど5秒。TV番組において5秒間の沈黙は事故レベルである。

 

依姫「番組の最中、大変失礼致しました」

豊姫「失礼致しました」

 

ともなれば、きちんと謝罪するのが礼儀。

 しかしこの時、2人は頭を下げながらも、スケッチブックに書かれた指示を確認していた。そこには……。

 

サグ[お天気のコーナー!いっきまーす(≧∀≦)]

 

これには姉妹、仲良く苦笑い。

 

依姫「では改めまして、まずは本日の幻想郷の

   天気はどうでしょうか?」

豊姫「呼んでみましょう。レーセーン!」

 

姫のその声を合図に、スイッチを入れ替える裏方さん。

 

??「ふぁ〜…」

 

大きな欠伸と共に、大きな伸び。

 (そば)には、エネルギーチャージ用のドリンクの空き瓶と、カフェインがキツめの缶コーヒーの空き缶が累々(るいるい)。それは、この日の為に用意したVTRの過酷な編集作業の痕跡。起きている時は編集作業、うっかり眠ってしまった時は、その世界でも編集作業。寝ても覚めても編集作業。

 そう、彼女こそは夢の支配者、その名もドレミー・スイート。『夢の支配者』である彼女だが、その立場を姫姉妹に目を付けられ、()()()()付きで、編集担当者を引き受けたのだった。しかし、その過酷さは想像を絶していた様で、

 

ドレ「これが終わったら、絶対長期休暇をもらって

   やるんだから!」

 

目の下にクマを作りながら、固くそう誓っていた。

 

 

◇   ◆

 

 

??「中継入るっす!」

 

慌ただしくカメラを構える兎が1人。

 

??「うん、大丈夫」

 

覚悟を決めた表情で、マイクを握る兎がまた1人。

 

??「\わくわく/」

 

さらに箒を片手に持った犬(?)が1人。幻想郷の人里、そのど真ん中でスタンバイしていた。

 そして、カメラマンからのGOサインから始まる、

 

??「おは…」

??「\おはようございまーす!/」

 

里中に響き渡る元気な挨拶。挨拶は心のオアシスである。しかしその声量、側にいた彼女達には少々耐え難い物だった様で、

 

  『きゅ〜……』

 

目を回させていた。

 兔は人間の2000倍の聴力を誇る。だがそれは通常の兎の場合の話。人型の、普通の兎よりも感覚の優れた彼女達だったら……。

 

豊姫「{レイセンと清蘭、大丈夫?}」

 

片耳に当てたイヤホンから聴こえて来た声。それは月からのメッセージだった。

 

レイ「あ、はい。大丈夫です。お見苦しいところを

   お見せして、申し訳ありません」

 

謝罪の一礼。そして気を取り直して、

 

レイ「今日の幻想郷は晴れ。最高気温は29℃と、

   絶好のお洗濯日和です」

 

任務を遂行。

 

レイ「それと、人里から少し離れた所にある

   『命蓮寺』から、山彦の幽谷響子さんに来て

   頂いてます」

 

 

◆   ◇

 

 

 レイセンからの紹介で、モニターいっぱいに映し出される山彦。そのタイミングで、始まる彼女へのインタビュー。

 

豊姫「山彦さん、おはようございます」

響子「{\おはようございます/}」

 

モニター越しの山彦は大きな笑顔。

 

豊姫「朝からすみませーん!」

響子「{\こちらこそー!/}」

豊姫「やっほー!」

響子「{\ヤフー!/}」

 

そして山彦とのやり取りを楽しむ豊姫。と、そこに

 

 

コンコンッ!

 

 

スケッチブックを叩く音。豊姫が視線を向けるとそこには、

 

サグ[時間ですよー( ・∇・)]

 

この指示に、姉妹は両手でメガホンを作ると、揃ってカメラへ向けて、

 

  『今何時ー!』

 

 

◇   ◆

 

 

 

響子「\そうね大体ねー!/」

 

お得意のセリフに満面の笑みで答える山彦。しかしやはりと言うべきか、

 

  『きゅ〜……』

 

そこには目を渦にした兎が2人倒れていた。だがゆっくりもしていられない様で、

 

清蘭「レイセン起きるっす!移動するっす!」

レイ「う、うん…」

 

2人はキーンと余韻が残る頭を押さえながら、ゆっくりと立ち上がった。

 

レイ「山彦さんありがとうございました」

響子「\どういたしまして/」

 

山彦にお礼を済ませ、

 

レイ「清蘭、次何処?」

清蘭「無縁塚っす!」

 

足早に次なる中継地点へと急ぐ2人。避雷針の様な物体をその場に残して――。

 

 

--二兎移動中--

 

 

 その頃、スタジオではVTRが流れていた。

 その内容は人里から離れたとある雑貨屋、ほぼ趣味の寄せ集めで埋め尽くされた雑貨屋、ガラクタ屋敷として名高い雑貨屋の品が、たったの半日にして無くなったというもの。

 それもとある規則性がある様で、無くなった物の多くは、幻想郷では役に立たない物ばかり。収集癖がある店主でさえも、持て余していた物だった。

 そして、詳しい話を聞くという事で。

 

清蘭「っす!」

 

清蘭の合図で繋がる中継。カメラはマイクを握るレイセンへズームイン。

 

レイ「はい、レイセンです。今こちらに香霖堂の

   店主、森近霖之助さんに来て頂いています」

 

リポーターの言葉と共にズームアウト。やがて2人の姿が映し出されたところで、それは止まった。

 

霖之「いやいや、どうも。森近霖之助です」

 

少し赤み掛かった顔で、白髪を掻きながら自己紹介。

 

レイ「店の品が瞬く間に無くなったそうですが?」

 

雑貨屋店主へマイクを向け、その真実に迫るリポーター。

 

霖之「うーん、『無くなった』というのはちょっと

   違うかな?」

レイ「売れたのですか?」

霖之「とも違うね。正確に言うのであれば、

   『引き取ってもらった』になるかな?」

レイ「それは『無償で』という事でしょうか?」

霖之「そうだね、お互いに金銭のやり取り無しに。

   能力で名前と用途が分かっていても、

   使い方が分からなかったり、この世界では

   使えなかったりする物が多かったから、

   こちらとしても非常に助かったね」

レイ「どういった方がそれを?」

霖之「河童と里の鍛冶屋だね」

レイ「かなりの量だったと思いますが?」

霖之「そうそう、初めは少しずつ台車に乗せて、

   往復していたんだけど、突然山の様に積みだ

   して…。そこからあっという間に全部」

レイ「凄い力ですね……」

霖之「ホント、あれには驚かされたよ」

 

最初こそ緊張していた雑貨屋店主だったが、次第に調子が乗ってきた様だ。と、そこに

 

??「{店主さん}」

 

イヤホンから姉姫の声。

 

霖之「はい、え?誰?」

 

突然耳に入って来た聞き覚えのない声に彼、思わず本音が(こぼ)れる。

 

豊姫「{綿月豊姫です。初めましてぇ}」

霖之「あー、月の都の。これはこれは初めまして」

豊姫「{その方達から何に使うのか、

    聞いてませんかぁ?}」

霖之「いいえ、でも河童は大方予想出来ますね」

 

彼がそこまで答えた時、再びイヤホンから聞き慣れない声が。

 

依姫「{綿月依姫です、初めまして。私からも一つ

    質問よろしいでしょうか?}」

霖之「え?あー、はい」

 

「どんな事を聞かれるのだろう」と身構える彼だったが、

 

 

ガーー…ザーッ

 

 

そこで音声は砂嵐に変わった。

 

霖之「あれ?」

レイ「音声切れちゃった」

清蘭「電波が拾えなくなったっす!すみませーん、

   それを少し月に向けて傾けて下さいっす!」

 

カメラマン兼、地球側技術担当が指示を送る方角には、

 

??「ん?あー、はいはい」

 

まだ薄っすらと形を残す月へ、避雷針を傾ける大きな耳の少女が。主人の監視役兼、落し物の探し役。ダウジングが特技、ナズーリンである。

 ここ『無縁塚』は彼女の家の近くでもある。日課の朝のダウジングをしていたところに、奇妙な連中を見かけ、傍観していたのだが、結果的に巻き込まれた様だ。

 

ナズ「どう?」

清蘭「オッケーっす!中継戻るっす!」

 

カメラマンからの指示と共に月からの通信が回復。

 スタジオでは電波障害の謝罪が行われ、改めて妹姫からの質問へ。

 

依姫「そもそも何で使えない物を拾って来ているの

   ですか?」

 

このごもっとも過ぎる質問に、店主

 

 

グサッ!

 

 

痛恨のダメージを受ける。更に、

 

霖之「えーっと…」

 

返す言葉が見つからない。故に、

 

霖之「いやははは…」

 

笑って誤魔化す。そこへ、リポーターからのファインプレー。

 

レイ「えーっと、こちらからは以上です」

 

この言葉と共に切られる中継。

 そして再び慌しく片付け始める2人。その様子を彼達は呆然と見守っていた。

 

ナズ「結局あの2人何しに来たの?」

霖之「さあ……」

 

 

--その頃、お茶の間では--

 

 

響子「\ただいまー。映ってたの見てくれた?/」

水蜜「おかえりー、いいなー私も出たかったなー」

ぬえ「私はさらし者にされるなんて絶対イヤだね」

星 「あ、今ナズがチラッと」

一輪「何か持ってなかった?」

雲山「避雷針かの?」

白連「さあ?なんでしょう?初めて見たわね」

??「あれはアンテナですね。電波を拾うんです。

   おや?もうこんな時間。では、私は寺子

   屋へ行ってきます」

  『はーい、いってらっしゃーい』

 

 




はい、彼女のご要望にお応えしました。
「出たい出たい」とせがまれまして…。

サグ「やっと」
  [出番キターーー(゜∀゜)ーーーッ!!]


喜んで頂けて何よりです。


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?年後:継ぐ者     ※挿絵有

 縁側に腰を掛け、流れる雲を見つめる者。本日の天気は晴れ。心地の良い日差しと快適な気温。絶好の日向ぼっこ日和である。

 

??「ふゎ〜…」

 

その陽気は眠気を誘う。特に予定も無ければ、そのまま眠りにつきたいところではあるが、生憎それは叶わない。

 

??「遅いわね」

 

待ちぼうけ。来る者が来なければ、彼女は2度寝も許されず、ただこの状態で時が過ぎるのを待ち続ける事になる。それは苦痛、ある意味地獄。

 

??「あつ……」

 

太陽が上昇していくに連れて日差しは段々と強くなり、その者へお肌の天敵、紫外線を当て始める。

 さらに今日の彼女のコーディネートは濃いめの色の服装。お気に入りの様だが、逆にそれが裏目。熱をモロに吸収するのだ。

 

 

バサッ

 

 

堪らず愛用の日傘で防御。そしてこれまた愛用の扇子でパタパタ。と、そこへようやく現れる

 

??「只今戻りました」

 

待ち人。

 

??「遅い!もう少しで溶けるところだったわよ」

??「そ、そう言わないで下さい。幻想郷中を、

   しかも隅々までを確認していたのですから」

 

待ち人のこの言い訳は、「それならしょうがない」と割り切れるもの。だがその考え方は浅はか。

この待ち人は仕事を卒なく、スピーディーに(こな)せる、()わば仕事が出来る者。その力量を知る者からすれば、時間が掛かり過ぎていたのだ。

 そこで一つ、

 

??「ふーん……じゃあその口元のご飯粒は何かし

   ら?」

 

鎌をかけた。結果は、

 

??「えっ!?ちゃんと拭いたはず…」

??「しっかりと寄り道してるじゃない!」

??「コンッ!」

 

まんまと。そして繰り出される彼女のお仕置きビンタ。

 

??「あなたまた勝手にいなり寿司を……」

??「ももも申し訳ありませんっ!里を歩いており

   ましたら、店主が新作が出たと言うので……

   つい」

??「人里なんて予定に無かったでしょ!初めから

   食べる気満々じゃない!!」

??「あ、バレちゃいました?」

 

頭を掻きながら苦笑いを浮かべ、開き直りとも取れるこの発言に、

 

 

ゴゴゴゴゴゴ…

 

 

彼女の怒りはついに臨界点を迎える事に。すると扇子をバンッと閉じて力強く握り締めると、

 

??「ら〜ん?覚悟は…」

 

自身の妖力を伝えて作り上げたラ○トセーバーを構え--

 

藍 「ふふふ……」

 

だがここに来て、意味深な笑顔を見せる彼女の式神。

 

??「何よ?」

藍 「と言うのは冗談ですよ紫様。人里へはこれを

   買いに行っていたんですよ」

 

式神は主人にそう伝えると、大きな袖の中から4人分の

 

紫 「きゃー♡みたらし団子♡」

 

を取り出した。

 

藍 「お待たせしてしまった お詫びです」

紫 「さすが私の式神。気が効くわね」

 

甘い物が好物の彼女。先程の怒りは何処へやら、ご機嫌は一気に回復した様だ。

 

藍 「勿体ないお言葉です。お茶は?」

紫 「お願いしようかしら?」

藍 「かしこまりました」

 

式神は(さわ)やかな笑顔でそう言い残すと、毛並みが自慢の九つの尻尾を振りながら、台所へと歩み始めた。

 

 

--賢者一服中--

 

 

紫 「美味しかった。もう一本……」

 

かなりお土産が気に入った様子の彼女。余っているそれに手を伸ばすが、

 

藍 「ダメです。1人一本までです」

 

式神はそれを阻止。

 

紫 「いいじゃない、藍のケチー。それに早くしな

   いと固くなっちゃうわよ?」

藍 「(ちぇん)はもうすぐで帰って来ます。それに…」

 

式神が主人から団子を死守していると、

 

??「ただいまもどりました」

 

あどけない笑顔を浮かべる少女が上空から舞い降りた。

 その表情はまさに天使。曇りなき眩しい笑顔。見る者を浄化する癒しそのもの。幻想郷のオアシス。と思うのは、

 

藍 「ちぇえええええええええん」

 

彼女の式神だけ。

 少女の名を叫びながら、両手腕を広げて駆け足で迎えに行く彼女の式神。それに答える様に、少女も両腕を広げて駆け足で向かって行く。2人の距離が一歩、また一歩と近付く。その画は久し振りの再会を喜び合う親子そのもの。微笑ましい光景である。

 そしてついにその距離は残り僅か。ここで彼女の式神は再び、

 

藍 「ちぇえええええええええん」

 

(あふ)れる愛を叫んで少女をその胸へと抱きしめ

 

 

スカッ!

 

 

られなかった。否、避けられた。しかもよりによって、

 

橙 「紫しゃまー!」

 

行き着いた先は上司の上司。

 

橙 「お仕事して来ました。エライで(しゅ)か?」

紫 「えっ!?えぇ、偉いわよ。でも、まず自分の

   主人に報告しないとダメよ?」

 

苦笑いしながら部下の部下の頭を()でる彼女。撫でられた少女は、コロコロと喉を鳴らし、キラキラ笑顔でご満悦といったご様子。

 ふと彼女が己の部下へ視線を向けると、

 

 

ズーーーン……

 

 

その場で(うずくま)って土いじり。見事に沈んでいた。

 

紫 「ほ、ほらご主人様が可哀想だから行って上げ

   なさい」

橙 「はーい!藍しゃまー!」

 

心地いい返事と共に己の直属の上司へと駆け寄る少女。その透き通った声に少女の直属の上司の耳はピクリと反応し、

 

藍 「ちぇえええええええええん」

 

再び両腕を広げてWelcomeポーズ。今度こそは間違いなく、

 

 

ぎゅーっ♡

 

 

熱い抱擁。そして始まる

 

藍 「ちぇえええええええええん」

藍 「ちぇえええええええええん」

藍 「ちぇえええええええええん」

 

魂の叫びの嵐。さらに追加オプションは、頬と頬の激しい乾布摩擦。これにはさすがの少女も、

 

橙 「う〜〜〜〜……」

 

お腹いっぱいといったご様子。

 

【挿絵表示】

 

 

藍 「お団子買ってあるよ。一緒に食べよ食べよ」

 

 

--式神充電中--

 

 

橙 「藍しゃまー、ごちそうさまでした」

藍 「うんうん、ご馳走さまが言えて偉いよ」

 

少女の頭を「いい子いい子」しながら、満面の笑みを浮かべる最強の式神。

 どんなに些細(ささい)な事でも褒めて伸ばす。それが彼女のモットーの様である。だが、ややそのベクトルがずれている様で……

 

藍 「橙が気に入ったなら、また買って来てあげ

   る~♡」

 

まさにデレデレ。それもかなりの重症レベルで。しかもこの団子、

 

紫 「ちょっと藍?コレ、私のために買って来てく

   れたんじゃなくて?」

 

そのはずである。

 

藍 「ももももちろんですよ!紫様のために買って

   来たのであって『みんなで食べらればいいか

   な〜』って思って、数を揃えたんですから」

 

彼女の必死の弁明。その真意は定かではないが、

 

紫 「ふーん、まあいいわ」

 

彼女の上司は良しとした。というよりも流した。

 そして扇子で掌を叩くと、表情を引き締め、

 

紫 「で、結界はどうだったの?変わりは?」

 

本題へと移った。

 

藍 「はい、特に変わりはありませんでした。

   いつも通りです。橙に任せた方も……」

橙 「いつも通りでした」

 

主人から依頼された調査の報告をする式神達。彼女達は幻想郷中に張り巡らせられた大掛かりの結界、『博麗大結界』の調査へと行っていたのだった。

 

紫 「そう、でも油断はできないわ。引き続き小ま

   めに様子を見に行ってね」

  『はい!』

 

終わりの見えない調査依頼を、綺麗な返事で引き受ける彼女とその式神。

 

紫 「早くあの子に…」

 

そして彼女の主人が真剣な眼差しで、前を見つめながらそう呟いた時、

 

 

ピチューン

 

 

残機-1をお知らせする音が。

 

紫 「あぁ……もう……」

 

主人は額に手を当てると、腰上げて音の方へと近付いて行った。

 

紫 「また全部避けれなかったじゃない」

 

主人がダメ出しをする相手は、

 

??「うっるさいわね、ちょっと足が滑っただけ

   よ!」

 

少し大人びた表情を見せる様になった少女。

 

紫 「そぅ……あーあ、顔に傷作って……。女の子

   なんだから、顔は大事にしないとダメよ?」

 

擦り傷の出来た少女の頬に触れながら、優しく語りかけるスキマ妖怪。その画は(さなが)ら姉妹、いや親子。微笑ましい光景である。が、

 

??「追跡型の弾を仕向けておいて、どの口が言う

   のよ……」

 

当事者はそうは思っていない様だ。

 

??「そ・れ・に!」

 

まだ不服に思う事めある様で……

 

??「ここ私の家!さっきからなに勝手にお茶まで

   用意して、まったりしているのよ!」

 

そう、ここはこの少女の住居スペース。その怒りはごもっともなもの。

 

紫 「いいじゃない。固い事言わないの」

??「あんたねぇ……」

紫 「あ、『固い』で思い出した。お団子。

   藍があなたの分もちゃんと買って来てくれて

   いるから、食べて来なさい。固くなっちゃう

   わ。ちょうどいいから少し休憩に……」

 

スキマ妖怪の言葉を全て聞くまでもなく、

 

??「やったー!」

 

少女は彼女の式神の下へと一目散に走っていた。

 

紫 「全く……あんなので大丈夫かしら?」

 

 

--少女休憩中--

 

 

??「あ~、美味ひはった。さふがね、気が効く

   じゃない」

 

食べ終えた串を楊枝(ようじ)代わりに(くわ)える少女。おっさんではない、花も恥らう乙女である。

 

藍 「ふふ、どういたしまして」

??「主人と違って……」ボソッ

紫 「ちょっと?聞こえているわよ?」

??「はいはい、ごめんなさーい」

 

言葉のみの上っ面の謝罪。心?そんな物は皆無。

 そんな少女に、「最近やたらと生意気になった」と頭を抱える様になった妖怪の賢者様。だがその扱いも慣れたもの。こんな時は「まともに相手をするだけ無駄」と割り切り、

 

紫 「で?ちゃんと修行しているんでしょうね?」

 

自分のペースへと引きずり込むのが得策。

 

??「失礼ね!ちゃんとやってるわよ!」

紫 「そのわりには避けられない、弾幕が少ない、

   威力もない様に見えているけど?」

??「えっ?いや〜……」

 

「まずい」と視線を()らす少女。

 この日は彼女の修行の成果を確認する日でもあり、スキマ妖怪達はここ博麗神社を訪れていた。だがその成果たるや散々のものの様で……

 

紫 「あなたちゃんと真面目にやってるの?

   『夢想封印』は!?『反則結界』はっ!?

   名前は書ける様になったのっ!!?」

 

徐々に語尾を強めて顔を近づけるスキマ妖怪。そしてそれを()()りながら、一定距離を保とうとする少女。

 

??「顔近いって。それに名前くらい書けるわよ。

   バカにしないでよね!」

紫 「じゃあ、そこに書いてみなさいよ」

 

閉じた扇子で地面を指すスキマ妖怪。

 少女はそれに2つ返事で承諾すると、側に落ちていた枝を拾い、自分の名前、2文字の漢字を書き上げた。だがそれは、

 

  『あー、おしいっ!』

藍 「その字は簡単な方だね」

 

『X』とは言わないまでも『△』。

 

紫 「あなた覚える気あるの?」

??「あの字画数が多いのよ。意味は同じなんだか

   ら、こっちで良いじゃない」

紫 「そういう問題じゃないの。せっかく貰った名

   前でしょ?」

??「誰が何て言っても、こっちにするから!

   あんな字、習字で書こうものなら、直ぐに半

   紙が破れるわよ!」

藍 「それは言えてるかも……」

 

自分に付けられた名前に「異議あり!」を唱える少女。しかも他に不満に思う事もある様で……

 

??「それとこの服装!これだってすぐに変えてや

   るわよ!」

紫 「それは由緒正しい服装でしょ!?そんな勝手

   に……」

??「道着みたいで可愛くないの!」

紫 「じゃあどんなのなら良いのよ?」

 

この言葉に少女は、理想の姿を思い描き、

 

??「上下はもちろん赤!これは譲れない。

   袖はゆったりとして色は白ね。

   あ、フリルの付いたスカートとか良いわね。

   他にはワンポイントに黄色のスカーフなんて

   いいかな?あとちょっと色気が必要ね。少し

   寒いかも知れないけど、肩を出しても……」

 

繰り広げられる一方的なマシンガントーク。反論の(すき)なんてない。

 そんな少女を苦笑いで見つめる

 

藍 「あははは……これは先代の影響ですね……」

 

最強の式神と、閉じた扇子を額に当ててため息を吐く

 

紫 「全く、余計な事ばっかり吹き込むんだから。

   肝心のところは(おろそ)かにし過ぎなのよ……」

 

スキマ妖怪。そんな2人の前に現れる

 

橙 「藍しゃまー、紫しゃまー」

 

天使。

 

藍 「ちぇえええええええええん。

   なになに?どうしたのかなぁ?」

橙 「あたしも書ける様になったんですよ!」

 

そう言いながら、小さな式神が指差す地面には、

 

藍 「ん?ん〜〜〜??」

??「なによこれ?」

紫 「『V入△』?」

 

意味不明の暗号が。首を傾け、脳みそをフル回転させて解読を試みてみるも、

 

  『ギブアップ』

 

断念。

 

藍 「橙は凄いね、字を書ける様になったんだぁ。

   それで、何て書いたのかなぁ〜?」

 

己の式神の頭を撫でながら、まるで腫れ物に触る様に接する最強の式神。すると彼女の式神は、少女を指差しながら、さも当たり前の様に答えた。

 

橙 「彼女の名前ですよ?」

  『え゛っ!?』

紫 「ちょっと藍、どういう事よ!?説明しなさい

   よ」ヒソヒソ

藍 「わ、分かりません。何であれがあーなるのか

   私にも……」ヒソヒソ

 

答えを聞いても、謎は深まるばかりの2人。だがそれは大人達だけで、

 

??「あー、なるほどね。でももうちょっと綺麗に

   書きなさいよ」

 

伝わる者にはちゃんと伝わっていた。

 

  『分かったの!?』

??「頭を柔らかくすれば、どうって事ないわよ。

   まあもっとも、頭のお固いB○Aには無理で

   しょうけどね」

 

調子に乗った少女のこの発言に、

 

 

カチリッ

 

 

スキマ妖怪のスイッチが入った。

 

紫 「()()()()()

 

それはタブー。絶対に触れてはならない、口にしてはならない言葉。さもなくば命の保証は――ない。

 

紫 「次期博麗の巫女だからって、調子に乗るん

   じゃないわよ……どうせ『夢想封印』もでき

   ない小娘のクセに、この賢者様に生意気言う

   なんて1000年早いわよ!見込みのないあ

   んたなんて、ただのお荷物でしかないわ!

   いいわ……私がこの手で直接ッ!」

 

感情のまま、妖力を溜めた腕を振り上げるスキマ妖怪。だがその時、

 

??「『霊符:夢想封印』」

 

少女の宣言と共に現れる無数の色とりどりの光の弾。大きくも、心が洗われる様な優しい光を放つ光の弾。それはスキマ妖怪を目掛けて飛んでいき、

 

紫 「きゃっ!」

 

腰を地に付けた彼女の直ぐ傍を、避ける様にして通過していった。

 

??「出来ないなんて言ってないでしょ?」

紫 「あなた……いったい……いつの間に……」

藍 「驚きましたね」

紫 「それよりも今のはいったい何!?私が知って

   いる『夢想封印』ではないわよ!?」

??「質問が多いわねぇ。これは『スペルカード』

   私が考えたの。とは言ってもただの紙だけど

   ね。それと、先代とは違う形の『夢想封印』

   だけど、本質は同じよ。

   やろうと思えばそっちも出来るわよ」

 

淡々とスキマ妖怪の質問に答える少女。

 そして答え終わったところで、「今度はこちらの番」と、

 

??「で?今のを見てどう思った?」

 

感想を聞く事に。この質問に彼女は戸惑いながらも、

 

紫 「どうって……驚いたわよ」

 

素直に答えた。

 

??「他は?」

紫 「……花火みたいだった」

??「それはつまり『綺麗だった』って受け取って

   いい?」

 

少女のこの質問に、彼女は先程の光景を思い出していた。近くを通り過ぎていく各色の光の玉。その中で彼女は不覚にも身の危険よりも

 

紫 「ええ、綺麗だったわ」

 

その美しさに魅了されていた。

 

??「それよ!」

 

少女、「その言葉を待ってました」とでも言う様に、誇らしげにドヤドヤ。そしてその胸の内を明かした。

 

??「私が正式に博麗の巫女になったら、幻想郷を

   力でねじ伏せる様な所にはしたくないの。

   人間も妖怪も妖精も不満があれば堂々と言え

   て、わがままを通せる所にしたいの。

   でもその為には戦いは必要不可欠。けど、

   それだと力の強い者だけが勝ってしまう。

   そんなの理不尽!だからコレ!

   この『スペルカード』で美しさを競う様に

   したいの。遊び感覚でね。

   その後仲良くなれたら最高じゃない」

 

長々と語る少女の笑顔はキラキラと輝きを放っていた。それは大きな夢を持つ者の希望に満ちた笑顔。そんな笑顔を見せられては、

 

紫 「そうね、最高かもね」

藍 「実現させてね」

橙 「楽し(しょ)ーで(しゅ)ね」

 

反対なんて出来ない。

 

紫 「で?本音は?」

??「威力に自信がないから、コレならいいかって

   ――あっ……」

 

後にこの少女は、『異変』と呼ばれる、世にも奇妙な事件へと巻き込まれていく。

 

紫 「あのねーっ、美しさを競うのはいいけど、

   世の中そういうのでは話しが通じない(やから)

   もいるの!」

 

様々な者達と出会い、時には敵対し、時には協力し、数々の異変を解決していく事になる。

 

紫 「今は現れてないけど、先代がいなくなって

   もう何年も経つの!」

 

それは波乱万丈、決して穏やかとは言えないもの。

 

紫 「『博麗大結界』は確実に弱まってる。

   この期に外からそういった連中が来るかも

   しれないの!」

 

これは、その最初の一歩。彼女のEp.0。

 

紫 「強い結界を作るには、威力は必要不可欠!

   もっと自分の置かれた状況を理解なさい!」

 

近い将来、『楽園の素敵な巫女』と呼ばれる事になるこの少女の名は、

 

紫 「って聞いてるの!?(れい)夢っ!!」

 

博麗靈(霊)夢。

 

【挿絵表示】

 

 

靈夢「はいはい……そのうちね」

 

スキマ妖怪の説教は、悲しくも少女の心へと届く事はなかった。

 片手をヒラヒラと振りながら(あし)らう少女に、スキマ妖怪の堪忍袋の尾は、

 

紫 「そう、態度を改める気は無いわけね?

   なら仕方がないわ……実力行使あるのみ!」

 

 

ガッ!(靈夢の服を掴む音)

 

 

靈夢「ちょっと何するのよ!離しなさいって!」

 

限界を超えた。

 

紫 「こうなれば武者修行あるのみ!今から魔界と

   地獄へ行って鍛えてきなさい!」

靈夢「はーっ!?そんな所に行ったら私死んじゃう

   わよ!」

紫 「陰陽玉を付ければ、そう簡単にやられないわ

   よ」

 

スキマ妖怪はそう言い残すと、目の前にスキマを作り出し、

 

紫 「はい、いってらっしゃーい」

 

その中に少女と2つの陰陽印の球体を放り込んだ。

 

 

--その日の夕刻、地底世界では--

 

 

??「ありがとうございました」

??「おう、また次回な。自主トレーニングは怠る

   なよ?」

??「はい、では失礼します」

 

師に頭を下げる礼儀正しい少年。師に背を向けると、足早に家路を急ぐ。そこへ、

 

??「よっ!」

 

少年の前から気軽に声をかける女鬼が。

 

??「あ、こんにちは。お勤めご苦労様です」

??「ん?あー、いいってそういうの。好きじゃな

   いんだ。でも、目上の者を敬うその心は評価

   する。偉いぞ」

??「ありがとうございます」

??「それで?稽古は終わりかい?」

??「はい、もう家に帰ります。母ちゃんが店を手

   伝えってうるさいし」

 

少年のこの発言に女鬼、

 

??「あははは……」

 

その状況がありありと目に浮かび、何も語らず苦笑い。

 すると突然手をポンッと叩くと、

 

??「そうだ、帰りがてらに()()()に寄って

   くれないかい?」

 

少年につかいをお願いした。

 

 

??「アイツまた行ったの?」

??「性懲(しょうこ)りも無くな…。『早く帰って来ないと

   飯抜きにする』って伝えてくれ」

??「え?あの後にまだ食べるの?」

 

呆れ顔で尋ねて来る少年に、女鬼はクスリと笑い、

 

??「異常だろ?」

 

と安堵の笑みで返した。

 この時彼女は、いつの間にか口調が普段通りに戻っているこの少年に、「まだまだ青いな」と、安心していた。そして心の奥底にあった強い想いは、

 

??「2人とも、ゆっくりでいいからな……」

 

ポツリと呟かれていた。

 

??「なにが?」

??「なんでもないよ。宜しくな、カズキ」

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

ズルズルズルズルーッ!

 

 

??「今日こそは新記録なるかな?」

 

勢い良く蕎麦を(すす)る客を(あお)る蕎麦屋の店長。

 その客の両脇には、空になった(どんぶり)がピサの斜塔の様に積み上げられ、周りの客は自分の食事をそっちのけでその光景を熱い眼差しで見守っていた。というのも……

 

鬼①「今日こそはいけよ!」

妖①「漢の意地見せろよ!」

 

と真っ直ぐに応援する者もいれば、

 

鬼②「無理すんなよー」

妖②「その辺でやめとけー」

 

と曲がった応援する者もいる。つまりこれは賭け。ここ蕎麦屋では、現在進行形で賭博が行われていた。

 

??「おかわりっ!」

 

客のこの一声に、

 

  『おぉぉぉ〜〜っ!』

 

湧き上がる客達。

 

??「へい、おまち!」

 

そこへ間髪入れず熱のこもった返事と共に、もう一杯を提供する店長。そして再び

 

 

ズルズルズルズルーッ!

 

 

瞬く間に消えていく蕎麦。と同時に上がる

 

鬼①「あと一杯で並ぶぞ!」

妖①「並んだら蕎麦代はチャラだ!」

鬼②「新記録にはあと2杯だぞー」

妖②「いつもここまでだぞー」

 

応援と野次。と、そこへ

 

??「こんにちはー」

 

つかいを頼まれた少年が到着。

 

カズ「やっぱりまたやってるし……」

店長「おぅ、いらっしゃい。何か食べるか?」

カズ「いえ、大丈夫です。要件を済ましに来ただけ

   なんで。店手伝えって言われてるし」

店長「あははは、そうかい。相手がお母ちゃんじゃ

   敵わないな」

 

蕎麦屋の店長と簡単な挨拶を交わす肉屋の少年。一通り挨拶を終えると、記録に挑戦中の客を呆れ顔で指差して店長に尋ねた。

 

カズ「で?これ今何杯目?」

店長「9杯目だ」

 

その数字に肉屋の少年、

 

カズ「ハー……」

 

ドッと大きなため息。

 そして自身よりも、一回り小さな体の挑戦者の(そば)に立つと、

 

カズ「おい大鬼、勇儀さんからの伝言。

   『早く帰って来ないと飯抜き』だってさ」

 

この言葉に小さな挑戦者、

 

大鬼「ゴフッ!!」

 

過剰反応。集中力は途切れ、口にしていた蕎麦が食道ではない、入ってはいけない所への侵入を許し、

 

大鬼「ゲホッ、ゲホッ、ゲホッ!」

 

()せる。

 

カズ「じゃあな、ちゃんと伝えたからな。後は好き

   にしろよ」

 

そしてこうなると、

 

大鬼「あ゛ーッ!もうムリッ!」

 

もう食は進まない。

 

店長「はい、ざーんねん」

 

店長のこの一声で、客間では金銭が往来。そんな中、

 

 

ガタンッ!

 

 

突然店内に響く椅子が倒れる音。更に続けて響く

 

大鬼「カズキッ!」

 

怒号。

 

大鬼「いいところだったのに邪魔すんなっ!

   今言わなくても良かっただろ!?

   絶対わざとだろッ!!」

カズ「あー?こっちだって手伝いでゆっくり出来な

   いんだ。お前と違って暇じゃないってぇの。

   それに大食いの記録とかどうでもいいし」

大鬼「店先で茶を飲みながらボサッとしているだけ

   だろ!やってる事が名前のまんまのクセに偉

   そうに言うな!」

カズ「あ゛ーっ!?名前は関係ねぇだろ!!」

 

始まる睨み合い。だがこれはもはや彼らの恒例行事。

 そんな中、店内では客達が「両者の意見はごもっとも」と、クスクスと笑いながら、次なる賭け事を開始しようとしていた。だが、

 

店長「ほれほれ、喧嘩やるなら他所でやりな。

   お前さん達に暴れたら店が消し飛ぶ。

   その前に、大鬼は金置いて行きな。

   カズキは喧嘩している時間あるのか?」

 

そこへ大人の対応。「他でなら喧嘩してもいい」と言いながらも、2人を冷静にさせる一言。それは見事に、

 

カズ「ヤバッ!店長ありがとう!」

 

犬猿の仲の2人を引き離した。

 

大鬼「チッ、()()()野郎が」

店長「そう言ってやるな。アイツ結構気にしてるん

   だからよ。ほれ、いつも通り3と6だ」

大鬼「あーあ、今日こそは並ぶところまではいくと

   思ったんだけどなー…」

 

悔しがりながら、財布から挑戦料を全額支払う少年に、

 

店長「また小遣い貯めて挑戦しな。

   うちとしてはいつだって大歓迎だ」

 

冷静な表情を浮かべて「また来いよ」と優しく声援を送る蕎麦屋店長。が、この少年

 

大鬼「そりゃそうしょ。こんなにいいカモはいない

   と思うよ」

 

その腹の内を見事に見破っていた。

 

  『あっはははは!!』

 

と同時に店内に反響する大きな笑い声の数々、店長に至っては腹を抱えてヒーヒー言う始末。

 

店長「自分で言うなよ。自覚あったのか?」

大鬼「そりゃまあね。それよりこの記録、

   本当にこんなに食べた人いるの?」

 

少年が見つめる先の柱には、額に飾られた最高杯数の数字が飾られていた。

 

店長「鬼は嘘は言わない。正真正銘、本当だ」

大鬼「誰の?いつの記録?」

店長「残念だけどそれは言えないな。

   口止めされてんだ」

 

少年の問いに、回答を渋る店長。だがそこは常連特典として、少しばかりのヒントを。

 

店長「でもそうだなぁ……意外な人だよ。しかも鬼

   ではない。確か5年くらい前だったかな?

   あの時は店中が度肝を抜いたよ」

 

このヒントに少年、

 

大鬼「ふーん、よっぽど体の大きい、大食漢なんだ

   ろうなぁ」

 

身近な者達を思い出してみるも、すぐに誰も該当しないと判断し、空想のライバルを生み出していた。

 

 

--ちょうど同じタイミングで--

 

 

??「くしゅんっ!風邪かな?」

 

少年とそう離れていない所で、風邪とは無縁のくしゃみを放つ者がいたそうな。

 そしてこの凡そ2年半後、武者修行へと旅立った少女と、地底世界で自由に暮らす少年は、同じ異変へと巻き込まれる事になる。それは2人にとっても、幻想郷にとっても一大事件となる物語への序章。

 大鬼、この時13歳。博麗霊夢、少し年下。




つい先日、主自身の文字数の記録を更新したばかりですが、また更新です。この話は分割したくなかったので、仕方がありませんね…。
そして、ここに来てようやくです。
また原作とはちょっと異なり、独自解釈が強いですが、ご了承頂ければと思います。

【次回:十年後:取り扱い注意】
さらに時は進みます。



以下は『V入△』の解説です。





どうって事はありません。ただのカタカナ表記です。それが字を覚えたての橙により、小難しい暗号に変わってしまっただけです。
橙はカタカナを覚えました。


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十年後:取り扱い注意

 大穴から流れる風は良好。商店街では暖簾(のれん)提灯(ちょうちん)がその流れに身を任せ、ゆらゆらと楽しげに揺れる中、丸印に『和』の文字を(かか)げた旗だけが、

 

 

バッサ、バッサ、バッサ、バッサッ!

 

 

 荒ぶっていた。

 

??「やっすいよー! 特売日だよーっ!」

 

 それもそのはず、その根元では豪快に旗を振りながら、大声で客引きをする1人の少年がいた。

 

??「お、元気があっていいじゃないの」

 

 その姿を満足気な表情で見守る、子育ての達人であり、この町のみんなの『お母ちゃん』。

 

お母「その調子で宜しく頼むよー!」

??「はいっ!」

 

 少年、歯切れの良い返事をすると大きく息を吸い、再び叫んだ。

 

??「やっすいよーッ!」

  『クスクスクスクス……』

 

 だがそこに聞こえて来たのは、2つの忍び笑い。それは少年の耳にも届き……

 

??「あ゛っ? なに?」

 

 一気に不機嫌にさせた。そこへ現れたのは、

 

??「やっほー、頑張ってるねー」

 

 明るい笑顔の地底のアイドル。蜘蛛姫こと、黒谷ヤマメ。そして、

 

??「意外とちゃんとやっているんだな。エライじゃないか」

 

 鬼の四天王にして、この少年の保護者。『語られる怪力乱神』とは彼女の事、星熊勇儀だった。そしてこの2人、

 

??「冷やかしに来たの?」

勇儀「またお前さんはすぐそうやって……」

ヤマ「仕事の帰りだよ。晩御飯のおかずを買いに来たんだよ」

 

 現在同じ職場で働いている。

 町の長が鬼から妖怪に代わり早7年。この間に『種族の隔たりなく』を掲げ、旧地獄では劇的な改革が行われていた。その内の一つが、『職業制限の廃止』である。

 それは、これまで力が必要という理由で、鬼以外の者が就けなかった力仕事へ、鬼以外の者の参加を認め、その逆、繊細な作業が必要という理由で、不器用な者が多い鬼が就けなかった工芸品等の技術を要する仕事へ、鬼の参加を認めるというもの。

 無論それには向き不向きがあるので、『適正を見て』という事になっている。

 そして、蜘蛛姫は「趣味の物作りを仕事にしたい」と希望し、またその実力と特殊能力から見事、『適正有り』と判断されたのだった。

 その時に不純な動機で同じ職種を希望し、『適正無し』とジャッジされた者から、パルパルされたとか、されなかったとか……。

 

大鬼「ふーん。今日の夕飯何? ヤマメも一緒?」

勇儀「まだ決めてないけど、肉食いたいだろ?」

ヤマ「私は別だよ。でもまた一緒に食べようね?」

 

 優しく尋ねる2人だったが、この少年、双方にまとめて

 

大鬼「別にどっちでもいい」

 

 流す。と、そこに

 

??「大鬼、もう終わりだって……あっ」

 

 現れたもう1人の少年、いや見た目であればもう青年。犬猿の仲でお馴染みだった大鬼少年の相方。そして、店の名前を付けられ、その事を気にしている少年。その名も『和鬼(カズキ)』。

 彼は2人の客人の姿を見つけると、

 

和鬼「勇儀さんとヤマメさん。お勤めご苦労様です」

 

 姿勢を正して丁寧に挨拶。この姿に客人達、

 

  『えら〜い』

 

 感動。

 

ヤマ「和鬼君、もうすっかりお兄さんだね」

 

 さらに蜘蛛姫からのこのヨイショでさえ、

 

和鬼「いえ、まだまだ半人前です」

 

 爽やかに謙遜。流石の蜘蛛姫もこれには、

 

 

じ〜〜〜ん……

 

 

 胸に響いた。

 

ヤマ「子供の成長って早いね。なんかあの頃とはまるで別人だよ」

勇儀「本当だな。『お母ちゃん』さんも鼻が高いだろう」

 

 律儀な好少年に成長した少年を褒めちぎる2人。

 だがこの時、その事を「面白くない」と思う者がいる事を、2人は気付けていなかった。

 そして、

 

勇儀「それに比べて……」

 

 彼女が放ったこの言葉が

 

勇儀「大鬼も和鬼を見習えよ」

 

 引き金となった。

 

大鬼「うるさい! なんだよ2人して和鬼和鬼って! 結局は冷やかしで来たのか!? 悪口言いに来ただけかよ!!」

 

 商店街中に響く怒りと悲しみの叫び声。

 訪れていた他の客達も足を止め、その光景を見守っていた。

 

ヤマ「大鬼君、ごめんね。そういうつもりじゃ…」

 

 彼女は素直に、心から謝ろうとしていた。

 

大鬼「だまれっ! 言い訳なんか聞きたくない!」

 

 だが、それには耳を傾け様ともせず、一蹴する少年に、

 

ヤマ「え……」

 

 言葉を失い、悲しい表情を浮かべた。

 確かにこの雰囲気を生み出してしまった原因は彼女達。それでも、例えそうだとしても、少年のこの態度は許せるものではなかった。そして、「カチリッ」と少年の保護者のスイッチが入った。

 

勇儀「おいっ!! そんな言い方ないだろっ!? 今ヤマメが謝ろうとしていただろうが!」

 

 しかし、それでさえも

 

大鬼「言うのは説教だけかよ!」

 

 少年は聞く耳を持たず、(あまつさ)え牙を()いた。これには彼女も「ブチリッ」と別のスイッチが入った。

 

勇儀「あ゛〜?」

 

 刺す様な鋭い視線で少年を見おろす彼女。その表情は家族や身内に向けるものではない。敵、それに向けるもの。威圧、威嚇、脅迫そういった類のもの。

 彼女の立場、実力を知る者であれば、その時点で足は(すく)み、怯むというもの。だが、それを熟知しているにも関わらず、

 

大鬼「いつだって」

 

 少年は立ち向かう。と、その時

 

 

ガシッ!

 

 

 少年の首に腕が掛かった。綺麗に極まる『スリーパーホールド』に、少年は堪らず

 

大鬼「グエッ!」

 

 嗚咽(おえつ)

 

和鬼「はいはい。お前こっち来い。勇儀さん、コイツちょっとお借りします。夕飯の時にはお返ししますので」

 

 肉屋の息子はそう言い残すと、絞め技を解く事無く、そのまま少年をズルズルと引き()りながらその場から離れて行った。

 

勇儀「……」

 

 両手に拳を作り、無言で(うつむ)く少年の保護者。

 

ヤマ「勇儀?」

勇儀「ヤマメ、すまなかった」

ヤマ「ううん、大丈夫。勇儀は大丈夫?」

勇儀「……」

 

 蜘蛛姫の問いに、彼女は俯いたまま再び口を閉ざした。2人の間に(ただよ)う重たい空気。ただ時間だけが流れていく。

 そして(しばら)く経った頃、彼女はゆっくりと顔を上げると、少年が去って行った方向を潤んだ瞳で見つめながら、(かす)れた声で呟いた。

 

勇儀「アイツ……なんであんな風に……」

ヤマ「え? なんでって……」

勇儀「いや、何でもない。気にしないでくれ。すまないけど、今日は……」

ヤマ「あ、うん。それじゃあね」

勇儀「じゃあ……」

 

 彼女は別れの言葉を残すと、視線を下に落としながら家へと歩き出した。

 その後ろ姿を見つめながら、蜘蛛姫はポツリと呟く。

 

ヤマ「気付いてあげてよ……」

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

ゴッ!

 

 

 鈍い音。そしてその直後に上がる

 

 

メキメキメキッ

 

 

悲鳴。それはただ今絶賛、

 

大鬼「だーーーっ! もう!」

 

 サンドバッグ状態。

 

大鬼「何でいっつも説教ばっかり! どう考えてもあそこは謝るべきだろッ!」

 

 思い出せば再び込み上がるイラつき。そしてその吐き口は、

 

 

ゴッ!

 

 

 やはりサンドバッグ。少年の思いは、重い一撃となり

 

 

バキバキバキッ、ズーーーンッ!

 

 

 その樹齢を終了させた。

 その様子を巨大な岩の上で頬杖をつき、冷ややかな視線で眺める

 

和鬼「おー、怖い怖い」

 

 肉屋の息子。それは無関心……というよりも、

 

和鬼「まったく……毎回毎回」

 

 いつもの事で飽き飽きといったご様子。

 ここは少年達が幼い頃よく遊んだ場所、大鬼の秘密基地である。巨匠の作品の数々は、所々傷みつつあるものの、今も尚その原型を留め当時のまま。だが変わった事もある。それも大幅に。それが、

 

和鬼「木がもう全然残ってねぇじゃねぇかよ…」

 

 その敷地の見通しの良さ。

 以前は多くの木々に囲まれ、楽しそうなフィールドアスレチックだった。しかし今では木々の殆どが無意味に伐採され、広大な敷地にポツンと残る、寂しげな公園になってしまったのだ。秘密の基地はもはや大公開中である。

 

大鬼「う、うるさい!」

 

 その事は隊長自身も気にしている様ではあるが、

 

大鬼「じゃなかったら、このイライラをどこにぶつければいいんだよ」

 

 止められない、止まらないの様だ。

 

和鬼「気持ちは分かる。オレなんて兄貴達の喧嘩に巻き込まれて、理不尽な説教をされるのはしょっちゅうだったし。姉貴達の口喧嘩を横で見ていただけなのに、止めなかったからって全体責任で説で……」

 

 共感。近似の体験談を語った後、不機嫌な少年にアドバイスを送るつもりの好少年だったが、それはいつの間にか愚痴へと変わり、

 

和鬼「だーっ! 思い出したら段々腹立って来た!」

 

 大噴火。どうやら飛び火した様だ。そしてすっと立ち上がると、残り(わず)かとなっている木の前に立ち、

 

 

ガシッ!

 

 

 片手で(つか)んだ。とは言え、そこは(みき)と少年の掌。サイズ的には『掴む』というよりも『添える』に近い。だが、

 

 

ミシミシミシ……

 

 

 そこから上がり始める木の(もだ)え苦しむ音。やがてその音は濁点を含む激しい物へと変わり――

 

 

バリバリバリッ!

 

 

 とうとう()ぎ取られた、もぎ取られた、(むし)り取られた。その部位のみを握力のみで。その目を疑う様な光景に少年、

 

大鬼「すっげ……」

 

 目を丸くしながら頬を引き()らせる。

 

大鬼「さすが、鍛えているだけはあるね」

和鬼「こんなのちょっと鍛えればすぐだって。親方様には全然敵わないし、技の習得なんて『まだまだ』だって言われてるし。それに、()()さんになんて到底……」

 

 しばらく沈黙が続いた。少年はその固有名詞が出た事で、好少年は師との力の差を思い起こした事で。共に肩を落とし、視線を足元へと向けていた。

 やがて好少年が深呼吸をすると、お馴染みのポーズを取り、口を開いた。

 

和鬼「まあ話し戻すけど、()っていうのは、子供の事を分かっている様で、ただ勘違いをしているだけなんだよ」

 

 さらにその姿勢のまま続けて少年へ送る言葉は、

 

和鬼「だからそういう時は『また勘違いしてるし』って腹の中で笑っとけ。変に噛み付いて『飯抜き』なんてイヤだろ? それと大鬼にもいけないところ、あったよな?」

 

 伝えようとしていたアドバイス。早い話が「(あきら)めろ」という事。それを理解したのか、していないのか少年、

 

大鬼「ふんっ!」

 

 「余計なお世話」とでも言うように、腕を組んで外方(そっぽ)を向き、

 

大鬼「……じゃないし」ボソッ

 

 何やら呟くと、

 

和鬼「は?」

大鬼「別にぃ〜」

 

 そのまま家ではない方向へと歩き出した。

 

和鬼「あ、おい! お前ちゃんと分かってるのか?」

大鬼「分かったって。要は『チクワ耳』にしろって事でしょ?」

 

 振り返らず、手をヒラヒラとさせて去って行く少年を、好少年は細めて「どうしてそうなる?」と苦笑いを浮けべながら見送っていた。

 

和鬼「ったく……何が『じゃない』だよ。もうとっくにみんなは……」

 

 好少年は一人そう呟くと、

 

和鬼「勇儀さん達にちゃんと謝っておけよーっ!」

 

 大声で去り行く少年へ最後のアドバイスを送ると、少年は先程と同じ様に、やる気を疑う返事を送り返した。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

??「ん〜…」

 

 自身の作品に首を傾けて眉を八の字。白米を片手に口をモゴモゴと動かし、

 

??「ホルモンに蜂蜜とマヨネーズはダメかー……。美味しいと思ったんだけどな」

 

 破壊兵器の飲み込むタイミングを伺う。と、そこへ

 

 

コンコンッ!

 

 

 訪問者。

 

??「はーい」

 

 茶碗と箸を卓袱台へ置き、玄関へ。

 そして戸を開けるとそこには、

 

??「あれ? 大鬼君、どうしたの?」

 

 (うつむ)いた少年が。

 

大鬼「ヤマメ、あのさ……」

 

 その様子から彼女はすぐに察した。しかしそれを悟られない様に、気を遣わせない様に、

 

ヤマ「うん?」

 

 いつも通りの笑顔で接することにした。

 

大鬼「さっきは……ごめんなさい」

ヤマ「うん、もう気にしてないから大丈夫。私もごめんね。態々(わざわざ)ありがとう」

大鬼「それじゃあ……」

 

 少年は彼女への要件を済ませると、クルリと背を向け、歩き始めた。

 

ヤマ「待って!」

 

 そこへ静止を呼びかける声。その声に反応し、少年はその場で足をピタリと止めた。

 

大鬼「なに?」

 

 しかし彼女へ背を向けたまま。

 

ヤマ「勇儀にも謝ってくれる?」

大鬼「……何で?」

ヤマ「私達が原因だっていうのは分かってるよ? でも勇儀ってあんな感じだから、きっと自分からは謝り辛いんだと思う。特に最近色々あって気が張ってるみたいだし。だから……」

大鬼「……だから?」

ヤマ「大鬼君に少し大人になってもらえると助かるなって。ダメ……かな?」

大鬼「……」

 

 彼女が優しく尋ねてみるも、言葉は返って来なかった。

 すると、彼女は下を向きながら別の、事の発端となる核心を恐る恐る尋ねた。

 

ヤマ「それとも……まだ『あの事』で勇儀……許せない?」

大鬼「……うん」

 

 「そうだよね」この時、彼女は素直にそう思った。もしそれが、自分が少年の立場だったらと考えると、とてもその先の言葉が出なかった。

 

大鬼「でも……」

 

 しかし、そこへポツリと呟かれた言葉は、彼女の顔を上げさせ、

 

大鬼「それとは話が別だから。だから……」

 

 そこから語られた言葉は、

 

大鬼「仕方がないから、自分から謝ってみる」

 

 彼女を心底安心させた。そのお礼にと少年の背中へ、

 

ヤマ「ありがとう」

 

 笑顔で感謝の言葉を送った。

 そして再び歩き始めた少年を「根はいい子なんだけどね」と見つめていた。2、3歩。歩いた距離はその程度。そこで少年が突然ピタリと歩行を止めた。

 

大鬼「ヤマメー……」

 

 懐かしい呼び名。最近では全く聞かなくなった呼び名。彼女にとっては違和感。だが違和感はもう一つ。少年の声は、震えていた。

 

ヤマ「ん?」

大鬼「また、みんな揃って……笑いながら、ご飯……食べれるかな?」

 

 少年の心の叫び。彼女は瞳に薄っすらと涙を浮かべ、少年にゆっくりと近づくと、

 

ヤマ「うん、きっと大丈夫。みんな揃うよ」

 

 背中を優しく摩りながら、少年の本当の願いをしっかりと受け止めた。

 この時少年15歳。それは少年と青年の狭間。取り扱いが難しい時期。




ようやくここに来てカズキ少年の漢字判明です。
これにはもう多くの方がお察しされていたと思います。そして、この《Ep.5 大和》はこの2人の話です。
ここまで……長かった。一安心です。


【次回:十年後:新しい決まり事(前)】


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十年後:新しい決まり事(前)

勇儀「うーん……」

 

 食事の支度を済まし、「夕食の時間までに」と筆をとってみたはいいが、

 

勇儀「思いつかない……」

 

 あと一つくらいは欲しいところ。私がこうして頭を抱えるのには訳がある。

 事の発端は去年だった。親友が外の世界へと大鬼の本当の親を探しに行き、その報告をそこの縁側で聞いていた時――

 

勇儀「そうかい……やっぱり見つからなかったか」

萃香「……うん」

 

 もう彼女にはずっと、それこそ10年近く大鬼の本当の親を探し続けてもらっていた。

 

萃香「()()()って名前さ、外の世界では割とよくある名前みたいでさ、ビックリしちゃったよ。もうあちこち観光気分で行って来よ」

 

 私に気を使わせない様に、陽気に話してくれていたけど、その苦労は計り知れない。

 

萃香「でもそういうのって、大体が子供にしろ、お爺ちゃんにしろ、ちゃんといてね〜。存在を確認出来なかったのは、産まれて来る前の子供くらいかな〜」

勇儀「そうかい、それじゃあ違うな」

 

 いつかは見つかると思っていた。けど……意を決して、内に秘めたものを伝え様としたその時、

 

  『あのさ』

 

 被った。「何か他に言いたい事でもあるのか?」と思い、

 

勇儀「なんだい? 先に言っておくれよ」

 

 発言権を譲る事にした。しかし彼女は、

 

萃香「えっ!? ゆ、勇儀からでいいよ」

 

 両手で「どうぞどうぞ」と勧めて来たので、そこは言葉に甘える事にした。

 

勇儀「萃香……もういいよ」

萃香「え?」

勇儀「大鬼の本当の親の事」

萃香「諦める……って事?」

 

 彼女のこの質問に私は黙って頷いた。本心を隠す様に、彼女の顔を見ない様に。

 

萃香「それ……本気?」

 

 この質問にも同様に答えようとしていた。でもそれは本心ではない。つまり『嘘』。私はこの時、初めて嘘をつこうとしていた。

 

 

ガッ!

 

 

 その瞬間、それを阻止する様に胸倉を掴まれた。

 

萃香「急にどうしちゃったのさ?! 大鬼とちゃんと相談したのッ!?」

勇儀「それは……」

 

 してないなかった。私の勝手な判断だった。

 

萃香「してないんでしょ? 私は大鬼と約束したよ! 『絶対にダイキの親見つけてあげるから』って。私、大鬼を裏切りたくない! 裏切れないよ!! 勇儀だってそのつもりだったんじゃないの!?」

 

 彼女の言う事は痛い程理解していた。その為に何度も何度も、何年も何年も、外の世界へ探しに行ってくれていたのだから。だからこそ、

 

勇儀「裏切りじゃない……」

 

 もう彼女の事を

 

勇儀「そういう事なんだよ」

 

 この呪縛から解放してあげないと。

 

勇儀「大鬼の親は……いないんだよ」

 

 もう考えられる事はコレしか無かった。それは残酷な、悲しい結末。初めて大鬼に会った時にはまだいたはず。でも、それから10年近く。今はもう……

 

萃香「……」

 

 私の胸倉を掴む手の力が抜けていくのを感じた。やがて小さな手が私から離れると、彼女は視線を落としながら語り出した。

 

萃香「なるべく考えない様にはしていたけど、実は私もそうじゃないかって……。外の世界でも、人知れず命を落とす人もいるみたいだし……もしかしたら、大鬼がこっちの世界に来ちゃって……ショックで……」

 

 やはり彼女も私と全く同じ事を考えていた。その事に気付くのは、きっと私よりも早かったはず。

 

勇儀「萃香、だからもう終わりにしよう」

萃香「でも大鬼には……」

勇儀「私から話す。それにお前さんもやりたい事、他にもあるだろ?」

 

 当てずっぽうで言ったつもりだった。具体的に何がしたいのかなんて知らなかった。

 でも私のこの質問に彼女は、

 

萃香「……うん」

 

 と答え、

 

萃香「やっぱり勇儀にはバレてたか……」

 

 と苦笑いを浮かべた。さらにそこから今度は明るい笑顔を作ると、衝撃的な事を言い出した。

 

萃香「本格的に地上に移り住もうと思ってるんだ」

 

 耳を疑った、目を丸くした、言葉が出なかった。

 

萃香「地上ではね、ここと同じくらい……ううん、それ以上の変化があったんだよ」

勇儀「……」

萃香「って言ってもパッと思い浮かばないよね? 博麗の巫女がかわったんだよ」

勇儀「え?」

 

 私が知っている博麗の巫女はまだ若かった。それも人間の年齢換算でだ。だから「性格的に?」とか「考え方が?」とかそっちの方で考えていた。

 でも、それは違った。

 

萃香「今度の博麗の巫女は女の子だよ。それこそ大鬼くらいのね」

勇儀「はぁーーーッ!?」

 

 ここ最近一番の驚きだった。彼女が地上に住むという事が、些細(ささい)な事に思える程の。

 

萃香「普通そうなるよね? でもそいつ、もう()()を解決しちゃったんだよね~」

勇儀「異変?」

 

 聞き慣れない単語だった。首を傾げる私に、彼女は地上で起きたその異変について、丁寧に説明してくれた。

 突然発生した紅い霧。それは昼でも日光を遮り、曇りと呼ぶには生易しいもの。その発生源は紅い洋館。そこへ小さな博麗の巫女が乗り込み、激闘の末勝利を収めたというものだった。しかもその主犯というのが、

 

勇儀「吸血鬼……本当にいたんだな」

 

 噂ぐらいでしか聞いた事のない一族。でも、

 

萃香「勇儀……私達がそれを言う?」

 

 それな。

 

勇儀「あの一族って言えば、私達に匹敵する力があるはずなのに……それを人間の小娘が一体どうやって……」

 

 純粋で素朴(そぼく)な疑問。話を聞けば誰だってそう思うだろう。すると、彼女は私の顔を覗き込みながら、

 

萃香「あ、気になっちゃう〜?」

 

 意味深な笑顔を浮かべて勿体(もったい)振った。この時、少々イラッ。

 

勇儀「いいから教えろよ」

 

 目を細めながらそう告げると、彼女は(ふところ)から紙を一枚取り出し、自慢気に見せつけて来た。

 

萃香「コレを使ったんだよ」

 

 この時、「で?」そんな私の心境を察したのか、彼女はそれがどういう物なのか説明してくれた。

 

萃香「ね? 面白そうじゃない?」

勇儀「ふーん……スペルカードルールねー……」

 

 光の弾で技の華やかさ、美しさを競う事を主とし、規定枚数を攻略されたら素直に負けを認める……か。

 

勇儀「苦手だなぁ、そういうの」

 

 と言うよりも、

 

勇儀「光弾出せないし……」

 

 こっちの方が由々しき問題。

 今まで完全実力主義の、力が主の世界で生きてきた私達にとって、このルールは不利以外の何物でもない。「素直に従ってやる必要も無いだろう」そう楽観的に考えていた。けど……

 

萃香「そんなに難しくないよ。コツを覚えたらすぐだって。それに、この世界で意見を通すには絶対に必要だよ?」

勇儀「そうかい」

 

 萃香は能力の事もあって、私よりも遥かに器用だ。単に私が不器用と言われてしまえばそれまでだが……そんな者から「簡単だ」と言われても……。

 

萃香「一先ずやってみる?」

 

 彼女はそう告げると、手をパンッと叩き、

 

萃香「はい、手を前に出して〜」

 

 勝手にコーチを始めた。あまり気乗りしないが、言われるがまま手を前へ。

 

萃香「意識を手に集中して〜」

勇儀「……」

萃香「バーン!」

勇儀「ば、バーン」

 

 静かに通り過ぎる風が心地良かった。

 

萃香「うん、今日はこれくらいにしとこ」

勇儀「おい、投げるな」

萃香「だって〜……もう教えられる事のなんて、こんな感じだもん」

 

 この時、つくづく「彼女は教える側の者ではない」と思った。誰がアレで理解しろと?

 

勇儀「はー……、やっぱりセンスないな」

 

 天を(あお)ぎながら猫背で思わず自虐。

 

萃香「そ、そんな事……ないと……思うよ…。多分……」

 

 目をキョロキョロと泳がせるな! 一々間を開けるな! 発言に自信を持たせろ!

 そんな私の心中を察したのか、彼女はスパッと話を切り替えた。

 

萃香「じゃあカードの名前だけでも考えたら?」

勇儀「先にか?」

萃香「そしたら『やってやるぞー』って気にならない?」

 

 「そういうものか?」と疑問を抱きながらも、2人でスペルカードの名前を考える事にした。

 彼女から「4つくらいあった方がいい」とアドバイスをもらい、4種類の技名を考案することに。2種類は直ぐに決まった。

 1つ目は『鬼符:怪力乱神』。私の能力の名前。

 2つ目は『四天王奥義:三歩必殺』。私の十八番の大技の名前。名前に『()()』とつけて格好良さをアップ。我ながら良いネーミングセンスだと思う。

 そして、3つ目。これには少々悩まされた。だが、2人で悩んでいた所に

 

??「お、萃香来てたのか」

 

 元、町のNo.2。現、呼び名だけが残った一般人。公式最強の鬼、私の父さんがノゾッと登場。すると、彼女が父さんへ事情を話し出し、巻き込む事に。その直後だった。

 

親方「なら父さんの技名をくれてやる」

 

 この鶴の一声で不本意ながらも決定。

 3つ目は『力業:大江山颪』。なんの捻りもない、そのままの、ゴリ押し感が全面に出た一枚。

 けど、そこまで。4つ目はなかなかしっくり来る物がなく、保留となった。

 

萃香「あとは、どういう形で魅せるのかと、やっぱり光弾だね。そこは……頑張れ!」

勇儀「はいはい。で? 萃香はもう作ったのか?」

萃香「へへ〜ん、見たい〜?」

 

 またしても私の顔を覗き込みながら、得意げな顔で勿体ぶる。この時、普通にイラッ!

 

 

ガシッ(萃香の角を掴む音)

 

 

勇儀「イ・イ・カ・ラ・ヤ・レ・ヨ!」

萃香「いだだだだぁーーーッ!」

 

 鬼の急所。さすがに効いた様で、彼女は角を(さす)りながら、

 

萃香「もうちょっと面白い反応してくれてもいいじゃん」ブツブツ

 

 口を曲げて分かり易く()ねた。

 

勇儀「そりゃすんませんね!」

萃香「もう……、おじさんもちゃんと見ててね」

親方「おうよ!」

萃香「『鬼符:ミッシングパワー』」

 

 聞き覚えのある、私にとっては馴染みのある技名だった。すると案の定、彼女は立ち所に巨大化。「そこからいったいどういうものに!?」そう期待を寄せ、瞬きをしない様に注目していた。

 

勇儀「……」

親方「……」

萃香「……」

 

 この日に吹く風は本当に心地良かった。

 

勇儀「え? 終わり?」

 

 思わず本音がポロリと。

 すると彼女はスルスルと元の大きさに戻り、出てもいない額の汗を拭いながら、

 

萃香「ふ〜っ、スキルブレイクで私の負けだね」

 

 眩しい笑顔。

 

  『おいっ!』

勇儀「そんなのいつもと同じじゃないかよ。光弾関係ないだろ」

萃香「そこは……現在検討中って事で」

勇儀「あのなー……、私は手本が見たいんだよ」

 

 そう告げると、

 

萃香「分かったよ、見せればいいんでしょ? 見せれば……」

 

 またブツブツと。でも「おふざけはここまで」とでも言うように、真剣な表情を浮かべると、

 

萃香「危ないから上でやるよ?」

 

 上空へ高々とジャンプ。そして……

 

萃香「『百万鬼夜行』!」

 

 その途端、光弾が彼女を中心にゆっくりと渦を巻く様に現れた。大・中・小の3種類の大きさの玉が赤や青といった光を放ち、それは私の心を掴んだ。

 

萃香「よっと、どうだった?」

親方「いや、見事! 祭りの後にやって欲しいくらいだ」

勇儀「あぁ、見事だったよ」

萃香「ありがとう。でもそれだと勇儀の負けだからね。これは如何(いか)に自分の意思を貫けるかが重要なんだから」

勇儀「き、肝に銘じておくよ」

 

 いやに熱心に語る彼女の迫力に圧倒されっぱなしの私。それでもどこか他人事の様に思っていた。でも、そうは言っていられない事態になっていると、その後に気付かされた。

 

萃香「じゃあいいね、これで()()()には伝わったかな?」

勇儀「は? みんな?」

萃香「うん、みんな。キスメ、ヤマメ、パルスィ、それに地霊殿の一家」

勇儀「ま、待て待て! もう全員この事を知っているのかい?」

萃香「うん、知ってるよ。私が話したらみんな直ぐにスペルカード作ったよ。キスメは、『フッフッフ……、それなら萃香に投げ飛ばされた時のが丁度良い…』って言って一枚作ったし、ヤマメは『元々の技があるから、それを使うよ』って」

 

 この時点で既にイヤな予感がしていた。それを確かめるため、いつも通りに尋ねるつもりだった。だが、気持ちが先走った。

 

勇儀「ヤツは? パルスィは!?」

 

 私は彼女の肩を掴んで揺すりながら尋ねていた。

 

萃香「へ!? ぶ、分身する技あるでしょ? あれ使うって言ってたよ」

 

 「マズイ」と直感した。

 しかもヤツ等妖怪達は妖術、秘術といった(たぐい)が大の得意だ。だからこそ、祭の時に見回り役を時間制で協力してもらっていた。「何かあれば光弾を打ち上げる様に」って。もうヤツ達は自分のスペルカードを作り、競える様になっていると考えて間違いなかった。

 出遅れ。置いて行かれた。そして感じる身の危険。

 

勇儀「こんな状態でヤツに勝負に挑まれたら……」

萃香「や、やばいよねぇ〜……」

 

 もう腹は決まった。己を守るために、安心して眠るために、明るい未来を獲得するために!

 

勇儀「修行じゃーーーっ!」

 

 私は拳を握りしめて立ち上がった。と、そこに現れたのが、

 

??「ん? どうしたの?」

 

タイミングは……最悪。




開始早々、回想シーンでした。

【次回:十年後:新しい決まり事(後)】


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十年後:新しい決まり事(後)

 

勇儀「お、おぅ。おかえり」

親方「お、帰ったか」

 

稽古から帰って来た大鬼。道着姿で登場。

 ずっとスペルカードの事で頭が一杯になっていて、あの事をどう伝えるべきか考えていなかった。でも、ずっと黙ったままにしておくなんて事は(もっ)ての(ほか)

 再び訪れた難題に頭を抱えていると、

 

 

クイッ、クイッ

 

 

(すそ)(つか)まれた。というより引かれた。「なんだ?」と視線をそちらへ向けると、

 

萃香「ふわぁ〜〜〜っ」

 

美味しそうなスイカが食べ頃を迎えていた。

 

勇儀「またかよ……」

 

思わず本音。昔は気兼ねなく話せる仲だったのに、ここ最近それがリセットされつつある。しかも週1回は必ず会っているのにも関わらずにだ。

 で、大鬼の方はと言うと――

 

大鬼「あ、()()()()来てたんだ」

 

と、変わらぬ接し方。まあ、呼び方は年相応にはなったけどな。

 ここだけの話、彼女(いわ)く「日に日に磨きがかかっている」らしい。つまり、眩し過ぎて直視出来ないらしい。幸せな悩みだと思う。

 それはそうとして、

 

勇儀「な、なあ大鬼……」

大鬼「ん?なに?」

 

伝えるなら、

 

勇儀「実は……」

 

決心が揺らがないうち……

 

勇儀「もう……」

 

今しかない。

 

勇儀「お終いにしようと思うんだ。お前さんの……

   その……お、親を、な。……さ、探すのを」

大鬼「えっ?」

 

耳を疑ったのだろう。「まさか」と思っただろう。「きっと見つけてくれる」そう信じていたのだろう。そう思うと大鬼の顔を見る事ができなかった。

 苦し紛れに萃香へ視線を移せば、私と同じく視線を横に外し、父さんへと視線を向ければ、腕を組んで難しい表情を浮かべていた。

 

大鬼「いいよ」

  『は?』

 

あっさりと出たその言葉に、今度はこちらが耳を疑った。

 

勇儀「ちょちょちょっと待った!本当にいいのか?

   何でだ?会いたくないのか?」

大鬼「うん……それよりも()()()まだ探してくれて

   いたって方が、()()()()()よ」

 

「そっちかよ!」

 

と叫びそうになった。いや、心の中では大絶叫していた。

 

大鬼「あと、会いたくないって言えば違うけど、

   今見つかって『私が親です』って言われたと

   ろで……って感じだし。それに……」

 

そこまで語ると、大鬼は無言で私をじっと見つめ始めた。その視線の意味と話の続きが気になり、尋ねてみたが、

 

勇儀「それになんだい?」

大鬼「別にぃ〜」

 

視線を外され、はぐらかされてしまった。結局何が言いたかったのか分からず、頭の中に『?』を浮かべていると、

 

大鬼「それよりもさ、頼みがあるんだけど……」

 

このパターン。続く言葉は多分、

 

大鬼「お小遣い頂戴」

 

やっぱりな。頼みと言えば、こればっかり。しかもその使い道には……ため息しか出ない。

 

勇儀「この前あげたばかりだろ?」

大鬼「分かってるよ。だからそっちじゃなくて」

勇儀「へー……今月最初のチャレンジはもう使うの

   かい?」

 

そう尋ねると大鬼は覚悟を決めた目で、力強く頷いた。

 私と大鬼との間で新しく決めた事。それは毎月の小遣いの他に小遣いが欲しければ、力づくで奪うという事。そのチャンスは毎月4回まで許される。チャレンジ回数は、翌月への持ち越しは不可。だが、まともに私と1対1で勝負したら大鬼に勝ち目はない。だから私には()()()()を設ける。

 

勇儀「待ってな、今準備する」

 

大鬼に外で待つように告げ、

 

勇儀「萃香、ちょっといいか?」

 

親友を呼び寄せ、家の中へ。

 

萃香「意外だったね」

勇儀「ああ、大鬼の中ではある程度整理がついてい

   たのかもな」

 

廊下を歩きながら、2人で安心していたと思う。けど、彼女を呼んだのは他でもない。あの事をどうしても聞いておきたかったからだ。

 

勇儀「あのさ、さっき地上に……」

 

そこまで話しただけで彼女は察してくれた。

 

萃香「うん、今地上は変わろうとしているんだよ。

   新しい博麗の巫女のおかげで。平和的に解決

   できるスペルカードルールのおかげで」

 

そう語る彼女の口調は、どこか楽し気で、希望に満ちていた。それを私はただ無言で耳を傾けていた。

 

萃香「私思うんだ。きっと近い内に、人間も妖怪も

   鬼も吸血鬼も、種族の枠を超えて、みんなが

   仲良くなれる日が来るんじゃないかって。

   だから……」

勇儀「協力してあげたい……か?」

 

私のこの質問に、彼女は強い視線を向けながら深く頷き、再び口を開いた。

 

萃香「他にもね、何度も外の世界に行っているうち

   に、八雲紫とも仲良くなっちゃってさ」

勇儀「え゛っ!?」

萃香「外の世界に行くのに彼女の能力を使っていた

   んだ」

 

内心、「そうなんだ」と直ぐに納得出来なかった。それよりも先に訪れていた感情は、焦り。「大鬼の事を知られてはいないだろうか」という不安。知られたところで直ぐに困る事はないだろうけど、「なぜ?いつから?どうやって?」といった疑問が浮上するのは目に見えていた。さらに最悪の場合、極一部の者しか知らない秘密にでさえ触れかねない。もしその様な事にでもなれば……

 そんな私の心境を覚ったのか、彼女は慌てた様に

 

萃香「あ、でも安心して。大鬼の事は言ってないか

   ら。いつも『探し物をして来る』って言って

   あるから」

 

それを否定した。でも誤魔化し方が……

 

勇儀「そんな抽象的な言い方で、よくその先に踏み

   込まれなかったな」

萃香「不思議だよね。彼女甘い物が大好きでさ、

   私が外の世界に行く度にお土産を買って来て

   あげたからかな?」

 

あどけない笑顔で、気軽に、何気なく答える彼女。だが私は聞き逃さなかった。いや、聞き流せなかった。

 

勇儀「鬼が外の世界で買い物!?」

萃香「うん、結構普通に出来たよ。みんな私の事を

   本当の鬼だと思ってないみたいでさ。なんて

   言ったけ?『コスプレ』とかだと思っていた

   みたいだよ」

勇儀「コスプレ?」

萃香「いもしない人の衣装を着て、真似する事を

   そう言うんだってさ。でも、毎回子供扱い

   されたのは少し腹が立ったけど……」

 

彼女からすれば人間の成人と言え、赤子以下。その者達から子供扱いされていたとなると、怒りも湧くだろう。けど、彼女を足元から頭のてっぺんまで眺めると、

 

勇儀「あははは……」

 

妙に納得。苦笑いで返すしかなかった。

 

萃香「……隠せてないから」

勇儀「わ、悪い悪い。それで?幻想郷の創設者様と

   仲良くなってどうしたって?」

萃香「うん、彼女も新しい博麗の巫女に期待を寄せ

   ていて、今後の幻想郷についても色々考えて

   いるみたいで……協力して欲しいって頼まれ

   てるんだ」

 

希望していたところへ、正式なオファー。ともなれば、彼女はさぞ嬉しかっただろう。

 

萃香「それにね」

 

彼女はそう呟くと拳を握りしめ、

 

萃香「さっき見せた『百万鬼夜行』。私一押しの、

   自身有りの技なんだ。誰にも負けないと思っ

   てる。アレでその巫女と勝負したいんだ。

   その為なら『異変』だって……」

 

その熱い胸の内を明かしてくれた。

 鬼は闘いが好きな種族だ。特に私なんかは、強い者と遭遇した時、その衝動に駆られて真っ向に勝負を挑みに行くだろう。それは彼女も同じ。という事なのだろう。

 で・も!

 

勇儀「異変って要は騒ぎの事だろ?こっちにも影響

   を出す様な事はするなよな」

萃香「う、うん。その時は気を付ける……」

 

彼女の熱意は充分過ぎる程伝わった。だから、

 

勇儀「萃香、行ってこいよ」

萃香「うん、ありがとう」

 

笑顔で彼女を送り出そう。

 

 

--女鬼準備中--

 

 

勇儀「よし、どこからでも掛かって来な」

 

制限時間は3分。その間に、

 

大鬼「お願いします!」

 

この右手に持ったどこにでもある(さかずき)

 

大鬼「さん…」

 

その中の水を一滴でも(こぼ)させる事が出来れば良し。大鬼の勝ちだ。

 

勇儀「やれやれ……」

 

両腕を正中線上で縦1列。その姿勢のままゆらり、ゆらりと木の葉が舞い落ちる様に近付いて来る。やる気がない様に見えるが、視線はヤル気満々。真っ直ぐ前。私をロックオン。どれもこれも中途半端。こんなものでは…。

 

大鬼「ぽひっ」

勇儀「あまい」

 

袖口を掴んで軽く、ゴミを放る様に

 

 

ポイッ

 

 

相手をするまでもない。投げ飛ばした大鬼は空中で一回転。

 

大鬼「あー、びっくりした」

 

受け身はきちんと取れた様だ。そこは流石。長い事親友の親父さんに、稽古をつけてもらっているだけはある。けど……

 

勇儀「やるなら『やる気』をもっと隠せ!そんなの

   じゃ警戒されて当然だ!それとお前さんの技

   は、自分から仕掛ける物じゃないだろ?!」

 

未だに肝心なところが全然。そして私がこうアドバイスを送ると必ず、

 

大鬼「分かってる!」

 

怒る。で、次には……

 

大鬼「あ゛ーーーっ!」

 

猪の様に真っ直ぐに向かって来る。ホント、毎回毎回……ワンパターン。

 最初の一手。左脚を軸にヒラリと躱す。

 次の一手。右足で大鬼を引っ掛け、体勢を崩す。

 最後の一手。倒れた大鬼へ渾身の左ストレート

 

 

ピタッ

 

 

を顔の目の前で寸止め。

 

勇儀「私が教えたのは、こういうやつだったはずだ

   が?」

 

昔の方が出来ていた。成長していくに連れ、力が付いていくに連れ、力任せになって本質を見失っている。

 親父さんからは、「大鬼は技の成長は早い」とお褒めの言葉をもらっている。でも同時に、「心の成長がまだまだ」とも。すぐムキになったり、冷静さを失ったり、これじゃあまるで……

 

大鬼「スキありっ!」

 

考え事をしている不意をつかれ、左手を取られた。そしてそこに加わる、親指方向への回転。

 

勇儀「マズイッ!」

 

腕に力を込め、回転に急ブレーキ。体勢を崩したが、なんとか堪えた。「危ない危ない」そう安心し、ため息を吐いたのも束の間、

 

 

ピシャ

 

 

顔にかかる水滴で思い知らせられた。

 

大鬼「はい、勝った」

 

勝負有り……と。

 

勇儀「待て待て!今のはなしだろ?!」

大鬼「はーーーっ!?」

勇儀「アドバイスをしてる最中だったじゃないか」

大鬼「そんなの頼んでないし!勝手に始めたんで

   しょ!?それに油断していたのが悪いんじゃ

   ん!」

勇儀「あのタイミングは来るとは思わないだろ!」

 

どっちも引かずの睨み合い。と、そこに仲裁に入って来たのが、

 

親方「がっははは!」

 

大きな高笑い。

 

親方「勇儀ちゃんの言い分は分かる。確かにその通

   りだ!」

大鬼「()()()()()ッ!?」

勇儀「ほれ見ろ」

 

腕を組んで頷きながら語る父さん。「味方が出来た」そう思っていた。でも、

 

親方「だがどんな理由だろうと、結果は結果。勇儀

   ちゃんには悪いが、今回は大鬼の勝ちだ」

勇儀「父さんッ!?」

大鬼「ほれ見ろ」

 

形成逆転。出された結論は私の敗北。そして、してやったり顔を浮かべる生意気小僧。さらに手を前に出して、

 

大鬼「約束っ!」

 

「物を出せ」と。けど今は生憎、

 

勇儀「手持ちがないんだ。また今度でいいか?」

 

出せるだけの額がない。というよりも、大きな金額しか持ち合わせていない。だから「少し待って欲しい」そう尋ねた。しかし、大鬼は表情を曇らせ、

 

大鬼「えっ……」

 

とても悲しそうな声を出した。「何か訳がありそうだ」とそこまでは気付いていた。でもそれ以上の事は分からず、

 

勇儀「何か困るのか?」

 

何気なく尋ねた。

 

大鬼「……」

 

返事なし。ただ一瞬向けた視線。その先は――

 

勇儀「大鬼、ちょっと来い」

 

大鬼を呼び、父さんと親友から距離を取り、肩に腕を回して引き寄せた。と、同時に大鬼の懐へコッソリと……それには大鬼も気が付いた様で、目を丸くしていた。

 

勇儀「私は罰則で金銭の貸し借りが出来ない。

   それは知っているな?」

大鬼「う、うん」

勇儀「だからそれはやる」

大鬼「へっ!?」

勇儀「バカッ!声がデカイ!!」

大鬼「ご、ごめん」

勇儀「ただ一つ約束して欲しい。私も訳あって修行

   しなといけなくなった。だからその時が来た

   ら、手伝ってくれ」

大鬼「う、うん。約束する」

勇儀「よし、じゃあそれで萃香と一緒に楽しんで来

   い!」

 

そう告げて背中を強めに叩くと、大鬼の顔が瞬く間に赤くなった。どうやら私の見解は正しかった様だ。

 やがて頬の赤みが引いた頃、大鬼は大きく深呼吸をして、彼女の下へと勇ましく歩き出した。そして、それが私から親友に送る餞別(せんべつ)だった――

 

勇儀「あの頃から……いや、もう少し後?」

 

大鬼が私に素っ気なくなり、反抗し始めたのは…。

 やはり相談無く、親探しを打ち切りにしてしまった事を根に持って……「もう一度ちゃんと話をしよう」そう決心した矢先、

 

 

ガラガラガラッ

 

 

玄関の方から扉が開く音。そして近付くゆっくりとした足音。

 

大鬼「……ただいま」

勇儀「お……おかえり」

 

あんな事があった後、いきなり話を切り出すにはタイミングが悪過ぎる。とは言えだ。

 

  『あのさ』

 

見事にタイミング良く……

 

勇儀「なんだい?」

大鬼「……」

 

発言権を譲ってみるが、下を向いて無言。暫く様子を見守ってみる事に。で、

 

大鬼「何か用?」

 

ようやく出た言葉がコレ。バトンをこちらへ渡して来た。だが、私も心の準備が出来ていない。それで咄嗟に出たのが、

 

勇儀「あ、明日修行手伝ってくれるかい?」

 

全く関係無い事。すると大鬼は大きく吐きながら、ガックリと肩を落とし、

 

大鬼「分かった」

 

それだけを言い残して自室、離れへと歩き出した。

 

勇儀「もうすぐで飯だからなーっ!」

 

大鬼が成長してくれて、強く逞しく育ってくれて、最近思う事がある。

 

大鬼「……」

勇儀「おい返事ッ!」

大鬼「へーい」

 

何を考えているのか分からない。

 

 

悩みの種だ。

 

 




【次回:十年後:ある日の出来事_地霊殿組】
ちょっとしたサイドストーリーです。


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十年後:ある日の出来事_地霊殿組

◆    ◇

 

 

フラフラ〜

 

 

右へ〜左へ〜と、やる気を一切感じられない様子で町外れを飛行。

 それはやがて自身の何倍もある大きな、大きな門の前へ。そこはかつての町の長達が住んでいる古風なお屋敷。町の者でさえも、恐れ多くて余程の事が無い限りは近付こうとはしないお屋敷。その巨大な門をノック、もしくは「たのもー」と大声を上げるのかと思いきや――

 

 

フラフラ〜

 

 

高度を上げて勝手に侵入。これは犯罪。(まご)うことなき不法侵入である。屋敷の者に見つかればお(しか)りを受けるところ。しかし運の良い事にそこには誰もおらず、

 

 

フラフラ〜

 

 

不法侵入は続く。否、過激になっていく。

 次なる目的地は玄関――

 

 

フラフラ〜

 

 

かと思いきや、庭先へと移動。そして中へと入れる場所を見つけると、これまた

 

 

フラフラ〜

 

 

躊躇(ちゅうちょ)なく屋敷の中へ。だが、

 

 

ガッ!(??の服を掴む音)

 

 

ついに現行犯逮捕。

 

 

◇    ◆

 

 

他の部屋の倍はある広い部屋。そこでは……

 

??「うー……」

 

1人頭を抱えて唸り声を上げる者が。そこへ、

 

 

コンコン……

 

 

丁寧なノック。

 

??「どうぞ」

 

彼女の了承と共に開かれる扉。部屋へと入って来たのは、

 

??「さとり様そろそろお昼にしませんかニャ?」

 

猫娘。

 時刻はまもなく正午を迎えるところ。町では既に仕事の休み時間が始まり、外食目的の客達が列を成していた。

 

さと「ふー…。そうね、そうします」

 

鉛筆を机の上へ置き、大きなため息。そして椅子にもたれ座り、ぼんやりと遠い視線。

 

お燐「……」

さと「……」ボー

お燐「……さとり様?大丈夫ですかニャ?」

さと「えっ!?あ、うん。ごめん。お昼ご飯よね?

   今日の当番は誰だっけ?」

お燐「こいし様ですニャ」

 

ここ地霊殿の家事全般は当番制。その日によってそれぞれの役割分担が異なる。という事に形式的にはなっているが……

 

さと「何にするって?用意はしてあるの?」

お燐「そ、それが……また何処かに……ですニャ」

さと「またぁーッ!?いつもフラフラと……」

 

ばっくれも多い様で、

 

さと「もー…、分かりました。今から支度します」

お燐「え!?さとり様いいですニャ。あたいが作り

   ますニャ」

さと「お燐は昨日当番だったでしょ?それに妹の不

   手際の責任は、姉である私が負うものです」

 

彼女の苦労は絶えないようだ。

 

お燐「でもさとり様……」

さと「いいの、やらせて。気分転換したかったし。

   気持ちだけもらっておきます」

 

彼女はそう言い残すと、立ち上がって扉へと歩き出した。

 すると部屋から出る直前、何かを思い立ったかの様に「あっ」と呟くと、

 

さと「でも折角だから、他の子達にご飯を上げてく

   れる?」

お燐「わ、分かりましたニャ……」

さと「お願いね」

 

大量のペット達の昼食の用意を笑顔で頼み、部屋から出ていった。

 広い部屋に取り残された猫娘。一人ポツリと呟くのは、

 

お燐「さとり様、それはさとり様の当番ですニャ。

   ご自身で朝昼兼用で上げてましたニャ……」

 

主人の多忙ぶり。それも数時間前に自分が何をしていたのかでさえ忘れてしまう程の。

 

お燐「さとり様働き過ぎニャ」

 

主人の苦労はペットの苦労。彼女もまた、人知れず色々と気を使っている様だ。

 

 

--少女調理中--

 

 

さと「はい、お待ちどうさま。こいしの分はあるか

   ら、遠慮しないで食べてね」

 

この日の地霊殿の昼食は、

 

お燐「久しぶりニャ」

??「にゅっはー♡オムライスだ」

 

みんな大好き、オムライス。薄くひいた卵にチキンライスを入れ、コロリと閉じた定番の、昔ながらのアレ。分類は卵料理という事もあり、

 

??「た・ま・ご♫た・ま・ご♫」

 

一際テンションが上がる者も。

 好物:ゆで卵、得意料理:ゆで卵、作れる料理:ゆで卵のみ。灼熱地獄管理人、地獄鴉のお空こと霊烏路(れいうじ)(うつほ)である。

 

さと「はい、ケチャップ。出し過ぎ注意ね」

お空「はーい」

 

卵の上から掛けるソースを主人から受け取ると、(あご)に人差し指を添え、

 

お空「ん〜、何描こうかな?」

 

()()()の悩み事。そして「コレにしようと」決意し、描いたのは――

 

お燐「コレ(ニャに)ニャ?」

 

楕円にギザギザ。お察しの通り、

 

お空「ヒビ割れたゆで卵」

 

である。卵の上にまた卵を描くという斬新さ。ある意味芸術。裏を返せば「そんなに好きか?」である。

 

お空「はい、お燐」

 

そして手渡されるバトン。

 猫娘はそれを受け取ると、悩む事なく、躊躇(ためら)う事なく、遠慮する事なく大きく『♡』印を描き、その中に『大』の字。そこから更に続けて描こうしたところで、

 

さと「はい、おしまーい」

 

取り上げられる。

 

お燐「えーっ、さとり様酷いニャ」

さと「出し過ぎ注意!」

 

黄色い背景に、赤い『♡』印。その中には『大』。風情のある斬新な大文字焼きの出来上がりである。コレもある意味芸術。裏を返せば「そんなに好きか?」である。

 そして取り上げたバトンを手に、ペットの2人が見守る中、

 

 

ササッ

 

 

主人が素早く描いた、もとい書いたのは、二文字のカタカナ。意味はバカ、アホ、ドジに似た悪口の文字。芸術感なしの、どストレートなもの。

 だがそれでも、

 

  『あー……』

 

裏を返せば「そんなに好きか?」なのである。

 

さと「ふんっ!」

 

彼女は頬を少し染めると、その二文字をスプーンでグシャグシャっとかき消し、

 

さと「いただきます」

 

遅めの食事の挨拶。

 

 

◆    ◇

 

 

ぶら〜ん

 

 

首根っこを柱の出っ張りにかけられ、干される不法侵入者。当然の末路である。

 さぞ己の行動を反省し、悪怯(わるび)れる表情を浮かべているかと思いきや、

 

??「……」

 

ザ・無表情。光の消えた、死んだ魚の目。口はポカーンと栗状態、『口みたいな栗しやがって』である。

 そんな罪人を見つめるのは、

 

??「スー…、フー〜。全く……」

 

旧町の長にして、現町のNo.2の権力者。星熊勇儀の実の母。棟梁様である。

 

棟梁「毎回毎回…『勝手に入って来てはいけない』

   と注意しているはずですよ?」

 

棟梁様からのこの言葉にでさえ、罪人、

 

??「……」

 

無言を貫き通す。その態度に棟梁様、煙管を吸い込むと、ため息と共に煙を勢いよく吐き出した。

 

棟梁「それで?今日ココへ来たのは『()()()()』で

   いいの?」

 

彼女のこの質問に、罪人はようやくコクリと生命反応を見せた。

 

 

◇    ◆

 

 

お空「うにゅ〜♡さとり様美味しいです」

 

頬に手を当て、満面の笑みを浮かべる地獄鴉。さぞ気に入った様である。

 

さと「あ、ありがとう。お昼からも頑張ってね」

 

だがその言葉を送られた方は、どこか困り顔。そんな2人を他所に、唯一彼女だけが、

 

お燐「フーッ!フーッ!フーッ!」

 

天敵と格闘中だった。頃合いを見計らい、決意を胸に口へと運んでみるも、

 

お燐「あつッニャ」

 

なかなか適温にはならない。だがコレもまた()()()である。

 

さと「お燐ごめんね。冷ます時間が無くて」

 

普段であれば彼女の分のみを先に作り、時間をかけて充分に熱を取るところ。

 しかし度々起こる臨時の事態ではその時間は無く、この様に他の者とご一緒の提供となってしまうのだ。そしてその都度、彼女は酸欠寸前の覚悟でフーフーを余儀なくされる。

 

お燐「さとり様大丈夫ですニャ。ゆっくり食べます

   ニャ」

 

主人が臨時で作ってくれた昼食。文句などない。(むし)ろ感謝しかない。が、

 

お燐「あっつ!ニャ」

 

食べられない。と、そこに

 

お空「うにゅ〜♡さとり様美味しいです」

 

入るリピート。しかも一字一句異なる事なく。その表情でさえ全く同じである。だがコレもまたまた()()()。いつもの事。故に、

 

さと「あ、うん…。ありがとう」

 

主人からすれば、その扱いは慣れたもの。例えその回数が、16進数で2桁目へ突入しようとしていても。と、ここに来てようやく訪れる変化。

 

お空「ごちそう様でした」

 

それは無限ループからの脱出のお知らせ。その途端、ドッと湧き上がるため息。彼女達の食事の時間は、終始リラックス出来るものではない様だ。

 

 

--猫娘食事中--

 

 

お燐「ご馳走様でしたニャ」

お空「さとり様ごちそう様です」

 

ようやく完食した猫娘。

 永遠フーフーしているのかと思いきや、それは最初の方だけ。適温になってしまえば彼女の土俵。ペロリと瞬く間にオムライスを平らげたのだった。

 

さと「ふふ、お粗末様でした」

 

笑顔で食事を終えた食器を重ねていく地霊殿の主人。だがそこに、

 

 

ふわ〜…

 

 

と漂う優しいバターの香り。「みんな食べ終わったのに」と疑問に思う主人だったが、直ぐに察した。そして匂いの下に視線を向けるとそこには、

 

??「うん♪上手に出来た♪」

 

地霊殿の主人の妹君、無意識の達人の姿が。

 

さと「こいし!あなた何処に行っていたのよ!」

 

怒り口調の姉。いや、怒っていた。それもそのはず。理由は……言わずもがな。

 

こい「ご、ごめんごめん。つい見入っちゃって……

   代わりに夕飯やるから♪」

さと「……約束だからね?」

こい「うん♪約束♪」

 

一先ず丸く収まった姉妹。だが、姉には2点ばかり気になる事がある様で……

 

さと「それ何?今日のお昼ご飯はオムライスよ?」

 

妹の手元に置かれた物体。それは姉である彼女が作ったチキンライスの上に、オムレツが乗った言わば『チキンライスのオムレツ丼』。

 こうなってしまったのには訳がある様で……

 

こい「知ってるよ♪でも私、卵で閉じられないもー

   ん♪」

 

技術不足だった。だがこれが、

 

こい「でもね♪真ん中に~♪こうやって切れ目を入

   れて広げるとー……」

 

 

ふわっふわ〜♪

 

 

  『おーーーっ!!!』

 

革命をもたらした。

 

こい「ね?簡単に出来るでしょ♪」

お燐「卵がふわふわニャ!」

お空「にゅは〜!こいし様一口、一口だけ!」

 

目を輝かせる乙女達。初めて見る形状のオムライスに、全神経が釘付けになっていた。

 

さと「あなたコレ何処で覚えたの!?」

 

普段の形状を作った者としては気になるところ。しかし妹は眉を八の字にすると、首を傾け、

 

こい「ん〜……勘?」

 

まさか発言。コレには家族一同、絶句。彼女の隠された感性に言葉を失った様だ。コレが姉の気になった1つ目。

 そして2つ目が、

 

さと「へー、凄いわね。それで何処行ったの?

   『見入ってた』って言ってたけど?」

 

コレ。何処で何をしていたのかである。尋ねられた妹君は、自作のオムライスに舌鼓をうち、飲み込んだ後、笑顔を見せながら答えた。

 

こい「片角の鬼さんの所♪」

 

この発言に過剰反応を見せる

 

さと「ちょっと待ったー!」

 

姉。と、

 

お燐「ずるいですニャ!」

 

猫娘。何を隠そう、この日のその時間、そこでは、

 

お燐「大鬼君のお稽古見ていたんですかニャ!?」

こい「そだよー♪」

 

少年が師を相手に鍛錬の成果を披露していた。

 

  『ど、どうだった?』

 

少しばかり頬を赤らめ、妹君に迫る者は2人。

 

お空「あーん」

 

大きく口を開けて妹君に迫る者は1人。

各々がそれぞれの目的で妹君に迫る中、彼女は自作のふわふわオムライスをスプーンで(すく)い、それを明るい表情で目の前の大きな口へと運びながら、2人の疑問に答えた。一度に3人を相手にしたのだ。

 

こい「面白かったよ♪」

  『は?』

こい「大鬼君ね、空中でグルッてなって、地面にグ

   シャッて♪」

 

それは見るも無残な光景。師に技をかけようとしていた少年が、逆に師に捕まって縦方向の回転を加えられ、そこへ追い討ち。地面へと叩きつけられた瞬間だった。想像しただけで……

 

  『おうふ』

 

痛い。

 

さと「それ大丈夫だったの?」

こい「さー…、動かなかったけど、生きてはいると

   思うよ♪その後すぐに帰って来たから分かん

   なーい♪」

 

一番大事なところを見ていない妹君。だがそれは今に始まった事ではない。屋敷の工事の時も(しか)り、彼女からの報告は必ず肝心なところが抜けているのだ。

 

お燐「大丈夫かニャー…」

 

視線を落として少年を心配する猫娘。その気持ちは彼女の主人とて同じ。今すぐにでも、

 

さと「棟梁様に渡さなきゃいけない物があるから」

 

「安否を確認しに行きたい」

 

さと「だから……」

 

そんな気持ちでいっぱいだった。

 

さと「行って来てくれる?お燐」

お燐「は、はいニャ!」

さと「今取って来るから、出掛ける準備をして」

 

だが今の彼女は町の長。やらねば、決めなくてはならない事が山の様に盛沢山。そんな中、自身の気持ちを優先する様な、軽はずみの行動は…。

 自室へと続く屋敷中央の階段。そこを上りながら、彼女が今思う事。それはかつてその下で、1人の小さな少年と口論をした事。恥ずかしい思いをさせられた事。そして、そんな少年に背後から心を射抜かれた事。

 

さと「お燐、応援しているからね」

 

彼女はそう自分に言い聞かせる様に呟いた。

 

さと「あ、でもたまには揶揄(からか)いに行こうかな?」

 

 

◆    ◇

 

 

ぶら〜ん、ぶら〜ん……

 

 

干された状態から解放されたのは良いが、依然として首根っこを掴まれ続ける罪人。だがその表情は無表情ではあるものの、心なしか「満更でもない」といったご様子。どうやらコレがこの罪人の(あつか)い方のデフォルト、『持つとしたらこう』の様だ。

 そして棟梁様によって運ばれた部屋は、書物が多数置かれた部屋。棟梁様の自室だった。彼女は罪人から手を離すと本棚の前に立ち、一冊の分厚い、掌よりもやや大きい本を取り出した。そこに書かれた文字は、ひらがなでも漢字でもカタカナでもない文字。地底世界では見慣れない文字だった。

 彼女はその本を机の上へ置くと、

 

棟梁「ほら、貸してみなさい」

 

掌を罪人に見せ「物をよこせ」と命じ、罪人はスッと素直に手にしていた紙を手渡した。紙を受け取った棟梁様、それを流し読みしていき、あるところでピタリと視線を止めると、

 

棟梁「えーっと、この単語は……」

 

先程の分厚い本を開き始めた。そう、彼女が開いているのは辞書。そして手にした紙は、

 

 

棟梁「はいはい、読みますよ?

   『こんにちは、私の友達。手紙ありがとう。

    私は最近ヘカーティア様と一緒に、スペル

    カード作りを楽しんでいます。今度スペル

    カードで遊ぼう。クラウンピースより』

   ですって」

 

罪人の友人からの手紙。その文面は語るには困難。実態は、

 

『Hello , My friend. Letter thank you ね!Ataiは

 最近 My master と Spell card making を enjoy

 してるね!今度Spell card で Let’s playね

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆Clownpiece』

 

と文法無視の2種の言葉が入り混じった怪文書。馴染みのある言葉のみを読んだところで、内容を把握出来るはずもない。そこでこの罪人、馴染みのないこの言葉を翻訳出来る者がいると小耳に挟み、(かね)てから友人から手紙が来る度に、棟梁の下へと訪れていたのだった。しかも

 

棟梁「返事、書くの?」

 

このサポート付きで。と、そこに

 

 

◆    ◆

 

 

??「ごめんくださーいニャ」

 

来客。地霊殿の猫娘である。

 

棟梁「はーい、少々お待ちください」

 

返事と共に部屋を出て行く棟梁様。そしてその後をフラフラとした飛行で追う罪人、もとい地底世界の希少生物。

 

??「ゾンビー」

 

間も無く2人は出会い、目と目が合った瞬間にお互いが一目惚れ。その勢いは「か、か、か…。かわい~~~~!」だったとか。そしてあっさり主従関係を結び、晴れて希少生物は地霊殿の家族の一員へ。

 やがて猫娘は彼女の名前を付けたスペルカードを作り――

 

 

--ある日--

 

 

??「もう散々猫の姿の貴方と戦った気もする

   けど」

お燐「人間の貴方を殺して、業火の車は重くな

   る~♪あー死体運びは楽しいなぁ!」

 

本心を隠す様に、覚られない様に見せる狂気。少女の目の前に立ち塞がる彼女の目的は、他のところ。

 

お燐「(みん(ニャ)、早く大鬼君の所に……)」

 

そしてその言葉を皮切りに始まる光の弾の撃ち合い。美しく見せた方の勝ち。この世でもっとも無駄なゲーム。スペルカードルール。それは徐々に激しさ、美しさを増していき、やがて宣言される。彼女のカード。

 

お燐「『呪精:ゾンビフェアリー』」

 

 

 




主、オムライスは大好きです。
卵はどちら派かと聞かれれば、『包む派』です。
けど、作れるのは『ふわふわ』だけ。
こいし嬢ではないですが、アレ難しいです。
コツとかあるんですかね?

【次回:十年後:鍛錬の成果】


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十年後:鍛錬の成果

--翌朝--

 

 

 この時期の朝はまだ涼しい方。体を動かすには少しばかり暑いが。

 朝食の下拵(したごしら)えは済ませてある。あとは焼く物を焼いて並べるだけ。飯は蒸らせているところ。みんなで食べる頃には……少し冷めているかも…。

 でもやるからには1日に2〜3回はやっておきたい。となると、早朝練習は必須。私は準備運動を終え、気合も充分。けれど……

 

大鬼「ふぁ〜…。ねむ……」

 

コイツが……

 

勇儀「ぼちぼち始めるけど、いいか?」

大鬼「どーぞご自由に」

 

手を差し出して「勝手に使え」と。やる気は一切感じられない。でもコイツがやる気になったところで、鍛錬をするのは私。この状態でも支障はない。

 

勇儀「じゃあ、手を借りるぞ」

 

深い意味などない。そのままの、文字通り。大鬼の手を取り、意識を集中――

 少し大きくなった手。この手を握りしめて生きることを願ったのが、もう遠い日に感じられる。口も達者になって、最近じゃすれ違いと口論ばかり。それでも私は……

 

 

ゾクゾクッ

 

 

背筋に走る合図。そこから始まる、血と共に全身を駆け巡る力。発動する私の能力。『怪力乱神を持つ程度の能力』。

 

勇儀「うし!きたきた」

 

その力を感じたところで、大鬼の手を握った状態でまずは軽くおさらい。

 深く腰を落として、手を腰の位置に。そしてそこから勢いよく手を前へと……突き出す!

 

勇儀「大江山(おおえやま)(おろし)ッ!」

 

父さんの技。莫大な力を必要とする技。だが裏を返せば、それだけの事。力があれば、

 

 

バッチコーーーッン!

 

 

難なく出来る。しかも能力を発動している私ともなれば、

 

バッチコーーーッン!

バッチコーーーッン!

バッチコーーーッン!

 

連射も可能。私が放った力任せのただの掌底は、家の塀に当たり、

 

 

パラパラパラパラ……

 

 

小さな瓦礫(がれき)(こぼ)しながら、その痕を残していた。しかも放った分だけの。つまり今塀は、

 

勇儀「マッズ……」

大鬼「あーあ、またやっちゃった。穴だらけ」

 

そしてこうなると、

 

大鬼「修理頑張ってねー」

勇儀「はー……」

 

直さなければならない。一応そういう仕事をしているだけあって、訳無い。だが面倒くさい。

 

勇儀「大鬼、修理してみるか?」

大鬼「お断り」

 

即答。でもそれはそうだろう。誰だって尻拭いは嫌だ。かく言う私もだ。

 それは後でやるとして、今は鍛錬に集中。能力が生きている内に、やれる事を。

 

勇儀「手に意識を集中…」

 

(てのひら)に少しずつ熱が集まっていくのが分かる。温かい。やがて出来上がる赤色の光の弾。そして、最後にそれを

 

勇儀「バーンッ!」

 

掛け声と共に勢い良く飛ばす。成功だ。

 

 

ズドーンッ!

 

 

地面に大穴を開けるが…。だが一々気にもしていられない。残された時間はあと(わず)かだろう。私は「能力が消えぬ間に」と、急いで札を一枚(かか)げて宣言。

 

勇儀「『鬼符:怪力乱神』」

 

イメージは花と(つる)。蔓が成長していく様に光弾を連ねる。手前で一周、そこから伸ばして一周。さらに蔓を成長させ、等間隔の場所で三度(みたび)一周。そこまでは準備段階。用意出来たところで光弾の色を変え、一気に花弁が舞い散る様にばら()く。

 と、頭では浮かんでいるのだが、

 

 

ふよふよ〜…

 

 

実際は光弾が1つ、(さび)しげに飛んで行くだけ。やがてそれは塀にぶつかると、パッと姿を消した。

 

勇儀「……」

大鬼「……何アレ?シャボン玉?」

 

目を細めてそちらへ視線を向けたまま、ポツリと呟く大鬼。自分で放っておいてなんだが……気があったな。私もそう思う。

 と、ここで能力切れ。そして一気に襲って来る。

 

勇儀「ゼェー…ゼェー…」

 

疲労感。能力を発動するのはいい。だがその状態での『大江山颪』と光弾は、能力が切れた瞬間その反動が一気に襲って来る。とは言え、その2つは現状能力なしでは出来ない。いわば諸刃の剣。一休みにと、大鬼から手を離して隣に腰を掛ける。

 

勇儀「ふー…、やっぱりコレ疲れるな」

大鬼「どうにかなんないのそれ?」

勇儀「どうにも出来ないから困ってる」

大鬼「せめて自分無しでも出来る様になってよ。

   鍛錬の度に呼び出されたんじゃ……」

 

大鬼の言い分は分かる。でも、

 

勇儀「約束だろ?」

 

それ込みであの時大金を渡したのだから。それはコイツも分かっている様で、私がその一言を告げると何も言わなくなった。

 けど、今のままだとマズイ。それは間違いない。仮に光弾を操れる様になっても、「大鬼無しでは使えない」となると、対戦の度に大鬼を巻き込む事になる。それだけは何としても避けたい。さっきは出来たのだから、「ものは試しに」と手を前へ出し意識を集中してみるが、

 

勇儀「……ダメだ」

 

あの感覚が来ない。予兆もない。気配もない。完全お手上げ状態。

 

勇儀「もう少しだけ付き合ってくれるかい?」

大鬼「別にいいけど。()()だから拒否権ないし」

 

(とげ)の残る言い方。何でコイツは毎回毎回喧嘩を売る様な言い方を…。やっぱりあの事で……

 

勇儀「なあ、大鬼……」

 

大鬼に胸の内を明かして欲しくて、尋ねようとした瞬間、

 

 

ズザーーーッ!(ブレーキ音)

 

 

??「ゆ〜うぎっ」

 

「うぎ」で首を傾けながら笑顔。湿っぽい雰囲気が一変、最悪の状況へ。

 黙っていれば美少女。だがその実態は犯罪スレスレのス○ーカー。妬みを嗅ぎつければ、何処でも出現。それでも一応橋姫。()()こと水橋パルスィが不気味な笑顔で登場。

 

パル「勇儀、今日こそは受けてもらうよ?対等に勝

   負!」

 

一気にピンチ。疲労が抜けていない上、あのルールでは勝ち目ゼロ。そのつもりで来ているのは分かっている。だから、

 

勇儀「お、おう。朝から相撲の勝負か。いいぞ、い

   いぞ。じゃあ今準備するから……」

 

誤魔化す。誤魔化しきる!そして逃げきる!!

 そう言い残してこの場を離れ、その勢いで逃げ出そうと考えていた。

 

パル「なにを言ってるのかな〜?もう分かってるで

   しょ?妖怪と鬼が()()に勝負するって言った

   ら、方法は1つしかないでしょ?」

 

が、それを阻止する様に私の前に立ち(ふさ)がるヤツ。しかも嫌味たらしく顔まで覗き込んでくる。ついに……ついに、その時は来てしまった。もう……逃げられない。

 

パル「今まで散々逃げて来たよね?私の事、避けて

   たよね?妬ましかったよ?」

 

しかもかなりヤル気満々。準備は万全と言っても過言ではない。

 

パル「早くスペルカード用意して。私知ってるよ。

   3枚は作ったんでしょ?だから3枚でやろう

   よ。もし勇儀が勝ったら、私なんでも言う事

   聞くよ?でも、私が勝ったら……」

 

言葉を発する度に、ヤツの目の色が変わっていき、そこまで語った頃には、ギラギラと光を放っていた。そして口からは(よだれ)(したた)らせ、手をワキワキと動かしていた。さらにその状態で突きつけて来た要求事項が――

 

パル「毎日起きる時に私におはようのチューして!

   毎日寝る前に私におやすみのチューして!

   毎日ご飯食べる時にいただきますの(ry

   毎日ご飯食べ終わった時にごち(ry

   毎日出かける時に私に(ry

   毎日帰っ(ry

   毎(ry

   (ry」

 

過多。そして走る寒気。このままでは私は……

 

パル「パルパルパルパルパルパルパルパルパル…」

 

ニヤニヤと笑いながら妖気を上げていくヤツ。間違いなく勝利を確信している。コレが勝負?こんなのただの弱い者イジメ。弱い者……それは私?私が……弱い?

 事実だ。私はヤツよりも弱い。だがそう考えると…。

 

勇儀「あ゛ーーーッ!」

 

無性に腹が立つ!!

 

 

ガッ!(パルスィの服を掴む音)

 

 

パル「パッ!?」

勇儀「……」

パル「ルううううぅぅぅぅぁぁぁぁ。。。…☆」

 

いつも通りの展開。毎度お馴染みのパルスィ投げ。けど、

 

勇儀「おーっ!飛ぶ様になったか!」

 

私は何もしていない。

 

大鬼「……迷惑」ボソ

 

「とうとうここまで来たか」と、素直に嬉しかった。そして、そのおかげで私はコイツに初めて……助けられた。弱かったコイツに。「守ってやる」と誓いを立てたコイツに。

 

勇儀「大鬼、ありがとうな」

大鬼「別にぃ〜、()さんを助けようとしたわけじゃ

   ないし」

 

ぶっきらぼう。でも私は知っている。視線を横に外すこの昔からの癖。コレは内に別の事を秘めている時の仕草。

 

勇儀「そうかい」

 

大丈夫。ちゃんと分かっているから。

 

大鬼「あとさ、直ぐ熱くなって勝ち目のない勝負に

   挑もうとしないで」

勇儀「う゛っ……」

 

痛いところを突かれた。反論の余地なし。私の悪いところなのは分かっている。

 

勇儀「悪い、気をつける」

 

長く一緒にいると、お互いそういうところばかりに目がいってしまうのだろうか?私もコイツのそういうところは、聞かれればゴロゴロ出てくる。すぐ冷静さを失ったり、ムキになったり、目上の者に対する口がなってなかったり……アレ?

 

大鬼「あのさ……」

勇儀「ん?」

 

突然呼ばれて返事をしてみても、そこまで。(うつむ)いたまま無言。「何か言いたい事がある」それは分かっていた。だからコイツがそれを言うまで待とうと決めた。

 そして暫く経った頃、その重い口はようやく開かれた。

 

大鬼「き、昨日は……その……ごめん」

勇儀「ああ、いいよ。私にも悪いところあったんだ

   から。すまなかったな。ヤマメにも謝ってお

   けよ?」

大鬼「ヤマメには……もう謝った」

勇儀「え?そうなのかい?」

大鬼「昨日帰る前に寄って来た」

 

恥ずかしそうに鼻の下を擦りながら語る大鬼。「コイツ……」私の中でその一言が引き金になり、湧き上がる感情は、ダムが決壊したかの様に勢いよく(あふ)れて出し、

 

勇儀「コイツコイツコイツコイツーッ!」

 

大鬼の頭を鷲掴みにして、果汁を絞り出す様にグリグリと私の心をねじ込んでいた。

 

大鬼「なになにッ!?髪の毛抜ける!禿()げる!!」

勇儀「偉いじゃないか!」

大鬼「べべべ別に普通だし!当たり前の事だしッ!

   子供じゃないんだから、そんなに過剰反応す

   るなよ!」

 

「子供じゃない」か。確かにな。いつの間にか表情も少し大人びて来て声も低くなって、もうあの頃とは違う。けどだ。

 

勇儀「真っ赤な顔でニヤニヤと嬉しそうにしやがっ

   て。そんな顔で言われても説得力ないぞ?」

 

変わらないものもある。

 

大鬼「ううううるさい!」

 

純粋なんだよ、お前さんは。

 

棟梁「なんなのですか?朝から騒がしい」

 

そこに寝巻きに一枚羽織った姿の現町のNo.2が。

 

勇儀「あ、母さん。おはよう」

 

朝は挨拶、コレは基本。私はいつも通りの昔と変わらぬ挨拶。

 

大鬼「()()()()()おはよう」

 

大鬼が成長するにつれ、多くの者の呼び方が変わった。各々がその変化に戸惑いながらも、

「まあいっか」と受け入れていく中、それを受け入れられず、良しとしない者がいる。しかもそれが身内にいたりするわけで……

 

勇儀「ば、バカ!」

 

 

ピクッ

 

 

棟梁「ん?大鬼今なんと?」

 

頭に血管を浮き上がらせ、笑顔を浮かべる母さん。怖い……その笑顔が怖い!

 

大鬼「え、えっと……」

 

目はキョロキョロ。汗はダラダラ。さぞ「やってしまった」と後悔の念でいっぱいなのだろう。だが大鬼よ。もう言い放ってしまった手前、逃れる事は出来んぞ。

 必死に逃げ場を探す大鬼。するとある方向で視線を止め、そちらを指差した。母さんも釣られる様に、そちらへと視線を動かす。その方向は……

 

棟梁「勇儀っ!あなたまたやったのですか!?」

勇儀「ご、ごめん。つい……後で直すから」

棟梁「いつも言っているでしょ!鍛錬をするなら他

   所でやりなさいと!コレで何度目だと思って

   いるのですか!?あなたの所為で塀がもう至

   る所ツギハギだらけなのですよ!?

   毎度毎度……

   --20分後--

   分かりましたか!?」

勇儀「はい……」

 

秘技、ちくわ耳。我ながらホント便利。話?そんな物、まともに聞いていたら神経がいかれる。だいたい最初の方だけを聞いていれば、要点は分かる。残りは愚痴に近い物だし。

 

棟梁「もうすぐで父さんも起きて来ます。朝食にし

   ますよ」

 

そう言い残して去って行く母さん。母さんの事といい、ヤツの事といい、今日は朝から散々だ。

 

 

そろ~…

 

 

逃すか!

 

 

ガッ!(大鬼の服を掴む音)

 

 

勇儀「よくも標的をこっちに反らせてくれたなぁ」

大鬼「い、いやぁー…、あの場合はさ……」

勇儀「ナ・二・カ・イ・ウ・コ・ト・ハ?」

大鬼「め、めんご」

 

言葉に気持ちが入っていない。こいつはお仕置きが必要だ。

 

大鬼「いだだだだッ!筋肉痛が来た!」

勇儀「パルスィのでか?」

大鬼「他にないでしょ!」

 

ほー……そいつはいい事を聞いた。

 

勇儀「筋肉痛?」

大鬼「う、うん……」

勇儀「歩けるか?」

大鬼「ぎ、ギリギリ……」

 

よし、決行!

 

勇儀「朝飯までには戻ってこーーーいッ!」

大鬼「ウううううぅぅぅぅぁぁぁぁ。。。…☆」

 

力は(おさ)えたし、そう遠くまでは飛んでないだろう……たぶんね。

 

 

--そう遠くない場所で--

 

 

店長「まいどー」

 

いつもより早く目が覚め、朝食に蕎麦を食べに来た者。かけ蕎麦を注文したところ、店長の(いき)な計らいで天ぷらをサービスされ、「今日は吉日だ」と鼻歌を歌いながら店を後に。

 

??「ん?」

 

と、そこに現れる飛来物。徐々にその全貌が露わになり……

 

 

ドゴッ!

 

 

衝突。そして、

 

 

ズザーーーッ!

 

 

地に背を付けて砂塵を巻き上げる。

 

大鬼「いたたた…。ごめんなさい!だいじょ……」

 

己を助け、下敷きになってしまった者へ、感謝と謝罪の言葉を送ろうとする少年だったが――

 

大鬼「なんだ……鬼助か」

鬼助「何でオイラだけ……」

 

少年を受け止めた彼は思った。「やっぱり今日は厄日だ」と。

 

 

 




【次回:十年後:ある日の出来事_地底七不思議(壱)】


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十年後:ある日の出来事_地底七不思議(壱)

 昔から利用している(いこ)いの場所は、例え姿、形が多少変わったとしても、足が自然と向くもの。それは彼も同じである。

 

 

ボケー…

 

 

口を半開き、腕を両側の(ひも)に引っ掛け、腰を掛けるのは、

 

 

ブラ〜ン……ブラ〜ン……

 

 

半桶。昔はコレでよく遊び、取り合いにも発展した彼の思い出深い遊具。

 だが、成長と共に増えていく重力と、時間と共に()ちていく遊具の均衡は取れていない様で、揺れる度にミシミシと音を立てていた。

 

??「退屈……」

 

ポツリと呟かれる本音。それを全身でかき消す様に、彼は大きくブランコを漕ぎ出す。が、

 

 

バキバキバキバキッ!

 

 

とうとう寿命が。彼は雷鳴の様な音と共に地面に落下し、

 

??「いたたた……」

 

腰を強打。しかも最悪のタイミングで現れる

 

??「プププ、見ーちゃった♪見ーちゃった♪」

 

腐れ縁。

 

大鬼「和鬼だっせぇー」

和鬼「う、うるさい!ボロくなってたんだよ」

 

痛めた腰を(さす)りながら立ち上がる。だがそんな彼を

 

大鬼「そこまで気付いていて何で使うのさ?頭悪い

   の?」

 

さらに挑発する小生意気な少年。この言葉にさすがの彼もカチンッと来た様で、

 

和鬼「お前に言われたくねぇよ…。まだガキのクセ

   に……」

 

冷静な顔で反撃開始。

 

大鬼「なっ、歳そんなに変わらないクセにガキ呼ば

   わりするな!」

和鬼「はっ、すぐそうやってムキになるなんて、ま

   だまだガキだな。大鬼ちゃんかーわいい♡」

 

 

ブチリッ!

 

 

鈍い音を立てて切れる理性。失われる知性。そして剥き出しになる少年の本心。

 彼の思惑は大成功。声を上げて迫り来る少年に対し、

 

和鬼「『大江山颪(未熟)』」

 

力強い右張り手を繰り出す。が、

 

 

ゆらっ……

 

 

少年は彼の直前で不自然な動きを取った。そして、まるで川の流れに身を委ねる落ち葉の様に、彼の張り手を(かわ)すとその右腕を引き、バランスを崩しに来た。

 

和鬼「あぶねっ!」

 

焦る彼。慌てて足を一歩前へ出し、踏み止まる。だが彼は知っていた。まだ終わりじゃない事を。この後がある事を。急いでその場で身を屈め、重心を真下へ。その途端、目の前に転げ落ちる様に現れる

 

大鬼「うわわわ」

 

少年。形成逆転、彼は少年の服を掴むと地底の天井へ向け、

 

和鬼「うおりゃーッ!」

大鬼「ウううぅぅゎゎぁぁーー」

 

全力投球。そして落下地点へと急ぎ、宙で身動きが取れず、あたふたしながら落下してくる少年を、

 

 

ガシッ!

 

 

ナイスキャッチ。ただその受け止め方が、

 

和鬼「お怪我はございませんか?」

 

抱かれる方に精神的ダメージを与え、

 

大鬼「ヤメロッ!離せって!!」

 

キュン死不可避の

 

和鬼「おやおや、わんぱくな姫様ですね」

 

通称『お姫様抱っこ』。

 

大鬼「ふざけんな!気持ち悪い!今すぐ下ろせ!」

 

罵声を上げ、彼の腕の中でジタバタと暴れる大鬼姫。すると王子様、

 

和鬼「へーへー、分かりましたよ」

 

「仰せのままに」と姫から手を離し、両手を上へ。となると姫は、

 

 

ゴッ!

 

 

落下し地に腰を強打。

 

大鬼「いだだだ…。こ、コノヤローッ!」

 

当然姫は大激怒。そしてそこから更に激化する()()()()

 

 

--少年喧嘩中--

 

 

 地に大の字になって寝そべる2人の少年。互いに顔に(あざ)を作り、膝と肘は()りむけ、少量の血を流していた。

 

和鬼「お前の『さんぽひっさつ』、大分マシになっ

   たな」

大鬼「師匠は『まだまだだ』って。『余計な力が入

   ってる』ってさ。姐さんにも『気持ちが見え

   見えだ』って言われた。和鬼は力が強くなっ

   てるし、もう少しなんじゃない?」

和鬼「全然。アレは普通の力じゃ無理だ。目標が馬

   鹿げてるって最近後悔し始めたよ」

 

反省会。彼らにとって喧嘩は、互いの鍛錬の成果の見せ合いの場でもあった。手を合わせる度、それぞれの成長を確認し合っていた。「昔よりはかなり良くなっている」と認め合っていた。

 だが2人の目標は果てしなく先。スタートを切ったのはいいものの、今自分がどの位置を走っているのか不明確。そんな中で走り続けさせられれば、モチベーションも下がるというもの。「何か一つ、目に映る目標が欲しい」あわよくば、「達成感が欲しい」そう思っていた。

 2人の前髪を撫でるこの日の風は、暑くなってきた地底世界に心地よさを与えていた。それは地上からの贈り物であるかの様に。

 

和鬼「なあ大鬼。お前この地底世界、どう思う?」

大鬼「……退屈」

 

意見があった。それは彼が日頃から感じていた事でもあった。

 

和鬼「大人はいいよな。仕事は大変そうだけど、賭

   博場とか行けるし」

大鬼「やりたいの?」

和鬼「いや、父ちゃん負けて帰る事が多くて、いつ

   もションボリしているから、楽しくないんだ

   ろうなって思うんだけど…。お前は?」

大鬼「鬼助が言っていたんだけど、姐さんが昔よく

   通っていたみたいでさ、なんか大勝ちした事

   があるんだって。だから一度はやってみたい

   かな?」

和鬼「あー、父ちゃんもそんな事言っていたかも。

   でも勇儀さんがね…。全然イメージないな」

 

少年達は知らなかった。

 かつて星熊勇儀がそこをこよなく愛する常連であった事を。そして行かなくなった……いや、行けなくなった理由も。それもそのはず。それは彼ら2人が出会う前の出来事なのだから。

 

大鬼「そう?結構似合いそうじゃない?手土産とか

   持って店に入って行く姿とか」

 

この時彼は脳内で「果たしてそうなのか?」と疑問を浮かべながらも、その様子をシュミレーションしていた。そして導き出した答えは、

 

和鬼「……否定しない」

 

「似合い過ぎ」だった。

 

大鬼「でも自分達がそこに入れるのってさ……」

和鬼「まだ先なんだよなぁ……」

 

比較的自由に見える地底世界。しかしその実態は規則により、町の治安を維持している。地上、外の世界となんら変わりはない。

 その反面、彼らの様に規則によって縛られてしまう者がいる事も、また事実。『賭博場は未成年厳禁』なのだ。さらに言ってしまえば、『飲む・打つ・買う』この三拍子は成人してからなのだ。

 娯楽がその程度しかない狭い地底世界。それでも幼少の頃は、ここに来て遊べば満足できていた。しかし、成長と共に彼らはそれだけでは満足する事が出来なくなっていた。

 幼少期を終え、未成年の彼らにとっては

 

和鬼「今が一番つまらない……」

 

のである。

 

大鬼「剣玉は?」

和鬼「子供か?」

大鬼「秘密基地作り」

和鬼「子供かって」

大鬼「じゃあ蕎麦屋の記録に挑戦」

和鬼「一人でやってろ」

大鬼「……」

和鬼「……」

  『はーー……』

 

良い案は出ず、出るのは大きなため息だけ。

 

大鬼「なんか面白い事ない?いだだだ…」

 

筋肉痛を発症しながら尋ねて来る少年。彼はその問いに、「何かないか」と記憶の中を模索しだしていた。そして、

 

和鬼「そう言えば……」

 

その「何か」を思い出した。

 

和鬼「随分前……祭の時かな?叔父貴(おじき)が、

   『地底世界には不思議が多い』って言ってて

   さ。その後、父ちゃんにその事を聞いたんだ

   よ。そしたら……」

大鬼「そしたら?」

 

少年のこの問いに彼は、雰囲気を出す様に声色を低くし、

 

和鬼「七つの不思議、『七不思議』があるって」

 

両手で『7』を作って答えた。

 

大鬼「どんなやつ?迷信とかじゃないの?」

 

だが、

 

和鬼「さー……」

 

その内容までは把握出来ていないご様子。

 

大鬼「さーって…。知らないんじゃ意味ないし」

 

少年の言う事は御尤(ごもっと)も、彼は返す言葉がなかった。さらに自分で言い出してしまった手前、このままで引き下がる事も出来ない。そこで彼は起き上がり、少年を見下ろすと、

 

和鬼「分かった。じゃあ今日また聞いてみる。だか

   ら明日またここに集合な」

 

「明日こそは」とリベンジを約束し、

 

大鬼「りょーかーい」

和鬼「じゃあな」

 

少年へ背を向けて歩き出した。だがその間もなく、

 

大鬼「ちょちょちょっと!和鬼!!」

 

静止を呼びかける声が。

 

和鬼「なに?」

大鬼「起こして。そんで家に連れて行って」

 

この時彼は思った「毎回面倒くせー」と。そして同時に思い浮かぶちょっとしたイタズラ。

 

和鬼「ったくしょうがねぇな……よっと!」

大鬼「わわわっ、おい!これはヤメロッ!」

和鬼「なんで?」

大鬼「恥ずかしい!顔が近い!気持ち悪い!」

和鬼「だって一人で動けないんだろ?赤ちゃんじゃ

   ん」

大鬼「なっ、誰が赤ちゃんだ!」

和鬼「おーよちよち。今家まで連れて行ってあげま

   ちゅからねー」

大鬼「ヤーーーメーーーローーーッッッ!!!」

 

この日の夕刻、町では爆笑の渦が各地で発生し、その都度悲痛な叫び声が上がったそうな。

 

 

--そして翌日--

 

 

 手にメモ用紙を持ち、上機嫌で約束の地で少年を待つ彼。その表情はどこか誇らしげでもある。

 

和鬼「お、来たな」

 

そこに遠方の方に人影。それは馴染みのあるシルエット。だが、その背後には轟々(ごうごう)とした不吉なオーラが。彼は覚った。

 

和鬼「うわ、不機嫌そー……」

 

と。一歩、また一歩と徐々に彼へと近付く少年。歩みを進める度、地響きが聞こえて来そうである。そしてとうとう彼の下へ……到着。

 

和鬼「よ、よう。七不思議の事なんだけど」

大鬼「カーズーキーッ!何か言う事は!?」

 

明らかな怒気。火力は強火。下手に刺激すれば、大火事は間逃れないこの状況。ここで素直に謝るのが吉。(むし)ろそれでも少し遅いくらい。が!

 

和鬼「姫、ご機嫌いかが?」

大鬼「最悪でゴザイマスワ!歯ぁ食いしばれ!」

 

止めておけばいいものを…。それはまさに火に油。少年の怒りは余裕のK点越え。ともなれば、

 

和鬼「わ、悪い悪い」

 

今更謝ったところで、

 

 

ゴッ!

 

 

手遅れ。それは大きな誤り。

 

和鬼「いってぇなっ!謝っただろうが!」

大鬼「遅いんだよッ!」

 

 

--少年喧嘩中--

 

 

大鬼「いだだだ……筋肉痛が来た」

 

昨日と同様のポーズの少年。

 

和鬼「お前バカだろ?」

 

それはこちらも同様。

 

大鬼「和鬼に言われたくねぇ」

和鬼「これじゃ話が進まないだろ」

大鬼「それは()次第」

和鬼「メタ乙」

 

冗談を言い合える程度までには回復した2人。とは言え、

 

大鬼「町で笑い者にされたんだからな!姐さんにだ

   って……」

 

根が深い。

 

和鬼「分かったって、悪かったって。でもあの後、

   勇儀さんと何かあったのか?」

 

彼が少年を丁寧に運んだ時、出迎えたのは休暇中の勇儀だった。その時は「あははは、ありがとうな」とだけ言葉を残し、少年をその状態のまま受け取っていた。彼としては、面白い反応を期待していただけに、その場は不発で終わり、物足りなさを感じていた。

 そして今この時、そのリベンジにと、その後の展開に期待に胸を躍らせていた。

 

大鬼「……泣かれた」

 

だが少年の口から出た一言は衝撃的なのものだった。

 

和鬼「ど、どうして?」

大鬼「分からない。けど……」

 

少年は言葉をそこで区切ると、深呼吸をしてその場を思い出しながら、続けて話し出した。

 

大鬼「『重くなったな』って」

和鬼「……そうか」

 

期待していたものとは大分異なるが、「これはこれで良かった」と思う彼。

 時刻はまもなく夕食時。町では食欲を(そそ)る香りが漂い、それは風に乗せて少年達の鼻へと届き、

 

 

ぐうぅ〜〜……

 

 

その気にさせた。

 

和鬼「七不思議、明日からにするか」

大鬼「というか誰かの所為で動けないし……」

 

この時彼は思った。「しつこい」と。だがそこは年長者、

 

和鬼「はいはい、悪うござんした」

 

やや皮肉を込めて(こら)えた。

 

大鬼「今日はちゃんと運べよ」

 

この時彼は思った。「図に乗るな」と。そして立ち上がり、少年に近付くと――

 

 

ガッ!(大鬼の??を掴む音)

 

 

大鬼「いだだだだッ!擦ってる、擦ってる!背中い

   てぇ!頭禿()げる!」

和鬼「お仕置きだ」

大鬼「はーーーッ!?」

和鬼「お前は歳上に対する口と態度が悪過ぎる」

大鬼「2つしか変わらないだろうが!」

和鬼「ふーん…。反省しないの?なら続行」

大鬼「ヤーーーメーーーローーーッッッ!!!」

 

この日の夕刻、町では苦笑いの渦が各地で発生し、悲痛な叫び声と怒りに満ちた声が、絶え間なく上がっていたそうな。

 そして次の日も彼らは似たような展開となり、七不思議探しを更に後日へと持ち越したそうな。果たして2人が地底の七不思議に迫る日は来るのだろうか?

 




【次回:十年後:すれちがい(壱)】


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十年後:すれちがい(壱)

 

 

 

勇儀「おはよう」

鬼1「勇儀姐さん、おはようございます!」

鬼2「姉さん、おはようございます!」

鬼3「お嬢、おはようございます!」

妖怪「おはようございます! 本日もご指導の程、よろしくお願いします!」

勇儀「おう、しっかりな」

 

 仕事場で昔と変わらぬ挨拶を交わし、朝のルーティーンへ。その一環である渋めの茶を(すす)っていると、

 

??「やっはろー」

 

 スーパーエースが笑顔で手を振りながら登場。しかも……

 

鬼1「お、おはよ〜☀」

??「おはようございます。今日もよろしくお願いしますね」

鬼2「お、おはよう。今日もか、可愛いね」

??「やだなぁ、もう。冗談が上手なんだから」

鬼3「おはよう! 今日昼飯一緒にどう?」

??「えー、どうしようかなぁ」

妖怪「嫁にならない?」

??「随分ストレートだね……」

 

 と、人気がある。しかも異常に。

 さらに皆のあの反応、今まで私には一切無かった。同じ女として自信を無くしそうになる。「妬ましい。パルパルしい!」などと思ってはいけない。またさっきみたいにヤツが来たら面倒だ。

 

??「勇儀、やっはろー」

 

 で、何だそれ? 取り()えずここは……

 

勇儀「お、おう。ヤマメおはよう」

 

 普通に返そう。

 

勇儀「今日も偉く人気だな」

ヤマ「あははは……。ね? 不思議だよね。ただの蜘蛛の妖怪なのにね」

 

 彼女との付き合いも長い。こうして苦笑いを浮かべているあたり、今の状況をあまり快くは思っていないのだろう。それはそれで贅沢な悩みだな。

 

??「姐さん、おはようございます」

勇儀「おう、おはよう」

??「ヤマメやっはろー」

ヤマ「やっはろー」

 

 そこへ私の弟分がいつもよりも遅めの出勤。そして謎の挨拶。その挨拶流行ってんのか。バカっぽいからやめろ。

 それともう一つ謎が。

 

勇儀「鬼助、どうしたんだい? その怪我」

 

 肘から二の腕にかけて大きな擦り傷。しかも両腕に。

 

ヤマ「ホントだ。これ、もしかして背中も?」

鬼助「背中が一番傷だらけ」

勇儀「何か事故に巻き込まれたのかい?」

 

 弟分の身を案じて心配して、悪気なんて毛頭も無く、尋ねたつもりだった。しかし弟分は私をジトッとした目で見続け、質問に対して質問で返した。

 

鬼助「姐さん、『大鬼』このワードで何か思い当たる(ふし)は?」

 

 これにはもう直ぐに察した。

 

勇儀「わ、悪かった! まさか当たるなんて……」

ヤマ「え? なになに?」

勇儀「じ、実は……」

 

 私は早朝の出来事をヤマメと弟分に説明した。修行が上手くいっていない事、その最中にヤツが来て勝負を挑まれた事、そして弟分がそうなってしまった経緯を。

 

ヤマ「え? え? え? 大鬼君がパルスィを?」

 

 目を丸くして聞き返してくる彼女。私の言った事か信じられないといった様子。

 

勇儀「鬼は嘘言わないぞ」

 

 この事実に腕を組んでドヤドヤ。私の事じゃないけどな。それでも誇らしい。

 

鬼助「大鬼のヤツ……とうとうそこまで……」

 

 そう呟きながら、どこか嬉しそうな表情を見せる弟分。同性として何かと面倒を見てくれ、気にかけてくれていただけあって、感慨深いものがあるのだろう。

 

勇儀「ああ、助けられたよ。とは言えだ、鬼助ホントにすまなかったな」

鬼助「いえいえ、大した怪我じゃないんで大丈夫ですけど……」

ヤマ「勇儀、パルスィは妖怪だし、自業自得なところもあるら100歩譲ってよしとするけどさ、大鬼君は……人間なんだよ?」

 

 彼女の言う様に、大鬼は種族的には人間。鬼よりも妖怪よりも、ひ弱でか弱い種族だ。けど、

 

勇儀「アイツは……」

 

 ヤツを投げ飛ばすわ、和鬼と本気の喧嘩をするわ、それは……

 

勇儀「もう普通の人間じゃないだろ?」

  『ですよねー……』

 

 2人とも即答。前々からそう思っていたと見て間違いないだろう。

 

 

ピーーーーーッ!!

 

 

 そこに作業の開始を告げる笛の音が。残りの茶を一気に飲み干し、

 

勇儀「じゃあ行くか」

  『おー!!』

 

 作業場へ。歩きながら今思う事。それは自分で疑問に思いながらも、分かりきっている事。誰が何と言おうと、

 

勇儀「大鬼は鬼だよ」

 

 これは譲らない。

 

  『ですよね』

 

 

--鬼等仕事中--

 

 

 地霊殿の建設を終えた今、私達の主な仕事は町の修繕工事。古い家屋が多いこの地底世界では取り壊しや補修、リフォームの依頼が後を絶たない。それでも地霊殿建設の頃と比べると、給料が格段に下がっている。いや、正確に言えば元に戻ったと言うべきか……。今となってはあの頃がピーク、バブルだったと気付かされる。

 そしてそうなってくると問題が出てくる。今はまだいい。だが今後も()()が続くと考えると、私達は……。

 

ヤマ「えーーーッ! そんなにッ!?」

 

 (はし)を止めて大絶叫の蜘蛛姫。我が家の家計事情を相談したところ、予想通りの反応をしてくれた。

 

鬼助「それマズくないですか?」

 

 弟分も手を止め、目を丸くして唖然。

 

勇儀「だろ?」

??「おっ? 俺の作った蕎麦が不味いってか?」

  『違う違う……、そうじゃない』

 

 今は昼休み。今日の昼飯は大鬼もよく世話になる蕎麦屋だ。大鬼は貯めた小遣いで、ここの記録に挑んでいるみたいだが、正直どうでもいい。応援するとしても、「まあ頑張れ」程度だ。

 そして私が弟分達に話したのは、その大鬼に関係する事。ズバリ食費だ。今となっては通常の食事でさえも、幼少期の優に3倍。筋肉痛発症時には……語るも恐ろしい。しかもそれが立て続けに起きた日には、お手伝いさんが倒れる始末だ。

 

勇儀「給料上げてくれないかな?」

鬼助「イヤー……、難しいんじゃないですかね?」

ヤマ「大型案件ないからねー……」

 

 蕎麦を食べながらぼんやりと淡い期待を浮かべる私達。それに比べて、

 

店長「おや、そっちは不景気かい? こっちは()()()()のお陰で大繁殖、大助かりだよ」

 

 ニヤニヤと嬉しそうに皮肉を込めてくる店長。嫌味か? 嫌味なのか?

 

勇儀「あーそうかい。そりゃ良かったな。でもその内痛い目見るぞ?アイツは近い内に()()を超える。必ずな」

 

 私は柱に掛かった数字を指差し、そう言い放った。これは宣戦布告。今この時はアイツを応援しよう。心から。

 

店長「そうかい。そりゃ楽しみだ」

 

 腕を組んで満面の笑み。心の中では「そんな事にはならない」と高を括っているに違いない。大鬼、絶対に越えろよ。小遣いはプラスにはしないがな。

 

 

--鬼等食事中--

 

 

店長「まいどー」

 

 腹は満たされ3人並んで現場へ。とそこへ。

 

??「あ、勇儀さん、ヤマメさん、それと……」

鬼助「鬼助ですって……お勤めご苦労様です」

 

 前から町の長が。鬼助、泣くな。

 

さと「ふふ、ちゃんと覚えていますよ。安心して下さい。鬼助さんもお疲れ様です」

ヤマ「さとりちゃん、やっはろー」

さと「やっはろーです」

 

 笑顔で謎の挨拶を交わす2人。なにそれ可愛い。もっと流行らせようぜ。

 

勇儀「珍しいじゃないか。見回りかい?」

さと「いいえ、気分転換にたまには外食でもと思いまして。お蕎麦屋さんに」

勇儀「そうかい、あそこ美味いからお勧めだぞ」

さと「ええ、私も好きでして、たまに利用させてもらっています」

 

 以外な事実。これまで何度も蕎麦屋へは足を運んでいたが、一度も会った事が無い。

 

勇儀「へー、そうなのかい。じゃあ、あの記録の事も知ってるのかい?」

さと「え゛っ!?」

鬼助「柱に掛かっているやつですよ」

勇儀「今度挑戦してみたらどうだ?」

ヤマ「いやいや……、無理でしょ?」

さと「そそそそうですよ。私なんて少食ですから、あんなに沢山なんて食べれませんよ。おほほほほ」

勇儀「そうだよな。見るからに細いもんな。あんなに食べれるヤツが()()()()()()よな?」

さと「う゛っ……」

ヤマ「勇儀、そろそろ行かないと」

勇儀「お、そんな時間か。さとり嬢またな」

鬼助「失礼します」

さと「ええ、また」

ヤマ「アデュ〜」

さと「アデュ〜です」

 

 

--鬼等仕事中--

 

 

ピーーーッ!

 

 

 終業を知らせる笛の音。私も鬼助もヤマメも、道具をまとめて今日が終わる。鬼助とは帰る方面が違うから現場で別れ、ヤマメと肩を並べて家へと向かう。その道中――

 

勇儀「ヤマメ、スペルカードの事なんだけど」

ヤマ「ん?」

 

 もう頼れるのは彼女くらい。地霊殿の連中は色々と忙しいだろうし、キスメは休みが不定休でなかなか都合がつかない。

 

勇儀「どれくらいできた? もう闘おうと思ったらいつでもやれるのか?」

ヤマ「う、うん。キスメとパルスィと休みの日に遊んでるよ」

 

 やっぱり。彼女達は既にそういう段階に来ている。もう手段を選んでいられない。

 

勇儀「ヤマメ頼む! 私にスペルカードの作り方を教えてくれ!」

ヤマ「え、えぇぇぇーーーッ!?」

 

 急に頭を下げられて驚いただろう。ヤマメの通る声が町中に響き、通行人の足を止めさせていた。

 

ヤマ「ちょちょちょちょっと頭上げてよ。は、恥ずかしいからさ」

 

 そう言われても私は頭を上げなかった。私にとってこれは死活問題。是が非でもなんだ。

 

勇儀「朝も話したけど、このままじゃ近い内に私はヤツから逃げられなくなる。それに……これ以上逃げ回りたくない! だからせめて対等には闘える様になりたいんだ。頼む!」

ヤマ「分かったから、手伝うから。お願いだから頭上げて」

 

 了承は得られた。ならばと顔を上げると、ヤマメは耳まで真っ赤に染まっていた。初めて見るヤマメの表情に思わず、「さすが、あざとい」と。

 

ヤマ「パルスィの事は酷いと思うよ。だから協力する。けどね、勝てる様になるかは保障できないよ? パルスィ、私達3人の中だとスペルカードルールで一番強いから」

勇儀「それでも構わない、ありがとう。恩にきる」

 

 こうして私の師が決まった。これで鍛錬も(はかど)る! はず……。

 

勇儀「じゃあ明日の早朝から頼めるか?」

ヤマ「いいよ。勇儀の家でやるの?」

勇儀「いや、家だと塀とかあるし……」

ヤマ「そうだよね、壊しちゃったら大変だもんね」

勇儀「そ、そうなんだよ。あ、あははは……」

 

 言えない。既に塀がツギハギだらけになっているなんて……。

 

ヤマ「じゃあ、どこでやる?広い所がいいよね?」

勇儀「そうだな、周りにも迷惑をかけない町外れとか……」

ヤマ「……」

勇儀「……」

 

 私達は無言で見合っていた。そして互いに一度頷くと、「せーの」で口を開いた。

 

  『秘密基地』

 

 文句無しの一致。場所も決まった。あとは明日を待つだけ。

 

勇儀「ヤマメ師匠、どうぞよろしく。何か必要な物があれば言っておくれよ?」

ヤマ「やめてよ、師匠だなんて」

 

 そう言いながらも、笑顔を浮かべて満更でもなさそうなヤマメ師匠。すると突然思い立ったかの様に、「あっ」と呟くと

 

ヤマ「朝ご飯、一緒に食べさせてもらってもいいかな?家に戻って支度するのって、結構面倒でさ」

 

 「朝食を出せ」と。そんなの勿論問題なし。(むし)ろこちらが誘おうと思っていたくらいだ。

 

勇儀「ああ、いいぞ。そういえばヤマメは毎朝何を食べているんだい?」

 

 一日の最初の食事。欠かせない物があるなら揃えよう。

 

ヤマ「マヨネーズ納豆ご飯かな?」

 

 うっぷ……なんだそれ?

 

 

 

 





【次回:十年後:すれちがい(弐)】


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十年後:すれちがい(弐)

--時を少し(さかのぼ)って--

 

 

店長「らっしゃい!」

 

 来店者に威勢のいい声をかける店長。だが、その客の姿を目視するや否や、

 

店長「これはこれはチャンピオン様。ようこそおいでくださいました」

 

 態度をガラリと変えた。

 

??「あの、店長さん……」

 

 (うつむ)いてワナワナと震える客。

 

店長「はい、なんでしょうか?」

 

 両手を繋いで、にぎにぎと動かしながら、その客に笑顔で尋ねる店長。分かりやすいごますりである。すると客は、この質問に柱を指差し、

 

??「あの数字を……」

 

 初めはゆっくりと、

 

??「額に入れて飾るの……」

 

 段々と早めていき、

 

??「やめて頂けませんかッ!?」

 

 そして爆発。このお得意様の反応に店長、

 

店長「まあまあ、誰もあの数字を出したのが貴女だなんて知りませんよ。それに、アレを超える事を生き甲斐としているヤツもいるんですから」

 

 どーどーと、手で壁を作りながら(なだ)める。

 

店長「それよりも今日は新記録を?」

??「しません! 5杯()()食べて帰ります!」

 

 

--そして翌朝--

 

 

 大鬼の指示の下、作り上げられた秘密基地。今となってはただの公園。久々に来てみたが――

 

勇儀「大鬼……、これはやり過ぎだろ?」

 

 なぎ倒され、横たわる木々の屍。しかもその数、累々たるもの。南無三。

 

大鬼「誰のせいで……」ボソ

勇儀「あ゛っ? なんか言ったかい?」

大鬼「別にぃ〜」

 

 朝から不機嫌。寝起きだから? それもあるが、単に「面倒事に付き合わされて災難だ」とでも思っているのだろう。

 

ヤマ「勇儀やっはろー。朝は涼しくていいね」

 

 そこへ師匠登場。今日も笑顔が眩しい。そして謎の挨拶。よし、流行らそう。

 

勇儀「やっはろー」

 

 少し恥ずかしいが。

 

ヤマ「大鬼君も来たんだ。やっはろー」

大鬼「あ、うん。おはよう」

 

 違うぞ。そこは「やっはろー」だ。

 

ヤマ「ここしばらくぶりだなぁ。もう随分クタビレちゃったかぁ……」

 

 そう独り言を言いながら、昔の自分の作品を見に行くヤマメ。作品一つ一つを懐かしみ、時折手でなぞる様に触れていく。さぞ感慨深いものがあるのだろう。気持ちは分かる。

 

大鬼「ねー」

 

 呼ばれたか?

 

勇儀「ん?」

大鬼「さっきの何? バカっぽいからやめて」

勇儀「う゛ぐッ」

 

 冷たい視線。冷静に見るとやっぱりそうなのか? もうやめておこう。

 作品を一通り鑑賞し終えたヤマメ。戻って来るなり、大鬼の事を見つめてポツリと「大きくなったね」と。そして一度大きく深呼吸をし、

 

ヤマ「それじゃあ始めようか」

 

 鍛錬の開始を告げた。

 

ヤマ「早速だけど、光弾を出してくれる?」

勇儀「分かった。大鬼」

大鬼「はいはい」

 

 大鬼に協力を頼むと、いつも通りのやる気のない感じで、手を差し出してきた。私がその手を掴もうとした丁度その時、

 

ヤマ「ちょ、ちょっと待った」

 

 ヤマメから停止の指令が。

 

ヤマ「え? なに? 何してるの?」

勇儀「光弾を出すんだろ?」

ヤマ「そうだけど……、何で大鬼君の手を?」

勇儀「能力を発動させるためだ」

ヤマ「それは分かるけど……、もしかして……」

勇儀「ああ、能力無しじゃ光弾が出せない」

ヤマ「えー……」

 

 肩の力を抜いて猫背。しかも「これは大変だ」と言わんばかりの表情。私の出来の悪さに、早くも根を上げ始めているのだろう。

 

勇儀「やっぱり難しいか?」

 

 私のこの質問に、ヤマメは腕組みをして「んー……」と唸りながら、難しい表情を浮かべた後、「取り敢えずやってみて」と。私はその指示に「分かった」と一度頷き、大鬼の手を握って意識を集中。……感じる。湧き上がるこの感じ……。

 

勇儀「よしッ!」

 

 成功。でも、いつもより心なしか弱い感じがする。それこそ数年前と比べたら全然。不思議に思いながらも、ヤマメの言われた通りに、光弾を放つ準備に取り掛かる。

 手を前へ。掌に意識を集めて……

 

勇儀「バーン!」

 

 

ドッカーン!

 

 

 光弾の発射は成功。私が放ったそれは、地面に接触した途端に大爆発を引き起こし、その威力をくっきりと残した。我ながら上出来だ。

 

勇儀「どうだ?」

 

 少し誇らしい気に尋ねてみると、ヤマメは口をへの字に曲げて

 

ヤマ「ん~……。あのさ、思うんだけど……」

勇儀「なんだい?」

ヤマ「力み過ぎじゃない?」

 

 と。思いもよらぬ感想に私は衝撃を受けた。

 

勇儀「え? そうなのか?」

ヤマ「スペルカードルールって魅せる戦いだから、威力は2の次、3の次なんだよ。それじゃあすぐに疲れちゃうよ。それと勇儀、光弾を出す時に何をイメージしてる?」

 

 私はヤマメのこの質問に、すぐに答える事ができなかった。と言うのも、私が光弾を出す時は、ただ意識を集中させているだけで、イメージを持たせるなんて事は、これまで一度も考えた事が無かったからだ。

 私の口からは一向に答えは出ず、「うーん」やら「えーと」といった声が出るだけだった。するとヤマメも察してくれた様で……

 

ヤマ「あ、うん。分かった。もういいから……」

勇儀「すまない……」

ヤマ「いいよいいよ。初めはみんなそんな感じだから。(ちな)みに私はね、糸を飛ばすイメージで出してるよ」

勇儀「糸を? 飛ばす?」

ヤマ「実際に見せた方がいいかな?」

 

 ヤマメはそう言い残すと、私の横に並び「見ていてね」とだけ告げ、掌に糸を出し始めた。

 それは細い糸。静に流れる風に(あお)られる程のか細い糸。それは紡がれ、太さと強さを生み、身を(ゆだ)ねていた風にも逆らう糸へ。それはクルクルと回り出すと、やがて球体へ。

 私はその巧みな技に魅入っていた。そして、出来上がったその球体を見てこう思った。「毛玉か?」と。

 

ヤマ「えいっ!」

 

 掛け声と共にその毛玉は飛んで行き、少し離れた所で、

 

 

バッ!

 

 

 と傘が勢いよく開かれるかの様に、大きな蜘蛛の巣へと変貌を遂げた。

 それはまるで手品。私は目を見開き、

 

勇儀「すごいな」

 

 本心を(こぼ)していた。するとヤマメ、目を輝かせて「見てて見てて」と言わんばかりのウキウキとした声で……

 

ヤマ「今のはゆっくりやった場合ね。で、コレが」

 

 

シュッ! バッ!

 

 

ヤマ「早くやった場合」

 

 とドヤ顔で言われたが、何が起きたかさっぱり。彼女の手から何かが出たのは見えた。ただ次の瞬間には蜘蛛の巣が現れていて……

 

勇儀「は?」

 

 頭が追いつかず、これまた本心がポロリ。

 

ヤマ「ま、まあいいよ。私ね、昔からコレが得意でさ。光弾を出す時に、このイメージをよく使うんだ」

勇儀「私に糸を飛ばせって事かい?」

ヤマ「違う違う、なんかさ勇儀にもない? それに近い様な特技とか技とか」

勇儀「んー…」

 

 再び上がる唸り声。そうは言われてもパッと思いつく物が無く、自然と眉間に力が入る。そんな私の様子に見かねたのだろう。ヤマメが苦笑いを浮かべ、

 

ヤマ「な、無いかなぁ?」

 

 恐る恐ると再び尋ねて来た。と、そこに

 

大鬼「大江山(おろし)は?」

 

 (かたわ)らから声。そして気付かされた。「それがあった!」と。

 

勇儀「そうだ! 大江山颪、あれなら連射できる!」

ヤマ「それって親方様の?」

勇儀「ああ、ちょいと見ていておくれよ」

 

 私はそう告げると、手頃な岩を正面に……構えッ! そして放つ

 

勇儀「大江山颪!」

 

 1発目。その後に間髪入れず、2発、3発、4発……と連続して発射。

 

 

バチコーーッン!

 

 

 1発目が岩に。表面を(えぐ)り、己がそこに到達したと存在を主張した。そして、そこから等間隔に奏でるサウンド。それはまるでリズム、刻まれるビート。そのミュージックが止んだ時、Rockの表面は……ボコボコに。

 

勇儀「ドヤッ」

 

 得意気にヤマメへと視線を移すと、目を見開いて口をあんぐり。いいね、その反応。

 

ヤマ「す、すごいね。それ、どんな感覚でやってるの?」

勇儀「どんなって……こう力を押し出す感じで……」

 

 彼女の質問に最後まで説明しようしていたが、そこに彼女が突然、

 

ヤマ「それだよ!」

 

 大声を上げて割り込んできた。

 

ヤマ「その感覚で光弾を出そうよ。しかも今の技って光弾に凄く近いよ。ただ形が無いだけで」

勇儀「いや、でもアレは空気を……」

ヤマ「いいからやってみて! 師匠命令!」

 

 ヤマメに師匠稼業に熱が入り始めた。さらに私を見つめるその瞳には炎が。「もっと熱くなれよ!」とか言い出さないよな?

 

ヤマ「まず光弾を出すところまでやってみて。その時なるべく『力』をイメージして」

勇儀「力?」

ヤマ「『この光弾は力の塊なんだー』って感じで。勇儀の場合はその方がいいと思う」

 

 ヤマメの言われるがまま、全身に(みなぎ)る力を、掌へ集める様なイメージで……。思わず手にグッと力が入る。とその時、

 

勇儀「うわっ!!」

ヤマ「えーーーッ!?」

大鬼「デカッ!!」

 

 とんでもなく大きな球体が目の前に。その大きさは私の倍程度。眩いまでの赤色の光を放ち、それはまるで……。地底世界では拝めない物、地上でしか見られない物。太陽そのもの。

 

大鬼「まぶしッ」

 

 その光に目を背ける大鬼。

 

勇儀「わ、悪い悪い」

 

 慌てて力を抜くと、それはみるみる小さくなっていき、掌サイズまでになろうとしていた。

 

ヤマ「ストップ!」

 

 まさにその時だった。ヤマメから静止を呼びかける声が上がったのは。私は慌てて少量の力を込め、状態を維持する様に試みた。すると光の玉は少しだけ膨らみ、その大きさでピタリと変化を止め……。

 

ヤマ「それ! その力加減を覚えて! まずはその大きさをすぐに出せる様に練習しよう。飛ばすのはその後。そこまで出来る様になったら、スペルカードの魅せ方を一緒に考えよ」

勇儀「わ、分かった」

 

 そこから力加減を覚えるための反復練習が始まろうとしていた。だが、そのタイミングで運悪く

 

勇儀「ゼェ……、ゼェ……、ゼェ……」

 

 能力切れ。大鬼から手を離し、両手を膝へ。昨日よりも披露度が大きい。立っているのもやっとの程だ。

 

ヤマ「どどどどうしたの勇儀!? 大丈夫?」

 

 普段見せない私の姿にさぞ驚いたのだろう。ヤマメが慌てながら声を掛けて来た。それに比べて大鬼ときたら……

 

大鬼「あー……、いつもの事だよ。姐さん、能力使っている時に普段出来ない事をすると、反動でこうなるんだよ。」

 

 私を(あわ)れむ様な目で見ながら、淡々と説明。でも悔しいがこれは本当の事。その上言い返そうにもそんな余力もない。

 

勇儀「す、すまないヤマメ……。少しだけ休ませておくれ」

 

 これでは鍛錬のしようがない。私がそう頼むとヤマメは

 

ヤマ「へー、そうなんだ」

 

 と納得しながらこう呟いた。

 

ヤマ「なんか大鬼君みたいだね」

大鬼「はーーーッ!? 全然違うし!」

ヤマ「そう? そっくりだよ。2人とも」

勇儀「そっくりって事はないだろ? 私とコイツで同じところなんて、利き手とそれくらいだろ?」

 

 そう、私とコイツの共通点なんてそれくらい。食べ物の好みも近いけど、ただそれだけの事。それ以上は思い浮かばない。性別が違うし、角もない。コイツとはただの他人同士。でもヤマメにそう言われて不思議と嫌な気持ちにはならなかった。




【次回:十年後:すれちがい(参)】


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十年後:すれちがい(参)

--女鬼休憩中--

 

 

 呼吸が落ち着いて、体も大分楽になった。とは言え、全快までは程遠く、出来る事ならもう少しだけ休みを取っていたい。しかしそうゆっくりもしていられない。今日この後、私とヤマメは仕事がある。それに大鬼も和鬼と約束があると言っていた。何をする気か知らないが……もう喧嘩を起こさない事を切に願う。冗談抜きに。いつぞやの連日筋肉痛はもうこりごりだ。

 

勇儀「よし、やろう!」

 

 膝を叩いて重い体を奮い立たせ、鍛錬を再開。

 大鬼に協力してもらっての能力発動。ここまでの流れはもう慣れたもの。ただ発動する度に、湧き上がる力が弱くなっている事が少々気になる。けど鍛錬を行うにはこの程度でも問題ない。

 

 

パンッ

 

 

 ヤマメが手を叩く音に合わせて

 

勇儀「ぐっ!」

 

 さっきの要領で光の弾を作る。だが……。

 

勇儀「うわっ!」

ヤマ「力み過ぎだよ。大きいよ。もっとリラックス、リラックス」

勇儀「リラックス、リラックス……」

ヤマ「そうそれ。はい、もう一回」

 

 

パンッ

 

 

勇儀「ほっ」

ヤマ「今度は小さいよ、もう少し力を入れて」

 

 なかなか上手くいかない。自分でも思う。「これは時間が掛かりそうだ」と。

 その後もヤマメの指導の下、光弾作りの反復練習を行い、この日の早朝練習は終了。

 そしてその翌日から私の鍛錬は本格的に始まった。早朝練習の他に、私とヤマメが休みの日は一日中。もちろんそれは大鬼の協力があっての事。つまり大鬼は私の鍛錬に付き合わせられていた。ずっと。何をするわけでもなく、ただ手を握られるためだけに。

 やがて私は光弾を安定して飛ばせる様になり、一度に作れる数もかなり増えた。ヤマメも「基礎はもう充分」と言ってくれ、鍛錬はいよいよスペルカードの魅せ方、作り方へと移行しようとしていた――

 

勇儀「大鬼、手」

 

 いつも通りに、さも当たり前の様に大鬼に手を差し出し、協力を求めた。

 

大鬼「……」

 

 だがその手はなかなか出て来なかった。手を握っては開きを繰り返し、催促をしてみるが、一向にその様子は見られない。その上、冷めた目で不服な表情を浮かべる始末。その態度に少々ムッと来た。

 私の表情の変化に気が付いたのだろう。すると大鬼はここぞとばかりに……

 

大鬼「あのさ……、いい加減に自分無しでも出来る様になってくれない?」

 

 不満をぶつけてきた。

 

ヤマ「そうだよね、大鬼君は付き合わせられて辛いよね。勇儀どう? 出来そう?」

 

 師匠にそう言われて、試しに能力の発動無しで光弾を作ってみる事に。もう慣れた感覚。あの要領でやればいい。簡単な事だった。

 

勇儀「……できない」

 

 だがそれは姿を現わす事は無かった。手に力を込めようと、力の塊だという事を強くイメージしようと、何をしようと。

 それならばと大鬼との繋がり無しに、能力の発動を試みる。だが結果はそれも不発。その(きざ)しさえも感じられなかった。

 

勇儀「能力も出せない……」

ヤマ「そうなの? でも大分前に……それこそ、あの年のお祭りの時に大鬼君とは……」

 

 そう、あの時……私が大鬼達の元へと向かった時は、手も届かない距離だった。それが一番の謎。その時のきっかけが分かれば、私は自由に能力を解放できるのに……。でも分かっている事もある。それは祭りの後に、実家で開いた宴の席での事。実験は成功し、その時疑惑は確信へと変わった。それが、「大鬼に触れれば能力が発動する」という事。

 だから今もこうして大鬼に協力を頼んでいる。ただ不思議なのが、当時は離れていても持続していたのに、最近では離れた途端消えてしまうのだ。やっぱりアレじゃないとダメなのか?

 

勇儀「おい、大鬼」

 

 これを頼むのは何年ぶりだろう。

 

勇儀「ん!」

 

 懐かしいが……は、恥ずかしい。

 

大鬼「は? 何やってるの?」

ヤマ「?」

 

 もう忘れてしまったらしい。仕方なく頬を人差し指で2度叩き、分かりやすく合図。さらにもう一度、先程よりも強めに

 

勇儀「んっ!!」

 

 もう分かるだろう?

 

大鬼「だから何ッ?」

 

 これでも伝わらないのかっ!? 師匠は目を輝かせて待っておられると言うのに……。

 

勇儀「だ、だから……その……、く、くち……」

大鬼「しないから」

 

 食い気味の回答。コイツ……。分かっていただろ?

 

勇儀「でもそっちの方が、ずっと手を握っていなくて済むんだぞ?たぶん……」

大鬼「あのさー、手を握られっぱなしなのが嫌だって思っているわけ?」

勇儀「いや、そうじゃないのは分かるが……。でも約束だろ?」

 

 「約束」コレを言えば「大鬼は何も言い返せずにまた黙る」。そう思っていた。安易に考えていた。だがこれが引き金となり、

 

大鬼「もうそれ以上に付き合わせられてる!割に合わない!」

勇儀「毎月小遣いだってあげてるんだ!家の手伝いだってしてないんだから、もう少し付き合ってくれてもいいだろ!!」

 

 私と大鬼は、互いに溜め込んでいた日頃の不満が大爆発。顔を近付け、激しく火花を散らして睨み合っていると、

 

ヤマ「ちょ、ちょっと待った。2人とも落ち着いてよ」

 

 その間を裂くように、ヤマメが割って入って来た。

 

ヤマ「大鬼君、毎日朝早くから一緒に来てくれて、大変なのはすごく分かる。エライと思うよ。勇儀だって感謝してるよ?ね?」

勇儀「あ、あー……」

大鬼「……」

ヤマ「でもね? 勇儀は仕事に行って、ご飯も作ってくれているんでしょ? もう少しだけ勇儀の鍛錬に付き合ってくれないかな?」

 

 さすがヤマメだ。素直にそう思う。そして彼女の言葉で気付かされた。私は大鬼への配慮が足りていなかったのだと。

 

勇儀「頼む大鬼もう少しだけでいいから……」

大鬼「……ナンデ?」

  『え?』

大鬼「どうして……どうして……どうして我慢するのはコッチばかりなんだよ……。この前の肉屋の手伝いの時だってそうだ。我慢して、ヤマメに言われたから()()()()こっちから謝って!」

ヤマ「ちょっと大鬼君!?」

 

 聞き捨てならなかった。恐らくヤマメが大鬼に「私に謝ってくれないか?」と頼んだのだろう。ヤマメの事だ。丸く収めようと気を使ってくれたのだろう。

 それはいい。

 だが、あの時の「ごめん」が()()()()? それはつまり、偽りの心、偽りの言葉……嘘。

 

勇儀「大鬼、お前さんそういうつもりで謝ったのか?」

大鬼「じゃなければ言わない! あの時は全面的に姐さんが悪い! それに我慢しているのはそれだけじゃない!! もっと前から……ずっと、ずっと我慢しているんだ!!」

 

 これには心当たりがあった。ちゃんと話さないといけないとも。

 

勇儀「だったら何であの時、『もう探さない』と言った時に、『いいよ』と答えたんだッ!?」

 

 けど、こんなタイミングで、この話題を出す事になるなんて……。

 

ヤマ「えっ……」

大鬼「は?」

 

 私がそう放った言葉は、大鬼のみならず、ヤマメまでもを呆気に取らせていた。まるで予期していない事を言われたみたいに。

 

勇儀「だってそうなんだろ? お前さんが言う『我慢』って言うのは。やっぱり本当の親に会いたいんだろ? お前さんにとって唯一の親だもんな?」

 

 確信があった。コイツが変わり出したのが、その頃だったから。そう尋ねた私の声は、少しばかり震えていた。

 

ヤマ「勇儀、それ……」

大鬼「ヤマメ!」

 

 ヤマメが私に何かを伝えようとしたその時、大鬼が大声を出して「それ以上話すな」とでも言うかの様に、その言葉を停止させた、そして私に鋭い視線を向け、威嚇するかの様に語り出した。

 

大鬼「いいよ……、勝手にそう思っていれば。ずっと勘違いしてろよ! その都度『また勘違いしてる』って心で笑ってやるから!!」

勇儀「なんだよその口の聞き方! それが目上の者対する言い方かっ!?」

大鬼「また説教すんの!? ()()()()()()()()()()()親面するな! やっぱり前言撤回だ! 見つけろよ、今すぐ! 本当の親を!! そしたらすぐに、口うるさくてわからず屋の姐さんからさよならだ!」

 

 

バチンッ!

 

 

 黙っていられなかった。悔しかった。悲しかった。私の心は限界を超えていた。

 

勇儀「出て行けよ……。そんなに私の事が嫌なら出て行けッ!」

 

 私がそう言い放つと、大鬼は殴られた頬を抑えて食いしばる歯を見せながら、先程よりも強く、刺すような視線を向けた後、その場から走り去って行った。

 

ヤマ「大鬼君! 待って!」

勇儀「ヤマメ追うな! 放っておけよ。あんなヤツ……」

 

 

パチンッ!

 

 

 頬に違和感を覚えた。決して強くはない、大したダメージにもならない一打。だがそれは、胸に強く響いていた。

 

勇儀「えっ?」

 

 ヤマメは……泣いていた。両目から大粒の涙を流しながら。それが大きなダメージだった。

 

ヤマ「なんで分かってあげないの!? なんで気付いてあげられないの!? みんなが気付いているのに、どうしていつも側にいる勇儀が分からないの!?」

 

 私は泣きながら語る彼女の言葉を、ただ呆然と聞く事しか出来なかった。そして彼女は全てを告げると、くるりと背を向けて歩き出した。

 

勇儀「ヤマメ? どこに……」

ヤマ「知らない! 来ないで! ちゃんと気付けるまで、大鬼君と仲直りするまで、何も教えない!」

 

 取り残された私。ヤマメは私に「気付け」と告げた。そしてアイツは「勘違いをしている」と。

 私には、それが何なのか分からない。分からない限り、私はアイツとは仲直りする事が出来ないだろう。けど、今は例えそれが何か分かったところで、仲直りだなんて……。

 祭まであと数日、今年の祭はほぼ例年通り。一大イベントもなければ、特別なゲストもいない。いつかの慌しい祭りとはならないだろう。と同時に、これが親友の、萃香にとって最後の祭当番。

 本来の罰則であれば、祭当番は20年間。残りはまだ半分くらいあるが、それを私が肩代わりする事にし、棟梁様(母さん)にその旨を伝えた。これには母さんも了承してくれたし、彼女に「今までありがとう」と感謝もしていた。

 そして去年頃から地上に移り住み、今は(ほとん)どこっちに来る事はない。きっと地上で楽しくやっているのだろう。今年の祭が終われば、こちらへ戻って来る必要はもう無くなる。そうなると、昔みたいに余程の事が無い限りは戻らないだろう。でもそれが、ようやく自由になった彼女のやりたい事。誰も邪魔をしてはいけないし、引き止める事なんてしてはいけない。

 だから大鬼もそれを理解してくれて、彼女が地上へ行くと知ったあの時、笑ってくれたんだ。

 

 

 

 




次回はちょっと別の話を。
はい、アイツです。


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【やってきたぜ!幻想郷】嫁候補三人目

 この日の冥界は見事な秋晴れ。秋、それは読書の秋、芸術の秋、スポーツの秋!

 

??「では、私がノルマを終えるまで素振りをしていて下さい」

??「かしこまっ!」

 

 庭先で真剣を手に、見事な技を繰り返す少女と、模擬刀を手に、基礎の基礎を淡々と繰り返す青年……否、ヲタク。

 修行の秋である。そして秋と言えばもう一つ……。

 

 

パクッ、パクッ、パクッ、パクッ

 

 

 縁側にテーブルを移動させ、映画鑑賞、スポーツ観戦でも楽しむかの様に、少女達を眺める屋敷の主人。団子を皿に山の様に置き、彼女は彼女の秋を、彼女なりに楽しんでいるご様子。

 やがて彼女の団子が無くなる頃、従者達も修行を終え、彼女の下へと歩みを進めていた。

 

海斗「あーッ! 幽々子様全部食べちゃったんですか!?」

 

 先に彼女の下へ辿り着いた彼。皿の上が掘削され尽くしたと知り、大絶叫。その声を聞くなり、おかっぱ頭も慌てて主人の下へ。

 そして現場を目撃。(たちま)ち顔色は真っ青になり……

 

妖夢「えぇぇぇーーーッ!?」

 

 彼女も大絶叫。

 

海斗「幽々子様、あれ今日のおやつ用なんですよ!?」

妖夢「さっき朝ご飯食べたばかりですよね!?」

 

 食べ物の恨みは怖い。人格を変える。この日のおやつが無くなったと知り、従者達は怒りを露わに。状況は2対1。この不利な状況下の中、主人が取った最終手段は……

 

幽々「テヘッ」ペロ

 

 頭を小突いて舌をペロリ。通称『テヘペロ』。

 

妖夢「……」

 

 従者其の壱、無言。肩をガックリと落とし、呆れ顔。

 

海斗「……」

 

 従者其の弐、無言。拳をガッツリと握り締め、歓喜。否、萌え。

 

妖夢「幽々子様の今日のおやつ、ありませんからね」

幽々「えーッ! ヤダヤダヤダヤダヤーダーッ!」

 

 

--ヲタク昼食中--

 

 

妖夢「え? 守矢神社へですか?」

 

 昼食を済ませ、従者達はジャパニーズティーでティータイム。主人、おやつが無しとなり、自室で不貞寝(ふてね)。2人が「午後からどうしようか」と雑談をしていると、ヲタクが突然、妖怪の山の山頂に建つ神社、「守矢神社に行きたい」と言い出したのだ。その目的は勿論(もちろん)、幻想郷観光。だがそれ以外にも目的がある模様。

 この依頼におかっぱ頭、嫌がる素振りを見せる事は無かったのだが、眉を八の字にして困り顔に。

 

妖夢「ご希望通りにしてあげたいのは山々なのですが、生憎今山頂までの索道(さくどう)が整備中でして……」

 

 妖怪の山。そこは人間達に理解のある天狗や河童等の妖怪達が暮らす地。しかしその標高はさることながら、神等の神聖な者達も暮らし、神聖な場所も多いが故、無断で侵入する者へは容赦(ようしゃ)が無い。

 そんな山の山頂に位置する神社。それが守矢神社である。辺鄙(へんぴ)な場所にあるため、参拝客が少なかったのだが、近年その問題の解決手段、ロープウェイが出来たのだ。山の麓から山頂まで、お手頃なお値段で、お時間20分程度で運んでくれる。その資金は『山の維持費』と言う名で、河童の新製品開発に割り当てられているとかいないとか……。

 そのリフトが現在整備中。それはつまり『空でも飛べない限り、今日中に辿り着くのは不可能』と言う事になる。

 この問題に直面した彼とおかっぱ頭。「うーむ……」と唸り声を上げながら、諦めつつ代替案を考えていた時だった。

 

??「索道ならもう少しで直る」

 

 何処からか声が。だがそれは彼らの直ぐ側。

 

海斗「え? 誰?」

 

 初めて聞く声に彼、頭上に『?』を浮かべるも、

 

海斗「(ゆかりんキターッ!)」

 

 と、ある程度予測していた。だが、

 

妖夢「何者ッ!? 姿を現しなさい!」

 

 おかっぱ頭は刀を手に取り、超警戒態勢。彼女のこの姿に彼は違和感を覚えた。なぜなら彼の事前情報では、彼女の主人と彼の予想人物は顔見知りであり、仲も良好の関係。彼女との接点も多いはずであった。そんな者であれば、声を聞けば「ああ、またあの人か」となるのが通常。

 だが今彼女は「何者ッ!?」と怒気を込めて尋ね、刀を構えたのだ。

 

海斗「みょん、この声ゆかりん……八雲(やくも)(ゆかり)じゃないのか?」

妖夢「違います! 私の知っている紫様は、こんな声ではありません!」

 

 そう説明する彼女の頬には、汗が一粒ゆっくりと流れていた。

 

妖夢「誰ですかっ!?」

 

 再び怒鳴る様に尋ねる彼女。その答えは……

 

??「圧倒的な力量の差があると知りながら、その口調にその姿勢。大した勇気だ。褒めて使わす。だが今は……まあ待て。少なくとも敵では無いとだけ伝えておこう」

 

 謎の声。だがそれには一言一言に重みと凄みがあった。剣の道をひたすら追求し、異変解決にも加担した彼女は、この時既に気付いていた。声の主は只者では無いと。その彼女に対し、

 

??「して、そこの外来人のお前」

 

 このヲタク、剣の道は超初心者に加え、その性格であるが故に、

 

海斗「俺? なんざんしょ?」

 

 KY。変わらずのリラックスモード。

 

??「……まあ良いだろう。お前、ここの主人からお守りは貰ったか?」

海斗「え? 何それ?」

??「博麗神社のありがたいお守りだ。その身を邪なるモノから守ってくれる。主人に尋ねるといい。既に渡してある」

 

 博麗神社。その固有名詞にヲタク、

 

海斗「マジでッ!? 誰か知らないけどあんがとー! 幽々子様ー!」

 

 大興奮。そして謎の人物に簡単に礼を済ませると、放たれた矢の様な速さでその場から去って行った。

 

??「……なんなんだあれ?」ボソッ

 

 彼の勢いに困惑といった様子の謎の声の主。ボソッと呟かれたその言葉は、未だに剣を握りしめたままのおかっぱ頭に、しっかりと聞こえていた。

 

妖夢「その件に関しては謝っておきます。居候(いそうろう)が無礼な態度をとってしまい、申し訳ありません」

??「出来た従者だな。再度褒めて使わす。して、疑っているやもしれんが、先程の索道の話は誠だ。さっきのお調子者を連れて行くといい」

妖夢「……分かりました。あなたを信じます。ですが、あなたはいったいどなたですか?それと目的は何ですか?」

 

 未だに姿を現さない者へ、2つの質問を尋ねるおかっぱ頭。だが、その答えは変えって来る事は無く、

 

妖夢「消えた……」

 

 肌にピリピリと感じていたプレッシャーも、その場から姿を隠した。

 

妖夢「いったい何が……」

 

 彼女がポツリとそう呟いていた頃、お調子者は主人の下にで「お守りを下さい」とおねだりをしていた。

 普段は温厚でおっとりとした白玉楼の主人。だが、彼からのおねだりに目を見開き、珍しく動揺していた。

 

幽々「海斗ちゃん、それをどうして……」

海斗「さっき居間で謎の声が教えてくれたんです」

幽々「そう……」

 

 彼の説明に主人は表情を暗くすると、ゴソゴソと懐へ手を伸ばし、

 

幽々「これがそうよ。ごめんなさいね。渡すのを忘れていて」

 

 赤色の『博麗神社』と書かれたお守りを差し出した。

 

海斗「いえ、全然OKです! ありがとうございます!」

 

 彼はそのお守りをありがたく両手で頂戴すると、すくにズボンのベルトループへと括りつけ、

 

海斗「今度霊夢の所にも行きたいな。お守りのお礼もしたいし」

 

 と呟き、再び主人に礼をしながら、笑顔でその場を後にした。

 自室に取り残された主人、瞳を閉じながら(うつむ)いていた。彼女には珍しく、眉間に皺を寄せながら。そしてこのタイミングで鳴る

 

 

グ〜……

 

 

 腹の音。腹ペコ主人、お腹を撫でながら一人呟く。

 

幽々「考え事していたらお腹空いちゃった。今日のおやつは……」

 

 おやつの前乗りを考えるが、そこは自業自得、身から出た錆。

 

幽々「ないんだー……」

 

 既に彼女の腹の中。現実を思い知らせられ、彼女、再び不貞寝。

 

 

--ヲタク移動中--

 

 

 謎の声の情報を信じ、肩を並べて野道を歩くお調子者とおかっぱ頭。足下にはタイヤの跡らしき物が、雑草を(えぐ)ってその下の土を浮き彫りにしており、同じ場所を何度も何度も通っていた事を窺わせるせる。やがて曲がりくねった道を終えた頃、彼等の目の前には色彩豊かな山が姿を現した。そこが彼等の目的地、現在進行形で秋真っ盛りの妖怪の山である。

 待望の有名地を初めて目の当たりにした彼は、

 

海斗「いや、見事。人里からも見えていたけど、近くに来ると迫力が違うな」

 

 素直に衝撃を受けていた。

 

妖夢「綺麗ですよね。私は春が一番好きですが、秋も好きです」

海斗「夏と冬は?」

妖夢「暑いと鍛錬の時に汗をかきますし、寒いと鍛錬の時に手が悴むので、あまり好きではありません」

海斗「そういう基準なの?」

 

 1に鍛錬、2に鍛錬、3、4も鍛錬、5に鍛錬。脳内は剣一色。分かっていた事とは言え、そんな彼女にお調子者、思わず「あはは……」と苦笑い。

 その後も雑談を続けながら歩を進め、やがて彼等の目に山頂へと伸びたワイヤーが飛び込んで来た。

 

海斗「お、あそこが?」

妖夢「はい、山頂までの索道の出発地点です」

 

 無事第一の目的地に到着した2人。だがどうやら様子がおかしい様で……

 

海斗「止まってない?」

 

 そう、動いていないのだ。リフトは乗り場でピタリと止まり、そこから先に進もうとしていない。だがこれは、

 

妖夢「ええ、利用する方がいなければ止まっているんです」

 

 デフォルト。所謂節電、省エネ、『電気を大切にね』なのだ。

 そう説明するこの世界の住人。しかし彼女にもまた、一つ疑問に思う事がある模様。

 

妖夢「誰もいませんね……」

海斗「いつもは誰かいるのか?」

妖夢「ええ、必ず河童か妖怪か天狗がいるはずなのですが……」

 

 そうボヤきながらロープウェイの駅を巡回して行く彼女。それ釣られて、彼も彼女とは別方向、リフトの方へと歩き出した。最近出来たとだけあって、リフトは綺麗な状態。塗装も落ちていない。「これのどこに不具合が?」と疑問を抱き始めた頃、

 

??「うーん、冷暖房設備を入れるのは難しいのかなー……」ブツブツ

 

 彼の足下、リフトの下から声が。それは空耳かと疑う程の小さな独り言。それを確かめるために彼、

 

海斗「おーい、誰かいるのかー?」

 

 声を掛けてみるも、返事が無かった。「やはり空耳か?」と自身を疑い始めた時、

 

妖夢「誰かいたんですか?」

 

 そこへおかっぱ頭参上。

 

海斗「いや、この下から声が聞こえたんだけどさ、呼び掛けても返事が無いんだ」

妖夢「そうですか、ちょっと様子を見て来ます」

 

 彼女は彼にそう告げると、リフトの下へと潜り込んだ。そして間も無く彼の足下から2人の会話が。

 

??「あれ? 珍しいね。何か用?」

妖夢「こんにちは。実は山頂に……」

??「え? あ、ごめん。音楽聴いてた。で、何?」

妖夢「山頂に行きたいんで、リフトを動かして欲しいんです」

??「なんで? 空飛べるでしょ? 飛べなくなったの?」

妖夢「私は問題ないんですけど、もう一人いて……」

??「あ、そういう事。急いで元に戻すから上で待ってて」

 

 会話が終わると、彼女は高低差など無いかの様に、ふわりと下から彼の下へと戻って来た。

 

海斗「いいよなぁ……、みょんは空を飛べて」

妖夢「そうですか?」

海斗「だって全人類の夢だぜ? 俺も飛べる様になりたいなー」

妖夢「流石にそれは難しいかと……」

 

 空への想いを語るお調子者。だがその言葉は本心そのもの。「自分の意思で自由に飛べたら」そう考えただけで、ロマンは尽きない。と、そこへ

 

??「よっと。ドライバー♪ レンチ♪ きゅうりバー♪」

 

 幻想郷切っての技術屋が、ドライバーとレンチときゅうりバーを求め、リフトの下から登場。その名も……

 

海斗「にとりだッ!!」

 

 河城(かわしろ)にとり。種族:河童。好物:きゅうり。苦手なもの:……

 

にと「おおとおおとととおおとこッ!?」

 

 イケメン。

 

にと「はわわわわわ……」

 

 顔を真っ赤にしてガクブル。見事なまでの、分かりやすいまでの(うぶ)。そんな技術屋に彼、まずはお決まりのご挨拶。

 

海斗「嫁にならない?」

にと「グハッ!」

 

 

嫁捕獲作戦_三人目:河城にとり【撃沈】

 

 




久々のご登場でした。

最後の登場から69話ぶり。
時間にして半年ぶり。
そしてもう12月……。


【次回:十年後:ある日の出来事_地底七不思議(弐)】


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十年後:ある日の出来事_地底七不思議(弐)

 「今日こそは」と意気込んで来た彼。前日の出来事を思い返してみる。

 

和鬼「……うん、何もしてない」

 

 「本当にそうか?」と自問自答もしてみる。

 

和鬼「……たぶん」

 

 これまでの事が積み重なり、「どれが引き金になるのか自信が無い」といったご様子。そこに……

 

和鬼「来た来た」

 

 待ち人が視界に入って来た。が、

 

和鬼「機嫌悪そー……」

 

 またしてもである。そして彼の下へと辿(たど)り着き、挨拶を交わすかと思いきや、

 

大鬼「……」

 

 無言で仏頂面(ぶっちょうづら)。その上、

 

和鬼「眠いのか?」

 

 睡眠不足を疑わせる瞳の面積。彼のこの質問に待ち人は、コクリと頷くと、

 

大鬼「姐さんの修行に付き合わせられて……」

 

 その原因と愚痴をこぼした。

 

和鬼「そ、そうか。お前も苦労しているんだな……」

 

 その矛先が自分ではないと知ると、彼は一安心。「これでようやく先へ進める」と、本題へと移った。

 

和鬼「七不思議、調査しに行くか?」

大鬼「そのために来たんだけど……。それで? どんなのがあるの?」

 

 少年のこの質問に彼は、手にした紙を眺めて「うーん」と頭を掻きながら唸り声を上げた後、

 

和鬼「色々あるけど、取り()えず信憑性が高い物から行くか」

 

 とその中の一つに視線を置いた。

 

 

【地底七不思議ー其の壱:血の池の主】

 地底世界に存在する真っ赤に染まった池。その名も『血の池』。

 だが実際には本当の血、血液ではなく、豊富な鉄分が酸化した事が原因でそう見え、通称として名付けられた大きな池である。そこで採れる魚もやはり鉄分が豊富で、鬼の身体作りに、一役かっているとかいないとか。

 そんな池についての謎。魚ではない得体の知れない何かが、姿を現わすというものだった。それはこの日の様に、暑い時期によく目撃される――――との事。

 彼から一通りその説明を受けた少年。さぞ驚き、興味が湧いて目を輝かせているのかと思いきや、

 

大鬼「へー……」

 

 わりと冷静。(むし)ろ心なしかバカにしている様にも見える。

 

和鬼「……信じて無いだろ?」

大鬼「だってあんな所に主って……。今まで一度も見た事ないし、そんな話も初耳だし」

和鬼「でも町では結構有名な話だぞ? 鬼助さんも知っていたんだから」

大鬼「ふーん……、そうなんだ」

 

 少年の数少ない知り合いの名前を出してみても、変わらぬ態度。興味は無さそう。だが彼は知っていた。そういう時こそ、

 

和鬼「そっか……、興味ないなら止めるか。この話」

大鬼「え?」

和鬼「だってどうでもいいんだろ?」

大鬼「……無くはないけど」

 

 興味深々であると。そして彼は思う、「面倒くせー」と。

 

和鬼「じゃあ行くぞ」

大鬼「付き合ってやるだけだから」

 

 彼は思う、「ホント面倒くせー」と。それは大きなため息と共に小さくボソッと呟かれた。

 

大鬼「今何か言った?」

和鬼「気にするな」

 

 

--少年移動中--

 

 

 (うわさ)の現場へと到着した2人の少年。瞳に映る池は今日も赤い。辺りは静かで生き物の気配は感じられない。

 時刻は昼と夕刻のど真ん中。地底世界は只今、

 

  『あっちー……』

 

 最高気温を叩き出していた。

 そんな中、(しげ)みに身を潜め、ただじっと謎の真相を明かそうと試みる2人。しかし、この時期のこの環境。まとわりつく厄介者も多い様で……。

 

  『怨霊うぜー……』

 

 「ウォー……」と声を上げ、彼等の周りをぐるぐると飛び回っていた。そしてコイツらは、

 

和鬼「(かゆ)っ」

 

 血を吸い、痒み成分を残していく。そんな中、待てど暮らせど、何かが姿を現す様な気配が無く、少年、

 

大鬼「ねー……、まだ?」

 

 飽き始める。

 

和鬼「まだ」

 

 

--5分後--

 

 

大鬼「ねー、まだ?」

和鬼「もう少し待てよ」

 

 

--1分後--

 

 

大鬼「ねー!」

和鬼「うっるせぇな!」

大鬼「全然そんな気配ないじゃん!」

和鬼「だから七不思議なんだろ! そう簡単に見つかったら、不思議でも噂でも何でもないだろ! 黙って待ってろッ!!」

大鬼「それで何も無かったら、ただの時間の無駄じゃん!」

和鬼「いいだろ、どうせ暇なんだから!」

大鬼「どうせってなんだよ!」

 

 互いに火花を散らし、言い合いを始める2人。気温の事もあり、苛立(いらだ)ちは瞬く間にピークに。やがて言い合いだけでは収まりが効かなくなり、取っ組み合いが始まろうとしていた。

 まさにその時だった。

 

 

バシャンッ!

 

 

 水面を叩く大きな音が。その音に少年達は互いに目が点に。そして慌てて身を隠し、息を殺した。

 

和鬼「聞こえたか?」ヒソヒソ

大鬼「う、うん……。大きな音だった」ヒソヒソ

和鬼「魚……じゃないよな?」ヒソヒソ

大鬼「わ、分からない」ヒソヒソ

 

 小声で自分達が聞いた音が空耳でない事を確認し合った。

 それから彼等は、目を凝らして赤く揺れる水面を眺めていた。少しの変化も見逃さない様に、じっと。

 

 

バシャバシャバシャバシャ

 

 

 待望の変化。遠くの方で水飛沫(みずしぶき)が上がったのだ。それは明らかに魚ではない何かの証。

 

和鬼「み、見たか?」

大鬼「う、うん……見えた」

和鬼「大鬼! 向こうに回るぞ! 音を立てるなよ! 絶対に気付かれるなよ!」

大鬼「分かった!!」

 

 声に元気が出てきた少年達。退屈な日々を送っていた彼等にとって、久しぶりに感じるワクワク感。「謎を明らかに出来る」という目に見えるゴール地点。そして忘れかけていた冒険心。彼等はいつの間にか、幼少の頃の心、童心に戻っていた。

 やがて2人は目的地近辺に到着。物音を立てず、静かに且つ迅速に。The・忍道。

 

和鬼「よ、よし。この辺だったよな?」

大鬼「う、うん」

 

 再び茂みの影へ身を隠し、水面へと視線を向ける。「次こそは」という期待と野望を胸に。

 

大鬼「ん?」

 

 と少年、何かを見つける。

 

大鬼「これ何だろ?」

 

 拾い上げ、隣にいる少し年上の彼に尋ねた。

 

和鬼「服? なのか?」

 

 それは白い袖の短い服。彼等がそれを見るのは初めの事だった。「変わった服だ」と2人でぼやいたところで、少年、また何かを見つける。

 

大鬼「帽子だ」

和鬼「鬼用じゃないな。角を出す穴がない」

大鬼「じゃあ妖怪用?」

和鬼「多分な。で? 何してるの?」

大鬼「どう? 似合う?」

 

 それは白く、ツバのついた帽子。さらに前面の真ん中には、『○十U』を真っ直ぐ一列に組み合わせたマークが描かれていた。これも彼等が見るのは初めての事。その誰の物とも分からない帽子を、少年は躊躇(ためら)いも無く(かぶ)ったのだ。

 

和鬼「よせよ。変なヤツのだったらどうすんだよ? 気持ち悪い。エンガチョ」

 

 当然の反応である。だが少年、

 

大鬼「……あとで頭洗うし」

 

 意地になって状態維持。

 そしてこの時少年、またまた何かを見つけていた。それを見つけた瞬間、少年の顔は真っ赤に。その様子の変化に気付いた彼。「どうした?」と尋ねたところ、少年はその物体を指差した。少年の指の先へと視線を移し、それを確認した彼。

 

和鬼「スカート?」

 

 それは丈の短いスカートだった。着衣状態であればどうって事のない代物だが、それが落ちていたのだ。ポツリと呟いた彼は、脳内パズルを開始。その時間、まさに0.1秒。そして導き出した答えは…………赤面。

 

和鬼「ちょちょちょちょっと待て! なんでこんな所に平然と置いてあるんだよ!?」

大鬼「ししし知るかよ! こっちが聞きたいしッ!」

和鬼「それにその服も多分セットだろ!?」

大鬼「えーーーッ!?」

和鬼「気付けよバカッ! きっとその帽子もだ!」

大鬼「はーーーッ!?」

 

 途端に慌て出す少年達。誰の? いつから? なぜ? そういった疑問はそっちのけ。「今すぐにこの場から立ち去らねば」という思考で脳内は支配されていた。そしてその場から離れようと茂みから姿を現し、駆け出そうとしていた。丁度その時だった。

 

 

バシャバシャバシャバシャ

 

 

 再び池で水飛沫が上がったのは。しかもそれはあろう事か、徐々に少年達の下へ。迫るそれに少年達の心臓はバクバク、目は釘付け。「次こそは」という期待と野望を胸に。

 そしてとうとう、

 

 

ザバァーッ

 

 

 上陸。

 

??「……」

  『……』

 

 目が合う3人。この日の地底世界の風は弱々しいもの。その所為で熱がこもり、そこに住む者達に『暑さ』という不快感を与えていた。しかし、そういう時こそ…………水浴び、水泳日和である。

 

??「きゃーーーーーーーーッ!!」

 

 そんな地底世界に甲高い絶叫が響き、

 

 

バッチィィィィィンッ!×2

 

 

 (むち)で叩く様な、乾いた音が後から追いかけて来たそうな。

 

 

--??着衣中--

 

 

??「もー最ッ低!! ホンット信じられない! こっち見ないでよね!」ブツブツ

 

 愚痴(ぐち)(こぼ)しながら自身の服を着ていく少女。

 そして少年達はと言うと、

 

  『……』

 

 反対を向かされ、正座。が、会話までは禁止されていなかった。

 

和鬼「見たか?」ヒソヒソ

大鬼「見た」ヒソヒソ

 

 互いに得た貴重な財産に、

 

 

グッ!!

 

 

 力強くサムズアップ。そして、

 

和鬼「もう一回いっとく?」ヒソヒソ

 

 働く悪知恵。事ある毎に喧嘩をし、意見が食い違う2人。だがこの時は、

 

大鬼「いっとく?」ヒソヒソ

 

 エロの名の下に意見が一致した。

 

和鬼「少しだけならバレないよな?」ヒソヒソ

大鬼「そうそう少しだけなら……」ヒソヒソ

 

 コソコソとそのタイミングを相談。そしてタイミングを合わせて振り向……

 

 

バチンッ!×2

 

 

 こうとしたその時、頭に激痛が。

 

大鬼「イッタ!」

??「見るなって言ったでしょ! 今視線感じたんだから! 私そういうの鋭いんだからね!」

 

 少女、激怒。彼女の意見はごもっとも。だが……

 

和鬼「はーーーッ!? ()()見てないから!」

 

 そう、2人はまだ行動を起こしていなかった。にも関わらず、頭を叩かれたのだ。とはいえ、

 

??「()()? まだって事は見ようとしてたんじゃない! ありえない! 変態! 覗き魔!」

 

 計画を(くわだ)いていたのは事実。故にこれは未遂の事件。反論は出来ない。しかし、それと彼女の暴言は別件。

 

和鬼「誰が変態だ! だいたいココ、遊泳禁止だから! それなのに、素っ裸で泳いでる奴の方が変態だろ!」

??「はいーーーッ!? 誰が変態よ!」

和鬼「あー、悪い悪い。頭イカレてるよ。こんな池で泳ぐなんて。鉄が酸化してるんだぞ? それなのに……。はい、名前決定ね。イカレヤローで」

??「私は幽霊だから大丈夫なんですー! それに私には村紗(むらさ)水蜜(みなみつ)っていう可愛い名前がありますー!」

 

 言葉のドッチボール。そのぶつけ合いは激化の道を辿る一方で、内容は幼児化。終いには2文字の罵声の飛ばし合いへ。そんな中、

 

大鬼「ぷくくくっ……」

 

 腹を抑えて笑う少年。その様子に気付いた彼、少々感に触った様で……、

 

和鬼「おい、何笑ってるんだよ?」

 

 睨みつけた。すると少年は内からこみ上げる笑いに耐えながら、その原因を語り始めた。

 

大鬼「いや、2人の息がピッタリで可笑しくてさ」

  『はーーーッ!? どこが!?』

 

 これには2人とも全力否定。だが互いに発した言葉と、そのタイミングに気付くと、

 

  『えっ?』

 

 互いに顔を見合わせて目が点に。さらに少年は、

 

大鬼「それに名前が、くくく……」

 

 彼女の名前についても、ツボに入ったご様子。

 

大鬼「()()って……ピッタリじゃん」

水蜜「水蜜(みなみつ)だから……。どこ引っ張って来てるのよ……」

 

 その理由を聞いても、彼女は「どこが面白い?」と首を傾げていた。

 だが、彼は違った。

 

和鬼「ぎゃはははッ! さ、流石! 最高!」

 

 理解していた。

 これには彼女、ますます謎が深まる。自分の名前の、しかも中途半端なところで「何故こうも笑えるのだろう?」と、脳内に『?』を大量発生。

 しかしそれも束の間、彼女は2人からの視線を感じた。それはイヤらしく、体のある部位に……そして彼女もようやく理解。

 

水蜜「どこ見て言ってるのよ! ふざけんな!」

大鬼「あ、ナミ()が怒った」

和鬼「ナミ()が怒ったな」

 

 少年達、ただ言いたいだけである。

 呼び名の由来を知り、少女の顔は怒りと恥ずかしさから真っ赤に。頭上からは湯気を出し、体温は完全に沸点。その気持ちをぶつける様に、

 

水蜜「帽子返して!」

 

 少年の頭から帽子を奪い返すと、

 

水蜜「あれ?」

 

 違和感を覚えた。

 

水蜜「君、角……。鬼じゃないの? 妖怪でもなさそうだし……。もしかして……」

 

 少女がそこまで語った時、

 

和鬼「そいつは俺達の仲間だよ」

 

 それを(さえぎ)る様に、彼が真実を述べた。

 

水蜜「ふーん、という事は鬼なの?」

 

 再び核心に迫る質問。しかもその答え方は「Yes」or「No」の2択。さらに彼は鬼、嘘は許されない。ともなれば、

 

和鬼「それよかさー……」

 

 話を外らせるのみ。

 

和鬼「いい加減、下穿()けよ」

 

 

バッチィィィィィンッ!×2

 




【次回:十年後:ある日の出来事_地底七不思議(参)】


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十年後:ある日の出来事_地底七不思議(参)

--少女着衣中--

 

 

 再びきついお仕置きを受けた少年達。その両頬にはしっかりと、くっきりと赤い紅葉(もみじ)。だがその表情はどこか満足気であった。そして彼女から「何故ここに来たのか?」と、問われ――

 

水蜜「七不思議?」

大鬼「そう、地底世界の」

和鬼「まさかそれがナミだなんて……」

水蜜「その呼び方……ヤ・メ・テ・モ・ラ・エ・ナ・イ?」

 

 定着しかけている不本意の呼び名に、拳を作ってワナワナと震える船幽霊。さらに自分が「七不思議の一つになっている」という事実が、相当ショックなようで、

 

水蜜「あーもう! 最悪ッ!! もうここで泳げないじゃない! 毎年の楽しみだったのにぃーッ!」

 

 地団駄。その発言に少年達、

 

  『だから泳ぐなよ』

 

 心の声を同時に発声。

 

和鬼「さっきも言ったけど、ここ遊泳禁止だから」

水蜜「だからいいんじゃない。プライベートポンドよ」

大鬼「私物化すんなよ……」

和鬼「それにあんた、町で結構噂になってるから」

 

 彼のこの一言に船幽霊、

 

水蜜「え?」

 

 目を点にし分かりやすく硬直。彼女の時が止まった。そこに畳み掛ける容赦ない彼。

 

和鬼「七不思議の中で()()()()な物を調査しに来たんだ。あんたが泳いでいるところ、町の何人かは目撃していたと思うよ。それこそ、そこの茂みに隠れてひっそりと……」

 

 駄目押しにと声色を変えて放った一撃は、時が止まっていた彼女を恐怖に(おとしい)れた。

 

水蜜「や、やめてよ!」

 

 自身の身体を強く抱きしめて小さく(うずくま)る彼女。その姿に彼は、「さすがにこれ以上はやり過ぎだ」と悟った。。

 

和鬼「じゃあもう変態行為はやめときな。ナミ」

大鬼「そうそう、それがいいよ。ナミ」

 

 だが軽いジャブを止める気はない模様。

 

水蜜「君達ねー……」

 

 そんな彼らに目を細めて睨みつける彼女だったが、

 

和鬼「でもこの調子だと他のも期待出来ないかなー……」

 

 彼、それをお馴染みのポーズで華麗にスルー。

 

大鬼「他のってどんなのがあるのさ?」

和鬼「『霧の中の巨人』とか。『霧の中の謎の女』とか」

大鬼「なにそれ? 両方霧じゃん」

和鬼「でも今回までとは言わないけど、わりと目撃者いるんだよ。しかもこの2つ、同時に見る人の割合が多いらしい」

 

 残りの七不思議について議論を交わす少年達。その表情は目を輝かせ、興味深々といった様子。楽し気に次の作戦会議を行う2人を、

 

水蜜「あ、あははは……」

 

 彼女は気まずそうに苦笑いをしながら見守っていた。そして作戦会議を終えた2人が、それぞれの自宅へと戻ろうとしたその時、

 

水蜜「あ、君達待って」

 

 彼女が少年達に静止を呼びかけた。

 

水蜜「君達他の七不思議の謎も追うんでしょ?」

和鬼「そのつもりだけど?」

水蜜「楽しそうにしてるから止めはしないけど、気を付けなよ。くれぐれも他の人に迷惑かけちゃダメだからね。あと……」

 

 それは少年達よりもずっと年長者の彼女からのアドバイス。大切な事。だが彼等は少年とは言え、もうお年頃。故に

 

大鬼「いや、流石に子供じゃないんだから……」ボソッ

 

 「子供扱いするな」となる。しかしその時、彼女の話の途中でそう呟いた少年には

 

 

ムギュッ!

 

 

 魔の手、もとい幽霊の手が迫っていた。

 

水蜜「私に迷惑をかけておいて、どの口が言うのかなぁ? 私、もうここに来れなくなったんですけどー?」

大鬼「ひべべべ(いででで)っ! は、はあへ(はなせ)っ!」

 

 少年の頬を楽し気に「ビヨーン、ビヨーン」と伸縮を繰り返す船幽霊。

 少年はこの時思い出していた。前にも似たような事があったと。それが起きた場所を。そして頬を抓(つね)る船幽霊の手を払い除けると、

 

大鬼「そんなに泳ぎたければミツメに頼めばいいだろ!?」

水蜜「ミツメ?」

大鬼「今の町の長、地霊殿の主人だよ」

 

 問題をまるっと覚り妖怪に投げた。

 

水蜜「おー! そっかそっか。そうしよう」

 

 しかも彼女はその意見に疑いも無く乗っかる始末。()にも角にもこれでようやく全ては丸く収まる……

 

水蜜「あ、そうそう」

 

 とはいかないご様子。彼女にはまだもう一つ、少年達に伝え忘れていた事があった。

 

水蜜「コレ、あげる。まだあるから」

 

 彼女が少年に手渡したのは、

 

水蜜「似合ってたよ」

 

 彼女の白い帽子。

 

水蜜「冒険に行くならそれ被って行きなよ」

大鬼「あ、ありがとう……」

水蜜「それじゃあ私は帰るから。七不思議、全部解けるといいね」

 

 そして彼女は2人の少年に別れを告げると、スッと宙に浮きそのまま何処かへと飛んで行った。残された少年達、天井を眺めながら

 

  『……』

 

 無言。そして目の前で起きた現象に目が点に。

 

和鬼「見た?」

大鬼「う、うん」

 

 そう一言ずつ放った後に交わされるのは、「お宝ゲット」はたまた「決定的瞬間ゲット」と言わんばかりの、

 

 

パチンッ!!

 

 

 ハイタッチ。

 

大鬼「変わった人だったな」

和鬼「全く……。ちょっとは恥じらえってぇの。無防備過ぎ」

大鬼「でもちょっと?」

和鬼「可愛かったな」

大鬼「あははははッ!」

 

 少年、手を叩いて大爆笑。この笑い声に彼はようやく気が付く。

 

和鬼「な、大鬼てめぇッ!」

 

 誘導されていたと。

 

大鬼「あ、やっぱり! そうだったんだ。あははははッ!」

 

 そして腹を抑えて尚も笑い続ける少年に、

 

 

ゴッ!

 

 

 一撃。怒り、恥じらい、そして胸を締め付ける感覚。年長者の彼ではあるが、初めて味わう苛立ちに堪える事が出来ずに放った一撃。通称、

 

大鬼「いってぇーなッ! 殴る事ないだろ!」

和鬼「黙れ黙れ黙れ黙れーッ!」

 

 八つ当たり。彼の顔は残された両頬の跡が見えなくなるまでに、見事に紅葉(こうよう)。さらに、時間が経つにつれ、ボヤけていたその想いは徐々に形を成していき……

 

和鬼「忘れろ……」

大鬼「は?」

和鬼「今日見た事、聞いた事、話した事、全部忘れろッ!」

大鬼「はーーーッ!?」

和鬼「覚えてていいのはオレだけだッ!  だから忘れろッ!」

大鬼「無理だからッ! あんなに印象に残るのなんて……」

和鬼「それ以上喋るなッ! 忘れられないなら……その記憶、消してやる!」

大鬼「極端なんだよッ!」

 

 彼、暴走。そして鳴らされるゴング。恒例行事の始まりである。が!

 

 

ザッバァァァーーーッ!

 

 

 そこに大量の水が上から流れる音。その水飛沫は熱くなる彼達にも降り注ぎ、消火させた。

 

  『えっ?』

 

 2人を襲う威圧感。恐る恐る血の池へ視線を向ける少年達。

 地底七不思議、その一つ。血の池の主。それは暑い日に()()目撃される。寒い時期の目撃報は少ない。だが……

 

  『ギャーーーッ!!』

 

 ゼロではない。巨大な瞳は、走り去る少年達を静かに、不気味に追いかけていた。

 

 

ーーその頃ーー

 

 

水蜜「ただいまー」

 

 少女、ご帰宅。

 

??「おかえりー」

??「今日は随分と遅かったのぉ。ずっと泳いでおったのか?」

 

 いつもより遅い帰宅に、「何かあった?」と少々心配して尋ねる彼女の知人達だったが、

 

水蜜「いやー……、それにはあまり触れて欲しくないかなー……」

 

 それは彼女としては話したくない、あわよくば思い出したくも出来事。知人たちから視線を逸らし、「これ以上聞くな」という雰囲気を醸し出していた。その雰囲気を察知した2人。互いに目を見合わせ、

 

  『??』

 

 首を傾げる。と、ここで知人、彼女のある変化に気が付く。

 

??「あれ? 帽子は? 行く時被っていなかった?」

 

 そう、彼女のお気に入りの、トレードマークと言っても過言ではない程の、白い帽子。それを彼女が被っていない事だった。ましてや手ぶら。どう考えても違和感。

 

水蜜「あー……それもちょっと……ねー」

 

 だがそれも『禁則事項です』の様だ。これ以上踏み入れてはいけない領域に立たされた2人。気になるところではあるが、それ以上話す事も無くなり、

 

  『うーん……』

 

 腕組みをして(うな)るのみ。と、そこへ。

 

水蜜「そういえばさー……」

 

 彼女からの話題のシフトチェンジ。

 

水蜜「少し前に、地底世界に人間が来たって話なかった?」

??「そう言えばそんな事もあったかのぉ。何年前じゃ?」

??「10年くらい前だったと思うけど……。あの時、当時の町の長がみんなを集めて、集会みたいな事をしていたね」

 

 知人のこの発言に彼女、強い反応を見せ、

 

水蜜「その人間の名前は!?」

 

 食いついた。

 

??「そこまでまだは覚えておらんなぁ」

 

 だが、1人は当時の記憶があやふやであるが故に、そこまでは覚えていない。これには彼女も、「そうだろうね」と割り切っていた。

 

??「えっと……確かー……ダ……」

 

 しかし、もう1人の知人は記憶を手繰り寄せ、

 

??「ダリアンだか、ダイキチだか、ダイマルだかそんな感じだったと思うよ」

 

 惜しいところまで。しかも非常に。ここまで判明すれば気付くものである。だが彼女、

 

水蜜「(そういえばアイツらの名前分からない……)」

 

 痛恨の凡ミス。顔は忘れたくとも、忘れられないにも関わらず、名前が不明。不本意ながらも記憶を辿ってみるも、ヒントになる様なシーンも無く……

 

水蜜「(諦めよう……)」

 

 断念。そして次なるヒントを求め、

 

水蜜「その人間ってさ……」

 

 核心且つ確信になり得る情報を2人に尋ねた。

 

水蜜「子供だったりしない?」

 

 すると彼女の知人達は……。

 

  『まっさかー』

??「子供が来れる様な所ではなかろぉ」

??「それにここは人間の事を嫌っている連中ばかりだよ?そんな所に人間の子供が来たら、すぐ野垂れ死ぬよ」

 

 「それは考えられない」と全否定。それでも僅かな可能性を信じる彼女、

 

水蜜「で、でも……もし、もしもだよ? 誰かに面倒を見てもらっていたりとか……」

 

 その可能性について、2人に尋ねていた。

 

??「それも無いと思うよ? もしそんなヤツがいたら、余程運がいいヤツか……好かれたんだろうね」

水蜜「好かれた?」

??「たまにおるじゃろぉ。万年モテ期みたいヤツが」

??「そうそう、本人は無自覚で何もしていなくても、自然とその周りに人が集まるみたいな。そういうの何て言うんだっけ? か……か……」

??「カリスマじゃのぉ」

??「そうそうそれそれ。そんなヤツは極めて稀。それに私は、そのカリスマは姐さんしかいないって思ってる」

 

 強い視線を彼女に送りながら、そう語る知人。その瞳に大きな目標、意思、野望を漲らせて。

 

水蜜「そうだよね……」

??「まあ、その人間は当時は若者で、もう地上に帰っていると考えるのが無難じゃろぉ」

水蜜「そうだね、変な事聞いてごめんね。地上かー……。いつになったら戻れるかなー?」

??「この船の封印を解かない限りは……」

水蜜「やっぱり難しいの?」

??「強力過ぎてね。神クラスの実力者じゃないとこれは……。けど必ず」

 

 彼女達は上を、さらにその遥か上、陽の光がさす地上を見透かす様に眺めていた。いつかその地に戻る事を固く誓いながら。

 

 



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十年後:ある日の出来事_地底七不思議(肆)

 

 本日の地底世界は、

 

大鬼「前見えねー……」

 

 視界最悪。絶賛『濃霧警報』発令中である。

 だがそんな時にこそ得られる物もある。それを探しに、いつもの集合場所へと足を運ぶ少年だったが、

 

 

ゴチーン!

 

 

大鬼「い、痛い……」

 

 町を照らす提灯(ちょうちん)が吊るされた柱に正面衝突。歩き慣れた道とはいえ、気を抜けばこのあり様。一寸先は闇である。

 頭へのダメージが回復した少年、目的地を目指し、先程よりも慎重に、手を前に出して探るように歩き出す。が、

 

 

ゴチーン!!

 

 

 またしても。しかし今度は側頭部へのダメージ。これはさすがに予想外。だが少年はある程度察していた。何者かと接触したのだと。

 

大鬼「だ、誰!?」

??「いたたた……、その声……大鬼か?」

 

 馴染みのある声。

 

大鬼「和鬼?」

和鬼「そうそう、今日視界悪すぎるな。全然見えないや」

 

 目を凝らし声の方向をジッと見つめていると、

 

和鬼「あ、ここまで来れば見えるな」

 

 腐れ縁が霧の中から姿を見せた。

 

和鬼「よっ!」

大鬼「やっはろー」

 

 謎の挨拶、少年にも感染。

 

和鬼「なんだそれ?」

大鬼「さー……、ヤマメと姐さんがそうやって挨拶してた。で、どうする? やっぱり今日はやめとく?」

和鬼「いや、続行だ。条件は(そろ)ってる」

 

 

【地底七不思議-其の弐:霧の中の巨人】

 酒に酔った鬼がいた。1人町を歩いていると、辺り一面が濃い霧に包まれている事に気が付いた。だがそれは決して珍しい事では無い。その鬼も特に気にも止めず、そのまま歩き続けていた。

 しかし彼はある異変に気付き始めていた。一歩、また一歩と歩みを進める度に、低い音……いや、唸り声が徐々に迫って来ていたのだ。恐怖を覚えた鬼は、その場から急いで立ち去ろうと走り出した。が、その声は離れるどころか、どんどんどんどん近付いて来る一方。

 そしてとうとうすぐ側で

 「お゛ぉぉぉーーーッ!」

 その瞬間鬼は大きな悲鳴を上げ、身を小さくし、防御の姿勢をとった。

 だがそれまで。いくら待っても何も起きず、彼が恐る恐る防御態勢を解いたその時、彼の目の前に見上げる程の巨人の影が、彼を見下す様に仁王立ちで立っていた――――

 と言ったお話。

 それは地底世界が、濃い霧に覆われる日に限り、稀に目撃情報がある。その情報には所々差はあれど、共通しているのが、『霧の中に巨人』を見たという事。

 そしてこの話にはもう一つ、ある不思議な話が関係していた。それが……

 

 

【地底七不思議-其の参:霧の中の謎の女】

 『霧の中の巨人』を目撃した者の多くは、その時に女性の話し声を聞いていたという。それは笑い声だったり、話し声だったり、意味不明の呪文の様だったりと様々。巨人に加えて、何処からか聞こえて来るその不気味な話し声に、恐怖から金縛りにあった様にその場から動けずにいたという。

 そして霧が晴れ始めた頃、霧の上を流れる様に飛んで行く女性の後姿があった――――

 そうな。

 少年はこの話を聞き終えると、突然彼に

 

 

じとー……

 

 

 と、冷ややかな視線を向け始めた。それは信じていないと言うよりも……。

 

和鬼「分かる、言いたい事は分かる」

大鬼「……」

和鬼「でも違うみたいだぞ?」

大鬼「ホントに?」

和鬼「鬼は嘘を言わない。そんなに気になるなら今度叔父貴(おじき)に聞いてみろよ」

大鬼「分かった。でも今の話、どう聞いても師匠と萃香さんじゃない?」

和鬼「だから何回も『そうじゃないか?』って疑われたんだってさ。『いい迷惑だ』ってボヤいてたよ」

大鬼「あ、聞いて来たんだ」

和鬼「そりゃあね」

 

 彼がこの話を父親から聞いた時、真っ先に思い浮かんだのは、少年同様彼の叔父とその娘、従姉弟(いとこ)だった。後日、その真相を聞きに言ったところ、叔父は「無関係だ」と完全否定。そしてその時、彼にあるミッションを与えていた。

 

和鬼「『絶対に犯人を見つけろ』だってさ」

 

 それに対して彼は、

 

大鬼「マジで?」

和鬼「だから嘘は言わないって」

大鬼「それに何て答えたの?」

和鬼「『絶対に見つける! 大鬼が』って言っといた」

 

 全責任を少年に擦りつけていた。

 

大鬼「ふざけんなッ! これで断念なんてしたら……」

 

 その時の状況を想像し、どんどん青ざめていく少年。終いにはガタガタと震え出す始末。そんな少年に、

 

和鬼「あー……、よろしくッ!」

 

 彼は爽やかな笑顔で、「後を任せたッ!」と片手を上げて宜しくした。となれば……、

 

大鬼「ガァーズゥーギィーッ!!」

 

 少年の怒りは最高点へ到達。だが彼はそうなる事を予期していたかの様に、冷静な顔を保ったまま続けて語り出した。

 

和鬼「まあ、待て待て。そうならないようにするから。要は見つければ良いんだし。それに物は(とら)えようだ。もし見つける事が出来たら、お前の株は急上昇。叔父貴だって見直すだろうさ」

大鬼「だから?」

和鬼「お前も鈍いなー。叔父貴の娘は誰だよ? しかも一緒に疑われているんだぞ?」

 

 少年、この瞬間顔が真っ赤に。だがそれは一時的なもの。その後瞬く間に熱は引いていき、

 

大鬼「……」

 

 無言になり、俯いた。

 

和鬼「お前も一途だよな。オレには萃香さんのどこがいいのかなんてさっぱりだけど」

大鬼「……」

和鬼「もっと魅力的な鬼だって妖怪だっているのに、何で萃香さんなの?」

大鬼「……」

和鬼「会いたいか?」

 

 彼のこの質問にも少年、無反応を貫き通す。すると彼、

 

和鬼「答える気が無いならいいや。何となく気になっただけだから」

 

 「これ以上聞くだけ無駄」と悟り、ゆっくりと歩き出した。

 

 

ズルズルズルズル……。

 

 

 何かを引きずりながら。

 

大鬼「それ持ってきたの?」

和鬼「前回みたいな事があったら困るだろ? 念のためだよ、念のため」

 

 そう言われて少年、軽く身震い。

 

大鬼「ねー……。アレ何だったと思う?」

和鬼「さー……。もしアレが本当の主だとしても、思い出したく無いな。夢に出てきそうだ」

 

 少年達の中では軽くトラウマになり掛けていた。

 

和鬼「それ、被って来たんだ」

大鬼「欲しい?」

和鬼「くれんの!?」

大鬼「あげるとは言ってない」

 

 

--少年移動中--

 

 

 少年達がやって来たのは、またまた町外れ。『地底の壁』近辺。七不思議の発端は町中ではあるが、目撃情報が多いのはどういう訳か、この辺りとの事。

 町を覆っていた深い霧は、少年達と一緒に行動をするかの様に、ここでも仕事をしていた。条件も文句無し。あとは待つだけ。で、

 

大鬼「暇」

 

 それが苦手な少年。早くも飽き始める。その隣で、

 

 

ブーンッ!

 

 

 力強く空を切る音。そしてその後に響く鈍く、大きな音。ストライク。空振り三振である。

 

大鬼「それ重いの?」

和鬼「ハッキリ言って超重い。親方様が『コレを楽に振り回せる様になれ』ってさ」

 

 彼が手にしているのは高純度、高密度、高品質の金棒。親方様が若かりし頃に使用していた思い出の品である。親方様はコレを能力発動状態ではあるが、片手でいとも簡単に、ペン回しをする様に易々と振り回してという。その重量たるや、思いが込められているだけに……重い。

 

大鬼「ちょっと貸して」

和鬼「いいけど、どうなっても知らないぞ?」

 

 丁寧に、慎重に金棒を少年に手渡す彼。持ち手が彼の手から少年へと渡った瞬間。

 

ズドーンッ!

 

 

 けたたましい音と共に、少年の手諸共地面にめり込んだ。

 

大鬼「痛い痛い痛い痛い!」

和鬼「クソッ! だから言わんこっちゃない」

 

 彼、慌てて救出作業へ。少年の手を下敷きにしている金棒を掴むと、上へのベクトルを力いっぱい加えた。と同時に、少年へ指示。

 

和鬼「大鬼、全力で下から押し上げろ!」

大鬼「ぐぎぎぎ……」

 

 徐々にその身を起こす金棒。地面との間に隙間が生じたその瞬間、少年、手を引き抜き無事脱出。だがホッとしたのも束の間、

 

和鬼「持ち上げるの手伝え!」

 

 更なる指示。その言葉に少年、慌てて加勢。2人で力を合わせて、

 

 『ふんならばッ!』

 

 金棒を直立に。

 

和鬼「ふー……、大鬼大丈夫か?」

 

 彼、額の汗を拭いながらホッと一息。手が下敷きになってしまった少年は、

 

大鬼「ジンジンするけど……、動くから大丈夫だと思う」

 

 負傷した手を握っては開きを繰り返し、骨に異常が無いか確認。あんな事がありながらも、無傷で済んだ様だ、

 

大鬼「それ危ないから。ホントに何で持って来たの? さっきから見てるけど、全然使えてないし。振り回してる様に見えて、振り回されてるし」

 

 そう、先程から彼はこの金棒を振り回していた。だが、その実態は振り回すはいいが、その後が止められず、クルクルと回転していたのだった。それは彼も充分過ぎる程分かっていた事。とは言え、

 

和鬼「うるせぇな。訓練だよ、訓練」

 

 面と向かって言われると突き刺さる。

 

大鬼「その所為でコッチは怪我してんの! 治療費と慰謝料!」

 

 「出す物出せ」と放ちながら、片手を差し出す少年。少年のこの態度に彼、カチリとスイッチが入った。

 

和鬼「自分から『貸してくれ』って頼んできたんだろ!? 大した怪我もしてないのに治療費とかいうな! それにさっき『大丈夫』って言っただろうが! アレはウソか? あ゛ーッ!?」

 

 彼はやる気満々。次に少年が何か言葉を発せれば、殴りかかる勢いだった。

 だが少年は無言。しかも目を見開き、彼の遥か上に視線を向けていた。それは疑いようもない程の怯えた表情。

 彼の額からは汗が滲み出し、やがて一粒の雫となり、頬を伝って落ちていった。そう、彼は気付き始めていた。心臓が強く脈打つ中、彼はゆっくりと……後ろを……振り返った。

 

  『で、でたーーーッ!!』

 

 仲良く抱きしめ合って大絶叫。今、彼等の目の前には……霧に覆われた大きな影が見下ろしていた。

 

??「喧嘩したらあかんぜぇ」

 

 突然話し掛けられ少年等、

 

  『……は?』

 

 困惑。やがて霧の中から出てきたのは……

 

  『ギャーーーッ!!』

 

 丸みを帯びた頭、眉と髭を立派に生やしたお爺さん。を模った水蒸気の集合体。

 

  『雲のジジイだー!!』

 

 その名も……。

 

??「失敬な、儂には雲山(うんざん)という名があるぜぇ」

  『へ?』

雲山「小童(こわっぱ)供、こんなに霧が深いのに、町外れのこんな辺鄙(へんぴ)な所まで何をしにきたんじゃ? 怪我するぜぇ」

 

 いきなり現れ、トントン拍子に話を進めていく雲の爺さんに、少年達はただただ呆然。と、そこに……。

 

??「なんか大きな音したけど、何かあったの?」

 

 女性の声。少年達の心臓はバクバク。彼達が知る七不思議、その2つ謎が今、目の前に姿を現した。

 

??「ん? そこの君、その帽子……」

 

 彼女は少年を見るなり、被っている帽子を「それはどうした?」と尋ねた。この質問に少年、答えようとするも、

 

大鬼「ここここれ? もらった」

 

 (ども)る。そして簡単な回答しか出来ない。

 

雲山「そう言われてみれば、それはムラサの帽子じゃのぉ」

??「この前帰って来た時に被ってなかったから、どうしたのかと思ったけど……。そう、君にあげたんだ。似合ってるじゃない」

大鬼「あ、ありがとう……ございます」

 

 勝手に納得され、急に褒められる少年。「嬉しい」というよりも、「どういう事?」と脳が追いつかない状態。それは彼も同じだった。

 

和鬼「あ、あのー……。ナミ……、水蜜さんとお知り合いなんですか?」

 

 出来た少年。目上の人への言葉使いは100点満点。その丁寧な質問に謎の女性、

 

??「そうだよ。あ、名乗るのが遅れたね。私は雲居(くもい)一輪(いちりん)。ムラサとは家族みたいな関係かな?」

 

 自己紹介と共に回答。そして「今度はこちらの番」と、

 

一輪「君達はムラサと何処で知り合ったの? 教えてくれない?」

 

 彼女達の謎を尋ねた。

 

 




【次回:十年後:ある日の出来事_地底七不思議(伍)】


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十年後:ある日の出来事_地底七不思議(伍)

--事情説明中--

 

 

 彼は話した。血の池での出来事を、船幽霊と知り合った経緯を、包み隠さず全て。その結果……。

 

  『あっはははッ!』

 

 船幽霊の家族、大爆笑。

 

雲山「だから言わんこっちゃない」

一輪「お、お腹痛い……。私達もずっと注意してたんだよ。くくく……自業自得だね」

大鬼「でしょ!? それなのに『変態ッ!』って言うんだよ? なあ?」

 

 少年は同意を求めるために、腐れ縁の彼へ尋ねた。だが……

 

和鬼「あ、あー……、でもコッチにも非はあるから……」

 

 と、赤くなった頬をかいて非同意。少年、「コイツには無駄だった」と後悔。

 

一輪「そう言ってもらえると助かるよ」

雲山「で? こっちはどうじゃった?」

 

 胸元で円を描いて少年に尋ねる雲ジジイ。隣の彼女に「それを聞くか?」と冷ややかな目を向けられ、発してしまった言葉を取り消そうとした矢先、

 

大鬼「並だった。だからあだ名はナミ」

  『ブフォッ!!』

 

 まさかの珍回答に吹き出す。と同時に2人は思った。「ピッタリ」と。だがそれを良くないと思う者もいたりするわけで……

 

和鬼「お前……、それ以上言うなよ」

 

 赤面状態で少年に「いい加減にしろ」と鋭い視線を放っていた。

 

大鬼「はいはい。怖い怖い」

雲山「して、主らは何をしにここへ?」

一輪「まさかとは思うけど、私達も七不思議になってたりはしないよね?」

  『そのまさか』

 

 少年達は七不思議の概要と、その目撃情報を話した。その結果、

 

  『あー……』

 

 身に覚えがあると言ったご様子。

 

一輪「確かにその話からすると、私達の事みたいだね。ちょっと気になる部分もあるけど」

雲山「そうじゃのぉ、じゃが最初の話は覚えてないのぉ。忘れておるだけやもしれんが……」

和鬼「でもこれで……」

大鬼「七不思議の3つの謎解明だ!」

 

 訪れた達成感に歓喜する少年達。そして祝いに交わされるハイタッチ。が、その瞬間……

 

大鬼「いぢぢぢ……」

 

 毎度お馴染みの筋肉痛と共に、手から放たれる激痛が少年を襲った。(ゆが)む表情。その変化に彼はすぐ様気が付いた。

 

和鬼「おい、やっぱりどっかヤバイんじゃ……」

一輪「ん? どうしたの?」

和鬼「実はさっきコイツの手が金棒の下敷きになって……」

一輪「どれ、ちょっと見せて」

 

 彼女はそう告げると、少年の手を取ってしばらく眺めた後、あちこちを指で軽く押しながら、「痛みはないか?」と尋ねていった。そして診断の結果。

 

一輪「少しヒビが入ってるかもしれないね。私達が住んでる所に包帯とかあるからおいで。すぐ近くなんだ」

 

 

--少年移動中--

 

 

 七不思議の3人が暮らすその場所へとやってきた少年達。そこは地底の壁に出来た穴の中だった。だが穴の中は意外や意外。

 

和鬼「ひろッ!」

 

 そして

 

大鬼「でかッ!」

 

 完成され尽くしている住居スペースが存在していた。

 

一輪「凄いでしょ?」

 

 腕組みをし、胸を張ってドヤッ! さらに彼女はここぞとばかりに、自分達の住居をドヤドヤしながら、話しを進めていった。

 

一輪「この下にも部屋があってそこにはね……」

 

 だが、彼女はそこで突然言葉を止めた。それは「うっかり話し出してしまった」という後悔と、「これ以上は危険か?」という不安から。

 

  『そ、そこには?』

 

 しかし目を輝かせながら、己の話しに食いついて来る彼等を前にしては、(しゃべ)られずにはいられず、

 

一輪「宝があるんだ」

 

 苦笑いを浮かべ、ため息混じりに「降参」といった様子で言い切った。

 『宝』と聞いて少年達、一気に童心に返り、更に食いつく。幼い頃に遊んでいた冒険ゴッコ。それが今リアルなものとなったのだから。

 

大鬼「見せて見せて!」

和鬼「ちょっとだけ、ちょっとだけでいいから」

一輪「分かった、分かった。少しだけね? でもその前に、君の手を治療しないと」

大鬼「じゃあ包帯とお酒くれればいい」

和鬼「持って来てたの?」

大鬼「念のためね」

 

 少年の簡易的且つ完全回復の治療を終え、彼女の案内で階段を下って行く少年達。やがてその視界には何重にも施錠(せじょう)された扉が。彼女はその扉の前に立つと、鍵を1つ1つ外していき、扉に手を掛けた。

 

一輪「心の準備はいい?」

 

 少年達、その質問に固唾(かたず)()んで頷く。それを合図に彼女は扉をゆっくりと引き始めた。徐々に広がる扉の隙間(すきま)からは、(まばゆ)いまでの光がこぼれ、少年達を正面から照らし出し、そしてついにその時が……。

 

  『うおーーーッ!!』

 

 そこには金銀財宝の山。黄金色に光を放つ芸術品の数々。宝石が埋め込まれた装飾品の山。それは見事なまでのトレジャー。となれば……

 

一輪「すごいでしょ?」ドヤッ

大鬼「頂戴!」

和鬼「ちょっとだけ、ちょっとだけでいいから」

 

 ハントしたくもなる。

 すると彼女、両手で大きく円を描きながらゆっくりと頭上へ。やがて指先が触れ合う……まであと少しといった所で、ピタリと静止。と、そこでニコリと明るい笑顔。

 少年達、その笑顔に胸はドキドキ。あとはGoサインを待つばかり。どれにしようかと選び始めていた。が、

 

一輪「ノォーーーッ!!」

 

 彼女はそこから一気に顔を『怒』の表情に変え、両手をクロス。大きく『X』を作った。

 

一輪「ダメに決まってるでしょ!」

大鬼「いいじゃん、こんなにあるんだから」

一輪「ダーメ」

和鬼「1個ずつでいいから」

一輪「ダーメ、この()もそうだけど、その宝も所有者は別にいるの。だからおいそれと簡単には上げられません」

 

 ごもっともな意見。こう言われてしまっては、少年達も諦めるしかない。

 

大鬼「はー……、やっぱりダメか……」

 

 少年、肩を落としてガックシ。興奮していただけに、その温度差は大きい。だが、一方の彼は、

 

和鬼「……ウソ」

 

 目を見開き、身体を震わせていた。それは更に興奮した(あかし)。そう、彼女は口を滑らせていた。言う必要も無いたった一言を。それを……彼は聞き逃さなかった。

 彼は慌てて懐から1枚の紙を取り出すと、震えた手で眺め始めた。何度も何度も、同じ場所を繰り返し、繰り返し。

 その奇妙な様子に気付いた彼女、

 

一輪「どうかした?」

 

 彼に近づいて尋ねた。

 

和鬼「ここ……船?」

一輪「あ……」

 

 彼のこの質問に彼女、「やってしまった」と口を押さえて自覚。だが、「知られてしまったら隠すのは無理」と早々に判断し、ため息混じりにそれを認めた。

 

一輪「そうだよ。船の中」

大鬼「え? そうだったの? でもなんでここに船なんか?」

 

 少年は彼女に質問していた。だがそれに答えたのは、彼だった。

 

和鬼「七不思議だ……」

大鬼「へ?」

和鬼「七不思議の一つなんだよココ!」

 

 

【地底七不思議-其の肆:地底に眠る宝船】

 七不思議の中でも、極めて一部でのみ噂になっている話。その目撃者はほぼ皆無。出所不明の怪しい話。それが地底世界の何処かに、宝を大量に積んだ船が存在しているという事。この話を聞いた者達は、必ずそれを求めて地底世界のありとあらゆる所を探すのだが、なかなか見つからず、皆途中でリタイアする。その背景もあり、七不思議の中でも最も根も葉もないものとなっていた。

 

大鬼「えーーーッ!?」

和鬼「一番無いと思っていたのに……。しかもコレ見つけたのオレ達が……は、初めて?」

大鬼「え゛ーーーッ!?」

 

 初の発見者。その言葉に少年達は大興奮、そして大歓喜。しかもお宝である。「コレを教えれば一躍ヒーロー」そう考えていた。まさにその時だった。

 

一輪「お願いっ!」

 

 彼等の耳にその声が届いたのは。「なに?」と興奮しながら、ニヤついた顔で彼女の方を振り向いた。自然で、簡単で、軽い気持ちで。

 

  『!?』

 

 だが振り向いた瞬間、彼等は瞬時に我に返った。興奮の熱も一度に吹き飛んでしまう程の、強烈なインパクトを残すその光景、姿勢。彼女は、地に頭を付けていた。宝の存在を話す事になった時からこの状況を彼女は覚悟していたのだ。

 

一輪「この事は誰にも話さないで! 代わりになる物も無いけど……この通り! どうか……どうか……」

 

 生まれて初めて体験する土下座だった。己達よりも遥かに歳上の者が必死になって、頭を下げている。ちょっとした優越感だろう。この土下座に少年達は……、

 

大鬼「言わない言わない言わない! 絶対言わない!!」

和鬼「だだだだから頭を上げて下さい! 誓いますから、約束しますから!」

 

 優越感なんて味わう余裕も無く、慌て始める。いや、寧ろ罪悪感さえ芽生えていた。

 

和鬼「知ってしまってごめんなさい!」

大鬼「ごめんなさい!」

 

 少年達も土下座。そして放つ決定打。

 

和鬼「鬼はウソを言いません!」

 

 彼女はこの言葉にゆっくりと頭を上げ……

 

一輪「ありがとう。本当は自慢したいだろうに」

和鬼「いえ、いいんです。誰かに自慢したくてやっているのでは無いので」

大鬼「そ、そうそう。ただの暇つぶしなんです」

一輪「へ? あっははは。そうか、暇つぶしか。それで? 暇は潰せた?」

 

 彼女、ホッと一安心。そして少年達は、彼女のこの質問に顔を見合わせると、声をそろえて答えた。

 

  『はい、とっても!』

 

 

--少年満足中--

 

 

一輪「じゃあ気を付けて帰りなよ」

雲山「まだ霧は深いからのぉー……」

 

 その後も船の中を一通り彼女に案内され、その上「せっかく来たのだから」と、お茶と茶菓子をご馳走になった少年達。お腹も心も大満足である。

 そしていよいよ帰宅時間。

 少年達は洞穴の外まで見送ってもらう事に。

 

和鬼「あのー……、ナミ……、水蜜さん、今日はいないんですか?」

 

 最後の最後にこの質問。ずっと船の中にいた彼等だったが、以前出会った船幽霊と再会する事が無かった。

 

一輪「あー、『地霊殿の主さんに用がある』って言って出掛けてるよ」

 

 そう聞いて少年達、「あの事だ」と瞬時に察知。と同時に「本当に行きやがった」と呆れていた。

 

和鬼「そ、そうですか」

大鬼「一輪さん達も何か困った事があれば、頼みに行くといいよ」

一輪「分かった。そうする」

和鬼「それじゃあ……」

大鬼「おじゃましました」

 

 一気に七不思議の3つを解き明かした少年達。残念ながらそれを口外する事は出来ないが、それでも少年達の心、記憶、思い出の1ページとしてしっかりと刻まれていた。地底七不思議、その一つ。地底に眠る宝船。それは少年達に大きな財産を与えていた。

 

和鬼「ちょっと金棒(コレ)持つの手伝って」

大鬼「えー……、だから言わんこっちゃ無い。結局何も起きなかったじゃん」

 

 だが、

 

和鬼「そう言わないでさ」

 

 彼等は

 

大鬼「今回だけだからな」

 

 1つ、大きな勘違いをしていた。

 地底七不思議、その一つ。霧の中の巨人。それが目撃されているのは…………姿を現すのは…………()()()()()

 

??「お゛ぉぉぉーーーッ!」

 

 突然の叫び声に足を止める少年達。

 

大鬼「え? 今の何?」

和鬼「雲山さん?」

 

 クルリと後ろを振り返る少年達。だが……、

 

雲山「今のはワシではない!」

一輪「やっぱり別にいる。君達に話を聞いた時、少し引っかかったんだ。雲山は入道の妖怪。霧の日に限らず、常にこの状態。それに、彼は他人を好き好んで(おどろ)かせたりなんかしない!」

 

 七不思議の本人と思われた2人は戦闘態勢。これには少年達、脳内パニック。

 

一輪「何者?! 姿を現せッ!」

 

 自分達に濡れ衣を着せた者への怒号。それに答える様に、そいつは少年達の前に姿を現した。

 




【次回:十年後:ある日の出来事_地底七不思議(陸)】


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十年後:ある日の出来事_地底七不思議(陸)

雲山「なんと……」

一輪「おっと、これは想定外……」

  『でけーーーッ!!』

 

 規格外の大きさ。入道の妖怪が完全に見上げる程の、巨大な人影。そして……

 

巨人「お゛ぉぉぉーーーッ!」

 

 耳を覆いたくなる低く、恐ろしい雄叫び。相手は戦闘モードと判断した2人。先手必勝と、

 

一輪「雲山!」

雲山「言われなくとも!」

 

 入道の妖怪を繰り出し、放つのは……

 

一輪「『鉄拳:問答無用の妖怪拳』」

雲山「承知! ぬぅーーーんッ!」

 

 雲爺さんのロケットパンチ。それは巨人の顔面目掛けて一直線に向かって行く。が、

 

 

スルー……

 

 

 手応え無し。

 

  『え?』

 

 ならばと、

 

一輪「『連打:キングクラーケン殴り』」

雲山「ヌラヌラヌラヌラヌラヌラヌラッ」

 

 浴びせる拳のラッシュ。だがそれらも全て巨大な影に命中するも、暖簾(のれん)に腕押し、(ぬか)に釘。手応えは無い。

 

一輪「何で!? どうして!? 全部当たっているはずなのに……」

雲山「避けてもおらんのに、全く触れた感じがしないわい」

 

 「こんな事は初めてだ」と(あせ)り始める2人。そんな2人の目の前で巨人、その長い手を頭上へと振り上げた……

 

一輪「え?」

雲山「ま、まずいぜぇ……」

 

 その姿勢、体勢、フォーム、それはまごう事なく害虫を叩き潰す時のもの。その巨体から推定される掌の大きさ、彼女達の周囲を(おお)える程。彼女のみならず、少年達も無事では済まない。

 それは彼等も覚っていた。だからこそ……、

 

  『うりゃーーーッ!』

 

 既に動いていた。彼等を中心に高速で描かれ続ける、半径x半径x円周率の図形。一円一円描く度に、加速度が上昇していく。そしてその半径となっている凶器にして鈍器、超重量にして「鬼と言えば」的な武器。

 

和鬼「あと3つで離すぞ!」

大鬼「分かった!」

和鬼「1つ!」

 

 重量x

 

大鬼「2つ!」

 

 速度x

 

  『みぃぃぃっっっつ!!』

 

 硬度=破壊力。

 放たれる弾丸。慣性の法則とエネルギー保存の法則により、蓄えられたエネルギーは一直線に巨人の(すね)へ。方向はバッチリ。

 が、ここで大きな誤算。この星に住む、存在するものに必ず加わる力。その名も重力。彼等はその存在を忘れていた。故に金棒、弧を描きながら巨人の足下へ降下。

 降下。それ(すなわ)ち、重力が働いたという事。つまり、『下へ向くベクトルに加速度を与える』という事。ここで今一度おさらい。重量x速度x高度=……

 

??「ひでぶッ!」

 

 

ズッドーーーンッ!

 

 

 破壊力。

 金棒が地面と接触する音よりも前に上がる悲鳴。それは金棒がヒットした事を意味していた。と同時に、巨人の影は辺りを覆う霧に溶けていく様に、その姿を消した。と、少年達、薄っすらと気付き始める。

 

大鬼「今……何かいた?」

和鬼「()()じゃないな。()()だな」

 

 そしてそれはこちらでも。

 

一輪「なるぽど。どうりで手応えが無いわけだ」

雲山「足下のみに実体があったんじゃからのぉ」

 

 「よくも濡れ衣を着せてくれたな」という怒り。「ビビらせやがって」という苛立(いらだ)ち。それらは彼女達の内なる火の勢いに燃料を与え、熱を生み出した。熱、それ即ちエネルギー。エネルギー保存の法則により、器の許容量をオーバーしたエネルギーは()()放出される。

 

一輪「『忿怒:空前絶後大目玉焼き』」

雲山「ぬぅぅぅッン!!」

 

 放たれる無数の線状の光弾。それはまさに拡散するレーザー。姿が見えない霧の奥の犯人目掛け、逃げ場を奪う様に飛んで行った。そこに放たれる駄目押し、

 

一輪「『拳打:げんこつスマッシュ』」

雲山「ヌンッ!」

 

 雲爺さんの怒りの鉄拳。

 

 

ゴッ!

 

 

 鈍い音、手応え有り。その瞬間、雲の爺さん「ようやく1発返せた」と、『してやったり』の顔。

 数歩先の視界を奪う程の深く、濃い霧。それは姿を隠すには打って付けの環境。そして光の加減を調整して、自身の何倍もの巨人を投影するにはこの上ない環境。イタズラ好きには最高の環境。その環境が出来上がった時、誰もが見上げる巨人が姿を現わす。まるで(おび)える者達の姿を楽しむ様に。

 徐々に晴れていく霧。少年達が待ち合わせしていた頃と比べると、その視界の差は歴然。それは雲の爺さんが放ったゲンコツで、相手と共に吹き飛ばしたと言っても過言ではないだろう。

 

??「ぅぅぅ……」

 

 痛みに(もだ)える声を出しながら、ゆっくり起き上がる真っ黒な影。その大きさは少年達と大差は無い。

 

一輪「観念してこちらへ来なさい!」

 

 「そうすれば大目に見てあげる」、続けてそう伝え様とした時だった。

 

??「NぅEえええん!」

 

 泣き声。と同時に飛び立つ影。その方向、彼女達の真逆。その行動の意味するもの、それは……。

 

雲山「やはりそうきたか。逃さぬ!」

 

 だがそこはディフェンスに定評のある雲の爺さん。この展開を早々に察知し、未だに残る霧に紛れて黒い影に近付いていた。そして、飛び去ろうとするイタズラ好きの目の前で実体化し……

 

 

ガシッ!

 

 

 ボディーと腕で下から包み込む様に、しっかり、がっちりとキャッチ。

 

大鬼「おー」パチパチ

和鬼「やるねぇ」パチパチ

一輪「ナイキー」パチパチ

 

 ファインプレーになる拍手。雲の爺さん、誇らし気にドヤドヤ。その腕の中では……

 

??「離してよッ! どこ触ってのよハゲッ! 痴漢ッ! 変態ッ! エロジジィッ! 加齢臭がキツイ!」

 

 真犯人が暴れ回っていた。

 

大鬼「凄い言われ様……」

和鬼「あそこまで言われたら立ち直れないかも……」

 

 生きのいい真犯人に少年達、苦笑い。

 

一輪「君達ありがとう。お陰で助かったよ」

和鬼「いえ、自分達は何も……」

一輪「ううん、君達のアレが無かったら、実態を掴めないままだったよ」

 

 彼女の言葉に少年達は鼻の下を(こす)ると、大きくドヤった。それは彼等の中にようやく掴んだ『手応え』だった。先の見えない修行の日々、その成果が実感出来た瞬間でもあった。

 

一輪「後はこっちの問題だから、2人はもう帰りな。霧が薄くなった今のうちにね」

  『はいッ!失礼します』

 

 

--少年移動中--

 

 

ズルズルズルズル……

 

 

 2人で協力し、無事に町まで帰還を果たした少年達。

 

和鬼「ここまででいいや。後は1人で持って帰るから」

大鬼「あっそ。じゃあ」

 

 互いに何気なく別れを告げるも、その表情は自信に満ち溢れていた。そして、それは次なるステップへの

 

和鬼「もっと強く……コレを片手で楽に振り回せるくらいになってやる」

 

 強く大きな志へと繋がった。それは向上心。彼等が忘れていた物だった。

 

大鬼「いつになるやら……」

 

 熱くなる彼に冷めた視線を送り、遠い未来を眺める少年。だが、彼の意志の硬度は少年の(はる)か上だった。

 

和鬼「この秋までに……遅くとも冬を迎える前までにだ! 今以上に特訓して、飯も今以上に食って、体をデカくしてやる!」

大鬼「え? 本気?」

和鬼「大本気」

 

 瞳の中に闘志の炎を燃やす彼を前に、少年は返す言葉がみつからず、

 

大鬼「……」

 

 無言。「このままでは差を付けられる」と、早々に悟っていた。それはライバルである彼に勝てなくなるという事、負けを認めるという事でもある。

 それだけは少年、耐えられなかった。

 

大鬼「じゃあ自分も師匠に、もっともっと厳しく稽古を付けてもらう! それで自分だけの『さんぽひっさつ』を完成させてやる!」

和鬼「へー……、じゃあ叔父貴にキツく(しご)かれても文句言わないって事だな?」

大鬼「当たり前だ!」

和鬼「じゃあ今日の七不思議の件は、『真犯人は見つからなかった』って事でもいいよな? 言ったら宝船の事をバラす様なもんだし」

大鬼「いい!」

和鬼「分かった。叔父貴にそう伝えておく。その後の事はよろしく。じゃあな、また明日」

大鬼「おうッ!」

 

 互いの家を目指し、背を向けて歩き出す少年達。その手に覚悟を握りしめて。

 その後、少年がライバルに担がれていたと気付いたのは、それからまたしばらく後の事。だが気付いたところで時すでに遅し。そしてその翌日の午前中……少年はグシャッとなったそうな。

 

 

--少年達が去った宝船では--

 

 

 雲の爺さんによって捕獲された真犯人。巨人を投影していたイタズラ好きの正体は、全身真っ黒な少女だった。その少女は今……。

 

??「……」ビクビク

 

 その身を縄で締められ、正座をさせられていた。小刻みに震えながら。

 

一輪「名前は?」

??「……」ビクビク

 

 1度目、無反応。

 

一輪「聞こえてる? 名前は?」

??「き、聞こえてマス……」ビクビク

 

 2度目、反応はあったが答えてはもらえず。

 

一輪「名前はぁ!?」

??「ホゥジュゥ……ぇ」ゴニョゴニョ

 

 3度目、何を言ってるか分からず、

 

一輪「ナーマーエーハァ〜ッ!?」

 

 結果、入道使いを怒らせる。眉間に皺を寄せ、怒りの表情。仏の顔も三度までである。

 

??「ひぃぃぃ、ほほほ封獣(ほうじゅう)ぬえです!」ビクビク

一輪「能力は?」

ぬえ「…………デス」ゴニョゴニョ

一輪「ノーリョクハァ〜ッ!?」

 

 真犯人の顔横スレスレに、勢いよく手を叩きつけ、怒気を放ちながら迫る入道使い。そのポーズは通称:壁ドン。キュンとくるシーンで使われるのがお決まりだが、この場にそんな物は転がっていない。あるのは怒りと恐怖のみ。第3者から見れば(おど)し、恐喝(きょうかつ)、カツアゲ的な状況である。

 

ぬえ「『正体を判らなくする程度』の能力です!」ガダガタ

一輪「その能力で今までずっとイタズラしていたと?」

ぬえ「は、はい……」ガダガタ

一輪「その所為(せい)で、他の誰かに疑いの視線が向けられるって思わなかったのカナァー?」

ぬえ「ごごごごめんなさい……」ガダガタ

一輪「私達はまだいい方。町には本格的に疑われた人達だっているんだ。どう落とし前をつける気?」

ぬえ「……」ガダガタ

 

 真犯人、またもやだんまり。なかなか会話が進まないこの状況に、入道使いの怒りは……ついに頂点に。既にガダガタと震えている真犯人の胸ぐら掴むと……。

 

一輪「落とし前はどうするかって、キイテルンダケドーッ!? さっさと喋らないと、口の中に手突っ込んで奥歯ガダガタいわすぞゴラァ!」

 

 裏の顔がこんにちは。コレには真犯人、心のダムが決壊し、

 

ぬえ「ぬええええええんッ!」

 

 目から滝の様な涙を流しながら泣き出す。

 

一輪「泣いて済むならお役所は要らないんだよ! それに家の入道をあんな風にしやがって! こっちには謝罪無しか? あ゛ーッ!?」

 

 そう言い放つ極道モードの彼女の人差し指の先では、

 

雲山「ハゲ……ジジィ……加齢臭……」

 

 身を小さくし、体育座りでハートブレイク中の入道が。その大きさたるや掌サイズ。極限までに凹んでいた。

 

ぬえ「ご、ごめんなさーいッ!」

 

 と、そこに……。

 

??「ただいまー。って何コレ? どういう状況?」

 

 船幽霊がご帰還。

 

一輪「お帰り。実はコイツが町でイタズラをしていた所為で、私達が七不思議の犯人にされそうになったんだよ。ナ゛ーッ!」

ぬえ「ヒィィィィィッ!」

水蜜「あっちゃー……、それは災難だったね。その七不思議なら聞いたよ。『霧の中の巨人』と『霧の中の謎の女』でしょ? 私も雲山と一輪の事だと思ってたし。でも、謝ってもらったなら許してあげたら? なんか可哀想だし。あと、雲山も何があったか知らないけど、メソメソするのはやめなよ」

雲山「う、うむ……」

 

 事情を聞かされるも、目の前でガダガタと怯える真犯人に同情する心優しい船幽霊。彼女のこの言葉に、入道使いは、やや()に落ちないながらも許す事にした。だが問題はもう1つ……。

 

一輪「町の人達の誤解を解かないと」

 

 そう、町で疑われている者達の濡れ衣をどう晴らすかである。人を集めて一斉に周知させる。それも手ではあるが、彼女達は町から離れた辺鄙(へんぴ)な所で暮らす者達。その様な事をすれば、「何処の誰?」となるのは必然。そしてこの船の存在を知られてしまう、認めさせてしまう恐れがある。彼女達とここの事を知っているのは、町の長とNo2のみ。となれば、

 

一輪「地霊殿の主さんに相談しようか」

 

 必然とこうなる。

 

水蜜「そうした方がいいかもね」

一輪「どんな人?」

水蜜「可愛らしくて優しい人だったよ。こっちの本心見抜いてるみたいで、謙遜していても『遠慮しないで』って、『要望にはなるべく答えます』言ってくれたし」

雲山「ほー……、そいつは凄いのぉ」

一輪「じゃあ早速行くとしようかな」

水蜜「いってらっしゃーい。あ、そう言えば、ここに男の子2人組来なかった?」

一輪「あー、来た来た。鬼の少年達が。名前は聞いてなかったけど、1人はムラサの帽子被ってたよ。あの子に帽子あげたんだ」

 

 入道使いの報告に、船幽霊の彼女は「角の事はバレなかった」とホッとため息。と同時に「渡しておいて良かった」とも。

 

水蜜「まあね、でもそれ以上は何があったか聞かないでね。思い出したくないから」

一輪「分かったよ、ナミ。もう聞かないよ、ナミ」

雲山「うむ、誰にも知られてたくないんじゃろ? ナミ」

 

 2人の回答に船幽霊、顔を真っ赤にし、「次に会ったら覚えてろよ」と心の中で固く誓うのだった。その後、入道使いと入道のおじさんは、真犯人を引き連れて、地霊殿へと相談しに行ったそうな。現町の長は2人の悩みを快く聞き入れ、真犯人の監視を条件に、解決へ努力する事を約束した。

 だが、只でさえ忙しい上に、その前の船幽霊からの要望。それらは町の長の頭をさらに悩ませる事になるのだった。そう、数時間前の出来事でさえも忘れてしまう程に。

 

 

 




【次回:十年後:ある日の出来事_地底七不思議(漆)】

と、その前に……


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【やってきたぜ!幻想郷】嫁候補四人目

--河童回復中--

 

 

 正気を取り戻した技術屋、再びガクブル。だが任務を全うしようとする姿勢は崩さず、ドライバーとレンチを手にすると、再度リフトの下へ潜り作業続行。その間、お調子者達の耳には「ガシャーン」やら「バーンッ」やら「ドカーン」といった、『元に戻す作業』とは真逆の音が届いていたそうな。

 そんな事がありながらも、リフトは元の姿に戻った様なのだが……

 

妖夢「えっと……、出発しても大丈夫ですか?」

にと「う、うん。動かすから乗って」

海斗「流石にとり! 可愛いのに頼りになる〜」

にと「か、かわッ!?」ガタガタ

妖夢「海斗さん……わざとやっていませんか?」

海斗「いや、俺は常に本気だ!」

 

 お調子者、腕を組んでドヤッ! その瞳に迷いは……無い。これには技術屋、

 

にと「ひぇ〜〜〜……」ガタガタ

 

 変な声を上げ、頭から湯気が出ている()()()()()()顔は真っ赤な紅葉色。その姿勢は()()()()頭を抱えてカリスマガード。そう、これらは全て憶測。なぜなら今その技術屋は……

 

海斗「だからさ」

にと「ふぅ〜〜〜……」ガタガタ

海斗「その箱から出てきて、もう一度顔見せてくれない?」

 

 ダンボールを逆さに被り、潜入工作員状態。さらにその中でマナーモード。この状況を見ればきっと誰でもこう思うだろう。「もうやめてやれよ」と。が、このヲタク、技術屋がなかなか出てこない事をいい事に、

 

海斗「に〜とり♡」

 

 ダンボールの持ち手の穴から覗き込む。2人の視線は、バッチリ一直線上に。

 

にと「ギャーーーッ!」

海斗「あっははは、おっもしれー」

 

 ヲタク、楽しみ始めていた。そこへ「いい加減にしろ」と、おかっぱ頭が彼の首根っこを掴み、

 

妖夢「はいはい、もう行きますよ。乗って下さい」

 

 強制連行。

 

妖夢「では、あと宜しくお願いしますね」

にと「うん、分かった」

 

 技術屋、返事と共にくるりと回れ右。そしてロープウェイの操作位置へ移動を開始。

 

妖夢「……」

海斗「ククク……」

 

 ダンボールを被ったまま。ズルズルと引き摺る音を立てながらも、一生懸命任務を全うしようとしていた。そのなんとも滑稽な姿に、おかっぱ頭は肩を落として脱力。ヲタクは腹を抑えて歓喜。

 やがてどうにかこうにか、ダンボールは目的地へ到着。そしてスッと足を生やすと、ガシャガシャと操作をし、

 

 

ウィーン……

 

 

 ロープウェイを起動。エラーランプが点滅していない事を指差し確認し、備え付けのマイクを手に取ると、

 

にと「長らくお待たせしました。山頂行き索道の運転を再開します。ご利用の方はご乗車になってお待ち下さい」

 

 2人の乗客に向け、場内アナウンス。そして2人が既に乗車していると知ると、

 

にと「それでは扉を閉めまーす」

 

 リフトのドアの開閉ボタンをポチリ。ここも誤動作が無い事をしっかりと確認し、いざ!

 

にと「しゅっぱーつ!」

 

 発進ボタンをポチリ。その途端ワイヤーが動き始め、リフトは通常通りに山頂を目指して行った。ここで技術屋、ようやくATフィールドを解除。

 

にと「ふー……」

 

 零れるため息。緊張、圧迫、そして閉鎖された空間から解放された安堵のため息。安心をすると冷静さも返って来るもの。その時彼女は大事な事を忘れていたと気が付いた。

 

にと「お金もらってない……」

 

 そう呟く彼女の足元には、大きさが異なるネジが3本落ちていたそうな。

 

 

--ヲタク乗車中--

 

 

海斗「絶景かな、絶景かな」

 

 遠くへ視線をやれば広がる大パノラマ。下へと視線を落とせば、色彩豊かな木々が絨毯の様に広がっていた。

 

妖夢「本当に綺麗ですね。初めて乗りましたけど、いいものですね」

 

 窓の外に広がる見事な景色を楽しむおかっぱ頭。普段は気にも留めていなかった景色。その素晴らしさに感動していた。それは空が飛べるが故に、気付かなかった事。灯台下暗しだった。

 そんな彼女を見つめる熱い視線。この時彼の脳内は……

 リフトで2人きり → 閉鎖空間の男女 → あんな事こんな事 → カポー成立 → 結婚

 (よこしま)な考えが働いていた。と、そこへ。

 

??「{あー、テステス。聞こえてる? どうぞ}」

 

 何処からか声。否、天井のスピーカーから声。

 

妖夢「この声……」

海斗「にとりだな」

にと「{もしもーし。どうぞ}」

妖夢「聞こえてますよー」

 

 声が聞こえて来るスピーカーに応答するおかっぱ頭。だがこの時ヲタク、「多分そうじゃない」と気が付き出していた。それは案の定……

 

にと「{あっれ〜? 無線壊れたかな? どうぞ}」

 

 不通のご様子。

 

妖夢「聞こえてますよー」

海斗「みょん、違う違う。アレ使うの」

 

 ヲタクが指差した先には、コードがついたスピーカーマイクが。彼女はそれを手に取ると、頭上に『?』を浮かべながらマジマジと観察。すると察しのいい彼、

 

海斗「横にボタンあるだろ? それ押しながら話すんだぜ。話し終わったらボタンを離してな」

 

 使い方を説明。彼女はその言葉に従い、3度目のトライ。

 

妖夢「聞こえてますよー」

にと「{お、やっと繋がった。無線は問題無しと。リフトの乗り心地はどうだい? どうぞ}」

妖夢「ええ、すごく快適です。景色も綺麗です」

にと「{それは良かった。乗り心地も問題無しと。変な音とかしないかい? どうぞ}」

 

 察しのいい彼、この時気付き始めていた。「モルモットにされている」と。

 

妖夢「しませんよ」

にと「{そうかい、そうかい。特に問題無しと。あ、そうそう。代金だけど、上に到着したら箱に入れておいて。帰りは緑色の巫女にでも頼んで。それじゃあ引き続き楽しんでね。どうぞ}」

 

 会話終了の合図。そのタイミングで彼は立ち上がり、おかっぱ頭から無線を奪うと、

 

海斗「にとり、嫁にならない?」

 

 「俺も元気です」とご挨拶。その返事は無かったものの、彼には技術屋がどんな状態であるか目に浮かぶ様だった。そして満足気に笑いながら、スピーカーマイクを元の位置へ。

 

妖夢「可哀想ですよ? なんでそこまでするんですか?」

海斗「面白くてね。それに……」

 

 彼はそこまで答えると、窓の外をぼんやりと見つめ、続きを語り出した。

 

海斗「似てるんだ。俺の親友に。技術オタクで、人見知りで、すぐビクビクして。だからツイね」

妖夢「人見知りではないんですけど……。その方は外の世界の方ですか?」

海斗「そ。アイツ今頃どうしてるかな? 俺がいなくても大丈夫かな?」

妖夢「海斗さんが養っているのですか?」

海斗「あっははは、違う違う。誤解を生みやすいヤツなんだよ。だから少し心配なんだぜ」

 

 彼女の質問に答える彼の顔は、笑ってはいるものの、少し寂し気だった。それは彼女が初めて目にする彼の表情で、「こういう表情するんだ」と暫く見惚れていた。

 会話はそこで止まり、リフトは間も無くで目的地。その時、彼が不意に彼女の方へ振り向いた。

 

妖夢「!?」

 

 そこで彼女はようやく気が付いた。いや、我に返った。今彼女の目の前には、彼の顔。2人は急接近していた。瞬く間に体温が上昇する彼女。そしてそれを見透かす様な、本気の視線。

 

海斗「みょん、俺……」

妖夢「嫁にはなりませんからね! 毎度毎度口を開けばそればっかりで、さっきもそうやって……」

海斗「それでも俺、本当は……」

妖夢「もうそれ以上喋らないで! 顔近い! 離れて!!」

 

 両手でお調子者を押し返す彼女。と、同時に彼は背後へと飛ばされ、出入り口のドアへ激突。力も勢いも強いものではなかった。ドアには軽くぶつかった程度。だが……

 

 

ガシャーン!

 

 

 何かが外れる音。そして彼は、

 

海斗「え?」

 

 空中へ放り出されていた。閉められたはずの自動扉のロックが外れたのだ。

 

妖夢「海斗さんッ!」

 

 慌てて手を伸ばす彼女。しかし彼と彼女は離れていく一方。「絶対に捕まえる」そう誓って力強く飛び込んだ結果、

 

海斗「ッぶねー……」

 

 間一髪のギリギリセーフ。彼女はリフトから身を乗り出し、彼の手を捕まえていた。だが、届いたのは片手だけ。しかも、もう片方の手は支えるのに必死。離せば2人とも真っ逆さま。

 

妖夢「ぅ〜〜〜ッ」

 

 歯を食いしばり、「絶対に離さない」と決意しながらも、その顔は苦悶に満ちていた。

 

海斗「みょん無理すんな! このままじゃ2人とも落ちる!」

妖夢「〜〜〜ッ!」

 

 返事なし。いや、返事が出来ない程ギリギリの状態だった。剣の道を歩んでいたとはいえ、彼女は女の子。その白く細い腕の限界は近かった。と、そこに

 

 

ガコンッ

 

 

 不吉な音。今まで気にも止めていなかった音。定期的に発生していた音。だがそれがこの時は、彼等には不気味で死神の声に聞こえていた。

 そして音と共に発生する縦の揺れ。支柱を通過したのだ。その瞬間、彼の手は彼女から残酷にも……

 

海斗「わ゛ーーーッ」

妖夢「海斗さん!?」

 

 慌ててリフトから飛び降りて猛スピードで後を追いかける。彼の落下地点には巨大な岩が待ち受け、残された距離はもう僅か。彼女の今のスピードで追い付くか否かの瀬戸際。正真正銘、これが最後のチャンス。

 彼女は目一杯その手を伸ばした。強い意志を込めて。彼もそれに答える様に、彼女へ力いっぱいその手を伸ばした。

 

 

◇    ◇    ◇     ◇     ◇

 

 

??「はいはい、順番にね。押さないでね」

 

 慣れた手際で客を案内。それはどこか投げ槍の様にも見え、急いでいる様にも見える。その者の胸の胸の内はというと……

 

??「(早く終わらせて飲みに行こ)」

 

 こんな感じ。だがそんな者の気持ちとは裏腹に、

 

客1「あの……、記念に握手してもらえませんか?」

客2「あ、それじゃあ私も」

 

 握手会の要望。その言葉に「面倒だな」と思いながらも、

 

??「いいよ、ほら握手」

 

 客一人一人に、丁寧に笑顔で答えていく。やがて握手を交わした客が2桁になろうとした頃、

 

??「今回はもう満員かな?」

 

 ポツリとそう呟き、残された客達に向け、

 

??「今日の最終便はここまで! また明日!」

 

 と大きな声でアナウンス。その声に列を成していた客達、バラバラとそれぞれが違う方向へ散っていった。その様子を見届け、出発の準備へ。

 岸と結んでいたロープを外し、飛び乗るのは彼女の仕事道具。愛用の鎌も忘れずに。

 

??「ふー……」

 

 「これで今回のノルマ達成」と、サボりにサボった仕事のツケの終わりを迎え、ホッと一息。

そして最後のもう一踏ん張り。

 

??「出航ー」

 

 岸を蹴って舟に勢いを付け、漕ぎ出そうとしたその時、

 

??「こまっちゃーん! 待ってー!!」

 

 彼女を呼ぶ声が。聞き慣れない呼び名に、「私の事か?」と首を傾げる彼女。だがその者は真っ直ぐに、砂煙を上げながら猛スピードで彼女を目指していた。やがて舟の側に辿り着くと、その勢いのままジャンプし、

 

 

ダンッ!

 

 

 強引に乗船。そしてサムズアップで己を指し、キメ顔で放たれるその言葉は……

 

??「嫁にならない?」

小町「…………は?」

 

 

 

嫁捕獲作戦_四人目:小野塚(おのづか)小町(こまち)【困惑】

 



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十年後:ある日の出来事_地底七不思議(漆)

 昨日は深い霧に覆われた地底世界。本日は打って変わって視界良好。地底の壁もくっきりである。その上暑い日が続く中で、今日は比較的過ごし易い方。絶好のお出かけ日和、冒険日和である。

 現時刻は昼を経過してまもなく。地上では太陽が下り始めた頃。そんな中いつもの集合場所では……。

 

??「どりゃあッ!」

 

 パキパキ、ミシミシと音を立て、地面から離れる巨木。さっきまで横になり、安らかな眠りにつき、土へと帰るのを気長に待っていた。だが、突如何者かによって幹側から強引に持ち上げられ、引きずられる様に、その場から運ばれ始めていた。

 

 

ズルズルズルズル……

 

 

 巨木、まだかすかに残る枝と葉をフルに使い、「その場に留まらせてくれ」と必死の、全力の、全身全霊の抵抗。が、それも虚しく、最終的には同じ被害に遭った仲間が集う場所へダイブ。

 

 

ズシーンッ

 

 

??「コレで……10本……目」

 

 額から大量の汗を流し、肩で息をする純・鬼の少年。集合時間より早く到着し、現在鍛錬の真っ最中。昨日誓った事、公言した事、その目標に向け、彼は自らに課したノルマを達成すべく、公園に累々と散らばる木々を1箇所に集めていた。運んだ数は現在ノルマの半数。ノルマを達成したところで、それでも全体の半分以下。全体の整備には少なくとも後2日は要する。

 だが全て運び終わったとて、それで終わりではない。今度はそこから反対側へと運ぶのだ。つまり、巨木を公園の端から端まで、何度も何度も運搬するのだ。しかもコレを毎日、稽古のある日も欠かさずにである。

 やがて彼のノルマが残りあと1本となり、気合いを入れて肩に担いだ丁度そのタイミングで、少年がやって来た。

 

大鬼「ガァーズゥーギィーッ!」

 

 闘争心、敵対心、復讐心をむき出しにして。その顔は……

 

和鬼「ぶわはははッ! 大分(しご)かれたみたいだな。顔面ミイラ」

 

 大火傷を負った人斬り状態。即効性のある、いつものお薬と使用方法で治療中であるが故である。

 

大鬼「笑うなッ! よくも(だま)したなッ! お前の所為で顔面からグシャッだったんだぞ! 鬼の三カ条破りやがって!」

和鬼「人聞き悪いなぁ。別に騙してねーよ。お前だって昨日、『厳しくしてもらう』って言ってただろ? 良かったじゃねぇか、お望み通りで」

 

 少年、これを言われてしまっては、

 

大鬼「ぐぅ……」

 

 の音も出ない。だが、

 

和鬼「ちょっと待ってろよ。これで自主練のノルマ終わるから」

 

 腹の虫が治るはずも無い。いや、かえって激しく煮えたぎっていた。と、ここで思いつく妙案。少年、「ほほー……」と呟き、悪意の塊のいい笑顔を浮かべ、

 

大鬼「じゃあ協力してやるよ」

 

 とだけ告げると……。

 

大鬼「よっと」

和鬼「おい! なに勝手に上ってんだ!」

大鬼「だから協力だってば。なんか余裕ありそうだったし、負荷は多い方が早くパワーアップできるでしょ?」

和鬼「ふざけんなッ! もうギリギリなんだよ!」

 

 これまでの自主練で溜まった乳酸により、彼は既に息は切れ切れ、汗はダラダラ、手足はパンパン。そこにラス1となる巨木の重量。もう膝は大爆笑。産まれたての子鹿もビックリする程である。そう、彼の言う様に、もはや限界ギリギリ。

 その状態で加わる少年の重力。しかも加わるベクトル方向は真下。つまり、彼の真上の位置に少年は上ったのだ。だが、これで終わりではなかった。

 

大鬼「そーれ、そーれ。早く行けー」

 

 ゆっさ、ゆっさと縦に揺らす少年。これにより定期的に下へのベクトルに加速度が生じ、負荷はMAX。

 

和鬼「ダァーイ゛ィーギィーッ!」

 

 それでも耐える彼。険しい表情……否、鬼の表情で一歩、また一歩とジリジリ歩みを進める。今彼を支えている物。それは脳から抽出されるアドレナリン、エンドルフィン、そして怒りの3本柱。

 

大鬼「あっれー? 『超修行する』みたいな事を言ってたのは何処の誰だっけー? ウソだったのかなー?」

 

 (あお)る少年。この発言に彼は、

 

和鬼「ぐぅ……」

 

 の音も出ない。

 

 

--巨木運搬中--

 

 

和鬼「ゼェー……ッ、ゼェー……ッ」

大鬼「はい、ご苦労!」

 

 無事ノルマを達成した彼。文字通り精魂尽き果て、地べたで大の字。もはや手も足も動かせない状態。そんな彼を、少年は木の束の上から見下ろしていた。

 

和鬼「ご苦労じゃねぇよ! あと少しで押し潰されるところだったぞ!」

大鬼「これでイーブンだから」

 

 「絶対比率が合わない」と思う彼。だがこれ以上言い合っても無意味……その前にそんな余裕が無く、

 

和鬼「休憩したら残りの七不思議の調査だ」

 

 相手にする事をやめた。

 

大鬼「今日は何? そんな状態で行けんの?」

和鬼「今回は安全だと思う」

 

 

【地底七不思議ー其の伍:謎の飛行物体】

 ある者は言った。「地底世界の遥か上空をフラフラ、ふよふよと移動する灰色の物体を見た」と。またある者はこう言った。「目の前を光が不規則な動きをしながら通過した」と。さらに別の者はこう言った。「高速で黄色い何かが飛んで行った」と。

 この様に情報がバラバラ。共通している事と言えば、「宙を飛ぶ何か」であるという事。だが目撃者は決して少なくない。その上、近年よく目にするという。

 それは朝、昼、夜と時間帯を問わず、町外れ、町中と場所も問わず目撃情報がある。つまり――――

 

和鬼「運が良ければこうして寝そべっていても見つかるし、運が悪ければ血眼になって探しても見つからない」

大鬼「完全運頼みってこと?」

和鬼「しょうゆ(醤油)うこと」

大鬼「……」

 

 彼の渾身のギャグを無言で返す少年。その視線は痛く、冷たく突き刺さる。と、少年。

 

大鬼「ん?」

 

 遠くの方で何かを見つけた。それはフラフラ~と、右へ~左へ~と、目標があるのか無いのか分からない様子で飛んで行く……

 

大鬼「和鬼、アレ違う?」

和鬼「あー、妖精ね。違うらしいぞ」

 

 地底世界の妖精。その手には紙を持ち、飛んで行く方向は……

 

大鬼「家に何か用かな?」

和鬼「さー……、妖精の考える事は分からん」

 

 そう、少年の家。何をしに行くのかと問われれば、答えは不法侵入だろう。

 

大鬼「アレが違うなら何なのさ?」

和鬼「それを今から調べるんだろ? 取り()えず町での情報は聞き尽くしたから、残りは町外れで情報収集だ」

大鬼「町外れで情報収集? どうやって?」

和鬼「見た事無いか聞くんだよ」

大鬼「誰に?」

 

 そう尋ねる少年だったが、すぐにその答えに辿り着き、「あ……」と零すと、

 

  『ナミ達』

 

 2人同時に答えた。

 

 

--少年移動中--

 

 

 体力の回復、顔面の治療を終えた少年達。だが彼に至っては、

 

和鬼「いたたたた……」

 

 珍しく筋肉痛中。それもまた鍛錬の証。これが完全に回復すれば、彼はまた目標への長い階段を一段上る事になる。

 そんな中、彼らは目的地へと到着。一般的な住居であれば門や扉の前で、ノックや呼び鈴を鳴らすところではあるのだが……

 

和鬼「これ何処から玄関だ?」

 

 目の前は洞穴。その奥へと進めば即、船の上。境が曖昧(あいまい)なのだ。だが取り()えずという事で、

 

和鬼「ごめんくださーい!」

 

 その場で大声を出してみる。が、返事無し。ならばと洞穴の中へと進み、船上に上がる直前で再び……。

 

和鬼「ごめんくださーい!」

??「むっ? 小童供か」

 

 まるで条件反射の様に現れる巨大な年寄りの顔に、少年達

 

  『ぎゃーーーッ!』

 

 心臓が止まりかける。いるであろう事は覚悟していたとは言え、その大きさとタイミング。誰でもビビる。

 

大鬼「おおお驚かさないでよ!」

和鬼「サイズがおかしいだろ!」

雲山「すまんぜぇ。宝を盗もうと(たくら)(やから)かと思ぉてのぉ。して、何用ぜえ?」

大鬼「ちょっと聞きたい事があって来たんだ」

和鬼「一輪さん達いますか?」

雲山「おお、そうかそうか。みんなおるぜぇ。中で待っておれ」

 

 雲の爺さんに案内され、船内で待つ事になった少年達。居間の様な広いスペースで暫く待つ事……。

 

水蜜「さっぱりしたー。牛乳♪ 牛乳♪」

 

 まだ乾ききっていない短い黒髪。本日は白のショートパンツをしっかりと着用。だが、首からタオルを掛けたその上半身は……。

 

  『……』

水蜜「……」

 

 

--そして時は動き出す--

 

 

水蜜「きゃーーーーッ!!」

 

 

バッチィィィィィィィィンッ!X2

 

 

水蜜「もーッ! なんでいるのよッ! 最悪ぅッ!」

大鬼「いったいなーッ! 叩くことないだろ!」

和鬼「勝手に上半身裸で現れたクセにッ!」

水蜜「人の裸見ておいてそういう事言う!?」

 

 頬に作られた赤い紅葉の葉を押さえ、激怒する少年達に対し、「叩かれて当然だ」と主張する被害者にして加害者。両者の言い分は各々あるが……どっちもどっちである。と、そこに悲鳴を聞きつけた者が集まって来た。

 

??「ムラサ!? どうしたの!?」

 

 別室にいた雲の爺さんのパートナーにして、主人的なポジション。入道使いの雲居一輪。

 

一輪「あれ? 君達来てたの?」

  『おじゃましてまーす』

 

 そして……、

 

??「今の悲鳴何!?」

 

 霧の七不思議の真犯人にして、泣き虫のクセにイタズラ好きの封獣ぬえである。

 

ぬえ「あ、あの時の……」

  『あーーーッ!!』

 

 少年達、彼女を見るなり指差して大絶叫。いきなり発声された重なり合うビッグボイスに泣き虫、

 

ぬえ「ひぃぃぃッ!!」ビクビク

 

 慌てて入道使いの背後へ。

 

大鬼「なんでそいつがここにいるのさ?」

 

 事情を知らぬ者からすれば、当然の疑問。2人の関係は被害者と加害者なのだから。この少年の疑問に被害者は、頭をかきつつ、苦笑いをしながら答えた。

 

一輪「いやー……。実はね……」

 

 

--事情説明中--

 

 

  『はー……』

 

 経緯を聞かされ少年達、「左様でございますか」と納得。で、今度は立場が逆転。

 

一輪「君達は何でここにいるの? あと何があったの?」

和鬼「聞きたい事があって来たんです」

大鬼「洞穴入ってすぐの所で、雲のオッサンにここに案内されて……」

和鬼「待ってたら、ナミがこの姿で入って来たんです」

 

 そう伝える彼の親指は、未だ同じ姿で自身の体を抱きしめ、小さく縮こまる船幽霊を指していた。

 

大鬼「で、いきなり殴られた」

 

 「ほら見てよ」とでも言う様に、頬に残る手形を見せつける少年。

 状況を把握した入道使い。下すジャッジは……

 

一輪「お互い災難だったね」

 

 まさにその通り。

 

水蜜「えー、明らかに私が被害者でしょ?」

一輪「殴ってなければね。それよりも早く上着なよ」

 

 入道使いの適切な判断により、事態は収束。()に落ちないながらも、着替えて来ようと動き出す船幽霊だったが……。

 

??「何事ぜぇ!」

 

 そこに遅れてやってくる雲の爺さん。

 

雲山「むぅ〜う? ムラサその姿……、ええのぉ」

 

 登場するなり、ニンマリ笑顔でサムズアップ。だがその笑顔の隣には既に……、

 

 

ゴッ!

 

 

 コメカミに突き刺さる(かかと)。力の向きは水平方向。で、

 

 

ズドーーーンッ!

 

 

 吹き飛ぶ。雲のエロ爺さん、満身(まんしん)創痍(そうい)。一発KO。決まり手:空中後ろ回し蹴り。

 

水蜜「黙れ全ての元凶ッ!」

  『たしかに……』

 

 着替を済ませた船幽霊。居間に戻って全員が揃ったところで、少年達は本題へと移る事にした。尚、水蒸気のエロ爺さんは、今もご就寝中である。

 

和鬼「今日も七不思議の調査してるんだけど、情報にまとまりが無くて……」

大鬼「情報集めてるんだ。知ってる事があったら教えて」

水蜜「そんな事で来たの? 君達も好きだねー」

一輪「あっははは。いいよ、知ってる事があれば答えてあげる。あなたも知ってたら答えなよ?」

ぬえ「めんどくさ……」ボソ

一輪「あ゛?」

ぬえ「こここ答えます答えます」ガタガタ

 

 

--少年説明中--

 

 

和鬼「っていうのなんだけど……」

  『うーん……』

 

 少年の話を聞いてみるも、困った表情を浮かべ、見合う船幽霊と入道使い。心当たりが無いといったご様子。

 

一輪「その話は聞いた事は無いな」

ぬえ「……」カタカタ

水蜜「光る飛行物体でしょ? ないなー……」

ぬえ「ぁ……」カタカ

大鬼「はー、やっぱりかー」

ぬえ「ぇ……」カタカタ

和鬼「今回は難航しそうだな。一度情報整理してみるか」

 

 ただ彼女を除いて。

 

ぬえ「あの……」カタカタ

  『さっきから何!?』

ぬえ「ひぃぃぃぃッ」ガタガタ

一輪「言いたい事があるなら、さっさと言いな」

水蜜「何か知ってるの?」

ぬえ「お、怒らない?」カタカタ

  『早くしろ!』

ぬえ「ひぃぃぃぃッ! そ、それ多分私の事です!」ガタガタガタガタ

  『はーーーッ!?』

 

 まさかのカミングアウトに目を点にし、耳を疑う一同。情報どころか、その犯人が意外な形で見つかった、いや目の前にいるのだから。しかも彼女の場合、

 

和鬼「霧の件といい、今回の件といい、3つともあんたかよ」

大鬼「なんか拍子抜けだなー」

 

 余罪有りの前科持ちなのである。事実を知った真犯人の監視役、「またお前か」と思いながらも、笑顔を浮かべて

 

一輪「どういう事か説明してくれるカナー?」

 

 優しく聞いてみるが、怒りは隠しきれていなかった。

 

  『怖ッ』

水蜜「やっぱりイタズラ感覚でやってたの?」

ぬえ「……はい」

一輪「能力を使って?」

ぬえ「……はい、でも私が飛ぶ時はいつもゆっくりだし、最近はやってない! だから『高速で飛行する黄色い何か』っていうのは私じゃない!」

 

 その噂の多くは自分であると認めるものの、一部の容疑は完全否定する泣き虫。その表情は真剣そのもの。だが今、彼女の信用は……。

 

 

じー……

 

 

 それは視線となって現れていた。船幽霊と入道使いの冷たい眼差しに、彼女は状況を悟り、

 

ぬえ「ぐぅ……」

 

 の音もでない。

 この間少年達、なにやら2人でひそひそと秘密の作戦会議。その末……。

 

大鬼「あー、うん。自分達は信じるから」

和鬼「そうそう、高速飛行する黄色い物体が違うなら、それでいいから」

 

 いそいそと、まるで「これ以上突っ込まないでくれ」と言わんばかりに、話題を終わらせに取りかかった。

 

ぬえ「あ、ありがとー!」

 

 ようやく出来た味方に泣き虫、目に涙を浮かべて歓喜。が、

 

大鬼「ところでさ、能力を使ってイタズラしていたって言ってたけど、どんな能力?」

一輪「『正体を判らなくする程度』の能力だって。正体不明の何かになったり、したり出来るんだって」

 

 入道使いのこの言葉にやっと出来た味方達、

 

和鬼「はーーーッ!? じゃあ、あの『血の池』のも……」

大鬼「あんたの仕業だったのか!?」

 

 あっという間に寝返る。

 

ぬえ「え? 血の池なんて行った事……」ガタガタ

  『トボケルナーーッ!!』

ぬえ「ぬえええええんッ!」ガタガタガタガタ

 

 

 




「高速で黄色い何かが飛んで行った」
なんの事でしょうね。

【次回:十年後:ある日の出来事_地底七不思議(捌)】


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十年後:ある日の出来事_地底七不思議(捌)

和鬼「なんかあっさり解決したな」

大鬼「まだ時間あるし、残りの七不思議の作戦会議しとく?」

和鬼「そうだな。いよいよ残すは()()()()だ!」

 

 解き明かす謎が残り(わず)かとなり、張り切る彼。だが少年、彼のこの発言に違和感を覚え、これまでに解き明かした謎を指折り数え始める。その結果……、

 

大鬼「まだあと2個あるけど?」

和鬼「あ、うん。そうそう、残り2個だった」

大鬼「数も数えられないのかよ……」

和鬼「う、うるせぇな」

水蜜「それで? 次はどんな謎に挑戦するの?」

 

 少年達、今現在も宝船におじゃま中。温かいお茶とお茶菓子まで頂き、至れり尽くせりである。尚、水蒸気の塊のスケベ爺さんは……まだご就寝中である。

 

大鬼「ナミも気になる?」

水蜜「アノネェ……、だからその呼び名をさ……」

和鬼「じゃあコレ一緒に探しに行かない?」

 

 

【地底七不思議ー其の陸:封印されし扉】

 町民の誰しもが一度は耳にした事のある噂。だがその存在を確認出来た者は、まだ誰もいない。それはこの地底世界のどこかにひっそりと、身を隠す様に存在しているという。

 だが決して探してはいけない。例え見つけようとも、開けようとしてはいけない。さもなければ罰が下り、その身を焦がす事になるだろう――――

 といった話。さらにその扉の奥には……

 

水蜜「異世界に繋がっているっていう噂でしょ?」

大鬼「知ってんの!?」

水蜜「長年ここにいるからね。その話は聞いた事があるよ。でもあくまで噂レベルだからね。何処にあるのかなんて知らないよ」

和鬼「だからそれを探しに行くんだよ。どう?」

 

 再び船幽霊を誘う彼。積極的に彼らの話に交じるその姿勢から、興味があるのは間違いなかった。だが彼女、すぐにYesとは答えず、

 

水蜜「どーしよーかなー」

 

 ()らす。その態度に彼、少し(あせ)る。とそこに、

 

ぬえ「あのー……」

 

 泣き虫乱入。申し訳無さそうに小さく挙手。

 

  『なに?』

ぬえ「その扉の事なんだけど……」

大鬼「何か知ってんの?」

ぬえ「いや……、その話自体初めて聞いたし……、存在も知らなかったんだけど……」

水蜜「焦れったいなー。結局何が言いたいの?」

 

 慌ただしく視線を泳がせながら話す泣き虫に、眉間に(しわ)を寄せて「早よせい」と圧力をかける船幽霊。泣き虫、その彼女に一度ジロリと視線を放った後、先程と変わらぬ口調で話し出した。

 

ぬえ「ありそうな所なら知ってる……」

和鬼「ありそうな所?」

 

 リアクションに困る情報に聞き返す彼。この質問にイタズラ好き、コクコクと頷くと、ある方角を指差して答えた。

 

ぬえ「ここから町から離れた方向に、大きな穴があるんだけど……。そこ『立ち入り禁止』って札が出てて……」

 

 イタズラ娘の情報に腕を組んで「うーん」唸り声を上げる彼。そして間もなく……

 

和鬼「行く価値有りだな」

大鬼「行ってみるか。えっと名前は……」

ぬえ「ぬえ」

大鬼「じゃあ、ぬえ案内して」

ぬえ「分かった。さっそく3人で行こう」

 

 少年の誘いに表情を明るくし、鼻歌混じりに外へと向かうイタズラ好き。だが……。

 

水蜜「待った! ぬえを一人では行かせられないから、私も行くよ」

ぬえ「チィッ」

水蜜「なに?」

ぬえ「いえ、なんでも……」

 

 宝船を後にし、イタズラ好きを先頭に真相を確かめに行く4人のパーティ。それはさながら勇者御一行と言ったところだろうか? いや、そんな大それた物ではない。

 

ぬえ「……」

 

 不服そうな表情を浮かべる案内人。それもそのはず、その両手は後ろで縛られ、全身をロープでぐるぐる巻きにさせられているのだから。そう、これは例えるなら罪人を連行する御一行。

 

ぬえ「よけいな事を……」ボソ

水蜜「何か言った?」

ぬえ「なんにもー」

和鬼「コイツ外出た途端に態度変わってない?」

水蜜「やっぱり一輪にも来てもらった方が良かったかなー?」

ぬえ「ふん、今更……」

水蜜「ちょっと君、一輪呼んできて」

大鬼「りょーかーい」

ぬえ「ままま待って! それだけは、どうかそれだけは……」

水蜜「じゃあちゃんと言う事聞きなよ? 逆らわないでよ!」

ぬえ「は、はい」

 

 ロープ、たったその1本だけで上下関係が確立してしまう。不思議なものである。

 そしてそうこうしている内に……。

 

ぬえ「ここ」

 

 そこは地底の壁に出来た洞穴だった。縦少年達の背丈の3倍、横10人が1列になって進める程の巨大な入り口。天井からは鍾乳石が垂れ下がり、それはまるで……。

 

和鬼「なんか、化け物の口みたいだな」

水蜜「き、奇遇だねぇ……。私も同じ事考えてたよ」

大鬼「同じく……」

ぬえ「そう? ただの洞穴でしょ? で、どうするの?」

和鬼「どうするったって……」

大鬼「入れなくない?」

 

 そこには何重にも張り巡らせられた金網が。さらにその中央には大きな文字で『落石の恐れあり! 立ち入り禁止』と書かれた札が貼り付けてあった。

 

水蜜「これじゃあ分からないね」

ぬえ「え? 何で?」

水蜜「だってこの先に進めないんだよ? どうやって……」

 

 これ以上の調査が不可能なのは誰から見ても明らか。にも関わらず、頭上に『?』を浮かべ、「何を言っているんだ?」と言いたげな表情を浮かべるイタズラ娘に、怪訝(けげん)な表情で尋ねる船幽霊。と、その時。

 

 

ドーンッ!

 

 

ぬえ「こうやって」

 

 放たれた光弾。そしてポッカリと金網に姿を現した穴。躊躇(ちゅうちょ)なく、平然とした表情で、当たり前の様に行われた破壊行為に、一同唖然。

 

水蜜「なに壊してるのよ!」

和鬼「見つかったらヤバイぞ!」

ぬえ「だって奥に行きたいんでしょ?」

  『そうだけど!!』

 

 悪びれる様子のないイタズラに、「なんという事をしやがる」と血相を変えて詰め寄る2人。だが少年だけは違った。

 

大鬼「別にいいじゃん。バレなきゃいいんだし。それにこうなったらもう進むしかないだろ?」

ぬえ「へぇー、話が分かるね」

大鬼「そういうの嫌いじゃないし」

 

 意気投合。互いに口元をニヤリとさせると、「フッフッフッ……」と桶姫の様に不敵な笑い。THE・悪。

 

水蜜「君の友達なんかおかしくない?」ヒソヒソ

和鬼「叔父貴(おじき)所為(せい)で、頭のネジが何本か無くなったのかも」

水蜜「は?」

 

 「朝の稽古の衝撃が原因だろう」と語る彼。だが事情を知らない彼女、首を傾げて頭上に『?』。と、そこに……。

 

大鬼「ナミィー、ぬえのリードやらせて」

水蜜「いいけど……、逃さないでよ?」

大鬼「鬼の力舐めんな」

水蜜「はいはい……」

 

 少年は船幽霊から、イタズラ好きに巻き付けられた紐の先を受け取ると、悪意に満ちた表情で、彼へこう耳打ちした。

 

大鬼「それじゃあぬえと先歩くから、2人でごゆっくりとどうぞ」ヒソヒソ

 

 その瞬間、彼の脳内は大爆発。顔は真っ赤。だが彼は少年に「マジサンキュー」と感謝。

 

大鬼「ほら、ぬえ行くぞ」

ぬえ「痛い痛い! ロープが肌に擦れてる! す、少し緩めて!」

大鬼「緩める? そうすればぬえの気は済むのか?」

ぬえ「も、もちろん!」

大鬼「だが断る!」

ぬえ「ぬえッ!?」

 

 立ち入り禁止となっていた巨大な洞穴。そこは誰も近付かず、侵入した事のない場所。そこに4人の探検家は、有るのか無いのか分からない、あくまで噂の話の『扉』を求め、進んで行った。奥に進むに連れ、幅と天井との距離が少しずつ近付く内部。そこを奥へと進む者達は、(さなが)ら巨大生物の口に飛び込み、自ら消化器官を目指す哀れな獲物。

 

 

◆    ◇

 

 

 そんな中、何食わぬ顔で先陣を行くのは、この2人。

 

大鬼「暗いなぁ……、先が全然見えないや」

 

 片手にリードを巻きつけ、お散歩真っ最中の少年と、

 

ぬえ「じゃあコレでどう?」

 

 自身の周りに光弾を配置し、自らを光源とし、周囲を明るく照らすペット。

 

大鬼「ナイス! って……え?」

ぬえ「こ、これって……」

 

 

◇    ◆

 

 

 入り口付近からさほど離れていない場所では……。

 

水蜜「ちょちょちょっとタンマ!」

 

 数本先を行く彼に静止を呼び掛ける船幽霊。膝に手を付き、額からは大量の汗が流れ出ていた。そんな様子のおかしい彼女に、

 

和鬼「またかよ? さっきから5歩くらいしか進んでないし」

 

 彼、うんざりといったご様子。そう、彼女がこの状態になるのは1度や2度ではなかった。その上、ちょっと進んでは立ち止まり、少し休憩の繰り返し。身体的異常を気にかけるところではあるが、彼はその原因を薄々察していた。

 

和鬼「怖いなら引き返そうか?」

水蜜「そ、そうはいかないでしょ! ぬえがいるんだから。暗闇に紛れて逃げ出すかもしれないじゃない!」

和鬼「はいはい、分かったよ。でもアイツら随分先に行ったみたいだから、急がないとどんどん差が開くぞ?」

水蜜「分かってる! 分かってるんだけど……」

 

 足下に視線を落とし、全身で拒否反応を見せる彼女。そこには深い理由など無い、ただ純粋なる恐怖のみ。口では強がってはみるものの、意志はもう先へとは向いていなかった。「もうイヤ」堪えていた心の声が、表に出るのも時間の問題。と、そこに……。

 

水蜜「え?」

和鬼「あ、アイツらに追いつくまで……か、貸してやる」

水蜜「……」

和鬼「そ、それにナミがいないと、コッチも暗くて先に進めないし……」

水蜜「……うん」

和鬼「だ、だから一緒にいてもらわないと困るんだよ。ただそれだけだからな」

水蜜「絶対に離さないでね?」

 

 

◆    ◆

 

 

 後続の到着をじっと待ち続ける少年達。しかし待てど暮らせど一向に姿を現さない2人。腕を組んで貧乏ゆすり、苛立ちが最高潮を迎えようとしていた頃、遅ればせながらも無事残りの2名が到着。

 

ぬえ「遅すぎ。随分と待たせてくれたじゃない」

大鬼「ここまで5分ちょっとくらいで着く距離なのに、なんで1時間近くもかかるんだよ!」

 

 少年、「いくらなんでも遅すぎだ」と激怒。これに対し彼、言い訳をするのかと思いきや、

 

和鬼「い、色々あんだよ」

 

 視線を外して話をはぐらさす。その上、彼と一緒に来た船幽霊は、気まずそうな空気を漂わせながらも、彼の背後に隠れて俯いたまま離れようとしない。このどこか余所余所しい雰囲気を醸し出す2人に少年、

 

大鬼「はは〜ん……」

 

 ニンマリと悪い顔。

 

和鬼「そ、それよりもどうしてここで立ち止まってんだよ?」

大鬼「いや、だってココで行き止まりだから」

水蜜「え? もう? ここでおしまい?」

ぬえ「残念ながら」

 

 そう、少年達の背後には岩壁。先に到着した少年とイタズラ娘は、この事実を目の当たりにし、他に道は無いかと近辺を(くま)無くチェックしていた。だが、結果そんなものは見つからず、ここが最深部だという結論に至ったのだった。

 

和鬼「って事はここじゃ無いって事か……」

大鬼「そもそも無いかもしれないし」

ぬえ「可能性はあったけどね」

水蜜「なんだー、ここまで苦労して来たのに……」

 

 膝から地面にペタンと座り、肩を落とす船幽霊。彼女にとってここまで来るという事は、とても勇気のいる事だった。それが全て無駄骨に終わったと知り、ガッカリ。

 

水蜜「来るだけ損し……」

 

 だが、そこまで言いかけた時、不意に行動を共にしていた彼と視線が重なり合い……。

 

水蜜「てもいない……かな?」

 

 首筋を隠す様に手を当て、はにかみながら前言を否定した。その姿はついさっきまでの彼女より大人っぽく、ほんの少しだけ妖艶(ようえん)でもあった。この劇的な変化を

 

大鬼「なあなあ、どこまでいったの?」ヒソヒソ

 

 少年が見過ごすはずがない。悪どい顔をして事の成り行きを、当事者に耳打ちで尋ねる。

 

和鬼「ななななに言ってんだよ!」ヒソヒソ

大鬼「手は繋いだんたろ?」ヒソヒソ

和鬼「そ、それは……」

大鬼「じゃあチューした?」ヒソヒソ

和鬼「もうそれ以上聞くんじゃねー!」ヒソヒソ

大鬼「いいだろ? 別に減るもんじゃ無いんだし」ヒソヒソ

和鬼「おしまいだ! お・し・ま・い! ほらみんなで戻るぞ!」

 

 強引に話を切り、来た道を戻ろうと歩みを進める彼。

 光弾だけが頼りの暗い洞窟の中。光源から離れてしまっては、その表情を(うかが)う事は困難。

 だが少年は悟っていた。彼は顔を赤くし、(ゆる)みきっただらしのない表情をしているのだろうと。そして「このネタは使える」と、戻ってからの作戦を上機嫌で考えながら、彼の後を追うように歩き出した。

 

ぬえ「わわッ、ちょっと! 歩くなら言ってよ!」

大鬼「あ、悪い。忘れてた」

 

 ロープを突然引かれて驚くイタズラ娘。リードを握る少年を睨み付けたその時、

 

 

サラ……

 

 

 彼女の髪を優しく撫でる感触が。それは冷たく、ひんやりとした形無きもの。

 

ぬえ「え? ……風?」

 




【次回:十年後:ある日の出来事_地底七不思議(玖)】


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十年後:ある日の出来事_地底七不思議(玖)

 流れてきた方向は入り口とは真逆。そう、まさに……。

 

ぬえ「みんな待って!」

  『なに?』

ぬえ「今(かす)かにこっちから風が吹いた!」

  『だから?』

ぬえ「だーかーら! この壁から風が吹いたの! これがどういう事か分からない?」

 

 イタズラ娘の言葉に首を傾げる3人。だが悩む時間はそう長くはなかった。

 

大鬼「和鬼!」

和鬼「よしきたッ!」

 

 堂々と構える巨大な壁。相対するは、それよりも遥かに小さな

 

  『せぇーのッ!!』

 

 強烈な2つの拳。

 ヒットと同時に上がる岩を砕く破壊音。そしてそれに重なる様に鳴る別の、明らかに異なる音。

 

ぬえ「やっぱり……、この裏に何かある!」

水蜜「()()()()達離れて! 『転覆:撃沈アンカー』」

大鬼「は?」

和鬼「大鬼下がれ!」

 

 キョトンとする少年の服を掴み、「危険だ」と引き寄せる彼。その後すぐに岩壁へ大きな錨を模った光弾が飛んで行き、大きな爆発音と大量の砂埃を上げた。

 

ぬえ「ケホッ、ケホッ。少しは手加減しなよ」

大鬼「グェホッ、グェホッ」

和鬼「いつつつ、目に入った」

水蜜「え!? ごめん、大丈夫?」

 

 捲き上る噴煙。洞窟の天井まで達していたそれは、徐々に下へ下へと降り注ぎ、やがて……。

 

ぬえ「ん〜……?」

 

 目を細め、結果の確認を急ぐイタズラ娘。その瞳に映し出されたのは、

 

ぬえ「ねっ、ねー。ア、アレ……」

水蜜「ヘッ!?」

和鬼「ま、マジかよ……」

大鬼「えっと……」

 

 青銅色の壁。その材質は自然に出来た物でない事は明らか。間違いなく何かがある証拠。そこからさらに岩壁へ攻撃を続け、いよいよその全貌が……。

 

ぬえ「と、扉だ」

水蜜「本当にあった」

和鬼「でけぇー……。扉に何かペタペタ貼り付けてあるな」

大鬼「あのさー」

ぬえ「それ多分お札だと思う」

水蜜「へー、そこまでするって事は、中にはかなりヤバイモノか、お宝があるって事じゃない?」

和鬼「なにっ!? お宝!?」

大鬼「今さー」

ぬえ「ぬえっえっえ、じゃあちょいとお先に失礼するよ」

 

 「お宝があるかもしれない」そう聞き、目の色を変えるイタズラ娘と彼。そして我先にと、(よだれ)を垂らしながら、巨大な門へと彼女が手を伸ばした途端……

 

ぬえ「ヌババババババババ」

 

 イタズラ娘の全身を強烈な電流が走った。その威力、彼女の骨がレントゲン図の様に見え隠れする程。

 

水蜜「うわ、すっごい強力な結界。コレは触れないね」

和鬼「本当に噂通りだな。『その身を焦がす』って」

大鬼「ねーちょっと」

ぬえ「ぬえええええん! あんなの(おど)しの常套句(じょうとうく)でしょ!」

 

 まさかの噂通りに、頭をアフロにして泣きながら怒りをぶつけるイタズラ娘。と、そこに……、

 

 

キィィィィーー……

 

 

  『ぎゃーーーーッ!』

ぬえ「ぬええええッ! 私この音無理!」

水蜜「私もッ! 全身鳥肌だよ」

 

 それは疑い様もなく、金属を鋭利な何かでなぞる音。突如発生したこの不快な音に、耳に蓋をする一同。だが彼だけは、

 

和鬼「何か唸り声みたいなの聞こえなかったか?」

 

 この間にも別の音を耳にしていた。

 

大鬼「その前にさー」

ぬえ「は? なに? 何か言った?」

水蜜「カズくんが他の音を聞いたんだって」

和鬼「そう、唸り声みたいな」

 

 彼のその言葉を合図に、一同は沈黙し全神経を耳へ。

 だが暫く経っても静かなまま、物音一つしなかった。

 

大鬼「だからさー」

ぬえ「シッ!」

水蜜「気のせいだったんじゃないの?」

和鬼「そうかもしれない。でもそうじゃないかもしれない。だから最後の確認」

 

 彼はそう告げると立ち上がり、近くの大きな岩壁の残骸を抱え、

 

和鬼「うりゃーッ!」

 

 扉へ向けて力一杯投げ飛ばした。

 

 

ドォーーーン……

 

 

 余韻を残しながら洞窟内部に反響する除夜の鐘に似た音で「ノックしてもしも〜〜〜し」。と、その時。

 

扉 「ガウガウガウガウガウガウ!!!」

  『うわーーーッ!』

大鬼「に、逃げろー!」

和鬼「ミナ行くぞッ!」

水蜜「きゃッ」

ぬえ「ぬええええん! 待って、置いていかないでー!」

 

 猛ダッシュで来た道を引き返す6本の足。暗闇の中を明かりも付けず、ただがむしゃらに、記憶だけを頼りに真っ直ぐと。やがて外へと通じる洞窟の出入口が少年達の視界に入って来た。

 

大鬼「出口だ!」

和鬼「はぁ、はぁ……。走ったらあっと言う間だったな」

水蜜「う、うん……」

 

 「ここまで来ればもう安心」と、スピードを緩めて歩き出す2人。そしていよいよゴール……

 

??「あなた達! ここで一体何をしているのですか!」

 

 だが侵入者を拒む金網の向こう側にいる者に、少年達の存在を見られてしまった。

 

??「様子がおかしいと思って来てみれば……。ここは立ち入り禁止のはずですよ!? 金網まで壊して……、中でいったい何をしていたのですか?!」

 

 無言で俯く少年達。「話さなければ知られる事はない」そう考えての事なのだろう。だが、この者にそれは無意味。なぜなら彼女は……、

 

??「そう……、見てしまったのですね。いったい何が目的なのですか?」

 

 覚り妖怪なのだから。

 

大鬼「ミツメ、何でここにいるの? あとアレ何? 何か知ってるの?」

 

 

ムギューーッ!

 

 

さと「なーんでアンタ達がここにいるのか()()()()()()()()ー? 質問を質問で返さないで()()()()()ー?」

 

 少年の(ほほ)(つね)り、引っ張る覚り妖怪。その強さはいつぞやの比では無い。表情にも一切の余裕が無く、あるのはただ純粋な怒りのみ。

 

大鬼「ひべべべべ(いでででで)

さと「私がここに来たのは、私の家からここが見えるからで、穴から粉塵が舞い上がっていたからよ!」

 

 そう、彼らが今いる場所は地霊殿を挟んで町の反対側。覚り妖怪の家からばっちり見えるのだ。

 

和鬼「さとりさん、すみませんでした。つい興味本位で……」

さと「興味本位? それで立ち入り禁止の場所に入ったって言うの? もう子供じゃないんだからしっかりしなさいよ!」

 

 ご(もっと)もな意見。幼少時代だったらまだしも、彼らは既に大人の仲間入りをしようという年齢。善悪の区別がつかないといけない年頃。痛いところをつかれ、

 

和鬼「はい……」

 

 しおれる。

 

さと「ボケッ子ぉー? ()()()()()ーッ?」

大鬼「は、はひッ」

水蜜「町長さん、私がいながら申し訳ありません」

さと「いえいえ、これはいつまで経ってもお子ちゃまの2人の責任です。ムラサさんが気にする必要はありません」

 

 「自分にも非がある」と語る船幽霊に笑顔で答える現・町の長。だが少々気になる事もある様で……。

 

さと「ところで、どうしてそんな所に? 足に怪我でもされたのですか?」

大鬼「うわっ、いつの間に!?」

水蜜「い、いやこれは……」

和鬼「えっと……」

 

 足の心配をしただけなのにも関わらず、目が右へ左へと泳ぎまくる2人。明らかに様子がおかしい2人に現・町長、頭に『?』を浮かべながらも、お得意の能力を……

 

さと「はぁーーーッ!? ふふふ2人ともななななに、なに、なにをーーッ!?」

 

 そして被曝。顔からは火が吹き出す程に熱くなり、脳内は2人の事でパンク状態。そんな覚り妖怪に事情を知らない少年、

 

大鬼「え? なに?」

 

 「どうしたの?」と気軽に尋ねるが、

 

さと「聞かないで!」

 

 一蹴される。

 

さと「と、とにかく! 本来なら厳しく罰するところですが、今回は初犯ですし、もう二度とここへは近づかないと約束するのであれば、黙認します。それとここで見たものは決して口外しない様に! これ以上追求しない様に! いいですね? 絶対守ってもらいますよ」

  『はい……』

さと「それともう一人、霧の件の真犯人さんがいないみたいですけど?」

  『あ、忘れてた……』

 

 置いてけぼりを食らったイタズラ娘の救出のため、特別に再び奥へと進む少年と覚り妖怪。最深部の少し手前あたりで、()けて身動きが取れなくなり、嗚咽(おえつ)混じりにヌエヌエと泣きじゃくるイタズラ娘を見つけたそうな。

 そして皆と別れ、いつもの場所へと戻った少年達。これまで明かした謎の数は6つ。

 

大鬼「残す謎はあと1つだな」

和鬼「え? あー……、そうだな」

大鬼「最後はどんなヤツ? また明日にでも探しに行く?」

 

 しかもその解き明かすスピードたるや、かなりのもの。ゴールまであと1歩となり、勢いに乗って張り切る少年だったが……

 

和鬼「なー、もうおしまいにしないか?」

大鬼「は? 今、なんて?」

和鬼「だから、七不思議を探しはもう終わりだって言ってんの」

大鬼「はーッ!? あと1個なんだぞ? ミツメに言われた事気にしてんの?」

和鬼「まー……それもあるっちゃあるんだけど……」

大鬼「じゃあナミか!? カズくんだもんな! 急に距離が近くなったもんな! 洞窟の入り口までお姫様ダッコだったもんな! イチャイチャしやがって!」

和鬼「な、ミナは関係ない!」

大鬼「はーッ!? ミナだぁー!? ナミじゃなくてぇ? もうそんな仲なの? 爆発しやがれ!」

和鬼「だから聞けって!」

大鬼「どうせ下らない事やるなら、ナミと一緒にいたいとかなんだろ?」

 

 その勢いを殺す彼。少年は「聞き間違いではないか?」と耳を疑い、確認するも一方的に調査終了を告げられる始末。それは完走手前、ゴールテープを切る直前でリタイアを告げる事と同意。少年はそんな中途半端な事が出来なかった。声を荒げ、鋭い視線を向けながら彼へと迫った。そして、

 

大鬼「じゃあいいよ、一人で探しに行くから。七不思議が書いてあるメモよこせよ!」

 

 「お前の協力はいらない」と告げると、彼の(ふところ)へと手を突っ込み、七不思議の詳細が書いてあるメモ用紙を奪い取った。

 

和鬼「あ、おい! 勝手に取るな!」

 

 「そうはさせない」と少年の手を掴む彼。さらに……

 

大鬼「離せよ! もう和鬼には必要か無いだろ!」

和鬼「そうなんだけど、渡さないッ!」

 

 少年の手からメモを奪い返し、すぐにクシャクシャにまるめ……

 

 

ゴクッ!

 

 

 口の中へと放り込み、そして飲み込んだ。

 

大鬼「はーッ!? 何してんの!?」

和鬼「へへ……コレで分からなくなったろ?」

大鬼「ガァーズゥーギィー!」

 

 少年の怒りは(たちま)ち頂点に。彼の頬へ一撃を放つと、立て続けに殴りかかった。それをゴングにまた始まる恒例行事。彼も反撃へ……のはずだった。

 

大鬼「なんで何もして来ないんだよ……」

 

 だが彼は一切手を出さずにただじっと、表情をゆがめながらも、少年の攻撃に耐え続けていた。これには少年も違和感を覚え、攻撃の手を止めると、

 

大鬼「クソッ!」

 

 捨て台詞を吐き、くるりと回れ右。家へと足を進めていった。

 少年が去った旧秘密基地のど真ん中。そこで顔に(あざ)を作り、大の字でボンヤリと地底の天上を眺める充血の鬼。今、彼の脳裏に蘇るのは初めてできた恋人の事……ではなく、喧嘩が絶えない犬猿の仲、腐れ縁、ムカつく幼馴染の事。

 

和鬼「言えるかよ……」

 

 地底七不思議、遠い昔から地底世界に伝わる噂の寄せ集め。だがその数、かつては六つまで。七つ目の不思議が生まれたのは、地底世界の歴史からすればつい最近の事。それは未だ答えが分からない小さくも、難解な謎。

 

和鬼「お前の事だなんて……」

 

 

【地底七不思議ー其の漆:人間の迷い子】

 



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【やってきたぜ!幻想郷】嫁候補五人目 ※挿絵有

 いきなり現れ、舟に飛び乗って来た乗客。舟は既に定員に達していたが、既に陸から離れて「戻るのも面倒」という船長の独断により、乗客に少しずつ席を詰めてさせ、一人分の席を作った。その後舟は定員+1名の状態ではあったが、いつもの通りの航路を進み、無事目的地へと到着したのだった。

 

小町「はいはーい、ゆっくり降りてね。順番にね」

 

 順番に導かれ、次々と舟を降りていく乗客達。陸に降りるなり、足下へ視線を落として項垂れながら先へ進む者がいれば、来た方角を懐かしむ様に見つめる者、その場で泣き崩れる者も。そんな中、

 

??「で、こまっちゃーんDo? 嫁、Do?」

 

 ただコイツだけは……。

 

小町「あはは、随分と元気だね。あんたみたいなのはあまり見ないよ。名は? 最近こっちに来たばかりかい?」

 

 長年この仕事をしている彼女にとって、彼の様な者は極めて(まれ)。だいたいの者が他の乗客の様な反応を示すはずだった。それはこちらに来る前にやり残した事への未練、やりきったという充実感や達成感、関わった者達への感謝、残された者達への幸せを願う想い、一言では語れぬそういった強い想いから来るもの。

 

??「俺の名前は海斗だぜ! これからも末永くよろしく!」

 

 だが彼女の目の前のこの乗客だけは、未来を見ていた。

 

小町「あははは、これからもよろしくって。海斗だっけ? まだ死んだ自覚がないんだろ?」

海斗「え? 俺やっぱ死んだの?」

小町「やっぱりね、そうだよここは是非曲直庁(ぜひきょくちょくちょう)の前。今渡って来た川が、有名な三途の川だよ」

海斗「そんな……」

 

 死神からの余命宣告を通り越した死後報告に、下を向き始める魂。ようやく自分が置かれた状況を理解し、大層悲しんでいるのかと思いきや、

 

海斗「是非曲直庁という事は……『えーきっき』だ!」

 

 コレである。

 

小町「なんだいそれ? 四季様の事かい?」

海斗「そうだよ、生で見られるなんて超光栄! ヤバッ!」

小町「見た事なかったのかい? たまに人里に行ってるのに?」

 

 彼女のこの質問に彼、「自分が外来人である」と答えていいものなのかと悩み出す。その結果、

 

海斗「そうなんだけど、いっつもタイミングが合わなくてさ」

 

 面倒という理由で止めた。

 

小町「そうかい、でも覚悟しておいた方がいいよ。噂通りの説教好きだから」

海斗「ノープロブレム! 寧ろウェルカム! えーきっきの説教だけで飯食える!」

 

 閻魔様の説教の常連の心配を他所に、ドヤッとサムズアップで答えるお調子者。それが常連のツボに入った様で、

 

小町「あっはっはっは!」

 

 腹を抱えて大爆笑。

 

小町「本当に面白いね。そんな事をしたら四季様は大激怒するだろうけどね」

 

 死神にすっかり気に入られたお調子者。となれば、彼はこの期を逃さない。

 

海斗「で、こまっちゃんDo? 嫁にならない?」

 

 ここまでずっと答えをもらっていなかったがた故。何かしら答えるまで彼は……しつこい。

 

小町「あー、その事? 残念だけどお断り」

 

 タメ無しで軽やかに即答。それはあたかも「当たり前だろ?」と言わんばかりに。

 

海斗「な、なして……?」

小町「だって死んでるじゃないか。それに四季様の判決が下れば、地獄か霊界に行く事になるのに、嫁になれって……。くくくくッ」

 

 が、これはこれで気に入ったご様子。

 

海斗「俺は遠距離恋愛からでもいいぜ?」

小町「あっははは、今度はそうきたかい」

 

 諦めの悪い彼、だがそれでさえも「面白い」と笑い続ける死神だったが、笑い終えた途端にその表情が変わった。

 

小町「どんなに迫られても、私の答えは変わらないよ。例え海斗が生きていたとしてもね。私は理想とする相手のハードルが高いんだ。それも見た目じゃなくてね。確かに海斗の外見はいいと思うよ、それは認める。でもこういう仕事をしているとね、そんな物よりも、魂や心意気の方が大切だって思える様になるんだよ。外見は死ねば無くなるけど、魂の色と強さは死んでも変わらないからね」

 

 それはこれまで外見を売りにしてきた彼を真っ向から全否定するもの。そして彼にとっては新たな価値観でもあった。

 

海斗「うーむ、なるほどなるほど」

 

 腕を組んで顎を擦りながら頷き、感心の唸り声を上げるお調子者。その急変した態度に……

 

小町「四季様の影響かな? なんか説教っぽくなっちゃったね」

海斗「いや、貴重な意見だよ。で? こまっちゃんの御眼鏡に適う人は今いるの?」

小町「あっはっはっは、そこまで聞いてくるかい。そうだねぇー……人ではないけれど、いるかなー?」

 

 そう衝撃的事実を打ち明ける彼女の表情は、どこか幸せそうでもあり、照れ臭そうでもあった。そんな表情を目の当たりにすれば、誰もが気付く。

 

海斗「なにッ!? こまっちゃん彼氏いたの?!」

 

 彼、予期せぬ事態に目玉が飛び出る程までに目を丸くし、柄にも無く驚く。

 

小町「彼氏ねー……。うーん、どうなんだろうね」

海斗「え? 違うの?」

小町「さあね、これ以上は話せないね。それよりもここまでの金額を払いな」

海斗「なにそれ?」

小町「三途の川から彼岸までの渡し賃だよ。まさかとは思うけど、無一文かい?」

 

 彼、体中のポケットというポケットに手を入れて探してはみるものの、

 

海斗「そのまさか」

 

 そんな物は持ち合わせているはずがない。

 

小町「えー、参ったねこりゃ。仕方ないね、四季様にこの事を伝えておかないと。海斗、付いて来な」

 

 念願の最高裁判長に会えるとなり、上機嫌に鼻歌を歌いながら死神の後を付いていくお調子者。

 やがて彼の目にその目的地の建物が映し出された。是非曲直庁である。入り口には現世での役目を終えた者達が列を成し、案内人の指示で順に中へと入って行く。死神の彼女は入り口で案内をしている同僚に二言ばかりの挨拶と事情を説明すると、テンション上げ上げ状態の魂を引きつれ、奥で業務中の上司の下へと足を運んでいった。

 

 

--是非曲直庁内部--

 

 

??「ジャッジメントですの!」

 

 袖を引き決めポーズ。

 

??「罪状:器物破損、暴行、傷害、窃盗……」ブツブツ

 

 そこから呪文のように唱えられるその者が犯した罪の数々。そして、下される……

 

??「地獄ッ!」

 

 判定。と共に叩きつけるように力強く書面に押される判子。それは受理された証。もう(くつがえ)ることはない。

 

??「その者は地獄行きです。案内してください」

 

 そして閻魔の指示に動く2つの影。

 

??「来いッ!」

??「はぁ~い。地獄行きの方はこちらの舟に乗ってくださ~い」

 

 地獄への案内人である。

 

魂 「やめろ……離せぇッ! 地獄になんて行きたくない!」

映姫「見苦しい。生前自分がした事を考えれば当然の報いです! しっかりと反省してきなさい!」

魂 「い、いやだーーー!」

 

 叫び、必死に抵抗をする悪の魂。と、そこに……

 

 

コンコン

 

 

 ノック音。「まだ呼んでもいないのに誰だ?」と首を傾げる閻魔だったが、それが何者の仕業であるかは大方察しが付いていたようで……。

 

映姫「小町ですか?」

??「はい、今お時間いいですか?」

映姫「今じゃないとダメですか?」

??「できれば……」

映姫「では、少し騒がしくてもよければどうぞ」

 

 閻魔の了承と共に開かれる正面の扉。やがて姿を見せたのは予告通りの彼女部下と、

 

海斗「えーきっきーッ!!」

 

 その背後から全速力で彼女の下へと向かう無礼極まりない魂。で、

 

海斗「超会いたかった! 嫁にならない?」

 

 通常運転。

 

映姫「はぁーーーッ!? ぶぶぶ無礼です、無礼千万です! わわわ私を誰だと思って……」

海斗「四季映姫・ヤマザナドゥ。二つ名は地獄の最高裁判長。能力は『白黒はっきりつける程度の能力』。元はお地蔵様で……」

 

 ツラツラと語られるウンチクの数々。それは赤裸々になっていく彼女の個人情報。その中には彼女の部下でさえも知らぬ、プライベートなことさえも。彼女の顔はたちどころに真っ赤に染め上がった。

 

映姫「黙りなさいッ! それ以上話したら問答無用で地獄行きですよ!」

海斗「おっと、いけないいけない。ごめんごめん。つい嬉しくてやっちまったぜ」

映姫「嬉しい? 小町、この者は何なのですか? 説明希望です」

 

 突然現れたこの奇妙な魂に(しゃく)を向け、怪訝な表情を浮かべて部下に尋ねるも、その部下は彼女に背を向け、腹部を抑えてうずくまり、小刻みに肩を震わせていた。その姿に彼女、

 

映姫「小町ィ! 笑うなーッ! 」

 

 怒り爆発。

 

小町「へ? あ、すみません。何者かと聞かれると私も困るんですけど、どうやらつい最近死んだばかりのようでして、元気が有り余っているんですよ。私もさっき求婚されました」

映姫「はぁーーーッ!? あなた私の部下にまで手をッ!? 厚顔無恥(こうがんむち)(はなは)だしい!」

海斗「いや、こまっちゃんとえーきっきの大ファンなもんで」

 

 「大ファン」面と向かって初めて言われたこの言葉に閻魔、

 

映姫「そ、そうですか」

 

 悪い気もしていなかった。いや、寧ろ気分はアイドル。気分よくした閻魔だったが、

 

海斗「!」

 

 その彼女を他所にお調子者、また何かを発見していた。そしてこれまた己の欲望に素直に従い……

 

  『!?』

 

 いきなり超スピードで近付かれ、顔が引きつる地獄の案内人達。そう、彼は彼女達の事を知っていた。球体から上半身のみを出現させている者と、刀を腰に差した額に角のある者。

 

海斗「キクリとコンガラ!」

 

 まさかの出会いにヲタクのエンジンはフルスロットル。その所為で、

 

キク「あれ~? どこかでお会いしましたっけ~?」

 

【挿絵表示】

 

コン「それは無いだろう。出会った事がある魂は皆地獄。それきりだ。きっと私達の働きが地上でも噂になっているという事だろう」

キク「じゃあ私達有名人?」

コン「そういう事になるな」

キク「きゃ~、サイン求められたらどうしよ~。練習しとこ~」

コン「うんうん、私もたまには地上に足を運んで民に答えるとしよう」

 

 2名様勘違い。地上へ降り立った時の期待が膨らみ、その時の状況を妄想する中、事の発端となったヲタクは……、

 

海斗「やべー! 新旧夢のコラボじゃん! チキン肌半端ねぇー! あ、死んでるからそんなの無いか」

 

 興奮は止まらない。

 

映姫「小町……、再度質問です。結局アレは何?」

小町「実は、一文無しなのに急に舟に飛び乗って来たんです」

映姫「はいーッ!? ここに来てまで罪を重ねたのですか!? 前代未聞です!」

小町「あ、でも悪気はなかったみたいでして……」

映姫「まったく……。ではさっさと地獄行きにして中有(ちゅうう)の道で稼いでもらいましょう。仕事必須です」

小町「え? 無銭乗船だけで地獄行きですか?」

映姫「ああいう者は生前も、ろくでもない生き方をしていたに違いありません! 九分九厘間違いないです」

 

 彼女はそう言い切ると、ヲタクを呼び寄せ……

 

小町「ジャッジメントですの!」

 

【挿絵表示】

 

海斗「ブフォッ」

 

 これにはヲタク再び興奮。だが彼女は既に仕事モード、そんな事にはお構いなし。すぐさま判決へ。

 

小町「海斗、あなたの行き先は、地獄ッ!」

 

 ヲタクの判決は地獄行き。彼女は地獄と書かれた判子に手を伸ばし、書類へと全ストレスを叩きつけた。

 

 

ダンッ!

 

 

 部屋中に木霊する印を押す音。全てが完了した瞬間だった。やがて判は書類からゆっくりと剥がされ、そこに残るのは……

 

映姫「え?」

 

 何もなかった。書類は真っ白、驚きの白さを保っていた。何が起きたのか理解できない彼女、自身の目を疑うも「朱肉を付け忘れたのだろう」と判子に朱肉を付け始めた。それも念入りに。そして再び印を押すが、

 

映姫「え、えー!?」

 

 やはり何の後も残らず。

 

小町「どうかされました?」

映姫「印が押せない……」

キク「判子が壊れたんですか~?」

コン「試しにこの紙でやってみては?」

 

 地獄の案内人から手渡されたのは、何も書かれていないただの和紙。閻魔、そこに判を押してみる。そこにはくっきりと濃い色で【地獄】という文字が。問題は無いという証。

 ならばと再び彼の書類へと判を押す。

 

  『ん~?』

 

 一同、同時に首を傾げる。

 

小町「なんで?」

キク「不思議~」

コン「ただの判子と紙で出来た書類なのに」

 

 物珍しそうに書類と判子を交互に見つめる3人。

 

海斗「こまっちゃーん、どうかしたの?」

 

 だが一方で彼女だけは……。

 

映姫「これなら……」

 

 そう呟く彼女の手には、使った痕跡がほぼ無い新品同様の別の判子が。彼女はそれに惜しげもなく朱肉をベッタリと付けると、恐る恐る彼の書類へと判を下ろした――――

 

小町「この方向に真っ直ぐ行けば、例の場所だと思うよ」

海斗「サンキュー、こまっちゃんまたねー」

 

 笑顔で立ち去るお調子者を見送る死神。通常の業務時間は当に過ぎ、久しぶりの残業に愛用の鎌を両手で高々と持ち上げて大きく伸び。そこからくるりと回して肩へ担ぎ、目測開始。

 

小町「さってと、飲みに行こうかねぇ。でも、たまには一人じゃなくて……」

 

 そう呟いた彼女の鎌の先端は、地底の入り口へと向けられていた。

 

 

--その頃--

 

 

 一人部屋でボンヤリと天井を見つめ、騒ぎを起こした彼を思い起こしていた。

 

映姫「……一応、報告しておきますか」

 

 ポツリと呟き、部屋を出て行く彼女。彼女の席には手鏡と印の押された書類が一枚、無造作に置かれていた。その書類に押された印は……。

 

嫁捕獲作戦_五人目:四季映姫・ヤマザナドゥ【保留】




今年最後の投稿になります。
この時間帯は「笑ってはいけない」or「紅白」でしょうか?

皆様良いお年を。
そして来年もよろしくお願いします。


【次回:十年後:鬼の祭_前夜祭】


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十年後:鬼の祭_前夜祭

 夕食。

 

??「まだ帰らんのか?」

 

 いつも真っ先に現れ、私が作った飯を豪快に平らげる我が家の大食らいは今……

 

??「もう時間も時間です、先に食べましょう」

 

 いない。実家で暮らす様になってから守られて来た暗黙のルールが、初めて破られようとしている。冷たくなった飯。味噌汁だけはと先程から何度も温め直している。私達の問題でこれ以上父さんと母さんを待たせてしまうのは申し訳ない。

 

勇儀「私はもう少し待つよ。2人は先に食べてくれ」

 

 いつもは食事中にも構わずアイツの利き手の事で注意をする母さん。アイツはそれを耳障りな雑音程度にあしらい、母さんの火に油を注ぐ。そんな光景を楽しそうに笑いながら食を進める父さん。それが我が家の食卓だった。騒ぎの中心がいない今、そんなものは無い。耳に届くのは茶碗と箸がぶつかる音だけ。

 無言で冷めた食事を食べ進める2人。私の事を気にしてか、時折視線をこちらに向けて来る。2人にはまだ何があったのか話していないけど……。

 

棟梁「ご馳走様。勇儀、後で私の部屋へ来なさい」

 

 母さんはそう言い残すと、食べ終えた食器を洗い場まで持って行き、そのまま自室へと向かって行った。

 

親方「勇儀ちゃん、大鬼と何かあったのか?」

勇儀「……」

親方「まあ、無理に言わなくてもいいけどよ。もし協力が必要だったら、遠慮しないで言えよ?」

勇儀「ありがとう、そうさせてもらうよ。ところで飯は?」

親方「おかわりをくれ」

勇儀「はいはい」

 

 事情を知っているのかいないなか、いつもと変わらない呑気(のんき)な調子の父さん。でも、だからこそこんな時はすごく救われる。もしこれが全て計算されたものだとしたら母さんよりも、さとり嬢よりもやり手だろう。「流石は町のNo.2のポジションだっただけはある」と感心する。

 

親方「ごちそうさん。さて、一風呂入って戦利品で一杯やるかな」

 

 まあ、その可能性は低いけどな。

 

 

--鬼食器洗中--

 

 

 片引きの(ふすま)。この部屋へ足を運ぶのはいつぶりだろう? 屋敷の中でもここだけは、この部屋だけは禁断の部屋で開かずの間。

 

勇儀「勇儀です」

棟梁「お入りなさい」

 

 その襖を開け、いざ中へ。

 

棟梁「少し散らかっているけど」

 

 少し?

 

勇儀「うっわー……」

 

 そこは本棚から出された本が至る所に積み重ねられ、足の踏み場がギリギリの状態。私の記憶と大分違う様な気がする。整理整頓を口酸っぱく言っている母さんの部屋が、まさかこの有様だなんて……。人の事言えないだろ?

 

棟梁「今、『他人には整理整頓しろと言っているクセに』とか思ったでしょ?」

 

 ご名答。顔に出ていたらしい。

 

棟梁「いつもはこんなではありません。さとりさんへの教育が終わり、完全に身を引く事になったので、これを機に不要な本と書類をまとめているだけです」

 

 そういう事ね、納得。

 

棟梁「それで? 大鬼と喧嘩でもしたの?」

 

 いきなり本題へ。そしてこれまた見事にご名答。いや、喧嘩……で済む話ではない。思い出すだけでイライラして来る。でもそれだけじゃない。胸の内がズキズキと痛む。

 母さんの質問に答えず拳を握りしめて歯を食いしばり、それを隠す様に(うつむ)いていた。

 どれくらいの時間が経っただろう? 10分? 30分? 1時間? 時が止まったとも思える何の変化もない、重苦しい無音の時間が永遠と続いた。

 そこへ訪れる変化。ふわりと鼻を刺激する煙管の匂い。顔を上げると元町の長は

 

棟梁「ふー……。少し昔話をしましょうか」

 

 吹き上げた煙をぼんやりと眺め、私を(さと)すように語り出した。

 

棟梁「ある所に1人の若く、いつまでたっても能力が開花しない未熟な鬼がいました」

 

 いつもの説教とは違った話し方に、私は全神経を耳に集中していた。それはとても心地よく、そのまま眠りについてしまいそうな。もう記憶には無いが、私の体の細胞全てがこう告げていた。「懐かしい」と。

 

棟梁「やがてその者にも念願の能力が開花し……」

 

 その話は私の事、ここまで言われれば自ずと気付く。「そこからの話の展開は説教に似たものだろう」と身構えていた。

 

棟梁「その能力と家系から、組合の推薦で若くして町の長となりました。未熟者にも関わらず。それが故に、彼女は数多(あまた)の苦労を()いられました。自分の失態を悔やみ、迷惑をかけた者達に頭を下げ、寝る間を惜しんで勉学に努める日々が続きました。やがて月日は流れ、その者にも夫ができ、子供が生まれました。その時彼女は誓いました。自分の子供を誰からも認められ、しっかり者の鬼にしようと。苦労をかけないように、早いうちから教育をしっかりとしようと。そして、ゆくゆくは自分の後を次いでもらおうと」

 

 初めて聞かされた母さんの胸の内に、私は無言で驚く事しか出来なかった。

 

棟梁「一般常識や礼儀作法を始め、話術、料理。どれもあなたの事を思って、事ある毎に注意しながら教えていましたが、どうやらそれが良くなかったみたいですね。結局それが原因で家を飛び出したのですから」

勇儀「母さん……」

棟梁「あの日の事は今でも覚えていますよ。あの時程『やり直したい』と、これまでの自分の行いに悔いた事はありませんから。もっとあなたの事……その性格、意思や考えを汲み取るべきでした」

 

 私もその日の事をよく覚えている。父さんが仲裁に入る中、私と母さんの口論は激化。そして、私は母さんから……「嫌なら出ていけ」と。

 

棟梁「家族とは言え、親子とは言え、勘違いや思い込みからすれ違う事はあります」

 

 やっぱりかなわないな。

 

棟梁「大鬼と冷静になって話しをなさい。本当の想いを理解してあげなさい」

 

 そこまで見抜かれているだなんて。

 

勇儀「はい、今からアイツの事を探しに……」

棟梁「ふふ、そうですね。でも少しくらい外泊させても良いと思いますよ? その方がお互い熱も冷めるでしょう」

 

 

--その頃--

 

 

ガツガツガツガツ

 

 

 茶碗にそびえ立つ山を片手に、鍋を食べ進めていく大食らい。己の分をあっという間に食べ終え、

 

大鬼「ご馳走様でした!」

 

 合掌。食後の挨拶。だがそのタイミングで「グー……」と申し訳なさそうに鳴る欲望の音。それは「近頃耳が遠くなってきた」とボヤく、家主にもしっかりと届いていた。

 

??「カッカッカ、噂通りの大食漢じゃな。でもすまんのー、これしか出せる物が無くて」

 

 食べっぷりの良い少年に嬉しそうに答えるご老体。ここは地底世界唯一の診療所。少年が大変お世話になった場所である。

 

大鬼「我慢するから平気」

 

 ムスッとした表情で答える少年。食事を提供してもらっているにも関わらず、無礼な態度と言葉ではあるが、

 

医者「カッカッカ、そうかそうか。我慢してくれるか。ありがたや、ありがたや」

 

 それさえも笑いながら受け止める器の大きな町の最年長。

 

医者「それで? いきなり『泊めてくれ』と言うておったが、何があったんじゃ?」

大鬼「……」

 

 まだ事情を知らないご老体。尋ねてみるも、少年は黙って下を向いたまま。するとご老体、ならばと

 

医者「訳ありか? 喧嘩かの? 相手は和鬼か?」

 

 2択の質問を連打。その間も少年は無言を貫き通すが、尋ねられる度に心拍数は上昇。Noの答えの時に一旦は落ち着くが、

 

医者「勇儀か? 小遣い関係か? 頼み事か?」

 

 そこから一気に範囲を狭めていく。

 

医者「当たらずといえども遠からずといった様子じゃの。はて、そうなると……」

 

 やがてご老体の質問は、

 

医者「食い違いか?」

 

 その本質を(かす)り始めた。この問いに少年の心臓はこれまでで一番早く、力強く脈打つ。それは()()いる者からすれば明らかな変化。「動揺している」とすぐに結論付けられた。

 だがそこまで。それ以上の事が予想できず、

 

医者「何をじゃ? そろそろ話してくれんかの? ん?」

 

 柔らかな口調で尋ねるも、片眉を上げながら、(うつむ)く少年の顔を覗きこむ様にして追い込む。

 これまで無言を貫いていた少年だったが、観念したのか膝の上で拳を握りしめると、ぶつぶつと呟く様に事情を……

 

医者「はぁー? 大鬼もうちっとでかい声で話してくれんかの?」

大鬼「だーかーらッ!」

 

 

--少年説明中--

 

 

 少年から事情を聞かされたご老体。彼は少年がここに来る事になった原因だけでなく、その本質全てを知った。そして腕を組んで、「うーむ……」と頷きながら長考。その結果は……

 

医者「勇儀も勇儀じゃが、大鬼も大鬼じゃな」

 

 判断出来ずの喧嘩両成敗。

 

医者「それで勇儀に言われたまま家出して来たと?」

大鬼「そういう事」

医者「しかし何でここなんじゃ? 和鬼の所もあったろうに」

大鬼「和鬼、鬼助、ヤマメ、ミツメの所はすぐにバレそうだし、師匠の所は追い払われそうだし、パルパルの所はすぐ妬まれそうだし、キスメの所は行った事無いけどヤバそうだし……」

医者「カッカッカ、そうかそうか。まあワシはずっといてもらってもいいぞ。飯は少ないがな」

大鬼「ホント!?」

医者「じゃが勇儀達に問われたら隠さずに話す事になるぞ? 鬼じゃからの」

 

 医者から出された条件、それは「実質、少年の保護者が医者に出会うまでがタイムリミットである」という事。少年はこの条件に「仕方ない」と思いながらも渋々了承し、人生初の家出を決行したこの日が終わろうとしていた。

 

医者「部屋はここでいいかの? 空いている部屋が無いんでな」

 

 ご老体の案内で寝床へと移動して来た少年。だがそこは……

 

大鬼「あのさ……別にいいんだけどさ、ここ患者を寝かせる部屋だよね?」

 

 寝室と呼ぶにはほど遠い、診察室に併設(へいせつ)されたいわゆる入院部屋。まさかの展開に少年、顔が引きつる。

 

医者「カッカッカ、そうじゃ。懐かしいじゃろ?」

大鬼「へ? 自分ここ使った事無いけど? ミツメの時も、不味い薬を飲まされていた時も、そっちの部屋だったでしょ?」

 

 微笑みながら尋ねるご老体だったが、少年はキョトンとした顔で隣の診察室を指差し「勘違いでは?」と、彼の記憶を疑っていた。

 

医者「なんじゃ? 覚えておらんのか?」

大鬼「何かあったの?」

医者「お前さんが不味い薬を飲む事になった時じゃぞ?」

大鬼「覚えてない」

医者「そうか……、確かにお前さんはあんな状態じゃったからのー……」

 

 天井を見上げて遠い視線で語り出すご老体。そして少年に視線を戻すと、

 

医者「あの時の小僧が今やこんなになりおったか……」

 

 流れる月日の早さをしみじみと感じながら、ポツリと呟いた。

 

大鬼「え?」

医者「これはお前さん自身で思い出した方がええじゃろう。勇儀は勘違いに気付く事、大鬼は思い出す事。それが仲直り出来る一番の近道じゃろうな。しかも幸いにもこの部屋じゃ。今は記憶からは消えかけているやも知れんが、ここにおったら思い出すかもの」

 

 そう言い残して部屋から出て行くご老体を、少年は不思議そうに首を傾げながら見送っていた。

 いつもと違う布団。いつもと違う部屋。薬品の臭いが充満する部屋。その部屋で1人布団に入り、ボンヤリと見慣れない天井を見つめる少年。いつも大きなイビキをかき、夜な夜なその寝相の悪さで、少年を蹴飛ばす隣の厄介者はいない。珍しく安らかに眠られる一時。だが胸の内は、興奮とは違うざわつきを覚えていた。

 なかなか寝付けず何度も寝返りを繰り返す少年がったが、それでもやがて瞳を閉じて夢の中へ。その夢の中では……

 

??「大鬼――れ! 負け――ない!」

 

 ()りガラス越しの影が時折投影されていた。

 

医者「ようやく寝たか、寝顔はまだ面影があるのー。まさかあの2人がの……いやはや。これはいよいよヤツの力が必要かもしれないの」

 

 少年の寝顔を(わず)かに開けた(ふすま)隙間(すきま)から見つめるご老体。歳を重ねる度に増えていく独り言を(つぶや)くと、頭上を見上げて

 

医者「早く帰って来い、みんな待っておるぞ」

 

 その者へ届かぬメッセージを送った。

 




【次回:十年後:鬼の祭_壱】


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十年後:鬼の祭_壱 ※挿絵有

 もう3日が経った。仕事をしながらも、暇を見つけては何遍も何遍も町中を探し回った。親友の親父さんは「稽古にも来てない」と。お母ちゃんさんの所かと行ってはみたが……

 

??「勇儀さん、大鬼のヤツまだ戻らないんですか?」

 

 いつになく心配そうな表情を見せて尋ねて来る和鬼。大鬼が居なくなったと知った時は、目を丸くして驚いていた。「思い当たる所を探してみる」と言うから探しに行ってもらったが、そこにも……と。

 

??「本当にアイツいったい何処に行ったんでしょうね?」

??「みんなから心配されて妬ましい……」

??「フッフッフッ……、お騒がせボーイめ」

 

 鬼助とヤツとキスメ、そして……

 

??「大鬼君……」

 

 あの時現場にいたヤマメ。皆に探してもらってはいるが……。

 そんな時なのに、こんな気分なのに、来るべき日は来てしまう。地底世界が一番騒がしくなるこの時期が。既に町は活気付き、熱気を帯びている。

 

??「もう皆さんお集まりですね。今年もよろしくお願いします」

??「こんにちはですニャ」

勇儀「さとり嬢にお燐。それと……」

??「お空だよー、みんな久しぶり」

 

 地霊殿の面々。もう馴染みのある顔触れ。でも……

 

??「ゾンビー」

 

 両手を前に出して「お化けだぞ」とでも言わんばかりのポーズで、フラフラと目前まで来るコレは何だ? ハエか? ハエの妖怪なのか?

 

【挿絵表示】

 

 

勇儀「さとり嬢、また新しいペットを飼い始めたのか?」

お燐「アタイの友達ニャ。妖精のゾンビフェアリーですニャ」

 

 妖精だったのか、こりゃ失敬。……さとり嬢、クスクス笑うな。今読んでいただろ?

 

勇儀「そうかい。よろしくな」

 

 地霊殿の小さな新メンバーと軽く挨拶がてらの握手を交わすと、それはフラフラとお燐の下へ。そして一言二言言葉を交わした後、何処かへと飛んで行ってしまった。

 

勇儀「アレ何しに行ったんだ?」

お燐「文通友達の出店に行きましたニャ。そうそう、棟梁様に毎回手紙を読んで頂いているみたいで、ありがとうございますニャ。私でも読め(ニャ)い文字(ニャ)ので助かっていますニャ」

勇儀「そうだったのかい。でも気にしなくていいぞ。最近暇しているみたいだし」

 

 部屋の整理をするくらいだからな。きっと時間を持て余しているのだろう……だったら夕食くらい作ってくれてもいいのに。

 

さと「ところで勇儀さん、ボケ……大鬼君は……」

勇儀「……」

さと「そうですか……」

 

 黙っていても状況を悟ってくれてこういう時はありがたい。きっと彼女には全て筒抜けになっているのだろう。こうなってしまったその時の状況も、私が取り消したいと思う言葉も。

 

お燐「だ、大丈夫ですニャ! 大鬼君もお祭りが大好きニャ。きっと来るはずニャ!」

鬼助「そっ、そうですよ! だから見回りをしていれば何処かで見つかりますよ」

さと「私も情報提供を呼びかけてみます」

??「私も探すよ♪」

 

 声はするが、姿が見えない。いや、見られないが確かにこの場にはいるのだろう。

 

勇儀「こいし嬢、ありがとう」

 

 こんなにも多くの者がアイツを心配している。このままでいけないのは分かっている。もう一度会って話し合いをするために……

 

勇儀「それぞれ役割があって大変かもしれないけど、アイツを……大鬼の事を探してくれ。頼む!」

 

 頼れる仲間達全員に頭を下げて協力を願う。

 

鬼助「分かりました! 太鼓叩きながら上から探します!」

お燐「全力で探すニャ!」

こい「まっかせて♪」

さと「絶対見つけてみせます。見つけ次第……」

和鬼「引きずってでも連れてく」

ヤマ「捕獲する」

パル「妬む」

キス「狩る」

 

 大鬼、後の二人には見つかってくれるなよ。でもこれで十人が一致団結して……

 

お空「うにゅ? 何を探すの?」

  『えー……』

 

 前言撤回、一名戦力外だ。

 

お空「卵探すの? それなら……」

お燐「お空、あとでちゃんと教えてあげるから、ちょっと黙ってるニャ」

 

 ため息を吐き、がっくりと肩を落とすお燐。マイペースな友人を持つと色々と苦労するからな。気持ちは分かる。

 

さと「で、ではお祭りを今年も頑張りましょう」

  『おーっ』

??「カッカッカ」

 

 声を揃えて拳を頭上へ上げ、それぞれが持ち場へ移動を開始したその時だった。余裕のある高笑いが聞こえて来たのは。振り向くとそこには診療所の爺さんが、和やかな表情でそこにいた。

 

さと「こんにちは、いらしてたんですね」

医者「すまんの、ちぃとばかし遅れたかの?」

さと「いえいえ、時間ピッタリですよ。棟梁様、親方様は既にいらしておりますので、どうぞこちらへ」

医者「そうかいそうかい、ありがとうよ」

 

 さとり嬢と簡単な挨拶を交わし、町の組合が集まる場所へと案内される最長老を私達は黙って見つめていた。何気なく、ボンヤリと。それは他人事で、私達が関与する場面じゃないと、皆がそう判断していたから。だが、1人だけ空気を読めない者が……

 

お空「お爺さん知ってる?」

 

 突拍子もなく放たれる難解な質問。答えは当然、

 

医者「何をじゃ?」

 

 だろう。

 

お空「みんなが探してる……お燐、何だっけ?」

お燐「大鬼君ニャ……」

 

 顔色を髪の毛の色と同じにして、小声で答えるお燐。恥ずかしさから「もうやめてくれ」とその表情を両手で(おお)い始めた。ひたすら自分のペースを貫く地獄鴉に、私達は苦笑いを浮かべていた。

 

お空「大鬼君! お爺さん何処に行ったか知らない?」

 

 でも誰が予想できただろう。

 

医者「知っておるよ」

  『えーーーーーーーッ!?』

 

 この返事が来るだなんて。

 

勇儀「ど、何処にいるんだい!?」

医者「朝起きて飯を喰い終わったらそそくさと出て行きおったからのー。出店を回ると言っておったから、ここにおるんじゃないか?」

ヤマ「ちょちょちょちょっと待って、おじいちゃん朝も大鬼君と一緒だったの?」

医者「そうじゃよ」

和鬼「もしかしてずっといた?」

医者「おー、察しがいいの。おったおった」

こい「なーんだ♪」

さと「これは灯台下暗し……なのでしょうか?」

お燐「誰も予想でき(ニャ)かったニャ」

医者「カッカッカ、大鬼のヤツはそこまで考えておったらしいぞ?」

パル「全く、そういうところは機転が利くんだから……妬ましい」

キス「フッフッフッ……、我が家に来たらコレクションを見せてやったのに」

 

 完全に盲点だった。アイツが行くとすれば、気心の知れた仲の所だとばかり……いや、爺さんには随分と世話になっている。アイツにとってはこの中の誰よりも、身近な存在だったのかも知れない。

 

勇儀「爺さんすまない。世話になって」

医者「あー、ええよええよ」

鬼助「でもこれで大鬼のヤツは祭りに来ている事は確定ですね」

こい「じゃあ私は先に探しに行ってるね♪」

さと「お願いね」

お燐「アタイも行きますニャ。お空行くニャ」

お空「え? ゆで卵……」

さと「戻ったら買いに行っていいから……」

勇儀「すまない、よろしく頼む」

 

 鬼助の言う通りだ。アイツが出店を回っているのならいずれは……ん? ちょっと待て。

 

勇儀「アイツ金も無いのにどうやって出店で買い物する気だ?」

医者「ワシが金を貸してやったよ」

  『え?』

パル「それまずくない? だって勇儀……」

ヤマ「金銭の貸し借りは御法度のはず……」

キス「フッフッフッ……、勇儀アウトー」

 

 不敵な笑みを浮かべ、サムズアップを突き付けてくる桶姫。冗談じゃない。私が歩みを進める度に、ジャラリジャラリと音を立てるあの日の決意。その決意に反すれば……。

 恐る恐る視線を手首へ。だがそれは今、いつもの様に静かに眠ったまま。

 

医者「カッカッカ、心配するでない。ワシが貸したのは、あくまで大鬼にじゃ。それはもちろん返してもらうのも大鬼からという事じゃ。勇儀には干渉せんから安心せい」

 

 再び楽しそうに笑い出す爺さん。こちらは一斉に安堵のため息。全く、はらはらさせてくれるなよな。生きた心地がしなかったぞ。

 

医者「ところで勇儀、お主はもう気付けたのか?」

勇儀「え?」

医者「お主ら2人がこうなってしまったその本質に」

ヤマ「……」

 

 爺さんの言葉と共に無言でじっと強い視線を向けて来るヤマメ。彼女に言われて何度も自問自答を繰り返し、記憶を辿(たど)った。その結果……

 

??「やっほー、みんな一年ぶり。元気にしてた?」

 

 と、そこに聞き覚えのある歯切れの良い声。少し遅れてようやくのお出まし。

 

  『ヘカーティア様』

 

 私達の女神。彼女の登場に一同(ひざまず)いてこうべを垂れ、

 

  『ようこそおいで下さいました』

 

 最上級の敬意を。

 

ヘカ「もー、そういうのやめてって毎年言ってるじゃん。ほらほら、みんなスタンドアップ」

さと「お待ちしておりました。既に準備は出来ております。こちらへどうぞ」

ヘカ「さとりん相変わらず固いなー。もっと楽にしてよ」

医者「ではワシも行こうかの」

ヘカ「お爺さんまだ歩けるの? 相変わらず元気だね」

医者「カッカッカ、時間の問題ですじゃ」

 

 気取らず飾らず、偉そうにもせず、一人一人に声を掛ける女神様。それは友人との会話を楽しむ様にリラックスした笑顔で。こんな方が女神様だなんて……(まつ)る私達は誇らしい。

 一通り場に残ったメンバーとの挨拶を終えたところで、

 

和鬼「今年こそは何処にも行かないで下さいよ」

 

 恐れ多くもその女神様に釘を刺す者が。けど、よく言った。

 

ヘカ「はいはい。ん? 去年よりガタイ良くなってない?」

和鬼「ありがとうございます。特訓をハードにしたので」

ヘカ「じゃあ私も負けちゃうかなー?」

和鬼「何を(おっしゃ)いますか。足下にも及びませんよ」

ヘカ「へー、あんなのだったのに……言うようになったね」

 

 女神様の冗談に爽やかな笑顔で答え、その内容も申し分ない。対応としては百点満点だ。女神様も和鬼の成長をしみじみと感じたのだろう。にっこりと微笑み、呟く様に大人に近づく少年へ言葉を送った。でもその笑顔はどこか寂し気でもあった。とここで女神様、

 

ヘカ「そう言えばもう一人……大鬼君の姿が見えないけど?」

 

 その事に気付いた。その途端和やかな雰囲気は一変。皆(うつむ)き、再びどんよりとした雰囲気へ。

 

ヘカ「何かあったの?」

勇儀「実は大鬼と喧嘩を……。それで……」

ヘカ「あー、待った待った」

 

 尋ねて来たのに事情を少し話したところで、まるで「それは管轄(かんかつ)外」とでも言うかの様に、突然静止を呼び掛ける女神様。そして

 

ヘカ「やっぱりそういうのはプロに相談して」

 

 「専門家に頼れ」と言葉を残し、

 

勇儀「プロ?」

ヘカ「丁度いいや、紹介するね」

 

 輪の外でその時を待っていた者を手招きして呼び寄せた。

 




【次回:十年後:鬼の祭_壱(裏)】

ゾンビフェアリー(カラー)

【挿絵表示】


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十年後:鬼の祭_壱(裏)

??「う〜ん……」

 

 光が(まぶた)をノックし続ける。それは勧誘に来た新聞記者くらいにしつこい。渋々少し隙間を開けて様子を伺う。

 

??「ヤバッ!」

 

 慌てて跳ね起きて身形(みなり)を整える。少し乱れた髪を手櫛で解きながら台所へ。目(あか)が残る顔を洗い「はぁっ」と息を吐く。鼻の奥まで届くこの香り、

 

??「酒臭い……」

 

 昨夜の宴会の所為。

 

??「何かで誤魔化さないと」

 

 辺りを見回して目に付いたのは、冷えきった出がらしのお茶。半ばヤケクソで口に含み口を(ゆす)ぐ。再び息を吐いて確認。少しはマシになったと信じ込む。今すぐにでも出発したいところだが、履物は向こう側。縁側の方、そこに辿り着くには……

 

??「冷静に見ると(ひど)いありさま」

 

 行く手を阻む難所の数々。無造作に置かれた皿、食べ残しがチラホラと目立つ。そこら彼処(かしこ)に散らばる一升瓶、中身は全て空。見事。

 そして不用心に床で寝そべる花も恥じらう乙女達、中には恥じらいもなく股を開き、大の字で眠る者も。お陰で足の踏み場もない。誤って踏んづけたり、大きな音を出したりして起こそうものなら、寝起きの悪い紅白に夢想封印されかねない。最新の注意を払ってそっと、そーっと……。

 

 

グニッ

 

 

 足裏に柔らかな感触。あれだけ「気を付けないと」と思った矢先に……。どうか大きな声だけは……

 

??「いったーーーッ!」

 

 とはいかない。無理もない、バランスを崩して踏み止まろうとしたのだから。体にかかる力は全てその一点に集約され……つまり、思いっきり踏みつけた。でも彼女にも原因はある。ふわふわもふもふとした毛並みのいい尻尾が、無用心に放置されていたのだから。しかも九つも。

 九分の一の尾を踏まれた彼女は跳ね起き、その拍子に勢い余って側の卓袱台を蹴り上げていた。

 回転しながら優雅に空中を舞う卓袱台、上にあった皿やコップは楽しげに空中遊泳を楽しみ、

 

 

ゴッ! ガーン! バリンッ! ガシャーンッ!

 

 

 着地。

 

??「ホラッ!?」

??「シャシャシャシャンハイ!?」

??「つつぅ……、誰だze★? 魔理沙ちゃんの眠りを邪魔するのは」

??「ふぁ〜、大きな音がしたけど一体何事?」

??「レミィ、動かない方がいいわよ」

??「気を付けて下さい、食器か割れたみたいです」

??「あやややや、天子さんが卓袱台の下敷きに!」

??「そそそ総領娘様ッ!?」

天子「う〜ん、もっと〜♡」

??「怪我された方は応急処置をするので言って下さい」

??「兎さ〜ん、妖夢ちゃんが卓袱台にオデコを打ったみたいなの」

妖夢「うー……、幽々子様すみません、ありがとうございます」

 

 続々と目を覚ます宴の参加者達、でもここまではいい方。これだけ周りが騒がしくなれば、

 

??「あ゛ーもうッ!」

??「うっるさいわねぇ、私を無理矢理起こした代償は高く付くわよ?」

 

 誰だって目が覚める。危惧していた二人、しかもいつにも増して機嫌が悪い。(そろ)って暴れられでもしたら、誰も止める事は出来ない。

 

??「ん〜……。藍しゃまー、大きな声を()(しゃ)ない()()(しゃ)いよ~」

??「ら〜ん? 覚悟は出来ているのでしょうね?」

藍 「ちちち違うんです紫様、聞いて下さい! 突然自慢の尻尾に激痛か走ったんです! きっと誰かに踏まれたんですよ!」

紫 「誰かって誰よ?」

藍 「そっ、それは……」

 

 集まる視線はチクチクと汗腺を刺激し、嫌な汗を滝の様に流させる。もうこの場にいる全ての者が悟っただろう。

 

??「いやははは、ごめんごめん」

  『スーイーカァッ!!』

萃香「わっ、わざとじゃないんだよ。急いで支度していたら倒れそうになって、足を出したら踏んづけちゃったんだよ……って悠長に話している場合じゃなかった! 霊夢、今何時だかわかる?!」

霊夢「さぁ、昼前くらいじゃないの? そんなに慌ててどこか行くの?」

萃香「里帰り! 今日からお祭りが始まって私も当番なの」

文 「あややや、そう言えば今日からでしたね」

魔理「死神も昨日そんな事言っていたような気がするze☆」

萃香「そうだ小町……っていないし。先に行くなら起こしてくれてもいいじゃない! 紫、悪いんだけど入り口まで送って」

紫 「イヤよ、私はまだ眠いの。おやすみ」

萃香「えー……、じゃあ魔理……」

魔理「魔理沙ちゃんも二度寝するze☆」

萃香「なら仕方ない、あ……」

文 「おっともうこんな時間、急いで編集に行かないと。お先に失礼しまー……☆」

 

 揃いも揃って移動時間に自信のある者達は非協力的。もう自分の力で行くしかない。ため息を一つ吐いて気持ちを入れ替え、割れた食器の破片を踏まぬように爪先立ちで縁側を目指す。

 危険地帯は抜けた。そこから先は全速力で……

 

??「きゃッ」

萃香「うわっと。ちょっと、ちゃんと前見てよね!」

??「ごごごごめンナs……ィ」

 

 相変わらず聞き取り辛い。宴会にはよく現れるのに、特定の人物としか話そうとしない。酒の席でそんなのは流儀に反する。気を使ってこちらから話そうと思って接近すれば、直ぐに霊夢や魔理沙の陰に隠れてしまう。タイミングよく近付けても、自前の人形を抱きしめて縮こまり、視線を合わせようとしない。おまけに質問をすると、この様にゴニョゴニョと。これだけはハッキリしている。

 

萃香「そこ退いて、邪魔なの」

 

 私は彼女が苦手だ。

 

 

--萃香が去った宴会場では--

 

 

 荒れ放題の宴会場は4名+2体の従者により、すっかり前日の姿を取り戻していた。

 

??「お嬢様、後片付けが終わりました」

レミ「ご苦労様、咲夜も少し休んでいいわよ」

咲夜「ありがとうございます。では、お言葉に甘えさせてもらいます」

 

 主人に一礼をして整えられた卓袱台へ、うつ伏せになって二度目の仮眠。屋敷に戻れば通常業務が待っている。束の間の休息とは言え無駄には出来ない。

 

パチュ「お疲れね」

レミ「夜明け前までお祭り騒ぎ、無理もないわ」

パチュ「お祭りと言えば……」

レミ「今日からみたいね地底のお祭り、どんな雰囲気か興味あるわね。日光を気にしなくて済むから、思いっきり羽を伸ばせそう。パチェもそう思わない?」

パチュ「そうでもないわ。地底と言え、祭りとなれば人混み。疲れるだけよ」

 

 一方もう一人の従者は、

 

妖夢「幽々子様、片付け終わりました。時間も時間ですし、もう帰られますか?」

幽々「その前に何か食べて帰らない? お昼近いし朝ご飯も食べてないし」

妖夢「昨日あんなに食べられたのにですか? 私はまだお腹空いていませんよ」

幽々「なら人里で食べて帰るから、妖夢ちゃんは先に帰っていていいわよ」

妖夢「そうはいきません。幽々子様を一人でお食事に行かせると、とんでもない金額になるのでついて行きます」

 

 食べる事に関して歯止めの効かない主人の監視役をしていた。

 

紫 「立場ないわね」

幽々「そう?」

紫 「もっと主人らしくなさいよ。上下関係があやふやじゃないの」

幽々「いいの、妖夢ちゃんはしっかり者だから信用しているの。ねー?」

妖夢「幽々子様……わわわ私、外で鍛錬してきます」

 

 頬を染めて愛用の二本の刀を手に駆け出す彼女。こんな時でも鍛錬は怠らない。そんな従者をマイペースな主人は、

 

幽々「けどちょっと真面目過ぎるのよねぇ」

 

 眉をひそめて見送っていた。

 

紫 「柔軟性に欠けるなんて、従者として致命的よ。その点私の従者は……」

 

 堂々と誇らしげにを語り出す賢者。その視線の先の彼女達は、

 

橙 「藍しゃまー、もう片()ける物はありましぇんかー?」

藍 「ちぇえええええええええん! 自分から進んでお手伝いなんて偉いよ、成長したね。私も鼻が高いよ」

橙 「う〜、藍しゃま。く、苦しい()す……」

 

 相変わらずの平常運転。いや、感極まってやや飛ばし気味。腕の中の部下に底知れぬ愛情を注ぎ込む最強の式神。

 そこへ「注目しろ」と手を叩く家主、それぞれの会話を中断しそちらへ視線を移す一同。

 

霊夢「それじゃあ、残ったメンバーには復旧作業に手伝ってもらう事にしたから。よろしくね」

魔理「はーッ!? 何で魔理沙ちゃん達も手伝わなきゃならないんだze★」

霊夢「萃香が出かけちゃうんだもん、仕方がないじゃない。それにいつも宴会の場を提供してあげているんだから、手伝うのは当然だと思うけど?」

紫 「あの小娘に責任もってやらせなさいよ」

霊夢「そうしたいのは山々なんだけど全ッ然無能! すぐサボる上に喝を入れたら頬を赤らめて『もっと♡』って催促するんだから」

幽々「押してダメなら引いてみたら?」

霊夢「そんな事をしたらまたサボって堂々巡りよ」

鈴仙「あのー……、私は日課があるので帰ってもいいですか?」

霊夢「そうね、あんたは仕方がないわね」

レミ「私達も帰らせてもらうわ。代わりに美鈴を貸すから好きに使ってちょうだい」

霊夢「そういう事ならいいわよ。それにあんたより役に立ちそうだし」

 

 ここぞとばかりに理由を付けて面倒事から逃げて行く者達。言うなら今すぐ、許されるのは精々後一名。()()()()()事に特化した者は

 

??「なら私もこれで」

 

 チャンスを逃さない。何食わぬ顔で言い切り、

 

霊夢「はいはい」

 

 誰からも突っ込まれる事無く、帰宅を許された者達と共にその場から撤退した。

 

霊夢「で? 最終的に残ったのはやっぱりあんた達3人ってわけね」

妖夢「あれ? 幽々子様?」

霊夢「あんたの主人なら真っ先に紫達とスキマに隠れたわよ」

妖夢「そんなー、幽々子様酷いです」

魔理「なあ霊夢、魔理沙ちゃんも今日は……」

霊夢「どうせ暇なんでしょ? さっ、お喋りはもうおしまい。二人共さっさと働いて! それと……」

 

 貧乏くじを引いた2人に指示を送り、ポツリと呟く紅白巫女。彼女が向けた視線は部屋の隅、そこには膝を抱えて小さく(うずくま)る一人の少女の姿が。

 

霊夢「アリス! いつまでそんな所にいるのよ、しっかり見えているんだからね」

アリ「……」

妖夢「どこか具合でも……」

魔理「あー、大丈夫だから。ここは魔理沙ちゃんと霊夢に任せて、先に行ってくれだze☆」

 

 少女を気にかける庭師の背中を押し、仕事をするように(うなが)す白黒魔法使い。庭師が立ち去った事を確認すると、博霊の巫女は先程よりも優しい口調で話し出した。

 

霊夢「妖夢なら行ったわ、もう私達しかいないから顔を上げなさいよ」

アリ「……」

 

 だが返事が無かった。それどころか、少女は小刻みに肩を震わせ始めた。

 

魔理「泣いてるのか?」

アリ「……」

霊夢「たぶん萃香ね、あんなの気にするだけ損よ」

魔理「そうだze☆ あんなのは無視だ無視! それに神社を直すのにはアリスの力が必要なんだze☆?」

アリ「……ホント?」

霊夢「そ、そうよ。人形使いの力、頼りにしているんだから」

魔理「だからアリスも一緒に行こうze☆ 上海と蓬莱も手伝ってくれるよな?」

上海「シャンハーイ」

蓬莱「ホーラーイ」

 

 笑顔で答える2体の半自立式人形。それは主人を(なぐさ)め、誘っている様でもあった。小さく震えていた少女は、

 

アリ「うん」

 

 目尻に光るものを残しながらも、明るい表情を取り戻していた。

 天人くずれの退屈しのぎで破壊された博霊神社。その異変解決後、神社は小さな鬼によって中途半端に修繕されたが、人見知りの少女の大活躍により、その姿を瞬く間に取り戻した。

 そして後にこの出来事は、幻想郷の外の世界へ次の名で伝えられる事になる。「東方()(そう)(てん)」と。

 

 




【次回:十年後:鬼の祭_弐】


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十年後:鬼の祭_弐 ※挿絵有

勇儀「……」

 

 気不味い。女神様に「絶対いいアドバイスをもらえるから」とお墨付きをもらって町を案内する事になったのはいいが……。

 

勇儀「……」

??「……」

 

 この空気をどうしたものか。初対面でいきなり相談なんてどう考えても変だ。何か雑談をして、お互いの事をよく知り合ってからだろう。じゃあそうなるまで何を話せばいい? 趣味とか好物とかか? 見合いじゃあるまいし……。

 その前にそもそもコイツは何者なんだ? ヘカーティア様の親友らしいが……。ヘカーティア様もヘカーティア様だ。親友を私に預けて行くか普通? ……立場上仕方ないか。

 

??「出店が多くて面白いわね」

勇儀「えっ、ええ。そこが売りでございますので」

 

 どの立場で接していいのやら……。ヘカーティア様のご友人なのだから、失礼の無いようにはしたいが……こういうの苦手なんだよなぁ。

 

??「そんなに固くならないで。ヘカーティアじゃないんだし、もっと気楽に話して」

 

 これはありがたい。ならばそのお言葉に甘えさせてもらおう。

 

勇儀「では……何処か寄りたい店があったら言っておくれよ?」

??「そうねー、それじゃあ……」

 

 立てた人差し指を(あご)へ当て、視線を上へ向けて考え始めるヘカーティア様のご友人。初めて目にするヒラヒラとした黒い服。その所為もあってか、黄金色の髪の毛が強調され輝いて見える。

 

【挿絵表示】

 

 なるほど、そういう見せ方もあるのか。私と同系統の髪の色。もし私があの格好をしたら…………おえッ、気持ち悪い! 似合わん!!

 

??「知り合いの……クラウンピースの店に案内してもらえるかしら? それと私の事は純狐(じゅんこ)でいいから」

勇儀「アイツとも友達だったのかい。いいよ、ついてきな」

 

 

--女鬼移動中--

 

 

 ヘカーティア様のご友人、純狐の要望通り地獄の妖精の出店へ。目がチカチカする程のカラフル且つド派手な色で装飾され、毎年違う内容で出店してくる。しかもそれは決まってこの地底世界では馴染みのない物。最初は『ポップコーン』って名前の菓子だった。私はイマイチだったが、そこそこ人気があったらしい。去年は『フランクフルト』とかいう肉の腸詰めを焼いた物で、これがえらく町民達に気に入られていた。

 そして今年が……とその前に。

 

勇儀「いったい何があった?」

 

 この状況……

 

純狐「すっごい賑わっているわね」

 

 ただただ苦笑いを浮かべるしかない。周囲の店との調和を一切感じさせない色で飾られた店は、客達に取り囲む様に群がられていた。我先にと押し合い()し合い注文をしていく。そしてその店の中では、

 

??「Next come on!」

 

 あせくせ働く店主と、

 

??「ゾンビー」

 

 さっき挨拶交わしたばかりの地底世界の妖精がてんやわんや。

 

純狐「ピースお疲れ、遊びに来たよ」

ピー「Oh 純狐! Welcome ね。But , Bad timingね。 Now very very busy ね」

純狐「何か手伝おうか?」

ピー「Yes , please! Atai が Cooking するね。純狐は My friend と品出しをよろしくね」

勇儀「それじゃあ私は客を並ばせて来るよ」

 

 他の店の店主達も迷惑そうにしているし、通行人の邪魔にもなっている。このままでは乱闘騒ぎになるのも時間の問題だろう。事前の対処、これも祭当番の仕事だ。さて、一回で聞いてくれるといいが……

 

勇儀「おい、お前さん達ちゃんと並べ! さもないと……」ボキボキ

  『Sir , Yes , sir!』

 

 よしよし、みんな素直じゃないか。

 

 

--女鬼仕事中--

 

 

純狐「ふー、久々に働いたわ。労働も案外悪くないものね」

 

 出店の裏に腰をかけて一休み。

 彼女の活躍もあり、店の山場は越えた様だ。あとは店主と地底の妖精でやっていけるだろう。

 地底の妖精は接客中も主に「ゾンビー」と発していたが、時折普通に話していた。しかも並んでいた客(いわ)く、アレは幽霊でもゾンビでもない極めて普通の妖精らしい。ノリと暇つぶしで真似事をしているだけだそうだ。「なんでそんな事を?」と疑問に思うところではあるが、それは考えるだけ野暮だろう。

 

ピー「純狐、Demon .勇儀。Very very thank you ね。これはお礼ね」

 

 そう言いながら笑顔で差し出して来たのは彼女の店の商品。見た目は棒にふっくらと膨らんだ天ぷらが突き刺さった物だが、中に去年人気だった肉の腸詰めが入っているらしい。確か『アメリカンドッグ』とか言ったか?

 

ピー「Ketchup and Mustard はご自由にどうぞね」

勇儀「悪いな」

純狐「ありがとう。私これ好きなのよ」

 

 地獄の妖精からの礼の品を微笑みながら受け取る彼女。でも……。

 

純狐「あの子も好きだったな……」

 

 遠い日を懐かしむ瞳で呟かれたその言葉は、どこか寂し気で悲し気だった。

 

勇儀「どうかしたのかい?」

純狐「うん、ちょっとね。私の息子がコレを好きだったのを思い出してね」

勇儀「子供がいるのかい!?」

純狐「正確には()()になるかな? もうずっと昔に他界しているのよ」

勇儀「そうだったのかい……すまないな、野暮な事を聞いちまって」

 

 しばらく沈黙。この間何度「やってしまった」と後悔しただろう。ようやく打ち解けあって来たのに、振り出しに戻された気分だ。

 

純狐「子供がいる風には見えなかった?」

勇儀「正直意外だった。でも言われてみると……」

 

 ヘカーティア様やヤマメ達とは違って落ち着いた雰囲気がある。強いて言うなら……大人。外観的なものではなく、内側から発せられているそれが大人だ。

 

純狐「……なによ? 老けて見えるって言うの?」

勇儀「そんな事思ってないよ。なんとなく納得しただけさ」

純狐「ふーん」

 

 視線が痛い。鬼はウソを言わないっていうのに疑り深いな。こんな時は話題を変えるに限る。

 

勇儀「その息子っていくつくらいだったんだ?」

 

 口から放ったそばから後悔。またやってしまった。

 

純狐「10代後半。まだまだ成長途中で世の中の事を全然知らないのに、『自分は大人なんだ』って言い張って」

 

 分かる。

 

勇儀「そのクセに小遣いはしっかりもらいに来たり?」

純狐「そうそう。しかも少し褒めるとすぐ調子に乗って小遣いアップを言い出して」

 

 共感。

 

勇儀「それなのに『手伝え』って言うと面倒くさがって、不貞腐(ふてくさ)れて?」

純狐「ホンット何様のつもりって感じよ」

 

 激しく同意。大ベテランのお母ちゃんさんとは違うタイプ。そして、

 

勇儀「喧嘩とかは?」

純狐「そんなの日常茶飯事よ」

 

 彼女は私に似ている。出会ってからほんの数時間だけど、彼女になら分かってもらえるだろうか?

 

勇儀「実は……、私にもいるんだ」

 

 この悩みを。

 

勇儀「子供が」

純狐「やっぱり! なんかそんな感じがしたのよ。男の子? 女の子? 今いくつ?」

 

 顔を近づけて興奮気味に質問を連打。

 

勇儀「お、男の子だよ。今15かな? でも本……」

 

 その勢いに圧倒されながらも真実と共に答えようとするが、

 

純狐「じゃあ生意気な時期だ。反抗期真っ只中でしょ?」

 

 待ったなし。

 

勇儀「そ、そうなんだよ。だからついこの間も喧嘩をして……」

 

 その時の場面が、言葉が生々しく蘇る。胸の奥を強く締め付け、柄にも無く目頭を熱くする。その所為で……

 

純狐「出て行かれたの?」

 

 勘付かれた。

 

勇儀「……私が言ったんだ。『嫌なら出て行け』って」

純狐「うん」

勇儀「『私と別れたい』って言われて」

純狐「うん」

勇儀「でもアイツはずっと我慢している事があって」

純狐「うん」

勇儀「その所為で爆発して」

 

 脈絡の無い震える言葉を彼女はただ「うん」とだけ頷きながら耳を傾けてくれていた。でもその声は心地良く、不思議と導かれる様に抱えていたものが外へと出ていた。

 

勇儀「けど私には分からないんだ。何度考えても、思い出してみても。他のヤツ等はそれが何なのか分かっているのに……」

純狐「うん」

勇儀「不甲斐ない、悔しい、悲しい」

純狐「うん」

勇儀「苦しい……」

 

 止められない。(あふ)れる感情は雫となって零れ落ち、握り締める拳の上で小さな池となっていた。

 

純狐「話してくれてありがとう。私にも覚えがあるよ。そういう喧嘩の原因ってさ、こっちにとっては些細(ささい)な事かもしれないけど、本人からすれば譲れない事だったり、大きな問題だったりするのよね」

勇儀「……」

純狐「あとは変に誤解していたりとかさ。私なんて誕生日のプレゼントをあげたら『これじゃない』って怒られたわ。ずっと欲しがっていたと思ってあげたのにさ。子供の事なのに分かってあげられなくて……恥ずかしいわよね」

 

 誤解――あの時アイツは「()()勘違いしている」と。それは私が「実の親に会う事が望み」と思い込んでいるからだと……。でも、もしそうではなくて彼女の言う様に、それ以前から誤解をしているのだとしたら……。

 それにヤマメのあの時の表情、眉をひそめて「本気でそう思っているのか?」と呆れていた。そして極めつけに「他の者は気付いている」と。

 

勇儀「もしかして」

 

 脳裏を掠めるある可能性。いや、恐らくこれが答え。

 

??「いたぁーッ!」

 

 突然の甲高い叫び声に驚き、慌ててそちらへ視線を移すと、そこにはこちらを指差すヤマメの姿が。

 

ヤマ「何度も信号を上げたのに全然来ないし! すっごい探したんだからね!」

 

 肩で息をしているところから察するに、町中を駆け回って私の事を探してくれていたのだろう。

 

勇儀「気付かなくてすまない。何かトラブルかい? すぐ行くから案内を……」

ヤマ「違う、大鬼君を見つけたの!」

勇儀「え?」

ヤマ「キスメが見つけたみたいで、追いかけ回しているところを私が捕まえたの」

 

 最も見つかって欲しくない桶姫に見つかるとは……。その時の状況が容易に想像できる。捕まえたのがヤマメで助かった。

 

勇儀「ヤマメありがとう。怪我人と被害は?」

ヤマ「何軒かの出店の(のぼり)が斬られて、数人がかすり傷を負っただけ、大きな被害は無いから大丈夫」

 

 桶ェー……

 

ヤマ「キスメはさとりちゃんに注意されて反省したから、勇儀からは怒らないであげてよ? 投げ飛ばすのとか絶対ダメだからね!」

勇儀「わかってるよ、それで大鬼は?」

ヤマ「棟梁様と一緒に家に戻ってる」

勇儀「そうかい。純狐、悪いけど」

純狐「うん、行ってあげて。その子だってあなたに言ってしまった事をきっと後悔していると思うよ」

 

 彼女に会えて、話せて、相談できて本当に良かった。おかげで辿り着く事ができた。

 

勇儀「ありがとうな」

 

 全てが解決したら彼女にきちんと礼をしよう。そして紹介してくれた女神様にも。そう胸に誓い、意識を実家へ向けて一歩踏み出す。

 

ヤマ「待って勇儀、行くのはいいけどちゃんと気付けたの?」

 

 そこへ突き刺さる様な鋭い視線で、大の字になって行く手を阻むヤマメ。最初の関門にして最後のチャンス。ここで間違った答えをすればアイツの下へは辿り着けない。

 

勇儀「萃香の事なんだろ?」

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 煌々(こうこう)と町を照らす提灯(ちょうちん)(あふ)れる活気と絶えない笑い声で賑わう町。その中を真っ直ぐその時、その場所へと突き進む友人を見つめる彼女。

 

純狐「心配?」

ヤマ「えっ?」

 

 呼び掛けられ、視線を背後へ。

 

純狐「きっと大丈夫よ。私にだって超えられた壁なんだから」

ヤマ「……はい」

 

 笑顔で見送る地獄の女神の友人に、小さく答えて再び視線を戻す。友人はもう遥か前方。やがてその姿が視界から消え、

 

ヤマ「勇儀」

 

 願いを込めてポツリと呟いた。

 

ヤマ「それだけじゃないんだよ」

 

 




【次回:十年後:鬼の祭_参】


純狐(カラー)

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十年後:鬼の祭_参

 力強く打ち鳴らされる和太鼓、祭りに参加する町民達はそれを心地の良いBGM程度にしか思っていない。息を切らせ、汗を滝の様に流すその男の事を気にする者など、無論いない。一人寂しく孤独な戦いを繰り広げるのが通例。そう、数年前までは……。

 

??「今年もやってるねぇ」

 

 舞台となる(やぐら)の真下で彼の勇姿を見つめる唯一の観客。たった今音もなく現れたばかりの客。周囲の者達はいきなり現れたその観客に二度見をする始末。そんな中、先程よりも軽快に且つ豪快に鳴る太鼓の音。ただ一人の観客は、久し振りに聞くリズムに瞳を閉じて全身で堪能していた。

 そしていよいよラストスパート、この回の彼の見せ場。4ビートで刻まれていたリズムは徐々に加速する。8ビートへ、16ビートへ。ついに32ビートへ。さらに彼はここぞとばかりに魅せる。いつもよりも長く、力強く刻み続ける。まだ鳴り止まぬ連打の音に周囲の者は足を止め、過ぎ去った者達はきびすを返す。

 気付けば観客は(やぐら)を取り囲んで「おオーッ!」と、次第に力強さが増す後押しの雄叫びを上げ始めていた。そして雄叫びが最高潮に達した抜群のタイミングで

 

 

ドドンッ!!

 

 

 打ち鳴らされる締めの2打。そこから間髪いれず上がる彼を(たた)える賞賛の声、大きな指笛、鳴り止まぬ拍手。そして、

 

 ??「いよっ、男前!」

 

 最高のプレゼント。

 局地的な盛り上がりを見せていた(やぐら)周辺、沸き上がるアンコールに2度応え、今は元の静けさを保っている。その上は今、

 

??「もうすっかり板に付いているじゃないか」

??「へへ、ありがとう。それと小町ちゃん久しぶり」

 

 盛り上がり始めていた。死神が持って来た手土産を食しながら、近況報告と世間話に花を咲かせる2人。種族は違えど共に上司を持つ者同士。

 

??「――それで店を出たら奇妙なものが見えてさ、『なんだ?』って見ていたんだよ。そしたら……」

小町「そしたら?」

??「それが大鬼でさぁ、慌ててキャッチしたよ。そんでもっていつかの祭の時みたいに背中からズザーッて。」

小町「あっははは、そいつは散々だったね。たしかに豪快で清々しいけど、有り余る力を振り回す上司ってのも考えものだね。鬼助も苦労人だねぇ。他に相談してガス抜きした方がいいと思うよ?」

 

 通じるものもあるようだ。

 

鬼助「こんな事を話せるのは小町ちゃんくらいだよ」

小町「ふふ、だとしたらすまないね、なかなか来られなくて。特に今年は四季様の監視が厳しくてね、抜け出すのが難かったんだよ」

 

 彼に会いに来られない理由をあたかも上司の所為だと語る彼女、しかしそうなるに至った経緯は彼女自身の勤務態度によるもの。日頃から真面目に働いてさえいれば、所定の休暇がもらえ、居残り勤務も無かったはずである。

 

鬼助「ところで今日は仕事休み?」

小町「いんや。昨日の夜に宴会があってね、その帰りに立ち寄ったんだよ」

 

 この様に。ため息を吐いて呆れる閻魔の姿が容易に想像できる。それは彼も同じだった。彼女の回答に口元を引きつらせ苦笑い。

 

  『きゃーッ!』

 

 そこへ町中から上がる悲鳴、それを皮切りに次々と連鎖していく。間違いなく何かが起きている証。しかしそれを知らせる信号は上がっていない。

 

鬼助「トラブルだよな?」

小町「奇妙だねぇ、毎年トラブルがあれば赤いのが上がるはずなのに」

 

 見落としたのかとその方角を注意深く見つめる彼と、上がるべき物を毎年楽しみにしている彼女。しかし待てど暮らせど、信号が上がる様子はない。彼が不審に思い始めた頃、視界に見知った顔がすぐそばを通過する姿が飛び込んで来た。彼はその者を大声で呼び寄せて事情を説明し、急ぐように伝えた。

 それから間も無くして――。

 

小町「た〜まや〜」

 

 打ち上がる信号、

 

小町「これこれ、これを待っていたんだよ」

 

 待望のそれに歓喜の声を上げる死神だったが、

 

小町「でも初めて見る色だねぇ」

 

 その色は白くも暖かみを感じる、言うなれば夏の空に浮かぶ雲の色。彼女が目にした事のある注意を知らせる黄色や、トラブル発生を知らせる赤色とは異なる物。だがそれもそのはず、たった数時間前に、決まった事なのだから。

 喜びつつも首を(かし)げる彼女、しかしその隣の彼は

 

鬼助「やっと見つかったか」

 

 と一言だけ呟き、安堵(あんど)のため息をこぼした。

 

小町「鬼助、あれにはどんな意味があるんだい?」

 

 彼女からの何気ない質問、だがそれは

 

鬼助「どう言えばいいかな……」

 

 彼を悩ませるには充分な物だった。別段秘密にしなければならない訳でもない。だが彼の上司の身内のトラブル、それをおいそれと話していいものでもない。「どうやってお茶を濁そうか」と珍しく脳をフル回転させていた。

 

小町「鬼ぃ〜助ぇ?」

 

 そこへ腰に手を当て、イタズラな笑みで覗き込む彼女。上目遣いの視線は「私に隠し事をする気か?」と訴えていた。心中を察せられた彼は観念し、彼女に事情をかいつまんで説明した。そして最後にくれぐれも他言無用と念を押して。

 

小町「ふーん、難しい年頃なんだ」

鬼助「昔は小さくて可愛いヤツだったんだけどなー……」

 

 ぼんやりと天井を見上げて答える彼。と同時に、脳裏に浮かぶ未だ現れない最重要人物の顔。

 

鬼助「それにしても萃香さん遅いな」

 

 ただの小言、それはあくまで独り言。のはずだった。

 

小町「ん? 彼女ならまだ寝てたよ」

鬼助「え゛っ!? 小町ちゃん一緒にいたの?」

小町「昨日の宴会に一緒に参加したんだよ。かなり盛り上がったし、彼女その前に壊れた神社の修復作業やっていたからねぇ。大分お疲れだったみたいで、揺すっても叩いてもびくともしなかったよ」

 

 こぼした愚痴を拾われ、聞かされたショックな話に彼、

 

鬼助「えー……」

 

 落胆。そこへ上がる2度目となる白い信号。打ち上げられた光弾は、ある程度の高度に達すると他の色の信号と同様に花開き、見事な白い彼岸花となった。そこから立て続けに何度も何度も打ち上げられ、それはあたかもメッセージを送っている様でもあった。

 

鬼助「姐さん気付いてないんだな……」

小町「でもおかげでいい物を見せて貰えてるよ。白い彼岸花か……いいじゃないか」

 

 花火大会のフィナーレの様に花咲く光の白い彼岸花。彼女はその光景に吸い寄せられる様に歩みを進め、(やぐら)(ふち)ギリギリの所から堪能していた。

 程なくして両腕を広げて大きく深呼吸をする彼女、そして……

 

小町「鬼助、白い彼岸花の花言葉を知ってるかい?」

鬼助「なんだろ? 分からないな」

小町「ふふ、そっか。じゃあね」

鬼助「あ、ちょ……」

 

 突然別れの言葉を残して姿を消した彼女に、呆然と立ち尽くす彼。だがすぐさま大きく息を吸い込むと、

 

鬼助「小町ちゃーーーん! また来ておくれよーッ!」

 

 ありったけの声を上げて再会を願った。

 

 

ドーンッ!

 

 

 それに答える様に上がる白い光弾。地上へと通じる穴のそばで先程よりも美しく咲いていた。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 戸を開けると、玄関で腰を下ろす母さんとアイツの姿があった。説教をされていた様子は無い。もしそうだったとしたら、こんな短時間で済むはずがない。

 

棟梁「私からは何も聞いていません。2人でよく話し合いなさい」

 

 私達にそう言い残すと、立ち上がって私の耳元で

 

棟梁「落ち着いてね」

 

 最後のアドバイスを送ってくれた。

 家の奥へと消える母さんに頭を下げ、足下へ視線を落とす大鬼の隣に座る。

 それからどれくらいの時間が経っただろう、切り出す言葉が見つからず重苦しい空気が漂っていた。

 

勇儀「なぁ」

 

 ようやく出せた声、深い意味はない。強いて言うなら、「今から話す」という事を伝えたかっただけ。回りくどいのは苦手だ。

 

勇儀「お前さんに我慢させていた事って、萃香の事なんだろ?」

 

 一気に本題へ。私の問いに大鬼は直ぐに答えてくれなかった。相変わらず固く口を閉ざしたま

ま視線は下。でも私は待つ。例えそれが明日や明後日になっても、大鬼自身が話してくれるまで。

 

大鬼「どうして……」

 

 小さな声だった。この静けさでなければ聞き逃してしまいそうな程の。それでも「ちゃんと聞こえてる」「届いている」と伝えたくて、

 

勇儀「ん?」

 

 最上級の柔らかな声で尋ねた。

 

大鬼「どうして自分に何も言ってくれなかったんだよッ!」

 

 怒鳴り声で叫ばれた心の声、それが全ての元凶。その瞬間「やっぱりか」と思う反面、途方もない後悔の念に駆られた。

 

大鬼「なんで相談してくれなかったのさ……」

 

 歯を食いしばる音が聞こえた。膝の上の拳には力が入り、(かす)かに震えている。

 話そう、あの時私がどんな想いだったのかを。そのために来たのだから。

 

勇儀「お前さんがチャレンジに成功した日、『お前さんの親を探すのをお終いにする』と言った日の事を覚えているか?」

 

 反応はないがきっと覚えているはず。

 

勇儀「私もその日、お前さんが稽古から帰る直前に聞かされたんだ。アイツの想いを」

 

 結論を急いでいた。

 

勇儀「それで(さかずき)を取りに行った時に萃香に言ったんだ。『行ってこいよ』って」

 

 大鬼に聞かれない様に、知られない様に萃香を呼び寄せて、まるで善人を装い彼女の背中を押したのは……

 

勇儀「話せばきっとお前さんは反対すると思って……」

 

 これを恐れて。私に話してくれた時だって、ずっと一人で悩んでいたに違いない。彼女とは途方も無く長い付き合いだ。口に出さなくても分かる。そんな中大鬼が反対しようものなら、彼女はきっと決心が揺らぐ。大鬼と同様、彼女にとって大鬼は……

 

大鬼「ふざけるなッ!!」

 

 頭上に降りかかる怒号、胸の奥深くまで突き刺さる。

 

大鬼「ギリギリまで教えてくれなかったのも同じ理由?」

 

 萃香を送り出す前日の夜、送別会を開いた。ヤマメやさとり嬢達といった馴染みのある者達も呼んでいた。彼女達へはその前日に事情を話していたが、大鬼に話したのはその送別会が初めて。私は最後の最後まで隠し続けていた。

 

勇儀「……」

大鬼「なんとか言ってよ!」

勇儀「……そうだ」

大鬼「呆れた、どこまで信じてくれないわけ?」

勇儀「……じゃあそれを知った時ショックを受けなかったか? 冷静でいられたか?」

大鬼「ショックだったよ、冷静でなんていられなかったよ、悪い夢だって信じたかった。でもだからって意見のしようが無い時まで教えてくれないなんて、やり方が卑怯だ!」

勇儀「だから黙っていたんだ! お前さんが少しでも萃香の前で……」

 

 そこまで言い放って脳裏に浮かぶその時の大鬼の表情。それは疑問に思っていた事。

 

大鬼「そんなの分かってる!」

 

 大鬼は

 

大鬼「だからウソをついたよ」

 

 笑っていた。

 

大鬼「『自分は平気だから行きなよ』って」

 

 つくづく

 

大鬼「萃香さんが笑顔で行けるように」

 

 私は

 

大鬼「それしか出来なかった」

 

 愚か者だ。

 

大鬼「もっと伝えたい事だってあったのに」

 

 きっと大鬼は、

 

大鬼「そんな時間もなかった……」

 

 いつ話しても反対しなかった。本心に(ふた)をして、ウソの表情で彼女の背中を押しただろう。

 今日まで気付けなかった理由、今だから分かる。時々忘れる事実。大鬼は……

 

勇儀「すまなかった」

 

 人間だ。ウソだって言える。それなのに大鬼の言葉を鵜呑みにして、心の声に気付いてやれなかった。全ては私の過信が招いた事。

 もしかしたら他の事でも……どれだ? 大鬼の言葉を思い出せ、きっと他にもあるはずだ。

「まさかまだ探してくれていたって方が耳を疑った」か? 「僕大きくなったら一緒に仕事したい」もか? 分からない。どれが真実で何が嘘なのかが。思い出される全ての言葉を疑ってしまう。

――ユーネェ

 やめろ。

――寝相悪いからイヤだ

 やめてくれ。

――でもね……

 今思い出したら……

――大好き

 

 分からない、分からない、分からない、分からない、分からない、分からない、分からない、分からない、分からない。大鬼の事が分からない。

 

大鬼「それにあの事だって……」

勇儀「え……」

大鬼「はは、そっちは分かってくれてないんだ」

 

 分からない。でもこれだけ分かる。大鬼の瞳から流れている物は、紛れもなく真実。

 

大鬼「いいよ……、期待してなかったし。だって……」

 

 大鬼?

 

大鬼「本当の親でなければ……」

 

 それ以上は…………

 

大鬼「種族が違う。姐さんは鬼、僕は…………人間だ」

 

 今言わないと、なにかを叫ばないと。

 

勇儀「ぁ……ぁ……」

大鬼「絶対に通じ合えるはずがない、分かり合えるはずがない! もうこれ以上辛い思いをするのは沢山だ!! 姐さんだって昔みたいに賭博場に行ったりして自由に生きたいだろ? 僕の事、邪魔でしょ?」

勇儀「……」

大鬼「さようなら」

勇儀「待て! 何処行くんだ!」

大鬼「放っておいてよ!」

 

 止めようと思えば止められた。力を加えて2度と離さない様にする事なんて容易(たやす)かった。でも、この先も大鬼に辛い思いをさせるかも知れないと思うと……。

 

 




【次回:十年後:鬼の祭_肆】


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十年後:鬼の祭_肆

「第15回東方Project人気投票」実施中です。
<http://toho-vote.info/>


今年で終わりみたいですね。
最後ですので自分の好きなキャラに投票してみては?
(一押しで1名、他で6名選べるそうです)
またその際、勇儀姐さんに一票をお願いします。


 肩を落とし、光を失った瞳で(うつむ)く力の四天王。心に空いた穴は深く大きな物、それは地底と地上を結ぶ穴よりも大きく深い。

 

??「いいのですか、このままで?」

 

 物陰から一部始終を見守っていた母。背中を曲げた娘に優しく話しかけるも、

 

勇儀「……」

 

 反応はない。その様子に抑えていた物が破裂した。

 

棟梁「追いかけなくていいのかと聞いているのです! 答えなさいッ!」

勇儀「私には……、荷が重すぎた……」

棟梁「なに寝ぼけた事を言っているのですか! 大鬼をどうするつもりです!?」

勇儀「……」

棟梁「責任を持つのではなかったのですか!?」

勇儀「私には……、無理だったんだ」

 

 

■     □

 

 

??「怒ってるかな〜?」

 

 大勢の客で(にぎ)わうメインストリートを全速力で駆け抜ける小さき鬼。故郷に着くなり出会った知人達に、もう1人の祭り当番の居場所を聞かされ、その場所へ急ぐ。

 

??「ごめんよ、ちょっと通しておくれ」

 

 町の中央部へ近づくにつれ密度が増す人混み。客達の間をぶつかり、押されながら少しずつ前へ。完全にスピードダウン。「このままでは時間がかかる」と察した彼女、

 

??「『疎符:六里霧中』」

 

 霧へと姿を変え、空中を音も無く静かに流れていく。

 

 

□     ■

 

 

 頃合いを見計らいゆっくりと、されど堂々とした足取りで歩みを進める者。最後のT字路を左へ曲がり、直進すれば目的地。慣れた道、考えなくとも体が勝手に導いてくれる。そして足の(おもむ)くまま左折。

 

 

ドンッ

 

 

 

??「大鬼?」

 

 違和感を覚え視線を下に向けるとそこにいたのは、尻餅をついた行方不明となっていた彼の家族。ようやく会えた少年に飛び跳ねて喜びたいところだったが、どうも様子がおかしい。彼の予想とは大きく異なる表情。(よわい)15の少年は、歯をくいしばってポロポロと涙を流していた。

 

親方「どうした? 勇儀ちゃんと仲直りしたんじゃないのか?」

大鬼「……」

親方「もう一度冷静になって話せば……」

大鬼「……れ」

親方「ん?」

大鬼「だまれって言ってんだ! どうせ()()()は何も知らないんだろッ!!」

親方「あ゛〜ッ?」

 

 助言には耳を傾けようとせず、怒号を放ってその場から逃げる様に走り去る少年。

 

親方「おい大鬼ッ!」

 

 大声で名前を呼ぶも答えるはずもなく、少年の姿は薄暗い影の中へと溶けていった。

 

親方「あのやろぉ……」

 

 突き刺さる少年の言葉。それは何度も何度もリピートされ、彼の胸を打ち続けていた。打ち付けられる度に散る火花は、やがて小さな火種へ。

 

 

■     ■

 

 

ドンッ

 

 

 背後に感じる衝撃に仏頂面のまま振り向く彼。「あ〜ん?」と発したドスの利いた声からも、その虫の居所の悪さを感じさせる。衝突したのが他の者であれば、すぐさま怒鳴られていたであろう。

 

??「いったぁ〜。あれ? おじさん?」

親方「萃香か」

萃香「さっき大鬼がこっちに……」

 

 彼女が尋ねようとしたまさにその時、

 

 

ーーーーーーッ!!

 

 

  苦しみに悶える断末魔が2人の鼓膜を強く揺さぶった。

 

  『勇儀ッ!?』

 

 慌てて悲鳴の下へ同時に走り出す2人。助けを求める声は強くなる一方。それは繰り返される拷問(ごうもん)に七転八倒する者の声。

 巨大な門を抜けて突き進み、やがて2人の目に映し出されたのは……

 

??「あ゛ああああッ!!」

 

 地べたに横たわり、身体を仰け反らせて激しく痙攣(けいれん)する勇儀の姿。その身体からは煙が立ち、白く美しかった肌は赤く変色していた。

 

萃香「どうしたの!? 誰にやられたの!?」

 

 親友の見るも無残な姿に駆け寄ろうとする彼女だったが、突然首筋を捕まれ、動きを封じられた。

 

萃香「おじさん離してッ! 早く助けないと勇儀が!」

親方「分かってる、けど今はどうする事も出来ねぇんだ! 下手に近付けば萃香もタダじゃ済まないんだぞ!?」

萃香「でも黙って見ているなんて事出来ない!」

親方「もうじき止まる! それまで耐えるんだ」

萃香「何でそんな事わかるのさ!」

親方「これがお前達2人に付けられた鎖の……『咎人(とがにん)(かせ)』の能力だからだ」

萃香「それじゃあ勇儀は……」

 

 徐々に力を失っていく断末魔。動く事ができないながらも、彼女は前傾姿勢を保ち続けていた。その時が来ればすぐに駆け寄れる様に。

 拳を握り締めていたのはほんの(わず)かな時間、しかし彼女達にとってはあまりかにも長い時間だった。

 そして叫び声が止まった。

 拘束が解かれると、彼女は動かなくなった親友のそばへと急いだ。

 

萃香「勇儀、勇儀ッ! 返事をしてよ!!」

 

 反応を示さない親友に、祈る想いで顔を近づけて呼吸を探る。

 弱々しい風が彼女の頬をくすぐった。張り詰めていた糸が解かれ、ため息がこぼれる。だが安心してばかりもいられない。親友の容態は極めて最悪。

 

親方「何があったんだ?」

 

 彼の視線の先には固く目を閉じ、両手で耳を塞ぐかつての町の長。彼はその声が届いていないと気付くと大きく息を吸い込み、

 

親方「ミユキッ!!」

 

 特大の声量で名を呼ぶ。それは目を背けていたその者を現実へと引き戻した。

 再び尋ねる彼に妻は話した。すれ違う2人の事を、その原因を。震える声で。そして最後に、

 

棟梁「勇儀は、大鬼の事を見放してしまったのです」

 

 と。

 

萃香「そんな……」

 

 初めて事情を知る者からすればあまりにショックな話。ましてやそれが己の事が原因なのであれば(なお)の事。

 

棟梁「早く2人の問題を解決しないとまた……」

萃香「え……、また?」

棟梁「さっきのが起きます。あと3時間後、それまでに。でないと次こそ勇儀は……」

 

 泣き崩れる当時の町の長であり、重傷を負った実の娘に鎖を付けた張本人。その罪悪感は計り知れない。

 

棟梁「こんな事になるなら……」

萃香「私、大鬼を探して来るッ!! 棟梁様は『あの薬』で勇儀を!」

 

 親友に背を向けて駆け出す小さな四天王。屋敷の敷地を出るとすぐに霧へと姿を変え、風の様にその場を後にした。

 

棟梁「萃香お願い、もうあなたしかいない」

 

 神でも仏でもない、今娘を救える唯一の者に祈る美しく優しい鬼。胸の前に組まれたその手は固く、固く握り締められていた。

 手にしたハンカチで涙をふき取り、例の薬を取りに行こうと動き出した時だった。

 

棟梁「!!」

 

 彼女は見た、見てしまった。無言で立ち去ろうとする夫の顔を。そして悟った。

 

棟梁「お前さん! 馬鹿な考えはおよしなさい!」

親方「……」

 

 灯された小さな火種は、

 

棟梁「お前さんッ!!」

 

 猛炎へと姿を変えていた。

 

親方「そいつは無理な相談だ」

 

 そこへ少年達の様子を(うかが)いに集う当番の手伝い組。蜘蛛姫、橋姫、桶姫、弟子。彼女達は彼を前にした途端、金縛りにでもあったかの様にその場から動けなくなった。全身から放たれる圧力によって。

 

親方「お前達」

 

 一言発しただけで重みのます圧力。恐怖を植え付け、息苦しさを感じさせるその圧力の名は、

 

親方「全員に伝えろオ゛オオッ!!」

 

 殺意。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 町は深い霧で覆われていた。見通しの悪さと聞こえてくる馴染みのある声に、町民達は歩みを止め口々にこう告げていった。「こっちには来ていない」と。

 次第に晴れていく霧、視界は良好。各々の目的地へ向けて歩き出す町民達。

 祭りは初日、まだまだ続く。例年通りに。だが間もなく彼らも知る事になる。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 寄せ集められた倒れ木の山に腰をかけ、膝の上で組んだ腕に顔を埋める少年。その地に着くなりずっとそのまま。しばらく、時間にして30分程度経った頃。

 

??「大鬼?」

 

 優しく柔らかな声。

 

??「随分変わっちゃったね、ここ」

 

 忘れられない声。

 

??「昔はよく遊んだよね」

 

 ずっと待ち続けていた声。しかし少年は顔を上げる事も無ければ、返事をする事も無かった。否、出来なかった。そんな彼の前に立ち、彼女は語り始めた。

 

萃香「ねぇ大鬼、棟梁様から全部聞いたよ?」

 

 本題を。

 

萃香「勇儀と喧嘩してるって」

大鬼「……」

萃香「仲直りする気は無いの?」

大鬼「……」

萃香「今勇儀……」

大鬼「その名前はもう聞きたくない!」

 

 表情を隠しながら発せられた少年の声は、

 

萃香「えっ……」

 

 彼女を深く突き刺した。

 

大鬼「全然分かってくれなかった。気付いてくれなかった!」

萃香「……なにを?」

大鬼「本当の気持ちを」

萃香「……それだけ?」

大鬼「頼ってくれなかった、信じてくれなかった。いつまで経っても子供扱いで……。でも、もういい」

萃香「……なんで?」

大鬼「どうせ無理だったんだ。赤の他人同士だし、種族違うし。期待した自分がバカだった」

 

 次の瞬間、静かな広場に鈍い音が響き渡った。

 吹き飛ばされ、激痛の走る左頬を押さえる少年の目に映ったのは、

 

萃香「ふざけんじゃないわよ……」

 

 涙を浮かべて拳を握りしめる彼女の姿。

 

萃香「気持ちを分かってくれない? そんなの当たり前でしょッ! さとりじゃないんだから! 同じ種族でも家族でも、声に出さないと分からないし、伝わらない! 大鬼あんたちゃんと勇儀に話したの!?」

大鬼「……」

萃香「話してないんでしょ? それなのに『分かってくれない』ってメソメソと()ねて。子供扱いしないで欲しい? 甘えてんじゃないわよ……全然ガキのままじゃないッ!」

大鬼「ぐっ……」

萃香「こんな下らない事で勇儀は……」

 

 「ギリッ」と音を立てる彼女の歯。そして鋭い視線で少年を睨み付け、

 

萃香「付いて来なッ!」

 

 力強く腕を(つか)んで早足で歩き出した。

 

 

◇     ◇     ◇     ◇

 

 

 やがて足を止めたのは……。

 

 

ガラッ……キィー〜……ガッ、ガッ、ガン!

 

 

 彼女の登場にどよめく店内、慌てふためく店員に常連達。

 そして彼女は少年に告げた。

 

萃香「教えて上げる。勇儀がどうなったのか」

 

 少年の腕を掴んだままその境界線を…………(また)いだ。

 

萃香「キャアアアアアッ!」

大鬼「ギャアアアアアッ!」

 

 その瞬間上がる2つの断末魔。その場で倒れ、強く痙攣(けいれん)する2つの影。

 突然の出来事に焦り出す店員と客達だったが、手が出せなかった。(もだ)える少年の姿から近付けばどうなるのか瞬時に察していた。そんな中、一番近くにいた鬼が意を決して動いていた。

 

??「ン゛ーーーーッ!!」

 

 全身に走る激痛に目を見開くも歯を食いしばり、2人を境界線の外へ。

 

  『店長ッ!!』

 

 役目を果たし、膝から崩れる鬼の下へ急ぐ従業員達。ダメージを負った勇敢な者の腕を肩へと回し、ゆっくりと立ち上がらせる。

 

店長「ワシの事はいい、2人はどうなった!?」

 

 全身に強い痺れを残しながら向けた視線。店先では地面に横たわる2人の姿。

 

大鬼「うぅぅぅ……」

 

 唸り声を上げて腕を震わせながら起き上がる少年。店長同様強い痺れが残っていたが、幸いにも大事には至っていなかった。が、

 

萃香「イヤ゛ァァァッ!!」

 

 彼女の大気を裂く様な悲鳴は止まらない。

 

大鬼「す、萃香さん……」

店長「ヤメロ大鬼ッ! 触るんじゃねぇ!」

大鬼「……無理ッ!!」

 

 店長の静止に耳を傾けず、少年は苦しむ彼女の腕を掴んだ。

 

大鬼「ぐぅぅぅッ! い、ま゛だずけ……」

 

 再び襲う激痛、全身を縛り上げる大電流に歯を食いしばる。己の身を犠牲にしてでも、彼女を救おうと。

 だが気付いた時、少年は店前に置かれていた掃除道具やガラクタに埋もれていた。腹部から伝わる違和感、服に付いた足跡が全てを物語っていた。

 

大鬼「す、萃香さん……なんで……」

 

 疑問を抱きつつも、腹を押さえながらヨロヨロと起き上がる少年の目に飛び込んで来たのは、全身に火傷を負い、ぐったりと横たわる少女の姿。少年の顔から一気に血の気が引いた。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 急いで抱き起す。さっき襲った激痛はもう無い。アレに襲われた時、激痛の他に胸の内側から壊される感覚があった。それを……

 

大鬼「萃香さん!」

 

 目を閉じたまま反応がない。イヤだ、イヤだイヤだイヤだ! お願いだから目を開けて。

 

大鬼「萃香さん! 萃香さんッ!!」

萃香「だ……ぃ……きぃ」

 

 聞こえた。(かす)れて消えてしまいそうな声だったけど、確かに今。

 

大鬼「萃香さん!? 今すぐ家に運ぶから!」

萃香「ねぇ……、聞いて」

大鬼「話しは後で聞くから今は」

萃香「今勇儀も……、なんだよ」

 

 えっ……

 

萃香「仲直り……、でないとまた……。助けてあげて」

大鬼「でも……」

萃香「今の大鬼……キライ」

 

 どんな表情をしていたんだろう。萃香さんは薄っすらと開けた瞳でくすりと笑っていた。その後、左頬からくすぐったくて優しい感触が。

 

萃香「他人とか、本当の親じゃないとか、悲しい事言わないで」

大鬼「……」

萃香「勇儀はさ、育ててくれたよね?」

大鬼「……うん」

萃香「『大鬼』の名前、くれたよね?」

大鬼「うん……」

 

 今にも消えてしまいそうな声だった。所々聞き取れないけど分かる。痛いほど分かっている事だったから。

 

萃香「それに……」

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 残された気力で少年を引き寄せ、耳元で(ささや)く小さな鬼。そして彼女は最後に満足気に微笑むと、腕をだらりと落とした。

 そこへ、

 

??「大鬼ッ!」

 

 息を切らせて現れる腐れ縁。

 

和鬼「と、萃香さん!? 萃香さんまでどうして……」

店員「分からねぇ、もう無茶苦茶だ」

店長「大鬼、萃香さんは大丈夫なのか!?」

 

 大きな声で尋ねるもなかなか反応を示さない少年。再び尋ねようとした時、

 

大鬼「静かにしてあげて、今眠っているだけだから。でも大丈夫じゃない、早く手当しないと……」

 

 少年はそう告げると力の抜けた彼女をおぶり走り出した。だが、

 

和鬼「待て大鬼、お前が行くのは家じゃない!」

 

 その前に腐れ縁が立ち塞がる。

 

大鬼「どけよッ! 早くしないと……」

和鬼「分かってる! でも家に行ってもあの薬は無い。別の所にある!」

大鬼「別の所?」

和鬼「ここにいるみんなも聞いてくれ! 町民全員に緊急招集がかかった。場所は……」

 

 




【次回:十年後:鬼の祭_伍】


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十年後:鬼の祭_伍

 

??「この席久しぶりー。あの時は興奮したなぁ」

??「そう言えばそんな事言ってたわね。私も見たかったなー」

 

 設置された特別な席に並んで腰を掛け、当時の思い出話しに花を咲かせる女神様とそのご友人。

 

純狐「でも私なんかがここに座っていいの? VIP席でしょ?」

ヘカ「いいのいいの、今年も四季ちゃんいないし。あ、四季ちゃんで思い出した。その時にさー……」

 

 そして話題は地獄の最高裁判長の魅力、そのギャップ萌えへ。手を叩いて笑顔を見せる女神様のご友人。楽し気で和気藹々(わきあいあい)とした雰囲気。

 だがそれはVIP席に座る2人だけ。他の者達は口々に「何用で集められたのか?」とざわついていた。そこへ彼は姿を現した。眉間に皺を寄せ、周囲の者を凍りつかせる程の鬼の形相で。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 古明地さとりと申します。

 先代の町長様に連れて来られた先は、簡易的に作られた小屋でした。そこは数年前に使用したきり使われなくなった小屋。それでも週に一度の『町内一斉清掃日』に()()手入れをして来ました。おかげで中は綺麗さっぱり。先代様にドヤドヤして褒めてもらおうと……でも、扉を開けて真っ先に感じたのは鼻につく強烈なアルコールの臭い。そして、目に飛び込んできたのは、全身を包帯で巻かれて寝かせられている友人の姿でした。

 

さと「勇儀さん!?」

??「さとりちゃんお願い、能力を使って!」

 

 駆け寄る私に助けを求める様にしがみ付いて来たヤマメさん。切羽詰まった表情で私に能力を使えと。冷静になって周囲を見れば、彼女と親しい者達が同じ表情で私を見ていました。そこにはお医者さんとペットの姿も。

 事情も状況も飲み込めず、言われるがまま能力をヤマメさんに向けて発動しました。

 皆さんもご存知の通り私の能力は『心を読む程度の能力』です。それは様々なものの内に秘めた声を読む事が出来ると言う事。それは包み隠さず事情を把握出来るという事。

 

さと「そんな……勇儀さん、勇儀さん!!」

 

 おかげで全て悟りました。包帯の隙間から見える肌はもういつも通り。()()れするほど綺麗。

 

さと「勇儀さん!」

 

 大きく呼びかけて、透かさず自慢の能力を今度は彼女に向けて発動。便利な能力ですが例外もあります。

 一つ目、心を持たぬ者。道端に落ちている小石などの無機質な物です。これは論外。

 二つ目、眠っている者、気絶している者。夢でも見ていれば話は別ですが。

 三つ目、心を閉ざしてしまった者。私の妹の様に。

 そして彼女は……。

 

医者「傷は癒えてきているのじゃが……」

パル「いくら呼んでも反応がないの」

キス「どう?」

 

 見えたのはバラバラに分解された文字。

 

さと「読めない……」

 

 心が空白なこいしとは明らかに違っていました。そう、彼女は

 

さと「心が……」

 

 四つ目。

 

さと「心が壊れています」

 

 私の後ろで何が落ちる音が。振り向くと先代様が膝をついて肩を落としておられました。そこから語られたのは私も知らなかった事。『咎人(とがにん)(かせ)』と呼ばれる()()()()の本当の恐ろしさ。

 それはここがかつて地獄と呼ばれていた時に使われていた物。この地に送られた者に取り付けては無理難題を言い渡し、達成できなかった者に強い電撃を放ちながら、心へ直接底知れぬ苦痛を与え、弱り切った者の心と魂を破壊するといった代物。

 

棟梁「強い意志があれば耐えられたかも知れませんが、あの時の勇儀は……」

 

 「それが原因で」と。

 私が尊敬する先代様、彼女の心は苦しみと悲しみの文字で満ちておられました。

 そして今ここへアイツが。その背中には……。ボケっ子、悪いけど全部読ませてもらうから。場合によっては、私がアンタを地獄に送ってあげる。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 目を見開き、声を失う一同。だがその均衡はすぐに破られた。

 

棟梁「萃香!? 大鬼あなた」

ヤマ「これどういう事!?」

キス「返答次第では狩るッ!」

パル「あんた、いい加減にしなよ。勇儀だけじゃなく……」

お燐「萃香さんもだ(ニャ)んて、酷いニャッ! 見損(ニャ)ったニャ!!」

さと「……」

 

 怒りにあふれた視線の中心。その位置で少年は視線全てを受け止めていた。

 

医者「大鬼一先ず萃香を下ろせ。急いで治療する」

 

 その言葉に従い、背中で眠る小さな鬼を医者へ預ける少年。

 

大鬼「よろしくお願いします」

 

 だがその医者でさえも、少年に向けた視線は冷ややかなものだった。

 

大鬼「!」

 

 その直後少年の頭皮に激痛が走った。そして、そのまま引きずられる様に連れて来られた先は、

 

大鬼「……」

 

 人形と化した勇儀の前。

 

??「アンタの所為よ!」

 

 少年の髪の毛を鷲掴みにし、動かない友人の前に押し付ける

 

??「心が壊れて何も感じられなくなったんだから!」

 

 橋姫。

 

パル「治せよ、今すぐ治せよ!」

大鬼「……」

パル「だんまりかよ!!」

 

 勇儀の後を追う程尊敬し、(した)う者の本気の怒り。勇儀の変わり果てた姿を目にした時、誰よりも大きな声を上げて悲しみ、絶望したのは彼女だった。

 

大鬼「ごめんなさい」

パル「遅いんだよ……。その言葉を勇儀がどれだけ待っていたと思ってるの!?」

 

 髪を握る拳に更に力が入り、少年の顔を歪めさせる。

 

パル「妬ましい……妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましいッ! 殺してしまいたいくらい妬ましい!!」

 

 「もう一層の事」と彼女は考えたのだろう。反対の手の指先に力を込め、鋭く尖った爪を現し、腕を振り上げた。

 

パル「離しなさいよ!」

 

 だがその腕を掴んで阻止する

 

??「やめて下さい」

 

 覚り妖怪。

 

さと「お気持ちは察しています。でも、今彼を殺めてもこの問題は解決しません。間違いなく勇儀さんは助かりません」

 

 冷静で的確な意見は橋姫の表情を変えずも、振り上げた凶器を収めさせた。その代わりに、

 

 

バチンッ!

 

 

 強烈な一打。そして橋姫は少年から手を離すと、小屋の片隅で膝を抱えて(うずくま)り出した。

 

さと「ボケっ子、パルスィさんじゃないけど、これはアンタの責任よ」

大鬼「はい、姐さんの事も萃香さんの事も全部自分の所為です」

 

 静まる室内。冷ややかな視線が飛び交う緊迫した中、少年は再び話し出す。

 

大鬼「責任は必ず取ります。けどその前に……」

さと「待った!」

 

 少年の口を塞ぐ様に静止を命令する覚り妖怪。自然と視線が集まる。

 

さと「ボケっ子、外に来なさい。棟梁様とヤマメさんもお願いします。他のみんなはそこから動かないで。これは町長命令です」

 

 少年と棟梁、そして蜘蛛姫を連れ小屋の外へと移動する覚り妖怪。扉を閉める際に「絶対に外に出ないように」と強く念を押した。

 残された者達はそれぞれ顔を見合わせ、視線で「どうしたんだろ?」と尋ねるも、互いに首を横に振るだけ。ただ小さき鬼の治療に専念する彼を除いて。

 

さと「ここまで来ればいいでしょう」

 

 小屋からしばらく歩いた所で足を止める覚り妖怪。小屋の外とは言え、耳のいい彼女のペットがいるための苦肉の策。さらに念には念を入れ、小声で話し出す。

 

さと「全部教えてあげる。でも、この事は今後口にしないように。この世界の決まりにも関わる事だから」

 

 真剣な表情で語り始める現町長。それは10年前に少年の身に起きた悲惨な事故の事。さらに着色する事なく、事実のみを語るその場にいた者達。2人の記憶は重なり、補い合い、当時の状況を鮮明に映し出していた。それこそ突き刺さる凶器の枚数と位置まで。

 話が進むに連れ心臓の鼓動が早くなる少年。話しこそ聞かされてはいたものの、生々しく語られるものは全て新鮮なものだった。そして少年が「そこまで酷い状態だったなんて」と思い始めた頃、極秘の真実は告げられた。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 置物の様にただその場で横たわるだけの力の四天王。刻一刻とリミットは近づく。それは少年も理解していた。

 だが焦る気持ちとは裏腹に、最初の一言がなかなか出ずにいた。

 

さと「ボケっ子」

 

 勇儀の(かたわ)らに正座で座る少年に、背後から声をかける覚り妖怪。

 

さと「ここに来る前に言われたんじゃないの?」

 

 そして少年は口を開いた。

 

大鬼「姐さんごめんなさい!」

 

 それが始まりだった。

 

大鬼「甘えてた。まだまだ子供だった。勘違いしてたのはボクの方だった。今更だけど言うよ」

 

 今少年の脳裏を横切るのは、目を覚まさせてくれた者が残した言葉。少年は彼女へ一度だけ視線を移すと、胸の内を吐き出した。

 

大鬼「萃香さんの罰則を負わせて欲しかったんだ! 信じて頼って欲しかったんだ!! やっと、やっと半分が終わるのに……姐さんに早く自由になって欲しいんだ。もう姐さんに負担を増やして欲しくないんだ。それなのに、ちゃんと言わないで気付いて欲しいって思うだけで、挙げ句の果てには……」

 

 込み上げる後悔の念。それは少年を自然とその姿勢へと導いていた。

 

大鬼「意地張ってごめんなさい! 酷い事言ってごめんなさい! 辛い思いをさせてごめんなさい! ()()()()本当にごめんなさいッ!!」

 

 床に額をつけ誠心誠意、本気の『ごめんなさい』。その言葉は……

 

さと「……残念だけど」

 

 失った心を戻すには至らなかった。

 頼みの綱が断たれた瞬間だった。絶望の淵に立たされ、膝から崩れる蜘蛛姫、顔を覆い泣き出す猫娘、床に拳を打ち付ける嫉妬姫、大声で泣き出す桶姫、頭を抱えて震え出す母親、そして育てられた者にしがみつき、耳元で名前を呼び続ける少年。

 叫びながらも少年は考えていた。声を届ける方法を、心へ響かせる方法を。そして「必要なものは信頼」と結論が出るのに時間はかからなかった。

 いとも容易く壊れる信頼関係。だがその再構築は簡単ではない。長い月日を掛けてようやく修復できるもの。余程のことがない限りは。

 

大鬼「……」

 

 少年の謝罪が突然止まった。そして勇儀に背を向け、一目散に扉を目指した。

 

さと「待ちなさい! 勇儀さんをどうする気!?」

ヤマ「放っておくの!?」

お燐「逃げる(ニャ)んて卑怯ニャ!」

キス「逃がさない」

パル「勇儀を助けろよ!」

 

 立ち塞がる覚り妖怪を筆頭に、怒りの視線を向ける勇儀の友人達。ある者は刃物を持ち、完全にその気になっていた。そこへ、

 

 

コンコン……

 

 

 扉からノック音。やって来たのは真剣な表情の少年の腐れ縁。

 

和鬼「大鬼、師匠……親方様がお前を呼んでる。それと、さとりさんと棟梁様も行った方がいいかも」

大鬼「わかった。こっちもちょうど今用が出来た」

 

 少年は幼馴染にそう言い残すと、全力で走り出した。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 彼は親友と壮絶な決闘を繰り広げた土俵の上にいた。観客達が見守る中、瞳を閉じて胡座と腕を組み、ただ静かに正面に現れるその者を待っていた。

 そこへ、

 

 

ザッ…

 

 

 足音。その音に、彼はゆっくりと瞳を開けて呟いた。

 

親方「来たか…」

 

 そして一気にその怒気を放つ。

 

親方「ダイギイイイッ!」

大鬼「ジジィイイイッ!」

  『勝負しろおおおッ!!』

 

 

 




【次回:十年後:鬼の祭_陸】


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十年後:鬼の祭_陸

第15回東方project人気投票の結果が出ましたね。また、次回以降の引継ぎも決まったそうで何よりです。
そして応援していた勇儀姐さんですが、77位(前年と同じ)。
下がらなくてほっと一安心です。



 祭りの日だというのにも関わらず、いつも以上に静まり返る町。客はおろか店主の姿までもが消え、そのままの姿で放置された不用心な屋台。それは町全体が一斉に神隠しにでもあったかの様。

 不気味な雰囲気が漂う中、彼女達はそこにいた。

 

??「あっれ〜?」

??「誰もおらんの」

??「日にちを間違えたんじゃないの?」

??「いや、間違いなく今日からのはず……」

 

 宝船の御一行である。

 

村紗「店員さんもいないね。セルフサービス方式になったのかな?」

雲山「むー……、ちと上から様子を見てみるかの」

ぬえ「あ、ブドウ飴♡ お金置いておけばもらって行ってもいいよね?」

 

 視線は完全に獲物をロックオン。開いた口からは(よだれ)がダラダラ。今は『待て』の状態、そんな彼女へ送られる飼い主からの指令は、

 

一輪「却下」

 

 『待て』続行。

 

一輪「いったいみんな何処へ……」

 

 そう呟きながら周囲を見回す入道使い。小道にも目を向けてみるもやはり誰もいない。「日を改めて訪れる事にしよう」と、決断したまさにその時だった。

 

  『はーーーッ!?』

 

 怒気混じりの巨大なため息が聞こえて来たのは。

 

ぬえ「何今の?」

村紗「一輪!」

一輪「聞こえてる。雲山、何処から?」

雲山「大穴の方からじゃ。灯りが見える」

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 現れるなり人差しで指差し、最強の鬼へ暴言を吐く町一番の最弱。その少年へ観客から送られたのは「よく言った!」という賞賛の声でもなければ、「またまたご冗談を」と呆れた笑い声でもなく、

 

  『ふっっっざけるなーッ!!』

 

 罵声(ばせい)。そして次々と土俵上の少年目掛けて投げられる野次とゴミの数々だった。怒りのオーラが充満する会場。そう、彼は全てを話していた。己の大事な娘が傷付けられた事を、命の危険に晒されている事を。そして、それが少年によるものであると。

 

親方「大鬼てめぇ……、恩を仇で返す様な真似しやがって。その上なんだぁ? その口の聞き方は」

 

 声を荒げない静かな口調。されどドスの効いた重低音の声は、相手を威圧するには充分。それは、彼が隣にいる親友と闘った時には見せなかった別物の怒気だった。

 

蒼鬼「大鬼、今の言葉を取り消せ。それでこの場できちんと詫びろ」

 

 それは彼の友人としての、少年の師としての忠告だった。彼はこの場でただ一人少年にも見方をし、中立という立場で事を穏便に済まそうとしていた。

 

蒼鬼「馬鹿な考えはよせ。お前にその理由は……」

大鬼「申し訳ありません!」

 

 その忠告に従い、土俵に頭を付けて謝罪する少年。だが、

 

大鬼「師匠、本当に申し訳ありません!!」

 

 それは彼自身に向けられたものだった。

 

大鬼「もう引けません! 自分は萃香さんにも罰を受けさせてしまいした!」

 

 大声で叫んだ少年の声は会場に反響し、会場をどよめかせた。

 さらに激しくなるブーイング。まさに火に油だった。そして、残されていた唯一の味方は……。

 

蒼鬼「チキショーッ! キサマよくも……よくも萃香まで!」

 

 少年を敵と見なした。怒りを露わにし、弟子に襲い掛かろうとする師。だが背後から肩を捕まれ、阻止された。振り向き様に彼が目にした物は、

 

親方「ソウ、悪いがそいつは譲らねぇ。ここは任せてくれねぇか?」

 

 血走る親友の目だった。

 

蒼鬼「ぐっ……。萃香は!?」

大鬼「控え室……勇儀さんと同じ所にいます」

 

 娘の身を案じて走り去る師。尚も頭を下げ続ける弟子の横を通り過ぎる際に、鋭い眼光で睨みつけて。そして彼は見た。少年の目に宿る確固たるものを。

 

蒼鬼「くそッ! 何を考えてんだアイツは」

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 時を(さかのぼ)る事数分。少年が去った小屋では……。

 

??「私達も行った方がいいって……どういう事?」

 

 投げ掛ける質問。対する答えは、

 

??「それ本当!?」

 

 待った無しで覚る。だがそれは心を読んだのにも関わらず、思わず聞き返してしまう程の出来事。

 

お燐「さとり様、教えて下さいニャ」

 

 頬に涙の跡を残しながら、不安気な視線を送る猫娘。その彼女に答えたのは、その場に居合わせた少年だった。少年は語った。最強の鬼が告げた事を。一字一句漏らす事無く、会場の雰囲気を生々しく。そして最後に、

 

和鬼「アイツは……町中の敵になった」

 

 と自身の考えを一言だけ残した。

 視線を落として黙り込む一同、それぞれが考えを巡らせていた。

 

??「当然でしょ」

 

 そんな重苦しい空気を真っ先に断ち切ったのは、橋姫だった。

 

パル「勇儀と萃香をこんな目に合わせたんだから。いい気味」

 

 少なからずこの考えに賛同する者はいたはず。だがそれを彼女の様に口にする者は、その後も現れなかった。ただ黙って下を向くだけ。

 口に出来ない者達の想いを察してなのか、橋姫は感情が壊れた友人に視線を向けながら、さらに続けて語り出した。

 

パル「勇儀だってきっと…………え?」

 

 目を見開いて口を閉じぬ橋姫の様子に、一同の視線がそこへ集まる。

 

  『勇儀!?』

さと「みんなどいて!」

 

 駆け寄る者達へ離れるように指示を送る覚り妖怪。慌てながらも第三の目を彼女へ向けて能力を発動する。

 全員が固唾(かたづ)を飲んで見守る中、出された診断結果は……

 

さと「……」

 

 首を横に振る覚り妖怪。それが意味するものは、覚めない悪夢。

 

さと「でもどうして……」

 

 心が壊れ、何も感じられなくなってしまった彼女。

 

さと「棟梁様、みんな。お願いがあるの」

 

 その瞳からは、一筋の光が流れていた。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 会場は、再び荒れていた。

 

親方「どこまでも救えねぇヤツだ」

 

 師へ誠心誠意の謝罪を行なった少年は今、

 

大鬼「……」

 

 その姿勢を解き、真っ直ぐ最強を見上げていた。そして少年は再び彼を指差し、会場中の野次を打ち消すような声で叫んだ。

 

大鬼「ジジイ! (さかずき)(ひょう)を賭けて俺と闘え!」

  『はーーーッ!?』

 

 観客全員が一斉に上げた声は、遥か頭上の地上の植物をざわつかせ、動物達をその場から遠ざけ、地底世界全域を振るがした。

 

客①「頭にのんな!」

客②「お前なんかに賭ける代物じゃねぇんだよ!!」

客③「親方様やっちまえ!」

 

 少年が()いた油は会場中の怒りを(あお)り、ピークを迎えさせていた。

 

親方「お前は何を賭ける?」

 

 賭け。それは互いに等価の物を出し合うという事。鬼の2つの宝への対価として少年が賭ける物は、

 

少年「負けたらここを出て行く」

 

 地底世界からの別れ。考えに考え抜き、少年が賭けられる唯一のものだった。

 

親方「はっ、それじゃあ釣り合わねぇ」

 

 だが彼はそれを鼻で笑い一蹴した。

 

親方「世話になっていた者への裏切り行為……」

 

 拳を強く握りしめる最強。

 

親方「お前は仲間を裏切り、(おきて)を破ったんだ!」

 

 静かに放たれていた怒気は、

 

親方「それだけでも町から追放ものだッ!」

 

 徐々にその姿を露わにしていく。

 

親方「だが逃がさねぇ、逃してたまるか!! お前には嫌ってほど地獄を見せてやる!! 息つく暇もなく、殺してくれと懇願しても殺さず、苦しみを味あわせ続けてやる!!」

 

 そして全面に出された怒気を少年に向け、

 

親方「地獄行きを賭けろおおおッ!」

 

 賭けるべくチップを言い放った。

 

少年「上等だジジイッ!」

 

 叫び声を上げて最強に突っ込んでいく最弱。彼を味方する観客はゼロ。完全アウェーの状況の中、勝ち目ゼロの勝負のゴングが鳴った。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

??「萃香ッ!」

 

 ドアを勢いよく開け娘の名を叫ぶ彼。しかし目に飛び込んで来たのは娘の姿ではなく、

 

蒼鬼「お前達、勇儀を何処へ連れて行く気だ?」

 

 担架に乗せられ、運び出されようとする親友の娘だった。一同を威圧する怪訝な表情を浮かべる彼。返答次第では……

 

??「これには訳があるんだ」

 

 と、そこへ彼に答えたのは甥だった。

 

蒼鬼「訳?」

お燐「そうですニャ」

ヤマ「勇儀を助けるためなんです」

キス「フッフッフ……。僅かな可能性に賭けて『大鬼の側に』と町長が」

パル「妬ましいけど」

蒼鬼「そうだったのか。棟梁も町長もさっきすれ違った時にそんな事言ってなかったもんで……」

 

 事情を把握すると、彼は道を開け一同を通した。

 包帯を失った片腕は外傷の完治を伺わせる。だが顔へと視線を向けると、薄っすらと覗く光を失った瞳。そこに彼は映っていただろう。しかし横を通り過ぎる親友の娘は何の反応も示さず、脱力した姿で横たわっているだけだった。「自分の娘も」と焦る気持ちの中、彼は祈る想いで医者へ尋ねた。

 

蒼鬼「萃香は?」

医者「勇儀ほど酷くはない。嬢ちゃんも『心は残っている』と言うておった。大鬼に大事な事を伝えようとして堪えたらしいの」

蒼鬼「そうか、よかった」

 

 どっと大きなため息を零す彼。だがほっとしたのも束の間、医者は彼の目を皿にする真相を告げた。

 

医者「それと和鬼曰く、罰を受けた時に大鬼も一緒に受けていたそうなんじゃ。それで電撃が分散したのも幸いしたんじゃろ」

 

 それは少年を見た時に覚えた違和感。少年の服は所々焦げ、肌はいつもに比べて赤く変色していた。

 

蒼鬼「アイツ……そのままだったのか」

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 先手を取った少年。助走の勢いをそのままに、拳の左ストレートを繰り出していた。試合開始早速の禁じ手に観客席から野次が上がるかと思いきや、その事に触れる者は誰もいない。行司不在のまま、ルールの明示もないまま始まった相撲だが、会場中の誰もが既に察していた。2人が立つ土俵の取り決めを、その意味を。

 そして少年が放った拳は、見事最強の頬を捕らえていた。鼓膜を揺るがす音が、拳から伝わる感触が少年を「手応えあり」と確信させていた。だが次に少年が見た物は、事態を急転させ、窮地に追い込む物だった。小さな拳で触れられた最強は……笑っていた。

 思惑とは裏腹に自由を求め、衝突をする事も多々あった。それが原因で疎遠状態になっていた事もあった。結婚もせず、浮いた話もなく、酒を飲んでは賭博場に頻繁に出入りする彼女に、本気で心配する時期もあった。それでも幼い頃は彼を父様と呼び、あどけない笑顔で慕ってくれていた愛娘。そんな彼女が人間の子供を救い、ここまで育てた。それは彼にとって心から誇れる事。

 美しく優しく力強く育ってくれた自慢の愛娘。彼女を死の淵へと追い込んだその代償は……。

 右脇腹で握りしめる拳に宿る、止まぬ憎しみと怒り。反対の手で確かに捕らえた敵。回避は不可能、最強が放つ最初の一打は数年前の決まり手。究極破壊兵器の

 

親方「『大江山颪イイイッ!!』」

 




【次回:十年後:鬼の祭_漆】


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十年後:鬼の祭_漆

 

 駆けつけた彼女達の目に飛び込んで来たのは、土俵へ向け掌を向けるチャンピオンの姿と、その前にこんもりと出来上がった瓦礫の丘。ただそれだけ。

 そして聞こえてくる音は、彼を(たた)える息の合った歓声のみ。

 口を手で覆い瞳を見開く覚り妖怪。能力を使わずしても悟れる状況。彼女の顔は一気に青いものへと変色していった。

 

さと「そんな……」

 

 衝撃的な光景に言葉を失う覚り妖怪。だがそれでも彼女は町の長、如何なる時でも気を強く持ち、冷静に対応しなければならない。そう隣の者に教えられていた。

 

さと「親方様、これはいったいどういう事ですか? 勝手に町中の者を集めたかと思えば、いきなり土俵の上でこんな事を……」

 

 まさに蛇に睨まれた蛙だった。向けられた彼の視線は、彼女の質問を強制的に中断させていた。

 彼女の恐怖心に気付いたのだろう。彼は彼女から視線を離すと、戦意を消して構えを解いた。

 

親方「すまねぇ、罰なら後でいくらでも受ける。それにもう終わった」

 

 計り知れない力を持つ者のみが放てる衝撃波。その衝撃波と物理攻撃が掛け合わさった攻撃は、間違いなく鬼の歴史上最強の威力を誇る大技。

 傷一つ負わず体力は全快、さらにそこに加わる強い想い。彼の放った大技は間違いなく記録を更新していた。クリティカル中のクリティカル。無事でいられるはずがない。だがたった一撃で終わってしまったショーに、

 

親方「あっけねぇ……」

 

 彼はポツリと呟き、覚り妖怪達の下へと歩き出した。

 湧き上がる大歓声に指笛。「勝負ありッ!」と会場中の誰もがそう確信し、歩みを進める彼へスタンディングオベーションで拍手を送っていた。

 

大鬼「ふ〜、危なかったー」

  『ぎょッッッ!!?』

 

 信じられない光景に目玉が飛び出す一同。心臓が止まりかける者もしばしば。

 最強の歴史上最強の一打をガッツリ受けていたはずの最弱は、

 

親方「おいおいおいおい……」

 

 瓦礫を払いのけながら……笑っていた。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 飛び出た目を納めてパチクリと瞬き。少年は笑っている。目を(こす)って再確認。少年はドヤッと笑っている。見間違いでもなければ幻でもない。観客達の視線の先には、確かに笑みを浮かべた少年がいる。唖然とする一同、それは彼女とて例外ではなかった。浮上する謎について真剣に思いを巡らせようとていた。だがそこへ……

 

 

トントン……

 

 

 と肩を叩かれ妨害される事に。眉間に(しわ)を寄せた難しい顔をしたまま視線をそちらへ向けると、

 

??「ひゅ、ひゅひはへん」

 

 文字通り開いた口が(ふさ)がらない現・町長が。

 

棟梁「古明地さん!?」

さと「は、はほははほへはひは」

棟梁「は?」

さと「はほははほへはひは(あごがはずれました)!」

 

 必死に事を伝えようとする彼女の叫び声は、

 

棟梁「もしかして……顎が外れたのですか?」

 

 なんとか届いたようだ。間髪入れず顎を押さえながら頷く覚り妖怪。そしてスカートのポケットから小さなメモ帳、鉛筆を取り出して手早く書き上げると、先代の町長へ手渡して回れ右。さらに元来た方向へと逃げるように走り去って行った。

 急な展開に再びパチクリと瞬きをする先代町長。手渡されたメモ帳へ視線を落とすと、そこには手塩にかけた現町長からのメッセージ。一読し終えると、彼女はため息混じりに

 

棟梁「はい、かしこまりました」

 

 とだけ呟き、大きく深呼吸をした。

 先程まで涙を流していた瞳はキリッとしたものへ、重荷から解放されて安らかなものになっていた表情は引き締まったものへ、そして傷ついた心に鞭を打ち

 

棟梁「皆の者、静まりなさい!」

 

 仕事モードへ。今一度覚り妖怪が治療を終えて戻るまでの片時だけ、町長の座へ。

 

棟梁「親方と大鬼、その場から動かないように! 発言も禁止です。もし守れなかった場合、その者を敗北とします!」

 

 彼女はそう言い残すと組合が集まる席へと歩みを進めた。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 無言で(うつむ)く彼女。瞳から(あふ)れかけている物の意味は、

 

??「きっと私の所為で……」

 

 大きな責任感。

 

??「純狐……」

 

 VIPで観戦していた彼女達は、複雑な心境で事を見守っていた。

 少年と毎年一緒に出店を回っていた女神。年に1~2度くらいしか会えていないが、人並みに少年の事を理解しているつもりだった。その少年が育ててくれた恩人を傷つけたという事実を受け止められずにいた。「まさかあの子が」と。

 そして女神の隣に腰を掛ける彼女。今日初めて会ったにも関わらず、どこか他人とは思えない者へアドバイスを送ったつもりだった。だが結果は……。

 暗い雰囲気に包まれるVIP席。その2人の前に町長代理が姿を現した。

 

棟梁「ヘカーティア様と純狐さん。申し訳ありませんが、少しだけ待っていてもらえますか?」

ヘカ「うん、いいけど。娘さん大丈夫?」

 

 身を案じて尋ねてみるも、彼女はすぐにその言葉を撤回した。

 

ヘカ「じゃないよね……」

棟梁「正直なところ厳しい状況です。助かる見込みも……」

純狐「ごめんなさい」

 

 震えた声で割り込んで告げられた謝罪の言葉。2人の視線は自然とそちらへ集まる。

 

純狐「私の所為なんです。私が余計な事を言ってしまったばかりに……」

棟梁「勇儀はそんな事は思ってないと思いますよ。ですから安心して下さい」

 

 責任感で押し潰されそうになっていた者に、微笑んで答える勇儀の実母。そして2人に頭を下げると、その横を気品のある姿勢で通り過ぎて行った。

 

純狐「強い人……」

 

 追いかける視線。彼女の目に映る凛とした姿の女鬼は、現役を引退した今もなお(おとろ)えていなかった。

 その彼女が足を運んだ時には他の者達は輪になり、彼女のことを待ち受けていた。瞳に宿る物は固く、既に答えが出ている事を伺わせる。それも満場一致で。

 

鬼1「棟梁殿、あなたの意見を伺いたい」

 

 一同の視線が彼女へ集中する。その視線の意味するもの。それは「考えを聞きたい」という曖昧(あいまい)なものではなく、よりはっきりとしたもの。言うなれば正解。それは彼女も察知していた。

 瞳を閉じて意識を奥底へ。やがて見えて来る何パターンにも分岐する可能性。その中から光輝く最善の道を探し当てる。事の結末までは分からない。あくまで正しい入口を選ぶ程度。弱まりつつある彼女の能力ではあるが、この時は正常に機能していた。

 そして彼女が皆を導くその入口は……。

 

 

◇    ◇     ◇     ◇     ◇

 

 

 動く事を禁じられ、その上発言も禁止となった2人。片やその場で胡座(あぐら)をかいて腕を組み、不可解な謎に挑んでいた。

 

 

 【可能性其の一】

親方「((かわ)したのか? いや、それはない。逃げようも避けようもなかった。それに触れた感触は確かにある)」

 

 故にこの可能性は、ゼロ。

 

 

 【可能性其の弐】

親方「(受け流した? アイツは今ソウに稽古を付けてもらっている。こちらの動きを先読みしていたのだとすれば、それは充分に考えられる。どうやったかは知らんが)」

 

 故にこの可能性は、有力。

 

 

 【可能性其の参】

親方「(やせ我慢ということは? あれを? それこそ無いだろう。それに……)」

 

 故にこの可能性は、ゼロ。いつになく難しい顔の彼だったが、結論が出たようである。

 

親方「(あのヤロー……)」

 

 苛立ちを覚えて。

 そして片や無言で寝転がる少年。回復を目的としたものなのだろうか。やはりやせ我慢の可能性も……と思いきや、そうではなかった。それこそが最強に苛立ちを覚えさせた原因。少年は、

 

大鬼「zzz……」

 

 眠っていた。ほんの僅かな時間にも関わらず、すっかり夢の中。テストで0点を取り続ける小学5年生並の速度でご就寝中である。鼻提灯を作りながら。そこへ、

 

棟梁「皆の者、よく聞きなさい!」

 

 町長代理の一声に静まる会場。そして割れる鼻提灯、少年も目を覚ました。

 

棟梁「2人の試合を続行する!」

 

 上がる拳、沸き立つ雄叫び。そして、再び投げられる少年への野次。会場は再び熱気の渦へ。そんな中彼女はさらに大きな声で告げた。

 

棟梁「ただし! 行司を付け、ルールを明確にした上での仕切り直しとします。誰か行司をやってくれる者はいませんか?!」

 

 そう呼び掛ける彼女の近くで真っ先に力強く手を挙げる者が。行司、それは勝負を公平に見守る事が出来る審判である。

 

棟梁「確かにあなたなら……ではお願いします」

 

 その責任重大なポジションを彼女はその者に一任し、

 

棟梁「この者が行司を行います。そこの2人、ルールはこの者と決めるように!」

 

 足早にその場から去って行った。

 送られる拍手の中、2人が構える土俵へと急ぐ行司。汗を大量に吸い込んだ服、普通の自慢の鼻、青い髪の毛から覗く2本の角。

 

客1「びびって逃げんなよー」

客2「飾り程度にはしっかりやれよー!」

客3「どうせすぐ決着つくだからよー!」

 

 観客達から愛のある野次で送られ、2人が待つ土俵へと足を踏み入れる彼の名は……

 

  『鬼助ッ!』

親方「頼むぞ」

 

 他ならぬ親方様からのありがたいと声援に力強く頷く彼だが、

 

大鬼「よろしく」

  

 少年へは冷たい視線で見下ろし、

 

鬼助「やれるか?」

大鬼「ご心配なく」

鬼助「けっ、可愛気のないヤツ。お前がどういうつもりか知らねーけど、時間がもったいない。さっさと始めるぞ」

 

 そう告げて2人を土俵の中心部へと導いた。加えて高々に宣言されるこの勝負のルール。時間無制限、最後まで土俵上にいた者が勝者。とことんやり合うそれがルール。

 

鬼助「見合って見合ってー」

 

 親方様の一撃で隆起し、瓦礫が残る足場の悪い土俵。

 

鬼助「はっけよーい……」

 

 その上で繰り広げられる、賭けるに至らない試合(ショー)が今、

 

鬼助「残った!」

 

 再び幕を上げた。

 再スタートの先手を取ったのは、大きく一歩を踏み込んで深く腰を落として構え、能力全開の

 

親方「『大江山颪イイイッ!』」

 

 最強。掌から伝わる少年の体温、触れたという確かな感触。さらに鼓膜を刺激する「バキンッバキンッ」と弾け折れる音。それは衝撃を受け流す事無く、体にダメージとして蓄積されたという事を意味していた。彼もそう理解していた。

 究極破壊兵器をもろに受け、全力で投げられた野球ボールの様に瓦礫へと突っ込んだ少年。大きな岩盤をその身で粉々に粉砕し、粉塵を巻き上げていた。が、

 

大鬼「よっこらせ」

  『はいいいー!?』

 

 再び目玉が飛び出る一同。会場の誰もが「無事でいられるはずがない」と察知していた。それは見守る女神達とて例外では無かった。だが、少年は起き上がったのだ。依然として何事も無かったかのように跳ね起きたのだ。

 

鬼助「ストップ!」

 

 明らかな異常事態にたまらず一時停止を呼びかける行司。

 

鬼助「大鬼、上着を脱げ」

 

 それは言うならばボディーチェック。不正がない事を調べるためのもの。観客の誰もが疑い、荒れる前に対処したのだ。実に的確な対応、愛される下っ端(したっぱ)は早くも仕事をしたのである。

 そしてこの指示に少年、

 

大鬼「え、え、え? ぬ、脱ぐの? ははは、恥ずかしいじゃん」

 

 目をキョロキョロとさせ(ども)る。明らかに動揺していた。不審過ぎる挙動に少年へと歩みを進める行司。少年の下へ着くなり服を(つか)むと、

 

鬼助「いいから脱げよッ!」

 

 強引に()がし取った。

 




【次回:十年後:鬼の祭_捌】


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十年後:鬼の祭_捌

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

ガコッ!

 

 

 鈍く痛々しい音が響く。それは体の内側、骨から落ちた音。だがそのお陰で負ったダメージは80%程度まで回復していた。

 試運転がてらに動かす。眉を寄せて掌で(さす)っているところから察するに、若干の違和感は残っているご様子。だがこの状態であれば支障は無いと言ったところだろうか。

 

??「ふー、一時はもうどうなるかと思いました」

 

 顎が外れた町長である。

 

医者「応急処置じゃ。もう大きな口を開けたらいかんぞ」

さと「肝に命じて最善を尽くします」

 

 頬を赤らめ、感謝と謝罪の意を込めて一礼。会場からここまでまっすぐ向かって来た彼女ではあるが、

 

さと「笑われたくないですし……」

 

 道中すれ違った者達と……色々あったようである。

 

医者「して、状況はどうなんじゃ?」

 

 「荒れているだろう」と予測を立てながら尋ねる最長老。彼の質問に彼女は興奮気味にジェスチャーを加え、ありのままを伝えた。

 

さと「それが既にドーンで、土俵がバーンで、そこから大鬼くんがドヤッてノソッと」

 

 だがこんな調子。当然理解などしてくれるはずもなく……

 

??「何ッ!?」

 

 否、一人だけいた。娘の容体を心配し、駆けつけていた片角の鬼である。

 

蒼鬼「それはつまり、あの土俵がバコーンなのにピンピンだと?」

さと「そう、そうなんです!」

 

 「まさにその通り!」と指差してさらに興奮する覚り妖怪。伝わってよかったと一安心するも、

 

医者「いやいやお前さん達、それじゃ分からんて」

 

 普通は伝わらない。

 

さと「詳しい事は見て頂いた方がいいです。私は町長としての責務がありますので、先に戻っています」

 

 代理を立てているとは言え、現在の町長は彼女。用が済んだのならば職務に戻らなければならない。2人にこの場を任せ、外に出ようと扉に手をかけた時、

 

??「ま……って……」

 

 彼女の背後から弱々しい声が。

 

蒼鬼「萃香!?」

萃香「わ……たしも」

医者「無理をするな。外傷は完治しているとはいえ、心と魂にダメージを負っているのじゃから。(ひど)い頭痛の上思う様に動けんじゃろ?」

さと「そうですよ、今行ってももう手遅れです。ただ辛い想いをするだけですよ」

 

 『顎を治して来ます。その間よろしくお願いします。もし可能ならみんなを正しい道へ導いてあげて下さい』とメモを渡した先代町長でさえも、場を鎮めるのは困難だろうと察していた彼女。「ここで大人しくしていた方が賢明」と説得を試みるが、

 

萃香「お願い……連れて行って」

 

 (うる)ませた瞳でこう言われてしまっては……。その上、彼女の眼差しからは強い覚悟が放たれている始末。

 

蒼鬼「……わかった。みんなで行こう。長老も一緒に行けば問題ないだろ?」

 

 折れるのも無理はない。

 

医者「言われんでもそのつもりじゃ」

 

 目覚めた小さな四天王を父親の背に乗せ、小屋を後にする4人。(はや)る気持ちを押し殺し、おぶられた者に負荷が掛からぬよう、慎重にゆっくりと歩みを進めて行く。

 

さと「あっ、そう言えばさっきすれ違った時に勇儀さんの片腕の包帯が外れていましたよ?」

医者「おやそうかい。でももういらんじゃろ? しかし信じられん即効性じゃのぉ。あの薬と酒の組み合わせは」

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

ゴクリ……

 

 

 喉を通る生唾が予想以上に大きな音を上げた。それも一同揃って。

 一切の無駄がなく、されど付きすぎてもいない。細く引き締まったSIXパックの腹部、スラリとした細い腕、そして若干の盛り上がりを見せる胸部。

 

 

ゴクリ……

 

 

 再び飲み込まれる生唾。どの部位にも筋と影が現れ、筋肉が「ここにいるぞ」と主張している。例えるならばバンダム級のボクサー体型。実に理想形である。そして地底世界のお姉様方は、

 

キス「きゃーッ♡」

パル「ね、妬ましい……♡」

お燐「ふにゃ〜♡」

キス「フッフッフッ……。グハッ!」

 

 コレが大好物。真っ赤に染まる顔を隠す指の隙間からガッツリ堪能する者、他所を向きながらもチラチラと堪能する者、刺激が強すぎて骨抜きになり気を失う者、そして感極まって吐血する者までも。先程までの怒りは何処へやら。それはそれとして目の保養を楽しむお姉様方。そんな鼻息を荒くする彼女達の後方。そこでは少年の保護者が丁寧に眠らされていた。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

大鬼「いやん♡」

 

 行司の前に姿を現したのは鍛えた体と、残された当時の傷跡だけ。頬を赤らめる少年の体には何も無かった。

 

大鬼「鬼助の大胆♡」

 

 少年、頬を押さえて目をパチパチ。

 

鬼助「気持ち悪ッ!」

 

 おちょくる少年に苛立ちを覚えつつも、ボディーチェックを続ける。全身くまなくチェックし、残るは……

 

鬼助「それじゃあ口を開けて」

 

 口内のみ。

 

大鬼「あーん」

 

 この指示に大きな口を開けて答える少年。そして、

 

大鬼「虫歯は無いぜ」

 

 とアピール。審判の判断は……

 

鬼助「続行ッ!!」

 

 疑わしきところは無し。と同時にどよめく観衆。下されたジャッジに誰もが納得出来ていなかった。特に彼に至っては……

 

親方「てめぇ、いったい……」

 

 思考の末に辿り着いた可能性が外れ、再び怪訝(けげん)な表情を浮かべていた。この摩訶不思議な状況に「どういう事だ」はたまた「何をした」と質問を投げ掛けようとした矢先、

 

大鬼「歳じゃない?」

 

 小指で耳掃除をする少年からまさかの回答。

 

大鬼「それに近頃鍛錬もしてないみたいだし」

 

 少年、(あお)る。

 

大鬼「家ではお酒飲んでゴロゴロしてるし」

 

 煽る。

 

大鬼「運動不足でしょ?」

 

 煽る。

 

大鬼「そう言えば最近太ったよね?」

 

 煽る。そしてトドメの一言。

 

大鬼「緩み過ぎでしょ?」

親方「黙れえええッ!!」

 

 民衆の前で己の気にしている事を突かれ、痴態を暴かれ、その上コケにされ……。怒りは余裕の沸点越え。頭上からは湯気を放ち大噴火。本能に従うまま真っ赤な顔で拳を振り上げ、少年へと向かって行った。

 

 

ゆらっ……

 

 

 腕をぶらりと下ろして力は必要最小限に。決して勢いに逆らわず、躱すのではなく流すイメージで。触れられた瞬間に脳で察知するよりも早く反応する事。それは全て師からの教え。

 ()る気を隠す。それは幼い頃に力では敵わなかった犬猿の仲に対抗する術を考え、技名を使わせてくれた

 

大鬼「ユーネェ……」

 

 土俵側で眠る命の恩人からアドバイスされ続けて来た事。

 

大鬼「もう終わるから」

 

 顔を影で覆い尽くす巨大な拳が迫る中、少年は瞬きもせずその時を待ち続けていた。

 頬から伸びる産毛が風圧を感知し、脳への伝達信号を開始。脳へと伝わる前に少年は動き始めていた。

 川の流れに身を委ねる木の葉の様に、体を時計回りに回転させながら、襲いかかる力と勢いを殺す事なく流す。それが少年の反撃の第一歩目。

 

親方「!?」

 

 続く第二歩目。目を丸くするチャンピオンを横目に、回転速度を上げながら背後へと回る。今ターゲットの重心は前方方向。自身の力に遠心力を加えて態勢を崩しにかかかった。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 握りしめた拳を少年の顔目掛けて振り下ろしたチャンピオン。

 

親方「!?」

 

 だが彼が目にした物は土俵を円形に型どる縄だった。この時彼は自分のおかれた状況にようやく気が付いた。少年に「踊らされていた」と。慌てて上体を起こし、急ブレーキを試みる。しかしそこへ、

 

 

ドンッ!

 

 

 と、加わる追い討ち。自身で付けた勢いは殺しきれず、背後から加わった力でさらに前傾姿勢へ。そしてチャンピオンは知っていた。「これで終わりではない」と。彼の考えはこう。

 

「戦法:背後からの体当たりによる『送り出し』」

 

 送り出し。それは相撲の決まり手における特殊技。相手の後ろから力を加えて場外へと押し出すもの。彼はそれを予期していた。

 今彼の姿勢はギリギリ前後の均衡を保っていられる状態。いや、やや前のめりといった態勢。そこへ駄目押しの一撃。まともにぶつかって来られれば、いくら微力とはいえ均衡を破られ場外は必至。そこで彼は瞬時に考え、閃いた。

 

「対策:払い退けて『送り出し』もしくは『送り投げ』」

 

 送り投げ。これもまた相撲の決まり手における特殊技。相手の後方もしくは横から相手を投げ出すもの。これが彼の狙い。具体的には少年が手の届く射程圏内に入った時が勝負。体の一部、主に腕を掴み場外へと投げ落とす。これにより彼が崩したままだとしても、少年よりも先に場外となる事は無くなる。それがベスト。例え投げられなくとも、叩く事さえ出来れば同様の結果が得られる。その為にはまず……。

 そう察するが早いか、彼は崩れるバランスの中体を捻り、次の少年の一手を正面から受ける姿勢をとった。

 次に彼が目にしたものは、予想通りに動いていた少年の姿。彼の表情に笑みが零れた。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 計画通り。それは数年前に見た少年の師がチャンピオンと闘った戦法のパクリ。言葉で攻め続けたのも、眠っている真似をしたのも、余裕の笑みを浮かべていたのも、全てはこの時のための布石。その思惑通りチャンピオンは突っ込んで来た。

 「攻・防・魔を一度に放つ鉄壁の構え」とはいかないが、避・崩・倒を兼ね備えた技。力の四天王の十八番「三歩必殺」の名に由来し、ゆらりぶらりとした姿勢から始まるところから名付けた少年の必殺技。その名も「散歩必殺」。

 避・崩とここまで順調。そして最後の一歩。態勢が崩れかけている最強の背中目掛けて勢いよくスタートを切った。次に少年がチャンピオンへ視線を移した時、瞳に映し出されたのは、ほくそ笑むチャンピオンの顔だった。

 背後へ攻撃を仕掛けたつもりが、行き着く先は正面。その上勝利を確信した不気味な笑み。動きを予測され、仕掛けて来られるのは明らか。だが速度も方角も今となっては変えられない。作戦は猪突猛進あるのみ。

 そこへ行く手を阻む様に迫る大きな手。少年はチャンピオンの射程圏内に足を踏み入れていた。捕まれば即場外、生き地獄が決定。

 

 

にやり

 

 

 少年は笑った。この絶体絶命の大ピンチの状況でも。気が触れたのか?

 

大鬼「(やっぱりね)」

 

 いや、そうではなかった。少年はこれを予期していた。自身の鍛錬を怠り、戦利品の極上セットで美酒に酔いしれ、ダラダラ過ごす。付いた結果はお腹回りの贅肉。これは紛れもない事実。それでも腐れ縁から聞かされる話は「人差し指一本のみで逆立ちした」や「ため無しで連続バク宙した」など「やはり最強」と認識させるものばかり。もはや天性の才能としか考えられない抜群の運動神経。そんな彼に敬意を表しているからこそ出来る予知。

 真っ直ぐ突き進む猪は、

 

親方「なんだとおおおッ!!?」

 

 跳ね上がった。計算され尽くされた歩幅、さらに抜群のタイミング。狙いは一点のみ。両手を引いて全力の……

 

大鬼「『大江山颪(我流)』!」

 




【次回:十年後:鬼の祭_玖】


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十年後:鬼の祭_玖

 圧倒的な力を持つ者と闘い、勝利を収めるにはどうしたらいいか。

 手法は色々あるかも知れないが、一様に言える事は「一撃必殺」に限るだろう。綿密に立てられた計画に、相手を知るための情報収集。自身を鍛え、仲間を集い、時には罠に落とし入れて己を優位な立場にするのも悪くない。ありとあらゆる手を尽くし、機が熟した時に決行。その結果、卑怯者と呼ばれる事になったとしても仕方がない。そうでもしないと全く歯が立たない相手なのだから。 

 例を上げればRPG。冒険に旅立った主人公がそのままの実力で、しかもたった一人で悪の親玉に勝てるだろうか? 道中数々の魔物と戦ってレベルを上げ、優れた仲間と出会い、強力な武器と防具を手に入れて立ち向かうはずだ(ただし正攻法に限る)。

 そして現実の社会は、意外とそんな感じのオンパレードだったりする。

 

 少年が日頃考えていた事。それは共に暮らす最強の鬼に「どうすれば勝てるのか」という事。そう考える様になったのは自身に課した決意のため。ただそれだけ。

 その為に真っ先に思い至ったのは「強くなる事」。そこで目標に掲げたのが犬猿の仲だった和鬼相手に「楽々勝利する事」だった。

 だが(ふた)を開ければその戦績は5割以下。鬼とは言え、同じ年頃の子供にでさえ勝てるかどうかと言ったところ。少年は早くも壁にぶち当たった。「力では他の者に敵わない」。そう悟ったのは良いものの「どうすればいいか分からない」と悩んでいた時、少年はヒントを見つけた。華麗に舞い、力を必要とせず、チャンピオンと互角に闘う者を。闘いにこそ敗れてしまったものの、少年にとって彼の動きは眩しく輝いていた。

 そこからは早かった。その日の宴会で彼の下へ訪れ、弟子入りを志願。すんなりと稽古を付けてもらう事になった。

 それから月日は流れ、少年は成長した。体系も力も技も、当時とは比較にならない程に。だがそれでもチャンピオンとの実力の差は歴然。ただ普通に正面からやり合っては勝ち目などない。

 そこで少年は「情報収集」にも力を入れ始めた。「何をすれば最強は怒るのか」そのきっかけを探し始めた。つまり弱点探しである。日頃の過ごし方、体型の変化を細かくチェックした。その結果辿り着いた結論は「怠けている」だった。「ここを突けば、単純なチャンピオンは冷静さを失う。それが大衆の前ならば尚の事だろう」そう確信した。

 しかしそれでも足りない。少年の一番の懸念点、それがあの大技『大江山颪』。怒らせるのはいい。だがその代わりに向かって来ないで衝撃波を浴びせられては、手も足も出ない。

 だがその可能性は無くなった。この日少年が引き金となって起きた事件によって。

 小さな四天王をおぶり控え室の小屋へと向かう道中、少年は幼馴染から聞かされていた。「皆の目の前で見せしめの様に一方的に痛み付けられるだろう」と。さらに「あんなに怒っている親方様は初めてだ」とも。それは彼の怒りが「これまで想定していた遥か彼方である」という事を意味していた。

 少年は悟った「衝撃波なんて生半可な物は使わない」と。と同時に「最強の技で来る」と。消える懸念点と浮上する新たな問題点。しかしその問題点の突破口はすぐに見出せた。それは周りの者が勇儀を心配し、悲しみの涙を流す中での事。あまりにも偶然でこんな時だからこそだったのかも知れない。そして再び強くなる原点の決意。

 幸か不幸かこの日、少年の機は……

 

大鬼「『大江山颪(我流)』」

 

 熟した。

 チャンピオンの(あご)を下から突き上げる様にして放たれた駄目押しの一手は、強力な技名ではあるものの非力でごく普通の掌底。だがそれで十分。少年の目に映る巨大な壁は上体を仰け反らせ、そのまま場外へ。少年は悟った「勝負あり」と。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 油断。その一言に尽きる。相手の意のままに動かされ、気付いた時には完全にバランスを崩されてもう手遅れ。後悔をする余裕もない状況。倒れていく中、彼は悟った「勝負あり」と。

 

 

ミシミシ……

 

 

 音が聞こえた。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 音が聞こえた。何かを絞る様な、無理やり圧縮する様な音。その音に気が付いた時、少年は後方へと宙を舞っていた。

 背中から着地した衝撃で後頭部を土俵に打ち、慌てて立ち上がり現状確認。

 答えは直ぐに聞こえて来た。行事の掛け声に観覧席からの大歓声。チャンピオンは生き残っていた。

 偶然、幸運、奇跡。そんな簡単な言葉では片付けられない。言うなれば「神が、天が彼を味方した」だろう。

 彼は倒れていく中、半歩分だけ片足を下げた。その着地点は土俵の上で円を作る勝負俵。彼の(かかと)は見事にそれを捕らえていた。(わず)かに出来た段差を利用し、踏ん張り持ち(こら)えた。神が彼を味方瞬間だった。そこへ続く天からの恵み。

 この日地底は祭りの初日。加えて現在進行形で行われているショー。会場は蒸し暑いと感じるまでに熱気に包まれていた。その会場の真上は、地上へと通じる唯一の通気口。熱によって温められ、低気圧となった会場に、地上から風が流れ込み、彼の背中を後押しした。

 大きな背中で船に広げた帆の様に天からの恵みを余す事なく受け、彼は姿勢を戻すと共に反撃に出た。着地を終えていない少年に対して頭突きを放ったのだった。

 

親方「つつつぅ、あぶねぇ……」

 

 打ち付けた額に手を当てる彼。両足で土俵をしっかりと踏みしめ、完全復活。

 

大鬼「鬼助どういう事だよッ!」

 

 方や納得がいかず、行司に向かって声を荒げる少年。

 

鬼助「ギリギリセーフだ。続行!!」

 

 圧倒的な力を持つ者と闘い、勝利するには…………「()()必殺」あるのみ。だがもし、それを失敗したら? 答えは簡単。

 

大鬼「くそーッ!」

 

 待つのは

 

親方「『大江山颪』!」

 

 敗北のみ。行司から告げられた判定は、さながら少年へ送る死の宣告。

 温めて来た策、最強の鬼を打ち負かすための唯一の策が破れ、悔しさと怒りの感情のまま走り出す少年。だがそこへ最も懸念していたあの技。見えない衝撃波である。これを放たれては、

 

親方「近付かせねぇよ」

 

 触れる事すらもままならない。

 

大鬼「飛び道具なんて卑怯だぞジジイッ! それでも鬼かよ、男かよ! 何が最強だ!!」

親方「あ〜ん?」

大鬼「ただの弱虫じゃねぇか!!」

 

 少年のこの言葉に会場は大激怒、ブーイングは再びピークに。そして肝心の彼は、

 

親方「ナ・ン・ダ・トー……」

 

 顔を下に向け、肩を震わせていた。怒りの合図、少年がこれを見逃すはずがなかった。再び彼へ向かってスタートを切った。狙いはさっきと同じところ、それも両手ではなく全身で。

 彼の元まであと5メートル……。

 4メートル……。

 3メートル……。

 2メートル……

 

親方「そんなにご希望ならくれてやるよ!」

 

 満面の笑みで少年を迎え入れる最強。少年の全身が危険を察知し、鳥肌となって現れた。

 

親方「『大江山颪』をだ」

 

 

 バチーンッ!

 

 

 空気が破裂する音と共に、少年は再びスタート地点へと吹き飛ばされた。

 一撃必殺に失敗した者の末路。手の内を読まれ、それを逆手に反撃される。残された手段は……

 

大鬼「ア゛ーッ!」

 

 策などない。ただ我武者羅(がむしゃら)に突っ込むだけ。大きな声を出して己に闘魂注入。だがその先で待ち受けるのは、

 

親方「まだまだいくぞ。『大江山颪』!」

 

 それを嘲笑(あざわら)うかの様に構えを解かず、連撃を宣言する鬼の姿。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

??「こいつはいったい……」

 

 彼が会場に到着した時には既に無残なショーは幕を上げていた。

 

 

バチーンッ!

 

 

 鼓膜を強烈に揺さぶる破裂音。そして後方へと倒れる弟子。

 

 

バチーンッ!

 

 

 それは少年が起き上がる度に繰り返され、彼がその光景を目にしてから既に二桁に達していた。少年が倒れる毎に、一方的であればある程に盛り上がっていく観客席。そんな中彼は冷静に試合を分析していた。

 

 

バチーンッ!

 

 

 攻撃をしているのは紛れもなく親友。

 

 

バチーンッ!

 

 

 だが

 

親方「ゼェー……ゼェー……」

 

 激しく体力を消耗しているのは、その彼自身。加えてダメージが蓄積されているはずの少年は、

 

大鬼「あーッ! もうウザったいなッ!!」

 

 未だ元気ハツラツ。苛立ちを覚えながらも何事も無かった様に立ち上がる。

 

蒼鬼「長老さん、大鬼の体どうなってるんだ?」

 

 衝撃波とは言え、力自慢の鬼が能力で力を上げて放った物。その威力を既に経験している彼。この疑問が湧くのは当然だろう。

 彼のこの質問に、答えを見つけようとする医者だったが、

 

医者「んー……、ここからではよく見えんな」

 

 そこは御老体。老眼が(たた)った。

 

 

バチーンッ!

 

 

??「うっ……」

蒼鬼「萃香大丈夫か?」

 

 音が鳴る度に眉間に皺を寄せる小さな四天王。無理もない。鼓膜はやがて神経を伝い、脳を揺さぶるのだから。

 

蒼鬼「やっぱり戻った方がいい。お前には刺激が強すぎる」

 

 血の気の引いた顔の娘を気遣う彼だったが、

 

萃香「だ、大丈夫……。ヤマメ、もう少しだけ上に……」

 

 本人は引く気はなし。それどころか「よく見えないから」とベッドの高さ調整を巨匠に依頼する始末。彼女は今、匠の技によって作られた即席ベッド「蜘蛛の糸ハンモック」で横になりながら少年を見つめていた。

 

ヤマ「これくらい?」

医者「無理するでないぞ」

パル「もう見ない方がいいと思うけど……」

キス「フッフッフッ……。後は自己責任で」

 

 彼女本気で心配する一同。それもそのはず、

 

お燐「ふにゃ〜♡」

和鬼「相変わらず細いよなー。タンパク質とアミノ酸が足りてないじゃないか?」

 

 彼女はただでさえ体調最悪な上に、

 

萃香「エヘ、エヘヘへ……♡」

 

 鼻から真っ赤な下心が止めどころ無く流れ続けているのだから。その量たるや……そろそろ本気でヤバイ。

 

医者「やれやれ……。貧血で危うくなったらまたあの薬の出番かのー……」

蒼鬼「長老、あの薬は?」

医者「ああ、持って来ておるよ」

 

 「ほれ」と懐から出した少年のお薬セット。用意周到である。だが不安に思う事もあるようで、

 

医者「底が見えて来たのぉ。彼奴(あやつ)にまた……その前に大鬼の件の礼が先か」

 

 ポツリと遠い日を懐かしみながら呟いた。

 

  『親方ーッ!!』

 

 周囲からいきなり湧き上がった声援に、彼らの視線が土俵へと集まる。そして一同は瞬時に理解した。

 

蒼鬼「コウのやつ……能力が切れやがった」

 

と。

 




【次回:十年後:鬼の祭_拾】


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十年後:鬼の祭_拾

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

親方「ったくゾンビかよ……」ゼェゼェ

 

 自慢の技を放っても放っても、全く手応えがない少年に本音がこぼれる。その上衝撃波を繰り出す度に消費される体力の所為で、いよいよ能力を維持するのも困難な状況に。「もう立ち上がるな」と願うが、

 

大鬼「鬱陶(うっとう)しいな」

 

 少年は間髪入れず再び立ち上がる。

 

 

ムカッ

 

 

親方「『大江山颪』ッ!!」

 

 腹の底から湧き上る苛立(いらだ)ちを加えて放った大技は……

 

 

しーん……

 

 

 空砲。能力を維持できる体力がとうとう底を突いた。

 少年はこれをずっと待っていた。一撃必殺の策が破れたものの、そこで得た確かな勝機。それは「チャンピオンは土俵際にいる」という事実。どんな方法でもいい。後一歩、いや半歩分だけでも後退させる事が出来れば。

 そう思い立ったのは無我夢中で彼へ向かっていき、吹き飛ばされる直前の事。その時少年はしっかりと彼の立ち位置を見ていた。さらに幸運な事に、彼は自ら宣言したのだ。衝撃波の連撃を。少年は悟った「構えを解いてあの場から動き出す事はない」と。

 そこからは賭けだった。自分の体が壊れる方が先か、チャンピオンの能力切れが先か。結果、少年はこの賭けに勝ったのだ。

 

大鬼「(今だッ!)」

 

 チャンピオンに休みを与える事は許されない。千載一遇の大チャンスを逃すまいと、突進を仕掛ける。が、

 

大鬼「うっぶ」

親方「調子に乗るなよ」

 

 巨大な拳骨が少年の腹部を襲った。能力こそ切れたが、それでも彼は鬼の中でもトップの力持ちであり、その攻撃の破壊力は半端なものではない。

 

大鬼「うう……」

 

 少年、ここに来て初めて(うな)り声を上げた。

 「ようやくダメージが?」と脳裏を横切る彼だったが、「どうも様子がおかしい」とその考えを改めた。少年の顔色は真っ青、おまけに口に手を当てて前傾姿勢のあのポーズ。それはダメージを負ったというよりも、悪阻(つわり)、胸焼け、二日酔いの様な

 

 

ゴクンッ!

 

 

 少年、気合いで逆流回避。

 

大鬼「きもちわる……」

親方「大した根性じゃねぇか。土俵を汚さないなんて」

大鬼「そりゃどうもッ!」

 

 会話をそこそこに、すぐさま仕掛ける。

 そこへ鉄拳が降り注ぎ地べたに()(つくば)る。

 間をおかずに起き上がって立ち向かう。

 再び拳に襲われる。

 諦めずに……が、叩き付けられる。

 立ち上がっては倒され、攻撃しに行っては反撃をくらい、三歩進んでは二歩下がり……何度同じ光景が続いただろう。それでも少しずつ少年は彼へと近付いていた。

 そして、

 

大鬼「へへっ、捕まえた」

 

 とうとう辿り着いた。チャンピオンの片足にしっかりとしがみ付く事に成功したのだ。ここまで来ればやる事は一つ。

 

大鬼「(思いっきり持ち上げる)」

 

 歯を食いしばり、全身の力を込めて上へのベクトルを……

 

親方「だから何だと言うんだ?」

大鬼「!?」

 

 少年の視界が突然闇に(おお)われた。次に少年の目に投影されたのは不気味に笑う鬼の顔だった。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 少年が行動を起こすよりも早く、彼はその巨大な手で捕まえていた。

 

 大鬼「ンーッ!」

 

 目だけは見えるように顔の下半分を片手で鷲掴みにし、地面から引き離したのだ。

 逃れようと懸命に暴れる少年。足をバタつかせて蹴る、蹴る、蹴る。両手で捕まれた手を殴る、殴る、殴る。

 

親方「効かねぇよ。人間の力なんざ」

 

 だが彼は涼し気で余裕の表情。さらに少年を(つか)んだまま回れ右。

 

大鬼「ンーッ! ンーッ!」

 

 (ふさ)がれた口で必死に(うった)える少年。見開いたその目に映るのは、縄を完全に超えた地面。

 

親方「ガッハッハッ、怖いか? 恐ろしいか? このまま手を離せばお前は場外負け、生き地獄が決定だもんなぁ!!」

 

 いよいよ決着の時。観客は「ズシン、ズシン」と足をふみ鳴らし、拳から伸ばした親指を下に向け、待望の結果に沸き立っていた。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

??「マズイの」

??「地獄行きって……。一輪、本気じゃないよね?」

一輪「残念だけど、たぶん本気なんだと思う」

??「ふーん、どうでもいいや」

 

 途中から観戦していた彼女達。だがこれまでの試合展開と周囲の熱の入り方で状況を薄々察していた。そこへ最強の鬼が放った決定的な一言。目の前で起きている事は、彼女達が予想していたものを大きく超えていた。

 

村紗「私……我慢出来ないッ」

一輪「村紗待ちなさい! 何処に行くの!?」

村紗「止めてくる!」

雲山「ワシも力を貸そう」

村紗「ありがとう」

ぬえ「やめた方がいいと思うけどなー」

 

 席を立ち上がり、駆け出す舟幽霊と入道雲。「決着が着く前に」と急ぐ。

 

 

ジリリリリリッ!

 

 

 急ぐ舟幽霊の足下でベル音がけたたましく鳴り響いた。それは地底世界にはまだない文明の利器。見た事も無い不思議な物に首を傾げる舟幽霊。だが放置していてもベルの音は鳴り止まない。周りの観客達もその音に気付き始め、ジロジロと冷たい視線で「早く鳴り止ませろ」と語っていた。

 周囲に苦笑いで「ごめんなさい」と会釈をし、再び視線を鳴り止まない黒い物体へ。彼女は目を疑った。その物体に、今まで無かったメモがいつの間にか貼り付けあったのだから。そこには、

 

  『←耳  ↑取ってね♡  →口』

 

 と()()()()()()使い方が示されていた。何となく使用方法を理解した舟幽霊、「取ってね♡」を取ると恐る恐る耳へと当てた。

 

??「イマ、アナタノウシロニイルヨ」

 

 背筋に悪寒が走った。「いる」彼女の全神経がそう告げていた。一瞬前まで感じなかった何者かの気配がすぐそこに。恐怖から体が硬直し、身動きが取れなくなった彼女。が、

 

??「もしも〜し、後ろにいますよ〜♪」

 

 耳元と真後ろから同時に聴こえて来た緩い声。どうやら「振り向け」という事らしい。その声に真っ先に反応したのは

 

雲山「何奴!?」

 

 舟幽霊の隣で様子を見ていた雲のおっさん。彼が目にしたのは肩に(からす)を乗せ、笑顔で手を振る少女の姿だった。

 

??「こんにちは〜♪」

雲山「う、うむ」

村紗「あなたは……?」

 

 張り詰めていた緊迫感から解放され、背後を確認する余裕が生まれた舟幽霊。彼女も不思議な少女の姿を目視していた。

 

??「私こいし、お姉ちゃんの妹だよ♪ お空、あっちにお姉ちゃんいるから行ってきなよ」

 

 少女が肩の鴉に語りかけると、鴉は翼を広げて主人の下へと飛んで行った。

 いきなり現れ、自分のペースに引き込む少女に一時呆然となるが、

 

村紗「ちょちょちょっと待った。お姉ちゃん? それよりもコレ何? 取った瞬間に『今、あなたの後ろにいるよ』ってどういう事?」

 

 瞬時に我に返り、謎だらけの少女に質問の連打。

 

一輪「その人は多分、今の町長の妹さんだよ」

 

 そこへ歩み寄る入道使いと太古の妖怪。入道使いが言う様に、彼女達の前にひょっこり現れたのは地霊殿の妹君。古明地こいしである。

 

こい「ピンポーン♪ それであなたが持っているそれは電話って言うんだよ♪ やっぱり知らなった?」

村紗「ごめん初めて見た」

こい「ん〜……、せっかく河童さんに作ってもらったのにな〜。じゃあメリーさんも知らないよね〜。これはしばらくお蔵入りかな〜?」

 

 眉間に皺を寄せて腕組み。やりたい事が「時代を先取りし過ぎていた」と、ブツブツ言いながら一人反省会。

 

村紗「あのー……」

こい「そうそう、それで何しようとしてたの?」

村紗「そうだ! 試合を止めないと」

 

 忘れかけていた本題を思い出し、再び駆け出す舟幽霊。少女の横を通り過ぎ、「間に合え」と祈りながら急いだ。

 

こい「ダ〜メ♪」

 

 無邪気な子供が口にした茶目っ気たっぷりの一言だった。だが放たれた雰囲気はその真逆。急ぐ彼女の首に突き付けられた光る物が、少女の本気度を象徴していた。

 

こい「させないよ♪ 今いいところなんだから♪」

村紗「いいところって……、あんな状況じゃあの子に勝ち目ないじゃない。あれの何処がいいところなのよ! あなたは知らない子かも知れないけど、私達は……」

こい「知ってるよ♪ ずっと昔からね♪」

村紗「じゃあどうして……助けたいと思わないの?」

 

 少年とは知り合ってからまだ日は浅い。その上恥ずかしい姿を見られ、変なあだ名を付けられた。だがそれでも一緒にちょっとした冒険をした仲間。放ってなどいられなかった。

 それが「古くからの知り合い」と語る少女に止められ、「何故こんな事を?」と疑問を投げかけるのは自然な流れ。

 すると少女は

 

こい「だって……」

 

 この質問に

 

こい「面白いじゃん♪」

 

 「あはははッ」と高い声で笑いながら答えた。

 

村紗「面白いってあんたねぇ、正気じゃないよ」

こい「そうかな〜? でも、どうしても止めたいのなら〜」

 

 少女はそこまで告げると、舟幽霊を解放してその前で通せんぼ。そして続きの言葉を無邪気な笑顔で言い放った。

 

こい「私を倒していきなよ♪」

 

 その手には3枚のカードが広げられていた。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 ドクン、ドクンと強く、早く、痛みを感じさせる程脈打つ心臓。意図的ではないにしろ、少年がやった事は決して許される事ではない。でも、いざその時を直面すると……。

 

お燐「いやニャ……」

 

 それは彼女に限った事ではない。

 

ヤマ「ウソ……ウソだよね? 生き地獄なんてウソだよね!?」

 

 現実から目を背けようとするが、

 

キス「フッフッフッ……。ヤマメ、鬼はウソを言わないんだよ……」

 

 受け入れる事しかできず、

 

パル「ね、妬ましい……」

 

 何も出来ない自分に、

 

萃香「イヤーッ!」

 

 苛立ちを覚え、悲鳴を上げる。彼女達は心の底から願う事しか出来なかった。「誰か止めて」と。

 

??「ウオーッ!」

 

 祈る彼女達のすぐ近くで若い雄叫びが上がった。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 顔を合わせればいつも喧嘩ばかりしていた。昔から変わらずずっと。今年になってもそれは変わらなかった。力が弱くて、短気で面倒くさくて、その上歳下のクセに生意気な口を叩いて。はっきり言ってムカつく。

 好きか嫌いかで聞かれたら、200%嫌いって答える。

 兄弟から「最近一緒に行動していて仲が良さそう」って言われるけど、そんな事はない。七不思議を一緒に探したのは、お互い退屈していたから。ただそれだけ。

 だからアイツが自分でまいた種でどうなろうと知った事ではない。

 

大鬼「ンーッ!!」

 

 はずなのに、それなのに……。

 

和鬼「ウオーッ!」

 

 放ってとけないんだよ!

 

和鬼「大鬼!」

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 走り始めた少年の腐れ縁。深い理由など無い、ただ「助けたい」という強い想いが体を動かしていた。

 走り初めて間もなく、彼は突然全身が軽くなった事に気が付いた。それはまるで羽が生えたかの様に「ふわり」と。だがそう感じた直後、全身を強い衝撃が襲った。この瞬間、彼は誰の仕業であるか確認もせず、直感的に悟った。

 

和鬼「叔父貴邪魔するな!」

蒼鬼「カズ、今何をするつもりだったんだ?」

和鬼「大鬼を助ける! 地獄行きなんてさせない!」

蒼鬼「馬鹿野郎が! もう始まってるんだ。そんな事をすればお前もただじゃ済まないぞ!?」

和鬼「それでも……」

 

 目の前で敗北が決まりかけている最弱は、彼とは犬猿の仲で、因縁の仲で、腐れ縁。それでも……。

 

和鬼「助ける!」

 

 初めて出来た友達。

 

和鬼「どけ叔父貴!」

蒼鬼「させるかよ!」




【十年後:鬼の祭_拾壱】


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十年後:鬼の祭_拾壱

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 辺りには張り詰めた空気が(ただよ)っていた。彼女達と無関係な観客達はそのただならぬ雰囲気を感じとったのか、会話一つ、身動き一つ出来ないでいた。向き合う2人はさながら西部劇の決闘シーン真っ只中。

 片や鋭い視線で睨みつける舟幽霊。片やニコニコと鼻歌混じりに微笑む心を閉ざした覚り妖怪。ルールは先に少女が提示したスペルカード3枚の勝負だろう。舟幽霊の彼女もそう認識していた。

 

 

バコーーーンッ!

 

 

 会場中に響き渡る破壊音が開始の合図になり、双方が動いた。最初に仕掛けたのは、

 

村紗「『転覆:』」

 

 舟幽霊、1枚目のスペルカードをすぐさま掲げ、宣言を開始した。

 

村紗「『撃沈』」

 

 『転覆:撃沈アンカー』巨大な(いかり)型の光弾を相手に目掛けて飛ばす豪快な技。彼女の代表的なスペルカードである。水色の光を放つ錨はどこか怪しげではあるものの、見る者を直感的に魅了する。さらに魅力はさることながら、その威力もかなりのもの。現に以前、少年達と冒険へと旅立った際に、地底の壁を爆破させたほどである。要約すると、ガチでヤバイ。

 

村紗「『アンむぐっ!?』」

 

 だが、小さく白い手によって妨害された。

 

こい「ダメだよ♪ こんな近くでスペカを宣言しちゃ♪」

 

 ニコリと笑みを浮かべながら彼女の口を片手で塞ぎ、反対の手でこれから宣言するスペルカードを見せつける少女。そのカードに書かれた文字は『無意識:弾幕のロールシャッハ』。

 飛ばされる光弾は円を描く様に広がり、遠方に居れば容易に避けれるのだが、実はこのスペルカード、宣言と同時に少女の周囲をぐるぐると回りながら、何重にも光弾を残していく。

 今少女と彼女の距離は腕の長さ一つ分だけ。超近距離のこの状態で宣言されれば大量の光弾は彼女に命中する事になる。

 だが彼女は少女が掲げるスペルカードの威力と効果を知らない。それでもたった一つだけ理解していた。

 

村紗「(ヤバイ……)」

 

 と。例えどんなスペルカードであろうと、今の彼女の状況では間逃れられないのだから。

 

こい「な〜んてね♪」

 

 暖かい春の陽気を彷彿(ほうふつ)させる晴々としたニッコリスマイル。無邪気な少女は彼女から手を離すとくるりと向きを変え、観客席の空いているスペースを目指して歩き出した。再び呆然(ぼうぜん)(たたず)む彼女。だが直ぐに察した。

 

村紗「くー……ッ!」

 

 遊ばれていただけだと。赤面し、両手で拳を(にぎ)りしめてワナワナ。こみ上げる(いきどお)りは彼女に2枚目のスペルカードを引かせていた。

 

 

ガッ!

 

 

 だが彼女が掲げるよりも早く、その腕を掴まれて阻止された。

 

ぬえ「やめた方がいいよ。あの子、相当強いから」

 

 「やるだけ無駄」と(うなが)す感の鋭いイタズラ好きな泣き虫。すると、この言葉が少女の耳にも届いたのか、少女は膝丈くらいのスカートを広げながら、再びくるりと回転して彼女達を正面にすると、

 

こい「えへへへ〜♪」

 

 嬉しそうに頭をかきながら照れ笑い。そして、

 

こい「あなたもね♪」

 

 と、()めてくれた泣き虫にお返しの言葉をプレゼント。送られた方はこれまたモジモジと小さくなり、満更でもないといったご様子。

 いっぽうその頃、他の宝舟御一行は

 

  『(それ、お世辞だから)』

 

 と、少女の言葉を本気にする泣き虫を鼻で笑っていた。

 面倒な事だと感付けばエスケープ、油断したところを突いてはエスケープ、他の者が寝静まったところを狙ってはエスケープ。しかし結局それがバレ、裏モードの一輪に叱られて「ぬえーーーん」。こんな日頃の行いを目の当たりにしていれば、そう思うのも無理もない。

 

こい「みんなで一緒に見ようよ♪」

ぬえ「あっ……うん」

村紗「そんな場合じゃないって言うのに……」

 

 照れる泣き虫と、未だ胸の内が晴れない舟幽霊の腕を掴み、自分のワールドに(いざな)う無意識の少女。

 

こい「煙のおじさんもこっちこっち♪」

雲山「う、うむ……。じゃがワシは煙じゃなくて見越入道の妖怪で……」

こい「じゃあ()()()()()()()()()だね♪」

 

 御年輩でさえも巻き込んでいく無意識の少女。

 

一輪「やれやれ、これは敵わないわね」

 

 そう彼女の笑顔、行動、言動は全て無意識。だから

 

こい「()()()()()♪ 早く早く〜♪」

 

 

ブチリッ

 

 

一輪「この砂利っ娘がー! 〇〇(ピー)〇〇(ピー)に手ェ突っ込んで奥歯ガタガタ言わしてやらァッ!」

雲山「マズイ、裏モードじゃ」

ぬえ「ひぃぃぃっ!」

村紗「一輪落ち着いて!」

こい「あははは〜♪

 

 仕方がない。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

親方「へへ、だいぶ荒れてきたな」

 

 土俵の下へ目をやり、大きなベル音が聞こえた観客席へ視線を移し、そして被写体を少年に戻して余裕の笑み。

 

親方「随分と好かれたものだな。人間のくせによ」

大鬼「ンーーーッ!」

 

 なんとか脱出しようともがき続ける少年。だがそれはかえって逆効果。

 

親方「おいおいおいおい、そんなに暴れてくれるなよ。手が滑って離しちまったら、お前の負けなんだぞ?」

 

 彼のこの発言で少年の足掻(あが)きがピタリと止まった。自身の置かれた状況を改めて認識したのだ。加えて浮き上がる疑問、チャンピオンの言動はあたかも……。

 

親方「……ねぇよ」

 

 その場で手を離せば少年を生き地獄へと送る事が出来た。だが彼は、

 

 

バコーーーンッ!

 

 

 少年を真反対、土俵に出来上がった瓦礫(がれき)の山へと全力投球を行なったのだった。

 

親方「終わらせねぇよ。無傷のまま終わらせてたまるか!!」

 

 彼の燃え盛る怒りはまだ消えてなどいない。そのまま終わらせてしまっては意味をなさないのだから。

 彼の狙いは民衆の前で少年の行いを(さら)し、完膚なきまでに痛めつける事。そして止まる事を知らない怒りをありのまま放つ事。そう、彼の中ではこれは勝負や決闘などですらなかった。勝って当たり前の体格差に、圧倒的な実力差、そして種族の差。誰もが「彼が勝つ」と信じて疑わないだろう。

 だが現実はどうだ。攻撃を加えても加えても少年は平然と起き上り、そして危うく負けるところだったのだ。当然怒りが静まるはずなどない。

 

大鬼「危なかったー……」

 

 最強の鬼の全力投球にも関わらず、またまたいつも通りに立ち上がる少年。チャンピオンの内心がどうであろうと、少年からすれば九死に一生、ラッキー中のラッキーである。その上チャンピオンは未だ土俵際。少年は「まだ勝機はある」と判断、直ぐに彼に照準を合わせて走り出した。

 

大鬼「(さっきは油断した)」

 

 少年は学んでいた。失敗したのは「辿り着く事を目標としていたからだ」と。「足を掴んで持ち上げる」そんな単調な方法で彼が倒れない事は、少年が一番よく知っている事だった。だからこそ今度はあらゆる手を考えた。

 

①殴りに来たら → 散歩必殺

②掴みに来たら → 散歩必殺

③蹴りに来たら → 散歩必殺

 

 どの方向から何が来ても対処出来る様に動きをイメージしていた。抜かりなどない。

 

大鬼「(この位置。さあ、来い!)」

 

 イメージした中で最高のポジション。加えて強大な相手は腕を引き「打」の構え。少年の『考え①』が現実味を帯びて来た。

 

 

ゆらっ……

 

 

 全身からすぐに力を抜きリラックスモードへ。そこへチャンピオンの腰元から突き出された手が一直線に向かって行く。

 ここまでは少年のシミュレーション通り。後は片足を軸に回転を加えながら回避し、態勢を崩して押し出す。少年の目には自分の通るべき道筋、未来の動作が一コマ一コマ残像の様に映し出されていた。

 だが少年はまたしても油断していた。真っ先に考えなければならないものを、最も危惧しなければならない状況を、起こりうる可能性から消していたのだ。

 

親方「『大江山颪イイイッ』!!」

 

 回避へと動き出した少年を、高密度の大気が大波の様に襲い、吹き飛ばした。

 少年の勝機、それは三つの条件下でのみ見出せる。

 

 一つ、自分がダメージを負っていない事

 一つ、チャンピオンが土俵際にいる事

 一つ、チャンピオンが能力切れである事

 

 だがチャンピオンは復活していた。少年を掴んでいた数分の間に呼吸を整え、能力を使えるまでに体力を回復させていたのだ。この時点で少年の勝機に分厚い雲がかかった。

 またまたまたまた瓦礫の山へと飛ばされた少年、さぞ驚き、絶望しているのかと思いきや「全快なわけがない。もうアレは使えない」とプラス思考、やる気は満々といった様子。

 少年のこの見解は正しかった。彼がその時点で回復出来た体力は、大江山颪1発分程度。少年の勝機が再び輝き始めた。

 しかし厄介な事に彼はこの闘いの中である術を身に付けていた。その事にいち早く気付いたのは、

 

蒼鬼「なるほどな。状況に応じて発動させるわけか」

 

 場外乱闘を終えたチャンピオンの親友だった。そしてその相手は今、

 

和鬼「離せよッ! そんでそこから退きやがれ!」

 

 座布団としての使命を全うしていた。

 少年を救おうと意気込んで叔父に立ち向かって行った彼だが、相手が悪かった。攻撃を受け流し、その力を利用して反撃する「柔」の伝道師。普段からその弟子と手合わせして戦い方を熟知していたが、格が違い過ぎた。結果、力任せの攻撃を全て避けられ、あっと言う間にダウン。さらに巨匠に指示を出してミノムシへと大変身。それをいいことに……で、今に至る。

 

蒼鬼「そんなに動くなって。内臓が刺激されて……あ、出そう」

和鬼「ふざけんなッ、あっち行ってして来い! わっ、臭え!!」

 

 甥の上で「割り込もうとした罰」という名目で豪快にガスを放つ片角の鬼。

 その彼の見立て通り、チャンピオンは能力のONとOFFを切り替える事にしていた。少年が近づいて来ない時は能力を切って体力をチャージ、近寄ってきたら能力を発動して『大江山颪』。そうする事で「持続させる」という体力を使う間が、充填時間へと姿を変え、弾切れの心配が無くなった。しかも彼はこれを素早く切り替えていた。練習していた訳ではない。たった今思い付き、器用にこなしたのだ。もはや『闘いの才能』とでしか説明が出来ない。

 そんな工夫の事など知る(よし)もない少年。

 

大鬼「(もう撃てるはずがない)」

 

 と膝を立てた姿勢から立ち上がろうとするが、その見解は大外れ。走り出す前に衝撃波を当てられて後方へ。その上着地と同時に向かって行くが、また衝撃波が襲いかかり、更に押し戻される。

 

大鬼「そんな……」

 

 予想以上に回復しているチャンピオンに少年は焦り始めていた。勝機に再び暗雲がかかった瞬間だった。だがそれだけでは終わらない。

 

親方「こんなんじゃいつまでたっても(らち)が明かねぇ」

 

 巨大な拳を握りしめて肩を怒らせ、少年へと近づき始めたのだ。チャンピオンがあの位置にいたからこそ、色々な戦術を考えられたというもの。言わば可能性であり、勝利への希望だった。それを失ってしまっては暗闇に突き落とされたのと同意。少年の勝機に亀裂が入った瞬間だった。

 それでも少年は諦める訳にはいかなかった。生き地獄を回避するために、夢を実現するために、そして、

 

大鬼「姐さん……」

 

 視線の先の者に(つぐな)うために。

 

大鬼「(絶対に勝つ!!)」

 

 ◯自分がダメージを負っていない事

 ×チャンピオンが土俵際にいる事

 ×チャンピオンが能力切れである事

 

 条件の内二つが無くなり、勝機などとっくに消え失せた少年。

 

大鬼「(まだいける)」

 

 今や最後の条件のみが心の()り所。その目に宿る闘志はまだ消えていなかった。だが……。

 

親方「あん? 大鬼てめぇ……」

 

 それは少年の近くまで歩み寄った彼だけが気付いた小さくも、大きな意味を持つ変化だった。

 

親方「鼻血が出てるぞ」

 




【次回:十年後:鬼の祭_拾弐】


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十年後:鬼の祭_拾弐

大鬼「えっ!?」

 

 チャンピオンの言葉で我に返る少年。鼻に神経を向ければ確かに感じる生温かい物。恐る恐る手で(ぬぐ)ってみれば、そこにははっきりと赤い液体が。

 

親方「くっ、くくく……。どうやら完全なゾンビというわけじゃないらしいな」

 

 悟った彼はすぐに次の行動に出ていた。自身の身に起きた事に驚愕し、反応が遅れた少年の直近であの構え。そこから繰り出す技は3度目の正直となる

 

親方「『大江山颪ィィィッ』」

 

 究極破壊兵器。

 放たれた掌底はしっかりと小さな少年の体を捉え、さらに土俵の奥底へと沈めていく。彼の体重が加わった物理的な破壊力。そこに掛け合わさる高密度の衝撃波は、土俵から大きな瓦礫(がれき)を大量に()き散らせ、平らだった表面はスプーンですくわれたかの様に、くっきりとクレーターを残した。

 その中心部、そこで2本足で立っているのは彼一人。チャージしていた能力が再び底を突いたのだろう。「ハァ……、ハァ……」と肩で息をしている。そして彼の足下には、大の字で天を仰ぐ少年の姿。

 

大鬼「ゲボッゲボッ!」

 

 (せき)をしながらも上体を起こして立ち上がる。ゆっくりと膝に手を付いて、眉間(みけん)(しわ)を寄せた表情で。

 

  『ウオオオオオッ!!』

 

 観客席から上がる歓喜、狂喜、快楽の雄叫び。誰もが理解した。「少年にダメージが入った」と。

 

親方「やっと……」

 

 一つ、チャンピオンが能力切れである事

 

親方「やっと来たぜ」

 

 一つ、チャンピオンが土俵際にいる事

 

親方「この時がよーっ!!」

 

 一つ、自分がダメージを負っていない事

 とうとう最後の心の支えまで失った今、勝機は闘志を道連れに音を立てて粉々に崩れ去った。

 【闘志:戦おうとする意志の事】

 それは戦う上で最も大切なもの。それだけに格上相手で失ってしまっては……

 

大鬼「うあああ……」

 

 自信は怯えへ、勇気は恐怖へ、希望は絶望へと姿を変える。

 仁王立ちで構える鬼。少年の目にはそれがいつもの倍以上に映り、歯をカタカタと鳴らさせ、足をガクガクと震えさせ、心臓をズキンズキンと脈打たせ、その場で縛り付けた。

 

親方「その面をよぉ、ずーっと待ってたんだよ」

 

 高々と振り上げられた拳は、少年の頭を目掛けて彗星となって降り注ぐ。

 

大鬼「()()()

 

 それはお仕置きのゲンコツを食らった時程度のリアクション。少年にとって大したダメージになっていなかった。だが彼にとってはそれで充分だった。なぜなら少年は確かに言ったのだから。()()と。

 

親方「今のは能力無しだ。次は上乗せするぞ!」

 

 そう言い放つと、彼は惜しげも無く能力を完全開放。さらにそこから間髪入れず殴る、殴る、殴る、蹴る、蹴る、蹴るの猛ラッシュ。彼は息の続く限り攻撃を行った。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 長いプロローグの末、ついに幕を開けた一方的で無慈悲で残酷なショー。だが観客は目を背けずに、熱い眼差しと歓声を送っていた。

 

??「これが……これが正しい選択だというの?」

 

 (なげ)きの声と共にその場で膝をつく『正しい道を示す』程度の能力者。

 彼女が戻った時には、既に夫の猛攻は始まっていた。抵抗出来ない少年に豪雨の様に浴びせられる巨大な鉄拳、姿勢を崩したところに吹き上げる間欠泉の様に襲いかかる岩盤の様な足。攻撃を受ける度に少年は|苦痛な表情を浮かべ、口から少量の血液が混じった唾液を垂らしていた。そしてついに、

 

大鬼「うああああッ!」

 

 「バキバキッ」と枝が折れる音がした直後に、会場中に反響する断末魔が上がった。

 

鬼1「きたーーーッ!」

鬼2「ついにデカイのがいったぞ!!」

妖怪「ざまあねえなッ」

 

 さらに活気付く観客席。その声に後押しされたかの様に夫の拳は速度を上げていく。

 

棟梁「これは何かの間違い……こんなのが正しいはずがない」

 

 弱者が強者に徹底的に痛めつけられているところを大勢で楽しむ。如何(いか)なる理由があろうと、そんな事が許されるはずがない。まさに血も涙もない鬼の所業。「自分の能力で導いた道の先が、皆を悪しき方向へと導いている」彼女はそう思った。

 

棟梁「このままでは何も解決出来ないばかりか、最悪な方向へ辿(たど)り着いてしまう」

 

 そう呟くのが早いか、彼女は夫のいる舞台へと歩み出していた。

 

??「待って下さい!」

 

 そこへ大の字で立ちはだかるのは、彼女が手塩にかけて育てた現・町の長。

 

さと「お気持ちはお察しています。ですが、いくら棟梁様とは言え、もう止められません」

棟梁「そんな悠長な事を言っていられる場合じゃありません! 後悔したって遅いのですよ!? それにもう時間がありません。早くしないと本当に勇儀が……」

 

 そこまで話した彼女は目を見開き、言葉を詰まらせた。

 

さと「分かっていますよ……。今の状況が最悪な事も、時間があと30分も無い事も、今すぐ止めないとボケっ子が本当に地獄行きになってしまう事も。もしかしたら最悪の場合……」

 

 彼女の前に立ち塞がる弟子は歯を食いしばり、その拳からは

 

さと「私は勇儀さんを救う事が正しい道だと思うんです。だから……だからきっとこれが彼女を救う方法だと思うんです」

 

 赤い涙が(こぼ)れ落ちていた。

 

棟梁「古明地さん、正しい道が必ずしも全て丸く収まるとは限りません。何かを犠牲にして成り立つ正しさもあり得るのです。例え正しくなくても、そうなる前に対応しないと……」

さと「棟梁様の能力はそんなものではありません! あなたは心優しい方です。その方の能力が残酷な正しさを選ぶはずがありません! 棟梁様が導いてくれた道は、きっと勇儀さんを助けてくれて、全てを丸く収めてくれると信じています!!」

 

 その上こうも言われてしまっては、もう返す言葉もない。無言で向き合う二人。まるでその場だけ時が止まったかの様。だがその硬直状態はまもなく破られた。

 

??「ギャーーーッ!」

 

 鼓膜を貫く悲鳴によって。視線を悲鳴の発生源へと向けるとそこには、

 

??「い、いてぇー……」

 

 頭に手を当てて苦悶(くもん)の表情を浮かべる観客が。

 

さと「どうかされたんですか!?」

鬼3「分からない。コイツいきなり叫……ギャーーーッ!!」

さと「え!? ちょ、ちょっとあなた大丈夫!?」

鬼3「あ、頭が割れる……」

さと「頭が割れる?」

 

 様子が奇妙な2人に、覚り妖怪の彼女は首を傾げながらも、「きっと2人共ヒートし過ぎただけ」と楽観的に考えていた。だがこの不可解な現象は別の所でも起こっていた。それも彼女の近くで。

 

??「ちょちょちょっと鬼さん達どうしたの!?」

 

 共に観戦していた組合の者達が一様に苦しみ出し、慌て始める地獄の女神。そんな彼女を横目に

 

純狐「ヘカーティア、その人達だけじゃないよ。会場中が悲鳴を上げてる」

 

 女神のご友人は冷静に周囲を見回していた。

 

ヘカ「さとりん! みんなの様子が変だよ!!」

 

 女神からの呼び掛けでこの異常事態が「只事ではない」と理解した現・町長。深く息をして、心が落ち着いた状態で観客席へと目を向ければ、頭を抱えて悲鳴を上げる者が多数。しかもそれは……。

 

さと「鬼だけ……」

 

 そう覚るやいなや、彼女の耳に小さな(うな)り声が聞こえて来た。

 

さと「棟梁様!? 大丈夫ですか?」

棟梁「お、音が……」

さと「音?」

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 猛攻が始まってから少年に浴びせた攻撃の数は優に3桁を超えていた。それも能力を開放し続けたまま。残量から考えれば、もうとっくに切れていてもおかしくはないはず。それを可能にしているのは極度の興奮状態。今彼を動かしているのは脳内から(あふ)れるアドレナリン、ドーパミン、エンドルフィンのみ。

 ラッシュ開始時こそ(わず)かなダメージしか与えられなかった打撃は、続けているうちに次第に威力相当のものへ。少年の体には(あざ)が浮かび、顔は内出血で膨れ上がっていた。それでも、能力で倍化した彼の攻撃を受けていながらこのダメージ量はまだいい方。だがついに、その時は来た。

 

 

バキバキッ

 

 

 彼の拳が少年の右腕を(とら)え、悲鳴を上げさせた音だった。拳を伝わる振動が、弾けるリズムが、そこに加わる少年のビブラートが彼を絶頂へと導いた。

 あらぬ方向へと屈折した腕を押さえて(ひざまず)き、生まれて初めて味わう激痛に悶絶(もんぜつ)する少年。自分と最強の本当の実力差を思い知らされたのだ。

 「勝てっこない」「敵わない」「無理」続々と押し寄せる負の感情。それらは一つの真実に向けて少年の思考を加速させていた。

 

大鬼「(殺される)」

 

 と。

 

親方「腕が折れたみたいだな。どうだ? 痛いか? 苦しいか?」

 

 (もだ)える少年の姿を嘲笑(あざわら)うかの様に尋ねる最強の鬼。

 

親方「けどな……けどなぁッ」

 

 叫びながら握りしめた拳を振り上げ、

 

親方「勇儀が受けた苦しみと痛みはこんなもんじゃねぇんだぞ!」

 

 追撃を行うチャンピオン。

 

親方「あいつはお前が出て行った後も『帰って来る』ってずっと信じて待っていたんだ」

 

 言葉を発する度に重みを増していく力自慢の拳では、

 

親方「いつ帰って来てもお前がすぐ食べられる様に、何度も何度も飯を温め直して、作り直して、おまけに風呂まで沸かし続けていたんだぞ!」

 

 少年の血が赤く染めていき、

 

親方「喧嘩になった事を悔いて、お前と仲直りする事を望んでいたんだ」

 

 彼の飛び散る涙がそれを洗い流していた。

 

親方「それなのに、それなのに、それなのにーッ!」

 

 2撃、3撃と続く駄目押しに、少年は地面にひれ伏し、とうとう頭から大量の血を流し始めた。

 

親方「勇儀は……勇儀は……勇儀はもう助からねぇ」

 

 恋愛、友愛、隣人愛、兄弟愛、そして家族愛。『愛』には様々な形と意味がある。それは温かく、人を幸せにし、活力を与えるもの。

 

親方「本当の孫の様に思っていた……」

 

 だが一様にして言えるのは、

 

親方「ああは言ったが、お前が生き地獄に合うところなんて……見てられねぇよ」

 

 その『愛』に背いた時、

 

親方「せめてもの情けだ」

 

 与えた愛情の何倍にも膨れ上がった

 

親方「今この場で殺してやる」

 

 憎しみへと変貌(へんぼう)する

 

大鬼「うぅぅぅ……っ」

親方「もう足掻(あが)くな。お前は所詮人間、ワシらとは住む世界が違ったんだ」

 

 彼の足下で苦しみの唸り声を上げる少年は、もはや虫の息さながら。起き上がる余力さえも持ち合わせていないのは見るに明らか。そこへ片手を腰元まで引いたあの構え。

 

親方「あばよ大鬼」

 

 別れの言葉と共に送る

 

親方「『大江山颪』」

 

 究極破壊兵器。

 




【次回:十年後:目覚め】


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十年後:目覚め

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 

 苦しい……辛い……痛い……すごく。痛すぎて頭がクラクラする。でも……。

 

親方「勇儀が受けた苦しみと痛みはこんなもんじゃねぇぞ!」

 

 わかってる。萃香さんが自分の事を犠牲にしてまで教えてくれたから。あの時の激痛に比べたら、今の方が格段にまし。少しの間だけだったけど心と体が粉々に、バラバラになりそうだった。あれをずっとと思うと……それこそ生き地獄だったはず。

 

親方「あいつはお前が出て行った後も『帰って来る』ってずっと信じて待ってたんだ。いつ帰って来てもお前がすぐ食べられる様に、何度も何度も飯を温め直して、作り直して、おまけに風呂まで沸かし続けていたんだぞ!」

 

 そうだったんだ……。それなのにのうのうと診療所の爺さんの情に甘えて、食事と風呂まで世話になって。ホント、なにやってたんだろ……。

 

親方「喧嘩になった事を悔いて、お前と仲直りする事を望んでいたんだ」

 

 つまらない意地を張ってごめんなさい。

 

親方「それなのに、それなのに、それなのにーッ!」

 

 今まで面倒を見てくれた事、本当に感謝してる。それを(あだ)で返して……ごめんなさい。

 

親方「勇儀は……勇儀は……勇儀はもう助からねぇ」

 

 辛い目に合わせてごめんなさい。それと、

 

親方「本当の孫の様に思ってたのに……」

 

 じいちゃん。裏切る真似して、(ひど)い事を言ってごめんなさい。姐さんをあんな目に合わせて、殺したくなるくらい憎まれるのは当たり前だってわかってる。本当の家族じゃない自分にも優しく接してくれていたから、家族が何よりも大切なんだって教えてくれていたから。だから(むく)いを受けるのが筋だと思う。

 でも……でも、それでも()()だけは絶対に譲れない!

 

親方「お前が生き地獄に合うところなんて、見てられねぇよ。やりたくねぇよ。せめてもの情けだ。今この場で殺してやる」

 

 絶対に……姐さんは絶対に助ける。こんな事で姐さんを死なせたりしない。それに、ちゃんと言わなきゃいけない事があるんだ。

 

大鬼「うぅぅぅ……っ」

 

 だから、今は死ねない!

 ヤマメが、ミツメが、ばあちゃんが教えてくれた。昔自分が小さかった時、大怪我して死ぬ寸前だったって。その時に……――――

 

棟梁「私が見た時には、あなたは大量の血を流して気を失っていました」

ヤマ「診療所のおじいちゃんも『すぐに輸血しないと助からない』って」

大鬼「ゆけつ?」

さと「血を分けてもらう事よ。同じ血液型の者同士ならできるの。そんな事も知らないの?」

ヤマ「でも種族が違う者の間では絶対にやっちゃいけない事なの」

棟梁「それでもあの子、勇儀は『罰なら受ける、何でもやる』と言って……。その上町を出て行く覚悟も決めてまであなたを救おうとしていました。その後どうなったのかは、今あなたが生きている事が全てですよ」

大鬼「それじゃあ……」

ヤマ「だからね……」

棟梁「あなた達2人は……――――」

 

 萃香さんも気を失いそうだったはずなのに、それなのに一生懸命(こら)えながら教えてくれた……――――

 

萃香「他人とか、本当の親じゃないとか、悲しい事言わないで……。勇儀はさ、育ててくれたよね?」

大鬼「うん……」

萃香「『大鬼』の名前、くれたよね?」

大鬼「うん……」

萃香「それに……、あなた達には確かな(きずな)があるんだよ?」

大鬼「え?」

萃香「大鬼、あなたの中には勇儀の……――――」

 

  『血が通ってる』

 

親方「もう足掻(あが)くな。お前は所詮(しょせん)人間、ワシらとは住む世界が違ったんだ」

 

 違う、人間じゃない。口うるさくて鈍感で寝相は最悪だけど、強くて、かっこよくて、綺麗で優しい鬼の血を受け取った……

 

親方「あばよ大鬼」

 

 鬼だ!

 

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 ……

 …………

 …………。

 …………ぃ。

 

 (?)

 

 ……なさい。

 

 (??)

 

 ごめんなさい。

 

 (…………)

 

 つまらない意地を張ってごめんなさい。

 

 (…………ウソ)

 

 今まで世話をしてくれた事、感謝してる。

 

 (……またウソ)

 

 それを仇で返してごめんなさい。 

 

 (怖い。また裏切られそうで。でも…………)

 

 辛い目に合わせてごめんなさい。

 

 (分かっちまう。どれもこれもアイツの本心だって。アイツの想いが流れこんで来て、手に取るように分かる)

 

 口うるさくて鈍感で寝相は最悪

 

 (おい、しっかり伝わってるからな)

 

 だけど、

 

 (ん?)

 

 強くて、かっこよくて、綺麗で優しい

 

 (へへ……)

 

 鬼の血を受け取った鬼だ!

 

 (出来過ぎだバカ野郎!)

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 『勇儀!?』

 

 むくりと目覚めた彼女に驚愕(きょうがく)する一同。目を皿にし、開いた口が(ふさ)がらないまま硬直。だがそれは(わず)かな間だけ。すぐに彼女の下へと一斉に駆けつけた。

 

??「すっごい心配したんだよ」

 

 彼女の手を握り、涙ぐむ蜘蛛姫。

 

??「ぱーるぱるぱるぱる(泣)」

 

 彼女の胸元に顔を埋め、目から鼻から滝を流して大号泣の嫉妬姫。

 

??「フッフッフッ……、王子様のチューは不要だったか」

 

 何を期待していたのか、自力で目覚めた眠り姫を不気味な笑顔で迎える桶姫。

 各々が彼女の目覚めに歓喜する中、

 

お燐「勇儀さん、頭は大丈夫ですかニャ!?」

 

 猫娘だけは身の回りで起きている不可解且つ異様な現象について、彼女を気にかけていた。そう、今彼女達の周囲では片角の鬼、萃香、和鬼そして医者までもが、頭を抱えて七転八倒している最中だった。

 

ヤマ「そうだ勇儀、鬼のみんなが『音が、音が』って苦しんでるの。私達には聞こえないんだけど……」

 

 「何か聞こえる?」そう尋ねようとした矢先、蜘蛛姫は自分の声が彼女に届いていないと察して質問を変更した。

 

ヤマ「勇儀?」

 

 「もしもし聞こえてますか?」と。試しに目の前で手をかざして振ってみる。だが彼女は瞬きもせず、光を取り戻していない瞳でただ一点だけを見つめて呆然(ぼうぜん)(たたず)んでいた。

 あまりの無反応さに「どうしたんだろう?」と蜘蛛姫が疑問を抱き、再び不安になり始めた頃、彼女はようやくポツリと独り言を呟いた。

 

勇儀「呼んでる……」

ヤマ「え?」

勇儀「アイツが……大鬼が私を呼んでる」

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 突然襲って来た音に妨害され、彼の最大の技は不発に終わった。

 その音は高く、特大のボリュームで鼓膜を通り越し、彼の脳を激しく揺さぶったていた。

 

親方「があああッ!」

 

 この試合で初めて上げる悲鳴。彼は今、耳を塞いでも静まらない音に、頭を地面に打ち付け必死に対抗していた。そこへ、

 

 

ゾクッ

 

 

 天才的戦闘のセンスが、五感が、細胞が危険を察知し、彼をその場から遠ざけた。冷静に考えればそんな事をする必要はなかった。少年は今や虫の息。身動き一つ出来ない程負傷し、今や彼に危害を加えられる者は誰もいないはずなのだから。

 だがこの時は彼の細胞と直感が正しかった。

 

大鬼「……」

 

 動けないはず。

 

大鬼「……だ」

 

 立ち上がるなんてもっての他。

 

大鬼「ボクは……だ」

 

 その上最弱。にも関わらず、

 

親方「お、お前……大鬼貴様何者なんだよ!」

 

 最強はじりじりと少年からさらに距離を置き始めていた。

 

大鬼「何者? ボクは……ボクは鬼だ」

親方「黙れ人間ッ! 何も出来ないクセに起き上がってくるんじゃねぇよ! 『大江山颪イイイッ』」

 

 脳を激しく揺さぶられながらも、ありったけの力を込めて放った衝撃波は、これまで以上の速度と重さと密度で少年へと一直線で飛んで行く。速度×重さ×密度=破壊力の法則に従えば、少年の場外は確実。その上負傷した体で直撃すれば骨、内臓、そして命までも無事では済まない。

 

大鬼「鬼だーーーッ!!」

 

 

バッチーーーン!!

 

 

 破壊力に比例した大ボリュームの破裂音。その音が意味するものは「ターゲットに命中した」という事。それは(まぎ)れもない事実。

 

親方「なんで……」

 

 だが少年は、

 

親方「なんでそこにいるんだよッ!」

 

 その場から寸分も動く事なく、折れた右腕を重力に任せて2本の足で立っていた。唯一残っている左手を彼に向けて。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

ヤマ「きゃっ!」

パル「ムグッ」

 

 視線の先へと歩き始める彼女。その拍子に肩が辺り、尻もちをつく蜘蛛姫。そして山の8合目から滑り落ち、深い谷の奥底へ沈没して呼吸困難になった嫉妬姫。だがそんな事には目もくれず、彼女はただ前だけを見つめていた。

 

ヤマ「勇儀ダメだって! 今行ったらダメなんだって!」

 

 後ろから飛びつき停止を呼びかけるも、

 

ヤマ「ちょ、止まってよ!」

 

 そのまま引きずられながら前へ。

 

ヤマ「キスメとお燐も手伝って! パルスィも踏ん張って!」

お燐「分かったニャ」

キス「フッフッフッ……お任せあれ」

パル「ムゥーーーッ!」

 

 桶姫に猫娘に協力を求め、さらに前方にいる嫉妬姫に指示。4人がかりで彼女を押さえにかかるが、

 

ヤマ「どうして!?」

お燐「ニャッ!?」

パル「ムムー!?」

キス「フッフッフッ……、暖簾(のれん)に腕押し」

 

 全く動じず、ものともしない。(なお)も速度を落とさず進み続ける。「こうなっては手段を選んでいられない」と、

 

ヤマ「勇儀ごめん!」

 

 自慢の糸を彼女の足に向け噴出する蜘蛛姫。念には念をと何重にも重ね、彼女の足をグルグル巻きにしていく。

 

 

ブチブチブチブチッ

 

 

 が、あっさりと破れる。大人の鬼が全力で引っ張っても切れず、超巨大化した鬼の体重がかかっても原型を保っていた糸が、いとも容易く破られた。

 

ヤマ「ウソでしょ!?」

キス「フッフッフッ……、あれま」

パル「ム……ム……」

 

 戦車の(ごと)く凄まじい馬力で突き進む彼女に圧倒される蜘蛛姫、桶姫。そして嫉妬姫は……、そろそろヤバイ。

 

お燐「これ勇儀さん能力を発動しているとしか思え(ニャ)いニャ」

 

 神をも脅かす純粋で規格外の力、それが彼女の能力。その名も『怪力(かいりょく)乱神(らんしん)を持つ程度の能力』。ある時は嫉妬姫を地底の壁まで投げ飛ばし、またある時は超巨大化した鬼を片手で放り投げた程の力。

 この状況下で猫娘にはそれしか考えられなかった。だがその能力を発動するには……。

 

ヤマ「大鬼君と繋がってないのにどうして!?」

 

 蜘蛛姫がよく目にしていたのは少年と彼女が手を繋いだ時。それ故に、今能力が発動するのは考えにくかった。しかし、蜘蛛姫はすぐに自身の考えを改めた。なぜなら過去に一度だけ、彼女は少年との繋がり無しに能力を発動していたからだ。それも蜘蛛姫の目の前で。

 

 

ズルズル

 

 

 などと考えている間も、戦車は前進し続ける。妖怪達を引きずりながら。彼女と土俵の距離はもう残り数歩。蜘蛛姫が「もうダメか」と(あきら)めかけたその時、

 

??「後で『セクハラだ』とかぬかすなよッ!」

??「勇儀さんおはようございます。そんでもって止まってください!」

??「もう目を覚まさないんじゃないかって……。本当によかった。でも今は止まって!」

 

 伊吹一族参戦。

 彼女の後ろから羽交い締めで取り抑える片角の鬼、腰元へ肩からタックルで押し返そうとする肉屋の(せがれ)、そして窒息死寸前だった嫉妬姫を救出し、前からベクトルを加える小さな四天王。鬼三人、妖怪三人の力でようやく

 

 

ズル……、ズル……

 

 

 小さな障害物になれた程度。減速させるも止められない。そこへ

 

 

バッチーーーン!

 

 

 響き渡る大気が破裂する音。それは彼女の瞳に光を取り戻させ、

 

勇儀「あれ? ここは……」

 

 彼女を完全に目覚めさせた。

 




【次回:十年後:勝者】


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十年後:勝者

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 向けられた小さな左手は、さながら突きつけられた銃口。彼の目にはそう映っていた。

 「偶然だ」「手元が狂ったんだ」「きっと何かの間違いだ」と己に言い聞かせるが、どれだけ否定的になろうとその可能性が頭から離れない、拭えない、抜ききれない。まさに皮肉、裏目。抜群の戦闘スキルを持つが故の苦悩としか言いようがない。

 彼がそうこう考えている間にも、少年は次の一手に向けて行動を起こしていた。

 向けていた左手を腰元へ引いて充填。

 彼を力強い瞳に映して目標捕捉。

 真っ直ぐ掌を前へ。

 

 

バチーーーン!

 

 

 押し出された空気は弾丸となり、彼の巨体を吹き飛ばした。未熟や我流などの(まが)い物ではない。正真正銘本物の……。

 

親方「(大江山颪だとぉぉぉっ!?)」

 

 宙を舞いながら驚愕(きょうがく)する彼。だが目を皿にしてそう思うのは、彼だけではない。

 

  『えーーーッ!?』

 

 会場中が一致団結して声を上げていた。

 それは土俵下の目覚めたばかりの眠り姫に、寄って(たか)っておんぶに抱っこになっている一同も例外ではない。

 

ヤマ「い、今の親方様の技だよね?」

蒼鬼「いやいや、あれはとんでもない力がないと出来ないんだぞ?」

キス「フッフッフッ……理解不能」

お燐「だニャ」

 

 気のせい、目の錯覚、幻。そう信じて結論付ける事が簡単で最もらしい答え。それ故に彼女達はそういう事にし、それ以上考える事をやめた。

 

勇儀「あいつ……」

 

 目を見張りながらも嬉しそうに微笑む眠り姫と、その笑顔から薄っすらと察した小さな四天王、そして

 

和鬼「アイツ……」

 

 少年を(にら)んで拳を強く握り締める彼を除いて。

 

親方「『大江山颪いいいッ!!』」

 

 着地と同時に放つ衝撃波は、(わず)かに残されていた能力の全てを注いだなけなしの一発。それでも威力は通常より若干(おと)る程度。その上持続性、コントロールは良好。つまりこれまでとなんら差はない。

 

親方「(さっきのは偶然だ)」

 

 彼は願っていた。

 

親方「(もうこれで終わってくれ)」」

 

 と。そこでふと気付く。

 なぜ少年への攻撃が衝撃波なのか。

 なぜそう願うのか。

 そして、なぜ突き出した手が震えているのか。

 その答えに。

 

 

バチーンッ!

 

 

 破裂する大気の音が鼓膜を刺激し、我に返って焦点を指先から少年へと合わせていく彼。霧がかかった様にぼやけていた影は徐々に絞られ、虚像は実像へと徐々に姿を変え、彼の目に現実を映し出しす。

 

親方「チックショオオオッ!」

 

 憎しみをこめた声で己を奮い立たせ、拒絶していた本心に速度を上げて立ち向かっていく。

 やがて彼は少年を射程距離範囲内に入れ、その場で大きく、力強く左足を踏み込んだ。握り締めた右拳に加速度を上乗せし、サイドスローのモーションで直立不動の少年へと……

 

親方「!!」

 

 否、少年は動き始めていた。それは彼の目に残像を残すスローモーションで投影させ、脳内にそのワンシーン、ワンシーンを深く刻ませていた。

 左足を一歩分後ろへ。

 上体をやや左へと(ひね)り、

 腰の位置で開いた左手を収める。

 岩石の(ごと)く大きな最強の拳骨に対抗するのは、彼の拳よりずっと小さな最弱の掌から放たれる

 

大鬼「『大江山颪イイイッ!!』」

 

 究極破壊兵器。

 物理攻撃の掌底は最強の拳を跳ね返し、同時に押し出した空気は豪快に弾け、耳を貫く破裂音を生みながら衝撃波を生み出す。そして生まれて間もない衝撃波は、少年の掌を中心に半球状に広がり、突風となって土俵際で見守る彼女達の下へ。

 

ヤマ「きゃあーーー……」

キス「あれまーーー……」

お燐「ニャァーーー……」

医者「なんとーーー……」

 

 風の威力に負けて飛ばされる蜘蛛姫、桶姫、猫娘、御老体。このままでは観客席へとまっしぐら。怪我は確実。が、

 

ヤマ「『キャプチャーウェブ』!」

 

 巨匠の機転と広げた網により、全員それを回避。

 

パル「ルううううぅぅぅぅぁぁぁぁ。。。……☆」

 

 一名様を除いて。

 そして少年が起こした風は、彼女達を巻き込んだ後観客席にも到達し、若干の被害を出していた。

 

村紗「みんないる!?」

ぬえ「な、なんとか」

一輪「村紗の判断が遅れていたと思うと……」

 

 周囲に目をやれば、座席に腰を落としていた者達は上段の席まで追いやられ、客と客が重なりあって団子状態となっていた。彼女達がそうならなかったのは、舟幽霊が即座に出した錨のおかげ。重りにしがみ付いて身を屈め、一同は難を逃れたのだった。

 

村紗「あれ、雲山は?」

こい「見越入道のおじさんなら飛んで行っちゃったよ♪」

 

 ただし、こちらも一名様を除いて。

 さらに風の被害はこちらの席も例外ではない。

 

ヘカ「純狐、棟梁さん大丈夫?」

棟梁「ええ、私は身を屈めておりましたので」

純狐「う、うん。私は落とされただけだから。腰をちょっと……うん? 下に何か柔らかい感触が……」

さと「……すみません。そこを退いていただけると幸いです」

 

 そして、その風圧を自力で耐えた

 

蒼鬼「なんつー風だよ」

萃香「密度上げてなかったら飛ばされてたよ」

和鬼「あのヤロー……」

勇儀「大鬼……」

 

 実力者達。土俵を見つめる彼女達の目には、

 

  『え……?』

 

 (たたず)む一人の戦士の姿だけが映し出され、

 

 

ドシーンッ!

 

 

 耳へは、地面を強く打ちつねる音が後ろから刺激した。

 慌てて背後へ視線を向ける彼女達。そこにあったのは紛れもなく現実。

 

さと「いたたた……」

 

 重力に襲われた腰を(さす)りながら、己の使命を全うしようと起き上がる現・町の長。やがて2本の足でしっかりと地面を踏むと、凛とした表情をつくり、

 

さと「勝者、大鬼!」

 

 ショーの幕引きを告げた。

 勝者へと送られる拍手喝采などない「しーん」と静まり返る会場。誰もが目を見開き、口をあんぐりと開けたまま放心状態。

 負けるはずがない、勝利は確実、勝って当たり前。

 誰もが勝つと信じて疑わなかった最強は、(かたよ)ったオッズに反して観客席の前列を破壊し、大の字になり仰向けの姿勢で

 

親方「…………」

 

 沈黙。

 

棟梁「古明地さん、コレを」

 

 先代から覚り妖怪へと手渡された(たすき)。それは長い時間手渡される事のなかった役目。覚り妖怪の彼女はしっかりとその襷を握りしめ、勝者の下へと歩みを進めていく。

 『注いだ酒のランクを上げる盃』と『酒が無限に湧き出る瓢』。長い長い鬼の歴史において、鬼同士の奪い合いは珍しいものではない。だがたった一人の者がコレを所持する事はなかった。数年前までは。それがこの年、

 

さと「ボケッ子、これはあなたの物よ」

 

 初めて鬼以外の、しかも鬼としては憎むべき種族へと手渡される。

 

大鬼「やっと……」

 

 いつもすぐそばにあったが、触れる事を許されなかった物。近くにあるのに手が届かなかった物。道半ばで何度も挫折しそうになった物。それが今、少年の手へ。

 

大鬼「うおおおーッ!」

 

 歓喜の雄叫びと共に高々と上げられた小さな左手。その手には紅く大きな盃が誇らしげに掲げられていた。となったのも束の間、

 

さと「あわわわ、いいいいきなりどどどどしたのよ!?」

 

 突然身を預けてきた少年に赤面する覚り妖怪。受け止めたはいいが、少年の上半身は衣を剥がされ皮膚は露わ。その上お姉様方を魅了する魅惑のボディ。いきなり訪れたラッキー、美味しい展開、むふふな状況にテンパりながらも淡い期待を寄せるが、

 

大鬼「い、痛い……疲れた……」

さと「ハハ……、デスヨネー」

 

 一気に落とされる。頬をひくつかせて「何を期待してるんだ」と自分の心に苦笑い。大きくため息を吐き、その場で少年を仰向けに置くと、大きめの声で指示を出した。

 

さと「長老様、手当を!」

医者「わ、分かった」

 

 町長の指令で我に返り、救急箱を手に動き出す医者。そして彼女のこの一声が、止まっていた会場の時間を再び進めさせた。

 

  『大鬼ッ!』

 

 次々と少年の下へと駆け寄る所縁(ゆかり)のある者達。蜘蛛姫、桶姫、猫娘、腐れ縁達。その中には、

 

萃香「腕大丈夫!? 顔までこんなに……」

 

 怪我を気遣う少年の『良き友』。そして……。

 

勇儀「大鬼ッ!」

 

 着くなり抱き寄せる、『全身全霊で責任を持って育てる』と誓いを立てた少年の保護者。

 「チラッ……、ガッツリ!」と綺麗な分かりやすい2度見。目を擦って3度見。この時、さとり妖怪はようやくその事に気がついた。

 

さと「勇儀さん心がムグッ!?」

 

 驚きのあまりボリュームがMAX。だが背後からそれを妨害される。

 

お燐「しーですニャ。今は邪魔しちゃダメですニャ」

 

 気が効くペットによって。

 

大鬼「姐さん? よかった意識が戻ったんだ。心が壊れたって……じゃなくて」

勇儀「ん?」

大鬼「えーっと……いや、何て言うかそのー……」

勇儀「……」

大鬼「…………い、色々ごめん」

勇儀「全くだ!! 電撃浴びせられて、死ぬかと思ったぞ!」

大鬼「ごめん……」

勇儀「家出しやがって」

大鬼「ごめん」

勇儀「おまけに何勝手に初めてんだよ!」

大鬼「ご、ごめん。でもこれには……」

 

 怒りに満ちた声と表情にたじろぎながらも、「理由がある」と弁解しようとする少年。だがそこへ……

 

勇儀「無事で良かった」

 

 少年を締め付ける力は強く、折れた右腕をも巻き込んでいたが、それでも少年は顔を歪めもせずそっと瞳を閉じ、

 

大鬼「本当にごめんなさい」

 

 彼女の耳元でそっと囁いた。

 

大鬼「姐さん、やっぱ痛い……」

勇儀「あ、悪い悪い」

医者「ほれほれ、大鬼腕見せてみ。あー、これは大分酷いのぉ。他の傷は薬を染み込ませた包帯で何とかなるが」

大鬼「でしょ? それなのに姐さん思いっきり締めるんだよ?」

勇儀「いや、アレは悪気があったわけじゃ……。それにさっき謝ったよな?」

大鬼「聞こえてなーい」

勇儀「オ・マ・エ・ナー……」

 

 いつもの調子の2人にくすりと微笑む一同。誰もが「全てが丸く収まった」と思っていた。だがそれは、

 

鬼 「ふざけんなッ!」

 

 観客からのこの一声でやって来た。

 飛び交う怒号の嵐、ブーイングの雨あられ。「全てが丸く収まった」と感じていたのは土俵上の面々のみ。その他の者達は納得などしていなかった。そして膨れ上がっていく負の感情は、彼等を行動へと移させる。

 

鬼 「お前に渡してたまるか。大鬼今すぐ俺と戦え!」

 

 観客席を飛び降り、土俵を目指す一人の鬼。それを皮切りに「俺が先だ!」と続々と観客達が土俵へと走り出した。今や観客席は土俵を目指す者達で押し合い圧し合いの『おしくらまんじゅう』状態。参戦を希望しない者達を跳ね除け、大混乱と化していた。

 

一輪「酷い……このタイミングで寄って集って」

村紗「痛ッ! なにすんのよ!」

鬼 「うるせえ邪魔だ!」

村紗「あーん? 一輪コイツらやっていい? 許可を!」

一輪「よし、やっちまえ。私も加勢する」

 

 怒りのボルテージが基準値を満たし、戦闘モードへと移る宝船組。風で飛ばされた見越入道がいなくとも、光弾で応戦できると意気込む入道使いだったが……

 

 

 チョンチョン♪

 

 

 ふいに肩を突かれ振り向くと、そこにはハレバレとした笑顔で、愉快そうにしている妹君が。

 

こい「それ、ちょっとだけ待っててくれる?」




【次回:十年後:観客】


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十年後:観客

 一方、土俵上では弱った餌を目指して大量に押し寄せるハイエナの群れに、

 

勇儀「あいつら……」

萃香「()らしめないとダメかな?」

和鬼「手をかそうか?」

ヤマ「私が網で押さえるよ」

キス「フッフッフッ……、一狩りいこうぜ」

 

 苛立ちを覚え始めていた。

 鋭い視線で睨みつける長身の四天王、

 拳を鳴らす小さな四天王、

 冷静な表情でやる気満々の純潔の鬼の少年、

 自慢の糸の準備を始める土蜘蛛、

 そして何処から出したのか、巨大な鎌に鬼火を乗せて構える桶妖怪。

 それぞれが戦闘モードへ。だがそこへ

 

さと「待ってください!」

 

 彼女達の前に覚り妖怪が背を向けて立ちはだかり、視界に迫る観客達を映したまま続けて口を開いた。

 

さと「ここからは私の仕事です」

 

 それは町長として、最高責任者としての使命。そして恩師が示してくれた道の先へ皆を迷わず、寄り道などさせずに導くために、

 

さと「お燐、お空!」

お燐「はいニャ!」

鴉 「カーッ!」

 

 構える地霊殿組。鳴き声と共に舞い降りたカラスは着地と共にトランスフォームを開始し、あっという間にゆで卵大好き娘へ。さらにそこへ、

 

??「『表象(ひょうしょう)弾幕(だんまく)パラノイア』♪」

 

 ハイエナの群れへ発射される白色の丸い光弾。それは突き進む彼等の目下で爆発音と共に粉塵を巻き上げ、彼等に一時停止を(うなが)した。

 

さと「ナイスタイミングね。こいし」

こい「なんとなく『そろそろかな〜』って思ってね♪」

お燐「アタイもいつでもいけますニャ」

お空「うにゅ? 何するの?」

お燐「いいから技の用意をするニャ!」

お空「わ、分かった。じゃあウッホミラクルスペシャル……続きなんだっけ?」

お燐「そん(ニャ)の知ら(ニャ)いニャ! もう光弾を出すだけでいいニャ!」

 

 この状況下でもゴーイングマイウェイを貫く地獄鴉に、やいのやいのと催促する猫娘。だがその間にも彼等は再び動き出していた。

 

  『ウオオオオッ!』

 

 その目に怒気、狂気、欲望をギラつかせて。

 

お燐「ニャーッ!? お空応戦するニャ! 狙いは足下ニャ『猫符(ねこふ)怨霊(おんりょう)猫乱歩(ねこらんぽ)』ニャ」

お空「うにゅー!」

こい「『復燃(ふくねん)(こい)埋火(うずみび)』♪」

 

 宣言される2種のスペルカードに加え、滅多打ちの通常光弾は分厚い弾幕となり彼等の数歩手前の地面に着弾。複数、多数の破壊音を上げて分厚い砂塵のカーテンを生み出し、彼等の前に一本のレールを描いた。

 

さと「その線を超える事を許しません。皆さんのお気持ちはお察ししていますが、これ以上騒ぎを起こすようならそれ相応に罰します。罰はそうですねー……『トラウマスペシャル豪華3本立て、6時間たっぷりのフルコース』なんていかがでしょう? 一人一人が抱えてるあんなトラウマ、こんなトラウマ、そんなトラウマまでを繊細に、夢に出てくるまで思い出させてあげますよ?」

 

 きりっとした顔の後、愛らしい笑顔で放たれた罰則を前に、慌てて大きく10歩後退するハイエナ達。誰もが抱えているあんなトラウマ、こんなトラウマ、そんなトラウマをぼんやりと思い出し、恐れ(おのの)いたのだった。

 

さと「希望者はゼロですか」

 

 「これで一段落」と現・町長か肩の力を抜いたまさにその時、

 

??「認めねーぞ!!」

 

 怒りの感情に満ちた彼が目を覚ました。

 

親方「負けてねぇッ! まだ勝負は着いてねぇ!!」

 

 否、

 

こい「お姉ちゃん、アレ無意識だよ♪」

 

 意識を失ったまま。今彼を動かすもの、それは最強の鬼としてのプライドのみ。

 

さと「親方様……」

こい「私が相手しようか?」

さと「……いえ、その必要はないみたい」

 

 観覧席から転がりながら落下するも、ダメージを物ともせずにそのまま少年に向かって猪の如く突っ走る。彼を止めようと構える一同だったがそこへ、

 

??「鬼さん、私を失望させないでくれるかな?」

 

 舞い降りる女神。

 

ヘカ「あなたは負けたの。潔く認めなさい」

 

 優しくそう告げるも、彼の耳にはその言葉は届かない。更に加速し女神の目の前まで一気に距離をつめる。

 

ヘカ「やれやれだわ」

 

 開いた右手を前へ。中指を折り曲げて親指でセット。彼の額に照準を合わせ、

 

ヘカ「おやすみ」

 

 発射。

 

 

ピンッ

 

 

 子供からご年配まで、誰もがよく知っている技。「シッペ」「ババチョップ」と肩を並べる罰ゲームの三代巨頭の一つ。通常そのダメージ量は「あいたっ」程度ではあるが、これを地獄の女神が放つと……。

 

 

バッッッコーーーーーンッ!!

 

 

 対象物は巨大な弾丸となり、受け止めるはずの壁に穴を開けて貫通させる。

 

ヘカ「あっちゃー……。ちょーっと力み過ぎたかな?」

  『ちょーっと?』

 

 ただのデコピンが今日一番の破壊力を披露し、間髪入れず本音がもれる一同。そしてその甲斐もあってか、下に降りていた観客達はいそいそと自席へと戻っていた。

 

一輪「さすが女神様だね」

村紗「あーあ、結局私達の出番無かったね」

一輪「でもこれが最善だよ。村紗行こう」

村紗「え? もう行くの?」

一輪「雲山探さないといけないし、これが終わったらまたお祭りやるでしょ。きっと混むよ」

村紗「そうだね。それよりもあの子……大鬼君ってやっぱり」

一輪「あの時の人間だね。村紗の予想は正しかったよ」

村紗「それなのになんであんな力を……」

一輪「もう考えるのはよそう。私達は少し知り過ぎたよ。もう彼達とは距離を置いた方がいい」

 

 土俵に背を向けて会場を出て行く入道使いと、彼女の後を追う舟幽霊。この日彼女達が知った事実はあまりに大きく、ショックなもの。それ故に「これ以上関わらない方がお互いのため」と提案するが、

 

村紗「絶対イヤッ! 明日カズ君と一緒にお祭り回る約束してるの!」

 

 リア充にそれは通じない。

 

一輪「ああ、はいはい悪うございました。あれ、そう言えばアイツは?」

村紗「ん? あれ? ぬえ?」

一輪「あのヤロー……」

  『逃げやがった!』

 

 泣き虫にして面倒臭がりで、

 

ぬえ「へへーんだ」

 

 イタズラ好き。

 騒ぎに便乗して試みた101回目の脱走は無事成功。天井からぶら下がる鍾乳石の陰に身を隠し、怒り狂う2人をドヤ顔で見下ろしていた。

 

ぬえ「やーっと自由だ。もう捕まってたまりますかってゆーの。それよりも……」

 

 そう呟きながら移した視線の先には、長身の四天王に抱えられて横たわる少年が。共にしていたのは合わせても1日にも満たない僅かな時間。だがそれでも彼女にとっては「少しだけ楽しい時間」だった。

 

ぬえ「アイツが人間だったなんて……」

 

 遠い昔、姿を変えては人間の前に現れ、驚き、怯える様を楽しんでいた彼女。だがある時本来の姿がバレてしまい、ここ地底に人間達の手によって封じられた。その経緯もあり、彼女は……。

 

ぬえ「人間は嫌い。(だま)しやがって」

 

 根が深いが故に思い込みも激しい。彼女がそう捨て台詞を残し、その場から立ち去ろうと方向転換した矢先、

 

ぬえ「ん? なんだろアレ?」

 

 あるものが目に留まり動きを止めた。それは宙に浮いていたからこそ気が付けた事。地上へと繋がる穴の物陰に、会場を見下ろす2つの人型のシルエットを発見したのだった。一つは彼女より背が高く、色々な部位も豊かで縄を背負った大人の女性。そしてもう一つは黄金の頭に不思議な帽子を被った少女だった。

 見慣れない上にただならぬ雰囲気を(かも)し出す2人に、興味本位で近づいて行く彼女。バレないように気配を殺してそっと。

 イタズラ好きの感。これ以上近付けば感づかれるギリギリのラインで進行をストップ。そして全神経を耳へと集中し、いざ盗聴開始。

 

大女「なかなか賑わってるねぇ」

小女「これが地底世界かー。楽しそうだね」

大女「それよりも見たかい?」

小女「最後のところしか見れてないけどね」

大女「ふふふ、あの力にあの根性。最高じゃないか」

小女「それにまだ若いね。早苗と同じくらいかな?」

大女「鬼だから年は分からないけど、きっといい素材になるだろうねぇ。けど今は……」

小女「地獄の女神達がいて分が悪いね。出直す?」

大女「そうだねぇ、今回は引くとしようか。次会う時を楽しみにしてるよ少年♡」

 

 少年へ熱いウインクを飛ばして遥か上を目指す2人。そして……

 

ぬえ「ななななんかヤバそう……。ででででもでも、私には関係ない、関係ないんだからー……☆」

 

 真っ青な顔でガタガタ震え、その場から高速で逃げ去る彼女だった。

 そんな事が頭上で起きているとは思いもしない地底組御一行。ようやく鎮圧した騒ぎにホッとしていた。

 

さと「ヘカーティア様、ありがとうこざいます」

ヘカ「いいって、これも女神の仕事だから。それよりも後で鬼さんに言っておいて。『やり過ぎてごめん』って」

さと「承知しました」

ヘカ「で、大鬼君久しぶり。元気にしてた?」

大鬼「あ、はい」

 

 女神様からの質問に、当たり障りなく無難な返事をする少年。だがそれでも女神はにこりと笑顔を見せて2度頷き、

 

ヘカ「それと……」

 

 少年と眠り姫を交互に眺めると、

 

ヘカ「2人共仲直り出来たの? リミットまでもう10分切ってるけど?」

 

 涼しい顔で爆弾を投下した。

 被弾し目を見開いて固まる一同、だがそんな余裕すらも許されない。

 

勇儀「なんだいリミットって?」

ヤマ「仲直り出来ないとあの電撃が再発するんだよ!」

勇儀「はーーーッ!?」

お燐「でももう仲直り出来てるから大丈夫ニャ! ですよね、さとり様?」

さと「えっ、私!? 私に聞かれても分からないわよ!」

こい「お姉ちゃんにも分からないの?」

勇儀「いや、でも私は大鬼の事は……」

萃香「そもそも仲直りの基準って何?」

キス「フッフッフ……『仲直り:仲たがいしていた者が、もとのように仲良くなる事』」

お空「うつほ知ってるよ。仲直りするには『ごめんね』って言えばいいんだよ」

  『ちょっと黙ってて!』

お空「うにゅー……」

 

 「今のままで大丈夫なのか、問題ないのか」と慌て出す一同。あーじゃない、こーじゃないと議論を交わすも答えは見つからない。それもそのはず、『仲直り』の基準があまりにも曖昧なのだから。

 

和鬼「大鬼、お前は勇儀さんの事許せるのか?」

 

 そこへ少年に歩み寄り、問いかける腐れ縁。だがその質問は彼女達からすれば検討違い。勇儀に尋ねるのならまだしも、少年に向けて尋ねたのだから。彼女達は一様に眉間にシワを寄せ「何を言っているんだ?」と首を傾げた。

 

大鬼「う、うん」

和鬼「本当に? ずっと勇儀さんに腹立てて、家を飛び出して、譲れないものがあったんじゃないのか?」

大鬼「……」

和鬼「黙ってやり過ごすつもりかよ! それで仲直り出来たっていえるのかよ!?」

 

 少年は腐れ縁からの一言にハッと目を丸くすると、勇儀へと視線を移して口を開いた。

 




【次回:十年後:注いだ酒のランクを上げる盃】


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十年後:注いだ酒のランクを上げる盃

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 私と大鬼が喧嘩になった原因。その一つが萃香のこと。でもそれは純狐のおかげもあって、ギリギリで気付くことができた。けど、もう1つあることに気付いてあげられなかった。それは今も同じ。

 

大鬼「姐さん」

勇儀「うん?」

 

 だから「何を言われるんだ」と鼓動を早めながらも平然を装って構えていた。寝相の悪さ、口うるささ、短気なところ、大鬼が抱えているであろう私への不満を思いつく限り考えていた。

 

大鬼「姐さんから見たら自分はまだ幼い?」

勇儀「へ?」

 

 けどこの問いは予期出来なかった。その所為で変な声で聞き返してしまう始末。何かの冗談かと思ったけど、

 

大鬼「答えて」

 

 私を見つめる目は真剣そのもの。

 仕事をしているわけでもない。1人暮らしをしているわけでもない。飯だって作ってやらないときっと餓死するだろう。おまけに部屋の掃除なんてしないし、都合の悪いことがあるとすぐに不貞腐(ふてくさ)れる。

 

勇儀「正直言うと、まだまだだと思う。けど……」

 

 けど、コイツは鬼に勝った。しかもあの父さんにだ。あんなに小さくて、弱々しくて、可愛らしかったコイツが。誰がこの結果を予想出来た? 名前通りに……いやもうそれ以上じゃないか。だったら……

 

勇儀「ごめんな、もう幼くないよな。大きくなったよ、強くなったよ」

大鬼「え、あ、うん。ありがと……」

 

 認めてあげないと。

 

勇儀「半人前程度に」

 

 少しだけな。

 

大鬼「半人前って……」

勇儀「ま、もっと頑張れって事さ」

大鬼「でも半分は認めてくれるんだよね? 頼ってくれるんだよね?」

勇儀「頼る?」

大鬼「自分に萃香さんの残りの罰則を負わせて」

 

 一瞬何を言っているのか分からなかった。

 なに? 萃香の罰則を負わせる? 

 誰に? 自分に? 

 自分って誰? 大鬼しかいない…………

 

萃香「え……」

勇儀「はーーーッ!? なんでお前さんが? 関係……」

大鬼「なくない! 関係無くない。大ありだ。2人の罰則は……」

勇儀「それは私達が勝手にやった事だ! だから大鬼が責任を負う必要はない!!」

大鬼「最後まで聞いてよ!!」

 

 その瞬間ハッと気付かされた。「またやってしまった」と。

 

勇儀「す、すまない」

大鬼「今年で10年目、やっと半分だよ? それなのになんでまた増やすのさ。毎年すごく忙しそうにしてるし。帰って来たら即寝だし。早く終わらせたいでしょ?」

勇儀「それは……そうだけど……」

大鬼「お金の貸し借りできないと不便じゃない?」

勇儀「まあ……確かに……」

大鬼「また賭博場行きたいでしょ?」

勇儀「いや……それはもう……」

 

 今となってはもう全く行っていない(いこ)いの場。思い出されるのは活気と煙管の匂いが漂う店内。「また行きたいか?」と自分の本心に聞いてみる……。ウソは言わない。

 

勇儀「そうでもない」

 

 変わっちまったな、私。あの頃の私が今の私を見たら、「気持ち悪ッ!」とか「頭打ったか?」とか言いそうだ。でも、行ったら行ったでまた楽しむんだろうな。通うようになっちまうんだろうな、きっと。けどその前に……、誰かの所為で跳ね上がったエンゲル係数のおかげで掛け金を出すのも心苦しいんだけどな。

 

大鬼「あっそ」

 

 それもこれもお前さんのおかげだからな。

 

大鬼「と・に・か・く、早く罰則を終わらせて欲しいの。もうこれ以上姐さんに負担を掛けたくないの。分かった?」

勇儀「ヤマメ達と一緒で手伝うだけじゃダメなのか?」

大鬼「ダメ。それだと今と変わらない。罰則を自分が肩代わりしないと意味ない」

勇儀「祭好きだろ?」

大鬼「好きだよ。楽しいし、美味しいし、テンション上がるし」

勇儀「もう10年間楽しめなくなるんだぞ?」

大鬼「それでもいい」

勇儀「ただただ忙しいだけだぞ?」

大鬼「覚悟してる」

 

 本気だ。率直にそう思わせる程に強く、熱い眼差しだった。

 まさか考えもしなかった。もう1つの事がそんな事だなんて。

 

勇儀「負けたよ。じゃあ大鬼の心意気に甘えさせてもらおうかな」

 

 嬉しいよ。そこまで思ってくれて。

 

勇儀「ありがとうな」

大鬼「へへ、じゃあミツメそういう事だから」

さと「はいはい、分かりました」

大鬼「自分にも鎖付けてよ」

さと「はいはい、分かり……は?」

  『はいーーーッ!?』

大鬼「だって罰則を肩代わりするんだから。そうなるでしょ?」

勇儀「いやいや待て待て。気持ちはありがたいし、覚悟も充分伝わった。萃香の分を肩代わりするのももう反対しない。でもそこまでしなくていいだろ?」

大鬼「イヤだ、それに他にもあるんだ。自分に罰として加えて欲しい事が。だからコレは自分への(いまし)めとケジメなんだ」

 

 とは言うけど、コレばっかりは賛成出来ない。アレを体感してしまった後だから尚の事だ。なにも大鬼を信用していないわけじゃないが、万が一もあり得る。

 周りの連中も同じ事を思っていたのだろう。眉を八の字にして「うーん」と唸り声を上げていた。そこへ、

 

さと「あなたの考え、読ませてもらったけど……本当にいいの?」

 

 便利な能力のさとり嬢。妙に納得した表情ではあるけど、何を読んだ?

 

勇儀「さとり嬢、大鬼は何を?」

さと「それは詳細を詰めてから皆さんに伝えます。それにボケ……大鬼君には今回の件で罰を受けてもらうつもりでしたので、丁度いいです」

勇儀「丁度いいって、この鎖をだぞ? 私と萃香をあそこまでにした」

さと「わかっています。ですが、大鬼君が言うようにケジメは必要です。それくらいの事をしないと他が納得してくれません」

 

 話をしている次元が違った。私は大鬼の事だけを考えていたが、彼女は町民全ての気持ちを()んだ上で話しをしている。冷静になって周囲を見回せば……なるほど確かに。こちらへ、大鬼へと向けられている視線は痛く冷たい。

 私情を挟まず、常に他人の事を考え優先し、正しい意見と共に皆を導く。まったく、

 

勇儀「鎖の件は、さとり嬢に任せる」

 

 母さんそっくりだ。しっかりと引き継ぎやがって。

 

さと「ありがとうございます。無理難題にはならないように配慮しますので」

勇儀「頼む」

 

 心苦しいが、大鬼の粋な計らいを受け入れる形で一件落着といったところだろう。もう後腐れは……ん? ちょっと待て。

 

勇儀「大鬼、お前さん萃香の事本当にこのままでいいのか?」

大鬼「え゛ッ!?」

萃香「ん?」

勇儀「だって本当は……」

大鬼「いいの! それはもう自己解決したから!!」

勇儀「そうか、それならいいんだけど……」

 

 自分の中で話が決着しているのなら余計な心配だろう。ただし、一応確認させてもらうぞ。

 

勇儀「さとり嬢、って言っているんだが?」

さと「本当の事ミ・タ・イ・デ・ス・ヨー」

 

 頬をヒクつかせて仏頂面(ぶっちょうづら)。なんで不機嫌になるかね……。

 

萃香「なになに? 何の話?」

さと「イマハ(今は)キニシナクテ(気にしなくて)イイデスヨ(いいですよ)ー」

萃香「ん〜?」

 

 名前を呼ばれて近寄ってみれば棒読みで「なんでもない」と。首を傾げたくなる気持ちも分かる。でもまあ、気になるなら治療が終わってから大鬼に直接聞くんだな。その時は……キスメを誘って物陰から見させてもらうとしよう。

 

ヘカ「あと5分だよ。でも2人共もうなんだか大丈夫そうだね」

お燐「一応言いたいことがある(ニャ)ら、言っておいた方がいいと思うニャ」

キス「フッフッフッ……、念には念を」

和鬼「用心に越したことはないからな」

お空「うにゅ? 2人共せーので『ごめんなさい』ってした?」

萃香「そう言われてみればしてないような……」

こい「お〜♪ お空ナイス〜♪」

さと「でも2人同時に謝る事なんてもう……」

 

 私と大鬼の仲は既に元通りだと思う。いや、私としては喧嘩する前よりも良好になったと思っている。けどな、

 

??「あるッ!!」

 

 一番肝心なところがまだなんだ。それを代弁してくれたのが、

 

??「勇儀、大鬼君。分かってるよね?」

 

 ヤマメ。最初から最後まで世話になったな。

 

  『ありがとう。もう大丈夫』

 

 大鬼も同じ事を考えていたらしい。同じタイミングに思わず目が合って、また一緒に照れ笑い。

 

勇儀「出て行けなんて言って……」

大鬼「酷いことを言って……」

 

 せーの。

 

  『ごめんなさい』

 

 もう思い残す事は無い。胸の内もスッキリした。心なしか肩凝りも取れた気がする。満足満足。これでもし発動したら……その時は誤動作だろう。頼むからそれだけは勘弁して欲しいが。ま、それでもまた復活してやるけどな。

 

大鬼「そ、それとさ……」

勇儀「ん?」

 

 「まだ何か謝る事があるのか?」はたまた「また何かお願いか?」と思っていた。正直「もういいだろ」とも。

 

大鬼「助けてくれて、今まで面倒見てくれて……その……あ、ありがと……」

 

 赤くなりながら、何度も何度も私の顔を見ては逸らし見ては逸らし、チラチラと。これには思わず……

 

 

 ズキューーーーン!

 

 

 効いた。これは久々に効いた。

 

勇儀「お、おう」

 

 熱くなる目頭を地上に向けて必死に(こら)える。まだ観客達も大勢いる。そんな中で鬼の四天王の情けない姿なんて見せられない。大鬼、もう何も話さないでくれ。今はマズイ。

 

大鬼「それで、コレ……」

 

 (こぼ)れないように注意しながら少しだけ視線を下へ。

 

勇儀「え……」

 

 思わず視線は釘付けに。おかげで目から一粒の雨が落ちた。でもそこまで。

 

大鬼「あげる」

 

 一気に目が乾いた。

 

  『なにーーーーーッ!?』

 

 会場一丸となって大絶叫。それはそうだ、大鬼が差し出して来たのは……

 

勇儀「あげるって……『注いだ酒のランクを上げる(さかずき)』だぞ?」

大鬼「そうだね」

勇儀「お前さんコレの価値分かってるのか!?」

大鬼「分かってるけど?」

勇儀「だったらなんで……欲しいから父さんと戦ったんだろ?」

大鬼「まあそうなんだけど、それはその……なんて言うか……」

 

 視線を横に外して(ども)る。その仕草は昔から変わらない私だけが知っているコイツの癖。胸の内に何かを秘めている証だ。それに気付いた時、私の中である可能性が浮上してきた。高鳴る心臓、再び熱くなる目頭、全身に走る衝撃に堪え、恐る恐る尋ねてみる。

 

勇儀「もしかして……このために戦ってくれたのか?」

 

 これの返事がYesだったら、私は……

 

大鬼「そ、そうだげど?」

 

 あ、ダメだ。

 

 




「ズキューーーーン!」
この効果音を出すのは実に久しぶりです。
そして勇儀姐さんと大鬼君、この回一歩も動いてません。

【次回:十年後:無茶するな】


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十年後:無茶するな

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

勇儀「ダイ゛ギー」

 

 決壊したダムの所為で目から鼻から滝を生み出した彼女。こうなってしまってはもう枯れるまで流すしかない。

 

勇儀「エグッ、ヒグッ……」

 

 おまけに嗚咽(おえつ)まで。鬼の四天王たる者が公衆の面前で大号泣である。そんな彼女と少年を取り囲む者達は

 

ヤマ「勇儀、良かったね」

萃香「いいなー……」

キス「フッフッフッ……、ちょっと泣いて来る……」

 

 と祝福する一方で、

 

さと「時間は!?」

 

 リミットまでの時間を気にしてもいた。

 さとり妖怪のその一声で、一同の視線は瞬時に彼女達の女神の下へと向けられる。その心中は「他にやれる事はないか」といった心配よりも「これでダメだったら」といった不安が支配していた。

 皆が全神経を耳へ集中させて固唾を飲んで待つ中、女神は少しだけ間を置き、崇拝する下々に向かって口を開いた。

 

ヘカ「もうとっくに延長戦」

 

 にこりと微笑んで。

 

和鬼「そ、それじゃあ……」

ヘカ「救出成功だよ、おめでとう」

  『やったーッ!!』

 

 何事もなく過ぎたデッドラインに喜びの声を上げ、ガッツポーズを取り、ハイタッチを交わす一同。その中にはもちろん、

 

??「ぱーるぱるぱるぱるぱる(泣)」

 

 救われた眠り姫に抱きついて歓喜の涙を流す者も。

 

勇儀「パ、パルスィ?」

パル「ぱーるぱるぱるぱるぱる(泣)」

 

 「想いはNo.1」と自負し、勇儀に遠くから、近くからどこからでも熱い視線を送る彼女。その想いが暴走して近頃では『純度100%の下心』を丸裸にし、強引にスペルカードルールの戦いを挑む彼女。そんなこともあり、想い人から煙たがられ、避けられ、逃げられ続けてきた彼女。だが今の彼女に(よこしま)な考えはない。あるのは純度100%の喜びのみ。だから、

 

勇儀「心配かけたな」

 

 その想いは伝わる。

 泣きじゃくる橋姫を長身の四天王は、黄色い髪の毛を「ぽんぽん」と2度優しく叩くと、いつになく柔らかな声でそう(ささや)くのだった。

 と、そこへ……

 

勇儀「ん? なんか観客がざわついてないかい?」

さと「これは……またちょっとややこしい問題ですね」

お燐「みん(ニャ)『その(さかずき)を勇儀さんが持っていていいのか?』って話してますニャ。どういうことですかニャ?」

萃香「そうだよ、それを持っていられるのは男だけだよ」

医者「それに欲しかったら戦って奪うしかないんじゃ。古臭い伝統じゃ」

ヘカ「そうだったけ?」

勇儀「そ、そう言えば……。大鬼、気持ちはすごく嬉しいけど、やっぱりこれは……」

 

 念願プレゼントに舞い上がっていたところを「古臭い伝統」よって阻害(そがい)され、瞬く間に底辺へと落とされる。その落ち込み様ときたら、

 

勇儀「はーーーあ……」

 

 大きなため息と共に肩をガックリと落としてorz。少年の粋な計らいに感動を受けた者達も「えー……」と言わんばかりの表情を浮かべていた。

 

大鬼「じゃあ、それ貸す」

勇儀「貸す?」

大鬼「それだったらいいでしょ? じいちゃんも昔師匠から瓢を借りてたし」

勇儀「そうかもしれないけど、私は罰則で……」

 

 数年前に見た光景から「宝の貸し借りは許されているはずだ」と話す少年に対し、自身に課せられた罰則故に「それはダメだろう」と眉をひそめる勇儀。

 

勇儀「あれ?」

 

 だがそこでふと疑問が。

 

勇儀「これ金銭の貸し借りの内に入るのか?」

和鬼「金銭はお金のことですよ」

こい「お宝だけどね♪」

お空「うにゅ? そのお皿ってお金なの? ゆで卵何個分?」

お燐「お空はお口にチャックするニャ……」

ヤマ「お金の内に入らないんじゃない?」

萃香「という事は?」

 

 2人の四天王が禁じられているのは、金銭の貸し借り。物品の貸し借りまでは禁止されていない。よって、

 

キス「フッフッフッ……、セーフ」

 

 となる。が、

 

さと「勇儀さん大変申し訳ありませんが、その件も待って頂けませんか?」

 

 現・町の長から「待った!」発言。

 

勇儀「えー……、それまたなんで?」

さと「たしかに罰則が発動する可能性は低いと思いますが、物が物だけに万が一ということもあり得ます」

 

 通貨や紙幣ではないが鬼達の宝であり、価値のある品。それだけに100%何も起きないという確証がない。言うなれば、白寄りのグレーゾーン。『チョコバナナ好き高所恐怖症』が判定すれば白になるのだろうが、

 

さと「念には念をです」

 

 「石橋を叩いて渡りましょう」ということのようだ。しかし勇儀の心境は「いくらなんでも心配し過ぎでは?」と言ったところ。現・町の長に説得されるも素直に納得できずにいた。そんな彼女の胸の内を能力で悟ったのだろう。覚り妖怪は……。

 

さと「それに公式の所持者は大鬼君ですが、実質の所持者は勇儀さんになるわけです。初めての女性での所持者ですよ? ですから全例が無い上に、事が事だけに私達の一存では決められませんよ。ですので……」

 

 彼女を(さと)し始める。その後も長々と理屈と正論を語り続け、

 

勇儀「もう分かったよ!」

 

 とうとう折れさせた。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

さと「事が事だけに私達の一存では決められませんよ」

 

 いつか言われた台詞。その上長々と続く説教。波長の所為だろうか? 『秘技:チクワ耳』を発動するも、彼女の声は私の脳でしっかりと受け止めてしまう。

 

勇儀「もう分かったよ!」

 

 これ以上続けられたら、また放心状態になりかねん。

 

勇儀「まったく……同じような事を言うなよな」

 

 「誰に」なんて(つぶや)いていないのに、完全に独り言のつもりで吐いたのに、

 

さと「いや〜それほどでも〜」

 

 拾うな、悟るな、そんでもって頭かきながらニヤニヤするな!

 

勇儀「()めてないって」

 

 母さんを(した)っているのは知っているけど、そこまでかね? 町長になったとはいえ、母さん2号になる必要はないと思うが……。でも根負けして「分かった」って言っちまったし、ここは大人しく引き下がって彼女の言う通りにしよう。

 

さと「はい、ありがとうございます。大鬼君の意思を尊重するようにしますので」

 

 コイツまた……。

 

さと「あ……」

勇儀「だーかーらッ!」

さと「ごごごごめんなさい」

医者「おい勇儀、そろそろ大鬼を運びたいんじゃが?」

 

 診療所の爺さんに言われて大鬼に視線を向けると、折れた右腕には添え木が当てられ、包帯で固定されていた。他にも血が出ていた額、殴られて蹴られて飛ばされて(あざ)だらけになった体、至る所に包帯が巻かれ、

 

勇儀「お化け?」

 

 そんな感じだ。

 

大鬼「うっさい!」

勇儀「あっははは、悪い悪い。それじゃあ私が運ぶよ」

 

 とは言ったものの……。

 

パル「ぱーるぱるぱるぱる(泣)」

 

 さっきからずっとこの調子だ。私にしがみ付いて離れようとしない。

 

勇儀「なあパルスィそろそろ……」

パル「ぱーるぱるぱるぱる」

 

 声を掛けてみるけど聞こえているんだかいないんだか……。でもいい加減に離れてもらわないとこっちも困る。

 

勇儀「これどうしたらいい?」

 

 ヤマメ達に相談してみても、肩をすぼめて無言で「さあね」と。

 

パル「ぱーるぱるぱるぐふ(泣?)」

勇儀「参ったな……」

パル「ぱーるぱるぐふふふ(泣??)」

 

 

Grip♡ 

 

 

勇儀「あ〜ん?」

パル「ぐふふふふふふふ♡」

 

 

Gri〜p♡ Gri〜p♡

 

 

勇儀「……」ワナワナワナワナ

パル「パール♡ パルパルパルパル♡」

 

 

ガッ!(パルスィの服を掴む音)

 

 

パル「パッ!?」

勇儀「お前さんはナニヲシ・テ・イ・ル・ダ~?」

パル「しまった1回だけのつもりがつい夢中に」

勇儀「ほほー……」

大鬼「はい、いってらっしゃーい」

和鬼「出た七不思議の誤情報」

ヤマ「パルスィ、今回は同情しないから」

キス「フッフッフッ……、アウトー」

お空「ちゃんと『いい?』って聞かないとダメなんだよ」

お燐「それでもだめニャ」

こい「わ〜♪」キラキラキラキラ☆

さと「でもこれが柔力(じゅうりょく)。ね、妬ましい……」

萃香「大きいからなんだって言うのよ! 私はステータスだー!」

ヘカ「なになに? 何が始まるの?」

医者「カッカッカッ、恒例行事ですじゃ。後はその場の雰囲気に任せてくれれば結構ですじゃ」

 

 メラメラと、轟々(ごうごう)と燃え盛る能力とは違う力。これを晴らさずには、いられるか!

 

勇儀「何かいう事は?」

パル「お、おかえりなさーい」

勇儀「ただいまーーーーーッ!!」

パル「ルううううああああぁぁぁぁ。。。……☆」

勇儀「ドサクサに紛れてセクハラするなんてふてぇヤツだ! いいか覚えておけ! 私はそういう輩がこの世で一番嫌いだ!!」

  『はいッ!!』

 

 振り向けば会場一丸で綺麗な敬礼を。いや、ヘカーティア様までそんな……。それとこいし嬢、そんな目で見られても今回はやらないからな。

 ともあれ、

 

勇儀「大鬼立てるか?」

 

 コイツを運ばないと。

 

勇儀「大鬼?」

 

 返事がない大鬼を不思議に思って覗きこんでみると、

 

勇儀「おい大鬼どうした!?」

 

 目の焦点が合ってない上に呼吸も荒い。さっきまで元気に話しをしていたのに。それに、

 

勇儀「あつッ!」

 

 とんでもない熱。只事じゃないと瞬時に察せる程に。

 

医者「いかん、急いで連れて行くぞ!」

 

 診療所の爺さんにそう告げられ、私は……

 

勇儀「わかった!」

 

 

ガッ!(爺さんの服を掴む音)

 

 

医者「おい?」

勇儀「みんな後を頼む!」

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 「後を頼む」そう告げて小脇に2人を抱え、砂埃を巻き上げて走り去る彼女を呆然と見送る一同。だったが、

 

 『ふー……』

 

 一斉にため息を吐き、額から流れる一筋の汗を拭ぐい出した。

 

ヤマ「もー、一瞬ヒヤッとしたよ」

こい「『びゅーん』ってやらなかったね♪」

萃香「流石にそれは無いと思ったけど、あれはあれで体に響くよ。大鬼、大丈夫かな?」

ヘカ「病人とお年寄りは大事に扱わないとダメだからね、いい?」

お空「はーい」

和鬼「それくらいは(わきまえ)てますよ」

キス「フッフッフッ……。勇儀よ、言われてるぞ」

お燐「さとり様どうしましょうかニャ?」

さと「私は棟梁様達の所に戻ってこの場を静めます。お燐達は親方様を診療所に連れて行ってあげて。あと長老様の手伝いもしてあげて。お願いね、ヘカーティア様行きましょう」

 

 的確な指示を出し、女神と共にVIP席へと急ぐ現・町の長。主役がいなくなっても彼女の仕事は尽きない。寧ろここからが本番と言ったところだろう。そして彼女に「最強だった」鬼を郵送するように依頼された一同は、

 

  『って言われてもねー……』

 

 困惑していた。

 「運べ」と簡単に言うが、巨体にして超重量。その上力自慢で最強()()()鬼。少年のようにおいそれと楽々運び出せるものではない。「運んでる最中に暴れられでもしたら……」そう考えただけでも面倒である。「うーん」と唸り声を上げながら、腕を組んで「どうしたものか」と一同が悩んでいる中、真っ先に進み出たのが、

 

??「それならオッサンがやろう」

 

 今まで黙って事の成り行きを見守っていた片角の鬼だった。

 

蒼鬼「アイツが暴れ出したらそん時はオッサンが相手してやる。でも運ぶのは流石に1人じゃ無理だ。萃香と和鬼、手を貸せ」

 

 身内に協力するように指示を出し、その場を仕切り始めた。

 

蒼鬼「それとヤマメ」

ヤマ「は、はい!」

 

 突然リーダーに呼ばれ、姿勢を真っ直ぐにして身構える蜘蛛姫。そんな彼女に彼はくすりと笑った後こう尋ねた。

 

蒼鬼「でかい担架を作れるか?」

 

 と。今この場にあるのは眠り姫を乗せていた担架だけ。それでは「親友を運ぶのは困難」という判断からだろうが、即興で担架など……。

 

キス「フッフッフッ……、それは愚問だね」

 

 否、彼女にそんな物は朝飯前。なぜならかつては少年達の遊具を作り、現在はプロとして活躍している

 

ヤマ「もちろん、任せて下さい」

 

 巨匠なのだから。

 

お燐「アタイも手伝うニャ」

 

 さらに増える協力者。依頼を受けた当人である以上、協力するのが道理。少し遅ればせながらも、挙手して参加の姿勢を見せる猫娘だった。しかしそうなると1つ困った事が。それが

 

お空「お燐、うつほはどうしたらいい?」

 

 彼女の存在。力はそこそこあるが、診療所について手伝いができるかと問われれば、間違いなく邪魔。という事で、

 

お燐「お空はここでこいし様とちょっと待ってるニャ」

 

 妹君と留守番確定。が、

 

お空「うにゅ、それでこいし様は?」

お燐「あれ? さっきまでそこに……」

 

 そこは無意識で放浪癖のある妹君。

 

お燐「またどっかに行っちゃったニャ……」

 

 ふらふら〜♪ と何処へやら。という事で、

 

お空「じゃあ桶ちゃんと待ってる」

 

 桶姫に白羽の矢が立つ。

 

キス「フッフッフッ……、ふぁッ!?」

 

 家はトラウマを生み出すリアルホラーグッズ屋敷。その上、桶の中にもお気に入りを忍ばせている彼女。

 

お燐「すみませんがよろしくお願いしますニャ」

お空「よろしくねー」

キス「む、無限ループ……」

 

 そんな彼女ではあるが、繰り返し訪れる精神攻撃が

 

キス「怖い……」ガタガタガタガタ

 

 数年前から大のトラウマ。

 

 

ーー最強救出中ーー

 

 

 深い眠りに落とされた大きな鬼を無事運び出す事に成功した片角のオッサンとその娘、甥、そして猫娘。巨匠がその場で作り上げた担架に乗せ、保険にと糸でぐるぐる巻きに。その診療所に向かう道中、先程の試合の話になりーーーー

 

蒼鬼「なんか引っかかってるんだよなー……」

萃香「親父も? 私もなんだよねー……」

和鬼「オレもオレも。何か忘れてる気がするんだよ」

お燐「アタイもニャ。すごく大切(ニャ)ことのよう(ニャ)、そうじゃ(ニャ)いよう(ニャ)

 

 天井を見上げてアレやコレやと思いを巡らせる4人。だが結局思い浮かばないまま目的地へと到着し、

 

  『ま、いっか』

 

 考えるのをやめた。

 翌日、試合後に騒ぎを大きくした罰で、全体責任という判断の下、町内一斉清掃活動が行われた。その一環として会場の整備も実施され、その際に土俵の瓦礫の中から若い鬼が()()姿()で発掘された。彼を見た者達は皆口々に

 

  『ャ……無茶しやがって』

 

 と呟いたそうな。そして診療所へと運ばれる道中、目を覚ました彼は

 

鬼助「なんでオイラだけ……」

 

 と、しくしく泣いていたそうな。

 

 




【次回:十年後:】
今回は秘密です。べべべ別にまだ決まってないとか、そそそそんなんじゃないですから!


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十年後:おにぎり

実際、投稿ギリギリまで悩みました。


  (――ばれ! ――るな)

 

 何処からか聞こえて来る声。だがそれは電波の悪い環境で使用する携帯電話の様に、肝心な所でプツリ、プツリと途絶え、酷く聞き取り辛かった。

 

  (鬼――に負けるな!)

 

 意識を集中させれば徐々に姿を現していくその言葉は、自分へ向けられた応援だったと気付かされる。「誰からの声援だろう」と考え始めた時、それははっきりと鮮明に伝わって来た。

 

  (私の血なんかに負けるな!)

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 (はと)が豆鉄砲を食ったような顔で目を覚ました大鬼。ここが何処だか分かってないみたいだな。

 

勇儀「よっ、具合はどうだい?」

 

 顔色は……うん、悪くない。

 

勇儀「顔色は良し、と」

大鬼「ここは……診療所?」

勇儀「正解、よく分かったな。まあ今朝まで世話になっていたんだから当たり前か」

大鬼「なんでここに?」

勇儀「お前さんいきなり高熱を出したんだよ。覚えてないのかい?」

 

 私の問いに首を振って答えてくれたが、やはりあの時は意識がなかったらしい。

 

勇儀「受け答えは良し、記憶は無し、と」

大鬼「さっきから何やってるの?」

勇儀「ああ、爺さんに頼まれてな。お前さんが目を覚ましたら具合を書くように言われてんだ」

大鬼「ふーん、爺さんは?」

勇儀「今さとり嬢のところに戻ってるよ。あと右腕は明日手術するってさ」

大鬼「薬でも治らないの?」

勇儀「残りが少ないみたいでな、緊急の時以外は使うのを控えるってさ」

大鬼「自力で治せってこと?」

勇儀「そういうこと。他にどこか痛いとか、気分が悪いとかあるか?」

大鬼「気分は悪くないけど」

勇儀「けど?」

大鬼「口の中が気持ち悪い」

勇儀「それはさっき薬を放り込んだからな」

 

 爺さんが言うには大鬼の高熱は「鬼の血の暴走」らしい。だから昔みたいな症状が起きたのだろうと。でも長い月日が経って今じゃ大鬼の中ですっかり馴染んでいるだけに、そこまで重症化しなくて済んだらしい。「成長熱と似たようなもんじゃ、カッカッカッ」なんて言いながら、「念のために」と便利なあの薬を眠っている大鬼の口に押し込んで治療終了。

 これにはさすがの私でも思った。「荒い」と。こんな爺さんに大鬼の手術を任せて大丈夫だろうか? とはいえ、他に医者がいないから頼るしかないんだよな……。

 

勇儀「あとは無いか?」

大鬼「全身が痛い」

勇儀「え……」

大鬼「筋肉痛で」

勇儀「……冗談を言う元気もあり。と、あとは体温測るぞ」

 

 実はコレがずっと楽しみだった。ここに来る前までは意識していなかったけど、改めて思い起こしてみれば…………いい体していやがった。風呂に一緒に入る事も無くなったし、着替えも交代で部屋を使っている。それだけに、大鬼の成長した体をみたのは実に久々だった。

 今大鬼はさっきのまま。つまり布団の中は……ムフフ♡ 保護者の特権を利用してじっくりと堪能してやる。それくらいバチは当たらないだろう。

 近くに準備しておいた水銀式の体温計を手に取り、いざ大鬼へと……

 

大鬼「いいよ、自分でやるから」

 

 断られた。その上体温計を奪われた。今の私は

 

勇儀「……」

 

 10分間待つだけ。暇だ。

 

  『そういえば』

 

 被った、見事にハモった。視線で先手を(ゆず)るが、大鬼は(あご)を使って私に先手を進めてくる。まあどっちが先でもいいし、

 

勇儀「そういえばお前さん試合の終盤で大江山颪を……」

 

 それなら先手はもらおう。

 

大鬼「うん、なんかできちゃった」

勇儀「前からできたのか?」

大鬼「そんなわけないじゃん」

勇儀「だよなー」

大鬼「なんか急に力が『ワッ』て出てきて、なんとなく出来そうな気がしてそれで……」

 

 それは要約するとつまり、

 

勇儀「『よくわからないけど、なんとなくやったら成功した』と?」

 

 こういうことだろう。

 

大鬼「うーん……」

 

 眉を八の字にして唸り声をあげるあたり、当らずと(いえど)も遠からずといった感じか。大鬼の言う力の正体、あれはほぼ間違いなく……。そう思うのには理由がある。

 私が眠りから覚めた時の事だ。萃香達が言うには、私は意識が完全に戻っていなかったらしい。それにも関わらず、能力を発動していたと。その話を聞かされて最初は「なんでそのタイミングで急に?」と疑問に思ったが、胸の奥に直接流れ込んできた声を思い出してハッとした。そういうことかと、それが能力の発動条件かと。

 

勇儀「大鬼」

 

 伝えておこう。

 

勇儀「お前さんの言うその力は……」

 

 お前さんに眠る力の正体を。

 

大鬼「姐さんの能力でしょ?」

 

 そう告げると大鬼は顔真っ赤になった顔を布団で隠してしまった。予想していなかった反応に思わず、

 

 

キョトーン……

 

 

 だ。

 

勇儀「ちょちょちょ待て待て待て。お前さん気付いていたのか!?」

 

 私の質問に布団からはみ出ている頭がコクリと縦に小さく揺れた。

 

勇儀「いつから……いつから気付いた? それにどうして?」

大鬼「ひーはんほははっへふほひひ」

勇儀「は?」

 

 布団に顔を押し付けている所為で何を話しているのかサッパリだ。

 

大鬼「ばーはーはッ(だーかーらッ)! ひーはんほ……」

 

 にも関わらず、依然としてそのまま喋り続ける。まどろっこしい。

 

勇儀「布団なんかに隠れてないで、出てきてちゃんと話せよ!」

大鬼「あっ、ちょっと!」

 

 強引に布団を()ぎ取るとそこには……ムフフ♡

 

大鬼「布団返せよ!」

 

 怪訝(けげん)な顔してとは言うが、

 

勇儀「え〜、寒くないんだからもういらないだろ?」

 

 引いてたまるか!

 改めてマジマジとみてみれば……ふむ、ホントしっかりとした体になって♡ 女みたいに細くて白いのに、大胸筋、三角筋、上腕二頭筋がハッキリと現れている。腹直筋なんて6つに割れて。

 でも、あの時の傷痕は残ったままだな。もうとっくに(ふさ)がっているのに、変色した胸の大きな傷痕が今見ても痛々しい。

 

勇儀「ごめんな。あの時ずっとそばにいてあげられなくて」

 

 そうすれば怪我なんて……。

 

大鬼「は? なんの話?」

 

 だよなー、覚えてるわけないよなー。

 

勇儀「気にしないでおくれ。それで? 能力の事はいつ?」

大鬼「じいちゃんと戦ってる時に。どうしてって聞かれると答えにくいんだけど……」

 

 そこまで話すと大鬼はボンヤリと天井を眺め始め、しばらくしたら「あっ」と声を漏らした。どうやらいい表現が見つかったみたいだ。

 

大鬼「じんわり伝わって来た」

 

 その結果がコレ。

 

勇儀「なんじゃそりゃ?」

 

 思わず本音が。

 

大鬼「これが精一杯。じゃあ次はこっちの番ね、さっき自分が起きる前に大声出してなかった?」

勇儀「いいや、ずっとここでお前さんの様子を静かに見てたよ」

大鬼「そっか」

 

 またボンヤリと瞳に天井を映す大鬼に違和感を覚え、

 

勇儀「なんか気になるのか?」

 

 尋ねてみると

 

大鬼「ここの爺さんから聞いたんだけど、自分昔この部屋を使ったことがあるの?」

 

 あの日のことを聞いて来た。でも言っていることから察するに、当時の事を全然覚えていないのだろう。あの時、大鬼は意識が朦朧(もうろう)としていたし、10年も前のことだし、無理もないか。

 

勇儀「ああそうだよ。事故で全身にガラスが刺さって……」

大鬼「姐さんが輸血してくれたんでしょ?」

勇儀「お、お前さんどうしてそれを……」

大鬼「ばあちゃんとヤマメとミツメ、それに萃香さんが教えてくれた」

 

 私が大鬼に血を分けた事を知っているのは極めて限られた者達だけ。だから大鬼の口からその事が告げられた時は心底驚いたが、どうやら話を聞いていたらしい。それに思い返してみれば試合後、そのような事を(ほの)めかしていた。あの時は私がカッとなって割り込む形になったけど、もしあのまま喋らせていたらと思うと……ナイスプレー、私。

 

勇儀「そうだよ。でもこの事は誰にも言うなよ?」

大鬼「わかってる。注意するように言われてるから」

勇儀「よしよし。で、話の続きだけど輸血したはいいんだけど、そしたら今度はさっきみたいに高熱を出してな。その時は意識もなくて……」

 

 生々しく、まるで目の前の現実のように映し出される当時の記憶に、

 

勇儀「すまない、ちょっと待っていておくれ……」

 

 話すのが辛くなる。

 

大鬼「その時にさ」

 

 だが待った無し。待てと言うのに……。

 

大鬼「応援してくれてた?」

勇儀「ああ、声はずっと掛けていたよ」

 

 当時の大鬼は5つ、もう幼い頃の出来事なんてもう覚えていないだろうに「なんで今さらそんなことを?」と疑問に思っていたら、

 

大鬼「『私の血なんかに負けるな』って?」

 

 と。言った、確かに私はそう言っていた。他は「負けるな」とか「気をしっかりもて」だの言っていた気がするが、

 

勇儀「覚えてたのか!?」

 

 正直驚いた。大鬼が覚えていたこともそうだけど、ちゃんと届いていたということが。

 

大鬼「正確には思い出したになるのかな? さっきもその声が聞こえて来て、それで目が覚めた」

勇儀「そっか」

 

 素直に嬉しい。あの頃の出来事一つ一つが私にとって大切なものだから。だってさ、

 

大鬼「そっかって……それだけ?」

 

 こんな風に話にオチを求めたり、イラッとくること無かったもんなー……。可愛いかったんだから。

 

勇儀「じゃ、じゃあ他にないか? 昔の事で覚えていること」

 

 この際だからとことん昔話に付き合ってもらうか。

 

大鬼「祭りの時にキスメが降って来た」

勇儀「それよりも前で」

大鬼「地霊殿に初めて行った事とか」

勇儀「もっと前」

大鬼「蕎麦屋の記録にあとちょっとで……」

勇儀「それはいつもの事だろ? もっともっと前だ」

 

 まあ薄々察してはいたけど、

 

大鬼「って言われてもねー」

 

 ホンッッットに何にも覚えてないんだな。

 

勇儀「じゃあ焼肉会の事とかも覚えてるはずないよなー」

 

 ため息を吐きながら視線を下へ向けて独り言。そう、これは個人的なボヤキだ。別に大鬼に向けて言ったわけではない。

 

 

ボンッ

 

 

 突然聞こえて来た爆発音に驚いて出所へ目をやると、見事に真っ赤に染まった大鬼が。もしかしてコイツ……。

 

勇儀「覚えてるのかい?」

大鬼「う、ううううるさいっ! だったら何!?」

勇儀「じゃあ萃香と初めて……」

 

 

ボボボボンッ!

 

 

 連続爆破して頭上から湯気をもくもくと立ち上らせ、

 

大鬼「な゛ぁぁぁぁぁッ!!」

 

 布団の上で頭を(むし)りながらジタバタと暴れだした。

 間違いない。大鬼はそのことを薄らぼんやりとかもしれないが、覚えてる。全く覚えてないと諦めていただけに、望みが出てきた。いや、覚えてるはずだ。

 

勇儀「じゃあ私と初めて会った時の事も覚えてるだろ?」

大鬼「あー、自分町中でギャン泣きしてたんでしょ? 話には聞いてるけど、覚えてない」

勇儀「いやいや覚えてないわけないだろ」

大鬼「残念ながら全く」

勇儀「これっぽっちも?」

大鬼「ごめんなさーい」

 

 惨敗。萃香に完全黒星。なんで……なんでなんだよ。萃香と会うたった半日前だぞ? ずっと一緒にいたのになんで覚えててくれてないんだよッ!! 悲しい、悔しい、ね、ね、ね……

 

勇儀「妬ま……」

 

 

ぐ〜ぎゅるるるる〜〜〜……

 

 

 ここぞというタイミングで鳴る腹時計。大きな音で思わず目が点に。まったく、あんな目に合わされながらもしっかりと腹は減るんだな。

 

大鬼「え、今の姐さん?」

勇儀「わ、悪いか?」

 

 私。思い出してみれば朝起きてから祭りの支度やらで何も食べてない。いや、純狐とアメリカンドックを食べた。でも、いくら意識を無くしたまま寝ていただけとは言え、流石にそれだけだと

 

勇儀「ひ、ひもじい……」

 

 腹減るだろ? 

 

大鬼「いちちちちっ」

 

 奇声に目を向けて見れば、大鬼か歯を食いしばって起き上がろうとしていた。疲労に怪我、おまけに筋肉痛の三拍子。

 

勇儀「なんだなんだ? 欲しい物があるなら取ってくるから寝てろよ」

 

 横になっていた方がいいに決まってる。

 

大鬼「大丈夫。お腹空いてるならちょっと待ってて。今朝の残りがあるはずだから」

勇儀「いやいや、爺さんの飯だろ? そんなことしたらダメだろ?」

 

 いくら慣れ親しんだ仲とは言え、勝手に飯を頂戴するなんて言語道断。以ての外だ。

 

大鬼「自分祭りがあるから朝はあまり食べるつもり無かったんだ。でも爺さんいつも通りに作ってくれて」

 

 痛みに堪えながらシリアスな顔して言ってはいるが、他人の家であの食欲を披露するなよ。少しは遠慮しろよな……でもそういう礼儀やらは教えてないから私の責任でもあるのか。少しコイツには教育が必要かもな。とは言えだ。

 

大鬼「帰ったら食べるつもりだったんだ。それに残りを爺さん1人では食べれないと思う」

 

 そういう事なら是非協力させて頂きたい。もう……無理。

 

勇儀「じゃあもらっちゃおうかな? 台所にあるのか?」

大鬼「いいから座ってて」

 

 腰を上げて動こうとしたところを止められ、大鬼はそのまま台所へふらふらと行ってしまった。「片手しか使えなのに大丈夫か?」と心配していると、台所からガシャーンやらガチャーンやら不安を割り増しする音が。

 

勇儀「おい、本当に大丈夫か?」

大鬼「だ、大丈夫。あっれ〜? オカズは食べちゃったのかな? あまりいいのが残ってないや」

勇儀「無理しなくていいからなー」

 

 

ガラガラガシャーン、パリーンッ!

 

 

 本当に大丈夫か?

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 けたたましく上がり続けていた破壊音はその後ピタリと止んだ。待てと命じられた彼女もようやくホッと一安心して……

 

勇儀「不安だ……」

 

 いなかった。静かになればなったで、過ぎるものにハラハラドキドキしていた。と、そこへ

 

大鬼「お、お待たせ」

 

 ようやく運ばれて来る彼女のメインディッシュ。

 『料理:材料に手を加えて、食物をととのえ作ること』である。そういう意味であれば少年が持って来たコレは一応その部類に……

 

 

ぐしゃ〜……

 

 

 入るのか怪しいところ。

 

大鬼「か、片手だから上手にはできなかったけど……」

 

 一応言いわけ。首から三角巾に包まれた腕の所為だと告げるが、両手が使えたところであまり変わらないだろう。だがそれでも、

 

勇儀「ぐすん」

 

 彼女の涙腺にとっては破壊力抜群。

 

勇儀「いや、初めてにしては上出来だよ。いただきまーす」

大鬼「美味しくなかったら残していいから」

 

 少年が固唾を飲んで見守る中、彼女はそれを手に取り最初の一口を

 

 

バクッ!

 

 

 食べた。躊躇(ちゅうちょ)や怪しむ様子など見せず、笑顔で豪快に大きく一口頬張った。

 

勇儀「!?」

大鬼「ど、どう?」

 

 恐る恐る尋ねる。返事に期待と不安を入り交じらせて感想を求める。だがその相手は事もあろうに鬼。鬼はウソは言わない。高鳴る心臓に堪え、じっと返事を待つシェフ。その返事は……

 

 

ガツガツガツガツッ!

 

 

 あれよあれよと原型を失っていくシェフの処女作。シェフの目は点になり、口はポカーン。あっという間に残りは数口分までに。だがそんなに勢いよく食べ進めていては……

 

勇儀「ゴフッ! ンーッンーッ!」

大鬼「あーもう! 慌てて食べるから。はいはい水ね、ちょっと待ってて」

 

 胸を叩いて慌て出し「飲み物をよこせ」とジェスチャーを繰り返す彼女に呆れながらも、注文された品を用意しに行くシェフ。だがその移動速度は全身負傷中のため、

 

大鬼「いちちち……」

 

 鈍い。

 

 

ーー水分準備中ーー

 

 

大鬼「いたたた、動くとやっぱり響くな」

 

 ロボットの様にカクカクした動きで、ブツブツ言いながら注文の品を運ぶシェフ。それとは別に遅ればせながらもおしぼりを用意するという気の効きよう。

 

大鬼「姐さん水……」

 

 少年が次に目にしたのは、

 

大鬼「姐さんどうしたの!?」

 

 座ったまま俯いて動かない彼女の姿だった。「間に合わなかったか」と慌てて駆け寄り、顔を除いて呼吸を確認する。耳を澄まして静かに。

 

勇儀「zzz……」

大鬼「えー、さっきまで苦しそうにしてたのに……しかもずっと寝てたのにまた寝る?」

 

 「どういう神経をしているんだ?」と疑いながら「心配して損した」とため息。ふと視線を彼女の手元に向ければ、まだ食べ掛けの作品が申し訳程度に残っていた。少年はそれを彼女の手から離すと、自分の口へと放り込んだ。

 

大鬼「!?」

 

 少年が生まれて初めて作った手料理、それは料理と呼ぶにはお手軽過ぎで、形も何を作ったのか分からぬ程(いびつ)で粗末な物。そしてその味は、

 

大鬼「辛ッ!」

 

 やはり残念な物。

 

大鬼「塩入れ過ぎた。無理して食べなくても良かったのに……」

 

 だがそれでも

 

大鬼「笑いながら寝てるし、子供かっていうの。げどまあ……」

 

 少年が作ったおにぎりは、

 

大鬼「いつもありがとう」

 

 彼女にとっては

 

大鬼「母さん」

 

 どんな高級料理よりも美味だったとさ。

 

大鬼「あ、体温測りなおさなきゃ……」

 

 

 

 




【次回:十年後:鬼の祭_後夜祭】


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十年後:鬼の祭_後夜祭

 不覚、まさかまた寝ちまうなんて……。

 戻って来た診療所の爺さんに「カッカッカッ、すっかり仲良しじゃのぉ」と笑われながら声をかけられ、重い(まぶた)を開けてみれば、私は横になって眠っていた。

 

大鬼「……」

 

 隣で不機嫌な顔して歩くコイツを枕にして。無自覚とは言え、怪我人に何をしてんだ私……。だから非は認める。けど、

 

大鬼「怪我、悪化してると思うなー」

勇儀「だからごめんって謝ってるだろ」

 

 ねちっこい上にしつこい。このことは生涯言われ続けられる気がしてならない。こうなったら……

 

勇儀「早く行かないと飯がなくなるぞ?」

 

 話を反らせるのみ。

 私が大鬼と爺さんを診療所に運んでしばらく経った後、萃香達が父さんを担架に乗せてやって来た。ヘカーティア様のあの一撃を受けておきながらも、父さんの怪我は大したものではなく、簡単な処置だけで終わった。ただ爺さんが言うには、頭へのダメージが強かったみたいで「もうしばらくは目を覚まさないだろう」と。それで診療所でゆっくりさせる事も考えたが、「大鬼と一緒にしておくのはマズイだろう」という意見もあり、運んで来てもらったメンバーで実家へと郵送してもらうになった。

 そしてその去り際に、「2人の仲が良くなったお祝いをしよう」と萃香が言い出し、今夜は宴会を開く事になった。で、今私達は診療所を出発して帰宅途中というわけだ。

 一応診療所の爺さんには、今まで大鬼が世話になった礼の意味を込めて誘ったけど、「カッカッカッ、それならコッチで支払いな」と断られた上に現物を要求された。あの器のデカイ爺さんが金を要求するなんて……大鬼よ、この3日間でどれだけ食ったんだ?

 

大鬼「って、聞いてる?」

勇儀「悪い、考え事をしてた」

大鬼「なんか会場に忘れ()()してる気がするんだけど……」

勇儀「(さかずき)なら……ほら、ちゃんと持ってる。それに(ひょう)はきっとさとり嬢が持ってるよ」

大鬼「いや、他に」

勇儀「もう夜だし、気になるなら明日行けばいいだろ。さっさと歩かないと置いて行くぞ」

大鬼「んー……、なんだったっけ?」

 

 

――少年移動中――

 

 

 で、帰ってきたわけだが……。

 

??「あっひゃひゃひゃひゃ」

 

 腹を抱えて大爆笑の萃香、

 

??「アタイそういうの苦手ニャ」

??「下品です!」

 

 とか言いながらしっかり瞳に焼き付けているお燐とさとり嬢。他には

 

??「暑苦しくて妬ましい……」

 

 猪口(ちょこ)に口を付けてじっくりと堪能しているヤツに、

 

??「フッフッフッ……、ナイスバルク!」

 

 声援を送るキスメ、

 

??「こっちみて〜」

 

 指で額縁を作って構えるヤマメ。そして、そのみんなの視線の先で

 

??「ドヤアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 上半身裸で勇ましく実った筋肉を膨らませ、したり顔で決めポーズを取る筋肉バカ、もとい和鬼。

 

勇儀「どういう状況だコレ?」

ヤマ「あ、勇儀戻ってたんだ。これはさっき『大鬼君が脱いだら実は凄い』って話になってね」

お燐「そうしたら和鬼君が『自分の方がスゴイ!』って言い出してニャ」

キス「フッフッフッ……、そして今に至る」

 

 確かにあの体は凄かった。今思い出しても……ムフフ♡ だがコレは……

 

勇儀「へエー……スゴイデスネ」

和鬼「フンフーン!」

 

 認めるが好みじゃないな。ガチガチのムキムキはよろしくない。それと、

 

萃香「ぶわひゃひゃひゃひゃ」

 

 萃香ー……。赤い顔してゲラゲラ笑いながら転げ回って完全に笑い上戸だ。大鬼は私との事を覚えてくれてなかったのに、アレとの出会いは……

 

パル「嫉ーーーーーっ妬!!」

さと「勇儀さん気を静めて!」

勇儀「はっ!」

 

 危ない危ない、落ち着け私。大きく息を吸ってゆっくりと吐いて。

 

勇儀「はー……」

パル「あん、もうちょっとだったのにー」

勇儀「お前さんはなんでイ・ル・ン・ダ・イ〜?」

 

 私にあんな事をしておいて、どの面下げてここに来てんだ? 

 

勇儀「言っておくが今回は本気で怒ってるからな」

 

 コイツも大鬼に負けず劣らずの礼儀知らずだ。

 

ヤマ「ほらパルスィ、怒ってるってさ」

 

 ヤツを(ひじ)で突いて謝罪を(うなが)すヤマメ。けど今さらそんな事をされても私の怒りは静まらない。例え土下座されても許すつもりなど……

 

パル「コレお詫びに」

 

 献上してきたのは干し肉と、純米大吟醸酒。美味いと評判な酒だが、コストパフォーマンスが良くないからこれまで手を付けていなかった品だ。

 

パル「ごめんなさーい」

 

 どうやら物で釣ろうという事らしい。やれやれ、随分とお安く見られたものだ。

 

勇儀「うん、今度からやめろよ」

 

 ありがたく貰うけどな。お、これは高級な干し肉だな。ついでに「礼儀知らず」ってのも考え直しておいてやる。

 

ヤマ「パルスィには私達からガツンと言っておいたから。特にお空がすごかったんだよ」

勇儀「え、あのお空が?」

 

 「説教される事はあっても、することはないだろう」と思っていただけに、ヤマメからそう聞かされた時は本当に驚いた。なんでもパルスィに「勝手に触ったらダメ」やら「我慢も大切」やら「自分がされて嫌な事はやめよう」などの事を優しく注意していたそうだ。でも……

 

勇儀「それのどこがすごいんだ?」

 

 当然の疑問。「そんな事でヤツが改心するはずがない」と、「私ならもっと骨身に刻むようにキツく注意できる」と思っていた。そんな私に告げられた真相は、

 

ヤマ「ここからだよ。言い終わったらまた最初から一字一句変えずに同じ事を言い始めるんだよ。驚いちゃった。しかもそれを何度も何度も。アレは記憶力が良くないとできないよ。お空ってあんな感じだけど実は頭が良いのかもね」

 

 なんとも滑稽(こっけい)な状況だった。

 

勇儀「なるほどな、そういうやり方で骨身に刻まされたわけか」

 

 けど頭が良いかは定かじゃないと思うけどな。

 チラリとヤツに視線を向ければ、話が聞こえていたのだろう、

 

パル「∞ループ……怖い」

 

 ガクガク震えていた。トラウマになってるじゃねぇか。しかも、

 

キス「む、無限ループ……」ガクガク

 

 桶まで。なぜにお前さんまで?

 

勇儀「で、そのお空は? 姿が見えないけど?」

お燐「眠く(ニャ)って家に帰りましたニャ」

勇儀「え、もう? まだそんな時間じゃないだろ?」

さと「彼女はこの時間いつも寝ているんです」

 

 大鬼だってこの時間はいつも起きてるっていうのに?

 

勇儀「子供かよ」

さと「だからきっと育つんです」

勇儀「まだ成長期なのか?」

お燐「こっちがですニャ」

 

 その部位で2つの半球を描くお燐のジェスチャーで瞬時に理解した。なるほど、あっちがね。

 

お燐「あたいもやってみようかニャ……」

 

 お前さんがその話題に触れると、主人にイヤミに聞こえるからヤメイ。

 

さと「事あるごとに服が、特にそこがキツくなったって……パルパルです」

 

 拳を握りしめてそこまで悔しそうに語らないでも……。

 

勇儀「そんなに気にする必要はないだろ? 肩凝るし、邪魔になるだけだぞ?」

 

 

じとー……

 

 

 冷たい視線が1箇所に突き刺さる。いかん、地雷踏んだか?

 

和鬼「オレの胸筋も負けてない!」

勇儀「はいはい……」

お燐「ずるいですニャ」

勇儀「お燐はこっち側だろ?」

萃香「ゆーりー(勇儀ー)ひまわはひを(今私を)わらっはなー(笑ったなー)!」

勇儀「萃香のことは話してないだろ」

ヤマ「喧嘩売ってるノ・カ・ナ〜?」ピクピク

勇儀「そんなつもりないって!」

パル「パル↗ パル↗ パル↗ パル↗」

さと「パル↘ パル↘ パル↘ パル↘」

勇儀「合唱するな!!」

キス「フッフッフッ……、少しよこせ」

 

 鎌を構える桶を先頭に、目を光らせてジリジリと距離を詰めて来る。私の味方は誰一人としていない。マズイ、非常にマズイ! こうなったら……

 

勇儀「じゃっ、そういうことで!」

 

 逃げるんだよォ!

 

萃香「にばふなー(逃すなー)!」

  『おーッ!!』

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 熱気と活気と殺気が充満していた地底世界。だがその熱はすっかり冷め、祭りの時期だというのに例年よりも静けさが漂う今の地底世界。そんな地底世界のとある和風の屋敷の縁側には、地上から流れ込む夜風に当たりながら、盃を交わす3人の鬼の姿が。

 

蒼鬼「2人共まだ飲むだろ?」

親方「すまねぇ」

棟梁「ありがとうございます。あとで私がお注ぎします」

蒼鬼「悪いな」

 

 しんみりと静かに、上品に注がれた酒を口へと運ぶ。それぞれが一口分の酒を飲み終える頃、それはやって来た。木製の廊下を踏みしめる「ミシ……」という音と共に。

 背後に気配を感じて振り向く彼ら。

 

棟梁「あら、お帰りなさい」

蒼鬼「もう平気なのか?」

 

 そこには3日ぶりの帰宅となる少年の姿が。少年にいつも通りの口調で声をかける2人だったが、

 

親方「……」

 

 彼だけは目視すらもしていないかった。そんな彼に少年は

 

大鬼「じいちゃん」

 

 普段通りに声をかけてみるも、

 

親方「じじいなんだろ?」

 

 その返事は皮肉めいたもの。しかし少年がしたことを考えれば、至極当然な反応と言えるだろう。

 すると少年は3人の下へと近付いて行き、横を通り過ぎ、素足のまま庭へ。そして彼らを正面にすると、

 

大鬼「(ひど)いことを言ってごめんなさい!」

 

 深々と頭を下げ始めた。

 

親方「……」

 

 (あご)を上げて無言で見下ろす彼。その表情は試合開始直前となんら差はない。少年が発言を間違えれば再び暴れ出す。そんな雰囲気が側にいた2人にヒシヒシと伝わっていた。

 

大鬼「それと姐さんを酷い目に合わせてごめんなさい!」

 

 姿勢を変えず、そのままの姿勢で続けてごめんなさい。その言葉に嘘、偽りはない。まごうこと無く本心。そしてこれが、少年の頭で考えられる最上級にして最大限の謝罪の言葉だった。

 

親方「酷い酷いってちゃんと分かってんのか?」

大鬼「はい、反省してます」

親方「何をしたのか分かってんのか?」

大鬼「ばあちゃんに辛い想いをさせました。みんなにも心配をかけました。じいちゃんと姐さんに酷いことを言いました。姐さんを傷つけました。大切な家族を傷つけました」

 

 次々と自身の口から上げられていく少年の犯した罪を、3人は真剣な目で(うなず)きもせず、ただ黙って聞いていた。そして最後に少年は、

 

大鬼「取り返しのつかない事になってしまうところでした。本当に、本当にごめんなさい! 絶対にもうしません!!」

 

 額を地に付けて全身全霊で叫んだ。少年の木霊が止み、あたりに静けさが戻った頃、少年の師が口を開いた。

 

蒼鬼「って言ってるが?」

 

 だが当の本人は依然として無言で険しい表情を浮かべたまま。そんな彼に親友はため息を一つ吐くと、続けて(さと)し出した。

 

蒼鬼「コウ、何か言ってやったらどうだ? 下手なりにここまでしてんだから」

親方「……」

 

 土下座をされようと、親友にそう言われようと、大切なものを失う寸前だった彼。そう簡単に胸の内が晴れるはずがない。それを彼は、少年へ向けて静かに語り始めた。

 

親方「一度失った信用ってぇのは、すぐに取り戻せるものじゃあねぇ。例えどんなに謝られても、すぐに許せるものじゃあねぇ。ここまではいいか?」

大鬼「はい」

親方「だからワシも今は許すつもりはない」

大鬼「はい!」

親方「信用して欲しければ、許して欲しければ態度で示せ!」

大鬼「はい!!」

親方「これから先、お前の覚悟と本気を見させてもらう。いいな!?」

大鬼「はい!!!」

親方「話は終わりだ。もう行け」

大鬼「はい、ありがとうございます!」

 

 かつては町のNo.2として君臨し、最強の鬼の称号をものにした彼。だがその実態は、妻の尻にひかれ、娘にも頭が上がらず、孫(仮)にもあしらわられ、家庭での地位は底辺。その上今となっては手にした名声も失い、優しいが頼りないただの町民となった彼。

 だが少年の心に深く刻まれたドスの効いた声は、

 

大鬼「(絶対に信用させてやる)」

 

 成長期で反抗期の少年をさらに(たくま)しくするのだった。

 強い意思を胸に、彼らの前から立ち去る少年。だが突然、数歩進んだ所で

 

親方「大鬼イイイイイイッ!!」

 

 怒号にも似た叫び声が背後から襲って来た。少年、驚きのあまり目を丸くしてその場で硬直。と、そこへ……。

 

親方「強くなったな」

大鬼「じいちゃん、一緒にご飯……」

親方「……あとで行く」

 

 その言葉を聞くや否や、少年は駆け足でその場を後にした。

 拳を交わした2人は本当の家族ではない仮の家族。種族も異なる者同士。それでも嬉しそうに微笑むその表情は、

 

大鬼「ありがとう」  親方「ありがとうよ」

 

 そっくりだった。

 

蒼鬼「んじゃ、この酒が終わったら萃香達の所に顔を見せに行くとしますか」

 

 「仕切り直しに」と残りの酒を器に注ぎながら、そう2人に告げる片角の鬼。だがその直後、

 

 

メラメラメラメラ……

 

 

蒼鬼「おうッ!?」

 

 撒き散らされる殺気にたじろぐ。

 

蒼鬼「おいコウ、あれ……」

親方「あん?」

 

 「自分ではどうにも出来ない」と悟ると、彼は親友を呼び「向こうを見ろと」と指差した。そこには、

 

親方「大鬼のヤロー、余計なことを……」

蒼鬼「じゃ、後よろしく!」

親方「あ、おい! 汚ねぇぞ!」

棟梁「ばあちゃん? ばあちゃん? ばあちゃん?」ピクピク

 

 世にも恐ろしい表情を浮かべた般若(はんにゃ)がおったそうな。

 

 

――般若鎮静中――

 

 

 説得とヨイショの末、平常心を取り戻した屋敷の主人。(あら)わになっていた眉間のシワはすっかり消え失せ、元の美しい顔へ。その後長年の夫婦は特にこれといった会話をする事もなく、チビチビと酒を飲みながら時間を消費していた。

 

親方「なあ」

棟梁「はい」

親方「どこまで気付いていた?」

棟梁「何のことですか?」

親方「『馬鹿な考えはよせ』とワシを止めようとしていただろ?」

棟梁「さあ、どうでしょうね」

 

 彼女は夫の質問に笑顔を浮かべて答えると、(さかずき)に残った酒を飲み干して続けて話し出した。

 

棟梁「でも文字通り『馬鹿な事』をするような気がしていました。結果、そのおかげで勇儀は救われましたけど、一歩間違えれば……」

 

 彼女はそこで話を止め、手を添えて頷きながら優しくさすり始めた。広く、大きく、強くも、

 

親方「ワシは……大切なものを2つも失うところだった」

 

 心優しい夫の背中を。

 

棟梁「それがわかって頂けて何よりですよ」

 

 

 




【次回:十年後:咎人の枷】



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十年後:咎人の枷

大鬼「……」

 

 ザ・脱力。加えて苦笑い。宴会の場へと来てみれば、料理はまだ手付かずの物が目立ってはいるものの、そこはもぬけの殻。誰一人として……

 

??「ドヤアアアアアアアアアア!!」

 

 否、いた。鏡の前で一人ポーズをとるビルダーが。

 

大鬼「何してんの?」

 

 当然の疑問である。

 

和鬼「おう、戻ってたんだ。実は明日ナミと祭回る約束してるんだ。だから抜かりの無いようにしておきたくてさ」

大鬼「は?」

和鬼「だからー、おれは明日デートなの」

大鬼「で?」

和鬼「わっかんないかなー、ベストの状態に仕上げておきたいって言ってんの。バランス悪かったりしたらカッコ悪いだろ?」

 

 生き生きとした笑顔で語る腐れ縁を少年は

 

大鬼「(気にするところそこじゃない!)」

 

 と呆れた目で見ていた。そんな少年に膨らませた上腕二頭筋を見せ付け、凛々しい顔で問う腐れ縁。

 

和鬼「なあ、コイツをどう思う?」

大鬼「すごく……大きいです……」

 

 とは返すが少年、「心底どうでもいい」と言った心境だろう。

 

大鬼「それでみんなは? 姐さんこっちに来てなかった? あと……」

 

 

ぐ〜ぎゅるるる〜……

 

 

大鬼「肉くいてぇー……」

和鬼「飯は祭の屋台で買って来たやつしかねぇよ」

大鬼「焼きそば、焼き鳥、玉こんにゃく、天ぷらとか色々あるけど……肉成分が足りない」

 

 目当ての物が少ないと知るや、肩をガックリと落として落胆。だがそれでも、

 

大鬼「まっいいや、これで我慢しよ。いただきまーす」

 

 食う。

 

 

――少年食事中――

 

 

 少年が食事を開始してから

 

和鬼「おいお前……」

 

 カップ麺が出来上がる程度の時間が経過した。と、そこへタイミングよく

 

 

ドドドドドドド……

 

 

 地響きを鳴らして

 

ヤマ「捕まえた!」

お燐「不公平ニャ」

パル「妬ましいッ」

キス「フッフッフッ……、ゲッチュ」

さと「隊長、捕獲成功です!」

萃香「うむ、よくやった」

勇儀「放せって! 私が何したって言うんだよ!?」

 

 少年の前に雪崩の(ごと)く押し寄せる姫君達。眠り姫の腰にタックルをする蜘蛛姫を筆頭に、ワラワラと取り押さえにかかる猫姫、覚り姫、嫉妬姫、桶姫。そしてその後ろから悠々と酒を片手に現れる本作戦の隊長、俎板(まないた)姫。アメフトのルール上、ボールを持たぬ者へのタックルは反則行為。だが彼女の場合は、

 

  『その存在が妬ましい!』

 

 ボールを2つも抱えているのでセーフである。

 彼女のプロポーションを(うらや)み、追いかけ回していた姫君達。金色の長髪をなびかせ、元気に走る彼女の後で

 

萃香「ゆ〜ぎ〜?」

勇儀「な、なあ変なことはよせよな?」

 

 隊長は

 

萃香「せーのっ!」

 

 目論(もくろ)んでいた。

 

  『おかえり!』

勇儀「お、おう。ただいま」

 

 姫君達からの不意打に頬を染める眠り姫。なんだかんだありながらも、和気藹々(わきあいあい)とした雰囲気の乙女一同。だがその頃にはもう……

 

??「えーッ!?」

 

 既に事件は

 

??「(ニャ)(ニャ)(ニャ)ってるニャ!」

 

 現場で起きていた。真っ先に気付いたのは地霊殿の主人とそのペット。彼女達が部屋から抜け出す前まではあったはずの物が綺麗サッパリ姿を消していたのだ。

 

萃香「あんなに買ったのにもう全部食べたの!?」

 

 少年は二つの罪を犯していた。一つ、並ばれていた料理を全て平らげた事。もう一つが、

 

??「大鬼君それ!?」

??「ノ゛ーーーッ!」

??「フッフッフッ……、お召し上がりに」

 

 眠り姫への献上品に手を出した事。

 少年を指差して慌て始める蜘蛛姫、両頬に手を当てて有名な絵画の様に叫ぶ嫉妬姫、そしてその光景にニヤニヤと不気味に笑う桶姫。

 

勇儀「大鬼、お前さんは何を食べてイ・ル・ン・ダ・イー?」

大鬼「ほひひふ(干し肉)ほへほひひひほ(これ美味しいよ)はべふ(食べる)?」

勇儀「それは私がパルスィからもらったやつだ!!」

大鬼「えっ、そうなの!? ここにあったからツイ、まだ三枚しか食べてないから大丈……」

 

 少年は見た。食べ物の恨みに燃える本物の鬼の姿を。そこから先は声が出なかった。

 

勇儀「なんか買ってこい!!」

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 保護者から資金を受け取り、買い出しへと向かわされる事になった少年。己が犯した罪故に仕方がない。文句も言わず素直に従って町へと歩みを進める。

 

和鬼「なんでオレまで……」ブツブツ

 

 腐れ縁を道連れに。彼からすれば完全にとばっちり。無関係なのにも関わらず、ただ「片手しか使えない大鬼一人では大変だろう」といった理由から乙女達に駆り出されたのだ。

 

和鬼「この時間まで出店やってる所っていったら……あの辺かなー」

 

 出店の並ぶ町並みをイメージし、目的地を模索し始める腐れ縁。やがてその地が決まったようで、少年へ伝えるため隣へ視線を向ける。

 

和鬼「って、あれ?」

 

 だがそこには誰もいない。不審に思い振り向くと、だいぶ離れた位置で(うつむ)いて立ち止まる少年が。

 

和鬼「おーい、大鬼どうしたんだー?」

 

 声をかけてみるも返事はなし。その上依然として立ち止まったままで動く気配もなし。これには彼も「めんどくせー」と思いながらも渋々少年の下へ。

 

和鬼「どうした、どっか痛いのか?」

大鬼「……ぃ」

和鬼「は?」

大鬼「気持ち悪い……」

和鬼「はー!? だから慌てて食うなって言っただろうが!」

大鬼「も、もう無理限界。うっぷ……」

和鬼「あーもう! こっち来い!!」

 

 その後、彼の介抱のおかげでスッキリとした少年。「この事は誰にも言うな」と彼に固く口止めし、彼もそれを了承した。そして二人揃ってお使いを済ませ、再び宴会の輪へと加わっていくのだった。

 

 この年の祭り初日。それは鬼の歴史上類を見ない程騒がしく、悲しみと狂気で満ち(あふ)れた一日となった。だがその日の一部の宴会では、笑い声と喜びの声が絶え間なく沸き起こり、いつもと変わらない(にぎ)やかなものだったそうな。

 

  『えーーーーーーッ!!?』

 

 ちょっとした爆弾が投下された以外は。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

??「本気……なの?」

??「もう決めた事だから」

??「みんなは?」

??「少し心配そうだったけど、『わかった』って」

??「そっか……」

 

 笑顔を浮かべて目の前を通り過ぎていく町民達。祭りで(にぎ)わう中、2つ並んだ影の側には一輪の白い彼岸花が寂しげに咲いていた。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

??「今年も楽しませてもらったよ。ありがとうね」

 

 初日からあんな事があったが、今年の祭りも(とどこお)りなく終了。ヘカーティア様も満足して頂けたみたいでホッと一安心だ。

 

棟梁「今年はお見苦しいところをお見せしてしまい、申し訳ありませんでした」

ヘカ「ううん、全然ノープロブレムだから気にしないで。それよりも旦那さんの頭大丈夫? まだ痛む?」

親方「そんな滅相もございません。こちらこそとんだご無礼を」

蒼鬼「そうですよ、気になさらないで下さいよ。頑丈だけがコイツの売りなんで」

親方「はぁ!?」

蒼鬼「あぁ!?」

  『やんのか!?』

和鬼「師匠、お怪我に触るといけないんでその辺で」

萃香「おやじぃ、恥ずかしいから他所でやってよね」

ヤマ「大鬼君と和鬼君が大人になったらこうなるのかな?」

パル「漢臭くて妬ましい……」

キス「フッフッフッ……、男とは拳で語り合うもの」

お燐「怪我をしたら元も子も(ニャ)いニャ」

こい「今のおもしろ〜い♪ お空やろやろ♪」

お空「うにゅ?」

 

 祭りが終わる。それはヘカーティア様を見送る時でもある。

 

ヘカ「大鬼君は……残念だったね」

??「いえ、あれだけの事をしたんですから、当然の(むく)いです」

 

 そう答える大鬼。

 初日の宴会でさとり嬢から告げられた大鬼への罰則、その一つが長期の謹慎処分だった。期間は今年の冬、雪が降る頃まで。私と大鬼の2人の問題とは言え、あそこまでの騒ぎになってしまい、町民の多くは大鬼を良く思っていない上、恨んでいる者もいるらしい。だから「(ほとぼ)りが冷めるまでは外出禁止」という事になったそうだ。

 それは分かる。真っ当な判断だと思う。けど……

 

大鬼「それにこういう家も新鮮ですし、動物も沢山いて飽きないですし」

 

 場所が自宅じゃなくてコ・コ! ここ地霊殿で。なんでもさとり嬢が言うには「その方が監視するのに好都合です」だそうだ。しかも「心の傷はそう簡単に完治するものではないので、ゆっくりして下さい」と私を気遣って言ってくれたが、さすがにこれには反対した。いや、

 

大鬼「何よりご飯が美味しくて沢山ありますし」

 

 止めた。コイツの食欲を甘く見ない方がいい。

 

??「ホント、そこだけは甘く見ていましたよ」

 

 また読まれてた……。もう慣れっこだけどな。

 

勇儀「だから言わんこっちゃない」

さと「沢山食べるのは知っていました。ある程度覚悟もしていました。けど三食に加えてオヤツに夜食全てあの量とは……想定外で規格外です」

 

 肩を落として項垂(うなだ)れながら語るさとり嬢。彼女にはお燐とお空の他にもペットが山ほどいる。そこにあの大鬼が加わるとなれば家計は火の車だろう。ここは一つアドバイスをしておこう。

 

勇儀「一食分の量を決めておけ。私はそうしているぞ?」

さと「そうしたいのは山々なんですけど……」

 

 今度は両手を後ろで組んでモジモジと。

 

勇儀「なんだ? なんか困るのか?」

さと「だ、だっていつも笑顔で『美味しい、美味しい』って……」

 

 そして頬を染めながらゴニョゴニョと。なるほどそういう事ね。確かにあの笑顔は慣れないと厳しいかもな。かくいう私も随分とやられたわけだし。

 

勇儀「大鬼の食費はこっちも出すから言っておくれよ」

さと「ありがとうございます。そうさせて下さい」

 

 否定しないあたり本当に困ってるんだな。

 

勇儀「悪いな礼儀がなっていなくて」

 

 私はそう呟きながら、ヘカーティア様と楽しげに話す我が家の問題児を瞳に映していた。そこへ、

 

??「Hey,Daemon.勇儀 and Satori」

??「お祭りご苦労様」

 

 ヘカーティア様のご友人方が。

 

ピー「Atai next year も shop やるからよろしくね」

 

 と話しかけて来るが、何を話しているのかサッパリなんだよな。一先ず……。

 

勇儀「お、おうそうか。アレ美味かったぞ」

 

 当たり(さわ)りのない様にしておこう。さとり嬢、あとを頼む。

 

さと「へっ!? わわわ私ですか!? あ、えっと……プ、プリーズ」

ピー「あ、ごめん。言葉分からなかった? 『Atai来年も出店するからよろしくね』って言ったあるね」

 

 『普通に喋れたんかい!!』

 

 と、さとり嬢も思ったに違いない。まったくもって妖精の考えている事はよく分からん。

 その後、ド派手な格好をした妖精は私達との会話を済ませると、友人のハエの妖怪、もとい地底の妖怪の方へと足早に去って行った。

 手紙を送り合う仲らしいし、年に一度しか会えないとなると、込み上げて来るものもあるだろう。……ってか普通に喋れるなら普通に手紙書けばいいだろうに。ホンッッットに妖精は何を考えているのか分からん。

 

??「あの……」

 

 申し訳なさそうに声を発するヘカーティア様のもう一人のご友人。その表情と態度から何を言うつもりか大方察しがつく。

 

純狐「ごめんなさい!」

 

 やっぱり。彼女は私が罰を受けた事に責任を感じている。きっと「余計な事を言った」って。彼女とは知り合って間もないがけど、なんとなく分かる。

 

勇儀「そんな謝らないでおくれよ。むしろ感謝してるくらいさ。純狐のおかげで私は大鬼と向き合えたんだ。ありがとう」

純狐「優しいのね」

勇儀「そうでもないぞ? 自慢じゃないがかなり短気だ。頭ではブレーキをかけているつもりなのに、ついカッとなって軽く注意するつもりが怒鳴ってるなんて日常茶飯事だ」

純狐「ふふふ、それは私も一緒」

 

 微笑んで答えてくれる純狐に安心した。やっぱり美人には笑顔が似合うな。

 

純狐「ねえ、また会いに来てもいいかしら?」

勇儀「ああ、そん時はまた私の相談相手になっておくれよ」

純狐「それは務まらないと思うわ」

勇儀「えー、つれないこと言うなよ」

純狐「でも、愚痴なら聞いてあげる」

勇儀「ふふ、是非そうしておくれ」

 

 2人で笑いながら再会を約束していると、

 

 

チャラ……

 

 

 金物が揺れる聞き慣れた音が。最初の頃は邪魔で(わずら)わしかったが、今となってはもう私の体の一部と化している。それが今……

 

大鬼「姐さん、話があるんだけど」

 

 コイツの右腕にも。

 これが罰則の二つ目。片腕だけなのは残された(かせ)がそれだけだったから。片方だけとは言え、その効果と威力が変わる事はない。それなのに私と萃香が両腕にしているのは、それが通常だから。それ以上でもなければ、それ以下でもない。ただそれだけだ。それなのに中途半端に片方だけ残されているのには……まあ色々ある。古い話だ。

 ついでに言うと大鬼のアレは私が付けた。決められていた事とは言え、本当に心苦しかった。胸がはち切れそうだった。きっと母さんもあの時同じ想いをしたに違いない。今更だけど今度ちゃんと礼と謝罪をしようと思う。

 そして、その枷に課せられた(いまし)めは三つ。その中で私が納得出来たのは二つ、『十年間の祭当番』と『私の鎖との同調』だ。

 一つ目についてはもう認めた事、だからもう何も言わない。

 けど二つ目には悩まされた。これの意味するもの、それは「私の枷が発動すれば、大鬼の枷も発動する」という事だ。「その方が今回みたいな事に成り難い」ということらしい。大方、

 私と大鬼が喧嘩する→大鬼が家出を考える→けど私の枷が発動すれば大鬼も発動するので思い留まる→ごめんなさいして仲良しこよし。

 とでも考えたのだろう。でも、これで私が誤って賭博場にでも行こうものなら、無関係な大鬼まで被害を受けてしまう。私の不注意、気の緩みで大鬼を巻き込んでしまうってわけだ。……もしかしたらそういう意味も含まれているのかもしれないな、気を緩めるなと。ついでに言うと大鬼の罰則が発動しても私には何も起きないらしい。

 そして最もキツイ上に納得出来ないのが三つ目。だがその前に……

 

純狐「あ、噂をすれば。こうして会うのは初めてかな? 私は純狐、もうすぐでお別れだけどよろしくね」

大鬼「大鬼です、どうも初めまして」

純狐「丁寧に挨拶出来て凄いじゃない。あなたもやるわね」

勇儀「いや、それは……」

純狐「じゃあ私はお邪魔になっちゃうから、ヘカーティアの所に行くわね」

 

 微笑んで手を振りながらヘカーティア様の下へと向かう純狐。私は彼女に

 

大鬼「誤解されてるね」

 

 真実を告げられなかった。純狐が言うように、今日の大鬼は礼儀正しい上に言葉使いが丁寧だ。けどそれもこれも……

 

さと「私の教育の賜物(たまもの)です」

 

 そうなんです。

 大鬼が地霊殿で世話になってから数日後、さとり嬢から「大鬼君にどれだけ勉学・学習をさせていました?」と問われた。答えはもちろん「全く」。私自身そういうのが嫌だったから、大鬼には同じ思いをさせまいとその手のものは避けて来た。だがさとり嬢から告げられたのは、そうも言っていられない内容だった。

 【大鬼の欠点:その一】計算が出来ない

 言われた金額分の金を出す事は出来るらしいが、足す、引く、掛ける、割るの計算がが致命的だと。それでさとり嬢は大鬼に参考になればと練習問題付きの本を渡したらしいが……

 【大鬼の欠点:その二】本が読めない

 ここでまた問題が。大鬼は字が読めない。いや、全くというわけではないのは確かだ。『肉』や『蕎麦』や『食事処』は読めている。けど普段町中で目にしない字に関しては、てんで分かっていないと。それで仕方なくさとり嬢が字を教えてあげたはいいが……

 【大鬼の欠点:その三】一般常識を知らない

 またまたここで問題発生。漢字の読み方と意味をせっかく教えても、頭上に『?』を浮かべていたと。まさかと思ったさとり嬢が大鬼にあれこれ尋ねてみてこの事実が発覚した。1日が24時間で1時間が60分であること、東西南北というのがある事、それすらも知らなかったらしい。

 そんな大鬼についての問題がゴロゴロと浮き彫りになり、見かねたさとり嬢が

 

さと「ボケっ子の謹慎中、教育担当になりました」

 

 というわけ。さとり嬢が大鬼の教育を始めてから一週間半ばかりだけど、その成果は見ての通り。流石だ。

 

大鬼「今タイミング悪かった?」

 

 無言で小難しい顔をする私と、一人でブツブツ呟くさとり嬢。側から見れば「危ない2人」だろう。大鬼もそう思っていたのか、気味の悪いものを見たといった目で尋ねてきた。

 

勇儀「いや、すまないね。問題ないよ」

さと「私は退いた方がいい?」

大鬼「いや、ミツメにも聞きい事があるからここにいて」

勇儀「で、何だい話って?」

 

 私がそう尋ねると、大鬼はさとり嬢を正面にして保留になっていた件を尋ね始めた。そして

 

勇儀「それなら好きにすればいいさ。さとり嬢」

さと「はいはい、今持って来ます」

 

 もう片方についても。




【次回:十年後:酒が無限に湧き出る瓢】
そしてついにEp.5 最終話(の予定)です。


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十年後:酒が無限に湧き出る瓢  ※支援絵

[謎の妖怪狩り]様 から支援絵を頂きました。
星熊勇儀姐さんです。


【挿絵表示】


綺麗なのに強そう。それが姐さんです。
そして、ぶっ飛ばされそう……。
絵が上手い人、ホントうらやましいです。




そして、一先ず先にご挨拶を。

本当にごめんなさい!!

まだ最後まで書き終えておらず、ラストは2話に分けます。



◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

??「はーあ……」

 

 特大のため息。

 

??「男なんて……」

 

 部屋の隅で膝を抱え、独り言を呟いて(しお)れる。現在進行形で傷心中、負のオーラを放つ彼女を2人は少し離れた位置から心配そうに眺めていた。

 

??「今日もか?」

 

 雲の爺さんと

 

??「みたいだよ」

 

 その使い手である。

 彼女がこの状態なのは今日に限った事ではない。もうかれこれ一週間、いや二週間になるといったところ。いつもは元気で明るい彼女だが、ある日を境にこのあり様になり、食事もままならない日々が続いている。

 

村紗「バカ……」

 

 幽霊故、それでも問題はないのだが、

 

雲山「あの小僧と喧嘩でもしたのか?」

一輪「だったらもっと怒ってるよ」

雲山「じゃあ振られたのかのぉ?」

一輪「っぽいけど、そうでもなさそうなんだよねー……」

 

 こうも目の前で落ち込まれると、流石に心配にもなる。そしてついに、見るに見兼ねた

 

??「村紗、何があったのかワシに教えてくれんかのぉ?」

 

 デリカシー・ゼロのおっさんが動いた。落ち込む彼女の隣に、ワクワク感を剥き出しにして腰を下ろした。が、

 

 

ガッ!(雲を掴む音)

 

 

一輪「ちったー空気を読めやーッ!!」

雲山「ヌヴヴヴウウウアアアぁぁぁ。。。……☆」

 

 強制撤去。

 

一輪「まったく、乙女心をわかってあげろっていうのよ」

 

 入道使いはそう(こぼ)しながら雲のおっさんと同じ場所に腰を下ろすと、

 

一輪「村紗、何があったのかそろそろ教えてくれない?」

 

 (なだ)めるように彼女に尋ねた。

 

一輪「(わくわく)」

 

 しながら。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 地霊殿の玄関を出た所で、

 

??「そいじゃ行こっか」

 

 ヘカーティア様の下へ集まっていく者達。その中には、

 

??「みんな元気でね」

 

 萃香の姿も。

 

蒼鬼「自分で決めた事だ。おもいっきりやって来い」

萃香「うん、ありがとう。たまには顔を見せるようにするから」

勇儀「そん時は土産をよろしくな」

萃香「忘れなかったらね〜」

 

 永遠に会えなくなるわけではないのに、別れというのは胸の真ん中にぽっかりと穴が開いたような感じになる。笑いながら挨拶を交わすが、刻一刻とその時は迫ってくる。

 萃香は私達と簡単な別れの挨拶を済ませると、大鬼の方へと歩きだした。徐々に狭まる二人の距離、やがてその間が私の身長分となったところで

 

萃香「大鬼、そろそろ行くね」

 

 会話スタート。

 

  『遠っ……』

 

 と呟いたのは私以外にもチラホラ。萃香、もう少し大鬼の近くに寄ってくれないか?

 その願いが届いたのか、萃香は少しだけ前進すると、

 

萃香「これからすごく大変だと思う。けど死にものぐるいで、一生懸命やればみんな分かってくれるから」

 

 腰に手を当てて(えら)そうに語り出した。

 萃香が話している事、それが大鬼に課せられた三つ目の(いまし)め、『鬼全員が許すまで裁きは続く』だ。

 来年の今日までに()()()が大鬼を許さなければ、(かせ)の裁きが発動する。みんなが大鬼をどう思っているのかは、配布される投票用紙に記載する事になっている。町民の妖怪達が含まれていないのは、嘘偽りない意見を収集するためだ。『鬼はウソを言わない』。鉄の(おきて)を利用したもの。だから書かれる事は全て本心となる。

 この投票を毎年行い、一人でも『許さない』と答える者がいれば、枷が電撃を発動することになる。

 そして、事前の意識確認として祭りの期間中に一回目の投票が行われた。その結果、大鬼を許すと答えたのがたった三人。私と萃香と和鬼だけ。これを(くつがえ)すには余程の事がない限り無理だ。毎年投票を行うとは言うけれど、私でさえ生死の(ふち)をさ迷った程の威力、大鬼が耐えられるとは思えない。実質、次回までに鬼全員から許しが出なければ……無理難題にも程がある。

 しかもこれを言い出したのが、他でもない大鬼自身。さとり嬢も母さんも反対したのに一歩も引かなかった。大鬼、もし万が一の場合は、私がその枷を壊してやるからな。

 と、それはそれとして……

 

大鬼「はい、ありがとうございます!」

 

 萃香からの言葉に礼を言いながら頭を下げる大鬼。その絵面はさながら上司と部下。町で他の連中が萃香と遭遇した時となんら差はない、よく見る光景だ。ハッキリ言わせてもらう。

 

勇儀「つまらん!」

お燐「あれじゃただのお説教だニャ」

ゾン「ゾンビー?」

お空「うにゅ? 怒られてるの?」

こい「お姉ちゃん、大鬼君何かしたの?」

さと「あれは本当のお説教じゃなくてアドバイスしてるの」

棟梁「改めてこう並ばれると、大きくなりましたね」

親方「昔は萃香の方が大きかったからな」

蒼鬼「成長期は恐ろしいな」

和鬼「単に萃香さんが小さいだけでしょ?」

ヘカ「地獄の女神様のキューピットはいらんかね〜?」

純狐「ヘカーティア、あなた言っている事が矛盾してるわよ?」

ピー「LoveのAuraが漂ってるね」

キス「フッフッフッ……、まだまだこれからよ」

ヤマ「いい雰囲気……なのかな?」

パル「ただいまの嫉妬指数は0パルスィ。パルパル」

 

 二人の関係を知っている者、薄っすらと気付く者、さっぱり分かってない者、それぞれ反応は違うけど、視線の先は皆同じ。自分達の会話を余所(よそ)に、その場の全員が二人に注目していた。

 

大鬼「この度は萃香さんに多くの迷惑をお掛けしてすみませんでした。喝を入れてくれた事、身をもって教えてくれた事、絶対に忘れません!」

 

 頭を下げながら萃香に今回の件を謝罪するのはいいが、

 

勇儀「固過ぎないかい?」

 

 丁寧なのは認める。けど……、

 

勇儀「大鬼にあの手の謝り方は合わないな」

 

 などと(つぶや)いている横で、

 

??「ここまででマイナス15点」

 

 採点を始めるさとり嬢。そして大鬼に頭を下げられた萃香は、照れ臭そうに頭をかきながら

 

萃香「あはは、いいって。こっちこそ殴ったりしてごめんね」

 

 と。

 誰もが耳を疑った。全員で硬直した。その場の時が止まった。

 

  『エエエえええぇぇぇーーーッ!?』

 

 叫び声と共に時が動き出し、どよめく私達。

 

和鬼「萃香さんが大鬼を殴った……だと?」

蒼鬼「穏やかじゃねぇな」

親方「萃香、よくやった」

勇儀「おいおい本当かいそれ?」

キス「フッフッフッ……、始まってもいないのに破局か?」

ヤマ「そそそそんな事ないよね? 何か理由があるんでしょ?」

 

 半信半疑で疑問を投げかける私達に、萃香は大鬼の方に体を向けたままだったが、答えてくれた。

 

萃香「ついね……。メソメソしてる大鬼を見ていられなくて、『カッ』となっちゃった」

 

 いったいいつの間にそんな事が……。私は萃香の言葉に目を見開いて絶句していた。もう頭の中は真っ白だった。そこに大鬼が放った一言が

 

大鬼「それでその後に言われたんだ。『キライ』って」

 

 痛恨の一撃だった。

 

  『ハアアアあああぁぁぁーーー!?』

 

 間髪入れず絶叫。もうわけが分からない。

 

ヘカ「あらら残念」

純狐「失恋かー……。切ないけど甘酸っぱいわね」

棟梁「今夜は勇儀に好物を作って持って行かせるから」

お燐「これはチャンスニャ!!」

ゾン「ゾンビッ!」

 

 両手でガッツポーズを取って鼻息を荒くするお燐と、おそらく彼女に声援を送っていたであろう真似事妖精。不謹慎ではあるが、彼女の想いを考えれば分からんでもない。でも……さとり嬢、これ止めないでいいのか? それと母さん、なんかシレッとこっちに投げたよな?

 そんで、

 

パル「あーあ、じゃあダメかー……」

 

 酷く落ち込むヤツ。何を期待した? まあ十中八九アレだろうな。

 

大鬼「それでも!」

 

 その声はざわつく私達を瞬時に黙らせ、再び注目させた。

 

大鬼「萃香さんには感謝しています。(しか)ってくれた事も、今までずっと友達でいてくれた事も」

萃香「や、やめてよ〜、そんな改まって。照れ臭いじゃん」

大鬼「まだあります。本当の親を探してくれていた事だって、10年前に……」

萃香「あ、うん。分かったって、もういいから」

大鬼「世話になった事、全部、全部……本当に感謝しています!」

萃香「やめてって言ってるでしょ……」

 

 大鬼、行け。

 

大鬼「萃香さんコレ、今までの感謝の気持ちと、送別のプレゼントです。受け取って下さい」

 

 ゆっくりとした足取りで歩みを進め、萃香へとプレゼントを手渡す大鬼。受け取った萃香はバツが悪そうに視線を外して

 

萃香「あ、ありがとう……」

 

 と。だがそこからは微動だにせず。

 

大鬼「中身、見てくれますか?」

 

 動かなくなった萃香に(しび)れを切らせたのだろう。

 萃香の腕の中には、鮮やかな色使いで描かれた美しくも可愛らしい柄の袋が。紫色のリボンで上部を縛り、空気でふっくらと膨らませさせてシルエットをごまかしている。

 さとり嬢が持って来た時には既にあの状態だった。「ただ渡すだけでは芸がない」と粋な(はか)らいからだ。確かにあれだと2度驚く。あんな気の効いたことされたら私でもイチコロだろうな。

 そしてその中身は、

 

萃香「うェえええーーーッ!?」

 

 言わずもがな。

 

萃香「こ、こ、こ、ここここれいいの? 本当に大丈夫なの!?」

 

 大鬼と中身を何度も何度も視線を往復させ、慌てふためく萃香。そしてこちら側では

 

こい「中身なんだったの〜?」

お空「うつほも見たーい」

ピー「What is a present?」

和鬼「()らさないで見せてよ」

親方「大鬼のヤツいつの間に買い物に行ったんだ?」

棟梁「さあ?」

蒼鬼「謹慎中だろ?」

お燐「これは仕方が(ニャ)いニャ。耐えるニャ、アタイ」

ゾン「()()()!」

パル「只今の嫉妬指数は30パルスィ。パルパル」

 

 空気を読まない(やから)が多過ぎる。そんな輩に萃香は緊張した顔でゴソゴソと袋からそれを取り出した。

 

  『うぇえええーーーッ!?』

 

 ナイス反応。

 

ヘカ「それ渡しちゃう!?」

ヤマ「酒が無限に湧き出る瓢だよ!? 鬼達の宝でしょ?」

お燐「仕方(ニャ)いニャ、仕方(ニャ)いニャ。アタイがあれを貰っても……ニャ」

パル「只今の嫉妬指数は60パルスィ。パルパル」

 

 ヘカーティア様とヤマメの疑問はもっともだ。他の者もきっと同じ様に思っていることだろう。そんな一同にさとり嬢は「コホン」と咳払いを一つすると、丁寧に説明を始めた。

 

さと「先日の議会で『注いだ酒のランクを上げる(さかずき)』を勇儀さんが所持する件について話し合いました。その結果、公式の所持者はボケ……大鬼君である事を条件に、誰が所持していても問題なしとなり……」

勇儀「つまりコイツは今私の物ってわけよ」

 

 大鬼から貰った盃を見せつけて(ほこ)らしげにドヤッ!

 

さと「えっと、話を続けてもいいですか?」

勇儀「わ、悪い」

さと「(ひょう)についても同様に適用されます。つまり何も問題はありません」

 

 さとり嬢の言うように、盃と瓢の譲与(じょうよ)は問題なし。けどそれは公式の所持者が大鬼だからこそ。私達がこれらを持ち続けるには、

 

さと「一先ず()()()ですけどね。来年以降は大鬼君が挑戦者に勝ち続けないといけません」

 

 そういうことだ。

 

大鬼「誰に挑まれても絶対に負けない!」

蒼鬼「ほー、おっさんが挑んでもか?」

大鬼「負けません!」

親方「リベンジするぞ?」

大鬼「それでも負けない!!」

 

 私には見える。大鬼の瞳の奥に強い輝きを放つ赤い炎が。いつまにかこんなにも(たくま)しくなっていたんだな。

 

萃香「大鬼、でも私……」

 

 困った表情を浮かべて話し始める萃香。けど「そうはさせない」と大鬼が割り込んで話し始めた。

 

大鬼「自分は萃香さんに殴られた時、教えてもらいました。まだまだガキだって、言葉にしないと伝わらないって」

萃香「……うん」

大鬼「だからこれからは言葉にして、声にして伝えることにします」

萃香「うん……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大鬼「萃香さん、あなたが好きです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  『はあああぁぁぁーーーッ!?』

 

 いきなりぶっ込みやがった。

 

ヤマ「心の準備が出来てなかったよ」

和鬼「キライって言われて告るかよ普通」

蒼鬼「あのヤロー……萃香を狙っていたのか」

親方「あん? 今更何言ってんだ?」

棟梁「まさかご存知ありませんでした?」

ピー「Wow」

ヘカ「あはは……若いねー」

純狐「青春ねー、私キュンキュンしちゃう」

 

 大鬼の投じた爆弾のおかげでこっちは大混乱だ。でも、

 

キス「フッフッフッ……、不満……」

 

 気があったな。私もだ。

 

お燐「フシャーーーッ!!」

さと「お燐落ち付いて! でないと……」

パル「嫉ーーーーーッ妬!! 只今の嫉妬指数は、120パルスィー! パールパルパルパル」

 

 ヤツの目が輝き出した。よし、投げるか。

 

 

ガッ!(パルスィの服を掴む音)

 

 

パル「パッ!?」

こい「無意識にな〜れ♪」

パル「……」

さと「はい、こいしありがとう」

 

 こいし嬢、それ便利だな。あとをよろしく。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

一輪「それ本当なの?」

 

 落ち込む彼女から事情を聞き、怪訝(けげん)な表情を浮かべる入道使い。その彼女は一言だけ「うん」と寂しげに答えると、再び膝を抱えて顔を隠してしまった。そこへ、

 

雲山「話は聞こえておったぞい」

 

 強制退場となっていた入道雲が。再登場早々に、2度目の強制退場にされるかと思いきや、

 

雲山「男というのは不器用で単純で、バカな生き物じゃかろうのぉ」

 

 何気にいい事を言った。

 

雲山「辛いのは分からんでもない。じゃがそれと同じ様に、あの小僧の気持ちも分かる。同じ男じゃからのぉ」

 

 入道とはいえ、爺さんとはいえ、男。同じ屋根の下で共に暮らす唯一の男性からの言葉を、彼女は目に薄っすらと涙を浮かべて耳を傾けていた。

 

雲山「男が一度決めた道じゃ、応援してやってはくれんかのぉ?」

村紗「私……」

一輪「村紗行っといで。女神様を見送る日だから、きっと地霊殿にいると思うよ」

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

萃香「……カ」

大鬼「え?」

萃香「バカバカバカバカバカバカバカバカバカバカ、大鬼のバーカッ! 頭おかしいんじゃない!? 苦労して手に入れた瓢をプレゼントして、いきなりあんなこと言って、ホンッッット、バッッッカじゃないの!!?」

 

 その声に私達はまた口を閉ざして視線を向けていた。連続で放たれた罵声(ばせい)は間違いなく本心そのもの。誰もがそうだと気付ける程に萃香は、

 

萃香「こんなことされたら……」

 

 瓢を握りしめて大粒の涙をぽろぽろと零していた。

 

萃香「私、大鬼のことを忘れられなくなっちゃうじゃない、決心が鈍っちゃうじゃない。大好きの気持ち、抑えられなくなっちゃうじゃないの!」

大鬼「ごめんなさい……」

萃香「謝るくらいなら黙って見送ってよバカー!」

 

 今だからわかる。萃香が大鬼にキライと言った意味が。きっと萃香はメソメソしていた大鬼がキライと言ったのであって、本当の気持ちは変わらなかったのだろう。確かにそれだったら殴りたくもなるよな。「しっかりしろ」って「幻滅させるな」って。

 その場で膝をついて泣き崩れる萃香を、大鬼は申し訳なさそうに見つめることしか出来ずにいた。それはまさに私が一番危惧していた状況そのもの。だからこそ、そうなった時の対応も考えていた。「これはそろそろ私の出番か」と二人の下へ近付いた時だった。

 

??「カズ君!」

 

 




【次回:十年後:白い彼岸花】

正真正銘、次回がEp5の最後です。


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十年後:白い彼岸花

とうとうこのEp最終話です。
ここまで読んで頂き本当に、





お疲れ様でした。


 声が聞こえた方へ視線を向けてみれば、大鬼と同じ帽子を(かぶ)った全身白色の女が息を切らせていた。雰囲気から察するに、妖怪の(たぐい)のようではあるけど……

 

勇儀「誰だあれ?」

 

 見ない顔に頭上に『?』を浮かべていると、

 

大鬼「あーナミか、和鬼の彼女だよ」

 

 横から衝撃の発言が。

 

  『え゛ッ!?』

 

 大鬼がそう答えるのが早いか、彼女は駆け足でこちらへ向かって来ると、その勢いのまま和鬼にしがみ付いて

 

村紗「絶対、絶対帰って来てね」

 

 と。そう、今日ここから旅立つのは萃香の他にもう1人、それが和鬼だ。あれは初日の宴会での事――――

 

和鬼「みんな聞いて」

 

 何の前振りもなく立ち上がる和鬼を、私達は「どうせまた自慢の筋肉を披露するつもりだろう」と、談笑しながら横目で見ていた。その後何を告げられるとは知らずに。

 

和鬼「オレ、ヘカーティア様の所で鍛えてもらう事にしたから」

 

 その途端全員の視線が遅れて和鬼に集まった。何を言ったのかハッキリと聞き取れなかった。いや、その事実を信じることができなかった。きっとその場にいた全員が同じことを思っていたはず。そんな私達に向けて和鬼は真剣な表情で続けて語り出した。

 

和鬼「本物の地獄に行って修行してくる」

 

 聞き間違いなどではなかった。和鬼が放った言葉の意味を理解するのに要した時間は、

 

  『えーーーーーッ!?』

 

 全員一致していた。そこからは質問の連打、「ヘカーティア様に許可をもらったのか?」やら「お母ちゃんさんには言ったのか?」やら色々と。和鬼はそれらの問いに一つ一つ落ち着いた口調で答えてくれた。でも、

 

大鬼「何でそんな所に?」

 

 大鬼からのこの質問で一気に目の色が変わった。顔を怒の表情へと変え、大鬼を指差すと大声で叫び出した。

 

和鬼「お前に負けたくねぇからだよ! オレよりも先に『大江山颪』を成功させやがって……ふざけんな!!」

大鬼「でもあれは……」

和鬼「たまたまだろうがなんだろうが、オレは先を越されたんだ! 親方様直々に稽古をつけてもらっているのに、毎日自主練もしているのに、血の(にじ)むような努力もしてるのに……。お前にオレの気持ちがわかるか!?」

 

 悔しい。言ってしまえばただそれだけのこと。でも、和鬼と大鬼の間を知っている者としては、その気持ちが痛いほど伝わって来た。反対する者も、質問する者も誰一人としていなかった。

 

和鬼「だから生温い鍛錬はやめた。本当の地獄で、命がけで鍛錬してくる事にした」――――

 

 その後、ヘカーティア様と和鬼の家族の間で話し合いが行われ、「必ず生きて帰らせる」という条件の下、冬が終わる頃まで和鬼の地獄行きが決まった。

 私は地獄を知らない。物心がついた時には、ここは既に旧地獄と呼ばれていた。けど、父さん達は「鬼でも生半可な気持ちでは耐えられる場所じゃない」と言っていた。だからこそきっと突然現れた彼女も気が気でないのだろう。

 けど……。

 

和鬼「ああ、約束する。必ず帰ってくるから」

村紗「ホント?」

和鬼「鬼はウソを言わないよ。それにミナがいるんだから」

村紗「うん……。私、待ってる。カズ君のことずっとずっと待ってる」

和鬼「オレもミナのことずっと想い続けてる」

村紗「カズ君……」

 

 熱く、固い抱擁(ほうよう)を交わす二人。さらに接吻(せっぷん)まで。しかもそれが……

 

勇儀「濃いなー……」

親方「ひゅ〜、アイツもそんな年頃か」

蒼鬼「和鬼が帰ったら、妹に赤飯炊かせるか」

棟梁「破廉恥です!」

ヤマ「えー!? ちょちょちょっえっ、えー!?」

キス「フッフッフッ……、いいぞもっとやれ」

ヘカ「あー、うん。ノーコメントで」

ピー「THE Deep! ど〜れ、ど〜れ♡」

純狐「ピースやめなさいって」

こい「お姉ちゃ〜ん、真っ暗で何も見えないんだけど〜♪」

さと「まだこいしには早いの」

パル「……(無意識のため)」

お空「うにゅ? お燐大丈夫?」

ゾン「ゾゾゾビン(おおお燐)ッ!?」

お燐「し、刺激が強すぎニャ……」

 

 人目も(はばから)ず、自分達だけの世界に没頭する二人に皆が釘付けになる中、私だけは見逃さなかった。

 

大鬼「人前でなに見せつけてるんだよ」チラッ

萃香「ほ、ホント。恥ずかしい」チラッ

 

 とか赤い顔して言いながら、互いに視線を絡ませる二人を。これはチャンス!

 

勇儀「なんなら負けずにどうだ?」

大鬼「はーーーッ! ななな何言ってんの!?」

萃香「人前であんなのとかムリムリムリムリッ!」

 

 怒鳴られるわ、顔の前で手を振って全否定されるわ、二人揃ってすごい拒否反応だな。んー……、残念。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 その後、イチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャしていた二人は「いい加減にしろ」と全員から注意され、渋々現実へと引き戻された。

 そしてとうとう、旅立ちの時。

 

純狐「またねー」

勇儀「おう、また来ておくれよ」

純狐「そういえば本当のお子さんじゃなかったのね」

勇儀「まあな、でもアイツは私の誇りであることに変わりはないさ」

純狐「ふふ、それを今度ちゃんと言ってあげたら?」

勇儀「はっ、絶対にイヤだね」

 

 悩みに共感し、新たにできた友人と最後の会話を交わす者、

 

ピー「Adieu(アデュー)、My friend」

ゾン「ゾンビー……」

お燐「また手紙書くって言ってるニャ」

お空「ばいばーい」

 

 滅多に会えない友人に別れを惜しむ者、

 

ヘカ「また来年ね」

さと「はい、来年は粗相のない様に気を付けます」

棟梁「帰りもお気を付けて」

こい「また来てね〜♪」

 

 崇拝してくれる下々に笑顔で背を向ける者。各々が締めの言葉を送る中、故郷を離れる者は、

 

和鬼「じゃ、行ってくる」

蒼鬼「挫折するなよ」

和鬼「しねぇよ、バカにすんな」

萃香「死ぬんじゃないよ」

和鬼「そのつもりはないのでご安心を」

親方「戻る頃にはソレを悠々と振り回せるようになってるといいな」

和鬼「はい、必ず。師匠の大切な金棒、少しの間お借りしていきます。それと大鬼」

大鬼「ん?」

和鬼「次会う時、オレは『大江山颪』を使えるようになってるから。そしたら盃と瓢を奪ってやる!」

 

 瞳に強い想いを宿らせていた。

 

大鬼「へー、言ってくれんじゃん。じゃあその時は正々堂々勝負して、コテンパンにしてやるよ」

 

 少年から声を掛けて始まった二人の関係。顔を付き合わせれば、必ず喧嘩を始める程に犬猿の仲。時が経っても憎まれ口をぶつけ合う腐れ縁同士。時にぶつかり合い、時に同じ目標に向かって走り続けていた幼馴染達。気がつけば少年の隣にはいつも和鬼が、和鬼の隣には少年がいた。例え互いに別々の道をどんな風に歩もうとも、今も昔も変わらず二人は

 

和鬼「首洗って待ってろよ」

大鬼「望むところだ」

 

 ライバル同士。

 固い握手を交わして再会を約束するのだった。

 

村紗「カズ君……」

和鬼「ミナ、もうオレ達の挨拶は終わってる」

村紗「……うん」

和鬼「待っていてくれ」

村紗「うん……」

和鬼「ヘカーティア様行きましょう」

 

 夢高く

 芽生えた恋に

 背を向けて

 超えてみせると

 ザ・漢道

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 地獄の女神御一行を見送ってから少し経ってーー

 

萃香「そんじゃ私も行くわ」

 

 涼しい顔をして萃香が歩き始めた。

 

勇儀「あれ? 決心が揺らいだとか言ってなかったか?」

萃香「そうなんだけど……、なんかあんなの見せつけられたら冷めちゃった」

勇儀「あははは……」

 

 気持ちは分からなくもない。ほんの数ヶ月の間だというのに、まるで永遠の別れとでも言うように、見せつけてくれやがったからな。

 

村紗「さみしい……」

 

 膝を抱えて小さく(うずくま)るコイツが。

 

萃香「大鬼、コレはありがたくもらっていくね」

大鬼「どうぞどうぞ、それは萃香さんに差し上げた物ですから」

 

 瓢を目の前にかざして微笑む萃香に、負傷していない利き手を差し出す大鬼。その姿はさながら得意先の客に手土産を献上する店主そのもの。接待か? 接待なのかコレは?

 

萃香「あ、そうそう。前々から気になってたんだけどさ〜」

 

 萃香はそう言いながら大鬼の目前まで戻ると、

 

 

ガッ!

 

 

 胸倉を掴んで一気に引き寄せ、険しい表情で語り始めた。

 

萃香「今度そんな口聞いたらただじゃ済まないから」

大鬼「え、ななな何か失礼なことを……」

萃香「そ・れッ! 似合わないしすごく変! 他の人でならいいけど、私には他人行儀な話し方はしないで! 私達そんな間柄なの?」

大鬼「萃香さん……」

萃香「そ・れ・も! 『さん』付けなんて絶対イヤ! 昔みたいに呼んでよ」

大鬼「でもそれじゃあ……」

萃香「これは四天王命令」

 

大鬼「す、萃香……ん」

萃香「聞こえないな〜?」

 

 

大鬼「萃香ちゃん」

萃香「なーに〜?」

 

 

 

大鬼「ありがとう」

萃香「他に言うことは?」

 

 

 

 

 

大鬼「元気でね」

萃香「他には?」

 

 

 

 

 

 

大鬼「待ってる」

萃香「それだけ?」

 

 

 

 

 

 

 

大鬼「大好き」

萃香「私も」

 

 目を見開く大鬼から手を離し、頬を染めて上目遣いで二歩、三歩と距離を取る萃香。いつだったか事故として(あつか)われていたが、今のは違う。正真正銘、萃香から意図的に仕掛けたものだ。コレには、いやその前からこっちは……

 

キス「フッフッフッ……、余は満足じゃ」

 

 興奮状態だ。桶はヨダレを垂れ流して満足そうだし、 

 

ヤマ「キタキタキタキタキターーーッ!!」

 

 ヤマメは手を上下にシャカシャカ振って鼻息を荒くしてるし、

 

蒼鬼「大鬼のヤツー……。だが頬、やるせないが許そう」

 

 萃香の親父さんは沸点寸前だし、

 

親方「ガッハハハハ! そんな顔で何が許すだよ」

棟梁「お前さん、揶揄(からか)うんじゃありませんよ」

 

 父さんはオヤジさんを(あお)るし。母さんがいなかったら勃発していただろう。それでもここまではいい、問題はあっち。

 

お燐「まだ……まだ耐えられるニャ。アレだったらアタイもしてるニャ」

ゾン「ゾゾ(ウソ)ッ!?」

 

 歯をくいしばって必死に堪えるお燐。そしてそれを(かて)とする

 

さと「こいし、パルスィさんは!?」

こい「もういっかと思って離しちゃったよ♪」

 

 ヤツが自由になった。

 

パル「只今の嫉妬指数は90パルスィ、パールパル」

 

 しかもギリギリじゃねぇか。今手を出さないところを見ると、食べ頃を待っているに違いない。でもさすがにもうこれ以上はないだろうな、お生憎様。

 

萃香「えへへ、さすがにみんなの前だと恥ずかしいね」

大鬼「萃香ちゃん」

萃香「うん?」

大鬼「もう子供じゃないんだよ?」

 

 大鬼のいきなりの行動に、今度は萃香が目を丸くして驚いていた。でも、溢れ出す喜びと嬉しさに逆らえなかったのだろう。夢見心地なトロンとした目へと変わると、ゆっくりと瞳を閉じて大鬼の首に両腕を回して応え始めた。

 

勇儀「へへ、何が人前ではムリだよ」

 

 思いっきり見せつけやがって。ここまで長かったな。大鬼、萃香おめでとう。

 でもそれはそれとして、こうなると色々とマズイな。

 

キス「フッフッフッ……、グハッ!」

 

 桶がやられた。けどこれはいつものことだから放っておこう。

 

ヤマ「いよっっっしゃあああ! ついにキター!」

 

 両手でガッツポーズのヤマメ、これもなんら問題ない。鼻血が滝の様に出てるけどな。

 

蒼鬼「大鬼このヤロー、大事な娘に手ェ出しやがって……ね、ね、ね」

お燐「フッシャーーーッ!! アタイだってまだしたこと(ニャ)いのに……ね、ね、ね」

  『妬ましい!!』

 

 この二人の限界点を振り切れた。ともなれば

 

パル「嫉ーーーーー妬ッ!! 只今の嫉妬指数は333パルスィー! 確変フィーバー! 祭りじゃー、今宵は久々の嫉妬祭りじゃー!! パールパルパルパル」

 

 ヤツがこうなる。

 

こい「無意識にな〜れ♪」

 

 こいし嬢が対応してくれるだろうが……。

 

こい「あれ〜? 消えちゃった〜♪」

パル「残念、そっちは分身。フッフッフッ……、もう私は誰にも止められない。嫉妬のエネルギーは世界一ィイイイイ!! パルパルパルパルパル」

 

 

 ガッ!(パルスィーの服を掴む音)

 

 

パル「パッ!?」

勇儀「だろうと……」

パル「また今回もなのーッ!?」

勇儀「思ったよぉおおおお!」

パル「ルううううああああぁぁぁぁ。。。……☆」

 

 まったく、毎度毎度……

 

勇儀「空気読め!」

  『ヘイッ』

 

 よしよし、分かればいいんだ。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 前のカップル同様、人目も気にせずイチャイチャし始めるかと思いきや、新生カップルの世界はものの十数秒で呆気なく終わりをむかえた。その上、名残惜しむ様子もなく、さっぱりと晴れ晴れとした笑顔で別れるのだった。それは幼い子供達が「また明日」とでも言うような、日常の別れ方そのもの。そして故郷を後にする彼女は「困った事があったら呼んでね」とだけ言い残し、自身の夢へと向かって歩き出すのだった。

 

勇儀「もう思い残す事はないかい?」

大鬼「うん、伝えたかった事はちゃんと言えたから」

勇儀「寂しくはないか?」

大鬼「まあね、でもずっと会えないわけじゃないし」

勇儀「そうだな、萃香の気が向けばいつだって会えるさ」

大鬼「それもそうだけどさ」

勇儀「ん?」

大鬼「今度は自分が萃香さんに会いに行くよ」

勇儀「お前さんそれって……」

大鬼「うん、自分もいつか地上に行く。見てみたいんだ上の世界を」

勇儀「そうか……」

 

 とは返すが、彼女の心境は「とうとうそれを言う日が来たか」といったところだろう。笑顔を浮かべるも、眉は八の字を書いていた。そこへ、

 

??「萃香さんお達者でー!」

  『いたの!?』

 

 馴染みのある声に視線を向けて見れば、そこには今年厄年の鬼の姿が。

 

鬼助「みんなして酷いです……。大鬼の試合の時だって……」

 

 雑な扱いにorzとなる彼だったが、顔を叩いて立ち上がると、その場の全員にこう提案した。

 

鬼助「じゃなくて、萃香さんの新たな門出ですよ? 盛大に見送りましょうよ」

勇儀「盛大にって、どうやって?」

鬼助「へへ、いい考えがあるんですよ」

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 地上へと繋がる一本道。あとはそこを上っていけばいいだけ。最後に故郷を目に焼き付けて行こうとした時だった。

 

 

ドーン!

 

 

 地底中に響き渡る爆発音に驚き、振り返ってみればそこには、

 

萃香「綺麗……」

 

 白い光の花が大きく咲いていた。さらに一輪目が形を失う前に、次々と白色の光弾が進んで来た方角の先から打ち上げられ、見事な白い花畑を作り出していた。

 

萃香「ふふ、白い彼岸花か」

 

 彼女へ送られたメッセージは、この年の祭りの最後を鮮やかに締めくくり、眺めていた町民達をも魅了していた。そして翌年からこれは祭り最後のイベントとして定着していくのだった。

 白い彼岸花、旅立つ彼女へ向けられたその花言葉(メッセージ)は二つ。「また会う日を楽しみに」

 

萃香「私もだよ」

 

 そして「思うはあなた一人」。

 

 

ーーそれから数年後ーー

 

 

??「これこれ、毎年の楽しみなんだよね〜♪」

 

 微笑みながら上機嫌に話すヘカーティア様。この行事はもうすっかり祭の風物詩となっている。

 

??「{Every body! Are you ready?}」

 

 拡声器から大音量で場内に響き渡るド派手妖精の声。初めはみんなポカーンだったが、

 

  『Yeahーーーッ!!』

 

 これもすっかりお馴染み。

 

ピー「{Challenger は 19名。AND! He came back this year!! Height 350cm、Superweight class、Koーkiiiiッ!}」

親方「うおおおおッ!」

 

 ド派手妖精のコールと共に湧き上がる会場のボルテージ。それに雄叫びを上げて答える父さん。今日の日のためにトレーニングを積んで来た。コンディションは最高だ。

 

ピー「{VS! Treasure の Gurdian、Height 190cm、heavy class、Kaーzukiiiiッ!}」

和鬼「師匠、負けませんよ」

 

 20人の挑戦者を前に、腕を組んで堂々と構える鬼の宝の守護者。そして……

 

ピー「{And!! Height 180cm、Bantam clllllaaass!!」

 

 私の

 

ピー「{Official treasure holder、無敗の Champion}」

 

 自慢の

 

ピー「{Hoshigumaー……Daaaaikiiiiッ!!}」

 

 息子。

 

大鬼「全員駄目になるまでかかってきな」

 

 

 

 

Ep.5 大和【完】

 

 




長い、長いEpでしたが、無事この日を迎える事が出来ました。先ずはお礼を。


いつもご愛読頂きありがとうございます。


途中迷う事もありました。物語を作るのに悩んだ事もありました。でも、感想を頂いたり、メッセージを頂いたり、なにより読んでもらっている事が主の心の支えになっていました。深く感謝です。


そしてこのEp、ただいまフラグがビンビンしてます。
ですが、次回からはまた別のお話になります。
新Epのタイトルはズバリ、
















【幻想郷の花見】です。はい、お察しの通りです。
その通りではあるのですが……。






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Ep.6 幻想郷の花見_集合編
【やってきたぜ!幻想郷】嫁候補六人目 ※挿絵有


新章開始一発目から彼の話です。どうかご了承を。


 『白黒はっきり付ける程度の能力』を持つあの閻魔から、まさかの【保留】というグレーのジャッジを下されたお調子者。その後、仕事を終えた死神に途中まで案内してもらい、彼は今……

 

海斗「ひゃっふ〜、きっっっんもちいいい!!」

 

 空を飛んでいた。それは肉体を離れ、重力と無縁になったからこそなせる技。普通の者ではまず実現ない。己の力のみで空を自由に飛び回ることを『全人類の夢』とまで言い切ったお調子者 は、その夢を叶えたのだった。

 

海斗「よし、じゃあ今度は」

 

 ニヤつきながらそう呟くと進行方向を90度変え、はるか上空を目指す。空をいそいそと飛ぶ鳥よりも高く、空を優雅に漂う雲よりも高く、さらに高く。やがて幻想郷の姿が一望できる程になったところで、

 

海斗「よーい……」

 

 頭を真下へ向け、クラウチングスタートの姿勢へ。もうお判りですね?

 

海斗「どん!」

 

 一気にスピードを上げて急降下。雲を突き抜け、鳥の目の前を超スピードで横切り、あっという間に地面は目前に。

 だが彼は止まる素振りはおろか、ブレーキすらもかけようとしない。そのままの速度で地面を目指す。なぜなら、

 

 

スイッ

 

 

海斗「痛くなーい」

 

 実体がないのだから。乾いたスポンジに落とされた一滴の雫の如く、地面に無抵抗で吸収されたお調子者。さらに立てた人差し指を横に振り、「ノンノンノンノン」と余裕をアピール。だがそこは地中、

 

海斗「なんも見えないな」

 

 という事で再び上空へ。その後も上がったり下がっり、右へ旋回しては左へ旋回しと空中遊泳を楽しむお調子者。もちろん加速も忘れずに。

 自由気ままに飛び続けるそんな彼ではあるが、常にある方向を意識していた。そう何を隠そう彼は今、ある目的地へ向かって寄り道をしながら進んでいたのだ。

 

海斗「おっ! 見えて来た、見えて来た。ここからもっと上に行った所だよな」

 

 目印を見つけ、そこからは低空飛行で地面に沿う様に飛行していく彼。障害物など今の彼にとっては無き物当然。ただ真っ直ぐ、目的地へと向かって直進あるのみ。そしてついにゴールへ。

 

海斗「うっへ~……」

 

 そこは他でもない、

 

海斗「グロ……」

 

 彼が死んだ場所。そして彼の体が放置されている場所だった。

 その姿は見るも無残。腕はあらぬ方向へ曲がり、足からは尖ったカルシウムがこんにちは。さらに彼の体が横たわる岩の表面はトマト汁が広がっていた。そんな状況を見れば誰でも思うだろう。

 

海斗「こりゃ即死だわ」

 

 と。だがそのそばで

 

??「海斗さん、海斗さん! 目を開けて下さい! 海斗さん!!」

 

 手を、膝を、そして服までを赤く染め、涙を流しながら彼の名を叫び続ける一人の少女が。時刻はまもなく夕方。彼が体を離れてからそれなりに時間が経ち、蘇生はできないと踏ん切りがつくはずである。

 

海斗「みょん……」

妖夢「海斗さん!!」

 

 だがそれでも彼女は彼の名を叫ぶ。諦めずに叫ぶ。必ず目を開けると信じて。

 

海斗「……で?」

 

 で?

 

海斗「ここまで来たはいいけど、どうすりゃいいんだ?」

 

 首を傾げてその状況を見守る彼。一先ず、

 

海斗「みょーん、俺ならここにいるぜー」

 

 目の前で手を振って存在をアピールしてみる。だが半人は彼に視線を向けるどころか、全く気付く様子すらない。そう、()()()。ここ大切。

 彼のそばで涙を流す彼女、名は魂魄妖夢。冥界の白玉楼の庭師であり、半人半霊。半分が実体のある生身の人間であり、半分が幽霊なのである。そのため、実体のそばにはいつも半霊と呼ばれる彼女の幽霊部分がいる。球体から尾が出た白色の物体である。

 その彼女は……

 

半霊「(えーーーッ!?)」

 

 気が付いた。

 

半霊「(かかか海斗さん!?)」

海斗「よっ、そっちは気付いてくれたのね。嫁になる?」

半霊「(もうとっくに三途の川に行ったと思っていたのに……どうして? あとなりませんから)」

海斗「越えたし、えーきっきにも会ったよ。あ、えーきっきってのは四季映姫・ヤマザナドゥのことだぜ?」

半霊「(だったら尚更ですよ!?)」

 

 閻魔の所まで行ってはその先は二択のみ。にも関わらず彼は今この場にいる。それが信じられず質問を浴びせ続ける白い物体。そんな彼女にお調子者、

 

海斗「保留なんだと」

 

 ありのままを伝えた。

 

半霊「(ウソを言わないで下さい! そんなはずがありません!)」

 

 が、日頃の行いもあってか全否定。こうなっては

 

海斗「って言われてもだぜ」

 

 お手上げである。とお調子者、ここである事に気が付く。

 

海斗「なー、半霊のみょんが気付いてるのに……」

妖夢「海斗さーん!」

海斗「なんでこっちのみょんは気付いてないんだ?」

 

 半霊とは言え、分離状態であるとは言え、白き物体は紛れもなく、今も叫び続ける彼女自身。この懸け離れた温度差に疑問を抱くのは当然である。

 

半霊「(お恥ずかしい話なのですが、私達意思の疎通が出来ていないんです)」

 

 このまさかの回答にお調子者、

 

海斗「はい?」

 

 思わず目が点に。

 

半霊「(いえ、全くという事ではないんですよ。私はあっちの話す事はちゃんと聞こえているんです。ですが……)」

海斗「ですが何?」

半霊「(あっちが聞こえてないみたいなんです……)」

 

 なんということでしょう。彼女は自分自身の魂の叫びが聞こえていなかったのです。

 白い物体はそう愚痴を零すと、お調子者に

 

半霊「(ちょっと見ていて下さい)」

 

 そう告げ、

 

半霊「(ねー、ねーってば! 海斗さんが戻って来てるよ)」

 

 半人の肩や背中にポフポフと体当たりをしてなんとか気付かせようとするが、

 

妖夢「もうなにジャマッ!」

 

 

ポイ〜ん

 

 

 頭上を飛び交う虫を払い除けるかの様にあしらわれ、投げ飛ばされる始末。

 

半霊「(こんな感じなんです……)」

 

 これには流石のお調子者も

 

海斗「あはは……」

 

 苦笑い。

 

海斗「でも残念だぜ。せっかくここまで来たのに、あっちに気付いてもらえないなんてさ。これじゃあ最後の挨拶も出来ないぜ。というか俺ずっとこのままみょんの背後霊になるのか?」

 

 己で言ったその状況をイメージしてみる彼。気付かれる事なく、温かい目で半人の彼女を見守り続ける。いついかなる時も。それこそ『あんな時』や『こんな時』でさえも……。そして彼が導き出した結論は……

 

海斗「えへ♡ 全然あり。(むし)ろこの日をありがとう」

 

 (よこしま)な考えを全面に出してニンマリ。膨らむ悪巧みは星の数程

 

海斗「女風呂女風呂女風呂女風呂女風呂女風呂」

 

 でもなかった。さらに心の声は抑えきれずにダダ漏れ。ともなれば……

 

半霊「(もう最低!!)」

 

 

 ポっふん

 

 

 と白色の球体に柔い音で全力の体当たりされ、

 

海斗「おうふ」

 

 吹き飛ばされる。その先はR15指定ギリギリの自身の身体。だが偶然にもこれが、

 

海斗「え?」

 

 きっかけだった。彼の魂が体に溶ける様に吸収されたのだ。そして「ピカーッ」と神々しい光に包まれ、彼は以前よりも何倍にも強くなって…………とはいかない。彼の復活の瞬間はそんなにカッコイイものではなかった。

 例えるのならビデオの巻き戻し。ひょっこり顔を見せていたカルシウムは、自身の本来の姿となって定位置へ。外へと流れ出た大量のトマト汁は、半人の彼女を染めていた分も含め、一滴残らず彼の体内へ。さらに死んだ細胞は瞬時に生き返り血管、筋肉、皮膚をあるべき姿へと戻していく。

 想像してみて欲しい。目の前の無残な姿の死体が突然「ぐしゃぐしゃ、ぐしゅぐしゅ」音を立てて再生し始めたら。

 

妖夢「ひぃいいいいいッ!」

 

 真っ青な顔の上、全身は鳥肌。誰だってこうなるだろう。不快な音を立て、気持ち悪い再生を繰り返し、満を持して彼、

 

海斗「いつつつぅ……」

 

 復活。

 

海斗「あ、みょん」

 

 魂魄妖夢、冥界白玉楼の庭師。半分が人間で半分が幽霊。

 

妖夢「ぎゃーーーッ、海斗さんのお化けーーー!」

 

 だがお化けの類が超苦手。

 

 

ーー白髪鎮静中ーー

 

 

妖夢「どういう事ですか!? 完全に死んでいたはずですよ!?」

 

 復活した彼に怒鳴りながら尋ねるおかっぱ頭。即死と察しながらも彼の名前を呼び続けていた彼女。さぞその事実を受け入れ難かったのだろう。

 

妖夢「本当に、心配したんですから……」

 

 目に涙を浮かべていた。

 

海斗「みょん、心配かけてごめんな」

妖夢「海斗さん……」

 

 謝罪の言葉と共に優しく両肩を掴まれ、彼に視線を向ける彼女。ちょっといい雰囲気である。

 

海斗「ムチュー……」

 

 だがそこには瞳を閉じ、口を(とが)らせて構えるお調子者の顔が。

 

 

バッチーン!

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

海斗「いやそれがさぁ……」

 

 私の半身に事情を説明しようとする海斗さん。頬に大きな赤い星を貼り付けて。ナイス半人()。でも……

 

海斗「よく分からんぜ!」

 

 誇らしげにドヤッ。それはそうですよね……、私に体当たりされたらいつの間にか生き返っていたんですから。

 

海斗「というかここ何処だぜ?」

 

 ん?

 

妖夢「妖怪の山です。海斗さんあそこから落ちたんですよ? それで追いかけたんですが、この岩に……」

海斗「そうだったっけ? 索道に乗ってたところまでは覚えてるんだけどなー……」

 

 あれー? さっき三途の川を渡って閻魔様に会ったって言ってませんでした? ちょっと聞いてみましょうか。

 

半霊「(海斗さん、海斗さん)」

海斗「あっ、俺のカバンは!?」

妖夢「あ……索道の中ですね。今頃頂上かと」

半霊「(海斗さんってば!)」

海斗「あぶねー……、一先ず壊れてなさそうで安心したぜ。頂上って守谷神社だろ? ここからどれくらいなんだぜ?」

妖夢「あそこの崖の上ですよ」

 

 無視ですか!? 酷くないですか!? もうこうなったら……

 

 

ポフポフポフポフポフポフポフ

 

 

海斗「え、なに? みょんの半霊が荒ぶり出したんだけど」

妖夢「こら、何やってるの? おすわり!」

 

 はーっ!? おすわり? 私あんたのペットじゃないんだけど!? あんた自身なんだけど!?

 

半霊「(海斗さん今の酷くないですか!?)」

海斗「なー、もしかして何か伝えたいんじゃないのか?」

半霊「(だからさっきからこうして声かけてるじゃないですか! 聞こえてないんですか!?)」

 

 自分でそう叫んでおいてようやく気付きました。

 

海斗「みょん何て言ってるか分からない?」

半霊「(私の声が聞こえなくなってる……)」

 

 って。私と話していた事を……ううん、死んでる間の事を覚えてないって。だって、

 

妖夢「お恥ずかしい話なのですが、私達意思の疎通が出来ていないんです」

 

 それさっき説明したもん! しかもそういうところだけシンクロしないでよ!

 

海斗「はい?」

 

 海斗さんまでさっきと同じリアクション……もう確定ですね。

 

妖夢「あっちは私の声が聞こえているみたいなんですけどねー……」

海斗「言ってることが分からないと?」

妖夢「はい……。もっと強く念じてくれれば聞こえるのに、凄い微弱なんですよ」

 

 はいー!? なにこっちの所為にしてるの!? そっちが未熟だから……

 

妖夢「だから幽々子様にも半人前だって言われて……」

海斗「あはは、おもしれーな。自分の半身なのに分からないって」

半霊「(笑い事じゃないですよ……)」

妖夢「昔は言うこと分かっていたのですが、月日が経つにつれてなんというか……別人みたいに」

海斗「つまり新しい人格みたいだと?」

妖夢「そうなんです……。おかげで苦労させられているんです」

 

 いやいやいやいや私は昔から変わってないから。声が聞こえなくなったのを変に解釈しないでよ!

 

海斗「だってさ。こっちのみょんは大変みたいだから、半霊のみょんも頑張れよ」

 

 ケラケラ笑いながら「頑張れ」と。これほどイラっとくるものはありません。

 

半霊「(バカバカバカバカ海斗さんのバカーッ)」

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

ポフポフポフポフポフポフポフ!

 

 

 お調子者を襲うポフポフ祭り。決して痛くは無いのだが、こうもポフポフされては、

 

海斗「ちょちょちょっとタンマタンマ」

妖夢「こら、やめなさいって」

 

 さすがに鬱陶しい。半人も加わって止めようとするが、そんな事には構わず、寧ろ好都合とばかりに激しさを増すポフポフ。

 

??「君達そこで何やってんの?」

 

 そんな彼等を呆れ顔で冷たい視線を向ける通行人。釣り人だろうか? 肩に釣竿をかけ、手には大きなバケツ。しかも見るからに大漁。釣り上げた魚がバケツに剣山の如く突き刺さり、高密度の密集状態となっていた。

 

釣り「なんか困ってる?」

妖夢「実はあそこから落ちてしまいまして……」

 

 この親切な釣り人に申し訳なさそうに頭上を指して答えるおかっぱ頭。何の事情を知らない者がこのような事を聞かされれば、

 

釣り「よく無事だったな」

 

 当然こうなる。目を皿にして感心する釣り人だったが、

 

  『えーと、まあ……はい』

 

 二人は「それ以上は聞くな」とオーラを(かも)し出していた。そんな二人に疑問を抱きつつも、釣り人はどこか納得したように頷くと、

 

釣り「なるほどね。じゃあ騒ぎの原因は君達ってわけか」

 

 何やら不吉な事を言い始めた。さらに釣り人の話は続く。

 

釣り「この上の神社に無人のゴンドラが到着したんだと。それで何者かの奇襲じゃないかって休日返上して一斉捜索を始めたよ」

 

 それは言わばテロリストの容疑者扱い。だがそんな状況下でも、

 

海斗「マジっすか!? 天狗と言えば『あやや』に『はたて』に『もみじ』じゃん! あと『てんま』だ。超絶会いてえ! みょんちょっとここで……」

 

 貫くのが彼。天狗という単語にテンションは一気にHIGH。「是非ともお会いしたい、あわよくば嫁に」とおかっぱ頭にstayを提案しようとするも……

 

妖夢「何言ってるんですか、そんな余裕ありませんよ! 早くこの場から立ち去らないとマズイですよ!」

 

 「言わせてたまるか」とその発言に被せて阻止される。

 

釣り「あはは、残念だけど彼女の言うように、ここは大人しく引いた方がいい。見つかったら色々面倒な事になる。守谷神社に行くつもりだったなら、さっさと行きな」

海斗「んー……残念。しょうがないか、また今度だな。じゃあみょん、おんぶして上まで飛んで行って」

 

 この場から移動するには最も効率的な手段。いや、それしかないと言っても過言ではない。お調子者の彼にとってはラッキーかつムフフの状況の到来である。だが今の彼にそんな考えはない。純粋な提案だった。

 しかし、日頃の行いというのは、

 

妖夢「イヤです」

 

 こういう時にこそ発揮される。

 

  『は?』

 

 まさかの回答に二人、思わず目が点に。

 

妖夢「ぜっっったいにイヤです!」

海斗「いや、そんな状況じゃないぜ?」

妖夢「イ・ヤ・で・す!」

 

 「なにがあってもそれだけは断固拒否」と誓った彼女。その後もお調子者から説得されるもその姿勢を崩す事はなかった。そんな二人を黙って見守っていた釣り人だったが、とうとう見るに耐えられなくなったのだろう「はー……」とため息を零すと、

 

釣り「しょうがない。時間もないし、オレが手を貸そう」

 

 協力をする事にした。

 

釣り「君は飛べるんだっけ?」

妖夢「あ、はい」

釣り「じゃあ彼が上についたら後処理を頼むよ。あとこれおすそ分けね。神社の人達にも渡してあげて」

妖夢「後処理?」

 

 紐で数珠繋ぎに結んだ魚を、おかっぱ頭に手渡しながら指示を送る釣り人。だがそれが何を意味しているのか、ましてや何を始めようというのかすら把握できておらず、頭上に『?』を浮かべる彼女。それでも詳細な説明はせず、黙々と準備に取り掛かる釣り人だった。

 

 

ーー釣り準備中ーー

 

 

 釣り人の準備は滞りなく無事に終わった。というかすぐに終わった。というのも、釣り人が行った準備というのはたった一手だけ。ただそれだけ。

 

海斗「あのー、これはいったい……」

 

 状況がイマイチ掴みきれず、脳裏に不安が過ぎるお調子者。気分はさながら『餌』といったところだろうか。そんな彼の不安を

 

釣り「()()()大丈夫だ()()()()()()()()()()()問題ない()()

 

 さらに増幅させる強調された言葉の数々。それを抜きにして「大丈夫だ、問題ない」と言って欲しいところである。

 だがその不安はもう後の祭り。全ては既に動き始めていたのだから。

 

海斗「ううううわぁぁぁぁ。。。……☆」

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

釣り「よし、うまくいったみたいだな」

 

 手応えが消え、上空の白髪からの合図で作戦の成功を悟る釣り人。道具を元に戻し、後片付けを進める。そこへ、

 

??「あの」

 

 釣り人の彼の横から声。視線を移すとそこには、白い頭から三角形の耳が生えた少女がいた。この山の警備担当の白狼天狗、犬走(いぬばしり)(もみじ)である。

 

椛 「貴方様お一人ですか? 今こちらにあと二つ気配があったはず……ん? 上からしますね」

釣り「ああ、今行ったんだよ。索道から落ちたんだってさ」

椛 「それ大丈夫だったんですか!?」

釣り「みたいだな。あ、丁度いいや。他のみんなにこの事を伝えておいて」

椛 「分かりました。それにしても随分釣れましたね」

釣り「天魔の言ってた場所は大当たりだったよ。あ、これ君と天魔の分ね」

椛 「こんなにもらっていいんですか?」

釣り「家族の分を入れてもさすがにそんなに食べれないって」

 

 バケツの中の半数を白狼天狗に手渡す彼に、目を皿にして歓喜する彼女。だがそんなに多く頂いてしまっては申し訳ない上、彼が食べる分が少なくなる。しかし彼にとってそれはまだまだ許容範囲の内。(むし)ろ「もらってくれ」とさえ思っていた。

 この日彼は、訳あって商品の売れ残りしか食べられない食生活に飽きてしまい、「たまには魚食いてぇ」と遠路はるばる釣りに訪れていた。その道中、たまたま騒ぎの一斉捜索に協力をしていた天狗の長『天魔』と出会い、騒ぎの件と絶好の釣りポイントを教えてもらったのだ。そこはまさに入れ食い状態。釣り糸を垂らせばあっと言う間に獲物をゲット。その快感からあれよあれよと魚を釣り上げ、ものの数十分で気付けばバケツからはみ出る程までに。

 この乱獲具合に「マズイ……」と後悔しながら帰宅を開始した彼。だがそこに目に付いたのがお調子者と白髪おかっぱ頭だった。さらに話を聞けば、彼女達は騒ぎの原因であり、守谷神社の神々に会う予定だったと。これは彼にとって好都合、そこから彼のおすそ分け作戦は始まったのだった。

 そしてこの作戦は見事に成功。これで「あげたんだから、魚いなくなっても文句言わないでね」とできる。もう用件は済んだ。となればやる事は一つ。

 

釣り「そんじゃあね」

 

 とっととおさらばするのみ。

 

椛 「はい、みなさんによろしくお伝え下さい」

 

 

◇    ◇    ◇     ◇    ◇

 

 

 少し(さかのぼ)ってーーーー

 

??「〜♪」

 

 鼻歌を歌いながら(ほおき)で外を掃除をする一人の少女。掃除が終わっても夕食の支度に風呂の準備と、やる事は尽きない。それが彼女の日常、何一つ変わらない日々の繰り返し。だがそんなものはもう慣れっこ。今となっては苦にも感じていない。

 

??「でも……」

 

 否定の接続詞を呟いて見上げる空。色はすっかりオレンジ色。今日を振り返ってみると、いつもと変わらない平穏な一日だった。

 

??「あの鞄……」

 

 つい数時間前までは。

 

??「スクールバック……だよね?」

 

 やって来たゴンドラに参拝客かと出迎えてみれば、中はもぬけの殻。奇妙なのはドアが開いていた事とたった一つの見慣れた鞄だけ。見慣れたと言っても、彼女がそれを目にするのは自室の押し入れに、思い出の品としてしまっておいた物。他の物を見るのは実に久しぶりの事だった。

 

??「んー、こっちにも流れて来たのかな?」

 

【挿絵表示】

 

 首を傾けてぼんやり続行、そんな時だった。

 

 

にょっき〜〜〜〜〜ん

 

 

??「うわっ、可愛い女の子がいると思ったら早苗(さなえ)だった」

 

 ヤツが現れたのは。だがその姿は実に滑稽(こっけい)。首根っこを巨大なフックで引っ掛けられ、急成長を遂げた木から糸で吊るされ、パッと見は首吊り状態。それでも揺るがないのが彼、

 

海斗「嫁にならない?」

 

 ドヤッとサムズアップで己を指差してキメ顔。

 それに対する緑のロングヘアーの守谷神社の巫女の反応は……。

 

 

ドサッ

 

 

 

 

 

 

 

嫁捕獲作戦_六人目:東風谷(こちや)早苗(さなえ)【気絶】




空を自由に飛びまわる。
主もこれは全人類の夢だと思います。
漫画やアニメでもそういうシーンは多いですしね。
それだけきっと憧れているんです。
主もいつかは……
この大空に~♪ 
翼を広げ~♪
飛んで行きたいよ……orz

【次回:一輪目_再会です】


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1輪目_再会です

ちょうど一年前のこの日、主は彼の話をスタートしました。今思うと懐かしく感じます。やっっっと帰ってきました。

一先ずリハビリ程度に。短いですが、あのシーンまで。なんとなく「あーこんな感じだったなー」って懐かしんで頂ければと思います。


海斗「大変なんだ、優希! オレの嫁候補達の『D』が一つ増えちまった!」

 

 走って来て僕の両肩を掴んだかと思えば……第一声目がコレ? というか、すごく久しぶりのEpなのにこんな始まり方でいいんですかね?

 

優希「あのさ、他に言う事ないの?」

 

 僕は「元の世界に帰れるまで会えない」って思っていたのに……。

 アリスさん、魔理沙さん、霊夢さん、美鈴さんにフランさんとお姉さんのレミリアさん。サニー、ルナチャ、スターの仲良し三妖精、酒丸の店長さんに常連さん達。この世界の色々な人と知り合えて、友達にもなれたけど、やっぱりどこかでブレーキをしていて、だから……。

 だから僕今すごく嬉しいの! 察して!

 

海斗「ん? ああ、久しぶり!」

 

 おしい! けど違う!

 

優希「そうじゃなくて……」

 

 もっとあるでしょ? 「大丈夫だったか?」とか「元気してた?」とか「幻想郷に来てたんだ」とかさ……。

 

海斗「()せた?」

優希「かもしれないけど……」

海斗「髪切った?」

優希「もういい……」

 

 どうしてだろ? 海斗君が言葉を発する度に答えから遠ざかっている気がします。海斗君に期待したのが間違いでした……。

 

優希「海斗君もこっちに来てたんだね」

海斗「おうよ、まさに夢の世界だぜ! 舞◯駅よりもな!」

 

 海斗君、ドヤ顔で危ない発言するのはやめようね……。ちなみに僕はその先の海浜◯張の方が……じゃなくて。

 

優希「今まで何処にいたの? 人里で僕を見かけたりしなかった?」

海斗「いんや、人里にはよく行ってたけど、全然気付かなかったぜ? 気付いてたら声かけてるぜ」

 

 ですよねー。じゃあ本当にタイミングが合わなかっただけなんだね。でも、なんか懐かしいな、このやり取り。海斗君も海斗君のままだし、すごく安心する。あ、そうだ。僕がバイトしてるって言ったら驚くかな?

 

優希「海斗君、僕今人里で働いてるんだよ?」

 

 どんな反応するかな?

 

海斗「え、うそ? 優希が? バイト?」

優希「ホントホント」ドヤッ

海斗「優希がバイトーーーッ!?」

 

 目を大きく開いて絶叫しました。驚き過ぎじゃない? そこまで?

 

海斗「そうかそうか、頑張ってるんだな。父ちゃん嬉しいぜ!」

優希「あ、うん。でも父ちゃんじゃないでしょ……」

 

 とか言ったけど、褒めてくれてめちゃくちゃ嬉しいです。海斗君ありがとう。

 

海斗「で? 何やってるんだぜ?」

優希「居酒屋だよ」

 

 ここでまたドヤッ。海斗君は一番ないと思ってるだろうけど、これが事実なんだなぁ。また驚いてくれるかな?

 

海斗「…………なあ、いつからやってるって?」

 

 と思いきや、おでこに拳を当てて難しい表情を浮かべ始めました。僕は「どうしたんだろ?」と思いながらも、

 

優希「んー……、半年くらい前かな?」

 

 質問に答える事に。

 

海斗「その店の名前は?」

優希「酒丸(さけまる)だよ。丸の中に『酒』って書いて……」

海斗「あーーーッ!!」

 

 全部言い切る前に、また叫び出す海斗君に僕、目をパチクリ。いったい何事?

 

海斗「あれ優希だったのか!?」

優希「うぇっ!? なになに?」

海斗「最初、教育受けてたろ?」

優希「え、あっ……、うん……」

海斗「その時俺店の前にいたんだぜ? 『いらっしゃいませ!』って声が聞こえたぜ? 確かに今思い出してまるとアレは優希の声だ。うん」

 

 うそーーーん! あれを聞かれてたの!? そんな……そんな……

 

優希「恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい……。穴があったら入りたい……。穴があったら入りたい……。穴があったら入りたい……そして閉じこもりたい……」ブツブツ

 

 バイトの教育の現場を友達に知られる事が、こんなにも恥ずかしい事なんて……。そりゃ呪文も唱えたくなりますよ……もうオワタ。

 

海斗「あの時俺もバイト探してたんだぜ? だからもう誰か雇った知った時スゲェ悔しくてさ」

優希「ご、ごめん……」

 

 つい反射的に謝ってしまった……。でも海斗君に迷惑かけたんだから、これが正解だよね? でも海斗君は、

 

海斗「あっははは、やっぱ優希は変わってないな。あの時は確かにそう思ったけど、今は逆に『優希で良かった』って思ってるぜ?」

 

 笑って僕を応援してくれました。本当にありがとう。

 

海斗「おかげで幻想郷観光を満喫できてるし!」

優希「ああ……そっちね……」

 

 ガッカリだよ! 感謝の心を返してよ!

 誇らしげに現状を話す海斗君、に少し「イラッ」ときた時だった。

 

??「なんだなんだ? 優希の知り合いか?」

 

 毎日聞いている声が背後から聞こえて来たのは。その瞬間、僕の脳裏にある日のワンシーンが鮮明に蘇った。そう、あれは僕と海斗君がいつだったか『電気とアニメの街』に行った時ーーー

 

優希「また見に行くの?」

海斗「もちろんだぜ!」

優希「海斗君東方プロジェクト、ホント好きだよね……。お気に入りとか好きなキャラクターとかいるの?」

海斗「嫁候補という意味ではみんな好きだぜ!」ドヤッ

優希「……あ、うん」

海斗「尊敬という意味では()()()かな」ドヤヤッ

優希「へー、ソーナンダー」

海斗「あんなイケメンになりたいぜ!」ドヤヤヤッ

 

なりたいぜ……なりたいぜ……たいぜ………ーーーー

 

 想像してみて下さい。もし絶対に会うことができない尊敬、もしくは憧れの人やキャラクターが、現実として目の前に現れたら? あなたならどうなりますか?

 僕は魔理沙さんに「今海斗君に近づくのは非常にマズイです……」と強い念を送っていたけど、それは叶わず。ついに……ついにその時が。

 

海斗「魔理沙師匠、ちわっす! 海斗です!」

 

 ビシッと地面に対して直立すると、そこから勢いよく頭を下げて綺麗に直角を描き、体育会系のノリで挨拶。はい、僕の親友はこうなりました。

 

魔理「師匠ー? 魔理沙ちゃんはお前を弟子にした覚えはないze☆」

海斗「頂きました! 生『ぜ』! 成程、『ze☆』なんですね。勉強になります!」

魔理「おい、優希。このおかしなヤツなんなんだ?」

 

 困った顔で、テンションが急上昇中の海斗君を指差しながら尋ねてくる魔理沙さん。おかしなヤツって……でもそれは正しい意見だと思います。

 

優希「すみません、僕の友達の海斗君です。魔理沙さんの大ファンなんです」

海斗「死ぬときは魔理沙師匠のマスタースパークって決めてます!」

魔理「そんな事言われても嬉しくないze★」

 

 もう神社に来てからずっと興奮状態。気持ちは分からなくもないけど……。もしかしてこっちの世界に来てからこんな感じなの? このテンションで色んな人に迷惑をかけていなければいいけど……。

 

 

ガッ!(優希の服を掴む音)

 

 

 えっ、ちょっ、なになになになにっ!? 

 肩……というか首根っこに違和感を覚えたと思ったら引っ張られて、

 

 

ズルズルズルズル……

 

 

 引き()られてます、はい……。じゃなくて苦しい苦しい苦しい、ギブギブギブギブッ!

 

 

ゴッ!

 

 

優希「ひでぶっ!!」

 

 放してくれたのはいいけど、ゴミを投げ捨てるみたいにポイッて……。おまけに近くの桜の木に頭ぶつけるし……。もう誰? こんな事するの? 僕だって怒りますよ!?

 「ガツンと言ってやる」と心に決めて見上げてみると、そこにはズボンに手を入れた白髪ロングのヤンキー女子と、腕を組んだ黒髪ロングのスケバンの姿が。さっきあっちで口喧嘩していた二人です。

 それと前言撤回させて下さい。無理です、ガツンとなんて言えません。だって二人とも凄い形相で明らかに怒っているんです。僕達初対面のはずです。恨みを買うような事はしてません。じゃあ何? カツアゲされるの? 魔理沙さん、海斗君助けて! って気付いてないし……。

 

白髪「おい、お前」

黒髪「アイツ……海斗の何? 友達?」

優希「ぁ、は……」ガタガタ

白髪「お前の友達なんなんだよ!」

黒髪「いきなり『嫁にならない?』とか言い始めて、追い掛け回してくるのよ!」

  『どーにかしろ(なさい)よ』

 

 いーーーーーー!!? もう手遅れだったーー! というか僕関係無いですよね!?

 

 「それは海斗君に直接言って下さいよ!」

 

 なんて言えない。この状況で、この剣幕でそんな事言ったらフルボッコにされ兼ねない。ひ、一先ずここは……。

 

優希「と、友達が、ゴ…カケ…マセン」ゴニョゴニョ

 

 謝っておきます。でも、

 

  『はぁ~!?』

 

 僕の癖の所為で、さらにお二人の怒りを煽る結果に。もう噴火寸前です。この瞬間、僕の中ではフルボッコにされた近未来の自分の姿がありありと想像できました。

 怖い……もう誰でもいいから助けてー……。

 

??「ん~っと~、『友達がご迷惑をかけてすみません』だって~」

 

 

 




お気付きかも知れませんが『幻想郷の花見』は、訳あっていくつかに分かれます。

【次回:2輪目_とばっちりです】


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2輪目_とばっちりです

 いつか聞いたことのある、(ゆる)くてほんわかした口調。しかも僕の聞くに堪えない言葉が通じていました。さらに決定的なのは、振り向いた二人の隙間から見えた女の子の顔。間違いないです。人里のケーキ屋の店員さんです。通訳ありがとうございます!

 

白髪「あゆみ、コイツの言ってることが分かったのか?」

黒髪「ゴニョゴニョ言ってて全然聞こえなかったわよ?」

あゆ「そーかな~? ちゃんと言ってたよ~」

 

 あらやだ、この人天使? いやいや、僕の天使は一人だけです! でも、ちゃんとお礼は言わないと。

 

優希「あの、ありがとうございます」

 

 今度は()()()()言えました。自分でも満足できる程に。

 

あゆ「ん~?」

 

 でも、首を傾けて「何か言いましたか?」と。

 

白髪「今のは分かるだろ?」

 

 ああ、そうでした。この人には……。

 

優希「ぁの、ぁりがとぅ……ござぃます」ゴニョ

あゆ「どういたしまして~」

 

 ほらね? どういう理屈か分からないけど、こうしないとこの方には伝わらないんです。でも、キラキラの笑顔で答えてくれたこの人……あゆみさんのおかげで、無事に二人の噴火を止める事ができました。めでたし、めでたし。

 と、思ったのも(つか)の間でした。

 

 

イラッ!×2

 

 

白髪「なんで今のが通じて、さっきのが通じないんだよ!」

黒髪「どう考えても逆でしょ!!」

あゆ「イタイイタイイタイイタイ~」

優希「ぎゃあああッ!」

 

 結果、やっぱり噴火は止められませんでした。しかも初対面の人に頭グリグリされた……。

 

黒髪「バカ! あんたあゆみに何やってるのよ!」

白髪「しまったつい癖で。あゆみ大丈夫か!?」

あゆ「ふしゅ〜……」

 

 目をバッテンにして口から魂が……。だ、大丈夫かな? それとスケバンさん、地味にキリキリ()めるの止めてくれませんか? というか放して下さい、痛いです……。

 

海斗「お! モコた~ん、グ~ヤー!」

 

 このタイミングでようやく海斗君(問題児)が気付いてくれました。もう遅すぎるくらいです。でも、おかげで万力地獄から解放されました。

 

  『げっ、気付かれた』

 

 声を揃える二人に視線を向けてみれば、二人とも頬をヒクヒクとさせて、顔色は真っ青。言いたい事があるなら今がチャンスなのに、どうしたんですか?

 

海斗「やっぱオレの嫁にならなーい?」

 

 だーかーら! 最高の笑顔のところ悪いけど、それの所為で「迷惑してる」って言われてるの! モコたんさんとグーヤさん、ビシッと言ってあげて下さい!

 

グヤ「どうするのよ!? こっちに来るわよ」ヒソヒソ

モコ「うぐ……ひ、一先ず」ヒソヒソ

グヤ「一先ず?」ヒソヒソ

モコ「逃げるぞ!」

グヤ「あ、待ちなさいよ!」

 

 何やら二人でヒソヒソ相談していると思ったら、急に180度回転して走り出すモコたんさんと、それを追いかけるグーヤさん。突然の展開に僕、ポカーン。

 言いたい事があったんじゃなかったの? 僕に言うだけ言っておしまいですか? それとあゆみさんをお忘れですよ?

 

優希「ぇ、ぁ、ぁの……ぁゅみ……を」ゴニョゴニョ

 

 去り行く二人に「忘れモノをしていますよ」と伝えようとしたけど、そこにまた僕の癖が。しかもさっきの事もあって、心臓のバクバクが収まっていないまま。おかげでいつも以上に酷いです……。

 そこに、

 

海斗「二人とも何で逃げるのー?」

 

 眩しい笑顔で二人をさらに追いかける海斗君が。

 凄く嬉しいのは分かる。だって耳にタコができるくらい話してくれたし、グッズだって部屋に山程あったし。僕が海斗君の立場だったら、きっと眠れないくらい興奮していると思う。でも、ごめん。そろそろ止めさせてね。

 

 

ガシッ!×2(海斗の服を掴む音)

 

 

優希「海斗君、一回落ち着こうか?」

??「いい加減にしないと斬りますよ?」

 

 海斗君の服を(つか)んだと思ったら、そこにはもう一つ手が。しかも直ぐ隣から怒り口調の声。漂う怒気に恐る恐る、気付かれないように目を向けてみると……刀!? 今斬るって……え、本気?

 そこから上へ視線を移してみれば……あ、目がマジだ。本気でKILLつもりです。「さすがにそれは止めないと」と説得しようとしたけど、

 

海斗「おっ、二人とも息ぴったりだな。ちょっと()いちゃうぜ」

 

 海斗君は余裕の表情。危機感ないの?

 

??「はいはい、もういいですから。少し大人しくしていてください」

優希「あのさー、海斗君。そんな調子で色々な人に迷惑かけてるでしょ?」

??「そうなんですよ、何処かに連れ出そうものなら毎度毎度」

優希「お気持ちをお察します」

  『ん?』

 

 お互い顔を見合わせて一時硬直。発する雰囲気から男の人だと思っていたけど、落ち着いて見てみれば、銀色のショートボブのカッコイイ系の女の子でした。パッと見は僕と変わらなさそうだけど、この世界だと年齢なんてあって無いような感じだもんなー……。

 それはそうと、何で海斗君の事を知っているんだろ? 付き合いも長そうだし。

 

海斗「優希、その子はオレが世話になってる『みょん』だ」

 

 そんな僕の疑問を見透かしたかのように、海斗君は彼女の事を教えてくれました。

 なるほど、そういう事ですか。僕がお世話になっているみたいに、海斗君もみょんさんの所でお世話になっていたんですね。納得しました…………それ、大丈夫ですか?

 

妖夢「魂魄(こんぱく)妖夢(ようむ)です、初めまして」

 

 海斗君なら手を放して、綺麗なお辞儀で丁寧に自己紹介してくれる妖夢さん。でも僕の中では早速疑問が。

 さっき海斗君『みょん』って言ってなかった? 『みょん』要素がどこにも無いけど?

 などと考えていると、

 

妖夢「って、その呼び方を人前では止めて下さいって言ってるじゃないですか!」

 

 妖夢さんが突然怒り始めました。でもこれで納得です。「海斗君が勝手にそう呼んでいるだけ」だと。あ、僕も自己紹介をしないと。

 

優希「ぇ……、ぁ、ゅ、ゅぅきです」ドキドキ

妖夢「はい?」

 

 ですよねー、ごめんなさい……。女性だと気付いた時から心の臓がバクバクなんです。

 

海斗「みょん、そいつは優希って言うんだ。ほら、前に索道(さくどう)の中で話したろ?」

 

 そこへありがたいフォロー。すると妖夢さんは手を口の前で広げて「あっ!」と声を上げると、大きく頷きながら僕の観察を始めました。

 

妖夢「あなたがそうでしたか。確かにそんな感じがしますね」

 

 海斗君、妖夢さんに何て言ったの?

 

妖夢「え、あれ? というか事は……、あなたも外来人ですか!?」

優希「ぇっと、あ、はい……」 

  『えーッ!?』

 

 妖夢さんの驚きの声に被せて、直ぐそばからも同じリアクションの声が。そこには忘れものに気付いたグーヤさんとモコたんさん。

 あゆみさん肩を貸してもらっているけど、さっきのダメージの所為? それとも具合悪いの?

 

グヤ「あんた達()外来人だったの!?」

海斗「そうだぜ、知らなかった?」

 

 目を丸くするグーヤさんに誇らしげに歯を見せながら笑って答える海斗君。それは驚きますよね。魔理沙さんとアリスさんの話だと、外来人(この世界にとっては異世界の人間)が来る事なんてレアな事らしいですから。それが二人揃って、しかも友達同士で来ているんです。

 けど、お二人の驚き方は少し度を超えていました。それにグーヤさん今、言葉の(あや)かもしれませんけど……

 

優希「僕達……()?」

 

 って言いました。それってつまり……。

 

モコ「ああ、こいつあゆみっていうんだけど、こいつも外来人だ」

  『はいーッ!?』

あゆ「外来人で~す」

海斗「!?」

優希「し、知らなかった……。あの、前にケーキ屋で買ったんですけど……」

あゆ「ん〜?」

 

 やっとドキドキが収まって、普通に話せるようになったと思ったのに、またしても苦笑いで首を傾げながら「何て言ってるの?」と。あー、もう……。

 

グヤ「前にお店で買ったそうよ?」

あゆ「ん~? そーでしたっけ~?」

 

 なんで? なんでグーヤさんのアレで通じて僕のはダメなの? それと覚えてない事ないですよね? 一瞬「あっ」みたいな顔しましたよね? そういうリアクションされると、

 

魔理「あッはははは、優希お前覚えられてないってさ」

 

 魔理沙さんが嗅ぎつけて来ますから。それと笑い過ぎですよ?

 

 

ソロ〜……

 

 

 後方に動体の気配。あれ? 海斗君コソコソと何処に行くの?

 

優希「海斗くん? 何処に……」

海斗「わ、バカ!」

あゆ「きゃーッ! あの時のイケメンさんだ~!」

 いきなり大声を出して、キラキラと眩い瞳で海斗君に飛びつくあゆみさん。面識あったんだ。

 海斗君は確かにイケメンで、学校でも学年問わず、それこそ学区を超えてモテモテだったけど、ここまでグイグイ積極的にアプローチする人っていなかったかも……。ある意味新鮮。海斗君どんな反応するんだろ? 

 

海斗「ハーナーレーテークーレー」カチコチ

 

 金縛りにでもあったかの様に硬直、おまけに動きはカクカク。壊れたブリキのおもちゃみたいになりました。さっきは追いかけ回していたのに、寄られるとダメなんだね……覚えたぞ。

 

海斗「オレは東方キャラ以外には興味ないんだー……」

あゆ「でも私は気にしませ~ん♡」

 

 海斗君には悪いけど、これならもうみんなにも迷惑かけないでいいかも。あゆみさん、海斗君をお願いします。

 その間に現状を整理しよう。今ここには、僕と海斗君、それとあゆみさんの3人の外来人が確定している。あとはあそこにいたウサギ耳の女子高生もそうだったら、4人の外来人がいるってこと? こんな事って……あるんですね。

 

妖夢「あのー、あの方とお知り合いなんですか?」

グヤ「今私の所で一緒に暮らしているわ」

モコ「里でケーキ屋もやってるぞ」

魔理「それなら魔理沙ちゃんも食べたze☆ あれ美味かったze☆ な?」

 

 頭の後ろで手を組んだ姿勢で、上体を捻って後方へ同意を求める魔理沙さん。その相手は他でもありません。この世界に来てから僕が一番お世話になっている方、もう絶対涙を流させないって決めた方。そして、「この人を守る」って初めて思わせてくれた方。

 

アリ「え、うん。美味しかった」

 

 心優しい魔法使い、アリス・マーガトロイドさん。

 

グヤ「それなら後で直接言って上げて。それとあなた達ちょっといい?」

 

 グーヤさんはそうアリスさんと魔理沙さんに言うと、紅魔館の方々の方へ歩きだしました。僕は呼ばれてないから行くわけにはいきませんけど……

 

モコ「……」

妖夢「……」

優希「……」

 

 き、気不味い……。妖夢さんとモコたんさんは普段あまり会話しないんですか? 何で会話してくれないんですか? これ僕が何かきっかけに話をした方がいい感じですか?

 

優希「ぁ、ぁの……」

妖夢「?」

モコ「あぁ?」

 

 ひぃいいい! 怖い怖い怖い怖い。でも逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ!

 

優希「も、モコたん……さん」

妖夢「ぶっ!」

 

 突然吹き出す妖夢さんに僕、唖然。え? どうしたの?

 

モコ「おーまーえーなー……」

 

 両手の拳をワナワナと震わせて背後に……炎!? そういうオーラとか、目の錯覚とか、幻とかじゃないです。本物の炎が上がってます! だって……

 

優希「あつつつッ」

 

 ですから!

 

モコ「私を怒らせたいのか? 喧嘩売ってるのか?」

優希「いいいいいいえ、けけけけ決してそそそそんな事は……」

モコ「私の名前は藤原(ふじわらの)妹紅(もこう)だ! あの呼び方はアイツが勝手に呼んでいるだけだ! 次言ったら灰にするぞ!!」

優希「ひぃいいい! わ、分かりました。も、もう言いません!」

 

 炎を(まと)って「次言ったら灰にする」脅しがこの上なくリアルです。もう絶対言いません。妹紅さん、覚えました。となると、グーヤさんも疑った方がいいかも。

 

優希「あの、妹紅さん」

妹紅「今度は何だ!?」

 

 ひぃいいい! 怒っているところ話しかけてすみません。でも大切な事なんです。

 

優希「ごごごめんなさい。あああの、さささっき」

 

 

イラッ!

 

 

妹紅「(ども)らずに喋れんのか!」

優希「ぎゃーッ!」

 




【次回:3輪目_暴走です】


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3輪目_暴走です

 妹紅さんから手厚い喝を入れられ、落ち着いてそれなりに「さっきの黒髪の人の名前を教えて下さい」って質問出来た僕。そしたら妹紅さん、

 

妹紅「あ? なんでお前にそんな事教えなきゃいけないんだ?」

 

 って僕の事をジロジロと怪しむ目で見てきました。なんか誤解されてませんか?

 

妹紅「お前……」

優希「は、はい!」

妹紅「アイツに一目惚れしたのか?」

妖夢「えーッ! そうなんですか!?」

 

 はいーーーッ!? どうしてそうなるんですか!? どういう思考回路してるんですか!? ついさっき脅されたばかりですよ!? フラグ立つわけないですよね!?

 

優希「ちちちち違いますよ!」

妹紅「じゃあなんなんだよ」

 

 組んでる腕からヒョッコリ出ている人差し指が一定のリズムを刻み始めた。これは心理学上人がイライラし始めた時のサイン。というかそもそも表情がマズイ、早く答えないとまた万力地獄が来る。でも吃らない様に落ち着いて。

 

優希「その……えっと……」

妹紅「シャキッとしろ!」

優希「はい先生!」

 

 しまった! つい勢いで先生って言っちゃった。

 

 「お前の先生になった覚えはねぇよッ!」

 

 って怒られる…………。

 でもしばらく経ってもノーアクション。「どうしたんだろ?」と固く瞑った目を恐る恐る開けてみると、

 

妹紅「お、おう。分かればいいんだ、分かれば」

 

 少し赤い顔をして視線を横に外していました。それに心なしかなんか嬉しそうな……。意外にありでした?

 

妹紅「ほらさっさと話せよ」

優希「はい、海斗君が黒髪の方を『グーヤ』って呼んでいたんですけど、妹紅さんの事もあるので本当の名前を確認したいんです。決して疚しい心はありません」

妹紅「あー、そういう事。いいよグーヤで。それが本当の名前だよ」

優希「イヤイヤイヤイヤ、絶対ウソですよね?」

 

 明らかに投げやり。まるで「もう興味ない」みたいな。そう言えばここ来た時に喧嘩してたし、もしかしたらそんなに仲良くないのかも。聞く相手間違えたかな?

 

優希「あの、妖夢さん」

妖夢「あ、はい。話は聞いてました。あの方は蓬莱山(ほうらいさん)……」

 

 妖夢さんは直ぐに答えてくれました。最初からこうすればよかった。

 

優希「あともう一ついいですか?」

妹紅「なんだよ?」

優希「さっきあそこにいた兎の耳の……」

妖夢「どっちですか?」

優希「ブレザー着ている方です」

妹紅「なんだ? 今度こそ一目惚れか?」

 

 だから何でそうなるんですか? 確かに髪の毛が長くてスタイルも良くて、可愛い感じだとは思いますよ? でも海斗君じゃないんですから、

 

優希「いいえ、違います」

 

 キッパリ否定します。

 

妖夢「鈴仙(れいせん)がどうかされました?」

優希「あの方も外来人ですか? 外の世界で僕達が通ってた……寺子屋みたいな所にああいう感じの人が沢山いるんです」

妹紅「学校だろ? そんでお前が言ってるのは女子高生ってやつだろ? 残念だけど違うよ」

 

 あの人違うんだ……。それよりも『女子高生』が通じる方が驚きです。

 

妹紅「お前ホント何も知らないのな」

妖夢「ふふ、じゃあ少し今いる方の事を教えてあげますよ」

 

 それから妖夢さんと妹紅さんは色々教えてくれました。あゆみさんがお世話になっている『永遠亭』の事、海斗君がお世話になっている『白玉楼』の事。そしてそこで暮らしている人達の事を。人里と魔法の森と紅魔館くらいしか知らなかった僕にとって、それは凄く新鮮でこの世界の神秘的な奥深さをさらに思い知らされました。

 そして、大凡教えてもらって僕が「へぇー」と感心していた時、

 

 

 

 

スタッ!

 

 

 空から羽が生えた二人ともう一人がやって来ました。

 

??「あやや、もう大分集まってますね」

??「今日は思う存分羽を伸ばそー」

??「先輩方、少しは荷物を持ってください…」

 

 なんかまた新しい人達が来た……。今で何人いるの? 30人くらいいませんか? これもっと増えるの? だとしたら僕耐えきれませんよ?

 

海斗「おおっ! あやや、はたて、もみじだ!」

優希「え? 海斗君知り合いなの?」

海斗「いやいや、オレを誰だと思ってるんだよ? あーもう、あゆみん離れてくれよー」

 

 ああ、そうでした。愚問でした。海斗君の場合は名前を知ってる ≠ 知り合い なんでした。それとあゆみさん、いつまでくっついてるの?

 海斗君の腕をガッチリ掴んでラブラブ光線を放つあゆみさんに僕、ただただ苦笑。でも、ふいに視線を今来た三人に向けた瞬間、

 

あゆ「……ちゃん」

 

 雰囲気が一変しました。

 

  『へ?』

あゆ「わんちゃん。か、か、か……」

  『か?』

あゆ「かわい〜〜〜〜!」

海斗「おうふっ」

 

 抱きついていた海斗君を弾き飛ばして、叫びながら白髪の犬耳の女の子を目指して走り出すあゆみさん。いったい何事?

 

椛 「わわわ、離れてください! くっつかれるのは好きじゃありません!」

はた「うぐっ、何この子?」

文 「あや? あなたはスイーツ屋の……」

あゆ「いい子いい子~」ナデナデ

椛 「うー…」

 

 あゆみさんに頭を撫でられ、牙をむき出しにして低い唸り声を上げる白犬の女の子。どう見ても怒ってる。大丈夫かな?

 

海斗「離れてくれたのは良いけど、あゆみん怒られるぜ?」

妖夢「止めさせた方がいいんじゃないですか?」

 

 海斗君も妖夢さんも同じように心配しています。でも妹紅さんは……、

 

妹紅「いや、オチはもう見えてる」

 

 腕を組んでジトっとした目で、ため息交じりにそう答えるだけで動く気配なし。そうしている間にも、

 

あゆ「わしゃしゃしゃしゃ~、よしよしよしよし〜、耳の裏はどうかな~?」

 

 あゆみさんの行動はさらにエスカレート。もうム◯ゴロウさん的なスキンシップになってます。愛でられている方は、両手に拳を作って俯きながら全身でワナワナ。爆発寸前です。

 あゆみさーん、もう手遅れかもしれませんよー……。

 

椛 「くぅ~~〜ん」パタパタ

 

 喜んでらっしゃるー!! 尻尾まで振って喜んでらっしゃるー! あーあー、お座りまでしちゃって……。

 

妹紅「ほらな」

妖夢「あはは……、前にも同じ事が?」

妹紅「まあな、そん時は影狼(かげろう)だったけどな」

海斗「マジ!? あゆみん影狼にも会ってんの? いいなー、羨ましいぜ」

優希「かげろう?」

 

 知らない人の名前に「どんな人?」と軽い気持ちで三人に尋ねました。でも、僕は言ったそばから後悔しました。だって……。

 

海斗「今泉(いまいずみ)影狼(かげろう)、狼女だぜ。『草の根妖怪ネットワーク』の一員で、能力が……」

 

 はい、出ました。海斗君の東方ウンチクが。これ長くなる……。

 

妹紅「待て待て待て待て、どこまで知ってるんだよ! おいお前、他人の能力まで話したのか!?」

妖夢「わわわ私は何も話してませんよ! 最初からこうなんです。どういうわけか幻想郷の事に詳しくて」

妹紅「外来人なのにか? 何で外来人がこっちの事を……能力まで知ってるんだよ!?」

 

 声を荒げて妖夢さんに迫る妹紅さん。妖夢さんが全部話したと疑って信じない。確かにそうですよね。ここは結界で外の世界から隔離された場所、それなのに外から来た海斗君が詳しいなんてどう考えてもおかしいですよね。僕もその事は前々から気にはなっていました。魔理沙さんとアリスさんも「幻想郷の事を外の世界の人達に知られるわけにはいかない」って言っていましたし、元の世界に戻る時は記憶を消されるって言っていましたし。それくらい徹底しているのに、何で僕等の世界でゲームになっているんですかね?

 

海斗「モコたん、モコたん。それは……」

妹紅「それは?」

海斗「俺だからだぜ!」ドヤッ

 

 海斗君、キメ顔でなに意味不明な説明してるの? ほら、妹紅さんも妖夢さんも「何言ってんだ?」って顔してるから。

 

海斗「お、噂をすればだぜ」

 

 心臓破りの階段に目を向けて見ると、腰まで伸びた黒髪、頭からとんがった耳が生えた女性がいた。きっとあの人が今泉影狼さんだ。でも隣の口元を襟で隠した赤髪の人は誰だろう?

 

海斗「with ばんきっき!」

 

 さすが海斗君です。誰が来ても名前を即答です。でも、絶対それ本当の名前じゃないでしょ? 

 

海斗「やっぱ実際に見ると全然違うな。二人とも予想以上にか、か、か……可愛いーーーッ!」

 

 

ガシッ!!!×3(海斗の服を掴む音)

 

 

優希「させないから!」

妖夢「させません!」

妹紅「させてたまるか!」

海斗「そんなー、不公平だぜ……」

 

 大好物を目の前にして「待て」を言い渡された犬の様に、潤んだ目で訴えてくる海斗君。そんな目したってダメなものはダーメ! これ以上みんなに迷惑をかけるわけにはいきません。

 

あゆ「ここがいいのかな〜?」

 

 そして尚も愛で続けるあゆみさん、よっぽど犬がお好きなんですね。

 

椛 「くぅ〜〜〜ん♡」

 

 相手も喜んでるし、問題はなさ……

 

??「あ、あ、あ……」

 

 そうでもなかった。影狼さんの様子が変わりました。表情は歪んでいき、今にも泣き出しそうです。その視線の先は、現在進行系で自分の世界にどっぷり浸かっているあゆみさん。

 

影狼「あゆみちゃんの浮気者ー!」

 

 そしてとうとう泣き出しました…………って

 

  『えええええッ!?』

 

 二人ってそんな仲だったの!? 口を両手で覆い隠し、赤い顔で目を丸くする妖夢さん、海斗君はなぜかガッツポーズ。そして妹紅さんは、またジト目。たぶんオチが見えてるみたいです。

 

あゆ「あ、影狼ちゃん」

影狼「私にもしてー!」

あゆ「いいよ〜、おいで〜」

椛 「ウー……」

あゆ「喧嘩しない喧嘩しない、仲良くね〜。よ〜しよしよしよしよし」

  『くぅ〜〜〜ん♡』

 

 手懐けてらっしゃるーっ。二人同時に手懐けてらっしゃいまするー! あーあー、お腹まで見せちゃって。

 

妹紅「さて、エネルギーチャージも出来ただろうし、そろそろ止めに行くか」

 

 このタイミングでようやく動き出す妹紅さん。ちょっと遅いようにも思えますけど。

 

妹紅「じゃあまた後でな、えっと……」

優希「優希です」

妹紅「あっそ、優希な。女みたいな名前だな」

 

 それでシレッと僕をディスって行きました。よく言われる事なので、全然ノープロブレムですけど……あれ、涙が。

 

??「……どうも」

 

 と、そこに妹紅さんと入れ違いでやった来たのは、影狼さんと一緒に来た本名不明のばんきっきさん。何か用かな?

 

妖夢「こんにちは」

優希「こ、コンニチハ……」

 

 やっぱり初対面は苦手です。もう血流がヤバイです。

 

ばん「……あなた、初めて?」

優希「ゅ、ゅゅぅきれふ」ドキドキ

 

 吃りました。その上噛みまみた。絶対通じるはずがないです。妖夢さんも苦笑いです。

 

ばん「……優希、よろしく。私は(せき)蛮奇(ばんき)。花見の手伝いをしたいのだけど」

妖夢「それなら霊夢があっちにいるから行ってあげて」

蛮奇「……すまない」

 

 滞在時間数十秒。 でも本名が聞けて助かりました。それに僕のカミカミのドモドモが通じてくれました。いい人かも。

 蛮奇さんは軽く会釈をした後、そのまま台所へ。あ、忘れてた! 僕も早く下拵えをしに行かないと。

 

優希「海斗君、僕今から料理の……」

 

 気付くべきでした。蛮奇さんがこっちに来たのに、何事もなく平和に済んだ事に。それよりも今まで海斗君が気付かなかった事が奇跡。今この場で海斗君に会わせていけないのは、魔理沙さんじゃない!

 

海斗「マジかよ……」ゴクリ

 

 生唾を飲んで熱い視線を向ける先。もう直ぐに分かった。しかも運の悪い事に今僕も妖夢さんも手を放してる。マズイ、非常にマズイ! 行かせるわけには行かない!!

 

優希「海……」

 

 「一押しの嫁」とまで言い切ったその相手の下には!

 

海斗「フラーーーーーーーン!」

 

 ちょ、早っ!




【次回:【やってきたぜ!幻想郷】嫁候補七人目】

ちょいとはさみます。


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【やってきたぜ!幻想郷】嫁候補七人目 ※挿絵有

電気とアニメの街へ行ってきました。
たまたま「博麗神社〜春休み」がやっていたので立ち寄ってきました。

店内見回す

好きなキャラのグッズないなー

何だこれ?

で見つけたのがイベント限定のアクリルキーホルダー。中身の見えない袋が何色かあって、色によって入っている組が違うんです。1組あたり22個、その内の1個がランダムで当たるという仕組みです。
で、主が購入したのは緑色を5袋。当たる可能性があるのはプリズムリバー三姉妹、八雲家一同、東方風神録のボスメンバー、そして東方地霊殿のボスメンバーの内のどれか。
はい、地霊殿メンバーがいたから買いました。それ狙いだけです。

購入してワクワクしながら家へ。
そしていざ開封!

一袋目:

【挿絵表示】

いきなりキタ!


二袋目:

【挿絵表示】

マジ!?流れ来てない?


三袋目:

【挿絵表示】

なにー!!?ヤバイヤバイ完全に流れ来た!
ここまでは順調。主、興奮し過ぎて震えてました。


四袋目:

【挿絵表示】

お、おう……。そういう事もあるよね。


そして、
ついに、
最後の一袋。
「あのキャラ来い!」と祈る思いで、袋に手をかけ、


ビリビリ!


開封!


















五袋目:

【挿絵表示】

凄く嬉しいんだけど……複雑。


とまあこんな感じでした。今回だけで好きな地霊殿メンバー4/8、半数が揃いました。しかもダブル事もなく。なかなかいい引きだったのかなと。でもやっぱり、勇儀姐さんは欲しかった……orz





??「もー、驚かさないで下さいよー……」

 

 大きく息を吐きながら(うった)える守矢神社の巫女、東風谷(こちや)早苗(さなえ)。緑色のさらさらロングヘアーでいて、大きな瞳に可愛いらしい顔。人付き合いも良くて、炊事・洗濯といった家事全般をそつなくこなし、まさに非の打ち所がありません。その上一日の約八割をニコニコとしていて、そのほんわかとした優しい雰囲気から、人里ではファンクラブが設立されるほどの人気ぶり。それに男性を魅了するあのスタイル。……べべべ別に(うらや)ましくなんてないんだから! 胸が大きいと刀を振るう時と動く時に邪魔になるんだから! って、半人の私がいつも言っています。

 

早苗「心臓が止まりかけましたよ」

 

 その早苗が困り顔、さっきの事がまだ響いているみたい。突然目の前に首を()った人間が現れれば、誰だって気を失う程驚くに決まってます。

 

??「あははは、君達も大変だったね。それにしても海斗は面白いね」

 

 私達に(ねぎら)いのお言葉をかけて下さったのは、子供のような可愛いらしいお姿ではありますが、それでもこの神社のれっきとした神様、洩矢(もりや)諏訪子(すわこ)様です。今こそ笑っておられますが、私達が海斗さんの下に着いた時には、緊迫した空気が漂っていました。

 地面には倒れた家族、視界上部には首根っこから吊るされた不審者。誰だってこう思うはずです「お前がやったのか!?」って。でもそこを半人の私が慌てて割って入り、事情を話してくれたおかげで、

 

海斗「あざーっす! みょん聞いた? 今俺諏訪子様からお褒めのお言葉を」

妖夢「褒められてませんて……」

 

 今は和気藹々(わきあいあい)といったところです。

 

諏訪「天狗達はその釣り人とやらが何とかするかと思うけど、心配なら私から連絡してあげようかい?」

海斗「あざーっす」

 

 先程の余韻(よいん)所為(せい)でしょうか? もしくは早苗と諏訪子様に会えたからでしょうか、いつもより興奮した口調で会話を楽しむ海斗さん。そしてその隣では、

 

妖夢「うーむ……」

 

 半人の私が首を(かし)げて不思議そうに(てのひら)を眺めています。何を見ているの?

 

妖夢「普通……だよね?」

 

 その手の上には、ありふれた小さな釣り針が。

 私達はあの時、突然巨大化した釣竿に驚きながらも、勢いよく天に向かって飛んで行く海斗さんの追いかけ、ここに到着してすぐに刀でバッサリと糸を切断しました。つまりこれはその時の残骸(ざんがい)であり、海斗さんを吊るしていたフックそのものなのです。

 

妖夢「もう大きくならないよね?」

 

 針をマジマジと観察して人差し指でツンツン。でも反応はなし、安全を確認。ならもう用はありませんから、

 

妖夢「早苗、ゴミ箱どこ?」

 

 廃棄確定です。

 

 

--オタク移動中--

 

 

 のらりくらりと歩みを進めていた4人、程なくして辿(たど)り着いたのはある部屋の前だった。

 

海斗「こ、ここが……」

 

 その部屋は、

 

早苗「私の部屋で〜す」

 

 守矢神社の巫女のプライベートルーム。

 外の世界では恋文を何通ももらい、黒い洋菓子を配る日には本命のそれが下駄箱から(あふ)れ出すほどもらい、「どうすれば平和的に断れるか」やら「お返しで貯金が吹き飛ぶ」などと悩みを抱える彼だが、生まれてからこの時まで一度も女子の部屋を訪れた事がない。『女性』ではなく『女子』である。それは現在世話になっている白玉楼とて例外ではなかった。

 そして緑の巫女が自室のドアノブに手をかけた。彼、待望の瞬間である。1cm、2cmとゆっくり且つ静かに開かれていく希望の扉。隙間が広がっていく(たび)に彼の心臓は強くビートを刻み、ついに人生初の同世代の女子の部屋が、彼の視界に飛び込んで来た。

 

海斗「おーっ!」

 

 本棚にはファッション雑誌が種類別に、発売日順に並び、可愛らしいぬいぐるみの数々が部屋を覆い尽くし、それでも清潔感漂う綺麗な部屋……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 が彼の理想だった。

 

海斗「マジかー……」

 

 一時は歓喜の声を上げた彼だったが、瞬時にorz。

 本棚には少年誌と漫画が種類別に、発売日順に並び、そのキャラクターの人形やグッズが部屋を覆い尽くし、それでも清潔感漂う綺麗な部屋。

 が彼の現実だった。

 

海斗「俺人生初だったんだぜ? これじゃ綺麗なところ以外は俺の部屋と変わらないじゃないかよ……」

 

 突き付けられた現実に彼、更にorz。そんな彼の姿に、

 

諏訪「あっはははは、やっぱりそうなるよねぇ」

 

 神はお腹を抱えて大爆笑。

 

妖夢「いつも綺麗にして偉いよね」

諏訪「早苗が部屋を使うのなんて、漫画読んでいる時か寝ている時くらいだからね」

早苗「海斗君もorzしてないで入って入ってー」

 

 理想と現実のギャップに落胆はしたものの、それでも女子の部屋。彼、気を取り直して

 

海斗「おじゃまします!」

 

 45度の礼をきめ、いざログイン。

 

海斗「あ、そうだ俺の(かばん)知らない?」

早苗「そこにありますよ。中は見ていませんから安心して下さーい」

海斗「別に見られて困る物は入ってないから見てもよかったのに」

妖夢「そういえば海斗さん、ここに用があるって言われていましたけど?」

諏訪「へー、どんなご用かな?」

海斗「いや、大した事じゃないんだけど……」

 

 彼はそう言いながら鞄をゴソゴソとあさり始め、目的の物を見つけると……

 

海斗「これ充電したいからコンセント貸して」

 

 その手には白いコンセントプラグ付きのUSBケーブルと、掌サイズの四角く黒い物体が(にぎ)られていた。そう、これが彼の本来の目的。電気の普及が(いちじる)しく(とぼ)しい幻想郷では、充電しようにも出来る場所が限られる。そこで彼が目に付けたのがここ守矢神社だった。というのも、ここに住む彼女達はその技術欲しさに一騒ぎを起こした張本人であり、お調子者の予備知識の中では有名な出来事だったからだ。そして彼女達は、

 

諏訪「それスマホでしょ!? しかも最新機種じゃない!」

早苗「海斗君それどこで買われたんですか!?」

海斗「何処って、△△駅の◯◯◯カメラだぜ?」

  『あー、あそこのねー……。って、えーッ!?』

 

 元は外の世界の住人達。

 

妖夢「さっきから何の話?」

 

 

--携帯充電中--

 

 

 お調子者が自分達と同じく、外の世界からやって来た者だと知り、話に花が咲く守矢神社の面々。毎朝欠かさずチェックしている朝ドラの話から始まり、バラエティ番組の話にまで。そしていよいよ漫画やアニメの話へ。

 

早苗「それなら全巻揃ってますよ」ドヤッ

 

 ここぞとばかりに本棚を指差し、お気に入りのコレクションを自慢する緑巫女。そこには、

 

海斗「おー、一部から七部まではあるんだ。途中抜けてるけど」

早苗「八部は終わったらまとめて買う予定でーす。抜けてる巻は只今貸し出し中でーす」

 

 その血の定めの話やら、

 

海斗「これ最新巻じゃん!?」

諏訪「やっと和の国入ったよね、ヨホホホホ」

 

 ありったけの夢をかき集める話やら、

 

海斗「あ、これ好きなんだよ。終わっちゃったけどな」

早苗「ヌルフフフフ、最後は涙必須ですよ」

 

 やりきってないからヤリキレナイ話までと盛りだくさん。必然的に「どのシーンが好きか」「どのキャラクターが好きか」といった話になる。そんな中、

 

妖夢「……」

 

 一名だけ話についていけずにポカーンと蚊帳(かや)の外、話題の変更を強く希望していた。

 そんな時だった。

 

 

コンコン

 

 

 ノックの音の後に扉が開かれ、そこから顔を出したのは、

 

??「早苗ー、夕飯はまだなのかーい?」

 

 この神社にご在住のもう一人の神、八坂(やさか)神奈子(かなこ)だった。紫色のセミロング、ボンキュッボンなスタイルに赤系統の服を着用した彼女が現れるや、お調子者はビシッと起立し、

 

海斗「神奈子様、おじゃましてます! 嫁になって下さい!」

 

 素早く頭を下げて敬意を表し、シレッとやりやがった。

 

神奈「なんだい、客が来ていたのかい。参拝客かい? おや、そっちは知った顔だねぇ」

 

【挿絵表示】

 

妖夢「どうも、おじゃましてます。それとナイススルーです」

諏訪「参拝じゃなくてコンセントを借りに来たんだってさ。笑っちゃうよね」

神奈「コンセントォー? なんでまた? えっと……」

早苗「神奈子様、海斗君ですよ」

海斗「海斗です、ここに来たのは充電がしたくて」

早苗「そうだ神奈子様見て下さいよコレ、最新機種ですよ? 最新機種!」

神奈「それはスマホかい!? なんでそんな物が、まさか海斗あんた……」

諏訪「外来人なんだってさ」

神奈「いつ来たって?」

海斗「つい最近ですよ」

諏訪「あ、そんなもんなんだ」

妖夢「来てからもうドタバタでして……」

神奈「……そうかい、まあこれも何かの縁だろうねぇ。今の外の世界の事も色々聞きたいし、夕飯食べていきなよ」

海斗「いいんですか!? ということは早苗の?」

早苗「手料理ですよー。あとは頂いたお魚焼くだけでーす」

海斗「イヨッシャーッ! みょん、せっかくだし食べて行こうぜ、な?」

 

 緑巫女の手料理が食べられると知るや、お調子者はガッツポーズと共に大歓喜。そしてこのチャンスを逃すまいと、おかっぱ頭に強く同意を求めるが、その彼女は浮かない表情をしていた。

 

妖夢「でも幽々子様が……」

神奈「それなら幽々子の分だけタッパーに入れて持って行けば問題ないだろ?」

諏訪「早苗、夕飯どれくらいあるの?」

早苗「ご飯は沢山炊きましたよー。おかずはあと二品くらい簡単な物を用意しまーす」

海斗「な? こう言ってくれてるんだし、断ったら逆に失礼だぜ?」

妖夢「ですが後片付けが……」

海斗「後片付け? それなら俺がやるぜ?」

神奈「へぇ〜、言うじゃないかい」

諏訪「海斗やっさしー」

早苗「諏訪子様達もたまには手伝ってくれてもいいんですよ?」

  『うっ……』

 

 とんとん拍子に進んでいく流れに逆らえなくなったのか、お調子者の粋な計らいに感動したのか、

 

妖夢「絶対ですよ? 約束ですからね?」

 

 おかっぱ頭はついに折れた。

 

海斗「おう、男に二言はないぜ!」

 

 

 

嫁捕獲作戦_七人目:八坂神奈子【無視】

 




【次回:4輪目_出会っちゃいましたです】


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4輪目_出会っちゃいましたです

 スタートからトップスピードで、砂埃(すなぼこり)を巻き上げて走り去る海斗君。今の瞬間だけならF-1マシンを超えています。それを僕が止められるはずもなく……

 

フラ「ん? 今誰か呼んだ?」

 

 事態は最悪の状況に。

 

フラ「今フランを呼んだのはあなた? あなたは誰? なにかご用?」

 

 やばいやばいやばいやばい。今の海斗君はブレーキが壊れた暴走特急電車。もう誰にも勢いを止めることができない。海斗君、お願いだから『嫁になって』とかふざけた事を言わないでよ! 冗談が通じるような子じゃないんだよ!!

 

海斗「結婚しよう」

  『はいいいいいッ!?』

 

 もっと酷かった……。突然フランさんの手を握ったと思ったら、真顔で何言ってくれてるの!? 海斗君のバカーッ!!

 

フラ「お姉様ー、これプロポーズだよね?」

レミ「そうね、でも初対面でいきなりプロポーズだなんて、なかなかふざけた事をされるのね。私達をバカにしているのかしら?」

 

 笑ってるけどレミリアさん怒ってまする! 眉間がピクピクしてまする! 本気でオコでする! 海斗君謝ってよ!!

 

海斗「いえ、オレは本気です! あわよくば、レミリア様とも結婚したいと思っています」

  『はあああっ?!』

 

 海斗君……一回死んで来て……。

 

レミ「うふふ、ホントに冗談がお上手なのね。面白い方、今度紅魔館へいらして」

海斗「本気だったんだけどなー。リアルなレミリア様はカリスマレベルが高いなー」

 

 ふー……、レミリアさんの器の大きさのおかげで事無きを得ました。もう心臓に悪いからやめて。

 

フラ「んー、フランはあなたの事イヤだなぁ」

海斗「え? うそ……。なんで?」

 

 あ、海斗君がフラれた。

 

フラ「不真面目っぽいしー」

 

 そう見えるだけなんですけどね。

 

フラ「浮気しそうだしー」

 

 幻想郷(ここ)にいたら、他の人にも目移りするかもしれませんね。

 

フラ「それにフランには〜、ゆーきっていう人が〜」

  『はあああああっ!?』

優希「え、えええええ!?」

 

 わざとらしく頬っぺた赤くして何言ってるんですか!? フランさん冗談は止めて下さいよ! 爆弾落とさないで下さいよ!!

 

フラ「フラン、あの日の夜の事が忘れられないの。きゃっ♡」

 

 茶目っ気を出して言っておられますが、どの夜の事でしょうか? 今までいたって平穏にアリスさんの家まで送って頂いたと記憶しておりますが?

 

??「不潔」

 

 眠そうな目をさらに細めるパチュリーさん。冷え切ってます。視線で凍らされそうです。

 

??「妹様といつの間にそんな仲に?」

 

 頭上に『?』マークを出して尋ねてくる僕のコーチ、美鈴さん。コレ、何か言わないと取り返しのつかない事になる。

 

魔理「優希お前……ついに本性を現したな!」

 

 手遅れーッ! 前科があるだけに魔理沙さんの中では確定しちゃってます。でも、その時もこの事も全部違うんですよ!

 一斉に投げられたナイフの様に、四方八方から突き刺さる視線に負けまいと、あたふたしながらも「異議あり!」をしようとした矢先、

 

レミ「へ、へー……、フランは私の目の届かない所で、ゆーきさんと二人だけの秘密の思い出を作ったわけね」

 

 レミリアさんまでもが誤解されました。もうピクピクがMAXです。凛としつつも可愛らしい顔から鬼が(のぞ)いています!

 

優希「ななな何も無いですよ! 毎日いつも通りに送ってもらっていただけですよ! 護衛して頂いてるだけですよ! フランさんも……」

 

 まだ言いたい事はありました。みんなの間違った解釈を改めて、一応「変に誤解させてごめんなさい」って謝るつもりでした。でも、その前に僕の第六感が危険を察知。その瞬間全身にゾワゾワっと寒気が走り、チキン肌に。僕が感じたのは紛れもなく、殺意。出処は目の前のレミリアさん? いいえ、違います。八卦炉を構えて『近距離マスパ』の準備万全の魔理沙さん? いいえ、でもないです。

 

??「ゆ~う~きぃッ!」

 

 海斗君です!

 

海斗「よくも……よくもオレの嫁を襲ってくれたな!」

優希「ななな何もしてないよ。むしろ逆に襲われそうになったよ」ガクンガクン

海斗「何!? 逆にだと?」

優希「そうそう」

海斗「なんてうらやましいんだ!」

優希「何でそうなるの!?」ガクンガクン

 

 噛み付いてくる勢いの海斗君。違うって言ってるのに、聞く耳持たずです。その前に首が取れる、海斗君放して……。そしてこんな僕を

 

フラ「あははは、おもしろーい」

 

 指差してお腹を抱えて大笑いする騒ぎの元凶。ちょ、笑ってないで本当の事を話して下さいよ!

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 ある日突然現れた異世界の男。すぐには元の世界に帰れず、行く当てもない彼と色々な事情が重なって一つ屋根の下。それも気付けば、既に半年程経過していた。

 優柔不断で人見知りな上、(しゃべ)る時にゴニョゴニョと(ども)る癖は何度見た事か。笑った顔、困った顔、時折見せる芯の強い顔。「知らない表情はない」「この中で誰よりも彼を理解している」そう彼女は思っていた。

 

魔理「優希のヤツ、何だか楽しそうだな?」

 

 いつもと変わらないが、どこかいつもと違う。初めて目にする彼の表情に、彼女は笑みを浮かべて家主である友人に同意を求めていた。

 

アリ「……」

 

 だがその友人は(じゃ)れ合う二人に視線を預け、彼女の声には無反応。決して二人を目で追っているわけでもなく、まるでただの人形の様にぼんやりとしていた。

 彼女と友人の付き合いは長く、お互い気心の知れた仲であり、へんぴな森に住むご近所同士。友人の事で知らない事はないはずだった。しかし今の友人の表情は、彼女がこれまで一度も見た事のないものだった。

 

魔理「おーい、どうしたんだze☆ー?」

 

 そんな友人に疑問を抱きつつも、視線を断ち切るように手を振り、かまってアピールをする彼女。すると友人はようやく現実に戻って来たようで、ハッとすると彼女を瞳に写した。

 

アリ「ごめん何?」

 

 困っているようで、どこか悲しそう。友人の知らない表情に、彼女が腕を組んで「んー?」と唸り声を上げていた時だった。

 

海斗「うわっ、生アリスだ!」

 

 お調子者が友人の存在に気付き、目を輝かせ始めたのは。

 

アリ「ふぇっ!?」

魔理「おい、アリスの事も知ってるのか?」

海斗「それはもちろんですよ師匠。いや、でも近くで見るとホントに美女。メチャ可愛い!」

 

 『美女』『可愛い』。いきなり面と向かって立て続けに放たれた言葉に、彼女の友人の顔は瞬時に真っ赤に。おまけに

 

アリ「ふぇえええ!?」

 

 と奇声まで。脳内はグツグツと音を立てて沸騰、リラックスしていた体は一気に緊張が押し寄せてガチガチに。ようやく絞り出せた言葉は

 

アリ「あわわわわ」

 

 だけ。つまり、極限にテンパっていた。

 

魔理「お前、今度はアリスを口説く気か?」

海斗「そりゃそうですよ。じゃないと失礼ですぜ?」

 

 美女がいたのなら、口説くのが礼儀。それがモットーであり、嫁を捕獲する最短ルートと信じて疑わない彼。そして、ここまで来ればやる事もう一つだけ。彼は顔をキリッと整え、サムズアップし、そのまま己を指して……

 

海斗「アリスどう? 俺の……」

優希「海斗君もう止めてよ! アリスさんが困ってる!!」

 

 言い切る前に阻止された。それは彼にとって馴染みのある声ではあったが、初めて耳にする感情を(あら)わにした声だった。顔を向けてみれば、彼の友人は両手に拳を握りしめ、震えながら彼のことを強く(にら)みつけていた。

 彼が知っている友人は優しいが臆病で、戦う姿勢を見せた事など一度もなかった。ましてやそれが彼に対してなど……。彼はこの日初めて、

 

優希「お願いだからもうやめて!」

 

 友人の怒りの表情を見た。

 

海斗「優希?」

魔理「優希な、今アリスの家で世話になってるんだ。だから困ってるアリスを見たくないんだze☆ 察してあげて欲しいze☆ あ、誤解がないように言っとくとな、魔理沙ちゃんも一緒だze☆」

海斗「アリスの家で……魔理沙師匠も一緒に……だと?」

魔理「おい?」

海斗「何だその夢の様な話は! 優希ズルいぞ!!」

魔理「だから何でそうなるんだze★」

 

 それでも貫く我が道、幻想郷愛。だが彼の背後には、白い影が怒気を放ちながら(せま)っていた。

 

妖夢「白玉楼で私と幽々子様と一緒ではご不満なんですね?」

海斗「あ、いや……そう言うわけでは……」

妖夢「よーく分かりました。もう知りません!」

海斗「あ、ねー待って待って。みょーん!」

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 プイッと頬を(ふく)らませ、背を向けて去って行く妖夢さん。海斗君はその前で頭を下げて謝るけど、妖夢さんはそれを華麗にスルー。するとまた海斗君が妖夢さんの前に出てごめんなさい。けどまたスルー。それでも負けまいと海斗君……もう必死です。

 自業自得、身から出た(さび)、指差して「プギャー」。

 なんて思ってません。本当です! だってただ今絶賛

 

優希「どどどどどうしよう、どうしよう、どうしよう。海斗君に意見しちゃった、注意しちゃった、強く言っちゃった」ブツブツ

 

 タイムマシン希望中なんですから! やり直したい、あの瞬間に戻りたい。このまま海斗君に「友達やめる」とか言われたら……。

 

優希「どーしよどーしよどーしよ……」ブツブツ

??「無視すんなッ!」

優希「ハウッ!?」

 

 お尻に激痛が走り振り向くと、右足を上げている魔理沙さんが。どうやらニーキック(膝蹴り)されたみたいです。

 

魔理「さっきから呼んでるのに何をブツブツ言ってるんだze★? まさかさっきの発言を取り消したいとか思ってないか? だとしたら魔理沙ちゃん幻滅するze★?」

 

 腕を組んで僕に説教を始める魔理沙さんですが、僕はポカーンです。確かに魔理沙さんが言うように後悔していましたけど、それが何で幻滅する事になるんですか?

 そんな僕の脳内を察したのか、魔理沙さんは大きなため息を吐くと、

 

魔理「まったくお前ってヤツは……」

 

 呆れ顔でポツリとそう呟きました。僕、それでもポカーンです。すると魔理沙さん、

 

魔理「あのな、アリスがお前に言いたい事があるらしいze☆」

 

 アリスさんにバトンタッチ。僕、アリスさんから何を言われるのか予想も出来ず、ただただ緊張。ガチガチです。もしかしたら海斗君の事で怒ってるのかも……妹紅さん達みたいに。

 

アリ「助けて頂いてありがとうございました」

 

 頭を下げるアリスさんに思わず、

 

優希「へ?」

 

 キョトンです。

 

魔理「優希、さっきのおかげでアリスは助けられたんだze☆? 魔理沙ちゃんも『お、やるじゃん』って少しだけ見直したんだze☆? それを取り消したいってのはないだろ?」

優希「あああアリスさん頭を上げて下さい! そそそそんなお礼を言われるような事は何も……」

アリ「いえいえ、ホントに助かりましたよ」

魔理「おい?」

優希「いえいえ、そんなそんな」

アリ「いえいえいえいえ……」

魔理「だあああっ!!」

 

 いきなり叫び出す魔理沙さんに、謙遜(けんそん)合戦をしていた僕とアリスさん、目をパチクリ。何事でしょうか?

 

魔理「イ・マ! 良いこと言ったんだze☆!? 聞・い・と・け・よ!!」

 

 足踏みしながら「話を聞け」と。

 はい、出ました。魔理沙さんの真骨頂『かまってちゃん』。それと話を聞いていなくてごめんなさい。

 

優希「すみません、ちゃんと聞くのでもう一度お願い出来ますか?」

魔理「言えるか!」

 

 聞いて欲しいんだか、欲しくないんだか……。そんな魔理沙さんを見て、クスクス笑い始めるアリスさんと紅魔館の方々。みんな僕が日頃お世話になってる方々。だから、

 

優希「アリスさんと魔理沙さん、レミリアさんにフランさん、それとパチュリーさんと美鈴さん。僕の友達が興奮していたとはいえ、ご迷惑を掛けてすみませんでした」

 

 海斗君の事は僕からちゃんと謝っておこう。

 

美鈴「あははは、優希さんも苦労人ですね」

パチュ「私は別に何もないからいいけど」

フラ「ゆーきの友達って面白いけど、変な人だよね」

レミ「ふふ、少し驚かされましたけど、もう全然気にしていませんよ」

魔理「魔理沙ちゃんはアイツを弟子として認めないze☆」

アリ「大丈夫ですよ。ですから顔を上げて下さい。ね?」

 

 頂きましたアリスさんの「ね?」! 一言、いや一文字なのになんて威力。

 

??「優希ッ!」

 

 でも僕がその余韻(よいん)(ひた)っていられる時間はわずかでした。怒り口調で名前を呼ばれ、反射的に背筋を伸ばして視線を移してみれば、オタマを持って眉間に(しわ)を寄せるこの神社の巫女さんが。

 

霊夢「あんた(まき)を取ってくるだけで何話挟むつもりよ!」

 

 霊夢さん、メタ乙です。

 

霊夢「あとあの食材調理するならさっさとしなさいよ! でないと咲夜に勝手に作らせるわよ!」

優希「すすすすみません! 今行きます!」

霊夢「魔理沙とアリス! 転送が終わったならこっち手伝いなさいよ!」

魔理「へいへいだze☆」

アリ「あ、うん」

 

 次々と指示を出していく霊夢さん。それは僕達以外も例外ではなかったようで……。

 

霊夢「チャラ男と妖夢ッ! この前忘れ物していったでしょ!? 取りに来るついでに手伝いなさい!」

 

 海斗君と妖夢さんにも。チャラ男て……海斗君霊夢さんからそんな風に呼ばれてたの? というかいつここに来てたの? 人里の事といい、ホント僕達ニアミスしてるよね。

 

海斗「みょん……いえ、みょん様。どうか、どうか今回の俺の失態をお許しください」

妖夢「もう分かりましたから! 手伝いに行きますよ」

 

 海斗君まだ謝ってたんだ……。でも結局海斗君の粘り勝ちのようです。きっと二人はいつもこんな感じなんでしょうね。結構お似合いかも。

 

霊夢「あゆみ! 遊ぶのはいいけど……」

 

 僕、この瞬間「何故に?」と、異議を申し立てたくなりました。不公平です!

 でも、次の霊夢さんの発言とあゆみさん達の反応で、僕は……

 

霊夢「温泉に入るならさっさと入って来なさいよ」

あゆ「は〜い、じゃあ椛ちゃんと影狼ちゃんも一緒に行こ〜」

影狼「くぅ〜〜〜ん♡」

椛 「はっ!? 私はいったい何を……」

文 「寝っ転がって汚れちゃいましたし、ちょうど良かったじゃないですか」

はた「はい、いってらっしゃーい」

椛 「え、ええええ!? 先輩方、私を一人にしないで下さいよ!」

 

 

ガッ!x2(文とはたての服を掴む音)

 

 

文 「あやややや!?」

はた「ちょっと放しなさいよ!」

 

 イヤーな予感がしていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

海斗「キタコレ」

 

 

 

 




【5輪目:クッキングタイムです】


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5輪目_クッキングタイムです

ありがとう平成、よろしく令和。

東方迷子伝は、これからも皆さんに楽しんで頂けるような作品になる様、努めていきますので、どうぞよろしくお願いします。




 その後、台風の目となっていた海斗君は花見会場のセッティングを手伝う事になりました。魔理沙さん、それにアリスさんも一緒なので不安ではありますけど、

 

妖夢「海斗さん、そっちしっかり引っ張ってください」

海斗「かしこまー」

 

 また暴走を始めたら妖夢さんがきっと何とかしてくれるはずです。

 僕の方は具材を全部切り終わりましたし、下拵(したごしら)えはこれで終わりです。後は最終工程を残すのみ。

 何を作っているか気になります? ふッふッふ、これは僕が最近覚えた料理、『天ぷら』です。ドヤッ!

 料理初心者の僕でしたが、酒丸で働くようになって、調理場も任されるようになって、今では「切る、焼く、煮る」はもうすっかり得意分野になりました。どんとこいです! でも唯一避け続けていた工程がありました。それが『()げ』の工程です……はい。でも最近ついに覚えました。ドヤヤッ!

 何で避けていたのかですか? だって、怖いじゃないですか! 170〜200℃の油がバチバチ跳ねるんですよ?! しかも酒丸では170〜180℃の『中温』と呼ばれる油と、190〜200℃の『高温』と呼ばれる油を使い分けるんですけど、「温度計もないのにどうやって温度を見極めるの!?」って最初は思っていました。しかもしかも、店長さんは例によって――――

 

店長「勘だ」ドヤヤヤッ!

 

 ――――で終わらせますし……。もう見様見真似(みようみまね)でしたよ……。

 でも実際やってみると、温度を楽に見分ける方法がありましたし、衣を付けて油へ投入するだけなんで、すごく簡単でした。

 

優希「こうやって衣を油に落として……少し(しず)んで浮いてきたから、これは中温だね」ブツブツ

 

 ふむ、いい感じです。いざ、

 

 

じー……

 

 

 参れなーい……。

 さっきから後方、斜め下方向から集まる視線がものすごく気になるんです。まるで珍獣を見るような圧力を背中でヒシヒシと感じてまする。

 

優希「な、何かなー?」

 

 怖がらせないように、全力の作り笑顔で振り向いてみると、そこには仲良し三人組のサニー達の他に、全身が青い女の子と髪の毛が黄色で黒い服を着た女の子が、不思議そうにこちらを見ていました。

 寺子屋の生徒の二人だよね? 青い子は背中に羽っぽい物があるから妖精かな? でもこっちの黄色い子は……。なんだろ……妖精?

 

青色「男の人なのに料理するんだ」

 

 そりゃするでしょ? 人里の飲食店で料理している人、ほとんどが男性だよ? でもここはツッコミを入れたら怖がられるから……

 

優希「う、うんするよー」

 

 優しく、やさ~しく。

 

サニ「何作ってんの?」

スタ「お好み焼き?」

 

 なんで? 具が入ってないのになんでそうなるの? しかも鉄板ないよね?

 

ルナ「天ぷらでしょ?」

優希「お、ルナチャ正解」

  『へーえ』

黄黒「そーなのかー」

青色「やっぱりね、そんなのあたい分かってたし!」

 

 この青い子、胸を張って(ほこ)らしげに言ってるけど、分かってなかったでしょ? サニーとスターと一緒に「へーえ」って言ってたよね? そうだ、知らない子もいるみたいだし、天ぷらを作るところ見せてあげようかな?

 

優希「今から作るんだけど、見ていく?」

 

 

--ヲタク調理中--

 

 

??「どう?」

 

 衣はサクサク感のある黄色。

 

優希「うん、いい感じ」

 

 取り出すタイミングはばっちり。

 

??「へへーん、こんなの天才のあたいにかかれば楽勝だし!」

優希「あ、うん……」

 

 この青い子、チルノが作った天ぷらが。

 えーと、現状を報告させて頂きますと、全然作業が進んでおりません。一個作り終えたところで、チルノとサニー達の四人が「やりたい!」って言い出しまして、天ぷら作りの体験教室が始まりました。順番に一個ずつ好きな具材を揚げているところです。それと、

 

??「じゃあ最後は私の番だな」

 

 もう一人増えました。二本の赤いアホ毛が生えた、マントをした男の子の様な女の子が。名前はリグルっていうみたいです。この子も寺子屋の生徒だったと思います。

 

優希「気を付けてね」

リグ「家庭科で料理してるから大丈夫!」

 

 自信満々にそう言って具材に衣を付け、揚げ始めるリグル。口には出せませんが、チルノより慣れている感じがします。横で見ていても安心できます。それより、寺子屋って家庭科までやるんだ……。僕達がいた世界の学校とあまり変わらないね。

 

優希「上手にできたね」

リグ「まーね」

 

 白い歯を見せてハニカミ笑顔のリグル。急がなきゃいけないのだけど、みんなが満足してくれたのなら、僕も満足です。ともあれ、ようやく体験教室は終わり。今度こそ僕のターン。いざ、

 

 

じー……

 

 

 参れなーい……。またしても参れなーい。

 天ぷら作り体験教室に参加したのは五人だけなんです。黄色い髪の子、ルーミアだけはやらなかったんです。ずーーーっと熱い視線で見ているだけなんです。

 

 

だらだらだらだら……

 

 

 出来上がった天ぷらを、ヨダレを滝の様に流しながら。そんなルーミアに僕はとうとう聞いてしまいました。

 

優希「食べたいの?」

 

 と。その瞬間ルーミアは、くるっと(うる)んだ瞳に僕を映すと、首を上下に激しく振り始めました。

 その目やめて。そんな目をされたら、

 

優希「じゃ、じゃあさっき僕が試しに作ったやつでよければあげようか?」

 

 ダメなんて言えないよ……。

 

ルー「おい()いの()ー」

 

 サクサクと心地のいい音を立てて笑顔で頬張るルーミア。こうやって直接「おいしい」って言ってくれるのはもう何度目だろう。バイト先でも言われる事はあるけれど、やっぱりいつ聞いても嬉しいです。でも今はそれで終わりだからね?

 ルーミアも満足してくれたし、今度の今度こそ僕のターン。いざ、

 

 

じとー……

 

 

 参れなーい……。またまたしても参れなーい。

 しかもここ一番の視線が突き刺さりまする。まあ、その理由は予想できているわけで……。

 

  『ルーミアだけずるいッ!』

 

 だよねー。

 

 

--作者実食中--

 

 

 結局、みんな自分達の作品を食べて行き、天ぷらの在庫はゼロに。その上「またやりたい」って言い始めて僕、かなり困っていました。そこにミニスカメイドの咲夜さんが来てくれて、「(ひま)なら向こうを手伝いなさい」って見学者達に言ってくれました。咲夜さん、ありがとうございます。

 そのおかげもあり、僕の作業はもう終盤(しゅうばん)に。あとは盛り付ければ完成です。

 

優希「本当は天ぷらじゃなくて唐揚げを作りたかったんだよねー。でも前日に魔理沙さんに『それは絶対にやめてやれ。鳥料理は全部禁止だze☆』って強く念を押されたんですよねー。アリスさんにもお願いされたので、鳥料理は作らない事にしましたけど、何ででしょうね?」ブツブツ

 

 独り言です。周りには誰もいません。だから声に出せるのです。なぜそんな事をするのかと聞かれると……寂しいんです、はい。

 そんな時でした。

 

??「\ミスチー、来てるー?/」

 

 突然大音声に(おそ)われたのは。例えるなら、顔を横から(なぐ)られた衝撃(しょうげき)。『声に殴られる』初めての感覚です。元気が良いとかそういう次元じゃないです。どこの誰だか存じませんが、言わせて下さい。

 

 「うるさいです!」

 

 と心で。口に? 出せるわけないじゃないですか……。それよりもまた新しい人が来たみたいです。そうなると……

 

??「ぎゃーてーじゃん! 星ちゃんにナズ、村紗に一輪に聖、小傘まで!?」

??「はいはい、行かせませんよ。こっちやって下さい」

??「お前見境なさすぎだze★」

 

 初めて会う知っている人達に、テンションがまた上がる海斗君。そしてそれを止める妖夢さんに、(あき)れる魔理沙さん。ここからでは見えないけど、なんででしょう? その様子が楽々とイメージできます……。

 

??「あ、響子(きょうこ)ちゃんだ〜♪ いるよ〜、今行くね〜♪」

 

 そこへ背中から鳥の羽根が生えた、桃色の髪の女の子が駆け足で外に出て行きました。きっとあの子がミスチーなんだね。声がすごくクリアで、小鳥のさえずりみたいだったなー……もしかして鳥料理の件、あの子と何か関係してます?

 

??「ちょっと君、さっきから呼んでいるのだけど?」

優希「はぶぃいいい!?」

 

 ふと我に返ってみると、目の前にはジト目の見知らぬ人の顔が。

 驚かせないで下さいよ……。声が(にご)りきって、豚の悲鳴みたいになっちゃいましたよ。

 

??「オーバーだなぁ、そんなに驚かないでよ」

優希「ご、ごめん……なさ……ぃ」

??「んー、何言っているか分からないけど、博麗の巫女が何処にいるか知らない?」

 

 今シレッと放ったジャブ、結構響きましたよ? というか、さっきのが通じなかったら、霊夢さんが何処にいるのか説明しようがないんですが……。他に誰かいれば頼れるけど、生憎(あいにく)ここにいるのは僕一人。

 治したいのに、なかなか治せないこのクセ。この時程「どうにかしないと」と真剣に悩んだ事はありません。

 

優希「ぁ……ぇと、その……」

 

 笑われてもいい、変な人だと思われてもしょうがない。慣れるまで、このクセが治るまで、何度でも挑戦してみよう。何もしなければ今のままだから。

 拳を強く(にぎ)りしめ、困った表情でいる(こん)色の頭巾を被ったこの人に、

 

優希「れれれ霊夢っ、さん。なら……」

 

 なんとか伝えてみようと思います。

 

??「(あま)さんが私に何の用かしら?」

 

 というタイミングでご本人登場。

 助かりました。ほっと一安心です。でもなんか「なんだかなー……」って感じもしてます。

 

??「お、ちょうどいいところに。これ、私が作った料理ね。一緒に出してくれる?」

霊夢「はいはい、お気(づか)いどーも。優希、彼女は雲居(くもい)一輪(いちりん)って言って……」

 

 せっかくの霊夢さんの説明中ではございますが、

 

??「いちりーん、お風呂どうなった?」

 

 真っ白の水兵さんと

 

??「ちょっと村紗!?」

 

 (あわ)てふためく綺麗なお姉さんがログインされました。水兵さんがお姉さんの腕を(つか)んでいるので、無理矢理連れて来たんだと思います。絶対そうだと思います。

 

霊夢「で、そこの船長は村紗(むらさ)水蜜(みなみつ)。一輪と船長はそこの女の寺の一派よ」

優希「寺? 寺って命蓮寺ですか?」

聖 「はい、そうです。初めての方ですよね? ご挨拶遅れて申し訳ありません。命蓮寺の住職、(ひじり)白蓮(びゃくれん)です」

一輪「どうも一輪です」

村紗「村紗です、よろしくね」

 

 丁寧に自己紹介をしてくれた白蓮さんに一輪さん、それと明るい笑顔で親し気に「よろしく」って言ってくれた水蜜さん。名前、覚えました。どうぞよろしくです。

 で、こうなるとやっぱり僕の番ですよね? 頑張ります!

 

優希「ゆ、ゆゆゆっうきでしゅ」

  『はい?』

 

 結果、玉砕(ぎょくさい)。でもいいんです。治療は始まったばかりですから……辛い。

 

霊夢「……優希っていうのよ。極度のあがり症なだけだから気にしないであげて」

 

 霊夢さんが珍しく優しいです。ありがとうございます!

 

霊夢「それで? お風呂がどうとか言っていたけど……まさか準備の手伝いもしないで、温泉につかろうとか考えてないでしょうね?」

一輪「料理を作って持って来たんだしさ。そこは……ね?」

村紗「そ、そうそう。なんなら星とナズを使ってくれていいから」

 

 手伝いは他の人に頼れと。なんでそうまでして温泉に入りたがるんだろ?

 そんな二人を霊夢さんは半開きの目で(にら)んでいました。めっちゃ怪しんでます。「コイツら何を(たく)んでいるんだ?」って感じで怪しんでおられまする。

 

村紗「あとお賽銭(さいせん)奮発(ふんぱつ)し……」

霊夢「入ってよーし」

 

 寝返ったー。しかも即答、食い気味で。綺麗にひっくり返りました。もう目が『¥』マークです。

 

村紗「ほら聖、行こ行こ」

聖 「えー!?」

一輪「温泉に入ったら気分も変わるって」

 

 強引に白蓮さんを温泉へと連れて行く水蜜さんと一輪さん。事情はよくわかりませんが、気分転換にはオススメしますよ。

 それはそうとして、いつも思うけど霊夢さんって現金な人ですよね? お金次第で味方にも敵にもなりそうな……。

 

 

じとー……

 

 

 で、その方からの視線が鋭い刃物となって突き刺さるんですけど……。

 

優希「な、なんですか?」

霊夢「今私の事、『金で動く安い女だな』って思ったでしょ?」

優希「ななな何を言われてるるるんでぃーすか? これぽーっちも思っていませんよー。ひ、ヒドイナー」

 

 はい、ウソです。そこまでは思っていませんけど、ちょっと思いました。でもそんなの「はい、思いました」なんて言えるわけないじゃないですか……。

 

霊夢「優希、あんた……」

優希「ハイ、ナンデスカ?」

霊夢「ウソ、下手よね」

 

 でもバレバレでした。

 

霊夢「それとあんた命蓮寺は知っていたのね」

優希「あ、はい。名前だけですけど。バイト先のお客さんがそちらで『お世話になってる』って言われていて……」

 

 

ピクピクッ

 

 

霊夢「あー、そんなヤツもいたわね。確か……」

優希「寺子屋の先生らしいですよ」

 

 

ピキッ

 

 

 ピクピクやらピキやらさっきから変な音が。「いったい何の音?」と辺りを見回してみると、腰まである長い髪を逆立て、嫌な感じのオーラを吹き出す白蓮さんのお姿が。どうしたんだろ?

 

一輪「あーもう!! 姐さん気にしないで行くよ」

村紗「君、聖の前でそれ禁句だからね!」

 

 なんで? なんで僕、怒られなきゃいけないの? なんで? なんで僕、霊夢さんにくすくす笑わなきゃいけないの?

 

??「ふむふむ、聖と一輪と村紗も温泉か……」

 




令和が皆さんにとっていい時代になりますように。


【次回:6輪目_不思議ちゃんです】


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6輪目_不思議ちゃんです   ※挿絵有

まだまだ力不足の主。
その中でも人物の紹介などは
特に苦手だと気付きました。
なので……初登場時はコレでいこうかと。


 シート、よーし。飲み物、よーし。食べ物、抜かりなーし。あとは開始の合図を待つだけ!

 のはずだったんですけど……。

 

  『あっはははは』

 

 いたる所で笑い声が上がり、料理やお酒を楽しむ人達は大多数。はい……、なんかもう始まっていました。まだ温泉に入っている人達もいるのにです。それと、いつ乾杯されました? なんで呼んでくれなかったんですか? 「わりい、忘れてたze☆」そんな声が魔理沙さんから聞こえてきそうです。

 怒涛(どとう)のように押し寄せる疎外(そがい)感に僕、人知れず物陰でorz&ハートブレイク。

 

??「あんた達なに勝手に始めてるのよ!」

 

 そこへ霊夢さんが分かりやすい怒り口調で、御払い棒を向けながら登場されました。呼ばれていなかったの、僕だけじゃなかったみたいです。でもよりによって霊夢さんを……。

 

サニ「だっておかずがすごい減ってるんだもん」

スタ「お腹すいたしー」

ルナ「もういいのかと……」

  『そーだそーだ!』

 

 サニー達と一致団結して声と拳を上げ、デモを起こす寺子屋の生徒達。

 つまり……我慢出来なかったんだね。それで他のみなさんも誘発されていって、知らないうちに始まっていたんでしょうね。おかずが減っていた件は本当かどうか怪しいですけど……。

 

霊夢「もー、いつもこんな調子じゃないの」

 

 あ、これがデフォルトなんですね……なら怒る必要ありました?

 

霊夢「まったく、お酒は乾杯からでしょうが」ブツブツ

 

 「乾杯開始は飲み会のマナー」という事でしょうか? 霊夢さんは不機嫌な顔をされたまま、持論を呟きながら宴会の席へと歩き出しました。霊夢さん、暴れないで下さいね。

 それにしても……

 

??「これおっいしー!」

 

 さっきから気になっているんですけど、

 

??「天ぷら最高!」

 

 このお面を頭に乗せた方は誰ですか? 先程から嬉しい事を言ってはくれているのですが、

 

??「じゃあ次はレンコン。わぁ〜、これも美味いッぞー♡」

 

【挿絵表示】

 

 

 無表情なんです。テンションと表情が一致していないんです。不思議ちゃんなんです。でも不思議ちゃんは彼女だけじゃないんです!

 

??「う〜ん、桜の下で食べるコレはやっぱり格別だね」

 

 とか言いながら、きゅうりを頬張(ほおば)る青髪ショートのこの人。目の前には山積みになったきゅうりが置かれ、パリパリといい音を立てて食べておられまする。そのきゅうりどうしたの? 出した覚えも、収穫した覚えもないんですけど……。まさか持参されました? 100歩(ゆず)ってそれは良しとしますよ? けど、横にある『胡瓜(きゅうり)酒』って何ですか? 名前だけで美味しくなさそうなんですけど……。どこまできゅうりに徹底されているでんすか? 河童なんですか?

 

  『あっはははは』

 

 お酒を飲んでいる人達にエンジンがかかり始め、さらに盛り上がっていく博麗神社。

 ふと周囲に目を向けて見れば、さっきよりも人が増えていて、みんな初めて見る人ばかり。話した事がある人を探す方が難しいくらいです。魔理沙さんは40人くらいって言っていましたけど、それよりも多いと思います。

 この完全なるアウェー感に僕、

 

優希「帰りたい……」

 

 心の声がポロリと零れていました。「帰って留守番中の上海と蓬莱とのんびりとトランプをしていたい」本気でそう思っていました。

 そんな時でした。突然背中を押され、振り向いてみると、

 

??「はーるですよー」

 

 そこには笑顔の春告げ精、リリーホワイトの姿が。僕がリリーに気付くと、彼女は背中をさらに力強く押し始めました。まるで、

 

優希「なになに? どこに連れて行くの?」

 

 「向こうへ行け」みたいに。

 

 リリーに押されるがまま足を動かす僕。前が見えないの、ぐいぐい押すリリーの所為(せい)で途中、『白いスーツを着た人』や『楽器を持った人達』と何度接触事故を起こしそうになったことか……。その(たび)に「ごごごごめんひゃい」って謝ったことか……。

 そんなこんながありながらも、ようやく辿(たど)り着いた先には、

 

??「優希、こっちこっちだze☆」

 

 魔理沙さん。やっと出会えた見知った顔にホッと一安心。でも、それも束の間でした。

 

??「へ〜え、彼がそうなのかい」

 

 ただ者ではない雰囲気を醸し出すマダムに、

 

??「聞いたよぉ、海斗の友達なんだってね?」

 

 チルノ達を「チビ共」呼ばわりしていたマドモアゼル。

 

??「こんにちはー。早苗でーす」

 

 それに霊夢さんと同じ格好した緑色の髪の人。はっきり言います、この人近くで見たらすごい可愛い系で綺麗系だと思います。僕が知っている芸能人やアイドルよりもレベルが高いと思います。しかもその人と魔理沙さんの間に座らせられました。だから……

 

優希「か、コン……ちワ」ガタガタ

 

 

 僕こういう人が大の苦手なんです! キライではないんですけど苦手なんです!! 全身から汗が吹き出して一人で震度5強です。動悸(どうき)・息切れ・気つけが(ひど)いんです。救◯を希望します!

 

魔理「こいつはいつも以上にヒドイze★」

マド「あっははは……確かに人見知りみたいだねぇ」

優希「ず、ずみ……せん」

マダ「魔理沙と早苗、アレやってやんなよ」

魔理「言われなくてもだze☆ 早苗、頼むze☆」

早苗「ふっふっふー、私を誰だと思っているのですか」

 

 何かをして頂けるみたいですけど、今は放って……

 

魔理「質問だ…右の拳で殴るか? 左の拳で殴るか? あててみな」

早苗「ひ、ひと思いに…右でやってくれ」

 

 ムムムッ?

 

魔理「No!No!No!No!No!」

早苗「ひ…左?」

魔理「No!No!No!No!No!」

早苗「り…りょうほーですかあああ〜」

 

 ムムムムムムッ! 

 

魔理「YES!YES!YES!YES!YES!」

早苗「もしかしてオラオラですかーッ!?」

優希「YES!YES!YES!"OH MY GOD"」

 

 そしてシメには三人揃って拳のラッシュ。やってしまった。とうとうウズウズに負けてやってしまった。でもこれで分かった事があります。

 

優希「あなたもあの漫画のファンですか!?」

早苗「ドゥー・ユー・アンダスタンンンンドゥ!」

魔理「魔理沙ちゃんは早苗から借りて覚えたんだze☆」

優希「じゃ、じゃあ魔理沙さんが言われていた、外の世界から来られた方って……」

早苗「YES I AM!」

魔理「だze☆」

 

 驚きました。「どんな人だろう」とは思っていましたけど、まさか僕が一番苦手とする部類の人がこっち(オタク)派とは……あるんですね、こういう事。そのおかげで……。

 

マド「いい感じに緊張がほぐれたかな?」

 

 はい、もうすっかりです。

 

マダ「たったあれだけの事で仲良くなれるなんてねぇ」

早苗「当然ですよ神奈子様、J◯J◯好きにいるのは『黄金の精神』を持つ者だけです」ドヤッ

 

 何今の? カッコイイ事言っている様で、ものすごくカッコイイんですけど! それ、今度使わせてください。

 それから僕達は漫画とアニメの話ばかりしていました。早苗さんの部屋には漫画がズラリとあるそうで、海斗君に感心されたそうです。いつ間にか行っていたみたいです。

 それでその海斗君ですが……、さっきからいないんです! こんなに人が集まれば、何処かでまた一騒ぎを起こしていてもおかしくないのに、周りをみてもそんな様子の所が無いんです。平和なんです!

 

優希「海斗君……何処いったんだろ?」

 

 そう呟いて、ジュースを一口飲んだ時でした。

 

??「さっぱりした〜」

 

 温泉に入っていたあゆみさんがやって来ました。一人だけです。「他の人はどうしたの?」なんて考えていると、

 

??「あゆみちゃん、具合どう?」

??「少しあそこで水分取ってゆっくりするウサ」

 

 二人の兎耳さんが駆け寄って行きました。なんかすごく白いと思ったけど、やっぱり具合悪かったの? 

 

??「ここ、いいですか?」

  

 そう言って僕の隣、早苗さんとの間のスペースに、あゆみさんを座らせようとするブレザーを着た兎さん。たしか鈴仙さんでしたっけ? それは全然問題ないので、

 

優希「ど、どぅぞ……」

 

 お(ゆず)りします。「魔理沙さんそっち詰めて下さいね」とズルズルとお尻を引きずりながら右へ移動を開始です。半人分、一人分、二人分と……どこまで行くのこれ?

 移動距離に違和感を覚え始めた頃、僕の手が何かに触れました。その瞬間、

 

 

ヒンヤリ

 

 

 とした心地の良い冷たさが伝わって来ました。その感覚に視線を向けて見れば、綺麗な指先が僕の掌から伸びていて……

 

優希「ごごごごめんなさい!」

??「いいえ、気にしないで。あなたは……」

優希「ゅゅゅぅきれふ」

??「えっと……」

 

 苦笑いされてらっしゃる。今日だけで何度目だろう? 不思議そうな、「聞いて失敗した」みたいな目で見られるの……。頑張るって決めたのに、早くもこころが折れそうです……。そして魔理沙さん、なんか知らぬ間に遠い所へ……。呼んでおいて何処かに行かないで下さいよ……。

 

あゆ「あ、レティさ〜ん」

 

 そこへあゆみさんの(ゆる)い声が。顔をそちらに向けると、小さな兎さん、鈴仙さんの順に視界に映り、その先で手を振ってアピールするあゆみさんの姿が。お知り合い?

 

あゆ「レティさん、その人は優希さんだよ〜。前にケーキをホールで買ってくれたの〜」

 

 あゆみさん……ご紹介ありがとうございます。それとあゆみさん……やっぱり覚えているじゃないですか! なんであの時意地悪したの!? 

 

あゆ「お店終わりだったのに〜」

優希「ごめんなさああああい!」

あゆ「ん〜?」

優希「ご、めん……な、さぃ!」

あゆ「分かればいいんです〜」

 

 エッヘンと胸を張るあゆみさん。なんであの時知らない素振りをしたのか、その疑問の答えがわかった気がします。だって……

 

あゆ「ふふ〜ん」

 

 あんなにも「してやったり」的な顔をされているんですから。仕返しだったんですね……。でも、そんな事をしなくてもよくないですか!?

 

小兎「それ、いつの話ウサ?」

あゆ「新装開店初日〜」

小兎「あの後あゆみ、お店で寝ていたウサ。あゆみが疲れている時に……空気読むウサ」

優希「ごめんなさあああい!」

 

 これは小さな兎さんに向けて。で、

 

優希「ご、めん……な、さぃ!」

 

 こっちはあゆみさん用。空気読めなくてすみません。お店が終わっている事に気が付かなくてごめんなさい。でも言わせて下さい。あゆみさんそろそろ僕の声に慣れて下さい!

 

あゆ「もーいーですよ〜。それでレティさ〜ん」

 

 目の前を通過するあゆみさんとレティさんの楽しげな会話に、

 

優希「あああの、場所ッ、変わり……す?」

 

 耐えきれなくなり、レティさんへ一生懸命の提案をしました。伝わってくれているといいんですが……

 

レテ「ありがとうございます。では、お言葉に甘えさせてもらいますね」

 

 そんな僕の心境を察したかのように、レティさんは僕に安心感を与えてくれる笑顔で答えてくれました。

 いい人だなぁー『手が冷たい人は心が温かい』って本当なんですね。

 

優希「じゃ、じゃあどぅぞどぅぞ」

 

 レティさんと場所を交換しようと立ち上がり、ふいにあゆみさんへ向けた時、

 

優希「あわわわわ」

 

 視線が空中でバッチリ一直線上に。しかも、

 

 

じー……

 

 

 かなりガッツリ見られています。おかげで顔の温度は急上昇、たぶん耳まで真っ赤だと思います。恥ずかしいです……。

 

鈴仙「あゆみちゃん?」

小兎「どうしたウサ?」

あゆ「ん~? 何でもないよ〜」

 

 鈴仙さん達にはそう言っていますけど、依然としてこっちを見てくるあゆみさん。

 なになに!? 僕になんか変なところある? 何か付いているの? もしかして……社会の窓が!?

 

小兎「視点が合ってないウサ」

鈴仙「頭がぼんやりするの?」

あゆ「ん〜ん~、大丈夫だよ〜」

 

 セーフ、大丈夫でした。じゃあ何で? まさか……ボタンの掛け違い!?

 

??「あゆみちゃんの調子はどう?」

鈴仙「あ、お師匠様。あゆみちゃんさっきまで元気だったんですが……」

小兎「急にぼんやりし始めたウサ」

 

 これもセーフでした。じゃあ何で? まさか……服の何処かに穴が!?

 あゆみさんからの不思議で熱い視線に、ありとあらゆる可能性を考察して慌てる僕。でもその答えが見つからず、もうパニック寸前。そんな時でした。

 

あゆ「私に何かごよ〜?」

 

 

 

 




【次回:7輪目_集合編(裏)です】


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7輪目_集合編(裏)です

 少し前、二人のオタクが再会を果たし、お調子者がフルスロットルで浮かれていた頃、

 

??「お姉ちゃん達はまだ来てないんだ〜♪ 後でビックリさせよ〜♪」

 

 彼女は彼等から少し離れた場所、台所と外を結ぶ勝手口にいた。

 気の(おもむ)くまま、風に流されるまま、ふらふらと一人旅を楽しむ彼女は、家族でさえ制御が出来ない風来坊。この日も一人で別行動を楽しんでいた。

 

??「能力かっいほ〜♪」

 

 驚かす。その目的を達成するためには、まず隠れなければいけない。特に感の良い彼女の姉を驚かすのであれば、より細心の注意が必要である。故に誰にも見つかってはならない。彼女はご自慢の能力を使い、自身の存在感を無にしたのだった。

 台所から聞こえてくる包丁のテンポの良いリズム、汗くせ働く複数の足音、そして胃を活性化させるいい香り。

 

??「お腹空いたな〜♪」

 

 花見の準備は急ピッチで進んで行く。

 

??「イタイイタイイタイイタイ〜」

??「ぎゃあああッ!」

 

 そこへ突如(とつじょ)上がる二つの断末魔。「どうしたんだろ? なんか楽しそ〜♪」そう思うが早いか、彼女はふらふら〜とそちらへ歩みを進めていた。

 

??「なっんだろな♪ なんだろな〜♪」

 

 ワクワクが増すに連れ、(おさ)えきれなくなったテンションは歌へと姿を変え、その現場までもう少しの所まで近づいていた。

 とその時、

 

??「二人とも何で逃げるのー?」

 

 目の前を高速で駆け抜ける物体が生んだ

 

??「お〜お〜お〜お〜♪」

 

 ストップストリームの勢いに負け、「くるくるくるくる」とその場で高速回転。

 

??「ふえ〜……♪」

 

 ようやく自転が止まったかと思えば、後遺症に襲われて目に移る景色は、波に揺れる水草の様にゆらゆらと。そして彼女が冷静さを取り戻した時には、

 

  『えーッ!?』

 

 その事実は既に告げられていた。

 

??「聞き間違い……だよね?」

 

 と疑ってしまう程、しっかりとは聞こえてはいない。だがその単語は彼女の脳内で何度もリピートされ、決して離れる事はなかった。さらにそこから次々と明らかになっていく真実は、お気楽者の彼女でさえも目を丸くするものばかり。

 そう、彼女はそこにいた。

 初対面の者に、手に汗をにぎりながら自己紹介をする彼のすぐそばに。彼が再び断末魔を上げれば、その表情を見ながらくすくすと笑い、犬好き少女がターゲットを変更してミサイルの様に飛んでいけば、共に頭上に『?』を浮かべ、彼の親友が「一押しの嫁」へ音速スタートを切れば、その速度に驚愕(きょうがく)していたのだった。

 無意識を自在に操り、隠密(おんみつ)行動を得意とする彼女。彼らのような外来人と深い関わりを持つ彼女。彼女の名前は古明地こいし、地底世界の住人である。そして、そんな彼女の趣味は、(うわさ)話や面白い話などに人知れずちゃっかり参加(盗 み 聞 き)する事である。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

こい「む〜」

 

 お調子者の急な婚約騒動に終止符が打たれ、多くの者がお怒り巫女の指示の下、花見の準備に取り掛かっていく。だがそうなると、これまでのような楽しげな会話は皆無(かいむ)。つまりこの状況は彼女にとって、

 

こい「たいくつ〜♪」

 

 な時間。このまま何も起きず、何もせず、ただ静かに、誰からも気付かれる事もなく、「いつ来るのか分からない姉を待つ」そう考えただけで苦痛でしょうがない。頬を膨らませて「もっと面白い話をしてよ〜♪」と強く願っていた。

 そんな時だった。彼女の耳をピクピクと動かす音が聞こえて来たのは。それは周りには気付かれないように放たれた、いわゆる「ナイショ話」。いや、彼女が耳にしたのは「ちょっといい?」という、ナイショ話の始まりを告げるものだった。

 途端に目を輝かせ始める彼女。首をキョロキョロと動かし、声の出所を探り始める。

 

こい「いた〜♪」

 

 それは直ぐに見つかった。周囲の視線を気にしながら、人気のない神社の裏へと歩みを進める二つの影を。

 

こい「なっんだろうな♪ なんだろな〜♪」

 

 再び期待に胸を(ふく)らませ、スキップをしながら二人の後を追う。その道中、

 

??「レミリアお嬢様、準備はもうほとんど終わりました」

レミ「ご苦労様、始まるまで休んでいいわよ。咲夜もね」

咲夜「お心遣いありがとうございます。私は調理されている方が気になりますので、様子を伺ってからにします」

??「それなら私が」

咲夜「いいの、あなたは最近寝るのも遅いし、疲れが顔に出ているわ。少しゆっくりして下さい」

??「でしたら温泉に入って来ては? ここの温泉は肩凝り、腰痛、疲労回復に抜群ですよ?」

??「美鈴もたまにはいいこと言うじゃん、そうしなよ。ここの温泉は最高だよ」

??「ですがフランお嬢様……」

フラ「これは私からの命令、温泉に入ってゆっくりして来なさい!」

??「ふっ……かしこまりました。では少し休憩を頂きますね」

 

 そんな紅の館の主人と従者の何気ない会話でさえも、

 

こい「あの人もお風呂に行くんだ〜♪」

 

 聞き耳を立てる事は忘れない。「そっちの方も気になるけど、今はこっちの方が面白そう♪」そんな考えからだろう。彼女はそのまま二人の後をつけて行った。

 やがて前を行く二人が足を止め、周囲に人がいない事を確認すると、その話はすぐに始まった。

 

??「どう?」

??「今のところまだ何も」

??「他に可能性がありそうなのは?」

??「……((うつむ)いて首を横に振る)」

??「じゃあやっぱり霊夢が?」

??「あとは幻想郷(この世界)の創設者……」

??「それは可能性が低いと思うけど?」

??「あの、私これ以上友人達を疑いの目で見るのは……」

??「けどこれは幻想郷の危機、誰かがやらないと」

 

 その後も続いたナイショ話。二人だけの秘密の話。誰にも聞かれていない事が前提の極秘事項。

 彼女は決して深く考える方ではない。そんな彼女でさえも理解できた。「今自分がいる世界が、大好きな幻想郷が危険に(さら)されている」と。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 続々と集まる花見の参加者達。その中には、

 

??「\ミスチー、来てるー?/」

 

 彼女の顔見知り達も来ていたが、その者達には目もくれず、

 

こい「ど〜しよ〜……」

 

 彼女は美しく咲き(ほこ)る桜の木の下で、膝を抱えて(うずくま)っていた。一人では抱えきれない大問題、その重圧に押し潰されそうで「聞かなければ良かった」と後悔していた。

 

こい「お姉ちゃん……早く来てよ」

 

 今彼女が頼れるのは、唯一無二(ゆいいつむに)の姉だけ。

 暗い表情を浮かべ、(めずら)しく悩む彼女だった。が、そこへ……

 

 

じゅぅすぃ〜

 

 

 な肉の香りが彼女の鼻を刺激し、腹の準備運動を促進(そくしん)させ、

 

 

く〜ぎゅるるる〜♪

 

 

 「そいつをよこせ」と指令を送ってきた。だが宴会の開始を告げる合図はまだ。準備中の者もいる。いくらお腹が空いているとはいえ、それを待たずに……ましてや彼女は()()お屋敷のお嬢様。つまみ食いなど……

 

こい「おっいし〜♪」

 

 なされた。腹部からの命令が頭に届いてからは待ったなし。彼女は本能と「じゅぅすぃ〜」な香りに導かれるまま、躊躇(ちゅうちょ)なくお召し上がりになられていた。しかもその量たるや、

 

こい「あ、これも美味しい〜♪」

 

 つまみ食いでは済まされない。目に付いた物を次々と(はし)でキャッチし、お口へGOしていく。その様子はさながら、ビュッフェで皿に取って自席で食べず、その場で直食を堪能(たんのう)されるマナー知らずの客そのもの。品など……ない。

 完全にお食事モードへとスイッチが入った彼女。用意されたオカズはどんどん姿を消していく。だがそうなると……

 

??「あーッ!」

 

 気付く者も出てくる。彼女の方を指差して大声を上げる月の妖精。そしてその声にすぐに反応したのは、いつも一緒にいる

 

??「急に大声ださないでよ。ビックリしたー」

 

 太陽の妖精と、

 

??「ルナどうしたの?」

 

 星の妖精だった。やがて二人の視線は、自然と大声を出した月の妖精の指先へと向けられ、大幅にフライングをした彼女の下へと集まる。「見られた?」そんな疑惑から、今彼女の心臓はドキドキと強く脈って

 

こい「〜♪」

 

 などいなかった。余裕しゃくしゃくのニコニコスマイルで三人に応えていた。なぜなら彼女はただ今絶賛能力を使用中。故に、

 

ルナ「お料理が減ってますー」

 

 三妖精が目にできるのは結果だけ。だがその所為で、

 

サニ「チルノ食べたな!?」

 

 たまたま近くにいた氷の妖精に容疑が向けられ、

 

チル「はーッ!? あたい食べてないし!」

ルナ「ウソはよくないですー!」

チル「ウソじゃない! あたい、リグルとルーミアとお皿並べてたから!」

ルー「そーなのだー」

リグ「チルノは食べてないよ。そうならないように、咲夜に言われて二人を見張っていたんだから」

サニ「はっ、どうだか。三人で口裏合わせて、こっそり食べたんじゃないの?」

チル「はあああッ!? あたい達に喧嘩売ってんの!?」

リグ「その喧嘩かってやらあっ!」

 

 第二次妖精大戦争を引き起こそうとしていた。

 互いに引く事をしようともしない攻撃的な視線は火花を散らし、一方が少しでも動けば開戦の合図になり得る、緊迫した状況と化していた。

 そんな中、

 

  『やめてっ!』

 

 意を決して仲裁に入ったのが各チームの優等生、星の妖精と能力未開花組の大きな妖精だった。

 

大妖「二人ともここに来てまで喧嘩はしないでよ」

スタ「サニー達も! あそこまで違うって言っているんだから、信じてあげなよ」

  『けどあっちが……』

  『ごめんなさいでしょ!』

 

 「言い訳はご無用」とばかりに言い切る前に割って入る優等生達。その表情は、日頃の優しさあふれるものからはとても想像も出来ない、口と眉間に力を込めたもの。流石の四人もこのギャップには敵わなかったようで、

 

  『ごめんなさーい』

 

 双方(そろ)って戦わずして白旗を(かか)げた。だが謎は残ったまま。必然的に、

 

サニ「じゃあ誰が食べたのさ?」

 

 再び犯人探しと謎解きが始まる。

 

リグ「見間違いじゃないの?」

ルナ「違いますー。もっといっぱいに、お皿に山盛りであったんですー」

大妖「もしそうなら他の誰かが……もしかしたら、もう始まっているのかも」

スタ「乾杯(かんぱい)とか始まりの合図ないのに?」

 

 三人寄れば文殊(もんじゅ)の知恵、今この場には六人が集結している。その効果は文殊の倍以上が期待値である。思考の末、導き出された答えは……

 

チル「それはここ毎年そうじゃん。きっともう食べていいんだよ」

  『だよねー』

 

 やはり妖精と未熟な妖怪。何人集まろうと……こんなものだった。満場一致で『そういう事』となったその時、

 

??「うまうまなのだー! もっと欲しいのだー!!」

 

 それは高らかに宣言された。

 

大妖「ルーミアちゃん!?」

スタ「ちょっとあんたどれだけ食べてるのよっ!」

ルナ「三皿が空っぽですー」

リグ「ヤバイ、このままじゃ全部食われる!」

サニ「負けるかあっ!」

チル「サニー! それあたいがキープしてたやつ!」

 

 「止まったら負け」と我先に食事を奪い合うお子ちゃま達。

 彼女達が真相究明に(いそ)しんでいた頃、その(かたわ)らで闇を操る幼女は迷う事なく、目の前の食べ物をパクパクと食べていたのだった。真犯人の手によって。

 そう、幼女は自ら食事を取り、口へ運んでなどいなかった。目の前をふよふよと浮遊する、あたかも「食べて下さい」と言わんばかりの食べ物に、喰らいついていただけ。

 一方真犯人、言い争いを始めるお子ちゃま達の横で、食べ物にロックオンし、マーライオンの様にヨダレを流すこの幼女に「これ美味しいよ〜♪」とオススメし、餌付けをしていただけの事。悪気などは一切ない。

 そしてこれが、ここ数年の宴会の始まり方でもある。

 

??「もう始まってたのか!? (ぜん)は急げだze☆」

??「魔理沙、私の分も取っておいてよ」

 

 盗みは十八番、腕まくりをしながらお宝を目指す白黒魔法使いと、その彼女に自分の分を依頼する七色の人形使い、

 

??「神奈子様、諏訪子様。もう始まっているみたいですよ」

神奈「相変わらず始まり方がいまいちパッとしないねぇ」

諏訪「別にいいじゃない。私朝ご飯抜いたからお腹ぺこぺこだよぉ」

 

 外の世界から移住して来た神々、

 

??「おい! それは私のだネオニート!」

輝夜「はー!? 取った者勝ちだから! トロイあんたがいけないんでしょうが!」

??「手を組んだじゃなかったウサ?」

??「もー、こういう時にお師匠様いないんだから……」

 

 犬猿の仲とその苦労人達、

 

??「お姉様、食べよ食べよ」

??「お嬢様、お飲み物は何にされますか?」

レミ「そうね、初めはスパークリングワインにするわ。パチェは何か飲む?」

??「私が作った紹興酒(しょうこうしゅ)もありますよ?」

パチュ「……ジンジャエールにするわ」

 

 紅の館の面々、

 

??「やっときゅうりが食べられる。機器のセッティングもしなきゃだよ」

??「美味しそ〜♡ 天ぷらからた〜べよ(無表情)」

??「ご主人、何か欲しい物は?」

??「い、胃薬を……」

??「幽々子様がいない今がチャンスです!」

 

 幼女の掛け声は、花見の参加者達へ瞬く間に伝わっていき、

 

??「リリー、今日が終われば交代ね」

リリ「はーるですよー」

 

 この年の冬の終わりと、春の始まりを告げる花見が幕を開けるのだった。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 色鮮やかに咲き誇る桜には目もくれず、飲み物を片手に会話に花を咲かせ、用意された食事とつまみに舌鼓を打つレディー達。今であればコソコソせず、堂々と食事をしていてもバレはしない。だが、

 

こい「お腹いっぱいになっちゃったな〜♪」

 

 大幅にフライングをしていたが故の末路。こうなると後は周囲の者達の会話に(まぎ)れながら、来たるその時を待つだけ。それでも問題はなかった。

 

  『オラオラオラオラオラオラオラ!!!』

 

 しかしそこへ素敵な掛け声の合唱が。そちらへ視線を向けてみれば彼女の知人の他に、先程の挙動不審の外来人。彼女は瞬時に察した。

 

こい「おもしろそ〜♪」

 

 となれば善は急げ、

 

こい「なっんだろな♪ なんだろな〜♪」

 

 行動開始。

 やがて彼女が興奮気味の彼の背後に辿り着いた時、ほぼタイミングを同じくして、

 

??「さっぱりした〜」

 

 温泉に入っていたもう一人の外来人が、全身からほくほくと湯気を出しながらやって来た。これは彼女にとって願ってもない状況だった。なぜならおもしろ人間が二人も揃っているのだから。

 

??「ごめんなさあああい!」

 

 そこから展開される会話は、事情を知らない彼女でさえも充分に満足できるものだった。自然と笑いが込み上げ、悩み事など忘れてしまう程に。だが彼女はこの時から奇妙な違和感を覚え始めていた。それがさらに深いものへとなったのは、

 

??「じゃ、じゃあどぅぞどぅぞ」

 

 人見知りの彼が動き始めた時。

 だがそれは目の前であたふたしながら、耳まで真っ赤に染まる彼へ向けられたものの可能性が大いにあった。その証拠に

 

??「どうしたウサ?」

 

 と問われても、

 

??「ん〜? 何でもないよ〜」

 

 と、ほのぼのと答え、

 

??「頭がぼんやりするの?」

 

 と問われても、

 

??「ん〜ん〜、大丈夫だよ〜」

 

 と、のほほんと答えるだけ。

 慌てて股間に視線を落とす彼の事も、珍しく心臓が強く脈打つ彼女の事も、一切話題に出す様子も素振りも見せなかった。とは言え、この気味の悪い感覚からは早々に退散したいところ。彼女は左へと大きな蟹歩きで二歩、三歩とその場から逃げ出した。

 これで一安心。彼女を襲う締め付ける様な感覚は、

 

こい「えっ……」

 

 追いかけていた。

 服のボタンを上から順にチェックする彼には目もくれず、まっすぐ彼女の方を見つめているのだ。念のため願いを込めて振り向いてみる。そこには「見てくれ」とばかりにドヤドヤと咲く満開の桜。

 だが彼女は思った。「見ているのはこれじゃない」と、

 

こい「私……」

 

 であると。植え付けられる不安、芽生える疑惑、そして花咲く恐怖。

 

こい「そんなはず……そんなはずないもんっ!」

 

 それらを()ぎ払うように、彼女は能力を全身から吹き出した。

 外の世界から来たという不思議な少女に襲いかかる彼女の最大限の力。相手の無意識を操り、自身を認識させなくする程度の能力。その手応えは……、

 

こい「〜♪」

 

 にこりと微笑んで鼻唄。揺るぎない自信の表れだった。そして……

 

こい「外から来たならメリーさん、知ってるよね♪」

 

 少女へと近づいた。

 

こい「どんな反応するかな〜♪」

 

 黒いダイヤル式の電話を手に。

 




ビュッフェで皿に取って自席で食べず、その場で直食を堪能(たんのう)されるマナー知らずの客そのもの
⇒実際いないと思いますけどね……。
 とはいえ、マナーとルールには気をつけましょう。


【次回:8輪目_何者!?です】


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8輪目_何者!?です

 

ビクーッ!

 

 

 ととととうとう言われてしまった。確かにあれだけ視線が合えば思いますよね。「なにガンつけてんだ?」って。「特に用はありません」なんて答えたら「変な人」って思われるだろうし、最悪の場合「キモッ!」って言葉が……。でもあゆみさんはそんな人じゃないと思うし……、でもでも、誰かが言うかもしれないし……。こんな時海斗君だったら何て言うのかな?

 

「君の瞳にノックアウトだぜ」

 

 なんて言いそうだけど……そんなのムリムリムリムリ、絶対無理です!

 あゆみさんの悪意のない「なにかご用?」発言に、僕の脳内は言い訳を考える事でいっぱいいっぱい。味覚、嗅覚、触覚、聴覚、視覚、全ての五感をシャットダウンさせ、全力で脳内会議を開催していました。

 

??「あゆみちゃん?」

鈴仙「そっちには何もないけど……」

小兎「何か見えるウサ?」

あゆ「うん、ぼや〜っとだけど〜」

 

 もうムリぽ……。

 

あゆ「さっきまでレティさんの所にずっといて〜、だんだんこっちに来てて〜」

レテ「え、そうなの? 何も感じなかったわよ?」

早苗「神奈子様、諏訪子様。もしかして……」

諏訪「もしそうなら大事だよ」

神奈「あゆみだっけ? それはどんなヤツだい?」

 

 素直に謝ろ……。

 

あゆ「えっと〜、手に黒電話を載せてて〜、胸の所に丸いのがあって〜、そこから細い管が出てて〜、身体中をぐるぐる〜ってしてて〜、黒い帽子を(かぶ)ってて〜」

 

 誠心誠意、頭を下げれば許してくれますよね?

 

あゆ「髪の毛が薄い緑色で〜、顔が小さくて〜目が大きくて〜、か、か、か……」

 

 せーの!

 

優希「ごめんなさあああい!」

あゆ「かわい〜〜〜〜〜〜!」

 

 タイミングがシンクロしたあゆみさんの歓声に僕、再び大パニックです!

 

 あゆみさんがぼぼぼ僕の事をかかか可愛いって? え、え、えーっ!? 僕そんな風に思われてたの!? なにこれなにこれ!? ううう嬉しぃいいいッ! こここ告白なの!? 顔がニヤニヤしてくるんですけど! いや、待て僕。一回冷静になるんだ。落ち着くんだ。素数を数えて落ち着くんだ!

 

優希「1、2、3、5、7……」ぶつぶつ

鈴仙「誰からも気付かれなくて、黒い帽子に薄緑の髪の毛で、黒電話を持っていて……」

??「私が知る限り該当する人物は一人しかいないわね。それをあゆみちゃんには見えている……いえ、見つけたのね」

小兎「で? そっちは急にどうしたウサ?」

優希「997、1009、1013……」ぶつぶつ

小兎「おーいウサ」

 

 はっ! そうだよ、さっきあゆみさん海斗君にラブラブだったよね? だからそんなはずないですよ、きっとあゆみさんなりの(はげ)ましの()め言葉なんですよ。あーよかった……ぐすんorz。でもお礼は言わないと。

 

優希「……」ぼそ

小兎「はあああっ!?」

 

 突然上がった叫び声で僕、ようやく現実へ帰還。そして「いったい何事?」とクリアになった頭で周囲を見回してみれば、みんなが「空気読め」みたいな、「気でも触れたか?」みたいな顔をされていて、

 

小兎「どさくさに紛れてななな何を言ってるウサ!」

 

 近くにいた背の低い兎耳の女の子が、真っ赤な顔で僕の事を突き刺すような視線で見ていて、おまけに……

 

小兎「キモいウサ!!」

 

 と。理由も分からないままディスられ僕、激しくorz。

 なんで? なんで僕こんな目に会わなきゃいけないんですか?

 

??「ちょっとてゐ、キモイって失礼でしょ」

鈴仙「それがお師匠様、あの方が突然てゐの事を可愛いって言い出しまして」

 

 は? え? は? ん? 僕そんな事……。

 

優希「て、てい……さん?」

てゐ「て()ウサ! 気安く呼ぶなウサ!」

 

 こちらの小兎さん、てゐさんという方らしいです。で、そのてゐさんなんですが、なんでこんな誤解をされているんですか? ただあゆみさんにお礼を言おうとしただけなのに……。なんて言おうとしたんだっけ? 確か……

 

「可愛いって言ってくれてありがとう」

 

だっけ? それその途中でてゐさんに叫ばれて……。

 

可愛いって言ってくれて……

可愛いって言って……

可愛いっ()()()()()…………!?

 

優希「ぬわああああ!」

 

 “OH MY GOD" やってしまったやってしまったやってしまった。僕キモイ!

 

優希「ごごごごめんなさい! そんな事は()()()()()()()()()()()思っていませんから! ほほほホント()()()()()というか、()()()()()()()思っていませんから!!」

 

 僕、必死の弁解です。そのはずだったんですが……、

 

てゐ「そ、そんなの分かってるウサ! 何もそんな言い方しなくてもいいウサ! 喧嘩売ってるウサ!?」

 

 てゐさんを更に怒らせてしまう羽目に。しかもその目を(うる)ませてしまうという最低の行為。他の人達からの視線も冷たい気がします。自分で招いた結果とはいえ、もうどうしたらいいのか……。

 

??「だから言葉には気を付けろっていつも言ってるだろ!」

優希「はうっ!」

 

 また蹴った、蹴られた、蹴らせてしまった。いい加減痔になりますよ? でも、ありがとうございます。

 

??「コイツには悪気はないんだ。ただ乙女心ってのを全く分かっていないしょうもないヤツなんだ。許してやって欲しいze☆」

 

 魔理沙さん!

 

魔理「どうせコイツがゴニョゴニョ話すから、てゐが変に誤解したのが始まりなんだろ?」

 

 そう言いながらご愛用の(ほおき)()で僕の頭をコツコツと……。僕、(たた)かれる度に心も体も、打ち損じた釘の様に曲がりながら沈んでいき、今やorz寸前です。その上魔理沙さんの予想、見事に的中されてます。おっしゃる通りなんです。あ、また叩かれた……。

 

てゐ「じゃあなんて言おうとしたウサ? はっきり言うウサ」

優希「そ、それはあゆみさんに……」

 

 その時僕はようやく気が付きました。あゆみさんのおかしなポージングに。両腕で地面と平行に大きく輪を描き、全身をそちらへ預ける姿勢。記憶に新しいそのポーズ。それはさっきあゆみさん自身が見せてくれたもの。椛さんや海斗君の時と全く同じもの。あれはいわゆるHug、「か、か、か、かわい〜〜〜〜!」の後です。

 と同時に理解しました。あれは僕に向けたものじゃなかったって。結局は僕が勝手に誤解して、勝手に浮かれて、勝手に慌てて、てゐさんを巻き込んでしまったという事みたいです。

 とはいえですよ? 勘違いだったと分かった今、アレを言ったら「そんなはずないだろ」って思われるのは目に見えていますし、ここは……

 

優希「あの……あゆみさん、そこに誰かいるんですか?」

 

 話を逸らさせて頂きます。

 

魔理「は? お前はまた急に何を言っているんだze★?」

 

 僕のことを疑ってかかる魔理沙さん。でも分かるんです。姿は全然見えませんけど分かるんです。あゆみさんと同じくらいの背丈で細身の誰かが、あゆみさんの腕の中にいるんです。

 

あゆ「いるよ〜、かわいいんだから〜。みんな見えないの〜?」

神奈「しかし驚いたねぇ。完全に見えているみたいたねぇ」

諏訪「見事に特徴を言い当てたもんねぇ」

魔理「何がどうしたんだze☆?」

早苗「あちらのあゆみさんという方が、無意識を操る方を捕まえているんです」

魔理「こいしをか!?」

 

 「こいし」魔理沙さんがそう驚きの声を上げると、まるで観念したかの様にその人は姿を見せました。こいしと呼ばれたその人は黒い帽子を(ry。

 

 

ガチャン

 

 

 落下し物の音に驚いて視線を向けると、そこにあったのは……

 

優希「黒電話?」

 

 何故に? しかもダイヤル式のやつ。配線繋がってなさそうだし、あれじゃ電話できないよね?  と見せかけて実はワイヤレス? そんなわけないか。こっちに来た時スマホ圏外だったし。だとしたら……Bluetooth!? 電話なのに?

 そちらの方に興味がそそられ、「あわよくば解体してじっくり楽しみたい」などと思いながら自分の世界に引きこもりかけた時、

 

こい「……して?」

あゆ「ん〜?」

こい「どうしてどうしてどうしてどうしてッ!?」

 

 徐々に強くなるその声に、現実へと引きずり出され、こいしさんへ意識をむけると、腕の中で小さく震えていました。細い指を握りしめて。

 そしてあゆみさんの腕を振り払うと、今度はあゆみさんの腕に(つか)みかかり、

 

こい「何で私が見えるの? 私、めいっぱい能力を使ったんだよ? どうしてなの?!」

 

 切羽詰まった表情で、答えるスキを与えない間隔でマシンガンのように尋ね出しました。その手に込められた力が強かったのか、腕を気にしながら苦しそうな表情を浮かべるあゆみさん。そこへ、

 

鈴仙「あゆみちゃんから離れて!」

てゐ「痛がってるウサ、骨が折れちゃうウサ!」

 

 あゆみさんからこいしさんを引き離そうと、鈴仙さんが後ろから羽交い締めにし、てゐさんが手を()がしにかかりました。

 鈴仙さんはこいしさんを引きずる様にあゆみさんから数歩距離を取った所で解放すると、今度はてゐさんと一緒に、あゆみさんを守る様にこいしさんの前に立ち(ふさ)がりました。その立ち振る舞いはまさに悪人から偉い人を守るSPそのもの。あゆみさんが二人から大切に思われていると瞬時に察せます。

 一方こいしさん、あゆみさんに謝るのかと思いきや、未だ震え続ける掌を眺めて、

 

こい「もしかして私の能力が……」

 

 ぽたぽたと大粒の涙を(こぼ)し始めました。

 

諏訪「落ち着きなよ。今の今まで誰もあんたの事に気が付いていなかったよ」

レテ「私も言われるまであなたが私の直ぐ近くにいたなんて知らなかったわ」

??「こいし、あゆみちゃんが特別なだけよ」

 

 諏訪子さんにレティさん、それと赤と青半分半分の人がこいしさんを宥めようと優しく声をかけますが、

 

こい「いや……イヤだイヤだイヤだイヤだ。そんなのいやだよ」

 

 届いていなかったようです。震えが強くなるこいしさんに僕、「なんか可哀想、何かしてあげられないかな?」と考えていると、隣の魔理沙さんが

 

魔理「優希、お前はここから離れた方がよさそうだze★」

 

 「あっちに行け」と。

 

優希「え? それはなんで……」

魔理「弾幕ゴッコが始まるかもしれないって言ってるんだよ! 巻き添えになりたくなければさっさと逃げろ! ついでに霊夢も呼んでこい!!」

優希「は、ひいいいッ!」

 

 僕、もう訳もわからないまま魔理沙さんのご指示に従い、その場からヨーイドンです。けどやっぱり後で教えて下さい。前にフランさんからお誘いを受けましたが……

 

優希「弾幕ゴッコってなんなんなのー!」

 

 楽しそうな名前とは反対に、危険な臭いがプンプンするんです!

 魔理沙さん達に背を向けて走り始めた僕、でもその直後、横から

 

??「だいぶお揃いのようね」

 

 初めて聞く声が。走り去る時に僕がチラリと目にしたのは、白い包帯に巻かれた右腕だけでした。

 




【次回:9輪目_その後です】


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9輪目_花見へ ver.裏

タイトル変更しました。


??「それじゃあ、私も出発の準備があるから、これで失礼するわね。じゃあまた花見で♡」

 

 お気に入りの扇子(せんす)で口元を隠し、ニコリと微笑んでその場を後にする彼女。自身の能力で生み出した穴をくぐれば、

 

??「紫(しゃま)お帰りな(しゃ)いで(しゅ)

 

 そこは幻想郷の何処かにある彼女の自宅。誰もが(うらや)む便利なワープ能力である。

 

紫 「ただいま。支度は出来た?」

 

 大主人のこの質問に、まだまだ半人前で勉強中、修行中の幼い化け猫は元気よく「はい!」と答えると、満面の笑みで続けて身支度の進捗を報告し始めた。その気になる進捗度は……。

 

橙 「あとは(かばん)に大好きなお(しゃかな)ソーセージ(しょーしぇーじ)を入れて、みんなで食べるオヤツを入れて、ポケットにハンカチとチリ紙を入れて、歯磨きをして、ジュー(しゅ)を持って完了で(しゅ)

紫 「……(ちぇん)?」

橙 「はい紫(しゃま)

紫 「逆に何が終わったのかしら?」

橙 「着替えで(しゅ)

 

 全くといって言いほど進んでいない。にも関わらず、(ほこ)らしげに答える子猫妖怪。今この場で「それではいけない」と注意をしてもいいものだが、彼女はそこを拳と共にグッと(こら)えて子猫妖怪の直属の主人、

 

紫 「(ちぇ〜ん)? (らん)は何処で何をしているのかしら?」

 

 つまり彼女の式神にその任務を負わせる事を決意したのだった。これは彼女の式神の、主人としての威厳(いげん)を保つためでもあり、「甘やかしてばかりいるからこうなるのよ!」と彼女自身が式神を教育するビッグチャンス。彼女はこの期を逃したくはなかった。そう、ここ最近彼女はこの式神達に頭を抱えていた。

 直属の式神は己の式神に今もデレデレ。その度合いと言ったら子猫妖怪が無事に任務をこなせば、

「ちぇえええええええええん」

 任務に失敗しても

「ちぇえええええええええん」

 転んだら

「ちぇええええええ(ry」

 昼寝をしたら

「ちぇえええ(ry」

 歩いているだけでも

「ちぇ(ry」

 何もしていなくとも

「(ry」

 と、以前よりも増して(ひど)いありさま。

 一方そんな式神の式神となってしまった子猫妖怪、事ある(ごと)に抱きついて来ては激しい(ほほ)ずりをしてくる主人の行為に、

 

「いい加減にもうやめてください!!」

 

と口には出さないが、心を閉ざした瞳で明らかに迷惑そうな表情を浮かべるようになっていた。その上、大主人である彼女に対しては敬意を払いながらも、親しみを持って接してくれるのだが……

 

橙 「()()()なら鏡とにらめっこしてマシタヨー。お化粧のノリが悪いってぼやいてマシター」

 

 と、流し目で視線を外して語尾が棒読み。話題に出しただけで「許されるなら関わりたくない」と心の声が全面に出るありさま。二人の上司と部下の信頼関係が崩れつつあるのだ。

 

紫 「そう……。ところで橙、猫達には(えさ)をあげたの?」

橙 「あっ、いけない! 紫(しゃま)〜」

紫 「はいはい、送ってあげるから急いであげて来なさい」

 

 甘えた声で助けを求める子猫妖怪に、彼女はため息を吐きながらその場にワープゾーン、スキマを生み出すと「10分後に迎えに行く」とだけ伝え、すぐにスキマを閉じるのだった。

 

紫 「私も甘くなったものね」

 

 子猫妖怪の些細(ささい)な失敗には目を(つぶ)るようになり、「以前よりも角が取れたな」と思ってしまう自分に小言をぽつり。

 

紫 「なにが着替えしか終わってないよ」

 

 さらに彼女はそう(つぶや)くと、子猫妖怪の姿を思い出しながらくすりと笑った。

 

紫 「色気付いちゃって」

 

 彼女はしっかりと気付いていた。支度が全く進んでいなかったその理由を、(くちびる)に塗られた色付きのリップを、綺麗(きれい)に整えられた(まゆ)を。

 まだ彼女が半人前以下の巫女に手を焼いていた頃、その頃に比べると身長が伸びて顔も身体も大人びてきた子猫妖怪。立派になった八重歯の所為(せい)でさらにサ行が言いにくくなった子猫妖怪。だが見せる笑顔は当時を思い起こさせるあどけなさの残る子猫妖怪。そんな子猫妖怪に自然と笑みが(こぼ)れる彼女だった。

 

紫 「さ・て・と!」

 

 「それはさておき」と歩き出す彼女、肩を怒らせ地に足がつく度にズンッ、ズンッと力強い音が聞こえて来そうである。そしてある部屋の前で立ち止まると、力一杯戸を開け……。

 

紫 「ちょっと藍!」

 

 日頃の鬱憤(うっぷん)と共に自身の式神の名を叫んだ。そこには、

 

藍 「はい、何でしょうか?」

 

 正座で鏡の前に座り、パフを片手にきょとん顏の九尾が。

 

紫 「(すず)しい顏して『何でしょうか?』じゃないわよ! 橙を放ったらかしにして……支度が全然終わってないじゃない。いつまでやってるつもりよ!」

藍 「申し訳ありません。もう少し、もう少しで終わりますから」

紫 「だいたい何で急に化粧なんてしているのよ。いつもそんな事していないじゃない」

藍 「だって今年は殿方が来られるんですよね? しかもその内の一人は外来人なのに幻想郷に詳しいそうじゃないですか。いざ本物を見た時に『なんかイメージよりも()けてるなー』とか『こんなもんかー』って思われたらイヤじゃないですか」

紫 「あんたねー……」

藍 「紫様も身だしなみはきちんとされた方がいいと思いますよ。寝グセ直されていませんよね? それとそのお召し物、色()せてますし新しい物にされたらどうですか?」

紫 「うっるさいわねぇ、言われなくも初めからそのつもりだったわよ」

藍 「ホントですか〜? それならもう一つ言わせて頂きますけど、せめて化粧水と乳液くらいはされた方がいいですよ。もうお若くないんですから、ちゃんとお肌に(うるお)いをあげて保湿しないと……あっ」

紫 「(ら〜ん)?」ゴゴゴゴゴ

藍 「は、はい紫様……」

紫 「神社を見張ってなさい!」

藍 「いっ、今からですかー!? まだ全然集まっていないと思いますよ? それにまだ化粧が……」

紫 「5秒以内!」

藍 「え、ええええ!?」

紫 「(よーん)……」

藍 「眉毛眉毛……」

紫 「(さーん)

藍 「尻尾、尻尾にブラシだけさせて下さい!」

紫 「(にーッ)!」

藍 「紫様の意地悪ーッ!」

紫 「1、0〜」

 

 タイムオーバー。「はい、いってらしゃーい」と式神の真下にスキマを生み出し強制転送(ボッシュート)。さらに今度は顔がギリギリ通る程の小さなスキマを作り、そこへ頭を入れると、その向こう側で腰を(さす)りながら立ち上げる式神に

 

紫 「いいこと? 私の予感は的中していたわ。厄介者が来てしったらもう手遅れよ。もちろんアレが来ている事が前提(ぜんてい)で。ここは開けておくから、抜群のタイミングで呼びなさい」

 

 かなり無茶苦茶な指令を言い渡し、その場を後にした。

 

紫 「髪の毛と化粧水くらいは……ね」

 

 

――少女支度中――

 

 

 最後の指差し確認、忘れ物はなし。ポケットにはハンカチとチリ紙。抜かりはない。いつでも出発できる。だが……。

 

橙 「紫(しゃま)〜まだ行かれないんで(しゅ)か?」

紫 「藍が合図を送ってくれるはずだからそれまで待っていなさい」

 

 今は来たるその時まで待機状態。とはいえ、その時はいつ来るのか検討すらつかない。まだまだ先の事かもしれないし、

 

橙 「もう合図が来るかもしれま(しぇ)んよ?」

 

 (わず)か数秒後かもしれない。ここは全ての支度を終え、待つ事に徹底すべきである。であるのだが……。

 

紫 「それまでには終わるわよ」

 

 今度は大主人様がお肌の工事中。化粧水をたっぷりと染み込ませたパックで、砂漠地帯に(うるお)いを与え始めたのだ。さらに服は「楽だから」と着慣れている半袖ワンピースドレスから長袖ドレスへとお召し替え。少女でさえ気になっていた寝グセは直され、ブラッシングされたサラサラヘアーに。

 幻想郷のトップに君臨する少女の大主人様。その地位と実力と能力からか、人の目など気にしていなかった彼女。その彼女が今明らかに他人からの目を気にしている。これは少女にとって一大事件。故に少女はこう思った。

 

橙 「(これは異変です)」

 

 と。

 

??「紫様」

 

 そこへ少女の主人の声が。

 

紫 「来たのね?」

藍 「ええ、もう大方集まっています」

紫 「アイツらは?」

藍 「まだです。天狗達は来ていますが、温泉に行きました。あと命蓮寺一派も来ていますが、聖と船幽霊、入道使いは同様に温泉へ。出られるのでしたら今しかないかと」

紫 「そうね。橙、行くわよ」

橙 「はい紫(しゃま)

 

 その時は来た。少女は用意した鞄と飲み物を手に、大主人様は能力で身の丈程のスキマを生み出し、いざ花見会場の博麗神社へ。

 

藍 「ところで紫様――」

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 袖の短い服から露出した左腕はスラリと伸び、美しさを感じさせる。だがもう一方は指先から二の腕までを包帯に巻かれ、痛々しさを感じさせる。

 彼女はその場にいる者達に笑顔で挨拶をし、会話に参加するつもりだった。だが、

 

??「ちょっとそこの君」

 

 その彼女の横を全速力で横を走り去るたわし頭。停止するように声をかけてはみるが、

 

??「霊夢さーん!」

 

 そのままブレーキをかける様子もなく、汽笛を上げながら出発進行。これには彼女も

 

??「もう、人の事を見て逃げるなんて失礼しちゃうわね」

 

 と、いささか気に障ったご様子。だがため息を一つ吐くと、気を取り直して後ろを振り返り、

 

??「こんにちは。私が開いた花見、楽しんで頂けているかしら?」

 

 新参者の少女に笑顔を作って尋ねた。

 

あゆ「は、はい……」

 

 返事はYes。だがそうは答えるも、少女は足元に視線を落とし、目を合わせようとはしない。その様子を彼女はしばらく黙って見つめていたが、状況が変わらないと悟ると今度は地底世界の妹君にターゲットを移した。

 

??「あなたは来ていたのね。他は?」

 

 しかしこちらは浮かない表情をして返信なし。これでは輪に入れないと他の者に助けを求めようとするが、その場の皆が皆前の二人同様に地に視線を落として「我関せず」を決め込んでいた。中には口を押さえてだんまりを決め込む者までも。つまり彼女、来て早々仲間外れなのである。(あせ)る彼女、何とかしてきっかけを作ろうと高速でプランを練り直す。

 と、そこへ……。

 

  『じゃんけんぽんッ』

 

 周囲の話し声に混じりながらも、確かに届いた楽しげな声。

 

??「ゆ・で・た・ま・ご」

 

 一歩一歩を正確に進む軽快なリズム。

 

  『じゃんけんぽんッ。あいこでしょッ』

??「マ・ヨ・ネ・ー・ズ」

 

 視線を移せば嫌でも目に入る光が反射し、

 

  『じゃんけんぽんッ』

??「ね・た・ま・し・い」

 

 キラキラと眩しく輝く二つの黄色い頭。

 

  『じゃんけんぽんッ』

??「や・き・ざ・か・(ニャ)! アタイの勝ちニャ」

 

 勝利者の証、ガッツポーズ。そして、徐々に姿を現わす

 

??「あなたも龍を? まだいたのね」

??「ええ、ですからあなたに飼育する上でのアドバイスを頂きたくて」

??「いくつくらい?」

??「生後20年くらいだと思います」

??「じゃあまだまだ若いわね。大変でしょ?」

??「はい、ですから噛み付いて来たり、暴れ回ったりと……。今日も朝の(えさ)を与えに行ったら()えられました」

??「そういうの私も覚えがあるなー」

 

 薄紫色の頭と、二つのお団子をのせた桃色の頭。会話は聞こえないにしても、彼女の瞳にはしっかりとその二人の姿が鮮明に映し出されていた。

 

  『!!?』

 

 その一瞬、両者の視線が一直線上で重なった。

 

??「兎さんその方の後頭部ッ!」

 

 この声に真っ先に反応したブレザー兎。素早い回転で背後を視界に映すと、新参者の服を(つか)んで強引に引き寄せた。

 

??「どういうつもりですか!?」

 

 今ブレザー兎の腕の中にいる新参者の頭部があった位置には、

 

??「いきなりあゆみに何するウサ!」

 

 スラリとした美しい左腕が

 

  『紫(様)ッ!』

 

 スキマから死神の鎌の様に不気味に伸びていた。

 




次回はヤツのお話です。しばらく出ていませんが、何処に行ったんでしょうね。


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【やってきたぜ!幻想郷】嫁候補八人目_※挿絵有

 身支度を終え、帰宅を開始したオタクとおかっぱ頭だったが、ゴンドラの扉は現在故障中。そこで守矢神社一同で二人を人里まで送る事に。ここまで来れば白玉楼まではすぐである。

 

海斗「そいじゃおっじゃま〜」

 

 スマホのバッテリーも、お腹も心も満たされ、上機嫌のお調子者。食事中は巫女の手料理に「ヤバイ」を連呼し、感動の涙を流しながらわしわしと食べ進めていたそうな。

 

妖夢「どうもご馳走様でした。ご飯とお土産まで頂いてしまって」

 

 もちろん自分達の主人のご飯も忘れずに。さらには神社への貢物(みつぎもの)の余りではあるが、菓子や果物といったお土産付きと、至れり尽くせりである。

 

諏訪「いいのいいの。私達じゃ食べきれないし、そっちには底なし胃袋の主人がいるんだから」

神奈「その分信仰してくれればいいよ」

早苗「これからも守矢神社をよろしくお願いしまーす」

 

 だが営業は忘れない。

 「これで別れの挨拶は終わり」と誰もが思ったその時、不意にオタクが

 

海斗「そうだ早苗、さっき気絶してたから聞いとくぜ?」

早苗「なんですかー?」

海斗「俺の嫁にならない? 幸せの保障はするぜ?」

 

 またしてもやりやがった。

 

神奈「おやおや、今度は早苗かい。これはまた随分といきなりだねぇ」

妖夢「またですか!? 早苗、相手しなくていいからね」

諏訪「海斗が婿(むこ)かー、悪くないかも」

妖夢「へ?」

早苗「嫁になれば……ほ……ほんとに……私の『幸せ』……は……保障してくれるの?」

妖夢「ちょっと早苗!?」

海斗「ああ〜約束するよ〜っ」ニタァ〜ッ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

早苗「だが断る」キリッ

海斗「ナニッ!?」

 

 しーんと静まり返る人里の片隅で、二人は打ち合わせもなしに、いいテンポでやりきった。

 

早苗「ふふっ……」

海斗「くくっ……」

  『あはははははっ』

 

 そしていきなりお腹を抱えて笑い始める二人に、

 

妖夢「え、なに? どういうこと?」

 

 おかっぱ頭はポカーン。

 

諏訪「あー、そういうことね」

神奈「二人共好きだねぇ」

 

 神々は苦笑い。

 

海斗「やっぱ早苗面白いや。また会おうぜ」

早苗「はい、その時は四部について熱く語りましょう」

 

 家事全般をやりながら、本職の巫女として参拝客に笑顔を作って対応する毎日。その裏でコレクションの貸し出しを始め、仲間作りに(いそ)しんできた彼女。数年活動を続けてきて、ようやく話せるようになったのはまだ数人程度。だが名シーンに名台詞、独特なポーズに掛け声、それらを笑いながら共感できるには、普及率はまだまだといったところ。ましてやテンポ良くそのシーンを再現できる者などいるかいないか。そんな中訪れた彼のおかげで、

 

早苗「あーっ、楽しかったー!」

 

 この日彼女は久しぶりに胸の奥から笑っていた。

 

神奈「さて、私も出掛けてくるよ」

早苗「え? 今からですか?」

諏訪「どこ行くの?」

神奈「まあ、ちょっとね。すぐ戻るから先に風呂入ってな」

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 屋敷への最後難所、長い長い階段を上って行くお調子者。さぞ今日一日の余韻(よいん)(ひた)っているのかと思いきや、

 

海斗「……」

 

 無言で真剣な表情を浮かべていた。そんな彼におかっぱ頭が違和感を覚え始めた頃、彼はようやくその口を開いた。

 

海斗「やっぱり早苗達は外の世界から来たのか?」

妖夢「ええ、そうですよ?」

 

 素直に答えるも、彼女の違和感は深まる一方。教えたわけでもないのに、この世界の事をペラペラと語る彼がその事を知らないとは思えなかったのだ。

 

海斗「そんなはずは……ありえない」

妖夢「何がですか?」

海斗「ここって現実なのか? ゲームの世界じゃないのか?」

妖夢「ゲーム? 早苗のところにあったやつの事ですか? そんなことはありません。何処かは言えませんけど、ここは地球にあります」

 

 おかっぱ頭は「何を馬鹿げた事を言っているんだ?」と冷ややかに思いながらも真実を語った。だがそれは彼の顔色をさらに暗いものへと変色させ、彼の口からある事実を告げさせることになる。

 

海斗「幻想郷の事、外の世界にダダ()れなんだ」

妖夢「え?」

海斗「この世界の事、特にみょんに咲夜、魔理沙師匠に霊夢達の事が。どんな人物なのか、どんな能力なのかが。詳しいのは俺だけじゃない、今じゃ多くの人が知ってる。みょん達は俺達の世界ではゲームのキャラクターなんだ」

妖夢「そんな……」

海斗「最初俺がここで目を覚ました時、夢か幻かと思ってた。でも目に映る物、幽々子様に触れた感触が全て本物だった。だから俺は馬鹿らしいかもしれないけど、『ゲームの世界に来たんだ』って考えたんだ」

 

 順を追って説明する彼の推測を彼女は真剣な表情で耳を傾けていた。そして同時に、彼のこれまでのふざけた行いには意味があったことに驚き、感心もしていた。

 だがここまでは彼が導き出した前代未聞の結論までの序章(じょしょう)にすぎなかった。

 

海斗「でもそうなると早苗達の存在に矛盾が生じるんだ。ゲームのキャラクターなのに、外の世界から来たっていうところが。だから『元々ここの出身だったんじゃないか?』とか『そういう設定なだけなんじゃないか?』って考えた。けど……」

妖夢「違ったと?」

海斗「ああ、俺はこれを早苗と諏訪子様に見せ時、一度も『スマホ』とは言ってないし、『最新機種だ』とも言ってない」

妖夢「そう言われてみれば確かに……」

海斗「でも2人共、神奈子様もその事を知っていた。しかも早苗の本棚にあった漫画は全部俺達の世界の物だ。最新刊までだ! これをどう説明する!?」

妖夢「海斗さん落ち着いて下さい。あそこにあった本の多くは、早苗がこっちの世界に来た時から持っていた物です。それに新しい物は紫様に頼んで買われてるそうですよ」

海斗「それだよ、つまりここは現実なんだ。俺達の世界と同じ時間軸で動いている地球の何処かなんだ」

妖夢「ええ、だからさっきもそう言いましたけど……」

海斗「みょん、話を戻すぜ? 俺みたいな幻想郷のファンは外の世界に山程いるんだ、起きた異変も能力も知っているんだぞ?」

妖夢「それってつまり……」

海斗「誰かいるぞ、幻想郷の情報を外の世界にリークしているヤツが」

妖夢「そんなはずはありません! 幻想郷の事が外の世界の者達に知られる事がどれ程危険な事か皆重々承知しているはずです! そんな裏切り行為をする人なんて……」

海斗「でもそうじゃないと説明がつかないぜ?」

妖夢「ですが……」

海斗「みょん、この事は秘密だからな。そんで探そうぜ、その裏切り者を二人だけで」

 

 

ーーオタク帰宅中ーー

 

 

 お調子者が話した事はあくまで憶測の範囲内であり、俄かに信じ難いものだった。だがその反面、説得力がありそうとしか考えられないものだった。眉間に皺を寄せて無言で悩み続けながらも、彼女達は主人の待つ屋敷へと到着した。

 

海斗「ただ今戻りました……って、なんじゃこりゃ!」

 

 そこはもう大惨事。整えられていた庭は荒れ果て、隅々まで掃除が行き届いていた居間の畳は何畳か外され、出発まで綺麗だった屋敷は、中も外もひっちゃかめっちゃか。この状況に大声を出して驚愕する彼とは反対に、おかっぱ頭の彼女は

 

妖夢「あー、やっぱり」

 

 とため息を吐くも、至って冷静だった。

 

海斗「みょん、これどういう事だぜ?」

妖夢「ああいう事です……」

 

 そう答える彼女の指の先には、

 

??「ゆえええええん!」

 

 声を上げて泣きじゃくる小さな影が。

 

子供「おーなーか、すーいーたー。よーむぅ、ごーはーんー!」

 

【挿絵表示】

 

 

 それは年齢で言えば3〜4歳とくらいの小さな子供、だが桃色の髪に水色の独特の服装と、類似点も多く、

 

海斗「何あれ? 幽々子様?」

 

 必然的にそういう結論になる。

 

妖夢「はい、極限にお腹が空かれるとあのお姿になられて、屋敷中を滅茶苦茶に荒らされるんです」

海斗「なんじゃそりゃ……」

妖夢「それじゃあ、私はお風呂の準備をするついでに入ってきますので、後はお願いしますね」

海斗「待った待った、これ全部俺にやらせるのか!?」

 

 お調子者が幻想郷に現れてからというもの、平穏だった彼女の毎日は今やドタバタ劇へと様変わり。あちらこちらに連れ出され、Going my way の彼に振り回され、気苦労が絶えない日々の連続である。だがそのおかげで、

 

妖夢「だから言ったじゃないですか、後片付けがあるって。やってくれるって約束しましたよね? 男には二言はないって言いましたよね?」

 

 彼女は彼の扱いに慣れつつあった。

 

海斗「うぐっ……。みょん、さては(はか)ったな!」

妖夢「さー、どうでしょうね?」

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

海斗「片付け終わんねー……」

 

 荒れた屋敷の片付けが一夜で終わるはずもなく、彼は翌朝も引き続き庭の整備に勤しんでいた。そこへ

 

幽々「今日のお昼ご飯はいっぱい食べるんだから!」

 

 と強く言い切った主人のリクエストに、昨夜のお詫びとして答えるべく、食材の買い出しに人里へと訪れていた。

 一枚のメモに箇条書きに書かれた大量の品に目を通しながら進んでいると、

 

海斗「へぶばっ」

 

 突然地面に顔面を強打。つま先に残る感覚から「何かにつまずいた」とすぐに察知し、視線を戻してみるとそこには、

 

海斗「なんだこれ?」

 

 ポ◯デリ◯グの様な台に乗せられ、三角帽子を被った水晶玉が横になって転がっていた。この物体を目視したオタクの脳内では、

 

1.明らかに人工物

2.高級な物っぽい

3.覚えのある形状

4.落し物

5.つまり……

 

 知識と記憶のパズルがカシャカシャと音を立てながら組み立てられ、

 

海斗「(しょう)ちゃーん、待っててねー! 今届けに行くぜーッ!」

 

 僅か0.1秒で答えを導き出した。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 命蓮寺(みょうれんじ)、人里の近くに建てられた寺である。その道の前は常に掃除が行き届いており、ゴミ一つ、落ち葉一つでさえも存在しない。清潔感にあふれ、実に気持ちがいい。

 ではなぜここまで綺麗でいられるのか? それは、

 

??「\おはよーございまーす!/」

 

 日課を怠らない彼女のおかげ。山彦(やまびこ)幽谷(かそだに)響子(きょうこ)である。そして元気な挨拶、これもまた清々しく気持ちがいい。

 

海斗「おはっ! おじゃまするぜー……☆」

 

 その彼女にサラッと挨拶をすませ、高速で横を通り過ぎるオタクだった。

 

響子「\今のなに?/」

 

 山彦が新幹線の様に通過した彼に、丸い目をパチクリとさせていた頃、

 

海斗「星ちゃんみっけ!」

 

 すでにオタクは出会っていた。大切な物を失い、植木をゴソゴソと探していた

 

星 「何かご用ですか?」

 

 ドジッ虎に。

 

海斗「これ人里に落ちてたぜ?」

星 「それは私の宝塔! よかったー、探していたんですよ。わざわざありがとうございます」

海斗「ちゃんと持ってないとダメだぜ?」

星 「はい……、面目無い」

 

 大切な物を届けてもらった見ず知らずの男から注意をされ、ガックリと肩を落として項垂(うなだ)れるドジッ虎。仲間達から日々言われ続けている事ではあるが、初対面の者であるが故に、この時ばかりはその言葉が彼女の心に深く突き刺さり、いつもより深く反省していた。反省する事は大切な事である。だがその所為で彼女は言ってはならない、余計な一言を言ってしまった。

 

星 「なんとお礼をすればいいか、私に出来る事でしたら()()()()()お申し付け下さい」

 

 それをこのオタクが聞き逃すはずがない。そこへ舞◯にいそうなドジッ虎の部下、妖怪ネズミのナズーリンが特技のダウジングをしながらやって来た。

 

??「ご主人、宝塔の気配が急に近くに……」

 

 彼女はその現場を、その瞬間を目の当たりにした。主人と向かい合う若い男が、親指を立てて

 

海斗「じゃあ俺の嫁になってよ」

 

 と爆弾を投下した瞬間を。

 

ナズ「ちょちょちょっ、ご主人この方は誰ですか? いつからお付き合いされているんですか?」

 

 ダウジンググッズを投げ捨て、慌てて主人に駆け寄るネズミ妖怪。主人の袖を強く引き、説明を求めるが、

 

ナズ「ご主人?」

 

 その本人はそれどころではなかった。

 

星 「ナズ私求婚されちゃった! 家事苦手なのにどうしよう、急いで花嫁修行しなきゃ! それと式を挙げるなら神社になるのかな? ここじゃ出来ないかな? あと暮らすならやっぱりここでみんなと一緒に……でもそうなると夜が」

ナズ「落ち着いて下さい! もう一度聞きますよ? いったいあの方は誰なんですか!?」

星 「宝塔を拾ってくれた方で、名前は……」

海斗「海斗だぜ、末長くよろしくだぜ!」

星 「はい……」

ナズ「はい……じゃありませんよ! なにときめいているんですか! というか名前今初めて知りましたよね!? 初対面なんですか?!」

星 「いやははは、実はそうなんだよ」

ナズ「はいいいいッ!? 初対面でいきなり求婚!? ちょっとあなたどういうつもりですか!」

海斗「どういうつもりって……本気だぜ?」ドヤッ

 

 誇らしげに答えるお調子者。さらに「それに」とだけ呟くと、怒りを露わにする彼女にゆっくりとした足取りで近づき、頭の丸く可愛いらしい大きな耳に

 

海斗「そんなにカッカしてたら、可愛い顔が台無しだぜ? ナーズ」

 

 と優しく息を吹きかける様に囁いた。

 

ナズ「なななななに、なにをー!?」

 

 不意打ちでやって来たくすぐったい甘い囁きに、堪らず赤くなりながら耳を抑えて距離を取る彼女。だが彼から離れたおかげで、すぐに冷静さを取り戻し、

 

ナズ「とにかく! 宝塔の件はありがとうございます。このお礼は必ず致します。ですが、ご主人との結婚の件はご遠慮させて頂きます」

海斗「そっか、ナズがそこまで言うなら今回は諦めるぜ。そいじゃおっじゃま〜」

 

 お調子者の毒牙から主人を守る事に成功したのだった。

 

ナズ「……むかつく」

 

 そう呟く彼女の頬は少し赤みがかっていたそうな。

 

 

嫁捕獲作戦_八人目:寅丸星【歓喜】




【次回:10輪目_恥ずかしい……です】


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10輪目_恥ずかしい……です

??「せっかくの花見なんだze☆? 来て早々もめ事を起こす気か?」

 

 近距離から聞こえて来たスチャッという音に目を向けて見れば、愛用のマジックアイテムを構える白黒魔法使い。この距離で放たれては流石の彼女でさえも直撃は間逃れない。

 

??「せっかく面白い物が見られたっていうのに、穏やかじゃないねぇ」

 

 さらに攻撃的ではないにしろ、冷ややかな視線を送る小さな神。他の者もその二人と同様にどちらかの態度をとっていた。今や彼女の味方をする者などいない。

 

紫 「いやねぇ〜、何を勘違いしているのか知らないけど、私はあゆみちゃんの頭に付いていた花びらを取ろうとしただけよ」

 

 そんな一同に「またまたそんな〜」と手を縦に振りながら笑って答えるも、依然として周囲の目は冷たい。容疑が晴れるどころか、かえって深まる一方である。そこへ、

 

??「イナバ!」

??「悪い、出遅れた」

 

 同じ蓬莱人(ほうらいじん)にして犬猿の仲の二人が彼女の脇を通り過ぎ、兎の下へと駆けつけた。

 

妹紅「ニートの所為で」ぼそっ

輝夜「はあーっ!? あんたが勝手に張り合ってきたんでしょ!」

 

 あいも変わらず火花を散らす二人。だが互いに「敵はこっちではない」とでも思い直したのだろう。勢いと怒りと迫力をそのままに、彼女を正面にして戦闘態勢へ……。

 

  『ぎゃははははッ!!』

 

 かと思いきや、腹を押さえて膝を叩いて大笑い。そんな二人に彼女、「気でもおかしくなったのか?」と首を(かし)げて頭上に『?』を浮かべていた。

 だがすぐそばから聞こえて来る白黒魔法使いのクスクスと笑う声、反対方向へ顔を向けて小刻みに肩を震わす冬期限定妖怪、顔を赤くして必死に我慢する守谷の巫女。さらに高身長の神に至っては「見ていられない」と額に掌を当てて大きなため息。

 彼女は悟った。「明らかに自分に問題がある」と。しかし笑われるような事など身に覚えはない。謎は深まるばかりである。そんな彼女にゲラゲラと笑い続ける二人は、

 

輝夜「そうよね。いくら妖怪で実力があるとは言え……」

妹紅「蓬莱人(私達)じゃないもんな」

輝夜「お肌のお手入れは大変よね」

妹紅「とうとう自覚したか?」

 

 と。加えて二人の後方の薬剤師の頬を人差し指で二度叩く合図。

 

 

ピラ〜……

 

 

 彼女は全てを理解した。()がされた薄く白い仮面の下からは、

 

紫 「〜〜〜〜〜ッ」

 

 頭上で美しく咲く桜よりも色濃く、鮮やかに染まった顔がこんにちは。

 

魔理「あーあ、バレちゃったze☆」

 

 幻想郷の賢者ともあろう者が、創設者ともあろう者が、実力は間違いなくトップ10に入ろう者がなんたる失態、痴態(ちたい)、大失敗。今まで作り上げて来たイメージ、威厳(いげん)、風格が一瞬にして音を立てて崩れ去った。

 こうなってはプランも予定もない。苦し紛れに出した彼女の切り札は、まさかの

 

紫 「『結界』」

 

 けどやっぱりのスペルカード宣言。それに対抗すべく慌ててカードを引き宣言を始める一同。

 

??「『恋符』」

??「『難題』」

??「『不死』」

??「『兎符』」

??「『波符』」

??「『寒符』」

??「『奇跡』」

 

 だが、

 

紫 「『光と闇の……』」

 

 動き始めたのが遅すぎた。彼女の宣言はもう間もなくで終わりを迎えるところ。

 

??「『神具』」

??「『蘇生』」

??「『奇祭』」

 

 一向に宣言を止めようとしない彼女に、さらに遅れて加勢に入る者達。万が一間に合わなくとも、すぐに止められるように。

 

鈴仙「あゆみちゃん、大丈夫だからね」

あゆ「うん……」

 

 この日を楽しみにしていた者をがっかりさせないために、多くの者が集まる花見の席を守るために。

 

紫 「『網目』」

 

 終わる彼女の宣言。だがまさにその瞬間、言い切るが早いか否かの瀬戸際のタイミングで彼女の手に電撃に似た強い衝撃が襲った。(たま)らず手放したカードは彼女の手から離れ、桜の花弁(はなびら)と共に舞い落ちた。

 

??「『ホーミングアミュレット』」

魔理「ふー、間一髪。ナイスタイミングだze☆」

 

 後から宣言のスペルカードではない技。これで何度幻想郷を異変から救って来ただろう。

 

魔理「霊夢」

霊夢「紫あんたねー……ちょっと向こうに来なさい!」

 

 眉間(みけん)(しわ)を寄せ、般若(はんにゃ)の面の『楽園の素敵な巫女』。あと一歩のところでこの巫女が放った札によって妨害された彼女、

 

紫 「はいはい、ごめんなさい」

 

 両手を小さくあげて降参のポーズ。そしてお気に入りの扇子(せんす)を広げて口元で構えると、ブレザー兎に抱きしめられる少女を瞳に映し、

 

紫 「あゆみちゃん、騒がしくしちゃってごめんなさい。それと誤解しないでね。私はあなたに敵意はないわ。あの件も喜んで協力するから」

 

 そう告げると、巫女がお(はら)い棒で指し示す方角へと歩みを進めた。

 

霊夢「あゆみ怪我は?」

あゆ「大丈夫です」

霊夢「そう、よかった。また紫に何かされそうになったら私を呼びなさい」

 

 背を向けてその場を後にする二人。やがて一同の目には届かなくなった所で、

 

魔理「相変わらず何を考えているのか……(つか)めないヤツだze☆」

 

 ぽつりと独り言をこぼす白黒魔法使い。彼女を知る者であれば当然の感想だろう。だが心配に思う事もあるようで……。

 

魔理「あの腕、まだ治らないんだな」

永琳「怪我が怪我だから。完治までにはもう少しかかるわ」

魔理「でもあれじゃ誰かさんとキャラが被るze☆」

 

 白黒魔法使いのこの一言に、大きく同意する一同。「口には出さずとも、思うことは皆同じ」といったところだろう。そこへ心臓破りの階段の方角から現れる

 

??「大丈夫でしたか?」

 

 薄紫頭と

 

??「何かトラブル?」

 

 お団子ピンク頭。

 片や地底世界の長として町民達から頼られ、切磋琢磨(せっさたくま)する幼女体型。片や山でひっそりとのんびりと暮らすスタイル抜群のモデル体型。住む場所も生活リズムも見た目も正反対なこの二人。それでも共通点が一つある。それは両者共動物大好きっ娘であり、多くのペットを飼っているという事。古明地さとりと茨木華扇である。

 

華扇「えっ、なに?」

 

 「(うわさ)をすれば……」と集まる視線にたじろぐ自称仙人。そんな彼女に一同

 

  『別にー』

 

 とだけ。妙な反応に首を傾げる彼女だったが、知った顔を見つけると挨拶がてらに声をかけた。

 

華扇「あら妹紅、久しぶりね。遠足の時以来かしら?」

妹紅「だな。来ると思ってあの時の写真持って来てるぞ。ほらお前のキメ顔写真」

華扇「ちょっと! 今出さなくてもいいでしょ!」

諏訪「寺子屋で遠足に行ったの? ってうわー……」

レテ「私恥ずかしくてこんなポーズ出来ないわ……」

神奈「これはこれは……自分の容姿に自信がないと出来ないねぇ」

輝夜「しかもかなり練習を積んでいると見た」

早苗「モデル志望なんですかー?」

 

 体育教師が取り出した一枚の写真に群がり、中央に映る彼女にジト目を向けて感想をこぼす一同。その彼女は

 

華扇「もう早くしまってーッ!」

 

 と、その場で小さく(うずくま)り、赤く染まる顔を両手で(おお)い隠していた。

 一方少し遅れてやって来た地底の長。現場に到着するや

 

??「お姉ちゃ〜ん!」

さと「おうふっ!」

 

 全力の体当たりのプレゼント。

 

さと「え、何!? こいし?」

 

 だがその姿は姉である彼女には目視出来ていなかった。やがてその姿が見えるようになった頃、彼女の目に映し出されたのは

 

こい「私の能力、消えちゃったのかな〜?」

 

 涙目で(うった)える妹の姿だった。

 

さと「……は?」

 

 

--少女説明中--

 

 

 驚かす。その点だけ言えば少女のイタズラは成功と言える。だがその反面、少女の身に起きた出来事は閉ざした心に深い傷を残す事になった。

 「あのね、あのね、それでね」と事情を泣く泣く語る妹を、彼女は頭を撫でながら黙って聞いていた。時折周りに第三の視線を向けながら。

 

さと「そう、大丈夫よこいし。あなたの能力は消えてないから」

こい「ホント〜?」

さと「本当よ。私だってついさっきまで気付かなかったんだから」

こい「ビックリした〜?」

さと「ええ、心臓が飛び出るかと思ったわよ」

こい「えへへ〜♪」

 

 一方、その二人の様子に「姉妹っていいなー」と温かい目で見守っていた永遠亭御一行。そこへ、

 

??「あゆみ顔真っ白だze☆ 大丈夫か?」

 

 やって来ては鈴仙に抱かれるあゆみの顔を心配そうに覗き込む白黒魔法使い。あゆみは彼女と視線が重なると笑顔を作り、

 

あゆ「全然へっちゃらですよ〜」

 

 とは返すが額に汗を滲ませ、無理をして堪えているのは見るに明らか。そんな彼女に白黒魔法使いは眉をひそめるも深掘りはせず、近くにいた天才薬剤師に

 

魔理「なあ永琳、さっき言ってた『あゆみが特別』ってどういう事だze☆? 何でこいしを捕まえられたんだ?」

 

 生まれた間もない謎の答えを真剣な表情で尋ねた。

 

さと「そのお話、私にも聞かせてくれませんか?」

 

 薬剤師は白黒魔法使いに、覚り妖怪に、その場の全員に全てを話した。あゆみが外の世界から迷い込んだ者である事を、しばらく帰れず永遠亭に居候(いそうろう)している事を、そして目下成長中の能力の事を。

 彼女は外の世界からやって来た少女の事について何か尋ねられるのは、ここに来る前からある程度覚悟していた。肝心な部分は伏せて説明すればいいと考えていた。だが大きな誤算、それが心を読む事ができる覚り妖怪の存在だったのだ。

 やがて彼女の話が終わり、どよめき始めた頃……

 

 

ズドーンッ!!

 

 

 場の空気を一掃するかのような大きな爆発音が上がった。それは花見の参加者全員の耳に届き、目を丸くさせ、一同の会話を打ち切らせ、注意をひきつけさせた。神社の裏から上る小石と砂を含む狼煙(のろし)は一同に異常事態である事を告げ、その場に只ならぬ緊張感を走らせた。

 

魔理「全員その場で構えろ!」

 

 指揮を取る異変解決の常連。マジックアイテムの噴出口をそちらに向け、魔力を集め始める。そんな彼女の目の前にそれは突然放たれた。

 

  『?!』

 

 地面に叩きつけられる鈍い音。そこには両腕を身体ごと(ひも)でグルグル巻きに(しば)られ、イモムシの様に横たわる影。しかもこの者、縛られているというのに、

 

??「ヤマメちゃーん、地底のアイドルのヤマメちゃーん。これ解いてくださーい。山より高く谷より深く反省していますからー」

 

 どこか余裕を感じさせる。口では反省の意を伝えるも、色はない。今まで何処へ行っていたのやら。花見初参加にして本日の要注意人物の一人、

 

  『海斗?』

 

 オタク。

 

海斗「あ、魔理沙師匠。これ解いて下さいよ」

 

 ご指名され「やれやれだze☆」と頭を()きながらお調子者のリクエストに応えるべく、出力先を彼へ向けて魔力の調整を始める『いつの間にか師匠』。目標威力は本気とは程遠い『ため無し近距離マスパ』。だがそこへ

 

??「待った!!」

 

 裁判の開始を告げる声が。白黒魔法使いの正面から現れたのは、お調子者を縛る細くても頑丈な糸の生みの親、蜘蛛姫こと黒谷ヤマメだった。

 

ヤマ「あ、ちょうどいい所に」

海斗「すげぇー! さとりんとこいしまでいる」

さと「ヤマメさん、これはいったいどういう……」

ヤマ「不届き者!」

 

 普段は温厚で優しく、面倒見も良い蜘蛛姫。その蜘蛛姫が険しい表情で、お調子者を犯罪者扱い。その気になる罪状は……。

 

ヤマ「女湯(のぞ)いてたの!!」

 

 お察しの通りである。

 

  『はあああああッ!?』

ヤマ「あとこっちも!」

 

 再び上がる鈍い音。そこにはお調子者と同様の姿で無言の、

 

??「……」

 

 否、耳を澄ませば聞こえて来る

 

??「僕は……僕は……僕は……」

 

 ぶつぶつ音。博麗の巫女を探しに行っていたのではないのか? 花見初参加にして踏んだり蹴ったりの一日になりそうな

 

  『優希!?』

 

 ヲタク。

 




??「『恋符』」
??「『難題』」
??「『不死』」
??「『兎符』」
??「『波符』」
??「『寒符』」
??「『奇跡』」
??「『神具』」
??「『蘇生』」
??「『奇祭』」

それぞれ誰のスペカでしょう。答えは次回に。

【次回:11輪目_話しますです】


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11輪目_オワタです

タイトル変更しました


 どうも、僕です。そしてさようなら。僕の人生終わりました。グサグサと冷たい視線が全身に突き刺さってすごく痛いです。みんなゴミを見る様な目をされているに違いありません。視界は地面で(おお)われいて周囲の様子を伺う事もままなりませんが、きっとそうです。そうに違いありません。もうこのままでいいです、(むし)ろこのままでいさせて下さい。そして土に帰らせて下さい。もう首を上げる事が出来ません。顔向け出来ません。

 

??「優希お前……自分で何をしたのか分かってるのか?」

 

 魔理沙さんのお言葉が僕の小さなハートにザクリ。

 

魔理「そんな事をするヤツじゃないって信じていたのに……。もしアリスが知ったら……」

??「私がなに?」

 

 タイミングは最悪。僕、もう冷や汗がダラダラ。これが悪い夢だと信じたいです。

 

アリ「って優希さん!? ちょっと魔理沙これどういう事!?」

魔理「……」

アリ「魔理沙?」

 

 魔理沙さんの様子がいつもと違う事に気がついたんだと思います。魔理沙さんもしかして泣い……。

 

??「それがさ聞いてよ」

 

 黙り続ける魔理沙さんの代わりに話しを進めるヤマメさん。きっと言うつもりなんです。僕達が覗き魔だって。もしそうなったら僕はアリスさんの家には居られないし、アリスさんまで悲しい思いをさせちゃいます。それだけはしたくない。だから、だから……今言わないと取り返しのつかない事になる。

 

「違うんです、誤解なんです!」

 

 って。でも言ったところで信じてもらえないかもしれないし、下手したら余計に怪しまれるかもしれないし……。

 

ヤマ「実はこの二人がさー」

 

 ま、まずい。言わなきゃ早く言わないと。大きな声で叫ばないと!

 

優希「ち……ちが……」ゴニョ

 

 わあああん! 緊急事態だって言うのになんでこれだけしか声が出せないの!? もうホントこんな自分が大嫌いだ……。

 

??「ヤマメさん待って下さい。その方が何か言おうとしているみたいです」

 

 オワタオワタオワタオワタオワタオワタ……。

 

??「あのー、終わっていませんよー」

 

 お父さん、お母さん。僕が今までお世話になった皆さん、心からお礼を言います。こんな僕に今まで親切にしてくれてありがとうございました。

 

??「なにもそこまで悲観的にならなくても……」

 

 このような形で終わる事になってしまい、申し訳ありません。中途半端ではございますが、これにて東方迷子伝、Ep.6完です。みなさんお元気で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

??「もしもーし、勝手に終わらせないで頂けますかー?」

 

 え、なに?

 

??「今はあなたの発言待ちです。誤解を解かなくていいんですか?」

 

 って言われましても、もう言われた後じゃ手遅れですよ……。

 

??「それは安心しで下さい。ヤマメさんに止めてもらっていますから」

 

 どこの誰だか存じませんが、ありがとうございます!!

 

??「どういたしまして。それではどうぞ」

 

 でも僕、口下手な上に注目されると萎縮(いしゅく)しちゃって……。上手く伝えられるかどうか……。

 

??「そのようですね。ですから今回は私がお手伝いします」

 

 何から何までありがとうございます。あの、最後に一つ質問いいですか?

 

??「はい何でしょう?」

優希「なんで僕の考えている事が分かるんですか!?」

??「おー、出るじゃないですか大きな声」

 

 顔を上げた途端にバッチリ目が合いました。細い管が生えた赤い目玉と。

 何これ? 新種のアクセサリー? そういえばさっきこいしさんっていう人もしていたし……。流行ってるんですか?

 

??「これは私の第三の目です。これで人の考えている事、心を読む事が出来るんです。申し遅れました。私は古明地さとり、覚り妖怪です。古明地こいしは私の妹です」

 

 さらにそこから声の発信源へと視線を向けると、大きな瞳が僕を見下ろしていました。冷静になって全体を見ると……こいしさんとはあまり似ていませんね。それよりもこの人すごい事を言っていました。人の心を読む? そんな事できるの? でも実際にさっきまで僕は思っただけで会話ができていたわけだし。

 

??「ね、ねぇ。さ、さっき……からいったい何を?」

??「さとりちゃん、みんなにも教えてくれると助かるかなー」

 

 さとりさんの向こう側から聞こえて来る声。「どうしたの?」と尋ねるアリスさんと「みんなに通訳して」と求めるヤマメさん。だと思います。

 それはそうですよね。振り返ってみて下さい、僕は考える事しかしていないんです。ようやく声を出したかと思えば急に叫びだして……完全にヤバイ奴です。

 

さと「そんな事を考えている暇があるのなら、事情を説明した方がいいと思いますが? このままでは誤解されたままですよ」

 

 はい、そうします。

 

さと「それと下手でもいいので発言はして下さい。でないと私までヤバイ奴と思われます。なにより他のみんなには声にしないと伝わりません」

優希「わ、分かりました。(お話しします)

 

 そう、あれは僕が霊夢さんを探しに行ってからの事です――――

 

優希「ぜぇー、ぜぇー、ぜぇー……」

 

 僕は赤い服をターゲットに神社中を走り回っていました。でも「見つけた!」って思っても、それはサニーだったり、フランさんだったり、蛮奇さんだったり、キーボードでセッションしている人だったり、帽子を被って二本の尻尾が生えた女の子だったりと全て外れ。

 残すのは神社の裏だけとなり、そこでようやく見つけました。

 

優希「海斗君?」

 

 を。何処に行ったのかと思ったらこんな所にいました。

 

海斗「どうしたんだぜ? 息は切れ切れで汗は……それほどでもないな」

優希「足もガクブルしてないよ。それでこんな所で何してるの?」

海斗「ここ温泉なんだ。外の世界では『東方地霊殿』って呼ばれる地底の異変が数年前に起きてな。その時の産物なんだぜ。これが湧いた時に異形の者も一緒に地上に出てきて、それで霊夢は『異変だ!』って気付いて魔理沙師匠と地底へと……」

 

 ツラツラと語り始める海斗君。これ長くなるやつだ……。

 

海斗「霊夢サイドはゆかりん、あやや、萃香。魔理沙師匠サイドはにとりとパッチェ。それと……」

優希「あ、うん。ここが温泉なのは知ってるよ。仕事終わりによく使わせてもらったから」

海斗「へー、そうだったんだ。それなのに会わなかったな」

 

 それね。

 

海斗「でな、あっちが男湯」

優希「うん、そうだね」

海斗「こっちが女湯」

優希「そうだね」

海斗「……」

 

 無言になる海斗君に僕『?』。すると同じ言葉が繰り返されて僕、また『?』。それが五回くらい続いた時、海斗君が痺れを切らして

 

海斗「優希は(にぶ)いなー」

 

 と、僕をディスり出しました。

 

優希「ごめんごめん、ホント分からない」

海斗「男の俺が女湯(こっち)側にいるんだぜ? つーまーりー?」

 

 そう言われてようやく悟りました。

 

優希「海斗君まさかのぞ……ふがっ!」

海斗「しーッ! 声がでかい!」ヒソヒソ

優希「ご、ごめん。でも(のぞ)きなんてダメだよ!」ヒソヒソ

 

 犯罪行為に手を染めようとする海斗を止めるべく、僕は説得を試みました。でも、海斗君は人差し指を立てて「チッチッチ」と横に振りながら「そうじゃないんだな」みたいに余裕の表情で、

 

海斗「それはわかってるぜ。覗きなんて低レベルな事はしないぜ」ヒソヒソ

優希「じゃあ何してたの?」ヒソヒソ

海斗「会話を聞いて妄想してる!」

 

 と、胸を大きく張ってものすごくドヤドヤ。「俺はハイレベルなんだ!」って言いたいんでしょうけど、それ……

 

優希「それ盗聴だよね?」

海斗「あっははは、人聞き悪いぜ。()()()()ここを通ったら楽しそうな聞こえて来て、()()()足を止めちゃっただけだぜ? 疚しい事は何もない。だからこうして女湯の前で堂々と立っているんだ」

 

 つまり逆にコソコソやってる方が問題だという事だったみたいです。僕は思いました。「そういう問題? それにたまたまとか思わずとか言ってるけど、どこまで本当なんだろ?」って。そんな僕の疑問を差し置いて海斗君は

 

海斗「ほら耳を澄ましてみろよ」

 

 と目を閉じて全神経を耳に集中させ始め、僕も言われるがまま中の会話に耳を傾けてしまっていました。

 

 

 

 

■     □

 

 

 優雅に日頃の疲れを癒す者達。そこでは皆が同じ姿。地位も名誉も立場も罪をも全て脱ぎ捨て、平等な立場で会話を楽しんでいた。

 

??「椛とあゆみさんに強引に連れて来られましたが、こうして入ってみるとたまにはいいものですね」

椛 「あの……」

??「ホントー。今度から週一くらいで使わせてもらおうかなー」

椛 「先輩方……」

 

 二人の烏天狗の間で顔を赤くして俯く白狼天狗。これには何か理由があるようで……。

 

椛 「も、もう出ませんか? あゆみさんも出ちゃいましたし……」

 

 というのは建前。烏の行水とは何なのか。彼女は湯に入ってからというもの、一向に出ようとしない二人の先輩に付き合わせられ、オーバーヒート寸前だった。ならば湯から出ればいいもの。だがそうしないのは、これにも理由があるようで……。

 

はた「なら椛の負けって事でいい?」

文 「あの方々が来られたら相手をお願いしますね」

 

 そう、これは罰ゲーム付きの根比べ。負けを認めた場合、今日一日身の安全の保障は……ない。まさにDead or aliveの瀬戸際の戦いなのだ。

 一方その反対側では……。

 

 

スイー……

 

 

 湯から首から上だけ出して静かにスイムを楽しむ

 

??「血の池もいいけど温泉もありだなー」

 

 サイズ・並。

 

??「あ゛ー……癒される」

 

 おっさんのような深いため息を吐き、肩に溜まった日頃の疲れを湯に溶かすサイズ・美。そして……、

 

??「もー、いきなりお風呂だなんて……。何も用意してないんだから」

 

 縮こまりながら風呂の(ふち)に腰をかけ、

 

??「二人は髪が短いからいいわよね」

 

 愚痴を(こぼ)しながら膝から下のみを湯に浸す

 

??「私なんて腰まであるんだから……」

 

 サイズ・大仏。

 そうこれは大誤算だった。作戦通りに悩める彼女の背中を押し、天然露天風呂へと連れて来たはいいが、ここでまさかの見落とし。

 これは彼女達が寺を出発した当初には計画されていなかった。花見に向かう道中、彼女の後方で決まった行き当たりバッタリの勢い任せの作戦である。これには作戦を企てる全員が賛成した。だが運の悪い事に彼女と行動を共にしていた者は皆短髪。長くても髪が肩までしかなく、彼女の日々の苦労を察せる者がいなかったのだ。髪を束ねる物が無ければ温泉には入れない。そのまま入ろうものなら髪が水面に浮かび「ワカメ〜」となり、マナー違反となる。

 

村紗「じゃ、じゃあ髪を手でまとめて、上で抑えれば?」

一輪「そ、そうだよ。このまま出たら風邪引くよ?」

 

 この提案に腑に落ちないながらも、グラデーションの髪を手で束ね始める住職。身体を寒さから守っていた腕は解かれ、隠されていたそれは船幽霊達の前に神々しく現れた。

 

  『でかっ!』

 

 突き付けられた現実は、目を見張る二人に格差社会の実態を思い知らせていた。

 

??「わー、(うらや)ましいです」

 

 二人の声に反応して足で湯を掻き分けながら?やって来た狼少女。そう、髪の長い女性は住職だけではない。前述の烏天狗の一人もそうである。だが各々がその回避作を持っていた。烏天狗はいつも束ねているヘアゴムで、そして狼少女の場合は……。

 

聖 「あら影狼さん」

一輪「あんたは用意がいいわよね」

影狼「へ?」

村紗「さっき頭も洗ってたもんね。最初から入るつもりだったの?」

影狼「いえそうではないんです。お恥ずかしい話なのですが、蛮奇に『絶対にお風呂に入ることになるから用意しな』と強く言われまして……。着替えと一緒に渋々用意したのですが、まさかでした」

 

 鋭い先読みをした友人に助けられた狼少女。少し照れながら事情を話していたが、その間気になる事もあったようで……。

 

影狼「あのー、私の体が何か?」

 

 それはきめの細かな肌をした足から始まり、彼女の輪郭に沿って徐々に上へ。女性らしいシルエットの腰を辿り、括れのある腹部を通り、ハリのある胸部を抜け、雫が伝う首筋へ。

 下から上へ、上から下へと繰り返される()めるような視線の往復。やがて二人の視線が一点で動きを止めた。

 

一輪「いや、服の下はけむくじゃらだと思っていたから。それに……」

村紗「私達と変わらないんだなーって。それに……」

  『大きい!!』

 

 そのサイズ・大神(おおかみ)

 

一輪「何が羨ましいよ、もう充分でしょ?」

村紗「影狼ちゃ〜ん? それは私達へのイ・ヤ・ミ・か・な〜?」

影狼「いえいえいえいえ、そんなつもりは……」

村紗「にひひひ、許さーん」

 

 そこから始まる麗しき乙女達の「きゃっきゃ、うふふ」なジャレ合い。「くすぐったい」「重たい」「柔らかい」といった言葉が笑い声と共に飛び交い、時に小さな悲鳴と色を含んだ声が上がっていたそうな。

 




【次回:12輪目_スイッチ入りましたです】


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12輪目_スイッチ入りましたです

□     ■

 

 

 中から聞こえて来た話し声は、

 

優希「ぐはッ」

 

 僕には刺激が強すぎました。

 

優希「か、海斗君これまずいって!」ヒソヒソ

 

 温泉に()かってもいないのに頭から湯気を立たせ、さらには顔面を熱々に火照らせながらも、海斗君の服を(つか)んで「もうやめようよ」って(うなが)したんですが……。

 

海斗「見えるぞ、(ひじり)が体を反らせて髪を束ねる姿が。それなのに綺麗な半円を描くライン、予想以上の大きさ! 見えるぞ、並盛りの村紗(むらさ)影狼(かげろう)を襲っている姿が。それなのに崩れないこのシルエット、実に素晴らしい! 見えるぞ、一輪がお疲れのサラリーマンのように湯に浸かる姿が。それなのに水面上に浮かぶそれは実にふつくしい! 見える、見えるぞ、俺には見える!!」

 

 その海斗君は腕を組んで目を閉じたかと思えば、そのまま空を見上げて脳内バーチャルリアリティから帰って来ようとしません。というか何この謎スキル……。いったいどんな修行をしたの?

 

海斗「あやや達と影狼だけだと思っていたのに、まさか聖達までいるとは。嬉しい誤算だぜ!」

 

 ようやく帰って来てくれました。このチャンスを逃してはいけません。

 再び海斗君に呼びかけをトライしようと決心し、喉の手前まで声を出しかけていたその時、不意に海斗君がポケットをゴソゴソとあさり始めました。やがてそこから出てきたのは……

 

優希「スマホ?」

 

 意外な物に僕の目は思わず点に。だって幻想郷(ここ)では圏外ですし、ましてや夜の明かりを月と火に頼るような所。コンセントなんて見た事がないです。だから僕のスマホはとっくにバッテリーがゼロ。電源ボタンを長押ししても、もう『電池がありませんマーク』すら出ません。0%中の0%なんです。つまり僕のスマホは今や最新技術を集結させただけのただの(かたまり)です。でも……、

 

優希「なんで生きてるの!?」ヒソヒソ

 

 海斗君のは光っているんです! 神々しく。懐かしのブルーライトに僕、たまらず感激。こんなにも明るかったんですね。ちょっと(まぶ)しく感じるくらいです。

 

海斗「早苗の所に行った時にな、充電させてらもらったついでに電池も何個かもらったんだぜ。モバイルバッテリーは常備していたから今でもこの通りって理由(わけ)だぜ。でも前にここに来た時に忘れちまってな。霊夢からもらって即充電してようやく復活だぜ!」

 

 (ほこ)らしげに語る海斗君に僕、心の底から思いました。

 

優希「(いいなぁー)」

 

 って。だってだって電波がなくても役立つアプリに機能が盛り沢山なんですから。ライトに目覚まし、メモ帳に計算機……あれ? 無くても別に困らなくない? あ、でもカメラと音楽再生は楽しめるよね。

 そんな事を考えている僕を差し置いて、海斗君は素早い親指の動きで何やら操作を始めていました。その時は「何をしているんだろう?」くらいにしか考えていなくて、ただその様子を黙って見守っていました。

 でも次に海斗君が取った行動、スマホを高々と(かか)げたポーズ。そこからしばらく経ってようやく気付きました。僕はその機能を使った事がなくて、完全に見落としていました。そう、スマホの隠れた便利機能の一つ『ボイスレコーダー』の存在に。

 

優希「海斗君それは絶対ダメなやつだって!」

 

 僕、海斗君の腕にしがみついて必死の抵抗です。友達が人の道を外れようとしている、黙って見過ごす事は出来ません!

 

海斗「優希、分かってくれ。これは東方ファン代表としての使命なんだ」

優希「そんなのファンじゃないって!」

海斗「拡散なんてしないから、俺のお楽しみにするだけだから」

優希「それでもダメだって!!」

 

 お互い引かず(ゆず)らずの攻防戦。でもそんな時、僕の耳が微かに反応し、反射的に海斗を掴んだまま近くの(しげ)みに隠れました。

 

海斗「なんだ? 急にどうしたんだぜ?」

優希「しーッ、今話し声が聞こえた」

海斗「堂々としていれば問題……」

優希「大ありだよ! 『こんな所でそれ持って何してんの?』ってなるでしょ!」

海斗「まあまあ落ち着けよ。その誰かが来たみたいだぜ?」

 

 徐々に迫る足音と話し声。息を殺す僕達の視界に入って来たのは、

 

??「私ここ始めてなんだよねー」

??「本当にいくの? もう花見始まってるのに?」

 

 二人の金髪の女の子でした。一人は全身茶色で手にタオルを持っていて、お風呂に入る気満々といった雰囲気。でももう一人は手ぶらで、ただなんとなく付いて来た感じです。

 名前も知らない初めて見る人達に「また増えた……」と大変失礼な事を考えている僕の横で海斗君は……。

 

海斗「あれヤマメとパルパルか!?」

 

 このリアクション。これには僕、もう驚きもしません。「知り合いなの?」ともなりません。ただ「やっぱりご存知なんですね」くらいにしか思いません。

 

ヤマ「だって地底の恵みだよ? 一度は利用させてもらわないと。宴会の方がよければわざわざ来なくてもよかったんじゃない?」

パル「嫉妬のにおいがして」

ヤマ「そ、そうなんだ……」

パル「ここまで歩いて来たからエネルギー不足。補充しないと」

ヤマ「意外と距離あったよね。私も足が棒だよ」

パル「結局いなかったね」

ヤマ「うん……、でもきっと大丈夫だよ」

 

 親しげに話すお二人の様子を僕は「こっちに気付かないで」と強く祈りながら見守っていました。その時の僕といったら汗がダラダラ、全身ガクブル、心臓は些細(ささい)な衝撃でも破裂する寸前。そこへ……。

 

 

■     □     

 

 

 楽しそうに(じゃ)れ合う彼女達の様子を笑顔で見守る者がいた。その者は彼女達に声をかけ、「自分は花見初参加で、吸血鬼の少女達下で世話になっている」と簡単に自己紹介を済ませると、髪の毛の事で困っていた住職に、偶然持ち合わせていたヘアゴムを貸す事を提案した。

 これで晴れて心置きなく温泉を楽しめる事になった住職。冷え切った身体を温めようと湯に肩までしっかりと浸かり、ホッと一安心している時だった。

 

??「はい椛の負けー」

 

 (おもむろ)に立ち上がった白狼天狗を指差す今風新聞記者。決着は付いたようだ。だが、

 

椛 「待ってください。何か気配がします」

 

 辺りを見回してそう注意を促した。

 

文 「気配〜? 言い訳にしては苦しいですよ?」

はた「そうそう、()()()なんてして()()()()?」

椛 「違うんです、奇妙な気配なんです。今まで感じた事のない、でもよく知っているような不思議な雰囲気の……。皆さん気を付け下さい」

村紗「なになに? どうしたの?」

文 「なにやら不穏な気配がするそうですよ」

影狼「え、今?」

椛 「はい、警戒はした方がいいです」

はた「本当の事だったらだけどね」

一輪「風呂で不穏な気配、考えられるのは……覗き?」

聖 「一輪やめてよ。気持ち悪い事言わないでよ」

??「聖さん大丈夫ですよ。そのような事をする方は花見(ここ)にはいませんよ」

 

 リラックス空間に走る緊張感。信じる信じないは別として、彼女達は会話を打ち切り、微かな物音をも逃さまいと耳を澄ませていた。

 

 

□     ■

 

 

優希「うわあああッ!」

 

 僕のノミの心臓はあっと言う間に破裂し、口から大きな爆発が上がりました。今までずっとギリギリのラインで耐えていたのに、その導火線に火をつけたのは、

 

??「は〜、超・快・感♡」

 

 和傘を持ってうっとりしているこの子。後ろからいきなり「おどろけーッ!」って現れたんです。そしてそのおかげで……。

 

 

■     ■

 

 

はた「誰!?」

椛 「こんな近く!?」

文 「さすが椛です」

村紗「『撃沈アンカー!!』」

 

 頭上から降って来た青く光る巨大な錨に襲われ、海斗君はX軸方向に、傘の女の子はZ軸方向へ。そして僕は……

 

優希「うわあああぁぁぁ。。。……」

 

 Y軸方向へ。宙に飛ばされてジタバタと足掻(あが)く僕の目に飛び込んで来たのは……ごめんなさい、これだけは言えません。

 するとその後すぐに

 

ヤマ「『キャプチャーウェブ』」

 

 ヤマメさんに捕獲されーーーー

 今に至るわけです。

 きっと温泉にお金を払わないで入っていたから、ここに来て一気に不幸が襲ったんだと思います。あの看板、あながちウソって訳ではなさそうです。今度があればちゃんとお金払おうと思います。今更反省しても遅いかもしれませんが……。

 僕は全部話しました。出来る限りの全力で。

 

優希「と、とぃぅ……なんです……」ごにょ

 

 それでもこんな感じなんですけど……。もうみんなからの視線が怖くて怖くて……。さとりさん……いえ、さとり様がいてくれなかったら全く状況が分からなかったと思います。

 でも……

 

さと「そこに村紗さんがドカーンで、フワッとしてラッキースケベなところをヤマメさんにギュッとキャプチャーウェブだそうです」

 

 言いかたッ! 間違いではないんですけど変に誤解されますよ!! それと説明の仕方もう少しなんとかなりませんかね?

 あ、睨まれた……。嘘です、ごめんなさい。本当に感謝してます。

 そう念を送るとさとり様は「分かればよろしい」とでも言うように二度頷きました。そして補足事項としてみんなに向けて、

 

さと「結果だけ言ってしまえば『見た』という事にはなりますが、これは事故です。友人を止めようとした、そこは評価すべきだと思います。彼も被害者なんです」

 

 そう言ってくれました。

 

ヤマ「そうだったの!? ごめんなさい、今糸を解くから」

 

 徐々に緩まっていく拘束衣、その間もヤマメさんは謝り続けてくれて、完全に自由になった後も合掌しながら何度も頭を下げてくれました。

 謝罪なんてそんなそんな……。僕はヤマメさんに助けられたんですから。あのままヤマメさんが捕まえてくれなかったら僕は……問答無用でフルボッコだったでしょうね。

 

さと「それをちゃんと口に出して言いましょう」

優希「はい……。ヤマメさん」

ヤマ「ん?」

優希「助けてくれてありがとうございま()た」

 

 噛んだー……。

 

さと「噛みましたね。でも言えてましたよ」

ヤマ「なんの事か分からないけど、どういたしまして」

 

 笑って答えてくれるヤマメさん。そのおかげで、

 

優希「みなさん」

 

 僕の中のスイッチがONになりました。

 

優希「ご迷惑をかけてすみませんでした」

 

 深く、より深く頭を下げて謝罪。わざとではないとはいえ、事故とはいえ、白い目で見られるような事になって……

 

優希「申し訳ありませんでした」

 

 僕の謝罪に答える人は誰もいないまま、しばらく辺りに静かな空気が流れました。でもその気まずい空気を断ち切ってくれたのは意外にも、

 

??「大丈夫ですよ。私は最初から分かっていましたよ」

 

 アリスさんでした。アリスさんは頭を下げる僕に柔らかい口調でそう告げると……突然ですがここでご報告です。

 

優希「(あああああアりりりりリすすすスさんの、ててて手がぼぼ僕の手を!?)」

 

 包み込む細くて僕よりも少し小さな手から伝わる優しい温もり。そして込められた力は僕に「元気を出して」って言ってくれているみたいです。きっとそうです! ね、さとり様? ってヤマメさんとなんか話してるし……。

 

魔理「そ、そんなの魔理沙ちゃんだって信じてたze☆? 魔理沙ちゃんと優希の仲だもんな?」

 

 なんでそれを僕に聞くんですか? というか「信じてた」って絶対ウソですよね? 思いっきり疑っていましたよね?

 

魔理「なんだよその目は。魔理沙ちゃんを疑うのか?」

アリ「魔理沙、もう優希さんの事を分かってあげなさいよ」

魔理「アリスまで魔理沙ちゃんを疑うのか?」

アリ「だってあなた本気で怒ってたじゃない」

魔理「うぐっ……」

アリ「優希さんが覗きだなんて……。そんな()()()()()()()()()()()()()()()()でしょ?」

 

 あっれー? アリスさんそれはあれですか? 僕が逃げ腰で、臆病で、度胸がないって言われてます? そうですよね……そうじゃないと分かって頂けませんもんね……ぐすん。

 

アリ「優希さん? どうかされましたか?」

魔理「お前ホント面倒くさいやつだな」

 

 アリスさんからパワーをチャージされ続けているのに、悄気(しょげ)る僕。さらにそこに追い打ちでディスる魔理沙さん。僕立ち直れなくなりますよ?

 

アリ「これ……」

 

 不意にポツリと(つぶや)くアリスさんに「どうしたんだろ?」と少し顔を上げて様子を伺うと、僕の足下にガッツリとロックオン。そこにはさっきまで僕を拘束していた……

 

アリ「うそうそ、何これ? 細いのに凄く丈夫に出来てる。それなのに伸縮性、柔軟性、弾力性が保たれていて加工もしやすそう。魔力の伝達速度は……は、早い!? これなら……これなら」

 

 糸。アリスさんは僕からを手を放すと急ぐようにそれを拾い、独り言を呟き始めました。僕、負けました。糸に負けました。生き物ですらない細くて透き通った糸に負けました。完敗です……。

 

アリ「これ……これあなたが?」

ヤマ「え、うん。そうだけど?」

アリ「お願いこれ頂戴! もっと、もっと沢山!! こんな糸を見た事がないの。生まれて初めて見る最高の糸なの!」

ヤマ「いや〜、それほどでも〜」

 

 拾い上げた糸を握ったまま一気にヤマメさんとの距離を詰めるアリスさん。どうしたのですかいったい?

 

魔理「あー……完全にスイッチ入ったze☆」

優希「あ、魔理沙さん。アリスさんどうされたんですか?」

魔理「あれは一種の病気だze★」

優希「病気?」

魔理「人形と裁縫、特に布と糸の話しになると歯止めが効かなくなるんだze☆」

 

 つまりこういう事みたいです。アリスさんは…………裁縫オタク! なんか凄く共感できます。その話、掘り下げたらもっと面白いのかな?

 

ヤマ「あげるのはいいけど、どうやって糸をまとめるの?」

アリ「ボビンならある!」

 

 ボビンって横から見ると『エ』の字のミシンに使うアレですか? それを常備って……アリスさんかなりの強者(つわもの)ですね。

 

魔理「おいアリス、準備はもういいのか? 間に合わなくなるze☆?」

 

 魔理沙さんからそう言われると、アリスさんはハッとした様子で我に返り、名残惜しそうな表情を浮かべ出しました。

 

アリ「で、でも……」

ヤマ「あとでちゃんとあげるから行って来なよ」

アリ「ぇ、ぁ、うん……」

 

 でもヤマメさんと約束を交わすと、駆け足でその場を後に。

 準備って何だろ? それに最後何で元気なくなっちゃったんだろ?

 

優希「あの、魔理沙さん」

 

 その答えを魔理沙さんに尋ねようとしたんですが、

 

魔理「色々聞きたいかもしれないけど、今はお・た・の・し・み・に・だ・ze☆」

 

 だそうです。ウインクして秘密にされました。たまに不意打ちで見せる魔理沙さんのこういうところ、ズキュンって来てしまう僕は負けでしょうか?

 そして魔理沙さんは「それよりも……」と呟いて視線を僕から移しました。その先にいるのは他でもない、

 

魔理「問題なのはこっちだze☆」

 

 海斗君です。




【次回:13輪目_何考えてるの?です】


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13輪目_何考えてるの?です

魔理「お前は下心あっただろ?」

海斗「いえいえそんなそんな。たまたま通りかかったら、楽しそうな笑い声と話し声が聞こえて来たんで、思わず足を止めてしまっただけですよ」

魔理「でもその声を『スマホ』とかいうのに記録しようとしたんだろ?」

海斗「ちょーっとした出来心なんです。別に『そのためにそこにいた』とか、『前々から計画していた』とかそんなんじゃないんです。ホントホント、深く深あああぁぁぁ……っく反省していますから」

魔理「って言っているんだが?」

 

 そうさとり様に尋ねる魔理沙さん。たぶん海斗君の言葉が本当かどうか確認したかったんだと思います。でもさとり様が海斗君を眺め始めた直後、

 

さと「はああああっ!!?」

 

 顔を真っ赤にさせて大絶叫です。

 

魔理「いきなりなんだよ、ビックリさせるなだze☆」

さと「破廉恥(はれんち)! 卑猥(ひわい)!! ドスケベ!!! ド変態!!!! 頭の中真っピンク! R18の塊!! こんな人の心なんて読みたくないです!」

海斗「酷いなー、俺の本気の気持ちなんだぜ? さ〜とりん♡」

さと「だとしたら大問題ですよ!」

 

 えー……、こんな時に海斗君何考えてるの……?

 海斗君に向けられた周りの人達の目の温度はもう絶対零度です。そこへ遅れて駆けつけて来た霊夢さん、事の経緯を魔理沙さん達から聞くと、

 

霊夢「後でアイツらが出てきたらちゃんと詫びてもらうわよ」

 

 と、真剣な表情で僕と海斗君の両方に。そして、

 

霊夢「アンタは覚悟してオキナサイヨ」

 

 と、拳をバキバキ鳴らして額に血管が浮き出た怖い表情で海斗君だけに。霊夢さん、ほどほどにしてあげて下さい……。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 博麗の巫女を先頭に歩き出す罪人達。向かう先は皆の目が届く場所、神社の入り口である。そこには鳥居が門の代わりに(たたず)み、訪れる者を歓迎してくれる。だが今は罪人を見下ろして威嚇(いかく)しているようにも見える。そこはヲタクがかつて心臓破りの階段を上り、汗を流してヘロヘロになっていた場所。博麗の巫女と初めて出会った場所、彼の幻想郷の暮らしが幕を開けた場所だった。

 

魔理「人騒がせな奴らだze☆」

 

 紅白巫女に連れられて行く二人の男の背を眺めながら独り言。それを拾ったのは近くにいた

 

??「まったくです。それにあそこまでネガティブな方を見るのは初めてです」

 

 片腕を拘束された覚り妖怪。

 

さと「あの二人も外来人だったんですね」

魔理「読んだのか?」

さと「ええ、深いところまで拝見させて頂きました。それで彼、優希さんの事なのですが」

魔理「男のクセにハッキリ話さなくてイラッとくるだろ?」

さと「その事なんですが、どうやら人見知りとかじゃなさそうなんです。対人恐怖症って分かります?」

 

 対人恐怖症、 人を目の前にすると「嫌がれないか」「不快感を与えないか」といった感情が無意識に働いてしまう事をいう。別名あがり症とも呼ばれる。

 この初めて聞く言葉に普通の魔法使いは、

 

魔理「ze☆?」

 

 「なんだそれ?」と首を傾げた。

 

さと「早い話、人との関わりを恐れているんです。特に人前に出たり、注目されたりするのが大の苦手みたいです。それもこれも、あるトラウマが原因で」

魔理「なんだよ魔理沙ちゃん達は何もしてないze★! 疑うなら能力で覗いてみろよ。どんと来いだze☆!」

 

 疑われている。そう思ったのだろう。彼女は身の潔白を証明するために覚り妖怪に胸を向け、「さあ覗け」と堂々と胸を叩いてみせた。

 

さと「そうではなくてもっと前、外の世界での事です。そこでトラウマが……」

魔理「何が原因なんだze☆?」

さと「それは……怖い思いをした。とだけ言っておきます。それで、良ければ彼の治療を私に任せてくれませんか?」

魔理「はあああ?」

 いきなりの提案に呆れ顔にも似た表情。眉を八の字にして「お前が?」とも言いたげである。

 だが覚り妖怪はそんな彼女に御構い無し。片腕を拘束されたまま次の相手を瞳に写していた。

 

さと「少し拝見させて頂きましたが、あなたも何かトラウマを抱えてるみたいですね」

 

 「もう大丈夫だから」とブレザー兎から離れたもう一人の外来人である。

 

あゆ「えっと……」

 

 突然話を振られ、視線を外して困惑する少女。胸の奥に抱える暗く、重たい物の存在を初対面の者に言い当てられる。それは気味の悪い事でしかない。そこへ耳のいい少女の友人が、覚り妖怪の前に盾となって立ち塞がった。

 

てゐ「あゆみに何するつもりウサ!」

さと「誤解しないで下さい。私はトラウマの治療を提案しているだけです。無理強いはしません」

 

 治してあげたいだけ。そう答えるが彼女に向けられた視線には『信用』の二文字は無かった。というのも、

 

てゐ「治療ウサ〜? 医者でもないのにウサ?」

魔理「ましてやお前がだろ?」

 

 相手は超有名腕利き薬剤師と共に暮らす者、疑われて当然である。とは言え、彼女には

 

さと「実績はあります」

 

 これがある。精神、心、記憶の扱いについては右に出る者はいない。

 

あゆ「えーん、ど〜しよ〜」

 

 板挟み状態の少女。二人とも自分の事を思っているだけに、簡単に決められない、断れない。だがそんな悩める少女の所に救いの手が。

 

  『さとり様ー』

 

 覚り妖怪のペット、お燐こと火焔猫(かえんびょう)(りん)と、お空こと霊烏路(れいうじ)(うつほ)である。覚り妖怪は二人に気が付くと、悩める少女に

 

さと「後で伺いますので、その時に答えを聞かせて下さいね」

 

 とだけ言い残し、駆け寄るペット達へ向かって歩きだ

 

お空「さとり様大丈夫だった?」

お燐「さっきの音(ニャ)んでしたのニャ?」

さと「ちょっとね、敵襲とかじゃないから安心して」

お空「うにゅ〜? ヤマメーちゃんさっきお風呂行かなかった?」

ヤマ「まあ色々あってね。今から行くところだよ」

お燐「そうだ、さとり様お風呂行きましょうよ。お酒飲んだら入れませんニャ」

さと「ごめんなさい。私はやっぱりやめておきます」

 

 騒動の結末を見ておきたい。そう思い、片腕を拘束されたままペット達の誘いを断る覚り妖怪。そしてその片腕に視線を向けると、

 

さと「こいしはどうする?」

 

 しがみ付いて離れる様子のない妹に尋ねた。

 

お燐「こいし様いらしてたんですね」

お空「お久しぶり!」

お燐「一昨日会ったばかりニャ……」

こい「お姉ちゃんと一緒にいる」

 

 この返事に肩を落として「えー……」とガッカリする二人、まるで「話が違う」とでも言いたげな様子である。

 

??「温泉に行くの? だったら一緒に行かない?」

 

 そこへ彼女達の会話ん横耳に聞いていた自称仙人が輪の中に入って来た。

 

さと「最後まで見届けなくていいんですか?」

華扇「ええ、あとは霊夢がうまくまとめると思うし、温泉にいる彼女達に事情を話しておかないとね。出て来てから大騒動を起こされたら大変でしょ?」

さと「それもそうですね。温泉にいるメンバーを考えると、確かにそれはあなたが適任かもしれませんね」

 

 その後彼女は自称仙人に「よろしくお願いします」とだけ伝え、共に温泉へと向かう蜘蛛姫、猫娘、卵大好き娘に手を振って見送った。やがて4人の姿が神社の裏へと続く角を曲がり、姿が見えなくなった頃、

 

霊夢「みんなちょっと聞いて頂戴」

 

 博麗の巫女による判決が下されようとしていた。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 霊夢さんは僕と海斗君を鳥居の下まで連れて来ると、みんなにそう切り出しました。そして僕達二人が裏で何をしていたのかを順を追って話されました。その間僕、疲れてもいないのに足がガクブルです。集まる視線が怖いです。

 

霊夢「以上よ。それでみんなにこの二人の判決を下して欲しいの。まずはコッチ」

 

 そう告げると霊夢さんは僕の背中をドンッと押して「前へ出ろ」と合図を送って来ました。というか強引に出されました。

 

霊夢「許す、許さないどっち?」

 

 下される僕の判決。その結果は…………みんな頭上で親指を上に突き立ててGood Job。何これ? どっちなの?

 謎の判決にポカーンとしていると、

 

??「おい優希、みんな許してくれるってよ。こっちに戻って来い」

 

 前列にいた魔理沙さんに呼ばれました。とぼとぼと歩いてそちらへ向かう僕。到着するなり、

 

魔理「よかったな」

あゆ「おかえりなさ〜い」

 

 と、魔理沙さんとあゆみさんが笑って迎えてくれました。でも罪悪感は抜ききれません。霊夢さんにも言われたけど、後で温泉にいた人達にちゃんと謝っておこうと思います。

 

霊夢「じゃあ次はコイツ」

 

 海斗君の番が始まりました。目を閉じたまま空を見上げる海斗君の姿は、温泉の前で見せた脳内バーチャルリアリティに入った時と同じ姿。でもこの時の海斗君からは「全てを受け入れる」といった覚悟が伝わって来ました。

 そして僕の時と同じ様に、周りの人達は拳を作って頭上へ。そこから立てられた親指は……

 

  『ブウウウッ!』

 

 ブーイングと共に地へ向けられ急降下。これってつまり……。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 古代ローマのコロッセオにおいて、過酷な試合を行った剣闘士の生死を観客達が決めていたという。その際、死を与える者に立てた親指を下へ向ける仕草をしていたという。

 今彼に置かれた状況は、死を宣告された剣闘士そのものだった。

 

霊夢「まあ当然よね」

 

 博麗の巫女が彼へと向けた半分程閉じられた視線冷たく、目尻は切れ味の良いナイフの様に鋭く研ぎ澄まされていた。

 

海斗「仕方がないか。でもworstは避けられたから良しとするか」

 

 だがそんな状況下にも関わらず納得したような、それでいて嬉しそうな表情を浮かべる彼。どこか余裕すらも伺える。

 

霊夢「チャラ男、あんたいったい何を考えてるの?」

海斗「なーんにも。強いて言うなら……霊夢、嫁にならない?」

 

 性懲りも無く嫁の勧誘に精を惜しまないお調子者の彼に「またそれか」と大きくため息を吐く博麗の巫女。感のいい彼女でさえも彼のペースにはお手上げといったところだろう。それでもこの場をまとめ、一連の騒動に終止符を打たなくてはならない。

 彼女は掌を上にして彼へと突きつけると、

 

霊夢「一先ずそのスマホとかいうの、預からせてもらうわ。出しなさい」

 

 問題となった精密機器を「よこせ」と命じた。

 

海斗「出せって言われてもなー……。これじゃあ両手が仕事出来ないぜ」

 

 しかし彼は只今絶賛『中身の長さを間違えたカッパ巻き』の(ごと)し。蜘蛛姫の糸で縛られたままである。

 

霊夢「もう、じゃあどこにあるのよ?」

海斗「ズボンの右ポケットだぜ」

霊夢「まったく面倒くさいわね」

海斗「優しくしてね♡」

霊夢「黙ってなさい!」

 

 彼女は「コイツから取り上げるため」そう自分に強く言い聞かせ、いざ彼のポケットへと手を……。

 

海斗「ギャハハハ。くすぐったい、くすぐったい!」

霊夢「ちょっと動かないでよ!」

海斗「そんな事言われたって、いひひひぃいいい」

霊夢「耳元でうるさい! ん? この固いのがそうかしら?」

海斗「あっ、そこ。そこもっと強く……」

霊夢「イヤぁぁあああッ!!」

 




【次回:】考え中……


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【やってきたぜ!幻想郷】嫁候補九人目

結果、彼の話を。どうかお付き合い下さい。


 武道を(たしな)む者において、朝の鍛錬とはラジオ体操である。眠っている身体を呼び覚まし、ベストコンディションへと(いざな)う。と同時に、筋肉の張りや動きのキレ、バイタリティのチェック。異常がないかを確かめる。

 この日も白玉楼の庭先では朝早くから少女が剣を振るっていた。刃先が空気を切る音、素早く軽快な身のこなし、そして綺麗に一列に整えられた前髪、どれを取ってみてもベストコンディションである事が(うかが)える。

 しかし少女の表情は()えない。その胸の内は雨が降り出しそうな空模様と言ったところだろうか。その雲を生み出したのは他でもない、

 

??「みょーん、俺の方も見てくれよ」

 

 このオタク。

 二人が守矢神社に訪れた日から数日が経過していた。その日彼女が経験した目を疑うような奇妙かつグロテスクな光景、奇想天外ではあるが説得力のある考察は、彼女の中で黒く(ふく)らんでいるのだった。

 

妖夢「わかりました。では初めに……」

 

 それでも彼女は平然を(よそお)う。

 

??「うふふ、これこれ。これが夢に出てきたのよ。いただきま〜す」

 

 縁側で満足そうに梅干し、漬物、唐揚げ、チーズ、卵焼き、納豆をぶち込んだ超巨大爆弾おにぎりを頬張る主人に悟られないために。

 

 

――少女指導中――

 

 

海斗「Do?」

妖夢「すごいですね、昨日指摘ところはもうバッチリです。悔しいですけど……」

海斗「まぁな、自慢じゃないけと運動神経はかなりいい方だぜ?」

妖夢「みたいですね。悔しいですけど……」

海斗「あのさ、なんか怒ってない?」

妖夢「いいえ、だから言ってるじゃないですか。悔しいんです。まさかこうも早く基礎を全て習得されるとは思わなかったので」

 

 教え子がみるみる成長していく。それは指導者からすればこの上ない喜びだろう。だが、その成長の度合いが過ぎていたとしたらどうだろう。注意すれば完璧に修正し、新しい事を教えればそこから試行(しこう)錯誤(さくご)して次のステップに勝手に進んでいく。それはそれで手をかけなくて非常に助かる。だがその反面、手塩にかけるという点では……

 

妖夢「正直つまらなかったです。『私いらない?』って途中から思いました」

 

 である。

 

海斗「そんな事ないぜ、みょんの教え方が良かったからだぜ? じゃないといくら俺だってここまで成長できなかったぜ! みょん先生に盛大な拍手を送るぜ」

 

 出来過ぎる弟子からの突然のプレゼントは彼女の目を丸くさせ、

 

妖夢「べ、別にそんなに(おだ)てても何も出ませんから。そ、それに教え方が良いのは当然です。日々の鍛錬があるからこそです」

 

 その気にさせていた。

 

海斗「それで次は?」

妖夢「今まで教えた事の集大成になります。打ち・払い・引き等を(つな)げて一連の動きを覚えてもらいます。基礎の第二段階です」

海斗「えー、実戦はまだなのー?」

 

 基礎を覚えたばかりにも関わらず、即実戦を希望する無謀なお調子者。いつもなら

「何をバカな事を言ってるんですか」

と師から説教が飛びそうである。だがこの日の彼女は少々違った。煽てられた効果なのか、はたまた成長のスピードが人並み外れた彼を認めたのか、彼女は腕を組んで右の拳を口元へ運び思考のポーズ。そしてその結果、

 

妖夢「ではやってみますか?」

 

 彼の希望を叶える事にした。

 

海斗「手加減なしの本気で頼むぜ」

 

 

--少女支度中--

 

 

 一本の模擬刀を手に向き合う二人。その構えは互いに鏡写し。その光景は少女にとって実に久しぶりのものだった。それは彼女がまだ幼く、剣の道を歩み始めたばかりの時以来――――

 

 彼女にも師と呼べる人物がいた。名を魂魄(こんぱく)妖忌(ようき)、先代白玉楼の庭師にして彼女の祖父である。西行寺幽々子と共に三人で暮らした日々は、浮き沈みのない平穏かつ平和なもの。明るく楽しく、時には(しか)られ、時には鍛錬が上手くいかずに泣きじゃくって。でもそんな時には必ず祖父が優しく頭を()でながら言い聞かせてくれた。

「誰しも初めは上手くいかぬもの。(あせ)らずに自分のペースで成長すればよい」

 と。彼女はそんな祖父が大好きで、尊敬もしていた。そしてその生活にも満足していた。「ずっとこのままいられたら」と心から願っていた。

 だがその日は突然訪れた。祖父の失踪(しっそう)。卓袱台に置かれた一通の手紙には、まだ半人前の彼女に「己の全てを引き継がせる」とだけ。主人は(ひざ)を突いて肩を落とし、彼女は泣いた。(さび)しさから泣いて、泣いて、声が枯れるまで泣き続けた――――

 

 それが遠い日の出来事。

 忘れかけていたその頃の記憶は、鮮明にとはいかない曇りガラス越しの虚像のよう。

 

妖夢「(まさか私がこっち側になるなんて)」

 

 ()しくもその立ち位置は当時の逆、目の前で構えるお調子者はかつての自分といったところ。

 

幽々「懐かしいわね〜」

 

 お腹が満たされて幸せいっぱいの主人、彼女もまた同じ事を考えていたようである。

 

幽々「それじゃあ二人共見合って見合ってー、はっけよーい」

 

 これは剣道である。

 

幽々「のこった!」

 

 主人の合図で足に力を込める彼、さらにそこから習った通りに剣を……

 

海斗「!!」

 

 彼は驚愕(きょうがく)した。まだ刀を動かしていないのに、ましてや身動き一つすらしてもいないのに、

 

妖夢「遅過ぎです」

 

 彼女の剣先が(のど)に触れていたのだから。

 

妖夢「これが私の全力です。いかがですか?」

海斗「無理……(かな)わない。何が起きたのかさっぱりだぜ」

妖夢「そうですか、ちなみに私は海斗さんに教えた事しかしていませんよ」

海斗「えっ!?」

妖夢「それに真剣なら空気を切れる分、もっと早いです」

海斗「マジ?」

妖夢「大マジです」ドヤッ

 

 見せつけられた圧倒的な力の差は、「彼女の練習相手になれれば」そんなお節介から剣の道へと足を踏み入れた彼にとって、あまりにもショックの大きなものだった。今のままでは相手になるどころか、その足下にも(およ)ばないのだから。彼は(ちか)った

 

海斗「(もっとレベルを上げてからにしよ……)」

 

 と。そしてこれが

 

妖夢「(これで分かったでしょう)」

 

 彼女の狙い。

 

海斗「みょん、どうやったらそんなに早く振れるんだ?」

妖夢「鍛錬あるのみです。刀が自分の体の一部と同化するくらいに慣れないと」

海斗「ふむ、刀はお友達という事か」

妖夢「それじゃあ、朝の鍛錬はおしまいにしましょう。お腹空いちゃいました」

海斗「おうよ。ところでさ、みょんには半霊を使った技、スペカがあるだろ? 投げたり文身させたり」

妖夢「ええ、まあ」

海斗「その発展で刀に半霊を宿らせる事ってできる?」

妖夢「刀に半霊を……」

 

 これまで考えもしなかった案に衝撃を受ける彼女。もしそれが可能であるのならば、新しい技の開発、自身のレベルアップへと繋がる。物は試しにと愛刀の一本、楼観剣(ろうかんけん)と半霊を手に……

 

海斗「あ、ちょい待ち。やる時に……:」

 

 助言だろうか。否、

 

妖夢「○.(ソウル).半霊 IN 楼観剣」

 

 入れ知恵。お調子者はやりやがった。そしてやる方もやる方である。

 だがそのおかげで、半霊は溶け込む様に刀へと吸収されると、強力な巫力(ふりょく)と霊力と光を放出し、彼女をシャー◯ンへとクラスチェンジさせ…………るはずがない。

 

 

むにゅ〜〜〜っ

 

 

 それは言うなれば歯ブラシの上に落とされた歯磨き粉。加えて上からの圧力で人が座ったビーズクッションの如く横に広がる。この時、半霊は思った。

 

半霊「(無理に決まってるでしょ!)」

 

 と、だが少女は(あきら)めない。ぐいぐいと押し込み続ける。その都度(みね)の上で暴れながら訴え続ける半霊。

 

半霊「(痛い痛い! やめてやめて!!)」

 

 考えてみて欲しい。5〜7mm程の頑丈(がんじょう)な鉄の板に、人体の急所が集まる体の中心線を押し付けられる。それはもはや拷問である。

 タイミングを見計らってスルリと脱出に成功した半霊。その怒りの矛先は半人、

 

海斗「わわわ、ちょっ……。俺かよ」

 

 ではなく余計な事を口走ったお調子者。

 その後、半人の朝食が終わるまでポフポフ祭は休む事なく続いていたそうな。

 

 

--半霊激怒中--

 

 

 従者の朝食が終わり、少女は後片付けと掃除、洗濯へ。その間お調子者は主人に呼ばれ、二人で主人の部屋へ。

 

妖夢「これでおしまい」

 

 物干し竿に吊るした服を眺めて鼻からため息。これにて家事、朝の部は終了である。

 

妖夢「ん? 海斗さんの服に穴が」

 

 その服は少女が彼と初めて出会った時に着ていたもの。開いた穴は小さく、()えばまた着れる程度なのだが、問題はそこではなかった。

 

妖夢「いい加減に買わせよ」

 

 彼がこの世界に来てからというもの、衣類と呼べる(たぐい)の買い物には一切行っていなかった。というのも、日課の鍛錬に家事全般、その合間を見つけてお調子者の幻想郷観光のガイド、加えて「その服だけで大丈夫?」に対する「大丈夫だ。問題ない」という自信に満ちた回答。故にこの件に関しては疎遠(そえん)状態になっていた。

 ではこの服が物干し竿に掛かっているのなら、今のお調子者はいったい……。

 どうという事はない。彼と共にこの世界にやって来た(かばん)の中には、体操着代わりのTシャツとジャージがたまたま入っていただけの事。彼はこの二着を取り替えながら今日まで生活していたのだった。尚、下着の方については……お察し下さい。

 

妖夢「幽々子様、今よろしいでしょうか?」

 

 「今日こそは」と胸に誓い主人のプライベートルームへ。その返事は、

 

幽々「あらみょんちゃ~ん、ちょうどいいところに。入って入って」

 

 OKではあるが、やや興奮気味で催促するよう。彼女は疑問に思いながらも戸を開けた。

 

妖夢「おじい……ちゃん?」

 

 緑色の(はかま)に白い長着(ながぎ)、そして忘れもしない堂々とした後ろ姿。曇りガラス越しの虚像は鮮明になり、瞳に映る実像と重なり合う。だがそれは酷似こそしているものの、ピタリとは重ならない。

 

幽々「ね、似てると思わない?」

 

 (まが)い物である。

 

妖夢「驚きました。一瞬見間違いましたよ」

幽々「でしょでしょ? さっきのみょんちゃん達を見ていたら懐かしくなっちゃってー。それで海斗ちゃんに試しに着せてみたらサイズがピッタリ、おまけにそっくり」

海斗「みょんのお爺さん、魂魄妖忌ってこんな感じだったのか?」

妖夢「ええ、顔と中身以外は。それに祖父は白い長髪でした。惜しかったですね。特に中身が致命的に違います」

海斗「みょん、そこ二度言うほど重要なのか? そうまで言われると流石の俺でも傷付くぜ?」

幽々「そんな事ないわよ。みょんちゃんが言っているのは歳をとった彼の事よ。私が言っているのは、若い頃のか〜れ〜の〜こ〜と。何から何まで本当にそ〜っくり」

妖夢「おじいちゃんって若い頃中身までこんな感じだったんですか!? 出会い頭に格好つけて『嫁にならない?』って言う方だったんですか!?」

幽々「ふふ、さぁどうだったかしらねぇ? それよりもみょんちゃん、何か用があって来たんじゃないの?」

妖夢「あ、そうでした。海斗さん、今から服を買いに行きますよ」

海斗「服? 服なら今日着ていたのと昨日のが……」

妖夢「あれには穴が空いています。それに寝巻きも兼用だなんてもうやめて下さい。今日という今日は買いに行きますからね!」

 

 出かける二人を見送り、一人縁側の定ポジションにつく主人。思い出されるのは遠い、遠い、(はる)かに遠い日の出来事。

 

 その日も彼女は今と同じ様にのんびりと自慢の庭を眺めていた。暇、退屈、刺激が欲しい。当時の若かりし彼女はそんな事を思いながら庭を眺めていた。そこへ突然駆け寄って来た二本の刀を腰に装備した若者。彼は彼女の前で急ブレーキをかけると、サムズアップで自身を指し――――

 

幽々「己の主人(あるじ)にならぬか?」

 

 記憶と共に(こぼ)れる独り言。彼女はそう呟いてくすりと笑うと、

 

幽々「いやんいやん♡ 海斗ちゃん変な事まで思い出せちゃって〜。その気になっちゃうじゃな〜い。みょんちゃんには悪いけど〜」

 

 (ほほ)を染めてその場で激しいくねくねダンス。

 

??「何やってるのよ?」

 

 だが背後からの声でそのダンスはピタリと止まった。

 

幽々「何よ、紫」

紫 「例の彼、この前守矢神社に行ったそうね」

幽々「そうよ、だから何?」

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

妖夢「……遅い」

 

 衣類を選んで買って来るだけだというのに、待たされる事かれこれ一時間。彼女は店の外で雑念を断ち切る様に素振りに勤しんでいた。

 二人が選んだ店、そこは人里から離れた普通の女子はまず入りたがらない店。この店をチョイスした理由は明確。「和服じゃなくて洋服がいい」といったもの。実に簡単である。

 

妖夢「もう限界ッ!」

 

 (しび)れを切らし、ピエロと白スーツのお爺さんが並ぶ扉へ手をかけて大きく深呼吸。そして意を決して扉を開けて店の中へ。

 

妖夢「海斗さん何やっているんですか!」

 

 そこには、

 

海斗「あ、みょーん。ヤベー、ここヤベーわ。マジッパネーわ」

 

 椅子に越しをかけて全身脱力状態のオタクと、

 

??「あははは、分かる人で嬉しいよ」

 

 同じ価値観の客に嬉しさのあまりキラキラの笑顔で会話を楽しむ収集癖の店主が。

 幻想郷の何処かにある『無縁塚』。そこは異世界で忘れられた物が流れ着く場所。そしてこの店の店主、森近(もりちか)霖之助(りんのすけ)の仕入れの地。そう、ここは異世界の物が並ぶ外来人御用達(ごようたし)のお店、

 

妖夢「服はどうしたんですか。早く買ってここから出ましょうよ」

 

 香霖堂(こうりんどう)。またの名を

 

海斗「えー、もう少しいいじゃんか。俺ここスゲー気に入ったぜ。マジ(なご)むわ、実家に帰った様な安心感だぜ」

 

 ゴミ屋敷。

 

妖夢「はああああッ!?」

 

 彼女が声を荒げるのも無理はない。だがこのイケメン、容姿こそいいものの掃除や洗濯、家事全般が大の苦手。というよりもやらない。実家の部屋は常に荒れ放題。友人が訪れても片付けようともしない。さらに翌日の服を寝巻き代わりにするという破天荒ぶり。そして二次元しか愛せないオタクにして汚タク。故に外の世界で彼は男子の間で密かにこう呼ばれていた。『イケメン・オワタ』と。

 

 

--少女清算中--

 

 

 お金を叩きつけるように支払い、リラックスモードの汚タクの手を引いて店を後にした少女。本日の夕飯の買い物をしようと人里へ。そこまではよかったのだが……。

 

妖夢「あー、もうッ!」

 

 遅れてスタートを切る彼女。ストレス、苛立ち、「またか」という呆れ。それらが合成された結果、彼女の額には交差点のマークが浮き出ていた。

 赤い袴に白く長い髪、周囲を威圧する様な鋭い目付き。それでも寺子屋の面倒見のいい頼れる体育教師。彼女がそのフルーツタルト中毒者に気付くよりも早く、

 

海斗「モっコたーん。嫁にならないぃぃぃーーー……☆」

 

 彼はトップスピードでスタートを切っていた。

 

妹紅「い、いやあああぁぁぁーーー……☆」

 

 その声、らしからぬ甲高(かんだか)い乙女の悲鳴。高速で迫る正体不明の変質者に、直感的に進行方向を反対に向けて逃走開始。

 その後しばらく三人による鬼ごっこが続き、種目がかくれんぼへと変わった頃、彼は次なるターゲットを見つけていた。上機嫌に鼻歌を歌いながら歩く、買い物帰りの幸せ兎を。

 

海斗「て〜ゐ」

てゐ「な、何か用ウサ?」

 

 顔を覗き込む様にして声をかけて来た変質者に、一歩後退して超警戒態勢。兎の勘、それが彼女に知らせていた。「コイツには関わるな」と。

 だがそれは遅かった。彼女がもっと早くそれに気付き、無言のまま走り去っていれば違った未来もあっただろう。

 

海斗「ほぉー、語尾にウサと来たか。予想通りだけど、意外性はあまりないな」

 

 幸せ兎、ワンアウト。

 

海斗「兎キャラには鈴仙の他に鈴瑚(りんご)清蘭(せいらん)もいるしなー」

 

 幸せ兎、ツーアウト。追い込まれた彼女は、

 

てゐ「ひどいウサああぁぁぁ……。。。☆」

 

 「もうこれ以上はごめんだ」と涙を流しながら渾身の振り逃げ。

 その様に呆気に取られ、一人残された汚タク、「まいったな」と頭をかきながらその胸の内を呟いた。

 

海斗「可愛らしくてピッタリだと言おうと思ったのになー」

 

嫁捕獲作戦_九人目:藤原妹紅【逃亡】

 




魂魄妖忌、原作設定と大きく異なりますが、今に始まった事ではないですし、まあいっか。


【次回:咲き始め_遅刻者です】
次回でこのエピソード最終話です。


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1/2分咲_遅刻者です

このEP.最終話です。
短く感じるのは、前のEPが長すぎた所為です。




そして10輪目の答えを忘れてました。

恋符 : 魔理沙
難題 : 輝夜
不死 : 妹紅
兎符 : てゐ
波符 : 鈴仙
寒符 : レティ
奇跡 : 早苗
神具 : 諏訪子
蘇生 : 永琳
奇祭 : 神奈子

簡単すぎましたかね?


 海斗君のズボンのポケットに手を入れて悲鳴を上げたと思ったら……。

 

霊夢「『パスウェイジョンニードル』」

霊夢「『封魔針(ふうましん)』」

 

 刺さった場所に風穴を開けそうな五寸サイズの太い針が、横殴りのゲリラ豪雨の様に降り注ぎ……かと思えば、

 

霊夢「『博麗アミュレット』!」

霊夢「『マインドアミュレット』!」

霊夢「『妖怪バスター』!」

霊夢「『エクスターミネーション』!」

 

 赤、青、黄色の無数のお札が巣を壊されて怒り狂った蜂の大群の様に襲いかかり……かと思えば、

 

霊夢「『ブリージーチェリーブロッサム』!!」

霊夢「『ヴァカンスの生命』!!」

 

 ブーメラン形の光弾が連射機能付きの散弾銃の様に発射され、

 

霊夢「『陰陽玉(おんみょうだま)』!!!」

 

 巨大で重そうな陰陽印の球体が隕石の様に落下し、

 

霊夢「『よくばり大幣(おおぬさ)』!!!!」

 

 おまけにお(はら)い棒が(むち)(ごと)くビシャンッと……、もう容赦(ようしゃ)無しの滅多打ちです。

 着弾と同時に巻き上がる煙はターゲットの海斗君の姿を隠し、無事なのかどうなのか、ましてや存在の有無すら確認できません。

 マジで海斗君がヤバイです。みんなドン引きしています。隣の魔理沙さんなんて

 

魔理「アレは無事じゃすまないze★……」

 

 って心の声が出ちゃってます。僕の心配度数はMAXを超えて恐怖へと変換され、全身は震度3の揺れを発生。

 やがて休む事なく続いていた爆発音が消え、霊夢さんが(ひざ)に手を付いて「ぜぇぜぇ」と肩で息を始めた頃、残されていた煙が風に乗って飛ばされ、徐々にその全貌(ぜんぼう)が明らかに。

 地面には所々黒く変色した糸が切れ切れになって丸い陣を描き、その中心部には……

 

さと「普通じゃない」

てゐ「やっぱりアイツおかしいウサ」

アリ「人間……よね?」

優希「海斗君!?」

海斗「ザ・イリュゥゥウウウジョンッ!」 

 

 両手を上げてYの字でドヤ顔を決める海斗君の姿が。無傷です、元気です、いつも通りです。

 

海斗「みなさん、ショーは楽しんで頂けましたか?」

 

 「Shall we  dance?」とでも言うように、紳士的なお辞儀をする海斗君に僕も魔理沙さんも、他のみんなもポカーン。でもしばらく経つとチラホラと周りから拍手が起こり始め、中には「おー」という歓声までも。

 なにこれ、仕組まれてたの? どこから? もしかして全部?

 

海斗「ナイス演技だったぜ霊夢。アドリブもGJだったぜ。んー、でも服がボロボロになっちゃったな。もうちょっとコントロールしてくれよな」

 

 興奮しているからか、そんな種明かしが僕の所まで聞こえて来ました。周りからは「なーんだ」と声があがり、それぞれが笑顔を浮かべながらまた花見の席へと戻っていきます。

 えーっと、つまりはそういう事だったみたいです。だとしたら巻き込まれた僕は何なの? 今日厄日なの?

 

海斗「じゃあやる事はやったし、俺も花見を楽しむとするぜ」

霊夢「待ちなさいよ」

海斗「ん? まだ他に用でも?」

霊夢「チャラ男あんたいったい……」

 

 僕も席に戻ろうとしたのですが、二人がまた何かを話し始めているのが目に()まり、足を止めて見入っていました。最初は「また何か(たくら)んでいるの?」と思いましたけど、霊夢さんの表情が楽しくなさそうで、怒っているようにも見えて、とてもそんな雰囲気ではなさそうです。

 そんな時です。フラフラとしたぎこちない足取りで、二人に近づく人影が視界の舞台袖から現れたのは。

 

??「あっれ〜? 海斗さんそんな所で(ほんなほほれ)何をされて(何ほはれれ)いるんですか(ひるんれふは)〜? うぃっふ〜」

 

  妖夢さんです。足取りはおろか、呂律(ろれつ)も回っていません。花見始まってまだ全然経ってないのにです。

 というか妖夢さんまでお酒飲むの? ホントこの世界の飲酒年齢事情どうなってるの?

 

妖夢「霊夢もぉ〜、一緒に飲もぉ〜よぉ。顔怖いよ〜」

霊夢「もう酔っ払ってんの? この短時間に、しかもあの騒がしい中でよく平気でそこまでなれるわよね」

 

 肩を組み反対の手の指先で霊夢さんの(ほほ)をツンツンする妖夢さん。楽しそうで何よりですが、そのご本人さんは「ウザッ」「メンドくせー」「HELP ME」感が全面に出ています。でも周りのみんなは見て見ぬ振り。こちらも「関わりたくない」感が全面に出ています。

 

妖夢「ん〜? 今私を笑ったな〜?」

霊夢「(あき)れているだけよ」

妖夢「うっうっ……(ひろ)い。友(らち)()と思ってたのに、そんな事言うなんて(ひろ)いよ。()うせみんなもそう思っているん()しょ?」

 

 顔を両手で(おお)って泣き肩を振るわせ始めてしまいした。

 妖夢さんは酔うと泣き上戸になるみたいですね、覚えたぞ。

 するとそんな様子に見るに見兼ねたのか、鈴仙さんが近付いて行き、

 

鈴仙「妖夢落ち着いて、誰もそんな思ってないから。ね?」

 

 と、妖夢さんの背中を(さす) りながらそう声をかけました。

 うん、今の「ね?」もいいですね。でもアリスさん程の威力はありませんでしたけど。今でも時々思い出すアリスさんの「ね?」。そして「家に泊まって行けば?」の上目遣い。あれはヤバイです、反則です。思い出しただけでニヤニヤが止まりません。あ、魔理沙さんの目が怖い……。

 

妖夢「鈴仙は優しいなー。お礼に()っこしてあ()るー」

鈴仙「え゛っ!? いや、そういうのはちょっと……」

妖夢「ん〜? 来ないなら〜、こっちから行っちゃうぞ〜」

 

 両手を広げて鈴仙さんに飛びつこうとする妖夢さん。もう酒に酔ったセクハラオヤジです。とは言え全ては手遅れ、助けようがありません。

 

優希「(鈴仙さん、無念です)」

 

 次の瞬間、僕は目を疑いました。

 あ……ありのまま今起こった事を話します! 鈴仙さんと妖夢さんの間に、ミニスカメイドの咲夜さんが「はいはい、ストップ」って言いながらいたんです。『現れた』とかじゃなくて『いた』んです。でも一瞬前には間違いなく『いなかった』んです。な……何を言っているのかわからないと思いますが、僕も何が起きたのかわからなかったんです。

 

咲夜「妖夢あなた少し休みなさい」

妖夢「はぁあああ? なん()すか〜? 私はま()()なん()すよ〜? そーれーにー、わたしは前々からあなたに言いたい事がー。うぃっふ」

 

 今度は咲夜さんをターゲットに声を上げて(から)み始めました。僕は人里の居酒屋でバイトをしていますが、酔っ払ってここまで『距離を置きたくなる』というか、『関わりたくない』というか、『面倒くさそう』って思うような人は初めて見ました。ムスッとして無愛想(ぶあいそう)な人とか、陽気になる人とか、すぐ寝ちゃう人とかならいますけど……。

 

霊夢「チャラ男、まさかこれで終わりにするつもりじゃないでしょうね?」

海斗「はて? なんの事やら?」

霊夢「(とぼ)けないで、私を出しにして。他のみんなが良くても、私が納得出来るはずがないでしょ」

海斗「じゃあどうしろと?」

霊夢「反省、ちゃんとしているんでしょうね?」

海斗「そりゃあもう。妖怪の山より高く、大穴より深くだぜ?」

霊夢「なら罰を与えても受け入れるわよね?」

海斗「そりゃあもう」

霊夢「本当にいいのね?」

海斗「そりゃあもう」

霊夢「それじゃあ花見の間、妖夢(アレ)の相手をしていなさい。ずっとよ」

海斗「そりゃあもうぇえええッ!? そりゃないぜ、あんまりだぜ!」

 

 酔っ払った妖夢さんを野放しにして「霊夢さんと二人で何を話しているんだろう?」と思ったら、いきなり目を見開いて大声を上げる海斗君。そしてその海斗君に霊夢さんは「何か文句あんの?」とギロッとした視線で威圧。

 これには流石の海斗君も、

 

海斗「へいへい、分かりましたよ」

 

 両手を上げて降参のポーズです。その後海斗君は笑顔を作ってはいるものの、口元をひくつかせて限界を超えてしまいそうな咲夜さんから、尚も絡み続ける妖夢さんを(なだ)めながら引き離すと、肩を貸してその場から離れて行きました。状況から察するに霊夢さんから「大人しくさせろ」とか言われたんだと思います。

 そしてこれにて僕と海斗君の誤解は晴れて一件落着。

 

優希「(ようやく落ち着いて花見を楽しめる)」

 

 そう思っていました。みんなもそう思っていたと思います。でも……。

 

霊夢「何この感じ!?」

輝夜「まったくこんな時にッ」

鈴仙「てゐ、あゆみちゃんをお願い!」

てゐ「分かったウサ。あゆみこっちに来るウサ」

早苗「あゆみちゃんとてゐさんは私達の後ろに!」

諏訪「神が守ってあげるよーん」

にと「新兵器のお披露目(ひろめ)会といきますか」

咲夜「美鈴、手を貸しなさい」

美鈴「おまかせを」

レミ「フラン、遠慮しなくていいわよ」

フラ「壊していいの?」

パチュ「敵……ならね」

蛮奇「……今のところ敵意は確認できない」

ナズ「ご主人、宝塔は?」

星 「ちゃんとここにある」

紫 「この気配に覚えのある者は?」

神奈「さあねぇ」

幽々「私も初めてね」もぐもぐ

永琳「呑気(のんき)に食べてる場合じゃないでしょ……」

妹紅「お前達は避難しろ!」

チル「大ちゃんあっち!」

大妖「リグル、ルーミアちゃんをお願い」

リグ「ルーミア急ぐぞ、飯は後だ!」

ルー「そーなのかー?」もぐもぐ

リリ「はーるでーすよー」

レテ「今年の花見はいつになく騒がしいわね」

 

 両手の指と指の間にナイフを(にぎ)る咲夜さんと、腰の刀に手を添える酔っ払っていたはずの妖夢さんを左右に置き、中央で険しい表情を浮かべて階段を(にら)み付ける霊夢さん。さらにその後ろでは慣れたフォームで構える鈴仙さんと美鈴さん。

 周囲を見回せば道具を手に身構える人達が大多数、明らかに戦闘モード。そして自分の力量を知り、避難を始める妖精達。一気に漂う緊張感は「ただ事ではない何かが近付いている」、そう予感させていました。

 

魔理「優希もここから離れろ」

優希「どうしたんですかいったい?」

アリ「優希さん早くこっちに。あなた達も!」

ルナ「アリスさん怖いですー」

スタ「サニーも早く!」

サニ「チルノこっち!」

 

 手を差し伸べるアリスさんに掴まり、サニー達と一緒に連れて来られた先には、

 

響子「\みんないる?/」

ミス「チルノ、リグル、ルーミア、大ちゃん。サニー、ルナチャ、スター。うん、大丈夫〜♪」

 

 声が大きい子とミスチーの他に、無表情の不思議ちゃんと何人かが集まっていて、物陰から様子を伺っていました。みんなが見つめる先、そこはさっきまで僕と海斗君がいた場所の更に先。僕が何度も通い、総量にしてリットル単位の汗を流した心臓破りの階段。

 やがてそこに現れた人は、

 

不思「あの人、里の人かな?」

??「きっと私の演奏を待ちきれなかったのね」

??「はっ、義姉(ねえ)さんの?」

??「いや、私のキーボードの演奏を聞きに来たんだよ」

??「いやいや、私のトランペットの音を」

??「いやいやいや、私のバイオリンの美しい音色でしょ」

??「何を言ってるのよ、私のビートを胸に刻みに来たんでしょ」

 

 右の手首に黒い腕輪。着物を着ているのに、黒いサングラス。僕はオシャレとかカッコイイ服装とかには(うと)い方ですが、これだけは分かります。

 

優希「(すごい変な組み合わせ……)」

 

 だって。でももっと特徴的だったのは被っている帽子。(いかり)のマークがついたその帽子、僕がついさっき見た物と瓜二つ。あれは初対面の僕に親しげに接してくれた村紗さんが被っていた帽子、それと全く同じ物です。

 流行ってんの? だとしてもすごい変です。そしてその人の背中には……

 

変服「博麗神社って……ここ?」

霊夢「そうよ、ここが博麗神社よ。それよりその背中のもの、すぐに下ろしてくれないかしら?」

 

 僕は一度だけ会った事がある。会ったと言っても、その人はあの時寝ていたから、僕の事なんて知らないと思います。そしてその種族が本当にいると僕に強い衝撃を与えた人……というか鬼、伊吹(いぶき)萃香(すいか)さんです。萃香さんは背中の上でぐったりと全体重を預け、動く気配がありません。

 

霊夢「さっさとしなさい!」

 

 萃香さんをおぶったまま微動だにしないその人に(しび)れを切らせた霊夢さん。手にはカードが構えられ、注意は警告へと姿を変えていました。

 その人は霊夢さんの指示に無言でゆっくりと従い、まるで高価な展示品を扱うように萃香さんを鳥居の下、柱に寄りかかるように座らせると、そのままずっと萃香さんを眺めていました。

 

霊夢「離れて、早く!」

 

 二度目の警告。「次はない」霊夢さんの目がそう語っています。僕の目には霊夢さんが構えたカードは警察官の拳銃の様に映り、その向けられた凶器をサングラス越しに(にら)み付けるその人は凶悪犯の様に映っていました。

 

霊夢「あなた、萃香に何をしたの?」

 

 萃香さんから四、五歩前へ進むと霊夢さん達を正面にして仁王立ち。でもそこまで。尋問には黙秘(もくひ)。それなのに身長が高い所為(せい)か威圧感がこっちまで伝わってきます。

 睨み合う二人、咲夜さんも妖夢さんも姿勢を低くし、直ぐにでも飛びかかりそうな緊迫した空気が流れていました。

 そこへ階段を駆け上がる二つの足音が。一人は僕もよく知っている寺子屋の先生、けどもう一人は……誰?

 

誰?「萃香? 萃香! 大丈夫!?」

先生「見せて下さい、これは……」

 

 萃香さんを()すりながら声をかける青い服を着た髪の長い女性と、耳を近づけて呼吸を確認する寺子屋の先生。するとその人は二人へ向けて何か一言二言(つぶや)くと、今度は「余所(よそ)見をするな」といった口調で

 

??「ちょっと」

 

 と声をかける咲夜さんに耳を傾け始めました。

 

咲夜「あなた、ただ者じゃないわね」

霊夢「それにその腕の鎖と気配、萃香やあいつ等と同じね。けどそれだけじゃない。あなた何者なの?」

 

 霊夢さんの質問を聞いているのかいないのか、その人は体こそ霊夢さん達を正面に向けているものの、視線は外側にいる僕達一人一人の顔を確認する様にゆっくりと、じっくりと動かしていました。僕がその人と視線が重なった時間、それはほんの数秒程度だった思います。でも、その間僕は全身を締め付けられるような息苦しさを覚え、脳内は「無理」の二文字で埋め尽くされていました。

 

妖夢「答えなさい! さもなければ斬ります!」

変服「自分は……」

 

 答えようとしたその瞬間、その人の首がピタリと止まりました。

 (こぼ)れるように呟かれる一言、それは誰にも聞こえなかったと思います。もしかしたら声にすら出していなかったのかもしれません。けど、ネガティブで、逃げ腰で、その上困ったらすぐにペコペコ頭を下げる僕だからきっと分かったんだと思います。その人の口は確かに、

 

変服「うおおおおおおおッ!!」

 

 「ごめん」って。

 雄叫(おたけ)びと共にその人から放たれる威圧感は肌にビリビリ打ち付け、僕を瞬時に束縛(そくばく)状態に。そんな中、目に飛び込んで来たのは、数十本という大量のナイフ。さっきの咲夜さんと同様に『現れた』というより、まるで既にそこにあったかのように姿を見せたナイフは、雄叫びを上げるその人へ向かって一直線に飛んでいきます。

 「危ない」「大怪我する」「直ぐにガードを」頭にそんな思いが過ぎる僕に、その音は心配を、情けを、考え方全てを改めさせました。

 

 

バッチーンッ!

 

 

 火薬が爆発した音、鞭で叩かれた音、光弾の当たった音、そのどれでもない音。強いて言うなら、アリスさんがフランさんに放った一発、あの音が力強さと重さと凄みを持ち合わせた音。

 そしてその直後に襲った突風は、(せま)るナイフを瞬く間に吹き飛ばし、

 

妖夢「……ッ、『折伏(しゃくぶく)無間(むけん)』」

 

 妖夢さんが()み込んでからスタートを切るまでに(わず)かな遅延を生じさせ、

 

美鈴「はぁぁあああッ!」

フラ「すぐにはコワレナイデネッ!」

 

 美鈴さんとフランさんに『敵』だと認識させていました。

 迫る三人の実力者、でも彼女達が辿り着くよりも早く、その人は既に次の動作を終わらせていました。

 少し猫背になるように上体を曲げ、力を失った両腕はダラリと前へ。

 美鈴さんにコーチを付けてもらっていたとは言え、色々な構えや技を覚えたとは言え、ほんの少しだけしか武術に触れた事のない僕が言うのもなんですが、あれは身を守る姿勢なんかではないです。その真逆、言うなれば全てを受け入れる『完全無防備』。

 そこからはほん1〜2秒の出来事、目を皿にして呆気(あっけ)に取られていた僕が現実を受け入れた時には、もう既に妖夢さん、フランさん、美鈴さんが倒れていて、

 

変服「――でぇえええッ!」

 

 その人は左の拳を掲げて殴りかかっていました。咲夜さん、霊夢さん、鈴仙さん達の頭の(はる)か上をふわりと飛び越えて。そしてそのターゲットとなっていたのは……

 

幽々「あらあら、こっちに来たわね」

紫 「どうやらあなたに用があるみたいだけど?」

??「みたいだねぇ……。身の程を知れ」

 

 さっき僕と一緒の席にいた

 

??「みんな手ェ出すんじゃないよ!」

 

 八坂神奈子さんです。

 

神奈「『御柱(おんばしら):ライジングオンバシラ』」

 

 迎え撃つ神奈子さんが放った赤いレーザーは全て命中。一方その人は両腕でガードの姿勢を取るも、空中では身動きが出来ずに爆煙と共にそのまま垂直落下。でも地面に体を打ち付ける直前で受身を取り、その場から背後へ。というかこっちに来ました。

 そこへ神奈子さんが進み出てその人の前で立ち止まると、

 

神奈「驚いたねぇ、あれを直撃しても無傷かい。でも何処の誰だかは知らないが、立場を(わきま)えよ。今のその姿勢、それが神への正しいあり方だ!」

 

 まるで(ひざまず)いた姿勢でいるその人を見下ろしながらそう言い切りました。そして僕はと言うと、口を開いたままポカーン。早速脳内サミット開催です。

 

 ①カミ?

 ②今神奈子さんカミって言いました?

 ③それはあの神様の『神』ですか?

 ④誰が?

 ⑤神奈子さん……が?

 ⑥ええええッ!?

 

 そう結論付いた頃には既に

 

変服「ふざけんじゃねぇッ!」

 

 事は動き出していました。立ち上がり放った強い怒気は、楽しい宴会の場を打って変わって戦場にさせてしまいそうな気配を漂わせていました。

 

??「やめなさい!」

 

 その声の主に救われるまでは。

 

??「あなたを信じて黙って見ていれば」

変服「けどコイツ今!」

??「約束でしょ!!」

 

 僕を誤解から救ってくれた恩人、さとり様です。

 二人の会話から察するに知り合いである事は明らか。そして交わされている内容不明の約束。「いったいあの人は誰で、さとり様とはどういう関係なんだろう?」と思いを巡らせ、その答えを知っているであろう東方博士の海斗君に「後で聞きに行こ」と考え始めた時、冷たい視線が集まるその場に、平然とした表情で歩み出る以外な人。その人は歯をくいしばって悔しそうに(うつむ)く彼のそばで足を止めると、

 

あゆ「あの〜、弟分さん……ですよね?」

 

 顔を(のぞ)き込むようにしてそう尋ねました。

 

てゐ「あゆみ知ってるウサ!?」

 

 さらにその直後、

 

  『若様』

 

 突風の様に現れ、あゆみさんよりも前で(ひざまず)く三人の温泉組。(あや)さんとはたてさん、それに(もみじ)さんです。『弟分』と『若様』放れたこの矛盾する立場の単語に、辺りでは「彼は何者なのか?」といった議論が始まっていました。

 そこへみんなを代表して進んで尋ねたのは

 

??「さとり、アイツは何処の誰なんだze☆?」

 

 他でもない魔理沙さんでした。

 

さと「彼は……」

 

 そこで言葉を詰まらせ、足下に視線を落とすさとり様。「話したくない」そんな雰囲気を漂わせていました。けど、それは許されませんでした。さとり様から離れた所、

 

??「みんなが知りたがっているのに、この期に及んで隠しと通せるとでも思っているのかしら?」

 

 そこから扇子(せんす)を広げた紫色のワンピースドレスを着た女性は、挑発的にそう尋ねると、さとり様は睨み付ける様に三つの視線を……。

 

??「おっと、させませんよ」

??「ごめんな(しゃ)い、命令なんで(しゅ)

 

 しかしそこへ視線を(さえぎ)る二人が。一人は僕がさっき見かけた赤い服を着た猫みたいな女の子、そしてもう一人は黄色いふっさふさな毛並みの尻尾が一つ、二つ、三つ……九つ。

 まさか某忍者漫画の主人公の中にいたアレじゃないよね……やっぱり後で海斗君に聞いてみよ。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 正直言って邪魔ですね。あ、ご挨拶が遅れました。古明地さとりです。

 私の前に立ちはだかるこの二人、主人の心を読ませないための盾という事でしょう。そしてこうまで近づかれてしまっては……。なるほど、確かにこれではあなた達二人の心しか読めませんね。賞賛に値します。

 

さと「さすが賢者様、手回しがいいですね」

紫 「話をはぐらかすつもり? 話してもらうわよ」

 

 こんな事になるのならお燐とお空に、彼女の式神達の相手を頼んでおくべきでした。反省。

 

さと「チェックメイト、ということですか」

 

 完全に追い込まれました。

 

さと「あれから(およ)そ5年……か」

 

 あの時から隠し続けられた事の方が奇跡と考えるべきでしょうか。

 

こい「お姉ちゃん?」

 

 こいし、大丈夫だから。心配しないで。

 

さと「お話しします、彼が何者なのか」

 

 でもそれを語る上で伝えなければならない事があります。

 

さと「それと地底世界で起きた異変の全てを」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あゆ「ね〜チビウサギちゃ〜ん。私ずっと数えてたんだけど〜」

てゐ「分かってるウサ。あゆみの言いたい事、よーく分かってるウサ」

あゆ「……」

てゐ「……」

あゆ「この人数だと〜」

てゐ「足りないウサ……」

あゆ「ど〜しよ〜」

 

幻想郷の花見_集合編  【完】

 




ここまで読んで頂き、
本当にありがとうございます。

一先ず【幻想郷の花見_集合編】は終わりです。
ですが花見はまだ始まったばかり、
集合編があるという事は……。
ですがその前に、
どうしても避けては通れないEpがあります。
それが次章になります。
正体不明の『変服』、誰でしょう。
『地底世界で起きた異変』、何の事でしょう。
はい、包みも隠しもしません。
次章のタイトルは

【Ep.7 東方地霊殿】

です。
とうとうここまで来てしまいました。
そしてようやく初めて書く異変になります。
どうか温かい目で見守ってください。


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MAIGO○

次章の前に、一話お付合い下さい。



カキカキ[ひっさしぶり〜☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆]

 

 感極まり本番用に筆を走らせてしまった沈黙(ちんもく)()いられた少女。あれから苦節六十四話、悲願の再登場である。なにも64(ムシ)をしていたわけではない。

 

??「サグメ急いで」

 

 だがその喜びの余韻(よいん)(ひた)っていられたのも(つか)の間、「やるからには本気で」と固い意志を持った真面目な妹姫からの催促(さいそく)(あわ)てて走り出す。

 

 

コンコン

 

 

 一枚のガラスを隔てて向こう側、そこにはLEDとスイッチが多数配置された機材が置かれ、部屋の大半を占拠していた。だがその狭い空間の一角で、こっくりこっくりと舟を漕ぐ者が。編集担当兼、技術担当のドレミー・スイートである。

 少女、ガラスをノックして「起きろ」とメッセージを送ってみるも、反応がないどころか状況は更に悪化。中からイビキまで聞こえてくる始末。(あせ)り始めた少女のノック音は激しさと強さを増し、ついには

 

サグ「寝るな」

 

 ギリギリのラインで渾身の一声を放たせた。これには夢の世界の管理人、体を大きくビクつかせ現実の世界へカムバック。

 

カキカキ[中継ッ! 切り替えてo(`ω´ )o]

??「にししし。ドレミー様寝ちゃダメですよ」

ドレ「あー……、はいはい」

 

 本番中であるとはいえ、眠りを妨害(ぼうがい)されて不機嫌極まりない。だが途中で投げ出してしまっては、契約はその場で破棄(はき)されてしまい、目的は達成されない。全ては水の泡となってしまう。

 

ドレ「あと少し……あと少しで……」

 

 スイッチに伸ばす震える手は疲労の(あかし)。「もう一踏ん張りだ」と涙ぐましい姿で画面を現場へと切り替える。

 ここは月の都の特設放送局。そしてこれは月面から幻想郷へお知らせする情報番組にして、気紛れ姉姫によって企画された暇つぶし。略称は『MAIGO』。夢の世界でも休息を許されないブラックな職場である。

 

 

□    ■

 

 

??「っす!」

 

 カメラ担当の清蘭(せいらん)から開始の合図。握りしめたマイクを構え直し、カメラに向かって

 

??「はい、レイセンです」

 

 リポート再開。

 

レイ「今日の守矢神社は快晴。気温は27℃と(ふもと)より気温は低いですが、日差しは強いので外でお掃除をする際はしっかりと対策をして下さい。それと守矢神社からお知らせです」

 

 その紹介にリポーターのみを映していたカメラのレンズはズームアウト。センターをやや左へ調整し、緑と黄色のヘアーの少女達を画面に加える。

 

緑色「初詣(はつもうで)厄祓(やくばら)い、七五三、家内安全、健康祈願、合格祈願、恋愛成就はぜひ守矢神社へ」

黄色「これからも守矢神社を宜しく〜」

 

 笑顔で手を振りながら(さわ)やかに営業活動。画面の向こう側に与える印象は良好。ぜひ利用したくなる。

 

??「{はい、ありがとうございました〜}」

 

 月からのお気楽姫からのメッセージで途切れる中継、ここでのリポートはもうおしまい。となれば、

 

清蘭「レイセン急ぐっす!」

レイ「もーっ! 次何処なの?!」

 

 即片付け、そして即移動である。

 そんな兎達を呆然(ぼうぜん)と見送る人妻幼女と、その末裔(まつえい)だった。

 

??「諏訪子(すわこ)早苗(さなえ)も良かったよ。これで参拝客が増える事は間違いないだろうねぇ」

 

 そこへ自宅のTVで番組を見ていた黒髪が。二人の営業活動に確かな手応(てごた)えを感じたのだろう。満面の笑みでご満悦(まんえつ)といったところ。

 

早苗「あ、神奈子(かなこ)様。ありがとうございま〜す」

諏訪「でもあの二人、忘れ物していってるよ」

神奈「それはサービスなんだってさ。月の都のTV番組を見られるようになるんだってさ。ドラマにバラエティ、スポーツにアニメ。どれも外の世界に負けないくらい面白いらしいよぉ」

 

 ここは技術の進歩が(とぼ)しい幻想郷で、唯一(ゆいいつ)近代的な地、

 

諏訪「なんと!? これはより一層TVから離れられなくなるねぇ」

早苗「諏訪子様、神奈子様。TVの見過ぎはダメですからね」

神奈「そんな固い事言わないでさぁ」

 

 妖怪の山の山頂、守矢神社。

 

諏訪「そうそう、TVは一日二十五時間までってね」

早苗「それじゃあ私がいつまで経ってもス◯ブラが出来ません!」

 

 リモコンの争奪戦はデフォルトである。

 

諏訪「いや、それテレビ無くても出来るから……」

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

レイ「ぜぇー……、ぜぇー……。は、はい、こちらレイセン……です」

 

 機材を手に全速力で空を()け抜け、ようやく辿(たど)り着いた次の現場。だがそこに予期せぬ出来事。待ち受けていたゲストに

 

??「あなた達確か初めてよね?」

 

 と(たず)ねられ、素直にYesと答えてしまったところ、まさかの最下段から徒歩でやり直し。おまけに機材ごとといった容赦(ようしゃ)のなさ。おかげで二人の息は切れ切れ、汗はダラダラ、喉はカラカラ、足はパンパン。

 そこへ(すず)しい顔で

 

??「お疲れ様、お水をどうぞ」

 

 と差し出すここの主人にして、彼女達を追いこんだ張本人。小さな賽銭(さいせん)箱というオプション付きで。この時、彼女達は直感的に覚った。

 

  『(これもらっちゃダメなやつだ)』

 

 と。そこへ出番を知らせる通信が。急いで機材セッティングしリポートへと移る。

 その結果、呼吸は乱れたまま、汗は引かぬままで放送開始である。

 

豊姫「{レイセン大丈夫?}」

レイ「は、はい……。なんとか」

依姫「{博麗の巫女、これはどういう事? なんでレイセン達がこうも疲れているの?}」

霊夢「初めて訪れる者は階段を使うこと。そういうルールなの。例え月の都の者とはいえ例外は認めないわ」

 

 お互い顔を付き合わせてもいないのに、視線を交わしてもいないのに火花は飛び散る。そんな中、リポーターとカメラマンは思った。

 

  『半分はあんた等のおかげだよ』

 

 と、頭上にまだギリギリ姿を残す月へ向けて。そう、彼女達も姉姫様の暇つぶしに巻き込まれた者達。夢の管理人と同じ立場の者なのだ。

 その後も続く博麗の巫女と姉妹姫による(にら)み合い。話は月面で起きた争いの事にまで発展し、あわや第三次月面戦争を引き起こし兼ねない程の緊迫した雰囲気だった。そこを仲裁に入って場を(しず)めようとするリポーターとカメラマン。二人が奮起(ふんき)している間、スタジオではあるVTRが流れていた。

 それは人里の居酒屋が昼から大(にぎ)わいしているといったもの。そのVTRの中でマイクを向けられた店の主人は次のように語っていた。

 

店長「若い従業員に『メニューを女性向けの物を増やしたらどうだろう?』って言わたのがきっかけなんだ。そしたら次第に女性客のリピーターが増えて、その上『昼にもやって欲しい』って頼まれてな。簡単な物だけを出す事にしたんだが、それがまた気に入られたみたいで連日嬉しい悲鳴だよ。悔しいがアイツのおかげだな」

 

 と。そしてそこに写し出されていた店の前で列をなす客は、年齢層こそ広いものの大繁が女性だったそうな。

 

清蘭「っす!」

 

 戻る中継。

 

レイ「はい、ではそのお店をよく利用されている博麗(はくれい)霊夢(れいむ)さんに話を(うかが)ってみたいと思います」

 

 マイクを向けられるも機嫌は最悪。ムスッとした表情のまま口を開こうともしない。

 

霊夢「ええ、私もそこでお昼を食べたわ。まだ知られる前だったから並ばずに入れたわよ」

 

 否、そんな事は否。ニッコニッコの明るい笑み。幻だろうか、後光さえ差しているように見える。長引くと思われていた地上 vs 月面の論争だったが、苦労人達の機転により、紅白巫女の機嫌はあっさりと裏返ったのだった。

 

霊夢「美味しいのはもちろん、里の飲食店にしては珍しく見栄えもよかったのが特徴よ。子供受けもすると思うわ」

 

 その際にチャリンと高い音が鳴ったのは言うまでもない。

 

レイ「今では行列が出来るそうですよ。また利用したいですか?」

霊夢「並ぶのは好きじゃないけど、そうね。また行ってもいいかもね。悔しいけど」

レイ「はい、ありがとうございました。現場からは以上です」

 

 

■    □

 

 

カキカキ[ドレっち切り替えて(=^▽^)σ]

 

 それを合図にクマだらけの目を(こす)りながらスイッチに手をかける。あとほんの少し指先に力を込めれば、カチリという音共に画面はこちらへと戻される。

 

??「{ちょっと待ったあああッ!!}」

 

 だがそこへスタジオのスピーカーから怒気が込められた大音量の声が。さらにその声をスタジオのマイクが拾い、アンプが増幅させハウリングを起こし、キーンと不快な音を発生させていた。

 

依姫「無理無理、私この音無理!」

豊姫「ふしゅぅぅぅ……」

 

 両耳を(おさ)えて全身鳥肌になる妹姫に、目を回して口から魂が抜ける姉姫、

 

サグ「うっさ」

 

 そして心の声が直に(こぼ)れる無口な少女。一同が誰もが嫌う音に眉をひそめる中、

 

鈴瑚「に、にしししぃ。悪くないかも」

 

 身震いをしながらも、なぜか頬を赤らめてエクスタシィな兎、

 

ドレ「あ、もう少し頑張れそう」

 

 そしてそのおかげで元気が戻る社蓄だった。

 

 

□    ■

 

 

レイ「いきなりなんですか!?」

清蘭「頭がぶっ壊れるっす!」

霊夢「(とぼ)けないで、約束があるでしょ」

レイ「でも時間がもう……」

霊夢「こっちはそれが目的で出演してあげてたんだから! そっちの都合がどうだかなんて関係ないの、必ず守ってモ・ラ・ウ・ワ・ヨ」

 

 右手の(ぬさ)で指しながらリポーターとの距離を短くしていく紅白巫女。その表情は獲物を前に『待て』を命じられていた肉食獣。だが今その命令は解禁された。待つ理由などない。(しび)れを切らせた肉食獣は、兎達に「絶対に逃さない」と鼻息を荒くし、目を光らせながら近づいたのだった。

 

レイ「ひ、ひぃぃぃっ。は、博麗の巫女さんからお知らせです」

清蘭「巻きで頼むっす!」

 

 (おび)える後輩兎からマイクを奪い、向けられたカメラを正面にし、いざ……。

 

霊夢「初詣、厄祓い、七五三、家内安全、健康祈願、合格祈願、恋愛成就は博麗神社へ」

 

 普段ではなかなかお目にかかれないキラキラの営業スマイル。画面の向こうに与える印象は、ライバル巫女に負けず劣らずの好印象。

 

霊夢「間違っても守矢神社なんかには行かないでね」

 

 だがこれがこの巫女の悪いところ。邪魔者は()落とすスタンス。

 

霊夢「さもなくば、(たた)るわよ」

 

 そしてこれが楽園の素敵な巫女の実態である。

 

レイ「はい、ありがとうございます」く

 

 告知を終えて大満足で上機嫌。「これで明日から参拝客も増える」そうイメージを膨らませているのだろう。

 

レイ「ところで……」

 

 そこへ落とされる一発の爆弾。それは後輩兎にとって何気なく浮かんだ些細(ささい)な疑問だった。

 

レイ「こちらにはどういった神様が(まつ)られているんですか?」

 

 現場にはヒビ割れが起きたような音が上がり、瞬時に戦慄(せんりつ)が走った。上機嫌だった巫女の背後からは

 

 

ゴゴゴゴゴゴ……

 

 

 とドス黒いオーラが上がり、もう噴火寸前。

 

清蘭「レイセン次急ぐっす!」

レイ「お、おじゃましたああぁぁーー……☆」

 

 次の目的地へむけて逃げるように、否逃げ去る二頭の兎だった。

 一方、怒りを発散出来ず残された巫女はというと、

 

霊夢「言ってくれるじゃない。今度会ったらただじゃおかないんだから」

 

 次の出会いを拳をバキバキ鳴らしながら、心から楽しみにしていた。

 

霊夢「まったく、忘れ物までして。だいたい何よこれ?」

 

 ここは楽園の素敵な巫女が住まう場所、博麗神社。

 

霊夢「ご丁寧(ていねい)に神力まで込めちゃって」

 

 そして祀る神が不在の神社。

 

霊夢「さては妹の方の仕業(しわざ)ね」

 

 それ故に参拝客は少ない。

 

霊夢「神の力が宿(やど)った棒……ね」

 

 だからこそ、

 

霊夢「使えるわね」

 

 利用できる物はなんでも利用するスタンス。残されたアンテナを(なが)めてニヤリと笑う素敵な巫女だった。

 

 

■    □

 

 

 次なる目的地へ向け全速力で、自身の最速記録を凌駕(りょうが)するスピードで移動し続ける二頭の苦労人。その頃お茶の間の画面には……。

 

??「{仕事でお疲れの方、ストレスを発散出来ず溜め込んでしまっているそこのあなた! 必見です!!}」

 

 CMが流れていた。

 

??「{朝起きてもスッキリしない、なんて悩んでいませんか? それは睡眠に問題があるからなんです! 正しい姿勢で寝ないと疲労が取れないどころか、さらに悪化させてしまう場合があるんです!}」

 

 そして始まる眠りと夢のメカニズムの説明。

画面から聞こえてくる声に、CGや合成が使われ、やたらと手の込んだVTR。さらにはその気にさせてしまう演出の数々。それもこれも、

 

??「ついに、ついに……ついにこの時がキターーーッ!」

 

 スタジオの隔離部屋で、一人眠気と闘いながらスイッチをパチパチと切り替えていた彼女によるもの。

 

ドレ「{そこでこの安眠枕『スイート・ドリーム』! なんとこの私、夢のスペシャリスト、ドレミー・スイートの開発品。製作のきっかけはある日強引に誘われた暇つぶし。そこでは連日の編集作業。休む事を許されず、〆切にうなされる毎日。そしてついには夢の中でも編集作業。疲れとストレスが蓄積される中、私は前々から研究していた安眠枕に改良を重ね、瞬時に素敵な夢へと誘ってくれる枕を完成させました。これを使えばどんな悪夢からもおさらばできます! 快適な朝を迎えられると断言します! 絶対の安らかな眠りと最高の夢を保証します!!}」

 

 なんと言う事でしょう。この枕は眠りだけではなく、夢まで最高のものを約束してくれるのです。しかし気になるのはやはりそのお値段。さぞお高いことでしょう。

 

ドレ「{そんな事はありません。原価5000のところ今回は『乙姫特急便』による送料無料の二つセットで8000! さらに大ボーナス!! より快適な眠りをお約束する掛け布団もセットです!!! 電話番号は月面フリーダイヤルの○○○○-123(ドレミ)123(ドレミ)です。お電話、お待ちしておりまーす}」

 

 CMは明けた。

 

依姫「それでは最後に迷いの竹林前からです」

 

 それは彼女の深く暗い夜が明けた瞬間だった。

 

豊姫「レーセ〜ン」

 

 その彼女は一人静かに両手でガッツポーズをしたまま、

 

鈴瑚「にししし、ドレミー様おやすみなさい」

 

 真っ白に燃え尽きていたそうな。

 

サグ[ドレっち、乙(-人-)]

 

 

□    ■

 

 

清蘭「もう月が消えるのも時間の問題っす。巻きでいくっす!」

レイ「はい、レイセンです」

 

 残された通信可能な時間は僅か。早口で、余計な事は話さないように。そんな中呼ばれる最後のゲストは……

 

レイ「今は寺子屋は夏休み中という事で、生徒達に来て頂いています」

 

 現在進行形でサマーバケイション中の子供達。

 

レイ「夏休み楽しんでいますか?」

  『はーい』

 

 後輩兎の質問に元気よく答える子供達は大多数。

 

??「んー、あたい達は補習があるからなー」

??「普段とあまり変わらないんだよね」

??「そーなのだー」

??「私がこいつらと同じレベルだなんて……」

??「お勉強難しいですー」

 

 でもなかった。一番エンジョイしていそうな真っ黒に日焼けした氷の妖精を筆頭に、今もなお短縮授業を受け続けている⑨組。これにはリポーター、ただただ苦笑い。返す言葉も見つからない。

 

レイ「それじゃあ補習じゃない子はどうかな?」

 

 「それならこっちはどうだ」と優等生達にマイクを向けてみるが、

 

??「私はチルノちゃん達が終わるまで応用問題をして待ってますから……」

??「起きたら三人分の家事があるし……」

??「私もお店の営業があるから普段とあまり変わらないかな〜♪」

 

 夏期講習中の生徒、主婦に女将と相手が悪かった。

 リポーター、再び苦笑い。欲しいのはこの様な回答ではなかった。そこへ救いの手が。

 

??「わ、私は里の友達と川遊びしたり、花火したりしてます」

 

 差し伸べたのは寺子屋に通う小さな少女だった。ほぼ正解の返事にホッと胸をなで下ろすリポーター。あとはちょっと意外な答えがあれば万々歳。だが「そんなものは見込めないだろう」と半ば(あきら)めかけていた時、

 

??「あ、そうだ」

 

 不意に氷の妖精が何かを思い出したようである。

 

??「あたい達補習の後、お店で働いているんだよ」

 

 あの妖精が働いている。その珍回答に慌ててマイクを向けるリポーター。

 

レイ「え、そうなの? 何のお店?」

チル「えっとねー……」

 

 だが、

 

清蘭「残念っすけどタイムオーバーっす」

 

 放送時間終了。スタジオでは氷の妖精の回答を待たずに終わりの挨拶(あいさつ)が始まっていた。

 

レイ「ごめん、もう月が消えちゃったから放送おしまいなの」

 

 これには子供達、肩を落として「えー」とブーイング。だがこんな事もあろうかと、二頭は既に用意していた。子供はみんな大好き。渡されれば大人でも(だま)る秘策。一部の地域のおばちゃんの半数以上が常備している奥の手。

 

レイ「はい、これ出演料。一人二個ね」

 

 アメちゃん。我先にと差し出されたアメちゃんんに群がる生徒達。言いつけを守り、一人二個ずつ受け取ると、二頭に感謝の気持ちを

 

  「『ありがとうご(じゃ)いました』なのかー、ですー」

 

 みんなで一斉に伝えた。

 

??「やっば遅刻する、急ぐぞ!」

??「おーっ、大ちゃんはゆっくりでいいからね」

??「なのだー」

??「勝手に仕切るな!」

??「へぶっ! ひーん。置いていかないで欲しいですー」

 

 大急ぎで寺子屋を目指す補習組を先頭に、すっかり明るく照らされた人里を目指すゲスト達。数人はその場で別れ、雲も月もない真っ青な空へと消えて行くのだった。皆きらきらの(まぶ)しい笑顔で。

 

レイ「もうくたくたー。でもやる事は終わったし」

 

 この日の幻想郷は晴れ、最高気温は29℃と真夏にしてはやや低め。

 

清蘭「お土産買って帰るっす!」

 

 仕事に遊び、学業にと快適な気候。その上、

 

??「あ〜、やっぱりいた〜」

清蘭「あ、見ていてくれたっすか?」

??「まったく、何やってるウサ」

??「茶番ね、片腹痛いわ」

??「またあの二人に言われてやらされたんでしょ? 今度会ったらキツく言っておくわ」

??「枕はちょっと欲しい……かなー」

レイ「先輩、それならドレミー様にお伝えしておきましょうか?」

 

 今日も平和そのもの。

 

??「でもでも~、面白かったよ~」

清蘭「ありがとっす! 苦労が報われるっす」

??「のんびり話してる場合じゃないウサ。早くいかないとオーナーを待たせるウサ」

??「あいつキッチリしすぎなよねー」

??「だらける姫様にはうってつけですね」

??「あなた達はこれからどうするの? このまま帰るの?」

レイ「ケーキ屋さんでケーキ買ってから帰ります」

 

 MAIGO。幻想郷の今をお知らせする朝の情報番組。それは暇を持て余した月の姫達による気紛れで全力の遊び。次回配信は不透明。




予断ですが、タイトルの後の丸印は「月」を表していました。
そしてドレミー様、本当にご苦労様でした。


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Ep.7 東方地霊殿
始まり_一話目


お待たせしました。新章開始です。
7つめのEpにして初めての異変の話。
そしてまた色々と挑戦したいと思っています。
色々と思うところはあるはずですが、
どうかご了承ください。


??「寒っ……」

 

 その年の冬は例年より気温が低かった。部屋中は冷え込み、暖を取ろうと厚手の上着を羽織って聖地へと向かう。つま先から足をいれ、いざ天国へ。そこへ辿(たど)り着いてしまったが最後。分厚い布団に両手まで突っ込めば、必ず誰しもが心から強く誓うだろう。

 

??「(もう絶対に出てたまるか)」

 

と。押し寄せる安心感と幸福感から(こぼ)れるため息。しかし今はそれさえも白い。ふと視線を外へ向ければ、空からチラチラと舞いながら降り続く冷たい迷惑者。「外へなど出たくない、今はただこのままのんびりとしていたい」そう考えていたことだろう。

 だがその時間は、そう長くは続かなかった。

 

??「またコタツ?」

 

 厄介(やっかい)者の登場に、口から先程よりも真っ白な息を勢いよく噴射(ふんしゃ)

 

??「悪い? 何か用?」

 

 (にら)みつけながら聞き返す。その胸の内は「放っておいてくれ」といったところだろう。

 

??「少しは部屋の片付けをしなさいよ。いつもダラダラと過ごして」

??「余計なお世話」

 

 話をスルーしてダラダラ続行。その様子に(まゆ)を八の字にして(あき)れる彼女をさらにスルーし、目を閉じて寝たふり。「あわよくばそのまま夢の中へ」そう考えていた。

 しかし、それは許されなかった。二号、三号と現れる厄介者達。静かで平穏(へいおん)だった場所が一変、いつもと変わらぬ騒がしい環境へ。説教をしてくる者に加え、相手をしてくれと(せま)る者、立て続けに質問をしてくる者まで。そのおかげで

 

??「あ゛ーもう、うるさい!」

 

 堪忍袋(かんにんぶくろ)()がブチリと音を立てて切れた。寒さを忘れ、怒りにまかせて追い払う、追いかけ回す、暴れ回る。やや散らかっていた部屋は見事にぐっちゃぐちゃ。鬼ごっこをしている中「捕まえるついでに片付けもやらせよう」と当人は考えていた。

 

??「捕まえた!」

 

 まずは一人捕獲に成功。捕らえられた獲物は狩人に一旦落ち着くよう(さと)してみるが、

 

??「落ち着けですって? 人の休息を邪魔しておいてどの口が言うのよ?」

 

 目を血走らせて噴火五秒前。四秒前、三秒前……。

 だがそこに下から突き上げるような大きな揺れが彼女達を(おそ)った。さらにその直後に上がった大きな音は、すぐ近くで何かが勢いよく噴出(ふんしゅつ)した事を瞬時に悟らせた。

 (あわ)てて外へ駆け出す彼女達。真っ先に目に映ったのは神社の裏から上がる太い水柱。さらに雪と共に降り注ぐ温かな水飛沫(みずしぶき)に、(ただよ)う独特な(にお)い。

 彼女は瞬時に悟った。

 

??「これ温泉!?」

 

 そして(わず)か0.01秒で

 

??「使えるわね、これ」

 

 その後のプランを組み立てた。脳内はがっぽり積み上げられた小銭で埋め尽くされ、その余韻(よいん)から自然と顔が(ほころ)んでいた。

 しかしそうしていられたのも束の間、最初の一匹に気付いてから続々と現れるテンションの上がった異形の者達。

 

??「あややや、アレは怨霊ですか!? これは一大スクープです」

??「契約を破るなんて、地底の連中はいったい何を、まさか……」

??「……」

??「こんな時に異変だなんて……。やってくれるじゃないの」

 

 博麗霊夢、地底冒険の幕開けである。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 またお会いしましまね、古明地さとりです。

 地底が起こした異変、あなたにはどの様に伝わっていますか? 

 ある日突然、博麗神社に間欠泉が噴出し、それと共に怨霊が地上に現れたと。そしてその原因を調査するため霊夢さんが地底世界へと向かい、私達と戦って異変を解決した……ですか。

 なるほど、確かにそれは間違いではありません。でも全てでもありません。その始まりと裏で起きていた事、何故私達が霊夢さんと戦わなければならなかったのか。

 それをこれから順にお話しします。そして考えて欲しいのです。もしあなたが彼だったら……。いったい何を思い、何を考え、どう動きますか?

 

 

 

 あれは約五年前、一人の少年がある事をきっかけに町中から嫌われ、私の屋敷で謹慎(きんしん)処分となった一年目、その冬の日の出来事です。その日の前々日から地底世界では雪が降り続いていました――――

 

??「寒っ……」

 

 広い屋敷であるが(ゆえ)の欠点。温度計は室内だというのに外気と然程(さほど)変わらない数値を示し、私は「こんな時は聖地に向かうに限る」と早足で自室へと向かっていました。

 

私 「はぁ〜、極楽極楽」

 

 前・町の長の棟梁様からお借りした家具ですが、洋風な私の屋敷には似合わない物。それでも、冷え切った足を優しく溶かしてくれる熱と、反則的なまでに(ぬく)い掛け布団は、私のハートを鷲掴(わしづか)みにして離しませんでした。

 

私 「ぬくいぬくい、ビバ炬燵(こたつ)♡」

 

 そんな事を呟きながら、借り物の家具にうつつを抜かしていた時でした。

 

??「ミツメー」

 

 無礼な厄介者がノックもせずに私の部屋に入って来たのは。

 優しくて強くて、それでいて綺麗な鬼に大切に育てられ、ついには最強の名を手にした少年。それが彼です。

 

彼 「終わったから丸付けしてくれる?」

 

 そしてこの時の私の最大の悩みの種でもありました。監視のしやすから謹慎先に我が家を選びましたが、問題はその食費。鬼の大人でさえもお腹が痛くなる量を、彼は毎食ペロリと平らげるのですから。その所為(せい)でこんな事もありました。

 私の家族の一人、お燐。彼女は猫の妖怪だけに猫舌です。熱い物はしっかり冷まさないと食べられません。そのため、いつも彼女の分は別にして取り分けているのですが、うっかり取り分けるのを忘れてしまい、気が付いた時にはもう後の祭。料理は全て消え失せ、お燐の分を再び作り直し。それをいい事に彼が便乗して十数回目のおかわりを要求してきて……。もう作らせる方はそれだけでヘロヘロでしたよ。

 さらにその規格外過ぎる食欲のおかげで、当時我が家の家計は前代未聞の大ピンチを迎えていました。それこそあと少しで屋敷を売り払わなければならない程までに。

 でも安心して下さい、今はすっかり元通りです。()しくもこの先に訪れる出来事のおかげで。

 話が脱線しましたね、続けます。

 

私 「あなたねー、部屋に入る時はノックをしなさいっていつも言っているでしょ」

彼 「あ、ごめん。気をつける」

 

 町中を巻き込んだ彼の家出騒動、あの一件があってから彼は変わりました。ツンケンしてすぐ反抗的な態度を取っていた彼でしたが、今みたいに注意されても素直に謝るようになっていました。おまけに彼の保護者が(おこた)っていた礼儀作法や勉学を進んでやるという優等生ぶり。この時の想いは今でも忘れません。私は彼に「少し大人になったな」とそう感じていました。

 

私 「分かればよろしい。次からは気をつけなさいよ」

 

 そう言いながら、私は炬燵に入ったまま彼が持って来た参考書を受け取り、採点を始めました。始めたはいいのですが、

 

私 「(マズイ、答えを下に忘れてきた……)」

 

 手元には解答がないという大失態。私は炬燵から出たくない一心で渡された参考書に書かれている問題を解き始めました。でも……。

 

私 「(全っ然分からない)」

 

 この末路。私に学が無いとお思いかもしれませんが、それは断じて違います。彼、これまで全く勉学というものに触れた事がなかっただけで、いざやらせてみたら「この字はなんて読むの?」「なんでそうなるの?」「地球って何?」ってすごく興味を持ってしまいまして……。それで私が謹慎中の間だけ彼の教育担当になることにしたんです。

 教える方も楽しかったですよ。教えれば教えるほど少しずつ自分のものにしてくれるんですから。でも止まない「なんでなんで?」には少々悩まされましたけど。

 それが気付けば先生である私が頭を抱えるような問題でさえもあっさりと解いてしまう程までに成長してしまうとは……。

 

私 「(sinθ? Σ? π? 何これ、呪文? これ魔道書だったかしら?)」

彼 「ミツメ?」

私 「あっそうだ、ちょっと早いけどお昼ご飯にしましょう。ご飯が出来るまで仕事をしておいてね」

 

 私は彼に仕事を言いつけて何食わぬ顔でキッチンへ向かいました。

 何ですかその目は? はいはい、認めますよ。逃げましたよ。だから? 何か問題でも?

 コホン、話を戻します。

 地霊殿の家事は全て当番制です。共に暮らすのですから、彼とて例外ではありません。でも彼の料理の成績はゆで卵程度しか作れないお空未満、戦力外通告の判断は一瞬でした。

 さらに『彼』というのだから男の子です。しかも年頃の。女性の衣類を洗濯させるわけにはいきません。つまり彼は家事の四天王の『料理』と『洗濯』が出来ないという事です。

 そこで、代わりに私のペット達の世話を一任する事にしました。(えさ)やりにお風呂、ブラッシング、そして遊び相手。所謂(いわゆる)飼育係ですね。けど実はこれが最も重要な役割。

 町の長となってからというもの仕事に追われる日々。ペット達とのスキンシップの時間が減り、困っていた私にとって、彼の登場はその点だけはメリットだったと言えるでしょう。初めは上手くいきませんでしたけどね。

 私のペット達は彼が幼い頃にコテンパンにされ事があり、それこそ謹慎初日なんかは彼からずっと逃げ回っていました。でもこの頃にはもうすっかり仲良くなり、代わる代わる彼と一緒に寝ていたそうです。彼はよく言っていました。

 

彼 「すぐ喉をコロコロと鳴らす獅子(しし)(ひょう)お燐と変わらないよ。ただの猫。ワニは歯の生えたトカゲ、ヘビは……縄かな」

 

 と。

 

??「ご馳走様でしたニャ」

??「ゾンビー」

??「さとり様今日も美味しかったよ」

私 「ふふ、お粗末様でした」

彼 「ご馳走様、今日も食べた食べた」

 

 お燐、ゾンビフェアリー、お空、私、そして彼。いつもの五人で囲むテーブル。本来であればその五人目は彼ではないのですが、例によってこの子はその時もふらふらとお散歩中。彼が屋敷に来て喜んでいたのに、ある日「すぐ戻るから♪」と言って出掛けたっきり。

 もう、あの時何処に行っていたのよ? ……笑ってごまかさないの。

 

お燐「ねー、この後アタイの部屋で一緒にお昼寝しようニャ」

 

 そうそう、忘れるところでした。彼が屋敷に住むようになってから「この大チャンスを有効活用しない手はない」と、お燐は彼に猛アタックを仕掛けていました。彼のそばから離れず、不意をついて胸から彼の腕にしがみついてみたり、下心丸出しで誘惑してみたり。偶然を(よそお)って一緒にお風呂に入ろうとした事もありました。

 でも彼は、こんな時は決まって

 

彼 「また今度ね」

 

 と、赤いお燐の頭を()でなからそう言い残し、その場から平然と立ち去っていました。その度に頬を膨らませて不服そうにするお燐でしたが、尻尾(しっぽ)が左右に揺れていましたし、それはそれで満更でもなかったみたいです。

 彼の不思議な力、周囲の者を自然と()きつけ、気がつけば彼の周りには多くの者が(つど)う。持って生まれた才能なのでしょうね。かく言う私でさえも一時は彼に()せられていましたし。でももうそんな事はないですよ? 本当ですよ?

 

彼 「片付け終わりっと」

 

 当番制で彼が活躍できる唯一の役割、食器洗いと掃除。これは以前からやっていたみたいで、安心して任せていました。

 

お燐「ニャ〜ン、大好きニャ♡」

 

 性懲(しょうこ)りも無く今度は彼の背後から抱きついてシレッと投下するお燐。けど彼はそれにさえにっこりと微笑(ほほえ)むだけ。さすがの私もこの時思いましたよ。

 

私 「(あー……これは無理だ)」

 

 って。その時に能力を使って彼の心を(のぞ)いてみしたが、浮かび上がってくる文字は全てお燐ではなく、想い人の事ばかり。それはもうパルパルしい程までに。

 彼とその想い人はある日を境に離れ離れになりました。その時に見せられた光景は、乙女心をキュンキュン締め付け、それでいて少し切ないものでした。今でも記憶に深く刻まれています。あれは生涯(しょうがい)私達の間でお酒の(さかな)になるでしょうね。

 とは言え、お燐のようにああも積極的にされていては、火遊びくらいあっても仕方がないと思いましたが、まさかあそこまで一途だなんて……。想われる方は幸せですよね。

 

私 「ほらほら、お燐にはまだ仕事があるでしょ。それとあなた、また積もって来たから頼める?」

 

 連日の雪で屋敷は真っ白。その厚みが一定量になる毎に、私は彼に雪かきを頼んでいました。謹慎処分中でしたが、ずっと閉じ込めてストレスも溜まっていたみたいですし、爆発でもされてペット達に火の粉が降り注ぎでもしたら困りますしね。いわゆるガス抜きです。それに、敷地内なので問題はなかったと自負しています。

 いいように使っているだけ? そんな事ありません。彼も喜んでその仕事を引き受けてくれていましたよ。でも敷地中の雪を一箇所にかき集めて、大きな山を作った時には驚愕させられましたけどね。

 いきなりですが、私の屋敷の裏にはある部屋へと通じる穴があります。部屋というよりも空間ですね。そこは地底世界がかつて地獄だった時の名残のもの。『灼熱(しゃくねつ)地獄(じごく)(あと)』そう呼ばれています。かつての怨霊達が大量に封じられ、それらを管理するという名目で私達は地上から移り住みました。中は読んで字の如く灼熱です。大量の雪だろうと巨大な氷の塊だろうと一瞬で溶かしてしまいます。

 話を戻して彼が積み上げた雪の山、それを灼熱地獄跡に捨てるように指示して自室へ戻ったのですが、再び様子を見に行ってみると裏庭のど真ん中に巨大なオブジェが出来上がっていたんです。崩れもせずに絶妙なバランスを保って、雪の塊は『半』の字を描いていたんです。なんでも雪の山をスコップでガリガリ削って作ったのだとか。

 素直に「器用な事するな」と思いましたが、その反面「なんで半?」とも。それで聞いてみたら

 

彼 「自分はこの字に助けられたんだってさ。半人前で中途半端な自分にはピッタリだと思わない? それにツノがあって鬼みたいで格好よくない?」

 

 だそうです。感性がよく分かりません。

 でも今思い返せば、きっとそれがきっかけだったのかもしれませんね。

 

私 「ついでにいい加減アレをなんとかしなさいよ」

 

 とはいえ、ハッキリ言って邪魔でしたから包み隠さずバシッと言いました。

 

彼 「はいはい、分かりましたよ」

 

 やれやれといった様子で身支度を始める彼。

 私は今でもこの時の事を後悔しています。彼に雪かきを頼んだ事を、外に出してしまった事を。次に私が彼をこの瞳に映した時には、もうすでにエピソードは止める事が出来ないまでに加速していたのですから。

 




【次回:始まり_二話目】


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始まり_二話目

タイトル変更しています。
予告はあくまで予定で未定なのでどうかご了承の程を。


 これは後日、お燐から聞いた話です。

 お燐には屋敷の家事当番以外に本職があります。それは灼熱地獄跡(しゃくねつじごくあと)を維持する上で非常に重要な役割であり、「彼女のおかげで現状を維持できている」と言っても過言ではないくらいに立派な仕事です。既にご存知の方は多いみたいですね。そう、その仕事とは灼熱地獄跡の燃料、『死体』の収集です。

 本人は「気味悪がれるから」と言って、その事をあまり他人に話そうとはしません。ずっと誰にも見られないように、気付かれないように、秘密裏にその任務を全うしていました。さらに荷物の上から布をかけ、万が一誰かと遭遇しても中身がバレないようにするという念の入れようです。

 ですがこの日、とうとう……。

 

お燐「ふニャーーーッ!!?」

 

 しかもよりによって、想いを寄せている彼にだなんて……。

 なんでも愛用の猫車に燃料を入れて運んでいたところ、彼が勢いよく横から飛び出して来たそうです。おおかた運動がてらに雪上の短距離走でもしていたのでしょう。

 はい、みなさんのご想像の通り猫車と彼は衝突(しょうとつ)事故を起こしました。彼は傷一つ負いませんでしたが、その代わりに猫車は車輪が外れ、数箇所に傷とヒビが。けれどそれはまだ修復可能で簡単な損傷。問題は……。

 

彼 「えっ、うぇえええ!?」

 

 こっち。積荷(つみに)がゴロリと彼の前に転がったそうです。その時の彼の表情といったら余裕が一切無く、眉をひそめて極度に引きつっていたと。きっと「ウソーん」とか「おいおいマジかよ」とか「気持ちわるッ!」とか思っていたのだと思います。いわゆる『ドン引き』ってやつですね。

 一方のお燐ですが、この時こう思ったそうです。

 

お燐「(お、終わったニャ……。もう修復でき(ニャ)いニャ)」

 

 と。そう思うが早いか、ふんわりと積もった雪の中に顔からダイブしていたそうです。ひんやりと冷たい雪、顔から温度を(うば)う感覚はチクチクと突かれように痛痒(いたがゆ)かったはずです。だからこそ、瞳から(ほほ)を伝う物はさぞ温かく感じたことでしょう。でもそれ以上にお燐を優しく温めてくれたのは他でもない

 

彼 「ごめん大きな声を出して。大丈夫だよ、少し驚いただけだから」

 

 彼から差し出された手でしょうね。そして彼は笑いながら、サムズアップでこうも言ってくれたそうです。

 

彼 「その手の物は小さい頃から見せられているから結構平気。(むし)ろあっちの方がグロテスクだったから全然余裕」

 

 と。

 彼には幼少の頃からお世話になっている方達がいます。共に笑い、共に遊び、時には(しか)られて。友達の様で友達でない、親の様で親でない。そんな関係。そうですね……強いて例えるのなら『お姉ちゃん』といったところでしょうね。

 慣れ、耐性(たいせい)免疫(めんえき)。彼にホラー系統のそれらを与えた『お姉ちゃん』は今頃「フッフッフッ……」と少し怖い微笑みを浮かべながらお仕事に(いそ)しんでいることでしょう。終わったら来られるそうですよ。きっと()りすぐりの品を持って来られると思いますので、ご興味がある方は後で見せてもらうといいでしょう。もしトラウマになったら私が格安で治療して差し上げますよ。

 脱線しましたね、話を続けます。

 彼のおかげでお燐は笑顔を取り戻す事が出来ました。可笑(おか)しくて思わず笑ってしまったのだとか。そして彼に自分の本職の事と灼熱地獄跡の事、さらに地霊殿の存在の意味を話したそうです。

 

お燐「灼熱地獄跡は地底の温度を保つのに必要(ニャ)のニャ。で(ニャ)いと冬に草木も野菜も元気に育ってくれ(ニャ)いニャ。だから灼熱地獄の温度が絶え(ニャ)いように、私が燃料の死体を運んでいるニャ」

 

 私達が地底世界に引っ越して来た時、灼熱地獄跡の温度はかなり下がっていました。本来であれば特別な者、例えば地獄烏(じごくがらす)のお空や火車のお燐などのように、熱に耐性のある者以外は立ち入ることができない場所なのです。それは鬼とは言え例外ではありません。「あーっ、ちぃー」で済むはずがありません。つまり、かなりギリギリの状態でした。その為、屋敷の建築は急ピッチで進められていました。

 そこへ起きたあの地震。当時私は地上にいましたが、とても大きな揺れだったことを覚えています。自然災害で仕方がないとはいえ、建設中の屋敷が破損したと棟梁(とうりょう)様から聞かされた時には(あせ)りましたよ。そうそう、その地震も一説によれば、灼熱地獄跡の温度が下がった事が要因らしいですよ。

 

彼 「そうだったんだ。お燐のおかげだったんだ」

 

 いきなりですが、知識とは不思議なものです。別の日に彼は「地底で生活できる理由がやっと分かった」と言ってきました。最初は「急にどうした?」と疑問に思いましたが、お燐から「彼に屋敷の事を教えた」と聞いて合点がいきました。彼は勉学を進めていくうちに、知識を深めるうちに、地底世界に疑問を抱いていたのだと思います。それがお燐から真相を聞いて、彼の中で答えが出たのでしょう。

 

彼 「お燐ってすごいんだな。いつもありがとう」

 

 「笑顔でそう言ってくれた」と話していましたよ。彼に知識がなかったら、きっとこのような発言はしなかったでしょうね。そして私達家族でさえ、そのありがたみに慣れてしまい、口にはしていなかった感謝の気持ちに、お燐は嬉しさのあまり彼の胸に飛び込んでいたそうです。

 

お燐「ありがとうニャ、ありがとうニャ」

 

 と何度も唱えて。

 (あふ)れる想いは温かく、熱く、それこそ灼熱地獄以上に熱を帯びていたことでしょう。お燐は彼を瞳に閉じ込め、(こぼ)れ落ちるようにこうお願いしていたそうです。

 

お燐「キスさせてニャ……」

 

 「気持ちがなくてもいい。これは私が勝手にすること。あなたには迷惑をかけない」そんな事を思いながら彼に顔を近づけていったみたいですよ。心の中でそのように語ってくれましたから。

 

お燐「(あと少し、もう少しニャ……)」

 

 でもそれは(かな)うことはありませんでした。

 

??「お取り込み中失礼するよ」

 

 お燐は言っていました。「声よりも先に、感じた事のない雰囲気に背筋が凍った」と。その方は鬼とも妖怪とも違う空気を漂わせ、お燐は身分・立場・次元が異なりすぎると瞬時に察したそうです。そう、そこに現れた方こそ他でもありません。

 八坂神奈子さん、あなたです。

 この先、あなたがした事をお話しすることになりますが「そんなものは忘れた」なんて言わせませんよ。

 

神奈「やっと見つけたよ。まさかこんな所にいただなんてねぇ。今地獄の女神はいない、厄介(やっかい)な能力の覚り妖怪もいない」

お燐「誰ニャ!?」

神奈「私は八坂神奈子、最近幻想郷に越して来た神さね」

 

 何者なのか、その問いに答えはしていたものの、彼女の視線は常に真っ直ぐ彼へと向けられていたそうです。「やっと見つけた」その発言もあってか、お燐は直ぐに彼女のターゲットを察したそうです。そして彼に急いでその場から逃げるように指示を出し、(つめ)と敵意を()き出しにして神奈子さんに飛びかかりました。けど……。

 

神奈「逃がさないよ!」

 

 放たれた数発の光弾に襲われ、その上彼女に後を追わせてしまいました。お燐が態勢を立て直し、彼女を追いかけようとした時にはすでに……。

 

彼 「うあああああッ!!」

 

 後に彼はこう語っていました。「走り始めてすぐに捕まって、胸に丸い物を押し付けられた。そうしたらそれが溶けるように自分の中に入って来て……。不安とか恐怖とか、そういうものを感じる暇もないくらいにあっという間のことだった。でもその直ぐ後に体の中から声が聞こえて来たんだ。『その身体をよこせ』って」と。

 そしてこうも言っていました。

 

彼 「(か、身体が壊れる。苦しい、痛い、怖い、消される)」

 

 って。

 一方お燐はこの時の彼の様子を「全身から噴水(ふんすい)の様に得体の知らない力が()き出ていた」と説明してくれました。おそらくお燐が見たという『得体の知らない力』こそ、彼の中に侵入した者の力の一部だったのでしょう。器から(あふ)れた力は彼の体を、心を傷付けていました。

 

彼 「あの時感じた痛みと苦しみは、この鎖の罰に似たものだった」

 

 彼は言っていました。内側から身体を引き裂かれ、心をバラバラに破壊される感覚だったと。そこへ強制的に彼の意識を閉じようとする彼とは違った別の意思。遠のいていく意識の中、それでも彼は必死にもがき、侵入者と戦い続けました。

 

彼 「(負けない、絶対に負けない! 自分は自分なんだ!!)」

神奈「予想通りの力、さすがは私が見込んだ器だよ。その力を(こば)まないで受け入れるんだよ」

お燐「――に、(ニャに)をしたニャ! 『スプリーンイーター』」

神奈「『エクスパンデッド・オンバシラ』邪魔するんじゃないよ。ちょいと彼に『八咫烏(ヤタガラス)』の力を与えただけさね」

お燐「八咫烏ニャ?」

神奈「導きの神、太陽の化身さね。少年は神の力を手に入れるんだよ」

お燐「でも苦しんでるニャ!」

神奈「それは一つの体に二つの精神があるのだからねぇ。ましてや神だ。心と体が弱い人間ならまだしも、彼は少年とはいえ体の頑丈な鬼。なぁに、最悪精神を支配されちまうことがあっても、死にはしないよ」

 

 お燐は言っていました。「それを聞かされて、いてもたってもいられなかった」と。

 

お燐「彼から今すぐ取り出すニャ!」

 

 手加減なんてありません。お燐はこの時「仕留めるつもりだった」と言っていました。

 放たれた妖気はお燐の周囲を取り囲み、巨大な平らな円を生み出します。そこへ高速の回転を加えて出来上がるお燐の技。

 

お燐「『火焔(かえん)の車輪』」

 

 木だろうと岩だろうと、それこそダイヤモンドだろうと、触れる物は容赦(ようしゃ)なく真っ二つにする地獄の車輪。これを腰の位置にセットしてトップスピードで体当たり。例え避けられたとしても、持ち前の猫としての俊敏さと優れた反射神経を生かし、相手をしつこくどこまでも追いかけ回します。それがお燐の自慢の技にして最も強力な技。

 けれど、それさえも

 

神奈「やれやれ、まだ()りないのかい。『目処梃子(めどでこ)乱舞(らんぶ)

 

 彼女が放った数本の赤い光線がいとも簡単に消滅させ、さらには勢いを増して襲いかかってきたそうです。

 

お燐「ニャァァァッ」

 

 圧倒的な力の差を体に染み込まされ、お燐は何度も心で「ごめんなさい」と彼に謝り続けました。

 全身を痙攣(けいれん)させながら断末魔をあげて苦しみ続ける彼、想いを寄せているその彼が彼でなくなる。それはお燐にとって何よりも耐え(がた)い事だったと思います。お燐が心で唱えた謝罪の重みを想像できますか? 非力な自分への悔しさ、自分では助けられないと知り絶望したのですよ?

 だからお燐は、

 

お燐「イヤあああッ、お願いだからもうやめて下さいニャ!!」

 

 泣く泣く神奈子さん、あなたに救いを求めたのですよ? 事を起こしたあなたに! その時のお燐の気持ちがあなたに分かりますか?! ……ごめんなさい、大きな声を出してしまって。けれど当時のあなたはあなたの野望を実現するため、その悲鳴には見向きもしなかった。ですよね?

 でもその悲鳴は自室で音楽をかけながら仕事をしていた私にはしっかり届いていました。そのおかげでようやく緊急事態だと気付く事ができました。皮肉ですよね。目の前のあなたではなく、離れた場所にいた私を動かしたのですから。

 私は慌てて部屋を飛び出して廊下を駆け抜け、中央の階段へと急ぎました。そこから細かな段差を無視して一気に飛び降り、正面玄関の反対方向に位置する裏口へ。扉に手をかけ、体当たりするように勢いよく開けた先に映し出された光景は……。

 

神奈「こいつは(すご)い。予想以上の適応力だよ!」

 

 両手を広げて目を丸くしながらも喜ぶ初対面のあなたと、

 

お燐「そ、そんニャ……」

 

 意識はあるものの、うつ伏せになって倒れるお燐、

 

??「いい……いイッ。馴染(なじ)む、すごく馴染む! この身体に秘められた力、気に入った!!」

 

 そして神々しい光を(まばゆ)いまでに放つ興奮状態の……。

 




【次回:始まり_三話目】


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始まり_三話目

??「それが終わったら次は向こうだからな」

??「へい、分かりやした」

 

 大型の案件もなく、新しい家を建てる予定もなく、舞い込む依頼と言えば少しばかりの改装工事が時々来るくらい。激減する仕事に悩まされていた時期もあったのに、それが今では……。「良くも悪くも全てはあの日のおかげ」ということだろうか?

 

??「姐さん、これも運びます?」

??「ああ、量があるから私もやるよ」

 

 ある時は休日を返上して丸一日みっちり働かされた事もあった。けどそれは一時的なもの、時が経った今はもう大分落ち着いた方だ。それでも依頼は尽きないようで、上の連中は毎日「忙しい忙しい」と悲鳴を上げながる一方で、ニヤついた笑顔が絶えない。

 

??「あそこは……」

 

 忘れもしない。あそこは(まぎ)れもなく私があの時いた場所、そして始まりを迎えた場所――――。

 

私 「やっぱりこれで飲むと違うねー」

 

 その日私は仕事が休みで、ほぼ確実となっていた勝利に、一足早く美酒に酔っていた。

 

??「そ、そんな。これもダメだなんて……。――い、――しい、――たましい、(ねた)ましぃぃいッ。その強さが妬ましい! 『恨符(うらみふ)(うし)刻参(こくまい)り』」

私 「結局はそれかい。『力業(ちからわざ)大江山(おおえやま)(おろし)』」

??「パルあああッ」

 

 苦手としていたスペルカード勝負。一日に最低三回は(いど)んで来るヤツのおかげで、私はちょうど千勝目となる白星を上げていた。あの時の清々(すがすが)しさは今でも忘れない。

 

私 「かぁーっ、美味しッ!」

 

 最高の酒の(さかな)になったのだから。

 普通の者なら十回も負ければいい加減(あきら)めがつくもの。だがヤツはそれをものともせず、何十回、何百回も(いど)み続けて来ていた。そして迎えたヤツの千回目の敗北に

 

私 「(さすがのヤツでももう諦めるだろう。これでようやく厄介者ともおさらばだ)」

 

 そう高を(くく)っていた。

 でも結果は変わらなかった。今でも立ち向かって来る。その数は覚えているだけで余裕で一万は超えている。実際はその倍くらいかもしれない。もうハッキリ言って鬱陶(うっとお)しい。性格的にも弱い者イジメは嫌いだ。

 

私 「弱い者イジメ……か」

 

 いつの間にかこっち側になっていたんだな。

 自分の技に自信が持てるようになった頃、腕試しにと地霊殿の連中に勝負を挑んだ事があった。その時に相手をしてくれたのはお燐とさとり嬢の二人。こいし嬢は例によって出かけていて、お空は……スペルカードがないと。なんでも作ってはいたらしいが、その名前と技の形状をすぐに忘れてしまうのだとか。その時はその事に苦笑いを浮かべながらも、妙に納得したことを覚えている。

 そして第一戦目、相手はお燐。三枚勝負の末、結果はギリギリの勝利。でもその内容はあまりにもお粗末なものだった。威力と勢いに特化して直球な私に対し、威力こそないが終始変則的な上に行き場を(さえぎ)る弾の数。さらに、あのハエの妖怪……もとい、ゾンビフェアリーを従えての技。これには常に防戦一方だった。最後の一枚、私の奥の手を使ったからこそ勝てたようなもの。試合には勝ちこそしたが、不甲斐(ふがい)ない内容に悔しがっているとお燐が、

 

お燐「相性が悪かっただけですニャ」

 

 と。その後にも

 

お燐「実力ではアタイの方が全然下ですニャ」

 

 って(なぐさ)めてくれたが、それでも反省点が多い試合には違いはなかった。

 その後しばらくの休憩を(はさ)んで第二戦目、相手はさとり嬢。先の試合で学んだ事と悔しさをバネにして挑んだ試合だった。自慢じゃないが、戦闘スキルにはかなり自信がある。あの父さんの血を引いているからな、戦闘に関する学習能力は折り紙つきだ。休憩の間に予習もしていたし、体力も全快していた。「間違いなく勝てる。今度こそ満足のいく試合ができる」そう意気込んで立ち向かっていった。

 それが(ふた)を開けてみれば大惨敗。言い方を変えればボッコボコのフルボッコだ。手も足も出なければ、全く歯が立たなかった。常に私の先を読み、いやらしい所ばかり攻めてくる上、ヤマメやパルスィの技の中で私が苦手としている技に、(みが)きをかけて再現してきやがった。だから私は当時、

 

私 「(これは反則だ。勝てるヤツなんていやしない。だからさとり嬢との勝負はカウントに入れない。つまり私は無敗だ、誰が何と言おうと無敗なんだ)」

 

 そう自分に言い聞かせて無かった事にした。今思い出すと苦しい言い訳だよ、まったく……。

 そんな私だが、以前は光弾を出す事でさえもままならなかった。それをいい事にヤツときたら……。けどあの眠りから目が覚めて、自分の能力の発動条件に気付いてからというもの、鍛錬は飛ぶように(はかど)っていった。自分の意思で能力を発動させて大量の光弾『弾幕』を作る。能力を発動しないと生み出せないのは今でも変わらない。でもその大きさと威力には自信がある。師匠のヤマメは「威力は二の次」って言ってはいたが、相手の光弾を壊すには多少の威力が必要だろうし、何より……

 

ヤツ「パルぅぅぅ……」

 

 冷たい雪の上にうつ伏せで悔し涙を流していたヤツをコテンパンにするには絶対必要だからな。でないと、

 

私 「あ゛ー、っかれた……」

 

 能力が切れた状態の私に待ったなしで挑んで来ただろう。そして能力切れの後に怒涛の如く押し寄せる疲労感、これもまた今もなお変わらない。どうにかならないものかと悩まされる毎日だ。

 

??「もう余裕だね。免許皆伝、になるのかな?」

私 「全部ヤマメのおかげだ。今まで本当に世話になったな」

??「フッフッフ……。千勝目おめでとう」

私 「おう、あんがとな」

??「お祝いの品として私のお気に入りのコレク――」

私 「そいつはいらん」

 

 不気味に微笑みがらキスメが(おけ)の中から取り出そうとした物、チラリと見えたがあれはもらったらヤバイやつだった。あんなの気色悪くて家に置けない。母さんが見たら悲鳴を上げて気を失うだろうし、目が覚めたら何時間にも及ぶ説教が始まるだろう。というかそんな事を考える以前に気色悪い。

 嫌な物を目にしてしまい、口に直しにと酒を注いでいると、不意にヤマメがこう尋ねて来た。

 

ヤマ「それで飲むとそんなに違うの?」

 

 と。私が手にしていた(さかずき)。それは鬼の宝であり、あいつが私にプレゼントしてくれた物。しかもそのためだけに最強と言われていた父さんと死闘を繰り広げて。そんなのは言うまでもなく。

 

私 「ああ全然、格別だよ」

ヤマ「そっか。ところでちゃんと会いに行ってる? 最近だといつ行った?」

 

 この頃で三ヶ月目くらいだっただろうか。謹慎中であるとは言え、さとり嬢に全て任せてしまうのは気が引けていたから、たまに差し入れにとアイツの好物を持って様子を見に行ったりもしていた。その度にさとり嬢は「彼の事は大丈夫ですから、お気になさらずゆっくりして下さい」と言ってはくれていたけどな。まあ、お言葉に甘えてゆっくりさせてもらっていたさ。休みの日は朝の鍛錬を終えた後、この時のように昼から酒を飲み、性懲りも無く立ち向かってくるヤツを返り討ちにする。いいストレスの発散になっていた。

 謹慎期間は雪の降る頃まで。あの日、連日の雪のおかげで旧都は真っ白だった。町では雪の処分と同時に至る所で大掃除が行われ、餅や御節の具材が並び始め、年の瀬が近い事を告げていた。そして、もうすぐでアイツが帰ってくるということも……。

 

私 「最近だと三日前に会ったかな? 相変わらず元気にしていたよ」

ヤツ「えー……」

 

 この時のヤツが放った「えー」の意味が未だに分からない。ただげんなりとして(あき)れているような表情をしていたような気がする。あの時他に何か変なこと言ったか? ……いや、言ってないはず。

 

キス「フッフッフッ……、けどもうすぐで終わりよのー」

私 「そうだな、帰ってきたら宴会でもやるか」

ヤマ「お、いいね。じゃあ私は『豚のブロックのバーベキュー風焼き、刻みネギと唐辛子マヨネーズたっぷりのピリ辛あっさり仕上げ』を作って持っていくね」

ヤツ「じゃあ私は味噌汁を……」

キス「フッフッフッ……、ならば私は腕によりをかけた自慢の……」

私 「料理はこっちで用意するから何も作って来るな!」

 

 今でもその食卓を想像しただけで寒気が走る。

 昔は私が夕飯を作ると言い出した時に、そうはさせまいと「やるよ!」と言われた事があった。たしかにそれよりも前はお世辞にも褒められた腕前ではなかったからな、その気持ちは分かる。けど、料理の腕が上がった今……、今だからこそ言わせてもらおう。

 

私 「ヤマメの方がおかしいだろ!」

鬼助「な、なんすか急に!?」

私 「悪い……、なんでもない」

 

 恥ずかしい……。えっと、どこまで思い出していた?

 そうだ、その後私は四人で世間話に花を咲かせながら、雪見酒を楽しんでいたんだ。そこに「これからみんなでアイツに会いに行こうか」そんな提案が何処からか聞こえた時だった。

 舞い落ちる雪を眺める私の視界を一線の光が通り過ぎたのは。

 大きく見開いた瞳で光を追いかける私が次に見たものは、

 

キス「ファッ!?」

ヤマ「なんでなんで!?」

ヤツ「燃えて……る?」

 

 遠方で赤く、ゆらゆらと揺れる炎だった。

 悲鳴と避難の指示を送りながらこちらへと走ってくる町の住人達。悲鳴は至る所からあがり、町全体が叫び声を上げていた。後から聞かされた話だと、この時光の矢は四方八方に飛ばされていたらしい。

 

私 「おいどうしたんだ、いったい何があった!?」

鬼 「姉御! 突然眩しい光が差したと思ったら、目の前の建物が轟々と炎を上げてぇんです!」

私 「誰の仕業だ? 被害は!?」

鬼 「わからねぇです。全部が一瞬の出来事だったんで。こっちが聞きてぇです」

 

 そう告げて私の横を通り過ぎる仕事仲間。他の者も同様に町の中心部を目指して避難をしていた。でも私が見た時光が飛んで来た方角はそちら側。そう気付くなり私は叫んでいた。

 

私 「おいそっちに行くな!」

 

 って。けどそれは……遅かった。

 私が次に耳にしたのは恐怖に怯える悲鳴と助けを求める断末魔、そして………。

 あの時の光景は今でも忘れることができない。いつも多くの客で賑わう町の中心部から火柱が上がっていたのだから。

 町を飲み込んでいく炎と悲痛な叫び声にヤマメは耳を塞ぎ、キスメは桶の中へと身を隠し、ヤツは頭を抱えて何度も叫び続けていた。「イヤだ、こんなのはウソだ」って。そして私は、止める事が出来ない感情を握りしめ、地面へと叩きつけていた。

 

私 「ちっくしょおおおっ! 何処のどいつだこんな事するのは!!」

ヤマ「許さない……。絶対に許さない!」

キス「フッフッフッ……。怒りの鬼火、嫌という程味合わせやるぞ」

ヤツ「妬ましい……妬ましい、妬ましい。妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましいぃぃぃッ!!」

 

 敵。その時の私達四人の意思は一致していた。(こら)え切れそうにない怒りに身を任せ、燃え盛る火柱を目指して駆け出していた。逃げ戸惑う町民達の流れに逆らい、かき分け、走り続けた。

 

ヤマ「いたっ! あそこ!!」

 

 いつの間にか私の前を走っていたヤマメが指し示す先。活気と笑い声と賑わいが絶えない町が火の海になる中、そいつは光に包まれていた。

 

??「弱い……。ーーならと思ったけど、これじゃあ全然足りない。もっと、もっと強いやつ」

 

 直視出来ない程に眩しい光だった。あれは例えるなら地底世界にはない光、もう長いこと触れていなかった光、地上に出ないと拝めない光。そう、まさしくあれは太陽そのもの。

 

ヤツ「あなた誰! 何でこんな事するの!?」

??「おや〜? 知ってると思うけどなー」

 

 そいつはそう零すと光を消した。私の目は(くら)み、しばらくボンヤリと町を燃やす赤い火の光だけが霧に姿を隠すように映し出されていた。

 

  『はあああああッ!?』

 

 視界を封じる呪いが解けたのはほぼ同時だった。全員が目を疑い、ウソだと信じ、突きつけられたものから背を向けようとしていた。でも逃げる事など許されなかった。それが真実であり、現実だったのだから。

 大きく開いた八つの目に飛び込んで来たのは……。

 私は地底世界に住む女鬼。四天王という立場を与えられた地霊殿とは違う屋敷の一人娘。

 

??「強そうなヤツ、み〜つけた」

 

 そして、あの日深い傷を負ったあいつの……。



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始まり_四話目

 これは私の実体験です。

 やがて視界を奪う強い輝きが消えていくと、それは(ほこ)らしげに正体を現しました。右腕に足下まで伸びる六角形の(つつ)、胸元には高級そうな大きい真紅のブローチ……当初はそう映っていました。けど威圧的な濃い視線をそこから感じ取り、それが獲物を狙う捕食者の瞳である事に気付かされました。

 そうです、そこにいた者こそ今のお空……あの姿です。

 その場に到着して間もない私は混乱していました。初対面の神奈子さんに、傷を負っているお燐、姿も雰囲気も変わってしまったお空に。そこで状況を把握するために、お燐の心を(のぞ)こうとしたのですが……、

 

お燐「え、お空!?」

 

 そのお燐でさえも「どうして?!」といった具合に目を丸くして驚いていました。

 この直前の事を彼はこう語っていました。

 

彼 「柔らかくて、優しくて、それでいて重量のあるものに包まれた」

 

 と。……それが何かは察して下さいね、(ねた)ましいので。

 そして翌日私がお空に尋ねた時、彼女は次のように説明してくれました。

 

お空「外の様子を見に行ったら大変な事が起きていて、可哀想(かわいそう)だったからギュッてしてあげた」

 

 彼女がどのタイミングで外の様子を見に行こうと思ったのか、それは(さだ)かではありませんが、つまりこういう事ではないかと私は解釈しています。

 偶然苦しんでいる彼を見かけ、その苦しみを緩和させてあげようと抱きしめた。

 そこから先は何も覚えていないそうです。ここからは私の仮説になるのですが……と、その前に突然ですがここでクエッションです。

 

 Q.頑丈(がんじょう)に閉ざされているお屋敷と、門も扉も開かれているお屋敷。あなたならどちらのお屋敷に泥棒に入りますか?

 

 ……はい、つまりはそういう事なんだと思います。

 一度は彼の中に入った八咫烏(やたがらす)でしたが、(かたく)なに(こば)み続ける彼に苦戦し、嫌気が差していたのだと思います。そこへ物事を深く考えず、純粋に受け入れるお空がやって来た。お空のそういった才能を瞬時に見抜いたのでしょう。それで憑代(よりしろ)を彼からお空に変えたんだと思います。さらにお空の種族は地獄烏(じごくがらす)です。お互い(からす)同士、この上ないほど相性が良かった事もあり、私がそこへ辿(たど)り着くよりも早くお空の体を手に入れる事が出来たのではないかと。

 一方、お空のおかげで助けられた彼ですが……それはまた後で。

 お空が……この時の彼女を『お空』と呼ぶのは気が引けますね、『八咫烏』と呼ばせて下さい。

 

八咫「(みなぎ)る……力が(あふ)れてくる。さて――」

 

 その八咫烏が意識をこちらへ向けた瞬間に危険を察知した私は、(あわ)ててその場から全力で逃げました。照準が定まらないように右へ左へと移動しながら。でも八咫烏が屋敷に背を向けた頃、それはついに私を襲ってきました。

 

八咫「『ギガフレア』」

 

 あれは赤く、目の前の景色を消してしまう程大きな『光の槍』でした。気が付いた時には既に目前までに(せま)り、避けるのはほぼ不可能な状況でした。でもこうして無事でいられるのは、

 

お燐「危(ニャ)いニャ!」

 

 ()けつけてくれていたお燐のおかげです。私以上に素早く動けるお燐に弾き飛ばされ、間一髪のところを救われました。お燐ですか? お燐は瞬時に猫の姿になって回避していましたよ。

 八咫烏が放った『光の槍』の威力は目を疑うものでした。屋敷の(へい)(えぐ)り取られ、触れたであろう部分からはもくもくと煙が立ち上り、ドロリと赤いソースを注いだかのように溶かし、恐ろしいまでのエネルギーと熱量である事を物語っていました。

 

神奈「すごい、思わぬ収穫だよ。まさかこんなにもピッタリな器がいただなんてねぇ」

私 「あなたは何者ですか?! 私のペット……、お空にいったい何をしたんですか!?」

神奈「私は八坂神奈子さ、神だよ」

 

 そこで初めて神奈子さんの正体を知りましたが、当時の私には信じられない発言でした。私達が地上にいた頃には彼女はいませんでしたし、よく知っている地獄の神様は気さくで優しい方でしたから、同じ神様がこんな事をされるとは考えられなかったんです。

 

私 「(いったい何が目的?)」

 

 その答えを知ろうと、彼女にこの第三の目を向けたのですが、そこへお空の追撃が。私は避けながらも、逃げ回りながらもお燐と共に応戦しました。自分の身を守り、『お空』の体を傷つけない程度に。しかし、それが(わざわ)いしました。

 

八咫「チョロチョロと逃げ回って……。戦えッ!」

 

 私達が本気で相手をしていないと知った八咫烏は苛立ち、その怒りに任せて四方八方へと無差別に光の矢を放ったんです。放たれた無数の矢は屋敷にも数弾命中し、さらには神奈子さんをも襲っていました。

 攻撃を避けきれず倒れていた私が立ち上がった時にはもう……。

 町の(おさ)としての責務があるにも関わらず、私はその場から動くことができませんでした。意識こそ違うものの、お空が……。それが私には悲しくて、(くや)しくて、苦しくて……。冷たい雪の上で拳を握りしめて涙を浮かべていました。悲しみと絶望から戦意を失った私達に八興味は興味が無くなったのでしょう。八咫烏はくるりと(きびす)を返すと、事もあろうに町へと飛んで行ったんです。

 

私「(止めないと、早く行かないとまた……)」

 

 頭に浮かぶ最悪のイメージ、

 

私 「(それだけはさせてはいけない)」

 

 私はそう(ちか)いながら傷ついた体に(むち)を打って、八咫烏を追いかけようと……。

 はい? 「(だま)って聞いていれば言い方にトゲがある」ですか? 「まるで私が悪人みたいじゃないか」と。それはそうですよ、当時の私達にとってあなたは悪者にしか映っていませんでしたからね。わかっていますよ、その点もちゃんとこれからお話ししますから。

 では、続きです。

 そこで神奈子さんもやり過ぎだと感じたのでしょう。

 

神奈「待ちなッ、図に乗るじゃないよ!」

 

 八咫烏を追いかけたんです。

 止めに行ったのは見るに明らかでしたが、当時の私は「今さら何を言っているんだ?」と疑問に思いながらも、その白々しさに腹が立ちましたよ。でもあなたは八咫烏の力が欲しかっただけで、あれは予想外の出来事だった、ですよね?

 それから数分経った時でした。

 

彼 「ぶっは!」

 

 彼が雪の山から顔を出したのは。

 後から聞いた話だと、彼はお空に抱きしめられて間もなく、投げ飛ばされていたらしいのです。おおかた八咫烏が「もう用はない」か「邪魔」とでも思ったのでしょう。そして行き着いた先が『半』の字のオブジェ。彼を受け止めると同時に、倒壊して生き埋めにしたのでしょうね。位置的にもピッタリ合いましたし。

 その彼が目にしたもの、それはあまりにも悲惨な光景でした。

 地底世界の天井は夕暮れの空のように赤く染まり、悲しみと苦痛が入り混じった鳴き声を上げる町に、彼の心は立ち上る煙によって立ち所に黒く変色させられたことでしょう。

 そこに……。

 私は地上から地底へ移住した身です。暮らしてその年で凡そ十年、その私でさえあの光景を目にした時は言葉を失い、ショックを隠し切れませんでした。

 ですが彼はそれよりも前から、それこそ幼い頃からずっとそこで暮らしていたんです。友達と遊んだ場所、想い人と初めて出会った場所。多くの方達と出会い、笑い合い、助けられ、ありとあらゆる所に思い出が詰まっていたんです! あなた方に想像できますか? 自分の育った町が壊される痛みと悲しみを。彼にとって旧都は故郷であり、彼の歴史の全てだったんです。

 町の中心部からーー地底の天井にまで到達する大きな……、大きな火柱が上がったんです。

 

彼 「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!」

私 「待ちなさい! 行ってどうするつもり!?」

彼 「アイツをぶっとばす!」

 

 拳を握りしめ、雄叫びを上げ、涙を流し、怒りに任せて走り出す彼。その気持ちは痛い程――いえ、それ以上に理解していました。彼の事を考えればそのまま送り出すのが正解だったのかもしれません。でも私達は……。

 

私 「私達でも歯が立たない相手よ? あなたに何が出来るって言うのよ!」

彼 「そんなのやってみないと分からないだろ! あの顔に十発ぶち込んでやる!」

私 「あの人は女性よ?! 女性の顔に拳を当てるなんてどういう神経しているのよ! それにあれは彼女がやったんじゃない」

彼 「じゃあ誰だよ! 他に仲間がいたのか?!」

お燐「お空ニャ……」

彼 「……は?」

 

 彼を呼び止め、説得とどうしに事情を話しました。けどそれを聞いても、彼の気持ちは鎮まる事はありません。それどころか、

 

彼 「だったらアイツが悪いだろ! 止めに行っただって? 自分で()いた種なんだから自分で引っこ抜くのが当然だろ! …………?」

 

 事の発端となる神奈子さんへの怒りが積もるばかり、話が通じる状態ではありませんでした。その上、その時私はお空と八咫烏の事が気が気でありませんでした。ずっとあのままなのか、明るくて純粋でゆで卵が大好きなお空にもう会えないのか、そう考えただけで胸が締め付けられ、苦しくなりました。

 それと悪い予感もしていました。だから私は少しでも戦力を増やそうとお燐に声をかけだのですが――

 

私 「お燐、町に急ぐわよ。早くお空を……あの人に加勢しないと」

お燐「分かりましたニャ。でも、あの……さとり様。もし、もしですよ? 止められなかったら……」

私 「……その時は灼熱地獄まで誘き寄せて閉じ込めます」

お燐「その後は?」

私 「鎮まるまで待ちます。ですが暴れ出して灼熱地獄まで壊そうとするのなら……」

お燐「……どうされるおつもりですかニャ?」

 

 お燐も私と同じ事を危惧しているようでした。だから万が一の場合はどうするのかを尋ねてきたんだと思います。私はその問いに、

 

私 「屋敷と共にマグマの底に沈めます」

 

 そう答えました。灼熱地獄の奥底はマグマの海になっています。そこに沈める、いくら熱に耐性があるとは言えお空でも……。つまりその意味するものは『彼女を消す』という事です。でもそれはあくまで手に負えなくなった最悪のケース。

 

私 「お燐行くわよ! 大丈夫だから、絶対にそんなことにはさせないから。とにかくお空を見つけたら私達に注意を引きつけて屋敷に連れ戻します。いい?」

 

 私はそんな暗い未来にはさせまいと、お燐と共に炎に飲まれていく町へと急ぎました。

 先に言ってしまうと、この時既にお燐とは一緒ではありませんでした。その事に気付かず、あれやこれやと作戦と指示を送っていて……恥ずかしい。

 ごめんなさい、脱線しましたね。戻します。

 ではその頃お燐はというと……っと、その前に。後を追った神奈子さんについてお話ししましょうか。

 彼女は実体を手に入れ、勢い付く八咫烏を止めようとしたものの、あの火柱で致命傷を負ってしまっていたんです。なんでも避難をしてきた鬼達に「私と戦え」と襲いかかる八咫烏の前に立ちはだかり、町民と町を守りながら戦ってくれていたのだとか。信じられませんか? けどこれは本当の事です。後日助けられた町の方達がそう言われていましたからね。

 被害を最小限に抑えよう実力を出し切れなかったのでしょう。その上彼女は元々『風雨の神様』、それに対して八咫烏は熱と炎の最上位クラスである太陽の化身。『水は風を生み、風は炎を踊らす』という言葉にもある様に、風に対して炎は相性最悪の相手。水も雨程度では圧倒的な熱量の前では無力。つまり、彼女にとって八咫烏は天敵だったというわけです。

 

私 「はぁ、はぁ……」

 

 ようやく私が現場へ到着した時には神奈子さんの姿はありませんでした。治療のため、運ばれていたそうです。でも、そんな事など知りもしない私は、また状況が掴めず困惑していました。そんな中、瞳に映し出されたのは、神奈子さんの代わりに八咫烏と対峙する――

 

私 「――さん、ダメです」

 

 皆さん名前くらいご存知でしょう。地底世界最強の種族、その四天王の一人。そして世界で一番素敵な能力を持つ、

 

私 「勇儀さんダメです!」

 

 星熊勇儀さんでした。

 その後の事もお伝えしたいのも山々ですが、話が逸れてしまうので今回はやめておきますね。どうしても知りたければ()()()ご本人に直接聞いて下さい。きっと喜んで話してくれると思いますよ。その勇気が()()()ですがね。

 え? はい、後で来られるみたいですよ。楽しみにされていましたからね。その前に花見を終わらせる? フッフッフッ……、それが出来ればいいですけどね。そんな事をしてどうなっても知りませんよ?

 コホン、では気を取直して本題を。

 はい、御察しの通り本題というのはお燐達の方です。そして、この先話す事は神奈子さんが倒れている間に起きた出来事であり、今日初めて明かす内容になります。もちろん幻想郷の賢者様と博麗の巫女である霊夢さんでさえも知らない事、私達地底の民が隠し続けていた事です。

 まずは先に謝っておきます。今まで黙っていて申し訳ありませんでした。それと質問、苦情と思うところは多々あると思いますが、まずは最後まで聞いてください。

 

彼 「お燐待って!」

 

 私が町へと走り始めた時、お燐は彼に呼び止められていたんです。

 

お燐「どうしたニャ?」

彼 「ちょっと一緒に来てくれる?」

 

 その真剣な表情にお燐は私の後を追う事をやめ、徐に歩き始めた彼について行ったそうです。

 

お燐「お空……、お空が消されちゃうニャ。アタイどうしたらいいか……」

彼 「そんな事は絶対にさせない。自分も何か方法を考える」

 

 その時に「お空を助けたい」と少し相談したかもしれないとも言っていましたね。だからその後にあんな事を仕出かしたのでしょう。続けます。

 

お燐「こっちに(ニャに)があるニャ? 屋敷からどんどん(はニャ)れてるニャ」

 

 当時私はその事に気付きもしませんでした。でも彼は気付いていたんです。いたずらにそこへ訪れ、知ってしまっていたんです。八咫烏が私に放った最初の一撃、私がお燐に助けられて間一髪で逃れられた『光の槍』。その到達地点に何があったのかを。

 

彼 「ここ、元々大きな穴があってその奥に扉があったんだ。ミツメーは『秘密にするように』って言ってたけど」

お燐「え、そん(ニャ)のアタイ知ら(ニャ)いニャ」

 

 そこには決して知られてはいけない、開けてはならない巨大な扉があったんです。地霊殿が出来るよりも前から、旧地獄と呼ばれるよりも前から存在し、強い術で封じられた扉が。その事を知っているのは、先代の町の長である棟梁様と私。そして知ってしまった彼を含む四人だけ。

 事情を話した彼はまだ熱の篭る穴の奥を確認するようにお燐に頼みました。そしてお燐が穴の中に入って数分後、

 

お燐「ニャああああッ!!」

 

 突然飛び出して来たと。逃げ帰って来た、慌てて出てきた。そんな様子ではなく、何者かの攻撃を受け、吹き飛ばされた感じだったそうです。

 

彼 「お燐どうした!?」

お燐「早くここから離れるニャ!」

 

 既に察せられた方も多いみたいですね。あの日、あの時、地底世界では……

 

彼 「はーーーッ!? 何だコイツ?!」

 

 二つの事件が同時に起きていたんです。

 以降私が主に話すのはそちらの事件の事です。もう片方の出来事は、この場にいる皆さんは既によくご存知でしょうからね。

 





ふっ…ふっ…ふっ…、誰が公式異変だけやると言いました?


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始まり_五話目

『始まり』回、最終話です。長々とすみません。
また、この回で一つ答え合わせをしましょう。
そして次回からいよいよ……。


女鬼「あらやだ、そーなの?」

女妖「そーなのよ。それでそこから出てきたのが近所の奥さんと……」

 

 こうして何気なく歩いているだけでも(いた)る所から楽しげな会話が聞こえて来る。これこそが町の中心部。あれから月日は経ち、町はすっかり元の活気と(にぎ)やかさを取り戻している。いや、それ以上だろうか?

 ふと辺りを見回してみても、当時の傷跡は今となってはもう見る影もない。あの辺りも私が修繕作業を行った所だ。

 けど、記憶と胸の奥に刻まれた深い傷跡はそう簡単にはいかない。ただ時間に身をまかせ、記憶が薄れていくことを待つしかない。

 

鬼助「姐さん、昼飯どうしましょうか?」

私 「こっちに来たからたまには豪勢にいきたいところだけど……」

鬼助「あ、それなら前から行きたかった所があるんですよ。リニューアルしてから美味いって評判で――」

私 「悪い、せっかくだけど仕事終わりに予定があってな。ガッツリは食いたくないんだ」

鬼助「えー……思わせぶりですかー?」

私 「また今度な」

 

 こうして笑っていられる未来が来るだなんて、あの時は考えもしなかったな――――。

 

 

 

  『お空っ!?』

 

 長い棒に腕を入れてはいたが、背後の炎に照らされる大きな翼を広げた影は(まぎ)れもなくお空そのものだった。けど鋭い目つきに言葉使いがまるで別人、何より彼女がこの様な事をするだなんて微塵(みじん)も考えられなかった。

 

私 「違う、似せているだけでお空じゃない! お前は誰だ!?」

お空「失礼しちゃうな〜、本人だよ」

ヤマ「嘘をつかないで! お空は妖怪よ、でも今のあなたから感じるのは妖気なんかじゃない!」

キス「フッフッフッ……、あくまでシラを切るつもりか?」

ヤツ「ヘカーティア様と似た雰囲気あるけど、あんたが何者かだなんて関係ない。この(ねた)み、(そね)み、(うら)み、(つら)み、(にく)しみを晴らさずにはいられないから!」

 

 勢いよくスタートを切ったヤツに続いて飛び出す私達、それぞれが堪え切れずに爆発した感情を光弾に乗せ、惜しげもなく迷う事なく全力でぶつけた。何発も何発も何十発も。アイツが爆煙に(おお)われて姿が見えなくなろうと、休む事なく続けていた。それなのに……。

 

お空「鬱陶(うっとお)しいわッ!」

  『ッ!?』

 

 たったその一言、それだけで私達は攻撃の手を止めさせられ、瞬時に背後へと身を引かされていた。やがて守りの姿勢を取る私達の前に、粉塵の中から姿を現したアイツは……、

 

お空「女神様と似てるねぇ、そこまで分かってるならさ〜」

 

 アイツは無傷だった。微動だにせず。()けた痕跡(こんせき)も、相殺したり弾いたりした様子も、ましてやガードをした素振りさえも無く。全弾受け切っていたんだ。

 

お空「手加減なんてしたらダメでしょ?」

 

 その上(あご)を上げて私達を見下ろしながら笑いやがって――。

 

??「うっ……、やめ……」

 

 そこへ何処からか聞こえて来た弱々しく、今にも消えてしまいそうな声。注意深く周囲を眺めていると、地面に転がる黒い物体に視線が止まった。初めは木材の燃えかすかと思ったが、(かす)かな反応にそれが生き物であり、負傷者であると気付かされた。

 

ヤマ「大丈夫ですか!? ひどい火傷……」

キス「フッフッフッ……丸焦げ」

パル「早く手当てしないと」

 

 慌ててその者に駆け寄るヤマメ達。私の位置からでもその者が命の危険に(さら)されているのは一目瞭然だった。一刻を争う状況に、私は全員で慎重()迅速(じそく)に診療所へ連れて行くように指示し、私自身は……

 

私 「あれをやったのはお前か?」

お空「そうだけど? 彼女だったら本気を出せると思ったのに、準備運動にもならなかったよ」

 

 アイツを両方の目で真っ直ぐに捕らえていた。

 

私 「こんな事をして何がしたいんだ?」

お空「ん〜、強い奴と戦ってこの力がどれ程の物か試したい、かな? それでその後に用が無くなった地底世界(ここ)を燃やし尽くして、(にく)き地上の連中を根絶やしにしに行くとしよう」

 

 町に危害を加え、被害者まで出し、それでもなお……。けどそれ以上に、それが些細(ささい)な事だと思えるほど大きく、重い罪をアイツは犯した。

 

私 「強い奴がご所望(しょもう)だって?」

 

 ヘラヘラと笑いながらそう告げたアイツは……

 

私 「相手にナッテヤラアアア゛ッ!!」

 

 私の理性をぶっ壊した。

 

??「――ん、――さん、姐さん!」

私 「ハッ!?」

??「どうかしました? さっきから呼んでるのに、早くしないと蕎麦が伸びますよ? あとそれ……」

私 「あ……」

 

 目の前で蕎麦を頬張(ほおば)る弟分の指先へ視線を移すと、手の中の(はし)がパキリと割れてはならない方向に割れていた。ついつい力んでしまったらしい。いかん、いかん。すぐカッとなってしまうのはダメな(くせ)だ。あの時も――――。

 

 

 

 暴走した怒りを拳に宿らせて放った渾身(こんしん)の左ストレートは、アイツの横っ面を()らえていた。あの時の感触は今でも忘れない。()でた卵の様にツルツルで、それでいてフニフニと柔らかくて。きっとずっと触っていても飽きないだろう。それなのに……

 

お空「やっぱりこんなものなの?」

 

 あの手応えの無さ。アイツはまるで「虫が止まって(わずら)わしい」くらいの表情しか浮かべていなかった。

 

私 「そんな……そんなはずないッ!」

 

 (あお)られ、(あき)れられ、(あわ)れられ。

 私は込み上げる(あせ)りと(いきどお)りと苛立(いらだ)ちから、

 

私 「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ」

 

 グツグツと煮えたぎる頭のまま、同じ過ちを繰り返そうとしていた。

 

??「――さんダメです!」

 

 (ひざ)に手をついて息を切らせる、もう一人のお嬢様に止められるまでは。

 

さと「はぁ……、はぁ……。――さん、それでは……ダメです」

私 「さとり嬢コイツいったい何なんだ?! 何でお空の姿を――」

さと「説明は後でします。私もお聞きしたい事がありますが、まずは……」

お空「ん〜? いいよ二人でも。相手に()()()()()だけどね〜、楽しませてくれなかったらもう地底世界を灼熱地獄に変えちゃおうかな? みんな弱いし、なんか()きてきたし」

私 「ふゥ・ざァ・けェ・ンナッ!」

さと「待って下さい!」

 

 あの時は本当に危なかった。何がって、さとり嬢が振り上げた腕に(つか)みかかって全身で止めに来たのだから。腕に違和感を覚えて思い(とど)まったからこそいいものの、あのまま気付かずに放っていたら……さとり嬢は星になっていた。ヤツの様に。

 

さと「挑発に乗らないで下さい。それでは思うツボです」

 

 そう言われて私はこう思った。

 

私 「(けどそれじゃあ……このまま指を(くわ)えて見過ごすつもりか!?)」

 

 と。

 だがそれは放たれる事はなかった。

 

さと「そうではありません」

 

 食い気味でもなく、言葉が発せられるよりも、(のど)を通過するよりも早く、さとり嬢が答えてくれたからだ。「心を読んだ」と気付いてから理解するまでは数秒だった。彼女が「なぜ私の口を封じるような真似をしたのか」その理由を。

 今思い返すとあそこから始まっていたんだろうな、

 

私 「(じゃあどうしたら?)」

さと「私に任せて下さい」

私 「(何か策があるのか?)」

 

 作戦というのが。

 

さと「はい、そのためにはあなたに冷静でいてもらわないと困るんです」

 

 それをアイツに悟られないようにしていたんだ。

 さとり嬢はそこまで告げると最後に

 

さと「あなたの能力(ちから)だけが頼みの(つな)なんです」

 

 そう言い残し、前へと進み出た。

 

お空「まずはそっちから? 二人同時じゃないの?」

さと「自惚(うぬぼ)れるのもいい加減にしなさい。私がその気になればあなたの攻撃なんて(かす)りもしませんよ」

 

 私を残して始まる二人の戦い。相手の心を読めるさとり嬢は、向かって来るアイツの攻撃を余裕で(かわ)しては、光弾を命中させ続けていった。けれどもそれもやはり(ぬか)に釘、勝敗は目に見えていた。

 

私 「すぅー……。ふぅー……」

 

 肩で息をしていたさとり嬢が体力切れを起こすのも時間の問題。「早く加勢にいかないと」と(はや)る気持ちをグッと食いしばり、鼻から大きく空気を吸い込み、沸点にまで上った頭の温度を急速で冷やす。

 そして瞳を閉じて思い浮かべる。あの時の想いを。

 心がバラバラに(くだ)け散ったあの日、愛用の(さかずき)を受け取ったあの日に知った私の能力の発動条件。それは――――。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

――祭の後の宴会で――

 

 

私 「声が聞こえて来たんだ」

  『声?』

私 「聞こえたっていうのも変か、伝わって来たんだ。あれは――の心の声、本心だよ。夢とか気のせいとかじゃない、分かるんだよそれが。何というか、アイツと意識が繋がった感じがしてさ」

さと「ふむ、実に興味深いですね」

ヤマ「テレパシーってやつかな?」

お燐「勇儀さん超能力者だったニャ?」

キス「フッフッフッ……、まっがーれ↓」

ヤツ「勇儀と心で繋がるなんて、――のクセに(ねた)ましい」

私 「そんな胡散臭(うさんくさ)いものじゃないって。それに私は普通の鬼だよ」

  『普通……の?』

私 「なんだよみんな(そろ)ってその目は?」

  『別にー』

私 「ったく、話を続けるぞ。それでその後、なんかこう……胸の奥がガッと熱くなって、酒に酔って気分が良くなったというか、じっとしていられないっていうか……こういうのなんて言うんだ?」

ヤマ「興奮状態?」

私 「あー、うん。そんな感じだ。そしたら体の底からグワァァァって力が込み上げて来て、気が付いたらみんなに(おさ)えられていたってわけだ。分かるか?」

  『まったく』

私 「だよなー……。どうやったら伝わるのやら……」

さと「勇儀さん、勇儀さん。その時の事を思い浮かべてみて下さい」

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 私の胸の奥に直接流れ込んで来たアイツの声。

 

 (口うるさくて……)

 

 おっとここは余計だった。

 

 (強くて、かっこよくて)

 

 ありがとうの感謝の気持ち。

 

 (綺麗で優しい)

 

 照れ臭くなる嬉しい気持ち。そして……

 

 (鬼の血を受け取った鬼だ!)

 

 胸いっぱいに満たされる幸せな気持ち。

 やがて産まれた三つの感情は一つになり、新しい想いへと形を変える。

 「守りたい、助けたい、力になりたい」そう強く、強く、より強く思えば思う程、力が奥底から噴水のように()き出し、私をより強くする。

 当時私の心を読んでいたさとり嬢は、その事に腹を抱えて笑いながらこう尋ねて来た。

 

さと「あははは。勇儀さん、それをなんて言うのかご存知ないんですか?」

 

 『怪力乱神』。暴力的で破壊的で恐ろしげな私の能力、その発動条件は――。

 

さと「『愛』って言うんですよ」

 




勇儀姐さんの件、どうでしたか?
きっと予想通りの方が多かったはず。
という主の勝手な予想。

【次回:裏_一語り目】



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裏_一語り目

さて、いよいよ幕開けです。
上手く書けるか、予定通り進められるか、辻褄合わない事が起きないか。心配と不安だらけ……けど頑張る!

そしてPCが急にノロマに……。
ノートパソコンなのに電源ケーブル抜くとパーダウンするし、OSなんてとっくにサポート切れてるし、もう寿命かな?
そう言えばある芸人さんが言ってな「買いたい時が買い替え時」って。そういう意味で言うと主は……買い替え時ではないと思う。




 これはお燐達から聞いた話です。

 洞窟に入ってから程なく、何者かの攻撃を受けたお燐ですが、その時の事を彼女はこう語ってくれました。

 

お燐「洞窟の中は八咫烏(ヤタガラス)の所為でまだ凄く暑かったですニャ。床や壁、天井まで溶かされていたみたいで、(いた)る所に冷めたマグマみたいなドロリした黒い物が転がっていて、たまにまだ赤く光る物もありましたニャ。気をつけて()(ニャ)いように歩いていたら、低い音が聞こえて来たんですニャ。でもその時は『(ニャん)だろ? 風かニャ?』って軽く考えていて、さらに進んで行ったんですニャ。すると今度は正面から風が吹いて来たんですニャ。あまり涼しく(ニャ)くて、まとわりつくよう(ニャ)気持ちの悪い風でしたニャ。その直後ですニャ。ケバケバした物にぶつかったのは。木の(みき)の様に太くて、岩の様に硬くて、それでいて毛深かったんですニャ。その時点でイヤな予感がしていましたニャ。そ、そうしたら……そうしたら……すっ、すぐ真上から(うな)り声がして…………。恐る恐る見上げてみると、深い暗闇の中から視線が……鋭い眼光がアタイを見下ろしていたんですニャッ」

 

 と、言葉を詰まらせながら、表情を(ゆが)ませながら。そしてその後に起きた事を、体を抱きしめて震えながらも教えてくれました。

 

お燐「六つもですニャ! 全部がアタイを見ていたんですニャ!! 怖く(ニャ)って逃げようとしたんですけど、アタイが動き出すよりも前に強い衝撃を感じて……ニャ」

 

 それで洞窟の外まで一気に飛ばされたそうです。

 お燐が感じた六つの視線、そこから当初私は「既に複数の者に襲われていた」と解釈しました。

 

彼 「はーーーッ!? 何だコイツ?!」

 

 けど、そうではなかったんです。

 

彼 「あ、頭が……」

 

 それはたった一匹の獣が放ったものだったんです。触れた物を八つ裂きにする刀のような爪を持ち、見上げてしまうほどの筋肉質な巨体からは、食らいついた獲物を決して逃さないノコギリのような歯を()き出しにした顔が

 

お燐「頭が三つ……」

 

 三つも。

 お燐を弾き飛ばし、閉ざされた扉から出てきた獣とは、

 

お燐「ケルベロスニャッ!」

 

 地獄の番犬、ケルベロスだったんです。

 

彼 「これもミツメーのペットなのか?!」

お燐「う、う……」

ケル「ガウガウガアアア」

 

 洞窟から出てきたケルベロスは続け様にお燐へと襲いかかりました。本来のお燐であれば例えどんなに力が強くても獣なんて恐れるに値しない相手です。

 でも、ケルベロスが再び襲って来たその時、お燐は動けなかったんです。そこへお燐が『光の槍』から私を助けてくれた様に、

 

彼 「お燐危ないッ!!」

 

 彼が飛び込んできて紙一重で救われたそうです。

 

彼 「ギ、ギリギリセーフ。お燐大丈夫?」

 

 ではここでクエッションです。

 

 Q.何故お燐は動く事が出来なかったのでしょう?

 

 神奈子さんに与えられたダメージ?

 八咫烏が滅茶苦茶に放った光弾で怪我を?

 ケルベロスの一撃が予想以上に重かった?

 疲れ? 足をくじいた?

 

 確かにそれらも要因かもしれませんが、決定的なのはそこではありません。

 正解は過去に深く刻まれた心の傷、

 

彼 「お燐? お燐?!」

 

 トラウマです。お燐は元々、それこそ私と出会う前までは何処にでもいる普通の猫でした。その頃に犬に()えられ、追いかけ回され、怖い経験をしたのが原因で、犬が大の苦手なんです。私の唯一の犬のペット、トイプードルのような可愛いらしい小型犬でさえ、近付こうとしないくらいに。

 そんな彼女の目の前に現れた超大型犬のケルベロスは、トラウマを呼び覚ますには充分過ぎました。

 

お燐「イヌニャイヌニャイヌニャイヌニャ……」

 

 「顔面蒼白(そうはく)(うず)くまってガタガタ震えていた」彼は当時のお燐の様子をそう語っていました。そして犬に対し、強い恐怖心があるとその時悟ったそうです。

 そうしている間にもケルベロスは次の行動を起こしていました。事もあろうに、動けなくなったお燐を六つの瞳に映し、向かって来ていたのです。

 

彼 「おい、犬」

 

 そこで彼は決心したそうです。

 

彼 「相手になってやらあああッ!」

 

 お燐を守る事を、一人で戦う事を。

 彼は迫る巨大な牙に向かってスタートを切りました。そして噛まれる直前で全身に右の回転を加えて攻撃を回避し、その遠心力に決意を握りしめた拳をのせて、

 

彼 「だりゃああああッ」

 

 全力の左ストレートを中央の顔、その(ほほ)に放ちました。

 

ケル「キャウン」

 

 甲高い悲鳴を上げて真横へ吹き飛ぶケルベロス。ですが、そのダメージは大きなものにはならなかったようで、すぐに起き上がったそうなんです。

 え? よく覚えていましたね。はい、確かに私は「彼は最強の名を手にした」と言いました。だから「大したダメージにならなかった」という点に疑問を持つのは当然だと思います。ですが彼の戦い方は少し変わっているんです。守りをメインとし、自身の力をあまり使わず、相手の力を利用するものなんです。

 合気道? へー、そういう武術があるんですか。流石武術の達人さんですね。ではその名をお借りしましょう。

 彼は幼い頃から自身の非力さを補うため、ある方の下で合気道を学んでいました。そして異変が起きたその年の夏、地底世界のお祭りの催し物、力比べで合気道のスキルを駆使して最強となったんです。だから彼は最強ではあるものの、最弱でもあったんです。

 

ケル「グルルルッ」

 

 最強の彼が放った最弱の拳は、ケルベロスの怒りを(あお)るくらいにしかなりませんでした。でも彼はそれを既に見越していました。元々仕留めるつもりはなかったんです。ケルベロスの注意をお燐から自分に向ける事が目的だったんですから。

 

ケル「ガーッ!」

 

 ケルベロスは彼の思惑通りに動きました。標的をお燐から彼へ変え、怒りを(あら)わにして向かって来たんです。

 さて、ここでアンケートです。

 

Q.ごく普通の大型犬でさえ、瞬間最高速度が時速70kmになると言われています。では、それが力も大きさも桁違いのケルベロスの場合、瞬間最高速度はどれくらいになると思いますか?

 

 答えは私にもわかりません。ですが、想像するにその速度は少なく見積もっても――

 

彼 「!?」

 

 倍以上、時速160kmは優に出ていたと考えられます。その証拠に彼が全く反応出来なかったのですから。

 速さは重さ。そこに加わる見上げる程の巨体に比例した体重。彼はケルベロスの突進を避ける事も、防ぐ事も、ましてやガードをする事も許されないまま直撃を受けたんです。

 

彼 「ガハッ、、、」

 

 あまりの破壊力に彼は(わず)かな時間意識が飛んでいたそうです。でも飛んでいたのは意識だけではなかったんです。彼自身もまた宙を飛んでいたんです。そして気が付いた時には――

 

彼 「ふざけ――」

ケル「ガアアアア゛ッ」

 

 追撃です。彼が地に着くよりも早く、ケルベロスは二度目の突進を仕掛けていたんです。

 

彼 「んなあああぁぁぁ。。。」

 

 今度は間一髪身を丸めて守りの姿勢を取ることが出来たそうですが、その破壊力の前にはほぼ意味を成さなかったと彼は語っています。この時横に吹き飛ばされていればまだ良かった方、体勢を立て直す事が出来ますからね。ですが運の悪い事に、彼は再び上空へと打ち上げられていたんです。

 

彼 「ぐぅううう……」

 

 たった二撃。その二撃で既に彼の全身は悲鳴を上げていたはずです。口の中は血の味が広がり、呼吸もままならなかったはずです。けど、その場に情などありません。ルールがあるゲームや試合とは違い、負ける事は死を意味します。

 次の瞬間、死神の鎌が彼の首にかかりました。

 

ケル「ガーーーーーーーッ!!!」

 

 ケルベロスが彼の後を追って宙へと飛び上がったんです。そして長い湾曲した――それこそ鎌の様な爪を立てて、未だダメージが引かずに苦しむ彼目掛けて勢いよく振り下ろしたんです。ガードなどしても腕も足も失うのは確定、五体満足でいられる術は避ける事だけ。ですが空を飛べない彼ではそんな事などできません。

 

彼 「チクショーーーッ!」

 

 彼はその瞬間、楽しかった思い出と想い人の笑顔、そして「『ムカつくアイツ』の顔まで浮かびやがった」と話していました。死の直前に見ると言われているフラッシュバックですね。

 でも彼はちゃんとこの場にいます。それが答えです。はい、結論から言うと彼はその攻撃を受ける事はありませんでした。

 

 

ドーーーンッ!!

 

 

 光の弾、妖気が凝縮された塊がケルベロスを吹き飛ばし、彼を救ったんです。誰が放ったのかは、語るまでもありませんね。

 

お燐「こっちニャ。アタイが相手ニャ」

ケル「ヴゥゥゥ……ッ」

 

 光弾はケルベロスに確かなダメージを与えていたと思います。ですがその分怒りを買うことになるのは当然の結果。そうだと分かっていても、例えトラウマだとしても、お燐は彼を救いたかったんです。

 ケルベロスは標的を再びお燐へと戻しました。六つの瞳に閉じ込められ、蘇る恐怖に束縛され、足がすくんで立っているのもやっとだったそうです。そのせいでしょうね。

 

お燐「『スプリーンイーター』ニャッ!」

 

 攻撃を……使う技を見誤ったんです。

 その時放ったものは相手の位置を次々と特定し、その場所に光弾を取り囲むように展開させ、徐々に集束させるもの。目にも留まらぬ速さで移動するケルベロスの前では――

 

お燐「ど、何処いったニャッ?!」

 

 使えたのは最初だけ。二回目はありませんでした。

 

彼 「お燐後ろッ!」

 

 彼からの指摘でようやく気が付いた時には、ケルベロスは三つの大きな口を開け、すぐそこまで迫っていたんです。彼が助けに行くには程遠い上、攻撃、回避、防御、逃亡、どの選択肢を選ぶにしてももう手遅れ。自分では何も出来ないまま、ケルベロスに食べられてしまう悪夢が見えていたと語っていました。

 けどその悪夢が正夢になる事はなかったんです。

 

 

SMAAAASH!!

 

 

 一筋の光が差し込んだです。希望が、運が、流れがやっとお燐と彼に味方をしたんです!

 

??「いきなりあちこちで火事が起きるわ、火柱が上がるわ」

 

 真(しん)に捉えた高い金属音を辺りに響かせ、ケルベロスを外野まで打ち上げたのは、

 

??「やーーー……っと帰って来られたのに、また地獄の様な光景。息つく暇もありゃしない」

 

 彼が「ムカつくアイツ」と(こぼ)し、子供の頃から顔を合わせれば喧嘩を繰り返していた(くさ)れ縁。それでも唯一無二の親友にして永遠のライバル。

 

??「いったい何が起きてんだよ?」

 

 この中でその者をご存知なのは神奈子さん達守矢神社の方々と、天狗さん、河童さんくらいでしょうか。絶対絶命の大ピンチに現れた救世主(ヒーロー)。その救世主こそ、そこにいる彼と同じく『次期鬼の四天王の候補』の一人、

 

  『和鬼ッ?!』

 

 『豪腕の和鬼』です。

 

和鬼「よう、相変わらず細せぇな」

 

 またの名を

 

和鬼「筋トレしてる?」

 

 『筋トレマン』。




はい、出ました。かなり前にチラッと出た珍獣が。
この件は近々明かされます。
そして帰って来ました筋トレマン!

【次回:表_一語り目】


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表_一語り目

東方プロジェクトのアプリが出るらしいですね。
東方lost world どんなやつでしょうね。


 

 

私 「さとり嬢交代だ!!」

 

 自分でも薄々気が付いていた。手のかかるアイツへの想いが引き金だって。けど、さとり嬢に言われて、その想いの名を告げられて、改めて気付かされた。ホントまさかだったよ。発動条件が能力の真逆、こんなにも平和的で優しいものだったなんて。

 

さと「お願いします。まずは一発お見舞いして下さい!」

 

 その事にヤマメ達ときたら目を輝かせて、やれ「ステキ〜♡」だの「ロマンチックぅ♡」だの、好き放題言いやがって……。でもそれは許せた。だけど親友ときたら「似合わなーい」ってゲラゲラゲラゲラと笑い転げやがって。……そう言えばあの二人は無事にゴール出来たのだろうか?

 

私 「うらあああッ!」

 

 矛盾、そして女子達の話のネタにされてしまう滑稽(こっけい)で、その上親友が言うように私のイメージとは程遠い能力。だがそのおかげであの時私は初めて――

 

お空「うぐぅぅぅッ」

 

 アイツの表情を(ゆが)ませる事が出来た。私が放った左ストレートがアイツのボディに深く突き刺さったんだ。直撃を受けたアイツは二、三歩後退(あとずさ)りをして腹部を抑えると、背を丸めながら肩を震わせてしばらく動かなかった。拳に残る確かな余韻(よいん)から、最初は「苦しんでいる」と嬉しさのあまり小さくガッツポーズを取っていた。でも、その考えは浅かった。

 

お空「き……キ……キ」

私 「?」

 

 アイツは……

 

お空「キタキタキタキタキあああーッ!」

 

 喜んでいやがった。

 耳障(みみざわ)りな笑い声を上げながら迫って来るアイツの攻撃を(かわ)し、(はじ)き、相殺(そうさい)し。私も負けずと拳で反撃に出るが、攻撃をしてはすぐ離れるヒットアンドアウェイの戦術の前では触れる事すらもできず、やむなく威力の高い大きな光弾で応戦していた。あまり得意ではない戦い方に歯痒(はがゆ)い思いを強いられていた。そんな時だった。

 

 

ドーーーン

 

 

お空「うぐ……ってあれ? なんとも……ない?」

さと「今のは私です。先に言っておきますが、コピーは得意なんです」

 

 私の心境を悟ってくれたさとり嬢が、私の攻撃に似せた光弾を放ってくれたのは。

 

さと「ここから私も加勢します。果たしてあなたに見分けがつくかしら?」

 

 さとり嬢と肩を並べて共に闘うのはあの時が初めてだった。しかも事前の打ち合わせも無ければ、サインやアイコンタクトもなく。後にも先にもあんな経験はもうないだろうな。

 

私 「(ここで右へ注意を外らす事が出来れば――)」

 

 

ドーーン

 

 

お空「ぐっ、いつの間にこんな弾幕を!?」

私 「スキありだあああ!」

 

 

ドドオオオオオン!

 

 

 自分が期待する速さ、方向、大きさの援護が告げてもいないのに、思うだけで抜群のタイミングで放たれ、

 

お空「いっつつつううう……。また覚り妖怪か!」

私 「(さとり嬢に注意が向いた。なら次のさとり嬢の動きは――)」

 

 私も彼女の考えが伝わって来て。

 

お空「待ちやがれッ」

私 「おい」

 

 

ガッ!(お空の服を掴む音)

 

 

私 「この私を無視するなんて」

お空「なんかイヤな感じ……」

私 「随分と余裕だなあああッ!」

お空「どぅわあああぁぁぁ……。。。☆」

 

 あんな感覚を、あんな快感を忘れられるはずがない。

 

私 「『お馴染み:パルスィ投げ』」

さと「パルスィさんではありませんがね」

私 「へへ、ナイスアシスト。さとり嬢」

さと「ふふ、あなたこそ。流石です」

 

 あの時の私達は間違いなく世界最強のコンビだった。

 

私 「追うぞ」

さと「はい!」

 

 そしてその結果、アイツを翻弄(ほんろう)し続け、

 

お空「くっそー、さっきから威力のある攻撃だと思ったら弱かったり、弱いと思ったら強かったり……」

 

 苛立たせていた。宙に浮かびながら、地に足をつける私達を見下ろしながらも、その表情に余裕はない。さらにその怒りの矛先は、

 

お空「強くないクセにィいいい! さとり様邪魔しないでよ!」

 

 さとり嬢。そこへ、

 

さと「ふんっ」

 

 さらなる追い討ちが。

 

さと「二人でもいいって言ったのはあなたよ? まさか武が悪くなったから『やっぱり無し』なんて言うの? 強敵だと思ったのに案外大した事ないのね」

 

 さとり嬢が発言する度に、アイツは首を折り、背を曲げ、拳をワナワナと震わせていた。怒りのバロメーターが上昇している証だった。そしてついに、トドメのド・ストレートな一発――

 

さと「バカカラス」

 

 その瞬間アイツはさとり嬢へ真っしぐらに拳を振り上げて襲いかかった。光弾ではない直接的な攻撃。私とさとり嬢はそれを、それをずっと待っていた。

 さとり嬢は怒りで周りの見えなくなったアイツの握り拳をギリギリまで(こら)え、その間に私はアイツの背後へ回り込む。さとり嬢が躱したのを見届けて放つは――

 

私 「おい、こっちだバカカラス」

お空「うにゅ?」

 

 町を……旧地獄を守りたい。その想いも乗せ、

 

私 「歯ぁ食いしばれッ」

 

 能力全開、手加減一切無し、スペルカードなどという生温いものではない、父さんの伝家の宝刀。物理攻撃に衝撃波を上乗せした究極破壊兵器。

 

私 「大江山(おおえやま)(おろし)いいイッ!」

 

 空気を破裂させる音を辺りに響かせ、大気を揺るがし、強力な突風を生み出し、アイツを地の底へと叩き落とした。

 

さと「きゃーーー……☆」

 

 ついでにさとり嬢も屋敷まで吹き飛ばしていたけどな……。

 そう、あの時私達は既に地霊殿の裏庭に辿(たど)り着いていた。

 作戦の内容は一切聞いていない。でも、アイツの注意が自分に向いたと察するや、背を向けて走り出し、アイツが後を追って来たら振り返って後退しながらも応戦する。そんなさとり嬢の奇妙な戦い方に、初めは疑問を抱いていたが、徐々にその意図を察していった。「何処かに誘い込もうとしている」と。

 そこからはさとり嬢の向かう方角に合わせて私も攻撃を加えていった。誘導してみたり、面倒……もとい、手短になるように吹き飛ばしてみたりと。

 そして敷地内に入り、裏庭に回った時に何がしたいのか確信した。建設に参加していただけにこの屋敷の事は各部屋の作りと間取り、さらに特別な部屋がある事までよく知っていたから。

 その先はさとり嬢にとっても()けだったはずだ。あの部屋の入り口の前でスタンバイし、苛立つアイツを言葉でさらに(あお)って怒りを呼び起こし、引きつける。そこにカッとなって突っ込んで行くアイツの背後から私が……。一応あの時、私に気付いてからぶち込んだと記憶している。目も合ったはずだし。背中から攻撃をするなんて私のポリシーに反する。だからそれだけはやっていないと断言出来る!

 

さと「勇儀さん早く!」

私 「分か(わー)ってる!」

 

 その後私は急いで灼熱地獄への入り口、頑丈で強固な扉を閉ざし、手に余るアイツを閉じ込める事に成功した。安心感と能力切れからドッと押し寄せる気怠さの中、私はさとり嬢からその時に初めてアイツが何者であるのかを聞かされ、強いショックを受けた事を覚えている。あれは「まさか」という驚きよりも……。

 

さと「初めは目付きも口調も、お空のものとは別物だったのですが……」

 

 足下に視線を落として語り始めるさとり嬢の手は強く握り閉められ、指の隙間からは赤い色の涙が流れていた。私はその先に話すであろう事を予測していながらも、黙って耳を傾けていた。

 

さと「バカカラスと言ってムキになったり」

 

 この時「そこは誰でも怒るだろ」と思ったのは内緒だ。

 

さと「私を『さとり様』って呼んだり、おまけに『うにゅ?』って……。あの子の人格はまだ――」

 

 やっぱり。それが素直に思った事。だから私は話を聞いた時に胸を締め付けられたんだ。きっとお空はずっと戦っていたんだ。身体に侵入してきた八咫烏(ヤタガラス)とやらと。

 お空が戦いに勝つと信じて待つ事が最善の方法だっただろう。そして私達もそうであって欲しいと願っていた。

 けどそれは許されなかった。時間は待ってなどくれなかった。願いは叶わなかった。

 

 

 ドガーンッ!!

 

 

??「メガフレア、ギガフレア、ペタフレアあああッ!!」

 

 最初の大きな音から始まり、次々と打ち込まれる扉への攻撃。その激しさは回を重ねる毎に増していった。だが扉は当時の私達の技術(ちから)を集結させて作りあげた耐熱性と頑丈性に富んだ物。いかなる衝撃と熱にも耐えられるように作ってある。

 すると扉の内側から

 

八咫「くそおおおっ、開けろッ!! ここから出ぜえええッ!」

 

 ガンガンと叩く音と共に怒り狂うアイツの声が聞こえて来た。

 

八咫「こんな事をしてただで済むと思ってるの?!」

私 「出すわけないだろッ」

八咫「ふざけんな! 今すぐ開けないとお前から消すぞ! 開けろよッ!」 

 

 扉への物理攻撃音と同時に発せられる言葉は、暴力的ものではあったが、そのトーンは徐々に力を失っていた。やがて音も声も聞こえなくなり、「観念したか?」と思い始めた頃、

 

??「さとり様……」

 

 中から……。

 

??「……助けて」

 

 暴れ続けるアイツの声と高さも波長もなんら変わらなかった。けどあの時分かったんだ、それがアイツではなく()()の悲痛な叫び声であると。そしてこれは、

 

さと「お空ぅ……」

 

 さとり嬢には重く、大きく、強く響いていた。光を失った瞳から一筋の涙が流れ、何かに取り憑かれたかの様に覚束(おぼつか)ない足取りで扉へと近づいていた。「救いたい」その一心だったはずだ。

 

私 「さとり嬢気をしっかり持て! 今出したらアイツは間違いなく真っ先にこの町を、地底世界を滅ぼすぞ!」

 

 でもそれを許してしまったら、取り返しの付かない事になっていた。あの時、ああは言ったがお空の助けを求める声を聞いてしまった手前、八咫烏(アイツ)罵声(ばせい)がお空の泣き叫ぶ声に聞こえて心苦しかった事を覚えている。今でも思い起こすだけで辛い。

 本心を押し殺し、目下の扉を見守りながらアイツが諦めて落ち着く事を願う。あわよくばいつものお空に戻って欲しいとも。それくらいしか出来なかった。

 

八咫「チッッッキショオオオッ!」

 

 無念、無情、無慈悲。時の流れを(つかさど)る神がいるのなら、胸ぐらを掴んでその時のことを問い詰めたい。

 

八咫「開けろって、イッテンダヨォオオオ」

 

 「何故願いを受け入れてくれなかった?」と。

 分厚く強固な扉越しだというのに、肌にヒシヒシと突き刺さる凄まじい迫力。その余りある怒りの力は、

 

私 「な、なんだ? 地震か?!」

さと「違います、これは……」

 

 足下をガタガタと(すく)み上がらせていた。さらに揺れは次第に激しさを増し、ピシッ、ピキッと音を上げて亀裂を生み出し、その隙間(すきま)から蒸気が噴射。それも一箇所、二箇所どころの騒ぎじゃない、そこら中一帯で湯気が暴走していた。

 

さと「中の温度が急激に上がっているんです! 扉は大丈夫かも知れませんが、このままでは地盤ごと――」

私 「なっ、アイツ灼熱地獄ごとぶっ壊すつもりか!?」

 

 私のその予想は不幸にも正しかった。中から怒りに満ちた雄叫びが漏れ、その声が強くなる度に地面が今にも吹き飛びそうな程盛り上がっていき、挙げ句の果てには地底全体を大きく揺るがし始めた。いつかの大地震の時のように。

 

私「(このままでは床が吹き飛ぶ)」

 

 そう思った時だった――――

 

 

ピーーーーーーーーーッ!!

 

 

私 「んあ?」

鬼助「姐さん休憩終わりですよ」

私 「もう終わりかい。休んだ気がしないな」

鬼助「『うーん、うーん』って唸ってましたもんね。悪い夢でもみてました?」

私 「悪い夢ねぇ……」

鬼助「へい?」

 

 もしそうだったら救われたんだけどな……――――

 

 

 鼓膜を突き破るようなバカでかい爆発が何処からか聞こえて来たのは。

 

私 「何だ今の!? 何処から聞こえて来た?!」

 

 後に私は知った。それが……。

 

さと「分かりませんッ! でも見た限り周囲も町の方も何も起きていません」

 

 それが幕開けの合図、地上に吹き出た地の恵み『間欠泉』であると。

 けど当時の私はそんな事が起きているなんて少しも考えもせず、ただ「町の何処かで更なる大惨事が起きていやしないか」と、それだけを心配していた。それはさとり嬢も同じ。

 そんな私達の気など御構い無しに、

 

八咫「はぁ、はぁ、手応えを感じたのに……。無駄に頑丈な作りしやがってェエエエッ!」

 

 第二波を起こそうとしていた。

 

私 「(このまま何もしないでいたら……)」

 

 脳裏を掠める最悪の状況。とは言え、私達ではどうにもできない。だからあの時、私は彼女に賭けたんだ。

 

私 「お空、聞こえてんだろ?!」

 

 アイツの中で膝を抱えて泣いているであろうお空自身に。

 

私 「絶対に助ける! だからお前さんも足掻(あが)け! (あき)らめるな!! そいつにいいようにさせるんじゃない!」

 

 地底世界の未来を賭け金に、負ければそれはこの時点で消え失せる一世一代の大番勝負。(さい)投げられ、その出目は……

八咫「がっ……、頭の悪い地獄烏が――出て来るんじゃないわよッ」

 

 私の勝ち。そしてあの時聞こえた声は紛れもなくお空の声だった。

 

お空「うにゅーッ! 負けないもん、さとり様と鬼さんをイジメないで!」

八咫「あああぁぁぁ……、、。。」

 

 扉から遠ざかっていく叫び声と、ピタリと止んだ大地の揺れ。いつまた再発するとも分からない一刻を争う中でようやく手にした大チャンスに、私は急いでさとり嬢に尋ねた。

 

私 「さとり嬢! お空が戦ってくれてるうちだ。次にアイツが戻ったら灼熱地獄ごと吹き飛ばしかねないぞ!!」

さと「……」

私 「何か考えがあってここに連れて来たんだろ?!」

 

 彼女が考える作戦というのを。

 

さと「お空を……お空を屋敷ごと地底奥底に沈めます」

私 「はああああッ!? お前さんそれ本気か?! 本当にそれでいいのか?!」

さと「いいわけないじゃないですか! でも地底を守るにはもうそれしか手が無いんです!」

 

 母さんの意思を継ぎ、凛とした姿で町の長を務めて来た彼女。その彼女がその時、膝から崩れ落ちて大粒の涙を流していた。

 

さと「――さん……」

 

 私は手のかかるアイツが幼い頃、三カ条の他に口酸っぱく教えていた事がある。それは今でも嫌な顔をしながらも守り続けてくれている。

 

さと「勇儀さん……」

 

 鬼は交わした約束を破らない

 

さと「助けてください」

 

 のではなく、

 

私 「へへ」

 

 『鬼は交わした約束を必ず守る』と。

 そして私はお空と約束した。「絶対に助ける」と。

 

私 「よっしゃまかせろ!」

 

 意気込んだ私には作戦なんてなかった。でもやらねばならない事は分かっているつもりだった。

 

私 「(八咫烏が暴れ出したら黙らせる)」

 

 ただそれだけを考えて扉を見下ろしていた。

 中は恐ろしい温度だっただろう。例え私と言えど、ものの数秒で全身大火傷を負うのは避けられなかっただろう。そう、全ては憶測。なぜなら私は最後まであの部屋に入る事はなかったのだから。

 

私 「な、なにィイイイ!?」

 

 あれに気が付いたのは本当に偶然だった。いったいいつから、どうしてあんな状況になっていたのかなんて、当時は全く見当もつかなかった。

 気合いを入れようと深く息を吸い込んだ時に見上げた頭上には、

 

 

ウウォオオオオオ

 

 

 雄叫びを上げる怨霊が川上を目指す魚の群れのように、町を目指して飛んでいたんだ。

 

 

 

 




【次回:裏_二語り目】


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裏_二語り目_※挿絵有

 これは彼達から聞いた話です。

 地獄の彼方からピンチの二人の前に金棒を(かつ)いで颯爽(さっそう)と現れた正義のヒーロー、その名も筋トレマン!

 と言えば聞こえはいいのですが、種を明かしてしまうとそれまで『筋力強化合宿』という名目で、ヘカーティア様と共に本物の地獄に行っていただけなんです。期間にして半年程でしょうか。そこでの生活と修行を後に彼は――

 

筋ト「ヘカーティア様から紹介された人達がいて、いつもその人達に鍛えてもらっていたんだ。早朝は準備運動がてらの『積み石』作業。石って言ったけど掌に収まるような小さな物じゃない。あれは石というか岩だよ岩。それを毎朝背負って運んでさ。十段積み上げるんだけど、途中で(くず)れたら一からやり直しなんだ。もーしんどいのなんのって。しかも担当してくれた人がちよっと……ね。いや、パッと見はおっとりしていて優しそうな感じなんだよ。でも言葉使いが荒くてさ。おまけに石を運んでる最中にちょっかい出して来たり、失敗したら『ヘタクソ』って野次ってきたり、オレが汗水流して息を切らせている様子をニタニタ笑いながら見ていたりしてさ。ホントいい性格してんだよ。名前? ヘカーティア様からは『エビちん』って呼ばれてたけど。(えびす) 瓔花? ふーん、無駄な単純作業を楽しいものにしてくれる福の神ねぇ……どこが?! まあ、早朝からそんなんでさ、昼からは地獄に落とされた者達と同じ罰で鍛えられて――」

 

 文字通り地獄だったと語っていましたよ。あ、でも「体作りのための食事は文句無しだった」と言っていましたね。何でもお魚が美味しかったらしく……そういえばその事についても何か言っていたような――

 

筋ト「三途の川に連れ出されてさ、そこで魚を捕まえて食べてたんだ。釣り? そんな生易しいものじゃない。泳いで素手で捕まえるんだよ。しかもその魚がスッッッゲーデカくてさ、超攻撃的なの。追い掛ける手間は(はぶ)けたけど、逆に食われないように逃げんのに必死だったよ。おまけに赤ん坊の石像まで背負わされて……。それが超絶重いの。何度(おぼ)れかけて魚の餌になりかけたことか……。でも苦労した分美味かったぞ。脂ものってたしな。そうそう、その時担当してくれた人がオレと同じ鬼だったんだよ。だから名前も覚えてるよ。牛崎(うしざき) 潤美(うるみ)さんだ。今度こっちに遊びに来るって言ってたよ」

 

【挿絵表示】

 

 

 でもこれはどうでもいい事なので、今お話しするのはやめておきましょう。では本筋に戻ります。

 

彼 「へへ……、ナイスタイミング」

お燐「あ、ありがとうニャ。助かったニャ」

 

 久しぶりの再会です。

 

  『でも……』

 

 厳しい合宿を終えた筋トレマンへの二人の第一印象は、

 

彼 「(またデカくなったな)」

お燐「(ガチガチのムキムキのモリモリだニャ)」

 

 「マシマシだった」だそうです。実際私もそう思いましたしね。

 

彼 「帰ってたんだ」

お燐「いつからこっちにニャ?」

筋ト「ついさっき。ところでオレの腕を見てくれ。コイツをどう思う?」

彼 「すごく・・・」

お燐「大きいです・・・ニャ」

 

 積もる話もあったでしょう。ですがそんな悠長なことをしている間なんてありません。なぜなら彼等が軽い挨拶を交わしていた頃、

 

ケル「ヴウゥゥゥ」

 

 それは口から血を流しながらも起き上がっていたんですから。

 

筋ト「で、アレは何? さとりさんのペット?」

お燐「違うニャ、洞窟の中から出て来たんだニャ」

彼 「ヤバッ、もう動けるのかよ?!」

 

 筋トレマンの一撃は中央の顔の牙をへし折っていたと聞いています。きっと脳へもダメージを与えていたはずです。でもケルベロスの頭は三つ。そのおかげで復活も早く、大したダメージにもならなかったんです。

 私が考えるに、ケルベロスをダウンさせる方法は主に二つ。本体である頑丈な胴体に強い衝撃を与えるか、同時に三つの脳を揺さぶるかのどちらか。

 

ケル「ガウガウガウッ!!!」

 

 当時の彼とお燐はその事に気付けずにいたと思います。考える余裕すらなかったと思います。例え気付けたとしても状況は変わらなかったかもしれませんがね。

 

お燐「またこっちに来たニャーッ!」

筋ト「んー……」

彼 「ボサッとしてないでお燐を連れて逃げろ!」

 

 けど、筋トレマンは分かっていたんです。

 

ケル「ガーーッ!」

 

 超スピードで目前に迫るケルベロスの攻撃を、振り下ろした爪を避けて下へ潜り込んだんです。さらに――

 

筋ト「重さ……だいたい800キロってとこか。ちょーどいい」

 

 片手でケルベロスの毛を鷲掴(わしづか)むと、

 

筋ト「重りをしっかり掴んで〜。腕を上げ下げ上げ下げ♫ 上腕二頭筋が喜んでるぞー」

 

 こう、腕を上下にブンブン振り回しだしたんです。ちなみに、この運動は二の腕を引き締め、バストアップにも効果的だと言っていました。

 

筋ト「よし、次は反対だ。ん〜喜んでる喜んでる。三角筋も幸せだあっ」

 

 なおこの時、腕を曲げない事がポイントだそうです。そうそう、あゆみさんお上手です。

 ではあと4つでその重りを思いっきり地面へと叩き付けて下さい。(ひー)(ふー)(みー)……

 

筋ト「ヨッ!!」

 

 

ビターンッ!

 

 

筋ト「お次は両手で持って頭の上へ〜♫ 足を肩幅まで開いて〜……屈伸だー。大臀筋(だいでんきん)がオカワリを欲しがってるぞー」

 

 ここでもポイントです。(ひざ)を曲げる時に息を吐きながらお腹に力を入れると、ヒップだけでなく、ウエストも引き締まって一石二鳥なんだとか。なお(ひね)りを加えるとより効果的だそうです。お、レティさん熱心ですね。でもほどほどにしないと翌朝大変ですよ? あ、でも明日からお休みでしたね。

 じゃああと4つでまた重りをビッターンと。太ましくなってしまった体への憤りと共にどうぞ。(いー)(あー)(さん)……

 

筋ト「スーッ!!」

 

 

ビッターン!!

 

 

筋ト「さらに続きまして――」

 

 はい、ではみなさんあと4つでまたまたいきますよー。日頃の悩み、ストレス、鬱憤(うっぷん)を全部叩きつけちゃいましょう。(アインツ)(ツヴァイ)(ドライ)……

 

  『フィーアァァァッ!!』

 

 と、この様に筋トレマンもバーベル(ケルベロス)を振り回し、固い地面へ何度も叩きつけていたんです。

 

筋ト「いい感じに温まってきたぞ〜」

 

 筋トレを終えた筋トレマンは満足そうに肩を回していたそうです。その足下には目を回したケルベロスが地面にめり込んでいたそうですよ。

 ではここで思い出してみて下さい。私が言ったケルベロスを倒す条件を。

 はい、そうですね。筋トレマンはこの時、その二つの条件を一度に苦もなくやってのけたんです。振り回した事で三つの脳を同時に揺さぶり、固い地面に叩きつけて本体にもダメージを負わせて。

 

ケル「ウ……ウー……」

筋ト「お、まだ気を失ってないのか?」

彼 「今のうちだ、また起き上がるぞ!」

筋ト「へいへい、お燐立てる?」

お燐「腰が抜けちゃったニャ……」

筋ト「オッケー」

お燐「ニャ!?」

 

 絶好のチャンス到来です。そのすきに筋トレマンはお燐と彼と共にその場から逃げ出しました。

 

お燐「(不服ニャ)」

筋ト「なあ、アレあのままでいいのか?」

彼 「しょうがないだろ。お燐は怖くて戦えないみたいだし、自分達二人じゃどうにもできない」

お燐「(アタイ、レディー……ニャ)」

筋ト「そうか? 結構楽勝だと思うけど」

彼 「あのなー、アイツだってバカじゃないと思うぞ? もうさっきみたいに正面から突っ込んでは来ないだろ。気付かない間に背後取られたらそれこそ終わりだぞ」

お燐「(運び方をどうにかして欲しいニャ……)」

筋ト「じゃあどうするつもりなんだよ?」

彼 「助けを……誰かに手伝ってもらう」

お燐「(これじゃあお神輿(みこし)だニャ)」

筋ト「誰かって誰に?」

彼 「ミツメーは取り込み中だから……」

 

 これからどうするのか。その事を考えながら走っていたそうです。その結果、彼らは『頼りになる者』に協力を求める事にしたんです。でも、その答えが出て間も無く――

 

筋ト「うああああぁぁぁ。。。……」

お燐「ニャあああぁぁぁ。。。……」

 

 大気が破裂する音と屋敷からの強烈な向かい風に襲われ、なすすべなく三人とも飛ばされてしまったのだとか。

 ちょうどその頃、私は勇儀さんの協力のおかげで八咫烏を灼熱地獄へと追い込んでいまして、彼等を襲った突風はその時に彼女が起こしたものなんです。その事にいち早く気が付いたのが、やはり彼でした。

 

彼 「(これ、大江山颪だ。しかもこの感じ……)」

 

 そしてそれは彼等にとって大きな誤算でもあったんです。

 

筋ト「なんだ今の?!」

彼 「姐さんだ、姐さんの大江山颪だ!」

お燐「!?」

筋ト「じゃあ勇儀さんがあそこに……しかも戦ってるのか?! でも誰と?」

彼 「お空だよ。町に火をつけたのも……」

お燐「ちょ、ちょっと二人とも……ニャ」

筋ト「はあああッ!? お空ってさとりさんのところの、頭の悪そうなアイツぅ?!」

彼 「正確にはお空の中に入った変なヤツの仕業なんだけど。きっと姐さんはミツメーと何処かで会ったんだ。それで二人でお空を……。しかも大江山颪を使うってことは相当苦戦しているんだ。でもそうなると――」

 

 突風を発生させた方が協力を仰ごうとした『頼れる者』だったのですから。そこから彼は他の協力者を脳ミソフル回転で考えようとしたそうです。ですが、

 

お燐「ニャーーーッ!! 二人とも聞くニャ!」

 

 いきなりお燐が叫び出し、思考を止められたそうです。そして視線を向けると、人差し指を下へ向けて真っ青になったお燐がいたと。彼等はその指に導かれるまま視線を落とすとそこには……

 

  『!?』

 

 ゴワゴワ、ケバケバした肌触りの悪い絨毯(じゅうたん)が広がっていたと語っていました。

 

ケル「ウ゛ゥゥゥ」

  『げええええええ!』

お燐「逃げるニャッ!」

 

 呼吸を忘れて逃げ出す三人。この時筋トレマンは時間稼ぎにと、ケルベロスを投げ飛ばしていたそうなのですが、

 

ケル「ガウガウガウガウガアアアッ!!!」

 

 それでもたった数秒の逃亡劇。あっという間に追いつかれ、

 

  『お燐ッ!』

 

 お燐がとうとう……。噛みつきやひっかきこそなかったものの、背後から大きな前足でもいい押し潰され、身動きが取れない状態になってしまったんです。

 

お燐「ニャ、アアァァァ……」

 

 背中にのしかかる重力に骨がビキビキと悲鳴を上げ、呼吸もままならなかったと話していました。そこへ畳み掛けるように状況は悪化します。

 

お燐「ひいいいいっ」

 

 ケルベロスが爪を立てたんです。

 お燐はこの時、運良く爪が伸びる方向の直角に倒れていまして、直接触れる事はなかったそうなのです。でも、想像してみて下さい。目の前に獲物の血を吸い続けて赤黒く変色した、太くて鋭利な凶器が現れた瞬間を。それは身の毛もよだつ恐怖の瞬間だったことでしょう。

 

お燐「(も、もうダメニャーッ!)」

 

 その時です。

 

筋ト「おう?」

彼 「じ、地震?」

 

 救出に駆け出していた二人の足を止めさせ、巨大な獣をキョロキョロと周囲を気にさせ、横たわるお燐を上下に揺さぶった現象が起きたのは。やがてそれは立っているのも辛いと感じてしまうほどまでに激しさを増します。灼熱地獄に閉じ込めた八咫烏が暴れ出したんです。

 その時私の周りでは地面に亀裂が生じ、その隙間から蒸気が吹き出ていましたよ。……はい、その通りです。これが間欠泉の予兆です。そしてこれは彼等の方でも――

 

ケル「キャウンキャウンキャウン」

筋ト「しめた!」

彼 「お燐早く!」

 

 ケルベロスのすぐ側で蒸気が噴き出し、一つの顔に直撃したんです。そのおかげでケルベロスはお燐から手を離してその場から離脱、雪で冷やしに行っていたそうです。その間にお燐と彼等は合流を果たしますが……。

 後にお燐は、

 

お燐「あの時、もう薄っすらと気付いていましたニャ」

 

 と話していました。私が屋敷に戻っていた事も、八咫烏を灼熱地獄へと閉じ込めた事も、そしてその八咫烏が灼熱地獄ごと壊そうとしている事も全部。さらにそれを確信へと変えたのが――

 

彼 「今の何?! 何処で!?」

筋ト「ビビったー」

 

 大爆発音です。間欠泉が地上に上がったんです。この時はまだ私も彼等も何処で何が起きていたかなんて想像もしていませんでしたけどね。でもその爆発音で間欠泉が上がったのは確かです。目撃者がいましたから。その目撃者の事は追い追い話すとして、悪い予想が確信へと変わってしまったお燐は、これまでの経緯と共に話したそうです。私がお燐に話した作戦の事を。

 

筋ト「屋敷ごと沈めるって……マジで?」

彼 「……」

お燐「アタイ、イヤニャ。お空がい(ニャ)(ニャ)(ニャ)んて絶対イヤニャ。さとり様だって本当はそん(ニャ)事したく(ニャ)いはずニャ。でもそうし(ニャ)いと地底が……みん(ニャ)が……」

筋ト「お燐の話からすると下に閉じ込めたって事は、さとりさんと勇儀さんの二人でも止められなかったって事だろうな。それにその変な女が味方してくれるなんて考え難いし。そうなるとヤマメやパルスィが加わったところで止められるかどうか――」

お燐「アタイ、どうしたらいいか……」

 

 お燐はきっと涙ながらに話したことでしょう。

 

お燐「お空を助けたいニャ……」

 

 出来損ないの二人の少年達に救いを求めたことでしょう。

 

彼 「……いるだろ?」

筋ト「は?」

お燐「ニャ?」

 

 そしてその胸の内を聞かされた彼は、

 

彼 「まだいるだろ。自分達には頼れる人が!」

 

 一世一代の

 

彼 「呼ぶんだ」

 

 とんでもない作戦を思い付いたんです。それは彼が絶大な信頼を寄せる勇儀さんと同じくらいの実力を持つ方を地底世界へ呼ぶ事だったんです。そこで彼はお燐にこう指示を出したんです。

 

彼 「お燐、地上に怨霊を放つんだ!!」

 

 と。その方というのが……。

 いいえ霊夢さん、あなたではなかったんです。その方は地底から地上へ移り住んだ方、そして勇儀さんと同じく鬼の四天王。そうです、あの時地上へ放たれた怨霊達はそこでスヤスヤと眠っている伊吹萃香さんへのSOS信号だったんです。

 

 




早速、新作より二名登場して頂きました。
地獄でのストーリーですしね。
mmdで既にモデルがいたのが驚きでした。
もう一方はまだ無さそうだったので見送りましたが、見つけたら使わせて頂こうと思ってます。

そして原作では「地底異変の始まりは、お燐が地上へと知らせるため」とあります。そこをアレンジさせて頂きました。

【次回:表_二語り目】


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表_二語り目

ウオォォォ

 

 

 雄叫(おたけ)びを上げて飛んで行くソイツらは旧都で日常的に見かける。

 

鬼助「チッキショーまた吸われた」

 

 そんでもって、

 

鬼助「かいぃぃぃ」

 

 このように迷惑な(やから)でもある。

 

鬼助「まだ春だってぇのに、なんか例年より多くないですか?」

私 「今年は一段と暑いからな。早くから元気なんだろうさ」

 

 夏が近づくにつれて目に付く回数が増え、その動きも活発になっていく。盆の時期の夜なんて格闘劇を繰り広げないと安眠もできやしない。なおその対処法は、

 

 

パチンッ!

 

 

私 「ふん、身の程を知れ」

鬼助「敵討(かたきう)ち、ありがとうございます」

 

 と、このように叩き(つぶ)せばいい。もしくは町で売られている線香に火をつけて持ち歩けばいい。けどそれが通用するのは力の弱いヤツらだけ。

 でもあの時、私達の頭上を流れていく怨霊(ソイツら)は――――

 

私 「なっ……」

 

 違った。形も大きさも、おどろおどろしさも、雄叫びに込められた憎しみと悲しみの質もまるで別物だった。「なぜ?」「どうして?」「何が起きている?」次から次へと浮かび上がる疑問と目に映る異様な光景に、私は言葉を失い立ち(すく)んでいた。けどいくら考えてみてもその答えが出るはずもなく、分かっていた事と言えば、

 

私 「コイツら封印された怨霊か!?」

 

 そいつらの正体だけ。

 地霊殿の真下、灼熱地獄跡には強力な怨霊が封じられている。これは旧都に住む全員が知っている話であり、その姿を見たのは実に久しぶりの事だった。

 

??「ブツブツ……」

 

 と、ふいに横から聞こえて来た小さな声。そちらへ視線を向けてみると、拳を口元に当てた思考のポーズのさとり嬢が。さらに耳を傾けてみるが、

 

さと「灼熱地獄(ここ)ではない……。あの子――」

 

 聞き取った言葉からでは何の事やらサッパリ。

 

さと「ううん、そうとしか……ブツブツ」

 

 それでも続く思考タイムに、私はとうとう(しび)れを切らせていた。

 

私 「さとり嬢?」

さと「でも……ブツブツ」

私 「さとり嬢!」

さと「ひゃいッ!?」

私 「これも作戦なのか?!」

さと「違います! でも怨霊を放ったのは間違いなく――」

 

 あの時さとり嬢が言おうとした事、もしかしたら私は頭の片隅(かたすみ)で既に悟っていたのかもしれない。だから「これも作戦なのか?」と。きっと「さとり嬢が彼女に指示をした」と思って。

 そこへタイミングよく

 

??「さとり様!」

 

 全身泥だらけで息を切らせながらやって来た

 

  『お燐!!』

 

 話題の彼女。

 お燐は私達が尋ねるよりも早く自分がそこに現れた理由(わけ)を話し始めた。地霊殿の裏の洞窟からケルベロスが出てきた事、その(ケルベロス)を和鬼とアイツの二人で相手をしている事を。そして――

 

お燐「向こうではケルベロス、こっちではお空ニャ。しかもその力は強大過ぎますニャ」

 

 怨霊を放ったその意味を。

 

お燐「それで――君が萃香さんの協力が必要だって……ニャ」

 

 けどそれは、

 

お燐「『怨霊を地上に(はニャ)って地底世界が緊急事態だって知らせるんだ』ってニャ」

 

 私達の予想を(はる)かに凌駕(りょうが)していた。いや、ぶっ飛び過ぎていた。

 

さと「あのボケーッ!!」

 

 そしてその時初めて知ったさとり嬢の本音。

 その事については「前からそう呼ばれていた」と後に聞かされた。だからと言って別に怒るつもりもなかったし、(むし)ろ「ピッタリだ」と思ったほどだ。にも関わらず、さとり嬢ときたら何度も頭を下げて来て……。

 

さと「怨霊を地上に?! 完全に契約違反じゃない! こんな事をしたら『地底の者達が地上へ攻め込んで来た』と思われて博麗の巫女か賢者様が動くわよ!!」

 

 私達がここ地底世界に移り住む時、当時の博麗の巫女と幻想郷の賢者、そして町の長だった母さんとで交わされたある約束。

 

「地上の妖怪を進入させない代わりに、地中の怨霊達を地上に出さないように(しず)める事」

 

 そのためにキスメやパルスィ(ヤツ)達が日々監視をしていた。さらに昔はヤマメも。その甲斐(かい)もあって、貧弱な怨霊でさえ地上に出した事がなかった。一度もだ。その約束が破られる……いや、あの時さとり嬢は「破られた」と考えていたのだろう。

 

さと「栓を抜いたんでしょ?」

 

 そうお燐に尋ねたさとり嬢の表情は険しいものだった。まるで尋問(じんもん)を行うかのように。

 ところでこれも後からさとり嬢達から聞かされた話だが、屋敷の外にも灼熱地獄跡へ(つな)がる場所があるらしい。私達では詰まってしまう程の大きさで、怨霊のみが通れる秘密の抜け穴なんだとか。普段はそこに(ふた)をしていて、開ける事はほぼ無いらしい。あくまで緊急用だと。その蓋をさとり嬢達は『(せん)』と呼んでいるんだと。

 さらにもう一つ、その栓を開けるよりも前から怨霊は地上に出ていたそうだ。なんでも間欠泉が吹き出た時に、灼熱地獄の壁に怨霊一匹が辛うじて通れるほどの穴が開き、地上と直結する経路が出来てしまったのだとか。つまりお燐が何もせずとも地上に地底が異常事態である事を知らせていたという事になる。

 そうとは知らずに当時のさとり嬢とお燐ときたら――

 

さと「ボケ達じゃないんだから少しは考えなさいよッ」

お燐「考えましたニャッ。アタイそれでもいいって思いましたニャ!!」

 

 あーだこーだと……。

 

さと「はあああ?! もう地底(ここ)に住めなくなるかも知れないのよ? それでもいいって何を――」

お燐「どのみちお空がまた外に出たら住め(ニャ)いニャ!」

さと「だから屋敷ごとお空を……」

お燐「それだけは絶対イヤニャ! アタイはお空を助けたいニャ!!」

 

 さとり嬢を赤い瞳に映し、真っ直ぐにハッキリと伝えたお燐の想いはさとり嬢も同じ。そして二人の成り行きを見守っていた私も。でもそのためには……

 

お燐「お空とケルベロスを止めるには萃香さんにしろ、博麗の巫女にしろ、賢者様にしろ、強い誰かの助けが必要だニャ!」

 

 戦力不足。それは現・町の長であるさとり嬢も充分に理解できていたはず。

 だが起きている問題というのが、何を優先させて、何から手を付ければいいのか分からない程に多発し、その内容もどれを取っても直ぐに解決できそうなものではなかった。その結果、

 

さと「あーーーっ!」

 

 さとり嬢は頭を()(むし)って発狂。

 

さと「問題はそれだけじゃないの!」

 

 おまけに地団駄(じだんだ)()んで(うった)え出した。顔を真っ赤にして、例の癖を全開にして。

 

さと「町では火が放たれてあっちやこっちで消火活動が始まっているはずナノ! きっと監視の方達もダーって行っているはずナノ! そこに怨霊がグワーッ、ナノ! 監視がいない今地上へブワーッ、ナノ! 最悪それを見たのが博麗の巫女だったらオリャーっ、ナノ! それであの扉が開かれているなんて知られたら一発退場ナノ!」

 

 その時の様子がまた……ね。今思い出しても……くくく。容姿と話し方が似合い過ぎて可愛らしかったな。そう思ったのは当時の私も同じだ。

 けど、それでも聞き逃す事が出来ない単語があった。

 

私 「扉? なんだいそれ?」

 

 そう尋ねた瞬間、さとり嬢は「やってしまった」と苦虫(にがむし)()(つぶ)したような顔を浮かべ始めた。そんな表情を見せられては「何かを隠している」と悟ってしまうのに時間は必要なかった。と、そこに

 

??「さとりちゃん!」

 

 血相を変えたヤマメが()け足でやって来た。

 

ヤマ「あれ何?! 町で暴れているのもいたし、大穴に向かっているのもいたよ?」

??「さっきの(ねた)ましいパクリ野郎は?!」

??「フッフッフッ……今度こそ首を狩ってやる!」

 

 眉間(みけん)にシワを寄せたキスメとヤツを背後に従えて。キスメにいたっては右手に(やり)、左手に鎌を装備し、額には『必殺』と力強く書かれたハチマキまで装着して()る気満々といった様子だった。

 そして私はその時思ったんだ。「人手と味方は多い方がいい。彼女達には知っておいてもらう必要がある」と。

 

勇儀「さとり嬢、現状を説明してやってくれ。それと扉の事もな」

 

 さとり嬢が隠している事も含めて全部。

 私がそう言うと、彼女は一度(うつむ)いて拳を(にぎ)りしめた後、

 

さと「絶対に誰にも言わないと約束して下さい」

 

 と強く釘をさして語り始めた。パクリ野郎の正体と今まで起きた事、ここまでの経緯に加え、謎の扉についてを。彼女の話を聞き終えた私達には激震が走っていた。

 

私 「(まさか本当に存在していただなんて……)」

 

 あの場にいた全員がそう思っただろう。地底世界に住む者ならば一度は耳にした事があるバカげた(うわさ)話。それが実在していたのだから。けど驚いてばかりもいられない。

 

私 「と・に・か・く! 今は八咫烏(やたがらす)が静かだ。でもまたいつ暴れ始めるか分からない。私はここに残って万が一に備える。ヤマメ達は手分けして町で暴れている怨霊を捕まえて、これ以上地上に出さないようにしてくれ」

 

 私がそう指示を出すと、三人はそれぞれ一度だけ無言で(うなず)いて町へとスタートを切った。

 

私 「さとり嬢は私と一緒に残れ」

 

 さとり嬢は私が八咫烏と再び戦う事になった場合に、サポート役でいてもらう必要があった。それは彼女も覚悟していたみたいで、すぐに首を縦に()ってくれた。で、残ったお燐には戻ってアイツら二人に加勢を頼もうと名前を呼んだ矢先に、

 

お燐「アタイはもう絶対イヤニャ!」

 

 全力で拒否された。その時は「急にどうした?」って呆気(あっけ)に取られたが、事情を把握すれば「なるほどな」と。そこで一先(ひとま)ずさとり嬢にケルベロスの事を任せ、私とお燐で八咫烏を監視する事にしたのだが……。

 

私 「ヤッバーーー!!」

 

 ここでまたしてもトラブル発生。もうあの事は生涯(しょうがい)言われ続けるだろうな。なにせ事もあろうに……

 

私 「(さかずき)がない!」

 

 一番大切な物を持っていなかったのだから。

 

 

  『え゛えええぇぇぇーーー!!!?』

私 「あれを失くしたなんてなったらみんなに顔向け出来ない。それにアイツに合わせる顔が――」

 

 必死に思い返す一日の出来事。その答えが出るのに、そう時間はかからなかった。

 

私 「町だ、町の酒屋の前だ!」

 

 そう気付くのが早いか、私はさとり嬢とお燐に背を向けて走り出していた。

 

私 「すぐ戻る! それまでお燐とさとり嬢でここを頼む!」

お燐「――君達はどうするニャ?」

私 「あの二人が力を合わせれば大丈夫だ。あっちはアイツらに任せろ!」

 

 見放したわけではない。でも今思い返してみてもアレは(ひど)い選択だった。さとり嬢は私に助けを求め、お燐も協力者を求めて来ていたというのに……。でも当時の私の頭の中は盃のことで埋め尽くされ、それどころではなかった。

 

私 「(頼む、無事でいてくれ)」

 

 火に飲まれていないように、誰かに持ち出されていないように、そして傷付いていないように。そう強く祈りながら焼き焦げた匂いが充満し、放たれた怨霊が飛び交う町中を走り続けた。

 

私 「ハァ……ハァ……」

 

 戻って来た酒屋の前。そこで私は確かに盃を片手に雪見酒を楽しんでいた。その後は一度も盃を手にしていない。あるとすればそこしか考えられなかった。そのはずだった。

 

私 「ない……。ない、ない、ない、ないないないないナイーーー!」

 

 座っていた腰掛けの下、道の(すみ)の溝、道の上の溶けかけた雪の中を、(ひざ)をついてお気に入りの服が泥だらけになろうと(かえり)みずに探し続けた。それでも見つからず、周囲を注意深く眺めている時にふと気がついた。

 

私「(この辺り……綺麗だな)」

 

 それは美しいという意味ではなく、原型を(とど)めているという意味で。火が回った痕跡(こんせき)が無ければ、怨霊に破壊された傷痕(きずあと)さえもなかった。そこから考えられる盃の行方。

 

私「(盃が壊された可能性はほぼ無い。まだ何処かにある。でもこれだけ探しても見つからない。つまり――)」

 

 あの時の私は()えていた。

 

私「何処のどいつだ持って行ったヤローはアアア!」

 

 結論から言うとこの推理は当たっていた。そして怒り全開で放った声はかなり大きなものだったようで……

 

??「勇儀?」

 

 ヤツを筆頭に

 

??「あれ? 勇儀もこっちに来たんだ」

??「フッフッフッ……これは予想外」

 

 ヤマメとキスメまで呼び寄せていた。三人共片手にヤマメお手製のネットを持ち、その中には捕らえられた怨霊がひしめき合っていた。怨霊を見つけては手当たり次第に捕まえていたらしい。

 

キス「フッフッフッ……てっきり地霊殿に残るのかと思いきや」

ヤツ「大きな声出してどうしたの?」

ヤマ「『持って行った』とか聞こえたけど、何のこと?」

 

 刻一刻と迫る地底世界の破滅。そんな中での落し物。笑われ、呆れられるのは承知の上、もう手段を選んでいられる場合ではなかった。

 

私 「じ、実は――」

 

 (はじ)(しの)んで説明しようとした時だった。

 

??「勇儀さん! ニャ」

 

 お燐と

 

??「姐さん!!」

 

 アイツがやって来たのは。その方角は二人とも別々。お燐は地霊殿方面から、アイツはどういう理由(わけ)かその反対から。しかもよりによってその手に……

 

私 「あ゛ーーーッ!」

 

 もうこっ(ぴど)く言われたな。何度頭を下げた事か……。しかもその時のヤマメ達の目ときたら、冷たかった。(はだ)けた肩に舞い落ちる雪よりも。

 でも気がかりな事もあった。

 

私 「お前さん和鬼はどうした?!」

 

 アイツが私の目の前にいるという現実そのものが。するとアイツは早口で向こうの状況を話し始めた。そして全てを聞かされた私達は――

 

  『……』

 

 あんぐりと口を開けたまま言葉を失っていた。さらにお燐から伝えられた緊急事態が、

 

お燐「怨霊達が言っているんですニャ」

 

 もう一刻の余裕もないことを思い知らせていた。

 

お燐「人間が、博麗の巫女が来ているってニャ」

ヤツ「はーーッ?! 萃香じゃなくて?」

お燐「もうすぐそこ、入り口近くまで来ているみたいニャ」

  『ええええええええッ!?』

 

 



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裏_三語り目(前)

分けなきゃダメだポ……


 これはお燐と彼から聞いた話です。

 怨霊(おんりょう)を地上へ放つ。それは地上と地底で()わされた契約を破る行為であり、これまでその契約を死守し続けてきた者達への裏切り行為でもあります。だからこそ、当時お燐から「怨霊を放った」と聞かされた時は「なんて事をしてくれたの!」と問い詰めていましたよ。

 ですがお燐はお燐なりに悩んで、考えて、彼の指示に従っていたんです。さらにお燐はあの時既に霊夢さん、あなたに来てもらう事を密かに望んでいたようなのです。いくつもの異変を解決しているあなたを。

 何故知っていたのか不思議ですか? どうという事はありませんよ。あなたの実力は萃香さんから(うかが)っていましたからね。彼女が起こした異変も難なく解決したそうじゃないですか。「強いヤツでよかった。勝負して楽しかった」と嬉しそうに語っていましたよ。

 話が大きく()れてしまいましたね。戻します。

 

彼 「さてと」

 

 お燐は怨霊を放つため、二人とは別行動を取ることになりました。

 

彼 「これでお燐の心配は——」

 

 つまりケルベロスを彼と筋トレマンの二人だけで相手しなければならなくなったんです。とは言っても、元々お燐は戦力となっていなかったみたいですし、

 

筋ト「無くなったな」

 

 下手すれば足手まといなっていただけなのかも知れません。いえ、決して彼らがそう言っていたのではありませんよ? あくまで私の憶測です。ただその時の話を聞く限り、

 

筋ト「で、どうしようかアイツ」

彼 「どうにかするしかないだろ?」

ケル「グルルル」

 

 二人きりになった途端に、

 

筋ト「ところでさっきアイツをぶん回して分かった事がある」

彼 「なに? まさか弱点とか?!」

筋ト「アイツ……」

彼 「……」ゴクリ

筋ト「いい筋肉していやがった」

彼 「はあああッ?! こんな時に何言ってんの!? どこまで筋肉マニアなんだよ!」

筋ト「まあ最後まで聞けって。オレが言いたいのはつまり……」

彼 「つ、つまり?」

筋ト「アイツ……」

彼 「……」ゴクリ

筋ト「食ったら美味そうだな」

彼 「マジでお前何が言いてぇんだよ!!」

 

 息が合い始めたみたいなんです。

 

筋ト「分かってないねー」

 

 え? そんな事ない?

 

筋ト「良質な肉ってのは(たた)いて(すじ)を切ってから調理するもんだ」

彼 「あ、おいっ」

筋ト「見せてやるよ。肉屋の下拵(したごしら)えってやつをよ」

 

 アレは筋トレマンが勝手に始めた事?

 

彼 「な、なあ。さっき振り回していたそれって……」

 

 おかしいですね? 後に筋トレマンから聞いた話だと、そのように語ってはいなかったけど?

 

筋ト「ああ、コレは……」

 

 あ、失礼しました。皆さんは何のことだか分かりませんよね。

 私が把握している事をお話ししますと、筋トレマンはお燐が去った後、ある武器を手にしていたんです。その武器とは筋トレマンが登場した際に使った鬼らしい鈍器、

 

筋ト「師匠の——、親方様のだ」

 

 金棒です。そしてその金棒は筋トレマンの師が若かりし頃に使っていた物、『力を倍化させる能力』を使って片手で悠々と振り回していた物。ですが大人の鬼さん達では到底持ち上げられないほど重い代物です。

 

筋ト「さーってと」

 

 それを筋トレマンは

 

ケル「ガウガウガアアア゛」

筋ト「まずは一発かっ飛ばしますか」

 

 両手ですが難なく持ち上げたんです。そこから肩に担ぐと目前まで迫るケルベロスに照準を合わせて

 

筋ト「……流『一本足刀法』」

 

 振りました! 

 

 

スカッ

 

 

 が、金棒は獲物を捕らえる事なくワン・ストライク。ケルベロスが瞬時にコースを変え、彼らの真横へと回り込んだんです。その結果空気を切る(むな)しい音の後に、二つの痛々しく鈍い音が上がり、二人は後方へと仲良く吹き飛ばされました。

 

彼 「うぐぅぅぅ……。なにが見せてやるだよ」

筋ト「おい」

彼 「なんだよ?」

筋ト「アイツ速いぞ」

彼 「知ってるよ! さっきからずっとそうだよ!」

筋ト「しかも途中で曲がった」

彼 「だからもう真っ直ぐには来ないって言っただろ!!」

 

 ケルベロスが知恵を使った事と金棒を警戒している事は、その動作から容易に想像出来たでしょう。そして何か手を打たなければ、いずれは()られることも。そこで筋トレマンはある妙案(みょうあん)を思いつきます。

 

彼 「はあああああ!?」

筋ト「よし、行け」

彼 「ふっっっざけんな! 下手すれば頭が——大怪我じゃ済まないんだぞ?!」

筋ト「大丈夫、大丈夫。師匠の必殺技を受けてピンピンしていたんだから」

彼 「全部知ってるクセに!」

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 これは彼らと話している時に、心を読んでいて偶然知ってしまった事です。この事は読者の皆様だけにお話しします。どうか他言無用でお願いします。約束ですよ?

 彼が親方様に勝利したあの日、勇儀さんのご実家で宴会が開かれましたよね? そして彼らは食べ物の買い出しに行きましたよね? 舞台はその時のお話です。

 

??「あーもう! こっち来い!!」

 

 気分が悪くなった彼を(しげ)みの中へと連れて行く筋トレマン。そして人目に付かない所まで歩いて間もなく、彼はそのー……キラキラを……。汚くてごめんなさい。でもそのおかげもあって、

 

彼 「ふー……」

 

 彼の顔色はスッキリとしたものへと変わりました。暴飲暴食のなりの果て、これには流石の彼も「食事をする時はよく噛んで食べよう」と改めて心に誓ったみたいです。でも結局のところ、今でもそのスピードは(おとろ)える事はありませんがね。アレは一種の病気と考えるべきでしょう。

 失礼しました。話が脱線してしまいましたね。

 不要な物を全て捨て去り心機一転、清々しい顔で買い出しへと歩みを進める彼でしたが、

 

筋ト「おい!」

 

 そうすんなりとはいかなかったみたいです。

 

筋ト「なんだよコレ?!」

 

 その瞬間彼の顔に再び雲がかかりました。

 

筋ト「なんでこんな物が出てきたんだって聞いてんだよ!」

 

 筋トレマンが見た物は決して体内から出てくるはずのない物でした。それは細長くて白い布切れ……そう、包帯だったんです。

 

彼 「みんなには……黙ってて」

筋ト「じゃあやっぱりあの時何度も起き上がれたのって……」

彼 「それのおかげ。でないと勝ち目どころか生きてすらいられなかった」

筋ト「いつからだ、いつから考えてた!? こんなの計画してないと——」

彼 「色々計画はしていたけど、それの事はぶっつけ本番だった。思いついたのは(ひか)え室にいた時だし、そもそもそれの持続時間が分からなかった。けど少しは()えられる気がしてた。結果は予想以上」

 

 つまりこういう事です。彼は親方様と決闘を行う前に訪れた控え室で、治療中の勇儀さんの腕から()()()が染み込んだ包帯の一部を(ひそ)かに奪い取り、土俵へ向かう途中に飲み込んでいたんです。その効果は皆さんがご存知の通りです。

 話を聞かされた筋トレマンの表情は険しいものだった事でしょう。思う事も色々あったでしょう。ですが、

 

彼 「それに」

筋ト「それに?」

 

 次に彼が発した一言が筋トレマンに衝撃を与え、

 

彼 「ヒントは和鬼だから」

筋ト「オレがヒント? どういう事だよ?」

 

 そこから語られた内容に

 

彼 「前に七不思議が書いてあったメモを食べただろ?」

 

 言葉を失ったそうです。

 彼は恐らく前々から「親方様(じいちゃん)と戦うには例の薬が必要不可欠」とでも考えていたのでしょう。でも露骨に包帯などしていては怪しまれる。とは言え、服の下ではボディーチェックをされたらすぐに見つかってしまう。「どうしたらいいものか」と悩んでいたところに腐れ縁が起こした珍行動(ちんプレー)にして好行動(こうプレー)

 

彼 「腹の中に入れば証拠はなくなる」

 

 しかし彼もここまでは考えていなかったでしょうね。それでも見つけてしまう能力を持つ方が近くにいたと。『()る程度の能力』を持つ長老様です。それを回避出来たのは、もう運以外に考えられません。長老様は老眼でよく見えていなかったんです。多少の違和感を感じたかも知れませんが、その答えがわからなかったのだと思います。

 ホント(あき)れちゃいますよね。でも彼のこの行いは、

 

筋ト「お前……、自分で何を仕出かしたのか分かってるのか? これは完全に三か条に反する行為だぞ?!」

 

 重罪です。鬼の鉄の(おきて)の一つ、『鬼は(だま)さない』に反する行為なのですから。バレれば即追放、その上彼の場合はそれだけでは済まされないでしょう。そこで彼は腐れ縁(ライバル)の筋トレマンに頭を下げてこう言ったそうです。

 

彼 「だから頼む。見なかった事にして! 誰にも言わないで!!」

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

筋ト「そう言えばそうだった。じゃあやらなかったら、バ・ラ・ソ・ウ・カ・ナ〜?」

 

 その案に彼は()()()乗りました。

 

彼 「チィィッキショォォォー!!」

 

 そしてその場から全速力で走り出すと、あろう事か次の攻撃の体勢に入っていたケルベロスの前に立ちはだかったんです。さらに、

 

彼 「や、やーい犬。オマエの攻撃なんて全然効いてないぞー。悔しかったら噛み付いてみやがれー」

 

 こう両手を広げて「ヤーイヤーイ」とおどけて見せたんです。終いには、

 

彼 「オシリペンペーンのアッカンベー」

 

 下品にもアッカンベーをしながらヒップを突き出してペンペンと。

 おや、顔が赤いけど? そこまで言わなくていい? 何を言いますか、あなたの立派な勇姿でしょ?

 

ケル「ヴゥゥゥ……」

 

 そのおかげでケルベロスのターゲットがあなた一人になったのだから。

 

彼 「ヤバッ!」

ケル「ガウガウガウガウッ!!!」

 

 彼とケルベロスのスタートはほぼ同時、さらに元々のリードは大きくはありません。ケルベロスからすると飛びかかればすぐにでも捕まえられる距離だったそうです。

 

ケル「ガアアアアッ」

 

 案の定ケルベロスは彼に飛びかかりました。彼のすぐ後ろには大きな口が迫り、頭からかぶりつこうとしていたんです。絶対絶命の大ピンチです。でもそれこそが二人の狙いだったんです!

 

筋ト「伏せろ!」

彼 「これでいいんだろ?!」

筋ト「GJ!」

 

 そうです、筋トレマンが考えた案というのは、

 

筋ト「コンガラ流——」

 

 そこにいる彼が(おとり)になってケルベロスの注意を引きつけるのと同時に、空中へ跳ね上がらせる事だったんです。

 

筋ト「『神主(かんぬし)刀法(とうほう)』!」

 

 いくら素早く動けたとしても、空でも飛べない限り身動きができませんからね。

 囮の彼は筋トレマンの合図で、スライディングをして間一髪のところで噛み付きを回避。そして筋トレマンはその彼の頭上を(かす)めるギリギリの軌道で、金棒を下から上へ振り抜きました。

 

 

 カッキィィィィン

 

 

 金棒はケルベロスの中央の顎下を真芯で捕らえ、遥か上空へと打ち上げました。そこからは筋トレマンの独擅場(どくせんじょう)だったと。

 

筋ト「オーライ、オーライ」

 

 落下してくるターゲットが射程範囲に入るや、

 

筋ト「迦死羅(カシラ)ッ」

 

 中央の頭にガツンと強烈な一撃を与え、

 

筋ト「迦和(カワ)難呼突(ナンコツ)鬼裳(キモ)ッ!」

 

 そこから胴体へビシッ、バシッと連続で打ち込み、おまけにパコーンと頭上へフライです。

 

筋ト「串刺し三年、焼き一生——」

ケル「ウガアアアア゛ッ」

 

 そして落下しながらも、爪を立てて反撃に出るケルベロスへ

 

筋ト「『死路(シロ)本塁打』!!」

 

 Smaaaaaash! 駄目押しのフィニッシュです。

 

筋ト「五種盛り、まいどあり〜♫」

 

 




『一本足』『神主』何のことかわかりますかな?
調べればすぐ出てくると思います。
で、技名は……これもわかりますかな?
主の好物なんてす。

そして明かされる彼の無敵だった理由。
どうでもよさそうな七不思議のくだり。
全てはこの時のため、その一です。


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裏_三語り目(後)_※挿絵有

 ケルベロスとの決着はお燐が立ち去った直後でした。三つの頭と六つの目を持つケルベロスの注意を一点に集中させた事、それが彼らを勝利へと導いたのです。

 そして決定打を放った筋トレマン。そこにいる彼から当時の様子を聞かされた際は驚かされましたよ。まさか技まで習得していただなんて夢にも思っていませんでしたからね————。

 

筋ト「誰に技を教えてもらったか? 誰というか、みんなですね。順を追って話すと、金棒を使えるようになったのは——三ヶ月くらい経った頃だったかな? それまで全然(きざ)しが無かったんですけど、たまたま通りかかった背中に黒い羽が生えた驪駒(くろこま)早鬼(さき)さんって方に『腕力だけじゃダメだよ、足腰も(きた)えないと』って指摘されて修行をつけてもらったんです。その内容? 聞いたらビビりますよ? 少ない足場をジャンプしていって反対側まで渡るんですけど、その下が針山地獄でして……。落ちたらグサッて即死、こうして無事でいられるのは一度も落ちなかったから。かなりギリギリでしたけどね。それよりも早鬼さんがヤバイんですよ。あの人一回の跳躍(ちょうやく)で向こう側まで一直線に飛んで行っちゃうんですから。しかも凄い速さで。脚力(きゃくりょく)が常識離れしすぎなんですよ。大江山颪(あの技)だって脚でやっちゃうし……。

【挿絵表示】

そんなとんでもない人のおかげでさ、足腰が強くなって金棒を使えるようになったわけ。で、『ただ振り回すだけじゃ芸がない』って事でコンガラさんって方に稽古(けいこ)してもらったんですよ。技はその時にコンガラさんと早鬼さん、潤美さんにヘカーティア様、世話になった人達で一緒に。技名については賛否評論ありましたけどね。特に庭渡(にわたり)久侘歌(くたか)って人に凄い反対されましてね。『私の前で技名(それ)を口にする事は許しませんからネ!』

【挿絵表示】

って。正体はニワトリ? それでいて神様?! えっ、マジ?」

 

 まあエピソードは多々あったそうですが、これもどうでもいい話なので割愛(かつあい)しますね。

 さて、筋トレマンの最後の一撃を受けたケルベロスですが、かっ飛ばされてそのまま出てきた洞窟へホールインワンしたそうです。あるべき場所へと戻されたわけです。後に筋トレマンは「それが最善だと思った」と言っていました。私もその事については反対もしませんし、よくやったと()めましたよ。

 

 と、ここまで一気に話してきましたが、何かご質問等ありますか?

 はい? 地上でケルベロスを見た? しかも襲われた?! それはいつ? 

 数年前?! ちょちょちょっと待って下さい。後にお話ししますが、ケルベロスは確かに逃亡したとは聞いています。でもその時にはかなりダメージを受けている状態で、翌日から地底を探し回っても見つからなくて、何処かで人知れず倒れたのだとばかり——。そんな傷でいったいどうやって地上へ……。

 ん? でも襲われたのはあなた達ですよね? よく無事でしたね。

 あたいが吹き飛ばしたあああッ!? いやいや、ウソはダメですよ。妖精のあなたにそんな事が出来るわけ——え、本当なの?

 妹紅(もこう)さんまでそう言われるのでしたら……。だとしたらすごいですね。今まで話した通り、圧倒的な巨体とパワーとスピードで彼らでさえ手に余る相手だったのに——。

 そこまで強くはなかった? またまたご冗談を。ケルベロスは妖精さん達を丸飲みにするくらいの大きさですよ? 

 四つ足で妖精さん達と同じ大きさくらい? そんなはずは……それでは全く別の——もしかして……。いえ、そうとしか考えられない。

 これは私の推測になりますけど、かなり自信があります。彼達が見たケルベロスは(メス)だったんです。そして時期から考えると恐らくお腹の中に芽生えたばかりの命が……。そして妖精さん達を襲ったのはその子供だったのではないかと。

 妹紅さんと慧音(けいね)さん、ケルベロスの目撃情報はそれだけですか?

 そうですか。フランさんも最近では見ていないと。何であなたが外を徘徊(はいかい)していたのかはさて置いて、それ以前も以降も無いとなると、彼が戦ったケルベロスはとっくに……。これはなかなかショックな話ですね。

 ……そうね。確かに襲われたとは言え、あなた達はお腹の中に赤ちゃんがいるケルベロスを傷付け、結果命を奪ってしまった。それを『当時は考えもしなかったから仕方がない』と受け取る? その子供にとっては今でも続いている問題だとしても?

 私があなたに何を言いたいのか、分かるわよね?

 

 

 

 

 

 湿っぽくなってしまいましたね、ごめんなさい。では続きを……ええ、話はまだ終わっていませんよ。ここまではまだプロローグにすぎません。

 

??「ケルベロスがやられたぞー!!」

 

 当時誰がその先の展開を予想出来たでしょう。皆さんはこれまでの話から「扉はケルベロスを封じるためのもの」とお考えだったかもしれませんが、

 

筋ト「おいおいおいおい……」

彼 「こ、これって……」

 

 そうではないんです。

 

筋ト「この事を知らせてこい」

彼 「え?」

筋ト「誰かに知らせて来いって言ってるんだ! すぐ来れる人に!」

彼 「お前はどうするんだよ!」

 

 あそこは……

 

筋ト「なんとかしてみる」

彼 「そんなの無茶だ!」

筋ト「そう思うなら急げよ! 二人でも相手に出来ないだろ!!」

彼 「……くたばんなよ」

筋ト「お前じゃないんだ。一緒にすんな」

 

 異世界へと繋がる扉なんです。

 

筋ト「さーってと」

 

 そこから次に現れたのは二足歩行をする者達、手には凶器が(にぎ)られ殺気立っていたと。さらに、

 

筋ト「どーするよ、この数……」

 

 その数、確認出来ただけで100。そこからさらに増え続けていたそうです。筋トレマンは即座に「救援が必要」と考え、彼に「呼んで来い」と指示を出して一人残ることにしたんです。

 

輩①「だから言っただろ。最近ケルベロスが扉を引っ()いたり、吠えたりして様子が変だったって」

輩②「なるほどな、そういう事だったのか。宣戦布告は受け取った」

輩③「ヘッヘッヘッ、宝があるんだってなぁ」

輩④「酒と食い物もな」

輩⑤「あと女だー!」

 

 地底世界へ侵略して来た輩達を「ここで止めてみせる」と誓って。

 

筋ト「この先に行かせてたまるか!!」

 

 一方助けを求めて走り出した彼ですが……こちらの状況に気を使ったんでしょうね。私には知らせずに町へと向かっていたんです。

 ここで今一度おさらいを兼ねてアンケートです。

 

 Q.あなたは前触れもなく、突然大切なものを失いました。そこへ罪を犯して外出を許されていない人物が目の前に現れました。しかもあなたはその人物が嫌いです。その人物があなたにこう言いました。「手を貸して下さい」と。あなたならどう思い、どう反応しますか?

 

町民「何でここにいるんだ!」

町民「どのツラ下げて来てんだ!」

町民「お前の顔なんて見たくない!」

町民「とっとと失せやがれ!」

町民「消えろ!」

 

 悩んでいる方、話くらい聞いてあげる、それでも手を貸す、そう思った方もいるみたいですね。でも現実はその他の方の頭によぎった言葉が浴びせられたそうです。非難轟々(ひなんごうごう)罵声(ばせい)の嵐だったんです。気の毒に思うかも知れませんが、彼はそれだけの罪を犯していたのですから、当然の(むく)いだったのかもしれません。

 そんな状況下でも彼は(あきら)めませんでした。場所を変え、人を変え、頭を下げ続けました。そして行き着いたのが町の中心部から少し離れた所。八咫烏(やたがらす)の放った光弾が他よりも集中し、被害が大きかった場所です。そこでは大勢の町民が消化活動と救出活動を行なっていました。

 

彼 「お願いします。助けて下さい!」

 

 そこに偶然居合わせた彼の親しい方から聞いた話ですと、彼はやはりそこでも色々言われていたそうです。その方も彼を目にした時はムカッ腹が立ち、その場にいる事に疑問を持ったと話していました。それでも昔からの(よしみ)で辺りがざわつく中、彼に尋ねたそうです。

 

??「どうした?」

 

 なるべく優しく。

 

彼 「キスケ!? ……この際しょうがないか」

 

 その方というのが、後の彼の兄貴分さんなんです。町では「みんなの弟分」として愛でられていますけどね。存在だけでも覚えてあげて下さい。

 

兄貴「今何か言ったか? そうだコレ、姐さんのだろ?」

彼 「(さかずき)?! なんでキスケが?」

兄貴「向こうに落ちてたんだ。姐さんに届けておくれよ。あと鬼の宝なんだし、大切にするように伝えてくれよな」

彼 「ガツンと言っとく」

兄貴「まあ(さじ)加減任せるけど、もう喧嘩するなよ」

彼 「しないって……多分」

兄貴「で、何があった?」

彼 「詳しい事は話せないんだけど、地霊殿の裏で問題が起きて人手がいるんだ」

 

 切羽詰まった様子の彼に尋ねた兄貴分さんでしたが、「詳しい事は話してくれなかった」と語っていました。大方私に「扉の事は秘密にするように」と言われ、律儀(りちぎ)に守ろうとしていたのでしょうね。けどそれがそもそもの過ち。

 

兄貴「それってこの怨霊と関係あるのか? いきなり現れてオイラ達も戸惑ってるんだ。しかも聞いた話だと地上に向かっているヤツもいるって」

彼 「え、えーっと関係あるような、ないような……」

兄貴「何か知ってるなら話せよ。さとりさん達は地上と戦争を起こすつもりなのか? 町に火を放ったのだってお空だって聞いたぞ? いったい何を考えて——」

彼 「ミツメーは何もしてない!」

兄貴「じゃあ誰だよ怨霊を放ったのは?! やっぱりお空か? それともお燐ちゃんか? そう言えば前にお燐ちゃんが怨霊の管理をしているって聞いた事が……」

 

 彼が話さなかったことで兄貴分さんは不審に思い始めたんです。「何か話せない事情がある」と察していたんです。そして同時に「コイツは全部知っている」と勘付いていたんです。お空が何故暴れていたのか、怨霊を放ったのは誰なのか、さらに一連の騒動は私の思惑なのか、その答えを。それは兄貴分さんのみならず、町の住民みなさんの疑問でもありました。

 それを彼は……、

 

彼 「違う。違う、違う違う違う!」

 

 (あせ)っていたのでしょうね。詳しい事は話さずにただ「違う」とだけ叫んで、

 

彼 「お燐は悪くない!」

 

 挙げ句の果てには、

 

彼 「自分が怨霊を放つように言ったんだ!!」

 

 怨霊の件だけバカ正直に「自分の仕業だ」と。そうよね?

 まったく……、だからややこしい事になったのよ。隠したり誤魔化したりして協力してもらおうなんて無理な話、あの場合は全部正直に話すべきだったの。

 

兄貴「バカヤローッ!」

 

 その所為で兄貴分さんに殴られたんでしょ?

 

兄貴「ふざけるなよ。そんな事をしたらどうなるのか知らないわけじゃないだろ? 姐さんから聞いてるはずだろ!?」

彼 「っー……」

兄貴「オイラ達鬼はなぁ、人間に追いやられて地底世界(ここ)にいるんだ。ここを失ったら行く所なんてないんだよ! 最後の楽園なんだ!!」

彼 「……」

兄貴「人間のお前には鬼の気持ちなんて分からないだろうけどなッ」

彼 「ボクは……だ」ボソッ

兄貴「は?」

彼 「その地底世界がピンチなんだって! 今行かないと取り返しのつかない事になるんだ。だから、だからお願いします。力を貸して下さい! 事情は全部解決したらちゃんと話すから!」

 

 その上、地に頭を付けて頼み込んでも

 

兄貴「……無理だ」

 

 断られて。

 

兄貴「お前が姐さんにした事、オイラだって許せないんだ。そこに怨霊を放つなんて事をしてくれやがって。そう簡単に協力なんてできねぇよ」

彼 「ちょっと待ってよ!」

 

 その時あなたの兄貴分さんはこう考えていたみたいよ。

 

兄貴「自分で招いた事の落とし前くらい自分でつけてみせろ! (おとこ)だろうが!!」

 

 地底世界の危機はあなたが招いた事だって。その場にいた他の方もそう考えていたはずよ。

 

兄貴「どっちにしてもオイラ達は町の消火で手が離せないんだ。頼むなら他をあたってくれ」

 

 さて、町中を駆け巡り協力者を探し続けていた彼ですが、兄貴分さんにも断られてしまいそこでとうとう悟りました。「自分でどうにかしないといけない」とね。一人残された筋トレマンの下へ最短距離で、全速力で戻ります。その途中、ようやく出会う事が出来たんです。野暮用で町へと戻っていた彼が最も信頼を寄せる方、

 

彼 「姐さん!」

 

 星熊勇儀さんに。そしてその場には彼の『お姉ちゃん』達、

 

??「フッフッフッ……、何故にそっちから?」

 

 キスメさんと

 

??「え? え? え? ケルベロスは?!」

 

 黒谷ヤマメさん、

 

??「なんであんたが勇儀の盃持ってるのよ?」

 

 水橋パルスィさんまでみんないたんです。

 

勇儀「あ゛ーーーッ!」

彼 「コレ放ったらかしって(ひど)くない!? 必死の覚悟だったんだよ? それなのに——」ネチネチ

キス「フッフッフッ……。お説教タイム」

ヤマ「勇儀、それはないよ」

パル「お宝……妬ましい」

勇儀「はい。はい。申し訳ない」

??「あのー……ニャ」

 

 さらにその場にはお燐もいたんですが、

 

彼 「しかも鬼の宝なんだよ? みんなの宝なの。だから-——」クドクド

キス「フッフッフッ……。まだターンは終わらない」

ヤマ「当たり前でしょ」

パル「勇儀のライフはもうゼロ」

勇儀「はい。はい。おっしゃる通り」

お燐「アタイも(はニャ)したいニャ……」

 

 少々いざこざがあったそうで、なかなか輪の中に入れなかったみたいです。

 

彼 「って聞いてるの?! ちくわ耳にしてるでしょ!」

勇儀「してないしてない! ちゃんと聞いてるし反省してる。もう絶対失くさないから」

彼 「……約束だからね」

勇儀「ああ、約束する。ところで、お前さんケルベロスと戦っていたんじゃないのか? 和鬼はどうした?!」

彼 「ケルベロスの事知ってるんだ。だったら話が早いや」

 

 そしてそこでお燐は知ったんです。

 

彼 「和鬼が親方様(じいちゃん)の金棒でボコボコにして洞窟まで吹っ飛ばしたらそこから変な連中がわらわら出てきて地底世界を乗っ取ろうとしてて町のみんなに協力して欲しいって頼んでも誰も話を聞いてくれないんだ」

  『……』

彼 「ざっと話したけど今ので分かった?」

 

 自分が立ち去った後の出来事を。さらに彼は続けてその場にいたみなさんにも「手を貸して」と頼んだそうです。事前に状況を知っていた勇儀さん達は彼の話を信じ……はい? なぜ知っていたか? それはお燐が私に教えてくれた時に、たまたま皆さん集まっていまして、その時に私も扉の存在と『三つの約束』についてお話ししたんです。

 

 

 一つ、地底に封じられた怨霊を地上に出してはならない。

 二つ、地底に仕掛けた術を解いてはならない。

 三つ、他の世界へと繋がる扉を開けてはならない。また扉の事は内密にし、干渉する事は以ての外である。

 

 

 これが鬼さん達が地底世界へ移住する際に賢者様と当時の博麗の巫女、そして町の長だった棟梁様と交わされた約束です。特に三つ目は極秘中の極秘、でもあの局面で隠す事は出来ませんでした。それこそ話さなければ、そこの彼の様に協力は得られなかったと思います。

 

ヤマ「——君、捕まって!」

パル「急ぐよ!」

 

 話を戻して、ヤマメさんとパルスィさんが彼らの助太刀へ行く事になったのですが、

 

お燐「待ってくださいニャッ!」

 

 運命の歯車はもう止められない速度までに加速していたんです。

 

お燐「お伝えし(ニャ)いといけ(ニャ)いことがあるんですニャ」

 

 私はお燐にあるお願いをしていたんです。それは勇儀さんが町へと戻った直後に彼女がいち早く知った事、怨霊の声を聞ける彼女だからこそ察知できた事を伝えて欲しいと。

 

  『ええええええええッ!?』

 

 霊夢さん、あなたがすぐそこまで来ているとね。

 怨霊は放たれ、扉は術と共に破壊されました。偶然にしろ、悪意がないにしろ、私達は約束の全てを破っていたんです。それをあなたが知ったらどうされましたか? きっと全てを解決させた後に私達地底の民に立ち退きを命じ、彼には厳しい罰を与えたでしょう。

 

勇儀「こうなったら……」

 

 そこで勇儀さんは決意したんです。

 

勇儀「隠し通すぞ」

 

 扉の件をあなたから隠し、

 

キス「『怪奇:——』」

 

 自分達で解決しようと。

 

ヤマ「おお?」

 

 だからあの時、

 

パル「もしかして人間?」

 

 私達はあなたの前に立ちはだかったんです。

 

勇儀「駄目になるまでついてきなよ!」

 

 少しでも時間を稼ごうと、

 

私 「……来客」

 

 勘の鋭いあなたに悟られないようにと、

 

お燐「じゃじゃーん」

 

 全力で。




いよいよ突入しますが、次回はワンクッション挟むかもしれません。


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【やってきたぜ!幻想郷】嫁候補十人目_※挿絵有

 時刻は長針と短針が重なり合い、離れ始めた頃。少しばかり早いランチを済ませ、いつもとなんら変わらない平和な人里を行く

 

??「……」

 

 白髪おかっぱ頭。そして——

 

??「は……は……」

 

 ムズムズと鼻腔(びこう)動かす

 

??「ザクッ!」

 

 オタク。

 彼が憧の地(幻想郷)を訪れてから季節は冬を迎え、年を越し、あっという間に桜の花が咲き誇る時期を迎えていた。それは茶色主体だった植物達が先代の意思を引き継ぎ、次の世代がやる気を出して芽生え始める時期。

 

海斗「は……は……ズゴックッ」

 

 暖かくこそなっては来ているが、上着を手羽せない時期。故に、気を(ゆる)めると風邪をひいてしまう時期でもある。

 

海斗「は……は……ゲルググッ」

 

 お調子者の彼もまた、その被害者だろうか?

 

妖夢「つらそうですね」

海斗「あー……。正直言ってこれはヤバイ。鼻は()れるわ、ムズムズするわ、目も(かゆ)いし」

 

 否、それはこの季節の厄介者の仕業(しわざ)によるもの。その名も

 

海斗「100%花粉症だわ」

 

 である。

 ここ幻想郷は豊かな大自然に囲まれた秘境の地、この季節に花粉を()き散らす杉や(ひのき)などそこら一帯に

 

海斗「は……は……ジオングッ」

 

 これでもかと広がっている。逃げ場などない。花粉症に取り()かれてしまったが最後、生きながらにして地獄を味わう事になるのだ。何とも恐ろしい場所である。

 

海斗「マジかー、俺今年からデビューかよ」

妖夢「そんなにつらいんですか?」

海斗「ヤバイぜ、マジっぱねぇぜ。みょんはずっと幻想郷にいるのに、よく花粉症にならないな」

妖夢「体質、でしょうか?」

 

 自身から尋ねた事ではあるが、彼はおかっぱ頭のその回答に

 

海斗「(絶対そうじゃない)」

 

 と強い確信めいたものを抱いていた。

 

海斗「(半人半霊だからだろうな)」

 

 と。だがその考えも直ぐに改める事になる。周囲に目をやり、行き交う人々に注目してみれば、彼の様に苦しんでいる者が誰一人としていないのだ。これにはお調子者、流石に気が付いた。

 

海斗「(なにかある)」

 

 打開策があると。

 

海斗「なあ、みょん。何で人里の連中は花粉症にならないんだ? くしゃみ連発してるの俺くらいだぜ?」

妖夢「いえ、なる方はなるみたいですよ。買い物しているとそういった話題をよく耳にしますし。ただそういう方は決まって薬を処方してもっているそうですよ」

 

 その答えはなんて事のない、至極当然なありふれた解決方法。「症状が(ひど)ければお医者さんへ」である。だがそれは彼にとって別の意味を持つ。

 

海斗「Help me , ERINNNNNN!!」

妖夢「あー、また……」

 

 突如(とつじょ)全速力でスタートを切ったオタクに頭を抱える苦労人。「そうはさせない」と急いで彼の後を追いかけるのかと思いきや、ため息を一つ(こぼ)して変わらぬ速度で歩みを進めるのだった。

 

妖夢「行っても意味ないのに……」

 

 

ーー少女移動中ーー

 

 

 人里を出て程なくすれば見えてくる竹林。竹は早いもので一日に一メートル成長すると言われている。今彼の目の前で鬱蒼(うっそう)()(しげ)るそれらは、通常のものとは比較にならない程の速度で成長を遂げ、時間単位でその姿を変えていく。無用心に入りこもうものなら、竹林は容赦(ようしゃ)なくその者を飲み込んでいくだろう。踏み入れたら余程の強運を持たない限り抜け出せない竹林、九割九分九厘迷子になる竹林。付けられた名前は『迷いの竹林』。

 

 

ブンッ! ブンッ! ブンッ! ブンッ!

 

 

 そんな理由から人里に住む者達でさえ、幻想郷の実力者達でさえ滅多に近付こうとはしない場所ではあるが、人里の者達はこの地に日頃から大変世話になっている。

 

妖夢「……」

 

 竹林の奥深くにある屋敷『永遠亭』。幻想郷屈指の凄腕薬剤師の住まう屋敷であり、幻想郷(地上)唯一の病院なのだ。病気になったり、怪我をしたりした際はそこを訪れる。

 

 

o彡°! o彡°! o彡°! o彡°!

 

 

 ではどうやってそこへ辿(たど)り着くのか、方法は至ってシンプル。竹林に詳しい者に道案内をして貰えばいいだけ。しかもその者は高確率で人里に訪れるため、出会うのは実に容易である。さらにその者は一人ではない。医者本人を含めた五名と、最近居候(いそうろう)を始めた新入りを加えた合計六名もいるのだ。

 で、

 

妖夢「何をされているんですか?」

 

 彼に近づいて眉間(みけん)にシワを寄せて尋ねるおかっぱ頭。

 無事に見つけられたのはいいものの、このオタク、迷いの竹林を前にして左手を腰に添えた堂々とした(たたず)まいで、右手に作った拳を振り上げては、胸元へ振り下ろす儀式を繰り返していた。ずっと他人のフリを決め込んで、気付かれないように見ていた彼女だったが、いよいよ耐えきれなくなり、

 

海斗「いやな、こうしてたら向こうから来てくれると思ってさ」

 

 今に至る次第である。では皆さんご一緒に。

 

海斗「えーりん! えーりん! 助けてえーりん!」

妖夢「誰も来ませんから、それやめてもらえませんか?」

海斗「そんな事言わずにみょんもやろうぜ」

妖夢「お断りします! だいたいこの時間は鈴仙とてゐは薬の販売に、妹紅は寺子屋へ行っています。永琳さんと輝夜さんは屋敷から出る事はないでしょうし」

 

 そう、おかっぱ頭が語るように本来であればそれがデフォルト、あるべき姿。

 

海斗「だよなー」

 

 それは外の世界からやって来た彼でも知っている、有名な事実。

 

妖夢「ですからここに来たところで何もできません。花粉症の件は後日薬をお願いしておきますので、早く行きましょうよ。時間がなくなりますよ? こっち反対方向なんですからね」

海斗「へいへい、かしこまー」

 

 だが彼らはまだ知らない。そのデフォルトが、あるべき姿が、永遠と続いていた日常が、たった一人のか弱い少女によって大きく変えられた事を。

 

 

ーーオタク移動中ーー

 

 

海斗「は……は……リックディアスッ」

 

 そしていよいよオタクはやって来た。ファンであれば一度は必ず訪れてみたいと思うその場所へ。

 

海斗「ここが……」

妖夢「はい、この上が博麗神社です」

 

 大きなくしゃみを放った彼の瞳には、長く傾斜が急な心臓破りの階段が映し出されていた。多くの者はこの時点で踏み入れる事を躊躇(ためら)うだろうが、幻想郷をこよなく愛するオタクには、

 

海斗「キタキタキタキターーッ! ついに聖地キターーッ!!」

 

 それすらも豪華なレッドカーペットに映っていた。

 

妖夢「大変かも知れませんが、頑張って上がって来て下さい」

海斗「おうよ、白玉楼の階段を上ってるオレにとっては朝飯前だぜ」

 

 彼との会話を終えると、おかっぱ頭はふわりと宙に浮き頂上へ——

 

海斗「あ、みょん」

 

 そこへ呼び止められ、彼へと視線を戻してみるが、その彼は沈黙(ちんもく)したまま。ただ呼んだだけなのだろうか? それは断じて否、今彼の表情はお調子者、オタク、ナンパ師のどれでもない。彼がこの表情を見せるのは、『ランドセルを背負った一押し嫁のフィギュア』をその目に焼き付ける時以来。つまり、この上なく真剣(マジ)だった。

 彼女は彼の視線にコクリと一度だけ(うなず)いて深呼吸をすると、再び階段の上へ視線を向け、そのまま静かに飛んで行った。

 一人残された彼、今ゆっくりとした足取りで心臓破りの階段を上り始める。

 

海斗「うーん、分かってないな」

 

 呟くは届かなかった彼女へのメッセージ。そして右手に構えたピストルを(あご)下へ。

 

海斗「うーむ……」

 

 さらに足を止めて瞳を閉じる。考え事だろうか?

 

海斗「白か、青い空によく映える」

 

 否……。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

海斗「ふー……」

 

 朝飯前と宣言しつつも、そこは傾斜が急な心臓破りの階段。疲れるものは疲れるようである。乱れた呼吸を整え、青い空を見上げて達成感という余韻(よいん)に彼が浸っていた時、

 

??「お疲れでしょう?」

 

 それはやって来た。トレイの上にコップ一杯の水、そして貯金箱のような賽銭(さいせん)箱。

 

??「お水をどうぞ。あら、イケメンさんね」

 

 だが彼にはそんな物は見えていない。今彼の瞳に映し出されているのは、本心を隠した紅白巫女のキラキラ笑顔だけ。

 

海斗「……」

 

 見つめ合う二人。時はゆっくりと流れ、小春日和の柔らかな日差しが優しく二人を包み込んでいた。しかしついにその均衡(きんこう)は破られた。

 

海斗「霊夢、嫁にならない?」

 

 その瞬間、巫女の手の上で水平に保たれていたトレイはバランスを失い、(のど)(かわ)きを(うるお)すはずだった水分は、コップと賽銭箱と共に足下へダイブ。辺りに高音の破裂音が響き渡った。

 

霊夢「……」

 

 心の音を周囲に奏でた巫女は赤く火照る顔をトレイで隠していたが、

 

霊夢「あのー……」

 

 (うる)んだ大きな瞳だけひょっこりと(のぞ)かせて彼にこう尋ねた。

 

霊夢「自営業ですか?」

 

【挿絵表示】

 

 

 と。さらに、

 

霊夢「それとも(やと)われですか? あ、だからと言ってイヤなわけじゃありませんよ? ただ確認しておきたかっただけで、全然問題ないんです。ちなみにご年収は?」

海斗「残念ながら仕事はしてないんだなー。今は屋敷で——」

霊夢「お屋敷?! もしかして稗田(ひえだ)家のご親戚? どうしよう、念願の玉の輿(こし)? きゃ♡」

海斗「稗田家かー、あっきゅんにも会ってみたいよなー」

霊夢「沢山の使用人、美味しいご飯……♡」

海斗「きっと可愛いんだろうなー」

霊夢「ご祝儀、香典(こうでん)、遺産相続……♡」

海斗「いひひひ♡」

霊夢「うふふふ♡」

 

 膨張(ぼうちょう)し続ける夢、希望。だがそれも彼女の手にかかれば、

 

??「ちょっと」

 

 斬れぬものではない。

 

 

--少女説明中--

 

 

 

霊夢「は? 働きもしないで居候?」

 

 まさに天から地へ。紅白巫女の幻想は「斬れぬものなど、あんまりない」と断言するおかっぱ頭によって文字通り一刀両断。おかげでお調子者へ向けられていた憧れの眼差し、熱い視線、乙女オーラはその姿をガラリと変える。

 

霊夢「なによ、あんた()()だったの?」

 

 (さげす)んだ眼差し、冷たい視線、威圧オーラ、

 

海斗「働いたら負けだと思ってる」ドヤッ

 

 だがそんものなんてなんのその。ドンと胸を張ってドヤドヤするお調子者だった。

 

霊夢「最ッッッ低」

海斗「あっははは、なんてウソウソ。まだバイト先が見つかってないだけだぜ」

霊夢「あっそ、里で働き口なんてもうないと思うけどね。で、何しに来たのよ? 用がないなら賽銭だけ置いてさっさと行きなさいよ」

 

 笑いながら冗談だと言ったところで、巫女の興味はゼロ。いや、(むし)ろもっと酷い。これ以上関わりたくない雰囲気を(かも)し出し、どストレートに退場宣告。しかしそこはお調子者、

 

海斗「さっきも言っただろ嫁にならない? って」

 

 引かない。

 

霊夢「ちょっと妖夢、この顔がいいだけのチャラい男はなんなのよ?」

妖夢「いっっっつもこうだから気にしないで。まともに相手をしたら損するだけだから」

海斗「おいおいみょん、それはさすがに傷付くぜ?」

妖夢「その呼び方をやめて下さいって言ってますよね?!」

霊夢「ぷぷぷ、みょんだって。それってあの時の——」

妖夢「ちょっと霊夢!?」

海斗「そうそう妖々夢の時の」

 

 それはいつか起きた異変、それは幻想郷から春が消えた異変、それは白玉楼の主人が主犯となった異変のその後の出来事————

 

 その日、博麗神社には異変解決に名乗りを上げた紅白巫女の他に、白黒魔法使いとスーパーメイド長、そしてどういうわけか主犯であるはずの大食姫が、ようやく訪れた春を感じながらまったりとすごしていた。

 

咲夜「あなたがひょんな所で……」

幽々「私だって、ただひょんな所で……」

魔理「ならなんで、ひょんな所で……」

霊夢「ひょんなって何よ」

 

 苦情、皮肉、戯言。そして飛び交う神社のディスり。だがこれは彼女達にとっては挨拶のようなもの。そこへ何処かに隠れて話を聞いていたのか、抜群のタイミングで現れた2分の1名。彼女は己の主人に近付くや、こう言った————

 

  『()()()な所に居て』

 

 まさに抜群のタイミング、ひょんなところで息の合うお調子者と紅白巫女。そしてこれが、おかっぱ頭がお調子者からそう呼ばれるようになった所以(ゆえん)である。

 

海斗「そうだその時の話を聞かせて欲しいぜ」

霊夢「えっとあれは——」

妖夢「わーッ、わーッ! そ、そうだ海斗さん霊夢に言いたい事があるんですよね?」

霊夢「また嫁になれとか言ったら張っ倒すわよ?」

海斗「マジ?! じゃあ嫁に——」

霊夢「『霊符:——』」

海斗「冗談、冗談。これのお礼を言いたくてさ」

 

 その瞬間、巫女の表情が凍りついた。お調子者の手からは掌サイズの赤い小袋が(ひも)()るされ、目を見開く彼女の思考を表すかのように、くるりくるりと風に揺られながら回っていた。

 

霊夢「あんたそれ……」

妖夢「幽々子様からもらったんだって」

海斗「おかげで無事に幻想郷観光楽しめてるし、霊夢に守られてる感じがするぜ。ありがとうな」

霊夢「——(にん)目」ボソ

海斗「どった?」

霊夢「別に。それ、強い霊力をこめてあるから、まだ幻想郷観光を続けるのなら肌身離さず持ち歩く事ね。それで? もう他に用はない?」

海斗「そうだなー、そいじゃせっかくだから神社を案内してくんない?」

霊夢「はー……、付いて来なさい」

 

 面倒くさそうな表情を浮かべて先を行く巫女と、テンションアゲアゲで後を追うお調子者。その二人の背中を見送り、一人その場に残されたおかっぱ頭。博麗神社へ到着してからというもの、発言を(ひか)えていた彼女。その彼女はずっと探していた。巫女の言葉、表情、反応の中に隠れているものを。そして——。

 

妖夢「ここなら……」

 

 

--ヲタク観覧中--

 

 

 神社の隅々まで堪能していたヲタク。住居スペース、炊事場、なんて事のない生活環境の紹介でさえも、その一時(ひととき)は彼にとってこの上なく幸せな時間だっただろう。そして行き着いた先は近年神社に出来た名物。水道料金不要、無限に天然物が湧き出る温泉だった。

 で、

 

海斗「いやー、いい湯だったぁ」

 

 早速のご入浴である。なお利用料金は巫女の粋な計らい(どうせ無一文だろ)により、初回限定で無料となったのだった。

 

海斗「霊夢サンキュー。今度一緒にニューヨーク行かない?」

霊夢「つまらないし、そういうのもういいから」ムニムニ

 

 一方付き合わされた巫女、ちゃぶ台に置かれた飲みかけのお茶をよそに、両手でなにやらモミモミ。

 

海斗「それなんだぜ?」

霊夢「これはムニムニよ」

海斗「ムニムニ?」

霊夢「こうやってニギニギすると気持ちよくて病みつきになるのよ。最初は硬くてヒンヤリしていたけど」

 

 巫女の説明と形状から、お調子者はその物体の正体を直ぐに見抜いていた。だが異なる使用方法については口を出さず、

 

海斗「硬くて熱くて気持ちいいのなら俺も持ってるぜ」

 

 代わりに

 

海斗「今ちょうどムニムニしてるから、握っててくれれば硬くなって——」

 

 腕を組んで腰を前へ突き出し、大きくドヤッ。

 

霊夢「もう最ッッッ低! 変態ッ! 下衆ッ! もう帰って!! 私これから夕ご飯を食べて見回りに行かなきゃならないの!」

妖夢「もうそんな時間!? 夕飯遅くなったらまた幽々子様が」

海斗「げっ! アレはマジもう勘弁だぜ」

妖夢「霊夢、急だけど」

海斗「そいじゃおっじゃま〜」

 

 いきなり現れては結婚を迫り、かと思えばお守りのお礼をし、かと思えばついで程度に神社の見学会、挙げ句の果てには無銭入浴。結局何がしたかったのか、嵐の様に去って行くつかみどころがない彼を、

 

霊夢「なんで私の所には変なヤツしか来ないのよ」

 

 愚痴(ぐち)にドッと()き出た疲れを乗せて見送る巫女。優雅に(ダラダラと)過ごせたはずの時間は奪われ、彼女の機嫌は最高潮に最悪だった。そんな彼女の内心を察したのだろうか?

 

妖夢「霊夢」

 

 出遅れた白髪の少女は彼女を呼ぶと深々と頭を下げ、

 

妖夢「ごめんなさい」

 

 謝罪の言葉を残して彼の背中を追いかけるのだった。

 癖の強い者、厄介者、変わり者が彼女の下に集まるのはデフォルト。例え彼のようなお調子者が訪れようと、場が荒れようと、巫女が不機嫌になろうと、気心の知れた仲であれば「いつもの事」と笑って過ごせるもの。

 

霊夢「なによ、改まっちゃって」

 

 少し様子のおかしい友人の背中を心配そうに見つめ、ポツリと呟く楽園の素敵な巫女だった。

 

 

--少女移動中--

 

 

 人里を目指し直走(ひたはし)るおかっぱ頭とお調子者。二人の表情は、

 

妖夢「……」

海斗「……」

 

 ()えない。

 彼は言った。

 幻想郷の事を外界にリークしている者がいると。

 有力候補は結界を操作できる博麗霊夢であると。

 それを確かめに博麗神社に罠を仕掛けに行くと。

 

海斗「それで、どうした?」

 

 彼女は反対した。

 そのような者は絶対にいないと。

 幻想郷を守る立場の友人がするはずがないと。

 協力は出来ないと。

 

海斗「やったのか?」

 

 彼は言った。

 博麗の巫女から可能性を引き出すと。

 外の世界の言葉を使用して様子を探ると。

 己が外来人である事は勘付かれるだろうと。

 そして——

 

妖夢「はい、縁側の下に」

 

 仕掛けるのは彼女自身の判断に任せると。

 

海斗「ナイス、そこなら見つかっても自然だ。スマホのバッテリーとモバイルバッテリーで録音出来るのは数時間程度だ」

妖夢「私、まだ信じられません」

海斗「みょんに通じなかった『バイト』が通じた。春雪異変のゲームタイトルを言っても疑問さえ抱いていなかった。霊夢は外の世界で幻想郷を舞台にしたゲームがあるって知っているんだ。おまけに——」

妖夢「この世界にいる方達は幻想郷を観光するなんて言わない。観光というのは他所から来た方がするもの。そう言ってましたね」

海斗「ああ、だから霊夢はあの時点で俺が外来人だって気が付いてる。間違いなく数時間の内に霊夢は動く」

妖夢「でも、早苗達から聞いた可能性も捨てきれません」

海斗「答えは花見でだ。その頃には霊夢もスマホを見つけてるはず」

 

 二人の瞳に映る鮮やかに色付く桜の花。幻想郷の強者達が集う(うたげ)は例年通り開かれる。景気付けに用意された酒、ズラリとならんだ豪勢な食事、場を和ませる演目の数々。笑顔と笑い声が絶える事のない華やかなイベントの裏で(うごめ)く幻想郷の危機。()け抜ける二人が真相を突き止めるのは、もう目前まで迫っているのかもしれない。

 

妖夢「ところで海斗さん」

海斗「なんだぜ?」

妖夢「くしゃみ止まりましたね」

海斗「あ、思い出したら、は……は……」

妖夢「ちょっとあっち向いて下さい、あっち!」

海斗「百式ッ!」

妖夢「イヤーーーッ!」

 

 

嫁捕獲作戦_十人目:博麗霊夢【疑惑】




長い上に会話の多い回でした。
これも「若さゆえの過ち」。


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表_三語り目_※挿絵有

??「……」

 

 無言。ずっと。眉間(みけん)にシワを寄せて無愛想。(すなわ)ち不機嫌、やる気はゼロ。やらされてる感はMAX。つまり、

 

??「めんどくさッ」

 

 なのである。それでも次から次へと厄介者達はやって来る。それらを業務的に単純作業的に無表情で成敗しながら進んで行く。それが、

 

??「生まれ変わったら博麗の巫女になんて絶対になるものか」

 

 彼女の務めにして運命(さだめ)。彼女がそのポジションに就いてからというもの、『異変』と呼ばれる事件が多発していた。それもものの数年で(ねら)ったかの様に、浴びせる様に、畳み掛ける様に。

 吸血鬼が幻想郷を支配しようとした事件から始まり、紅い霧が空を覆った異変、春が来ない異変、花見が繰り返される異変なんてのもあった。そして挙げ句の果てには住居の神社が退屈しのぎに天人くずれによって破壊され……。

 

霊夢「今回で何回目? 1、2、3……」

 

 その度に彼女は出撃して事件を解決してきた。その数実に——

 

霊夢「9回目えええ?!」

 

 である。そして即座に計算される異変の起きる頻度とそのペース。導き出された答えから出した結論は……

 

霊夢「私、呪われてるの?」

 

 巫女が呪われる。なんとも滑稽(こっけい)な話ではあるが、そうとしか思えない程のペース。彼女の人生が異変そのもの。これには額に手を当ててげんなり、頭痛さえ覚えるほどである。

 そうこうしているうちに到着した目的地。彼女が見下ろす地面には、まるで彼女を丸飲みにしてしまうかのような、巨大な穴が口を開けて待ち構えていた。

 

霊夢「ここが……」

 

 出てくる怨霊は()まない。位置は特定された。となればやる事は一つ。大きく息を吸い、

 

霊夢「ハー……」

 

 肩の力を一気に抜いてここ一番の超特大ため息。気を改め、いざ地底世界へ。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 アイツの想いは届かなかった。しかもよりによってやって来たのが博麗の巫女。ただならぬ緊張と衝撃が走り、全員の思考が停止していたはずだ。けど時は待ってなどくれない。博麗の巫女が旧都にやって来るのも時間の問題だった。

 

私 「出ちまったもんはしょうがない。怨霊の事は後日さとり嬢から上手いこと言ってもらうとして、扉の事とお空の事はまだ知られていない。気付かれる前に私達で解決するぞ! キスメとヤマメは博麗の巫女の足止めを頼む。その間に私とさとり嬢はお空の方を、パルスィとお燐は向こうを片付けてくれ」

 

 それが正しい選択かなんて分からない。でも考えている間も()しかった。

 

キス「フッフッフッ……、つまり時間稼ぎか」

私 「世間話でもなんでもいい」

ヤマ「もし戦闘になったら?」

私 「その時は相手するしかない。旧都への侵入を全力で阻止するんだ」

キス「フッフッフッ……、任されよ」

ヤマ「戦うとなったら、きっとスペルカードルールだよね?」

ヤツ「二人とも頑張って。向こうが片付いたらすぐ行くから」

お燐「アタイも応戦に行きますニャ」

私 「どんな手を使ってでも隠し通すぞ!」

  『おーッ!!!!!!』

 

 きっと(あせ)っていたんだろうな。あの時の私は深い考えもなしに思いついたまま指示していた。けど、そんな薄っぺらな作戦に拳を(かかげ)てくれたキスメ、ヤマメ、ヤツ、お燐には感謝の言葉しか出ない。もちろんアイツもな。今度酒でも持って礼でも……今更こそがゆいか。

 

ヤマ「あっ、勇儀」

 

 あー……、ここまで思い出すと記憶の彼方(かなた)に閉じ込めておきたい()()()まで蘇ってくる。そうだ、あれの始まりはヤマメが放った一言から——

 

ヤマ「その格好どうにかした方がいいよ」

 

 その時の私の服は八咫烏(やたがらす)との戦いや(さかずき)探しで、(ほころ)びやら汗やらドロやらシミやらで酷いありさまだった。

 

ヤマ「万が一博麗の巫女と戦う事になったら大変だよ?」

 

 その姿で勘のいい博麗の巫女の前に現れては、間違いなく何かあったと気付かれる。例えそうでなくとも「なんでズタボロなのよ?」なんて問われたらどうなる? 鬼はウソはつけない上に、無理に話題を()らそうものなら余計に怪しまれる。どう転んでもバレる可能性がある。

 それを察して言ってくれたのだろうけど……。

 

私 「でも着替えなんて……」

ヤマ「私が簡単なの作ってあげるから。ほら早く服脱いで」

私 「ちょっ、えっ、ここでか?!」

 

 まさか道のど真ん中でだなんて、

 

キス「フッフッフッ……、ぬーげ♪ ぬーげ♪」

お燐「とんでも(ニャ)い迫力ニャッ」

??「うわわわわ///」

ヤツ「ぐふっ♡ 勇儀の生お着替え♡」

 

 何よりヤツの前だなんて……屈辱(くつじょく)

 

ヤマ「ちょっと、いやらしい目で見てないで下に着る物なんかないの?」

ヤツ「あ、それならいいのがある! 家すぐそこだから取ってくる。ついにアレの出番だーッ!」

 

 無駄にハイテンションで走り去るヤツに不安を抱きながら、なされるがままヤマメの糸でグルグル巻きされていく私。真っ白な一本の細い糸は()られ、編み込まれ、瞬く間に生地へと姿を変え、私の上半身を包み込む服となっていった。

 で、出来上がった格好が——

 

私 「なあコレ……」

 

 白い短袖の上半身だけの服に、ヤツが持って来たヒラヒラした長い腰蓑(こしみの)。なんでも元々私への贈り物で作ってくれていたらしい。それはヤツとはいえ、素直に感謝の言葉を伝えられた。

 

私 「半分()けてんじゃねぇか」

 

 ただしソレさえなければの話。

 

 

【挿絵表示】

 

 

ヤツ「ぐふふ♡ 似合ってるよ♡」

私 「そう思ってるのはお前だけだ」

キス「フッフッフッ……。勇儀よ、そうでもないぞ」

私 「いや、変だろ?」

お燐「違和感(ニャ)いニャ」

私 「そんな事ないだろ?」

??「そんな服持ってなかったっけ? って感じ」

私 「ねーよ」

 

 ヤマメ作の服にヤツ作の腰蓑。当時は変な格好だってブツクサ言っていたけど、今じゃありがたく使わせてもらっている。部屋着用としてだがな!

 

ヤマ「文句は後、キスメ行くよ!」

キス「フッフッフッ……、一狩り行こうぜ」

??「キスメー、ヤマメー……」

 

 アイツなりに地底世界を守ろうとして起こした怨霊騒動。けど結果的に町の者達の不審感を(あお)り、キスメとヤマメまでを巻き込んでしまった。先陣を切る二人に声をかけたアイツの顔には不安と罪悪感が暗雲となって(おお)っていた。そんなアイツの心中を察したんだろうな——

 

キス「フッフッフッ……、大船に乗った気でおれ」

ヤマ「終わったらまたみんなでご飯食べようね」

 

 あの二人、いつも以上に優しい顔をしていやがった。

 しんしんと降り続く雪。旧都は火こそ消えていたが煙が立ち上り、至る所に傷を負っていた。さらに空中では怨霊が(おぞ)ましい悲鳴を上げながら群れとなって大穴へ。またいつ目覚めるかも分からない八咫烏に加え、地底世界を我が物にしようと秘密の扉から出てきたという輩達。そして来てしまった博麗の巫女。

 次々と休む間もなく起きる出来事、変貌(へんぼう)を遂げる状況、荒れ狂う時間の波。その中に私達はいた。でも、あの時の、あの場所だけは、

 

??「ありがとう。怪我しないで」

 

 穏やかな時間が流れていた。それはさながら嵐の前の静けさ。束の間の休息。

 

お燐「!」

 

 そう、バカデカイ嵐はもうすぐそこまで来ていた。

 

お燐「勇儀さん侵入者ニャ! きっと博麗の巫女が(あニャ)に入ったニャ!」

私 「ちぃッ、仕方がない」

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 暗闇の風穴(ふうけつ)

 陽の光はとうに途絶えた。明かりを灯さなければ何も見えない。そこは地下世界へ真っ直ぐに伸びた一本道。風の流れに逆らって落下して行けば、やがて見えて来るであろう穴の底。しかし道のりは長く、辿り着くころには飛び込んだ事を後悔するだろう。

 そんな道半ばで暴れる少女が一人。

 

霊夢「あーもう! 次から次へと」

 

 飛び交う札、針。穴の中に入ってから間もないというのにその数、すでに数える事を放棄してしまう程。下から次々と地上を目指す怨霊を見つけては容赦なく、躊躇(ためら)うことなく、片っ端から消滅していく

 だが怨霊とて黙ってやられてはいない。生前の怨念を込めた邪な光弾を少女に向けて放つ、放つ、放つ。

 

霊夢「鬱陶(うっとお)しいッ!」

 

 が、意図も簡単に(かわ)され呆気なく返り討ちに。周囲の怨霊とタイミングを合わせて攻撃に出るも、少女はその隙間(すきま)をかいくぐり、

 

霊夢「『霊符(れいふ)夢想封印(むそうふういん)』」

 

 一掃。日々の生活はダラダラ一色。訪れる友人にはお茶も出さず適当にあしらうクセに、獲物を見つけるや「お水をどうぞ」と悪意に満ちた営業スマイルで出迎える守銭奴。だが一度(ひとたび)仕事モードへとスイッチが切り替われば、幻想郷の平和を守るスーパーガールへと早変わり。彼女にかかれば解決出来ない異変など、ない。

 

霊夢「早く帰ってコタツに入りたいの! 邪魔しないで!!」

 

 そんな少女の逆鱗(げきりん)に触れた今、止められる者など果たしているのだろうか?

 と、そこへ……。

 

??「『怪奇(かいき)——』」

 

 第一の守護者(刺客)、参上。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

キス「フッフッフッ……、やはりこうなるか」

 

 普通に向かっては間に合わない。そこで考えた苦肉の策。

 

私 「真っ直ぐでいいのか?」

ヤマ「うん、思いっきりお願い! あとは私がなんとかする」

 

 角度45度、狙いはこの目にしっかりと見えていた。

 

私 「萃香を負かした相手だ。全力でイケ!」

  『承知ッ!!』

 

 能力解放状態での、

 

私 「頼むぞおおおぉぉぉッ!」

キス「フッフッフウウウぅぅぅーー……☆」

ヤマ「いっきてまあああぁぁぁーー……☆」

 

 いつものやつ。キスメはヤマメに掴まり、私がヤマメの服を掴み、土俵の真上の大穴へ向けて一直線に全力投球。

 

ヤツ「とうとうキスメとヤマメまで……」

 

 その後すぐに大きな蜘蛛(くも)の巣が広がり、そこへ飛び込んだ弾道はビヨーンと角度を変えて跳ね返り、二人は大穴へと吸い込まれていった。

 今でも思う。獲物を捕まえるわ、落石を防ぐ屋根になるわ、色々と作れるわ、

 

私 「ホント便利だよな、アレ」

 

 と。能力とは異なるヤマメの特技に感心していた私だったけど、そこで立ち止まっている場合ではない。

 

私 「今の内に行くぞ!」

 

 すぐに背を向けてヤツとお燐、そしてアイツと共に激戦になっているであろう地霊殿の奥を目指した。まあそん時に背後でデカイ音が鳴り響いていたけどな。そん時は特に気にする事もなく先を急いだけど、まさかそれが——

 

 




【次回:裏_四語り目】


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裏_四語り目_※挿絵有

 これは彼らから聞いた話です。

 一方、たった一人で100人以上の異世界の者達の相手をしていた筋トレマンは——

 

筋ト「迦死羅(カシラ)一塁打、難呼突(ナンコツ)二塁打ッ、死路(シロ)三塁打!」

 

 迫る輩達を次々と打ち上げ、

 

筋ト「鬼裳(キモ)本塁打!!」

 

 かっ飛ばしていました。

 

輩A「この野郎……」

 

 地面には異世界の者達が所狭しと倒れていたそうです。たった一人で30〜40は打ちのめしていたと。はい、私も当時疑問に思いましたよ。よくそこまで相手に出来たなと——

 

筋ト「ヘカーティア様の勧めで、多人数を相手する戦い方も学んだんです。名目上は、ですけどね。本当はヘカーティア様の妹分さん、埴安神(はにやすしん)袿姫(けいき)さんが退屈してるからって事だったらしいんですけど……。それはさておき、その方が次々と作る偶像を相手に指導受けていたんです。ポイントは背後を取られない事、囲まれない事、足を止めない事だって言われましたよ。それで最終日が近づいて来た時に『シメの試験やるから来な』

【挿絵表示】

ってんで付いて行ったら、袿姫さんの部下の杖刀偶(じょうとうぐう)磨弓(まゆみ)って方が率いる、埴輪(はにわ)とかいう土人形の軍隊が待ち構えていましてね。開始の合図もなしにいきなり襲って来やがるんですよ。その試験の結果? あれどうなったのかな? オレもよく分からないんですよ。っていうのも、その磨弓さんがねぇ……。いや、オレが土人形壊す度に『一郎ぉー、二郎ぉー、三郎ぉー』って一々叫ぶんですよ。心苦しかったけど、こっちだって必死なわけ。それでその叫び声が二十郎になった時だったかな? 土人形の残骸(ざんがい)を寄せ集めて、しくしく泣き始めたんですよ。それに見かねたヘカーティア様が『可哀想だからもうやめよ』って袿姫さんに声をかけましてね、そこで終わったんです。

【挿絵表示】

だから合格なのか不合格なのか分からず終いってわけ。ところでさっきから何でこんな事を聞くんですか? 関わった方へお礼を? それならウチの肉も一緒にいいですか? 近頃誰かさんのお陰で店が大繁盛してましてね。高級な肉も扱うようになったんですよ。母ちゃんにはオレから言っておきますから」

 

 でもまあ、一言で言えば既に経験済みだったそうです。とはいえ数が数です。いくら倒せども倒せども、キリがありません。

 厳しい修行に耐え抜いたとはいえ、体力は無尽蔵(むじんぞう)ではありません。

 

筋ト「ゼェー……、ゼェー……」

 

 底は必ずあります。振り回していた金棒を杖代わりに、息を切らせていた事でしょう。筋トレマンの体力はギリギリだったはずです。ただ幸いだったのが、その時まで一打もダメージを受けていなかった事だったと。そう語っていましたよ。

 

??「随分とイキのいい兄ちゃんだこと」

 

 異世界とはいえ、私達地底の民の様なはみ出し者はいます。筋トレマンが相手をしていた輩達はそういった中でも、暴力的な思考を持つ荒くれ者達だったと聞いています。

 自分達のおかれた環境に不満を抱き、片隅でしか生きる事のできない者達。そこは強き者が上位に君臨し、弱き者を服従させる完全なる実力主義の縦社会。日々争いが起き、その順位が激しく入れ替わる場所です。

 私は先程筋トレマンがやっつけた人数は20〜30だと言いました。その数に「少ない」と感じた方もいるはずです。ですが輩は皆、筋トレマンと同様に厳しい環境を生き抜いた実力者達だったんです。それこそこの世に生を受けてからずっと。

 そして、その輩の中で常に頂点に君臨する者が筋トレマンの前に現れたんです。輩は皆、その者をこう呼んでいたそうです。

 

 『ボス!』

 

 と。え? (ひね)りがない?

 

ボス「時に、今日の()はどうだ?」

  『Beautiful Over Special Sugeーです!』

 

 と言われましても……。コホン、続きいきます。

 

ボス「そーだろ、そーだろ。しかしまあ、子分供をコテンパンにしてくれて」

輩B「ボ……ス……」

 

 見下ろせる程の低い背丈、ゆったりとした(すそ)から覗く手首は細く、女性の様に綺麗な顔立ち。力自慢の筋トレマンの目には当初、余裕で退治できる相手に映っていたでしょう。でも……

 

ボス「お前達もいつまでも寝てんじゃねぇ、とっとと起きネェカッ!」

  『はいッ!』

 

 たった一度吠えただけで傷付き、倒れていた者達を瞬時に蘇らせたと。輩を蘇らせたもの、それは威圧感において他なりません。目前で繰り広げられる目を疑う光景、ボスの威圧感に触れた筋トレマンは、

 

筋ト「(コイツ絶対強い。勝てる気がしない)」

 

 考えを改めさせられたんでしょうね。その場で(ひざ)から崩れ落ちてしまったそうです。

 

ボス「はっ、今ので腰でも抜かしたか?」

輩C「ならボスが直接下すまでもねぇ」

輩D「10倍返しにしてやらあッ!」

 

 やられた怒りを剥き出しに武器を握り直し、殺意に満ちた雰囲気を放ちながら、ぞろぞろと彼に近づいて行ったそうです。きっと筋トレマンは命の危険を感じていた事でしょう。

 でもその時、ボスが意外な事を言い放ったそうなんです。

 

ボス「殺すなよ」

 

 「生かせ」と命令したんです。けどそれは束の間の安息でしかありませんでした。

 

ボス「生け捕りにしろ」

  『はい?』

ボス「その方が楽に進むからな。そうだな、手始めに——」

 

 人質です。筋トレマンを盾にして地底世界を侵略しようと考えていたんです。そしてボスが最初に目をつけた場所、拠点として選んだ場所、指し示した場所というのが……

 

ボス「あそこの屋敷を頂くとしようか」

 

 地霊殿だったんです。

 

ボス「と、考えてしまう余はどうだ?」

  『Beautiful Over Special Sugeーです!』

 

 餌を見せつけられた輩達はニヤリと笑い、(したた)るヨダレを(ぬぐ)いながら筋トレマンへの進行を再開しました。

 

輩E「へへ、大人しく捕まれよ」

輩F「痛い思いをしたくなければなぁ」

 

 自分の所為で更に状況が悪化する。捕まったら本当に地底世界を、故郷を失う。筋トレマンはその時そう感じたと話していました。

 

筋ト「させねぇよ」

 

 そして萎縮(いしゅく)してしまった自身の心に(むち)を打ち、立ち上がったんです。

 

ボス「足掻(あが)くか」

 

 ですが、こうも思っていたはずです。

 

筋ト「(早く戻って来いよ)」

 

 未だ帰らぬ彼への不満を、ね。

 険しい表情で構える筋トレマン。対するはボス率いる100を優に超える異世界の荒くれ者達。圧倒的に不利な戦力の中、いつまで耐えられるか分からない第二ラウンドのゴングが鳴ろうとしていました。

 そこへ——

 

??「☆……。。。ぁぁぁあああわ」

 

 乱入者です。彼が颯爽(さっそう)と上から現れたんです。

 いえ、彼は飛べませんよ。そうですねー……。簡潔に言ってしまうと、

 

 

ドッカーン!

 

 

彼 「あっぶねー、着地成功っと」

 

 地底世界ではよく見られる光景なんです。これ以上は聞かない方が身のためですよ?

 

彼 「あっ、和鬼! 無事か?!」

 

 さて、満を持して再登場した彼。筋トレマンも喜んでいるかと思いきや……

 

彼 「おーい」

 

 口をあんぐりと大きく開け、呆然(ぼうぜん)としていたそうです。不思議に思った彼は筋トレマンの目の前まで駆け寄り、手を振って存在をアピールしました。そこでようやく反応があったそうです。

 

筋ト「(おっせ)えんだよ! しかもなに一人で戻って来てんだよ!!」

 

 「いきなり怒鳴られた」彼はそう語っていましたよ。それはそうですよね。帰りは遅い上に誰一人として一緒に来なかったのですから。

 ええ、そうなんです。当時パルスィさんとお燐も、勇儀さんの指示で彼と一緒に駆け付けるはずだったんです。ですが、お燐は私に状況と作戦を伝えるために地霊殿(こちら)へ。パルスィさん、そして作戦を考えた勇儀さんは……ご存知の通りです。

 彼は筋トレマンにその事を包み隠さず、全て話しました。

 

彼 「悪い自分の所為で……。嫌われ者の話なんて誰も聞いてくれなかった」

筋ト「勇儀さん達は?」

彼 「博麗の巫女の相手。時間稼ぐから二人で耐えろって。後で絶対来るって」

筋ト「待て待て待て待て、なに? 博麗の——」

 

 急展開過ぎて理解が追いつかなかったそうですけどね。と、その時です。

 

??「小僧オオオオオッ!!」

 

 怒号と共に凄味の大波が彼らに押し寄せたのは。その発信源は他でもないボスです。

 あ、では息抜きにクエッションです。

 

 Q.ボスの身に何が起きたのでしょう?

 

 ……簡単過ぎましたね。はい、その通りです。

 

ボス「よくも……よくもよくもよくもよくも」

 

 彼が上から降って来た時に運悪く……いえ、運良くに直しましょう。ボスの上に踏み付ける形で着地していたんです。そのお陰でボスにワン・ダメージが入っていたんです。

 

ボス「余の美しい顔に傷を付けてクレタナーッ!」

 

 ご自慢の顔に。鼻からは血が出ていたそうです。

 

ボス「許さぬ……。お前達地獄に送ってやれ!」

輩G「ボス、生捕りは?」

ボス「んなもんなしだ!」

 

 怒り狂うボスは彼らを人質にする事をやめ、その場で痛めつけるよう命令を下しました。

 

  『うらあああッ!』

 

 殺意の声を上げ、武器を手に迫る輩達。

 

筋ト「その地獄から帰って来たっつーの」

彼 「どんな所だった?」

筋ト「そんな事聞いてる暇あるなら構えろよ」

 

 そしてそんな中でも何処かリラックスした雰囲気の彼ら。

 

筋ト「あ、そうだ耳貸せ——」

 

 筋トレマンは直前に一言二言彼に助言をし、

 

 『わああああッ!!』

 

 第二ラウンド開始です。

 彼らは押し寄せる輩の波に飛び込んで行きました。

 振り下ろされる凶器を回避しては脚をかけ、服を引っ張り、時にはタックルで弾き飛ばし、一人二人、三人四人と次々に姿勢を崩していく彼。囲まれる危険があったにも関わらず、(かえり)みることもなく、背中を筋トレマンに任せて真っ直ぐ前へと進んでいきます。

 一方、体制の崩れた輩に間髪入れずトドメとばかりに痛烈な一撃をお見舞いしていく筋トレマン。これまでとは違い、(すき)だらけで無抵抗な者に攻撃するだけとなったわけですから、その労力は半分以下になったと言っても過言はないでしょう。削られた体力でも充分に(こな)せていたはずです。

 この息の合った連携プレー、お互いの実力を知っている者同士だからこそ、殴り合いの喧嘩ばかりを繰り返していた者同士だからこそ、ライバルであり幼馴染同士の彼らだからこそなせた妙技なのでしょう。普通はそうも上手くいきません。

 やがて彼の目に切れ間が写し出されました。最後尾に辿り着いたんです。その瞬間彼は一気にゴールを目指して駆け抜けて行きます。そしてそのゴール地点は、彼のスタート地点でもあったんです。

 

??「来い小僧ッ、余が直々に相手をしてやろう!」

 

 他でもないボスです。彼はボスとの一騎打ちを仕掛けに行ったんです。

 

ボス「お前達、余計なことするなよ」

 

 それが二人の狙い? さあ、どうでしょうね。ただ一つ言える事は、彼がボスと戦う事で筋トレマンはまた一人で多人数を相手にしなければならなくなった。それは間違いないでしょう。

 

筋ト「チィィ……ッ」

 

 その上、筋トレマンは四方八方を囲まれていたと。これは一対多において最もやってはいけない事、筋トレマン自身も危惧していたはずです。状況を打破しようとあれこれ考えていたことでしょう。いえ、そんな余裕もなかったかもしれません。

 

輩H「……若僧が」

輩I「さすが(うわさ)に聞く種族()だな」

輩J「でももう終わりだ」

輩K「とっととつぶれろ!」

 

 十数人分の凶器を金棒で受け止めていて身動きができなかったと。それをいいことに横から背後から

 

輩L「けけ、背後がガラ空きだ」

筋ト「ぐぅ……」

 

 打撃、

 

輩M「こっちもな!」

筋ト「ゴハッ」

 

 弾撃、

 

輩N「キィィイェエエエ!」

筋ト「イッッテェエエエ!」

 

 斬撃を。けれども筋トレマンは倒れません。そこは「さすが鬼だ」といったところでしょう。元々体が頑丈な種族であり、その上鍛え抜かれた鎧をまとっていたわけですから。おかげで耐え続ける事が出来ていたのではないかと。もしそれが並の人間であれば、一撃目でアウトだったと思いますよ。

 とはいえ、その強靭な体もそれ以上の力が加われば怪我だってします。昔、別の鬼さんがそう言っていました。筋トレマンが受けた傷は致命傷にこそなってはいなかったものの、全身は(あざ)と切り傷だらけ。呼吸は乱れ、大量の汗をかき、出血まで。確実にダメージは蓄積され続けていたんです。その所為(せい)もあり……、

 

筋ト「(これ、かなりヤバイ)」

 

 目の前が(かす)み始めていたと。

 もう四の五の言っている場合ではありません。筋トレマンは残されたありったけの力を絞り出し、金棒にのしかかる凶器を輩ごと押し返すと、

 

筋ト「あ゛ああああッ!」

 

 金棒を持ったままコマの様にくるくると回り出したんです。

 はい、そうですね。そんな事をしても苦し紛れのその場しのぎでしかありません。一人、二人には当たったかもしれませんが、距離とタイミングこそ見極めてしまえば攻撃を与える事は容易(たやす)いでしょう。それ以前に、距離を取った所から投石や光弾のような攻撃を加えればいいだけ。輩達も足下の石拾う者もいれば、ブツブツ言いながら掌にエネルギーを集め始める者もいたそうです。

 一斉に放たれれば防ぎようがありません。不気味に笑いながらその時を待つ輩達に囲まれる中、筋トレマンは願ったそうです。

 

筋ト「(もっとリーチがあれば)」

 

 「周囲を一掃できるだけの長さが欲しい」と強く、強く、より強く。

 

輩O「全員放てッ!!」

 

 

ドガガガガガガガッ!!

 

 

 直後、一帯に鈍い音が響き渡りました。

 




筋トレマンにいったい何が?
そしてそれが分かった時、
誰かのエピソードで……。

【次回:表_四語り目】


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表_四語り目

Stage 1 忘恩の地から吹く風


 これはキスメとヤマメから聞いた話だ。

 

【キスメ談①】

 フッフッフッ……、勇儀に投げられた後の事だと? あの背筋が凍るような体験を思い出せと? フッフッフッ……、いいだろう話してやる。ただしお代はそれ相応にもらうぞ。

 あの時、私が投げられたのは実に二度目の事だった——

 

キス「フッフッフウウウぅぅぅーー……☆」

 

 萃香に続き今度は勇儀(お前さん)。しかもその力はケタ違い。苦い思い出も(よみがえ)るというものよ。

 

キス「いやあああぁぁぁーー……☆」

 

 顔面にのしかかる重たい風圧と思い出したくもないトラウマの所為(せい)で、下に広がっていたであろう旧都を(なが)める余裕もなく、薄っすらと開けた目に飛び込んで来たのは——フッフッフッ……、何だと思う?

 

キス「ぶつかるうううぅぅぅーー……☆」

 

 壁よ、壁。断崖絶壁(だんがいぜっぺき)のお硬い地底の壁よ。もしそのまま突っ込もうものなら、間違いなく私は(おけ)と共に藻屑(もくず)と化していたよ。フッフッフッ……、でもそこはさすがヤマメよ。

 

ヤマ「キャプチャーウェブ!」

 

 巨大なのに密度の高い(あみ)を瞬時に生み出したんだからの。しかもその網、速度を落とす事なく私達を上へ(はじ)いたのだから。本来あの技は獲物を捕獲するためのもの。いやはや、あんな応用が出来るとは恐れ入る。

 フッフッフッ……、さあね。人知れず練習していたのではないか? ぶっつけ本番って事はなかろう。

 

キス「フッフッふ〜……、間一髪」

 

 時に勇儀よ、そこまでにかかった時間、どれくらいだった思う?

 フッフッフッ……、ブー残念。その半分。

 

ヤマ「……いる」

キス「フッフッフッ……、まだ先だろうが近いな」

 

 そんな速度で上へ向かっていたのだから、巫女の気配を察知感知出来る場所まではあっと言う間だったよ。

 とはいえよ、

 

キス「フッフッフッ……、さすがに少し遅くなったか?」

 

 失速していたのもまた事実。私としてはそのまま止まった所で巫女を待っても良かったのだがな、ちょうど穴の(なか)ばくらいでヤマメが言ってきたんだよ。

 

ヤマ「キスメ聞いて」

 

 フッフッフッ……、二度ある事は三度あるとはよく言ったものよ。まさかヤマメまであんな事言うとは思いもよらなかったよ。フッフッフッ……その通り。

 

ヤマ「投げるから先に行って足止めして」

 

 まったく。萃香といい勇儀(お前さん)といい、今度はヤマメって。私は(まり)か? 球か? パルスィか?

 

ヤマ「うううりゃあああッ!」

 

 まあよい、過ぎたことよ。それでヤマメの力が上乗せされて投げられた私は、巫女と話しをするために()せ参じたわけよ。

 

キス「フッフッフッ……、見つけたぞ。博麗の巫女」

 

 光の弾が一つ、二つと見えてからは直ぐだった。怨霊を残すことなく成仏させていた巫女を見つけたのは。巫女も私のことに気が付いたみたいでバッチリ視線が合ったぞ。

 「話をするだけ」そう思っていたんだがな、巫女の方は攻撃する気満々。となればやる事は一つだ。私は()()()()相手をする事にしたよ。

 

キス「『怪奇(かいき)』」

 

 たった一枚のスペルカード、『怪奇:釣瓶落(つるべお)としの(かい)』でな。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

??「何でこんなじめじめした所に来なきゃいけないの?」

 

 依然として機嫌の悪い赤白少女。

 そこは雪の降る真冬だというのに意外にも湿気が強く、心なしか底へと近づく毎に暖かさを覚え始めていた。

 行き着く先には何が待ち受けているのか。底なしに感じる深い暗闇の中へと慎重かつスピーディーに身を投じて行く。恐怖はないのだろうか。

 

霊夢「にしても……」

 

 と、ふと思い出されるつい先程の出来事。

 

霊夢「さっきの()()、何だったの?」

 

 不可解な謎に首を(かし)げてポツリと独り言。そこへ何処からか、されど極めて近くから声が。

 

??「{あーあーあー、本日は晴天なり}」

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

【キスメ談②】

 フッフッフッ……、思い出すと古傷が痛む。

 私はスペルカードを宣言し、楕円(だえん)状の赤色の光線を巫女に向けて三方向に発射。と同時に、外側を緑色の膜で(おお)った白色の光弾を間髪入れずに仕向ける。だが巫女はその攻撃を辛うじて避けて反撃に。

 戦いは激しさを増し、互いの力が底を()きかけた頃、私は巫女に笑みを浮かべながら「フッフッフッ……なかなかやるな」と。巫女も「あんたもね」と。そして残された力を振り(しぼ)って奥の手で決着を……。

 ……なんだその目は? フッフッフッ……そうだよ、全部空想だよ。「そうだったら良かったのにな」って思っただけだよ!

 現実は……

 

キス「kいいいぃぃぃ……☆」

 

 止まらなかったんだよ!! 勢いが強過ぎてブレーキが出来なかったの! 巫女の横を通過しただけなの!! その後気が付いた時には……って、笑うなああああッ!!!

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 封じられた妖怪。

 地底世界に住まう妖怪の多くは、その能力から地上では()み嫌われた者達。その巣窟(そうくつ)で何やらブツクサ言いながら下降を続ける巫女が。

 

霊夢「便利なような邪魔なような」

 

 周りには誰もいない。群れとなって立ち向かって来ていた怨霊でさえも、今や姿を消している。あるのは闇と静けさ、そして彼女自身だけ。つまりは独り言、そのはずなのだが……。

 

??「{貴方(あなた)には地底の闇を暴いてもらおうと思っています}」

 

 明らかに彼女とは異なる口調に声質、まるで別人である。二十人格? いや違う、彼女は会話をしていたのだ。近くで浮遊する陰陽印(おんみょうじるし)の紅白玉と。

 彼女にとって陰陽玉は慣れ親しんだ物だった。まだ彼女が博麗の巫女に就任する前、共に武者修行に行った日もあれば、就任後にも共に異変を解決した日もあった。だがそんな旅のお供に会話機能があるとは初耳だった。

 それもそのはず、その機能が追加されたのはすごく最近のこと。というか彼女が出発する直前のこと。甘い物には目がないスキマを操る何者かによって『通信出来る程度の機能』を勝手に追加させられたのだ。

 彼女の話し相手は地上にいる。今頃は愛用のペンとメモ用紙を準備し、事が起きるのを今や遅しと待っているだろう。ネタになりそうな出来事を聞きつけては首を突っ込まずにはいられない『清く正しい』を売りにしたマスゴミ鴉天狗(からすてんぐ)である。

 そうとは知らず、不思議そうな顔で巫女に近づく者が。

 

??「おお?」

 

 興味深々、さらにその者は親しげにこう尋ねた。

 

??「腹話術? 何処から声を出していたの?」

 

 地底世界、そこは行き場を失った(Lost Place)者達の最後の楽園。

 

??「{何か変なのが来ましたね}」

霊夢「陰陽玉の向こうからワクワクしている様子が伝わってくるわ」

??「{ワクワク}」

 

 第二の守護者(刺客)、推参。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 とまあキスメは当時の事をその様に語っていた。そう言えば話をしてくれた後「すごく怖かったんだからね」って涙ぐんでいたっけな。「フッフッフッ……」と不気味に笑うキスメが、桶の中にグロテスクな物体を忍ばせているあのキスメが。普段見せない表情なだけに、胸を強く()め付けられた事は忘れられない。

 でも一方でヤマメは————

 

【ヤマメ談①】

 ああ、あの網? 「きっと投げられたら直ぐに張らないと間に合わない」と思ってね。タイミングはバッチリだったでしょ?

 えっ、そうじゃない?

 あははは、練習なんかしてないよ〜。あの時が初めてだよ。なんとなくね、出来そうな気がしてさ。あ、この事キスメには言わないでよ? 「狩るッ」って追いかけ回されたイヤだもん。

 あ、狩るで思い出した。飛ぶスピードが落ちて来たことに気が付いてね。私、キスメに「先に行って足止めして」って頼んだんだ。地上に近い所で足止めした方が下で起きている事、知られるリスクが低いでしょ?

 あー……。うん、投げた。でもでもそれはキスメだって……

 

ヤマ「投げるから先に行って足止めして」

キス「フッフッフッ……、任されよ」

 

 って承知してくれたよ。だから私はキスメの桶に糸を付けて、

 

ヤマ「うううりゃあああッ!」

 

 ぐるぐる回って勢いを付けて投げたんだから。けど問題があってさ。キスメがね、

 

キス「殺すつもりで狩るッ!」

 

 ってヤル気満々だったんだよねー……。もう手を離れる直前だったからそのまま投げちゃった。あ、一応注意はしたよ?

 

ヤマ「キスメー! 話をするだけではだからネー!!」

 

 でも予想以上に勢いよく行っちゃったから、声が届いていたかはどうか……。

 

ヤマ「大丈夫かな?」

 

 それから少し経ってからだよ。うん、例のアレが聞こえたの。

 

 

ゴッティイイイィィィーーーンッ!!

 

 

 すごい大きな音でいい音が……ね。もう直ぐに分かったよ。

 

ヤマ「キキキキキキキキスメ?!」

 

 やっちゃったって。それは慌てたよー。音からして相当硬い何かにぶつかった感じだったから。

 ……ちょっと勇儀? キスメの前では笑っちゃダメだよ? 「役に立てなかった」って気にしてるんだから。

 もー……、あとで謝りなよ。

 何処まで話したっけ? そうそう、それで私キスメの下に急いだんだ。手から出した糸を壁に引っ掛けて加速させながらね。そしたらね、見えて来ちゃったんだ。

 

ヤマ「アレってもしかして……」

 

 うん、博麗の巫女が。悪い予感は的中してたんだ。

 

ヤマ「キスメ……」

 

 キスメは巫女に何も出来なかったんだって。私、すごく後悔した。自分の判断ミスが原因でキスメに大怪我させた事を、勇儀が考えた作戦を台無しにしちゃう事を、みんなに迷惑をかけちゃう事を。

 

ヤマ「勇儀、パルスィ、お燐、さとりちゃん、——君、みんな……ごめん」

 

 だからキスメの分も頑張るって、

 

ヤマ「埋め合わせは必ずするからッ!」

 

 「どんな事をしても止める」って(ちか)って博麗の巫女に話しかけたんだ。でもそれを悟られないように平然を(よそお)ってね。

 

ヤマ「おお? 腹話術? 何処から声を出していたの?」

 

 「何してるの?」って感じでいつも通り笑顔で話したよ。けど彼女ったら私の事を変なの呼ばわりするわ、無視してワクワクって独り言を言うわ、ついには……

 

巫女「やり場のない私の(いきどお)りをあんたにあげる」

 

 って、失礼しちゃわない?! 博麗の巫女かもしれないけど初対面だよ? しょ・た・い・め・んッ! 普通そんなこと言うぅ!? ——君でもそんな事言わないよ?! もう(あったま)に来ちゃってさ。

 

ヤマ「妖怪の力がどれほどの物か、良く見るが良いわ!」

 

 攻撃しちゃってたんだよねー……。

 

ヤマ「『罠符(わなふ):キャプチャーウェブ』!」

 

 始まっちゃったらもう止める事は出来なかった。彼女も一気に戦闘モードにスイッチ入って反撃して来たよ。

 

ヤマ「『蜘蛛:石窟(せっくつ)蜘蛛(くも)()』」

 

 うん、全力で相手した。出し惜しみなんてしてない。

 

ヤマ「『瘴符(しょうふ):フィルドミアズマ』」

 

 能力を使ったスペルだって……へ? 私の能力?

 ちょっと、それ冗談でしょ?

 「鬼だから冗談は言わない」じゃないよ。はー……、私の能力は『病気を操る程度の能力』、糸を出すのは能力じゃなくて特技みたいな物だから。それでその能力を使って光弾にイ◯フルエ◯ザとか麻疹(はしか)とかオタフクとかの病気を乗せて撃つの。けどそれやっちゃうとねー……。あーうん、実はそうなの。

 ま、まあそれはそれとしてね。そこまでやっても彼女には一回も当たらなくてさ。

 ううん、勘がいいとか避けるの上手いとかじゃないの。それ以前の問題。

 

ヤマ「また?! いつの間に」

 

 彼女、すっっっごく早かったの。目では追いきれないくらいに。右にいると思ったら左にいたり、移動したと思ったらもうそこにいたり、前にいると思ったら後ろにいたりで。まるで瞬間移動みたいだったよ。だから狙いが定まらなくて……。

 それに彼女の攻撃もさ、巫女って言うだけあって霊力が込められた攻撃だったから、当たる度にビリッとしたよ。やっぱり妖怪に霊力は相性悪いね。ずっとやられっぱなしだもん。

 

ヤマ「ハァ……ハァ……」

 

 三枚目のスペルカードが破られた時にはもうヘロヘロ。息も上がってたよ。

 

巫女「はいはい、よく見ましたよ。地下に落とされた妖怪(あんた)の力」

玉 「{そこにいるのは土蜘蛛ですね}」

 

 そんな私を(あわ)れに思ったんだろうね。彼女、私にこう言ってきたの。

 

巫女「もう勝負はついたでしょ、大人しく引いてくれない?」

 

 ってね。そのまま引き下がるべきだったのかもしれない。でもさ、

 

ヤマ「(そんなこと……出来るわけないじゃない!)」

 

 イヤじゃない? みんなを裏切るみたいで、約束を破るみたいで、自分にも負けるみたいで。

 

ヤマ「キャプチャーウェブ!」

 

 私、さっき言ったじゃない? 「どんな事をしても止めてみせるって誓った」って。だからね、

 

ヤマ「もう速さなんて関係ない!」

 

 私と彼女の周りを糸で(おお)って球体のドームを作ったの。その中で最後のスペルカードを使ったんだ。勇儀も苦労した……

 

ヤマ「『瘴気(しょうき)原因不明(げんいんふめい)熱病(ねつびょう)』」

 

 弾幕を三箇所に集めて一気に()き散らすアレ。でもその時とは違う。能力を全開にして使ったから。病気なんてそんな生易しい物じゃないよ。一言で言えば毒。触れたら……ううん。例え触れなくても、弾幕が糸の壁に触れて爆発した時点で菌が空気中に飛び散る。広い所だったらまだしも、密室状態のドームの中では菌の濃度がどんどん濃くなる。その空気を吸ったら激しい頭痛と目眩(めまい)嘔吐(おうと)に襲われて、苦しみ(もだ)えて最悪の場合には……。

 それは私も例外じゃないんだ。自分の技でやられちゃう可能性もある諸刃(もろは)の剣。だからあの時の状況はちょっとした自爆行為でもあったのかな?

 卑怯(ひきょう)だと思うかも知れないけど、そうでもしないと相手にならなかったらね。

 けど結果はあっけなく惨敗。彼女やっぱりすごいよ。きっと勘で分かったんだろうね。弾幕が彼女に触れる前に、糸に触れる前に、菌が飛び散る前に、

 

巫女「『(からす)(やみ)』!」

 

 全部を無に返しちゃったんだ。それこそドームごとね。それで彼女を怒らせちゃったのかな?

 

巫女「人がせっかく下手(したて)に出てるのに……」

 

 ものすっっっごく怖い顔で

 

巫女「『夢符(ゆめふ)封魔陣(ふうまじん)』」

 

 ノックアウトさせられちゃった。

 こんなところかな。ごめんね、私の力が(およば)ないばかりに……。もっと時間が(かせ)げていたら今頃は……ホントにごめんなさい。

 えっ、ちょっ、ゆゆゆ勇儀?! 苦しいって、恥ずかしいって。

 ……うん、ありがとう。優しいね。

 そ、そうだ勇儀の方はどうだったの? その時の事、教えてくれない?




STAGE CLEAR
CLEAR BONUS
友情

【次回:裏_五語り目】


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裏_五語り目

筋トレマンに何が起きたのか、まずは答え合わせから。そして気付いて頂けたら嬉しいですぜ。ほら、あの話ですよぜ。誰かの所為で苦労ばかりしている彼女のアレが始めて……ぜ。





 これは彼ら聞いた話です。

 

輩O「ガハッ」

輩P「ギヒッ」

輩Q「グフッ」

輩R「ゲヘッ」

輩S「ゴホッ」

 

 「急に上腕二頭筋が喜び出した」と言っていましたよ。そして何が起きているのか分からないまま、力の限り振り抜いたそうです。

 

筋ト「うぅぅぅリャアアアッ! はあああ!?」

 

 ビックリしたでしょうね。筋トレマンを取り囲んでいた(やから)達がまとめて宙を舞っていたんですから。

 ここまで話せば(おおよ)そ何が起きたのか、みなさんもお気付きでしょう。では諏訪子さんにクイズです。

 

 Q.何が起きたと思いますか?

 

 手が長くなった? あー、そっちに来ますか。あなたのスベルじゃないんですから……はい? 「そこはゴ◯人間じゃないってツッコミを入れるところ」と申されましても、何のことだか……。

 

筋ト「デカッ」

 

 正解は「金棒が巨大化した」です。ただ長くなっただけじゃなく、太さも変化していたんです。

 

筋ト「あ、戻った」

 

 当時筋トレマンはそれが金棒に隠された能力だと考えていたそうですが、実はそうではないんです。それが筋トレマンに芽生えた能力『触れた物を巨大化させる程度の能力』なんです。自分の能力に気付いたのはその後日、というか私が自覚させたんですけどね。さらにコントロールできるようになったのは、この話よりまだまだ先のこと。最近と言っても過言ではないと思います。

 予測は簡単でしたよ。彼の家系は自身を巨大化させたり、小さくしたり、分裂する能力を持つ方々が多かったので。

 まるで萃香(誰か)さんみたい? さすが賢者様の式神さんですね、ご名答です。筋トレマンは(いま)だ酔いつぶれている萃香さんの従姉弟(いとこ)なのですから。驚きました?

 

 

 

 ちょっと余談が過ぎましたね。彼の方の話をしましょう。

 

ボス「来い小僧ッ、余が直々に相手をしてやろう!」.

 

 拳を振り上げてボスに飛びかかって行く彼。その距離が射程範囲に入るや、ご自慢の顔に向けて放ちました。

 

彼 「えっ!?」

 

 でもその拳がボスにダメージを与える事はありませんでした。いえ、触れることも(かす)めることもなかったんです。彼が我に返った時、目には岩だらけの天井が映し出され、後頭部と背中には冷んやりとした感覚が。そして腰には

 

彼 「いたたた……」

 

 ダメージが。残されたのは「倒された」という結果だけ。ボスに拳を放ってから(わず)か数秒でカウンターを受けていたんです。当時の彼は「最初何が起きたのかさっぱりだった」と語っていましたよ。

 

彼 「ヤァーーッ!!」

 

 その答えを探ろうとしたのでしょうね。

 

彼 「ぐあッ」

 

 彼は何度も

 

彼 「オリャァァァッ!」

 

 何度も

 

彼 「グヘッ」

 

 向かっては倒され、拳を振るっては打ちのめされ、飛びかかっては返り討ちに()い、それでも立ち上がってはしつこいまでに真正面から攻め続けたそうです。

 ちょっと想像してみて下さい。

 

ボス「まるで(いのしし)だな。威勢(いせい)がいいのは認めるが、小僧が余に触れる事などない」

 

 格下の者が、本気で相手をするまでもない者が、幾度となく立ち向かって来る様を。

 

彼 「そんなの……やってみないと分からないだろ!」

 

 …………鬱陶(うっとお)しいですよね? 「いい加減にしろ」って思いますよね?

 

ボス「またか、もう飽きた」

 

 ボスも同じ事を感じていたはずです。(あき)れ、苛立(いらだ)ち、(いきどお)り。蓄積されたストレスは必ず発散されます。

 

ボス「光栄に思え、余の拳で終われる事を!」

 

 ボスが初めて自ら攻撃に出たんです。

 

彼 「へへ、やっと来た」

 

 彼はその瞬間をずっと、ずっと、ずーっと待っていたんです。私は先程こう言いました。「彼の戦い方は少し変わっているんです」と。「守りをメインとして相手の力を利用するものなんです」と。

 彼が抱き始めていた「もしかして」という疑惑、「まさか」という否定は、カウンターを受ける毎に確固たる答えを導き出していたんです。

 

ボス「ナニッ?!」

 

 ボスの戦い方、構え、技は彼が師から学んでいた合気道と(うり)二つ……いえ、そのものだったんです。それに気が付いた時から彼の作戦は始まっていました。

 ボスは最初から遊び感覚で油断していた。でも、そこそこの実力があって同じ戦い方する者だと知られたらきっと警戒される。だから怒らせて反撃の機会を(うかが)っていた。

 そう(ほこ)らしげに語っていましたよ。ね?

 

ボス「き、キサマ——」

 

 そして始まる彼の反撃。それは皆さんの目の前で彼自身が実演していましたね。その名も……

 

彼 「散歩(さんぽ)必殺(ひっさつ)ッ!」

 

 一歩目、全身の力を抜いて拳をゆらりと回避。

 二歩目、ボスの(かかと)に足を、顎下(あごした)に手を添えて押し出す様にして体勢を崩す。

 三歩目、開いた左手を引いて右手でターゲットをロックオン。その状態から放たれるのは、「町を救いたい」という想いを破壊力に変換させた強烈な一撃。

 

彼 「大江山(おおえやま)(おろし)だーッ!!」

 

 へー、これは驚きました。その通りです。優希さんが言われたように、さっきの爆音と爆風がそれです。よく気が付きましたね。みなさん拍手です。あ……注目されるのは苦手でしたね。

 さて、背中から倒れるボスへ(たた)きつける様に放たれた衝撃波は、足元の固い岩盤を割る程の威力だったと聞いています。つまり皆さんが先程目にした物はその劣化版といったところでしょうか。

 そこへ輩の雨が彼の頭上から降り注いだそうです。ちょっと前にお話しした筋トレマンの仕業(しわざ)ですね。いきなりの異常気象に流石の彼もビクッとしたそうですよ。そして飛んできた方向、背後をに視線を向けるとそこには目を見開いたまま微動だにしない輩達。現実を受け入れられなかったのでしょうね。

 

筋ト「ったく、勝手に突っ走って行ったかと思えば」

 

 筋トレマンも「アイツが立っているという事実に驚いた」と話していましたよ。

 勝負あり、その場の誰もが考えていたことでしょう。(きびす)を返していた彼の背後から不吉な音が聞こえるまでは。

 

彼 「なっ?!」

 

 盛り上がった瓦礫(がれき)が崩れ、その下からボスが(すず)しい表情で現れたんです。さらに彼から聞いた話ですと、ボスの近辺に黄色い物体がバラバラになって散乱していたのだとか。そして、こうも呟いていたそうです。

 

ボス「一つ失ったか」

 

 と。ここからは私の推測になりますが、恐らくボスは瞬時にその物体を盾にし、衝撃波の直撃を回避したのではないかと。そう思うのには理由があるのですが、それは追い追いご説明するとして、続きをお話しします。

 ボスの無事を知った輩達は歓声を上げて喜んだことでしょう。反対に彼らは一気にドン底へと叩き付けられた気分だったことでしょう。それもそのはずです。彼の勝機はボスが油断している事が第一前提なのですから。

 

ボス「まさか余と同じ戦い方する者だったとは。それでいてあそこまでの威力。ふふふ……」

 

 手の内を読まれてしまっては、

 

ボス「一撃で仕留めるつもりだったのか?」

彼 「散歩——」

 

 相手も警戒します。筋トレマンはそうなる事を心配し、耳打ちでアドバイスをしていたんです。「お前の散歩必殺は同じ相手に二度通じない。ここぞという時まで隠せ」と。それはボスも例外ではありませんでした。

 

ボス「もう見切ったわ!」

 

 再度脱力した姿勢に入る彼でしたが、ボスは彼に近付こうともせず、その場で手から電撃を放ったと。はい、ボスは全然本気ではなかったんです。実力を隠していたのはボスも同じだったんです。

 電撃は彼を逃さまいとその中に閉じ込め、楽しむかの様に彼に苦痛を与え続けました。

 

筋ト「ヤバッ」

 

 苦しみ(もだ)える悲鳴が響き渡り、彼のピンチを察知した筋トレマンが慌てて駆け寄ろうとしましたが……。

 

輩T「おいおい、何処に行く気だ?」

輩U「お前の相手は俺たちだろうが!」

 

 輩の集団に道を(ふさ)がれ、

 

筋ト「そこをドケエエェッ!」

 

 そのまま突き進もうとしても反撃を受け、周りを囲まれ、(たちま)ち四方八方から攻撃を受けて身動きすら取れない状況になってしまったそうです。休む間も無く続く電撃と打撃、斬撃。叫ぼうと許しを()うと止まない暴力の嵐に、彼らの身体はボロボロ、意識も危なかったでしょう。

 

彼 「?」

筋ト「?」

 

 突然止まったそうです。二人とも。「助かった」と脳裏をよぎったことでしょう。でも……

 

  『!!』

 

 それは大きな間違いだと気付かされます。傷だらけで戦意を喪失(そうしつ)している事をいい事に、輩が彼らの髪の毛を(つか)んで引きずり始めたんです。

 やがて二人の瞳に映し出されたのは、変わり果てたお互いの姿。そして、

 

筋ト「おいおい……」

彼 「冗談(じょうだん)だろ……」

 

 身の毛もよだつ景色。鋭く(とが)った牙が並んだ巨大な口が待ち受けていたんです。三つも。

 

??「グルルルルル」

 

 ケルベロスです。ケルベロスが再び現れたんです。その存在に気がついたボスは輩達に「(えさ)にしてしまえ」と命じていたんです。

 

ボス「何か言い残す事はあるか? 代わりに伝えておいてやる。町をいただいた後でな」

 

 彼らは悔やみました。命が尽きてしまう事を、町を守れない事を、何より己の非力さを。

 

  『ごめんなさい』

ボス「ふふふ、今更遅いわ!」

 

 そんな想いからでしょうね。二人同時に謝罪の言葉が(こぼ)れ落ち、それに反応したボスにこれまた二人同時に、

 

  『バーカ、お前にじゃねぇよ』

 

 と啖呵(たんか)を切っていたそうです。

 

ボス「ヤレ」

 

 静かな怒りで刑の執行を子分に命じるボス。彼は……はい、ちゃんと生きてますね。それは何故か。何を隠そう本当の救世主が現れたからです! 

 

??「うをっ?! なんだあの犬、デカッ!」

  『鬼助!?』

 

 彼の兄貴分さんです。

 

兄貴「よっ、ピンチだった?」

 

 まさかの登場人物に彼も驚いた事でしょう。助けを断られ、殴られた相手が来てくれたのですから。さらに兄貴分さんは、

 

彼 「ど、どうして?」

兄貴「だから言っただろ。手が離せないって。終わったから仕方なく来てやったぞ」

ボス「仲間か。一人増えたところでなにも——」

兄貴「あ〜ん? 誰が一人で来たって言ったよ?」

 

 大勢の町の者を率いて来てくれていたんです。その多くは彼が幼い頃からお世話になっている建築の方や、賭博場(とばくじょう)の方といった鬼の中でも腕に覚えのある方達。なんでも兄貴分さんは彼が去った後、手の空いた方を見つけては声をかけてくれていたのだとか。(しぶ)る方、不満に思う方もいたでしょう。もちろん断った方もいたはずです。それでも集まってくれた方々、その数は

 

彼 「みんな……」

 

 総勢50名。その上、

 

兄貴「だけじゃねぇぞ?」

??「カッカッカッ、二人ともえらくやられたみたいじゃのー」

 

 町唯一のお医者様にして最年長の長老様に、

 

??「はー……、これでは秘密なんてありゃしないじゃない。もう頭が痛い」

 

 先代町長の棟梁(とうりょう)様まで。そう言えばその時に、その場にいた方々が口々に「鬼を見た」と言われていたんですよねー。ご自身が鬼なのに。あなた何か知ってる? 聞くな?

 

彼 「爺さんとばあちゃん!?」

 

 つまりあなたが原因なわけね……。

 

棟梁「今、何か言いましたか?」ピキピキッ

  『(コエー……)』

 

 話を戻しまして、戦力が大幅に増えた彼ら。でも不利な状況には変わりはありません。それは数的にというよりも、

 

輩V「ケケケ、お前達動くんじゃねーぞ」

輩W「動いたらこの二人を餌にしちまうからな」

 

 彼らが人質になっていたという事実の所為で。一時は逃れていましたが、結果二人は危惧していた状況となってしまっていんです。これは輩達にとってもボスにとっても、予期せぬ嬉しい誤算だったことでしょう。ニヤニヤと笑みを浮かべて棟梁様達を見下していた光景が目に浮かびます。

 

??「二人とも歯ぁ食いしばれッ」

 

 ですがそれも束の間の優越感に終わります。ざまあ見ろです。彼らも輩達も知らなかったんです。集まった者達の中に、

 

 

バチコーンッ!

 

 

 かつて最強と言われた鬼がいた事に。

 

??「よっと、二人とも無事か?」

 

 そしてその鬼と対等に渡り合える鬼がいた事に。

 日本中に伝説を残し、人間達からは赤鬼と青鬼と呼ばれて恐れられた二人の鬼。

 

彼 「じいちゃん!」

筋ト「叔父貴(おじき)?!」

 

 親方様とそのご友人、彼らと筋トレマン双方の師がその場にいたんです。

 彼は言っていました。「何処からか聞こえて来た声に身構えた直後、破裂音と共に吹き飛ばされた」と。

 これは本家本元、親方様による例の衝撃波です。その衝撃波は二人のみならず、近くにいた輩達とケルベロスまでを飛ばしていたそうです。そこへ親方様のご友人、彼の師匠さんが二人を空中で両脇に抱える形で捕まえてくれたのだとか。

 その後二人は棟梁様達の下へ運ばれて、

 

棟梁「これはどういう状況ですか?」

 

 その時にようやく全てを話したそうです。扉の事、怨霊の事、八咫烏(やたがらす)の事、勇儀さん達の事を。

 

棟梁「状況は把握しました。二人共よく耐えてくれましたね」

 

 事情を知った棟梁様は二人に(ねぎら)いと賞賛の言葉を送ったそうです。この時筋トレマンは素直に嬉しかったと言っていましたよ。でも、彼にはどうしても()に落ちない事があったようで、

 

彼 「なんでさ! みんな自分の事嫌ってたんじゃないの? 話だって聞いてくれなかったのに!」

 

 怒りをぶつける様にして尋ねていたそうです。「自分の事が許せないんじゃないのか?」とね。その答えは、

 

鬼助「あ? 勘違いすんなよ」

鬼A「寝言は寝てから言え」

店長「今でもお前の事は嫌いだし許せねーよ」

紅鬼「それはワシとて同じだ」

店員「顔だって見たくないんだ」

蒼鬼「実を言うとオッサンもな。萃香の件もある」

棟梁「残念ながら私も気乗りしませんでした」

医者「カッカッカッ、自業自得じゃな」

 

 満場一致でイエスだったそうです。

 

鬼助「けどな」

 

 それでも来てくれたのは、

 

  『一つ、鬼は仲間を見捨てない、裏切らない!』

 

 (きずな)です。それにおいて他なりません。

 

鬼助「だろ?」

ボス「暑苦し……」

棟梁「異世界の者よ、ここは痛み分けという事で引いてはくれませんか? 協定を破ってしまったことは意図的ではないのです。どうか、どうかこの通り」

ボス「はっ、何を今さら。余をここまでにし、子分達もかなりやられた。このまま引き下がれると思うか?」

棟梁「どうしても、ですか?」

親方「よせミユキ、話が通じる相手じゃねぇ。それに——」

師匠「こっちだって頭にきてんだ」

 

 (にら)み合う異世界の住人と旧都の住人。

 

ボス「ふふふ、いいのか? あの屋敷と町を全てくれるって言うなら、傷付けずに帰してやるが? と、言ってしまう器の大きな余はどうだ?」

  『Beautiful Over Special Sugeーです!』

鬼助「ふざけたヤツらだな」

医者「カッカッカッ、随分な物言いじゃのぉ」

棟梁「交渉は決裂、ということですか」

ボス「そうなるな」

 

 交渉の余地なし、待った無し。その場の温度はたちどころに跳ね上がり、

 

棟梁「皆の者!」

ボス「お前ら!」

 

 誰にも止められない第三ラウンドが

 

  『迎え撃てーッ!!』

 

 始まりました。




もし知らない方のために。
「洩矢諏訪子のスペルカード」
土着神:手長足長さま

そしてこっちの話もとうとう始まっちゃいました。


【次回:表_五語り目】


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表_五語り目

ゴッティイイイィィィーーーンッ!

 

 

 雪が降る季節。打ち鳴らされるは除夜の鐘か、はたまた定刻を知らせる音か。否、そのどちらでもない。筒状の垂直に伸びた長いトンネルの中で反射を繰り返す音は、少女の悲劇を知らせる(りん)の音。

 その少女は絶賛落下中。気を失っているのだろうか? ピクリとも動かず力を失ったまま深い闇へと落ちる、落ちる、まだ落ちる。行き着く先は役目を終えた地獄か、はたまた稼働中の地獄か。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 ヤマメの目からは大粒の涙が流れていた。責任を感じていたのだろう。確かにヤマメは博麗の巫女に負けた。一度もダメージを与える事なく。けど、我が身を犠牲にしてでも進行を阻止しようとした彼女を誰が責められる?

 ヤマメは充分頑張ってくれた。無事で本当によかった。

 そう心で唱えるまでもなく、私はヤマメを抱きしめて口にしていた。

 

ヤマ「……うん、ありがとう。優しいね」

 

 ついでにヤツにパルられたが、これはもうお約束と割り切って無視した方がいいだろう。一々反応していたら時間の無駄だ。

 おっと、また思いにふけっていたみたいだな。今は仕事に集中しないと。

 

鬼助「ここも大分草臥(くたび)れましたね。金属製に変えましょうか?」

 

 事ある毎にメンテナンスと補強を繰り返してはいるが、長い間存在しているだけに今では至る所から悲鳴が聞こえてくる。

 

 

ミシミシッ、メキメキッ。

 

 

 とまあ私が足を踏み入れた途端にコレだ。いつバコッと底が抜けてもおかしくない。でも、

 

私 「ヤツはこのままがいいんだとさ」

 

 現状維持を望む者がいるのもまた事実。しかもそれが厄介なヤツだけに頭を抱える。なんでも悩んだ時、傷付いた時、さっきの私みたいに物思いにふける時に訪れる(いこ)いの場なんだとか。何の事でふけっているのかなんて気にもならないがな。

 そんな理由もあって勝手にリニューアルしようものなら「パルパルパルパル」と、生涯(ねた)まれ続けるのが目に見えている。流石にそんなのは御免被(ごめんこうむ)りたい。

 

鬼助「でも町のみんなも言ってますよ? 『底が抜けそうで怖い』って」

 

 よかった。そう思うのは私だけじゃなかった。なら話は早い。

 

私 「そんじゃさとり嬢に頼んで目安箱を置いてもらうか。大多数の意見だって知ればヤツも(あきら)めがつくだろ」

 

 普段となんら変わらない会話。特別でもない私の日常の一コマ。でも、それでさえも引き金になってしまう。

 

私 「もっと早くにやっていれば……」

鬼助「何か言いました?」

私 「独り言だ。気にしないでいい」

 

 今日はやたらと思い出すな……無理もないか。

 ここは町の外れにある木製の大きな橋。昔は焼肉会のお決まりの地であり、今や武舞台へと姿を変えた場所。そして大穴の出入り口とを繋ぐ唯一の橋。ヤツが激闘を繰り広げた場所でもある—–——

 

 

 

 

 

私 「今の内に行くぞ!」

 

 ヤマメとキスメに博麗の巫女を任せた私は、ヤツとアイツとお燐と共に地霊殿の方面へと駆け出していた。いつ目覚めるか分からない八咫烏(やたがらす)に備えるために、和鬼の加勢に急行するために。だが走り始めて間もなく、それはやって来た。

 

??「待って!」

 

 ヤツの邪魔。背後に視線を移した私は険しい顔をしていたかもしれない。「忙しい時に……」と思っていたかもしれない。「何だよ!」と大きな声を出していたかもしれない。

 

ヤツ「聞こえる……」

 

 でもヤツは教えてくれていたんだ。

 

ヤツ「爆破音、これ……ヤマメ達じゃない。もうすぐそこ、大穴の近く!」

 

 地上からの来客が近付いている事を。

 

お燐「確かに聞こえますニャ。怨霊達も『人間がそこまで来てる』って言ってますニャ」

私 「キスメとヤマメの二人だぞ!? こんなに早く……」

 

 信じられなかった。両者とも妖力を弾丸として放て、敵になると厄介な能力を持つ実力者。ましてやヤマメは私の師であり、糸を使う特技だって持ち合わせている。そのヤマメ達が短時間で敗北したという事が。

 だが私の目に映し出される現実は期待を、願望を、祈りを易々と打ち(くだ)いた。

 

私 「なっ、冗談だろ?」

 

 天井に空いた巨大な口が光っては消え、光っては消えと点滅し、あたかも放電を繰り返す雲の様だった。それが光弾の戦闘である事はすぐに理解できた。

 突き付けられた真実に言葉を失い、唖然(あぜん)愕然(がくぜん)呆然(ぼうぜん)としていた。でもその私を現実に引き戻してくれたのが、

 

??「勇儀!」

 

 まさかのヤツ。まるで「しっかりしろ!」とでも言うように(しか)られようとは……。

 

私 「ちぃッ」

 

 でもそのおかげで、冷静になれたおかげで考え直す事もできた。

 

私 「(相手はあの萃香を討ち取った博麗の巫女、簡単にやられる玉じゃなかった)」

 

 と。そこからは早かった。

 

私 「私とパルスィで巫女の相手をする」

 

 ヤツと手を組んで戦うと決断するまでは。萃香から聞かされていた巫女の実力、決して甘く見ていたわけではない。ただ誠を叩きつけられて思い知らされたんだ。巫女の実力は想像以上だったと、全力で相手をしなければならないと、手段は選んでいられないと。

 

お燐「アタイ、さとり様にこの事を知らせに行きますニャ。きっといいアドバイスがもらえるはずですニャ」

 

 そう告げるお燐に、私は二つの意味を込めて言い放った。一つはさとり嬢へ状況を報告する事を、もう一つは万が一私達でも抑おさえられなかった場合に後続を

 

私 「頼む!」

 

 任せる事を。そして不安気な表情を浮かべるアイツへは……。

 

私 「お前さんは和鬼の所に戻れ。しばらく二人だけになっちまうが、必ず加勢に行くからそれまで持ち堪こたえてくれ!」

??「そんな無茶苦茶言わないでよ!」

 

 全部承知の上で頼んでいた。アイツが言うように無理な要望だっただろう。けど、

 

私 「お前さんが本気になったら誰にも負けない! 和鬼と協力すれば例え多勢に無勢だろうと関係ないはずだ」

 

 無謀ではない。そう、アイツの底に眠る物を呼び起こせれば。

 

私 「いいか、よく聞けよ」

 

 だから私はアイツの肩を掴んで念と共に助言を送ったんだ。

 

私 「強く想い描くんだ。守りたいとか、力になりたいとか、そういった(たぐい)のものを。その想いが大きい物ほど、硬い物ほど強くなる。それがお前さんに流れる私の血に秘められた能力の正体だ!」

 

 静かだった。シーンと静まり返っていた。時が凍りついていた。

 

??「はあああッ!?」

私 「あ゛ーーッ!!」

??「なにやってんの!? 絶対に言っちゃいけないじゃなかったの?!」

ヤツ「ちょっと待って! 今の聞き捨てならないんだけど!」

お燐「——君の中ニャかに勇儀さんの血ってどういう事ですかニャ!?」

 

 もう「やってしまった」という後悔しかなかった。特に、

 

ヤツ「勇儀の血? 何それ、最強に妬ましい! パルパルパルパル……」

 

 ヤツに知られたという点で。案の定パルり出すヤツに、問い詰めてくるお燐。けどそれ以上話す事は断じて出来ない。

 

私 「そんなのは後だ後!」

 

 だからその場から逃げる様にココを目指した。実際そんな事を気にしている場合じゃなかったしな。けど、

 

??「待って!」

 

 またしても邪魔が。背後に視線を移した私は間違いなく険しい顔をしていただろう。「忙しい時に……」と思っていただろう。「何だよ!」と大きな声を出していただろう。

 

私 「何だよ! 時間がないんだ」

 

 いや、出していた。自信がある。よく覚えいるから。なぜなら……。

 

??「いいから少し(かが)んで」

 

 訳がわからなかった。「急に何を言い出してんだ?」って。しかも眉間(みけん)(しわ)を寄せたまま渋々要望通りに答えてみれば、

 

??「もうちょい」

 

 と。(あせる)想いと積もるイライラから「あーもう! なんなんだよ!!」と(のど)の手前、声になる寸前だった。もしかしたら「あーもう!」くらいは出ていたかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

??「負けないで」

 

 (ほほ)から伝わる体温、柔らかな違和感。そして鼓膜をくすぐる小さなエール。何より首に回された細い腕が全てを物語っていた。ご無沙汰(ぶさた)だっただけに、年頃になっただけに、

 

お燐「いいニャ〜……」

 

 あの(かつ)は効いた。

 

私 「イヨッッッッッシャーーーーーーッ!!」

 

 内側から(みなぎ)る力は、栓が壊れた蛇口の(ごと)く吹き出し、私のエンジンをフルスロットルへ。神だろうが仏だろうが、博麗の巫女だろうが負ける気がしなかった。気分は天下無敵の完全無欠の無双状態だ。

 けどそれだけじゃない。さらにアイツは同時にもう一人のエンジンもフルスロットルへと導いていた。

 

ヤツ「嫉ーーーーーーーーーーーーーっ妬(しーーーーーーーーーーーーーっと)!!」

 

 「パルパルパルパル……」と半べそをかきながら放たれる禍々(まがまが)しい妖力。そのエネルギーは増幅に増幅を重ね、ヤツの姿が(かす)んで見えなくなる程までに成長を()げていた。準備万全、能力全開、時間一杯。となればやる事は一つだろう。

 

 

ガッ!(パルスィの服を掴む音)

 

 

ヤツ「パッ!?」

 

 角度0度、狙いは旧都へと繋がるオンボロ橋(ここ)。能力開放状態のまま力み過ぎず、弱過ぎずの絶妙な力加減で繰り出すは……

 

私 「先に行ってロオオオォォォーーーーッ!!」

ヤツ「ルううううああああぁぁぁぁ。。。……☆」

 

 元祖にして本家本元。地面と平行に突っ込んで行くヤツを見送り、さらに間髪入れずくるりと回れ右をして……。

 

 

ガガッ!!(二人の服を掴む音)

 

 

お燐「ニャッ!?」

??「マジッ?!」

 

 左手は角度60度、狙いは地霊殿。力加減は優しく放物線を描くイメージで。右手は同じくらいの感じでやや強め。ターゲットは少し外れたその奥。

 

私 「ここは任せろぉぉぉーーッ!」

お燐「ニャアアアァァ。。。……☆」

??「わあああぁぁぁ。。。……☆」

 

 姿が小さくなり星になった二人を、私はどんな想いで見つめていたのだろう。「頼むぞ」か? 「頑張ってくれよ」か? いや、違う。私はあの時……。

 

私 「絶対に負けないからな」

 

 そう声に出して誓っていた。そして足下に脱ぎ捨てた着物の上に置いた(さかずき)を拾い上げ、巫女と遭遇(そうぐう)したであろうヤツの下へと駆け出した。

 

私 「バカな早すぎる!」

 

 連鎖する爆破音に驚き視線を向ければ、光の弾を()き散らす怨霊の群れがもうすぐそこに。次に混乱する私の瞳に映ったのは、度重なる攻撃を優雅に舞う(ちょう)の様に(かわ)し、獲物を捕らえる鳥の様に素早く仕留める小さな影。

 

私 「アレが……」

 

 だが気掛かりな事もあった。戦闘中だと言うのにキョロキョロと辺りをうかがい、フラフラと進行方向が定まっていなかった。それはまるで行き先を見失った子供のよう、迷子そのものだった。しかもあろう事かその迷子は、

 

私 「マズイッ」

 

 進行方向を決めたかと思いきや、予期せぬ方向へと速度を上げ始めていた。その先にあるのは隠し通すと決めた地底の扉、一直線で辿(たど)り着いてしまうコースだった。その事を察知するや、私は近くにあった物を掴み、そのまま民家の屋根へと飛び乗っていた。

 

私 「コッチだ気が付け!」

 

 そして迷子の前に、道を(ふさ)ぐ様にそいつを投げ放っていた。

 

  『オ゛オォォッ』

 

 次々と叫び声をあげながら向かって行く怨霊。そう、私はあの時ヤマメ達が捕まえた怨霊がギッシリと詰め込まれた網を投げた。すぐに出られるように解いた状態で。そのナイスプレーの結果……。

 

私 「へへ、気が付いたな」

 

 私は数々の異変と呼ばれる騒動を解決したという博麗の巫女を、紅白の衣をまとった迷子の少女を、アイツよりも小さな彼女を初めてこの目で見たんだ。




【次回:裏_六語り目】


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裏_六語り目_※挿絵有

 これはその場に居た皆さんから聞いた話です。

 一直線に目の前の敵へ()け出す両者、互いに射程内に入るや(なぐ)る、()る、投げるの嵐だったとか。これまで私は異世界の者達が100人()()とお伝えしていましたが、それは彼と筋トレマンが感じた数。実際は……

 

親方「どんだけいるんだ?」

 

 そうですね、ちょっとクイズにしてましょうか。

 

Q.異世界の者達はその時、総勢何人になっていたでしょう?

 

 では女誑(おんなたら)しさん。なにキョロキョロしているんですか。あなたですよ、ア・ナ・タ。他に誰がいるというのですか。

 ただじゃつまらない? 何を言い出すかと思えば……。ではピタリ賞だったらあなたの望みを一つ(かな)えて差し上げますよ。どうせ当たるはずがないのですから。

 

師匠「数え間違いじゃなければ——」

 

 283人……。それでいいのですか? いいんですね? ファイナルアンサーですか?

 

師匠「二百——」

 

 変えるなら今のうちですよ? 本当の本当にいいんですね? 後悔しても遅いですよ?

 

師匠「八十——」

 

 もったいないと思いますよ〜? 今なら変えることを許可しますよ〜? 最後のチャンスですよ〜?

 

師匠「二だな」

 

 変えないんですか?! あーあ、残念でした。だから何度も聞いたじゃないですか。これであなたの願望は叶わなくなりました。めでたしめでたしです。では続きを。

 

 

 

 

 

 

 

 な、何ですかその目は? しかもみなさん寄って集って。わ、私をううう疑っているのですか? 心を読め?

 ……きゅきゅ旧都の(おさ)である私が、あああ当たってしまったからって、そそそそそんなズルをするはずがないじゃないですか。ななななにを勘違いされて……

 

師匠「ボスを入れると283だな」

 

 うー……、そうですよ。当たってますよ! ドンピシャですよ!! それが何か?! ズルをしようとしてどうもスミマセンでしタッ! これでいいですか!!?

 

親方「全員ノルマは三だからな!」

 

 もー最ッッッッッ悪ッ!!!

 よりによって『ドスケベ代表』みたいなヤツの、くぅー……。分かってます、分かってますよ! 言い出した手前、約束は守ります。でも今は勘弁して下さい。話も途中ですから。

 てゐさんお気遣いありがとうございます。そうですね、ちょっと休憩させて下さい。

 

 

––少女休憩中––

 

 

 さて、話の続きをしましょうか。……って、あなた達お二人はまたそうやって私の前に立たれるのですね。だんだん(わずら)わしくなってきましたよ。

 

ボス「相手は少ないんだ押し切れ!」

  『Yes.Boss!』

 

 先程も申しました通り、ボスを除いた282人の武器を持った(やから)と、

 

ケル『ガウガウガウガウッ!』

 

 巨大な一匹。対するは50名の丸腰の鬼。一見数的にも装備的にも圧倒的に不利な状況ですが、戦力的にはものともしなかった事でしょう。なぜなら、

 

棟梁「左右中央に分かれ、二人一組で相手せよ! 武器は奪いなさい!」

 

 その後方で優れた指導者が指揮を取っていたから。棟梁様が戦術を練り、指示を出していたんです。さらに、

 

医者「ケガしたヤツは治療してやるよぉ」

 

 長老様がいらしていた事で救護の面でも対策が出来ていたから。

 

医者「カッカッカッ、ほれ和鬼達はこっちに来い」

筋ト「いえ、オレ達も戦います!」

 

 でも一番はやっぱり、

 

親方「お前達は休んでろ」

師匠「こっから先は大人の時間だ」

 

 彼の師と親方様がいたからでしょうね。

 

師匠「でよ、お前とこうして肩を並べて戦うのいつぶりだ?」

親方「ねぇよ、初めてだ。そんな命知らずいたもんか」

師匠「足引っ張んなよ」

親方「()かせ。あっ、お前は能力使うなよ」

師匠「なんで?」

親方「でかくなったら博麗の巫女にバレるだろ」

師匠「確かに……」

親方「ガッハッハッ、さっきの言葉そのまま返すぞ。足引っ張んなよ?」

師匠「あ〜ん? 誰の師匠をやってると思ってんだ? 能力に頼らなくても戦えるってぇの。それに元・宝の所持者だぞ?」

親方「元の元だろ? ワシが奪ったんだならな」

師匠「その宝両方を奪われたおマヌケさんは何処の何奴(どいつ)だ?」

親方「はぁ!?」

師匠「あぁ!?」

  『やんのか!?』

 

 まあ、お二人とも協力した事が無かったそうで、一悶着(ひともんちゃく)二悶着(ふたもんちゃく)くらいあったそうですが……。

 

  『余所見(よそみ)してんじゃねぇ!』

 

 でもちゃんと戦って頂けたみたいですよ。

 

  『はあぁぁ!?』

 

 それこそ向かってくる敵を問答無用でドッタンバッタンのバッキンバキのボッコボコのケチョンケチョンにされていたそうですから。他の方達が倒した輩達の10倍はフルボッコにしていたと思いますよ。

 「だったら他の方達は戦う必要なかった」と? 本当にそうお考えですか? それは違いますよ。大勢の方達も一緒だったからこそ、お二人は悠々(ゆうゆう)と実力を余すことなく振るえたのですから。でないと筋トレマンのように囲まれて数で押されていたかもしれませんからね。

 

??「イタッ」

店長「大丈夫か鬼助?」

鬼助「こんなの全然訳無いです。今度こそ!」

輩X「甘いわ!」

鬼助「オゥフ!」

店員「怪我はないか鬼助?」

鬼助「ヘッチャラです。まだまだーッ!」

輩X「ぬるい!」

鬼助「ヘブバッ」

鬼B「立てるか鬼助?」

鬼助「なんでオイラだけ……。オイラだってぇ!」

輩X「その根性、気に入ったぜ。サシで勝負だ!」

鬼助「うおおおおっ!」

輩X「うらあああっ!」

 

 とは言っても……。

 

親方「大江山颪ッ!」

  『ギャーーーッ!!』

 

 中には散々な目に()わされただけの可哀想(かわいそう)な方もいたかもしれませんけどね。だからそういう時こその、

 

??「ケガ人はこっちじゃよぉ」

 

 長老様です。

 

鬼C「鬼助がボロボロだ。後を頼む」

医者「カッカッカッ、ええ(つら)になったのぉ。ほれ、これを飲め」

 

 当時地底には不思議な薬がありましてね。とは言いいましても、ちょっと万能性に富んだだけの薬なのですが、それをアルコール度数の高いお酒と組み合わせると……

 

鬼助「カーッ! やっぱこいつは効くなぁッ」

 

 瞬間的に回復してしまうんです。その薬を使って長老様が治療を行っていたんです。

 ケガをしても直ぐに完全回復してまた加勢できる。これほど心強いものはありません。数的優位なんてあって無いようなものです。

 

医者「ほれ、行ってこい」

 

 と、ここでアンケートです。

 

Q.戦などの場合、どのような戦術を取りますか?

 

 これは元兵士だったと聞いている(うさぎ)さんに(うかが)ってみましょうか。

 ……なるほど。つまり後方支援を断ち、司令部を(たた)くと。私も同じ意見です。きっと皆さんも同じでしょう。という事は誰もが考える事なんです。

 

輩Y「じじい、テメェいったい……」

 

 倒したはずの者が何事も無かったように再び戦っている。その摩訶不思議(まかふしぎ)な光景に疑問を抱き、答えを見つけた輩がいたんです。

 

医者「おっとマズイのぉ」

 

 兎さんの言われ通り後方支援を断とうとしたのでしょう。三日月状の鎌を(にぎ)り、長老様の前に立ちはだかったんです。その場には彼と筋トレマンもいたそうで、

 

彼 「(じい)さんは早く逃げて!」

筋ト「オレ達が相手します」

 

 長老様の危険を知るや即座に(かば)いに出たのだそうです。

 

医者「そーかいそーかい」

 

 でも……、

 

医者「じゃがお前さん達はちぃっと下がっておれ」

 

 二人の間を「カッカッカッ」と笑いながら進み出たと。長老様は杖を()かないとまともに歩けないほどお年を召した方です。耳も遠くなり、視力だって……。近頃では「そろそろあの赤い髪のナイスバディーな姉ちゃんがお(むか)えに来るかのぉ」なんてボヤいてますし……。

 

輩Y「寿命で()けない事をあの世で後悔しな」

筋ト「長老さん危ない!!」

医者「おーおー、くわばらくわばら」

 

 戦えるわけがないんです、出来るはずがないんです!

 

医者「よぉ()えとるわい」

 

 だから私は(いま)だにその事を受け止められないんです。

 

医者「カッカッカッ、どうじゃ? 結構やるじゃろ?」

 

  ……一瞬の出来事だったそうです。彼らの目に映っのは(にぶ)い音を立てて倒れる輩と、杖の先端を天井へ向けていつも通りに笑う長老様でした。

 後から聞いた話ですと、長老様は能力を使って輩の弱点を見つけて杖で突いたのだとか。あれ何て言ってたか覚えてる?

 あ、それです。経穴(けいけつ)です。さすが『気を使う程度の能力』の門番さん。

 え? イントネーションが違う? ()を使うだと? そこは(こだわ)りますか……。

 

彼 「今の何?」

筋ト「さ、さぁ……。一撃だったぞ」

 

 でも種を明かされてもモヤモヤは晴れないんですよねー。だって輩の振り下ろした武器は長老様に触れる寸前だったのでしょ? あの長老様が素早く動けるなんて思えないのよねー……。

 

医者「機会があれば教えてやるよ。それよりもあっち見てみぃ」

 

 話がズレてしまいましたね、戻しましょう。

 さて、先程兎さんはこうも言われていましたね。「司令部を叩く」と。

 

鬼D「マズイ……」

鬼E「囲まれちまってる」

 

 もしその方が戦況を迅速(じんそく)に見極め、

 

??「敵の中央が厚い、左右共に五組ずつ援護へ!」

 

 的確な指示を出せるとしたら?

 

鬼F「や、ヤベェ……深く入った」

鬼G「長老様の所に連れて行くからくたばんなよ」

鬼H「後ろ来てるぞ!」

ケル「ガァーッ!」

鬼I「全速力で逃げろ!」

 

 もしその方が豊富な知識と戦術を持ち合わせ、

 

??「お前さんと伊吹さんは猛獣(もうじゅう)の相手を!」

 

 戦士達に『正しい道を示す』としたら?

 

親方「だってよ」

師匠「棟梁のご命令とあらば」

 

 そして気品(あふ)れる綺麗な方だとしたら?

 

輩Z「ゲェッへへへ、色っぺぇ女発見(はっけ〜ん)♪」

 

 放ってなどおかないでしょう。棟梁様の前に現れた輩は、下心丸出しのイヤらしい表情で(せま)って来たそうです。誰かさんのように!

 

棟梁「それは嬉しい事を言って下さるのね。ですが生憎私には生涯を共にすると心に——」

輩Z「そう連れない事言うなよ〜」

 

 棟梁様はどなたに対しても丁寧な言葉を使う物腰が柔らかい方です。それが下品で、卑猥(ひわい)で、ドスケベな輩にでもです。そう、誰かさんのように!

 そんな棟梁様の事ですから、きっとやんわりとお断りしたのだと思います。そこに付け込んだのでしょうね。

 

輩Z「可愛(かわい)がってやるからヨーッ!」

 

 輩が下品な顔でヨダレを垂らしながら飛びかかって来たと。最低です、クズです、女性の敵です! 誰かさんのように!! みなさんもそう思いませんか?!

 で・す・よ・ね!? 棟梁様も「さすがに頭にキタ」と仰っていましたよ。だからそんな輩に……。

 あの、そのー……。せっ、制裁を与えたんです。

 ど、どのようなって……。……をですね。だっ、だん……ぃの……を……です。

 

 

チーン

 

 

 男性の象徴を蹴り上げたんですよ! もーっ、全部言わせないで下さいよ! 少しは察して下さいよ!!  心が読めなくてもそれくらい分かりますよね!?

 

輩Z「ガッ……ハッ……」

 

 ……失礼しました。もう落ち着きました。

 

棟梁「あら、いい物をお持ちね」

 

 結果輩はその場に(うずくま)悶絶(もんぜつ)していたとか。いい気味です。そして棟梁様はその(すき)に次なる手へと動き出していました。

 

棟梁「久しぶりね、コ・レ♡」

 

 輩の腰から武器を奪ったんです。なんでもその武器は棟梁様が得意とする物だったそうで、手にするや輩を完膚(かんぷ)無きまでにやっつけたのだとか。私も驚きましたよ。まさか棟梁様に武道の(たしな)みがあっただんて。「天は二物を与えず」とは言いますが、現実は棟梁様の様な完璧超人もいらっしゃるんですよ。全くもって不公平です。

 さらに棟梁様は仰っていました。「あれは輩の野蛮な精神を正してあげただけですよ」と。攻撃や暴力ではなく教育だったと。襲われてもなお、ご自身が危険に(さら)されてもなお、例え敵であろうと正しい道へと導こうとするなんて、上に立つ者の鏡です!

 

棟梁「このゲスがッ! クズがッ! ゴミがッ! 私をものにしようなど100年早いわッ!」

輩Z「女がぁ……調子に乗んな!!」

棟梁「女? 棟梁様とお呼びッ!」

輩Z「ぷぎひぃぃぃいッ」

棟梁「アッハハハ、いい声で鳴くじゃない♡ もっと聞かせなさい、(ひび)かせなさい、私を喜ばせなさい!」

輩Z「と、棟梁様どうか……ピギャーーーッ!」

棟梁「(みにく)いブタの分際で頭が高い!」

輩Z「ブヒィィィイッ!!」

棟梁「命乞(いのちご)いをするなら頭を地面に(こす)り付けて懇願なさい!」

輩Z「ハァ、ハァ、ハァ……。も、もっと♡」

棟梁「コレが欲しいのかい? この(ムチ)が欲しいのかい?」

輩Z「ほ、欲しいです! この汚く醜いブタ奴隷(どれい)お仕置き(ごほうび)を下さい!!」

棟梁「オーホッホッホ」

 

 私もいつかそうなりたいものですね。

 

師匠「……なぁコウ、まさかお前——」

親方「頼む、聞かないでくれ……」

 

 そんな皆さんの協力のおかげで、終始不利に思えた戦況は瞬く間にひっくり返りました。そして厄介だったケルベロスでさえも……。

 

ケル「ガウガウガウガウッ」

師匠「しかししっつけェな。何回投げ飛ばされれば気が済むんだ?」

親方「次で終わりにするぞ」

ケル「()アアアアーーッ!!」

 

 例え(するど)い牙を()き出しにしようと、何千何百という獲物を仕留めた爪を立てようと、大きな体と目にも止まらぬ速さを持っていたとしても、地底最強のコンビにかかればただの犬同然。

 

師匠「そこだ!」

 

 彼の師は飛びかかるケルベロスの動きを見切り、爪に襲われるよりも早く前足を(つか)みました。そしてそのままの勢いで頭上へと放り投げ、

 

師匠「あとは頼んだぞ」

 

 既にジャンプして構えていた親方様へバトンタッチです。そこから繰り出されたのは親方様の十八番、物理攻撃に衝撃波を上乗せした恐ろしい破壊力を(ほこ)る……。

 

親方「大・江・山・颪ィッ!!」

 

 回避は不可能。防御すら許されず直撃を受けたケルベロスは、地底の壁に放たれた弾丸の様に突っ込み、崩れ落ちる岩と共に重々しい音を立てて地面へ。

 

  『うおおおおおッ!』

 

 上がる雄叫(おたけ)びは地底世界の完全勝利を告げていました。拳を上げ、固く手を(にぎ)り、健闘を(たた)えていた事でしょう。そして異世界から来た敵はついに……

 

師匠「残りはお前だけだ」

親方「今なら謝れば見逃してやるぞ」

 

 ボス一人、チェックメイトです。

 

ボス「ふふふ、見逃して()()?」

 

 きっと誰もがそう信じて疑わなかったでしょう。

 

ボス「ズニノルナッ!!」

 

 しかしボスが怒りと共に放った圧力は、多くの方の動きを封じました。まるで見えない壁を押し付けられた感覚だったそうです。そして皆さんは口々にこうも語っていました。

 

鬼助「なんだこの妙な感じ、妖力じゃねぇ。こんなの初めてだ」

 

 初めて経験する力を感じたと。

 

師匠「その気はないらしいな」

親方「もう泣いても遅いぞ」

 

 お察しの通りです。

 

ボス「つくづく頭にくる……」

 

 鬼の皆さんはボスを本気にさせていたんです。

 

ボス「あの生意気な小娘以来だ!」

 

 近づく者を遠ざけるかの様に、全身から四方八方に電撃が放たれ、ボスはそのまま頭上へと飛び上がったそうです。後ろで結んだ黄色の髪をなびかせて。さらにその周囲には、広げた翼の様に四つの円がいつの間にか出現していたのだとか。

 私は先程言いました。彼がボスに追撃を放った時、「黄色い物体が飛び散っていた」と。その正体がこの時現れた円の破片だったと私は考えています。つまりボスはコレを一つ犠牲にして、直撃を回避していたのではないかと。ですがこの円、ただの身代わりではなかったんです。

 

彼 「な、なあアレ……」

 

 中心部に、瞳の赤い大きな目が浮かび上がっていたんです。

 

  『キモチワルッ!!』

 

 「ボス」、輩達からそう呼ばれていた者は、

 

ボス「黙れッ!」

 

 その時確かにこう告げたそうです。

 

ボス「Y()u()u()g()e()n()M()a()g()a()n()様の力を思い知るがいい!」

 

【挿絵表示】

 

 

 と。

 

鬼J「ア゛ーーーッ!」

鬼K「ギャーーーッ!」

棟梁「負傷者を連れてこちらへ!」

師匠「コウ引くぞ!」

親方「全員撤退だ!」

 

 逆鱗(げきりん)に触れたボスの力は群を抜いました。豪雨の様な稲妻が一帯に降り注ぎ、

 

ボス「余が逃すと思うか?」

 

 逃げ(とまど)う者にさえ容赦(ようしゃ)なく襲いかかったんです。

 

師匠「グァーーーッ!」

親方「ソウ!? ウガァーーーッ!」

 

 そして時を同じくして、無事に避難出来た方達と共にしていた

 

筋ト「叔父貴(おじき)!」

棟梁「お前さん!」

彼 「じいちゃん、師匠!!」

 

 彼と筋トレマンの頭上では……。

 

??「きゃははは、ユーちゃん怒ってる〜★」

彼 「誰だ?!」

医者「はて? 何処じゃ?」

鬼助「あそこだ! あそこにいる!!」

 

 黄金色のロングストレート、何より左(ほほ)の赤色の★印が特徴的な女性が、傘をさしてクスクスと笑っていたそうです。

 

【挿絵表示】

 

 その者の名が『Elis』だと知ったのは、全ての事件が終息してからの事でした。

 さて、ここまで話せばもうお気付きですよね、霊夢さん。そうです、私がこれまで『異世界』とお伝えしていた場所、そこはかつてあなたが訪れた地、『魔界』だったんです。そしてそこから出てきた輩達は魔界の荒くれ者達だったんです。

 

??「……行くの?」

??「あの人に言われちゃったからねー」

 

 その時までは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ふっふっふ、誰が東方キャラはいないと言いました?
そしてこの回だけで色々盛り込み過ぎた感はありますね。。。でもやりたかったのだからしょうがない ┐(´-`)┌



【次回:表_六語り目】


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表_六語り目

Stage 2 地上と過去を結ぶ深道


 これはヤツから聞いた話だ。

 

【パルスィ談①】

 あの後? 

 

ヤツ「ルううううああああぁぁぁぁ。。。……☆」

 

 何回も勇儀に投げられていたおかげ……なのかな? その辺は上手いことやれたよ。キスメは止まらなかったらしいけど。で、どうやったと思う?

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 渡る者の途絶えた橋。

 地下666階、逆さ摩天楼(まてんろう)の最高層にそれはある。年期が入った(ゆえ)か、将又(はたまた)存在する意味を失った故か。特別な要件、(もっぱ)ら行事やイベントなどが無い限り、その橋を渡る者はいない。

 そんな橋へと近づく小さな影が一つ。宙に浮いてるところから察するに、地底に寝床を構えるコウモリだろうか? もしくは行き場を失って迷い込んだ鳥だろうか?

 否、どちらでもない。その正体は立ちはだかる敵を蹴散(けち)らし、攻撃を難なく回避しながら突き進む地上からの来訪者。華麗(かれい)に、自由に、大胆に光弾のスポットライトを浴びながら舞う姿は、どこか楽し気でもある。そしてその速度たるやブレーキを失った自動車の(ごと)し。速度を上げることはあっても下げることは、無い。

 やがて彼女は舞台となる橋へと差し掛かった。相変わらずアクセル全開のまま通り過ぎるのかと思われたその時、

 

 

キキィィィーーッ!

 

 

 突然の緊急停止。どうやらブレーキは持ち合わせていたようだ。そして()()と言うからには、急ぎの対応が必要な事態が発生したという事である。そう、なぜなら今彼女の前には……

 

彼女「!」

 

 光の壁が。いや、青い光を放つ弾丸が高密度となって押し寄せていたのだ。打って変わってゆっくりとした速度で一つ、また一つと慎重且つ的確に(かわ)していく彼女。

 

彼女「あぶなッ」

 

 だが少しでも気を抜けばこのあり様。被弾寸前、余裕などない。

 

彼女「ふー……、一時はどうなるかと——」

 

 どうにか無事逃れたようである。額に(にじ)む汗を(ぬぐ)い、深く大きな安堵(あんど)溜息(ためいき)を一つ。しかし、それも(つか)の間であった。

 

??「『嫉妬(しっと):緑色の目をした見えない怪物』」

 

 何処からか聞こえた声は明らかに開戦を宣言したもの。

 やがて次々と現れてはその場に(とど)まる緑色の光弾の数々。それは数珠(じゅず)(つな)ぎとなって彼女の周囲を取り巻き、行く手を(さえぎ)っていく。その姿は獲物を捕食にかかる蛇。そして蛇はついに獲物の逃げ場を完全に封じた。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

【パルスィ談②】

ヤツ「止マレーーーエッ!!」

 

 妖力乱射してその反動でブレーキをかけたの。

 

ヤツ「『嫉妬:緑色の目をした見えない怪物』!」

 

 じゃなかったらそのまま壁ドンだったから。

 

ヤツ「へぶっ」

 

 でも妬ましいことに、止まりきれないで雪山に突き刺さったんだけど。さあね、誰かが雪掻(ゆきか)きして出来たんじゃないの?

 

ヤツ「冷たい……寒い……妬ましい……」

 

 それが橋の手前辺りでの事。その時にはもう彼女の姿がしっかりと見えてたよ。

 

ヤツ「あれが……彼女が博麗の……」

 

 彼女が地上で起きた事件を解決して来たんでしょ? とてもそうは見えなかったから、最初「本当に彼女が?」って疑ったよ。けどキスメとヤマメの二人でも手に負えなかった相手、だから一応警戒はしてた。

 

ヤツ「もしかして人間? 人間が旧都に何の用?」

 

 偶然を(よそお)って声をかけたんだ。でも彼女独り言がやたらと多くてさ、話をいるんだかいないんだか、私の事を無視しているようにも見えて、だんだん妬ましくなって来てさ。それだけだったら別に何もなかったと思うよ? でもその前にアイツと勇儀のアレを見せつけられていたのもあって、

 

ヤツ「『花咲爺(はなさかじい):シロの灰』!」

 

 キャパオーバーしてぶっ放してた。

 そうだよ、私のスペルカードの由来は童話の『花咲か爺さん』と

 

ヤツ「『舌切雀(したきりすずめ):大きな葛籠(つづら)と小さな葛籠(つづら)』」

 

 『舌切り(すずめ)』から。

 どうしてか気になる? 大した話じゃないよ。もうずっと前、アイツがまだ小さかった頃の話なんだけど、当時勇儀が罰の祭り当番をしていて、代わりに私達が交代でアイツとお祭りを回ってたじゃない? その時に————

 

??「パルパルあっちいこ。いいにおいする!」

ヤツ「もう食べ物はなしだから」

??「えー! ケチー」

ヤツ「さっきヤマメと回った時にいっぱい食べたんでしょ? 焼きそば、焼き鳥、おでん、串焼き、串揚げ、あと玉コンニャク。子供のクセにお酒のツマミばかり食べて……妬ましいわ!」

??「りんごアメとわたアメもたべたよ」

ヤツ「余計に妬ましいわッ!」

??「あと一つだけ」

ヤツ「ダーメ。勇儀にも言われてるの」

??「お・ね・が・い♡」

ヤツ「うぐっ……」

??「ね、ね、ね?」

ヤツ「妬ましい………………これで最後だから」

??「ヤッター! パルパルありがとう(チョロいな)

ヤツ「今、何か言った?」

??「べつにー。ん? コレ……」

ヤツ「どうしたの? 絵本?」

??「『はなさかじいさん』と『したきりすずめ』だよ」

ヤツ「何それ?」

??「えー、しらないの?」

ヤツ「逆に聞くけど何であんたが知ってるのよ?」

??「ここくるまえ……ねるときにママが……」

ヤツ「ふーん、ちょっと貸して」

 

 ————立ち寄った古本市でアイツがその絵本を見つけてね、「知らないなんて変」みたいな事を言い出すから読んでみたの。そしたら無性に妬ましくなって来てさ。

 勇儀あの話知ってる? どっちの話にも動物が出てくるんだけど、その動物が近所の人にイタズラして仕返しされるの。そんなの当たり前でしょ?! それなのに同情した飼い主には宝とか上げるくせに、仕返しした方には散々な目に合わせるの。そこは()びてもっと凄いお宝を献上するところでしょ!? そんなの誰だって嫉妬するわ! あの絵本は嫉妬の教科書よ!! ってアイツにも教えておいた。

 痛たー……。別にいいじゃない、昔話の解釈なんて人それぞれなんだから。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 緑眼のジェラシー。

 

彼女「?」

 

 だがそこまで。蛇は獲物を食べる事もなく、狩る事もなく、まるで何事も無かったかの様に姿を消していた。静けさに身を預けて呆然と(たたず)む彼女。頭上には点が大きめの『?』マーク。と、そこへ……

 

??「もしかして人間?」

 

 声。

 

??「人間が旧都に何の用?」

 

 橋の反対側、薄暗い影から姿を現したのは、黄色のショートヘアで緑色の瞳の少女だった。彼女は瞬時に悟った。さっきの度重なる攻撃はこの者の仕業であると。だが今彼女の前にいる者からは敵意は感じられない。それでも警戒を解く事なく、相手のペースに合わせて会話を進めていく。つまり様子見、本当にこの者が自分にとって障害となりえる者なのかどうかを。そして彼女が下したジャッジは……

 

彼女「(普通だ)」

 

 そう、普通だった。それはRPGでフラグも立たないくらいの、村人Aくらいの存在感。だが地上からの指示は「その者を倒せ」やら「先に進め」といった無慈悲かつ無情なもの。さらに聞けば目の前の少女は嫉妬心を操る妖怪であると。この時彼女は思った。

 

彼女「(嫉妬ってなんだろう?)」

 

 と。嫉妬とはやきもちである。他人が自分より恵まれていたり、優れていることに対してうらやましいと思う感情の事である。その言葉の意味は彼女も知っている。

 

彼女「(やきもち……うらやましい……)」

 

 目を閉じて自分に尋ねる。そう思う事、思える事が日常生活で転がっているのかと。

 

彼女「ない」

 

 彼女は今の自分とおかれた環境に満足していた。騒がしくても、クセが強くても、少々面倒でも、笑顔で向き合える友人達の存在と、自由気ままに過ごせる日々に。そしてたまに起きる『異変』という名の刺激に。

 つまり、彼女に厄介な能力は効かないという事。

 ニヤリと微笑む彼女。「恐るるに足らない、楽に勝てる」と勝利を確信したのだろう。だが彼女はすぐに己の浅はかな考えを改めた。

 

??「パルパルパルパルパルパル……」

 

 ブツブツブツブツ呟く毎に増してゆく負のエネルギー。これまで相手をしてきた怨念が放つものと似てこそいるものの、全くの異質。それでいてなんと禍々(まがまが)しく濃い事か。

 

??「ぎゅー……。ほっぺチュー……」

彼女「は?」

??「忠告したのに……。話を聞かないとか……」

彼女「ちょ、ちょっと?」

??「なんかもう色々と妬ましい!」

 

 嫉妬を操る能力、それは他人の嫉妬心を操る能力。そして自身の嫉妬心を妖力(ちから)に変換する能力。渡る者が途絶えた橋に、渡る事を拒む者あり。彼女の前に現れた村人Aは刺客(守護者)

 

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 ヤツから聞かされた話では、戦闘で使ったスペルカードはあの二枚だけ……、いや「二枚()使っていた」と言うべきだろう。私がヤツを丁重に送って(ぶん投げて)から彼女に気が付くまでに要した時間はおそらく……一分も経っていない。ヤツを千回も相手にしている私だから分かる。アレは、ヤツのあの二つのスペルは、そんな短時間で攻略出来るものじゃない。だから、

 

私 「バカな早すぎる!」

 

 早すぎたんだ。ありえなかったんだ。当時私はその事に「入れ違いになったのか?」と疑問に思った。でも、もしそうならヤツが後から追いかけて来るはず。だがその様子は一向に無かった。それよりも私が彼女の相手をしてから間もなく……。

 

私 「(な、何で今!?)」

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

【パルスィ談③】

 彼女の服装? なんか不思議な感じだったよ。初めて見たから分からないけど、博麗の巫女ってあんな格好なの? 冬なのにフリフリした服装で。寒くなかったのかな?

 そうそう、あったあった。大きなやつがぷっくりと。あの時は特に気にもしなかったけど、アレがそうなんでしょ?

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 目を疑った。私の視線の先、橋の上で繰り広げられていたのは(まぎ)れもなく、嫌と言うほど見せつけられて来たヤツのスペル。

 

私 「(大きな葛籠と小さな葛籠?!)」

 

 混乱した。困惑した。思わず動きが止まった。

 でも予測できた。底知れぬ不安に駆られた。彼女は、待ってなどくれなかった。

 

彼女「スキありっ!」

私 「あぶなっ! いきなり何するんだい!?」

彼女「は? 余所見する方がいけないんでしょ?」

私 「このヤロー……、つくづく」

 

 そしてその答えは間もなく明かされた。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

【ヤマメ談②】

 えーっ、そうだったの!? 全然気が付かなかった。きっとドームの中にいたからその時に……。

【パルスィ談④】

 髪の色? 私と同じ()()だったよ。どうしてそんな事聞くの?

 うぇーェエッ!? じゃ、じゃあ彼女……誰?

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 旧都の存続が危ぶまれたあの日、地上からやって来たのは、

 

??「手こずってるみたいだな霊夢」

 

 私が相手をしたのは、 

 

??「手ぇ貸すze☆」

 

 一人ではなかった。

 

彼女「魔理沙……」




STAGE CLEAR
CLEAR BONUS
2人目の自機


【次回:裏_七語り目】


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裏_七語り目_※挿絵有

自然災害、恐るべしです。軽くトラウマになりかけてます。
備えあれば憂いなし。普段から非常時に備える事を強くお勧めします。いや、ホントにホントに。



 表と裏、光と影、笑顔が絶えない社会と争いが絶えない社会。どれも正反対でいて切っても切れない密接な関係です。そしてその境、どちらにも属し顔が利く者は必ずいるものです。それが輩達のトップであるボスと

 

??「鬼なんかにやられちゃってダッサー★」

 

 何処からともなく現れた彼女(Elis)だったんです。そしてこの二名、後から聞かされた話ではとても親しい仲だったそうで、

 

ボス「何をしに来た?」

Elis「ユーちゃんの子分が『タマがやられた。向こうの奴らが攻めて来た』って叫びながら走っているのを見つけてね。面白そーだから来てみたの。もしかしたら今頃あの方達の耳にも届いているかもねー★」

ボス「来るのか!?」

Elis「さーね。予想よ、よ・そ・う。都の方に向かっていたから、そーかもねって話。それでタマは何処?」

ボス「あの瓦礫(がれき)の下、そこの二匹の鬼にやられた」

師匠「つぅ……、あんたが飼い主か? (しつけ)がなってないんじゃないか?」

親方「ハァ、ハァ……。代わりにオイタが過ぎるってぇ(むち)入れといたぞ」

師匠「ペットは飼い主に似るとは聞くが——」

親方「嬢ちゃんも誰彼構わず()みつくのかい?」

Elis「ふーん、別にタマは野良だからどーしよーと構わないんだけどさー、その言い草なんか気に入らないわね★」

ボス「待て、手を出すな」

Elis「えーっ、それじゃーつまらないじゃない。半分こしよーよー★」

ボス「ダメだ! 誰一人として渡さぬ。自ら手を下さぬと余の気が治らん!」

Elis「ふーん、へーえ、断るんだ? せっかく優しくお願いしているのに断るんだ? いーんだそれで? 今いくらだったけな〜? すぐ返せるのかな〜★」

ボス「それとこれは話が——」

Elis「イ・イ・ノ・ネ?」

ボス「す、すきにしろ!」

Elis「さっすがユーちゃん、大好き。じゃーこっちの元気そーなヤツらをもらうね〜★」

 

 事情も状況も把握できていないのに、彼女は考えもせずボスの味方についたと。そして彼や筋トレマン、棟梁様に長老様といったボスが放った落雷から逃れた方達の前に立ちはだかったんです。

 身構える彼ら一同。彼女はその様子を上から見下ろし、嘲笑(あざわら)いながらこう告げたそうです。

 

Elis「さて、薄汚い下等生物のみなさん。アナタ達はここでお終いです。魔界に攻める事もなく、辿(たど)り着く事なく、一歩も踏み入れる事なく、今この場で全て終了です。その価値のない命と共にね★」

 

 彼らが彼女達の住む世界、魔界には侵入させないと。侵略はさせないと。

 さぞ気分は魔界を守る正義のヒーローだった事でしょう。でもこれは彼らからすれば大きな誤解です。立場はその逆なのですからね。そこで説得を試みますが……。

 

彼 「自分達は何も知らなかったんだ!」

筋ト「侵略だなんて、そんな事は一切考えてない! (むし)地底世界(こっちの世界)を乗っ取ろうとしているのはそっちの連中だ!」

Elis「え、そーなの? ふーん、でもユーちゃんがそーしたいのなら私は喜んで手を貸すよ。そーれーにー、どの道私はユーちゃんを怒らせたアナタ達をこのまま見逃さない。だって私、ユーちゃんが大好きだから★」

 

 彼女からすればそんな事情はどうでもいい事、どんな理由であれボスの肩を持つつもりだったそうです。

 そんな風に言われては誰だって納得出来ませんし、理不尽に思います。さらに彼女は宙に浮いたまま片手を上へとかざし、魔界人の力『魔力』をその手に集め始めたんです。そこに一人の鬼さんが……

 

鬼L「ふっ、ふざんなーッ!」

 

 不安、恐怖、そしてやり場のない怒りを堪え切れなかったのでしょうね。手にしていた武器を彼女目掛けて投じたんです。

 

Elis「きゃははは、何処を狙ってるの? ハズレ~★」

 

 でも彼女から離れた横を通過するだけ。そしてこれが、

 

Elis「何だかんだ言いながらヤル気満々じゃない。ホッントすぐムキになる野蛮な連中ね。力しか能のない下等種族が高貴な魔族に(かな)うと思って?」

 

 悪夢の第四ラウンドのゴングとなりました。彼女が集めた魔力の(かたまり)から小さくも素早く、矢のような光弾が降り注いだんです。巣から一斉に針を向けて飛び立つ(はち)の様に。それが一帯に……。

 光弾は鬼さんの強靭(きょうじん)な肉を切り裂き、着弾しては爆発と共に()していったと聞いています。的は鬼さん方全員、それはもちろん棟梁様や長老様も例外ではありません。でもお二人に限っては、

 

彼 「うぐっ、大丈夫だった?」

棟梁「え、ええ……」

 

 そこの彼と

 

筋ト「いつつぅ、広背筋(こうはいきん)がやられた」

医者「すまないのぉ」

 

 筋トレマンに救われたそうです。「身を(てい)してかばってくれた」とおっしゃっていましたよ。勇気ある素晴らしい行動です。賞賛に値します。ですが、その現場を目撃していた彼女に笑われたみたいなんです。

 

Elis「下等生物のクセにやるじゃない。かーっくい〜★」

 

 とね。その言葉にカチンときたのでしょうね。彼は彼女に、

 

彼 「卑怯(ひきょう)だぞ! 降りて来い! 戦え!」

 

 と思うよりも早く挑戦状を叩き付けていたそうです。でもこれは大きな間違い。なぜなら彼女は……

 

Elis「卑怯? ちょっとゴミムシ、言葉には気を付けなさいよ? 別に私はアナタ達と戦うつもりはないの。これはー……暇つぶし? そうよ暇つぶしなの。だからゴミムシはゴミムシらしく、私を満足させて無様にくたばりなさい★」

 

 戦う気など全く無かったのですから。戦いとは対立し合う意思があり、両者とも攻撃と防御があってこそ成り立つ言葉です。彼女が望んでいたのはそんな綺麗(きれい)なものではなく、残酷(ざんこく)かつ無慈悲(むじひ)なもの。一方的な弱い者イジメだったんです。

 そう宣言するなり容赦(ようしゃ)なく再開される無情な行為の前に、なす術なく次々と傷付いていく旧都の方々。その光景に(ひど)く胸を締め付けられた棟梁様は、

 

棟梁「皆の者散りなさい!」

 

 町の方達に一箇所に固まらずその場から離れるように指示を出したんです。集まったままでは格好の的となってしまうと判断し、少しでも被害を(おさ)えたかったのでしょう。

 ですが町の方々は駆け出すと同時に武器を手に取り、

 

鬼M「次は——」

鬼N「次は——」

鬼O「次は——」

  『(次は——!)』

 

 攻撃を続ける彼女の下に集まって

 

Elis「!?」

 

 周囲を取り囲んだんです。

 その時の事を棟梁様は「驚いた」と本心を語ってくれましたよ。なぜならその行動こそ、棟梁様の目論見(もくろみ)の数手先だったのですから。私みたいに心が読めるわけでもないのに、町の方々は察していたんです。全員が。

 

  『(棟梁様(彼女)なら次はきっとこう指示を出す)』

 

 まさに阿吽(あうん)の呼吸です。強い信頼関係と長年棟梁様が率いてきた実績があったからこそなしえたのでしょう。

 そして棟梁様の最終目的は、

 

棟梁「放て!」

 

 武器の一斉投球だったんです。

 棟梁様の掛け声と共に、四方八方からキラリと光る武器が回転しながら彼女へと向かっていきました。

 子供が通れる隙間もない程、密度が濃かったそうです。その時の光景を後に筋トレマンは「例え無数の光弾をばらまいて弾いたとしても、必ず何かが命中するはずだった」と説明してくれています。さらにこの直後に起きた目を疑う現象についても……。

 

Elis「きゃー、どーしよー。困っちゃう~……なーんてね★」

筋ト「え?」

 

 彼女が突然消えたそうなんです。存在していたはずの位置に残されたのは、ひらりひらりと落ちる傘と羽を羽ばたかせる一匹の蝙蝠(こうもり)だけだったと。

 標的を失った武器は互いに打つかり合い、高い金属音を立てて真下へと降下。でも、中には軌道を保ったままの物もあり、

 

筋ト「危ない避けて!」

鬼P「うあーっ!」

 

 不本意に反対側の鬼さんを傷付けてしまっていたそうです。

 

??「きゃははは自爆だ自爆、ダッサ~★」

 

 そこへ嘲笑う彼女の声が。筋トレマンと彼らが向けた視線の先にいたのは一匹の蝙蝠。そうです彼女は蝙蝠へと姿を変えていたんです。

 

【挿絵表示】

 

 

蝙蝠「ざーんねん。発想はいーけど、小さくなっちゃったら当たらないわよね? そーれーにー動けるって事、考えてないの?」

棟梁「急いで逃げなさい!」

蝙蝠「ふふ、逃げ切れるかしらね〜★」

 

 さらに運の悪い事に、彼女は姿を変えても力を制限されるような様子は見られなかったそうです。小さな敵から放たれる光の矢の(あらし)三度(みたび)旧都の方々に降り注ぎます。

 そしてその頃、ボスの方でも電撃による暴虐(ぼうぎゃく)が行われていたそうです。頭上から落ちる物もあれば地を()う物もあり、さらには

 

ボス「逃さぬ」

鬼Q「ギャーッ」

 

 直接突き刺す様に襲い来る物まで。多くの方があまりの苦痛から敗北を認め、「これは悪い夢だ」と現実逃避をしていたそうです。でも、あのお二人だけは果敢(かかん)に立ち向かっていたんです。

 

??「うおおおッ!」

 

 お一人は彼の師です。足下に転がっていた(やり)を拾って走り出し、ボスのそばで槍を地面に突き刺し、助走と棒のしなりを利用して高く飛び上がったそうです。ちょっとイメージつき辛いですよね? 実演すると————

 えいっ! っとこんな感じです。

 棒高跳び? はあ、優希さん達がいた世界にはそういう競技があるんですか。

 

師匠「これで終わりにしてやる!」

 

 では続きです。彼の師はボスの目の前まで飛び上がった後、拳を構えていたそうです。でもその一撃がボスに届く事はありませんでした。

 

ボス「鬱陶(うっとお)しいわ!」

師匠「ア゛ァァァッ」

 

 これまで分散して放たれていた電撃が、一斉に襲いかかったんです。断末魔を上げて苦しみ(もだ)える師。でもそうなる事は覚悟の上だったのだと思います。(むし)ろそういう算段だったのではないかと。なぜならボスとの戦いに終止符を打つ役目は、

 

師匠「イッッッケーーーッ!!」

 

 (あきら)める事を知らないもう一人のお方。かつて最強の鬼と呼ばれていた

 

??「オオオオオ」

 

 親方様です。魂のこもった力強い雄叫(おたけ)びを上げながら、彼の師の背後から頭上を超えて現れたんです。そして右手を腰元まで引き寄せ、目を見開くボスに照準を置き、近距離で力業(ちからわざ)の衝撃波を放ちました。

 

??「オオオ大江山颪イイイッ!」

 

 が、

 

ボス「余を守れ!」

 

 彼の時同様、赤い瞳の黄色の円に(はば)まれて直撃とはならず。でも親方様はその未来さえも見据(みす)えていたのかもしれません。

 

親方「連撃だアアアッ!!」

ボス「させるガアアアッ!」

 

 追撃です。連続で衝撃波をぶつけにいったんです。一方ボスは阻止するため、電撃をこれまで以上の威力で浴びせました。それは目も開けていられないまでに光を放っていたそうです。ボスの全力の反抗です。

 

親方「アアアガッ……カッ……オ……」

 

 親方様に悲鳴を上げさせていた事でしょう。意識も呼吸も途切れ途切れになるまで痛めつけていた事でしょう。でも、ボスごときがどんなに強力な電撃を浴びせようと、親方様の気高く強い魂を

 

親方「大江山颪(オ゛オ゛エ゛ヤ゛マ゛オ゛ロ゛ジ)イイイッ!」

 

 止める事などできるはずがありません。気合、根性、ド根性です。親方様は全身全霊、心と魂で衝撃波をぶち込みにいったんです。

 

ボス「チッッッックショオオオーーーッ!」

 

 その場の誰もが親方様達の勝利を確信していました。ボスの頭にも『敗北』の文字が浮かんでいたはずです。でも誰しもが予期できなかった現実が訪れたんです。

 

 

ドドドドドドォォォンッ!

 

 

 その瞬間、親方様の背中を多数の光弾が襲ったそうです。放ったのは他でもない、

 

Elis「ちょっと、下等生物のクセに汚い手でユーちゃんに(さわ)らないでくれる?」

 

 蝙蝠から人へ姿を戻した彼女だったんです。そして光弾を背後から受けた親方様は体勢を崩し、着弾と同時に生じる爆発の勢いで吹き飛ばされてしまったそうです。

 

ボス「すまない助かった」

Elis「今のでお泊まりコース一回確定だからね★」

ボス「うぐ…………。お前達の所為(せい)で、お前達の所為デッ!」

 

 最大のチャンスを生かせなかった旧都の方々。希望は絶望に変わり、(かす)かな光が差し込んだ未来に暗雲が立ち込めます。

 

ボス「悪夢の6時間耐久リサイタル、()きるまで続ける全身マッサージ、イケメントップ10寄せ集めでの高級酒タワー……。余の苦悩を……余の苦悩を倍にして上乗せしてくれ——」

 

 自力では立ち上がれない者多数、満身創痍(まんしんそうい)で戦えない者大多数、怪我人全員。それでもボスと彼女は攻撃の手を止めようとはしません。その瞬間、誰もが祈ったそうです。

 

  『(誰でもいい、助けて)』

 

 と。その祈りは……。

 あっ、ちょうどいいタイミングでいらっしゃいましたね。随分(ずいぶん)とゆっくりされていたみたいですね。華扇さんから(うかが)っていると思いますが、その後の詳しい事は他の方から聞いてくださいね。今はあの時の事を話そうとしていたんです。

 

??「『問答無用(もんどうむよう)妖怪拳(ようかいけん)』」

 

 一輪さんに

 

??「『撃沈(げきちん)アンカー』」

 

 村紗さん。あなた達お二人のご活躍(かつやく)をね。

 

ボス「るううううぅぅぅぅゎぁぁぁ。。。……☆」




【次回:表_七語り目】


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表_七語り目

 博麗の巫女が交代してから立て続けに起きていた『異変』と呼ばれる怪奇現象。その異変を少女と呼べる年頃の彼女が、たった一人で全て解決して来たのか? 

 

霊夢「また頼んでもいないのに首を突っ込んで来て」

 

 答えはノーである。それもこれも力を貸してくれる者がいたからこそ。その中で断トツの出席率を(ほこ)るのが、

 

魔理「そう言うなよ。魔理沙ちゃんも仲間に入れろって」

 

 自称「普通の魔法使い」。騒がしい事が好き、(うたげ)と異変が大好き、キノコはもっと大好きな白黒魔法使い、霧雨魔理沙である。

 

霊夢「はー、まったく……」

 

 ただ紅白巫女の前に現れた彼女はいつもと違っていた。

 

霊夢「それよりあんた、その頭どうしたのよ?」

 

 

◇     ◇     ◇     ◇     ◇

 

 

 時は少し(さかのぼ)る。

 白黒魔法使い(彼女)は友人の家でホットミルクをご馳走(ちそう)になっていた。さらに心遣(こころづか)いで差し出される手作りクッキーに、サクサクと心地の良い音を立てながら舌鼓(したつづみ)を打ち、持参した本を開きながら何気ない会話に花を咲かせていた。これが彼女の何一つ変わらぬパターン化された日課、日常である。

 だがこの日は、この時から少しばかり非日常的だった。

 彼女がページをめくりながら、反対の手で残り少なくなったクッキーに手を伸ばしたまさにその時、ノック音もなく扉が開かれたのだ。

 彼女と友人は驚愕(きょうがく)した。なぜならそこにいたのは二人の知人、普段外を出歩く事がない者だったからだ。ましてや雪の降る寒い日なんてもってのほかのはず。

 その者が言うには、

 

??「(彼女の)家に行っても留守だったから、ここだと思って」

 

 との事。そう、彼女に用があって来たのだ。そしてその用件とは、

 

??「その本を今すぐ返しなさい」

 

 これ。借りパク品の取り立てである。いや、「借りパク」と呼ぶには丁寧すぎた。借りパクとは、相手に借りる意思を伝え、相手もそれに承諾している事が大前提。そして代物を返却せずに「お前の物はオレの物、オレの物はオレの物」としてしまう迷惑極まりない契約違反行為を指す。

 だが彼女の場合、承諾を得るどころか意思さえ伝えていない。つまり、彼女が読んでいた本は借り物ですらない。勝手に持ち去った物なのだ。こっそりと失敬した物なのだ。盗品なのだ。その被害にあっている者こそ、この彼女達の知人なのである。

 知人は話した。部下を彼女の家に向かうように指令を送った事を。今頃盗品は回収されているだろうと。残すは彼女が持っているそれだけであると。

 

彼女「ふざけるなーッ!」

 

 彼女、大激怒。やれ「不法侵入だ」やら、やれ「プライバシーの侵害だ」やら、挙げ句の果てには「泥棒だ」と(うった)え出した。だがこれは御門違(おかどちが)い、当然の(むく)い、俗に言う「逆ギレ」である。

 さらに彼女の横暴は続く。マジックアイテムを手に持ち、知人に向けたのだ。

 

彼女「今すぐやめさせろ! じゃないとマスパるze★」

 

 彼女、本気の眼差し。だが知人、この行為に顔色一つ変えずに構える。

 

??「賢者の石」

 

 赤、青、緑、黄、紫の五つのクリスタルを出現させ、呪文を唱え始めたのだ。(にら)み合う両者。緊迫(きんぱく)した状況、物音一つが開戦の合図となり得る状況、お互い拳銃を突きつけて引き金に指をかけた状況。

 だが忘れてはいけない。両者がいる場所は、

 

??「いい加減にして!」

 

 友人宅の玄関。開かれたドアの境界線を(はさ)んで内と外である。つまり始まってしまえばドッカーン、バッコーンとなり、彼女の友人宅が消し飛んでしまう。木っ端微塵(こっぱみじん)に、跡形(あとかた)もなく。

 家主の訴えに彼女と知人、我に返り突きつけた銃口を収める。だが攻撃の姿勢は(くず)さない。始まる「だって」「でも」「けど」のラッシュ。両者とも引く気なし、意見はぶつかり合う。だが最終的に出る言葉は一緒。

 

  『そっちが悪い!!』

 

 ここでもう一度考えて欲しい。誰が悪いのかを、喧嘩両成敗であるのかを。

 

友人「魔理沙が悪いでしょ! 私の本も返しなさいよ!」

??「シャンハーイ、シャンハーイ」

??「ホラーイ、ホラーイ」

 

 そう、争いが起きる時点でおかしいのだ。さらに家主の意見に同意する意思を持つ二体の人形は、片手をあげて「そーだ、そーだ」と彼女を追い詰める。

 彼女大ピンチ。このままではせっかくの盗品(戦利品)が全て回収されてしまう。「せめてコレとソレだけでも」と悪知恵を働かせていると、

 

??「おーい、いるかーい?」

 

 そこに来客が。またしても彼女の客だろうか? 答えは否、正真正銘この家の主の客。その用件は共同開発中の代物についての打ち合わせ。進捗状況と問題点の洗い出し。だが他にもう一つ、それがこの家に辿り着く途中に目にした出来事について。

 

来客「たくさんの怨霊が飛んでいてさ、アレ地底に封じられていたやつだと思うんだ。それと(もみじ)が『博麗神社の方で水柱が上がってるのが見える』って。あと『硫黄(いおう)の臭いも(かす)かにする』ってさ。もしかしたら間欠泉が吹き出たのかもね。下で何かあったのかな?」

 

 異常事態、緊急事態、異変発生。ともなれば彼女は黙ってなどいられない。まだ終止符を打たれていないその場から(かばん)を手に地底へと旅立った。

 

来客「盟友どこ行くの?!」

知人「ちょっと本を返してから行きなさいよ!」

友人「はー……、こうなるだろうと思ったわよ」

 

 やがて彼女は地底への入り口に到着した。一度止まって大きく深呼吸をして「いざ行かん」と己を震え立たせるかと思いきや、速度を上げてそのままダイビング。綺麗な90度、見事なコーナリングである。

 彼女は(あせ)っていた。来客の話にあった怨霊が道中一匹もいなかったからだ。来客の見間違いだったのか? だが来客はこうも言っていた「たくさんの」と。一匹二匹であれば見間違いや勘違いの可能性も考えただろう。しかし群れをなしているものを見間違える者などそうはいない。ならばなぜいなかったのか、その答えは一つ。

 

彼女「先を越されたze★」

 

 彼女より前に地底へと向かった者が全て消滅させた以外にない。数々の異変を共に解決して来た博麗の巫女に。

 

彼女「解決してんじゃねぇzoooーー……☆」

 

 故にさらに加速。前方を(さえぎ)るものが無いため、なお加速。進行方向は星の中心、重力をも味方につけ、彼女の速度は歴代最高速を叩き出していた。はっきり言って危険である。飛び出して来るものがあれば間違いなく事故を起こす。

 

彼女「お?」

 

 そして、

 

??「☆……ぃぃぃいいい!?」

 

 その時は訪れた。

 速度と距離から時間を導き出す計算において、反対方向からやって来る物体Aと物体Bの速度は加算される。ここで物体Aを彼女、物体Bを飛来物としよう。そして彼女が物体Bを目視した時の距離を100mとする。この時、物体Aと物体Bが出会うまでに要する時間の式は、

 

100m÷(歴代最高速+とんでもねぇ速度)

 

 となり解は、

 

= 間に合わない

 

 で、

 

 

ゴッティイイイィィィーーーンッ!

 

 

 ゴッツンコ。両者吹き飛ぶ。

 飛来物は意識を失い、大穴の壁にできた(わず)かな(くぼ)みにドサリ。

 一方彼女、頭上で星を回しながら真っ逆さま。ピクリとも動かず力を失ったまま深い闇へと落ちる、落ちる、まだ落ちる。行き着く先は役目を終えた地獄か、はたまた稼働中の地獄か。

 加速度9.8m/s2に身を(ゆだ)ねたまま地下666階を目指す彼女。半ばを通り過ぎ、クライマックスを迎えるお手製糸ドームの横を通過し、やがて見えてくる終着駅。このままでは彼女の人生も終点を迎えてしまう。その時はもう目前だった。

 

  『魔理沙(盟友)ッ!!!』

 

 彼女、この二種類の叫び声に目を覚ました。勘、直感、第六感でマジックアイテムを手にすぐさま放つ。

 

彼女「『恋符:マスタースパーク』!」

 

 攻撃的なブレーキではあるが、そのおかげで命拾い。そしてゆっくりと地に足を付け、ジンジンと痛む頭をナデナデ。そこにはぷっくりと(ふく)らんだ大きな大きなタンコブが。ブレーキの衝撃で飛ばされた愛用の黒帽子を拾い上げてはみるが、もう入らない。だがそこは意地なのだろう。彼女、コブの上に三角帽子をセットオン。帽子、コブ、頭と並び、そのシルエットはさながら串に刺さったおでんである。

 

??「{魔理沙無事?!}」

 

 激しい頭痛に見舞われる中、どこからか彼女を呼ぶ声が。キョロキョロと辺りを見回しては見るものの誰もいない。存在するのは岩や石、そして

 

彼女「なんだこれ?」

 

 ふよふよと浮遊する小さな人形だけ。そう、小さな人形。

 

??「{……魔理沙? 聞こえるかしら……}」

 

 彼女は(しゃべ)れる人形を知っている。しかしそれは「シャ」と「ン」と「ハ」と「イ」、「ホ」と「ウ」と「ラ」と同じく「イ」しか言語を発せない未完成品。それが友人の自信作のスペックでもある。よって、

 

彼女「聞こえない聞こえない。私はまだ正常だ」

 

 己の耳を、どちらかと言うと頭を疑う。まだ壊れていないと自身に言い聞かせる。だが薄々も気が付いていた。

 

??「{……あっそう。人形を返してもらうわよ?}」

 

 これは友人(人形使い)の声であると。

 そう、この人形は彼女が飛び出して行く直前に、友人が彼女の(かばん)にこっそりと忍ばせていたもの。彼女が今回のようになる事態を予期し、必要になるだろうと入れてくれていたのだ。なんという良妻。おまけにこちら、小型カメラ搭載(とうさい)の通信機能付きであり、攻撃のサポートもしてくれるという優れ物。そのお値段はプライスレス。なお技術提供はこの方、

 

??「{河童(かっぱ)の技術力は世界一ィィィィーー!}」

 

 通信が成功し歓喜する来客(技術者)によるもの。そして知人(ひきこもり)の方は、

 

知人「{仕方ないからフォローはしてあげる}」

 

 今のところ特に何もない。

 人形と会話を進める彼女、一先ず今置かれた状況を報告しようとするが、

 

彼女「ze☆?」

 

 返事なし。少し(にぎ)やかくらいだったのがピタリと静かに。人形もどこか元気を失った様にも見える。なお、この状態を俗に『圏外』という。

 彼女、後頭部をかきつつ困惑しながらも人形をポケットにしまい、先に進んでいると思われる巫女を追う。事故を起こしていながらも再び速度を上げる。(あわ)てる、焦る、急ぐ。

 だがこの時既に追い越していた事を彼女はまだ知らない。故に、先程とは打って変わってドッサリ現れる怨霊の群れ。しかしそんな物は彼女にとってはあって無いようなもの。夕暮れ時に飛び交う頭虫のようなもの。魔力で生み出した光弾を展開させ、なぎ払いながらひたすら直進する。と、

 

人形「とうおるるるるるるるる」

彼女「うをぅ!?」

 

 突然奇声を上げてテンションを上げて荒ぶり出す人形。どうやら電波を再び受信したようである。

 

??「{……おーい、聞こえているかねぇ}」

彼女「……聞こえていないかもしれない」

??「……聞こえているな」

 

 戦闘を続けながらも器用に会話を始める彼女。人形からは「よしよし」やら「チャンネルは21か」やら「周波数は521っと」やら聞こえてくる筒抜けの独り言。どうやら相手は技術姫のようだ。そしてこの独り言に小難しい事には(うと)い彼女も悟った。

 

彼女「(まだ調整が必要だったのか)」

 

 と。事前準備もなく飛び出して来たのだから仕方がない、納得である。だが、

 

??「{おっ、映像も良好良好。えっとここは……あとちょっとで旧都だね}」

彼女「旧都?」

河童「{我々の仲間——でいる地底都市——}」

彼女「なんだって?」

 

 それでもなお走るノイズとプツプツ音を立てて途切れ途切れの通信に、

 

彼女「(世界一が聞いて呆れるze★)」

 

 その技術力を疑い始めるのだった。

 そして彼女は目撃する。

 

彼女「!」

 

 突如襲い来る光の壁を、

 

彼女「ふー……、一時はどうなるかと——」

??「『嫉妬:緑色の目をした見えない怪物』」

 

 緑色に光る蛇を。

 

彼女「?」

 

 やがて出会う。

 

??「もしかして人間? 人間が旧都に何の用?」

 

 緑色の瞳の村人A、第一の刺客(守護者)に。

 

??「パルパルパルパルパルパル……」




今回は表回のサイドストーリー的な感じでしょうか?
ストーリーとしては全く進んでいませんね…。すみません。


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裏_八語り目_※挿絵有

 これは一輪さんと村紗さんから聞いた話です。

 

 ご無沙汰してます。お元気でしたか? ええ、そこにいるのは彼ですよ。積もる話はあると思いますが、今はあの時の話をさせてください。

 旧都民の危機に現れた一輪さんと村紗さん。あ、もちろん雲山さんも。お三方ともその日はご自宅に……って、今更隠す必要もありませんね。当時の一輪さん達の自宅は一緒に地底世界へ封印されていた『聖輦船(せいれんせん)』だったんです。誰の仕業(しわざ)か旧都から離れた地底の壁の中で、誰からも気付かれる事なく知られる事なく長い間存在していたんです。棟梁様と私、そして筋トレマンとそこの彼を除いてですけどね。私はともかくとして、彼らはある日偶然見つけてしまいましてね。その時に一輪さん達と出会ったそうなんです。

 ひっそりと暮らしていた一輪さん達。その日もいつもと変わらない平和な一日を過ごそうとしていた事でしょう。でもそこへ八咫烏(ヤタガラス)が起こした地底世界全域を文字通り激震させた地震が襲いました。パラパラと岩石の雨を降らせて悲鳴を上げ始める洞窟の天井に危険を察した一輪さん達、急いで外へと避難すると目を疑う光景が飛び込んで来たと。火の手が上がる旧都、飛び交う無数の封印された怨霊の群れ、そして地底の天井を(つらぬ)くほど勢いよく噴き出した間欠泉です。

 ええ、そういう事です。私がさっきお話しした間欠泉の目撃者というのは一輪さん達の事です。覚えて頂いて光栄ですカリスマさん。さて、ここで息抜きにクエッションです。

 

Q.聖輦船は当時地上でいうどの辺りにあったでしょう?

 

 薄々気付いている方がいるみたいですね。間欠泉は聖輦船の近くで噴き出たのですからつまり……はい、そういう事です。私達の足下、博麗神社のちょうど真下くらいに位置していたわけです。

 余談はさておき、「大変な事が起きている」と察した一輪さん達は旧都へと駆け出します。そして到着するなり至る所で上がっていた火を消していって頂いて。

 そうですそうです、まさに彼が旧都で小さなドラマを繰り広げていた時です。でも残念ながら出会う事も影を見かける事もなかったみたいです。もしあの時会う事ができたとしても……いえ、大きく変わっていたはずでしょうね。

 さて、「旧都はもう大丈夫だろう」と人知れず帰宅された一輪さん達ですが、平和な日常を取り戻すことはできませんでした。それは地震で荒れ果てた部屋の片付けをしていた最中だったとか。

 「大変だー大変だー。なんかすごく大変だー。とにかく大変だー」と外から声が聞こえて来たそうです。

 その声に導かれて表に出てみると、今度は旧都の反対側でピカピカチカチカと光る稲妻と光弾の豪雨を見たと。「誰かが戦っている」そう悟るのに時間は必要なかったそうです。そして様子を見に行ってみれば、あまりにも悲惨な景色が広がっていたと。

 

Elis「ユーちゃん!?」

 

 それで到着早々にぶっ放していたそうですよ。

 ボスですか? 無事なわけないじゃないですか。そこで吹き飛んでKOですよ。雲山さんだけならともかく、村紗さんの一撃も加わったんですから。特に村紗さんは相当ご立腹だったと思いますよ。

 何でって……。

 

??「カズ君!」

筋ト「ミナ!?」

 

 あの、これ言ってしまっていいですか? 

 

村紗「帰ってたなら会いに来てよ。ずっと、ずーっと、ずーーー……っと待ってたんだからね」

筋ト「ごめん、すぐに行けなくて。ミナ、オレもすごく会いたかった」

 

 ご本人がそう言われるのでしたら……。

 

村紗「うん……」

筋ト「寂しい想いさせて悪かった」

村紗「うん」

 

 えっと、村紗さんと筋トレマンは、

 

筋ト「ただいま」

村紗「おかえり」

 

 当時恋人同士だったんです。それもかなりラブラブな関係の。だから筋トレマンの傷付いた姿を見て激怒したんです。おまけに半年間地獄へ修行に行って会えずにいたのですから……。あの、本当に話してしまっていいんですか?

 で、ではお言葉に甘えて……。コホン、再会した時は人目もはばからず、熱い抱擁(ほうよう)とキスを交わしてイチャイチャイチャイチャだったそうです。

 皆さんのお気持ちはすごーっく分かります。だからあの時、その場にいた全員が皆さんと同じ事を思ったみたいですよ。

 

  『(他所(よそ)でやれッ!)』

 

 ってね。

 

鬼助「ケッ、見せつけやがって」

彼 「なんだ、誰かと思ったらナミか」

村紗「蹴り飛ばすわよ? ほら帽子、貸すからちゃんと被っておきなよ」

彼 「あ、うん。ありがとう」

雲山「それよりこれはどういう状況じゃ?」

棟梁「あなた方は……」

一輪「こうして面と向かってお話するのは初めてですね。私は雲居一輪、彼女は村紗水蜜、そしてこの入道は雲山です。『封じられた者』とでも言えば貴方なら分かるでしょうか?」

棟梁「そうですか、村紗さんは以前お会いしましたよ。和鬼の彼女さんだそうで」

一輪「ええ、見ての通りです。ご迷惑をお掛けしてます」

雲山「おい一輪、程々にした方がええぞ」

 

 全員、敵味方関係なくです。もちろんそれは旧都民を追い込んでいたElisとて例外ではありません。自身の存在感を無きものとして進められる話に「面白くない」とでも思ったのでしょう。

 

Elis「ユーちゃんを吹っ飛ばしておいて、おまけに私を無視して世間話とかイチャイチャとか。全滅寸前のゴミムシの分際で随分と余裕じゃない★」

村紗「は〜あ? ねえカズ君、みんなに酷い目を合わせたのはさっきいたヤツとアイツ?」

筋ト「ああ、それとその辺で伸びてる下っ端達もだ。アイツ達この世界をのっとろうとしてるんだ」

Elis「そーゆーこと。で、どーする? あんたもそっち側?」

 

 彼女は村紗さんと一輪さんにも喧嘩を吹っかけていたんです。

 

Elis「味方するのなら容赦(ようしゃ)しないけど★」

 

 と。恋人と同じ世界に住む方達を傷付けた上にこの挑発的な口調と態度。誰だって頭にきます。

 

村紗「……なにコイツ、超ムカつく」

 

 Elisと村紗さんの視線はバチバチと火花を散らせてぶつかり合っていたことでしょう。第六ラウンドのスタートのカウントダウンが始まっていました。

 

一輪「村紗待った!」

 

 でもその時一輪さんが止めに入ったんです。戦いを止めるため? いいえ、違います。違和感を覚えたからです。

 

一輪「あそこに誰かいる」

 

 確か「(魔界への)洞窟から強い視線を感じた」と言っていましたよね? そして「そこには重なり合った二つの人影があった」とも。さらに「放つ雰囲気只者ではなかった。自然と身構えていた」と。ですよね?

 

Elis「あっちゃー、来ちゃったよ★」

 

 Elisも一輪さんの声に視線をそちらへ移します。そして瞳に影を映すと同時にその者達の下へと飛んで行き、丁寧にお辞儀をしながらこう言ったそうです。

 

Elis「こんにちはユキさんにマイさん。いらしたんですね★」

 

 はい、そうです。同名の他人ではありません。間違いなくそのお二人です。黄色の髪に黒い帽子を被ったユキさんに、白いドレスに白い羽が生えたマイさんです。その時マイさんがユキさんの腕にしがみついて隠れる様にしていたそうです。

 

【挿絵表示】

 

 どうして? なんでも偉い方のお使いだったみたいですよ。

 

ユキ「あの人に言われてねー、様子を見に来ただけだし。で? スラム街のヘッドはやられちゃった感じ? ちょっとマイ、いつまでくっ付いてるし。トンネル抜けたんだからいい加減離れて欲しいし」

マイ「……」

Elis「はい、あそこの二人に★」

 

 輩達とは違い魔界の(きら)びやかな表舞台に生きる方達。その表舞台を魔界に住む方達は『(みやこ)』と呼んでいるそうです。

 はい、想像通りユキさんとマイさんは都で暮らす方々だったんです。しかもかなり身分の高い。ユキさんとマイさんの正体が、まさかそんな御令嬢だなんて地底世界に住む方々は知るはずがありません。彼も筋トレマンも棟梁様も、当初お二人を見た時はこう思ったそうです。

 

??「……あなたもそいつらの仲間?」

 

 とね。それを代弁してくれたのが村紗さんだと聞いています。その問いにユキさんはキッパリ「ノー」と答えたそうです。

 

ユキ「あっははは、違う違う。知り合いなだけ」

村紗「……知り合い?」

ユキ「うーん、知り合いって言うのも変かな? 遠い親戚のような姉妹のような他人って感じ? うちら魔族はみんなそんな感じ」

 

 加えて「ただ同じ魔族なだけ」とも。でもその答えだけで充分過ぎたみたいなんです。

 

村紗「……魔族?」

ユキ「そう私達同じ魔族だし」

 

 村紗さんの怒りの矛先となるには。

 

村紗「……許さない、カズ君を傷つけた奴は誰も。例え直接手を出していなくても同族なら同罪……」

一輪「村紗落ち着きなさい!」

村紗「そのムカつく女も、ヘラヘラしてるあんたも絶対に許さない!」

ユキ「ちょっと待つし! 別に私達はあんた達とやり合うつもりないし、見に来ただけだし。もう帰るし!」

村紗「うるさい! 魔族は全員沈めてやる!! 『道連れアンカー』!」

ユキ「はあーっ?! ムチャクチャだし!」

 

 『恋の魔力』とでも言うべきなのでしょうか。戦意はないと説得するユキさんの声も、落ち着くように諭す一輪さんの声をも振り払い、村紗さんは内からメラメラと燃え上がる業火を全身にまとってユキさんに向かって行ったんです。あの巨大な錨の光弾を放ちながら。ですよね?

 あの……、しょんぼりされのでしたらもうやめておきましょうか? まあ確かにここまで話してお終いにしてしまうのも中途半端な感じがしますけど……。

 すみません、気を遣って頂いて。村紗さんの事が気になると思いますが、どうか察してあげて下さいね。

 では改めて話の続きを。

 

村紗「『ディープヴォーテックス』」

ユキ「ちょい待ってって言ってるし! 話を聞けし!』」

 

 村紗さんの炎は誰にも消せません。戦いの幕開け直後は村紗さんの怒涛の弾幕のラッシュをユキさんがかわし続ける一方的な展開だったそうです。

 

村紗「『シンカブルヴォーテックス』」

ユキ「だーかーらっだし!」

 

 一方残された一輪さんと雲山さん、それにマイさんです。一輪さんは村紗さんとユキさんが繰り広げる光景に立ち尽くしていたマイさんへ、詫びるつもりで優しく声かけたそうです。

 

一輪「えっと、なんかウチのが熱くなり過ぎてごめんね。今止めに——」

 

 でも……。

 

マイ「……よ」

一輪「ん?」

マイ「……っせえって言ってんのよ」

一輪「!?」

雲山「なんじゃ雰囲気がガラッと変わったのぉ」

マイ「……話すなハゲジジイ。ジジイ(しゅう)()き散らさないで」

雲山「ぬをッ」グサッ

一輪「ちょっと、確かに雲山は頭皮の薄いお爺さんで」

雲山「ぬををッ!?」グサグサッ

一輪「最近(にお)ってきてもいるけど」

雲山「ぬををををッ!!」グサグサグサグサッ

一輪「そんな言い方しなくても——」

 

 態度が一変し攻撃的な口調になったと。それでも一輪さんは怒りをグッと堪えて丁寧に諭したそうです。「そんな言葉を使ってはいけないよ」とでも言われたのでしょう。けどこれが仇となってしまったんです。

 

マイ「は? 私に説教するのやめてくれない?」

 

 逆ギレとも言える態度で突っぱね、おまけに禁断の言葉を放ったんです。

 

一輪「ヨーシお望み通り血祭りに上げてヤラァァァ!」

 

 仏の顔も三度まで。一輪さんの堪忍袋の緒はとうとうブチリと音を立て、

 

一輪「『天海地獄突(てんかいじごくつ)き』」

雲山「心苦しいがこれで反省せい!」

 

 雲山さんと共にマイさんへ愛ある鉄拳で()()()()を……。

 その時の決定打ですか? そんなの言えるわけないじゃないですか。ご本人がいらっしゃるんですよ? 知りたいのならご自身で直接聞いて下さいよ。

 と、そんなこんなでお二人のバトルが勃発してしまったわけです。そしてここで忘れてはいけないのが彼女の存在です。

 

??「ユキさんとマイさん頑張って〜★」

 

 Elisです。

 

  『何でいんだよ!』

 

 私も話を聞いた時耳を疑いましたよ。てっきりユキさんと一緒に戦っているものだと思い込んでしまいましたから。彼女は事もあろうに御令嬢であるお二人に成り行きを任せ、悠々と旧都民の前に再び現れたんです。

 

Elis「もー、さっきも言ったでしょ? 私は戦うつもりは無いって。争い事が嫌いな平和主義者なの。あの二人強そうで焦ったけど、ユキさんとマイさんが相手をしてくれてる。だーかーらー、続きをしましょ★」

 

 声を上げて笑いながら行われる無情な行為。旧都民はなす術がないまま、活路を見いだせないまま、彼女が心変わりをして手を止めてくれるその時を耐えて待つしかありませんでした。でもそんな奇跡が起きるはずがありません。降り注ぐ光の矢は止まるどころか数を増していきます。

 

筋ト「ぐぅ……、そろそろホントにヤバイぞ」

 

 旧都民、正真正銘の大ピンチです。

 

彼 「なあ」

筋ト「何だよ?」

 

 ただそんな中、彼だけは彼女のある事に疑問を抱いていたそうなんです。そしてまさかその疑問こそが活路に繋がるだなんて、当時の彼自身も全く思わなかったでしょうね。

 

彼 「あいつ、何で元に戻ったんだ?」



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表_八語り目

 これはヤツから聞いた話だ。

 

【パルスィ談⑤】

 巫女じゃなくて魔法使い!?

 

ヤツ「迷い込んできたの? だったら上を目指して帰った方がいいわ。輝かしい光の注ぐ地上へね」

 

  じゃああの時二人も来ていたって事? それを勇儀が……さすがだね。

 

人形「{こいつは嫉妬心を操る妖怪。ちゃっちゃと倒しちゃって}」

彼女「………………ない」

ヤツ「パルパルパルパルパルパル……」ぶつぶつ

彼女「は?」

ヤツ「忠告したのに……。話を聞かないとか……」

彼女「ちょ、ちょっと?」

ヤツ「なんかもう色々と妬ましい! 『花咲爺:シロの灰』」

 

 そうそう、それで妬ましさの臨界点を突破して先手を切った訳なんだけど——そのおかげでもあったのかな? いつも以上に花の弾を咲かせたし、追撃弾のキレも良かったんだ。だから彼女をそこそこ苦しめていたと思うよ。現に反撃も出来ずに弾を(かす)めながら逃げ回るだけだったから。それなのに……。

 

ヤツ「(どうして当たらないの?!)」

 

 『シロの灰』では彼女を苦しめるだけで着弾はなかった。一発もね。勇儀だって相殺(そうさい)して逃げ道を確保したりするでしょ? でも彼女そんな事をしないで全部避け切ったんだ。初めてだったよあんなの。だから……

 

ヤツ「(偶然? それとも運が良かっただけ?)」

 

 そう考えてた。ううん、信じたかったんだと思う。けどその後何度か攻撃続けている内に分かったんだ。

 

ヤツ「(違う、これが彼女の——)」

 

 実力なんだって。どれだけ密度の濃い弾幕を放ったとしても、囲んで逃走経路を断ったと思っても、隙間を縫う様にして回避していく。彼女の目には進むべき道筋が見えていたんだよ、きっと。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 その時、地底世界の一郭(いっかく)では奇妙かつ幻想的な光景が繰り広げられていた。

 

??「上、上、下、下、左、右、左、右——」

 

 チラチラと降り積もるこの季節ならではの白い雪。

 

??「ビー、エー……ビーエーってなんだよ!?」

 

 そこに至る所で花咲く時期外れの桜の花。雪見と花見が同時に楽しめる実にお得な光景。その特等席にいる彼女は、さぞこの景色に見惚(みと)れていることだろう。

 

彼女「うわっち」

 

 前言撤回、余裕などあんまり無かった。

 

人形「{言わずにはいられなくて()()ね}」

彼女「()()じゃないze★ フォローしてくれるんじゃなかったのかよ……」

人形「{次、左右を交互に5回ね}」

彼女「左右左右左右左右左右っと」

人形「{それで裏ステージに行けるから}」

彼女「モヤシィィ、いい加減に——」

人形「{あら、本を返さないでおいて、その上せっかくの助言にケチ付けるの? 魔理沙のくせにこなまいきね」

彼女「アリス、フォロー役代われ!」

人形「{ムチャ言わないで。人形との通信を保つのでいっぱいいっぱいよ}」

彼女「じゃあせめてもっと早めに的確な指示出して欲しいze★ さっきから回避がギリギリだze★」

人形「{ふむふむ、こちら側の映像と実際の環境とのDelayに課題有り……っと。これはいいデータだ}」

 

 人形の助言に翻弄(ほんろう)され続ける彼女の苦労は絶えない。だがそんな物など彼女には「あれば嬉しい」程度のもの。無くとも——

 

彼女「あっぶな!」

 

 そこそこ対応できる。

 果たしてこれで何度目か、幾度も同様の騒ぎに参戦して来た彼女。そのレベル、経験値が勘となって道を示していた。そして訪れる

 

彼女「これくらいなら、、、楽勝だ、、、ze☆」

 

 スキルブレイクの時。

 

ヤツ「妬ましい……」

 

 全弾回避に成功である。苛立ちの表情を浮かべる相手に彼女「どんなものだ」と視線で語り、大きくドヤッ。

 

人形「{とか言いながら息上がってない?}」

彼女「うるさい、それよりこいつに弱点とかないのか?」

人形「{そんなにすぐには判らないわよ}」

彼女「しょうがないな。じゃ、倒している間に倒し方を調べてくれ」

 

 構える彼女、「次はこっちの番だze☆」とマジックアイテムを片手に意気込むが、直後その気合いを異なる方向へと向けることになる。

 輝きを増す緑の瞳、うねりながら逆立つ金色の髪の毛、全身から吹き出る陰湿でイヤな感じ。

 

彼女「()()()()で頼むze★」

 

 相手のターンはまだ終わりを告げていなかった。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

【パルスィ談⑥】

 彼女の実力だって理解した私は出し惜しみをやめた。

 

ヤツ「パルパルパルパル……」

 

 いきなりクライマックス、分身を作ってあのスペルで決着をつけようとしたんだ。勇儀も知っている通り、妬みの力で生み出した分身は私と瓜二つどころか全く一緒。簡単に見分けがつくものじゃない。でも彼女はこう言ってきたの。

 

彼女「分身か、そんなの服を見れば——」

 

 ってね。けどそれは勇儀に101回目に負けた時に「分身の方が服が綺麗だ」って言われた事だから。今では汚れや色あせ、傷、シワ、(ほころ)びまで完璧に再現してある。

 

彼女「って……ん? ん? んー……?」

ヤツ「見破れるものなら、見破ってみなさいよ! 『舌切——』」

 

 で、大口叩いたクセに結局その時点では見分ける事が出来なかったみたいでさ、それで「マズイ」とか危機感を覚えたんだろうね。続けてスペルカードを宣言する私に、

 

彼女「こうなりゃ当てずっぽだze★」

 

 初めて攻撃をしてきたの。今思えばその時まで攻撃されなかったのが救いだったのかもね。そうじゃなかったら『シロの灰』の時点でやられていたかもしれないし。

 

彼女「マジックミサイル!」

 

 でもそれが放たれたのは分身の方、私には一切のダメージなし。その手応えの無さで気が付いたんだろうね、ハズレだって。

 

彼女「こっちじゃない?!」

 

 目を丸くしてそんな事を(つぶや)いていたよ。

 相手が攻撃している時が最大のチャンス。スキだらけの彼女に勝機を感じた私は、ここぞとばかりにあのスペルを放とうとしたんだけど……。

 

ヤツ「今のは分身。今度こそ『舌切雀——』」

彼女「チィッ!」

 

 えっとそれが彼女、煙幕を出してさ。それで煙が晴れた時にはもう橋の上にはいなかったの。うん、見失っちゃったんだ。

 

ヤツ「えぇー……」

 

 でもすぐに何処に行ったのかわかったよ。嫉妬の臭いがしたし、声が聞こえてきたし。しかもその声がなかなか大きくてさぁ。

 

ヤツ「(あれで隠れてるつもりなの?)」

 

 バレバレなんだよ。でね、

 

ヤツ「(また独り言? よくこんな状況で——)」

 

 しばらく彼女の独り言を聞いていたんだ。でもあれは……

 

ヤツ「(!? 違う、これ……)

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 戦略的撤退と言えば聞こえはいいだろうが、

 

彼女「はぁ、はぁ……。何なんだよアイツ」

 

 実のところは勝てる見込みのない戦いから身を引いただけ。

 

人形「{厄介な相手ね}」

 

 人形から聞こえてきた「厄介」という言葉、これには二つの意味が込められていた。一つは文字通りの「面倒な」という意味。もう一つが「弾幕は火力ze☆」と語る力押しな彼女にとって「相性が悪すぎる」という意味。

 その事は彼女自身が感じていた。だからこその戦略的撤退。

 

彼女「本当に何も違いはないのか?」

 

 そして始まる作戦会議。なお、この状態を俗に「ちょっとタンマ」とも言う。

 

人形「{今照合結果が出たよ。あちゃちゃー……一致率99%だってさ。超上級の間違い探しだね}」

彼女「考えろ、考えるんだ魔理沙ちゃん……」

人形「{見た目以外に違いはないの? 実体がないとか」

彼女「残念ながらそれもハズレみたいだze★ さっき弾が当たった音がしたからな」

 

 だがいい回答は得られず。「あーじゃない? こーじゃない?」と三つの声で孤独に議論を進めていく小さな人形。その(かまわ)らで彼女もまた、一人孤独に思考を(めぐ)らせていた。違いを見分ける事を中断し、別の角度から突破口を探していた。相手の癖、挙動、言動、それらから勝利へと繋がるヒントを。そして……。

 

彼女「そういえばアイツさっき——」

 

 暗い道に微かな光が差し込んだ。「善は急げ」とふよふよ宙に浮かびながら、依然議論を続ける人形を鷲掴(わしづか)みにする彼女。口に近づけて勢い任せに言葉を放つ。

 

彼女「おい! 急いで——」

ヤツ「みーつーけた」

 

 が、これが痛恨の大失敗。

 

彼女「!?」

 

 彼女の目に映るのはまだ会いたくない相手、確実なゴールが見出せずにいる相手。その懸念すべき相手は今、

 

ヤツ「私のお気に入りスペースに勝手に潜り込むなんて……。妬ましいわ!」

 

 ルパルパ。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

【パルスィ談⑦】

 

 独り言なんかじゃなかった。明らかに彼女とは違う声が三つ聞こえたし、相談しているみたいだった。他には誰もいないはずなのにさ。小人でも連れてたのかな?

 え、通信? 地上と会話してた……ってなにそれ。妬ましい、欲しい。

 ……そうだよ、別に地上と連絡取り合う相手なんていないよ……。妬ましいわ!

 

彼女「おい! 急いで……」

 

 って感じで彼女を妬んだ。

 あ、ごめん間飛ばしてた。それでそのまましばらく彼女を泳がせていたんだけど、急に大声を出してさ。まるで「答えを見つけた」みたいなトーンでね。だから邪魔しに行ったんだ。

 

ヤツ「みーつーけた」

 

 って。

 彼女が隠れていた場所? あれ、話していなかったっけ? 橋のど真ん中の下、私の(いこ)いの場所だよ。上から覗き込んだら勝手にいやがるの。「おじゃまします」とか「おかりします」くらい言えっていうのよ、妬ましいわ!

 って具合に彼女を妬んでいた訳。それで(ほおき)に乗って慌てて逃げる彼女に光弾を数発打ち込んでやったのよ。

 

彼女「や、ヤバーーッ!」

 

 距離はそう離れていなかった。爆音も爆煙もあがったし、確かな手応えがあった。絶対命中していたはずなの。それなのに爆煙から出てきた彼女は、擦り傷どころか服も痛んでいなかった。さも何事もなかったようにそこにいたの!

 

人形「『オプティカルカモフラージュ』時間切レデス」

彼女「サンキュー、助かったze☆}」

人形「{盟友、これ一度きりだから。次はないよ}」

彼女「ああ、覚悟しておくze☆」

 

 もう訳が分からなかった。決まったと思ったのにまさかの無傷だなんて。今でも思い出しただけで……

 

ヤツ「パルパルパルパルパルパル……」

 

 ねーたーまーしーいッ! 

 

 

ーー嫉妬鎮静中ーー

 

 

 ふーッ、ふー、ふー……。うん、落ち着いた。

 それで今みたいに妬ましさ爆発でさ、その力をあの技に全てぶつけてやったんだ。

 

ヤツ「『舌切雀(したきりすずめ):大きな葛籠(つづら)と小さな葛籠』!」

 

 私の自慢にして最高のスペルに。でも彼女、それに驚くどころか指をパチンと鳴らしてニヤリと笑いながらこう言ったの。

 

彼女「思った通りだze☆」

 

 って。

 

人形「{盟友、さっき頼まれた件三人で意見が一致した}」

彼女「どっちが当たりだ?!」

人形「{小さい方!}」

彼女「なら、こっちが本物だze☆」

 

 耳を疑ったよ。まさか見破られただんなんて……

 

彼女「『恋符:マスタースパーク』!」

 

 彼女が放ったレーザーは一直線に小さな弾幕を放つ私に向かっていった。なんでか分からないけど、そっちが本体だと確信していたんだろうね。

 

ヤツ「残念、今のも分身」

 

 けどそっちは分身の私。本体の私じゃない。その事だって勇儀から「本体が固定されてる」って指摘されたからね。995回目に負けた時に。

 そりゃそうだよ。忘れるわけないじゃない。勇儀からの愛のメッセージなんだから。

 

彼女「そんな……」

ヤツ「しかもこうして……」

彼女「!?」

奴1「シャッフルすれば」

奴2「どっちが本体か」

奴 『もうわからないでしょ?』

彼女「ぐぬぬぬ、おまけに両方とも喋るのかよ」

 

 もー、勇儀は素直じゃないなぁ。でもそこがか・わ・い・い♡

 

奴1「私のスペルはまだ終わってない」

奴2「続きいくから!」

 

 ごめんごめんごめんごめん、ごめんってば。お願いだから壁ドンはやめて!

 

人形「{潔く負けを認めて戻って来たら? それで私に本を返してくれればいいんじゃない?}」

彼女「その答えは……、どっちもお断りだze☆ イリュージョンレーザー!」

 

 えっとそれで本体の私と分身とで撒き散らす大きな弾幕と小さな弾幕は、徐々に彼女の逃走経路を奪っていったんだ。その頃には彼女も弾幕を放って相殺したり、スキがあれば攻撃もしてきた。でもその攻撃がね、

 

人形「{だったら悩まないで両方に攻撃しちゃえば?}」

彼女「それはさっきからやってるze☆ でもこれじゃあ……」

 

 中途半端なの。私と分身両方に向けた光弾でさ、分散していたから楽々避けられたよ。正直拍子抜けだったね、ヤマメとキスメの二人を突破して来たから全力で相手しに行ったのに、防戦一方なんだもん。「博麗の巫女ってこんなものなの?」って思っちゃうのも無理ないでしょ? まあ実際は別人だったんだけどさ……。

 

彼女「打つて無しかよ」

人形「{せめてどっちが本物か見極めたいところだね}」

彼女「そしたら一撃で——ッ!?」

人形「{盟友?}」

彼女「……どうやらチェックメイトのようだze☆」

 

 それで最後の最後で彼女に王手をかけたんだ。挟み撃ちにしたの。

 

奴1「私のスペルもこれで最後」

奴2「でもあなたももうお終い」

奴1「追い込んだ」

奴2「追い詰めた」

奴1「前と」

奴2「後ろで」

奴1「挟まれて」

奴2「同時に攻撃されたら——」

奴 『避け切れないでしょ?』

 

 前からは大量にばら撒かれる小さな弾幕、後ろからは勢い飛び出す大きな弾幕。それで終わらせるつもりだった。

 

彼女「『魔符:——』」

 

 だけど彼女、私の方に……

 

ヤツ「パッ!?」

 

 本体の私の方に突っ込んで来たの。

 

彼女「『スターダストレヴァリエ』ェェェ!」

 

 当てずっぽ? 勘? 違うよ、彼女どっちが本体か分かってたんだよ。私さ、弾幕を放つ時に一歩踏み込んでいたみたいで、その時に……

 

 

ミシミシッ

 

 

 って音がね。私も見逃してたよ、見た目は一緒、声も送れる実体を持った完璧なまでに仕上げた分身に

 

彼女「吹っ飛べぇぇぇ!」

 

 ()()()()()だなんてさ。

 

ヤツ「ルううううああああぁぁぁぁ。。。……☆」

 

 で、いつも通りに飛ばされて目が覚めたら……。

 

??「あ、気が付いた?」

 

 ボロボロになったヤマメに引きずられていました。以上!




【次回:裏_九語り目】


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裏_九語り目

 これは彼らから聞いた話です。

 

 

 

 あ、せっかくですので皆さんも一緒に考えてみて下さい。

 

 Q.彼女はなぜ元の姿に戻っていたのでしょう?

 

 彼はその疑問を共に光の矢から逃れる事に成功した筋トレマンに尋ねたそうです。でも筋トレマンからすれば「何を変なこと言ってるんだ?」と疑問を感染させるだけ、

 

彼 「さっき自分でも言ってたじゃん? 『的が小さくなれば当たらない』みたいな事」

筋ト「知らねーよ、気分じゃないのか?」

 

 彼を満足させる答えを出すことはできません。そこで今度は切り口を変えて(たず)ねたそうです。

 

彼 「じゃあ何でまた——のさ?」

 

 それでも筋トレマンを苛立(いらだ)たせるだけだったと。

 

筋ト「だから知らねーって!」

 

 その所為で()()声を荒げてしまったみたいです。でもこれが回答を導く賢者を呼び寄せていたんです。その方というのが、

 

??「なんだ? どうかしたのか?」

 

 近くで逃げ回っていた彼の兄貴分さんです。息は切れ切れで汗はダラダラ、おまけに全身傷だらけで登場されたそうですけどね。

 

筋ト「あ、鬼助さん。コイツが急に変なところ言い出して」

彼 「何でコウモリの姿から戻ったのかなって。それにまた——」

 

 二人は事情を兄貴分さんに話しました。そして兄貴分さんもまた、彼女の何気ない仕草に違和感を覚えていたそうなんです。彼の抱いた疑問と兄貴分さんが覚えた違和感。この二つが重なり合い、混じり合い、その瞬間窮地(きゅうち)から脱却する活路へと変貌(へんぼう)()げたんです。

 

Elis「あっははは、お掃除最高。きっもち〜★」

 

 そうしている間もElisの手は休まることはありません。甲高(かんだか)い笑いをあげながら、はしゃぐ無邪気な子供の様に魔力の矢を降らせ続けます。その裏で一大プロジェクトが始まっているとは知らずに。

 

医者「治療が間に合わん。それに星熊と伊吹も早く手当てせんと」

棟梁「このままでは……」

店長「長老と棟梁様はもっと離れた方がいい!」

店員「あっしらで注意を引きつけます」

Elis「む〜だむ〜だむ〜だ、ゴミはみーんなお掃除しちゃうんだから★」

 

 そして機は熟しました。

 

Elis「きゃっ!」

 

 Elisは言っていました。突然襲われた感覚に思わず悲鳴を上げてしまったと。その感覚というのが——

 

Elis「っめたー……★」

 

 『冷たい』だったんです。そうです、彼女は何者かに雪玉をぶつけられたんです。誰の仕業? そんな事、考えるまでもありません。

 

??「へへっ、命中〜」

 

 兄貴分さんです。

 

Elis「ふっざけんな三下(さんした)ゴミムシ!」

 

 先程もチラリとだけお話ししましたが、Elisが彼らの前に初めて現れた時、彼女は傘をさしていたんです。コウモリの姿になり一度は手放した傘ですが、それをまたさしていたんです。それほど激しい雪でもないのに彼女だけが。しかも戦いの場でわざわざ。そこに彼は疑問を持ったみたいなんです。

 

Elis「もーホント最悪ぅー★」

 

 そして兄貴分さんが違和感を覚えた彼女の仕草というのが、コウモリから戻った時に執拗(しつよう)なまでに雪を払っていた事だったんです。

 ではここで私が皆さんに出したクエッション「なぜ彼女は元に戻ったのか」。その正解を発表しましょう。正解は——

 

Elis「どうしてくれるのよ★!」

 

 「コウモリの姿では傘をさすことができないから」です。そしてそこから導かれる活路、彼女の弱点とは——

 

Elis「服が()れちゃったじゃない★!!」

 

 ()()()()()()()()()()()()()という事です。

 え? なぜって……まあ私も好きではありませんが、なんでも——

 

Elis「これ高かったんだからね★!!!」

 

 魔界ではブランド物だったそうですヨー。着ていた服ガ。彼女ブランド志向が強くて持っている服のほとんどが高価な物ばかりなんですヨネー。お小遣いだって……。どこがいいのか私にはさっぱりですケドネー。当時もブツクサ文句を言いながら雪を払った後、ご丁寧にハンカチで水分を()き取っていたそうですシー。

 

 

ニンマリ〜……

 

 

Elis「なによ、気持ち悪い……★」

 

 でもまあ、そんな姿を露骨に見せてしまったら誰だって気が付きますよ。

 

鬼助「やっちまえ!」

 

 旧都民、一斉に反撃開始です。足下の雪で球を作り次々と彼女に投げ始めました。

 

Elis「ちょっと! わっ、や、やめなさいって★」

 

 四方八方から投じられる雪玉、そしていきなりの反撃に(あせ)ったでしょうね。その証拠に避けることで頭がいっぱいになっていたようですし。でもやられっぱなしは好まない性格ですから、

 

Elis「やめなさいって言ってるでしょ!★」

 

 反撃に反撃を。しかも今度は怒りを買った分、威力と速度を上げて雪玉に命中させていったそうです。

 しかしそれまで。旧都民を襲うことはありません。例え雪の弾幕をかい(くぐ)ったとしてもターゲットから外れた場所、もしくは少数、易々と避けられる程度だったとか。それもそのはず、彼女が応戦し始めた時にはもう——

 

鬼R「おりゃ!」

鬼S「次よこせ」

鬼T「はいよ」

 

 (じん)は整っていたのですから。三人一組になり一人が雪玉作りを、あとの二名が代わる代わる雪を投じて反撃が止まらないようにしていたそうです。もう流石としか言いようがありませんよ、

 

??「少しずつでよい、移動しながら放て!」

  『うおおおおッ!』

 

 棟梁様は。Elisの弱点を知るや即座に指示されていたみたいですよ。と、ここでちょっとその光景を想像してみて下さい。この世界で一番力のある種族の全力投球の猛攻(もうこう)を。

 

  『オラオラオラオラオラオラオラァッ!』

 

 それはハイレベルな弾幕、高度なスペルに匹敵していたでしょうね。そうですねー、名付けるのなら『怒鬼(どき)雪山颪(ゆきやまおろし)』と言ったところでしょうか。

 単なる雪合戦? その上どうでもいいと?

 ……続けます。

 

Elis「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ぁっ!」

 

 魔力と雪の弾幕合戦、始まった当初は双方とも互いに打ち消し合い、五分五分だったそうです。

 ですが、魔弾と共に消滅する雪玉は粉雪となってパラパラと地面に落ちていきます。この時風に乗って舞い上がる物もあったでしょう。そしてその回数が増す毎に粉雪は霧を生み出し、やがて白いカーテンとなって彼女の視界を奪っていきます。

 

Elis「イタッ、冷たっ、イタッ、冷たー★」

 

 そのおかげで彼女は雪玉を相殺することが敵わず、ヒット回数が増えて攻撃の手が次第に止まっていきます。まさに攻守交代のときです。そこへさらに旧都民に追い風が吹きます。

 

??「カッカッカッ、ほれ終わったぞい。行ってこい」

鬼U「長老さん助かったぜ」

 

 Elisの魔弾が相殺された事で長老様の治療が(はかど)り、倒れていた旧都民が次々と息を吹き返していったんです。しかもアクセル全開で。

 

鬼V「よっしゃ、アイツにキツイのをぶち込んでやる」

長老「カッカッカッ、女子(おなご)なんじゃから程々にのぉ」

 

 それはあのお二人も例外ではありません。

 

??「この借り、オシリペンペンじゃ済ませられねぇぞ」

??「仕上げはおっさん達で——」

 

 親方様とご友人、かつて地上にその名を(とどろ)かせた赤鬼と青鬼の完全復活です。お二人とも立ち上がるや額に血管を浮かばせながら、ボキボキと拳や腕を鳴らしてウォーミングアップを始めていたそうです。おとぎ話に出てくる恐怖の象徴がフルスロットルでお怒りになられたんです。そのご様子を想像しただけで……足がすくみますよ。

 けどお二人が直接手を下すことはありませんでした。棟梁様と長老様に止められたんです。「ここは若い彼らに任せましょう」とね。

 で、任されたその若者達はというと、何やらコソコソと(たくら)んでいたみたいですよ。そうよね?

 

??「よし、できたぞ」

??「本当に大丈夫なんだろうな?」

??「(たぶん)大丈夫だ」

  『不安だ』

??「(おそらく)問題ない」

  『スゲー不安だ』

??「心配ないってば、絶対うまくいくって(きっと)

  『モノスゲー不安だ』

 

 そして決着までのカウントがスタートを切りました。

 

Elis「あんた達……いい加減に——」

 

 氷点下の雪を当てられて下がる体温とは正反対に、怒りで沸点へと達した彼女に照準を合わせ、

 

??「うおおおおォォォ」

Elis「いいいィィィッ★!?」

 

 巨大な雪玉が発射されました。後に「あれはありったけの気合いを入れた渾身(こんしん)の全力投球だった」と兄貴分さん、ご本人は語っていました。

 

鬼助「ォォォオオオオオりゃーー!」

 

 その所為で大きな雄叫びを上げてしまったのでしょうね。投球直後Elisにその存在を知られてしまいます。ともなれば彼女だって黙ってなどいません。

 

Elis「こんな物真っ二つにしてやるわよ★」

 

 魔力を込めた手刀で巨大雪玉を割ってしまおうと考えたそうです。そして頭上高く手を振り上げて(せま)る巨大雪玉を一刀両断に——

 

??「どっこいヨイショーッ!」

 

 と、その時お祭りで聞くような威勢の良い掛け声が上がったそうです。ちなみにこれ、何だと思います? 兎さん。

 なるほど追加の雪玉ですか……、残念ながらそれは違います。でもそのように考えたのはあなただけではなく、当時の彼女もまた同じ事を考えていたそうです。ではその正体は何か、

 

??「自分で言ったんだ」

鬼助「きっちり決めてこい!」

 

 それこそがElis戦にピリオドを打つ最後の切り札だったんです。

 

??「大江山——」

 

 巨大雪玉の後ろから追いかける様に放たれた切り札は、その姿を現すと決まり手となる技の構えを取りました。一方彼女、その後何が起こるのか悟ったのでしょう。コウモリへと姿を変え、急いでその場から逃げ出します。

 

蝙蝠「じょ、じょうだんじゃないわ★」

 

 後に投じた者は言いました。それは二人で交わした(ちか)いだったと。

 

彼 「見せてみろよ、お前のを」

 

 そして切り札の本人は言いました。まだまだ実力不足で筋トレが必要だけれど——

 

筋ト「(あらし)ッ!」

 

 ものにしてみせたと。

 

蝙蝠「イヤああああああああああああッ!★」

 

 筋トレマンが生み出した衝撃波は、巨大な雪玉に触れると瞬間的に粉々に砕け散り、口を大きく開けた怪獣の様にコウモリを一飲みすると、そのまま地面へと帰って行ったそうです。

 

筋ト「うおーーーッ!」

 

 勝負あり、筋トレマン拳を高々と(かか)げて勝利のガッツポーズです。

 

鬼助「こんにゃろー、心配さすんじゃねぇよ!」

筋ト「やる時にはやりますよ」ドヤッ

師匠「コウ、自慢の(おい)はとうとうやりやがったぞ」

筋ト「どんなもんよ」ドヤヤッ

親方「まさかこの日が来るとはな、恐れ入った」

筋ト「これも親方様のご指導の賜物(たまもの)です」ドヤドヤ

彼 「なにが『嵐』だよ。カッコイイじゃん」

筋ト「『(おろし)』を名乗るには早いと思ってな」ドーヤ

鬼W「よし、みんなで胴上げだ」

筋ト「そんなのよせよー」ドヤドヤドーヤ

鬼X「せーのっ」

 

 歓喜と驚きの雄叫びを上げて駆け寄る旧都民、筋トレマンの頭をかき撫で、称賛の言葉を送り、ついには胴上げまで。それもこれも地獄での厳しい修行と毎日の筋トレがもたらした産物です。

 そして筋トレマンは能力なしに親方様の衝撃波を成功させるという偉業を成し遂げていたんです。親方様自身でさえ、あの勇儀さんでさえ能力ありきでこそ使える大技を。とは言いましても、筋トレマンは当時両手でないとできなかったそうですし、威力も全然届かなかったのだとか。その上——

 

筋ト「(ふー、なんとか成功した)」

 

 成功率は三割以下だったそうですよ。

 え、あなた知らなかったの? 自分でそう言ってたわよ。でも、勝負が決まる重要なシーン。失敗を許されない土壇場でその役を買って出た。そして成功させた……ううん、成功できた。それはどうしてだと思う? あなたなら分かると思うけど? ……鈍感ね。

 

筋ト「(見ていてくれたか?)」

 

 恋人だった村紗さんにいいところを見せたかったからでしょ?

 

筋ト「(待たせてごめん。でもおかげで——)」

  『わーっしょい、わーっしょい』

鬼Y「もう一つおまけに〜」

鬼Z「せーのッ!」

筋ト「(オレは夢を(かな)えられた)」

  『わーっしょイ!』

筋ト「うおーーーッ!」

 

 と、これも本人が言ってましたよ。筋トレマンもまた、恋の魔力で成功率をグンと跳ね上げていたんですね。

 そうそう忘れるところでした。ここに来る前に筋トレマンから伝言を預かっていたんでした。村紗さん、あなたに。「全然会えてないけど元気してる?」だそうです。もう少し気の利いた言葉があったら良かったのですが、ご存知の通り脳筋なもので。あー、でも……クリティカルだったみたいですね……。

 さて、話の途中でしたね。その後の事を簡潔にお話ししましょうか。

 まずElisですが(おお)(かぶ)さった雪山の中からコウモリの姿のまま発見され、あえなく御用になりました。元の姿に戻った時には大事な大事な服がビショビショで、寒さのあまり震えていたそうです。どんなオシオキが待ち受けているのかだなんて考えられないほどに。

 次に吹き飛ばされて気を失ったボスとすっかり戦意を失って出番がなくなっていた輩達ですが、彼女同様に全員まとまってお縄に。これにて旧都を守る戦いは幕を閉じました。

 でもその一方で——

 

村紗「どうして……」

一輪「なんで……」

 

 また新たな幕が開けようとしていたんです。その事についてはご本人達、村紗さんと一輪さんから語って頂きましょうか。その時の様子も含めてね。私もお腹が空きましたし、少し休憩させて頂きます。……だから式神さん方、そこを退()いてくれませんか? あなた方の主人の方は見ませんから。

 

  『あんたがそれを!?』




【次回:表_九語り目】


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表_九語り目

 あの時もう一人地底にやって来た魔法使い、彼女についてヤツはパルりながらも話してくれた。その一方で博麗の巫女については、

 

ヤツ「全っ然見てない。いつの間に通ったのって感じ」

 

 知らんと。確かに大穴と旧都を(つな)ぐ道はあの橋だけ。けどそれは地面を行く場合のみで宙を飛べるとなればその限りではない。あの二人は自由自在に宙を飛んでいた。大穴に飛び込んだと聞いた時点でその可能性に気付くべきだった。もし気付いさえすれば何か変わっただろうか? いや、何も変わらん気がする。ヤツもあの二人を同時に相手する事になって即・敗北する結果しか見えないな———–

 

??「……ん、……さんってば」

私 「うーむ……」

??「ねェーさァーんン!」

 

 怒鳴り声にも似た呼び声に意識を今に戻して振り向いてみれば、(はる)か先に片手で拡声器を作って手招きする弟分の姿が。

 

鬼助「行き過ぎですって、戻って来て下さい!」

 

 いかんいかん、またまたボーッとしていたみたいだ。進路を戻してクスクス笑い声が聞こえてくる町中を駆け抜ける。ハズイ、にしても今日はこれで何度目だ?

 

鬼助「ホント今日どうしたんですか? 心ここにあらずって感じで」

 

 そりゃ不審(ふしん)に思うわな。

 

私 「いやな、実は……」

鬼助「あ、分かった。早く花見に行きたくて仕事に身が入らないんでしょ?」

私 「いや、そうじゃなくて——」

鬼助「じゃあ五月病ですか? まだ早いですよ?」

私 「そんなんじゃないって」

 

 別に隠すほどでもない、いつにも増してあの時の事を思い出してしまうだけ。ただそれだけの事だ。それなのに正解をしゃべるスキがない、というかしゃべらせる気がないと見た。的を外れっぱなしの弟分に「いい加減とっとと正解を発表して頭を切り替えよう」と考えた矢先の、

 

鬼助「となると……、ハハ〜ン」

 

 これだ。ニヤニヤしながら親指と人差し指でアゴを挟み込んで、私の顔を(のぞ)き込んで来やがる。

 

私 「な、なんだよ?」

 

 なにやら確信めいた表情をしているが、どうせまた——

 

鬼助「さてはアイツのことでしょ?」

 

 おっとこれは予想外、当たらなくも遠からず。

 

鬼助「昨日出て行ったばかりじゃないですか。町のみんなも言ってますよ? 『姐さんはアイツと離れると三日も持たない』って」

 

 弟分の口から放たれた言葉に思わず目が点になり言葉を失った。頭が理解するのをためらった。

 待て待て、一旦落ち着いて思い返せ。今何て言った? 私が三日と持たない? 何の事で? アイツと——

 脳内にばらまかれた言葉を拾い集め、結び合わせて(かすみ)がかった記憶を呼び起こす。だが弟分は完成を待ってなどくれない。

 

鬼助「謹慎(きんしん)中の時だって三日おきに必ず会いに行ってたそうじゃないですか。さとりさんが『三日以上来なかった日は無かった』って言っていやしたし」

私 「え? え?? えぇぇェッ?!」

 

 熱い、顔から火が出そうなほどに。

 知らなかった、自分の事とは言え全く。確かに当時はアイツに会いに行っていた。「たまには様子を見に行ってみるか」くらいの軽い気持ちで。それがたまにではなく三日おきに……必ず? これか、ヤツの「えー」の正体は、(あき)れ顔の理由は。「また三日かよ」って思ったに違いない。十中八九そうだ。おまけに他の連中までもって……ハズッ!!

 

鬼助「姐さんダメですよ〜」

 

 しっかしコイツもまた……、

 

鬼助「いい加減子離れしないと」

 

 いつにも増してペラペラペラペラと。

 

鬼助「アイツもいい歳した男なんですから、その辺はわきまえてやらないと——」

 

 ほほぉ〜、その上説教する気らしい。この私に、弟分のクセに。よろしい、ならば——

 

 

ニンマリ〜……。

 

 

鬼助「な、なんすか急に?」

 

 かぁーらぁーのぉー。

 

 

ガシッ!(鬼助の服を掴む音)

 

 

私 「覚悟はできてんだろうな?」

 

 子離れ……か、

 

鬼助「あ、ヤバ……」

 

 アイツが巣立っていく。まだピンと来ないけど、もしそんな日が実際に訪れたのなら、

 

私「『絞技(しめわざ):頭施錠』」

 

 私は今みたいに笑って送り出せてやれるだろうか? それとも……。

 

鬼助「姐さんギブギブギブギブ!」

 

 まあでも、

 

私「続きましては——」

 

 会おうと思えばいつだって会えるんだし、

 

私「『闘魂(とうこん):寺院記号固め』」

 

 その事は前向きに考えておこう。

 真夜中の町中で泣きじゃくっていた小僧が、気付けば成人を迎えてさらには次期鬼の四天王候補に。今日まであっという間だった。私がこれまで歩んで来た道のりを考えれば、ホントあっという間……。けれど一言では語られない時間を共に過ごして来た。楽しい事も、悲しい事も、嬉しい事も、苦しい事も全部一緒に。

 私は星熊勇儀、これは私の実体験だ。あ……いかん、やりすぎた。

 

 

◆     ◇     ◇

 

 

 旧地獄街道を行く

 

 忘れ去られた地が、役目を終えた地獄が、人知れず栄えた町がそこにあった。

 ひっそりと地下深くに身を隠すその町は、豪快な種族と一癖二癖ある妖怪達で(にぎ)わう(みやこ)。日常的に笑い声があがり、祭の時期は熱気と活気が渦巻く土地。人はそこを『旧都』と呼んでいた。

 だが今はその面影もない。目に映るのは白い化粧を(ほどこ)した軒並(のきな)みの続く通りと蔓延(はびこ)怨念(おんねん)(かか)えた霊だけ。住人の姿は皆無(かいむ)である。

 そんな寂しく恐ろしげな地を訪れる者など……

 

??「{そろそろ着くよ}」

 

 いた。依然(いぜん)として独り言の多い少女が。

 

少女「へ、何処へ?」

??「{我々が住む世界へ}」

少女「ああん? 一体何処に向かっているのよ?」

 

 地上からの指示は不明確。(ゆえ)に目的地すら把握(はあく)出来ず、ただ闇雲に突き進むだけ。やがて少女は都に辿(たど)り着く。向かって来る怨霊の相手をしながらも、その目に静寂(せいじゃく)に包まれた都の姿を焼き付けていく。さてさて、その感想は……

 

少女「ふーん」

 

 以上。可もなく不可もなくといったご様子。

 

少女「で、こっから先何処に行けばいいわけ?」

 

 来る所までは来た。次なる指示を地上の者に(あお)ぐ。

 

少女「もしもーし」

 

 返信はない。その結果「適当に進んでみよう」と気の向いた方角へ(かじ)を切ることに。

 だがそこでエンカウト発生、少女の行く手を(はば)むように現れる怨霊の群れ。時間差を置いて襲って来たこれまでの現れ方とは異なり、まとまって一斉に現れたのだ。それも突如(とつじょ)として九時の方角から。

 

少女「!?」

 

 これには少女も驚きながらも察していた。何者かの仕業(しわざ)であると。

 そして難なくやり過ごした少女は瞳にその者の姿を映し出す。黄金色の長髪をなびかせ、額から赤い一本の角が生えた第一町人を。異性はおろか同じ女性をも魅了(みりょう)し、パルられる抜群(ばつぐん)のスタイル。それはまさに非の打ち所がない美の象徴。その者を見ればきっと誰もが見惚(みと)れてため息を(こぼ)すだろう。そんな麗人(れいじん)を前に少女もまた例外ではなかった。胸を(ふく)らませて大きくため息をついてこう(つぶや)いた。「まあなんて——」

 

少女「まあなんて変な格好」

 

 

◇     ◆     ◇

 

 

私 「ちぃッ」

 

 あの瞬間、確かに私と彼女は目があった。気付いていたはずだ。立ち止まっていたから。なのに……。

 

私 「無視すんな!」

 

 スルーしてそのまま行きやがった。鬼である私を、四天王である私を、エネルギー注入してヤル気満々のこの私を。屋根から屋根へ飛び移りながら弾幕をバラまいてみたり、たまたま近くを飛んでいた怨霊を投げてみたりはするものの、彼女はこちらにチラリとだけ視線を向けて迎撃(げいげき)するだけ。こちらに向かって来る様子は全く無かった。

 

私 「コノヤロー……」

 

 何をしても私をスルーし続ける彼女に(いきどお)りを抱き始め、「このまま突き進まれたら」と悪い展開が脳裏をよぎった頃、なんとか無事に彼女の前に出る事に成功した。その時の表情といったら……また迷惑そうにしやがって。

 

私 「あんた……、なかなか……やるね」

 

 おかげでこっちは始める前から息が切れ切れだったてぇの。

 

私 「(彼女が新しい博麗の巫女——)」

 

 呼吸を戻しながら視線を下から上へ、また上から下へと一往復。間近で彼女を見た感想は——

 

私 「(なるほどな、それくらいか)」

 

 納得。いつだか親友から聞かされた通りだと。女の子と言っても差し支えない年頃、まだまだ成長途中の年頃、けれど女を主張し子供扱いを嫌う年頃でもある。その証拠に、雪の降る真冬なのに肩を出した服装は色気を意識してのことだろう。そこがまた必死に背伸びをしているようにも見えて、

 

私 「(いいね、キライじゃない)」

 

 「可愛らしい」という感情を抱きながらクスクス笑っていた。

 

彼女「なによ変服」

 

 まあその所為(せい)眉間(みけん)に力をこめて(にら)まれた上に、あの服装を(けな)されたわけだが。いや、共感してもらえたと考えた方がいいか。

 

私 「(おっ、仲間ができた)」

 

 (いきどお)りよりも喜びを感じたことを覚えている。とは言えだ、

 

私 「ちょいと、何処へ行く気だい?」

 

 また私を無き者として進もうとするのはいかなものか。

 

彼女「まだ何か?」

私 「(とりあえずさっきの場所まで戻るか)」

 

 これが私と彼女の出会い。そして——

 

私 「これ、何だと思う?」

彼女「何ってただの紙——まさかそれ……」

私 「あんたが考えたんだって? おかげで(たの)しませてもらってるよ。せっかく会えたんだしここは一つ、四枚勝負でどうだい?」

彼女「それはどうも、けど今は先を急いでるから。それに私がアンタとやり合わなきゃならない理由なんて無いし」

私 「くくく、そう言ってくれるなって」

 

 地底の未来がかかった勝負は、

 

私 「暴れる奴には暴れて迎えるのが礼儀ってもんさ!」

 

 私の先制攻撃から静かに始まったんだった。

 

私 「『鬼符(おにふ)怪力乱神(かいりょくらんしん)』」

 

 

◇     ◇     ◆

 

 

??「吹っ飛べぇぇぇ!」

 

 彼女は勝った、遭遇(そうぐう)した第一の刺客に。変化球だらけの苦手とするタイプの相手に。実時間にすると然程(さほど)長くはないが、体感していた時間はその倍強といったところだろう。濃密で苦戦を強いられた時間だった。

 その彼女は今——

 

彼女「おりゃあぁぁぁーー……☆」

 

 勢いを殺さず高速移動中。レーシングカーが通過した時の音が聞こえて来そうな程に。そんな最中でも、

 

人形「{今の彼女、わかったわ}」

彼女「もう倒しちまったze☆」

人形「{嫉妬に駆られたペルシャ人……かな?}」

彼女「何でペルシャ人が土の下にいるんだze★」

 

 人形との会話は(おこた)らない。黙って進めばいいものをそれができない。なぜか、おしゃべり大好きの『かまってちゃん』だからである。暗い所に一人でいるこの状況が寂しいのである。勝手に乗り込んで行ったにも関わらず。

 その事を知ってか知らずか、会話が途切れる度に人形からは間髪入れずに別の話題が提供される。

 

人形「{ふむ、映像を見る限り……もう旧都に入ったみたいだね}」

彼女「おお? やっと目的地か? ダンジョンが短いのは良い事だze☆」

 

 チラリまたチラリと姿を現す家屋は、木と和紙で作られた窓と扉をカタカタと()らして彼女が通過した事を知らせて行く。その音が連続的に(かな)でられるようになった頃、

 

彼女「へー、これが旧都か。古くさいけど人里より栄えてそうだな」

 

 彼女、忘れられた雪の旧都へと到着。だがここでアクシデント発生。

 

人形「{ごめん魔理沙、私がダメみたい}」

 

 説明しよう。彼女の近くをフヨフヨと飛んでいるこの人形、技術と魔導の集合体で構成され、遠く離れた場所からでも操る事ができる上に通信まで可能な優れ物である反面、その仕組みは実にシンプル。人形が発する信号を魔力伝いにアンテナが受信して増幅させ、映像と音声のデータへと変換。また操る時にもアンテナ経由でジョイスティック付きコントローラーからの信号を魔力に乗せて送っているだけなのだ。

 無線技術と聞こえはいいかも知れないが、実態はそんな高度な物ではない。早い話が魔力の糸電話なのである。そしてそのアンテナ兼、増幅器となっているのが、

 

人形「{ちょっと……、休ませて}」

 

 息を切らせて額に汗を(にじ)ませる彼女の友人兼、女房役の人形使いなのである。これが日々の仕事だとするのなら、そこは大変なブラック企業である。早々にダウンするのも無理はない。なお、この通信方式を(ひらめ)いたブラック企業の開発者は、

 

人形「{ポリポリ}」

 

 コントローラー片手に緑バーを頬張(ほおば)りながら早くも休憩モード。で、今のところ特に何もせず会話にだけ参加する『動かない大図書館』は——

 

人形「{メモメモ}」

 

 メモるだけ、やはり動かない。

 

彼女「あ、おう」

 

 冷静になって考えてみれば、それは自分では到底真似できない繊細(せんさい)な匠の技。さらにさっきの戦いを思えば、この先も友人達のサポートは必須であると容易に予想できた。

 

彼女「仕方ない」

 

 猛スピードで駆け抜けて来た彼女、ここに来てようやく

 

彼女「ほいじゃ、魔理沙ちゃんも少し休憩にするze☆」ゴクゴク

 

 一時停止。



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【やってきたぜ!幻想郷】嫁候補十一人目

ここらでワンクッションを


ブンッ、ブンッ。

 

 

 時は来た。幻想郷中のクセの強い猛者(もさ)(つど)うこの時期が。その日を翌日に(ひか)え、いつもより朝早くから稽古(けいこ)に勤しむ

 

??「ずいぶんと早起きですね」

 

 オタク。

 

海斗「目が()えちまってな」

 

 ご存知の通りこのオタクは大のオタクである、超の付く程にオタクである。それも彼の世界では『東方project』と呼ばれるものについて。

 

海斗「明日の事を思うと興奮しすぎて夜も眠れなかったぜ。だってスゲー来るんだろ? ゆかりんに藍様、ちぇーん、魔理沙師匠に咲夜、それにそれに——」

妖夢「ええ、その方々はいつもいらしてますね」

海斗「それによ、もしかしたら、もしかしたらだぜ? 万が一があれば、運が良ければ……あーっ、もう早く明日になって欲しいぜ!」

 

 画面の中でしか見られない世界が現実として存在し、彼は今そこにいる。それだけでも信じられないが、さらに憧れとお気に入りのキャラクター達に出会えるとなれば夢、希望、欲望は(ふく)らむ。あんな事を聞いてみたい、こんな事をしてみたい、「嫁にならない?」と聞いてみたい。止まらない、止まらない、まだまだ止まらない感情は彼の睡眠時間と休息時間を(かて)に成長を続けついには、

 

妖夢「だから目の下にクマまで作って、じっとはしていられずに模擬刀を振るっていたと?」

海斗「ピンポーン大正解だぜ」

 

 彼自身の体力をも糧にする。それでも元気は有り余っているようで、ため息をつく彼女を巻き込んで稽古を続けていく。大きな声で数えながら素振りを続けていく。

 その一方で日課とはいえ付き合わされる彼女の表情には、

 

妖夢「明日……か」

 

 暗い雲がかかっていたそうな。

 

 

ーーオタク稽古中ーー

 

 

 翌日の手土産の材料を買いに人里へやって来たオタクとおかっぱ頭、本来であれば彼女一人だけで事足りるのだが「ヤーダー、一緒に行きたいのぜ」と繰り返す彼の強い希望に根負けし、

 

妖夢「『人符(ひとふ)現世斬(げんせいざん)』」

 

 今にいたる。よく分からない? では一から説明しよう。

 

①コレください

②あれ、どこ行った?

③イヤな予感が……

④どこ? どこ?

⑤悲鳴?!

⑥こっちから聞こえた

⑦鈴仙、変人見なかった?

⑧この……

⑨バカ(激怒)

 

 で、刃を逆さに向けた刀をくるりと返し、(さや)へとゆっくりと収めて、

 

妖夢「ふー」

 

⑩スッキリ

 

 さらに周囲へと目を向ければ——

 

??「助かったー」

 

 ヘロヘロと地べたに(ひざ)を付いて座りこむ、清く正しい新聞の一面を(かざ)った少女と

 

??「……」

 

 直立不動のまま硬直した少女が。

 

妖夢「申し訳ありませんでした」

 

 こうなる事は予期していた。そうならないために注意を払っていたつもりだった。だが一時、品定めをしている僅かな時間だけ彼から目を離してしまっていた。まさか運悪くその間に事が起きるとは……。

 責任を感じた彼女、深々と頭を下げて高貴なご身分のニートに謝罪を……が、その純和風お姫様は今、

 

??「意味分かんない意味分かんない意味分……」

 

 頭を抱えてぶつぶつと繰り返しながら現実逃避中。おかっぱ頭の声が届いている様子はない。とはいえ、もう一方の少女は今もなおフリーズ中。この状況におかっぱ頭は「うーん」と(うな)り声を上げて困惑しながらも、一先ず問題のターゲットを目指して歩みを進めることに。そしてガラっと瓦礫(がれき)の中から目当ての物を引きずり出すと、

 

妖夢「何か言う事は?」

 

 ギロリと相手を石化させてしまいそうな鋭い視線で威嚇(いかく)。しかし地盤が割れるの威力、返事が来るはずなど……

 

海斗「I'm back ぜ!」

 

 オタク、地に背中をつけながらも白い歯をキラリと光らせ、ドヤッとサムズアップで元気ですアピール。お調子者は生きていた、無事だった、しぶとかった。(みね)打ちといえ、おかっぱ頭の本気の技を受けておきながらも。

 

??「えーッ!?」

 

 だから驚くのも無理はない。だがその声の発信源はカリスマガード中のニートの方ではなく、硬直状態からようやく復帰した少女の方。つまり——

 

??「地面が割れてる〜!」

妖夢「そっち!? って今!?」

 

 ワンテンポ、ツーテンポ Delay を起こす。さらに戻ったら戻ったで、静かだった場を一変させる大旋風(だいせんぷう)を巻き起こす。

 

??「きゃっ〜、イケメンさ〜ん」

海斗「ぐへぇっ」

妖夢「はいー?!」

 

 か弱い少女、両腕を大きく広げて羽ばたく(ちょう)のようにお調子者へダイビング。さらにそのおげで彼の中身が飛び出しそうになった事は気にもせず、胸元に(ほほ)をすり寄せてラブラブアタック。乙女の心に灯った炎はもう誰にも消せないのだ。

 その後、おかっぱ頭は幸せいっぱいとなった少女に事情説明と謝罪を行った上で、

 

妖夢「輝夜さんに『日を改めて海斗さんと謝罪に伺います』とお伝え下さい」

 

 とネオニートへの伝言を依頼した。そして少女によってボロ雑巾と化したお荷物を引きずりながら、待たせている二兎の兎と合流を果たすのだった。

 そこでも彼女はペコペコと謝罪に次ぐ謝罪。だが一方でお調子者はというと、その場に幸福兎がいたことで

 

  『その名で呼ぶな!!』

海斗「(幸せー♡)」

 

 な思いと、

 

鈴仙「そ、そう言えば明日のお花見来るでしょ?」

海斗「(俺の花見はもう始まってるぜ♡)」

 

 ムフフな思いをしていたとさ。おかっぱ頭に確固たる決意をさせているとは知らずに。

 

 

––少女帰宅中––

 

 

妖夢「——という事がありまして……」

幽々「あらあら、大変だったわね」

 

 おかっぱ頭は帰宅するや人里での一件を主人へ簡潔に報告した。そして放つ決定事項、

 

妖夢「もう明日は留守番させる事にしました」

 

 その目は大マジそのもの。おかっぱ頭の堪忍袋(かんにんぶくろ)()が、ついにブチリと切れたのだ。それを察した主人はしょんぼりとしながらも、僅かな可能性にかけてみた。

 

幽々「あら、そうなの。海斗ちゃんと一緒に行きたかったなぁ」

妖夢「連れて行ったら絶対に騒ぎを起こしますよ。また『嫁になれ』って言い出すに決まってます」

 

 だが彼女の決断はブレない。初めこそ可能性は多少あったかもしれない。それこそ人里にいた時に深く反省をしている素振りを見せてさえいれば。でもそこはやはりお調子者、

 

海斗「みょん、そこは『嫁にならない?』だぜ」

妖夢「どっちも同じです!」

 

 マイペースはこんな状況でも健在である。その結果火に油を注ぐ事になり、彼女の中での彼の評価は底の底、どん底にまで。

 

海斗「(そろそろ頃合いかな?)」

 

 しかしこれも全て彼の計画の内だった。

 オタクは考えた。このままでは最高潮に怒らせてしまった彼女の想いは揺るぎそうもないと。ならば中途半端な反省や謝罪は無意味だろうと。だったら一度、何をしてもそれ以下にならないまでに評価を下げる必要があると。そうすれば後は上がる一方、フレ幅も大きくなるはずだと。つまり彼はギャップとリバウンドの効果を目論(もくろん)だのだ。

 お調子者にとって明日は待望の日、念願の日、絶対に(ゆず)れない日。自業自得、身から出たサビとはいえ、それをお預けされるとなれば……もう手段など選んでいられなかった。

 彼は歩き出した。つかつかと笑顔のない真剣な表情で。やがてたじろぐ彼女の前でピタリと止まると、

 

海斗「妖夢様、俺……私はあなた様の奴隷(どれい)です」

 

 (ひざまず)いて(こうべ)を垂れた。

 

妖夢「はあ〜っ?!」

幽々「ぷふっ」

海斗「掃除に洗濯、お料理等の家事全般に加え、ご希望とあればマッサージまで。なんなりとお申し付け下さい」

妖夢「はい〜っ?!」

幽々「ぷぷぷ〜」

妖夢「そんな事望んでいません、ヤメて下さい!」

幽々「えー、いいじゃない。マッサージいいなぁ、私もして欲しいなー」

妖夢「幽々子様まで何を言われてるんですか! 第一、片付けもろくにしない方が家事を出来るだなんて思えません! それにこの前料理をした事が無いって言われてましたよね?!」

海斗「そこは気合いとLOVEで超えてみせます」

妖夢「そんなの何の根拠にもなりません!」

海斗「そう(おっしゃ)らずにどうかここは」

 

 断り続ける者と跪き続ける者、両者共一歩も引く様子がない。だがこの鍔迫(つばぜ)り合いはそう長くは続かなかった。

 

幽々「じゃあこうしましょ、今日はみょんちゃんの一日ご主人様体験日。それでみょんちゃんが合格点をあげられれば、海斗ちゃんを明日の花見に連れて行ってあげる。ね?」

 

 破天荒(はてんこう)な状況を楽しみにしている大主人様がいるのだから。

 

妖夢「ですが……」

幽々「普段出来ない貴重な体験よ、実際にその立場にならないと気付けない事だってあると思うの」

海斗「幽々子様、感謝致します」

幽々「ぷふ〜、海斗ちゃんが『感謝致します』だって〜」

 

 この心強い味方の登場にお調子者の刀は一気に優位な方向へ傾く。一方おかっぱ頭、珍しく理の通った意見を語る主人に、奥歯を噛みしめてぐうの音も出ない、押し負ける。このままお調子者の思惑通りに事が斬り進められるかと思われたその時、

 

幽々「たーだーし」

 

 何やら大主人様から条件の提示が。

 

幽々「お料理はみょんちゃんと一緒にやってね、包丁と火は危ないから」

 

 とのこと。料理初心者であるお調子者を思ってのことだろう。これもまた実に理の通った——

 

  『で、本音は?』

幽々「ご飯は食べたいじゃない♡」

 

 前言撤回、「食べられない物を出されても困る」ということのようだ。そしてお調子者が全く信用されていないということでもある。こうして前途多難で前代未聞な「みょん様一日ご主人様体験」は幕を開けたのだった。

 

 

––執事準備中––

 

 

 従者たる者、毎日の洗濯を(おこた)るべからず。

 という事で、まずお調子者が取り掛かったのは洗濯。洗剤と(おけ)を手にいざ、

 

【基本その一:押し洗い】

海斗「じゃぶりゃーッ!」

 

 汚れている面を向け、洗濯製剤を溶かしたぬるま湯で揉み込んでいく。モミモミと愛情を込めて入念に。

 

海斗「むふふ、至福♡」

妖夢「きゃーッ! 洗濯はご自身のだけで結構です!」

海斗「妖夢様、そんな遠慮しな——」

妖夢「け・っ・こ・う・デス!」

 

 

––執事準備中––

 

 

 従者たる者、日々の掃除にも手を抜く事なかれ。

 いきなりのマイナス評価から始まったお調子者執事、真っ赤に実ったご主人様から「やるなら掃除をやれ」と指令が下り、

 

海斗「いよっしゃ、やるか」

 

 腕まくりをして今度こそいざ、

 

【基本その一:高い所から低い所へ】

海斗「どりゃーッ!」

 

 タンス、物入れ、天井に至るまでをハタキでホコリを落とす。迅速(じんそく)に気合いを入れて正確に。

 

【基本そのニ:奥から手前へ】

海斗「そりゃーッ!」

 

 落としたホコリ、日々積もるチリやカス、小さなゴミまでを箒で寄せ集めてチリトリで採取。さっさとド根性で精密に。

 

【基本その三:軽い汚れから酷い汚れへ】

海斗「おんどりゃーッ!」

 

 床、廊下、柱にいたるまでを濡れた雑巾で拭いていく。素早く本気を出して拭き残しがないように。

 これら一連の作業を各部屋に加え、風呂場やトイレなども行なっていく。だが白玉楼(はくぎょくろう)広い屋敷、長く続く廊下もさることながら、部屋、柱、飾られた品々の数が常軌(じょうき)(いっ)しているのだ。それをオタク執事、宣言通り本気の気合いとド根性と愛情でこなしていく。

 なおこの間、大主人様はというと——

 

幽々「ふふふ、一生懸命ね。ああいうところもそっくり」

 

 いつものお気に入りの席、縁側ではなく庭に設置された特設ステージ(折り畳みイス)からオタク執事の動向を温かい目で、温かいお茶をすすりながら見守っていたそうな。

 

幽々「明日までに……か」

 

 

嫁捕獲作戦_十一人目:蓬莱山輝夜【逃避】




このエピソードも次回でついに……


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裏_十語り目

 この煮物、冷めていても美味しいですね。いや、冷めた事によって味が染み込んだと考えるべきでしょうか? これならお燐でも……あとで一輪さんにレシピを聞いてみましょう。 あ、どうも古明地さとりです。語り手を一輪さん達と交代させて頂きました。さて、どんな風に語って頂けるのか、お手並み拝見させて頂きましょう。これは一輪さんと村紗さん、お二人の実体験です。ちょっとこいし、私のお皿からお料理を取っていくのやめなさい。

 

 急にあの時の話をしてくれって頼まれても……。村紗はご覧の様に話せる状態じゃないから私が話す事になるんだけど、こういうの苦手だからあまり期待しないでよ?

 じゃあまず村紗の方から話すと——

 

村紗「カズ君……♡」

ユキ「ちょっとおのぼせさん、余所見すんなし」

村紗「う゛ッ」

 

 激しい肉弾戦だったみたい。村紗が相手していたユキって子は、私が見た限り最初戦意は無かった。本当に様子を見に来ただけだったと思う。でも、村紗の一方通行の復讐にとうとうカチンと来たんだろうね。

 

ユキ「喧嘩売られたからにはキッチリ買ってやるし」

 

 村紗が元彼君に気を取られているスキに飛び蹴りを浴びて来たんだって。そこからはお互い殴るわ蹴るわ投げ飛ばすわで、もう絵に描いたような喧嘩だったみたいだよ。

 

村紗「はーっ?! 先に喧嘩売って来たのはあんた達魔界の連中でしょ!」

ユキ「だーかーらー! 私は無関係だって言ってるし!」

村紗「つぅー、でも地底世界が乗っ取られたらあんた達のものになっちゃうじゃない!」

ユキ「そんなのどうでもいいし! それよか早く帰って卒研のレポートやらないとヤバイし!」

 

 パンチをすれば拳で、キックをすれば足で、掴みかかれば投げられて。お互い目には目を、歯には歯をの仕返し合戦だったんだってさ。けど戦況は五分という訳ではなくてね、私が村紗の様子をチラリと見た時はかなり追い込まれていたよ。

 

村紗「いったたたー、そっちの都合なんてどうだっていいの。あんた達はカズ君に酷い事をした。それだけで万死に値する!」

ユキ「こんなに面倒くさいリア充初めて見たし」

 

 これは私の憶測だけど、たぶんユキって子は相当喧嘩慣れしていたと思うよ。村紗の攻撃のほとんどをガードして、綺麗にカウンターを決めていたから。

 で、私の方は——

 

私 「『天網(てんもう)サンドバッグ』」

雲山「ぬーん!」

 

 一方的な弾幕戦だった。もちろん雲山と一緒にね。いや、私が一方的にやられていたんじゃなくて……えっと、ずっと私のターンだったって言えばいいかのかな?

 

私 「今度こそやった?」

雲山「一輪、それは——」

 

 やりすぎだと思う? けどね、そのマイって子は一見大人しそうで、病弱な感じなんだけど、それはただ猫を被ってそう見せているだけ。実際は——

 

マイ「……で?」

雲山「フラグじゃぞ」

私 「またー?! ()ったと思ったのに……。ギリギリでかわしてるの?」

雲山「いや、さっきから確かに当たっておる。しかも全ての。なのになんじゃ、この手応えのなさは」

 

 その正反対、雲山の拳が全く効いていなかったの。(かわ)したとかじゃない、全部受け切って平然としていやがるのよ。冷たい目で見下しながら。

 

私 「中途半端な威力じゃ通じないってことみたいね」

マイ「血祭りにあげる?」

 

 おまけに挑発までして来やがって……、

 

マイ「こんな火力で? それでよく大口叩けたよね。これだったら足の小指をタンスの角にぶつけた時の方が断然痛いよ。しかもさっきから攻撃して来るの(くっさ)い煙のジジイだけじゃん。あんな事言っておいて結局は他人頼みってわけ? 指示だけ出してあとは高みの見物? それを自分の手柄だと決め込むだなんて何様のつもり? 性格ねじ曲がってない? 従う方も従う方だけど。それともそのジジイの力はオ——((お察し下さい))ンの力の大きさに依存しているの? だとしたらオバ——((お察し下さい))、弱すぎ」

 

 あ゛あああっ! あのクソガキの事を考えただけでムシャクシャする!!

 

私 「このガキャア、今度こそ地獄に送ってヤラア゛ッ!」

 

 ハァ、ハァ、ハァ……。とまあ、今みたいに怒り全開で雲山に命じていたわけよ。

 

私 「『キングクラーケン殴り』!」

 

 拳のラッシュをおみまいしてやるようにね。

 

雲山「ぬううッ」

 

 いつもしかめっ面だから頑固オヤジみたいな印象を受けるかもしれないけど、本当の雲山は温厚で怒ることなんてそうそうないんだ。むしろ調子に乗って怒られる事の方が多いくらい。そんな彼がね、あの時ばかりは本気で怒ってたんだ。

 

雲山「ヌラヌラヌラヌラ」

 

 まあ私と一緒に色々言われたってのもあるんだろうけど、時が経ってからナズ伝いに聞いた話だと、私の酷い言われように耐えられなくなったんだってさ。自分で言うのもなんだけどね。

 

雲山「ヌラヌラヌラヌラヌラァア」

 

 普段より長く浴びせられる拳の猛攻、それが絶えないように、威力が落ちないように、私も彼に力を送り続けた。

 

雲山「NUuuuuuuRAaaaaaa」

私 「いっっっっッけええええ」

 

 けどそれでも、

 

マイ「……だから?」

雲山「なんじゃと!?」

 

 アイツへは(ひび)かなかった。しかも今度は

 

マイ「やっぱり弱いじゃん。もういいや、少しは()さ晴らしになってくれるかと思ったけど、同情してそんな気にもなれないや。こんなものなら連敗していたイカ(すみ)ゲーの続きをやっていた方がまし。もう終わらせて帰る」

 

 って言い出して、そこで初めて攻撃の姿勢を見せたんだ。

 ちょうどその時くらいだったかな? 村紗達の方から大きな爆発音と地響きがしたのは。放ったのは村紗自身、なんでも「肉弾戦では勝ち目が薄い」と思って弾幕戦に持ち込もうとしたみたいだよ——

 

ユキ「いきなりでビックリするし! そっちでやるならやるって先に言えし!」

村紗「喧嘩でわざわざ手の内明かすマヌケが何処にいるのよ!」

ユキ「もう(あったま)来たし! あんたがその気なら、あんまし得意じゃないけど使ってやるし!」

 

 それで村紗の思惑通りにユキって子は弾幕を放った。マイって子が私に放つのとほぼ同じタイミングでね。

 

マイ「『魔法:——』」

ユキ「『魔法:——』」

 

 おまけに二人とも全く同じ術で。

 私達はその時まで自身の感情だけで戦っていた。「許せない」ただそれだけの思いで。けどその瞬間、私達に戦う意味が生じてしまった。引けない戦いになってしまったんだ。なぜならあの二人が使った術、あれは——

 

  『『紫雲(しうん)のオーメン』』

 

 姐さん、聖白蓮(ひじりびゃくれん)の術そのものだったから。

 

村紗「どうして……」

私 「なんで……」

  『あんたがそれを!?』

 

 新顔君達も寺子屋に通っているのなら、慧音さんから聞かされた事があるかもしれないけど、大昔地上では妖怪や幽霊といった種族はひどく嫌われていてね、無意味に嫌がらせを受けたり、(いじ)められたり、迫害(はくがい)を受けていたんだ。私も村紗もそういった者の一人だったんだ。

 そんなある日、救いの手を差し伸べてくれたのが姐さんだった。姐さんは妖怪との共存を望んでいて、私達みたいな妖怪に安息(あんそく)の地を与えてくれた。

 けどそれをよく思わない連中がいてね、私達が警戒をしていないのをいい事に、大勢で押し寄せて住処(すみか)を焼き払ったんだ。私と雲山、村紗と姐さんは戦った。力の弱い妖怪達を避難させるために。けれど守りながら戦うのってすごく大変でさ、思うように力を出しきれなくて、そこをつかれて私達は捕らえられ、地底へ封印されたんだ。その時に姐さんも何処かへ封印されたのは知っていたけれど、詳しいことは分からないまま。同じ地底に封印されたのかと思って、千年もかけて隅々まで探し回ったけど手がかりがなかった。それがあの時……、

 

私 「村紗!」

 

 すぐに悟ったよ。

 

私 「(姐さんは『魔界』にいる)」

 

 ってね。永遠にも思える時間をかけてようやく見つけた手がかり、あんなに興奮を覚えることなんてこれから先もないだろうね。それで村紗を呼んで、(うず)を巻いてばら()かれる弾幕の中を駆け抜けたんだ。

 

村紗「分かってる、(ひじり)は向こうにいる!」

 

 村紗もその事に気が付いていた。そうとなれば決断は早かったよ。「どんな事をしてでも切り抜けてやる」ってね。

 

私 「いい? 一気に行くよ」

 

 繰り返し向かって来る光弾を避けきった時、私と村紗は互いに背中合わせで身構えていた。

 

雲山「承知した」

村紗「うん」

ユキ「ちょっとそこのお姉さんと煙のお爺さん、そこにいたら巻き添いになるし。それとも今度は団体戦って感じ? だったら、マイ」

マイ「……」コクリ

 

 狙ったわけじゃない、そうせざるを得なかったんだ。村紗の正面にはユキって子が、私と雲山の正面にはマイっていう小娘がいてね、私達は彼女達の攻撃を避けているうちに挟みうちになっていたの。不利な状況に思えるけど、そのおかげで作戦が閃いたんだ。それに村紗と雲山へ小声で伝える事も出来たし、むしろ好都合だったよ。

 あー、そうそう。この際だから教えておくと、姐さんが使う魔法のいくつかは彼女達魔界人から教えてもらったものもあるんだってさ。例えば、

 

  『『魔法:魔界蝶(まかいちょう)妖香(ようこう)』』

 

 なんかはそうみたいだよ。

 必要ない? いや、さっきから真面目にメモを書いてる新顔君がいるから良かれと思って。

 そんな気遣いは無用? さっきの(のぞ)き魔なの!? あんたが……。

 

 

––()タク謝罪中––

 

 

 まったく、桃色仙人から聞いてなかったら今頃仏にしてたよ。後で姉さんともう一人にも謝りなよ。二人共意気投合しちゃってもうしばらく出てこないかもしれないけど。いい? 姐さん怒らせると怖いよー。

 さてっと、私から話せる事はあと少しかな。

 

私 「せーのっ!」

 

 二人の二度目の詠唱が終わるタイミングで私と村紗は作戦を開始した。その作戦っていうのは、

 

村紗「『幽霊船永久停泊(ゆうれいせんえいきさゅうていはく)』」

私 「『天上天下(てんじょうてんげ)連続フック』」

 

 威力の高い技を二人同時に

 

マイ「!?」

ユキ「はーっ!?」

 

 背後の相手に放つ事。相手をスイッチしたんだ。ご存知の通り村紗の術は重たい(アンカー)を出現させるもの。雲山の拳より(はる)かに硬くて威力も高いから、マイってガキンチョに通じるかと思ったんだ。反対にユキって子は殴り合いをご要望としているみたいだったから、お望み通り雲山に任せてあげたのよ。

 

雲山「お主には何の(うら)みはないが——」

私 「だから先に謝っとく」

ユキ「ざっけんなしー……☆」

私 「ごめん!」

 

 この作戦は見事にはまったよ。ユキって子は「完全に裏を突かれた」って顔をするだけで避けることも出来ずに吹っ飛ばせたし、クソ生意気なガキンチョは

 

村紗「魔族はみんな同罪」

マイ「卑怯(ひきょう)よオバサ——(お察し下さい)……☆」

村紗「だから私は謝らない」

 

 にらんだ通り村紗の術の前では余裕がなかったみたい。けどその脅威(きょうい)に気付いた時にはもう彼方(かなた)へおさらばさん。

 ん? なんで彼女がそれまでノーダメージでいられたのか気になる? そう、人形使いが言うように、彼女は天人みたいに特別体が頑丈だとかじゃないんだよ。不思議に思うかもしれないけど、タネを明かせばどうという事はないよ。彼女、私とやり合う前から肉体強化の術を使っていたみたいでね、村紗にやられた時にバリーンって砕けちる音がしたんだ。術が解けたんだろうね。つまり私は何だかんだ言われながら、アノヤローに掌で踊らされていた訳。きっとそれを心の中でニヤニヤしながら楽しんでいたんだろうね。ふん、ホントいい気味。

 

私 「急いで!」

 

 けどそんな余韻(よいん)(ひた)っている余裕なんてない。二人がまた私達の前に立ちはだかったら、もうチャンスはなくなるから。間違いなく本気で、全力で向かって来るって分かっていたから。だって私達は、

 

??「村紗さん、雲居さんお止まりなさい!」

 

 魔界を目指してスタートしていたんだから。

 あの場所がどんな所なのかは知っていたよ。村紗から「知る事さえ許されない秘密の場所」だって聞いていたからね。「私達が行ってしまったら、きっととても大きな問題へと発展するだろう」とは感じていたよ。けれど、それでも私達はその先へ、魔界へと進まなければいけなかった。姐さんと会うために、助け出すために。棟梁さんの制止を振り切ってでもね。

 

棟梁「誰かその者達を止めて!」

 

 私達は走り続けた。地底の民が追いかけて来ているのを背中で感じながら。でも棟梁さんは少しばかり出遅れたね、指示を出した時にはもう私達はトンネルの入り口に足を踏み入れていたから。

 やっと会えるって、あと少しでって、もう手の届く所まで。ようやく訪れた待望の時に、勝利にも似た感情を覚えたよ。でもそこに立ちふさがったのが、

 

??「ナミ達何処行くんだよ!」

??「これ以上行ったらダメなんだって!」

 

 君と村紗の元彼君だよ。

 

雲山「ぬぅ、小童(こわっぱ)共いつの間に……」

一輪「どきなさい!」

君 「無茶言うなよ……」

元彼「ミナ、悪いけど——」

村紗「カズ君お願い、私達がずっと探していた人がこの先にいるの!」

 

 そうそう、いつか聞いてみようと思っていたんだけど、あの時——

 

筋ト「分かった、行って来い」

 

 あっさり通してくれちゃったけど……なんで? 

 

村紗「ありがとう!」

一輪「恩に着る」

雲山「すまぬの」

 

 私達としては助かったけど、君達の立場からすると通しちゃダメでしょ?

 

君 「はー?! お前なに勝手に許可してんだよ! 止めに——」

 

 えっ、君は反対派だったの? じゃあすぐに追いかけ……て来なかったよね?

 

君 「放せよ! 本気でヤバイことに——」

 

 そう……、元彼君が。ちなみになんて言われたの? 「世話になっただろ」とか? それとも格好良く「頼む、行かせてやってくれ」とか? あはは、そんなガラじゃないか。

 

元彼「オレの女が涙目で(うった)えてんだ! 黙って(かな)えてやるのが彼氏だろうが!!」

 

 驚いた、これは意外だね。って、え?

 

君 「問題のデカさを考えろよ!」

元彼「まあ、そんな訳で——」

 

 ごめん私からの話はこれでおしまい、後はよろしく。

 

元彼「この先へは誰も通すつもりはないんで、よろしく」

 

 ちょっと村紗待ちなさいって、何処に行くのよ!




【次回:表_十語り目】


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表_十語り目

??「あっははは、それは災難でしたね」

 

 仕事は終わった。今日ほど何をしていたのか覚えていない日はない。何かしでかしていなければいいが……

 

??「もう、姐さんのせいで首が元に戻りませんよ」

私 「だ、だからさっきも謝ったじゃないか」

 

 そのまま真っ直ぐ花見へと行ってもよかったのだけど、一度風呂にも入りたいし「遅れて行って手ぶらで行くのもなんだかな」って気がして、首が傾いたままの弟分と手土産の材料を買いに肉屋『和』へやって来た。つまりここは——

 

??「あ、今度勇儀さん力比べして下さいよ。あれからまた筋トレしたんで」

 

 筋トレマンの実家。昔は店番をかったるそうに茶をすすりながらやっていたけど、今や父親の後を継いでこの店の主。それでも暇さえ見つけては鍛錬に励んでいるみたいで、その成果の確認として私に挑んでくる。しかもその鍛錬というのが、一歩間違えれば大怪我では済まされない方法なんだと、いったいどんな鍛錬をしているのやら。

 

私 「ああ、今度な」

筋ト「約束ですよ? あ、ラッシャイ。何にしましょう?」

 

 さてと買う物も買えたし、次の客の邪魔をしては悪いから、

 

私 「じゃあまたな」

筋ト「はい、またのお越しを」

 

 行くとするか。それにしても……。

 

筋ト「あ、奥さんお目が高いですねぇ。これいい肉なんですよ」

私 「くくく」

鬼助「なにかおかしいんで?」

私 「いや、なかなか様になってきたなと思ってね」

 

 子供は成長する。鬼も妖怪も人間も皆。老いる事も成長だとするならば、時は生きる者全てを成長させるという事だろう。立ち止まってしまった者は死んだも同然、あの日から止まってしまっている私は……いい加減成長しないとな。

 私は星熊勇儀、これは私の実体験だ。あれ、お前さんは確か……。

 

 

◆    ◇    ◇

 

 

 先手は打たれた。宣言が終わるや左腕を頭上高く(かか)げて薄紫色の球体を作り出す美しき術者。膨らみ続ける球体は麗人の力の結晶、集合体、そのもの。やがて余りある力は穴の開いた水風船の(ごと)く母体の球体から勢いよく飛び出し、螺旋(らせん)を描きながら()り所を求めるツルの様に身構える少女の下へ。

 怪異、勇力、悖乱(はいらん)、鬼神。理屈では説明できぬ不可思議な力が今、彼女に襲いかかる。

 

彼女「追跡型——」

 

 彼女の見極めは早い。これも同様の面倒事を解決して来たが(ゆえ)、何度も何度もスペルカード勝負をして来たが故。察するが早いか、いとも簡単に避けながらその場から離れる。

 だが彼女は知らない、植物はいずれ()れる事を、美しく花咲くものほど鮮やかに散る事を。

 

麗人「さあて、どうだろうねぇ」

 

 麗人(れいじん)が咲かせた花は()り所を失ったまま赤みを帯び、その変化はやがてツルへも。そして自身が存在していた(あかし)残すために、次なる世代へと(つな)げるために、原型を失いながらも落ち葉の(ごと)く柔らかな風にのって(ただよ)い始める。

 彼女は見切っていた。これは自分を追いかけて狙って来る追跡型であると。果たしてそうか、

 

麗人「次、いくよ」

 

 そこへ咲き出す第二世代。先代の志しと存在の証をそのままに、少女へとツルを伸ばしていく。だがここでも少女を捕まえられずに散り行く。強い意志は親から子へ、子から孫へと引き継がれ、先代は、先々代はその影を少しずつ色あせながら後世へと繋げていく。それはさながらこの世の習わしを表しているかのように。

 

彼女「ふーん、封鎖(ふうさ)型だったわけ」

 

 封鎖型、それは標的にむけて直接放つものとは異なり、周囲を取り囲んで動ける範囲を徐々に狭めていに被弾を狙うもの。そう、彼女は見誤っていたのだ。だがそれでも平常心を崩さない。これもスペルカードルール・グランドチャンピオンたる余裕からくるもの、彼女は知っているのだ。その対抗すべき手段を。

 札を数枚手に取り、念をこめて目前に(せま)る光弾へ放ち相殺を狙う。進むべき道は己で切り開けばいいだけの事、彼女はそう考えていた。これまで通りに、いつも通りに。

 

彼女「え……」

 

 だがここで不測の事態が生じた。彼女はまたしても見誤っていたのだ。今彼女が相手をしているのは力のある種族『鬼』であるということを、そしてその鬼の中でも神をも(おびや)かす能力の持ち主であるという事を。

 

彼女「きゃーッ」

 

 投じた札は全てかき消され、勢いづいた光弾は姿を失うことなく彼女の下へ。そして彼女に触れるや煙を上げて弾け飛び、白く冷たいクッションがひかれた地面へと叩き落とした。

 これまで一打も浴びる事なく進んで来た彼女、立ちはだかる者を片っ端から成敗して来た彼女、博麗の巫女である彼女、

 

彼女「いっつぅ……」

 

 ここに来て初の被弾。

 

麗人「なんだい、こんなものなのかい?」

 

 

◆     ◆     ◇

 

 

 ヤマメにキスメ、ヤツまでを短時間に突破して来たからどれ程の強者かと思っていたら、

 

私 「(こんなものなのか?)」

 

 なんてことのない、取るに足らない相手だった。正直、拍子抜けだった。まあ、実際は違ったんだけどな。そんなの知らなかったし、そう思ってしまうのも無理はないだろう。だからつい心の声が表に出てしまっても仕方がないというもの。

 

私 「なんだい、こんなものなのかい?」

 

 地面に不時着した彼女を見下ろしながら、頭には『勝利』の二文字が薄っすらと浮かび始め、絶対的なものへと変わろうとしていた。そんな時だった。

 

彼女「なに勝った気でいるのよ」

 

 起き上がった彼女の目は、

 

私「(やめろ)」

 

 似ていた。

 

彼女「ちょっと油断しちゃっただけなんだから」

私 「(そんな目で私を見るな)」

 

 「絶対に負けない、一泡吹かしてやる」そんな目だった。

 

彼女「私は異変を解決しなくちゃいけない」

私 「(そんな目をされたら……)」

 

 だからどうしても思い出してしまった。

 

彼女「だから鬼だろうが化け物だろうが——」

私 「(キスメ、ヤマメ、パルスィ、お燐、さとり嬢。それと——)」

 

 影を重ねてしまった。

 

彼女「負けてしっぽ巻いて逃げるわけにはいかないの」

私 「(大鬼。すまない)」

 

 数年前のアイツと。力の差が分かっていながら、小遣い欲しさに何度も何度も(あきら)めずに挑んで来たあの頃と。無鉄砲でいて真っ直ぐだったあの頃と。

 

彼女「絶対この先に進ませてもらうから!」

私 「気に入った! もっと(たの)しませてあげるから——」

 

 あの瞬間、地底世界の危機の中、私は……

 

私 「(少し遊ばせてもらうぞ)」

 

 内なるうずきに勝てなかった。

 

私 「駄目になるまで着いて来なよ!」

 

 きっと彼女を誘い出すという第一目標は達成していたから、安心をしていたせいもあるだろう。

 サラシの内側にしまっておいたアイツからの(おく)り物を取り出し、私の飲みかけだった酒瓶を拾い上げて注いでいく。分量はいつもと同じ、(さかずき)の半分まで。

 

彼女「あんたと酒()んでく気は無いんだけど」

私 「あっははは、飲み比べしようってんじゃないよ。別にこっちはそれでも構わないがね。なーに、ちょっとしたお遊びに付き合ってもらうおうと思ってね」

彼女「お遊び?」

 

 ルールも一緒、そのまま。

 

私 「どんな手を使ってもいい、三分以内にこの盃に注がれた酒を少しでも(こぼ)す事が出来たらお前さんの勝ち、その時は黙って先に通してやるさ。けど負けたら回れ右をして地上へ帰りな」

彼女「ずいぶんと腕に自信があるみたいね、それとも私の事を甘く見てるの?」

私 「その両方さ。自信があるし、人間の小娘一人に全力なんて出すわけないだろ?」

彼女「そう、すぐに後悔させてあげる!」

 

 そうしてお遊びは始まった。分かりやすく怒りながら一直線に向かって来る彼女を、私はアイツとやっていた時のように避けて、転ばせて、拳を彼女の顔の直前で寸止めして。それで体術では勝てないと思ったんだろうな、今度は札と釘をやたらめったら放って来て。けどそれも当たった時に多少の痛みを感じる程度、バランスを崩す事はなかった。すると今度は体術と飛び道具の混合でやって来て。がむしゃらに、考えるよりも体を動かして。

 

私 「(いいねこの感じ)」

 

 アイツとやり始めた時、最初の頃がそんな感じだった。倒されてはすぐに起き上がって向かって来て、また倒したと思ったら足にしがみ付いて来て、投げ飛ばそうものなら手首を取って返そうとするも、私の力に敵うわけもなくそのまま投げられて。

 

私 「(懐かしいや)」

 

 でも思い出に浸っていられたのも

 

私 「(な、何で今!?)」

 

 三分も経たない束の間だけ。

 

私 「(大きな葛籠(つづら)と小さな葛籠?!)」

 

 正面から札を放ちながら突っ込んで来る彼女を(かわ)し、背後へと回った時に飛び込んで来た景色に思わず頭が真っ白になり、足を止めてしまった。それを彼女ときたら——

 

彼女「スキありっ!」

 

 和紙が連なった棒をここぞとばかりに振るって来やがって……

 

私 「あぶなっ! いきなり何するんだい!?」

 

 あの日の苦い経験が無かったらやられているところだった。おまけに、

 

彼女「は? 余所見する方がいけないんでしょ?」

 

 アイツと同じようなことまで言いやがって。

 

私 「コノヤロー……、つくづく嫌気が差す」

彼女「別にあんたに好かれようとだなんて思ってないから」

私 「……似すぎなんだよ」

彼女「は?」

私 「だから誰かさんとそっくりで、黙って話を聞けないのかって言ってるんだい」

彼女「何のことだか知らないけど、どんな手を使ってもいいって言ったのはあんたの方でしょ?」

 

 彼女はそう言葉を交わしながらも私に挑み続け、私は彼女の相手をしながらも頭の七割がさっきの事で支配されていた。ヤツの身に何が起きているのか、いったいなぜこのタイミングでなのか。そこから思い浮かんだ未来は、やがて現実となって訪れることとなった。

 

 

◇     ◇     ◆

 

 

 「みんなで休憩」となった『かまってちゃん』。さぞ寂しさから発狂しているのかと思いきや、

 

彼女「それにしても、さっきは本体が空を飛べなくて助かったze☆」

人形「''よく気が付いたね"」

 

 通信の途絶えた人形と会話中。そう、()()()()()()()。もちろん人形にそんなハイテク機能が隠されていたわけでもない。つまり——

 

彼女「だろー? なんか片方だけがずっと下にいたから不思議に思ってたんだze☆」

人形「"うんうん、それでそれで?''」

 

 これは正真正銘彼女の一人芝居。動かぬ人形を真正面に向け、声色を変えて己に問いかける。彼女は「お人形ごっこ」の真っ最中なのだ。

 

彼女「それであのミシミシ音の鳴る古くさい橋の上に誘い込んだってわけだze☆ そしたらまんまとだze☆ ミシミシってな。つまりチェックメイトだったのは魔理沙ちゃんの方じゃなくて、あの緑目の方だったってわけだze☆」

彼女「"さすが魔理沙ちゃん! すごーい"」

 

 ついには自分で自分を称え始める始末、これはもう発狂どころの騒ぎではない。いよいよもって末期、一言で言うなら「ヤバイ」。と、

 

人形「とうおるるるるるるるる」

彼女「うをぅ!?」

 

 再び荒ぶり出す人形、そして一気に現実に戻る彼女。これまでの自分を客観的にながめて恥ずかしさを覚えたのだろう。瞬く間に顔を赤く染め上げ、勢い任せに人形に話しかける。

 

彼女「あ゛ーッ?! なんだze★!」

 

 だがそんな彼女の事情なぞ、向こう側の者達が知るよしもない。当然驚く。しかもそれが小心者となると——

 

人形「{ひぃぃぃい、ごごごごめん}」

 

 (おび)えて自分に非を感じ、謝罪に出る。そしてこの声で彼女は向こう側の相手が誰なのか悟った。

 

彼女「あー、アリス? もういいのze★?」

人形「{あ、うん}」

 

 たったそれだけの短い返事ではあるが、長い付き合いの彼女にはすぐに分かった。「元気を取り戻したんだな」と。しかし喜んでばかりもいられない。

 

彼女「まだいけそうか?」

 

 彼女が先に行くとなれば、また神経を、多大な魔力をする重大な役を勤めさせなければならないのだから。しかし心配する気持ちとは裏腹に早く前へと進みたい彼女、二つの心はぶつかり合い葛藤(かっとう)していた。と、そんな彼女にとって喜ばしいお知らせが。

 

人形「{パチュリーが魔力の補助をしてくれるって}」

 

 ここに来て『動かぬ大図書館』がようやく重い腰を上げ、サブバッテリー役をかって出たのだ。

 

人形「{勘違いしないで、アリスに手を貸すだけだから}」

 

 しかもこちらの方が大容量、もう燃料切れの心配は——

 

人形「{ケホケホ、こう冷えると持病が。あ、暖炉はこれ以上()かないで。(けむ)たくなって余計に(せき)がケホケホ}」

 

 ないとは言い切れない。ほんの少しばかりの不安が残されているが、とにもかくにも彼女、

 

彼女「そんじゃ全速前進、直進あるのみだze☆」

 

 再出発の時である。愛用の(ほおき)にまたがると魔力を集め始め、視線を真っ直ぐ前へ。地上の者達も彼女に何かあればすぐにサポートが出来るように各自の配置へ。技術者はモニターの前でコントローラーを握り、人形使いは瞳を閉じて精神集中、紫モヤシは人形使いの背中に手を当てて力を注ぎ込む。準備はできた。いざ……

 

彼女「お、あれは……」

 

 と、突然スタートダッシュを中止する彼女、

 

彼女「へへ、とうとう追いついたみたいだze☆」

 

 箒から降りて歩き出す。イタズラな笑みを浮かべながら、箒を片手でクルクルと回しながら。

 

彼女「手こずってるみたいだな霊夢」

 

 異変解決組の常連、霧雨魔理沙。

 

彼女「手ぇ貸すze☆」

 

 今、満を持して

 

霊夢「魔理沙……」

 

 合流。




ついに場は整いました。


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裏_十一語り目_※挿絵有

 やはり思い出してしまいますね、あの日のことを————

 

私 「お燐、お願いがあるの」

 

 霊夢さんが近づいていると教えてくれたお燐へ「その事を勇儀さん達にも知らせて欲しい」と使いに出し、私は八咫烏(やたがらす)の監視のため一人屋敷に。

 

私 「(いやに静かね)」

 

 あれだけ暴れていたというのに、途端に静かになったから疑問に思ってはいたけれど、まさか八咫烏と体の支配権の争奪戦をしている時に、二人とも羽を羽ばたかせる事を忘れてしまい、真っ逆さまに落下して灼熱地獄の地面に頭を打ってそのまま気絶していただなんて……。まったく、カラスといえば鳥類の中でも頭のいい種だというのに二人して……。

 

私 「(もしまた暴れられたら……)」

 

 そうとは知らずに一人で心細い思いをしていたけど、嬉しいことにお燐はすぐに戻って来てくれた。

 

お燐「☆……。。。ァァアアアャ二」

 

 上から、くるくる縦に回転しながら。あれに気が付いた時は「なんで?!」という疑問よりも、

 

私 「(あー、ついにお燐までも……)」

 

 といった感想が真っ先に浮かんできたもの。「心配はしなかったのか?」と問われたら、無情のように聞こえるかもしれないけれど「全く」とすぐに答えるでしょうね。

 

お燐「ビックリしたニャ、これが噂の……ニャ」

 

 なぜなら彼女は猫、着地に関しては心配御無用。どんな体勢だろうと十点満点、綺麗に決めてくれるから。

 華麗な着地を披露してくれたお燐、彼女が駆け寄って来るなり私は第三の目を向けた。霊夢さんの事を伝えてくれたこと、勇儀さんが考えた作戦のこと、キスメさんとヤマメさんが出発して間も無くに突破されたこと、さらに今度はパルスィさんと勇儀さんが足止めをすること。お燐が見聞きした全ての情報が、何列にも並んだ箇条書きとなって私に状況を知らせてくれた。

 

私 「(おかしい、何かひっかかる)」

 

 あの時に覚えた胸騒ぎは今でも忘れられない。焦り、疑問、不安、心配、恐怖、違和感、次から次へと湧き出す負の感情が入り混じり、私はいてもたってもいられず、お燐に再び使いを頼んでいた。

 

私 「お燐、悪いんだけど——」

 

 もう一度勇儀さんの下へと向かって欲しいと。そして、もし万が一勇儀さん達でも霊夢さんを止められなかった場合、真っ直ぐ地霊殿の正面から来るように導いて欲しいと伝えて。

 

お燐「分かりましたニャ」

 

 また一人となった私、足下の灼熱地獄の蓋を眺めながら祈っていた。

 

私 「(このまま何事も——)」

 

 けどその祈りが叶うことはなかった。突然背後から強烈な音が私の全身を駆け抜けたのだから。耳を塞ぎながらも小さく縮こまりながらも、そちらの方へ恐る恐る視線を向けてみると、屋敷の裏手の遠方で何度も何度も続け様に眩しい光を放つ稲妻が。さらに大気が破裂する音に多数の爆発音、煙まで上がっていて……。

 

私 「ボケ!?」

 

 お燐からの報告で魔界の者達が旧地獄へ侵入して来た事は知っていたけど、彼の秘められた力の事は知っていたし、パワーアップして帰って来た筋トレマンもいた。何より「霊夢さんに敗れた方達が加勢に行く」という勇儀さんの作戦があったから「きっと大丈夫」と自分に言い聞かせながら信じるしかなかった。その判断が彼らの身を危険にさらした。

 

私 「(お願い、どうか無事でいて!)」

 

 あの時、彼らの下へすぐにでも駆けつけたかった。そうすべきだった。例えお燐に頼んだ後だとしても、八咫烏が再び暴れ出したとしても、霊夢さん達に扉のことを知られてしまったとしても————

 

 

むにー

 

 

 急に両頬を(つま)んで引っ張り上げられたかと思えば、その犯人はにっこりと微笑むだけ。訳がわからないし痛いし恥ずかしい。教えて、何でこんな事をするの?

 私の顔が怖いからって……え、それだけ? 私そんなに難しい顔してた? 

 話だって聞いてくれない? なるほどね、そっちが本音なわけね。

 

私 「ほへん(ごめん)ははひひふははははひへふへふ(はなしきくからはなしてくれる)?」

 

 謝ってお願いしてみたけれど、無言で首を傾けて頭上に『?』マークを浮かべ、「何を言ってるか分からない」と。どうしようこれ、詰んだわ。

 

一輪「ごめん私からの話はこれでおしまい、後はよろしく。ちょっと村紗待ちなさって、何処に行くのよ!」

 

 あーあ、とうとう行ってしまいましたか。何処にって、そんなの決まってるじゃないですか、ほらほら皆さんもそう思ってますから。一輪さんもお気付きでしょうに。という事は……逃げましたね。あ、ちゃんと戻って来て下さいね。レシピを教えて頂きたいので。

 

私 「仕方ないですね」

 

 束の間の休憩でしたね。でもお料理は食べられましたから、良しとしましょう。で、式神さんとその式神ちゃんは間髪入れずにマークしにくるんですね。もう(いきどお)りを通り越して感激すら覚えますよ。

 

私 「はー……、では続きをまた私から語らせて頂きます。これは彼とあの場にいた方達から聞いた話です」

 

 とは言ったものの、皆さん首を傾けて頭上に『?』。こいし、いい加減に放してってば。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

棟梁「どういうつもりですか? 事態が終息して来ているのに、さらに問題を起こす気ですか?!」 

筋ト「棟梁様すみません、ここは引けません。罰なら受けます」

師匠「和鬼、みんな訳が分からないままここに集まって、苦しい思いをして戦ったんだ。おっさんだってまだ状況が把握しきれていないのに、さらに騒ぎをデカくするってなら——」

親方「つまりそういう事だ。もうお前達の情や都合で勝手を起こされるわけにはいかねぇんだ。許される領域を超えてんだよ」

 

 さて、一輪さん達が魔界へと通じる洞窟の奥を目指していた頃、その入り口ではちょっとしたいざこざが起きていました。筋トレマンが「ここは誰も通さない」と通せんぼをしていたんです。棟梁様と親方様、彼の師でもある筋トレマンの叔父さんが説得を試みたそうですが、自分のポリシーだかなんだかを語って退く気配が無かったみたいですよ。一大事だというのに。そうよね?

 

筋ト「それでも譲れません、例えこの場の全員を敵にまわしたとしても。オレだって漢です、惚れた女の味方を貫きます!」

師匠「だからよー、お前コウの話を聞いてなかったのか? もうそんな次元の話じゃ——」

 

 あーもう、先にネタバレしないで!

 

棟梁「あなたもですか?」

 

 そういうことです。今言われたように、彼にも飛び火したんです。近くにいただけなのに、筋トレマンの肩を持つつもりかと問われたそうです。

 

彼 「それは……」

 

 けど彼は一輪さんにも答えたように筋トレマンの反対派でした。その時も「ノー」と答えるつもりだったのでしょう。でもすぐに答える事が出来なかったんです。なぜか、理由は単純です。

 

彼 「和鬼お前……」

 

 彼は筋トレマンに弱みを(にぎ)られていたんです。何の事だかは皆目見当もつきませんけどね、例え知ったところでどうせしょうもない内容でしょうし。

 

筋ト「(言っちまうぞ? 言っちまうぞ?)」

 

 筋トレマンはそのことを持ち出し「味方しないのならバラすぞ」と不適な笑みを浮かべて眉を上下に動かしながら、無言でそう語っていたそうです。心を読めもしないのにそこまで伝わってしまうだなんて、これも幼い頃からの腐れ縁であるが故の事なのかもしれませんね。

 

彼 「あ゛ー、めんどくせー!!」

 

 頭をかきむしって絶叫する彼、悩みに悩んだ末に選んだ答えは、

 

彼 「これっきりだからな!」

筋ト「へへ、サンキュー」

 

 筋トレマンの隣に立つことでした。二人して自身の都合を優先にしたんです。もちろんそんな事が許されるはずがありません。

 

師匠「いいんだな、それで」

親方「こんなにも早くリベンジできるとはなぁ」

 

 筋トレマンの師である親方様と、彼の師が進み出たそうです。身勝手な弟子にキツク指導しようと。

 

筋ト「今日で免許皆伝となるか」

彼 「破門の間違いだろ」

 

 (にら)み合う二組の師弟、緊迫した雰囲気が辺りを包み込み、他の方々は言葉を発することも出来ず、ただ固唾(かたず)を飲んでその時を待っていたそうです。

 

??「ちょっとそこ通して欲しいし」

 

 そこへユキさんとマイさんが集まっていた方達の後方からやって来たそうです。一輪さん達の一撃が(ひび)いたのでしょう、お二人とも腕や脇腹(わきばら)をおさていたと聞いています。そして彼らの前に辿り着くなりこう尋ねたそうです。

 

ユキ「あんたらこういうつもりだったわけし?」

 

 とね。「計画していたのか? 最初から魔界に行くつもりだったのか?」と聞きたかったんだと思います。もしその答えがイエスだったら全力で阻止に出ていたことでしょう。けど皆さんもご存知のように、一輪さん達は偶然知ったんです。

 

筋ト「事情が変わったんだよ。オレの彼女が向こうに用事があるんだってな」

 

 筋トレマンはユキさんの問いに「成り行きだ」と答え、ユキさんもそれを信じて問い(ただ)すようなことはしませんでした。でも代わりにこう警告したんです。

 

ユキ「だったら今すぐ追いかけて止めに行けし!」

 

 真剣な顔で、焦っていたのか少し早口で、

 

ユキ「もしあの人に知られたら、彼女達もあんたらもただじゃ済まされないし!」

 

 と。ただそれを全部言い切れたかどうかは定かではありません。なぜなら突如(とつじょ)

 

  『きゃーーーッ!!』

 

 洞窟の奥から爆発音と悲鳴が上がり、

 

筋ト「ミナ?!」

彼 「煙の爺さんに——」

棟梁「雲居さん?! これはいったいどういう……」

 

 村紗さん、雲山さん、一輪さんが吹き飛んで来たからです。全身から煙の上がった姿で。それが誰の仕業なのか、ユキさんは瞬時に見抜いたのでしょう。

 

ユキ「早くここから離れろし! 来る前に、見つかる前に!」

 

 地底の住人に向けて「逃げろ」と叫んだそうです。でも、全てはもう手遅れだったんです。

 

マイ「あ……あ……」

 

 震えるマイさんが向けた指の先、

 

??「そこに大きめの石があるのでお気を付け下さい」

??「ありがとう。あら、こっちは雪がいっぱい積もっているのね」

 

 魔界へと通じる洞窟から二つの影が近づいていたんです。その正体は……

 

マイ「夢子(ゆめこ)……ちゃん」

 

 魔界最強クラスの夢子さんと、

 

ユキ「お母様まで……」

 

 魔界の長であられる神綺(しんき)様です。

 

【挿絵表示】

 

 いいえ霊夢さんに魔理沙さんに人形使いさん、これは真実です。あの時、あのお二人が旧地獄へいらしていたんです。

 

夢子「……少し失礼します」

神綺「はい、いってらっしゃい」

 

 余裕すら感じさせるゆっくりとした足取りで姿を現したお二人に、誰もが只者ではないと察知して警戒体勢をとっていたそうです。何かあればすぐ応戦できるように、逃げられるように。

 そんな中夢子さんは周囲を見回した後、神綺様に一礼をしたそうです。

 

 『えっ?』

 

 辺りから零れる声は理解できていない証でした。地底の民が夢子さんの姿を瞳に映した時、彼女はもう(はる)か後方にいたと聞いています。何をしに行ったのか、それは——

 

夢子「お怪我は大丈夫ですか? 縄を解いて差し上げます。こちらの救急箱に消毒液と絆創膏(ばんそうこう)、包帯などが入っていますので、他の方の手当てをお願いします」

 

 ボスを含む捕らえられていた魔界の荒くれ者達の救出へと向かっていたんです。

 

ボス「あなた様は……」

夢子「ここから先は私めにお任せを。皆様はどうぞお引き取り下さい」

 

 さらに部下を引き連れて魔界へと帰るように(さと)したのだとか。

 

ボス「Elisが……」

夢子「はい?」

 

 その時にElisの名前も上がったそうなのですが、日頃の行いというのはこういう時にものをいうのでしょうね。

 

ボス「いえ、なんでも……」

 

 いなかった事にされたのだとか。

 Elisですか? ええ、その場にはいませんでしたよ。「服がビショビショになって風邪をひくといけない」という器の大きな棟梁様の優しい計らいで、縄に繋がれたまま一人の鬼さんと一緒に棟梁様のお屋敷へ向かっていたんです。なんでも到着するなり「早くお風呂に入りたい」だの「温かいココアが飲みたい」だのわがままを言っていたみたいで……。ご飯だって気に入らないとぶつぶつ文句を言うし、というかキライな物が多過ぎるのよ……コホン、続きいきます。

 

夢子「ただいま戻りました」

神綺「おかえりなさい」

夢子「スラムの一派の拘束は解きました。応急処置セットを渡し、身を引くようにも伝えました」

神綺「はい、ご苦労様」

彼 「見えた?」

筋ト「ダメだ全然追いつかなかった」

 

 用件を済ませて神綺様の下へ戻った夢子さんですが、やはりその姿を目で追うことは誰も出来ません。

 

夢子「ユキ、あなたも帰りなさい。レポートがまだなのでしょ?」

ユキ「あ、うん」

夢子「それとマイ、ゲームがやりっぱなしだったから片付けおいたけど、よくて?」

マイ「へーき……」

 

 その後、魔界の輩達は地底の住人の突き刺す視線に見送られながら、次々と洞窟の奥へと歩みを進めていったそうです。そしてユキさんとマイさん達も。ユキさんは去り際に、

 

ユキ「スキを見つけて逃げろし」

 

 と助言を残し、マイさんは

 

マイ「……」

 

 黙って素通り。最後に地底世界の乗っ取りを(くわだ)てていたボスことYuugenMaganは、

 

ボス「終わったな、お前ら」

 

 不適に笑いながら、そう不穏な空気を残して行ったそうです。

 

神綺「彼女で最後?」

夢子「はい、そのようです」

 

 あとは神綺様と夢子さんのお二人だけ。しかし安堵(あんど)のため息を()らす者など誰一人としていません。緊迫した雰囲気の中、棟梁様は意を決して神綺様に尋ねたそうです。

 

棟梁「間違っていたら申し訳ありません。もしかして魔界の長様でしょうか?」

 

 とね。なんでも(たたず)まいと夢子さんの態度から悟ったそうですよ。

 

神綺「ええ一応ね。それで? あなたは旧地獄(こちら)の長様?」

 

 さらに棟梁様は神綺様にこれまでの経緯を話したそうです。足りない情報は彼に尋ねながら。その上で説得を試みたんです。

 

神綺「ふーん、そちらも大変だったのね」

棟梁「どうかここは痛み分けという事で引いては頂けないでしょうか?」

 

 この事はなかった事にして欲しいと。頭まで下げられて。それに対する神綺様の返事は……

 

神綺「私はそれでも構わなくてよ」

 

 イエスでした。互いに手を引くことを承諾して頂けたんです。地底世界の存続が危ぶまれ、怪我人まで出て。心を痛めていた棟梁様にとって、その言葉はどれだけ救いだった事か。

 

神綺「でもねー」

 

 ですが、

 

神綺「夢子ちゃんがねー」

 

 承諾して頂けたのは神綺様だけだったんです。

 

夢子「この罪は重い……あなた方を敵と見なします!」

 

 

 

 



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表_十一語り目

おそらく年内最後の投稿となりそうなので先にご挨拶を。

投稿ペースが遅くなってしまったり、展開が遅かったりと反省すべき点はまだまだありますが、それでも本作を読んで頂いている読者の皆様には大変感謝しております。楽しんで頂けていれば光栄、暇つぶしになって頂けていれば至福でございます。本年もお付き合い頂きありがとうございました。



私 「まったく……」

 

 見せつけやがって————

 

 『和』を出発しようとした矢先、私の横を通過する影に見覚えがあったかと思えば、名前を思い出すよりも先に、彼女は筋トレマンにしがみ付いて泣いていた。やれ「会いたかった」だの、やれ「どうして会いに来てくれない」だの、やれ「手紙くらいよこせ」だのと()かしていたところから察するに、彼女が旧地獄(ここ)を去ってからずっと音信不通だったのだろう。

 あれから五年程、私からすればあっという間の時間だったが、出来立てホヤホヤの熱々バカップルにとってこの時間は長過ぎた。それにあの時の言葉は全員が聞いている。鬼だというのに約束を棚上(たなあ)げし、恋人を(ないがし)ろにしていた筋トレマンが全面的に悪い。筋トレやら釣りやら野球やらをしている暇があるなら会いに行ってやれってんだ。もし私が彼女の立場だったら、愛想を尽かして別の男を作っているところだ。

 

私「そらそろ頃合いか」

 

 実際彼女もそうだったようで別の男を……とまではいかないにしても、(あき)れて仲間内には「別れた」と伝えていたらしい。自然消滅というやつだ。とはいえあの(ざま)、声を上げて大泣きするくらい未練タラタラだったのなら、下手な意地なんか張らないで会いに来ればいいだろうに……。「会いに行ったら負け」とでも考えていたのか?

 

私 「よっと」

 

 それが何故突然今になって均衡(きんこう)が破られたのか、なんでも『あの話』が始まった所為(せい)で当時の記憶が蘇り、(おさ)えられなくなったのだと。

 

私 「あとは……っと」

 

 彼女が話題に出たという事は話はもう終盤、思った以上に早かった。さっさと用件を済ませて地上へと向かいたかったが、あのバカップルときたら外野のこっちが赤面する程の熱い接吻(せっぷん)を繰り返し、おまけにその場で押し倒しておっ(ぱじ)めそうなまで加速しやがって。お母ちゃんさんが——

 

お母「あらぁー、あなたがウチのバカ息子の彼女のミナちゃん? 可愛い子じゃない、お茶とお饅頭(まんじゅう)くらいしか出せないけど入って入って。和鬼! あんたはまだ営業時間中だってこと忘れるんじゃないよ!」

 

 ——って登場してくれたからいいものを……。

 

私 「さすがだよ……」

 

 アイツがもし女を連れて来たら、私はお母ちゃんさんの様にはいかない。あの時だって……。私は星熊勇儀、今肉の炒め物を作っている。

 

私 「あ、塩と砂糖を間違えた」

 

 そうだ、すき焼き風にしちまおう。

 

 

◆    ◆    ◆

 

 

霊夢「また頼んでいないのに首を突っ込んで来て」

魔理「そう言うなよ。魔理沙ちゃんも仲間に入れろって」

霊夢「はー、まったく……それよりあんた、その頭どうしたのよ?」

魔理「聞くな!」

霊夢「??」

 

 頭に大きなコブを作った白黒の少女は、私の前に姿を現すや博麗の巫女と親しげに話し始めた。アレがキスメとの接触によるものだと知ったのは後日のこと。そしてその時点では彼女が何者なのか、ましてや博麗の巫女と共に『異変』と呼ばれる騒動を解決して来た実力者だなんて知る(よし)もなかった。萃香から「博麗の巫女だけの力で異変を解決して来たわけじゃない」と聞かされていたが……。

 

人形「{あ、霊夢だ}」

霊夢「ん? その人形と声は……アリス?」

人形「{うん、魔理沙のサポートでね。あとパチュリーと……え、名前を言わないで? えっと、キュウリ好きの技師が」

霊夢「なによ魔理沙、あんたも調査を頼まれたの?」

 

 黙って二人の会話に耳を傾けていた。そのまま話し続けていてくれれば私の手間が(はぶ)けたから。

 

人形『{勝手に行ったの}』

霊夢「……」ジトー

魔理「そそそそんな事より、さっきから()きたかった事があるんだze☆」

 

 それが分が悪くなったからって突然私に人差し指を突きつけてしょうもない事を尋ねて来やがって。

 

私 「お? なんだい?」

魔理「いや、ここって地下だろう? なんで雪が降ってるんだze☆?」

私 「あん? まあ冬だから雪が降るのは当然だね」

魔理「なるほどだze☆」

 

 以上、これが私と魔理沙と呼ばれていた白黒の少女とのファーストコンタクト。ホントしょうもない。

 

人形「{魔理沙、ここでちょっと情報を仕入れた方が……}」

魔理「うむ、じゃあ早速会話だな」

 

 さらに続けて

 

魔理「お前は誰だze☆?」

 

 と尋ねられ、

 

私 「私は……」

 

 名乗ろうとした矢先だった。あの声が聞こえて来たのは。

 

??「{お〜、誰かと思ったら勇儀じゃないか〜。久しぶり〜}」

 

 (くも)った声で初めは誰だか分からなかった。

 

私 「あん? 私を知ってるって、お前さん……何者?」

 

 けどその波長に心地良さと(なつ)かしさも抱いていた。

 

??「私だよ私〜ぃ。暫く地上に遊びに行ってたからって忘れて(もら)っちゃ困るね〜ぇ」

 

 目の前に浮かび上がった(きり)のかかる黒いシルエットは、その頃にはすっかり輪郭(りんかく)を現し、影絵から白黒の水墨画へ、水墨画から色鮮やかに塗られた屏風(びょうぶ)絵へと変貌(へんぼう)()げていた。

 

私 「その声……」

 

 長い二本のツノ、腰まで伸びた栗色の長い髪、背丈は低く、大きな瞳に幼い顔、頭の後ろで手を組んだポーズは昔から見慣れたもの。忘れて貰っては困る? つい半年前に会ったばかりなのに忘れられるはずがないだろ。

 

私 「もしかして萃香!?」

 

 親友を。そう確信した時、私はやるせない思いにかられていた。だってそうだろ? アイツは親友を頼って、気が付いて欲しくて、来て欲しくて怨霊を放つようお燐に指示をしたというのに、それがあろう事か博麗の巫女に加勢していただなんて。おまけに……

 

??「{また、あんたら四人で山登りたいね〜ぇ}」

 

 ギリギリ呂律(ろれつ)は保ってはいたが、時折小刻みに聞こえて来た呼吸を詰まらせる音は、親友が何をしていて、どんな状態でいるのかと知るには十分過ぎる情報だった。しかも恐ろしく昔の話を持ち出すあたり、ほろ酔いとかそういう次元じゃない。完全に出来上がっていやがった。

 親友は鬼の中でも酒の強い方だ。焼肉会で周囲が倒れていく中、空けた酒樽(さかだる)に囲まれて上機嫌にしていながらも、ちょっとしたきっかけで瞬く間に平常心を取り戻したくらいだ。

 それが「何を話しているのか分からなくなるのも時間の問題」と思えてしまうまでに酔っ払っていた理由(わけ)、これには心当たりが……いや、確信があった。

 

私 「(萃香に()()(おく)ったのは失敗だったな)」

 

 そう思ってしまうのも無理はないだろう。

 

霊夢「一応言っとくけど、あんたが話している相手は私じゃないから。あいつは地上よ。何? あいつと知り合いなの?」

私 「ああ、その(たま)から聞こえて来ているのか」

魔理「なんだなんだ? そっちは萃香がサポートしてるのか?」

珠 「{お〜、魔理沙も来てたのか〜}」

人形「{うぐっ、萃香……}」

霊夢「さっきは(あや)だったけど引っ込んだみたいね。あともう一人いるけど」

珠 「{文なら新聞の編集してるよ〜。『フォローしながらだと集中できない』って言うから交代してね〜}」

霊夢「それで、萃香(あいつ)と知り合いって事は、やっぱりあんたも鬼なのね?」

私 「もちろん。私は萃香と同じ山の四天王の一人、昔は『無能の四天王』なんて呼ばれ方されていたけど、今は『力の勇儀』って呼ばれてる。ま、山って言っても今は山に居ないけどね」

人形「{無能の……? 四天王……??}」

霊夢「ふーん」

魔理「うむ、質問タイム終わり。街の人との会話なんてそんなもんだze☆」

私 「ずいぶんと淡泊(たんぱく)じゃないか、じゃあ今度私の方から質問してもいいかい?」

  『どうぞ』

私 「霊夢だっけ? お前さんは今の博麗の巫女で間違いないんだね?」

霊夢「何よ、ご不満?」

私 「いいや、不満なんてないさ。それでそっちの白黒は……マリスだっけ?」

魔理「マリ()だ! 霧雨魔理沙! ややこしい間違いすんな!!」

私 「ああそうそう、魔理沙な。お前さんも人間のようだけど地底(ここ)は厄介な連中達の住処(すみか)、普通人間は恐れて近づこうだなんて考えないものだよ。問おう、お前さんは勇者なのかい? それとも(おろ)か者なのかい?」

魔理「お、よくぞ聞いてくれたましたze☆ 魔法の森の中にある『霧雨魔法店』の店主にして、霊夢と一緒に数々の異変を解決して来た可愛いヒーローとはこの魔理沙ちゃんの事だze☆ まっ、一言でいえば『正義の商人』ってとこだze☆」

  『あくどい盗賊(シーフ)でしょ?』

私 「あん?」

 

 後に彼女の手癖(てぐせ)については色々と聞かされた。なんでも吸血鬼の屋敷では日常的に被害に合っているらしい。盗む方も盗む方だが、盗まれる方も盗まれる方だ。警備はどうした? いないのか? 狙われていると知っているのなら何故何も対応しない? それとも屋敷の主が仏の様に寛大(かんだい)なのか?

 

 

霊夢「それよりあんた」

 

 軽い挨拶と互いの自己紹介はそこまでだった。あのまま世間話にでも発展してくれれば(おん)の字だったが、それはこちらの都合であり夢物語でしかない。仕切り直し、方向転換、軌道修正。いきなりにして絶妙なタイミングで、彼女は和紙の連なった棒切れの先を向けて本題へ一歩足を踏み入れた。

 

霊夢「ここの連中は地上を攻めようとしているの?」

私 「あはははは! 何で今更地上を攻める必要があるのさ。地獄だったここも今や我々の楽園。地上の賢者にも感謝しているよ。邪魔も入らないしね」

 

 だから「そうはさせまい」と笑いながら話の行く先をねじ曲げたつもりだった。彼女が言わんとする事は察していたし、もうそれ以上踏み込んで欲しくなかったから。万が一その先で真剣に二択の問を投げかけられることがあれば回避は不可能、それは認めたと同意となる。ウソをつけない種族にとってその状況はなんとしても阻止しなければならなかった。「まだ会話で時間を(かせ)げるはず」と見込んでいた私にとって、それが最良の手段であると信じて。

 

霊夢「……だって、良かったわね」

 

 その甘い考えが

 

霊夢「(めずら)しく感謝されてるわよ」

 

 自分の首を締め付ける事になった。

 

霊夢「何か言ってあげたら?」

魔理「お、おい霊夢まさかそのもう一人って——」

 

 珠に向かって話しかける博麗の巫女に当初、「萃香は関係ないだろ?」と疑問を抱いていた。けど再び彼女が声をかけた時、珠から聞こえて来た声は私のよく知る声とは別のものだった。

 

珠 「{……私は地上の妖怪を進入させない約束をした}」

魔理「(ゆかり)か!?」

 

 紫、それだけで向こう側の相手が誰だか悟った。母さんと数々の契約を交わし、幻想郷(この世界)を作り上げた賢者の一人、八雲(やくも)(ゆかり)であると。

 

珠 「{そして貴方(あなた)達は地底に大都市を築いた。ただ、その代わりに地中に眠る怨霊達を出てこないように(しず)める約束だった(はず)}」

 

 離れた所にいるのに、声だけのはずなのに、浴びせられるプレッシャーは重く、まるですぐそこにいるかの様で、私の全神経に緊張が走り「慎重にいけ」と脳へ指令を送っていた。そして続く沈黙(ちんもく)は私の返事を待っているサインであり、八雲紫が私の出方を探っている証でもあった。

 

私 「まあな、そういう約束だね」

 

 悩みに悩んだ末、私は自分から語る事を放棄し彼女へ順番をそのまま預けた。下手な事を言えば全てを見透かされそうで様子見に出たんだ。強く脈打つ心臓、額から(にじ)み出る汗、拳には自然と力が入り、博麗の巫女の隣に浮かんだ珠を(にら)みつけながら、彼女の次の出方をうかがっていた。

 

珠 「{なのに、間欠泉と一緒に怨霊が()いてくるなんて、約束が違うんじゃないの?}」

 

 「来た」真っ先にそう思った。と同時に、四方八方を壁で(ふさ)がれた私の下に、暗闇からスラリと伸びた巨大な腕が迫る映像が頭の中で映し出された。

 

私 「(これ以上の会話は危険ってことかい……)」

 

 だがそこへ一筋の光が。しかもその救いの手を差し伸べてくれたのは意外にも、

 

??「ちょっと、質問してるんだから答えなさいよ」

 

 私の黙秘(もくひ)(しび)れを切らせた巫女だった。

 

霊夢「まあいいわ。さっきの勝負の続き、私が勝ったらそこを通してもらうのは当然だけど、知ってる事を洗いざらい吐いてもらうわよ」

 

 あの時ばかりは彼女に感謝する。

 

魔理「勝負? そういやさっき何かやってたな」

霊夢「どんな手を使ってもいいからあいつの持ってる(さかずき)に注がれたお酒を(こぼ)せばいいんだって。少しでもね」

魔理「へー、面白そうだな。それじゃあ魔理沙ちゃんも」

 

 首の皮一枚で(つな)がったのだから。

 

私 「…………やめだ」

 

 安堵(あんど)、間違いない。気分転換、したかった。(のど)(かわ)き、それもあっただろう。

 

私 「あんなのとっくに時間切れだよ。負けを宣告されなかっただけありがたいと思いな。それよりあんたら——」

 

 私は口に杯をもっていき、見せつける様にして一気に飲み干してやった。その時の二人の表情といったら……くくく。

 

霊夢「は?」

魔理「ze★?」

 

 ハトが豆鉄砲をくらったような表情を浮かべやがって。

 

 

私 「(『文』という名に『新聞』という単語から察するに天狗の事だろう。キュウリ好きの技師? そんなの河童(かっぱ)以外にいるまい。かつての部下が(そろ)って上司の、ましてや四天王様にたてつくとはいい度胸じゃないか。そこに顔も名も知らない二人と八雲紫。おまけに――)」

 

私 「萃香とも知り合いみたいだし、久しぶりにわくわくしてきたよ!」

人形「{霊夢と魔理沙、気を付けて! パチュリーが調べてくれた! 『無能の四天王』って……」

 

 あの日、地上からやって来たのは二人。

 

私 「お遊びはお終いだよ!」

 

 そして私が相手をしたのは…… 

 

私 「スペルガード三枚勝負、全力で相手をさせてもらうよ!」

 

 八人だ。

 

私 「さあ、思いっきりかかってきな! さもないと、べそかいても知らないよ!」

霊夢「……どうして私の周りはこんな奴ばかり集まってくるのよ」

 




そしてよいお年をお迎えください。


【次回:裏_十二語り目】


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裏_十二語り目_※挿絵有

ホントすみません。
投稿がかなり遅くなってしまいました。
そしてまた遅いご挨拶ではありますが、
どうぞ本年もよろしくお願いします。




 これは彼らから聞いた話です。

 

夢子「お覚悟を」

 

【挿絵表示】

 

 

 剣抜きながら向けられた視線は、()()まされた刃の様だったと聞いています。旧都民に動揺と緊張が走り、その迫力から多くの者が動く事を許されずにいたそうです。まるで蛇に(にら)まれた蛙のように。そんな中でも勇敢に立ち向かっていった方達がいました。

 

??「来るぞ」

 

 親方様と

 

??「勝とうなんて考えるなよ」

 

 ご友人、

 

??「みんなが逃げるまでの時間稼ぎってわけか」

 

 筋トレマン、

 

??「それが出来ればいいけど……」

 

 そしてそこの彼です。勝機は限りなく薄いと悟りながらも他の方々を守るために、その場から逃がすために進み出たんです。さらに、

 

??「待ちなよ」

??「そうはさせんぜよ」

??「カズ君達は関係ないでしょ……」

 

 一輪さん、雲山さん、村紗さんが深傷(ふかで)を負いながらも立ち上がったんです。「魔界に行こうとしたのは自分達だけ、他の者は関係ない」と説得しながら標的を自分達に向けようとしていたそうです。でも一輪さんが立ち上がる理由はそれだけではありません。

 

夢子「あなた達には思い知らせたはずだけど?」

一輪「たった数回倒されただけで(あきら)めがつくはずないでしょ」

村紗「(ひじり)が向こうで待ってる、絶対に会いに行くんだから!」

 

 やはり聖さんの下へ行きたかったんです。とは言っても、この時点では魔界にいる保証はありません、あくまで可能性を見出(みいだ)しただけでした。それが夢子さんの発言で確証へと変わってしまったんです。

 

夢子「誰も魔界へは踏み入らせない。それがあの人の関係者だと言うのならなおのこと」

一輪「やっぱり……」

村紗「聖はいるのね?!」

夢子「ええ、でも今会いに行かせるわけにはいかない」

 

 聖さんが魔界にいる事を認めながらも、魔界への侵入を(こば)んだんです。ともなれば一輪さん達が取る手段は一つだけ、

 

一輪「どうしても通してくれないって言うのなら——」

村紗「力尽くで押し通るまでよ!」

 

 立ちはだかる夢子さんをノックアウトさせて行くしかありません。一輪さん達は一斉にスタートを切りました。

 

雲山「ワシの全力をとくと思い知るぜよ」

 

 雲山さんは全身を巨大化させ、一輪さんはその雲山さんの分身を生み出してありったけの力を注ぎました。そうです、その技こそ当時の一輪さんと雲山さんの最終奥義、二体の雲山さんの目から発射される光線と特大の拳骨によるスペル、

 

一輪「『空前絶後大目玉焼(くうぜんぜつごおおめだまや)き』」

 

 です。さらにそこへ村紗の大技、

 

村紗「『(しの)()柄杓(ひしゃく)

 

 が加わりました。霊夢さん方もご存知の通りこの技は発動中、村紗さんは実体を失い無敵状態になります。なんでも雑念を捨て去り、意識を深く集中させて周囲の空気と一体化しているそうです。当時も夢子さんの背後へ、まさに幽霊のようにスッと音も無く現れては光弾を四方八方へ発射し、カウンターを受けもせず(かわ)しもせずにやり過ごし、再び背後へと回っては……と一方的な攻撃を繰り返していたそうです。

 

鬼助「みんな今の内だ!」

医者「おい鬼助、おぶっておくれ」

師匠「全員全速力で走れ!」

親方「ミユキ引くぞ!」

棟梁「え、ええ……」

筋ト「あと少しで——」

彼 「バカ、お前も行くんだよ!」

 

 それが合図となりました。旧都民が一目散に町へと走り出したんです。背後の光弾の嵐に、自分達では敵わない次元の異なる戦いには見向きもせず、結果を待つ事なくただ前だけを目指して。きっと誰もが悟っていたんだと思います。それが最初で最後のチャンスだと。

 

夢子「何人(なんぴと)たりとも逃がしはしない」

 

 しかしそれも束の間だけ、差し込んだ一筋の光は、より強力な光によってかき消されてしまったんです。

 

夢子「『スターメイルシュトロム』」

 

 辺り一帯に光線が(うず)を巻いて飛び交い、逃亡を(はか)る旧都民の行手を(さえぎ)ったそうです。けれどそれは、

 

一輪「雲山今!」

雲山「言われずとも!」

 

 一輪さん方の大技を避け続ける夢子さんの動きが止まった瞬間でもありました。その一時を一輪さんと雲山さんは見逃しませんでした。ここぞとばかりに巨大な拳を夢子さんの両側から押し(つぶ)すようにして放ったんです。

 想像してみてください。あなたの周囲に光弾が密集している光景を、それが休む間も無く向かって来る光景を、そこへ見上げてしまう程の壁が左右から迫って来る光景を。

 ……はい、みなさん思いましたね「そんなの相殺しないと助からない」って。私もそう思います。だからこの話を聞いた時耳を疑い、理解が追いつかなかったです。あの人は……夢子さんは……その状況から抜け出たんです。一度も爆発音を上げることなく、いとも容易(たやす)く避け切ったんです。さらに——

 

夢子「あなたが再起不能になったら、煙のお爺さんはどうなるのかしら?」

 

 一輪さんが再び夢子さんを瞳に捕らえた時、彼女との距離は既に目と鼻の先だったと。そして追撃も防御も身構える事さえ許されないまま……。

 初めは腹部だったそうです。そこへ五感が激痛を感じる間も無く胸へ次弾が打ち込まれて。そこからは何処に当てられたのかでさえ認識出来ないくらいに、息つく暇もないくらいに次々と……。一輪さんは遅れて追いかけて来るダメージに耐えられず、そのまま意識を失ってしまったそうです。

 そして雲山さんは——

 

雲山「ぬらあああ!」

 

 辛うじて残された一輪さんの力を拳にのせて怒りの鉄拳を繰り出しましたが、

 

夢子「多少は動けるようね」

 

 避けられた? 違います。その前に攻撃を? いいえ、そうではありません。……はい、その通りです。渾身(こんしん)の一撃をスラリとした無駄のない綺麗な手一本で受け止められたんです。巨大化したあの雲山さんの拳をですよ?

 その瞬間、攻守が切り替わりました。

 

夢子「なら——」

 

 冷や汗を流す雲山さんが目にしたのは、夢子さんの反対の手に瞬間的に生み出された大きな魔力の塊でした。それを胴体に押し当てられ、立ち上る爆煙と共に……。

 そして村紗さんまでも——

 

村紗「あんたよくも一輪と雲山をッ」

 

 夢子さんの背後へ回り込んでいた村紗さんでしたが、

 

夢子「やっと捕まえた」

 

 目にも止まらない速さで後ろを取られ返されてしまい、腕を捕らえられてしまったのだとか。どんな攻撃も貫通してしまう無敵状態だった村紗さんを何故捕まえる事が出来たのか、その理由は先程もご説明したように、村紗さんはこのスペルを維持し続けるするには高い精神力と集中力を必要とします。それが一輪さんと雲山さんのお二人が倒された事で心が乱され、実体を戻してしまっていたんです。そこをご自身で悟るよりも早く夢子さんに……。

 

村紗「え??」

 

 もしかしたら夢子さんはそうなる事を予期していたのかもしれせん。いえ、一輪さんの攻撃から始まる一連の過程全てが夢子さんの思惑通りだったのだとしたら、高密度の弾幕を避け切れた事も、膨大な魔力を短時間で生み出された事も、村紗さんが実体を取り戻したといち早く気が付けた事も(うなず)けます。

 捕らえられた村紗さんは(あせ)ったでしょう、思考が追いつかなかった事でしょう。打って変わって(すき)だらけとなった彼女へ、夢子さんは聖さんのスペルにもなっている強力な魔法を……。

 

夢子「『マジックバタフライ』」

 

 全弾命中だったそうです。衣服はボロボロ、肌は熱で焼かれ、その上力も体力も底をついて身動きすら出来ない満身創痍に。至近距離で放たれた魔力の豪雨は村紗さんの決意をへし折るには充分過ぎました。

 遠のいていく意識、そして(かす)む視界で村紗さんが次に見たのは、剣を構える夢子さんの影だったそうです。

 

夢子「この罪は死をもってしか(つぐな)えない」

 

 標的を旧都民に移して。一輪さん達だけならまだしも、なぜそこまで執拗(しつよう)に旧都民を狙うのか、理由はいたって単純明快です。

 

夢子「(ほこ)り高き魔族に手を上げた罪を!」

 

 夢子さんは怒っていたんです。魔界の仲間が傷を負い、(とら)われていた事に。それが例え輩達が発端(ゆえ)だとしても。()しくも旧都民達がそこの彼と筋トレマンに手をかした理由と同じだったんです。

 剣を両手で握りしめて腰元で構え、姿勢を低くし重心を前へ。さらに鋭利な視線で目標を定め、湧き出る迫力で逃さぬように取り押さえて。夢子さんが動き出せば皆無事では済まない、棟梁様はその未来を回避しようと神綺(しんき)様に説得を試みました。

 

棟梁「どうかお願いです、彼女を止めて下さい!」

 

 とね。その回答は——

 

神綺「うーん、と言われてもねー。彼女身内への情が厚くてねー、ああなっちゃうと聞いてくれないのよー」

 

 残された僅かな希望の灯火を吹き消しました。

 

棟梁「そんな……」

神綺「ごめんなさいね」

 

 神綺様は棟梁様に「止められない」と告げたんです。

 

夢子「裁きを実行します」

棟梁「やめてーッ!」

 

 棟梁様の悲しみに暮れる悲鳴と共に夢子さんは姿を消しました。旧都民は絶望したでしょう。ターゲットは全員、数秒後には誰かが裁かれ、その生存を確認する間も無く次の者が裁かれる。逃亡のチャンスを失い、圧倒的な力の前に対抗する術もなく、いつ自分が裁きを受けるのか分からない。次々と仲間が斬られていく惨状と、返り血で赤く染まりながら突然目前に現れる執行人の姿が脳裏を過った事でしょう。

 しかし、そんな地獄絵図の未来に待ったをかけた者がいたんです。

 

 

ガッキィィィーンッ

 

 

 金属が強く衝突し合う高い音が辺りに響き渡り、夢子さんが姿を現しました。顔の前に剣を構えた守りの姿勢で。その剣に圧力をかけていたのは黒い鋼鉄の塊、超重量の金棒でした。

 

??「させるかよ」

夢子「よく追いついたわね」

 

 夢子さんを止めたのは——

 

??「へへ、それだけじゃないぞ。『コンガラ流——』」

 

 筋トレマンだったんです。筋トレマンは村紗さん達の戦いを見ていただけで、たった数分間という短い時間の中で成長を()げていたんです。

 

筋ト「『振り子刀法』」

 

 さらに夢子さんの戦い方、ステップ、立ち回りに至るまでを研究していたのだとか。日々の鍛錬の成果、天性の才能、はたまた若さ故なのか。もう体を動かす事()()の吸収力はピカイチ、正直脅威(きょうい)すら覚えますよ。

 

筋ト「『串盛りバイキング』!」

 

 旧都の皆さんはさぞ目を疑ったでしょうね。のんびりとのほほんと(なご)やかに、お茶をすすりながら店番をしていた小生意気な子が、母親に(しか)られてばかりだった問題児が、ほぼ毎日そこの彼と喧嘩をしていた(ひね)くれた少年が、親方様の十八番を習得しただけでなく、誰も目で追えなかった夢子さんの動きを捕らえ、ましてや追いついて止めたのですから。

 

筋ト「熱苦(ねっく)刃羅(ばら)

 

 きっと夢子さんもそんな筋トレマンに、その時ばかりは歯痒(はがゆ)い思いを強いられていた事でしょう。その証拠に夢子さんは金棒の猛攻を剣で受け止めるだけで防戦一方だったそうですから。

 

筋ト「盆散裏(ぼんちり)突苦音(つくね)狩流毘(かるび)

夢子「この力に身のこなし、技のキレ——」

 

 筋トレマンは金棒を振るい続けました。

 

筋ト「迦死羅(かしら)迦和(かわ)難呼突(なんこつ)鬼喪(きも)!」

夢子「おまけに剣に多少の覚えがあるとは……」

 

 息が続く限り、体力が尽きてもなお気合いと根性で。がむしゃらに。

 

筋ト「死路(しろ)本塁打ァ!!」

 

 しかし運動能力とバトルセンスが高いのは筋トレマンに限ったことではありません。

 

夢子「でも、まだまだ未熟」

 

 金棒が空を切り、筋トレマンの脳が「背後を取られた」と認識し、夢子さんを瞳に捕らえた頃にはもう……。

 

夢子「それに……」

 

 剣を引いて構え終えていたそうです。振り上げられれば筋トレマンは背後から真っ二つ、運が良くても大惨事は(まぬか)れない。そう誰もが予感したでしょう。

 

筋ト「ゔォォオオオッ!」

 

 辺りに雄叫びが(とど)きました。生きたいと願う者の魂の雄叫びです。筋トレマンはその残された(かす)かな間に振り向いて金棒を盾にしたんです。夢子さんの剣を受け止めるべく。迫る剣と迎える金棒、両者の距離は秒も経たない間にゼロとなり、その瞬間——

 

筋ト「なっ——」

 

 打ち鳴らされ続けていた金属音が終わりを迎えました。ドシンと重々しい音が響き渡り、筋トレマンの手には上半身を失った金棒が取り残され、

 

夢子「この程度の金属、わけない」

村紗「ぃ……ゃ……」

 

 振りかざされた剣が次に捕らえたのは……。

 

夢子「散りなさい若き鬼」

村紗「ぃゃ」

 

 右肩から左脇腹にかけて引かれた直線から吹き出るものは、降り続く雪に付着し、流れ落ちるものは白かった地面を染め上げ、筋トレマンの周囲を瞬く間に赤一色の世界へと豹変(ひょうへん)させました。

 

彼 「和鬼ッ!」

村紗「いやああああッ!」

 

 きっとこの先も村紗さんはこの悪夢に苦しみ続ける事でしょう。先程心の中を(のぞ)いた時、当時のことが色濃く浮かび上がっていましたから。それに夢子さんに対する感情も。

 ……ちょっとドスケベさん、このタイミングで何でそれを言ってしまうんですか? 少しは空気を読んで下さい。はい、今言われたように、皆さんも既知の通り筋トレマンはそんな事がありながらも、今もなお筋トレを欠かさない日々を送っています。今頃お店で客寄せでもしていると思いますよ。村紗さんが来るとは知らずにね。

 でもこの事がこの物語の終焉(しゅうえん)に向けて大きな意味を持つ事になるんです。と、その事を語る前にクエッションです。

 

 Q.金棒をも切断した夢子さんの斬撃、それを受けた筋トレマンが真っ二つにならずに済んだのは何故でしょう?

 

 

 

 

 

??「いったたたー。あれ、ここ何処?」

 

 




【次回:表_十二語り目】



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表_十二語り目

◆    ◇    ◇

 

 

 手加減なし、持てる全ての力で相手をしようと決心した私の手札は、

 

私 「(出すとしたらこの時以外にないだろうね)」

 

 内で燃え続ける炎に燃料を与え、轟々(ごうごう)と燃え盛る業火へと進化させた。

 

私 「(熱い、けどもっとだ。もっと熱く)」

 

 それはその時が来るまで決して切り離せない(つな)がり、それは私自身が犯した罪への(いまし)めと罰則、そしてそれは下された裁きであり……呪い。

 けれど、それは切り離したくない繋がり、それは私と親友の間に出来た固い誓い、そしてそれは私に(ほどこ)された救済であり……(きずな)。そう、私と親友とアイツの確かな絆だ。

 

私 「(大鬼、力を貸しておくれ)」

 

 ようやく出来た私の四つ目のスペルカード、その名は——

 

私 「『枷符(かせふ)咎人(とがにん)(はず)さぬ(かせ)』」

 

 

◇    ◆    ◇

 

 

 勝気、意気、覇気。力の入った気が込められた雄叫(おたけ)びと共に現れる青い光の弾、それは隙間なく連なり真珠(しんじゅ)のネックレスの様に麗人を中心として巨大な輪を描いていく。一つ、二つ、三つと。

 そして輪の数が七つ目となった時、それらは身構える彼女達を一斉に捕獲にかかる。さながら投じられた投げ縄の様に。

 放たれたタイミングはほぼ同時、進路も力加減もあらかた一緒ではあるのだが、些細(ささい)なズレというのは発射地点から離れれば離れる程大きな影響を(およ)ぼすもの。彼女達の下へと辿り着く頃には、輪と輪の間には広い隙間が生じていたのだった。

 それを異変解決常連組のツートップが見逃すはずがない。ニヤリと微笑んでスペースへ飛び込み、向かって来る投げ縄を確実に避けていく。何の疑いも持たず、ましてや「これなら楽勝だ」と感想を残して。

 だが微笑んだのは彼女達だけではない。そう、余裕は大きな誤ちだったのだ。もう捕らえられていたのだから、迫る投げ縄を(かわ)し始めた時から既に。彼女達が通った抜け道は()わば(じょう)が外されている枷、そしてそこへ飛び込んだ二人は……咎人。

 そして今——

 

麗人「うおおおッ」

 

 再び()える麗人によって錠がかけられた。所狭(ところせま)しにばら撒かれる光弾、その量を見積もるなど馬鹿げた話、次から次へと放たれ計算が、脳が、目が追いつかない。

 そんな中彼女達は見つけた。残された唯一の逃走経路を。それは左右の高密度の弾幕の間に出来た細い道、まるで二人を招き入れるように出来た道、どう考えても罠としか思えない胡散臭(うさんくさ)い道。だが高密度の弾幕の中を進むなど自殺行為、やり過ごすにはその道を行くしかない。

 無言で視線を交わして力強く(うなず)く彼女達、心は決まった。無事生還となるか、はたまた飛んで火にいる何とやらとなるか。二色の少女達は弾幕で示された道を進み行く。

 決して道を外すことなかれ、少しでも外れればそこは奈落の底。行く手を束縛する弾幕こそ、目には見えない物こそが枷。咎人を捕らえた枷は徐々に彼女を追い詰めていく。

 で、

 

彼女「うぎぎ」

 

 歯ぎしり。ただ今絶賛悪戦苦闘中の紅白巫女である。その道、狭いのはさることながら右へ左へとカーブを繰り返す上に、標識も無しに時折りひょっこりと現れる弾幕に進行方向を阻害され、スピードダウンに加えバックも取り入れながら慎重に進む事を余儀なくされていた。だがそうこうしている間にも道は休まず湾曲する。

 

彼女「((じれ)ったい)」

 

 それが今の彼女の最大の悩み。イライラしながら、ワナワナしながら、ブチブチ額から音を上げながら蓄積されていき、

 

彼女「目の前をうろちょろと邪魔よ!」

 

 いよいよピークに。もう叫ばずにはいられなかった。

 

彼女「魔理沙ッ!!」

 

 それもこれも彼女の前を行く白黒魔女っ子が原因で。

 

彼女「行くならさっさと行きなさいよ! 前が見えないじゃない!」

魔理「っるせぇze★! こっちだっていっぱいいっぱいなんだze★ 霊夢が位置を変えればいいだろ!」

彼女「それが出来るならとっくにやってるわよ!」

 

 「二人()かりならば」と手を組んでスタートを切ったはいいものの、肩を並べて進んでいくにはギスギスで、かといって一列になってみればこのありさま。互いが互いの足を引っ張りあい『協力』という文字はその影を消そうとしていた。つまり彼女はこう考えるのである。

 

彼女「(こんな事なら一人の方がまだマシだった)」

 

 と。

 

彼女「と・に・か・く、今度は私が前だから」

 

 

◇    ◇    ◆

 

 

 機を見計らい開いたスペースをすり抜けて前へと出る紅白巫女、彼女の横を通過する際に

 

紅白「まったく……」

 

 と小さな声で積もったストレスを投げ捨てて。もちろんこれを彼女が聞き逃すはずもなく、

 

彼女「す、少し油断しただけなんだze★」

 

 見苦しくも言い訳をしながら強がってみる。

 しかし聞こえているのかいないのか、そんな彼女には目もくれず終わりが見えない弾幕の道を鮮やかに、軽快に、額に血管を浮き上がらせることなく進んで行く博麗の巫女。それはさながらご機嫌に軽やかなステップで木漏れ日あふれる林道を散歩しているかの様。

 そんな様子を見れば誰でも気付くだろう。「自分は枷になっていた」と。そして思い出される一言。「目の前をうろちょろと邪魔よ!」この言葉が彼女に深く突き刺さる。

 

彼女「魔理沙ちゃんだって……」

 

 負けていられない。(しお)れる心に(むち)を打ち、向かって来る光を迎え撃つ。

 しかし巫女のような余裕は無く、避けるタイミングも間合いもスレスレで、あまつさえ(かす)める始末である。正面突破をモットーとする彼女にとって慎重を期すこの様なシーンは歯がゆく、ジレンマで、言ってしまえば大の苦手なのだ。

 だが彼女は決して一人の力でここまで来たわけではない、心強い味方がいるのだ。そう、彼女がピンチに(おちい)ったこんな時こそサポートの出番である。

 彼女、そばを浮遊する人形に救いを求める。

 

彼女「パチュリー、この弾幕を楽に攻略出来る方法ないのか?! さっみたいにナビして欲しいze★」

 

 名指しで召喚された紫モヤシ、さて現在進行形で危機に(ひん)している彼女を救うその手段とは……

 

人形「{……そんなにすぐには調べられない}」

 

 Nothing。いくらご都合主義の世界でも、便利な未来の秘密道具や、過去の天才が生んだ奇想天外な発明品がパッと出てくるほど都合は良くないものである。

 

彼女「(役に立たねー……)」

 

 結果、サポートにも運にもストーリーにも見放される始末。だが現実はガックリと肩を落とす彼女に同情してくれるほど甘くない。無慈悲かつ無情なもの、待った無しに光弾が続々と彼女の前に飛び出し行く手を(はば)む。

 

彼女「ちぃッ、こうなりゃ壊すまでだze☆」

 

 利き手に力を集め弾薬をセット、相殺を目論(もくろ)む。描くイメージは飛距離は(おと)るが高い威力と広い射程範囲を(ほこ)る散弾銃で。

 

彼女「『スターダストミサ——』」

 

 だがしかし、

 

紅白「魔理沙よけなさい!」

 

 その手を止めて咄嗟(とっさ)(ひざ)を曲げ、低姿勢で身を反らした。ご愛用の黒帽子のツバを掠めながら通り過ぎる眩しい弾丸を見開いた瞳で追いつつ。

 

彼女「あっぶなー、何で止めるんだze★?!」

紅白「アイツの威力が高すぎて相殺なんて出来ないの!」

彼女「はあああッ?! 相殺不可能だなんてそんなの無理ゲーだze★」

紅白「そう思うなら早くアイツをブレイクさせるしかないわ」

 

 二人の視線が交差する点、かけられた枷の鍵が隠された地点、そこは簡単に辿り着けそうで辿り着けないゴール地点。然程(さほど)離れていないが、三歩進んで二歩下がるの状況下でその距離を縮めるのは極めて困難な事である。

 

麗人「どうした、息が上がっているよ? もう降参かい?」

 

 余裕、強者としての余裕、圧倒的な余裕。額に汗を(にじ)ませる彼女達とは対照的に、さらさらすべすべな肌で、真剣勝負である事を全く感じさせない涼しい顔で、八重歯を覗かせて悪戯(いたずら)な笑みで今この時を楽しむ麗人。

 

麗人「まだまだいくよ」

 

 止まらない攻撃は止める気のない遊戯(ゆうぎ)。右手を振るっては彼女達の左側に弾幕の林が追加され、左手を振るってはその反対側に植林され、残された真ん中の林道は麗人の気まぐれで作られる。

 

彼女「あのヤロー……」

 

 歯を食いしばる彼女、幾度となく訪れる一方的でいて不利な状況に、心の奥底に築かれたダムは

 

彼女「火力がご自慢だって言うなら——」

 

 とうとう決壊した。マジックアイテムを取り出し前方へ構えて詠唱するは、

 

霊夢「ちょっ、アンt——」

彼女「魔理沙ちゃんだって負けてないze☆」

 

 「弾幕は火力(パワー)だze☆」を決め台詞とする彼女の十八番。

 

魔理「『恋符:マスタースパーク』!」

 

 

◆    ◇    ◇

 

 

 それは突然私の目に映し出された。目が(くら)んでしまうほどの輝きを放ち、放った光弾を飲み込みながら一直線に向かってくるデカイ光線が。

 あの時は正直驚かされた。まさか人間に、ましてや小娘にあんな力があっただなんて思わなかったから。自慢気に数々の異変を解決して来たと親指を立てて豪語(ごうご)していた彼女に「あながち見栄(みえ)や強がりではないらしい」と納得させられたものだ。でも——

 

魔理「ZeeeeeeE★!?」

私 「こんなものかい?」

 

 火のついた私にとっては避けるに足りない。動くのも面倒だったから片手で止めてやった。引きずられる事も無く、その場から微動だにせず、頭をクシャクシャと()でる感じで。片手で、コレは自慢だ。後にも先にもいなかろう……女神様なら容易(たやす)いか、デコピンで弾きそうだ。

 とまあ、当時もしてやったり顔をしていたかもしれない。

 でもその一方で『咎人の枷』を封じられたのも事実、スキルブレイクというやつだ。想いを込めて作った技だけあってあの時は少しばかり胸が痛かった。

 そんな私の事など気にもせず、ようやく解放された呪縛(じゅばく)にさぞ喜んでいるだろうと思いきや、あの二人ときたら——

 

霊夢「あんた何いきなりぶっ放してるのよ!」

 

 味方に怒鳴り出すわ、

 

魔理「受け止めるってなんだよ」

 

 極度に凹み出すわで……。私としては願ってもない状況だったから、黙って事の成り行きを見守っていた。もっと言ってしまえば「いいぞ、もっとやれ」くらいな気持ちで。それがまさか……。

 

霊夢「反応出来たから良かったものの、あと少し遅かったら巻き込まれてたわよ!」

魔理「冗談キツイze★ マスタースパークだze★?」

 

 最初は違和感だった。言葉を発する度に濃度を上げながらまとっていく陰湿な気配に気が付いた時、ゾクリと背筋に電気が走ったのを覚えている。

 

霊夢「って、魔理沙聞いてるの?!」

魔理「おかしいだろ……、あり得ないだろ……、強過ぎるだろ……」

 

 次は予感だった。段々と黒い雲がかる表情に座っていく目付き、同じ系統の髪色をしていたこともあって、その頃には彼女に面影が重なり始めていた。

 

霊夢「魔理沙?」

魔理「チートだろ……、ずるいだろ……、その力……」

 

 そして確信した。あの目は、輝き出したあの緑色の目は——

 

【パルスィ談⑧】

 そうそう一度家に戻った時にね。勇儀にあげた(はかま)と一緒に持って行ったはずなんだよ。勝っても負けてもエネルギーの補充が必要になると思ってね、(ふところ)に入れておいたんはずなんだ。それなのにいざ使おうとしたら無いの。もうヤマメと一緒にすっごい探したよ。雪が降る中凍える思いをしてさ、上まで脱がされて探したんだから。けどそれでも見つからなくてね、「きっと何処かに落としたんだ」ってなったんだけど、まさかあの黒白にパクられていただなんて……。きっと突っ込んで来た時に掠め取られたんだろうね。

 

魔理「そのパワーが——」

 

 え? 盗られたもの?

 

魔理「ねェ・たァ・まァ・しィィイッ!」

 

 ネタミン1000パル配合の『ジェラシE』だよ。

 ……そんな目をされても私は悪くないでしょ? むしろ被害者なんだから————

 

彼女「パルパルパルパル……」

 

 敗北することその日で千回目。イヤというほど、完膚(かんぷ)なきまでに思い知らせてやったはずだった。

 

魔理「『嫉恋(しつこい):ジェラシースパーク』」

 

 それでもなお私に牙を()くヤツの力、彼女の力に上乗せされ渦を巻きながらドス黒い激流となって襲いかかって来た。ここぞとばかりに、まるで「この機会を逃してなるものか」とでも言わんばかりに。

 

私 「ホントにいい加減——」

 

 今でもその時覚えた感情が易々と蘇る。自ら宣言するだけあって

 

私「シツコイッ!!」

 

 ってな。




初めてのオリジナルスペカでした。
そして「ネタミン」実際に存在するさら困る。
でも一切関係ありません!

【次回:裏_十三語り目】


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裏_十三語り目

COVID-19が世間を騒つかせています。
しかしここで忘れていけないのがインフルエンザ。
今猛威をふるっております。
なったら大変です。いや、ホントに大変でした。
皆さん手洗いは念入りにした方がいいですよ。
もちろん栄養も。


 これはその場にいた方々から聞いた話です。

 ある方は言いました「あれは白い光だった」と。

 

??「さっきの金髪はー……?」

 

 またある方は言いました「あれは男だった」と。

 

??「って、ここって——」

 

 またまたある方は言いました「あれは屈強(くっきょう)な身体をした大男だった」と。

 

??「ま、まままさか……」

 

 しかしその一方で、

 

??「なんでこっちに来てるの?!」

 

 「あれは黒い影だった」と語る方、

 

??「関わりたくないのに関わりたくないのに……」

 

 「あれは女だ」と語る方もいれば、

 

??「何でどうして何でどうして何でどうして」

 

 「あれは花車(きゃしゃ)で見るからに弱そう」と語る方もいて。挙句の果てには「あれは獣だった」と語る方もいたり、「巨人だった」と語る方もいたり、「スライムだった」と語る方もいたりで、その方の最初の印象は皆さんバラバラでした。

 

夢子「そこを——」

 

 では正解を発表しましょう。筋トレマンが真っ二つに切断されなかった理由とは、

 

夢子「どきなさい!」

 

 前触(まえぶ)れもなく突如(とつじょ)現れたその方によって助けられたからなんです。剣が振り下ろされるタイミングで夢子さんの背中にのしかかり、姿勢を崩されたんです。そのおかげで剣の軌道が外れ、即死を間一髪のところで逃れることが出来たんです。

 

医者「鬼助急げ!」

鬼助「早くしないと和鬼が」

医者「そんなの分かっておる。——そこを退け」

 

 けれど命の危険に(ひん)していた事に変わりはありません。身体の内側までに達する斬撃と開かれた傷から血液が止めどなく流れ続ける深刻な事態に、一刻を争うと悟った長老様の指示で彼の兄貴分さん、そしてそこの彼が筋トレマンの下へと駆けつけます。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 ミツメは語り続ける。あの日の記憶を。

 

??「大鬼そこを退け!」

 

 それがついにここまで。

 あの日起きたことは全部、今でも鮮明に覚えている。

 丸つけを頼んだのに解答を忘れて話をはぐらかしたミツメのことも、(うる)んだ赤い瞳をゆっくりと閉じながら近づいて来たお燐の表情も、いつも(ゆる)んだ顔をしていたのに口調も顔つきも全くの別人へと変わってしまったお空の凄味も、自分のしでかした事の大きさを殴って教えてくれた鬼助の言葉も、いつも通り不気味に笑いながら「任せろ」と言ってくれたキスメの頼もしさも、普段と変わらない優しい顔で安心させてくれたヤマメの強さも、日常以上に爆発したパル公が当たり前のように投げ飛ばされる姿も、見えなくなるまで見送ってくれた姐さんの大きな笑顔も。そして——

 

自分「和鬼、和鬼!」

 

 血の色に染められた悲惨な光景も。

 

鬼助「急いで薬を——」

医者「ダメじゃ、こんな状態では飲ませても吸収できん。縫合(ほうごう)が先じゃ」

??「おじいちゃん!」

??「それ和鬼?! 何これどういうこと?」

医者「ヤマメとパルスィか。事情は後回しじゃ、今は事を急ぐ。ヤマメ、大鬼の時のように——」

ヤマ「うん!」

医者「パルスィは薬を」

パル「分かった」

 

 擦り切れた服、黄色い髪に絡まった砂利、頬に付いた焦げ跡。そんな格好で二人は駆けつけて来れた。と同時に分かった。博麗の巫女を止める事が出来なかったんだって。「博麗巫女は今何処に? 誰が相手をしている? その先の作戦は?」そう頭をよぎったのは確か。けどそんな事を尋ねられる雰囲気ではなかったし、自分も尋ねられるほど余裕なんてなかった。

 指先から透明な糸を出し続けるヤマメとその糸を使ってアイツの傷口をいつになく深刻な顔で(ふさ)いでいく長老に、その場を張り詰めた空気が覆っていた。そして自分は……

 

自分「和鬼聞こえてんだろ!? 目ぇ開けろよ!」

鬼助「落ち着けって、お前に何が出来るんだよ! 今出て行っても邪魔になるだけだろ!」

 

 何も出来なかった。吠えるだけだった。羽交(はが)()めにしてくる鬼助を振り解こうと暴れ回りながら。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 しかし裁きは終わってなどいません、始まったばかりです。

 

パル「パッ!?」

彼 「!? 鬼助後ろ!」

鬼助「げえええッ!」

夢子「裁きを続行します」

 

 そこへ執行人の夢子さんが容赦(ようしゃ)なく剣を振りかざします。

 

夢子「!」

 

 ですが、幸いなことに振り下ろされた剣が彼らへ届くことはありませんでした。

 

??「手ぇーがぁー、しぃびぃれぇるぅー」

 

 先が三つに分かれた矛に救われたんです。そしてその矛を(にぎ)っていた方こそ夢子さんの背後から現れた方であり、最初の目撃証言がバラバラとなった方。でもそれはどれも正しい証言なんです。

 ざわついていますね。もうみなさんもお気付きでしょう、今この場にいないのが残念ですね。その方は見る方によって姿が異なる『正体を分からなくする程度の能力』を持つ

 

彼 「えっ、ぬえ?」

 

 封獣(ほうじゅう)ぬえさんです。

 他人を助けるなんて珍しい? けど彼らを助けるために惨状したのは事実です。ただの気まぐれだったのかもしれませんがね。

 それとこれは余談ですが、皆さん覚えていますか? 村紗さん達が彼の下に駆けつけたきっかけの事を。

 

ぬえ「かかか勘違いしないで。人間なんて、大ッキライなんだから」

彼 「なんでそれを……。だったらどうして?」

ぬえ「けどあんたは……あんた達は!」

 

 はい、そうですね。

 

ぬえ「じ、時間を……だだだからムキムキを」

 

 外から「大変だ」と叫ぶ声が聞こえたからです。それがぬえさんの仕業だったのではないかと。なんでも話によると、ぬえさんは少なからずある程度の事情を把握している雰囲気だったそうなんです。とは言っても私の憶測ですから、本当のところはご本人に直接尋ねてみないと分かりません。

 

夢子「どうして邪魔を? あなたには何の罪もない、罪を犯す前に立ち去るというのなら見逃してあげてもよくてよ?」

ぬえ「そそそれはうう嬉しいけど……」

夢子「断るというのね?」

ぬえ「ここここいつらららも……」

夢子「それは無理な相談ね、連中は罪を犯し過ぎた。なぜそこまで肩入れを?」

ぬえ「いいい一緒に冒険とかとかとかか……」

夢子「なるほど『仲間』というわけね」

ぬえ「……たぶん」

 

 続きを語る前に、ここで皆さんに知っておいて頂きたい事があります。それは長老様が持っておられた傷をたちどころに回復させる薬の残量です。この騒ぎで大活躍してきましたが、度重なる負傷者にこの時にはもう残すところニ人分だったそうです。その内の一人分は言うまでもなく筋トレマンへ使われました。そして残りはあと一人分に。

 

夢子「仲間、同胞、友人を守るため。その心には敬意を表します。けれど、それなら蔵匿(ぞうとく)の罪であなたも罪人と見なします。どうかお覚悟を」

ぬえ「かかかかってこここ来い」

夢子「……震えているようだけど?」

ぬえ「ううううるるうるさい!」

 

 では続きです。打ち鳴らされる連続した金属音はお二人の実力が拮抗(きっこう)している証。かと思いきや、

 

ぬえ「ひぃいいいッ」

 

 戦況はぬえさんの防戦一方だったとか。なおも高速度で移動し、前後左右から襲いかかる夢子さんの剣を受け止めるだけ。反撃もままならずいっぱいいっぱいのように写っていたそうです。さらにそこへ、

 

夢子「スターメイルシュトロム」

 

 魔力の弾幕が加わりぬえさんの姿は立ち所に爆煙に飲まれていったのだとか。

 小説やドラマではピンチの時に登場したヒーローが状況を(ひるがえ)す。それがセオリーであり、この時も旧都民しかり一輪さん達しかりでした。

 だからでしょうね。登場してばかりだというのに、やられっぱなしで見せ場のないぬえさんに、その場の方々はこう思ったそうですよ。

 

  『(終わり?)』

 

 とね。やがて爆煙が吹き抜ける風に流され、そこには無茶をした者の末路が……

 

ぬえ「けほけほッ、ぬえーッホ。目が、目が〜! 目に小石が〜!」

 

 かと思われました。なんとぬえさんは無事だったんです。傷一つ負っていなかったんです。全弾避け切った? そう当時の夢子さんも皆さんと同じことを考えたでしょう。

 

夢子「上手く避けたようね、なら——」

 

 だからより強力でいて、より速く、より逃げにくい魔法をぬえさんに放ったんだと思います。

 

夢子「魔法銀河系」

 

 その魔法はぬえさんのみならず辺り一帯に飛び交い、瀕死の筋トレマンの治療を行なっていた長老様達をも襲いました。

 

ヤマ「パルスィ!」

パル「あーもう! エネルギーチャージ出来てないのに妬ましい! みんな下がって」

鬼助「うわととと、無差別かよ!」

彼 「放せってば! 次来てるんだって!」

鬼助「そういう事は先に言えよ!」

 

 それを彼らは全力で阻止していたそうです。長老様の手が止まらないように、(かすか)に残された灯火が消えないように、その身を犠牲にしてまで。

 

鬼助「なんでオイラァァァ?!」

 

 渦巻く風の様に放たれる魔力の光線は幾度となく彼らを襲撃しました。まるで彼らの想いを阻止するかのように。

 

夢子「ハァ、ハァ、これなら」

 

 やがて夢子さんの息が上がるまで続けられた弾幕も終わりを迎え、辺りが粉塵(ふんじん)のベールに包まれました。果たしてぬえさんは無事なのか、誰にも止められない夢子さんは何処にいるのか。影さえ映さない厚い煙に多くの方が不安に()られていたことでしょう。

 と、そこへ——

 

??「ぬええええええん!」

 

 泣き声です。大音量の泣き声が響き渡ったんです。

 

ぬえ「ぬぇッぐ、ぬぇッぐ、ヌ゛エ゛エ゛」

 

 そうです、なんとぬえさんは無事だったんです。ペタンと腰を抜かして泣きじゃくりながらも、同じ位置で真っ黒になりながらも、村紗さんや一輪さんを完膚(かんぷ)なきまでに沈めた夢子さんの魔法を受けておきながらも。

 ところで霊夢さん、地底と魔界の境界線だった扉にはお札が貼られていたのですが、そのお札ってどれくらい強力なんですか?

 

パル「もうムリ、もう限界。何なのあの殺戮(さつりく)人形、勇儀に匹敵する威力なんだけど」

 

 先代がやった事だから知らない? 

 

パル「で、そっちは?」

 

 紫さんに聞けって、引継ぎしなかったんですか? ……それでは紫さんにお尋ねします、どうなんですか?

 

鬼助「キ、キスメが突っ込んで来た時以上にヤバイ」

 

 平凡な妖怪の群れを一掃出来るって……それ本当ですか? だとしたらさすがですね。なんでも聞いた話によると、ぬえさんはそのお札に触れてしまったことがあるそうで……。

 

鬼助「それにしてもよ、今のをモロに食らって泣くだけって……」

 

 その時もやはりボンバーヘッドで大泣きしただけだったそうですよ。

 

パル「う、うん。彼女——」

鬼助「アイツ——」

 

 でもそうですよね。能力で正体を眩ませてみても真の姿はイタズラ好きな女の子、その上人見知りで臆病。けれど彼女は言わずと知れた大妖怪の『(ヌエ)』そのもの、私など足下にも(およ)ばない力を持っている方なのですから。

 

  『(実はすごいんじゃないか?)』

 

 何処の誰だかは知らないが彼女は只者ではない。この事実が立ち込めていた暗雲を|(つらぬ)く一筋の光となって差し込みました。これは旧都民にとって急死に一生を得る、千載一遇(せんざいいちぐう)の大チャンスです。再び望みが(ただよ)い始めたんです。それをあのお二人が()ぎつけないはずがありません。

 

??「誰だか知らんがおっさん達も手を貸す!」

??「えらく冷静じゃねぇの」

ぬえ「ぬぇッ!?」

 

 彼の師と親方様です。

 

師匠「冷静なものか、頭も(はらわた)も煮えくり返ってんだよ!!」

親方「珍しく意見が合ったな、ワシもだ」

ぬえ「誰ッ?!」

  『鬼の怒りを思い知れ!!』

 

 お二人とも最高潮の大噴火、彼の師にいたっては大切な(おい)を斬られたわけですから、怒りもさることながら恨みも計り知れなかったと思います。

 そこからです。彼の師と親方様、そしてぬえさんによる怒涛(どとう)の反撃が始まったのは。

 

親方「大江山颪ィィッ!」

 

 親方様は掌底(しょうてい)から生み出されるご自慢の衝撃波で、

 

ぬえ「だ、『弾幕キメラ』!」

 

 ぬえさんは主に光弾を放ちながら、

 

ぬえ「伏せて!」

夢子「またあなた——」

 

 攻められつつも向かって来る夢子さんからお二人を守っていたそうです。

 

師匠「おっさんの前で足を止めたな」

 

 三人対一人、数的にも戦術的にも圧倒的に優位です。引っ込み思案で秘められた実力を出し切れないぬえさん、そこに加わる(いにしえ)より鍛え抜かれた百戦錬磨(ひゃくせんれんま)の力強いタッグ。戦況の天秤は一気に旧都民に傾きました。

 

師匠「柔をもって剛を制す——」

夢子「しまっ——」

師匠「『背負い:()割剛鬼(わりごおり)』!」




【次回:表_十三語り目】


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表_十三語り目

マスク不足、深刻です。
予防もそうですが、そろそろやつらがやって来る時期なんですよねー。
鼻も目も大変なことになって。
は…は…シャアーッ!


◇    ◆    ◇

 

 

 彼女の前で繰り広げられる光景は、にわかに信じ(がた)いものだった。

 

彼女「魔理沙——」

 

 異変の(にお)いにやたらと敏感(びんかん)でお節介極まりない友人の変わり果てた表情、放つダークで禍々(まがまが)しい雰囲気、そして魔力と妖力が混在した見たことも聞いたこともない高エネルギーのスキルが。

 

麗人「コォンノォヤァローッ」

 

 加えて、それを逃げもせず避けもせずに真っ向から受け止める麗人(れいじん)が。

 

彼女「あんた……」

 

 唖然(あぜん)としていた彼女だったが、頃合いを見計らうや意を決して足に力を込め、出陣への一歩を踏み出した。

 

 

◆    ◇    ◇

 

 

 (うず)を巻きながら(せま)濁流(だくりゅう)は私の手の中で回転を続け、じりじりと薄皮を削り取っていった。押し寄せる力は重さ、重さは威力。震える(ひじ)容赦(ようしゃ)なく曲げられては、負けじと腕に根性を注いで押し返す。それが幾度となく繰り返され、おまけに地面を(えぐ)りながら数メートル引きずられた。能力を解放したのにだ。けどそれも、

 

私 「いちちち……」

 

 決定打には遠く及ばず。

 やがて大木のように太かった光線は、徐々に力を失って最後には道端に転がる枝のように細くなり、ついにはその姿を消していった。

 ここで本来なら「何故彼女がヤツの力を使える?」と疑問に思うところだろう。けど私はそんな不可解な現象よりも、

 

私 「(二度目のスキルブレイク)」ニヤリ

 

 してやったりと満足気に勝ち誇っていた。そんな事をしている暇があったのなら先に手を打つべきだったと反省する前に。

 

魔理「嫉ーーーーー妬だze★」

 

 髪をバタつかされる突風が私を襲った。その正体はより強烈な威圧感。白黒の彼女からは黒々しくもキラキラと輝きを放つ力が垂直に吹き上がり、緑色に光る瞳はより鋭くギラつき、

 

魔理「パル★パル★パル★パル★パルze★」

 

 なんか色々と増していた。

 迂闊(うかつ)、そう思われても仕方がない。完全に忘れていたのだから。基本的なことを。ヤツの力の(かて)(ねた)む心であり、嫉妬すれば嫉妬するほど激しさを増すということを。

 (あき)れから驚きへ、驚きから(いきどお)りへ。順を追って様変わりしていく心中に歯を食いしばり、再び向けられた発射口とやがて迎える衝撃に備えていた。「来るなら来い!」と。

 

魔理「『嫉恋:ジェラシー——』」

 

 だがそこまで、二度目は無かった。

 

霊夢「いい加減にしなさい!」

 

 その瞬間、カコーンと鹿威(ししおど)しに似た心地の良い音が響いたものだ。

 博麗の巫女は人格が変わった彼女の背後に回るや、手にしていた棒切れを後頭部へと力任せに振り下ろし……つまり殴った。味方を殴った。既に大きなコブがあるにも関わらず殴った。

 そして札を(ふところ)から取り出すや姿勢を崩して前のめりになっていた彼女の背中へ、これまた音が上がる勢いで貼り付けていた。

 そこからだ。雪の上に倒れ込んだ、背中に紅葉跡が出来上がったであろう彼女に向けて、空中で複数の十字を描きながら

 

霊夢「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前」

 

 何やらぶつぶつと(とな)え出したのは。不思議な光景に首を傾げていたが、その効果はすぐに現れた。

 

魔理「う、う〜ん」

 

 白黒の目から忌々(いまいま)しい色の光が弱まっていき、身体中から黒い霧だか煙のようなものが立ち上り、そのまま風にのって何処かへと。博麗の巫女が巫女だと改めて思い知らされた瞬間だった。

 

私 「(さすがだな)」

 

 と。だがしかし同時に、

 

私 「(殴る必要あったのか?)」

 

 と首をより傾げていたのも事実。ちなみにあの時、流されていく黒い影が『ルううううぅぅぅぅぁぁぁぁ。。。……☆』のようにも映ったが、これは気のせいだろう。

 

魔理「ze☆? 魔理沙ちゃんは何を……!?」

 

 ヤツの力を手にしていた彼女の表情はすっかり元通りに。けど、まるで眠りから覚めたばかりかのようにキョロキョロと辺りを見回し、ヒントとなるものを探していた。おそらくあの間の記憶が無かったのだろう。

 

霊夢「あんた急にどうしたっていうのよ。今——」

 

 そこへ博麗の巫女が説明しようと……それも束の間、彼女の顔色がどんどん血の気の引いた色へと変化していき、

 

魔理「ちょ、ちょっとタンマze★」

 

 とか言って小道に駆け込んで行ってしまった。

 

  『は??』

 

 残された私と巫女、対峙(たいじ)する者同士が互いに顔を見合わせてしかめっ面で頭上に『?』。そんな私達の間には微弱ながらも冷たい季節を感じさせる風が通り抜けていた。

 そこへ響き渡る音は季節感無視の、雰囲気ぶち壊しの、

 

魔理「ZZZZEEEEeeee★★★★」

 

 聞くに耐え難いもの。誰かに「何があった?」と問われたら……ふっふっふ。実はその時の答えはもう用意してある。とびっきりのな。いつかお披露目(ひろめ)したいものだ。

 

私 「あれ、大丈夫かい?」

 

 それはそうと今だから言えるが、ヤツお手製の訳のわからん物を飲んだのだから、当たり前と言えば当たり前だな。自業自得ってやつだ。当時は敵ながら心配させられたものだ。

 

霊夢「一旦ストップ、あんたそこで待ってなさい!」

私 「ん、ああ構わないよ」

 

 白黒が回復するまで休戦。私も熱を帯びて擦り切れた手を冷やそうと、足下に積もる雪を拾い上げ、ヒンヤリとする感覚に心地よさを覚えていた。そんな時だった。私を呼ぶ声が聞こえて来たのは。

 

??「勇儀さん……ニャ」

 

 相手は誰だかすぐに分かった。けれど周囲を見回して見ても彼女の姿はなかった。今さら隠す仲でもないのにどうしたものかと疑問に思っていたが、後から事情を聞けば……なるほどなと。

 

お燐「そのままで聞いて下さいニャ」

 

 なんでも変化(へんげ)に失敗していたらしい。その姿を(さら)したくなかったのだと。

 

勇儀「何で戻って来た? さとり嬢に——」

お燐「さとり様には伝えましたニャ」

 

 おまけに極めて(まれ)に起きるケースであるが故、元に戻るのに手間がかかると。そうまで言われると余計に見たくなっでしまうのが私、今度頼んで見せてくれないものだろうか。

 

勇儀「ならどうして?」

お燐「それはさとり様が——」

 

 そんなお燐はさとり嬢の考えを話してくれた。聞かされた時は「随分と信用されてないんだな」と不服に感じたと記憶している。さらにお燐はもう一つの騒動についても——

 

お燐「ここに来る途中、向こうの方で稲妻(いニャづま)が見えましたニャ。爆発音もですニャ」

 

 悔やんだ。悔やんでも悔やんでも悔やみ足りなかった。私が立てたその場(しの)ぎでツギハギだらけの作戦に、半人前のアイツら二人に(たく)してしまった事に、その結果に。そして私も一緒に行くべきだったと。

 

私 「(今からでも遅くない)」

 

 張り裂けそうな胸の内に身を(ゆだ)ねて一歩、また一歩とアイツの下へと足を運んでいた。勝負がついていない博麗の巫女達に背を向けて。そう、私は取り返しのつかない過ちを起こそうとしていた。それを止めてくれたのもやはりお燐だった。

 

お燐「勇儀さん待って下さい、最後まで聞いて下さいニャ。棟梁様と親方様、大鬼君のお師匠様、それに大勢の町の方々が向かっているのを見たんですニャ」

勇儀「え、父さん達が?」

お燐「あと和鬼君の彼女さん達もですニャ。だからきっと大丈夫ですニャ」

 

 当時和鬼の彼女の実力は定かではなかったが、お燐が「大丈夫」と断言したからそれを信じることにした。さらに父さんと萃香の親父さん、血の気の多い鬼一族が加勢してくれるとなれば、魔界の連中が束になろうが負けるはずがない。と確信めいたものを抱いていた。

 安心、安堵(あんど)安泰(あんたい)。目まぐるしく変化する状況で、火花散る戦いの中で、不安と心配と焦りが渦巻く心中でようやく得られた安らぎは大きかった。

 

お燐「相手は二人、アタイも一緒に相手しますニャ」

 

 そのおかげで落ち着いて考える事が出来たのだから。

 

私 「(もし私とお燐で相手をしたする。そこで仮にも、よしんばにも、万々が一にも敗れてしまったら彼女達は行く先を見失う。そうなったらどうなる? 十中八九闇雲に旧都の上を飛び回るだろう。そして目にするはずだ。八咫烏(やたがらす)に破壊された家屋の数々を。地底でただならぬことが起きていると感づくだろう。それだけならまだいい。その上で地底中を調べ始めたら? 行く手を(さえぎ)る者なしに、所構わずお構いなしにやたらめったら大捜索を始めたら? それこそ一環の終わりだ。絶対に知られる。向こうで起きているもう一つの騒ぎを。その可能性を下げる術は、誰かが彼女達の気を引きながら別の場所へ誘導しないと)」

 

 そして()み切った頭で出した結論は後々(こう)(そう)することになった。

 

私 「いや、さとり嬢の考えに乗ろう。ここは私一人で相手をする」

 

 とはいえだ。

 

お燐「けど二人——」

私 「そんでもって勝つ!」

 

 「どうぞどうぞ」と楽々道を(ゆず)る気なんて毛頭なかった。いや、負ける気なんてさらさらなかった。

 

お燐「……分かりましたニャ。アタイは遊びに行ったゾンビフェアリーを探して来ますニャ。どうかそれまで」

私 「必勝!」

お燐「頑張って下さいニャ」

 

 何処かにいたであろうお燐への返事と第二回戦を迎える自身に気合いを入れるため、私は親指を立てた拳をビシッ高々と(かか)げて勝利宣言をしていた。その姿に我ながら「決まった」と酔いしれたものだ。それを彼女と来たら……

 

「……あんた、一人で何やってるの?」

 

 とは口にしなかったが、物陰から(のぞ)かせる冷え切った視線がそう語っていた。

 

私 「……なんだよ?」

彼女「別にー」

 

 

◇    ◇    ◆

 

 

 ローグライクゲームにおいて、戦闘後に敵がアイテムをドロップするのはもはや当たり前のシステムである。それらを活用して迷宮、ダンジョンを攻略する。これは常識中の常識。食糧しかり回復薬しかり強化薬しかりである。しかしそれらが必ず正義の商人にも使用可能な物であり、プラスに働く物なのか? その答えを我が身を持って知った白黒のト○ネコさんは……

 

彼女「あ゛ー、気持ちワル……」

 

 げんなりとしながらもようやくご帰還。なおそれまで彼女の背中をさすり続けていた女房役の紅白ネ○さんは……

 

巫女「あ゛ー、嫌なもの見せられた……」

 

 やはりげんなり。大きく精神的ダメージを受けていた。そしてそれはこちらでも……

 

人形「{ちょっと変なもの見せつけないでよ……}」

珠 「{ぎゃははははッ!}」

 

 常に彼女達の側から離れない、

 

人形「{自動モザイク処理機能を入れておくべきだった}」

珠 「{ふむふむ、これはトクダネですね}」

 

 いや離れられない人形と珠。

 

人形「{もういや、具合が……}」

珠 「{(らん)、酔い止め頂戴……}」

 

 その向こう側の遠く離れたサポート陣営にもダメージを負わせていた。

 ともあれ彼女、両手で(ほほ)わー二度叩くと瞳に力を込めて

 

彼女「うしッ、お待たせだze☆」

 

 戦場へ舞い戻った。

 

 

◇    ◆    ◇

 

 

 華のさかづき大江山。

 その昔地上には、王族達でさえも(うわさ)を聞きつけただけで、財産と家来を置いて一目散に逃げ出す種族がいた。

 

麗人「もういいのかい? まあそっちがいいって言うならいいけどさ」

魔理「情けはご無用だze☆」

彼女「そうゆっくりもしていられないの。早くこの異変を解決しないと」

 

 その強さと風貌(ふうぼう)から彼らは災害、恐怖、悪役の象徴として()み嫌われ、想像を絶する豪快(ごうかい)さと暴れっぷりから数多(あまた)の伝説となり、その地を(にぎ)わせていた。

 

麗人「なるほど、さすがは——」

彼女「コタツに戻るために! で、寝るために!!」

魔理「奪われた本を取り戻すためにだze☆」

麗人「……ああそうかい」

 

 その地、山の名を——

 

麗人「それじゃあ続きといこうか、こっちのスペルカードはあと二枚、そっちはあと一枚。よく考えて使いなよ」

魔理「ze★? 残り一枚? 三枚勝負のはずだze★?」

彼女「あんたさっき私が前にいたのにぶっ放してくれたわよね?」

魔理「マスタースパークをだろ? だったら——」

 

 『大江山』。

 

麗人「その後に連続して使ったんだよ。嫉恋なんたらスパークって」

魔理「はーッ?! そんなの魔理沙ちゃんのスペカじゃないze★」

彼女「でもあんたしっかり宣言してたわよ?」

魔理「そんなのは無しだ無し! ノーカン! ノーカン!」

 

 そして数ある伝説の中で、今もなお多くの人間の間で語り継がれる猛者(もさ)が二名。人呼んで『赤鬼』と『青鬼』。

 

麗人「悪いけどそれは飲めない相談だね。いかなる理由であれ、勝負事で出ちまった結果は変えられないよ」

彼女「そうね、出目に文句は言えないわ」

魔理「霊夢はどっちの味方なんだよ!」

 

 今冷静を(よそお)う彼女の前に立つは、その片割れ『赤鬼』の愛娘(まなむすめ)

 

麗人「へー、言うじゃないか。やっぱり気が合うみたいだね。こんな事なんてやめて今から酒でも一緒に——」

彼女「お断り、それよりも随分と余裕みたいだけど忘れてない? 私はまだあんたとの勝負で一枚もスペカを使っていないんだから」

 

 心の一番近くにアイツからの贈り物を忍ばせて、彼女の行く手を(さえぎ)る鬼門と化す。

 

麗人「あ〜ん? だからどうしたってんだい?」

魔理「霊夢おまえ……」

彼女「スペカあと四枚防げて?」

 

 その出会いは偶然か必然か、はたまた運命の悪戯(いたずら)か。

 

麗人「なっ、三枚勝負だって——」

彼女「あら、一人三枚って受け取ったけど? 二人で三枚なんてやりにくくて逆にハンディよ」

魔理「そーだze☆ そーだze☆ 霊夢の言う通りだze☆」

 

 ここは秘境の地、幻想郷。その地下666階に栄える都。

 

麗人「バカ言うんじゃないよ! そんなの認められるわけ——」

彼女「まさかたかだか人間の小娘二人に()()()を設けるつもりだったの? 四天王って案外器が小さいのね。それにちゃんとルールを決めないで始めて来たのはアンタでしょ、文句は言えないはずだけど?」

 

 同時に起こる二つの騒動、入り乱れるそれぞれの思惑、やがて迎える結末。

 

麗人「……いいだろう」

 

 そこへ吹く風は暴風、台風、嵐とて生易しい。

 

麗人「鬼を、四天王を、私を怒らせた事を後悔させてあげるよ!!」

魔理「ヤリィ、さっすが霊夢だze☆」

彼女「気を抜かないで、これでも勝ち目は五分以下なんだから」

麗人「私の二枚目」

 

 さあさあ制限時間いっぱい。本日、地底世界に吹く風は……。

 

麗人「『力業(ちからわざ)大江山颪(おおえやまおろし)』!!」

 




【次回:裏_十四語り目】


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裏_十四語り目

早いもので2月も終わろうとしています。
冬の物語を冬のうちに。
終わりを迎えられたらなー…と。



 これは自分の実体験だ。

 床が一面畳で敷き詰められた十畳の部屋。決して広くはないけれど、二人で鍛錬をするには充分な広さ。そこが自分の通う道場であり、

 

??「で、見つかったのか?」

 

 師匠の自宅だ。宝船を発見してしまった翌日、いつも通りに師匠の下へ訪れた自分に待ち受けていたのは、最悪の結末だった。

 

自分「……」

 

 正座をさせられ、(うつむ)いたまま返事をしない自分を師匠はどんな表情で見下ろしていたんだろう。想像しただけでちびりそうだ。そしてあのヤローにハメられたと悟ったのもこの時。内から込み上げる腹立たしさは自然と拳を握らせていた。

 

師匠「無言ってことはそういうことなんだな?」

 

 だいたい、自分は何も悪い事をしていないっていうのに、正座をさせられている時点でおかしな話だ。その上『(おきて)』があるのにどうやって説明しろって? 下手に(しゃべ)れば勘ぐられるし、誤魔化せばウソになるし……。そんな中で残された手段はたった一つだけ、何を質問されても微動だにせず無言を貫き通すことだった。

 

師匠「まあいい、もう昔の事だしな。だからって今さら気にもしてない。稽古を始めるとしようか」

 

 そうして開始の挨拶(あいさつ)を抜きに、その日の稽古は大幅に遅れて始まった。長時間を耐え抜いた足を片方ずつ宙に浮かせ、準備体操がてらにジンジンビリビリを回復させている時だった。師匠が突然思い立ったように「あっ」と声をこぼしたのは。で、

 

師匠「ちょうどいい、新技を教えてやるよ」

 

 と。

 弟子になってから早数年、初めの頃こそ教えてもらえる技の数々は新鮮で、覚える度に「自分は強くなったんだ」と実感できていた。それがこの頃にもなると真新しい技なんてなく、稽古の内容は覚えた技に(みが)きをかけるか、()びれないように繰り返すだけ。「もうとっくに技なんて出尽くしたのだろう」と思っていただけに耳を疑った。

 

自分「新技? まだ教えてもらえていない技があったんですか?!」

 

 そして「もしかしたら究極奥義かもしれない」と心を(おど)らせてもいた。それが……、

 

師匠「いやな、オッサンの技はどれも後手に回るものだ。相手が何もしなけりゃ始まらない。けどそれじゃあ芸がないし実戦には不向きだと思い直してな。そこで考えてみたんだ。ほら、そこで構えな」

 

 まさかの出来立てホヤホヤだったとは……。けど考えてみれば師匠の技は全て師匠自身が生み出したもの、代々引き継がれる究極奥義なんてあるはずがない。

 

自分「お願いします!」

 

 教えてもらった新技の多くが『投げ』に関するものだった。足をかけて地面に叩きつけたり、裾を掴んでまた叩きつけたり、胸ぐらを掴んではやっぱり叩きつけたり。つまりは習った技の応用編、『守』を『攻』に発展させただけのもの。

 しかしそれが練習であるという事、着地した先が柔らかな畳であるという事、日頃の鍛錬で受け身を習得していたという事。だからこそ「いててて」くらいで済んだ。

 けれど、もしそれが緊迫した戦いの場で本気になった鬼が、ちょっとやそっとでは崩れない硬い地面の上で、何も知らない素人だったとしたら……捕まった瞬間に終わる。何をされたのか悟るまでもなく意識が真っ暗な闇へと叩き落とされる。打ち所が悪ければ五体満足でいられるか怪しい。

 実際に受けてみて痛感した。師匠が()み出した新技は、奥義に値すると。

 

師匠「よし、やってみな」

 

 そして迎えた自分の番。構える師匠の正面から教えてもらった通りに足を運び、手を伸ばし、袖を掴んだ。次の瞬間——

 

自分「え?」

 

 ってなった時にはもう手遅れ、顔面からグシャっと。

 いきなりの不意打ちに声を荒げて抗議したっけ。「ズルイ」だとか「卑怯(ひきょう)」だとか「何しやがる」くらいは言っていたかもしれない。師匠に向かって。頭にきていたとはいえ言葉が過ぎたと反省している。

 けれどそれに対する師匠の言い分が

 

師匠「反撃しないとは言ってない」

 

 って。もうぐうの音も出なかった。

 今思えば気にしていないなんて言いながら、本当は心の何処かで期待していてくれていたのかも知れない。自分達が真相を突き止めるって。

 その時に教えてもらった技が————

 

師匠「『背負い:勝ち割り剛鬼』」

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 けどそう思えたのは、ほんの(わず)かな時間だけでした。

 

師匠「があああッ!」

 

 鈍く痛々しい音が上がり、断末魔が響き渡ったと。驚愕(きょうがく)する旧都民の目に映ったのは、肩からダラリと垂れ下がる腕を握りしめて崩れ落ちる彼の師の姿でした。

 彼の師は夢子さんの腕を捕まえるなり投げ技を仕掛けていたそうです。しかし地面へと叩き付ける直前で腕をあらぬ方向へ曲げられてしまい、関節を外されてしまったのだとか。

 

親方「がっ……は……」

 

 さらに親方様はその巨体が浮き上がる程の強烈な拳をみぞおちに埋め込まれ、

 

ぬえ「ぬえええぇぇぇ……☆」

 

 瞬く間に一人となったことで(あわ)てふためいたぬえさんは、回し蹴りをお見舞いされて地底の壁へと吹き飛ばされたのだとか。一見有利に思えた戦況でしたが、戦力は全く届いていなかったんです。

 

夢子「邪魔者は排除した」

 

 ぬえさんという障害が無くなり、再び執行人へと姿を戻す夢子さん。その瞳に映した次なるターゲットは……。

 

師匠「や……めろ……」

 

 片腕が使えなくなった彼の師——

 

棟梁「イヤ……」

 

 ではなく、底知れない恐怖に突き落とされた棟梁様——

 

夢子「お覚悟を」

 

 でもありませんでした。

 

??「がっはっはっ! いよいよ年貢の納め時ってか?」

 

 親方様だったんです!

 

親方「ふっっッざけんじゃネェ! 大江山——」

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 ()を描きながら広範囲に放たれた光はすぐそこまで迫っていた。

 

自分「放せってば! 次来てるんだって!」

鬼助「そういう事は先に言えよ!」

 

 避けられなくはなかった。けどそんな事をすれば光線の行き着く先は……。治療は止まりアイツは間違いなく助からなかった。だからあの時は、ああするしか方法が無かったんだ。

 

 

ガッ(鬼助の服を掴む音)

 

 

鬼助「なんでオイラァァァ?!」

 

 盾になってもらうしか。けど向かって来る光は後を絶たない。二弾目、三弾目と息つく間も無く押し寄せていた。それでも鬼助のおかげで……

 

————「強く想い描くんだ」

 

 想い描けた。

 

————「守りたいとか、力になりたいとか」

 

 アイツを守りたいって、助けたいって、救いたいって。

 

————「硬い物ほど強くなる。それが……」

 

 強く、硬く。

 

自分「姐さん、力を貸して」

 

————「私の血に秘められた能力だ!」

 

自分「うおおおお」

 

 だから呼び起こせた。

 

自分「おおお大江山颪イイッ!」

 

 流れる力を最大限に。

 

自分「大江山颪、大江山颪ッ、大江山颪!!」

 

 正面をパル公に任せて自分は左右両側から飛来する光に専念した。何回放っただろう。二、三十は優に超えていたかな? 

 

パル「で、そっちは?」

自分「ハァ、ハァ……。なんとかギリギリ」

 

 一先ず窮地(きゅうち)から脱したと、乱れた呼吸を整えながら流れる汗を(ぬぐ)った矢先、

 

??「和鬼君、和鬼君!」

 

 後ろからヤマメの震えた叫び声が聞こえて来て……。

 

パル「和鬼?」

鬼助「長老、薬は?!」

医者「やったが脈が止まりかけておる!」

 

 アイツのことは正直今でもイラッてくる時がある。歳がそう離れてないのに見下して来るし、おまけにヒトの揚げ足とるし、バカにしてくるし。昔からずっとそうだ。

 

医者「傷が深すぎて薬が効きにくくなっておるんじゃ」

鬼助「そんな……ってパルスィ何処行くんだよ。そっちは危ねぇって!」

パル「彼女連れて来る!」

ヤマ「和鬼君目を開けて!」

 

 口論、殴り合い、お互いがボロボロになるまで止まらない喧嘩なんて日常茶飯事だった。その度に謝りに行って「お前のせいで」ってムカついて。

 

医者「いかん止まりおった!」

ヤマ「ダメダメ和鬼君戻って来て!」

 

けどそんなムカつくアイツは、

 

————「ねえ、きみひとり?」

————「だったらなに?」

 

 「コイツにだけは負けたくない」って思わせてくれるアイツは、

 

————「いっしょにあそぼ」

————「……べ、べつにいいけど」

 

 周りは大人ばかりの世界、見上げてないと会話ができない世界、その世界の小さな公園で出会ったアイツは、初めて出来たたった一人の

 

————「ぼくダイキ」

————「カズキだから」

 

 親友。

 

自分「ふざけんなあああ!」

 

 だから怖かった。

 

自分「冗談なんだろ?」

 

 バカみたい笑いあう日々、愚痴(ぐち)をこぼしあう日々、強さを確かめあう日々。

 

自分「フリして驚かすつもりなんだろ?」

 

 一緒に成長してきた日々。

 

自分「もう充分だから起きてくれよ、なあ!」

 

 楽しかった日々をもたらしてくれたアイツが、長老に心臓マッサージを施されるアイツが、ヤマメに人工呼吸を行われるアイツがいなくなってしまうことが怖くて怖くて。そこに——

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 親方様は(あきら)めませんでした。足掻(あが)きました。最強の技をもって。けれど、それが夢子さんに届くことはなく

 

夢子「遅い」

 

 筋トレマンの時のように避けられ背中から……。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

自分「……」

 

 声が出せなかった。声にしたら、音にしたら脳が揺さぶられて、受け入れざるおえなくなりそうで。けど皮肉にも(あふ)れていたものが(ほほ)を伝わる感触が悟らせた。

 

自分「……ぅ」

 

 これは現実だと。

 

自分「うあああああッ」

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

  『親方あああッ!』

 

 (そろ)った叫び声はその方への信頼の証、筋トレマンに続く二人目の犠牲者がよりにもよって親方様でした。持ち前の明るさから多くの方に親しまれ、どんな者でも受け入れてくれる大きな器から頼られ、そしてその腕っぷしから最強と(うた)われた方が血を噴き出しながら倒れていったんです。

 皆さんに問います。

 

鬼助「チイイイキショオオーッ!!」

 

 あなたには心から頼れる方はいますか?

 

師匠「コーーーッ!」

 

 一緒にいて安らげる方はいますか?

 

パル「お義父様ー!」

 

 上司、先輩、ご友人、恋人。学舎の先生、行きつけのお店の店主、温かく迎えてくれる家主。もしその方がある日突然あなたの前からいなくなってしまったら?

 

ヤマ「いやあああッ!!」

 

 支えを失った旧都民の心境がご想像頂けましたか?

 

長老「悪夢じゃ……、こんな事が起きていいはずがない」

 

 そして、もしその方がご家族やご親族であり、何者かの仕業でいなくなったのだと知ったら?

 

棟梁「あなたーッ!」

 

 悲しみ、怒り、恨み。絶望、怨念、憤怒(ふんど)。心の底からとぐろを巻いて沸き上がる感情が、あなたの中に(ひそ)む鬼を目覚めさせることでしょう。彼のように。

 ここで改めてご紹介させて頂きます。彼は『次期鬼の四天王候補』の一人、『凄腕の大鬼』と呼ばれています。そして、町の長であられた棟梁様と親方様のお孫さんです。

 

彼 「うあああああッ」

 

 彼は泣き叫びました。斬られた祖父の姿を、目に映る全てを、大切なものが失われていく非情な光景を拒絶したくて。自身の非力さを呪って。それが……。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 声が聞こえた気がした。「望め」と。その声に何て答えたのか、そもそも答えていたのかでさえ定かじゃない。そこで途切れているのだから。何をしたのか覚えていないんじゃない、知らなかったんだ。その日の翌日に聞かされるまで。

 そして訪れる忘れたくても忘れられないあの記憶。ようやく我に帰った時、瞳に映し出されたのは——

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

  『!!!?』

 

 呼吸をすると胸を焼かれそうなまでに息苦しさを覚える程の突風が吹き荒れたそうです。遠くまで避難していた旧都民が見たものは、遠い昔から目にしていない地上の光……

 

店員「店長、こいつぁ——」

店長「間違いねぇ……」

 

 そう『太陽』でした。地底では決して拝むことのない太陽が小さいながらもそこに現れたんです。さらに太陽の直近にいた長老様方が目にしたのは、

 

長老「な、なんと……」

 

 彼でした。絶望に満ちた悲痛な雄叫(おたけ)びを上げながら、光の中心で全身から炎を吹き出していたそうです。

 

鬼助「うぐぁ、急にどうしたってぇんだ?」

 

 もちろんその日まで彼にそんな力や能力なんて備わってなどいませんでした。ましてや素振りや予兆、小さな可能性の種でさえも存在していなかったはずです。

 

パル「あんたその姿……」

 

 ではそれが何故か。私には分かったんです、話を聞かされた瞬間に。これは他種のペットを飼っているからこそ断言できます。ことわざなんて根も葉もない噂です、デマです、大ウソです、立つ鳥は……跡を(にご)すんです!

 

ヤマ「大鬼……君?」

 

 八咫烏は彼の中からお空の中へと飛び立つ時に僅かな因子を残していたんです。つまり——

 

夢子「この凄味、あなたはいったい……」

 

 神奈子さん、あなたが彼に力を授けてしまったんです。八咫烏……いえ、神の力を。

 

神綺「……危険ね」

 

 鬼の中に眠る神の力、それは決して交わる事のない矛盾しあった力。彼の中で複雑に絡み合った力は、限りなく小さな因子でさえも爆発的に噴火させていたんです。

 これが皆さんが彼から感じた異質な雰囲気の正体、鬼と神が融合した力です。

 

彼 「ヴォオオオ……」

 

 そしてこの先お話しする内容ですが、当時彼は意識を、なくしていたという事をご承知の上で聞いて下さい。

 




【次回:表_十四語り目】


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表_十四語り目

暦では春、でもまだまだ寒い日が続いていますね。かと思えばポカポカとして訪れを感じる日もあり。
きっとこれくらいの時期なんでしょうね。
「はーるですよー」と告げにくる妖精が現れるのは。


 旧都の(はし)くれ。八咫烏(やたがらす)の被害を(まぬ)がれた通りの真ん中で、私はあのスペルを宣言した。

 彼女達に乗せられて頭に血が上っていた事は認める。でも断じて何も考えずに勢いだけで飲んだ訳ではない。彼女達の言う事は筋が通っていたし、何よりそれぐらいのハンデがあったとしても勝てる自信があったからだ。

 

私 「ふー……」

 

 大きく息を吐き出しながら乱れた心を落ち着かせる。リセットされた状態から今度は深い感謝を。

 

私 「(この先の店で初めてアイツの服を買ったんだ。向かいの店では鬼助の歓迎会をしたっけな。それとその先の高級居酒屋では四天王の就任祝いを……)」

 

 次から次へと思い出される明るい記憶達、どの記憶と比べてみても寸分の誤差なく重なる愛すべき旧都へ。

 

私 「(今までありがとうな)」

 

 瞳を閉じる私と構える彼女達の間に流れていた安らかな時間は、やがて訪れる物の前触れってところだった。

 

私 「(よし、いくか!)」

 

 霊夢、残り三枚。魔理沙、残り一枚。対する私は宣言した分を含めて二枚。そうして彼女達との第二回戦は静かに幕を開けたんだ。

 

 

◇    ◇    ◆

 

 

彼女「(冗談(じょうだん)じゃないze★)」

 

 それは麗人(れいじん)の奇妙な行動から始まった。スペルを宣言したかと思いきや目を閉じて微動だにせず、ようやく動き出したかと思いきや目を(つぶ)ったまま右手を前へ出し、さらにかと思いきや今度は左手を()えた腰下へ構えるけったいなポージングへ。

 これには彼女、何が起きるのか予測さえ立てられず頭の中は『?』記号だらけに。だが俗に言う「イヤー…な予感」が働き、自然と(ほおき)(また)がる警戒態勢を取っていた。

 そして、ただなるぬ緊張感が怒涛(どとう)の勢いで押し寄せて来た矢先、彼女は友人と共に開かれた力強い眼差しに閉じ込められ、逃れる間も無く初弾が放たれたのだった。

 

彼女「(あんなのに当たったら——)」

 

 タイミングはまさに間一髪のギリギリセーフ。ビデオ判定を要求したい程に際どいものだった。彼女達の距離が近くなければ、彼女の友人の反応が早くなければ、突き飛ばされていなければ、彼女はその先を見ることも、今苦労を強いられることも、現在進行形で逃げ回ることすらも出来なかったのだから。

 

彼女「(何も残らないze★)」

 

 彼女と友人の間をあっという間に通過し、その先の家屋を大音量で木っ端微塵(こっぱみじん)にした光弾の色、無色透明。その速度、超豪速球。その大きさ、彼女の身の丈以上。加えてその量、

 

??「こんなの無理ゲーだze★!」

 

 機関銃の(ごと)し。

 

麗人「まだ始まったばかりだよ」

 

 右手を突き出しては続け様に左手を突き出す。そしてまた右手を前へ押し出し左手を押し出す。この一連の動作を例えるとしたら「相撲の激しい『突っ張り』」がピタリと当てはまるだろう。

 

麗人「もう泣き言かい?」

 

 麗人、突っ張る。余裕を感じさせるイタズラな笑みで突っ張って、突っ張って、突っ張り続ける。その度に特大の超豪速球が生み出され、直球で彼女達に襲いかかる。

 一方彼女、「まばたき厳禁」と目を見開いたまま風を切りながら、身の危険をヒシヒシと感じながら、生命が(がけ)っぷちに置かれながらもここまで奇跡的に回避して来た。

 

魔理「ひぃいいいッ!」

 

 が、その奇跡もいつまで続いてくれるのやら。

 

麗人「ほらほらほらほらぁ♪」

 

 旧都は今、一部で吹き荒れる(おろし)猛威(もうい)を奮っています。災害レベルは鬼。家屋はなぎ倒され、粉砕され、後には何も残りません。住人の方は迅速(じんそく)かつ速やかに避難して下さい。

 

 

◇    ◆    ◇

 

 

彼女「魔理沙危ない!」

 

 初弾から彼女は察していた。

 

彼女「やっぱり……」

 

 スペルカードは使用者の心、生き様、精神を具現化したもの。発案者である彼女はそう考えている。それ(ゆえ)に二度見せられた麗人のスペルカードはどれも(はな)やかではあったものの、()()()が欠けていた。

 

彼女「(いよいよ本領発揮ってことね)」

 

 つまりここからが麗人の()()()であり、本当の勝負になるだろうと予感していたのだ。

 しかし、そう悠長(ゆうちょう)な感想を残せたのはその時だけ。今や思いを(めぐ)らせることも、作戦を考案することも、ましてや他人のことまでに気を配ってなどいられない。全神経を()()ませなければ、(つちか)った経験を(かて)としなければ、持ち前の鋭い勘をフルに活かして現実と向き合わなければ、

 

彼女「いっつぅー……」

 

 このありさま。巨大砲弾がゆとりのある(そで)と共に、生娘(きむすめ)柔肌(やわはだ)を強引にむしり取っていく。薄皮を(うば)われた彼女の肩からは(けが)れの知らない筋肉が姿を現し、()(がた)い苦痛から赤い涙を流していた。

 横を通過しただけ、ほんの少し(かす)っただけ、一瞬(わず)かに触れてしまっただけ。されどこの結果。直撃時の威力など想像を絶する。

 

麗人「ほらほらほらほらぁ♪」

 

 しかしそこまで分かっているからこそ、

 

麗人「さっきの威勢(いせい)はどうしたんだい?」

 

 手段を選んでなどいられないと知ったからこそ、

 

麗人「スペルカードを使わないで終わるのかい?」

 

 二人だけでは手に負える相手ではないと確信したからこそ、

 

霊夢「もう背に腹は変えられない……」

 

 開ける道もある。

 

霊夢「あんた達、力を貸しなさい!!」

 

 

◆    ◇    ◇

 

 

 流れが

 

私 「なっ!?」

 

 変わった。明らかに彼女達は苦戦していた。間違いなく私は追い込んでいた。「被弾するのも時間の問題」と勝利を確かなものにしていた。

 それが突然にだ。例えるなら賭博場(とばくじょう)幾度(いくど)と味わされた好機からの大暴落。右肩上がりだった勢いがその瞬間に乱され、巻き返しを図るも転落し続け、挙句(あげく)の果てには手の内がスッカラカン。残されるのは決着のタイミングを見誤った私自身への(くや)しさと(いきどお)りだけ、そんな心境だった。

 

私 「ちぃッ、何だっていうんだい」

 

 そして不可解な現象から(おの)ずと眉間には力が入っていた。そう地面から離れない高さで逃げ回るだけ。避けるタイミングも然程(さほど)変わらず、戦況は依然(いぜん)として私が優位だった。けど、圧倒的に変わっていたんだ。

 

私 「そこっ、そこぉッ、そこダアアアッ!」

 

 光弾を放つ範囲が、土俵の広さが、瞬時に移動する距離が。右から左へ、左から右へと(またた)く間に居場所を変え、私を翻弄(ほんろう)して来た。でも決して目で追えない速さではなかった。だから目標を彼女の進行方向の先に置いて飛ばしていたんだ。

 

私 「コンチクショーッ!」

 

 けどそれでも一手や二手先ごときではまだまだ遅く、三手先……いや、さらにその先の光景を見据(みす)えて選択しなければならなかった。(むか)える事が出来るのか、訪れてくれるのかさえ分からない、数ある分岐(ぶんき)した道の中の正しい道を。そんなの——

 

私 「(母さんじゃなきゃムリだろ!)」

 

 私にはとても真似出来ない至難(しなん)(わざ)だ。

 

 

◇    ◆    ◇

 

 

 絶対絶命のピンチがウソのよう。打って変わって落ち着き取り戻した彼女、

 

珠 「{これで二度目、毎度ありです}」

彼女「(あや)あんたねぇ……」

 

 こんな会話を交わせる余裕すら取り戻していた。

 

彼女「こんな状況で何ふざけた事言ってるのよ!」

 

 その手に黒い羽を(にぎ)()めて。

 それは彼女が地底世界(ここ)へ向かう直前の事、サポート役となる三名は不機嫌全開で旅立つ彼女に「きっと何かの役に立つだろう」とそれぞれアイテムを渡していたのだ。幻想郷の賢者からは機能を拡張したお馴染みの陰陽珠を、愛用の酒器を片手にいい感じに出来上がっていた鬼からはアクセサリーを、そして『清く正しい』が売り文句のマスゴミからは自身の羽の一枚を。

 なんとこの羽、所持者に鴉天狗(からすてんぐ)の力を一定時間譲渡(じょうと)出来るといった代物で、有効範囲にも優れており、例え遠く離れた地底だろうと(はる)か頭上の天界だろうとノープロブレムなのである。おまけにその使用方法は実にシンプル、「力をよこせ」と念ずるだけ。

 だが有能アイテムだからこそ、あるべきものは当然ある。デメリットだ。それは羽の主であるマスゴミが翌日の朝から激しい疲労に襲われ『動けなくなる』というもの。しかも使用される度にその期間は『二日、四日、八日……』と倍々に増えていくシステムなのである。それ故に彼女は鴉天狗から『ある条件』を付けられていた。その条件とは……

 

珠 「{契約は契約です、二週間分キッチリ頂きます}」

 

 この会話からもご想像出来るように、一回使用するにつきマスゴミが自費出版する新聞を一週間分契約をしなければならないのである。そしてこの天狗は知っていた。

 

珠 「{内容は充実してますし、ちゃんと読んで頂ければお安いものですよ}」

 

 彼女は新聞を読まないと。つまり「読まなくてもいいから金を払え」ということなのである。

 

彼女「くぅ〜……」

 

 参拝客が多く信仰が厚いのならまだしも、(まつ)るべく神が不在かつ曲者(くせもの)、厄介者、魑魅魍魎(ちみもうりょう)達の(いこ)いの場と化している胡散臭(うさんくさ)い神社。おまけに人里から離れており立地条件悪し。余程の事がない限り足を運ぼうなどと思わぬ場所。

 参拝客がなければ収益は皆無、貯金すら底を付き、食事はもっぱら友人か自生する山菜に頼る日々。そんな家計事情で読まない新聞への出費など痛恨の一撃、「なんとしても阻止する」と固く誓うのが通常だろう。

 しかしここで「なら他の二人に頼ればいいのでは?」などと考えてはいけない。なぜなら「だったら私も」的な勢いで見返りにスイーツやらアルコールやらを要求されるのである。彼女を調査に向かわせておきながらである。

 それでも彼女は()ん切った。「助けがいる」と。それ程までに彼女は追い込まれていたのだ。

 

彼女「それよりこれ私だけなの?!」

 

 苦渋の決断の末に手に入れた『幻想郷最速』の力は明日を対価に、今彼女へ追い風をもたらしていた。目前に迫る大砲の弾丸を一つ一つ丁寧に(かわ)しながらも口は会話を(おこた)らず、さらに頭の中ではイメージをする。器用、その一言に()きるがそれも待望の余裕が生じてくれたからこそ。

 そして最後の確認、その返答次第で彼女のイメージは……

 

珠 「{霊夢さんが(さわ)ればその人も——}」

彼女「ナイスッ」

 

 上げられた親指と共に具現化する。

 

 

◇    ◇    ◆

 

 

 一方その頃、白黒シーフの方は……

 

??「{右! やっぱり左!}」

 

 (あら)ぶっていた。

 

??「{うそうそ正面)」

 

 人形が、サポート役が、紫モヤシが。指示は絶え間なく出されているものの、どれも見当違いの的外れ。しかしモヤシとて彼女を混乱させるためにやっている訳ではない、その全てが「彼女を救いたい」と思ってのもの。

 

人形「(……じゃなくて下がって!)」

 

 では何故こんな事態になっているのか。答えは安易にして難儀(なんぎ)。それは紫モヤシに届く情報がリアルタイムではないからである。麗人から発射される弾は大きさと威力もさることながら、その速度が常軌(じょうき)(いっ)しており、サポート陣が映像を見て指示を送る頃には既に通過し終えた後なのだ。

 

彼女「(耳を貸しちゃダメだze★)」

 

 だが紫モヤシは『知識と日陰の少女』と呼ばれるだけあってかなりのキレ者。とっくにその事は承知の上。映像の情報から常に先を読んで彼女を導いていた。が、それでも間に合わない程に弾の速度が驚異的なのである。しかしそれも裏を返せば、

 

人形「{映像処理技術の向上も課題……っと}」

 

 そういう事でもある。

 彼女とサポート陣の間に生じる僅かな『Delay』、それが今彼女にとって大きな障害となっていた。

 

彼女「(魔理沙ちゃん集中だze☆)」

 

 ともなれば残された手段は己の力でこの無理ゲーを乗り越えるのみ。眠る記憶を目覚めさせ、蓄積(ちくせき)された経験値を流れる血に乗せ、全神経・全細胞へと割り振る。さらに「己を信じろ」と暗示をかけ——

 

彼女「!」

 

 だが時既(ときすで)に遅し、彼女がそうこう考えられる時間はもう終了していたのだから。気を(ゆる)めたが最後、集中を切らしたが最後、現実から目を離したが最後の、一瞬一秒を争う時間なのだから。

 

彼女「ZEEEEE!!?」

 




次回、もう一つのエピソードを終わらせます。


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【やってきたぜ!幻想郷】嫁候補大本命_そして花見へ ver.海斗

世間を騒がせているコロナさん。
きっとその影響で近所の花見の名所は今年「ガラガラなんだろうなー、だったら行ってみたいなー」と思ってみたり。でも結局「行かないんだろうなー」が現実なんだろうなー。


 時刻は間もなく日没を迎える。家に帰る時間、夕食の香りが漂う時間、命蓮寺で鐘が突かれる時間である。

 

  『え゛ええええっ!!』

 

 と、ジャストタイミングで代わりに鳴り響く驚きに満ちた声。何があったのか、そもそもの話は昼時にまで(さかのぼ)る。

 主人(あるじ)様が翌日の手土産を作るので手一杯になっていた事もあり、「昼食は人里で簡単に蕎麦(そば)でも」となったはいいものの、執事(しつじ)は名前を呼ぼうが叫ぼうが無反応のまま。すっかり波に乗った掃除を中断する様子もなく、我を忘れ一心不乱に職務に没頭(ぼっとう)していたそうな。

 そこへ追い討ちをかける大主人(おおあるじ)様の「おーなーかーすーいーたー」が始まり、渋々執事を残して人里へ出かける事になった。

 食事を終えたら直ぐに帰宅するつもりの主人様だったが、久々に大主人様と女子二人きりという状況もあり、あれこれ店を(めぐ)った上に、茶屋にもしっかり立ち寄って優雅(ゆうが)なティータイムまで過ごしていた。

 だが楽しい時間ほど過ぎ去るのは早いもの、気が付けば「いけない、もうこんな時間!」となり、急ぎ足で戻って来たところ——

 

 

ピッカピカー☆

 

 

 なんという事でしょう、歴史ある白玉楼(はくぎょくろう)は新築同然までに光り輝いていたのです。

 

海斗「妖夢様、いかがでしょう?」

幽々「すご〜い、お屋敷が生まれ変わったみたい。ね?」

 

 「どうぞご覧下さい」と仕事の出来栄えを丁寧に披露する執事に、決してお世辞などではない本心を送る大主人様。株価は急上昇である。

 一方肝心な主人様はというと、

 

妖夢「ふんッ!」

 

 大主人様から同意を求められても首を縦に振ることなく、険しい表情で視線を外してその場を後にするのだった。

 

 

––執事消沈中––

 

 

 従者たる者、いついかなる時でも最高の料理を提供すべし。

 そしてとうとうやって来たオタク執事の最難関。大主人様の(おお)せのままに、主人様と肩を並べて仲むつまじく夕食の支度へと取り掛かる。

 

【基礎中の基礎:包丁を使う時は——】

妖夢「反対の手は猫の手です」

海斗「妖夢様、こうですかニャン?」

 

 左に(にぎ)り拳を作って「ニャンニャン」とじゃれてみる執事、だがそんなものは相手をするだけ時間の「無駄ァッ!」ということで、

 

妖夢「それでいいので食材を切ってて下さい」

 

 主人様はバッサリと切り捨てて自作の漬物を取りに外へ。

 

 

トン、トッン、トン……

 

 

 業務を命じられ一人取り残された執事、静かになった台所ではまな板と包丁のぎこちないリズムと時間と食材達が刻まれていく。おぼつかない手付きながらも、ノロノロとしながらも、たまに切り損ないながらも。

 さっきまで余裕有り気にしていた執事が、今や口を閉ざして表情は真剣そのもの。そこへ……

 

 

ソロ〜リ

 

 

 と忍びよる影が。

 

海斗「ふぁっ!?」

 

 オタク執事、突如視界を奪われた。さらに背中がムギュッとした柔らかな感触に襲われ、鼻孔(びこう)がフワッとした桜の甘い香りに束縛(そくばく)され、耳がこそがゆい吐息(といき)にノックアウトされ、

 

??「だ〜れだ?」

 

 と。そんなもの、聞くまでもない。

 

海斗「ゆゆゆゆゆっこ様?!」

 

 そして案の定執事、ガチガチに固まる。一見(うらや)ましい光景ではあるが、包丁を手にしている時に予告なく、仮にあったとしても背後から伸し掛かり目隠しなど言語道断。故にそれは必然的に起きた。

 

海斗「イッテェーッ!!」

 

 カランと音を立てて床に落ちる凶器、足にザクリと突き刺さらなかったのが不幸中の幸い。だがオタク執事の左拳にはくっきりと一の字が刻まれ、サラサラとしたトマトソースが腕を伝い、一滴一滴速度を上げて(ひじ)からドリップされていた。

 目を見開く大主人様、犯した過ちを悔いて救急箱を取りに行こうとした矢先、

 

??「待ってください!」

 

 主人様がご帰還された。彼女は大主人様に駆け寄り「見ていて下さい」と(ささや)いて執事に注意を向け始めた。

 やがてそれは二人の主人の瞳にしっかりと焼き付けることとなる。

 始まる逆再生、こぼれ落ちたトマトソースは床から浮き上がると一滴一滴あるべき場所へと帰っていく。さらに全てのソースが戻ったところで深く刻まれた一の字は、まるでチャックを閉めるが(ごと)く出口を(ふさ)ぎ、ついにはその姿を消したのだった。何事もなかったかのように。

 言葉を失い目を皿のようにして驚愕(きょうがく)する大主人様。そして当の本人は……

 

海斗「なんじゃこりゃぁあ!!!」

 

 と沈んだ太陽にほえる。当然の反応である。

 しかしこの場で一人だけ異なる反応をみせる者がいた。主人様である。決して(あわ)てたり驚いたりする仕草は見せず、ただ静かに冷静にこの不可思議現象を見守っていた。

 

??「……り」

 

 やがて(こぼ)れ落ちる本心は小さな小さな独り言だった。

 

幽々「やっぱり?」

 

 だが大主人は一字一句聞き逃していなかった。

 そこからおかっぱ頭は語り始めた。彼女が体験した悲劇とグロテスクな現場、そして心臓が止まりかけた奇跡を。

 

妖夢「以前にも似たような事があったんです。守谷神社へ行った時に……」

 

 ザックリとオブラートに包んで。

 

海斗「そう言えばそんな事を言ってたですわねぜ」

妖夢「それなのに……それでもう一度だけあれが幻ではないと確かめたくて今朝……」

海斗「あー、それで本気で斬ってきたのですねぜ。峰打(みねう)ちで」

妖夢「()()()ですけどね。でも次に海斗さんを見た時にはもうすっかり元通りでした」

海斗「ハートは満身創痍(まんしんそうい)だったぜ?」

妖夢「ふんッ、自業自得です」

 

 何はともあれ、

 

海斗「けどよ、つまりそれって……もしかして……」

 

 この瞬間お調子者は正式に

 

妖夢「海斗さんの能力なんだと思います」

海斗「いよっしゃーッ、能力開花キタコレ!」

 

 超能力を自覚したのである。幻想郷(この世界)の出身ならまだしも、外の世界からやって来た普通の男子高校生。それなのに何故、どうして、どうやって? 疑問は尽きないが()ずは——

 

海斗「『怪我がすぐ治る程度の能力』はストレート過ぎるか、『再生する程度の能力』はなんか違う気がする、『死なない程度の能力』はモコたんとモロ被りだな」

 

 生まれたものへ名前を。

 

海斗「ってか、俺の能力『蓬莱人(ほうらいじん)』と一緒じゃね?」

 

 『蓬莱人』とは、飲めば不老不死の能力と驚異の再生能力を手に入れられる夢のような薬(蓬莱の薬)を服用した()()の呼称である。そして現在幻想郷には蓬莱山(ほうらいさん)輝夜(かぐや)藤原(ふじわらの)妹紅(もこう)、そして薬の製作者である八意(やごころ)永琳(えいりん)の三人がいる。

 そんな事情はとっくにご存知の幻想郷オタク執事、生まれたばかりの能力が酷似(こくじ)している点から「もしかして俺も蓬莱人に!?」と期待を寄せているようだが、

 

妖夢「ええまあ、でも少し違うような気も……」

 

 よく知る者は彼女達とオタクを比較して違和感を覚えていた。と、

 

幽々「——える程度の能力」

  『へ?』

幽々「ううん、なんでもないの。おじゃましてごめんさいね」

 

 何やらポツリと(つぶや)いて「オホホホホホ」とその場を後にする大主人様。この素振りに首を傾げる二人の従者だったが、悩んでばかりもいられない。時刻はとっくに夕食の時間を過ぎているのだから。(ぜん)は急げと慌ただしくも要領よく、教え教わりながらも迅速(じんそく)に食事の支度が行われていくのだった。

 

 

--執事準備中--

 

 

 そうして出来上がったこの日の夕食は、見栄えも量も味付けも大主人様の基準を満たせる物ではなかったが、そこは小粋な情によりギリギリスレスレの合格をもらえたそうな。

 で、

 

幽々「あっ…あん…あっ」

 

 今はまもなく一日が終わりを迎える頃。

 

幽々「ふぅっ…うん♡」

 

 夜、寝る前にやる事といえば

 

幽々「はうぅ〜♡」

 

 一つだけ!

 

海斗「はい、いかがでしょう?」

幽々「あん、もう最高♪」

 

 そう、マッサージ!!

 

海斗「足りないところはございますか?」

幽々「ううん、私はもう充分。ありがとう」

 

 従者たる者、常に主人を慰労(いろう)すべし。という事で、オタク執事が次にターゲットとしたのは……

 

海斗「ではでは」

 

 言うまでもない。「お揉みしますよ」と悪意のない(さわ)やかな笑顔で言い放つが、

 

妖夢「イヤです。結構です! 近付かないで下さい!!」

 

 主人はこれを険しい表情で完全拒否。それもそのはず、彼女に迫る指が表情とは裏腹に、まるで取り()かれたかの様にワキワキと暴れているのだから。

 

海斗「まあまあ、そう言わずに」

 

 部屋の角から角へ逃げる主人様とジリジリとその距離を詰めていくエロ執事、両者の追いかけっこは部屋を飛び出し、屋敷中にまで土俵を広げ、ついには幻想郷中を舞台とし、そのまま夜明けまで——

 

幽々「海斗ちゃん上手なのに〜、もったいないな〜」

妖夢「……」ピクッ

幽々「みょんちゃんがやらないなら〜、私がもう一回お願いしようかな〜?」

妖夢「……」ピクピクッ

 

 かと思われた。

 早朝から鍛錬と食事の支度。その後は掃除、洗濯と続いてまた食事の支度。おやつも用意し、て買い出しから帰ればまたまた食事の支度。そこに自由気ままな執事の監視役まで。勤労、苦労、疲労から来るストレスが蓄積されぬはずがない。

 部屋を飛び出して廊下へ一歩踏み込んでいた主人様、大主人様の新鮮かつリアルな口コミで

 

妖夢「……いやらしいこと、しないで下さいよ?」

 

 揺らいだ。

 

海斗「それはフリと(とら)えても?」

妖夢「それは白楼剣で斬られたいと捉えても?」

海斗「それは勘弁して頂きたい」

 

 

--主人按摩(あんま)中--

 

 

 エロ執事に導かれ、用意された座布団に座りマッサージを(ほど)こされる事になった主人様。だが強い警戒心が消え去るはずもなく、初めはかえって肩に力が入り、リラックスとは程遠い状態だったそうな。

 しかし意外にも腕前が良かったようで、緊張とコリはあれよあれよと(ほぐ)され、いつしか……

 

妖夢「(——)」

 

 無我の境地へ。

 

妖夢「(ハッ! 今意識が——)」

 

 いつからウトウトしていたのかは定かではない。開始からものの数分かもしれないし、ついさっきかもしれない。しかし(いたわ)る握力が弱くなっていることから、終わりが近づいていると彼女は悟っていた。そして——

 

妖夢「(ま、まあお礼くらいは……ね)」

 

  と感謝の想いが芽生え始めた直後、

 

妖夢「えっ……?」

 

 それは訪れた。

 彼女の襟元(えりもと)が執事を受け入れてしまったのだ。いともたやすくスルリと服の内側へ侵入した手は柔らかな小高い丘を一直線に目指し、

 

妖夢「イヤァアアアアアッ!」

 

 さらにビリビリと荒々しい音を立て、彼女をあられもない姿へと豹変(ひょうへん)させたのである。人前で、第三者の目の前で、しかもそれがよりにもよって大主人様の目の前で。

 これはさすがに寛大(かんだい)な大主人様でさえもお怒りに……

 

幽々「きゃー、海斗ちゃんだいた〜ん♡」

 

 ではなく、鼻息を荒くしてVIP席から拝見できるであろう男女の「XX(チョメチョメ)』にワクテカしていた。だがそんな桃色妄想劇は

 

 

ドシン……

 

 

 と静かに上がる音によって打ち(くだ)かれる。

 

妖夢「は?」

 

 (あらわ)になった前を腕で隠しながら、点になる彼女の目に映ったのは、

 

海斗「レィ……スィンジィ……ァスカー……」

 

 無茶した者のポーズで寝息を立てる執事の姿だった。

 

妖夢「そういえば昨夜も寝てないって……」

幽々「ふふふ、おまけにお昼ご飯なしでね。それなのに慣れない事を頑張っていたから疲れちゃったのね」

 

 時刻は日付けの境界を超え、深夜と呼ばれる時間帯へ。執事と主人様の体験日は終わりを迎えて執事はお調子者へ、主人様はおかっぱ頭へと普段通りの関係に戻っていく。と、忘れてはいけない。

 

幽々「それで? 採点は?」

 

 お調子者の命運を左右する判定を。しかし本当の主人様が優しく微笑んで尋ねてみるも、おかっぱ頭は引き裂かれた服の端を握りしめて(うつむ)くだけ。返事はない。

 

幽々「すご〜く行きたがってたな〜」

妖夢「……」

幽々「心配?」

妖夢「……はい」

幽々「どうして?」

妖夢「だって……」

幽々「……」

妖夢「……」

幽々「本当に一緒に行きたくないの?」

妖夢「……だったら迷いませんよ」

幽々「頑張った従者にご褒美を上げるのもご主人様の勤めよ?」

 

 放たれた決定打。そしてこの瞬間お調子者の数奇な運命は、大きなため息に乗せて

 

妖夢「まんまと。ですか?」

幽々「さ〜、それはどうかしらね?」

 

 「加速する」と決定したのだった。

 

妖夢「ところで幽々子様」

幽々「な〜に?」

妖夢「そういう事でしたら私もご褒美を頂きたいです」

幽々「いいわよ、何でも言ってね」

妖夢「では家計がピンチなのでおかずを二品減らさせて下さい。それだけで私は大助かりです」

幽々「ヤダヤダヤーダー、それはイーヤーダーッ!」

 

 

--主人説得中--

 

 

 そして夜が明けた。

 

海斗「んー……ッ」

 

 来るべき時が来た。

 

海斗「いい天気だぜ」

 

 時は満ちた。

 

海斗「まさに花見日和!」

 

 両手に大量の手土産を持ち向かう先は……。

 

海斗「レッツ博麗神社へ!」

幽々「おーっ」

妖夢「ふん、今回は特別ですからね」

 

 そして彼はそこで知る。

 

??「海斗くん!」

 

 唯一無二の親友もこの世界に来ていると。

 そして出会う。

 

??「なんだなんだ? 優希の知り合いか?」

 

 師と呼び心の底から崇拝(すうはい)する者と。

 そして再会する。

 

??「きゃーッ! あの時のイケメンさんだ~!」

 

 苦手とするタイプの少女と。

 そして、ついに、ようやく見つける。

 

海斗「マジかよ……」

 

 大本命を。

 

海斗「フラーーーーーーーン!」

 

 これまで彼がアタックを仕掛けた者の数は早いもので二桁にもなる。その反応と結果は、失敗・無理・撃沈・困惑・保留・気絶・無視・歓喜・逃亡・疑惑・逃避と実に多種多様。だが一様にして言えることは『実りがない』ということ。

 それでも……いや、それ故に彼はこれからも止まらないのだろう。この世界にいる限り、この世界の住人と出会う度にサムズアップで己を指し、キメ顔でこう尋ねるのだろう。

 

「嫁にならない?」

 

 と。幻想郷をこよなく愛するイケメンお調子者が始めた『嫁捕獲作戦』は序章を閉じるだけ。

 

フラ「んー、フランはあなたの事イヤだなぁ」

 

 終わりはまだまだ迎えそうもない。

 

 

嫁捕獲作戦_十二人目:フランドール・スカーレット【拒絶】




合間合間で投稿させて頂いた彼のエピソードもこの時を迎えることが出来ました。毎度のことではございますが、ここまで読んで頂き心から感謝しています。貧弱メンタルの主がここまで来れたのも、みなさんのおかげです。ありがとうございます。

で・す・が、彼の物語はまだ終わりではありません!
というかこれからです!

嫁、見つかるのでしょうか?
彼が抱いた疑惑、その真実は?
仕掛けた罠の行方は?

このエピソードで散らばった未解決のフラグは、
今後明らかになっていくことでしょう。
これからも東方迷子伝をよろしくお願いします。





あ、次回予告です。

【次回:表_十五語り目】


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表_十五語り目

東方の二次創作を書いている主として……。
小学生がカバンに『古明地こいし』のキーホルダーをぶら下げている現場を見て、



君達の何かになりたい




とざっくばらんに思う今日この頃。


◇    ◇    ◆

 

 

 「壊す」ではなんとも優しい表現か。例えるなら「爆砕」。少女達を捕らえ損なった光弾は歴史ある旧都を襲撃(しゅうげき)し、木っ端微塵(こっぽみじん)に粉砕していく。触れただけで跡形もなく吹き飛ばす光の砲弾は、種も仕掛けも無い純粋な力そのもの。(うるわ)しき女鬼の力の集合体であり結晶なのである。

 それが今、白黒魔法使いの少女を完全に(とら)えていた。

 王手を宣言された彼女の頭には、有効な打開策よりも先に『やり残したリスト』が次々と浮かんでいた。「食べてみたいキノコがあった。しおりを挟んだ魔導書を最後まで読みたかった。人形を持たせてくれた友人に言いたいことがあった」と。そして、

 

彼女「ZEEEEッ★!」

 

 「どうか叶えさせてくれ」とも。

 数秒後、煙が立ちのぼり粉塵(ふんじん)が舞っていた。巻き上げた対象物の残骸(ざんがい)の粉雪を辺りに降らせていた。予定着弾ポイントの遥か後方で。

 飛来物はターゲットを見失い、役目を果たせなかった(いきどお)りから、例によって家屋へ八つ当たりしていたのだった。ではそのターゲットは今——

 

彼女「ze☆?」

 

 十数メートル離れた場所で頭上に『?』を浮かべ「なにがなんだかさっぱり」といったご様子。それもそのばず、彼女は名前を叫ばれて反射的に腕を伸ばしただけで、(つか)まれたと脳が認識した時には既に景色が急変していたのだから。その上、

 

彼女「これって……」

 

 風になる力を分け与えられて。

 

 

◆    ◇    ◇

 

 

 一度に放てる数は拳の数だけ。(にぎ)()めた力を一発ずつ、素早く、繰り返し押し出す。パルスィ(ヤツ)との勝負ではそれで充分だった。それ以上を望んだことなどなかった。

 

私 「(かくなる上は……)」

 

 けれど相手は二人、

 

私 「(その倍)」

 

 しかも一筋縄ではいかない実力者達を打ち倒して来た猛者(もさ)ときた。

 

私 「(いや、足りない)」

 

 おまけに背後に三人ずつの支援役を従えて。

 

私 「(だったら……そうだ!)」

 

 反動は(いな)めなかった。身体が持つのか、そもそもいけるのかどうかすら怪しかった。やったことなどなければ、試そうとしたこともない。あの場面でふと(ひらめ)いたんだ。

 

私 「(うまくいっておくれよ)」

 

 物は試し、思い立ったが吉日、その上ぶっつけ本番。そうして——

 

 

◇    ◆    ◆

 

 

紅白「文の力!」

 

 無償ではないだろうが困った時にしっかり協力してくれる。そんな頼りになるサポート陣が(うらや)ましいのだろう。魔法使いの少女の口からは「いいよなー」と心の声がこぼれていた。さらに「それに比べて……」とため息混じりにジロリと瞳を並行移動。その先にはフヨフヨと浮かぶ無言の人形が。

 やがて人形に向けられた視線と愚痴は、(つな)がれた魔力の糸を伝っておんぼろ橋を通過し、長い長い大穴を抜けて地上へ飛び出し、魔法の森の中にある彼女の家に設置された機器で、

 

人形「{う゛っ……}」

 

 しっかりと放送されていた。

 

人形「{あと少しで——}」

 

 血の気がひいていた彼女の表情に温かみが戻って来た。休止に一生を得て安心しているのだろうが、まだ危機を突破したわけではない。一時は逃れられた鋭い視線がもう彼女達を捕捉(ほそく)していたのだから。

 

紅白「話は後!」

 

 ()き出しの敵意から身を隠すように、紅白巫女はぶーたれる魔法使いの(ほおき)へと飛び乗ると、後ろから顔を近づけて何やらヒソヒソ。そして——

 

紅白「任せた!」

 

 背中を勢いよく叩いてキーを差し込んだ。

 

珠 「{あのー、さっきのことなんですが——}」

 

 一方の白黒魔法使い、与えられた力を糧にして一気にフルスロットルへ。

 

白黒「よーし☆」

 

 さらにニヤリとイタズラな笑顔を浮かべ、

 

白黒「しっかり(つか)まってろよ!」

 

 ()の中へ友人を乗せ飛び込んで行った。

 

珠 「{話は最後まで聞いた方がいいですよー}」

 

 

◆    ◇    ◇

 

 

私 「(一つ目、問題ない。二つ目—— )」

 

 関節の一つ一つに意識を(めぐ)らせ、

 

私「(大丈夫だ。三つ目——)」

 

 筋肉の一つ一つに血を通わせ、

 

私 「(いける。四つ目——)」

 

 指の一本一本に能力を()わせる。

 

私 「(まだいける!)」

 

 (たくわ)えられた力は重なり合う程に反発し合い、閉ざされる空間を押し返し、なんなら拳もろども破裂させるまでにひしめいていた。そこへ——

 

私 「(五つ目……)」

 

 「耐えてくれ」と、いや「耐え抜いてやる」と誓いを立て、最後の一本となる親指を重ね合わせた。そして私は、

 

私 「五倍だあああッ!」

 

 私を超えた。

 開かれた左手から飛び出した五つの光弾は、中央を軸にして互いに一定の距離を保ちながら目標へ向かって行った。大きさも速さも単発時と同等、多少威力は落ちるだろうが人間の小娘達にしたらそれでも脅威に感じただろう。土壇場(どたんば)で閃いた私の迷案は、

 

私 「いよっしゃ!!」

 

 名案だった。そして出来ると知った、やり方も分かった、要領もつかんだ。

 

私 「もう一丁ッ!」

 

 続け様に右指の一本一本へ能力を行き渡らせて慣れたフォームで放つ。それを繰り返し繰り返し、息が続く限り、能力が続く限り、心が折れない限り。

 そうして仕上がったんだ。私の、私だけの……。

 

私 「大江山颪!」

 

 

◇    ◆    ◆

 

 

 流れが

 

白黒「なっ!?」

 

 変わった。明らかに麗人は驚愕(きょうがく)していた。間違いなく彼女達は麗人の意表を突いていた。「今度はこっちの番」 と笑みを浮かべて勝利を予感していた。

 それが突然に。例えるなら徒競走におけるスタート直後の大転倒。右肩上がりだったモチベーションが瞬時にねじ曲げられ、悔しさと(わずら)わしさが奥歯を噛み締めさせていた。

 

白黒「急にどうしたっていうんだze★」

 

 直接狙って来るものだけに注意すればよかった。対峙(たいじ)する麗人は幻想郷最速で動く的に狙いを定められていないと知っていた。いかに巨大でいかに威力があろうと、例えそれが瞬時に迫って来たとしても、それ以上の速度で(かわ)してしまえば、その先にあるのは開かれた空間のみ。

 それが今や同時に発射される数は五倍。おまけに照準を広範囲に展開させてきた。下手な鉄砲数あれば当たるとでも言わんばかりに。それはさながら連射機能付きの散弾銃、回避はこんなんを極める。

 この予想だにしない展開に紅白巫女の少女は、苦虫を噛み()めたような表情を浮かべ、

 

紅白「引きなさいって!」

 

 一時撤退を余儀なくされていた。しかしそれは彼女が立てた作戦の打ち切りと、上げられたばかりの反撃の狼煙(のろし)を消すのと同意でもある。

 

紅白「魔理沙!」

 

 その事は無言でただ前だけに意識を向け、回避を続ける魔法使いも理解していた。

 

紅白「聞きなさいよ!!」

 

 この戦闘における彼女の成果といえば、易々(やすやす)と受け止められはしたものの、スキルブレイクへと導いた十八番の魔法くらい。あとは邪魔呼ばわりされ、介抱され、おまけに不本意にスペルカードを一枚失い、友人の足を引っ張っるばかり。評価はマイナス点のはずである。それでも友人は彼女に言ってくれていた。

 

白黒「言ったなら最後まで信じやがれ!」

 

 「任せる」と。

 幻想郷屈指のスピード狂、「素早く動けるなら」と舌なめずりをしてレベルの上がった無理ゲーの攻略へと勇み行く。

 まとまって押し寄せる光弾を大きく躱し、続けて追って来る砲弾の下をかい潜り、荒れ狂う()隙間(すきま)を切り抜け、

 

白黒「もう少しだze☆」

 

 とうとう麗人の表情がうかがえるまでに。

 額には汗を(にじ)ませ、苦しそうに歯を食いしばってはいるが、その眼差しからは猛攻を止める気配など微塵(みじん)も感じさせない。今麗人を支えているもの、それは確固たる決意において他ならない。

 迎える正念場、次に放たれる光弾の颪が勝負の分かれ目。優れた反射神経と正確な読みでやり過ごせれば、少女達は麗人の下に辿り着ける。それが出来なければ……。

 魔法使いの少女、目前に迫っていた砲弾を瀬戸際の間合いで避け、すぐさま全神経をその時に備える。

 

白黒「なっ、力が——」

 

 だがここでまさかの急ブレーキ。

 

珠 「{だから言わんこっちゃない}」

 

 羽の効果が切れたのだ。その時を、

 

 

ニヤァ〜

 

 

 麗人がどれほど待ち()びていたことか。

 

麗人「もらったーッ!」

 

 彼女は血眼になって探り続けていたのだ。いずれ少女の身に起きるであろう変化を。例えどんなにささいで小さなものだろうと見逃さないように。そして少女の焦る表情と突然の失速から全てを悟ったのだ。しかも少女達は二人揃って絶対的射程距離範囲内。

 訪れた絶好の機会に喜びを隠せず笑みがこぼれる。だが決して油断はしない。瞬時に砲弾を充填し、着火までのカウントを開始した。引き金を引くまで三、二、

 

紅白「充分!」

 

 そこへ後部座席で(ひか)えていた少女が飛び出した。右手の人差し指と中指の間に神々しい光を放つ一枚の札を構えて。

 

紅白「あんたも萃香(アイツ)と同じだって言うなら——」

 

 それは彼女が麗人に初めて披露するスペルだった。そのスペルは対鬼用として開発されたものだった。そして、彼女をサポートする鬼に決定打を与えたスペルカードだった。

 

紅白「これは効くでしょ!」

 

 そのスペルカード、名を……

 

紅白「『宝具(ほうぐ)陰陽鬼神玉(おんみょうきしんぎょく)』」

 

 宣言と同時に投じられた札は、瞬く間に麗人の身長を凌駕(りょうが)する巨大な陰陽玉へと姿を変え、青い輝きを放ちながら標的に向かって一直線に飛んでいった。

 

白黒「いっけーッ!」

 

 だが麗人とて黙ってやられはしない。

 

麗人「ハアアアアアッ!」

 

 それに対抗するは拳に集められし怪力、神をも(おびや)かす力、怪力乱神の能力。

 

麗人「大江山颪ッ!」

 

 目には目を、歯には歯を、巨大光弾には巨大光弾をと同等サイズの五つの砲弾を放つ。両者が衝突し合ったのはその数秒後。決着は……

 

麗人「!!」

 

 ミリ、いやマイクロ、いやナノ秒単位だった。押し合う事もなく、激しい火花を散らす事なく、まるで何事も無かったかのように陰陽玉は邪魔者をかき消して突き進んでいく。そしてついに、

 

麗人「オオオオオ……」

 

 麗人の下へ。

 

麗人「ラァアアア゛ッ!」

 

 が、麗人またしてもこれを素手で受け止める。押しつぶされそうになりながらも、額と腕に血管を浮かばせながら持ち(こら)える、耐える、耐え(しの)ぐ。しかしそれも時間の問題、麗人の姿は徐々に光に飲まれていきやがて……

 

 

ドシン……

 

 

 気のせいだろうか?

 

 

ドシンッ

 

 

 否、断じて気のせいなどではない。

 

 

ドシンッ!

 

 

 間隔が空きつつも連続的に地を破壊する音は紛れもなく(まこと)である。なんたる怪力か、なんたる能力、なんたる精神か。麗人は一歩、また一歩と大地を踏みしめ押し返し始めていたのだ。「これさえ|凌《しの}げば」そんな想いからだろう、険しい表情を浮かべながらも麗人の顔には不敵な笑みがこぼれていた。そして最後に投げ飛ばそうと大きく一歩を……

 

 

ドシンッ!!

 

 

 が、そこで麗人は見てしまった。

 

麗人「ナニイイイイ!?」

 

 足下で小さく(うずくま)る紅白服の少女の姿を。そう、全ては少女の読み通り、計画通り、イメージ通り。

 

霊夢「と——」

 

 少女が(くわだ)てた作戦、それは——

 

霊夢「『神技(しんぎ)八方鬼縛陣(はっぽうきばくじん)』」




次回、ちょっと未定


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裏_十五語り目

近所の桜は既に満開、春爛漫です。
春、来ちゃいましたよー。
お話はまだ真冬ですよー。



 (にら)み合い、と呼ぶべきなのでしょうか? 夢子さんと彼の間には物音一つ許されない緊迫(きんぱく)感が(ただよ)い、互いにしばらく微動だにしなかったそうです。

 やがてその硬直状態が解かれ、二人は激しく衝突するのですが、その事を語るよりも前に——

 

医者「——28、29、30!」

 

 筋トレマンの救出劇をお話しさせて下さい。

 

ヤマ「ふぅーッ!」

 

 段取りが悪いのは重々承知していますが、大切な事ですので。

 筋トレマンの傷は内側までに達するとても(ひど)いものだったそうです。どんな傷でもたちまち回復させる不思議な薬が、その即効性を失うまでに。薬が全身に行き渡り、効力を発揮するまでの間、筋トレマンは生死の境を……いえ、実際心臓が止まっていたそうです。

 

パル「彼女連れて来た」

村紗「カズ君! って、あんた何やっんのよ!?」

ヤマ「人工呼吸!」

 

 長老様達は(あきら)めませんでした。必ず蘇生させようと心臓マッサージを続けました。でも——

 

村紗「ぐぅ……、代わって! それは私がやる!」

医者「ワシが三十数えたら和鬼の鼻を摘んで口から一気に息を吹き込むんじゃ。しかしコヤツ……」

 

 修行の成果がこの時ばかりは障害となりました。長老様の全体重を乗せた程度の圧迫(あっぱく)では、簡単に()ね返してしまう分厚い胸筋のせいで、効果が低くなっていたんです。

 

村紗「カズ君目を開けて!」

 

 時は無慈悲(むじひ)です。待ってなどくれません。筋トレマンの反応がないまま刻一刻(こくいっこく)とリミットに近付いていきます。長老様にも残酷な結末が見え隠れしていたでしょう。

 

医者「戻らぬか!!」

 

 まさにその時です! 救世主が現れたのは。

 後に長老様はこの時の事を「ワシに若き頃の力があれば、筋トレマン(和鬼)を苦しませずに済んだのにのぉ」と悲しそうに(おっしゃ)っていました。

 

??「コノ——」

 

 筋トレマンを三途の川から連れ戻したのは、

 

??「男が女を泣かしたままにすんじゃねぇよ!」

 

 みんなの弟分、鬼助さんだったんです。

 

  『肘鉄(ひじてつ)ゥ?!』

 

 飛び上がって肘に全体重を預け、加算される重力と共に筋トレマンの胸へグサリと突き刺したんです。なお、その瞬間ボキリ、ミシリ、ギシリと痛々しい音が……っと、語るまでもありませんでしたね。

 

村紗「ふっざけんなッ!」

鬼助「ゴッ」

 

 もちろんそんな事すれば怒る人はいます。

 

医者「殺す気か!」

鬼助「ベッ」

 

 制裁は当然あったでしょう。

 

パル「妬ましいわ!」

鬼助「ンナ゛ッ」

 

 手厚いまでに!

 

ヤマ「信じられない!!」

鬼助「ザーイッ」

 

 けどこの時の鬼助さんの機転のおかげで、

 

筋ト「ガハッ」

 

 筋トレマンは今日も筋トレの日々を送れているのです。

 

ヤマ「は?」

パル「パ?」

医者「なんと!」

村紗「カズ君分かる? 私だよ」

筋ト「ミ……ナ……?」

 

 しかも目の前には涙を(こぼ)しながら微笑(ほほえ)む恋人が、というおまけ付きで。小説であればこの後の展開は抱き合って熱い口付けを交わし、生への喜びを分かち合う場面だったでしょう。ですが、二人にそんな甘く感動的なシーンは訪れません。なぜなら次に筋トレマンが見たものが、

 

筋ト「な、なあ。アレ……」

村紗「うん、そうだよ」

 

 異様な雰囲気を放つ、様変わりしてしまった幼馴染(おさななじ)みの姿なのですから。

 それから直ぐだったそうです。まるで筋トレマンが息を吹き返すのを待っていたかのように、彼と夢子さんの激闘の幕が切って落とされたのは。

 先手を取ったのは——

 

??「お覚悟をッ!」

 

 夢子さんでした。剣を()りかざし、あっという間に彼を射程範囲に収めたんです。

 

  『大鬼!!』

 

 危ない、避けろ、かわせ。そんな想いから彼の名を叫ぶ声が上がったと思います。そして三度(みたび)繰り返されてしまう光景に、(たまら)ず目を背けた方も多かったはずです。

 しかしながら、夢子さんの刃が彼に達する事はありませんでした。避けもしないで、かわしもしないで、ましてや受け止めもしないで。ただその場で変わらぬ姿勢のまま立っていたと。

 

夢子「なっ!?」

 

 剣の刃が溶けて無くなっていたそうです。彼に触れるや、フライパンの上で熱せられるバターの様に、グツグツと音を立てて。

 この予想外の結果に夢子さんはさぞ仰天(ぎょうてん)されたでしょう。目を見開き、目を疑い、受け入れられなかったでしょう。

 けどそれで終わりではありません。手を出されたことで彼女を改めて敵と認識したのでしょう。彼は雄叫(おたけ)びを(とどろ)かせて夢子さんに腕を伸ばしていたそうです。

 想像しただけでゾッとしますよ。触れただけで金属を瞬時に消してしまう程の超高熱で、もし腕でも(つか)まれたらと考えると。火傷はおろか、焼き切られて吹き出る血でさえも蒸発してしまうでしょうからね。

 しかしながらそこは夢子さんの反応が一枚上だったようで、触れられるよりも先に、後方へと大きく距離を取っていたそうです。

 これが彼と夢子さんの『ファーストアタック』、両者とも成果を上げられないまま元の位置に戻りました。でも、それで充分過ぎたんです。

 

夢子「この者——」

 

 一輪さん達を()()せ、筋トレマンに実力の差を見せつけ、彼の師と親方様とぬえさんの三名でも止められない程のバトルセンスを持つ、夢子さんを本気にさせるには。

 

夢子「脅威(きょうい)に値する!」

 

 そうでもしなければ、自分が無事では済まないと思わせていたんです。

 

鬼助「あんなの洒落(しゃれ)にならねぇぞ……」

パル「みんな早くここから離れて!」

 

 それは夢子さんが頭上高く手を(かか)げた途端(とたん)に現れたそうです。

 

村紗「カズ君私に捕まって」

筋ト「うぐぅ……。わりぃ、肩借りるわ」

 

 輝きを放つ無数の剣が、まるで夢子さんに翼を与えたかの様に。しかもその全てが先端を彼に向けていたと。

 

鬼助「長老、ヤマメそっちは危ねえ!」

医者「いや、こっちでいいんじゃ」

ヤマ「和鬼君の叔父さんが『親方様はまだ息をしてる』って」

鬼助「本当か?! パルスィ、和鬼こっちだコッチ!」

 

 しかし夢子さんの本領(ほんりょう)はそれだけに(とど)まりません。かざした手には、いつの間にか光をまとった大剣が(にぎ)られていたそうです。硬い金属の刃を芯とした光の剣を生み出していたんです。私が予想するに、この光の正体は魔力。おそらく夢子さんは彼に触れられないと知り、実態のない魔力で応戦しようと考えたのではないかと。その目論(もくろ)みの成果は——

 

ヤマ「キャプチャーウェブ!」

 

 手にした大剣の先が彼へと向けられた直後に現れました。

 

ヤマ「みんな急いで!」

パル「鬼助行くよ」

鬼助「長老早く背中に! この網もいつまで持つか分かんねぇ」

 

 翼を(かたど)っていた剣が一斉に放たれ、

 

村紗「あなたも逃げなさい!」

ヤマ「大鬼君!」

 

 野獣の様に()えながら夢子さんへ立ち向かって行く彼に——

 

ヤマ「そっちはダメ-——」

 

 突き刺さっていったんです。彼の影を隠す様にギッシリとひしめき合って。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

自分「え……?」

 

 自分の腹から飛び出た刃だった。それとポタポタと(したた)り落ちる血。焼かれるように熱く、呼吸をする度に激痛に襲われていた。それなのに「()されたんだ」と自覚したのは、おぼろげだった意識が完全に戻ってからだった。

 

自分「あ……あ……」

 

 『死』の文字が頭をよぎった。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 『剣山』文字通りのものがそこに出来上がっていたそうです。そして(わず)かな隙間から(しずく)となって落ちる物。この事から放たれた剣の一本一本にも魔力が込められていたのは明らかです。不本意にも夢子さんの目論みは的中してしまったんです。

 

棟梁「どうか、どうかこれが……——」ドサッ

  『棟梁!?』

 

 誰もがその時は突きつけられた光景から目を(つぶ)り、崩れ落ち、(なげ)いたでしょう。

 

店員「いつつぅ……店長、棟梁様は?!」

店長「心配ねぇ、気ぃ失ってるだけだ。限界だったんだろうな」

店員「私等(あっしら)どうなっちまうんでしょう?」

店長「さぁな、それはワシにも分からねぇ。やれる事といえば、あの時助けた小僧に望みを()けるだけだ」

 

 しかし至る所から上がる悲嘆(ひたん)の声に反し、彼はその姿を再び現したんです。剣の森を業火で焼き尽くし、炎の色に染まった滝を全身に浴びながら。

 私もその話を聞かされた時は耳を疑ったくらいです。大袈裟(おおげさ)に着色された作り話ではないかとね。しかしながら私の第三の目に映る心の文字は、それが(まぎ)れもない事実であると(しる)していました。当時あの場にいた方々は、常識と想像を超えた光景の連続に、幻ではないかと疑っていたでしょうね。

 

蒼鬼「おっさんは夢でも見ているのか?」

筋ト「叔父貴(おじき)?」

蒼鬼「和鬼!? 和鬼なんだな? 本物だよな?!」

筋ト「本物だって、頼むから揺らさないでくれよ。(あばら)に響くって」

蒼鬼「よかった、ホントによかったよぉぉぉ。おっさんもう死ぬんじゃないかって」

筋ト「ま、まあ一応死んだらしいけど……」

蒼鬼「ガぁズぅギぃ〜、よぐ戻っでぎだぁ」

筋ト「分かったから出てるもん()けよ……」

パル「お取り込み中失礼、ヤマメがお義父様の近くで防御壁を作るからもっと寄れって」

蒼鬼「そうだアイツ、コウの容体は?!」

村紗「超頑丈な肉体と能力のおかげでカズ君程ではないそうです」

パル「けど油断出来ないみたいで、急いで縫合して、それから薬を投与するって」

村紗「カズ君、私あっちで倒れてる一輪を連れて来るね」

蒼鬼「その方がいい、水橋も一緒に行ってやれ」

パル「だったらすぐに。今は運良く反対側向いてるけど、また剣が飛んで来たら大変」

筋ト「運良く……か?」

 

 そんな中でも唯一、夢子さんだけは違いました。そうなると悟っていたんです。彼の頭が見えた時には既に大剣が届くまでに詰め寄っていたんです。

 

夢子「やはり、ね」

 

 けど彼には通じない?

 

神綺「夢子ちゃん……」

 

 いいえ、それは違います。彼には通じてしまうんです。つい先程ご説明しましたが、彼が剣の豪雨に襲われ際、軽傷ながらも血を流していたんです。つまり魔力でコーティングされた刃では全てを防げなかったんです。それで確かな手応えを感じ、速攻に出たのしょうね。

 

神綺「引きなさい」

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 直に伝わってくる温かさが、

 

自分「そ、ん……な……」

 

 恐怖となって押し寄せて来た。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

夢子「(もらった)」

 

 と、夢子さんは勝利を予感していたでしょう。

 しかし偶然や奇跡なのか、直感や本能がそうさせたのか、はたまた目覚めた神の力が導いたのか。彼は(せま)る大剣を小さく身を横に()らせて避けたんです。風に全てを(ゆだ)ねて舞い落ちる、この桜の花弁(はなびら)の様に。ふわり、ゆらり、ひらりと。

 それが彼の一歩目でした。

 

夢子「まだ——」

 

 続く二歩目、彼を捕らえ損なった大剣を手放し、瞬時に新調した光の大剣で水平方向に斬りつける夢子さんへ——

 

夢子「!」

 

 足払いを。

 しかし彼の足は夢子さんに届きません。寸前にバックステップで大きく回避されたんです。いえ、そうせざるを得なかったのでしょう、我が身の安全を考えれば。誰だって片足を失うのは避けたいですからね。緊急回避だったと思います。

 そして緊急と呼ぶからには、想定外の事象が起きた、という事でもあります。

 つまり彼の反射神経、瞬発力、身のこなしが夢子さんの想定を超えていたのではないかと。優れた身体能力を持つとはいえ、卓越(たくえつ)した戦闘スキルを持つとはいえ、魔界トップクラスの実力を持つとはいえ、確かな予感を(くつがえ)されれば驚きます、動揺(どうよう)します、(あせ)ります。そう、夢子さんは焦っていたんです。その所為でミスを犯しました。それは——

 

夢子「マズイッ」

 

 彼女の取った行動が『ファーストアタック』の時と全く同じだったことです。

 自我を失い、敵を狩ることしか頭にない野獣と化したとはいえ、立て続けに同じシーンを見せられれば、真新しい記憶と重なれば、学習します。彼は夢子さんの後を電光石火で追いかけたんです。

 そしてこの時の事を多くの方が「二人の姿は追えなかったが、彼が通ったであろう道には一筋の光が残され、それはあたかも黄金色に輝く龍の様だった」と語っていました。それが彼の三歩目の始まりです。

 

鬼助「ヤマメ、パルスィ達が戻った」

ヤマ「キャプチャーウェブ(ドーム型)!!」

パル「なんとか間に合ったー」

村紗「一輪急いで!」

一輪「あと少し、あと少しで……」

筋ト「師匠、今薬を作ります!」

親方「そんなもん無くても……」

医者「(しゃべ)るでない。まったく、師弟そろって針が通り難いったらありゃせんわ。そのおかげで内臓が無事だったのが不幸中の幸いかのぉ」

親方「へ、へへへ。(きた)えに鍛え抜いた自慢の筋肉だからな」

蒼鬼「あ? 積もり積もった贅肉(ぜいにく)の間違いだろ?」

親方「はぁ!?」

蒼鬼「あぁ!?」

  『やんのか!?』

パル「お義父様そんなに力むと——」

親方「グハッ!」

医者「大人しくできんのか!」

 

 二人が姿を再び現した時、彼と夢子さんは急接近していたそうです。しかも彼の腰元には左拳が構えられていたと。そこから繰り出されるものは例の力任せの衝撃波、多くの方がそう予感していたそうです。

 しかし、この時放たれた物は全くの異質な物でした。彼の手から放たれたのは——

 

彼 「ヴォヴォヴェヴャマ゛ヴォロォジ!!」

 

 高密度に押し集められ、開放と同時に空気と結びついて起きる大爆発、バックドラフトだったんです。夢子さんはその炎に(おお)われ、爆発の衝撃で後方へ飛ばされたそうです。が、決定打には届かなかったようで、地面に触れる前に体勢を立て直し、着地と同時に再び彼に向かって行っていたのだとか。そして彼もまた、それに応える様に怒号を上げて向かって行ったと。

 その先の戦況は誰にも分からないそうです。なんでも二人ともスタートを切るや姿を消してしまい、そのまましばらく現れなかったのだとか。ただ激闘の(すさ)まじさはヒシヒシと伝わっていたそうです。

 

鬼助「なんだよこの音」

村紗「剣の先が見えてるよ!」

ヤマ「うぅ……こんなバケツをひっくり返したみたいに……」

筋ト「こうなりゃオレが出て——」

蒼鬼「バカ野郎! それをおっさんが許すと思うか!?」

パル「どれくらい耐えられる?!」

ヤマ「まだ頑張れるけど、ずっとこのままだと……え?」

医者「よせ動くな、傷口が開く!」

親方「もう充分だ。(しの)いでやるよ、大江山颪でよ」

 

 炎弾と剣の豪雨が降り続け、

 

夢子「(攻撃が重い……)」

 

 大気を()らす爆発音が上がり、

 

夢子「(あの細い腕のどこからこんな力が)」

 

 地底の壁を破壊しては土砂崩れを起こし、

 

夢子「(その上この者の思考が掴めない)」

彼 「ウォオオオッ!!」

 

 二人が衝突したであろう後には突風が生まれていたと。

 

医者「無茶じゃ、立つのだって辛いはずじゃ」

筋ト「そんなお身体で大江山颪なんて——」

親方「んなこたぁねぇ、ワシはお前の師匠だぞ? ゔぐぅッ」

パル「お義父様せめてこの薬を——」

鬼助「いってえッ、コイツ貫通して来やがった!」

ヤマ「補強が追いつかない……みんな(かが)んで!」

村紗「一輪!」

一輪「雲山行って!!」

雲山「ぬぅううん! 復活じゃあぞい!」

 

 夢子さんとその時の彼の実力はおそらく五分。

 

夢子「(また避けられた!? こうも素早く動かれては……ならば——)」

 

 攻める、守る、避ける、跳ね返す。相手の真理を先読みし、本能で危機とチャンスを感じ取る。

 

夢子「動きを封じるのみ! 『魔法銀河系』!!」

 

 引いては前へ、前へ出ては引いてと、お互い寸分も(ゆず)らない鍔迫(つばぜ)り合いを繰り広げていたことでしょう。

 

彼 「ヴァアアアッ」

夢子「今、裁きを——」

 

 それだけに彼の勇姿を語れないのが残念ですね。

 

夢子「実行します!」

彼 「散歩必殺(ザンボビッザヅ)!」

 

 そして旧都民がようやく二人を瞳に映した時、誰もが目を疑う光景に言葉を失ったそうです。決着です!

 




【次回:表_十六語り目】


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表_十六語り目

外に出れない
お店に行けない
書けない……。

どうにかして欲しいこの悪循環。


 スペルの連続発動。それも強力な二つを。そのコストたるや二つ合わせて通常スペル四つ分、そう易々と放てるものではない。だからこそ彼女は友人に全てを(たく)し、背後で着々と準備を進めていたのだ。意識を集中させ、力を(たくわ)え続けていたのだ。

 

紅白「捕まえた!」

 

 巫女を中心に展開される陣は麗人をしかりと範囲に収め、術の込められた札を無数に吹き上げる。巫女達の反撃の狼煙(のろし)が上がったのだ。

 ペタリ、ペタリと張り付いていく札の数々。隣り合い、ひしめき合い、時には重なり合いながら、術の強度を上げながら、確実にターゲットの動きを封じていく。

 やがて麗人の表情までもが(うかが)えなくなった頃、待望のその瞬間が訪れた。

 

麗人「ア゛アアアー!」

 

 一帯に響く声は気の込められた雄叫(おたけ)びなどではない、激しい苦痛に(もだ)える断末魔。術の込められた札に体の隅々を拘束(こうそく)された上に、巨大な陰陽玉が直撃しては鬼と言えども、四天王と言えども、怪力乱神の能力を持とうとも、ただでは済まない。

 

紅白「(終わった……)」

 

 苦戦を強いられた(たたか)いにもようやく決着が、彼女はそう予感していた。いや、確信めいたものを(いだ)いていた。

 

紅白「!」

 

 しかし直後、彼女の背筋に悪寒(おかん)が走った。決して体調や気温によるものなどではない。ではなぜか?

 

白黒「冗談キツイze★」

 

 彼女は見てしまったのだ。全身を札でビッシリと(おお)われながらも、聖なる光に身を焼かれながらも、口に張り付いた札を()()め、(わず)かな隙間(すきま)から鋭い眼光を放つ——

 

紅白「やっば——」

 

 鬼の姿を!

 

白黒「霊夢逃げろ!」

紅白「(何を間違えたっていうの?!)」

 

 自身に何度問いかけてみても、彼女はその答えを見つけられないだろう。なぜなら彼女の作戦は完璧であり抜け目などないのだから。先の事など考えず、出し惜しみなどせず、その時に全力を注ぎ込んでいたのだから。

 ただ彼女は知らなかった。今目の前に立ちはだかる者は、怪力乱神の能力を持つ者である前に、山の四天王である前に、鬼である前に、女である前に、少年の保護者であるまえに、

 

麗人「オ゛」

 

 星熊勇儀だということを。

 

勇儀「オ」

 

 きつく(にぎ)り締めた拳に

 

勇儀「エ゛」

 

 ありったけの負けん気を宿(やど)らせ、

 

勇儀「ヤマ……」

 

 星熊家伝家の宝刀を今、

 

勇儀「オロシィイイイイイッ!!」

 

 撃ち放つ。

 

 

◆    ◇    ◇

 

 

 予想外だった。

 

私 「(コノヤロー……ッ)」

 

 例え体の自由を(うば)われようと、例え顔中を札で(おお)われて窒息(ちっそく)しかけようと、例えどんなに強大で強力な術を()びせられようと、

 

私 「(なに勝った気でいやがる!)」

 

 (くっ)しなかった。

 

私 「大江山颪(オ゛オエ゛ヤマオロシ)ィイイイイイッ!!」

 

 折られることなどなかった。それなのに……。

 

私 「ゔッ!?」

 

 直後腹部から嫌な悲鳴があがり、内臓を(えぐ)られる程の重い衝撃(しょうげき)が走った。何が起きたのか分からなかった。理解するよりも先に、苦痛を感じるよりも先に、私は地面に二度三度(たた)きつけられながら後方へ飛ばされていた。

 

私 「ガハッ」

 

 ダメージは肋骨(ろっこつ)の数本を損傷と腹に内出血。(なげ)く体がそう教えて来た。

 

私 「(強靭(きょうじん)な鬼を傷つけられるのは同じ鬼か神くらい、ましてや能力を開放した私が——)」

 

 そこでようやく悟った。私に大怪我を負わせたのは他でもない、

 

私 「弾き返した……のか」

 

 私自身だと。彼女に放ったはずの大江山颪があろうことか私を(おそ)ったのだと。自慢の技だけあってあの時ばかりは流石(さすが)(こた)えた。それを博麗の巫女とはいえ、たかだか人間の小娘一人にどうにか出来る代物ではない。ましてや跳ね返すなど……。

 

私 「(こんな芸当が出来るのは——)」

 

 疑問の答えを出すのに時間は必要なかった。脳裏に浮かぶシルエット、それを決定的なものにし、着色していったのは、

 

珠 「{と萃霊花(すいれいか)}」

 

 彼女の腕に巻かれた赤い布切れだった。そう、あれは(まぎれ)もなく、

 

私 「萃香(スイガ)ァアアア゛ッ!!」

 

 親友の物。

 地底世界が未曾有(みぞう)の危機に(さら)されているというのに、事情を知らないとはいえ博麗の巫女に加担(かたん)し、勝負の邪魔をするようなマネまで。怒りは頂点に達し、叫ばにはいられなかった。

 

私 「どうして……どうして博麗の巫女なんだ?!」

 

 それを

 

珠 「{約束、なんだ}」

 

 と。

 私だってバカじゃない。それだけでも幻想郷の賢者と親友の間に、何らかの取り引きがあったことくらいは容易に想像できた。後に聞かされた話では、親友が起こした騒動の(つぐな)いとして、博麗の巫女を影から支えることになったのだと。いつだか語ってくれた野望の代償(だいしょう)が、まさかあんな形で私の障害になろうとは……。

 

珠 「{霊夢、守るって……}」

 

 悲しげな声で辛そうに語る親友をそれ以上問い詰めることは出来なかった。けど一言二言発する度に「ヒック、ヒック」って、

 

私 「(なんだかなー……)」

 

 真面目な話をしている最中だというのに……。気に入っているのは分かるが、今もあんな調子らしいし、いっぺん取り上げた方がいいんじゃなかろうか? 常時酔っ払っているのはどうかと思う。

 

珠 「{けど霊夢、いくらその場にいないとはいえ、他人の決闘に水を差すのは好きじゃないからね。特に相手が鬼、親友ならなおさら。これで最後にしてちょうだい}」

霊夢「分かってるわよ」

珠 「{それと例の件もよろしく〜♪}」

霊夢「あーッもう! 文といい萃香といい、(そろ)いも揃って人の足元を見て」

珠 「{あら、一名様をお忘れよ?}」

霊夢「せっかく忘れてたのに……」

珠 「{それよりこのお茶いまいち美味しくないわ。他にないの?}」

霊夢「留守中に勝手に飲むな!」

 

 珠と言い合いを始める彼女を横目に、私はギシギシと泣き叫ぶ身体に(むち)を打って起き上がろうとしていた。

 

私 「(キスメとヤマメとヤツはアイツと合流できただろうか? 魔界の輩達を制圧できただろうか? もう少しだけ足止めするから、そっちを頼むぞ。それとお空、もう少しの辛抱(しんぼう)だ。コイツ達を地上に帰したらすぐに()けつけてやる。必ず助けに行く。だからそれまで八咫烏(やたがらす)(だま)らせておいてくれよ)」

 

 その気配を察知したのだろう、彼女は口論を中断し、(にら)みをきかせて尋ねて来た。上からの目線で、私を見下ろして。

 

霊夢「で、やる気?」

 

 「まだ()りないのか?」と。答えは当然——

 

私 「ッたりまえさ!」

魔理「それぞれ一枚ずつ、いよいよ大詰めだze☆」

 

 二人と向かい合うこと実に三度目。私は最後の一枚を手に取り、その一枚に己の実力を出し切ることを決意していた。けれど……。

 

霊夢「そうね」

 

 思い知らされた。私は……

 

霊夢「とっとと勝ってアンタに後ろで起きてる事と違和感の正体、全部吐かせてやるわ!」

私 「!」

 

 私は博麗の巫女を甘く見ていたと、

 

私 「(バレてる!!)」

 

 決意など無意味だと、必要なのは

 

私 「(守る、必ず守る、絶対に守ってみせる。大好きな旧都を、思い出の詰まった旧地獄を、みんなの地底世界(楽園)を!)」

 

 結果だけだと。

 

 

◇    ◆    ◆

 

 

勇儀「ぅぉぉぉォォォオオオオ゛!!」

 

 叩きつけられた()け札は手の内全て。気力、体力、能力を余すことなく勝負に出た麗人(れいじん)雄叫(おたけ)びは、体温を急激に上昇させ、秘められた力を目覚めさせ、やがて突風を呼び、嵐を呼び、

 

魔理「ななななんだze★」

霊夢「じ、地震?」

 

 旧都に戦慄(せんりつ)を走らせる。

 その昔、鬼の逆鱗(げきりん)に触れ制裁を受けた者は、後世に身の毛もよだつ恐ろしい体験を次のように残したという。

 

勇儀「『四天王奥義(してんのうおうぎ):——』」

 

 鬼の一歩は大地を揺らし、

 

霊夢「えっ?!」

魔理「いつの間に!?」

 

 鬼の一歩は大気を震わせ、

 

魔理「すっかり囲まれちまってるze★」

霊夢「魔理沙こっち!」

 

 そして鬼の一歩は——

 

魔理「ZEEEEEッ★!!」

霊夢「ヤバ……」

 

 全てをなぎ倒す、と。

 

勇儀「『三歩必殺(さんぽひっさつ)』!!!」

 

 次の瞬間、爆煙が上がり少女達の甲高(かんだか)い悲鳴が辺りに(ひび)き渡った。

 

 

◆    ◇    ◇

 

 

 私の切り札は三段階で構成される。

 まず一段階目、変換させる。全身を(おお)う力をそのまま光弾へと。そして私を取り巻く様に配置させる。

 続く二段階目、引っぱり出す。内側に(たくわ)えていたものを。そして花が咲く様に外側へばらまく。

 最後の三段階目、思い出す。胸の奥が温かくなる記憶の数々を。空になった器を満たす様に。そしてより遠くへ解き放つ。

 高密度で配置された光弾はターゲットの行く手を瞬く間に(さえぎ)る。例え相手が逃げ場を失ったと悟り、回避行動に出たとしても無意味。全ては手遅れなのだから。そいつらはそのまま待ってなどくれはしないのだから。

 

私 「三歩必殺!!!」

 

 私の号令と共に動き始める。じわりじわりと追い込んでいき確実に捕らえる。放ったが最後、何人たりともそこから逃れられない。奥義と呼ぶに相応する決まり手だ。

 元は私がまだ()れていた頃、取っ組み合いの喧嘩の最中に編み出したもの。相手の足下を揺らしてバランスを崩させ、プレッシャーで押し倒し、そこへ駄目押しの一撃を打ち込む。度重(たびかさ)なる争い事で多用して来たが、一度も破られたことはない十八番だ。それを私はアイツにも教えた。

 あれはアイツがまだ私と暮らして間もない頃、忘れもしない「カズキにやられた」と泣きながら帰って来た日のことだ。聞けば急に素っ気なくなった和鬼に腹を立て、(つか)みかかったら呆気(あっけ)なく返り討ちにあったと。いや、相手にすらならなかったと。

 その話を聞かされて私が腹を立てないはずがない。アイツを泣かせた和鬼にじゃない、アイツ自身に。

喧嘩(けんか)に負けておめおめと逃げ帰って、(くや)しくないのか!?」

 と(かつ)を入れるのに秒もかからなかった。というか考えるより先に口走っていた。

 それに対するアイツの答えは嗚咽(おえつ)混じりに大号泣しながら「くやしい!」って。そうと決まれば早かった。力のないアイツでも勝てる方法を考えるまでは。

 その方法はただ一つ、意表を突くこと。向かって来る攻撃を避け、相手の体勢を(くず)させ、拳を顔面に叩き込む戦法を教えてやった。完璧にも思える戦法だが欠点が一つ、見慣れてしまったら効果が薄いということ。それを今や完全に仕上げ、自分の物にしやがって。

 

私 「ハァ、ハァ、ハァ……」

 

 手応えはあった。それが証明されたのは、爆煙が風に流され薄くなってきた時だった。

 

私 「へ、へへへ」

 

 横たわる二人の姿に思わず笑みがこぼれていた。そして迎える能力切れ、その直後に襲って来る疲労感と激しい筋肉痛に(かなわ)ず、その場で(ひざ)から崩れ落ちていた。

 

私 「(少しだけ、少しだけ——)」

 

 さらに意識は遠のいていき「なんならそのまま眠りについてしまおうか?」と思いを(めぐ)らせていた矢先だった。

 

??「いっつぅ……」

 

 博麗の巫女が起き上がって来たのは。おまけに

 

??「ぎ、ギリギリだったze☆」

 

 白黒まで。

 信じられなかった。全身にダメージを負ってこそいたが、私の切り札を受けてもなお立ち上がろうとする彼女達が。

 

私 「(確かに彼女達は中にいた。逃げ場はなかった、避けることは出来ない、無事でいられるはずがない!)」

 

 鮮明に残る直前の記憶からはありえない現実に、私は自分にミスが無かったか尋ねていた。でも答えは完璧。悩み悩んだ挙句、辿り着いたのは常軌(じょうき)(いっ)した可能性だった。

 

私 「(まさか彼女達(アイツら)——)」

 

 いや、そんなものでは生易しい。別次元の……そう、文字通り『別次元』の可能性。

 

私 「(ここじゃない別の場所に逃げたのか?!)」

 

 それを裏付けるかのように、

 

珠 「{あ〜あ、もう使っちゃった}」

 

 珠からは聞き慣れない声でそんな言葉が聞こえて来た。

 

珠 「{一回切りなのに、もったいない}」

 

 そしてそれが八雲紫(やくもゆかり)の能力によるものだと知らされたのは後日のこと。

 

霊夢「使わないで吹き飛ぶよかましよ」

珠 「{ふーん。まあ、向こうも限界みたいだしね}」

勇儀「そんなことは……ゔっ」

霊夢「スキルブレイク、私達の勝ちよ!」

 

 警戒はしていた。戦いの最中で何か仕掛けて来るだろうと意識はしていた。決して見くびってなどいなかった。全ては八雲紫の力が私の想像の範疇(はんちゅう)を超えていただけのこと。でもそれが致命的な誤算だった。

 さらに苦戦を強いられたことで、状況は好ましくない方向へ転がり出していた。その始まりはある違和感からだった。

 

私 「あん?」

 

 彼女と出会った当初こそ注意していたが、別段何かして来るわけでもなく、ただ話し声が聞こえて来るだけで、アクセサリーだか置物のように大人しくしていたから気にかけるのをやめていた。それが——

 

私 「(増えて……る?)」

 

 六つに。常に白黒魔法使いの近くでフヨフヨ浮いていた人形が増えていたんだ。一体を中心に五角形を描く様に陣を組んで。

 

 

◇    ◆    ◆

 

 

 そのプロジェクトは白黒魔法使いがネタミン1000パル配合のジェラシEで、(かわ)いた(のど)(うるお)していた時から始動していた。危なっかしい、画面越しでは対応が遅れる、誰かが近くでフォローを。

 

人形「{魔理沙、霊夢!}」

 

 そんな声が上がり、最も情報伝達速度が速い二体の人形に白羽の矢が立ったのだ。その人形とは人形使いのお気に入りである——

 

??「ホラーイ!」

 

 と上海。なんとこの二体、AIにも似た術が(ほどこ)されているだけでなく、二体の間でテレパシーのような通信が可能なのだ。故に「片方が危険を察知すれば、もう片方が素早く反応」なんて朝飯前だったりするのである。その機能に目をつけ、片方は追加の人形と共に白黒魔法使いの下へ向かわせ、もう片方は地上で待機させて最新の情報を地上へお届けする算段なのだ。

 だがあくまでそれは手段。本来の目的は別、戦地にいる白黒魔法使いの手助けである。つまり合流を果たすや、

 

人形「{蓬莱マニュアルモード!}」

 

 即、戦闘体勢へ。魔力で繋がれた蓬莱(ほうらい)人形の手から細い糸が飛び出し、各人形へ糸を結びつけられ、得意のフォーメーションを作り出す。

 だがそんな事をすれば魔力の消費は激化する。しかしご安心あれ、そこは既に計算ずく。新たに参上した人形達には紫モヤシが作り出した高密度の魔力の結晶、『賢者の石』が内蔵されているのである。

 つまりこういう事である。新たに参上した人形を操る蓬莱人形は言わばハブ(Hub)、そしてハブとなった蓬莱人形を操る人形使い自身はルーターであり、接続されている魔力はランポート。これを通称『スター型ネットワーク』と呼ばれている。

 なんという事でしょう、この日幻想郷にネットワーク回線が出来上がったのです。

 

人形「{リモートサクリファイス}」

 

ともあれ、人形使いの少女が遠隔操作で参戦である。なおこの間、コントローラーを握っていた技術者は……

 

人形「{画像処理能力上げなきゃ、クロックは上げられないからソフトで対応しなきゃ、デバッグの暇がないー(喜)}」

 

 改善作業。計画を立て、実行し、確認を行った上で実行。通称これをPDCAサイクルと呼び、技術者には欠かせない作業なのである。

 それはそれとして、人形使いの少女には気がかりになる事もあるようで……。

 

人形「{あと二体送ったはずなんだけど……}」

 

 どうやら全員集合とはいっていないようである。

 

魔理「いや、充分だze☆」

霊夢「やるじゃないアリス」

人形「{あああありがと……//}」

 

 博麗の巫女と普通の魔法使い、そして人形六体。計八名で麗人を迎え撃つ。

 

 

◆    ◇    ◇

 

 

 二度はなかった。

 

私 「(くっそぉー……ッ)」

 

 それまで一度も。使えば必ず終わっていたから。例外はない、だからこその『必殺』。キスメもヤマメもヤツも、お燐でさえもそうだった。なのに二人は立ち上がって来た。ましてや人間の小娘二人がだ。

 

私 「(立て、立つんだ)」

 

 三歩必殺は最後の一歩で力を無理矢理引き出すだけに反動が大きい。使用後は必ず能力は途切れ、しばらく間使えなくなる。

 

私 「(ここで終わるわけには……)」

霊夢「聞きなさいよッ」

私 「……したんだ」

 

 これもまた例外はない。

 

私 「(引くわけには……倒れるわけには……)」

珠 「{霊夢、無駄よ}」

 

 それがいつもの私だった。

 

魔理「どうやらそういう事みたいだze☆」

 

 体力も気力も能力も空っぽになった私を立ち上がらせたもの。

 

私 「(お空、少し遅れちまうけど……勘弁な)」

 

 罪悪感、責任感、使命感。そんな大袈裟なものじゃない。もっと簡単でいて難しいもの。

 

私 「約束したんだ」

 

 

————負けないで————

 

 

私 「うぉおおおおッ!」

魔理「霊夢構えろ!」

 

 アイツを想うだけで血が震えた。

 

私 「四天王奥義ッ」

 

 どんな事をしても守りたいと思えた。叶えたいと思えた。例え——

 

霊夢「どうして……どうして——」

 

 例えこの身が()ち果てようとも!

 

私 「三歩必殺!!!」

 

 

 




【次回:裏_語り締め】

裏回の締めの予定です。


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裏_終わり

Ep.4 里のケーキ屋のOPムービー的な何かを作ってみました。
もしよければ見てください。

《Youtube》
https://www.youtube.com/watch?v=FYdTlYz5Lsg
《ニコニコ動画》
https://www.nicovideo.jp/watch/sm36745805



◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 走馬灯(そうまとう)のようによぎる(まぶ)しい記憶の数々が、

 

自分「(イヤだ……)」

 

 絶望の(ふち)へと追いやった。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 その光景とは、

 

親方「いぢぢぢぢッ」

医者「ほれ終わりじゃ、あとは薬を飲めば大丈夫じゃろ」

蒼鬼「……外、静かになったな」

筋ト「でもこれじゃ何が起きてるのか——」

村紗「雲山聞こえる? 外はどうなってるの?」

雲山「もう大丈夫じゃ、出て来てええぞ」

鬼助「うげっ、ビッシリ突き刺さってら」

ヤマ「もうダメかと思ったよ、ありがとう。えっと……」

一輪「私は雲居一輪、こっちは雲山ね。お礼を言うのはこっちの方、あなたが屋根を作ってくれていなかったら今頃——」

パル「ねえみんな、あそこ」

 

 血で赤く染まる(うで)(かか)え、地面に(ひざ)を付いて(うずくま)っていたと。

 

神綺「夢子ちゃん平気?」

 

 目にも止まらない速さで標的の前に現れ、怪力で知られる鬼を力で圧倒した夢子さんがです。その姿ははまさに(ひざまづ)いて許しを()う者の様、さらに衣服は黒く焼き()げ、身体中からは煙を上がっていたそうです。

 恐怖に(おび)え、明日を諦めかけていた方々は皆さん口をそろえてこう言っていましたよ。「あの時程胸の高鳴りを感じたことはない」とね。

 

夢子「申し訳……ありません、お見苦しいところを。今、終わらせ……うぅッ」

神綺「もうよしなさい、これ以上は夢子ちゃんが危険よ。分かるでしょ?」

夢子「ですが、あの者達は我々魔族に——」

神綺「みんな無事だったでしょ?」

 

 やがて静寂(せいじゃく)に包まれる中、

 

神綺「向こうは大怪我を負っている者もいる。もう充分じゃなくて?」

 

 高い金属音だけが(さび)しげに響き渡り、

 

鬼助「アレってつまり……」

 

 固唾をのんで見守っていた旧都民の目に飛び込んできたもの。それは――

 

ヤマ「降参……ってことだよね?」

 

 頭上に両手を(かか)げる夢子さんの姿でした。

 

一輪「私達でも相手にすらならなかったのに……」

雲山「信じられぬ」

 

 地獄以上の地獄から解放され、旧都創立以来の危機を(だっ)した瞬間です。しかも大勢の負傷者を出しながらも、誰一人として命を落とすことなく。これはもう奇跡としか言いようがありません。

 

 『うおおおおおっ!!』

村紗「やったよカズ君!」

筋ト「ああ、アイツは勝ちやがったんだ」

 

 歓喜の雄叫(おたけ)びを(とどろ)かせ、誰もが彼の勝利を(たた)えたでしょう。

 

パル「美味しいところ取りとか、妬ましい」

医者「カッカッカッ、あの小童がやりおったわい」

蒼鬼「こりゃいよいよ免許皆伝(めんきょかいでん)か?」

 

 しかし、事態はここから最悪の方向へと転がっていくんです。

 

神綺「夢子ちゃん!?」

 

 彼が止まらなかったんです。敗北を認め、無防備となった夢子さんへあろう事か追撃を仕掛けたんです。

 

親方「よせっ!」

 

 それは赤く輝く拳だったそうです。そして夢子さんは燃え盛る炎に包まれ、そのまま瓦礫(がれき)の山へ。

 

筋ト「止まれバカ!」

 

 全員が血も涙もない無慈悲(むじひ)で衝撃的な展開に目を疑ったことでしょう。

 

村紗「もう終わりなんだって!」

 

 静止を呼びかける者もいたはずです。でも彼は……

 

彼 「オ゛オオオッ!!」

 

 (しず)まらぬ怒りを大声に乗せてそれらをなぎ払い、(またた)く間に姿をくらましたそうです。直後、夢子さんが飛ばされた方角からは爆発音と炎が上が……。何度も何度も、息つく暇もない程に。

 

夢子「も……ぅ、やめ……」

 

 絶え間なく続けられる彼の猛攻(もうこう)は、すでに満身創痍(まんしんそうい)となっている夢子さんを容赦(ようしゃ)なく追い込んでいきます。

 

夢子「おね……い」

 

 身を守るので精一杯だったでしょう。反撃など考える余裕すらもなかったでしょう。ただ信じて、彼が止まってくれると信じるしかなかったでしょう。しかし無情にも彼の手は、より激しさを増していきます。そして——

 

夢子「たすけて」

 

 ガラスが(くだ)け散ったような音が響き渡ったそうです。先程一輪さんも語られていましたね、マイさんをノックアウトした時に「バリーンって音がした」と。そうです、夢子さんにかけられていた身を守る術が解かれたんです。無尽蔵(むじんぞう)に思えた夢子さんの魔力が、ついに限界を(むか)えたんです。

 それを見越しておられていたのでしょうね、

 

??「夢子ちゃん離れて!」

 

 神綺様は。トドメの拳を振り下ろそうとする彼に特大魔法を放ったんです。(ひじり)さんの最上級の魔法――

 

神綺「『大魔法(だいまほう)魔神復誦(まじんふくしょう)』!」

 

 を。その時の事を後日「何もしていなければ夢子ちゃんは……。それだけはどうしても避けたかった」と(おっしゃ)っておられました。また、その時放った魔法はあくまで彼を止める程度のもの、殺傷能力は(おさ)えていたと語っておられました。

 しかしそれが……その優しさが(わざわ)いしました。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 心に(うった)えかける優しさが、

 

自分「(ちがう……ちがうちがうちがうちがう)」

 

 二度と戻れない暗闇へと突き落とした。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

神綺「起きないで!」

 

 レーザー砲に加え、大・中・小の大きさが異なる光弾の乱れ打ち。彼は全弾受け切ってもなお立ち上がったんです。そして案の定、標的は夢子さんから神綺様へ。

 

神綺「それ以上動いたら——」

 

 ()てつく視線に襲われる中、神綺様は彼に警告したそうです。「動けば次はない」と。それに対する彼の返答は……、

 

彼 「ヴォオオオッ!!」

 

 負の感情に取り()かれた威圧でした。怒号と共に全身から地底の天井にも達する火柱をあげたんです。交渉は決裂、聞く耳を失った彼に神綺様は心を痛めながらも、再び魔法を詠唱(えいしょう)されました。

 

神綺「魔神——」

 

 が、それでは遅かったんです。彼が(にら)みをきかせた時点で手を打つべきだったんです。神綺様が詠唱を開始した時にはもう……

 

彼 「ダアアアッ!!」

 

 彼が射程範囲に収めてしまっていたのですから。

 一気に神綺様との差を詰め、拳に燃え盛る炎を乗せて衝撃波と共に打ちを放ったんです。それは(すさ)まじい熱を帯びた突風を起こし、周囲の雪を瞬時に水へと変え、事の成り行きを見守っていた旧都民をも襲いました。火傷を負い、遠方へ飛ばされた方もいたそうです。余波でその威力です。魔界の神様であられる神綺様とはいえ、直撃してしまってはただでは済みません。起き上がられない程に負傷されてしまったんです。彼に根付いた力はそれ程までに、『神様をも(おびや)かす』までに強大なものへと成長してしまっていたんです。

 弱った神綺様を瞳に映し再び拳に炎を宿(やど)らせて構える彼、制御が出来ない強大過ぎる力を振るい続ける彼、周囲の声が届かなくなってしまった彼。

 そして、あの悲劇が……。

 

医者「いかん!」

パル「パッ!?」

鬼助「なっ……」

ヤマ「いや……」

 

 …………大丈夫です、話を続けます。

 

一輪「マズイ……」

雲山「小童(こわっぱ)ッ」

 

 その彼の身に突如(とつじょ)、異変が起きたんです。

 

村紗「そんな……」

蒼鬼「チクショーッ」

 

 まるで大きな一本の角が生えたかのように、

 

筋ト「大鬼ィイイッ!」

 

 腹部から刃が飛び出していたそうです。彼は……()されたんです、背後から大剣で。

 

??「母様逃げてッ!」

 

 母親である神綺様を救いに出た夢子さんに。もし私が夢子さんと同じ境遇(きょうぐう)に立ったとしたら、同じ行動に出ていると思います。例えそれが非人道的だったとしても、

 

彼 「ヴゥゥッ」

夢子「ユキとマイには……上手くお伝え下さい」

 

 我が身を犠牲にすることになったとしても。

 

夢子「それと——」

 

 夢子さんは悟っていたんだと思います、彼の状況を。自我を失い言葉が通じなくなっていると。止めるには致命傷を負わせ、行動不能にするしか方法がないと。

 

夢子「アリスに……」

 

 しかしそこに弊害(へいがい)となったのが、全力を()くしても抑止(よくし)切れない力です。例えスキを見つけて深い傷を負わせたとしても、即死でない限り反撃に合うのは目に見えています。だから夢子さんにとっては捨て身の覚悟の、一世一代の博打(ばくち)だったんだと思います。

 

神綺「夢子ちゃん!」

 

 そしてその結果は、

 

彼 「ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!」

夢子「お母さん」

 

 外れてしまったんです。彼は一時よろめきはしたものの、すぐに背後の夢子さんを瞳に閉じ込め、構えていた拳を放ったんです。

 

夢子「愛してます」

 

 直後、彼の拳は深く突き刺さっていたそうです。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 肩を(つか)む力強さが、視界を(おお)う広さが、込み上げる安らぎが、

 

自分「(こんなの違う、ウソだ)」

 

 包み込むその全てが、

 

自分「(ウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだ)」

 

 避けられない現実(地獄)だと思い知らせた。あの時自分は——

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 いえ、夢子さんではないんです。二人の間に入った方がいたんです。彼の拳を真正面から受けて夢子さんを守った……とは言えませんね。その方は彼を守ったんです。夢子さんを(あや)めようとした彼を!

 

??「ダ……イ……キィ……」

 

 まだ若い彼が二度と取り返しのつかない(あやま)ちを(おか)さないように。

 

??「コロ……ス……なよ?」

 

 そう()げられたのでしょ?

 

彼 「あ……あぁ……」

 

 親方様から。

 

親方「お前は……まだ、これからだ」

 

 彼は不幸にもそこで意識を取り戻してしまったんです。感じる物を全て振り払い否定し続けていたでしょう。腕を伝うものが、目に映る物全てがウソであって欲しいと心の底から願ったでしょう。

 

親方「デカく……なったなぁ。強く……なったなぁ。あの泣き虫小僧がよぉ」

彼 「自分が、自分が……ボクが、じいちゃんを……」

親方「お前は何も悪くない。ワシが勝手に入っただけ、なんだからなぁ」

彼 「ボクが……ボクが……ボクが……うぐぅ、ガハッ」

親方「大鬼?!」

 

 みなさん覚えていますか? 先程私がお話ししたことを。

 

親方「今すぐ決めろ……ってか?」

 

 不思議な回復薬の残量は……()()()だったんです。

 そこに腹部を(つらぬ)かれ、一刻の猶予(ゆうよ)も許されない致命傷を負った彼と親方様。けれど彼は今、この場にいます。これがどういうことなのか、おわかりですよね? 親方様は……

 

親方「大鬼、ミユキと勇儀ちゃんを……頼んだぞ」

彼 「ぇ?」

親方「コイツはお前が飲め!」

彼 「ン゛ッ?!」

 

 選ばれたんです。

 

親方「生き……ろよ、ワシの分も。何があっても、どんなに辛くて苦しいことがあっても」

 

 ご自身の命よりも、みんなの嫌われ者で孫である彼の命を! ご自身で飲むつもりだった薬の全てを彼の口へ流し込み、彼の命を救ったんです。

 

親方「あり……がとうな、ワシのとこに来てくれて」

彼 「イヤだイヤだイヤだ!」

親方「ワシは人間が嫌いだ。けどお前は……」

彼 「ダメだ、死んじゃダメだ!」

親方「お前はワシの孫……——」

彼 「じいちゃあああああん!!」

 

 そのまま親方様は……。

 はい? 白玉楼(はくぎょくろう)にそんな鬼の魂は来ていない? それはそうでしょうね。親方様は神綺様のお力によって魂を肉体に(とど)められているのですから。

 また、神奈子さんから事の賠償(ばいしょう)として提供して頂いている支援金と八咫烏(やたがらす)がもたらすエネルギー、(はる)かに進んだ妖怪の山の技術力が親方様を救ったんです。一命をとりとめることがでたんです。

 ですが、あの日からずっと目を覚ますことはありません。全身に取り付けられた管と装置がなければ呼吸をすることも、血を送ることも、心臓を動かすこともできず、常に瀬戸際(せとぎわ)で生かされている状況です。

 かつて最強と呼ばれ、町中の方から(した)われ、(たくま)しかったお姿は日に日に衰弱(すいじゃく)していき、今やその影もありません。親方様はもう限界です。このままでは年内にも……。

 ごめんなさい、お見苦しいところを見せてしまって。では最後に、皆さんにお尋ねします。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 言い訳なんてできない、しようとも思ってない。

 

さと「いよいよこの時が来たわね」

 

 もう許してもらおうだなんて、

 

さと「一枚目……」

 

 考えるのもやめた。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 Q.なぜ悲劇が起きてしまったのか、いったい誰が間違えていたのか。

 

 力に呑まれてしまった彼ですか?

 自ら身を犠牲(ぎせい)にした親方様ですか?

 一族の復讐に()られた夢子さんですか?

 過酷な環境に耐えきれず地底世界を目指した輩達ですか?

 体を奪われ約束の扉を破壊してしまったお空ですか?

 その力の根源である八咫烏ですか?

 それとも親方様の命を救い、地底世界に革命をもたらせた画期的な技術力を提供し、されど平和に暮らす彼の前に突然現れた……。

 そして、もし……

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 それでも……

 

さと「…………絶対に乗り越えなさい」

 

 それでも生きなきゃいけないんだ、

 

自分「へへ、あったりまえだ」

 

 この()を背負いながら。

 

自分「アイツをブッ飛ばすまでは死んでも死にきれねぇ!!」

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 もしあなたが彼だったら、今日この場で神奈子さんと遭遇(そうぐう)した時、いったい何を思い、何を考え、どう動きますか?

 

 

 

 

 これが五年前、冷たい雪の降る季節に地底世界で起きていたもう一つの騒動の全貌(ぜんぼう)です。これまで霊夢さんと紫様、神奈子さん含め多くの方々に隠し続けていた事を深くお()び致します。

 そして許して頂きたいのです。あの日からこれまで魔界とは一度も争い事は起きていませんし、互いに友好な関係を保ちながら平和な日々を送っています。どうか、どうか……。




これにて『裏』の話は一旦終わりになります。しかしまだ明かされていないことが多々ありますね。そこはまた別の回で。

【次回:表_終わり】

いよいよこっちもです(予定)。


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表_終わり

外出自粛が続き、最近口にしていない好物。
ラーメン!
カップでも即席でもないやつが食べたいの!
券買って「麺固め、辛さ10倍」って言いたいの!
食べた後に「うっぷ、胃が…」って後悔したいの!


 準備は出来た。やるべき事は全て済ませた。抜かりはない。

 

私 「それじゃあ行ってくる。後を頼むよ」

鬼 「はい、いってらっしゃいませ」

 

 もう話は終わっているはず、今から行けばいい頃合いに到着するだろう。

 

私 「あと母さんのことも」

鬼 「心得ております」

 

 あの日から母さんはすっかり元気を失ってしまった。笑顔を見せることはなくなり、視線を落としていつも暗い表情を浮かべている。話も聞こえているのかいないのか反応が薄い。食事もろくに(のど)を通らないみたいで、量を減らしても残している。おかげでここ数年で一気に老け込んだように見える。おまけに――

 

棟梁「あぁ、お前さん……。そこにいるのですね」

 

 診療所から戻らぬ父さんの幻影(げんえい)(とら)われている。

 

鬼 「棟梁様、親方様は––」

 

 そんな師にいてもたってもいられず、さとり嬢がケアに来ているが……

 

私 「いや、いい。私がいく」

 

 状況は深刻だ。心が傷だらけで今にも崩壊しそうだと。元々心優しい母さんにはショックが強すぎて受け入れられないのだろと。そんな母さんに私達が出来る事は――

 

私 「母さん、父さんはここにいないんだ」

 

 何度も事実のみを伝え、徐々に現実を受け入れてもらうより他ないと。

 

棟梁「そんなはずは……ほらそこに」

私 「それは幻だよ。父さんは酷い怪我でしばらく帰って来れないんだよ」

棟梁「うぅ、勇儀ぃ……」

私 「すまない母さん、少し地上にでかけてくる。アイツが待ってんだ」

 

 私は星熊勇儀、未だ目を覚さぬ偉大な鬼の一人娘だ。そして––

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 正真正銘最後の一手、場に流れる戦慄(せんりつ)がそう物語っていた。それは遠く離れたサポートメンバーでさえもひしひしと感じられる程に。

 

珠 「{いよいよクラマイマックスの予感です。筆が走りますね〜}」

人形「{戦闘力計測不能、オーバーフローだよ!}」

 

 麗人は立ち上がる、両手の拳を強く(にぎ)()めて。

 

珠 「{鬼って負けず嫌いでホント面倒な一族ね}」

人形「{品のかけらもない。お嬢様なのにレミィとは大違い}」

 

 麗人は()える、天に向かって喧嘩を売るように。 

 

珠 「{ん〜? ……ヒック}」

人形「{魔理沙聞いて、蓬莱(ほうらい)が操る人形達は……}」

 

 そして麗人は挑む、限界を超えた二度目の奥義に。

 散りばめられた輝く力の結晶は星々。一段目、二段目と範囲を広げながら少女達を捕らえていく様は、さながら成長を続ける宇宙の(ごと)し。

 だが少女達は、数々の異変を解決してきた彼女達は、その先をすでに体験している。

 

霊夢「魔理沙早く外へ!」

魔理「言われずともだze☆」

 

 故に対応は早い、一目散に外へと逃れる。例え三段目が前触(まえぶ)れもなく現れようとも、彼女達を捕えられないだろうまでに。「見切ったり!」少女達からそんな言葉が飛び出してきそうである。

 

麗人「オ゛オオオオッ!!」

 

 しかし麗人は己を(ふる)い立たせ続ける、父親(ゆず)りの怪力が秘められたスラリとした手足に、母親譲りの(りん)とした顔立ちに、映すものを温かく包み込む(まなこ)に、熱くたぎる血液を(めぐ)らせる管を浮かばせて。

 

 

◆    ◇    ◇

 

 

 一歩目、全てだった。(わず)かに残された酒を飲み干すように出し切った。

 二歩目、無理矢理だった。酒の一滴は血の一滴とでも言わんばかりに、なけなしの力を(しぼ)り出した。

 

私 「(ちぃっきしょぉ、体が––}」

 

 空っぽとなった身体には反動が現れ始め、筋という筋が、肉という肉が、細胞という細胞がビシビシとイヤな音を上げて崩壊していった。もう三歩目へは続かない。自分のことだ、そうなることくらい分かっていた。

 

私 「オ゛オオオオッ!!」

 

 それでも続けるしかなかった。

 

私 「?!」

 

 聞こえちまったから、

 

私 「(この感じ……一緒だ)」

 

 悲しみに満ちたアイツの泣き声が。

 

–––– 町が

–––– なくなる

–––– 和鬼が、じいちゃんが

–––– いなくなる

–––– ボクの大好きが

–––– 消えてなくなる

 

 流れ込んで来たから、

 

–––– ヨクモ、ヨクモヨクモヨクモヨクモ

 

 凍えそうなまでに冷え切った本心が。

 

–––– 力が欲しい

–––– 倒せるだけの『純粋な力』が。

–––– ユーネェみたいな強い力が!

 

 そんなもん届いちまったら、壊すしかないだろ?

 

私 「(待ってろよ、今行くからな!)」

 

 勝手に限界を決めつけていた私自身を!

 

 

◇    ◆    ◆

 

 

 そして(むか)えた三段目は、

 

霊夢「はあああ゛ッ!?」

 

 少女達の経験を、推測(すいそく)を、その範疇(はんちゅう)を、

 

珠 「{どーもらしくないねぇ……ヒック}」

 

 (はる)かに超えていた。

 彼女達は考えていた。弾幕の速度や密度が変わる事があっても同じスペル、故に大差はないだろうと。その証拠に一段目と二段目はその通りであった。それがどうだ、彼女達の前に現れた壁は、目に映る輝きは、その色は、

 

魔理「またコレかよ?!」

 

 無色透明。攻略こそしたものの、彼女達を苦しめたの巨大な光の砲弾。その名を——

 

麗人「大江山颪(おおえやまおろし)ッ!!」

 

 しかも間隔をあけて突進してきたさっきとは違い、隙間(すきま)なくビッシリとスクラムを組み、少女達の行く手を遮断(しゃだん)する。

 前方は小さくも壊せない光弾の(あらし)、後方は破壊しようなどと考えることさえも許されない光弾の(おろし)。再び(おちい)る大ピンチ。

 さらに別世界へのワープ機能はもう使ってしまっている。では代わりにと、(せま)る物を反射する鬼の助太刀(すけだち)は、期待出来ない。とは言え、全てを無に返す(からす)天狗の能力は、今後の生活を考えると使いたくなどない。博麗の巫女、追い込まれ超大ピンチ。

 だからこそ決断は早かった。

 

霊夢「博麗の巫女をなめるんじゃないわよっ!」

 

 己の力でこの窮地(きゅうち)突破(とっぱ)するしかない。残された最後のスペルカードを手に宣言するは……。

 

霊夢「『夢境(むきょう)二重大結界(にじゅうだいけっかい)』!」

 

 彼女はこう考えたのだ。逃げられぬのなら、()けられぬのなら、相殺(そうさい)出来ぬのなら––

 

霊夢「いい子だからいきなり暴れたりしないでよ」

 

 (そら)せばいい、と。

 動き始めた前方の弾幕を強固な二重の結界で封じ込め、流れに逆らうことなく、そっと優しく横から手を()える様に軌道(きどう)を変えていく。

 そして現れる一本道の活路。

 

霊夢「道は開けたわ!」

 

 (おお)っていた光のベールは()がされた。彼女達の瞳に映るのは、

 

麗人「ナッ……」

 

 気高き者の姿のみ。

 

蓬莱「{人形(にんぎょう)置操(ちそう)!」

 

 激しい火花散らす宿命と使命の衝突(しょうとつ)

 

蓬莱「{パチュリー!}」

 

 それは両者一歩も引けぬ(つば)()り合い。

 

人形「{眠れる賢者の石よ、(なんじ)季節(いろ)を示せ――}」

 

 迎える未来は正しいものなのか、明るいものなのか、幸せなものなのか。それは誰にも分からない。それでも、答えは見えずともこの瞬間は訪れる。

 

人形「{ファイブシーズン}」

 

 人形使いが操る人形と繋がれた五体の人形達は、互いに等しい間隔を保ちながら麗人を正面に空中で五角形を描く。そこへ始まる紫モヤシの儀式は、人形に秘められた力を目覚めさせ、共鳴を起こさせ、光の五芒星(ごぼうせい)を描き始める。場は、整った。

 

蓬莱「{今!}」

 

 この長く険しい闘いに終止符を打つのは、愛用のマジックアイテムを五芒星へ向けて構える

 

魔理「へへ、今度は負けないze☆」

 

 普通の魔法使い。

 人形使いは彼女にこう告げていた。送った人形はただの人形ではないと、中に賢者の石が仕込まれていると。さらにそれらが描いた魔法陣は、

 

魔理「『魔砲(まほう):ファイナルスパーク』!」

 

 注いだ魔法のランクを上げると。

 

蓬莱「{いっけー!}」

 

 麗人に向けて一直線に放たれた極太レーザーは、光の陣を通過するや威力が二倍、三倍にも(ふく)れ上がり、なおかつコースを変えることなく一気に加速する。

 

麗人「ニ゛ーッ!?」

  

 日の光も届かぬ忘れられた都の一角。激戦の場となったそこには、かつての町の面影などない。あるのは無残に散らばった華やかだった歴史の残骸(ざんがい)だけ。

 そんな(さび)しげな都の一角が(まぶ)しく()らされていた。

 

麗人「ア゛アアァァァー……」

 

 果たせなかった者の姿だけを映し出して。

 

魔理「弾幕は、火力だze☆」

 

 勝敗は決した。だがドヤリと微笑(ほほえ)む少女とは反対に、彼女の表情は––

 

霊夢「どうして……」

 

 ()えない。油断を許されない緊迫(きんぱく)した状況からようやく解放され、疲れが荒波の様に押し寄せてきたのだろうか? いや、そうではない。どこか違う。辛そうでいて、(くや)しそうでいて、それでいて(かな)しそうな。

 そんな表情の少女を目にすれば「どうかしたの?」と優しく声をかけるものだが……

 

魔理「……」

珠 「{……}」

人形「{……}」

 

 声はおろか、誰も彼女に視線を向けることはない。むしろ他所(よそ)へ外してさえいる。やがて一滴の(しずく)がこぼれ落ちた時、静寂(せいじゃく)(やぶ)られた。

 

霊夢「どうしていつもこうなのよ! これじゃ……力任せじゃ何も変わらないじゃない。スペルカードを何だと思ってるのよ?」

 

 強く(ぬさ)(にぎ)る手に込められた想い。それはいつかの(ちか)い。だが道のりはまだまだ遠く、なかなか(かな)わない。

 吐き出すもの吐き出した彼女、(そで)で顔を(ぬぐ)うと(ぬさ)の先を大の字で横たわる敗者へ向け言い放つ。

 

霊夢「さあ、約束通り話してもらうわよ、この先で起きている事を!」

 

 しかし返事はない。

 

霊夢「ちょっと、無視してるんじゃないわよ」

 

 それでも返事がない。ただのしかばねだろうか? いいや、違う。

 

魔理「気ぃ失ってるんだろうze☆ なんてたって魔理沙ちゃんの魔法を——」

霊夢「そ・う・よ・ネ?」

魔理「ひべべべ」

霊夢「あんたのせいでアイツは伸びちゃったのよ・ネッ。おかげで私は何の情報もないまま、先に進まなきゃならないノ・ヨ・ネ?!」

魔理「べ、べほほへはハヒフば(で、でもそれはアリスが)–—」

蓬莱「{えぇぇぇ!? わわわわたし、せせせせつめ––}」

霊夢「そうね、アリスは悪くないわよ・ネ! それなのに容赦(ようしゃ)なく波動砲をぶっ放したバカは誰かしら・ネ?!」

 

 小高く膨らんだ成長途中の胸を張り、サムズアップでドヤリとしたのも束の間、言い切る事を許されず、代わりにご立腹の巫女にビヨーンと(ほほ)(つま)まれる白黒魔法使い。

 

魔理「ほ、ほんは(そ、そんな)〜ze★」

 

 勝負の決まり手を放った側からすれば、「理不尽(りふじん)だ」と思う気持ちは分からなくもない。

 だが、ようやく見つけた異変の根源となりえる手がかりが消されたのだ。状況は振り出し、巫女の(いきどお)りもまた分からなくもない。

 と、和気藹々(わきあいあい)(たわむ)れる少女達のすぐ近くで鳴る

 

  『ん?』

 

 鈴の音。

 

霊夢「あれは……」

魔理「ヘホ(ネコ)?」

 

 二人がこちらに気が付いたと知るや、二本の尾を持つその黒猫は背中を見せて走り出す。

 

霊夢「普通のネコではないみたいね」

 

 だが少し進んだ所で立ち止まり、再び彼女達を赤い瞳に映す。その仕草はまるで……。

 

魔理「ついて来いってことか?」

霊夢「(わな)……かもしれない」

魔理「どうする?」

霊夢「どっちにしろ向かう方角は一緒のようだし。いいわ、のってあげる」

 

 やがて二人の少女は出会う。

 

??「……来客なんて珍しい。もしかして人間?」

 

 心に(しる)す文字を読み解く少女に、

 

??「じゃじゃーん。お姉さん、楽しい事してるね! あたいも混ぜてくれるかい?」

 

 主人の下へと導いた猫の少女に。そして––

 

??「見つけた! お燐(あの猫)から話は聞いた。間欠泉を止めたいんだって?」

 

 神をその身に宿(やど)してしまった

 

??「うーん。ちょっと釈然(しゃくぜん)としない所があるけど私は怨霊なんか送り込む気はないよ。自らが地上に行くつもりだったからね。そして地上は核の炎で溶かし尽くされる。貴方は、その前哨戦(ぜんしょうせん)(にな)える器を持っているの? 核融合(かくゆうごう)に見合った強大な力を!」

 

 地獄鴉(じごくがらす)の少女に。

 だが二人は数々の異変を解決してきた実力者。おまけに自他ともに認めるライバルどうし。そんな二人が手を取り合い協力すれば、

 

霊夢「さすが会話いらずね」

魔理「心が読めるのは本当みたいだな。今はもう戦う事しか考えてないze☆!」

 

 向かう所に敵無し。

 

霊夢「望むところ! もう散々猫の姿の貴方と戦った気もするけど」

 

 立ち塞がる少女達を蹴散らし、

 

魔理「私がこいつをとっちめて間欠泉を止めて、今夜は鳥で一杯だze☆!」

 

 見事地底の異変を解決するのだった。

 これが外の世界で『東方地霊殿』として知られる地底異変の全貌である。

 

 

◆    ◇    ◇

 

 

 まさかだった。博麗の巫女ではないなんて。参戦して来たかと思えばろくな活躍(かつやく)もせず、終始飛び回るだけの奴にだなんて。

 

魔理「『魔砲:ファイナルスパーク』!」

 

 誰も信じられないだろう。私を()ち取ったのが見るからに弱そうで、何の役にも立たなさそうな

 

蓬莱「{いっけー!}」

 

 小さな人形だとは。五つの人形が描く陣から放たれた輝きはあまりにも(まぶ)しく、

 

私 「ナ゛ニ゛ーッ!?」

 

 強力すぎた。全身全霊を注いで放った奥義は(やぶ)られた。力も技も能力も()ち果てた。そこに襲う光は無防備となった肌を()がし、後方へ大きく吹き飛ばす程の衝撃を与えた。それでも……。

 

私 「(コイツだけはッ)」

 

 そうして私は負けた。

 

霊夢「さあ、約束通り話してもらうわよ」

 

 指一本も動かせなかった。途切れた能力の代わりに沸き上がる疲労感は、祭りの当番の方が可愛いと思えてしまう程に激しく、熱くなっていた血の代わりに全身を走る反動は、悪夢の電撃を彷彿(ほうふつ)させた。

 

霊夢「この先で起きている事を!」

 

 そんな私に出来る最後の足掻(あが)き。

 

霊夢「ちょっと、無視してるんじゃないわよ」

 

 沈黙。鬼はウソを言えない。答えるのなら真実を話さなければならない。けど、それだけはなんとしても避けなければならない。だから冷たい雪の上で気絶した真似をし、二人がそのまま去ってくれるのを待つしかなかった。いや、少し違うか?

 

私 「(よし、行ったな)」

 

 連れて行ってくれるのを待っていた、か? 彼女達の会話からお燐が戻って来たと知って(たく)したんだ。

 

私 「(お燐、さとり嬢。すまない、後を頼む)」

 

 そんな時だ。遠ざかっていく一つの足音がピタリと止まったのは。それで––

 

霊夢「あっ、そうだ」

 

 と、何かを思い立ったような声がして……

 

霊夢「さっきは悪かったわね。その服、似合ってるわよ」

 

 と。それから間もなく二人の気配はその場から消えたんだ。最後の一言は私に気遣(きづか)って言ったんだろうが、

 

私 「はっ、余計だってぇの」

 

 ホント余計なお世話だ。せっかく意見があったと思ったのにな。

 

私 「うぐ、どうか無事でいておくれよ」

 

 気に入らない即席の衣装だったが、

 

私 「(ヤマメ、ありがとうな)」

 

 超強力な糸で作られた変服でなかったら、約束も誓いも守れなかった上に……さえも守れなかった。

 

私 「傷、なし」

 

 私の宝物を。あの時は何一つ変わらない姿の(さかずき)に心底安心したものだ。

 

私 「(辿(たど)り着けただろうか? キスメやヤツも一緒に)」

 

 けど、私はそこでおちおち寝ている場合ではなかった。すぐにでもアイツの下へ走り出さないといけなかった。それだけじゃない、

 

私 「(彼女達はもう一つの騒動に気が付いている。地霊殿に近付けば近付く程、彼女達は目撃してしまうだろう。そうなれば誘導しても地霊殿には入ってなどくれない。お燐を振り払って真っ直ぐそちらへ向かってしまうだろう。マズイ、今のままではマズイ、マズすぎる!)」

 

 彼女達をどうにかしなければならなかった。

 

私 「(強引に押し込めることができれば)」

 

 お空の問題も扉の問題も未解決のまま、浮上する新たな問題は二つ。そこに向かえる身はズタボロのボロ雑巾が一つだけ。私は歯を食いしばりながら起き上がり、(わら)にもすがる思いで祈っていた。

 

私 「せめて……せめて、あと一人」

 

 と。

 

 

 

 

 

 




中途半端ですが『表』のストーリーもこれにて一旦終わりになります。そして次回からは……

【次回:何かご質問ありますか?】

その後の話を少しだけお付き合い下さい。


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何かご質問ありますか?

自粛宣言が解除され、営業を再開するお店が増えて来ました。お客さんも増えているようで街には活気が戻ってきつつあります。学校も会社も徐々に始まっています。つまり何が言いたいかというと、また満員電車に乗らないといけなくなると絶望しているのですorz


私 「待ってください、どういう事ですか!?」

 

 出だしから怒鳴(どな)ったりして申し訳ありません、古明地さとりです。ですが今、そうも言っていられない状況なんです。それをこれから順にお話します。

 あれは私が全てを語り終えた直後のこと。ドンヨリとしてしまった場の雰囲気を変えようと、質問タイムを(もう)けたのが始まりでした–—

 

私 「重たい話をしてしまってごめんなさい。宴会(えんかい)を台無しにするつもりは無いんです。そうだ、何か質問ありますか?」

 

 とは言っても、すぐに挙手する方はいませんでした。皆さん隣同士で顔を見合わせたり、周囲の様子をうかがったりしていました。そんな状況がしばらく続き、やがて私の中で決めていたタイムリミットを超え、

 

 私「では気になる事がある方は後でいらして––」

 

 何一つ答えることなく打ち切ろうとしていました。結果雰囲気を変えられませんでしたが、私としてはこの上なく理想的な結末、

 

私 「(このまま終われる)」

 

 そんな想いからかため息が(こぼ)れ落ちた時でした。

 

??「あのー……」

 

 ホント、まさかでしたよ。目を疑いましたよ。何かの間違いかと思いましたよ。周りの空気に()まれやすい方なのに、注目されるのを嫌っている方なのに、静まり返る中を打ち破って一番手を買って出るなんて。

 

私 「はい、なんでしょうか?」

 そんな事をすれば視線は集中線のようになりますよ。分かりきっている事ですよ。

 

私 「優希さん」

 

 少し暑さを覚える気候だというのに体はガクガク、伸びる手はブルブル。それでも優希さんは言ってきたんです。

 

優希「さとり様は言われていました。そこの背の高い人がケルベロスを退治したって。それで地上に逃げたって。でもケルベロスは親方様達に吹き飛ばされてそのままになっています。その点を教えて下さい」

 

 と、

 

私 「ふむふむ。はい、分かりました。では今のを通訳しますと––」

 

 心で。

 声に出せた言葉なんてそれはそれは……。そよ風か季節を間違えた蚊の羽音かと思いましたよ。「だったら後で個人的に聞きに行けばいいのに……」なんて思ってはいけません。それも優希さんなりの気遣いなのですから。だから私はきちんと誠意を持って答えましたよ。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 あれは悲劇の直後、そこの彼は罪の重さに打ちひしがれ、頭を抱えて何度も何度も悔いていた時だったそうです。

 

パル「パッ?!」

ヤマ「なにアレ!?」

 

 彼の背後で積み重なった瓦礫の山が突如噴火を起こし、そこから……

 

??「ぬえええええんッ」

 

 涙を流しながら逃げるぬえさんと、

 

雲山「まさか本当におったとは……」

一輪「空想の存在でしょ?!」

村紗「キモっ!」」

ぬえ「目が覚めたらなんかいたんだけどーッ!」

 

 怒りに満ちたケルベロスが現れたのは。そうです、ケルベロスは彼のすぐ近くでずっとずっと待っていたんです。

 

和鬼「あのヤロー、まだいたのかよ」

 

 復讐のチャンスを! 数多(あまた)の獲物を捕らえ、血の色に変色した爪と牙を光らせて彼に襲いかかったんです。

 

鬼助「大鬼危ねぇ!」

 

 彼に危険を知らせる叫び声が一斉に上がりました。しかし現実を受け入れずにいる彼にその声が届くはずもなく……

 

彼 「僕が……僕が……」

ケル「ガァアアア!!」

 

 次の瞬間、寒気を覚える音が辺りに響き渡り、目を(おお)いたくなる光景が飛び込んで来たそうです。

 

彼 「!」

 

 彼は守られたんです、またしても。

 

??「くれてやるよ」

 

 我が身を犠牲にされながら。

 

??「腕の一本くらい」

彼 「あ……、う……」

 

 彼の師である萃香さんのお父様に。しかしその代償はあまりに大きく、片腕を食いちぎられてしまったんです。このことが引き金となりました。

 

彼 「イヌがぁあああ!」

 

 途切れていた力が再び目を覚まし、彼は感情の(おもむ)くままケルベロスを滅多打ちにしたんです。それはケルベロスが倒れてもなお止むことはなく続けられ、多くの方の脳裏に「やりすぎ」の文字が()ぎり始めていたそうです。そんな時です。

 

??「もういい、もういいんだ」

 

 深い傷を負った彼を(いや)してあげられる唯一無二の存在が到着されたのは。

 

彼 「ユー……ネェ……ボク……」

 

 彼はそこで膝から崩れ落ち、その間にケルベロスはふらつきながらも起き上がり、風のようにその場から逃走したそうです。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

私 「その少し後ですね、私もそこへ辿り着いたのは。で、よろしいですか?」

 

 一先ずこれくらいにしておきましょうか。最初の質問であまり時間はかけたくありませんからね。それに中途半端に疑問を残した方が––

 

??「おい、ケルベロスがなんで地上に来てたのかが抜けてるぞ」

 

 ほらね、質問もしやすいでしょ? けど妹紅さん、ちゃんと挙手してから発言して下さいね。生徒さん達の前なのですから、ちゃんと模範(もはん)となる姿勢は見せないといけませんよ?

 

私 「そうでしたね、失礼しました。ではお話しします。まず前提として、地底世界と地上を結ぶ道は大穴だけです。また当時は今日(こんにち)のように設備が整っていませんから、空を飛べない者が自力で地上に出る事は極めて困難な事でした。しかし、ケルベロスは空を飛べません。その上瀕死(ひんし)の状態です」

妹紅「それは分かってるよ。だからそれがどうやって来たかって聞いてるんだろ?」

私 「分かりませんか? 思い出して下さい。地底で騒動が起きたあの日、地底から怨霊以外に何が出たのか。それは空を飛び、大きさと意外さから地上では異変とみなされたそうです」

妹紅「それって––」

私 「そうです、『聖輦船(せいれんせん)』です。ケルベロスはあの船に乗っていたんです。誰にも見つからないようにヒッソリと。そして地上に出た所でピョーンとしてバッと。推測になりますが、考えられる可能性はこれだけです」

 

 想定外でしたよ。今日ここで消えたケルベロスの話を聞くことになるなんて。ずっと謎のままでしたからね。今更かもしれませんが、戻ったら皆さんにお知らせしておきましょう。っと、どうやらそれは私の役目ではなさそうですね。

 

??「はいはい、いくつかご質問が」

 

 ようやく出て来ましたね。

 

私 「どうぞ、射命丸さん」

 

 先程から何やらそちらで打ち合わせをされていたみたいですが……とすると、明日は花果子念報(かかしねんぽう)と合同でしょうか?

 

文 「えー、これは私共の間でも(いま)だ明確にされていない事ですが、聖輦船の封印はいつ解かれたんですか? 命蓮寺の方々は詳しく答えてくれなくて『偶然間欠泉に押し上げられて封印が解かれた』と(うわさ)されています。実のところはどうなんですか?」

 

 なるほど、やはり気になっていましたか。でも想定の範囲内です。それに––

 

私 「残念ながらそれは違うんです」

 

 もう隠す必要はありませんしね。

 

私 「あの封印は意図的に破られたんです。とても強固な術だったそうで、一輪さんと村紗さんが何度も破壊を試みていたそうですが、ヒビひとつ、傷ひとつ付けられなかったと」

文 「となると、壊したのは相当な実力の方ということになりますよね?」

私 「はい、常識を超えた異質な力……それこそ神様に匹敵する力でないと」

文 「ふむふむ、それでそれで?」

私 「しかしその力を持った方があの日、あの場にいたんです」

文 「して、その方とは?!」

私 「それは……」

文 「それは?」ゴクリ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私 「魔界の長、神綺様です。神綺様が聖輦船の封印を解かれたんです」

文 「な、なんと!?」

 

 流石は記者と言ったところでしょうか。その気にさせるのがお上手ですね。でもこのままでは神綺様にご迷惑をかけてしまう事になりかねないので、補足説明をしておきましょう。

 

私 「一輪さん達は神綺様に相談を持ちかけたんです。聖さんを救うべく、どうしても魔界に行きたいとね。断られるのは承知の上、例えそれでも頭を下げて、地に頭をへばり付けてでもお願いするつもりだったそうです」

文 「つもりだった、とは?」

私 「そんな事にはならなかったという事です。意外に思うかもしれませんが、神綺様はあっさり承諾されたんです」

文 「あややや? だとしたらおかしいですね。異変の時に村紗さん達が魔界へ向かう意味が……。それに聖さんは既に救出されていた事になりますよね?」

私 「そうですね、でも村紗さん達は地上に出た後に聖輦船と共に魔界へ行きました。それはなぜか、理由は簡単です。当時村紗さん達は魔界へは行かなかったからです」

文 「あや?」

私 「神綺様は承諾こそして頂けたものの、こう言われたんです。『今行っても意味がない』とね」

文 「意味がない?」

私 「おわすれですか? 皆さんが聖輦船を目撃された頃、ナズーリンさんと寅丸(とらまる)(しょう)さんが何をされていたのかを」

星 「そうだ私はナズに––」

ナズ「『飛倉の破片』と『宝塔(ほうとう)』を––」

私 「つまりそういう事です。聖さんにかけられた結界は非常に厄介なものだったそうで、強引に破壊すれば聖さんの生命に関わるものだったらしく––」

ナズ「確かにそうだけど、どうしてその事を魔界の長様が知っていたんだね?」

私 「それは神綺様、マイさん、ユキさん、そして夢子さんが聖さんの下へ代わる代わる訪れていたからです。いつ解けるとも分からない結界に(とら)われ、誰も近づこうとしない何も無い暗闇にたった一人だけ。そんな状況に置かれた聖さんに心を痛め、話し相手くらいになれればと足を運ばれていたそうです。その時に結界のことを。ご存知でない方にご説明しますと、聖さんの封印を解くには鍵となる複数のアイテムが必要でして、それらは地上にあったんです。神綺様はこの事を村紗さん達に説明し、一度地上に出て封印を解く鍵を集めるよう(さと)されたんです。しかしそのためには大きな障害が……」

文 「村紗さん達にかけられた封印ですね?」

私 「ええ、村紗さん達にかけられていた術は、聖輦船にかけられた術とリンクしていたんです。つまり地上に出るという事は聖輦船を解き放つ事でもあったんです。そして今度は村紗さん達から事情を聞かされた神綺様は……」

文 「それで聖輦船の結界を壊したと?」

私 「はい、『聖さんを助けてあげて』と送り出したんです」

 

 地底の異変の舞台裏、今だから明かされる真実、新聞記者にとってこれほど魅力的なご馳走(ネタ)はないでしょう。筆が止まりませんよね。

 ……でも、なんであなたまで忙しそうにメモしているんですか? その上質問まで?

 

私 「……何か?」

 

 関係のないあなたが興味持つようなところなどなかったと思いますが……地底の壁に埋まっていた聖輦船の救出方法?

 

私 「掘り起こしたんです」

 

 以上。

 誰がって?

 

私 「大勢で」

 

 以上。

 どんな風に?

 

私 「壁をバーンとして」

 

 以上。

 

??「おわり?」

 

 ……はいはい、わかりましたよ。ちゃんと答えますよ。例えそれが話したくなどない相手だろうと、顔を見ただけで吐き気を(もよお)す相手だろうと、卑猥(ひわい)でドスケベで救いようのないド変態だろうと、質問タイムを設けた以上は––

 

??「なぁさとりん、もう少し詳細を話して欲しいぜ」

 

 答えねばならない義務なのですから。ガンバレ私。

 

私 「後から駆けつけた勇儀さんが壁をバーンしたんです。無論素手で。そして旧都民達で瓦礫(がれき)を取り除きながら聖輦船を引きずり出したんです」

 

 今度こそ以上です。私さとりはやりきりました。平常心を保って耐え抜きました。皆さんのその温かい心の文字のおかげです。

 

海斗「なるほどねー。そこでも勇儀姐さんが絡んでいたわけか。いやー、勉強になるな。あ、じゃあもう一つ」

 

 まだあるんですか? 

 

海斗「さとりん金にピンチだったらしいけど、騒動のおかげで大丈夫になったって言ってたよな。なして?」

 

 細かいですねー、そんなところまでメモしていたんですか?

 

私 「臨時収入があったから」

海斗「あのさ、そんな露骨に嫌わないで欲しいぜ。泣いちゃうぜ?」

私 「……お宝を受け取ったからです。山のようにね」

海斗「宝? 宝なんて話に全然出て来なかったぜ?」

私 「鈍いですねー、聖輦船ですよ。聖輦船は宝船だったんです。当時多くの宝が、貴重な骨董品の数々が、金銀財宝が納められておりまして––」

??「ちょっと待ったーッ!!」

 

 なんですかいきなり。ビックリするじゃないですか。

 

??「私が入った時にはスッカラカンだったわよ?!」

 

 霊夢さん。おっと目が怖い。狩人の目をされてます。視線で狩られてしまいそうです。この先を話しても大丈夫でしょうか?

 

私 「ええ、それは聖輦船を引きずり出したのはいいものの、長年封印されていたせいもあってか浮力が弱まっておりまして……それで負荷となっていた積荷を–—」

霊夢「宝も?」

私 「え、ええ」

霊夢「その宝は?」

私 「全部あげると言われたので私がもらいました。家計もピンチでしたし、町の復興にも使いたかったので、すぐに売り払ってしまいましたけど」

霊夢「ふっっっざけんじゃないわよ! こっちは毎日貧乏暮らしなのよ?! 山菜で食いつなぐ毎日を送ってるのよ! 私があの宝船にどれだけ期待していたか、ワクワクしていたか想像できる?! 少しくらい残しておいてくれたら今の生活が変わってたかもしれないのに! 全部、全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部あんたの––」

 

 (うった)えが理不尽です、困りました。この勢いだと納得できないまま成敗されかねません、大変困りました。せめて怒りの矛先を別の方向へ……そうだ! 確かあの時––

 

私 「霊夢さん、霊夢さん。落ち着いて思い出して下さい」

霊夢「なにを?」

私 「さっき言ったじゃないですか、聖輦船には予期せぬ乗客がいたって。しかも超重量の」

霊夢「あん?」

私 「お忘れですか? ケルベロスですよ。ケルベロスの体重は筋トレマンの見立てでは800キロはあったそうです。そんなものが浮力の弱まった船にいたんですから、その分荷物を引かないといけませんよね? そうですよね? ね? ねぇ?」

霊夢「うぎぎ……」

 

 ふー、危なかった。我ながらナイス考察です。きっとそうに違いないでしょう。

 けど、そうなると今私達が地霊殿で不自由なく暮らせているのは、ケルベロスのおかげという事になりますね。正直複雑です。

 

私 「質問タイムももうそろそろ終わりにしましょうか。次で最後に––」

霊夢「それなら私から言わせてもらうわ」

私 「どうぞ」

霊夢「ふっっっざけんじゃないわよ!」

 

 二度目、今度は何ですか?

 

霊夢「聖輦船の話はいいとして、このおかしなヤツの話はでっち上げもいいところよ!」

私 「それは心外ですね。私は真実のみを語りましたよ。多少大袈裟(おおげさ)に言った箇所もあるかもしれませんが」

霊夢「だいたいおかしいじゃない! 魔界のアイツらが……ましてや神綺が来ていたって言うなら、私が気付かないはずがない。あいつの放つ異様な雰囲気は独特で強烈なんだから。おまけにコイツが暴発した力がそれほどまでに強力なものなら、私でなくとも魔理沙だって気が付くわよ!」

魔理「そーだze☆ そーだze☆ 魔理沙ちゃんは何も感じなかったze☆」

私 「……」

 

 まったく、

 

霊夢「返事がないなら……ウソ、ってことでいいわね?」

私 「ハァー……」

 

 敵いませんね。

 

私 「何かと思えばそんな事ですか」

 

 自信過剰な方には。他の方も同じく、と言ったところですか。

 

私 「あなた方は気付かなかったのではありません。気付くことが出来なかったんですよ」

魔理「ze★?」

霊夢「……」

私 「お二人はあの騒動の翌日、山で初めて会ったと認識されているようですが、実は違うんです」

魔理「何の話だze★?」

霊夢「……いたのね?」

魔理「だから誰が––」

霊夢「『こいし』よ。こいしが近くにいたのよ」

私 「ええ、そういう事です」

魔理「はあー!? そんなはずないだろ? 霊夢はこいしのこと見えなくても『いる』って分かるんだze★?」

私 「それは今でこそです。当時は無意識を操作する能力を持つ者が存在するなんて知る(よし)もありません。警戒のしようがありません。だからこいしが近くにいても気が付かなかったんです。多少の違和感を覚えたかもしれませんが、気のせいか自然現象くらいに留めていたのでしょう」

霊夢「……」

私 「例えば気付いたら人形が全部そろっていたり、屋敷の窓ガラスが突然割れたり、扉が出迎えるように勝手に開いたりね」

魔理「おいおい、地霊殿に到着する直前だze★」

霊夢「その時から私達はこいしに?」

私 「はい。神綺様がいらしたのもその頃だったそうで、間一髪でした。そしてそのままこいしの能力にかかったお二人は神綺様の存在にも、暴走した彼の力にも、扉をめぐる騒動にも最後まで気付くことはなく、お空の中に住み着いた八咫烏を無力化して地上へと帰って行った、というわけです。こいしがあの時帰って来てくれたのは、私達にとっても完全に想定外でした。けどそのおかげで今日まで扉の件を隠し通せたんです」

こい「えへへ〜♪」

魔理「じゃあ何であの時二人でかかって来なかったんだze★? 魔理沙ちゃん達を地上に追い返したかったはずだろ?」

私 「それは最終防衛ラインの勇儀さんが敗れた時点で作戦を変えたからです。お空のことはお二人に解決してもらおうと(ゆだ)ねたんです。もちろん私の独断でね。そのためにはこいしの能力が必須でしてね、なにしろ灼熱地獄へお二人を向かわせるには一度屋敷の裏庭へ出ていただかないといけませんから。それに帰りもね。こいしにはずっと能力を持続してもらう必要あったんです」

霊夢「じゃああんたが私達と戦ったのは、『あくまで時間稼ぎだった』ってわけ?」

私 「そうなりますね。けど手なんて抜いていません、全力でした。ちなみにお燐もそのつもりでしたよ。しかしさすがでしたね、私を超えた後に二手に分かれるだなんて。しかもお燐の相手を買って出て、お空の相手を……異変解決の手柄を魔理沙さんに(たく)すだなんて。お見それいたしました」

霊夢「簡単な話よ。パッと見てお燐の方がコイツより頭良さそうだった。それだけよ」

魔理「おい、今サラッと魔理沙ちゃんをディスっただろ?」

私 「ふふ、そうですか。ではこれで質問は一旦打ち切りにしましょう。他にどうしても聞きたい事があれば、後で個人的にいらして下さい。それで––」

 

 質問タイムまで設けて時間を作ったんです。状況を整理する時間も、審判を下す時間も充分にありました。

 

私 「八雲紫様、扉の件を許して頂けますか?」

 

 どうか、どうかその返事が私達地底に住む者達にとって、明るいものでありますように––––

 私は待ちました。全てを語り頭を下げてその第一声を。この日が来る事をどれほど覚悟したと思っているんですか、どれほどビクビクしていたと思っているんですか。それを……

 

紫 「ふーん」

 

 って。しかも関心や納得から出たものではなく、それはあたかも-–

 

私 「えっ、それだけ……ですか?」

 

 興味がないみたいに。

 

紫 「だって以降争いはないのでしょ?」

私 「でも私達は約束を破ったのですよ?! 強い術で硬く閉ざされた扉を破壊し、多くの方にその存在を知られ、魔界の方々と干渉してしまったのですよ?!」

紫 「まあ、そーなんだけどねー。けどあれは元々力のある鬼が魔界の力を得ないようにしたものだし、鬼が地上に害をもたらさないと知った今日では、破られたからと言って大騒ぎする程でもないわ」

 

 拍子抜けでしたよ。今までの苦労が無になった瞬間でしたよ。でもその反面やっと呪縛(じゅばく)から解放され、何の心配もなくストレスを感じる事なく、熟睡できる健康的な日々を過ごせる。そう思っていました。

 

紫 「それより––」

 

 その時までは。

 

紫 「かなり準備していたみたいね。さっきの温泉の騒動の時とはまるで別人のようよ」

私 「ええ、それなりに。お聞き苦しくないように、誤解のないようにと」

紫 「誤解しないようにねー。皮肉ねー、語り手があなたでなければ、そう思えたかもしれないのにねー」

 

 そして

 

私 「何が言いたいんですか?」

紫 「ふふ、じゃあ尋ねるわ。あなたが語ったこれまでの話、萃香とじゃじゃ馬お嬢様にも出来て?」

私 「私はウソはついていませんよ。扉の件も神綺様の件も聖輦船の件も––」

紫 「ふふふっ……」

私 「なにが可笑(おか)しいんですか?」

紫 「あなた、能力に頼って心を読めない者がどうやって他人の心を察するのか考えた事もないでしょ?」

 

 私の視界を(しもべ)(さまた)げ、

 

私 「……だったらどうだと言うんですか?」

紫 「目は口程にものを言うってご存知? さっきから視線が泳ぎっばなしよ」

私 「なっ……」

 

 気配でしか様子を探れなかった彼女は、

 

紫 「それと話を聞いていて思い出した事があるの。あなたと初めて言葉を交わしたあの日、あなたは私に尋ねたわね。音、暗闇、目、女、そして電車。これらの単語から連想されるものに心当たりはないかと。私はそれに『知らない、心当たりがない』と答えたわ。その言葉に(いつわ)りはない。当時はどうしてそんな事を聞くのか疑問に思ったけど……」

私 「……?」

紫 「––––…………ふふふふふふふふふふふふふ」

 

 不適な笑い声だけを残して忽然(こつぜん)と消えたんです。私の中に不吉な予感が芽生えるのに時間は必要ありませんでした。

 

私 「待ってください、どういう事ですか!?」

 

 けれどそれ以上に早く彼女は……

 

彼 「何しやがる手ぇ放せ!!」

紫 「さあ、本当の事を話してもらうわよ」

 

 次の手に打って出ていたんです。

 

紫 「起きなさい萃香」

萃香「ふあ?」

彼 「おいっ、起こすんじゃねぇ!」

紫 「そこの彼、いったい何者なの?」

萃香「ああ大鬼だよ。次期四天王候補で––」

紫 「そんな事は百も承知よ。私に隠している事を話しなさい、全部!」

萃香「……さとり、……ごめん。隠せそうにないや」

私 「萃香さん!?」

萃香「大鬼は––」

 

 

 

EP7.東方地霊殿_裏   【完】




この回をもって裏のお話はおしまいになります。
そして次回は……

【次回:花見へ_ver.勇儀】


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花見へ_ver.勇儀

東方人気投票の結果が発表されましたね。
今年の一位がまさかまさかでした…。
そして続々と食い込んでくる新キャラ達。
順位変動が大きかったと思います。
そんな中でも勇儀姐さんは77位をキープ。
しかもこれ、3年連続。
「7」が六つも並んでいます。
大フィーバー2回分です。
この確率を計算したら……ある意味すごいのでは?


 いざ決意するもようやく半ば。後遺症(こういしょう)(むしば)まれる体では、やっとの想いで上半身を起こせたとしても、(ひざ)が地面から離れるのを躊躇(ためら)い続けていた。

 

私「(はやく、はやく行かないと。けど、けど……)」

 

 (はや)る私と現実を突きつけて来る私。両者がせめぎ合い火花を散らす中、それは突如(とつじょ)(おそ)って来た。

 

 

じー……

 

 

 違和感、肌をチクチクと刺激する違和感。すぐそこで物凄く見られているという強烈な違和感。けど見通しが良くなった周囲を見回してみても、人影などはなく––

 

私 「あ〜ん?」

 

 眉間(みけん)にシワを寄せて正体不明の何かを威嚇(いかく)していた。そんな私の目前に音もなく彼女は姿を現した。

 

??「オ〜ニさん♪」

 

 (にご)りのない晴々とした表情を浮かばせて。

 

私 「こいし嬢?!」

こい「すごいね♪ 強いんだね♪ 今度私ともやろうよ♪」

私 「いつだ?! いつからそこに––」

こい「ん〜、『四天王奥義:三歩必殺!』ってやつの少し前くらいから。ホントはもっと近くで()たかったけど、弾が飛んで来てたからそこの上から観てたんだ〜♪」

 

 そう言って視線を向けた家屋は、私の背後となっていた場所であり、二人が進んで行った方向。地霊殿がある方だ。そこで思い出されたのが、霊夢が放ったあの一言。

 

私 「じゃ、じゃあ博麗の巫女が感じた違和感の正体って……」

 

 さとり嬢から聞かされた話だとこいし嬢は姿を消しているのではなく、他人の無意識を操作して存在を(さと)られないようにしているのだと。つまり姿を現すまで気付けなかった私達三人は、知らず知らずのうちにこいし嬢の能力の内にいたということだ。

 何故そんな事をしたのか、後日たまたま見かけたんで(たず)ねてみたら「私に気を取られて欲しくなかったんだ〜♪」って。あくまで観客だと決め込んでいたようだ。

 

私 「なるほどな」

こい「なになに?」

私 「独り言さ、気にするな」

こい「変な鬼さん♪」

 

 しかしそれにすら違和感として認識できた霊夢の、博麗の巫女の『勘』とはつくづく恐れ入る。そこに魔界の長が来ていたのだから。忘れもしない、あの強烈で異様な雰囲気は。近寄り(がた)くも全てを受け止められてしまいそうな。しかも後々さとり嬢から聞かされた話によれば霊夢と魔界の長は過去に会ったことがあると。

 

 

 ジタバタッ、ジタバタッ!

 

 

 こいし嬢があの場にいてくれていなかったら……

 

私 「ところで」

 

 そういやあの時、こいし嬢が両脇(りょうわき)に––

 

私 「それ、どうしたんだい?」

こい「私の新しいペット♪ 飛んでたのを捕まえたの♪ カワイイでしょ♪」

 

 ずいぶんと活きのいい人形を抱えていたっけな。

 

こい「片方お姉ちゃんにあげるんだ〜♪」

 

 姉が喜ぶ様を思い描いていたのだろう、嬉しそうに話しやがって。けどそれはつい先刻に見た物と同一形状、同じ衣装、間違いようがなかった。

 

私 「こいし嬢、残念だけどそれは人様の物だ」

こい「えー、やっぱりそーなのー?」

私 「放してやりな」

 

 (しぶ)りもせず素直に承諾(しょうだく)こそはしてくれたが、ムスッと(ほほ)(ふく)らませて不服感があからさまに出ていた。二体の人形はこいし嬢から解放されると、いそいそと地霊殿を目指して飛んで行った。

 こいし嬢のペースに流されていた時間、(ゆる)やかに流れていた時間、それは()れ果てた力を回復させられる時間だった。片時のな。

 

私 「そうだ! のほほんとしてる場合じゃなかった!!」

 

 そう、私達はゆっくり休んでいる場合でも、人形を見送っている場合でもなかった。騒動はどちらも片付いてなどいない、その最中(さなか)だったのだから。

 

私 「こいし嬢、お前さんの能力(ちから)を見込んで頼みがある」

 

 取り戻せた能力はスズメの涙程度、全身は(きし)(しび)れる感覚は(ぬぐ)えないまま。そんな具合で取った苦し(まぎ)れは、正真正銘私の最後の策にして元祖の力技。

 

 

ガッ!(こいしの服を掴む音)

 

 

 去り行くこいし嬢への頼みは二つ。

 

こい「うわ~♪」キラキラキラキラ

私 「コントロールするまで余力がない。ズレたら自分でどうにかしたてくれ!」

 

 霊夢達に能力をかけ続けること。もう一つは––

 

こい「は~い♪」

私 「うおおおおぉぉりゃぁぁーーーー!」

 

 姉を、さとり嬢を手伝うこと。

 

こい「やああああっっっっはぁぁぁ。。。…☆」

 

 コースは狙い通り、力加減は復帰した分でちょうどいいくらい。ほぼ問題なし。

 

私 「さとり嬢、あとを頼む」

 

 そこで私は役目を終えた。こいし嬢はすぐに先を行く霊夢達に追いつけたらしい。能力の範囲を抜ける瀬戸際だったそうだ。そこはお燐が時間をかけながら先導してくれたおかげだ。

 

私 「あ……」

 

 ま、まあその時に角度が少しばかりズレていたらしく、

 

私 「マズイ」

 

 バリーンと……な。窓を突き破ってご帰宅されたと。その音に驚いたさとり嬢が慌てて屋敷の中へ戻ってみると、帽子にガラスが突き刺さった妹が興奮気味に出迎えてくれたと。

 その後間もなくさとり嬢は霊夢と魔理沙を迎え入れ、たった一人であの二人を相手にしたそうだ。けど心の読めるさとり嬢とはいえ、トラウマと思考が異なる者を同時に相手にするのは初めてで、苦戦に苦戦を強いられて惨敗(ざんぱい)してしまったそうだ。そこをこいし嬢と共に戦わなかった理由は、聞かされた時はひどく感心させられたものだ。

 一方で私は……。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 で、街へと戻って来たわけだが……

 

 

ポケ〜……。

 

 

 こいつは見過ごせない。

 

私 「おい、休憩時間じゃないだろ?」

 

 地底は変わった。大きく。あれは去年の秋頃だったか? 萃香と鬼助とアイツを引き連れて久々に地上の里を訪れたが、そのド田舎っぷりに(なつ)かしさを覚えたものだ。道のあちらこちらに小石が転がり、夜道を照らす街灯は店に吊るされた提灯(ちょうちん)だけ、民家は木造式の平屋ばかり。ちょい前の旧都を彷彿(ほうふつ)とさせていた。

 そういやあの時の依頼主のフワフワした彼女、名前なんていったっけ? たしか……

 

私 「お前さんがサボると機械が止まるんだぞ? しっかりやれよ発電機」

 

 そうだ、『あゆみ』だ。彼女が差し入れでくれた真ん中に穴が空いた不思議な食べ物、あれについて萃香が妙なことを言っていた。「外の世界では超有名なスイーツなんだよ」って。そん時は「ふーん」くらいしか反応していなかったが、

 

発電「……前々から思っていたが」

私 「なんだ?」

 

 外の世界で忘れられ幻想となった生き物や道具が流れ着く地に、どうしてそんな物が存在していた? そしてあゆみはこうも言っていた。 

 

発電「()のぞんざいな(あつか)いに物申してよいか?」

 

 「私が作った」と。

 

私 「あん?」

発電「九時間拘束、一時間休憩。よくある労働時間だ。給与もまあまあだと思う。けど、全身に配線をグルグルに巻き付けて電気を流し続けるってなんだ? 余は電気ウナギか? 余はこれでも魔界ではボスと呼ばれ――」

 

 その日から私の中では()()()()(うず)を巻いている。

 

私 「またその話かい、イヤならやめてもいいんだぞ? 別にお前さんが借金を抱えていようが、返済が終わっていなかろうが、断られ続けてようやく見つかった働き口を失おうが、私には関係ないんだからな」

発電「ぐぬぬぬ……」

 

 ずっと不思議に思っていた。

 

??「おーい、ゆーちゃ~ん★」

 

 ずっと分からないままだった。

 

  『あ~ん?』

 

 それが原因で大ゲンカにもなった。

 

??「っと、勇儀さん……★」

発電「ゲッ、Elis……」

 

 その手掛かりがようやく見えた。だから――

 

私 「その呼び方紛らわしいからヤメロって言ってるだろうが。それに––」

 

 だから私は今日、そいつを確かめに行かなきゃいけない。

 

私 「他のペットはどうした? お前さんはさとり嬢から留守を任されたんじゃなかったのかい?」

Elis「だって龍がギャーギャーうっっっさくて頭がおかしくなりそうなんですもーん★ それに夕飯の食材を買いに行くだけですしー★ さとり様だってこれくらいは許してくれるはずだもーん★」

 

 もう一度、外来人(あゆみ)に会いに。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

私 「ゔっ……」

 

 右へ、左へ。支えてくれる物がなければ歩くこともままならず、体を家屋や(へい)に打ち付けながら、アイツの下を目指していた。

 

私 「待ってろよ。今行くからな」

 

 近づくにつれ伝わって来るものはより強力に、より鮮明に、より鋭利になり、向こうで起きていることが手に取るようだった。それはあの事も例外ではない。

 

私 「クッソオオオオオッ!」

 

 泣いた。泣き叫んだ。父さんの豪快な笑い声を、白熱した試合の勇姿を、幼い頃から揺るがない愛情の一つ一つが蘇り、私はその場で泣き崩れた。

 

私 「父様ぁ……」

 

 それでも、アイツの悲痛な叫び声は待った無しに流れ続けて来る。(とど)まることは許されなかった。

 

–– のせいで

 

 一歩、また一歩と重たい足取りで全身を引きずりながらも、ようやく見えて来た光景は、

 

–– のせいで

 

 毛皮のボロ雑巾に行方を失った感情を打ち付けるアイツの姿だった。

 

–– 全部、全部、全部、全部、全部、ボクのせいで、ボクのせいで、ボクのせいで、ボクのせいで、ボクのせいで、全部ボクのせいで……

 

私 「もういい、もういいんだ」

 

 強く抱き寄せた。力いっぱい抱きしめた。私はココにいると伝えたくて。腕の中のアイツは……

 

大鬼「ユー……ネェ……ボク……」

私 「分かってる。私にはちゃんと届いてる」

大鬼「うぅ……」

 

 震えていた。

 

私 「すまない、遅くなって」

大鬼「ユーネェええええッ」

 

 声を上げて泣きじゃくっていた。

 

大鬼「師匠が……じいちゃんが……。ボクのせいで師匠とじいちゃんが……。全部ボクのせいで……。ボクがじいちゃんヲォォォォッ」

 

 暗闇が広がる見知らぬ地で一人さまよう幼子のように。

 

私 「お前さんのせいじゃない、お前さんは悪くない!」

大鬼「ア゛アアアッ、ユーネェエエエエ゛」

 

 私もまた、静かに涙を流していた。

 

私 「大鬼ぃ……」

 

 気の済むまで。枯れ切るまで。人目もはばからず。

 

パル「勇儀……」

鬼助「姐さん……」

 

 扉で起きた騒動はアイツの心に決して()えることのない傷を残して幕を閉じた。父さんは私達が悲しみに暮れる中、魔界の長によって延命措置が(ほどこ)されていた。それは父さんに流れる時間を遅らせるといったもので、傷を治して目覚めさせるものではなかった。魔界の長の力をもってしても手に負えない状態なのだと。

 そして本格的な治療を行うため運び出されるのと時を同じくして、さとり嬢とお燐がズタボロの姿やって来た。そこで知ったんだ。

 

お燐「あの二人(ニャ)ら必ずですニャ」

さと「八咫烏(やたがらす)を止めてくれます」

 

 ペットであり家族であるお空を止めて欲しい、助けて欲しいと頼んだと。

 そういや、博麗の巫女の話題が上がった途端、魔界から来た二人の表情がえらく強張ったものになっていたっけな。後々さとり嬢なら聞いた話だと、修行中の靈夢(霊夢)が魔界で大暴れしていたんで注意しようとしたところ、痛烈なしっぺ返しをくらってしまい、以来関わることを避けていたのだとか。

 

夢子「まさか来ていただなんて」

神綺「気がつかれなくて助かったー」

 

 こいし嬢の無意識は無意識にあの二人をトラウマから救っていた。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 軽傷者  :多数

 重傷者  :一名

 重体者  :一名

 家屋の損傷:倒壊多数

 これが後日さとり嬢から報告された一連の騒動の被害状況。中でも町の一区画が完全に崩壊してしまい更地(さらち)と化していると。元の姿に戻すには相当な時間と費用が必要だと。

 

??「フッ……クチンッ」

 

 そこは他でもない私が霊夢と魔理沙を相手にした場所。あの二人が放った攻撃は全て私に届いていたし、無意味に()き散らせて町を破壊するような真似は何一つしていない。つまり私一人の仕業だ。しかもよりにもよって……

 

??「フッフッフッ……、誰か(うわさ)をしていな」

 

 キスメとヤツの居住区(きょじゅうく)だったなんて……。特にコイツにはこっぴどく言われたっけな、

 

私 「あはは、だろうね。さとり嬢があの日の話をしているんだから」

キス「フッフッフッ……、勇儀よ。あの日の(うら)みはまだ忘れてはいないからな。長年かけて集めた私のコレクションを()()()()()()にしてくれた怨みヲッ!!」

 

 こんな風に。今でさえも思い出す度に鎌をキラリと光らせて(せま)って来る。

 

私 「悪かったって。でもまた集め始めたんだろ? 『初心に返ったみたいだ』って嬉しそうに話してたじゃないか。だからそいつを––」

 

 そういやキスメは大穴の中で()びているところをヤマメに発見されたんだっけな。魔理沙と衝突(しょうとつ)した後、吹き飛んで運良く突起(とっき)に引っかかっていたらしい。大した怪我もなく、あってもかすり傷くらいだったと。そう、ほぼ無傷。魔理沙は最後まで大きなコブがあったというのに、それすらなかったと。

 

キス「フッフッフッ……、勇儀よ。コレクター魂をバカにしないで! もうあの子達には会えないんだからね!! やっぱり鎌なんかよりも頭突きの方で––」

私 「待て待て待て待て、すまなかったって!」

 

 おかげでその破壊力に気付いてしまったのだから困りものだ。体とかならまだしも、万が一それがツノに当たろうものなら……そう考えただけで……

 

私 「イダダダダッ、頭が割れるーッ!」

キス「フッフッフッ……。鬼の四天王を苦しめる私、イイネb。フッフッフッ……クチンッ!」

私 「あん? やっぱり風邪かい?」

 

 風邪といえば、あの騒動の翌日から旧都全域で病にかかる者が続出した。それは鬼とて例外ではなく、(せき)こむ者がいれば高熱で倒れる者、腹を下す者もいたりと症状は様々だった。診療所の爺さんが言うには、一種ではなく多種多様の病原菌が飛び交っているからなんだと。特に免疫(めんえき)のない者はかかりやすい上に重症化しやすいと。

 その話を聞かされた時、真っ先に彼女の顔が思い浮かんだ。そして本人に直接尋ねてみれば「あーうん、実はそうなの」と案の定。ヤマメは自分の仕業だと。霊夢を全力で相手していたからだと。

 幸い、病にかかった者達は皆大事には(いた)らなかったが、多くの店が営業を停止し、外出自粛(じしゅく)令が出され、密接・密集・密閉を避けるよう注意喚起まで出され、しばらく旧都が機能していなかった。

 ヤマメはひどく責任を感じていたが、あの状況下では致し方ないだろう。それに、私がやっちまった事と比べれば格段に可愛い方だ。

 

キス「フッフッフッ……、花粉症かもな。花見ついでに長老様の()()()に薬を処方してもらうとするか。来るのであろう?」

 

 おそらく、いや……

 

私 「ああ、来てるはずだ」

 

 間違いなく。毎年出席していると聞くあの連中が今年に限って欠席するだなんて考えられない。

 

キス「フッフッフッ……。そうか、なら調度いい。時に勇儀よ、忘れ物はないか?」

私 「ああ、大丈夫だ」

キス「フッフッフッ……、ならよい。ようこそ本日最後のお客様」

私 「ちなみに今日は他に誰が来たんだい?」

キス「さとり氏率いる地霊殿御一行様にヤマメとパルスィ、そういえばさっき筋トレマンの彼女がここを通ったぞ。ああいう空を飛べる連中が増えると商売あがったりで困る」

私 「ああいうのはごく一部だよ。そんな心配することでもないだろ」

キス「ならよいがの。あとは魔界からの旅行者が一名。さとり氏と何やら(ぜに)になりそうな事を(たくら)んでいるらいぞ」

私 「まだ(かせ)ぐか、さとり嬢も抜け目ないな」

キス「ではでは……コホン。長らくお待たせしました~。こちらは地上までノンストップの~––」

私 「それ、言わないとダメなのかい?」

キス「フッフッフッ……、まだ勤務時間中ゆえ。しかしお前さんだけだし、この際は省略させてもらおう」

 

 そうなれば必ずあゆみも––

 

キス「終わったら私も行くから、みんなによろしく」

私 「おう、気を付けて来いよ」

キス「フッフッフッ……、勇儀も寄り道は程々に。里でも花見をやっているようだから」

私 「ああ、気を付けるよ。それじゃあ行こうか」

キス「フッフッフッ……、上へまいりま〜す」

私 「花見へ!」




STAGE CLEAR
CLEAR BONUS
未来



主の初めての『異変』への挑戦、いかがでしたか?
東方地霊殿の原作設定には所々不思議に思うところがありまして、そこを利用させて頂きました。例えば、
1.お空に力を与えた神奈子は何処へ?
  ⇒原作ストーリーではExで早苗が出ることあっても、
   神奈子は出てきません。
   「では異変の間、神奈子は何処で何を?」
   となり主が考えた結果、
   「八咫烏の返り討ちにあって負傷」
   となったのです。

2.聖輦船、村紗、一輪、ぬえの封印。
  ⇒設定では間欠泉騒動で出てきたそうです。
   でもそんなにもろい封印だったら、
   即破られてしまいそうです。
   長い間封印されていたそうなので、
   とても強力だったのではないかと。
   鬼でも妖怪でも破壊できない程の。
   で、登場して頂いたのが「神綺」です。
   神様クラスですし、異変解決に加わっている
   彼女の……ですしね。

3.怨霊が暴れている事に地底民が気が付かないはずがない
  ⇒原作会話で
   紫「私は地上の妖怪を進入させない約束をした」
   とあります。とても重要な約束していながら、
   管理がずさんということはないでしょう。
   目を光らせて見張っているはずでしょう。
   だったら気が付くはずなんです!!
   と思ってしまったのです。

4.↑となれば霊夢達が動くのは予測できる
  ⇒にも関わらず、地底メンバーの登場の仕方が
   「何しに来たの?」といった具合です。
   そこで主は思いました。
   「重要な何かを隠してる?」と、
   「追い返そうとしている?」と、
   はたまた「時間稼ぎしている?」と。
   でもそうなると考えねばならないがやはり
   勇儀姐さんです。
   そんな状況で手を抜いて相手をするのは変です。
   シラをきるなんてできません。   
   全力で相手をするはずなんです!!


 そんなこんなでこのEpを書こうと思いました。
 「表」では原作の設定、会話を維持しながらも所々アレンジを加え、主が考える東方地霊殿を表現させて頂きました。バトルシーンは最初からStage3、勇儀姐さんで終わる予定でした。これは勇儀姐さんで全力を注いでしまい、その先は書けなくなることを見越してのことです。そしたら案の定ですよ。この様ですよ…。
 「裏」ではオリジナル展開です。旧作魔界メンバーvs聖輦船一派がやりたくて書きました。わりと自由に。七不思議やお祭りの話は村紗達とオリジナルキャラ達との関係をもたせるための前置きとでも考えてください。
 「表」と「裏」ともにバトル話でした。バトル&バトルでした。その難しさも痛感しました。主のレベルでは表現がかたよる…。マンネリ化する…。悩まされました。やり切ったと思うくらいやりました。主が思ってしまうんです。読者の皆様、ホッッッッッッッッッッッッッッッッッッットとに『『『お疲れさまでした!!』』』



次回は番外編(?)の話を1,2話挟むかもしれません。


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鬼の祭

今回はちょっとした謎解きをご用意しました。
あなたに解けますかな?

※注:察しのいい方にとっては茶番で終わります


 甘い香りを(ただよ)わす髪を()でる風は今日も清々しい。頭の上からつま先まで、彼女の魅力を余すことなく投影する鏡の前で一回転。今度は大きく近寄り瞳いっぱいに整った顔を映し返す。

 

女0「うん、今日もかわいい」

 

 微笑んでご満悦(まんえつ)。そのまま玄関に向かい(くつ)をはけば、彼女の一日は朝日のスポットライトに照らせて始まる。

 

女0「いってきます」

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 時は存在する者全てを変えさせる。妖怪も鬼も人間も。

 そして、それは町とて例外ではない。地底深くに存在する「旧都」と呼ばれる小さな町は、横長だった建物がメキメキと縦へと成長し、薄明るく照らしていた火の明かりは(まぶ)しく照らす文明の光へとタスキをつなぎ、鬼と妖怪ばかりだった大通りの往来者には魔界の者達が加わっていき、大きな街へとその姿を変えようとしていた。

 そう、変わってしまうのだ。古き光景が。

 そして新たに始まるのだ。旧都の歴史が。

 しかしそれでも、変わらないものもある。必ずやって来るものがある。めくるめくって訪れるものがある。

 それはその年もやって来た。例え望んでいなくとも、「願わくば……」と願っても、避けては通れない。逃げ出すことは許されない。決して、何があろうと。

 

??「はぁ…、はぁ…」

 

 故に少年は走り続ける。行き交う人の流れに逆らって、人混みをかき分けて、息を切らせて走り続ける。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 祭り。それは日常から解放され、気心知れた仲間達と共にその時を楽しむイベントである。

 ここにも笑い声を(かな)でる者達が。長年生きる鬼の中でも若者の(たぐい)に入る女性陣である。その数総勢()()名の大集団、多くの出店が並ぶ大通りを足並み(そろ)えて歩んで行く。ゆっくりと。

 

女1「なにコレかわとか〜」

女2「妖怪さんコレいくら?」

女3「なにコレバエる〜ぅ」

女4「タ○オカだってぇ」

女5「おねえさ~ん、妖精さ~ん、コレいくらぁ〜?」

妖精「500あるね。Yummy Yummyよ」

女6「他に飲むひとは?」

 

 例え先頭を行く者達と話が()み合っていなかろうと、後方の声が聞こえていなかろうと、ガールズトークに花を咲かせながら、道いっぱいに広がりながら、すれ違う者と接触を繰り返しながら。それでもおかまい無しに。

 

女7「そしたら急に声かけてきてさー」

女8「えーっ、なにソレこわ〜い」

 

 キャッキャウフフと。

 やがて集団は交差点に差し掛かった。あいも変わらずトークに夢中なガールズ。反対側からやって来た者がそんな彼女等に道を(ゆず)ろうと角を曲がった時、それは起きるべくして起きた。

 

  

  『きゃッ』

 

 

 猛スピードで飛び出して来た者との接触事故である。

 すぐさま腰から崩れ落ちた女性に謝罪の言葉と手が差し出された。彼女がその手を(つか)んで立ち上がったとき、集団の一人が彼の存在に気が付いた。

 

女9「あ、大鬼だ」

女10「えっ、大鬼!?」

大鬼「あ、あなた達は……」

 

 その声を皮切りに続々と少年を囲んでいく乙女グループ。自ら祭り当番を()()った少年、右手に(かせ)をはめられた少年、街から偉大な者を(うば)ったこの少年に、制裁が与えられるまでのカウントダウンが進んでいた。

 そこへ……

 

??「おーい、そっちはいたかー?」

 

 大声で少年らに近付く者が。(みき)のような上腕二頭筋、女性のウエスト以上に幅のある大臀筋(だいでんきん)、思考は筋肉のことばかりの脳筋。少年の幼馴染みである。

 彼が参上すればもう安心、心配ご無用。なぜなら彼は救いのヒーロー、『筋トレマン』なのだから。困っている人を助けてくれる正義の味方なのだから。少年が解放されるのも時間の問題—— 

 が、その正義の味方が突如(とつじょ)ゴール直前でピタリと足を止めた。苦虫を噛み締めたような表情を浮かばせ、汗をダラダラと滝のように流し、風船のように膨らんだ筋肉質の体をキュッと縮こませた。まるで天敵を見つけたかのように。いや、見つけてしまっていたのだ。

 

和鬼「姉貴らも一緒かよ……」

 

 実の姉達を。

 

女10「一緒じゃ悪い? 文句あんの?」

 

 説明しよう、筋トレマンは11人兄弟の大家族なのだ。長男、曾布伊(ゾフィー)を筆頭に世武雲(セブン)や太郎などなど。もちろん中には女の子もいる。何を隠そう先に登場した女1は上から5番目の、この女10は上から4番目の姉達である。そして筋トレマンは……現在のところ末っ子のポジションなのだ。

 えてして弟にとって姉とは、恐怖の象徴であり、トラウマの根源であり、厄介極まりない存在であり、絶対服従を強いられた存在なのである。例えどんなに剛腕であろうと、社会的地位を確立していようと。

 筋トレマンが置かれた状況はまさにヘビに(にら)まれたカエル、手も足も声すらも出せずにいた。だが、この時のカエルはヘビに()みついた。

 

和鬼「大アリだ! いろんな人達から苦情来てんだ!」

女10「苦情ぉ? 私達苦情が出るような事してないけどー? 和鬼はお姉ちゃん達を疑うのかなー?」

和鬼「じょ、女子連中が(かたまり)になってて迷惑してるって言われてんだよ。それがまさか姉貴達だなんて」

女10「はぁ~? 別によくなくなくな〜い?」

和鬼「よくねーって!」

 

 人通りの多い中で繰り広げられるカエル() vs ヘビ()のバトルは激しさを増していく。弟の言い分が正しいのは誰からしても明らかである。ではあるのだが相手は女性、ましてや生まれた瞬間から上下関係を植え付けてきた実の姉である。に対して口で喧嘩を挑むとは何たる無謀(むぼう)なことか。

 そんな騒ぎを耳にした通行人達はいつしか足を止め、集り始め、騒動は二次被害を引き起こそうとしていた。だがこの状況を止められる者などここには——

 

大鬼「自分からもお願いします」

 

 いない。例え嫌われ者が下手(したて)に頼もうが、頭を下げて誠心誠意頼みこもうが、止められるわけがない。焼け石に水、いや火に油である。と、動きがあった。

 

大鬼「どうかご協力を。代わりと言ってはなんですが、あちらに席を設けましたので、よければそちらを使ってください」

 

 なんという気遣(きづか)い、心配り、出来た対応。例えそれが嫌われ者だとしても、こうまでされては渋々ながらも了承せざるを得ないだろう。上から目線で少年を見下し「ふんっ」とバツが悪そうにしながらも従うしかないだろう。そう、そのはずなのである。

 

  『は〜い♡』

 

 ところがどうだ。なんだコレは。色味を含んだ鈴を鳴らしたような美しいハーモニーは。さらに立ち去る際にはわざわざ少年の目前まで歩み寄り、各々がキラキラの(かがや)かしい乙女スマイルまで。

 

女11「大鬼、今年も頑張ってけろ」 

女12「大鬼、応援しとるけん」

女13「大鬼、負けちゃイヤとよ」

女14「大鬼、後でいくっちゃ〜」

女15「大鬼、またでごわすぅ」

女16「大鬼、ほなな」

女17「大鬼、…………(照)」

女18「大鬼、ファイトにゃん」

女19「大鬼、観に行くわ〜ん」

 

 これにも少年、一人ずつ丁寧(ていねい)な対応で送り出す。しかしこの状況を「おもしろくない」と思う者もいるようで……

 

和鬼「おい、オレにはないのかよ?」

 

 正義のヒーロー、不公平な(あつか)いに内なる声をあえて表にしてみるが、

 

女20「あーはいはい、精々気張りな」

女21「あんしぇー、またやーたい」

 

 雑。ガックリと肩を落として大きなため息しか出ない。だが筋トレマンは落胆(らくたん)を、少年は接待をしている場合ではなかった。

 

女22「それはそうと、二人とも(あわ)てたみたいやけど?」

女23「うちらを探してくれとったん?」

 

 そこで本来の用件を思い出す少年ら。して、その用件とは……

 

大鬼「ヘカーティア様がいなくなったんです! どなたか見ていませんか?!」

 

 またしてもである。だがこれもまた、毎年変わらずに訪れる恒例行事なのである。

 

大鬼「ありがとうございました。失礼します」

 

 乙女集団にも野次馬集団にも『自由な女神』の居所を尋ねてみるも、これといった目撃情報は得られず。

 

和鬼「ヘカーティア様、絶対この時間帯狙ってたよ」

大鬼「え、どうして?」

和鬼「勇儀さんにしつこく見回りの時間聞いてたんだよ」

大鬼「だったら最初からマークしとけよ!」

和鬼「だからオレは当番じゃねぇってーの! トレーニングしてただけだってーの! それに一番近くにいたのお前だろ!!」

 

 相も変わらず()()()()け回る羽目になった少年達だった。

 そして、特別待遇を受けた乙女達の話題は……

 

女24「ちっちゃい頃から知ってるけどさ~」

女25「こーんなガキンチョだったのに~」

女26「すっかりお兄さんになっちゃってぇ」

  『いい感じだよねぇ~~』

 

 少年とは呼べないまでに成長を遂げた彼のこと。

 

女0「でも色々言われてるんでしょ?」

  『そこもいい感じだよねぇ~~』

 

 そんなガールズトークを横耳に、

 

  『大鬼のヤロオォォォッ』

 

 沸々(ふつふつ)と闘志を燃やす者達。出番前にも関わらず、少年に一泡(ひとあわ)()かせてやろうと立ち上がる。だがそんな連中のところにはヤツが来る、きっと来る。

 

??「祭りじゃー! 今年も嫉妬(しっと)祭りじゃー!! パ〜ルパルパル」

 

 何処からともなく()ぎつけて参上する。

 

??「フッフッフッ……、どーどーパルスィ」

??「あーもー、また……。ちょいとお兄さん達、お祭りでの争いはダメだからね。じゃないと勇儀に言いつけちゃうからね。いい?」

 

 なお、これもまた昨今のお決まりのもよう。

 

  『失礼しました!』

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 少年が最強の名を手にした翌年、そのイベントへの参加者が劇的に増えた。その数たるや三桁に届きそうなまでに。しかもその大半は鬼や妖怪ではなく、魔界のスラム一派『(やから)』と呼ばれる者達。目当てはもちろん鬼達の宝である。

 

妖精「{Every body! Are you ready?}」

  『……お、おぅ』

妖精「{もー、ここは『Yeah!』って Shout するね。OK?}」

 

 その宝を手にするためには地面にぽっかりと空いた半球で、少年が最強を下した際の産物の中で少年を打ち負かせねばならない。して、そのルールと対戦方法は……

 

妖精「{Every body! Are you ready?}」

  『イ、イエー……』

 

 ルール①:敗北条件は場外のみ。

 

??「今年は私の勝ちだね。まさか女神様が出店で商売してるだなんて思わなかったでしょ」

??「はぁー、ほどほどにしてくださいね」

??「はいはい。それにしても、さとりちんもよく思い切ったよね」

 

 ルール②:武器の使用可能(指定された物のみ)

 

??「武器の使用を認めるなんてさ」

さと「二人たっての希望なんです。特に筋トレマンからの。けど全て殺傷能力の低い木製に限らせてもらいました」

??「えー、真剣とかもありにしようよ」

さと「ダメです。いくらヘカーティア様のご意見とはいえ、そこは(ゆず)れません!」

ヘカ「でもさー」

 

 ルール③:いかなる攻撃手段も認める

 

ヘカ「光弾放てる連中だっているんでしょ?」

さと「そうなんです……」

??「でもいっぱい鍛錬しましたニャ」

??「ゾンビー」

??「うつほもヤタッチと一緒に手伝ったんだよ」

ヤタ「ふん、負けたらブッコロスッ」

ヘカ「あっひゃっひゃっひゃっ。ちょ、ちょいタンマ。お空それ、ツボ。くくく……」

 

 対戦方法:バトルロイヤル

 

妖精「{This year の Challenger は80名! それじゃあ早速、Let's Fight ね!}」

 

 開始を告げるドラが打ち鳴らされたら、もう誰にも止められない。

 

大鬼「来いよ」

 

 チャレンジャー達は雄叫(おたけ)びと共に、一丸となってスタートを切る。

 

大鬼「全員駄目になるまでかかって来な」

 

 それを少年はたった一人で(むか)()たねばならないのか?

 

??「さーってと、かっ飛ばしますか」

 

 否、一人ではない。心強い味方がいる。

 

??「コンガラ流『一本足刀法』!!」

 

 永遠のライバルが。

 なぜ彼が少年と共闘(きょうとう)しているのか疑問に思うだろう。だが理由は単純明快、従姉弟(いとこ)がプレゼントされた(ひょう)の、油断を許されぬ師の娘が愛用する(さかずき)の所有権を守るためにおいて他ならない。

 

和鬼「『迦死羅(カシラ)一塁打』」

 

 ならば少年とは敵対しないのか。

 

和鬼「『難呼突(ナンコツ)二塁打』」

 

 それも否である。

 彼にとって鬼の宝はもらっても、もらわなくてもどっちでもいい代物、二の次だった。しかしアイツには勝ちたい。ましてや、

 

和鬼「『死路(シロ)三塁打』」

 

 他の者にやられるところを見たくない。そう思っていた。

 

和鬼「『串盛りバイキング本塁打』」

 

 そこで彼は少年にこう提案した。

 先に挑戦(邪魔)者達を二人で打ち負かそう(排除しよう)と。その後に一対一(サシ)でやりあおうと。そうすればどちらが勝っても二つの(プレゼント)の所持者は変わらないと。

 

大鬼「『背負い:勝ち割り剛鬼』」

 

 そうして始まった宝の命運がかかった大乱闘(だいらんとう)にして無双劇(むそうげき)。いつしか彼は宝を守る者、『守護者(ガーディアン)』と呼ばれるようになっていた。

 

大鬼「『奥義:散歩必殺』」

 

 たった二人、されど二人。互いに互いを認め合った二人は抜群のコンビネーションで次から次へと、バッタバッタとかっ飛ばす、なぎ払う、ぶん投げる。それはさながら、いつかの騒動を再現しているかのよう。

 そしてリングに残ったのは選ばれた者のみ。

 

大鬼「そいじゃあ」

 

 適度な準備運動をこなした犬猿の仲にして無二の親友による

 

和鬼「やるか!」

 

 王者決定戦。

 

大鬼「うおおおおッ!」

 

 片や最弱でありながら神をも(おびや)かす破壊的な力を授かった少年。

 

和鬼「うおおおおッ!」

 

 片や必死の努力で想定外な力を身につけ、能力が目覚め始めた筋トレマン。

 

大鬼「いぎぎぎ……」

和鬼「うぐぐぐ……」

 

 両者のタイマンは一打目から過激に加速、場内のボルテージは——

 

  『ヲォーーーーーッカズキィィィイ!』

 

 爆発的に急上昇。黄色い声援は——

 

  『きゃーーーーーっだいきぃぃぃい♡』

 

 より結束力を深める。

 そのバトルたるや規格外、別世界、異次元。多人数を相手していたのがまるでお遊びのよう。

 

和鬼「つぶれちまえッ」

 

 利き腕に触れ、巨大隕石と化した拳を放つ守護者。に対するは——

 

大鬼「萃香ちゃん、姐さん……勝ッ!」

 

 歳と共に成長した能力を全開にしたちっぽけな拳。拳と拳が激突を繰り返す度に大気は震え、観客達は身震いを起こし、地底世界全域が激震する。

 

大鬼「大江山……」

 

 初めは小さな小さな子供のケンカだった。町のど真ん中でおっぱじめて迷惑がられていたなんてざら。それが今や(おおやけ)の場で、会場を埋め尽くす客を集め、女神様をも(うな)らせる——

 

和鬼「大江山……」

 

 年一番の超ビッグイベントへ。

 

  『(おろし)ッッ!!』

 

 やがて会場は静まり返る。時が止まったかのように。だがそれもほんの一瞬だけ。

 

??「Winner is ――」

 

 決着である。大歓声の渦に飲み込まれるスピーカーから高らかに宣言される名は——

 

??「Daaaaaaaikiiii!」

 

 最弱の王者。この年も宝の所有権はさることながら、その座を誰にも(ゆず)らなかった。ただし、

 

大鬼「和鬼ワリぃ、動けねー。起こして」

和鬼「ったく、世話が焼ける」

 

 その姿、すっくと立ち上がり肩を貸す敗者より

 

大鬼「だーッ! それをヤメロって言ってるだろ!!」

和鬼「まあまあ、なんてお下品な姫様だこと」

 

 敗北的。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 ゾロゾロと列をなして会場を後にする観客達、興奮冷めやらぬまま残された時間を楽しもうと、出店が軒を連ねる街へと足を運ぶ。その中には例の女性陣の姿も。(はぐ)れてしまったのだろうか? 確認できるのは5名のみ。それでも(あせ)って探している様子は見受けられない。やはり「きゃっきゃウフフ」しながら歩みを進める。

 そんな乙女達の前に彼女は笑顔で現れた。

 

女0「なぁ〜るほど」

 

  「少し話を聞かせて」と呼び止めて。

 

女0「ありがとう、親切に教えてくれて」 

 

 一人の乙女が胸ぐらにかけられた呪縛(じゅばく)から解き放たれた。ようやく大地に足がつき、()き上がる安心感から一粒の涙を(こぼ)していた。

 

女11「ケホッ、ケホッ。怖かったけろ」

女1「あんたいきなり何すムグッ」

女19「それ以上はダメよ〜ん」

女5「今のってさぁ〜……」

女14「だ、だっちゃ」

 

 乙女達に背を向けたまま歩みを進める彼女は、ご機嫌に鼻歌を(かな)でていた。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 事あるごとに少年を救ってきた「あの薬」はもうない。それは例え筋肉痛に見舞われようと、大怪我しようと、生死の境に置かれていようと、自身の回復力で治すしかないという事である。

 

 

ズゴォォオォォッ

 

 

 その回復力を高めるにはエネルギーが必要だ。それもケガを負った分だけの、回復しなければならないだけの。

 

 

ジュルジュルジュルジュルーーーッ

 

 

 エネルギー、それすなわち栄養、養分、食べ物。ってことで、

 

大鬼「ゴチっ!」

 

 ここは少年の行きつけの店である。資金を貯めては訪れている店である。少年は王者でありながら、正体不明のグランドチャンピオンに(いど)み続ける挑戦者でもあるのだ。して、結果はいかに……

 

店長「残念だな」

 

 積み上げられた丼の数は記録タイ。並びこそするがなかなか超えられない最後の一杯。その一杯、気高くそびえる山の(ごと)し。

 

大鬼「まあ全部天ぷら付きの大盛りだしね」

 

 か?

 

店長「また来いよー」

 

 パンパンに膨れ上がった腹をポンっと打ち鳴らし、爪楊枝(つまようじ)をくわえて店を後に。そこへ……

 

女0「こんにちは。それともこんばんは、かな?」

大鬼「あ、さっきぶつかった……」

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 腹が減っては戦は出来ぬ。それは何も少年に限ったことではない。

 

??「あ゛ー、腹減った」

 

 ここにも朝から何も食さず、過労死寸前の鬼がいた。

 

??「くっそぉ、大鬼のやつぅ……。米しか残ってないじゃないか。しゃーない、茶漬けでもいいから食おう」

 

 ようやく訪れた休息をムダにしてはならない。わずかに見つけた食料を湯に(ひた)し、

 

??「いただきますッ」

 

 かきこむ、かきこむ、流しこむ。

 

大鬼「ただいま、見てくれてた?」

勇儀「ほはへひ(おかえり)ひたひた(見た見た)はふびゃはひは(やるじゃないか)

 

 ワシワシワシワシと。

 

大鬼「じゃ、じゃあ部屋で少し休んでるから」

勇儀「ほう(おう)ほふはへはん(おつかれさん)

 

 ガツガツガツガツと。

 

女0「ごぶさた、おじゃまします」

勇儀「ほう(おう)ほははひはふ(おかまいなく)

 

 だがその手はピタリと止む。

 

勇儀「あん? 今のは……女? 大鬼が……女を!?」

 

 (はし)と茶碗を放り投げ、(あわ)てて飛び出すも二人はすぐに曲がってしまい、その姿を消してしまっていた。保護者、(かす)かにうかがえた影を頼りに、かつてない速度で記憶を(めぐ)らせる。そして——

 

勇儀「おまえさん、そいつが誰だか分かってるのか?」

 

 祭り。それは気心知れた仲間達と共に楽しむイベント。そして、新たな出会いの場。新たな恋を予感させる場。

 

勇儀「あん? 今度は誰だ?」

 

 成長途中の街の変わらぬ屋敷の一室で、

 

女0「くすくす、やっぱり子供ね」

 

 この年のその日、

 

女0「教えてあげる。大人のキスを」

 

 少年は青年へ。




その正体は・・・。
数字の並びがおかしいところがあります。
この意味が分かった時、ある人物が浮上します。
これが今回の謎解きです。

そして次回から新しいエピソードが始まります。
エピソードのタイトルは『幻想郷の花見_宴会編』です。
華やかなにいきたいですね。


↓に謎解きのヒントを書きます。
































ヒント1:「26」の数字です。
     あるものの総数です。
     
ヒント2:和鬼の兄弟です。
     和鬼=正義のヒーロー。
     正義のヒーローで11人兄弟。
     さらに長男の名前は。。。

ヒント3:上から5番目が女1。
     上から4番目が女10になります。

むしろこっちの方が謎解き?
奇遇ですね、主もそう思います。。。


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Ep.8 幻想郷の花見_宴会編
一分咲き:さとり様、語られているところ申し訳ありませんけど、こっち色々と大変なんです


新章開始です。
舞台は花見へ戻ります。



 さとり様が語られていく数年前の出来事は、この世界に来てまだ間もない僕に序盤から強い衝撃を与えました。

 

僕 「(地底に町なんてあったのー!? さとり様って地底の首相だったのー!? 魔法の森にケルベロスなんていたのー!? 僕そこ通ってたんですけどー!? 最近は見かけないって言われても、もう通りたくないんですけどー!! って今度は魔界ですとー!?)」

 

 他の人達が「そんなことがあったんだ」と(うな)る中、僕は驚きの連続で話が半分も入って来ていませんでした。けどそんな僕のことなどはお構いなしに話は進んでいきます。たまにクエッションやアンケートが入ったり、みんなで体操をしたりしながら。そのおかげもあってか、いつしか僕はさとり様の話に夢中になっていました。発言なんて出すぎたマネまでしちゃったりして……。

 やがて話が終盤になるころ、僕の大鬼さんを見る目は変わっていました。みんなもそうだったと思います。それは(あわれ)みだったり、同情だったり、中には涙ぐむ人まで。

 そしてさとり様は最後にこう投げかけてきたんです。

 

さと「もしあなたが彼だったら、今日この場で神奈子さんと遭遇した時、いったい何を思い、何を考え、どう動きますか?」

 

 僕は考えました。もし大鬼さんみたいに望みもしない強大な力を神奈子さんから与えられて、その力で大切な人を、家族を、友達を傷付けて失ってしまったら。僕はきっと()やんでも悔やんでも悔やみきれなくて、人間不信になって、(から)に閉じこもって、心に固くカギをかけて、毎日毎日泣き続けると思います。

 そんな最中に神奈子さんにバッタリ出くわしてしまったら。僕は……僕は………僕は…………。証拠(しょうこ)を集めて、訴訟(そしょう)を起こして、最高裁までいって、紙に『勝訴(しょうそ)』って書いて、ドヤドヤして出て来てやります。

 あの人みたいに殴りかかるなんて勇気ありませんから……。そんなことすれば返り討ちにあって、フルボッコになって、ボロ雑巾になるのが簡単に想像できますから。痛いのキライですから。

 そして今です。

 

さと「そうだ、何かご質問ありますか?」

 

 なんか質問タイムが始まりました。くるっと辺りの様子を見てみると、みなさん何か言いたそうな感じです。けど誰も手を上げようとしません。まるで何かを待っているかのようにも見えます。チラリ、チラリとこちらに視線を送りながら。

 分かりません、なんでこっち見るんですか? 何かの合図ですか? というか、そそそんなにみみみらみら見られたらぼぼぼぼぼぼく……。

 

??「…ノヨ」

 

 ん? 今何か聞こえたような——

 

??「…シテンノヨ…」

 

 ううん、聞こえる。気のせいとかじゃないです。確かに聞こえます。それもすぐ近く、45度下方から。おまけにドンヨリとしたオーラまで感じられます。いったい誰ですか……って、うええええッ?!

 

??「ナニシテンノヨ……ナニシテンノヨ……ナニシテンノヨ.…」

 

 あああアリスさん?! あのアリスさん?! いつも直視できない(まぶ)しい笑顔のアリスさん?!

 

アリ「キイテナイ……キイテナイ……キイテナイ….」

 

 どどどどうしたんですか頭を(かか)えてうずくまったりして。しかも身体が小さく(ふる)えてますよ!? 頭が痛むんですか? それとも具合が悪いのかな? でもさとり様の話が始まるまではいつもと変わらずキラキラしてたし……じゃあどうして?

 そういえばアリスさん、さとり様の話の途中に反応していたような……。

 

アリ「バカバカバカバカバカバカバカ…」

 

 もしかしてアリスさん、地底の騒動(そうどう)と何か関わりがあるのかな? だとしたら、みんなのこの視線の意味って……そうか! 僕じゃなくてアリスさんの発言をみんなが待っているんだ。「お前は何かあるはずだろ? 一番手は(ゆず)ってやるから早よ」って。

 って、アリスさんが『バカ』って言った!? いやいや何かの間違いですよ。そうですよ、きっと空耳ですよ。あのアリスさんに限ってそんなこと……言っておられまするーッ!!?

 

さと「では気になる事がある方は後でいらして——」

 

 まままマズイです。誰も何も言ってないのに、さとり様が終わらせようとしてます。みんなが「おいおいこのまま終わるのかよ」ってチクチク送って来てます。けどアリスさんは今それどころじゃないし、気付いてないだろうし、でもこのままだとアリスさんがみんなから……。ど、どうにかしないと。

 

僕 「あのー……」

 

 質問、ありません。聞きたいこと、特にございません。なんでこんな暴挙に出ているのか、教えて下さい。さとり様だって目をパチクリさせて、ゴシゴシこすられて、分かりやすい二度見までされて。

 

さと「はい、なんでしょうか? 優希さん」

 

 けど自分の本心ではありませんが、こうなってしまった以上は(のが)れようがありません。奥の手です!

 頭の中の僕、集まれーッ。

 

 【指令】

 さとり様への質問事項を考えよ、語られた事を分析せよ!

 

 はい、来ました。ミッションを通達してからミリ秒も経っていないと思います。わりと序盤の内容で助かりました。

 でも……こ、コレ……どどどどうしよう……。

 発言しようにも視線は全集中。肺が圧迫(あっぱく)されて、息が苦しくて、(あし)がガクガクで、手がブルブルで、汗がダラダラです。心臓なんか神社の階段を()け上がった時よりバックンバックン脈打ってますです。けど、けど、けどぉ……。

 

 僕 「ささ……た。そこ……ロス……って(ry」

 

 ()(しぼ)りました。結果コレです。伝わるはずがありません。理解できた方は超人的天才です。「もう少し大きな声で」とお願いされても、ごめんなさい、このザマで精一杯なんです。「緊張しなくていいから」と言われても、申し訳ありません、もうムリなんです。どなたか、誰か、助けて下さい。助けて下さいッ! 助けて下さーーーーーーーーーーー

 

さと「ふむふむ。はい、分かりました。では今のを通訳(つうやく)しますと——」

 

 ーーとり様あああッ! ありがとうございます。あなたは僕のヒーローです! 女神様です! 一生崇拝(すうはい)します! もしも彼女が出来て結婚して子供が出来たら後世に伝えるように言います!!

 あ、迷惑そう……。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 大役を果たした彼はその場でヘタヘタと(くず)れ落ちた。余韻(よいん)を残す小刻みな振動と、止まらない強いビートに、立ち上がることさえままならず、カリスマガードで沈んでいる少女の隣で小さくなっていた。

 そうこうしている間にも、彼が知らぬ間にも質問は次々にあがる。ある時は体育教師であったり、またある時は新聞記者であったり、外の世界からやって来たお調子者であったり。その成果が彼自身の成果だとは知らずに。

 そして最後に参じた博麗の巫女からの質問への回答は、この世界の者達を驚愕(きょうがく)させるものだった。

 やがて幕引きを迎えた質問タイムは、彼の心拍数が正常値を示すころには尋問(じんもん)タイムへと変わっていたのだった。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 なんか……ヤバイです。

 よく分からないけれど……ヤバイです。

 でも一つ分かることがあります……ヤバイです。

 紫さんとさとり様がバッチバチなんです。溶接してるみたいにバッチバチなんです。

 どうしてこんな状況になったのか。ボーっと(なが)またいただけだったので、低レベルな頭脳では何が何のことだかさっぱりなので、把握(はあく)できている範囲で一旦おさらいさせて下さい。

 

①紫さんがいきなりクスクス笑い始めた

②僕、そんな紫さんが怖くなった

③と思ったら、フッといなくなった

④僕、そんな紫さんがさらに怖くなった

⑤と思ったら、鳥居の真下にいた

⑥僕、そんな紫さんがもっと怖くなった

⑦と思ったら、眠っている萃香さんの腕を(つか)んだ

 

紫 「私に隠している事を話しなさい、全部!」

 

 今ココです。僕、そんな紫さんがミラクルスペシャルウルトラスーパーメガトン怖くなりました。

 紫さんの剣幕(けんまく)とキツイ声がアラームとなって、閉ざされていた萃香さんの(まぶた)はようやく朝を迎えたみたいです。目が開いてるところ、初めて見ました。大きな瞳で可愛らしいと思います。

 それと鬼の方にこんなことを思うのは間違っているかもしれまさんが…………海斗君にご注意下さい。ガン見しているので。ロックオンしているので。口が開きっぱなしでヨダレがダラダラなので。

 

萃香「さとり、ごめん。隠せそうにないや」

さと「萃香さん!?」

 

 今度は何ですか? 隠せないって何がですか? 

 うつむいて観念したかのように(つぶや)く萃香さんと、顔色が急変するさとり様。その二人に反して紫さんは何故か勝ち(ほこ)っているように見えます。ニヤリと白い歯まで見せて。

 

萃香「大鬼は——」

 

 僕、ついて行けてません。さっぱりです。でも、萃香さんが言おうとしている事がとてつもない事で、あたりに旋風(せんぷう)を巻き起こす予感がしています。きっとみんなもそう予感しているに違いありません。風に揺れる桜の音しか聞こえませんから。声を殺して、耳を傾けて、一字一句(のが)さないないように全神経を()()ませて待っているんだと思います。

 

萃香「大鬼は……ん、なの」

紫 「聞こえない!」

 

 



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二分咲き:皆様、驚いているところ申し訳ありませんけど、僕はミッションをコンプリートしたいのでござりますです_※挿絵有

去年はオリンピックやらで翌年の夏休みをでワクワクしていたのに、現実はお先真っ暗。それでも希望はあるさと考えていたいです。


◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

紫 「もっと大きな声で!」

 

 聞こえていないはずなどなかった。細波(さざなみ)さえ立たぬ水面に(しずく)が落ちれば、それは波紋となり広がっていくのだから。例えそれがどんなに小さなものであろうと。

 声を荒げる彼女は、にわかに信じ(がた)い落とされた雫の真意を確認したかっただけ、薄々(うすうす)察していたものが間違いではなかったと、真だったと確信(かくしん)に変えたかっただけ、ただそれだけのこと。

 それは全神経を傾けていた他の者達も同様だった。と、同時に考えてもいた。幼い少女とも見える鬼が発した言葉から導き出される答えを。

 しかしその答えは、なかなか表舞台には上がって来ない。戸惑(とまど)い、躊躇(ためら)い、理解したら負け、本能がブレーキを()んでいたのだ。

 だがそのブレーキも長くは続かない。もう答えは出ているのだから、理解してしまっているのだから、(さと)ってしまっているのだから。

 ()まれていたペダルはアクセルへと切り替わり、心臓は一気に高速ピストンを開始する。

 さあ、各車準備は整った。そこへ()り下ろされるチェッカーフラグは、二度目となるその言葉。

 

萃香「大鬼は私のダーリンなの♡」

 

【挿絵表示】

 

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

  『ナニィイイイイイイイイイイイイイ!?』

 

 やっぱりーッ! 大鬼さんと萃香さんは付き合ってたー!!

 

文 「スクープ、スクープです! こいつぁ特ダネですよー」

椛 「萃香様と若様がそいうご関係だったなんて」

はた「差支(さしつか)えなければ()()めについて詳しく!」

 

【挿絵表示】

 

にと「若様? 次期四天王候補? ん〜……?」

早苗「新聞に書いてありましたよ〜」

諏訪「どーせ読まないで放ったらかしなんでしょ」

 

【挿絵表示】

 

てゐ「じゃあ話にあったソイツの想い人って――」

輝夜「なによ、色気ゼロじゃない」

影狼「お燐のこと応援したかったのになぁ」

蛮奇「……同じく」

あゆ「えー、萃香さんカワイイよー」

妹紅「幼女趣味なのか?」

 

【挿絵表示】

 

レミ「幼女趣味……身の危険を感じるわ」

パチュ「自覚はあったのね」

 

【挿絵表示】

 

藍 「うちの(ちぇん)には手出しはさせませんよ!」

橙 「あっ、私(しょ)っちなんだ……」

 

【挿絵表示】

 

海斗「くぅっそぉ、やっと会えたと思ったのにィ」

慧音「歴史的には幼い少女が(とつ)ぐ事は(めずら)しいものではないが……」

先生「…ふふふ、好みは人それぞれですよ」

 

【挿絵表示】

 

チル「だーりんってなに?」

サニ「1000mg配合?」

ルー「ファイト一発なのかー?」

リグ「それ、タウリンな」

ルナ「恋人さんのことです〜」

大妖「男性の方をそう呼ぶこともあるんだよ」

スタ「星空の下のデートとか(あこが)れちゃうなー」

 

【挿絵表示】

 

星 「恋、愛、バトル……。ゔっ、胃が……」

ナズ「到着しちゃいましたね。聖が出てくるのも時間の問題ですしね」

 

【挿絵表示】

 

小傘「うぅ、驚いたよー……」

リリ「はーるでーすよー♡」

レテ「そうね、正しいわ」

 

【挿絵表示】

 

 

 とんでもねぇです、旋風(せんぷう)どころかハリケーンを発生させました。というか、萃香さんの容姿のせいで大鬼さんにロリコン疑惑かけられちゃってますけど……。魔理沙さんなんて「アイツもか」って(つぶや)かれてますし……って、だぁ・かぁ・らぁ! 僕は違いますって何度も何度も言ってますよね?! 何でそういう目をこっちに向けて来るんですか!?

 

さと「もうっ、萃香さん発表が早すぎますって!」

萃香「だって〜♡」

 

 大鬼さんの腕に(ほほ)を寄せる萃香さん、幸せが(にじ)み出ていて、あふれ出ていて、吹き出していて、ラブラブラブラブです。一方の大鬼さん、照れくさいのか(ほほ)をかいたり、頭をかいたりなんかして。どうやらお二人は本当にそういうご関係のようです。

 いいなーいいなー、僕なんて僕なんて……。彼女、いたことありません。女の子と腕を組んだこと、ありません。

 

霊夢「そんな話一度も――」

萃香「えー、したよー。『花見にダーリンを連れて来てもいい?』って聞いたよ」

霊夢「いつ?」

萃香「ケーキもらったとき」

霊夢「そんなの初耳! ウソつかないで!」

萃香「ざんねーん、鬼はウソを言えませーん」

霊夢「ぐぬぬ、ダーリンだなんて……。どどどどどうせ、たたたたただの飲み友達程度なんでしょ? そうなんでしょ? そうよ、そうに決まって——」

萃香「それもざんねーん、私とダーリンは相思相愛(そうしそうあい)だも〜ん。そーれーにー」

 

 相思相愛、そんなの到底この先もないでしょう、ありえないでしょう。

 

萃香「昨日はあつ〜い夜を……(ちぎ)りを結んだんだから。ね? だーいき♡」

 

 契りを結ぶだなんて夢のまた夢………………ん?

 

  『チョォオオオッとまてぇぇえい!!』

 

 はわわわ……。『契り』って小難しいニュアンスだけど、つまりそういう事だよね? ゴールしたって事だよね? なんか想像しちゃいけないんだろうけど、あんな事やこんな事の妄想が広がっちゃいますよ。こんなのバレたら温泉の時以上に冷たい目で見られちゃう……。

 

美鈴「あらやだ、奥さん今の聞きました?」ヒソヒソ

咲夜「さすが鬼よね。お(さか)んよね」ヒソヒソ

 

【挿絵表示】

 

妖夢「ききききき斬りますッ!」

フラ「フラン、なーんか『ドカーン』したくなっちゃったナー」

鈴仙「二人ともストップ、ストーーーップ!」

 

【挿絵表示】

 

さと「ハレンチな思想がいたる所で……」

こい「お姉ちゃん!?」

 

【挿絵表示】

 

 

 もう大変です。一大事です。大惨事(だいさんじ)です。

 さとり様、真っ赤な顔で頭から湯気を上げてヘロヘロと倒られました。

 海斗君、orzして涙の噴水(ふんすい)を上げて強パンチで大地を連打です。

 霊夢さん、orzして甲子園で砂集めをしている高校球児になってます。

 アリスさん、お変わりありません。一人だけ真っ青です。ホントに大丈夫かな? そういえば、妖夢さんと挨拶(あいさつ)した時に永琳(えいりん)さんって方がお医者さんだって……。

 

神奈「で、何が望みだい?」

大鬼「ア?」

 

 確か赤と青の半々の服装だって……。たぶん白髪の()()みの人だと思うんだけど……。

 

神奈「また金かい? もう存分にくれてやっているはずだが?」

大鬼「ア゛アッ?!」

 

 いたーッ! 

 

神奈「それとも、ぶっとばされれば気が済むのかい?」

大鬼「ッのヤロー!!」

萃香「大鬼ダメッ!」

 

 反対側だけど、ぐるっと迂回(うかい)していけば、お邪魔にならないように行けそうです。

 

神奈「こっちは多額の賠償金(ばいしょうきん)を払って技術の提供までして、あの日の件はそれでもうケリがついてんだ。いまさら裏話を聞かされたところで——」

大鬼「まだ終わってない、終わらせられないっ! お前さえ来なければ、お空が暴れることも、魔界の連中が来ることも、誰も傷付かずに済んだんだ。お前さえ来なければ、自分は爺ちゃんを(あや)めることはなかったんだ。オマエさえ来なければナア゛ッ!」

 

 待ってて下さいねアリスさん、

 

神奈「ふんッ」

 

 今永琳さんを呼んできますから。優希、いっきまーす!

 

神奈「で、その薬とやらはやっぱりあんたが作ったのかい?」

永琳「ええそうよ、ずいぶんと大昔にね」

大鬼「え?」

 

 すみませーん、通して下さーい。前失礼しまーす、通りますよー。なんか低い姿勢でコソコソ動き回って忍者みたい……。

 

神奈「その薬、また作ってやれないのかい?」

永琳「……ムリよ」

 

 ニンニン、ニンニン。おっとお話し中でござった。

 

神奈「どうしてだい? 月の頭脳とあろう者が」

永琳「もう材料となる植物がこの地球(ほし)から絶滅(ぜつめつ)しているから……。いくら私でも材料がないんじゃ作れない」

大鬼「それじゃあ、あなたが……あなた様が……」

 

 終わったでござる? 声かけても平気でござりまする?

 

僕 「ぁ、あのー……、ぇぃ——」

永琳「ん?」

 

 

ガッ!

 

 

 なんだろう、服を(つか)まれたでござる。

 なんでだろう、イヤな予感しかしないでござる。

 どうしてだろう、みんなが小さくなってるでござりまする。

 って、

 

僕 「どわあああぁぁぁ。。。……」

 

 ムササビの術ぅッ!?

 

魔理「ったく優希のヤツ、コソコソ何やってんのかと思えばだze★」

霊夢「少しは空気読みなさいよ……」

 

 飛んでるーッ! 飛ばされてるーッ!! この高さで落ちたらし、し、し、死ぬぅーーッ!!!

 

僕 「ああああって、あれ? ここは……」

 

 さっきいた場所です。アリスさんのお(となり)です。定ポジです。

 訳がわからず周囲をうかがってみれば……不思議ちゃんが無表情のままお腹を抱えてケラケラと。赤髪の白いスーツの方なんて手まで(たた)いて。綺麗(きれい)な声の鳥みたいな女の子も、バカデカい声の女の子も、その他楽器持った人達もそんな感じです。僕、ツボられてます。恥ずかしいです。

 でもどうして……そうだ、夢だったんですよ。さっき頑張ったから疲れて寝ちゃったんですよ。あーよかった、夢で。

 あっ、魔理沙さん。僕、今眠っていたみたいで……そうじゃない? 紫さんのスキマ? へー、そういう能力なんですか。チートですね。

 

紫 「はー、世話が焼ける」

永琳「あなたいきなり何を——」

 

 大きな声が聞こえて来たのでそちらに目を向けて見れば、

 

大鬼「自分が今ここにいられるのは、あなた様のおかげです!」

 

 土下座です。大鬼さんが両手両膝ついて地面スレスレまで頭を下げてます。

 

永琳「今度はいったい何の話? あの薬のことなら彼への餞別(せんべつ)として簡単に作っただけであって——」

 

 というか、僕を投げ飛ばしたのって、もしかして大鬼さんですか? 何でバ○ルーラみたいな事されるんですか? 僕、何かしましたか? 大鬼さん、怖いです。鬼、やっぱり怖かったです。もう近寄るのはよそ……。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 彼にとってオタクはチョウやガ程度にしか写っていなかった。突然視界を(さえぎ)目障(めざわ)りな虫をポイッと(はら)()けただけのこと。

 

大鬼「違うんです!」

 

 では何故その彼が今、こんなにも(へりくだ)り、こんなにも頭を下げ、こんなにも興奮しているのか。その答えはただ一つ。

 初めて地上の里を訪れた時は会う事も、見つける事も、探す事も出来なかった。恋人達と共に恩返しをしに行ったまではよかった。だが問題はその後、小腹を満たすため店を探している最中に激しい疲労に襲われ、直帰を余儀なくされ、自宅に到着するなり倒れ込んだのだ。その原因は地底にはない輝き、太陽光によるもの。地底から出たことがない彼にとって陽の光は(まぶ)し過ぎて強過ぎたのだ。

 しかし次のチャンスはまもなく訪れた。だが今度は決められていた勝負ごとから背を向けられず、地上に出ることさえ断念せざるおえなかった。

 そして(きた)る三度目のチャンス。きっかけはある小さな好奇心からだった。それが仲間達から話を聞けば聞くほどに希望は予感へ、予感は確信へと姿を変えていった。

 

大鬼「自分はこの日を迎えられることを……」

 

 ずっと心に決めていた。いつか、必ず、絶対にと。

 

大鬼「あなた様にお会いできる日を……」

 

 ずっと心待ちにしていた。会いに来てくれたなら、会いに行けたなら、会うことができたならと。

 

大鬼「どうしても直接この口から……」

 

 そして、ずっと心に(ちか)っていた。

 

大鬼「自分はあなた様に作って頂いた『死ぬほどニガイ薬』のおかげで——」

 

 一生分の『ありがとう』を伝えるんだと。

 だがその言葉は、花の香りに乗せて届けることはなかった。

 

永琳「わかった、わかったから」

 

 彼の肩に手を()えて頭を上げるように(うなが)す天才薬剤師。黒く塗りつぶされたグラス()しにうかがえる(あふ)れんばかりの想いをその目に映し、

 

永琳「そう、元気ならよかった」

 

 大きく、ゆっくりとうなずいてニコリと微笑んでみせた。

 

萃香「ほら、あっち行って乾杯(かんぱい)しよ」

 

 そこへ途切れてしまっていたダーリンの腕を迎えに来た小さなハニー。そのまま急かすようにしながらも、彼と共に仲睦(なかむつ)まじくその場を後にするのだった。

 そして、

 

神奈「なんの話だい?」

紫 「その話、気になるわね」

永琳「少し前に旧友が来てね、その時に薬を処方したのよ。それだけのことよ」

神奈「また薬かい」

紫 「なんの薬?」

永琳「簡単に言えば解熱剤(げねつざい)よ。それとも材料から製法にいたるまで、化学式を使って長々と丁寧に説明した方がいいかしら?」

 

 能力者が暮らす幻想郷でも、ずば抜けた能力を持つ者達が集まった小さな神社。その一角で、うっすらと漂わす不穏な空気を

 

幽々「ん〜、穏やかじゃないわね〜」

 

 ガッツリと、ただならぬ食う気でモグモグ感じ取る食いしん坊さんだった。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 あっ、またお皿が空になった……。ペース変えないで食べてるのピンクの髪した人だけなんですけど……。他の方達は飲み物置いて、お箸まで置いて、シーンとしちゃって……。このままだとあの人に全部食べられちゃいますけど……。

 というか今日はお花見であってますよね? 宴会(えんかい)であってますよね? ワイワイやる場であってますよね? なんか想像していたものと180度違うんですけど……。とはいっても、こんな重苦しい雰囲気をパッと明るく(はな)やかに盛り上げてくれる人なんているはずが——

 

??「そろそろ始めさせてもらえへん? うちと義姉(ねえ)さん人里の方でも呼ばれててさ」

 

 僕の近くにいた方が進み出て霊夢さんに尋ね始めました。焦茶色(こげちゃいろ)のショートヘアでカチューシャしている方です。お姉さんもいるそうです。で、誰? そいで、何の話ですか?

 

霊夢「あーはいはい、なら順番はそっちに任せるからチャッチャと始めちゃって」

 

 霊夢さんは何の事だか分かってるみたいだけど。そういえば魔理沙さんが何かを楽しみにしてろって……もしかしてその事と——

 

??「うおおおっい!」

 

 な、なんですか急に雄叫(おたけ)びみたな声で。ビックリですよ。え、さっきからずっと呼んでた?

 

僕 「すみません、考え事してて聞こえてませんでした……」

魔理「ったく、邪魔になるから早くこっちに来いよ。それともまだ注目されたいのか?」

 

 いえ、今のでだいたい理解しました。大至急ココから立ち去ります。僕この場所、すっっっごく苦手なので。あ、でもその前に……

 

僕 「アリスさん行きますよ」

魔理「あー、アリスはいいんだze☆ おいアリス、もう始めるってよ。そろそろ帰って来いよ」

アリ「ふぇっ! あ、うん」

 

 アリスさんと一緒にいたかったのに……ぐすん。

 一緒に花見を楽しめると思ったのに……ぐすん。

 僕の料理を食べて欲しかったのに……ぐすん。

 アリスさん、頑張って下さいね。僕、待ってますから。ずっと見てますから。最後まで応援してますから。

 今から花見で何か始まるらしいです。

 

 




《挿絵についての補足説明》
海斗のモデルはカイトです。
そこは譲れません!
理由は特にありませんがね。


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三分咲き:フランさん、お誘い頂いたところ申し訳ありませんけど、「だが断る」とは言えませんけど、能が始まるようどすです。_※挿絵有

8月になりました。
気が付けば、、、といった感じですね。



 魔理沙さんに「特等席を確保しておいたze☆」 ってドヤドヤされながら連れて来られちゃいましたけど、まさか一番前のど真ん中だなんて……。いや、前に障害物はありませんよ? とても見やすいですよ? 見逃すことはないと思いますよ? けどコレはコレで視線を感じるわけで、「そこにいられると見にくい」って思われてないか気になっちゃうわけで、なんか恐縮しちゃうわけでして……。しかもよりにもよって——

 

??「はい、大鬼あ〜ん」

大鬼「あーん」

 

 まさかこのお二人のそばだなんて……。仲良し仲良しで、幸福絶頂で、ラブラブでなによりです。もう末長(すえなが)く爆発しちゃって下さい。誰もお邪魔しないと思いますので、どうぞお二人の時間をお過ごし下さい。そしてその世界から出てこないで下さい。大変失礼なお願いなのは充分分かってます。でも僕、怖いんです……。特に大鬼さんが。

 

萃香「どう、おいしい?」

大鬼「うん、すごく。蕎麦(そば)屋のよりおいしい」

萃香「よかった〜♡」

 

 ところで萃香さん、なんかご自分で作られたみたいに言ってますけど、一応言わせてもらいますけど、声には出しませんけど、その天ぷら作ったの僕ですからね? あと大鬼さん、ありがとございます! 以上です、これでお二人とは完全シャットアウトさせて頂きます。

 

魔理「くぁーッ、(のど)()みるze☆」

 

 あとは気が楽な方です。一緒に居候(いそうろう)させてもらっている魔理沙さんはいますし、顔見知りでご近所のレミリアさん達とも一緒ですし。いざとなったら助けてもらおうと思います。あっ、目が合っちゃった……。

 

レミ「そんなに見つめないでくださる? 穴が空いてしまいそうよ」

 

【挿絵表示】

 

僕 「あ、いや、あああの、その、ごごごめんなさ……」

 

 どどどうしましょう、なに今の、今のもう一回やって欲しいんですけど! そのご容姿(ようし)で上品な言葉使い、なんたるギャップ。そこにクスクス笑いながらも困った風に首を傾げて、それでいてさりげなく僕を見下していて。小悪魔……いえ、悪魔的に反則です。(あこが)れさえ(いだ)きそうです。レミリアお嬢様、恐るべしカリスマです。

 

レミ「ふふ、ゆーきさんもご一緒にいかが? 咲夜、グラスを——」

 

 でもこの流れはマズイです。

 

僕 「あの、僕は……」

レミ「あら、まだまだあるから遠慮(えんりょ)は無用よ」

 

 ここまで言われちゃったら、きっと断ったら失礼なんだろうなー……。怒られるんだろうなー……。でも僕……

 

僕 「えっと、その、僕、まだ飲めなくて、というか飲んだことがなくて、というか年齢的にやっちゃうと色々アウトっていうか……」

 

 ほらね、やっぱりそういう反応になりますよね。眉をひそめて「なに言ってんだ?」ってなりますよね? UMAを見たときみたいな反応になりますよね? だって……

 

??「えーっ! フラン、ゆーきと飲みたかったのに」

 

 この世界なんかおかしいんですもん。こんな女の子が実は僕よりすんごい歳上でガンガンいってるんですもん。百歩(ゆず)ってそれには目をつぶりますよ? 事実上セーフですからね。けど、種族が人間で僕とほぼ同い年の魔理沙さんや霊夢さんがバイト先に来て、何の躊躇いもなく、当然のように注文してるんですもん。それを他のお客さん達も当たり前の光景として受け入れてるんですもん。

 飲みたければ飲む、それがこの世界の(ならわ)しで、風習なのかもしれませんが、郷に入っては郷に従えなのでしょうが、

 

僕 「すみません、やっぱり遠慮しておきます……」

 

 まだその一歩を()み出せそうにありません。勇気、ありません。ゆうきなのに……ぐすん。

 

咲夜「では————こちらをどうぞ」

 

 咲差し出されたグラスにはレミリアさんと同じ色の液体が注がれていて、ブドウの香りがほんのり……って、

 

僕 「あのぉ……これぇ……」

 

 結局ダメじゃないですか。

 

咲夜「ご安心下さい、一度沸騰(ふっとう)させてあります。お口に合えば幸いです」

僕 「え、あ、はい。ありがとうございます……」

 

 いつの間に? ねえ、いつの間に作ったんですか? 沸騰させるにも時間かかりますよね? そんな事されてませんよね? ずっとそちらにいましたもんね? でもウソをついている感じではなさそうだし……。こんな事できるとしたら……ん? 待て待て。

 

僕 「咲夜さん?」

咲夜「なんでしょう?」

僕 「もしかして、まままさかとは思いますが……」

 

 自分が言おうとしていることがあまりにもバカげていて、ぶっ飛んでいて、厨二病的発想でいるって分かってます。でも、でもぉ……

 

僕 「時間、止めました?」

 

 ヘロヘロになった妖夢さんをなだめた時とか、大鬼さんの前にいきなり出現したナイフとか、それで全部説明がついちゃうんです。

 けど、そんなはずなんてありませんよ。ファンタジーやメルヘンじゃあないんですから……

 

咲夜「はい、それが私の能力ですので」

 

 認めたーーッ!しれっと認めたーっ! 咲夜さん、それがどういう事か分かってるんですか!? グレートですよこいつはァ。グレートでスよこれはあ…。まさにあのお方じゃあないですか。ブラボー! おお…ブラボー!!

 

僕 「ま、魔理沙さん……」

魔理「Exactly(そのとおりでございます)だze☆」

 

 言ってくれないかな? やってくれないかな? 見たいな、この目で!

 

魔理「なあ咲夜、アレやってくれよ」

咲夜「イヤよ、恥ずかしい」

魔理「優希も見たいってさ」

僕 「お願いします!」

 

 頭を低く、低くぅ〜く下げてお願いしました。けどやって頂ける可能性は限りなく低いと思われます。僕だったらやりたくありません。例えどんなに頭を下げられても。恥ずかしいですし。それを分かってる上で頼んでる僕って最低……調子、乗り過ぎました。咲夜さんも困ってると思います。やっぱり今からでも——

 

咲夜「ザ・ワールドッ! 時よ止まれ!」

 

 やったッ!! さすが咲夜さん! 僕達にできない事を平然とやってのけるッ! そこにシビれる! あこがれるゥ!

 

咲夜「僭越(せんえつ)ながら9秒ほど止めさせていただきました」

 

 しかもそんな大サービスまで!? グラッツェです!

 

僕 「咲夜さん、ありがとうございました!!」

 

 心の中にある大きさと同じくらいの声量です。

咲夜さんはニコリと微笑んで返してくれました。そして伝わってきました。「コレっきりにして下さいね」って。はい、もう充分に満足しま——

 

??「悪羅悪羅悪羅悪羅悪羅悪羅ァ!」

 

 って、いたたた。誰ですか、ポカポカ肩パンしないで下さい。それにそっちじゃない方ですから……って、フランさん!?

 

フラ「なになに、ゆーきもなの? フランもアレ好きなんだぁ。あとでごっこ遊びしようよ。フラン星の方やるからゆーきは世界の方ね」

 

 あの、フランさんの立場的に、種族的に、もろもろ的に逆の方がお似合いですが……。あとそのごっこ遊び、最後まで無事でいられます? ちゃんと命の保証してくれます? レーヴァテイン振り回さないでいてくれます?

 

メイ「申し訳ありません、遅くなりました」

レミ「よくてよ、ゆっくりできた?」

メイ「はい、とても」

美鈴「それじゃあみんな揃いましたし乾杯しましょう」

魔理「ったく、お前が仕切んなze☆」

レミ「パチェも本はおしまいにしてこっちに来たら?」

パチュ「ふぅ、しょうがないわね」

咲夜「私も失礼させて頂きます」

フラ「フランはゆーきの隣がいい」

 

 え゛っ、危険が……危険が危ない。

 

レミ「では今日という日を楽しみましょ、乾杯」

 

 僕がとかなんとかやっている中、準備は着々と進んでいました。さっきまでいた場所、あそこはいわゆるステージだったみたいで、これから色々な方々が芸を披露して下さるそうです。それがこの花見のお決まりなんだとか。それでアリスさんも出演者というわけです。

 さっきまで河城にとりさんがスピーカーやらマイクやらを準備していました。なんでもにとりさんはカッパで技術者で開発品は「お値段以上」をモットーとしているそうです。魔理沙さんやレミリアさん達から色々教わりました。そう、技術者なんです! 聞き捨てならねぇんです! もし機会があれば……です。

 っと、誰か出てきま……って、不思議ちゃんでした。あとさっき霊夢さんと話をしていたコゲ茶色ショートヘアの人と、薄紫(うすむらさき)の長髪の人も一緒です。手には丸みを帯びたギターみたいな楽器を持ってます。アレ、ナニ?

 

不思「ペコリ」

 

 いやいや、お辞儀(じぎ)するのにわざわざそれを声に出さなくても……やっぱり不思議ちゃんです。で、いったい何をされるんですか?

 ん? この(げん)(はじ)く、お正月によく聞く音って……

 

僕 「(こと)?」

魔理「ピンポーン、八橋(やつはし)は琴の付喪神(つくもがみ)なんだze☆ で、あっちの弁々(べんべん)は八橋の姉で琵琶(びわ)の付喪神、九十九(つくも)姉妹って言ったら幻想郷じゃ有名な和楽器姉妹なんだze☆」

 

 なーるほど、それで人里でも演奏して欲しいって頼まれているんですね。でも八橋さん、琴がねーですけど? うっすらと光を反射する糸を指で弾いてるだけなんですけど? それで演奏するってすごくない? いや、すごいです!

 おっと魔理沙さんがジト目。何ですか? まだ話が途中? 失礼しました……。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 つい先刻までの張り詰めていた空気がまるで束の間の悪夢、(うたげ)は本来の意味を取り戻していく。騒がしくも、クセが強くも、ウサンくさくも、豪華絢爛(ごうかけんらん)、可憐に美しく開いた花が出そろう花見の場へと。

 琴と琵琶がおりなす息の合った絶妙なハーモニーは、聴く者の心を不思議と和ませる。その和のバックミュージックに、時に静かに、時に楽しげに、そして時に荒々しく緩急(かんきゅう)付けた舞は見る者の心を鷲掴(わしづか)みにする。 

 この日開催された幻想郷の花見の第一演目は、九十九姉妹と(はたの)こころによる『能』。光と影を(たく)みに駆使(くし)し、身に付けた面で喜怒哀楽を表現しながら音楽に合わせて舞を舞う日本の伝統芸である。

 当初何気なく(なが)めていたオタクの彼は、いつの間にか彼女達がおりなす世界へと引き込まれていたのだった。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 すごいなー、(おど)りもそうですけど——

 

僕 「あれ、どうやってんの?」

 

 ついつい声に出ちゃいました。だって早技なんです。不思議ちゃんのお面がポンポンポンポン入れ()わってるんです。ヒョットコみたいなお面かと思ったら、次の瞬間にはお爺さんのお面になったり、かと思ったらキツネのお面になったり。顔を隠したりして取り()えるような素振(そぶ)りなしに、パッと瞬間的に替わってるんです。あっ、今黄色い変なお面になった。

 

【挿絵表示】

 

 

魔理「こころの舞は何度見てもあきないze☆」

 

 ここで不思議ちゃんのお名前が判明です。でも僕の中では不思議ちゃんのままかもしれません。

 なぜかですか? それはきっと最前列で、一番近くで、すぐ目の前にいるせいだからなのかもしれませんが、聞こえて来ちゃうんです。

 

ここ「さささささ…、ばばっ、ビッ」

 

 発しなくてもいいものが。動かれるたびに。でもでも、そのおかげで楽しめてもいます。「次はなにを言うのかな?」って。能ってテレビのチャンネルをハシゴしている時にたまに見かけるくらいでしたけど、訳が分からなくてつまらないものだと思ってましたけど、素通りしてましたけど、コレなら面白いって思えます。

 

ここ「ぺこりー」

 

 終わったみたいです。九十九ご姉妹さんが急いでるせいもあってか、ノンストップで休憩ありませんでしたけど、不思議ちゃんが疲れているご様子は——

 

ここ「orz」

 

 え、なに? 言葉通りの姿勢になったりして。やっぱり疲れたんですか?

 

ここ「まちがえたー……がっくし」

 

 いやいやいやいや、どこで? 全然気が付きませんでしたよ。というか言わなければ誰にも分からないと思いますよ。

 

??「しっかりしぃや!」

 

 って、いたーっ! 八橋さんが気付かれていたみたいです、怒っておられます。どうか、どうか不思議ちゃんの事は穏便(おんびん)に——

 

八橋「義姉(ねえ)さんがリードなんやし、ちゃんと調律(ちょうりつ)しといて!」

弁々「そないゆーたら八橋やてキーミスっとったやないの」

八橋「ミスってない、ちょいとアレンジしただけや!」

弁々「ホンマにー? そんなん打ち合わせになかったやないの。それに弦が飛びそうやったけど?」

 

【挿絵表示】

 

 

 えー、要約するとこういう事みたいです。三人ともなんかミスってた。芸を披露する立場からして許せない、やるせない、(ゆず)れない想いがあるのかもしれませんが、姉妹喧嘩(きょうだいげんか)はダメですよー。仲良くしてくださーい。それとこれ、誰か止めてくださーい。八橋さんが「わっほーい、ゆーたなッ」って限界近そうでーす。

 

??「八橋ー、べんべーん、こころちーん! 最高にGJだったぜーッ!」

 

 パチパチと強めに響き渡る単独の拍手は、遅れていた他の手を導いていきます。もちろん僕も釣られて。今や辺りは拍手喝采(はくしゅかっさい)です。

 八橋さんと弁々さんは「ふんっ」てお互いに付き合わせていた顔を逸らしながらも、はにかんでいる様にも見えます。不思議ちゃんは……相変わらず無表情です。でもきっと喜んでいるんだと思います。テレテレ言ってますし。

 凹んでる人を元気にさせる、睨み合いを中断させる。それをたった一言だけで、しかも誰も傷つかずに満足する形で。さすが海斗君です。僕にはできないことを平然とやっとのけます。そこにシビれます。あこがれます。

 

弁々「ほな、また呼んでおくれやす」

八橋「あとはプリズムリバー達に(まか)したさかい、リエクエストはそっちに頼んでな」

 

 九十九ご姉妹はそう言い残すと、手を振りながら里の方へと飛んで行きました。素敵な演奏をありがとうございました。って言うの忘れてました。もし今度会えたらちゃんと言いたいと思いますです。

 で、不思議ちゃんのこころさんですが人里へは行かないらしく、ステージを空けて今現在は——

 

ここ「はむはむ」

 

 サンドイッチを頬張(ほおば)っておられます。僕のお隣で。僕、フランさんと不思議ちゃんのサンドイッチです。そいで初対面でする、緊張(きんちょう)しまする、血圧と心拍数が急上昇中でする。しかも運の悪いことに誰も不思議ちゃんには気付かず、ワイワイやっちゃってまする。魔理沙さんまでもが輪に入って。今その輪に入れず孤立無縁なのは不思議ちゃんと僕だけ。

 とすると……これ、僕が何か声かけた方がいい感じですか?

 

僕 「あ、あの!」

ここ「はむぅ?」

 

【挿絵表示】

 

 

 勢い任せで話しかけちゃったけど何を話そ……じゃなくて、話のネタは考えるまでもないじゃないですか。あの時の感想をそのまま言えばいいんじゃないですか。

 

僕 「さ、さささっきフゴっ!」

 

 やっちゃった、さっそくやっちゃった、。スゴイって言おうとしただけなのに、呼吸法間違えて鼻がなっちゃった。は、恥ずかしィィィッ。

 

ここ「むぅ? ごめんね、今日の我々は調子悪くて。しゅん…」

僕 「いえいえいえいえ。そんなことは……とても、楽しかったです」

ここ「あんなのでも? 喜んでくれたの? 出来損ないだったのに? ハテナ」

僕 「ででできそこないだなんて……すごかったですよ、尊敬しますよ」

ここ「わあ、ありがと〜。ペコリ」

 

 会話、出来た……初対面の女性と会話出来ました! 

 

魔理「そうだこころ、次は誰の番なんだze☆?」

 

 私、優希はやれば出来る子だと自覚しました!

 

ここ「あそこに演目書いてあるよー。ビシッ」

 

 このことを(はげ)みにし、

 

魔理「おっ、早くもご登場だze☆」

 

 ビシッとした姿勢でより質の高いコミニュケーションを——

 

魔理「優希、アリスの番だze☆」

僕 「ハイッ!!」ビシッ

 

 



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四分咲き:アリスさん、人形劇をされているところ申し訳ありませんけど、人が集まるとお祭りが開催されるそうです_※挿絵有

暑い
夏はそういうものだって
分かってはいるけれど、
熱いものは熱い。
だから冷えたスイカがメッチャ美味い!


 幻想郷の花見は出遅れたものの、まだ始まったばかり。和の演奏と能を終えた舞台では、次なる演目「人形使いによる人形劇」が行われていた。

 そんな中、ビシッと正座でステージに熱い視線を向けている彼から少し離れた桜の木の下には、肩を並べるおかっぱ頭とお調子者の姿があった。誰からも声をかけられることもなく、二人だけの時を過ごしていた。それがお調子者のしでかした罰則なのである。

 

海斗「みょん、悪かったな」

 

 しかしここで忘れてならないのが、二人が花見に参加している二つの理由だ。一つは純粋に楽しむため。そしてもう一つは——

 

妖夢「本当に、あんなマネ懲り懲り(こりごり)です!」

 

 幻想郷の存在を外の世界へ流している者を探すため。

 

海斗「でも名演技だったぜ? おかげでこうして二人きりになれ……もしかして、そこまで計算済みとか?」

妖夢「……だったらなんですか?」

 

 (さかのぼ)ること数週間前、二人はここ博麗神社を訪れていた。その日もお調子者の調子はいつも通り、おかっぱ頭の気苦労は普段通り、博麗の巫女にいたってはデフォルト的にゲンナリだった。そう、誰にとってもなんて事のない日常、それで終わるはずだったのだ。

 

海斗「みょん、ガチ()れしていい?」

妖夢「ではその血迷った考えを白楼剣(はくろうけん)で断ち斬りましょう」

海斗「ハアー……」

妖夢「ふうー……」

 

 おかっぱ頭が実行するその時までは。

 

海斗「ショック大だぜ」

妖夢「改めて整理させて下さい」

 

 そしてこの日、お調子者は到着早々に博麗の巫女から「忘れ物」と(しょう)された文明の力、最新技術の集合体、幻想郷からすればオーバーテクノロジーの『スマホ』を受け取っていた。

 

妖夢「本当にスマホというのには——」

 

 彼はそれを「わりぃわりぃ、ずっと探してたんだぜ。見つけてくれてサンキューな」と受け取るや、すぐさまポケットに忍ばせておいたてモバイルバッテリーへと接続、さらに人気のない所へと身を隠してその成果を確認していた。

 

海斗「ああ、録音はしっかり出来ていたぜ」

 

 するとそこには……

 

海斗「でも、短すぎだ」

 

 彼は記録したデータの再生時間を見た瞬間、我が目を疑った。まさか、そんな、何かの間違いだと。少しでも記録時間を増やそうと、外の世界でかき集めた嫁候補達の画像や音楽を断腸の思いで、血の涙を流しながら削除をし、メモリ容量と駆動(くどう)時間を(かせ)ぎ、事前にこっそりと実験まで行っていた。その実績がおよそ3時間、それがものの1時間もたたずにプツリと途切れていたのだ。

 

海斗「もっと録音できるはずなんだ」

 

 彼はおかっぱ頭を呼び出し、その結果を周囲に誰もいないことを確認した上で伝えていた。

 

妖夢「それでも『何か手がかりがあるかも』と言われてましたね。それからしばらくお見かけしませんでしたけど」

 

 一方の彼女、他に可能性のある容疑者はいないか、証拠となりそうな物はないかと調査を行なっていた。怪しまれないようにさりげなく、なるべく自然体で。

 しかし彼から呼び出された時点では何も見つけることが出来ず、憶測で話をするしかなかった。そして彼女は涙ぐみながら彼にこうも伝えていた。「これ以上友人や仲間を疑いの目で見たくない、コソコソと泥棒のように物色したくない」と。

 

海斗「あー、あれな。ご想像通り一度中身を確認しに行ってたんだぜ。しっかし、まさか優希が来るだなんてな。声かけられた時はマジ耳から心臓が飛び出るかと思ったぜ」

妖夢「だからって誤魔化(ごまか)し方が(ひど)すぎですよ。非人道的でモラルのカケラもありません。私でさえも本気で疑いました」

海斗「ひどいなぁ、俺はそんな男じゃないぜ? 最初から誰かに見つかることを狙っていて、その言い訳用に女湯の前でスタンバってて、あわよくばキャッキャッしてる声を記録して、(さび)しい夜はそれでムフフしようだなんて、これっぽっちも——」

妖夢「やっぱり斬りましょう。楼観剣(ろうかんけん)で」

海斗「残念、そっちはたぶんすぐに回復するぜ」

妖夢「……」

海斗「……」

妖夢「はあー……」

海斗「フウー……」

 

 そんな震える肩に、彼はそっと手を置いて(なだ)めるように言い聞かせた。これは幻想郷の危機であると、誰かがやらなければならない事だと、頼れる者は他にいないと。

 

妖夢「それで、何か分かったんですか?」

海斗「……録音が止まったのは俺達が帰った直後だった」

妖夢「そうなんですか?!」

海斗「ああ、まるで狙っていたかのようにな。これ、どう思う?」

妖夢「何者かが意図的に止めた……と?」

海斗「だって最後まで霊夢がスマホの存在に気付いてる素振りはなかっただろ?」

妖夢「そう……ですね。でもそうなると——」

海斗「霊夢は黒だ。一枚()んでるとみて間違いない。関係ないなら録音を止める必要なんてないからな。そいでその何者かについてだけど——」

妖夢「誰だか分かったんですか?」

海斗「いんや、でも一番濃厚なのは『ユカリン』だって考え直したぜ。初めはみょんの考えを否定しちまったけど、思い出してみれば外の世界で買った物を幻想郷で売り(さば)いているんだもんな」

妖夢「はい、そうなんです……」

 

 二人の中で(うず)を巻いていた疑惑は確かなものへ。それは幻想郷(この世界)を守り続けていた者が、創設者が、自らの手で滅ぼそうとしているという前代未聞の惨事(さんじ)を予期させてもいた。

 

海斗「なんにせよ、少しでもヒントになりそうなものはないかと思って最後の部分を聴いてたんだぜ。そしたら……」

妖夢「何か気になるものでも?」

海斗「おうよ、変な音が入ってたんだぜ」

妖夢「変な音?」

海斗「途切れる直前にガシャだか、ガゴッだか、バカッっていうな。けどその音の正体が全然分からんのぜ」

 

 だがそこまで。判明こそしたものの、その先には進めない。さらに判明したとは言っても、それらは全て彼の憶測の範疇(はんちゅう)に過ぎず、裏付けるには直接聞き出すしか手がない。

 しかし問いただしたところで、はぐらかされるのは確実。そして疑われていると知られた時点で警戒され、最悪の場合命が危険にさらされる。そんな事になれば進展はおろか、全て有耶無耶(うやむや)のまま結果幻想郷を救うことができなくなってしまう。

 

海斗「せめて物的証拠があればなー」

 

 「お手上げでーす」と一度バンザイをきめて両手を後頭部へ。そのまま天を(あお)ぐ代わりに満開の桜を仰ぐ。ぼんやりと花見を始めたそんな彼に、おかっぱ頭がグッとスカートを握りしめて声を発しようとした矢先、

 

??「ちょっと」

 

 (うわさ)の彼女が自らやって来た。眉間(みけん)に力を込めた機嫌が悪そうな表情を浮かばせて。やがて心臓が高鳴る二人の前で足を止めるや、雑談を抜きにいきなり本題を持ち出してきた。

 

霊夢「丸っこいこれくらいの物、見なかった?」

 

 空中に描かれる円は大きな物ではなく、片手で掴めてしまえそうな円だった。そして彼女の口調は催促(さいそく)するようでいて、少し早口でいて、やや強めでいて、それはあたかも——

 

海斗「なんだそれ? そんなアイテム見たことも聞いたこともないぜ」

霊夢「妖夢、あんたも?」

妖夢「見てない」

霊夢「ホントに? 本当に知らない?」

 

 余裕さえも失っているかのよう。

 

妖夢「知らない。見たことない」

海斗「なんなら探すの手伝うぜ。みょんならもう大丈夫みたいだから。ついでにスマホを——」

霊夢「いい! 一人で探すから! ついて来ないで!」

 

 バンッと叩き付けるように言い放ち、回れ右をしてログアウト。その足からはズンッ、ズンッと地響(じひび)きさえ聞こえてきそうである。

 

海斗「うわー……やっぱあんな事あった後だもんなぁ、そりゃ嫌われるか。スマホ返して欲しいんだけどなー」

妖夢「……」

 

 と、二人がそんな真面目な話をしていた頃、また少し離れた場所ではお調子者に向けて突きさす視線が常時発射されていた。

 

??「ふんっ」

??「けッ」

 

 ()き捨てられた言葉は違えど想いは同じ。その証拠にグイッと飲み干すタイミングでさえも同じである。片や誰もが認める美しくもわがままなお姫様、片や誰もが認めるオラオラ系の頑固な体育教師、殺し合いにまで発展しかねない毎度の口喧嘩は現在のところ休戦中。共通の(かたき)討伐(とうばつ)(かか)げて手を組んだ同志である。

 

妹紅「見せつけてくれんじゃないの」

輝夜「なにが『嫁にならない?』よ、片腹痛いわ」

 

 さらに(にら)みをきかせ、メラメラと闘志(とうし)を燃やし、「調子のってるな。よし、殺そう」とバキバキに拳の準備を進めていく。

 と、そのワードにピクリと反応してしまった者がいた。そしていても経ってもいられず、身を乗り出し多少強引ながらも輪の中へ。

 

??「えっ、貴方方(あなたがた)も?!」

 

 『落とし物 見つけたのなら 命蓮寺』

 紛失頻度(ひんど)(あき)れられ、大事な宝塔は今や首から宙吊りに。ドジッ虎こと寅丸星である。

 

輝夜「()? ()? ()ーッ!?」

星 「はい、そうなんです」

妹紅「お、お、おい……?」

 

 硬直一歩手前、ギシギシと音を立てる首を回し、灰色の影に恐る恐る視線で語りかける。「冗談(じょうだん)だよな?」と。

 

ナズ「いえ、それが本当なんです」

 

 『落とし物 見つけたければ 命蓮寺』

 度重なる主人の失態に呆れ、宝塔を首から下げる事を提案した張本人。ナズエモンことナズーリンである。

 

ナズ「私の目の前で求婚されていました」

 

 事実、現実、真実。犬猿の仲でありながらその回答に対するリアクションは全く同じ。口をあんぐりと開けたまま思考が停止していた。

 

ナズ「信じられませんよね? 今までそんな物好きなんていませんでし。おかげでご主人の心は彼に盗まれてしまいまして」

星 「ナズやめてよー、恥ずかしいなーもぉ〜」

 

 と、そんな彼女達の下にも

 

霊夢「ちょっと、一応あんた達にも聞くけど——」

 

 紛失物を探している巫女が。おかっぱ頭とお調子者へ尋ねた時と同様に「これくらいの丸いヤツ知らない?」と宙に丸を描いて尋ねる。

 

  『さー、知らない』

 

 しかしリアクションは皆同じ、首を45度傾けて「何のことやら」と。巫女もさほど期待もしていなかったのか、ため息をこぼして「ならいい」とその場を後にしようとしていた。

 だがそのタイミングで「ちょっと待った」と巫女を呼び止める者が。

 

輝夜「向こうの二人、何の話してた?」

 

 せっかく来たので情報収集をというところなのだろう。だがこちらもまた、

 

霊夢「さー、知らない」

 

 である。

 

霊夢「声かけた時には二人ともだんまりよ。なに、気になるの?」

輝夜「わわわ私じゃないわよ。妹紅が—— 」

妹紅「なっ、ちげーよ命蓮寺の虎が——」

星 「え、えええっ、私だけですか?!」

霊夢「ふーん、別にあんた達の好みに興味なんてないけど、チャラ男だけはやめておきなさい。アイツの『嫁にならない?』は挨拶(あいさつ)みたいなものだから真に受けるだけ損よ」

星 「貴方(あなた)も言われたので?」

霊夢「まあね、だからって()らぎもしなかったけど」

 

 「あんたらとはレベルが違うんだぞ」と腕を組んで見下す巫女。だが彼女達は知らない、その巫女でさえも我を失い真っ赤に染まっていたことを。未来を瞬時に想い描き、イヒヒのウフフのエヘヘをしていた事を。

 と、そんなドヤドヤしている都合のいい巫女の近くから

 

??「あの〜、みなさんちょっとよろしいですか〜?」

 

 フワフワとした少女の声が。紅白巫女の商売敵であり、異変解決の仲間であり、幻想郷で二人目である東風谷早苗だ。何を隠そう彼女もまた……

 

早苗「さっきから聞こえてたんですけど、それって海斗君のことですか〜?」

霊夢「ええそうよ。って、まさか早苗もなの?」

早苗「はい、言われました〜。それと——」

 

 なのである。さらにその緑巫女が移した視線の先、背後に身を隠して絶賛ガクブルしながらブツブツと

 

??「V(電圧)=I(電流)×R(抵抗)、R=V/I、I=……アイは……愛!? グハッ」

 

 オームの法則を唱えて自爆している少女もまた……

 

妹紅「河童もか!?」

 

 その被害者なのだ。

 

早苗「神奈子様にも言われてましたよ。聞き流されてましたけど〜」

輝夜「ホントに誰でもいいみたいネ!」

霊夢「そういうヤツなの。どこまで本気か分からないわ、何考えてるか分からないわ、働きもしないで居候(いそうろう)するわ、顔がいいだけのチャラ男なんだから。それに来た時なんかフランに『結婚しよう』ってせまってたらしいわよ?」

ナズ「ほらご主人、言われてるじゃないですか」

星 「でもさ、あんな(くも)りのない(まなこ)でまっすぐに言われたら信じたくなるよ。ナズもそう思ったのでしょ?」

にと「真っ直ぐな眼……グハッ」

 

 怠惰(たいだ)鈍感(どんかん)、見下してさえいる主人からの不意打ち。そして見抜かれていたというまさかの展開。ネズミっ娘の頭の中にはようやく忘れかけていたシーンが鮮明に映し出され、チャームポイントの大きな耳には焼き付けられた記憶が蘇り、背筋には電流が脳天めがけて一気に()け抜けた。

 

ナズ「ゔぅっ、ご主人のクセにぃ……」

 

 本音を零しながら生毛が逆立つ耳を両手で(ふさ)ぎ、ついでに爆発を起こした顔を腕の中へガッチリ仕舞い込み、小さな身体をより小さく折り畳む。

 

【挿絵表示】

 

 ずっと平常心を保ち続け、第三者的ポジションから会話に参加し、冷ややかな視線でことの次第を見守っていた彼女。だが、こんな分かりやすい反応を見せられてしまえば誰もが悟る。

 

  『(オマエもだったのか)』

 

 と。だがそれでもまだまだ氷山の一角。その中でも忘れてはならない一番の熱を帯びているののが——

 

??「かっこいいな〜♡」

 

 ポヤポヤ〜っとビームを送り続けるこの少女だ。

 

星 「えっと、そちらの方はー……」

輝夜「ああ、あゆみよ。アイツと会うなり抱きついたのよ」

星 「そうなんですか!?」

妹紅「顔がモロ好みなんだと」

にと「顔が……グハッ」

霊夢「なに、あゆみってメンクイなの?」

星 「あゆみさん、見た目だけで人を判断してはいけませんよ? これは仏教の根本思想の一つでして——」

ナズ「ご主人のクセにぃ、ご主人のクセにぃ……」

 

 話題はポヤポヤ娘へ。ともなれば同じ立場の者として、ライバルとして、仲間として、自己紹介がてらの挨拶が欲しいところ。が、そこはやはりと言うべき、

 

あゆ「イケメンだな〜♡」

 

 聞こえちゃいない。マイペース、ゴーイング・マイ・ウェイ、入ったら出てこないポヤポヤ世界(ワールド)。連れ戻す手段は一つだけ、それは強硬手段あるのみ!

 

 

イラッ

 

 

 拳ドリルにスイッチを入れる紅白巫女、さらに背後に回って3・2・1……

 

早苗「確かにイケメンと言えばイケメンですよね〜。話してみると楽しいですし〜」

 

 それは奇跡と言うべきだろう。拳がかかる間一髪のところで、ポヤポヤ世界がガシャリと音を立てて封鎖(ふうさ)されたのだ。そして息つく間もなく少女は振り返り、寸止めしていた紅白巫女ではなく緑の巫女をロックオン。

 重なり合う視線、流れる無言の時間、(ただよ)不穏(ふおん)な空気。どちらか一方があらぬ行動を取ろうものなら、血を見る前に力ずくでも(おさ)えにかかろうと、前のめりでスタンバっていた。

 

  『ねえ〜〜』

 

 共感、共鳴、共振。シンクロするソプラノのハーモニーは新たな友情の証、そしてそれは他の者を圧倒させるフワポヤ世界が展開された瞬間でもあった。

 

早苗「外来人なんですよね、ネズミ派ですか〜?」

ナズ「む?」

早苗「ネコ派ですか〜?」

星 「むむ?」

あゆ「ん〜、それよりも富士山の方が〜」

早苗「きゃーっ、いっしょ〜」

  『負けた……』

 

 始まってしまった同世代による外界ネタのガチガールズトーク。緑巫女の盛り上がり度はお調子者の時とは比ではない。例えるならダムの決壊、流れ出したら勢いをそのままに()れるまで止まらない。

 

  『いえ〜い、エビ〜』

 

 踏み込める者は他にいない。

 そんな二人は一旦棚上げし、話を共通の敵に戻す一同。次々と飲み干していく物のせいもあってか愚痴(ぐち)陰口(かげぐち)、文句は止まることを知らない。終いには「図に乗ってるな。よし、やっぱり殺そう」と満場一致の結論が導き出されるまでに。

 が、事態が急変したのはその矢先だった。腹ワタが煮えくり返った一同がすっくと立ち上がり、敵に視線を向けた次の瞬間、その敵に動きがあったのだ。

 

輝夜「い、今の見た?」

妹紅「ああ、アイツら——」

星 「て、手を……」

にと「手と手を……グハッ」

霊夢「重ね合わせたわね。しかも妖夢から誘ってるようにも見えたわ」

ナズ「あんな(つな)ぎ方初めて見ました」

早苗「アレは恋人つなぎですよ〜。外の世界では仲のいいカップルがああやって指と指を(から)ませるんですよ〜。ね?」

あゆ「ん〜?」

 

 この日、運命のイタズラによって導かれ開催されたサミット。それはお調子者のお調子者によるお調子者のためのサミット。人呼んで『被害者サミット』。当初から暗雲が立ち込め、局地的に嵐を巻き起こそうとしていた。

 

にと「わわわ私は別になんとも……ネッ」

輝夜「私達をどうしようって……ネッ」

妹紅「人の心を(もてあそ)びやがって……ネッ」

星 「信じてたのに……ネッ」

ナズ「この想いを晴らさずには……ネッ」

霊夢「ちょいとあんたら?」

早苗「霊夢さんこちらだけじゃないみたいです。あちらの方々の様子も——」

あゆ「早苗ちゃ〜ん、どうかしたの〜?」

 

 だからこそ、そんな場所だからこそ、新鮮でジュースィな香りを撒き散らす場所だからこそ、

 

  『ネタマ嫉ーーーーー(しーーーーー)

 

 ()()は来る、きっと来る、絶対に来る。

 

??「ーーーーーっ妬(ーーーーーっと)!!」

 

 ヨダレをダラダラと垂れ流し、

 

??「パルスィダメだってば! 勇儀がいないっていうのにぃッ!」

??「温泉飛び出していきなり何なのよ!」

パル「馳走(ちそう)じゃあッ、祭りじゃあッ! 花見でパルパル祭りじゃあッ!!」

 

【挿絵表示】

 

 緑の瞳をギラギラに光らせ、

 

こい「無意識に——」

さと「こいし待って! お燐はお空と一緒に——」

お燐「お空早くしてニャ!」

お空「うにゅぅーッ」

 

 ドス黒いエナジーをガンガンに燃やして。

 

紫 「藍と橙、いったん引くわよ」

橙 「はいで(しゅ)

藍 「ただちに!」

 

 だがそれでも、

 

永琳「あなた達はコレを!」

鈴仙「師匠ありがとうございます」

てゐ「助かったウサ」

影狼「私まですみません」

 

 予兆(よちょう)にすぎず。

 

はた「椛つかまって!」

文 「久々に飛ばしますよぉ」

椛 「お願いしますッ」

 

 本当の嵐は——

 

白蓮「(しょう)、ナズーリン!」

一輪「ダメだ姐さん、もう間に合わない!」

 

 直後に(おそ)いかかる。

 

パル「パ〜ルパルパルパルパルパルパル♡」

 

 



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五分咲き:妖夢さん、心友とイイ感じなところ申し訳ありませんけど、僕は樹海へと旅立ちますので嵐にご注意くださいです_※挿絵有

①暑いから冷房ON

②寒くなって上着を羽織る

③耐えきれなくなって冷房OFF

④汗でギットギトの上着を脱ぐ

⑤①に戻る



無限ループって怖くね?




??「ゆーきー」

 

 説明しよう、彼は今それどころではないのである。次なる演目はアリス・マーガトロイドによる『人形劇』。人里でも時折披露してはいるが、この場においてはそのクオリティを格段に上げる。なにしろバックに超有名バンドを従えているのだから。

 そんな事情を知らずとも、彼からすればいきなり(むか)えたクライマックス。例え幕開け前からビシッと姿勢を正し、(まぶた)を全開にし、鼻息を荒くして待ち焦がれていたとしても(うなず)ける。

  

??「ねー、ゆーきってば」

 

 通達された開演時間まで残り三分を切った。広がった鼻腔から深く息を吸い込む彼、雑念を捨て去り、脳内をリセットし、全神経をステージへ傾ける。それは無我の境地、閉鎖空間、A○フィールドにおいて他ならない。よって例え——

 

??「ゆーーーきーーーッ!」

 

 耳元でどんなに大音量で呼ばれようと、例えその言葉が鼓膜を突き破り反対側から飛び出そうと、彼の脳を揺さぶるには遠く及ばない。とはいえ、『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』をお持ちの方のリミットも近い。いや、むしろよくここまで我慢したといえよう。

 膨れ上がる憤りを頬に詰め込み、あふれ出す悲しみを瞳に浮かばせ、プルプルを開始した腕を彼に照準を合わせ、まぶしい光の弾を——

 

レミ「フラン、およしなさい」

フラ「だってお姉様」

レミ「ゆーきさんは人形劇を見たいのではなくて?」

魔理「まっ、そういうことだze☆ だから今はいくら呼んでもムダだろうze☆」

フラ「でも——」

魔理「そのかわり後でゴッコ遊びでも何でも付き合ってもらえばいいだろうze☆」

フラ「イヤ! フランはゆーきとお話ししたいの!」

レミ「フラン、あまり私を困らせないでくれる?」

魔理「魔理沙ちゃんも優希に言っておいてやるから」

フラ「イーヤーだー! 今がいいの、今じゃなきゃダメなの!」

 

 地べたに寝転んで両手足を激しくジタバタ、もはやただの駄々(だだ)っ子。そんな彼女にスーパーメイド長は「どうしたものか」と天を見上げ、紫モヤシはその場からそそくさと離れて本を開き、門番にいたっては持参した紹興酒(しょうこうしゅ)を抱きマクラにお昼寝中。そして、館の主人であるお姉様は——

 

レミ「フ・ラ・ンー? アナタいい加減に——」

 

 ついにリミット突破。少女のごとき愛らしい顔に余裕はない。

 直接的ではないにしろ、ヲタクが引き金で荒れ模様となってしまった観客席の最前列、火花散らす姉妹の間に挟まれた白黒魔法使いは始まるであろう驚異のゴッコに備えていた。そう、誰かが止めなくては、誰かが姉妹の気を引きつけなければ、それは確実にその瞬間に始まっていたのである。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 すごいです。

 目、カピカピです。でも(まばた)き厳禁です。

 すごいです、すごいです。

 (のど)、カラカラです。でも飲食禁止です。

 すごいです、すごいです、すごいです。

 足、ビリビリです。でも正座必須です。

 (まこと)なんですか、これは。

 軽快なドラムのリズムに合わせて、たくさんの人形が一糸乱れない行進で登場してきて。

 夢なんですか、これは。

 落ち着いたバイオリンの音色に(ゆだ)ねるみたいにバレー(かな?)を踊って。

 何なんですか、これは。

 不思議と安心感をくれるピアノの音で輪になってワルツ(だよね?)を踏んで。

 劇、舞踏会、ミュージカル、そんな言葉では的外れ。

 意気揚々と吹き鳴らされるトランペットを合図にみんなでチアダンス(間違いない)を披露して。

 芸術作品、国宝、世界遺産、そんな言葉では生温(なまぬる)いです。

 縦横無尽に動き回って楽しげに宙を舞う人形達は、重力の支配からも解き放られ最高の自由を手に入れて喜んでいるかのよう。

 これは魔法、そう魔法なんです。全部アリスさんの魔法なんです。僕の心はアリスさんの魔法に魅せられてしまったんです。鷲掴(わしづか)みにされちゃったんです。ガッチリと。音楽を聴いていても、映画を観ていても、それこそ劇を観たところでだったけど……

 

??「少年、大丈夫? あせあせ」

 

 けど、今日僕は生まれて初めて——

 

??「もしも〜し、もしも〜し、気付いて〜。ふりふり」

僕 「へあッ?!」

 

 いきなり視界を遮断(しゃだん)されたと思ったら不思議ちゃんでした。アリスさんの人形劇は終わっているので文句はありませんけど、いきなり飛び出されるとビックリしますよ……。

 そういえばアリスさん、最後まで登場しなかったなー。カーテンコールの時も人形達だけだったし。なんでだろ?

 というか、上海と蓬莱までいたんですけど。「いつの間に!?」でしたよ。留守番してるはずなのに。さっき「一緒にトランプして待ってればよかった……」とか考えてたけど、そんなことしてたら僕、途中でボッチになってるところでした。そんなことになってたら——

 

ここ「お〜い、しょーねーん! ムカッ」

 

 泣いてましたよ……。

 

ここ「チェストーッ! ガスッ」

僕 「へぶばッ」

ここ「さっき気付いたよね〜? 『へあッ』って反応したよね〜? なのに我々をなき者にして瞑想(めいそう)とはこれいかに? ぷんぷん」

僕 「ごごごごめんなさい……それで……はい……ごめんなさい」

ここ「これ、貸してあげる。どぞどぞ」

 

 綺麗に畳まれたハンカチを渡されちゃいました。でもなんで? 

 

僕 「えっと、あのー、これ……」

 

 そいでどうしろと? 手品なんてできませんよ?

 

ここ「目、鼻、口、ありとあらゆる穴から汁が出てるから()くことを強くお勧めする。キショイキショイ」

僕 「あ、はい。ありがとうございます……」

 

 今サラッと(ののし)られた気がするんですけど……。不思議ちゃん、毒も吐かれるんですね、しかもかなり強烈な毒を無表情で。おまけに無表情で言われるもんだから、威力が倍増してます……でもそうですよね、ありとあらゆる穴から汁が出てるんですもん、キショイですよね……あっ、また目から汁が……。

 

ここ「あと少年を呼んでたの我々だけじゃないよ。あの子もずっと少年のこと呼んでたんだから〜。ピッ」

 

 「あっち向いてホイ」と導かれた指先には、チルノ達と談笑されているフランさんのお姿が。さっきまで僕の隣にいたと記憶しています。そのフランさんが呼んでた? しかもずっと? それを僕は気付かずに無視していたと?

 

ここ「少年あとちょっとで花火になってたよ〜。ドカーン」

 

 そいつはさぞきたねえ花火でしょうね。じゃなくて、ロックオンされてたんですか!? マズイです、それはものすごくマズイです。後で謝罪のお言葉とお()びの品をそろえて地べたに頭を(こす)り付けて反省の姿勢をフランさんに——

 

ここ「詳細と対応方法については白黒魔法使いに。それじゃあ我々は場所を移すからこれで〜。バイバイ」

僕 「は、はい。ありがとうございました」

 

 あ、ハンカチ……。でも使ったまま返すのはさすがに……だから洗って返さなきゃなんだけど、でもでもそうなると後日返しに行かなきゃなんだけど、でもでもでも不思議ちゃんのお住まいなんて知らないわけで……魔理沙さんなら知ってるかな? あと気になってること色々聞いておこ。

 

僕 「あのー、魔理沙さん?」

魔理「うーむ」

 

 あっれー? 珍しく考え事してるみたいだけど、どうしたんだろ?

 

僕 「魔理沙さんどうかされ——」

魔理「ze★!?」スチャッ

僕 「ギャーッ! ごごごごめんなさい、僕ですよ僕! お願いですからマスパらないで下さい!!」

魔理「なんだ優希かよ、おどかすなze★」

僕 「すみません……」

魔理「やっと帰ってきたのか。で、なんだze☆?」

僕 「えっと、なんで人形劇にアリスさんが出て来なかったのかなーって思いまして」

魔理「は? 人形の劇なんだze★? そこにアリスが出て来たら逆に変だze★」

僕 「いや、でも、最後の挨拶(あいさつ)の時も——」

 

 って、ジト目ぇ……。

 

僕 「な、なにか?」

魔理「色々とあんだよ。アリスのことを想うならこれ以上聞くなだze★」

僕 「はい、そうします……ってぼぼぼぼぼくアリスさんのこと想うとかそんな……」

 

 って、またジト目ぇ……。

 

魔理「優希、本当にアリスのこと何とも想ってないのか?」

僕 「そそそそんなことありませんよ。いつも感謝しっぱなしですよ。大の恩人ですよ」

 

 ウソなんてありません。アリスさんは見ず知らずの僕なんかを助けてくれました。その上部屋まで……。なのに僕は迷惑をかけるばかりで、負担をかけるばかりで……。なるべくそうならないようにバイトを始めたけれど、今度はそれが逆にアリスさんに心配をかける事になって……。だから、だから……

 

僕 「いつかちゃんと恩返ししなきゃって、お礼しなきゃって思ってるんですから……」

 

 って、またまたジト目ぇ……。

 

魔理「……だとしたらアリスがかわいそうだな」

僕 「は? ひ? ふ?」

魔理「何でこんなヤツのためにアリスは……」

僕 「へ? ほ?」

魔理「あっ、そうだ。お前さっき危なかったんだze★?」

 

 さっきこころさんが言われてたことですね、分かります。けど魔理沙さん……僕に(いだ)かせたこの疑問の行方はどちらへ? しれっと仕切り直さないでくれませんか?

 

僕 「はい……こころさんからお聞きしてます」

魔理「後でフランのワガママに付き合ってやれよ、一緒に遊びたいって言ってze☆」

僕 「はい……。って、うえええッ?!」

 

 対応方法ってそういう事ー!? フランさんとの遊び……いい思い出が何一つないんですけどー! うらやましい、そこ代われ、そう思う方を緊急募集しますー!!

 そう、あれはフランさんが護衛(ごえい)してくれるようになってから少し経ったある日のことです————————

 

フラ「ゆーきー何かお話ししてよー。フランつまんなーい」

僕 「え゛っ、でも走りながら会話出来るほど余裕はケホッ」

フラ「ならゆっくり歩いて行こうよ」

僕 「けど早く帰らないとアリスさん達がゲホゲホッ」

フラ「ふーん、だったらゆーきが走れて、フランが楽しめる事だったらいい?」

僕 「それはまあ……ゲェッホゲボッ」

フラ「じゃーあ♪」

 

 ————————忘れられません、夢にも出てくるくらいです。その時に見せたフランさんのとびっきりの笑顔が。クスクス笑いながらニヤ〜ッて三日月の形にした口から(のぞ)かせる八重歯(やえば)が。そして、(にぎ)られた血の色に輝く大剣『レーヴァテイン』が。

 

【挿絵表示】

 

 それからですよ、真夜中の魔法の森に豚の鳴き声と倒木音が(ひび)き渡るようになったのは。なのに魔理沙さんときたら「フランのヤツ、ちゃんと力をコントロール出来るようになったんだな」って、僕の心配よりフランさんの成長の方をまるで我が子の様にシミジミ感じてましたし……。

 けどそれをアリスさんが許すはずもなく、レミリアさん伝いに『レーヴァテイン禁止令』が発令されたみたいで、以降はレーヴァテインの「レ」の字も見ていません。勝手気ままなフランさんですが、レミリアさんには頭が上がらないみたいです。

 でも代わりに光の弾が追いかけて来るようになりまして……。そんな深夜の一方的な鬼ごっこが今でも続いているわけです。おかげで巨大な樹木が鬱蒼(うっそう)()(しげ)っている魔法の森には……

 

魔理「うをーイッ!」

僕 「はひぃッ!!?」

魔理「自分から話かけておいて無視するとはいい度胸だze★」

僕 「すすすすみません、悪気はないんです」

魔理「ったく、フランのことはそういうことになってるからな。いいな?!」

僕 「はい……」

魔理「それと、あと少しでアリスがこっちに来るから気の利いた言葉の一つでも用意しておけよ」

 

 魔理沙さん、そいつは()らぬ心配でぃすよ。だって、一つどころじゃあないんでぃすから、山ほどあるんでぃすから! 

 例えば「あんなに素晴らしいものを見たことないです」とか「夢でも復習できるように目と心にしっかりと書き(しる)しました」とか「アリスさんがくれたの魔法の時間を生涯(しょうがい)忘れません、忘れられません、忘れることがきません!」とかとか。特に最後のはバシッと言い切りたいです。いえ、言い切ってみせます!

 ああ、早くアリスさん来ないかなー……っとあのシルエットは?!

 

大鬼「彼女が萃香ちゃんの話してた?」

萃香「そうアイツぅ、私と話そうともしないんだから」

大鬼「えっ、なんで?」

萃香「しらなーい、声かけようとしてもすぐどっか行くんだもん」

大鬼「彼女に何かしたの?」

萃香「なーんも、鬼だから嫌われてるんじゃなーい?」

大鬼「なんだよそれ、無意味に鬼を嫌うなんて……」

萃香「趣味の悪い人形に囲まれてるのが大好きなネクラだから、嫌われていようと別に悔しくもないんだけどねぇ。むしろコッチから願い下げ」

 

 ネクラ? 萃香さんソレ、漢字変換すると『根暗』ってことでよろしいでしょうか?

 

大鬼「あー、なるほどねぇ」

 

 チョーット()ッテ(クダ)サイ! 大鬼さんまで「なるほどねぇ」じゃありませんよ、なに納得されてるんですか! 上海と蓬莱はすごくいい子なんですよ?! なによりアリスさんが根暗なわけないじゃないですか! いつもニコニコ、キラキラ、キュリンキュリンしてるんですよ?! 笑ったときなんて直視できないくらいに(まぶ)しく輝いて、ネコミミカチューシャ付けたときなんて反則的に似合ってて、『ね?』って首を傾けたときなんてすっっっごくカワイイんですから。もうかわいすぎて色々とヤバイですから。それくらいかわいいんですから。もうね、もうかわいいとかそんなレベルじゃないんです。天使。女神。精霊。そんな存在なんです。もうすでに。人間とか妖怪とかそれ以外とかそういう次元を超越(ちょうえつ)しちゃってるんですもん。そんな方が根暗なわけないじゃないですか! そうだサングラス……そのサングラスをしてるからよく見えてないんですよ! サングラス取って見て下さいよ! さあさあさあさあ!! アリスさん以上の女性なんていませんから!! いるわけがありませんから!!!

 許せません、アリスさんの陰口だなんて。それが例え——

 

萃香「大鬼ドードードードーッ」

 

 って、なんか大鬼さんが狂犬(きょうけん)みたいに(うな)り声を上げてこちらを(にら)まれてるんですけど……。萃香さんが取り押さえてなければ、飛びかかって来てたっぽいんですけど……。なんで? もしかして僕、知らず知らず大鬼さんにガン飛ばしてました? OH MY GOD!! あああ謝らないと謝らないと今すぐ謝らないと……。

 

てゐ「キッッッモ! アイツやっぱりキモいウサ」

鈴仙「しーっ! 私だって鳥肌で我慢(がまん)してるんだから」

 

 って、は?

 

チル「ん? さっきの天ぷらの人?」

ルナ「優希さんです〜」

リグ「あの人、酒丸で働いてるらしいよ」

大妖「えっ、ミスチーのライバル店で?」

ルー「そーなのだー」

サニ「少し前まで毎晩スターが道標してあげててさ、今は――」

スタ「ね、ねぇ……、そのフランさんが……」

フラ「フラン、フラン、フラン……。今日一番に壊したくなっちゃったナ゛ーッ!」

 

 って、ひぃいいい!?

 

メイ「くすくす、いけませんよフランお嬢様。はい、いい子いい子」

咲夜「あの包容力(ほうようりょく)、勉強になります。私もいつか!」

レミ「だから言ったでしょ? あの子に適任だって」

 

 って、ふぅー……。

 

パチュ「ふーん、ふーん、ふーん」

慧音「さすがだな、里でも人気なだけはある」

先生「…ふふふ、彼の(うわさ)は酒丸では有名ですからねぇ」

 

 って、へい?

 周りのこのリアクションは何事でぃすか? いったい何なんでぃすか? ディスられて、ぼやかれて、おまけに命狙われて。強く念じていただけのはずなのに……こ、これじゃあまるで……

 

僕 「ま、まま、ままま魔理沙さん……ぼ、ぼぼぼぼ僕……」

魔理「あー……、ze☆」

 

 って、ほぉおおおほほほほほ!?

 OH! MY! GOOOOD!! バカバカバカバカバカバカバカバカ僕の大バカモノーッ。樹海、樹海はどちらですか、今すぐ樹海を……まてまて落ち着け僕、いったん落ち着くんだ、円周率を唱えて落ち着くんだ。

 そうですよ、望みはありますよ、絶望するにはまだ早いですよ。だってアリスさんに聞こえてなければなにも問題ないんですから。例え周りからウジ虫を見るような目で見られようと、キモ男呼ばわりされようと、レーヴァテインを振り回されながら追いかけられようとセフセフセーフなんでぃすから。あーよかった、一時はどうなることかと思いましたよ。

 ん? 上海と蓬莱なになに、どうしたの? 向こう見ろ?

 って、アリスさんが顔隠してうずくまってまするぅうう! 頭から湯気出てまするぅうう! あのリアクション絶対聞こえてまするぅうう!

 いられない……僕はもうこの場にいられない……アリスさんの家にも、この世界にでさえも。樹海……樹海を……樹海を求めて旅立たないと……

 

大鬼「おい、お前」

優希「はひぃいいいッ!」

大鬼「お前こそ目ん玉ひん()いてよく見やがれ! 萃香ちゃんの方が比べものにならないくらいカワイイだろうが! 萃香ちゃんよりイイ女なんてこの世に存在するもんか! 照れたときなんてもっと小さくなって、リンゴみたいに赤くなって尋常じゃなく愛らしいんだぞ! けど、だけじゃない。小さい頃から一緒に遊んでくれて、本気で(しか)ってくれて、(きずな)の大切さを命がけで教えてくれたんだぞ! かと思えば昨夜なんて子供みたいにずっと抱きついて来て——」

萃香「んもぉ、やだあ大鬼ったらぁ♡ ()めすぎだってゔぁ♡」

大鬼「ヴガッ」

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 彼女は驚愕(きょうがく)していた。胸の内を隠す彼、(ども)ってばかりの彼、イライラを(つの)らせる彼。その彼が叫ぶ場合は決まって「ぎゃー」や「うわー」といった悲痛で耳障(みみざわ)りな音声だけだったからだ。

 それがどうだ。今彼女の目に映る彼は、胸の内を(さら)け出して言い放ったのだ。しかも最強の種族である鬼に、よりにもよってその四天王に、現役と候補の両名に対し、果たし状を叩き付けるかの様に。いや、どちらかといえば候補にベクトルを向けて。

 だから彼女は彼に送ったのだ。ずぶ濡れの捨て犬のような瞳を向ける彼に対して。

 

彼女「あー……、ze☆」

 

 ぶっちぎりの笑顔とサムズアップを。

 瞬間、彼はずぶ濡れの捨て犬から薄汚い人形へ。明日への希望を失い、自ら廃棄処分(はいきしょぶん)を願い始める。そして念じ始める。強く、より強く。無意識に発してしまった時と同様に念じ始める。

 「これが夢であって欲しい、幻であって欲しい、(うそ)であって欲しい。それが(かな)わず現実であるならば、誰でもいい。妖怪でも悪魔でも鬼でもいい。どんなに強引で暴力的で力任せの手段でもいい。だからこの状況を変えて欲しい」と。

 そんな彼の念の行方は……。

 

彼女「!!」

 

 彼女の瞳の中にだけ映し出されていた。

 

彼女「全員かまえろー!」

 

 警告を知らされる彼女のサイレンに(あわ)てふためく出す花見会場。特に獣属性の者達にいたっては一際に。兎と黒狼は耳に(せん)を、白狼は先輩(からす)につかまり、地獄鴉は家族の猫を乗せ、幼猫は九尾の(きつね)と共に大主様の能力で。各々が防衛、離脱していく。

 

??「そくせつしゅ~わ~つ~♪」

 

 開演した幻想郷の花見の第三演目、彼の念を受け取り悪夢を打ち(くだ)く者達のグループ名は――

 

??「\ギャーテーッ! ギャーテーッ!/」

 

 『鳥獣伎楽(ちょうじゅうきがく)

 

??「ヒューッ、のってくヨォ」

 

 『with TD』。

 



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六分咲き:霊夢さん、嵐と颪で騒々しいところ申し訳ありませんけど、被害は想像以上のようで僕は…です_※挿絵有

花見のエピソードで初登場となる
東方キャラはそこそこいます。
一度切りになるのか、
今後もガッツリ出て来るのか、
そこはまだ未定ですけどね。
ってことで↓↓↓↓↓↓↓↓



??「フワフワ〜、小鈴が言うのもわかる〜」

小鈴「そーでしょ、そーでしょ。しかもそのお店、外にくつろげる席もあってさー。そこでドーナツ(それ)と一緒にお茶してる時なんてそりゃーもー…そうだ今度一緒に行かない?」

 

 ここは人里のとある由緒(ゆいしょ)正しきお屋敷である。桜が見頃となったこの日ばかりは閉ざされていた門が開放され、多くの客人で(にぎ)わいを見せていた。

 

??「沢山食べて大きくなりましょうね」

??「おーっ、おーきくなるーぞー」

??「争いもない、異変もない、(にく)むべき相手もいない。『和を(もっ)(とうと)しと()す』とは、まさにこのこと」

??「こころもこっちに来ればよかったのにのぉ」

??「地底の友人が珍しく来るんだと。いい加減になるまで来ないだろ」

 

 今はまだ平和そのものである。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 片や昼は寺子屋の生徒、夜は屋台を経営する女将(おかみ)さん。片や命蓮寺で掃き掃除に精魂費やす元気いっぱいな山彦(やまびこ)少女。この接点が無さそうな両名で結成されるロックバンドこそが、

 

ミス「そくせつしゅ〜わ〜つ〜♪」

 

 『鳥獣伎楽(ちょうじゅうきがく)』。

 その音楽性たるや「騒音としか思えないノイズたっぷりの爆音、音程を無視したシャウト系の音楽」と知られ、近隣からの苦情が絶えない迷惑デュオとして名高い。

 そこにこの度、ゲストメンバーが追加された。『何でもリズムに乗らせる程度の能力』の持ち主、TD(サンダードラム)こと堀川(ほりかわ)雷鼓(らいこ)が。

 その結果、音楽性は倍増、迷惑度は自乗。だがそれだけであれば、彼女は冷や汗を流すことはなかった。

 

魔理「全員かまえろー!」

 

 周囲にアラートを発信することもなかった。

 ではなぜか、彼女は(さと)ってしまっていたのだ。満たされてはならない複数の条件が満たされていることに。

 

レミ「咲夜は美鈴を、パチェは魔法で防御壁を。フランは?!」

咲夜「美鈴起きなさい!」

美鈴「れてまへんよー、ひゃんとひてまー……くかぁ」

パチュ「レミィ、詠唱(えいしょう)が間に合わない」

フラ「(ねた)ましい、妬ましい、妬ましいッ」

メイ「そうですね、そうですね。けど今はお耳をふさぎましょうね」

 

 一つ、とある技術者の好意により、ステージに拡声装置が設置されていたこと。

 

神奈「早苗ーッ」

諏訪「バカデカイのが来るよ!」

早苗「あゆみさんも急いで」

あゆ「ん〜? ど〜して〜?」

霊夢「いいから早く!」

 

 一つ、とある技術者の好意により、装置の増幅レベルがMAXだったこと。

 

海斗「マジか!? ミスチーとギャテ子のライブを生で見られるなんて」

妖夢「感動してる場合じゃありませんよ!」

 

 一つ、とある技術者の好意により、この時はミュートにする手筈(てはず)だったこと。

 

蛮奇「ロクロク緊急脱出!」

小傘「もう驚かされるのはイヤー」

リリ「は()でーすよー」

レテ「みんなが聞いてないからって……」

 

 一つ、とある技術者の好意により、パルパルされていたこと。

 

??「あの子ほっといていいの?!」

ヤマ「もう知らない!」

パル「パ~ルパルパルパルパルパルパル♡」

 

 そしてこれらの条件が全て満たされた結果、

 

パル「パルパルパ——」

 

 ここ花見会場には……

 

響子「\ギャーテーッ! ギャーテーッ!/」

 

【挿絵表示】

 

 

 嵐が巻き起こるということに。

 

パル「ルううううぅぅぅぅぁぁぁ。。。……☆」

大鬼「なっ、アイツも大江山颪を?!」

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 博麗神社で発生した嵐、その勢力と被害は局地的に(とど)まらず、

 

小鈴「ビックリしたー、今の音なに?」

??「きっと鳥獣伎楽ね」

 

 ここにもご迷惑をおかけしていた。とりわけ——

 

??「響子のヤローッ。アイツらも一緒に行ったなら、いい加減注意しとけよな」

??「太子様、太子様、返事をして下され太子様あああ!」

??「死んだ? ねえ死んだ?」

??「ざ〜んねん。まだお仲間にはなってくれなさそーよ」

太子「うぐぐ、これしきのことで……取り乱すなど……」

 

 聴力が抜群(ばつぐん)に優れている者にしては、迷惑どころでは済まなかったりする。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 その嵐に(あらが)う者がいた。

 

??「守るんだ……」

雷鼓「最前列を陣取るとは熱心な観客だね。もしかしてファンなのかな?」

 

 その嵐に立ち向かう者がいた。

 

ミス「は〜ら〜♪」

??「萃香ちゃんを守るんだ!」

 

 その嵐に真っ向から勝負を挑む者がいた。

 

??「大江山(おおえやま)——」

響子「\ギャーテーッ!/」

 

 増幅器から生まれる衝撃波と

 

??「(おろし)ッ!」

 

 増幅された力から生まれる衝撃波。それはメカと肉体、アナログとデジタル。正反対の母から産まれた衝撃波は、その瞬間から互いに求めるように引き合い、吸い寄せ合い、やがて出会う。

 

 

 バチコーンッ!

 

 

 それは数奇な運命によって導かれた衝撃的な出会いであり、また新たな命が生み出される瞬間でもある。

 

雷鼓「ヒュー、いいねいいね。それいただき!」

 

 ビートという名の熱き命を。

 

??「萃香ちゃんは傷付けさせネエ!」

萃香「ダーリン……♡」

ミス「は〜ら〜そ〜♪」

大鬼「大江山——」

響子「\ギャーテエエエイッ!!/」

大鬼「颪イイイッ!!」

雷鼓「いまッ!!」

 

 

 バチコーンッ♪

 

 

雷鼓「最っっっ高だよ、最高にロックだよ。フェスはやっぱりこうでないとね!」

??「こんなの音楽じゃないよ〜」

??「姉さんやっぱり鳥獣伎楽とのMIXは考え直そ」

姉 「きゃーっ、キョーちゃーん♡」

 

 おかげでドラマーのハートはMAXにヒート、振るうスティックが走る走る。刻むビートは16ビートから32ビートへ、32ビートからさらに64ビートへ。そしてついには神の領域128ビートまでに。

 

ミス「ぼ〜じ〜そわか〜♪」

響子「\はんにゃ〜しんぎょ〜……/」

 

 だがそんなロックな時間は、

 

てゐ「もう耳栓(みみせん)はいらないウサ」

鈴仙「師匠がくれなかったら気を失ってわ」

影狼「え、今なにか言われました?」

 

 そう長くは続かない。

 

椛 「ありがとうございます、助かりました」

文 「お礼は二ヶ月分になりまーす」

はた「花果子念報(かかしねんぽう)もお願いしまーす」

 

 途端に静まり始めるリズムと柔らかな歌声に(いざな)われ、ケモ耳少女達は警戒を解き、また続々と集いだす。華やかな宴の場へと、自身の観客席へと。この時彼女達はさぞこう思ったことだろう。「ようやく終わった。やっと地獄から解放された」と。

 

お空「うにゅ? さとり様が呼んでる」

お燐「もう大丈夫みたいニャ」

 

 だが彼女達は知らなかった。

 

雷鼓「それじゃ最後に刻んでやりな」

 

 シャウト専門の山彦少女の声量、その領域に足を踏み入れた者がいることを。それがこの日、この場所で初披露(はつひろう)となることを。そのことに一早く気付けたのは、

 

先生「おっと、これはマズイですね」

慧音「まさかミスティア」

チル「げえええッ、やる気だ!」

ルー「そーなのかー?!」

大妖「みなさん気をつけて下さい!」

リグ「もっと耳ふさげーッ!」

 

 共に寺子屋に通う者達のみ。曲は終奏、二度目の警告に疑問を抱く者多数、油断していた者大多数。

 

雷鼓「あんたのビートをッ」

大鬼「なっ?!」

 

 はたして皆が無事でいられるか。その生声(なまごえ)、かつて森をざわつかせ獣を失神させた程度の能力。

 

ミス「イヤァーーーーーーーーーーーッ♪!」

 

 増幅されたらば離れた地でも——

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

??「きゅー…、今度はなんなのー…」

小鈴「あ、阿求ぅ…。あっちに重症者が……」

??「やーらーれーたー」

??「あらら、芳香ちゃんまでバグっちゃった」

??「太子様お気を確かに、太子様? 太子さばああああッ!」

??「お前もいい加減やかましい!」

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

大鬼「あっぶねぇ、きわどかった」

 

 嵐は去った。代わりに上空に流れる風は包み込む様に優しく、それでいて清々(すがすが)しい。その風に()でられる桜の花もまた鮮やかに(いろど)られ、柔らかにかぐわす香りも清々しい。そして視線を地上に向けたらば見えて来る——

 

海斗「うっへぇ、こりゃ大惨事(だいさんじ)だぜ」

妖夢「一応生きて……ますよね?」

 

 (しかばね)絨毯(じゅうたん)死屍累々(ししるいるい)。その姿、敗れた兵士の(ごと)し。その数、ほぼ半数。活気を取り戻した花見会場が一変、見るも無残(むざん)な戦場跡と化していた。だがそれでも、

 

響子「\ミスチーやるぅ/」

ミス「えへへ〜♪」

雷鼓「くーっ、気持ちよかったあ!」

 

 主砲は満足、新兵器は大満足、機関銃は超大満足、メンバーまとめて自己満足。その笑顔に悪意はなく、これもまた実に清々しい。

 

雷鼓「いいねキミ、センスあるよ。どうだい、私とテッペン目指さない?」

大鬼「そりゃどーも、けどお断り」

雷鼓「えー、鬼なのにそこ断る? ノリ悪いなー」

大鬼「種族は関係ないでしょ」

雷鼓「もう、ノリだよノリ。まあ今すぐじゃなくてもいいからさ、気が変わったら連絡してよ。キミならいつでも大歓迎だからさ。はい、これ」

 

 ドラマーから名刺を受け取る彼、守るべくものに背中を映し嵐に対抗し続けていた彼、彼がいなければ被害は計り知れなかっただろう。神社が消しとんでいてもおかしくなかっただろう。大きな功績を上げながらも、誰からも称賛されないその彼に、特別な視線を送る者がいた。それは懸命に守り続けていた彼の恋人——

 

??「どうして……」

 

 ではなかった。彼女はいつかの思い出と酷似(こくじ)する姿と重ね合わせ、締め付けられる胸に(こぶし)(ふた)をしていた。されど、こみ上げるものは(なさ)容赦(ようしゃ)なく()き上がり、(こら)えられなくなり、やがて一滴の(しずく)となり(こぼ)れ落ちた。

 

??「だいき……なの?」

 

 嵐の後に訪れた静寂(せいじゃく)の中に落とされた小さな想いは、辺りに波紋となって広がっていき、ついに彼の下へ。

 背中で波紋を受け取った彼の心臓は、途端に強く大きく打ち鳴らされ「ドクンドクン」から「ドッドッドッドッ」とそのテンポを早めていく。

 目を見開きその場で硬直する彼、いつかの記憶が鮮明に映し出される彼。その彼が今、疑惑を確かめようとゆっくりと視線を――

 

大鬼「え?」

 

 だが次の瞬間、瞳に飛び込んできたものは、彼が求めていたものとは対極的なもの。真夜中に何度も自身の顔を映し、想いを確かめ合った大きな瞳、

 

??「ダメ! 私だけを見て!」

 

 それは他でもない恋人のもの。彼女が胸を(つか)む拳は強く、引き寄せた細い腕は小さく震えていた。

 やがて一帯に響き渡る足音が微風(そよかぜ)にもかき消されるようになった頃、

 

萃香「霊夢、華扇(かせん)は?」

霊夢「行ったわ」

大鬼「萃香ちゃん、自分――」

萃香「……行きな」

 

 止まっていた秒針が再び進み始めるのだった。

 

大鬼「ありがとう!」

 

 走り去る彼を彼女はどんな想いで送り出したのだろう。

 

霊夢「行かせちゃっていいのアレ?」

 

 代表者が(たず)ねるも、彼女は答えない。(だま)ったまま彼の影が消えるまで見つめていた。

 

霊夢「そっか」

 

 ただその表情にはこの日の天気のように一点の(くも)りもなく、それはそれは大層清々しかったそうな。

 と!

 

??「きゃーッ!」

 

 突然の悲鳴に生存者の視線は一点集中、猛集中、「もう今度は何?!」。するとそこには……

 

霊夢「あのバカ……」

萃香「あーあ、ありゃモロにくらったね」

 

 悪夢を(くだ)れた者のなりの果て。その姿、俗称:ヤムチャしやがって。彼が次に目を開けた時、きっと心の底からこう思うことだろう。

 

アリ「優希さーん!」

 

 「覚めなければ良かった」と。

 




217話「Ep.7 東方地霊殿 鬼の祭」の
謎解き(女0の正体)の解答と解説です。



217話では数字が割り振られたモブ女性が登場します。
その数、総勢26名(女0を除く)。
これがポイントです。
【ポイント①:全部で26】

次のポイントは和鬼の兄弟構成です。
和鬼は11名の兄弟であり、
長男の名前は「曾布伊(ゾフィー)」です。
これから連想できるのが「ウルトラマン」、
もしくは「ウルトラ兄弟」です。
このことから
上から5番目になるウルトラマンを調べると、
「ウルトラマンエース」が該当します。
これが女1にあたります。
さらに同様に、
上から4番目になるウルトラマンを調べると、
「ウルトラマンジャック」が該当します。
これが女10にあたります。
【ポイント②:エース=1、ジャック=10】   
   

そして最後のポイントは
女1~26の数字の並びが極端に崩れている場所です。
数字の並びは「11,1,19,5,14」です。
【ポイント③:11,1,19,5,14】



ポイントを整理すると
【ポイント①:全部で26】
【ポイント②:エース=1、ジャック=10】   
【ポイント③:11,1,19,5,14】

と、ここで
エースを《A》、ジャックを《J》と置き換えると、
ポイント②が
【A=1、J=10】   
となり、
ポイント①の示すものが
「アルファベットの総数」となり、
「数字はアルファベットを順に並べた時の番号」と気付けるはずです。
※※※※すぐに「数字=アルファベット」と気付いた方はスゴイ!※※※※
この方式に従ってポイント③をおきかえると、
「11(K),1(A),19(S),5(E),14(N)」つまり、
「KASEN」となり、
女0の正体は【茨木華扇】となるのです。



まあこんなことしなくても、
勘のいい方にはわかってしまうのでしょうね^^;


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七分咲き:さとり様、語られたところ申し訳ありませんけど、スカウトが止まらないようなので交代をお願いしますです_※挿絵有

季節は秋ですね。
秋姉妹の季節ですね。
主はどちらかと言えば穣子派です。


響子「\ギャーッ!/」

 

 ど真ん中・どストレートでしたと。

 

あゆ「かわい〜〜〜〜!ワンちゃんだ〜タレ耳だ〜」

 

 しばらくは解放してもらえないでしょうね。どうも古明地さとりです。

 

私 「さすがヤマメさん、ナイス『キャプチャーウェブ』でした。おかげで私もこいしも、被害者さん達も飛ばされずに済みました」

ヤマ「私は大したことしてないよ。お礼なら大鬼君にしてあげて」

私 「そのボケが華扇さんと——」

ヤマ「まさかだったよね」

私 「先に言っておいて欲しかったですヨネッ。まったく誰のせいで苦労していると思って……自分の立場分かってないんだから!」

 

 今は第四演目の真っ只中、ヴァイオリニストで長女のルナサさん、トランペッターで次女のメルランさん、キーボーディストで三女のリリカさん達『プリズムリバー三姉妹』による演奏中です。この息の合った演奏と絶妙なバランスで調和の取れたメロディに()せられた者は多く、かく言う私もその一人でして、発売されたレコードやアルバムは全て購入しました。中でも『ハートフェルトファンシー』と『少女さとり』という曲がお気に入りでして——

 

??「いいね、いいね。ロックもよかったけどポップも気持ちいいね」

 

 おっと失念しておりました。名脇役(めいわきやく)付喪神(つくもがみ)さんを。TDさん、人形劇の時から演奏しているみたいですが、ロックに限らずクラッシックだろうと、JAZZだろうと、部門を問わずにリズムを合わせてきます。さすがです。おかげで音の幅と質が上がり、聞き手はおろか演奏者のプリズムリバーさん達も楽しんでいるように見受けられます。

 

【挿絵表示】

 

 

こい「お姉ちゃーん、耳がまだキンキンする〜」

私 「大丈夫だと思うけど、一応()てもらう?」

 

 それにしても『鳥獣伎楽』、噂には聞いていましたが、お世辞にも()けたものではありませんでしたね。

 

響子「\たすけてー!/」

 

 ふん、いい気味ですよ。このあり様どうするつもりですか。特設された診療所では永琳(えいりん)さんが緑巫女さんと半人さんの手助けをもらいながら大忙しなのですよ? 特に重傷なのが蓬莱人(ほうらいじん)さん2名、ネズミさんとそのご主人、そしてカッパさん。この5名はパルられて一撃KO。パルったご本人も欲望に目がくらみ、衝撃波直撃で一発退場。門番さんにいたっては引き続き夢の中へ。

 

こい「うん、行ってくる」

ヤマ「じゃあ私が付き添うよ」

 

 そして夜雀(よすずめ)さんの高音シャウトでウサギさんが2名、オオカミさんが2名、新聞記者さんが2名、さらにお空とお燐までが。合計15名が今もなお——

 

ヤマ「彼女との約束もあるしね」

 

 おっとこれまた失念しておりました。

 

永琳「そっちはどう?」

彼女「それがまだ……」

 

 その彼女に付きっきりで看病されている優希さんの存在を。しかし驚かされましたね、まさかあの優希さんが萃香さんとボケを相手に立ち向かうだなんて。発言内容は大幅な減点対象ですが、その行為には目を見張るものがありましたよ。

 

永琳「そう、意識が戻ったら教えてちょうだい」

 

 彼女はいったいどう思っているのでしょうね。今はまだそんな余裕すらなさそうですが、いずれは答えないといけませんよ?

 

彼女「あ、はい……」

 

 人形使いさん。で、

 

藍 「ちぇえええん、これも好きだよね? 食べな食べな」

橙 「もうお腹いっぱいで(しゅ)って……」

 

 あなた方は当然のようにそこに居座(いすわ)るのですね。事が落ち着いたタイミングを見計ってノコノコとやって来て、話しかけて来るわけでもなしに目の前を陣取り、視界を(さえぎ)り、もう充分に鬱陶(うっとお)しいですよ。いくら寛大(かんだい)な私とはいえ限界というものが――

 

??「こちらよろしいでしょうか?」

私 「えっ? ええ、そちらでよろしければ」

 

 この方はどなたでしょう? 私に(この)んで近付くなんて(めずら)しい方ですね。私が覚り妖怪だとご存知ないのでしょうか? 

 

私 「失礼ですがあなたは?」

??「私は寺子屋で講師をしている者です。どうぞよろしく」

 

 なるほど、慧音さんと同じく先生でしたか。それよりもこの方……っと(うわさ)をすれば。

 

慧音「こちらにいらしたんですね。隣、いいですか?」

先生「ええどうぞ」

慧音「では失礼して。あら、やっぱりお酒は飲まれていないんですね」

先生「眠たくなってしまいますからね。でも私のことはお気になさらず。ささ、慧音先生どうぞどうぞ」

 

 なるほど、下戸(げこ)さんでしたか。それもグラス一杯でダウンしてしまう程の。そのクセに飲み屋に出向いてお酒を頼まれて。おまけに飲みもせず他の客にお注ぎしているだけと。とんだお人好しですね。

 

慧音「さっきは大丈夫でしたか? お怪我(けが)はありませんでしたか?」

 

 おや?

 

先生「ええ、ご心配なく。それよりもミスティアさん——」

慧音「まったく……加減を知らないんだから。後で——」

先生「…ふふふ、そうではありませんよ。私は(うれ)しいのです」

慧音「嬉しい?」

先生「ええ、ミスティアさんのアレは成功率が極めて低い。それを本番の大トリ、とても重要な場面で成功させたのですから」

慧音「そう……ですね。そうですよね」

 

 はは〜ん、な〜るほど。

 

慧音「私も嬉しいです」

 

 そういうことでしたか。でも慧音さん、大切なことをお忘れですよ。私は覚り妖怪、そんなに心を無防備に(さら)け出されてしまうと、

 

さと「意見が変わるのがずいぶんとお早いですね」

 

 イジワルしたくなるんですよ。

 

さと「教える立場の方がコロコロと意見を変えて、それで生徒は迷わずにあなたを信頼されるとお考えですか?」

慧音「っ、覚り妖怪……」

先生「覚り妖怪? それは心を読むと言われているあの『覚』ですか?」

 

 そう、私はイジワルな覚り妖怪。心に浮かぶ文字を読むことができる覚り妖怪。友好的だった人間に能力のことを打ち明かすや、気味悪がられて地底へと追いやられた間抜けな覚り妖怪。

 でも、地底の住人はそんな私を受け入れてくれた、親しくしてくれた、ありのままでいいと思わせてくれた。そして嫌われたこの能力を必要としてくれた。

 

さと「ええ、ですから私の前で隠し事は無意味です」

 

 昔みたいになりたくない。冷たい視線を向けられたくない。裏切られたくない。あんな辛い想いはもうたくさん。だから今日、不要心に近付く人間がいたら、私自身が傷付く前にこう言おうと決めていたんです。

 

さと「それがイヤなら私の視界から消えて下さい」

 

 それなのに……優希さんといい、ドスケベといい、この方といい、どうして……

 

先生「…ふふふ、そうでしたか。それは大変貴重な能力ですねぇ」

 

 心から私を必要とされるのですか? 

 

先生「遠慮して発言を(ひか)える生徒の本音を吸い上げ、生徒の授業の理解度を知るのにさぞ重宝するでしょう」

 

 私はイジワルな覚り妖怪、こんなことは初めてです。

 

先生「どうでしょう、寺子屋で講師をして頂けませんか? 古明地さんは知的ですしピッタリですよ。もちろんずっととは言いません、一日限りの特別講師としてどうかご検討下さい」

 

 教師のスカウトだなんて。そりゃボケに教えていた実績はありますよ? その時も能力使って理解を確かめたりもしましたよ? けどボケはボケのクセにヤル気と吸収力がありましたから、手はかかりませんでしたけど、

 

  『せんせー、けーねー』

 

 相手がこの子達ですよ?

 

先生「おや、チルノさんがいませんねぇ」

大妖「チルノちゃんはレティさんに呼ばれて、それで——」

リグ「一緒にあゆみのところに行った」

ルー「そーなのだー」

 

 苦労するのが目に見えてるじゃないですか、重労働じゃないですか、私が地底の長だとご存知じゃないですか。それなのにいったい何を考えて……

 

慧音「あゆみ……里で洋菓子店を始めた少女の名前もたしか——」

先生「それは彼女のことでしょう。小傘さんがお世話になっているそうで、そういえば試食用のケーキの残りを頂いたことがありましたね。キメの細かい生クリームにシットリとしたスポンジ、イチゴの酸味を決して邪魔しない甘さ加減、あれは絶品でしたね。彼女、いいパティシエですよ」

 

 ケーキとスイーツのことだけって……この方は大の甘党のようですね、どうでもいいです。

 

ミス「先生〜♪ 私達の演奏ちゃんと見てくれました〜♪?」

先生「もちろんですよ。いつも以上の美声に、あの響子さんに引けを取らないシャウト、実にお見事でした。ですよね慧音先生?」

慧音「ええ、よくやったなミスティア」

ミス「ありがとうございま〜す♪」

 

 ()めて伸ばすですか、教育方針は把握(はあく)しました。だからここは口を封じておきますが、そこ褒められるところではありませんからね。おかげで私のペット達は気を失ってしまっているのですから。やはりこのような場合は褒めつつもしかるべき教育を……って

 

先生「…ふふふ」

私 「なにか?」

 

 私が物申したそう? ならばその熱意をぜひ寺子屋で?

 

先生「いかがでしょう?」

私 「先読みされるのはキライです」

先生「…ふふふ、それは失礼しました」

 

 この私に読心術で対抗してくるだなんて……この方は油断できませんね、要注意です。その笑顔が警戒(けいかい)心を解くための仮面のようにも思えて来ましたよ。下手にこちらから話しかけるより、(たず)ねられた事だけ答えるようにした方がよさそうですね。それまではアチラの様子を(なが)めていましょう。

 

レテ「あゆみさん紹介するわね、チルノよ」

チル「いよっ、さっきぶり!」

あゆ「さっきぶり〜。チロルちゃんか〜、よろしくね〜」

チル「チロ……お?」

レテ「ふふ、事情は話してあるわ。私がいない間はこの子を頼ってね」

チル「最強のあたいにかかれば『ボーレー』だろうが、お化けだろうが、妖怪だろうが一瞬で凍らせてやる。ドロブネに乗った気でいなよ」

 

 どうやらレティさんとあゆみさんの間には契約(けいやく)のような物が存在するようですね。それを氷の妖精さんに引き継がせようと。ふむ、少し興味がありますね。

 

レテ「『亡霊』じゃなくて『保冷』よ、本当に大丈夫? カエルを凍らせるのとわけが違うのよ?」

チル「お? 凍らせればいいんでしょ?」

レテ「そーねー…、あゆみさん実物持ってない?」

あゆ「ん〜ん、持って来てな〜い」

レテ「心配ねー、やっぱり一度加減を教えておきたいのだけど……」

 

 なるほど保冷剤ですか。そんなもの能力に頼らずとも、冷凍庫に入れてしまえばあっというまに出来上がるというのに、やはり地上の技術は遅れていますね。それなら河童さんに頼んで——

 

??「それなら霊夢が持ってるぜ」

 

 げっ、歩くポルノ同人誌…。ということは……

 

海斗「よっ、チルノにレティー。二人とも俺の嫁に——」

 

 やっぱりですか! あなたのそれでいったいどれだけの方が被害にあったと思っているのですか! 河童さんがパルられなければ、機械を調整して平和に済んだんですよ?! しかもよりにもよって妖夢さんは永琳さんの手伝いに、優希さんにいたっては倒れたまま。ブレーキとなる方が誰もいないじゃないですか! マズイですよ……あんなのを野放しにするなんて。このままでは第二、第三の被害者が……いえ、最悪の場合は幻想郷が未曾有(みぞう)の危機に——

 

あゆ「か、か、か…かっこい〜〜〜〜♡」

海斗「やっぱりか!」

レテ「あのー、例の物を博麗の巫女が持っていると……」

海斗「ああ、霊夢に『ムニムニよこせ』って言えば通じるぜ。あーもう、あゆみんドントタッチミー、プリーズ!」

 

 あゆみさん……ナイスでーす、グッジョブでーす。どうぞそのままお好きなだけハグし続けて下さい。拘束具(こうそくぐ)の様に! 恋する乙女のパワーを「これでもか」と注いで上げて下さい。拷問器具(ごうもんきぐ)の様に! そして二度とそいつを野に放さないでください。鋼鉄(こうてつ)(おり)の様に!

 

あゆ「Noで〜す」

海斗「ノオオオオオオッDEATH……」

 

 皆さん、ご安心下さい。こうして幻想郷の平和はあゆみさんによって守られました。

 ん? 気を取られているうちにずいぶんと周りが(にぎ)やかになりましたね。

 

先生「ではあなた方が。お話はチルノさんから聞いてますよ」

 

 なるほど光の三妖精さん達もこちらに。今は紹介と簡単な挨拶を済ませたところ、といった感じでしょうか。

 

サニ「はあっ?! アイツ私達のことなんか言ってんの?」

先生「たしかー…」

リグ「アホとドジとオマケだってさ」

先生「そうでした、そうでした」

サニ「アホ!?」

ルナチャ「ドジですかー?」

スタ「オマケ……」

 

 はは…、ひどい言われよう。これは完全にバカにされてますね。それに対して三人とも「アイツにだけは言われたくない」と対抗心を燃やされて。

 

リグ「じゃあさ、9×9っていくつ?」

 

 まったく……見るに()えませんよ。

 

サニ「かける?」

ルナチャ「それなんですかー?」

スタ「9が9個ってことでしょ?」

ルー「なのだー」

 

 下手に知識という力を手に入れてしまったが(ゆえ)に、

 

サニ「そんなの知らない」

ルナチャ「えぇっと、9で18で27で36でー」

スタ「9が10個で90なんだから81じゃないの?」

大妖「あっ、早い」

 

 誇示(こじ)したがるだなんて。

 

サニ「別に分からなくたっていいし。どうせアイツだって……」

ルナチャ「72で81……81ですかー?」

ミス「へ〜、やる〜♪」

 

 弱者を見下すことを覚えてしまうだなんて。このような展開になる事を承知の上で、この方は平然と話題をふりました。生徒さん達には「人をバカにしてはいけない」と教えているのにも関わらず。

 

先生「スターさんとルナチャイルドさんお見事です。ちなみにその問題、チルノさんは考えずとも即答できます。今はさらに上級の問題も難なく解けるんですよ?」

サニ「え゛っ、じゃあ私アイツよりも……」

ルナチャ「おバカさんってことですかー?」

スタ「うそうそ、あんなのに!?」

先生「…ふふふ、残念ながらそうなりますねぇ」

 

 まだあおりますか。劣等(れっとう)感、屈辱(くつじょく)感、敗北感。小さな三妖精の中に暗いの文字が()()くされていく。これはさすがに可哀想(かわいそう)です。どうしてそこまで——

 

先生「そこで私から提案です」

 

 えっ、これはつまり…。

 

??「やめてくだ(しゃ)い!!」

 

 今度はそちらですか。まあ、そろそろ頃合(ころあ)いのような気もしていましたよ。ずっと我慢(がまん)して、辛抱(しんぼう)して、重くのしかかる愛情表現に()えていたのですから。

 

??「いつまでも子供(あつか)いしないで下(しゃ)い!」

 

 ね、子猫ちゃん。

 

藍 「そんなー、頭ナデナデくらいさせてよー」

先生「どうかされました?」

藍 「お騒がせしてすみません。お(しゃく)をしてくれたので褒めてあげようとしたら……」

橙 「褒めて欲しくてやってるんじゃいりま(しぇ)ん。これは……(しょ)うで(しゅ)、社交辞令なんで(しゅ)

先生「…ふふふ、社交辞令ですか。失礼ですがお二人はどういったご関係で?」

 

 目の前で始まる初対面同士の形式的な挨拶と、当たり(さわ)りのない薄っぺらな会話。馴染(なじ)みの者しか集まらない例年の花見からすれば、この光景は極めて珍しい。それが今年はいたるところで見られる。そうこう考えている私も招待されたのは数年ぶり。それこそ()()()()の後に開かれた宴会以来です。

 

先生「なるほど、主と式神である以前に強い(きずな)で結ばれたご関係だと」

 

 どうして? どうして今になって地底にも招待状が……しかも主催者(しゅさいしゃ)は姿をくらませたままの幻想郷の創設者(そうせつしゃ)、八雲紫さん。

 

橙 「ただの主従関係(しゅじゅうかんけい)(しゅ)!」

 

 なぜ? なぜそんな方が私を見るなりあゆみさんを(おそ)った? 外来人らしいですが、それは優希さんも『歩くポルノ同人誌』も同じ。でもあの二人には一切手を出していない。あゆみさんにいったい何が?

 

先生「…ふふふ、これは思春期と見て間違いないでしょう」

 

 そういえばあゆみさん、能力が開花したと言われていましたね。それと何か関係が……まさかその能力を(うば)おうと? けどそんなこと可能なの? それとも―― 

 

藍 「やっぱりそう思いますか?」

 

 あゆみさんのトラウマを探った時に見たあの文字、私はそれを以前にも見たことがある。忘れもしない、あれはボケがボケっ子だった頃、私がボケっ子と初めて会った時に見たものと同じ。地底異変では「知らない」と言われ、今日になって明らかな反応を示したあの『四つの文字』。

 

藍 「参考になればと様々な書物を読んではみましたけど、どれもピンと来るものがなくて」

 

 なんで? なんであゆみさんとボケっ子の中に同じ文字が? 単なる偶然? もしそうでないとしたら…。ボケ、あなたいったい――

 

藍 「もうどうすればいいのか……」

 

 分からないことが多すぎる。情報が少なさすぎる。何か手掛(てが)かりが欲しい。けど式神さんとその式神ちゃんではダメ、ヒントになりそうな文字がなかった。つまり彼女達は何も知らされていない。理由も分からないまま、主人の意のままに動いているだけにすぎない。まるで糸でつながれた人形のように。

 

先生「でしたら丁度よかったです」

 

 他に可能性があるとすれば、八雲紫さんと古くからの友人であり、共に姿を消した白玉楼の当主、西行寺幽々子さん。あの方であればきっと何か知っているはず。次に再び現れた時、その時こそ……

 

先生「サニーさん、ルナさん、スターさん、そして橙さん。私達と寺子屋で学びませんか?」

 

 おっとついに来ましたね、本題が。いい反応ですね、あまりに唐突(とうとつ)な提案に言葉が出ませんか。

 

先生「体験入学とは言わず、正規の生徒としてです。時期的に丁度いいですからね」

橙 「紫(しゃま)と藍(しゃま)と離れてお勉強……」

藍 「橙にその必要ありません! 私がしっかり教育していますので。残念ですがそのお話はお断りさせて——」

先生「寺子屋は何も勉学だけをする場ではありませんよ。仲間と同じ時間を共にする事に意味があるのです」

藍 「例えそうだとしても橙には——」

先生「寺子屋での出来事を聞いてあげるだけでも、お二人の会話が弾むことは間違いないと思いますよ?」

藍 「し、しかし……」

先生「それに、工作や調理実習やお裁縫(さいほう)の授業もやるんですよ」

藍 「だからなんですか?」

 

 心の()らぎが口調になって出始めましたね。けど式神さんの想いは強い。式神ちゃんと離れることに強い抵抗がある。見上げた親バカ根性ですよ。これはなにか決定的で重い一打でもない限り崩れることは——

 

藍 「ちぇええええええええええええん!」

 

 って、なにいきなり鼻血噴射されているんですか! なにいきなり崩れているんですか! 

 

先生「悪い話ではないでしょう?」

私 「あの、耳打ちでいったい何を?」

先生「それはですね」

 

 「授業で作った作品を橙さんからプレゼントされると考えたらどうですか?」と尋ねただけ? だけとは言いますが、それが彼女にとってどれだけヘビーだか分かって言われてますよね? この方、やはり要注意です。それと私が読んでいることを前提(ぜんてい)で、心で語りかけて来るのをやめて頂けませんか? 手のひらで(おど)らされているようで不快です。

 

藍 「橙、寺子屋に通いなさい!」

橙 「でも紫様が…、それに能力の修行も……」

藍 「紫様は私が説得する。修行は……」

先生「そこはお任せ下さい、既にカリキュラムを組んでおりますし、とても優秀な体育教師が指導してくれます。実績は折り紙付きですよ。ね、みなさん?」

  『えーっと、まあ……』

藍 「橙!」

橙 「私、寺子屋に通いま(しゅ)

 

 けど、もう手遅れだったのでしょうね。

 

先生「さてお三方の返事がまだでしたね。どうされますか?」

サニ「バカにバカにされっぱなしなのはイヤ!」

ルナチャ「下克上(げこくじょう)ですー」

スタ「すぐに見返してやるんだから!」

 

 私達はすでにこの方の思惑にハマっていたみたいですし、そのつもりでこちらに来たみたいですから。

 

先生「…ふふふ、四名の入学生、決定ですね」

慧音「それじゃあ……」

 

 春、それは新たな出会いの季節。新たな一歩を踏み出す季節。

 

先生「慧音先生、阿求さんにお伝えください。生徒の人数に変更はありませんと」

 

 そして旅立ちと別れの季節です。

 

私 「卒業生ですか」

先生「ええ、親御さんのご都合もありましたね。今年になって一斉に四名の生徒が。(さび)しくなってしまいますからね」

 

 私はイジワルな覚り妖怪、

 

私 「慧音さんが、ですか?」

先生「私もです」

 

 こんなことは初めてです。

 

私 「ところで先生、いつから寺子屋に? その前はなにを?」

先生「五年程前からです。それ以前のことは覚えていないんですよ。いやはやお恥ずかしい」

 

 歴史がない方だなんて。

 

私 「そうですか、変わってますね」

 

 ですよね、白沢(はくたく)先生?

 

 



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八分咲き:アリスさん、現実に戻ってしまったところ申し訳ありませんけど、僕は伝えたいことがあるんです。

 静かに時を過ごす冷たい光景、今となっては(なつ)かしささえ覚えてしまうこの光景、ここは……電車? 僕がいつも乗っていた電車の中だよね?

 なんで? だって僕はさっきまで幻想郷にいて、博麗神社にいて、花見をしていて……

 ん? 隣の席で腕を組んで寝息を立てているのは……やっぱり海斗君だ。この風景……知ってる、覚えてる。これじゃあまるで僕が幻想郷に行った日じゃあないですか。電気とアニメの街に行った帰りじゃあないですか。なんで?

 ん? 正面の席でウトウトしている女子高生、何処かで見たことがあるような、ないような、あったような。もしかして……あゆみさん? そうだよ、あゆみさんだよ。じゃあ僕達元の世界に戻って来たってこと?

 んなわけないですよね。夢だったんですよね。全部僕の妄想(もうそう)だったんですよね。魔法使いとか妖怪とか鬼とかそんな非科学的な存在がいるはずないですもん。ゲームの世界が実在するはずがないですもん。あんな夢を見るなんて海斗君の影響受けすぎですね。すっかり毒されてますね。

 でもそうなると明日も明後日(あさって)明々後日(しあさって)も、引き続き学校に行かないとなんですね……イヤだな。きっとまたあの三人に何か言われるんだろうな。誰も助けてくれないんだろうな。みんなして困る僕を見て、ガクブルする僕を指差して笑うんだろうな…。

 外、暗くなってる。最寄りの駅までまだあるし、また夢でもみていようかな。今度は綺麗(きれい)な天使さんが出てきてくれたらいいな。それでくすぐり合ってアハハのイヒヒのウフフのエヘヘのオホホのホ——

 って、体が軽い。なんで? 僕、浮いてる。なんで? それに周りの景色がひしゃげて崩れていく。なんで? このままだと僕……おおお落ちるぅうううう。

 

 

ビクゥッ!

 

 

 って、あれ? 落ちたと思ったのに……全然痛くない。というか柔らかい、特に頭の下が。まるでビーズクッションに頭を置いた時みたいに、そっと包み込まれているようで。おまけにいい香りです。心が安らぐ花の香りがします。なんだか分からないけど、きっとコレが僕を受け止めてくれたんですね。

 え、誰? 誰ですか? 今僕を呼んだのは誰なんですか?

 

僕 「あぁ……」

 

 精霊さんでする……いや、天使さんでする……青い瞳で金髪の綺麗な天使さんがおられまする。よかった、希望通りの夢が見れそうで。このまま、どうかこのまま——

 

僕 「って、アリスさん?!」

 

 待て待て待て、なんでなんでなんで? なんでまた見覚えのあるアリスさんが夢に出て来ちゃってるんですか? いや、(うれ)しいですよ? 嬉しいは嬉しいんですけども——

 

??「具合はどう?」

 

 白髪のこの方は…。記憶違いでなければ永琳さんですよね? おまけに……

 

??「やっとお目覚めか、もうとっくにみんな起きてるze☆」

 

 この独特な語尾にイタズラな口調、お姿は確認出来ませんけどTHE・魔法使い的な服装の魔理沙さんですよね? ということはやっぱり夢の続きということですか?!

 

永琳「ちょっと()せてね」

 

 胸に当てられる聴診器(ちょうしんき)の先端が冷たいです。前髪に吹きかかる吐息(といき)がくすぐったいです。永琳さんの指先から(かお)る消毒液が刺激的(しげきてき)です。そうなんです、五感が現在進行形で活動しているんです。つまり、つまりですよ? これはつまり……

 

魔理「念のため言っとくけどな、こっちが現実なんだze☆」

 

 ですよねー、あっちが夢でこっちが夢じゃなかったってことですよねー。夢じゃなくて夢じゃなかったってことですよねー。

 

永琳「問題なさそうね。頭痛や目眩(めまい)の自覚症状はある?」

僕 「ぃぃぇ、なななないです」

 

 それよりさっきからずっっっと気になってるんですけど、今僕どうなってます? 仰向(あおむ)けで寝かせられているのは分かります、天井が見えていますから。でも……でもですよ?

 

アリ「気分がすぐれなかったら言って下さいね」

 

 アアアリスさんのおおおお顔がここここんなに、こんなに近くにあられるのは何故なんですか?! しかも逆さまで、(のぞ)()むような感じで。これじゃあまるで……もしかして頭の下の柔らかい感覚って……まままさか、こここれって、ひひひひざマク——

 

僕 「ギャーッイタいイタいイタい!」

 

 なんか髪の毛を雑草の(ごと)くむしられてるんですけど! ハゲるんですけど!! なんでなんで?! 

 

アリ「こら蓬莱(ほうらい)よしなさい!」

 

 馴染(なじ)みのある名前に、恐る恐る首を頭上のアリスさんへ向けてみると、そこにはフリル付きスカートに(おお)われたお(ひざ)……の前に蓬莱があくどい笑顔でいらっしゃいました。「何を期待してんだ? させねーよ」って声にせずとも伝わって来ます。はは…、ですよねー。

 

蓬莱「ホラホラホラーッ!」

僕 「分かったってば、ごめんってば、すぐどくってば」

 

 またむしり取りに来たから飛び起きてみればやっぱりでした。そこには大の字で横になっている蓬莱が。でもその小さな体の中央からつま先にかけてベコリと(しず)んでいて、なんとも痛々(いたいた)しい姿なんです。これ、あそこに僕の頭があったって事ですよね? 僕が蓬莱を(つぶ)しちゃったってことですよね?!

 

僕 「ごめんね、重かったよね、(こわ)れてない?」

アリ「くすくす、平気ですよ。空気を入れたら元通りになりますから。蓬莱、優希さんがここに運ばれた時に率先(そっせん)してマクラになってくれたんですよ。ね?」

僕 「そうだったんですか、蓬莱ありがとう」

蓬莱「ホライッ!」

アリ「もー…、今のは気にしないで下さいね。『気まぐれだ』とか言ってましたけど、本当はそうではなくて——」

 

 アリスさん、みなまで言わなくてもノープロブレムです。人差し指をビシッと()き付けるあの仕草(しぐさ)、おまけに(ほほ)を赤くして逃げ去る素振(そぶ)り。それはもう絵に描いたような「勘違(かんちが)いしないでよねッ!」ですから。

 

僕 「あ、はい。大丈夫です」

 

 あと蓬莱が口が悪くても根は思いやりのある子だってこと、充分知ってますから。蓬莱だけじゃなくて上海(しゃんはい)もいい子だって……いい子? なんだろこの奇妙な記憶の突っかかり。思い出せそうでいて、思い出せなさそうで、思い出しちゃいけないような。例えるなら『絶対に()れるな!』って書かれた危険物を見つけてしまったような……

 

魔理「おい優希、もういいから続き早くだze☆」

 

 何がでしょうか? 続きとは何のことでしょうか? キラッキラッにお目々を光らせて、白い歯を(のぞ)かせて、その笑顔の裏で何を(たくら)んでいるのでしょうか? 

 分かりません、この熱い眼差(まなざ)しに(こた)えられそうにありません。ジト目でガン見されてるてゐさん、どうか教えてく——

 

てゐ「まさか覚えてないウサ? ネコミミがどーとか、存在があーだとか大声で()かしてたウサ」

 

 だああああさいッッッあく、最悪です、コンチクショーです。バカバカバカバカバカあああッ! 魔理沙さんにてゐさん、何てことをしてくれやがったんですか! 忘れていたのに、このまま流れに(まか)せていれば無かった事に出来たのに、せっかく記憶の奥底へ沈める事ができたのに。なんでわざわざサルベージされるんですか! 

 

てゐ「おまけにキュリンキュリン? 気持ち悪いウサ」

 

 ぬおおおぉ……もうガッツリ思い出してますってば、これ以上傷口を広げないで下さいってば。オワタ…、もうオワタ…、こんな事になるなら目を覚ますんじゃなかった。そのまま朝まで寝ていれば……ううん、もういっそのこと永遠(とわ)の眠りに()けていれば……

 

魔理「んでな、アリスがなんかあるんだってよ」

 

 マズイ、それ絶対マズイやつです。アリスさん怒ってるんです。()ずかしい思いをさせてしまったことに苦情を言いたいに違いないんです。

 

アリ「わたしはなにも……」

魔理「前々から言ってるけどなー、思ってることは口にしないと伝わらないんだze★? 特に優希みたいなヤツにはな」

 

 だとしたらこうしてはいられません。ちゃんと正座して、反省の姿勢を見せて、それで深く深ーーーっく頭を下げて心からの謝罪を——

 

僕 「ふぇい?!」

 

 き、きた。謝らなきゃいけないって分かっているのに、いざその時が来ると全身が(ちぢ)こまって声に出せない。(こわ)くて、申し訳なくて全身が(ふる)えてくる。それが他でもないアリスさんだから、お世話になってるアリスさんだから余計に。

 ホント僕、なにやってるんだろ。ダメダメだ。人に迷惑をかけることしかできないんですから。アリスさんごめんなさい。ホントにごめんなさい。毎度毎度、いつもいつも本当に——

 

僕 「へ?」

 

 気のせいでしょうか? 空耳でしょうか? 幻聴(げんちょう)でしょうか? 今アリスさん…。

 って、なんで僕が感謝されてるんですか? ということはですよ? やっぱりさっきのは聞き間違いとかじゃなくて「うれしかった」って言われたんですか?!

 何がでぃすか? キュリンキュリンがでぃすか? ネコミミがでぃすか? それとも——

 上海と蓬莱のこと? あっ、はい。そのように言ったと思います。

 

僕 「いえいえそんなそんな、僕は事実を話しただけで……」

 

 ですよねー。ぐらいですもんねー。僕が感謝されるようなことをしたのって。考えるまでもないですよねー…。けど助かりました。他については話題に出していませんし、もしかしたら特に気にされてはいない——

 

僕 「え゛ッ?!」

 

 で・す・よ・ね。そんなはずがありませんよね。歯切れが悪い言い方でしたけど「アレはどういうこと?」ってことですよね? どうしよう…。ウソを()いて否定すれば、アリスさんを悲しませてしまうに決まってます。けど、本当のことを言えば……言ってしまったらきっと……きっとなくなる。

 

僕 「そ、それは……」

 

 「おはよう」を言うことも、「いってきます」を言うことも、「ただいま」を言うこともなくなる。やる気を出させてくれる「いってらっしゃい」だって、疲れを吹き飛ばしてくれる「おかえりなさい」だって、明日を楽しみにさせてくれる「おやすみなさい」だってなくなる。

 

僕 「つ、つまり……」

 

 アリスさんがいて、蓬莱と上海がいて、魔理沙さんがいて。僕のつまらない話を聞いてくれて、笑い話に変えてくれて、それでみんなが笑顔になって。そんな楽しくて温かくて心安らぐ場所が、ありのままでいいって思わせてくれる場所が、僕がいてもいいって思わせてくれた場所がなくなる。なくなっちゃうんだ。本当のことを伝えただけで、その一瞬で何もかも消えてなくなるんだ。

 

僕 「ィャ……」

 

 イヤだ、イヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだ。そんなの絶対にイヤだ。だったら伝わらなくていい、これ以上の幸せなんて望まない、僕は今のままが——

 

アリ「違うんですよね?」

 

 そうなんです。そんなつもりじゃなかったんです。僕は萃香さんと大鬼さんを注意しようとしただけであって——

 

アリ「そんなつもりでは無かったんですよね? 注意しようとしただけなんですよね? 平気ですよ、全部分かってますから」

 

 僕は

 

アリ「だからアレは違うんですよね? 本心ではないんですよね? だって私……」

 

 最低だ。

 

アリ「違うから。そんなんじゃないから……」

 

 自分のことしか考えられない最低のクズだ。

 

アリ「(まぶ)しくなんて、(かがや)いてなんて……」

 

 守るって言った。守ってみせるって(ちか)った。何を? 誰を?

 

アリ「かわいくなんて……」

 

 僕をじゃないでしょ? 僕が守りたかったのは……

 

アリ「萃香が言った通り私は……」

 

 スカートを握りしめる拳に視線を落とす——

 

僕 「アリスさん!」

 

 彼女の笑顔だったんじゃないの? なにやってんの?

 

僕 「そんことないです。アリスさんはカワイイですッ。笑った時なんて特に! すごく! 本当に! それに……だって、だって!」

 

 胃酸、グルグルです。血流、エゲツないです。心臓、爆発寸前です。ちゃんと言いたいのに、ちゃんと伝えたいのに、アリスさんに自信を持って欲しいのに、僕ときたらダメダメでヘタレで豆腐メンタルなもんで、

 

僕 「ぼぼぼきゅぼぼぼごふはぼくは!」

 

 結果案の定こんなんですから…。だから叫び続けます。彼女に届くまで。何度も何度もぶつかって——

 

??「ピーンポーンパーンポーン」

僕 「って、へ?」

 

 この音というか声って……

 

??「えー、会場の皆様にお知らせでーす」

 

 海斗君だよね? この聞き慣れた軽い口調、絶対にそうだよね? まさにのタイミングで何? おかげでなんか色々と(くず)れてくれたよ!

 

??「これより魂魄妖夢(こんぱくようむ)と海斗氏によるショーを開催(かいさい)致します。どうぞステージにご注目くださーい」

 

 そんでまた何やろうとしてんの!? 霊夢さんとの時もそうだったけど、今日どんだけ仕込んで来てるの? 

 

海斗「業務連絡ぅ、業務連絡ぅ〜。みょーん、打ち合わせすっからステージ裏に来て欲しいぜ」

 

 あ、コレは思い付きだったぽい。あと海斗君、妖夢さんにその呼び方は……ほら怒られた。でもさ、なんかさ、崩してくれたおかげでさ——

 

僕 「アリスさん」

 

 ベストコンディションで言えそうだよ。

 

僕 「僕はさっきの人形劇に感動しました。あんなに素晴らしいものを見たことないです。夢でも復習できるように目と心にしっかりと書き記しました。アリスさんがくれた魔法の時間を生涯(しょうがい)忘れません、忘れられません、忘れることができません」

 

 海斗君、言えたよ。()まることなく全部言い切れたよ。ありがとう。

 それはそれとして、周囲からドッと上がった深いため息は何? というかいつの間にこんなに集まってたの?! もしかしてずっと見られてました?!

 

アリ「よかったー…」

僕 「よかった?」

アリ「え? えっと、実はさっきの人形劇で失敗を……人形の配置が1cmズレちゃって……」

 

 アリスさん、それ失敗って言いません。誤差です。

 

アリ「いつもはこんなことないのに…。優希さんに見せる初めての人形劇だったから落ち込んでいたんです。(はげ)ましてくれてありがとうございます」

僕 「励ましなんかではないですよ。心からそう思ったんですよ。すごいって感動が止まらなかったんですよ」

アリ「そんなそんな、それは言い過ぎですって」

僕 「いえいえ、ホントにホントに」

アリ「優希さんは優しいですね」

僕 「いや、あの、そんなことは……」

アリ「その優しさが心地良くて、安心できて、つい甘えてしまいます」

僕 「あ、はい。ありがとうございます」

アリ「少し謙虚(けんきょ)すぎる気もしますけどね」

僕 「ゔっ……」

 

 この日が終わる頃、何かが変わってる。そんな気がします。それで……

 

僕 「じゃあ一つわがままを聞いてくれますか?」

 

 この日が終わって朝を迎えた頃、僕はまた新たな一歩を()み出すんだと思います。だって——

 

僕 「アリスさんの隣で海斗君のショーを見たいです」

 

 だって……

 

てゐ「何これウサ」

魔理「いいんだよコレで。あの二人にしてはよくやった方だze☆」

てゐ「キモ男のこと、ずいぶんと知ったような口ぶりウサね」

魔理「まあな、同じ(かま)の飯食ってる仲だからな」

てゐ「ふーん、だったら面倒なことにならなければいいウサけどね」

魔理「ze★?」

てゐ「まっ、それでも私には関係のない話ウサ」

魔理「あ、おい」

てゐ「また面白いものがあったら呼ぶウサ」

魔理「なんだよ、てゐのヤツ」

 



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九分咲き:妖夢さん、お付き合い頂いたところ申し訳ありませんけど、苦手を克服する前にどうにかなりそうです。

 アリスさんは僕の今世紀最大のわがままを笑顔で聞き入れてくれました。

 

妖夢「上段の構え」

 

 それからアリスさんと並んで歩き始めて間もなく、突如(とつじょ)尾骨(びこつ)激痛(げきつう)が走ったんです。(あわ)てて()り向くとそこには……片足を上げて立っておられる魔理沙さんが。薄々「じゃないか」って予想していましたから、「ほらやっぱりね」くらいにしか思わなかったんですけど、不可解(ふかかい)なことにそれだけだったんです。何か言われるわけでもなく、そのままイタズラに笑いながらスタスタ先に行っちゃったんです。

 

妖夢「上下素振(すぶ)り、始めッ」

 

 そんな魔理沙さんの後を追うようにして戻ってみると、顔が少し赤くなったレミリアさんがエレガントに(むか)えてくれました。「もうお身体はよくて?」って。咲夜さんもメイドさんもフランさんも心配してくれていたみたいで、特にフランさんからは「フランが(こわ)す前に壊れちゃダメだからね」って念を押されました。『壊す』とか言われましたけど、それが本気じゃないってことくらい知ってます。フランさんなりの軽いジョークなんです、きっと。それよりも僕、フランさんの私物になりかけてる気がしてまして、そっちの方が心配です。

 

妖夢「一つ、二つ、三つ——」

 

 でもみんながみんな心配してくれていたわけではなくて、パチュリーさんは無言で読書をされていましたし、美鈴さんにいたってはグーグーと…。「毎日の門番でお疲れなのかな?」と思ったんですけど、話を聞いてみるとそれがデフォルトなんだとか。起きている時間よりも眠っている時間の方が長いらしいです。しかもそれをいい事に、ここぞと不法侵入(ふほうしんにゅう)(はか)不届(ふとど)き者がいるそうで、こっそり紅魔館に忍び込んではパチュリーさんの貴重な本を無断で()()()()()()()のだとか。

 

妖夢「ヤメッ!」

 

 それが誰かまでは教えてくれませんでしたけど、目星は付いてます。片付けに行った時のこととか、初めて美鈴さんと会ったときのこととか、何よりレミリアさんと咲夜さんの冷たい視線が全てを物語っていました。

 

妖夢「早素振り、始めッ」

 

 その泥棒(どろぼう)さんが、僕が気を失ってる間の出来事を教えてくれました。あの後、プリズムリバー姉妹さん達が演奏をされていたそうです。僕も()いてみたかったです。だからリクエストをお願いしようと思ったんですけど、今日は(あきら)めるしかなさそうです。なぜかって? それは……

 

リリ「ふんっ」

メル「ふーんっ」

ルナ「ふーんだっ」

 

 ただいま姉妹ケンカ中なんですもん。互いに背中向けて意地の張り合いをしてるんですもん。第三者が立ち入るスキがないんですもん。

 話によると演奏の最中にハプニングがあったそうで、リリカさんが指を(すべ)らせて誤った鍵盤(けんばん)を押してしまったのだとか。それだけならまだしも、メルランさんのトランペットから音が出なくなったり、ルナサさんが()くバイオリンから身の毛もよだつ異音が放たれたそうな…。

 そういった経緯もありまして、いまだにギスギスした感じなんだとか。

 

妖夢「()めッ」

 

 そんな重い空気を()ち切ろうとしてなのか、急遽(きゅうきょ)始まったのが第五演目、飛び入り参加の海斗君と妖夢さんによる『剣道』です。とはいっても試合のように戦うことはしません。こちらを正面に二人並んで妖夢さんは長い刀を、海斗君は短い刀を(にぎ)って()け声と共に素振りを披露(ひろう)してくれています。だってアレ真剣ですから、危ないですから、下手したら大ケガどころじゃ済みませんから。だからか海斗君の表情も(めずら)しく真剣です。……ごめんなさい、でも冗談(じょうだん)抜きに真剣(マジ)なんです。

 

妖夢「以上、礼ッ!」

 

 あ、終わっちゃった。海斗君が上手いのかは分からなかったけど、これだけはハッキリしてます。妖夢さんハンパねぇです。ただの素振りのはずなのに見惚(みと)れてしまいました。姿勢を(りん)と正していて、太刀筋(たちすじ)が直線を描いていて、スパッスパッと空気を一刀両断していたんです。きっと剣道の有段者なんだと思います。

 

海斗「では最後に皆様、ご唱和(しょうわ)下さい」

妖夢「?」

 

 そして今現在の僕のご報告させて頂きます。はい、失敗しました。痛恨(つうこん)の大失敗をしでかしました。確かに僕はアリスさんに言いました「(となり)で」って。でも僕、すみっこ族なもんで…、元々の席がそこだったもんで…、それでアリスさんがお隣なもんで…、つまり何が言いたいかというと……

 

海斗「妖怪が(きた)えたこの楼観剣(ろうかんけん)に〜」

妖夢「!」

 

 ステージは左、アリスさんが右なもんで、海斗君達を見ながらではアリスさんを(おが)めねぇんです。これじゃあ思わず目が合って「あっ…///」とか()ずかしがるとも出来ねぇんです。完全にしでかしました。こんな事なら「隣で」とは言わず、「正面で」と言うべきでした。でもでも「正面でご一緒したいです」なんて不自然ですし、うーん…。

 

海斗「()れぬものなど〜」

 

 で、さっきから海斗君なにを(さけ)んでるの? 終わったんじゃなかったの? って、妖夢さんの顔が怖いんですけどーッ! ザックザック海斗君にメンチ切っておりまするー!

 

  『斬れぬものなど〜?』

 

 今度は魔理沙さんと霊夢さんまでですか?! そいつはマズイですって、ターゲットがこっちに……っていったそばからー!

 

プリ『斬れぬものなど〜?』

 

 おまけにプリズムリバーご姉妹さんまで!? 喧嘩(けんか)されてたんじゃなかったんですか?

 

  『斬れぬものなど〜?』

 

 ついにはみなさんもですか!? なんなのこの奇妙(きみょう)な一体感…。

 

 

妖夢「……ぁ」

 

 ヤバイってヤバイってヤバイって。妖夢さんがワナワナしてまする、目が血走ってまする。振りかざした刀より(するど)い視線が狩人(かりゅうど)のそれでする。今すぐに止めないと大噴火(だいふんか)して、そこら一体に生温かいマグマのしぶきが——

 

妖夢「あんまり無い!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんか……静かです。

 よく分からなかったけど……静かです。

 でも一つ分かることがあります……静かです。

 妖夢さんが決め台詞(ぜりふ)的なものを発した途端(とたん)静寂(せいじゃく)(つつ)まれました。あ、妖夢さんがorzに…。結局これ何だったの? 海斗君、僕分からないから後で教えてね。だから——

 

海斗「どーもあざしたー」

妖夢「カ・イ・ト・サ・ン?」

海斗「おう?」

妖夢「初めからこれが(ねら)いだったんですね!」

 

 だから今は逃げてー、すっごい逃げてー、全速力でめっちゃ逃げてー。

 

妖夢「今日という今日は許しません!!」

海斗「ヤッバ、逃げるが勝ちだぜ!」

 

 さあ始まりました海斗選手と妖夢選手の鬼ごっこ。レースは最初からクライマックスです。舞台を飛び出してスタートダッシュを決める海斗選手、そのまま速度を落とすことなく神社の裏へと続く第一コーナーを華麗(かれい)なコーナリングで…、

 

にと「やっといなくなった」

妹紅「やっちまえ、ざまーみろだ!」

ナズ「ふっ、いい気味」

輝夜「派手に血肉をばらまいて不様(ぶざま)に散りなさい」

星 「あなたのことは忘れません、南無三(なむさん)

 

 おっとここで妖夢選手が(もう)スピードで追い上げて来ました。でも海斗選手の姿はもう見えません。火花を散らす壮絶(そうぜつ)なレースの行方は神社の裏側へと持ち越され……

 

妖夢「『断命剣(だんめいけん)冥想斬(めいそうざん)』!!」

 

 クラッシュぅううう!? 

 でもきっと海斗君の事だからコレも打ち合わせ通りなんだろうけどね。妖夢さん、迫真(はくしん)の名演技でした。お疲れさまでした。

 そして海斗君はやっぱりすごいです。尊敬しちゃいます。だって本日一番の笑い声が上がっているんですから。あのプリズムリバーご姉妹さん達なんて、あんなにツンケンしていたのに、顔すら合わせていなかったのに、すっかり笑顔を交わしているんですから。僕にはとてもとても…。

 そんな海斗君のことがかなりお気に召したのでしょうか? 先程から「あひゃひゃひゃ」と爆笑されている方がいるようで…、すぐそこに気配を感じるわけで…、ただそれが誰だか分からなくて…。でもなんとなーく気が付いてしまっているわけでして…、なるべーく気付いていないようにしているわけでして…、どうか声がかからないようにと祈っているわけでして……

 

??「よー、目が覚めたって聞いてねぇ。アンタに話があんよ」

 

 来ちゃったー、来られちゃったー、(まい)られちゃったー。「今会ったら気不味(きまず)いお方ランキング」堂々の第一位の萃香さんが。話があるって言われてますけど、何のことだか簡単に予測できます。だってそれ以外に萃香さんを怒らせることなんて思い当たりませんから。キュリンキュリンの件で僕は鬼を怒らせたんだああああッ。

 

僕 「ささささっきはすすす——」

萃香「(だま)りなッ」

 

 むぐぅ…、()っぺた(つぶ)れるぅ…、歯が吹き飛ぶぅ…、(あご)が砕けるぅ…。片手で口を(ふさ)がれただけなのに、子供みたいな体格なのに、握力(あくりょく)常識(じょうしき)(はず)れです。顔が爆砕(ばくさい)しそうです。

 

萃香「(おとこ)なら切った啖呵(たんか)を簡単に曲げるんじゃないよ!」

僕 「ばびぃッ、ずびばぜん」

萃香「ったくビビリやがって。私があんたに何をしたっていうのさ。それに謝って欲しくて来たんじゃないってぇの」

 

 いや、あの、現在進行形でその()()をされてるんですけど…。とはいえ謝ることが的外(まとはず)れだと(おっしゃ)るのなら、何が目的なんですか? 話っていったい……

 

萃香「お礼!」

僕 「ふぇ?」

 

 僕にですか? 人違いでは? だって僕、萃香さんからお礼を言われるようなことしてませんよ? えっ、霊夢さんから聞いた?

 

萃香「ケーキ、ありがとう」

 

 まただ。

 

萃香「言いたかったことはそんだけ、じゃあね」

 

 ろくに知りもしないくせに、ろくに話もしたことないくせに、種族とか見た目とか(うわさ)とかだけで勝手に恐ろしい人だと決め付けていた。あの時だって僕が誤解していなければ、大騒ぎしていなければ、フランさんは(しか)られずに済んだんだ。僕がフランさんを知ることから逃げ出していければ…。

 

僕 「失礼しましたッ」

 

 僕はつくづくダメダメな人間です。反省したはずなのに同じ(あやま)ちを(おか)すなんて……

 

僕 「それと――」

 

しかも二つも。分かってますよ魔理沙さん、そのしかめっ面の意味、グラスを(にぎ)る指先に込められた想いを。

 

僕 「どうもありがとうございました!」

 

 僕は萃香さんに(すく)われていたんですよね、そうなんですよね? 萃香さんに口を(ふう)じられていなかったら、きっと僕はペコペコ頭を下げながら謝り続けて、また勢いで「言いすぎた」とか「そんなことは思ってない」とか最悪「ウソなんです」なんて言ってしまって、それで今度こそ本当にアリスさんを…。

 僕が伝えたかったありがとうの意味、頭の後ろで腕を組んで去って行く萃香さんに、ちゃんと届いてくれたみたいです。だって手を()って(こた)えてくれましたから。「気にすんな」って背中で語ってくれましたから。でも萃香さん、

 

僕 「待ってください!」

 

 それじゃあダメなんです。それだけじゃあダメなんです。それだけじゃあ僕は何も変わらないと思うんです!

 

僕 「お()びとお礼に出来ることであれば言って下さい!」

 

 これは僕なりのケジメなんです、仁義(じんぎ)なんです、漢道(おとこみち)なんです! それなのに霊夢さん何で(あわ)れな目を向けるんですか? 魔理沙さん「バカ」って(ひど)くないですか? 咲夜さんまでため息つくことなくないですか? って、萃香さんの動きがピタリと止まった…だと…。

 

萃香「ふ〜ん、だったらぁ〜」

 

 背筋に走る電流、額から(にじ)み出る汗、(あら)ぶる心臓。分かります、すごい分かります、全身全霊で超分かります。

 

萃香「お願いし・よ・う・か・な〜?」

 

 イヤな予感しかしないって。

 

僕 「か、可能な範囲であれば……」

萃香「なーに、あそこでなんか面白いものやってみせてくれればいいよ。さっきのアイツらみたいに」

僕 「そそそそれは……」

萃香「今言ったよね、なんでもするって言ったよね?」

僕 「いや、あの、なんでもとは……」

萃香「()と約束を交わしたよね?」

 

 えー…、こういう時だけそこを強調するってなんかズルくありません? やっぱり鬼です。なんて言っても「鬼だよ」って一蹴(いっしゅう)されるだけでしょうし、ここは本当のことを伝えて分かって頂くのが得策(とくさく)

 大丈夫。だって萃香さん、さっき助けてくれたじゃあないですか。だから本当はとてもいい人なんです、きっと。『泣いた赤鬼』っていう昔話だってあるんだから鬼は情に熱い方々なんです、きっと。だから事情を話せば分かってくれるはずなんです、きっと。

 

僕 「えっと、えっと、僕人前に出るのだけはどうしても抵抗があってですね、というのも——」

萃香「いいから行ってこい!」

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 彼のもくろみは失敗に終わった。胸ぐらを(つか)まれたと認識する間もなく、ロケットの(ごと)く発射された彼は瞬間的に予感していた。(おとず)れるであろう最悪の未来を。それは予感ではなく予知となってしまうのだが…、

 

アリ「ゆ、優希さん?!」

萃香「ちょいと邪魔(じゃま)だったんだねぇ」

 

 これはそれまでの間に起きた彼女達の小さなドラマである。

 

アリ「じゃまって——」

萃香「あんたってさ~」

 

 彼女は彼女が苦手だった。自身と思考が、性格が、内なる全てが正反対の彼女が。それ(ゆえ)に会話という会話が彼女達の間で成立したことは、これまでに一度たりともなかった。それどころか互いに手の届く範囲にいたことなどあったかどうか。そんな彼女達の関係を表すのなら、顔見知りならぬ『影見知り』。シルエットこそ把握(はあく)しているものの他は…、といった間柄(あいだがら)。それがこの日——

 

萃香「目、青かったんだ」

アリ「えっ、あっ、うん……」

萃香「おまけにまあまあのべっぴんさんときたもんだ」

アリ「そんなことは……」

萃香「まっ、私ほどじゃあないけどねぇ」

アリ「うん……」

萃香「まーたそうやって顔隠すぅ、だーから今まで気付けなかったんだってぇの」

アリ「だって、だって…、あなたのこと…、よく知らないから……」

萃香「はあ〜? だから顔合わせてくんないの? 私をずっと()けてたのも同じ理由? 知らないなら知りたいとか思わないの?」

アリ「ひ、ひひ人見知りで……」

萃香「けど今呼んでくれたよねぇ、名前でさー」

アリ「それは、あの、えっと……」

 

 彼女は彼女に初めて胸の内を明かしていた。

 

萃香「だあああああッ! もうムリ、もう限ッ界、ホンッッットなに?! うじうじゴニョゴニョおどおどしちゃってさ、言いたいことがあるならハッキリ言いな!」

アリ「もうほっといてよ!」

 

 遠慮(えんりょ)など一切ない真の想いで。

 だが忘れてはいけない。どれだけ拒絶しようが、境界線を引こうが、強固な外壁(がいへき)(きず)こうが、一方の彼女は……

 

萃香「ぷふっ、『ほっといてよ』って、くくく」

 

 鬼である。他人の都合などおかまいなし、気の(おもむ)くまま流されて、

 

アリ「な、なにがおかしいの!」

萃香「いやぁ、怒ってもかわいらしいな〜ってね」

 

 ウソを言わず(おのれ)に正直な種族である。

 

アリ「なななななにを——」

萃香「けど私の方が数段かわいい」ドヤァ

 

 彼女は彼女に初めて笑ってみせた。イタズラを(ふく)んだ笑みで、そしてため息を含んだ笑みで。

 

アリ「あっそ」

 

 内なる全てが真逆、加えて言葉のキャッチボールが成功したのが今回初。しかしクスリとこぼれたタイミングは(はか)ったかのようにピッタリ。なぜなら……

 

萃香「さっきはわるかったよ、影口なんて言ってさ」

アリ「それはもうあまり気にしては——」

萃香「それにからかってすまなかったね、悪気はないんだ。なんかツイね」

アリ「うん……」

萃香「で、話してみて分かったよ。やっぱりアンタ苦手」

アリ「あっそ!」

 

 なぜなら彼女達は女の子同士なのだから。

 

萃香「けどキライじゃない」

アリ「あっ、うん…。私もそこまでじゃない……かも」

萃香「ってことでこれからもよろしく〜。えっとー…」

 

 かくして()み合うことのなかった彼女達の歯車は、()しくも豆腐メンタルの彼が起こした『キュリンキュリンの件』によって動き始めたのである。

 

萃香「誰だっけ?」

アリ「アリス・マーガトロイド!」

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 手拍子(てびょうし)がテンポを(きざ)(たび)に押し(つぶ)されそうになる。

 

魔理「マズイことになったze★」

 

 あらゆる方角から飛ばされる視線が全身に()()さって身動きが取れない。

 

??「戻ってみれば……これどういう状況?」

??「彼はたしかー…海斗ちゃんのお友達?」

 

 指差されて(ののし)られて(さげす)まされてきた辛い記憶に支配されて息ができない。

 

さと「こいし手筈(てはず)通りにお願い」

 

 ()えない僕には、つまらない僕には、身の程を知らない僕には何もない。人に見せられる特技も、自慢(じまん)できる取り()も、この場に立っていられる度胸でさえも。

 

霊夢「自分でまいた種なんだから自分でどうにかしなさいよー」

 

 霊夢さんが言われた通りなのは百も千も万も承知なんです。けど手足の痙攣(けいれん)(おさ)まらないんです。もう身体中が……心の奥底から(ふる)えて声すら出せないんです。苦しい…、苦しぃ…、苦し…。

 

アリ「なにするのはなして!」

萃香「まあまあ落ち着きたまえよアリス。せっかく漢を見せようとしてくれてるんだからさ〜」

アリ「でも私……」

 

 これ以上はもうム…。視界が…、また意識が…。助けて…、誰か助けて…、助けて下さ——

 

アリ「見てられない!」

 

 ぃいいいいいッ!?

 あ、危なかったー…。気付けたから良かったけど、少しでも遅れていたらコレ、顔面にめり込んで鼻からドバーって()き出してましたよ。どうしてこんな事されるんですか?!

 

??「おっ、反応は(おとろ)えてないみたいですね」

 

 美鈴さん!

 

美鈴「久しぶりに組手をしましょうか」

 



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九分半咲き:フランさん、大変長らくお待たせしまったところ申し訳ありませんけど、初体験なところにチート能力で遊ばれるズラです_※挿絵有

ピ~ン ポ~ン パ~ン ポ~ン♪


地霊殿からお越しのぉ、
こいし様からぁ、ご連絡です。
ではどうぞぉ。


こいし「見えてもナイショだよ♪」




 臆病(おくびょう)で弱気で意気地(いくじ)なし。

 

優希「ひぃいいいッ」

 

 人見知り、引っこみ思案(じあん)、運動音痴(おんち)

 

優希「(怖い怖い怖ぃいいい)」

 

 短所を列挙(れっきょ)すればキリがない。キャーキャー言われるようなイケメンでもなければ、カワイイと言われるようなベビーフェイスでもない。際立った特徴は無く、パッとせず、ランク付けは下の中。

 

優希「(イタいイタいイタぃいいい)」

 

 得意なことは電子工作の半田付け、自慢できることは最近覚えた料理くらい。だがどれも人並み程度、特別抜きに出たものではない。他には何もない。そう彼自身が悟っていた。

 

優希「(ギブですギブですギブですぅううう)」

 

 傾き始めた日差しは、さながら舞台裏にいた彼を主役の座へと導くスポットライト。哀れな手拍子に誘われて始まった第六演目、果たしてその大役を演じきる事ができるのか。こうして彼と彼のコーチである紅美鈴による『演武(えんぶ)』の幕が上がったのである。

 

優希「((しび)れてる、痺れてますから、痺れてるってぇえええ)」

 

 右から飛来(ひらい)する拳を右腕で(はら)()け、左から振り下ろされる手刀を左手で受け止め、突き上げる蹴りを体をのけ()ってかわす。

 それは彼とコーチの間で幾度(いくど)と繰り返して来た内容の復習&抜き打ちテスト、そして時折り加えられるアドリブはその発展形、コーチが彼をさらなる高みへと導くものだった。

 

優希「(ムリムリムリぃいいい)」

 

 コーチの先導に教わった形式で応じていく彼、その様は演じているというよりも演じさせられているといった具合。それはまるで糸で操られる人形の様でもある。しかしその程度は——

 

あゆ「ほえ〜」

海斗「優希のやつ……」

先生「ふむ、なかなかのものですね」

 

 常軌(じょうき)(いっ)していた。終始一方的でこそあるが、その速さと的確な動きは常人の(はる)か上、動体視力が並の者からすれば何が起きているのか判別出来ないまでに達していた。

 

優希「(いっぱいいっぱいですってぇえええ)」

 

 (まばた)きを禁じられた者多数、開いた口が(ふさ)がらない者大多数、度肝を抜かれた者もっと大多数。そんな中、当の本人達は、

 

優希「(これモロに当たったら軽いケガじゃ済まないやつですって!)」

 

 方や余裕ゼロ。常にギリギリのところで防ぐのがやっと、カウンターや反撃など考える猶予(ゆうよ)などない。あまつさえ気色の悪い悲鳴を上げる始末である。しかしそれでも——

 

メイ「美鈴さん手加減されてます?」

パチュ「あの顔は本気の時」

レミ「じゃあ疲れてるのかしら?」

霊夢「ずっと寝てたじゃない」

 

 息を切らせ玉の汗を流しているのは武の達人の方、なぜなら今彼女は…。

 彼女の算段はこうだった。ウォーミングアップと様子見を兼ねて、序盤(じょばん)は軽めの運動となる程度に。そこから徐々に攻撃のペースを上げていき、頃合いで(すき)を生み出し、決まり手となる一発をヒット直前で止め「まだまだですね」と終わる予定だったのだ。

 だがそれがどうだ。ふたを開けてみれば放てども放てども、見抜かれ、見切られ、反応される。そこに鼻水は()らせど汗を流さない彼に攻撃の手は激しさを増し、気付けば完全本気の目にも止まらぬ(もう)ラッシュに。

 

優希「(ムリムリムリ、ギブギブギブゥ!)」

 

 されども隙を作るには程遠く、体力と時間を(つい)やすばかり。もう(しま)いにすればいいものの、敗北を認めたようで武道家の意地として引くに引けず。

 歯を食いしばり(まゆ)をひそめる武の達人、残された技は残りわずか。費やした時間も体力もいっぱいいっぱい。放たれる最終手段は、彼女が彼を認めたも同意となる一打。

 

美鈴「『華符(かふ):彩光蓮華拳(さいこうれんげしょう)』」

 

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 助かりました。美鈴さんの拳が輝き出した時は爆死する僕が脳裏をかすめましたよ。こうして振り返れるのも、時を止めて参上してくれた咲夜さんのおかげです。「もうおしまいにしなさい」って。その時の咲夜さん、眉を釣り上げてかなり怖かったです。

 なのに美鈴さんときたら「いやははは、失礼しました。つい夢中になってしまいまして」って誤魔化してましたけど…。もう()()じゃありませんよ、()()じゃ。その()()で爆死寸前だったですから。プンプンですよ。

 とはいえ、何もできずにガクブルして突っ立てただけの僕を救ってくれた美鈴さんには頭が上がりません。おまけに僕がギリギリ対応できる程度で手加減してくれるサービス付きです。じゃないと僕とっくに昇天してましたから…、美鈴さん達人ですから…、かないっこありませんから…。ステージの上で何度も何度も何度も頭下げてお礼しました。

 でも美鈴さんはそんな僕に「それよりも」って見せてくれたんです。

 

僕 「もーいーかーい?」

 

 目の前に広がっていた絶景を。たくさんの方が喜んでくれて、盛大な拍手(はくしゅ)をもらえて、数々の称賛(しょうさん)の声を送られて。それがまた嬉しくて、照れくさくて、心地良くて、「またやってもいいかも」なんて調子に乗る自分がいたりして。

 そこにジンワリと内側から込み上げて来たんです。疲労感が、過酷な運動でしたから。達成感が、やりきりましたから。解放感が、乗り越えましたから。おかげで立っていられなくなってしまいまして、ヘナヘナと腰から崩れ落ちてしまいまして、情けない姿を(さら)すことになってしまいまして…。

 もうその時点で充分すぎだったんです。それ以上はムリだったんです。なのに美鈴さんったら——

 

  『まーだーだよ』

 

 「胸を張って下さい」なんて容赦(ようしゃ)のないこと言うもんだから…。ポタリ、ポタリと二滴程こぼしちゃいまして…………ごめんなさい、話盛りました。

 

僕 「いーち、にーい、さーん」

 

 本当は二滴どころじゃないです。泣き虫ですみません、男の子なのに…。今だってこうして思い出しただけで目頭が…、オニで良かったです。こんなところ見られたら「また泣いてんの?」って笑われちゃいますから。

 

僕 「しーい、ごーお、ろーく」

 

 かくして僕は萃香さんから課せられたミッションを無事にコンプリートさせ、温かな拍手に送られながら舞台を後にしたのです。そして――――

 

 

僕 「た、ただいま……です」

萃香「いや〜満足満足、いいもん見してもらったよぉ」

僕 「あ、ありがとうございます」

萃香「アリスのやつアンタがなかなか始めないもんだからって、心配して割り込もうとしてたんだぞぉ?」

アリ「い、言わなくてもいいじゃない!」

僕 「すみません不甲斐(ふがい)なくて…、ご心配をおかけして…、ホントすみません……」

アリ「いえ、そういうつもりでは——」

僕 「それと…、ありがとうございます」

アリ「私はなにも……」

萃香「門番に先越されたもんねぇ。んで、アリスはどうだったの? 感想は? カッコよかった、でいいのかな?」

僕 「か、かかかかっこぐはふッ!?」

アリ「そ、そそそそれは……」

僕 「(どどどどうしよう、バクバクが止まらない。もしアリスさんから直接言われたら、そんなご褒美(ほうび)がもらえたら、そう考えただけで僕ぅ……)」

??「ゆーッきーッ!」

僕 「(グハッ! これフランさん?! ()まってます締まってます、首締まってますって!)」

フラ「フラン見てたよ、すごいカッコよかったよ」

僕 「あ゛、あ゛り゛が……ま゛ず」

萃香「あーあ、ま〜た先越されちゃったよぉ?」

アリ「ゆ、優希さん。あの——」

フラ「ご用終わったよね何も予定ないよね他に誰とも話さないよね話させないからねフランずっとガマンしてたんだよイイ子に待ってたんだよ褒めてくれてもいいんだよ頭なでてくれてもいいんだよ遊んでくれるんでしょ遊んでくれなきゃヤダよ遊んでくれなきゃ壊すよガマンできないよガマンしないよイヤって言っても連れていくからね早くあっちいくよ」

 

 

――――ってなことがありまして、背後から首をハグされて耳元で句読点なしの高速フルオート連射で脳を蜂の巣にされるもんで…。拒否権無かったもんで…、途中聞き捨てならないワードが出てたもんで…、いよいよその時が来ちゃったもんで…。引きずられながら連行された次第です。

 

僕 「しーち、はーち、きゅーう」

 

 フランさんのご要望は例の『弾幕ゴッコ』でした。でもそれを聞いた皆さんが「させてたまるか!」って激怒されたんで取り下げられました。その時に『弾幕ゴッコ』が何たるかを学びました。

 もう驚愕(きょうがく)しましたよ。その場でフランさんに抗議(こうぎ)しましたよ。僕、弾幕なんて出せませんから「不公平です、一方的です、じゃなくても危険です」って。それなのにフランさんは「バレちゃった?」ってテヘペロなんです。確信犯です。フランさん、怖いです。

 それで誰もが知っている平和な遊びを提案したところ「せっかくなら多い方がいい」となりまして、参加者を(つの)ったところ意外や意外に集まりまして、なんやかんやでやんややんやありまして、最終回です。

 

僕 「じゅー!」

 

 目が、目がぁ〜! ぜんぜん見えない…、お先真っ暗です。またやられた……これもう何度目?

 

僕 「ルーミアこれやめれー、見えないよー」

 

 もう「わはは」じゃないよ…、目隠しとか論外だから。やり直しね。

 

僕 「もういいかい?」

  『もーいーよ』

 

 視界良好、今度こそ! おっとこれは……

 

 

【挿絵表示】

 

 

 羽ぇ……やっぱりこの競技、フランさんと大ちゃんには不利くない?

 でもフランさんさっき鬼やったばかりだからなー…。最初に見つけたら「またフランが最初なの?!」ってなりそうですし…。

 だからって大ちゃんはなー…。ただでさえ付き合わされてる感が(いな)めないのに、見つけると「見つかっちゃいましたか」って苦笑いされて敗北感に打ちのめされるんですよねー…。

 ならルーミアだったら、って考えたらホントの意味で負けだもんなー…。バレバレなのにアレで見つからないって信じて疑わないんですもん。見えなければいいってもんじゃないからね? またその黒い球体の中にいるんでしょ?

 そいで傘ぁ…、小傘さんまたちゃっかり参加してるし…。なんで毎度毎度僕がオニの時だけ参加されるんですか? そばに寄っただけで「おどろけー」って自分から出て来るんですよね? それ違いますからね? しかも驚いてあげないと悲しそうな顔されるし…。

 

僕 「ド、ドコカナー?」

 

 出来ればこの四人以外を先に見つけたいです。でも他のメンバーが…。

 まずは不思議ちゃんこと、こころさんです。普通です、平凡です、可もなく不可もなくです。でも見つけられません。いや、見つけてはならないんです、決して。正確には例え見つけても見つけたことにしてはいけないんです、絶対に。

 どういうことかと申しますと、こころさんの隠れる場所が決まって木の上なんです、はい。しかも近くまで寄らないと見つけられない場所を選択されるんです、はい。加えてこころさんのお召し物がヒラヒラのワフワフなんです、はい。

 もうお分かりですよね? だから「みーっけた」=「みーっえた」になってしまうもんで、その時点で人生が()んでしまうんです。Kを失っただけで全てを失ってしまうんです。まさかそれが狙いだったりして…。

 

僕 「コ、コマッタナー」

 

 次にリグルです。比較的見つけやすいです。ただ…、ただなんですよ。アレをもう見たくなくて、手の出しようがなくて、実際どうにもならないんです。

 簡潔に申しますと……虫です、山です、地獄絵図です。ウジャウジャウジャウジャとひしめき合った虫の山です。テレビでたまに見るビックリ人間みたいにその中にいるもんだから、しかも「まだ見つかってない」って認めてくれないもんだから、最初の発見者となるのは不可能なんです。あの大量の虫を払い退ければいいんでしょうけど、()とかクモとかムカデとかGとか…。例えそうじゃなくても虫は苦手なので…。なので(はな)から見つける気ありません。無視です!

 

僕 「ワ、ワカラナイナー」

 

 さらにサニー、ルナチャ、スターです。三人の実力については以前から知ってます。お世辞なしにプロです。ステルス、サイレント、サーチの三拍子が(そろ)ったSSS級です。軍からお呼びがかかりそうです。潜入工作員ならダンボールいらずです。

 そう聞けば「見つけようがない」と思うかもしれませんけど、運が良ければわりと早い段階で見つけられます。ルナチャがよく転ぶもんで、基本三人一緒なもんで、ルナチャを見つけたらだいたいその辺にサニーとスターがいるもんで…。でも今回は運が悪い方みたいです。

 

僕 「ム、ムズカシイナー」

 

 そして極めつけはさとり様の妹様、こいしさんですよ…。不思議ちゃんから仲のいい友達だって紹介されました。今日来たのも「神子(みこ)にも誘われたけど、こいしとはしばらく会ってなかったから断ってこっち来た、エッヘン」って話してくれました。あの神子様を()抜きです。

 で、そのこいしさんですがハッキリ言って無理です。探しようがありません。ターゲットの無意識を操ってそこにいないと認識させるとかお手上げです。しかも降参したらしたで、ずっと真後ろにいたとか……ナメプされてます。

 

 『(むし)を操る程度の能力』

 『光を屈折させる程度の能力』

 『音を消す程度の能力』

 『動く気配を探る程度の能力』

 『無意識を操る程度の能力』

 

 そんなチート能力の方々が参加された無理ゲーです。最初に発見されるのは必然的に限られます。せめてあと一人、チート能力でない方がいてくれたら、それこそチルノが参加してくれていたら…。でもチルノ、てゐさんと妹紅さんとレティさん達に囲まれて難しい顔してるからなー…。やっぱりここは今回で最後だし、どうにかしてナメプのこいしさんをギャフンと言わせたいところだけどなー…。ってあゆみさん?! 顔近ッ!

 

あゆ「なにやってるの〜?」

僕 「か、かくれんぼでおおおオニを……」

あゆ「え〜、いいな〜。私もまぜて〜」

僕 「でも今からじゃ…、探す方でも?」

あゆ「いいよ〜」

僕 「じゃ、じゃあ…。みんなー、あゆみさんも一緒に探すことになったからねー」

あゆ「よろしくね〜」

  『え゛っ!?』

 

 なぜイヤそうだし……そういえばあゆみさんって……

 

僕 「あの、こいしさんって何処にいるか分かりますか?」

あゆ「ん〜?」

 

 そうでしたそうでした、そういう仕様でした。

 

僕 「こここぃすぃさんの場所って……」

あゆ「分かるよ〜」

僕 「どどどどどこに——」

あゆ「ここ〜」

僕 「へい?」

 

 半歩引いてみるとあゆみさんが()()()()()で立っておられました。つまりあゆみさんの言う「ここ」とはまさに腕の中のことで、確保中ということになるんですけど……まさかね。

 

僕 「そこ?」

あゆ「そ〜ここ〜」

 

 ホントに捕獲中だったみたいです。ふふふ、思わず過ぎて笑いが(あふ)れちゃいましたよ。だってこの時を待っていたんですから、待ち望んでいたんですから、首を長くして待ち続けていたんですから!

 

僕 「じゃあ——」

 

 悲願達成(ひがんたっせい)念願成就(ねんがんじょうじゅ)気分爽快(きぶんそうかい)です。あゆみさん、ご協力ありがとうございました。

 

僕 「こいしさん、みーっけた」

 

 いました。あゆみさんの顔の真横に手を伸ばすと、ポフッと丸みを帯びた布の感触があったんです。それが帽子だと悟ったところで、こいしさんがゆっくりと姿を現してくれました。(ふくれ)(つら)で。「ズルイ」と言いわんばかりの表情で。けどそうでもしないと見つけられませんから。

 それからあゆみさんのターンが止まりません。サニー→スター→ルナチャ→不思議ちゃん→ルーミア→小傘さん→大ちゃん→フランさんの順にアレよアレよと。

 なんでもあゆみさんが言うには、意識を集中させるとその人のシルエットがキラキラと輝いて見えるそうです。しかも障害物を透過して。だから隠れていようといなかろうと同じなんだとか。

 無敵です、最強です、チートです。どんなチート能力だろうと、あゆみさんのチート能力の前では無力なんです。無駄なんです、無駄無駄。けど小傘さんにはしっかり驚かされてました。見えてるはずなのにです。なんで?

 そしてただ…、なんですよ。やっぱりただ…、なんですよ。

 ①僕、最初に言いました「一番最後で」って。

 ②あゆみさん、その通りにしてくれました。

 ③だから残りました。

 ④僕、勧めました「降参しましょう」って。

 ⑤あゆみさん、ブレーキが壊れてました。

 結果、

 

??「へへーん、やっぱ私が一番だね」

 

 再開したプリズムリバーさん達の演奏をかき消す断末魔が響き渡りました。あゆみさん、泣いてました。おかげでみんなも集まって来ちゃいまして、たまたま近くにいた僕に容疑の目が向けられまして…。でも事情を話すまでもなく全員が納得&「ギャーッ!」となりまして…。

 リグル、ドヤってるところ悪いけど先に虫達をどうにかして。

 

リグ「はいはい、お前達もういいぞ。散った散った」

 

 かくれんぼのグランドチャンピオンは圧倒的な力を見せつけた『(むし)を操る程度の能力』、最後まで降参するしか術がありませんでした。見つけても見つけたことにならないって、チートじゃなくてただの反則です。今度は禁止にしよ。

 

リグ「で、あゆみ何やってんの?」

僕 「さ、さあー…」

 

 みんな見つけました。なんならあゆみさんが泣き叫んだ時点でゲームは終了しているんです。そのはずなのに——

 

あゆ「あっれ〜? あれれ〜?」

 

 泣き止んだと思ったら何故かまた探し始めるという…。同じ所をぐるぐると回りながら。誰か教えてあげて下さい「もう探さなくていいんだよ」って。

 え、僕? 僕がその役目なんですか? 分かりましたよ行きますって、だからみんなしてそんなに押さないで下さぃいいい。

 

僕 「っとと。えの、あの、その。あゆみさ〜ん、もう終わってますよー。探さなくていいんですよー」

 

 呼びかけてみるも反応なし。しかも今度は手を後ろで組んだまま微動だにせず、ポヤ〜っと一点を見つめ続けて意識が遥か彼方へ行かれているという…。聞こえてないですね。ならもう一度。

 

僕 「あゆみさ〜ん」

あゆ「ん〜? 聞こえてるよ〜。そうなんだけど〜」

 

 聞こえてたなら何か反応して下さいよ! 聞こえてるのに聞き流すとか(ひど)くないですか?! いじけますよ、いじけていいんですか、なんならいじけ倒しますよ?!

 それともコレが珍しいのかな? いやいや、外の世界でも普通にありましたよ、何処の神社にもあるオプションですよ。長年雨風にさらされて、所々に汚れが目立つ古ぼけた石の置物ですよ。

 あ、海斗君ちょうどいいところに。僕だとあゆみさんを正気に戻してあげられなかったから代わりに——って、あゆみさんのこの反応……

 

あゆ「かわい〜〜〜〜!」

 

 飛びつきました、ぎゅーってたまらず抱きつきました、神社の番犬『狛犬(こまいぬ)』に。何というバチ当たりな……って女の子ぅぉおおお!? 大変です、あゆみさんがハグした狛犬の毛が緑系統に、胴体が赤色にみるみる着色されていき、細身の女の子に姿を変えました。これは大変です、驚きです、とんでもねぇです!

 

??「もんげぇええええええええ!!」

 

【挿絵表示】

 

 

 はい、アウトー。それはダメなやつズラ。『ともだち召喚』されるやつズラ。考えなくても分かるズラ、彼女はきっと東方プロジェクトのキャラクターに違いないズラ。東方博士(はかせ)(にい)つぁん、彼女のお名前教えて欲しいズラよ。

 

海斗「え…、だれ?」

 

 海斗君が分からない…だと…。あの海斗君が? 東方プロジェクトを愛してやまない海斗君が……分からない? いやいや、そんなはずないですよ。だってアロハシャツ着てるんですから、ツノがあるんですから、長髪クリンクリンなんですから。あんなに強烈なキャラなんだから。きっとビックリして記憶が一時的に飛んでるだけなんですよ。

 

僕 「またまた御冗談(ごじょうだん)を、ホントは?」

海斗「まったくだぜ。もしかして俺……。あ、幽々子様ーッ!」

 

 

 あ、行っちゃった…。



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十分咲き:魔理沙さん、胸がパチパチするところ申し訳ありませんけど、やっぱり光る雲を突き抜けて自然に癒されて変態なんです_※挿絵有

僕 「——クぅうううぇえええッ?!」

 

 大変です。大変な上に謎なんです。訳が分からないんです!

 花見会場が、博麗神社が、幻想郷中がパニックです、コンフュです、メダパニです!!

 これはおさらいを…、緊急脳内サミットを要求します!

 

フラ「優希やっぱり面白い!」

 

 えっとえっと、そうだ。まずはあゆみさんが発見された狛犬少女が誰なのかってところです。

 彼女のお名前は『高麗野(こまの)あうん』さん。数年前に幻想郷で起きた異変、場所によって季節が変わる『四季異変』から家事全般と見張り、留守番、おつかいといった雑務役を条件に、博麗神社(ここ)居候(いそうろう)しているそうです。

 だから僕のことも知っていました。しかも僕が初めてここに訪れた時、僕達の様子を狛犬のお姿で見ていたそうです。他にもバイト終わりに心臓破りの階段をヒーヒー言いながら上るキモイ姿とか、霊夢さんと魔理沙さんに「遅い!」って理不尽な文句を言われている情けない姿とか、その他色々記憶から消し去りたい姿を…。

 

聖 「何故彼が……」

 

 そんな僕ですから「シャキッとせい!」とか思われていたのかと思いきや「ウトウトしながら『ガンバレ』って応援してたんですよ」ですって。優しい方です。

 そしてウトウトなんです。それが本日までお会いできずにいた理由です。

 あうんさんは生活リズムを大切にする方らしく、しかもかなりの早寝早起きなんだとか。僕がここを経由していた頃は到着前に狛犬の姿に戻って眠られていたそうな…。だから僕の足音とか(しか)られている声で起きてしまうこともあったそうで「迷惑してたんですよ」ですって。僕、めっちゃ謝りました。

 

パチュ「驚いたわ」

 

 それでも一週間たった頃には慣れたらしく、半寝半起のスキルまで身につけていたそうです。「優希さんの無事を確認してから熟睡してたんですよ」って嬉しいこと言ってくれました。だからか僕が残業した日には心配でなかなか寝付けなかったみたいで「迷惑してたんですよ」ってハッキリ言われました。僕、めちゃくちゃ謝りました。

 けどそれも今となっては無くなりました。卒業しましたから、フランさんの護衛付きでアリスさんの家まで直帰してますから。また静かな夜を送れるようになって、さぞ快適な夜を過ごせているのかと思いきや「喜ばしいようで結構寂しいんですよねぇ。ずっと見守っていた側としては」って狛犬性分(しょうぶん)が出ちゃってました。僕、めちゃくちゃくちゃくちゃお礼を言いました。

 

アリ「そんな…、こんな事って……」

 

 花見をすごく楽しみにしていたそうで、昨夜は興奮のあまりなかなか眠れなかったみたいです。そのせいで暴力的アラーム(ギャーテー)が鳴り響くまで寝過ごしてしまっていたのだとか。つまり僕が夢の世界へ旅立つのと入れ違いにご帰還されたみたいです。

 で、その矢先に殺人的催眠術(ミスチーシャウト)で二度目の旅立ちを強いられてしまったそうです。

 その後、リグルが引き金となった地獄的タイマー(ギャーッ!)で目が覚め、寝ぼけ(まなこ)でいたところを「かわい〜〜〜〜」で「もんげええええええ」と。

 

魔理「冗談キツイze★」

 

 ちなみに話し方ですが普通です。なまりも方言もありません。狛犬としては一度はやってみたかったそうです。あこがれだったそうです。

 今はアユゴロウさんに拉致(らち)られそうになっていたところを「あうんには手伝ってもらうことがあるから返して」と霊夢さんに奪還(だっかん)されてました。霊夢さん、何か大切な物を紛失されたみたいです。どんな物か見当もつきませんが、それっぽい物を見かけたら届けてあげようと思います。

 

僕 「ってここ関係ない!!」

 

 すみません、本題はその後でした。海斗君が西行寺幽々子さんとの話しを終えて、帰って来たところからです。

 海斗君が魔理沙さんに頭を深く下げてお願いしたんです。「マジ弟子にして下さい」って。そしたら魔理沙さん、OKともNGとも言わずに例のマジックアイテムを海斗君に差し出したんです。それで————

 

 

海斗「かーめー○ーめー…、○あああああッ!」

 

 

♫〜♪〜♩〜

 

 

僕 「(いい曲だなぁ)」

海斗「うむ、出ない」

魔理「ったり前だろ、そう簡単にやられたら魔理沙ちゃんのアイデンティティがなくなっちゃうze☆。例外は()()()だでいいってぇの」

僕 「マスタースパーク(あれ)って魔理沙さん以外に出来る方がいるんですか?」

海斗「そんな優希に教えてしんぜよう。実は()()には元ネタがあってな、風見幽香(かざみゆうか)っていう大妖怪の——」

魔理「ハ、ハァ〜? 何ノコトダカサッパリダze★」

僕 「えー…、十八番(おはこ)だって言われてましたよね? それがパクリって……」

魔理「おいおい、人聞きの悪いこと言うなよ。ほんのちょっっっぴしリスペクトしたかもしれないけどよ、魔理沙ちゃんなりに色々改良してんだze★? だから全然別物、似て非なるものだze☆」

僕 「(言い訳が苦しいです、アイデンティティとはいったい……)」

魔理「そもそも魔理沙ちゃんが言ってんのは幽香じゃないしな」

海斗「となると幻月(げんげつ)魅魔(みま)様——」

魔理「うへぇ、思い出さすなze★」

海斗「じゃあ同じ魔法使い族性でパチュリー、聖、フラン、アリスあたりかな?」

僕 「(アリスさんのマスパ……ぜひ! むしろ喜んで!!)」

魔理「ぶっぶー、正解は魔理沙ちゃんの一番弟子だze☆」

海斗「なんですと!?」

僕 「魔理沙さんにお弟子さんがいたんですか?!」

魔理「優希にも話したことなかったか? 弱虫で、方向音痴(おんち)で、頭が残念で。簡単に(だま)されるほどお人好(ひとよ)しで、世間しらずで、気がつくと迷子になるポンコツのこと」

僕 「初耳ですよ。ポンコツって……何でそんな方を弟子に?」

魔理「馬鹿みたいに真っ直ぐで、弱くても自分でなんとかしようと努力するやつだったからな。なんか放っておけなかったんだze☆ なにより素質があったからな」

僕 「素質といいますと?」

魔理「マスパを一目見ただけで完コピしやがったんだze☆」

僕 「え゛えええッ!? それ天才じゃないですか!」

海斗「はて、そんなキャラいたっけな? またしてもフライングの予感が……ん? でも待てよ。それはつまり俺の兄弟子(あにでし)さんということに?!」

魔理「それを言うなら姉……おい、ちゃっかり認定されようとすんなze★」

海斗「そこをどうかどうか」

魔理「ダメだ。『マスパれないヤツは弟子にしない』これは絶対だze☆」

海斗「せめてワンチャンを」

魔理「あるわけないだろ、どうせ次は○動拳とかやるんだろ?」

海斗「ちぇー、じゃあ次優希の番な」

僕 「ぼぼぼきゅぅううう? ぼきゅは別に——」

魔理「あ゛? 優希は魔理沙ちゃんの弟子なんかは願い下げってか?」

僕 「(来るもの(こば)んで去るもの追うって…。どうせ『なりたいです』って言っても断って……ああなるほど、断りたかったんですね。さすがかまって……おっとこの先はいけない)」

魔理「って言ったところで所詮(しょせん)優希だしなー、結果が見えてんなー、ムリだろーなー」

僕 「ですよねー…。ぼきゅなんて…、ぼきゅなんかじゃ……」

海斗「違う違う、その反応違うって」

魔理「ったく、負けん気ゼロかよ」

僕 「へい?」

魔理「いいから試しにやってみろよ。合格ラインは海斗の時と一緒、小さくても弱くても少しでも出せりゃあOKだze☆」

僕 「あ、はい。たしか八卦炉(コレ)を前に出して——」

海斗「ほう、意外や意外に。なかなか(さま)になってるぜ優希」

魔理「意外じゃないze☆ 何度もアイツの目の前で披露(ひろう)してるからな、ここまでは出来て当然だze☆」

僕 「それで…、えっと…、あれ?」

魔理「大声を出す時と一緒だze☆。八卦炉から息を吸い込む感じで魔力をチャージするんだze☆」

海斗「師匠ずるいですぜ、優希の時だけ指導付きなんて」

魔理「魔理沙ちゃんはヤル気のあるヤツには(こた)える主義なんだze☆。海斗は初めからヤル気なかっただろ?」

僕 「あのー…、その後はどうすれば?」

魔理「ちったー考えろよ、息()ったんだze★? したら次やる事決まってるze☆」

僕 「((さけ)べってことでいいんですかね? いいんですよね?)」

海斗「流れ的にちょっとでも出ると面白いんだけどなー」

僕 「(八卦炉から大きく息を吸い込んで——)」

魔理「まあ現実はそう甘くないze☆。妖怪でも魔法使いでもない、ましてや能力もない並の人間なんかじゃー…………ze★!?」

僕 「(一気に叫ぶ!)」

魔理「おい待て優希!」

僕 「マ、マスタースパー——」

 

 

————それで出ちゃったんです。出来ちゃったんです。

 

 

ビーーーーーーーーーーーーム

 

 

 アリスさん宅/魔理沙さん宅間の木々を瞬時(しゅんじ)にガッツリ消滅させた特大波動砲が! 

 

文 「スクープですスクープです、今年はネタが豊作です!」

はた「『普通の魔法使い、普通の人間に大切なモノを盗まれる』。うん、見出しはコレで決まりね」

 

 しかも有ろう事か放たれた先が……

 

早苗「ひえ〜、どうしましょうどうしましょう」

諏訪「何の(うら)みがあるっていうんだい!」

 

 妖怪の山の(いただき)、早苗さん達が住まわれている守矢神社だったんです!

 

にと「ふぃー、よかった。ラボは無事そうで」

椛 「あー…、やっぱり山で騒ぎになってる」

 

 僕、(あせ)りました。冷や汗ダラダラでした。例えるなら自転車で走ってる最中に、横から突然子供が飛び出して来た時の心境です。だから神様に何度も祈りました。「止まってください、外れてください、どうかお願いします」って。

 でも意に反して極太光線は殺る(ヤル)気満々で神様の(やしろ)にまっしぐらだったんです。

 僕、顔面蒼白(がんめんそうはく)だったと思います。出来立てのカキ氷の様にそびえ立つ妖怪の山が、プリンに変わり果てる姿が脳裏にチラチラと浮かび始めていましたから。きっと魔理沙さんも海斗君もその他の皆さんも、少なからず一時はそんな光景が(よぎ)ったと思います。

 

お空「あれならヤタちんと(うつほ)にもできるよ」

お燐「はいはい、分かったから張り合わなくていいニャ」

 

 そこに飛び込んで来たんです。風を受ける綿毛(わたげ)に身を任せ、宙を(ただよ)う一粒のタンポポの種子が光の矢の先に。

 けど違ったんです、綿毛の様に見えたあれは……

 

霊夢「チッ、放っておけばいいものを…。余計なマネを」

 

 あれは白い(かさ)だったんです。種の様に映っていたのは人の形をした影だったんです! そうなんです、その人影こそが……

 

神奈「間一髪だったねぇ、幽香()のおかげで助かったよ」

 

 風見幽香さんだったんです。幽香さんは僕が「アレ人だ!」と悟った時には既に閉じられた傘の先端(せんたん)(せま)る光線に向けられていました。僕、直後予感しました。察してしまいました。その後の展開を。

 

妹紅「お前は手元に集中してろ」

レテ「何度やっても氷()けになっちゃうわね」

輝夜「あんたさっき楽勝だとか言ってたじゃない」

てゐ「保冷剤(それ)ないと店の死活問題ウサ」

リリィ 「はーるでーすよー」

チル「うるさいなー、これでも頑張ってるよ」

影狼「今日はもう終わりにしてあげた方が……」

鈴仙「そうだ、宿題にすればいいのよ」

 

 押し合う光線、火花散らす力と力、手に(あせ)(にぎ)(つば)()り合い。さながら『セ○ゲーム』のクライマックスシーン、犠牲(ぎせい)になったお父さんの力を借りて決着の時!

 

レミ「咲夜、耳を」

咲夜「……はい、かしこまりました。(ただ)ちに」

美玲「咲夜さん、どちらへ行かれたんで?」

 

 なんて妄想(もうそう)した僕が()ずかしいです、おこがましいです、地面に頭を(こす)り付けて「調子に乗ってごめんなさい」って謝罪したいです。

 だってお父さんの力を借りるとか、お父さんのライバルの不意打ちだとか、それ以前の問題だったんですから。だってだって魔理沙さんがリスペクトした(パクった)方ですよ? 言ってしまえば元祖(がんそ)であり本家(ほんけ)ですよ? 『大』の妖怪様ですよ?

 そのお力たるや……

 

 

ビ≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡ム

 

 

 大人に子供、(りゅう)(へび)、ダムの放流に閉め(ぞこ)ないの蛇口(じゃぐち)圧倒(あっとう)的なパワーで衝突(しょうとつ)時からグングンズイズイ押し返されてました。

 おかげで守矢神社は物理的破滅の危機を(まぬが)れました。僕もホッと一安心していました。けど、そんな中で(いだ)き始めてもいたんです。新たな疑惑を、問題を、ピンチを。「このままだと逆にヤバない?」って。

 

雷鼓「ひゅ〜、なかなかハードロックだったねぇ」

リリ「演奏…、続けていいんだよね?」

メル「まだ序盤(じょばん)だったし頭からやり直す?」

ルナ「じゃあ気を取り直して。『魔女ちゃんze☆』さんからのリクエストで『恋色マスタースパーク』」

 

 けど僕は元気です。かすり傷一つありません。こうして爆死することなく五体満足でいられてます。もちろん神社も他の方々もみんな無事です。どうしてか、なんでか、なぜだか。それが謎なんです、ミステリーなんです、不思議(ふしぎ)なんです。

 僕、何もしておりません。ただブッチギリのお力に(あらが)えずにいましたから。ただ目前にまで(せま)った転生の時に「もうオワタ」してましたから。

 ただ一つだけ、たった一つだけ可能性というか、「じゃないか?」という心当たりがあるんです。

 

聖 「あなた達これはどういうこと?」

パチュ「今のは(まが)うことなく魔力よ?」

魔理「そんなん魔理沙ちゃんに聞かれても困るze★」

アリ「優希さんが……魔法使い?」

フラ「ウフフ楽シミダナ〜。優希トノ弾幕ゴッコ♪」

 

 聞こえたんです。女の子の声が。確かにこう叫んでいたんです。

 

先生「…フフフ、驚きですねぇ。武術だけでなく魔法もですか」

あゆ「いいな〜いいな〜。私も魔法使えたらな〜」

海斗「期待はしてたけどよ、これは流石に嫉妬(しっと)するぜ」

 

 『葉符:リーフスパーク』って。

 

パル「あら~♡ 濃厚なジェラシーの香り~」

ヤマ「もうやめときなさいって」

 

 その後はあっという間でした。(つな)がっていた二本の極太レーザーはアッパーカットで吹き飛ばされたかの様に、夕日の色に染まる雲を(つらぬ)いて天高く消えていったんです。

 

ナズ「おー、これは見事に」

星 「たーまやー」

響子「\かーぎやー/」

一輪「花見に花火とは洒落(しゃれ)が効いてるね」

 

 (はる)か遠くで「ドーン」という余韻(よいん)を残して。

 

幽々「分かりやすい伏線(ふくせん)ね」

紫 「嫌なこと言わないでもらえる?」

 

 そして今です。大変なんです。

 

??「……ぃぃぃぁぁぁあああアアア」

 

 空から女の子が降ってきたんです。

 

 

ビッッッタァアアアアン゛ッ!!

 

 

 不時着(ふじちゃく)ぅううう!!? 

 

 

??「きぃんもてぃいいいいいいいい!!」

 

 

 誰ですかこのエクスタシー決まっちゃってる人…。

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 例年以上に騒々(そうぞう)しい花も恥じらう乙女達の(うたげ)の場。そこから長く険しい階段を下り、妖怪の山を目指すこと半刻(はんとき)少々。若い葉を生やした木々が不規則に並ぶ林に、鋭利(えいり)眼光(がんこう)を放つ乙女がいた。

 

??「霧雨魔理沙、今回の件は貸しにしておくわ。近い内にキッチリ返してもらうから首を洗って待ってなさい」

 

 そしてもう一人——

 

??「ふふ、お元気そうですね」

 

 乙女と呼ぶには幼く、幼女と呼ぶには悩ましい。『女の子』の呼び方がしっくり当てはまる女の子が。離れた宴の場を映すその眼差しは春の陽気の様に温かく、流れる空気の様に()みきっていた。

 

??「いいの? 顔出さなくて」

 

 瞳を閉じては(よみが)る数々の思い出。それは例え(わず)かであっても、彼女にとっては幸せな時間。それは友人達と共に歩んだ一声では語りつくせない波瀾万丈(はらんばんじょう)な物語。

 

??「お姉ちゃんが待ってますから。さあ行きましょう」

 

【挿絵表示】

 

 

 ここは幻想郷、全てを受け入れる楽園。先を急ぐ彼女に素敵な物語を。

 

??「ちょっと、前に出るのはいいけど」

??「なんですか?」

??「そっちは今来た方角よ」

??「へ?」

 

 




高麗野あうん、これまでストーリー上では登場していませんでしたが、挿絵にはしっかり狛犬姿でいてます。見守ってくれていたんですね。

そして、いつかやってみてみたいと思っていたコラボ。
東方の二次創作物ではかなり有名ですね。
MMDでもモデルがあるくらいです。
ストーリーがよくて感動しました。
ネタバレになるので多くは語れませんが、
『東方迷子伝』においてはIFストーリーです。
そんな未来があってもいいですよね。



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十一分咲き:アリスさん、ご自爆されたところ申し訳ありませんけど、僕は二度自爆しまして親友が推理を始めたんです。_※挿絵有

挿絵、モデルをダウンロードしてから完成まで約一時間。ワンドロと言えばワンドロ。


??「きぃいいもーてぃぃいいいいッ!!!」

 

【挿絵表示】

 

 

 空から真っ逆さまに落ちて来たのに生きてるぅッ!? しかも幽香さんの超極太ビーム当たってますよね? ドーンって音がした後すぐに降って来られましたよね?! なのに無傷って…、普通助かりませんよ、グシャってモザイクかかりますよ! どんだけ頑丈(がんじょう)なんですか、ロボットですか、超合金ですか?! そいで気持ちいいって……大変失礼ですが変な人です、ヘンタイです、ドMさんです。

 

海斗「お手を。天界きっての美少女、比那名居(ひなない)天子(てんし)さん」

天子「あら、ご親切にどうも。紳士(しんし)ね、高く評価するわ。それに顔も……うん、まずまずね。隣に置いても恥ずかしくない」

 

 さすが海斗君、よかったね海斗君、名誉挽回(めいよばんかい)できたね海斗君、イケメンだもんね海斗君。そっかー、比那名居天子さんっていうのかー、天界の人なのかー……天界?

 

海斗「俺の嫁にならない?」

天子「当然却下(きゃっか)

 

 それって、いわゆる神様とか仏様が住われるという神聖な世界、天国のこと? ということは海斗君のプロポーズ(いつもの)を断った方が…、つまりこちらの天子さんが天使さんってこと?!

 

海斗「なっ、差し支えなければご理由を」

 

 そんな…、夢にまで見た天使さんが…、世の男性なら一度は恋こがれる天使さんが……

 

天子「まず性癖(せいへき)が合わない。せめてあそこは手を差し伸べるフリして引っ込めるくらいしてもらわないと。それで私がバランスを崩したところをすかさず()みつけて、『なに期待してんだこのメス豚め』って(さげす)んだ目で(ののし)って……や〜ん考えただけでゾクゾクするぅ〜♡」

 

 あァァァんまりだァァアァ…。

 

??「お断りよ。なんで私が」

??「私も立場上そういうのはちょっと……」

??「じゃあフランが——」

??「よしアリス行ってこい」

アリ「え、えええ!? ちょ、ままま魔理沙?!」

 

 これでハッキリしました。本物の天使さんはこの世にたった一人だけだって。優しくて綺麗で笑顔が素敵で猫耳が……ってアリスさんいつからそちらに!? ぼぼぼぼきゅ大丈夫でした? 今度はダダ()れしてませんでしたか?!

 

アリ「あ、あの……ですね。その、えっと……」

 

 マズイです、漏れてたっぽいです。だって僕のこと見てくれてませんし、うつむいてますし、(こぶし)(にぎ)ってワナワナされてますし。

 

アリ「し…、し」

 

 きっと「もういい加減にして下さい!」とか「鳥肌が立つ程キモチワルイです!」とか「キショイ!」とか(さけ)ばれてそれで……

 

アリ「しししししし」

 

 謝らないと、今すぐ謝らないと、またやらかした事を今すぐちゃんと謝ら——

 

アリ「失礼します!」

 

 ないとぉおおおおおわあああああああああ!

 

ヤマ「久々に甘酸(あまず)っぱいのキター!」

パル「むっ、嫉妬(しっと)が生まれる予感」

ここ「二人とも顔真っ赤。ニヤニヤ」

萃香「アリスも見せつけてくれんじゃないの」

 

 「ぎゅー」って、アリスさんが「ぎゅー」って。アリスさんが飛び込んで来て「ぎゅー」って!

 あ…、あかん。アリスさんの香りがダイレクトにぃ…。ガンバレ僕の理性、ガンバレぼきゅのりせぃい、ギャンブァルェ…ぼーきゅーのりせぇええ……手ぐぁあああ、手ぇぐぁあああひとりでにぃ…——

 

??「さわったら()つ!」

 

 おかえり理性、早かったね理性、帰って来てくれたんだね理性。僕、冷静です。頭も心も(よど)みなく()みきってます。だから身動き一つ、まばたき一つ、呼吸一つ致しません。ですからパチュリーさん、僕のコメカミに突きつけられているチャージ済みの八卦炉(はっけろ)を収めて下さい。

 

パチュ「撃つ!」

 

 はい、承知しております。大事な事ですもんね。それとマスパ、パチュリーさんもやろうと思えば出来たんですね。つくづくアイデンティティとはいったい…。あと向こうのパルスィさんがヤマメさん達に取り押さえられてるんですけど……なんで?

 

アリ「すみません、すぐ済みますから。本当にすみません」

 

 それはそれとしてですよ? あ、その前にやっぱり息は吸わせて下さい。チャレンジしましたけど限界です、無理です、もたないです、死んじゃいます。

 フローラルなシャンプーの香りを取り込まないように角度を調整してぇ…。首がぁ、首つっちゃいそうぅ……ふぅ。うっ、少し肺に入った。

 

僕 「あああのここここれはどどどういう——」

 

 でもやっぱり置かれたこの状況を正しく解析出来そうにありません。(こころ)みる度に0.00001%も起こるはずの無い可能性に有頂天(うちょうてん)になって、そんな僕を否定する僕がいて、それでも(あわ)い期待に舞い上がって、それをまた冷たくバカにして。

 そろそろ振幅(しんぷく)の激しい感情が奇声となって表に出かねないので、どなたか解説をお願いします。

 

聖 「魔法は元来より魔法使いや魔界人といった魔に属する者でないと(あつか)えない術とされています。しかしあなたは『マスタースパーク』を放たれました。魔法とは(えん)もゆかりも無いはずの、ましてや非科学的な存在に否定的な外の世界から来たあなたがです」

パチュ「考えられる可能性は三つ。まず一つ目、八卦炉の暴発。長いこと使ってるから大いにあり得る。次に二つ目、魔法ではないマスパ。魔理沙の一番弟子の時と同じように、あなたが霊力や妖力といった別の力を放った可能性。ありえなくもない。最後に三つ目、あなたが魔法使いってことよ。ハッキリ言ってありえない。考えるだけでもバカらしい。なのに……」

魔理「それで『一応確かめてみようze☆』って事になったんだze☆。魔法使いなら『ジェム』っつー魔力の源が身体の中にあるはずだからな。その調べ方というのがご覧の通りだze☆」

 

 ですよねー、ですよねー、で・す・よ・ねー。大丈夫です、そんな気もしていましたから。ただちょっと、深く反省しているだけですから。身の程知らずだったな、って。ホント、何考えてたんだろ…。

 

フラ「ねー、まだかかるの?」

アリ「いた」

フラ「ホント?!」

アリ「……かも?」

魔理「ze★?」

アリ「さっきそれっぽいのがいたと思ったんだけど…。う〜…気配を消されて上手く探せない」

聖 「照れ屋さんなのかしら?」

パチュ「引込思案(ひっこみじあん)

魔理「ジェムまでチキン野郎かよ……」

 

 僕のジェムめぇ…。アリスさんが困ってるでしょ、しっかりしなさい! と言いたいところですけど、僕ですから…。照れ屋で引込事案でチキン野郎な僕ですから…。もうそのまんまですよ、生き写しですよ、所詮(しょせん)そんなものですよ……ぐすん。

 

アリ「もしかして……いなくなった?」

魔理「……もうさすがだよな」

僕 「なんかすみません……」

魔理「これ以上続けたころで成果は期待出来ないだろうな」

僕 「じ、じゃあ僕って」

魔理「『隠れ魔法使い』ってところじゃないか?」

聖 「そうねー…、ジェムもあったみたいだし」

僕 「僕が魔法使い……」

パチュ「調子に乗らないで。私は認めないから」

僕 「はい…、肝に銘じます」

魔理「ったく、そうカッカすんなze★。おいアリスもういいze☆」

アリ「う、うん」

 

 あ…、終わっちゃった。

 

アリ「ごめんなさいビックリさせて。ご迷惑でしたよね?」

僕 「いいいいえ、おどろきましたけど(迷惑だなんて)

 

 言えません。口が()ても言えません。本当のところどうだったかなんて……キモイですから。

 

アリ「魔理沙が後ろから押して来てそれで……」

魔理「パチュリーと聖がイヤだって言うからよ」

フラ「だからフランが——」

魔理「というわけze☆」

 

 承知いたしました。魔理沙さん、助けて頂きありがとうございます。でもそこに「魔理沙さん(ご自身)が」という選択肢は最初から無かったみたいですね。一つ屋根の下で一緒にご飯を食べている仲なのに、半年以上アリスさんのお世話になっている仲なのに、()れたくもない汚物(あつか)いなんですね……ぐすん。

 

魔理「それでもアリスは満更(まんざら)でもなかったみたいだけどな」

アリ「はあああッ?! アンタいい加減に——」

僕 「そうですよ、そんなはずがないじゃないですか。誰もいなかったから渋々(しぶしぶ)であって…。それなのに揶揄(からか)うだなんて——」

 

 きっと渋々ですらなかったはずです。嫌々(いやいや)、断腸の思い、苦渋(くじゅう)の決断だったんです。反論の余地も、(あらが)(すき)も、拒否する権利さえも魔理沙さんに(うば)われて、強制的に服従(ふくじゅう)するしかなかったんです。そんなのアリスさんが可哀想(かわいそう)じゃないですか。それなのに……

 

魔理「だってよぉ、きっひひひひひ」

僕 「な・に・か?」

 

 思い出してお腹抱えて笑い始めるとか…。僕だって…、僕だってですねぇ、僕だって怒るんですよ? 返答次第ではアリスさんのために怒っちゃうんですよ!?

 はい? デコを胸に当てるだけでよかった?

 

魔理「抱きつく必要はなかったんだze☆」

 

 はうわあああああッ、地雷だったー! ()まなければよかったあああッ。いや、逆に良かったの? とにかく熱い、熱いです、顔が激熱いです。脳汁がグツグツ沸騰(ふっとう)して空焚(からだ)きになりそうです……って、アリスさんがバグられたー! 思考回路がショートされて煙が上がっておられまする。小さくうずくまって「はわわ」になっておられまする。魔理沙さんしれっと爆弾仕掛けないで下さいよ!

 ラッキーだったな? なんで今同意を求めるんですか?! サムズアップでドヤりながら追加爆弾を投下しないで下さいよ! 

 ええそうすよ、心臓バクバクで破裂寸前で理性崩壊で語彙力(ごいりょく)消失で幸福超絶頂でグフグフでウハウハでラッキーでしたよ。否定しませんよ! だってアリスさんですよ? 『酒丸で聞きました。お嫁さんにしたい女性ランキング』の不動のトップ5、『(かみ)(ファイブ)』に君臨(くんりん)されているアリスさんですよ? そのアリスさんに「ぎゅー」されたんですよ? そんなの僕じゃなくても、男性だったら誰だって——

 

??「ご感想は?」

 

 嬉しいに決まってますよ!

 ……は? えっ、なに今の誘導尋問(ゆうどうじんもん)…。タイミング良すぎてまた口から(こぼ)れ落ちた可能性高いんですけど…。とは言っても、(のど)に残された余韻(よいん)から推測するに、ボソッと(つぶや)いたくらいでしょうし「もしかしたら聞かれた?」だなんて()らぬ心配なんですよ。というか今の誰です? フフフフランさん!?

 

??「へー、ソーナンダー。ヨカッタネー」

 

 聞かれてるうううッ。フランさんの瞳が暗く沈んでいくうううッ。マズイマズイマズイどうにかして誤魔化さないと、話題を変えて話を()らさないと。何でもいい、何でもいいから何かネタになりそうな物を急いで……ん? フランさんそれ…、腰から下げてるのって…………!?

 

僕 「フランさんがなんで?!」

フラ「えっ、えっ、えっ?! えええっと——が」

僕 「あの方が?!」

フラ「で、でも全然似て…?!」

僕 「海斗君これ…、これ、これこれこれ!」

 

 見ていたんです、間違いありません。

 確かにこれです、鮮明に覚えてます。

 だってその日——

 って、なんで海斗君メラメラしてるの? なんでみんなの視線が冷たいの? なんでフランさんが(あわ)ててるの? 顔赤いし、泣きそうだし、スカートを押さえて……!?

 

聖 「およしなさい、破廉恥(はれんち)ですよ」

魔理「ったく、お前はってヤツは……」

アリ「優希さん一旦落ち着きましょ。ね?」

海斗「嫁にセクハラしてんじゃネーッが、GJ♡」

パチュ「スケベ、変態、痴漢。男ってホント最低」

フラ「ゆーきなんてぇ…、ゆーきなんてぇ……」

僕 「ごごごごめ――」

フラ「ゆーきのバカあああああーーッ!!」

 

 

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 

 

 無我夢中(むがむちゅう)前後不覚(ぜんごふかく)猪突猛進(ちょとつもうしん)

 

優希「海斗君これ…、これ、これこれこれ!」

 

 オタクの意識は親友に全集中。見せたい、見せるべき、見せねばならない。怒涛(どとう)のように()き上がる使命感がオタクの背中を……(いな)、前から引っ張っていた。

 

フラ「待って待って待ってえええッ!」

 

 例え進行を(こば)む摩擦力が生じようが、例え背後から少女の甲高(かんだか)い悲鳴が上がろうが、例えその少女が()がされるフリルスカートに(あらが)っていようとも聞こえぬ、察せぬ、(とどま)らぬ。故に、

 

優希「申し訳ございませえええんッ!!」

 

 地に額を打ちつけて超土下座、パターンの(とぼ)しいセリフで超謝罪、冷たくのしかかる圧力に涙を浮かべて超反省、当然の末路だ。(よわい)500そこそこの幼女に(みだ)らな行為を働くなど許されるものではない。だがそれでも幼女達は知っている。

 

優希「ごべ…んだ…ざぁぃいい。ばざど…ぢが…ゔんべずぅうう」

 

 嗚咽(おえつ)混じりで解読難解の謝罪文を述べるこの彼が、ぐしゃぐしゃの泣きっ面で許しをこうこのオタクが、『きゅっとしてドカーン』の恐怖にガクブルして額を擦りおろし延命を懇願(こんがん)するこのヘタレキモ男が——

 

魔理「もういいッ次!」

 

 そして、オタクは説明した。自分が何故取り乱したのか、何故親友を呼び寄せたのか、何故幼女のスカートを引っ張り始めたのか、その訳を。

 

フラ「けどアイツ——」

 

 彼女がそれを(ゆず)り受けたのは第二演目の開始直前、オタクがA○フィールド全開にビシッとスタンバっていた最中のこと。妹の駄々(だだ)にリミットを超えたカリスマが実力行使に打って出ようとしたまさにその時だった。

 

 ——これ、キミだよね?

 

 (ひか)えめな金属音と共に発せられた一言は、姉妹の気を引きつけるばかりか、周囲の者達の視線をも釘付けに。人気劇の幕が上がる中、その場の視線は春風に揺れる小さく平たい妹様に向けられていた。

 

 ——キミのでしょ?

 

 (くさり)()るされた自分を差し出され(しば)し思考停止、我に返って手に取ってはマジマジと見つめ、また思考停止。アクセサリーの(たぐい)であると(うかが)わせるそれは、彼女が初めて()れる材質だった。固く、冷たく、それでいて軽い。当然彼女に覚えのある代物などではない。しかし……

 

 ——名前書いてあるし。

 

 『フランドール・スカーレット』と(せま)い空間に(きざ)まれた文字は(まぎ)れもなく自分の名前。それでも彼女は首を横に振り、手の中の自身に思いを零していた。

 

 ——子供っぽい。私(本物)の方が色気あるもん

 

 声ではなく鼻からため息として。ともあれ「持ち主が見つかるまで預かる」と側にいる魔女ちゃんが放ちそうな台詞(せりふ)を吐き、返事を待たずに身につけていた。あたかも初めから自分の物であったかの様に堂々と。

 預けた者も「勝手にすれば」と彼女のジャイアニズムを(とが)めることもなく、このまま終止符が……とはいかなかった。

 

 ——これをどうした?!

 

 「待った!」をかけて割って入り、入手経路を問い詰める白黒魔法使いとその仲間達。その中にはカリスマお姉様の姿も。鬼気(きき)(せま)る表情の彼女達に彼は簡潔に答え、再び恋人と二人だけのラブラブな(さかずき)を交わし始めるのだった。

 

フラ「『(ひろ)った』って言ってたよ?」

 

 それが数刻前の出来事、こうも早く持ち主が現れようとは誰が予測出来ただろう。しかもまさか、よもや、よりにもよってお調子者だとは。ましてやその事を未だ涙が止まらぬヘタレキモ男が知っていようとは。

 彼は忘れられなかった。鈍器(どんき)(なぐ)られたような頭痛をアラームに目を開けてみれば、ありえない世界に迷いこんでいた時のことを。

 彼は覚えていた。爪先(つまさき)から押し寄せる披露(ひろう)感と心地のよい振動に(いざな)われ、親友と共に眠りについた時のことを。

 彼は見ていた。あられもない格好で並べられた商品に初心(うぶ)な男心を刺激される中、親友が熟練された(たたず)まいと経路で¥1000以上もするイイ方のキーホルダーを購入していた時のことを。 

 

海斗「何処でですぜ?」

魔理「さあな、そこまでは言わなかったze☆」

 

 お調子者は探していた。買い物へ行く度に、出かける度に、ふらっと人里へ(おもむ)く度に。幻想入りを果たしたと思われる場所、人など滅多に訪れない殺風景な長い長い長〜い階段を通る度に。しかしどの時も結果は同じ、「キーホルダーは幻想郷入りしていない」お調子者がそう結論付けるのも(うなず)ける。

 だがこの瞬間、その結論は(くつがえ)された。

 

海斗「……いや、おかしい」

 

 真っ先に過ぎる可能性は何者かに盗まれていたということ。だがこれでは不自然な点が残る。なぜなら彼のカバンは無事だったのだから。物取り目的ならばカバンごと消えているはずである。お調子者はこの不自然な点を説明できず、口にする前に候補から除外した。

 ともなれば、キーホルダーだけ別地で幻想入りを果たしていたと考えるのが(すじ)。そう思い至ったお調子者の目に、沈みに沈んだ友人の姿が()まった。

 

海斗「そういや優希って——」

 

 『幻想入りは何処で』

 この問いにタワシ頭は当時の事をかい(つま)んで説明した。元気を取り戻しながら、血の気を取り戻しながら、鼻の下を伸ばして口元を(ゆる)ませながら。だがそれはタワシ頭が目覚めた後の出来事。

 

優希「その前はアリスさんから聞いたんだけど」

 

 『魔法の森の中で倒れていた』

 友人が答えるなり今度は瞳に人形使いを閉じこめるお調子者。突然の力強い眼差しに、彼女は(おび)えながらも一度だけ深く(うなず)いた。裏は取れた。

 

海斗「俺は冥界、白玉楼の辺りだ。なあ俺達って」

 

 『電車で隣同士に座っていたはず』

 確かめ合う当時の記憶、だが明白になるのは不可解な事実だけ。同じ時間を共にし、同じ空間を共有し、ましてや触れ合う距離にいたはずの二人が、行き着いた先がかけ離れた地にいたのだから。

 顎下(あごした)に拳を当て、(うな)り声を上げながらこの難問に(いど)むお調子者。あれやこれやと脳内サミットを繰り広げる中、さらなる疑問が浮上した。

 

海斗「なんで俺達だけ? 他の乗客はどうしたんだ?」

 

 静かな湖畔(こはん)に一石の石が落とされた。

 

??「電車……?」

 

 広がる波紋は音もなく不気味に押し寄せる。

 

??「乗客……」

 

 清らかな水を送り続ける水路へと。

 

??「私……」

 

 (まし)て駆け上る、変えて(めぐ)る、濁流(だくりゅう)へと変貌(へんぼう)()(よみがえ)る。逆流を許した水路は今、崩壊する。

 

??「私は、私は!」

 

 人々を押し退()けひた走る彼女に余裕など無い。

 数多(あまた)の視線を集める彼女に平穏など存在しない。

 肩を震わせ平伏(へいふく)する彼女に日常など許されない。

 

??「私はあなた様のおかげで!」

 

 直後、時が凍りついた。全員がその光景に我が目を疑っていた。逆行する激流を(さえぎ)り、崩壊した水路を修復し、湖畔に静けさをもたらす異常な光景に。涙を浮かべて(うった)えていた彼女の額には——

 

??「4人目、みーっけた」

 

 だが時は待ったなしに動き出す。

 

??「なぜ彼女達を幻想郷へ導いたのですか?!」

 

 宣戦布告によって。



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