【完結】ハリー・ポッターと蒼黒の魔法戦士 (Survivor)
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プロローグ.運命の邂逅

 ハリー・ポッター。

 その名を知らぬ者は、魔法界に住む住民には誰一人も居ないくらい、彼は超有名な偉人だ。

 最強の闇の魔法使い・ヴォルデモート卿率いる闇の陣営が猛威を振るっていた第一次魔法戦争に終止符が打たれたのは、言うまでもなくハリー・ポッターの活躍によってである。

 『死の呪文』を免れた唯一の魔法使いとして、そして『生き残った男の子』として、彼は僅か1歳と3ヶ月で魔法界の伝説の人物となった。

 ヴォルデモートがハリー・ポッターを殺し損ねてひと度姿を眩ますと、闇の帝王に忠誠を誓い、『許されざる呪文』を使って多くの魔法使いを拷問・殺害・服従させて魔法界を恐怖に陥れた闇の魔法使い・死喰い人(デスイーター)の多くがアズカバン行きを逃れるべく、崇拝してきた御主人様との関係を真っ向から否定し、日常生活に戻っていった。

 

 こうして、魔法界全土を震撼させる脅威は嘘のように鳴りを沈め、住人達は平穏無事な日々を過ごすことが出来た。

 そう、全てはハリー・ポッターのおかけで。

 当時、まだ赤ん坊であった彼の存在が、暗黒の勢力が支配する魔法界を救ってくれた。

 だから、偉大なる彼に敬意を払い、今の平和な世の中を祝う。

 今日も魔法界の何処かで、国中の人があちこちで夜な夜なこっそりと集まり、杯を挙げて『生き残った男の子、ハリー・ポッター』に乾杯しているだろう。

 

 

 

 だが―――そんな彼の実際の生活は、祝福とは程遠い惨めなものであった。

 

 

 

✡️

 

 

 

 サリー州リトル・ウィンジング、プリベット通り4番地。

 そこに在る親戚の所在地・ダーズリー家に住んでいる、クシャクシャな癖毛の黒髪にアーモンド状の緑眼を持つ小柄で痩身な少年、ハリー・ポッターは憂鬱な面持ちで一人公園のブランコに座っていた。

 着ている服はダブダブで、壊れた丸メガネはセロハンテープで補強している。

 ハリーは重苦しいため息を吐き、空を仰いだ。

 雲一つない輝く晴れ空で、太陽がギラギラと照り付ける真夏日の今は夏季休暇中だ。

 従兄のダドリーと共に通学しているセント・グレゴリー小学校は長期休業の期間で、これが普通の家庭の少年少女なら歓喜するだろうが、生憎ハリーは楽しい気持ちになど、これっぽっちもなれなかった。

 何故なら彼は、他のクラスメイトとは違う。

 その違いのせいで、学校ではいつも孤立していて友達も誰一人いなかった。

 

 まず、ハリーは孤児だ。

 それだけでも、他のクラスメイトとはちょっと違う。

 その『違い』を苛めたりする大人や子供は、周りに大勢居る。

 何か特別な事情を持っている者を蔑み排除することで、自分が周囲から浮いていないことを自覚し安心感を得る。そのために、他人を標的にしようとする人は、何処にでも居るのだと、ハリーはなんとなく理解するようになっていた。

 

 そしてハリーは学校だけでなく、自宅も嫌っていた。

 孤児故に唯一の親戚であるダーズリー家に身を置いているのだが、その一家はハリーにとって家族とは言い難い存在だった。

 一応は育ての親であるダーズリー夫妻―――バーノンとペチュニアは息子のダドリーを溺愛して甘やかすのに、甥の自分には一切見向きもしてくれない。与えられる服は全てダドリーのお古で、自分の身長に合ったサイズの服は一着も買ってくれなかった。

 食事作りや郵便受け取りといった家事も強制的にやらせ、1年に一度しかない特別な日・誕生日を迎えたとしても、祝って貰えるどころかプレゼントらしいプレゼントを渡された記憶は一片たりともない。

 幸せな家庭だと全然感じられないハリーは、家でも学校でも身の置き所が何処にもなかった。

 

 が、ハリーには、何故ダーズリー夫妻が自分を残酷に扱うのか、その心理を悟っていた。

 時々、ダーズリー夫妻は夕食抜きの罰を与えたり、階段下のクモだらけの物置に閉じ込めるのだが………そういう時はいつも決まって、何かまともでない出来事が起きるのだ。

 例えば、叔母のペチュニアがクシャクシャな髪がすぐ伸びることに腹を立ててキッチンバサミで前髪だけを残してほとんど坊主になるまで刈ってしまったのに、翌日には元のクシャクシャな状態まで伸びたことがあった。

 またある日は、従兄のダドリーとその友人のグループ『ダドリー軍団』がハリーを追い掛けて楽しむ『ハリー狩り』と呼ばれる特殊なゲームの真っ最中、気が付いたら食堂の屋根の上に腰掛けていたこともあった。その時ハリーがやろうと思っていたのは、食堂の外に在った大きな容器の陰に飛び込もうとしただけである。

 ハリーはジャンプした拍子に風に浚われたに違いないと思っているが―――どうしてそんな不可思議な現象が周囲で引き起こっているのか、何も知らないハリーには知る由もない。

 

 でも、これだけはハッキリと理解している。

 ダーズリー夫妻はとにかく『普通』を好み、不思議とか神秘的とか、『まともでない』非常識を憎悪している。

 だから、そういう原因を作っている甥の自分を嫌悪しているのだ。尤も、何故そういった出来事が起きるのかを誰よりも知りたいのは、ハリー本人なのだが―――。

 

 天を仰ぎ見ていたハリーは額に触れる。

 物心ついた頃から両親は居らず、ダーズリー夫妻の話によれば、両親は交通事故で死亡し父親は無職の飲んだくれだったとか………。

 そして、自身の額にある稲妻型の傷痕もその事故でついたものらしい。しかし、ハリーは本当にそうであるのか、不思議で堪らなかった。

 時折、ハリーは額の痛みと共に緑の閃光と冷たい高笑いを思い出すことがあっても、僅かばかり記憶に残っている光景が何なのか、自動車事故なのか、それだけは思い出せない。

 真相を確認したくても、出来なかった。

 バーノンとペチュニアはとにかく質問を禁じ、特に両親について尋ねる行為を嫌っている。

 なのでハリーは故人の両親について知り得るのを断念せざる得ないのだが―――。

 

「―――おーい、ダドリー! アイツが居たぞ!」

 

 公園の出入口から、馬鹿デカイ声がした。

 ハリーはハッと視線を声がした方向に向ける。

 案の定、そこにはダドリーとダドリー軍団のヤツら―――マルコム、デニス、ゴードン、そしてピアーズ・ポルキスが、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべながらこちらを見ていた。ちなみにさっきの声はマルコムである。

 ハリーは反射的に立ち上がり、逃げようとしたが………皮肉なことに、此処には逃げ場が何処にもなく、袋のネズミであったハリーは彼らに捕まってしまった。

 

「離せ!」

 

 喚くハリーをピアーズが抑え込む。

 ガリガリに痩せたネズミ顔の彼はその見た目に反して腕力が強い。

 ダドリーが誰かを殴る際、大抵相手の腕を後ろに捩り上げる役を買っているのは言うまでもなくピアーズだ。

 

「大人しくしてろよ。………ダドリー、いつでもいいぞ」

 

 ピアーズが目配せすると、ダドリーは待ってましたと言わんばかりの満面の笑顔で、動きを封じられている従弟の前に立つ。

 ピンクのデカイ顔に、薄水色の小さい眼、ブロンドの髪をした巨漢のダドリーは、従弟のハリーから「豚がカツラをつけたみたい」と言われるほどの肥満体型だ。

 ダドリーは血の繋がった従弟をお気に入りのサンドバッグにし、ハリーは従兄の顔面パンチがしょっちゅう飛んで来ることから、丸メガネのあちこちにセロハンテープを貼り付けてあるのはそういう訳である。

 

 ハリーはギュッと眼を閉じ、下唇を噛み締め、これから来るだろう痛みに身構えた。

 マルコム、デニス、ゴードンは興奮気味な様子で包囲し、ダドリーは殴る態勢に入る。

 そしてダドリーが拳を握り締めた、その時。

 

 

 

「おい。止めとけよ」

 

 

 

 何処からか、誰かの声が全員の耳を打った。

 今まさに殴り掛かろうとしていたダドリーは聞き慣れない声に意識が移り、顔をしかめながら後ろに振り返る。

 ダドリー軍団も同じく後ろに向き、ハリーは束の間ホッとしつつ、止めてくれたのは一体誰なんだろうと緊張感が走った。

 

「あっ!? 誰だお前!」

 

 真っ先にマルコムが声を上げ、その場から弾け飛ぶように走り出す。ダドリー軍団はピアーズを除いてデカくてウスロノだが、腕力だけは人一倍ある。

 なので普通に考えればマルコムが圧勝すると誰もが思うが………バタンッ、と鈍い音がし、ハリーは恐る恐るといった感じに眼を開けた。

 ダドリー軍団は揃いも揃ってデカく、前方の視野は遮られているので、声の主がどんな人物なのか視認することは生憎出来ない。

 

 ………と思っていたが、現実は違った。

 瞼を開いて視界に飛び込んできた光景に、ハリーは緑眼を大きく見張った。

 信じられないことに、地面に倒れていたのはマルコムの方であったのだ。

 つい先程まで彼が立っていた場所の空間がガラ空きだったので、ハリーはようやく初めて聞いた声の持ち主がどういう人なのかを知る。

 年は自分達と然程変わらないだろう、一人の少年が立っていた。

 ………いや、ちょっと待てよ。

 あれは本当に少年か?

 そう疑問に感じたハリーはまじまじと見る。

 

 狼を思わせる、丸っこくて柔らかそうなウルフカットを施した短めの黒髪。

 眼光炯々という言葉がまさにピッタリな、蒼色の獣っぽい鋭い瞳。

 非常に整った顔付きは凛々しく、初見のはずなのに、この上無い頼もしさを感じる。

 

 割りと精悍な印象を受けたので、最初見た時はワイルドな少年と捉えてしまったが………よくよく見てみれば、美少年のようなルックスをした少女だと認識する点が幾つか見付かった。

 ロング丈の黒いカットソーに包むその身体は薄い服越しからでも容易に察するくらい華奢で、四肢もスラリとしている。外気に晒されている肌は雪のように白く、美容に気を配っているクラスメイトでさえ、あそこまで色白な女の子はいない。

 それらから推測するに、初見ではわかりづらいが、あの人は女の子なんだろうけれど………ついさっき耳にした低音ボイスや口調を考えると、見たまんまの通り、男の子であるとも言える。

 

 区別がつかないので、ひとまずは『彼』と呼ぶことにしよう。

 『彼』は何者なんだろうか?

 あのケンカ強いダドリーの子分の一人を倒すなんて、相当な人間だ。少なくとも、そこいらに居るような非力な少年少女では到底ダドリーやその友人達に敵わない。

 そのことは、ハリーがよく知っている。

 ってことは、やっぱり男子なのだろうか?

 しかし、それにしては身体が細い………。

 自分みたいに、お腹いっぱいに食べさせて貰えなくて年齢の割りに小柄で痩身だというのも一つの考えとしては挙げられるが、シンプルなのにスタイリッシュな格好を見ると、そうではないと思う。

 結論の出ない思考にハリーが囚われている間にも、邪魔者が乱入してきて腹を立てたダドリーが標的を従弟から『彼』に変更し、ピアーズに指示した。

 

「ピアーズ、アイツの腕を後ろに捩り上げろ」

 

 命令を受けたピアーズはハリーを解放し、ドンッと横に突き飛ばす。尻餅をついたハリーは手を擦り剥いて痛みに顔を歪めるが、あっ、と勢いよく顔を上げた。

 ピアーズは『彼』を束縛しようと接近する。

 『彼』は一歩も動かなかったが―――ピアーズが手を伸ばした瞬間、物凄い速さで彼の細い手首を掴み、逆に捻り上げた。

 

「イタタタッ………!」

 

 ピアーズは堪らず呻き声を上げ………『彼』は更に力を加える。

 屈辱的であったが、ピアーズは懇願した。

 

「は、放せ………ッ!」

 

 すると、『彼』は無表情でパッと手を放した。

 その途端、ピアーズは痛む手首を擦りながら、涙眼でその場にへたり込んだ。

 ハリーはビックリした顔で凝視する。

 ピアーズ以上に細い腕をしている『彼』は何処からそんな力が沸いてくるのだろう?

 ハリーがそう疑ってしまうのも無理はない。

 相手をガッチリホールドするほど剛力なダドリーの手下を、たった一度手首を捻り上げただけで制圧するなど………とんでもないヤツだ、と再認識した。

 

「お前ら、さっさと此処から立ち去った方が無難じゃないか? 極力は、傷付けたくないし」

「コイツ………!」

 

 『彼』の挑発的な態度と物言いにイラッとしたのか、リーダー格のダドリーは思い切り眉を上げる。ケンカする気満々のダドリーの様子に『彼』は深く息を吐き………眼を閉じた。

 同じく眉を釣り上げていたデニスとゴードンが勢いそのままに飛び掛かろうとしたが、ダドリーが「お前らは引っ込んでろ!」と命令し、『彼』に向かって突進した。

 迫ってくる気配を察知した『彼』の、再び開いた双眸に浮かんだ冷酷な眼差し。

 その瞳には、無謀にも突っ込んでくるバカの姿をハッキリと反射している。

 アイスとナイフを組み合わせたかのような、冷たさと鋭さが入り交じった蒼い両眼がスッと細められたと思いきや―――『彼』の華奢な身体が回転、細い左脚の甲で、ダドリーの腹部に一発蹴りをお見舞いした。

 

「う、あ………ッ………!」

 

 爆発するような打撃をモロに喰らい、唾液を吐きながら、ミドルキックにより軽く吹き飛ばされたダドリーは熱い地面をのたうち回った。

 『彼』が今しがたしたのは『回し蹴り』だ。

 あらゆる格闘技で用いられる蹴り技の一種で、腰と蹴り足の円運動を支持足(軸足)で支えるのでバランスを維持するのが難しく、非常に複雑な運動をする蹴り技であるが、正確に使えば強力な技となる。

 通常、格闘技でハイキック、ミドルキック、ローキックというのは、それぞれ上段、中段、下段の回し蹴りを意味していて、ミドルキックは相手の腹部と腕部に蹴るものを言い、単に『ミドル』と略称されることもある。

 右ミドルよりも、左ミドルの方が相手に大ダメージを与えやすい。左ミドルは相手の右脇腹にある肝臓に当たりやすいため、クリーンヒットすれば相手を悶絶させることが可能だ。

 

「言っただろ? 極力は傷付けたくはないって。それともなんだ? まだやるのか?」

 

 冷たい光を宿した蒼色の双眼に、上半身を起こしたダドリーはゾクリと背筋が凍り付く。大将が打ち負かされて、子分のデニスとゴードンは額に冷や汗が流れた。

 

「お、覚えてろよ! 僕のパパとママに言い付けてやる!」

 

 ダドリーはプライドがズタズタにされた気分に打ちのめされながら、下っ端感がスゴい捨て台詞を吐き捨てると、フラフラと立ち上がって無様に立ち去った。

 慌ててダドリー軍団も逃げ去り―――『彼』は一息つくと、ハリーの方を見て歩み寄った。

 

「大丈夫か?」

 

 手を差し伸べながら、『彼』はそう尋ねる。

 

「う、うん………大丈夫」

 

 ハリーは『彼』の手を借りながら、ヨロヨロと起き上がって土埃をパンパンと払う。

 

「その………助けてくれて、ありがとう」

「別に気にしなくていい。当たり前のことをしただけだ」

 

 『彼』はダドリーとその友人達が去った方向を一瞥後、軽く肩を竦める。

 

「君、力強いんだね。僕、ビックリしたよ。アイツらを一人で倒すなんて………」

「一応、独学で格闘技を身に付けたからな。こんな所で役に立つとは、()もビックリだけど」

 

 『彼』の一人称に、ハリーは眼を見張った。

 

「………なんだ?」

「あ、いや、えっと………君、女の子なの?」

 

 捉え方によっては少し失礼な物言いになってしまったが、『彼』は特に気にした様子もなく、小さく頷く。

 

「ああ、そうだよ」

「………僕、君を見た時、一瞬少年かと思った」

 

 ハリーがそう呟くと、『彼』―――否、『彼女』は微苦笑した。

 

「やっぱり、少年と見間違えられたか。ちょっと髪を切ってみようと思って、これくらい切ったんだけど………どうしても、周りからすると性別が男と勘違いされるんだよな。だから、今は髪を伸ばしている。………ま、それ以外の理由もあるんだけどな」

 

 そこまで言ったら、今度は『彼女』が尋ねてきた。

 

「ところで………アイツら、アンタを苛めてたように見えたんだけど、いつもそうなのか?」

「え? あ、うん………いつもそうだよ」

「クラスメイトか?」

「うん。僕を殴ろうとしてたのは、従兄でもあるけどね」

 

 それを聞き、『彼女』は僅かに眼を丸くする。

 

「は? アイツ、血の繋がった従兄なのか?」

「そうだよ」

 

 ハリーが首肯した途端、『彼女』は嫌悪感を丸出しにしながら、端正な顔をしかめる。

 なんてヤツだ、と言いたげな表情だ。

 

「………まあ、立ち話もアレだし、ブランコの椅子に座るか」

 

 と言うことで、二人はブランコまで歩き、それに腰を下ろした。

 

「………………」

「………………」

 

 どちらも互いに口を開かない。

 まあ、二人は出会ってまだ間もないので、仕方ないと言えば仕方ないが………。

 しばらく、二人の間で沈黙が流れ………それを先に破ったのは『彼女』の方からであった。

 

「そういえばさ………私の直感だけど、アンタ、何かしらの事情抱えてるだろ」

「! …………………そう、見える?」

 

 唐突の問い掛けに、ハリーはギクッとする。

 

「なんとなく、だけどな」

 

 『彼女』はチラリと見て、すぐに前方の視界に広がる何も無い空虚の空間を眺める。

 

「当たってるか?」

「………まあね」

「………そうか」

 

 再び訪れる、静けさに覆われた空間。

 ハリーが口を開くか開かないかで悩んでいると―――『彼女』はフッと一息ついて、

 

「―――で、それから?」

 

 と、頭にポンと手を置いた。

 

「………え?」

 

 突然のことにハリーが呆然とすると、

 

「全部言ってしまえ。アンタ、他人に弱音を吐きたくても吐けない環境だったんだろ。最後まで聞いてやるから、こういう時くらい、全部吐き出せばどうだ? ………まあ、ついさっき出会ったばっかの女が、こんなこと言ってもどうしようもないだろうけど………こうして私とアンタが此処で出会ったのも、きっと何かの縁だろうし」

 

 と、『彼女』は言った。

 その言葉に、ハリーは一瞬戸惑った。

 が、同時に衝動にも駆られた。

 『彼女』本人が言ってた通り、まだ会って間もない他人に自分が抱える複雑な家庭環境を話すかどうか、ハリーは苦悩したが………『彼女』の言葉が頭の中でリフレインする。

 

 ―――最後まで話を聞いてやるから、こういう時くらい、全部吐き出せばどうだ?

 

 その言葉を掛けられた刹那―――思わずハリーは感激してしまった。

 この数年間、誰にも悩み事や苦しみを打ち明けられない環境に心が蝕まれていき、苛まれてきた自分に救いの手を差し伸べてくれたのだ。

 『彼女』の本意はよくわからないが………理由はどうであれ、助けようとしてくれているのに代わりはないと思う。

 気付いた時には、ポツリポツリ語っていた。

 

「僕、生まれた時から両親いなくてさ。それで、母方の親戚の人達に育てられたんだけど………叔父さんも叔母さんも、息子―――僕の従兄に対しては溺愛するのに、甥の僕に対しては………何て言うか、奴隷的な扱いかな」

 

 これまで受けてきた冷遇を思い返しながら、ハリーは俯きがちに言う。『彼女』は黙って聞いていた。

 

「一度もお腹いっぱい食べさせてくれないし、新しい服だって買ってくれない。渡されるのはいつも従兄のお下がりで、今着ているこの大きすぎる服もそうなんだ。それに………」

「それに?」

「………それに、今日は僕の誕生日なのに、今までプレゼントをくれたことも、『おめでとう』って言ってくれたこともない」

 

 そう、7月31日の今日はハリーの誕生日だ。

 誕生日は年に一度しかない特別な日だ。

 それを親戚の人が祝ってくれないと知り、表面上はあまり変化は見せないが、『彼女』は愕然としてしまった。

 

「………そうか。………ところで、学校はどうしてるんだ?」

「一応通ってるよ。でも………本当は、学校に行きたくない。孤児ってだけで、クラスメイトには蔑まれるし、中にはさっきのヤツらみたいに苛めてくる。………学校でも家でも、僕の味方は誰もいない」

 

 だから、と。

 ハリーは微笑しながら、『彼女』を見た。

 

「君がさっき僕を助けてくれたの、凄く嬉しかった。他の皆は、僕がちゃんとした家族を持っていないってだけで馬鹿にしてくるのに………」

 

 その言葉に、『彼女』は挙動を止める。

 粗方口に出したことでストレス発散して気分が楽になったハリーは、ハッとする。

 

「………なんて、こんなこと、初対面の君に言っても困るよね。気にしないで。聞いてくれただけでも、僕は嬉しかったから。さっきの話は忘れてくれないかな?」

「………いや」

 

 首を振った『彼女』は、静かに口を開く。

 

「初対面のヤツがこういうこと言っても、お前に何がわかるんだって思うかもしれないけど………アンタの気持ち、少しはわかるつもりだ」

「え………?」

「私もアンタと同じで、両親はいない。………だから、アンタの気持ち、少しはわかるよ」

 

 またまた訪れる、互いに無言の静かな空間。

 ハリーはじっと『彼女』を見つめ、恐る恐るといった感じに話し掛けた。

 

「じゃあ、今まで、どうしてたの………?」

「それもアンタと同じで、私と一緒に住んでいる血の繋がってない義理の姉は、母方の親戚に面倒見て貰ってる。今はたまに会う程度だけどな」

「………その人達は、君をどう思ってるの?」

「実の娘みたいに可愛がってくれるよ。…………アンタからすると、『なんで?』って思うかもしれないけど。………私は、あの人達と顔を見合わせるのが本当は辛いよ。出来ることなら、遠ざけてしまいたいって思うくらい」

 

 ハリーはビックリしてしまった。

 自分とも少なからずの共通点がある『彼女』と決定的に異なる点―――母方の親戚に愛情を貰っている、が心苦しいとは一体何故………?

 

「………なん、でなの?」

「…………………………」

 

 『彼女』は視線を落とし………深くため息をついて、語った。

 

「私のお母さんの妹―――血の繋がった叔母さんは、私のお母さんと姉妹関係だったから、顔が似ている。………だから、辛い。もうどうしようもないのにお母さんが戻って来たって、錯覚してしまう」

 

 あと、と。

 『彼女』は暗い翳が差した顔で続けた。

 

「私には母方の叔父夫妻がいてさ。その人達は、実子の双子の兄妹と変わらない愛情を注いでくれるけど………時々、こう思うんだ。私は血の繋がりがあるからこその息子と娘のオマケで………ただ一人の人間として、個人として愛してくれる人は、もうこの世の何処にも居ないんじゃないかなって」

 

 ハリーは、何とも言えぬ気持ちだった。

 今までは、両親ではない保護者が面倒見てくれる人達は自分とは違って、その人達から愛情を貰えるのをとても幸せに感じていると、そう思い込んでいたが………実際はそういう気持ちになる人も居るんだと、世界観が少し変わった気がした。

 

「そっか………でもさ、叔父さんや叔母さんは君のことを心の底から愛してくれてるよ、きっと。実の子供に対する愛情と全く変わらない愛情を注いでくれるのが、何よりの証拠じゃないかな。だからさ、ちゃんと叔父さん叔母さんのことを信じてあげて。君自身がそう思ってくれなかったら、親戚の人達は皆悲しい気持ちになるよ」

 

 酷い扱いをしてくる自分の叔父夫妻とは違うんだから。

 言外にそう含みを持たせ、少しばかり羨望や嫉妬といった帯びた眼差しで見つめながら、ハリーは『彼女』に言う。

 『彼女』は鬱屈そうに長い睫毛に縁取られた蒼瞳を伏せていたが―――やがて大きく息を吸い、深く吐いた。

 

「………そう、だな。確かにそうだな。………指摘してくれて、ありがと」

 

 すると、『彼女』は急に立ち上がった。

 

「ちょっと待っててくれないか? すぐに戻ってくる」

「? うん」

 

 ハリーは首を傾げつつ、小さく頷く。

 『彼女』は駆け足で公園を出ると、何処かへ行ってしまった。

 その背中を見送っていたハリーは、見た目はワイルドな少年みたいなのに本当は女の子と言う、少しばかりインパクトが強い事実を改めて認識する。

 そうして、ブランコの鎖を握りながらボーッと輝く晴れ空を仰ぎ見ていると―――

 

「わっ………!」

 

 頬に冷たい物が当たった。

 ハリーはバッと振り返ると―――背後側に設置されたフェンスを飛び越えてきた『彼女』が、いつの間にか此処に戻って来ていた。

 『彼女』は周辺に在った自販機で購入したコーラを2缶手にしている。

 

「驚いたか?」

 

 『彼女』はイタズラ成功と言わんばかりに、あくまでもクールな表情ではあるが、微かに口角を上げて笑っていた。

 

「そういや、何がいいか訊くの忘れてたけど……まあ、その辺は許してくれよ」

 

 『彼女』はハリーにコーラ缶を一つ差し出し、

 

「こんなので悪いけど………誕生日おめでとう。これがその………私からの誕生日プレゼントだ」

 

 と、生まれて初めて誕生日を祝福してくれた。

 頭が追い付かなかったハリーは唖然とする。

 が、思考が再起動した直後―――感激したハリーは思わず涙ぐんでしまった。

 人生初、誰かが自身の誕生日をこうしてお祝いしてくれたのだ。今まで他人から冷遇を受けてきたハリーにとって、心の底から今一番幸せだと感じたことはない。

 

「これ、僕にくれるの?」

「ああ………受け取ってくれるか?」

「勿論だよ! ありがとう、本当に!」

 

 ハリーは感謝感激の気持ちで胸がいっぱいになりながら、『彼女』からコーラ缶を受け取ると、プシュッとプルタブを開け、『彼女』もプルタブを開ける。

 視線を合わせた二人は赤い缶を軽く当て、

 

「「乾杯」」

 

 と笑い合って、缶に口をつけた。

 炭酸特有のシュワシュワが口内で広がり、冷たくて美味しい。でもそれ以上に、『彼女』からの厚意がより一層コーラを美味しいと感じさせているとハリーは思った。

 

「僕、初めてコーラを飲んだ」

「そうなのか?」

「うん、そうだよ。今日初めて飲んだけど、凄く気に入った」

 

 ハリーの感想を聞き、『彼女』はよかったと安心した表情を浮かべる。

 炎天下の元、二人の少年少女はキンキンに冷えたジュースを渇いた喉に通し―――飲み干した二人はきちんと空き缶をゴミ箱に捨てた。

 

「じゃあ、そろそろ、私は帰る」

「うん。………今日は、本当にありがとね」

「こちらこそな。………ああ、そうだったな」

 

 『彼女』はキョロキョロ辺りを見回し、近くに誰も居ないのを確認してから、ハリーの前に立ってこう言った。

 

「私がいいって言うまで、眼を瞑れ」

「え………?」

「いいから早く」

 

 急かされたハリーは慌てて眼を瞑った。

 途端に何も見えなくなり、ハリーは何故こうしろと言われたのかがわからず、全身に緊張感が走る。

 『彼女』が何らかのモーションをしているのは気配でわかるが―――。

 

「―――よし、眼を開けてもいいぞ」

 

 『彼女』の許可が下り、恐る恐る、ハリーは瞼を開き………アーモンド状の緑瞳を剥いた。

 なんと、丸メガネが完全に直っていたのだ。

 思わず手に取ってチェックする。

 そしてまた驚いた。

 ピアーズに突き飛ばされた際、擦り剥いた掌が治療されていたからだ。

 

「え? な、なんで………?」

 

 ハリーは驚愕に凍り付いた顔で見上げる。

 そこには、意味ありげな表情でこちらを見据える『彼女』の端正な顔があった。

 

「! ………もしかして、君が?」

「さあ? どうだろうな?」

 

 スッ………と、細長い物を服の下に隠した『彼女』は背を見せ、歩き出す。

 

「じゃあ、私は帰るぞ」

「ま、待ってくれ!」

 

 ハリーは急いで立ち上がり、呼び止める。

 『彼女』は肩越しから振り返った。

 

「なんだ?」

「………一体、君は何者なんだ?」

「何者、ねえ………なんて言えば、一番いいんだろうな?」

 

 肩を竦めるだけで、『彼女』は答えない。

 ハリーは強い眼差しで、言葉を続けた。

 

「………僕達、また、会えるよね?」

 

 すると、『彼女』は眼を細めた。

 

「さあ? どうだろうな? 会えるかもしれないし、会えないかもしれない。こればかりは、私でもわからないよ」

 

 でも、と。

 小さく振り返っている『彼女』は、ハリーの瞳を真っ直ぐに見つめながらこう言った。

 

「こうしてアンタと出会ったんなら、また何処かでアンタと出会えるかもしれない。世界は広いからな。この世に生き続ける限り、意外な場所で巡り会うってことも、もしかしたら有り得るんじゃないか?」

 

 ハリーは目元を和らげ、笑みを浮かべた。

 

「そうだね。………僕、また君と会えたら嬉しいよ。そしたら今度は、僕が君にコーラを奢らせてくれない?」

「コーラ、か………アンタ、面白いヤツだな。そんなに気に入ったのか?」

「べ、別にいいじゃないか!」

 

 からかうような口調で『彼女』は笑い、ハリーはムキになって言い返す。

 

「まあ、気に入ってくれたなら何よりだ。………約束、忘れるなよ?」

「ああ、勿論」

 

 ハリーが大きく頷いたのを見た『彼女』は鋭い目付きを穏やかに和らげ………そして今度こそ立ち去った。

 

 

 この時。

 まだ己が果たすべき使命を知る由もない少年少女は、予想だにしなかっただろう。

 まさか本当に………意外な場所で、再び巡り廻るとは思いもよらずに。

 そして―――今日、初めて出会った刹那。

 運命の歯車が回り、狂い始めたとは、どちらも全く知らずに。

 

 




【プロローグの時間軸】
実は明確には定めていません。
1章が始まる数年前の出来事ですので、まあ6~8歳くらいの時に起きていたダブル主人公のエピソードだと思ってください。

【『彼』or『彼女』表記のオリ主】
実は一度、一時期だけどちっちゃい頃のオリ主の見た目は少年と間違えられるくらいの見た目、にしてみたかったんですよね。
本作主人公は母親の生き写しですが、どこか精悍な顔付きの叔父さんとも似ているので。てかむしろこの頃が一番狼っぽかったんですよね、見た目だけで言うなれば。

さて、そういう訳で一瞬少年と見間違えたハリーですが意外にも鋭い洞察力を発揮し、少年ではなく少女じゃないかと推測。
そこで性別が区別がつかないからとりあえずは『彼』と呼ぶようにし、後に少女だとわかったら名前がわからないので『彼女』と呼ぶように。
名前はあらすじに記述されてます。

【喧嘩の腕が強いオリ主】
なんだろう、進撃で言うところのライナーとアニみたいなもの?
ダドリーとダドリー軍団を一人で圧勝してしまうところを見た感じ、オリ主は喧嘩が滅法強いことが判明。
これには原作主人公もビックリです。

【一足先にハリーの誕生日を祝うオリ主】
ダブル主人公の約束事や乾杯をやってみたかったからです。ちなみにこれを書いてた時、無性にコーラが飲みたくなりました。

【まとめ】
プロローグはちっこい時のダブル主人公のエンカウンター、でした。
本当に、まさかこの二人が後々出会って世界を救うために奔走するとは、本人達からすると予想外だったでしょうね(と言っても、数年前のことだからお互いあまり覚えていないけど)。
この二人が本編にて今回のことを思い出し、コーラの約束を果たせるかは………これから読み進める読者の想像にお任せとします。


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Ⅰ.THE PHILOSOPHER′S STONE
#1.蒼黒の魔法戦士


第1章賢者の石編開幕。
初めまして、Survivor(サバイバー)と申します。
初投稿の作品でありながら大幅にリメイクするのはこれで何度かはわかりませんが、まあどうか大目に見てください。
完結までの道のりは険しいですが、最後まで付き合ってくれたら幸いです。
それではよろしくお願いいたします。

※3/14、一部本文修正。


 1991年6月20日。

 鬱蒼とした森林の中に威風堂々と聳え立つ壮大な古城の城内にある数多の部屋の最上階の一室。

 一人の少女が手にしていた本をベッドに投げ、それに続くように倒れ込み、使い慣れたベッドの感触と香りに身を委ねながら眼を閉じた。

 

「………今日って………私の誕生日か」

 

 少女は、不意に思い出した。

 今日は自分の誕生日である。

 1年に一度しかない、特別な日。

 そして、少女のようなある者達は11歳の誕生日になるとある学校から手紙がやって来るのだ。

 この世の中には魔法使い・魔女が住んでいる魔法の世界が非魔法社会(マグル界)に隣接してひっそりと存在し、魔法を扱える魔力や才能を兼ね備えた少年少女は11歳の誕生日に魔法学校から入学許可証が届けられる。

 

 整った顔立ちに淡い桜色の唇、すっきりと通った鼻筋にさらさらちょっと癖毛の黒髪、蒼の瞳を持つ少女が今年から通う英国魔法学校の名はホグワーツ魔法魔術学校―――世界一安全だと評されている古代魔法の牙城だ。

 黒髪蒼眼の少女はベッドから降りると、少し乱れた服を直し、広い自室を退室しようとして、ふと足を止めた。

 

 部屋に備え付けられている、大きな鏡。

 そこにはいつもと変わらない顔がある。

 だけど、蒼眼の少女は鏡を見る度にいつも思うことがあった。

 

 ―――見た目はお母さんそっくりだけど、眼だけはお父さんそっくり………か。

 

 両親のことを知る人は皆そう言う。

 長い黒髪に整いすぎている顔立ち。

 背は140㎝後半と11歳女子にしては高めの身長。蒼い両眼は、どこか冷たさを印象付けられる雰囲気が宿っている。

 容姿や性格は母親譲りだけれど、蒼い双眸は父親譲りの少女。

 

 ―――フィール・ベルンカステル。

 

 それが彼女の名前だ。

 フィールはそれまで見据えていた鏡から顔を逸らし、今度こそ部屋を退室した。

 薄暗く、広い廊下をゆっくりとした足取りで歩いていく。いつもの起床時間よりまだ早いけど、今日は特別な日だ。たまには悪くない。

 フィールはいつの間にか着いていた眼前にある大きな扉を開ける。

 リビングに入ったフィールの目の前には、見事なまでに綺麗な水色の髪に神秘的な紫の瞳を持つ温和そうな顔立ちの少女が立っていた。

 

「フィール、誕生日おめでとう」

「ああ、ありがとう、クリミア」

 

 自分の誕生日のため、おめでとうと言ってくれた少女―――クリミア・メモリアルは微笑んで、先程此処にフクロウ便で届けられたホグワーツの入学許可証をフィールに手渡した。

 

 フィールよりも3歳年上でホグワーツ生。

 所属寮はハッフルパフ。

 心優しく、誠実な生徒が多い、温かな寮。

 温厚な性格のクリミアには一番ピッタリと言える寮だと、フィールは思う。

 そして、クリミアは劣等生が多いハッフルパフでは別格の優等生で学年トップ。

 生徒達からの人気も人望も厚い、フィールにとって自慢の姉だ。だが、二人の姓を見てわかる通り、フィールとクリミアは血が繋がっていない。

 それでも二人には、家族以外の関係はないほどに強い絆がそこにある。

 

 クリミアが生まれて間もない頃、彼女の両親はどちらとも亡くなった。

 フィールの両親とクリミアの両親は旧い知り合いで学生時代の頃は同じホグワーツ生だった。そのため、孤児になってしまったクリミアをフィールの両親が見かねて引き取り、実の娘同然に可愛がった。

 しかし、フィールの両親さえも亡くなってしまった。

 幼くして親を失ったフィールとクリミアは後見人の人達が面倒を見てくれ、今はこうして生活が出来ている。

 

「いよいよ、フィールもホグワーツに通うのね」

「………そうだな」

 

 クリミアは妹も同じ学校に通うことをずっと楽しみにしていた。フィールは小さく頷く。

 

「さっき、ライアン叔父さんから、ダイアゴン横丁に連れてってくれるって連絡があったわ」

 

 ライアンとは、フィールの叔父の名前だ。

 亡き母の弟で、現在は他国のフランスに住んでいる。

 

「ライアン叔父さん、忙しいのに………有り難いな」

「そうね。それと………ルークとシレン、元気にしているらしいわよ」

「………そうか」

 

 ルークとシレンは双子の兄妹で、ライアンの息子と娘。

 フィールより2歳年上、クリミアより1歳年下の前者の母方の従兄と従姉だ。

 二人はフランスの魔法学校・ボーバトン魔法アカデミーで男女各トップであるほどの優秀な生徒あり、生まれはフランスだが、イギリス人とフランス人のハーフなのでフランス語と英語、どちらとも話せる。

 

「とりあえず、朝食を食べましょう。そしたら、玄関前まで行くわよ」

「ああ、そうだな」

 

 という訳で二人はテーブルに向かい、椅子を引いて座ると早速食べ始めた。

 サクサクとパンを食べ、コーンスープを喉に通し、ミルクを飲んだら二人は玄関前まで行く。

 程無くして、黒髪金眼の精悍な顔付きをしている若い男性が『姿現し』で現れた。

 

「フィール、クリミア。久し振りだな」

 

 黒髪金眼の男性―――ライアンは、久方ぶりに会う亡き姉の忘れ形見に明るい笑みを見せた。

 

「ライアン叔父さん、お久し振りです」

「おいおい、敬語なんて使わなくていいさ。僕は君達の父親代わりでもあるんだから、普通に話し掛ければいいよ」

「………そう、わかったわ」

 

 クリミアが小さく頷くと、今度はフィールの方に顔を向ける。

 

「フィール、誕生日おめでとう。もう11歳なんだな」

「ああ、うん………ありがと」

「よし、それじゃ、そろそろ行くか」

 

 ライアンは二人の手をそれぞれ握る。

 二人もギュッと握り返し―――次の瞬間、『付き添い姿くらまし』で三人の姿は一瞬で消えた。

 

✡️

 

 ダイアゴン横丁。そこは魔法使い達が必要とするありとあらゆる魔法道具が売られている魔法界の商店街だ。入り口はイギリス・イングランド、ロンドンのチャリング・クロス通りに面したパブ『漏れ鍋』の裏庭にあり、ある特定の煉瓦を杖で叩くことで入ることが出来る。

 煙突飛行粉(フルーパウダー)と呼ばれる魔法粉を使って魔法界では一般的な移動手段の一つ・煙突飛行ネットワークでダイレクトにダイアゴン横丁直行という方法もあるが、今回は前者の方法を選択した。

 漏れ鍋付近の人目がつかない場所に現れた三人は徒歩でそこに向かい、目的地まで辿り着いたら、ゆっくりとバーテンの扉を開ける。店内はバーや食堂、個室があり、そのほとんどが色とりどりのローブを羽織った多くの客でワイワイ賑わっていた。

 ライアンとクリミアの後ろをフィールは歩く。

 

「おや、ライアンじゃないか。それにメモリアル嬢も。今日はどういった用件で?」

 

 ハゲて歯の抜けたクルミのような顔をしている店主・トムがそう尋ねると、

 

「彼女にダイアゴン横丁を案内するためです。フィール、ほら、挨拶」

「こんにちは。フィール・ベルンカステルです」

「ベルンカステル………では、彼女は………」

 

 トムは少し驚いた様子で、フィールを見た。

 ベルンカステル家は『生き残った男の子』ことハリー・ポッターと並んで魔法界では有名な魔法族の一角である。

 それは数十年前、いつしか名前を呼ぶことすら恐れられるようになった闇の帝王・ヴォルデモートに対して一切臆することなく誰よりも先に真っ正面から戦意表明し、幾人もの人々を救ってきた―――エルシー・ベルンカステルの圧倒的存在感が、今も尚魔法界全体に並々ならぬ影響をもたらしているからだ。

 

「彼女は僕の姪っ子ですよ」

 

 ライアンはフィールとの関係をトムに伝えると腕時計を見て、二人を促した。

 

「そろそろ案内するので先に行きます。二人共、行くぞ」

「ああ」

「ええ」

 

 フィールとクリミアはトムに軽く頭を下げ、ライアンの後を追いかける。ライアンは裏庭に辿り着くと特定の煉瓦を杖で3回叩いた。

 すると、叩いた煉瓦が震え、壁に穴が空いていく。次の瞬間、大きなアーチ型の入り口が顕現とし、ライアンとクリミアは先に潜ると、初めて此処に来るフィールを手招きした。

 ロンドンに在る魔法界の商店街・ダイアゴン横丁。

 石畳の通りがくねくねと続き、ショーウィンドーはキラキラと色鮮やかに飾り付けられ、買い物客でごった返ししていた。

 

「此処がダイアゴン横丁だ」

「へえ………これは凄いな」

「色々あって、楽しいわよ」

 

 おいでよ、と言うようにクリミアはフィールの手首を掴み、アーチを潜らせる。

 フィールは視界に映る数々の店を見渡した。

 行き交う人々はローブや帽子を着用しているのだが、中には至って普通の服装をした人も居る。

 

「さて………どうしようか」

「フィール、金貨とかは?」

「持っているから問題ない」

「わかった。それじゃ、僕は予約していた制服を取りに行ったら、トランクや授業道具を入れて持ち運ぶためのショルダーバッグを買ってくる。クリミア、学用品は任せたぞ」

「わかったわ」

「ありがとう、ライアン叔父さん、クリミア」

「いいさ。さ、僕達魔法使いの一番大事な道具である杖を買っておいで」

 

 ライアンは笑ってフィールの肩を押し、フィールは頷き返してから二人に背を向けて歩き出す。

 魔法界唯一の銀行であり、ホグワーツ以外の場所で一番安全と言われているほどのハイセキュリティーな施設『グリンゴッツ魔法銀行』に用は無い。ベルンカステル家は無茶苦茶資産家だがグリンゴッツには一切預金せず、ベルンカステル城の地下深くにある金庫に厳重保管されている。

 フィールは先程ライアンが言ってた通り、魔法使いならば何よりも大切なアイテムである杖を購入するべく、紀元前382年創業の高級杖メーカー『オリバンダーの店』へと向かった。

 オリバンダーの店は狭くてみすぼらしく、年季と歴史を感じさせる雰囲気が店内全体に漂っている。埃っぽいショーウィンドーには色褪せた紫色のクッションの上に杖が一本だけ置かれていた。

 

「いらっしゃいませ」

 

 店の中に入り、真っ先に視界に飛び込んできた天井まで高く積み上げられた無数の杖の箱に夢中でキョロキョロ見回していたフィールは突然の声にビックリしたが、すぐに気持ちを整える。店内の奥から、この杖店の店長であろう銀色に光る大きな眼をした老人がやって来た。

 

「私がオリバンダーです」

「こんにちは。フィール・ベルンカステルです」

 

 フィールがペコリと頭を下げながら自己紹介すると、店主―――ギャリック・オリバンダーは驚愕の顔で染まった。

 

「なんと………ベルンカステル嬢でございますか! いえ、わかりました。それにしても、母上にそっくりですな。でも、眼だけは父上と同じだ」

 

 懐かしむような声音でそう言ったら、椅子に座るよう促された。

 

「杖腕はどちらですか?」

「右です」

 

 すると、ポケットから取り出した銀色の目盛りが入った巻尺でオリバンダーは右腕を差し出したフィールの様々な部分―――肩から指先、手首から肘、肩から床、膝から脇の下、頭の周りとあらゆる角度から身体の寸法を測った。

 

「オリバンダーの杖は一本一本、強力な力を持った物を芯に使っております。ドラゴンの心臓の琴線、一角獣(ユニコーン)の鬣、不死鳥の尾羽根。ドラゴンも不死鳥もみなそれぞれ違います。故に同じ杖は一つとしてありません。全ての杖は持ち主を選び、その持ち主に対し忠誠心を持つ。仮に他の者が他の魔法使いの杖を使ったとしても、決して自分の杖ほどの力は出せないのです」

 

 杖に関する説明を施し終えたオリバンダーは、一つの箱を持ってきて、その中から取り出した一本の杖をフィールに持たせる。

 

「ナナカマドの木にユニコーンの鬣、26㎝。耐久性に優れている」

 

 試しに振ってみたけど、僅かに光が漏れただけで後は何も無し。すぐに没となった。

 

「ハンノキの木に不死鳥の羽根、30㎝。忠誠心が強い」

 

 再び杖を受け取り、もう一度振ってみるけど、忠誠心が強いと言うだけあってフィールを主人として思わないのか、魔力暴走がこの場だけ発生したかのように店内を無茶苦茶にしてくれた。棚にあった箱はバラバラと床へ落ち、大きな山を形作る。落ちてきた箱から選んでその後何度も試したが、どれも駄目だった。

 

「これほどまでに上手くいかないとは………いや………まさか、もしかすると………」

 

 オリバンダーはなにやらブツブツ呟きながら店の奥へ歩いていき、しばらくして、黒と青の2色が使われている箱を持ってきた。蓋を開けると、箱同様に黒と青の2色が混合し柄の中央に小さな魔法陣の模様が刻まれている細長い杖が、綺麗に納められていた。

 

「アカシアの木にセストラルの尾毛、36㎝。秀麗で高潔。そして―――魔力向上能力がある」

 

 オリバンダーはどこか決断したような口調になりながらも、言葉を続ける。

 

「その杖が誰かの手に渡ったことは一度もない。それどころか、触れた瞬間に拒まれたことさえもある。もしやと思うが―――」

 

 オリバンダーはフィールの眼を見据えた。

 見据える蒼い眼は明るいよりも暗く、冷たさを感じられる。

 

「是非、振ってみてください」

 

 フィールはオリバンダーの眼から視線を落として黒青の杖に向ける。この時だけは何かを期待するように口元の端を僅かに上げた。

 指先が杖に触れた瞬間―――身体に暖かな力が流れた感覚がし、本能的に杖の柄部分を強く握り締め、高く掲げて細長いそれを大きく振るう。

 瞬間、身体だけじゃなく、店内も暖かな空気で満ちた気がした。

 

 それと同時、魔力向上の気配を感じ取る。

 店の中が地震が起きたみたいに揺れ動く。

 それは無限の―――限界なんて、まるで存在しないような力が、フィールの身体全身を包んだ。

 オリバンダーは最初フィールを見た時よりもずっと驚いた表情で固まっていた。どうやら、言葉を失っているようだった。

 

「なんと………その杖が主人と認めただと!?」

 

 オリバンダーは大声で叫び、自分の眼に映る現状に眼を凝らした。

 ただ一人、フィールだけは微笑んで、主人と認めてくれた杖に唇をそっと当てる。

 途端、更に店内に魔力の奔流が流れ出た空気をオリバンダーは俊敏に察した。

 

(まさかこんなことが………いや………これは本当に―――)

 

 ―――本当に…………物凄いことだ。

 

 フィールが手にしている杖が拒むことをしなかったのはこれが初めてだ。これまではずっと誰かがあの杖を手にした場合、酷い時は吹き飛ばされたりもした。

 なのに、フィールが触れた瞬間―――暖かな空気が店内いっぱいに広がり、無限大の魔力が生まれた。

 

「その杖は、貴女様を選んだ」

「みたいですね。代金は?」

「10ガリオンです」

 

 だけど、フィールは15ガリオン支払い、残りはやると言った。それから、アカシアの杖を軽く振って滅茶苦茶になった酷い有り様の店内を入店した時と同じ状態まで元通り綺麗にすると、

 

「オリバンダーさん、商売繁盛を願っています」

 

 と、最後にうっすらと微笑みながら、店を後にした。

 その後ろ姿を見送ったオリバンダーは呟く。

 

 ―――どこまでも、母親にそっくりだな。

 

 オリバンダーは、かつて此処に来た女の人の姿を不意に思い出して憂思の表情を浮かべ、しばらくはフィールが出て行ったドアをじっと眺めるのだった。

 

✡️

 

 杖を購入後、フィールは常時杖を携行するためのヒップホルスター(腰の周囲に装着する)と予備のレッグホルスター(太腿側面に固定する)、ショルダーホルスター(脇の下に吊るす)を買い込んでから、既に制服や学用品を買い揃えて待ち合わせの場所で待っていてくれた叔父と姉の元まで歩いた。

 

「お待たせ」

「意外と遅かったな」

「少し手間掛かった」

 

 詳しい説明をするのは面倒なので、フィールは一言でかわした。

 

「そういえば、フィール。ペットはどうするんだ?」

「いや、必要ない」

「フクロウがあったら、夏休み中でも友達と手紙のやり取りが出来るんだぞ?」

「作る気ないし、作ったところで連絡するなんて面倒な作業はしない」

「面倒な作業って………全く、交流意識がないなフィールは」

 

 姪っ子のドライな物言いに叔父が苦笑した、その時―――不意に、ライアンの脳裏に、ある人物の姿が過った。

 

 

 ―――長い黒髪を靡かせる、綺麗な女性。

 

 ―――どんな時でも弱音を吐くことがなく、強くて気高かった後ろ姿。

 

 ―――力強い存在の裏で………いつも他人に知られないように無理をしていた人。

 

 

(………何を考えているんだ)

 

 ライアンは慌てて自分の頭の中に浮かび上がった女の人を奥底に消そうと、考えるのを止めた。

 目の前にいるのは姉ではなく、姪。

 見た目は確かに瓜二つだが、瞳の色は違う。

 姉―――クラミーの瞳は神秘的な紫だったのに対し、娘であるフィールの瞳は暗さと冷たさが宿る蒼だ。

 ならば、何故………?

 何故、自分の目の前にクラミーが居ると錯覚するのだろうか。

 

「………ライアン叔父さん?」

 

 フィールに声を掛けられ、ライアンはハッとした。

 

「どうしたんだ?」

「いや、なんでもない。ちょっと考え事をして、ボーッとしてた」

 

 咄嗟に取り繕った言葉で誤魔化し、頭をかきながら笑うとフィールは詮索することなく、購入したばかりの杖に眼を落としていた。

 

「よし、買い忘れた物はないな?」

「うん。さっきホルスター買ったりしたから大丈夫」

「そうか。二人共、疲れただろう。帰りも僕が『付き添い姿くらまし』で送るよ」

「ありがとう」

「ありがとうございます」

「よし、行くぞ」

 

 ライアンが腕を差し出し、フィールとクリミアはそれに掴まる。

 瞬間、身体が引っ張られるような感覚と共に三人はその場から姿を消した。

 ベルンカステル城の扉から少し離れた場所に黒髪の男性と少女、水色髪の少女が『姿現し』で現れた。

 

「来た時はあまり意識してなかったが………此処に来るのも久々なんだよな」

 

 かつて、フィールとクリミアが現在住んでいる古城を我が家として生活していたライアンは懐かしむように、城の外観を金色の眼を細めながら見上げる。

 

 何年経とうとも、そこには壮大な城が健在していた。現当主のフィールには本当に頭が上がらない気持ちでいっぱいだと、叔父のライアンは姪の彼女に対し、気高さと申し訳なさがごちゃ混ぜになった。

 本来ならば、当主というものは直系の一家の長男が受け継ぐようなものなのだが―――フィールが自分の意志でベルンカステル家の最上位の立場に君臨し、責務を全うしているのだ。

 

 最初は、当然ながらそれに大反対した。

 まだまだ若くて、将来の夢や無限の可能性の人生が待っているフィールが、そんな堅苦しい身分で世界を制限するようなことを自ら希望する意志に、誰もが異を唱えた。

 しかし、フィールは頑なに首を振らず、ましてや退くことも弱音を吐くことさえもなく、譲らない決意を秘めた姿勢を示した。

 ―――それはまるで、前当主のクラミーみたいで………。

 

(いけない………また心配をかけてしまう)

 

 思考の海に沈みかけたが、それだとまたフィールに感付かれてしまう。人の心を見抜くのが彼女は得意なのだから。

 

「フィール、ホグワーツでの学校生活、存分に楽しめよ」

「ま、それなりには」

 

 案の定というかなんというか、相変わらずドライな物言いにライアンとクリミアは苦笑し、ライアンはフランスにある自分の帰るべき家へと帰った。

 

「フィール、そろそろ中に入りましょう」

「ん? ああ、そうだな」

 

 クリミアに呼ばれたフィールは、隣に並んで歩き、扉を開く。中に入り、扉を閉めたら二人は夕食時間まで各自自由な時間を過ごした。

 

✡️

 

 ホグワーツ入学1ヶ月前の8月1日。

 フィールはダイアゴン横丁に来ていた。

 今まで魔法族が行き交う場所に来るのを避けていたフィールにしては珍しいことに、ありとあらゆる魔法道具が売られているこの横丁は気に入ったらしく、前回は必要な物だけを買って帰宅したので、今日は一人で色んな場所を訪問しては粗方興味の沸いた物を購入している。

 キョロキョロと、まるで未知なる世界に進出した探検家のように、興味津々な眼差しでダイアゴン横丁の通りを歩いていると―――。

 

 

 

「待ってくれ!」

 

 

 

 と、不意に誰かに腕をパシッと掴まれた。

 フィールは反射的にそちらに眼を向ける。

 そこには、サイズが合わないダボダボな服装に小柄で痩身の、クシャクシャの黒髪に丸眼鏡を掛けた明るい緑眼を持つ少年が立っていた。

 

✡️

 

 前日の7月31日に誕生日を迎えたハリー・ポッターはホグワーツの森番、ルビウス・ハグリッドに連れられてダイアゴン横丁にやって来た。

 

 嵐が吹き荒れた昨夜、親戚のダーズリー家と共に絶海に位置する巨岩の上に建てられた小屋で一晩過ごしていたハリーは、ハグリッドにホグワーツ魔法魔術学校の入学許可証を貰い、両親は偉大な魔法使いで闇の帝王・ヴォルデモートと戦って死んだことや、ヴォルデモートはハリーを殺せず逃げたこと、自分はそのために魔法界では有名な存在であることを聞かされた。

 

 当然、最初は全く持って信じられなかった。

 自分や死んだ両親が魔法使いであることや自分が魔法の世界では超有名人だなんて、11年間もマグルの世界で生活してきたハリーにとっては耳を疑う内容ばかりだ。

 しかし、ハグリッドにこれまで怖い思いをした時に起こった不思議な現象は全て魔力のせいによるものだと伝えられてから、半信半疑ながらも信じることにした。

 

 そして一夜明けた8月1日の現在。

 まるで英雄の凱旋を祝福するかのようにパブ『漏れ鍋』の客人達にちやほやされて若干戸惑いつつ、ダーズリー家の元から颯爽と連れ出してくれた恩人のハグリッドと一緒にアーチを潜り抜けて、ハリーは魔法界へと足を踏み入れた。

 ハリーは買い物客でごった返しする石畳の通りを歩きながら、ありとあらゆる店が建ち並ぶダイアゴン横丁を四方八方眺め回す。

 

 どの店もマグル界ではお目に掛かれない品物がズラリと売られており、ただ見ているだけでも心が弾み胸が躍った。

 そうして、小さな店が建ち並ぶ中、一際高く聳え立つ真っ白な建物………小鬼(ゴブリン)が経営する魔法界唯一の銀行『グリンゴッツ魔法銀行』にて両親が遺してくれた財産をバッグいっぱいに詰め込み、『マダム・マルキンの洋装店』で制服等を購入したハリーはハグリッドと合流した後、次に教科書を買いに『フローリシュ・アンド・ブロッツ書店』に向かおうとした時―――。

 

(え………?)

 

 一瞬、人混みの向こうに見覚えのある人物を見掛けたような気がして………次の瞬間、ハリーの身体は反射的に踵を返し、走り出していた。

 

「おい、ハリー! 何処に行くんだ!?」

「ごめん、すぐに戻るよ!」

 

 ハリーは走り、人混みを掻き分けていく。

 

(………居た!)

「待ってくれ!」

 

 思わず手を伸ばし、相手の腕を掴む。

 ―――振り返ったのは、黒髪の少女だった。

 

✡️

 

「! ………アンタ、急に引き留めてきたけど、何か用か?」

 

 少年の顔を見て、一瞬「え………?」と思った黒髪の少女―――フィールは、若干警戒心を帯びた面持ちで問う。

 

「あ………えっと、その………」

 

 少年はハッと今更自分の行動に気が付いた様子で慌てて手を離し、言葉を詰まらせ………必死に頭を働かせた末の、苦し紛れの打開策的な質問を投げ掛けた。

 

「君、一人で此処に来たの?」

「ああ、そうだけど、それがどうした?」

「あ、いや、その………一人で居たから、てっきり迷子なのかなって………」

 

 少年は俯きがちになり、声が萎んでいく。

 すると、一般人よりも2倍ほどの背丈はある大男―――ハグリッドが少年の側に寄ってきた。

 ボウボウと長い髪と荒々しい髭に隠れて素顔はほとんど見えず、真っ黒なコガネムシのような眼はキラキラと輝いている。

 

「ハリー、急に走り出してどうしたんだ!?」

「あ、ハグリッド………」

「心配したじゃねえか、もういきなり居なくなるような真似は止め………ん? お前さん、どこかで見たような………」

 

 ハグリッドはフィールの方に眼を向け、ハリーを叱咤するのを忘れて首を傾げる。

 

「………あ、そういえば、君の名前は?」

 

 ハグリッドが記憶を引っ張り出せない内に、まだ名前を聞いてなかったと少年が尋ねてきたので、フィールは軽く肩を竦めながら名乗った。

 

「フィール・ベルンカステル」

「フィールだね。僕、ハリー・ポッター」

 

 丸眼鏡を掛けた少年の名前を聞き―――魔法界では『生き残った男の子』と呼ばれ英雄視されているハリー・ポッター本人と入学前に出会ったフィールは「へえ、この人があの有名なハリー・ポッターか」と早い段階で顔を見ることが出来て、ちょっと不思議な気分になった。

 

 一方、ハリーは今まで見てきた少女の中でも群を抜いた美しさだと、思わずフィールの魅力に見入っていた。長い黒髪に蒼い瞳。同い年とは思えないほどの大人びた雰囲気は高身長と相まっている。

 だが、首から上と手首から先の肌は雪のように真っ白で不健康とも言えるほどであるし、なんだか身体も他の人に比べてずっと華奢な感じに見える。それに、先程服越しから掴んだ腕も、とても細かったし………。

 

(凄い細いなぁ………ちゃんとご飯食べてるのかな?)

 

 フィールの身体の細さを心配するハリーもまた同年代の男子と比較すれば断然細身のスタイルであるのだが、今はそれはいいだろう。

 それはともかく………ハグリッドはフィールをビックリしたような眼差しで見下ろしていた。

 

「お前さん………まさか、クラミー・ベルンカステルの娘か?」

「………ええ、そうですよ」

 

 フィールは複雑そうな表情を浮かべた。

 ハグリッドはそれを見て、眼を細める。

 あまり詳しいことは聞かされていないが『ベルンカステル家の悲劇』のことは校長のアルバス・ダンブルドアから聞いている。フィールは生粋の魔女でありながら、6年前に起きた事件をきっかけに、魔法族が沢山行き交うダイアゴン横丁にはついこの間まで一度も行ったことがなかった。

 

 といっても、今のフィールなら襲われたとしても逆に返り討ちにするほどの実力者なので、此処に来るのもそこまで抵抗は無くなった。が、油断大敵を心構えに、城の中から出てきたのだ。

 ハリー・ポッターと入学前に出会ってフィールが不思議な気分になったように、ハグリッドもまた、彼女と早くも顔合わせをして、何とも言えない気分だった。

 

「………ところで、アンタはなんで追ってきたんだ?」

「え………っと、ごめん、気にしないで」

 

 わざとらしく話をはぐらかそうとするハリーにフィールは益々怪訝な顔になる。が、詮索したところで無意味な行為だと思い直したフィールは「そうか」と敢えて深入りはしなかった。

 

「それじゃ、私はそろそろ帰る。またな」

「あ、うん、バイバイ」

 

 そうしてフィールはハリーとハグリッドと別れると、自宅であるベルンカステル城に帰宅した。

 自室に入ったフィールはダイアゴン横丁で購入した物を整理し、リビングに向かうと既にクリミアがミルクティーとクッキーを用意していた。

 

「おかえり、フィール」

「ただいま、クリミア」

 

 フィールはソファーに座り、ミルクティーで喉を潤す。

 

「そういえば………さっき、ダイアゴン横丁でハリー・ポッターと会った」

「え………あの『生き残った男の子』って言われている?」

 

 流石のクリミアも一驚したらしく、ティーカップをコースターに置いて質問した。

 

「どんな感じだった?」

「初対面だったけど、まあ、なんだろ………。ちやほやされ、甘やかされてきた王子様って気はしない。見る限り、普通の少年って感じだな」

 

 それに、魔法のことに関してはつい最近知った感があったとフィールは言うと、テーブルの上にある皿に載せられた作りたてのクッキーに手を伸ばした。

 

✡️

 

 その日の夜。

 場所は違えど、ある二人の少年少女は、今日ダイアゴン横丁で出会った同い年の女の子と男の子のことを、ベッドの中に潜りながら思い返していた。

 両者共に敢えて口には出さなかったが、互いに互いの顔を見た時、ふと、何故か懐かしい気持ちになったのだ。

 

((………………))

 

 寝返りを打ち、眼を閉じる。

 脳裏の片隅に………それぞれの顔が過る。

 

(僕、もしかして―――)

(私、もしかして―――)

 

 そして同時刻、二人は同じことを思った。

 

 

(―――あの娘と何処かで会ったことある?)

(―――アイツと何処かで会ったことある?)

 

 




【フィール・ベルンカステル】✡️本作主人公
黒髪蒼(ブルー)眼。無口無表情で一匹狼な性格と孤高の雰囲気を身に纏っている。数十年前、闇の帝王に真っ先に立ち向かい多くの人間を救ってきたエルシー・ベルンカステルの孫。数年前に両親を亡くしていて、現在は城でクリミアと二人暮らし。

【クリミア・メモリアル】
水色髪紫眼。ハッフルパフ生。稀に超優等生が現れるハッフルパフお決まりの学年首席。お茶目な性格で温厚。生まれて間も無く両親を亡くしてフィールの両親に引き取られた、彼女の義理の姉。

【ライアン・ベルンカステル】
黒髪金眼。ハッフルパフ出身。フィールの母方の叔父で妻子持ちのフランスの魔法省で闇祓い勤務の若手超エリート。フィールとクリミアの後見人の一人。

【グリンゴッツに預金しないベルンカステル家】
御先祖「セキュリティーは万全なんだろうけど一々取りに行くのめんどくさい。だから自分達で厳重保管してる。と言うか大金を他人(?)に預けるとか絶対ヤダ」

【アカシア】
杖の木材としては稀有。
所有者以外が魔法を使おうとすると拒否することが多い。有能な魔法使いでないとその力を最大限に活かすことが出来ないが、反面、厳選した上で選んだ魔法使いとの相性は抜群によく、最大限の力を発揮する。
故に選ばれる魔法使いは少ないので、オリバンダー杖店ではアカシアの杖の在庫はあまり置いていない。

【セストラルの尾毛】
強力だが扱いにくい。死を目の当たりにした者しかセストラルを見れないのと同様、死を受け入れられる魔法使いしか真の所有者にはなれない。
死の秘宝の一つであり魔法界最強の杖・ニワトコの杖の芯にも使われてる。

【ホルスター】※1/12、追記
サバゲーにおいて武器を仕舞うケースと言えば、ヒップやレッグ、ショルダーのホルスターはポピュラーアイテム。前まで記述は『ホルダー』でしたが、変更して『○○ホルスター』に記述することにします。
と言うか、フィールこれだけのホルスター購入するとか完全武装を徹底する軍隊ですよね。ちなみにフィールはどれもベルトに固定するタイプです。

【ダイアゴン横丁で遭遇したダブル主人公】
読者の皆様ならば、プロローグでハリーを助けた『彼女』が誰なのか、もうお分かりですよね?


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#2.9と3/4番線からの征路

ホグワーツ特急内での出来事。

タグにもありますが、この作品は結構オリキャラ登場します。それでもEverythingOKって方のみ読み進めるのを推奨します。


 9月1日、新学期初日。

 大勢のマグルが行き交うキングス・クロス駅の人混みの中で、黒髪蒼眼の少女と水色髪紫眼の少女はある場所へと制服や教科書等を詰め込んだトランクを載せたカートを押しながら歩いていた。

 向かう先は『キングス・クロス駅の9と3/4番線』。

 これをマグルの駅員に訊いたら、「何言ってんだコイツ」と疑問顔になるのは当たり前である。

 何故ならこのホームに行けるのは、何処に存在するのか正確な場所を知っている魔法使いのみだからだ。魔法を一切扱えないマグルの人間に、その言葉の意味が理解出来るはずがない。

 現在彼女達が立っている場所は、9番線と10番線の間にある柵の前。

 念のため、マグルの人間の視界から完全に消えているのを確認し、先にクリミアがカートを押しながら柵に向かって走った。

 激突するかと思いきや、次の瞬間、9と3/4番線の鉄のアーチを潜り抜けた。無事に目的地へと辿り着いたのだろう。

 少しして、フィールも一度辺りを見渡しから先程のクリミアに倣い、カートを押して一気に走り抜けた。鉄のアーチを潜り抜けると、紅色の蒸気機関車が蒸気を出しながら停車しており、ホームの上には『ホグワーツ行特急11時発』と書いてある。

 プラットホームは生徒だと思われる少年少女や見送りに来た家族、ペットであろう色とりどりのフクロウや猫で賑わいを見せていた。

 

「ちゃんと来れたみたいね」

「うん」

 

 先に向かって待っていてくれたクリミアに軽く相槌を打つ。すると、

 

「クリミア~!」

 

 と、前方のプラットホーム方向から誰かの声が聞こえ、そちらを見てみると、セミロングの桃色の髪に青の瞳を持つ、可愛いというのがピッタリな顔立ちの女の人が、笑顔で手を振りながらこちらまで小走りで来た。

 

「あ、ソフィア。久し振りね」

「久し振り。………ん? その娘は?」

「私の妹よ」

「妹? ………あ、もしかして『噂の義妹』?」

「ええ。紹介は汽車に乗ってからにしましょう」

 

 クリミアは現時刻を見て、二人を促す。

 三人は人混みの間を縫って自分のトランクを運び、汽車に乗り込んだ。

 何処も満員だったが、最後尾で運良く空いていたコンパートメントを見つけ、その中に入る。

 クリミアの隣に座った桃色髪青眼の少女は籠を開け、中に入れていたペットのニーズル(猫種の魔法生物。猫に似ていて、耳が大きく、ライオンのような尾が特徴的で、毛並みは斑点や斑など様々。知性や判断力が高く、悪人や不審者を見分けて攻撃することもあり、番犬のような役割も果たす)を解放する。毛並みが黒くて金色の瞳を持つニーズルは元気よく飛び出し、主人の膝の上で甘えるようにゴロゴロ寝転がる。青眼の少女は微笑んでニーズルを優しく撫でた。

 その光景を横目に窓際に腰掛けたフィールはふと、車窓に眼を向ける。

 燃えるような赤毛の少女が涙ぐんで手を振り、母親であろう赤毛の女性も微笑みながら手を振っているのが見え、チクリと胸が少し傷んだ。

 両親は、既にどちらとも他界している。

 だから………もしも生きていたら、あんな風に見送ってくれたんじゃないかと思い、フィールは込み上げてきた黒い感情を圧し殺した。

 叶わないものは、叶わない。

 なら、それにいつまでもすがる訳にはいかないと見切りをつけたその時、ある光景がフラッシュバックした。

 

 

 ―――凍えた、白い皮膚の感触。

 

 ―――生気を失った、紫色の瞳。

 

 ―――治る見込みがなかった母親へ交わした、一つの約束。

 

 

 そこまで思考が及んだ瞬間、込み上げてきた感情が一気に爆発しそうになり、強い自制心を掛け、圧し殺した。

 ………大丈夫。抑制は、出来ている。

 今は、激情に駆られる暇なんてない。

 来るべき時に備え、力と、心を得る。

 約束を果たすべく、この身を投じる。

 それが私に出来る―――唯一の償い。

 

「そういえば、自己紹介がまだだったわね。私、ソフィア・アクロイドよ。この子はシェフティ。雌のニーズル。貴女は?」

 

 思考の海に沈んでいたフィールは桃色髪の少女―――ソフィアに名前を問われたのをきっかけに急速に意識が引き上げられた。

 

「フィール・ベルンカステル」

「フィールね。私のことはソフィアでいいわ。敬語もいらないから、気軽に話し掛けてね」

 

 ソフィアは手を差し出した。

 フィールはそれを見て、戸惑った。

 何のわだかまりもなく接してくれる人が居たとは………と、頭が追い付かないのだ。

 チラリと、ソフィアの眼を見る。

 その青眼に、邪心や虚偽はない。

 

「………私のことも、フィールでいい」

 

 フィールはクールに言い、手を伸ばして、ソフィアの手を握った。握った手は温かく、その人の性格を表しているようだった。

 

(もう、フィール。少しは笑いなさいよ)

 

 クリミアは、フィールが表情を変えることなく握手しているのを見て、肩を竦めた。元々感情を表に出すのが少ないというのもあるが、少しくらい表情に変化を見せてもいいのではと、内心でため息ついた。

 だが、ソフィアは気分を害することなく、フィールの背丈を見てこう言った。

 

「それにしても、フィール、背高いわね」

 

 3歳年上のソフィアは年齢相応の身長でフィールよりも高いが、それでも同年代の女子に比べると高身長の類に入るだろう。

 

「お父さんとお母さんも高かったから、その関係だと思う」

「なるほど。年齢の割に大人びてるのが、なんか悔しいわね」

 

 年上なのに年下の方がクールなことに、ソフィアはちょっと嫉妬混じりの眼差しをフィールに向ける。しかし、当の本人はそれに気付かず窓に視線を移らせた。

 窓外の景色は発車直後の田園風景ではなく、小川や森など、自然溢れるものへいつの間にか移り変わっている。

 等間隔に流れていく窓外の景色を見るとはなしに眺めていたら、コンパートメントの扉が開き、赤毛の少年が入ってきた。

 

「此処空いてる? あともう一人いるんだけど、もう何処もいっぱいでさ」

「ええ、いいわよ」

 

 クリミアが答え、残りの二人も頷いたため、赤毛の少年は安堵しているみたいだ。

 

「おーい、ハリー! 席見つけた!」

 

 「ハリー?」とクリミアとソフィアは首を傾げたが、フィールは別に気にしなかった。

 数秒後、赤毛の少年と共に入ってきたのは紛れもなくハリー・ポッターで、彼はまだ席に座っていない二人の内、黒髪の少女の顔を見て「あっ」という顔になる。

 

「あれ、フィール?」

「………また会ったな」

「え、マジでハリー・ポッター!? あの!?」

 

 青眼を大きく見開いたソフィアは魔法界の英雄として崇められているハリー・ポッターをよく見てみようと、一旦シェフティをクリミアに預けて勢いよく立ち上がり、彼にグッと顔を近付ける。

 至近距離に少女………それも美少女というのもあり、ハリーは僅かに顔を赤くした。数秒後、落ち着きを取り戻したソフィアはクリミアの隣に座り、同時にシェフティも彼女の膝の上に戻る。

 

「なんか、今日という今日が凄い日になったわ。っていうか、フィールとクリミアは、なんでそんな普通なのよ?」

「私は一度会ってるし」

「私はそれを聞いたからね」

 

 ハリーはフィールの隣、赤毛の少年はその隣に座った。

 

「助かったよ、ありがとう。僕、ロン。ロン・ウィーズリー」

「ウィーズリー? ってことは、フレッドやジョージの弟?」

「そうだけど………え? なんでそれを?」

「私とクリミア、あの二人の1学年上。寮は違うけど」

「じゃあ、二人は先輩!?」

 

 赤毛の少年―――ロンは向かい席に腰掛けている水色髪と桃色髪の美少女二人をまじまじと見つめた。

 

「え、じゃあハリーの隣に座っている人は?」

「フィールは貴方達と同じ新入生よ」

「そ、そうなんだ。よかったぁ。僕、てっきり年上かと思ったよ」

 

 ロンは同い年とは思えない雰囲気を漂わせるフィールを見ながら、少し安心したように安堵の息を吐く。

 その後、マグルに育てられたがために魔法界のことを何一つ知らないハリーに四人は様々なことを教えた。

 

(前にフィールが『魔法界のことはつい最近知った感があった』と言ってたけど………本当にそうだったわ)

「ハグリッドが教えてくれるまでは僕、自分が魔法使いだってことも全然知らなかったし、両親のことも、ヴォルデモートのことも………」

 

 今ハリーがさらっと『闇の帝王』や『名前を言ってはいけないあの人』と呼ばれているヴォルデモート卿の名前を口にした瞬間、ロンとソフィアは息を呑んだ。

 

「え………二人共、どうしたの?」

「貴方が『闇の帝王』の名前を口にしたからよ。その名前を言うのは魔法界で禁句とされているから―――」

「人前では、言わない方がいい」

 

 ヴォルデモート、と聞いても平然といられるクリミアとフィールは、わかりやすくハリーに説明した。

 

「あ、そっか。ごめん………」

 

 以前ハグリッドにも同じことを言われたのを思い出したハリーは申し訳ない顔になりながら謝罪し、少ししてからロンとソフィアはショックから立ち直った。

 昼頃になると車内販売の販売員がやって来たため、ハリーは余程空腹だったのか、勢いよく立ち上がって通路に出ていった。フィール達三人も車内販売で何か買おうとしたが、フィールは一人席を立たないロンに気付き、

 

「………買いに行かなくていいのか?」

 

 と尋ねると、ロンは耳元を赤らめて「サンドイッチを持ってきたから」と口ごもり、デコボコの包みを取り出してそれを開いた。

 小遣いをまだ貰っていないため、買いたくても買えないのだろうとなんとなく思ったフィールは刹那の思考の末、大量に買い込んだハリーよりは少ないが、クリミアとソフィアよりは多めに菓子類を購入した。

 

「………?」

 

 クリミアは何故かフィールがハリーには及ばないものの結構な数を買ったことに首を傾げたが、次の行動で理解した。

 ロンに菓子類を分けたのだ。彼はパッと見ても他人に無関心そうな雰囲気を漂わせるフィールの意外な行動を見てビックリしていたが、「ありがとう」と嬉しそうに礼をした。ハリーもそれを見て、購入したお菓子を分け与えた。

 

(フィールって意外と優しいのね)

(ええ。クールな仮面の下は、ね)

 

 眼と眼の一言会話をしたソフィアとクリミアは無表情でカボチャパイを頬張るフィールを見て、微笑んだ。

 ホグワーツ特急が発進してから暫くの間は何事も無く時間だけが刻一刻と過ぎていったが、不意にコンパートメントの扉を、コンコン、とノックする音が響き渡り、フィール以外の四人がそちらに眼を向けると、ボサボサの栗色髪の少女と少しぽっちゃりとした丸顔の少年が入ってきた。二人は既に制服とローブに身を包んでいる。

 

「失礼するわね。ネビルのヒキガエルを見なかったかしら?」

「いえ、見てないわよ」

「うん。見てないよね」

 

 ハリーとロンも「見てないよ」と頷くと、

 

「そう………貴女は?」

 

 栗色髪の少女は、さっきから窓に眼を向けてこちらに見向きもしない黒髪の少女に苛立った声音で問うと、

 

「見てないけど?」

 

 と、若干めんどくさそうに返してきた。

 その態度が気に食わなかったのか、

 

「なによ、その態度は!」

 

 栗色髪の少女は怒鳴り声を上げ、その大声はコンパートメント内に大きく響いた。四人は褐色眼の女の子の凄まじい剣幕に眼を丸くしたが、フィールは動じることなくしれっとし、

 

「アンタも、その態度はなんだ?」

 

 と、冷たい声音でストレートに返した。

 栗色髪の少女はその返答に「うっ」と面食らった顔になるが、すぐに気持ちを切り替える。

 

「そうね、悪かったわね。でも、なんなのよ、その嫌な態度は!」

「おい、そこの少年」

「え、な、なに?」

「さっき、そこの少女がヒキガエルを探してるとか言ってたけど、なんて名前だ?」

 

 栗色髪の少女とやり合うとキリがないと判断したフィールは華麗にスルーし、オドオドしている少年に行方不明のペットの名前を訊いた。

 

「えと………トレバー」

「トレバー、か」

 

 フィールはヒップホルスターからアカシアの杖を抜くと、スッと立ち上がって『呼び寄せ呪文』を詠唱した。

 

アクシオ・トレバー(トレバーよ、来い)

 

 いきなり呪文を唱えたフィールに同年代の少年少女はキョトン。対し先輩二人の内一人は「え? フィールも!?」と親友とフィールを見たり来たりした。

 

「………呪文、それで本当に合ってるの?」

「見てればわかる」

 

 栗色髪の少女が怪訝そうに言った直後、こちら側にヒキガエルが飛んできた。

 

「トレバー!」

 

 少年は大喜びし、少女は呆然とした。

 フィールは杖を仕舞い、椅子にストンと座る。

 

「ほら、言っただろ」

「へ、へえ………中々やるじゃない。でもそれ、1年生の教科書にあったかしら?」

「1年生じゃなく、4年生で習う呪文」

「! そ、そうなの、4年生で習う呪文ね! それなら1年生の教科書に載ってなくて納得だわ。でも………私の方が上手くやれるわよ」

「あ、そう」

 

 さらりと嫌味を受け流したフィールに、丸顔の少年はたじたじになりながらも礼をした。

 

「そ、その、ありがと。君、なんて言うの?」

「フィール・ベルンカステル」

「フィール、ありがとう。……自己紹介が遅れたけど、僕はネビル・ロングボトム」

 

 丸顔の少年―――ネビルは最後にもう一度「ありがとう」と礼を述べ、ヒキガエルのトレバーを大事そうに抱えながら、自分の荷物を置いているコンパートメントへと帰っていった。

 それを見届けた栗色髪の少女は窓際に腰掛けているフィールの前に立つ。

 

「………私、ハーマイオニー・グレンジャーよ。またね、フィール」

 

 栗色髪の少女―――ハーマイオニーは高飛車に自己紹介すると、ツンツンした態度を崩さないまま、この場から立ち去った。

 

「はぁ………疲れた」

「なんだかんだで優しいわねえ」

「別に。………あれは多分、ホグワーツで衝突するな」

「なら、そうならないように努力しなさいよ?」

「面倒だ」

 

 少しばかりの希望を込めた言葉を何の躊躇いもなく一刀両断したフィールの言葉にクリミアは軽く肩を竦める。

 確かに衝突するかもしれないと、一連の出来事を見てそう感じつつ、妹が早くも同い年の友達を作れたんじゃないかと、クリミアは少し残念そうにした。

 一方、ハリーとロンはまだ入学していない今年の新1年生になるフィールが既に呪文を、それも4年生で習う魔法を扱えることに唖然とした。

 

(凄っ………フィールって、クリミアと同じ?)

 

 そしてソフィアは今隣に居る親友も同じように学年外で習うはずの呪文を駆使していたのを思い出し、「フィールはきっと学年トップになる」と何処からか、確信とも言える予感を抱いた。

 驚きを露にする三人にフィールは肩を竦める。

 4年生で習う呪文など、長年魔法の勉強や鍛練を積み重ねてきたフィールからすると朝飯前だ。

 今ではオリジナルスペルを開発するまでに達したのは、ベルンカステル城の大図書館にある大量の蔵書のおかげだ。光の魔術は勿論、闇の魔術に関する呪文や知識を記載した魔導書も当たり前のように沢山あり、フィールはそれらを会得するのが異常に早かった。

 

「そろそろ制服に着替えましょう」

「そうね。それじゃ、ハリーとロン、一旦外に出てちょうだい」

 

 ソフィアに言われた通り、ハリーとロンの男子組は外に出、女子三人組は扉のカーテンを閉めると、制服に着替えた。数分後、男子組と女子組が入れ替わり、全員が制服に着替える。

 

「あ、クリミアとソフィアはハッフルパフなんだね」

 

 二人のレジメンタルのネクタイのカラーはカナリア・イエローと黒。カナリア・イエローと黒はハッフルパフのシンボルカラーだ。因みにグリフィンドールは真紅と黄金、レイブンクローは青とブロンズ、そしてスリザリンは緑と銀だ。

 

「そういえば、君のお兄さん達って何処の寮なの?」

 

 ハリーが二人のネクタイを見ながら、ロンに尋ねた。

 

「グリフィンドール。パパもママもそうだったんだ。もし、僕がそうじゃなかったら、なんて言われるか。レイブンクローなら悪くないけど、スリザリンだったらそれこそ最悪だよ」

 

 ロンの聞き捨てならないセリフに、女子二人はピクッと反応した。

 ソフィアはハッフルパフ生なのだが、なにやらカチンときているようだった。

 

「スリザリンだからって、全員が全員悪い人ばかりじゃないわよ。私の父親、純血でスリザリン生だったけど、マグル生まれでハッフルパフ生だった母親に恋して、こうして私が生まれたんだし」

 

 今の言葉を聞いて、ソフィアは半純血の魔女だというのが判明した。尤も、この中で唯一彼女と同い年で同僚同輩のクリミアは最初から知っていたが。

 

「………私も同感かな。私の母親はスリザリン生で父親はグリフィンドール生だったし」

 

 フィールの発言に、ロンは愕然とした。

 両親がそれぞれ違う寮の生徒だったというのは別に珍しくないのだが、グリフィンドールとスリザリンの寮生だった者の結婚は極稀なケースだ。

 無条件の敵意を持つのがこの2つの寮生徒なのに何故結ばれたのかと、一言で言えば信じられないというような表情だった。

 車内が気まずい沈黙と空気に包まれる中、またしても扉が開き、三人の少年が入ってきた。

 

「このコンパートメントにハリー・ポッターが居ると聞いたんだけどね。君かい?」

 

 その後ネチネチと嫌味を言ってくる青白い顔の少年―――ドラコ・マルフォイと、ハリー、ロンが口論になり、次第にヒートアップしていく。

 先程の件でイライラしていたソフィアは一触即発の雰囲気に憤りを忘れてハラハラし、クリミアはなんとかしてストップさせようと立ち上がりかけたが、その前にマルフォイが「ん?」とここでようやく、三人の少女が乗っていることに気付いたらしい。

 

「君達は?」

「クリミア・メモリアルよ」

「私、ソフィア・アクロイド」

 

 マルフォイは顔付きや身長からクリミアとソフィアが年上だと察したが、二人のネクタイの色を見て劣等生が多いハッフルパフの生徒かと、先輩に対する礼儀がまるで伴っていない嫌味な笑みを浮かべた。

 

「ところで、君は?」

「フィール・ベルンカステル」

 

 マルフォイはフィールの姓を聞くと、驚愕に薄青い眼を大きく見張った。

 

「ベルンカステル………だと? まさか、数十年前に闇の帝王に真っ先に歯向かったと言われてるエルシー・ベルンカステルの孫か?」

 

 その言葉に、ロンはハッと何かを思い出したようにフィールをまじまじと見つめた。

 フィールは相変わらず無表情であったが、「ああ」と小さく頷く。

 

「………そうか」

 

 マルフォイは瞳に敵意を帯びて、フィールの瞳を見据えた。

 

「だったら、僕と君では反りが合わなそうだな」

「と言うか私自身、血筋や家柄で人の優劣を決めるようなヤツと仲良くする気は殊更ない。ほら、さっさと出てけよ。反りが合わないヤツが居る場所になんて、いつまでも居たくないだろ?」

 

 キッパリと冷たく言い放つフィールにマルフォイは面食らいながらも、彼は取り巻きの二人を連れてコンパートメントから立ち去った。

 フィールはその背中を一瞥することなく、腕を組み直す。

 ハリーとロンは嫌味なヤツだったマルフォイがたった数回の発言で言い負かされたのを見て「ナイスだ、フィール!」と笑顔を取り戻したら、車内にアナウンスが流れた。

 

『あと5分でホグワーツに到着します。荷物は別に学校に届けますので、車内に置いていってください』

 

 ハリーとロンはコンパートメントを出ると、「フィールも行くよ!」と彼女も連れて、出口へと並ぶ生徒達の列に加わった。

 

「さて、私達も行きましょう」

「そうね」

 

 ホグズミード駅に到着し、大男―――ハグリッドが新入生を集めていた。新入生と上級生は別ルートなので、フィール達はクリミアとソフィアと別れた。ハグリッドの1年生集結の声に新入生は従い、後を追い掛けた。木々は鬱蒼と生い茂り、左右は真っ暗であった。

 

「皆、ホグワーツが間もなく見えるぞ。この角を曲がったらだ」

 

 狭い道が開け、大きな湖の畔に出ると、向こう岸に聳え立つ壮大な古城のシルエットが姿を現した。

 あれが、これから7年間過ごす魔法学校―――ホグワーツ魔法魔術学校だ。

 

「「「「「「「おおーっ!」」」」」」」

 

 皆は思い思いに感嘆の声を上げる。

 だが、その中で冷静な生徒が一人居た。

 

(アレがホグワーツ城………ベルンカステル城とどっちがデカイんだろ?)

 

 と、フィールは自分の城とホグワーツ城、どちらの規模が上なのかを疑問に思いながらも個人的には楽しみ、ハリーとロンと共に、四人一組のボートに乗ってホグワーツ魔法魔術学校へと向かった。




【ソフィア・アクロイド】
桃色髪青眼。ハッフルパフ生。クリミアの同僚同輩の友人の学年次席。父親がスリザリン出身、母親がマグル生まれのハッフルパフ出身なので半純血。
毎回思うんですが、クリミアやソフィアのヘアカラーって1990年代の時代にしては結構奇抜………。あ、でもトンクスさんの七変化でも奇抜なカラーあったし、割りと大丈夫かな?

【フォイフォイと衝突するフィール】
さて、初っぱなからフォイフォイと衝突。
うん、やっぱりこの二人反り合わないな。


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#3.ホグワーツ魔法魔術学校

組分けパーティー。
作中の組分けの仕方は『原作版のABC順番に呼ばれて姓・名前』ではなく、『映画版のランダムに呼ばれて名前・姓』。
※9/12、一部文章修正。


 湖を渡り終え、城の長い階段を登って行くとエメラルド色のローブを羽織った黒髪の魔女―――ホグワーツ魔法魔術学校の副校長兼『変身術』担当、ミネルバ・マクゴナガルが立っていた。

 長身で四角いメガネを掛け、レンズ越しからこちらを見据えるその緑の瞳の奥を窺い知ることは初見であるにも関わらず不可能に等しいと思わざるを得ないくらい、貫禄と言うか滲み出るオーラと言うか、とにかく迫力が凄まじかった。

 

「マクゴナガル先生。(イッチ)年生をお連れしました」

「ご苦労様ハグリッド。ここからは私が預かりますので、貴方は先に向かっていてください」

 

 黒い髪を小さなシニヨンにしているマクゴナガルはハグリッドが奥の扉の向こう側に姿を消したのを見届けると、ホールの隅にある小さな空き部屋に新入生を引率した。此処が多分、待機室なのだろう。多くの生徒は不安と緊張で落ち着きがない。

 

「ホグワーツ入学おめでとう。これから新入生歓迎の宴が行われますが、その前に皆さんには所属する寮を決めるための組分けを行って頂きます」

 

 静かな、それでいて室内全体によく響き渡る声でのマクゴナガルの挨拶が始まり、ざわざわと騒がしかった室内は一瞬でシンと静かになった。

 

「組分けはとても神聖な儀式です。これから皆さんが7年間過ごす寮を決め、そこに所属する生徒は皆が家族のようなものです。教室でも寮生と共に勉強し、寝るのも寮、自由時間も寮の談話室で過ごすこととなります」

 

 そこで一旦言葉を区切り、マクゴナガルは一息入れて再度説明に入る。

 

「寮は4つあります。グリフィンドール、ハッフルパフ、レイブンクロー、スリザリン。それぞれに輝かしい歴史があり、偉大な魔法使いや魔女が卒業していきました。ホグワーツにいる間、皆さんの行いが寮の点数になります。良い行いをすれば所属する寮の点数になり、反対に規則を破れば減点されます。学年末には最高得点の寮に大変名誉のある寮杯が与えられますから、どの寮に入るにしても皆さん一人一人が寮の誇りになるよう望んでいます」

 

 長い説明を終え、マクゴナガルは生徒達を見回す。身だしなみをチェックしているのか、服装が乱れている者を見たら厳格そうな顔を更に険しくさせた。

 

「間もなく、全校列席の前で組分けの儀式が始まります。待っている間、出来るだけ身なりを整えておきなさい。準備が出来次第、戻って来ますから静かに待っていてください」

 

 マクゴナガルが部屋を出て行くと、途端に生徒達はソワソワし始めた。どんな風に組分けをするのだろうと、周囲の人と意見を交換し合う。ハーマイオニーは今までに覚えた呪文を早口で繰り返し、ロンはハリーに試験のような物だろうと言って彼を余計不安にさせた。極度の緊張と不安に苛まれる新入生がほとんどの中、相変わらず無表情を崩さないでフィールはワイシャツの襟を整えている。

 

「フィールは冷静だね。知ってるの?」

「知らない。でも、緊張する必要はないだろ。入学する新入生にいきなり魔法を扱ってみろって言うはずがない。魔法学校というのは、魔法を使うための知識や技術を0から学ぶ場なんだし」

「だ、だよね」

 

 フィールを除いて他の生徒が緊張感を漂わせる中、突然悲鳴が上がった。何事かと見てみると、背後の壁から20人近くのゴーストが現れるところだった。ナーバスになっていた新入生達は急にゴーストが出現してビックリしたのだ。

 

「もう許してなされ。彼にもう一度チャンスを与えましょうぞ」

 

 新入生の方にはほとんど見向きもせず、何やら議論を交わしながらスルスルと部屋を横切っていくゴーストの内、太った小柄な修道士らしいゴーストがそう言った。

 

「修道士さん。ピーブスには、アイツにとって十分過ぎるくらいのチャンスをやったじゃないか。我々の面汚しですよ。しかも、ご存知のようにヤツは本当のゴーストじゃない―――おや、君達、此処で何してるんだい?」

 

 ひだがある襟付きの服を着て、タイツを履いたゴーストが新入生達に気付いて声を掛けたが、誰も答えなかった。

 

「新入生じゃな。これから組分けされるところか。ハッフルパフで会えるとよいな。わしはそこの卒業生じゃからの」

 

 太った修道士が1年生の緊張を解すように優しく言った直後、これまた唐突なタイミングで厳しい声が振り下ろされた。

 

「さあ、行きますよ。組分け儀式が間もなく始まります」

 

 マクゴナガルは戻って来ると、新1年生を並ばせ、大広間へ連れて行った。

 そこは壮大な大広間で、名家のベルンカステル家で育ったフィールさえも感嘆するものだった。

 何千という蝋燭が空中に浮遊し、広大な大広間内を明るく照らす。4つの長テーブルには寮別に在校生達が座っており、どんな新入生が来たのかと凝視していた。

 上座にはもう一つ長テーブルがあり、そこに座っているのはホグワーツの現校長、アルバス・ダンブルドアを初めとする教師陣だ。

 ダンブルドアは長い銀色の髪と顎髭、キラキラと淡い輝きを放つブルーの瞳が特徴的で、半月形のメガネを掛けていた。鼻は高いが、途中で二回くらい折れたように曲がっている。

 ふと、フィールは天井を見上げた。

 『ホグワーツの歴史』と言う本に載っていたのだが、大広間の天井は外に広がる本物の空と同じように見えるよう魔法が掛けられているらしく、プラネタリウムのように曇り一つない満天の星空が輝いていた。

 美しい光景にフィールやその他大勢の新入生は思わず見とれていたが、マクゴナガルが4本足のスツールを置き、その上にボロボロで継ぎ接ぎだらけの古ぼけた帽子を置いたため、そちらに意識を移らせる。

 あの帽子こそ、新入生が向かうべき寮を決めてくれる『組分け帽子』だ。椅子の上に置かれた組分け帽子はピクピク動き出し、鍔の縁の破れ目がまるで口のように開いて、4つの寮の特色を歌い出す。

 

 

 私はきれいじゃないけれど

 人は見かけによらぬもの

 私を凌ぐ賢い帽子

 あるなら私は身を引こう

 山高帽子は真っ黒だ

 シルクハットはすらりと高い

 私はホグワーツ組み分け帽子

 私は彼らの上をいく

 君の頭に隠れたものを

 組み分け帽子はお見通し

 被れば君に教えよう

 君が行くべき寮の名を

 

 

 グリフィンドールに行くならば

 勇気ある者が住まう寮

 勇猛果敢な騎士道で

 他とは違うグリフィンドール

 

 ハッフルパフに行くならば

 君は正しく忠実で

 忍耐強く真実で

 苦労を苦労と思わない

 

 古き賢きレイブンクロー

 君に意欲があるならば

 機知と学びの友を

 必ずここで得るだろう

 

 スリザリンではもしかして

 君はまことの友を得る

 どんな手段を使っても

 目的遂げる狡猾さ

 

 

 被ってごらん! 恐れずに!

 興奮せずに、お任せを!

 君の私の手に委ね(私は手なんかないけれど)

 だって私は考える帽子!

 

 

 組分け帽子が各寮の理念や個性を歌って教えてくれ、それが終わるとマクゴナガルは新入生リストを持ちながら、生徒の名前を読み上げた。

 

「ハンナ・アボット!」

 

 金髪おさげの少女は緊張した表情で小走りで椅子の前まで向かい、椅子に座り、組分け帽子を被る。

 一瞬の沈黙。

 組分け帽子は高らかに宣言した。

 

「ハッフルパフ!」

 

 ハッフルパフのテーブルから歓声と拍手が上がり、在校生達は笑顔を送る。ハンナは恥ずかしそうにしながらも嬉しそうにハッフルパフのテーブルへと向かった。

 

「スーザン・ボーンズ!」

 

 次の生徒が呼ばれ、同じく帽子を被る。

 

「ハッフルパフ!」

 

 またしてもハッフルパフが宣言され、歓声と拍手が沸き起こった。

 組分けは順調に進んでいき、ロンやネビル、ハーマイオニーはグリフィンドール。マルフォイやクラッブ、ゴイルはスリザリンに進んだ。

 

「ハリー・ポッター!」

 

 その名前が呼ばれた瞬間―――大広間は一斉に静まり返った。各所から、魔法界の英雄として超有名なハリー・ポッターをよく見てみようと組分け帽子を被る黒髪に丸眼鏡を掛けた少年に注目する。

 数分後、組分け帽子は高らかに宣言した。

 

「グリフィンドール!」

 

 グリフィンドールのテーブルから爆弾が爆発したかのような大歓声と大拍手が起こり、ハリーは嬉しそうな表情でテーブルに行き、同じ顔をした赤毛の少年二人―――フレッド&ジョージ・ウィーズリーは「ポッターを取ったぞ!」と復唱している。

 フィールは横目で興奮状態の獅子寮テーブルを見て、すぐに組分け帽子に戻すと、

 

「フィール・ベルンカステル!」

 

 名前が呼ばれた。

 フィールはクールな表情を崩さないまま、洗練された歩き方で優雅に、そしてどこか威風堂々とした空気を身に纏いながら、椅子へと向かう。

 名を呼ばれた瞬間―――あれだけの喧騒がまるで嘘のように静まり返り、全校生徒が驚愕の表情で椅子に向かい組分け帽子を手に取ってスッと椅子に座る、黒髪蒼眼の少女を見つめた。

 今までの新入生とは打って変わって、動じることもなければ緊張もしていない、大人びた雰囲気と無表情の顔。

 それは、緊張でガチガチになりながら自分が進む寮は何処なんだろうという気持ちが表面上に出ているのを、自分達もそうだったなと微笑ましそうに見ていた上級生達にとって、黒髪の少女の無感動そうに真っ直ぐ見据える蒼い両眼がまるで見るもの全てを見下ろしているような冷たさを宿した眼光だと、衝撃を喰らった。

 

 そして、驚愕している理由は他にもある。

 ベルンカステルという名の魔法族は、魔法界でただ一つしか存在しない。

 それはすなわち、彼女は正真正銘、英国魔法界では偉大なる魔女と英雄崇拝されたエルシー・ベルンカステルの血縁者だと意味している。

 多くの魔法使い、マグルを殺害してきた闇の陣営の総司令官・ヴォルデモート。いつしか名前を呼ぶことさえ恐れられてきたあの闇の帝王へ戦意を示し、その刃の切っ先を突き付けた勇敢なる魔女。

 彼女の行為は、数多くの人々を救ってきた。

 最後は力尽きて殺されてしまったとはいえ、その勇気ある抵抗は絶望の淵に居た魔法使い達へ、多大なる影響を与えた………。

 

 フィールは手にした組分け帽子を被り、静かに待つ。すると、頭に声が響いた。

 

「ふーむ………君はベルンカステル家の者かね。難しい。非常に難しい………溢れんばかりの勇気に満ちており、聡明でいて探求心と追求心にも溢れている。人としての優しさはあるが、敵とみなした者へは瞬く間に牙を剥く残忍さが見え隠れしておる。君に狡猾さや協調性という資質はそこまでない。しかし、目的を果たすためならばありとあらゆる可能性を限界以上に引き出し、執拗なまでに追い掛けるその精神力はスリザリンにこそ相応しい………」

 

 組分け帽子はこの上なく苦悩した。

 祖母や母親と似ているフィールは完璧なまでにスリザリン生に向いてる訳ではないが、一部で言えばスリザリン生そのものだ。

 この学校の創設者の一人サラザール・スリザリンは自身の寮生に『蛇語、機知に富む才知、断固たる決意、やや規則を無視する傾向』等の才能を求めていた。

 蛇語はどちらと言えば先行的な能力なので除外するが、残りの才能で言うなれば、フィールはどストライクで当て嵌まる。

 臨機応変に対応が出来、非常事態においても決断力も高く、必要であればルールを破ることさえ厭わない。

 これらの要素だけで言えば、まさにスリザリンでこそ上手くやっていけるだろう。事実、彼女のスリザリン出身の血縁者もそうであった。

 

 しかし、協調性のないフィールがスリザリンを選んだからといって、上手く事が運ぶという訳でもなさそうだ。スリザリンは他3寮とは完全に決裂している状態に近いため、お世辞にも交流的な関係とは言い難い。

 が、その代わり、歌でもあったようにスリザリンでは『まことの友』を得られる。故に寮生同士による結束や絆の強さ固さは、他の追随を許さない。だからこそ、寮内での団結力は人一倍ある。

 そんな連帯感が強い寮で孤高を自ら選ぶような彼女が入ればどうなるかは、火を見るよりも明らかだ。まず間違いないなく、スリザリン生との間に軋轢が生まれてしまうだろう。生粋の純血の名家の出所にしては珍しいことに純血主義者でもなければマグル差別者でもないのだから、尚更だ。

 

「君自身、何処か希望する寮はあるかね?」

「私? 特に無いけど………強いて言うなら、母親や祖母と同じスリザリンかな」

「ふむ、スリザリンかね。しかし、それで本当にいいのかね? 素質を考えればスリザリンそのものだが、性格で考えればグリフィンドールそのものだ。無論個人の感情は優先するが、私としては母親や祖母と同じスリザリンより、父親と同じグリフィンドールの方がベストではないかと思うのだが………わかった。君自身が選んだ道だ。私は君の意見を尊重しよう。君ならば、あの二人と同等かそれ以上にスリザリンで何者よりも輝けるかもしれん。………健闘を祈っておるぞ、若きベルンカステル家の現当主よ」

 

 組分け帽子は、遂にフィール・ベルンカステルが進むべき寮を示した。

 

「スリザリン!」

 

 組分け帽子はハリー・ポッターと同等かそれ以上に声高らかに宣言した。

 ……が、今までとは打って変わり、大広間はシンと静まり返っている。

 他寮は元より、闇の帝王を心酔していた者が大半を占めるスリザリンでもフィールを歓迎する生徒は少数派で、今日一番少ない拍手を受けてしまった。

 だがしかし、当の本人は意に介した様子もなく、脱いだ組分け帽子を椅子に置いたらさっさと緑と銀のレジメンタルのネクタイを締めた生徒達が集うテーブルへと歩いていく。

 嫌な静寂に包まれる中、席を立った一人の女子上級生がフィールに歩み寄ったと思えば彼女の肩を抱き寄せ、空いてた席に座らせた。

 

「………ありがとうございます」

「どういたしまして。私はアリア・ヴァイオレット。今年4年に進級したから、貴女の3つ年上ね。ようこそスリザリンへ。新しい家族が出来て私も嬉しいわ」

 

 姓の通り、青紫色の瞳にフィールと同じ黒髪の女生徒―――アリアは優しげに微笑むと、少し離れた自分の席に座った。

 

(アリア? あれ、そういえば………クリミアが言ってたっけな………スリザリン所属の友達がいるって。確かその人の名前………やっぱり。アリア・ヴァイオレットだ。世間は狭いな)

 

 そんなことをつらつらと思い出しながら、フィールは周囲を見回す。

 ドラコ・マルフォイやその取り巻き、そして大半の上級生達は何だか嫌な物を見るような眼差しでこちらを見ていた。

 軽く肩を竦めたフィールは気にする素振りは見せず、涼しい顔をして腕を組む。

 果たして、スリザリン所属の学校生活はどんなものになるのだろうか。

 フッと息を吐いたフィールは周囲からの視線を尻目に思考の海に沈んでいった。

 

♦️

 

 その後の組分けも順調に進み、新入生全員の組分けを終えた後のダンブルドアの意味不明な挨拶が終わると、いよいよ歓迎会パーティーの時間になった。

 テーブルの上には最初何も載っていなかった金色の皿に様々な料理が山盛りで盛られ、各自好きなように取り寄せて食べながらも皆は隣や向かい側の人と会話を弾ませる。

 その中でフィールはただ黙々と食べていた。

 誰かと会話をしながら食事することが少なかったが為に、無言で料理を口に運ぶ癖がホグワーツでも出ていた。

 

「エルシー・ベルンカステルの孫が我が寮(スリザリン)に来るとは意外だったな。てっきりグリフィンドール辺りにでも入るのかと思ってたが、よく考えてみればエルシー・ベルンカステルもスリザリンの卒業生だったから、そういう意味では納得する」

 

 フィールに声を掛けてきたのはマーカス・フリントと言う5年生で、スリザリンのクィディッチチームではチェイサー兼キャプテンを務める黒髪灰色眼の男子生徒だ。彫が濃い顔で目力が強く、厳つい雰囲気を身に纏っている。

 

「………ああ、そう」

「何だ、緊張しているのか? そんなに気を張らなくてもいいんだぞ」

 

 マーカスはフィールが周囲からの好奇の眼に肩幅狭い思いをしていると捉えたのか、その肩をポンポンと叩いた後、同級生の友人達との会話に交じった。フィールはマーカスに対し「別に緊張はしてないんだけど」と内心で突っ込みつつ、再度食事に手を動かす。

 すると、不意に右隣から肩を叩かれ、横目でそちらを見た。

 元気よくピョンピョンはねたショートカットの明るい茶髪に、瞳の色は明るい翠のアクティブ感が漂う少女。パッと見ると可愛い系男子みたいに見えるので、中々ボーイッシュな子だ。

 

「―――私、クシェル・ベイカー。クシェルって呼んで」

「………なら、私のこともフィールで構わない」

 

 茶髪翠眼の少女―――クシェルにフィールは素っ気なく返答しながら、デザートの時間にしようとイチゴ味のアイスを取り寄せ、銀のスプーンで掬う。クシェルはフィールの冷たい態度に特に気にした様子もなく、バニラアイスを取り寄せ、更に話し掛けた。

 笑顔で他愛もない話をするクシェルに反し、フィールは無表情で相槌を打つというのを繰り返していたら、スリザリン寮のゴースト『血みどろ男爵』がテーブルに現れ、今年入ってきた新入生を見渡す。

 それから、何やら新入生達へプレッシャーを与えるようなことを言ってきたが、それを華麗にスルーしているフィールを見て、血みどろ男爵は驚愕の表情に染まる。

 

「お前は………まさか、クラミー(アイツ)の娘か?」

「………ええ。ベルンカステル家の前当主(クラミー・ベルンカステル)の娘ですよ」

「そうか………瞳の色を除いて、クラミーにそっくりだ。まあ………まさか、アイツが母親になるなんてな。元気にしてるか?」

「…………………………」

 

 血みどろ男爵の問いに、フィールはスッと冷たい光を宿した眼を細める。それを見て、自分のやらかしたことに気付いたのか、ハッとして先程までの威張っていた口調から一変、

 

「………すまん。それは訊くべきではなかったな」

 

 バツの悪そうな顔で血みどろ男爵はフィールへ謝罪し、スーッと去っていった。

 少しメランコリーになったフィールは深く息を吐き、ゴブレットに入っている紅茶を一気に飲み干した。家族のことについて他人に訊かれたくないタイプのため、まさかこんなにも早く質問されるとは予想外だったから、気持ちが暗く沈んだ。

 隣に居たクシェルはなんとなく家庭の事情を察し、こういうのは詮索するべきではないと思いつつ、彼女の暗い気分を明るく変えさせようと弾んだ声で他愛もない話題を振った。

 

「フィールは何の教科が楽しみ? 私はやっぱり飛行訓練が楽しみ! 箒に乗って空を舞うのってスッゴく楽しくない?」

「………なんだろうな」

 

 いつまでもブルーなままでいるのは子供っぽいと思い、恐らく気分転換させようとしてくれたクシェルのためにも、フィールは投げ掛けられた質問に対して返答を考える。

 

「………楽しみな教科は特にないな」

 

 今ではホグワーツで習う内容全てを自由自在に駆使出来るので、特にこれといった興味深い教科は無い。現在はオリジナルスペルの開発が何よりの楽しみなのだから。

 余談だが、フィールは魔法薬学についてはかなり突出した才能を発揮し、既に教科書よりも効率的で製造法を独自で編み出している。そのおかげか、応用や修正などといった対応力もレベルアップしたので事前に勉強しておいてよかったと思ったのは、ここだけの話だ。

 

「何にもないの?」

「ああ」

「じゃあさ、得意教科になりそうなものは?」

「さあ、な。とりあえず、全教科最高得点を叩き込めればそれでいい」

「フィールって、勉強好きなの?」

「好きだよ。知識を増やすのは楽しいし」

 

 クシェルは「勤勉で努力家なら、レイブンクローやハッフルパフが相応しいんじゃ?」と疑問符を浮かべながら、ゴブレットに手を伸ばした。

 

 歓迎会パーティーが終了し、校長のダンブルドアが注意事項などを説明し、最後にメロディーが特に定まっていない校歌斉唱が行われたら、監督生は新入生をそれぞれの寮へ案内するために誘導した。

 最後の説明であった『4階右側の廊下には入らないこと』に皆は一体どういうことだろうと言う表情をしつつ、1年生ははぐれないように監督生の後を追い掛けた。

 スリザリン寮の所在地は城内の地下牢だ。

 入り口は地下牢の奥、湿った剥き出しの石が並ぶ壁に寮へ続く扉は隠されており、合言葉で開くシステムである。合言葉は2週間ごとに変わり、新しい合言葉は談話室の掲示板に貼り出されるとのことだ。

 談話室は石造りで細長く、天井が低い。壁と天井も荒削りの石造りで、丸い緑が掛かったランプが天井から鎖で吊るしてある。談話室の窓はホグワーツの敷地内に広がる広大な湖の水中に面し、窓ガラスからは巨大イカが見えるらしい。暖炉には壮大な彫刻が施されており、談話室に置いてある椅子も彫刻が施されている。

 最後に監督生からのスリザリンに関する長い説明が語られ、それが終わると疲労が溜まっていた新入生達は、そそくさに割り当てられた部屋へと向かった。

 フィールもこれから7年間過ごす女子部屋まで歩き、扉のプレートを見る。そこには、

 

Feel・Bernkastel(フィール・ベルンカステル)』『Kuschel・Baker(クシェル・ベイカー)

 

 と書かれていた。

 2つプレートが掛けられているため、どうやら二人部屋らしい。そして同室の人の名前が『クシェル』とあったため、フィールは「ああ、あの人か」とその場に突っ立ってたら、肩に誰かの手が置かれた。振り返ると、そこにはクシェルが笑顔で立っていた。

 

「これからよろしくね、フィール」

「………ああ、よろしく」

 

 慣れないことだらけで戸惑うが、ポーカーフェイスだけは崩さず、フィールは小さく頷き返し、扉を開けてクシェルと共に中に入る。

 寝室には緑の絹の掛け布がついたアンティークな4本柱のベッドが設置され、その上に荷物が詰め込まれたトランクが置かれていた。ベッドカバーは銀色の糸の刺繍が施され、天井からは銀のランタンが吊り下げられている。壁は有名なスリザリン生の冒険を描いたタペストリーで覆われており、窓に打ち寄せる湖の水音は不思議と落ち着きをもたらしてくれた。

 フィールは軽く荷解きをし、全部やるのは明日にしようとトランクから寝間着を取り出して早々に着替え、ベッドの中に潜り込み、眼を瞑って明日からホグワーツで生活するんだなと考えていたら―――いつの間にか夢の世界へ誘われ、深い眠りに落ちて規則正しい寝息を立てた。




【アリア・ヴァイオレット】
黒髪青紫眼。4年生。純血だけどマグル差別者などではない常識人。他寮のクリミアとソフィアの友人。他人より落ち着いた性格で人の心を見抜くのが鋭い。

【クシェル・ベイカー】
茶髪翠眼。1年生。明るくアクティブな性格でボーイッシュガール。一匹狼のフィールにどんどん話し掛けるほどめげない上にブレない。

【フィールの素質】
帽子も言ってましたが、フィールは蛇語や狡猾、協調性といった一部を除いての素質はスリザリン生、性格はグリフィンドール生という、両方の素質を兼ね備えているハリー・ポッターとかなり似ているオリ主です。
ただ単に、原作主人公がグリフィンドールならオリジナル主人公は対比のスリザリンにさせたと思うのが一番ベストかもしれません。


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#4.ホグワーツでの学校生活

 いよいよ今日から、ホグワーツ魔法魔術学校で魔法に関する授業がスタートする。

 地下牢に在る、蛇寮の女子部屋一室。

 そこで、黒髪蒼眼の少女―――フィール・ベルンカステルは朝早くから起きて、寝間着から制服に着替えていた。

 黒のストッキング、黒のスカートを履き、白いワイシャツと灰色のセーターを着て、緑と銀のレジメンタルのネクタイを締める。フィールは別に視力は悪くないのだが、魔法を掛けた青のだて眼鏡を掛けた。

 

「そうだ、いつものロケットを忘れないようにしないと」

 

 真ん中に青い石が嵌められ、魔法陣の模様が描かれている銀色のロケット。それを首からぶら下げ、ヒップホルスターに杖を仕舞っていると、クシェルが目を覚ました。

 

「ふぁぁぁ………あれ? おはよう、フィール。起きるの早くない?」

「そうか? 別に普通だと思うけど」

 

 顔を合わせず返事をし、最後に黒のローブを羽織って部屋を出ようとすると、

 

「あ、待ってよ~! 私も行く~!」

 

 置いてきぼりが嫌なのか、一人でスタスタと部屋を出ようとしたフィールにクシェルは頬を膨らませる。クシェルはベッドから降り、壁に掛けてあった制服とローブを手にすると、早々に寝間着から制服に着替え、引き留められたことにため息ついて壁に背を預けて渋々待っていたフィールの元まで小走りで行く。

 

「お待たせ~!」

「………………」

 

 明るい笑顔をクシェルは向けるが、向けられている本人は何も言わず、スタスタと一人で歩いていく。

 

「あ、ちょっと待ってよ! なんで一人ですぐ行こうとするの!?」

「………一人がいい」

 

 他人とのコミュニケーションを嫌う性格故の冷たい振る舞いだが、クシェルは気にしなかった。

 

「なんでさ!? せっかく友達と一緒に行ける方が私は楽しいのに!」

 

 数秒間、フィールは思考放棄。

 ………今、この人はなんて言った?

 それだけが、今の彼女の脳内をぐるぐる無限ループしていた。

 

「………………」

 

 結論の出ない思考は捨てようと、無視して一人で部屋を退室しようとしたが、咄嗟に腕を掴まれた。

 

「ほら、一緒に行こ!」

 

 超笑顔で左腕を引っ張り、朝食のために大広間へ向かう。その間、クシェルはフィールの腕をずっと掴んだままだった。

 

「………離せ」

「ヤダ。離したら一人で行くじゃん」

「………私は一人がいい」

「私は二人の方がいいの」

 

 フィールのつれない返事にクシェルはさらっと返し、ローブ越しから細い腕を掴み、広い廊下を歩く。

 まるで飼い主が飼い犬に散歩されているみたいな風景に、同じように朝食を食べに行こうとしている生徒達は不思議そうに、でもどこか微笑ましそうにしながら、横を通り過ぎる。

 

「………………」

 

 もうどうにでもなれと、フィールは諦めてクシェルのペースに合わせた。大広間の扉前まで来ると、クシェルはやっと手を離してくれた。

 

「はい、行くよ」

「………………」

 

 手を離したクシェルは、此処まで来たら流石のフィールも共に来るだろうという計算だったが、それは瞬く間に砕け散る。

 フィールは無口でスッと横を通り、たんたんとした足取りでテーブルに行くため、クシェルは慌てて振り返った。

 

「ちょっ、待ってよ!」

「ちっ………なんだよ」

 

 肩越しから、だて眼鏡のレンズを通して見てきたフィールの眼が怖く、それを見た生徒達は、少し肩を強張らせた。だが、クシェルだけは怖じ気付くことなく、不満げな表情をし、

 

「せっかく友達になりたいのに、なんでさ!? もっと、一緒に行動しようよ!」

「断る。いらない、そんなもの」

 

 友達になろう、というクシェルの言葉を無慈悲なまでにバッサリ一刀両断するフィールの物言いに生徒達は更に肩を強張らせ、何人かは思わず顔を背けた。

 

「じゃあ、フィールが『いらない』って思わなくなるまで話し掛けるからね!」

 

 一体何が、この少女を突き動かすのだろうか。

 断る、と友達拒否されたのにも関わらずアプローチ宣言をしてきたクシェルに、フィールのみならず、一部始終を見ていた人達も揃って呆気に取られる。

 

「………………勝手にしろ」

 

 どうせ、友達になってもすぐに終わるだろうと判断したフィールは早く離れて欲しいなと、一言でそれを了承すると、アプローチOKされて嬉しいのか、クシェルはパアッと顔を輝かせ、両手を取ってブンブンと振った。

 

「やった! じゃあ遠慮なく一緒に行動するからね!」

「…………………………」

 

 誰が見ても笑顔の中の笑顔を浮かべる、翠眼のボーイッシュガール。

 戸惑いと困惑を隠しきれないまま、フィールは両腕を振られるがままでいた。

 それを遠目から見守っていた桃色髪の少女と水色髪の少女は顔を見合わせ、微笑んだ。

 

「フィール、よかったわね」

「ええ。ちゃんとやっていけるかは少し心配だけど、きっと大丈夫ね」

 

 ―――あの茶髪翠眼の少女なら、黒髪蒼眼の少女の氷の心を溶かすことが出来る。

 ソフィアとクリミアは、同じ想いを口に出さずとも抱懐していた。

 

♦️

 

 ホグワーツの授業初日は、遅刻率が圧倒的に高い。その原因は、とにかく校内のギミックがバラエティー満載だからだ。

 142の階段があり、広い巨大な階段、狭いガタガタの階段、金曜日にはいつもと違う所へ繋がる階段、真ん中辺りで毎回1段消えてしまうので忘れずにジャンプしなければいけない階段など、覚えるのが大変である。

 階段に限らず、扉も多種多様だ。

 丁寧にお願いしないと開かないものや、正確に一定の場所を擽らないと開かない扉、扉のように見えるが実は硬い壁が扉のフリをしているもの、その反対に壁のフリをしている扉など、強者揃いである。

 肖像画の人物もしょっちゅう訪問し合っているので目印としては役立たないし、廊下に置かれている胸像や甲冑も台の上でブツブツ独り言を言ったり人が来ると振り返ったりするので、かなり不気味だ。

 それに―――ポルターガイストのビープスが生徒達に悪戯してきたりするので、それもまた遅刻する原因の一つだった。

 初日の授業が行われる教室に向かっていたフィールとクシェルも悪戯対象のターゲットになり、ビープスが水風船を投擲してきた。

 

「ひゃっ! 冷たっ………!」

 

 水風船はクシェルにモロ直撃。

 ビープスは見事ヒットさせるのに成功し、愉快そうに笑っていた。クシェルは身体に纏わりつく冷水にブルブル震え、ビープスは続けてフィールに投げたが、彼女は当たる前にヒラリと回避。それが悔しいのか、もう一つ投げたが、それも躱される。ビープスは悔しそうにし、残りの水風船を無駄遣いするよりは確実に使おうとのことで、再びクシェルをロックオン。

 残余のウォーターバルーンを全部投げ、反応がワンテンポ遅れたクシェルは成す術もなく立ち竦み―――目前でそれは破裂し、水が一気に噴き出したが、まるで見えない壁があるかのように、一切濡れはしなかった。

 

「え………!?」

 

 クシェルは驚愕の声を上げ、ビープスも訳がわからないという顔だ。

 何故、クシェルに当たる寸前で全て破裂したのか。

 その訳は、フィールにある。

 ビープスの視線が隣に居たクシェルに動いたのでまた彼女を対象にしたのだと瞬時に察し、無言呪文で透明な盾を張っていたのだ。盾の防壁は普通だと半透明だが、術者の技術次第では無色にするのも可能である。

 フィールはビープスに睨みを利かせ、退散するよう無言の圧力を掛ける。ビープスは悪戯失敗の要因がフィールだと知ると「覚えておけ」と捨て台詞を吐き捨てて立ち去った。

 

「………ああ、そうだった」

 

 フィールは未だに唖然としているクシェルがびっしょりなのを見ると、彼女の制服やローブに浸透している冷水を払い、冷えた肌を加温した。クシェルは、冷たい水でびしょびしょだったのがすぐに乾いたことに驚いている。

 

「ったく、アイツのせいで余計な時間食ったな。もう寒くないか?」

 

 イライラとした言葉を呟いていたフィールの口からいきなり心配した言葉が出たのでクシェルは驚到したが、

 

「うん、大丈夫。ありがと!」

 

 ニッコリと笑い掛け、礼をした。

 

「………なら、いい」

 

 フィールはローブを翻し、クシェルに背を向ける。クシェルはフィールの隣に並び、チラリとだて眼鏡を掛けている横顔を見つめた。

 

(なんだろ………意外と優しい………のかな?)

「………なんだよ?」

 

 視線に気付いたフィールは、横目でクシェルを見て問い掛けた。

 

「ううん、なんでもない」

 

 クシェルは笑って首を振り、フィールは特に気にも留めず、前を向いた。

 

♦️

 

 記念すべき1日目の授業を全て終えたフィールは、クシェルに左腕を引っ張られてスリザリン寮に帰宅した。

 どうしても、「二人の方が楽しい」と言い張るクシェルが単独行動するのを許さず、半ば強引に引き留めるからだ。

 

「だって、せっかく同室になったんだよ? もっとフィールと話したいし、一緒に居たい」

 

 何度文句を言っても、返事はこれだ。

 フィールは若干疲れ気味な顔である。

 細長くて天井が低く、荒削りの石造りで築造された談話室に設置されているソファーにクシェルは腰掛け、フィールも座らせた。

 周囲にはまだ数人の生徒しか帰ってなく、彼等も椅子やソファーに座って寛いでいた。

 

「私、ずっとホグワーツに入学するの楽しみにしてたんだ。今日は四六時中ワクワクしっぱなしだったよ。フィールは?」

「私は別に………普通だな」

 

 オリジナルスペルの開発という、未知の領域まで若くして足を踏み入れているフィールからすると、授業で習う内容等は他の生徒と違って、別段心踊らされるものではない。どちらかと言うと、退屈しのぎに近いものだ。

 提げていたショルダーバッグを下ろし、一息ついたフィールは、さてどうしようかと考え込もうとした矢先。

 

「ねえ、ほら、あの娘じゃない? 茶髪の女の子の隣に居る」

「誰のこと?」

「フィール・ベルンカステルよ」

「ベルンカステル? ………ああ、『例のあの人』に真っ先に反抗したっていうエルシー・ベルンカステルの孫ね」

「アイツの顔見たか?」

「ちゃんとはまだ見られてないわ。まあ、昨日は角度と距離の関係で仕方ないんだけど………今は青の眼鏡を掛けているわね」

「そうなのか?」

 

 談話室に戻ってきた上級生の囁き合う声が耳に入った。彼等はまじまじと、昨日の組分けで一躍脚光を浴びたフィールを見つめる。

 ハリー・ポッターの時みたいに好奇の眼を向ける者も居れば、蔑みの眼差しを送る者も居た。

 それは、同級生も同じで―――。

 

「なんで君はスリザリンに入ったんだ?」

 

 いつの間にか談話室に来ていたドラコ・マルフォイの疑問系の声は、自然と皆の耳に届いた。

 マルフォイはソファーに座るフィールの前まで歩き、立ち止まる。

 フィールはマルフォイを見上げ、肩を竦めた。

 

「私がどの寮に入ろうが、別にアンタには関係ないだろ」

「いいや、関係あるね。君がスリザリンに来たことで、この寮は更に泥を塗られたんだ。僕としては、君が居なければこれからの学校生活を有意義に過ごせたと思うよ」

 

 マルフォイの発言に、何人かの生徒が頷く。

 スリザリンは、将来の死喰い人候補が集う寮と言っても過言ではない。事実、死喰い人の大半がスリザリン出身者だ。

 稀にグリフィンドールやレイブンクローからも闇の道に属した者を輩出することはあるが、それでも多数を占めるのはスリザリンだ。

 だからこそ、魔法使いはその事実に気付かないし、知ったとしてもそれを認めようとしない。

 『騎士道』とは相反する『狡猾』を重視するのがスリザリンの理念。

 故に、伝承から相反する行為をした今は亡き女性は典型的なスリザリン生、あるいはスリザリン出身者にとって、憎んで然るべき存在だ。

 

 そしてその故人こそが、フィールの祖母エルシー・ベルンカステルである。

 数世紀の歴史を誇る名家で純血主義を高らかに掲げ、高い身体能力と戦闘技術を兼ね備えた魔法使い・魔女を幾人も輩出してきた『戦闘一族』の家訓に真っ向から背反し、スリザリン出身でありながら闇の道とは異なる道を突き進みその信念を貫き通した魔女。

 エルシーが遺した『血筋や家柄が魔法使いの善し悪しを選ぶのではない。魔法を扱う人間の心こそが、魔法使いの善し悪しを定める』と言う言葉は、それを母から聞いたフィールの胸に今も尚深く刻まれている。

 

「君はスリザリンの恥だ。君の存在は、スリザリンにとって害でしかない」

 

 マルフォイの言葉に賛同する者は、彼と同じ軽蔑の眼差しでフィールを遠目から見つめる。

 すると、クシェルがソファーから立ち上がり、キッとマルフォイを睨み付けた。

 

「あのさ。それ以上フィールのことを悪く言ったら、私が許さないよ。友達を悪く言われて、黙ってなんかいられないから」

 

 クシェルがそう言うと、マルフォイは馬鹿にするように笑い、

 

「へえ、君、そいつの肩を持つのかい? これは驚いたな。確か君は、クシェル・ベイカーだったね。クシェル、悪いことは言わないよ。異端者のベルンカステルを庇うような真似は止めといた方がいい。友達はよく考えて選ぶんだ」

 

 と言ったが、クシェルは首を横に振った。

 

「自分の友達は他人が決めるんじゃなくて、私自身で決めるから、結構だよ。私はアンタみたいに誰かを侮辱するような人とは仲良くなんかなりたくないし、なろうとも思わない」

 

 ………随分バッサリ言うヤツだな。

 と思ったのは、何もフィールだけでない。

 この場に居た者全員が呆気に取られた。

 

「………ああ、そうかい。君もベルンカステルと同じ人間なのか。なら、君とも反りが合わなそうだな。失礼するよ」

 

 ホグワーツ特急でのフィールとの絡みを思い出したマルフォイはこれ以上関わっても不愉快になるだけだと思い、フィールとクシェルを一瞥後、取り巻きを連れて男子部屋へと帰った。

 すっかり重苦しくなった場の空気に耐え兼ねたのか、談話室に居る彼等はその原因の一人であるフィールを蔑視する。

 そしたら、唐突にフィールはソファーから立ち上がり、ショルダーバッグを手にした。

 

「フィール? どしたの?」

 

 音の気配を察したクシェルが首を傾げると、

 

「どうしたも何もない。談話室から出ていく」

 

 有無を言わさぬ口調で言い放ったフィールは、談話室の出入口に向かって歩き出した。

 どうやら、本当に出ていく気らしい。

 クシェルは慌てて彼女の腕を取った。

 

「ちょっ、待っ―――」

 

 だが、フィールは乱暴にクシェルの手を振り払い、早足で階段を駆け上がる。

 そうして外に出ようとした時―――4年の男女グループが戻ってきた。その中には、アリアも混じっている。

 

「………フィール?」

 

 アリアは俯きがちにフィールが寮から出ていこうとしたのを見て声を掛けようとしたが、それよりも早く、フィールは出ていった。

 

「なあ………今の、1年生の娘じゃないか?」

「言われてみればそうね………ホグワーツを探険しに行ったんじゃない?」

「でもよ、アイツ一人だけで大丈夫か? 此処のギミックは俺らでも一苦労するってのに」

「大丈夫じゃない? それに、大変だと思ったら諦めてすぐ戻って来るわよ、きっと」

 

 入れ違いになった4年生の面々は口々にそう言うが、談話室の空気がなんだか重々しいのを感じ取ったアリアは、何か別の理由があって外出したんだろうと考えた。

 案の定、自分達が来る前に談話室に居た生徒達はこちらを見上げている。皆は何故かバツの悪そうな顔になり、そそくさに自室へと足を運び始めた。

 

「? なんだ、皆して。俺達、何かしたか?」

 

 来たばかりで事情を知らない男子生徒が首を捻り、他の人達も揃って疑問顔になる。

 アリアは階段を下り、唯一此処に残っているクシェルに話し掛けた。

 

「クシェル。私達が来る前に、何かあったの?」

 

 だが、クシェルは何も答えず、ただ首を横に振り………踵を返して、部屋へと向かった。

 誰も自分達には一切教えてくれないのだから、益々アリア達は訳がわからないという表情を深め―――その場に突っ立った。

 

♦️

 

 スリザリン寮を出て行ったフィールは、1階に上がって壁に背を預けて腕組みしていた。周りには誰も居らず、静かだ。

 

(………私の存在は、スリザリンにとって害でしかない………か)

 

 ふと、頭にマルフォイの言葉がちらつき、それを振り払うように首を振る。

 弱気になってはいけない。

 弱気になれば、相手の思うツボだ。

 壁に背を預けるフィールは眼を閉じる。

 

 ―――血筋や家柄が魔法使いの善し悪しを選ぶのではない。魔法を扱う人間の心こそが、魔法使いの善し悪しを定める。

 

 これは、祖母が自分達に遺した言葉だ。

 祖母は自分の信念を貫き通した。

 ならば、彼女の孫である自分が信念を貫き通せないはずがない。

 自分に言い聞かせるよう、胸に手を当てて復唱したフィールは眼を開け―――図書室に行って自主学習でもしようと、腕組みを崩し、その場から立ち去った。

 

♦️

 

 学校生活のスタートを切り、入学後初めての金曜日。

 同じスリザリンに所属しているというのに、フィールは皆から遠巻きにされる存在で、逆にクシェルは人気者になりつつあった。

 生徒達の間では、何故フレンドリーな性格で誰とも分け隔てなく接するクシェルは、クールで無愛想なフィールと共に行動するのかと、二人を見掛ける度に謎が謎を呼んで困惑を隠し切れていない。

 それでも性格はともかく成績は優秀で全教科完璧にこなすので、何とも言えないという人が多かった。

 

「なんかもう、大変だね」

「………ああ、そうだな」

 

 朝食時間のスリザリンテーブル。

 クシェルはフィールの隣に座り、クロワッサンを頬張りながら声を掛ける。

 入学してから1週間が経過し、フィールはスリザリン内でかなりの人数に軽視されていた。

 その訳は、『純血主義者ではない』からだ。

 基本的にスリザリンは純血の生徒が大半を占めマグル生まれを見下す傾向があり、反純血主義者を軽蔑する人も少なくはない。

 

 フィールは少数派の反純血主義者だ。

 そのため、『穢れた血(マグル生まれ)』を魔法界に快く受け入れる『血を裏切る者』と同じなのかと、純血主義者達は蔑みの眼差しを向けている。

 そういうことがあるため、フィールは放課後、他生徒同様に談話室に行って寛いだりはせず、一人でフラフラと何処かに行く。

 集団の中に居るのは苦手というのもあるが、何よりも蔑視してくる人達に睨まれるのが居心地悪いので、そんな場所にわざわざ居るくらいなら、誰も居ない場所で宿題をしたり隠れて訓練しようと、人通りが少ない7階の空き部屋を探索し、そこを利用している。

 だが、やはり空き部屋だと気を遣わなければならないのが面倒だから、いずれ安全且つ自由に活動が行える場所を探しに行こう。

 確か、ホグワーツ城には『必要の部屋』という便利な部屋があったはずだ。

 

 そんなことをつらつら考えていたフィールは一旦割愛し、それから、チラリと隣に居るクシェルを見た。

 クシェルは明るく社交的なので、既にトップクラスで人気者となっている。

 何故、全く正反対な自分に呆れることなく話し掛けてくるのか、疑問の一筋であった。

 すると、視線に気付いたクシェルがフィールの方を見たが、咄嗟に視線を逸らしてコーンスープを一気に飲み干す。

 

「今、眼合ったのに視線逸らすなんて―――フィーって、実は人見知り?」

「………?」

 

 なんだか、ちょっとした違和感を感じた。

 いつもの、弾んだ声で発した言葉。

 それに、今回はなにかが普段と違うような気がした。

 

「………………()()()?」

 

 延々とクシェルが言った言葉を脳内リピートしていたら、やっとその違和感がわかった。

 呼び名が『フィール』から『フィー』に変わっていたのだ。

 

「うん! 『フィール』よりも『フィー』の方が親しみあるなぁって。それでいい?」

 

 どんな時でも絶やさぬ笑顔で了承を求めてきたクシェルに、フィールは本当に戸惑うばかりだった。今まで生きてきた人生の中で他人に呼び名で呼ばれることなど一度もなかったため、フィールは入学してから調子を狂わされっぱなしである。

 

「………………勝手にしろ」

 

 どうせ、この人にはどれだけ冷たくあしらっても風のように受け流される。なら、もう勝手にさせるのが早いかもしれない。

 クシェルは何がそんなに嬉しいのか、「やった!」とはしゃいだように笑い、

 

「嬉しいよ! じゃあこれからはフィーって言うね! それじゃフィー、早く行こうよ!」

 

 すっかりウキウキなクシェルはフィールの腕を掴むと今日一番手の授業、魔法薬学の教室へと走り、フィールもそれに釣られて走った。

 

♦️

 

 魔法薬学の教室は地下牢に在る。

 スリザリン生は比較的寮と近い場所にある教室なので迷うことなく向かい、その後ろから合同のグリフィンドール生がやって来た。

 地下牢だからなのかそれとも担当がスリザリンの寮監だからなのか、見るからに暗然な雰囲気が漂う教室だ。壁にはガラス瓶がズラリと並び、その中にはアルコール漬けの様々な生物が浮いている。魔法薬学担当のセブルス・スネイプは生徒の出席を取っていき、ハリーの前まで来ると表情が変わった。

 

「ああ、左様。ハリー・ポッター………我らが新しい―――スターだね」

 

 その台詞にスリザリン生数人はニヤニヤして、ハリーを冷やかす。その後出席を取り終えたスネイプはこちらに眼を向ける生徒を見渡した。フィールの顔を見た時、少しだけ表情を和らげたのは気のせいだろうか。

 

「この授業では、魔法薬調剤の微妙な科学と厳密な芸術を学ぶ」

 

 スネイプが口を開いた瞬間、一気にクラスはシンと静まり返った。変身術の担当教師マクゴナガルと同じように、この先生には逆らったり口答えしてはいけないと、一瞬で確信した。

 

「この授業では杖を振り回すようなバカげたことはやらん。そこで、これでも魔法かと思う諸君が多いかもしれん。フツフツと沸く大釜、ユラユラと立ち昇る湯気、人の血管を這い巡る液体の繊細な力、心を惑わせ、感覚を狂わせる魔力………諸君がこの見事さを真に理解するとは期待しておらん。我輩が教えるのは名声を瓶詰めにし、栄光を醸造し、死にさえ蓋をする方法である。尤も、我輩がこれまでに教えてきたウスノロ達より、諸君がまだマシであればの話であるがね」

 

 スネイプは魔法薬学について少し長い演説を語り、皆は静かに話を聞いた。スネイプの威圧感に圧倒され、馬鹿やるような真似をするヤツは誰一人居なかった。黒髪のスリザリン女生徒は身体はスネイプに向けているが手は動かしている。時折視線を羊皮紙に落としつつ、スネイプの説明をちゃんと聞いてメモっていた。

 演説を終えたのと同時スネイプは、

 

「ポッター!」

 

 と大声で呼んだため、突然の声にハリーはビクッとした。

 

「アスフォデルの球根の粉末にニガヨモギを煎じたものを加えると何になるか?」

 

 ハリーは隣に居たロンと顔を見合わせるが、さっぱりわからない、と言う表情だ。それもそのはず、この内容は6年生になってから習う薬だ。彼に限らず、他の人達が答えられるはずがない。手を挙げているが見向きもされずスルーされているハーマイオニーや、1年生に上級生で習うものを尋ねる教師にため息ついているフィールといった数少ない予習者を除いて、だが。

 

「チッチッチッ………有名なだけではどうにもならないらしいな」

 

 嬉しそうな声音でスネイプはハリーを小馬鹿にし、次の質問を投げ掛けた。

 

「ではポッター、もう一つ訊こう。ベゾアール石を見つけてこいと言われたら何処を探すかね?」

「………わかりません」

「クラスに来る前に教科書を開いて見ようとは思わなかったのかね?」

 

 スネイプはせせら笑い、ハーマイオニーは高く手を挙げる。マルフォイ達は爆笑しているが自分達に質問が来て答えられなかったらその方が爆笑ものだなと、フィールは口には出さないで心の中でそう思っていた。

 

「ポッター、モンクスフードとウルフスベーンの違いは何だね?」

「わかりません。ハーマイオニーが知っていると思いますから、彼女に質問してみてはどうでしょうか?」

 

 ハリーは苛立ったように意見するが、この場合挑発行為に乗った者の方が負けだ。衝撃を吸収する空気のようにさらりと爽やかに受け流せるようにならなければ、後々痛い目に遭うのは自分なのだから。

 スネイプは最早立って挙手していたハーマイオニーを鋭く睨み、

 

「座りなさい」

 

 と低音で威厳ある声を発した。

 流石のハーマイオニーもその迫力には気圧されたのか、素直に着席する。

 スネイプは落胆したようなため息をつくと、今度はスリザリン生―――フィールに眼を向けて質問した。

 

「さて、ハリー・ポッターはこの様だが、お前はどうだ? フィール・ベルンカステル?」

 

 手を挙げていないのに、クエスチョンしてきたか。

 そう思い、フィールは小さく息をつく。

 恐らくスネイプは、羊皮紙に何やら書いていたのを見て、彼女なら上級生レベルでも難なく答えられると思ったのだろう。

 

 実際は、確かにその通りだ。

 全て答えることは可能だ。

 そこで、フィールはこう考える。

 既に7年生で学ぶ知識を持っているのなら、それを授業で活かさないのは宝の持ち腐れだし長年勉強してきたのだから、バンバン点数を稼ぐのも悪くはない、と。

 

 退屈な日々を過ごすのはつまらない。

 楽しむなら、それなりに楽しもうではないか。

 フィールは、リクエストに応じてアンサーを披露した。

 

「アスフォデルの球根の粉末にニガヨモギ、それにプラス、刻んだカノコソウの根、催眠豆の汁を混ぜると『生ける屍の水薬』という非常に強力な眠り薬になります。気を付けなければならないのは、成分が強すぎると一生眠り続けることになること。ベゾアール石は山羊の胃から入手出来る石で、大抵の毒薬に対して解毒剤として使用可能。ただし入手するのは困難。モンクスフードとウルフスベーンは同じ植物で別名アコナイトと言いますが、トリカブト、と言えばわかるでしょう」

 

 教室内に、静寂が訪れる。

 皆―――ハーマイオニー以外―――、もしも質問されたら答えることが不可能だったのを、サラサラ答えてみせたフィールに喫驚していのだ。誰もがポカーン、としている中、スネイプはやはり、と上機嫌な笑みを浮かべ、フィールを称賛した。

 

「素晴らしい、どれも完璧な答えだ、ベルンカステル。スリザリンに15点」

 

 スネイプがスリザリンに加点し、それを機にスリザリン生は「ナイスだ、ベルンカステル!」と今回ばかりはフィールに敬意の眼差しを送った。

 反対にグリフィンドール生はフィールを睨み付けているが、本人はそんな視線などどこ吹く風というように、澄ました顔を崩さない。

 

「ところで諸君、何故今のをノートに書き取らんのかね?」

 

 スネイプのその言葉で教室には一斉に羊皮紙と羽ペンを取り出す音が響く。既に書き込んでいたフィールはやることがないなと思い、暇潰しにオリジナルスペルの開発について黙考するため、だが授業が行われている場所柄、何もしていなかったら減点されるかもしれないと危惧し、教科書を取り出して、再確認しているフリをした。

 

(次はどの分野にしよう………ディフェンスもいいし、オフェンスもいいけど………日常的にも役立ちそうな呪文にしようかな………)

 

 一方のスネイプは、

 

(やはりそうだ………ベルンカステルは優秀な生徒だな。流石はクラミーの娘だ)

 

 スネイプは、フィールの母親を知っている。

 クラミーは1歳年上の同寮の先輩であった。

 学年首席の優等生で、容姿端麗。一度だけ、ピンチヒッターとしてクィディッチの重大ポジション・シーカーになり、見事優勝を果たした。

 性格だって、悪くなかった。

 クールで大人びていて、正義感が強くて。

 あのハリー・ポッターの父親で傲慢なヤツだったジェームズ・ポッターや彼の仲間に理由もないのに攻撃された時は、いつも助けてくれた。

 

 ………だからだろうか。

 一見すると冷たそうだけど、なんだかんだで優しいフィールを見ていると、クラミーと…………ジャック・クールライトと重なって見えるのは。

 クラミーはグリフィンドール生だった男子生徒―――ジャックと交際した。そしてその彼は、敵対しているスリザリン生だった自分を差別しないで接してくれたし、クラミー同様、後輩のジェームズ達を窘めてくれたのだから、同じグリフィンドール生でこの差はなんだろうと何度も思った。

 

 だが、二人は数年前、他界してしまった。

 そのことは、スネイプも知っている。

 学生時代の恩人だった二人が亡くなったのを知った時、密かに想いを寄せていた女性で憎き男と結婚した―――リリー・エバンズが殺された以外で、誰かに対する悲しみを抱いた。

 それだけ、あの二人のことが先輩として、そして友として好きだったのだろうか。

 

(………クラミー、ジャック。君達の子供は、本当に優秀だぞ。ちゃんと見守っているか?)

 

 亡き先輩二人に求める返事。

 それが返ってくるのは絶対にないのだが、それでも、スネイプは心で問い掛けた。

 ―――その問いが、二人に届いていることを祈りながら。

 

 その後スネイプは二人一組のペアを作らせ、おできを治す簡単な薬を調合させた。フィールはクシェルとペアになり、どちらとも実技は得意なことからクラスで一番最初に、それも完璧で正確な薬を完成させた。

 二人の調合スピードと出来の良さにスネイプは更に5点プラス。ハーマイオニーからは殺気混じりの眼を送られた。授業の途中、グリフィンドール生のネビルが調合に失敗して大鍋を溶かし、液体を被ってしまった。

 身体中におできが出来て医務室に連れて行かれたのを見届けた後、隣で作業していたハリーに「何故近くに居たのに注意しなかった?」と1点減点し、魔法薬学の授業は終わった。

 

♦️

 

 金曜日の午後は授業が無い。

 なので、フィールはブラブラ散歩していた。

 他の生徒達は各自の談話室に帰宅して寛いでいるだろうが、生憎フィールは寛げない。むしろ気分を害する。

 今日も夕食時間帯まではスリザリン寮以外の場所で暇を潰そうと思い、歩みを進めようとした時だ。

 

「あれ? フィール?」

 

 声がした方向に、フィールは顔を向ける。

 そこには、何処かへ行こうとしていたらしいハリーとロンが立っていた。前者はともかく、後者は敵意ある眼で見据えている。

 

「ああ………アンタらか」

「久しぶりだね。元気にしてた?」

 

 元気にしているとは言えないのだが、バカ正直に答えると理由を教えなきゃいけなくなるのでフィールは「まあな」と言葉を濁す。

 

「………これから何処かへ行くのか?」

「うん。ハグリッドの小屋に遊びにね。あ、そうだ。暇なら、フィールも一緒に来る?」

 

 ハリーがそう提案した、その直後だ。

 

「おい、ハリー! コイツはマルフォイと同じ寮に入ったスリザリン生だぞ? スリザリン生と一緒に居たら、僕達何言われるかわからないじゃないか!」

 

 ロンは声を荒げ、ハリーに反対する。

 ハリーは困った顔になった。

 

「た、確かにそうだけど………でも、フィールは―――」

「スリザリンに入ったヤツは、皆マルフォイみたいに純血主義でマグル差別者の集まりだ。コイツだってそうかもしれないんだぞ!」

 

 ………なら、スリザリン出身者でありながら闇の帝王に歯向かった自分の祖母は、ロンにとって嫌なヤツというのだろうか?

 そう疑問に思ったフィールだが、口には出さなかった。それを言うと場がややこしくなるだろうし、ロンが反発して更に騒ぎ立てると懸念したからだ。

 ハリーも同じことを思ったのか、何か言おうとしていた口を噤んだ。

 気まずい空気が流れる廊下。

 沈黙が流れる中でそれを先に破ったのは、フィールであった。

 

「私、この後用事あるから、遠慮しておく。だから、早くハグリッドの所へ行ってこい。ハグリッドも、アンタが来るのを待ってると思うぞ」

「あ、うん………そうだね」

 

 咄嗟に取り繕ってくれたフィールの努力を無駄にする訳にはいかないと、ハリーは慌ててぎこちない笑みを浮かべる。

 フィールは自分を睨むロンの眼差しに軽く肩を竦め………二人は彼女の脇を通り過ぎた。

 ハリーとロンが城を出ていくのを肩越しに見送ったフィールは何処に行っても自分は嫌われ者だと、重いため息をつき、前髪を掻き上げ、くしゃりとやった。

 

♦️

 

「ハリー、もうアイツとは関わろうとしない方がいいぞ。皆も言ってるだろ? ベルンカステルは嫌われ者だって。君はホグワーツで一番の人気者なんだ。あんなヤツと一緒に居たら、君は皆から嫌われるぞ」

 

 ハグリッドの小屋に向かう道中、延々とロンはハリーに言い聞かせるように語っていた。ハリーは少し疲れた表情になる。

 確かに、マルフォイみたいに純血主義でマグル差別の思想に傾く生徒は、全員スリザリンに所属していると聞いてはいるが………。

 ハリーは、フィールは他のスリザリン生とは違うと思っていた。

 それは、ホグワーツ入学前に彼女と話をしたというのもあるのだが―――それとはまた別の理由が、ハリーにはあった。

 

(やっぱり、僕、フィールと何処かで会った気がする………)

 

 これは、初対面の時からずっと心に引っ掛かっていたことだ。

 ハッキリとはしないが、心の何処かで覚えている。

 そんな気がして、気になって仕方ない。

 その時、ふと、ハリーは脳裏の片隅にある女の子の顔が過った。

 狼を思わせるウルフカットを施した黒髪に、獣っぽい蒼色の瞳。整った面立ちは、どこか精悍な印象を受け―――

 

「ハグリッドの小屋が見えてきたよ、ハリー」

 

 頭の中で思い浮かんだイメージが形作ろうとしていたハリーであったが、ロンの呑気な声でバラバラに崩れ去っていき―――今はハグリッドと会うことを楽しもうと、気持ちを切り替えて頭の外に追いやった。




【ベルンカステル家】
数世紀の歴史を誇る純血の名家で『戦闘一族』。
本文でもありましたが、実はベルンカステル家は例に漏れずの純血主義やマグル差別の思想に傾向しかつては闇の魔法使いさえも輩出してきた一族でもあります。
ですがそれに背反したのがエルシーさんで、エルシーさんの『血筋や家柄が魔法使いの善し悪しを選ぶのではない。魔法を扱う人間の心こそが、魔法使いの善し悪しを定める』という遺言は、子供達や孫にちゃんと引き継がれているんです。
これで「純血主義やマグル差別思想じゃないのに何故スリザリン所属のヤツがやたら居るんだ?」と疑問に思っていた読者も納得してくれたら幸いです。
エルシーさんは原作で言うところの、ブラック家出身だけどグリフィンドールに組分けされたシリウスみたいなヤツですね。


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#5.飛行訓練

原作とはちょっと違った飛行訓練の出来事(映画版の一部を含めたと言った方がわかりやすいかもしれません)。


 次の週の木曜日。

 談話室の掲示板にはグリフィンドールと合同で飛行訓練をするという連絡が貼り出されていた。

 何故対敵している寮同士を合同で行うのかと皆は憤るが、こればかりは彼方側が決めることなので、どれだけ文句を言っても変えられない。

 

「フィー、いよいよだよ!」

「ああ、そうだな」

 

 一番楽しみにしている教科が待ち遠しいと言わんばかりの興奮気味な様子でクシェルは熱弁を繰り広げ、フィールは小さく相槌を打った。

 

「フィーは箒乗ったことある?」

「まあ、乗ったことあるよ」

 

 魔法というのは確かに知識や理論が重要だが、完璧に構成するには凄まじい気力、精神力が必要不可欠とされる。

 身体能力もブレインと同じくらい鍛え上げ、体力もつけなければ、いざというときに所謂『燃料切れ』を起こしてノックアウトされてしまうのがオチだ。

 そのためフィールは、ベルンカステル城に完備されている訓練場でパルクール(移動動作を用いて、人間が持つ本来の身体能力を引き出したり追求する方法)を独学で身に付けたり、箒に乗ったりして飛行技術やバランス感覚を養ってきた。

 その結果彼女は驚異的な運動神経を獲得した。

 マグルの人間を馬鹿にしているヤツらには、決してわからないだろう。実際にパルクールをやってみてわかったことがある。これは本当に危険な運動であった。

 しかし、パルクールの技能を活用して自由に世界を駆けるマグルの者達は、身体一つで何処へでも行くのだ。

 魔法という万能な力を持たずとも限界突破をやってのける人達を見習って欲しいと、フィールは改めて純血主義者のマグル差別行為に嫌悪感を抱いた。

 

「へえ、なんかスゴい意外だね」

「? なんでだ?」

「だって、フィーっていつも本読んでるじゃん。インドアなイメージが強いから、尚更アウトドアとは程遠いなあって」

「ああ………これでもスポーツは好きだよ。身体を動かすのは悪くないし、ストレス解消にもなるから」

「そうなの? なんか、親近感沸くよ」

「………………」

 

 フィールはクシェルの笑った顔が可愛いなと思いながら、自分には無い明るさが眩しいと考えたことに軽くビックリした。

 

♦️

 

 午後3時半の校庭。

 いよいよ生徒の殆どが朝から楽しみにしていた飛行訓練の時間を迎え、校庭にはグリフィンドール生とスリザリン生が集っていた。

 担当教師が来るまでの間、彼等は箒やクィディッチの話題で各自友人と華を咲かせる。

 それは無口なフィールも例外ではない。

 というより、クシェルが一方的に話し掛けてくるので、無口になれないでいると言った方が正しいかもしれないが。

 

「そういや、フィー。箒に乗ったことあるって言ってたけど、何の箒使ってるの?」

銀の矢(シルバーアロー)

「シルバーアロー!? 今は生産中止になった、あの競技用箒の先駆けの!?」

 

 クィディッチマニアのクシェルが瞳をキラキラさせながら熱狂的になり、フィールはその勢いに気圧されつつもコクリと頷く。

 

「ああ、そうだよ。箒は沢山(いえ)にあるんだけど、その中でもシルバーアローが気に入ったから、手入れをしてちょっと魔法を施した。それ以降は私の愛用箒となっている」

「ん? 魔法? どんなの?」

「別に大したことじゃない。スピードアップさせただけだ。と言っても今は最新のニンバス2000を購入してそれに乗る回数が多くなったけど」

 

 なんて話を交わしている内に、飛行訓練担当教師のマダム・フーチがやって来た。

 マダム・フーチは短く切り揃えた白髪に鷹のような黄色い眼が特徴の魔女だ。

 彼女は到着するなり、ワイワイ賑わいを見せる生徒達に向かって怒鳴り散らした。

 

「何をボヤボヤしているんですか! 皆箒の側に立って。さあ早く!」

 

 その一声に皆は慌てて箒の側にスタンバイ。

 フィールとクシェルは既にスタンバっていたので、慌てることは無い。

 フィールは足元にある箒を見下ろす。

 流れ星(シューティングスター)と言う、()()()()()カッコいい箒だ。

 1955年にユニバーサル箒株式会社から発売された箒で、最安値だがかなりアンティークな品物で劣化速度も早い。

 チープな上にロークオリティー。

 事故率が高く、クレームも殺到。

 そのせいで、現在ユニバーサル箒株式会社は倒産している。

 なので、なんでそんな危険物を学校の授業で扱うのかと批判したいのは仕方ない。

 ………まあ、早い話、安いからなんだろうが。

 いくらなんでも、これは無いだろう。

 

「右手を箒の上に突き出して、そして『上がれ』と言う!」

 

 マダム・フーチの合図と共に生徒達は一斉に「上がれ!」と叫んだ。

 フィールもそれまでの腕組みを崩して他生徒同様「上がれ」と言うと、箒は彼女の右手にふわりと収まる。フィールは一発で成功させ、あと一発成功したのはクシェルやマルフォイ、ハリーと他数人で、珍しくハーマイオニーですら悪戦苦闘していた。

 マダム・フーチはなんとか全員が手にしたのを確認したら一人一人見回り、正しい乗り方をレクチャーする。宿敵マルフォイが指摘されたら、ハリーとロンはニヤニヤした。

 さて、全員が正しい握り方になったら、いよいよ飛行訓練開始だ。

 

「さあ、私が笛を吹いたら地面を強く蹴ってください。箒はぐらつかないように押さえ、2mくらい浮上してそれから前屈みになってすぐ降りて来てください。笛を吹いたらですよ。では、いきますよ。1………2の―――」

 

 と、その時だ。

 

「うわぁああああああああッ!」

 

 カウントの途中でネビルが慌てて飛び出してしまった。恐らく緊張や恐怖といったプレッシャーに耐え兼ね、フライングしたのだろう。

 

「こら、戻って来なさい!」

 

 マダム・フーチはそう叫ぶが、それが出来るならそもそもフライングなんてしない。なんとかネビルは箒にしがみついているが、このままではいずれ落下してしまう。

 高度は既に15mを超えていた。

 もしも、あの高さから落ちたら―――ネビルは即死だ。

 

 と、思った次の瞬間。

 必死に箒にしがみついていたネビルが手を放してしまい、そのまま地面へとまっ逆さまに落下していった。

 その光景に全員がハッと息を呑むが、運良くネビルは城壁に設置されている松明台の針に引っ掛かったので、ホッと安堵の息を吐く。

 けれどそれも束の間。

 ビリッ、ビリッ―――とネビルのローブから嫌な音が聞こえ、徐々に彼の身体が落ちてきた。

 

(マズい! このままじゃ、アイツは確実に地面に打ち付けられる………!)

 

 箒を握るフィール手に、力が込められる。

 

(―――こうなったら、一か八かだ!)

 

 そして意を決すると、再度訪れる緊急事態に顔面蒼白して硬直する集団の中からフィールは地面を強く蹴って飛び出し、手にしていた箒を前へ放り投げると、勢いそのままに跳躍。

 箒に跨がり、前屈みになって加速した。

 箒に乗った瞬間―――フィールの世界から一切の音が消えた。身体の全神経を研ぎ澄ませ、救出することのみに意識を働かせる。

 フィールはネビルが墜落するであろうポイントを目掛けて真っ直ぐ前進し―――箒に乗ったままクルリと一回転。

 宙返りするのと同じくして、ローブが限界を迎え重力に引かれて降下したネビルを空中キャッチすると、目の前の城壁に両足の裏側をつけ、固定した。

 

 校庭に居た人達は揃って唖然とする。

 なんと言っても、スリザリン生がグリフィンドール生を助けたのだ。驚くのも無理はない。

 だが、それ以上に彼等はフィールのずば抜けた飛行技術にビックリしていた。

 あの緊迫した状況での冷静な対応に、常人よりも遥かに優れた反射神経。

 一部始終を見た人達はポカーンと、驚異に言葉を失っていた。

 そんな彼等を他所に、フィールはネビルに声を掛けた。

 

「ふぅ………おい、大丈夫か?」

 

 生存確認も兼ねて呼び掛けてみたが、彼は放心状態であるため、反応は無し。恐怖が抜けない様子で微かに痙攣しており、無意識の内にフィールのローブをギュッと掴んでいた。

 ………無理も無い。

 本来だったら死んでいてもおかしくないし、針が引っ掛かったとはいえ、あと少しでもズレていたら身体に突き刺さって風穴が開いていたかもしれない。

 最悪なシチュエーションが脳内に思い浮かんだフィールは頭を振る。

 それから、いい加減安全地帯まで連れて行かなければネビルが可哀想だと思い、片腕で彼をしっかりと抱えると、ゆっくりと降り立った。

 

「はああぁぁぁ……………」

 

 グラウンドにソフトランディングした直後、フィールは全身の緊張を解き、大きく息を吸って吐いた。

 あれでもし助けられなかったら………と少しばかり懸念していたので、無事救出成功出来たことへの安心感をフィールは覚える。

 ふと、後ろに振り返ってみると、ほぼ気絶状態に近いネビルと同等かそれ以上に顔面蒼白しているマダム・フーチとグリフィンドール生達が近寄って来た。爆笑しながらスリザリン生達が後に続いて来たが、クシェルは心配そうな表情を浮かべていた。

 

「フィール、ネビル、無事ですか!?」

「私は大丈夫です。ロングボトムは………少し落ち着かせた方がいいですね」

「ああ、よかった………ミス・ベルンカステル。適切な対応と判断でした。箒の腕も素晴らしかったです。スリザリンに30点あげましょう」

 

 途端にスリザリン生は歓喜の声を上げる。

 グリフィンドール生は反対に、ネビルが無傷なのを一度は安堵した顔を凍り付かせた。

 

「私がネビルを医務室まで連れて行きますから、その間誰も動いてはいけませんよ。そんなことをしたら、クィディッチの『ク』の文字を言う前に出て行って貰いますからね!」

 

 厳しい声音で忠告したマダム・フーチはネビルを医務室へと連れて行く。二人の姿が見えなくなると、マルフォイが大声で笑い出した。

 

「お前ら見たか? あの笑える大マヌケ面を!」

 

 他のスリザリン寮生も呼応するかように囃し立て、嘲笑う。

 すると、長い黒髪のグリフィンドール女生徒がマルフォイを咎めた。

 パーバティ・パチルである。

 

「止めてよ、マルフォイ」

「へー、アンタ、ロングボトムの肩を持つの? パーバティったら、まさかアンタが、チビデブの泣き虫小僧に気があるなんて知らなかったわ」

 

 パグ犬顔のスリザリン女生徒、パンジー・パーキンソンが冷やかした直後、マルフォイが飛び出して草むらの中から何かを拾い上げた。

 

「見ろよ、ロングボトムのばあさんが送ってきたバカ玉だ。こんな物を送られて来るなんて、アイツは底抜けのバカだと言ってるようなものだって思わないか?」

 

 マルフォイが高々と掲げたのは思い出し玉(忘れていることがあると赤く光る玉)だ。

 ガラス玉は太陽の光が反射してキラキラと光輝を放っている。

 

「マルフォイ、その玉を返せ」

 

 ハリーの静かな声に、場は静まり返る。

 マルフォイはニヤリと口元を歪ませた。

 

「イヤだね。ロングボトム自身に後で見つけさせるさ。そうだな、あの木の上なんてどうだい?」

「いいから返せったら!」

 

 ハリーが強い口調で言い、手を伸ばす。

 マルフォイはヒラリと躱して箒に乗ると空高く舞い上がり、宙に浮いたままハリーへ向かって、

 

「此処まで取りに来いよ、ポッター。それともなんだい? 怖くて追って来られないのか?」

 

 と誰が聞いても明らかに挑発としか捉えられない言葉を発し、ハリーは過剰に反応を示して箒に跨がろうとしたその瞬間、ハーマイオニーが叫んだ。

 

「ダメよハリー! フーチ先生が『飛んではいけない』と仰ったでしょう!? 下手すればグリフィンドールは大幅に減点されるわ。そうなったら私達皆が迷惑するのよ! 貴方、そんなこともわからないの!?」

 

 しかしハリーはハーマイオニーの制止を振り切ると、最早『本能』と呼べる勢いで地面を強く蹴り大空へ颯爽と飛び立った。

 周りの人達は黄色い声援を送り、ロンは感心して歓声を上げるが、ただ一人ハーマイオニーは呆れ顔でため息をつく。

 フィールはなんとも言えない表情になりつつ、大空を見上げて二人の勝負の行方を見送ることにした。

 

 今日初めて箒に乗ったはずなのに操縦技術はハリーの方が上らしく、マルフォイは微かに動揺の色を見せている。

 このままではヤバいと思ったのか、マルフォイはガラス玉を高く放り投げ、投球されたそれは物凄いスピードで地面へ落ちていった。

 

 ハリーは前屈みになり、一直線に急降下。

 手を伸ばし、地面スレスレのところでガラス玉をキャッチすると、箒を引き上げて水平に立て直し、草の上に転がるように軟着陸した。

 ハリーが地面に降り立った直後、グリフィンドール生達はまるで英雄が凱旋してきたかのようなボルテージで誉めちぎり、彼の周囲で拍手喝采が沸き起こる。

 

「ハリー・ポッター!」

 

 不意に。

 校庭に鋭い声が響き渡り、それは異様な熱気に包まれている場の空気を切り裂いた。

 声の主はミネルバ・マクゴナガルである。

 いつの間にか現れていたマクゴナガルは、ビクリと身体を震わせたハリーの元まで走り寄る。

 

「まさか………こんなことは、ホグワーツで一度も………」

 

 マクゴナガルはショックで言葉を失っている感じであったが、フィールは副校長の瞳に喜悦が帯びているのを感じ取り、「ああ………」と彼女の心意を察した。

 

「よくもまあ、こんなことを………。首の骨を折っていたかもしれないのに………」

「先生、ハリーが悪いんじゃないんです」

「お黙りなさい、ミス・パチル」

「でも………マルフォイが………」

「くどいですよ、ミスター・ウィーズリー。ポッター、さあ一緒にいらっしゃい」

 

 マクゴナガルは「ついて来なさい」と青ざめているハリーを促し、急ぎ足で城に向かって歩き出す。問答無用で校庭から連れ出そうとするマクゴナガルにハリーはトボトボついていく。

 フィールの脇を通り過ぎる時、一瞬、マクゴナガルは彼女に視線を落とした。

 が、瞬く間にその視線を真っ正面に定めると、ハリーと共に城の出入口に入る。

 ハリーとマクゴナガルの姿が見えなくなると、またしてもマルフォイは笑い出した。

 

「お前ら、さっきのアイツの顔を見たか? ロングボトム以上に大マヌケ顔だったあの顔を! きっとアイツは退学になるぞ!」

 

 スリザリン生は爆笑の嵐を渦巻かせた。

 グリフィンドール生は先程の興奮気味な様子から一変して悔しそうな顔で唇を噛み締めていたが―――そんな彼等へ水を差すような発言をかましたのは、意外や意外、スリザリン生のフィールであった。

 

「狂喜乱舞しているところを邪魔するようで悪いけど、ポッターは退学にならないと思うぞ」

「………は? ベルンカステル、それはどういう意味だ?」

 

 聞き捨てならないフィールのセリフに思わず勝ち誇った顔がピキンと固まったマルフォイはフィールに詰め寄る。周りの人達もどういうことだと彼女に注目した。

 

「仮に副校長が退校処分にするために此処に来たっていうなら、同じように飛んでいたマルフォイも同罪で今頃連行されていたはずだ。なのに副校長は咎めるどころか何故かポッターだけを連れて行った。冷静に考えればおかしいだろ」

 

 淡々と語るフィールに周囲の眼が強くなる。

 マルフォイは青白い顔が若干強張った。

 

「じゃ、じゃあなんでポッターだけが連れて行かれたんだ?」

「答えは簡単。1年生とは思えない箒の操縦技術のセンスを目撃した副校長は、ポッターをクィディッチの代表選手―――正確に言えば、シーカーにさせるためにわざわざ此処まで来て、アイツを連れ出したんだろうな」

「な、なんだと………!?」

「要するに、だ。マルフォイ、言い方は悪いけどポッターは宿敵のお前を踏み台にして栄光を掴み取ったって訳だ」

「だ、だけどアイツは僕達と同じ1年生だぞ!」

「確かにそうだな。校則上では許されていない。でも過去に最年少選手がいなかった訳でもないのもまた事実。曲げられないルールなんてのは存在しないんだよ。都合や場合次第で何とでも出来るんだからな」

 

 認めたくないが認めざるを得ない最悪な現実。

 今まで感極まっていたスリザリン生は激しく落ち込み、グリフィンドール生はハリーの活躍を称えた時並みに喜んだ。

 

「そんな戯れ言、僕は信じないぞ! ベルンカステル、お前の言ってることは全部嘘だ! ポッターは退学になる! それ以外の事実なんて僕は認めないからなッ!」

 

 マルフォイはフィールを睨みながら喚き、取り巻き二人を連れて走り去った。

 スリザリン生達は小さくなっていく同輩の背中を憐れみ深い眼差しで見送ると、フィールを冷めた瞳で見る。

 ネビルを救ったというのもそうだが、今しがた伝えてきた内容は全てグリフィンドール生にとってメリットになるものばかりだ。

 スリザリン生なのに、グリフィンドールの味方的な言動を見せたフィールに、同輩達は蔑視し、まるで異端者から距離を取るように彼等はゾロゾロと歩き去っていく。

 自分から離れていったスリザリン生達にフィールは鬱屈そうに眼を細め、その場から立ち去ろうとすると、

 

「おい、ちょっと待て」

 

 グリフィンドールの集団から、何故か呼び止められる声が耳を打った。

 フィールは振り返る。

 

「なんだよ?」

 

 すると、一人の男子生徒が一歩前に出てきた。

 

「なあ、お前………あの時、どうしてネビルを助けた? お前はスリザリン生だろ!?」

 

 大声で叫んだ、男子生徒の発言。

 その発言に、そういえばそうだったと、歓喜の気持ちでいっぱいだったグリフィンドール生の大半がハッと思い出して大きく頷く。

 忘れがちであったが、ずば抜けた箒の操縦技術を披露したのはハリーだけでない。

 

 壁に激突する前に宙返りしての人命救助。

 

 並みの者には到底出来ない行為だ。

 だが、それをフィールはやってのけたのだ。

 普通ならば、仲間を助けてくれたことへの感謝や卓越した技能への称賛を受けても、何もおかしくないはずだ。

 

 しかし、現実はなんとも非情で。

 寮で人を判断する者の集いと言っても過言ではないのがホグワーツに在校する生徒だ。

 それは今年入学したばかりの1年生であろうとも、例外ではない。

 『スリザリン生』というだけで、フィールは自身が助けた少年が所属する寮生に、悪口を受ける羽目となった。

 何故、あれだけ「友達になろう」とアプローチしてくる同輩を冷たくあしらうようなヤツが、敵対するグリフィンドール寮生を救済したのかと、彼等は口々にフィールを罵倒する。

 

 ちょっとした騒ぎになった校庭の一角。

 けれども、騒ぎを沈めたのは意外にも喧騒の中心人物となったフィール本人だ。

 彼女は長めの前髪を掻き上げると、

 

「―――目の前で誰かが死ぬかもしれないのに、()()()()()()()()()()()()とかの理由で助けないなんて馬鹿な真似はしない」

 

 と低く抑えた声でキッパリと言い放った。

 とてもではないが、イヤなヤツの集まりだと言われているスリザリン生とは思えない発言に、グリフィンドール生は驚愕の表情でフィールを凝視した。

 

「あの高さから落下して打ち所が悪かったら最悪死んでいたかもしれないのに? ()()()()()()()()()なんで助けた? ―――お前らの発言は、馬鹿馬鹿しいの一言に限るな」

 

 11歳の少女が発しているとは到底信じられない、冷たさと鋭さが孕んだ恐ろしい声音。

 グリフィンドール生は、密かに恐怖という感情を覚えた。

 宿敵スリザリン生の口から出た正論の言葉だからなのか、それとも低音で威圧感ある声に臆したのか、あるいはその両方か―――睨み付けながらも、誰も何も言い返してこない。

 

「と言うか、助けようとする気が無かったら、そもそも動く訳無いだろ。それこそ、敵対する寮の人間が大怪我しようが最悪死のうが、別に何とも思わないだろうが。―――あんな状況になったにも関わらず、同僚を助けようとするどころか、何もしようとしなかったお前らが、よくそんな口叩けるな?」 

 

 ギクリ、と彼等は肩を微かに揺らす。

 動揺の色を見せたグリフィンドール生達へ、フィールは言葉を紡ぐ。

 

「―――目の前で死にそうになっているヤツを助けようとすることの何が悪いんだよ? もし、あの時私がアイツを救った行動そのものを否定するって言うなら、お前らは間接的に人を見殺しにする行為そのものだと思わないのか?」

 

 すると、さっきフィールへ敵意を剥き出しにしたグリフィンドール生が声を荒げてきた。

 

「うるせえッ! スリザリン生のお前に、そんなこと言われる筋合いは無いッ!」

 

 凄まじい形相で睨むグリフィンドール生であるが、フィールは涼しい顔でさらりと受け流す。

 そして何と無く理解した。

 ああ、これが『傲慢なヤツが多い』と言われるグリフィンドール生の特徴かと。

 スリザリンの方が少しだけ上だが、グリフィンドールもこちらをやっつけるのが好きだと、9月1日にスリザリン寮の入り方や誤解等を述べてくれた女子監督生ジェマ・ファーレイの言葉の意味がわかった気がした。

 

「………なるほど、そういうことか。今なら、あの人が言ってた意味、わかる気がする」

 

 一人納得して首肯するフィール。

 そんな彼女の態度を喧嘩を売ってると勘違いしたのか、そのグリフィンドール生は憤怒の表情でズンズン近付いていく。

 

「大体、なんでお前みたいなヤツに俺達が文句を言われなきゃいけねーんだよ! エルシー・ベルンカステルの孫だかなんだか知らねーが、有名人の血縁者だからって調子に乗んな!」

 

 そして拳を握り締め、フィールの顔面狙って殴り掛かろうとしたが―――その前にフィールはサッと躱し、綺麗なまでに空振りした男子を横目に深くため息を吐いた。

 

「口では言い返せないから、それを隠そうと実力行使に出たってか? 幼稚だな。そういうところが、グリフィンドールの評判を下げる要素だって自覚を持った方がいいんじゃないのか?」

「コイツ………!」

 

 神経を逆撫でするような物言いに、グリフィンドール男子生徒は眉を釣り上げる。

 フィールが呆れて肩を竦めると、男子は更に突っ掛かってきた。

 が、動作がまるでスローモーションのように見えるフィールは、

 

「鬱陶しい」

 

 再び顔面に放たれた右ストレートをいとも簡単に掴むと、まさに赤子の手を捻ると言った要領で捩り上げた。

 

「がああぁああッ………!」

 

 物凄い力で右腕を捻り上げられ、呻き声が漏れる。その細い腕の何処からそんな力が沸いてくるのか疑問に思うほどの剛力だった。

 フィールは先程のお返しとばかりに、ケンカを仕掛けられた分の無慈悲な力を加える。

 男子は腕を元の位置に戻そうとするが、フィールがそれを許さない。望んでもいないのにケンカを売られたのだからこれは当然の報いだ。

 やがて男子は腕が折れるんじゃないかという恐怖に心が屈し、屈辱のギブアップをした。

 

「や、止めろ………ッ!」

 

 寮同士、犬猿の仲のヤツの懇願なんて普通なら聞き入れようとしないだろう。

 自分を殴ろうとしたヤツならば、尚更。

 しかし、フィールは無表情でパッと放した。

 途端、男子は痛む腕を押さえながら、その場にへたり込む。

 足元で踞るグリフィンドール男子生徒を冷たく見下ろしながら、フィールは一言告げた。

 

「止めろ、って言ったから放してやったぞ」

 

 恐ろしいくらい、冷たくて低い声音。

 獅子寮所属の彼は、ライバル関係にある蛇寮所属の彼女に情けを掛けられたことが屈辱で、羞恥に赤面した顔を下に伏せたままだ。

 他のグリフィンドール生はフィールをキッと睨むが、フィールは無表情を崩さない。

 

「そいつのせいで余計な時間を食ったな。私はもう行く」

 

 だが、何人かの男子が、この場から立ち去ろうとしたフィールを包囲した。

 

「余裕ぶってんのも今の内だぞ!」

「お前を痛い目に遭わせて、そのデカい態度を直してやる!」

「痛い目? ふーん、自分のことを棚に上げて人に物を言うようなお前らが?」

「この野郎………!」

 

 慌てた様子は一片も無く、軽く肩を竦めて煽動する言い草を言い放つフィールに、男子達は凄まじい形相になる。

 

「一人の相手に対し、集団で寄って集って数的優位を見せ付け、威圧するのは確かに得策かもな。でも―――」

 

 フィールは冷たい光を宿した視線を向ける。

 獲物を前にした獣のような蒼い瞳に、男子達は背筋が粟立ち、身を縮こませる。

 

「………数人居れば、勝てると思ったか?」

 

 挑発的な発言と態度。

 滲み出てくる圧迫感。

 フィールの双眸に宿る冷酷な眼差しに、男子達はフリーズする。

 

「悪いことは言わない。さっさと退いてくれないか? なるべくは、傷付けたくはないし」

 

 知らず知らずの内に額に冷や汗が流れ、固まっていた男子達であったが―――恐れを振り払うように、一人の男子が殴り掛かった。

 男子は何度もパンチを繰り出すが、ことごとく躱されてイライラする。

 いい加減鬱陶しく思ったフィールは、拳を握り締める。

 そして―――男子の右フックを食らう前に、左フックを決めた。

 フィールが今しがた行ったのは、所謂『カウンター』だ。

 カウンターは相手の攻撃に対しての攻撃だ。

 相打ちではなく、相手の攻撃を躱して自分の攻撃を与える(相打ちでも構わない)。

 まともにカウンターが入れば、ほとんどKO勝ちすることが出来る。

 モロに打撃を受けた男子は唾液を吐いた。

 全身から、急激に力が抜けていく。

 

「だから言っただろ? なるべくは、傷付けたくないって」

 

 フィールのアイスボイスをどこか遠くのように聞きながら、男子は地面に倒れ込んだ。草いきれが鼻腔を満たし、その上で微かに痙攣する。

 グリフィンドールの集団から悲鳴が上がった。

 キャーキャーと、耳障りな協奏曲を奏でる。

 ケンカを仕掛けようとしていた残りの男子達はすっかりブルブル震えていた。

 パニックになったこの場で唯一冷静なのは、フィールただ一人だけだ。

 

「私は忠告したはずだぞ? さっさと退け、と。にも関わらず、コイツは襲ってきたんだ。当然の報いだな。………もう一度言うぞ。さっさと退いてくれないか?」

 

 フィールは男子数人を冷たい瞳で見回し、

 

「それともなんだ? まだやんのか?」

 

 と、ケンカをするか否か問い掛けた。

 すると、ついさっき起きた出来事に恐れをなしたのか、包囲していた彼等は後退り、「お、覚えてろよ!」と捨て台詞を吐き捨てて、逃げるように走り去った。

 邪魔な障壁が無くなり、フィールはグリフィンドールの集団に背を見せる形で歩いて行く。

 その背中に向かって、幾分か落ち着いた男子が鼻で笑った。

 

「ふ、ふんッ! ベルンカステル、負け惜しみも程々にしたらどうだ! ポッターは最年少選手になれても、お前はなれない! だからこその腹いせだろ! 残念だったなッ! お前はこの上無い惨めな敗者だよッ!」

 

 意趣返しの叫声は、瞬く間に伝染した。

 口々に皮肉の言葉を吐き、嘲笑う。

 フィールは肩越しにチラッと見る。

 嘲笑するグリフィンドール生がほとんどの中、入学前に面識あるロンとハーマイオニーの二人はなんだか複雑そうな表情を浮かべていた。

 

「…………………………」

 

 爽やかな風が髪を優しく揺らす。

 その風に入り交じって聞こえてくる嘲笑った声を背中に浴び続けるフィールは、自分が受けた周りからの扱いを思い返し、気持ちが重く沈んでため息をついた。

 そしてフィールは、ふと自問する。

 

 

 ―――自分がしたことは………何か間違っていたのだろうか、と。

 

 




【ジェマ・ファーレイ】
スリザリン所属の女子監督生。
今までスリザリン生で名前有りの年上がいないと思ってましたが、ポッターモアでこの人を発見。これには少々ビックリしました。
明確な年齢は不明ですが、せっかく見つけた貴重な原作年上女キャラなので、どうせならオリバーやマーカスと同い年(ハリーやフィールより4歳年上)にして、年が近いオリキャラのアリアとの絡みを書いてみるのも悪くはないかもしれません。
と言うか、アリアが作られたのは現役でスリザリン女先輩が居なかった(と今まで思っていた)からなので、原作で居たって発覚したらこれは絡ませなきゃですね。
さて、どんな感じに絡ませようか………。

【運動神経抜群のフィール】
パルクールや飛行技術は、魔法を扱うにおいて必要な体力や精神力を養うために身に付けています。前者に関しては8割がた作者の好み。
作中でもちょくちょく取り入れるつもりです。
最終章ではかなりの回数で出てくるでしょう。
ハリポタ二次創作でトップクラスでアクションシーンが多い。
私はそんな作品にしてみたい。

【マクゴナガル】
実はフィールの並外れた操縦センスで人命救助するシーンをバッチリ目撃しました。
ですが、まあ、はい。マクゴナガルは他寮の生徒だからと言う理由で、フィールの凄い技能は見てなかったことにしてます。
その代わり、自分が受け持つ寮生のハリーは最年少選手にさせようと連れていきましたけどね。

【喧嘩を仕掛けるグリフィンドール生】
口では言い返せないから実力行使に出るヤツの例とはまさにコイツのこと。自分から喧嘩を売ったのにも関わらず惨敗するのだからアホと言えるだろう。

【所属寮が違うだけで扱い方がまるで違う】
ハリーはグリフィンドール生、フィールはスリザリン生。
たったこれだけの違いで、皆からの扱いは大きく変わってしまう。
世の中なんて理不尽なんだ。


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#6.真夜中の決闘

前回は飛行訓練オンリーで書けなかった回。


 飛行訓練の授業終了後、フィールは一人4階のバルコニーに来ていた。

 硬い床の上にゴロンと寝転がり、日向ぼっこをしている彼女の黒髪が、時折爽やかな風がこの場に吹き抜ける度に優しく揺れる。

 フィールは魔法書を顔の上に載せ、顔を隠していた。本の下にある綺麗な顔には、暗い翳が差している。

 

「なんだよ、皆して………。私、何か間違えたことしたのか………?」

 

 授業中に皆から受けた扱いを思い返し、フィールは無意識の内から愚痴を溢す。

 あの時―――フライングしたネビルを命懸けで救出したのに、同僚のスリザリン生には蔑みの眼を向けられ、他寮のグリフィンドール生には罵られた。

 ………感謝しろとは言わない。

 だが、危うく命を落としかけた人間を助けたのに何故責められるのだろうかと、疑問に思ってしまうのは仕方無かった。

 人命救助した自分は咎められ、地面スレスレにガラス玉をキャッチしたハリー・ポッターは誉め称えられる。

 ハリーがグリフィンドール生から称賛の言葉を送られていた光景が頭に浮かび、フィールはイメージを打ち消すようにもんどり打つ。

 バサッ、と音を立てて、素顔が露になった。

 蒼眼を閉じ、重いため息を吐き出す。

 ホグワーツに来てから、かれこれ2週間ほどが経過した。

 フィールは自分の気持ちを見つめ直す。

 

(せっかくホグワーツに入学したってのに、全然楽しくも面白くもない………)

 

 今はあまり思い出せないが、いつだったか両親から母校の想い出話を聞いた時があった。

 二人共、ホグワーツでの学校生活は最高に楽しかったと、瞳をキラキラ輝かせながら語っていたから、ホグワーツに入学するのを期待していたのに………実際に自分が置かれた現実は、青春とは程遠い惨めなものだ。

 なんだか裏切られた気がして、不満顔になる。

 心に、ポッカリと大きな穴が空いた気分だ。

 フィールは晴れた空を仰ぎ見る。

 綿菓子のような雲が疎らに浮かぶ空には、サンサンと太陽が輝いていて。

 その眩しさから逃れるみたいに、フィールは左腕で目元を再び覆い隠した。

 このまま明日まで寝過ごしてしまおうかと、ちょっとばかりそう考えた矢先。

 

「―――くそっ、ポッターのヤツ………僕を踏み台にしてシーカーになって………!」

 

 聞き慣れた男子生徒の怒気を孕んだ声が耳に入り、フィールは「ん?」と重く沈んでいた意識が急速に引き上げられた。

 見なくともわかる、ドラコ・マルフォイだ。

 角度の関係上、彼方からは此方の姿は見えていないようで、取り巻き二人に打ち明ける彼の繰り事を望んでもいないのに全部聞く羽目となった。

 聞こえてきた内容はやはりと言うかなんと言うか、自分を踏み台にして栄光を掴み取った宿敵ハリー・ポッターへ対する妬ましさや悔しさといった吐露である。

 フィールが言った時は戯れ言だと喚いて認めようとしなかったクセして、結局は認めざるを得なかったらしい。

 自尊心が高いマルフォイにとっては、死にも値するほどの屈辱的なのだろう。

 マルフォイは付近に同僚同輩が居るのに気付かないまま、ある計画を口にした。

 

「そうだ………今夜、外出禁止の時間帯にアイツらが寮から抜け出している所を、フィルチに発見させるよう仕向けてやるか。フィルチなら嬉々として退学にさせるだろうな。うん、それがいい。僕はなんて頭が良いんだ」

 

 自分で自分のことを頭脳明晰と自画自賛するマルフォイは、明日の朝にはホグワーツの何処にもハリー・ポッターが居ない光景を想像したのか、取り巻きと共に高笑いする。

 

「魔法使いの決闘、と言えばウィーズリーはポッターの介添人になるだろう。そしたら………僕はクラッブを指定するか。場所はそうだな。此処の階にあるトロフィー室にするか。彼処ならいつでも鍵が開いている。ふふっ、これでアイツらも終わりだな。皆からちやほやされているポッターが明日の朝には退学になったと大広間中で話題となったら周りのヤツらがどんな反応をするか、それを想像しただけでも明日の朝が楽しみになるよ」

 

 マルフォイの策略は完璧だ。

 真夜中に寮から無断外出していたのを見回りの教師や監督生に目撃されたら、寮の得点が激減されるのは当たり前である。

 が、目撃者がアーガス・フィルチとなれば、話は大きく変わる。

 フィルチは生徒の校則違反を見付けて処罰することに生き甲斐を見出だしている根性悪の管理人だ。彼はホグワーツの構造を熟知していて、常にこの城内を徘徊している。

 そして彼と同じく根性悪の飼い猫、ミセス・ノリスもホグワーツを見回っている。

 ミセス・ノリスもこれまた厄介で。

 校則違反の生徒が居たら、即座に御主人様に言い付けに行くのだ。

 生徒達はこの猫が大嫌いで、一度蹴飛ばしてやりたいと強く思うくらいである。

 あの一人と一匹に発見される前に全速力で何処かへ逃げ出さなければ、一巻の終わりだ。

 もしも捕まったら最後。

 根元から性格がひん曲がっているフィルチは何がなんでも退学処分にさせようと、報告をでっち上げるだろう。

 魔法界の英雄、ハリー・ポッターをホグワーツから追い出すとなれば尚更だ。

 

 ………と、ここまで推量したマルフォイであるが、彼の誤算を一つ挙げるとすれば、周囲に誰も居ないのを確認しなかったことだろう。

 彼の計略は全て、同じ寮に所属しているフィールがバッチリ聴取してしまったのだから。

 

「………………」

 

 マルフォイはハリー達を『魔法使いの決闘』と言う建前論で嵌めようとしている。

 決行日は今夜。場所は4階のトロフィー室。

 告げ口する相手はゲス野郎のフィルチ。

 

 簡単かつ簡潔に事を纏めたフィールは、さてどうするかと、聞いてしまった以上は見過ごしたら後味が悪いなと、本能的な衝動に駆られた。

 

♦️

 

 生徒が寝静まる真夜中の11半。

 ハリーとロンは、グリフィンドール寮塔の男子部屋を足音立てぬようこっそり退室した。

 その理由は、マルフォイ一味と真夜中の決闘をするためだ。

 

 夕食時、マクゴナガルに連れられてグラウンドを離れてから何があったか、ハリーはロンに全て話して聞かせた。

 フィールの予想はどストライクで命中し、マクゴナガルはハリーをクィディッチの代表選手にさせようと、グリフィンドールのクィディッチチームのキャプテン、オリバー・ウッドに彼が如何に新たなシーカーに相応しいかを伝え―――オリバーは夢が一挙に実現したと歓喜し、快く承諾。

 規則を曲げられないかどうかはマクゴナガル自らがダンブルドアに話すとのことで、ハリーは100年ぶりの最年少の寮代表選手となった。

 そのことを聞いたロンは驚異に感動し、ハリーがオリバーとの約束事で誰にも言わないでと釘を刺した後、ビーターを務めるウィーズリーツインズ―――フレッドとジョージがやって来た。

 彼等も交えて軽く会話を交わし、二人が消えた直後に、マルフォイと取り巻きが現れた。

 マルフォイは、自分をスプリングボードにして華やかな名誉を得たハリーに挑発的な発言をかまし、ハリーが冷ややかに反論した後に、昼間練った作戦を実行。

 今夜、トロフィー室で決闘しようとハリーに持ち掛け―――売られた喧嘩は買ってやると、横からロンが口を挟んだこともあってハリーは了承。

 

 現在ハリーはロンと共に、一発マルフォイを打ち負かしてやろうと寝間着の上にガウンを引っ掛け杖を片手に、塔の螺旋階段を下ってグリフィンドールの談話室に下りてきた。

 時間が時間なだけにシンと静まり返っている。

 暖炉にはまだ僅かに残り火が燃えており、肘掛け椅子が弓形の黒い影に見えた。そうして出口の肖像画の穴に入ろうとした時、一番近くの椅子から少女の声がした。

 

「ハリー、まさか貴方がこんなことするとは思わなかったわ」

 

 ランプの灯りが点く。

 明るいそれに照らされた人物は、紛れもなくハーマイオニー・グレンジャーであった。ハーマイオニーはピンクのガウンを着てしかめっ面をしている。

 夕食時に散々お節介を焼かれたのを思い出したのか、堪らずロンは声を荒げた。

 

「また君か! さっさとベッドに戻れよ!」

「本当は、貴方のお兄さんのパーシーに言おうかと思ったのよ。あの人は監督生だから、絶対に止めさせるわ」

 

 ハリーはここまでお節介なのがこの世に居るなんて信じられないという気持ちになりつつ、ロンに「行くぞ」と声を掛け、グリフィンドール談話室の出入口を守っている『太った婦人(レディ)の肖像画』を押し開け、その穴を乗り越えた。

 それでもハーマイオニーは身を引かない。

 ロンに続いて肖像画の穴を乗り越えると、ガミガミ怒った。

 

「自分のことばっかり気にしてるようだけど、グリフィンドールがどうなってもいいの? 私はスリザリンに寮杯を取られるなんてイヤよ。せっかく私が変身呪文を知ってたおかげで稼いだ点数を貴方達が御破算にするんだわ」

「あっちへ行けよ!」

「………いいわ。私、ちゃんと忠告しましたからね。明日、帰る汽車の中で私の言ったことを思い出して後悔するでしょう」

 

 呆れて物を言えなくなったハーマイオニーは中に入ろうと後ろを振り向く。が、肖像画の主が居なかった。太った婦人(レディ)は夜の散歩で、ハーマイオニーはグリフィンドール塔から締め出されてしまったのだ。

 

「どうしてくれるのよ!」

「知ったことか」

 

 けたたましい声で問い詰めてきたハーマイオニーはロンは一蹴する。

 

「僕達はもう行くよ。バイバイ」

 

 だが、まだハーマイオニーは粘る。

 

「私も一緒に行くわ」

「ダメだ。来るなよ」

「此処に突っ立ってフィルチに捕まるのを待ってろっていうの? もし見つかったら、私、本当のことを言うわ。私は貴方達を止めようとしたって。貴方達、私の証人になるのよ」

「君、相当の神経してるぜ………」

 

 大声でロンは唸る。ハリーが短く言った。

 

「二人共静かにして。何か聞こえる」

「―――ミセス・ノリスか?」

 

 ロンは首を傾げながら、暗闇を透かし見る。

 ミセス・ノリスではない。ネビルだった。

 就寝時間になっても何故ネビルが部屋に居なかったのか、ハリーとロンはその訳を察した。

 ネビルは床に丸まってグッスリと眠っていたが―――三人が忍び寄ると、目を覚まして安堵の表情を浮かべた。

 

「ああ、よかった! 見付けてくれて。もう何時間も此処に居るんだよ。ベッドに行こうとしたら合言葉を忘れちゃって―――」

「―――小さい声で話してくれよ、ネビル。合言葉は『豚の鼻』だ。でも今は役に立たない。太った婦人(レディ)がどっかに行ったんだ」

 

 ロンが小声でネビルの注意を呼び掛けた後、ハリーは急かした。

 

「ネビル、僕達はこれから行く所があるんだ。また後でね」

 

 すると、ネビルは慌てて立ち上がった。

 

「そんな、置いてかないで! 此処に一人で待つのはイヤだよ。『血みどろ男爵』がもう二度も此処を通ったんだ」

 

 今にも泣き出しそうな勢いのネビルに、ハリーとロンは困った顔を見合わせる。

 二人はやがてため息を吐き………ネビルも連れて行くかとのことで、結果的にこの四人でトロフィー室に向かうことにした。

 四人は高窓から漏れ出る月明かりを頼りにしながら、目的地を目指して素早く移動する。

 

「もう少しでトロフィー室だ」

 

 と、小声で呟いたハリーは4階への階段を上がろうとした、次の瞬間。

 

「―――おい、止めとけ。行ってもムダだぞ」

 

 暗がりの中から声が聞こえ、階段を駆け上がろうとした彼等を呼び止めた。

 四人はビクッとし、危うく大声を上げそうになった。が、なんとか堪え………煩いくらいにバクバク高鳴る鼓動を抑えるよう胸に手を当て、一斉に声がした方向を見る。

 ローブを羽織ったシルエットが立っていた。

 暗闇のせいで、全体像はハッキリしない。

 だが、さっきの声は四人がよく知っている少女のそれだった。

 まさか、と思い、眼を凝らす。

 すると、ご丁寧にも彼女の方から近寄って来てくれた。

 そうして、ほのかな月明かりに照らされて顕現としたシルエットの正体は―――

 

「―――フィール………!?」

 

 スリザリン所属の同級生、フィール・ベルンカステルであった。

 フィールはハリー達とは違って寝間着ではなく制服を着込んでいる。まるで最初から自分達が此処に来るのを知ってたような様子だ。

 

「な、なんで君が此処に………?」

 

 ハリーが恐る恐るといった感じに問うと、

 

「マルフォイに言われた通り、アンタ達がトロフィー室に向かうだろうと予測したんだけど………グレンジャーはともかく、ロングボトムも居ることに関しては流石に予想外だな」

 

 所々含まれている聞き捨てならないワードに、四人は眼を丸くする。ハリーはフィールに問い詰めた。

 

「どういうことなんだ………?」

「話せば長くなるけど―――」

 

 階上を見上げながら、フィールは説明した。

 

「マルフォイはポッターとウィーズリーを嵌めるために、真夜中にアンタらが寮から無断外出している所をフィルチに目撃されるよう、前もって計画して仕向けたんだ。アイツはトロフィー室に誰かが来ることを既にフィルチに告げ口している。さっき見てきたけど、本当に居たぞ。勿論、あの猫もだ」

 

 フィールから告げられる、驚愕の事実。

 それを聞いたハーマイオニーは、相手がスリザリン生なのを忘れて「やっぱり!」と眼を見張るハリーとロンを睨み付けた。

 

「私が最初から言った通りじゃない! 生徒同士の決闘なんてそんな幼稚な真似事、校庭とかでやれば済む話よ。なのにマルフォイはトロフィー室で、しかも真夜中にやろうと言ったわ。冷静に考えれば、違和感を感じるでしょ!」

 

 ハーマイオニーがキーキー喚くが、ハリーは無視してフィールを真っ直ぐ見返す。

 

「なんでフィールは、僕達がマルフォイ達と決闘するって約束したのを知ってるんだ?」

「飛行訓練が終わった後、マルフォイがそう言ってたのを偶然聞いたんだ。放っといたら面倒事になりそうだから、出来れば早く伝えたかったんだけど………」

 

 チラリとフィールは視線を走らせる。

 その目線の先が隣に居るロンだったので、ハリーは「ああ………」と彼女の心情を察した。

 マルフォイほどではないが、ロンはフィールのことも『スリザリン生』というだけで激しく毛嫌いしている。

 だから、伝えようにも伝えづらかったのだ。

 

「とにかく………悪いことは言わない。早くグリフィンドール寮に帰宅しろ。トロフィー室の隣の部屋で、フィルチはスタンバっているぞ。監督生でもない1年の私達がこんな時間帯にアイツに見つかったらどうなるかなんて、言わなくてもわかるだろ?」

 

 即刻、問答無用で退学処分にされるぞ。

 強い眼差しでそう伝えてくるフィールに、ハリーはゴクリと唾を飲み込む。

 フィールと遭遇したことで一回は頭から吹っ飛んでいた危惧の念を思い出し、知らず知らずの内に冷や汗が背筋を伝った。

 理性と私情の間で揺れ動くハリーは、半信半疑の瞳で真否を見極めようと、フィールの両眼をじっと見つめる。

 レンズ越しからこちらを見据えるその蒼い瞳の奥を窺い知ることは不可能に等しい。

 でも、何と無くだけどこれだけは理解出来た。

 フィールは嘘をついていない。

 どうしてそう思えるかは謎だが………彼女がこうして自分達の目の前に立っていることが、何よりの証拠だろう。

 薄々、マルフォイは自分達を嵌めようとしているんじゃないかと、頭の奥底で警報は鳴っていたのだが………マルフォイを打ち負かすチャンスを逃してはならないという気持ちが、疑心を薄れさせた。

 しかし、現在こうして助言者としてフィールが現れたのを考えると―――一度は忘れた警戒心がどんどん強まっていく。

 苦悩の末、ハリーは一つの結論を出した。

 

「………ロン、早く寮に帰ろう。今だったら、太った婦人(レディ)も帰って来てるだろうし」

 

 ハーマイオニーの手前、マルフォイは初めから来る気なんかなかった、とは言いたくなかったのでこういう言い回しになってしまったが、ハリーはフィールの言葉を信じることにした。

 けれど、それでじゃあそうするかとすんなり頷かないのがロンで。

 ロンは信じられないという面持ちで踵を返そうとしたハリーの腕を掴み、眼を剥いた。

 

「ハリー、君はスリザリン生が言った言葉を信じるのか!? 冗談だろ!」

 

 怒鳴り散らすロンの顔をハリーは見る。

 

「ロン。もし、フィールが僕達を退学にさせようって魂胆なら、僕達の前に居る訳ないだろ? それに………フィールが、手下が居なきゃ何も出来ないようなマルフォイと手を組むような人間に見える?」

 

 ハリーは出来るだけ穏便に済ませようと心掛けてそう言ったのだが………思い込みが激しいロンは、

 

「騙されるなハリー! スリザリン生特有の奸智に長けているコイツは、僕達がトロフィー室に来ないよう仕向けて、明日マルフォイ達やスリザリン生達と一緒に嘲笑の的にしようと、前もって口裏を合わせしたんだ!」

 

 と、親友の努力を台無しにした。

 せっかく丸く収めようと頑張ったのに………全てをぶち壊しにされたハリーは、暗い顔を浮かべて重いため息をついた。

 

「ハリー、こんなヤツが言うことなんか信じようとするな。今頃マルフォイは、トロフィー室の隅っこで今か今かと待機してるぞ。コイツはバカだよな。こんな筒抜けた企てを、僕らが気付かないと思うなんて」

 

 ………どうやらロンは、フィールが嘘偽りの内容をハリー達に吹き込み、トロフィー室で待っているマルフォイが明日の朝、臆病風に吹かれて決闘するという約束を破ったんだと、自分達をいびるネタ作りの為に二人が協同していると勘違いしているみたいだ。

 ハリーは暴走するロンを止めようとしたが、それよりも早く、ロンが階段を駆け上がってしまった。

 

「ロン、待ってくれ!」

 

 ハリーは慌ててロンの後を追い、ハーマイオニーとネビルは二人に続いて階段を上がる。

 

「あのバカ………!」

 

 舌打ちしたフィールはこのままではマジでヤバいと、4階に続く階段を駆け上る。

 運動神経抜群なフィールはすぐに追い付いた。

 トロフィー室が見えてやる気満々の様子のロンの肩に手を置く。

 

「ウィーズリー、お前、退学になりたいのか? 今のお前の間違った判断が、友達さえも道連れにしようとしてるってまだわからないのか?」

 

 大声を出さないよう努めて小声で説得させるフィールだが………これまた人の気持ちを理解せずぶっ壊すのがロンで。

 

「煩いッ! マルフォイの腰巾着の君に指図される義理なんてないぞッ!」

 

 ムダに馬鹿デカイ声で反発したロン。

 ハリー、ハーマイオニー、ネビルはほぼ同時にサッと青ざめ―――思わず絶句したフィールはハッとして廊下の先に眼を凝らした。

 ほのかなランプの灯りを、遠目から捉える。

 光と影が生み出した二つのシルエットは、まさにフィルチとミセス・ノリスであった。

 遅れてハリーもそれを認め、声を張り上げる。

 

「逃げろ!」

 

 五人は回廊を疾走した。

 フィルチが逃走する自分達の背中を凝視しているかもしれないという考えは、一切頭に思い浮かばせないようにする。そんなことをしたら、きっと恐怖で走れなくなると懸念したからだ。

 全速力でドアを通り、次から次へと長い廊下を駆け抜け、今何処に居るのか、何処に向かっているのか、全然わからなかったが………とにかく、フィルチには絶対に捕まりたくない一心で走り続けた。

 タペストリーの裂け目から隠れた抜け道を発見し、五人は物凄い速さでそこを抜ける。出てきた所は『妖精の魔法』の教室の近くだった。

 

「トロフィー室からは大分離れている………フィルチを巻いたと思うよ」

 

 冷たい壁に寄り掛かりながら、ハリーは息を弾ませる。ネビルは身体を二つ折りにして激しく咳き込んでいた。

 

「おい、ウィーズリー。だから言っただろ、フィルチが居るって」

 

 非難めいた眼差しでフィールはロンを睨む。

 ロンはそばかすのある顔を歪ませ、聞こえてないフリをしてそっぽを向いた。

 その直後だ。

 ガチャガチャとドアの取っ手が鳴り、教室から何かが飛び出してきた。

 オレンジ色のネクタイを締め、鈴飾りのついた帽子を被った小男―――ポルターガイストのピーブスだ。

 ピーブスは校則違反者の五人を見下ろしながら歓声を上げる。

 

「お願いだ、黙ってくれ、ピーブス。じゃないと僕達退学になっちゃう………」

「真夜中にフラフラしているのかい? 1年生ちゃん。チッ、チッ、チッ、悪い子、悪い子、フィルチに捕まるぞ」

「黙ってくれたら捕まらずに済むよ。お願いだ、ピーブス」

「いいや、フィルチに言おう。君達の為になることだしね」

 

 ピーブスの眼は意地悪く光っていた。

 まるでマルフォイみたいである。

 

「退いてくれよ!」

 

 とロンが怒鳴ってピーブスを払い除けようとしたが、これが大間違いだった。

 

「―――生徒がベッドから抜け出したッ! 妖精の魔法教室の近くに居るぞッ!」

 

 ピーブスは大声で叫んだ。

 今日は厄日だわと思いながら、五人はピーブスの下をすり抜け、全力で逃げ出す。

 しかし、現実は何とも非情なもので。

 廊下の突き当たりでドアにぶち当たった。

 しかも、鍵が掛かっている。

 

「もうダメだ! 一巻の終わりだ!」

 

 ロンがそう呻く。

 皆でドアを押すが、ピクリとも動かない。

 フィールは今更後悔するロンに対して、内心舌打ちの連続だった。

 足音が聞こえてくる。

 ピーブスの声を聞き付け、フィルチが此方まで近付いて来ているのだ。

 ふと、フィールは辺りを見回した。

 此処は4階右側の廊下だった気がする。

 あれ………確かこの階の廊下は―――

 

「ちょっと退いて………アロホモーラ(開け)!」

 

 ハリーの杖を引ったくり、押し殺したような声でハーマイオニーが『開錠呪文』を唱えた。

 カチッと鍵が開き、ドアがパッと開く。

 同じくして、思考をフル回転させて結論を出したフィールが此処が何の廊下であるかを思い出し慌てて四人を止めようとした。

 が、フィールが阻止するよりも早く―――彼女はハリーに腕を引っ張られ、強引に巻き込まれてしまった。

 五人は折り重なって雪崩れ込み、ハリーが急いでドアを閉める。フィールを除く皆は息を殺して聞き耳を立てた。

 ピーブスとフィルチの声が扉越しに聞こえ、しばらく二人の会話が行き交い―――ピーブスがヒューッと消える音と、フィルチが怒り狂って悪態をつく声が耳に入った。

 

「フィルチはこのドアに鍵が掛かってると思ってる。もうオーケーだ―――」

「何がオーケーだバカ野郎。むしろアウトだ」

 

 ホッと安堵の息を吐いたハリーは言い切る前にフィールに遮られる。

 

「え? な、なんで―――」

 

 ハリーは振り返った。他の三人もだ。

 そして彼等は一瞬で理解してしまった。

 何故、この部屋―――否、廊下が立ち入り禁止なのかを。

 五人が真正面に見たのは、床から天井まで空間全部を埋め尽くす巨大な三頭の犬。

 血走った3つの眼が、四方八方にピクピクしている3つの鼻が、口から剥き出す3つの牙が、五人の少年少女の瞳に反射している。

 その6つの眼はフィール達をじっと見ていた。

 彼女らが急に現れたから、不意を突かれて戸惑っていたのだろう。

 しかし、その戸惑いは吹っ切れたらしい。

 三頭犬―――ケルベロスは、落雷したかのような唸り声を上げる。

 此処は………『禁じられた廊下』だったのだ。

 

「早くドアを開けろ! 喰われるぞ!」

 

 茫然自失とするハリー達を護るように、一歩前へ出たフィールが鋭い声を発する。

 その声に突き動かされたハリーは急いでドアの取っ手に手を掛け、勢いそのままに押した。

 さっきとは反対方向に四人は倒れ込む。

 最後に廊下を出たフィールは素早くバタンッとドアを閉め、

 

「寮に帰るまでは気を抜くなよ、フィルチがまたいつ戻って来るかわからないぞ。今は帰還することだけを考えろ、またな」

 

 と早口で呼び掛ける。

 ハリーだけコクコクと頷き返し………それから四人は一心不乱で、さっき来た廊下を弾け飛ぶようにして疾駆した。

 その背中を見送ったフィールは、別の場所を探しに行ったらしいフィルチに注意を呼び掛けた自分が捕まったらシャレにならないなと、心の余裕を持つ為にもそんな呑気なことを考え―――未だに動悸が激しい胸に手を当てて深呼吸すると、地下牢目指して駆け抜けた。

 

♦️

 

 スリザリン寮に帰宅したフィールは、疲れきった顔をしていた。

 今日1日でHPが0になった気分だ。

 疲労が滲んだ表情のまま、フィールはふらつく身体に鞭を入れながらコツコツと階段を下りていき、弱々しくソファーに座る。

 生徒が寝静まる真夜中の時間帯であるので当たり前のことではあるが、談話室にはひとっこ一人居なかった。

 ソファーに身を委ねるフィールは瞼を閉じ、この眼に焼き付けられた場景を振り返る。

 

(4階にある『禁じられた廊下』………彼処には三頭犬のケルベロスが居た。………ケルベロスの足元には、恐らく―――)

「―――そこに居るのは1年生かしら?」

 

 思考の海に沈み掛けたフィールは、突然降り掛かった声にビックリする。

 階上を見上げると、女子監督生のジェマ・ファーレイが此方を見下ろしていた。

 

「あら? もしかして、フィール? 貴女がこんな時間に談話室に居るなんて、珍しいわね」

「………ッ」

 

 しまった、とフィールは下唇を噛み締める。

 そういえば、今夜のホグワーツ徘徊の当番はジェマであったと、彼女が現れるこの時まで、すっかり忘れていた。

 どうやって言い訳しようか考えている間にも、ジェマは階段を下り来て、向かい側にあるソファーに腰掛けた。

 

「ようやく仕事が終わったわ………。監督生の役目とはいえ、睡眠時間が削られるから、あまり好きじゃないのよね。ま、下級生の模範生に選ばれた以上は仕方ないんだけど」

 

 ジェマは柔らかく笑む。

 フィールは微笑しようとするが、疲れのせいか口元を上げる余力がなかった。

 そんな後輩へ、ジェマはふと真顔になる。

 

「………貴女、さっきまで校内を歩き回っていたでしょ。制服と髪が若干乱れているし、心なしか少し息が荒い気がするわ」

 

 ギクッ、とフィールは内心ヒヤヒヤする。

 ついさっきまで校内を走り回っていたのだ。

 自分では意識してなくとも、激しい動きをすれば自然と髪や制服は乱れるし、息も上がる。

 就寝時なのに何故そうなっているか。

 これは誰もが怪訝に思うことである。

 だが、フィールは反射的に首を横に振った。

 

「私は別に………」

「なら、なんで制服のままなの? 他の皆は寝間着に着替えて寝ているのに、どうして貴女は制服で此処に居るのかしら?」

 

 深入りしてくるジェマに、フィールは黙る。

 ハリー達一行と共に、偶然だが立ち入り禁止の4階の禁じられた廊下に行ってた、なんてバカ正直に答えられるだろうか。

 返答に困っていると、ジェマは一息つく。

 

「………まあ、詮索しても仕方ないし、今日のところは見逃してあげるわ。それに、貴女以外にも無断外出するスリザリン生は沢山居るもの。これで貴女も仲間入りね」

 

 フィールは顔を上げ―――目元を和らげているジェマの顔が眼に入った。

 しかし、それも束の間。

 ジェマは険しい顔付きになる。

 

「貴女が談話室に居る回数ってほとんどないし、話したこともまだなかったわね。せっかくだから、ちょっと話をしましょ」

 

 ジェマはソファーに座り直すと、静かに口を開いた。

 

「詳しいことは知らないんだけど………貴女が飛行訓練の授業中に、フライングしたグリフィンドール生の男の子を助けたのって、本当なの?」

 

 ジェマの問いに、フィールは小さく頷く。

 

「………そう」

 

 真偽を確認したジェマは眼を細める。

 フィールは口を開かず、無言だった。

 沈黙を貫くフィールへジェマは言う。

 

「フィール。貴女の行動は偉いと思うわ。地上でのハプニングならまだしも、空中で起きたハプニングなんて、然う然う解決出来るものではないんだから。………でもね」

 

 ハア、と深くため息を吐いたジェマは、なんだか言いにくそうな面持ちだ。

 

「私達はスリザリン。3つの寮とは決裂し、嫌われる存在。だから………たとえ貴女がどんなに正しい行いをしたとしても、スリザリンじゃない別の寮の生徒が行えば大勢が集って誉め称えるような事をしても、誰も認めてくれないわ。むしろ利益を図った行動だと思い込んで陰口を叩き、陰湿なイジメをする。そしてスリザリン生は蔑みの眼を向けるわ。何故ならば、仲の良くない寮生を助けた同僚に軽蔑の感情を抱くから」

 

 ジェマの言葉が、フィールの胸を刺し貫く。

 昼間の出来事が脳裏を過り、俯いた。

 

「いくら貴女が他寮の生徒の為に命懸けで必死に頑張ったって、結局は憎まれるだけよ。なのに、どうして助けたの?」

 

 何故、ホグワーツ生全員から憎まれるだけなのに危険を顧みず救いの手を差し伸べたのか。

 そう訊いてきた先輩にフィールは、

 

「あの時は………意味とかそんなもの関係無しにただ目の前で誰かが死にそうになったのを、見過ごせなかっただけだ」

 

 人が死ぬ瞬間なんて、見たくなかった。

 そう言ったフィールに、ジェマは口を噤む。

 互いに沈黙を守り静かな空間が二人を包み込んでいたが―――不意に、ジェマがソファーから立ち上がった。

 

「貴女の気持ちはよくわかった。………だけど、悪いことは言わないわ」

 

 ジェマはフィールの肩に手を置き、

 

「グリフィンドールに所属する生徒を助けるような真似は、もう止めなさい。入学式の日に言ったでしょう? グリフィンドールとスリザリンは、私達が思っている以上にもしかしたら似ているかもしれない。だからと言って、馴れ合う訳じゃないと。………スリザリン程じゃないけど、グリフィンドールは私達をやっつけることが好きよ。下手したら、貴女は卒業するまでその対象となってしまうわ。………グリフィンドール生を助けるなんて、ムダな行為なのよ」

 

 と助言して、女子部屋へと歩いた。

 談話室に取り残されたフィールは、ジェマに言われた言葉が耳の奥でリピートされる。

 

 ―――グリフィンドールに所属する生徒を助けるような真似は、もう止めなさい。

 ―――グリフィンドール生を助けるなんて、ムダな行為なのよ。

 

 ジェマの言っていることは一理ある、と思う。

 でも、心の何処かはそれを否定する。

 理屈ではわかっているけれど―――。

 

 ―――なあ、お前………あの時、どうしてネビルを助けた? お前はスリザリン生だろ!?

 

「………ッ」

 

 頭の中で響き渡る、自分を咎める鋭い声。

 それに続く様、罵声してきたグリフィンドール生達の責める言葉が脳内を侵食してくる。

 やけに鮮明で、延々と反響し―――。

 フィールは思わず、こめかみを押さえた。

 追い払うように弛く首を振るが、尚も自分を責め立てる発言が木霊する。

 傷付いた心が更にボロボロになっていき、ズタズタに切り裂かれるのを感じながら、フィールはソファーに力無くゴロンと横たわった。

 ゆっくりと瞼を閉じていく。

 グリフィンドール生の愉悦の顔やスリザリン生の蔑みの瞳が暗闇の中から浮かび上がった。

 ………胸を締め付けるこの痛みは、一体どうやれば和らぐのだろうか。

 どれだけ自問しても、答えは出てこない。

 心労の極致に立たされているフィールは、膝を抱えて苦痛に歪む顔を埋める。

 もう、何が正しくて何が間違ってるのか、頭が混乱している彼女は訳がわからなかった。




【マルフォイのプラン】
実際グリフィンドールのテーブルであんなにスラスラと偽りの内容を伝えられたのって、向かう前にフォイフォイはフォイフォイなりに計画練ってたんじゃね? と個人的に思ったからあんな感じに。
逆にその場で咄嗟に一言も噛まず物事を言えたら凄いと思う。ま、頭の回転が早い人ならやれなくもなさそうですけどね。

【ハリー・ポッターSideの人物評価】
ロン→親友だけどちょっと短気なところがある
ハーマイオニー→お節介なヤツで正直鬱陶しい
フィール→スリザリン生だけど信用してみよう

オリ主のフィールは敵対してるマルフォイと同じ寮の寮生なのに、原作と比較するとハリーが冷静で物分かりがいいように感じるのは何故だろうか。
ま、そういう風に意識してるので仕方ないですけどね。この作品のハリーはスリザリン嫌いと公認のロンよりも結構大人です。

【禁じられた廊下】
話の流れでフィールもこの時点でなんで禁じられた廊下なのか知っちゃいました。そしてフラッフィーの足元にある隠し扉の存在も。

【ジェマ・ファーレイ】
前回は名前だけ出てきた女子監督生。
フィールが今後ジェマと関わらせても問題無いような流れはとりあえず出来たかな?


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#7.ジレンマ

前回から1日が経過。


 翌朝。

 ハリーとロンが酷く疲れた様子で、でも上機嫌でまだホグワーツに留まっているのを見て、マルフォイは自分の眼を疑った。

 トロフィー室に誰か(ハリーとロン)が来ることは告げ口したのに何故………と訳がわからないという表情で何度も眼を擦る。

 そんなマルフォイは想像もつかないだろう。

 珍しく知恵を絞って企てた策略が、同僚同輩にバッチリ知られていたなど。そしてその彼女がハリー達に助言者として真夜中に寮から外出したなど、そこまで頭が回らないマルフォイには予想外の答えにまで辿り着けるはずがない。

 昨夜、よく眠れなかったフィールは疲れが取れなくて凄まじい眠気に襲われていた。それに、顔色も若干悪い。

 が、周囲にはバレないよう無表情を守り通す。

 必要なこと以外はあまり喋らないタイプなのでこういう場合はかなり好都合だ。

 と言うか、仮に気付いてたとしてもスルーしたに違いない。

 何故ならば、さっきから同級生達は冷たい瞳で遠巻きにヒソヒソと陰口を叩いている。

 その訳は、やはり昨日の飛行訓練の授業中にネビルを助けたことが主な理由だろう。

 

 なんだか、前よりも視線がずっと冷たくなっているように感じるのは気のせいだろうか。

 フィールはため息をつき、席を立つ。

 居心地が悪すぎて、食欲が沸かない。

 朝食は1日の栄養源なので欠かすのは良くないと自覚しているが、こんなギスギスした空気中で食事したいとは思わない。

 居たたまれなくなったフィールは早々に大広間を出ていった。スリザリン生と、フィールの後ろ姿を捉えたグリフィンドール生の軽蔑の目線や笑い声を背中からビシバシ浴びる。

 フィールはなるべく意識しないように歩みを続け………誰も居ない場所に来た彼女は、壁に背を預けて弱々しく項垂れた。

 

(皆、あんな眼で見られたら嫌な思いになるはずなのに………)

 

 他人から蔑視されるのは嫌でも、他人を蔑視する方は簡単に出来てしまうことの恐ろしさを、フィールは改めて感じていた。

 フィールは高い天井を仰ぎ見る。

 気持ちが重く暗く沈んでいるせいか、端正な面立ちをしているその顔は苦悶に満ちていた。

 

♦️

 

 午前中の授業が終わり、生徒達は昼食を摂りに大広間に来ていた。が、その中にフィールの姿は何処にも居ない。

 クシェルは、朝から様子が変だったフィールの心情を何と無く察していた。けれど、敢えて口には出さないでいた。そうすると、フィールが暗い気持ちになると懸念したからだ。

 

「ベイカー、ベルンカステルはどうしたんだ? お前達、いつも一緒に居るじゃないか」

 

 頭上から、低音の声が下ろされる。

 椅子に座ってボーッとしていたクシェルがハッとして見上げるよりも前に、その声の主は彼女の隣に座った。

 スリザリンのクィディッチチームのキャプテンを務める5年の男子生徒、マーカス・フリントだ。

 彼は厳つい顔付きにはそぐわない心配そうな表情を浮かべ、クシェルに問い掛ける。

 

「昨日からずっと気になってたんだが………お前と同じ1年のヤツら、ベルンカステルを露骨に避けてる感じがするぞ。何故なんだ?」

 

 見ていないようでいて、きちんとマーカスは見ていたのだ。

 飛行訓練を楽しみにしていた1年生達が昨昼の授業を終えて談話室に帰宅した時、何故か皆は雰囲気が刺々しかった。

 気になった一人の先輩が何があったのかと訊いてみたが、誰も答えず………重苦しいムードを払拭しようと、また別の先輩が他愛もない話題を振ってみたのだが、和やかな雰囲気にはならず、ピリピリした空気を放ちながら1年生達が部屋へと戻っていったのを、彼らが来る前に寮に帰っていた先輩陣は密かに気にしていた。

 

「………………」

「言いにくいのは無論承知だが………何があったのか教えてくれないか? 俺はお前の同級生が何故ベルンカステルを避けるかは知らないが、お前なら理由を知ってるだろ?」

 

 マーカスの問いにクシェルは俯く。

 しばし無言の時間が流れ―――。

 クシェルはマーカスにこう尋ねた。

 

「あの、マーカス先輩。私、貴方に一つだけ確かめたいことがあります」

「なんだ?」

「マーカス先輩はフィーのこと、どう思ってるんですか?」

 

 予想だにしなかった質問に、マーカスは困惑する。

 

「どうって………ベイカー、なんでそんなことを訊いてくるんだ?」

「だって………同級生だけじゃなく、先輩にもフィーを憎む人達は沢山いる。そんな人に、昨日あった出来事を話したら、尚更フィーに対して嫌悪感を抱く。そう思ったからです」

 

 他人と反りが合わない。

 これは学校や社会、何処に行っても必ずあることだし避けては通れぬ道なので仕方ない。

 だが、それとはまた違うのだ。

 クシェルにとって、フィールは大切な友達。

 たとえフィールがそうとは思ってなくても、クシェルからすればそんなものはどうでもいい。

 だから………ただでさえ、フィールに対し嫌厭の情を抱いているスリザリン生に、彼女がグリフィンドール生を救済したと話したら。

 フィールは今以上に忌み嫌われ、孤立する。

 自分のせいで友達を傷付けるのは嫌だ。

 そう思うからこそ、クシェルは確認した。

 先輩に対しさっきの物言いはちょっと無礼な気もするが、遠回りな言い方は嫌いだし、そっちの方が逆にもっと失礼だろう。

 クシェルは強い瞳でマーカスの眼を見た。

 彼の灰色の両眼が、翠色の瞳に反射する。

 マーカスはじっとクシェルの眼を見返し、程無くして、ガシガシとクシェルの元気よくピョンピョンはねてる茶髪を、浅黒い大きな手で掻き乱した。

 

「ベイカーの言いたいことは大体わかった。だがな………まさか、俺がそんな野郎に見えてたなんて、流石の俺でも傷付いたぞ」

「す、すいません………」

「ま、それだけアイツのことを大切にしてるってわかったから、今回は特別にチャラにしてやる。それと………前々から言おうと思ってたんだが、俺に先輩はつけなくていいぞ。敬語も必要ないから、タメ口で構わん」

 

 マーカスは鷹揚に笑う。

 だが、それも束の間。

 彼はいつになく真剣な表情へと一変する。

 

「話が脱線したが………確か、俺がベルンカステルをどんな風に思ってるかだったな。そうだな。俺個人の感想としては、ベルンカステルは案外繊細な性格の持ち主、だな」

「繊細………ですか」

 

 意外な返答にクシェルは意表を突かれる。

 マーカスはコクリと頷いた。

 

「ああ。ベイカーも時々、ベルンカステルって結構傷付きやすいヤツだと思わないか? 先週の授業が始まった初日、ベルンカステルは談話室から出ていったそうじゃないか。多数の人間に悪口言われたら、そりゃ誰でもそこから出ていきたいと思う。だけど、ベルンカステルは一般人よりもセンチメンタルだな」

 

 それと、とマーカスは言葉を紡ぐ。

 

「皆はよく感情表現が乏しいって言ってるけど、そんなこと無いと思うぞ。割りとアイツは喜怒哀楽がハッキリしてる。なんと言うか、アイツの場合は顔じゃなくて行動に表れるタイプだな。気分が落ち込んだら、一人フラフラと何処かへ行くところなんかがまさにそうだ」

 

 そこまで言ったマーカスは一息つく。

 それから再び口を開いた。

 

「とまあ、こんな感じに俺は感想を言ったけど、ベイカーが本当に聞きたいのは、こういうヤツじゃないだろ?」

 

 先程のマーカスの言葉はフィールの性格がどういうものであるかの個人的な意見であり、クシェルが彼の口から直接聞きたい内容とはまた異なる。

 クシェルは素直に首を縦に振った。

 首肯を見せた後輩に、マーカスは言う。

 

「俺達はスリザリンに所属する者であり、同じ蛇寮に所属する者は血の繋がっていない家族も同然だ。それは同い年のヤツらだけでなく、年下のお前やベルンカステルも例外ではない」

 

 クシェルは眼を見張ってしまった。

 マーカスがクィディッチに熱いという人物なのは周知の事実なのだが、そんな彼がまさかこのようなことを言うとは予想外だった。

 驚きを露にする後輩に先輩は軽く肩を竦める。

 

「何をそんなに驚いているんだ? 家族を大切にし、家族を心配するのは当たり前だ。そうすることの何が悪い? 確かにお前からすると、ベルンカステルのことを毛嫌いする者の存在感が強いせいで俺の言葉の信用度は薄いかもしれん。だが、俺が言ったことは紛れもなく本心だ」

 

 語っていく内に語気が強まったマーカス。

 クシェルはその重みを感じ取り、思考する。

 マーカスの深意を窺い知るためか、じっと彼の顔を見上げた。

 黙ったままマーカスを見つめ………念を押すように、クシェルはこう言った。

 

「………わかった。私、マーカスのことを信じて話すよ。でも………もしも、嘘をついたり裏切ったりしたら、私は貴方を許さないから」

 

 マーカスは真顔を崩さないで首を縦に振る。

 クシェルは昨日の出来事を簡単に話した。

 飛行訓練の授業中にグリフィンドール生のネビルがフライングしたこと、高所から墜落しそうになったところをフィールが危険と隣り合わせの状況下で救済したこと、そして恐らくそれが原因で皆は避けていること………。

 

「なるほど、な………」

 

 事の事情を知ったマーカスは途端に重苦しいため息を一気に吐いた。

 

「だから1年のヤツらはやたらとベルンカステルを避けていたのか。………ったく、そんな理由で級友を忌避するとは幼稚だな」

 

 昼食を友人達と談笑しながら口に運び、ワイワイ賑わいを見せる成り立てほやほやの1年生集団を横目に、マーカスは険しい顔になる。

 

「助けた相手がスリザリン生であれ、同級生を助けて貰ったんだ。連中は礼の一つくらい言ったらどうなんだ。ったく、そんなんだから周囲から『傲慢』と言われていることに気付かないなど、馬鹿以外の何物でもない」

 

 いや、割りと貴方も人のことをあーだこーだ言える立場じゃないと思うんだけど。

 と内心で鋭く突っ込んだクシェルは、敢えてスルーすることにした。

 

「それはそうと………ベイカー、ベルンカステルがずば抜けた操縦技術を披露したとは本当なんだな?」

「え? あ、うん、そうだけど」

 

 確認を終えたマーカスは、次の瞬間パアッと明るい笑みを浮かべた。まるで希望の光が見えた人間が浮かべるそれである。

 

「シューティングスターという不良品の箒を、ベルンカステルは乗りこなした。それは中々スゴいことだぞ。あの箒は本当に事故率が高くてな。授業中にアレから墜落する者が、俺らが1年の時でもかなり多かったんだ。そんな骨董品の箒でベルンカステルは人命救助に成功した。それも、壁に激突する寸前ギリギリの距離まで飛行してからの宙返りだ」

 

 マーカスはウズウズする気持ちを抑えられず、興奮気味な様子に強みが増幅する。

 

「俺の勘ではあるが………単に身体能力が高いだけでなく、ベルンカステルは箒を扱う才能に長けていると思うぞ。悪質な物から良質な物まで、その箒の性能や特徴をよく理解している。そんなベルンカステルだからこそ、緊急時が発生したその場で冷静に対処出来たんだ」

 

 流石はクィディッチチームのキャプテン。

 選手としての逸材を見出だす頭脳はある。

 

「それだけの身体能力があるって言うなら、ベルンカステルは最新鋭の箒であっても完璧に使いこなせるだろう。並外れた反射神経、危険を顧みない度胸、そしてあの体格………これだけのシーカーとして必要な素質が全て備わったヤツは、2年に限らず7年まで見通しても居ないだろう。キャプテンの俺が断言する。ベルンカステルは優秀なシーカーになるぞ。恐らくは、歴代でも類を見ないほどの逸材だ」

 

 だが、と。

 笑みから残念そうな表情に早変わりする。

 

「どうやら、グリフィンドールの方でも天性のシーカー気質を持った人間がいるみたいだけどな。しかも、そいつは最年少選手になるかもしれないって言うんだろ? あの厳格な副校長が規則をねじ曲げてまで入れさせようとするとは、全く、職権乱用もいいところだな」

 

 イライラと呟くマーカスの言葉に、クシェルは珍しく同感であった。

 

「とにかく………ベルンカステルがシーカーになったら俺達はきっと最強のチームになるだろう。ベイカー、お前の方からもベルンカステルにシーカーになることを考えてくれって伝えてくれないか? 俺もアイツを勧誘する。せっかくの栄光を掴めるチャンスなんだ。恵まれた才能を持っているのに、それを活かそうとしないのは宝の持ち腐れだ」

 

 どうやら、マーカスはフィールにシーカーになるのを期待しているらしい。クシェルはフィールがクィディッチチームの花形を務める光景を想像し、口元を緩ませる。

 

「っと………話し込んだら、こんな時間になったな。よしベイカー、昼食を食べるぞ! まずはモリモリ食って、元の活力を取り戻すぞ!」

「うん!」

 

 時間の流れを忘れて長時間会話を交わしたマーカスとクシェルは暗い気持ちを吹き飛ばして、昼食を摂り始める。

 昼食時間が終了しても、フィールは大広間に来なかった。

 

♦️

 

 マーカスとクシェルが談話してた一方で。

 フィールは昨日と同じバルコニーに居た。

 大広間なんかで昼食を摂りたい気分ではなく、此処で身を潜めようと気配を殺していた。

 今日は金曜日。

 金曜の授業は半日なので、午後は無い。

 

「あー………お腹空いたな………」

 

 朝は何も口にしていなかったので、流石にお腹が空いてきた。だからと言って、大広間になんかは行きたくない。

 どうやって空腹を満たそうかと考えたフィールは、

 

「………これでも飲むか」

 

 と、杖を仕舞っている側とは反対側のヒップホルスターに装着しているポーチから赤い缶を取り出す。

 マグル界ではよく見掛けるコーラだ。

 プルタブを開け、口をつける。

 キンキンに冷えていて美味しく、シュワシュワが口内で広がる。

 手摺に肘をつけ、コーラを飲むフィールはふと赤い缶に眼をやった。

 

「………コーラ、か」

 

 蒼い眼を細め、じっと見つめる。

 たかが炭酸飲料の物なのに、懐かしさが胸の奥で呼び覚まされたのは何故だろう。

 そう疑問に感じたフィールの頭に、ある少年の輪郭が浮かび上がった。

 クシャクシャな黒髪に明るい緑の瞳。

 ダブダブな服に身を包んだ痩身で………うろ覚えだが、確か―――

 

「………ちっ」

 

 フィールは舌打ちして、肩越しに振り返る。

 せっかくイメージが形作ろうとしていたのに、遠くの方から聞こえてきた生徒達の声や喧騒によって崩れ去ってしまった。

 フィールはため息と共に首を振り、残り少ないコーラを一気に飲み干した。

 

♦️

 

 バルコニーから出たフィールは、フラフラと一人散歩していた最中に、クシェルと出会った。クシェルはフィールの姿に眼を止めると、早足に近付いてくる。

 

「見付けた、フィー」

 

 クシェルはフィールを見付けるが否や、彼女の左腕を掴み、壁際まで引っ張る。

 

「………なんだよ、こんな所まで連れてきて」

「フィーに渡したい物があるんだよ」

 

 クシェルは巻いたティッシュの中から、ある物をフィールに差し出す。

 それは、クロワッサンだった。

 

「フィー、昼食一口も食べてないでしょ? だから、持ってきたんだよ」

「ああ………ありがと」

 

 フィールはクシェルからクロワッサンを受け取ると、ムシャムシャと食べる。

 そうして噛み砕いたクロワッサンを喉に通すと、タイミングを見計らったクシェルが「そういえばさ」と切り出した。

 

「昼食の時、昨日のことを話したら、マーカス、『ベルンカステルは優秀なシーカーになるぞ』って言ってたよ。でね、是非ともシーカーになることを考えてくれって」

 

 クシェルの言葉にフィールは眼を見張る。

 だが、それは瞬く間に消え失せ、睨んだ。

 

「………昨日のことを話したのか」

「うん。………マーカスは、同じ寮に所属するスリザリン生は家族も同然って思っていて、私やフィーのこともそう思っているみたいだよ」

「ふーん………」

 

 信用していない顔のフィールは、まるで興味が無いと言わんばかりの態度でローブを翻し、背を見せる。

 でも、クシェルは食い下がった。

 

「………あのさ」

 

 サッとフィールの前に回り込んだクシェルは、

 

「辛かったり苦しかったりしたら、私やマーカスを頼ってよ?」

 

 と、静かな口調でフィールに言った。

 

「………ッ」

 

 フィールの蒼瞳が微かに揺れる。

 クシェルには見られないよう、下を向いた。

 一瞬、心がぐらりと揺らぐのを感じ、俯く。

 けれど―――。

 

「何言ってんだ。別に私は、辛いとか苦しいとか全然思っていない。それはアンタの杞憂だ」

 

 顔を上げ、皮肉気な言い方をするフィール。

 しかし………その発言とは裏腹に、彼女の心は傷だらけでボロボロ、そしてズタズタに引き裂かれていた。

 自分じゃない誰かが行えば、誰もが人一倍正義感に溢れていると崇拝するような素晴らしい行為であっても………スリザリン生である自分に待ち受けているのは、罵声と軽蔑だ。

 その事を思い出し、端正な顔を歪める。

 不意に、ジェマの言葉が脳裏を過った。

 何故、憎まれるだけなのに必死で頑張るのか、と。

 その時フィールは、意味とかそんなもの関係無しにただ助けたかっただけだと答えた。

 が………ジレンマに陥ったフィールは、本当はスリザリン生の自分がグリフィンドール生を助ける義理はあったのかと、ふとした拍子にそんな疑問を持ってしまった。

 

「………―――ッ」

 

 疑問を抱いた後に、フィールは絶句する。

 自分が抱いた思いに、ショックを受けた。

 思わず、その場で身体が固まる。

 

「フィー? どしたの?」

 

 フィールの様子がおかしいのを察したクシェルは顔色を覗き込もうとしたが、

 

「………なんでもない」

 

 と、衝撃を胸の奥底に抑え込むのも兼ねて、ローブを翻して歩き出した。

 まだ何か言いたげな表情ではあったが、場所が場所なだけにクシェルは此処とは別の所で話をしようと、歩き始めた彼女の隣に並んだ。

 横目でそっと、クシェルはフィールを見た。

 だて眼鏡と長めの前髪で素顔の半分が隠されているので、気付くか気付かないかの微妙なラインではあるが、彼女の顔が苦し気に歪んでいるのをクシェルは読み取る。

 クシェルは声を掛けようとしたが、寸前で喉の奥に引っ込めた。

 きっとフィールは答えないだろうし、無理に訊こうとすると余計心を閉ざしてしまう可能性があると思ったからだ。

 いつもなら冷たくあしらわれても気にせず明快に話し掛けるクシェルでも、この時ばかりは流石に控えるべきだと自重する。

 そうして、互いに無言のまま歩き―――行く当ても無く無駄に長い廊下を歩き続けていたら、前方の廊下が何やら騒がしいのを二人は遠くから捉えた。

 

「? なんだ?」

 

 二人は眼を凝らす。

 マルフォイと取り巻き二人が、意地の悪い笑みを浮かべながらネビルをいびっていた。ネビルは今にも泣きそうになっている顔を下に伏せ、下唇をギュッと噛んでいる。

 大方、ハリー・ポッター(とロン・ウィーズリー)を退学にさせられなかった腹いせとして、気が弱くて言い返せないネビルを標的にしたのだろう。

 フィールは止めに行こうと一歩踏み出した。

 だが―――

 

嫌われ者(スリザリン生)の自分がグリフィンドール生を助ける義理はあるのか?』

 

 頭の中で、そう問い掛ける自分の声が響く。

 ピタリとフィールは足が止まった。

 動かしたい意思とは裏腹に身体が動かない。

 

『助けたところで誰がそれを感謝する? 誰がそれを認めてくれる? 別の寮に所属する生徒を助けたって、自分で自分の首を絞めるだけだ。そうだろ?』

 

(それは………そうだけど………)

 

 今、此処で虐めているのを止めなかったら。

 自分は見て見ぬフリをしたことになる。

 そんなのは………何も、変わらない。

 人を虐めて悦に浸るアイツらと同類だ。

 直接的でなくとも、イジメそのものだ。

 

「―――おい、マルフォイ。止めろよ」

 

 だから、フィールはネビルとマルフォイ達の間に割り込んだ。

 俯いていたネビルはハッと顔を上げ、驚きと喜びが入り交じった表情で、フィールの背中を見つめる。

 反対に、マルフォイは顔をしかめた。

 

「また君か。全く………本当に、何故君みたいな人間がスリザリンに入ったのかを疑うよ」

「その話はもういいだろ。イジメの現場を見て黙ってろって言う方が無理な話だ。イジメなんて無意味な行為は、もう止めろ」

 

 強い眼差しと口調で圧を掛けるフィール。

 マルフォイはその気迫に気圧され………忌々しそうな表情で舌打ちすると、何事も無かったかのような顔を取り繕って取り巻きを連れて立ち去った。

 直後、フィールは全身の緊張を解く。

 

「………大丈夫か?」

 

 振り向くのと同時にネビルに尋ねると、まさかそう問われるとは思ってもいなかった彼は、アタフタと挙動不審になった。

 

「あ、えと………」

 

 か細い声で言葉を紡ごうとした、その時。

 

「ネビル、どうしたんだ!?」

 

 フィールが来た方向から、大声が響く。

 そちらを見てみると、ハリーとロンが焦った様子で駆け寄ってきた。

 

「なんで泣きそうな顔なんだ? ………まさか、コイツに何か言われたのか?」

 

 コイツ、と目線で問い掛けるロンは、フィールに敵意を剥き出しにする。ロンが自分を悪者と誤認識したのをいち早く察したフィールは、困った面持ちになった。

 

「待ってくれ、私は―――」

「君の言い分なんて、これっぽっちも聞きたくない。早くネビルから離れろ!」

「だから、違うって―――」

「煩い! 正義の味方ぶったスリザリン生め、もう二度と僕らに関わろうとするな!」

 

 有無を言わぬ物腰で言い放ったロン。

 フィールは呆気に取られ………スリザリン嫌いのコイツには何を言っても無駄だと、またいつまでも粘れば余計反発するだろうと、静かに背を向けて歩き去った。

 

「あ………、待って………!」

 

 ネビルは掠れた声でフィールを呼び止める。

 が、その小さい声は、曲がり角を早足で曲がったフィールの耳には届かなかった。

 

『だから言っただろ? 他寮の生徒を助けたって自分で自分の首を絞めるだけだ、と。私はスリザリン生だ。あんなのはそのまま放っとけばよかったんだよ』

 

 他人の眼が無くなった途端―――また、自分自身の声が脳内で反響した。

 フィールはハッとし、立ち止まる。

 

(放っとけばよかったって………)

 

 否定しようとするが、尚も頭の声は続く。

 

『だってそうだろ? 虐められているのを目撃して阻止したところで、その矛先が今度は自分に移り変わるのがオチだ。それに………別の寮生からは遠巻きにされるのがスリザリン生だ。ほったらかしにしたって、咎められることは無い。むしろ助けたら、さっきみたいになる』

 

 さっきみたい。

 その言葉に、フィールは心を苛まれる。

 

『これに懲りたら、もう人助けなんてムダな行為は止めることだ。ジェマも言ってただろ? どんなに正しい行いをしたって、誰も認めてくれないし、結局は憎まれる。………高い自己防衛能力を備えているのがスリザリンの特色だ。ならば自分のことを第一にしたって、何も問題は無い。他人なんて無視しろ。自分は誰かの救世主になんかなれない。ただただ、他人の栄光の踏み台にされるだけだ』

 

(そんな………そんなの、は………………)

 

 フィールは立ち竦む。

 ダメだ………もう、何が正しくて何が間違っているのか、わからなくなってきた。

 脳裏で、色んな人達の言葉が行き交う。

 ありとあらゆる言葉が脳内を侵食していき、それに耐えられなくなって、フィールは冷や汗が伝ったこめかみを押さえた。

 身体がふらつき、硬い壁に激突する。

 ズルズルと、その場にしゃがみこんだ。

 吐き気に襲われ、今度は口元を押さえる。

 

「うっ………ぁ………」

 

 気分の悪さに眩暈がする。

 グラグラと視界が歪み………全身の力が急速に抜けて倒れそうになった、次の瞬間。

 

「フィー………!?」

 

 フィールの後を追って来たクシェルが、慌てて側に駆け寄り、廊下に頭を打ち付ける寸前で抱き留めてくれた。

 

「ちょっ、どうしたの、大丈夫!?」

「ク………、シェル………」

 

 苦し気な息を吐きつつ、上を見上げる。

 キラキラと輝く翠の瞳を、霧が掛かったみたいな視野の中でハッキリと捉えた。

 

「………ごめん………ちょっと、眩暈した」

「ちょっと、じゃないでしょ! そんな状態になるくらいなのに、ふざけたこと言わないでよ!」

 

 しかし、焦りの色を滲ませるクシェルに、深呼吸して幾分か気分が楽になったフィールは何て事無さげに言う。

 

「別にアンタが私を心配する必要は無いだろ。言っただろ、ちょっと眩暈しただけだって」

 

 フィールはフラフラと立ち上がる。

 倦怠感に見舞われる身体に鞭を入れ………クシェルの非難めいた声をどこか遠くのように聞きながら、フィールは重い足取りを進めた。

 自分の身に起きた異変に不安を募らせながら。




【マーカス・フリント】
同僚に対しては家族同然に大切にする好青年。
映画や原作ではクィディッチでのキャプテンでありながらラフプレーをするので嫌なヤツの印象が強いですが、この作品では割りと良いヤツです。

【フィールの感情表現の仕方】
マーカス曰く、顔ではなく行動に表れるタイプ。
フィールのことを喜怒哀楽がハッキリしてると言ったのは何気にマーカスが初じゃないか?

【ホグワーツは週休2日制】
月曜~金曜(金曜は半日)が平日。
土日(と祝日)が休日。

とWikipediaにあった。

【ネビル】
毎度の如くフォイフォイにいびられる。

【『~』のフィール】
ジレンマに陥ってしまい、一方の考え方を持つフィールの声が脳内で反響。ダークな心の顕れでもある。

【勘違いするロン】
一度誤認識するとそのまま押し通そうとするのは人間特有の心理。

【体調不良となったフィール】
精神的ダメージがでかすぎて身体に影響が及ぼされた。


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#8.スランプ

今回は年上世代からのスタート。


 昼食時間帯を終えた後。

 4年のハッフルパフ女生徒、クリミア・メモリアルは1歳年下の他寮の後輩、アンジェリーナ・ジョンソンとアリシア・スピネットと遭遇し、現在クリミアは1階のサンルームで、二人に勉強を教えていた。

 此処は屋根と壁面がガラス張りになっているために陽射しが暖かく、大空がよく見える。

 比較的交流の幅が広いグリフィンドール生とハッフルパフ生の組み合わせは然程珍しくない。

 なので、もし誰かが来て一緒に居る光景を見られたとしても、特に大きな問題は無かった。

 

 クリミアは4年。

 アンジェリーナとアリシアは3年。

 1歳違いなので年上・年下、先輩・後輩という最低限の礼儀はあるが、厳しい上下関係はそこまで無い。

 と言うより、気さくなクリミアが「敬語使ったり先輩つけたりするのは他人行儀だから、そんなものは必要無い」とフレンドリーな関係を望んでいるので、同じタイプのアンジェリーナやアリシアとはすぐに友好関係になった。

 

「ふーっ、ようやく終わった~」

「これで来週の課題提出はバッチリね」

 

 大量に溜まっていた課題を全て終わらせたアンジェリーナとアリシアは、羽ペンを置いて手を休め、満面の笑みで伸びをする。クリミアは「お疲れ様」と微笑んだ。

 

「クリミア、本当にありがとね。貴女に教えて貰わなかったら、きっと終わらなかったわ」

「お役に立てて何よりよ。でも、私にも都合って物はあるから、毎回は教えられないわよ。それだけは忘れないでちょうだい」

「うー………わかってるわよ」

 

 羊皮紙を綺麗に丸めて自分のショルダーバッグに仕舞ったアリシアはテーブルに突っ伏す。

 

「でも、これでのんびりと休日を過ごせるわ」

「課題が多い日なんかは丸々潰れた時があったわよね」

 

 などアリシアとアンジェリーナは顔を見合わせながら呟き、そんな二人にクリミアは紅茶を淹れて差し出す。

 二人は「ありがとう」と言ってから、取っ手を掴んでちびちび飲む。

 そうして午後の穏やかな一時を満喫していると不意にアンジェリーナが言った。

 

「そういえば、クリミア。貴女は今年もクィディッチ選抜に申請しないの?」

 

 クィディッチ選抜とは、各寮のクィディッチの寮代表選手を選定するための入団テストだ。

 受けたい生徒は飛行訓練の教科担任でレフェリーのマダム・フーチや寮監に申し出ることになっている。

 

「ええ、しないわよ」

「え~っ、それ、ホントに勿体無くない?」

 

 クリミアの返答に、アリシアが口を挟む。

 この話題は、これまで何度も繰り返された。

 クリミアが1年の時―――授業中に彼女はアクロバティック飛行を披露し、一時ホグワーツでは話題が事欠かなかった時期がある。

 温和な顔付きに温厚な性格。

 ハッフルパフ生にしては珍しい超優等生。

 普段から雰囲気的にも優しいお姉さんタイプのクリミアが実は運動神経抜群と言う、身体能力が高そうには到底見えない所謂『ギャップ』に、当時のホグワーツ生は全員がビックリ仰天した。

 

「貴女の飛行技術がどれほどなのかは、実際見てないから詳しくは知らないけど………オリバーが言ってたのよ。『ハッフルパフのメモリアルが選手になったら油断出来ない』って」

「観客として観戦するにおいては一興だけど、選手として試合するのはあまり好きじゃないのよ。それに、選手になったら勉強時間とかが大幅に削られるし」

「クリミアは勉強好きよね。いつも思うんだけどそんなに頭が良くて勉学に意欲があるなら、レイブンクローに入ればよかったんじゃないの?」

「組分け帽子はハッフルパフかレイブンクローかで悩んだみたいだし」

「レイブンクロー、ねえ………」

 

 レイブンクローは、機知と叡智に優れた者が集う寮だ。

 勤勉な者や学力が高い者を求めているこの寮、知性を重んじるためか寮生はプライドが高い傾向にあり、他人を見下す者も多く、寮内でのイジメも少なくない。

 また、頭脳明晰故に気難しい者や自惚れる者など個性的でクセ者揃いだ。

 

「素敵な寮かもしれないけど、私はハッフルパフの方が好きよ。両親がハッフルパフ出身だったから、私もそこに入ったって理由はあるけど、それ以上に私個人の意志で選んだわ」

 

 ハッフルパフに入って心底よかったと、私は思ってるわよ―――とクリミアは柔らかく微笑む。

 アンジェリーナとアリシアも笑った。

 

「そうね。確かに、クリミアみたいな人はハッフルパフが一番相応しいかもね。仮にレイブンクローに入ってたら、今とは印象が大分違ってたかもね」

「貴女がレイブンクロー生で学年首席だったら、多分皆はこう思ったでしょうね。『レイブンクローの名に相応しい叡智の女王様』って」

「それも有り得るけど、女王様って言うより、高嶺の花が一番ピッタリじゃない?」

「あー、確かにそうかも。才色兼備、品行方正、冷静沈着………そんな言葉がまさにピッタリな超優等生。でもそれ故に誰も不用意に近付いてはならない、そして指一本触れてはならない聖域ってな感じだったかもしれないわね」

「ま、でも現実は食い違ってるから、それはそれで皆ギャップを感じたでしょうね。優しげな顔によく似合う柔和な笑みに、プライドが高くて他人を蔑視しがちなレイブンクロー生とはとてもじゃないけど思えない的な?」

 

 と、グリフィンドールの二人は、クリミアがもしもハッフルパフではなくレイブンクローだったら周りからはどんな評判だったか、互いの意見を交わして意気揚々と盛り上がる。

 

「スリザリンはまず有り得ないわね。『才知溢れる優秀な生徒』ってところは確かにそうだけど、清廉潔白なクリミアに狡猾とか野心家なイメージは全然合わないし」

「早い話、スリザリン以外の寮だったら何処でも上手くやれる万能タイプ、って言えばわかりやすいわね」

 

 そこまで言って、二人は一息つく。

 少しして、アンジェリーナがまた口を開いた。

 

「話を戻すけど………今度、貴女の飛行技術を見せてちょうだい。どれくらいスゴいのか、貴方が卒業するまでにはこの眼に焼き付けておきたいのよ」

「勉強もいいけど、たまには運動も大切よ。箒に乗って空を飛ぶのは楽しいし、暗い気持ちも吹き飛ぶわ」

「ってことでクリミア。今度、私達と一緒に飛行訓練しましょ」

「ふふっ、わかったわ。楽しみにしてるわ」

「ええ、私達も楽しみに待ってるわよ」

 

 たまにはスポーツするのもいいかなと、クリミアは笑みながら了承し、二人も大きく頷く。

 仲の良い友達同士で一つの約束を交わし終えた後、「そういえばさ」とアンジェリーナが何かを思い出した顔で別の話題を切り出した。

 

「飛行訓練で思い出したんだけど………昨日、1年のグリフィンドールとスリザリンが合同で飛行訓練の授業があったわよね」

「ああ、なんかその授業で事件が起きたって、1年の子達騒いでたよね」

「事件?」

 

 初耳のクリミアはティーカップを置く。

 昨日の今日なのでまだ詳細は一部の生徒しか知らないが、ホグワーツは噂好きな人間が多数を占めるので、いずれ全体に知れ渡るだろう。

 だが、悠長なことは言ってられない。

 スリザリンには―――妹が所属している。

 もしも………『彼女』が関与しているならば、これは早期に知れる絶好のチャンスだ。聞き逃しは許されない。

 だからこそ、心配性なクリミアはグッと顔を近付けて聞く態勢を整えた。

 『事件』の断片を口にしたアンジェリーナとアリシアは特に包み隠すような素振りは無く、普通に話し始める。

 

「私達の後輩―――ハーマイオニー・グレンジャーって女の子が言ってたんだけど、どうやら授業中にネビル・ロングボトムって男の子が、焦ってフライングしたそうなのよ」

 

 ハーマイオニーとネビル。

 どちらもホグワーツ特急で出会ったあの少年少女の名前だ。

 

「ハーマイオニーによると、箒にしがみついていたネビルが手を放してしまって、かなりの高さから落下したそうだわ。でも、松明台の針に引っ掛かったから、ネビルは助かったみたいよ。………それ以外の理由もあるけどね」

「それ以外の理由?」

「さっき、松明台の針に引っ掛かったって言ったでしょ? そうなったのは、ローブを着ていたからだってのはわかるわよね?」

 

 アリシアは空いてる椅子に置いた自身の黒いローブを一瞥する。

 彼女が何を言いたいのかは、頭の回転が早いクリミアでなくとも何と無くわかるだろう。

 

「15m以上の高度で箒を手放して、地面にモロ直撃しなかったのは不幸中の幸いだけど………当然、それで無事に終わる訳が無い。ローブは徐々に破れて、ネビルの身体はどんどん下へ落ちていく」

 

 その後どうなるかは―――嫌でも容易に想像がついた。

 

「普通だったら、ネビルは地面に叩き付けられたでしょうね。だけど、そうはならなかった」

「危うく地面に墜落しそうになったネビルを助けてくれた人がいたみたいでね、結果的にその人のおかげでネビルは無傷なのよ」

「助けてくれた人………?」

「ええ。話の一部始終を聞いた今でも、私達はあまり信じられないんだけどね。………ハーマイオニー以外の人達も言ってたんだけど、スリザリン所属の―――」

 

 瞬間―――

 

「―――フィール・ベルンカステルが、ネビルを助けてくれたみたいなのよ」

 

 ―――クリミアは、ピクッと反応した。

 だが、アンジェリーナとアリシアは彼女の微妙なリアクションに気付かないまま、話を続ける。

 

「最初聞いた時、私、ハーマイオニーは面白い冗談を言ってるんだと思ったわ。だって、スリザリンに所属してる生徒が、犬猿の仲のグリフィンドール寮生を助けるなんて、初めて聞いたもの。それ以前に、ベルンカステルみたいな人間が人助けするってこと自体ビックリよ」

「ほら、あの茶髪の女の子………クシェルだったかしら? あの娘からの『友達になろう』って言葉を撥ね付けるくらい、冷たくて無愛想なベルンカステルが、まさかそんなことをするなんて信じられないわ」

「グリフィンドールの方ではハリー並みに有名人なのよね。彼と違って、悪い意味でだけど」

「『目付きが怖くて近付きたくない』とか『アイツ何様のつもりだ』とか『ちょっとばかり成績良いからって調子に乗っている』とか、1年の子達は皆そう言うわ」

「実際ベルンカステルは、目付き鋭いし雰囲気も刺々しい、無口無表情で何考えてるかわかんないから、正直言うと、あの娘とは極力関わりたくないのよね。まあ、関わる機会なんて寮の関係上然う然う無いだろうけど」

「………………」

 

 黙って聞いていたクリミアは紫瞳を伏せる。

 話題の中心人物となったスリザリン寮生―――フィール・ベルンカステルは彼女の家族だ。

 しかし、二人の関係を知っている生徒は現在二人―――ソフィア・アクロイドとアリア・ヴァイオレット―――だけである。

 ………アンジェリーナとアリシアは知る由もないだろう。

 フィールこそが、クリミアの―――数年前までクリミアには『血の繋がっていない妹』がいると一時期大トピックになった、その義妹本人とは何もわからずに。

 

(目付きが怖いとか、無口無表情とかは、確かに事実だけど………)

 

 ちょっとばかり成績が良いからって調子に乗っている、と聞いて、クリミアは自分のことのようにカチンときた。

 フィールは決して増長しない人間だ。

 それはクリミアがよくわかっている。

 何も知らない人間に………家族を悪く言われて憤らない訳が無い。

 思わずクリミアが口を開きかけた直後、アンジェリーナとアリシアは紅茶を飲み干し、ガタッと椅子を引いて、立ち上がった。

 

「話が長引いちゃったわね。私達、そろそろ寮に戻るわ。また今度ゆっくりお話しましょ」

「今日は本当にありがとね、クリミア」

「あ、そうそう、言い忘れてたんだけど―――」

 

 アンジェリーナはクリミアに近付き、

 

「多分、近い内に知れ渡るだろうけど………ハリー、私達グリフィンドールのクィディッチチームのシーカーになるのよ。このことは、まだ誰にも言わないでちょうだい」

「え、ええ、わかったわ………。でも、1年生は校則でダメじゃなかったかしら?」

「まあね。本来はそうなんだけど………さっきの話には、続きがあるのよ」

 

 なんでも、フィールがネビルを助けた後にまたもや騒動が起きたらしい。

 この話は次に会ったら詳しく教えると言い残して、二人はサンルームを後にした。

 

「………………」

 

 二人が居なくなると、急に静かになった。

 クリミアは重いため息を吐いて、ガラス張りの天井を見上げる。

 フィールが入学して、約2週間が経過した。

 既にフィールはホグワーツ内で話題沸騰中の一人である。

 前述の通り、悪い意味で、だが。

 

『ベルンカステルってさあ、なんか暗いよね』

『いっつも仏頂面してるし、目付きもキツい』

『あんなヤツがエルシー・ベルンカステルの孫とかマジガッカリだな』

『友達は大切にしなさいって親から言われなかったのかしら』

『もしかしたら、親が親なら子も子でベルンカステルの親に問題あるんじゃない?』

『あー、なるほど。子は親の鏡って言うし。ってことは、ベルンカステルの両親もあんな人だったんだな、きっと』

 

 前に同期の連中がフィールやフィールの両親の陰口を叩いていたのを思い出し、クリミアは拳を握り締める。

 

「私達のお父さんとお母さんは、そんな人達じゃなかったわよ!」

 

 と、あの時クリミアは大声で叫びたかった。

 自分を………生まれて間もなく両親を失って孤児になった自分を引き取ってくれたのが、フィールの両親・ジャックとクラミーだ。

 血の繋がりが無い自分に溢れんばかりの愛情を注ぎ、実の娘のように可愛がってくれた恩人なのだ。

 だから………自分達の事情を何にも知らない連中にあんなことを言われて、久し振りに滅茶苦茶腹が立った。

 

「お父さん………お母さん………」

 

 ガラス越しに紫瞳に映る広い青空を仰ぎ見ていたクリミアは、胸の底から込み上げてきた淋しさや哀しさ、そしてもうあの二人はこの世の何処にも居ないという喪失感を改めて感じ………閉じた瞼から、一筋の涙が流れた。

 

「もう一度…………お父さんとお母さんに会いたいよ…………」

 

 もしも、願い事が一つだけ叶うなら。

 自分は迷うこと無くそう願ったに違いない。

 そしてそれは、きっとフィールも―――。

 クリミアは右手で目元を覆い隠す。

 いつの間にか、熱い雫が溢れていて………それは彼女の白い手を温かく濡らした。

 

♦️

 

 ギュッ―――。

 明らかに体調不良なのに何処かへ行こうとしたフィールを、駆け寄ったクシェルが勢いそのままに抱きついて彼女を引き留めた。

 

「………離せ」

「ダメ、絶対離さない」

 

 両腕に更なる力を込め、クシェルは呟く。

 

「………フィー、なんで、そうやって独りで抱え込もうとするの? さっき、言ったでしょ、辛かったり苦しかったりしたら、私やマーカスを頼ってよって。………私の前でウソはつかないでよ」

「だから言ってるだろ。それはアンタの杞憂だ」

「だから言ってるでしょ。ウソはつかないでよ」

 

 フィールの言葉を一蹴したクシェルは続ける。

 

「友達が苦しそうにしてたのを見て、黙っていられる友達はいないよ。フィー、自分で言ってたでしょ? 誰かが虐めてるのを見て、黙ってろって言う方が無理な話だって。それと同じ。フィーが辛そうなのに、知らないフリは出来ないよ」

 

 ………どうして、この人はこんなにも粘るのだろうか。

 これが別の人間だったら、今頃自分を突き放していただろうに。

 他の人だったら、追い掛けて来ないだろうに。

 

(……私のことを忌み嫌う人間がほとんどだから、こういう優しい言葉を掛けられるのは、慣れないのに………)

 

 そう、自分は皆からの嫌われ者だ。

 人助けしたって………蔑まれる。

 先程、ロンから『正義の味方気取り』と言われた。

 じゃあ、もしも………あの時、自分じゃなくてハリーがネビルを助けたら。

 ロンはハリーのことを『正義の味方気取り』と言っただろうか?

 ………否、100%言わないだろう。

 正義感が強い行動だったと、感心して誉め称える光景が思い浮かんだ。

 ならば自分はどうだ?

 自分ではない他人が人助けすれば、その場に居た者全員が拍手喝采するような行為でも。

 スリザリン生の自分がすれば、一変する。

 蔑視し、罵声し、侮蔑し、厭悪し。

 そして最後は遠ざかっていく。

 イヤな物を見るような眼で距離を取りながら。

 

(私には居場所が無い………)

 

 これは、ホグワーツに入学してからずっと思っていたことだった。

 何処に行っても、このホグワーツには自分にとっての拠り所は無くて。

 だから、誰も居ない場所を独り探してそこで独り過ごすのだ。

 闇のように真っ黒な感情が胸の奥で燻り………ビリッとフィールの指先から微弱な光が迸った。

 

「わっ………!?」

 

 驚いたクシェルはフィールから離れる。

 慌ててフィールは左手で右指を握り込んだ。

 ドロドロした感情とグラグラした精神に苛まれ過ぎて、その不安定な心を反映するよう、魔力が勝手に漏れ出てしまったのだ。

 

「フィー、今のは………」

 

 が、フィールは苦痛に歪んだ顔を背け、

 

「………ごめん、クシェル。今は一人にさせてくれないか? 一人になって、頭を冷やしたい」

 

 と謝罪すると、逃げるように走り去った。

 長い廊下をフィールは何も考えずただひたすら駆け抜け………その途中、躓いて、派手に転んでしまった。

 転んだ衝撃でだて眼鏡が何処かへ吹っ飛ぶ。

 フィールは硬くて冷たい床に少し擦り剥いた手をついてゆっくりと起き上がり―――だて眼鏡を拾い上げる。青のそれを掛けようとしたが、すんでで止めた。

 

 ポーチに仕舞い、フィールは前を向く。

 少し離れた場所にバルコニーが在った。

 何かに誘われるように、フィールは足を一歩踏み出して歩みを進める。

 そうして、バルコニーに移動すると―――軽く身を乗り出して、下を見た。

 

 眼下には、大きな庭が広がっている。

 午後の授業が無いためか、人の姿は誰一人として見当たらない。

 生徒が不在なのを確認したフィールは、顔を上げて向こう側の吹き抜けの廊下を見る。

 此処から彼処まで辿り着くのは容易だ。

 何故ならば、魔法を用いればいいのだから。

 

「………………」

 

 自然と手摺を掴む手に力が入る。

 微かに震えていた手をパッと離し、後退するとヒップホルスターからスッと杖を抜き出した。

 緊張と不安で心臓が高鳴る。

 もし、魔法を上手く使えなかったら………自分は身体を地面に叩き付けられる。

 

 フィールは恐れを振り払うように、首を横に振った。

 大丈夫だ。自分なら出来る。そう信じよう。

 何度も自分自身に言い聞かせたフィールは一度深呼吸し………意を決すると、その場から弾け飛ぶように駆け出した。

 そして手摺を飛び越え、魔法を駆使しようと杖を振るう。

 が―――。

 

『なあ、お前………あの時、どうしてネビルを助けた? お前はスリザリン生だろ!?』

『煩い! 正義の味方ぶったスリザリン生め、もう二度と僕らに関わろうとするな!』

『グリフィンドールに所属する生徒を助けるような真似は、もう止めなさい』

『グリフィンドール生を助けるなんて、無意味な行為なのよ』

『君が居なければこれからの学校生活を有意義に過ごせたと思うよ』

『君はスリザリンの恥だ。君の存在は、スリザリンにとって害でしかない』

 

 精神的に落ち込む原因となったあらゆる言葉に頭も心も支配されたフィールは、安定した魔法を発揮出来ず………重力に従って、物凄い速さでまっ逆さまに落下した。

 しかも―――手の力が抜けて、アカシアの杖が滑り落ちてしまった。

 魔法を発動する寸前での最悪の事態。

 杖無しでも魔法を駆使する技能をフィールは習得しているが、今の彼女にはそれさえも満足に出来る状態ではない。

 

 結果、フィールは地面に叩き付けられた。

 

「痛ッ………」

 

 地面に激突したフィールは呻き声を上げる。

 そこそこ高度が高い所からの墜落だったが、フィールは普段から相当身体を鍛えているので、一般人よりは強靭な肉体をしている。

 なので、運良く骨折はしなかったが………無理に動かそうとすると鈍い痛みが全身を駆け抜けるので、しばらくは起き上がれそうにない。

 下手に動いて悪化させるよりは、痛みが引くまで大人しく待とうと、フィールは諦める。

 

「久し振りだな………こんなこと………」

 

 一瞬自嘲気味に乾いた笑みを浮かべたフィールであったが、その笑みは瞬く間に消え失せ、溜め込んでいたストレスを発散するように、重苦しいため息を一気に吐き出した。

 

「………私って、こんなにも弱かったんだな。たかが他人の誹謗に………窮地に立たされるくらい心が………ズタズタにされるなんて……………」

 

 譫言のように独り言を呟くフィール。

 いつの間にか、目尻に涙が溜まっていた。

 フィールがそれに気付いた時には、ゆっくりと頬を伝っていて。

 

「…………なんなんだよ………………」

 

 フィールは目元を左手の甲で覆い隠した。

 嗚咽を堪えようと、奥歯を強く噛み締める。

 

「皆して私を責め立てて…………私を悪者扱いして…………なんなんだよ………………」

 

 辛くて苦しくて………どうしたらいいのかが、全くわからない。

 感情に圧され、涙が込み上げてくる。

 我慢しようと思ったけど、出来なくて。

 止めどもなく溢れてくる。

 左手の下に隠された母親譲りの端正な顔は、涙でぐちゃぐちゃだった。




【年上世代】
同世代だけでなく、年上世代の原作キャラとオリキャラの絡みや関わりも書きたいのが私の本望で、今回はちょっと意外な組み合わせで登場。

【2学年年上のグリフィンドール女生徒】
1学年年上でハッフルパフ生のクリミアとは仲が良い他寮の先輩後輩という関係。

【原作キャラのルックス】
①原作通り
②映画版
③マイビジョン(簡単に言うと自分好みに設定)

とまあ、ざっくり纏めるとこんな感じ?
中々に多種多様なので、近い内に活動報告にて原作キャラのルックスを纏めておくべきですかね。
と言うか、結構黒髪や灰色眼って多いですよね。
映画では割りと黒髪や灰色眼、褐色眼がほとんどでしたが、まあ流石に全員が全員そうだったら作者も読者も飽きてくるし面白味に欠けるので、明度や濃淡、~系とかで違いを見出だしたり、③を実行したりします。

【多種多様で登場する屋外(屋内)スペース】
バルコニー、サンルームは既出。
ベランダ、テラス等は未出。
校内構造がバラエティー満載のホグワーツのことだ。屋外(屋内)スペース設置もバラエティー満載に違いないだろう。

【穴熊寮or鷲寮で迷ったクリミアの組分け】
実はクリミアの守護霊がレイブンクローのアニマルシンボルなのは、そういう理由でもあります。
ま、最初から大鷲の有体守護霊をオリキャラの誰かに持たせることは決定事項で、最終的に頭脳明晰なクリミアに確定したんですけどね。

【クリミアの前で本音をぶちまける二人】
この頃はまだ二人が義姉妹とは知りません。

【陰で陰口叩かれまくりなフィール】
しかもジャックとクラミーさえも悪く言われる。
これにはクリミアさんも激おこプンプン丸です。

【涙したクリミア】
作中でクリミアが泣いた描写は何気に初。

【ホグワーツでは居場所が無いフィール】
ハリー・ポッターと対比する部分の一つ。
自宅(ダーズリー家)では拠り所が無かったハリーにとってホグワーツは居場所ですが、フィールはその逆。
何処行っても多くのホグワーツ生からは嫌われ者として扱われているフィールには、居場所が何処にも無い。だからこそ、誰も居ない空き部屋とかバルコニーで学校生活の半分を過ごすのです(後に大半は必要の部屋になりますけどね)。

【魔力の漏電】
精神的な問題が原因。

【スランプに陥って地面激突したフィール】
前述でもありましたが、精神的に追い詰められていたフィールは安定した魔法を使えず、そのまま地面へ落下。
あれは流石のフィールでも痛い………。
そして心が傷付き過ぎたフィールも涙する。
流石にこればかりは誰でも泣いてしまう。


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#9.必要の部屋

早くもチート部屋発見の回。


 やや高めの階に在るバルコニーから向かい側の吹き抜けの廊下へ飛び移るのに失敗して地面に身体を思い切り叩き付けられたフィールは、その後校内に戻って若干足を引き摺るようにしながら、フラフラと無駄に長い廊下を歩いていた。

 一応は自力で起き上がれるくらい回復したが、それでもまだ全身はズキズキと痛む。

 俯きがちな顔には暗い翳が差しており、眼はついさっきまで泣いていたせいか、少し赤く腫れていた。

 

「あ………っ」

 

 よろけたフィールは肩から壁に激突した。

 鈍痛が残存していた全身に衝撃が走り、端正な顔を苦痛に歪める。

 気を抜いた瞬間、どっと倦怠感に見舞われ、身体が一気に重く感じ、壁に寄り掛かった。

 

「………ッ、はぁ………………」

 

 苦し気な息を吐き、自身の不甲斐無さを痛感してフィールは下唇を噛み締める。

 顔色は優れておらず、覇気が感じられない。

 ぐったりと硬い壁にもたれ掛かり、重い瞼をゆっくりと閉じる。

 こんな状態になるくらい、どうやら自分は精神的に相当追い詰められていたらしい。先程、思い通りに魔法を扱えなくて地面に墜落したのがその証拠だ。

 何もかも上手くいかないフィールは、今後の学校生活について心底苦悩した。入学してまだ1ヶ月も経っていないのに、大衆に目の敵にされて意気消沈していく。

 その時、自分自身の声が頭に響いた。

 

『確かに私はスリザリンに所属する生徒だ。スリザリン以外の寮とは無条件に決裂している立場に立っている。そんな私は、どんなに他人の為に頑張ったって誰からも誉められないし、これっぽっちも感謝されない。他人の為に自分を犠牲にしたって、結局は無意味に終わる』

 

 だけど、と。

 頭の中で反響する己の声は言葉を紡ぐ。

 

『たとえ、ホグワーツに在校する全ての生徒が自分の行為を「スリザリン生だから」の理由で全否定したとしても………妥協して信念に背反するようなヤツより、自分の気持ちに従って動いたヤツの方が、何億倍もカッコいいじゃないか』

 

 他人を見殺しにするのが正しいと、そう思うのが自分以外の人間なら。

 それが正しい選択だと言うなら………自分は間違えた選択でいい。憎まれ者で構わない。

 

 諭すようにそう語り掛ける、自分自身の声。

 以前のフィールだったら、ここで首を縦に振っていただろう。

 そうだ、それこそが自分だと。

 嫌われようが憎まれようが。

 正しい行為だと自分が信じるなら。

 自身はそれを最後まで貫き通すと。

 けれど―――

 

 ―――フィールは弛く首を横に振った。

 

「もうイヤだ………これ以上は限界だ………」

 

 それは、独りだけで抱えてきたフィールの弱音だった。

 皆から口々に責め立てられ、問答無用で悪者扱いされ………自分で自分を窮地に追い込んでまでそういう人達の為に必死に頑張る自身の行動に、疑問を持たずにはいられない。

 遂に精神の限界を迎えたフィールは、苦悩の末に固く決心する。

 

 ―――もう二度と………人助けはしない、と。

 

♦️

 

 夕食を食べ終えて地下牢に在る蛇寮に帰宅したスリザリンの男女は、友人同士でチェスやトランプに興じたりソファーに座って対談したり等、皆はそれぞれ自由時間を満喫していた。

 が、ある人物が談話室に姿を現すと、それまで賑やかだった空気が一瞬固まった。

 フィールが戻ってきたのだ。

 階上で此方を見下ろすフィールと視線が合った生徒は気まずそうに眼を逸らしたり、そっぽを向いたりする。フィールが階段を下りてくると、多数の人々………特にマルフォイは露骨に忌避し、次々に割り当てられた自室へと戻っていった。

 

「…………………………」

 

 フィールは談話室を見回す。

 残っているのはマーカスやジェマ、アリアなど―――数少ない、わだかまりなく接してくれる優しい人達だけだった。その中には、ルームメイトのクシェルも含まれている。

 

「………ホント、私って皆からの嫌われ者だな」

 

 ぎこちなく苦笑したフィールは、昼間の影響が若干残存している身体を休めようと、覚束無い足取りで部屋に行こうとしたが。

 

「待ちなさい、フィール」

 

 何故か、ジェマに呼び止められた。

 フィールは歩みを止め、振り返る。

 

「………なんだ?」

「貴女、どっか身体悪いの?」

 

 いきなり図星を突かれ、ギクッとする。

 フィールの微妙な反応に気付いたか気付いてないのかは不明だが、ジェマは続けた。

 

「何と無くだけど………今、足を引き摺りながら歩いてなかった?」

 

 ジェマの言葉に同感のマーカス達は頷く。

 クシェルは昼過ぎに起きた出来事もあってか、心配そうな表情を浮かべていた。

 しかし―――。

 

「―――別に何処も悪くないけど?」

 

 フィールは彼女らにバレるのを恐れるよう、どこか皮肉めいた感じで軽く肩を竦める。

 すると今度は、マーカスが声を掛けてきた。

 

「そういえば、ベルンカステル。既にベイカーから聞いてはいるだろうが………箒に乗る高い素質と才能を活かして、来年、スリザリンのクィディッチチームのシーカーにならないか?」

 

 息詰まるような重苦しい談話室の雰囲気を変えるのも兼ねてマーカスはそう勧め誘ったのだが、

 

「断る。そういう面倒な事はしたくない」

 

 冷たい声音でバッサリと拒否された。

 思わずマーカスは面食らったが………気を取り直してもう一度話し掛ける。

 

「だ、だが少しは考えてくれ。生まれつき素晴らしい能力を持っているんだ。それを存分に発揮出来るチャンスを自覚していながら逃すような真似は止してくれよ」

 

 だが、フィールは噛み合わない返事をした。

 

「―――今日はもう寝る。おやすみ」

 

 そして無表情のまま背を向け、歩き出した。

 その背中をじっと見つめる彼等は、やはりフィールは何処か身体が悪いのではと、口に出さずとも共通で心配の念を抱いた。

 

「………私も、もう寝ます」

 

 やがてクシェルは、先輩のマーカス達に会釈すると、フィールの後を追い掛けて談話室を後にした。

 後輩二人が居なくなった途端、妙な静けさが訪れる。

 永遠とも感じられる息苦しい沈黙が流れる中、先に静寂を切り裂いたのはジェマだった。

 

「………フィール、なんだか元気無かったわね」

 

 ジェマの呟きに、足元に眼を落としていたマーカスは「だよな………」と同意する。

 

「アイツ………また何かあったのか?」

「………そうかもしれないわね………」

 

 ジェマとマーカスは暗い顔を見合わせる。

 

「全く………寮内での団結力や結束は他の寮よりも高いのがスリザリンの特色だってのに、これじゃ、まるっきり面目が丸潰れだな。………ベルンカステルはきっとこう思ってるだろうな。『スリザリンに入らなければよかった』って」

「組分け帽子が決めたのか本人が決めたのかはわからないけど………どっちにしたって、あそこまで同じ寮に所属する人達からの忌避感を受けたら誰だってそう思うわよね」

 

 身内には優しい二人からすると、せっかくの新しい仲間―――もとい新しい家族が誕生したと言うのに、あんな残酷な扱いをする在校生や新入生に対し、不快感を募らせずにはいられない。

 

「まあ、私達がどうこう言ったところで、最終的にはフィールと他の皆が和解しなきゃ、結局はどうにもならないわ。今は、時間経過と共に成り行きを見守りましょ」

 

 アリアの正論に、二人は賛同の首肯を見せる。

 だが………ゴールに辿り着くまでのその道は、決して平坦ではないだろう。最悪の場合、互いに隔てる心の壁が消えないまま別れる可能性だって有り得る。

 でも、今は祈るしかない。

 隔意を捨て、少しずつでもいいから両者共に歩み寄るのを願うしか、今の自分達には出来ない。

 だから、祈る。

 いつか、同僚達がフィールを血の繋がりがない家族と認め、フィールも彼等を血の繋がりがない家族と認めて接してくれるのを。

 

♦️

 

 一方、部屋に戻ったクシェルはと言うと。

 早々に制服から寝間着に着替え、頭から毛布を被っているフィールを遠目から眺めていた。

 全身がすっぽり覆い隠されているので、フィールが寝ているか寝ていないかを判断するのは難しい。

 

「………フィー、もう寝たの?」

 

 静かに近寄ったクシェルはそっと問い掛ける。

 返答は無し。

 僅かな反応も見せなかったので、本当に寝てしまったのだろう。

 そうとわかれば、これ以上呼び掛ける必要も、無理矢理叩き起こす義理も無い。

 クシェルはポツリと言った。

 

「………おやすみ、フィー。いい夢を見てね」

 

 そうして、クシェルは寝間着に着替えて寝た。

 クシェルがベッドに潜り込んだのを気配で察知したフィールは、寝たフリを止めて毛布から顔を出す。

 同室のクシェルに背を向けているフィールは、母親譲りの端正な顔を歪めていた。

 

♦️

 

 あの決闘の夜から1週間が経った日。

 普段通りの賑やかな朝食時間帯にいつものようにフクロウが群れを成して大広間にやって来て、ホグワーツ生達は皆6羽の大コノハズクが咥えて運んできた細長い包みに気を引かれた。

 大コノハズクはハリーの真ん中に舞い降り、その大きな包みを彼の前に落とすと、6羽が飛び去るか飛び去らない内に、もう1羽が包みの上に手紙を落とした。

 ハリーは急いで手紙を開いて眼を通し………全文読み終えた頃には、傍から見ても認識するくらいの喜色満面に溢れた。

 

「………………」

 

 その様子を、スリザリンテーブルに居たフィールは遠くから見ていた。唖然としている同輩や先輩を横目に、フィールは教職員が座っている上座にサッと視線を走らせる。

 普段から厳格そうな顔付きのマクゴナガルが珍しく目元を和らげてハリーを見守っているのを見て、アレは副校長が彼にプレゼントした物だとフィールはすぐにわかった。

 包みのフォームと最近の出来事を照らし合わせたフィールは謎のプレゼントの中身を推知する。

 

(アレは恐らく………ニンバス2000だな)

 

 あのマクゴナガルが強引に規則をねじ曲げてまで最年少シーカーに抜擢したハリーに贈り物を渡すとすれば、最新鋭の箒・ニンバス2000くらいだろう。

 と言うか、逆にそれ以外に贈る物があるだろうか?

 ………否、無いだろう。

 少なくともフィールには思い付かない。

 一人の生徒の為だけにそんな高価な物を贈るのは流石に依怙贔屓し過ぎだなと、フィールは個人的にマクゴナガルに対し教師としてどうかと思う点を挙げて、やれやれと深いため息を吐いた。

 

「………ん?」

 

 ふと、何かの気配を感知したフィールは、ゆっくりと顔を上げて頭上を見回す。

 フィールは手紙を咥えたワシミミズクが此方に飛んで来るのを認め、蒼眼を細めた。

 

「………グリュックか」

 

 グリュック―――叔父のライアンが飼っているペットのフクロウだ。

 グリュックはスッと手を差し伸べたフィールの細い腕に止まり、羽を休める。フィールはグリュックから手紙を受け取り、念のため裏面をチェックした。

 差出人は飼い主のライアンからであった。

 黒字で書き記された差出人の名前を見て、フィールの顔は微かに曇る。

 封を切らないでそのままショルダーバッグに仕舞おうかと思ったが………披見するまでは飛び立たないぞという眼で睨んでくるグリュックに、フィールは「全く………誰に似たんだか」と渋々開封して、丁寧に折り畳まれた羊皮紙を開いた。

 

『フィールへ

 元気にしてるかい? ホグワーツに入学して3週間が過ぎたけど、友達は沢山出来たか? 出来てたらちょっとは安心するよ。

 そういえば、君はスリザリンに組分けされたんだな。クリミアからの手紙で知ったよ。僕は母親と同じスリザリン、セシリアは父親と同じグリフィンドールと予想したから、今回は僕の予想が当たったんだな。

 あ、でもハッフルパフも候補として挙がってたな。クリミアと同じ寮に行くってのも考えられたし。ま、万能タイプの君ならどの寮に入ったとしても上手くやっていけると僕は思うよ。

 努力家な君のことだから、とっくの昔に空き部屋でも使ってそっちでも魔法の練習をしてるだろうけど、無理は絶対するなよ。鍛練をするなとは言わないが、友達と過ごす時間も大事にするんだぞ。

                byライアン』

 

(友達なんて………そんなもの―――)

 

 ―――出来てる訳がないじゃないか。

 他寮からは憎まれ、同僚からは嫌われ。

 そんな自分に、『友達』なんてよくわからないものが作れるはずがないし、自分から作る気も殊更ない。 

 手紙を読み終えたフィールは、満足げに飛び去ったグリュックの姿が見えなくなるまで見届けた後、手紙を閉じて封筒の中に仕舞い、ショルダーバッグの奥底に突っ込むとまたまた重いため息を外に吐き出した。

 と、その時だ。

 いきなり、背中をバシッと叩かれた。

 フィールは痛みに顔をしかめる。

 

「朝っぱらからため息つくな、ベルンカステル。気持ちが重く沈むだけだぞ」

 

 ダイナミックなモーションで隣の席にドカッと座ったのは、マーカスだった。マーカスは肩越しから、ロンと共に大きな包みを抱えて大広間から飛び出していくハリーを一瞥後、フィールの方に顔を向ける。

 

「ポッター宛てのあの贈り物は何なんだろうな。ああいうスゴそうな物を貰うなんて、憎たらしいくらいポッターは皆からの人気者だよな、相変わらず」

「………そうだな」

 

 表面上はわからないフリをしているだけで本当はマーカスも薄々感付いているのだろうかと思いつつ、フィールは冷たいミルクを喉に通す。

 マーカスも同じくミルクを飲み干すと、

 

「ま、そんなもん今はどうでもいい。ところでベルンカステル。少しはあの件について再考してくれたか?」

 

 と、若干期待を込めた瞳でフィールに訊いた。

 あの件とは、「来年度新人シーカーにならないか」と言う意味だ。

 クシェルから飛行訓練の授業中に発生したアクシデントの詳細を聞いたマーカスは、是非ともフィールには我がチームの即戦力としてシーカーになって欲しいと、この頃彼は何度も彼女に懇願している。

 しかし、そんなマーカスの哀願を真っ向から撥ね付けるのを示して、フィールは首を横に振った。

 

「何度も同じことを言わせるな、マーカス。私はシーカーになるつもりはない。別の人材を見付けてくれ。私より上手いヤツなんて、才知に優れた者が多いスリザリンにはゴロゴロ居るだろ」

「そうは言うけどなあ………お前並みの桁外れた実力者なんて然う然う居ないぞ。天性の反射神経と身体能力を兼ね備えてるんだ。それを有効活用しなかったらお前はこの世で一番の贅沢者だぞ」

「有効活用する場合は他でもある。何もクィディッチのみってだけじゃないだろ」

 

 苦々しい顔で、そして刺々しい口調でフィールはキッパリと反論した。

 彼女にとって、シーカー勧誘の話題はあまりして欲しくない。あの飛行訓練の出来事を嫌でも思い返されるからだ。

 

「とにかく………私は来年度のクィディッチ選抜を受けるつもりはこれっぽっちもない。そういう話はマルフォイにでも振れ。アイツはライバルのハリー・ポッターが自分を踏み台にして栄光を掴み取ったことを悔しがっている。屈辱は倍返ししてやろうと、自尊心が高いアイツなら喜んでシーカーになるだろうよ」

 

 そう言ってフィールはガタッと立ち上がる。

 これ以上は鬱陶しくて仕方ないという面持ちのフィールにどうしても諦めきれないマーカスは何とかして頑固な後輩を説得しようとしつこく言ってくるが、その彼女は華麗にスルーして大広間を後にした。

 何故、周りはこんなにも煩わしいのだろうか。

 自分は平穏に過ごしたいのに………。

 本当にこれから先の学校生活大丈夫かと、フィールは先行く未来が不安過ぎて、黒い髪をグシャグシャと掻き乱した。

 

♦️

 

 その日の授業も終わり、フィールはホグワーツ最上階に在る、求める者の欲しい物が備わっている不思議な部屋『必要の部屋』をそろそろ見付けようと、現在彼女は8階で一人探索していた。

 クリミアによると、入り口はバカのバーナバスがトロールに棍棒で打たれている壁掛けの向かい側で、普段は何の変哲もない城壁だが、目的を心に強く思い浮かべながら3回往ったり来たりすることでピカピカに磨かれた扉が出現するらしい。

 かれこれ数十分間探し回ったフィールは、お目当ての石壁の前にようやく辿り着いた。

 

(確か3回往復するんだったんだよな………)

 

 周囲に生徒や教師が居ないのを入念に確認したフィールはクリミアに教わった通り、目的意識を強く念じながら3回往復する。

 

(魔法の鍛練が出来る部屋………魔法の鍛練が出来る部屋………魔法の鍛練が出来る部屋………)

 

 バッチリ3回往復したフィールは城壁と向き合う。そこには、つい先程まで無かったはずのピカピカなドアが顕現としていて、その存在を主張していた。

 扉を開けて、慎重に中に入る。

 広大無辺な部屋が、真っ先に眼に映った。

 視界に飛び込んできた広々空間に、これならば空き部屋と違って誰かがやって来る心配も、気を配る必要性も無くなると、フィールは安堵する。

 室内は果てしなく広い上に、図書室のように本棚が一定の間隔で並べられていて、その全てが戦闘関連の知識や情報、理論がぎっしり詰め込まれた参考書であった。

 此処に来て、フィールはフッと口角を上げる。

 今の今まで気持ちが暗く塞ぎ込んでいたためか尚更気分爽快になり、翳りが一切差していない晴れやかな笑みを浮かべていた。

 

「此処なら………誰にも邪魔されずに済む」

 

 今後は必要の部屋が居場所となるだろう。

 一般生徒にはあまり知られていない、この魅力的な隠し部屋が。

 フィールは、やっと自分が追い求めていたホグワーツでの身の拠り所を見付けた気がして、胸の中が歓喜で満ち溢れた。

 

♦️

 

 秘匿性の高い『必要の部屋』を発見しそこで魔法の鍛練をしてきたフィールは喜悦の顔だった。

 先週、心理的要因で魔法を上手く行使出来ずバルコニーから落下して地面に叩き付けられたのは記憶に新しい。なので久し振りに思い切り魔法を扱えて、フィールは満足感に浸っていた。

 

 上機嫌に長い廊下を歩行するフィール。

 でもそのウキウキ気分も、次の曲がり角に差し掛かった瞬間、何処かへ綺麗さっぱり消え去ってしまった。

 ライバルのハリー・ポッターが特例でニンバス2000を贈呈された腹いせとして、これまたマルフォイと取り巻き二人がネビルをいびっている光景を目撃したからだ。

 

 瞬く間に笑みが失せたフィールは立ち止まる。

 彼方からは死角となっているので、自分の存在は気付かれていない。

 フィールは本能的に同級生を虐める同輩を窘めに行こうとしたが―――もう二度と、自分で自分の首を絞めるようなバカな真似は止めると決めたのを思い出し、身体が硬直した。

 

 何をしている。早く止めに行け。

 ここで自分が行かなかったら、誰が止めに行くんだ。

 悪事を見て見ぬフリは、直接的でなくともイジメそのものだろ?

 

 何をしている。さっさと帰るぞ。

 放っとけ。虐められても「止めて」と言えないアイツが全面的に悪い。

 自分は何も関係無いし、イジメの矛先が移り変わられて後悔する羽目になるだけだろ?

 

 ジレンマに陥り、結論を出せない。

 足がこの場に縫い付けられたように、一歩も前に踏み出せなかった。

 二つの感情に揺れ動いていたフィールはやがて微かに震えていた足を何とか動かし―――踵を返した。

 

 人助けはもうやらない。

 そう………決めたんだ。

 なのに―――。

 まだ、心の何処かは今の決意を否定する。

 そんなのは間違っている―――と。

 心の片隅でそう叫ぶ感情が混在していた。

 でも、フィールは心が限界だった。

 無条件で自分を悪者にされるのが。

 理由も無しに他人に責められるのが………とにかく嫌で嫌で堪らなかった。

 

 俯きがちに歩いていたフィールは走り出す。

 そうすれば、自分を悩ませる苦しみを振り切れると信じているかのように。

 自分を咎める自身の意識から逃れるように。

 

♦️

 

 スリザリン寮・女子部屋一室。

 そこに、フィールは帰宅した。

 部屋に入ったフィールは椅子に座り、机に肘をついて頭を抱える。

 あの時………ネビルを助けようとしなかった自分を責める心が今も尚頭も胸も締め付けていた。

 

(どうすればいいんだよ………一体全体、何が本当に正しいんだよ…………)

 

 己で決意しそれに従っただけなのに、結局はこうして精神を苛まれ、フィールは悩み苦しんだ。

 と、その時。

 背後の方でガチャッとドアを開ける音がした。

 クシェルが帰ってきたのだ。

 

「………フィー?」

 

 クシェルはフィールを見て、首を傾げる。

 友人が苦悩している姿に、眼を見張った。

 驚きを孕んだクシェルの声が耳に入ったフィールは、振り返らずに言葉を発する。

 

「………ああ、クシェルか」

「珍しいね、フィーが此処に居るなんて」

「………そうだな」

 

 普段は不在がちなフィールが珍しく此処に居てクシェルは内心ビックリしつつ、直感的ではあるがフィールの心が重く沈んでいるのを感じ取る。

 

「あのさ、フィー」

 

 クシェルはそっとフィールに近寄り―――

 

「―――何かあった?」

 

 ―――後ろから、ギュッと優しく抱き締めた。

 

「………ッ」

 

 クシェルにバックハグされたフィールは、ハッと下に伏せていた顔を上げた。

 背中から全身に広がるクシェルの体温と顔の横から規則的な息遣いを感じる。

 ぬくもりに包まれたフィールは戸惑った。

 クシェルは更に両腕に力を込める。

 

「何があったのかは知らないけどさ………前々からフィーが凄く傷付いているのは、聞かなくてもちゃんとわかるよ。今日はどうしたの?」

「………………別に、何も、無い………」

 

 本音を隠し、その場しのぎの建前を言う。

 だけど、本当はわかっていた。

 この人には………嘘が通じないことくらい。

 虚偽の発言は簡単に見抜かれるくらい。

 フィールには、わかっていた。

 

「………………」

 

 鬱屈そうに、クシェルは翠眼を細める。

 何も無いと言う言葉とは裏腹に、本当は何かあったということはすぐにわかった。

 嘘をつくのがとことん下手だなと思いつつ、無理に聞き出そうとしても、フィールは素直に答えてくれないしむしろ逆効果なのを知っているクシェルは、敢えて詮索はしなかった。

 

「そっか。………ねえ、フィー。これだけは言わせて?」

 

 鼻腔を擽るさらさらちょっと癖毛の黒髪から漂う甘い香りに目元を和らげたクシェルは、フィールに微笑み掛けた。

 

「誰かが頑張ってる姿は、誰かがちゃんと見守っているよ。だから―――フィーが頑張ってる姿、私はちゃんと見てるからね」

 

 その言葉に、フィールは顔を歪める。

 この間のことを責めたりせず、それどころか、こんな風に励ましてくれて………胸の奥底で抑え込んでいる衝動に駆られたフィールは、奥歯をギリッと噛み締め、クシェルに泣いてすがりたくなったのを、グッと堪えた。




【苦悩の末の結論】
もう二度と人助けはやらない。

【グリュック】
ライアンのペットのフクロウ。
フィールにペット持たせてない代わりに他のオリキャラには持たせてます。
フィールには守護霊と言う名の頼もしいパートナーがいるので大丈夫でしょう。

【必要の部屋】
ハリポタナンバーワンチートルーム。

【ネビルを助けなかったフィール】
前回の比較となるシーン。

【誰かが頑張ってる姿は誰かがちゃんと見てる】
クシェルがフィールに言った言葉。
一度クシェルに言わせてみたかったんですよね、これ。


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#10.秘密の共有

夏苗みらや様、数々の誤字&脱字報告、ありがとうございました。


「時間だ。書き終えた者は机上に提出。終わらなかった者は次回までの課題とする」

 

 ある日のグリフィンドールとスリザリンの合同授業『魔法薬学』。

 スネイプの呼び掛けと終業のチャイムが地下牢の教室に響き渡ると、それまで重く張り詰めていた空気がどっと緩んだ。カリカリと教室内に静かに響いていた羽根ペンを走らせる音も、同時にパッと止む。

 今日習った授業内容を羊皮紙に全て記載し終えたフィールとハーマイオニーは机上に提出し、それ以外の生徒は丁寧に丸めて仕舞い込んだ。

 

「ベルンカステル、君は少し残りたまえ。他の者は速やかに退室しろ」

 

 教室を出ようとしたフィールは、何故かスネイプに呼び止められた。まだ残っていた生徒達は自分のことのように緊張した面持ちになり、思わず身体が固まる。が、スネイプから「早く出ろ」と無言の圧力を掛けられると、慌てて教室から飛び出すようにして居なくなった。

 二人きりになった途端、奇妙な静寂が訪れる。

 フィールは数歩歩いたところで、歩みを止めて土気色の顔をした寮監を見上げた。

 

「なんですか、スネイプ先生。私、何か悪いことでもしましたか?」

「いや、そうではない。我輩は君に言いたいことがあったのだ」

「言いたいこと?」

「そうだ。前々から君に言おうと思っていたのだが………単刀直入に言わせて貰おう。ベルンカステル、我輩は君に見込みがあると踏んでいる。君の魔法薬学の腕前は素晴らしい。他の者にはない能力があると言うのは、授業中の様子や取り組みを見てわかる。どうやら今年は近年にない逸材を発掘したみたいだ。そこで―――」

 

 スネイプはレンズ越しからこちらを見つめる懐かしい蒼の瞳を見据えながら、滅多に見せない穏やかな微笑みを浮かべる。

 

「どうだね? 我輩と共に特別授業を受け、一足先に上級生で習う魔法薬の調合法を学んでみないか?」

 

 予想だにしなかった意外なお誘いに、フィールは驚きを露にして眼を見張った。

 

「え………いいんですか? そんな、貴重な時間を設けて貰って」

「無論だ。君は有象無象のウスノロにはない、卓越した才能がある。そんな君ならば、更なる高みへ若くして上り詰められるだろう。君がそれを望むならば、我輩は全力でサポートしようではないか」

 

 フィールは考え込む。

 スネイプと共に特別授業………これは中々得られない超貴重な経験だ。

 既に1年から7年の実技や理論を完璧に会得し魔法薬関連の物事でも独自で正確な調合法を研究してきたが、スネイプほどの魔法薬学に秀でた教師から直接伝授して貰えるという、普通だったら100%の確率で不可能なスカウトを断れば、後に激しく後悔するだろう。

 あのスネイプが生徒に―――それも、今年入学したばかりの1年生に、特例として特別授業を行う時間を設けるくらいなのだ。

 それはイコール、スネイプは相当期待してくれているという意味だ。

 でなければ、こんなことは絶対有り得ない。

 これは、もしかしたらまだ自分が得てない、まだ自分は知らない、既存の知識とはまた別の新知識を手に入れられるビッグチャンスだ。

 その機会を自分から手放すなんてバカな真似はしたくない。故に出した返答は―――

 

「―――是非お願いします、スネイプ先生」

 

 ―――YESだ。

 スネイプは満足げに頷く。

 

「君ならそう答えると思っていた。ではベルンカステル、近頃に特別授業の初日を迎えるとしよう。生憎今夜は都合があって最後まで見てやれんからな」

「? 放課後ではなく、夜なんですか?」

「左様。夜間講義だ。なに、心配しなくていい。万が一見廻りの教師や監督生に見付かったとしても、我輩と共に魔法薬学の特別授業を行うと言えば問題なかろう。それに、帰りは君を寮まで送り届ける。ならば大丈夫だろう?」

 

 それを聞き、なら大丈夫と判断したフィールは「ありがとうございます」と頭を深く下げる。

 

「話は以上だ。今日はもう帰りたまえ」

「はい。では、失礼します」

 

 ドアの所まで歩き、出る前にもう一度軽く頭を下げると、フィールは教室を出ていった。

 教室の外にはもう誰も居ない。

 まあ、グリフィンドールの生徒はスリザリンを依怙贔屓するスネイプを―――特に彼から理不尽過ぎる扱いを受け続けるハリーはとことん嫌っているので、早く寮に帰って寛ぎたいと思うのは妥当だろう。

 フィールは地下牢教室と同じ階に在るスリザリン寮へは向かわず、8階の必要の部屋を目指してその場から歩き出した。

 

 数分後、フィールは最上階の目的地に到着し、いつも通り『魔法の鍛練が出来る部屋』と心の中で3回強く念じながら往復する。そして現れたピカピカのドアを開けて中に入った。

 必要の部屋を発見してからまだそんなに日は経っていないのに、すっかり見慣れてしまった内装にどこか満足感に浸りながら、フィールはショルダーバッグを訓練所の一角に設備された荷物置き場に置く。そうして、邪魔になるローブも脱いで、動きやすい格好になった。

 

 自主訓練する準備は整った。

 普段ならここで、ウォーミングアップ―――ゴーレム人形が発射してくる閃光を避けたり撃ち落としたりする―――を始めるところだが、今回はすぐには開始せず、フィールは本棚が立て掛けられている壁際に向かう。

 何百冊も整然と並べられている背表紙を見流ししていたフィールは、やがて目当ての本を発見して手に取った。

 

 それは、『空間移動』に関する一冊の本。

 高難易度魔法の『姿くらまし/姿現し』の使用方法が記載された、未成年者魔法使いからするととてもではないが、かなり難解な書籍だ。

 

(此処は『姿くらまし』『姿現し』が出来ない魔法が掛けられている。しかもそれを掛けたのがダンブルドア校長となれば、そう簡単に突破は出来ないよな………)

 

 ホグワーツは多種多様の魔法で覆われている。

 大広間の天井が外に広がる本物の空と同じようになる魔法や、マグルが近付くと廃墟に見える魔法(封鎖された門に『危険、入るべからず。危ない』と書かれた注意書きが下がっている)、許可無しに敷地を越えられない魔法、侵入者避け呪文等………。

 これ等は大して気にするようなものではない。

 問題なのは、『姿くらまし/姿現し』を無効化させる呪文が張られているせいで、ホグワーツ城の敷地内では使用が一切不可能なことについてだ(ただし、不死鳥・フォークスを用いての移動と校長のアルバス・ダンブルドアだけは特別に使える)。

 

 自由に瞬間移動(テレポート)が出来ないのは中々に大打撃で厄介である。

 このバラエティー満載で規模がデカ過ぎるホグワーツの校舎構造、移動手段が徒歩しかないのはちょっとどころか、滅茶苦茶不便だ。

 入学してまだ1ヶ月のフィールは、城内の仕組みや場所の全てを知り得てない。が、ある程度把握するようになれば、移動手段が1つから2つになる可能性があるのだ。

 

 それが『空間移動』―――途中の移動ルートをすっ飛ばし、自分自身を瞬間的に離れた場所に転移させる能力。

 だが、ハッキリ言ってこれは至難の技だ。

 誰でも容易に扱えるようなものではないとか、そういう先人との経験の幅や能力の差的な問題ではない。

 『姿くらまし/姿現し』とはまた違う、『今居る場所から遠く離れた場所に出現する魔法』を独自で編み出そうとしてるのだ。

 普通に考えれば不可能に近い………いや、不可能そのものだろう。

 

 しかし、今、フィールは挑んでいるのだ。

 不可能を可能にしようと、未知なる領域に。

 常識と言う名の監獄から逃れようとする、常人とは思考回路が異なる囚人のように、自身の目的を果たすためならばどこまでも追求する、まさにスリザリンの名に相応しい蛇のような執念と覚悟を決めていた。

 

(とは言うものの、流石にこれだけじゃ参照する材料が少ないよな………。ここはやっぱり、『姿くらまし/姿現し』に関連する様々な情報を収集するのが成功への近道か)

 

 そして『空間移動』の魔法が持つ特性への理解を深め、ただひたすら、がむしゃらに試行錯誤を重ねる。

 知識や情報をかき集めるのは重要性がある。

 情報量は多ければ多いほど、順応性や応用性、汎用性がその分利くようになるからだ。

 それに、現段階では活用しなくとも、他の場面で意外な形で活躍したりするパターンやケースは極めて高い。

 知らなくて困ることはあっても、知ってて損はないと言う意味だ。

 

(とは言え、何かあったか? 参考材料になりそうなヤツって………あ、そういえば―――)

 

 何かに思い至ったフィールは、パラパラとページを捲って速読していた本をパタンと閉じ、スカートのポケットから小さな四角い鏡を取り出す。

 一見すると普通の鏡だが、その実これは『両面鏡』と言う、所謂魔法界のテレビ電話だ。

 2つの鏡がペアになっていて、これを持っている者同士で通信が取れる高価な品物である。

 両面鏡を見ながら、フィールは呼び掛ける。

 数秒後、鏡の表面にクリミアの顔が映った。

 これを対で持っているのはクリミアなのだ。

 

『珍しいわね、貴女の方から連絡が来るなんて。どうかしたの?』

「ちょっとクリミアに訊きたいことがあるんだけど、いいか?」

『? ええ、構わないわよ?』

 

 フィールはクリミアに、ある施設の在処と入り方について質問し―――クリミアは丁寧に教えてくれた。

 

『―――以上よ。これで大丈夫かしら?』

「ああ、ありがとう。おかげで助かった」

『どういたしまして。それにしても、これまたなんで、そんな所に訪問しようと?』

「彼処で働いているらしい彼等に、一つ訊きたいことがあるんだ。じゃ、早速行ってみる」

 

 両面鏡をポケットに仕舞い、フィールは本を片手にローブとショルダーバッグを取りに行く。

 内側が緑色の黒いローブを羽織り、ショルダーバッグの奥底に本を突っ込む。一々元の位置に戻して此処に来る度に取りに向かうのは面倒だし、時間の無駄だ。

 参考書となるこれは、なるべく自分の手元に置いておきたい。

 完成したら、きちんと返却すればいいだろう。

 そう自己完結したフィールは必要の部屋周辺に人が不在なのを確認してから、慎重に外に出て、光の速さでその場を後にした。

 

♦️

 

 最上階から1階の玄関ホールにやって来たフィールは、大理石の階段の右側のドアから階段を下りて、明々と松明に照らされた広い石の廊下をコツコツとブーツの音を響かせながら、通り抜けていく。

 そして城壁に飾られた『巨大な果物皿の絵』の中の緑色の梨をくすぐった。すると梨はクスクス笑いながら身を捩り、程無くして、大きな緑色のドアの取っ手に変化する。

 

 フィールは取っ手を掴み、ゆっくりと開けた。

 そこには、真上に在る大広間と同じくらいの面積を誇るキッチンルームが広がっており、少なくとも約100人程は居るだろう沢山の屋敷しもべ妖精が、ホグワーツの紋章が入ったキッチンタオルをトーガ風に巻き付けた姿でせっせと働いていた。

 

 そう、此処は大広間の真下に位置する厨房だ。

 天井の高い部屋で、奥には大きなレンガの暖炉が設置されている。石壁の周りには、ピカピカと光沢を放つ真鍮の鍋やフライパンが、ズラリと山積みになっていた。

 部屋には4つの長テーブルが設置されており、料理はそこから天井を通じて、ちょうど真上に在る大広間のそれぞれの寮テーブルに移送されるのだ。

 

「これはこれはお嬢様、ホグワーツの厨房へよくぞいらっしゃいました。狭い所ですが、どうぞゆっくり寛いでください。温かい紅茶でもいかがですか?」

「今、お茶請けのお菓子をお持ちします」

 

 フィールの存在に気付いた、魔法界の大きな館や城に住み込み、特定の魔法使いを自身の『主人』として生涯その家族に労働奉仕を行う魔法生物―――屋敷しもべ妖精が、彼女の方を向いてお辞儀をし、寄って集って世話をしようとした。

 彼等は細く長い手足が特徴で、甲高いキーキー声を発する。外見は多少異なるが、ハゲ頭でコウモリのような長い耳を持ち、テニスボールのような大きな眼をしている点は共通している。

 

 他人(?)からおもてなしされるのに慣れていないフィールは、珍しくちょっと戸惑う。

 屋敷しもべ妖精がどういう魔法生物なのかは、知識として一応知ってはいたが………こうして現実味に突き付けられると、本当に人に仕えるのが好きなんだなと、どこか不思議な心境になりつつ用意してくれた椅子に腰掛ける。先程の言葉通り、寛げるようチェアにはクッションカバーが掛けられていた。

 

 フィールは屋敷しもべ妖精が淹れてくれた温かい紅茶とお茶請けのクッキーを喉に通し、久し振りに感じる穏やかな一時を過ごす。

 そうして一息つくと、まだ何かやるべきことはあるか、とこちらを見上げる健気な瞳を見下ろしながら、彼等に問い掛ける。

 

「私、屋敷しもべ妖精の貴方達に一つ頼みたいことがあるんだけど、いいか?」

「ええ、何なりとお申し付けください」

 

 彼等が頷くと、フィールは此処に来た用件を口にした。

 

「一応確認するが………屋敷しもべ妖精は、魔法使いが『姿くらまし/姿現し』出来ない場所でも使用可能で、それはホグワーツでも出来るんだよな?」

「はい。魔法使いと妖精では、本質的に魔法の種類が違いますので。………あの、お嬢様。大変失礼かとは思いますが、一つお伺いしてもよろしいでしょうか?」

「なんだ?」

「お嬢様は、何故そのようなことを私達にお聞きになられるのですか………?」

「ああ………実は今、新開発しようと考えてる魔法があるんだけど、それにはその魔法に関連するデータが必要でな。そこで、魔法使いとは本質的な種類が異なる魔法を扱う屋敷しもべ妖精の貴方達に直接教わって、参考材料を増やしたいんだ」

 

 その言葉に、屋敷しもべ妖精達は眼を見張る。

 まさかそんなことを頼まれるなんて、予想だにしなかったからだ。

 人から命令されるのは全然不思議じゃない。

 だが、指南を願われるのは―――。

 思考が追い付かず、暫しあんぐりと口を開けたまま唖然としてしまう屋敷しもべ妖精達。

 そんな彼等を目の当たりに、フィールは「ダメか………」と少し肩を落とす。

 

 すると、彼等は我に返ったようにハッとした。

 自分達に教わりたい、と言う『命令』を下された以上、それに従わなければならない。

 仕えるべき人からの命令に背くのは、屋敷しもべ妖精の名に泥を塗る行為そのものだ。

 思考が再起動した屋敷しもべ妖精達は慌てて、「も、申し訳ございません」と謝罪する。

 しかし、ふとあることを懸念した眼前の屋敷しもべ妖精が、恐る恐る口を開いて言った。

 

「ですがお嬢様、魔法使いと妖精では身体の造りが異なります。人間の身体で私達の魔法を使いこなすのは、とても………」

「それは言われなくてもわかってる。だけど、人間と妖精では具体的に何が相違するのか、その仕組みや原理に理解を深めてマイナスになることは無い。知識を吸収し蓄積するのはプラスになる」

 

 だから、と。

 フィールは強い瞳で、もう一度懇願する。

 

「私に貴方達の魔法を教えてくれないか?」

 

 曇り無き瞳で再びそう依頼したフィールの本気の言葉を受け―――屋敷しもべ妖精達は、今度こそ了承の首肯を見せた。

 

「貴女様が、それを望むなら」

 

 その後、屋敷しもべ妖精はフィールに人間と妖精の身体の構造の違いや、妖精独自の魔法についての詳細等を丁寧に教え―――知りたい情報を得られたフィールは満足げに微笑した。

 

「なるほどな………おかげでよくわかった。教えてくれて助かったよ。やっぱり、本人に直接話を聞くのはタメになるな」

 

 ところで、と―――そう前置きしてから、フィールは話題を変更する。

 

「此処の厨房って、いつでも来ていいのか?」

「勿論でございます! 是非ともまたいらしてください! 私達はいつでも大歓迎します!」

「そうか。なら、気が向いたらまた来るよ。あ、聞き忘れてたけど、此処って生徒が料理しても大丈夫なのか?」

「ええ、何も問題はございません!」

 

 調理しても大丈夫と聞き、フィールは「久々に今度御菓子でも作ろっかな」と思いながら、そういえばまだ名前を名乗っていなかったのを思い出し、今更ながら自己紹介する。

 フィールが名を名乗ると、次は屋敷しもべ妖精全員が甲高いキーキー声で順番に名前を教えてくれたのだが………これだけの数の屋敷しもべ妖精の名前と顔を完璧に覚えるには時間が掛かりそうだなと、ざっと見回して小さく嘆息した。

 唯一忘れないのは、今目の前に立っているマルクと言う男性の屋敷しもべ妖精だろう。

 

「それじゃ、私はそろそろ行く。………ああ、それと―――」

 

 フィールはフッと息を吐き、目元を和らげる。

 

「ありがとな。急にやって来たっていうのに、こんなにも手厚い対応をしてくれて。ホントに、久し振りに安らかな気持ちになれたよ」

「………! も、勿体無きお言葉であります!」

 

 フィールからの感謝の言葉を受け取った瞬間、マルク達は思わず歓喜の声を上げた。

 通常は屋敷しもべ妖精を奴隷同然に扱いそれを当たり前に思うのが魔法使いのほとんどで、労働奉仕を受ける側の人間からこうして礼を言われるのは滅多にない。

 感謝の言葉を貰った彼等は、驚きと喜びと畏れ多い気持ちに一瞬だけ忠誠心が塗り変わる。

 

「フィール・ベルンカステルお嬢様、今日は誠にありがとうございます。何かございましたら、いつでもお呼びください。貴女様の御命令とあれば、このマルク、たとえ何処に居ようとも馳せ参じる所存でございます」

 

 その言葉に、フィールは少し困った顔になる。

 いや、真心から本当にそう言ってくれたのは確かに嬉しいのだが………正式な『主人従者』という関係でないが故に、どう返答すればいいのかがわからない。

 マルクはホグワーツで働く屋敷しもべ妖精だ。

 『ホグワーツ』に仕えている彼が、一生徒の、それも今日出会ったばかりの自分なんかの為に仕事に大穴を開けるような行為は、決して許されることではないだろう。

 かといって、何か上手い断り方があるかと言えばそうでもなく………こちらを覗くマルクの強い眼差しを見ていると、せっかくの申し出を拒絶するのはなんだか申し訳なく感じてきて、「何かあったらな」とフィールは曖昧にしてお茶を濁す方向に持っていった。

 

♦️

 

 それから3日後。

 ショルダーバッグを肩に提げるフィールは、生徒が寝静まった夜中にひっそりと気配を殺しながら外出し、いつも魔法薬学の授業が行われる地下教室へと向かっていた。

 教室の前まで来たフィールは立ち止まり、慎重にドアを開ける。

 昼間と違って夜間と言うのもあるが、室内は深い暗闇に覆われていて、妙にシンとしてる静寂がより一層不気味であった。

 

「思ったより早く来たな」

 

 暗がりの中から、突然低い声が耳を打つ。

 フィールは本能的に杖を抜き出し、構えた。

 臨戦態勢のまま、ジリジリと近寄る。

 

「君が此処に来た目的は?」

「寮監のセブルス・スネイプ先生から魔法薬学の特別授業を受けるため」

 

 唐突の質問に、フィールはさらっと答える。

 すると―――パッとランプの灯りがつき、夜の闇を切り裂いた。

 フィールが来る前に準備を整えていたスネイプの顔が、ほのかな灯によって照らし出される。

 

「ちゃんと本物のベルンカステルらしいな」

「と言うか、私以外に今夜此処で夜間レッスンするのを知ってる人は居ませんよ? 何故、このような確認を取るのですか?」

 

 フィールの問いに、スネイプは漆黒の瞳をスッと細めて険しい顔付きになる。

 

「近頃、魔法界にて一躍話題沸騰となったニュースがあるのは、君も知っているだろう?」

「ニュース? ………ああ、そういえば、ありましたね。確か、何者かがホグワーツに次いで安全と評されているグリンゴッツに侵入したって事件ですよね」

 

 つい最近、7月31日にグリンゴッツ魔法銀行で発生した強盗事件のことを記載した『日刊預言者新聞』の中身を記憶の中から引っ張り出したフィールの呟きにスネイプは「そうだ」と小さく頷く。フィールは怪訝な顔になり、眉を顰めた。

 

「………まさか、その襲撃者がホグワーツに潜んでいるのですか?」

「現段階ではハッキリとした確証は持てんな。だが、あのセキュリティーが万全なグリンゴッツに強盗は侵入したのだ。そうとなれば、此処ホグワーツにも侵入されている可能性は極めて高い。警戒するのは当然だろう?」

「………そうですね」

「まあ、あまり神経質になり過ぎてもかえって参ってしまうだけだ。今夜くらいは忘れよう。……さて、では早速本題に入ろうではないか」

 

 スネイプは懐に杖を仕舞い、フィールもヒップホルスターに杖を仕舞ってショルダーバッグを机の上に置く。

 

「ベルンカステル。我輩がこれから君に教えようと考えているのは、本来であれば上級生が習う魔法薬の調合についてだ。生憎我輩はOWL(ふくろう)試験で成績が評価最高の『優・O(大いに等しい)』を取った極めて優秀な者にしか、NEWT(いもり)レベルの魔法薬学の授業を受講する資格はないと見なしている」

 

 ホグワーツの成績は点数ではなく、6段階評価で行われている。

 

『優:O(大いに等しい)』

『良:E(期待以上)』

『可:A(まあまあ)』

『不可:P(良くない)』

『落第:D(どん底)』

『トロール並み:T』

 

 以上の6つだ。

 Aまでが及第点、合格である。

 先程スネイプがNEWT(いもり)レベルの生徒しか受講する資格はない云々は、実は結構後に大きく関わっている。

 最上級生(7年生)は卒業前にホグワーツが授与する最高の資格テスト・NEWT(いもり)試験を受けるのだが、実はその前に5年生の時に実施されるOWL(ふくろう)試験と呼ばれる、将来的にも重要性が高くて6年生から受講する教科も決まる大事なテストがある。

 前述の通り、そのOWL試験で一定の成績を修めた生徒しか、6年生からのNEWTレベルの授業に進めない。しかもその成績の一定基準は各教科の各教師によって異なる。

 スネイプの場合は『優』を取った者のみ。

 つまり、最高点を取らなければならないのだ。

 

「結構厳しいんですね」

「左様。マクゴナガル先生辺りの教科は『良』さえ取れれば何も問題ないだろう。尤も、君みたいな優秀な生徒は全て『優』を取ると我輩は思うがね」

 

 遠回りな言い方で自分が受け持つ寮生を誉めつつ、スネイプは机の上に2冊の本を置く。

 1冊は割りと新しく、もう1冊は古びている。

 フィールは首を傾げながら、その2冊を手に取ってスネイプを見た。

 

「スネイプ先生、これは………?」

「その2冊は我輩の学生の頃、魔法薬学の授業が行われた教室の棚に置かれていた『上級魔法薬』―――NEWTレベルの教科書だ。2日前、久方ぶりにそこの教室内を探索していたら、ちょうどこの2冊を見付けてな。それぞれに記載されている中身を比較するにはピッタリだろうと思い、持ってきたのだ」

 

 フィールはパラパラと新しい方の本を捲り、次に古びた方の本のページを開く。

 そして10ページの所で手を止め、思わず眼を見張ってしまった。

 そこには、前の持ち主が書き加えたのだろうそのページに記されている魔法薬の調合法に関する指示書きが、滅茶苦茶施されていたのだ。

 余白が本文と同じくらい黒々としていて、材料の欄にまでメモを書き込んだり、活字を線で消したりしている。

 もしやと思い、他のページも捲ってみる。

 案の定、どのページにも明らかに人の手による調合法の走り書きがぎっしりと、ほぼ隙間無く書き込まれていて、中には呪文らしきワードも発見した。

 

「これはスゴいですね………」

 

 フィールは感嘆の声を漏らす。

 そういう彼女もこの本の所有者同様、数々の魔法薬の正確な調合方法を独自で編み出してはオリジナルスペルも多数開発しているので、十二分にファンタスティックだろう。

 だが、こうして自分じゃない誰かの驚異的な能力を現実味に突き付けられると、どこか悔しい気持ちになり、対抗心が燃えるのは仕方ない。

 フィールは裏表紙を見てみる。

 裏表紙の下に、小さくて若干読みにくい手書き文字が執筆されていた。

 それはこの本の中身の指示書きと同じ筆跡であり、こう書かれている。

 

『半純血のプリンス蔵書』

 

「半純血のプリンス………?」

 

 初めて聞く名前にフィールは眼を丸くする。

 恐らくは所有者の俗称なんだろうが、『半純血のプリンス』と言う名の魔法使いは初見だ。

 一体誰なんだろうと思い、裏表紙と教科書の筆跡を何度も見比べ―――ふと、フィールはこちらを見下ろす寮監に眼を向けた。

 

「………もしかして、スネイプ先生ですか? この『半純血のプリンス』の正体って―――」

 

 フィールの問い掛けにスネイプは、

 

「ほう………初見で正体を見抜くとは流石だな」

 

 と肯定した。

 フィールは「やっぱり」と、ボロボロの教科書がスネイプの物だと推測した理由を述べる。

 

「さっき、強盗がホグワーツに紛れてるんじゃないかと私に対しても警戒するくらい、慎重な性格で疑い深いスネイプ先生が、危険そうな品物を持ってくるはずがありませんからね。と言うか、この筆跡………よく見てみると、スネイプ先生のそれそのものでしたし」

「観察力に優れていて何よりだ。やはり君は将来が楽しみな人材だな」

 

 それからスネイプは魔法薬学に必要な調合鍋や秤等の道具類、魔法薬の材料を机上に並べる。道具も材料も通常より多めに用意されていた。

 

「今回は10ページに載せられている『生ける屍の水薬』を2冊それぞれのやり方で2回行って貰う。最初に普通の教科書、次に我輩の教科書の指示に従ってやってみろ」

「わかりました」

 

 いよいよ、夜の特別授業の開始だ。

 フィールはスネイプに見守られながら、表面上には出さず、でも張り切って、教科書を覗いた。

 

♦️

 

「出来ました、スネイプ先生」

 

 開始してから約1時間が経過する前に、フィールは作業していた手をピタッと止めた。

 既に机の一角には一番最初に作り終えた調合薬が入った大鍋が置かれており、その隣に今しがた作業終了した大鍋を滑らせる。

 スネイプは大鍋の中を覗いて比較し、満足そうな笑みを浮かべた。

 

「最下級生でこれを完璧に作ったか。大したものだ。どうやら我輩の眼に狂いはなかったらしい」

 

 スネイプの誉め言葉にフィールは微笑する。

 

「私はただ、指示通りにやっただけです。スネイプ先生のヤツは従来のやり方ではなく、また私が編み出したやり方とも違った点が複数あったので、こういうメソッドもあるんだなと勉強になりました」

 

 『上級魔法薬』と『半純血のプリンス蔵書』では相違点が幾つもあった。

 たとえば、催眠豆の切り方。

 『上級魔法薬』では至って普通に刻むと書かれているが、『半純血のプリンス蔵書』では「銀の小刀の平たい面で砕けば切るより多くの汁が出る」と別の指示が書き込まれている。

 それは実際やってみると本当で、銀のナイフの平たい面で豆を砕いてみると、こんな萎びた豆の何処にこれだけの汁があったのかと思うほど汁が分泌された。

 その他にも、薬が水のように澄んでくるまで時計回りと反時計回りに撹拌しなければならないのを、7回撹拌するごとに1回時計回りを加えなければならなかったりと―――如何にスネイプが魔法薬学に秀でているのかを再認識する特別授業であった。

 

「ベルンカステル、その製法は教科書にでも記述してるのかね?」

「え? あ、はい。教科書ごとに記述してます」

「それは今持参してるのか?」

「勿論です。ちゃんと全部暗記してますが、なるべくは肌身離さず所有してます」

「そうか………ベルンカステル。折り入って頼みがある。その教科書、我輩に一度見せてくれぬか?」

 

 スネイプからの御願いにフィールは少し考え込む表情になり………程無くして、ショルダーバッグから真新しいテキストブックを数冊取り出す。

 

「本来は他人に見せるつもりはありませんが、まあスネイプ先生なら大丈夫でしょう。貴方の教科書の閲覧許可を貰ったのに、その反対で私は閲覧禁止にするのは不公平ですし」

 

 スネイプは1冊1冊じっくりと書見する。

 フィール独特のスタイルを物覚えのいい脳みそに叩き込み―――数十分後、全てのページを読み終えたスネイプは「見事だ」と称賛した。

 

「なるほど、このような手もあったか………。その年齢でこれだけの流儀を見せ付けてくれた君には流石の我輩でも圧倒され続けている。初日にして君の実力はよく理解出来た。今後も気を抜かず日々励め」

 

 そしてスネイプは今日一番の笑みをフィールに見せ、

 

「スリザリンに50点だ」

 

 といつもの倍、得点を与えた。

 フィールは数秒間ポカーンとしたが………慌てて「ありがとうございます」と礼を言う。

 

「スネイプ先生、一つ御願いがあります。しばらくの間、貴方の教科書を貸して頂けませんか? どうせなら、じっくり時間を掛けて研究に没頭したいので」

 

 フィールの申し出に、スネイプは了承する。

 

「構わん。君ならばいくらでも貸してやろう。ただし、我輩が開発した呪文の中には闇の魔術に分類される危険な呪文も含まれている。くれぐれも不用意に乱用しないように。特に『セクタムセンプラ』は一般人に向かって使用するな」

「どんな呪文なんですか?」

「人に命中すると見えない刀で斬られたように、ざっくりと身体を切り裂くことが出来るほどの威力が込められた闇の呪文だ。切り裂かれるとそこから血が噴出する為、放置すればそのまま出血死に追い込むのも可能だ」

 

 それを聞き、「わかりました」とフィールはしっかり頷き―――杖を収納するケースとは反対側のベルトに装着したポーチから一冊のハンドブックを引き出し、スネイプに手渡す。

 

「これはなんだ?」

「私が開発した呪文や魔法をレコーディングしたマニュアルです。魔法薬の調合方法とオリジナルスペルの説明は別々にしてるので。タダで貴方の教科書を借りるのもなんか悪いですから、こんなのでよろしければ、私も貴方に貸します」

「ふむ………君の気持ちはよくわかったが、本当にいいのかね?」

「ギブアンドテイクは、良好な人間関係を築く基本中の基本ですから」

 

 フィールがそう言うと、スネイプは「わかった」と素直に受け取ることにする。

 

「ではベルンカステル。寮に送り届ける前に我輩が褒美としてハーブティーでも淹れよう。君は椅子に座ってなさい。長時間、休憩する間も無く立った状態のまま作業して疲れただろう」

「あ、はい………」

 

 スネイプに言われた通り、フィールは大人しく近くの椅子に腰掛ける。

 座った途端、疲労感がどっと押し寄せてきた。

 知らぬ間に気を張り過ぎていたらしい。

 フィールは「ふう………」と息をつき、チラッと手際よくハーブティーを作るスネイプの姿を見る。

 自分も人のことは言えないが、スネイプは基本的に無愛想で他人に無関心だ。

 なのに、こうして御茶を淹れてくれてる。

 人は見掛けによらないと言うが………その言葉通り、案外スネイプは近寄りがたい雰囲気を身に纏っているのとは裏腹に、本当はいい人なのかもしれない。

 

「出来たぞ」

 

 つらつらとそんなことを考えていたフィールのスネイプの声でハッと我に返る。

 

「どうした?」

「い、いえ、なんでもありません。………レモンバームですか? いい香りですね」

「よくわかったな」

「たまにハーブティーも作るので」

 

 レモンバームティーを淹れたコップを差し出され、フィールは受け取り、口をつける。スネイプも椅子に座り、自分の分のレモンバームティーを飲んだ。

 レモンの爽やかな香りが鼻腔をくすぐり、ほのかなレモンの味が口内で広がった。

 

「美味しいですね」

「気に入って貰えて何よりだ」

 

 それからは互いに無言のままレモンバームティーを喉に通し………一息ついたところで、フィールはふと、プリンスの本に眼を向ける。

 

「そういえば………スネイプ先生は半純血だったんですね」

「ああ、そうだ。………我輩の父親はマグルで、母親は純血だった。母親の旧姓が『プリンス』でな。だから我輩は『半純血のプリンス』と名乗っているのだ」

「へえ………そうなんですね」

「ところで、ベルンカステル」

「なんですか?」

「ホグワーツに入学して1ヶ月程が経つが………学校生活には慣れたかね?」

 

 その質問に、フィールは顔を曇らせる。

 挙動を停止し、俯きがちになった。

 学校生活に慣れたか否か、と訊かれ、フィールは考えを巡らせる。

 バラエティー満載でギミックだらけなこの構造にはまだまだ慣れない部分はあるが、その内慣れるようになるだろう。

 しかし、それとは違う意味に関しては―――。

 慣れたとは言えない。

 

「………まあ、大体は」

 

 だが、フィールは本音とは真逆の言葉を言う。

 けれど―――スネイプはそれが建前の言葉だとすぐに見抜き、別の質問を投げ掛ける。

 

「………君にもう一つ質問する。―――スリザリンに所属して、君はよかったと思うか? それとも後悔したか?」

 

 これも答えにくい………と言うか、胸に突き刺さるキツい質問だった。

 狡猾さや臨機応変の能力、野心を持つ者が多く集う蛇寮・スリザリン。

 純血主義やマグル差別に傾倒する等、『典型的』生徒が過半数を占める中、フィールは『例外的』なケースとしてスリザリンに組分けされた。

 しかし、その結果は………吉と出るか凶と出るかで言えば、後者と出てしまった。

 他寮との関係は絶望的な反面、家族意識や縄張り意識は強く、比較的寮内での結束は高い傾向にあるのがスリザリンなのに………フィールに対する意識は異端者そのものだ。

 談話室に現れただけで露骨に忌避された時を思い出し、フィールは暗い表情になる。

 

「………わかりません。今の私では、よく。ですが………時々、こう思います。もし、スリザリンじゃない別の寮に入ってたら、今とは全く違う環境に置かれていて、他人からの扱いも全く違ったのではないかなって」

 

 気付いた頃には、自然と口を開いていて。

 フィールはそのまま言葉を紡いだ。

 

「組分けの際、私、組分け帽子に言われました。『素質を考えればスリザリンそのものだが、性格はグリフィンドールそのものだ』『母親や祖母と同じスリザリンより、父親と同じグリフィンドールの方がベストだろう』と。だけど………正直な話、グリフィンドールへの印象はあまりよくありません。むしろ不愉快な印象が強いです」

「ほう? それはまた何故?」

「………グリフィンドールって、確かに勇猛果敢で騎士道精神を重視するヤツは多いけど、その反面、傲慢で思い込みや決め付けが激しいヤツも多いって、入学してから散々思い知らされました。勿論、全員が全員そうでないのはわかってます。ですが………どうしても、アイツらに対し嫌悪感を覚えずにはいられません」

 

 今まで溜め込んできたストレスを吐き出すように―――スネイプにこれまであった出来事や本音を打ち明けたフィールは、視線を足元に落とす。

 すると、スネイプが意外なことを言った。

 

「君の気持ち、少しはわかるつもりだ。我輩も学生時代はスリザリンでは珍しい混血であることや上級生よりも多くの闇の魔術を知っていたことでスリザリン生の間で異端児扱いされ、あるグリフィンドール生に対しては嫌悪と言う言葉すら生温いほどの憎しみの念を抱いた。その怨念は我輩にとって、永遠に晴らせないだろう。たとえそいつがこの世に居なくてもな」

「………………」

 

 顔を上げたフィールは僅かに眼を見張った。

 他人に心を見せないような心証が強いスネイプがそんなことを語るなんて、思ってもいなかったからだ。

 

「だが、我々はまだマシな方だ。何せ周りの人間共が何と言おうとも、決して傍から離れず最後まで味方で居てくれる者が居るのだ。そのような人間と巡り会えただけでも、我輩達は幸せだろう」

 

 だから、と。

 スネイプは黒い瞳でフィールを見据える。

 

「ベルンカステル。ベイカーにはもっと優しく接してやれ。いずれあの娘の存在は、君にとって心の拠り所になるだろう。ベイカーだけでない。君を心配してくれるフリントやファーレイの厚意、少しは受け入れてやれ」

「……………………善処はします」

 

 言って、フィールはハーブティーを飲み干す。

 飲み終えたフィールはスネイプに訊いた。

 

「………あの、スネイプ先生」

「なんだ?」

「………スネイプ先生は、自分にも味方が居た的な発言をしましたよね。その人って、一体誰なんですか?」

 

 スネイプは挙動がピタッと止まる。

 ―――その人って、一体誰なんですか?

 その問いに、ある女性の顔が脳裏を過った。

 闇で染め上げられたような黒い髪。神秘的な光を宿した―――紫の瞳。

 周りの人間が揃って疎む中、優しい微笑みを自分に向けてくれた………。

 

「―――話は変わるが、今日は眼鏡を掛けていなかったな。コンタクトでもつけてるのか?」

 

 我ながら話のはぐらかし方がメチャクチャ下手くそだなと痛感しつつ、スネイプはわざと話題を強引にねじ曲げた。

 

「え? あ、はい………。ちなみにアレはだて眼鏡で、視力は別に悪くないですよ。読書する時とかに魔法を施しただて眼鏡を掛けるようになってから、一々取り外すのもダルいと感じて普段からつけるようにしただけです。ま、気分次第でたまには外しますけどね」

 

 あからさまに質問をスルーされたのには流石に理解しているが、フィールは首を傾げつつ、素直に答える。

 

「アレはだて眼鏡だったのか。せっかく整った顔立ちをしてるのだ。常に外したらどうだ?」

「いや、先生。私、顔立ち整ってませんよ?」

「………………」

(ベルンカステル、完全に自分が美形だと自覚しておらんな………まあ、そこが基本無意識・無自覚のベルンカステルらしいと言うか、他人と違い高慢じゃなくていいと言うか………)

 

 スネイプは何とも言えない気分になり、内心苦笑いする。直後、腕時計を見てみた。

 もうすぐ針が11時を上回る。

 そろそろフィールを寮まで送り届けようと、スネイプはレモンバームティーを飲み干して、彼女を促した。

 フィールは頷き、教科書を仕舞う。

 その間にスネイプは魔法薬調合材料セット(魔法薬キット)を片付け………二人は地下教室を後にした。

 地下教室とスリザリン寮は同じ階なので、思ったよりも早く辿り着いた。

 

「ではベルンカステル。初日の特別授業はこれで終わりだ。次はいつになるかは未定だが、決まったら君に告げよう」

「はい。今日はありがとうございました」

「我輩も色々と勉強になった。礼を言おう。夜は冷える。早く部屋に戻り就寝しろ」

「お気遣い感謝します」

 

 フィールは一礼し、寮の合言葉を言って中に入ろうとした………が。

 

「待ちたまえ。君にうっかり言い忘れていたことがあった」

 

 と、スネイプに一度呼び止められた。

 フィールは振り返り、なんだろうかと全身に緊張感が走る。

 そんな彼女の肩に、スネイプは手を置いた。

 

「我々はスリザリン。本人の選択であれ組分け帽子の選択であれ、『スリザリン』と言う数々の輝かしい歴史を現代に渡って永遠に引き継がれてきた由緒正しい寮に組分けされたことに変わりはない―――」

 

 スネイプはグッと手に力を込め、静かに、でも重みを孕んで、フィールに伝えた。

 

「―――見せてやれ、君の底力を。周りからの罵詈雑言なんかに屈するな。君は君らしく、スリザリン寮生としての誇りを持って生きろ」

 

 フィールは呆然とスネイプを見上げる。

 こちらを強く見下ろす漆黒の双眸に目線を外せず、ただただじっと見つめ―――スネイプは肩から手を離すと、漆黒のローブを翻して、思考が再起動したフィールが慌てて呼び止めようとする前に、夜の闇の中に滲むように消えていった。




【スネイプとの特別授業】
マクゴナガルがハリーを最年少シーカーにさせたんだ。スネイプがフィールに上級生で習う内容を一足先に教えても問題ないだろう。

【空間移動:オリジナル】
『姿くらまし/姿現し』とはまた違う空間転移の魔法。
今回はまだ考察段階ですが、後にこの空間転移の技は本編で大活躍する予定。
詳細は後々どこかの#に載せます。

【屋敷しもべ妖精】
最初このハウスエルフをフィールに持たせると言う手もありましたが、よくよく思い返してみればホグワーツにわんさかいたなと、ああいう流れに。

【マルク】
100近く居る屋敷しもべ妖精の一人。
流石に全員に名前はつけられませんが、まあ一人か二人くらい作者がつけても問題ないでしょう。
実は物語当初からフィール(ベルンカステル家)に仕える屋敷しもべ妖精を持たせていたら最初につけようと思って長らく没になってた名前です。

【上級魔法薬と半純血のプリンス蔵書】
まさかのスネイプどっちも持ってきました。
これでフィール、スネイプが発明した呪文もマスターするので実質ハリポタシリーズで出てくる呪文をちゃっかりコンプリート。
安心してください。完璧に暗記したら6章までにどちらも戻しますよ。

【マニュアル(ハンドブック)】
アレにオリジナルスペルのオールが詰め込まれている。後々新たに発明したら、フィールは書き加えてます。

【ギブアンドテイク】
良好な人間関係を築く基本中の基本。

【レモンバームティー】
精神安定には最適なハーブティー。
落ち込んだ心を癒しリラックスさせてくれる効果がある。抗うつ作用があり、精神的に弱っている時の症状に効果的。

【スネイプとフィールの共通点】
学生時代の頃から闇の魔術に没頭、魔法薬学が得意、オリジナルスペルの発明、幼少時に閉心術習得、自分に素直じゃない、同僚からは異端児扱いされるetc.

【実はいい人スネイプ先生】
フィールに自分と同じ魔法薬学の才能を見出だして特別授業の時間を設けたり、フィールが精神的に不安定なのを察してさりげなく↑↑の効果があるレモンバームティーを淹れたりと、実はとても優しい人。

【スネイプの名言:誇りを持って生きろ】
スネイプに一度言わせてみたかった言葉。読者がこれを一つの名言と思ってくれたら嬉しい限りですね。


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#11.ビタースイート

とりあえず今回はほのぼの系と思えばOKです。

※9/16、一部修正。


 夜間の特別授業初日、スネイプから『半純血のプリンス蔵書』を借りたフィールは翌日から何かに取り憑かれたかのように、暇を見付けては延々と読み耽るようになった。

 魔法薬学に長けたスネイプが編み出した数々の正確な調合法のみならず、彼が開発したオリジナルスペルはどれも有効性があり、フィールは素直に尊敬の念を抱く。

 フィールは必要の部屋に籠り、ゴーレム人形などを実験台に用いて片っ端から呪文の効果を試してみた。

 

 盗聴予防に便利な『耳塞ぎ呪文:マフリアート』は、唱えると周囲に居る人間の耳に正体不明の雑音が聞こえるようになり、たとえ授業中であろうとも長時間私語が出来るようになる。他人に会話を盗み聞きされたくない状況にはまさにうってつけの呪文だろう。

 その他、舌を口蓋に貼り付けて話せなくなる呪い『舌縛り呪文:ラングロック』も使いどころによっては大活躍する呪文だ。何せ相手を否応なしに黙らせられるのだ。ギャーギャーと煩いヤツを静かにさせる時はこの呪文が役立つ。

 対象人物の踝を見えない力で吊り上げて強制的に宙に浮かせる『身体浮上呪文:レヴィコーパス』はメモの後ろに『(無)』とあったので、恐らくは無言呪文なのだろう。反対呪文は『身体自由呪文:リべラコーパス』だ。

 

 そして―――スネイプが「一般人に向かって使用するな」と釘を刺した闇の魔術に分類される『斬撃呪文:セクタムセンプラ』は、対象人物の身体をパックリと切り裂くことが出来る恐ろしい呪文だ。

 『切り裂く』と言う効果には2種類あり、呪文が命中した箇所が切り傷になる場合と、呪文が命中した身体の部位を切り離す場合がある。

 スネイプ曰く、これを掛けられた者は多少傷痕を残すこともあるが、すぐにハナハッカ(傷を治す薬草)を飲めば、それも避けられるらしい。あと、『歌うような呪文』が特徴的な癒術『ヴァルネラ・サネントゥール』は一応『セクタムセンプラ』の反対呪文であるみたいだ。

 

 フィールは『セクタムセンプラ』だけは本当に唱えるべき対象を間違えてはならないと、この魔術のように深く胸に刻むことにした。

 

♦️

 

 ある日の昼食時間。

 フィールはスリザリンのテーブルの隅っこに座りながら、肌身離さず持ち歩くようになったプリンスの教科書を熱心に閲読していた。

 目前には美味しそうな料理がズラリと皿の上に載せられて並べられているが、食事を摂るよりもフィールは読書に夢中になっている。

 他の生徒がランチをワイワイ楽しむ中、キラキラした瞳でリーディングを楽しむその姿は周囲からすると浮いた存在のようで、勉強嫌いな生徒は冷ややかな眼を送った。

 

 粗方目処がついたところでフィールは教科書をショルダーバッグの中に仕舞い、そろそろ食べようかと思った矢先―――視界の片隅に、クシェルが大広間にやって来るのが見えた。

 図書室に寄ったのか、ガリ勉タイプのハーマイオニー程ではないが、腕いっぱいに借りた本を抱えている。

 フィールの姿を認めると目元を和らげ、彼女の隣の席が空いてるのを見て、クシェルがそこを目指した、その時―――。

 昼食を食べ終えて大広間を出ていこうと、ふざけ合ってよそ見しながら走っていたグリフィンドールの男子グループが、クシェルに気が付かないまま彼女に思い切りぶつかった。

 

「うわっ………!?」

 

 クシェルは突然の衝撃にバランスを崩してしまい、持っていた本も宙に投げ出された。

 賑やかだった大広間の空気が一変する。

 皆、クシェルがこの先どうなるかが容易に想像出来て息を呑んだ。

 近くに座っていた生徒数人は唐突のアクシデントに反応が出遅れつつ、慌てて硬い床に身体を叩き付けられそうになるクシェルを助けようと一斉に長椅子から立ち上がるが………。

 その前に、まるで瞬間移動をしたのではないかと思うほどの驚異的なスピードで迅速に動いていた人物が居た。

 

 フィールである。

 フィールは咄嗟に片手でクシェルを抱き抱えると、もう片方の手で重力に従って落下する本の一冊をキャッチし、次々と器用に積み重ねた。

 今度はポカーン、と大広間は呆気に取られる。

 フィールの早業に何人かは眼を擦っていた。

 唖然するのと同時に皆―――主にクシェルファン―――はホッと胸を撫で下ろし、パチパチと拍手を送る。何故か教師陣も微笑んで上品に、あのスネイプすらもフッと微かに口角を上げて、手を叩いていた。

 

「ふぅ………間一髪だな。大丈夫か?」

「う、うん………平気」

(わあっ………ヤバい、凄くいい匂いがする)

 

 いつもより圧倒的に距離が近いためか、抱いた瞬間に一瞬だけ吹いた風に乗って漂う黒髪の甘い香りだけでなく、制服と身体にも染みた甘い香りが鼻腔をくすぐる。

 必然的に身体をピッタリ密着させてるので、自分と彼女の制服越しからの体温が混ざり合った。

 本来ならばクシェルがフィールにくっつくのが定番だが、今回はフィールの方からだ。クールな彼女がこんなことをするのは珍しいので、受けに慣れてないクシェルは緊張してしまう。

 

 思わずクシェルはフィールの顔を凝視した。

 普段から青色のだて眼鏡を掛けているので、残念ながら素顔は隠されている。が、間近で観察してみると、端正な顔立ちをしているのがよくわかる。

 雪のように真っ白な肌に、コントラストになる漆黒の黒髪。

 見る者に『狼』を思わせるほどの結構鋭い目付きだが、でも大きな眼をしていて………闇と氷を帯びたような蒼瞳に、クシェルは目線を外せないでいた。

 

「………なに変な顔してんだよ」

 

 さっきから自分の顔を見つめるルームメイトにフィールは怪訝な表情を浮かべた。クシェルはフィールの声でハッと我に返り、途端に頬を膨らませる。

 

「へ、変な顔ってなにさ!」

「そのまんまの意味だ」

「むぅ………フィーのイジワル」

「言ってろ。おい、こんな所にいつまでも突っ立てないで、さっさと昼食食べるぞ」

 

 言って、フィールは支えていた手を離す。

 

「え………あ、うん」

 

 フィールの手が離れてしまい、本当はまだもう少し抱かれていたかったのに、とクシェルは名残惜しそうな面持ちになる。

 フィールからこうして抱いてくれるなんて、今後は滅多に無いだろう。そう思うと、少しばかり欲が出てしまうのは仕方ない。

 

「なんだ、そのまるで『もっと抱かれてたい』って言いたげな顔は」

「なっ………べ、別に」

 

 図星を突かれたクシェルはほんのり紅潮する。

 すると、フィールが眼を細めてこう言った。

 

「そうか。………あんまりそういう顔すんなっての。可愛い顔が台無しになるだろうが」

 

 先程までクシェルを抱き抱えていた手で、クシャクシャと元気よくピョンピョンはねた茶髪を雑に撫でたフィールに、クシェルはビックリして翠眼を大きく見開かせた。

 ―――目の前に居るのは本当にあのフィールなんだろうか?

 そう疑問に感じたのは、何も本人だけでない。

 一部始終を傍観していた生徒全員が心の中で、四六時中フレンドリーに接してくれるクシェルに対し無言で相槌打つような、無口無表情で無愛想な性格の持ち主のフィールとは思えないと、かなり稀な現象で異口同音した。

 

♦️

 

 教職員達が座る上座の長テーブル。

 そこで大広間の出入口で発生した一連の出来事を、スネイプは遠目から見守っていた。

 

 午前中の授業を終え、消費したエネルギーを補給すべく昼食を摂りに全寮生がゾロゾロと大広間にやって来て、各自寮別のテーブルにて大皿に盛り付けられた料理を取り皿に分けて口に運んだ。

 ワイワイと賑わうランチタイムのホール。

 しかし、そんな賑やかさとは無縁の世界で、テーブルの端で古ぼけた教科書とにらめっこする一人の女生徒が居た。

 

 自分が受け持つスリザリン寮生、フィールだ。

 フィールは食事よりも読書に専念してる。

 読んでいるのは『半純血のプリンス蔵書』。

 先日、夜間に設けた魔法薬学特別授業中に彼女に貸した学生時代の頃に愛用していた教科書だ。

 お気に入りの生徒の一人であるフィールが勉強熱心なのは確かに喜ばしいのだが………せめて食事の時間くらい、同級生の一人や二人とお喋りしながら交流を深めればいいのにと、自分とは共通点が多いフィールを何かと気に掛けているスネイプは、少しばかりそう思った。

 

(………まあ、必要以上に人と関わりたくはないベルンカステルの気持ちは、わからなくもないがな。とは言え、我輩の想像以上にあの娘は孤立気味だな………)

 

 フィールの左隣は誰も座っておらず、空席だ。

 と言うか、そもそも彼女が腰掛けている長椅子に一人も居なければ、誰も見向きもしない。

 これでは露骨にフィールを忌避してると受け止めても無理はないだろう。

 唯一の頼みの綱は、やはりクシェルの存在か。

 スネイプが思うに、今は冷たくあしらってもめげずに話し掛けてくるクシェルに対し煩わしさを感じても、いずれはそれがフィールにとっては当たり前のことになると………否、なって欲しいと願っていた。

 

 他人とのコミュニケーションは一線置いているフィールからすると、何度も何度もアプローチを繰り返すクシェルに疑問や謎を抱いてしまうのは仕方ないかもしれない。

 けれど、ちょっとくらいはクシェルの前でもポーカーフェイスを崩して欲しいし、もっと彼女の魅力を感じて欲しい。

 そう―――彼女にはかつての自分のように。

 孤独の世界で生きてきた中で、救いの手を差し伸べてくれた人の存在を大切にして貰いたい。

 

(全く………何故、親子なのにこうも所感が違うのだ? 見た目は母親の生き写しなのにな)

 

 学生時代、スリザリン内でも異端児扱いされてきた環境で最後まで味方でいてくれた―――フィールの母・クラミー。

 スネイプの知るかつての先輩とその忘れ形見の娘は、姿形はほとんど見分けがつかないほどそっくりなのだが、性格と瞳はまるで別人で、血の繋がった母子関係だと言うのが到底信じられないほど大きく異なるのだ。

 

 スネイプが驚いてしまうのも当然である。

 そんなことをつらつらと考えていたら、クシェルが大広間にやって来るのが遠くから見えた。

 来る前に図書室に寄ったのだろう、本を数冊胸に抱えており、フィールを認めると瞬間的に顔をパアッと輝かせた。

 

 本を抱える姿はなんだかハーマイオニー・グレンジャーみたいだなと、ガリ勉タイプの彼女と照らし合わせた、次の瞬間。

 グリフィンドール男子生徒のグループがよそ見をしながら走るが視界の片隅に入り、あっ、と思った時には、クシェルにドンッとぶつかった。

 

(あの馬鹿共! よそ見などするな!)

 

 若干腰を浮かしたスネイプは内心で怒鳴り、ぶつかった連中がクシェルに謝りもしないまま、知らんぷりして走り去ったのにも苛立ち、青筋を立てる。

 クシェルがグリフィンドール生にぶつかられた光景を見た時、あの憎き男―――ジェームズ・ポッターの忌々しい顔が脳裏を過った。

 昔………自分もあの男に同じことをされた。

 何もしてないのに、普通に廊下を歩いていた自分にわざとぶつかり………謝罪の一つもせず、ただニヤリと、蔑みの感情を帯びたハシバミ色の瞳で振り返って―――。

 

 懐から杖を抜き出そうとしたスネイプは過去の記憶に身体が一瞬硬直し………首を振ってイメージを打ち消した時には、バランスを崩したクシェルが既に転び掛けていて、同時に彼女が持っていた本も空中高く舞い上がっていた。

 近くに居た生徒数人が慌てて立ち上がるが、反応があまりにも遅すぎる。

 

 ダメだ、間に合わない―――!

 

 誰もがそう思った、次の瞬間。

 まるでこうなることを予測していたかのような無駄の無い動作で一気に距離を詰めた一人の生徒が、危うく倒れそうになったクシェルを咄嗟に抱き抱え、もう片方の手で落下していく本を1冊も欠かすことなく、全てキャッチしてみせた。

 

 その生徒―――フィール・ベルンカステルの『光速』もとい『高速』移動に、大広間からは一切の音が消え失せる。

 が、直後、凍り付いた空気がどっと緩み、フィールの活躍に皆が惜しみ無く拍手を送った。

 座り直したスネイプも安堵の息を吐き―――よくやったと、心でフィールを誉め称える。

 

(………クラミーとフィールは容姿以外、似ている要素は無いと考えていたが―――)

 

 どうやらそれは自分の思い込みだったらしい。

 クシェルの頭をクシャクシャと雑に撫でたフィールに多少は安心感を得たスネイプは微かに口角を上げ、上品に手を叩いた。

 

♦️

 

 放課後―――。

 いつもなら外出禁止の時間帯ギリギリまで寮には帰ってこないフィールが、今日は珍しくスリザリンの談話室に現れてざわざわとざわめきの波紋が広がった。

 フィールを毛嫌いする生徒は嫌な顔をするが、当の本人はポーカーフェイスを維持したままだ。

 何を考えているのかよくわからない無表情で階段を下りていき、ソファーに腰掛けて、ショルダーバッグからある物を取り出した。

 

「フィー、それ何?」

 

 隣に座ったクシェルが首を傾げながら訊く。

 視線の先には透明なプチ袋に入った何かだ。

 フィールは小さなそれを手に取る。

 

「クッキーだ。久々に御菓子でも作りたいなって思って、焼いたんだ」

「え、ってことは、もしかして手作り?」

「ああ、まあな。食べるか?」

「食べたい!」

 

 瞬時に大きく頷いたクシェルにフィールはクッキーを入れた袋を一袋手渡す。

 ワクワクと、クシェルは早速クッキーを一口。

 

「美味しい!」

 

 ビターチョコがトッピングされたチョコチップクッキー。

 口どけの良いサクサク感とほろ苦さが絶妙で、クシェルは気に入った。

 

「フィー、スゴいね。こんなに美味しい御菓子を作れるなんて、素直に尊敬するよ」

「そうか」

 

 フィールはいつも通り、素っ気なく答えたが。

 嬉しい感想を聞いて喜んでいるのが、気付くか気付かないかの微妙な差で目元を和らげたのでわかり、クシェルはちょっと嬉しくなった。

 

「そんなに上手いなら、俺にも食わせてくれよ。まだクッキー余ってるか? ベルンカステル」

 

 不意に頭上から声が振り下ろされ、ニコニコしてたクシェルはビクッとする。気配で察してたのか、フィールは然程驚いてはなかった。

 二人が座るソファーの背もたれに肘をついて登場したのはマーカスだ。マーカスは若干期待が込められた瞳で見下ろしている。

 

「数に関しては問題無い。大量に作ったから、むしろ有り余ってるんだ。食べたかったら好きなだけ食べれ」

「よっしゃ、じゃあ遠慮無く貰うぞ」

 

 フィールからプチ袋を受け取ったマーカスは豪快にクッキーをパクっと口の中に放り込み、バリボリと齧った途端、パアッと明るい笑顔でフィールを見た。

 

「うまっ! これ、マジで作ったのか? 11歳とは思えない出来栄えだな!」

 

 それから、離れた場所に居るスリザリン・クィディッチチームのメンバーの方を見て、

 

「お前らも食べろよ。スゲー上手いぞ!」

 

 と大声で呼び掛けた。

 キャプテンからの呼び出しに彼等は近寄り、テーブルの上に並べられたクッキーの袋を一つ手にする。

 一口クッキーを食べた彼等は眼を見張った。

 

「本当だ………スゲー上手いな」

「見た目もいいけど、味もしっかりしてるな」

 

 齧った部分を凝視しながら、各々感想を呟く。

 マーカスの言葉に興味を惹かれたジェマとアリアも「一つ貰うわね」と断りを入れてから、クッキーをパクっと食べた。

 

「フィール、とても美味しいわ」

「ええ。よかったら今度また作ってちょうだい」

 

 ジェマとアリアも誉めてくれ、フィールは「気が向いたらな」と自分も1個咀嚼する。

 瞬く間に盛況になった談話室の一角。

 その中心人物を面白くなさそうな顔で遠巻きから見ていたマルフォイは、これ以上気分が悪くなる前に取り巻き二人を連れて男子部屋へと帰っていく。彼に釣られるよう突っ立っていた生徒達はゾロゾロと姿を消した。

 同級生の女子二人、パグ犬顔のパンジー・パーキンソンと図体がデカいミリセント・ブルストロードは今にも反吐が出そうな面持ちで、姿が消えるまでずっとフィールを睨んでいた。

 彼女らもマルフォイ同様、フィールを激しく嫌っている。その彼女が大勢に囲まれていて、不快を覚えたのだろう。

 フィールは軽く肩を竦め―――スッとソファーから立ち上がった。

 

「私、夕食時間までブラブラと散歩してくる」

 

 クッキーの袋を一つ手に取ったフィールは階段を上がり、寮を出て1階にやって来ると、ゆっくりとしたペースで歩行した。

 何処に行くかは考えず、ボーッとしながら無駄に長い回廊を散歩し………少しして、袋を開けたフィールは自分も食べるかと、クッキーを口に入れる。

 

「ん………我ながら良い出来栄えだな」

 

 そう呟いたフィールの脳裏に、先程「美味しい」と言ってくれたクシェル達の笑顔が浮かび上がる。

 あの時の笑みを見て、単なる気紛れだったとは言えクッキー作ったのは良かったなと、フィールは微かに口角を上げ―――

 

「………たまにはアイツらと一緒に居て話したりするか」

 

 と、気分が変わったフィールは、踵を返し元来た道を戻って行った。




【プリンス蔵書に夢中になるフィール】
未知なる領域に足を踏み入れたがる知的好奇心は流石主人公と言うか、なんと言うか。ハリーとのシンクロ率が高いのも頷ける!?

【光速移動ならぬ高速移動】
肉体は華奢ですが力は割りとあります。
あ、でもマーカスやオリバーみたいにガッチリ筋肉質を誇る年上の男の力には敵いませんね。

【スネイプ】
学生時代救世主であったクラミーとその娘のフィール、見た目は似てるのに性格違いすぎてビックリ。

【女子力高い本作主人公】
御菓子作りだけでなく料理も出来る。
自宅では基本的にクリミアが作りますが、時々フィールも作ります。と言うか、クリミアがホグワーツ在学で不在中の間は実質一人暮らしなので、家事全般得意です。


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#12.ハロウィーン

 時は流れ、10月31日。

 ホグワーツに来て初のハロウィーンを迎えた。

 夜は盛大にパーティーをするのだろう、朝からパンプキンを焼く美味しそうな匂いが城中の廊下に漂ってきて、皆は早く夜にならないかと待ち遠しそうな笑顔を浮かべていた。

 

 グリフィンドールと合同の『妖精の魔法』の授業を終えたフィールは放課後、夜のハロウィーンパーティーになるまで先月発見した8階にある『必要の部屋』へ行って課題消化と魔法修練でもしようかと、そんなことをつらつらと考えていたら、急に背中をバンッと叩かれ、振り返るよりも前に叩いた人物は隣に並んだ。

 

「またアンタか」

「驚いた?」

「いや、別に」

「ノリが悪いなぁ、フィーは」

 

 肩を竦めながら笑うクシェルを見て、フィールは長い睫毛に縁取られた蒼い瞳を伏せる。

 この2ヶ月間をよく思い返してみると、どんな時でも自分の隣には必ずクシェルが居た。

 無人の所で一人になって頭を冷やしたい自分の意思を尊重してくれたのか、時には敢えて距離感を取ってくれた時もあったが………。

 それでもクシェルは、冷たい態度であろうとぶっきらぼうな口調であろうと、次に話し掛けてくる際には全く気にした様子もなく、相変わらずといった感じで普通に接してきた。

 

(全く………)

 

 クシェルの笑った顔を見ていると、何故だかそれを壊すことに徐々に躊躇いを感じてきた自分にフィールは自嘲気味になった。

 

 その時だ。

 ドンッ、とフィールとクシェルにぶつかり、二人の間から、栗色髪の少女が俯きがちに急いで追い越していく背中が、眼に飛び込んできた。

 その少女は泣いているのか、微かに泣き声が二人の耳に入る。肩越しにチラリと後ろを見ると、少し離れた場所にハリーとロンの二人が立っていた。

 

「………ねえ、さっき私達にぶつかったの、グレンジャーじゃない?」

 

 クシェルは小声でフィールに耳打ちする。

 眼を細めていたフィールは小さく頷いた。

 

「………そうだな」

「さっき、チラッと見えたけど………グレンジャー、泣いてたよね? 何かあったのかな?」

「大方、ウィーズリーになんか言われたか、陰口を偶然聞いたんだろうな。ま、出しゃばりで鼻持ちならないグレンジャーのあの性格を考えれば、仕方ないって言えば仕方ないけど」

「………フィーって、冷たいんだね」

 

 クシェルは何処かへ行ったハーマイオニーの後を追い掛けようとしたが、フィールに腕をパシッと掴まれて止められた。

 

「止めておけ。今日はハロウィーンだし、パーティーの時間になれば自ずと出てくるだろ」

「でも………」

 

 遠回りでほっとけと言ってるものだと目じくらを立てるクシェルに、フィールはため息混じりにこう言った。

 

「グレンジャーが何処かに行ったってことは、公衆の面前で泣き顔を晒したくないからだろ。それなら、気持ちが落ち着くまで、今はそっとしておいた方がいいんじゃないのか?」

 

 フィールからの意外な言葉に、クシェルは驚いたような顔をする。

 そして柔らかく微笑んだ。

 やっぱり、何だかんだ言ってもフィールは根は優しい人間だ。

 ただ、その然り気無い気遣いや遠回りな優しさが周囲に上手く伝わらないだけなのだと、クシェルはそう思った。

 

「前言撤回。やっぱりフィーは優しいね」

「別に私は優しくない。思ったことを口にしただけだ」

 

 膨れっ面になったフィールはプイッと逸らし、ショルダーバッグを掛け直す。

 そんな天邪鬼な友人の仕草に、クシェルはニッコリと笑みを溢した。

 

♦️

 

 夜のハロウィーンパーティー。

 大広間はいつもと飾り付けがガラリと変わってハロウィーン仕様に施され、数多のジャック・オー・ランタンが照らされている。生徒達はそれぞれのテーブルの皿に載せられたカボチャ料理に瞳をキラキラ輝かせ、ご馳走に食らい付いた。

 クシェルも豪華なカボチャ料理を前に顔を輝かせたが、フィールは美味しそうなご馳走を前にしても表情を変えることなく淡々と椅子に座り、黙々と食べ始める。

 

「フィー、グレンジャー、居ないね………」

 

 然り気無くグリフィンドールのテーブルに視線を走らせたクシェルは、午後の授業に出てこなかったハーマイオニーが今も尚姿が見えないのを確認して、心配そうに呟く。ハリーとロンはハーマイオニーが不在なのに気が付いていないのか、夢中でカボチャ料理にがっついていた。

 

「ああ、さっき、グリフィンドールの誰かが言ってたのを耳にしたんだけど、どうやらグレンジャーは地下室のトイレで泣いてるみたいだ」

「………そっか」

 

 せっかくのハロウィーンなのに、そんな場所で一人泣いてるなんてことがクシェルは悲しくなり―――気分を変えようとカボチャジュースを喉に流し込んだが、やるせない気持ちは渦巻くばかりで。

 

(………もう、こうなったら―――)

「フィー、私、ちょっと大広間出ていくね。ご馳走の確保、任せたよ」

「は? ちょっ―――」

 

 フィールが言い切る前にクシェルはガタッと席を立ち、駆け足で大広間を出ていった。

 

♦️

 

 クシェル・ベイカーはスリザリン生でありながらも正義感が強く、困っている人がいたらほっとけないタイプだ。

 それ故に、フィールからの情報を頼りに地下室のトイレへと向かっていた。廊下は暗く、杖先に灯りを灯しながら進んでいき―――女子トイレの扉を開けた。

 人通りが少ないこの場所で独り泣いていた『誰か』は此処に人が来たことで、嗚咽を堪えようとしたのか、隠しきれていない泣き声が更にか細く、小さくなる。

 クシェルは一番奥に居るとわかったら、その個室の扉前まで歩き、

 

「早く行かないと、食べ損ねるよ?」

 

 と、人物確認も兼ねてそっと声を掛けると、

 

「! ………誰?」

 

 涙で震えた小さな声が返ってきた。

 その声の主は間違いなくハーマイオニー・グレンジャーだった。

 相手の警戒を解くように、出来るだけ穏やかな声音でクシェルは扉越しに名乗った。

 

「クシェル。クシェル・ベイカー」

「…………ああ、あのベルンカステルとよく一緒に居る………」

「なんで此処に居るの?」

 

 クシェルがそう尋ねると、

 

「ほっといて! 貴女も悪夢みたいなヤツだと思ってるでしょ!?」

 

 と、ハーマイオニーは大声で叫んだ。

 が、クシェルは怯まず、更に問い掛ける。

 

「誰かにそう言われたの?」

 

 すると、ハーマイオニーは口を噤んだ。

 

「…………………」

 

 クシェルはハーマイオニーが口を開くのを待ってみたが、黙ったままで。

 しかし、その沈黙は肯定しているようなものだった。

 

「無言は肯定とみなすよ。多分だけど、ウィーズリーに陰口言われたんでしょ?」

 

 ハア、とクシェルは深くため息をつく。

 ハーマイオニー・グレンジャーは規則重視系の優等生だ。今年魔法に触れたばかりのマグル生まれでありながら才知に優れ、昔から英才教育を受けていたら、今頃は物凄い魔女として大注目を浴びただろう。しかし、それ故に彼女はなんでも自分が上だと主張する傾向がある。

 だからこそ、クシェルは一つアドバイスした。

 

「貴女さ、少しは誰かの意見を聞いたりしないとダメじゃない。自分の意見ばっかり一方的に押し付けたって、結局は何にも解決しないよ。今回のことだってそうじゃないの?」

 

 第三者のクシェルに指摘されたハーマイオニーはハッとし―――何かを考えるように、しばし沈思黙考。

 そして数分後、ハーマイオニーは自ら扉を開けた。眼は真っ赤に充血しているから、相当な時間此処に居たのだろう。

 

「………眼真っ赤だよ。今日はちゃんと冷やして寝てね」

「わかったわ………その、ありがとう」

「どういたしまして」

 

 クシェルが淡く笑むと、

 

「あの………一つ訊いてもいいかしら?」

 

 と、今度はハーマイオニーが質問してきた。

 

「なに?」

「………貴女はなんで、ベルンカステルと一緒に居るの?」

「え?」

 

 予想外の質問にクシェルはパチクリする。

 ハーマイオニーは構わず続けた。

 

「だって………ベルンカステル、いっつも貴女に冷たい態度を取るじゃない。なのに、なんで話し掛けられるの?」

「………まあ、確かに皆からすればそう思うかもしれないけど、ああ見えても本当は―――」

 

 クシェルの言葉をまるで遮るように。

 突如異臭がし、そちらを見てみると、そこには約4m程の人型をした、人ならざる生物が棍棒を手に此方まで近付いてくるのが見えた。

 

「あ、あれって―――」

「トロール!? なんで………!?」

 

 その生物―――トロールは、獲物を見つけたと言わんばかりの歓喜の声を上げた。

 袋のネズミ状態のクシェルとハーマイオニーはどうにかして逃げようにも、恐怖で身体が思い通りに動けない。

 仮に動けたとしても、無意味だっただろう。

 何故ならば、自分達は外部から完全に閉じ込められてしまったからだ。

 トロールの後方にある扉が何故か閉まっているのが見え、もう助からないという絶望心に飲まれた二人は壁に背中がつくと、ズルズルと座り込んで逃げる意思を沈ませてしまった。

 

 トロールは緩慢な動作で棍棒を振り上げる。

 ハーマイオニーは最後の抵抗とばかりに外まで響く悲鳴を上げ、クシェルはそんな彼女を護るように上から覆い被さる。

 どうせ死ぬくらいなら、せめて同級生を死守しようと、いつもの勝ち気で明るい瞳を涙で濡らしながら死を覚悟した―――はず、なのに。

 

(あぁ………私、死ぬのかな………)

 

 その決意は、儚く散り、粉々に砕けていく。

 

「フィー………」

 

 クシェルは細い声で、黒髪の少女の名を呟いた。

 いつも冷たくて、無表情で、何を考えてるのかわからなくて―――だけど、優しいところもちゃんとある、親友のフィール。

 

「―――助けて………」

 

 無意識からなのか、それとも意識からなのか。

 それさえもわからず、その親友に助けを求めるように呟いた一言。

 まさに、トロールが少女の助けを木っ端微塵にしようと、大きな棍棒を振り下ろそうとした、その時―――

 

 

 

 ―――閉塞されていた扉が派手な音と共に破壊され………細かな破片を撒き散らしながら、誰かが、凛とした佇まいで姿を現した。

 

 

 

♦️

 

 

 

 ハロウィーンパーティー真っ盛りで賑やかな大広間で、スリザリンテーブルにフィールは一人浮かない顔をし、腕組みしながら、目前の料理を見るとはなしに眺めていた。

 いつもの騒がしい時間ではなく、一人だけの静かな時間―――そうでもないが―――が流れていて、それは有り難いのはずなのだが………。

 普段、呆れるほど自分の隣に来ては、自身が決して浮かべることのない、満面の笑みで話し掛けてくるクシェルが居なくて、何か食べようにも料理に全く手をつけずにいる。

 

 恐らくだが、クシェルは誰も居ない場所で独り涙しているハーマイオニーを連れ出そうと、地下室のトイレに行ったのかもしれない。誰かが困っていたら助けるような性格だから、きっとそうだろう。

 毎回思うことなのだが、クシェルは何故スリザリンに所属しているのか疑問である。

 スリザリンの理念である狡猾さ等はまるでないし、他の寮でこそ、クシェルは誰よりも輝いたかもしれないのに。まあ、スリザリンでも十分過ぎるくらい輝いているし、どちらかと言えば、孤立しているスリザリン寮に所属する生徒で他寮からの人気があるなら、どの寮でも変わらないと思うが………。

 

 フィールがそんなことをつらつらと考えていたら、閉ざされていた大広間の扉が、バンッ! と開かれ、反射的にそちらを見た。

 大広間に居た生徒達は突然の音にビクッとし、慌ただしく走っている人物を見ると、闇の魔術に対する防衛術担当のクィリナス・クィレルであった。

 何故かは知らないが、恐怖と焦燥で顔を引きつらせ、ターバンは歪み―――校長の前まで来ると、テーブルにもたれ掛かり、過呼吸を起こすんじゃないかというくらいに喘ぎながら拙い言葉で告げた。

 

「トロールが………地下室に! お、お知らせしなくてはと思って―――」

 

 直後、クィレルは糸が切れた操り人形のようにバタリと音を立ててその場に倒れた。

 クィレルが言った言葉の意味がわかった瞬間、大広間は大パニックに陥った。皆はトロールの恐怖に怯え、喚く者も居れば、隣に居た友達と抱き合って泣いたり、ガタガタ震えたり、叫んだりする人も居た。

 フィールは「いつもトロールのことを馬鹿にするのにいざ実物が間近に存在したら喚くとか、コイツらってよくわかんない………」と取り乱すどころか、むしろ呆れて何も言えず、冷静さを一切欠かさない。

 大混乱になった大広間に、ダンブルドアが杖先から紫色の爆竹を何度か爆発させる。やっとのことで、大広間はシンと静まり返った。

 

「監督生よ、すぐさま自分の寮の生徒を引率して寮に戻りなさい」

 

 その言葉に、各寮の監督生達が動き出す。

 スリザリンの監督生も例外ではなく、寮生を纏めて早々に移動を始めようとするが。

 

「おい、ちょっと待て」

 

 何故だか引き留めようとする声が、自然とスリザリン生全員の耳に入った。

 声がした方向に皆は一斉に振り向く。

 そして総員が「え?」と眼を丸くした。

 意外や意外、あのフィールだったからだ。

 

「どうしたの、フィール」

 

 ジェマは首を傾げながら訊く。

 

「今、私達は寮に戻らない方がいいと思うぞ」

 

 腕を組ながら、フィールは迷うこと無くキッパリと言い放った。

 その爆弾発言に、スリザリン一同は信じられないという面持ちになる。

 

「お、おい、ベルンカステル! 正気か!? さっき、クィレルが言ってただろ!? トロールが居るって!」

 

 マルフォイが眼を剥きながら問い詰める。

 他の生徒も非難めいた眼差しを送った。

 そんな彼等へ、フィールは静かに言う。

 

「ああ、そうだな。トロールが居る。だからこそだろ」

「は? お前、何が言いたいん―――」

「―――お前ら、ちゃんとクィレルの話を聞いてたか? 先生は()()()トロールが居ると言ってたか、よく思い出してみろ」

 

 何処に―――。

 そこでようやく、スリザリン生はフィールが言いたいことを理解し、ハッと息を呑む。

 そうだった………トロールは地下室に、スリザリン寮が在る階に居るんだった!

 フィールの意味不明だった発言の意味を突き止めたスリザリン生は、途端に周章狼狽した。

 またもや取り乱した同僚にフィールはため息を吐きつつ、彼等より幾分かは落ち着きを保っている監督生に眼を向ける。

 

「監督生。そういう訳だから、事件が解決するまで私達は下手に動かない方が賢明だと思うぞ。それはスリザリン寮と同じ地下室に寮があるハッフルパフ生もそうだ。ひとまずは此処で待機するよう彼等にも呼び掛けた方がいいんじゃないか?」

「そ、そうね………スリザリン生全員に指示します! 寮には向かわず、大広間で大人しく待つように! いつでも戻れるよう、集団からは決して離れないでちょうだい!」

 

 いち早く、ジェマはスリザリン一団に向かって声を張り上げる。

 続け様に男子監督生も寮生に呼び掛け、約二名程がハッフルパフの監督生に話をしに行く。普段は不仲だが、この非常時、そんなものは関係無いと見切りをつけてるらしい。

 どうやらそれは彼方側も同じみたいで、今回ばかりはいつもの対立関係を持ち出していがみ合ってる場合ではないと、スリザリンからの伝達内容に賛同し、一時待機を寮生達に命じた。

 これで一件落着―――と誰もが思ったが。

 

「そういえば………まさかとは思うけど、不在の生徒は居ないわよね?」

 

 どこか希望的観測を孕んだジェマの呟き。

 その呟きは、フィールにある事実を急速に思い出させた。

 ちょっと待て………現在大広間に不在中のクシェルは確か―――

 

「マズい………!」

「え?」

 

 フィールは今すぐ大広間を飛び出したい衝動を必死に抑え、早口でジェマに伝えた。

 

「地下室にクシェルが居る! クシェルはトロールが彷徨いていることを知らない!」

「そ、それは本当なの!?」

「ああ、もし、トロールと遭遇したら危険だ」

 

 今、この瞬間にも―――クシェルの身に危険が迫っている!

 

「私はクシェルを探しに行く。探すのと同時にまずは私が様子を見てくるから、ジェマは他の監督生と一緒に大広間に待機して、事態の悪化を防いでくれ。クシェルを見付けたら、彼女を連れて此処に必ず戻って来る」

 

 ジェマが頷いたかどうかはわからないが、それをチェックする間もなく、フィールは走り出し、全速力で地下室に向かった。

 

「ちょっ、待ちなさい!」

 

 思考が追い付いたジェマは慌ててフィールを追い掛けようとしたが、

 

「待て、ジェマ!」

 

 マーカスが肩に手を置いてきた。

 

「監督生のお前が居なくなれば、下級生はまたパニック状態になるぞ!」

「それじゃ何!? 後輩が危険を冒して様子見に行ったのに、先輩の私達はただ黙って待ってろって言うの!?」

「ベルンカステルを信じろ! アイツはトロールが現れたと聞いても尚、年上の俺達よりずっと落ち着いていただろ! それに、ベルンカステルはベイカーを見付けたらすぐに戻って来ると言ってた! だったら問題は無いだろ!」

「大有りよ! 探索中に万が一トロールと遭遇したらどうするの!? フィールはクシェルと同じ1年生よ! 勝てる訳がないじゃない!」

 

 意見が食い違う二人は舌戦を繰り広げる。

 他の監督生がマーカスとジェマの間に割り込もうとしたが、

 

「落ち着きなさい、二人共」

 

 一足先にアリアが口論を中断させた。

 二人はハッとし、肩を上下させる。

 

「ジェマ、マーカスの言う通り、今はフィールがクシェルを連れて帰ってくるのを信じましょ。フィールだってバカじゃないわ。ヤバい相手に無謀に挑むなんて真似はしないわよ。だけど状況的にはかなりマズいわ。先生にこの事を知らせるくらいはした方がいいわね」

 

 喧嘩勃発を起こさぬよう、アリアは二人の意見をバランスよく取り入れてそう提案する。

 アリアの説得力が効いたのか、二人は大きく頷くと、迅速に教師に伝達しに駆け出した。

 

「ふぅ………」

 

 アリアはやれやれと一息つく。

 とりあえずは沈静化し、安堵の顔だ。

 チラリ、とハッフルパフ一団を見てみる。

 集団の中で一際目立つ、水色髪紫眼の女子生徒―――クリミア・メモリアルは、何かを耐える表情でホールの出入口を見つめていた。

 真っ正面に向き合ったアリアは、クリミア同様切実に強く祈る。

 

 ―――どうか無事に帰ってきて………と。

 

♦️

 

 薄暗い地下1階の廊下を少女は駆けていた。

 陰口叩かれて地下のトイレで泣いている同級生をパーティーに連れ出そうとした、明るく活発的なルームメイトを助ける為に。

 これが危険極まりないことはわかっている。

 だけど―――。

 クシェルを………自分のことを『友達』と言い曇りない笑顔を向けてくる、謎過ぎてよくわからない、でも心の何処かで手放したくないと想うあの少女を失うことに比べたら。

 そんなもの、どうってことない。

 自分の命でさえ、惜しまなかった。

 どうしてそう思うのかは自身でもわからない。

 これまで、クシェルにさえも打ち明けず、無口無表情の裏側で密かに心に誓っていた「もう二度と人助けはしない」と言う決心に胸が締め付けられつつも、悪事を見掛けても見て見ぬフリをする学校生活を繰り返してきたが………。

 

『誰かが頑張ってる姿は、誰かがちゃんと見守っているよ。だから―――フィーが頑張ってる姿、私はちゃんと見てるからね』

 

 苦悩していた自分に、クシェルが後ろから抱き締めて励ましてくれたあの言葉。

 その言葉に感銘を受けたフィールは、心の何処かで別の決意を新たにしていた。

 

 これからはクシェルを大切にしよう、と。

 

 もうじき地下の女子トイレまで辿り着くという距離まで来たフィールは、真紅と黄金のレジメンタルのネクタイを締めた少年二人―――ハリーとロンが、女子トイレの扉の鍵を閉めている光景をバッチリ捉えた。

 

「やった! トロールを閉じ込めたぞ!」

 

 どうやらこの馬鹿共は、あろうことか人が居る場所にトロールを閉じ込めたらしい。いつもなら大声を出さないフィールでも、思わず眼を剥いて叫んだ。

 

「おい、何してるんだ!」

「え………フィール? なんで此処に―――」

「中には人が―――」

 

 居るんだぞ! と言い切る前に―――聞き覚えのある少女の悲鳴が、鍵を閉めた女子トイレから発せられ、こっちまで大きく響いてきた。

 しかし、その声はハーマイオニーのみ。

 クシェルも居るはずならば、何故………!?

 最悪な想像が脳裏を過り、フィールは学校のドアをぶっ壊すことに対して何の躊躇いも迷いもなく、

 

「下がってろ!」

 

 『身体強化魔法(スキル)』を発動。

 右脚に『強力』を帯びたフィールは、回し蹴りでハリーとロンが鍵を閉めた扉をド派手にぶっ壊し、勢いそのままに突入した。

 そして、彼女が見たものは―――約4m程の巨体を誇るトロールが、壁際まで追い詰められた二人の少女に向かって棍棒を振り下ろそうとしていた光景だった。

 

プロテゴ(護れ)!」

 

 フィールはすぐに『盾の呪文』を発動。

 クシェルとハーマイオニーの前に半透明の防壁が出現し―――トロールが振り下ろした巨大な棍棒を弾いた。

 クシェルは扉が破壊された際に撒き散らす破片と煙で誰なのかすぐにわからなかったが、その人物が自分が助けを求めた親友であるとわかると、思わず泣き叫んだ。

 

「フィ、フィー………!」

「………なんとか、間に合ったか」

 

 フィールは粉砕した扉の残骸を飛び越える。

 ハリーとロンの男子二人は、実物のトロールを前にして恐怖で身を震わせた。

 しかし、フィールは恐れない。

 彼女は青のだて眼鏡を外し、放り投げる。

 そして―――レンズ越しからではない、蒼の双眸が、ゆっくりとこちらに振り返ったトロールを鋭く縛り付けた。

 

私の友人(クシェル)に怪我を負わせるような真似は許しがたい罪だぞ、トロール」

 

 恐ろしいくらいの、低音で威光が孕んだ声と放たれる濃厚な殺気。

 それは、知能が低いトロールでも、たじろぐには十分過ぎる威力を発揮した。

 が、それをはね除けようとしたのか、先程のハーマイオニーの絶叫を上回る獣のような雄叫びを上げ、暗闇の中で鋭く光る蒼い眼で真っ直ぐ射抜く少女を威嚇する。

 だが、彼女は全く臆しない。

 それどころか、軽蔑に近い眼差しで、

 

「お前の威嚇は、たかがそんなものなのか?」

 

 見下すような口調で、トロールを貶した。

 馬鹿は馬鹿でも、悪口には敏感なのか、トロールはズンズンと重い足を少女の元まで緩慢な足取りで運び、棍棒を振り上げようとしたが。

 

エクスペリアームス(武器よ去れ)!」

 

 素早く、フィールは『武装解除呪文』をトロールの手元に叩き込んだ。

 トロールが手にしていた棍棒が、放物線を描いて宙を舞う。

 唯一の武器である棍棒を何処かへ飛ばされたトロールは混乱するが、それを尻目に横を通り抜けたフィールは「フィニート(終われ)」と『解除呪文(短縮形)』を唱え、バリアを消滅させると壁に背中をつけて座り込み、涙ぐんでいるクシェルの前に来て膝をついた。

 

「ごめん、遅れて。もう大丈夫だ」

 

 フィールの優しげな笑みと力強い言葉。

 それは、死を覚悟していたクシェルにとって、何よりの心の救いだった。

 と、その瞬間―――彼女の背後からこれまでにないほどの咆哮が響き渡り、この場を支配した。

 クシェルはフィールの背後に居るトロールが目の前の友人を始末しようとする光景が見え、息を呑む。

 戦闘中に背を見せたフィールへ、これは潰すチャンスだと思ったのだろう。棍棒は無くともトロールには桁外れの『腕力』という武器が残っている。トロールは屈辱を倍にして返そうと図太く頑丈な腕を振りかぶった………が。

 

ステューピファイ・マキシマ(完全麻痺せよ)

 

 フィールは振り返らずに杖を後方に向け、壁に映る巨大な影を一目見ただけで、背中越しから『最大限(マキシマ)』で強化させたポピュラーな呪文―――『失神・麻痺呪文』をトロールの顔面目掛けて撃った。

 まるで真っ正面から撃ったというほど、正確に紅い閃光はトロールの顔に直撃し………無様にも惨敗。大きな身体が後ろへ傾き、ズドンッ、という鈍い物音だけが閑静な場に響いた。

 

インカーセラス(縛れ)

 

 最後に縄を何重も出し、気絶したトロールの巨体をキツく縛り上げ、スッと立ち上がる。

 

「殺傷は流石にマズいから控えてやる。だけど、お前がしたことは許さないからな」

 

 冷めた両眼でノックアウトさせたトロールを見下ろしながら低い声で言い、フィールは一息ついて振り返り、もう一度膝をつくと、

 

「大丈夫か?」

 

 と、心配した声を掛けた。

 

「うん………フィー…………ッ」

「ん?」

「うわあぁぁぁん! 怖かったよおぉぉぉ!」

 

 解き放たれた緊張や恐怖から、クシェルはフィールの胸に涙で濡れた顔を埋め、大いに泣き出してしまった。人前で泣く、というのは活発的なクシェルからは想像がつかなかったため、フィールは少し眼を見張ったが………。

 

「………クシェル、無事で良かった」

 

 いつも冷たいフィールが―――先程までの恐ろしい殺気を放っていた人とは思えないくらいに柔らかく眼を細め、少し困ったような笑みを浮かべながら、抱きついてきたクシェルを優しく抱き、奔放で明るい茶色の髪を撫でた。

 悲鳴を上げていたハーマイオニーはまだトロールと死に対する恐怖から抜け出せていないのか、数秒間は放心して、ぼんやりとその光景を眺めていたが―――次第に、クシェルの泣いた姿にシンパシーを感じたのか、ハーマイオニーですら、相手がスリザリン生で自分が唯一ライバル心を燃やす同級生であることを忘れて、フィールに泣いてすがった。

 

「全く………ほら、もう大丈夫なんだから、泣くなよ」

「うぅ………ごめんなさい………」

 

 優しい手つきで頭を撫でられたハーマイオニーはようやく落ち着きを取り戻し、ローブの袖でゴシゴシと顔を拭い、

 

「ベルンカステル………助けてくれて、本当にありがとう」

 

 と、心の底から感謝の言葉を述べた。

 ホグワーツに来て以来、クシェル以外の他人に初めて礼の言葉を言われたフィールはちょっとビックリする。

 

「………どういたしまして」

 

 が、微かに微笑んだフィールは、ハーマイオニーの頭にポンと手を置いた。すると、廊下から複数の足音が聞こえてきたため、それを皮切りに二人を立たせ、さっき放り投げただて眼鏡を拾う。

 トイレから出ると、扉付近で呆然としているハリーとロンの側にマクゴナガル、スネイプ、クィレルが駆け寄った後で、三人の少女に眼を向けるとすぐに室内でぐるぐる巻きにされているトロールを見て、眼を見張った。

 

「こ、これは一体どういうことですか………?」

「………私が説明します」

 

 説明しようにも上手く言葉が出てこないハリー達を見かねて、教師陣の前に出たフィールが簡単かつ簡潔に事情を述べた。

 

「クィレル先生が地下室にトロールが現れたと大広間で報告した際、クシェルが居なかったことを思い出し、トロールが彷徨いているのを知らないクシェルの探索と、様子見として此処にやって来たんです」

「なんと………それは本当ですか? ミス・ベルンカステル」

「はい。此処に辿り着いた際には、グレンジャーを探しに来ていただろうポッターとウィーズリーが、トイレの中にクシェルとグレンジャーが居ることを知らないで閉じ込めた後だったので、やむを得ずドアを蹴破って突入し、最後はトロールを『失神呪文』で倒して、縄で縛り上げました」

 

 一度束縛したトロールの方に眼をやって、フィールはマクゴナガルに事情を伝える。マクゴナガルは1年生がトロールをKOさせたと聞いて驚愕の表情を浮かべた。

 

「………事情は粗方よくわかりました。つい先程貴女方の先輩、ミスター・フリントとミス・ファーレイからミス・ベルンカステルがミス・ベイカーを探しに地下室へ向かったと聞いて、我々も急いで来たのですが………どうやら、本当だったみたいですね。しかし―――」

 

 マクゴナガルは室内を一瞥後、厳しい目付きでフィールを見下ろした。

 

「ミス・ベルンカステル。道徳的な行動であるとはいえ、貴女の命を投げ出すような無謀な行為にスリザリンから10点減点。ミスター・ポッターとミスター・ウィーズリーも同じく、10点減点です」

 

 しかし、とマクゴナガルと続ける。

 

「友を救うため、その窮地に駆け付ける姿勢、勇気は素晴らしいものです。グリフィンドールに15点追加。そして、トロールを討伐したミス・ベルンカステルに30点を与えます」

 

 予想外の加点に皆は少し元気を取り戻した。

 

「怪我はありませんね? それでは、急いで寮に戻りなさい。パーティーの続きを、寮で行っています」

 

 あとの処分は先生方がやると言ったので、ハリー達は大人しくグリフィンドール寮へ戻ろうと暗い廊下を歩き始めた。

 

「クシェル、大広間に戻るぞ」

「え?」

「地下に寮が在るスリザリンとハッフルパフは、現在トロール騒動が収まるまで大広間で待機してる。私はクシェルを見付けたら、アンタを連れて戻って来るって約束したんだ。だから行くぞ」

 

 その説明にクシェルは小さく首を縦に振り、フィールと共に仲間達が待っている大広間へと歩いていく。

 二人は無言で歩いていたが………後ろから、誰かが疾走してくる足音が聞こえ、振り返ってみると、グリフィンドール寮へ帰っていたはずの黒髪緑眼の少年―――ハリー・ポッターが、息を切らしながら近付いてきた。

 

「何の用だ? ポッター」

 

 乱れた呼吸を一度深呼吸して整えたハリーは、フィールの顔を見て笑みを見せる。

 

「フィール………君、本当に凄いよ。たった一人でトロールを倒すなんて。………ハーマイオニーを助けてくれて、本当にありがと。それとさ、フィール」

「なんだ?」

「ごめんね、いつもロンが君に酷いこと言って」

 

 ハリーは軽く頭を下げて代わりに謝罪する。

 フィールは「ああ………」と肩を竦めた。

 

「別に他人から嫌われることにはもう慣れてる。アイツがスリザリン嫌いなのは、とっくに知ってるし」

「でも………」

「………まあ、それでも」

 

 フィールは真っ直ぐハリーを見返し、言った。

 

「アンタが私を嫌わないなら、それでいいだろ」

 

 その言葉に、ハリーは眼を丸くする。

 が、次第にはにかむように笑い、

 

「そうだね………これからは、また話さない?」

「ああ、別に構わない」

「よかった。あとさ、今度からは『ポッター』じゃなくて『ハリー』って呼んで。友達なのに名字で呼ばれるのも、なんか変だし」

「………わかった」

 

 クシェル以外で自分を『友達』と言ってきたハリーに一驚しつつ、フィールは了承する。

 ハリーは笑って頷いたら、一足先に寮へ続く道を歩いていったあの二人を追い掛けた。

 そうして二人は大広間へと向かい―――。

 

「クシェル!」

「怪我は無い?」

 

 大広間に到着後、ジリジリしながら待っていたクシェルと交友関係のあるハッフルパフ生とスリザリン生が駆け寄り、安否確認した。クシェルは泣き腫らした目元を和らげて柔らかく笑いながら「大丈夫」と頷く。

 

「………事態は収まった。もう寮に戻っても大丈夫だぞ」

 

 フィールは邪魔にならぬようジェマに報告し、危機に晒された身を案じてくれる沢山の友達に囲まれたクシェルを微かな羨望を帯びた瞳で一瞥すると、静かに大広間を立ち去るのだった。




【スリザリン&ハッフルパフ、大広間で待機】
そういえば、よくよく思い返してみれば地下室にトロール現れたってのに地下室に在る寮に帰宅するのは危険だなと気付きました。

【身体強化魔法(スキル)】
★身体強化:魔力による身体強化。身体に均等に魔力を纏った状態。
★強力:魔力を筋力のパワーに集中した強化。
★俊足:魔力を筋力のスピードに集中した強化。
★遠見:魔力を眼に集中して強化。所謂望遠鏡スキル。
★盗聴:魔力を耳に集中して強化。名の通り盗聴スキル。
★嗅覚:魔力を鼻に集中して強化。名の通り嗅覚スキル。
★思考加速:魔力を脳に集中して思考速度アップ。

【ドアを蹴破るフィール】
↑でいう『強力』。
身体強化スキルはファンタジー世界の基本的なスキルの一つ。ハリポタはファンタジーやアクション系ストーリーなので、せっかくだから取り入れるかとのことで導入しました。

カタカタ読みは『フィジカル・インフォース』。
フィジカルは『肉体的』『身体的』『物理的』の意味。
インフォースは『補強』の英単語『リインフォースメント』から。

作中では主に熟練魔法使いが行使してます(当たり前だがレベルや才能次第で個人差有り)。

【マキシマ(最大限)】
ドラクエで言うところの『最上級』。
皆が知っているマキシマが使われる強化版と言えば、ルーモス、ボンバーダ、プロテゴ。
ステューピファイが強化版として使用された場面は有りませんが、まあ問題は無いでしょう。既存の攻撃系呪文は主にマキシマで強化させます。そっちの方が効率的なので。


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#13.クィディッチ初戦

※2/10、本文加筆。


 トロールを処理した後―――クィレルは自分の部屋に戻ったが、マクゴナガルとスネイプは校長のダンブルドアに今回の件を報告するべく、校長室に訪問していた。

 

「ふむ………『失神呪文』1つでか?」

「はい。ミス・ベルンカステルの証言によれば、そうみたいです」

 

 ダンブルドアの問いにコクリと首肯するマクゴナガルの顔は険しい。

 なんといっても、あのトロール相手に呪文一発で失神させたのだ。知能は低くとも身体は頑丈で強固なのがトロールだ。そんな相手に成人にも満たない学生が―――それも今年入学したばかりの少女が無傷で打ち勝ったという事実だけでも、信じがたいことである。

 

「ミス・ベルンカステルの力は、既に1年生の基準値を越えています。彼女が危険人物になる可能性が高いことに変わりはありません」

 

 マクゴナガルは危惧している。

 フィール・ベルンカステルのことを。

 しかし、ダンブルドアはマクゴナガルの言葉に首を横に振った。

 

「ミネルバよ。あの娘はまだまだ若い。確かに他の生徒よりも遥かに凌ぐ実力者であるのは確かじゃろう。だが、それだけが危険視する理由にはならん」

 

 ダンブルドアはあくまでフィールは『規格外レベルの1年生』という認識で接しろ、と言っている。

 だが、そうは言いつつも、ダンブルドアはフィールに気を配る予定であった。

 フィールの潜在能力は底無しだ。

 もしもその力の最終地点が闇であるならば、不確定要素は出来るだけ無くさなければならない。

 

 ダンブルドアは9月1日の組分けを思い出す。

 あの日―――フィールが椅子に座る前に一瞬だけ見えた、少し長めの前髪の下に隠されている、蒼い瞳。

 その時の両眼は氷のように冷たく………まるで見るもの全てを見下ろすような、そんな気がして―――ダンブルドアは直感的に、フィールに対して得体の知れないナニかを感じた。

 

 フィールは他の人達にはない闇を背負っている生徒だ。孤独や淋しさ、苦しみ………幼くして様々な苦悩を抱えるような境遇とぶつかったがために、あのような性格になったのかもしれない。

 家族を奪われたショックは、彼女の胸の中で永遠と渦巻く黒い感情となり、いずれは表面化するだろう。

 ならば、そうならないようにも最低限近くで見守り、いざというときは対処出来るようにしなければ。だけれど、最悪の場合は―――。

 

 そこまで考え、ダンブルドアは頭を振る。

 ………馬鹿馬鹿しい。

 こんなことを考えてしまうなんて。

 

 

 ―――最悪の場合は………この世から消すことも考えなければならないなんて。

 

 

 自身が勤めている学校の教え子を、今ではなくとも未来のためには殺すことも有り得るという愚考を少しでも頭に入れた自分が恥ずかしいと、ダンブルドアは自分を責めた。

 

 …………しかし、だ。

 もし………もしもだ。

 フィール・ベルンカステルが、トム・リドルと―――ヴォルデモートと同じ、否、それ以上の脅威となった時、果たして今と全く同じことが言えるかと、心の何処かでそう考えてしまう自分もいる。

 トム・リドルが闇に堕ちたのを止めることが出来ず、彼は魔法界で史上最悪の魔法使いとしてその名を轟かせ、彼は幾人もの魔法使いを殺し、その中には、ハリーの両親であるポッター夫妻ジェームズとリリーも含まれている。

 

 だからこそ、迷い、思うのだ。

 あの悲劇を繰り返さないようにするには、一切の光が存在しない闇に身も心も魂も染め上げるその前に、この手で完全に消滅させるべきではないか、と。

 

(いや………わしは諦めんぞ。ここでわしが見捨てたら、誰が彼女を光に戻せるのじゃ)

 

 大丈夫だ。まだ、あの娘には光がある。

 確かにフィールの心は闇かもしれない。

 だが、その逆を言えば、孤独や苦しみを知っているからこそ、人の苦しみがわかり、恵まれていない環境の厳しさを知っているからこそ、それを見下す行為への嫌悪を知っている性格でもあるのだ。

 彼女のように、本当の意味で誰かのために心を痛めることが出来る人というのは数少ない。心無い綺麗事を言ったり、他人事のように見る人など幾らでもいるのが世界という、冷酷で残酷な有り様なのだから。

 

「ミネルバ、セブルス。あの娘が―――フィールがこの学校を卒業するまで、どうか陰で見守ってくれぬか?」

 

 ダンブルドアは淡いブルーの瞳をキラキラと輝かせながら、二人の教師に嘆願する。

 マクゴナガルとスネイプは、それぞれ思い入れある男女の姿を思い浮かべた。

 

 数十年前自分が受け持った寮の生徒。

 かつて自分が所属していた寮の先輩。

 

 ジャック・クールライトとクラミー・ベルンカステルの姿が脳裏の片隅を過り―――マクゴナガルとスネイプは首を縦に振りながら、切実な願いを強く祈る。

 

 

 ―――どうか、フィールが………二人が命を賭してでも愛した娘が、道を踏み外して、闇になど堕ちないで欲しい、と。

 

 

♦️

 

 

 11月に入ると、めっきり寒くなった。

 ホグワーツ城を囲む山々や敷地内に広がる広大な湖は凍結し、校庭には毎朝霜が降りる。

 生徒達はマフラーや手袋といった防寒具を着用したり友人同士で身を寄せ合ったりして、体温を奪われないよう対策を施した。

 

 11月9日、土曜日。

 今日の大広間は普段以上の熱気と活気にオーバーフローしていた。その理由は今シーズン初のクィディッチ初戦が開幕されるからであり、グリフィンドールVSスリザリンという因縁の対決と言うのもまた、溢れんばかりの盛り上がりに拍車を掛けていた。

 

「フィー、いよいよクィディッチ観戦の日を迎えたね!」

「んん………眠い………」

 

 傍から見ても気合い十分なクシェルとは真逆にフィールは眠そうな顔でコクリコクリと、椅子に座って船を漕いでいた。

 それもそのはず、クシェルに無理矢理叩き起こされたからだ。

 クシェルもクィディッチを好むファンの一人で今日はその当日だというのもあってか、珍しくフィールよりも早起きし、せっかくだからスリザリンのクィディッチチームのキャプテンやメンバーにシーカーになることを期待されているフィールも連れて行こうと、すやすや寝ていた彼女を半ば強制的に起こし―――現在、朝食に入っていた。

 

「せっかくなんだから、フィーも観に行くよ! シーカーになった時のことも考えて、今からでも敵情視察するよ!」

「………眠いから部屋に帰って寝てもいいか? あとでクシェルが詳しく教えてくれたら、それでいいだろ」

「ダ~メ! こういうのはちゃんと自分の眼で観なきゃ意味ないんだよ! ほら、眠気覚ましにも食べて!」

 

 クシェルはフィールの好物焼き立てクロワッサンを口に入れ込み、仕方なく、フィールはムシャムシャとクロワッサンを噛んで飲み込む。

 朝食を食べ終え、フィールとクシェルがクィディッチ競技用の観客席に来た時には既に他のギャラリー達が陣取っており、双眼鏡やメガホン、応援用フラッグ等を手にして開戦前からスタンバイOKである。

 

 ホグワーツのクィディッチ競技場は城の北西に位置し、禁じられた森とは校庭を挟んで反対側にあった。内部はグラウンド周辺に何百と言う座席が高々とせり上げられ、生徒が高所から観戦出来るようになっている。

 グラウンドの両端にはそれぞれ16mの金の柱(ゴールポスト)が3本ずつ立っていて、その先端には輪(ゴールリング)が存在する。ちなみに競技場の隣には、更衣室と箒置き場が設置されている。

 

 クシェルは試合開始前のこの時から張り切り、フィールはマフラーの隙間から冷風が当たらぬよう手を添え、開戦を待つ。

 11月で尚且つ肌寒い時期のため、生徒達はマフラーやニット帽、手袋などは必須で着用していた。

 

「さあ、いよいよ因縁の一戦が始まろうとしています! 本日の試合はグリフィンドールVSスリザリン! グリフィンドールはここ6年に渡るスリザリンの卑怯なラフプレーに今年こそは是非とも雪辱を果たして貰いたいです!」

「ジョーダン!」

「失礼、マクゴナガル先生」

 

 と、初っぱなから実況席に座るグリフィンドール生のリー・ジョーダンのグリフィンドール贔屓の内容に、マクゴナガルが叱咤を飛ばしていたため、なんだか絶妙なタイミングだなと、フィールとクシェルは、

 

「あれって一種のコントかな?」

「あれって一種のコントなの?」

 

 と、語尾は違えど見事にシンクロ。

 二人は顔を見合せ、ふはっ、と笑い、

 

「ハモったね」

「そうだな」

 

 クシェルとフィールは競技場に眼を向けた。

 クシェルは、ふと、隣に居るフィールを見て笑みを溢す。

 あのトロールの一件以来、フィールの態度が少し変わった気がするのだ。

 それに………微妙な変化ではあるが、出会ってから一度も変えることのなかったポーカーフェイスを、ちょっとは崩すようになった。

 

 とは言えこれといった大きな変化はまだ無い。

 それでも、フィールと出会ってからずっと彼女にアプローチしてきたクシェルにとって、嬉しいことに変わりはなかった。

 すると、競技場に選手達が姿を現した。

 これまたグリフィンドール贔屓の選手紹介が終わった後、キャプテンのオリバー・ウッドとマーカス・フリントは握手という名の握り潰し合いをし、レフェリーのマダム・フーチが、

 

「正々堂々と戦ってください! 期待してますよ!」

 

 と、選手14人に呼び掛け―――クアッフル、ブラッジャー、金のスニッチを時折爽やかな風が吹く大空へと一斉に開放し、試合が開始した。

 

 クアッフルはサッカーボールぐらいの大きさの直径30㎝の真っ赤な縫い目の無いボールだ。各チームに3人いるチェイサーはこれを投げ合い、相手ゴールの輪の中にシュートすると10点得点する。なのでキーパーは、一人で3つのゴールポストをセーブし、敵にクアッフルを入れられないように試合終了まで防がなければならない。

 

 ブラッジャーは直径10inch(25㎝)の真っ黒な鉄製のボールだ。暴れ玉とも言い、試合中は2個のブラッジャーがロケットのようにフィールド内を飛び回り、プレイヤーを箒から叩き落とそうとする。ブラッジャーにはどの選手も無差別に追い掛けるよう魔法が掛けられており、放置すると一番近くに居る選手に向かって来る。

 なので各チームに2人いるビーターは、味方の陣地に入ってくるブラッジャーをバットに似た短い棍棒を使って絶えず叩き、敵の陣地に打ち返していかなければならない。時には箒から手を離して両手打ちでブラッジャーを叩かなければならないので、高度なバランス感覚と強靭な肉体が必要とされる。

 

 スニッチは胡桃ほどの大きさの銀色の羽が生えた金色のボールだ。物凄い速さで飛び回るので、捕まえるのは非常に困難である。シーカーがこれを取ると150点を獲得し、同時に試合も終了する。スニッチを取ったチームが勝つことが多いので、各チームは何としてでもシーカーがこれを取るのを妨害しようとする。

 シーカーがスニッチを手にしない限り、ゲームはいつまでも続行される。そのため、シーカーは各選手の間を縫うように器用に飛び回り、相手シーカーよりも早く金のスニッチを捕まえなければいけない。

 通常は最も身軽ですばしっこく、速く飛べる者がシーカーになる。同時に眼が利くこと、片手または両手を箒から離して飛ぶ高等技術も必要である。

 シーカーの役目は責任が重く、とても重要だ。

 チームのスターなので華やかなポジションではあるが、試合中敵側から妨害されることも多く、一番酷いケガをするのもシーカーである。どの選手よりも限り無く危険に近いと言うのを理解出来る人間でなければ、シーカーは務まらないのだ。

 

 さて、試合開始から数分が経過した。

 スリザリンのラフプレーがかなり目立ちながらもそれが項を奏しているのか、スリザリンが一歩リードしている戦況だ。途中ハリーがスニッチを見つけて捕まえようとしたが、スリザリン側の反則行為により妨害された。

 試合が白熱していく中、突如異変が発生。

 ハリーが乗っている箒・ニンバス2000が、彼を振り下ろそうとしたのだ。

 

「なんだ? 箒の不具合が起きたのか?」

「いや、それはないと思う。古い箒ならともかくポッターが乗ってるのは最新のニンバス2000だから、不具合なんてことは起きないはずだよ」

「なら、考えられるのは―――」

 

 外部からの干渉。それしかない。

 

(だけど、なんでそんなことを………? いや、まずはそれよりも犯人を―――)

 

 相手の心理は二の次、まずは犯人探しだ。

 フィールは教員席に視線を向ける。

 箒に呪いを掛けるなんてことは、生半可な実力の生徒には不可能だ。ならば、魔法に関する知識を教える立場の教師の誰かという可能性が非常に高い。

 そして、ビンゴ。不審な人物が約2名居た。

 

(スネイプ先生と………クィレル先生?)

 

 どちらもハリーが乗るニンバス2000を凝視して口を動かしている。それを見て、フィールは一方の呪いを、一方が反対呪文を唱えていると考えた。もしも両者が呪いを掛けていたら、いくら運動神経抜群なハリーでもとっくに暴走する箒から振り下ろされている。そうならないのは、どちらかが呪いを抑止させようと反対呪文を詠唱してくれているからだろう。

 フィールは前者と後者の内、後者が怪しいと踏んだ。普段の彼は常にオドオドしている挙動不審の変人だ。なのに、あの豹変ぶり………あからさまに何かあるなと、不信感を抱いた。

 

 その時だ。

 突然、スネイプのマントの裾が燃え始め、教師員は慌ただしくなった。クィレルは何故か倒れており、視界の隅に、素早く退散するハーマイオニーの姿を捉える。

 さて、試合の最終結果はと言うと―――体勢を立て直したハリーがスニッチを()()()()()ことによっての、グリフィンドールの勝利でゲームセットした。

 

「………アレは許容範囲なのか?」

「まあ、一応は、じゃない?」

 

 フィールの呟きにクシェルが若干悔しそうに答え、スリザリンを除いた3寮が歓喜し、すっかり意気消沈になったスリザリン生達の波に乗って観客席から退場した。

 

♦️

 

 その日の夜。

 スリザリン以外の寮生は皆歓喜の表情で、上機嫌に夕食を口に運んでいた。グリフィンドールがスリザリンを打ち破ってくれて、獅子寮のクィディッチチーム、特にデビュー戦を華やかに飾ったハリー・ポッターに称賛の言葉や尊敬の眼差しを送った。

 対し、スリザリンは屈辱に満ちた気持ちで、ニヤニヤしながら時折此方をチラ見してくる彼等にイライラを募らせる。

 

「たかが1回の試合で勝ったからって、アイツら浮かれすぎだろ。次に対戦する時には、今とは比べ物にならないほど成長して強豪チームになってるかもしれないってのに。レイブンクローやハッフルパフもそうだ。他寮が優位に追い上げたってのに、焦燥感がまるで感じられない。ホグワーツでのクィディッチは、寮対抗なんだろ? なのに他寮が他寮を撃破するのを期待するとか、どうかしてると思う。他人任せにするんじゃなくて、少しは自分達もやってやるぞっていう競争心や対抗心を燃やせよな。そんなんだから、いつまで経っても何も変わらないんだよ」

 

 何気無く呟いたフィール個人の感想に、彼女の右隣に座って意気消沈していたマーカスは今にも大声で叫び出しそうな勢いで大きく頷く。

 

「そうだ! お前の言う通りだ! アイツらは明日は我が身と言う言葉を全く持って知らない! 今度の試合で目にも見せてやるぞ!」

 

 そしてマーカスはやけくそ気味に料理にがっついた。キャプテンのメラメラと屈辱心を燃やす姿に感化されたのか、暗い気持ちだったメンバーはモチベーションが飛躍的に上がった。

 

「フィー、スゴいね。あれだけ激しく落ち込んでたマーカスを元気付けられるなんて」

 

 左隣に座っていたクシェルが淡く笑むと、フィールは肩を竦めた。

 

「キャプテンにいつまでもブルーな気分でいられたら、メンバーにも悪影響が広がるからな。……と言うか、元気付けた覚えはないんだけど」

「ま、でもマーカスにとっては激励になったんじゃない?」

「だったらいいんだけど………」

 

 チラッと横目でマーカスを見たフィールは、ガタッと立ち上がる。クシェルは首を傾げた。

 

「あれ? もう食べないの?」

「ああ、今日はもうお腹いっぱいになったし、それに―――」

「それに?」

「………それに、このまま居たら、またマーカスに『来年シーカーになってくれ!』ってしつこく言われそうだから、早めに出るわ」

 

 連勝していたスリザリンが敗北した原因の一つは、やはり最年少シーカーに抜擢されたくらいの箒の才能を持って生まれたハリー・ポッターの存在だろう。その彼に匹敵する実力者がシーカーでなければ、スリザリンに一生勝ち目はないとマーカスは考えるに違いない。

 そしてその最強切り札は間近に存在する。

 クシェルは、確かに、と苦笑した。

 

「じゃあ、また後でね」

「ああ、またな」

 

 そうして、フィールは大広間を後にした。

 フィールが居なくなってから数分後―――食事の手を止めたマーカスが然り気無く隣を見て、眼を大きく見開かせた。

 

「おい、ベイカー、ベルンカステルは何処に行ったんだ!?」

「え? え~と………もう帰りました」

「帰っただと!? それは本当か!?」

 

 グッと厳つい顔を近付けて問い詰めるマーカスに、クシェルは迫力に気圧されつつ、コクリと頷く。直後、「くそっ、また逃してしまった!」とマーカスは悔しそうに喚く。どうやら本当にフィールに懇願する気だったようだ。

 クシェルはまたまた苦笑いし、ドンマイ、とマーカスの肩をポンポンと叩いて励ました。

 

 ドンチャン騒ぎのグリフィンドールテーブル。

 そこでハリー・ポッターを初めとするクィディッチチームを誉め称える獅子寮生徒がほとんどの中、数人の男子生徒はスリザリンテーブルの方に眼を向け、ニヤリと人知れず笑った。

 

♦️

 

 夕食時間帯も終わり、鱈腹食べ終えたホグワーツ生は各自寮へ続く帰路を歩いていた。

 クシェルも他の生徒同様、地下室に在る蛇寮へ向かっていたが―――突如として暗がりの中から手が伸びてきてグッと右腕を掴まれ、人目のつかない所に強引に引き寄せられた。

 

「ッ!?」

 

 突然のことにビックリしたクシェルは声を上げようとしたが、口元を押さえられてしまい、出そうにも出せない。

 必死にクシェルはもがくが、その抵抗も虚しく―――クシェルは何者かに、滅多に人が寄らない場所まで連れていかれた。

 口を塞がれた状態で城壁に押さえ付けられる。

 薄月夜の月明かりが城内をほの白く照らし、うっすらと人影を浮き出す。

 クシェルは明るい翠眼を丸くする。

 名前は知らないが、見覚えのある顔だったからだ。

 攫ったのは、グリフィンドールの男子生徒数人―――あの飛行訓練の日、フィールを痛め付けようとした連中だった。

 

「大人しくしてろよ」

「まさか、こんなにも簡単に作戦が成功するなんてなあ」

 

 男子達はケラケラと笑う。

 真っ正面に居る男子は、あの日真っ先にフィールに敵意を剥き出しにしたアイツだ。

 

「本当だったら、生意気なベルンカステルを拉致して恥ずかしい写真を撮ったら、グリフィンドール内で拡散してやろうと思ったけど………予定変更だ。スリザリン生のクセにやたら人気が高いコイツのエロ写真を撮ってホグワーツ全体に拡散してやる。そうすればコイツの人気はガタ落ちするし、ベルンカステルにも打撃を与えられる」

 

 見れば、一人はカメラを持っていた。

 身ぐるみを剥いだ後、撮影するつもりなのだろう。

 これから何をされるのか、容易に想像がついたクシェルは怯えた眼差しになり、おぞましさが背筋を走った。

 

「んん~ッ!」

 

 クシェルはより一層暴れる。

 だが、華奢だけど力は強いフィールと違ってクシェルは一般女子と同じように非力だ。

 拘束する男子の力には敵わなかった。

 

「おい、暴れるな!」

 

 ジタバタ抵抗してきたクシェルを、残りの男子達も加わってガッチリホールドする。最後の足掻きとばかりに手足を動かそうとするが、どうにもならなかった。

 

「もう少しいたぶってやりたかったけど………時間も無いし、さっさと脱がすか。ふふっ、コイツのエロ写真を見た時のベルンカステルの顔が楽しみだな」

 

 クシェルはギュッと眼を閉じる。

 ダメだ………もう、助からない。

 皆はとっくに寮に帰宅し、今頃は談話室で寛いでいるだろう。

 絶望心に飲まれたクシェルは諦めてしまった。

 撮影係の男子はワクワクとカメラを構える。

 そうして、一番フィールに意趣返ししてやりたかった男子が打ちひしがれるクシェルのローブの留め金を外し、緑と銀のネクタイに手を掛けようとした、その瞬間―――。

 

「うおっ………!?」

 

 物凄い速さで男子は背後の方に引き離された。

 不可思議な力で後ろまで引っ張られたそいつは冷たい床に叩き付けられる。

 クシェルを押さえていた男子達は眼を剥き、思わず手を離してしまった。その隙をクシェルは逃さず、距離を取って離れる。

 するとそのタイミングを見計らったように、今度は連中が何かの力で引き寄せられた。

 

「だ、誰だ!?」

 

 立ち上がった男子達は狼狽しつつ、うっすらと浮かび上がる人影に向かって集団で反撃しようとするが、人影は華麗なる体術を駆使して次々と制圧していく。

 クシェルはじっと眼を凝らす。

 薄暗がりの中、ぼんやりと浮上するシルエットには見覚えがあると直感した。

 最後にカメラを持参していたヤツを倒し、自分を助けてくれた人物は肩を上下させながら、こちらに顔を向ける。

 ローブを羽織ってなかったためか、身体とスカートのアウトラインで、救済してくれたのは女子生徒であると言うことが明確にわかった。

 クシェルはゆっくりと近付き、誰なのか見ようとすると、シルエットは踵を返してその場を走り去った。

 

「あ、待って!」

 

 慌ててクシェルは呼び止めようと叫ぶ。

 が、シルエットは走り去ってしまった。

 クシェルはシルエットを追い掛ける。

 廊下を駆ける足音を頼りに廊下を進み………やがてクシェルは、グリフィンドール数人に襲われそうになった所とは遠くかけ離れた所までやって来て、不意に足音が消え去った周囲をグルリと見回す。

 

 すぐ側に、空き部屋のドアがあった。

 もしや………と思い、ドアノブを握り、軽く押して慎重に中に入る。

 そこには案の定、助けてくれた人物が居た。

 突き当たりの壁に背を預け、ローブを羽織ってフードを目深に被っている。

 クシェルが少しずつ接近すると………意外や意外、シルエットの方から口を開いてくれた。

 

「此処まで来れば、もう大丈夫だろ」

「私をあの人達から距離を離すために、此処まで連れてきてくれたの?」

「………さあ? どうだろうな?」

「素直じゃないねえ………もしかして、ずっと傍に居てくれたの?」

「……………………」

「無言は肯定と見なすよ。………助けてくれて、ありがとう。貴女は私のヒーローだね」

「そのヒーローは、皆からの嫌われ者だけどな」

「そんなの関係無いよ。皆が何を言ったって、貴女を嫌ったって、私にとってはカッコいいヒーローなのに変わりはないから」

「………そいつは嬉しいね」

「あのさ………御礼したいんだけど、いい?」

「………礼は別にいらない」

「ううん、ちゃんとさせて」

 

 目の前の謎の人物の正体。

 クシェルは既に誰なのか見抜いていた。

 口調とか声とか………そして何より、フードに覆い隠された、闇と同化する黒髪から漂う甘い香りが、『彼女』だとハッキリ示していた。

 でも敢えてそれは口に出さず………クシェルは『彼女』の方に腕を伸ばし、ギュッと優しく抱き締める。

 『彼女』の身体は少し冷たかった。

 その冷たさを温かさで溶かすように、クシェルは細い両腕に力を込める。

 

「………こんなのでごめんね」

「………………いや」

 

 されるがままにクシェルに抱き締められた『彼女』は、クシェルの背中に腕を回してハグし返すと思い切ったようにグッと抱き寄せ、フッと小さく息を吐いた。

 

「肌寒い今の時期、こうして肌でぬくもりを感じられるのは有り難いよ。………しばらくはこうさせて。私にとっては、それが『御礼』になる」

 

 『彼女』の意外な言葉にクシェルは驚く。

 だが、次第にはにかむような笑みになり―――わかった、と頷き、そっと見る。

 素顔が隠されたフードの下の『彼女』は、一瞬だけ優しげな笑みを浮かべて見せてくれた。

 

「ねえ………もう一つ、御礼してもいい?」

 

 そう言って目元を和らげたクシェルは眼を閉じながらそっと唇を寄せ、

 

 ―――チュッ。

 

 と、『彼女』の白い頬に口付けを落とした。

 冷たくも柔らかい感触が唇に下り―――。

 完全な不意打ちでチークキスされた『彼女』は戸惑うのと同時に身体が火照った。

 そんな『彼女』へ顔を離したクシェルはフッと口角を上げて、小首を傾げる。

 

「クールで何事にも動じない貴女でも、不意打ちキスには恥ずかしがるんだね」

「………別に恥ずかしがってない」

 

 『彼女』はプイッと顔を逸らす。

 その仕草が羞恥を表しているのに、とクシェルは心の中で思いながら、さっきとは反対側の頬にもう一度、優しく口付けを落とした。




【教師陣】
実力が一般生徒よりも桁違いのフィールを後の危険人物になる可能性大して認識。

【クィディッチ初戦】
原作と変化無し。

【暴漢生徒に襲わそうになったクシェル】
予定変更で狙われた。

【コテンパにやられる暴漢生徒】
コイツら全然懲りないな、と思えばオーケー。

【クシェルを救った『彼女』の正体】
読者の皆様ならば、誰なのか言わなくともわかるだろう。


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#14.ホグズミード週末

クシェル、フィールに訓練依頼&年上組のホグズミード訪問。


「強くして欲しい?」

 

 翌日のスリザリン寮・女子部屋。

 黒髪蒼眼の少女は、茶髪翠眼の少女からの意外な依頼に青のだて眼鏡と長めの前髪の下に隠された綺麗な顔に驚きを露にした。

 

「うん………だってフィー、ハロウィーンの日にトロールと対峙しても、貴女だけは全然怖がらなかったじゃん。それに、一人だけであっさり倒しちゃったし………」

「だからと言って、それが『強くして欲しい』という論理にはならないだろ。なんで、そんなことを私に頼むんだ?」

 

 まずは動機を教えろ。

 そういうのは一言も口にしないが、いつになくフィールが放ってくる真剣な空気から、クシェルはビシバシと肌で圧迫感を感じ取る。

 クシェルはレンズ越しから、フィールの蒼い両眼を強い翠瞳で見返した。

 

「あの時、私、グレンジャーと一緒にトロールに追い詰められて………せめて、グレンジャーだけでも助かればいいって、死ぬのを覚悟した。……でも、いざ殺されるんだなって思うと、一気に怖くなって………フィーが助けに来なかったらって思うと、今でもゾッとする」

 

 それに、と。

 屈辱と恐怖に、クシェルは可愛い顔を歪めた。

 

「昨日の夜、グリフィンドールの男子達に襲われそうになって………手も足も出なかった自分が情けなくて………もう助からないって諦めたのが、凄く悔しかった」

 

 今になって、生まれて初めて『死』の単語が脳裏を過った瞬間と、危うく猥褻行為をされそうになったおぞましさが甦ってきた。

 それらの出来事に直面した際、危険を顧みず救済してくれたある人物が居なければ、今頃どうなっていたかわからない。

 そして、その救世主は―――目の前に居る。

 後者の事件に関しては、下手な芝居で正体を隠して見破られても尚しらばっくれるような彼女のことだから「違う」と否定するだろうが………。

 だがしかし、助けてくれたことは紛れもない事実だ。それだけは変わらない。

 

「だからさ………お願い。私を強くして」

 

 ガバッ、と身体を折り曲げるクシェル。

 しかしこれほど熱心なクシェルにも、フィールは冷ややかな口調を崩さない。

 

「私は指導員なんかに向いていないぞ。そういうのは教師にでも頼め。フリットウィック先生はどうだ? 若い頃は決闘チャンピオンだったらしいぞ。事情を説明すれば、簡単な防衛呪文くらいは教えてくれるんじゃないか?」

「教師じゃなくて、フィーに頼みたいの」

「………いいから、私じゃない誰かにしろ」

「イヤだ! フィーがOKしてくれるまで止めない!」

 

 クシェルは絶対に動かない、と決意の表情で続けた。

 

「言い忘れてたけどさ………昨夜、私を襲おうとした男子数人、本当はフィーを狙ってたけど、予定変更したって、言ってた」

「だったら尚更私に関わろうとするなよ。ホグワーツ中の人間から嫌われている私に関わるから、アンタはあんな目に遭ったんだぞ」

 

 初耳のフィールは僅かに眼を丸くしつつ、クシェルを突き放すように言い放った。

 しかし、クシェルは首を横に振る。

 

「フィーは、自分と関わってまたあの人達が何かしらのアクションを起こしてきたら困るって思ってるんでしょ? だったら、本当にそうならないように近くに置いて」

 

 そのことはクシェルにも察しがついていた。詳しいことを聞かなくても、そのぐらいわかる。

 けど………だからと言って、フィールと引き離されたくない。

 そうなれば、間接的にアイツらに屈したことになるからだ。

 

「私、今のままじゃ、確実にダメだって思う。あの時だって、自分がちょっとでも強かったら、少しは何か出来たかもしれないのに………結局は何にも出来なくて、貴女に助けて貰った。だけど助けられっぱなしはイヤだよ。私だって誰かを助けられるようになりたい。そのためなら、何だってするよ」

 

 フィールは困った表情を浮かべる。

 クシェルの本気度はその言動でちゃんと伝わってきたし、流石に二度も危機に陥れば誰だってそう抱懐するだろう。最低限、自分の身は自分で護れるくらいの実力者になりたいのは、かつて同じ想いを抱いたことがあるフィールには痛いくらいわかる。

 

 何もクシェルのことが気に入らないとか、冗談半分で依頼してるんだと捉えている理由で断っているのではなく、フィールも本心ではクシェルの気持ちを汲んでやりたいが。

 本来だったら自分がアイツらに拉致されていたと聞いて、また何らかの手段でクシェルを傷付ける可能性があると思うと、自分は極力傍に居ない方が最善策であり彼女の身になるのではないだろうかとも考えられるのだ。

 

 フィールの心が私情と冷徹の間で揺れる。

 個人的にはクシェルの頼みを受け入れてあげたい。魔法だけでなく護身術も教えれば、昨晩みたいなことが今後発生する確率は低くなる。

 けど………それでもやはり、クシェルとはあまり関わりを持たなければよいのではないかという考えが、どうしてもちらつく。

 結論が出ない思考にフィールが囚われていると―――クシェルは肩を落として謝ってきた。

 

「………なんて、こんなこと、いきなり言われたって困るよね。ごめん、しつこく頼んで。フィーの言う通り、先生にお願いしてみるよ」

 

 一回寮から出て頭を冷やしてくるね、とクシェルはドアに向かって歩き出す。

 そうして、扉を開けようとした時―――。

 

「………え?」

 

 後ろから白い手が伸びてきて、クシェルの手の甲にそっと重なった。冷たくも温かい掌の感触が右手を優しく包み込む。

 

「おい、待て。行くな」

 

 引き留めるフィールの声が耳に入る。

 その姿勢のままクシェルは固まった。

 

「アンタって、ホント、どんなに冷たくもあしらったってめげないよな。どこまでもしつこくアプローチしてくる。………出会った当初はスッゴい鬱陶しかったってのに、今となってはアンタのアプローチが日常的だと思わされるくらい、アンタの存在は私の心を占めてんだ」

 

 ハア、と一つため息をついて。

 苦悩の末にフィールは一つの答えを提示する。

 

「アンタの頼み、今回は特別に了承してやる。その代わり、一つ約束しろ。―――黙って私の前から居なくなるなよ。アンタが話し掛けてこない学校生活とか、静か過ぎて気味が悪いから。………私の心を散々掻き乱してくるんだ。責任取れよ」

 

 フィールに背中を向けている状態のクシェルは大きく眼を見開かせていた。あの彼女がこんな発言をするなんて、想像がつかないからだ。

 数秒間、クシェルは呆気に取られる。

 頭が追い付かなくてフリーズしていると、ハッとしてフィールが慌ててこう付け足した。

 

「なんて、柄にもないこと言ったな。今のは忘れてくれな―――」

 

 が、次の瞬間。

 やっとフィールの言葉を上手く飲み込んだクシェルが物凄い速さで振り返り、そして満面の笑顔を浮かべた。

 

「………なんだよ」

 

 言い切る前に遮られたのを忘れて怪訝な面持ちで睨むと、

 

「ふふっ………いや、なんか、フィーがツンデレで可愛いなって。あ、でもツンデレより、クーデレって表現が正しいかもね」

 

 とクシェルに言われた。

 フィールはツンデレとかクーデレとか言う単語の意味がよくわからず、キョトンとする。

 だが………「可愛い」と他人から言われるのにはあまり慣れてないフィールは若干戸惑い、それをクシェルに悟られたくなくて、プイッと顔を逸らした。

 

「………ああ、そう」

「あれれ? もしかして照れてるの?」

「別に照れてない」

「じゃあ、なんで顔逸らしたの?」

「別に何でもない」

「なら、顔見せて?」

「断る」

 

 フィールはローブを翻し、背中を見せる。

 クシェルはニヤリと、イタズラっ子な笑みを浮かべた。

 

 その後、椅子に腰掛けて足を組み腕を組んでプイッと顔を背けるフィールと、ニヤニヤが止まらず柔らかい頬をぷにぷにとつつきながらからかうクシェルのやり取りはしばらく続いたのだった。

 

♦️

 

 ホグズミード村。

 そこはイギリス魔法界で唯一、完全にマグルが居ない村だ。ホグワーツの近くにあり、ホグズミード村に行くことが許可される週末(土曜日)に訪問出来るのは、ホグズミード許可証に両親か保護者からの同意署名を貰った3年生以上の学生のみである。

 クィディッチ初戦から数週間が経過し、クリスマスシーズンの12月に突入した第一土曜日の今日、ホグズミードに訪問許可が下りたホグワーツ上級生達は防寒具に身を包み、辺り一面銀世界の村へはしゃぎながら遊びに行く。

 ハッフルパフ4年の女生徒、クリミアとソフィアは校門を出て左に曲がった道を真っ直ぐ歩いていき、中心街のハイストリート通りに到着した。

 大方の店はこの通り沿いに建てられており、中でも沢山のお菓子が売られている『ハニーデュークス』と魔法界では人気の飲料・バタービールが飲める『三本の箒』は、先生方も訪れるほどの人気店だ。

 

「さて、何処から行きましょうか」

「まずはバタービールでも飲みに行かない? それから色んなお店を見て回りましょ」

「それもそうね」

 

 と言うことで、二人は三本の箒に訪れた。

 店内は既に多くの客で賑わっており、ちらほらと顔見知りだったりそうでなかったりのホグワーツ生の集団も見受けられる。

 クリミアとソフィアはカウンター席に座り、小粋な顔をした脚線美のバーテン、マダム・ロスメルタにバタービールを注文する。マダム・ロスメルタは手際よくバタービールをジョッキに注ぎ、二人の前に出す。

 二人はジョッキを手にすると、

 

「「乾杯」」

 

 と、ジョッキをカチンと鳴らし合い、口をつけて傾けた。

 

「あー、身体の芯まで温まる~」

「寒い冬には欠かせないわよね」

 

 冷えた身体が温まり、二人は頬を緩ませる。

 そうしてちびちびとバタービールを飲んで談笑していたら、

 

「あら? もしかして、クリミアとソフィア?」

 

 と、聞き慣れた女子学生の声が耳を打った。

 二人は後ろに振り向く。

 案の定、アンジェリーナが立っていた。

 側には同級生のアリシアが居る。

 

「奇遇ね、此処で会うなんて」

「私達もよ。初めてホグズミードに行くから、何処がオススメかオリバーに訊いてみて、『最初に行くとしたら三本の箒はどうだ? 彼処は広くて暖かいし、お前らが飲みたがってたバタービールが飲めるぞ』って勧められたのよね」

 

 アンジェリーナとアリシアはスツールに座り、マダム・ロスメルタに「バタービールをお願いします」とオーダーする。

 

「私達が今飲んでるこれがそのバタービールよ」

 

 ソフィアが言いながら、手に取って見せる。

 

「わあっ、美味しそう」

「本当にビールみたいね」

 

 二人はお目当ての泡立った飲み物にキラキラと瞳を輝かせる。

 そうこうしている内にバタービールが入った大型コップがカウンターテーブルに出され、パアッと明るい笑顔を浮かべる。

 そして取っ手を掴むと、早速喉に通した。

 

「美味しい!」

「これはハマるわね」

 

 甘美でホットな飲み物を嚥下して即気に入った二人は無邪気に笑う。

 そんな後輩二人に、先輩二人はフッと笑みを溢し、残りのバタービールを飲み干す。

 

「アリシア、口元に泡がついてるわよ」

 

 クリミアは紙ナプキンでアリシアの口の周りを拭う。アリシアは恥ずかしそうに笑った。

 その手慣れた動作に、アンジェリーナは感心したような眼になる。

 

「随分手際がいいわね。貴女って、たまに本物のお姉さんみたいだなって思うわよ。いや、普段から穏やかで優しいお姉さん的な存在だとは思ってるけど、それとはまたなんか違うっていうか、こう、何て言うのかしら。年下の扱いにはスゴい慣れてるっていうか」

 

 何気無く呟いたアンジェリーナの言葉に、クリミアは内心ギクッとする。

 クリミアがこういった物事をスムーズにこなせるのは、ひとえに血の繋がりがない家族の中で自分より小さな子の面倒を見慣れてきたからだ。

 そしてその家族の一人はホグワーツに居る。

 現在何をしているかはわからないが、まあ大方予想はつく。

 それはそうと、クリミアはアンジェリーナの発言にどう返答するか困っていると―――見かねたソフィアが咄嗟に助け舟を出してくれた。

 

「あ、アンジェリーナもそう感じる? 私もそう感じてるわ。いつも一緒に居るから知ってるんだけど、クリミアはよく後輩の面倒を見ているわ。そういう環境下に置かれたから自然と慣れたんだろうけど、それを差し引いてでもクリミアが皆からお姉さん的存在として慕われてるってことは、それってやっぱり、優しくて頼りがいがあるお姉さん像って認識されてるからよね」

 

 ソフィアの言葉に、二人は大きく頷く。

 

「確かにそうよね。仮に姉を持てるとしたら、クリミアみたいな人が理想的よね」

「才色兼備で温厚な性格、家事全般こなせて包容力もある。こんなにも完璧な姉がいたら、逆に劣等感を抱くと思うけどね」

 

 なんて言いながら、二人は再び飲み始める。

 どうやら、あの事について深入りされずに済んだようだ。

 クリミアは内心ホッとしつつ、二人には聞こえない声でソフィアに感謝した。

 

「ありがとう、ソフィア、助かったわ」

「どういたしまして。あのまま二人が貴女の『義妹』について思い出されたら、面倒事になるのは私もわかってるし」

 

 クリミアの義妹―――フィールはホグワーツから除け者にされている。

 その彼女が数年前ホグワーツで話題沸騰となったクリミアの義妹だと皆の耳に行き渡れば、ソフィアの言う通り、面倒なことになるのはまず間違いないだろう。

 

「それにしても………まさか、これほどまでに皆があの娘を嫌うなんてねえ。無愛想で一見冷たそうってのはまあ否定しないけど、何だかんだ言っても根は凄く優しいのにね」

 

 ソフィアは思わずといった感じに呟く。

 すると、クリミアがポンポンと頭を軽く叩いて笑みを見せた。

 

「貴女がフィールのことをそう思ってくれるだけでも、あの娘は嬉しいはずよ。ありがとう、フィールを大切にしてくれて。フィールもソフィアのことは慕ってるみたいだし」

「本当? ならよかったわ」

 

 以前、アンジェリーナとアリシアが一部話してくれた飛行訓練の授業中に起きた事件の全貌をフィールから聞き及んだ際、本人が言ってた言葉を伝えたクリミアは小さく頷きながら、他寮の後輩二人に顔を向け、話し掛ける。

 

「そういえば、貴女達、今日がホグズミード初めてなのよね? 案内しましょうか?」

「え、いいの?」

「勿論よ。ね、ソフィア」

「ええ。こういうのは大勢の方が楽しいしね」

「じゃあ、お願いするわ」

 

 二人は残りのバタービールを一気に飲み干し、スツールから腰を浮かせる。クリミアとソフィアも席を立ち、マダム・ロスメルタに料金を払ったら、四人は店を出ていった。

 

♦️

 

 一方、ホグワーツでは―――。

 3学年以上の生徒が外出しているせいか、校内はシン………と静寂に覆われていた。城で留守番の1年生と2年生は、各自談話室で課題消化に取り組んでいる。

 静かで穏やかな時間が流れる中―――8階に在る、ほとんどの人間にはあまり知られていない隠し部屋『必要の部屋』に籠って自主訓練に励む二人の生徒が居た。

 一人はゴーレム人形が次々に放射する閃光の流れ弾を軽々と躱し、一人は離れた場所で腕組みしながら無言で見守っている。

 二人共、ローブとセーターを脱ぎ、ネクタイを外して身軽なワイシャツ姿であった。

 前者はピョンピョンはねたショートの茶髪を揺らしながら、時折右手に持った杖を振るい、呪文を用いて対処した。

 

ステューピファイ(麻痺せよ)! エクスペリアームス(武器よ去れ)!」

 

 複数の炎のように紅い失神光線は向かい側から銃弾のように飛んで来る色とりどりのビームを撃ち落とし、効果は異なるが同じ真紅の光を帯びた閃光はゴーレム人形の手元にヒット。

 杖は放物線を描くように宙を舞った。

 が―――刹那の間に杖に収束された『攻撃呪文』が『武装解除呪文』ヒットと同時に発動、空中で回転する杖先からエネルギーが放出し、まるで弾丸の雨のように無差別に周囲に降り注いだ。

 

「! プ、プロテゴ(護れ)!」

 

 慌ててクシェルは杖を掲げて『盾の呪文』を展開。半透明のバリアは頭上に降り掛かってきた閃光を弾き飛ばした。降り注ぐ光の雨は訓練所の床に突き刺さり、容赦なく砕いていく。

 それまで不動の姿勢を保っていたフィールは咄嗟に回避し、乱射してくる杖目掛けて魔法を射出し、見事撃ち落とした。

 落下した杖は急速にエネルギーが発散され、やがて霧みたいなものになって霧散する。クシェルは胸を撫で下ろし、へたり込んだ。安心して気が抜けてしまった友人の元へフィールは駆け寄り、片膝をつく。

 

「大丈夫か?」

「う、うん………ごめん、ありがと」

「いや………謝るのはこっちの方だ」

「え………?」

 

 フィールは先程撃墜させた杖に眼をやってから申し訳なさそうな表情で謝罪した。

 

「ゴーレム人形の杖に何かしらの魔法が直撃したら『攻撃呪文』が発動されるよう、あらかじめ私が仕掛けてたんだ。臨機応変に対応する能力は戦闘のみならず、あらゆる場面でも必要不可欠だから、クシェルには敢えて内緒にしてたんだけど、ごめんな」

 

 バツの悪い顔で詫びるフィールに、クシェルは笑って許す。

 

「ううん、気にしないで。いい経験になったよ」

「………そうか」

 

 と、ほんの少しだけ表情を緩ませ、フィールは微笑する。それから、フィールはクシェルに手を差し伸べて立ち上がらせると、訓練の評価を言い渡した。

 

「申し分無い出来の良さだ。センスあるよ」

「本当に!? やった!」

 

 クシェルは教師役のフィールから誉め言葉を貰い、はしゃいだ声を上げる。

 トレーニングを開始した当初は、体力測定も兼ねて現在でも続行しているウォーミングアップの『ゴーレム人形が撃ってくる流れ弾を避けるor撃ち落とす』ことから始まったのだが、クシェルは一般生徒よりも基礎体力はあったので、すぐに次のステップに進んだ。

 クシェルは天性の才能があるようで、ベーシック呪文の『武装解除呪文』や『失神・麻痺呪文』等は一発クリアし、数日間の練習で習得困難な『盾の呪文』も完璧にマスターした。

 この事から、クシェルは実技関連のものはかなり得意な方だとわかる。実際、普段の授業中の様子を見てみても、『魔法史』『天文学』等の筆記系は苦手そうだが、『妖精の魔法』『魔法薬学』『変身術』等は難なくこなしていた。

 

「正直、ここまで急成長を遂げるとは、教えてる側の私もビックリしてる」

 

 フィールはクシェルの頭にポンと手を置く。

 

「でも、あまり無理はするなよ。一人自主訓練に励むのは同志として感心するけど、それで身体を壊したら、元も子もないからな」

「! え、なんで―――」

 

 フィールの言葉にクシェルは眼を見張った。

 どうしても外せない都合があってフィールが稽古につけられない時、クシェルは彼女に教えて貰わなくとも、自主訓練に励んだ。

 必要の部屋で数時間に渡る魔法の鍛練を積み重ねたり、時にはフィールが不在の部屋で護身術の技を磨いたり―――もう二度と、あんな思いはしたくない一心で、クシェルは陰で努力を続けてきた。

 何故それをフィールが知ってるのか、とクシェルが一驚してると、

 

「クシェル、前に私に言っただろ。―――誰かが頑張ってる姿は、誰かがちゃんと見守っているって。そういうことだ。………アンタが頑張ってる姿、私はちゃんと見てるからな」

 

 と、かつて自分がフィールに対して言った言葉を掛けられた。

 クシェルは、ポカーン、と見慣れたフィールの顔を見つめていると、その彼女は踵を返して歩き出し、

 

「なに、いつまでもボケッとしてんだ。ほら、早く来い。休憩するぞ」

 

 と、肩越しに振り返りながら、ぶっきらぼうな口調で促された。

 その声にハッとしたクシェルは、次第にはにかむような笑みを浮かべ―――。

 

「ごめん、今行くよ」

 

 大きく頷いて、満面の笑顔になりながら、クシェルはフィールの後を追い掛けていった。

 

♦️

 

 数時間後、必要の部屋での訓練を終えた二人は地下牢に在る蛇寮の寝室に戻ってきた。

 談話室に帰ってきたらホグズミード村に訪問してきた上級生達は既に戻ってきてて、他の下級生が談話室や自室で課題消化してた中で二人して外出していたのを気になった一人の先輩に何処へ行ってたのかと訊かれたら、二人は「散歩してた」と適当な言葉ではぐらかした。

 

(クシェルはだんだん強くなってる………これなら、もしまたアイツらに襲われたとしても、返り討ちにしてやれんな。ま、万が一何か起きたら、私が何とかしてやればいいか………)

 

 と、そこまで考えたフィールは、自嘲気味に笑った。

 自分は随分とクシェルに甘くなったようだ。

 出会った当初なんて、あれだけ冷たくあしらって嫌っていたのに、今ではすっかり、クシェルを護ることが自分の中では当たり前になっている。

 そうしてるのも、スネイプから「もっと優しく接してやれ」と抗議されたからなのか、本能的な使命感からなのか………。

 結論の出ない思考に囚われていたフィールは頭を振り、さりげなく、クシェルの方を見てみると―――疲れてベッドで横になり規則正しい寝息を立てながら眠っていた。

 それも、自分が寝起きしてるベッドではなく、何故かフィールのベッドで。

 

「………………」

 

 フィールは額に手を当てて深くため息つく。

 全く………寝るんだったら自分のベッドで寝ろっての、と心の中でツッコミつつ、気持ちよさそうな寝顔のクシェルにフッと柔らかく微笑んだ。

 

「ったく、仕方ないな、本当に………」

 

 フィールは羽織っていたローブを脱ぎ、毛布代わりとしてクシェルの身体に掛けてやる。すやすや眠るクシェルの隣にそっとベッドに腰掛けたフィールは、元気よくピョンピョンはねた明るい茶髪をそっと撫で、

 

「ここ最近、ずっと頑張ってるもんな………その努力に免じて、特別に許してやるか」

 

 滅多に見せない優しい眼差しでクシェルを見下ろし、ポツリと呟いた。

 

「―――お疲れ様」

 

♦️

 

 夕食時間になり、談話室や寝室で寛いでいた生徒達は各自の寮から出てきて、ゾロゾロと大広間へと向かった。

 寮が同じ階のスリザリンとハッフルパフは顔を見合わせた瞬間、一瞬気まずそうな表情を浮かべたが、それはいつものことなので、何もなかったようにパッと視線を逸らし、階段を上がっていくが―――。

 

「―――貴女、そっちは階段じゃないわよ?」

 

 一人だけ皆とは別方向に歩く女学生がいて、疑問に感じたその女学生と同じ寮生が首を傾げながら声を掛けた。

 声を掛けられた女学生―――フィールは、声がした方向へ振り向く。

 色艶のいいサラサラとした長い黒髪。

 エレガントな印象を与えるグレーの瞳。

 ビスクドールのような美しい顔をした彼女は、聖28一族(『純血一族一覧』の著者カンタンケラス・ノットの判断により、1930年代時点で間違いなく純血の血筋と認定された28のイギリス人家系の総称)に連なる豪家豪族の一つ―――グリーングラス家の御令嬢、ダフネ・グリーングラスだ。

 

「そんなもん言われなくてもわかってるっての」

「じゃあ、何処行くつもりよ?」

「厨房だ」

「厨房?」

「ああ。クシェル、夕食の時間になっても全然起きる気配が無くてな。無理矢理叩き起こすのは可哀想だけど、かといってこのままほったらかしにして、夕食時間過ぎて食べれなくなったら、それはそれで可哀想だからな。だから、厨房に行って何か作って部屋に帰ろうと思って、今寄るところだ」

「ふーん………でも、わざわざ作らなくてもよくない? 何かしらの食べ物を大広間の外に持ち出すのは許容されてるんだし」

「それは、まあ、そうだけど………」

 

 脳裏を過る、クシェルの可愛い寝顔。

 疲れ果てて寝てしまうくらい頑張っているクシェルのあんな寝顔を見せ付けられたんじゃ、指導官やってる側としては、何か彼女に御褒美的な物を少しは与えてあげたいと思い………色々考え抜いた結果、フィールは手料理を振る舞うことにしたのだ。その決定事項には、褒賞以外の理由も含まれている。

 

「前に私、久し振りに御菓子作りして、クッキー焼いたんだけどさ。クシェルに『食べるか?』って訊いたら、『食べたい』って言ったから渡したんだけど………そしたらクシェル、『美味しい』って言ってくれたんだよな」

 

 美味しい、って言ってくれたクシェルのあの笑顔をもう一度見てみたい。

 そう言ったフィールに、ダフネは眼を細める。

 

「貴女、随分と変わったわね………まるで別人みたいだわ」

「それはどうも。じゃ、そろそろ行く」

 

 フィールはダフネに別れを告げ、踵を返そうとしたが。

 

「ちょっと待ちなさい」

 

 と、何故かストップを掛けられた。

 フィールは立ち止まり、再び振り返る。

 

「なんだ?」

「………クシェルがよく、貴女のことを『皆からすると冷たいように見えるけど、本当は凄く優しい人』って言ってたのよね。最初は信憑性が薄かったけど………最近の貴女を見てると、クシェルがそう言ってた意味、なんとなくだけどわかるようになってきた気がするわ」

 

 ダフネは歩み寄り、スッと手を差し出す。

 

「私、ダフネ・グリーングラスよ。これからは、仲良くしましょう」

 

 ダフネからの意外な申し出に、フィールは瞠目する。が、こちらも手を伸ばし、差し出されたダフネの白い手を握った。

 

「フィール・ベルンカステルだ。よろしくな、ダフネ」

「ええ、よろしくね、ベルンカステル。いや、フィール」

 

 ダフネは笑い、フィールも釣られて微笑した。

 ちょっとだけだがポーカーフェイスを崩したフィールに、ダフネは「あら」と眼を丸くする。

 

(笑ったら、案外可愛いじゃない)

 

 あくまでもクールさは健全であるが、間近でフィールが微笑む顔を見たのは初めてだ。ダフネはフッと表情を緩める。

 

「じゃあ、私は大広間に行くわね。精々美味しいもの作ってやんなさい」

「ああ、そのつもりだ。じゃあな」

「ええ、またね」

 

 そうしてフィールとダフネはほのかな蝋燭の灯りを頼りに、それぞれの目的地へと向かったのであった。




【訓練依頼】
この時からクシェルのレベルは格段に上がった。

【やって来ました、ホグズミード村!】
オリのハッフルパフ組With原作のグリフィンドール組。

【クシェルの能力】
実技は得意だけど筆記は苦手。
所謂勉強は不得意だけど体育は得意タイプ。

【ダフネ・グリーングラス】
原作キャラのスリザリンの女学生。本家では将来フォイフォイの妻となったアステリアの姉。
この作品のダフネ(グリーングラス家)の設定は2章の後書きに記述してます。


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#15.白い雪、黒い影

姉世代と同世代のエピソード。
時には原作物語から離れてリフレッシュ兼ねてのオリジナルストーリー書くのも二次創作の醍醐味ですね。


 クリスマス休暇1週間前。

 ホグワーツ城の屋根や校庭、森は白い雪で辺り一面白銀の世界となり、敷地内にある広大な湖は水晶のような光沢を放ちながら完全に凍結していた。廊下は吹き抜けで外気の冷たさに晒されているため、防寒具無しで移動は出来ないほどとても寒い。

 ハッフルパフ寮監で『薬草学』の教師担任ポモーナ・スプラウトが作ったクリスマスにホグワーツに残る生徒のリストに名前を書いたクリミア・メモリアルは、今年の冬季休暇をどう過ごそうかと一人考え事に耽ていた。

 義妹のフィール・ベルンカステルが今年ホグワーツに入学したため、ベルンカステル城に帰宅する必要は夏季休暇まで無くなった。彼女はホグワーツに残るらしく、クリミアも()に帰っても何もすることが無いことから、必然的に此処に留まるのを決めた。

 まだホグワーツでのクリスマスを過ごしたことがないクリミアは、さてどうしようかと頭を回転させていると、

 

「あら? クリミアじゃない」

 

 声がした方向を見てみれば、黒髪に姓と同じ青紫色の瞳のスリザリン女生徒―――アリア・ヴァイオレットが居た。

 

「こんな所で会うなんて、奇遇ね」

「そうね。………アリアはクリスマス休暇中、此処に残るの?」

「いや、一時帰宅するわよ」

 

 スリザリンは名家出身者が多数を占め、9割の生徒がクリスマスは家族と過ごすために一時帰宅を選ぶ。アリアの家柄・ヴァイオレット家もその一つだ。

 クリミアは、少し淋しい気持ちだった。

 去年までは同僚同輩の友人、ソフィア・アクロイドがホグワーツに留まり、自分とアリアは家に帰っていたのだが、今年はソフィアも帰宅するらしい。同級生で特に仲が良い二人としばらく会えなくなるのは、侘しいものだ。

 

「スリザリンで残る人って少ないわよね………って、そういえば、クリミア」

「なにかしら?」

「貴女の『噂の義妹』って、フィールのことだったのね」

 

 アリアが所属するスリザリンには、後輩であり友人の義理の妹であるフィールがいる。彼女らが血の繋がりがない家族であるという関係を知っている生徒は、今のところはソフィアとアリアくらいだ。

 

「最初知った時はビックリしたわ。血が繋がっていないというのも差し引いてでも、クリミアとフィールの性格があまりにも違いすぎるもの」

「……フィール、あれでも昔は、今と全然違ったわよ」

「え? そうなの?」

「……昔はもっと明るくて、笑顔も多かったわ」

 

 アリアはタンザナイトの瞳に驚愕を宿す。

 とてもではないが、いつもポーカーフェイスでクールな雰囲気を身に纏うようなフィールが、明るかったり笑ったりすることが多かったなど、想像がつかないのだろう。

 

「………そうだったのね」

 

 未だに驚きは隠せないが、深く詮索はしない。

 こういうのはあまり尋ねるべきものではないと遠慮したのだ。

 少し気まずい空気になったのを申し訳なく感じているのか、クリミアはそれまでの神妙な面持ちから一変、笑顔を形作り、

 

「フィール、そっちでは友達と仲良くしてる?」

 

 気になってたフィールの友情事情を尋ねた。

 アリアも話を蒸し返す真似は敢えてせず、

 

「ええ、仲良くしてるわよ。特に同級生のクシェルとはね」

「そう………フィールが独りじゃなくてよかったわ」

 

 クリミアは安心した表情になる。

 アリアはふと、クリミアに訊いた。

 

「貴女、かなりフィールのことが心配なのね」

「フィールは今の私にとって、唯一誰よりも近くに居た家族よ。もう………失いたくないわ」

 

 クリミアはアメジストの瞳を伏せる。

 生まれて間もなく両親を失い、孤児となった自分を引き取ってくれたのがフィールの両親だ。

 実の娘じゃないのに実の娘同然に可愛がってくれ、溢れんばかりの愛情を注いでくれた。フィールが生まれてからは姉妹という関係になり、彼女は自身を姉として慕ってくれた。

 ………数年前、フィールの両親は目の前から突如として消え失せた。フィールだけでなく、クリミアも悲しみに暮れた。

 今はフィールの母方の叔父・ライアンや彼の妻であるセシリアが面倒を見てくれてるので、自分達にはちゃんとした家族がいる。だけど―――幼い頃からずっと一緒に居たフィールは、絶対に失いたくない。

 あんなことがあったから、尚更クリミアはフィールに対し過剰なほど心配性だった。

 

「貴女達って、ホント仲が良いわね。でも、ちょっとしたことで気を揉んだりしてたら、姉妹なんてやってられないわよ? 今はあまりないけど、私なんて、昔はしょっちゅう姉とケンカしたわ。ま、ケンカするほど仲が良いっていうし、普段は姉として妹の私をなでなでしてくるのは今でも変わらないわ」

 

 アリアは苦笑い混じりに言い、クリミアも微笑しながら、

 

(普通の姉妹って、やっぱり、そんな感じなのかしら………)

 

 アリアには、4歳年上の姉がいる。

 彼女みたいに、ケンカも挟みながらも姉妹という関係を築くのが普通なんだろうけど………そこは複雑な家庭環境故にか、クリミアはフィールと本格的なケンカをしたことがまだない。

 

「不思議ちゃんな妹を持つと、貴女も大変ね」

 

 アリアはクリミアの髪をくしゃくしゃとする。

 クリミアは乱れた髪を押さえながら、

 

「貴女も、しょっちゅうなでなでしてくるわね」

「姉の影響があるのかもね」

 

 屈託のない笑顔を浮かべる友人に、クリミアは微笑み掛けた。

 

「じゃあ、休暇迎える前に雪遊びでもしましょ」

「雪遊びって………私、柄じゃないわよ?」

「いいじゃない。たまには付き合いなさいよ」

 

 アリアはマフラーと手袋を取って来たら校庭に集合だと言い、彼女は寮に帰った。クリミアはやれやれと軽く肩を竦めつつ、こういうのも悪くないかなと、ハッフルパフ寮へ向かった。

 

 ハッフルパフ寮に戻ると、大半の生徒が荷造りし終えたようで、談話室のソファーに座って友人と談笑したり、チェス等の趣味に興じたりと楽しく過ごしていた。

 クリミアは人混みの中をすり抜け、割り当てられている部屋に向かい、目当ての手袋と指定マフラーを持つと、

 

「クリミア? 何処か行くの?」

 

 部屋に入ってきた同室の友人、ソフィアがクリミアと、彼女の手元にある防寒具に眼を向けながら首を傾げる。

 

「ええ、校庭にね」

「校庭? なんで?」

「アリアから『休暇前に雪遊びしましょ』って言われたから、それで」

 

 それを聞いたソフィアは、

 

「私も仲間に入れてくれない?」

「ふふっ、勿論よ。せっかくだし、久々に三人で遊びましょ」

 

 ソフィアはパアッと顔を輝かせ、彼女も衣装棚から手袋とマフラーを取り出すと、部屋を退室して談話室外へ再び外出する。ハッフルパフ寮生徒指定のブラックとイエローのマフラーを首に巻いて手袋を着用し、二人は校庭に向かった。

 白い雪が雪空から降り注ぐ校庭に着くと、スリザリン寮生徒指定のグリーンとグレーのマフラーを首に巻いて暖かそうな手袋を付けているアリアが既に待っていた。

 

「早いわね、アリア」

「あら? ソフィアじゃない」

「アリア、久々に三人で遊びましょ」

「そうね。あまり三人で居られる時って滅多にないし、思う存分楽しみましょ」

 

 アリアも了承し、クリミアは杖を抜いて軽く一振りする。すると、積もっていた雪が徐々に形を変えていき、三人の身長より少し高めの雪壁が離れた場所に3つ出来上がった。

 

「雪遊びといったら、雪合戦じゃない?」

「3つ壁があるから、個人戦ね?」

「チーム戦は奇数だから無理だし」

「あ、そうだ。普通にやるのもつまらないし、やる前に一つ、賭け事しない?」

「「賭け事?」」

 

 見事なまでにハモったクリミアとアリア。

 ソフィアは笑いながら、首を縦に振る。

 

「ええ。負けた二人が、勝った人の言うことを一つだけ聞くとかはどう?」

 

 ソフィアの不敵な笑みにクリミアとアリアは、

 

「悪くないわね」

「受けて立つわ」

 

 ニヤリとしながら、勝負に買って出た。

 そうして、三人は契約の握手を交わし―――それぞれのポジションに就くと、雪遊びもとい雪合戦という名の試合(ゲーム)開始(スタート)した。

 

♦️

 

 一方のフィールはと言うと―――。

 相変わらず、8階の必要の部屋で籠っていた。

 スリザリン生の大半は現在荷造りしており、ホグワーツに残るフィールは特に何もすることがないことから、放課後と休日は大抵生活する憩いの場でのんびりしている。誰にも邪魔をされず、静かに過ごせるのは居心地がいい。スリザリン談話室では純血主義者から蔑視されたり陰口叩かれたりと居心地が悪いので、格差が激しかった。

 必要の部屋が出してくれた暖かな暖炉の近くに設置されている大きめのソファーに身を委ねるフィールは、分厚い魔法書を読んでいた。室内も程よい程度に暖房が効いており、ワイシャツで満喫している。ブーツを脱いでソファーに横たわる彼女は、次第に凄まじい眠気に襲われ、うとうとしてきた。

 うつらうつらしている内に、フッと重い瞼がおろされ、フィールは寝息を立てながら意識を落とした。

 

 静寂に包まれている、必要の部屋。

 そこに、外部から入室しようとする者の存在を示すようゆっくりと扉が顕現とし、やがて、その人影がひっそりと姿を現した。

 元気よくピョコンとはねてる茶髪がトレードマークの、キラキラした翠瞳を持つ少女―――クシェル・ベイカーだ。

 クシェルは今日も必要の部屋に来てるだろう友人を探しに寮から出向き、案の定やはり此処に居た彼女へ微苦笑した。訓練部屋の風景をずっと見てきたせいか、いつものそれとは全く異なる室内の景色に、クシェルは首を傾げる。

 

 よく見てみれば、フィールが寝ていた。

 大きめのソファーに身を任せる彼女の手元には魔法の本が在り、開いているところを見ると、読んでる最中に眠ってしまったんだと、クシェルは察する。

 クシェルはフィールを起こさぬようそっと近付き、しゃがみ込む。だて眼鏡が掛けられていたままなので、両手を伸ばし、青のそれをゆっくり外すと、素顔が露になった。

 すやすや眠るその寝顔に、クシェルは思わず笑みを溢してしまう。

 

(寝顔可愛い………)

 

 常に無表情が絶えないフィールでも、寝顔は年齢相応のあどけなさが現れる。魔法の練習や本を読んでいる姿ばかり見てきてるせいか、これまでスゴく強くて大人びていると思っていたけど、フィールはまだ自分と同じ11歳なのだ。

 

(………顔が小さいから小柄に見えるけど身長高いし、だて眼鏡で素顔を隠してるけど、顔立ちも整ってる………)

 

 少し長めの前髪の下に隠されている蒼眼は閉じており、長い睫毛がより目立つ。闇のように黒い髪とは真逆で肌は雪のように白く、寝息が漏れる唇はしっとりと濡れている。緩く結んだ緑のネクタイを襟に巻く真っ白なワイシャツに包む身体は全体的に細く、規格外レベルの猛者だと知らなければ、別の意味で稀有なか弱い女の子にしか見えない。

 

(………そういえば―――)

 

 フィールの素顔を見たのは、久しぶりである。

 彼女の素顔を見たのは、9月1日―――ホグワーツに入学した日とハロウィーンの日だけで、これまで、ずっと見てこなかった。あの時はあまり意識しないで接していたが、こうして間近で見てみると、滅多に見られない美形フェイスの持ち主だと断言出来る。

 クシェルはフィールの顔から横へ視線を移す。

 ブーツを脱いで横たわっているため、ストッキングを履いた美脚に目線が行く。長い脚もこれまた細く、オシャレしたらその魅力が数倍に跳ね上がりそうだとクシェルは考えた。

 

「………………」

 

 クシェルは、フィールの方へ手を伸ばす。

 柔らかい感触の頬に触れ、そっと撫でた。

 と、その時。

 

「…………んっ………」

 

 フィールが、くすぐったそうに身動ぎした。

 クシェルはドキッとし、起こしてしまったかと内心ヒヤヒヤする。しかし、それは取り越し苦労だったようで、すぐにフィールはスゥスゥと規則正しい寝息を立て始めた。

 ホッと安堵の息を吐き、クシェルはフィールの頬に掛かる髪を指先で振り払う。さらさらちょっと癖毛の黒髪を梳くい取ってみれば、シャンプーの甘い香りが鼻腔をくすぐる。

 

 もっと彼女に近付きたい。触れてみたい。

 もしも今此処に男が居たら、きっとそう思ったに違いない。

 それだけ、今の彼女は本来の人間離れしたルックスが際立てる美しさだけを纏っていた。

 年齢相応の幼さと年齢不相応の色っぽさにまじまじと見つめていたら、パチリ、とフィールが目を覚ました。

 

「ふぁぁ………私、いつの間にか寝てたのか……ん?」

 

 寝起きのフィールは、朧気な瞳でクシェルの顔を捉えた。

 

「………クシェル、か………」

「フィー、おはよう」

「ああ、おはよう………って、いつから居たんだ?」

 

 その問いに、クシェルは戸惑う。

 ついさっき………とは言えないし、かといって結構前から居たなんて言ったら、不機嫌になってしまうかもしれない。

 クシェルが返答に困っていると、フィールは彼女の手元へ視線を移す。片手には、青のだて眼鏡が握られていた。そこで初めて、自分が眼鏡を外してる状態だと知る。

 

「………随分前から居たそうだな」

 

 ギクッとしたクシェルにフィールは軽く肩を竦め、半身を起こして首を振る。

 

「………なんで、此処に来たんだ?」

「あ、えっと………フィーが寮に居なかったからまた必要の部屋に行ってるのかなって」

「必要の部屋はなにかと便利だからな。大抵は此処に居る」

 

 フィールはこめかみを押さえ、しゃがむクシェルを見下ろした。

 

「だて眼鏡、返して」

「あ、うん………」

 

 クシェルはフィールへだて眼鏡を手渡し、受け取ったフィールは再び掛けた。

 クシェルは「そのままでいいのに………」と落胆気味なため息をついた。

 そんなクシェルへ、フィールは問う。

 

「………寝てた顔、見たのか?」

「え………まあ、うん。見たよ」

「………………」

「可愛かったよ、フィーの寝顔。なんか、天使みたいだなって………」

 

 クシェルは慌てて不機嫌そうな顔になったフィールへ感想を述べると、

 

「………ああ、そう」

 

 フィールは長めの前髪を掻き上げた。

 心なしか、ほんのり彼女の耳が紅かったような気がしたクシェルは、「もしかして………照れ隠し?」と好奇心が沸いた。

 

「フィー、今、照れた?」

「! ………別に照れてない」

 

 プイッと素っ気なく顔を逸らすフィール。

 クシェルは更に弄りたい気分になり、

 

「嘘がバレバレだねえ」

 

 とフィールを煽った。

 フィールは横目でキッと鋭い目付きになる。

 しかし、それに怯むことなく、

 

「可愛かったのは事実だよ? 大人びてるフィーも寝顔は女の子だなぁって」

「………言うな、それ以上」

 

 クシェルの言葉にフィールは顔を背ける。

 彼女の頬が紅潮したのを見逃さなかったクシェルは、

 

「顔、真っ赤」

 

 と、赤面したフィールの顔を強引に向かせた。

 恥ずかしさから顔に熱が籠っているのが、肌を通じてわかる。色白な肌だからこそ、その違いがハッキリするのだ。

 

「貴女が赤面したシーン、超レアだね」

「………ッ」

「フィーもそういう顔するんだなって知れて、私は満足かな」

「………変なところで満足するな」

 

 フィールはクシェルの手を振り払い、クールダウンしようと心を落ち着かせる。クシェルはひとしきり笑った。

 

「今日、なんだか得した気分」

「………………………………」

「フィーの寝顔や赤面した顔を見れて」

「おい」

 

 沈黙を貫くはずが、あっさり崩れる。

 フィールは悪戯っ子の笑顔のクシェルを睨み付けるが、先程彼女の意外な一面を見たばかりか怖いとは感じなかった。

 

「このこと、皆に言おっかな。そうすれば、皆も親近感沸くんじゃない?」

「言うな、絶対」

「えーっ、どうしよっかな」

 

 焦らすようにニヤニヤするクシェル。

 フィールはクシェル経由で同僚に知られ渡らないかが不安でヒヤヒヤしていた。

 

「どうしても言われたくない?」

「ああ、言われたくない」

「じゃあさ、一つ約束して。そしたら言わない」

「約束?」

 

 怪訝な顔をするフィールへ、クシェルは彼女の手を取りながら言った。

 

「たまには、必要の部屋じゃなく、談話室に居て」

 

 フィールは、必要の部屋に居ることが多い。

 せっかく友達だというのに、彼女は談話室に居る回数が少ない。まあ、ドラコ・マルフォイやパンジー・パーキンソンなどから軽蔑の眼差しで見られるのを避けるためと考えれば、無理もないけれど………。

 それでも、自分とフィールは親友なのだ。

 少しくらいは、フィールの方から共に行動して欲しい。

 

「………談話室に、ねえ」

「フィーからすればイヤだと思うけどさ………ちょっとは、一緒に居てよ。私達、友達なのに、淋しいじゃん」

(………友達、か…………)

 

 友達。

 それはなんとも、精神的に孤独だった自分からすれば縁の無い響きであった。

 6年前に父と母を失ってから、自分は独りを選ぶようになった。誰かと馴れ合いになるのを嫌い、振り払うのを決めてきた。誰か大切な人を作り、また失ったら………そう考えると、強迫観念に駆られ、自分が自分でいられなくなってしまう。

 だから………友達になろう、と言ってきたクシェルを冷たくあしらった。そうすれば、誰も近付いて来なくなる。余計な心配はいらない。

 そう考えていたのに………クシェルはしつこいくらいアプローチしてきた。どんなに冷たい言葉をぶつけても、めげずに接近してきた彼女へ驚きを隠せないでいた。

 

「………その気になればな」

 

 フィールは曖昧にして返事する。

 クシェルは彼女の雰囲気から滲み出た黒い影に翠眼を訝しそうに細め………何とも言えぬ表情だったが、

 

「………約束だよ?」

 

 念を押すように、手を握る力を込める。

 フィールは苦笑し―――深く息をついた。

 

「………じゃあ、こうすれば安心するか?」

「………?」

「………隣に座って」

 

 フィールは何故かそうお願いしてきた。

 クシェルは首を傾げつつ、素直に隣に座る。

 

「座ったよ。それで、どうしたの?」

「………いいから、そのままでいて」

「? うん」

 

 クシェルは言われた通り、大人しくそのままの姿勢でいると、フィールは青のだて眼鏡を再び外し、それをテーブルに置いて膝の上に頭を乗せてきた。所謂『膝枕』である。

 

「え? ちょっ、フィー?」

 

 クシェルはいきなりこんなことをしてきたフィールへ困惑と驚愕を隠せない。そんな彼女へ、フィールは眼を閉じながら呟いた。

 

「………今日はアンタとこうして一緒に居る。それなら、いいだろ」

 

 フィールは、今だけちゃんと傍に居ると約束するために、無防備な状態で身体と心を同時に預けてきた。クシェルはそれを知り、じゃあこれから先はどうなのかと、疑問符を浮かべる。

 

「………それに今は此処から出たくない。何処行ってもこの時期は特に寒いし」

「あー………それは言えるかも」

 

 クシェルは此処に来る前、滅茶苦茶寒かったのを思い出して天井を仰ぐ。確かに、今出たら寒さのあまり凍え死にそうだ。だけど、今はフィールと身体が密着してるので寒くない。むしろ温かさを感じる。

 

「だったら、今日はずっと一緒に此処に居る?」

 

 クシェルは黒髪を撫で、半分冗談で笑い掛けながらフィールに言ってみたら、

 

「………それも悪くないかもな」

 

 意外や意外、フィールはノリに乗ってくれた。

 クシェルは一瞬瞠目したが………これがフィールなりの友情表現なんだろうと思うようにし、穏やかな笑顔を浮かべながら、もう一度彼女の黒髪を優しく撫でた。

 

♦️

 

 クリスマス休暇前日。

 フィールは4階に在る図書室の一角に居た。

 ホグワーツの図書室はその広大さに違わず本の種類も豊富で、知識を増やす事が好きなフィールにとってはまさに知識の宝庫である此処はお気に入りの場所だった。

 

「あれ、もしかして、フィール?」

 

 時間を忘れて読書に勤しんでいたら不意に自分を呼ぶ少年の小声がし、フィールは本から顔を上げて振り向く。声の主はハリーであった。

 

「ん、ハリーか」

「久し振りだね。元気にしてた?」

「まあまあな。ハリーは?」

「僕も元気にしてるよ」

「そうか。………で、今日は一人か?」

「いや………ロンとハーマイオニーも居るんだけど、今は分かれて調べ物してるんだ」

「調べ物?」

「うん………もう2週間も収穫無しで、僕達、困ってるんだ」

 

 それを聞き、フィールは2週間前から三人は何かを調べているのかと、僅かに眼を丸くする。

 

「その調査内容ってなんだ? もしも知ってるヤツだったら教えるぞ」

「本当に!?」

「ああ。それで、アンタ達は何を調べてんだ?」

「それは―――」

 

 が、ハリーが口を開き掛ける直前、彼の歓喜に満ちた声を聞き付けたロンとハーマイオニーが現れて、遮られてしまった。

 

「ハリー、どうしたんだ? ………ん? あ、君は―――」

 

 ロンはフィールの姿を認めた途端、敵意を剥き出しにする。

 

「なんで此処に居るんだ?」

「ロン、フィールは最初から此処に居たよ」

 

 ハリーがフィールに代わって答える。

 ロンは面白くなさそうな顔でスリザリン生のフィールを睨んだ。

 

「それはそうと………ハリー、何か手掛かり見付かったの?」

「見付かったって訳じゃなくけど………もしかしたら、僕達の知りたいことをフィールが知ってるかもしれないんだ」

 

 ハリーの言葉に、ロンは信じられないと言う表情でソバカスだらけの顔を凍り付かせた。

 

「ハリー、君はコイツに訊こうって考えてるのかい?」

「だって、この2週間散々調べ尽くしても、何も成果は得られてないじゃないか。だったら、本を調べる以外の方法で、人に訊くのも一つの手だろう?」

「だけど、コイツの寮監はスネイプだぞ? コイツに僕達が調べてることを教えたら、確実に告げ口されてしまうじゃないか!」

 

 ロンの口振りからして何かスネイプが関係しているのかと、フィールは怪訝な顔になる。大嫌いな魔法薬学教師の名前を出されてハリーは一瞬顔をしかめたが、すぐに首を横に振った。

 

「ロン、フィールはそんな人じゃないよ。仮にこれがマルフォイだったら、即スネイプに告げ口されるだろうけど………フィールは他のスリザリン生とは違うだろ?」

 

 だが、頑なにロンは否定した。

 

「ハリー、騙されるな! そいつは君が信用しているのを利用して自白させようと企んでるだぞ。そんなヤツは放っといて、早く探すぞ!」

 

 ハリーは額に手を当ててため息を吐く。

 これ以上言い合っても、埒が明かないどころか逆にストレスが溜まるだけだと思い、フィールを見てさらりと自分達の目的を告げた。

 

「僕達、ずっとニコラス・フラメルについて調べてるんだ。『20世紀の偉大な魔法使い』にも『現代の著名な魔法使い』にも『近代魔法界の主要な発見』にも『魔法界における最近の進歩に関する研究』にも載ってなくてもうお手上げだよ。でも、僕、どっかで名前を見た覚えがあるんだよね………」

 

 ロンはハリーを咎める視線をビシバシ送るが、彼はマグルの小学校に通学してた際のイジメっ子集団から蔑みの眼差しで長年見られ続けてきたことから、その程度の視線など特段気にすることなく、平然とした態度を崩さない。

 フィールは「なんだ、そんなことか」とリクエストに応じて彼等が追い求めていた情報を、サラサラと淀みなくアンサーした。

 

「ニコラス・フラメルは歴史的に著名な錬金術師だ。1326年生まれのボーバトン魔法アカデミーの出身者で『賢者の石』の創造に唯一成功した人物でもある。ダンブルドアとは親しい間柄で錬金術の共同研究を行った事もあるのは蛙チョコレートのおまけカードにも載ってなかったか?」

 

 数十日間も掛けて発見出来なかったインフォメーションをあっさり並べ立てられ、思わず三人はフリーズする。が、いち早く思考が再起動したハリーはキラキラと明るい緑の瞳をキラキラと輝かせ、

 

「フィール、それだよ、絶対ッ!!」

 

 図書室に居る事実を忘れて、大声で叫んだ。

 その馬鹿デカい叫声はムダに広い図書室の隅々まで響き渡り、司書のマダム・ピンスに即刻放り出されてしまった。

 

「おい、どうしてくれるんだ」

 

 巻き添え食らってハリー達一行と共に追い出されたフィールは多少苛立った声音で責める。ハリーは肩を縮めて謝罪した。

 

「ごめん、つい、興奮しちゃって………」

「………まあ、過ぎたことは今更悔やんでも仕方ない。今回は水に流してやる」

 

 肩を竦めつつチャラにしたフィールは、直感的にあることを短時間で推測していた。

 

 ホグワーツに次いで安全と評されていたグリンゴッツ銀行の強盗事件。

 新入生歓迎会パーティー後の謎の忠告。

 ニコラス・フラメルについて質問し、『あるモノ』を口にした瞬間のハリーのあの反応。

 

 これ等から考えるに、答えは一つ。

 恐らくだが、この城の何処かに隠されているのだろう。

 誰もが一度は憧れる、不老不死(永遠の命)を手にすることが可能な、夢とも奇跡とも言える魔法のアイテム―――『賢者の石』が。

 何故つい先程ロンがそれにスネイプが関与してるらしき発言をしたのかは不明だが、大方彼等はスネイプが何かを盗もうとしていると思い込み、その何かの正体を突き止めるために、この2週間調べ物に費やしていたのだろう。

 最近よく図書室で見掛けるようになったのは、そういう訳か。

 まあ、普段が普段なだけに、彼等がそう考えてしまうのも無理はないが………。

 

 フィールには、スネイプがグリンゴッツ銀行の襲撃犯には見えなかった。

 先月行った、魔法薬学特別授業初日の夜。

 あの時スネイプは、最初、自分が本物のフィール・ベルンカステルかを杖を突き付けながら確認してきた。

 そうしてきたのも、強盗犯がホグワーツに潜んでいるかもしれないからとの理由であり、少なくとも、フィールからすれば彼が演技してるようには見えなかった。

 

(スネイプ先生は『現段階ではハッキリとした確証は持てない』と、そう言ってたよな。だけど、本当は既に強盗犯がホグワーツに紛れ込んでいるのを知っていて、生徒である私の手前、敢えて『まだわからない』と言ってた可能性もある。………時には相手が尻尾を出すまでじっと堪えるのも必要だ。もしかして、スネイプ先生はそうしてるのか?)

 

 考えても仕方ない。

 現時点ではまだまだ不確かな事柄が多過ぎる。

 組み立てるパズルのピースが少ない以上、もう少し増えてからじゃないと断定は厳しい。

 ハリー達に自分の憶測を語ったら事態がややこしくなると判断したフィールは自分の胸中だけに納めることにし、今はまだ有耶無耶にしておこうと、

 

「それじゃ、そろそろ私は行く。またな」

 

 と、このまま一緒に居てロンに睨まれ続けるのも嫌なことから、別れを告げる。

 ハリーだけは「うん、バイバイ」と返事し、フィールは軽く相槌打つと、彼等と別れて大広間へ昼食を摂りに向かったのであった。




【姉世代】
公式が『兄世代』ならその反対として『姉世代』にした。

【クリスマス休暇前に正体発覚するハリー達】
と言っても、原作展開とは何ら変化無しですけどね。


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#16.不機嫌な女王様

クリスマス休暇中&明けの出来事。

※12/30、本文加筆。


 クリスマス休暇中は全ての授業が免除され、一時帰宅が出来る。学校の過半数はそれぞれの家に帰宅するが、中には諸事情があって学校に留まる生徒もいる。名家出身が多いスリザリン所属の生徒は9割以上が帰り、各自盛大なパーティーを開くようだ。

 

「1年生は私とフィーだけか………淋しいね」

「いや、全く。これで短期間だけど、落ち着いて談話室を過ごせる」

 

 談話室に居るとパンジー・パーキンソンやミリセント・ブルストロードなどが軽視の眼で睨んでくるのが居心地が悪いとのことで、ホグワーツで過ごす時間は最早必要の部屋にあるフィール。人目が触れにくくなるこの時期を上手いこと利用するつもりでいるが………たまには憩いの場で時間を潰すのも悪くない。

 

「私としては、そんなことよりも、プレゼントをどうすればいいか悩んでる」

「プレゼント?」

「………誰に何を渡せばいいのかわかんない」

 

 クシェルは意外そうな顔で、フィールを見つめた。あの、どんな教科でも完璧にこなすフィールが、クリスマスプレゼントをどうしようかで悩むなど想像がつかなかったため、クシェルは笑ってしまった。

 

「………なんだ? 急に笑って」

「ふふ………ああ、ごめんごめん。なんか、凄い意外だなぁって」

「は? なんでだ?」

「フィーもそんなことで悩むんだなぁって」

 

 クシェルはひとしきり笑った後、珍しくいいことを言った。

 

「でもさ、こういうのは『気持ち』が何よりも大切だよ?」

「『気持ち』?」

「そ。『物』よりも大切なのはね」

「なんかいいこと言ったな。()()()

「珍しく、は余計だよ!」

 

 カッとしたクシェルは一発パンチしようとしたが、その前にヒラリと躱され、談話室外へとフィールは走った。

 

「コラ待てーッ! フィーッ!」

 

 逃走したフィールを追跡するクシェル。

 フィールは「別にそんな怒らなくてもよくないか?」と思いつつ、持ち前の運動神経と大人顔負けの体力を活用し、追い掛けてくるクシェルから全力で逃げ―――その日は1日中ホグワーツ城内で逃走中となった。

 

♦️

 

 12月25日、クリスマス。

 フィールはいつも通り朝早く起き、ベッドの脇にはプレゼントの山が形作られているのを見て、数秒間、フリーズした。

 「何故?」と疑問しかなく、フィールはプレゼントを2個ほど手に取ってみる。クィディッチ開戦日同様、特別な行事がある日のみ早起きするクシェルも、自分に贈られてきたプレゼントの数々に暫し唖然としていた。

 

「めっちゃ貰ってるんだけど、なんで?」

「いや、それ私の台詞だ。………なんでだ?」

 

 スリザリン生からもホグワーツ生からも遠巻きにされるのに、「なんでだ………?」とフィールは険しい顔付きになる。

 鈍感な彼女は知らないが、実はここ最近、以前よりも他人への冷たさが薄れていったことがファクターで、陰ながら人気が急上昇していたのだ。

 それに加え、純血主義者が大半を占めるスリザリンではかなり珍しい反純血主義者で非マグル差別者というのもあって、他寮の生徒達は人を血統で見下すことのない性格のフィールへ幾分か好感を持つようになり、クリスマスプレゼントを贈ったのだ。

 そしてその大半のプレゼントには、

 

『今まで悪かった』

 

 と、こんな簡素なメッセージが挟まれていた。

 フィールへ対する考えを改めた生徒達は、口頭では伝えづらいことから、こうやって手紙で謝罪してきたのだ。クシェルはそれを見て、ホッと胸を撫で下ろす。

 

「とりあえず、開けてみようよ?」

「………それもそうだな」

 

 と言うことで、二人は一つ一つ、丁寧にラッピングがされたリボンを外し、中身を見てみた。

 中身はお菓子などの定番のギフトがメインであったが、フィールにはクィディッチチームの誰かからだと思われる………いや、本当にあの人達からの贈り物が混じっていた。

 

「ゴーグルにグローブ、箒磨きセット………か」

 

 ゴーグルとグローブは、装着者に合わせて大きさを変えてくれるサイズフリーの便利なアイテムだ。箱の底にはメッセージが書かれた紙があり、フィールはそれに眼を通す。

 

『ベルンカステルへ

 俺達全員からのプレゼントだ。シーカーになったら是非とも使ってくれ! 

           byクィディッチチーム』

 

「わあっ、凄いね!」

「…………そうだな」

「フィー、来年シーカーなる?」

「いや、面倒」

「面倒って………フィー、マーカスに『考えておく』って言わなかった?」

 

 今やハリー・ポッターは、新たな意味でも英雄視されている。

 1年生とは思えぬ天性の才能のシーカー気質を兼ね備え、デビュー戦では見事勝利。

 それまで連勝してきたスリザリンに敗北と言う名の屈辱を植え付けた。

 スリザリンチームは「これはもうフィールしかいない!」と言わんばかりに敗北がしたあの日から何度もフィールに哀願し、彼女が答える言葉はいつも同じ。

 

「………考えておく」

 

 なのに今訊いてみると、「面倒」と前述とは矛盾じみた返答だ。流石にそれは身勝手なのでは、とクシェルはフィールに視線を向け、

 

「これは珍しい文具とかだ………結構凄いな」

 

 と、クィディッチの話題から脱線もとい逃走して他のプレゼントを開けていくフィールに、クシェルは思わずずっこけそうになった。そんなことは露知らず、最後に親しい人達からのプレゼントを開ける。

 

 クシェルからは『クィディッチ今昔』。

 ハリーからは『お菓子の詰め合わせ』。

 クリミアからは『狼のぬいぐるみ』。

 ソフィアからは『ガラス製の城の置物』。

 

 が贈られてきた。

 ちなみにフィールは何を贈ったかと言うと。

 

 クシェルには『クィディッチ関連の最新グッズ』。

 ハリーには『ニンバス特性ゴーグル』。

 ハーマイオニーには『魔法ハンドバッグ』。

 ロンには『ニンバス特性双眼鏡』。

 

 を贈った。

 勿論、クリミアとソフィアにもだ。

 ただし、この二人のプレゼントは他とは違う。

 軽い攻撃なら防御してくれる『盾の呪文』の機能を含ませた大鷲のネックレスと大鷹のネックレスだ。アクセの形がそれぞれ違う鳥なのはクリミアとソフィアの守護霊の形がそれぞれ大鷲、大鷹だからである。

 

♦️

 

 大広間に行ってご馳走を食べてくるクシェルとは別行動をしたフィールは、スリザリン寮を出て一人行く当てもなくホグワーツ城内をブラブラとさ迷っていた。休暇でかつ人が少ない時期はこの時くらいなので、せっかくだからこの機を利用して探検していたのだが………。

 

「………で、此処何処?」

 

 まさかまさかの、ホグワーツで迷子になってしまった。

 長い廊下のど真ん中に突っ立って、前髪をくしゃりとする。

 何も考えずに談話室を出ていったのは間違いだったなと誰も居ないことをいいことに舌打ちし、辺りを見回す。広大でギミックだらけのホグワーツの校内には未だに慣れない部分もあり、此処がまず何階なのかがわからなかったため、とりあえずは進んでみようと歩み始めた。

 コツコツと、歩く足音のみが静寂に包まれた廊下内に響き渡る。

 歩いている途中で図書室や呪文学の教室があったことから此処が4階であるとわかり、「地下から4階までって………」と軽く衝撃を喰らった。

 

(そういや此処だったよな。禁じられた廊下があるのって)

 

 恐らく『賢者の石』が隠されている場所に繋がっている廊下のことを考えていたフィールは、両眼である部屋を捉え―――その部屋目掛けて、自然と早足になった。

 そして、扉を開ける。

 そこは、トロフィー室であった。

 歴代のクィディッチ優勝のトロフィーが飾られていたり、首席名簿も飾られている。此処は鍵が掛けられておらず常に開いているので、誰でも出入りを行うのが可能だ。

 

「……………………」

 

 フィールはただただ、沈黙を持ってある寮のクィディッチで優勝したチームの記念写真に釘付けになっていた。

 1970年代の、スリザリンのチームだ。

 写真の中のメンバーは皆笑顔で、優勝杯を抱えている黒髪の女性を中心にして並んでいた。

 その女性こそ、優勝まで導いたシーカーなのだろう。

 非常に整った顔立ちに見事な黒髪、紫色のクールそうな眼光を宿す瞳は、まさに写真を見ている少女と瓜二つの容貌である。

 だって、その人は―――。

 

「…………お母さん………………」

 

 フィールの母親、クラミーなのだから。

 クラミーがピンチヒッターとしてシーカーになったというのは、聞き及んでいたから別に驚きはしないが………。

 

「………………なん、で?」

 

 いつの間にか、目の前がぼやけていく。

 写真を見た瞬間、母親は同じ学校に通っていたのだと………もう二度と会えないのだと、乗り越えたはずの無慈悲な現実の壁に容赦なく突き返され、声にならない悲鳴を心で叫んだ。

 亡き父親と同じ蒼い眼から熱い雫が溢れ、両頬をゆっくりと伝う。

 涙で視界が歪む世界の中―――写真の中の母は柔らかに微笑んでいて………。

 

「―――なんで…………いなくなったの?」

 

 震えた、喉から絞り出すような、細い声。

 それは、残酷な現実に向かって訴えたくなる悲痛の叫びを必死に抑圧させた、苦々しい問い。

 

 膝から崩れ落ち、写真の前にひれ伏せる。

 冷たい床に熱い涙が徐々に溜まっていく。

 喉はカラカラで、頭がガンガン痛くなる。

 

 膝をつき、淋しさと哀しみに涙する姿。

 それは、常に表情を上手くコントロールしているフィールからは想像し難い光景である。

 

 ―――泣いてはいけない。

 ―――私は当主なのだから。

 

 そう、弱る心を叱責するように、狼狽えそうになる時は言い聞かせる言葉をどれだけ自身に掛けても、精神的ダメージは大きくて。

 突然大好きな人を失ったショックとトラウマはいつになろうと、何年経とうと、深く強く刻まれたままで………。

 止めどもなく溢れていく涙。

 何度拭っても、また溢れる。

 端正な顔をぐちゃぐちゃにさせる温かい雫は、彼女の心を冷たく濡らした。

 

♦️

 

 クリスマス休暇が終わり、新学期が始まった。

 新学期に入ったことで、学年末に控えた学年末試験に向けて授業内容は日を積み重ねるごとに厳しく、忙しくなっている。大量に出される宿題の山々に、生徒達は毎日課題消化に追われてストレスやら疲労やらが溜まっていった。

 

 ある日、フィールは図書室の外でネビルがウサギ跳びしながら前進しているのを発見した。

 どうやらマルフォイに実験台として『足縛りの呪い(ロコモーター・モルティス)』を掛けられたらしく、フィールはすぐに杖を抜き出して『魔法強制終了呪文(フィニート・インカンターテム)』を唱え、ネビルに自由を取り戻させる。両足がパッと離れたネビルはその場にへたり込み、泣きながらフィールに礼を言った。

 

「ごめん………本当にありがとう………」

「別に気にすんな。立てるか?」

 

 片膝ついたフィールは手を差し伸べる。

 ネビルはまたまた泣きじゃくり、手を取りながらフラフラと立ち上がった。

 フィールはサッと辺りを見渡す。

 すぐ近くに人が座れる場所が在ったので、そこに覚束無い足取りのネビルを連れて腰掛け、彼が落ち着くまで一緒に待ってやった。何気無くスカートのポケットに手を突っ込んでみると、イチゴミルクのキャンディーが一袋入ってたので、それもまた手渡す。

 

「あ、ありがとう………」

 

 ネビルは小さな袋を開け、飴玉を口に入れる。

 フィールは無言で相槌を打った。

 二人の間に沈黙が流れ―――程無くして、ネビルがポツリポツリと今にも消え入りそうな声で語った。

 

「僕………こうして君に助けて貰ったの、これで何回目だろう。君はマルフォイとかと同じスリザリンに所属してるのに、いつもグリフィンドール生の僕を助けてくれる。………君みたいな人こそが、グリフィンドールに入るべきだったよ。僕なんかとは全然違うんだから………」

「…………………………」

「僕に勇気がなくて、グリフィンドールに相応しくなんて、言われなくてもわかってるよ。マルフォイがさっきそう言ったから………」

 

 すると、そこでフィールが口を挟んだ。

 

「ロングボトム。その人の長所や特色は、全てが全て寮の理念そのものとは限らないぞ。それに全員が全員、各寮の特徴が全部当て嵌まってると言う保証は、何処にもありはしない」

 

 寮で人を決め付けて勝手に判断し、寮に過剰なほど拘り過ぎるのは、それこそ反純血主義者が嫌悪する『純血主義』と何ら変わらない。ただそのものの題材が相違するだけだ。

 

「アンタにはアンタだけの良い所がある。仮にアンタがグリフィンドールじゃない別の寮に入ろうが、それとこれとは話は別だろうが。アンタの美点は誰かがちゃんと知ってる。周りの人間が何と言おうが、決して離れないで傍に居てくれるヤツらの存在が、それを示してるだろ」

 

 フィールは顔を上げてこちらを見るネビルの肩に手を置く。

 

「本人の選択であれ組分け帽子の選択であれ、アンタは『グリフィンドール』と言う、数々の輝かしい歴史を現代に渡って引き継がれてきた由緒正しい寮に組分けされたことに変わりはない」

 

 だから、と。

 フィールは強い眼差しで、ネビルに言った。

 

「―――見せてやれ、アンタの底力を。周りの罵詈雑言なんかに屈するな。アンタはアンタらしく、グリフィンドール寮生としての誇りを持って生きろ」

 

 かつて、ネビルと同じように………自身が所属した寮について思い悩んでいた自分が激励されたスネイプのあの言葉を掛けて、フィールはネビルを鼓舞した。

 ネビルは微かに微笑み、こくん、と頷く。

 

「うん………ありがとう、フィール。ごめんね、前にも君に沢山助けられたのに、『ありがとう』ってお礼言うの忘れてて………これからはもっと早く言うようにするよ」

 

 ネビルはポケットをゴソゴソと探り、『蛙チョコレート』を取り出す。

 名前の通りカエルの形をしていて、アマガエル程度の大きさのチョコレートが、掌サイズの5角形の紙製の箱に1個入っている。

 魔法の力でまるで本物のようにジャンプしたり動き回ったりするが、食べてしまえば普通のチョコレートだ。

 蛙チョコレートには1個につき1枚、『有名魔女・魔法使いカード』がオマケでついてきて、古今東西の有名な魔女・魔法使いの写真とその写真主の簡単な解説がカードの裏面に記されている。

 ネビルは5角形の箱をフィールに押し付けた。

 フィールは「………サンキュ」と受け取る。

 そうして、ネビルはグリフィンドール寮へと帰っていく。

 その足取りは、さっきとは違ってしっかりとしていた。

 

♦️

 

 新学期初のクィディッチ戦・グリフィンドールVSハッフルパフは、審判が突然スネイプに変更されてスリザリン以外の寮生達の間でどよめきの波紋が広がったが、シーカーのハリー・ポッターが僅か5分足らずの最短時間でスニッチを掴まえて前者のチームの勝利でゲームセットし―――それから数週間後、ホグワーツは復活祭(イースター)休暇に突入した。

 

 いよいよ、学年末試験のために本格的に勉強しなければマズいというのを否が応でも現実味に突き付けられ、ホグワーツ生達は苦しんだ。

 イースター休暇前はクィディッチと言う、学年末試験を忘れるには持ってこいのイベントがあったが、一旦熱が冷めると、徐々に試験への不安や緊張が再び芽生えてきたのだろう。

 それぞれの課題や苦手克服のために向かって努力する者もいれば、明日勉強すると言って結局やらない者など………学年末試験に対する行動がそれぞれ異なっていた。

 

 スリザリン生も例外ではなく、談話室では学年問わずテーブルに教科書や羊皮紙を広げて羽ペンを走らせる音が微かに響く。

 他の人と同じように、クシェルは苦手な天文学をフィールに教えて貰いながら、重要点を予習復習用の羊皮紙に纏めていた。

 いつもはフィールを蔑視する生徒も、この時ばかりは試験で落第したくない一心で全教科パーフェクトの彼女に泣き付いてしつこく追い回し、わからない問題をどんどん質問した。フィールは全部の質問に躓くことなくサラサラと答え、わかりやすく説明した。

 

「貴女、勉強してなさそうなのに頭脳明晰ってどういうことよ」

 

 フィールとクシェルが比較的よく話す同級生の女生徒―――ダフネ・グリーングラスは、恨めしそうな眼をフィールに向けた。

 ダフネは鮮やかな黒髪にクールな印象を与える灰色の瞳を持ち、かつ整った顔立ちをしているエレガントな容姿と、名家出身のお嬢様に相応しいノーブルさを兼ね備えていることから、スリザリン内での当たり物件はかなり上の方で、成績も良好である。

 

「別に普通だし、ダフネも充分頭いいだろ」

「全く………貴女、もう少し口の悪さを直しなさいよ。そんなんだから好感度上がらないのよ」

「好感度アップを求めて上品な言葉遣いするとか面倒だし、そもそも合わないだろ」

「そこは否定しないわ。ま、フィールは陰で人気高いから、そのままでも大丈夫そうだけど」

「………前々から気になってたんだけど、なんで人気あるんだ? あれだけ最初は私を忌避するヤツが多かったってのに」

「最近の貴女は、前よりも冷たさや無愛想さが薄れてったからよ。口が悪いのは、相変わらずの欠点だけど」

 

 ダフネはフィールが抱いてきた疑問の質問を丁寧に教え、ふと、彼女の顔を見つめた。

 

「なんだ? 私の顔に、何かついてるのか?」

「いや、そうじゃなくて………フィール、その眼鏡、一度外してみてくれないかしら?」

「は? なんでだ?」

「私、貴女の素顔、まだちゃんと見たことないから一度くらい見てみたいのよ。最近は私以外にも結構貴女の素顔を知りたい人が増え始めてるわ。だから、見せてちょうだい」

 

 ダフネは素顔をよく見てみたいと頼み、フィールは無表情だがリクエストに応じて青のだて眼鏡を外し、顔を向けた。自分から頼んだとはいえ、本来の整いすぎている顔立ちを間近で見たダフネは、ハッと息を呑む。

 

「ちょっ………普段からそれで居なさいよ!」

 

 思わず声を上げてしまい、談話室に居たスリザリン生はテスト勉強中に何事かと、顔をしかめてダフネに眼を向けたが―――その向かい側に座っている黒髪蒼眼の少女の顔を見て、ピキンッ、とフリーズした。

 9月1日のみ、フィールはだて眼鏡を掛けておらず、次の日からはずっと素顔は隠されていた。

 組分け時は全校生徒が見ている前で行われ、その時フィールの素顔は見れた。

 だが、距離の関係上ちゃんとは見れなかった人もいて、その人達はどんな感じなのかと密かに好奇心を募らせていた。

 そして、現在の談話室。それが実現した。

 

「なあ………もしかして、アイツ、ベルンカステルか?」

「グリーングラスの向かい側ってことは、そうだろ?」

「………めっちゃ顔整ってるじゃないか?!」

 

 男子生徒は一気に騒ぎ出す。

 誰だって長期間見れなかった超美形フェイスを急に見せ付けられたら、そのような反応をしてもおかしくない。

 女子生徒も揃って驚愕と羨望の眼差しを向けていると―――。

 

「なんで皆固まってるんだ?」

 

 参考本を図書室で借りてきた上級生達が戻ってきた。戻ってくるが否や、何故か皆が心奪われたみたいに挙動停止しているため、一体何を見ているのかと、目線の先に視線を移す。

 

「………は? おい誰だ!? アイツは?!」

 

 男子先輩は謎の美少女にパニックしたが、

 

「あら? フィール、そっちの方が断然可愛いじゃない」

 

 3歳年上で比較的よく気にかけてくれる先輩、アリア・ヴァイオレットはさしたる驚きはせず、微笑んでフィールの元まで歩くと、くしゃくしゃと頭を撫でた。

 が、その名を聞いた他上級生は仰天する。

 

「はあ!? マジでベルンカステルなのか!?」

「そうだぞ。お前ら、知らないのか?」

 

 新学期初日、フィールの左隣に座っていたスリザリンのクィディッチチームのキャプテン、マーカス・フリントは何をそんなに驚いているんだと言いたげに喫驚する同級生に訊き返した。

 一方、アリアに頭をなでなでされているフィールは彼女を見上げ、ジト眼で睨んだ。

 

「いつまでそうしてるんですか」

「私、妹いないから、貴女を見てると妹みたいに思えてね。クリミアの気持ち、わかった気がするわ」

「………何言ってたんですか?」

「さあ? それはクリミアに訊いてみたら?」

 

 悪戯っ子みたいに笑うアリア。

 フィールは苦笑いし、額に手を当てる。

 お茶目な性格のクリミアと共に生きてきたフィールは、なんとなく察したのだ。

 

「でも、お姉さんで言うなら、やっぱりクリミアが一番かしら?」

「………そうですね」

 

 幼い頃からずっと一緒に居たクリミアには、叔父や叔母にでさえ言いづらいことを話せる。フィールにとって、『血の繋がり』などといったしがらみは意味を成さない。姉だと思える限り、クリミアは自身の大好きな姉であるから。

 

「だけど、こうして妹みたいに見てくれるのは悪くないですよ」

 

 姉、という存在に思い入れがあるフィールからの意外な言葉に、アリアは一瞬驚いた顔をしたが、徐々にはにかむような笑みを浮かべ、

 

「それなら、嬉しいわ」

 

 くしゃくしゃ、とまた後輩の頭を撫でた。

 

♦️

 

 ここ最近は特に何事もなく、平和な日常が流れているだけだった―――とは言えなくなった。

 ある日、フィールはクシェルと一緒に廊下を歩いていたら、大勢の生徒が信じられないと言う面持ちで玄関ホールの片隅に佇んでいるのを発見した。

 まさしく『驚天動地』の四字熟語がピッタリな生徒達のざわついた様子に、フィールとクシェルは顔を見合わせる。

 

「なんだろ、皆して」

 

 クシェルは首を傾げ、フィールは適当に誰かを捕まえて事情を訊いてみた。

 

「何の騒ぎだ?」

「あ、ベルンカステル。なんか、あのハリー・ポッターがグリフィンドールから150点も減点させたらしいよ」

 

 それを聞いたクシェルは「150点!?」と眼を剥いてビックリし、急いで、ホグワーツの4つの寮の点数を記録している巨大な砂時計が設置されている場所を見た。これは先生や監督生などが点数の増減を口にするだけで自動的に砂時計の量が変わるシステムで、グリフィンドールの砂時計にはルビー、レイブンクローにはサファイア、スリザリンにはエメラルド、ハッフルパフにはダイヤモンドが詰まっている。

 

 確かにルビーが昨日より大幅に急減していた。

 が、フィールは何故かルビーだけでなくエメラルドからも50点ほど減点されているのを見て、「は?」と一人訝しい表情となる。

 その時、視界の隅にマルフォイが映った。

 彼は妙に勝ち誇った顔でニヤニヤとハリー達を見ている。

 ―――彼なら何か知っているかもしれない。

 なんとなくそう思った直感的な勘を信じて、フィールは一瞬だけ眼が合ったのを見逃さず『開心術』を発動。マルフォイの心を覗いてみた。

 

(………ドラゴン?)

 

 マルフォイから読み取った思考には、ハグリッドが法律違反を犯してまでドラゴンを秘密裏に育てていたのと、それに関わっているハリー達の姿がハッキリとあった。

 ドラゴンの飼育は魔法界では禁止されているため、悪い意味で重要なことだが、それよりも問題なのは、何故ハリー達が絡んでいるかである。

 一瞬しかマルフォイに対して『開心術』を使用出来ず、残念ながら一部始終は読み取れなかったため、ここからは推測だ。フィールは思考をフル回転させ―――あることを思い出した。

 

(……………あ、そういえば―――)

 

 前に、クリミアとソフィアからこんなことを聞いたことがあった。

 それは、ロンの家族についてだ。

 赤毛が特徴的の純血の一家・ウィーズリー家は大家族らしく、ロンには五人の個性的な兄がいるそうだ。

 現在、ロン以外でホグワーツに通っているウィーズリー家の生徒はグリフィンドールの男子監督生パーシーと双子の兄弟フレッド&ジョージで、前者は1学年上の先輩、後者は1学年下の後輩という関係らしい。

 そして、ハリーや自分が入学する前、次男のチャールズ(通称:チャーリー)というクィディッチではシーカーを務めるほど運動神経抜群でアウトドア派な人が在学していたらしく、卒業後はドラゴンキーパーとして現在ルーマニアで働いているとか。

 

(…………なるほど、そういうことか)

 

 フィールは、こう推測した。

 ハリー達は、秘密裏にドラゴンを育てていたハグリッドがだんだん自分だけでは手に負えなくなったのを見かねてなんとかしてあげようと思い、ロンのお兄さんの一人がドラゴンキーパーだからその人に頼もうと協力し、結果的に快く引き取って貰えたが、その帰りで副校長のマクゴナガルに見つかってしまい、同時に無断外出をしていた彼らを捜していたネビルも見つかり、1人50点、それを合わせて150点の減点を食らった。

 そして、何故スリザリンからも減点されているかというと―――マルフォイも無断外出をしていた生徒だったため、同罪ということから彼の寮からも50点引いた………と、どこぞの名探偵並みの推理力を発揮した。

 

「ポッター達が馬鹿やらかしたおかげで、私らは首位になったってこと。これで今年の寮杯は確定したのも同然ね」

「………そうか」

 

 フィールは事情を聞き終えると、黒色のローブを優雅に翻してその場を立ち去り、クシェルは慌てて彼女を追い掛けた。

 フィールは肩越しからハリー達を振り向く。

 彼等はグリフィンドール生から非難の言葉を浴び、ハッフルパフ生とレイブンクロー生からは連勝しているスリザリンから寮杯奪取の期待を裏切られたと蔑まれ、スリザリン生からは皮肉な言葉で礼をされていた。

 

「ったく、本当にくだらないな。脳内お花畑なのかよ、ホグワーツ生は」

「フィー?」

「ハリーに対する英雄扱いがまるで嘘みたいに変わった。掌返しもいいところだな」

 

 そもそも、何故責めてばかりなんだ?

 誰だって自分が原因で減点されたことは一度や二度あるだろうし、それこそ中には今回のことと匹敵するレベルの行為をしたヤツだって過去を遡れば幾らでもいるだろう。程度の違いを除けば、全て引っ括めて同じことだ。

 それに、なんでハッフルパフとレイブンクローはハリー・ポッターがグリフィンドールに所属した瞬間、彼なら6年間連続で寮杯獲得しているスリザリンからその座を奪えるのではと勝手に期待を掛け、大幅に点数を下げたら軽蔑の眼差しを向けるのだろう。寮杯獲得のチャンスだと燃え上がってもいいのに、ハリー達を責め立てるのおかしい。

 クシェルは苛立ちを含んでそう言ったフィールに少し驚いていたが、

 

「フィー。誰かのために怒れることはいいことだよ。フィーがそうしてくれるなら、ポッター達も救われるんじゃないかな?」

 

 と、フィールが誰かのために怒ったのを見て微笑みをかけ、彼女はぱちくりしたが、フイッと顔を背け、

 

「………ああ、そう」

 

 少し長めの前髪を掻き上げた。

 クシェルはそれが照れ隠しであったらいいなと思いながら、フィールの隣に並んだ。

 

♦️

 

 学校で最も人気があり、称賛の的だったハリーは一夜にして突然、学校で一番の嫌われ者になっていた。それまで良好的な関係だったレイブンクローやハッフルパフでさえ、一瞬にして彼の敵に回った。スリザリンから寮杯を奪うのを楽しみしていた反動は凄まじく、何処へ行っても皆はハリーを指差し、声を潜めることもせずおおっぴらに悪口を叩いた。

 その一方でスリザリン寮生はハリーが通る度に拍手をし、口笛を吹き、

 

「ポッター、ありがとよ、借りが出来たぜ!」

 

 と意地の悪い満面の笑みで囃し立てた。

 苦しんだのはハリーだけでなく、ハーマイオニーとネビルもだ。

 二人はハリーみたいな有名人ではなかったのでハリーほど辛い目には遭わなかったが、それでも誰も二人に話し掛けようとはせず、いつもなら当てられなくても挙手するようなハーマイオニーでさえ、皆の前で注目を引く行為は止め、俯きながら黙々と勉強に取り込んだ。

 そんな居心地悪い時間が続いたある日―――ハリーはフィールと遭遇した。

 

「あ………フィール………」

 

 ハリーは決まり悪そうな顔を浮かべる。

 フィールは相変わらず無表情であった。

 が、どこか心配そうな瞳で覗き込んでいる。

 

「………大丈夫か?」

「え………あ、うん………大丈夫」

「ウソつけ。その顔は大丈夫じゃないだろ」

「………………」

 

 ハリーは返事をする変わりに項垂れる。

 フィールは一つため息を吐くと、周りに誰も居ないのを確認してハリーにこう問い掛けた。

 

「この後、暇か?」

「え? まあ、うん………暇だよ。それがどうかしたの?」

「なら、私について来い」

「え………?」

「このまま寮に帰りたいなら、話は別だけどな」

 

 ハリーは少し考え込む。

 フィールの意図はイマイチだが………今すぐ談話室に帰るよりはマシに思い、彼女の後をついていくことに決めた。

 

 ハリーが連れてこられたのは、1階のサンルームであった。此処は屋根と壁面がガラス張りになっているために、ホグワーツ城を囲む大自然の景色を展望するにはうってつけの場所だ。

 そこでハリーは、フィールに勉強を教えて貰っていた。フィールの教え方はとても上手く、下手な先生に話を聞くよりもずっと効率的で、何倍もわかりやすかった。

 

「あのさ、フィール」

「なんだ?」

「なんで、フィールは普通に接してくれるの? 他の皆は僕のことを忌避したり、軽蔑したりするのに………」

 

 課題の目処がついたところで手を休めていたハリーは、ずっと気になってた質問をフィールに投げ掛けた。フィールはコップに入ったオレンジジュースで喉を潤してから、自分の気持ちを素直に話す。

 

「普通に接して何が悪い? 他の連中がアンタやグレンジャーの悪口を叩こうが、私には全く持って無関係だ。逆にアイツらに訊きたいよ。ちょっとやそっとで友人を突き放すなんて、そんなの友情の欠片も無いなって」

 

 ハリーはフィールの言葉に眼を丸くする。

 随分と遠回りな言い回しではあるが、つまりは「私達は友達なんだから突き放す理由がわからない」と言ってくれてるのだ。

 不器用ながらもそう伝えてきたフィールに、ハリーは驚きと喜びが織り交ぜになる。

 

「誰しも一度や二度くらい、大きなミスや過ちを犯してしまうのは、人間である以上避けては通れぬ道で仕方ない。誰だって自分が要因で減点されたことはあるだろうし、それこそ中には今回のことと同列の校則違反をしたヤツだって、過去を遡ればゴロゴロいるだろ。レベルの高低を除外すれば、全て引っ括めて同じだ。大事なのは、そこからどうするべきかを考え、行動で示すことじゃないか?」

 

 フィールはハリーにマカロンを手渡す。

 マカロンはフィールの好物だ。

 

「責任を感じるなら、授業やクィディッチで少しでも点数を稼げ。このまま何もしないで過ごすよりは、そっちの方が有意義だと私は思うぞ。でも今は学年末試験へ向けての対策だけを心配して、他は一切考えんな」

「うん………そうだね。ありがとう」

 

 マカロンを受け取ったハリーは微笑む。

 フィールの前では自然と全身の緊張が取り除かれ、気付いた時には、数日ぶりにリラックス出来てストレスが解消されていた。

 

♦️

 

 150点も減点されたハリー達だったが、彼等にはまだ受難が続いた。処罰として『禁じられた森』に行くよう命じられ、生徒達が寝静まる夜中の11時にハグリッドの小屋前に集合だ。森を熟知しているハグリッドが同伴しているとはいえ、危険極まりないことこの上ない。

 

 処罰の内容は、禁じられた森の何処かに居るユニコーンを保護すること。

 最近ユニコーンが立て続けに何者かに傷つけられ、今週になってもう2回目らしい。数多の危険生物が住まう上に不気味な存在がひっそりと隠れているかもしれない禁じられた森に行くと聞かされて逃げ出したくなるのは、人間の本能を考えれば無理のないことである。

 しかし、今行かなければその分無駄に延期されるだけなので、ここはもう、腹を括って向かう他ないだ。

 

♦️

 

 そして、現在―――。

 ハリーはその不気味な存在が眼前に迫っている状況下に不運にもぶち当たり、恐怖で身体が硬直して立ち竦んでいた。

 マルフォイとボディーガードのファングと共にユニコーンを捜していたハリーは、数十分後、森の奥深くで信じられない光景を見た。

 

 暗闇の中でも純白に光輝くユニコーンが死骸となって地面を転がっており、その血を頭をフードで覆った何者かが血を啜っていたのだ。気配に気付いたそいつはこちらへ顔を向けてきた。ユニコーンの血で顔を染まらせ、ギラギラと炯眼を持って射抜いてくる。

 

 マルフォイとファングはその姿に恐れをなして一目散に逃げ出し、ハリーは身体が震えて身動きが取れなかった。完全に動けなくなったハリーへ、その影は近付いてくる。

 接近される度―――額の傷痕が痛み、警報のようにガンガンと頭を激しく貫く。恐怖と苦痛に苛まれる彼へ無慈悲なまでに目前に近付いた、その時。

 

 

 

「―――ステューピファイ(麻痺せよ)!」

 

 

 

 突如………深い闇が支配する森の中で鋭く、だが、凛とした少女の声が響いた。

 空中を飛来し、謎の影に向かって放たれる真紅の閃光。

 ハリーへ近寄っていた影はその場から『姿くらまし』をして回避し、数十m先に『姿現し』で現れ、距離を取った。

 

「あ………き、君は…………」

「………なんとか、間に合ったか」

 

 今度は、ホグワーツの制服である黒のローブを羽織り、白のワイシャツに緑のネクタイを締める黒髪の少女が目前へ降り立った。

 月光で照らされる、端正な顔。

 その人物は、ハリーの知る限り最も強くて頼りになる―――蛇寮の友人。

 

「フィール………!?」

 

 フィール・ベルンカステルが、得体の知れない何かから庇うように恐れることなく自分の前に立ち、油断なく杖を構えていた。

 闇と同化し、風に黒い髪を靡かせる後ろ姿。

 敵を威嚇するような威圧感が滲み出る攻撃的な雰囲気を、今の彼女は身に纏っていた。

 

「さて………はじめまして、なんて呑気なことは言ってられるほどの相手ではないよな?」

「………………」

「なんだ、黙りか? 失礼なヤツだな」

 

 緊迫した状況には不釣り合いな、余裕綽々の態度。だが、その眼は笑ってない。もしも相手が襲ってきたら、容赦なく仕留めるだろう。

 

ディフィンド(裂けよ)!」

プロテゴ(護れ)!」

 

 得体の知れないナニかは奇襲で『切断呪文』を撃ってきたが、それはフィールが咄嗟に展開した半透明のバリアによって防がれる。

 

「―――ッ!」

 

 フィールは一瞬顔を歪めたが、すぐに表情を取り繕い、

 

フリペンド(撃て)!」

プロテゴ・トタラム(万全の守り)!」

 

 フィールは『攻撃呪文』で反撃し、今度は謎の影が魔法防壁で身を護る。だが、先程と違うのは彼の出した防壁に亀裂が入り込んだことだ。フィールが放つ魔法は一発一発が強力なので、強固なバリアでなければ容易く貫通する。謎の影はただ単に手を抜いてたのか、それとも堅固な作りにする余裕が無かったからなのかはイマイチだが、どちらにせよ、有利になったのはフィール側だ。

 

 ハリーは、この戦いの結末はフィールが勝つと確信した。彼女の前ではどんな猛者も弱者同然だと、いつの間にか恐怖心が何処かへ飛び去った。

 フィールと謎の影がそれぞれ魔法を発射しようと杖を振るおうとしたが―――ハリーの名を叫ぶハグリッドの声が割り込んだ瞬間、謎の影は光の速さで踵を返し、更に奥深くの夜の闇へと行方を眩ました。

 

「ちっ………逃げたか」

「フィ、フィール………その、ありがと」

「気にしなくていい。大丈夫か?」

「うん。あの、なんで此処に………?」

「それを教えるのは後日になる。此処に居るのをハグリッドに見られたら面倒だ。とりあえず、言えることはアンタを助けに来た。それだけだ」

 

 フィールはハリーとの会話を数秒で切り、その場から霧のように姿を消す。ハリーは突然のことにしばらくはその場を眺めていたが、ハグリッドとハーマイオニーが現れたのをきっかけに思考が再起動した。

 

♦️

 

 ハリー達が禁じられた森に入る少し前―――フィールはスリザリン寮にある二人部屋に居た。

 クシェルはついさっき寝、さあ自分も寝るかとセーターを脱ぎ、ネクタイを解いた。

 が、ふとあることが気になって、手を止めた。

 

(…………禁じられた森…………)

 

 そう、今夜はハリー達が罰則として禁じられた森に行く日だ。そしてそれは、ちょうど今の時間帯である。

 フィールも、最近ユニコーンが立て続けに襲われているとの噂は知っている。

 ユニコーンの血は、死にかけていた者でも蘇らせる命の血。だが、その代償は凄まじく、一口でもそれを口にしたら『生きながらの死』という恐ろしい呪いが掛かる。

 そんなことを知ってた上でやるなど………どう考えても、何か目的があるからとしか到底思えない。

 そして、フィールはその目的を薄々感付いている。だからこそ、危惧しているのだ。

 

(こんなことするのは柄じゃないけど―――)

 

 気になったことをほったらかしにするのも後味が悪いし、これがもしも最悪の結末を迎えるなんて事態になったら、シャレにならない。

 なので、フィールはネクタイを締め直すとヒップホルスターから杖を抜き出し―――そっと部屋を退室すると、静まり返ったホグワーツ城から蛇のように気配を殺して無断外出し、ハリー達が出向いた禁じられた森へ急行した。

 

♦️

 

 得体の知れない何かを撃退した後―――。

 ハリーと別れたフィールは、ホグワーツ城の7階にある空き部屋に居た。

 室内全体に物音や気配を遮断・隠蔽させる『認識阻害魔法』を張り、そこで休憩する。

 

(まさか、本当にあんなヤツが居たなんて………驚きものだな………)

 

 アイツを逃してしまったのは痛手だが、これでわかったことがある。

 やはり、ホグワーツ城内の何処かにあるのだ。

 あらゆる金属を金に変えたり、命の水(不老不死の霊薬)の源になると信じられた石―――賢者の石が。

 あの謎の影は、賢者の石を手にするまでの期間中に息を引き取らぬよう、恐ろしい呪いが掛かるのをわかっている上でギリギリの路線で生命活動を維持しているのだ。

 そのための糧として、ユニコーンが犠牲となっているのだろう。これは許しがたい罪だ。

 

「大丈夫かのう? ミス・ベルンカステル」

 

 突如、背後から誰かの声が耳を打つ。

 フィールはハッと顔を上げて反射的に大きく飛び退き、杖を構えた。

 そこで、目の前に居た人物が誰なのかを知る。

 この学校の校長―――アルバス・ダンブルドアであった。

 

「………ダンブルドア………校長」

「こんばんは、ミス・ベルンカステル」

「……こんばんは、ダンブルドア校長」

 

 ひとまずは杖をヒップホルスターに仕舞い、フィールは大きく息を吸って壁に背を預けた。

 

「………いつから、此処に?」

「ついさっきじゃよ。夜の散歩をしておったら、何も無いはずの空間でこの部屋の扉が開いたのを見掛けて、もしやと思うてな」

「………そうですか」

「して、ミス・ベルンカステル………否、フィールよ。君は先程まで、何処に行ってたのじゃ?」

 

 その問いに、フィールは返答に戸惑う。

 「禁じられた森に行ってた」など、教師に対してバカ正直に答えられるだろうか。

 

「……………………」

 

 なので沈黙を守っていると、ダンブルドアは視線をフィールの顔から手元に移した。

 

「その腕の傷は何処で負ったのかのう?」

「………っ」

 

 暗がりの中で息を呑む音がハッキリ聞こえる。

 そう、フィールは今、腕を怪我していた。

 謎の影が『切断呪文』で不意打ち攻撃を仕掛けてきた時、フィールは咄嗟に『盾の呪文』を唱えた。

 しかし、一瞬だけ杖を振るった際におもむろに露出したワイシャツの袖部分が切り裂かれ、血が滲んでしまった。

 さっき余計に力を入れたせいで傷口が開き、そこから血がまた溢れている。今のフィールの白い右手は指先まで紅い血で濡れていた。彼女の指先から、紅い血液が床に滴り落ちる。

 

「……………ついさっきまで、私は禁じられた森に行ってました」

 

 言い逃れ出来ない証拠がある以上、嘘ついてもバレるし、無意味だと判断したフィールは、素直に白状した。ダンブルドアはわかっていたのか、厳しい顔付きになる訳でもなく、ただ黙って聞く姿勢である。フィールは続けた。

 

「………ハリーを襲う寸前だった得体の知れない謎の影と軽く一戦交えて、そこで―――」

「腕を怪我した、とのことじゃな」

 

 フィールが言おうとした言葉の続きを、ダンブルドアが繋げる。彼女は頷いた。

 

「………減点されるのは覚悟しています」

「いや、減点などせんよ。むしろ加点しなくてはならない」

「………どういう意味ですか?」

「危険を顧みず、自らの意志で闇と恐怖が支配する場へと赴いたその勇気と行動力に、スリザリンに50点じゃ」

 

 ダンブルドアは、予想外の展開に唖然とするフィールへ朗らかに笑い掛ける。

 

「………変わってますね」

 

 フィールは力無く笑い、いい加減鉄の匂いが微かにする周囲の空間をどうにかしようと、腕の怪我を治療し、床に溜まった血溜まりを綺麗さっぱり拭い去った。

 

「私は夜に無断外出した………それは許容範囲じゃないのでは?」

「今回は、わしが許そう」

 

 ダンブルドアは、無謀とも馬鹿とも言える行動を起こした目の前の校則違反者へ、真夜中に無断外出したのを許可した。

 フィールは本来であればバリバリ減点されてた行いをしたのにそれを見逃してくれた校長へ、不思議そうな眼差しを送る。

 

「夜更かしは身体に悪い。今夜はもう寝なさい」

「ええ………ありがとうございます」

「なに、気にせんでいい」

 

 フィールはダンブルドアへ一礼すると、彼の脇を通り過ぎ―――スリザリン寮まで静寂に包まれた城内を再び蛇のように気配を殺して帰った。




【ホグワーツで逃走中】
ハンター:クシェル
逃走者:フィール

【フィニート・インカンターテム】
この作品では『解除呪文』or『魔法強制終了呪文』と表記。
ペトリフィカス・トタルスを『全身金縛り呪文』or『凍結呪文』と表記するのと同じ。

【ネビルを鼓舞したフィールの言葉】
ネビルからしてみれば、ボガートで自分の一番怖いモノとして変身したくらい恐怖心抱いてるスネイプの言葉とは、到底信じられないですよね。ま、フィールは教えてませんけど。

【素顔のフィールに皆はアンビリバボー】
数ヵ月間も美形フェイスを見てこなかったもの。
そりゃ誰だってビックリするわ。
そしてこれを機にだて眼鏡は本編からおさらば(ただし画面外では掛けてるでしょう)。

だて眼鏡「解せぬ」

【寮の点数を記録した巨大な砂時計】
グリフィンドール:ルビー
ハッフルパフ:ダイヤモンド
レイブンクロー:サファイア
スリザリン:エメラルド

【お勉強会】
これでもフィールは他人へ対し優しくなった。

【ハリーをレスキューするフィール】
クィレル「逃げるんだよォ!」

【50点の減点&加点】
原作の20点⤵️ではなく映画の50⤵️。
フィールのおかげでフォイフォイが減点した点数をそのまんま奪還。


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#17.トラップ突破作戦

賢者の石を巡ってトラップ道中掻い潜るぜの回。


 ハリー達の罰則が終了した後、特にこれといった出来事はなく、学年末試験を迎えた。

 魔法史、薬草学、天文学、闇の魔術に対する防衛術は筆記試験のみ。

 呪文学、変身術、魔法薬学は筆記試験&実技試験の両方を行う形だ。

 呪文学の実技試験はパイナップルを机の端から端までタップダンスさせるという内容で、実に簡単であった。

 変身術の実技試験は鼠を嗅ぎ煙草入れに変身させるというもので、見た目が美しければ美しいほど点数は上がる。

 フィールは、スリザリンのイメージで銀製で蛇の彫刻や装飾が施された嗅ぎ煙草を作り出し、マクゴナガルは文句無しの出来映えに厳格な顔を称賛に変え、拍手した。

 魔法薬学の実技試験は魔法薬の調合。

 これは手順さえ覚えていれば問題ないので、暗記が得意不得意の人で差が生まれた。

 

♦️

 

「やったーっ! テスト全部終ったーっ!」

 

 全ての試験が終わり、結果発表までは自由に過ごせるため、今日この日まで試験勉強三昧だったホグワーツ生は皆晴れ晴れとした笑顔で談話室に辿り着くまでの時間を使って友人達と談笑したり、それまで我慢していた趣味に興じたりなどしてストレスを発散した。

 大きく伸びをするクシェルの目尻には涙が滲んでおり、フィールは思わず小さく笑った。

 

「お疲れ、クシェル」

「もう疲れた………」

「ま、無事終ったんだしいいだろ」

「それもそうだね」

 

 あっさり立ち直ったクシェルは、

 

「フィーはどうだった?」

「何の問題もなかった」

「うん、やっぱりね。フィーだけだもん。スリザリン内でケロッとしてるのは」

 

 学年末試験当日の朝、いつもは騒がしい朝食時間もその日ばかりはとても静かで、生徒は誰もが朝食そっちのけで教科書を開いたり閉じたりして内容を暗唱したり、杖を振るいながらブツブツ言っている中―――フィールやクリミアといった極僅かな生徒は普段通りのペースを保って朝食に手をつけ、いざ本番になっても一ミリたりとも緊張はせず、全教科の試験内容を完璧に終わらせた。

 

「ホント、その余裕と頭脳を分けてよ」

「クシェルだって、充分出来てただろ」

 

 実技関連はトップクラスに食い込み、筆記もやれば出来るタイプのクシェルは10番以内に入っているだろう。

 

「そういや、フィー。来年も魔法の手解きよろしくね」

「ああ、いいよ」

「やった!」

 

 クシェルははしゃいだ様子になり、フィールは微笑した。

 

「最低限覚えた方が役立つ呪文は粗方身に付けてるし、あとはクシェルの自由にして構わない。何か教えて欲しい呪文あったら教えるぞ」

「教えて欲しい呪文かぁ………来年の訓練する初日まで考えておくよ」

「ああ、わかった」

 

 そうして、フィールとクシェルはブラブラ散歩でもしようかとのことで行く当てもなく歩いていたら、副校長のミネルバ・マクゴナガルと遭遇した。

 

「あ、マクゴナガル先生」

「こんにちは。ミス・ベルンカステル、ミス・ベイカー」

 

 マクゴナガルは二人の姿を見ると、流石というかなんというか、副校長の名に相応しい礼儀正しい挨拶をしてきた。二人も「こんにちは」と挨拶し返す。

 

「これから何処へ?」

「気分転換に散歩でもしようかと」

「そうですか。………今年の学年末試験も終わりました。残り少ない学期を存分に楽しみなさい」

「はい、そうします」

 

 厳格なマクゴナガルからの意外な言葉に二人は驚いたが、これが彼女なりのテストを頑張った生徒への励ましなのだろうと思い、柔らかく笑みながらマクゴナガルの横を通り過ぎた。

 

「………………」

 

 フィールとクシェルが横を通り過ぎてから数秒後………マクゴナガルはゆっくりと、後ろに振り返った。

 眼に飛び込んでくる、黒髪と茶髪の少女の背。

 今の教え子二人の背中が、かつてこの学校で魔法を学んでいた教え子二人の後ろ姿とオーバーラップし―――懐かしさと苦しさに、緑色の眼を複雑そうに細めた。

 

「………クラミー・ベルンカステル…………」

 

 今は亡き、あの黒髪の少女の母親。

 その女性の名を呟いたマクゴナガルは、誰も居ない空間で一人呟いた。

 

フィール(貴女の娘)はこの学校でまことの友を作り、そして大切にしようとしています。………どうか天国から見守ってあげなさい。それが母親と言うものですよ」

 

♦️

 

 フィールとクシェルは寮に戻る途中、ハリー達一行がマクゴナガルを引き止めて、何かを必死に訴えている光景を発見した。

 

「ん? どうしたんだろ?」

 

 クシェルは切羽詰まった感じの様子のグリフィンドール三人組に首を傾げる。が、フィールは「賢者の石関連か?」とシックスセンスが働いた。

 

(………なんだろ、胸騒ぎがする)

 

 フィールの中で、警鐘が鳴っている。

 まるで、今日を過ぎれば平穏の時間は何処かへ消え去っているような………嫌な予感が。

 

「ところでさ、フィー、大丈夫?」

「え、何が?」

 

 クシェルが突然そう尋ねてきたため、フィールはなんのことかわからず戸惑った。

 

「だって、フィー、今日まであまり寝られていなかったじゃない。大丈夫?」

 

 学年末試験前日までの朝昼晩、スリザリン生達に勉強を見て欲しいと頼まれたフィールはここ数日間はまともに睡眠時間を取ってはおらず、クシェルは心配だった。顔色を覗いてみれば、注視しなければ気付かれない程度に目元に隈が出来ている。

 

「大丈夫だ。今日は部屋でゆっくり休むし」

「うん。その方がいいよ」

(ま、それは明日になるかもけどな)

 

 フィールはクシェルの手前、とりあえずは建前上の言葉で誤魔化し―――今晩、自分の勘に従ってみようと計画を立てた。

 

♦️

 

 生徒達が寝静まる深夜の2時。

 スリザリン寮にある女子用の二人部屋の内、一人はぐっすりと熟睡中だったが、一人は仮眠を取ったらすぐに寝間着から制服へと着替え、ヒップホルスターに杖を仕舞ったら『目くらましの術』を掛けてそっと寮を抜け出した。

 姿を消している女子生徒が向かう先は、4階廊下の右側。

 彼女は立ち入り禁止の扉を開ける。

 

(ケルベロス、やっぱりまだ居るか………)

 

 巨大で頭が3つある番犬―――ケルベロスは血走った眼で見えない侵入者に警戒する様子であり、さてどうしようかと考えていたら、侵入者の視界の隅にハープが設備されているのを捉えた。

 

(これを鳴らせばいいのか)

 

 杖を一振りしてハープに魔法を掛ける。

 ハープが美しい音楽を奏で始めると、途端にケルベロスは深い眠りに落ちた。

 

(いやこれは呆気なさすぎだろ)

 

 セキュリティ的に初っぱなから問題だなと思いつつ、ケルベロスの足元を退かすと、

 

(ビンゴ)

 

 隠し扉があった。

 どうやら、この前見たこれは見間違いではなかったらしい。

 侵入者はしゃがみんで扉を開ける。

 真っ暗で、底が見えなかった。が、進撃するためならば躊躇しない神経を持つ侵入者は迷うことなく飛び降り―――柔らかな素材を足元から感じ、咄嗟に『照明呪文(ルーモス)』で灯りを灯して状況を見ようとしたら、蔓が足元に絡み、身体にも巻き付いてきた。

 

「悪魔の罠か」

 

 悪魔の罠。暗闇と湿気を好み、巻き付いた生物を絞め殺そうとする植物で日光が弱点。

 

ルーマス・ソレム(日光よ)

 

 日光を出現させると途端に植物は弱まり、身体が降下した。

 侵入者はPKロール(着地時に回転して衝撃を分散させる受身)をして、立ち上がる。

 そして、同時に『目くらましの術』も解いた。

 ここから先は別に透明化する必要はないと判断した侵入者―――フィール・ベルンカステルは、奥に続く一本道を進もうと足を一歩踏み込んだ瞬間、頭上から少年少女の焦った声がした。

 どうやら、同じ目的意識のハリー達一行のご到着らしい。

 フィールはすぐさま回れ右をし、

 

ルーマス・ソレム(日光よ)

 

 上方に杖を向け、目映い光を放出。

 悪魔の罠からハリー達を救い出す。

 突然の落下に身構えるのが遅れた彼らは固い床に身体を叩き付けられ、呻き声を上げた。

 

「痛ッ………えっ、フィール!?」

 

 ハリーは目の前に蛇寮の友人が立っていることに明るい緑の眼を瞠若し、ロンとハーマイオニーも愕然とした。フィールはそれに構わず、彼らを助け起こす。

 

「やっぱり来たか、三人も」

「やっぱりって………え?」

「試験が終わった後、副校長に訴えていたのを見てなんとなく賢者の石絡みかと予想はしたけど、本当だったみたいだな」

「………フィール、賢者の石が此処にあるって知ってたの?」

「図書室でニコラス・フラメルのこと訊いてきたし、私が『賢者の石』と言ったら、ハリー叫んだだろ」

「あ、そうか………」

 

 ニコラス・フラメル。著名な錬金術師で『賢者の石』の製造に成功した唯一の魔法使い。ダンブルドアと共同研究を行ったことでも有名だ。

 

「なんて、無駄話が過ぎたな。早く賢者の石を護りに行かないと危険だ」

 

 フィールは自分が此処に来た目的を告げ、さっさと歩いていく。

 が、その肩に手を置いた少年は、

 

「待ってくれ、フィール。君も此処に来たってことは、何か目的があるのかい?」

 

 ハリーはフィールの眼を見つめた。

 交錯する、緑と蒼の瞳。

 フィールは蒼色の眼を細め、ハリーの緑色の眼を真っ直ぐ見返しながら、

 

「言っただろ? 私は賢者の石を護りに来た。それ以外の理由はない」

「君は本当に、スリザリン生かどうかを疑うよ。………フィール」

「なんだ?」

「僕達に、力を貸してくれない?」

 

 ハリーだけでなく―――ハーマイオニーもフィールに近寄り、その手を握って真っ直ぐ眼を見つめる。

 その瞳に宿るのは警戒や疑惑の色ではない。

 『賢者の石を死守する』………その目的が一致しているからこそ、自分達に加勢して欲しい。

 言葉として口に出されずとも、フィールにはわかっている。

 わかっているからこそ、彼女は「勿論」と返事する代わりにハーマイオニーの手を握り返した。

 

「此処に居る時点で仲間なんだし、力を貸すよ。おい、さっさと行くぞ。早く行かないと、護れるものも護れなくなるだろ?」

 

 フィールの不敵な笑みと力強い言葉に、ハリーとハーマイオニーはパアッと明るく笑って首肯する。

 スリザリン生が仲間入りすることにスリザリン嫌いのロンは訝しいのか、警戒するような眼を向けつつも渋々といった様子で、首を縦に振った。

 

 その後四人は暗い道筋を進み、天井が高い部屋に出た。その部屋は無数のカギドリが空を飛び回っていて、部屋の奥には扉があり、ドアノブに手を掛ける。が、やはりと言うかなんと言うか、鍵が掛かっている。室内に古ぼけた箒が一つあるということは………。

 

「きっと、あのカギドリの中に本物の鍵があるのね。それを箒に乗って見つけろってことかしら」

「そうだな。そして扉が銀製ってことは、本物の鍵も銀製………一つだけ、他とは違うはすだ」

 

 ハーマイオニーとフィールの呟きから、ハリーは空を見上げる。

 彼は今世紀最年少シーカーだ。

 すぐに扉の鍵だと思われるカギドリを発見し、箒に跨がっていとも簡単にキャッチし、四人は次の部屋に入った。

 

 そこには、巨大なチェス盤があった。

 四人は黒い駒の側に立っている。チェスの駒は四人よりも背丈が高く、黒い石のような物で出来ていた。部屋のずっと向こう側に、こちらを向いて様々な形の白い駒が待ち構えている。

 

「向こう側に行くにはチェスに勝つ必要がある。きっと僕達が黒いチェスの駒の役目を担わなきゃいけないんだ」

「なるほど、そういう仕掛けか………面倒だ。強行突破する」

 

 所詮は破壊してしまえば、無意味に終わる。

 フィールは『完全粉砕呪文』をド派手にかましてやろうと、一歩前へ踏み出したが、

 

「ベルンカステル、待て。チェスの仕掛けは僕にやらせてくれ」

 

 スリザリン大嫌いなはずのロンがフィールの肩を掴み、強引に突破しようとした彼女を止めた。

 フィールは杖を振り下ろし、背を見せている状態をいいことに、どういう風の吹き回しかと怪訝な顔を浮かべていたが―――

 

「そうか。なら、此処はアンタに任せるぞ」

 

 と、自らクリアしてみせると言ったロンの言葉を信じ、大人しく身を引いた。

 ロンは黒のナイトに近付き、手を伸ばして馬に触れる。すると―――石に命が吹き込まれ、馬は蹄で地面を掻き、兜を被ったナイトがロンを見下ろした。ロンは考えを巡らせる。

 

「君達、あまりチェスが得意じゃないだろ? 気を悪くしないで欲しい。ハリーはビショップ、ハーマイオニーはその隣のルーク、ベルンカステルはクイーンと代わってくれ。僕はナイトをする」

 

 数十秒後―――チェスに関する才能は人一倍高いロンは三人をそれぞれの駒と交代するよう指示し、全員が持ち場に着いた瞬間、ゲームがスタートした。

 ゲームはロンの指示通りに進む。

 互いに取って取られての一進一退といった戦況であったが、ロンが優勢であった。

 そして―――ロンはチェスの罠を越えてハリー達を次の試練へ進ませるため、自ら犠牲を払う道を選んだ。彼は白のクイーンに頭を殴られ、盤の外へ吹き飛ばされる。

 ハーマイオニーは悲鳴を上げ、フィールは顔を引きつらせ、ハリーは震えながらもキングの前に立ち、チェックメイト。

 キングは自分の王冠を脱ぎ、ハリーの足元へ投げ捨てる。チェスの駒は左右へ別れて前進するための扉の道を開けた。

 すぐさまハリーとハーマイオニーは倒れている親友の元まで駆け寄った。フィールも駆け付け、傷を治す。止血しているのを確認したら、二人は安堵の息を吐いた。

 

「気絶しているだけだ。先に行くぞ」

「そうね。私達を先に行かせるために身を張ってくれたロンのためにも、行きましょう!」

 

 ハーマイオニーは気合いを入れ直し、ハリーもそうだと大きく頷く。フィールはローブを脱いで気絶しているロンの身体に掛けたら、次なる部屋へと続く扉に手を掛け、慎重に開けた。

 

 扉を開けた瞬間、ハロウィーンの事件が思い起こされる酷い異臭がした。ハリーハーマイオニーはローブの袖を引っ張り、ローブを着ていないフィールは代わりに左腕で鼻を覆う。

 部屋の中に入ると、ハロウィーン時よりもデカいトロールが倒れていた。ハーマイオニーはトロールが寝転がっているのを見て、10月31日に植え付けられたトラウマを思い出されたのか、一瞬喉を鳴らした。

 

「はぁ、よかった。戦わずに済んで―――」

「―――いや、戦うことになったな」

 

 ハリーの安心感で満ちていた言葉は、トロールが微かに動いたのを見逃さなかったフィールの発言と共に儚く散っていく。トロールが最悪なタイミングで意識を取り戻し、フラフラと起き上がった。

 

「嘘でしょ!?」

「そんなッ!!」

 

 ハーマイオニーとハリーは意想外の展開に喫驚したが、フィールは冷静そのもの。まるで予想していたかのように一切戦くことなく臨戦態勢を取り、二人の前に立つ。

 

「二人共、早く下がれ。此処のトラップは私がブレイクスルーする」

 

 フィールの強さを目の当たりにしているハリーは、瞬時に此処は素直に彼女に従って任せるべきだと判断し、ハーマイオニーの手首を掴んで邪魔にならないよう後退する。が、その顔は心配そうで、ハーマイオニーなんかは堪らず声を上げた。

 

「待って! それだと貴女が危険なのよ!?」

「問題無い。コイツらを始末するまでは絶対に前へ出るなよ」

 

 背中越しから鋭く忠告し、杖を構え直した。

 フィールは眼を閉じ、意識を研ぎ澄ませる。

 

バンデルン・エスパシオ(空間移動)

 

 次の瞬間、杖を翳した先の空間に真っ黒な穴が出現した。フィールはそこに飛び込むと、瞬間的に離れた場所―――トロールの背後に現れた。

 

 今のはフィールが開発した『空間移動(テレポート)』だ。

 ホグワーツ城は『姿くらまし/姿現し』を無効化させる魔法で覆われているので、ダンブルドア以外の者の使用は到底不可能だが、屋敷しもべ妖精流の『姿くらまし/姿現し』は魔法使いとは本質的に資質が異なるので、敷地内でも出来る。

 そのヒントを基にして発明したのが、今しがた使ったオリジナルの『空間移動』である。これは屋敷しもべ妖精流の『姿くらまし/姿現し』と同様に魔法使いのそれとは全く違うので、たとえホグワーツ敷地内に居ようとも、フィールは瞬間的に離れた場所へ転移することが出来るようになった。

 

 一見すると超便利でメリットだらけに見えるこの能力、実はデメリットがかなり多い。

 まず、使用者の記憶にインプットされている場所でなければ、その能力は全く持って発揮されない。しかも、身体に掛かる負担は大きく、それは遠距離になればなるほど倍になる。

 

(ちっ………やっぱ、完成度はまだ低いか)

 

 足元に地面を感じた直後、くらり、と軽く眩暈がし、フィールは端正な顔を歪める。

 開発者のフィールですら、まだ完璧には使いこなせていない。この魔法はつい最近仕上がったばかりで、練度が足りないのだ。

 なので、どちらかと言えばトライアルの意味合いが強いのだが………。

 

「………エクスペリアームス(武器よ去れ)!」

 

 フィールは神経を集中させ、半ば気合いで『武装解除呪文』を唱える。

 トロールの手元目掛けて続け様に放たれた真紅の閃光は寸分狂いもなく棍棒にヒットし、放物線を描くように宙を舞った。

 

エンゴージオ(肥大せよ)!」

 

 そしてフィールは棍棒を『肥大呪文』で一瞬にして巨大化させ、これでもかと言う会心の一撃をトロールの脳天に思いっきり喰らわせた。

 丈夫さが取り柄のトロールでも流石にこれには参ったらしく、巨体をよろめかせて、ズドンッ、と鈍い音を辺りに響かせながら後方に倒れた。

 

インカーセラス(縛れ)

 

 完全に気絶しているのを確認してから、フィールは杖先から縄を大量放出して何重にもキツくグルグル巻きにし、壁や床に縫い付けるようにしっかりと固定する。

 

 トロールと言えども、彼等も生きる生物だ。

 此処に居るのは、賢者の石の番人として教師の誰か―――これまで出会してきた複数の罠々を仕掛けたのが教師陣ならば、ケルベロスはハグリッド、悪魔の罠はスプラウト、空飛ぶ鍵はフリットウィック、チェスはマクゴナガルだと思われるので、クィレルとスネイプの二人の内どちらかだろう―――が配備したからなんだろうし、()()門番として長らく此処でスタンバイしていたトロールの生命活動を停止するのはあまりにも冷酷なので、どうにかして深傷を負わせる程度で今回は終わらせてやるかと、今回は特別に情けを掛けてやったのだ。

 

「ふぅ………無事解決、だな」

 

 フィールは一息つき、二人に近寄る。

 

「ハリー、グレンジャー、なんだ、その顔は」

 

 眼も口もあんぐりと開けてフリーズしている二人に、フィールは訝しい表情を浮かべる。

 すると、

 

「ベルンカステル………貴女って、本っ当に凄いわ!」

 

 ハーマイオニーが何やらキラキラとした瞳になり、思い切り抱きついてきた。フィールは突然ハグされ、心臓が跳ね上がる。

 

「グレンジャー………? どうしたんだ?」

「そのままの意味よ、ベルンカステル。貴女は本当に凄いわ。たった一人で、トロールをあっさり倒してしまうなんて………」

 

 回していた腕を離したハーマイオニーは、フィールの顔を見つめる。何故かは知らないが、なんだか申し訳なさそうな面持ちであった。

 

「ごめんなさい、私、前にも貴女に助けて貰ったのに、何も御礼をしなくて………ありがとう、ベルンカステル。貴女のおかけで、今回も助かったわ」

「………どういたしまして。それと―――私のことはフィールで構わない」

「なら、私のこともハーマイオニーでいいわ。これからはよろしくね、フィール」

「ん、よろしくな、ハーマイオニー」

 

 ハーマイオニーはフィールへ対する敵意を完全に取り払い、これまでのことを謝罪する。フィールは微笑し、あっさり許した。

 

「そういえば、今気付いたんだけど………貴女、メガネ外したのね」

「ああ………アレ、魔法施しただて眼鏡で、本物じゃない。『素顔をちゃんと見てみたい』ってクラスメイトに頼まれて外したら、何故か『普段からそれで居なさいよ!』って言ってきて、他のヤツらも後で『素顔のままで居てくれ!』ってしつこく言ってきたから、掛けるの止めた。ま、気分次第では掛けるけど」

「そっちの方が断然いいわ! 今後は男子達が一斉に騒ぐわね、きっと」

 

 自分のことのようにはしゃぐハーマイオニーに彼女の言ってる意味がイマイチよくわからないフィールは首を傾げる。

 黙って事の成り行きを見守っていたハリーは二人のわだかまりが解消された様子にホッと胸を撫で下ろし、そろそろ次の部屋へ行こうと促す。

 

 二人は頷き、扉へ向かって歩き出した。

 ふと、フィールはスカートのポケットに何かが入っているのを感じ取り、中に手を突っ込んでゆっくりと取り出す。

 それは、ネビルに貰った蛙チョコレートの箱だった。フィールは箱を開け、包み紙を開いて蛙チョコを口に放り込む。先程の『空間移動』でかなり体力を消耗したので、これで手っ取り早く栄養補給したのである。

 口内にチョコの甘い味が広がり、フィールは、

 

(こういう時の糖分は本当に貴重だよな………マジで助かったよ、ネビル)

 

 と、心の中でネビルに感謝したのであった。

 

 番兵トロールの難関も無事に進み終えた三人が次に入った部屋は特にこれといった仕掛けはないが、複数の大小様々な形の小瓶がテーブルの上に一列に並び置かれていた。

 そして三人が部屋の中へ入った瞬間、先程入ってきた入り口で紫色の炎が燃え上がり、同時にネクストルームのドアの入り口にも、黒色の炎が燃え上がった。

 ハーマイオニーは巻き紙を見付ける。

 それには論理パズルが記載されていて、彼女はそれを読み上げた。フィールも横から覗く。

 

(薬関連か。ってことは、これはスネイプ先生が担当したのか………ん? ちょっと待てよ。じゃあまさかあのトロールは―――)

 

 フィールは、ハリー達と違って真犯人はスネイプではなくクィレルだと予感している。クィディッチ初戦でスネイプとクィレルがハリーの箒ニンバス2000を凝視しながら口を動かしていたのを見てからというものの、あの教師は何か秘密があると直感した。

 

 それにプラス、禁じられた森で謎の影と一戦交えた翌日の放課後………背後から、凍り付くような眼差しと今すぐにでも殺しに掛かりそうな殺気を肌で感じ、肩越しに見てみれば、ただ一人、クィレルが立っていた。顔は動かさず視線だけを動かして周囲を見回してみたが、あの場に居たのは、自分とクィレルのみ…………。

 

 半信半疑だった謎は、最終結果を出した。

 やはり、犯人はクィレルで間違いないと。

 

「フィール? どうしたの?」

 

 思考の海に沈んでいたフィールは、ハーマイオニーの声でハッと我に返り、

 

「いや、なんでもない。………それより、この謎を解こう」

 

 と、咄嗟に誤魔化す。

 頭脳明晰な二人は、すぐに解読した。

 先に進む薬は2つ、戻る薬は1つだ。

 

「僕は進む。あともう1個は―――」

 

 ハリーはフィールに眼を向けた時、彼女は薬の中身を飲み干した後だった。

 

「フィール!」

 

 ハーマイオニーは悲鳴に近い声を上げた。

 フィールはそんなハーマイオニーに、

 

「ハーマイオニー。アンタはウィーズリーの元まで戻ったらすぐに校長に連絡しろ。そっちの方が効率的だ」

 

 と、普段通りの冷静沈着な態度で指示した。

 ハーマイオニーは何か言いたげであったが、ハリーはその提案に賛成なのか、首肯して薬を飲んだため―――「絶対に帰ってきて」と涙ぐんで二人を抱き締め、「勿論」と二人が抱き締め返したら、名残惜しそうに薬を飲み、紫の炎の中へと飛び込んだ。

 ハーマイオニーと別れたハリーとフィールは、いよいよ賢者の石が隠されているゴール地点へと向かう。その間、後者は沈思黙考しながら歩いていた。

 

 まず、何故ダンブルドアはクィレルを放置していたか、だ。生徒の自分が気付いたのなら、教職員の最上位に位置するダンブルドアが気付かないはずがない。つまり、ダンブルドアはクィレルの素性を熟知していながら、わざとクィレルをほったらかしにしていた。そして、ハリー達が賢者の石について動いているのことや最終的に死守しようと始動することも知っていた、あるいは感付いていたに違いない。そこから考えられると………ダンブルドアは、ハリーがヴォルデモートと対峙するように差し向けたということだろうか。

 

 結論の出ない思考を一旦割愛したフィールは、ふとハリーに眼を向ける。最後の扉が見えてきたことでかなり顔を強張らせていた。

 

「大丈夫だ、自分を信じろ。さっきも活躍していただろ?」

 

 フィールなりの励ましにハリーは顔を綻ばせ、緊張感が解れたのか、肩の力を少し抜く。

 二人は扉前まで来ると、一度目配せして頷き合い、ゆっくりと扉を開けた。

 

「やっぱりお前か、クィレル」

「スネイプじゃない!?」

 

 そう………みぞの鏡の前に立っていたのは、スネイプではなく、クィレルであった。フィールは油断することなく杖を構え、ハリーは驚愕の声を上げた。クィレルはいつものオドオドした様子ではなく、冷笑で黒髪の二人を迎える。

 

「ポッター、来ると思っていたぞ。余計なヤツが一人居るがな………」

「オマケで悪かったな、クィレル。お前はその余計なヤツに、あの夜押されていなかったか?」

 

 フィールは冷笑を浮かべながら言い、クィレルがギクッと屈辱に顔を歪めた瞬間、ハリーにこそっと早口で耳打ちする。

 

「あの鏡に自分が映る場所まで移動しろ。恐らく賢者の石が何処かにあるはずだ」

「うん………わかったよ」

 

 ハリーは小さく頷いたのを見たフィールは一歩前へ出て、時間稼ぎをする。

 

「やっぱり、いつものオドオドしてるフリが戦闘中にも現れたってところか? 切り替えが出来ないようじゃ、まだまだだな」

「………ッ、口の減らない生徒だな!」

 

 ハリーは二人の会話を上の空で聞いていた。

 フィールに言われた通りみぞの鏡に自分の姿が反射する位置まで来たら、信じられないことが起きたのだ。

 鏡の中の自分がウィンクして、スラックスのポケットに燃えるような真っ赤な石を入れた。

 するとポケットがズシリと重くなり、何か固い物が太腿に当たり、ポケットに手を突っ込んでチェックする。どういう訳か、賢者の石は自分の手にあった。

 

「フィール、賢者の石、僕の手にあるよ!」

「了解」

 

 今度はハリーがフィールに耳打ちした。

 だが、ハリーの動きが目立ちすぎた。

 

『寄越せ………ハリー・ポッター………それを寄越せ』

 

 甲高い声がクィレルから聞こえた。

 フィールは杖を振るって突風を巻き起こし、クィレルの脱ぎかけてたターバンを吹き飛ばすと、彼の後頭部から不気味な顔が露になった。

 アレが闇の帝王………ヴォルデモートだ。

 

「………そういうことか、ヴォルデモート。お前は肉体を失ったけど、誰かに寄生することで辛うじて生きていられる状態なんだな」

『お前は………エルシー? いや、違う………エルシーの孫か?』

 

 エルシー―――フィールの母方の祖母の名だ。

 フィール自身は一度も会ったことがない、ベルンカステル家の名を轟かせる起因となった、勇敢な魔女。

 

『………あの女に似ている………いや、そんなこと今はどうでもいい。クィレル、ポッターを捕まえろ!』

 

 ヴォルデモートの一声と共にクィレルは何処からか杖を素早く抜き、ハリーに向かって光を放った。ハリーは目の前の光に身体を硬直させてしまったため、フィールは『盾の呪文』を展開する余裕も無かったことから彼を横へ突き飛ばし、同時に身を挺して庇った彼女の身体が後方へ軽々と吹き飛ばされた。そのまま壁に激突し、強かに背中を打ち付ける。

 

「うっ………」

 

 もんどり打って地面を転がるが、すぐに態勢を立て直そうと地面に手をつき、身体を捻り、起き上がろうとすると―――突き飛ばされて難を逃れたハリーを絞殺しようとしたクィレルの手が、火傷を負ったように焼け焦げていく異様な光景がフィールの眼に飛び込んできた。

 ヴォルデモートは狂ったように叫び続けるが、ハリーは先程の光景を見て閃いたのか、クィレルの顔にも触れていき、激痛に悶え苦しむ彼に必死こいてしがみついている。

 クィレルの断末魔だけがこの場を支配する音となり―――最期は灰塵となりて、この世から完全消滅した。

 しかし、クィレルに取り憑いていたヴォルデモートは彼が死亡する直前に切り離れ、炎の隙間から何処かへ逃走した。




【バンデルン・エスパシオ(空間移動)】
フィールオリジナルの『空間移動系能力』。
既存の空間転移魔法(姿くらまし/姿現し)とは根本的に違うのでホグワーツ敷地内でも瞬間移動出来るが、記憶にインプットされてる場所へしか移動出来ず、遠距離になればなるほど身体への負担はデカくなる。

【体力消耗が激しいフィール】
遂に登場した『空間移動』は、今回みたいに狭小区域での戦闘となれば、かなり有利な切り札です。場所が狭い分覚えやすくなるし、身体への負担も軽い方なので。でもフィールはまだ完成し終えたばかりでの使用だったので、至近距離でも体力の消耗は激しかったです。

【トラップ道中】
原作キャラの活躍は(カギドリ:ハリー、チェス:ロン、論理パズル:ハーマイオニー)それぞれ取り入れ、トロールはオリ主がKO。
なんとか全部オリ主がオールクリアにはならない展開となったので、安心してます。


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#18.アキダクト(時の流れに身を任せて)

賢者の石編ラスト。


「はぁ………はぁ………」

 

 ヴォルデモートの魂が何処かへ逃走したのを見届けたフィールはなんとか立ち上がったものの、凄まじい疲労に襲われ、肩で息をした。

 自分ではまだ大丈夫だと思っていても、いざ緊張感が解けたら身体の力が抜け、意識が遠退いていく。

 が、唇を強く噛み、肉体的な痛みで無理矢理にでも繋ぎ止め、気だるい身体に鞭を打ち、重い足をなんとかハリーの元まで運ばせた。

 

「………よかった………」

 

 ハリーと賢者の石、どちらも無事なことにまずはホッと胸を撫で下ろす。それから、屈んでハリーの手元にある血のように赤い石―――賢者の石を手にして、観察した。

 

「これが『賢者の石』か。まさに、永遠の命を与えるのに相応しい色だな」

 

 彼女は賢者の石を見つめながら個人の感想を呟くとそれを手にしたまま、後ろに振り返り、

 

「さて、そろそろ出てきたらどうですか? 全てを見ていた、ダンブルドア校長?」

 

 フィールは閉鎖している炎へ向かって声を張り上げると―――炎を潜り抜けて、校長のダンブルドアがやって来た。

 

「やはり、君にはバレておったかのう」

「当たり前です。生徒である私が気付いたことを校長である貴方が気付かない訳ないでしょう?」

「そうじゃな。………よくやってくれた。わしら教師は賢者の石を賊から護るために数々の罠を仕掛けた。それらを全て突破することは少しばかり心配しておったが………どうやら、わしの杞憂じゃったな」

「………ところで校長。最後の仕掛けを考えたのは貴方ですね?」

「うむ。あれはわしの中でも飛び切りのアイディアでの。石を見つけたい者だけが手に入れられるんじゃ。使いたい者には決して渡らぬ」

「だから、仮に私達が来る前にクィレルが此処に来たとしてもどのみち入手不可能だった………ってことですね」

 

 フィールは一人納得し、ふと、気になったことを質問した。

 

「先に行かせる薬を2つ用意していたのって、ハリーだけでなく、私をヴォルデモートと対面させるためだったんですか?」

 

 フィールが思いきって此処に来るための薬が多めに用意されていたのを尋ねると、ダンブルドアは真面目な表情となった。

 

「そうじゃ。今回の賢者の石を巡るこの事件で君にもわかったと思うが、ヴォルデモートはまだ生きておる。ヴォルデモートは肉体を喪失してるために力が弱ってるだけじゃ」

「………ヴォルデモートが復活した時のことを見据え、アイツと対峙したエルシー・ベルンカステルの孫である私に人相を覚えさせるためだったんですか?」

「そうとも言えるし、違うとも言える。ヴォルデモートは真っ先にヤツに反抗した君の祖母エルシーを殺した張本人じゃ。そして闇の陣営の者達からすれば、ベルンカステル家の者は脅威と殺害の対象でもある。君とミス・メモリアルの後見人達は大人で抗う術もあるが、君はまだ幼い子供、命を狙われる危険性があるというのを自覚して貰いたかったからじゃ」

 

 フィールはクィレルに寄生していたヴォルデモートのおぞましい顔を思い出し、あんな顔なのかと思いつつ、ダンブルドアを見た。

 

「………校長、私からも一つ訊いてもよろしいでしょうか?」

「なんじゃね?」

「ヴォルデモートが逃走する前………ハリーに触れたクィレルは灰塵となり、後に消滅した。アレはハリーの血の中に施された、愛する者を護るための自己犠牲によって発動される『護りの魔法』の効果ですね? 母親の命を賭してでも息子を護りたいという想いが闇の帝王を打ち破り、彼はこうして生きていられる。だから、マグルの家に置いたんですね。彼の母の血縁者の元で生活させることで『護りの魔法』の継続させるために」

 

 フィールは、微笑んでいた。

 何を考えているかわからない無表情が多い彼女が、笑みを浮かべていた。

 

「ハリーはちゃんと母親の愛に護られていた。そして、父親の愛にも………彼にとって、亡き両親は何よりの誇りでしょうね」

 

 境遇や経緯はそれぞれ異なる。

 だけれど、ハリーと同じように、両親の愛に護られてこの世を生きるフィールだからこそ、どこかわかる気がした。

 ダンブルドアは彼女の言葉がピッタリ当てはまっていることに僅かに眼を見張っていたが、流石はエルシーやクラミーの血族者だと、彼女に笑い掛ける。

 

「そうじゃな。………では、もう休みなさい。ハリーはわしが運んでおこう」

「そうですか。なら、任せます」

 

 どのみちこれ以上動く気は殊更ない。

 彼女が手にしている賢者の石は、ニコラス・フラメルとの話し合いの結果、破壊することを決めたらしい。

 フィールは右手に握っている賢者の石をダンブルドアに投げ渡すと、彼はすぐさま『完全粉砕呪文』で木っ端微塵にした。

 血のように赤い賢者の石が細かい破片となって砕け散っていくのを見届けたフィールは素直にスリザリン寮に戻ろうと、ダンブルドアの脇を通り過ぎ、まるで夜の闇に溶け込むよう、その場から霧のように姿を消した。

 

♦️

 

 賢者の石事件から3日が経過した。

 全校生徒の間では、ハリーとその友人二人が賢者の石を護ったということで知れ渡り、フィールの活躍は発表されていない。

 グリフィンドール生にスリザリン生が協力したなんてことを公に晒せば後々何かしら言われるのは火を見るよりも明らかだし、あれこれ質問攻めに遭うのも避けるため、フィール自身が三人と校長に堅く口止めした。

 

 さて、それはさておき、今学期の学年末パーティーが開かれようとしていた。

 大広間はスリザリンのシンボルカラーのグリーンとシルバーで装飾され、テーブルのバックにはスリザリンのシンボルアニマルの蛇が描かれたビックな横断幕が垂れ下がっている。

 スリザリン生はワイワイ騒いでいるが、フィールは騒ぐ気が沸かない。サプライズ大好きなダンブルドアは最後の最後でグリフィンドールに駆け込み点数を与えるだろうと、これから先の結果がどうなるかを予め察しているから、冷静でいられるのだ。

 

「フィー、7年連続で寮杯優勝だよ!」

「………そうだな」

「なんで、そんなテンション低いの?」

「いや、別に」

 

 クシェルは、さっきからどんちゃん騒ぎするスリザリン生でただ一人、妙に喜んだりする様子を見せない友人に首を傾げるが、フィールはなんでもないとばかりに、ゴブレットを傾ける。

 ハリーが今日この日まで医務室で絶対安静だったため、彼が大広間まで来ると途端に静まり返った。

 だが、その数秒後、生徒達は会話を再開した。

 勿論、その内容は言わずと知れたハリーのことについてだ。

 ハリーがロンとハーマイオニーの間に座ると、タイミングよくダンブルドアは声を上げた。

 

「また1年が過ぎた! ご馳走にかぶりつく前に老いぼれの戯言をお聞き願おう。なんという1年だったろう。君達の頭も以前に比べて少しは何かが詰まっていればいいのじゃが………新年度を迎える前に、君達の頭が綺麗さっぱり空っぽになる夏休みがやって来る。それではここで寮対抗杯の表彰を行う。点数は以下の通りじゃ。4位グリフィンドール、312点。3位ハッフルパフ、352点。2位レイブンクロー、426点。そして1位スリザリン、482点」

 

 結果発表の終わりと共にスリザリン生は総立ちになり、割れんばかりの嵐のような大歓声と大拍手で大広間に波動を生み、空気を揺らす。

 しかし、不思議なことにそれをさらりと受け流しているスリザリン生が一人居た。

 自分が手にしているゴブレットを口元に傾けたまま、涼しい顔で歓喜に満ち溢れたスリザリン生達を冷ややかに眺めているので、ハリー達三人以外の3寮の生徒は疑問顔で、唯一着席していることから一際目立っている彼女の姿を、遠目から観測する。

 その彼女がゴブレットをテーブルに置き、ダンブルドアに顔を向けると、これまたタイミングを見計らったように彼は次のセリフを告げた。

 

「よし、よし、スリザリン、よくやった。しかしつい最近の出来事も勘定に入れなくてはなるまいて」

 

 意気揚々だったスリザリン生のテンションは一気にブリザード級のムードへと激変し、それまでの笑顔が嘘のように綺麗さっぱり何処かへ消え失せた。

 ダンブルドアは、オホン、と咳払いを一つし、

 

「駆け込みの点数を幾つか与える。えーと、そうそう………まず最初は、ロナウド・ウィーズリー。ここ何年かホグワーツで見ることの出来なかったような、最高のチェス・ゲームを見せてくれたことを称え、グリフィンドールに50点を与える」

 

 グリフィンドールのテーブルから、煩いくらいの歓声が上がる。ロンの兄で監督生のパーシーは「僕の兄弟さ! 一番下の弟だよ。マクゴナガルのチェスを破ったんだ!」と真っ赤になりながらも胸を張っている弟を盛大に誉め称え、誇っていた。

 

「次に、ハーマイオニー・グレンジャー嬢。火に囲まれながら、冷静な論理を用いて対処したことを称え、グリフィンドールに50点与える」

 

 ハーマイオニーは嬉し泣きで顔を腕に埋め、グリフィンドール100点の加点にスリザリン生の顔が引きつっていく。

 

「3番目はハリー・ポッター君………その完璧な精神力と、並外れた勇気を称え、グリフィンドールに60点を与える」

 

 耳を塞ぎたくなるような大騒音がスリザリン生を絶望寸前まで追い詰め―――ダンブルドアは、最後の駆け込み点数者の名を告げた。

 

「勇気にも色々ある。敵に立ち向かうには勇気が必要じゃが、味方の友人に立ち向かっていくのにも、同じくらいの勇気が必要じゃ。よって、ネビル・ロングボトム君に10点を与えたい」

 

 大広間がまるで大爆発したかのような、大歓声と大拍手が沸き上がった。スリザリンと同時優勝だが、独占されずに済んだことをスリザリン以外の寮生は皆祝福していた。

 

「従って、飾り付けをちょいと代えねばならんのう」

 

 ダンブルドアが手を叩くと、飾り付けの半分がグリフィンドールカラーの真紅と黄金に変わって横断幕が半分消え、そこにグリフィンドールのシンボルアニマルである獅子が現れた。

 フィールは肩越しにグリフィンドールのテーブルを見る。先程述べられた四人はグリフィンドール生から英雄&勇者扱いされ、もみくちゃにされているが満面の笑顔だった。

 なんとなく、ダンブルドアの方に顔を向けてみる。すると、何故かこちらを見ていたダンブルドアと眼が合い、彼はニッコリとフィールへ微笑み返し、杖を取り出して一振りした。

 

 すると―――突然、太腿に重みが来た。

 

 フィールはダンブルドアから視線を外し、スカートへと移らせる。

 そこにあったのは、プレゼント箱だった。

 綺麗にラッピングがされ、軽く振ると、カタカタと音が聞こえる。

 

(え………?)

 

 ラッピングのリボンに挟まれていた紙にはメッセージが書かれていた。

 

『フィール・ベルンカステル穣へ

 褒賞無用、と告げられたのはわかっておるが、賢者の石を護り抜いてくれた勇猛果敢な若者の一人である君に何か褒美を与えぬのは、わしの気持ちがサッパリせぬ。

 これはわしと、ニコラス・フラメルからのささやかなプレゼントじゃ。是非とも使ってくれ。きっと彼も喜ぶであろう。君には本当に感謝しておるぞ。

              byダンブルドア』

 

 読み終えたフィールはプレゼント箱を開けてみる。

 中身は見事なまでの蛇の彫刻が施されたゴブレットであった。

 フィールは蒼の眼を瞠目させ、手に取って360゜回転させながらまじまじとゴブレットを見つめていると、

 

「わあっ、それスゴくない!?」

 

 絶望と屈辱に打ちひしがれたスリザリンのテーブルに突然弾んだ声がフィールの隣に居たクシェルから発せられ、その声は静寂に包まれていた蛇寮のテーブル全体へ響き渡る。

 スリザリン生達はその声に釣られて一斉に顔を上げ、一声の発信地へ視線を走らせると、自分達が手にしているゴブレットとは全く格が違いすぎるゴブレットが眼に飛び込んできたのだから、全員が驚倒し、凝視した。

 

「それどっから手に入れたの!?」

「さあ? どっからだろうね?」

 

 わかっていながら、曖昧に言葉を濁して追及を逃れようとするが、クシェルのみならず他のスリザリン生も揃って激しく問い詰めてきた。

 だが、フィールは決して口を割らなかった。

 

(全く………食えない狸爺だな)

 

 褒賞無用、と口止めする際に言ったはずなのだが、それをスルーして、まさかこんなにも良い褒美を与えるとは………絶対大事にしよう。

 フィールは苦笑混じりにダンブルドアに顔を向け、軽く頭を下げると、彼は笑って頷き返してきた。スリザリン生から詮索攻めにあったものの、皆は気分転換という名のやけくそで学年末パーティーのご馳走を口に運んだ。

 フィールは褒美の品のゴブレットに、カクテルを注ぐ。

 注いだカクテルの名は、アキダクト。

 ウォッカ、オレンジ・キュラソー、アプリコット・ブランデー、ライムジュースをシェイクしてカクテルグラス(容量75~90ml程度)に注ぎ、最後にオレンジの果皮より精油を絞り掛ければ完成である。

 カクテル言葉は―――『時の流れに身を任せて』。

 

(今は何も考えずに生きるか………)

 

 今の時点で色々考えたって、何かが変わる訳でもない。

 ならば、波打ち際に辿り着くまでの間、肩の力を抜かし、時の流れに身も心も任せてみよう。

 フィールはゴブレットを指先で弄りながら、ゆっくりと上品に傾け、アキダクトを喉に通した。

 

♦️

 

 学年末パーティーを終え、フィールは自室でベッドに腰掛けながら本を読んでいた。ご馳走も満腹になるまで食べたため、後はシャワーを浴びて寝るだけ………なのだが。

 コンコン、と扉をノックする音が静かな二人部屋に響き、フィールと、その隣で本を読んでいたクシェルは顔を上げ、見合わせる。

 

「誰だろ?」

「さあ?」

 

 真っ先にクシェルは本をベッドに置いて扉に駆け寄り、少し開くと、

 

「クシェル、フィール、今、大丈夫かしら?」

 

 ドアの隙間から見えるのは、黒髪にグレーの瞳を持つ女生徒。フィールとクシェルが比較的よく会話する、ダフネ・グリーングラスであった。

 

「ダフネ? どしたの?」

「ちょっと談話室に来てくれないかしら?」

「え? なんで?」

「なんか、マルフォイに頼まれたのよ。フィールを呼んでくれって」

 

 ダフネはドアの隙間から、室内に設備されているベッドに座りながらこちらを見ている黒髪の少女に視線を走らせ、再度茶髪の少女と眼を合わせる。

 ダフネの口から出た意外な人物の名に、クシェルは眼を見開いた。

 マルフォイはフィールのことを軽視していたはずだ。そんな彼がフィールを呼んでくれと、ダフネに頼んできたことには何か理由があるのだろうか。

 ダフネの家系・グリーングラス家は聖28一族に登録されている名家の一つであるが、グリーングラス家はマルフォイ家と違って非マグル差別者の一家なので、同じ主義者のフィールとクシェルと仲が良いのはそこにある。

 

「………らしいよ、フィー。どうする?」

「………話だけでも聞きに行くか」

 

 フィールも本をベッドに置き、部屋を退室した。クシェルとダフネもその後に続き、三人が談話室に姿を現すと、マルフォイが何やら言いたげな表情をフィールに向ける。

 

「それで、私に何の用だ?」

 

 フィールが単刀直入に訊くと、

 

「………君が全ての教科で1番と聞いた。そのことは謝る」

 

 早口でそう言い、そそくさに背を向け、マルフォイは男子部屋へと歩いていった。いきなりのことにフィールは唖然としていたが、

 

「なんだ、そんなことか」

 

 と、こともなさげに肩を竦めた。

 

「なんなの、アイツ。あんなの、全然謝ってすらいないじゃん」

 

 クシェルはマルフォイの姿が見えなくなると、苛立った顔で前方の虚無の空間を睨む。

 

「ま、そんなのどうでもいいだろ」

「なんでそんな普通なのよ?」

「気にしたら負けだし」

 

 フィールは珍しく談話室のソファーにストンと座り、紅茶を魔法で作り、それを啜る。クシェルとダフネは向かい側のソファーに座り、フィールは二人分手早く作ったら手渡した。

 

「早いわね。しかも美味しいし」

「これでも紅茶作るの得意だし」

 

 ダフネは感想を呟きながら紅茶を飲み、クシェルもちびちびと飲む。そうして、ちょっとしたお茶会を開いていたら、スリザリン生がゾロゾロと寝間着姿で姿を現し、その場に突っ立つ。なんだか皆ソワソワして落ち着きがなく、テーブルを挟むようにして座っている女子三人の内、一人で座っている黒髪の彼女へと視線を送っていた。

 

「………あの、ベルンカステル」

「なんだ?」

 

 それまで集団で突っ立っていた生徒多数人の内、一人がおずおずと前へ出ていき、フィールにそっと呼び掛けた。

 

「………その、私、前にクシェルから聞いたの。ハロウィーンの日、恐れることなく立ち向かってトロールを倒したって。クシェルを護ったって。………ごめんなさい、私、貴女のこと避けるような真似をして」

 

 その女生徒が深々と頭を下げると、他のスリザリン生達も頭を下げてきた。ダフネとクシェルはビックリして、謝意を示す彼女らを見つめていたが………。

 

「ああ、なんだそんなことか。別に気にしなくていい」

 

 と、あっさり許したフィールに、ダフネとクシェルは相変わらずだと微笑。だが、スリザリン生の集団はフィールの器の広さに、不思議そうな、意外そうな表情で今度は見つめたが、次第に柔らかく笑み、

 

「貴女、結構イイ性格してるわね」

「それはどうも」

「………これからは、よろしくね」

「ああ、わかったよ」

 

 女生徒とフィールは互いに握手を交わし、それを皮切りに他生徒はフィールに声を掛けた。

 どうやら、ハロウィーンの日にクシェルをトロールから救い出したことをクシェル本人から聞いたらしく、それで皆はフィールに対する評価を改めたらしい。

 フィールは全員分の紅茶を作り、お茶漬けのお菓子をテーブルに並べ、ちょっとしたお茶会だったものが一気に華やかなものへと変化を遂げる。

 ダフネとクシェルは顔を見合わせて微笑むと、自分達もなんか食べようと、お菓子に手を伸ばした。

 

♦️

 

 翌朝、学年末試験の成績が発表された。

 談話室に掲示されている結果を見て、生徒達は一喜一憂している。

 フィールはぶっちぎりの点数で学年トップの成績を獲得。更には個人の得点獲得もトップだったため、今年の最優秀生徒賞を貰い、羨望の注目を浴びた。

 

「フィー! やったよ! 私10番内だよ!」

「よかったな」

 

 クシェルはトップ10位内の5位だった。

 予想よりも上だったらしく、クシェルは顔を綻ばせていた。

 

「1位はフィーで2位はハーマイオニー………流石だね。どちらかと言えば、ハーマイオニーの方がライバル関係に相応しいんじゃない?」

 

 朝食時間―――学習意欲に満ちているレイブンクロー生から、首席次席のフィールとハーマイオニーは尊敬と敵意の眼差しを向けられた。

 

♦️

 

 ホグワーツ魔法魔術学校での1年を終え、いよいよ長期の夏季休暇を迎える。

 荷物を全て詰め込んだトランクを持って汽車に乗り込み―――数時間後、ホグワーツ生全員を乗せた汽車はキングス・クロス駅に到着した。

 

「それじゃあね、フィー!」

「ああ、またな」

 

 元気に手を振りながら、反対側通路へ歩いていくクシェルに手を振り返したフィールは、駅の改札口近くにある自販機で炭酸飲料のコーラを2缶購入すると、プルタブを開けて、姉のクリミアが来るのを待つ。少しして、友人のソフィアと別れたクリミアがフィールが待機している場所までやって来た。

 

「フィール、お待たせ」

「うん。はい」

「ありがとう」

 

 フィールは先程もう1缶買ったコーラをクリミアに渡し、それを受け取ったクリミアはプルタブを開けて飲む。そうして、二人は飲み終えると改札口を出て、1年ぶりにベルンカステル城へ帰宅した。

 それぞれの自室に荷物を置き、軽くシャワーを浴びてさっぱりしてきたら、リビングへと来る。

 ミルクティーとクッキーを用意し、二人はくだらない会話に華を咲かせた。

 

「どうだった? 学校生活」

「それなりに楽しかったよ」

「ふふっ、ならよかったわ」

 

 クリミアは満足そうに笑い―――ふと、何かを思い出したのか、温厚な顔をいつになく真剣な表情へと変えた。

 

「………フィール。賢者の石の事件、本当は貴女も関わっているでしょ?」

「………やっぱり、バレてた?」

「当たり前よ。一人だけ態度があんなにも違うなんて、何かあるとしか思えないわ。話してくれない?」

「………わかった」

 

 フィールはミルクティーがまだ入っているティーカップをテーブルに置き、事の全てをクリミアに話し始める。語る間、クリミアは口を挟むことなく、黙って聞いた。

 

「クィレル先生に………いや、もう先生でもなんでもないわね。クィレルに、あの、闇の帝王の魂が寄生してたなんて……………」

 

 クリミアは軽く身震いし、フィールはソファーに深く腰掛け直す。

 

「………フィール。ライアン叔父さんに、このこと話しましょう」

「………そうするか」

 

 フィールは迷うことなく頷き、クリミアは杖を取り出すと、

 

エクスペクト・パトローナム(守護霊よ来たれ)

 

 円を描くように杖を振り、杖先から銀色の霞みたいなのが噴き出すと―――次第にそれは、大きな鳥に形作る。

 クリミアの守護霊は、大鷲だ。

 クリミアは大鷲にフィールが話した内容を伝言として頼むと、叔父のライアンへ伝達しに勢いよくベルンカステル城から飛び去った。

 大鷲が見えなくなるまで見届けていた二人は深く息を吐き―――気持ちを切り替える。

 現在の状況で色々考えたところで、結局は何も変わることはない。

 だが、頭の片隅に闇の帝王の記憶は刻んでおこうと、フィールとクリミアは全く同じことを思いつつ、今は全て飲み込んでしまおうと、飲みかけのミルクティーを一気に飲み干した。




【フィールの立場】
ダンブルドアが言ってた通り、闇の帝王に歯向かったエルシーの行為は、闇の陣営側の魔法使いからすればベルンカステル家の者は脅威と殺戮の対象。
大人のライアン達はともかく、子供のフィールは危険性高いですね。ルークとシレンは他国に居るので幾分かは安全でしょうけど………。

【褒美の品:ゴブレット】
スリザリン生がグリフィンドール生に協力した事実を伏せて公の場で加点しない代わりに、ダンブルドアは褒賞としてゴブレットをプレゼント。
ちなみに蛇の彫刻はニコラスが施しました。
今頃は画面外でドヤ顔してるでしょう。

【アキダクト:時の流れに身を任せて】
①ウォッカ(20ml)
②オレンジ・キュラソー(10ml)
③アプリコット・ブランデー(10ml)
④ライム・ジュース(1tsp)
⑤オレンジの果皮(香り付け用)

作り方:①~④をシェイク。最後に⑤を絞り汁をカクテルに振り掛けて完成。
タイプ:ショート
ベース:ウォッカ
アルコール度数:20度~37度
テイスト:中口、やや甘口
色:黄、透明、薄黄色、薄茶色にも見える
意味:送水路、水道橋

【カクテルのタイプ】
カクテルは大きく分けて『ショート』と『ロング』の2種類に分類され、ロングの中に『コールド』と『ホット』の2タイプがあります。

【ショートとロングの違い】
★ショート・カクテル
シェイクやステア(混ぜる)をして、主にカクテルグラスに注いで出されものが多い。カクテルグラスには氷が入っていないので、時間は掛けず、出来るだけ冷たい内に味わった方がオススメです。

★ロング・カクテル
タンブラーやロックグラス(オールド・ファッショングラスとも言う)に氷を入れた状態で味わうコールド・タイプと、お湯割りを初めとしたホット・タイプのカクテルがあります。
こちらはショートと比べてゆっくりと味わうタイプですが、それでもコールドは氷が溶けない内に、ホットは冷めない内に味わった方が断然美味しいでしょう。
ロングは使用する材料や作り方などによってコールド・ホットの広義の分類の他に多種多様なタイプがあるので、それもまたカクテルを作る楽しい要素の一つになると思われます。

【安全対策万全なベルンカステル城】
ベルンカステル城周辺は外部とは完全に遮断されいて、魔法省が未成年魔法使いにつけている匂いを無効化してくれています。なので思いっきり魔法使い放題です。

【賢者の石編終了】
なんとか無事に1章終えました。
フィールの印象も、読み始めた当初に比べたらちょっとは変わったのではないかと思います。

ハリポタ二次創作では珍しいタイプの『スリザリン生らしくないスリザリン生』であるが故に、他寮だけでなく多数の同僚からも激しく嫌われ、周りからは問答無用で悪者扱いされ、挙げ句の果てには話も聞いて貰えず………精神的に限界に追い詰められて一度は「人助けはもうやらない」と決心したが、同級生が命の危機に瀕したのをきっかけに再び人助けすることを決意し、同時にこれからは友人を大切にしようと思うようになり、最終的にはハリー達と共に学校の平和を守る為、誰に強制された訳でもなく、自らの意志でヤバい事件に身を投げ出すまでの成長を見せてくれました。

特に同級生のクシェルと寮監のスネイプからの励ましの言葉や指摘は、フィールに大きな変化をもたらしたでしょう。ハリー達一行の内、ハリーとハーマイオニーとは下の名前で呼び合うほどまでになったので、これはかなりです。
さて、次回からは『秘密の部屋』編。
第2章へ続きます。また見てね、バイバイ。


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Ⅱ.THE CHAMBER OF SECRETS
#19.夏季休暇【前編】


第2章秘密の部屋編開始。


 太陽の日差しが強くなり、夏本番を迎える真夏日の時期。炎天下の元で歩く人々は噴き出る汗をだらだら流しながら、冷たく冷えたジュース缶やアイスを片手に暑い道中を歩いていく。

 そんな街中から程遠い、大自然に囲まれた壮麗な古城。周囲は紫外線防止の結界が張られており、外出してもその範囲内ならば真夏の暑さで苦しむことはない。

 此処の城の主は自家用庭園に完備されているプールやクィディッチコートは時折使用するが、1日の半日以上は魔法の訓練や勉強に時間を費やす努力家でかつ身体を動かすことも多く、現在は古城の中にある訓練部屋を障害物が多い場所に変化させて、障害物を使うマグルの競技パルクールの練習に励んでいた。

 

 これは魔法を駆使するにおいての体力作りと精神力の強化、戦闘中にどうしても逃げなければヤバいという状況に陥った場合、目的の場所まで効率的に移動する移動術を用いて出来るだけ無傷で生還するということを考えて独学で身に付けたアビリティだ。

 早朝から練習を開始し、それからほとんど休む間もなく、身軽に動き回っている黒髪蒼眼の少女―――フィール・ベルンカステルは、思い通りに身体が動くことへ満足感を覚えていた。

 腰辺りの高さの手すりやガードレールなどといった低い障害物を華麗に飛び越える技・ヴォルトをカッコよく決め、次は壁の天辺に手を掛けてしがみつき、腕の力と脚を振り上げてよじ登る技・クライムアップで、高い妨害物を反動で乗り越えた。

 

(よし、あとは―――)

 

 着地の衝撃を吸収する技・ランディングで足裏が地面に着いたら両手で地面を押して衝撃吸収&上体起こしをし、軽く走って―――動くのを止めた。

 大人顔負けの体力があるとはいえ、やはり数時間ぶっ通しで動くと流石に疲労が蓄積し、急激に脱力感に見舞われた。

 

「………ッ、休憩するのも大切だったか………」

 

 ふらつく身体に鞭を入れながら呟き、フィールは此処にも完備されているシャワールームでさっぱりしようと、レッスンルームを0にリセットしたら、そこへ向かった。

 

♦️

 

 8月の中旬に突入した頃―――ホグワーツから手紙がやって来た。去年の成績や各教科担当からの評価、後は2年生で必要な教科書類が記載されている。

 

「全教科オールトップ………流石ね」

 

 リビングのソファーに座るフィールの横から成績表を覗く水色髪紫眼の少女―――クリミア・メモリアルは微笑んだ。フィールより3歳年上で劣等生が多いハッフルパフでは別格の超優等生のクリミアも全教科オールトップの学年首席なので、義姉妹揃って成績優秀である。

 

「今年の防衛術の担当はギルデロイ・ロックハートらしいけど………信用出来ないのよね」

「あ、クリミアもそう思う?」

 

 今年、闇の魔術に対する防衛術の担当はギルデロイ・ロックハートという、魔女達に大人気の売れっ子作家で数々の著作があるのだが、クリミアとフィールは「なーんか、コイツは嘘っぽい」と同感だった。

 何度かロックハート著の本をパラパラと速読してみたが、「あ、多分これ誇張や創作が入ってるな」と直感的に感じた。

 それに、彼が倒したらしい怪物は二人でも倒せるものばかりだし、もしも死喰い人(デスイーター)と遭遇したら僅か1秒で蜂の巣にされそうだなと、何気に不吉なことを考えている。

 

「ま、真実か虚偽かは授業を見てからだな」

「そうね。見分けるのはそれが一番最適ね」

 

 フィールとクリミアはロックハートの話を割愛し、前者はリビングを出て、最上階の自室に向かった。

 ドアを開けると、まず純白のカーテンが眼に入る。フィールの部屋はシンプルだけどお洒落で白と青を基調とし、爽やかな印象を与える。

 フィールは室内に設備されている大きな鏡が視界の隅に入ると、それを一瞥し、自分が寝起きするベッドへ、身体を放り投げた。自室は何よりも落ち着く場所で、どうしても最初はベッドに身も心も任せたくなるのだ。

 

「…………眠い………」

 

 バニラアイスのような甘い香りは、今日も限界まで魔法の鍛練をしたフィールに眠気を誘い、心地良い微睡みに抗えるはずもなくもなく、フッと瞼を閉じると、規則正しい寝息を立てて、眠りに落ちた。

 

 数時間が経過した頃―――。

 静かな室内に、コンコン、と扉をノックする音が響き、ガチャッ、と扉を開けてクリミアが入ってきた。

 

「フィール、おやつでも食べ―――あら?」

 

 クリミアは、リビングで一緒におやつを食べないかと誘いに此処まで来たのだが、フィールがベッドですやすや寝ているのを見て、首を傾げた。

 

「珍しいわね、この時間帯で寝るなんて」

 

 いつもなら読書してるのに、と起こさぬよう小さく呟き、クリミアは足音を立てないようにベッドまで歩き、それに腰掛けると、フィールの黒い髪を梳くい取り、長い睫毛を伏せる。

 フィールとは、幼い頃からずっと一緒に居て、共に過ごしてきた。そうしてきたのも、生まれて間もない頃に両親が死んで、孤児となった自分をフィールの両親が引き取り、その数年後に彼女が生まれて、姉妹という関係になったからだ。

 

 ………昔のフィールは本当に可愛かった。

 いや、今でも充分可愛いのだが…………。

 昔と今では、その性格と瞳がまるで違いすぎるのだ。見た目はそこまで変わっていないはずなのに、そっくりそのまま誰かと入れ替わったみたいに、雰囲気と眼光がガラリと激変した。

 そう思うのは、フィールの両親が―――ジャックとクラミーが自分達の傍から消えた後の彼女を誰よりも間近で見、肌で感じているクリミアだからこそ、その変貌ぶりを語れるのだ。

 

 7年前に起きた悲劇の前―――。

 フィールはもっと明るくて、底抜けに優しかった。それが今ではとても冷たく、他人に無関心な性格になり、去年ホグワーツに通うまで、笑うことすらほぼなかった。

 血の繋がった父親と同じ蒼い瞳のはずなのに、それに宿る光は全く真逆なのだ。ジャックはキラキラと満天の夜空に煌めく星や月みたいに輝いていたのに対し、フィールは闇のような暗さと氷のような冷たさで翳っている。

 

「……………」

 

 クリミアは静かに動き、寝ているフィールを起こさないように頭を自分の太腿の上に乗せる。所謂膝枕だ。クリミアはフィールの黒髪を指先で弄り、そっと雪のように真っ白な頬に触れる。

 惨劇の日を境に、妹は変わった。

 それまでの面影が無くなるほど。

 ただただ、強くなることを胸に………。

 母親との約束を護り通すために―――。

 

「……………」

 

 クリミアは、悲しげな表情を浮かべる。

 フィールが………妹が、気高く、強くなったことは、確かに嬉しい。

 でも………強くなるために、妹が自分の身体を限界以上まで追い詰めてきたのを、姉は何度も見てきてる。

 その時姉は、心配しつつも、決して手を差し伸べようとはしなかった。

 手を出さないというのは、本当に難しいことで。

 ましてや、幼少期から自分の妹のように見てきたフィールがボロボロになっていく姿を、ただ我慢して見守るしかないクリミアの心情は、察するに余りある訳で………。

 

 再び、静寂に包まれる部屋の中で。

 安らかな寝顔を浮かべる妹へ願う。

 ―――どうか、自分を大切にして欲しい、と。

 

♦️

 

 8月19日。フィールは若干テンション低めで新学期に必要な学用品を買いにロンドンに所在する魔法界の商店街・ダイアゴン横丁の石畳の通りを歩いていた。

 どうしても、持ち物リストに載っていた防衛術関係の教科書が、授業では絶対に役立つことは無いと断言出来るほどくだらない書物で全部埋められていたので、この時点で既に気が滅入ってしまうのだ。

 もう防衛術は教科として取り入れるよりも独学で学ばせた方が何億倍もいいんじゃないかと、呆れて物が言えなくなってきた少女の背後に誰かが気配を隠しながら忍び寄り―――

 

「わっ!」

「ッ!?」

 

 いきなり肩に手が置かれたのと間近で声が上がったことに、心臓が飛び跳ねたフィールは反射的に振り返る。

 そこに居たのは、元気よくピョンピョンはねたショートカットの茶髪に明るい翠の瞳の、中性的な容姿で活発そうな少女。

 ルームメイトで親友のクシェル・ベイカーがイタズラ大成功と言わんばかりの笑顔を向けていた。

 

「フィー、久し振り!」

「………ああ、久し振り」

「ビックリした?」

「………まあな」

 

 未だに心臓がバクバク鳴っているが、フィールはそれをなんとか落ち着かせる。

 

「フィーも買い物しに来たの?」

「ああ、そうだけど」

「やっぱりね。私も此処に来たばっかりなんだけど、なんかフィーみたいな人が居るなって思ったら、本当にフィーだったからさ。せっかくだし驚かせよっかなって」

「もう止めろ。クシェルじゃなかったら、反射的に魔法撃ち込んでる」

「流石にそれは怖いよ!」

 

 他の人なら「冗談だ」と言って笑い飛ばすだろうが、生憎フィールならマジでやりかねない。フィールは戦闘のプロと言っても過言ではないほどの腕前と神経を兼ね備えているので、実際彼女の知人ではない人がクシェルと同じことをしたら、まず間違いないなく数十m程は軽々と吹き飛ばされているだろう。

 

「………なんてことはどうでもいいとして」

(いや、どうでもよくはないよ………)

「クシェルは一人で来たのか?」

「え? あ、うん。お父さんとお母さん、どっちも仕事で忙しいから。フィーも?」

「うん、一人で来た」

「そっか。じゃあ、一緒に行動しない?」

「別に構わない。行くか」

「うん!」

 

 と言うことで、フィールとクシェルは二人で買い物しようとのことでまずは『フローリッシュ・アンド・ブロッツ書店』へ出向いた。そこではギルデロイ・ロックハートのサイン会が行われていたらしく、長蛇の列だった。

 フィールは「来るタイミング間違えた」と再びブルーな気分に逆戻りし、クシェルは苦笑しながら励まし、必要な本を購入してすぐに抜け出そうとしたが―――。

 

「あれ? もしかして、フィール?」

 

 と、聞き慣れた声が二人の耳を打ち、そちらを見てみると、そこにはハリー・ポッターとハーマイオニー・グレンジャーが居て、その近くには赤毛が特徴的な大家族が立っていた。

 

「ハリー達か」

「久し振りだね。君も買い物しに?」

「まあな。途中でクシェルと会って、二人で此処に来た」

「クシェル?」

 

 ハリーが首を傾げると、フィールの隣に居た茶髪翠眼の少女は笑って教えた。

 

「ポッター、私がクシェルだよ。ちなみに名字はベイカー」

「ああ、フィールとよく一緒に居る君か。僕、ハリー・ポッター。ハリーって呼んで」

「なら、私のこともクシェルでいいよ」

 

 グリフィンドール生のハリーとスリザリン生のクシェルはそれぞれ『フィールの友達なら問題無い』と言う見事にシンクロした思考の元、犬猿の仲の寮生同士であるにも関わらずあっさりとフレンドリーに接した。

 それからクシェルは、ハーマイオニーの方に眼を向ける。

 

「元気にしてた?」

「ええ、勿論。貴女は?」

「こっちも元気だよ」

「そう。ならよかったわ。………その、あの時は指摘してくれて、ありがとう」

「どういたしまして、ハーマイオニー」

 

 クシェルは優しく微笑む。

 ハーマイオニーもその笑みに釣られて笑った。

 さて、そんなやり取りをしてたら、目敏くハリーを見つけたロックハートが彼を壇上まで引き出した。ハリーはあからさまに迷惑そうにしているが、そんなものお構い無しにロックハートはツーショットを新聞記者に写真を撮らせている。

 

「ロックハートってウザい男だな………」

「フィー、心の声漏れてるよ」

 

 クシェルはフィールに鋭く突っ込む。

 ハーマイオニーは夢中でロックハートを見つめているが、ウィーズリー家の男性陣はハリーに同情の眼差しを向けていた。

 ロックハートがホグワーツで教師をするという発表を聞いてハーマイオニーは終始興奮しっぱなしであるのに対し、ハリーとロンは終始嫌そうである。そしてハリーは赤毛の少女―――ジニー・ウィーズリーに、ロックハートからタダで貰った本を全部渡した。ハーマイオニーはロックハートのサインを貰いたかったが、あまりの長蛇の列に諦めざるを得なかった。と言うより、フィールが「ホグワーツで貰えばいいだろ」と言って諦めさせた、その時だ。

 

「ポッター、ちょっと本屋で買い物しただけで有名気取りかい?」

 

 プラチナブロンドの髪をオールバックにした青白い顔の少年―――ドラコ・マルフォイが嫌味な笑みを浮かべながらフィール達の行く手を阻み、ハリーを小馬鹿にしてきた。

 

「ほっといてよ! ハリーが望んだことじゃないわ!」

 

 ジニーがマルフォイに言い募る。

 ハリーの前でジニーが口を利いたのはこれが初めてだった。

 

「ポッター! ガールフレンドが出来たじゃないか!」

 

 と、マルフォイは更に嫌味な笑みで今度はジニーにねちっこく言い、彼女は真っ赤になる。

 すると、それを見かねたフィールが、低音の声音でマルフォイに呼び掛けた。

 

「おい、マルフォイ」

 

 その声に、彼は今更気付いたような顔になる。

 

「ベルンカステルか。なんだ?」

「年下の女の子を嘲笑うなんて、年上としてどうなんだ?」

 

 フィールがそう訊くと、マルフォイはうんざりしたような顔を見せた。

 

「君はなんでそんなヤツらと居るんだ? スリザリン生だって言うのに、ポッターやグレンジャーとも仲良くして………この、スリザリンの恥曝しが」

 

 ジニーは驚いたような顔で、フィールを見上げた。自分を庇ってくれたことやハリーとも普通に話してることから、てっきりハーマイオニーと同じグリフィンドール生の友人だと認識していた。

 だが、実際はマルフォイと同僚同輩だと知り、どういうことなんだと、視線を慌ただしく行き交わせる。

 すると、マルフォイの父親だと思わしき男性がやって来た。背丈が高く、滑らかなプラチナブロンドの髪を持ち、血の気の無い青白い顔、尖った顎や灰色の瞳はまさに彼の息子と瓜二つである。

 

「ドラコ、帰るぞ。………おやおや、ハリー・ポッターではないか」

「ルシウス」

 

 ドラコの父親―――ルシウス・マルフォイは、小馬鹿にしたような表情を浮かべる。そこにウィーズリー兄妹の父親―――アーサー・ウィーズリーが威圧するように、ハリー達の前に立ちはだかった。

 

「アーサー・ウィーズリー、どうやら職場でも家庭でもあくせく働かねばならないみたいだな。さぞかしご立派な家庭で………ああ、そうでもないらしい。これらは全て中古か」

「妻は倹約家でね。返して貰おうか」

 

 ルシウスはせせら笑いながら、ジニーの大鍋に手を突っ込み、豪華なロックハートの本が沢山入ってる中の、使い古しの擦り切れた中古の教科書を手に取った。それは『変身術入門』だった。アーサーはしかめっ面で取り返す。

 その後、マグルに対する思想が真逆で魔法使いの面汚しがどちらなのか、その意見が食い違う二人は激しい舌戦を繰り広げ、挙げ句の果てに殴り合いに発展しかけた、その時―――。

 ルシウスはふと、ハリー達の近くに居る黒髪の少女と茶髪の少女の内、前者の方に意地の悪そうな薄灰色の眼を留めた。

 

「………クラミーやエミリーとそっくりだと?」

 

 ルシウスはアーサーとの喧嘩を離脱。

 驚愕の色に染まった声を漏らし、息子のドラコへ問い詰める。

 

「ドラコ、まさかその娘は―――」

「―――父上、コイツがフィール・ベルンカステルです」

 

 ルシウスは息子から確認を取るが否や、やはりという瞳で彼女の顔を見つめ、薄ら寒い笑みを浮かべる。アーサー夫妻は揃って仰天し、フィールをまじまじと見つめた。

 

「かの有名なエルシー・ベルンカステル家の末裔か。闇の帝王や死喰い人から多くの魔法使い、マグルを救った英雄として崇められている……… 」

 

 ルシウスは微かな敵意を宿した瞳でフィールを見下ろす。フィールは怯まず睨み返した。

 そんな彼女へルシウスが腕を伸ばした、その時―――

 

 

 

「―――私達の姪っ子に、不用意に触れないで貰えますか?」

 

 

 

 鈴を転がすような、でも、凛とした響きを持つ声が背後から聞こえたと思いきや、フィールは後ろから誰かにそっと抱かれ、その隣から、黒髪で背が高い男性が現れると、彼女の肩へ伸びていったルシウスの手を止めた。

 フィールは驚いて横と上を見てみると、

 

「ライアン叔父さん? エミリー叔母さん?」

 

 此処には居ないはずの叔父、ライアン・ベルンカステルと―――叔母のエミリー・ベルンカステルが、鋭い目付きでルシウスを睨んでいた。

 

「おやおや、ライアンとエミリーではないか。フィールとやら言うその娘が君達のことを叔父と叔母と言ったということは、姪なのか」

「そんなことはどうでもいいわ。フィールへ不用意に触れようとしないでちょうだい」

 

 エミリーはフィールを抱く腕に力を込める。

 マルフォイは彼女の蒼い眼を見据えた。

 

「まあよかろう。いずれその娘はこの世から消える運命だ。私が触れようが触れまいが関係ない」

 

 その言葉に―――フィールは賢者の石を死守し終えた後にダンブルドアから言われたことを思い出す。

 闇の陣営からすれば、ベルンカステル家の者は脅威と殺害の対象。特に子供である自分は命を狙われる危険性がある、と。

 フィールが警戒心を改めて持ち直した瞬間。

 ルシウスの胸ぐらを、ライアンが掴んでいた。

 

「もういっぺん言ってみろ。そしたらオレは、アンタをブッ飛ばす」

 

 ライアンは鋭い双眸でルシウスを睨んだ。

 ルシウスは余裕綽々の笑みを崩さぬまま、手に持っていた教科書をジニーの方へ突き出してライアンの腕を振り払い、

 

「その娘に限らず、お前達も同じ末路を辿るであろう。母親みたいにな」

 

 捨て台詞を吐き捨てると、息子のドラコを連れて彼女らに背を向け、何事も無かったみたいにこの場から立ち去った。

 

「ったく、あの男は………。フィール、大丈夫だったか?」

 

 ライアンはルシウスとドラコのマルフォイ一家が見えなくなるまで見届けたら、フィールへ声を掛けた。

 

「ごめんなさい、助かりました」

 

 フィールは叔父に礼をすると、後ろから抱いてきた叔母の顔を見上げた。

 

「………エミリー叔母さん、久しぶり」

「ええ、本当に久しぶりね。………フィール、お姉ちゃんそっくりになってきたわね」

 

 フィール似の顔立ちで、両眼はライアンと同じ金色の女性は柔らかく微笑み、そのたおやかな手は、姪っ子の頬を優しく包み込んだ。

 彼女の名前はエミリー・ベルンカステル。

 フィールの叔母であり、ライアンとクラミーの妹だ。

 

「………………」

 

 フィールはどこか遠い眼で、エミリーの顔を見つめた。

 ライアンの妹と言うことは、フィールの母親クラミーの妹と言うことでもあり―――姉妹だったから、とても似ているのだ。

 黒髪も、微笑みも………瞳の色は違うが、それでも、確かな面影があり……………。

 

(………何を考えているんだ…………)

 

 目の前にいるのは母ではなく、叔母。

 だが、どうしても、錯覚してしまう。

 亡くなった母が戻ってきたんだって。

 

(………ッ)

 

 違う、とフィールは否定した。

 どんなに似ていても、違うものは違う。

 ありもしない希望や夢にすがるなんて、現当主として、辱しめだ。

 私は、フィール・クールライト・ベルンカステル。

 亡き母の背中を追い掛け、その遺志を引き継ごうとベルンカステル家の当主になったのだから。

 

「………フィール?」

 

 エミリーは、さっきから黙ったまま自分の顔を見つめるフィールを心配し、頬を撫でた。それによってフィールの意識は半ば取り戻され、くすぐったさに顔を少し動かした。

 

「あら? そういう所は昔から変わらないのね」

「………っ、止めて」

 

 フィールはエミリーの手を止め、フイッと顔を逸らす。こうして見てみると年齢相応の少女に見えるのだから、不思議なものである。

 

「………ああ、そうだったな」

 

 フィールは横目でポカーンとしているクシェルやハリー達を見て、いつも通りのクールな表情へ戻ると、簡単に紹介した。

 

「私の母方の叔父と叔母」

 

 それに続く様、気さくに二人は自己紹介した。

 

「皆、はじめまして。僕はライアン・ベルンカステル。フィールの母方の叔父。フィールのお母さんの弟だからね。で、こっちは―――」

「エミリー・ベルンカステルよ。ライアン兄さんの妹だからフィールのお母さんの妹でもあるわ」

 

 明るい笑顔を浮かべる二人にクシェルやハリー達もそれぞれ自己紹介すると、二人はフィールの親友だという茶髪の少女に眼を向けた。

 

「貴女が噂の親友ちゃんね」

「あ、はい。フィー………あ、いや、フィールとはルームメイトで友達です」

「おいおい、そんな固くならなくていいさ。フィール、愛称で言ってくれる親友が出来てよかったじゃないか」

「ん、まあ………」

「それにしても、安心したわ。フィール、ちょっと見直したわよ」

 

 フィールがホグワーツで友達が出来るか心配だった、とエミリーは言いながら、姪の頭をポンポンと叩き、

 

「クシェルちゃん、これからもフィールとは仲良くしてくれるかな? いつもクールで動じないけど、結構照れ隠しするのが多いから」

 

 と、エミリーはまた笑ってフィールの頭をポンポンと叩いた。

 フィールは「そんなことない」と言い返し、ふと、気になったことを尋ねた。

 

「………なんで此処に?」

「クリミアから今日フィールがダイアゴン横丁に行ってるって聞いてな。誰かと一緒に買い物してないかと思って、エミリーも連れて此処に来てみたら―――」

「あの男が貴女に近寄ろうとしたのが見えて、思わず」

「………そう、助かったよ」

 

 経緯を聞くが否や、フィールは額に手を当て、深く息を吐く。今回ばかりはクリミアに感謝だなと、此処に居ない姉に「ありがとう」と心の中で礼を言った。

 

「エミリー、ライアン。その、すまなかった。往来で騒ぎを起こして」

 

 アーサーがタイミングを見計らい、罰の悪い顔で二人に謝った。

 部門は違うが、同じ英国魔法省に勤務している関係上、アーサーとエミリーは面識があり、彼女の兄とも知人であるのだ。

 

「アーサーとルシウスが険悪な関係は勿論知っていますけど、あまり騒ぎは起こさないでくださいね」

「ああ、肝に銘じる。………そうか、その娘が君達の姪の―――」

「フィール・ベルンカステルです」

 

 フィールは自己紹介をしつつ、顔を曇らせる。

 ルシウス・マルフォイのあの言葉は、冗談ではないと思ったからだ。自分だけでなく、叔父や叔母にもあんな発言を吐いていた。

 そのことに、心が重苦しいのだ。

 それは皆もそうらしく、重い空気と気まずい沈黙が不意に訪れる。

 時間にして僅か数秒間のことだが、それはとても長い時間のように感じて………誰も口を開くことなく、その場に突っ立っていたが、

 

「ねえ、気分転換に、なんか食べに行かない? ほら、彼処に美味しそうな店あるよ!」

 

 クシェルがレストランの看板を指差しながら明るい笑顔と弾んだ声音でそう提案すると、一瞬にして場の空気が和み、皆は賛成した。

 

「よし、じゃあ食べにでも行くか」

「皆、好きなもの頼みなさい。私達が奢るわ」

 

 ライアンとエミリーがそう言ったら、ウィーズリー夫妻と、グレンジャー夫妻はそれは悪いと遠慮した。が、二人はあっけらかんと笑って「奢らせてください」と言うと、ウィーズリー夫妻とグレンジャー夫妻はお言葉に甘えることにした。クシェルはライアンとエミリーの側に寄り、小声で謝罪する。

 

「あの、すいません。後でお金を―――」

「なに、そんなこと気にしなくていい。君のおかげで助かったよ。ありがとう」

「そうそう。だから、そのお礼としてって思ってちょうだい。ね?」

 

 ライアンとエミリーは微笑んでクシェルの頭を撫でる。クシェルは顔をほのかに紅潮させるのと同時、二人の微笑みがフィールと重なって見え、「やっぱり血が繋がっている人同士なんだ」と改めて実感した。男女で顔付きの違いがあるため、ライアンとフィールは一見するとそこまで似てはいないが、それでも、フィールを男性にしたらこんな感じだろうとクシェルは思った。

 同じ黒髪に高身長。整った顔立ち。

 何故この一家は超美形しか出てこないのだろうと、クシェルは思わず疑問符を浮かべた。

 

「ん? 僕達の顔に、なんかついてるのかい?」

「あ、いや、その………フィーは物凄い美少女なんですけど、フィーの叔父さんと叔母さんも物凄い美男美女だなぁって」

 

 クシェルは慌てて本音を伝えると、ライアンとエミリーは照れたように微笑んだ。

 

「ありがとう、クシェルちゃん」

「そう言ってくれて、嬉しいわ」

 

 ライアンとエミリーは、どうやらフィールと違うようだ。フィールのだて眼鏡を外した素顔を見たスリザリン生は「綺麗」や「可愛い」など誉め言葉を言う人が続出したのだが、本人は無表情を崩さなかった。

 それに対し、彼女の叔父叔母は生き生きと表情を変えるので、クシェルだけでなく、ハリーやハーマイオニー、ウィーズリー家の子供達は「本当にフィールの血縁者なの?」と外見はまるで同じなのに、中身が違いすぎてビックリした。

 

「そろそろ行くか」

「そうね。あの店でいいかしら?」

 

 先程クシェルが指差したレストランでいいかと問い掛けて特に異論はなかったため、皆はゾロゾロと歩き出した。クシェルは、何故か歩こうとしないフィールを見て、

 

「フィー? どしたの? 早く行こうよ」

 

 と左腕を引っ張り、連れていこうとした。

 

「………ああ、そうだな」

 

 フィールは、柔らかく微笑む。

 でも、二人が微笑んでいたものとはなんだか違う、悲しそうな、それでいて、淋しそうな、貼り付けの笑み。

 なんで、こうも大きく違うのだろうかと、クシェルは益々混乱した。

 

♦️

 

 その日の、真夜中のベルンカステル城のリビング。

 そこには、大きなソファーに身を任せて本を読む黒髪の少女と、テーブルの上に置いた皿に載せられているクッキーを頬張る水色髪の少女が居た。

 

「エミリー叔母さん、元気にしてた?」

 

 今日の午前中、久方ぶりに叔母と会ったらしいフィールにクリミアが問うと、

 

「うん、元気にしてたよ」

「なら、よかったけど………私も、久しぶりに会いたかったわ」

 

 クリミアは少し残念そうに肩を落とすと、

 

「あら? それなら嬉しい限りだわ」

 

 突然誰かの声が聞こえたと思えば、クリミアはそっと後ろから抱かれた。驚いて顔を上げれば、今まさに話をしていた人物のフィールの叔母・エミリーが笑顔で見下ろしていた。

 

「エミリー叔母さん………!?」

「久しぶりね、クリミア。大きくなったわね」

「あ、はい………って、いつから此処に居たんですか!?」

「あら? 今日、フィールから聞いていなかったのかしら?」

「え?」

 

 クリミアは訳がわからず、フィールとエミリーに視線を行ったり来たりしていると、

 

「なーんてね。ふふっ、成功ね? フィール」

「うん。今日、エミリー叔母さん此処に泊まりに来るそうだったんだけど、どうせならサプライズにさせようってことで、黙ってたんだよな」

「………ってことは、随分前から此処に居たってこと?」

「クリミアがリビングに来る前に、エミリー叔母さん来てたからね」

 

 二人の会話から言葉が意味を理解したクリミアは、やられたと額に手を当てる。いつもは自分がフィールをからかったりサプライズしたりするのだが、今回はその逆になったのだ。

 

「むぅ………」

「クリミアの悔しそうな顔、珍しいわね」

「そうだな」

 

 ホグワーツでは決して見せることのない悪戯っ子のような笑みを作ったフィールは、前方からクリミアをギュッとハグした。

 

「私、挟まれたんだけど………」

「いいじゃない、たまには」

「そうそう、たまには、な」

 

 ベルンカステル血族者からハグサンドされたクリミアはやれやれとしつつも、どこか嬉しそうな、はにかんだ笑顔になっていた。

 生まれてすぐに両親を失った自分を引き取り、実の娘同然に可愛がってくれたフィールの両親が亡くなった後、今度はエミリーやライアンが親代わりに面倒を見てくれ、フィールも昔と変わらず自分のことを姉として慕ってくれる。

 

(もう………でも、たまにはいいかしら)

 

 顔立ちがとても似ている、黒髪の二人。

 一人はチアフルで、もう一人はクール。

 ルックスは瓜二つでも、タイプは反対。

 だけれどクリミアにとっては、何よりも代えがたい家族であった。




【エミリー・ベルンカステル】
黒髪金眼。レイブンクロー出身。魔法省魔法生物規制管理部に勤務してます。見た目は姉のクラミーや姪のフィールと似てますが、性格はライアンと同じ明るく活発的。後は何気にお茶目。
なんて言うか、大人版クリミアですかね?


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#20.夏季休暇【中編】

新学期突入前の出来事②。


 もうすぐ夏休みが終わり、新学期に入る。

 今年進級して必要となる教材は買い揃えたのでダイアゴン横丁に出向く必要は無い。

 残り少ない夏季休暇の日々を、フィールは自宅のベルンカステル城で満喫していた。現在クリミアは友人のソフィア・アクロイドとアリア・ヴァイオレットと遊びに行っており、城には彼女しか居ない。

 リビングのソファーに座り、アイスミルクティーが入ったグラスを傾けながら静かな時間を過ごしていると、外部者の存在を報せる結界の魔力を感知した。

 フィールは飲み掛けのグラスをテーブルの上に置き、わざわざ歩いて行くのもダルいから『空間移動(テレポート)』でリビングから玄関ホールまで向かった。

 玄関扉に近付くにつれ、無意識に緊張感が高まる。

 

(誰だ………?)

 

 クリミアにしては、帰宅する時間までまだまだある。ベルンカステル城はマグルのみならず魔法使いですら位置探知は不可能で、関係者以外居場所を知らないはずだ。となれば叔父のライアンかと思い、扉をゆっくり開けると、

 

「フィール、元気にしてた?」

 

 叔母のエミリーが笑顔で立っていた。

 彼女は涼しげな夏の格好をしていて、見えるか見えないかの差で杖を仕舞っているホルスターの存在感を察する。そんな物を装備しているのは魔法使いだけだ。

 フィールは本物の身内だとホッと息を吐き、彼女を中へ入れる。どうやら休暇を貰ったために此処に遊びに来たみたいだ。

 

「お邪魔します」

「ああ、どうぞ」

 

 エミリーは中に入ると扉を閉め、懐かしい表情で高い天井を見上げた。

 

 かつては自宅として在住していた壮大な城。

 家族と共に過ごした―――想い出深い家。

 今は継承者のフィールとクリミアがこの城で生活しているのだが………エミリーは、幼くしてベルンカステル家の当主になる道を自ら選んだフィールには、本当に頭が下がった。

 

 そして同時に愕然とした。

 ある日を境にガラリと変わった、フィール。

 叔母のエミリーは姪っ子の彼女がまるで別人のように激変した時、本当にフィールなのかと、何度も自分の眼を疑った。

 

「エミリー叔母さん? どうかした?」

 

 感傷に浸っていると、リビングに行こうとしたフィールが振り向いて声を掛けてきた。エミリーは表情を取り繕う。

 

「いや………なんでもないわ」

 

 フィールは眼を細めて首を傾げた。

 その姿に、エミリーは一人の女性の姿形が思い浮かべられる。

 自分と瓜二つの―――綺麗な女性。

 神秘的な光を宿した紫瞳で時に優しく時に厳しく見守ってくれた―――血の繋がった人。

 頭の中に浮かび上がった女の人に、エミリーはふと、目の前に居るフィールがフィールでないように見えた。

 

(………お姉ちゃん………)

 

 フィールの母で自身の姉だった………クラミーに見えてしまった。語尾と瞳の色を除けば、フィールはクラミーの生き写しなのだ。気を抜いていれば危うく本人と見間違えそうになる。

 

「そう………冷たい飲み物でも飲む?」

「あ、飲みたいわ」

「じゃあ、リビング行こ」

 

 そう言ってフィールは踵を返して歩く。

 その後ろ姿さえもがまたしてもクラミーと重なり、エミリーは慌てて首を横に振ってイメージを打ち消し、フィールの隣に並ぶ。

 チラッと彼女を見てみると、クラミーよりもまだまだ幼さは残るものの、亡き姉を小さくしたような、そんな感じを受けた。

 

「そういえば、クリミアはどうしたの?」

「友達二人と遊びに行ってる」

「そうなの? フィールも友達と遊べばいいじゃない。クシェルちゃんとかハリー君とか」

「………別にそんなのいい」

「全く、相変わらず交流意識が低いわね。お友達なんでしょ? ちょっとは遊びに行きなさいよ」

「めんどうだ」

 

 そんなやり取りをしながら二人はリビングに辿り着き、フィールは真っ直ぐ調理場に向かって食器棚からグラスを取り出し、手早くアイスコーヒーを作ってソファーに座って待機していたエミリーへ手渡す。

 

「フィールの分は?」

「まだ飲み掛けあったから大丈夫」

 

 テーブルの上には、ミルクティーが入ったグラスが置かれている。フィールはそれを持ち、口元に傾けて喉を潤した。エミリーもグラスに口をつけ、アイスコーヒーを喉に通す。

 程よいコーヒーの苦味を味わいながら横目でフィールのグラスを傾ける光景を見るとはなしに眺めていると、どうしてもクラミーの風姿がちらつく。

 

 ―――違う。彼女はクラミーでない。姉ではなく姪だ。

 

 どれだけ似ていても、違うものは違う。

 なのに………なのに、どうしようもなく考えてしまう。思ってしまう。

 亡くなった姉が戻ってきたんだって。

 

(違う………お姉ちゃんじゃない。姪っ子よ)

 

 何度もそう自分に言い聞かし、いい加減キリのない現実に区切りをつけようと、混乱する心に区切りをつける。

 フッと息を吐いたエミリーは少しフィールをからかってやろうと思い、透明なコップをコトンと置き、ソファーから立ち上がった。

 

「………?」

 

 フィールは何故かニヤリと笑いながらこちらを見下ろすエミリーを不思議そうに見上げた。

 エミリーは笑みを絶やさず、スッとその場から歩き出してフィールの背後に回り―――

 

「っ!?」

 

 ギュッ、と後ろからフィールを抱いた。

 フィールは反射的に顔を上げ、ニッコリ笑うエミリーを見上げる。

 

「………エミリー叔母さん、何するんだ」

 

 フィールは一瞬声を上げそうになったが、すんでで喉の奥に引っ込める。エミリーはイタズラ成功と言わんばかりの笑顔を崩さない。

 

「こうして貴女をハグするのは好きだからね」

「それ、ただ単にからかってるだけだよな?」

「あら? そんな訳、ないじゃない」

「嘘つくな。顔ニヤついてるクセに」

 

 エミリーの腕から逃れようと身を捩るフィールだが、ガッチリホールドされて敵わなかった。

 

「私と一度会ったらどうなるか、そろそろ学習してもよさそうだけどねえ?」

「ぐっ………」

 

 フィールは悔しげな顔で、お茶目な性格の叔母を睨み上げる。言われてみれば、確かにそうだと彼女は下唇を噛み締め、屈辱に瓜二つの顔を歪める姪へ、

 

「もう、可愛い顔が台無しよ」

 

 額にそっと、愛情表現のキスを落とす。

 

「フィールと会うの、本当に久し振りだもの。これでも心配してたのよ? ホグワーツで友達を作ってるか、学校で孤立していないか」

「………………」

「でも、安心したわ。お友達と一緒に居る貴女を見てね。………友達という存在はね、何よりも大切で代わりなんてないわ。だから、自分から手放しする真似は止めなさい。わかった?」

 

 まだあまり詳しいことは聞いていないが、フィールの性格を知っているエミリーは、自ら友情を築き上げるのを拒否してるだろう彼女へ、釘を刺す。神妙な面持ちのフィールは、じっとエミリーの金眼を見つめた。

 

「………それは私が決めることだ。エミリー叔母さんが決めることじゃない」

 

 エミリーの言葉を一刀両断にバッサリ切り落とすフィールは、刹那腕の力を緩めた彼女の束縛からスルリと抜け出し、自由を取り戻す。

 エミリーは悲しそうに顔を歪曲させ、

 

「………後で後悔するわよ?」

 

 と、静かな怒気を込めてフィールを見据えた。

 フィールは怯まず、煩わしそうに肩を竦める。

 

「後で苦しむ羽目になる方が、余計後悔する」

 

 吐き捨てるように呟き、フィールはエミリーの脇を通り過ぎて、リビングの扉を開け、パタンと閉めた。

 乾いた音と共に、静けさが包まれる。

 エミリーは肩越しに、フィールが出ていった方向に視線を走らせた。

 

 ―――後で苦しむ羽目になる方が、余計後悔する。

 

「…………バカ………」

 

 脳裏で過るフィールの吐いた毒に、エミリーは拳を小刻みに震わせる。

 あの時………友達の有り難さをまるで知ろうとしないフィールに怒りが込み上げ、思わず平手打ちしそうになった。

 だがしかし、寸前で止めたのは、フィールの言葉に引っ掛かりを覚えたからだ。

 

 ―――後で苦しむ羽目になる方。

 ―――余計後悔する。

 

 この言葉から察するに、フィールはフィールなりに友達を大事な存在として認識しているが、馴れ合いになることに躊躇いを感じている………とエミリーは思った。

 

(………フィールったら、ウソが下手よね。言外に本音が含まれているってことを知らず、ああ言うんだから………)

 

 エミリーはフィールともう少し話し合ってみようと、リビングから出ていく。彼女が行くとすれば自室かレッスンルームかと、長い廊下を歩いていく。

 相変わらず綺麗な内装だと内心で思いながら歩みを進めていき、最上階まで来て、ふと、ある物が眼に入って立ち止まった。

 それは、ある一室の扉だった。

 プレートに書かれている文字は、

 

Kurami・Bernkastel(クラミー・ベルンカステル)

 

 と綺麗な文字で、今も尚残されていた。

 金縛りにあったみたいに、エミリーはそのプレートを見つめる。

 どうやらフィールは、クラミーが亡くなった後でも外さなかったみたいだ。

 エミリーは何かに誘われるよう、ドアノブに手を掛け、軽く押した。

 キイ………と軋んだ音を立てながら、ドアをゆっくりと開いていく。入るのに少し躊躇ったが、やがてエミリーはフッと一つ息をつくと、意を決して室内に足を踏み入れた。

 綺麗に整理整頓された、生前のクラミーの性格を表すような部屋だった。中は広く、大きなベッドも白い壁紙も、数十年が経過した今も清潔さを保っていた。室内はどこか郷愁を誘うような不思議な香りが漂い、もう姉はこの世に居ないのだと改めて現実味に突き付けられた気分になる。

 

「………………」

 

 エミリーは360゜、部屋の中を見回した。

 埃は一つもなく、手入れが行き渡っているのが一目でわかる。

 何とも言えぬ気持ちで歩き―――この部屋にも設備されている、大きな鏡の前に立った。

 鏡の中の自分の顔は、いつもと変わらない。

 エミリーは鏡を見る度に………亡き姉と、その娘である姪とそっくりなのだと、鏡映しに飽和していく。

 

「……………お姉ちゃん………」

 

 苦しさに形が変わる、姉と姪と瓜二つの顔。

 その顔をじっと見つめながら、エミリーは心の中で必死に叫び声を上げる。

 

 ―――違う………姉はこんな表情を浮かべたりなんか………

 

「お母さんの部屋、ちゃんとリペアされてる?」

 

 ハッ、として声がした方向を見てみれば、先程まで追い掛けようと思い浮かべていた、フィールが立っていた。

 フィールの瞳は、どこか絶対零度である。

 

「………魔法は一応隅々まで施してるけど、たまに此処に来て手入れしてる」

「え、ええ……ちゃんと綺麗さが保ってるわよ」

 

 エミリーは慌ててそう言うが、フィールは何を考えているのかよくわからないクールな無表情でベッドまで歩き、それに腰掛けた。

 

「………お母さん、此処で生活してたんだよな。学生の頃も、数年前の頃も」

「………そうよ。お姉ちゃんは………あ、いや、お母さんは―――」

「別に言い換えなくていい。貴女からすれば、私のお母さんは実姉なんだから」

 

 パラフレーズした叔母へ至って普通に言い、フィールは深く息をつく。

 

「………此処に来る度に、いつかお母さんが帰って来るんじゃないかって、錯覚する。………そんなの、ただの夢物語だけどな。亡くなった人は二度と帰って来ないし、蘇らない。………仮に蘇らせることが出来ても、私は拒否すると思う」

「………なん、で?」

「………さあ、な。なんでだろうな。私もなんでそう思うのか、よくわからないし、誰にもわからないと思う。………でも、これだけは言える」

 

 フィールは顔を上げ、静かに言った。

 

「人も動物もいつかは命の灯火が消えて塵になって燃え付き、そこからまた、新しく誕生した小さな火がやがては大きな炎となって、この世界に顕現とする。………そう思うと、死んだ人を生き返らせる真似なんてしなくても、何処かでまた会えると、そう思えるんだよね」

 

 フィールの例えは、謎が謎を呼ぶばかりだ。

 でも、エミリーはなんとなく、彼女が言いたいことを悟った。

 きっと彼女は、魂の廻り合い―――輪廻転生のことを、違う表現で示しているのだろう。

 生きる者には皆平等で、『生』と『死』の境界線に立っている。所謂紙一重というヤツだ。

 

 生きるか死ぬかは、四六時中、隣り合わせ。

 そして、『生』にはいつまでもいられない。

 無条件で『死』の世界に引き摺り込まれる。

 だが、人も物もいつかは別の形で甦る。

 

 それは、魂がこの世界に残存するからだ。

 魂は、消滅する肉体とは違って存続する。

 魂がなければ、人も動物も生きられない。

 肉体はあったとしても、魂が宿らなければ、それはただの空虚の存在………いわば空っぽの抜け殻だ。

 

「ありとあらゆるモノに、魂はある。身体は喪失しても、魂は世界を巡り廻る。………だから、この世界ではもう会えなくても、私が死んだ後、私は新しい存在となって生まれ変わり、そしてその先の世界で、亡くなったお母さんやお父さんと会える。だから、私は死者を蘇らせる行為を拒否するのかもね」

 

 そこまで語り出してフィールは、

 

「ごめん。柄にもないこと言ったな。今のは忘れてくれないか?」

「え、ええ………わかった、わ」

 

 一瞬、フィールが12歳の子供とは思えない発言をして面食らったエミリーは数秒間固まり、彼女の声を皮切りに思考を再起動させる。

 フィールはベッドにゴロンと横になり、右腕で目元を覆い、瞼をおろした。

 

(………お母さん…………)

 

 何度思い浮かべただろう。母・クラミーを。

 大好きだった母親を失ってから、考えなかった日など1日たりともない。

 それだけ、クラミーのことが頭の奥に巣食って離れない………。

 

「………?」

 

 ふと、ギシッとスプリングの音を響かせてすぐ近くに座り、髪を撫でる感触を覚える。腕を退けてみれば、同じ顔のエミリーが優しげな金色の眼差しで見下ろしていた。

 

「………貴女の母親、とは言えないかもしれないけど………それでも、お姉ちゃんの娘と言うのを差し引いてでも、貴女のことを愛させて」

 

 姪としてよりも、娘として愛させて欲しい。

 言外に込められたその含みは、フィールの胸にちゃんと届いていた。

 

「………私の母親って、言えるよ」

 

 今思えば、限りなく母親という認識が強いのはエミリーだ。

 それは、母親の妹で自身の叔母であり、顔も似ているからという理由からだろうけど………自分が落ち込んでる時、敢えて何も言わず、暗い気持ちを吹き飛ばそうととことんからかってきた後には、自然と心は癒されているから。

 だから………そう、思えるのかもしれない。

 

「………エミリー叔母さん」

「ん? なに?」

 

 フィールはエミリーのたおやかな手を取り、自身の頬へ引き寄せる。手のひらから感じる温かい体温を噛み締めながら、小声で呟いた。

 

「………時々、此処に遊びに来てくれない? 貴女が来てくれたら、クリミアも喜ぶだろうし、私も嬉しい」

 

 エミリーは金色の両眼を丸くした。

 フィールの方からそう言うなんて、予想だにしなかったからだ。

 

「珍しいわね、フィールがそんなこと言うなんて」

「別に………たまにはこういうのもいいだろ」

 

 眼を開け、ムキな口調で返すフィールに笑みを溢す。

 彼女らしいと言えば彼女らしいが、エミリーはフィールの心の闇を察した。

 顔には出さないが、フィールは色々と苦労しているはずだ。

 幼くして両親を失ったことや、ベルンカステル家の当主を務める責務へのプレッシャーなど、まだ10代前半の少女には抱えきれないほどのストレスがのし掛かっていることだろう。

 

 それなのに、一切弱音を吐かないのだ。

 その心の強さを尊敬するのと同時に、自分達大人へ頼ってくれなかった姪へ、淋しさも抱いていた。

 血の繋がった家族なのに、全く頼ってくれず、弱さも見せず………無茶ぶりをして身体と精神を壊してまでも歩みを止めず、懸命に進み続ける。

 けれどもやはり、限界はあるに違いない。

 だから、こうして伝えにきたのだろう。

 エミリーはもう片方の手で、黒髪を指先で弄りながらニッコリ笑い掛けた。

 

「そうね。こうして頼ってくれたのは嬉しいわよ。休暇中はちょくちょく遊びに行くわ。フィールも遊びに来なさいよ」

「ああ………わかった」

 

 フィールは微笑し、再び眼を閉じる。

 エミリーは穏やかに微笑み、目元を和らげ、もう一度彼女の額に口付けを落とした。

 

♦️

 

 その日の夜―――。

 屋上の塔で、月見する人影が在った。

 雲が切れて月明かりが射し、夜空に煌めく星よりも一際目立つ、銀色に光輝く月を仰ぐ。

 屋上の塔に渡って吹いてきた涼しい夜風が、夜の闇と同化する暗い蒼眼の少女の黒髪を、優しく揺らした。

 

(月が綺麗だな………)

 

 その人影―――フィールは、見えない闇に囚われている蒼い瞳にきらびやかに反射する星空を見上げていた。

 月見するのは、彼女の趣味だ。

 ホグワーツに在学中、満月の晩は、外出禁止の時間帯にも関わらず、こっそり部屋を抜け出してホグワーツ城で最も高い天文台の塔で満月を鑑賞していた。

 卒業するまでそれは続くだろうと予感しながら美しい夜空を仰ぎ見ていると―――

 

「こんな所に、一人で居たの?」

 

 背後からの凛とした声が耳を打った。

 フィールはゆっくりと振り返る。

 そこには、寝間着に薄手のカーディガンを羽織るクリミアが居た。

 

「ああ………クリミアか」

「今日は星空が綺麗な夜ね。こんな綺麗な光景が見られるなら、月見も悪くないわ」

 

 クリミアはフィールの隣に並び、空を見る。

 しばらくは月夜が彩る夜景を夜の静けさに従うよう静寂に包まれながら仰ぎ見ていた二人であったが、先に沈黙を破ったのは、フィールからであった。

 

「今日、ソフィアとアリア先輩と遊びに行ったんだよな。元気にしてたか?」

「ええ、元気にしてたわよ」

「………そうか」

「フィールも、あの子達と遊びに行けばよかったじゃない」

 

 今日の白昼、エミリーにも似たようなことを言われたなと苦笑いするフィールの脳裏に、同級生四人の顔が次々と浮かび上がる。

 

 くしゃくしゃな黒髪のハリー。

 ボサボサな栗色髪のハーマイオニー。

 燃えるような赤毛のロン。

 元気よくはねた茶髪のクシェル。

 

 頭の中に思い浮かべられた人物の姿に―――フィールはじんわりとあたたかくなった胸に右手を当て、微かに口元の端を上げた。




【クリミア、お友達と遊びにレッツゴー】
フィールよりも交友関係が広いクリミア。
フィール、クリミアを見習おうぜ………。

【大人版クリミア=エミリー】
姪っ子をイタズラ対象にする叔母。
独身だから、娘が欲しいのかな?

【輪廻転生】
輪廻転生とは、本当に謎が謎を呼ぶモノで。
Wikipediaとかで概要等はありますが、実際はどうなのかは死んでからじゃないと誰にもわかりません。わからないからこそ、こんな感じかなと独自解釈で執筆。この作品における『輪廻転生』はあらゆる点で登場。魂の廻り合い……もしかしたら、今もこうして誰かと誰かが別の形で出会ってるのかもしれませんね。


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#21.夏季休暇【後編】

新学期突入前の出来事③。


 新学期がスタートする5日前。

 ベルンカステル城のリビングに在るソファーに座って新聞を読んでいたフィールはテーブルにそれを放り投げ、深く腰掛けて身を委ねた。

 ふぅ、と一息つき、目線だけを新聞に移す。

 

「マグルの子供が数人行方不明………か」

 

 最近マグルの世界では、子供の行方不明が相次いでいる。それも全員がフィールより年下の6歳~10歳の童児童女だ。魔法族からすれば、大体その頃に魔力が発現する時期である。

 無差別に幼い子供が誘拐されてることから、子持ちの保護者は常にピリピリしてる。消息不明の子供の親は「我が子を攫った犯人を早く捕まえてください!」と警察に泣き付き、懇願されてる警察も捜索範囲を広げ、子供の捜索と誘拐犯の逮捕に全身全霊を傾けているらしい。

 

「幼い子供を誘拐するなんて、そいつの神経どうかしてるわよね」

 

 苛立った声音でそう言ったのは叔母のエミリーだ。現在クリミアはライアン達が住んでいるフランスの方に数日間泊まっており、誘いを断って此処に留まるフィールを心配したエミリーが代わりに泊まっている。

 

「そうだな。どうかしてるよな。………連れ去られた子供、早く見付かるといいな」

「ええ………早く見付かって欲しいわね」

 

 行方不明の子供の家族は今頃凄く心配しているだろう。その人達のことを思うと、胸が締め付けられる。フィールとエミリーは暗い顔を見合わせて深くため息を吐いた。

 二人の間で少し重苦しい空気が流れ―――そんな雰囲気を払拭しようと、エミリーはフィールにこう質問を投げ掛けた。

 

「ところでさ、フィール。フィールはもし、誰かに誘拐されて何処かに監禁されたら、どうやって脱出する?」

「私? そうだな………時と場合に合わせて多数の手段の中から最もベストなヤツを選ぶ」

「多数の手段? 例えばどんなの?」

「蹴破る、吹き飛ばす、破壊する、粉々にする」

「貴女『開錠呪文(アロホモーラ)』使うってこと考えないの?」

「あ、その手もあったか」

「私達は魔女なんだから、そういうもっと効率的な仕様あるでしょう?」

「それはそうなんだけど………『施錠呪文(コロポータス)』されたら無意味で終わるから、そうならないようにしたいなって」

 

 フィールらしい返答だな、と強引な手法で問題解決しようとする姪に、エミリーは苦笑いを浮かべた。

 

♦️

 

 翌日の午前中。

 たまには休息を取るのも大切だと言うのと、もう少しで新学期が始まるからその前に久し振りに二人で出掛けようとのことで、現在フィールはエミリーと共にロンドンの街中を歩いていた。街路は残り僅かな夏休みを全力で楽しもうとする学生や、イギリスの観光旅行に来た観光人でワイワイと賑わっている。

 

「相変わらずだな、ロンドンは。まあ、この国の首都だし、仕方ないって言えば仕方ないけど。とにかく、はぐれないように気を付けよう」

「ええ、そうしましょう。………フィール、自販機で何か飲み物買わない?」

「そうだな、買うか」

 

 と言うことで、二人は近くに設置されている自販機の所まで人混みを掻き分けて向かい、自販機にて炭酸飲料を購入して缶を手にすると、タイミングよくハーマイオニーとばったり出会した。

 

「あ、フィールとエミリーさん」

「奇遇だな、こんな所で会うなんて」

「パパとママから『明日の朝食用に牛乳と卵を買ってきて』って電話が入って、今スーパーに行くところなのよ。貴女達は?」

「私達は御出掛けよ。久々に二人でね。あ、ハーマイオニーちゃん。何か飲みたいのある?」

 

 ジュース奢るわよ、とエミリーが言い、ハーマイオニーは遠慮がちに断ろうとしたが、せっかくの厚意を台無しにするのも気が引けるので、御言葉に甘えることにした。そうして、三人は歩行者の邪魔にならぬよう比較的人通りの少ない場所まで移動し、プルタブを開けて渇いた喉を潤していると―――。

 

「あ、あのっ、すみません!」

 

 歳は20代後半か30代前半といった感じの一人の若い女性が、切羽詰まった様子で声を掛けてきた。今まで休まず走ってたためか、髪は乱れてるし、肩で息をしている。

 

「どうしたんですか?」

 

 怪訝な顔でエミリーが問うと、女性は一つ深呼吸して呼吸を整えてから、話し始める。

 

「怪しい者ではありません。私、マナ・ブライドンと言います。あの、この辺で、小さな男の子を見掛けませんでしたか? うちの息子なんですけど………ちょっと口喧嘩して、家を飛び出してしまったんです」

 

 その質問に見覚えのないフィールとエミリーは「見てませんよ」と答え、ハーマイオニーも横に首を振ってから、「その男の子の特徴は?」と逆に質問した。

 

「えっと………貴女と、そこの黒髪の女の子より背が低くて、今日は緑色の半袖のパーカーを着てるわ」

「緑色のパーカーを着た男の子? それなら私、さっき見た気がするわ!」

「本当ですか!?」

「はい! ただ、本当に貴女の息子さんかどうかはわかりませんが………」

 

 どうやらスーパーに向かう最中、女性の言う息子の特徴がピッタリ当て嵌まる少年を見掛けた覚えがあるらしい。女性は安堵の息を吐く。

 

「よかった。それで、何処で見たのですか?」

 

 しかし、女性の問い掛けにハーマイオニーは何故か黙り込み―――程無くして、逆にこう訊き返した。

 

「あの………貴女の住所は何処ですか?」

「え………?」

「その、初対面の人間が何を言うんだって思うかもしれませんが………私、息子さんを探すのに力を貸します」

「え、でも―――」

 

 初対面の人に迷惑は掛けられないと、女性は遠慮して断ろうとしたが、

 

「大丈夫です、私達も探しますから」

「もし見付けたら、家まで送り届けます。ですので、貴女は自宅で待機してください。もしかしたら、途中で引き返すかもしれませんし」

 

 と、フィールとエミリーも協力を申し出―――最終的に女性の方が折れて「ありがとうございます」と深々と頭を下げ、三人に住所と息子の名前を告げると、踵を返して疾走した。

 

「フィール、エミリーさん。その、ありがとう。一緒に探すの手伝ってくれて」

「気にすんな。話を聞いた以上、もし見付かんなかったら、後で後悔するし」

「ハーマイオニーちゃん、早速案内してくれるかな?」

 

 エミリーがそう言うと、ハーマイオニーは「わかりました」と頷いて空き缶をゴミ箱に捨ててから駆け出し、二人も空き缶をちゃんと捨ててから彼女の後を追って走り出す。

 

「そんなに時間は経ってないから、そう遠くには行ってないと思うけど………」

 

 ハーマイオニーはそう呟き、どうか見付かりますようにと願いながら、三人は走り続ける。

 数分後、ロンドン中心部のナイツブリッジ地区ブロンプトン・ロードに面するイギリス最大の老舗高級百貨店―――ハロッズが見えてきた。

 

「居たわ!」

 

 立ち止まったハーマイオニーが指差した方向には、緑色の半袖のパーカーを着た少年がとぼとぼ歩いていた。

 

「アイツか。よかった、これであの人も安心するな」

 

 フィールがホッとした時、少年の周りに三人の男が寄ってきた。彼等は少年を取り囲み、何やら話し掛けている。

 

「えっ、誰なの、あの人達―――」

 

 ハーマイオニーが眼を見張った次の瞬間、男の一人が少年の手を握り、何処かへ連れて行こうとした。

 傍から見れば、叔父もしくは伯父が甥っ子と偶然にも遭遇し、何処かへ移動しようとしている感じに見えるが、少年の表情は完全に恐怖で歪んでいる。

 

「ちょっ、あの人達………!」

 

 咄嗟に走り出そうとするハーマイオニーに対して、エミリーは冷静に指示を出した。

 

「私があの連中を足止めするわ! フィールとハーマイオニーちゃんはその隙にあの子を!」

「止めるって、どうやっ―――」

 

 ハーマイオニーが疑問に思っていると、エミリーは意識を集中させ始めた。

 

「マグルに対して魔法で攻撃するのは反則だろうけど………悠長なことは言ってらんないわ」

 

 任せたわよ、とエミリーは持っていたボディーバッグを投げ出し、誤って飛ばしてしまったフリをして、腕を伸ばす。

 

インペディメンタ(妨害せよ)!)

 

 対象を妨害し、その人物の動作を遅延・一時停止させる『妨害呪文』をエミリーは杖の非所持&無言呪文で発動。

 すると床面スレスレに電光石火のスピードで一瞬閃光が迸り、マグルの通行人の足元を巧みに避けて、目的の三人のふくらはぎに命中した。

 突然足をやられた男達は、ガクッとなる。

 

「うおっ!」

「な、なんだ!?」

 

 彼等は何が起きたのかわからないまま、その場にへたり込んだ。すると、その隙を突いて子供が走り出し、デパートの中へと飛び込む。

 

「ちょっ、待てよ!」

 

 少年を追い掛けようと体勢を立て直した三人にフィールが走りながらわざとぶつかる。フィールが時間稼ぎしてくれたのを駆けながら瞬時に理解したハーマイオニーは、先にデパートの中へと入った。

 

「わっ! とととっ、すいません、急いでて!」

 

 フィールはただの通行人のフリをしてペコッと頭を下げると、建物の中へと走って行く。

 男達は顔を真っ赤にして睨み付けるけれど、その時にはもうフィールの姿は建物の中に消えようとしていた。

 

「あの小娘………っ」

「おいっ、いいからガキを取っ捕まえるぞ」

「お、おう」

 

 男達は更に追い掛けようとしたが、エミリーが再度、三人の足を狙い撃ちした。

 

「のわあああああ!?」

「ま、まただ!」

「くそっ、どうなってやがんだ?」

 

 派手にぶっ転んだ大人三人に、付近に居た大勢の人々はウケる。

 多数の人間に大笑いされ、先程ぶつかってきた黒髪の少女へ対する憤りがフツフツと込み上げてきてワナワナと震える彼等に、スーツ姿の大柄な男性が近付いてきた。

 

「お前ら、何やってんだ」

「それが………何かに足を叩かれて」

「何かって、なんだ? お前達を叩いたモノなどないだろうが! 早くガキを追い掛けろ!」

 

 大柄な男が怒鳴ると、男三人はめんどくさそうに建物に向かった。

 

「全く使えないヤツらだ」

 

 彼等を見送った巨漢は不機嫌そうに吐き捨て、踵を返す。彼が歩行する方向はフィール達を追う方向ではないので、きっと何処かで待機して男達からの連絡を待つつもりだろう。

 2度目の『妨害呪文』を放った後、素早く物陰に隠れたエミリーはその男の顔をしっかりと眼に焼き付けていた。

 

(あの連中が何者かはわからないけど………もしかして、今マグル界で話題となってる事件の張本人? で、さっきの男達の中ではあの男が主犯格かしら?)

 

 何にせよ、これは見過ごせぬ問題だ。

 ただちに警察へ通報したいが………そもそも携帯電話と言う電化製品を持ってない以前に、まずはフィール達と合流しなければならない。冷静なフィールとハーマイオニーのことだ。きっと簡単には見付からない場所で隠れているだろう。

 エミリーは走り出そうとしたが………くらっと眩暈がして、うっと額を押さえた。

 

(………ッ、私の実力はやっぱり、たいしたものじゃないわね………)

 

 戦闘に特化した家系に生まれたが故にこの身体に流れている血と天質の才能―――。

 無論エミリーもベルンカステル一族に相応しい才知を問題無く持ち合わせて生まれたが、実力はライアンやフィールに比べたら格段に弱い。

 

(兄さんは闇祓いだからまだわかるとして………学生の、それも今年2年生になる姪っ子よりも弱いなんて………大人として、母親代わりの叔母としてカッコ悪いわよね………)

 

 以前、フィールは自分のことを「私の母親と言える」と言ってくれた。その時は、純粋に嬉しい気持ちだったが………こうして考えると、自分は母親気取りの弱者だなと自嘲してしまう。

 

「なんて、今は嘆いてる暇じゃなかったわね」

 

 エミリーは自分が今すべきことを思い出し、気合いを入れて疾駆する。

 店内は圧倒される高級感が漂い、天井や柱など内装もゴージャスだ。そしてやはりと言うかなんと言うか、数多の買い物客や観光客で混雑していた。これでは彼女らを探すのは至極困難である。

 さてどうしようかと思った時、

 

「エミリー叔母さん」

 

 と、雑踏に紛れてエミリーが来るのをウェイティングしていたフィールが近付いてきた。先程男達に顔を見られたのでバレないように対策したのか、目深に帽子を被ってサングラスを掛け、羽織っていた薄手のカーディガンも脱いでいる。

 

「ちょっ、フィール、サングラスって………だて眼鏡はどうしたのよ?」

「ああ………()の自室に置きっぱなしだったってさっき思い出したんだけど、ダメ元でポーチ探ってみたらこれがあったから、それで。この時期、私以外にもサングラス掛けてるヤツはゴロゴロ居るから、そんなに怪しまれないとは思うけど」

 

 フィールはハーマイオニーと少年が居る1階の食料品売り場を目指して、化粧品やジュエリーのコーナーを横目に群集を器用に避けながら進んでいき、エミリーは彼女を見失わないようについていく。

 やがて二人は、巨大なフードホールが広がる館内中央部に辿り着いた。この中でも特に豪華絢爛なのは紅茶&チョコレート売り場だ。ハロッズオリジナルの紅茶やチョコレートが所狭しと並んでおり、紅茶好き・チョコレート好きには堪らない空間である。

 食料品・御惣菜コーナーの一角に、ハーマイオニーと少年の姿があった。

 

「あら、思った以上に早かったわね」

「ハーマイオニー、サンキュ、助かった」

「どういたしまして。あ、エミリーさん、これ」

 

 ハーマイオニーは二人が来る前に購入しておいたペットボトルをエミリーに手渡す。エミリーは「ありがとう」と微笑んでハーマイオニーに礼を言ったが、

 

「御礼はフィールに言ってください。買ったのは私ですが、お金はフィールのですから」

 

 と、フィールを見ながらそう言った。

 そこでエミリーはなんとなく察する。

 先程の妨害工作は人混みの中での攻撃だったので、三人同時に怪我をしない程度に手加減しつつ無関係の歩行者に気を配っての攻撃は、かなりの体力を消耗した。

 そのため、手軽に栄養補給出来るペットボトルの飲み物を用意するよう、フィールは事前にハーマイオニーに頼んでおいてくれたのだ。

 姪の然り気無い気遣いに、エミリーは思わず胸が温かくなる。

 

(普段は無愛想な雰囲気纏ってるクセに、こういう時になると思いもよらない温情を見せるんだから、フィールの考えは掴めないわ………)

 

 内心でそう思いつつ、食料品店を出たエミリーはペットボトルの蓋を開けて一気に飲む。幾分かは疲労感が軽くなり、ふーっ、と一息つく。

 

「あ、あの………」

 

 おずおずとしたか細い声が聞こえる。

 そちらを見てみると、少年がオドオドした様子で三人を見回していた。

 

「貴女達は、誰なんですか………?」

「ああ、そういえば、まだ名前教えてなかったわね。私、エミリー・ベルンカステルよ。そっちは姪のフィールで、それから―――」

「私はハーマイオニー・グレンジャー。フィールの同級生」

 

 それぞれ簡単に自己紹介すると、

 

「それで、単刀直入に訊くけど、アンタ、カイ・ブライドンか?」

 

 とストレートにフィールが問い掛けた。

 少年―――カイ・ブライドンは眼を丸くする。

 

「え? うん、そうだけど………なんで、僕の名前を知ってるんですか?」

「アンタの母親に教えて貰ったんだ」

「え………」

「口喧嘩になって家出したって言うアンタを探してる最中、街中で偶然出会した私達に『息子を見掛けなかったか?』って訊いてきて、見た覚えがあるらしいハーマイオニーの案内で此処まで来たんだ。マナさん、凄く心配してたぞ。ほら、早く帰ろう。私達はアンタを探したら、家までアンタを送り届けるって自宅待機してるマナさんと約束してるからな」

「い、イヤだ! 家には帰りたくない!」

 

 カイは顔面蒼白して駄々をこねる。

 大方、帰宅後の出来事を恐れてるのだろう。

 フィールは予想がつきつつ、一旦サングラスを外して背の低いカイと目線を合わせ、敢えて尋ねる。

 

「なんで、家に帰りたくないんだ?」

「だ、だって………帰ったら、僕、母さんに叱られる………だから………」

「だから、なんだ? 何処かへ行くにしたって、行く当てあるのか?」

「そ、それは………」

「帰宅を先延ばしにすればするほど、余計帰りづらくなるし、謝りづらくなるだけだ。それに、不審者が出没してる今、アンタみたいに幼い子供がそこら辺を一人でほっつき歩いてたら、さっきみたいな目に遭うぞ」

 

 ポン、とフィールはカイの頭に手を置く。

 

「親御さんをこれ以上心配させないためにも、早く帰るぞ。私も一緒に謝ってやるから」

「………本当に?」

「ああ、約束する」

 

 フィールは微かに微笑んで小さく頷く。

 穏やかに和らぐ、蒼色の瞳。

 その瞳を見ていると、自然と緊張や不安が解けていくのを感じてカイは微笑し………ようやく、こくん、と首を縦に振ってくれた。

 黙って事の成り行きを見守っていたハーマイオニーとエミリーは顔を見合わせて安堵のため息を吐く。

 

「一時はどうなるかと思ったけど………よかったわ」

「ええ、そうね………」

 

 エミリーは感慨深そうに金眼を細める。

 なんだか、よく知ってるはずの血縁者なのに、自分の知らないフィールを見てるような、そんな不思議な感覚にエミリーは陥っていた。

 

(フィールのことは、よくわかってるつもりでいたけど………実際は、叔母の私ですら初めて知る意外な一面も持ってるのね………)

 

 クールな姪の素の顔を見れたような気分を味わうエミリーのその表情は、どこか暗い。

 

(………お姉ちゃんなら、フィールの性格、全部見抜けたのかな………)

「エミリーさん? どうしたんですか?」

 

 ハーマイオニーが心配そうな顔で見上げる。

 エミリーはハーマイオニーの声にハッとし、慌てて「なんでもないわよ」と普段通りの笑顔を浮かべた。

 

「とにかく、無事に見付かったし、早めにカイ君を家まで送りましょう。マナさんも心配してるだろうし、さっきの連中が此処に居るって気付かない内に慎重に出るわよ」

 

 エミリーは追手のリーダー格であろう巨漢がデパートの外で自分達が出てくるのを窺っているかもしれないとフィールとハーマイオニーに教え、来た時とは別の出入口から行こうと、三人はカイを両脇に挟むようにして雑踏に紛れ込んだ。

 

♦️

 

 最初に入店したエントランスとは反対側から退店し、ハロッズを後にした四人はウェストミンスター宮殿(英国国会議事堂)に付属するエリザベス・タワー―――通称『ビッグ・ベン』と呼ばれる時計台が見える所まで来ると、一度立ち止まった。

 時計の針を見てみると、あれから数十分が経過しているみたいだ。あと数分で正午になる。

 

「よし、じゃあカイを自宅まで送れば―――」

 

 万事解決だな、とフィールが言おうとした、その矢先。

 

「やっとデパートから出てきたか、君達」

 

 何処からか、行く手を阻むように背丈の高い高級スーツに身を包んだ男が現れた。巨漢の両隣には、先程カイを何処かへ連れ去ろうとした男三人も居る。彼等は鋭い眼光を四人に向けた。

 

「アンタら………さっきの連中か」

 

 男四人の鋭い視線をモロともせず、フィールは怯えた表情になったカイを護るように片腕で抱える。彼はフィールが被っていた帽子を被り、上着も借りて羽織っていた。サイズが合わず、ちょっとブカブカだが。

 

「どうやら正体がバレないよう変装してるようだが、我々の眼は誤魔化されんぞ」

「そんなことより、お前ら、最近マグル界(イギリス)でニュースとなってる子供の誘拐犯グループか?」

 

 フィールが低音の声音でそう問うと、スーツ姿の男は軽く肩を竦めた。

 

「さあ、どうだろうな?」

 

 フッと口元に薄く刷く冷たい笑み。

 フィール達は直感的に「やっぱりコイツらか」と確信めいたものを抱く。

 

「今まで攫った子供達は生きてるの?」

 

 ハーマイオニーが思わずといった感じに訊く。

 

「ああ、ちゃんとな。本来であれば、そこのガキで最後にしようと我々は計画立ててたのに、君達が―――いや、貴様らが邪魔してくれたせいで、全てが台無しだ。それ相応の仕返しは受けて貰うぞ」

 

 二人称を『君達』から『貴様ら』とガラリを変えてきて、そして『仕返し』と聞いて、ハーマイオニーは後ずさった。

 

(気を抜くと本当に殺られる………!)

 

 さっきから軽い口調だが、男の眼は笑っていない。

 相手は容赦なくこちらを仕留めにくるだろう。

 それに加え、ハーマイオニーとフィールは未成年魔法使いだ。

 魔法界では17歳で成人となるのがルールで、17歳未満の未成年魔法使いによる魔法使用は法律で制限されており、命が脅かされる状況下等の非常事態を除いては、学校外での呪文行使は認められていない。ちなみに就学前の幼い子供が魔法を使用した場合、通常は大事にされないので咎めは一切無用だ。

 魔法省は未成年者の魔法使用を『17歳未満の者の周囲での魔法行為を嗅ぎ出す呪文』―――通称『臭い』と呼ばれる、未成年者にあらかじめ付いているこれで探知すると言う独自のやり方で発見するが、魔法の行使自体を探知するのみなので明確な実行者まで特定することは出来ない。

 

(この状況なら、魔法使っても法律違反にはならないと思うけど………)

 

 如何せん場所が場所だ。

 此処でのド派手な魔法行使は、まず間違いないなく混乱の渦を巻き起こすだろう。

 しかし、だからと言ってこのまま何もしない訳にはいかない。大人しくやられるほど、こっちも無能ではない………はずだ。

 必死に打開策を見出だそうと思考を回転させるハーマイオニーへ、フィールがこそっと小声で耳打ちする。

 

「ハーマイオニー。エミリー叔母さんと一緒にカイを連れて逃げろ。此処は私が囮になって、アイツらの注意を引く」

 

 フィールの馬鹿とも無謀とも言える作戦に、ハーマイオニーは眼を剥く。

 

「フィール、それだと貴女が危険なのよ!?」

「そんなの言われなくてもわかってる。けど、仮にエミリー叔母さんが囮になって私達がカイを連れて逃げれば、それこそ万事休すだろ? 私達は『魔法(アレ)』を使えばアウトだけど、エミリー叔母さんはセーフだ。私達の最重要課題は、カイのガード。現状で一番カイの護衛役に向いてるのは誰なのか………賢いハーマイオニーなら、理解出来るだろ?」

 

 万が一、どうしても魔法を使用しての対処を余儀なくされた場合は、子供である自分達よりも大人のエミリーの力が必要不可欠となるだろう。

 運動が苦手なハーマイオニーと違って、フィールはパルクール(フリーラン)を体得してる。

 何処まで距離を稼げるかはわからないが、カイの安全が最重要保証されたと思われる時間くらいまでなら、なんとか出来るとフィールは自分を信じる。

 

「と言うことで、エミリー叔母さん。カイとハーマイオニーを頼んだぞ」

「………ええ、わかったわ」

 

 エミリーは小さく頷いて了承する。

 本音を言うとハーマイオニーと同じでフィールの身が心配だが………現実を考えれば、今はこれしか他に方法は無い。

 

「カイ君とハーマイオニーちゃんを安全地帯まで避難させたらすぐ援護に向かうわ。だから、それまで逃げ切ってちょうだい」

「ああ、任せろ。これでも鬼ごっこは得意だからな」

 

 昨年度、ホグワーツで逃走中したのを思い返しながら、フィールは自分を奮い立たせるように不敵な笑みを浮かべる。

 すると何がそんなに面白いのか、男達はニヤニヤと下卑た笑いでフィールを見た。

 

「おいおい、そこのサングラスのお嬢ちゃん、まさか俺達から逃げられると思ってるのかい?」

「ああ、勿論。―――今だ、全力で走れ!」

 

 フィールが鋭く叫ぶ。

 その合図でエミリーはカイを抱き上げて走り出し、ハーマイオニーも全速力で走る。男三人は逃走した三人を追い掛けようとしたが、

 

「―――待てよ、クズ野郎共。あの人達を追い掛けんのは私を取っ捕まえてからにしろ。それともなんだ? ()()()小娘一人を捕まえる自信が無いのか?」

 

 と、逃げたエミリー達から意識を逸らすためにフィールが挑発してきた。

 クズ野郎、と言われた男達は顔を真っ赤にしてフィールを睨み付ける。

 どうやらこの三下三人、感情の沸点は頗る低いようだ。

 

「んだと、このガキ!」

「まだ子供だからって、俺達が手加減すると思うなよ!」

「え? 手加減する? 手加減()()()の間違いないじゃなくて?」

「コイツ………!」

「お前ら、少しは頭を冷やせ。小娘の戯れ言になんぞ耳を傾けるでない。………貴様、本気で多勢に無勢の状況で私達から逃れられると思っているのか?」

「無駄口叩く暇あんなら、さっさと来いよ」

「そうか………では、存分に後悔して頂こう」

 

 ダークグレーのスーツを着込んだリーダー格の巨漢が地面を蹴り、それに続くように部下三人もフィールとの距離を縮める。フィールは素早く踵を返し、エミリー達とは正反対の方向へとダッシュで駆け出す。

 スーツの男性はがっしりした体格の持ち主でかっちりした服装をしているのに俊足だ。対して部下三人はそこまで足が速くなくて、懸命に追い縋ろうとするが、その差は一向に開く一方である。

 しかもフィールは周囲の建物や障害物を持ち前のパルクールの技を利用して巧みにチェイスしてくる男達を翻弄するので、男達はちょこまかと動き回る彼女を捕らえるのは非常に厳しかった。中でも冷静沈着なあの大男でさえ驚愕に凍り付いたのは、ベンチを踏み台にして壁走りした驚異的なテクニックだろう。

 

「まさか、ガキ一人をこの私達が捕まえられないとは………!」

 

 階段を手摺で華麗に滑り降りたフィールに、完全に侮っていた大男の顔に焦りの色が滲む。

 フィールは無関係なマグルの人間を巻き込ませないために人通りの無い場所を選んで、援軍が来るまで延々と疾走し続ける。

 

「くそっ、こうなったら………!」

 

 何を考えてるのか、男はスーツに隠し持っていた拳銃を取り出し―――フィールの足元狙って一発発砲した。幸い直撃はしなかったが、銃弾が足を掠めた。

 

「痛ッ………!」

 

 思わぬ攻撃にフィールはハッと端正な顔を歪めながら、振り返る。

 リーダー格の男が拳銃を構え、それに倣って他の男も次々と銃を取り出した。

 どの銃にも発射音と閃光を軽減するために銃身の先端に取り付ける筒状の装置・サプレッサー(サイレンサー)が装着されている。

 一般市民に危害を及ぼさぬよう自分から路地裏に引き連れたのが完全に裏目に出てしまった。

 

(最悪だ………よりにもよって拳銃で追い詰めてきたか。ナイフだったら、ポーチの中に常備品として所持してるのに………)

 

 血が流れているのを感じつつ、この局面をどうやって乗り切ろうか頭を絞らせるフィールへ向かって、再び指に掛かった引き金が引かれる。

 パシュッ! と微かに鳴り響く銃声。

 続いて、パリンッ! と何かが割れる音が辺りに響き渡る。

 

「………ッ!」

 

 サッと顔を避けたフィールは肝を冷やす。

 鉛の弾丸が、サングラスを破壊したのだ。

 バラバラと、粉々に砕け散った黒いきらびやかな破片が地面に落ちる。

 危なかった………あと数㎝でもズレていたら、確実に御陀仏になるところだった………。

 

「ちっ………外したか。まあいい。私は少しばかり、あのガキの代わりに貴様を攫おうかとも考えたが、仕方あるまい。傷物にしてしまった以上は高く売れないからな。さてと………次の一発で今度こそ、この鬼ごっこに終止符を打とうではないか」

「―――ええ、そうね。終わりにしましょうか」

 

 今まさに狙撃しようとした次の瞬間。

 男達の背後で、凛とした女性が声が全員の耳を打った。

 男達はバッと一斉に振り返る。

 が、そこには誰も居なかった。

 

「な、なんだ、今の声は―――」

 

 と、その時だ。

 両側に居た部下三人が、急にバタバタと倒れ始めた。

 

「………なにっ?」

 

 大男はゆっくりと後ろを振り向く。

 そこには、謎の声の主―――エミリーが、片手に杖を握り締めていつの間にか立っていた。

 ハーマイオニーとカイを避難させた後、『姿くらまし』で此処にやって来たのである。

 

「な、何故貴様が此処に居る………!?」

「わざわざ親切に教える義理なんてないわ。幼い子供を誘拐しようとし、挙げ句の果てに私の娘を殺そうとしたアンタなんかに」

「くっ………死ね!」

プロテゴ・レスピラシオン(衝撃吸収バリア)!」

 

 男は銃を構えるが、先に先手を打ったのはエミリーだ。

 エミリーの前に半透明の銀盾が現れ、その中心に男が撃った鉛の弾丸が命中した。

 が、その弾丸はすぐに盾に吸い込まれて―――男は誰が見てもわかるくらい愕然とした。

 

「う、ウソだろ………!?」

 

 ダンディーな顔が台無しになるほどの恐怖の表情で歪んだ男は狂ったように撃ちまくるが、発砲したその弾は全て虚しく吸収される。

 エミリーが展開したのは『盾の呪文』のアレンジだ。従来型と異なり、攻撃を『防御』するのではなく、『吸収』すると言う特殊な性質を有しているのである。そして、力量次第では吸収したエネルギーを倍にして返すことも可能で―――。

 

「アンタ、さっきこう言ったわよね? 『それ相応の仕返しは受けて貰うぞ』って。一般のマグルの人間に対して攻撃は法律違反になるでしょうけど………アンタらに対しては、そんなのどうでもよくなったわ」

「あ………あ……………」

 

 無駄に弾薬を使い果たして弾切れを起こしてしまった男は何度も何度も引き金を引くが、銃口からは何も出ず、カチッカチッと、これまた虚しく音が発せられるだけで。

 

 

 

「その言葉、そっくりそのまま返してやるわ」

 

 

 

 金色に輝く双眸の奥が妖しく光った瞬間。

 銀白色のバリアの中心から、通常の弾丸の大きさを遥かに上回る巨大な銃弾が一斉に飛び出してきて、標的目掛けて空間を切り裂いた。

 

♦️

 

「―――本当にありがとうございます。貴女達のおかげで犯人を捕まえることが出来たし、子供も無事に救出出来ました」

 

 男達の身柄を確保し終えた警察官達がエミリー達に向かって深々と頭を下げる。エミリー達は「いいえ」と首を振った。

 エミリーがリーダー格の男にトドメを刺した後―――怪我をしたフィールの足を治療し、気絶した男達の記憶を必要最低限改竄したら、路地裏を出て近くに居たマグルに警察に連絡を頼んだ。

 駆け付けた警察官には来る前に打ち合わせした、仕方なく辻褄の合う嘘を多少交えて事情を説明し、内容を伝えたら、離れた場所で待機していたハーマイオニーとカイと合流した。

 驚くことに、駆け付けた警察官の中にはカイの父親も居たらしく、息子を助けてくれた彼女らへ何度も感謝した。

 

「貴女達には感謝してもしきれません。息子を助けてくださり、本当にありがとうございます」

 

 カイの父親は大きな身体を曲げて礼を述べる。

 

「息子だけじゃありません。今まで行方不明だった子供達も貴女達の活躍で見付けられました」

 

 ここ最近消息不明だった子供達の在処を自白させたら、すぐに他の警察がそこに向かい―――無事に全員保護することが出来て、保護者達は我が子の再会と誘拐犯の逮捕に歓喜した。

 どうやらあの男達は幼い子供を外国へ売り飛ばそうとしていた連中で、危うく誘拐された子供達が人身売買されるところだったのを、まさかの魔法族のエミリー達が阻止したのだ。

 けれど、エミリー達は今回の事件で自分達が関与したのを伏せて欲しいと警察に希望した。マグルのメディアから後々受けるだろう質問攻めやインタビュー等を避けるためである。ならせめて多大な報酬をと警察は言ったが、それもエミリー達は断った。

 報酬無用、と普通の人間であれば喜んで受け取るような物を断固拒否した三人に警察は不思議に思うのと同時、「まるでマンガのヒーローみたいだな」と言う感想が浮かんだ。

 と、そこへ―――カイの父親から連絡を受けて自宅待機していた妻のマナがやって来た。

 

「カイ! 大丈夫なの!?」

「母さん………っ」

 

 緊張の糸がプツンと切れたカイは、わあっと涙ぐんで母親に抱きついた。マナは「とにかく無事でよかった」と息子の頭を撫でる。

 それから、カイが落ち着いたタイミングを見計らったフィールは彼の肩に手を置いた。

 

「カイ。お母さんに言うことがあるだろ?」

「あ………そうだった」

 

 恐怖から解放された安心感で一回頭からすっかり抜け落ちてしまったカイは母親から離れ、バツの悪そうな顔で視線を泳がせる。マナは何も言わず、息子が口を開くのを待ち―――やがてカイは真っ直ぐに母親の眼を見て、頭を下げた。一緒に謝る、と約束したフィールも、彼との約束を守って頭を下げる。

 

「母さん………家出して、ごめんなさい」

「私もごめんなさい。ちょっとキツく言い過ぎたわ」

 

 謝ってきた息子に対し、母親も謝罪する。

 そうして、お互いに仲直りしたところで………マナはフィール達に感謝の言葉を述べた。

 

「私達の息子を誘拐犯から救ってくださり、本当にありがとうございます。貴女方にはなんと御礼を申し上げればよいか………」

「礼は要りませんよ、マナさん」

「私達は当たり前のことをしただけですから」

「カイが無事なら、それでいいです」

 

 エミリー、ハーマイオニー、フィールはこのように言い、最後にフィールが、

 

「それでは、私達はそろそろ失礼します。またいつか、何処かでお会いしましょう」

 

 と決めセリフで締め括り、三人は颯爽とその場を立ち去るのであった。

 

♦️

 

「ふぅ、これでようやく万事解決したな」

「ええ。それにしても今日はハラハラな1日だったわね。動き回ったからお腹空いたわ」

「じゃあ、もう一度ハロッズに寄ってランチにしましょうか………って、そういえばハーマイオニーちゃん。御使いは大丈夫なの?」

「あ! 御使いの事、すっかり忘れてたわ!」

「色々あったせいで帰宅時間も大幅に遅れたし、早いところ買い物済ませて帰るか?」

「今すぐじゃなくても大丈夫よ。パパとママは今日仕事で夜遅くまで帰って来ないから」

「そうなの? じゃあ―――」

「あ、あのっ! 待ってください!」

 

 エミリーが言い掛けた瞬間、先程別れたはずのカイの声が聞こえ、三人は振り返る。

 案の定カイだった。

 相当走ったのか、カイは息を切らして肩を激しく上下させていた。

 

「カイ? どうしたんだ?」

「ハァ、ハァ………あの、お姉さん、これ」

 

 言って両腕に抱えていたのを突き出してきたのは、フィールがカイに貸した帽子と上着だった。

 

「借りっぱなしだったの、思い出して………」

「なんだ、そんなことか。別にいい。カイにあげるよ」

「え、でも………」

「そうすれば、また今度何処かで会った時、すぐにカイだってわかるし」

「………うん、わかった」

 

 カイはフィールの言葉に首肯し………思い切ったように、フィールに抱きついた。

 

「カイ?」

「………ありがとう、お姉さん。僕、お姉さんのこと、忘れないよ。だから、お姉さんも僕のこと、忘れないでね」

「………ああ、わかった。カイこそ忘れんなよ」

 

 フィールは微笑して、カイを抱き締め返す。

 カイは嬉しそうに笑い………もう一度、三人に向かって「ありがとうございます」と言ったら、踵を返して両親の元へと帰っていった。

 

「………………」

 

 その背中を、フィールはどこか遠い眼差しで見えなくなるまで見送る。

 カイが離れていく度、寂しさが胸を占めた。

 

「フィールとカイ、本当の姉弟みたいだったわ」

「そうね………私も同感だわ」

 

 二人の言葉に、フィールはハッとする。

 思えば、姉や兄のような関係者ばかりを持つフィールにとって、カイと言うのはどこか弟みたいな感じだった。

 だから、こんな気持ちになるのだろうか。

 なんとなく理解した自分の気持ちに、珍しくフィールは肯定する。

 

「まあ、確かにそうだな。言われてみれば、なんか、弟を持った気分だった」

 

 名残惜しい感情を切り離すよう、フィールは踵を返す。

 

「よし、二人共。早くハロッズに行こう。私、お腹空いた」

「ええ、早く行きましょう」

「ついでに御使いも済ませるわ」

 

 エミリーとハーマイオニーは微笑んで、一足先にハロッズへ向かうフィールの後を追って早足に歩き出した。




【施錠されたドアをどうやって開錠するか?】
フィール「蹴破る、吹き飛ばす、破壊する、粉々にする」
教師陣「あれどこで教え方間違えたんだろう?」

【ロンドンはデパートの発祥地】
ロンドンはデパートの発祥地として有名です。産業革命の時代から商品を大量生産したことがきっかけでデパートが流行ったとされます。
ちなみにロンドン最大級のデパート・ハロッズは実在します。と言うか、今回の#のネタとして調べてみたら、どうやら世界一有名なデパートらしいです。
イギリスに行ったら一度訪れたいですね。

【ターゲットにされたマグルの子供(少年)】
大抵の物語って男キャラが多数でハリポタも割りとそうなので、男女バランスも考えてこの作品のオリキャラは女が多い方ですが、今回出てきたマグルのキャラはどうせ一回限りなので思いきって少年にしました。

【エミリーのスキル】
杖の非所持で無言呪文可能。
と言っても、闇祓いのライアンや戦闘のプロのフィールに比べたら弱い方です。あの杖無し呪文使用もどちらかと言えば過半数気合いで行使したので、体力めっちゃ消費しました。

【演技でただの通行人のフリするフィール】
いざという時はかなりの演技派です。

【サングラス掛けるフィール】
だて眼鏡にしようかとも思ったが、面白そうだったのでサングラスに。

【パルクール大活躍】
教師陣「魔法なんて使わなくてもコイツは身体一つあればなんとかなんじゃないかな」

【銃やナイフのネタ】
バイオハザードに影響されたからですね。ちなみにゲームのバイオ4は10回以上クリアしました。

【プロテゴ・レスピラシオン(衝撃吸収バリア)】
『盾の呪文』をアレンジしたオリジナルスペル。
『死の呪文』以外の魔法・呪文・攻撃を全て吸収。術者の力量次第で受容したエネルギーを倍返しすることも可。

【『盾の呪文』のアレンジ】
我ながらよく生み出した原作既存呪文のアレンジまたもや登場。プロテゴ系の魔法はどれも個性的な防衛呪文。今回はそのディフェンスマジックに新たな要素を導入しました。色々考え抜き、従来の盾の役割『攻撃を跳ね返すバリア』から離れて着眼点を変えた結果、『攻撃を吸収するバリア』を思い付き、上記の通りに。
レスピラシオンはフランス語で『呼吸』の意味。
アレンジ内容は、吸って吐く、まさにあの動作そのものでしょう。
翻訳は『クルーシオ(ラテン語で拷問するの意):苦しめ』と同じように呪文の効果そのものを表現したと思ってください。

【まとめ】
と言うことで、今回は原作からかけ離れた一種のアクションストーリーとなりました。未成年者で学校外では魔法を使ってはならない状況下でマグルの人間による厄介な事件が起きた時、魔法無しでどうやって難局を乗り越えるかと言う話を一度作ってみたかったんですよね。ま、今回は運良くエミリーがいたので、彼女のサポートの大半が窮地を脱する要素となり、フィールとハーマイオニーは一切魔法使わなかったですけど。
原作の事件とはまた違ったハラハラ感、読者の皆様は感じたでしょうか?


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#22.新学期突入

 9月1日、新学期当日。

 キングス・クロス駅のプラットホームで、幾人もの人達が別れを惜しんで抱き合ったり言葉を交わしている光景を、黒髪蒼眼の少女は嫉妬と羨望が入り交じった複雑そうな表情で、ホグワーツ特急のコンパートメントから眺めていた。

 家族の温かそうな雰囲気を見ていると、幼くして両親を失ったことを嫌になるくらいに現実として突き付けられ、やるせない気持ちに駆られてしまうのだ。

 気晴らしとして、本を読んではいる。

 だが、鬱屈とした想いを完全には払拭しきれなかった。

 

「…………………」

 

 フィールはこれ以上見たら無意味な腹立たしさも抱いてしまいそうだと、扉と窓のカーテンを閉め、トランクの中から制服を取り出して椅子に置いた。

 とにかく今は身体を動かそうと軽く伸びをし、一度深呼吸すると私服を脱いでいく。それからホグワーツの制服に身を包み、ホルダーに杖を仕舞ったところで大きな揺れと共に汽車が発進した。

 

「………………」

 

 汽車の揺れが心地良く、フィールはここ連日魔法の研究に没頭していたことで寝不足な状態であることから、窓際に寄りかかり、睡魔に折れそうになる。だが、コンコン、と扉をノックする音と共にガラガラと開く音が静寂に包まれていた此処のコンパートメント内に響き渡り、フィールの意識は半ば強引に引き戻された。

 

「フィー、此処、いい?」

「ん………クシェル、か」

「もしかして、寝てた?」

「……寝そうになってた」

 

 小さく欠伸をしながら目元を擦る間にも、クシェルは制服を取り出してそれに着替え、荷物棚に自分のトランクを押し上げると、フィールの向かい側に座る。

 

「寝不足なの?」

「………まあな」

 

 魔法の研究をしてたなんてことは口にしたくないフィールは、適当に言葉を濁す。

 

「あんまり夜更かししちゃダメだよ。夜更かしは身体に悪いんだから」

「お母さんか、クシェルは」

 

 母親みたいに注意してきたクシェルに突っ込みつつ、フィールは窓外の景色に視線を移らせる。等間隔に流れていく自然溢れる風景を見るとはなしに眺めていたら、

 

「此処いいかしら?」

 

 と、黒髪にグレーの瞳のノーブルそうな少女がドアを開けて入ってきた。

 

「ダフネか」

「久々だね」

 

 入ってきたのは二人の友人、ダフネ・グリーングラスであった。

 

「あら? フィールとクシェルじゃない。それと、此処いいかしら?」

「勿論だよ、ダフネ」

 

 クシェルは快くOKし、フィールも頷いたのを見たら、ダフネは手に持っていた荷物を椅子に一旦置き、一息ついた。

 

「やっと休憩出来るわ………」

「なんか疲れてるね」

「妹が『来年は私もホグワーツ生になるから、土産話を楽しみにしてるね!』って感じで中々私を汽車に行かせてくれなかったのよね」

「ダフネ、妹いたんだな」

「ええ。2歳年下でアステリアって言うわ」

 

 アステリア・グリーングラス。

 ダフネの2歳年下で、来年度のホグワーツ新入生。見た目は姉のダフネとそっくりだけど、性格はちょっとおてんばで落ち着きがないらしい。

 

「へえ、元気な妹だね」

「ええ。もう少し、落ち着き持って欲しいけど」

「やっぱり、可愛い?」

「勿論、可愛いわよ」

 

 ダフネはトランクから制服を取り出してそれに着替え、トランクを荷物棚に押し上げる。

 

「ただ、姉妹だからこそ、理不尽だと思うことはあるわよ。私はグリーングラス家の長女って言うのとアステリアの姉って言うことで、両親はちょっとしたことでも怒るし………」

 

 名家の出所として恥じらいがないよう、妹が生まれてから、ダフネはそれまでの生活が一変し、厳しく育てられた。

 お姉ちゃんなんだから、「大人しくしなさい」とか「しっかりしなさい」とか「我慢しなさい」とか………。

 グリーングラス家という一つの貴族の長女の立場になったが故に、両親はダンスやら礼儀やら作法やら、とにかくお嬢様として色々必要な要素をスパルタで教え込んだらしい。

 

「なんて言うか、大変なんだね」

「全くだわ。そういうクシェルはどうなのよ?」

「私? 私は一人っ子だし、そんなに大変って訳じゃないから、普通かな」

「そう。フィールは?」

 

 ダフネは話の流れからフィールにも問い掛けたが、問われた本人は一瞬戸惑いを見せたのを、入学当初からの付き合いである親友は見逃さない。

 フィールは基本的に家族の話をしたがらないので、そこから考えると人に訊かれるのは出来るだけ避けたいタイプだと思われるので、今まで質問してこなかったクシェルはハラハラとダフネとフィールを見たり来たりした。

 

「………まあ、大変と言えば大変………かな」

 

 フィールはお茶を濁すような言い方で、詳しい話をするのを回避した。ダフネはそれ以上追及することなく、深く椅子に座り直す。

 

「………眠いから、ホグワーツ着くまで寝る」

 

 フィールは腕組みしてフッと瞼を閉じた。

 

「ん? フィール、寝ちゃったわね」

 

 規則正しい寝息を立ててすやすやと安らかな寝顔を浮かべるフィールの顔を見て、ダフネは「寝顔は年齢相応ね」と呟き、クシェルはローブを毛布代わりとして被せた。

 

「クシェル、貴女、優しいわね」

「そう? 普通だと思うけどね」

「正直な話、貴女くらいよ? フィールとまともに話せるのって」

「学年末パーティー終わったら、皆話し掛けてたし、フィーも普通に話してたよ?」

「それでもよ。フィールとちゃんと話が出来るのわ」

 

 フィールは、無愛想で無関心な性格である。

 そのため、どちらかと言えば避ける人が多いのだが、ダフネが述べた通り、クシェルだけはフィールと対等に会話が出来るのだ。

 

「なんで、クシェルはフィールに近寄れるのよ?」

「え?」

「だって、フィール、貴女のことを最初は滅茶苦茶忌避してたじゃない。なのに、なんでそんなめげずに話し掛けられるのよ?」

 

 これは、昨年ハーマイオニーからも質問されたことだ。クシェルは首を傾げ、フィールのあどけない寝顔を見ながら、言葉を発する。

 

「んー………なんでだろ? なんとなくかな」

 

 頬に掛かる黒い髪を指先で払い除けながら、クシェルは明るい翠の眼を細める。

 なんとなく、とは言ってるがその実本当は、別の理由も少なからずあったのだが、わざわざそれを教えるほど、クシェルも優しくはない。

 なので曖昧にして返したのだが、

 

「ダメね。その理由じゃ」

 

 素直にはいそうですかと引き下がるほど、ダフネも甘くはなかった。ダフネは変なところで勘が鋭いので、クシェルはバツが悪そうに頬をかき、それから観念したように告白した。

 

「フィーが、あの娘と被って見えたんだよね」

「あの娘って、誰よ?」

「もう何年も前だから、そこまで覚えてないんだけどね。ただ、昔会ったことがある女の子と、フィーが重なったっていうか、なんて言うか。とにかく、そんな理由………かな?」

 

 詳しく聞いてみると、その娘はいつも傷だらけだったらしい。肌も不健康と言ってもいいほど白く、身体もかなり華奢だったとか。そして、誰も寄せ付けないような孤高の雰囲気を身に纏っていたみたいだ。

 

「へえ………そんな娘がいたのね」

 

 詳しい事情はわからないまでも、その娘は大変だったんだなと、ダフネは神妙な面持ちになる。

 

「まあ確かに、フィールと重なって見えるっていう意味がわかった気がするわ」

「うん………それに―――」

「それに?」

「………いや、なんでもない」

 

 クシェルは何か言いかけたが、首をブンブン横に振り、彼女らしくないぎこちない笑顔を浮かべた。それには流石のダフネも自重したらしく、深入りはしなかった。

 クシェルは、窓外の景色に顔を向ける。

 ガラスに映る、自分の顔と親友の寝顔。

 何故だか、黒髪の友人の顔を見た瞬間―――クシェルの脳裏の片隅に、ある少女の姿が思い浮かべられた。

 

 ―――悲しみの色でいっぱいの、泣き顔が。

 

♦️

 

 ホグズミード駅に到着し、フィールはダフネとクシェルと共に、2年生以上の生徒がホグワーツ城に向かうルートの夜道を歩いていた。

 

「結構暗いわね」

「まあ、夜だし」

「ん? これなのかな?」

 

 これ、とはホグワーツ城へ向かう馬車のことであるが、その肝心な馬は何処にも見当たらない。

 いや、正確に言えば『あるモノ』を見た者にしか、その正体は見えなかった。

 

「これ、どう動くのかな?」

 

 クシェルとダフネは何もない馬車がどうやって動くのかに疑問符を浮かべているが、フィールにだけは()()()()()ため、その原理を理解した。

 フィールの目線の先には、眼が白くて骨ばっている、ドラゴンのような翼を持った天馬が存在している。

 『死』を見た人のみハッキリと姿が見える魔法生物―――セストラルであった。

 

「………セストラルだな」

「セストラル? 確か、『死』を見た人だけが見えるっていう天馬だったっけ?」

 

 クシェルの言葉をまるで応えるかのように、フィールは何処と無く喪失感と虚しさを秘めた蒼い瞳で、二人には見えない有翼の生物の頭を撫でた。撫でる際、そこには確かな感触があり、それが余計誰かの『死』をこの眼で見たんだと、思い知らされる。

 

「フィール、貴女、まさか―――」

「ああ、その通り」

 

 セストラルが見えず、馬車を率いる魔法生物の正体を知らない者からすると、フィールの行動は奇妙としか言えないだろう。

 だがしかし、その正体を知っている人は、見える人特有の行動の意味を理解する。ダフネとクシェルも、その一人であった。

 

「そろそろ行くか」

 

 フィールは二人を促し、三人が乗り込むと馬車は動き出し、他の馬車と隊列を組んでホグワーツ城へ向かった。

 

「今年はどんな新入生が来るかな?」

「フィールやハリー・ポッターみたいなスゴい人は多分いないでしょうね」

「ダフネ、それ何気に辛辣な発言だね」

 

 魔法界の英雄の孫、生き残った男の子としてホグワーツでは有名な、フィール・ベルンカステルとハリー・ポッター。

 その二人がスリザリン、グリフィンドールという対立関係の寮生であるためか、一部では二人をライバル認定して盛り上がる生徒もいる。現実では、ライバル関係とは裏腹に友達関係というのを皆は知らない。

 とは言うものの、スリザリン生とグリフィンドール生の良好関係はとても稀少で、そして公に公表するのはあまり喜ばしいものではないからである。

 どうしても、相反する理念の元で生活する生徒ということで無条件の敵意を抱懐するのに傾向する人が大半を占めているため、おおっぴらに楽しそうに会話する場面を見られるのは、あまりよくないことなのだ。

 

♦️

 

 大広間で新入生の組分けも無事に終わり、歓迎会のパーティーに入る。テーブルには数多くの料理が並び、どれも美味しそうなのだが、周囲のロックハートファンの女子生徒達の雑音さえなければ最高の時間なのに、とフィールは無言で口に運びながらそう思った。

 

「そういや、フィー」

「なんだ?」

「今思い出したんだけどさ。ダイアゴン横丁で会った時、フィーの叔父さんと叔母さんとも会ったでしょ?」

「うん」

「親族揃って超美形って、ホント、ズルくない? あと、フィーの一族って、皆黒髪なの?」

「………母方の方は、まあ、黒髪が多いかな」

「あ、そうなんだ? じゃあ、父方の方は?」

「………さあ、な。どうだか別に知らないよ」

 

 急にフィールは冷めた声音になり、ゴブレットの中身を一気に飲み干すと、コトンとテーブルに置いた。フィールのスッと冷たくなる横顔を見て、クシェルは戸惑った。

 

 ―――もしかして、父方の家族の人とは、あまり良好な関係ではないのだろうか。

 

 フィールは、本当に家族の話をしない。

 去年の今日、スリザリンの亡霊『血みどろ男爵』に母親は元気にしてるかと尋ねられた時、口を割らなかったのを思い出し、こうしてみると自分はフィールのことを何も知らないんだなと、クシェルは痛感した。

 フィールと出会って1年が経過するが、未だにその詳細は掴めない。以前と比較して変化した部分があるとすれば、少しは口を利くようになった、ということだが………。

 

 と、その時だ。

 ハリー・ポッターとロン・ウィーズリーが空飛ぶ車で登校し、暴れ柳に追突したと噂が大広間内に流れ―――それまでのブリザード級だった空気が一変して、そちら側の話題へと移り変わった。

 

「ちょっ、何やってんの!? ハリーとウィーズリーは!」

「類は友を呼ぶって言うけど………なるほど。馬鹿は馬鹿を呼ぶって意味がわかった」

 

 クシェルが他生徒と同じく驚駭する中、フィールは若干ズレたコメントを呟く。黒髪の少女の感想に、茶髪の友人は「なんでそんな呑気にいられんの………」と友人に対する扱いを批判するように、でも、少し笑いを抑えるようにフィールを見た。

 

(全く………でも、まあ………ハリー達のおかげで空気変わったかな)

 

 クシェルは密かにムードを変えるきっかけを作ってくれたハリーとロンに礼をし、デザートのアイスをスプーンで掬い、口元に運んだ。

 

 夕食の終わり時に校長のダンブルドアが注意事項やクィディッチのことなどを話し、各寮生はそれぞれの寮へと歩いていく。スリザリンの談話室に辿り着き、相変わらず、闇と影を連想させる寮だなと思いながら自室へ行き―――必要最低限の物と寝間着をトランクから取り出したら、ベッドに座った。

 ふぅ、と小さく息をついたら、同室のクシェルが隣に座り、ニッコリと笑いかけた。

 

「これからまたよろしくね」

「………ああ、よろしくな」

 

 そうして、素早く寝間着に着替えた二人はベッドの上に座って軽く会話をし―――やがて、ゴロンと横になり、夢の世界へと旅立った。

 

♦️

 

「フィー、おはよう」

「おはよう、クシェル」

 

 いつも通り、フィールが制服に着替えている途中でクシェルが目を覚ました。

 黒のストッキングとスカートを履いて白のワイシャツを着、緑のネクタイを締める途中で、クシェルはふと、フィールの耳元に視線を移らせる。

 

「フィー、前から気になってたんだけど、そのアクセって何なの?」

 

 クシェルはそう言いながら、フィールの右耳にあるアクセに触れた。

 銀が掛かった青色の、シンプルなデザインのイヤーカフ。

 フィールはもう一方の左耳に触れながら、それについて話した。

 

「ああ、これ? なんだろ、御守り的な物かな。母親の形見だから、肌身離さず身に付けておきたくて」

「へえ………そうなんだ」

 

 クシェルはそれを聞き、ちょっと申し訳なく思った。母親の形見、ということは、母親は既に亡くなったという訳で………嫌なことを言わせてしまったと、クシェルは後悔した。

 

「………クシェル?」

 

 フィールは首を傾げながら声を掛けると、クシェルはハッとし、「なんでもないよ」と笑う。フィールは「そう」と不思議がる訳でもなく、部屋を退室しようとしたので、その後を追った。

 大広間に行くと、ワイワイと賑わっており、フィールとクシェルはスリザリンのテーブルに着いて朝食を食べている途中で、グリフィンドールのテーブルで騒ぎが起きた。

 ロンの元に母親からの『吼えメール』が届き、彼とハリーはビックリ仰天してひっくり返そうになっていた。

 吼えメールの馬鹿デカイ大声は大広間内全体にビリビリと響き渡ったため、フィールは顔をしかめ、クシェルは思わず耳を塞いだ。

 

「やっぱり、昨日のアレが原因か」

「うん。恐らくというか、絶対に」

 

 空飛ぶ車で登校したのが要因だなと、フィールとクシェルは苦笑しながらミルクを飲むと、

 

「フィール、おはよう」

 

 と、去年まで会話すらしなかったスリザリン生達が笑って挨拶し、フィールも「おはよう」と返す。

 昨年の学年末パーティー後、和解した結果こうして話し合えるようになったことで、フィールへの評価がグンとアップした。クシェルは親友への扱いが変わったことを嬉しく思いながら、今日の授業内容に一喜一憂した。

 

 朝一番の授業は『薬草学』で今年はマンドレイクという、その泣き声を聞いた者は命を落としてしまう危険な植物の育成で、それの植え替え作業だった。マンドレイクの根は赤ん坊のような形をしており、土から引き抜くとむやみやたらに暴れるため、大変な作業となった。

 『闇の魔術に対する防衛術』の授業が行われる教室へ向かう途中、女子生徒の多くが黄色い歓声を上げているが、男子生徒は全員テンション低めだ。フィールとクシェルは合同授業で一緒のグリフィンドール生の集団でハリー達一行を見つけ、三人―――といっても、ハリーとハーマイオニーの二人だが―――の方から近付いてきた。

 

「やあ、フィール、クシェル」

「元気にしてたか?」

「まあまあね………」

 

 小声で訊いてきたフィールへハリーは元気無さげに返答する。フィールとクシェルはなんとなく察し、敢えて何も言わなかった。

 教室に入り、ハリー達とは少し離れた席に座っていたら、何故かファッション雑誌に写るような派手な服装をしたロックハートが現れた。

 彼は一番手前の生徒―――ネビル・ロングボトムが机に出していた一冊の本を手に取り、高く掲げた。その本の表紙にはロックハートが写っており、表紙と同じように気持ち悪いウィンクを飛ばしてくる。

 

「私だ。ギルデロイ・ロックハート。勲三等マーリン勲章、闇の力に対する防衛術連盟名誉会員、そして『週刊魔女』五回連続『チャーミング・スマイル賞』受賞。尤も私はそんな話をするつもりではありませんよ。バンドンの泣き妖怪バンシーをスマイルで追い払った訳じゃありませんからね!」

 

 ………本人なりには気の利いたジョークをかましたつもりなのだろうが、反応したのは極僅かな少数で、あとの人達は南極大陸の冷風がこの教室だけに吹いたかのような寒冷の空気に包まれ、冷めた眼差しで見ている。

 

「全員、私の本を揃えているのね? 勿論、一冊二冊くらいは読み終えていると思います。今日は最初にミニテストを行います。心配は無用。君達がどれだけ私の本を読んでいるのかチェックするだけの、簡単なテストです」

 

 配られたテスト用紙を見た瞬間、フィールは床に叩き付けて踏みにじりたい衝動に駆られた。何せ用紙に書かれているものなんて、

 

『ギルデロイ・ロックハートの好きな色は何?』

『ギルデロイ・ロックハートの密かな大望は何?』

『現時点までのギルデロイ・ロックハートの業績の中で、あなたは何が一番偉大だと思うか?』

 

 とか、全くと言っていいほどにふざけた内容であり、どうでもいい質問ばっかり。それも裏表ビッシリ。

 

 ―――殴り飛ばしたい………今、すぐに!

 

 フィールから滲み出る恐ろしいオーラを、隣に居たクシェルは敏感に察してビクッと身体を震わせ、恐る恐る横目で見てみる。拳をギリギリ握り締めつつもいつ『攻撃呪文』を撃ってもおかしくない、杖を取り出そうとしているフリーハンドの左手に視線を移して「落ち着いて! 今はクールダウンして!」と慌てて止めに入った。

 このままでは、冗談抜きで『攻撃呪文』を撃ちかねない! それだけの不穏な雰囲気がビシバシ伝わってくる!

 なんとかクシェルの努力の甲斐あってフィールは落ち着いたが、苛立ちを抑えるかのように舌打ちする音がクシェルだけには聞こえ、サッと顔を青ざめた。

 どうやら、相当ご立腹らしい………あとでお菓子でも食べさせて忘れさせないと…………。

 こうして、クシェルが終始隣に居た親友が爆発しないかにヒヤヒヤしていたとは露知らずの元凶ロックハートは30分後、全ての解答用紙を見て文句を言ってきた。

 

「おやおや、私の好きな色がライラック色だということをほとんど誰も覚えてないようですね。それと『狼男との偉大なる山歩き』の第12章でハッキリと書いているように、私の誕生日の理想的なプレゼントは魔法界と非魔法界のハーモニーです。尤も、オグデンのオールド・ファイア・ウィスキーが大瓶でもお断りはしませんよ!」

 

 またあの気持ち悪いウィンクをし、一部の生徒は恍惚の表情で見つめたが、一部の生徒は極寒と嫌悪の視線を送る。

 

「満点なのは、どうやらミス・グレンジャーとミス・ベルンカステルの二人だけのようですね。ミス・グレンジャーとミス・ベルンカステルは何処に居ますか?」

 

 嬉々として勢いよく手を挙げるハーマイオニーに対し、()()全問空欄を埋めてやったフィールは渋々手を挙げる。

 

「素晴らしい! グリフィンドールとスリザリンにそれぞれ10点です!」

 

 嬉しそうなハーマイオニーは別として、フィールは普段なら喜べる加点も今は喜べず、どんどんヤバいオーラが増幅したようにクシェルは感じられた。

 その後、ロックハートは籠に入れた、捕らえたばかりのコーンウォール地方のピクシー小妖精を持ってきた。皆は笑いを堪える様子である。

 

「侮ってはいけません! コイツらは厄介で危険な小悪魔になりえます。それでは、君達がピクシー妖精をどう対処するか………お手並み拝見!」

 

 ロックハートがピクシー妖精を檻から解放した瞬間、ロケット発射のようにピクシー妖精が飛び立ち、教室は大パニックになった。

 ピクシー妖精達はあちこちで生徒を襲ったり、本を破ったりインクを倒したりなどしてやり放題だ。

 ロックハートが何やら意味不明な呪文を唱えたが、効果が無いどころか逆に杖を奪われて窓に放り投げられる始末なのでコイツはもう当てにならない。

 数分後、生徒の大半が机の下に隠れて避難した。

 ネビルに限っては天井のシャンデリアにぶら下がって揺れている。大方、ピクシー妖精に吊るされたのだろう。

 

「フィー、何とかしないと―――」

 

 が、クシェルが言い切る前、フィールは彼女の背後を見て僅かに眼を剥き、急いで彼女の肩を掴んで自分の方へ抱き寄せ、

 

プロテゴ(護れ)!」

 

 『盾の呪文』を発動。半透明の防壁を展開。

 同時、ピクシー妖精がクシェルに向かって投擲したガラスの破片がバラバラと床に崩れ落ちた。

 

「間一髪だな………」

 

 フィールはホッと息を吐いたのも束の間、今度は別方向から細かなガラスの破片が四方八方に飛び散ってきたので、彼女はクシェルの頭を抱え込み、身を捻って庇う。頭や背中のローブに砕けたきらびやかな欠片が降ってきた。

 

「フィール、クシェル、大丈夫!?」

 

 ちょこまかとすばしっこいピクシー妖精を相手に冷静に対処してたハーマイオニーが、危険な室内を掻き分けてやって来た。フィールは小さく頭を振る。

 

「ああ………ハーマイオニーは?」

「私も大丈夫よ………フィール、私達でどうにかしましょう」

「そうだな………」

 

 フィールとハーマイオニーは杖を掲げ、

 

「「イモビラス(動くな)!」」

 

 二人は杖を振るって『停止呪文』をピクシー妖精のみに限定し、教室全体に向かって放つ。オールストップしたのを確認したら、二人ががりでピクシー妖精を籠の中にぶち込んだ。

 

「………ハーマイオニー。ロックハートはどうしたんだ?」

 

 残りの後始末は教師にやらせようと思ったフィールがそう訊くと、

 

「ロックハート先生は………確か別室に引っ込んだと思うわ」

 

 それを聞き、フィールはチッと舌打ちする。

 その時、終業のチャイムが妙によく響き渡り、グリフィンドール生とスリザリン生は早々に教室を出ていく。室内が酷い有り様だったのでフィールはため息つきながら、杖を一振りして元通りにした。

 それからフィールは、シャンデリアに吊るされているネビルを魔法を使って降ろした。ネビルは何度もフィールに礼を言い、彼女は「別に気にしなくていい」と言葉を掛ける。

 

「………クシェル、大丈夫か?」

「う、うん………大丈夫」

 

 フィールに抱き寄せられてからずっと彼女に抱かれていたクシェルは、彼女の間近にある顔を見る。細い腕からは想像がつかないほどの強い力で自分を抱き庇ってくれたのはまるで始末が終わるまでは絶対に離さないと言ってるみたいだった。

 

(もしかして………私のために怒ってくれた?)

 

 先程の、彼女の怒りに滲んだ声音と表情。

 それを思い返し、クシェルは未だに左腕で抱いたまま離さないフィールをじっと見つめた。




【グリーングラス家一家の設定】
公式では純血主義者だったらしいけど、原作のラストで妹のアステリア改心しましたからね。ならもう最初っから非マグル差別者と反純血主義者にさせればよくない? とのことで、原作のスリザリンキャラ一家で(多分)唯一まともにさせました。

【グリーングラス姉妹のルックス】
黒髪灰色眼。
名家のお嬢様だし、エレガントとノーブルを兼ね備えようとのことで、高貴な印象の黒髪と大人っぽいグレーの瞳という容姿に。

【ドラコ・マルフォイとは相反する立場】
同僚同輩のマルフォイとは同じ貴族出身でありながら、作中では彼と相反するキャラ。
マルフォイは一人息子なので、両親からは甘やかされ、彼もまた我儘放題OKです。

ですがダフネには妹がいるので、『姉』というのと『グリーングラス家の長女』という二重の意味で、妹ができてからは両親にスパルタ教育を受ける羽目に。

遊び盛りの年頃で思春期なので、厳格な親にはイライラとしつつも、名家の長女としてそれなりの責務はきちんと自覚し背負っています。
そういった点では、マルフォイと違って自分の立場をしっかり理解しているので、彼は彼女を見習って欲しいですね。

【イヤーカフ】
母親の形見で装着してるアクセの一つ(もう一つはロケット)。
形はシンプルで色はシルバーブルー。


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#23.ランドスケープ

作者の一番大好きな呪文が登場の回。


 新学期開始から、3日が経過した。

 在校生は徐々に学校生活の感覚を漠然とだが取り戻していき、新入生はギミックだらけでラビリンスのようなバラエティー満載なホグワーツの校内に一苦労していた。

 その日の授業が全て終わった放課後―――フィールとクシェルは6階のバルコニーでそこにあった椅子に座り、ホグワーツから見られる大自然のランドスケープを展望していた。

 時折吹く爽やかな風が、二人の長い黒髪と短い茶髪を波打つ。残暑が続くことがないので夏の余韻は味わえず、またイギリスの秋は日が早いので夕暮れ時でも気温は低かった。

 

「やっぱり、此処の景色はいいな」

「フィー、此処に来たことあるの?」

「まあな。意外な穴場だって、前にアリア先輩から聞いて、それで」

「へえ………これなら夜景も綺麗かもね」

「そうだな。月夜の時は絶好の夜景だな」

 

 初めて此処に来たクシェルとは違ってやたら詳しく知ってるフィールへ、

 

「………もしかして、たまに寮から抜け出してるのって―――」

 

 去年、毎晩ではないけどスリザリン寮からこっそり外出していたフィールの不可解な行動の真実を予感しつつ、クシェルは訝しい表情で彼女へ尋ねた。

 

「………ああ、そういうこと」

 

 満月の夜は8階の天文台の塔、そうじゃない月夜の日は6階のバルコニーにへと出向いてるフィールは、肯定の首肯を見せる。

 

「フィーって、意外と自由奔放に動くんだね」

 

 表向きには規則を破らない優等生なように見えて実は陰でルール違反を犯しているのをバレないように行動する、所謂ダブルフェイスの親友へクシェルはやや呆れ顔で肩を竦めた。

 

「せっかくの絶景なんだ。絶景ポイントから展望しなきゃ、もったいないだろ」

「なんか、フィーがフィーじゃない気分」

 

 美しい光景などには然したる興味を示さなそうなフィールの意外な一面に、クシェルは不思議な気持ちになった。

 

「それはそうと………クシェル、今年のレッスンで教わりたい呪文ってあるか?」

 

 1年時の学年末試験を全教科終えた後、学びたい魔法があるなら新学期になってから講習すると約束したのを思い出したフィールがそう質問すると、

 

「………あ、そうだ、あった」

「何の呪文だ?」

「えっと………『守護霊の呪文』」

 

 『守護霊の呪文』は防衛術最難関魔法の一つであり、高位呪文のシンボルと言っても過言ではないほどハイレベルで、人に恐怖と凋落を味あわせ魂を喰らう闇の生物・吸魂鬼(ディメンター)生ける経帷子(リビング・シュラウド)とも呼ばれる稀少な魔法動物・レシフォールドを唯一退けられる光の魔法の真骨頂だ。

 幸福な記憶や希望といった最高の想い出が始動キーであり、だからこそ、絶望や恐怖などのマイナス思考の塊である吸魂鬼はプラス思考の塊の守護霊に近付くことが不可能という真髄がそこにはある。

 まさに闇の魔術とは対極する光の魔術だ。

 

「………いきなりハードなヤツから来たな」

 

 クシェルの口から出た習得至難の呪文名に、フィールは思わず面食らった。

 

「どんな呪文なの?」

「『守護霊の呪文』はその名の通り、守護霊を創り出す魔法だ。吸魂鬼とレシフォールドを唯一追い払える呪文で、熟練者になれば伝言も託せる。この呪文の面白い所は人によって形状が違うことだな。基本的には動物だけど、稀に魔法生物になることもあるから、術者の個性を表す」

「なんで形が違うの?」

「有体守護霊の姿は、それを創り出す術者の性格を反映させる。つまり、術者の心に大きく反響させる出来事が起きたら、それに伴って守護霊の姿も変化するってことだ」

「術者の心に大きく反響させる出来事って………例えば、誰かをスゴく好きになったりとか?」

「他には、誰か親しい人物との永遠の別れを迎えた時、人格が激変した時とかの例も挙げられる」

「………そういうのでも変わっちゃうんだね」

「形状が変化したってことは、そいつに何かがあったって考えればいい。といっても、実体のある守護霊………有体守護霊自体、創れる魔法使いはそうそういないけどな」

「え? そうなの?」

 

 頓狂声を上げたクシェルへ、フィールは補足説明を入れた。

 

「さっきも言ったけど………守護霊には実体のある守護霊とその反対で実体のない守護霊の2種類が存在する。前者の場合はハッキリとした銀白色の動物の形を取って威力も最大限発揮するけど、後者の場合だと動物の形じゃなく、銀色の霞や霧みたいなモノで威力もそれほど強力じゃない」

「………つまり―――」

「吸魂鬼を一定時間留めることは出来ても、追い払うほどの力はないってことだ」

 

 と先読みしてフィールが言った。

 クシェルはしばし無言になり………数秒後、フィールへ尋ねた。

 

「フィー、貴女はその有体守護霊っていうヤツ、創れるの?」

 

 まさかとは思いながら質問すると、

 

「ああ、勿論」

 

 フィールは椅子から立ち上がり、低い障害物を越える技・ヴォルトの要領で手摺にバランスよく座ると、ヒップホルスターから杖を抜いて詠唱した。

 

エクスペクト・パトローナム(守護霊よ来たれ)

 

 すると、杖先から銀色の霞が噴き出し、だんだんとそれは四つ足の動物を形取った。

 鋭い目付きに鋭い牙。目的に向かってひたすら走り続ける、誇り高い狩人―――狼だ。

 白銀の狼は、広大な大空を自由に駆け回った。

 フィールが左手で指笛の形を作って吹くと、狼は方向転換して主人の側へと駆けてくる。狼は甘えるようにフィールの頬に鼻先を擦り付け、彼女は微笑んでその頭を撫でた。

 

「これが有体守護霊」

「わぁ………」

 

 驚異に翠眼を丸くしていたクシェルは興味深そうにフィールと狼に寄り、こちらに顔を向けてきた後者に恐る恐るといった感じに手を伸ばしてそっと頭を撫で、まじまじと観察した。

 額には魔法陣みたいな紋章が刻まれていて、両耳には、フィールが着用している銀が掛かった青色のイヤーカフと同じらしきシンプルなデザインのそれが付けられている。

 狼はクシェルにクンクンと顔を擦り付け、彼女は愛嬌が沸き、笑みを溢した。

 

「この子、可愛い………ペットみたい」

「いや、ペットじゃないけどな」

「っていうか、こんなに甘えてくるなんて、実はフィー、かなりの甘えん坊さん?」

 

 先程の『守護霊は術者の性格を反映させる』とのフィールの説明から、クシェルはからかい半分で言ってみる。

 フィールは眼をぱちくりさせていたが、クシェルが言った言葉の意味がわかるが否や、プイッと顔を逸らした。

 

「………甘えん坊さんな訳ないだろ」

「そうかな~?」

「………なんだよ、その顔は」

 

 ニヤニヤするクシェルに、フィールはジト眼で睨む。クシェルはニヤついた表情を崩さないまま、フィールと狼を見た。

 

「あ、ほら、ペットって飼い主に似るって言うじゃない? だから、その子もご主人様のフィーになついてるんだろうなって」

「だからペットじゃないっての」

 

 フィールはどこか思考回路がズレてるクシェルへ突っ込みつつ、銀色の狼を見る。狼は愛情表現をねだるよう、身体を密着させてきた。

 

「………………」

 

 大きな身体を押し付けてくる狼を、フィールはどこか哀しそうな瞳で見つめる。

 今の………愛着を感じさせるような行為は、亡き両親からの愛情をもう一度感じたいと胸の奥底で抱いている儚い感情の表出かと、フィールは心痛した。

 ………昔はよく、母親にくっついていた。

 肌から感じるぬくもりに心安らぎ―――気付けば、離れたくない気持ちでいっぱいで………。

 

「………フィー?」

 

 ハッ、とフィールはクシェルの声で我に返る。

 

「………なんだ?」

「あ、いや………なんか、淋しそうな表情になったから、どうしたのかなって」

 

 ………変な所で勘が鋭い人だ。

 フィールは内心で肩を竦め、咄嗟に無表情を取り繕って誤魔化す。

 

「別に、なんでもない」

 

 その言葉とは裏腹なのを示すよう、主人の重苦しい胸中を感受しているのか、狼はフィールの胸に頬を寄せる。どうやら、保護者の守護霊にはお見通しのようだ。

 

「………………」

 

 スリスリと擦り付けてくる、銀色の狼。

 フィールは狼を引き離そうとするが、尚も離れない。むしろ更にピッタリ密着してくる。これが言語を発せぬ守護霊なりの励ましなのかもしれない。

 

「ほら、その子もフィーに物凄く甘えてるよ。なでなでしてあげたら?」

 

 クシェルは高さの関係上フィールを上目遣いに見ながら、微笑みを浮かべる。フィールはハアと深くため息をつき………モーションを掛けてくる狼の頭や頬を優しく撫でると、狼は満足げにフッと消滅した。

 銀白色の残像を残す、暖かな空間。

 二人は辺りに漂うその空気を肌で感じながら、黄昏色に染まる空の彼方を眺めた。

 

♦️

 

 一方、ハッフルパフ組はというと―――。

 クリミアとソフィアは、スリザリン組が居る6階より1階上の7階のバルコニーに居た。

 

「今年はいよいよ『OWL(ふくろう)試験』ね」

「そうね。お互い頑張りましょ」

 

 今年5年生になったクリミアとソフィアは、学年末にOWL(ふくろう)試験と呼ばれる魔法試験があり、その成績は将来的にも重大で大きな影響がある。更には6年生で受講する教科も決まるので、重要性が高い。

 

「クリミアは将来何処に就こうかもう決めた?」

「ええ、決めたわよ。ソフィアは?」

「それがまだ………どうしようかしら」

 

 ソフィアは頭を悩ませる。

 学年次席の彼女の成績ならば、どの就職先でも問題はないだろう。しかし、彼女はまだ明確な将来の夢を持っていないため、夢を持っているクリミアが羨ましかった。

 

「あまり悠長なことは言ってられないわよ」

「わかってるわ………クリミアはホグワーツ卒業後、どうするの?」

「私? 私は癒者(ヒーラー)になりたいわ」

癒者(ヒーラー)ねえ………なんだか意外だわ」

「そうかしら?」

「うん、意外。なんで癒者(ヒーラー)になりたいの?」

 

 ソフィアからの質問にクリミアは少し考え込む表情になったが―――静かに理由を述べた。

 

「昔、お世話になった癒者の女性がいてね。その人のテキパキと働く姿に憧れたと言うかなんと言うか………とにかく、そんな癒者になりたいって思ったのが理由よ」

「へえ………そんなエピソードがあったのね」

 

 昔お世話になった、という若干耳を疑うような発言には敢えて触れず、ソフィアは手摺に掴まりながら、ふと下を見てみる。

 

「………ん? あれ―――」

 

 ソフィアは青い両眼を見張った。1階下の階の6階のバルコニーから、銀色の狼が飛び出してきたのを捉えたからだ。

 クリミアはソフィアの驚いた様子に、何事かと身を乗り出す。クリミアは一目で、フィールの守護霊だとわかった。

 

「あら? フィールの守護霊じゃない」

「え? あれ、フィールのなの?」

「そうよ?」

「……やっぱり、貴女達って反則級だわ………」

 

 ソフィアはクリミアと、空を自由に駆け回る白銀の狼を見たり来たりする。

 やはり、この義姉妹はただ者ではない。

 学生の身分………それも下級生で有体守護霊を創れるなど、天才としか言い様がない。

 

「ソフィアだって有体守護霊創れるじゃない」

 

 クリミアの言う通り、ソフィアも有体で守護霊を創れる。完成したのは2年前の3年時だ。十二分に彼女も物凄いことである。ちなみにソフィアの守護霊は大鷹だ。

 

「クリミアに負けたくなくて、何回も練習したからね。私は貴女に勝ちたいわよ」

 

 勉強でも成績でも、ソフィアはあと一歩手前でクリミアに負けている。故にソフィアはクリミアに対して、親友でありライバルだという両方の認識を持っていた。

 それはクリミアも同じで………ボケッとしてたらすぐに追い抜かれそうだと、ソフィアをライバルとして認めていた。

 

「卒業前には1回だけでも勝てるといいわね」

「なぁ! 絶対勝つわよ! 絶対勝って、油断してたのを後で後悔させてやるんだから!」

 

 ソフィアは余裕綽々の態度を保つクリミアに宣戦布告し、彼女はひとしきり笑って、「楽しみにしてるわよ」と友人へ期待を寄せた。

 

♦️

 

 美味しい夕食を鱈腹食べ終えたホグワーツ生は、それぞれの寮に続く道をゾロゾロと集団を成して歩いていく。

 グリフィンドール生はホグワーツ8階の塔、レイブンクロー生は城の西側の塔、ハッフルパフ生とスリザリン生は地下1階と、寮別に談話室や寝室が在る。

 ハッフルパフ生はスリザリン生と同じ階というのもあってか、純血思想の彼らとは微妙な距離感を取りながら、誠実な仲間と身を寄せ合って歩みを進める。

 

「ん? クリミア、どっか行くの?」

 

 ハッフルパフ生の集団から抜け出し、上階へ行こうと階段を上ろうとしたクリミアへ、ソフィアは首を捻った。

 

「ええ、6階にね」

「6階? なんで?」

「監督生専用のバスルームがどんななのか、実際に見てきたいのよ」

 

 ホグワーツのルールとして、5年生以上の学年の生徒には監督生を男女一人名ずつ、各寮で選出することが義務付けられている。『P』の文字がついたバッジが与えられ、新学期の宴が終わった後の新入生の道案内や規則を破った生徒に減点・罰則を与えられる他、ホグワーツ特急の専用車両や学校の監督生用の特別な浴室などが使える。

 今年、ハッフルパフ5年女子監督生に選出されたクリミアはそのスペシャルバスルームの合言葉を教えられ、早速見学もとい入浴してみようと今から向かう予定なのだ。

 

「そういえば、貴女監督生だったわね。気を付けて行きなさいよ」

「ええ、ありがとう」

 

 クリミアはショルダーバックを肩に掛け直すとソフィアと別れ、6階へと上がっていく。ボケのボリスの像の左側4つ目の扉の前に来ると、入室するための合言葉を唱え、中に入った。

 

「凄いわね………」

 

 入室後の開口一番は、凄い、だ。

 浴室は白い大理石造りで、床の真ん中に埋められたプールのような浴槽も同様に白い大理石で造られている。浴槽の周りには金色の蛇口が100本ほどあり、取っ手の所にはそれぞれ色が違う宝石が嵌め込まれていた。飛び込み台もあり、窓には真っ白なリンネルの長いカーテンが掛けられ、壁には金の額縁の絵が一枚掛けてある。ちなみに絵画はブロンドの人魚(マーメイド)だ。

 

 クリミアは浴室の隅に山のように積まれているフワフワの白いタオルの側へ行く。柔らかいタオルを1枚と、ショルダーバックを浴槽の脇に置き、跪いて蛇口を数本捻ってみた。

 途端に、湯と一緒に蛇口によって違う種類の入浴剤の泡が出てくる。やがて、深い浴槽が湯と大小様々な泡で満たされたのを見計らったクリミアは蛇口を全部閉め、黒いローブとその下の制服と下着を脱ぎ、湯に浸かった。

 

「はぁ………気持ちいいわね………」

 

 ハッフルパフ寮に完備されている女子用のバスルームと浴室だというのは然程変わらないのに、こうも違うのかと、クリミアは肩まで浸かり、思わず心の感想が漏れる。

 

(此処ならフィールとも一緒に満喫出来るし、内緒話も―――)

「あら? 見慣れない人ね」

「―――きゃっ………!?」

 

 すっかり思考の海に沈んでいたクリミアは、突然の声にビクッと跳ね上がり、その反動で色とりどりの泡と水飛沫も弧を描いて上がった。

 

「………そんなに驚くようなこと?」

 

 謎の声の主はやや呆れ気味な声音で、反射的に振り返ったクリミアを見下ろした。

 

「あ、貴女は―――」

 

 陰気な顔は、長く艶のないだらりと垂れた髪と分厚い乳白色のメガネの陰に半分隠れている、普段は3階に在る故障中の女子トイレに取り憑いている―――嘆きのマートルであった。

 

「こんばんは、ハッフルパフの女学生さん」

「え、ええ………こんばんは………」

 

 何故ハッフルパフ生だとわかったのかとクリミアは疑問に思ったが、恐らくネクタイの色を見て知ったのだろうと理解する。尤も、いつ辺りから居たかなんて理解したくないのだが。

 

「此処に居るってことは、アンタ、新しい監督生になったのね」

「そ、そうよ………」

 

 クリミアは未だに動揺を抑えられない。泡が厚く覆っているとはいえ、初対面の人―――ゴーストだが―――に裸の状態を見られるのはあまり気分がいいものではない。顔に熱が籠るのを感じつつ、クリミアはそっと後退りし、マートルと距離を置く。

 

「ところで、名前は?」

「クリミア・メモリアルよ」

「クリミア・メモリアル………確か、ハッフルパフの女子首席だったかしら?」

「………そうよ」

「それなら、監督生なのも頷けるわね。どんな人なのかがずっと気になってから、此処で会えるなんてツイてるわね」

 

 マートルはクリミアの顔をまじまじと見つめ、そこから視線を下に移す。どうやら身体全身を観察しようとしてるらしい。クリミアは咄嗟に肩まで浸かり、深呼吸して乱れた心を落ち着かせた。

 

「………まさか、最初から覗き見してたの?」

 

 クリミアは静かな怒気を込めて言った。

 

「どういうつもりよ? 夜な夜なこっそり此処に来て、監督生がお風呂に入る所を見てきたの?」

 

 先程マートルは自分のことを『見慣れない人』と言っていた。つまり、随分前から此処で監督生が入浴するシーンを覗き見していたのを意味している。案の定、マートルは悪戯っぽく笑って首肯した。

 

「時々ね」

「………エッチ」

 

 思わず本音が口から出てしまった。

 クリミアはより深く沈み、顔を背ける。

 赤面する彼女へ、マートルは近寄った。

 

「ふふ、大成功ね」

「…………………」

「なに? 黙り? 失礼な女ね」

「……貴女のせいでしょ………」

 

 クリミアは素っ気なくマートルに言う。

 マートルはムッとした顔で、湯中のクリミアへ手を伸ばし―――

 

「―――ひゃあっ………!?」

 

 クリミアはまたしても身体を跳ね上がらせた。

 ゴーストの身体は冷たいので、人間が通り抜けると冷水の入ったバケツに突っ込んだようにゾーッとする。

 そのため、クリミアは突如全身に駆け抜けた冷たい感覚に堪らずゾクッとしてしまった。マートルはまたひとしきり笑い声を上げる。

 

「~っ! マートル、もう止めてちょうだい!」

 

 ゴーストのマートルから身体を弄ばれ、クリミアはほんのり紅潮させていた綺麗な顔を真っ赤にさせて、キッと鋭い目付きで声を荒げる。

 

「あっはははははは! ………いやあ、久々にスゴい笑ったわ。アンタ、意外と面白いわね」

「それは光栄ね」

 

 クリミアは不機嫌そうに呟く。

 もう、胸中は羞恥心でいっぱいだ。

 プライドがズタズタにされた気分である。

 

「本当はもうちょっとからかってやろうかと思ったけど、超優等生らしいアンタの意外な一面を見られて満足だし、今日はこの辺にしておくわ。それじゃ、クリミア。また何処かで会いましょ」

「私は、もう会いたくないんだけど………」

 

 マートルは最後に笑うと、何処かへ消えた。

 クリミアは、しばし呆気に取られる。

 薄暗い浴場内に訪れる、奇妙な静寂。

 一応マートルが浴室の何処にも居ないのを確認し、クリミアは大きく息を吐く。

 ………なんだか散々な目に遭ったなと、クリミアは先程弄られたのを思い返して、顔だけでなく身体中が熱に覆われた。

 

(………今頃、フィールはどうしてるかしら)

 

 此処には居ない、愛する義妹を遠くの場所で思いながら、クリミアは豪華なシャンデリアが吊るされている天井を仰ぎ見た。




【守護霊=ペット!?】
ペットは飼い主に似る。
術者の性格が反映される守護霊はその要領だといった感じのクシェル………意外にも天然キャラなのか?

【ハッフルパフ組】
スリザリン組とリアルタイムで進行。

【クリミアの将来の夢】
癒者。

【監督生用の特別バスルーム】
クリミア、バスルームを下見&入浴。
そしてマートルとも対面。普段から大人な女性のクリミアが女の子っぽい悲鳴を上げるシーンはこれが初(しかも2連発)。


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#24.騒動

秘密の部屋の事件、本格的に始動。


 新学期に突入してから、初の休日。

 何処のテーブルでも今日は授業が無いことからどのように過ごすか友人達と話し合っている姿がちらほらと見られる。

 蛇寮の生徒も例外ではなく、テーブルの一角でフィールとクシェルは魔法の修練について会話をしていた。

 

「今年も必要の部屋でやる?」

「そうだな。その方が効率いい」

 

 と、そこへ。

 

「フィール、クシェル。何を話しているのかしら?」

 

 朝食のコーンフレークを食べていたダフネが何やら内密的な話題をしていたのを耳にして好奇心をくすぐられたのか、向かい側の席から割り込んできた。

 

「魔法の実践に関すること」

「へえ、面白そうね」

 

 ダフネは興味津々そうな表情になり、フィールとクシェルが「ダフネもやる?」と訊いたら、コクリと即首を縦に振った。

 

「なんか、ちょっと意外だね」

「だな。あまりそういうものやるような人には見えないし」

「ロックハートは当てになんないし、それなら、自習が一番よ」

「あー………それは言えるかも」

 

 ロックハートの行き当たりばったりの授業のせいで危うく怪我しそうになったクシェルは、ダフネに同情の眼差しを向ける。

 

「あの男、ロクでもないヤツだというのは嫌なくらい見せ付けられたな」

 

 フィールもあの出来事を思い返してたのか、イライラとした声音で言った。

 

(あら、珍しいわね、フィールが怒ってるなんて。………それにしても、フィールったら、クシェルに対する接し方や気持ちが少しは変わったのかしら?)

 

 他人に無関心で無口無表情、感情表現に乏しいフィールが、何人かの人がギリギリ察するくらいの怒りを見せるのは珍しい。

 それだけ、友達という存在の大切さを少しは知ったのだろうか………。

 

(どうやら去年はトロールからクシェルを護ったそうだし………フィールって、クシェルに危険が迫るとまるでいつもと違うわ………)

 

 でも、まあ、なんだかんだで優しいフィールのことだから、仮にクシェル以外の人が怪我をしそうになっても助けるだろうとダフネは考え、飲みかけの紅茶に口をつけた。

 

♦️

 

 必要の部屋。

 そこでは、三人のスリザリン生が訓練場のど真ん中に立っていた。ダフネは思わず眼を丸くして二人を見る。

 

「貴女達って、いつもこんなことしてたの?」

「まあな。時間が許す限りは」

「努力家ねえ」

 

 勤勉で誠実、フェアプレー精神を重んじるハッフルパフや寮内での競争心が強いレイブンクローなどが相応しいのではと思うのは、なにもダフネだけではない。何故フィールとクシェルは狡猾さや純血主義に傾倒するスリザリンに所属しているのかと、疑問を持つ生徒は多数いる。

 

「さて、何から始めるのよ?」

「最低限覚えておけばいざという時に役立つ呪文を体得したら、あとは自由に練習って感じだな。教えて欲しい呪文があったら教えるぞ」

「例えばどんな呪文を覚えるのよ?」

「『武装解除呪文』『失神・麻痺呪文』『盾の呪文』等」

「どれも戦闘用じゃない!」

「ダフネ、これが防衛術だからな」

 

 フィールとクシェルはローブとセーター、ネクタイを脱いで身軽なワイシャツ姿となり、ダフネもそれに倣ってワイシャツ姿になる。

 

「ま、最初はウォーミングアップするけどな」

「ウォーミングアップ?」

「ああ。魔法や呪文は使用すればするほど、精神力や体力をその分消耗する。高度なヤツとなれば尚更な。これでも魔法の訓練かと思うかもしれないが、戦闘中に所謂『燃料切れ』を起こさないよう身体を鍛えるのは重要な課題だ。今から全く威力の無い閃光が飛んでくるから、それを避けろ」

「わかったわ………って、どっから来るのよ?」

 

 フィールとクシェルは顔を動かし、ダフネがその先を見てみると―――先程まで居なかったはずのゴーレム人形がこちら側に杖を向け、不意打ちで色とりどりの光を次々と発射してきた。

 

「えっ、ちょっ!?」

 

 ダフネは慌てて避けたが、二人は軽々と容易く避け、連続で来ても慣れていることからいとも簡単に回避する。だが、初心者で必要最低限運動をしないダフネにとっては辛かった。

 ウォーミングアップがスタートしてから10分ほどが経過したところで流れ弾が飛んで来なくなったので、ダフネは膝をついて荒く呼吸をした。

 

「はぁっ………はぁっ………」

「疲れた?」

「当たり前、よ………なんで、そんな………二人は普通にやれるのよ?」

「毎回これは取り入れてるからね。ずっとやれば身体が慣れていくよ」

 

 ダフネは二人の全然疲れていない顔を見上げ、

 

「クシェルはまだわかるとして………フィールって意外と行動派なのね」

「これでも身体動かすの好きだし」

 

 運動が好きでアクティブ精神は父親も同じだった。と言うより、父親譲りと言った方が正しいかもしれない。

 

「とりあえず、ダフネの体力が回復したら、覚えられる呪文から覚えていくって形にするか」

 

 数分後、完全回復したダフネはフィールにアドバイスを貰いながら練習を進めていき、その間クシェルは目標としていた『守護霊の呪文』の練習に当たった。

 ダフネの場合、人に直接当てるやり方だと危険過ぎるので的当てを中心に行った。狙い通りに撃つのは困難なので、ダフネは当たったり外れたりで一喜一憂して忙しい。

 それから数時間は延々と練習を続け―――休憩にするかと、フィールはダフネにホットチョコレートを入れたマグカップを手渡したら、中距離で最難関呪文を習得しようと奮闘しているクシェルにもマグカップを手渡した。

 

「どうも上手くいかないなぁ………」

 

 クシェルはフィールみたいに形がハッキリしている守護霊を創り出せないことを悔しんでいた。

 守護霊を生み出せる魔法使いは数少ないので、フィールのレベルはプロと匹敵するかそれ以上の実力者である。とは言っても、クシェルは銀白色の霞を出せるので、それだけでも一人前の魔法使いとして認められる。十二分に凄いことだ。

 

「フィーってさ、どんなこと考えているの?」

 

 やはりここは実際に形を持った守護霊を呼び出せる人に参考として訊くのも一つの手であると、先生役のフィールに尋ねてみたが、フィールはその質問に顔を曇らせた。

 

「………さあ、な。今はほとんど咄嗟にやってることだし、いちいち想い描いてはないかもな。それに人によって幸福の価値観は違うんだから、邪魔になるだけだろ」

 

 フィールは瞬く間にいつもの無表情無感動へ切り替わると冷たく質問に答えた。

 確かにフィールはすぐに守護霊を呼び出せるし、時間だって掛かっていない。と言うことは、彼女が言っている通り熟練者になれば即召喚出来るのかもしれないが―――。

 

(………幸せな記憶………か………)

 

 守護霊は、幸福や希望などといったプラスのエネルギーの塊である。故に、絶望や恐怖というマイナスのエネルギーの塊の吸魂鬼(ディメンター)は接近出来ず、撃退可能の真髄がそこにある。

 幼くして家族を失ったフィールにも、幸せな想い出は少なからずともちゃんとあった。

 実の娘みたいに面倒を見てくれた叔父のライアン、叔母のエミリー、セシリア(ライアンの妻でルークとシレンの母)。妹みたいに可愛がってくれた従兄のルーク、従姉のシレン。幼い時からずっと傍に居て支えてくれたクリミア。

 ………こう考えてみると、母方の人物との想い出は出てくるが、ならば父方は?

 そう思ったフィールの頭に、誰かの鋭い声が反響した。

 

 ―――お前のせいで、兄さんは………!

 

「―――! フィー!」

 

 友人に身体を揺すぶられる振動によって、思考の海に沈みそうになったフィールの意識は引き上げられるのと同時、彼女の声が頭の中で反響した男の鋭い声を打ち消した。

 

「フィー、どうしたの?」

「………いや、なんでもない」

 

 考え事に没頭しすぎた、とフィールは内心で舌打ちし、ホットチョコレートを一気に飲み切った。

 チョコの甘い味わいとほどよい温かさは、冷えきった精神と思考を溶かしてくれた。

 

♦️

 

「フィール! クシェル!」

 

 休日2日目の日曜日。

 午前中に行った訓練を終え、ダフネは談話室で休憩もとい寛ぐと言っていたので、フィールとクシェルは野外に出ようとした時、別方向からハリーの声が聞こえてきた。

 そちらを見てみると、やはりハリーが居て、ハーマイオニーとロンも当然ながら居る。

 後者からは睨まれるが、最早慣れっこのフィールとクシェルは涼しい顔で受け流し、ハリーは二人の腕を引っ張っていくと、中庭まで連れてきた。

 

「それで、何の用だ?」

「聞いてよ。昨日、クィディッチの朝練があったんだけどさ―――」

 

 昨日、フィール達が必要の部屋でレッスンをしていたその裏で、ちょっとしたトラブルが起きてたらしい。なんでも、グリフィンドールのクィディッチチームが朝練をしている最中、スリザリンのクィディッチチームが割り込んできたらしく、その目的が『新人シーカーの育成』。それが、かのドラコ・マルフォイであり、彼の父親がチーム全員に最新鋭の箒・ニンバス2001を寄贈したそうだ。

 

「うわ、卑劣だね」

「ああ、全くだな」

 

 二人は盛大に顔をしかめ、クシェルの言葉にフィールは同意し、ハリーも「だよね!」と大きく頷き、話を続ける。

 ハーマイオニーがマルフォイ達スリザリンのクィディッチチームに対し、物申したそうだ。

 「グリフィンドールのチームはお金ではなく才能で選ばれている」と。

 

「そしたら、マルフォイ、ハーマイオニーに『穢れた血』って言ったんだ!」

 

 ハリーは溜め込んでいた怒りを全部吐き捨てるように叫び、フィールとクシェルは更に顔をしかめた。

 穢れた血。マグル生まれの魔法使いを侮辱する最低で禁句の差別用語だ。

 

「アイツ、とんでもないこと言ったな」

「うん。いくらなんでも、酷いよね」

 

 マルフォイと同じスリザリン生だというのに、フィールとクシェルは同調するどころか、逆に嫌悪感丸出しにした。

 ハリーは彼女らをマルフォイは見習って欲しいと思うのと同時、なんでこの二人はスリザリン生なんだろうという疑問を抱いた。

 組分けされる寮は大抵親が所属していた寮である可能性が高く、その典型的な生徒はまさにマルフォイの一家であり、代々受け継がれる資産家と純血主義は周知の事実だ。

 

「なんで君達はスリザリン生なんだ?」

「は?」

「え?」

「いや、だってさ。君達はマルフォイとかと全然違うじゃないか」

 

 入る寮を間違えたんじゃないの?

 そう言ったハリーへ、二人は苦笑いする。 

 

「なんで二人はスリザリンに?」

「………母親や祖母がスリザリン出身だったから?」

 

 フィールは首を捻りながらそう答え、クシェルは、

 

「んー………まあ、両親がスリザリンだったっていうのもあるけど、やっぱり、お母さんが言ってたのが理由かな?」

「どんな理由?」

「私のお母さん、半純血の魔女なんだけど………あ、そういうことだから私、混血なんだよね」

「え? クシェル、混血だったの!?」

「うん。お父さんは純血なんだけどね」

 

 初耳のハリー達は驚倒したが、クシェルは気にせず言葉を続ける。

 

「で、話が脱線したけど………学生時代に親友となった人が半純血だって知っても変わらずの関係でいてくれたのが嬉しかったって。だからかな?」

「そうなんだ」

「今はその人どうしてるの?」

「………そのことを訊くと、お母さん、悲しそうな表情になるから、訊かないようにしている」

 

 クシェルの言葉に、彼らは口を噤んだ。

 詳しいことを知らないとはいえ、重い話に変わりはなく、俯いた。

 

(………お母さん………か………)

 

 フィールの両親は、既に他界している。

 7年前、父親は亡くなり、母親は廃人となって、その2年後、息を引き取った。

 死因は未だに未解決のままで、深い闇の中に隠されている。

 フィールですら、何故亡くなったのか、わからない。

 ただ、一つだけ、気掛かりなことがあった。

 5年前………その、母親が亡くなった年に、何かがあったような気がするのだ。何故か、その年に起きた出来事はどうしても思い出せず、フィール自身も、そのことにはあまり触れないようにはしているのだが………。

 

「………クシェル、私、先に戻ってる」

 

 フィールは結論の出ない思考にまた囚われてしまうと、クシェルの返事を聞かずにそのまま歩き、スリザリン寮へ戻った。地下牢に着くと、合言葉を言って中に入り、早足で自室に向かうとベッドに身を投げ出す。

 

「………はぁ………」

 

 父親と母親は、もうこの世に居ない。

 これまでも、極力意識しないように生活していたが………それでも、孤独な想いはフィールの頭に、心に、魂に、巣食って離れなかった。

 

「………エクスペクト・パトローナム(守護霊よ来たれ)

 

 身を軽く起こし、杖を取り出して『守護霊の呪文』を詠唱。杖先から白銀の霞が噴き出し、狼の形を創り取る。

 幸せな記憶が、守護霊を形成する。

 ならば、自分は一体何を思い浮かべているのだろうか。どんなことが、姿形となって現れたのだろうか。

 フィールはフッと眼を閉じ、ベッドに倒れ込むように横になる。見える世界は闇色一色でそれ以外の色は皆無。

 謎の海の中を彷徨いている錯覚に陥りそうになるのは、やはりあのことが気になっているからであろうか。

 

「………?」

 

 フィールは何かの気配をすぐ側で感じ、重い瞼を開く。眼に飛び込んできたのは、銀色の狼だ。

 狼は主人の淋しそうな表情を見て心配しているのか、クンクンと顔を擦り付けてくる。

 

「………あなたなら分かる?」

 

 フィールは自分を心配してくれる分身とも従者とも言える保護者に自嘲気味に微笑みかけ、その頭を撫でながら、無意識の内に尋ねる。

 ………わかっている。

 守護霊は喋らないし、意思疎通が出来る訳でもない。

 ただ、それでも、少しだけ、疑問や苦悩を口にしたかった。

 

(…………お母さん………)

 

 亡き母も同じ守護霊の形であったのを不意に思い出したフィール。この時だけは、優しさと懐かしさを織り交ぜた蒼い瞳で狼の瞳を見つめた。

 午前中に数時間ぶっ通しで練習をしたからなのか、次第に睡魔に襲われ、フィールは守護霊を消して再び眼を閉じた。

 

 目の前に漂う、白銀の残像。

 瞼をおろす前―――その残像が、母親の姿を形作ったような気がして、脳裏の片隅に、浅く刻まれた。

 

♦️

 

「Trick or Treat!」

 

 10月31日、ハロウィーンの日。

 生徒達の陽気な声が、大広間に響く。

 去年はトロール騒動があったためか、大広間の飾り付けはそれの埋め合わせをするかのように派手な装飾であり、生徒達の間でかなりの盛り上がりを見せていた。

 

「結局、フィーはシーカーにならないんだね」

「ラフプレーをフェアプレーにしない限りはなる気はないし、勝ったところで文句言われるだけだろ。試合で勝つなら堂々と誇れる勝利がいい」

 

 去年の飛行訓練時、グリフィンドール生のネビル・ロングボトムがフライングし、危うく地面へ墜落しそうになったところを、フィールが抜群のバランス感覚と行動力で救出した。シーカー気質としてのセンスはずば抜けており、それこそハリー・ポッターと匹敵するほどだ。

 だがしかし、ハリーは寮監で教頭のマクゴナガルに目撃されたから最年少選手になれ、逆に目撃されながらもその事を伏せられてしまったフィールはいくらスリザリンのクィディッチチームが1年生にも代表選手になるチャンスを設けるよう総員で物申ししても、『規則』の一言で済まされ、華やかな栄誉を手にするチャンスを踏みにじられた。

 

 スリザリンのクィディッチチームは敗北してからというものの、何度も何度もフィールに「来年はシーカーになってくれ!」と泣いて頼まれ、本人は「考えておく」と返事しておき―――今年、フィールは選手選考には応募せず、自分を踏み台にしてシーカーになったハリーへの屈辱感を味わってきたドラコ・マルフォイがスリザリンの新たなる重大ポジションに君臨した。

 キャプテンのマーカス・フリントやメンバーは、マルフォイの父親が最新鋭の箒を寄贈してくれたことに歓喜していたが、フィールが選手にならなかったことを残念がった。

 

「フィー、先輩選手からスカウトされるのってスゴいことだよ? 来年はなってあげて。フリント先輩のためにも」

「はぁ………別に私がシーカーなっても、そんなに変わらないだろ」

「そうかな? 私は見たいよ? フィーがクィディッチの優勝杯を手にした姿」

 

 クシェルの何気無い発言に、フィールの挙動が停止した。

 ―――クィディッチの優勝杯を手にした姿。

 それは、トロフィー室で見た………写真の中の母と同じスタンスになったということだ。

 かつて、母のクラミーはピンチヒッターとしてシーカーになり、優勝に導いた。

 その時の写真を見て、淋しさや苦しさがごちゃ混ぜになって涙したけど…………。

 その後ろ姿を追い掛けた人と、近付けるなら。

 母が立った場所に、自分も立てるなら………。

 

「…………………」

 

 自分が進みたい道を追い求めるように、静かに眼を閉じ、黙考する。

 クィディッチは嫌いじゃないし、プレーするのも特段悪くはない。

 ただ、スリザリンのアンフェアな戦法が気に入らないのだ。あんなやり方で勝ったとしても、個人的には誇れない。寮内では狂喜乱舞するものだが、やはり勝つなら徹底的に勝ちたいと思うのがフィールの本音だ。

 と、そこに本日ダンブルドアが余興として呼んだ、魔法界では根強い人気を誇る『骸骨舞踏団』が入場し、辺りから歓声が上がる。

 

「スゴい、本物だ!」

「! ……そうだな」

 

 フィールはクィディッチの話題は一旦置こうと、余興の骸骨舞踏団の演奏を楽しんだ。

 

♦️

 

 ハロウィーンパーティーの楽しかった時間に余韻を残しながら、それぞれの寮に戻る途中の廊下で、事件が突如起きる。

 

『秘密の部屋は開かれた。継承者の敵よ、気を付けよ』

 

 3階廊下の不穏な雰囲気。

 水浸しの冷たい床。

 壁に書かれた禍々しい紅色の文字。

 松明の腕木にぶら下がり、ピクリとも反応無しで一切動かない猫、ミセス・ノリス。

 そして、その前で硬直し、混乱している三人の生徒―――顔面蒼白のハリー達一行が居た。

 

「継承者の敵よ、気を付けよ! 次はお前達の番だ、この穢れた血め!」

 

 高揚し、興奮状態のマルフォイの歓喜に満ち溢れた声が、暗く、奇妙な静寂に包まれている廊下に響く。

 その声に釣られ、管理人兼ミセス・ノリスの飼い主、アーガス・フィルチが飛び込んできた。

 

「私の………私の猫だ! ミセス・ノリスに何が起こったというのだ!?」

 

 フィルチは、事件現場に一番近いハリーを鋭い眼差しと凄まじい形相で睨み付ける。

 

「お前か………お前だな! よくもこの子を! 殺してやる! 殺して―――」

 

 怒りで盲目になっているフィルチ。

 未だに硬直し、立ち竦むハリー達。

 2年生のハリーにこんなことが出来るはずないのに、今のフィルチにはそんな簡単なことすら頭に入っていなかった。

 

「アーガス、一緒に来なさい。ポッター君、ウィーズリー君、グレンジャー嬢もじゃ」

「校長先生、私の部屋が開いてます。すぐ上です」

「ありがとう、ギルデロイ」

 

 ダンブルドアが怒りMAXのフィルチを窘めながら猫を抱き、ハリーと友人二人を連れてその場から立ち去った。

 残された生徒達は、残された教師陣の指示でようやく動き出し、それぞれの寮へと帰っていく。

 歩いている生徒達は、秘密の部屋やハリー達のことで話題は持ちきりだったが―――クシェルはフィールのローブを掴みながら、怯えた面持ちで壁に書かれている禍々しい文字を見つめた。

 

「フィー………これ、どういうことだと思う?」

「………わかることは、ロクでもないことの始まりだな」

 

 フィールは至って普通の表情だが、その声には確かな警戒の色が孕んでいる。より一層、クシェルはギュッとフィールのローブを掴む手に力を込めた。

 

「『秘密の部屋』………これって一体………」

「………ひとまず、早く寮に戻ろう。此処にずっと居て早々被害に遭ったら洒落にならない」

「うん………」

 

 寮まで辿り着く間、クシェルはフィールの裾を掴みながら歩き、フィールは何が起きても対応するべく、無意識の内から杖を抜き出して強く握り締めていた。

 談話室に着くとそこに居るのは数十人しか居らず、後の大半の生徒は部屋に戻ったらしい。談話室に居た生徒はフィールの姿を認めると、すぐに駆け寄り、

 

「フィール、『秘密の部屋』って知ってる?」

 

 と、あらゆる分野でも知識が豊富で博識な彼女に尋ねた。フィールは説明しようと口を開きかけたが、

 

「僕が教えてやるよ」

 

 マルフォイがニヤニヤしながら割り込み、フィールに成り代わって親切なくらいに、わかりやすく教えてくれた。

 ―――純血ではない生徒にとって、解決するまでは四六時中恐怖の日々となる、受け入れたくない現状を。

 

「この学校には偉大なる創設者サラザール・スリザリンが残した部屋があるのさ。偉大なるスリザリンはマグル生まれ………つまり、穢れた血は魔法を学ぶのに相応しくないとお考えになった。そこで、秘密の部屋に穢れた血を追放するための怪物を封じ込めたのさ」

 

 怪物? とスリザリン生数十人は表情を硬くしたが、それに構わずマルフォイは言葉を続ける。

 

「『スリザリンの継承者』のみが操れる怪物さ。そして今、秘密の部屋は開かれた。これにより継承者の敵は一掃され、ホグワーツには選ばれた純血の魔法使いだけが残される」

 

 マルフォイは説明し終えると、フィールと向き合い、こう言った。

 

「ベルンカステル、特に君のような生徒は真っ先に狙われるだろうさ。今からでも純血主義を認めて謝れば、許して貰えるかもしれないぞ?」

 

 警告とも脅迫とも捉えられるマルフォイの発言にスリザリン生はフィールの方を見る。彼女は小さく息をつくと、狼のように鋭い、まさに眼光炯々という言葉がピッタリの双眸で、マルフォイを睨み返した。

 

「おあいにく様。私はそういった追放なんて行為は嫌いだし、無意味だと思うけど? 純血とかマグルとか血筋のしがらみをいつまでも引き摺っているから、現代の魔法界は人口減少を引き起こしている。なんでそのことを気付こうとしないかが逆に不思議だけどな」

 

 怪物、と聞いても一切臆することなく、堂々と自分の思ったことを伝えるフィールに、マルフォイのみならず、談話室に居た生徒は皆呆気に取られる。

 

「―――自分達が自分達を絶滅に導いている。そのことを忘れない方がいいんじゃないのか?」

 

 最後にキッパリと、フィールはそう言った。

 マグル生まれの魔法使いを受け入れてなければとうの昔に滅んでいた魔法族。

 何故、それを知っていながら、わかっていながら、ただただ意味のない悲劇を、無限ループのように延々と繰り返すのか。

 フィールにとって、謎でしかなかった。

 マルフォイはまだ何か言いたそうだったが、「いずれわかるさ」と捨て台詞を吐き捨て、男子部屋へ帰っていった。

 フィールはそれを見届けると談話室の椅子に座り、深く息を吐いた。

 

「………?」

 

 フィールはしばらくして、自分に送られている視線に気付いて顔を上げると、

 

「やっぱり、カッコいいよな。誰に対しても恐れず堂々と意見を言えるヤツは」

「うん、だよね」

 

 フィールを囲むようにして座り、スリザリン生の男女が口々に誉め言葉を送った。

 

「なんて言うか、フィールは他人の脅しに屈するって感じがしないわ」

「それに、逆に脅し返しそうだよな」

「誉めてるのか貶してるのか………」

 

 どっちなのか定まらず、フィールは苦笑し、皆も笑った。

 だが、それも束の間。

 その顔は、真剣そのものになる。

 

「正直、アイツの話は信じたくないけど………俺はアイツが冗談であんなこと言うヤツには見えない。お前はどう思う?」

「『秘密の部屋』は確かに『ホグワーツの歴史』にも記載されている。それが真実か虚偽かはハッキリしないけど、ミセス・ノリスが石化しているのを見ると、前者の可能性が非常に高い」

 

 フィールの重い発言に、皆は顔を険しくする。

 夢物語だ、と言いたいが、フィールがいつになく真顔で話すということは、かなりの確率で不味い状況になるのかもしれないと、何処からかそんな確信が持てる。

 

「アンタ達がそれを訊いてくるってことは………もしかして、混血か?」

 

 フィールの問い掛けに―――この場の中で純血じゃない者は皆コクリと首を縦に振り、

 

「俺、父さんがマグル」

「私、お母さんが半純血」

 

 と、今まで嘘ついてきた自身の血統を打ち明けた。純血の生徒がほとんどを占めるスリザリンでは極稀の混血の生徒達にとって、純血でありながら反純血主義者で尚且つ自分の意見を純血主義者に述べられるフィールの存在は、何よりの救いであった。

 

「やっぱりな………」

 

 とりあえず重苦しい空気を払拭しようと、フィールは杖を一振りして全員分のティーカップを出すと手早く紅茶を作り、手渡した。

 それを飲んで気分転換になった頃合いを見計らったのか、上級生のアリア・ヴァイオレットがフィールに尋ねる。

 

「フィール、貴女はアレを引き起こしたの、誰だと思う?」

 

 アレ、とはミセス・ノリスを石化させたのは誰なのか、ということだろう。

 

「恐らく、マルフォイが言ってた『スリザリンの継承者』が『スリザリンの怪物』を操って、あんなことが起きた………と思います」

「そうよね………そうとしか言えないわよね」

「今回は実際に被害が出ている。もしもこのまま続いたら、まず間違いないなく生徒にも被害者が現れるだろうな。そして、その標的はマグル生まれや混血の生徒………」

 

 フィールは談話室に居る生徒を見渡し、

 

「事件が解決するまで、単独行動は最低限しない方がいい。出来るだけ、誰かと一緒に居るのが無難だ」

 

 得体の知れない何かが、この学舎の生徒達を脅かす不可解な現象。

 今年は―――完全石化事件が、純血でないホグワーツ生を恐怖に堕とすだろう。

 

「とりあえず、まずはお風呂でも入って忘れましょう」

 

 とアリアが言い、皆は早速集団行動の先駆けだと言わんばかりに、各自着替えを持ってきたらそれぞれ男子用と女子用の浴場で皆で入ろうと早々に談話室から人がいなくなる。クシェルもその一人であったが、何故かフィールは行こうとしないため、首を傾げた。

 

「フィーは行かないの?」

「全員上がったら、入りに行く」

「前々から思ってたんだけど、なんでフィーは皆が入ってる時は入りに行かないの?」

 

 ホグワーツ城内には監督生とクィディッチチームのキャプテンが使用許可されているバスルームがあるのだが、各寮にも男女別の浴場が配備されているので、一般の生徒はそれを使用している。

 スリザリン生は名家出身が多いためか、身だしなみに気を使う生徒も多数で、寝る前とかはよく利用しているのだが―――何故か、フィールはいつも単独で入浴したがるのだ。誰かが入ってる時は絶対に行こうとはせず、本当に誰も居なくなった頃を見計らって入りに行く。

 

「………………」

「もしかして、フィー、女同士でも裸を見られるのに抵抗あるの?」

「あー、えっと………」

 

 返事をする代わりに、フィールはプイッと顔を背ける。

 その動作は肯定も同然だ。

 クシェルはフィールの意外な一面に可愛いなと思いつつ、彼女の腕を掴む。

 

「でも、一度くらい来てよ? フィーが集団行動を心掛けるべきだって言ったから、皆で入ろうって感じになったし………それを言った本人が単独行動したら、後々言われるよ?」

「………いや、断る」

 

 珍しく歯切れが悪いフィールにじれったさを募らせたクシェルは、思い切って半ば強引に連行し―――脱衣室へと向かった。

 

「なんで私は此処に居るんだ」

「つべこべ言わないの。後で文句言われるよ」

「今回はクシェルに同意よ、フィール」

 

 クシェルはこっそり逃げようとしたフィールを捕まえ、前者の加勢者としてネクタイを解いていたアリアにも引き留められてしまい、ズルズルと連れていかれる。

 

「ちょっ………」

 

 中々制服を脱ごうとしないフィールに業を煮やしたのか、クシェルは緑のネクタイの結び目に手を掛けて緩ませる。

 

「………ああ、もう、わかったよ。先行って」

「本当に?」

「本当だっての。だから、先行って」

 

 潔く諦めたみたいだが、どうしても制服を脱衣する場面は見られたくないらしい。クシェルとアリアは大人しく早々に制服を脱いだら、先に浴場へと行った。二人が姿を消し、誰もいない脱衣室でフィールはネクタイを外し、ワイシャツのボタンを外していく。

 そして一度深呼吸をし、フィールはワイシャツも籠の中に入れると身体をタオルで隠しながら、スリザリン女子用の浴場へ足を踏み入れた。




【ダフネ・グリーングラス魔改造スタート!】
ダフネもフィールからの手解きで強くなるでしょうね。
果たしてどれくらい強くなることやら………。
いずれ彼女も守護霊を呼ぶほど強化されると思いますけど、その場合ダフネの守護霊を何にしようか、現在、検討中です。
そして、クシェルは混血だと判明。
最後の方でも名も無き混血の生徒が結構続出。
この人達は公式でもある『スリザリン生でも純血ではない生徒』だと思ってください。
あと、浴場ですが……まあ、多分各寮に大浴場は流石に男女別で完備されているだろうとの考えで、こんな感じですが……実際はどうなんでしょうね。
余談ですが、作者的なフィールとクシェルの愛称は『クシェフィル』です(*´ω`*)。


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#25.決闘クラブ

 翌日から、秘密の部屋について詳しく知りたい好奇心旺盛なホグワーツ生達による『ホグワーツの歴史』という本の貸出が殺到し、予約は1ヶ月先まであるとの有り様だ。

 ハーマイオニーが魔法史の授業中に『秘密の部屋』について質問して以降、他寮の生徒もそれに倣い、数分間ではあるが、最もつまらない授業の話を真面目に聞くと言う、とても稀な事態が発生した。

 それだけ、『秘密の部屋』は生徒達の興味を惹き、同時に好奇心も刺激されるのだろう。

 

 しかし、その騒動も一段落していた。

 今年も、クィディッチシーズンが到来したからだ。

 グリフィンドールVSスリザリンが開戦されるよりも前から、フィール達は必要の部屋で今まで以上に厳しい特訓を重ねてきた。

 まず、基本的な呪文は確実に扱えるように何度も繰り返し、ある程度土台が固まってきたら、ダフネは『盾の呪文』の練習に入った。

 『盾の呪文』は習得困難で、それまでほとんど難なくクリアしてきたダフネでも悪戦苦闘であった。が、習い始めてから数日後―――『盾の呪文』をマスターした。これなら最低限自分の身を自分で護れるだろうと、フィールは安堵した。

 

「このお菓子、美味しいですね」

「それなら、よかったわ」

 

 スリザリン寮の女子部屋の一室。

 フィールは先輩のアリアにお茶会を誘われ、こうして5年生の部屋にお邪魔させて貰っていた。

 上級生の部屋に来るのは初めてなので、興味深そうに室内を見回す。

 ベッドや衣装棚などの家具は同じでも、置いている小物が違えば雰囲気が全然違うのだと実感した。

 

「ん? 興味あるの?」

「先輩の部屋は初めて入るので」

「私も初めて後輩呼んだわよ」

「………あの、なんで私を?」

 

 フィールは、アリアに訊いた。

 何故、自分を此処に呼んでお茶会でもしようと誘ってきたのか。

 すると、アリアは優しげな笑みを浮かべ、

 

「あまり二人だけで会話したことってないじゃない? だから、場所を変えて話をしてみたかったのよ」

「はぁ………」

 

 そうは言われても、フィールはどう反応すればいいかに悩んだ。アリアは笑みを絶やさないでクッキーを頬張り、フィールの口にも突っ込む。バリボリと齧り、喉に通してから、話す。

 

「去年に比べると、顔付きが大分違うわね」

「………別にいつもと変わりませんよ?」

「もう、こういうのは素直に頷きなさい」

「……………………」

「クリミア、いつも貴女のことを心配しているわよ。『友達とちゃんと仲良くしているか』『孤立していないか』って。心配性なお姉さんって思うだろうけど、せめてクリミアに心配かけるようなことはしないであげてね」

「………わかってますよ」

「本当かな?」

 

 アリアはくしゃくしゃと、フィールの頭を撫でる。この先輩はちょくちょくなでなでしてくるなと、フィールは眼を細めた。

 

「………撫でるの好きですね」

「私、年上の姉妹はいるんだけど、年下はいなくてね。フィールを見ていると妹みたいに扱いたくなるのと、よく姉からなでなでされたから、その影響かもね」

「こんな無愛想な妹持っても、何のメリットもありませんよ?」

「なら、改善しなさいよ」

 

 自覚しておきながらほったらかしにしておくフィールにアリアは苦笑する。

 

「でもまあ、無愛想だからこそ、なんか構ってあげたくなるわ」

「変わってますね」

「よく言われるわ」

 

 アリアは微笑み、フィールも微笑んだ。

 

♦️

 

 ホグワーツ監督生専用の特別なバスルーム。

 ホグワーツ城の6階に在り、ボケのボリスの像の左側4つ目のドアの前で「パイン・フレッシュ(松の香爽やか)」と合言葉を唱えると、入室出来る浴室だ。

 浴室は白い大理石造りで、床の真ん中に埋め込まれたプールのような浴槽も白大理石で造られており、浴槽の周りには金の蛇口が100本ほどあって、取っ手の所にはそれぞれ色の違う宝石が嵌め込まれている。

 蛇口を捻ると、お湯と一緒に蛇口によって違う種類の入浴剤の泡が出る仕組みだ。

 飛び込み台もあり、壁にはブロンドの人魚の絵が掛けられている。

 

「寮にある浴室とは比べ物にならないな」

「ふふっ、気に入った?」

「………まあな」

 

 夕食時間を過ぎた後の夜の時間帯。

 現在、そこのバスルームでは二人の女子生徒が入浴しており、他は誰も居なかった。

 二人は本来おろしている髪を結い上げているので、普段とはまた違う印象が与えられる。

 黒色の髪に一匹狼のような雰囲気の少女と、水色の髪に温和そうな顔立ちの少女。

 紛れもなく、フィール・ベルンカステルとクリミア・メモリアルであった。

 今年、クリミアは新たなハッフルパフの女子監督生に昇格し、その結果監督生とクィディッチチームのキャプテンが使用を許可されているバスルームの合言葉を知ったため、内緒話をするのには最適な場所であるとのことから、フィールを此処に呼び出し、久々に二人で入浴時間を満喫していた。

 

「フィールも監督生になったら、好きな時に使えるわよ」

「監督生なんて面倒な仕事はしたくないけどな」

「相変わらずねえ」

 

 クリミアは笑いながらフィールの肩にお湯をかけ、静かで穏やかな一時を楽しんでいた。だが、此処から出れば、不可解な現実と向き合わなければならない。そう思うと、この時間を無駄にしたくなかった。寮が別なのも、そんな風に思う一つの訳かもしれない。

 それはフィールも同じらしく、彼女はクリミアの隣に行き………その肩に、頭を乗せた。

 

「………フィール?」

 

 突然、自身の肩に頭を乗せ、身を預けてきた妹に姉が軽く困惑するが、それに構わず、彼女は深く息を吐き出す。

 

「………最近はずっと気を張り過ぎて疲れた?」

 

 クリミアがそう尋ね、フィールは頷いた。

 

「………毎日警戒心を解かないような生活は流石にな。それに―――」

「それに、弱ってる所を見られたくないから?」

 

 フィールが言おうとしたことを、クリミアが繋げる。

 スリザリン所属だけど混血の生徒は、周囲の純血主義者とは違う心構えで日々を生活している。

 頼れる人が数少ない中でフィールは特に救世主として活躍している反面、そのような人達には、決して疲れた顔を見せないよう気を配っている。

 ―――純血ではないと純血主義者にバレたら蔑まれるのを恐れている混血の生徒達にとって、変わらぬ救い主の存在で居続けることを維持するには、自身が微塵もない強者の威風を貫く他ない。

 そう決意しているフィールは表面上はなんともないように振る舞っていても、そこからのし掛かってくるプレッシャーにはいつも悩乱するため、こうしてクリミアが傍に居るだけで、弱味を見せられるのがフィールにとっては何よりの救いだった。

 

「………フィール。貴女はね、考えすぎよ。誰かのために強い人で在ろうとするのは、確かにいいことよ。でも、それで自分を追い詰めるのなんて元も子もないわ」

「………………」

「もっと、自分を大切にしなさい」

 

 クリミアはそう言って、片腕でフィールの頭を抱く。

 倒れ込むように、その腕に収まるフィール。

 そして、クリミアは言った。

 

「独りで抱えるような真似はしないで、私に頼りなさい。辛いこと、不安なこと、全部受け止めるわ」

 

 幼い時からずっと一緒に居た姉からの言葉。

 妹は思わず涙ぐみそうになり………込み上げてきた感情を抑圧しかけたが、今だけは姉に全てを委ね、フッと瞼をおろした。

 

 微かな水音だけが響く、6階の浴室。

 一人の少女は、隣に居る少女と自分の姿を色とりどりの泡の中に隠すようそっと引き寄せ、この時だけは刻一刻と過ぎていく時間が止まって欲しいと強く願いながら、静かに瞼をおろした。

 

♦️

 

 クィディッチ開戦当日。

 いよいよ、今年もクィディッチ寮対抗が幕を開ける。試合開始前から観客席は熱狂的な空気を漂わせ、特にグリフィンドールとスリザリンからの両陣営からは鬨の声が上がり、ハッフルパフとレイブンクローは前者のチームを応援した。

 試合開始5分前―――フィールはクシェルとダフネと共に観客席に居た。

 

「鬱陶しいわね………」

「仕方ないだろ」

 

 開戦前から、この肌寒い時期だというのにも関わらず、暑苦しいくらいまでに興奮状態の生徒達に挟まれてダフネは顔をしかめ、フィールは苦笑いしながら窘める。クシェルはそんな二人とは相反して、まだかまだかと、観客席から身を乗り出すまでに気合い充分だった。

 

(クィディッチ好きなんだな………)

 

 今年、クシェルへのクリスマスプレゼントはクィディッチ関係の物にしようかと思ったが、それだと去年と同じなので、何かもっと他にいい物がないかと、早くも1ヶ月後のイベントに向けて考える。尤も、こんな惨状が起きているホグワーツの状況の中で、今年のクリスマスは楽しめないかもしれないが―――。

 

 その時、歓声が沸き起こった。

 選手達が、入場してきたのだ。

 フィールはクリスマスの話題を頭から離し、競技場に眼を向けた。

 グリフィンドールのチームはレッド、スリザリンのチームはグリーンのユニフォームを羽織り、後者のチームの選手は全員最新の箒・ニンバス2001で統一されている。

 各チームのキャプテン、オリバー・ウッドとマーカス・フリントは、握手と言う名の握り潰し合いを交わし、選手は箒に跨がる。

 

「試合開始!」

 

 レフェリーのマダム・フーチの号令と共に、全選手は一斉に大空へと飛び立った。

 

「始まったわね」

「そうだな」

「今年はスリザリンが勝つのかしらね?」

「さあな。勝利の鍵はシーカーにかかってるんじゃないのか?」

「私としては、貴女がシーカーになった方が確実に勝ちそうな気がするわ」

「そうとは思わないけど………」

 

 二人がそんなやり取りをしている間にも、戦況はスリザリンがリード。やはり、最新鋭のニンバス2001の性能を余すことなく存分に発揮されているのも理由だが―――何故か、ブラッジャーの一つがハリーを執拗に狙っているため、グリフィンドールのビーターを務めているロンの双子の兄・フレッドとジョージが付きっきりで彼を援護してスリザリンの選手達の動きを妨害出来てない現状が大きな理由である。

 流石にこれは異常事態だと、グリフィンドールのキャプテン・オリバーはタイムアウトを要求した。

 

「どういうことなのかしら? ブラッジャーが一人だけを狙うなんて………」

 

 他の人達も「何故?」と言う表情だが、フィールは去年のクィレルみたいにこれは外部からの干渉かもしれないと、競技場を全体的に見渡してみる。クィレルは教師だったため教員席に居たが、今回は別の何かだろうか。

 

(………そういえば―――)

 

 前に、ハリーが言ってたのを思い出した。

 夏休み中に、屋敷しもべ妖精のドビーという妖精が自宅に現れ、そいつは「今年、ホグワーツに行くな」と警告してきたらしい。ドビーの真意はイマイチだが………屋敷しもべ妖精は特定の魔法使いを自身の『主人』とし、その主人からの命令には絶対だ。部外者の以前に初対面のハリーにそのようなことを言ってきたなんて、余程の事態が裏で着々と進んでいるのだろうか。

 そして、それがもしも本当ならば、今まさに現在起きている不可思議な事件のことを指している可能性が高い。もしかしたら、ドビーは『主人』の目的を知ったことから、ハリーをホグワーツに行かせないように謎の警告を言い渡したのかもしれない………。

 

(………まさか、ドビーはハリーの知り合いの従者か? それも身近な―――)

「フィール? どうしたのよ?」

 

 沈思黙考していたフィールはダフネの声にハッとした。

 

「なんでもない。それより………暴れまくりなブラッジャーがこっちまで来たらすぐに避けるか。じゃないと、私らがお陀仏になる」

「そ、そうね」

 

 推測するには、まだ駒が足りない。

 駒がもう少し増えてから、0から組み立ててみよう。

 そう気持ちを切り替えたフィールはヒップホルスターから杖を抜き、ダフネもそれに倣って杖を抜き、もしもの時に備える。

 

 そうこうしている内に、試合が再開された。

 このままでは無様な敗北が待っているだけなので、危険を承知で継続するのを決めたらしい。ウィーズリーツインズも本来の役割に戻り、狂ったブラッジャーはハリーに任されたようだ。

 グリフィンドールのビーターが復帰し、白熱としたバトルを繰り広げられ中、ハリーはブラッジャーを飛び回って避ける。

 

 マルフォイはそれを嘲笑っていたが、突然ハリーが一直線にマルフォイに向かって飛んでいき、驚いた彼は避けながら振り返る。

 それで彼はやっと意味を飲み込んだらしい。

 近くに金のスニッチが飛んでいたのだ。

 二人のシーカーはブラッジャーが暴走する危険極まりない空中で、必死に食らい付く。

 

「ちょっ、マズいわよ!?」

「そうだな………『盾の呪文』、張るか」

「そうね………!」

 

 シーカー二人がブラッジャーを避けながらスニッチを追い掛けるため、散々に飛び回る暴れ玉の大暴走は観客席側にもその影響が出てきた。やむを得ず、

 

「「プロテゴ(護れ)!」」

 

 二人のスリザリン生は『盾の呪文』を発動。

 フィール達が居た応援席は少なからずとも安全な場所と化し、運良くブラッジャーは二人が張ったバリアによって遠くへと弾かれた。

 が、それでも暴走は止まらず、ハリーの方へ再び飛んでいった。

 

「ああ、もう本当に何なのよ!? あのイカれたブラッジャーは!」

「あとは二人に任せるか………」

 

 暴れる鉄製のボールに憤慨するダフネと、ため息ついて結果を見届けようとするフィールのおかげで、此処に居た生徒達は無傷で済んだ。

 ハリーは右腕にブラッジャーを喰らいながらも無事な方の左手で地面スレスレに飛ぶスニッチをキャッチすると、そのまま地面に墜落した。試合はグリフィンドールの勝利だ。

 

「負けたわね………って、フィール!?」

 

 フィールは試合終了のホイッスルが鳴り響くのと同時に華麗にヴォルト(低い障害物を飛び越える)し、ランディング(着地の衝撃を吸収)したら、地面に墜落したハリーの元まで疾走した。

 

「おい、ハリー! 大丈夫か!?」

 

 どよめきや口笛が飛び交う喧騒の中、運良く一番最初に辿り着くことが出来たフィールは、そっと抱き起こしてぐったりと瞼をおろしてるハリーに声を掛けた。スニッチを掴んだ瞬間気を失った彼はフィールの声にうっすら眼を開け、痛みと疼きに呻きながらも小さく頷く。意識はハッキリしているようだと、フィールはホッと胸を撫で下ろす。

 フィールは医務室まで搬送しようとしたが、此方側にロックハートが駆け寄ってくるのを見ると瞬時に胸騒ぎが警告音として鳴り響いた。

 ロックハートはハリーが嫌がっているにも関わらず、無理矢理骨折した彼の右腕を治療しようとする。ロックハートが杖を振り上げた瞬間、フィールはシャッとヒップホルスターから杖を抜刀して本能的に『武装解除呪文』を唱えた。

 

エクスペリアームス(武器よ去れ)!」

 

 真紅の閃光がロックハートを包み、彼の身体は軽々と吹き飛ばされ、杖は放物線を描くように宙を舞った。フィールは此方に飛んでくるそれをパシッとキャッチする。

 

「あっぶな、今のはマジで間一髪だったな」

「うん、僕もそう思うよ。………助かったよ、フィール」

 

 歯を食い縛りながら礼を言ってきたハリーにフィールは「今は喋んな、痛みが増すだろ」と叱咤すると、

 

「もう大丈夫だ。行くぞ」

 

 と、ハリーをヒョイと抱き上げた。

 激痛が走らぬよう、右腕は外側にしてる。

 そうして、フィールはハリーを医務室へと連れて行った。

 フィールが医務室に辿り着いた頃には先回りしたクシェルが既に中に居て、いち早く彼女から事情を聞いた校医のマダム・ポンフリーはハリーの骨折した右腕を即完治した。だが、念のため一晩入院させると告げると、マダム・ポンフリーはクシェルにあれこれ指示を出す。クシェルはどの指示もテキパキと正確にこなした。

 

「クシェル、プロみたいな動きだな」

「これでも癒者(ヒーラー)の娘だからね」

「え、そうなのか?」

「うん。あれ? 初耳?」

「ああ、初耳」

 

 フィールが頷くと、クシェルは「あ、そうだ」と何かを思い出した顔になる。

 

「フィー、ロックハート………先生の杖、持ってるでしょ? さっきフィーが思いっきり吹っ飛ばしちゃったから、様子見兼ねて返してくる。これからはもう少し手加減したやり方で止めてよ?」

「ま、善処はする」

「うん、なるべくは善処してね」

 

 クシェルは苦笑しながらフィールからロックハートの杖を受け取ると、医務室を退室した。

 クシェルと入れ違うように、今度はグリフィンドールのクィディッチチームとロンとハーマイオニーがハリーの見舞いにやって来る。

 フィールはずっと此処に居たら睨まれそうだなと思い、「またな、ハリー」と言うと、踵を返して医務室の扉へと向かった。

 すると―――

 

「ちょっと待て、ベルンカステル」

 

 グリフィンドールの代表選手達の脇を通り過ぎた瞬間、オリバーに呼び止められた。

 フィールは歩みを止め、振り返る。

 

「なんだ?」

「お前、なんでハリーを助けてくれたんだ?」

 

 オリバーの質問に、フィールは肩を竦める。

 

「なんで、って言われてもなあ………。私は無我夢中で動いたから、そう訊かれても、自分でもわからない。ただ、ハッキリと言えるのは―――」

 

 チラッ、とハリーに眼をやり、こう答える。

 

「―――早くハリーを助けてやりたかった。それだけだな」

 

 フィールの回答にハーマイオニー以外の全員が眼を丸くする。そのハーマイオニーは「ハリーを助けてくれてありがとう」と礼を述べ、フィールは「別に、当たり前のことをしただけだ」と返した。

 

「じゃ、私は行く。またな」

 

 そうしてフィールは医務室を後にした。

 ポカーン、とグリフィンドール選手全員とロンは、フィールが出て行った後のドアをしばらく見つめ続けた。

 

「アイツ、本当にスリザリン生なのか?」

 

 オリバーの疑問の呟きに、同感の彼等はほぼ同時に共感するのであった。

 

♦️

 

 スリザリンの敗北から一夜明けた翌日。

 またもや、犠牲者が出た。

 グリフィンドール生の1年生、コリン・クリービーというマグル生まれの生徒だ。

 こちらもミセス・ノリス同様石化しており、治療するにはマンドレイクが必要で、成長を待つしかない。

 マグル生まれの生徒達は、次は自分かもしれないという恐怖に苛まれた。

 

♦️

 

 クリスマス1週間前。

 フィールとクシェルは朝食のために大広間へと来たのだが、玄関ホールで人だかりが出来ているのを見て、そちら側に興味が惹かれた。

 

「ん? なんだろ………まさか、また?」

「そうには見えないけど………」

 

 人だかりが出来ているのは掲示板の前で、そこに貼られている一枚の貼り紙が原因らしい。どうにかして見ようにも、上級生が多いからあまり見えなかった。2年生女子では背の高い分類に入るフィールとクシェルだが、それ以上に高い6~7年生が目の前を立ち塞がっている。

 フィールは人混みの中を器用に縫っていき、やっとのことで見える位置まで来て見てみると、『決闘クラブ』を今夜8時にするとの知らせであった。

 

(決闘クラブ? そんなものやるのか)

 

 フィールはクシェルにも伝えようと、これまた器用に人混みの中を縫って歩いた。人混みから現れた友人の姿を見た友人は駆け寄り、なんだったのかを訊き、掲示板に記載されていた内容を伝える。

 

「決闘クラブねえ………フィーは?」

「暇潰し兼ねて参加。クシェルは?」

「練習の成果を発揮させたいに参加」

「じゃあ、今夜大広間に行くか」

「うん!」

 

 そうして、二人はスリザリンのテーブルに行こうとしたが―――フィールは、クリミアが手招きしているのを見て、クシェルに断りを入れてからそちらへと歩き、早速本題に入った。

 

「フィール、そっちの方は大丈夫?」

「今のところは。クリミアの方は?」

「大丈夫よ。………ライアン叔父さん達、凄い心配してたわよ。今年のクリスマス休暇は戻って来いって」

「………そうか」

「フィールはどうするの?」

「残るつもり。ちょっと調べたいことあるし」

「わかったわ。私も残る気だったし、そう伝えておくわね」

 

 口には出していないが、「帰ったらこっぴどく怒られそう………」と二人は内心苦笑した。

 

「それはそうと、今夜のアレ、参加するの?」

 

 すぐに何のことを指しているのかわかる。

 今夜開かれる決闘クラブのことだ。

 

「暇潰し兼ねてな。クリミアは?」

「私も参加するわよ。フィール、また夜に会いましょう」

「ああ、そうだな」

 

 フィールはクリミアと別れ、友人が待っている場所に向かった。

 

「今の、フィール?」

 

 黒髪の少女の背中を見送っていた水色髪の少女の肩に手を置いたのは、桃色髪の少女―――ソフィア・アクロイドであった。

 

「ええ、そうよ」

「やっぱりね。フィール、ちょっと変わったわね」

「そう思う?」

「ええ、そう思うわよ。雰囲気が違うもの」

 

 ソフィアは出会った時のフィールと今のフィールを比較し、笑みを作った。

 

「クリミア、決闘クラブは参加する?」

「参加するわよ。ソフィアは?」

「勿論参加するわよ。相手になったら、今度こそ勝つわよ!」

「ふふっ、楽しみにしてるわ」

 

 クリミアとソフィアは笑い合い、ハッフルパフのテーブルまで共に歩いた。

 

♦️

 

 午後8時の大広間。

 ホールは決闘クラブに参加や見学をしに来た生徒達で賑わっていた。皆は一体誰が主催者だろうと考える中、フィールはやたらド派手なステージを見た瞬間、最悪なケースを察し、この時から気が滅入り―――いや、もう滅入った。

 

「静粛に」

 

 大広間に設置された無駄に金ぴかなステージに上がった人物に一部の女子生徒達からは黄色い歓声、一部の女子と男子全員からは沈痛な悲鳴が上がった。

 フィールは額に手を当て、ため息をつく。

 主催者は、スネイプを従えたロックハートであるからだ。

 

「さあ、皆さん集まって! 私の姿はよく見えますか? 声は聞こえますか? 結構結構! ダンブルドア校長先生から、この度決闘クラブを開くお許しを頂きました。私自身が、数え切れないほど経験してきたように、自らを護る必要が生じた場合に備えてしっかりと鍛え上げるためです! では、助手のスネイプ先生をご紹介するとしましょう」

 

 ロックハートは気持ち悪いくらいの満面の笑顔で、かなりヤバイ爆弾発言をスネイプに投げ付けた。スネイプから滲み出てきた不穏なオーラに、フィールは「あ、コイツ死んだな」と縁起でもない思考が頭に浮かんだ。

 

「スネイプ先生がおっしゃるには、決闘について極僅かにご存知らしい。訓練を始めるに当たって短い模擬演技をするのに、勇敢にも手伝ってくださるとご了承を頂きました。さて、若い皆さんにご心配をお掛けしたくはありません………私が彼と手合わせをした後でも、皆さんの魔法薬学の先生はちゃんと存在します。ご心配めされるな!」

 

 と、完全に自分から猛獣を挑発する行為を行ったロックハート。

 コケにされたスネイプは凄まじい形相でロックハートを睨み付け、教師と言うスタンスじゃなかったら確実に八つ裂きに殺しているだろう、それだけの殺気と気迫を放った。フィールはロックハートに対し、「お前さえ存在しなければいいのに」と思っていた。

 

「ご覧のように、私達は作法に従って杖を構えています」

 

 スネイプとロックハートは決闘クラブにおいての一礼をする。スネイプは不機嫌な表情のまましているため、この二人性格わかりやすいなと、思わず吹き出しそうになった。

 

「3つ数えたら最初の呪文を掛けます。勿論、どちらとも殺すつもりはありません」

 

 スネイプからすれば有り得ない言葉をロックハートが言い出すと、

 

「そのまま天に召されればいいのに………」

 

 と、フィールの口から遂に物騒な発言が吐き出された。

 クシェルとダフネは「ヤバい! これマジのヤツだ!」とフィールがどれだけ不機嫌なのかの程度が明らかになり、サッと青ざめた顔を見合わせた。

 そして、スネイプはそれが聞こえたのか、チラリとフィールの方を見ると、薄い笑みを刷き、向けられた彼女はフッと笑った。

 その顔は、「先生、アイツ殺ってください」と言うような、冷たい笑みである。

 

「では。1、2、3―――」

 

 二人の先生は杖を振り上げ、

 

エクスペリアームス(武器よ去れ)!」

 

 スネイプの杖から放たれた真紅の閃光は、ロックハートを思い切り壁に激突させた。

 スリザリン生は拍手喝采し、フィールも今回ばかりは珍しいことに例外ではなく、高らかに指笛を吹いてスネイプの圧巻の勝利を称えた。普段は他寮から毛嫌いされているスネイプも、この時は物凄い人気ぶりであった。

 その後、ロックハートはふらふらと立ち上がって負け惜しみを言ったが、スネイプが一睨みすると流石にその殺気には気付いたらしく一気に縮こまり、

 

「模擬演技はこれで十分でしょう! これから、皆さんの所へ降りて行って二人ずつ組にします。スネイプ先生、お手伝い願えますか?」

 

 スネイプとロックハートは、実力伯仲同士の二人組を組ませていく。

 ハリーはマルフォイと、ロンはシェーマス・フィネガンと言うグリフィンドール生と、ハーマイオニーはミリセント・ブルストロードと言うスリザリン生と、クシェルはダフネとペアになった。

 パートナーが決まった者は決闘を始めるように言われ、あちこちで皆向き合う。

 

 フィールはクリミアが居る場所に眼を向けた。

 そこではソフィアとバトルし、二人は首席次席の名に相応しいほどの激闘を繰り広げており、その注目度は凄かった。

 劣等生が多いハッフルパフ生とは思えない、と誰かが呟き、それに同調する生徒続出。自然と皆は水色髪と桃色髪の少女二人の戦いを興味津々で見守っていたが、その顔は驚愕へと突如移り変わる。

 

「「エクスペクト・パトローナム(守護霊よ来たれ)!」」

 

 首席からは銀色の大鷲、次席からは銀色の大鷹が飛び出し、2匹の鳥は互いにぶつかり合って消滅した。高位呪文のシンボル『守護霊の呪文』を知っている上級生達は眼を剥いたが、次第に興奮気味の声援を二人に送り、どちらが勝つかを予想した。

 最後は首席の意地を見せたクリミアが『武装解除呪文』でソフィアの杖を奪い取り、決着がつけられた。

 ソフィアは悔しそうな顔をしたが、喚くことなく杖を返してきたクリミアに「いつか、絶対に勝つわよ!」と宣戦布告し、クリミアは微笑んで「ええ」と頷いた。

 

 生徒達の興奮のボルテージがピークに達していた頃―――フィールは一人首を捻っていた。

 何故か、スネイプは自分だけ誰かと組ませることなく進行させたため、その意図がわからず、疑問符を浮かべていた。

 まさか、自分は忘れられている?

 ………いや、そんなはずはない。

 ロックハートとの茶番劇時、確かに顔を見合わせたのだから、存在を知らないはずがない。

 フィールはスネイプの行動に困惑していると、クリミアとソフィアのバトルを見守っていた本人がこちらを見てきた。

 そして、ゆっくりとした足取りで来る。

 黒髪の生徒は少し身構えると―――黒髪の教師は、こう言い出した。

 

「さて………フィール・ベルンカステル。最後は我輩と相手になって貰おう」

 

 刹那、思考放棄。

 ………今、この人は、なんて言った?

 相手に………なって貰う?

 それは何かの冗談だろうか?

 

「やれるだろう?」

「……………勿論」

 

 最初は困惑。

 最後は歓喜。

 教師とコンバット―――それも、恐らくこの場で最も強いであろうスネイプと一体一の一戦を交えられる機会など、滅多に無いだろう。

 久方ぶりに、強い者と手合わせが出来る。

 フィールは邪魔になるローブを脱いだら隣に居たクシェルは預け、両手でワイシャツの襟元を整え直しながらステージへ上がり、スネイプもまたステージに上がる。

 

 教師と生徒の模擬演技―――本来ならば、有り得ない組み合わせだ。

 スネイプとフィールを見上げる生徒達は信じられないと言う驚愕の表情や、無傷で済む訳がないと言う憂色の表情を浮かべる。

 だが、二人は周囲の反応など気にもせず、互いに向き合った。

 

「手加減は無用だぞ?」

「もとよりそれが望み」

 

 それを聞いたスネイプは満足そうに口元の端を上げ、歴戦の猛者感が漂う威厳ある一礼をした。

 それに対し、フィールもソフィスティケートで優雅な礼を、手慣れたモーションでスッと返す。

 

 触れられない。

 いや、むしろ触れたら最期になる。

 それだけの、近付くことすら封じられるまでの雰囲気がこの二人からは滲み出て、ガラリと激変しすぎているため、大広間は無言の威圧感に呑み込まれる。

 黒髪の教師と生徒は同時に大きく杖を振り、

 

エクスペリアームス(武器よ去れ)!」

ステューピファイ(麻痺せよ)!」

 

 同じ真紅の閃光だが、効果は異なる呪文で交戦した。

 ぶつかり合う、紅いスパーク。

 互いに押し合う、両者一歩も譲らずの第一幕。

 生徒達はスネイプの放った呪文と互角に渡り合うフィールを唖然とした眼で見ていたが―――激しい戦いへと突入したのを契機に、あちこちから大声援が沸き起こった。

 スネイプが放った呪いをフィールは瞬時に撃ち落とし、反撃に出る。色とりどりの閃光が行き交い、所々で火花を散らす。

 しばらくして、スネイプが趣向を変えた。

 

インセンディオ・マキシマ(完全燃焼せよ)!」

 

 スネイプは『マキシマ』で通常の火よりも遥かに威力が高い火炎を放射。フィールはそれを洪水を起こして消火しようと思ったが、あることが思い付き、思わずニヤリとした。

 

ルプス(狼よ)!」

 

 どういう訳か、フィールは黒狼を出現。

 狼は威嚇の咆哮を上げ、敵と認識したスネイプを鋭く射抜くが、燃え盛る炎は黒の狩人を容赦なく包み込んだ。

 誰もがそれを見て、狼は燃え尽きたと思ったが―――その予想は、大いに覆される。

 炎が小さくなっていったかと思いきや、なんとそこには、凄まじい熱波を身体に纏った、紅蓮の狼が悠然と構えていたのだ。

 敵が放ってきた技を吸収させ、自身の武器へと変える。

 これは、フィールの戦略方法の一つだ。

 彼女は、驚愕に黒眼を剥くスネイプへ、不敵な笑みを向ける。

 

 ―――さあ………防いでみろ、スネイプ!

 

オパグノ・マキシマ(強襲せよ)!」

 

 炎を身に宿らせただけには飽き足らず『襲来呪文』をマキシマで強襲を許可。

 荒れ狂う獣は熱波と咆哮と共に、スネイプに向かって一直線に襲い掛かった。

 

プロテゴ・ホリビリス(恐ろしきものから守れ)!」

 

 このままでは不味いと判断したスネイプは、『盾の呪文』の派生型でガード。スネイプが創り上げた強固なバリアとフィールが派遣した火炎のウルフが激しく衝突した。どちらとも強力であり、どちらが先に破れてもおかしくない。

 盾が矛の力と貫通を封じるか。

 もしくは矛が盾を破壊するか。

 観戦する者全員が固唾を呑んで見守る激戦の末―――両者同時に消滅した。

 

(流石はスネイプ先生………そう簡単には勝たせてくれないか)

(強い………まさかこれほどまでとはな)

 

 二人は束の間、相手に対する感想を心の中で呟きつつも、すぐに紅の閃光を撃ち込み、再戦に突入した。

 二人が放つ閃光は幾度も大広間を明るく照らし、呪文がすれ違う度に皆はどちらが勝つかにハラハラしっぱなしだったが、

 

「ベルンカステル、これ以上やっても無意味だろう。引き分けにしないか?」

「そうですね。貴重な経験、ありがとうございました」

 

 スネイプとフィールは互いにステイルメイトを選び、歩み寄ると引き分けの握手を交わした。

 大広間から、今日一番の割れんばかりの拍手が巻き起こり、嵐のような喝采がこの場の音を支配した。

 

 その後、ハリーとマルフォイがステージに上がって模擬決闘が行われたが………マルフォイが出した蛇を、ハリーが蛇語(パーセルタング)で追い払った。

 それがきっかけで、ハリーが蛇語を話せる人(パーセルマウス)だと発覚。

 全校生徒はハリーがスリザリンの継承者だという疑惑を抱き、混乱の渦中を渦巻く決闘クラブは中途半端に終わった。




【没シーン:決闘クラブ】

フィーちゃん(あれ? 私忘れられている?)
無能男「私が相手になりましょう」
スネイプ(ダニィ!? 我輩が申し込む前にあの野郎! ………てか、フィール、手加減しないよな? クラミー先輩の娘ならきっと………)

 その後ステージに上がって一礼するフィーちゃんと無能男の模擬決闘。フィーちゃんの圧勝。

スネイプ(………あれ? フィールがちゃんとしてるだと………どうやら親子でも違―――)

 武装解除をして圧勝したフィーちゃんだが無能男はわざと負けてやったと爆弾発言。

フィーちゃん「じゃあほらさっさと(天に)逝けよ、クズ野郎」

 フィーちゃんは失神呪文を撃った!
 会心の一撃!
 ロックハートに99999のダメージ!
 『無能男』から『クズ野郎』にレベルアップした! (♪テッテレー)

大広間「「「「!!ヽ(゚д゚ヽ)(ノ゚д゚)ノ!!」」」」
スネイプ(前言撤回やっぱり先輩の娘だったーーーーーーーー!!)
男達「「「「「(*゚∀゚人゚∀゚*)♪」」」」」
女達「「「「「ヽ(♯`Д´)ノコリャーッ」」」」」

【フィールのお相手】
はい、安定のスネイプでございました。
没シーンでもある通り、もしもロックハートが彼女のお相手だったら………↑のようなことになってた可能性大ですね((( ;゚Д゚)))ガクガクブルブル。
ここでちょっと吹いてくれたら嬉しいです。

【余談】
さて、ちょっとした息抜きタイム終了です。
一応、次回からは解決するまでほのぼの封印されます。
それにしても………フィールの周りって、アリアやクリミアといったお姉さんキャラ多いですね。

幼い時からずっと一緒にいて、互いに素顔を見せられるクリミア。
同じ黒髪に同じ寮所属、他人よりも落ち着きある者同士のアリア。

さあ皆さん。読者的には、どちらがフィールのお姉さんに相応しいですか?


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#26.躊躇

オリジナル展開へと突入。
スリザリン組とハリーとハーマイオニーは友人なので、獅子寮の三人組が規則破りの回は没。
もしも友達関係ではなく物語が進んだら恐らくここで全てが終わったに違いない。


 決闘クラブ以来、ハリーに近付くホグワーツ生はほとんどいなくなった。皆はハリーがスリザリンの継承者なんだという疑惑や慄然といった空気に包まれている。

 ハリーは否定するけど、それは無理な相談だ。

 何故ならば、パーセルタングを使えたのは歴史上、サラザール・スリザリンとその子孫のみであり、スリザリンのシンボルが蛇なのは、サラザール・スリザリンがパーセルマウスで有名だったからだ。

 しかも、決闘クラブ後にハリーと口論になったハッフルパフの男子生徒でマグル生まれのジャスティン・フィンチ=フレッチリーとほとんど首なしニックが翌日被害に遭い、その第一発見者がハリーと言うまるで彼を継承者だと確定するようなタイミングでそれらの出来事が重なり、今では学校から孤立状態だった。

 

「一体誰がこんなことをしているのかな………」

 

 部屋のベッドに座りながら、クシェルは小さく呟く。スリザリン生の大半は自分達純血は関係ないと他人事のように見ているが、クシェルなどといった少数の混血の生徒もいる。いつ、スリザリンの怪物に襲われてもおかしくはない。

 

「さあ、な。情報が少ないし、状況も不安定だから下手に動くのは自殺行為だ」

 

 ベッドに寝そべり、本を読んでいたフィールがそう言った。こんな非常事態だというのに呑気な態度とも捉えられるのか、クシェルは少しムッとした表情で、じっとフィールを睨む。

 

「でもさー………」

「クシェルが言いたいことはわかる。でも、だからといってなんでも動けばいいって訳ではない。時には相手が尻尾を出すまでじっと堪えるのも大切だ。いいな?」

「……………うん」

「それはそうと、クシェル、クリスマス休暇はどうするんだ?」

「両親は仕事で忙しいから、此処に残るよ」

「………そうか」

 

 クシェルの母親は癒者(ヒーラー)、父親は闇祓い(オーラー)で、幼少期は両親が激務の関係上家に居ないことが多かったそうだ。だが、休暇になれば一緒に遊んでくれたらしく、フィールはそれを羨ましいなと密かに思っていた。

 

「フィーはどうするの?」

「私も残るよ。帰ってもやることないし」

「でも、叔父さんや叔母さん、心配してない?」

「心配してるよ。だけど、ちょっと調べたいことあるし、此処に留まることにした」

「調べたいこと?」

「ああ」

 

 クシェルは身を起こしたフィールを見る。

 

「スリザリンの怪物とかを突き止めるの?」

「まあな。怪物の正体がわかっただけでも、現状は大きく変わる。そのためにも、早く見つけ当てないと」

「フィー、私にも手伝わせて」

 

 クシェルは身を乗り出し、協力を申し出る。

 だが、フィールはそれに難色を示した。

 

「クシェル、それは―――」

 

 が、そこでクシェルは片手でフィールの口元を押さえ、言葉を遮る。

 

「フィー、出来るだけ単独行動しちゃダメって言ったのは貴女でしょ? なら、一人で動こうなんて、考えないで」

 

 ちょっと怒ったような表情で見据えてくるクシェルに、フィールは軽く眼を見張る。クシェルは押さえていた手を下ろし、

 

「純血でも、フィーやアリア先輩みたいに純血主義者じゃないなら、狙われる対象なんだよ?」

「………………」

 

 フィールは由緒正しい純血の家系だが、継承者の敵となる要素を満たしていた。

 それが『純血思想の否定』だ。

 

「だから、協力させて」

「……………わかった」

 

 フィールはあまり誰かを巻き込みたくないのだが、こう言われてしまったら、反論する余地がない。彼女は小さく頷き、ベッドから降りると早速図書室に出向き、怪物の正体調べを開始した。

 

♦️

 

 クリスマス休暇中の図書室。

 数多の蔵書がズラリと配備されているその室内の一角で―――紅のネクタイを締めた少年二人と少女一人が、緑のネクタイを締めた少女二人へ自分達の推測を話していた。

 スリザリンの継承者は、あのドラコ・マルフォイなんじゃないかと。

 確かに彼等から見れば、マルフォイが継承者だと思ってしまうのも無理はない。代々スリザリンの家系で尚且つミセス・ノリスが石化した際に真っ先に喜んでたし、何か知っている様子であったからだろう。だが、その彼と同じ寮に所属している彼女達は、それはない、とキッパリ断言した。

 

「なんでだよ? アイツが継承者じゃないなら、じゃあ誰なんだよ?」

 

 ロンは首を縦ではなく横に振るスリザリン生二人に憤りを含んだ声音で訊く。

 

「わかることは、アイツが犯人じゃないってことだ。仮にマルフォイが黒幕だったら、私らがとっくに知っている」

「そうよね………貴女達はマルフォイと同じ寮にいるから、それもそうよね」

 

 ハーマイオニーは意外とすんなり納得し、ハリーも半信半疑だが、ハーマイオニーよりの意見らしい。けど、ロンは違った。

 

「けどよ、アイツ、フィルチの猫が被害に遭った時、真っ先に喜んでたぜ?」

「だけど、違うものは違う。………って、そんなことはどうでもいい。スリザリンの怪物だと思われる情報を入手した」

「え!? それ、本当かい!?」

 

 思わずハリーは大声で叫んでしまい、慌てて口元を両手で押さえる。フィールは去年ハリーが大声出したせいで図書室に放り出される羽目になったことを学んで『認識阻害魔法』を掛けていたので、「やっぱり掛けてて正解だったな」と呟きつつ、魔法生物の本が並べられている棚に向かい、ある一冊の本を手に戻ってきた。

 

「恐らく、コイツだと思われる」

「そ、それで、その怪物って何なの?」

「それを今から説明する」

 

 三人は座り直し、フィールとクシェルは頷き合うと、本に眼を落としながら、怪物の正体に関する意見を述べた。

 

「ハリー、アンタはハロウィーンの日、誰にも聞こえないはずの声が聞こえたんだよな?」

「え、あ、うん。そうだけど………」

「サラザール・スリザリンはパーセルマウスだったから、スリザリンのシンボルは蛇。そして、蛇語を話せるハリーは継承者だと思われている」

 

 ハリーとしては嫌な話題だからなのか、不愉快そうな表情を浮かべる。ロンは杖を抜こうとしたが、フィールはそれを片手で制し、

 

「私も、なんでこんな簡単なことに早く気付かなかった後悔した。パーセルマウスのハリーだけにその謎の声が聞こえたって言うなら、それを逆算すればよかったんだ。―――ここまで来れば、もうわかるだろ? スリザリンの怪物は、恐らく『蛇』だ」

 

 三人は、やっと意味を飲み込んだ。

 ハリーが一番、こんなにも簡単なことを何故早く気付かなかったんだと後悔する面持ちで歯噛みした。

 

「だから、私とフィーは『蛇』関係の本を読み漁って、やっと見つけた」

 

 クシェルは本のページを捲り―――巨大な蛇の怪物が描かれているのを見たハーマイオニーは褐色の眼を剥き、驚きを露にした。

 

「………バジリスク!?」

 

 バジリスク。怪物の中でも最も珍しく、最も破壊的であるという点で『毒蛇の王』として恐れられている存在。体長は最長で15mにもなる。一番特徴的なのは眼で、その眼を直視した者は即死する。

 

「ああ、そうだ」

「た、確かにバジリスクが『スリザリンの怪物』なら納得出来るけど………ならなんで皆は死んでいないの………?」

「よく思い出してみろ。ミセス・ノリスが居た場所の床は水浸し。コリン・クービーは常にカメラを所持しているなら、それのレンズ越しから。ジャスティン・フレッチリーはほとんど首なしニックと共に居たなら、ニックの身体越しから見た。ニックはゴーストだから、二度は死なない」

「………つまり、誰も直接見なかったから、石化で済んでるってこと?」

 

 流石、頭の回転の速さはフィールも一目置くほど速いハーマイオニーだ。

 

「バジリスクがスリザリンの怪物なら、ハリーが聞こえたって言う声と辻褄が合う。バジリスクはこの一連の黒幕に操られているんだろうな」

「そうね。あとの問題は、継承者が誰なのかね」

「そうだな。………だけど、まずはそれよりも、このことを先生方に伝えよう。真犯人探しはそれからだ」

 

 フィールの提案に、四人は即賛成した。

 

♦️

 

 クリスマス休暇を終えたホグワーツ。

 ハッフルパフの男子生徒・ジャスティンとグリフィンドールのゴースト・ニックが石化して以降、不思議なことにそれ以上の被害者は一人も現れなかった。いつもの平和な学校生活が戻ってきたと何人かの生徒は根拠のない安心感に浸っているが、まだ見えない恐怖に怯える人は多数いて、勿論ハリーのことを疑う人も少なくはない。

 怪物の正体がバジリスクだと予想した後、ハーマイオニー達の助言に従ってホグワーツ生は手鏡を携帯するようになった。それは、曲がり角で遭遇した場合を見通してのことだ。

 

 万が一、曲がった先にバジリスクがガン待ちしていたら、どうしても直視してしまうのは避けられない。そのため、曲がる前に不在しているかを確認する、もしくは待機していたら石化で即死を免れるために、常に手鏡を持参しているのだ。

 怪物の正体がわかった以外で手掛かりは何も無し………では、なくなった。

 2月14日、バレンタインの夜―――フィールとクシェルはハリー達一行と共に廊下を歩いていると、嘆きのマートルのトイレから水が溢れ、彼女の泣き叫ぶ声が聞こえてきた。

 

「マートル? どうしたのかな?」

 

 クシェルは不審に思い、中に入ってマートルに尋ねてみる。話を聞いてみると、どうやら何かの本が投げ込まれたらしい。

 それは、黒い表紙の古ぼけた日記であった。

 辛うじて、最初のページの日記は見える。

 

「『T・M・リドル』? 誰なの?」

「マートル、この名前に聞き覚えは?」

 

 フィールがマートルに訊いてみると、

 

「ええ、あるわよ。『トム・マールヴォロ・リドル』ね。貴女と、そこの茶髪の娘と同じスリザリン生の超優等生で、滅茶苦茶カッコよかったわ」

「トム・マールヴォロ・リドル………?」

 

 あれ、この名前………何処かで見た覚えがあるような………。

 フィールは、頭の中で引っ掛かりを覚え、首を傾げ―――そんな彼女に、マートルが声を掛けてきた。

 

「今思い出したんだけど………フィール、貴女、もしかしてエルシーの孫?」

「え? ああ、そうだけど………。なんで知ってるんだ?」

「だってエルシーは、トムと同じスリザリン生で彼と同い年だったのよ。知ってるに決まってるじゃない」

 

 ………あ、そうだ。思い出した。

 去年、クィレルに寄生していたヴォルデモートが自分を一瞬母方の祖母エルシーと勘違いし、それをきっかけに色々調べていた途中、トロフィー室に飾られている首席名簿で男女各首席で載っていたのだ。

 女子首席は自分の祖母のエルシー・ベルンカステル。そして、男子首席はトム・リドルと書いてあった………。

 

「………!」

 

 そこまで考え、フィールは眼を剥く。

 エルシーとトムは学生時代、同学年だった。

 確かヴォルデモートは、エルシーと同級生だったような気がする。

 ………まさか………トム・リドルは………!?

 

(いや………嘘だろ………?)

 

 フィールは杖を抜き、空中で、

 

 TOM・MARVOLO・RIDDLE(トム・マールヴォロ・リドル)

 

 と書いた。

 クシェル達は、突然日記の持ち主だと思われる名前を空中で書いたフィールを怪訝そうな表情で見ていたが―――彼女が杖を一振りし、文字の配列を並び替えると、

 

 I AM LORD VOLDEMORT(私はヴォルデモート卿だ)

 

 その瞬間―――クシェル、ハリー、ハーマイオニー、ロンは顔面蒼白し、喉を鳴らした。

 

「…………アナグラムだったんだ」

「ちょっ、待って………これ、ヴォルデモートの日記なのかい!?」

 

 ハリーは日記の持ち主の素性がわかるが否や、慌てて日記を地面に放り投げ、怯えた面持ちでフィールへ問い掛ける。

 

「みたいだな………多分、それには闇の魔術が掛けられているんだろうな」

「や、闇の魔術が?」

「ああ。持ってるだけなら大丈夫だろうけど。

………そういや、マートル。一つ訊いてもいいか?」

「ん? なにかしら?」

「死んだ時のこと、覚えてるか?」

 

 マートルはこれ以上ないくらいに喜びの表情へと変わり、

 

「いいわ! 教えてあげるわよ!」

 

 五人はマートルに注目。

 マートルは、自身が死んだ経歴を語った。

 

「同級生の女の子に眼鏡を馬鹿にされて、この個室で泣いていたのよ。そしたら、誰かが入ってきたのよ。なんか変なこと言ってた。外国語だったと思う。男の子の声だったから、出ていけ、此処は女子トイレよって言うつもりでドアを開けて、そしたら―――」

 

 次の発言こそ、彼女の死因の要因で、この事件の怪物があの毒蛇の王だと確定した。

 

「死んだの。覚えているのは大きな黄色い目玉が2つ。身体全体がぎゅっと金縛りみたいになってそれからふっーと浮いて………」

 

 これにより、フィール達は断定した。

 間違いない………バジリスクだ!

 

「ありがと、マートル」

 

 フィールはマートルに礼を言い、トイレの片隅でハリー達と相談し合った。

 

「怪物は、もうバジリスクで決定ね。となれば、バジリスクを操っている人を見つければ―――」

「ああ、万事解決だ」

「でも、どうやって操ったんだろ?」

「これは日記なんだし、書くとヴォルデモートの意識的なものが浮かび上がって―――」

「その名前で言うのは止めてくれ!」

「………トム・リドルの意識的なものが浮かび上がって、色々指示したりしたんだろうな」

 

 『ヴォルデモート』から『トム・リドル』に言い換えたフィールの言葉に、ハーマイオニーは大きく頷く。

 

「そうね。とにかく、早くこれを先生に届けましょ―――」

「止めておけ、ハーマイオニー」

 

 先生にこの日記を報告しよう、と言うハーマイオニーの意見に、フィールは反対の声を上げた。

 

「な、なんで?」

「ハーマイオニー、これがなんで此処のトイレにあるのかわかるか? 恐らく、操られている人がそのことに気付いたからだ。もし、これを先生に届けたらどうなる? その人は、罪に問われてしまうだろ?」

 

 フィールの発言に「あっ」となったのは、ハーマイオニーだけでない。

 

「………ま、そっちの方が好都合だけどな」

「え、どういうこと?」

 

 今度はハリーが尋ねてきた。

 

「気付いたっていうなら、それを逆手に利用するんだ。この日記によって、一連の事件のトリガーとなったのなら―――」

「………誰かに拾われて、そこから自分だとバレたら終わり!」

 

 クシェルが声を荒げて叫んだ。

 

「そう。だから、誰かがこの日記を常に持ち歩くようにしてみよう。そうすれば、自ずと尻尾を出す」

「なるほど………で、誰が持つんだい?」

 

 ハリーの尤もな意見に、四人は頭を抱える。

 これを所持するということは、早い話、危険と隣り合わせだ。

 実行犯がバジリスクを派遣しかねない上に、下手すれば日記が本体だと誰かにバレ、それを持っている人が犯人だと誤解を招いたら、更に混乱の渦を巻き起こしかねない。

 

「………これはかなりの苦渋の決断になるな」

「うん………それに、まず操っている人が男子なのか女子なのかもわからないし………」

「教師にはいないだろうな。ダンブルドアの眼を誤魔化し切れるとは思えないし………そう考えると、生徒の誰かだと思う」

「生徒?」

「ああ。一番可能性として高いのは………グリフィンドール生だと私は思う」

 

 フィールからの爆弾発言。

 それはハリー達グリフィンドール生三人組を喫驚させるのには十分な威力であった。

 

「わ、私達グリフィンドール生の誰かが!?」

「可能性はな。ハリーを継承者だと思わせるようなタイミングで事態が重なるなんて、身近で彼を見ている人じゃないとほぼ不可能だ。グリフィンドール生なら、ハリーの近くに居てもそこまで怪しまれないだろうし―――」

 

 だが、その予測言葉を遮る者がいた。

 ロンである。

 

「なんだよ、君はハリーの近くに居る僕らを犯人扱いしようとしてるじゃないか!」

「待ってロン! フィールはそんなことを言いたいんじゃな―――」

「ハーマイオニー、君はコイツに犯人呼ばわりされているんだぞ!」

「フィールが私達を犯人呼ばわりする訳ないじゃない!」

 

 ロンは、基本的に相手がスリザリン生であるならば無条件に敵意を持つタイプだ。マルフォイがグリフィンドール生だと言うだけで敵対するように、彼もまた、スリザリン生というだけで去年のコンパートメントで同席し、話をしたフィールにさえも敵意を抱くようになり、彼女の友人のクシェルも毛嫌いしていた。

 彼は杖を抜き出し、その切っ先をフィールに向けるが―――彼女は教師とタイマン出来るほどの規格外の強さを誇る学年首席だ。学年次席のハーマイオニーに勉強を教えて貰い、ギリギリ落第しないような成績であるロンが真っ正面から挑んで敵うはずがない。

 杖を向けられたことで反射的に杖を電光石火のスピードで抜き出し、『武装解除呪文』を叩き込んだフィールは放物線を描くように飛んでくるロンのテープで補強した杖をキャッチ。

 今のは完全にフィールの正当防衛なのだが、自分の杖を奪い取られたロンは逆ギレした。

 

「返せよ!」

「今のはウィーズリーが悪い」

 

 フィールは動じることなく言い返し、杖を持ち主に投げ返す。ロンは杖を仕舞うと怒りの表情で彼女を突き飛ばそうとしたが、

 

「ロン、もう止めて!」

「こんなことするなんて、君らしくないじゃないか!」

 

 ハーマイオニーとハリーに窘められ、ロンはすんでで足を止める。

 フィールは身構えたが、二人のおかげでまた火に油を注ぐような行為は免れたと密かにホッとした。

 

「ハーマイオニー、ハリー! なんで君達は、そいつらの味方をするんだ!」

「味方とか敵とか、そんなこと以前に、友達だからに決まってるじゃない!」

「そうだよ! フィールとクシェルがマルフォイとかとは違うってのを、僕達はもう何度も見てきたじゃないか!」

 

 ハーマイオニーとハリーは、例え自分達と対敵している人間と同じ寮生であろうと、差別者などではないなら友情を育もうとする。しかし、ロンはまるでそれをわかろうとせず、ただ自分の固定観念だけを当て嵌め、決め付ける。それ故に、反純血主義者の長所を知らないのだ。

 

「二人共、いいから別に」

 

 それまで黙って成り行きを見守っていたクシェルが険悪そうになる雰囲気の間に割り込み、落ち着かせる。ハーマイオニーとハリーは渋々身を引いたが、ロンは「勝手にしろ!」と叫んで、トイレから出ていった。

 

「あ、ロン!」

「待ってくれ!」

 

 二人は慌ててロンの後を追い掛け―――残された二人は顔を見合わせる。

 

「どうする?」

「ほっとけ。私らが行けば逆効果だろ」

「………そうだね」

 

 ―――スリザリン嫌いなヤツを、スリザリン生が追う必要は何処にも無い。

 そうバッサリ切り捨てるフィールに、クシェルは複雑そうな表情を浮かべながら、三人が走り去った方向の廊下を見つめた。

 

「それはそうと、日記どうする?」

「ああ、まずはそっちが優先事項か」

 

 二人は振り返り、トム・リドルの日記を見下ろす。誰かがこの日記を持参していれば、この日記を使用していた人の手掛かりを掴めるかもしれない。だが、危険と誤解の隣り合わせになるのは変わらない。それだけは事実だ。

 

「とりあえず、これを持ってもう一度スリザリン内を確認してみるか」

「だね。それじゃ、フィー、渡して」

「え?」

「その日記、私に渡して」

「なんでだ? さっきも言っただろ? これを持つってことは―――」

「わかってる。でも、私はフィーにそんな大変なことを背負わせたくないし、それに―――」

「それに?」

「………………」

 

 クシェルは口を開こうとして、噤んだ。

 フィールにあのことを話すべきか、迷ってしまったのだ。

 それは、他寮生がこんな話をしていたのを偶然耳にした内容。

 

『なあ、一つ言ってみてもいいか?』

『なんだ?』

『皆は、あのハリー・ポッターがスリザリンの継承者とか言ってるけど………オレ的には、アイツなんじゃないかって思うんだよな』

『アイツって、誰だよ?』

『スリザリン生のフィール・ベルンカステルだよ』

『ベルンカステルか………でもよ、アイツがそんなヤツに見えるか? パーセルマウスでもないんだし』

『だけどさー、なーんか、アイツってただ者じゃないって感じなんだよなー。スネイプとも互角に戦えるし、名字からして、結構古い家系って印象あるし』

『あー………それは言えるかもな。ベルンカステルって表面上は模範生に見えるけど、実は裏で闇の魔術にどっぷり浸かってそう』

 

(どうしよう………フィーにあのことを話したら、きっと嫌な気持ちになるよね………)

 

 闇の魔術に関する云々は実際どストライクなことを知るはずのないクシェルは、苦悩する。

 フィール本人に話すのは容易いことだ。

 だが、彼女は間違いないなく傷付くだろう。

 パーセルマウスでもない上に事件を解決しようと動いているのに、何もしないでただただ恐怖に怯えて生活するヤツからそんな疑いを掛けられて心中穏やかでいられるはずがない。

 

 でも、だからといっていつまでも隠したままにするのも、なんだか気が引ける。フィールに疑惑を持ち掛けているのは今のところあの人達くらいだが、もしも自分と同じように耳にした生徒が増えたら………脳内お花畑で自分が襲われるかもしれないという恐怖から判断力が鈍っている今のホグワーツ生なら、瞬く間に噂として流すだろう。

 

(だけど―――)

 

 今は野暮なことをしたくないと思い、

 

「ううん、なんでもない」

 

 と、笑って誤魔化した。

 だが、フィールは眼を細め―――まるで心の内側を見透かしているように、

 

「クシェル、何か、隠してないか?」

「! か、隠してなんかないよ!」

「………そう。なら、いい」

 

 フィールはなんだか躊躇いを見せたが、すぐにいつもの無愛想な顔に戻し、トム・リドルの日記を拾い上げ、クシェルに手渡した。

 

 

 ―――そして、フィールは今の自分の行動を後に後悔することになるとは、この時はまだ、知る由もなかった。

 

 




【クリスマス休暇中にバジリスクの正体発覚】
ハーマイオニー&レイブンクローの女子監督生の石化のフラグは折れました。そして日記の持ち主が誰なのか早く知るっていう展開にも。


さて、クシェルの回想でもあった通り、他寮生の一人がフィールは闇の魔術に滅茶苦茶入り込んでないかと言ってましたが………エスパーか!


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#27.衝迫

 必要の部屋。

 ホグワーツ城の最上階に在る、求める者の欲しい物が具わっている不思議な部屋。

 入り口はバカのバーナバスがトロールに棍棒で打たれている壁掛けの向かい側で、気持ちを必要なことに集中させながら3回往ったり来たりするとピカピカに磨かれた扉が現れる。屋敷しもべ妖精の間では『あったりなかったり部屋』として以前から知られているようだ。

 

 現在、必要の部屋には三人の人影があった。

 三人共、基本的には着用を義務付けられている黒いローブを脱ぎ、グレーのセーターも脱衣して白いワイシャツとスカート、ストッキングと身軽な格好である。所属寮を区別するためのネクタイは外しており、綺麗に折り畳んでいるセーターの上に置いていた。

 

「ダフネ、大分動きがよくなったな」

 

 長い黒髪に蒼い瞳の少女―――フィールは、同僚同輩のダフネ・グリーングラスへ個人的な感想を伝える。由緒正しい名家の出所のノーブルプリンセスのダフネは、レッスンの邪魔にならないよう鮮やかな黒髪を結い上げ、こめかみを伝う汗をタオルで拭っていた。

 

「当初とは比べ物にならないくらい成長したな」

「これでも負けず嫌いな性格なのよ。同級生で女子なのに、あんなにも激しい格差があるとか悔しいに決まってるじゃない」

「成績に関しては何分問題無いと思うけどね」

「それはそれ、これはこれよ」

 

 ダフネは少しムッとした感じで、クシェルが言った言葉を投げ返す。

 去年、ハロウィーンの日に突然出現したトロールに襲われて死にかけたのをきっかけに、クシェルがフィールへ依頼したトレーニング。

 それにダフネは途中から加入し、かれこれスタートを切ってから数ヶ月が経過した。

 やり始めた頃はまだ体力が充分に備わってなくてウォーミングアップのゴーレム人形が撃ってくる閃光を避けることすらままならず息切れするのも多かったが、今となってはやり慣れているクシェルやフィールみたいに軽々回避するほどの瞬発力を身に付け、体力も高まった。

 

「フィールはとにかく色々完璧だし、クシェルだって実技面はメチャクチャ上手い。二人の友達が才能あってスゴいのに、一人だけ平凡なのはイヤなのよ」

 

 ダフネはフィールとクシェルへジェラシーを感じていた。

 比較的よく話す良好な友達関係なのに、他人から個性的で優秀な二人と比べられるようなことは避けたい。だからこそ、ダフネは努力し続けた。

 

「それに………ボケッとしてたら、いつ、スリザリンの継承者に襲われるかわかったものじゃないわ。自分の身は自分で護れるようにしたいのよ」

 

 スリザリンの継承者、という単語にフィールとクシェルは顔を見合わせる。

 昨夜―――嘆きのマートルのトイレで発見した黒く古ぼけた『トム・リドルの日記』。

 トム・リドルの正体が、かの有名なあの闇の帝王ヴォルデモートだと言う衝撃の事実が発覚し、フィールとクシェルは一夜明けた今でも緊張感が走っている。前に日記を持っていた人物こそ、スリザリンの継承者―――もとい操られている生徒だと推測し、一体誰なのかを断定するためにも、現在その日記はクシェルが手持ちし、ショルダーバッグに保管してある。

 日記のことは、暗黙のルールで他言無用だ。

 とは言え、事件解決後は全て話すことになるだろうが………。

 

「クリスマス休暇で自宅に帰省したら、両親、『ホグワーツには戻るな』ってしつこく言ってきたわ」

「それだけ、娘のダフネのことが心配なんだろ」

「心配してくれることに関しては嬉しいけどいっつも言ってきたから流石にうざかったわね。全く、せっかくのクリスマスパーティーも台無しよ。それなりに豪華だったけど」

 

 ダフネは喜ばしくない様子を表し、フィールとクシェルは苦笑する。去年の今頃、今みたいな事件は起きておらず、純粋にクリスマスパーティーを楽しめたのだから、今年はそれをパーにされて苛立つのも無理はない。

 

(………クリスマス………か…………)

 

 フィールは不意に思い出した。

 それは、去年のクリスマスの夜に見たあの夢のこと―――。

 

♦️

 

 フィールは、なんとも言えない不思議な感覚と気分で、そこに立っていた。辺りをゆっくり見渡してみれば、暗くて見えづらいながらも、広大なホグワーツ城内の景色が視界いっぱいに広がっている。

 学舎のホグワーツ魔法魔術学校の校舎は広すぎるので、まず自分が今どの階に居るのかがわからない。

 なので、彼女は歩く。何故此処に居るのかなんて、お構い無しに歩き続けた。

 

 やがて、トロフィー室の扉を見つけたことで、4階であると知った。

 トロフィー室、と思い、フィールは胸がズキッと痛む。

 ………そういえば、自分は泣いたんだっけ。

 亡き母の―――優勝杯を抱えてる姿を写した写真を見て………。

 このままではまた孤独感と寂寥感に飲み込まれてしまうと、フィールは首を振り、込み上げてきた感情を打ち消し、浮かび上がった場景を振り払った。

 フィールは見えないナニかに誘われるよう、ひたすら歩みを進め、一度たりとも立ち止まらなかった。

 

 どのくらい、時間が経っただろうか。

 フィールは初めて、ある一室の扉前に来て歩みを止めた。

 なんでこんな所までやって来たのか。

 それさえもどうでもよくなり、フィールは開きかけていた扉を軽く押し、全開にして、中へ入った。

 そこは、昔使われていた教室のような部屋だった。机と椅子が黒い影のように壁際に積み上げられ、ゴミ箱も逆さまにして置いてある。

 しかし、そんな物には目もくれず―――フィールは、この室内に立て掛けられている巨大な鏡に興味が惹かれていた。

 天井まで届くような、背の高い見事な鏡。

 金の装飾が施された枠には2本の鈎爪状の脚がついていて、枠の上の方に文字が彫ってある。

 眼を凝らして見てみると、

 

『Erised stra ehru oyt ube cafru oyt on woshi』

 

 と彫られていた。

 

 すつうを みぞの のろここ のたなあ くなはで おか のたなあ はしたわ

 

 これだけ見てみると、意味不明の言葉としか捉えられないだろう。だが、この文字を逆さにして読んでみると、

 

I show not your face but your heart′s desire(私は貴方の顔ではなく貴方の心の望みを映す)

 

 となる。

 暗号を読み解いたフィールは、ハッとした。

 人の心の一番奥底にある、最も強い『望み』を映し出す鏡―――みぞの鏡。

 何百人もの魔法使いを虜にし、現実なのか理想なのか、それさえ判断出来なくなる状態へ陥れようとする、危険な、それでいて欲したくなるような、見た者の心を鷲掴みにする悪しき誘惑の鏡。

 その呪われた魔法道具が、少し先に在る。

 フィールは思わず、あの鏡の前へ立ちたい激しい衝動に駆られた。

 

 ―――歩いてはいけない。

 ―――行ってはいけない。

 

 あの鏡に自分の姿を映したら、二度と立ち上がれなくなる。

 そう自制を掛けているのに、少しずつ削られ、失われていく。

 今すぐ動かしたいと震える足を必死に抑圧させているのに………欲望と言うものは、いとも簡単に鎖を解いてしまうもので。

 遂にフィールは騒ぐ心を抑えられず―――みぞの鏡の前に立ってしまった。

 

 みぞの鏡。

 それはとても魅力的な鏡だ。

 鏡の中に映るモノこそ、自分が何よりも追い求めてる望みだと知れるから。

 でも同時にそれは。

 人の心を壊す、悪魔のような物で。

 

「嘘だ………嘘だ、嘘だ、嘘だ、全部嘘だああぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

 鏡の中に映る、自分の姿以外の存在に。

 フィールは現実と夢の区別がつかず、発狂してしまった。

 

♦️

 

「―――? フィー?」

「………ッ!」

「フィール、どうしたのよ? 大丈夫?」

 

 声を掛けられ、フィールは顔を上げた。

 少し、考え事に没頭し過ぎたみたいだ。

 思考をクリアにし、ゆっくり首を動かしてみると、クシェルとダフネが心配そうな表情でこちらを覗き込んでいた。

 

「あ、ああ………大丈夫………」

 

 フィールはこめかみを押さえ、奥歯をギリッと噛み締めた。

 彼女は、先程思い返していた夢の内容に再び意識を働かせる。

 

 自身がみぞの鏡へ行った、不可思議な夢。

 目が覚めた後にはあの鏡の表面に自分以外に何が映っていたのか全く覚えておらず、そもそもあんな物が何故ホグワーツに在るのかと、疑問を抱いていた。

 しかし―――クリスマスが終わってから数日後に、ハリーが言ってたのだ。

 みぞの鏡が4階の部屋に立て掛けてあって、それで家族に囲まれている自分を見たと。しかし校長のダンブルドアからの説得で、以後探しに行かなかったと。

 

 それを聞いて、フィールはこれは警告だ、と思った。

 あの夢は………恐らく、みぞの鏡が存在する部屋には行くなと。

 そう………忠告したのかもしれない。

 夢の中の自分が何を見たのかはわからない。

 けど、間違いないなく、現実では二度と手に出来ない望みなのだろうと、それだけは明確に理解していた。

 

 ―――嘘だ………嘘だ、嘘だ、嘘だ、全部嘘だああぁぁぁぁぁぁッ!!

 

「………ッ」

 

 頭の中で響き渡る、自身の絶叫。

 発狂していた私は、もしかしたら、本当にああなっていたのかもしれない。

 生きる意欲を失ってしまえば、この世界を生きてなどいけるはずがない。

 そんな所にずっと居たら、私の心は渇き、ひび割れ、いずれ壊れてしまうだろう。

 心が軋まれ、自分が壊れるまで声にならない声を上げ続ける。

 

(そんなのは………絶対…………)

 

 耐えられない耐えられない耐えられない耐えられない耐えられない耐えられない耐えられない耐えられない………!

 

「ちょっ、フィール、顔色悪いわよ。本当に大丈夫?」

 

 ダフネは手を伸ばし、少し蒼白しているフィールの頬や額に手のひらを当てた。熱はないし、冷たくもない。身体的な異常はないけれど、色白の肌が更に白いように見える。

 

「貴女、疲れが溜まってるんじゃない?」

「有り得るね、それ」

 

 クシェルは同意し、フィールの顔色を窺う。

 端正な顔に、微かな疲労が滲んでいるように感じた。

 

「あのさ、フィー。あくまでも私の予測なんだけどさ………四六時中、気を張り過ぎていない?」

「………なんで、そう思うんだ?」

「だって………ほら、ハロウィーンの日、私の他にも純血じゃない生徒が結構告白したでしょ? その人達は皆純血思想じゃないフィーに救いを求めたし、フィーもあの人達のために頑張ってる。でも、そのせいで、貴女は身体も精神も物凄く追い詰めてない?」

(全く………)

 

 必死に隠してるのに、鋭く突っ込んでくる。

 フィールはおくびには出さなかったが、内心ではそのことが周囲にバレないか、ヒヤヒヤした。

 クシェルは外面上なんでもないように普段通りの様子だが、その実内面ではいつバジリスクに襲われないか、恐怖に駆られているはずだ。

 

 クシェルはスリザリン生だが、混血の生徒なのだ。いつ、スリザリンの怪物による犠牲者になってもおかしくはない。それに加え、スリザリンの継承者に操られている生徒が手持ちしていたと思われるトム・リドルの日記は彼女の手元にある。

 恐怖と隣り合わせで生活しているクシェルは、精神を限界まで追い込まれているに違いない。

 

 なのに、こうして気丈に振る舞っている。

 友人が陰で頑張っているのに、自身が気弱になっている暇などない。

 弱音を吐くなんて言語道断。

 ちょっとの辛さに負ける訳にはいかなかった。

 

「………黙りってことは、そうみたいだね」

 

 去年1年間、一番近くでフィールを見てきたクシェルは彼女の一瞬の沈黙を肯定とみなす。

 

「………クシェルも人のこと言えないだろ。常にビクビクしながら生活してるんだから」

 

 クシェルはギクッとし、表情を硬くする。

 そして、クシェルとの付き合いが長いフィールは彼女が動揺して微かに肩を震わせたのを見逃さなかった。

 

「その反応は、どうやら図星みたいだな」

「………ッ」

「………私より、アンタの方が過酷な立場だろ。自分の身の安全に気を配れよ」

 

 言外にトム・リドルの日記に対しても含まれていると察したクシェルは、フィールのさりげない優しさに微笑した。

 

「もう………フィーはホントに優しいね」

「別に私は優しくない」

 

 感極まったクシェルの言葉を即座に一蹴するフィール。

 ダフネからしてみれば、ツンデレにしか見えなかった。

 

(フィールったら、もう少し素直になればいいのにねえ………)

 

 まあ、フィールは他人に無関心そうに見えて気配りを忘れない性格なので、これが彼女なりの友人へ対する友情表現なのだろうと、ダフネはそう思うようにした。

 

♦️

 

 その日の夜。

 フィールは先輩のアリアに誘われて、スリザリン5年生女子の部屋にやって来た。他の先輩方は別の部屋に居るので、部屋に居るのはフィールとアリアの二人だけだった。

 

「こうして一対一で話すのは2回目になるわね」

「………そうですね」

 

 アリアが作ってくれたホットミルクが入ったマグカップを握りながら、フィールは彼女の隣に座っていた。椅子には座らず、ベッドに腰掛けている。

 

「早くこの事件解決するといいわね」

「………そうですね」

 

 実は継承者に関する手掛かりを掴んでいるとは言えないフィールは、深くため息をつく。アリアはそっとフィールを横目に見下ろしたが、すぐにマグカップに視線を移す。

 どちらとも沈黙なので、部屋の中は静けさに包まれていたが、ほどなくして、アリアがフィールに声を掛けた。

 

「ねえ、フィール」

「なんですか?」

「身体、大丈夫?」

「え………?」

 

 フィールは眼をパチパチさせるが、アリアは構わず続けた。

 

「クリミアが心配してたのよ。『フィールが無理をしていないか』って。クリミアはいつものことなんだけど………クシェルも貴女のことを心配してたのよ。『フィーが身体と精神を限界まで追い詰めてないか』って」

 

 アリアの言葉を聞きながら、フィールは彼女が自分を呼んだのはこのことかと、眼を逸らす。

 

「私から見ても、無理してる感じがするわ。前と比べて顔に疲労が滲んでるし、顔色が悪い時だって多いわ」

 

 アリアはサイドテーブルにマグカップを置くとフィールの前に来てしゃがみ、彼女を見上げる形で顔色を覗き込む。

 

「貴女みたいなスリザリン生って少ないからね。上級生にも何人かは純血じゃない生徒はいるわ。下級生と比べたら確かに精神は強いけど………それでも常にビクビクしながら生活してるのは変わらないわ」

 

 純血でありながら純血思想に傾倒していないアリアは、フッと息をつく。

 

「貴女は強い。他の人とは断然。でもまだ貴女は2年生なのよ。無茶ぶりする真似は止めて、もっと自分を大切にしなさい」

 

 もっと自分を大切にしなさい。

 それは、クリミアにも言われたことだ。

 フィールは胸に秘めた決意がぐらりと揺れ動くのを感じながら、バレるのを恐れるよう、口を開く。

 

「大丈夫です、私は。心配してくれるだけで、充分です」

 

 フィールは笑みを浮かべてアリアに言った。

 しかし、アリアは首を横に振った。

 

「フィール。それが貴女のダメな部分よ。そうやって曖昧にして誤魔化すから、クリミアやクシェルは気に掛けてるのよ。わかる?」

「………そんなの、わかってますよ」

 

 自然とマグカップの取っ手を握る手に力を込めながら、フィールはアリアを見据える。

 

「………貴女はわかってないわ。だから―――」

 

 が、言い切る前に。

 

「それ以上言わないでください」

 

 フィールは強い眼差しで睨み付けた。

 これ以上言われたら、隠せなくなる。

 だから、遮った。

 なのに………。

 

「いいえ、断るわ」

 

 アリアはフィールの頬を包み、真っ直ぐ瞳を見つめる。心の内側を見透かされてるようで、フィールはドキッとした。

 

「独りで抱えるような真似はしないで、私に頼りなさい。辛いこと、不安なこと、全部受け止めるわ」

 

 ………なんでこの先輩は、クリミアと全く同じことを言ってくるのだろうか。

 フィールは先程よりもぐらぐら揺れる心に、顔を伏せる。アリアはフィールの胸に手を当て、こう言った。

 

「貴女はなんでも背負い込み過ぎよ。その姿を見てると、時々貴女が私よりも年下だって疑うくらいね。………貴女は独りじゃないわ。傍にはちゃんと誰かが居る。………少しくらい、年上の私を頼ってちょうだい」

「………ッ、もう………止めてください」

 

 フィールは重苦しい気持ちを抱えてる場所に当てるアリアの手に自分のそれを重ね、やんわりと振り払おうとしたが、彼女は許さなかった。

 

「ダメよ、フィール」

 

 アリアは静かな声で、フィールを制した。

 

「今ここで離す訳にはいかないもの」

「………離してください」

「返事はNOよ」

 

 間髪入れずに即答するアリア。

 フィールはため息つき………邪魔なマグカップをサイドテーブルに置くと、アリアをキッと見下ろした。

 

「………実力行使に出ますよ?」

「なら、そうなる前に止めるわ」

 

 そう言うと、アリアはフィールの胸から両肩に手を置き、グッと力を入れて前に倒す。フィールの身体は後ろに倒れ、アリアは彼女の両手首を掴んで杖を抜き出せないよう制圧した。

 

「………本当に止めましたね」

「貴女ならやりかねないもの」

 

 アリアの腕を掴んで拘束から逃れようとしたが力は圧倒的にあちらの方が上だった。フィールは先程の自分の発言を後悔するが、今更悔やんでももう遅い。

 

「実力行使で来られたら勝てないけど、単純な力比べで言えば、まだ勝機はあるわ」

 

 強者教師と互角に渡り合えるフィールと対峙して勝てるとは思えない。しかし、握力と腕力は年上年下という関係上、差はある。あちらの戦闘能力が高いなら、先手必勝される前に抑え込むしか勝つ方法はない。

 

「……これでも強行突破する気はある?」

「………体勢から考えたら、無理ですね」

 

 フィールは諦め、顔を背ける。アリアは彼女から反抗的な態度を感じないため、手首から手を離し、彼女を引き起こす。

 

「話が脱線したけど………少しは肩の力を抜いてリラックスしなさい。気を張り過ぎても、余計疲れるだけよ」

 

 くしゃくしゃと、雑に髪を乱すアリア。

 相変わらずだなとフィールは思いつつ、自分は皆に相当心配を掛けていると知って、別の意味で胸が痛み、重苦しさがのし掛かってきた。

 

♦️

 

 ホグワーツ城の地下牢に在る研究室。

 そこはスリザリンの寮監、セブルス・スネイプが自室としても活用している研究室である。

 薄暗い壁の棚には何百というガラス瓶がビッシリと置かれ、死んだカエルやウナギやらの動物や植物のヌルッとした断片が浮かんでいる。片隅には材料がギッシリ入った薬戸棚があり、スネイプは今日も魔法薬の研究を行うために魔法瓶に手を伸ばし、ふと手が止まった。

 

(………ベルンカステル………か………)

 

 スネイプはフィールに思うところがあった。

 特に決闘クラブ後からはそれが増幅した。

 

 フィール・ベルンカステル。

 スリザリン2年の女生徒で学年首席を収めるほどの超優等生。成績優秀、容姿端麗、スポーツ万能と完璧超人でスリザリン所属の生徒にしては珍しいことに純血主義者でもマグル差別者でもない常識人。性格は一匹狼で孤高の雰囲気を身に纏っているがその実周りのことをよく見ているため、謎が多い。そしてハッフルパフ5年の女生徒、クリミア・メモリアルの義理の妹である………。

 

(ベルンカステルの実力は2年生なんて生温いものではない………何も悪いことが起きなければいいのだが………)

 

 クリスマス前に開かれた、あの決闘クラブ。

 スネイプが直々にフィールをペアにした訳。

 それは、彼女の実力調査であった。

 去年のトロールKOに賢者の石を護るために教師陣によって仕掛けられたトラップ。

 

 そのどれもが、彼女によって突破された。

 所々あのグリフィンドール生三人の活躍も挟んだらしいが、正直なことを言ってしまえば、彼女一人だけでもオールクリア出来ただろうと、スネイプはフィールの潜在的能力を見抜いている。

 一見すると規格外の強さを誇る生徒という認識だが………あの少女は、違う。

 

 ―――いつ、闇に堕ちてもおかしくない………どす黒くて冷たい、底知れぬ力と残虐な心が密かに見え隠れしている。

 

 そのため、スネイプはフィールの今の実力をこの眼で見てみようと考えた。

 光に進んだ時。もしくは闇に堕ちた時。

 どれだけの存在になるのか、実際に試してみようと………。

 

(何を考えている………ベルンカステルに限って邪道に堕ちるなど―――)

 

 有り得ない。

 とは、言い切れなかった。

 スネイプは天井を仰ぐ。

 ………フィールは覚えているのだろうか。

 数年前に起きた、『あの悲劇』を………。

 

(いや………あの様子では、ベルンカステルは覚えてないのだな………)

 

 校長のダンブルドアから聞いた話なので、詳しいことは自分も知らない。

 しかし………その内容は、信じられなかった。

 一瞬、自分は聞き間違えているんじゃないかと耳を疑ったくらいに。

 そしてそれは副校長のミネルバ・マクゴナガルもそうであったと、スネイプは彼女の愕然としていた様子を思い出し………不意に、かつての先輩だった女性とそっくりな少女の姿が浮かび上がった。




【ダフネ+スリザリン組】
久々にダフネ登場。

【まさかのここでアレが登場!?】
なんと、みぞの鏡が夢の世界で登場してた。
フィールは直接みぞの鏡があった部屋には行きませんでしたが、どうやら夢というものは、強引にでも彼女を引き摺り込もうとしてるようです。
そして読んでわかった通り………あの時、もしもフィールが実際にみぞの鏡に行ってたら、二度と立ち上がれなくなったでしょう。

【アリフィル】
作者的なアリアとフィールの愛称。

【スネイプSide】
フィールへ対する評価→結構マズい要注意人物
スネイプさえも危惧されるフィールが今後どうするのかは未定ですね。ハリー達の味方ポジションと言えど、一歩間違えたら敵にもなりうるので。


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#28.模擬戦

クシェルとダフネの模擬戦。


「今日こそ貴女に勝ってみせるわ、クシェル」

「ふふっ、今日こそ勝てるといいね、ダフネ」

 

 毎度お馴染みの必要の部屋。

 そこでダフネとクシェルは中距離の位置から真っ正面に向き合い、前者は後者に向かって宣戦布告した。宣戦布告された本人は不敵な笑みを讃えている。

 どちらも杖はホルスターに収納しており、抜刀するタイミングは戦闘開始の瞬間だ。ちなみにクシェルはヒップ、ダフネはレッグである。

 今日の訓練内容は模擬戦だ。

 対峙する二人を、指導官のフィールはスタンドの手摺に肘をついて見守る。プレイスタイルは十人十色、千差万別なので、我流を尊重するタイプのフィールは他人に呪文や魔法は指南してもその人の戦術についてはアドバイスやダメ出し以外、否定的な意見は述べない。

 

 そもそもフィールは『試合』向けの短期決戦&マニュアル志向型ではなく、『実戦』向けの戦略志向型だ。

 素人によくありがちな『試合と実戦は同類』を真っ向から否認して『全くの別物』と割り切り、実戦で必要不可欠なその場に応じた動きや判断力を培い、臨機応変・当意即妙な対応を出来るよう実際の場合を想定して鍛練を積み重ねるのが、フィールのポリシーである。

 ある一定のルールを設けて規定制限範囲内でのトレーニングは時たま行うが、基本的に束縛はしないで自由にやるのが、フィール独特のレッスンスタイルなのだ。

 

「ダフネ、準備はOK?」

「ええ、いつでもドンと来なさい」

「わかった。―――それじゃフィー! ゴングよろしく!」

 

 最終チェックし終えたクシェルはレフェリーのフィールの方を見て、声を張り上げる。フィールは「了解」と杖を構え―――自分の目線の先に浮かぶゴングを高らかに鳴らした。

 戦闘開始を告げるベルの音が頭上から鳴り響いた直後、クシェルとダフネはホルスターから素早く杖を抜き、同時に同じ呪文を唱えた。

 

「「エクスペリアームス(武器よ去れ)!」」

 

 真紅の閃光が中間地点で衝突し、バチバチと火花が散る。双方共に前方に立っている相手を鋭く睨み付けながら、激しく押し合う。

 しばらくの間は両者一歩も譲らず鬩ぎ合っていたが、やがてどちらからともなく杖を薙ぎ、途端に激突していた光線は四方に飛び散った。

 周囲にスパークが飛散し、クシェルは横っ飛びに飛んで呪文を撃つ。

 

ステューピファイ(麻痺せよ)!」

 

 今度は失神の効果を帯びた紅い光の筋が迸る。

 これは、相手が回避もしくは撃ち落とした直後の硬直を狙い撃ちするための陽動の攻撃だ。

 案の定ダフネはサッと横方向に飛んで躱す。

 クシェルはそれを狙って『武装解除呪文』を放とうとしたが―――

 

エクスパルソ(爆破)!」

 

 ダフネはクシェルの足元目掛けて着地と同時に『爆破呪文』を発射。

 慌てて後方へ飛んで躱すと、先程クシェルが立っていた場所が爆砕した。

 あと少しでも逃げるのが遅れていたら、確実に御陀仏になっていただろう。

 

ヴェンタス(風よ)!」

 

 続け様にダフネは一陣の風を巻き起こし、間一髪難を逃れたクシェルに吹き付ける。強風に煽られるクシェルは、吹き荒れる風に逆らって懸命に踏み留まった。まともに眼も開けられないほどの強い風に、視界を奪われる。

 これでは反撃する余地が無い。

 気が焦るクシェルは必死に打開策を考える。

 と―――それまで吹き付けていた強風がパタリと止んだ。

 眼を瞑っていたクシェルは瞼を開く。

 さっきまで前方に居たはずのダフネの姿が、何処にも見当たらない。

 一瞬ビックリしたクシェルだったが、

 

(そっか、さっきのアレは………!)

 

 と、ダフネの意図に気が付いた次の瞬間。

 

リクタスセンプラ(宙を舞え)!」

 

 背後から今まさに考えていた人物の声がした。

 クシェルは振り返らず、杖を背後に回して背中越しに『盾の呪文』を唱える。

 

プロテゴ(護れ)!」

 

 クシェルのバックに半透明のバリアが現れ、すんでで攻撃を弾く。クシェルは急いで振り返り、防壁を消失させる。陽動作戦が失敗して、ダフネは悔しそうに軽く肩を竦めた。

 

「今の割りと不意打ちだったのだけど………流石クシェル、機転が早いわね」

「これでも1年の時からやってるからね。そう簡単にはやられたくないよ」

「そう。なら、これは防げるかしら?」

 

 ダフネは先手を打ち、次々と攻撃を仕掛ける。

 

ステューピファイ(麻痺せよ)レダクト(粉々)コンフリンゴ(爆発せよ)ペトリフィカス・トタルス(石になれ)インペディメンタ(妨害せよ)フリペンド(撃て)

 

 『失神・麻痺呪文』『粉々呪文』『爆発呪文』『全身金縛り・凍結呪文』『妨害呪文』『攻撃呪文』の計6つの呪文をまるで空気を吐くかのような自然的な動作で、マシンピストル並みのスピードで射出した。

 普通の生徒であれば防ぎれずに魔法をモロに喰らうだろうが、クシェルは負けず劣らずの速さで間断無く的確に呪文の数々を撃ち落としていく。

 

グレイシアス(氷河となれ)!」

インセンディオ(燃えよ)!」

 

 隙を突いてクシェルは『氷結呪文』で空中から氷の刃を数本生み出して襲わせるが、ダフネは冷静に『燃焼呪文』で火を放射して対処する。

 以前と比べると格段に強くなっているダフネにクシェルは驚きを隠せない。が、過去に自身の身を危険に晒された経験から、もうあんな思いはしたくないと、あの時のフィールみたいに多少の事では動じない冷静さと戦闘中でも余裕で軽口叩けるユーモア溢れる大胆不敵な性格を体得したいクシェルは、余裕綽々とした態度と笑顔でダフネに話し掛けた。

 

「やるね、ダフネ。今までとは動きが全然違ってちょっとビックリしてるよ」

「そりゃそうよ。週3でフィールにみっちり鍛えて貰ったんだから」

「えっ、フィーに?」

「ええ。私がフィールに頼んだよ。―――1対1の稽古をね」

 

♦️

 

 それは、今から約2ヶ月前の2月下旬頃。

 

「私に1対1の稽古をつけて欲しい?」

 

 ある日の放課後。

 人通りの無い場所に呼び出されたフィールは、此処に呼び出した張本人・ダフネからの意外な依頼に僅かに眼を丸くした。ダフネはいつになく真剣な顔付きで首を縦に振る。

 

「アンタがそうして欲しいって言うなら、私は好きなだけ相手になるけど………でもなんで、いきなりそんなことを頼むんだ?」

「………私、どうしても、せめて一回はクシェルに実力で勝ちたいのよ」

 

 聞けば、ダフネはクシェルに一度でもいいから打ち破りたいらしい。

 フィールは「ああ………」と、なんとなくダフネの今の心情を察する。

 クリスマス休暇前に開催された決闘クラブ。

 あの時ダフネはクシェルとペアになり、彼女と杖を交えたのだが、結果はクシェルに杖を取り上げられての敗北で終わった。

 それ以降、負けず嫌いのダフネは暇を見付けては度々クシェルに勝負を申し出て杖を交えるようになったのだが、何度やっても勝敗は変わらず、自分から勝負事を持ち込んで惨めに負け続けるダフネはプライドがズタズタだった。

 

「そりゃあ、ね。クシェルは1年の時から貴方に教わってるし、元々の力量も高いから、今まで必要最低限魔法の練習をしてこなかった私がそう簡単には彼女に勝てないことくらい、自覚してるわよ」

 

 だけどね、と。

 ダフネは強い瞳でフィールの瞳を見据える。

 

「キャリアやスキルを理由に『絶対勝てない』とは、思いたくないし決めつけたくもない。相手が自分より強いなら、それ以上の力を身に付けるまで努力と練習を続ける」

 

 人間は越えられない壁を目の前にした時の選択で、その後の人生が大きく変わる。

 自分では無理だ。

 どうせやっても無意味に終わる。

 そんなことしても無駄でしかない。

 そう決め付けて壁を越えるのを諦めるか、別の道を選ぶかは本人の自由だ。

 

「目の前に壁があると言うのなら、越えられない壁があると言うのなら―――突き破ればいいだけよ」

 

 その言葉と揺るぎない瞳に、フィールは見極めるように見据えていた蒼い眼を細め―――やがて彼女は、フッと微かに口角を上げて、クシャクシャと艶のある黒髪を雑に掻き乱した。

 

「な、何するのよ」

「なんか、ダフネも随分成長したんだなって思うと、指導官やってる側としては嬉しいなって」

 

 そう言われ、少し照れたのか、ダフネの頬が紅くなる。

 

「そ、そういう貴女だって、随分人格が変わったわよね。昔と違って他人に優しくなったし、大分雰囲気も刺々しさが薄れたし。貴女がそうなったのも、私と貴女がこうして交友関係築くようになったのも、全てクシェルが原因よね。………それにクシェルは、私と初めて『友達』として仲良くしてくれたし」

「そうなのか?」

「ええ、初耳?」

「ああ、初耳だ」

「そう。………私、ホグワーツに入学する前からパンジーやミリセントとは顔合わせしてるんだけど、そういう付き合いは上辺だけのものだったのよ」

 

 ダフネはホグワーツ入学以前から、マルフォイ家やパーキンソン家、ブルストロード家といった純血の豪族同士の食事会やセレブパーティーで、同僚同輩のドラコやパンジー、ミリセントと知り合っていた。純血主義には傾倒していなかったものの上手く立ち回っていたダフネは、表面上は彼等とそれなりに仲良くは接していたが、内心では不機嫌極まりなかった。

 グリーングラス家と言う、代々続く由緒正しい名家の出所故の運命付けられた呪いのようなもので最早どうしようもならないとは言え、世間体や駆け引きのためのパーティーに親に幼い頃から駆り出されてきたのは、あまり気分のいいものではない。

 

「グリーングラス家の将来や妹のアステリアのことを考えると、あんまりワガママ言える立場じゃなかったから、愚痴や不満はなるべく控えてきたけど………正直言うと、嫌だし疲れるのよ。肉体的にも精神的にも」

 

 表面だけはそれらしいこと言ってその実社交辞令だったり、将来大物になることを踏まえてコネクション目的の打算的な考え方で接触してくる大人がほとんどだった。

 幼くして世間の裏側を知ったダフネは、いつしか冷めた眼差しで世間からの評判や体裁ばかりを気にするような世の中を見るようになり、そういう大人達の教えをすんなりと受け入れる同世代の子供とばかり交流してきた彼女は、本当の意味で仲良くなった人は誰もいなかった。

 

「だけど此処に来て、打算抜きにただ純粋な気持ちで私と接してくれた娘が居るのよ。それがクシェル。あの時私は、本当に嬉しかったわ。ようやく、胸襟を開ける人と巡り会えたもの。クシェルは………そうね、何と言えばいいのかしら。あの娘は不思議と人の心にスルスルと入り込む力がある。それがどんなに固く閉ざしたはずの心であろうとお構い無しに開いてくるんだから、最早才能よね」

「………ああ、そうだな。その気持ち、よくわかる」

 

 クシェルは不思議と人の心を癒す力がある。

 それで自分も彼女に救われてきたフィールは、共感して首肯した。

 するとダフネは感慨深そうだった表情から一変し、フィールの顔を見てニヤニヤと笑う。フィールは怪訝な面持ちになった。

 

「なんだよ、急に人の顔見て笑って」

「あ、いや、顔を見て笑った訳じゃないわよ」

「じゃあ、なんで笑ったんだ?」

「クシェルはフィールのことが大好きで、フィールもクシェルのことが大好きなんだなあって思うと、ね。ついニヤニヤしてしまったわ」

「は? どういう意味だよ、それ」

「だって、そうでしょう? 1年の時からいつも貴女にべったりで『フィー大好き!』って気持ちが駄々漏れなクシェルはわかるとして、最近はフィールも満更じゃないし、なんとなく、クシェルを見る時の眼差しは他人と違って優しいわ。もしかして、本当はそっちの意味であの娘のことが好きなのかしら?」

 

 からかうように言ったダフネの言葉。

 最初は訳がわからずぱちくりしていたフィールだったが―――程無くして、言ってる意味を飲み込んでほんのり顔を紅くし、キッと鋭い目付きで睨み付けた。

 

「そ、そんな訳ないだろ………!」

「そうかしら? 否定する割りには赤面してるじゃない。まさか無自覚だったの?」

「だから違うっての!」

 

 フィールが否定すればするほど、ダフネはニヤニヤと意地の悪い笑みを深める。顔だけでなく耳まで真っ赤になり、フィールはやられたと額に手を当てて、プイッと顔を逸らした。

 

「………とにかく、そういう意味では好きじゃない。そこは誤解するな」

「そういう意味では、ってことは、別の意味では好きなのね?」

「まあ………好きと言えば好きだけど。勿論、『友達』としてな」

「それでもいいじゃない。クシェル本人にもそう言いなさいよ。あの娘、きっと喜ぶわよ」

「ヤダよ、恥ずかしい………」

「あら? 貴女もそういう感情抱くのね。ちょっと意外だわ」

「アンタ今まで私のこと何だと思ってたんだ」

「え? 無機質な印象を与えるクールな娘」

「要するにロボットか」

「そうとも言えるわね」

「あっさり納得するな」

「いや貴女が先に言ったんじゃない」

「そうだった」

 

 なんてコントとも言えるやり取りをし、二人で笑い合ってると、

 

「二人して此処で何してるの?」

 

 と、つい先程まで話題になっていたクシェルがひょっこりと現れた。クシェルは何故二人が笑ってたのか知らず、小首を傾げている。

 

「ああ、クシェルか」

「別に何もしてないわよ。ただ二人で話してただけだから」

 

 フィールとダフネは咄嗟に適当な言葉ではぐらかすが、あからさまに何か隠してる友人二人にクシェルは不満げな表情を浮かべた。

 

「フィー、ダフネ、何か私に隠してる?」

「何も隠してないっての。な、ダフネ」

「ええ、フィールの言う通りよ、クシェル」

 

 二人はそう言うが、クシェルは騙されない。

 

「嘘つけーっ! 絶対何か隠してるじゃん! 二人だけでこんな所に居るってことは、内緒話でもしてたんでしょ!」

 

 二人だけの内緒話、はあながち間違いないではなく、二人は内心ギクッとする。このまま深入りされたら言い当てられる可能性が高いと判断したダフネは、ニヤリとしながらこう切り出した。

 

「なに? 大好きなフィールが私と二人きりで居たのに嫉妬して八つ当たりしてるのかしら?」

「なっ………そ、そんな訳ないじゃん!」

 

 クシェルは真っ赤になって異議を唱える。

 ふふっ、とイタズラっ子のような笑顔のダフネに、おい! とフィールはキツい視線を向けた。

 

「なに私と似た質問投げ掛けてんだ! 会話の中身勘付かれるだろ!」

「大丈夫よ、この娘はそこまで鋭くはないわ。と言うか、仮にバレたとしても最初に私が貴女に御願いした秘密の特訓の件までは流石に思い当たらないでしょ。貴女心配し過ぎよ」

「それはそうだけど………大丈夫か?」

「大丈夫なハズよ」

「ハズってなんだよハズって………」

「ま、とにかく今は私を信じなさい」

「その信頼度がちょっと0に近いから、私は心配してんだけど………」

「何か言ったかしら?」

「いや別に」

 

 ヒソヒソと小声で話し合う二人に、またもやクシェルは疑問符を浮かべた。

 

「二人して今度は何話してるの?」

「「いや別に」」

 

 見事に返事がシンクロしたフィールとダフネ。

 その後二人はどうにかしてクシェルを説得して一旦別れ―――場所を改めて脱線した話の本題に入った。

 

「―――話がズレたけど、ダフネはクシェルに勝ちたいんだよな? 1対1のバトルで」

「そうよ。だから鍛えて貰いたいのよ。学年首席も務め、スネイプ先生とタイマン出来る強さを誇る指導官の貴女に。それに、強くなる以外にも何か役立つ攻略法も学びたいわ。腕前がどんなに強くても、一つか二つは前以て必勝法を立てておきたいし」

「攻略法、ねえ………まあ、あるにはあるけど、クシェルにも戦略の一環として伝授してるしな。ダフネがこの手段を選ぶと言うなら、クシェルと同じ土俵で戦うことになるぞ。最後に勝利の決め手となるのは、根気と一撃だ。それでも構わないって言うなら、アンタにも教えるけど、どうするんだ?」

「………わかったわ。その事を踏まえた上で、私は貴女にお願いするわ。最後はお互いに同等の条件の下で戦うってなら、勝利の一撃を取れるのはどちらか一方だし」

「そうか。なら、約束通りアンタにも伝授する。よく聞いて覚えろよ」

 

 ダフネは一字一句聞き逃さないように、神経を研ぎ澄ませて聞く耳を傾けたのだが―――。

 

「―――本気じゃない状態で、クシェルの本気を引き摺り出せ。そうすれば、勝機はあるぞ」

 

 返ってきたのは、期待外れな言葉だった。

 

「は? それ、どういうことよ?」

「やっぱり、最初は意味わかんないか。クシェルにも『どういうこと?』って言われたし」

「当たり前よ。なに? 全力で掛かっていかないで勝ってみせろって言いたいの?」

「話は最後まで聞け。ちゃんと教えてやる」

 

 フィールは一息つくと、いきなりクエスチョンした。

 

「ダフネ。アンタはこれまでの勝負で、クシェルの本気を引き摺り出せたことあるか?」

「えっ?」

 

 途端に眼を大きく丸くさせたダフネに、フィールはこう告げた。

 

「その反応、やっぱり気付いてなかったみたいだな。まあ、無理もないか。………傍から見るとクシェルは全力で戦ってるように見えるけど、今までアイツはアンタとの勝負で本気モードに入ったことなんて一度もないぞ」

「そうだったの!?」

 

 衝撃の事実が判明し、ダフネは眼を剥く。

 あれで本気を出していないと知り、クシェルとの格差を現実的に突き付けられて、絶望的な気持ちが胸いっぱいに広がった。

 

「ちょっとフィール! 私はクシェルが本気出してないで負けてるのよ! だったら尚更本領発揮しないと、クシェルの本気を引き摺り出すことも勝てることも出来な―――」

「なら逆に聞くぞ。アンタが()()()()()()()()本気モードに入ってどうすんだ?」

「! それ………は………」

「クシェルが本気を出してないと言うことはすなわち『本気を出さないとマズい相手』と認識してないことを意味してる。だけどその逆を言えば、本気になって戦うと言うことは自分にとって戦況が背水の陣だからだ」

「………………」

「わかるか? 今この状況で全身全霊を傾けて戦ってしまえば、もう勝てるチャンスが残ってないのも同然なんだよ」

「………あ………」

「クシェルの打倒を目指すなら、まずはクシェルに全力で戦うよう仕向けろ。まず間違いないなくアンタでは勝てないだろうな。でもまだ本気モードと言う『最後の切り札』がある。クシェルとのゲームに勝機を見出だしたいなら、先にジョーカーを切らせるんだな」

 

 だけど、と。

 フィールは釘を刺すように真顔で続けた。

 

「この秘策はクシェル本人も心得てて、アンタより一足先に実行してんだ。アンタが本気を出させようとしたところで、アイツもそう易々とバカ正直に見せる訳がない………と言うか最初に言っとくけど、これはれっきとした必勝法とは言えないしな。相手が本気になってそれでやられてしまえば、全て無意味で終わる。所謂『諸刃の剣』だってのは忘れんなよ」

 

 最後に注意事項を伝え、フィールはフッと一つ息をついて呼吸を整える。

 と―――いつの間にか顔を伏せていたダフネの唇の隙間から、笑い声が漏れ出てきた。

 

「ふ………ふふ…………」

「どうした?」

 

 フィールがそっと尋ねると―――さっきとは打って変わって豹変した空気を身に纏ったダフネが顔を上げた。

 

「上等じゃない………引き摺り出してやるわよ。クシェルの本気モードを」

 

 そしてダフネは踵を返して歩き出す。

 寮とは別の方向なので、恐らく上階に向かうつもりなのだろう。

 

「そうと決まればこうしちゃいられないわ。さあフィール、早く必要の部屋に行ってトレーニング始めるわよ! クシェルが本気出しても渡り合えるくらいの実力を身に付けるまで、特訓に付き合ってちょうだい!」

 

 普段のエレガントさやノーブルさは何処へ行ったのやら、バリバリやる気満々でそう急かすダフネにフィールは苦笑した。

 

「………俄然モチベが飛躍的にアップしたのは喜ばしいけど、今度は逆に空回りしないかが心配になってきたな」

 

♦️

 

「なるほど………最近よく二人だけで行動するのが多かったのはそういうことだったんだね」

 

 秘密の特訓以外の話題もあったのは教えられていないクシェルは、ダフネがフィールに強化鍛練を依頼したことだけに意識が向き、杖を構え直す。ダフネも杖を構え直し、スッと灰色の瞳を細めた。

 

「なら、ダフネ。ここから先は一切手加減はしないで掛かるけど、大丈夫なの?」

「勿論よ、ドンと来なさい。同じ土俵に立っている以上、勝利条件は変わらないわ」

 

 そして二人は、同時に相手に向かって叫んだ。

 

「ダフネ、最後に勝つのは私だよ!」

「クシェル、最後に勝つのは私よ!」

 

 改めて宣戦布告した二人は再戦に突入する。

 色とりどりの閃光が必要の部屋を飛び交い、幾度も明るく照らす。バンバン呪文をぶっ放すクシェルとダフネを見守っていたフィールはこの後の展開が大体予測され、

 

(これはかなりの量がいるな………)

 

 と達観しつつ、栄養補給用の食事作りの準備に取り組んでるべく、時間短縮のため華麗にスタンドから飛び降りたのだった。




【グレイシアス】
ゲームで出てくる、何故かは知らないがハーマイオニー専用の水を凍らせる『氷結呪文』。
水を凍らせる呪文なら空気中の水分を凍らせて氷の刃とか弾丸とか作れるんじゃね? と思い、作中ではクシェルが氷の刃の生成を披露してくれました。

【本気モード=最後の切り札】
作中の戦闘スタイルの一つ。

【勝敗はどうなった?】
敢えて対決の結末は読者の予想形式に。
どっちが勝ったかは読者の想像にお任せします。


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#29.戦々恐々

 ジャスティンとほとんど首なしニックが被害に遭ってから数ヶ月が経過し、その間、新たなる被害者は誰一人として出ておらず、クリスマス休暇が明けた頃よりも安堵する生徒が続出し、スリザリンの怪物も鳴りを潜めたんだと、根拠の無い安心感に大半が溺れるようになってきた。

 だが、そんな中でもハリーやフィール達は犯人探しに奔走し、グリフィンドールVSハッフルパフのクィディッチ戦が間近に迫ったこの日もそれぞれ情報を交わし合っていた。

 トム・リドルの日記はクシェルが手持ちし、以前の持ち主の正体を炙り出してみるということは既にハリー達に伝えている。

 

「今回も特に無し………か」

「ええ、特に変わったことはないわ。そっちは?」

「こっちも特にない」

 

 ハーマイオニーはため息つき、フィールもため息ついた。糸口を掴めない現状に、やるせない気持ちを募らせてしまうのは無理もない。

 

「早く継承者を見つけないと、また被害が出てしまうわ………」

「だけど、焦っても駄目だからな」

「そうだけど………」

「………とにかく、今日は切り上げるか」

「そうね。また明日、此処で会いましょう」

「わかった。私、もう一度調べ直してみる」

 

 フィールはそう言って図書室を退館した。

 彼女は、彼女なりに動いてみるのだろう。

 同感の四人は素直に見届けることにした。

 

「私達も寮に戻って色々見直してみるわ」

「うん、気を付けてね」

 

 クシェルはグリフィンドール組三人と図書室を出ると、曲がり角で別れた。

 一人になった途端、どっと緊張が押し寄せてきた。やはり、一番頼りになるフィールが居ないのが、クシェルにとって不安だった。

 ―――フィールなら、仮にバジリスクと遭遇したとしても返り討ちにしてみせるかもしれない。

 そう思うからこそ、そんな彼女が自分の隣にいないことへ、無意識の内に心が圧し潰されそうになった。

 

(いけない………しっかりしないと………)

 

 クシェルは狼狽える心を持つ自分へ叱咤し奮い立たせ、無駄に長い廊下を歩いていたが、スリザリン寮に通じる道まで次第に早足になって向かった。

 だが、まるで今の痩せ我慢と空威張りで圧迫してくる精神を突き返しているクシェルに追い打ちを掛けるよう―――何かが這いずるような不気味な音が、彼女の耳を打つ。

 

「………!」

 

 クシェルは、ハッと伏せていた顔を上げる。

 背筋が凍り付き、身体全身に緊張感が走る。

 本能が「逃げろ!」と警鐘を鳴らしている。

 

(ヤバい………!)

 

 クシェルは硬直した身体に「走れ!」と念じながら、冷たい廊下の床を強く蹴ってその場から駆け出した。同時、這いずる音が再び響き、走る音と重なる。音と気配から、自分のすぐ後ろをついているのだと察し、クシェルは総毛立つ。

 

(助けて………助けて!)

 

 声に出したくても、出せない。

 震駭に精神を支配され、喉の奥底にSOSの言葉が引っ込んでしまう。

 だがクシェルは、昨年度フィールに戦闘のベーシックを指導された際に言われたことを胸に、疾走し続けていた。

 

 ―――まず、直感的にヤバいと判断したらすぐに逃げろ。実力で太刀打ち出来ない敵に真っ正面から挑んだって自殺行為だ。だから、最初は戦うという思考をかなぐり捨て、相手との距離を充分に離せ。いいな?

 ―――敵対するヤツが自分よりも遥かに強いなら正面切って戦って勝てると思うな。まずは退散しろ。戦闘は自分の身を護るための最終手段だ。

 

 学生とは思えないほどの実戦じみた発言。

 それは、クシェルの胸に自然と深く強く刻まれていた。

 

(まずは逃げる! 戦闘は最後の方法!)

 

 何度も何度も自分に言い聞かせながら、クシェルは息を切らしてでも走り続けた。が、体力はどんどん減っていき、速度も徐々に落ち始めた。このままでは、背後から執拗に追い回してくる得体の知れない何かに足を止めた瞬間、襲われるかもしれない。

 

「助けて………フィー!」

 

 クシェルは、去年みたいにフィールの名を呼べば彼女が助けに来てくれるのでは―――という一筋の希望が、戦慄していた心を上回り、口にすることがやっとのことで出来た。

 なのに、こんな時に限ってそれはなく………むしろ、粉々に砕け散る気分を味わうことになってしまった。

 

「え………………」

 

 次に曲がった先で運悪く窓を見てしまい―――鏡みたいに映し出される、自分の背後にあった2つの影を見た。見てしまった。

 

 1つは、巨大な蛇の姿。

 毒々しい鮮緑色の体表に、黄色い瞳孔。

 クシェルは窓越しからその黄色の瞳を見て、身体の自由を奪われる感覚を覚えた。手足の力が抜けていき、意識が遠退いていく。

 

 薄れ行く意識の中―――緑色の大蛇の脇に存在する一人の少女の存在に、翠色の両眼を僅かに見張った。

 

 もう1つの小さな影。

 それは、赤毛の少女。

 そして、その少女には見覚えがある。

 

「フィー………助け………て…………」

 

 最早無意味となったSOS。

 でも、言わずにはいられなかった。

 フィールならきっと………バジリスクを操っている少女を救いだし、自分や、これまでの被害者達の仇を取ってくれる。

 それに………自分が犠牲になったのならば、フィールが後継者だという懐疑を晴らせるかもしれない。

 最後にそう切実に願いながら―――クシェルの意識はシャットアウトされ、冷たい床にゆっくりと倒れ込んだ。

 

 石化した少女が持ち歩いていた黒い日記。

 赤毛の少女はバジリスクが何処かへ消えていくのを気配で察すると窓越しから黄色の瞳を見ないように閉じていた瞼を開き、横たわる茶髪の少女のショルダーバッグからそれを取り返すと―――身体を震わせながら、その場を後にした。

 

 クシェルが見た、鏡みたいに反射する窓。

 それにうっすら映った少女の姿は、まさにジニー・ウィーズリーそのものであった。

 

♦️

 

 校内は再び、戦々恐々に陥った。

 下手すれば、以前よりも酷い混乱の渦中になったのかもしれない。

 平穏無事だと思われていたはずの時間が再度震撼し始め、それまで平和ボケしていた蛇寮の生徒すら、他人事のように見ることも冷静でいることも封じられたのだ。

 なんと言っても、今回数ヶ月ぶりの被害に遭った生徒がスリザリン生だというならば、自分達も石化の対象になりかねないのだから。

 

「嘘だろ!? なんでスリザリン生がバジリスクに襲われるんだよ!?」

「スリザリンの継承者は、スリザリン生も襲うのか!?」

「なんだよそれ! そんなこと一言も聞いていないぞ!」

 

 自分達は無関係だと言って涼しい顔をし、襲われる生徒達を嗤ってきた純血主義者のスリザリン生は次々に戦き、喚く。そしてその慄然は、あちこちに伝染していった。

 

 彼らの目線の先には、スリザリンの怪物ことバジリスクに襲われて完全石化した、クシェル・ベイカーの華奢な身体。

 

 恐怖と驚愕に明るい翠の瞳を見開かせ静かに横たわるそれに、生徒達は囲むように距離を取っている。

 遠目から観察する生徒の集団の中、カナリア・イエローのネクタイを締めた少女二人は、揃って愕然としていた。

 水色の髪に紫の瞳の大人びた少女と、桃色の髪に青の瞳の可愛らしい少女。

 クリミア・メモリアルとソフィア・アクロイドは、妹みたいに可愛がっているフィールの親友がスリザリンの怪物に襲撃されてしまったことに憂愁していた。

 

「そんな………っ」

「嘘でしょ………」

 

 教師達が近付こうにもパニックを起こす生徒達は言うことを聞かずに騒ぎ立てるので、いつまで経ってもクシェルの側に行けなかったが―――

 

 

 

「―――道を開けてくれないか?」

 

 

 

 喧騒の中でも不思議と透き通り、全員の耳に届けさせる凛とした声。

 その声が聞こえると、あれだけ騒いでいた生徒達は一斉に口を閉じ、少なからずの冷静さを取り戻す。

 声の主―――フィール・ベルンカステルは、落ち着きを取り戻した生徒達が先程の言葉に従って自然的な流れで作り上げた一本道の中央を歩き、静かに倒れているクシェルの元まで来ると、膝をつき、容態を確認した。

 

 死んではいない。石になっただけだ。

 だけど………クシェルさえもバジリスクに襲われたことに、フィールはあの時一緒に行動しておけばよかったと、激しく後悔した。

 

「フィー、ル………」

 

 皆には悟られないよう自責の念に駆られているフィールの側へ寄り、その背中を優しく抱いたのは、先輩のアリア・ヴァイオレットであった。

 

「………アリア先輩……………」

「………大丈夫よ、死んではいないわ」

「わかってます………わかってるけど………」

 

 フィールは悲壮さを滲ませ、顔を伏せた。

 そんな彼女の背中を見つめながら、一人の生徒が驚愕の表情で、こう呟く。

 

「どういうことだ………? ベルンカステルは継承者じゃなかったのか………?」

 

 呟いた人物は、今までフィールがバジリスクを操っている後継者だと思い込んでいた。

 だが、果たして自分の友人を犠牲にするだろうかと、今更になってそれは勘違いだったと気付いたらしい。

 

「貴方、今の、どういう意味?」

 

 聞こえたアリアはフィールに背を向ける形で立ち上がり、その顔は訳がわからないという表情だが、その声には怒りが含まれている。問われたそいつはあたふたしつつ、自身の憶測をしどろもどろに語った。

 

「あ、いや………オレはその………ベルンカステルが『スリザリンの継承者』なんじゃないかな~って―――」

「何を根拠にすれば、そんな出鱈目が言えるのよ!?」

 

 後輩に疑惑を向けていたヤツに先輩のアリアは珍しく声を荒げ、鋭く睨んだ。後方からはクリミアやソフィア、そしてフィールファンの人達からビシバシ殺人光線を当てられたそいつはビクッと身体を震撼させ、「わ、悪かった」と震えた声音で早口で謝ると、逃げるように走り去った。

 一方、フィールは自分に疑いを掛けられていたことに対して呆気に取られていたが、

 

(もしかして……クシェルは…………)

 

 トム・リドルの日記を自分が持つとそれが原因で疑いを持ち上げる人間がどんどん出るかもしれないから、クシェルはそうならないように阻止してくれたのだろうか。

 あの時の、迷いがあったクシェルの顔。

 今になり、フィールはその訳を知った。

 

「ふ、ふん、ベイカーは襲われて当然だな! 僕は純血主義の素晴らしさを何度も伝えたはずなのに、それを無視したからこうなった訳だ!」

 

 ドラコ・マルフォイはクシェルが混血と言うのを知らないが、彼女が非マグル差別者であることは知っているため、今回襲われたのは後者の理由からだと得意げに話した。

 だが、彼は今、とんでもないことをした。

 黒髪の少女の中で―――何かが弾け飛ぶような感覚を覚えさせる展開に事を運んだのだから。

 

「せっかく僕は親切に教えてやったのに………ベイカーを血を裏切―――ッッッ!!?」

 

 マルフォイは突如濃厚過ぎる殺気を全面的に当てられ―――身体を激しく揺らし、口を完全に閉じきった。

 元々青白い顔を更に白くさせ、恐る恐る、威圧感の発信源に眼を向ける。

 彼女から滲み出る、恐ろしいオーラ。

 怖すぎるほどまでの、不穏な雰囲気。

 マルフォイのみならず、周囲に居た人達はフィール・ベルンカステルの殺気立たせる威光を肌で感じ、背筋にゾクリと悪寒が走った。

 

「―――クシェルを侮辱するヤツは誰であれ許しはしない。よく覚えておけ」

 

 もしも逆らえば、間違いなくフィールは反逆者を容赦なく殺すだろう、それだけの本気で鋭くギラつかせた蒼の眼光であった。

 クシェルを貶す人間は絶対に許さない。

 それが例え同級生の男子であろうと、敵と認識するのにそんなもの関係ない。

 動かないクシェルの身体を抱き上げたフィールは、

 

「―――退け」

 

 低音で威厳ある声音と半端じゃない眼力だけで包囲網のように邪魔な周囲を半ば強引に退かせる。

 クシェルを医務室へ運ぶ為、フィールは立ち竦む生徒達を一瞥することなく歩き出した。

 声を掛ける者は誰一人としていない。

 今の彼女に触れたら確実に最期だと、ほぼ全員が抱懐する中―――クリミアやアリアなどは、先程のフィールの威勢は虚勢のように………今にも泣き出したくなるのを無理矢理圧し殺し、必死に堪えているように感じ取られた。

 

♦️

 

 新たなる犠牲者が出現してから1週間が経過したその日はクィディッチ戦だったため、皆は恐怖などといった鬱屈とした感情を一旦は捨てて純粋に試合観戦を楽しんでいたが―――黒髪蒼眼の少女は、1週間前に石化した友人と同室の二人部屋に居た。

 あれだけ、クシェルにアプローチされていた当初は疎ましく感じていたのに、いざそれがなくなると、その疎ましいと思っていたことが自分にとっては当たり前の日常で、くだらない雑な日を共に過ごしていた彼女が自身の隣に居たことが、何よりも学校生活が楽しいと思える理由だったのだと現実的に突き付けられ………とにかく今は何も考えたくなくて、ベッドで横になっていた。

 

「………クシェル………」

 

 フィールは、友人の名を呟く。

 そうすれば、いつもみたいに「フィー!」って笑顔を向けてくれるような気がして………込み上げてきた感情を抑えるように、枕に苦しげな顔を埋めた。

 

 フィールとクシェルの部屋の扉前。

 そこに、一人の黒髪の少女が立っていた。

 その人影は、アリアであった。

 アリアは、部屋に閉じ籠ってしまったフィールをクィディッチ観戦に連れ出そうと此処まで来たのだが、彼女の気持ちを考えると、今はそっとしておくべきなのではとも思うのだ。

 黙考の末、アリアはドアをノックし、「開けるわよ」と言って扉を開け、ベッドに気だるい身と傷付いた心を委ねている後輩の元まで歩き、そっと腰掛けた。

 

「フィール、元気出しなさい」

「………………」

「夕食に出ないのは止めなさい。身体に悪いわよ」

「………………」

 

 返答は無し。

 アリアは深くため息をつきながら、フィールの黒い髪を細くしなやかな手で弄る。

 

「貴女の気持ちはよくわかるわ。だけど、いつまでも落ち込んでるなんて、貴女らしくないわよ」

「………………」

「…………はぁ、もう」

 

 アリアは黙りを決め込むフィールに我慢出来ず、彼女の身体をベッドから引き離すと、正面に向かい合わせ、ギュッと背中に腕を回して強くハグした。

 

「ハグは人の心を落ち着かせてくれるわ。少しはリラックスしなさい」

 

 アリアの行動がまるでクシェルみたいな励まし方に見え、フィールは涙ぐみそうになった。

 

「皆、心配してるわよ。貴女が部屋から出てこなくなって。今日は夕食来なさい。わかった?」

「…………わかりましたよ」

 

 それだけ答え、フィールは顔を背けた。

 アリアは頷いてくれたことにホッとし、さらさらちょっと癖毛の黒髪を優しく撫でた。

 

♦️

 

 嫌な現実から一旦は抜け出せても、翌日となればその余韻が一ミリたりとも無くなるほど、綺麗さっぱり消え失せる。

 

 ダンブルドアが、学校から追放されたのだ。

 生徒数人が被害に遭ったというのにも関わらず阻止出来なかったことから停職命令を下され、前回の容疑者疑惑でハグリッドはアズカバン直送された。

 今世紀で最も偉大だと評されているダンブルドアが不在した今、スリザリンの継承者が恐れるものは何もない。現時点で死人は出てないが、これから先はどうなるかわかったものではない。

 

 しかし、そんな中でも学年末試験はいつも通り行われるようで、生徒達は課題の消化に追われていた。こんな非常事態が起きているのに平常運転で進行することに皆は驚愕するが、校長代理を務めるマクゴナガルは可能な限り通常通りの学校運営をしたいらしい。

 そして、試験が3日後に迫った日。

 朝食時にマンドレイク薬が夜には出来上がるとの報告がされ、多くは生徒が安堵した。

 

 が、事態は大きく動き出す。

 その日、最後の授業の終業を知らせるチャイムが鳴った直後、学校中にマクゴナガルの声が響き渡った。

 

『全校生徒はそれぞれの寮にすぐに戻りなさい。教師は職員室へと集まってください』

 

 廊下に居た生徒は一斉に静まり返る。

 けれど、その知らせを聞いたある生徒は短時間で思考をフル回転させると―――ひっそりと、何処かへ走っていった。

 

♦️

 

 ―――ジニー・ウィーズリーが連れ去られた。

 それは、会議を終えた寮監のスネイプからスリザリン生に語られた内容だった。

 聖28一族にも選ばれた間違いないなく純血だとされるウィーズリー家の末っ子が誘拐され、スリザリン生はクシェルの時みたいにこれは他人事でははないと恐怖に飲まれる。

 スネイプは「本日は何があっても外を出歩いてはならん。わかったな? では監督生、後を頼む」と言い残して寮を出ていった。

 

 寮内に、嫌な静寂が訪れる。

 純血の生徒が犠牲者になったことから、今までは心の何処かでまだ自分は無関係だと考えていた純血主義者さえもこの時ばかりは威張り散らすことなく、ただ無言でいた。

 それに耐えかねたのか、一人また一人と寝室に歩いていき、遂にはアリアとダフネの二人だけが残された。二人が此処に残っているのには、訳がある。

 

「ダフネ、フィール見なかった!?」

「いえ、見てません!」

 

 なんと、フィールがスリザリン寮の何処にも居ないのだ。

 此処に来る前は確かに廊下に居たはずなのに、気付いた頃には彼女の姿が全く見当たらない状況になっており、一度部屋をノックしてみても返事はなく、少し扉を開けて中を見てみても、そこには居なかった。

 

「嘘でしょ………何処行ったのよ!?」

 

 アリアは談話室内を見回して声を上げるが、ダフネはある予感がし、扉に視線を移す。

 

(まさか、あの娘―――!)

 

 突然消えたフィール。

 誘拐されたジニー。

 ジニーはグリフィンドール生徒だ。

 当然、あの三人組が寮で大人しくしてろと言われて大人しくする訳がない。

 もしも、フィールが彼らと同じ目的ならば、現在、彼女はジニーが連れ去られた場へ出向いているのでは………?

 そしてその場所は、恐らく一つだけ。

 そう………あの部屋だ。

 長年、創設者のサラザール・スリザリンがバジリスクを封じ込めてきた―――秘密の部屋。

 

♦️

 

 嘆きのマートルのトイレ。

 そこでは、黒髪蒼眼の少女が杖先に灯りを灯してその存在感をうっすらと現し、彼女は複数ある手洗い場を隈無く照らしてあるモノを探していた。

 先程の放送はきっと何かが起きたのだろうと予測はしたが、フィールはジニーが誘拐されたことまでは知らない。だが、決して良いことではないということだけはわかる。

 

 フィールは、秘密の部屋がこの城内の何処にあるのかをずっと思考していた。

 最長15mにまで及ぶ大蛇を約1000年ほど封印出来るほどの部屋は、ホグワーツ城をどんなに探索しても見つかるはずがない。けど、バジリスクによる被害者は実際に存在するのだから、絶対にあるはずだ。

 そこで、フィールは0から状況を考え直し、パズルのピースを組み立て直した。

 

 まず、石化事件の犯人はバジリスクだ。

 それだけは唯一明確な事実だ。

 そして、バジリスクを操作しているヤツは何かしらのモノで操り人形のように、自分の意思とは無関係に操られている可能性が高い。そして、そのモノは恐らくあの黒くて古ぼけた日記………トム・リドルの日記だ。アレにはきっと、闇の魔術が含まれていると考える。多分、トム・リドルという者は未来の闇の帝王の姿。つまり、ヴォルデモートの学生時代の頃の名前だろう。

 ヴォルデモートがサラザール・スリザリンの子孫であるならば、パーセルマウスも頷ける。何故ハリーもパーセルマウスなのかを考えるのは後回しだ。まずはこの一連の出来事を片付けてからだと、フィールは割愛する。

 

 話が少し脱線したが―――クシェルが持ってたはずのトム・リドルの日記が行方不明だった。

 クシェルのショルダーバッグが開いていたのを見て、医務室に運び終えた後、中身を漁ってみたが、日記だけが無くなっていた。ということは、クシェルをバジリスクに襲わせたのは本体を取り返すためだろうか。

 誰が継承者なのかは、未だに謎だ。

 でも、さっきのマクゴナガルの指示で、直感的に感じた。

 遂に、黒幕が尻尾を出したのだと。

 あの短時間、フィールは思考をフル回転させ、ヒントを見つけた。

 

 マートルだ。

 マートルは、バジリスクの被害者だ。

 それならば、恐らく彼女が居座っているトイレにナニかが隠されている。トム・リドルが当時本気でマグル生まれの生徒を排斥する気であったのなら、言い方は悪いが、マートル以外の死亡者が一人や二人いてもおかしくない。それなのに、彼女だけが死亡した。つまりは、マートルだけを排除する必要性があったことを意味している。ならば、その理由は何か。

 

 フィールは、こう推測した。

 学生時代、トム・リドルは秘密の部屋を発見した。しかし、開くにはいつもトイレに居座る彼女を排斥しなければならなかった。彼女をバジリスクで殺害したってことはそのトイレにスリザリンの怪物を封じ込めていた部屋があったから………だと、フィールは恐ろしい仮説を立てた。

 勿論、これはただの憶測に過ぎない。

 でも、完全否定する要素があるかと問われれば嘘になる。

 だからこそ、フィールは一人此処に赴いてあちこちを探し回っていた。

 

「………あった」

 

 フィールが見付けたモノ。

 それは、銅製の蛇口の脇に小さな蛇の形が彫ってある手洗い場。

 これこそが、『秘密の部屋』への入り口である。

 しかしながら、開く方法は一つしかない。

 蛇語による、ロック解除のみだ。

 そのため、事実スリザリンの継承者と謎のパーセルマウス・ハリーしか、入り口を開くことは出来ない。

 フィールは彼らも此処に来るだろうと信じ、待つことにした。

 

♦️

 

 そうして、待つこと数十分。

 フィールしか居なかった嘆きのマートルのトイレに、三人の少年少女が無能教師を連れて颯爽と現れた。

 

「えっ、フィール!?」

 

 ハリーは驚いた声を上げ、ハーマイオニーとロン、そしてロックハートも瞠目した。

 

「な、なんで此処に………?」

「『秘密の部屋』に向かうため。此処に来たってことは、アンタ達もだろ」

「う、うん、そうだけど………まさか、君も?」

「ああ、そういうこと。それと、『秘密の部屋』の入り口だと思われる場所を見つけた」

「え、ホント!?」

「これでジニーを助けられるわ!」

「ジニー? 彼女がどうしたんだ?」

 

 怪訝な顔でフィールが問うと、代表してハーマイオニーが簡単に説明してくれた。

 やはり、先程の放送は誰かが襲われたものらしく、今回はこれまでとは激変して一人の女生徒が誘拐され、その誘拐された人物がロンの妹のジニーだそうだ。

 三人は『秘密の部屋』へ通じるゲートはバジリスクによって殺されたマートルのトイレでないかと推理し、現在に至る。

 

「―――と言うことよ」

「やっぱり、ハーマイオニーもそう思う?」

「ええ。どうやら、貴女もそうらしいわね」

「そうだな………って、今は呑気なこと言ってる場合じゃないよな」

 

 フィールは彼らにある場所を、光を灯した杖先で示す。

 複数ある中で一つだけ、銅製の蛇口の脇に小さな蛇の形が彫ってあるのが、『秘密の部屋』の門口だ。

 

「これね。でも、どうやって開くのかしら?」

「ハリー、これに向かって蛇語で話してみろ」

「蛇語で?」

「サラザール・スリザリンが『秘密の部屋』にバジリスクを封印したのなら、開けるのは蛇語を話せる人物―――パーセルマウスだけだ。だからこそ、トム・リドルは開けた」

「なるほど………わかった」

 

 言われた通り、ハリーは蛇の模様が彫られた蛇口の前に立ち、蛇語で語りかけた。

 すると、蛇口が光り、手洗い場の仕掛けが動き出した。仕掛けが終わると、そこには太いパイプが姿を現した。暗すぎて、底が全く見えない。そして、この先にジニーや黒幕がいる。

 

「よし、お前が先に行け」

「ま、待て! 話せばわか―――」

 

 ハリーとロンがロックハートをパイプの中へ突き飛ばす前に、

 

「ほらさっさと行けよ、顔だけ無能男が」

 

 様子見とこれまでのイライラを晴らすために、フィールがドカッとロックハートを華麗な回し蹴りで思い切り蹴飛ばして先に行かせた。ロックハートの虚しい悲鳴が響き渡り―――ハーマイオニーからは「やりすぎよ!」と非難されるが、ハリーとロンはいい気味だなとしか思えなかった。

 

「フィール、君、最高」

「それはよかった」

 

 程無くして、ロックハートが特に問題無いと判断したハリーとロンが先にパイプの中へと飛び降り、その後に続く様、フィールとハーマイオニーもパイプの中へと飛び降りた。滑り台のようにパイプを滑り降り、どんどん下へ下がっていく。

 出口が見えなかったが、唐突に終わりを告げられる。放り出されたフィールは立ち上がりながらも、油断することなく厳重に警戒し、

 

ルーモス(光よ)

 

 灯りをつけるのと同時、ハーマイオニーが滑り降りてきた。

 

「痛ッ………全く、どれだけ長いのよ」

 

 愚痴を溢しつつ、ハーマイオニーも杖先に灯りをつけ、辺りを見渡す。墓のように、怖いくらいに静まり返ったトンネルだ。湿った床に先が見えない暗闇。よく見れば、地面には動物の骨が幾つもの散らばっており、歩くこともかなり苦労だった。

 それでも、連れ去られたジニーを救い出すために此処まで来たのだ。今更後戻りするなんていう愚考は四人にはない。だが、無能教師は戦慄している。何処までも使えないヤツだと思いながら、ハーマイオニーとフィールが先頭に立ち、ハリーとロンがロックハートに杖を突き付けながら、トンネル内を歩いた。

 

「………ちょっと、これって…………」

「………バジリスクの抜け殻…………」

 

 ハーマイオニーとフィールが見たモノ。

 それは、6m程の全長の蛇の抜け殻だった。

 つまり―――健在するバジリスクはこれ以上だと言うことが明らかになり、四人を恐惶させた。

 先頭に居るハーマイオニーとフィールが身体を硬直させているのを見て、ロックハートは同じく硬直していたロンを殴り飛ばし、杖を奪取した。

 立場が形勢逆転したからなのか、ロックハートの顔は歪むくらいに超スマイルだ。

 

「お遊びはお仕舞いだ! 私はこの抜け殻を持ち帰り、女の子を救うには遅かったと皆に告げよう。そして君達は、ズタズタになった無惨な死骸を見て哀れにも気の狂ったと言おう」

 

 フィールは倒れたロンの側まで駆け寄るとその前に立ち、両サイドにハリーとハーマイオニーも立った。

 

「フィール、どうする………!?」

「………なあハリー、アレって確か、ウィーズリーの折れかけの杖だよな?」

「え? うん、そうだけど………」

 

 フィールとハリーが、今ロックハートの手に握られている杖がどんな物かを話していると、

 

「さあ、記憶に別れを告げるがいい! オブリビエイト(忘れよ)!」

 

 テープで補強された、ロンの杖。

 ロックハートはそれを大きく振り上げ、『忘却呪文』を撃とうとしたが―――呪文が響くと、杖先からは発射されることなく、小型爆弾並みに爆発した。

 フィールは咄嗟にハリーを突き飛ばしてトンネル内の奥へと押しやり………天井がガラガラと崩れていったため、上から覆い被さる。

 大雨のように降り注いできた瓦礫がフィールの背中にモロに当たり、鋭い痛みと僅かな血が走った。轟音を轟かせながら岩の壁が形成され、ハリーはすぐに立ち上がる。

 

「フィール、大丈夫!?」

「………ッ、大丈夫だ。軽く背中に当たっただけだ」

 

 ズキッ、と背中に来る痛みに端正な顔を歪めつつも、ハーマイオニーとロンへ呼び掛ける。

 

「ハーマイオニー、ウィーズリー! そっちは無事か!?」

「大丈夫よ! フィール達は!?」

「こっちも大丈夫だ! ………それにしても、ロックハートは馬鹿か」

 

 フィールは全身そのものが馬鹿の細胞でいっぱいなのかと、背を伝う血の感触をこの時ばかりは忘れ、額に手を当ててため息ついた。

 ロンの杖は今やガラクタも同然で、呪文を詠唱しても本来のようには放たれず、自分自身へ逆に返ってくるのだ。

 

 それが原因で―――グリフィンドールのクィディッチチームがクィディッチの朝練をしている最中、スリザリンのチームが乱入し、マルフォイがハーマイオニーを差別用語で貶した際、ナメクジの呪いを掛けようとしたロンは逆噴射で自分に呪いが掛かってしまった。

 まさかのそれが、意外な形で悪辣行為を散々行ってきたロックハートに悪因悪果という言葉をピッタリ具現化してくれた。

 

「いつもアイツは具体的に再現してくれるな。主に悪いことに関して」

「うん、全くその通りだね」

 

 ハリーは、冷ややかな笑みを浮かべながら大きく首を縦に振って全面的に同意する。

 

「ロンの杖は駄目になったけど、私の杖は大丈夫だから、ロンと一緒に岩を壊すわ!」

「わかった! 僕とフィールはここから先に進むよ!」

「大丈夫なの!?」

「大丈夫! 岩の方は君達に任せるよ!」

「わかったわ! 二人共、気を付けて!」

 

 声を張り上げながら互いの無事を祈り、ここから先は二人一組になって進行した。

 フィールとハリーは互いに無言のまま、一歩一歩歩いていく。警戒しながら奥へ進むと、ようやく前方に固い壁が見えてきた。壁には2匹の蛇が絡み合っている彫刻が施され、眼には大きなエメラルドが埋められている。

 ハリーはもう一度、蛇語で扉に向かって話し掛けたら、絡み合っていた蛇が分かれ、両サイドの壁が消えた。

 いよいよ………毒蛇の王として恐れられているスリザリンの怪物ことバジリスクと未来には闇の帝王と化して恐れられる青年によって、一連の不可解な現象を引き起こした少女がこの先に待っている。

 

 

 黒髪の少年少女はこの事件に終止符を討とうと―――一度頷き合って、覚悟を決めると、秘密の部屋へと入った。

 




【没シーン:効果音多数のワンシーン】

ハリー&ロン「「よし、お前が先に行け」」
ロックハート「ま、待て! 話せばわか―――」
フィール「ほらさっさと行けよ、顔だけ無能男が」ドガッ!
ロックハート「うわあああああああああ!!」
フィール「フー、スッとしたぜ( ・`ω・´)」
ハリー&ロン「「ナイスゥ~!Σb( `・ω・´)グッ」」
ハーマイオニー「(;゚Д゚)!!」

【新たなる犠牲者発生】
さて、薄々感付いていた人も多いと思いますが。
クシェル、トム・リドルの日記(本体)を持ってたがために新たな犠牲者となり………。
なんとか混血だとはバレませんでしたが、これからの時勢を考えると危険ポジション大ですね。
でも、フィールがいればきっと大丈夫!


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#30.平穏の取り戻し

秘密の部屋編ラスト。

※1/8、本文加筆&修正。


 秘密の部屋に入った二人の少年少女。

 何処と無く、得体の知れない不気味な空気を肌で感じ、前へ進む度に波打つ鼓動が早くなる。

 左右一体となって等間隔に並ぶ蛇の柱は圧倒的で、その瞳を視界に収めたくないと無意識に思うのは、やはりバジリスクに対する恐怖心からだろうか。

 薄暗い壁は二人が歩く度にその足音を嫌に反響させ、より一層緊張感を与えてくる。

 

 最後の柱を越えた先。

 そこには、巨大な石像が壁に背を見せて建っていた。

 あれこそが、この秘密の部屋をまさに秘密裏に創設した―――サラザール・スリザリンの人物像だ。

 フィールとハリーはスリザリンの顔を見上げていたが、ふと、下方に視線を定めると、そこには誰かの人影が映っていた。

 黒いローブに、燃えるような赤毛の少女。

 その少女は二人が知っている少女であり、救出対象の女の子。

 

「ジニー!」

 

 ハリーは杖を投げ捨て、赤毛の少女―――ジニーの元まで、脇目も振らず駆け出し、フィールも駆け寄った。

 ソバカスのある顔は不健康という言葉さえ軽いとばかりに白い。それに飽きたらず、肌は冬眠してるかのようにひんやりと冷たい。

 誘拐され、石化された訳ではないのにこの生気の無さは………。

 最悪な考えがハリーの頭に浮かび、どうか外れて欲しいと願いながら、その小さな両肩に手を置いて揺さぶった。

 

「ジニー! 死んじゃ駄目だ! お願いだから、生きていて!」

「ハリー、倒れている人を揺さぶるのは止めろ!」

 

 フィールはハリーの行動を叱責した。

 倒れている人を揺さぶり起こそうとするのは、アウト行為である。まず、傷病者(倒れている人)を発見した場合、近付く前に周囲を見渡して安全かどうかを確認することだ。万が一そこが危険地帯であったら、傷病者を安全地帯に移動してから、優しく肩を叩いたり声を掛けるなどして意識を確認するのが、救命処置の初歩的な流れである。

 

「ジニーの容態を確かめる」

 

 フィールはジニーの胸に耳を当て、心臓の鼓動が動いているかを確認した。

 

「………大丈夫。鼓動は動いている。だけど、体温を全く感じられないし、呼吸も弱い」

 

 駄目元でもいいからフィールは羽織っていたローブを脱いで寒威に対抗する『暖房呪文』を掛けてジニーの冷えきった身体に被せ、彼女自身にも掛けた。

 

「ひとまず、体温は上昇している。だけど、根本的なものを潰さない限り、命に危機が伴う」

 

 フィールはスッと立ち上がると、ハリーとジニーに背を向ける。そして、柱へ向かって鋭く問い掛けた。

 

「そうだろ? トム・マールヴォロ・リドル?」

 

 すると―――彼女の問いに応えるかのように、一人の背が高い少年が現れた。彼はハリーが先程投げ捨てた杖をクルクルと弄びながら、ゆっくりと近付いてくる。顔立ちはハンサムで、初見の人ならばその見た目に魅了され、警戒心を和らげてしまうだろう。

 

 だが、この二人は違う。

 ジニーを操っていたご本人様が、今、目の前に平然とした態度で立っているのだ。

 ハリーは怒りの表情を見てわかるほどに滲ませながら片膝をつき、武器を握り直したフィールは蒼の瞳に激怒を宿しながら、低い声で問う。

 

「トム・リドル………いや、ヴォルデモートと言った方がいいか。1年ぶりだな?」

「ああ、本当にだ。随分と成長した姿を見せてくれるじゃないか」

 

 黒髪の少女は皮肉げに笑うが、その眼は一切笑っていない。対し、黒髪の少年も嗤い返し、微かに紅が混じった黒の瞳からは蔑みの感情が容易に読み取れる。

 スリザリン所属の文武両道の美男美女は互いに眼光炯々としてその両眼を射抜き、両者一歩も譲らずの瞳で見えない気迫を押し合う。

 ハリーは常人を逸する二人の迫力に身震いしたが、それに屈しないよう、周章する精神を奮い立たせた。

 

 

 ―――トム・リドルもといヴォルデモートは、一連の事件の真相を語り始めた。

 

 

 これまでの一連の事件の犯人は、ジニー・ウィーズリーだと。

 彼女は何処からかトム・リドルの日記を手に入れ、そこに様々なことを書き込んだ。

 

 偉大で有名なハリー・ポッターが自分を好きになってくれることは絶対にないだろうと言う淡い恋の悩み。

 兄達にからかわれ、どうすれば子供扱いすることなく接してくれるかと言う兄妹の悩み。

 おさがりの物で学校生活を送り、それを他寮の生徒から馬鹿にされてとても憂鬱だと言う家庭の悩み。

 

 しかしそれらは、知らぬ間にトムに魂を与える行動であった。

 大なり小なり、心の闇を渦巻かせる苦悩を注げば注ぐほど、トムは力を得、挙げ句の果てに実体化出来るほどまでに達し―――今度は逆に、ジニーに自分の魂を注入した。

 そうすることで、自分(トム・リドル)と言う道化師に操られる操り人形のようにスリザリンの怪物・バジリスクを操作。マグル生まれの生徒達の命を脅かす、化け物じみた存在に堕ちた。

 

「………………ふざけるな」

 

 トムの説明が終わるが否や、フィールは血の底から這い上がってくるような低い声を発し、杖を強く握り締める。

 

「何の罪も無い人を玩具のように扱ってきたヤツが、何故そんなふざけた発言を清々しく言えるんだ?」

 

 フィールは人間を使い捨ての道具のように見てきた人間に対し、言い様のない嫌悪感を覚える。

 今すぐにでもコイツを殴り飛ばしたい衝動に駆られるが、感情のルーズコントロールは自分自身を見失う。

 そうなってしまったら、護れるものも護れなくなる。故に、沸き上がる激昂を抑止した。今は激情に走る暇はないと。終わった後で気が済むまで文句を言えばいいと、精神を束縛する。

 

「流石はエルシーの血を継ぐ者だな。あの女と似た出で立ちだ」

 

 トムの口から、母方の祖母の名が出される。

 フィールの眼が、一瞬だけ蒼く鋭く光った。

 

「………私の祖母と同級生だったんだよな、アンタは」

「そうさ。今や有名人となったエルシーとはね。彼女の力は本当に凄かったよ。ヴォルデモート卿として魔法界の愚民共から恐れられたこの僕に真っ正面から反発した上に、幾人もの魔法使い達を護り抜いたんだからな」

 

 だけど、とトムは邪悪な笑みを浮かべ、ニヤリとしながら、勝ち誇った笑みを貼る。

 

「最後に勝ったのはこの僕さ。やっとのことでエルシーを殺してやったよ。あの女は何度も僕の計画を邪魔するから、やむを得ずね。でも、僕はなんとも思っていないよ。なんて言ったって、僕からすればエルシー・ベルンカステルという存在はただの邪魔者という認識でしかないんだから」

 

 トムはゲラゲラと嗤い事を上げる。

 フィールとハリーは憤慨した。

 人の命を奪うことを平気でやってのけられたこの男へ、言い様の無い嫌悪感を覚える。

 二人は肩越しから、巨大な石像の足指の辺りの床にある黒い日記を振り返った。

 行方不明となっていたトム・リドルの日記があんな所にあると言うことは、やはり、本体を取り戻すために手持ちしていたクシェルをバジリスクに襲わせたのか。

 そして、アレを破壊しない限り………ジニーの命が危ない。

 

アクシオ(日記よ、来い)!」

 

 二人の動きを俊敏に察したトムは咄嗟に『呼び寄せ呪文』で命を繋ぎ止める分霊箱の一つであり実体化を維持するための主要物の日記を自分の手元に持ってこさせ、難を逃れる。

 

 ―――マズい………よりにもよって本人の手に戻った! このままじゃ………!

 

 フィールとハリーに、焦燥が駆け抜ける。

 あの日記を破壊しないと、ジニーが死んでしまう!

 しかも、バジリスクが健在するこの戦況をどう突破すればいい………!?

 敵の手前、ポーカーフェイスは崩さない。

 だが、内心は大いに焦り、頭を絞らせる。

 

(落ち着け。焦れば焦るほど、勝機は失う! 冷静になれ。そして、不本意な現状を打破する手段を考えろ!)

 

 周章する自分を叱責するように、心で叫ぶ。

 此処で諦めたら、皆に合わせる顔がない!

 本体が本人の元にあるだけだ。

 何処に焦る必要がある!

 

「おや? 顔付きが変わったね?」

「ああ。お前を今此処で倒す。この手で」

「果たして、それが君に出来るかな!?」

 

 トムとフィールは同時に杖を相互に向け、

 

「「アバダ・ケダブラ(息絶えよ)!」」

 

 黒髪の少年少女の杖先から殺戮効果を帯びた緑色の閃光が一直線に迸り、中間地点で衝突し、火花を散らした。

 どちらも譲る気は殊更無い、激しい押し合い。

 ハリーは肌でビシバシとその凄まじい力の格差を感じつつも、杖を持っていないことから、何も出来ないのかと下唇を噛み締めていた、その時だ―――。

 

 真紅の羽毛に孔雀のように長い金色の尾羽と爪と嘴を持つ白鳥ほどの大きさを誇る鳥が、この緊迫した秘密の部屋へ乱入してきた。

 ダンブルドアのペット・不死鳥(フォークス)だ。

 フォークスはナニかを咥えており、ハリーの手にそれを落とした。

 それは、新入生組分け時のみに使用されるあの古ぼけた帽子―――組分け帽子だった。

 

「これは………組分け帽子?」

 

 この時だけ、ハリーは眼前の緑の光と光でぶつかり合っている二人から意識が逸れ、疑問符を顔に浮かべつつ、不思議な重さが伝わったことから帽子の中に手を突っ込んだ。

 

 すると、どうだろう。

 眩い光を放つ白銀の剣がその姿を顕現とした。

 刃は銀色に輝き、ルビーが嵌め込まれ、鍔のすぐ下には『GODRIC・GRYFFINDOR(ゴドリック・グリフィンドール)』と創設者の一人の名前が刻まれている。

 ハリーは明るい緑の両眼を驚異に見開かせ、手に取って見回していると………トムとフィールが杖をそれぞれ横に薙ぎ、2つのスパークはまちまちに飛んで、石像や固い床に焦げ跡となって焼失した。

 

 トムは自分が唯一恐れている人物のペットが持ってきた組分け帽子から出てきた銀色の剣を、微かな警戒心を宿らせた眼差しで捉え、フィールは「アレは………まさか、ゴドリック・グリフィンドールの剣か?」とスリザリンの遺産と対になるグリフィンドールの遺産を見つめる。

 トムはハンサムな顔を醜悪に歪ませ―――言語なざらぬ音をその口から発した。

 

 二人はすぐにわかった。今のは蛇語(パーセルタング)だと。

 そして、サラザール・スリザリンの石像の口が開かれ、そこからバジリスクが出現したことも。

 フィールはすぐに眼を閉じ、飛び込み前転の要領で別方向へ地面を転がりながら距離を取り、ゆっくりと眼を開けて肩越しから見る。

 鮮緑色の体表に巨体を誇る蛇の後ろ姿を蒼の瞳に映らせ、グリフィンドールの剣を手に逃げ出したハリーを追跡したのを瞬時に悟った。

 

「さて、と………ハリーの始末はバジリスクに任せるとしよう。君は確か、フィール・ベルンカステルと言ったかな? エルシーの孫である君とこうして戦えるなんて、武者震いしてきたよ」

「そう。それなら私もだな。未来には闇の帝王として恐れられる存在の青年と、1体1のコンバットが出来るなんて」

 

 不死鳥がハリーとバジリスクを追い掛けたのを確認したフィールはジニーの周囲に強固な防壁を展開し、スッと立ち上がったら、改めて倒すべき敵を見据えた。

 

「勝負だ、フィール・ベルンカステル!」

「望むところだ、ヴォルデモート!」

 

 トムとフィールはあらんかぎりの声で叫び、並みの魔法使いには到底真似することが出来ない激戦へ持ち込んだ。

 

インフェルノ・フィニス(終焉の業火よ)!」

エクスペクト・パトローナム(守護霊よ来たれ)!」

 

 トムの杖先から出現したのは、火炎の蛇。

 制御出来なければ術者さえも焼き殺してしまう深い闇の魔術―――『悪霊の火』だ。

 フィールがそれに応戦するのは、銀色の狼。

 魂を喰らう闇の生物を唯一退けられる『守護霊の呪文』で迎え撃つ。

 衝突し、途端に消え失せる、蛇と狼。

 入れ替わりに放たれる、色とりどりの閃光。

 同じ黒色の髪を揺らしながら、少年と少女は実力伯仲の激闘を繰り広げていた。

 

エクスパルソ(爆破)!」

パリエス(壁よ)!」

 

 トムが撃った『爆破呪文』は、フィールが造り上げた強固な壁が阻み、直撃するのと同時にガラガラと崩れ去っていく。瓦礫の山を飛び越え、今度はフィールが反撃に出た。

 

ボンバーダ・マキシマ(完全粉砕せよ)!」

 

 『粉砕呪文』をマキシマで強化した強力な魔法を光の速さで放つが、トムはそれを軽く躱すと、

 

ディフィンド・マキシマ(引き裂け)!」

 

 こちらもマキシマで強化した『切断呪文』の流れ弾を闇雲に連発した。

 

「………ッ!」

 

 フィールはそれを持ち前の運動神経で避けていくが、トムは彼女が避けた先を狙い撃ちする。

 運良く身体には当たらなかったが、着ている制服の生地の部分がザックリと切り裂かれた。

 

インセンディオ・マキシマ(完全燃焼せよ)!」

 

 続け様にトムは杖先から巨大な火を噴き出し、意思ある『悪霊の火』のようにその炎は、フィールへ向かって飛んでいく。

 

(マズい………!)

 

 フィールはその場から走り出し、背後に迫り来る火から逃れようと、思い切って飛び込み前転をした。地面を転がったフィールはすぐに態勢を立て直そうと、地面に手をつき、身体を捻って起き上がろうとしたが―――。

 

「熱ッ………!」

 

 先程地面に焼失したはずの火が少しだけ残存しており、制服の腕部分に燃え移った。フィールは慌てて杖から水を出して消火し、濡れた箇所を乾かすと、制服の焦げ跡に視線を落とす。

 不幸中の幸いで軽い火傷で済んだが、もしも消火するのに遅れていたら………そう思うだけでもゾッとする。

 

「ちっ………流石、ベルンカステル家の者だな」

 

 舌打ちするトムの表情は醜悪でハンサムな顔が歪んでいるが、どこか感嘆したようにも捉えられる。

 フィールは額に滲み出た脂汗を拭い、再び杖を振るって進撃した。トムもそれに応戦し、二人はまたもや激戦を交える。

 戦い始めてから数十分以上が経過した頃―――トムは杖を大きく振るい上げながら、ノンストップのバトルが愉しいのか、高笑いした。

 

「ははは! やるじゃないか、フィール!」

「誉められて光栄だな、ヴォルデモート!」

 

 両者共に投げ合う、皮肉混じりの発言。

 表面上は余裕を見せていても、内面はかなり焦っていた。

 

(ちっ………流石は未来の闇の帝王。格が全然違う。コイツと数年後になったら戦うかもしれないって考えると、今からでもゾッとする………)

 

 将来を達観する、黒髪の少女。

 その少女に向かって放たれる、緑の光線。

 ギリギリでそれを回避し、次の呪文を撃とうとした、その時―――。

 

フィジカル・インフォース(身体強化)

 

 トムは『身体強化魔法(スキル)』を発動。

 平等に身体に魔力を纏った『身体強化』で、通常よりも倍の瞬発力と跳躍力でフィールとの距離を一気に縮め、彼女の腹部に杖先を突き付けて零距離からの攻撃を仕掛けた。

 

「! プロテゴ(護れ)!」

 

 咄嗟にフィールは『盾の呪文』を展開。

 半透明のバリアが至近距離で発射した魔法をブロックしたのと同時並行でフィールは後方宙返りし、背後の床に出現した真っ黒な穴の中に消えると―――トムの背後に現れた。

 間一髪『空間移動(バンデルン・エスパシオ)』で回避し、トムとの距離を取ったフィールであったが、足元に地面がついた瞬間、端正な顔を歪めた。

 

「はぁ……はぁ………ッ」

 

 一度戦闘の手を止めてしまえば、意識しないようにしてきた疲労や緊張がどっと押し寄せてきて身体が急速に脱力感に見舞われる。

 今のフィールに、序盤戦で繰り広げた激しい戦いを続行出来るほどの余力は、もうあまり残っていない。

 そろそろ決着をつけなければ、形勢が圧倒的に不利になってしまう。

 

 『姿くらまし/姿現し』以外の手段で瞬間移動したフィールに驚いた表情を浮かべていたトムはふと顔を別方向に向けた。

 フィールもそちらに視線を移せば、不死鳥・フォークスに両眼を潰されたバジリスクが大口を開けてハリーを飲み込もうとしたものの、彼が手にしているゴドリック・グリフィンドールの剣に口蓋を突き立てられ、緑色の巨体がサイドに傾き、鈍い音を立てながら床に倒れた光景であった。

 バジリスクを見事討伐したハリーは、壁にズルズルとしゃがみこむ。彼の腕には、バジリスクの牙が突き刺さっていた。

 

 バジリスクの牙には、腐食性の猛毒がある。

 このままでは、ハリーの身体は蝕まれ、やがて死んでしまうだろう。彼は牙を傷口から抜き、鮮血が溢れ出す。

 フィールはハリーの側に駆け寄りたいが、何分彼女にも体力の限界があり、それは厳しい。

 

「フィール、君はそこで大人しく見てるといい。ハリー・ポッターは死ぬ。ダンブルドアの鳥もそれがわかっているそうだ」

 

 せせら笑いするトム・リドルを無視して、フィールはハリーの腕に不死鳥が涙を落としている場景に見入っていた。

 不死鳥の涙には、癒しの力がある。

 それは、バジリスクの猛毒にさえも効くほどの強力な力だ。

 そのことにまだ気付いていないトムへ、フィールは顔を向ける。

 

「………ヴォルデモート。お前は重大なことを見落としていないか?」

 

 どういうことだ、と言いたげな表情になったトムは、再度ハリーへ視線を走らせ―――彼の腕に傷痕が一切無いのを見て、そこでようやく気付いたらしい。

 トムはすっかり忘れていた事実に、一瞬だけ身体を硬直化させた。

 そして、そのチャンスを見逃すほど、フィールは甘くない。

 トムの手にある日記を見ていた蒼眼を、彼の驚愕している顔に移し、スッと細めて鋭く見据えると―――

 

 

 

 ―――フィールは一度深呼吸し………床を強く蹴ってその場から飛び出して、フリーズしているトムとの距離を一気に縮めた。

 

 

 

「なにッ!?」

 

 完全に不意を突かれたトムは応戦しようと身構えるが、一瞬遅く、

 

インフェルノ・フィニス(終焉の業火よ)!」

 

 最後の余力に全てを賭け、杖先から、凄まじい熱波を放つ巨大な炎が噴き出し、その火炎は徐々に翼竜の形状となった。

 

 フィールは分霊箱さえも破壊する絶大な威力を秘めた『悪霊の火』による奇襲攻撃を、至近距離から打って出たのだ。

 トムは疲労困憊していたフィールに勝利を過信していた気の緩みと、戦闘中で初めて見せた隙から、彼女の突発的な動きに反応がワンテンポ遅れ―――気付いた時には最早声にならない断末魔を上げているのが、圧倒的だった戦況を最後の最後で形勢逆転され、無様にも敗戦したのだと彼は認めざるを得なかった。

 

 やがて、耳をつんざく絶叫が止まったと思い、伏せていた顔を少しだけ上げてみると―――そこにトム・リドルの姿は何処にもなかった。

 

「はぁ………はぁ………ッ」

 

 学生時代の闇の帝王とのコンバットに打ち勝ったフィールは、次は安心感からの急速な脱力感に身体が見舞われた。

 疲れから眼の焦点が合わなくなり、意識が遠退きそうになる。けれども、唇をキツく噛み締めて肉体的な痛みで無理矢理にでも繋ぎ止める。

 フィールはトムが先程立っていた場所に落ちている焼け焦げた黒い日記と若干黒焦げになったハリーの杖を拾い上げ、後者を魔法で新品同様にピカピカにすると、バジリスクからグリフィンドールの剣を引き抜いているハリーの側へ駆け寄った。

 

「勝った、な。この戦い」

「うん………そうだね」

 

 荒く息をつく二人は互いの無事を喜び合い、ハイタッチし、フィールはハリーへ杖を手渡した。

 

「………ところで、その紅い鳥はもしかして不死鳥か?」

「うん。ダンブルドアのペットのフォークスだよ。フォークスがバジリスクの眼を潰してくれたんだ」

「そうか………フォークス、ありがとな。助かったよ」

 

 フィールはフォークスの頭を撫で、フォークスは撫でるフィールの手に頭を擦り付ける。

 ふと、二人は人の気配を感じた。

 横たわっていたジニーが目を覚まし、半身を起こしたのだ。

 フィールとハリーはジニーの元へ歩き、前者は彼女の周囲に掛けていた結界を解いた。

 

「…………ジニー………」

「あ………わ、私………」

「………無事で良かった」

 

 フィールはしゃがんで、彼女の手の中にあるトム・リドルの日記を見て顔面蒼白したジニーの頭にポンと手を置くと―――ジニーは嗚咽交じりにこれまでのことを語り出した。

 

 最初は何も自覚していなかったことが、いつしか疑念の怯えへと変わっていき、だんだんと自分の行動に気付いていくようになった。

 誰かに打ち明けようにも打ち明けられず、恐怖に精神の限界を迎えて日記を嘆きのマートルのトイレに投げ捨て―――本体の日記が赤の他人のクシェルに行き着いた時、トムは自身の魂を注いでいたジニーを操って彼女をバジリスクに襲わせ、取り返した。

 

 その際の記憶が、自分は操られていると自覚していたジニーは、ほんの僅かにトムの意識を通じて知っていたのだ。

 

「アンタは操られていたんだ。でも、もう大丈夫だ。ほら、早く此処から出るぞ」

「わ、私退学になる! ビ、ビルがホグワーツに入ってからずっと、この学校に入るのを楽しみにしていたのに、も、もう退学になるんだわ。パパやママが、な、なんて言うかしら!」

 

 ジニーは涙を眼に光らせながら叫んだ。

 

「馬鹿言うな。無事だったのを喜ぶのはわかるとして、なんで戻って来たんだって怒る両親(ヤツ)が何処に居る? 言っただろ、アンタは操られていたんだって」

 

 軽く叱責しながら、ジニーの頭を優しく撫で、落ち着かせる。ジニーはわあっと泣き、フィールの胸に顔を埋めて抱きついた。二人は顔を見合わせ、「泣き止むまで待とう」とアイコンタクトを交わし、フィールはジニーの背中に腕を回して優しく撫でた。

 

♦️

 

 ―――瞼が、酷く重い。

 力を入れているつもりだけど、それでも、開かなくて。

 身体はまるで深い水の中を歩いているかのように重く、必死に足掻いていると、淀んだ沼の中から這い上がってくるような感覚と共に―――クシェルはゆっくりと、瞼を開いた。

 まず、視界を埋め尽くす白い天井が眼に飛び込み、数秒間はそれを茫然自失で眺めていたが、ハッと何かを思い出したかのように勢いよく跳ね起きた。

 

 そうだ! 自分はバジリスクに襲われたんだった! そして、それを操っていたのはあの赤毛の少女………ウィーズリー家の末っ子、ジニー・ウィーズリーであった!

 

 そこまで考え、クシェルはバジリスクの瞳を窓越しから見た時のことが頭に浮かび、サッと顔を青ざめる。今、この瞬間にもあのスリザリンの怪物が存在していたら、とクシェルは早く医務室を出ようとしたが、いきなり起き上がったためか、身体のあちこちが悲鳴を上げ、満足に動かせなかった。

 

「無理に動こうとするな」

「え………あ」

 

 掛けられた声に顔を上げてそちらを見てみれば、そこには腕組みしながら壁にもたれ掛かって見下ろすフィールが居た。

 着ている制服は乱れており、所々切り裂かれたり焦げ跡があったりする部分がちらほらと見られ、彼女の端正な顔には隠しきれない疲労が滲んでいる。

 

「え、と………フィー」

「なんだ?」

「なんで、そんな………」

「ああ………『継承者(トム・リドル)』を倒すのにちょっと手こずってな。最終的にはなんとか勝ったけど。それと、『怪物(バジリスク)』はハリーが討伐した。勿論、ジニーは無罪放免だよ」

 

 フィールは、簡単に説明した。

 まず、石化していた生徒は全員マンドレイクによって無事に石化解除。事件解決に奔走した四人には一人200点の加点と『ホグワーツ特別功労賞』を与え―――今年の寮杯はグリフィンドールの独占となった。

 学年末試験は免除され、5年生と7年生の将来的に重要性がある『OWL(ふくろう)試験』と『NEWT(いもり)試験』は事情が事情のために日を改め夏休みに入ってからスタートさせるとのことだ。

 生徒に対して忘却術を使おうとしたのとこれまでの悪事が露見したロックハートはアズカバン送りは免れたが、聖マンゴ魔法疾患傷害病院の隔離病棟に入院という結果になった。

 

「それと………マルフォイの父親が、あの日記をジニーの私物に紛れ込ませたんだ」

 

 今回の全ての元凶であり、クシェルが襲われる理由となった『トム・リドルの日記』。

 アレはドラコ・マルフォイの父親、ルシウス・マルフォイが紛れ込ませ、理事会を脅していたのも彼らしく、それが発覚した後理事を止めさせられたとか。

 そして、これまでハリーの前に現れては警告していたマルフォイ家の屋敷しもべ妖精・ドビーはハリーの機転で解放されたとのことだ。

 

「そっか………フィーとハリーが倒したんだね」

「………クシェル」

 

 フィールはクシェルと目線を合わせ、謝罪した。

 

「………ごめん」

「え?」

「あの日記、持たせてごめん」

(あ………)

「………私、継承者の疑い掛けられてたんだな」

「………うん。私、そのこと盗み聞きして………もしも日記が『あの人』のだってわかったら、尚更フィーを避けると思って………」

 

 クシェルはポツリと話し、フィールは重いため息を吐くと、ベッドに腰掛けた。その時、クシェルはフィールが背中に怪我をしているのを見た。

 秘密の部屋へ向かう途中、崩れ落ちてきた瓦礫の山からハリーを庇った際に負った怪我である。

 

「フィー、背中怪我してる。じっとしてて」

 

 クシェルは寝起き直後よりも動きやすくなった右腕をサイドテーブルに置いてある杖に伸ばし、『治癒呪文』で治した。

 ついでに腕の火傷も治し、制服の乱れを元通りにする。

 

「フィー」

「ん?」

 

 肩越しに振り返ったフィールへクシェルは、

 

「―――ありがとう」

 

 と、弾んだ声音で感謝の言葉を述べた。

 

「………別に」

 

 フィールは顔をプイッと素っ気なく背け………ベッドから降りて両膝をつくと、両腕を枕にして押し寄せてきた睡魔に抗うことなく、フッと眼を閉じた。

 規則正しい寝息を立てているところを見ると、どうやら本当に寝てしまったらしい。

 

「全く………他人に無関心なクセしてクシェルのことになるとまるで違うんだから、別人みたいだわ」

 

 やや呆れ気味に、それでもってどこか温かみのある声が聞こえ、クシェルはフィールから視線を外すと、同級生のダフネが医務室の扉を完全に開け、こちらまで歩いてくるのが見えた。

 

「あ、ダフネ………」

「クシェル、身体は大丈夫かしら?」

「うん、大丈夫」

「ならよかったけど………ホント、この娘ってバカよね」

「え? それはどういう―――」

 

 ため息つきながら寝ているフィールを見下ろすダフネに、クシェルが尋ねようとすると、

 

「クシェル、目を覚ましたのね」

 

 遅れて、先輩のアリアが安堵の表情で医務室に入ってきた。

 

「アリア先輩………」

「クシェルが目を覚ましてよかったわ。皆心配してたわよ。特にフィールはね」

「あ、はい。えと、ダフネ、それでさっきのはどういう………?」

「フィールったら、校長代理のマクゴナガル先生の寮に戻れっていう放送を無視してハリー・ポッター達よりも真っ先に『秘密の部屋』に向かったのよ。ポッター達もそうだけど、この娘が一番バカよね」

 

 ダフネはやれやれと肩を竦め、クシェルは明るい翠の眼を見開かせた。

 

「とにかく、クシェル。貴女が居ないとフィールはバカになって無謀な行動を取るわ。そうならないように、しっかり面倒見なさいよ」

「それだけ、クシェルのことを大切にしてるってのがわかるけどね」

 

 ダフネとアリアは去年までの冷血さは何処に行ったんだと言わんばかりに笑った。

 

「それじゃ、私達は戻るわね」

「うん。お見舞い、ありがとう」

 

 ダフネはすやすや寝ているフィールを起こすのを躊躇い、今はそっとしておこうと、身体に毛布を掛けたら、アリアと共に医務室を出ていった。

 

「………………」

 

 二人が退室すると、静けさが訪れる。

 クシェルは扉から下に視線を落とした。

 安らかな寝顔を浮かべるフィールを見ると、スリザリンの継承者を討伐したとは到底思えないなとクシェルは感じる。

 それから、思い切ったようにクシェルはフィールをグッと引き上げると、自身の胸に顔を押し付けて、身体を後方に傾かせた。

 

(軽すぎでしょ………)

 

 女の子なので体重は軽い方だろうが、フィールはそれ以上に軽い。

 引っ張り上げた感がゼロである。

 怪訝な面持ちになりつつ、クシェルは起きる気配が無いフィールを見る。

 少しばかり目を覚ますかもしれないと危惧したのだが………相当疲れているのか、相変わらず年齢相応かそれ以下の可愛い寝顔を、クシェルの胸を枕にして保ったままだ。

 

(ホント、寝顔可愛いなぁ………それに温かい)

 

 ぬくもりに溺れるよう、眼を閉じる。

 密着しているから、凄く温かい。

 フィールの体温を感じているクシェルの耳に、規則正しい寝息が聞こえてくる。

 ゆっくりと眼を開け、彼女の黒髪を捉える。

 黒色の髪から甘い香りが漂い、クシェルの鼻腔をくすぐった。

 

(あー………なんか私も眠くなってきた………)

 

 深い眠りに落ちているフィールを見ていたら、自分も凄まじい眠気に襲われた。

 欠伸を一つし、寒くならないよう先程ダフネがフィールに掛けていった毛布を自分達に被せてから、最後に彼女の髪を優しく撫でると、クシェルは意識を手放して、重い瞼をフッと下ろした。

 

 医務室を出たアリアはダフネと別れ―――別方向に視線を向ける。

 そこに居るのは、フィールの姉・クリミアだ。

 クリミアは壁に背を預け、腕組みしている。

 

「クリミア、入らなくていいの?」

「今はあの娘達だけにしておくわ」

「そう。貴女の妹、私の後輩に取られたわね」

 

 からかい半分にアリアが言うと、

 

「フィールが友達を大事にして、嬉しいわよ」

 

 だが、その言葉とは裏腹に、温和そうな顔の彼女が浮かべている表情は険しかった。

 

「フィールとあのグリフィンドール生三人が事件を解決したそうだけど………あまりにも無謀で、命知らずとも言えるわ」

 

 彼女らは2年生と言う下級生だ。

 だが、黒幕を倒したり怪物を倒したりなど、一般生徒よりも遥かに強い。

 しかし、クリミアが述べた通り、勇気と正義感が人一倍ある行動だが、同時に無謀かつ命知らずの行為とも言える。

 

「………帰ったら、とことん説教ね」

 

 クリミアは、深く息を吐く。

 それは、愛する妹がもしかしたら自分の前から突然消えてしまうのではないかと思わせるようなことをした彼女への咎めであり、無事に生きていることへの喜びでもあった。

 

♦️

 

 長かった恐怖の日々を乗り越えたホグワーツ生全員を乗せたホグワーツ特急はキングス・クロス駅へ到着した。

 それぞれの友人に挨拶をし、改札口を出た黒髪の少女と水色髪の少女を出迎えた黒髪の男女は痛いくらいに二人を強く抱き締めた。

 

「フィール、クリミア! よかった、本当に!」

「冗談抜きで寿命が縮まったわよ………!」

 

 叔父のライアンと叔母のエミリーが今年は迎えに来てくれ、ライアンは妻と子供二人と生活するためにフランスに建築させたベルンカステル邸に二人をそのまま連れていった。

 ベルンカステル邸に着くと、ライアンの妻セシリアと、双子の兄妹ルークとシレンが心配そうな顔で駆け寄り、それぞれ二人をハグした。

 

「ああ、本当によかった………クリスマス休暇中とイースター休暇中は気が気じゃなかったわよ」

「………ごめんなさい」

 

 クリミアは申し訳なさそうに答え、セシリアはホッと一息つくと、彼女を更に強く抱き締めた。

 一方、フィールは同じベルンカステルの血を引く従兄のルーク従姉のシレンとは久々に会ったのだが、二人は会うが否や、フランス人の母親の血を引いているためか………従妹の頬に何度も口付けを落とし、彼女を戸惑わせた。

 

「………流石に何度もしすぎじゃないか?」

 

 フランスの方では親しい人や家族などといった相手との距離を示す証明書のようなものでビズ(習慣・挨拶の一種のキス)をするため、やはりと言うかなんと言うか………この二人は、母親の血も強く引いていると、改めて認識した。

 父親譲りの右の金色の眼。母親譲りの整った顔立ちと金髪、左の空色の眼。

 双子の兄妹・ルークとシレンは、両親の特徴をしっかり受け継いでいるのだ。

 

「いいだろ、久し振りに会うんだから!」

「ええそうよ! 別にいいじゃない!」

 

 フランス語ではなく英語で伝えてきたルークとシレンに、フィールはそのまま母国語で返す。

 

「………ありがとう」

 

 ルークとシレンは身体を離すと、双子の兄妹と入れ替わるようにフィールの色白の頬をセシリアのたおやかな手が包み、安心したような眼差しで見つめた。黒髪の少女の蒼い瞳に、金髪の女性のセルリアンブルーの瞳が映る。

 

「何があったのか、話してくれない?」

 

 セシリアにそう訊かれ、フィールとクリミアはやっと本題に入ることが出来た。そうして、全ての出来事を話し終えた頃には夕方になっており、今日は此処に泊まるよう言われた二人はお言葉に甘えることにした。

 

「フィール」

 

 夕食を食べ、誰も居なくなったのを見計らったクリミアはフィールを部屋に呼んだ。そうして、二人だけの空間になったら、クリミアはフィールを叱咤した。

 

「貴女が秘密の部屋に向かったって知った時は、本当に心臓が止まったと思ったわ」

「………っ」

「一歩間違えたら貴女が死んでいたかもしれないのに、無茶ぶりするなんて、ただの命知らずの馬鹿がやる事よ」

 

 基本的に温和な性格のクリミアだが―――怒った時の威力は、友人の命を奪われそうになった際にフィールが見せる激怒と匹敵する。

 静かな声だが、その声にはフィールにとって充分すぎるほどの迫力が孕んであり、言葉を口にしようにも、喉の奥に引っ込んでしまった。

 

「………でも、最後はこうしてちゃんと戻って来て、本当によかったわ」

 

 一通り説教したら、クリミアはそれまでの厳しい面持ちから一変、神秘的な光を宿す紫の眼に涙を光らせながらフィールをギュッと抱き締めた。

 

「………ごめん」

 

 フィールは、どれだけクリミアに心配を掛けてしまったのかを知り、申し訳ないと思うのと同時に、自分にとって彼女の存在が何よりの居場所であり、帰るべき場所なのだと、愛する姉のぬくもりと香りを肌で感じながら、抱き締め返した。




【没シーン:早期決着】

トム「かくかくしかじか………」
フィール&ハリー((話なっが………もうどーでもいいわ))
トム「そういう訳で―――」
フィール「ハリーρ(・ω・、)ニッキチョウダイ」
ハリー「うん(; ・`ω・´)ニッキポイッノ⌒○」
トム「ああっ!? !!ヽ(゚д゚ヽ)(ノ゚д゚)ノ!! ちょっとちょっと待って待って待っ―――」
フィール「うるさい、黙れ( ・`ω・´)」
ハリー「またね、バイバイ( ・`ω・´)」

 フィールは悪霊の火を放った!
 トム・リドルは完全消滅した!

フィール「よし、帰るか(ゝω・´★)」
ハリー「うん、帰ろう..゚+.(・∀・)゚+.゚」

 こうして、話長いゴーストはこの世から滅せられ、学校の平和とジニーの命は救われたのであった(♪チャンチャン)。

【パリエス(城壁)】
名の通り、壁を造り出す呪文。
原作既存の呪文ではありませんが、まあ誰でも簡単に造れるでしょう。だって壁を思い浮かべればいいだけなので。
一見地味なように見えて、広範囲で攻撃を防いでくれるし場合によっては自分の周りに造出も可能だから、実は意外と幅広く使える魔法。

【インフェルノ・フィニス(終焉の業火)】
作者オリジナルの『悪霊の火』のスペル名です。悪霊の火ってなんか無言呪文らしいけど、呪文って口にした方が威力高いらしいし、まあ、これはいっかな?

【セシリア・ベルンカステル】
金髪空眼。フランス人。ハッフルパフ出身。ライアンの妻でルークとシレンの母。
セルリアンブルーはラテン語で空色の意味なので空眼と表記してます。ま、セルリアンブルーの瞳って表現が好きですけどね。

【ルーク&シレン・ベルンカステル】
金髪オッドアイ(空・金)。ボーバトン生。双子の兄妹。イギリス人とフランス人のハーフ。フィールの母方の従兄と従姉で2歳年上。クリミアより1歳年下。母親譲りの美貌と金髪、左の空眼。父親譲りの右の金眼。

【秘密の部屋編終了】
はい、2章も無事終了です。
本章ではフィールの叔母・エミリーが初登場しました。顔は姉のクラミーや姪のフィールと似てますが、金瞳は兄のライアンと同じです。
ルークとシレンについては、前作では名前とハーフってことだけが情報だったので、ここでやっと見た目が明らかになりました。
他校のオリキャラも出したかったことから、ルークとシレンがハーフキャラだってことをより印象的にするためオッドアイに。
この二人は4作目で登場数多くなるので、その時までお待ちを。
さて、次回からは『アズカバンの囚人』編。
第3章へ続きます。また見てね、バイバイ。


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Ⅲ.THE PRISONER OF AZKABAN
#31.静穏の裏側


第3章アズカバンの囚人編突入。

※1/12、本文加筆。


「お前のせいで、兄さんは………!」

 

 静寂に包まれていた墓場に響く、男の声。

 静まり返った空気を切り裂くように叫んだ声の主は、兄の葬儀で泣いていた姪をドンッと突き飛ばし、キッと鋭い双眸で見下ろした。

 つい最近兄が亡くなり、たった今埋葬し終えたところであった。

 一番真新しい墓石には、

 

 Jack・Bernkastel(ジャック・ベルンカステル)〈1959~1985〉

 

 と刻まれている。

 ジャック・ベルンカステルは、突然他界した。

 その時、彼の妻も廃人となり、現在彼女は二人の学生時代の友人が勤務している聖マンゴ魔法疾患傷害病院に入院し、生と死の境目で存在している。

 

「お前が………お前が………!」

 

 怯えたように見上げる、姪っ子の蒼い瞳。

 その瞳は、亡き兄とそっくりで―――尚更男は癪に障り、何故、この少女は………兄が殺される原因となった黒髪の少女は自分と同じ蒼色の両眼を持っているのかと激しい怒りを覚え、悲痛の叫びを彼女に訴えるように、あらんかぎりの声で激昂の感情を爆発させた。

 

 

 

「―――お前が死ねばよかったんだ………!!」

 

 

 

♦️

 

 

 

「―――ル! フィール! 起きなさい!」

 

 森林の奥深くに建てられている壮麗な古城。

 その城の最上階にある一室の広い室内に配備されている大きなベッドで寝ていた黒髪の少女は、誰かに身体を揺すぶられる振動によって、意識が覚醒した。

 

「ぅ……ぁ………クリ………ミア……?」

「フィール、大丈夫? 貴女、ずっと魘されていたわよ」

 

 苦しそうな呻き声を上げ、ゆっくりと重い瞼を開いた蒼眼の少女―――フィール・ベルンカステルは、心配そうに顔を覗き込む姉のクリミア・メモリアルの紫眼を朧気に捉えた。

 

「冷や汗が酷いわよ………」

 

 半身を起こしたフィールの額に手を当て、クリミアは顔を険しくする。うっすら汗をかいた額はひんやりとしていて冷たかった。それに寝間着も汗びっしょりで、色白の肌に纏わりついている。

 

「………貴女が中々起きないから様子を見に来たんだけど………何か、嫌な夢を見た?」

 

 比較的早起きなフィールなのだが、普段リビングに来る時間帯に今日は来なく、最初は寝過ごしているのかとくらいにしか思っていなかったが、数十分経っても来る気配がなく、心配になってフィールの部屋に出向き、ノックしても返事が返ってこなかったため、扉を開けて中の様子を確認してみると―――彼女がベッドで魘されていたのを見て、慌てて揺さぶり起こしたのだ。

 

「覚えて………ない………」

 

 フィールは苦しそうな吐息を吐き出し、鬱陶しそうに前髪をかき上げた。

 

「そう………とにかく、まずはシャワーでも浴びなさい」

「うん………そうするよ」

 

 フィールはベッドから下り、軽く伸びをすると着替えを持って室内に配備されている脱衣室に向かった。この城には大浴場があり、基本的にはそこを使用しているのだが………今は身体が気だるいため、部屋に完備されているシャワールームにした。フィールが姿を消した後、クリミアは汗で濡れたベッドを魔法で元通りにしたら、彼女が退室するまで室外の壁に腕組みして背を預けながら待つことにした。

 

(フィールのあの……寝言は………)

 

 クリミアはフィールを起こす前………こんな寝言を呟いていたのを耳にしていた。

 

 ―――いや……止めて……もう止めて………。

 

 入学してきた当初は冷たい性格だと避けられがちだったが、対等の友人を持ったことでちょっとずつ変わっていき、今では頼れる存在として同級生や後輩から慕われているフィール。

 そんな彼女の、弱気に満ちた言葉。

 他人からすれば、信じがたい光景。

 しかし、クリミアはフィールの過去を知っている。そして、その言葉の訳も。故に、フィールが昔みたいにまた殻に閉じ籠らないかが気掛かりになった。

 

(いや………大丈夫よ、きっと。今のフィールは独りじゃない。だから………)

 

 クリミアは自分の杞憂だと思うようにし、深く息を吐いた。

 数分後、シャワーを浴びてさっぱりしてきたフィールが部屋から出てきたため、クリミアはさっきまでの出来事には敢えて触れないようにしようと、

 

「フィールもこんなに背伸びたのね。あんなにもちっちゃかったのに」

 

 と、他愛もない話題を振った。

 一昨年に比べるとその違いがハッキリとするため、クリミアは妹が成長したのだと実感し、笑みを溢す。

 

「それを言うなら、クリミアもだろ」

「フィールよりも年上だからね」

 

 クリミアはからかい半分でフィールの頭をポンポンと軽く叩いた。

 二人は広いリビングに着き、テーブルの上に置いてある朝食を食べ、ソファーで読書したりして時間を潰し………二人共、あのことについての話題は一切触れようとはしなかった。

 

♦️

 

 あれから数日が経過し、フィールとクリミアは前者の母方の叔父とその妻子が住んでいる他国のフランスに居た。

 前学期、秘密の部屋が開かれて毒蛇の王・バジリスクがマグル生まれや混血の生徒を襲い、一時期恐怖の時間がホグワーツを支配した。

 二人はライアンやセシリアから「クリスマス休暇中は此方に帰ってこい」と言われたにも関わらず、それを無視してホグワーツに留まった。

 バジリスクの被害にはならなかった。

 が、もしかしたら死んでいたかもしれないのにと、特に秘密の部屋へ向かったフィールはライアン達にこっぴどく叱られてしまい、前もって予想はしてたとはいえ、少しブルーな気分になってしまったのだが。

 

「そういえば、フィール」

 

 テーブルを挟んで向かい側のソファーに座って紅茶を飲んでいたセシリアに声を掛けられ、フィールは本から顔を上げる。

 クリミアはライアンとセシリアの子供でフィールのイトコである双子の兄妹・ルークとシレンと一緒に上階に居て、今は此処に居ない。

 ライアンは仕事で不在なので、現在1階のリビングに居るのはフィールとセシリアのみだ。

 

「ん、なに?」

 

 妙にソワソワしてる叔母を怪訝そうに見つめていると、

 

「貴女は、今気になる男の子っていないの?」

 

 と、若干期待する眼差しで訊いてきた。

 今年、フィールは13歳になった。

 13歳と言えば、そろそろ異性の誰かが気になってもおかしくない年頃である。勿論、恋愛的な意味で。

 しかしまあ、なんと言うか、フィールはどこか一般の女の子とは思考回路が異なる。

 故に、返事は既に確定していた。

 

「いや、別にいないけど」

 

 実にあっさりな答えである。

 セシリアは少し残念そうに肩を竦めた。

 

「そう、それはちょっと残念ね。クリミアから話は聞いてるわよ。バレンタインの日には沢山のチョコを大勢の男子から貰ってるそうね」

「なんで私にそんな物を贈ってくるのか、全然意味わかんないけどな。ホグワーツに入学した当初なんて、多数の生徒に忌避されていたってのに」

「でも、それだけ貴女の魅力やいい所が沢山の人達に知れ渡ったってことよ。それに、だて眼鏡も外すようになったんでしょう? フィールは綺麗な顔してるからね。皆は貴女の整った顔立ちに惚れ惚れしてるのよ。と言うか、これだけモテてるんだったら選び放題じゃない」

「いや、私、別に顔立ち整ってないしモテてないけど?」

「貴女そろそろ多少は自覚しないといつか誰かに殺されるわよ」

「? それならそうなる前に返り討ちにしてやるけどな」

(どうしよう、この娘恋愛面では全然可愛くないわ)

 

 フィール本人は現在では自分がかなりモテている事実に全く気付いておらず、自身に向けられている好意に超鈍感な彼女にファンの生徒達は撃沈している。

 でも、意外にもめげずにファン達は熱い視線を送り続け、1年に一度の一大イベント・バレンタインデーが近付くと、クールなフィールに気付いて貰うべく、有名店の包装紙に包まれた高級チョコやトリュフ、中には一生懸命手作りしたお菓子を事前に用意する。

 そのため、2月14日のスリザリン談話室にはフィール宛てに贈られてきた大量のチョコの箱がドンと山積みで置かれていて、ファンのスリザリン男子生徒は友達同士固まってソワソワ、女子生徒は「フィールばっかりモテて~っ! ズルいのよ!」と嫉妬の炎をメラメラと燃やしている。

 色々な視線がフィールの背中に突き刺さるので友人のクシェル・ベイカーは「私、もしかしてとんでもない人を親友に持っているんじゃ?」と嬉しいやら困るやら、複雑な心境になるのだが、当の本人はそんな視線などどこ吹く風、といった感じに涼しい顔で片付けるのだから、これまた女子生徒の嫉妬の炎に油どころかガソリンを撒いていることに、一切気付いていない。

 

「………まあ、それは置いといて。こういうのはもっと素直に喜びなさいよ。いいじゃない。バレンタインのチョコは女のプライドよ? 私も学生の頃にはそういう贅沢な悩みを抱えてみたかったわ。沢山貰いすぎて食べきれないとか、色んな視線が背中に突き刺さって痛いとか」

「セシリア叔母さん、まさか1個も貰わなかったのか?」

「失礼ね、もう」

 

 セシリアは頬を膨らませ、身を乗り出してフィールの額を小突く。

 

「ライアンから貰ってたに決まってるでしょ」

 

 それを聞き、フィールは「ああ」とする。

 

「ライアン叔父さん、その時からセシリア叔母さんにベタ惚れだったんだな。あ、それを言うならセシリア叔母さんもか」

 

 小突かれた仕返しとばかりにニヤリと笑いながら言うと、セシリアは少し頬を紅潮させた。

 

「羨ましいな。誰かを好きになれて、しかもその好きな人と両想いなんて」

「むぅ………そんなにも悔しいなら、気になる男の子の一人や二人、見つけてみなさいよ」

「今はフリーが楽だから、遠慮しておく」

 

 微笑しつつ、セシリアの言葉を一言でかわしたフィールはテーブルに置かれたコースターの上に載せられているティーカップを掴み、中に入っているミルクティーを飲んで喉を潤す。

 

「フィールはどんな感じの男が好みなの?」

 

 その問い掛けに、フィールは首を捻る。

 そうは言われても、異性に対する好みのタイプなど今まで考えてこなかったので、パッとは出てこない。元々恋愛に疎いフィールだから、仕方ないと言えば仕方ないのだが………。

 

「………今はまだわからないな」

「やっぱり、そう言うと思ったわ。まあ、その内わかるわよ、きっと」

 

 セシリアは笑い、フィールも微苦笑する。

 

「じゃあさ、よく会話する男子はいるの?」

「いるって言えばいる」

「誰々?」

「ハリー」

 

 比較的会話をする回数が多い男子と聞いて真っ先に思い浮かんだのは、同級生のハリー・ポッターだ。彼との初対面は2年前にダイアゴン横丁に出向いた時で、本格的に話をしたのはトロール騒動が起きたハロウィーンの事件後だ。

 それ以来、ハリーとは賢者の石を巡っての激闘や秘密の部屋に関する事件を共に解決したりと、年々毎に交友関係を築いている。

 

「ハリー………あのハリー・ポッターね?」

「うん」

「ハリー君ってどんな子なの?」

「猪突猛進な性格が玉にキズだけど正義感強い。箒に乗る才能に関しては天性で意外と運動神経抜群」

「結構大雑把ね」

「これでもわかりやすく言ったんだけどな」

 

 フィールは中身が空になったティーカップをコースターの上に置く。

 

「ハリー君以外の男子とは話さないの?」

「まあ、そうだな。ハリー以外の男子とはあまり話さない」

 

 結論を言えば、フィール自身に恋愛というものに関する物事は明確ではない、とセシリアは考える。

 

「いつか見てみたいわね、フィールが誰かに夢中になっている姿。ま、貴女が恋愛を知る日はずっと先になりそうだけど」

 

 硬派で男に媚びないタイプのフィールだ。

 そんな姪が誰かを好きになるには、十分な期間が必要みたいだと、セシリアは遠い眼差しで高い天井を仰ぎ見た。

 

♦️

 

 フィールとセシリアがリビングで対話している一方で、クリミアはルークとシレンと一緒に3階の部屋に居た。

 シレンはベッドに座って壁に背を預け、ルークとクリミアは椅子に座っている。

 

「一昨年は『あの人』が生きてるって発覚、去年は秘密の部屋が開かれてパニック………。ホグワーツは毎年トラブルだらけね」

「その度にフィールが解決してるんだろ? ホントにスゲーよな」

「正しく言えば、ハリー・ポッターとその友達二人もだけどね。………私個人の感想だけど、トラブルメーカーのハリー・ポッターが近くに居て彼らが猪突猛進しそうなのを見てるから、フィールは黙ってられなくて事件に首突っ込むんじゃないの?」

 

 クリミアから聞き及んでいる話を基に冷静に分析したシレンの言葉。

 あながち間違いではないと、クリミアは苦い顔をする。

 

「………フィールは冷静だけど、自分から身を投げ出す悪癖があるわ。ハッキリ言うと、危なっかしくてヒヤヒヤするわよ」

 

 はあ、とクリミアは深く息を吐く。

 フィールもあの少年少女三人も、周りからすれば勇敢な行動だが、視点を変えて追求すれば自殺行為そのものだ。

 いつ、命を落としたって不思議ではない。

 心配性なクリミアはとても気掛かりだった。

 

「だけどよ、フィールも成長したよなあ。あんなにも冷たくなったのに、今では友達作ったり学校の平和を救ったり。昔じゃ、全然考えられないことだよな」

 

 と、従妹の人間性としての進歩を従兄として嬉しく思うルークは楽観的に笑うが、

 

「………でも、やっぱりまだ、友達と仲良くするのを躊躇ってる様子があるのよね」

 

 クリミアは沈んだ顔になってしまった。

 しかし、ルークは笑みを絶やさない。

 

「俺的には、フィールもかなり変わったなって思うけどな」

「え、どうして………?」

「そんなのは、素直な気持ちで友達と接することに対して照れてるだけなんだよ。それに、友達と仲良くするのを躊躇ってるってことは、それだけ好きで信頼を寄せているから。もしも『会えば話すくらいの同級生』程度の認識なら、塩対応だったと思うぞ、アイツは」

 

 確かにフィールの性格上、何とも思っていない人間に対する態度はクール一貫だ。

 とっくの昔に誰にも気を許さないで突き放すようなフィールが何だかんだ言いつつもクシェルやハリーと共に居るということは、何か理由があるからだと考えてもいいかもしれない。

 そう考えたクリミアは、元気を取り戻す。

 

「そうね………そうかもしれないわね」

 

 が、まだ表情は幾分か冴えない。

 すると今度は、

 

「お姉ちゃん」

 

 と、シレンがクリミアを見た。

 昔はよく此処に遊びに来ていたクリミアは、1歳年下のルークとシレンと一緒に居る時間が多かった関係上、後者は昔から1歳年上の彼女のことをそう呼んでいる。

 

「お姉ちゃんって、鋭いようで鈍いよね」

「それ、どういう意味よ………?」

「周りの状況把握とかは鋭いけど、近い人物ほど近すぎて逆にわかってない。私達『家族』のことは割りと理解してるけどね」

 

 シレンの瞳と語気は真剣味を帯びていた。

 尚更クリミアは戸惑ってしまう。

 

「『家族』で言うなら、フィールもよ?」

「確かにそうだけど………とにかくさ、お姉ちゃんからすると、私達家族の中で最も近いのはフィールでしょ? それでいて、お姉ちゃんがフィールと私達に対する気持ちは微妙に違う」

 

 そこで一旦言葉を区切ったシレンは、一瞬口を噤んだ。が、すぐにキリッとし、意を決したように口を開く。

 

「『あの日』、クラミー伯母さんとジャック伯父さんがお姉ちゃんやフィールの前から居なくなって………お姉ちゃん、物凄くフィールに過保護になった。だから、気付けない。親しい人物になればなるほど近すぎてわかっていない」

 

 重みを孕んだその言葉に、クリミアは俯く。

 キッパリと言い放つシレンに反論出来ない。

 いつもはしゃんとしている肩を丸くした。

 

「………そう、かもね。私は、フィールと近すぎるのかもしれないわね」

「過保護なのは勿論わかってるけど、たまには黙って見守るのも必要だぜ?」

「姉妹仲が良いに越したことはないけど、お姉ちゃんの場合は行き過ぎの感があるわ」

「………ええ、わかったわよ。今後は、ちょうどいい距離を探してみることにするわ」

 

 最後に二人からやんわりと、でも遠回りにグッサリと釘を刺されたクリミアは、胸に深く刻んで肝に銘じるのであった。

 

♦️

 

 8月の中旬―――。

 パブ『漏れ鍋』の11号室に宿泊しているハリー・ポッターはダイアゴン横丁にズラリと並ぶ店舗を毎日好きなだけ物見遊山した。

 先週、ホグワーツが夏季休暇の間は居候しているダーズリー一家に1週間滞在しに来た叔父・バーノンの妹・マージを滞在最終日にハリーは両親を『出来損ない』呼ばわりして真っ向から侮辱した彼女に烈火の如く怒り、遂に我慢の限界を迎えて魔力を制御出来ずに暴走させてしまい、マージを風船のように膨らませて天井に飛ばしてしまった。

 ハリーはトランクに学用品や誕生日プレゼント等の荷物を纏めて激情の赴くままに家を飛び出し、迷子の魔法使いや魔女のための緊急お助けバス・夜の騎士(ナイト)バスを利用して漏れ鍋までやって来たのだ。

 

 その後、何故か漏れ鍋に居た英国魔法省大臣コーネリウス・ファッジに少々叱責はされたが、どういう訳か『未成年魔法使いの制限事項令』を破ったにも関わらず、処罰は一切無しと言われ、現在の自由な生活に至る。

 因みにマージの風船事故の一件は、魔法省を構成している7部門の一つ・魔法事故惨事部(魔法によって起こった大惨事の処理などを担当)の内部業務の一種『魔法事故リセット部隊』が駆け付けて彼女の記憶を修正し、実害は発生しなかったので、ひとまずは一件落着と言う形だ。

 

 そして漏れ鍋に来てから1週間後。

 ハリーはお気に入りの店『高級クィディッチ用具店』にて、思わずグリンゴッツの金庫を全部使い果たしてでも欲しいと言うくらいの誘惑に思わず負けてしまいそうになるほど、今まで見てきた箒よりずっと素晴らしい箒に出会った。

 最新式で世界最高峰の箒・炎の雷(ファイアボルト)だ。

 店のオーナーによると、どうやら先日、世界選手権大会のチーム『アイルランド・インターナショナル・サイド』から7本も注文されたらしい。因みに御値段は何と500ガリオンだ。

 世界的国際チームが購入するくらい、ファイアボルトはプロの選手のみならず、クィディッチファンの魔法使い達にとってはまさに喉から手が出る程欲しい品物であった。

 それからと言うものの、ファイアボルトが一目見たくて、ハリーはほとんど毎日通いづめであった。

 金貨をどのくらい支払わなければ自分の私物に出来ないかを考えたくて、値段は敢えて聞いてないにしても、学生の身分では到底無理購入不可能なくらいは、流石のハリーでも察しがついている。

 他の客もハリーと同じように買えないにしても、せめてこの眼には焼き付けておきたくて、毎日のように新しく作られた陳列台に飾られているファイアボルトを恍惚の表情で、嘆息しながら眺めていた。

 

 そんなある日、大事件が発生した。

 なんと、誰もが欲しくても買えない金額のあのファイアボルトをケロッとした顔で、普通にポンと購入した者が現れたらしいのだ。

 興奮気味な魔法使い達の異様な熱気に溢れていた店内は瞬く間にどよめきの波紋が広がり、店のオーナーや店員はこれ以上ないくらいビックリ仰天して、その購入者に釘付けであった。

 

「おいおい、マジかよ。あのファイアボルトを買うとか! こんなん絶対有り得ねえ! しかもまだ子供じゃねえか!」

 

 それを聞いたハリーは眼を大きく見開いた。

 子供? 自分と同じ年頃と思われる人間が、あの箒を買ったのか?

 ハリーはその人物が誰なのかを確かめたくて、サッと踵を返して戻り―――人混みの中をなんとか掻き分けて進み、前に出ると、そこには自分がよく知っている女の子が、ファイアボルトの包みを片手に困った表情で立っていた。

 

「えっ!? フィール!?」

 

 そう、ファイアボルトを購買したのは紛うことなく、同級生のフィール・ベルンカステルその人であった。

 ハリーが驚いてしまうのも無理はない。

 何故なら、彼女は自分と同い年の、今年ホグワーツ3年になる学生なのだから。

 

「ハリー? 久し振りだな」

「あ、うん………久し振り。フィール、その包みってもしかして―――」

「ああ、ファイアボルトだ。今年必要な学用品を買いにダイアゴン横丁に来てみたら、最新式の箒が発売されたみたいだから、それで」

「お金とかは大丈夫なの………?」

「え? 全く問題無い。(いえ)には既に生産中止となった箒やアンティークな箒とかがズラリとコレクションされててさ。そういうのを見ると、なんかコンプリートしたくなるな………って」

 

 そこまで言ったフィールは、突如殺気混じりの視線を感じ………眼を動かしてみると、店内に居た客全員がこちらへキツい眼差しを向けていた。

 その眼は「さっさとその箒寄越せ!」と無言でビシバシ伝えてくる。

 

「…………………………」

 

 フィールは背筋が凍り、全身に緊張が走った。

 本能が「逃げろ!」と警鐘を鳴らしている。

 

「あ、私、急用思い出した。そろそろ行かないとマズいな。それじゃハリー、またな」

「う、うん………健闘を祈ってるよ」

 

 ハリーも店内に漂うドロドロしたオーラを敏感に察知し、自分のことのように冷や汗を流しながら、どうかフィールが無事逃げ切れますように願いながら小さく頷き―――フィールは静かに店内を出た瞬間、ダッシュで高級クィディッチ用具店を後にした。

 同時、客が生存者に襲い掛かるゾンビみたいに血眼になって、群れを成してファイアボルトを片手に逃走したフィールを追い掛ける。

 つい先程まで寿司詰め状態だった店内は嘘のように人がめっきりと居なくなり―――恐る恐るハリーは店を出てみると、購買したばかりの新品の箒に乗って上空へ素早く逃げたフィールの姿をバッチリと目撃するのであった。




【バレンタインのチョコ】
本編では出てませんが、これでもフィールさん滅茶苦茶チョコ貰ってます。男子からは熱い視線を、女子からは嫉妬の視線をビシバシ送られるので、本当にクシェルはとんでもないヤツと親友になったなと苦笑い。
イギリスでは主に男性が女性に愛を伝える日みたいですので、セシリアが言ってた通り、男から貰ったバレンタインのチョコは女のプライド。
日本ではその逆ですけどね。

【過保護なクリミアを心配する双子】
ルークとシレンですら心配するレベル。
二人から伝えられたとはいえ、クリミアのことだからすぐに心配性なお姉さんに逆戻りするでしょう。

【コレクションコンプリートを目指すフィール】
結果大勢の客に追い掛けられる羽目に。
この作品ってやたら逃走中要素が多いような気がするのは気のせいだろうか。


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#32.暗闇の中で鋭く光る

ホグワーツ特急内での出来事。


 その日が豪雨でも、運休することなく生徒達を乗せてホグワーツに向かうため、キングス・クロス駅の停車駅に停車中の紅い蒸気機関車、ホグワーツ特急のコンパートメントの一室でフィールとクリミアは椅子に腰掛けていた。

 フィールは日刊預言者新聞を読んでいる。

 一面の見出しには、ある男が脱獄不可能と言われていたはずの魔法界の監獄・アズカバンから脱獄したことで記載されていた。

 今魔法界で話題沸騰中のシリウス・ブラックである。彼は12年前、マグルの人間を大量に爆死させ、その後アズカバンに投獄された。

 そして、現在―――アズカバンから突如脱走したのだ。そのため、魔法界はピリピリとした緊張感が常に走っている状況である。

 

「アズカバンから脱獄、ねえ………」

「そんなことって、出来るのね。でも、どうやって不可能を可能にしたのかしら?」

「さあ、な」

 

 フィールは新聞を畳み、腕組みした。

 ちょうど、ホグワーツ特急が大きな揺れと共に発車し、今年もホグワーツ城へと向かった。

 その時、コンパートメントの扉が開かれ、そちらを見てみれば、フィールの同僚同輩の友人、クシェル・ベイカーが立っていた。

 

「あ、フィー。此処、いい?」

「ああ、構わない」

「ありがと………って、その人は?」

 

 クシェルは、見慣れない女性を見て尋ねた。

 

「クリミア・メモリアルよ。今年6年になるハッフルパフ生」

 

 先輩? とクシェルは少し驚いた顔になり、年上の他寮生と知り合いなのかと、フィールに顔を向ける。

 

「………いいのか? 私達の関係教えても」

「いいわよ」

「わかった。………クリミアは、私の義姉」

「義姉?」

 

 クシェルは二人の意外な関係に、明るい翠眼を剥く。

 

「ええ。生まれてすぐに両親が死んで、身寄りのなかった私をフィールの両親が引き取ってくれたのよ」

「そうなんですか………」

「そういえば、フィール。もしかして、この娘が?」

「クシェル・ベイカー」

「やっぱりね。貴女のことはよくフィールから聞いてるわ。これからも、フィールと仲良くしてくれるかしら?」

「はい、勿論ですよ」

「ふふっ、噂通りの娘ね。それと、私のことはクリミアでいいわ。敬語もいらないから、遠慮なく話し掛けてちょうだい」

 

 気さくな感じのクリミアに、クシェルは笑みを浮かべ、中に入って扉を閉める。手に持っていたトランクを荷物棚に押し上げると、フィールの隣に座った。

 しばらくは三人で他愛もない話題を交わして時間を潰し、そろそろ制服に着替えようかと思った直後、異変が突如起きる。

 到着時間よりも明らかに早く、汽車が速度を落とし始めたのだ。

 

「え? もう到着?」

「いや………そんなはずはない」

 

 雨天の窓外の景色を見ながら全員が抱懐していた疑問を呟くクシェルに、警戒の色を滲ませたフィールが返す間にも………ホグワーツへ向かっていた汽車は完全に停車し、車内の灯りがフッと消え、暗闇に包まれた。

 

「え? 何が起きたの?」

「暗くなったわね………」

 

 突然の事態に驚くクシェルと天井を見上げたクリミアは険しい顔付きになる。

 ふと、ピキピキッ………と、何かが凍っていく音が耳に入り、そちらの方に視線を走らせると、徐々に大雨で濡れた窓ガラスの水滴が凍結していく異様な光景が三人の眼に飛び込んできた。

 それだけでなく、コンパートメント内の気温が時間経過と共に低下しているのを肌で感じ、吐き出す息が白くなる。

 

「………ッ!」

 

 常人を遥かに凌ぐ第六感の持ち主、そしてかつて似たような出来事を体験しているフィールは、謎の寒気の正体にいち早く気付いた。

 平常心を保つように一度深呼吸をすると、ヒップホルスターから杖を抜いて灯りをつけ、クシェルとクリミアもそれに倣って灯りをつける。

 

「………まさか、アイツらか?」

 

 そう小さく呟いたフィールの声は、抑えきれない憎しみと恐怖で震えていた。

 三人はコンパートメントを出る。

 通路の隣を見てみると、少し離れた先にハリー達一行がコンパートメントから出てくるのを発見した。

 フィール達はそちらに向かう。

 スリザリン嫌いのロン・ウィーズリー以外はフィールを見て、途端に安堵の顔になった。

 

「貴女が同じ車両に居てくれてよかったわ………この状況って一体………」

 

 ハーマイオニー・グレンジャーが不安げに呟いた時。

 ロンの妹・ジニーが眼を剥いて声を上げた。

 

「見て! 何かが近付いてくるわ!」

 

 ジニーが指差した先に、全員が目線を移す。

 そこに居たのは、車両の出入口から現れた、おぞましい何かであった。

 黒いマントに覆われていて、天井に届きそうなくらい背が高く、顔に頭巾を被っている。

 

「な、何なの………アレ………」

 

 初見のクシェル達は怯えた顔になるが、これが初見じゃないフィールとクリミアは目付きが鋭くなる。

 

吸魂鬼(ディメンター)だ!」

「どうして此処に居るのよ!?」

 

 地上を歩く生物の中で最も忌まわしきものの一つと言われている存在―――吸魂鬼だ。

 彼らは人間の喜怒哀楽から発せられる幸福感や希望、意欲などを感知して吸い取り、それを糧にして生きる闇の生物である。最悪な経験や記憶を持つ者ほどその影響力は酷く、吸魂鬼が付近に居るだけで人間は絶望や恐怖、凋落を味わう。

 今、この場で起きているのがまさにそれだ。

 吸魂鬼はガラガラと音を立てて、ゆっくりと息を吸い込む。

 その瞬間―――凄まじい悪寒と、言い様のない不快感がどっと押し寄せてきた。

 皆はガタガタ震えたり、悲鳴を上げる。

 ハリーに至っては椅子から転げ落ち、その場に倒れて痙攣し始めた。

 

「―――此処にシリウス・ブラックをマントの下に匿う者は居ない。すぐに立ち去れ!」

 

 フィールは声を張り上げ、吸魂鬼へ言い放つ。

 だが、大人しく退散するほど、彼らも甘くはない。彼女の見え隠れしている辛い記憶の奥底を感知し、更に引き摺り出そうとしたのか、吸魂鬼が近付いてきた。

 

『―――なさい! フィール!』

 

 頭の中で響く、女性の鋭い声。

 その声には、聞き覚えがある。

 

(………お母さん………?)

 

 確かに聞こえたその声は、母のものだ。

 そして次の瞬間、ドクリと心臓が飛び跳ねた。

 動悸が激しくなり、眩暈に襲われる。

 すると今度は母親の叫び声とは別の音が、耳の奥から確かに聞こえてきた。

 その音は、生ける者全てが内側に持つ―――

 

「…………止めろ………………」

 

 血の底から這い上がってくるような、低く抑えたトーン。

 左手で頭を押さえ、唇を噛みながら、途絶えそうになる意識を無理矢理にでも繋ぎ止める。

 だが、それでも。

 身体の底から力が抜けていき、見える世界がぼやけてきた。

 

「………ッ、ぁぁ………!」

 

 呻くような、それでもって苦しくも勇ましい声を吐き出し、危うく倒れそうになった体勢を立て直し、両足で踏ん張る。

 左手で頭を押さえながら、堪え忍ぶように伏せていた顔を上げ………鋭くギラつかせた蒼の双眸で黒く蠢く物体を射抜き、右手に握り締めていた杖をクルリと一回転させる。

 

「アイツらからの差し金ならば、こう伝えろ!」

 

 彼女は細長い杖を大きく振るい上げ、

 

 

 

「―――もう、お前らの好きにはさせないと!」

 

 

 

 あらんかぎりの声で、吸魂鬼(魂の捕食者)へ向かって腹の底から叫んだ。

 

エスティルパメント・パトローナム(守護霊よ滅ぼせ)!」

 

 フィールが声高らかに呪文を唱えると―――力強く飛び出してきた白銀の狼の身を纏う銀の光は従来よりも遥かに強烈なものとなり、威嚇の咆哮を上げながら、吸魂鬼へ襲い掛かった。

 本来ならば、『守護霊の呪文』というものは吸魂鬼を『撃退』することは可能でも、『殺傷』は不可能だ。

 

 だが、彼女は違う。

 何世代にも渡って不可能と言われてきた吸魂鬼の殺傷を、可能へと塗り替えたのだ。

 荒れ狂う銀色の獣がまさにそれを示し、目の前に佇んでいた漆黒の生物は物言わぬ悲鳴を、代わりに悶え苦しむ姿で表している。

 フィールは血混じりの吐息を吐き出し………『破滅(エスティルパメント)』から『撃退(エクスペクト)』へ戻すと、ギリギリまで蹂躙していた吸魂鬼を列車外へと追い出した。

 

♦️

 

(アレは………有体守護霊か………?)

 

 今年、『闇の魔術に対する防衛術』の新任教師となるリーマス・ルーピンは、眼前の異様な光景に眼を見張った。

 ついさっきまで寝ていたルーピンは、目を覚ましてすぐにコンパートメントの気温が下がっているのを感じると、その正体が抜き打ち調査した吸魂鬼だと瞬時に理解した。

 しかも、その吸魂鬼はすぐ側に居る。

 なので、急いで追っ払おうと杖を構えて『守護霊の呪文』を唱えようとした、次の瞬間だ。

 

 目の前の通路で、目映いばかりに光輝く白銀の狼が飛び出してきたかと思えば、その狼が、吸魂鬼へ強襲したのだ。

 そして、なんとその攻撃は通じており、闇の生物は傍から見てもわかるほどに身悶えし、逃れようと必死になっている。

 吸魂鬼が苦しむ姿など、これが初見だ。

 あの狼を呼び出した術者は誰なのか、ルーピンは前方に眼を凝らす。

 杖を向けている少女のシルエットを朧気に捉えたが、ハッキリとした姿はよく見えない。もっと注視してみようと視線を一点集中した時、吸魂鬼は列車外へと追い払われた。

 

♦️

 

「す、すげえ………」

 

 先程の激しさと眩しさに堪らず眼を覆っていたクリミア達。閃光が収まり、狼が消滅した後、ロンは思わず眼を見張った。

 

「………ッ」

 

 フィールは端正な顔を苦痛に歪める。

 皆には悟られないよう、小さく苦しげな息を吐き出しながら、肩を上下させる。

 

「ひとまずは………問題無いだろ………」

 

 クラクラと眩暈がするが、耐え忍ぶ。

 奥歯をギリッと噛み締め、額に滲んだ冷や汗を拭った。

 

「君達、大丈夫かい?」

 

 ハリー達が出てきたコンパートメントの扉から声を掛けられる。

 声の主は、ルーピンであった。

 みすぼらしいローブを羽織るライトブラウンの髪に白髪が混じった男の登場に、フィールは内心ヤバいと舌打ちする。

 が、表面上はいつも通りの様子を振る舞った。

 

「ええ、まあ………」

 

 フィールはバツの悪そうな表情で、ルーピンから顔を逸らす。ルーピンは妙な素振りをした彼女をまじまじと見つめていたが、深く詮索はしなかった。

 

「まずは皆コンパートメントに入りましょ」

 

 いつまでも通路に突っ立っているのは無意味だと、クリミアはフィール達を促す。

 それから、床に寝転がるハリーをヒョイと持ち上げると、ゆっくりと椅子に寝かせた。

 

「ハリーは大丈夫なの?」

「ただの気絶だから大丈夫よ。時間が経てば、自然と目を覚ますわ。体温が低下しているから、毛布か何かを掛けた方がいいわね」

 

 クリミアは一旦自分が居たコンパートメントに戻り、程無くしてショルダーバッグを提げて帰ってきた。中から暖かい色をした毛布を取り出し、ハリーの身体に掛ける。

 

「これでよし」

 

 粗方処置が終わり、クリミアは一息つく。

 ハーマイオニー達は彼女の無駄の無いテキパキとした動きにポカンとする。

 

「あとはチョコレートを食べればOKよ。吸魂鬼に遭遇した場合はそれが一番だから」

「チョコレートなら、私が持っているよ」

 

 見るとルーピンはチョコを取り出していた。

 皆は素直に彼からチョコを受け取り、バリバリと齧る。

 

「………どうやら、まだ居るみたいだな」

 

 チョコを飲み込んだフィールはそう呟く。

 クリミアもそれをなんとなく感受していた。

 

「恐らく、数体で脱走中のシリウス・ブラックの捜索に当たっているのね。捜索を理由に一般人が襲われるなんて本末転倒よ、全く」

 

 イライラと呟き、クリミアは杖を抜く。

 

「このまま放っといたら、いつまで経ってもホグワーツ特急は発車しないと思うわ。それに、きっと大勢の生徒が少なからずの影響を受けてるだろうから、車両販売の人に全員分のチョコレートを配って貰えないか、相談しましょう」

「それなら私が行こう。ちょうど車掌と話をしてこようと思ってたからね」

「では、お願いします。貴方達、その子が目を覚ましたらチョコを食べさせてあげなさい」

「あ、はい………」

「それでは、私達はこれで失礼します。………フィール、大丈夫? 無理そうなら休みなさい」

 

 クリミアは小声でフィールに耳打ちする。

 フィールは小さく首を横に振った。

 

「いや、大丈夫。早く追い出しに行こう。………クシェル、私達で残りの吸魂鬼を撃退してくるから、コンパートメントに残って荷物を見ててくれないか?」

「うん………わかったよ。気を付けてね」

 

 クシェルはコンパートメントで荷物の見張りをするよう言われ、流石に今回ばかりはその指示に従った。

 まだ有体守護霊を創れないのに自分が行ったら足手まといになるだろうと危惧したからだ。

 そうして、三人は元来た道を小走りで戻る。

 ロンは不思議そうな眼差しでその背中を見送っていた。

 

「あの人、ベルンカステルの知り合いか?」

「あの人?」

「ハリーを介抱してくれた人だよ。あの人、2年前、ベルンカステルと同じコンパートメントに居たんだ」

 

 二人が義姉妹関係なのを知らないロンは、目の前の空虚の空間を見つめながら、怪訝な面持ちになるのであった。

 

 クシェルにコンパートメントの見張りを頼んだフィールとクリミアは、吸魂鬼の捜索と撃退を目的にホグワーツ特急内の通路を歩行していた。

 暗闇の中、唯一居場所を示すは杖の灯りだ。

 その小さな光を頼りに進んでいると、向こう側の通路で2つのシルエットを発見した。二人が慎重に近付いてみると―――相手側が灯りのついた杖をこちらに向けてきた。

 

「ん? もしかして、クリミアとフィール?」

「奇遇ね、こんな所で会うなんて………って、呑気なこと言ってられる状況じゃないわね。何が起きたの?」

 

 2つのシルエットの正体はソフィア・アクロイドとアリア・ヴァイオレットであった。前者はクリミアの同輩、後者はフィールの先輩だ。

 

「吸魂鬼よ。大方、シリウス・ブラックの捜索が目的で抜き打ち調査でこの汽車に無断侵入してきたと思われるわ。恐らく数体。ちなみに一体はさっきフィールが駆逐してくれたわよ」

「吸魂鬼が? だから矢鱈寒いし不快感を味わうしなのね。と言うか、脱獄囚捜索そっちのけでただ単に来襲してきたってことも考えられるわね。汽車には大勢の人間が一箇所に集まってるからその気配に引き寄せられて本来の目的を忘れてる可能性も十分あるし」

「とにかく………理由は何であれ、いつまでも此処に居座られたら迷惑千万この上ないわ。魔法省ったらロクなことしないわね。何かもっと他に良案が思い浮かばなかったのかしら」

 

 と、謎の現象の秘密が判明したソフィアとアリアがこのように言った直後、フィールの同僚同輩の男子生徒が顔面蒼白しながらこちら側に走ってくるのが見えた。

 度々ハリー達一行に嫌がらせをしては逆にやり込められるのが大体お決まりのドラコ・マルフォイ、グレゴリー・ゴイル、ビンセント・クラッブの三人である。

 

「お前ら、どうしたんだ?」

「あ、ああアイツらが、ぼ、僕達に、おそっ、襲い掛かってきたんだ………!」

 

 今にも大声で泣き出しそうな勢いで半泣きのマルフォイは背後を指差す。よく眼を凝らしてみると、暗闇の空間の中で吸魂鬼が2体、こちら側に接近してくるのが見えた。マルフォイ達は恐れをなして「ギャーッ!」と喚きながら付近のコンパートメントに駆け込んだ。

 吸魂鬼が近付いてくる度、フィールは冷や汗が全身から噴き出す。冷たい吐き気を催され、口元を押さえつつ―――フィールとクリミアは一歩踏み出そうとしたが、その前にソフィアとアリアが前線に出た。

 

「此処は私達が仕留めるわ。貴女達、早く下がりなさい」

「ちょうどストレス発散になる獲物(モノ)が、御丁寧にも現れたようだわ」

 

 吸魂鬼や魔法省に対する鬱憤を手軽に晴らすストレス発散法を早くも発見したと言わんばかりに「獲物は仲良く一匹ずつだからね」と一瞬目配せして以心伝心した二人は、大きく杖を振るった。

 

「「エクスペクト・パトローナム(守護霊よ来たれ)!」」

 

 声高らかに『守護霊の呪文』を詠唱したソフィアとアリアの杖先からそれぞれ、銀色の光を纏った大鷹と大鴉が力強く飛び出し、2体の吸魂鬼を列車外へと追い出した。退散したのを確認したソフィアとアリアは「もう大丈夫よ」と振り返って微笑む。フィールとクリミアは目元を和らげた。

 

「………スゴいな、二人共」

「ええ、おかげで助かったわ」

 

 ふと、何処からか視線を感じ、そちらに眼を向けると、先程マルフォイと取り巻き二人が駆け込んだコンパートメントから、ウィーズリーツインズのフレッドとジョージ、その二人の親友でクィディッチ解説者、リー・ジョーダンが顔を覗かせていた。

 

「クリミア、さっきのは」

「もしかして吸魂鬼か?」

 

 フレッドとジョージの問いにクリミアは頷く。

 

「ええ、その通りよ」

「マジかよ………アレが吸魂鬼ってヤツか」

 

 フレッドは眼を見開かせながら、吸魂鬼が居なくなった方向に顔を向ける。その彼に、クリミアはチョコを手渡した。

 

「この後、車内販売の店員から全員にチョコが配布されるだろうけど、先に渡しておくわ。悪いけど、その子達にも渡しておいてくれるかしら」

「ああ、わかったぜ。サンキューな」

 

 クリミアの頼みにフレッドは頷き、顔を引っ込める。ジョージとリーも椅子に座り直した。

 

「さて、と。これで3体駆除したけど、灯りが戻らないってことは―――」

「まだ、何処かの車両に残存してるのね」

 

 笑顔から一変、ソフィアとアリアは険しい顔付きで天井を見上げる。光が戻る気配は無く、相変わらず車内は真っ暗であった。

 

「………私、あとの車両見てくる」

 

 冷や汗を拭い、フィールは杖を片手に次の車両へと進んだ。

 この車両には居なかったが、その次で吸魂鬼1体が突き当たりのコンパートメントに入り込もうとしているのを遠目から捉え、すぐさま従来型の『守護霊の呪文』を唱えた。守護霊の狼は吸魂鬼に体当たりし、弾き飛ばす。

 逃げ去った吸魂鬼を狼は追い掛けた。

 『破滅守護霊』使用後の本日2度目の『守護霊の呪文』使用にフィールは凄まじい疲労感と強烈な眩暈を覚え、身体がふらついたが、唇を強く噛み締めて肉体的痛みで無理矢理でも意識を繋ぎ止めると、その場から駆け出す。

 

「………おい、大丈夫か?」

 

 コンパートメントに居たのはグリフィンドールのクィディッチチームの男女四人―――キャプテンのオリバー・ウッドとチェイサー三人、アンジェリーナ・ジョンソン、アリシア・スピネット、ケイティ・ベルであった。四人は若干血の気が引いている。

 

「あ、ああ………今、あの黒いヤツを追っ払ったの、ベルンカステルか?」

「まあな。………あ、帰ってきたか」

 

 主人のフィールの元へ狼が戻ってくる。

 フィールは狼の頭を撫で、狼は満足そうにクンクンと鼻先を擦り付けた。

 オリバー達は思わず眼を見張る。

 

「ベルンカステル、それはまさか―――」

「私の守護霊。見てわかる通り、形は狼だ」

「ちょっ、ちょっと待ってちょうだい………去年の決闘クラブでクリミアとソフィアが呼び出してたけど、その呪文、メチャクチャ難易度高くなかった?」

OWL(ふくろう)試験だったら確実に『闇の魔術に対する防衛術』で最高得点叩き出せるだろうな。もしかしたら、NEWT(いもり)試験でも獲得出来るかもしれないけど」

 

 なんてやり取りをしながら、フィールはポーチからチョコを取り出して四人に配った。

 

「さっき、私達が居た車両に今年の新任教師だと思う男性が、車掌と話をするのと同時に車内販売の店員に全員にチョコを配布して貰えないか相談するって言ってたから、後々チョコは貰えると思うけど、アンタ達、さっき軽く接触しただろ? だから、先にチョコを渡しとく。ああ、毒は入ってないから安心しろ。それじゃ、私は失礼する」

 

 そう言って、フィールは後にした。

 オリバー達はポカーンと呆気に取られる。

 

「なあ、本当にアイツ、スリザリン生なのか?」

 

 去年同様オリバーの疑問の呟きに。

 アンジェリーナ、アリシア、ケイティは同感して小さく頷いた。

 

♦️

 

 誰も居ない、監督生のみが使える専用車両。

 そこに入った二人の少女の内、黒髪の少女は入室して扉を閉めた途端、苦しげな表情を浮かべて倒れかかり、水色髪の少女が抱き留めた。

 停車していたホグワーツ特急は動いている。

 有体守護霊を呼び出せるフィール達の活躍により全ての吸魂鬼は列車外に追い払われ、その証明としてつい先程まで消え去っていた列車内の灯りはついていた。

 

「正直、かなりビビった………クリミアが居なかったら、私、マジでぶっ倒れてた………」

「フィール、よく耐えたわね。偉いわよ!」

 

 クリミアだけには本音を打ち明けるフィール。

 実のところ、『破滅守護霊』を発動した瞬間、否、吸魂鬼が姿を現したあの時から、フィールは本当に倒れそうになった。

 しかし、そうならなかったのは、頼りになるクリミアが居たからだ。

 だから、耐えることが出来た。

 だが………クリミアが居なかったら、焦りのあまり、昏倒していたかもしれない。

 

「クリミア………」

 

 辛そうな顔を隠さず、フィールは見上げる。

 

「……ごめん、ありがとう」

「気にしないの。大丈夫?」

「………うん」

 

 フィールは弛く首を振った。

 クリミアは椅子に座らせ、見上げる形でフィールの顔色を覗き、頬に触れた。

 雪のように白い肌はいつも以上に白く、血の気が引いている。

 吐き出す息は苦しげで、どこか血混じりで。

 そして、体温を感じられないほど、身体全身は氷のように冷たく冷えきっている。

 此処に来る前にチョコは口にしたので、その時に比べれば幾分かマシだが………。

 

「………大丈夫じゃないでしょ、これは」

 

 クリミアは先程のフィールの言葉と実際の状態が矛盾していることに叱責する。フィールは弱々しく項垂れた。

 

「………私の前で、無理をするのは止めなさい」

 

 クリミアは、フィールを抱き締める。

 まるで、失われたぬくもりを取り戻すように、強く、強く。

 

「言ったでしょう? 独りで抱えるような真似はしないで、私に頼りなさいって」

 

 抱き締める腕に力を込め、そっと囁く。

 フィールは何を考えているかわからない複雑そうな表情であったが………少しして、フッと瞼をおろし、クリミアに身を預けた。

 全体重が掛かっても重いとは感じず、むしろ軽いと思うので、幼い時からずっと一緒に居たクリミアですら「ご飯ちゃんと食べてるのかしら?」と心配してしまう。

 前にルークとシレンから心配性過ぎると言われたのはわかるが、どうしても、クリミアはフィールの傍から離れられなかった。

 

 生まれて間もない頃に亡くなった両親。

 孤児となった自分を引き取り、可愛がってくれた………ジャックとクラミー。そして、自分のことを姉と言って慕ってくれたフィール。

 ジャックとクラミーを失い、哀しんだのは、フィールやライアンだけでない。

 ジャックとクラミーを、父親と母親という認識しか出来なかったクリミアも、二人の実娘のフィールと同じくらい、心に深い傷を負った。

 そんな時………絶望の淵に居たのも同然のクリミアの心を救ったのは、妹のフィールの存在であった。彼女の傍に居ることが、そして、彼女を護ることが、クリミアにとって、何よりの救いだった。

 ………でも、自分には、フィールの心を救うことは出来なかった。突然父と母が目の前から消えて、そのショックから立ち直れず、殻に閉じ籠ってしまったフィールの心を開くことは出来なかった。

 

 だが………一人だけ、彼女の心を開かせた人がいた。

 叔父のライアンにも、叔母のエミリーやセシリアにも、そして、義姉の自分にも出来なかったことを、やってのけられた人が存在した。

 その人のおかげで………フィールは悲劇が起きる前の笑顔を浮かべるようになった。また、共に過ごすようになってくれた―――。

 でも、フィールは再び逆戻りしてしまった。

 ある日を境に、またもや自分の殻に閉じ籠るようになってしまった。

 そして、フィールはある人物のことを、今では全く覚えていない。

 いや………覚えていない、ではなく。

 忘れてしまった………の方が正しい。

 

(………ねえ、ラシェル―――)

 

 クリミアの頭の中に思い浮かべられるのは、一人の小さな少女の姿。

 見慣れている少女と瓜二つの外見で。

 でも、その性格と笑顔はまるで逆で。

 幻想的に輝く銀髪と神秘的な光を宿す紫眼。

 整った顔立ちが形作る柔らかな微笑みに、不思議と安心感をもたらしてくれた………。

 あの少女に―――クリミアは、問い掛ける。

 

 

 

 ―――なんで………私達の傍から消えたの、と。

 

 

 

♦️

 

 

 

 途中、吸魂鬼が抜き打ち調査したと言うアクシデントを挟みつつ、ホグワーツ特急は無事にホグズミード駅に停車した。

 皆は氷のような雨が叩き付ける狭くて冷たい空気に覆われたプラットホームに下車し、1年生以外の生徒達は凸凹のぬかるんだ馬車道に出ると、ざっと100台近くはあるだろう馬車が生徒達を待ち受けていた。

 他の生徒は『馬なしの馬車』と認識してるが、実はセストラル―――死を見たことがある者だけに見える魔法生物が率いる馬車である。

 セストラルが見える生徒は限り無く少ない。

 その少数の中に、フィールとクリミアは含まれている。

 二人は何とも言えない気持ちで、ガタゴトと揺れながら隊列を組んで行進するセストラルをじっと見つめた。ちなみにクシェルはハリー達一行と同じ馬車に乗っており、二人が乗車する馬車にはソフィアとアリアが居る。

 やがて馬車は、壮大な鋳鉄の門をゆるゆると走り抜けた。門の両脇には石柱があり、その天辺に羽を生やしたイノシンの像が立っている。

 そして本日何度目かわからない、門の両脇を警護しているらしい吸魂鬼をフィール達は見た。

 

「………ッ!」

 

 またしても聞こえる、女性の鋭い叫び声。

 続け様に響く、ドクリ、と脈打つあの音。

 フィールはビクッと身体を震わせる。

 特急の時と同じ凄まじい寒気に襲われ………クリミアは咄嗟に彼女の肩を抱き寄せると、素早く杖を抜いて『守護霊の呪文』を唱えた。

 

エクスペクト・パトローナム(守護霊よ来たれ)!」

 

 杖先から銀色の大鷲が飛び出し、大鷲は吸魂鬼を遥か彼方へ追い払った。ホグワーツの警備に当たる以上、どうせその内戻って来るだろう。

 吸魂鬼を退散したクリミアは杖を仕舞い、寄り掛かってギュッと眼を瞑るフィールの背中を撫でて落ち着かせる。

 

「フィール、大丈夫よ。吸魂鬼は追い払ったわ」

 

 ハリーやクシェルの前では彼等を不安にさせぬよう堂々たる態度で対峙したフィールも、クリミアの前では強い自分で居られなくなる。フィールはゆっくりと眼を開け、少しぐったりとした様子で、疲れたため息を漏らす。

 

「………ごめん、本当………負担掛けて」

「気にしないでちょうだい。ほら、もう少しもたれ掛かってなさい」

「………うん」

 

 若干朦朧とする意識の中、フィールは大人しくクリミアに身を委ねることにする。城に向かう長い上り坂で馬車は更にスピードを上げ、やがて、一揺れして完全に止まった。

 四人は馬車を降り―――ソフィアとアリアは顔色が悪いフィールを心配そうに覗き込んだ。

 

「フィール、大丈夫? 汽車で貴女と会った時から気になってたけど、なんだか、血の気引いてない?」

「新入生歓迎会パーティーは欠席して、先に部屋に行って休んだ方がいいわよ。クシェルには、私の方から伝えておくわ」

 

 フィールは顔を歪めていたが………今回ばかりは素直に従おうと、コクリ、と首肯した。そうして、フィールは気だるい身体に鞭を入れて歩き出し、ハリー達の姿を認める。フィールとクリミアはホッと胸を撫で下ろしたが、途端に顔をしかめた。何処から聞き付けたのか、マルフォイがハリーの気絶をからかったのだ。両脇のゴイルとクラッブも嘲笑っている。

 

「自分のことを棚に上げるなんて、どうかしてるわね」

 

 呆れを全面的に押し出してソフィアが呟いた直後、ルーピンが穏やかな口調で割って入り、マルフォイはルーピンの身なりを眺め回して皮肉めいた声音で「先生」と言うと、取り巻き二人を連れて石段を上っていった。

 

「あら、あの人、新しい先生かしら」

「多分そうでしょうね。………フィール、寮まで歩ける?」

「ええ、なんとか大丈夫です………」

 

 石段を上り、正面玄関の巨大な樫の扉を通って広々とした玄関ホールに入ると、此処でフィールと別れることにした。6年女子監督生のアリアはフィールに合言葉を教えると、クシェルの所へ行った。

 フィールはクリミアとソフィアに軽く手を振り―――一人地下牢へと向かう。

 スリザリン寮の前に辿り着き、合言葉を唱えて中に入ると、早足で談話室を横切ってクシェルと同室の二人部屋まで歩いていき………トランクから寝間着を取り出す余力も無く、フィールは制服のまま、ベッドに身を投げ出して深い眠りに落ちた。




【エスティルパメント・パトローナム(破滅守護霊)】
『守護霊の呪文』を進化・改良・アレンジしたオリジナルスペル。吸魂鬼だけでなく、ありとあらゆるものを『破滅』に導く守護霊。最強レベルの退魔魔法で術者のコントロール次第で威力の調整可能。

【『守護霊の呪文』のアレンジ】
前々から守護霊に何かしらのアレンジ加えたいなと考えてたんですよね。と言うか昔からずっと、「吸魂鬼を『撃退』するだけじゃなくて『殺傷』も可能だったらいいのに」と何気に物騒なこと思ってました笑。

守護霊に攻撃性を持たせる呪文はまさかの既出だったので流石にビックリしましたが………それでも、アレを見る前から「守護霊に何かの要素をプラスさせよう」とずっと思っていたことを曲げたくはないという信念もあって、あれこれ悩みました。

大きく分けて『守護霊をルーツにするか、オリで破滅魔法を作る』で苦悩していたある日、「困った時はどっちも取り入れればいいじゃないか」との結論が出た最終結果、《破滅守護霊》と言う原作既存呪文のアレンジ魔法を編み出しました。

日本語訳にすれば、《守護霊よ滅ぼせ》。
『エスティルパメント』って言い方カッコいいし、しかも最初と最後の文字が『エクスペクト』と同じだから、これは好都合だなと思いました。

そして、あともう一つ、破滅守護霊を生み出したのにはかなり大きな意味があります。それが判明するのはまだまだ先ですが、どうか忘れないで記憶の片隅にでも刻んでくれたら幸いです。

【獲物は仲良く一匹ずつだからね】
ソフィアリ、バシッとカッコよく決めてくれました吸魂鬼駆逐ワンシーン。
私が『守護霊の呪文』メッチャ大好きなので作中では出来ればどっかで出陣させたいんですよね、一人1回は。
現時点ではオリキャラしか生徒で扱える人は居ないので、原作キャラの生徒でエクスペクト・パトローナムはまだまだ先になりますね。


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#33.悪夢

原作展開微変化の回。


「―――お父さんを殺さないで………!」

 

 冷たい空気。鉄の匂いが漂う周囲。

 齢5歳の少女には酷な現状で、さっきから次々と変わり起こる出来事に頭が追い付かない。

 だがしかし、これだけはわかる。

 突然現れ、襲来してきた魔法使いが父を殺そうとしている。だから………嫌になるほど、辺りは鉄の匂いが充満し、目前にいる父は大量の紅い液体を流している。

 少女は眼に涙を光らせながら、決死の頼みで黒いローブを纏った魔法使いと父の間に割り込み、前者に呼び掛けた。でも………敵の耳に、少女の言葉は届かない。

 男は握り締めていた細長い杖を振るい―――その杖先から、黒くて禍々しい、槍のように先が尖った閃光が走り、その一筋の光は、黒髪の少女目掛けて迸った。

 

♦️

 

「………―――ッ!!」

 

 まだ夜明け前の、薄暗い部屋の中で。

 ガバッと、勢いよくフィールは跳ね起きた。

 寝起き早々、酷い吐き気や頭痛に悩まされ、身体全身から脂汗が噴き出しているのが、気持ち悪い。

 荒い息遣いと共に、辺りを見渡す。

 ぼんやりとしていて見えにくいが、壁に掛けてある時計を見て時刻を確認してみると、夜が明けるまであと数時間だった。

 

「はぁ………ぁぁ………」

 

 苦しそうな呻き声を漏らしながら、フィールは身体を再びベッドに委ね、ワイシャツ越しに左胸を押さえた。

 胸の奥が痛い。

 動悸が早くて………苦しかった。

 

「………ッ………」

 

 ………偶然見た訳ではない。

 これは本当にあったことだ。

 数年前、危うく………。

 その時、フィールは頬を伝うものの存在に気付いた。

 

「………涙?」

 

 温かくも、冷たい雫。

 泣くほど嫌な夢だったのかと、薄暗がりの室内で自嘲気味な笑みを浮かべ、フィールは横方向に視線を走らせる。

 この部屋で同室なのはクシェルだけだ。

 クシェルが起きなかったのは幸いだったと、フィールはベッドから降りようとして、毛布が掛けられているのに気付いた。きっと、クシェルが掛けてくれたのだろう。

 寝起き直後の寝惚けが解消されてから、フィールは記憶を辿っていった。

 

 昨日、吸魂鬼がホグワーツ特急を抜き打ち調査して襲ってきたので、有体守護霊で退散。

 その後、クリミアと共に残存してた連中も追っ払い………列車は無事に発車、アクシデントは挟みつつ、ホグワーツに無事到着し、顔色が悪いのをソフィアとアリアに指摘されて、新入生歓迎会パーティーは欠席して一足先に部屋に行き―――疲労が蓄積していたフィールは体力の限界を迎え、制服を着たまま眠りに落ちた。

 

「全く………もっと………シャキッとしないと」

 

 スリザリン寮に配備されている女子用の大浴場に行ってさっぱりしようと、フィールはクシェルを起こさないように新品の制服を持ってそっと部屋を後にした。

 暁闇というのもあって、談話室にはまだ誰も居らず、当然ながら脱衣室にもひとっこ一人居なかった。

 フィールは汗を吸って重くなったワイシャツや下着を脱ぎ、タオルを巻いて浴場に足を踏み入れる。そして、迷いや不安を全て洗い流そうとシャワーのお湯を頭から勢いよく浴びた。

 身体と髪を洗い、少し湯船に浸かったフィールはバサバサとタオルで全身に纏わりつく雫を拭きながら制服に着替えようとして、ふと、脱衣室に設備されている鏡に映る自分を見た。

 皆からは「ご飯ちゃんと食べてる?」と心配されるほど痩身らしく、「肌が綺麗」とも言われるのだが………フィール本人は、そういった自覚がない。

 これが他人への嫌味とかではなく本当に無自覚なのだなら、周りからすると性質(タチ)が悪いように感じる。

 

「………………」

 

 パッと鏡から顔を逸らし、フィールは制服に着替え始めた。

 ………大丈夫だ。

 自分は『あの日』のことを乗り越えているはず。

 だから、何も恐れる必要はない。

 強くなるために………長年、魔法の練習や勉強を積み重ねてきたんだから。

 制服に身を包んだフィールは部屋に戻ると、力無くソファーに座り、横になった。心もそうだがなによりも身体が重くて動くことすら億劫なのだ。

 

「………このままでは………ダメ………」

 

 ―――自分はベルンカステル家の現当主なのだから。

 辛く、苦しい時は………心が折れそうになる時はそうやって励まし、奮い立たせた。

 だけど………見えない圧力に心が圧されるのにはどうしても抗えなくて。

 フィールは顔を上げることなく、残存する眠気に迫られ、それに身も心も任せてフッと瞼をおろした。

 

 

 ―――次に目を覚ました時には、あの悪夢を綺麗さっぱり忘れていることを願いながら。

 

 

♦️

 

 

 普段は早起きのフィールが起きた後に起床するクシェル。

 いつもの時間帯に起きたクシェルは、何故かフィールの姿が見当たらないなと、ベッドから降りて部屋の中を見回し―――ソファーで寝ているフィールを見つけた。

 昨夜は確かにベッドで寝ていたのにソファーで寝ているということは、一度起きたけど場所を変えてまた寝てしまったのだろうか。

 とりあえず、まずは着替えようとクシェルは寝間着を脱ぎ、制服に着替え終えたら、最後にローブを羽織る。

 そして、珍しく寝過ごしている友人の身体を揺さぶった。

 

「フィー、起きて、フィー!」

「………ん…………」

 

 身体を揺さぶられる振動にフィールは重い瞼を開き、クシェルの翠色の瞳を捉えた。

 

「………ああ、クシェルか……」

「珍しいね、二度寝するなんて」

「………そうだな」

「こんなところで寝るなんて、昨日はあまり寝られなかったの?」

「………まあ、ちょっと………」

 

 夜明け前よりも幾分楽になった身体の半身を起こし、目元を擦る。まだ全身は倦怠感に見舞われていたが気合いで乗り切り、立ち上がって壁に掛けてあるローブを取ろうと歩くが、なんとなく、ふらふらしているようにクシェルには見られた。

 

「大丈夫? もしかしたら、昨日の疲れが溜まってるんじゃないの? 今日は無理しないで、医務室で休んだ方がいいんじゃない?」

「大丈夫だっての。寝起きでまだボーッとしてるだけだから」

 

 フィールはローブを羽織りながら普通に答え、ショルダーバッグを手にすると、一瞬だけ身体をよろめかせて部屋を出ていった。

 クシェルはそれを見逃さなかったため、慌ててショルダーバッグを手にすると、フィールの後を追い掛けた。

 

「ちょっ、待って! やっぱりフィー、体調悪いんじゃないの!」

「………さっきも言っただろ。寝起きだから、若干気だるいだけだって」

 

 そう言っているフィールの端正な顔は、微かに血色が悪い。明らかに、寝起き後の怠さとは別で体調不良なのがわかる。

 

「………フィー、嘘つくのは止めて。顔色は蒼白してるし、吐く息も荒い。あからさまに、身体に異常が起きてるって証拠でしょ」

「………ッ」

 

 図星を突かれ、フィールの瞳は気付くか気付かないかの微妙な程度で揺れた。が、瞬く間に平常に戻し、無表情という仮面を貼り付ける。

 

「………別になんともない」

 

 素っ気なく返答し、早足で通り過ぎていく。

 クシェルはため息をつき、どこか遠い眼で彼女の背中を見ながら、歩みを進めた。

 

 大広間に辿り着くと、スリザリンのテーブルが朝っぱらから嫌に盛り上がっていた。

 その訳は、同僚同輩のドラコ・マルフォイを中心に見れば一目瞭然だった。どうやら彼が吸魂鬼によって気絶したハリー・ポッターの物真似をしそれをスリザリン生が爆笑するというものだ。

 とにかく、非常に煩い。

 フィールとクシェルは顔をしかめた。

 

「鬱陶しいな………」

 

 唯でさえストレスを抱えてイライラしていたのに、更に精神を刺激してくる出来事が起きれば流石のフィールも不機嫌になってしまう。

 フィールは舌打ちし、マルフォイに近寄った。

 

「おい、マルフォイ」

 

 フィールの声に、マルフォイは振り返る。

 

「なんだ、ベルンカステル」

「朝っぱらからそんなくだらない真似するなよ、朝食が不味くなるだろ」

 

 と一言言うと、フィールはマルフォイとは遠く離れた席に座った。隣にはクシェルが居る。

 フィールは朝食を口に運びつつ、昨日の列車内でやむを得ずある呪文の使用をし、それが原因でズキズキと身体のあちこちが時々痛むことに腹立たしさを覚えていた。

 

(………『破滅(アグレッシブ)守護霊』の練習量をもう少し増やすか………)

 

 『破滅守護霊』は、フィールが元来の魔法にアレンジをプラスして創出したオリジナルスペルの一つだ。一般のパトローナスとは違い、殺傷不可能とされている吸魂鬼の殺傷が可能、まさに魔法界の常識を身勝手なまでにぶっ壊した創作呪文である。

 しかし………退魔魔法として最強レベルを誇る反面、膨大な魔力や気力を大量に消費する。

 その代償は激しく、下手すれば身体を本気で壊しかねない命懸けの魔術で、フィールは創りたての頃にこの魔法を駆使した際、瀕死状態になったことも少なからずあった。

 

「それにしても………ハリー、大丈夫かな?」

 

 クシェルはグリフィンドールのテーブルを見ながら、心配そうに呟く。ついさっきマルフォイが誰の真似をしていたかと言えば、吸魂鬼の影響を受けて気を失った、グリフィンドールの英雄でスリザリンの宿敵ハリーなのだから。

 

「………今日の午後に『魔法生物飼育学』で会うだろうし、その時にでも様子を見に行くか」

 

 フィールからの意外な発言に、クシェルは大きく眼を見張った。とてもではないが、基本無愛想で無関心な性格のフィールの口からそんな言葉が出るとは思わなかったため、クシェルは思わず意表を突かれた。

 

「フィー、変わった?」

「は? 何が?」

「性格だよ」

「性格?」

「うん。だってさ、前のフィーだったら絶対に言わなそうだし」

 

 2年前の今日、フィールはクシェルからの「友達になろう」というせっかくの誘いを「いらない」と一刀両断にバッサリ断り捨てた。

 あれから2年後の現在。

 今ではなんだかんだ言いながら、友達を大切にするようになった。

 

「………それは気を付けないとな」

「いやいや、気を付けなくていいの! むしろそっちの方が断然いいよ!」

 

 慌ててクシェルはそう言い、フィールはちょっと複雑そうな表情を作る。

 

「………ああ、そう」

 

 冷たい声音で一言返したフィールは、紅茶を飲み干した。

 

♦️

 

 午前中の授業が終わり、いよいよ生徒の不安を誘う3年度になって初めて追加された『魔法生物飼育学』の授業だ。

 野外で行うとのことで、皆は『怪物的な怪物の本』を手に実施場へ案内するハグリッドの後をついていく。どうやら、魔法生物飼育学の新任教師はハグリッドらしい。ちなみにルーピンは『闇の魔術に対する防衛術』の担当だ。

 

「ハリー、身体は大丈夫か?」

「うん、今は大丈夫だよ」

 

 フィールとクシェルはハリー達一行と共に道中を歩いていた。毎回の如くロンは友人二人が仲良くしているスリザリン生二人に警戒心を剥き出しにしているが、以前と比べれば薄れているような気がする。

 

「ねえ、フィール。吸魂鬼(ディメンター)って一体何なの?」

 

 ハーマイオニーは、あまり詳細を知らない闇の生物について、あらゆる分野で博識なフィールに質問した。

 

吸魂鬼(ディメンター)は、人間の魂を喰らう闇の生物だ。吸魂鬼の近くに居るだけで絶望や憂鬱を味わい、幸福感を吸い取られる。それに加え、彼等には最悪な記憶を呼び覚ます性質がある。悲惨な過去を持つ人ほど影響力が酷い理由はそういう意味だ」

 

 その説明を聞き、ハリーは表情を曇らせる。

 彼はフィールの隣に行き、こそっと訊いた。

 

「あのさ、フィール。僕、昨日吸魂鬼が近付いてきた時、女の人の叫び声が聞こえたんだ。……でも、ハーマイオニー達には聞こえなかったって。僕だけにしか聞こえなかったって。………もしかして、それって―――」

「………アンタの母親のリリーさんがヴォルデモートに………赤ん坊のアンタの命乞いをした、泣き叫ぶ声だろうな」

 

 無慈悲なくらいに、とてもストレートで。

 でも、誤魔化したりはしないで静かにちゃんと伝えてきた、フィールの言葉。

 ハリーは俯き、沈黙した。

 しばらくは顔を伏せていたが、顔を上げ、またフィールに話し掛ける。

 

「………僕、赤ん坊の時、母さんが殺されたのを目の前で見たけど………部屋の中が一瞬緑色の閃光でいっぱいになったのと、アイツが高笑いする冷たい声しか覚えていない。でも、母さんの声が聞こえてきたってことは、どこかで覚えてるのかな………」

「………多分そうだろうな。普段は無自覚でも、ふとした拍子に記憶が鮮明に甦ったり、忘れていた出来事が不意にフラッシュバックしたりする。今回のことも、そんな感じかもな」

 

 ハリーとフィールがそんな会話を交わしていた間に、いつの間にか実施場に到着していた。そこは放牧場のようで、ハグリッドは教科書を開けと言うが、生徒達は一様に困惑の表情を浮かべた。

 この本は背表紙を上にしてシャカシャカ走ったり、近くの者に噛み付こうと暴れたりするので、開こうにも開けないのだ。

 

「これ、どうやって開けばいいの?」

「背表紙撫でれば大人しくなる」

「え、マジで?」

 

 クシェルは言われた通り、恐る恐る本の背表紙を撫でてみた。すると、途端に暴れていた本が大人しくなった。他の皆もそれに倣う。

 

「なんでフィー知ってたの?」

「エミリー叔母さんが教えてくれた」

 

 それはさておき、流石は怪物大好きのハグリッド。初っぱなからアクセル全開で連れてきた魔法生物はヒッポグリフだ。

 ヒッポグリフ。胴体・後脚・尻尾は馬で、前脚と翼・頭部が巨大な鷲の姿をしている。残忍そうな嘴と大きくギラギラしたオレンジ色の眼、鋭い鉤爪を持っている。非常に誇り高いが、短気なので絶対に侮辱してはならない。騎乗可能だが、相手が悪意がないことを示すお辞儀をし、それを認めた者しかその背に乗せない。

 大方説明をし終えたハグリッドは誰が一番先にやってみせるかと生徒達を促したが、鎖に繋がれて嫌そうに首を振り動かしたり翼を広げたりしているヒッポグリフを前にして戸惑い、皆は一斉に後退し、結果的にハリーとフィールの二人だけがその場から動かなかった。

 

「………フィール、どうする?」

 

 ハリーは唯一自分以外で残ってくれた友人に小声で尋ねると、彼女は嘆息した。

 

「………このままじゃ誰もやらなそうだし、私達がやってみるか」

「う、うん………僕達で頑張ってみよう」

 

 ということで、二人が出した結論は前進。

 ハグリッドは大喜びしたが、大半の生徒は息を呑み、残りの生徒はそれぞれ激しく嫌っているグリフィンドールの英雄とスリザリンの女王が失敗するのを拝めるかもしれないと言いたげに、眼を細めていた。

 そしてハグリッドは一番綺麗だというヒッポグリフ・バックビークを群れから離して二人の前まで立たせた。

 

「どっち先に行く?」

「僕が先にやってみるよ」

 

 レディーファースト、という単語はあるが、この場合はジェントルマンファーストだろうと、ハリーは男のプライド的な気持ちが働き、率先して名乗り出た。

 フィールはそれを察し、一歩下がって腕を組んで待機した。ハリーはバックビークの正面に立ち、目線を合わせてゆっくりとお辞儀する。しかし、バックビークはお辞儀し返さない。

 ハグリッドが心配そうにハリーを下げようとした時になってようやく、バックビークは鱗に覆われた前足を折り、深々とお辞儀してきた。

 

「やったぞ、ハリー!」

 

 ハグリッドの歓喜の声と、生徒達の歓声が重なり合う。フィールもバックビークの嘴を撫でるハリーに称賛の拍手を送った。

 ハリーが成功したので、次はフィールの番だ。

 フィールは臆することなくバックビークの前に立ち、お辞儀をする。すると、驚いたことに早くもバックビークはお辞儀をしてきた。

 ハグリッドは二人目の成功者に最早狂喜し、再び拍手喝采が沸き起こる。フィールは安堵の息を吐くと、近寄って嘴を撫でた。少し離れた場所に居たハリーもフィールに笑いかけ、彼女は微笑した。

 さて、これで終わりかと思いきや、ハグリッドは成功した二人にはバックビークの背に乗って貰うと唐突に言い出した。

 

「「え?」」

 

 ハリーとフィールは見事シンクロ。

 二人を軽々と持ち上げたハグリッドは、あろうことか本当にバックビークの背中に乗せた。

 二人は慌ててしがみつき、ハグリッドはしっかり掴まっているのを確認したら、バックビークの尻を叩いて送り出した。

 

「はぁ……ったく、いきなり乗せるとか……」

「でも、これは凄い楽しいよ」

「……まあ、それもそうだな」

 

 バックビークと共に大空を飛翔するハリーとフィールは、普段は見ることが出来ない貴重な景色にハグリッドの強引さに呆れを忘れて視界を埋め尽くす、まさに花鳥風月という言葉がピッタリの世界に思わず見入った。

 爽やかに吹き抜ける風が二人の黒髪を揺らし、日の光が温かくて気持ちいい。

 

「………暗い気持ちが吹き飛ぶな」

「うん、そうだね」

 

 フィールの呟きに、ハリーは頷く。

 二人共、憂鬱だった想いが存分に晴れて、自然と笑みを浮かべた。

 

「クィディッチの練習で箒に乗って飛行しても、此処まで来ることはないから、新鮮じゃないか?」

「うん。飛んだりするのは基本的に競技場だけだからね。あ、クィディッチで思い出したんだけどさ。フィールはシーカーならないの?」

「………正直なことを言ってしまえば代表選手になるのは面倒だし、あのラフプレーをどうにかしてくれないんじゃ、参加心が消え失せる」

「でも、僕はマルフォイなんかよりもフィールがシーカーになって欲しいな。君と戦うってことになる方が、ずっと張り合いが出るし」

「………光栄だな。強者シーカーから誉め言葉を貰うのは」

 

 次第に会話内容がクィディッチ話題に移り変わり、フィールは自分が所属する寮と敵対する寮の凄腕シーカーのハリーから「選手になって欲しい」と言われ、フッと笑みを溢す。

 だがしかし、実際に各寮の代表選手として対敵するとなれば、そこに友達という関係は一切無くなり、倒すべき敵という認識へ、大きく変わる。

 そう思うと、こうして笑い合っていられるのはこの時のみかと、二人は内心で同じ考えを抱懐した。

 そうして、途中で振り落とされることなく二人は無事に地上に降り立ち、拍手と歓声に出迎えられた。マルフォイとその取り巻き、グリフィンドール生の数人は今もさっきも酷くガッカリした様子だったが。

 ハリーとフィールのおかげで怖々としながらも生徒達は放牧場に入っていく。一頭ずつ解き放たれたヒッポグリフを前にして何人かのグループに別れた。既にクリアした二人の元に友人三人が向かい、一つのグループとなった。

 

「ちょっとヒヤッとしたけど………無事に終わってホッとしたわよ。ていうか、フィールもやるなんて少し意外ね。なんか、スムーズに動いていたような感じがしたわ」

「叔母が『魔法省魔法生物規制管理部』に勤務しているから、魔法生物との接触の仕方とか色々教わってた」

 

 ハーマイオニーとフィールがそのような話をしていると、不意に後者の肩をクシェルが叩いた。

 

「ん? どうした?」

「フィー、あれ見て」

 

 クシェルの視線の先を見てみれば、マルフォイとその取り巻きが先程フィールとハリーが同乗したバックビークを前にお辞儀している光景だった。ハリーの近くにいるというのもあって、その彼に見せつけるように壮大な態度でバックビークの嘴を撫でている。

 フィールとクシェルは、嫌な予感がした。

 二人が本能的に杖を抜き出すのと同時、二人の胸騒ぎは不運にもどストライクで的中した。

 

「お前、全然危険なんかじゃないな。そうだろ? 醜いデカブツの野獣君」

「―――プロテゴ(護れ)!」

 

 身体が本調子でないことから反応がワンテンポ遅れたが、間一髪フィールが『盾の呪文』を発動し、展開されたそれに怒り狂ったバックビークの鋭い鉤爪がぶつかり、ガキンッ! という硬質な音が響いた。

 マルフォイは青白い顔のまま情けなく腰を抜かし、派手な音の発信源に眼を向けた生徒達は突発的なアクシデントに悲鳴を上げた。

 

「………ッ、早くマルフォイを退かせろ!」

 

 フィールは苦しい息を吐き、荒い声で精一杯張り上げる。

 だが、誰も動くことなくその場でただひたすら周章狼狽するため、苛立ちと苦しさが彼女をどっと追い詰めた。

 ただでさえ辛い身体なのだから、『盾の呪文』を長時間保つことなんて出来ない。なんとかしてマルフォイをガードしているが、次第に、そのバリアに亀裂が入り込み、いつ破られてもおかしくない現状になった。

 

(マズい………!)

 

 万全ではない身体での魔法行使は厳しい。

 防壁維持のために、今のフィールにとって強い集中力と精神力は欠かせない。刹那気を緩ませれば、すぐに破損してしまう。せっかく回復に向かっていたのに、また苦痛に心身共に苛まれることとなった。

 ハグリッドが慌ててすっ飛んでいき、フィール達が相手していたヒッポグリフもバックビークを窘めてくれたおかげで、一大事には至らなかったが………。

 防壁を展開させる必要がなくなったフィールは消失させると、ふらっと体勢を前へ傾かせた。

 

「フィール!」

 

 危うく地面に倒れかけたフィールを、駆け寄ったハリーが急いで抱き留める。

 クシェルも懸念したが、第一優先はマルフォイが怪我をしていないかを確認してからだと、顔面蒼白して放心状態の馬鹿をやらかした同級生の男子生徒の側へ駆け寄った。

 

「大丈夫!?」

「はぁ………はぁ………大………丈夫………」

 

 一言一言を絞り出すように、掠れた声で拙く言葉を発する。端正な顔は苦痛で歪み、その額には汗が滲んでいた。身体的にも精神的にも両方共限界で、意識が遠退いてきた。ハリーに支えて貰わなければ、立っていられない。

 

「マルフォイ。侮辱しちゃなんねぇって言っただろうが。もしもベルンカステルが助けてくれなかったら、お前さんは怪我してるか、最悪死んでたかもしれんだぞ」

 

 大怪我を負うのは免れたが未だに恐怖から抜け出せないマルフォイに厳しく叱責した後、ハグリッドはフィールに加点を与え、生徒達の怯えた表情を見回して、今回はここで切り上げることにした。硬直化しているマルフォイはハグリッドが運び、他の皆は慄然としたまま、ホグワーツ城へ早足でそそくさに帰る。

 だが、クシェルは彼らとは反対側に方向転換すると、すぐにフィールの側へ走った。顔色が悪い彼女を見て、表情を険しくする。

 

「フィー、医務室まで行こう。やっぱり、体調悪いんでしょ?」

「…………ッ」

 

 反論が出来ず、フィールは顔を下に伏せる。

 クシェルはハリーとは逆の位置で、フィールを支えるようにしながら、言葉を続ける。

 

「夕食時間までは休ませて貰おう。ね?」

「………わかったよ」

 

 流石にこの辛い状態を隠し通せるはずもなく、フィールは観念してクシェルの意見に素直に従うことにし―――友人二人に両サイドから支えられながらゆっくりとホグワーツ城へ戻っていった。




【ダブル主人公】
今回ちょっと距離近かった? バックビーク同乗しちゃいましたし。なんか、何気にここの主人公主人公は共通点多いですね。
同い年、黒髪、各寮のヒーローorヒロイン、防衛術の成績トップクラス、天才シーカー気質、容姿端麗、勇敢だけど時に無謀、そして悲惨な過去の持ち主。
もしかしたらハリーとフィールほど、似た者同士は中々いない?
作者的な二人の愛称は『ハリフィー』。
あれ? なんか意外とお似合い?


※『破滅守護霊』の『破滅』部分で『アグレッシブ』とルビを振りました。アグレッシブは『攻撃的』や『侵略的』などの意味ですが、言い方がカッコいいし、たまにアグレッシブと表記します。ただし本命は『破滅』です。
作者は何事もカッコよく決めたいタイプなので、どうか温かい眼差しで見てください(*´ω`*)。


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#34.真似妖怪(ボガート)

※1/8、本文修正。


 その日の授業も全て終え、スリザリン生はホグワーツ城の地下牢に位置するスリザリン寮の談話室に戻っていた。

 いつもならワイワイ盛り上がるはずなのだが、今日ばかりは奇妙な静寂に覆われている。

 間隔を取って遠目から無言で観察するスリザリン生総員の目線の先には、ソファーに腰掛けながら本を読んでいた黒髪の3年生女子生徒へ、黒髪の7年生男子生徒が冷たいフローリングで土下座し、必死こいて頭を下げている姿。

 前者はめんどくさそうな表情で本をパタンと閉じてそれをテーブルに置いて腕組みし、後者は眼に涙を浮かべてただひたすら懇願するという、なんとも憐れみ深い光景である。

 厳つい雰囲気を身に纏った青年―――スリザリンのクィディッチチームキャプテン、マーカス・フリントは4歳も年下の後輩、フィール・ベルンカステルへ、蛇寮の代表選手及びシーカーへのスカウトを続けていた。

 

「頼む、ベルンカステル! 今年こそはシーカーになってくれ!」

「そうは言われてもな………」

「もう、お前しかいないんだ! グリフィンドールのシーカー、ハリー・ポッターに勝てる可能性と希望があるのは!」

 

 スリザリンの大敵ハリー・ポッターは箒の乗り手として、ずば抜けたセンスや天性の才能を持って生まれた。故に100年ぶりの最年少シーカーという華やかな名誉を掴み取り、デビュー戦では見事勝利を収めた。

 昨年度の試合でスリザリンチームは当時最高速度を誇る箒・ニンバス2001を全員が手にしておきながらも、試合では惨敗。無様な結果と不名誉な汚名を余計作り出した。

 だからこそ、チームに絶対必要となったのだ。

 あのハリー・ポッターを凌駕するセンスと凄腕の操縦技術を兼ね備えた、フィール・ベルンカステルというジョーカーが。

 

「俺達は勝ちたい………3寮からどれだけ卑怯と言われようがなんだろうが、2年分の雪辱を今年こそは果たしたいんだ!」

 

 マーカスは、心の叫びをフィールへ訴える。

 それに続く様、彼と同じく何としてでも彼女をチームへ引き入れたい五人の代表選手もガバッと頭を下げた。

 邪魔にならぬよう離れた場所から見守っていた一般のスリザリン生達は、流石にここまでせがまれたら頑なに依頼を受け入れないスリザリンの女王様も助力を貸すだろうと思った。

 だがしかし、その女王様は優しくなかった。

 

「ああ、そう。なら、その腐った根性叩き直してから懇願してくれないか?」

「なっ………!?」

 

 年上としてのプライドや年下に対する恥じらいを捨ててまで哀願した男の願いを容赦なく突き返す少女の鋭さと冷たさの両方を孕ませた言い合いに、彼のみならずメンバーもギャラリーも………談話室に居た生徒全員が、意想外の結論に愕然とし、瞠目した。

 

「卑怯と言われようが勝てればいい? 何馬鹿なことを言ってるんだ? そんなのが通じるのは実戦のみ。試合では別だ。そもそも、何故ラフプレーで試合に挑むんだ?」

「そ、それは………と、とにかく、勝てばいいんだ! 勝てば!」

「なら、一つ言ってもいいか? 殊更にラフプレーで勢力誇示しようとするのは、自信の無さの表れじゃないのか?」

「うっ………」

 

 グサリと痛い所を突かれ、言葉が詰まる。

 反論する余地もなく、また、言い返す言葉も見付からず………マーカスは、彫が濃い顔を誰が端から見てもわかるくらいに、悔しそうに歪めた。

 

「もしも本当に勝つ意欲があるなら、卑劣行為なんてしなくても勝てるはずだろ? 先輩達が手にしたいのは『勝利』の2文字。そして、誰が見ても認めるフェアプレーで挑み、かつ相手に圧勝してこそ『優勝』と言う華やかな結果がその先で待っているんじゃないのか?」

 

 剣呑な雰囲気にならぬよう穏やかに、だが、その一つ一つの単語に含まれた感情や重みは、スリザリンチームの心へ響かせた。

 『卑怯』だと言われる筋合いが一切ないゲームでの勝利は、どれだけの屈辱も雪辱も存分に晴らせるだろう。

 スリザリンが敗北する度に浮かれる3寮のヤツらを敗北と言う名の絶望のドン底へ叩き堕とし、磨き上げてるプライドをズタズタにしてみせられるだろうか。

 これまで文句を飛ばしてきたアイツらに異論することを全て封じ、それを笑い飛ばしながら、栄冠をこの手で奪取した姿を想像したら―――今までにない優越感と心残りない達成感に、身も心も溺れられた。

 

「………………わかった」

 

 マーカス達は決心し、立ち上がった。

 主導権も勝利も優勝も、全てはこの少女の手中にあるのだ。ならば、彼女のやりたいように従おうじゃないか。

 それで勝てたのならば、もう何も要らない。

 この蛇寮に―――もう一度優勝を奪い返したい! そのためならば、なんだってしてやる! 勝利のためならば手段を選ばぬ、スリザリン生としてのプライドに賭けて!!

 

「―――フェアプレーで試合に挑むことを、此処に誓う! そんでもって、絶対にスリザリンに優勝を取り返す!」

 

 キャプテン・マーカスは大声で宣告。

 メンバーからの不満はなく、むしろキャプテン同様にやる気に満ちているため、ギャラリーは驚異にポカーンと呆気に取られた。

 

「だから、頼む………シーカーになってくれ! フィール・ベルンカステル!!」

 

 恥も迷いも全部捨て、最後の希望をこの一心に賭け、ガバッ、とキャプテンもチェイサーもビーターもキーパーも、全員が頭を下げた。

 

「………優勝に導けるかはわからない。だけど、私は全力尽くして、スリザリンに勝利を奪還してみせると此処に誓う」

 

 それまで座っていたフィールはスッと立ち上がり、頭を下げていた選手六人へ力強く宣言した。

 スリザリンチームは、遂に最強切り札を引いたのだ。

 

「………ベルンカステル!!」

 

 マーカスは狂喜乱舞してフィールに抱きつき、勢いそのままに彼女を押し倒した。

 メンバーとギャラリーは慌てて引き離そうとするが、キャプテンの耳には届かない。

 フィールは離れて欲しいと身体を押し退けようにも、力は相手側が遥かに上である。

 如何に学年外レベルの強さを秘めたフィールでも身体は一般人よりもずっと華奢なのだから、ガッチリ筋肉質の肉体をした男に単純な力比べでは到底敵わない。

 数分後―――落ち着きを取り戻したマーカスはハッとし、背後からの殺気をビシバシ喰らいながら恐る恐る振り返ってみれば、今すぐにでも殺しに掛かりそうなほどの眼光炯々のスリザリン生達に囲まれていて、サッと顔面蒼白した。

 その隙にクシェルと同僚同輩のダフネ・グリーングラスがフィールをマーカスから引き離し、それと同時に包囲していた彼らはボコボコに制裁。

 スリザリン談話室に男の悲鳴が響き渡り、別の意味で賑やか日になった。

 

♦️

 

「フィー、ハグリッドはクビになると思う?」

 

 1週間のラストを飾る金曜日。

 初めて『闇の魔術に対する防衛術』の授業が行われるため、教室に向かいながら、クシェルはフィールに言った。

 あの『魔法生物飼育学』の授業で起きたアクシデント。

 ハグリッドの説明を無視してヒッポグリフを侮辱し襲い掛かられたドラコ・マルフォイは寸前でフィールが護り、クシェルが負傷していないかを確認してみたら、彼は別になんともなかったのだが………危険生物を連れてきて挙げ句の果てに生徒が襲撃されたという事態が起きたため、スリザリン生は皆怒りに燃えていた。

 フィールやクシェルは「マルフォイの自業自得なのに」と呆れているが、他の面々はそうでもないらしく、元々あった怪物好きのハグリッドへの不信感に火がつき、口々に罵っていた。

 

「ならないだろ。あれはハグリッドの話をちゃんと聞かないで問題起こしたアイツが悪い。じゃなかったら、私やハリーだって怪我してる」

「フィールがそこまで言うの、なんか珍しいね」

「誰だって侮辱されるのは嫌だろ。それは例え人間ではなくても、生きる者全てが共通で抱く気持ちだ」

 

 人間と生物は、確かに生き方も習慣も価値観も異なる。

 しかし、それが世界と言うものだ。

 数え切れないほどの個性や性格を持つ生物が共存する。

 それがこの世の中なのだから。

 

「それよりも問題なのは、このことで魔法省が動かないかが心配だ」

「あー………それは言えるかも」

 

 ドラコの父親―――ルシウス・マルフォイは魔法省に多大な影響を持つ重鎮だ。その彼の一人息子に危害が及びそうになっただけでも、魔法省が動くほどの大問題である。

 

「……って、教室着いたか」

「今年は持つかなぁ………」

 

 クシェルは不安そうに呟きながら教室に入る。

 一昨年は変人、去年は無能といった具合の教師が行うのが防衛術の授業なので、今年の新任教師はどうなのかと懸念するのは仕方ない。

 少しして、リーマス・ルーピンが教室に入ってきた。新学期当日もそうだったが、彼の格好はみすぼらしい。が、血色は幾分良くなっている。ホグワーツでまともな食事を摂っているおかげだろう。

 

「やあ、皆。せっかく準備してくれたのにすまないんだが、今日は実施訓練なんだ。だから、杖だけを持って、私についてきてくれ」

 

 そう言ってルーピンは、生徒達を手招きした。

 皆は小首を傾げつつ、言われた通り杖だけを持ってルーピンの後を追い掛けた。

 生徒の波に混じりながら、フィールは彼の背中を見つめる。

 

(………ルーピン先生か………)

 

 9月1日―――ホグワーツ特急内で吸魂鬼(ディメンター)が現れ、その際に一度『アグレッシブ守護霊』を発動した。

 消滅させる場面を誰かに見られてはいけないと威力を調整して吸魂鬼をギリギリ蹂躙したら、最後はノーマルに戻して追い払った。

 だが………理性が勝って吸魂鬼を破滅しなかったとは言え、強襲したシーンは現場近くの場所に居たルーピンにバッチリ目撃されたに違いないと、今となっては後悔している。

 あの時、フィールは精神的に色々と余裕がなかったので、周りの状況をよく見ることが出来なかった。

 彼女は内心舌打ちし、これからはもう少し心に余裕を持とうと反省して思考の海から帰還してきた頃には、ルーピンが誘導してきた職員室に到着していた。

 教員用の机が並べられていて横に空いたスペースに箪笥が一つ置いてあり、何故か箪笥はガタガタと震えている。

 

「怖がらなくていい。中に入っているのは真似妖怪『ボガート』が入っているだけだ」

 

 ルーピンは何事もないように言っているが、その実これはかなり怖いものだ。だけど、生徒達の不安を消し去るように彼は柔らかく言う。

 

「ボガートは暗くて狭い所を好む。洋箪笥、ベッドの下の隙間、ロッカーの中。さて、最初の質問だ。ボガートとは、一体何かな?」

「相手の一番怖いものに変身する形態模写妖怪」

 

 フィールはさらりと問題に答えた。

 ボガート自体はそんなに珍しくはないため、魔法族の者ならほとんどが知っている。

 

「その通りだ。だから、暗い場所にいるボガートはまだ何の姿にもなっていない。箪笥の中では、誰が何を恐れるかを判断出来ないからね。ボガートが独りの時、どんな姿をしているかは誰も知らないけど、外に出た途端に皆がそれぞれ怖いと思うものに姿を変える」

 

 ルーピンの簡単かつ簡潔な説明はとてもわかりやすく、生徒達の間でどんどん好評が高まっていった。

 

「しかし、有利なのは私達の方だ。なんと言っても数が多い。一番いいのは、誰かと一緒に居るのがいいんだ。なんでだかわかるかい?」

「ええっと、誰の怖いものに姿を変えればいいかわからなくなるからですか?」

「その通りだ、クシェル。ボガートは複数の人の怖いものには姿を変えることが出来ない。相手の恐れる姿に化けることは確かに出来るけど、それが可能なのは一人の人間に対してのみなんだ」

 

 ルーピンはクシェルの回答に補足説明をしてくれた。どうやら今年の新任教師はまともだと、誰もが確信した。

 

「ボガートを倒すことは非常に簡単。だが、これは精神力が必要とされる。コイツを倒すのは『笑い』なんだ。君達は、ボガートに滑稽だと思える姿を取らせる必要がある。さて、まずは杖無しでの練習だね。私の後に続いて言ってごらん………リディクラス(馬鹿馬鹿しい)!」

「「「「「「「リディクラス(馬鹿馬鹿しい)!」」」」」」」

 

 ルーピンに続いて皆が一斉に唱え、彼は満足そうに笑った。

 

「よし、とても上手だ。だけど、呪文だけじゃまだ足りない。そうだな………クシェル、ちょっと来てくれるかな?」

「え? あ、はい………」

 

 クシェルは急に指名されておずおずと前へ進み出るとルーピンは安心させるように肩に手を置きながら、彼女にチュートリアルをして貰おうと、恐れるものを尋ねる。

 

「君の一番怖いものは何だい?」

「あ、えっと……………バジリスク、です」

 

 言いにくそうに、クシェルは呟いた。

 バジリスク、と聞きスリザリン生はビクッと震撼する。

 昨年、四六時中何処に居ようと常に警戒心を解くことが許されなかった日々の元凶毒蛇の王様(バジリスク)

 何人もの被害者を出し、クシェルはスリザリン生唯一の犠牲になった。2年前にトロールに襲われて命を落としかけたこともトラウマなのだが、それを遥かに上回る恐怖の体験として1年が経過した今も、彼女の心には深い爪痕として残っているのだろう。

 

「バジリスクか。わかった。バジリスクの一番怖いものは眼だね。ところでクシェル。好きな動物はいるかい?」

「はい? 好きな動物? えーと、犬です」

「よし、ならこうしよう。まず、私が箪笥を開けたらボガートが出てきて、バジリスクの姿に変身する。君は呪文を唱えながら、犬の眼をしたバジリスクを強く念じる。いいね?」

 

 バジリスクが犬の眼になる。

 クシェルはそれを想像したのか、ふはっ、と吹き出し、周りも釣られて笑った。

 

「クシェルが上手くやっつけたら、ボガートは君達の方へと向かうだろう。今の内に考えておきなさい。自分の一番怖いものが何であり、どんな姿にさせるかを」

 

 その言葉に、教室内は静寂に包まれる。

 ―――自分が怖いと思うものは何か。

 皆、恐怖の記憶を思い返しているのだ。

 フィールも他生徒同様、黙想する。

 ………ハッキリ言ってしまえば、恐怖の感情を抱いている自分自身が屈辱的であり、そして腹立たしい。

 だが、真に強くなりたいのならば、弱さをこの眼に焼き付け、胸に深く刻んでこそだと、フィールは片っ端から脳内に浮上させた。

 

(………怖いもの………か………)

 

 ………定まらない。この胸に刻まれている、嫌な思い出もトラウマも。それらがごちゃごちゃになり、一つだけに絞り込むのが難しかった。

 フィールはまだ定まらなかったが、ルーピンは合図と共に箪笥を開け、中から毒々しい緑色の体表で巨体のバジリスクが出てきた。生徒達は本能的に眼を閉じ、クシェルも蒼白して一瞬喉を鳴らしたが、すぐに気を取り直し、

 

リディクラス(馬鹿馬鹿しい)!」

 

 杖を振り上げ、呪文を詠唱。

 バジリスクの恐ろしかった黄色い瞳が子犬のような可愛らしい瞳になり、実にアンバランスで爆笑ものである。室内に笑いが広がり、ルーピンも笑みを溢す。それから次々と生徒達は皆それぞれ怖いものを滑稽な姿へ変えてみせ、爆笑の渦を生み出していたが………。

 

「よし、フィール。次は君だ」

 

 ルーピンはフィールを指名。

 スリザリン生は一斉に注目した。

 学年首席で教師とタイマン出来る唯一の生徒、と評されている彼女が恐れるものは一体何になるのだろうかと、好奇の眼を向ける。

 フィールがゆっくりと前に進み出ると―――

 

「―――ッ!」

 

 そこに立っていたのは―――銀髪蒼眼の背の高い男が立っていた。凄まじい形相で、狂気と絶望で見開いた両眼で目の前のフィールを睨み付けている。

 

「なっ…………」

 

 フィールが恐れるもの。

 それは、自分達の知らないある一人の男性と言うことにスリザリン生全員は思わず絶句し、ルーピンは驚愕の表情でフィールと銀髪の男を見たり来たりする。

 やがてボガートが変身した男は、口を開いた。

 

「お前のせいで、兄さんは………!」

 

 ………兄さん?

 それって―――私のお父さんのこと?

 

「お前が………お前が………!」

 

 そして銀髪の男はあらんかぎりの声で叫んだ。

 

 

 

「―――お前が死ねばよかったんだ………!!」

 

 

 

(私が………死ねばよかった………?)

 

 フィールは後ずさる。

 脳裏に、墓場での出来事が甦る。

 数年前、父の葬儀で泣いていた自分を誰かがドンッと突き飛ばしてきて―――。

 

「………ッ………!」

 

 フィールは身体を震わせ、ドクリ、と心臓が高鳴った。激しく脈打つ度、鮮明に記憶が甦り、頭痛や嘔吐が迫り、首筋と額に冷や汗が流れる。

 

(止め……て………もう……止めてよ………)

 

 如何に目の前に立っている銀髪の男が本物ではないとは言え………これまであまり意識しないように生活してきたフィールにとっては、十分過ぎるくらいの無慈悲な威力であった。

 ボガートは相手の恐れるものに化け、それに反する笑いを嫌悪する。

 故に、心を覗いて模倣するボガートからすればフィールが恐怖に心が染まっていくのにこの上なく歓喜し、それまで退治されてきたことで疲弊していた気力がみるみる内に回復した。

 

 ―――お前のせいで、兄さんは………!

 ―――お前が死ねばよかったんだ………!!

 

 再び脳裏で響き渡る、男の鋭い声。

 それは頭の中でガンガン反響する。

 フィールは奥歯をギリッと噛み締め、傾きそうになった身体を気合いと根性で安定させ、ダンッ! と両足で踏み留まる。

 

(止めろ………これ以上、私の心を―――侵食しようとするなッ!!)

 

 次の瞬間。

 フィールはギッと鋭い目付きになり、杖を一回転させた。

 彼女の身体から、鬼気迫る殺気が放たれる。

 

「ッ! こっちだ!」

 

 いち早くフィールの凄まじい気迫を感じ取ったルーピンがこのままではマズいと判断し、ボガートを自分の方へ引き寄せる。

 直後、ボガートは銀髪の男から銀白色の玉となってルーピンの前で浮遊した。

 

リディクラス(馬鹿馬鹿しい)!」

 

 ルーピンは詠唱し、ゴキブリへと変える。

 シンと静まり返って誰も言葉を発することがなかったので、スリザリン生達は途端に我に返って思考が再起動する。が、フィールの瞳は変わらずの輝きが失せた絶対零度で、目の前の空間を見るとはなしに眺めていた。

 

「クシェル、前へ! やっつけろ!」

 

 ルーピンは重苦しい場を転換しようと何事もなかったみたいにクシェルを指名し、彼女はハッとして慌てて前へ進み出る。

 クシェルは一度対決したことで慣れたのか、臆することなく杖を振るって高らかに唱え、バジリスクを手のひらサイズの小さな体長に変えてみせた。そして追い打ち掛けるように、少しは元気を取り戻したスリザリン生の多くが笑えば、ボガートは破裂し、白い煙となって消滅した。

 

「よーし、よし! 皆よくやった! ボガートと対決したスリザリン生一人につき5点をあげよう! クシェルは10点だ。2回対決し、トドメを刺したからね。寮に帰ったら各自ボガートに関する章を読んでまとめてくれ。それが今日の宿題だ」

 

 タイミング良く終業のチャイムがスリザリン生達を称賛するみたいに教室内に響き渡り、彼等は今までにないハイクオリティーな授業に興奮した面持ちで出ていった。

 

「フィール、君は少し残ってくれるかな?」

 

 ルーピンは静かな声でフィールを呼び止める。

 いつの間にか殺気を霧散させていたフィールはゆっくりと顔を動かし………小さく頷く。

 静けさに包まれる、授業実地場の職員室。

 二人きりになった室内で、ルーピンは此処で立ち話するのもアレだから、場所を変えて話をしようと言った。

 

♦️

 

 ルーピンが割り当てられた教員部屋。

 椅子に腰掛けて黙って待っていると、マグカップが、コトン、と前に置かれた。

 クリーム色をした、甘い香りと温かな湯気が漂うホットホワイトチョコレートであった。

 

「ホワイトチョコレートだ。これでいいかな?」

「………ええ、ありがとうございます」

 

 マグカップの取っ手を掴み、口をつける。

 ホワイトチョコレートは一般のチョコレートと違って独特の苦味成分がなく、風味とクリーミーな口どけが身体を暖めてくれた。

 

「美味しいですね、とても」

「気に入って貰えて嬉しいよ」

 

 ルーピンは笑い、フィールも笑う。

 一見すると普通のお茶会のように見えるが、その実前者は『開心術』を、後者は『閉心術』を使用していた。

 

(この歳で『閉心術』を使えるとは………)

(……やっぱり『開心術』を使ってきたか)

 

 フィールは教師が生徒に対して『開心術』を使って心を覗いてくる行為に腹を立たせたが、それは決して悪意あって使用してる訳ではないのだろうと思うようにして、敢えて何も言わなかった。

 一方、ルーピンの方は下級生が並外れた強力な『閉心術』を扱える事実に驚きを隠せず、外面上は普通通りだが、内心では動揺していた。

 しばらくは互いに無言でホワイトチョコレートを飲んでいたが………タイミングを見計らったのか、ルーピンは神妙な面持ちでフィールへそっと問い掛けた。

 

「フィール、一つ訊いてもいいかな?」

「………なんですか?」

「さっき、ボガートが変身したのは―――」

「ルーピン先生、それは訊かないでください」

 

 即、フィールはルーピンが言い切る前に言葉を遮った。ボガートが変身した姿についての詳細は出来れば話したくないからだ。

 

「………すまなかった。君のような生徒がいるかもしれないことを考えずにボガートを用意したのは、配慮が足りなかった」

「いえ、大丈夫です。………確かに心はかき乱されましたけど、おかげで一つ、わかったことがありますから」

「わかったこと?」

 

 ルーピンが首を傾げると、

 

「私の中で、アイツへ対する恐怖が奥底に巣食っていたということです。………これから先、自分自身を強くさせるための糧となりました」

 

 それからフィールは、一気にホワイトチョコレートを飲み干す。空になったマグカップをテーブルに置くと、椅子から立ち上がった。

 

「ただ、それ以上でもそれ以下でもありません」

 

 強めの口調で言い放ったフィールは呆然としているルーピンへ背中を向け、部屋を退室した。




【フィール、遂にシーカーになる】
F<シーカーニナッテヤロウ。
M<ベルンカステル!!

ダキツイテカラノオシタオシ。

ALL<!!ヽ(゚д゚ヽ)(ノ゚д゚)ノ!! フィール!
F<((( ;゚Д゚)))ガクガクブルブル。
ALL<L(゚皿゚メ)」L(゚皿゚メ)」L(゚皿゚メ)」。マーカス……ユルサン!
M<ヽ(; ゚д゚)ノ ビクッ……………ウシロニクルリ。
ALL<(*`Д´)ノ!!! セイバイ!!!
M<ヽ(;゚;Д;゚;; )ギャァァァァァァァァァァァ!!!

マーカス………お前は別の意味で勇者だったよ。
ご冥福をお祈りします(※ちゃんと生きてます)。

【クシェルが恐れるもの】
バジリスク。
そりゃまあ、石化前は正体知ってるが故の恐怖心を持ちながら逃走したし………死を目の当たりにした出来事はトロールだろうけど、あの時はフィールが助けに来てそれがきっかけで仲良くなったので、毒蛇の王様です。
こうしてみてみると、クシェルって間接的に事件に関わってますね。そして毎回危うく死にそうになる………もしもバジリスクによってクシェルが即死したら、あの子発狂してズタズタに惨殺しそう((( ;゚Д゚)))ガクガクブルブル。
バジリスク、石化で済ませて正解だったな。
お前、解体されるなんて手緩いことは1000%の確率でされなかったぞΣヽ(゚∀゚;)!

【フィールが恐れるもの】※1/8、変更
銀髪蒼眼の男。
コイツが誰なのか、読者の皆さんなら粗方予想がつくはず。
不意打ちで変身されて思いっきり殺気をぶっ放したので、もしあのままルーピンが止めなかったら………ちょっとヤバかったかもしれません。


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#35.少女の闇

lumi27さん、#4の誤字報告、ありがとうございました。


 ほの白く照らされた大理石の床が、足元に広がっていた。

 吹き抜けの高い天井。

 天窓から降り注ぐ、月明かり。

 それに晒されているのは、背が低い人影。

 人影は薄暗がりの中で煌々たる輝きを放ちながら城内の上空を自由奔放に駆ける銀色の狼を見上げていた。

 

「もう少しだ………もう少しで、完成する」

 

 どこか狂喜を孕んだ声で呟き、戻って来い、と白銀の狼に念じる。するとそれまで自由に宙を飛んでいた守護霊の狼は方向転換して床にスッと着地し、スリスリと、甘えるように主人の身体に鼻先を擦り付ける。

 狼の身体から発せられる光輝がより一層小さなシルエットのアウトラインをうっすらと、でもハッキリと浮かび上がらせた。

 ガラス扉に映った影は、10代に満たない小さな少女。

 長めの前髪の下にある冷めた瞳で、狼の頭を撫でていた彼女は扉を一瞥する。

 頭の中に浮かび上がる、自分と瓜二つの母。

 その母は闇の生物に魂を喰われてしまった。

 あの時………自分が助けを求めたせいで。

 母は娘の自分を庇って、廃人になった。

 

「………吸魂鬼(ディメンター)

 

 少女は決然とした顔で、ガラス扉に映る自身の顔を見据える。

 直後、銀の狼は残像を残しながら姿を消した。

 暫し銀白色の霞みたいなものがその場に漂う。

 それを横目に母親譲りの黒い髪を持つ彼女は静かな怒りを込めた声で、未だ胸の奥で燻る不安を拭い去るよう、そして自分自身を奮い立たせるよう、憎しみの言葉を口にした。

 

 

「―――私はお前らを許さない。いつかこの手でお前らを………始末してやる」

 

 

♦️

 

 

 夜明け前の静かな部屋の中で。

 フィールは目を覚ました。

 真っ暗な世界が、薄暗りに変わる。

 視界を埋める、二人部屋の天井。

 ガバッと跳ね起きたフィールは辺りを見回す。

 嫌な汗が全身から噴き出している身体は、深い水の中を歩いてきたみたいに重い。

 目元からは温かくも冷たい雫が流れており、色白の頬を微妙な違いで濡らす。

 

「ぁ………はぁ………はぁ………」

 

 寝起き早々、彼女は酷い吐き気に悩まされる。

 寝間着は汗びっしょりで、それに身を包んでいて気持ち悪い。再びベッドに身を委ね、右手の甲で、知らぬ間に涙を流していた目元を覆い隠す。

 ………一体いつから泣いていたのだろう。

 このところ、無自覚で涙することが多い。

 その時はいつも決まって嫌な夢なのだが、今回は違った。

 

(さっきの………夢は………)

 

 ホグワーツに入学する前―――『アグレッシブ守護霊』を編み出していた頃のことだ。

 寝静まった、ベルンカステル城で。

 一人訓練に励み、一人決意を固めた―――。

 

(………お父さん………お母さん………)

 

 今は亡き両親の名を呼べば、自分の傍に来てくれるような気がして………でもそれは、二度と叶わぬ、ありもしない夢だ。

 フィールは胸がギリギリと締め付けられる。

 わかっているのに。わかってたはずなのに。

 長年が経過した今でも、どうやら自分は無駄な夢を、無意味な希望を性懲りもなく追い掛けているらしい。

 

「………ッ」

 

 指先にピリッと、微弱が光が走った。

 フィールは腕を天に伸ばし、右指を見る。

 その気になれば、彼女は杖を使わずとも魔法を扱える実力を持っていた。

 

(………………いっそのこと、全ての力を感情の赴くままに爆発させられたらいいのに)

 

 これは、8年間ずっと抱いてきたことだ。

 感情の赴くままに魔力を暴走させれば、大惨事を引き起こす。

 だが、その裏返しで、それを利用したいのも、また事実。

 

(でも………そんなことしたら………)

 

 全て、壊してしまう。

 家も、姉も、友も、心も、魂も。

 そして、命を賭して護ってくれた両親へ、冷酷非道な冒涜を犯してしまう。

 他でもない、この私が。

 果たして、そんなことをしたいだろうか?

 一時期の感情に流され、世界中から爪弾きにされ、挙げ句の果てに大切なものを壊し、絶望心を抱いたまま生き、死後の世界で胸張って堂々と、亡き両親へ会いに行けるだろうか。

 

(………………)

 

 酷く、孤独だった。

 まるで、世界中の人から存在を否定されたみたいに。

 誰にもこの葛藤を打ち明けられずに、独りで抱え込み、背負って生きるのは辛い。

 

 けれども、誰かに頼りたくなんかない。

 誰かに助けを求めて、それで失ったら………もう、耐えられない。

 フィールは、フッと重くなった瞼を閉じた。

 暗闇に視界が覆われ………ついさっき、指先に迸った黒い閃光が頭の中に浮かび上がる。

 

 闇のように、ドロドロした感情が胸の奥底で渦巻いているから、あのようなどす黒い色だったのかもしれない。

 重い瞼をゆっくりと開ければ、光が戻る。

 指先に少し力を込めると、ポウッ、と小さな輝きが暗い室内を指先の中で照らす。

 

(光は………嫌い………)

 

 だって、それは私の心をかき乱すから。

 塗り替えることなんて、出来ないから。

 失いたくないと思う想い(Feeling)が光なら。

 闇に染まった心は一体何を示すのか。

 

(………………)

 

 意識がブラックアウトしてきた。

 途端に、手中の光も消え失せる。

 再び、闇が支配する部屋の中で。

 フィールは、深い眠りに落ちる。

 闇黒に意識が沈む前―――眩しいくらいに輝く笑顔を自分に向ける、一人の少女の姿が脳裏の奥で思い浮かんだ。

 

 

 ―――忌々しいくらいに、美しい笑顔の。

 

 

♦️

 

 

 土曜日の午後の時間帯。

 フィールは必要の部屋で訓練を重ねていた。

 正午になって昼食を軽く口にしたら、毎回恒例の自主練習するために8階にひっそりと隠されている此処に来た。

 クシェルは昼食を満腹になるまで食べて眠くなったらしく、今頃部屋で昼寝でもしてるだろう。

 フィールはローブやネクタイなどを外し、動きやすい格好でウォーミングアップを難なくこなしたら、次は本命の『アグレッシブ守護霊』の特訓を行う。

 

エスティルパメント・パトローナム(守護霊よ滅ぼせ)!」

 

 呪文を声高らかに唱え、その杖先から目映いばかりの銀色に光輝く狼が力強く飛び出してきた。発動と同時、全身に鈍い痛みが走るが、このくらいは慣れている。本格的に辛いのは、ここから先だ。

 

 フィールと銀の狼を囲むのは、鋼の檻。

 それも、強力な防衛魔法によって通常よりも硬度で強固な鉄格子だ。これではいくら魔法使いであろうとも抜け出すのは困難だ。だが、フィールはそこから脱出を図ろうと、強く念じる。

 白銀の狼は主人の命令に従い、包囲する鋼鉄の監獄に鋭い牙を突き立てて噛み付いたり、尻尾による攻撃などで強行突破しようとする姿は、まさに荒れ狂う獣の威風を表した。

 

「………ッ!」

 

 鈍い痛みから、鋭い痛みに変わる。

 激痛に耐え忍ぶ精神力が強くなければ、天高く聳え立つ壁を乗り越えられない。

 奥歯をギリッと噛み締めながら全身を襲う耐え難い苦痛を押し殺し、破壊完了までは、決して倒れないよう、両足で踏ん張る。

 

 時間としては、そこまで経っていない。

 けど、フィールにとっては永遠とさえ感じた地獄の時間は、粉々に崩れ落ちていった瓦礫の山と共に過ぎ去っていき、また、彼女の痩身もその場に崩れ落ちていった。

 荒く息をつき、床を転がる。

 身体的にも精神的にも疲労困憊し、気持ち悪さから吐き気がするが、軽食だったのが不幸中の幸いだったか、嘔吐はしなかった。

 

「はぁ………はぁ………ッ」

 

 仰向けになりながら、左腕で目元を覆う。

 起き上がろうにも、起き上がれない。

 まるで、病み上がりの状態で数時間ぶっ通しで動いたような気分だった。

 身体のあちこちが悲鳴を上げ、指先すら動かすのが億劫だった。

 

 意識が朦朧としていく。

 時間も余裕もホグワーツ特急時とは異なって沢山有り余っていたとはいえ、少し無茶ぶりをしたなと思いつつ、フィールは左腕をどかせてシルバーウルフを見上げた。

 その瞳はじっと自分を見つめており、倒れているのを見て心配しているのか、顔をクンクンと近付けている。

 少女は柔らかな笑みを向け、重い左腕を狼の顔に伸ばして頬を撫で、やがて力無く下がった。

 蒼い瞳は両方共閉じた瞼に覆い隠され、静かな寝息を立てている。体力的に限界が来て、寝てしまったのだ。

 静寂だけが、必要の部屋の中を支配する。

 部屋の中央で、室内の内装と同じ色の白いワイシャツを着た黒髪の少女が仰向けで眠っている。

 脇には守護霊の狼が立っており、安らかな寝顔を浮かべている主人を見守っていた。

 

 どのくらい、時間が経過しただろうか。

 その主人の胸元から、銀白色に輝く小さな光が飛び出してきた。それは物体とも気体ともつかない物質の球体で、なんだか曖昧な存在感だ。

 そんな小さな光の元へ、狼は歩み寄る。

 まるで、その時を待っていたみたいに。

 銀色に輝く光は銀色に輝く狼へ触れる。

 

 すると、どうだろう。

 そこに狼の姿はなくなり、代わりに若干部屋の空間と同化しているような、透過性ある人影が捉えられた。

 20代半ばくらいの品の良さそうな女性で、面差しは現在深い眠りに落ちている少女と似ている。

 女性は膝をつき、優しげな、それでいて哀しそうな微笑みを形作りながら、自分と瓜二つの少女の黒い髪を梳くい、白い頬を優しく撫でた。

 

♦️

 

 優しく揺らめく炎が温かみのある空間を演出する暖炉がある部屋で、力尽きて意識を失ったフィールは目を覚ました。

 

(あれ………こんな部屋だったっけな………)

 

 寝起きなのでグラグラと思考の焦点が定まらなかったが、少ししてからクリアになり、頭が何か温かくて柔らかい物の上にあると知る。

 それから、自身の髪を撫でる感触がし、それでようやくフィールは誰かに膝枕されていると悟って意識が急速に覚醒した。

 

 自分を見下ろす優しい光を宿した紫の瞳。

 晴れやかな晴れ空と同じ色をした長い髪。

 ブラックとカナリア・イエローのレジメンタルのネクタイをキッチリ締める温厚そうな女性の顔が、フィールの蒼い瞳に反射する。

 

「やっと目を覚ましたようね」

 

 いつの間にか此処に来ていたクリミアが、やや呆れ気味な様子で肩を竦めた。

 フィールは起き上がろうとしたが、肢体に力が入らず、そのまま膝枕されている状態になる。

 

「クリミア………? いつから、此処に来てたんだ?」

「数時間前よ。なんとなく此処に来てみたら、倒れている貴女を見つけてね。それで」

 

 クリミアは険しい面持ちになり、髪を撫でていた手を止めて、フィールを見下ろす。

 

「倒れてたの、『アグレッシブ守護霊』の練習をしたからでしょ」

「………ああ」

「足りないわよ。あの魔法を使いこなすには、少なくとも今の倍の魔力が必要よ。今のフィールでは、まだとても」

「そう言って練習サボってたら、いつまでも扱えないだろ。密かに生きている闇の帝王が復活したら、今のままで勝てるとは限らない。新しい力を準備しておかないと」

「そのために、一人稽古に励んでいるのね。それは立派な心構えだと思うわ。でもね―――」

 

 眼に厳しさを宿らせ、クリミアは叱責する。

 

「自分の健康を一番に考えなさい。身体を壊したら元も子もないわよ。わかった?」

「…………………………」

 

 有無を言わぬ物腰で言われ、フィールは何も言い返せず、クリミアの太腿に顔を埋めた。

 

♦️

 

 ルーピンが担当する『闇の魔術に対する防衛術』は瞬く間に一番人気の授業になった。去年一昨年のギャップを差し引いてでも、彼の説明はわかりやすく丁寧で、尚且つ実習形式で進めるのが人気に拍車をかけている。

 それに反し、ハグリッドはバックビークの件で生徒―――主にスリザリン生―――から非難されて自信を無くしたらしく、『レタス食い虫の世話』という非常に退屈な授業となり、生徒達からは不評だった。

 

 10月最後の週の月曜日。

 夕食を終え、談話室へ戻るとホグズミード週末の知らせが掲示板に貼っていた。

 

「あ、やっとだね」

 

 ホグズミード村。英国で唯一魔法族のみで構成された村である。そこには様々な店や観光スポットがあり、3年生になると保護者から許可証にサインを貰うことでそこへ行ける日に行くことが許される。1・2年生は留守番で、皆はその日を楽しみにしている。

 フィールも勿論、保護者からサインは貰っている。亡き母の妹で、叔母のエミリーからだ。

 

「…………………」

「………フィー?」

 

 3年生以上の生徒がはしゃぐ中、一人浮かない顔をする友人の顔を覗き込むが、彼女は何を考えているかわからない無表情で、自分達の部屋へと歩いていった。

 

「………はぁ」

 

 部屋へ来て早々、フィールは床に座り、壁にもたれ掛かる。あの真似妖怪の授業以来、フィールは精神的に弱っていた。それだけ心に強い衝撃を与えられ、ふとした拍子に脳裏にちらついて鬱陶しくなるのだ。

 

 と、そこへ。

 部屋の扉が開き、中にクシェルが入ってきた。

 部屋が真っ暗だったので灯りをつけ、床に座り込んでいるフィールを見てクシェルは心配そうな表情になり、彼女の前まで来てしゃがみこんだ。

 

「フィー、大丈夫?」

「……………………」

 

 声を掛けるが、返事はしない。

 顔は伏せていて、どんな表情なのか、わからない。

 

「最近、フィー、元気ないよ。それに、身体もずっと細くなったし………」

 

 フィールは、何も言えなかった。

 最近は食欲が沸かず、朝食昼食は少量食べても夕食を抜かすようになり、身体が窶れた。

 

「精神的なものって、身体に現れるからね。フィー、何か溜め込んでない?」

「…………無いよ、別にそんなの………」

「………嘘だよね? じゃなかったら、そんな状態にならないでしょ? 私にも言えないの?」

 

 矢継ぎ早の質問に、弛く首を振った。

 

「………そうみたいだね。でも、夕食もちゃんと食べて。このままだと、本当に身体壊すよ」

「…………身体を壊すなんて、慣れてる」

 

 フィールがそう呟いたら―――クシェルは思わず、両肩に両手をグッと置いた。

 

「フィー、今、なんて言った? 身体を壊すことが慣れてる? ……馬鹿なこと言わないでよ! 貴女、なんで………なんで、そうやっていっつも無茶するの!?」

 

 大声で、クシェルは叫んだ。

 もう、我慢の限界だった。

 フィールとは、1年生の時からずっと一緒にいた。クシェルは、次第にフィールとの距離が縮まっていると、いや、縮まって欲しいと、強く願っていた。

 なのに、そんな、どんな時でも傍にいる自分にですら、フィールは頼ってくることなく、建前の言葉で誤魔化したり、下手な口実で心配かけまいと、無理に、気丈に、振る舞う。

 それを見ている側として、いつも飛び出したい気持ちに駆られた。無理をする彼女をなんとしてでも引き留め、止めさせたいと、何度思っただろうか。

 

「―――アンタに、何がわかる?」

「え………」

 

 クシェルの叫びに返ってくるのは、シンプルだけど残酷すぎるほどの、冷笑を孕んだ声音。

 伏せていた顔を上げたと思いきや、心配してくれる友人を冷ややかに見つめる、歪んだ笑みと冷たい蒼瞳。

 クシェルは背筋にゾクリと悪寒が走り、金縛りにあったみたいに全身が硬直した。

 

 身体の動きを縛り付ける、蒼の双眸。

 それが一瞬だけ鋭く光ったと思う暇もなく、刹那、完全に挙動を停止させた。眼に宿る感情は読み取れず、だが、どす黒い暗さと………見え隠れしている苦しさを、微かに感じた。

 肩に置いていた手の力が緩み、その隙を逃さずフィールは払い除けてスッと立ち上がると、

 

「…………………ついてこないで」

 

 と言い、背を見せながら部屋の扉に向かった。

 

「あ…………待って………………」

 

 先程まで動かせなかった腕が嘘のように動き、無意識の内から手を伸ばした。

 

 ―――今、引き留めないと。

 ―――今、止めさせないと。

 

 フィールがもっともっと、無理をして、更に遠い場所へ………手が届かない場所まで行ってしまう………!

 だが、足がその場から動かない。

 わかっていながら、身体が動かない。

 追い掛けて、それでまた何か言われたら。

 そう思うと、追い掛けても無意味なのではと、思ってはいけないことを、非情なくらいに抱懐してしまう。

 これまで、どれだけ冷たく接してこられてもアプローチし続けられたのは………フィールが、あの娘とそっくりだったから。

 

 昔―――うろ覚えだが、何年か前に会ったことがある一人の少女も、独りで苦悩を抱えて背負って生きていたのを傷だらけの姿で表していたから………フィールを初めて見た時、その娘と被って見え………だから、なのだろうか。

 そのまま放置していたら、なんだかフィールが孤立しそうだと思い、どこからか、助けないとって思って。勿論、仲良くなりたいという気持ちもあった。でも、それ以上に―――。

 

 最後に、あの娘が自分に見せた顔。

 それは涙で濡れた泣き顔であった。

 いつもボロボロで、怪我をしていて、時に足を引き摺っていて。

 でも、絶対に、弱音も涙も見せなかった。

 そんな彼女の、最初で最後の、泣いた姿。

 それを見た時、なんて声をかければいいかわからず、ただただその場に立ち竦んでしまい、その間にも、少女は背を向けて、歩いていった。

 

 やっとのことで手を伸ばした時には、もう遅くて。

 手の届かない場所へ、行ってしまった。

 ………だから、もう、後悔したくない。

 今度は、ちゃんと助けてあげたいって。

 なのに、また、繰り返すのだろうか。

 クシェルは、部屋の中で突っ立った。

 ………脇目も振らず部屋を出ていったフィールの背中は、まるで。

 

 

 

 ―――気高さと悲壮感を漂わせた、あの少女の後ろ姿のように………面影を、感じた。

 

 

 




【フィールの名前の由来】
多数の人が感付いていたと思いますが、フィールの名前は『気持ち・感情・想い』のFeelingが由来です。
何人かの人は「なんで『File』じゃないんだ?」と思ったかもしれませんが、この説明で「なるほど。『Feeling』から『ing』を短縮(抜き出し)したんだな」と納得してくれたら幸いです。
やはりオリ主の名前はちょっとインパクトを持たせたいなと、この名前が決まる時まで凄い悩みました。

【ならオリ主の母親がクラミーの訳は?】
文庫本『ノーゲーム・ノーライフ』を知っている人はベルンカステル母娘のクラミーとフィールに「おい、なんでノゲノラのキャラの名前が二人もいるんだ!?」とビックリしたかもしれません。
実は作者の私も当時めっちゃビックリしました。

きっかけは、「そういや、ノーゲーム・ノーライフってどんなものなんだ?」という疑問からGoogle先生で検索&調査です。で、その時にキャラの名前も何人か見、一人のキャラのファーストネームで『クラミー』を発見。
クラミーって名前は響きがいいし私自身も何気に気に入ったため、せっかくだから誰かオリキャラの名前で使おうと考えた末にその時名前が決定していたオリ主のフィールの母親にさせようという経緯を辿って、『クラミー・ベルンカステル』が誕生しました。

それから数日が経過。
再びGoogle先生でノゲノラのキャラ達をリサーチ。
そしてその時『フィール』という名前のキャラを発見。
「ん!? 見間違いじゃないよな!?」と何度も見返し、「マジかよ!? ノゲノラにクラミーとフィールいたとか!!」とまさかまさかの、まさにアンビリバボーな展開でした。
しかもノゲノラのフィールとクラミーは『主従関係』。
物語の方のクラミーとフィールの関係は『母娘関係』。
「どっちも関係が深いな!」と更にビックリ。
………という、こんなことがありました。
しかもこれだけには飽き足らないという、何故故にここまでなにかとなにかが被るんだ、です。

【アプローチしてきた訳】
秘密の部屋編のホグワーツ特急で話していたことの伏線。


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#36.軋轢

最初は2年前の入学式当日のクシェルSide。
ハリーの名前が呼ばれてから後をクシェル視点でプレイバック。

※9/13、サブタイトル変更


「ハリー・ポッター!」

 

 1991年、9月1日。

 その日は、ホグワーツ魔法魔術学校の在校生達からすれば前の学年から進級する年であり、新入生達からすればその魔法学校の新たな生徒として入学する年だ。

 新1年生達を4つある寮へそれぞれ組分けする手段は、組分け帽子という意思ある帽子がその人の素質や才能を覗いて判断する。無論、個人の感情を尊重してくれるため、どの寮に行くかは自分自身で決めることは出来る。

 そして、現在―――魔法界の英雄として敬意を払われている生き残った男の子(ハリー・ポッター)の名前が呼ばれ、大広間に居た全校生徒が一斉に注目した。

 

(へえ、あの人がハリー・ポッター………意外と普通の男の子って感じだなぁ………)

 

 元気よくピョンピョンはねたショートカットの茶髪にキラキラ輝く翠の瞳の中性的な容姿の少女―――クシェル・ベイカーは、組分け帽子を被った黒髪緑眼の少年を観察していた。

 魔法界をあの闇の帝王(ヴォルデモート)から救ったという超有名人にしては、ちやほやされて育ったが故の高慢さといった雰囲気が全く感じられない。同年代の男子達と比べてみれば小柄で痩身だし、頬も痩せこけている。

 

(身体は結構細いし、身の周りのことが不安だらけって雰囲気………もしかして、幸せな生活を送ってきた訳じゃないのかな………)

 

 癒者(ヒーラー)の娘というのもあってか、クシェルは他人の健康状態を観察し、なにかと事情を気にかける癖がある。それはやはり、小さい頃に母親が勤務している聖マンゴ魔法疾患傷害病院へ行ったことがあるからだろうが………。

 

「グリフィンドール!」

 

 数分後、組分け帽子は高らかにハリー・ポッターが進む寮を宣言し、グリフィンドール生は今日一番の大爆発を見せた。ハリーは嬉しそうな表情で獅子寮テーブルへ走り、同じ顔をした赤毛の少年―――フレッドとジョージは「ポッターを取ったぞ!」と復唱している。

 

(流石、ハリー・ポッター………人気のレベルが一段凄いなぁ………)

 

 クシェルは煩いくらいの喧騒に苦笑し、魔法界の伝説の人物の次は誰なのかと正面に向き合ったら、

 

「フィール・ベルンカステル!」

 

 と、タイミングよく名前が告げられた。

 名を呼ばれた本人だと思われる、ソワソワして落ち着きがなかった新入生達で唯一落ち着いていた黒髪の少女が椅子へ歩いていき、組分け帽子を手にすると、普通に座った。

 

(………え?)

 

 クシェルは、言葉を失った。

 全校生徒達も静まり返った。

 

 さらさらちょっと癖毛の長い黒髪。

 年齢的には随分と高い身長で痩身。

 塩の狼のような、蒼色の鋭い双眸。

 

 雰囲気は大人びているが、誰が見ても認めるほどの整った顔立ちが浮かべる表情は無感動で、その瞳に宿っている光はまるで見るもの全てを見下ろすかのように冷たい。

 それだけ………新入生とは思えぬ、威風堂々としたフィール・ベルンカステルに、大広間に居たホグワーツ生達は彼女の名が呼ばれ、その彼女の後ろ姿を見た時から、衝撃を喰らった。

 だけど―――クシェルは、他の人達とは、少し違った。

 黒髪蒼眼の少女………フィールの後ろ姿を見た瞬間、不意に思い出したのだ。

 記憶にはあるものの、もう接点は無くて、今では顔もあまり思い出せない………数年前に出会った、一人の少女の後ろ姿が。

 

 ―――ついてこないで。

 

 最後に………そう言って、振り返った顔。

 振り返ったその綺麗な顔は、悲しみの色の涙でぐちゃぐちゃだった。

 そうして、なんて声を掛ければいいかわからず立ち竦んでいる間にも、その少女は遠くへと行ってしまった…………。

 

(………なんで、急に思い出したんだろ………)

 

 何故今になって、朧気に浮かび上がったのかとクシェルは首を捻るが、どんなに考えても答えは提示されなかったため、引っ掛かりを残したまま渋々諦めることにした。

 そして、それから数分後―――

 

「スリザリン!」

 

 組分け帽子は声高らかに叫んだが、先程、拍手喝采で温かく歓迎されたハリー・ポッターとは真逆に大広間は水を打ったような静けさに包まれていた。

 あまりに違い過ぎる対応にもフィールは表情一つ変える事無くスリザリン生が集うテーブルへと向かう。

 それを見送りつつ、クシェルは翠眼を細めた。

 

 何故だろう。

 フィールを見ていると、これから先の学校生活で彼女が孤立しそうな気がするのは。

 彼女が発する『孤高の雰囲気』に自然と呑まれているからだろうか………?

 

 その後、今年の新入生の寮別が終わり、歓迎会パーティーの時間に突入する。

 フィールと同じスリザリンに所属したクシェルは、クィディッチチームのキャプテンを務めるマーカス・フリントが友人達との会話に混じったのを確認してから、彼女の他人へ無関心そうな空気に強引にでも侵入するかのように、肩をトントンと叩き、その蒼眼が刹那合ったら、弾んだ声音で名乗った。

 

「―――私、クシェル・ベイカー。クシェルって呼んで」

 

♦️

 

 停止していた思考が再起動したクシェルは、慌てて談話室へ来てみると、スリザリン生達が友人と談笑したり、トランプやチェス、読書など趣味に興じている光景は広がっているものの、そこにフィールの姿は何処にも見当たらなかった。

 暖炉近くのテーブルで友人のダフネ・グリーングラスと同級生の女の子がチェスに興じていたため、クシェルは二人に尋ねてみた。

 

「ねえ二人共。フィーを見なかった?」

「フィールなら談話室出ていったわよ?」

「うん。何かちょっと怖い顔してたけど」

 

 二人の口振りから、どうやらフィールは外出しているらしい。

 

「………そっか」

「? クシェル、どうかしたの?」

「あ、いや……えと……その……」

 

 いつも明快に話すクシェルにしては、歯切れが悪い。

 と、そこへ、

 

「もしかして、フィールとケンカしたの?」

 

 談話室の扉を横目に、後ろから3歳年上のアリア・ヴァイオレットが鋭く突っ込んできた。

 

「ケンカ、というよりは、なんというか………」

 

 クシェルはどう答えればいいかに悩み、上手く言葉に出来ないことから俯いてしまう。が、アリアが「何があったのか、教えてくれるかな?」と目線を合わせて優しく尋ねてくれたおかげで、クシェルは近くの椅子に座って、1から話した。

 最近フィールが元気無く、おまけに夕食を抜かして身体が痩せ細っていくため、何が理由でそんなことをしているのかと質問し―――その過程でフィールが部屋から出ていってしまった、と。

 

「そういうこと、ねえ………」

 

 ダフネはやや呆れ気味に、談話室の入り口に眼を向ける。

 

「意外とフィールも短気よね。全く、何処に行ったのやら………談話室から外出したってことは、今は一人にしてってサインじゃないのかしら?」

 

 ダフネの言葉に、クシェルは眼を見張った。

 アリアはダフネの言葉に賛成なのか、クシェルを見て、こう言う。

 

「フィール、今、精神的に色々辛いのかもね。ボガートの授業以来、元気ないんでしょ? 多分、辛い記憶が呼び覚まされて、心に強い衝撃を喰らったのかもね。あの娘は貴女にそのことを話して心配掛けたくないから、それを黙っていようとする気持ちと、誰にも言えない苦しみのジレンマに陥ってると思うわ。心の余裕が持てないだけに、割り切るのが難しいのよ」

 

 無言で小さく頷きながら、クシェルはアリアの方がフィールのことをわかっているような気がして、少し複雑な気分になった。

 アリアがフィールを気にかけてくれるのは嬉しいけれど、

 

(こうしてみると、私、本当にフィーのこと、わかってないんだ………)

 

 同い年で尚且つ1年生の時からずっと一緒に居るはずなのに、年上のアリアが自分よりもずっとフィールの気持ちを理解しているのが、なんだか悔しかった。

 そこは、やはり大人の余裕的なものがあるからなのだろうが………アリアもまた、他人よりずっとクールな性格だから、似たような性格のフィールをちゃんと見て、理解してあげられるのかもしれない。

 根本的なタイプが正反対なだけに、クシェルは沈んだ顔になる。

 

「ミステリアスな友人を持つと大変ね、貴女も」

 

 落ち込むクシェルの元気よくピョコンとはねてる茶髪を、アリアはくしゃくしゃと雑に撫でる。

 

「フィールは自分に素直じゃないだけで、本当は傍にいてくれる貴女の存在が嬉しいはずよ。だから、そんな顔しないの」

 

 アリアはアリアなりに、クシェルを励まそうと元気付けたのだが………クシェルの顔は、変わらず昏い翳が差したままだった。

 先輩からの励ましは嬉しいし、救われた。

 だけど………それと同時に、脳裏を過る。

 

 ―――アンタに、何がわかる?

 

 部屋を出る前の、意味ありげな冷笑と言葉。

 クシェルはそれが頭の中でループし、胸の中がごちゃごちゃになった。

 フィールの心は、掴めない。

 触れようとすれば、払われ。

 近寄れば、遠ざかっていく。

 

「………………」

 

 クシェルは何も言わず、代わりに力無さげに笑ってみせた。アリアは何かマズいことを言ってしまったかと、表情を曇らせる。

 

「ま、とにかくまずはフィールが戻って来るのを待ちましょ。誰しも人とケンカすれば、一人になって頭を冷やしたくなるものよ。私なんて、昔はしょっちゅう親とケンカしたわ。確か3回程は我慢の限界を迎えて、勢いそのままに家を飛び出したこともあったし」

 

 重苦しい空気を払拭するように、ダフネが昔を思い返してやれやれと肩を竦めながら、苦笑混じりにそう言った。

 貴族の出所の名に相応しい上品なお嬢様で家出するというイメージがないクシェルは眼を丸くしてビックリしたが、アリアは共感するように「あー………」と低い天井を仰ぐ。

 

「わかるわ、その気持ち。私もちっちゃい頃はちょくちょく姉とケンカしたわ。家出も一度や二度じゃない。感情の赴くままに行く当てもなくどっかでブラブラ散歩しては、公園に行ってブランコに座りながら夜空を眺めたり………今となっては笑い話だけど、当時は本気で家に帰りたくないって思ったわ」

「わかります。ホント、イヤになりますよね。家に帰れば親からの叱責が待ってるって思うと、帰ろうにも帰れないし………」

「どのみち行く当てがないから、帰宅する他なかったけどね。ま、それでお互い冷静になれて仲直りしたこともあったけど、何回かは余計に関係が拗れて、しばらく口を利かなかったってことも沢山あったわ」

 

 と、誰かと大喧嘩した経験が豊富な二人はそれぞれ昔の出来事を語って共感し合うが、そのような経験をしたことがまだないクシェルは、尚更シュンとしてしまった。

 

♦️

 

 誰も居ない談話室のソファーで、クシェルは友人の帰りを待っていた。

 もう他の皆は就寝しようと各自部屋に戻ったため、今此処に居るのはクシェルだけだ。

 此処に居るのは、外出してきたフィールがまだ帰ってきてないため、彼女が戻ってくるのをじっと待機していたのだ。

 そうして、どのくらい経過しただろうか。

 やっとのことで、フィールが姿を現した。

 彼女は誰も居ない談話室で一人居るクシェルの姿を認めると僅かに瞠目したが、一瞥後、すたすたとスルーして歩いていく。

 

「………フィー、来るの遅かったね」

「ああ、そうだな。なんで此処に居るんだ?」

「フィーが中々来ないなって思ったから―――」

「―――説教の続きをしようと?」

 

 言い切ってもいないのに露骨に遮り、冷笑を孕んだ声音でそう発言したフィールにクシェルはカッと頭に血が上がった。思わず平手打ちしそうになったが、必死に抑圧させ、声に重みを乗せて静かに返答する。

 

「………違うよ。心配したからだよ」

「………ああ、そう」

 

 フィールは肩を竦めながら、もう用はないと言わんばかりに歩みを進めた。クシェルはフィールの嫌味な態度に拳をギリギリと握り締めながら後を追い掛け、部屋へ入室してパタンと扉を閉めたら、

 

「何処に行ってたの?」

 

 と、フィールへ詰め寄ったが、

 

「別に何処でもいいだろ。少し頭を冷やしたかっただけだ。こうして戻って来たんだし、文句ないだろ」

 

 素っ気なくフィールは答えた。

 悪びれるどころか逆に開き直ったようなフィールの態度に、クシェルは怒りを爆発させた。

 

「なにさ、その態度! 人が心配してるのに、感じ悪いよ!」

 

 クシェルがそう叫ぶと、

 

「誰も私の心配なんてする必要ない」

 

 と、低く抑えた感じでフィールは呟いた。

 

「―――っ!!」

 

 クシェルは遂に堪忍袋の緒が切れ、

 

 

 

「フィー、いい加減にしてっ!!」

 

 

 

 バチンッ! と、その頬を平手打ちした。

 

「………ッ!?」

 

 流石のフィールでも、突発的な………それも、平手打ちなんてことをされ、ぶたれた左頬を押さえながら、クシェルを見た。

 

「フィー、貴女、なんで………なんで、そんなにも自暴的なの!? 私がフィーのことを心配しないなんてすると思った!? そんな風に思われていたなんて、私、スッゴく悲しいよ! そうやって独りだけでなんでも抱えないで、少しくらい、私を頼ってよ!」

 

 ビリビリと、部屋の隅々にまで響き渡る声。

 ここまでクシェルが声を張り上げるとは意外すぎるのと彼女の凄まじい剣幕に気圧されて、フィールは身体と精神どちらもフリーズした。

 だが………クシェルが言ってくれたことに、フィールは胸がじんわりとあたたかくなった。

 そして、その反面で揺れる心のぐらつきに苛立ちを覚える。

 

(………だから、嫌なのに……………)

 

 クシェルの心は、まさに『光』そのものだ。

 どんな物事にぶち当たってもめげることなく突破口を見つけ当て、最後まで全うしようとする正義感と責任感がある。

 

 そんなクシェルを、フィールは尊敬していた。

 彼女の性格こそ、周囲の人達から羨望の眼差しを浴び、あらゆる人々を本筋へと導く力も可能性も秘めている。

 そして、何よりもこんな自分に、友情と言うものの大切さを教えてくれた。

 …………だからこそ、嫌だった。

 『(やみ)』のような心でいるのに、『(ひかり)』のような情熱溢れるアプローチをしてきて、冷たくて脆い表面の中に隠されている、どす黒くて淀んだ感情を着々と溶かし、砕け散らせてくるのが。

 

 ―――抱いてはいけない。

 ―――背負っては駄目だ。

 

 また、大切なものを失った時………周りからよって集って責められ、居場所を失い、弱った心がひび割れ、だんだんと壊れていき、ただただ辛い想いをするのは自分なのだと。

 そんな無駄な気持ちを持つことになるくらいなら、いっそのこと、抱かなければいい。

 孤高の精神のまま孤独の世界を生きれば、余計な感情も想いも抱懐する必要がない。

 

 好きも嫌いも、捨ててしまいたい。

 独りだけの時間が流れてしまえば。

 それ以外は………もう、いらない。

 

「…………………………」

 

 フィールは突如、他人をひれ伏せる重圧を身体の奥底から解放し、対象物のクシェルを鋭く縛り付けた。

 いきなりそんな不穏なオーラを直に当て付けられたクシェルは思わずビクッと震わせ、フィールの蒼い双眸に睨まれたら、背筋に悪寒が走った。

 恐ろしいくらいに尖った、屈服させてくる気迫に宿され、見え隠れしている、底のない沼のような暗闇に囚われた瞳。

 そんなフィールの瞳を見ていると、その闇の中に吸い込まれそうな錯覚に陥った。

 だがそれも、フィールが部屋のドアへ向かうのを見れば急速に現実に意識が引き戻され、ハッとして慌ててさっきみたいなことにはならないよう、手を握って引き留めた。

 

「離せ」

「待って、もう貴女をほっとけは―――」

「離せ、という意味がわからないのか?」

 

 フィールは、クシェルを突き飛ばした。

 突き飛ばされたクシェルは尻餅をつき、冷たく見下ろすフィールを見上げた。

 

「………私に関わってくるな。鬱陶しい」

 

 吐き捨てるように言った、残酷な発言。

 クシェルは、愕然とした。

 フィールの言ったことが、わからなかった。

 いや………わかりたく、なかった。

 関わって………くるな?

 鬱陶しい………?

 私が今までしてきたことは、煩わしかったの?

 

「―――じゃあ、もういいよ! フィーのことなんて知らない! だいっきらい!」

 

 クシェルは立ち上がり、泣き叫んだ。

 いつもの勝ち気な瞳を涙で濡らして、フィールへ訴えるように、可愛い顔を歪ませた。

 けど、フィールはなんとも思っていないみたいな表情を崩すこともなければ傷付いた様子を見せることもなく、平然とドアを開け、

 

「私も嫌いだ、アンタのことなんて」

 

 お前、と言うのは控えたが、アンタ、とクシェルを名前では言わず、フィールは本当に部屋を出ていった。

 クシェルは肩で息をしてフィールが再び退室していくのを見送っていたが………次第に、自分のやらかしたことに気付いた彼女は、荒々しくその場から飛び出し、談話室に来たが、既にフィールの姿は見当たらなかった。

 クシェルは、しばらくそこから動くことが出来なかった。

 もしかしたら、フィールが戻って来てくれるのではないかと思って。

 

 そう思って、待ち続けても。

 フィールは、戻って来なかった。

 おぼつかない足取りで、扉前まで来る。

 朝の時みたいに、開けて、捜しに行けばいい。

 でも………それ以上、手が動かせなかった。

 クシェルは、涙を、溢れんばかりに流し―――嗚咽を堪えて、扉の表面に背を預けて、止めどもなく流れる熱い雫に、傷付いた心を任せた。

 

 

 スリザリン寮の、外側扉前。

 そこに、壁にもたれ掛かりながら座り込み、嗚咽を堪えて左腕で溢れ出す涙を覆い隠す、夜の闇に溶け込むような少女が居た。

 

 

 場所は違えど、互いに後悔の念に駆られている少女二人。

 二人の少女は、熱い涙で見える世界を支配されつつ、喉がカラカラで震えて声に出せない、同じ想いを、知らぬ間に伝えて合っていた。

 

 

 

 ―――ごめんね…………。

 

 

 




【クシェルSideからのスタート】
多分この後も何度か出てくると思う。

【何故か家出トークで共感するアリアとダフネ】
実際に親とかキョウダイとかとケンカして家出するなんて人っているんでしょうかね?
と言うかこの二人がスゴいな………。

【クシェル、まさかのフィールへ平手打ち!】
作者の私ですら何故か「ええっ!? 嘘だろ!?」とビックリな展開。


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#37.『太った婦人(レディ)』の逃走

※12/23、サブタイトル変更


 10月31日、ハロウィーンの日。

 その日の朝の玄関先では、3年生の生徒達が副校長のマクゴナガルと管理人のフィルチにホグズミード村行きの許可証とサインを確認して貰っている。

 それが終わると、生徒はグループを作ってホグズミード村に足を運ぶ。村はハロウィーンムードに包まれ、様々なイルミネーションが施されており、各自興味ある店へ訪問していた。

 そんな、楽しげな雰囲気が漂う場とは裏腹に、降りしきる白い雪の道を黒髪の少女は一人上着のポケットに両手を突っ込みながら歩いていた。

 あの一件以来、友人と仲違いしたままハロウィーンの日を迎えてしまい、本当だったら一緒に見て回るはずの予定が急遽変更して、単独行動となった。

 

「…………………………」

 

 黒髪の少女―――フィールは、生徒達の楽しそうな声が遠くから聞こえ、黒い感情が沸々と沸き上がった。

 あのことは自分にも落ち度があると反省しているが、だからといってすぐに謝れるチャンスなどなく………結果的に、フィールは喧嘩状態をほったらかしにしていた。

 時折、クシェルが視線を送っていることに気付きつつも気付いていないフリをし、スタスタと歩き去っていく。

 それが余計、亀裂を入れ込んでいるのだとフィールは自覚している。

 わかっては、いる。

 けど、じゃあ一体どうすればいいのだ?

 友人と喧嘩したことがないフィールは、どうやって仲直りすればいいのか、また、どう動けばいいのか―――わからなかった。

 

「フィール」

 

 後ろから、声が掛かる。

 ゆっくりと振り返れば、そこには先輩のアリアが暖かそうな格好にスラリとした長身を包んで、立っていた。

 姓と同じ青紫色(ヴァイオレット)の瞳は心配そうな、でも、どこか怒っているような感情が読み取れた。

 

「………なんですか」

「貴女、クシェルとケンカしているんでしょ? あの後、何があったの?」

 

 アリア達スリザリン生は、唐突にフィールとクシェルが共に行動しなくなったことを喫驚するのと同時、憂苦していた。だが、皆は物思いしながらも、知らんぷりを決め込んでいるため、アリアは周囲に人が居る状況ではどんなに詮索しても二人共口は絶対に開かないだろうと思い、どちらかと一対一になって話をしようと愁思した末、フィールの後を追い掛けたのだ。

 

「………別に。なんでもありませんよ」

 

 フィールはたとえ先輩であろうと話す気にはなれず、背を向けて再び歩もうとしたが………アリアもそれで大人しく引き下がるはずもなく、後輩の腕を掴み、真っ正面に向き合わせると、彼女の両肩に自身の両手を置き、ぐっと力を込めた。

 

「『なんでもない』なんて、嘘よね? じゃなかったら、貴女達が一緒に居ないはずがないもの。フィール。気に入らない物事から逃げてばかりいないで、真っ正面から向き合いなさい」

 

 アリアが真剣な瞳で言うと、フィールは歪んだ笑みを浮かべた。

 

「気に入らない物事から逃げてばかり、ねえ」

 

 見下すような冷たい笑い。

 アリアはカチンときた。

 

「………フィール。貴女、クシェルにも、そんな風な態度を取ったんじゃないのかしら?」

 

 優しい先輩の顔を捨て、アリアは静かな怒りを含ませて訊いた。

 自然と、肩に置く手に力が入る。

 フィールは煩わしそうな表情になり、

 

「貴女には関係ないことです」

 

 と、手袋をしていない手をポケットから取り出してパシッと、アリアの手を払い除けた。

 そうして、もう用はないと言わんばかりに去っていこうとしたフィールを、アリアは見過ごす訳がない。

 払ってきた彼女の手を強く握り、真っ直ぐに見つめる。

 

「クシェルが時々貴女に視線を送っているの、気付いているでしょ? なら、少しくらい見向きしなさい。歩み寄ろうとしなかったら、いつまで経っても解決しないわよ」

 

 雪と同化する、少し冷えてる色白の手を暖めるように包みながらそう言ったが………フィールの氷のような心へ響かせることは、叶わなかった。

 

「貴女に、私の何がわかるんですか?」

「え………」

 

 絶句するアリアを尻目に、フィールは乱暴に手を振り払うと、今度こそこの場から早足に立ち去った。

 フリーズしたアリアは慌てて振り返り、悲壮感が滲むフィールの背中を認めると、駆け寄って彼女の腕をガッシリ掴み、何処かへ行くのを阻止しようと引き留めた。

 

「………離してください」

「駄目よ。絶対に離さないわ。フィールが、クシェルと歩み寄るのを約束するまで」

 

 白い息を吐きながら、アリアはギュッと握る力をプラスし、逃す隙間を与えない。

 

「今の貴女にとって、クシェルと顔を合わせるのは酷かもしれないけど………それは、あの娘だって同じよ。だから、逃げようとしないの。一人だけ逃げようとするなんて、反則よ」

 

 フィールが一度寮を外出し、それから戻って来た後、クシェルと一体どんなことが起きたのか、アリアは知らない。

 だが、間違いないなく、互いに悪かったことがあったから、このような出来事を招いてしまったと、それだけは、なんとなくわかる。

 故に部外者の自分に出来るのは、仲裁。

 双方の事情や気持ちを最後まで聞き、そこから解決へ導くよう手助けする。

 アリアはそう思って、まずは自分の本心に素直じゃないフィールを仲直りするためにちゃんと動くことを約束させようと、ここまで粘るのだ。

 

「今日、ハロウィーンパーティーが終わって談話室に帰ってからでもいいから、クシェルと話をしなさい。わかった?」

 

 有無を言わぬ物事で言われ、フィールは肩を竦めた。

 

「………………わかりましたよ」

「約束よ?」

 

 確認を取るように、念を押すアリア。

 フィールは小さく頷き、アリアはわしゃわしゃと乱暴に雪が積もった黒髪を乱した。

 

「じゃあ、気分転換にホグズミード村のお店、見て回ろっか。案内するわよ。まずは『三本の店』って言うパブで、バタービールでも飲みましょ」

 

 バタービールとは、魔法界で人気の温かい飲料で寒い冬には欠かせない品物だ。

 アリアは本来の整った顔立ちが作り出す優しげな笑みを浮かべ、おいでよ、というようにフィールの手首を掴み、活気溢れるホグズミード村の中の道中へと向かった。

 

♦️

 

 今年のハロウィーンパーティーもまた、素晴らしいものだった。大広間はハロウィーン仕様のデザインに装飾され、くりぬかれたカボチャに蝋燭が灯っていて蝙蝠が群れを成して天井を飛び回り、それぞれの寮のテーブルにはこれでもかというほどのカボチャ料理が並んでいる。

 今日はホグズミード行きだったということもあって生徒全員が何かしらのお菓子を持参しているため、あちこちで仮装した生徒達によるお菓子の譲渡とトリックオアトリート合唱が行われていた。

 

「フィール」

 

 一人で大広間に行こうとしていたフィールは背後からの聞き慣れた声に振り返る。そこには、クリミアが心配そうな瞳で立っていた。

 

「………なんだ?」

「クシェルと喧嘩してるって、本当なの?」

 

 このことは、アリアから聞いたことだ。

 最近、フィールとクシェルが一緒に居ないのを偶々見掛けたクリミアが疑問に感じてたら、偶然にもアリアと遭遇し、彼女が教えてくれたのだ。

 

「………クリミアには、関係ないだろ」

 

 フィールは素っ気なく答え、スリザリンのテーブルへと歩いていった。

 クリミアは軽く肩を竦めつつ、心配そうな眼差しを送り、憂えてた。

 クシェルと喧嘩してることもそうだが………何より、吸魂鬼(ディメンター)がホグワーツ周辺を警護するために此処に来てからというものの、クリミアは出来るだけフィールと会うようにしてた。

 違う寮に所属している以上、フィールを見守るには限界がある。あちらには友人のアリアがいるため、時々様子を聞いたりなどはしているが、やはり物憂げしてしまう。

 親友と離ればなれ、という事態になってはいないとはいえ、それがいつまでも続くとは限らないし、このままの状態でいるのも心苦しいはずだ。

 だけど、それに対して、自分は何もしてあげられないのが辛く、そして歯痒い。

 

「………………………」

 

 込み上げてくる感情を抑えるように、胸の前でギリギリと拳を握り締める。

 フィールの姉なのに、助けとなってやれないのだろうか。

 自分の無力さに苛立つクリミア。

 そんな彼女の肩に誰かの手が置かれる。

 肩に手を置いてきたのはソフィアだった。

 

「クリミア? 立ち止まってどうしたの?」

「………ちょっと、ね」

「………もしかしてフィール、まだクシェルと仲直りしてないの?」

 

 遠く離れた先で歩いているフィールの後ろ姿を横目にソフィアがそっと訊き、クリミアは「多分ね」と頷く。

 

「まさか、あの二人がケンカするなんてねえ……ちょっと意外だわ。というか、二人共、どういう顔で会えばいいか、困ってるのかもね」

 

 それも一理あるだろう、とソフィアの言葉にクリミアは思いつつ、別の考えも浮かんだ。

 

(フィールはクシェルを見ると、訳もなくイライラするのかも………許せない気持ちと、寄れば傷付けてしまう自分に腹が立って、余計に態度が硬化してる気がするわ………)

 

 詳しいことまでは知らないが、きっとそうだ。

 フィールは、昔からそうだった。

 一度意味(わけ)もなく意味を探そうと悩乱したり、精神的なプレッシャーがのし掛かってくると、心に歪みが生まれ、本心とは真逆の行動を取ってしまう悪癖がある。

 

「でも、大丈夫よ、きっと。クリミア。あの娘達が前みたいに一緒に行動するのを信じましょ? 貴女が信じなかったら、誰が信じるのよ」

 

 ソフィアはクリミアの背中をさすり、彼女の不安だった表情に笑みが取り戻される。

 

「そうね。………ありがとう、ソフィア」

 

 クリミアは励ましてくれた友人へ、感謝の微笑みを向けた。

 

 一方のフィールはというと―――一人で黙々とカボチャ料理を口に運んでいるクシェルをじっと見ながら、足を進ませていた。

 

「………………」

 

 そして、それを少し離れた席で見守るアリアが居た。ホグズミード行きの今日、クシェルと話をすることを約束したが、果たしてそれを守るだろうかと、さりげなく気に掛けていると、

 

「…………クシェル」

 

 なんと、早くもフィール自らがクシェルへ声を掛けた。

 

「………談話室戻ったら、話がある。いいか?」

「………うん。わかったよ」

 

 と、クシェルは軽く眼を見張りつつ、了承の首肯を見せた。

 

(フィール! 貴女、やれば出来るじゃない!)

 

 アリアは思わず歓喜の叫びを上げたくなったがすんでで喉の奥に引っ込める。

 が、胸の中は、フィールへの称賛でいっぱいだった。

 無愛想な口調ではあったが、それでもしっかりと伝えたのだ。とても些細なことだが、個人的には後輩が人間的に成長したと、自分のことのように喜ばずにはいられなかった。

 そうして、楽しい一時を過ごし終え、パーティーがお開きになって憩いの場のスリザリン寮へハロウィーンへの余韻を残しながら帰宅し、各自友人達と談笑したり、趣味に興じているとはよそにフィールとクシェルはぎこちない空気を漂わせ、だが、互いに向き合おうと決心を固めていた。

 けど、いざ本番となると中々踏み込めず―――さっきから、二人はよそよそしい様子で落ち着き無さげであった。

 

「………………」

「………………」

 

 それから数分後………意を決したフィールが口を開こうとした、次の瞬間、

 

「生徒は全員大至急大広間へ集まれ! 監督生は下級生共の誘導をしろ! さあ早く!」

 

 突然、スリザリンの寮監・スネイプの鋭い声が介入してきた。スリザリン生は戸惑いつつ、大人しく入り口に向かっていく。フィールはせっかくの決意を踏みにじられてキリッとしていた顔を歪ませ、未だに混乱しているクシェルの腕を掴んで立ち上がらせると、生徒の波に乗って移動した。

 全校生徒が大広間に揃うと、今夜は此処で就寝と命じられた。

 なんでも、指名手配中のあの大量殺人鬼、シリウス・ブラックが城内に潜入し、グリフィンドール寮の入り口である太った婦人(レディ)の絵画を切り刻んだらしい。獅子寮に侵入されそうになったこと、まだ城内に潜んでいることを考えて、生徒を一箇所に集めて防護を固め、教師陣が捜索するのだとか。教師不在のこの場の指示は首席に、監督生が交代で見張りを託すとダンブルドアを初めとする教師員はホールから出ていった。

 

「フィー………これって………」

「ああ………かなりヤバイことだな―――」

 

 クシェルとフィールは顔を見合せると、すぐに「あっ」と気まずそうに顔を逸らした。

 今、普通に数秒間会話を交わしたものの、関係はまだ修繕されていないのだ。

 お互いに顔を背けたまま、沈黙していたが、

 

「それで、話って、一体、何?」

 

 と、クシェルがそっぽを向いたまま、尋ねてきた。

 

「その………前はアンタに酷いこと言って悪かった。…………ごめん」

 

 拙い言葉で、フィールはクシェルへ謝った。

 クシェルは、驚いて彼女の方へ向き、少し眼を見張ったが………次第に、自分も謝らないとという気持ちが出てきて、

 

「私も、いきなり打ったりして、ごめんね」

 

 と、謝罪した。

 まず、二人共謝ることはした。

 けど、わだかまりはすぐには解消はされず。

 二人は背を向け合い、寝袋に深く潜り込んだ。

 

♦️

 

 シリウス・ブラックがホグワーツ城内に侵入してきたその日以降、生徒達はどんな方法を用いて成功したかと考察する者が増えた。

 フィールも勿論推理する者の一人だ。

 そして彼女の中では、ある技能を使用した手段が挙げられた。

 

 それは、動物もどき(アニメーガス)だ。

 動物もどき。非常に高度で珍しい変身魔法で、ほとんどの魔法使いが魔法省に登録されていて、いつ何処で何をしたかが厳重に監視される。

 ほとんど、というのは魔法省へ自身が動物もどきであることを秘匿し、未登録状態を一貫する魔法使いが少なからずいるからだ。そういった魔法使いは大抵悪用に用いるため、また、危険性が高いことから、魔法省への報告が義務付けられている。

 もしも、シリウス・ブラックが魔法省に登録されている動物もどきであるならば、とっくの昔に捕虜されているはずだし、彼もそれくらいは知っているだろう。それに、非合法の動物もどきであると推測すれば、脱獄不可能と言われてきたアズカバンの脱獄可能が出来た理由にもなる。動物もどきになるのに杖は無くてもやれるので、尚更理解出来る。

 動物もどきによって変身した人間の感情は抑制されるので、幸福な感情を吸い取る吸魂鬼相手であろうと難を逃れられただろうし、恐らくはそれが長年アズカバンで正気を失わなかった真髄だと考えられる。

 

 問題は、どうやって潜入したかだ。

 いくら感情を吸い取られない方法があるにしても、ホグワーツ城の入り口には吸魂鬼が配備されているため、発見されずに忍び込むのはほぼ無理だ。となれば、シリウス・ブラックは吸魂鬼も学校側も知らない侵入経路を熟知しているということだ。でなければ、数多の吸魂鬼が眼をギラつかせているこの現状で誰にもバレずに侵入するなど出来ないのだから。

 

「ベルンカステル! そろそろ戻ってこい!」

 

 クィディッチ初戦のグリフィンドールVSスリザリンに向けて豪雨の中、飛行練習をしていたフィールはキャプテンのマーカス・フリントのくぐもった声が耳を打つと、ハッと思考の海から意識が急速的に引き上げられた。

 どうやら、練習中でも知らぬ間にあれこれ考えていたらしい。フィールは一旦割愛しようと気持ちに区切りをつけると、コートへと降り立った。

 

「どうした? 体調でも悪いのか?」

「いや、大丈夫だ」

「そうか。よし、皆、次は―――」

 

 それから、視界が不良な状況下になることを予想した戦術を編み出していき、スリザリンチームは『打倒グリフィンドール!』を目標に数時間練習を重ね―――最後に確認を取ったら、今日の特訓は解散となった。

 

♦️

 

 酷い雨が降りしきる、クィディッチ競技場。

 そのフィールド内のど真ん中に、黒髪の少女は立っていた。

 先輩選手六人は全員が居なくなり、ただ一人、チームの花形シーカーのピンチヒッターとして今年参戦を許したフィール・ベルンカステルは、雨空を仰いでいた。

 その綺麗な顔が濡れているのは、雨のせいだ。

 しかし、彼女以外の人には、わからない。

 彼女の顔を濡らしているのは、冷たい雨だけでない、と。

 

「…………………」

 

 少女は静かに瞼をおろし、蒼瞳を覆い隠した。

 閉じた瞼から、何故かはわからないが、熱い雫が流れている。

 降り注ぐ雨が、自身の存在を否定するかのように、非情なくらいに打ち付けてくるから。

 意味もなく胸の底から込み上げてきた感情に負けて、泣いてしまったのだろうか。

 少女は全身の力が抜けたみたいに膝から崩れ落ちていき、仰向けになって寝転がり、左腕で目元を覆う。

 ぬかるだ地面が、濡れた緑色のユニフォームと少女の黒髪を汚していく。

 だが、フィールはそれをモロともせず、訳もなく涙した自分へ自嘲しながら………左腕を振り払い、一度、重い瞼を開く。

 冷たい雨と熱い涙が、世界を歪ませる中―――フィールは、幼さの裏に隠した感情(想い)に再び一筋の熱い涙が溢れ、流れるそれは、見える世界もひび割れる心も歪になっていく彼女の濡れた頬を、ゆっくりと伝った。




【作者的には理想的な先輩像】
アリアさん、本当にいい人………。
作者的には、アリアとフィールの絡みは好きです。


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#38.フラッシュバック

クィディッチ初戦回。
原作と打って変わって、スリザリンチームは最初から映画版のゴーグル着用、グリフィンドールチームはタイムアウト後に着用という進行。


 いよいよ、学校中が待ちに待ったクィディッチ初戦、グリフィンドールVSスリザリンが開幕する当日を迎えた。

 が、天候は最悪としか言い様がなかった。

 風は吹き荒れ暴風と化し、数多の野獣が唸るかのようだ。時折ひんやりとする空気を鋭く切り裂く風音と豪雨の雨空で低く轟かせる雷鳴に、各選手は大なり小なり不安と緊張を持つ。

 

「落雷する恐れがある。皆、気を付けろよ」

 

 試合開始前のスリザリンチームのコート―――そこには、今年だけクィディッチに参戦を表明したフィール・ベルンカステルを初めとする先輩選手六人が居た。ちなみに、本来のシーカー、ドラコ・マルフォイはキャプテンのマーカスが欠番としてベンチに放り出したため、今年はシーズンオフだ。

 まあ、去年のクィディッチ初戦では、せっかくマルフォイのすぐ近くに金のスニッチが飛んでいたにも関わらず、彼はブラッジャーに追い回される宿敵(ハリー)を嘲笑した結果、スニッチに気付くのが遅れて最終的には9割方マルフォイのせいで試合に敗北したので、常に気を抜かないフィールをシーカーポジションに押し通したのだろう。

 

「これは出来るだけ早く、スニッチをキャッチした方がいいな………」

「ああ、頼むぞ。ベルンカステルと、その箒がある俺達は今や最強だ。何も恐れる必要はない」

 

 マーカスはニヤリと不敵な笑みを浮かべ、フィールの肩を叩く。

 彼女の手にある箒は炎の雷(ファイアボルト)だ。

 マーカスが引き抜いた最強の切り札に最新鋭の箒。

 ハッキリ言って余程の事が無い限りはスリザリンの勝利はほぼ確実と言える要素しかなかった。

 

「いよいよだ! この一戦から、俺達は全力を尽くすぞ! 今年こそ、優勝奪還だ!」

 

 キャプテンの宣言に、スリザリンチームは一致団結。2年分の惨敗も雪辱も今年こそは晴らしてみせると、気合いは十分だ。

 

「ベルンカステル。俺達はお前が言ったことを必ず守る。だから、存分に暴れてくれ!」

「ああ、わかった」

 

 一昨年、スリザリンのクィディッチチーム六人からクリスマスプレゼントとして贈られてきたゴーグルを着用する前、緑色のローブユニフォームを纏ったフィールは、真剣な雰囲気を漂わせた。

 

「優勝に導けるかはまだわからない。だけど、私は全力尽くしてこのチームと、そしてスリザリンに、勝利を取り戻してみせると約束する」

「よく言った!」

「それでこそ、我らがエースだ!」

 

 メンバーはフィールからの力強い言葉に鼓舞され、バシバシとビーターを務めるデリックとボールは彼女の背中を叩いた。

 そろそろスタンバイしろとの伝令が来たため、スリザリンの選手六人はニンバス2001に跨がり、フィールもファイアボルトに跨がって飛翔した。

 豪雨の中を飛び上がり、各ポジションにスタンバると、空中で二人のシーカーが対峙した。

 

「フィール。僕と勝負だ」

「望むところだ。ハリー」

 

 遂に始まる、魔法界の英雄と稀有の逸材―――グリフィンドールのヒーローとスリザリンのクィーンのデュエルが、幕を開けるのだ。

 

 空中で向き合う、紅と緑のシーカー。

 普段は友達だが、今は対敵する同士。

 

 

 

 次の瞬間―――開戦のホイッスルが、高らかにクィディッチ競技場内に響き渡った。

 

 

 

 暴雨の中、試合開始のシグナルと同時にシーカー以外はそれぞれの役割を全うすべく、一斉に動き出した。同時、観客席から白熱とした熱狂と声援と応援が沸き上がった。

 

「本当にシーカーになったんだね」

「まあ、しつこいくらいにせがまれたし」

 

 スニッチを見つけるまでの間、ハリーとフィールは至って変哲もない話を交わしているが、前者は後者の箒と腕前に、勝機はあるのかと不安を抱いていた。

 なんといっても、フィールは箒に関する才能は『天才』と評されているハリーと互角に渡り合える、あるいはそれ以上の実力者なのだ。それに、彼女が扱う箒はプロのクィディッチ選手さえも愛用するレベルの、特別なウエポン。

 故に、それにニンバス2000で対抗するハリーは、勝ち目は完全に0ではないが、それでも限りなく少ない。

 しかも、彼は今、眼鏡が濡れているせいで視界が悪い。フィールや他スリザリン選手みたいにゴーグルを着用していないため、近くにスニッチが飛んでいても、すぐには気付けない状態なのだ。

 

 現在彼は戦況がどうなっているか知らないが、流れは圧倒的にスリザリンが有利でリードしていた。大雨の中だというのに、蛇寮の軍団はしっかりと連携が取れているおかげで、逆にまともに取れていない獅子寮の軍団とは、これまでにない点数差をつけていた。

 こういう天候の場合は、視界の善し悪しが勝敗の決め手となる。よって、視界がクリアなシーカーのフィールはスニッチを見つけたら速攻すればいいだけの話だ。ハリーはふらふらと空中をさ迷いの旅人のように飛び回り、フィールはそれに構わず、競技場全体を見渡す。

 しばらくして、グリフィンドール側がタイムアウトを要求し、試合は一時中断。選手達はコートへと降り立っていった。

 

「点数は70対0………勝てるぞ! これは!」

「だが、油断はするな。ベルンカステル。スニッチの確保をポッターよりも早く頼むぞ」

「ああ、勿論」

 

 フィールは一旦息を整え、大きく頷く。

 身体を少し解したら、そろそろ試合再開だと言われたため、再び箒に跨がって、飛翔した。

 

「今度はゴーグルにしたのか」

「うん。そうすることにした」

 

 グリフィンドールチームも、全員がゴーグル着用を選んだらしく、これで実力は五分五分になったと思われる。

 試合再開のホイッスルが告げられると、ハリーとフィール以外の人達はまたもや乱戦模様になり、ギャラリーの興奮や熱狂した声援や応援も上がりに上がる。

 その間、二人はスニッチを探し回り、その姿に観客は釘付けだった。

 

 と、その時だ。

 グリフィンドールのビーター・フレッドが撃ってきたブラッジャーを箒に乗ったまま一回転して回避したフィールが、勢いそのままに上昇したのは。

 どうやら、彼女はスニッチを見つけたらしい。

 ワンテンポ遅れたが、ハリーもそれに気付いたらしく、フィールの背中を追い掛けた。

 

 荒れ狂う暴風と降りしきる豪雨に逆らい、手を伸ばす少女とそれに追い縋る少年に、大雨さえも打ち破る大声を上げた、その時―――。

 周囲の音が突然遮断され、暗闇に包まれた。

 そして、雨や風などによるものとは異なる寒気が迫ってくる。

 

「まさか………」

 

 フィールは下方に視線を落とした。

 下を見てみれば、100を優に越える黒く蠢く物体………。

 

吸魂鬼(ディメンター)!」

 

 吸魂鬼の群れであった。

 おぞましい姿をしたそれを認めた途端に、真夏であろうと凍り付くだろうそれだけの冷気を直に当てられた。

 辺りは一面、闇色一色。

 ホグワーツを警護していた彼らは、ダンブルドア直々に生徒を襲うことを禁じられ、幸福感や活発さに満ち溢れていた者達を前に欲求不満な日々を送っていた。

 だから………これまで我慢してきた不満を存分に満たせるのが、このクィディッチ戦を観戦しているギャラリーの活気や試合の熱狂。

 そして、この場には最悪な過去の持ち主が二人も居るという、まさに最高級のご馳走が目と鼻の先にあるのだから、わざわざ此処までやって来るのには十分過ぎるくらいの理由であった。

 

「………ッ!」

 

 手足が凍え、身体が震えてきた。

 とてもではないが、『守護霊の呪文』を唱える余裕が持てない………。

 

「ハリー! しっかりしろ!」

 

 フィールは鋭い声を発し、同じように吸魂鬼の影響力が酷く、意識が遠退きかけているハリーへ呼び掛ける。

 その声に―――ヴォルデモート相手に、必死に命乞いをした母親の泣き叫ぶ声が頭の奥から聞こえてきたハリーは数秒だけ打ち消されたのか、ハッと顔を動かした。

 

「ちっ………!」

 

 どのみち、吸魂鬼の乱入というアクシデントが発生したのだから、試合は中止になる可能性が高い。

 ならば少しでも彼らから距離を離して安全な場所へと避難しようと、フィールは舌打ちしながらスニッチの事はかなぐり捨てて上空へとまっしぐらに上昇し、ハリーも同じことを思ったのか、彼女の背中を追い掛けた。

 応援席に居た生徒達を襲おうとした吸魂鬼は二人が空高くに舞い上がっていくのを獲物が逃げたと捉えたのか、恐らくは全ての吸魂鬼が一目散に向かっていた。

 

「おい! これはマズいんじゃないのか!?」

 

 軽症のレイブンクロー生が声を張り上げ、姿が見えなくなったシーカー二人が消え去った上空に生徒達の視線は固定された。

 

♦️

 

「フィール、大丈夫!?」

「大丈夫、ハリーは!?」

「僕も大丈夫!」

 

 轟然たる雷鳴が鳴り響く雷雨の雲の中。

 横並びになって互いの安否確認をするハリーとフィールは、周囲に飛び回る吸魂鬼からどうにかして避けようと動くが、ハッキリ言ってしまえば二人の精神力は限界だった。

 

「とにかく、早く戻っ―――」

 

 フィールが言い切る前に………一時的に難を逃れた二人の目の前に、雲を裂いて一体の吸魂鬼が迫り、おぞましい顔が隠されていた布から現れ、それを見ていると、幸せという感情を奪われていく感覚に陥った。

 

「やっ…………」

 

 吸魂鬼の顔が間近に迫り………フィールの頭の中で何かが弾け飛び、彼女の脳裏で、8年前の出来事の一部が映像化して流れた。

 

 

 

「―――ふざけるな! 俺らの大事な子供を、お前らの手に渡すなんて真似、死んでもするか!」

 

 父の鋭い声が、静寂なその場に響く。

 離れた先には、杖を構えて野望に満ちた眼差しで自分を見つめる大人達が立っている。

 

「―――クラミー! フィールを連れて逃げろ!」

 

 父―――ジャックは杖を振るい、目の前に佇む数人の魔法使いを相手に単体で挑んだ。

 母―――クラミーは後ろ髪引かれる思いであったのか、その場に立ち竦んでいた。

 

「―――走れ! コイツらは俺が食い止める!」

 

 ジャックは背中越しに、クラミーへ向かって叫んだ。それを機に、クラミーは幼いフィールを抱いて、走り出す。

 

「―――フィール! しっかり掴まっていなさい!」

 

 言われるがままに、フィールはクラミーの胸にすがる。その隙間から僅かに見えるのは、どんどん遠ざかっていく父の戦っている背中。ただそれを見ることしか出来ない自分に、フィールは歯をギリギリ噛み締める。

 肌で感じるのは、母の荒い息遣いと、突然押し寄せてきた寒気。

 クラミーは謎の悪寒の正体を察したのか、振り返らず、更に加速した。

 

 どのくらい、時間が経過しただろうか。

 

「―――ッ!!」

 

 突然、母クラミーの顔が苦悶に歪み―――フィールの幼い身体は、宙を舞った。

 いきなりのことにフィールは受け身を取れるはずがなく、地面に身体を強く打ち付けられた。

 

「―――お母さん!?」

 

 フィールは叩き付けられた痛みに構わず、急いで振り返り………眼に飛び込んできた残酷な光景に、言葉を失った。

 大好きな、お母さん。

 そのお母さんが、黒く蠢く物体によって動きを封じられ、口元から青白く輝く球体が吸い出されていく。

 吸魂鬼―――人間の魂を吸い、吸われた者を新たな吸魂鬼の仲間へ引き摺り込もうとする、恐ろしい存在。

 クラミーの顔から、血の気が引いていく。

 フィールは、「お母さんを助けないと!」と立ち上がり、その場から駆け出した。

 しかし、走り寄ってきた彼女を獲物と認めた吸魂鬼がクラミーから離れると、無垢な少女の綺麗な顔に迫り、ガラガラと音を立てて、息を吸い込んだ。

 その瞬間。

 言い様のない不快感と、凍えそうになるくらいの寒気に襲われた。

 冷たい腕が、彼女の頬へ伸ばされる。

 そうして、雪のように白い肌へ触れ………吸魂鬼の、ぬくもりを一切感じられない冷たい感触が彼女の身体の芯まで染み込んできた。

 

 

 

 フラッシュバックする、封印してきた記憶。

 それを嫌になるほど思い返され、フィールは自分の身体を支え切れず、ファイアボルトから滑り落ちてまっ逆さまへ墜落していった。

 

「フィール!」

 

 ハリーは物凄い速さで落下していくフィールを追い掛けようとしたが―――数体の吸魂鬼が周りに来て、数倍のダメージを受け………ハリーもそれには耐えられなくなり、ニンバス2000から滑り落ちてしまった。

 

♦️

 

「おい! 何かが落ちてくるぞ!?」

 

 フィールとハリーが見えなくなって上を見上げていた生徒達の中の一人が、いち早く競技場の地面へと降下していく存在に気が付き、声を荒げて指差した。

 指差した先は、緑色のローブを羽織った華奢な女の子が空から落ちてくる姿。

 間違いない。フィール・ベルンカステルだ。

 それに続く様、真紅のローブを羽織った男の子が雲の中から姿を現す。

 紛れもない。あれはハリー・ポッターだ。

 そして、二人に追い縋るように布をはためかせた漆黒の存在が迫る。

 会場内から、悲鳴が上がった。

 特にグリフィンドールとスリザリンの席からは二人の名を叫ぶ者が多い。

 それは、未だにフィールとギクシャクしているクシェルも例外ではなかった。

 

「フィー………!」

 

 クシェルは杖を抜き出す。

 呼び出そうとするのは有体守護霊だ。

 しかし、クシェルはまだ成功していない。

 霞みたいのを出すことは出来ても形を持った守護霊はまだ創る事が出来ないでいた。

 だが、そんなこと言ってられない。

 一か八か、全てを賭けるしかない!

 クシェルは杖を天に掲げ、

 

エクスペクト・パトローナム(守護霊よ来たれ)!」

 

 と、『守護霊の呪文』を唱えた。

 すると―――クシェルの杖先から銀色のユニコーンが力強く飛び出し、嵐の中を雷速の如く駆け抜けて、フィールとハリーを包囲する吸魂鬼の大群を撃退した。

 二人から引き離した後もしつこく集まろうとする吸魂鬼を追い払うように銀白色に光り輝く一角獣は駆け回る。

 

「マズい、このままじゃ………!」

 

 土壇場で初めて完全体で成功したクシェルは守護霊の形状を維持するのに精一杯である為、降下していくフィールとハリーを救出することまでは出来ない。

 どうにもならないのか、とクシェルが焦った時―――地面へと降下していくスピードがゆっくりになった。

 ハッとクシェルは教員席に視線を走らせる。

 ダンブルドアが杖を二人に向けていたので、大方彼が魔法で減速させたのだろう。

 ダンブルドアは続け様に不死鳥の形状をした実体化の守護霊を呼び出し、クシェルのユニコーンと共に数多の吸魂鬼を追い払っていく。

 100体以上浮遊していた吸魂鬼が完全に飛び去っていくのを見届けると、守護霊を消滅させたクシェルは観客席を急いで降りた。

 

「フィー! ハリー!」

 

 喧騒の中でクシェルは真っ先に駆け寄って膝をつき、地面にソフトランディングした二人の容態を確認した。

 二人共、気を失っている。

 脈を確かめてみると、危篤ではないが、異常なくらいに体温が低下しているため、『加温呪文』を施し、それ以上の体温低下を阻止した。

 

「フィール、無事か!?」

「ハリー、大丈夫か!?」

 

 箒から降り立った各チームのキャプテン、マーカス・フリントとオリバー・ウッドが真っ先に駆け付け、その後をメンバーが追う。

 そこへ、ダンブルドアがやって来て、担架を2つ出した。その上にフィールとハリーをゆっくりと乗せ、『浮遊呪文』が掛けられている担架を押しながら医務室に運んだ。

 

♦️

 

 ホグワーツ城内の医務室。

 そこへ担架に乗せたフィールとハリーを運ぶと室内には銀色の大鴉が浮遊していた。

 一体誰の守護霊だろう? と皆が首を捻っていると、大きな鳥は主人のアリア・ヴァイオレットの側へ飛び、彼女の腕に止まった。

 

「ありがとう。助かったわ」

 

 アリアが礼を述べると、大鴉は満足げに白い残像を残しながら消滅した。

 どうやら、彼女の従者であったみたいだ。

 

「アリア先輩も出せたんですか?」

「ええ。3年の時に習得したわ………って、クシェルも創れたのね」

「さっき、初めて有体で成功しました」

 

 そんな会話を交わしつつ、アリアが大鴉に伝言としてマダム・ポンフリーに状況を伝えて貰っておいたらしく、すぐに準備が出来ていた。

 癒者(ヒーラー)の娘のクシェルはマダム・ポンフリーの指示を着々とこなし、医務室内を慌ただしく動き回る。その時、グリフィンドールの選手とスリザリンの選手が入ってきた。いつもなら顔を見合わせるだけで言い争うのが彼らなのだが、今回ばかりは大人しかった。

 

「アリア。フィールは大丈夫か?」

「ええ………二人共、吸魂鬼の影響が酷くて、気絶してるだけよ」

「そうか………」

 

 そうこうしてる内に、粗方処置が終わったクシェルが戻ってきた。

 

「どちらも命に別状は無し。身体を暖めて、しばらくは安静にしておけば大丈夫です」

「よかった………」

 

 すると、医務室の扉が開いた。

 全員がそちらを見てみれば、意外や意外、ハッフルパフの女生徒が立っていた。その女子学生を見たマーカスとオリバーは「あっ」と何かを思い出したような顔になる。

 

「お前は確か―――」

「クリミア・メモリアルよ。私の友人」

「ああ、それは勿論知ってるぞ………」

 

 マーカスは小声でそう呟き、気まずそうに顔を逸らす。見ればオリバーも同様にバツの悪そうな表情を浮かべていた。

 実は5年前、当時2年生だった二人は登校中のホグワーツ特急で新入生だったクリミアと対面したことがあるのだ。そのファーストコンタクトは二人にとってあまりよろしくない出来事だったので、こうしてきまりが悪い面持ちなのである。

 オリバーとマーカスが過去に記憶を巡らせている間にも、そのハッフルパフの女生徒―――クリミアは、なんでハッフルパフ生が此処に、と言いたげな表情の皆を一瞥後、すぐにフィールが寝ているベッドまで足を運ぶ。

 

「大丈夫よ、クリミア。今は安静にしてるだけだから」

「そう。なら、よかったわ………」

 

 アリアの言葉を聞き、安堵の顔になる。

 そんなクリミアへ、グリフィンドールの女選手アンジェリーナ・ジョンソンが声を掛ける。

 

「クリミア。もしかして、何年か前ホグワーツ生が貴女によく質問してた『噂の義妹』って……」

 

 雰囲気で何と無く察したのだろう。

 クリミアは答えるかどうかに悩んだが、もうバレてしまった以上は嘘ついても無意味だと、さらっと普通に返答した。

 

「ええ。その通りよ。………私の両親、私が生まれてすぐに亡くなってね。それで、孤児となった私をフィールの両親が引き取ってくれたのよ」

 

 初耳の彼女らは、ホグワーツで人気者のクリミアの辛い家庭事情を知り、口を噤んだ。

 クリミアとは一昨年のホグワーツ特急のコンパートメントで会っていたロンは「そうだったんだ……」と、何故フィールが年上のクリミア(とソフィア)と居たのかがわかり、神妙な顔になる。

 重苦しい空気に耐えかねたのか、クィディッチチームの人達は此処に残るというロンやハーマイオニー、クシェルやアリアに「よろしく言っといて」と言うと医務室を出ていった。

 人が少なくなると誰も喋らず、沈黙だけが流れていたが、それを破ったのはハーマイオニーであった。

 

「あの、クリミアさん」

「ん? なにかしら?」

 

 ハーマイオニーは初対面の先輩と話すのに若干緊張気味になりつつも、話し掛ける。

 

「家では、フィール、どんな感じなんですか?」

「どんな感じって………」

「その、フィールってなんか、ただ者ではないってオーラがあるので………つい」

 

 クリミアは少し考えるような表情になり、それから、口を開いた。

 

「別にいつもと変わらないわよ。(いえ)でも無口無表情で本読んでるし」

「そうなんですか?」

「ええ。それと、クリミアでいいわ。敬語もいらないわよ」

「え、でも―――」

「同じグリフィンドール生のフレッドやジョージには敬語無しでしょ? それと同じように、普通に話せばいいわよ」

「わかりました………じゃなくて、わかったわ。それと………遅れたけど、私、ハーマイオニー・グレンジャーよ」

「私はクリミア・メモリアル。貴女達のことはよくフィールから聞いているわ」

 

 どうやらクリミアは気さくな感じの人だとハーマイオニーは思った。

 

(呼び捨てにしていいなんて………クリミアは結構気さくな人柄なのね)

 

 まだ数回しか話してはいないが、クリミアは温厚そうな性格だと、微笑みや雰囲気から、ハーマイオニーはそう感じ取りつつ、静かに眼を閉じて寝息を立てている友人二人に視線を移らせた。




【勝負はお預けだ!】
ダブルシーカー、KO。
よって、試合中止となる。
さて、そうと決まれば、オリジナル展開始動ですね。
え? どんな展開かって?
ふっふっふ、決まってるでないか(*´ω`*)!
休暇明けのレイブンクロー戦とハッフルパフ戦に加えて、再戦もとい決勝戦という展開が!

【遂に来た! クシェルのエクスペクト・パトローナム!】
クシェル、バシッとデビューカッコよく決めましたね!
クシェルの守護霊はユニコーンでございます。

【サポート役の守護霊伝言】
悪霊退散はクシェルが飾りましたが、さりげなーく、アリアは医務室の校医に守護霊の伝言を行っていました。

【一部の人達、フィールとクリミアの関係を知る】
ロンやハーマイオニーも、3作目になってようやく事実を知りましたね。クリミアとは、5作目辺りで本格的に関わることが多くなると思います。


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#39.『彼女』の目覚め

謎の人物が登場する回。


 目を開けてみれば、薄暗がりの部屋―――ホグワーツ城内の4階にある医務室の中に居た。

 明るい時は真っ白な印象なのだが、今は夜明け前なのか、カーテンの隙間からほんのりと月明かりが差し込み、部屋の様子が浮かび上がってくる程度だ。

 目を覚ました少女は闇を吸い込んだような深い黒の長髪に、冷たさと暗さに囚われているみたいな蒼の双眸を持っている。

 半身を起こして見回してみると、周りはカーテンに囲まれていた。プライバシーを守るためだろう。

 

(確かフィールと………ハリー君だったかしら。吸魂鬼(ディメンター)に襲われて、気を失ったのよね)

 

 黒髪の少女は、普段なら決して言わないだろう語尾で心の中で言いつつ、胸に手を当てる。

 服の下に下げられている、固い物。

 それを取り下げ、少女は見つめた。

 

(………ごめんなさい、今だけは………貴女の身体を貸して)

 

 カーテンが掛かっているせいで見えないが、隣のベッドには、1週間の入院を言い渡されて寝ているハリー・ポッターが居る。

 あの後―――ハリーは目を覚ましたが、フィールは吸魂鬼の影響力が身体的にも精神的にも酷く及ぼされ、まだ目を覚ましていない状態なのだ。

 今、起きているのを見られて夜が明けた時に話し掛けられたら、フィールは何のことかさっぱりわからず、相手もまた「え?」と混乱の渦を招いてしまうし、それ以前に現在は外出禁止の時間帯だ。どのみち見付かる訳にはいかない。

 だから、少女―――否、『彼女』はサイドテーブルにある杖を手にし、ロケットを服の下に戻すと『目くらましの術』を掛け、一切の音を立てず、医務室を出ていった。

 

 『彼女』がやって来たのは、ホグワーツ城で最も高い場所に位置する天文台の塔。

 『目くらましの術』を解いて、『彼女』は月夜を仰いだ。

 満月の夜ではないが、こうして月見するのもいい。

 だが、『彼女』は綺麗な夜景を見上げているにも関わらず、心中は穏やかではなかった。

 

「………ごめんなさい。いつもわたしは貴女の傍に居るのに、何もしてあげられなくて………」

 

 誰に対して発したのか、それがわかるのは、ただ一人だけの、『彼女』の言葉。

 視線をそれまで仰いでいた果てしなく拡がる暁闇の大空から、遠くの方向へ移す。

 

 遠くに見えるのは―――黒く蠢く物体。

 そう………吸魂鬼の群れだ。

 生徒を襲ってはいけないとダンブルドアから命じられていたのに、それを無視したのだから、これで吸魂鬼は魔法省に勤務する者達でも完璧に彼らを規制するのは無理なのだと発覚したため、魔法省の落ち度が明るみになった。

 

「………ラシェル………」

 

 『彼女』の頭の中で、6年前に言われた言葉が聞こえてきた。

 

 ―――お母さん………ごめんなさい………お姉ちゃんは………お姉ちゃんは……………。

 

 娘から涙声で告げられた、信じたくない事実。

 『彼女』は憂いを帯びた瞳で―――静かに言った。

 

「―――待っていなさい、ラシェル。貴女を助けられるのは、まだ先だけど…………時が来たら、絶対にわたしは貴女を救うから」

 

 夜風が黒い髪を靡かせる。

 『彼女』は強い決意を胸に秘めながら、踵を返し、霧のようにその場から姿を消した。

 

 

 

 ―――『彼女』の蒼瞳が、一瞬だけ紫色に光った。

 

 

 

♦️

 

 

 

 重い瞼を開けてみれば、まず真っ白な天井が眼に入る。それが医務室の天井であると、目を覚ましたフィールは気付くのに少し時間が掛かったが、数秒後、ガバッと勢いよく跳ね起きた。

 

「………そうだ、私…………」

 

 フィールは額に手を当てながら、自分の身に何が起きたのかを思い出した。

 嵐の中の、クィディッチ初戦………。

 スニッチを見付け、掴まえようと手を伸ばしていたら突然吸魂鬼の群れが乱入してきて、やむを得ず上空まで逃げ、その過程で空から落下してしまった。

 落下した際には既に意識は無くなっていたから生憎その後の記憶はない。なので、誰かから直接訊かなければならない。

 

「目を覚ましたましたか?」

 

 思考の海に沈もうとしていたフィールは、カーテンを開けて姿を現したマダム・ポンフリーの声によって、阻止される。

 

「あ、はい………あの、クィディッチの日から、どのくらい経ったんですか?」

「昨日の今日ですよ。ちなみに、今は午後です」

 

 それを聞いて、フィールはホッとした。

 何日も寝込んでいた訳ではないと知り、少し安心したのだ。

 マダム・ポンフリーは薬と水が入ったゴブレットを渡した。フィールは真っ黒な薬の色を見て「それ劇毒ですか?」と思わず口走りそうになったが、慌てて喉の奥へ引っ込める。

 正直飲みたくはなかったが、フィールは気合いでどす黒い色の薬を飲み干した。案の定、滅茶苦茶苦かったため、顔をしかめる。

 マダム・ポンフリーはフィールの手首に指を当てて脈を取り、念のため今日一晩は入院させると彼女へ言い渡したら、その場を後にした。

 

「フィール、起きたんだね」

 

 突然、横から聞き慣れた少年の声が聞こえたためフィールはビクッとしたが、すぐに平常心を保つとカーテンを引いた。そこには、同じくカーテンを引いてベッドの上で座っている寝間着姿のハリーが笑いかけていた。

 

「ああ……私、ハリーよりも遅く起きたんだな」

「お寝坊さんだね、フィールは」

 

 気持ちが暗く沈んでいると思われるフィールを少しでも元気にさせたいと思ったのだろう。ハリーはからかうような口調でそう言いつつも、明るいグリーンの瞳は安堵と心配が入り交じった感情が読み取れた。

 

「お寝坊さんで悪かったな。ま、事実だけど」

 

 フィールはムキにはならず、微笑し、ハリーも笑った。

 

「ところで、クィディッチ戦はどうしたんだ?」

「吸魂鬼が乱入したから、グリフィンドールVSスリザリンはイースター休暇明けに再戦するって言ってたよ」

「そうか………」

「………でも、僕、次の試合に出れるかどうか、わかんないんだ」

「は? なんでだ?」

 

 ハリーは哀しそうな表情で事情を説明した。

 なんでも、乗り手を失って何処かへ飛んでいったハリーの箒・ニンバス2000の行き先が学校の校庭に生えられている『暴れ柳』で、そのせいで結果的に木っ端微塵になったとか。ちなみに、フィールの箒・ファイアボルトはレイブンクローの談話室に突っ込んでいたらしいけど、修復可能みたいだ。

 

「箒に掛けていた魔法の効果、持続してたみたいだな」

「魔法?」

「ああ、魔法。言葉足らずで誤解されないように一応付け足しとくけど、決してルール違反に触れるような類いのヤツじゃないからな。ただ、地面に墜落しても簡単には破壊されないような強化魔法を掛けていただけだ」

「へえ………今度、僕のにも掛けて欲しいな」

「ああ、別に構わないよ」

 

 二人はそんな会話を交わし終え、知り合いの人達が見舞い品として置いていってくれたお菓子などを食べ、しばらくはくだらない話題で雑談していたら、外の通路側から複数の足音が聞こえてきた。速度からして、駆けていることがわかる。二人が扉に眼を向けるのと同時、扉が開かれ、姿を現したのは、見慣れた友人達の姿であった。

 一人は赤毛の少年、一人は栗色髪の少女、そしてもう一人は茶髪の少女。

 紛れもない。

 ロン・ウィーズリー、ハーマイオニー・グレンジャー、クシェル・ベイカーであった。

 三人の内、翠色の瞳の少女は真っ先に蒼色の瞳を持つ友人の元へと駆け付け―――ギュッと優しくも強く、抱き締めてきた。

 

「…………クシェル………」

「はぁ~………よかったぁ、心配したよ」

 

 形振り構わずハグしてきたクシェルへ、フィールは背中に腕を回して抱き締め返した。

 

「昨日、目を覚ます気配がなかったから、ヒヤヒヤした。………身体はもう大丈夫?」

「ああ………明日、退院することは許された」

「でも、明日は部屋でゆっくり休んで、明後日から授業に出た方がいいよ」

 

 クシェルにそう言われたフィールは「わかった」と首を小さく振る。それから、タイミングを見計らっていたハーマイオニーと、意外や意外、ロンも声を掛けてきた。

 

「フィール、何日も寝込むことにはならなくて、よかったわ」

「………大丈夫か?」

「まあな………って、珍しいな。アンタの方から話し掛けるなんて」

 

 基本的にスリザリン生であるならば誰であろうと敵意を持ち、昨年度は杖を突き付けてきたロンが自ら声を掛けるなんて、一昨年の賢者の石の場所まで辿り着くまでのトラップの一つだったチェス・ゲーム以来だ。

 

「ほら、ロン。フィールとクシェルに言いたいことあるんでしょ? 言いなさいよ、早く」

「そう急かすなよ………」

 

 ロンは気まずそうな表情をフィールとクシェルに飛ばしながらも、二人に向き合い………頭を下げてきた。当然の如く、二人はそれぞれ蒼眼と翠眼を大きく見張った。

 

「その………………今まで、悪かった」

「………どういう風の吹き回しだ? あれだけ、私達を毛嫌いしてたクセに………」

 

 フィールがあからさまに怪訝な顔になりながら呟くと、頭を垂れているロンに代わって、ハーマイオニーが口を開いた。

 

「ロンったら、結構前から貴女達に対して敵意は持ってなかったみたいなんだけど………ほら、彼って素直じゃなくてね。中々、謝罪したり本音を打ち明けることが出来なかったらしいのよ」

 

 ハーマイオニーの口振りからして、どうやら彼女もつい最近知った事実らしい。恐らく彼は、ハーマイオニーに相談を持ち掛けた際に伝えたのだろう。

 フィールとクシェルは、未だに眼を大きく見開かせて驚いていたが―――激しく嫌っていた相手に対し、面と向かって謝るのは誰でも出来ることではないと、彼の行動で示した誠心誠意を受け入れることにした。

 

「………わかった。ウィーズリーじゃなくて、ロンでいいか?」

 

 ロンは伏せていた顔を上げた。

 

「ハッキリ言って、まだ驚いてるけど………私はハーマイオニーの言葉とロンの謝罪を信じることにする」

「………そうだね。冗談で、二人がこんなことはしないだろうし。………私、クシェル。クシェル・ベイカー。よろしくね、ロン」

「私、フィール・ベルンカステル。ま、知ってるだろうけど」

「………僕、ロン・ウィーズリー。よろしくな、クシェル、フィール」

 

 そうして、三人が改めて自己紹介するとロンはフィールとクシェルとそれぞれ、敵対心を無くしたと言う証明の握手を交わした。

 それを見ていたハーマイオニーとハリーは、よかった、と顔を見合わせて微笑んだ。

 さて、ほのぼのしていた時間も束の間。

 いつになく、五人の顔は真剣なものになる。

 

「ダンブルドアは本気で怒ってたわ。あんなに怒っていらっしゃったのは見たことない」

「当たり前だ。吸魂鬼は校内に侵入するのを禁止されていたんだから、いくらシリウス・ブラックが見付からなくて餓えてたとはいえ、それが生徒を襲っていい道理にはならない。………そういえば、なんで私達は無傷なんだ?」

「クシェルとダンブルドアが、杖から銀色の何かを出して吸魂鬼を追い払ってくれたのよ」

「あ、これのこと?」

 

 クシェルは杖を抜くと、

 

エクスペクト・パトローナム(守護霊よ来たれ)

 

 と唱え、杖先から銀色のユニコーンが飛び出してきた。

 

「うわっ!? なんだそれ!?」

 

 ロンは喫驚の声を上げ、ハーマイオニーとハリーも驚き入っていたが、フィールはそんなに驚いてはいなかった。

 

「クシェル、出せるようになったんだな」

「昨日初めて成功したけどね」

 

 しなやかな身体のユニコーンの頭を撫でながらクシェルが説明し、ハリーはフィールに訊いた。

 

「フィール、それは一体何なの?」

 

 フィールは三人へ、『守護霊の呪文』について丁寧に教えた。

 

「これは『守護霊の呪文』と言う吸魂鬼を唯一撃退可能な魔法だ。スタートは盾の形から始まり、レベルアップすれば動物や魔法生物の形になって最大限の威力を発揮する。そして、熟練者になれば伝言を託せる」

「………これを覚えたら、僕も吸魂鬼から身を護れる?」

「ああ。ただし、覚えるとなればそれ相応の覚悟と根性が必要となる。生半可な意志では到底習得出来ないし、『守護霊の呪文』は防衛術最難関魔法の一つだ。クシェルや私も苦戦したし」

 

 ハリーはそれを聞いて、顔を伏せた。

 学年首席と5番を収めている二人ですら悪戦苦闘した高位魔法を今すぐには身に付けられないと知り、自信を無くしたようだ。

 そんなハリーへ、フィールがこう言ってみる。

 

「………ルーピン先生に訓練を依頼してみたらどうだ? あの人は防衛術の先生だし、多分『守護霊の呪文』も知っているだろ」

「そうね。ルーピン先生は優秀よ。きっと『守護霊の呪文』に関する知識を持っていると思うわ。ハリー、フィールの言う通り、先生に相談してみましょ?」

「もしも訓練することが決まったら、私も出来る限りはサポートする。だから、安心しろ」

 

 友人二人からの言葉と励ましに、ハリーは少し元気を取り戻したのか、コクリと頷いた。

 

♦️

 

 クィディッチ戦から、2日が経過した。

 現在、スリザリン寮に完備されている女子用の大浴場で、一人の少女が熱いシャワーを浴びていた。

 昨日は念のためもう1日入院し、今日の午前中は医務室で絶対安静していたフィールは、午後になって軽食を摂ったらスリザリン寮へと戻ってシャワーを浴びようと、此処に来た。

 現在は午後の授業中なので、浴場はおろか、談話室にはひとっこ一人居なかった。

 

(…………お母さん………)

 

 一昨日、吸魂鬼の忌々しい性質によってフラッシュバックした、8年前の出来事。

 今までは、あまり触れないようにしていたのだが………鮮明に記憶が甦って、さっきからずっと頭の中で映像化して流れていた。

 母に抱かれ、隙間から見える、父の背中。

 母の荒い息遣いと確実に迫り来る黒い影。

 身体が投げ飛ばされ、床に叩き付けられ、振り返った自分の眼に飛び込んできた………残酷な光景―――

 

「………ッ!」

 

 フィールは目の前に設備されていた鏡の表面に額を当て、苦しげな息を吐いた。

 

「はぁ………はぁ………ッ………」

 

 思い返す度に、胸が深く抉られる気分になる。

 記憶が頭の奥に巣食って離れなくなり、延々と脳裏を過ったままになってしまいそうだと、フィールは蛇口を捻ってお湯を止め、部屋で横になって忘れようと、急いで退室した。

 身体の雫をタオルで拭い、濡れた髪はタオルドライだけで済ませると、下着を着け、ストッキングとスカートを履いてワイシャツを着、ボタンを掛けようとしたが………その最中、また、鮮明に記憶がフラッシュバックした。

 今度は、新学期が始まった翌日、夜明け前に目を覚ました要因でもある、悪夢の内容…………。

 

 

 

「―――クラミー!」

 

 自身の分身たる有体守護霊の獅子で、愛する妻の魂を吸っていた黒い生物を遥か彼方へと追い払ったジャックは、先程までの戦いの疲れから肩で大きく息をしていた。

 

「―――お父さん………!」

 

 ジャックの娘―――フィールは、ボロボロの格好の父の姿を認めると、泣き叫びつつ、吸魂鬼が撃退された瞬間、糸が切れた操り人形のように崩れ落ちていった母の側へ駆け寄り、その身体を揺さぶった。

 

「―――お母さん! お母さん!」

 

 どれだけ呼び掛けても、母のクラミーは、反応しない。生気が失われた紫の瞳で、冷たく横たわっている。

 ジャックは二人の元へと駆け寄ろうと疾走し、もう少しで辿り着くだろうという距離になったら―――

 

「―――ぐあっ………!」

 

 突然、呻き声を上げ………身体から、大量の血が噴き出して、危うく地面に倒れそうになった。

 

「―――お父さん………!?」

 

 フィールは、急に鮮血が父の身体から迸って驚いた声を上げ………父の背後に眼を凝らす。

 ジャックは膝をつき、苦しそうな声を漏らしながらもフィール同様、肩越しから、誰が撃ってきたのかと視線を走らせ―――二人は、同じ蒼色の両眼を大きく見張った。

 そこに立っていたのは、黒色のローブを纏った魔法使い。

 つい先程襲撃してきた連中の一人だ。

 ジャックは忌々しそうに舌打ちする。

 フィールは未だに訳がわからず、ただただ鉄の匂いが充満していくその場で硬直していたが、不気味な仮面をつけたヤツが父を殺そうとした、という事実に頭が追い付くと、やっとのことでフリーズしていた身体を動かせるようになり、フィールは眼に涙を光らせて決死の頼みで、膝をついてる父と殺そうとしている男の前に飛び出し、懇願した。

 

「―――お父さんを殺さないで………!」

 

 けど、そんな少女の哀願は届かなくて。

 男は鋭い声を発して細長い杖を振るい、その杖先から、黒く禍々しい、槍のように尖った光が走り、それはフィールの左胸を背中まで刺し貫いた―――ように見えたが。

 

「―――ッ!」

 

 ジャックが最後の力を振り絞って、身を挺してフィールを引き寄せ、庇い護る。

 その直後、ジャックは背中から閃光に刺し貫かれた。

 

「あ…………お、お父さん………………」

「………ッ」

 

 片腕でフィールを強く抱き締め、もう片方の腕は後ろに向けて魔法を撃つ。

 その光は、魔法使いの胸に直撃した。

 呻き声を上げ、身体をよろめかせる。

 むせ返りそうになる、血の匂いの中。

 おびただしい量の血飛沫を上げ、紅に染め上がる場景。

 顔と頬から伝わって聞こえてくる、早鐘を打つように早まる鼓動。

 幼い身体に纏わりつく血液が、身を包む服を紅く赤く血濡らせ―――つと消えた、命の糸が切れた瞬間………父は、もたれ掛かるように、力無く崩れ去っていった。

 

 

 

「………ッ、あああぁぁぁぁぁぁああああぁぁぁぁぁぁあああッ!!」

 

 父が死んだ瞬間の記憶が鮮明にフラッシュバックしてしまったフィールは、堪らず絶叫した。

 彼女の悲鳴が部屋の隅々まで虚しく響き渡る。

 

「ぁぁ………はぁ………はぁ………げほっ………かはっ…………」

 

 絶叫後―――フィールは精神の限界を迎え、数回喀血し………身体を支えられず、ふらりと、その場に崩れ去り、小さな血溜まりが出来た冷たい床に倒れた。

 

♦️

 

 ―――カコーン………。コロコロ………。

 

「ちょっ、クシェル? 大丈夫?」

 

 午後の変身術の授業中。

 クシェルは右手に握り締めていた杖を床に落としてしまい、近くに居たダフネが心配そうに声を掛けた。皆も、突然部屋に響く乾いた音に何事かと音の発信源に顔を向ける。

 

「ご、ごめん………なんか、手が………」

 

 クシェルは急に力が抜けた手をじっと見つめる。

 なんだろう………今、とても胸騒ぎがした。

 ハッキリとは言えないが、とにかく、嫌な予感が、クシェルの中で警鐘を鳴らす。

 

「大丈夫ですか? ミス・ベイカー」

 

 頭上から、副校長のミネルバ・マクゴナガルの声が振り掛かる。クシェルはハッと顔を上げ、心配そうに見下ろすマクゴナガルの顔を見た。

 

「その、すいません………」

「どうしたのですか? いつもの貴女らしくないですよ。ご友人のミス・ベルンカステルが居ないとはいえ―――」

 

 クシェルはマクゴナガルの口から出た人物の名に―――自分の中で絶えず鳴っている警鐘の終着点に辿り着いた。

 

(―――フィー………!)

「すいません、マクゴナガル先生!」

 

 クシェルは床に転がる自身の杖を拾い上げると脇目も振らずに荒々しく教室を出ていき、地下牢のスリザリン寮へと疾走した。

 

「ミス・ベイカー! 戻りなさい!」

 

 マクゴナガルは突如教室を退室したクシェルに慌てて教室を出て呼び掛けるが、既に彼女の背中は小さくなっていた。

 

「あなた方は今日学んだ事をレポートに纏めておくように! 終業のチャイムまでに終わらなかった者は次回までの課題とします!」

 

 マクゴナガルはざわめきが起きた教室に向かって声を張り上げると、クシェルの後を追い掛けることにした。

 クシェルが何の意味もなく教室を出ていくなんて、有り得ない。

 それに、あの余裕がなさそうな様子………どう考えても、何か訳がある。

 マクゴナガルはそう思い、クシェルが駆ける足音を頼りに、彼女を追跡した。

 

 やがてクシェルは、スリザリン寮に到着した。

 クシェルは合言葉を言ってすぐさま中へ入ろうとしたが、『身体強化魔法(スキル)』の『俊足』を用いて加速してきたマクゴナガルがやって来て、肩に手を置いてきた。

 

「ミス・ベイカー、一体どうしたのですか!?」

「わかりません、ただ、胸騒ぎがするんです!」

 

 クシェルは振り返らずにそう返し、中へ入ってまずは談話室に来た。談話室を見渡してみても見付からない。自分達の部屋に居るのかと、女子部屋に行き、部屋の中を覗いてみたが、フィールの姿もなければ、居たような形跡もない。

 ベッドを触ってみても、冷えきっているし、毛布も一糸乱れていないことから、退院した後に此処で寝て休んだ訳でもないということを意味している。

 となれば、残る場所は―――女子用の大浴場。

 クシェルは扉を勢いよく閉めると、扉前で混乱しているマクゴナガルを押し退けて、脱衣室へと向かった。

 すると、そこに居たのは―――

 

「フィー………!?」

 

 白い肌は普段よりも白く、唇は真っ赤な血で濡れ、白いワイシャツにも点々と紅い血が付着している………華奢な身体をくの字に曲げて倒れているフィールの姿があった。

 

「ミス・ベルンカステル!?」

 

 マクゴナガルは倒れているフィールを見て、クシェルの胸騒ぎが的中したのかと思っている間にも、クシェルは彼女の側に寄って、膝をついた。

 

「フィー! しっかりして! フィー!」

 

 仰向けにさせたフィールはぐったりと眼を閉じていて、苦しそうに呼吸しているのが、とても痛々しい姿だった。

 

「はぁ………はぁ……ク……シェ……ル………」

 

 フィールは、聞き慣れた友人の声が耳に届いて僅かに眼を開けた。

 

「一体何があったの!?」

 

 だが、それに答えられる気力は最早無かった。

 

「……ご………めん………ク……シェ…………」

 

 朦朧とするフィールは、クシェルの名を最後までは言えず………クシェルの悲痛の叫びをどこか遠くのように聞きながら、一度喀血すると、辛うじて繋ぎ止めていた意識を、手放した。




【夜明け前に起きた『彼女』】
後々の伏線です。

【やっとロン、二人へ警戒心無くす】
3章になってやっとですね。ま、2章の時に嫌悪してたナルシスト野郎を華麗に蹴飛ばしましたからね。それもあって、フィールさんへの好感度かなり上がってたと思われます。でも、スリザリン嫌いのロンが別人みたいだなと思うと、ちょっと不安ですけどね。
ま、なにはともあれ、久々のまったりタイムでした(*´ω`*)。

【昨日に引き続き、記憶がフラッシュバック】
『悪夢』で少し出していた過去の出来事の前後が明らかとなる。

【癒者の娘のクシェル、鋭い感を見せる】
実際クシェルが戻って来なかったら、スリザリン生全員がパニックになってしまいますね。クシェル、よくやったぞ!


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#40.盗聴

サブタイトルの通りです。


 ―――ル。フィール。起きなさい。

 

(………誰?)

 

 底が見えない、淀んだ沼へと引き摺り込まれる感覚と共に、微かに眼を開けたフィールのぼんやりとした頭の中に誰かの声が朧気に聞こえてきた。

 その声は、クシェルでも、クリミアでも、その他友人達でもない、別の誰かの声。

 くぐもっていてぼんやりとだが、確かに自分を起こすために発せられている。

 誰が自分を呼んでいるのか。

 ハッキリとは、聞こえない。

 でも、フィールはわかった。

 長年の月日が経過しようとも、耳が覚えている―――亡き母の声だ。

 

(起きなさい………か)

 

 聞こえてくる言葉を他人事のように聞き流すフィールは、自嘲気味な笑みを浮かべた。

 周りは一面、漆黒の闇に覆われている。

 そして、自分の身体が闇の底へと落ちていくのが、体感で感じ取っていた。

 動かそうにも、動かせない。

 もう………諦めるしかない。

 

 ―――起きなさい。貴女が起きるのを待っている人達がいるわよ。

 

 ………待っている人達………?

 それは、クシェル達のことだろうか?

 そう考えたフィールの脳内に、自分がよく知っている人達の顔が次々と思い浮かべられた。

 妹のように可愛がってくれる、クリミア、ソフィア、アリアの先輩三人組。

 後ろから自身の名前を呼び、振り返ってみれば、優しげな笑みを浮かべてるハリーやハーマイオニー、反対に、無愛想な顔を浮かべているロン、満面の笑顔を向ける………クシェル。

 

(………ああ。そうだ………そうだった………)

 

 半ば諦めていた暗闇の世界のど真ん中に、一筋の眩い光が射した気がした。

 そうだ………私には、帰る場所がある。

 此処で終わったら………二度と、会えない。

 それは嫌だと、フィールは必死に手を伸ばす。

 あの光の先に、仲間が待っている。

 だから………戻ろう。

 皆の元へ……………。

 

 

 ―――私を待ってくれている人達の元へ。

 

 

♦️

 

 

「………ん………くっ…………」

 

 長い眠りから醒めるように、医務室のベッドの上で寝ていたフィールは目を醒ました。

 もう何回目の医務室での目覚めかと、フィールはそこまで考え、ハッとした。

 自分は確か、スリザリン寮の女子用の大浴場でシャワーを浴び、その後、脱衣室で喀血して倒れたはずだ。

 なのに、医務室に居るということは、誰かが此処まで運んでくれたということだろうか?

 ………いや、それしか考えられない。

 フィールは青みが掛かった病衣に身を包んだ上半身を起こし―――額に掌を当て、弱々しく項垂れながら深くため息を吐いた。

 

「フィール? 起きたの?」

 

 カーテンをシャッと開けて姿を現したのは、獅子寮の友人・ハリーだった。

 ハリーはクィディッチ戦の日、主に精神安寧のために1週間医務室で入院することを言い渡されていたため、まだ退院日を迎えてはいないことを意味している。現に彼はまだ病衣を着たままであった。

 

「ビックリしたよ………退院したと思ったら、また此処に運ばれてきたんだから………」

「………私、いつ此処に運ばれたんだ………?」

「2日前だよ。その間、君はずっと寝込んでた」

 

 それを聞いて、流石のフィールも瞠目した。

 まさか、2日間も意識不明だったとは、予想外過ぎたからだ。

 

「変身術の授業中、クシェルが『なんか嫌な予感がする』とかでスリザリン寮に戻って………脱衣室で倒れてた君を見つけたみたいなんだ。それでクシェルが応急処置をして、マクゴナガル先生が此処まで連れてきてくれたんだよ」

 

 ハリーは先を読んで経緯を教えると、フィールは額に手を当ててため息ついた。

 

「………ホント、クシェルとマクゴナガル先生には感謝だな」

「それにしても、フィールは人気者だね。医務室に沢山の人が詰め掛けたし。皆、凄い心配してたよ」

 

 しかし、フィールはハリーの言葉をどこか上の空の表情で聞いていた。

 聞いてはいるだろうが、心此処に在らずといった感じだった。

 

「何か、悩み事ある? なんでも聞くよ」

「……………いや、大丈夫」

 

 フィールは輝きが失った瞳で答え、視線を明後日の方向へ向ける。ハリーは一瞬沈黙し、すぐに話し掛けようと口を開こうとしたが、

 

「目を覚ましたようですね」

 

 と、ホグワーツの校医、マダム・ポンフリーが医務室の扉を開けて中へ入ってきた。

 二人はそちらを見、マダム・ポンフリーはフィールへ薬と水が入ったゴブレットを渡す。またあの苦い薬を飲まないといけないのかとフィールは嫌だったが、仕方ない、とそれらを受け取り、気合いで飲み干した。

 良薬口に苦し、とはまさにこのことだと、フィールは顔をしかめる。

 それから、彼女はフィールの脈を取り、しばらくは医務室で入院させると言ったら、医務室を後にした。

 

「………入院生活……か………」

 

 フィールはゴロンと横になり、眼を閉じた。

 いつくらい、医務室のベッドの上で過ごすことになるのか未定なので、不安感漂う雰囲気が彼女から発せられる。

 

「………回復するのを地道に待つしかないか」

「うん。ゆっくり休んで、元気になろうよ」

 

 ハリーは励ましの言葉を送ると、食事を摂って戻ってくるなら医務室の退室を許可されているため、「何か、持ってくる?」とフィールに尋ね、「いや、いい」と答えると彼は病衣から制服に着替え、医務室を後にした。

 ハリーが病棟から居なくなり、静寂が訪れた。

 

 が、それも束の間。

 ガチャリ………パタン、とドアを開け閉めする音が響き渡り、フィールは眼を開けた。

 その者は此方まで近付いて来てるのか、コツコツと足音が大きくなる。

 そして、ゆっくりと開かれ、姿を現したのは。

 

「フィール。目を覚ましたようね」

 

 クリミア・メモリアルであった。

 クリミアはフィールの顔を見てホッとして表情になり、見舞い客用の椅子に座った。

 

「貴女が2日も寝込んだんだから、本当に心臓が止まったと思ったわ………」

「………ッ」

「………やっぱり、吸魂鬼(ディメンター)の影響のせいね?」

 

 クリミアの問いに、フィールは小さく頷く。

 

「………お母さんが吸魂鬼に魂を吸われている光景が何度も頭の中で流れて………その後に、お父さんが殺された瞬間の記憶が鮮明にフラッシュバックした」

 

 クリミアだけには苦悩を打ち明けるフィールは辛そうな表情を隠そうとせず、姉を見た。

 

「………いつの間に、私はこんなにも弱くなったんだろうな。これじゃあ、本当に学年首席の人間なのかどうか、疑うよな」

 

 自嘲するように、でも、苦しそうに。

 フィールは何とも言えない笑みを見せた。

 クリミアは紫の眼を悲しそうに細めると、椅子からベッドへ座り移り、コツン、とフィールの額に自分のそれを合わせた。

 

「………止めなさい。それ以上言うのは」

「………………」

「今は、意識が戻ったことを喜びなさい」

 

 息遣いを感じ取るほど近い、クリミアの僅かに歪んだ表情をフィールは見つめていたが―――医務室の外から、かなりのスピードで駆けてくる音が聞こえてきたため、二人が慌てて離れるのと同時、勢いよくドアが、バンッ! と開かれた。

 荒々しい登場を果たしたのは、ハーマイオニーとロンの二人であった。

 休まず走り続けたのか、肩で息をしている。

 ベッドから起き上がっているフィールを眼にして、二人は即座に胸を撫で下ろした。

 そして、その場から物凄い勢いで飛び出し、ハーマイオニーは涙ぐんだ瞳で呆然とするフィールに抱きつく。

 

「え、わ、ちょっ………」

 

 急にハグされてフィールは戸惑うが、ハーマイオニーはお構い無しにお得意の早口言葉でズバッと言い切る。

 

「はあぁぁぁぁ………貴女が目を覚まして本当によかった。心配したわよ!」

 

 充血して真っ赤になった眼でフィールを見たハーマイオニーは、彼女の豊かな胸に泣き腫らした顔を深々と埋める。

 甘いフィールの香りが胸いっぱいに広がり、安心感を得てまた涙が流れた。

 

「大丈夫か? 2日間も寝込んだんだから、マジでビックリしたぜ………」

 

 心配と安堵が入り交じった声音で声を掛けたロンはベッドに腰掛け、フィールを見た。

 

「さっき、ハリーから『フィールがようやく目を覚ました』って聞いて来たんだ。とにかく、まずは意識が戻って安心した」

「ええ、ロンの言う通りよ! 退院したっていうのに、また医務室に搬送されて………しかも2日間も意識不明の昏睡状態になって………本当に、本当に心配したわよ!」

 

 ロンとハーマイオニーの言葉を聞き、フィールは胸がじんわりと温かくなるのを感じる。

 眼を優しげに細め、フィールは涙でぐちゃぐちゃになった顔を胸に隠しているハーマイオニーの頭を撫でた。

 

「心配掛けてごめんな。………それと―――」

 

 フィールは二人を見たり来たりして言った。

 

「………ありがと」

 

 こういう時に感謝の言葉を述べるのは、なんとなく気恥ずかしい。

 それを隠すように、ハーマイオニーの栗色の髪を指先で弄っていると、

 

「もう……これじゃ、全然私が入れないじゃん」

 

 クシェルの声が、耳を打った。

 三人はハッとして、声がした方向に視線を走らせる。

 クリミアは最初から気付いていたのか「来てくれたのね」と柔らかく微笑んでいた。

 

「………フィー、よかった」

 

 クシェルはフィールの側まで来ると、最早恒例となりつつのやり取りというかなんというかで、ギュッと強く抱き締めた。

 

「心配したよ………胸騒ぎがしたからスリザリン寮に戻って脱衣室に行ってみれば、フィーが血を吐いて倒れてたんだから………」

 

 クシェルは実際にフィールがどうなっていたかを見た者の一人で、言うまでもなく喀血して気を失った友人を応急処置したのも彼女だ。

 恐らくは、誰よりもフィールの安否を心配していたのだろう。ハグしている腕が、小刻みに小さく震えている。

 

「クシェルとマクゴナガル先生には、感謝だな」

「あ、聞いたの?」

「ハリーが教えてくれた」

 

 それはさておき、とフィールは呟く。

 

「………こんなにくっつかれると、流石に息苦しいんだけど」

 

 胸元にはハーマイオニー、首元にはクシェルが居るので、何かと呼吸がしづらい。

 だが、二人は離れるどころか、むしろもっとピッタリ密着してくるので、これではまるで満足に身体が動かせない。

 

(……………………)

 

 でも、おかげで心を壊されないで済んだ。

 もしも、この人達が居なかったら、他寮の生徒―――特にグリフィンドール生からの、これから先に受けるだろう悪口や侮蔑に、耐えられる自信がなかったかもしれない。

 

(退院後は辛い日々になるんだろうけど………)

 

 私には、居場所がある。

 そして―――

 

 ―――私には、帰る場所がある。

 

 だから、大丈夫。

 それが例え、どんなに過酷な現実でも。

 フィールはそう思いながら、滅多に浮かべない優しげな笑みを形作った。

 

♦️

 

 生徒が寝静まる深夜2時頃。

 ホグワーツ城内に位置する病棟の中で、気配を殺して身を起こした者が居た。

 

(………フィール。大分心が弱っているわね)

 

 闇の中で胸に手を当てる『彼女』は、この身体の少女の心がだんだんと蝕まれ、ひび割れていくのがビシバシと伝わってきた。

 辛い記憶を嫌なほど鮮烈に思い出され、苦しんでいるのを強く感受し、どうにか出来ないのかと『彼女』はずっと苦悩していた。

 

(………どうしましょう)

 

 『彼女』は頭を抱えた。

 このまま戻っても、フィールが苦しむのをただただ黙ってみることにしかならないし、これ以上ほったらかしにしていたら、身体がボロボロになっていくだろう。

 だからといって、身体を借りた状態で四六時中動き、いざ戻ったら………フィールを余計混乱させてしまう。

 なんとかならないのかと『彼女』は悩み………少し外に出ようと、サイドテーブルの杖を手にして軽く振るい、綺麗に折り畳まれている新品同様の制服に一瞬で着替え、『目くらまし術』を掛けると、そっと医務室を出た。

 

 辺りはすっかり静寂に覆われていた。

 ホグワーツ城内は夜の闇に包まれておるが、夜空には満天の星や月がきらびやかに煌めき、輝いている。

 それを、『彼女』は天文台の塔で眺めていた。

 やはり、此処はお気に入りの場所だ。

 そして、身体を借りた状態で知ったことなのだが………フィールも此処がお気に入りの場所であると知った時、『彼女』は嬉しく思った。

 『目くらましの術』を解いた『彼女』はフッと息を吐き、さあどうしようかと、暗闇を明るく装飾する星空の点々に答えを探すように、しばらくはその大空を見上げていたが―――。

 

「………フィール?」

 

 誰かの声が耳を打ち、『彼女』は振り返った。

 水色の髪に紫色の瞳。胸には監督生の胸バッジをつけている―――クリミアだった。

 

「此処に居たのね。今日、監督生の見回り担当だったから医務室に少し寄ったんだけど………貴女が居なかったから、少しヒヤッとしたわよ」

 

 安堵の息を吐いて近寄ろうとしたクリミアは、ふと、フィールの雰囲気がいつもと違うのに気付いた。

 何故だか、目の前の少女は微笑んでいる。

 その笑みは、普段とはどこか違う。

 が、その笑みには見覚えがあった。

 もう何年も前に見れなくなった………黒髪の少女と瓜二つの女性が浮かべていた、微笑み。

 それと、全く同じだった。

 いや………同じではない。

 本人そのもの、であった。

 困惑するクリミアへ向かって、優しく笑いかけていた『彼女』は静かに口を開いた。

 

 

 

「―――久し振りね、クリミア。いつもフィールの傍に居てくれて、ありがとう」

 

 

 

 天文台の塔へ渡って吹いてきた冷たい夜風が、二人の頬を撫で、髪をやさしく揺らす。

 やけに現実的な空気の中で。

 クリミアは『彼女』の言葉に紫眼を見張った。

 

♦️

 

 クリスマス休暇前日。

 ホグズミード行きが許可され、ホグワーツ生は大はしゃぎだった。

 生徒達は冬の寒さを防ぐために暖かな私服を着込んだら元気よく玄関から飛び出していく。

 今回、数週間前に退院したフィールはクシェルと共に白い雪が降り注ぐホグズミード村へ続く道中をサクッ、サクッ、と軽やかな音を立てながら歩いていた。

 

「フィーは今年のクリスマス休暇、どうするの?」

「例年通り、残るよ。()に戻っても、何もすることはないし。クシェルは?」

「私も残るよ。お母さんとお父さん、仕事で忙しいから」

 

 クシェルの母親は癒者(ヒーラー)、父親は闇祓い(オーラー)とどちらとも激務に就いていて、ホグワーツから帰宅した長期の夏季休暇中もあまり家に居ないらしい。特に、年明けが近いこの時期は普段以上に大変だとか。

 

「お父さんは一流だから上の人から色んな仕事任されるし、お母さんも聖マンゴで一番の使い手として人気ナンバーワン。そういえば、来年開催されるクィディッチ・ワールドカップ決勝戦の医療班のリーダーに選抜されたよ」

 

 クシェルが言うには、来年の夏、約30年ぶりに魔法界の住民ならば誰もが観戦したいクィディッチ・ワールドカップ決勝戦が、イギリスで開催されるとのことだ。そのため、聖マンゴ魔法疾患傷害病院に勤務する癒者達は去年の今から早速準備に取り掛かっているらしい。重大な大仕事なだけに、皆やる気満々みたいだ。

 

「初耳だな。来年決勝戦やるとか」

「私も休暇中に知ったからね。多分、何人かは知ってるんじゃないかな」

 

 なんて会話を交わしながら、フィールとクシェルは冷えた身体を暖めようと、パブ『三本の箒』へ真っ先に訪問した。クシェルは席を確保しに向かい、フィールは注文しに行った。

 バーテンのマダム・ロスメルタという女性がバタービールをジョッキに注いでカウンターに出し、フィールは料金を払うとクシェルが座っているテーブルまで、溢さないように運んだ。

 

「暖かい場所だな」

「ずっと此処に居たいよね。あ、そういやさ、フィー」

「なんだ?」

 

 ジョッキを傾けてバタービールを飲んでいたフィールへ、クシェルは尋ねる。

 

炎の雷(ファイアボルト)の修理はもう終わったの?」

 

 命令違反した吸魂鬼(ディメンター)のせいで試合中止となった今年最初のクィディッチ戦で、ハリーは愛用していた箒・ニンバス2000を失い、フィールの箒・ファイアボルトはレイブンクローの談話室へ突っ込んだ。幸い、フィールは箒が簡単には壊れないよう強化魔法を掛けていたおかげで多少傷付いただけなので、新しく再購入する必要はない。

 

「とりあえずはな。クリスマス休暇が終わったら一応飛んでみるけど」

 

 と、その時だ。

 店の扉が開き、店内にマクゴナガル、フリットウィック、ハグリッド、そして何故だか英国魔法省大臣のコーネリウス・ファッジが入ってきて、マダム・ロスメルタにそれぞれ注文したら四人は二人の横の通路を通り過ぎて行った。

 

「あの人、魔法省大臣だよね? なんで此処に来たんだろ?」

 

 何故、お偉いさんがこんな所に来たのかとクシェルが首を傾げていると、

 

「………シリウス・ブラックと吸魂鬼の件じゃないのか?」

「あー、そうかもね」

 

 数秒で会話を切ったフィールとクシェル。

 自然と二人は、彼らの飲み会及び話し合いが聞こえる距離まで移動していた。

 

(フィーは物好きだね)

(クシェルもだろ)

 

 眼と眼で頷き合い、好奇心旺盛な二人は大人四人からは死角のクリスマスツリーの背に隠れ、ひっそりと息を殺して盗み聞きする。

 意外や意外、ハグリッドとファッジが話し込んでいた。

 内容は、あのヒッポグリフ―――バックビークについてだ。

 どうやら、危害を受けそうになったドラコ・マルフォイの父親で魔法省の重鎮のルシウス・マルフォイの手によって裁判沙汰になろうとしているらしく、ハグリッドは大臣に無実を訴えていた。

 そこに、マダム・ロスメルタが注文の品を持ってきて、彼の誘いで一緒に飲むこととなった。

 当初はホグズミードを巡回する吸魂鬼に対する不満などがメインだったが、次第に話題はシリウス・ブラックのことへ移り変わった。

 

 シリウス・ブラックは学生時代からハリーの父親ジェームズ・ポッターと唯一無二の親友であったらしく、その仲の良さは実の兄弟同然だったとか。どちらも成績優秀ではあったものの、素行の悪さやガキ大将っぷりは今で言うウィーズリーツインズのフレッド&ジョージに匹敵するレベルらしい。卒業後、シリウスは婚礼を上げたポッター夫妻の花婿付き添い人を務め、ハリーの名付け親となったみたいだ。

 そしてある日、ポッター家―――正確に言えば息子のハリー―――が闇の帝王に命を狙われていると知った際、ダンブルドアの勧めで身を隠すことにした二人はシリウスを隠れ家の場所の秘密を守る『秘密の守人』へ選んだ。

 秘密の守人。『忠誠の術』という、一人の人間の中に魔法で秘密を封じ込める術の選ばれた者を指す用語。この守人が誰かに密告しない限りその秘密は永久に守られ、外部に漏れることはない。

 ポッター家の秘密の守人だったシリウスはヴォルデモートとダンブルドアの二重スパイで、前者に隠れ家の居場所を密告。

 

 その結果、ポッター夫妻は殺害された。

 だが、ヴォルデモートは赤ん坊のハリーの前に破れ………それを知ったシリウスを追い詰めたのは学生時代の同僚同輩で親友の、ピーター・ペティグリューだった。

 成績優秀なジェームズやシリウスの腰巾着的存在で落ちこぼれな生徒であったが、果敢にシリウスに立ち向かい、この世に小指一本を残して死んだ。

 シリウスは逮捕されると、裁判無しでアズカバンに投獄され―――12年後の今年、突如脱獄した………。

 

「フィー、これって…………」

 

 クシェルは友人の両親の死因の経緯を知り、息を呑む。フィールも黙っていたが、それは何かを考え込んでいる様子だった。

 

「…………複雑だな」

「うん………ねえ、フィー」

「………なんだ?」

「ハリーにこのことは―――」

「いずれ、ハリーも知るだろ」

 

 フィールは足音を立てないで元居た席へ戻り、何事もなかったような雰囲気で残りのバタービールを飲み干す。クシェルも風の流れの如くスッと戻り、自分達は何も聞いてませんというようなムードを漂わせる。

 

「………店を出て、ハニーデュークスにでも寄って帰るか」

「うん。お菓子買って、ホグワーツに帰ろ」

 

 フィールとクシェルは肩越しからチラリと、大人四人がこちらからは見えない所で乾杯しているのをなんとも言えない表情で振り返り、二人は一瞬だけ顔を見合わせた。

 

♦️

 

 クリスマス休暇に入り、今年はほとんどの生徒が一時帰宅したことから、ホグワーツ城内から暑苦しいほどの活気や生徒達の笑い声が消え失せた。

 スリザリンで残ったのはフィールとクシェルのみで、休暇1日目にして二人は昼食後、8階にある必要の部屋に来ていた。

 

 毎度の如く、目的は魔法の訓練だ。

 クシェルは人一倍の努力とフィールからの魔法の手解きで、既に一般のホグワーツ7年生を凌ぐ実力を身に付けている。実技面で言えば、学年次席のハーマイオニーと同等かそれ以上かもしれない。筆記面に関しては、まだまだ教えなければ危うい部分もあるが。

 

「今年は5番以上行きたいなぁ」

「行けるだろ、きっと」

 

 休憩時間。

 仰向けで天井を見上げている白いワイシャツ姿のクシェルへ、同じく白いワイシャツ姿のフィールは微笑する。

 

「私の目標は、いつか首席のフィーを越したい」

「それは私も譲れないな。卒業するまでは、首席一貫を目指す」

 

 不敵な笑みを浮かべるフィールへ、クシェルは言った。

 

「………どうすれば、私もフィーみたいに強くなれるの?」

「どうって………」

「だってさ………これからも、この間みたいに上手くいくとは限らないでしょ? だから、いつ、何が起きても対応出来るようになりたい」

 

 クシェルは半身を起こし、椅子に座っているフィールを見る。

 

「フィーはなんで強くなりたいって思ったの?」

 

 いつになく、真剣な表情のクシェル。

 フィールは長い睫毛を伏せて、一息ついた。

 ………強くなりたいと思ったのは、8年前に起きた惨劇の日がきっかけだ。自分という存在のせいで、それまでの平穏な日々を壊してしまった、あの日から。

 当時の自分は、とても弱かった。

 …………弱かったばかりに、母は廃人にされ、父は殺された。

 だからこそ、強くなることを決意した。

 もう、奪われるがままでは終わらせないと。

 例えそれが自分の身体を壊すことになろうと、心がひび割れ、壊れることになろうと―――

 

 

 

 ―――最後に犠牲を払うのは、私だけでいい。

 

 

 




【『彼女』とクリミアの対面】
後々の伏線。

【スリザリン組、嘘の真相を盗み聞きする】
何気に大人の会話に興味津々なお二方。
そりゃまあ、13歳だし、仕方ないか。


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#41.夜中の出来事

夜中の出来事ダブル。


 クリスマス休暇明けの木曜日。

 午後8時の魔法史の教室の中で、黒髪の少年少女は椅子に座りながら、闇の魔術に対する防衛術の教師が此処にやって来るまで、ある箒の話題で華を咲かせていた。

 

炎の雷(ファイアボルト)、早く僕も使ってみたいよ」

 

 くしゃくしゃな黒髪に丸眼鏡を掛けた少年、ハリー・ポッターは、さらさらちょっと癖毛の黒髪の少女、フィール・ベルンカステルへじれったさを表情に滲ませながら熱弁を振るい、彼女は微笑するのと同時に警戒心も持っていた。

 休暇明け前のクリスマスの日―――クィディッチ戦でニンバス2000を失ったハリーへ、差出人不明の不気味な、でもプレゼントの中身は超高級品の箒が贈られてきたのだ。

 それは、炎の雷(ファイアボルト)である。

 去年発売された世界最高峰の箒で値段500ガリオンという、学生の身分では到底買えない品物で、現在フィールしかファイアボルトを持参するホグワーツ生はいない。

 ハリーの命を狙っているシリウス・ブラックが付近に潜んでいる現状で差出人不明の人物からそんな高額な物がプレゼントとして贈られてきたのだから、まずは先生に渡して確認して貰うべきだとハーマイオニーが1秒でも早く使いたいハリーを引っ張りながらフィールの元へ来た時、「呪いが掛かっていなかったら次の試合までには戻ってくるだろ」と彼女が言うと彼はやっとのことで納得したため、ハーマイオニーから「ありがとう、助かったわ」と謝礼されたのをよく覚えている。

 そんなことをつらつらと思い出していると、不意に教室の扉が開き、荷造り用の大きな箱を手にリーマス・ルーピンが中に入ってきた。

 

「それは?」

 

 ハリーの問いに、ルーピンは魔法史の教科担任ビンズの机に箱を置き、マントを脱ぎながら丁寧に答えた。

 

真似妖怪(ボガート)だよ。火曜日からずっと城を隈無く探したら、幸い、コイツがフィルチさんの書類棚の中に潜んでいてね。本物の吸魂鬼に一番近いのはこれだ。君を見たら、コイツは吸魂鬼に変身するから、それで練習出来るだろう。使わない時は私の事務室に仕舞っておけばいい。真似妖怪の気に入りそうな戸棚が、私の机の下にはあるから」

「なるほど………練習台には最適ですね」

 

 フィールは顎に手を当ててナイスアイディアと頷くが、吸魂鬼が自身の恐怖であることをハリーは気にしている様子だった。

 夜の誰も居ない教室に三人が居る訳。

 それは、ハリーの吸魂鬼(ディメンター)対策だった。

 彼は人一倍、吸魂鬼の影響力が酷い。

 それ故に、去年のグリフィンドールVSスリザリンのクィディッチ戦で気絶してしまい、ニンバス2000を喪失した。

 そのため、フィールとハーマイオニーからの意見で防衛術を担当し、尚且つ『守護霊の呪文』を扱えるルーピンに相談し―――クリスマス休暇明けに、特訓しようと提案。ハリーと同い年で有体守護霊を呼び出せるフィールへサポート役を依頼し、彼女自身も手伝うと約束してたことから、事はスムーズに進んだ。

 そして、今日この日が特訓初日である。

 

「さて………ハリー、私がこれから君に教えようと思っている呪文は、非常に高度だ。いわゆる『普通魔法レベル(ふくろう)』資格を遥かに越える。『守護霊の呪文(パトローナス・チャーム)』と呼ばれるものだ。フィール、手本を見せてくれるかい?」

 

 まずは手本として、フィールが杖を構えて呪文を唱えた。

 

エクスペクト・パトローナム(守護霊よ来たれ)

 

 杖先から銀色の霞が噴き出し、徐々にその気体は狼の形へと形状する。白銀の狼は空中を一周飛び回ると、ハリーの前へ行儀良く座った。

 

「前にも言ったけど………『守護霊の呪文』は、吸魂鬼を追い払うハイレベルの魔法だ。そして、術者によって形が違うから、個性が表れる呪文と言ってもいいかもな」

「へえ………」

 

 足下の付近に座った銀の狼の頭を撫でながら、ハリーは興味深そうに見つめる。ルーピンが来る前に『守護霊の呪文』の創り方はフィールが軽く教えてたが、彼は再確認としてハリーに説明を施す。

 

「呪文を唱える時、何か一つ、一番幸せだった想い出を渾身の力で思い詰めた時に、初めてその呪文が効く」

 

 ハリーは少し何かを考え………幾つか思い浮かんだのか、幾度となく呪文を唱え、杖先から白い煙みたいなものが現れた際には、顔に喜色が浮かべられた。

 さて、次はボガートを用いた実践練習だ。

 フィールは腕を組ながら、守護霊の狼は彼女の脇に座りながら、離れた場所でスタンバイ。

 ルーピンが箱を開けると、吸魂鬼の姿に変身したボガートが出てきた。

 流石はボガート。

 より本物に近い禍々しいオーラが漂う。

 

(偽者でも、やっぱり変わらない………か)

 

 不穏な気流を敏感に感受し、少し離れた場所に居るフィールの首筋に、冷や汗が流れた。

 ハリーは『守護霊の呪文』を唱えるが………床に倒れてしまい、フィールは狼を襲撃させて、箱の中に閉じ込めた。

 ルーピンが駆け寄って声を掛け、何度目かの呼び掛けでハリーは目を覚ました。フィールはポーチからチョコレートを取り出し、ハリーの口に突っ込む。

 

「ハリー、大丈夫か?」

「大丈夫………もう一回、やってみるよ」

 

 ハリーはふらふらと立ち上がりながら、気合いを入れ直してもう一度挑戦してみるが、またもや倒れてしまった。今度はフィールがハリーを叩き起こすと、

 

「父さんの声が聞こえた」

 

 と、ハリーは小さく呟いた。

 ハリーの呟きに、ルーピンがピクッと僅かに反応したのを、フィールは見逃さなかった。

 が、ハリーは自分のことで精一杯なのか、気付いていない。

 

「父さんの声は初めて聞いた。母さんが逃げる時間を作るために、独りでヴォルデモートと対決しようとしたんだ………」

「ああ………だからこそ、ハリーは生きている。いい両親じゃないか。アンタの父親は闇の帝王を相手に屈することなく真っ正面から対峙し、そして母親は息子を護り抜きたいと言う感情(あい)が勝ったからこそ、アイツを打ち破った」

 

 フィールはハリーの肩を叩き、フッと笑う。

 

「アンタのご両親の愛は、アンタの中にある。それはいつまでも消えることはない」

 

 フィールからの励ましに、ハリーの顔に自信が戻っていき―――次のリベンジで、見事、守護霊を盾の形にしてみせ、ボガートの進行を防いだ。

 最後にフィールの保護者である銀の狼がボガートを再び箱の中に押して、きっちりと蓋が閉まった。

 

「よくやった! ハリー、立派なスタートだ!」

「順調な出だしだ。アンタには防衛術の才能がある」

 

 ルーピンは心底嬉しそうな声を上げ、フィールも高い評価を送る。

 

「ありがとう………もう一度?」

「いや、もう止めよう。特訓は後日だ」

 

 ハリーの身体が限界なので、今日はここまでにして切り上げた。グリフィンドール寮へハリーを送ることをフィールはルーピンに言うと、二人は彼と別れた。

 寮に続く道を帰るがてら、二人は会話する。

 

「初日の実践練習で盾の形を形成させられる人は少数だ。ハリー、これからも頑張れよ」

「うん、勿論」

 

 首を縦に振ってから、ふとハリーは言った。

 

「………あのさ、フィール」

「なに?」

「フィールは、両親がいないの淋しい?」

「え………」

 

 思わぬ問いに、フィールは言葉を失う。

 ハリーのみならずクシェルさえも詳しいことは知らないが、フィールも彼と同じく両親がいないことは知っていた。

 

「………淋しくないと言えば、嘘になるな。昨日まで私の隣に居たはずの父親と母親が急に居なくなって、何をするにも気力が沸かないってのは何度もあった」

 

 フィールの言葉に、今度はハリーが沈黙する。

 ハリーは物心つく前に両親が亡くなったので、最初から両親のことも自分の素性のことも知らないで育っているが、フィールは違う。

 物心がついた頃のまだまだ幼い時に両親を亡くすという経験が、どれだけの衝撃をフィールの心に与えたのか、ハリーには想像もつかない。

 

(………どっちが幸せなんだろ………?)

(………どっちが幸せなんだ…………?)

 

 口には出さずとも、二人は同じことを、傷心に問い掛けていた。

 

 

 ―――同じ『両親がいない』でも………知らないと知っているでは………どちらが、まだ幸せなんだろうか。

 

 

♦️

 

 

 クリスマス休暇が終わった1週間後。

 その日はスリザリンVSレイブンクローのクィディッチ戦が行われ、前者のチームが圧勝してみせ、優勝までの獲得点数が大幅に近付いた。

 これで、ハッフルパフ戦と再戦の対グリフィンドールに打ち勝てば、スリザリンは優勝を奪還である。

 一方のグリフィンドールのクィディッチチームは去年手にした優勝杯を今年も手にしてみせると練習に気合いが入っている状態だった。

 

「だんだん守護霊の盾の形を維持する時間が長くなってる。これなら、次に吸魂鬼が競技場に乱入してきても、しばらくは遠ざけて、地面に安全着陸が出来るな」

「と言うより、もう乱入なんてして欲しくないけどね」

 

 ある日の夜中の魔法史の教室。

 ハリーとフィールは、吸魂鬼対策のレッスンの休憩時間、ホットチョコレートが入ったマグカップを手に椅子に座っていた。近くの椅子にはルーピンが座っている。

 

「………あの。吸魂鬼の頭巾の下には、何があるんですか?」

 

 不意に。

 ハリーは遠慮がちに、訊いてきた。

 ルーピンは表情を曇らせ、フィールは挙動が止まった。

 束の間流れる、奇妙な静寂。

 それを最初に破ったのは、意外にもフィールであった。

 

「………『吸魂鬼の接吻(ディメンター・キス)』という最後の最悪な武器を使う時に、彼らは頭巾を取る」

「その通りだ。吸魂鬼は徹底的に破滅させたい者に対してこれを実行する。多分あの下には、口のようなものがあるのだろう。ヤツらは獲物の口を自分の上下の顎で挟み、そして餌食の魂を吸い取る」

「殺されるんですか?」

「いや………殺されるよりも、ずっと酷い。脳や心臓が動いている限りは()()生きている。だけど治る見込みはない。記憶も感情も何もかもが失われた、空虚の存在。いわば空っぽの抜け殻だ」

「そう、なんだ…………」

「………あらゆる生き物に、魂がある。それは永遠に続く、まさに輪廻の連鎖だ。魂が無ければ人も動物も生きることは出来ない。簡単に言えば、吸魂鬼というのは生きる者の生命力を断ち切る恐ろしい存在だ」

「………………」

「世界は拡い。何処までも行ける。私達はこの世界の彷徨いの旅人も同然だ。魂だってそうだ。その人と共に彷徨い、共に死に、そしてそこからまた別の形で廻り巡る。輪廻転生と言うのは、ありとあらゆる形を持った魂と出逢える。それが真髄かもな」

 

 人も動物も、大なり小なり、魂という生命力を身体という器に兼ね備えている。

 それを吸い、奪うのが吸魂鬼だ。

 吸魂鬼に魂を吸われた者は新たな吸魂鬼―――魂の捕食者へと成り果てる。

 フィールは、魂を吸い尽くす、哀しくも虚しい闇の生物の存在の吸魂鬼を激しく嫌い、同時に憐れんでいた。

 

♦️

 

 2月に入り、グリフィンドールVSレイブンクローのクィディッチ戦当日。

 大広間は騒然としていた。

 その訳は、ハリーの箒だ。

 スリザリン戦の時に彼はニンバス2000を不慮の事故で喪失したのに、彼が現在持っている箒はファイアボルトという最高峰の箒だ。

 尤も、既に知っていたフィールやハーマイオニー達は特段驚きはしなかったが。

 

 試合で目立ったのは、やはりハリーだ。

 正確に言えば、彼の箒・ファイアボルトへの注目と興味なのだが。噂でホグワーツ生は聞いていたが、この試合を迎えるまでは公表されていなかったので、生徒達は興奮気味だが、彼よりも先にファイアボルトを使いこなしていたシーカーを持つスリザリンのクィディッチチームは同等のウエポンを手にしたところで彼女には勝てないと、人知れず冷笑を浮かべていた。

 

「ポッターにあの箒をプレゼントねえ………ホント、誰が彼に贈ったんだか」

 

 観客席でそう呟いたのはフィールとクシェルの同僚同輩の友人、ダフネ・グリーングラスだ。

 ダフネは、誰がわざわざ箒一本のために500ガリオンを支払い、プロのクィディッチ選手でもない学生のハリーにプレゼントしたのかと、クィディッチファンが聞いたら即殺人光線を飛ばしそうな考えを持っていた。

 

「ま、呪いが掛かってないなら、邪心がある訳じゃないだろ」

「そうだとしても、不気味なことには変わらないわよ」

「………それは否定しないな」

 

 二人がそんなやり取りをしている暇に、金のスニッチを見付けたのか、ハリーが猛スピードで飛翔した。

 

「………?」

 

 フィールは、ハリーの手元を凝視した。

 よく見てみれば、片手には杖が握られている。

 サッと競技場を見渡し………黒い頭巾を被った影が数名待ち受けているのが眼に入った。

 

「! あれって………」

「………いや、待てよ」

 

 クシェルも謎の影に気付き、反射的に杖を抜こうとしたが、なんとなく妙な感じがしたフィールは彼女の手を止める。彼女達が呪文を唱えるのを止めた時、

 

エクスペクト・パトローナム(守護霊よ来たれ)!」

 

 ハリーは黒い集団に向かって『守護霊の呪文』を詠唱。

 杖先から白銀の霞が噴き出すと、それは謎の黒い影にモロ直撃し、彼は脇目も振らずスニッチへ一直線。

 見事キャッチし、高々にスニッチを手にした腕を突き出していた。

 レフェリーのマダム・フーチが鳴らしたゲームセットのホイッスルをどこか遠くのように聞いていたのは、なにもフィール達だけでないはずだ。

 彼女らの視線の先には、ドラコ・マルフォイを初めとする他数名のスリザリン生が折り重なるように倒れていた。

 

「………アイツらはバカか」

「ええ。正真正銘の馬鹿ね」

 

 フィールとダフネの呆れた呟きは、静まり返った観客席に響いた。

 

♦️

 

 スリザリンから50点が引かれた翌日、事件が起きた。

 昨夜、グリフィンドール寮にシリウス・ブラックが侵入したらしく、襲われそうになったのはハリーではなく、意外や意外、ロンだった。

 生徒が奇襲されたことにより、ホグワーツは一層警備を強化した。呪文学の教科担任でレイブンクローの寮監・フリットウィックは城壁の壁と言う名の壁にシリウス・ブラックの写真を貼り付けて生徒に人相を覚えさせ、警備係として城内を徘徊させるトロールを配備させた。

 

「なんでよりにもよってトロールなの………」

「無駄に犠牲者を増やす気か、ホグワーツは」

 

 1年生の時に危うくトロールに殺されかけたクシェルは普段の生き生きとした顔を青くさせ、もしも生徒に襲い掛かったらどうするんだとフィールは怒っていた。

 

「でも、なんでロンが襲われたんだろ?」

「そうだな、そっちの方が問題だな。ま、これで判明したことがあるけど」

「え、なに?」

 

 クシェルは蒼白してた表情を一変、フィールの言葉に、緊張と期待を滲ませる。

 

「シリウス・ブラックの目的は、ハリーを殺すことではない。グリフィンドール寮に侵入したのは別の理由があるからだな」

「え、じゃあシリウス・ブラックは、死喰い人(デスイーター)じゃないってこと?」

「恐らくな。そもそも死喰い人だったんなら、彼らにとって崇拝するべき主人を倒した最大の宿敵であるハリーを殺さない訳がない。寮内に侵入してまで誰一人として殺害しないで逃走したなんておかしいだろ」

「あー………確かに。でも、なんで今更此処に来たんだろうね? あのアズカバンから脱獄するほどの並外れた実力があったんなら、わざわざ十数年間も待つ必要なんてないと思うけど」

 

 クシェルは、高い天井を見上げる顔に疑問符を浮かべる。

 ふと、横を見てみれば、フィールが何処かへ行こうとしているのを捉えた。

 

「フィー? 何処行くの?」

「トロフィー室」

「トロフィー室? これまたなんで?」

 

 クシェルが小首を傾げると、

 

「ついてくれば、わかるよ?」

 

 と、フィールは選択肢を投げ掛けた。

 クシェルは逡巡したが、フィールの後をついていくことにした。

 そうして、二人は4階にあるトロフィー室へとやって来た。

 そこには、数々の輝かしい功績を残した銀杯やカップ、賞状などが飾られている。

 

「それでフィー。此処に何の用があるの?」

 

 クシェルは室内をキョロキョロ見回し、フィールは手招きした。クシェルが素直にそちらに向かうと、

 

「クシェル、これ見てみろ」

 

 フィールは手に握っている一枚の写真をクシェルに見せ―――彼女は、翠の眼を大きく見開かせた。

 それには、四人の少年が写っている。

 三人は真紅と黄金のレジメンタルのネクタイを締め、一人は真紅のローブを羽織っており、肩を組み合い笑っている。

 クシェルが驚いているのは、四人の顔だ。

 グリフィンドール寮の代表選手が羽織る真紅のローブに身を包んでいるのはハリーとそっくりな顔の男子生徒で、その隣で満面の笑顔を浮かべているのは、四人の中でも一番背が高い黒髪の美少年だ。

 こちらから見て後者の右隣に居る小太りで小柄な少年に見覚えはないが、前者の左隣に居る、何故か顔に傷を負っている少年の顔には、クシェルにも見覚えがあった。

 

「え? ちょっ、この人、もしかして、ルーピン先生?」

「そうだろうな」

「………なんで、フィーはこのことを?」

「ハリーの吸魂鬼対策のレッスン初日、彼が父親の名前を呟いたら、ルーピン先生、反応したんだよな。それで、もしかしたらハリーの父親のことを知ってるんじゃないかって考え………此処で、この写真を見付けた」

 

 ハリーの父、ジェームズ・ポッターはクィディッチの代表選手でもあったのだ。なら、その時の写真が一枚くらいあるのではと、暇な時間を利用して此処に来て、発見したのだ。

 

「まず、この丸眼鏡を掛けた少年はハリーの父親で間違いない。右隣に居る少年は………手配書の写真からはとても信じられないけど、シリウス・ブラックだろうな」

「うん………で、この小柄な人は、ブラックに殺されたっていうピーター・ペティグリュー?」

 

 まじまじと写真を見つめながら、誰が誰なのかを見分けていき………そこでクシェルは「ん?」と顔を上げた。

 

「あれ? ちょっと待って………ペティグリューって、ハリーのお父さんやブラックの腰巾着的存在だったんだよね? ブラックは成績優秀だったんだし、殺害するんだったら、なにも『爆死』なんてしなくてもよかったんじゃ………?」

「ああ。仮にも死喰い人であったのなら、『爆死』じゃなく『死の呪文』1つで終わらせたはずなのに、こんなにも目立つ派手な殺し方をしたなんて、かなりの目立ちたがり屋だよな」

「………ねえ、まさかとは思うけど………『爆破呪文』で木っ端微塵にして証拠隠滅………とか、そんな訳―――」

「いや、その可能性はあるぞ。こんなことが考えられないか? 『秘密の守人』がシリウス・ブラックではなく、ピーター・ペティグリューで、彼が本当の二重スパイで尚且つ闇の陣営側の魔法使いだったのなら………合点がつかないか?」

「あー、なるほど………って、ええええええええええええええっ!?」

 

 推測の意味をやっと飲み込んだクシェルは、絶叫してフィールの両肩に手を置き、ぐわんぐわんと激しく揺らした。

 

「え? え? それ、本当に!?」

「まずは落ち着け。これは私の推測に過ぎない。だけど、不自然すぎる死に方をしたペティグリューを考えれば、これも一理あるかもよ?」

「た、確か小指一本だけを残してペティグリューは死んだんだっけ? ……身体が跡形もなく消し飛ぶほどの威力なのに、小指だけが残るなんて、変、だよね………」

 

 クシェルは幾分落ち着きを取り戻し、フィールの肩から手を離す。

 

「………ねえ、もしかして、ピーター・ペティグリューは生きているの?」

「………生きてるか死んでるかで言うなら、前者の可能性が高い………かもな」

「で、でも、それじゃあ、どうやってペティグリューは生きてるの………?」

「それはまだわからないし、そもそも生存してるかも不明だ。とにかく―――」

 

 フィールは真っ直ぐに、クシェルを見据えた。

 

「クシェル、常に気を緩ませるなよ。ボケッとしてたら、いつ、私達も寝首を掻かれるかわかったものではないんだからな」

 

 いつになく真剣な表情と声音で伝えるフィールに、クシェルは神妙な面持ちで小さく頷いた。

 

♦️

 

 時は流れ、イースター休暇。

 この休暇中、生徒達は学年試験へ向けての課題の量が半端でなく、四六時中談話室や各部屋のテーブルや机と向かい合って勉学に励む生徒が多数である。

 クィディッチの選手は練習も挟むので一般生よりも負担が大きいが、フィールは既に課題を終わらせたので、何もする必要はない。

 が、彼女はある人物の課題消化のサポートのために、夕食前の時間帯でも図書室に居た。

 

「ハーマイオニー、少しは休め」

 

 かなり窶れた様子で羊皮紙や教科書、参考書を図書室の一角のテーブルに広げて羽ペンを動かす獅子寮の友人へ、蛇寮の少女も羽ペンを走らせながら呼び掛けた。彼女の眼の下には隈が出来ており、病人のようだ。

 それもそのはず、ハーマイオニーは必須科目だけでなく全ての選択科目にも出席しているのだから、疲労困憊するのも無理はない。

 とは言え、授業全体の時間帯を考えればそれは不可能な話………のように見えるが、時間を遡る魔法道具があれば、話は別だ。

 『逆転時計(タイムターナー)』。時間操作が出来る貴重なアイテム。アレは魔法省が厳重に管理している物だが、特例として学校側が掛け合えば許可が下りる。だから、彼女は全ての選択科目を履修可能だった。

 フィールはクシェルと同じ魔法生物飼育学と古代文字ルーン学を取っており、ある日、古代文字ルーン学と数占い学を取っている友人のダフネが「グレンジャーが数占い学の授業にも出ている」と話したため、どういうことかと考え―――逆転時計の使用というゴールに辿り着いたのだ。

 それで、フィールは課題の消化が激しいであろうハーマイオニーに手伝える時は出来るだけ手伝うと声を掛け、現在、こうしてサポートしていたのである。

 

「でも、まだまだあるのよ………」

「私がなんとかするから、そろそろ仮眠取れ。じゃないと、身体壊すぞ」

 

 そこまで言って、フィールはハッとした。

 

(………ああ、そうか………そういうこと、か。なんか、クシェルが言ってたこと、わかった気がする…………)

 

 一度、クシェルに自分が言った言葉を言われ、それに対し「身体を壊すなんて、慣れてる」と返して叱られた………あの日の記憶に、思考を遡らせた。

 ………クシェルの気持ちが、今ならよくわかったような気分に、フィールはなった。

 フィールは思考を今に戻し、ハーマイオニーの方を見ると、彼女は精神的にも身体的にも限界を迎えたのか、テーブルに突っ伏して寝ていた。余程疲れていたのだろう。深い眠りに落ちている。

 

(この様子だと、睡眠時間、ほとんど取らなかったな………)

 

 フィールは変なところで頑固な友人にため息を吐くと、テーブルから長椅子にそっと寝かせ、椅子の背もたれに掛けていたローブを彼女の身体に被せた。

 それから、無言で『守護霊の呪文』を唱えて銀色の狼が飛び出すと、クシェルへの伝言を託し、室外へ駆けるのを見届けたら、周囲に物音を遮断する魔法や気配を隠滅させる魔法を張った。

 

(さて、もう一頑張りするか)

 

 フィールは背筋を伸ばして気合いを入れ直し、魔法が掛けられている青のだて眼鏡を掛けたら、残りの課題を終わらせようと、教科書のページをパラパラと捲った。

 

♦️

 

「―――ん………っ…………?」

 

 闇の中で、ハーマイオニーは目を覚ました。

 目を覚ますが否や、図書室全体は暗闇に包まれており、人の気配をまるで感じない。そして、テーブルに突っ伏してたはずなのに、何故だか長椅子で横になっている。

 ガバッと、勢いよく跳ね起きた。

 起きると、誰かが身体にローブを毛布代わりとして掛けてくれていた。

 

(私、もしかして寝てたの!?)

「やっとお目覚めか、ハーマイオニー」

 

 何処からか声が聞こえ、そちらに顔を向けてみると、フィールが腕組みして壁に背を預けながら立っていた。

 ゆっくりと、辺りを見渡す。

 昼頃、テーブルに広げっぱなしだった本などは綺麗さっぱり無くなっていた。

 

「フィール、残りの課題は………?」

「結構な量だったから、全部終わらせた。中々楽しかったよ」

 

 事も無さげにフィールは言ったが、ハーマイオニーはあれだけの凄まじい量の課題を一人でやってのけたという物言いに、褐色の瞳を驚愕で揺らした。

 

「え、あの量を、全部………?」

「ああ」

「一人で………?」

「ああ」

「………貴女、やっぱり規格外だわ」

「それは誉め言葉として受け止める」

 

 不意に、ハーマイオニーはテーブルに置かれているキャンドルスタンドが放つ淡い光が周囲しか照らしていなく、まるで見えない壁があるかのように、暗闇とハッキリ区別されている空間に気が付いた。

 

「ねえ、今、何時なの?」

「真夜中の3時」

「………ええええええええええええええっ!?」

 

 ハーマイオニーは現時刻を聞き、思わず大声を上げてしまい、慌てて口元を押さえる。

 今の絶叫は、確実に外まで響いただろう。

 にも関わらず、誰も来る気配はなかった。

 

「此処ら辺に魔法は施していたけど、やっぱり正解だったな。だから、安心しろ」

「………ちょっと待って。でも、それじゃあ、ハリー達が…………」

「それも大丈夫だ。クシェルに守護霊の伝言で『今日は図書室に1日中居るだろうから、心配しなくていい』って伝えて、彼女からも『わかった』って返事が返ってきたし」

 

 それから、粗方説明をし終えたフィールは、

 

「ほら、まずは栄養補給」

 

 と、軽食のクッキーと紅茶が入ったティーカップを出して手渡した。

 ハーマイオニーは「校則違反よ」と言うが「真夜中に居る時点で校則違反だ」とフィールはさらりと返した。その返答に、渋々ながらも、ハーマイオニーは空腹から、素直に口に運ぶ。

 

「貴女がルールを破るなんてちょっと意外だわ」

「アンタ達が思ってるほど、私も完璧な優等生って訳じゃないからな。と言うより、この2年間、充分過ぎるほど規則は破ってきてるんだし、今更だろ」

 

 1年の時は教師陣が仕掛けたトラップの道中、2年の時は秘密の部屋へと大人の助けを不必要として向かった。

 なので、これは些細な破りに過ぎない。

 さて、それはさておき、ハーマイオニーはフィールも軽食を摂っているのを見て、怪訝な顔になる。

 

「………貴女、夕食出なかったの?」

「お腹空いてなかったから、別に行く必要はないなって」

 

 フィールは微笑しながら言うが、ハーマイオニーは、自分を気遣って敢えてそう言っているように思えた。

 

「………本当、貴女って、スリザリン生かどうかを疑うわ」

「そうか?」

「ええ」

 

 フィールは「結構スリザリン生っぽいのにな」と呟きつつ、ハーマイオニーに尋ねた。

 

「それで、これからどうするんだ? 私としては今更戻るのもダルいから、夜明けまで此処に居るのも悪くないけど」

「……………そうね。そうしましょう」

 

 刹那の思考。

 ハーマイオニーも、夜が明けるまで図書室に残ることを決めた。

 フィールは少し眼を見張ったが、久方ぶりの長時間の睡眠の寝起きなので、まだ身体を満足には動かせないのだろうと思い、棚にある本を手にすると、ハーマイオニーの隣に座った。

 

「夜明けまでまだ数時間あるし、暇潰し兼ねて読書でもするから、まだ寝とけ」

「そうするわ………あ、そうだ、フィール」

「なんだ?」

「一つ、貴女にお願いがあるのよ」

「お願い?」

「ええ。………ハグリッド、裁判に負けたの。まだ控訴があるんだけど、委員会はマルフォイの言いなりで………フィールの叔母さん、確か魔法省魔法生物規制管理部に勤務していたわよね? だから、なんとかして貰えないかしら」

 

 控訴に勝つには、ルシウス・マルフォイを上回る権力を使うか、彼自身が取り止めのために訴えを下げて貰うしかない。

 前者はほぼ無理な手段だが、後者には少なからずの希望が残ってる。

 今回の件で裁判の決定が任されている危険生物処理委員会が含まれている部門・魔法生物規制管理部には、フィールの叔母、エミリー・ベルンカステルが就いている。

 だから、姪のフィールが彼女へ事情を説明し、バックビークを救ってくれないかと、ハーマイオニーは依頼した。

 フィールとしても、バックビークの処刑は避けたかったので、ハーマイオニーのお願いを引き受けることにした。

 

「そうだな………わかった。エミリー叔母さんに頼んでみる。じっとしてちゃ始まらない。一か八か賭けてみるか」

「本当に!? ありがとう!」

 

 この時ばかりはハーマイオニーも疲労を忘れ、キラキラした瞳でフィールに感謝した。フィールはハーマイオニーの頭をポンポンと軽く叩くと、彼女の頭を抱えて、自分の膝の上に寝転がす。

 所謂『膝枕』というヤツだ。

 ハーマイオニーはフィールの意外な行動に戸惑いを見せる。

 

「え、ちょっ、フィール………?」

「こっちの方が寝やすいだろ。今は気力と鋭気を取り戻すことだけを考えて、もう少し寝とけ」

「………貴女がたまに見せるその優しさは何なのよ」

 

 ハーマイオニーは不思議そうに、でも、どこか安心したような笑みを浮かべ、フィールの太腿に顔を埋めて眼を閉じた。

 フィールはハーマイオニーの栗色の髪を優しく撫で、周囲に張っていた魔法を掛け直すと、本のページを捲り、夜が明けるのを待った。




【夜中のレッスン】
ハリーの吸魂鬼対策にフィールがサポート役。
グリフィンドール生とスリザリン生だけど、もうそんなもの関係無い。

【似ているけど違う、二人の家族事情】
原作主人公ハリーと本作主人公フィールの対比部分。
ハリーは1歳の時に両親が亡くなったからどんな人だったのか知らないで育ったけど、フィールは5歳の時に両親を亡くしたから、どんな人だったのか知っている。
知らないと知っているでは、大きな違い。

【去年優勝していたグリフィンドール】
原作と違って、去年のグリフィンドールVSハッフルパフは続行。前者のチームが勝利。
最終結果は、優勝杯ゲット。
そのため、スリザリンは優勝奪還を目標。
レイブンクロー戦とハッフルパフ戦でスコアを沢山獲得し再戦もとい決勝戦ともなるグリフィンドールに勝てば、優勝決定。

【名探偵フィール&クシェル?】
ホグズミードでの盗み聞き、トロフィー室の写真、ペティグリューの死因。
それらから事の真相を推測する二人。
結果→全部当たってる。
この二人、スリザリンじゃなくてレイブンクローに行けばよかったんじゃないのだろうか?

【夜中の図書室】
規則を思い切り破らせたかった回。
学年首席次席のフィールとハーマイオニーの二人だけが登場なのはちょっと珍しい。#2の軽ーい衝突は何処行ったんでしょうね?
そしてスゲー久々のだて眼鏡登場。
一体いつ以来だ?!
それはさておき、裁判沙汰のバックビークの件はベルンカステル家の人間に託された。
エミリーさん、お願いします!

【ハーフィル】
作者的なフィールとハーマイオニーの愛称。
学年首席次席の二人は成績が滅茶苦茶優秀。
意外とこの二人の組み合わせも悪くない。
余談ですが、ハーマイオニーが制服をきっちり着込むタイプなら、フィールはシャツの裾をスカートからちょっと出すタイプって感じです。
なんて言うか、この物語の脳内イメージ図でキャラ達の制服の着方は映画版の時みたいに結構自由スタイルです。
私は『ローブ・ワイシャツ・ネクタイ』と『カーディガンスタイル』が好きなのですが、映画の影響が強いためか、フィール達が5年生を迎えるまでは記述でもちょくちょく『セータースタイル』にしてます。


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#42.クィディッチ決勝戦

クィディッチ決勝戦。


 その日、ホグワーツ魔法魔術学校に通う全校生徒達はこれまでにないほどの白熱とした熱気と活気にオーバーフローしていた。

 その理由は、今シーズン最後において再戦及び決勝戦にまで持ち運んだクィディッチ優勝戦・グリフィンドールVSスリザリンが開戦されるからだ。

 両チーム共、あの没収試合となった初戦以降のレイブンクロー戦とハッフルパフ戦で快進撃を続け、ここまで這い上がってきた。

 点数差は1点たりとも無い。

 即ち、優勝の決定は―――ハリー・ポッターとフィール・ベルンカステル、どちらかのシーカーが金のスニッチを手にした瞬間だ。

 

「さあ皆、決勝戦に向けて鱈腹食え」

「マーカス、それはアンタもだ」

 

 決勝戦前の大広間・蛇寮テーブル。

 スリザリンのクィディッチチームのキャプテンであるマーカス・フリントは、スリザリン生達からの応援に手を振りつつ、自分は何も食事に手を伸ばさないでそう言ったため、彼の隣に座っていたピンチヒッターのシーカー・フィールが突っ込んだ。

 

「飲み物でもいいから何か飲め。糖分を摂った方がいいぞ。オレンジジュースで構わないか?」

「ああ、貰おう」

 

 機械のロボットみたいな手の動かし方で、フィールからゴブレットを受け取るマーカス。

 まあ、彼のみならず他の先輩選手も皆緊張でガチガチになっているのだが………。

 そんな彼らへ、勝利をもたらすシーカーであり紅一点の黒髪の少女は不敵な笑みを浮かべて、ニヤリと口の端を上げた。

 

「大丈夫だ。どんなにレイブンクローとハッフルパフがグリフィンドールが勝つと予想しても、最後に勝つのはスリザリン(我々)なんだからな」

 

 フィールからの絶対優勝宣言。

 それは、緊張と不安に飲み込まれていたマーカス達の心に大きく響かせた。

 

「そうだ! 最後は俺達が絶対に勝つ! よく言ったぞ、ベルンカステル!」

 

 バシバシとフィールの背中を叩くマーカスはさっきまでの硬くしていた表情をすっかり満面の笑みに緩ませ、ゴブレットの中身を一気に飲み干した。

 

「フィー、頑張ってね」

「フィール、頑張りなさいよ」

 

 クシェルとダフネから応援されたフィールは表情を微かに綻ばせて、トーストを口にした。

 

 朝食を摂り、ロッカールームへ行こうとしたフィールへ、クリミアが駆け寄ってきた。

 

「フィール、おはよう」

「ああ、おはよう」

「今日はいよいよ決勝戦ね。無理はしないで、精一杯頑張ってきなさい。………それと、貴女が首に下げているロケット、私に渡してちょうだい」

「ロケット?」

「ええ。今回は激しい試合になるだろうし、チェーンが切れたりしたら危ないでしょ? だから、私に預けなさい」

「………そうだな。お願い」

 

 フィールは寝る時以外は肌身離さず首に下げている銀色のロケットを取り出し、クリミアへ手渡した。

 クリミアはしっかりと受け取り、大切そうに首から下げ、フィールは再び歩みを進める。

 彼女の後ろ姿をクリミアは遠くから見つめ、ロケットに触れた。

 

(………フィールなら、きっと、スリザリンを優勝まで導けるわよね?)

 

 心の中で疑問系の言葉を呟くクリミア。

 そんな彼女へ、返す言葉が飛んできた。

 

 

 

《―――ええ、勿論よ。だって、フィールはわたしの自慢の娘よ?》

 

 

 

 何処からか聞こえる、謎の声に。

 クリミアは淡い笑みを浮かべ、応援席へと向かった。

 

♦️

 

 ロッカールームでユニフォームに着替えたフィールはマーカス達と合流後、一回グータッチし合って各自の箒に跨がり、時折爽やかな風が吹く絶好の快晴日和の大空へと飛翔した。

 競技場内に選手達が入場すると、この日をずっと待望していたギャラリーから大歓声と大拍手で出迎えられる。

 グリフィンドールのキャプテン、オリバー・ウッドとスリザリンのキャプテン、マーカス・フリントが毎度恒例の握手という名の握り潰し合いを交わし―――

 

 

 

 ―――試合開始(ゲームスタート)のホイッスルが鳴り響いた。

 

 

 

 クアッフルが放たれる。

 それに真っ先に食らい付いたのは、チェイサーのアンジェリーナ・ジョンソンとグラハム・モンタギューだ。二人は身体と身体を衝突させ、一歩も譲らぬ凄まじい勢いで奪い合う。

 

 ブラッジャーが飛び回る。

 2つあるそれをフレッド・ウィーズリーとルシアン・ボールが片手サイズの棍棒を振るい、それぞれ敵チームのシーカーへと打ち込む。

 

 シーカー二人は素早く避ける。

 物凄いスピードで向かって飛んで来た、暴れ玉とも呼ばれる鉄製のボールを軽々と躱したチームの花形、ハリー・ポッターとフィール・ベルンカステルは空中で対峙し、鋭く睨み付ける。

 

「………ハリー」

「……フィール」

 

 勝機を敵には譲る気は殊更ない強い両眼で相手を見つめ、交錯する蒼と緑の瞳には、今日、此処で打ち負かすべき大敵をハッキリと映す。

 そして二人は、静かに口を開いた。

 

 

 

「今日こそ、決着をつけよう」

「今日こそ、決着をつけるぞ」

 

 

 

 試合終了(ゲームセット)のシグナル・スニッチを見つけた瞬間、実力と実力、意地と意地がぶつかり合い、火花を散らすであろう、それだけの眼光炯々の双眸と威風堂々の気迫を二人は押し合い、互いの顔から視線を外すと、四方八方、スタジアム内を見渡した。

 二人が注意深く周囲を見回す間にも、チェイサー同士のタックルやキーパーのセーブ、ビーターが放つブラッジャーの豪速球が行き交い、決勝戦の名に相応しい乱戦模様へとなっていく。

 特にビーターはシーカーを叩き落とすのに集中的なのか、中々にフィールとハリーはさっきから狙われていた。

 

(ちっ………これは早めに取らないとまずいな)

 

 フィールはグリフィンドールのビーターを務めるフレッド&ジョージのウィーズリーツインズを遠目から睨むようにしつつ、長引けば大怪我を負いそうだと競技場内全体を360゜注視する。

 一方のハリーも同感なのか、彼もキョロキョロ辺りを見渡しながら飛翔していた。

 空中を飛び回るシーカー二人に、観客席に居る生徒達の視線は釘付けであった。

 

 シーソーゲームを繰り返していた決勝戦。

 開戦から数十分後―――歓声が一際大きくなった。

 ギャラリーの目線の先には、ほぼ同時に金のスニッチをロックオンしたスリザリンのシーカー・フィールとグリフィンドールのシーカー・ハリーが高速で飛び出した姿。

 二人は肩と肩をぶつかり合わせ、スニッチに向かって手を伸ばす。

 その二人へ、各チームのビーターを務めるジョージ・ウィーズリーとプレグリン・デリックが打ち込んだ2つのブラッジャーが、サイドから物凄いスピードで飛んできた。

 スニッチを手にするだけに気を取られていたハリーは前方の片隅に映った鉄の球を慌てて避け、体勢を立て直そうとする間に―――

 

 

 

 ―――同じく、豪速球で飛んできたブラッジャーを華麗にスピンして回避したフィールは、ハリーを置き去りにしてまっしぐらに飛翔した。

 

 

 

「………ぁ」

 

 ハリーは絶望的な声を漏らす。

 たった数秒間、バランスを崩した、ただそれだけの刹那で、彼女は自分よりも一歩前進した。

 彼は急いで、現存する箒でも最高速度を誇るファイアボルトの特性を活かして、追い縋る。

 けど、それは敵わない。

 何故なら、彼女も同じ最高峰の箒だからだ。

 自分と相手が同等のレベルであるのならば、一つのミスだけでも、敗北してしまうのは火を見るよりも明らかだ。

 

 金色に輝くスニッチが、空高く上昇する。

 ハリーはそれを、どこか遠くのように見上げていた。

 

 ―――決着は、つけられた。

 

 観客席に居た、生徒達と教師陣。

 

 箒に乗って飛翔していた選手達。

 

 そして、ハリーの眼に飛び込んできたのは。

 

 

 

 ―――黒髪の少女が、高々に金のスニッチを掴み取った腕を突き出している姿だった。

 

 

 

♦️

 

 

 

 競技場内から、一切の音が消えた。

 皆は呆然と、輝く晴れ空に浮かび上がっているスニッチを手にした少女を見上げていただけであった。

 だが―――。

 

「………俺達の―――」

 

 静寂に包まれていた、クィディッチ競技場。

 先頭切って口を開いたのは、歓喜に満ちた表情で優勝奪還に導いたシーカーを仰ぎ見るスリザリンチームのキャプテン、マーカス・フリントだった。

 

スリザリン(俺達)の、勝ちだああああああああああああああっ!!」

 

 それを契機に、スリザリン生全員が爆発した。

 久方ぶりのグリフィンドールの敗北に絶望のどん底へ叩き堕とされた3寮の生徒達へ追い打ちかけるかのように、グリーンとシルバーのレジメンタルのネクタイを締める蛇寮の生徒達がグラウンドに流れ込んでいく。

 地面に着地したフィール・ベルンカステルにマーカス・フリントは、嬉し涙で濡れた顔で抱きつき、ルシアン・ボールとプレグリン・デリックは彼女の背中をバシバシ叩き、カシウス・ワリントンとグラハム・モンタギューとマイルズ・ブレッチリーは共に優勝だと叫んで抱き合っていた。

 クシェル・ベイカーは喜びのあまりダフネ・グリーングラスの手をブンブン振ってはしゃぎ、この時ばかりは、彼女も嬉しそうな表情で頷いていた。アリア・ヴァイオレットも柔らかい微笑みを形作り、スリザリンチームへ称賛の拍手を送っていた。

 

 スリザリンが狂喜するとは裏腹に。

 グリフィンドール、ハッフルパフ、レイブンクローは金縛りにあったように、怖いくらいに静まり返っていた。

 応援団は信じられないという表情で顔を凍り付かせ、グリフィンドールの選手は愕然として両膝をつき、地面に両手をつけて顔を伏せている。

 彼らが止めどもなく目元から流しているのは、スリザリンの選手とは真逆の、悔し涙。

 今シーズンのスタートで開幕し、中止となったあのクィディッチ戦で見せつけられたスリザリンチームの突然の正々堂々とした戦法と圧倒的実力と連携に、次こそは負けぬよう、そして、ただただ勝つことを目標に、何日も厳しい猛特訓を積み重ねてきたはずなのに。

 なのに、負けた。無様に、敗北した。

 どうしても負けを受け入れたくない彼らは現実に眼を背けていることだと自覚しつつ、けれども認めたくない一心で嗚咽混じりに泣いていた。 

 グリフィンドールの花形―――ハリー・ポッターは、ファイアボルトを手から落として、虚空を仰いだ。

 

 魔法でも成績でも、何をやっても完璧にこなし誰もが認める学年首席のフィールに、唯一勝てる自信があった、クィディッチ。

 しかし、これで判明したことがある。

 自分は、彼女には勝てない、と。

 たとえ自分のフィールドであろうとも、最強の彼女の足元には及ばないんだ、と。

 

(いや………そんなこと、ない!)

 

 ハリーは拳を握り締める。

 確かに、フィールは強い。何事にも。

 だが、それがこれから先でも打ち勝てないなんて理由には、ならない。

 相手が強いなら、頂上に君臨しているなら、自分はそれ以上の高みまで必死こいてでも、這い上がる。

 それが、今の自分に出来ることだ。

 弱気になる心を、ハリーは奮い立たせた。

 そして、彼はゆっくりと立ち上がり、スリザリンの集団へと歩んでいく。

 

 それに気付いたフィールは、マーカス達に片手を上げて制し、彼女も歩んだ。

 再び、競技場内に静けさが訪れる。

 スタジアムのど真ん中で向き合う、黒髪の少年と少女。

 少年は、強い緑の瞳で腕組みしながら蒼い瞳で真っ直ぐ見てくる少女を見据えた。

 

「…………僕は君に負けた。無様に」

「…………………」

「でも、諦めない。君に勝つまでは、絶対に。だから、僕が君に追い付くまでその日まで、越えることを目標とする存在に君臨したままで、待っていてくれないか?」

「…………ああ。楽しみにしてるよ」

 

 フィールはグローブを嵌めた手を差し出した。

 ハリーも手を伸ばし、二人は握手した。

 試合場から、歓声と拍手が沸き上がる。

 

 ―――固い約束を交わした二人に微笑みを称えるかのように、爽やかな風が一つ、この場に流れてきた。

 

♦️

 

 誰も居ない、競技場から遠く離れた場所に配置している観客席。

 そこに、大きな優勝杯を抱え、メンバーと一緒に記念写真を撮って貰っている黒髪の少女を遠目から見守る人影があった。

 水色の髪に、紫色の瞳の少女だ。

 カナリア・イエローとブラックのレジメンタルのネクタイを締め、首には銀色のロケットを下げている。

 少女―――クリミア・メモリアルは、ひとっこ一人居ないこの場所に『認識阻害魔法』を掛け、終戦するその瞬間まで、此処で観戦していた。

 

「フィール、優勝したわね。流石だわ」

 

 まるでそこに誰かが居るみたいに話すクリミアだが、当然ながら、人は居ない。

 しかし、彼女の隣には、白銀の光を纏う女性の影があった。

 20代半ばくらいの品の良さそうな感じで、面差しはあの少女と瓜二つの女性だ。

 沈黙を持って試合の結果を見届けていた白銀の女性は、やがて静かに口を開いた。

 

《―――フィール。貴女の活躍は、ちゃんと見ていたわよ。流石、わたしの自慢の娘だわ》

 

 誇らしげに話す、白銀の女性へ。

 クリミアは、そっと笑い掛けた。

 

 

 

「ええ。私の自慢の妹よ―――お母さん」

 

 

 

♦️

 

 

 

 スリザリンが優勝を奪還してから、数日間が経過した。

 スリザリン生は皆四六時中狂喜乱舞し、優勝したその日の夜は談話室で宴を開き、数時間ぶっ通しでどんちゃん騒ぎだった。

 ピンチヒッターのシーカーを務めたフィールは廊下ですれ違う度に、他寮の生徒達―――主にグリフィンドール生―――から殺気混じりの眼差しで睨まれる日々が続いた。

 だが、それも6月に突入して学年試験の日が間近に迫ってきたら、ホグワーツ城内は煩いくらいの喧騒が鳴りを潜め、ピリピリとした空気に包まれるようになった。

 そんな、至って普通の学校生活が送られる日常の裏側で―――ある少女達は、ある話題について試験勉強をしつつも推測を交わしていた。

 

「そういやさ、フィー」

「ん? なんだ?」

 

 蛇寮の女子部屋・試験勉強の休憩時間。

 クッキーが入った皿をテーブルに載せ、それをバリボリ齧っていたクシェルは、ミルクティーが入ったティーカップを傾けているフィールへ話し掛ける。

 

「シリウス・ブラックがアズカバンから脱獄出来たのかもしれないのって、動物もどき(アニメーガス)だから、って前にフィー言ってたよね?」

「ああ、そうだけど」

「だったらさ、ピーター・ペティグリューも動物もどきだって考えられない?」

「私もそう思う。動物もどきなら、アズカバンからの脱獄も何処かへ逃亡するのも、そこまで不可能ではないし」

「でもさー、仮にも動物もどきだっていうなら、なんで覚えようと思ったんだろうね? アレって確か、変身術の中でも最高位に難しくなかったっけ?」

 

 クシェルは小首を傾げ、訳がわからないと疑問符を顔に浮かべる。

 何故、わざわざ習得困難な能力を覚えようとしたのか。

 その理由がさっぱりわからず、また、そんなものを覚えたところで結局は使い道が無いように見えるのだ。

 余程の目的があったのならば、話は別だが。

 

「ま、でも、ある程度予想はついてるけどな」

「え、それ、ホント?! 教えて!」

「構わない。ただし」

 

 フィールは、真っ直ぐクシェルを見据えた。

 

「予想を聞くっていうなら、これは他言無用だ。それを約束しろ。いいな?」

 

 いつになく真剣な面持ちで言うフィールに、クシェルは緊張感を走らせつつ、固く頷く。

 

「うん………わかったよ」

 

 約束の首肯をしたクシェルへ、フィールは飲み掛けのミルクティーが入ったティーカップをテーブルに置き、推測を口にした。

 

「ブラックやペティグリューが動物もどきだと仮説を立て、そこから何故なのかと考えると………その訳は、ルーピン先生の存在が教えてくれる」

「ルーピン先生が?」

「クシェル、覚えてるか? クィディッチ初戦の前日、スネイプ先生がルーピン先生の代理で授業をした時の内容を」

「え? えーと、確か『人狼』だったような……って、え? ………まさか―――」

「そう。ルーピン先生は、狼人間だと思う」

 

 クシェルは、ハッと息を呑んだ。

 狼人間と言えば、魔法界から差別されている人格者だ。生まれつき狼人間の人もいれば、噛まれて新たな狼人間になったパターンもある。

 現存する人狼の中で、最も残酷で獰猛と危険視されているのは、フェンリール・グレイバックという男だ。彼は闇の陣営側の人狼のリーダー的存在としても恐れられている。

 

「………確かに。ルーピン先生、満月の日の前後は決まって体調不良だったよね」

 

 クシェルは納得したのか、一息ついて、フィールの顔を見つめる。

 

「ルーピン先生は良い先生だし、ホグワーツから追い出したいとは、私は思わないよ。でも、これがバレたら、絶対にパニックが起きるよね」

「生徒の保護者は黙っていないだろうな。ルーピン先生が人狼だって知った瞬間、吼えメールを送り付けると思う。………彼は被害者だっていうのに、迫害されるなんて、あんまりだよな」

「私もそう思う。狼人間の中にも、なりたくてなった訳じゃない人だっている。………今の時勢、ルーピン先生は過酷な現状で生きることになるんだね…………」

 

 クシェルは俯いた。

 誰かのために心を痛めている様子であった。

 それを見て、フィールは眼を細め、ポンポン、とクシェルの頭を叩いた。

 

「ちょっ、フィー?」

 

 クシェルはビックリして眼を丸くした。

 フィールがこんなことをするなんて、意外すぎて思いもしなかったからだ。

 

「………アンタは、本当にいい人だよな。世辞とか虚偽とか、そういうんじゃなくて………誰かのために痛みがわかってあげられる人は限りなく少ない。だから、アンタみたいな人がいるだけでも救われる人はいるんじゃないか?」

 

 話していく内に変わっていく、彼女の瞳。

 いつもと変わらない蒼い眼のはずなのに、それに宿る光はどこか闇夜のように暗く、微かに羨望の色が混じっているように、クシェルには感じ取られた。

 

「………なんて、柄にもないこと言ったな。気にしないでくれないか?」

「………う、うん………わかった………」

 

 突然変わったフィールの雰囲気に呑まれそうになったクシェルは、慌てて首を縦に振った。

 

「さて、それはそうと………ここまで来れば、私の推測もわかるだろ?」

「うん。つまり……ブラックやペティグリュー、そして多分だけどハリーのお父さんは、人狼のルーピン先生が変身後も一緒に居られるように、動物もどきを習得した………」

 

 人狼は確かに変身すると凶暴になるが、それは人間に対してのみだ。動物に対してはそうではない。人間としての思考があり、かつ襲われない対象の動物になれる………双方兼ね備わっているのは、動物もどきのみだ。

 

「ブラックやペティグリューがどんな動物なのかはわからないけど……多分、真実はこういうことだよね。12年前、裏切り者のペティグリューは全てを知っているブラックに追い詰められた時、彼に濡れ衣を着せるため周囲に居たマグルの人達を爆死させた後、小指だけを残して動物もどきになり、逃亡した………が、一番辻褄が合うよね」

「恐らく、そうだろうな」

 

 なんてヤツだ、と言いたげな表情でクシェルとフィールは顔を見合わせる。

 

「フィー、これがもしも本当だったら………」

「………とんでもない、冤罪事件だよな」

「………ねえ、フィー」

「なんだ?」

 

 クシェルは、思い切った様子でフィールに訊いた。

 

「フィーはさ………相手が学生時代からの親友だったとしても、自分の命が脅かされたら、その親友を裏切って生きる道を選ぶ?」

 

 クシェルは、現在話題としている内容から、もしも自分が同じ立場になったらどうするのか、と―――唐突な質問に、フィールは眼を細めた。

 自身の身を投じてでも、友を救うか。

 あるいはその逆で、友の命を犠牲にして、のうのうと生きるのか。

 眼を閉じて黙考していたフィールが、やがて静かに口を開いて答えたのは、

 

「―――友達を裏切ってまで生きるくらいなら、私は私の命を差し出す覚悟でその人を護り抜く」

 

 自分が死ぬことに対しては、何も厭わない。

 だけど、大切な人達が殺されることは、絶対にあってはならない。

 

「………やっぱり、フィーってカッコいいよ」

「…………ああ、そう」

「でも、さ。だからと言って、なんでも独りで抱え込んだり無理したりするとは、別だよ?」

 

 なんとなく、フィールはクシェルが言いたいことを察した。

 

 ―――独りだけで抱えないで、自分に頼れ。

 

 遠回しでそう言っているように、フィールには感じられた。

 

「………なんのことだか」

 

 とぼけたように、フィールは肩を竦めた。

 クシェルはまだ何か言いたげな顔だったが、口を噤み………あっ、と何かを思い出した顔になり、話を戻した。

 

「………ちょっと待って、フィー。数十年前にペティグリューを追い詰めてたはずのブラックは、なんで今になってアズカバンから脱走しただけには飽き足らず………グリフィンドール寮に侵入してロンを襲ったの?」

「………考えられるのは、動物もどきのペティグリューが生徒のペットに紛れてる…………だな。ブラックがグリフィンドール寮にまで侵入したってことは………多分だけど、ロンが飼っているペットが、動物もどきのペティグリューなんじゃないか?」

「ええええええええええええっ!?」

 

 クシェルは絶叫し、フィールの肩を掴む。

 

「ちょっ、それ、ロンがマズいんじゃ!? それにハリーも!」

「落ち着けクシェル。流石にそれはわかってる。だけど、確証が無い現状で私達が事を急かしたら尚更パニックが起こるし、これが此処に居るだろうペティグリューの耳に行き渡ったら、それこそ見つけるのが困難になるだろ? だから、私達は知らないフリをして、ペティグリューが姿を現す瞬間まで待つんだ」

「でも………だけど………!」

「アンタが言いたいことはわかる。けど、なんでも早く動けばいいって訳じゃない。去年も言っただろ? 時には相手が尻尾を出すまでじっと堪えるのも大切だ、と。全ての真相を知るブラックが此処まで来てるんだ。ペティグリューに逃げ場は無いのも同然だ」

 

 肩に置かれたクシェルの手を包むようにしながら触れるフィールは、言葉を続ける。

 

「万が一、ハリーやアンタに命の危機が迫れば、私がなんとかする。だから、安心しろ」

 

 フィールからの予想を遥かに上回る意外な言葉に、クシェルは翠の眼を大きく見張る。

 とてもではないが、フィールがそんなことを言うなんて、出会った当初の彼女からは到底考えられないからだ。

 

「………ありがと。そう言ってくれるのは、嬉しいよ。でも―――」

 

 クシェルはフィールの手からスルリと抜け、彼女の色白の手を取る。

 

「―――それってさ、貴女自身が孤高の存在になりかねないことだよ?」

 

 フィールは、確かに頼もしい。

 正直なことを言ってしまえば、そこいらに居る先輩方よりもずっとだ。

 けれども、それはフィール自身が孤立しかねない危うさも秘めている。

 だから、クシェルは心配だった。

 強いからこそ、独りにならないか。

 自分達からすれば彼女は遠い存在だと、誰にも追い掛けられなくなるんじゃないか。

 そう、フィールが孤立しないかをクシェルは気に掛けていた。

 

「…………………」

 

 握られた手のぬくもりに浸るフィールは、クシェルの心配そうな翠の瞳を見つめ―――フッと笑みを向けた。

 

「―――私は大丈夫だから、アンタが心配する必要はない」

 

 何に対して、「大丈夫」だと言ってるのか。

 それがわからないクシェルは、何も言わず、ただ、悲しげな笑みだけを向けた。




【謎の声の主】
クリミアは既に知っている模様。

【気になる決勝戦の結果は?】
スリザリンが優勝を奪還。
オリ主さん、ピンチヒッターの役目、お疲れ様でした。

【白銀の女性】
最早ネタバレもいいところです。

【真犯人をロックオン】
けどまだ動かない。時が来るまでスタンバーイ。


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#43.寂寥感、喪失感、孤独感

前半はタイミング的に書けなかったフィールとクリミアのクリスマス休暇中のちょっとした出来事からスタート。


 ハッフルパフ談話室。

 厨房の廊下右手の陰にある樽の山が入口になっていて、二つ目の列の真ん中の樽の底を2回叩く(通称:ハッフルパフ・リズム)と、寮への扉が現れる。

 間違えると寮のセキュリティ対策として熱されたビネガーが掛けられる仕組みだ。

 中は広い円形の黄色と黒のインテリアが施された温かな雰囲気の部屋で、同じく黄色と黒の掛け布がぶら下がっていたり、中央には大きなふかふかのソファーがあって、その周りには沢山のロッキングチェアがある。

 寮監は薬草学担当のポモーナ・スプラウトで、多種多様な植物を持ち込むのもあってか、ハッフルパフ寮は薬草学に秀でている生徒が多い。

 また、厨房と繋がっている扉があり、そこから屋敷しもべ妖精が料理や軽食を持ってきてくれるので、とても最高な寮だ。

 

 クリスマス休暇中・穴熊寮の女子用寝室。

 そこに、此処の寮生の女子監督生で別格の超優等生として人気者の水色髪紫眼の少女―――クリミア・メモリアルは、現在彼女だけがハッフルパフ生で残ったことから、他寮のスリザリン所属の義妹フィール・ベルンカステルを呼んで、二人で時間を潰していた。

 時刻は既に夜中で、フィールは一晩此処で寝泊まりすることになった。勿論、クシェルには断りを入れているので、問題は無い。

 二人は木製の丸い椅子に座っていた。

 既に寝間着を着ている状態であった。

 

「スリザリン寮とは、まるで違う寮だな」

「フィールも此処に来てたら、いつでも私の所に来れたのにねえ」

「………子供扱いするな」

「私からすれば、充分子供よ」

 

 クリミアはからかい気味にそう言った。

 フィールはジト眼で睨むが、クリミアは涼しい顔を崩さない。

 

「そういえば、エミリー叔母さんから、バックビークの件の返事が届いたわよ」

「エミリー叔母さんは、なんて?」

「『わかったわ。なんとかしてルシウス・マルフォイを説得してみるから、安心しなさい』って」

「………そうか。よかった」

 

 今、魔法省で裁判沙汰になっているヒッポグリフ・バックビーク。

 あの日の夜中の図書室で、ハーマイオニーから「エミリーさんが魔法省魔法生物規制管理部に勤務しているなら、彼女に事情を伝えてバックビークを救ってくれないか」と頼まれ、それを引き受けたフィールは、夜が明けたらすぐに手紙を書いた。

 その後、エミリー達と手紙のやり取りをするのが多いクリミアにも状況を説明して彼女のフクロウ・ホーリーを貸して貰い、速達で送り出して、後日、手紙が返ってきたみたいだ。

 返答はOK。

 あとはエミリーに全てを賭けるしかない。

 

「フィール。私は嬉しいわよ」

「は? 何がだ?」

「だって、貴女はこうして誰かのために動けるようになったじゃない。妹が成長したんだなって、喜ばずにはいられないわよ」

 

 瞳に嬉しさを宿らせ、クリミアは伝える。

 だが、素直じゃないフィールはプイッと顔を背けた。

 

「もう。こういうのは、素直に受け入れなさい」

 

 クリミアは苦笑しながら、黒髪を梳く。

 今回はシャンプーを変えた関係上、ちょっと癖毛の髪は完璧にサラサラな髪質で、指通りが特段良い。

 フィールは心地よさに蒼い眼を細める。

 自然と、華奢な身体がクリミアの方へもたれ掛かった。

 クリミアはフィールの身体を受け止め、甘い香りが漂う黒髪に鼻腔をくすぐられながら、彼女へ問い掛ける。

 

「………もう寝る?」

 

 姉の問いに、妹は無言で頷く。

 クリミアはフィールをベッドまで運ぼうとしたが、そこで彼女はある意見をぶつけた。

 

「………あのさ、クリミア」

「なにかしら?」

「………一つ、お願いがあるんだけど、いい?」

「お願い?」

 

 フィールからのお願いとは、とても珍しい。

 一体なんだろうか、と少し緊張感を持ちながら待っていると、フィールは体勢を直して少し頬を紅く染め、やがて言いにくそうな表情で、静かに口を開いた。

 

「その……、い………、一緒に寝てくれない?」

 

 クリミアは一瞬思考がフリーズした。

 予想外過ぎる発言に、頭が追い付かないのだ。

 けど、それも束の間。

 ニヤニヤ、と悪戯っ子な笑みを浮かべる。

 

「フィールからのお願い、まさかそういうものだとはねえ。なに? 私がいなくて、急に淋しくなったの?」

「ち、違っ………! そんなんじゃ………!」

 

 普段のクールさは何処へやら。

 端正な顔を恥ずかしそうな表情にして、フィールはクリミアに背を向ける。

 

「そんなに恥ずかしがることはないのにねえ。じゃあ、一つ言ってみてもいい? こんなことを言ってくるなんて、ちょっとは誰かに甘えたくなったんじゃないのかしら?」

「………………」

 

 フィールは答えない。

 だが、それは肯定とみなされる。

 図星であったからだ。

 彼女はポツリポツリと語り出す。

 

「………前にハリーの吸魂鬼(ディメンター)対策の為の特訓に付き合って………その帰り道でハリーに言われた。『フィールは、両親がいないの淋しい?』って」

「それで、寂寥感に心が圧されたのね」

 

 長い付き合いであるフィールの心境をすぐに察したクリミアは、その背中を優しくさする。

 

「……あまり、他の人にお父さんやお母さんの話はしたがらないわよね、フィールは。それは、勿論複雑な事情があるからって理由もあるけど……言えば言うほど、生きてた頃のお父さんやお母さんとの想い出が甦って、辛くなるからなんじゃない?」

 

 クリミアは、フィールの心の裏側をよく知っている。

 熟知しているが故に、クリミア自身、フィールの前では父ジャックと母クラミーの話題は出来るだけしないように心掛けていた。

 

「………本当、クリミアには敵わないな」

「私は貴女の姉よ。幼い頃からずっと一緒に居たんだから、当たり前じゃない」

 

 クリミアは、何を当然なことを、と言いたげに椅子から立ち上がると、自分が寝起きで使用するベッドの中に潜り、ポンポン、と空かせたスペースを手で叩いた。

 

「ほら、来なさい」

「………お邪魔します」

 

 フィールもベッドに潜り、彼女はまだ若干赤面している顔を見られたくない気恥ずかしさから後ろ向きになった。

 

「全く………お互い、気心知れてる者同士なんだからそんなに羞恥することないじゃない」

「………煩い」

 

 ムキな口調になるフィールに、クリミアはニッコリとする。

 

「それで、何かして欲しいことはあるかしら?」

「普通に寝かせて欲しい、だけど?」

「あら? なでなではいらないの?」

 

 どうせこれもまた拒否するだろう、と思いつつそう訊くと、

 

「…………………クリミアの好きなようにすればいいだろ」

 

 と、意外や意外、まさかの了承してくれた。

 クリミアは一驚の連続に、本日何度目の不慮かとしばし唖然していたが、

 

「ふふ、なら、遠慮なく」

 

 柔らかい微笑みを湛え―――慣れた手付きで、フィールの長い黒髪を優しく撫でた。

 クリミアに髪を撫でられる感触に、フィールは全身から力が抜けていく。

 何かある度―――淋しさや孤独に耐えられず、独り涙した時は何も言わず傍に居てそうしてくれた感触に、フィールの意識は闇に沈んだ。

 

 

 

 一体、いつ以来だろう。

 こんなにも、心が和んだのは。

 少なくとも、父と母を失い、喪失感に見舞われる日々の現実では、久方ぶりだった。

 ホグワーツに入学してから、嬉しいことは、勿論あった。

 

 同寮同輩で自分を親友だと言うクシェル。

 同い年だけど他寮に所属のハリー達三人。

 妹みたいに可愛がってくれる年上の三人。

 

 ホグワーツではトラブルがやたら起きるが、楽しい時間を過ごせる場所に変わりはない。

 孤独感に感情が支配されて生きてた頃とはまるで異なる学校生活に、自然と、身体にポッカリと穴が空いてた気分は消え去った。

 でも………それも、もうすぐ無くなる。

 自分の存在は誰からも否定されている。

 だから、8年前、あんなことを言われた。

 何故、父は死んで自分は生きてるのかと。

 どうして、こんな世界に生きてるのか。

 それが…………自分にも、わからない。

 

 

 

「―――フィール、もう寝た?」

 

 ふとした拍子に、自分の存在意義に彷徨っていたフィールの耳に―――クリミアの寝ていたら起こさないようにと小さく抑えた声が入る。

 その声に、フィールは眼を開けた。

 

「………いや、まだ…………」

 

 フィールはもんどり打って、クリミアと向き合った。

 

「………少し、話す?」

「……………そうだな」

「………また何か思い詰めてるわね?」

「まあ、色々あるから、ちょっと………」

「逆に楽しいことはないの?」

「楽しいこと? ………あー。アリア先輩とチェスして、結構盛り上がったこととか?」

「アリアはチェス強いからね。それで? どっちが勝ったの?」

「アリア先輩。クリミアが言ってた通り、やっぱり強かった」

 

 今度は、フィールがクリミアに訊いた。

 

「………そういえば、去年アリア先輩が年上の姉妹はいるとか言ってたけど………クリミアは知ってる?」

「ええ、知ってるわよ。セリア・ヴァイオレット先輩。アリアの4歳年上のお姉さんで、同じ青紫色の瞳を持っていたわ。アリアやフィールと同じスリザリン寮に所属していて、とても優しい人だったわよ」

 

 懐かしい声音で話すクリミアへ、フィールは微笑する。

 ふと、穏やかな表情を浮かべていたクリミアは真顔になり、フィールへ尋ねた。

 

「……………フィール。ついさっきまで、何を考えてたの?」

 

 クリミアの質問に、フィールは戸惑った。

 先程、考えていたことを正直に話せば、間違いなく彼女は怒るだろう。

 けど、嘘をついてもすぐにバレてしまうのも、また事実。

 故に、数秒間逡巡し………回答した。

 

「………私はなんで、この世に生きてるのかなって。………お父さんとお母さんが、命を投じて私を救ってくれたのは…………わかってる。でも、心の何処かで…………あの時、そのまま放置してくれたら……どんなにこんな冷たい世界と………サヨナラ出来たんだろうなって………混乱する」

 

 語る間、ただ黙って髪を優しく撫でて聞いてくれるクリミア。

 彼女が僅かに怒っているのを肌で感じつつ、心地よさに意識が奥底に封じられるのを無理矢理押し返して、フィールは言葉を続ける。

 

「私は………いつも思う。あんなにも、自分の存在を否定されるくらいなら……私が皆の近くに居るせいで危険に晒されるなら………いっそのこと―――」

 

 口にしようとした瞬間。

 喉の奥に、言葉が引っ込んでしまった。

 ―――何をしている。早く言え。

 ―――なんで躊躇っているんだ。

 意識なのか無意識なのかは不明だが、言うのを躊躇った途端、全身に張り過ぎていた気が一気に緩み………どっと眠気に襲われた。

 重い瞼が閉じられるのと同時、脳裏に様々な想い出が過る。

 悲劇が起きる前の―――幸せだった日々。

 そこにいつも私の傍に居た、最愛の家族。

 力強い腕で抱き上げ、満面の笑顔で見上げてくれた父。たおやかな手で頬を包み、ふわりと柔らかに微笑んでくれた母。

 でも、もう二度と会うことは出来ない。

 世界中何処を探しても、見つからない。

 

「………………何のために生きてるのかって訊かれたら………私はきっと、こう答える」

 

 意識が闇に飲まれる前―――両親の顔が、頭の中で思い浮かべられた。

 

「―――殺されるために、生きているんだって」

「………フィール?」

 

 ………寝息だけが応えた。

 どうやら、寝てしまったらしい。

 クリミアは深い眠りに落ちたフィールの寝顔を眺め………紫の眼を悲しそうに細めた。

 

「………『殺されるために、生きている』?」

 

 虚言とは捉えがたい、フィールの発言。

 死ぬために生きている、であるならば、まだわからなくもない。

 だが、『殺されるために』とは………。

 

「………あの人に言われたこと、まだ気にしているのね。仕方ないと言えば、仕方ないけど」

 

 小さく呟きつつ、クリミアは先程フィールが言い掛けた言葉の続きを愁思した。

 彼女が一体なんて言おうとしたのか、そのことだけを考えていたクリミアの頭に、一つの続きが浮かび上がった。

 

「………ああ、なるほど。『いっそのこと、私が居なくなった方が皆のため』って、言いたかったのかしらね」

 

 恐らくそうだろう、と思い、クリミアは深く息を吐き出す。

 

「………んっ…………」

 

 ため息が寝ていたフィールの耳に掛かり、彼女はくすぐったそうに身動ぎした。クリミアは愛くるしい気持ちが込み上げ、思わずフィールをそっと抱き締める。甘いシャンプーの香りがする髪を梳きながら、瞼をおろした。

 

「………貴女が目の前から消えたら悲しむ人達がいるってこと、いつになれば気付くのかしら」

 

 クリミアの希望的観測とも言える呟きは、温かな空間へと消えていった。

 

♦️

 

「クリミア? ボーッとしてるけど、大丈夫?」

 

 穴熊寮の女子部屋・試験勉強の休憩時間。

 テーブルに教科書や羊皮紙を広げ、羽ペンを手に持っていた桃色髪青眼の6年生、ソフィア・アクロイドはクリミアの手が止まっているのを見て、声を掛けた。

 

「! ………ええ、大丈夫よ」

 

 ソフィアの声に、意識が過去に遡っていたクリミアは現実に引き戻され、再度手を動かす。

 すると、ソフィアが何気に鋭く突っ込んできた。

 

「フィールのことを考えてたの?」

「………そう見える?」

「貴女が考え事に耽る時って大抵はフィールのことに関してだからね。すぐわかるわよ」

 

 ソフィアは勉強の手を止め、「紅茶でも飲みましょ」と気分転換のために手早く作った。

 

「ありがとう」

「どういたしまして」

 

 ソフィアとクリミアはティーカップを傾け、紅茶で喉を潤した。それから、タイミングを見計らったように、ソフィアはクリミアに言った。

 

「クリミア、ちょっと心配し過ぎじゃない? フィールなら、きっと大丈夫よ」

「そうだといいんだけど………」

「クリミアってさ、フィールが危険な事件に巻き込まれたら我を忘れる性格?」

 

 5年前、ハッフルパフに組分けされてからクリミアとはずっと一緒にいるソフィアは彼女の性格をよく知っていた。

 普段は他人よりもずっと大人びていて、温厚な性格なのだが、一度義妹のフィールのことになると周りが見えなくなるタイプなのだと、ソフィアは察していた。

 現に、去年『秘密の部屋』へフィールとハリー達一行がジニーを救うため、そして事件を解決するために危険を冒してまで向かったと、後者達の同級生、ネビル・ロングボトムから話を聞いたマクゴナガルがクリミアの元へ来てそのことを報告しに来た際、彼女が顔面蒼白したのを、ソフィアは見ている。

 

「ええ………どうしても、私にとっては誰よりも大切な家族だから、もう失いたくないっていう気持ちが強くてね」

「そういえば、貴女のご両親、貴女が生まれて間もなく亡くなって、それであの娘のお父さんとお母さんが引き取ったのよね………」

 

 そして、そのフィールの両親さえもが数年前に亡くなったのも、ソフィアは知っている。が、クリミアの手前、敢えてそれは言わなかった。

 

「私のこと、シスコンだって思うでしょ?」

「ま、それは否定しないわ」

 

 一切否定せず首肯したソフィアは笑い、クリミアも思わず苦笑いする。

 そして、ソフィアはクリミアの水色の髪をくしゃくしゃと雑に撫でた。

 髪の毛を乱され、クリミアは手で押さえながら僅かに紫の眼を見張る。

 

「少しは空気抜かしなさい。今は試験勉強のことだけを考えて、フィールのことは忘れなさい」

 

 ソフィアはソフィアなりに、心配性過ぎるクリミアのことを考えて、そう言ったのだろう。

 クリミアはフッと息を吐き―――ソフィアに向かって小さく頷いたら、置いていた羽ペンを手に持った。

 

♦️

 

 さて、今年も学年末試験の日を迎えた。

 

 1日目は変身術、呪文学、魔法史。

 変身術のテストはティーカップを陸亀にさせるもので余裕でクリア。

 呪文学は『元気が出る呪文』が出され、フィールはクシェルと共に掛け合った。

 魔法史は大半以上が苦しみ、ほとんどの生徒が落第しただろう。

 

 2日目は魔法生物飼育学、魔法薬学、天文学。

 魔法生物飼育学はレタス喰い虫が試験終了まで生存していたら合格という非常に簡単すぎる内容なので、テストとしては成立しない。

 魔法薬学と天文学は暗記勝負なので、これもまた変身術の授業と並んで格差が出た。

 

 3日目は薬草学、古代ルーン文字学、闇の魔術に対する防衛術。

 最後の試験内容である、闇の魔術に対する防衛術はこれまでとは打って変わって独特なテストだった。

 障害物競争である。

 通り道に魔法生物を配置されていて、それを突破していき、ラストに真似妖怪(ボガート)と戦う仕組みだ。

 フィールは平常心を保ったまま堂々と進撃していき魔法生物が現れれば光の速さで速攻対処。

 最後のボガートも変身直後に撃破したので、あの授業の時みたいに精神が悩乱することはなかった。

 ルーピンは文句なしの満点を言い渡し、今年の学年末試験も無事に幕を下ろした。

 

♦️

 

 3日間に渡る試験を終え、ハリーは一人、グリフィンドール寮の談話室で考え事に耽ていた。

 それは、ついさっき起きた出来事についてだ。

 今学期最後の試験教科・占い学を終え、やっと解放される、と思った矢先、教師のシビル・トレローニーが野太く荒々しい声で言ったのだ。

 

『闇の帝王は、友もなく孤独に、朋輩に打ち棄てられて横たわっている。その召し使いは12年間鎖に繋がれていた。今夜、真夜中になる前に、その召し使いは一度囚われる。しかし、すぐに自由の身となり、主人の元へ馳せ舞いずる。闇の帝王は召し使いの手を借り、再び立ち上がるだろう。以前よりもさらに偉大に、より恐ろしく………』

 

 これで終わると思ったら、トレローニーは続け様にこう言った。

 

『今から約2年後………闇の帝王の暗躍と同じにして、力ある者が呪縛から解き放たれる。その者はこの世界に光をもたらす可能性を秘めておるだろう。しかし、忘れてはならぬぞ。力ある者が目覚めの刻を迎えるその日、多大なる代償を支払うことになるというのを………』

 

 闇の帝王の暗躍。

 それは間違いないなく、ヴォルデモートを指しているだろう。

 だが、ハリーは二つ目の発言にあった単語の数々に首を傾げていた。

 

(一体どういうことなんだ? 闇の帝王はヴォルデモートのことだろうけど………。力ある者? 多大なる代償? 一体何のことなんだ………?)

 

 結論が出ない思考にウンウン唸っていると、ハーマイオニーとロンが駆け寄ってきた。

 

「ハリー! これ見て!」

 

 なにやら興奮状態のハーマイオニーが差し出してきた手紙。ハリーはそれを受け取って差出人を確認してみると、ハグリッドからだった。

 便箋に書かれていたのは、なんとバックビークの処刑が取り止めになったとの内容である。

 

「バックビーク、救われたのよ!」

「やったじゃないか! でも、なんで?」

「実はね、私、フィールに頼んだのよ。ほら、フィールの叔母さん、魔法省の部門の魔法生物規制管理部に勤務しているじゃない? だから、なんとかして貰えないか言ってみたのよ」

「叔母さん? ………あ、もしかして、去年ダイアゴン横丁で会った、あの人?」

「そうよ! エミリーさんよ!」

 

 便箋の詳細を見てみると、ハーマイオニーの言う通り、フィールの叔母、エミリー・ベルンカステルがルシウス・マルフォイと危険生物処理委員会に無実を訴えてくれたらしく、最終的に、前者が危うく怪我をしそうになった息子を救ってくれた彼女の姪の頼みに免じて、バックビークの処刑を取り下げてくれたらしい。

 敵対心を燃やしてる一族からの訴えを最初は聞き入れなかったとはいえ、何よりも一番大事な息子を助けてくれたことに変わりはないため、借りは返した、という感じみたいだ。

 それで、今日の夕食後、自分達の他にフィールにも礼を言いたいから、彼女も玄関ホールまで連れて来て欲しいと手紙の下にPSとして執筆されていた。

 

「どうやってフィールを呼ぶ?」

 

 フィールは友達だが、彼女は自分達が嫌って嫌われているスリザリン寮の生徒だ。

 人目の触れる場所で話し掛けるのは得策ではないし、その内容が夕食後の外出ともなれば、尚更避けるべきだ。

 

「クリミアに依頼するのは?」

「いや、止めましょ。クリミアはハッフルパフの監督生よ? きっと訝しんで色々と訊いてくるわ」

 

 第一候補としてハリーがハッフルパフ寮所属のクリミア・メモリアルの名を挙げるが、ハーマイオニーがそれを却下した。

 クリミアは、来年の最高学年で女子首席になるだろうと言われてるほどの超優等生で、現在は監督生にも務めてるほど優秀な人だ。

 それに、彼女は雰囲気的に他人よりもずっと勘が鋭そうな気がする。

 ハーマイオニーの言う通り、まず間違いないなく勘繰ってくるかもしれない。

 嘘ついても即見破られそうな、そんな予感もしてきた。

 

「じゃあ、どうするんだ?」

「二人は、クリミア以外にフィールと知り合いのハッフルパフ生って知らないの?」

 

 クリミア以外のハッフルパフ生、と聞き、ハリーとロンは「あっ」という表情になり、顔を見合わせる。

 

「………あの人に頼むのはどう?」

「でも、あの人はクリミアと友達だぜ?」

 

 二人が何やらヒソヒソ話をするので、ハーマイオニーは首を捻る。

 

「知ってるの?」

「まあ、うん………3年前、フィールとクリミアと一緒に居た人なんだけど………その人、クリミアと友達なんだ」

「誰なの?」

「えっと………確か、ソフィア・アクロイドって名前だった気がする」

 

 ハリーとロンが第二候補として挙げたのは、クリミアの同僚同輩の友人、ソフィア・アクロイドであった。

 ハーマイオニーは難しい顔になる。

 

「クリミアと友達、ね………。ちょっと危ない路線を渡ることになるわね。でも、クリミア本人に訊くよりはマシじゃないかしら?」

 

 三人はどうか詮索してきませんようにと強く祈りつつ、フィールと知り合いであるならそれで構わないと、夕食前に呼び掛けることにした。

 

♦️

 

 そうして、夕食前の廊下。

 三人は、目当ての人物を見つけた。

 暖かな春色をしたセミロングヘアの女性を。

 運がいいことにクリミアは隣に居なかった。

 

「ソフィア」

 

 ハリーはそっと声を掛け、ソフィアは後ろに振り返った。

 

「あら? ハリー、久し振りね。………ロンもだけど」

 

 ハリーに対しては笑みを浮かべていたが、2年前にロンがスリザリン嫌いな発言をしたのが癪に障ったのを思い出したのか、ほんの少し表情が凍り付いたような気がした。

 

「話し掛けてくるなんて珍しいわね。何か用事があるの?」

「えっと………これをフィールに渡して欲しいんです」

 

 ハリーの隣に居たハーマイオニーが一歩前に出ると、便箋が入った封筒をソフィアに突き出した。彼女はそれをスッと受け取った。

 

「これね? わかったわ」

 

 ソフィアは特に詮索せずに引き受けてくれたため、ホッと安堵の息を吐いた。

 

「それじゃあ、私達は行きます」

 

 ハーマイオニーは笑って言い、ハリーとロンを連れてそそくさにグリフィンドールのテーブルへと歩いていく。

 

「………………」

 

 ソフィアは、これは何かあるなと、あの三人の顔を見た時から察していた。だが、表面上には出さず、敢えて何も詮索しなかった。

 そして、何故か素直に封筒を受け取れば、あの三人が密かに安堵の息を吐いたのを、ソフィアは見逃さなかった。

 

(これは………またトラブルの予感がするわ)

 

 歩くフラグ一級建築士のハリー・ポッターとその友人二人はとにかくトラブルを引き寄せる体質がある。

 それはもうこの2年間で存分に見てきた。

 そしてあの三人にはフィールが付き物だ。

 

(とにかく、まずは渡しに行きましょうか)

 

 ソフィアは封筒を手に、スリザリン生が集まるテーブルへと足を運んだ。




【没シーン:本物or偽者】

~穴熊寮での出来事を読んできた四人~

クシェル「誰ーーーーーっ!?」
ハリー「偽者じゃないよね!?」
ハーマイオニー「いや偽者よ!」
ロン「そうだ絶対にそうだ!!」

その後も偽者だのあり得ないだの言うクシェル達一行は真実を突き止めるべくフィールの元へ急行。

四人「「「「Youはマジで本物のフィールですか!!!?」」」」
フィール「バリッバリ本物だわ! そんなに信じられないか!?」
四人「「「「Yes!!」」」」
フィール「いや待て待て待て待ていくらなんでもそれは酷過ぎないか!?」
四人「「「「あ、このツッコミは間違いないなくフィールだ。よかったぁ(人´▽`*)♪」」」」
フィール「いや全くよくないけどな!?」

【サブタイトル】
前半にあった3つの『――感』がベース。

【超レアなフィール】
おいマジであのフィールか!?
とキャラ崩壊レベルな姿をお見せしたオリ主さん。
たまにはこんな一面も出してみるかということで、ここで出してみたのですが………果たしてどうなんだ。

【セリア・ヴァイオレット】
アリアの4歳年上の姉。ロンの兄のチャーリーやトンクスさんと同い年。アリアと同じ青紫色の瞳を持ってるけど髪の色は違う(アリアは黒色、セリアはクリーム色)。
ちなみに作中では登場しません。ただ単に『アリアには姉がいて名前がセリア』という認識をすればOK。

【珍しくハッフルパフ寮からの出演】
中々にこの二人だけで登場するの少ないのでここでちょっと出しました。

【予言】
後の伏線。予言通りに進めるかは未定。

【バックビークの処刑取り止め】
息子を救ってくれたフィールの頼みに免じて訴えを取り下げてくれたルシウス。………コイツ、意外とまとも?


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#44.真相の解明

叫びの屋敷へレッツゴー。


 夕食真っ只中の大広間は、試験勉強と学年末試験という地獄から解放された生徒達の活気で賑わっていた。

 これで勉強する必要は無いと、ここ最近は趣味などに没頭出来なかったがために皆の顔には満面の笑顔が浮かべられており、残りの学期をどう楽しもうかと友人達と話し合う姿がちらほらと見られた。

 

「フィー、談話室に戻ったら、一緒にチェスしない?」

「ああ、やるか、せっかくだし」

「今度こそ勝つからね!」

 

 クシェルがフィールに意気込みを伝えると、

 

「フィール」

 

 と、ソフィアの声が後ろから掛かった。

 フィールとクシェルは、振り返る。

 彼女の手には、封筒が握られていた。

 

「ソフィア? どうかした?」

「ハリーとその友人二人から、フィールにこれを渡してって頼まれたのよ」

「ハリー達から? わかった、ありがとう」

 

 フィールはソフィアから封筒を受け取り、彼女はハッフルパフのテーブルへ歩いていった。

 フィールは封を切って便箋を広げる。

 そこには、バックビークの処刑が無しになったのと、ハグリッドが自分にも礼を言いたいそうだから、夕食を食べ終わったら玄関ホールに来て欲しいと書かれていた。

 

「なんて書いてたの?」

 

 クシェルに尋ねられたフィールは、簡単かつ簡潔に説明を施した。

 

「へえ……エミリーさん、大活躍したね」

「ああ。エミリー叔母さんには感謝だな」

「ってか、夕食後に呼び出しって………」

「まあ、それは仕方ない」

「………あ、そういえば、バックビーク、ハグリッドの小屋の近くに居るかな? 居るなら、久しぶりに私も会いたいな」

 

 ハーマイオニーにお願いされる前―――フィールとクシェルも、バックビークをどうにかして救えないかと、図書室に籠ってハリー達と共に過去の事例を調査した。

 そのため、クシェルにもバックビークには思い入れがある。無事に無罪放免となったのを喜ばずにはいられなかった。

 

「なら、クシェルもついてくる?」

「うん。私も行く」

 

 その返事に、フィールは小さく頷いた。

 そうして、二人は食事に手を伸ばした。

 

♦️

 

 夕食後、フィールとクシェルは玄関ホールにやって来た。ハリー達一行は既に居て、後者の姿を見ると僅かに眼を見張った。

 

「クシェル? なんで、此処に?」

「フィー宛ての手紙に書かれてたのを見て、私もバックビークと会いたいなって」

「そっか。クシェルも手伝ってくれたんだよね」

 

 ハリーは納得したのか一つ頷いてると、ハーマイオニーは満面の笑顔でフィールに抱きついていた。

 

「フィール、本当にありがとう!」

「落ち着け、ハーマイオニー。礼をするのは、エミリー叔母さんにだろ?」

「でも、貴女がエミリーさんに伝えてくれたじゃない。だから、ありがとう」

 

 背中に腕を回したまま、更にギュッと強く抱き締めてきたハーマイオニーを、フィールは淡い微笑みを浮かべて、抱き締め返した。

 それから少しして、ハグリッドが来た。

 バックビークの無罪放免の祝いで酒を飲んできたらしく、顔が紅潮している。暗くなってきた道中を歩いていくと、小屋の外に見覚えのあるヒッポグリフが生肉のご馳走を平らげているのが見えてきた。

 

「バックビーク」

 

 フィールはお辞儀をし、バックビークもお辞儀をし返したのを確認したら、近付いて嘴を慣れた手つきで撫でた。バックビークはフィールになついているのか、彼女が来たのを嬉しそうに身体を擦り付けてくる。

 

「フィー、なつかれてるね」

 

 クシェルが優しげに笑みつつ、彼女もバックビークに近付き、嘴を撫でる。

 

「………私はバックビークと会えたなら、それでいい。ハリー達、先に城に戻ってる」

「うん、わかったよ」

 

 ハリーが頷くと、ハグリッドがフィールに声を掛けてきた。

 

「ベルンカステル。お前さんと、お前さんの叔母のエミリーには感謝してもしきれねえ。エミリーには、お前からよろしく言っといてくれや」

「ああ、わかった。エミリー叔母さんに、ハグリッドが『ありがとうって言ってた』って伝える」

 

 フィールは小さく頷いて、クシェルと共に元来た道から城に向かって歩いた。

 

「バックビーク、元気そうでよかったね」

「そうだな。私も安心した」

 

 二人は、玄関には向かわず、別の入り口から城の中に入り、気配を隠しながらそのまま寮に戻ろうとしたが―――。

 

「! クシェル、隠れろ!」

「え? う、うん!」

 

 小声でフィールが早口でそう言い、クシェルも小声で首を縦に小さく振ると、二人は咄嗟に身を潜めた。二人が息を殺して隠れていると、人の気配を敏感に察したフィールの予感が的中し、寮監のスネイプが何かを手に持ってある所へ行くのを見掛けた。

 

「はぁ~………危なかった………」

「此処で見つかったら、絶対に何処行ってたか訊かれるよな」

 

 そしたら、夕食後に無断外出したのがバレて減点されるなと、クシェルとフィールはヒヤヒヤしつつ、普段は研究室に籠るようなスネイプが何かを持って何処かに行くのを見て好奇心と興味が沸いたため、後を追い掛けてみることにした。

 

(フィーは物好きだね)

(クシェルもだろ)

 

 前にも同じやり取りをしてデジャブを感じる二人は、やがてスネイプがルーピンの部屋へ入っていくのを、驚きに満ちた瞳で遠目から観察する。

 

「ルーピン先生に用? 珍しいね。ってか、スネイプ先生が持ってたアレ、なんだろ?」

「今夜は満月の日だ。だから、多分だけど『脱狼薬』じゃないか?」

「脱狼薬? それって確か―――」

 

 と、その時だ。

 勢いよくスネイプが部屋から飛び出してきた。

 完全なる不意打ちにクシェルはビックリして声を上げそうになったが、フィールが口元を押さえてくれたおかげで、なんとか耐えた。

 

「ふぅ………行ったな」

 

 扉を閉めるのも忘れて駆けていくスネイプの姿が見えなくなると、フィールは深く息を吐き、手を下ろした。

 

「ビ、ビックリしたぁ………」

 

 未だに心臓がバクバク鳴っているので、クシェルは胸に右手を当てて気持ちを鎮める。

 

「スネイプ先生、スゴい慌ててたね………」

「何かあったのか?」

 

 フィールはそっと部屋を覗いた。

 そこには、誰も居ない。

 机にはゴブレットが置いてあり、青色の煙が立っている。そして、その側には地図らしき物が広げられていた。

 

「ん? あれ、これって―――」

「『忍びの地図』じゃないか?」

 

 忍びの地図。ホグワーツ魔法魔術学校の全てを露にする魔法の地図。教室、廊下、城内、校庭を隅々までカバーし、壁に隠された秘密の通路すら表示することが出来る。地図上を動く小さな点が誰が何処に居るかを示してくれる便利な品物だ。

 以前、ハリーはこれを、1年時にフィルチの没収品から盗み出したウィーズリーツインズから貰い、それを使ってホグズミードまでの抜け道から城を抜け出したらしい。そして、ロンと共にホグズミードに行って城に戻った途端、スネイプに捕まり、尋問中に忍びの地図を持っているのがバレたが、最終的には、ルーピンが没収したらしい。

 その際、ルーピンは、

 

「君のご両親が命を賭して遺してくれた賜物に、あまりにもお粗末じゃないか」

 

 と、こっぴどく叱ったそうだ。

 それには流石のハリーでも、もう何も言えなくなったらしい。

 これらの出来事を聞いた二人は、

 

「ルーピン先生の言ってることは正しい」

「抜け出しは感心しない。二度とやるな」

 

 と、ルーピン以上に強い語気で返した。

 さて、それはさておき―――。

 

「! フィー、これ見て」

 

 忍びの地図の全体をざっと見ていたクシェルはスネイプの名前が走っている黒い点を指で辿っていく。校庭に植えられている暴れ柳の所で、ルーピンの名前が表示されている点が潜ったかと思えば、そこから先、彼の名前は消えた。

 

「………フィー、これ、マズいことが起きたんじゃない!?」

「ああ………すぐに追い掛けるぞ!」

 

 フィールは、中身が脱狼薬だと思われる薬をゴブレットから魔法瓶に移し入れると、全力疾走で駆け出した。

 

 校庭に出て、暴れ柳付近に二人は到着した。

 

イモビラス(動くな)

 

 フィールが『停止呪文』を掛け、暴れ柳の挙動をストップさせるとゆっくり近付き、暴れ柳の根元に人が入れるほどの穴があるのを発見した。

 

「こんな所に、穴?」

「この先に、ルーピン先生やスネイプ先生が行ったんだな」

「フィー、どうする?」

「此処まで来たんだ。最後まで動く」

「フィーなら、そう言うと思ったよ」

 

 クシェルは同感なのか、不敵な笑みを向ける。

 フィールはそれにフッと笑い返すと、穴の中へ身体を滑り落とした。

 長い通路を数十分掛けて歩き終え、トンネルを抜けたフィールとクシェルは雑然とした小さな部屋へ到着した。壁紙は剥がれ、家具は滅茶苦茶に破損され、窓には板が打ち付けられている。

 

コンロクィウム・コル(精神の会話)

 

 フィールは心中でオリジナルスペル『精神感応(テレパシー)呪文』を唱えた。

 これは主に集団での極秘任務(シークレットミッション)などに役立つ魔法で、誰かと精神の会話、つまり自分の心の内容を言語を発することなく、直接の誰かの心に伝達することが出来る。相手がこの魔法を使用出来ない場合は一方的にテレパシーを送信することになるが、使用出来る場合は交信可能だ。

 

(便利だよね、この魔法)

(なら、よかった)

 

 ………レベル的にはかなり高位なのだが、クシェルに教えたら、なんと彼女は1週間とちょっとの期間で完璧に習得した。このことからも、クシェルには稀有な素質があるのがわかる。将来は期待の新人として活躍するに違いない。

 

(それはそうと、此処って叫びの屋敷だよな)

 

 叫びの屋敷。ホグズミード村の観光スポットの一つで、満月の晩になると不気味な叫声が聞こえることから、そう名付けられた。

 

(こんな抜け道があったんだね………)

(確か、暴れ柳が植えられたのは数十年前………なるほど、そういうことか。ホグワーツの校庭と繋がっているこの抜け道。満月の晩に此処から聞こえてくる、奇妙な叫び声。………校長のダンブルドアが狼人間のルーピン先生のためにこんなものを生み出したんだな、きっと)

(あー、なるほど。あの暴れ柳って、此処まで続く秘密の抜け穴を他の人達に気付かせないようにするためなんだね)

 

 フィールとクシェルは一般人はわからなかった謎を解かしつつ、頭上の方で、ガタンッ、と何かが倒れる音がしたことから、2階の踊り場まで階段を使うのは得策ではないと、

 

(クシェル、しっかり掴まっておけよ)

(え?)

 

 フィールはクシェルの細い腰に手を回し、箒無しで空中を自由自在に浮遊する『飛行術』で一気に飛び上がった。クシェルは慌ててフィールにしがみつき、彼女は落とさないように身体を密着させる。

 2階まで来たら、フィールはクシェルから身体を離した。

 

(フィー、さっきのはいきなり過ぎるよ………)

(ごめん。でも、音を出す訳にはいかないだろ)

 

 フィールはクシェルに問い掛けつつ、室内の会話に耳を傾ける。

 

『復讐は蜜よりも濃く、そして甘い。お前を捕まえるのが我輩であったらと、どれほど願ったか。今どれほど歓喜に満たされているか、お前にはわかるまい』

 

 中から、スネイプの声が聞こえた。

 扉の向こう側なので、こちらからは、あちらの状況は見えない。

 だが、間違いなく、今のスネイプは狂喜乱舞しているだろう。話し方の口調や声音は、愉悦に溢れている。

 

『さぞや愉快だろうな。尤も、そこの鼠を含めた此処に居る全員を城へと連れて行くなら、私は抵抗せずに大人しくついて行くがね』

 

 今度は、聞き慣れない声が聞こえた。

 声の主は、男だ。

 状況から見て、その男は―――シリウス・ブラックに違いない。

 スネイプはその言葉に鼻で笑い返すと、城まで行かずとも暴れ柳を出てすぐに吸魂鬼(ディメンター)を呼べば済む話だと言った。

 シリウスだと思われる男は、『吸魂鬼の接吻(ディメンター・キス)』の話を持ち出されて、声を震わせた。スネイプはシリウスの必死の言葉にさえも耳を貸さず、有言実行と言わんばかりに連行しようとしたが、そこで誰かが扉の前に立ち塞ぐ音がした。

 

『退け、ポッター。お前は誰に命を救われたと思っているんだ?』

『僕はルーピン先生に、何度も吸魂鬼対策の訓練をして貰った。もし、本当に先生がブラックの手先だったら、僕はとっくに死んでたし、その時一緒に居たフィールも殺されてたはずだ』

『………ベルンカステルが時々夜に談話室から居なくなってたのは、そういうことか。まあ、今はそんなこと、どうでもいい………人狼の考え方など知ったことか。もう一度言おう。ポッター、退け』

 

 スネイプは低い声でハリーに威嚇したが、ハリーは意を決したように叫び、それに対し、スネイプもまた、狂ったように叫び返す。

 そろそろ止めに入らないとマズいかと、クシェルがドアノブに手を掛け、フィールが杖を構えて部屋の中へ侵入しようとしたが、その前にハリー達一行が不意打ち気味に『武装解除呪文』を唱える鋭い声がこちらまで響き、スネイプが吹き飛ばされて壁に激突し床に倒れただろう嫌な音も、二人の耳に入った。

 

(……行くか)

(うん………)

「やれやれ………随分、派手にやらかしたな」

 

 フィールが呆れ気味に、言葉を発した。

 喧騒としていた室内が静まり返る。

 クシェルがドアノブを回し、二人は部屋の中に入った。

 そこには、縄に縛られて床に転がっている二人の男性と、獅子寮所属の友人三人、そして彼らの向こう側に気絶している寮監が居た。

 男性二人の内一人は防衛術担当のルーピンで、もう一人は骸骨のように痩せ細っている、見慣れない男だった。着ている服はボロボロで、髭は伸び放題である。

 彼こそ、シリウス・ブラック本人だろう。

 フィールはルーピンとシリウスを拘束している縄を杖を一振りして解くと、二人はすぐさま立ち上がった。

 

「クラミー? 何故此処に居るんだ?」

 

 シリウスは両眼を大きく見開かせて、フィールの母の名を呟いた。

 それほどまでに、容姿が似ていたのだろう。

 フィールは表情を少し曇らせた。

 

「クラミー・ベルンカステルは私の母親の名前。私はクラミー・ベルンカステルとジャック・クールライトの娘、フィール・クールライト・ベルンカステル。はじめまして、ですね? シリウス・ブラック」

 

 フィールは至って普通に自己紹介をする。

 突如現れた彼女達に彼らが言葉を失っているその間にも、クシェルは部屋の隅で足から血を流して怪我をしているロンと、彼を庇うように側に控えているハーマイオニーの元まで歩き、前者の患部を応急処置で施した。

 

「なんて、呑気に自己紹介してる暇はないか」

「いやいや、名前はちゃんと名乗らないとダメでしょ。あ、遅れたけど、私、クシェル・ベイカーです」

 

 クシェルはシリウスに自身の名を伝えた。

 

「フィール、クシェル。何故此処に?」

 

 ルーピンの問いに、

 

「帰り道でルーピン先生の部屋へ行くスネイプ先生を見掛けて、気になったから、クシェルと一緒に後を追い掛け―――」

「ルーピン先生の部屋の机に広げられていた忍びの地図に、貴方やスネイプ先生が暴れ柳の所まで行くのを確認して、此処まで来ました」

 

 と、二人は丁寧に説明した。

 

「いつから此処に来てたの………?」

 

 今度は、ハーマイオニーが訊いてきた。

 

「ついさっきだ。スネイプ先生が『復讐は蜜よりも甘い』とか言ってた時くらいだな」

「………君達は此処に来るべきではなかっただろう。どんな危険があるのか、わからないのに」

 

 ルーピンが唸るようにそう言ったが、フィールとクシェルは肩を竦めると、ほぼ同時に、ロンが抱えている鼠に眼を向けた。

 

「私としては、推測がどこまで当たっているかをチェックするチャンスを手にした気分ですけどね」

「推測………?」

「フィー、そろそろ、話そっか」

「ああ、そうしよう」

 

 フィールとクシェルは顔を見合わせて頷き合うと、これまでの推測を語り始めた。

 

「一言で言えば、シリウス・ブラック、貴方は無実の人間で、ピーター・ペティグリューが真犯人ですよね?」

 

 その問いに、クシェルを除く全員が驚きの表情になった。

 

「何故、それを………?」

 

 シリウスが声を震わせながら訊いてきた。

 

「きっかけは、クシェルと一緒にホグズミード村の『三本の箒』でマクゴナガル先生やファッジが学生時代の頃のシリウス・ブラックと、ハリーの父ジェームズ・ポッターについて話していたのを盗み聞きした時。ハリーのお父さんと貴方が兄弟同然に仲が良かったと聞いて、まさかそんな人が親友を裏切るとは到底思えなかった。で、その後にある違和感に気付いた」

「シリウスは成績優秀だったんだし、仮にも闇の陣営側の人間なら『爆死』なんて派手な殺し方をしなくても、『死の呪文』1つで終わらせれば早い話でしょ? なのに、なんでわざわざそんなことをしたかと言うと、全てを知っているシリウスに追い詰められた裏切り者のペティグリューが、貴方に濡れ衣を着せるために自分で小指だけを切り落として、死亡したと周囲に思わせて逃亡するためかな」

 

 言葉を区切り、一息ついてから再度話す。

 

「さて、そうなると、ペティグリューがどうやって逃亡したかも、シリウスがアズカバンで長年正気を保つことが出来た理由も明るみになる。それはルーピン先生の存在だな………って、そういえば―――」

 

 フィールはポケットから、魔法瓶をルーピンに投げ渡した。

 ルーピンはそれを慌ててキャッチする。

 

「これは………?」

「脱狼薬。貴方の部屋に置きっぱなしにされてたので、持ってきました。早く飲んでください。今夜は満月の日ですよ」

 

 満月、と聞いてルーピンは魔法瓶の中身を一気に飲み干した。飲み終わった後、味の苦さに顔をしかめている。フィールは口直しのためのチョコレートをルーピンに手渡した。

 

「フィール、貴女、気付いてたの!?」

「ハーマイオニーだけだと思ってたのに!」

「やっぱり、ハーマイオニーも気付いてたか」

「え、ええ。私はスネイプ先生が人狼のレポートを課題に出した時に………貴女は?」

「私もハーマイオニーと同じ。尤も、顔に傷痕あったのを見た時から、何かあるなとは薄々思ってたけど」

 

 さて、それはさておき。

 

「話が脱線したけど………皆も知ってる通り、ルーピン先生は狼人間だ。狼人間は昔から魔法界で差別されている存在………当然、周りの人達がそのことを知ったら忌避する。でも、中には事実を知った後でも変わらず接してくれる人がいたんじゃないですか?」

 

 フィールはルーピンの前まで来ると、ポーチから一枚の写真を取り出す。

 それは、トロフィー室にあったあの写真だ。

 ルーピンはそれを受け取り、眼を見張る。

 

「これは………」

「トロフィー室にあった写真です。ハリーの父親がクィディッチの代表選手だったんなら、その当時の写真が一枚くらいあるんじゃないかと、時間を見つけて探したら、それがありました」

「その写真には、ジェームズ・ポッター、シリウス・ブラック、リーマス・ルーピン、そして、ピーター・ペティグリューの四人が写ってます。つまり、四人は親友同士だったと考えると、三人はルーピン先生の正体を知った後、変身後も一緒に行動出来るようにしたんじゃないかと思います。で、それは多分、動物もどき(アニメーガス)なのではというのが私達の結論です」

 

 ジェームズ、シリウスの動物もどきが一体どんななのかはわからない。だが、先程盗み聞きした会話の内容から、二人はペティグリューの動物もどきは『鼠』であると察した。

 

「身体が消し飛ぶほどの呪いを当てられて、小指一本だけが残ったペティグリューの死に方はあまりにも不自然だ。だからこそ、こう考える。真犯人がペティグリューだったのなら、シリウスを嘘の犯人に仕立て上げた後、動物もどきに変身して逃亡した。そしてシリウスがアズカバンで正気を保っていられたのは、吸魂鬼が吸い取ろうとする感情を抱いていない、複雑な感情を抑制される動物もどきで回避していた。それをやってのけられたのは、自分は無実だとわかっていたから。そうだろ?」

 

 フィールはシリウスの前まで来て、背の高い彼の顔を見上げた。シリウスは瞠目して、フィールを見下ろす。

 

「グリフィンドール寮に侵入してロンを襲ったのは、ロンが飼っているペットが動物もどきのペティグリューだからなんじゃないか? と言うか、先程貴方達が話していたのを聞いて、半信半疑から確信に変わったけど」

「………何故、君達はそこまで推測しておきながら、先生達に言わなかったんだい?」

「確証が無い状況で私達が事を急かしたら、余計パニックが起きてしまうでしょう? それに、もしもこれらのことがホグワーツに居るであろうペティグリューの耳に届いたら、それこそ捕まえるのは困難になってしまう。だからこそ、知らないフリをして、ペティグリューが姿を現すその瞬間まで待ってました。それに、シリウスも此処まで来てるんだから、どちらにしろ、ペティグリューに逃げ場はありませんよ」

「ところで、私達の推理はどれくらい当たってるんですか?」

 

 クシェルがシリウスとルーピンに質問し、二人は顔を見合わせて大きく頷いた。

 

「君達の推理は大当たりだ。12年前、私は最後の最後でジェームズとリリーにピーターを隠れ家の『秘密の守人』に勧めた。そして、闇の帝王はピーターからの情報を基に、隠れ家に襲撃して、二人は殺された………私はアイツが裏切ったことを知り、追い詰めた所をアイツはマグルの人間達を爆死させ、小指だけを切り落とし、死亡したと見せ掛けて私に罪を着せて逃げたんだ。………ハリー………本当にすまなかった…………」

 

 シリウスは涙声になりながら、ハリーに深々と頭を下げて謝罪した。

 自分のせいで親友が死んでしまったことは耐え難く、10年以上経過した今でも自責の念に駆られていた。親友殺しの裏切り者だと周囲から罵られてきたシリウスは、長年抱懐してきた復讐を果たすべく、アズカバンから脱獄という前代未聞のことをやってのけたのだ。

 

「そういえば、シリウスはどうやってロンの鼠がペティグリューだと知ったんだ?」

「これだよ」

 

 シリウスは、ポケットから新聞記事を取り出した。それは、ウィーズリー一家がガリオン宝くじを当ててエジプトに行ったと書かれており、家族写真が掲載されていた。ロンの肩には鼠が乗っていて、よく見てみると、その鼠には指が一本無かった。

 

「私はアイツが変身する所を何度も見た。その上コイツには指が無い。すぐにわかったよ」

「なるほど、ねえ………。その鼠の名前は?」

「確か、スキャバーズとか言ってたな」

 

 フィールは鼠の名前を聞くと、杖を構え、

 

アクシオ・スキャバーズ(スキャバーズよ、来い)

 

 一々歩いて取りに行くのもダルいし、またロンが素直に渡すとは思わないことから、フィールは『呼び寄せ呪文』で彼が抱えている鼠を部屋の中央まで宙吊りにさせた。

 

「スキャバーズ!」

 

 ロンは悲鳴に近い声を上げるが、それに構わずフィールは簡単に説明する。

 

「ロン。もし、この鼠が本物なら傷付かない。でも、本物ではなく動物もどきのペティグリューなら、正体は顕現する。これは、事実を証明する唯一の手段だ」

 

 フィールの気だるげな説明に、はいそうですかと素直に頷けないロンだが、ルーピンにやんわりと窘められ、渋々大人しくした。

 

「あ、そうだった」

 

 フィールはショルダーホルスターから、予備の杖を丸腰のシリウスに投げ渡した。

 

「それ、予備の杖。無実を公に証明した後、新しく杖を買うっていうなら、その時までその杖を使って構わない」

「フィール、と言ったな。ありがとう。とても助かるよ」

 

 シリウスは渡された杖を強く握り締め、宙吊りにされて狂ったように暴れる鼠を、傍から見てもわかるくらいの激昂を瞳に宿しながら、鋭く睨み付ける。

 

「シリウス、準備は?」

「勿論出来ている。リーマス、3つ数えたらだ。すまないが、フィール。そいつをそのままにしておいてくれ」

 

 フィールは頷き、ルーピンとシリウスは鼠に杖先を向けた。

 

「では、いくぞ。1………2………3!」

 

 二人の杖先から閃光が走り、鼠に直撃する。

 鼠がボンヤリと発光し、徐々に姿を変えていく。

 発光が収まり、先程まで鼠が居た場所には、小柄で小太りの男が立っていた。

 

「やあ、ピーター。しばらくぶりだね」

「リ、リーマス………シ、シリウス………。お、おぉ、なつかしの友よ」

 

 スキャバーズ―――否、ピーター・ペティグリューは、二人の名前を吃りながら口にする。

 

「さて、ピーター。今我々が何を話していたか、そして君に何を訊こうとしているか、わかるね?」

 

 ルーピンは穏やかな口調だが、その実眼は一切笑っていない。今の胸中は、シリウスと全く同じ気持ちなのだろう。

 

「わ、私には、何のことか、さ、さっぱりだ。リ、リーマス、君は信じていないだろうね? さ、さっきの馬鹿げた話を………」

「それを確かめるためにも、ピーター。二つ三つ君に確認しておきたいことがある」

 

 ルーピンはペティグリューに質問しようとしたが、そこで彼は叫び出した。

 誤解だとか勘違いだとか、シリウスはまた自分を殺しに来たとか、とにかく清々しいほどの下衆ぶりを見せ付けてきた。

 フィールは呆れて深くため息をつき、ふと、クシェルが部屋の奥で気絶しているスネイプの側へ行って止血しているのを見る。そんな彼女へ、誰彼構わず命乞いをしてきたペティグリューが近付いてきた。

 

「お、お嬢さん。ベルンカステル家のお嬢さん。き、君ならわかってくれるだろう? 君は心優しかったクラミーとジャックの娘だ、きっと理解して―――」

 

 ペティグリューが汚れた手でフィールに触れようとした、その時だ。

 

 バンッ!!

 と、突如閉められていた扉が、派手な音と共にぶっ壊された。

 この場に居た全員が一斉にそちらを向き、何事かと思う暇にも、まさに雷速を誇る速さで迸った閃光が、ペティグリューの身体に直撃して、彼を壁まで思い切り吹き飛ばした。壁に激突したペティグリューは、動かない。

 脳震盪を起こして気を失ったのだろう。

 が、そんなことより。

 

「誰だ!?」

 

 シリウスが杖を構えながら、鋭く誰何する。

 バタンッ、と鈍い音を立てながら腐蝕が進んでいる床に倒れた扉を飛び越えて現れたのは、シリウス以外の全員がよく知っている水色髪紫眼の少女だった。




【ルーピン先生の狼人間化阻止】
ワームテールの逃亡も同時に阻止。

【コンロクィウム・コル(精神の会話)】
オリジナルスペル『精神感応(テレパシー)呪文』。
言語を発することなく、心の内容を誰かの心に直接伝達可能。距離制限は特に無し。

相手も使用出来る場合→交信可能。複数でもOK。
相手が使用出来ない場合→一方的に送信することになる。

これさえあれば、テスト落第しません。
だって頭良い人に答え聞けばいいので。

【飛行術】
ここの作品でも登場。箒無しでの空中浮遊。
これさえあれば、箒なんて無くてもよくない?

【初・クシェルも主人公組との事件的な関わり】
1章は真夜中だったので爆睡、2章は毒蛇のキングの犠牲者だったからこれまでは間接的な関わりしか持ってなかったが、今作は直接的にやっと関わる。これを機にクシェルも事件に首突っ込む可能性↑。
フィール、しっかり護れよ!


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#45.無実の証明

アズカバンの囚人編ラスト。

※2/7、本文加筆。


 時は数十分前に遡り―――。

 クリミアは椅子に腰掛けて、ハッフルパフ生が集うテーブルの上に置かれている料理を口にしていた。

 ふと、ソフィアはまだ来てないのかと顔を上げて大広間を見回すと、スリザリンのテーブルから此方までやって来る彼女の姿を捉えて首を傾げる。

 

「お待たせ、クリミア」

 

 ソフィアはクリミアの隣に座る。

 クリミアは気になっていたことを訊いた。

 

「貴女がスリザリンのテーブルに行くなんて、珍しいわね」

「あ、そのことなんだけどさ―――」

 

 ソフィアは先程の出来事をクリミアに伝えた。

 

「………あのグリフィンドール生の子達が?」

「うん。フィールに手紙を渡してって」

「どんな内容かは知ってる?」

「いえ、知らないわ。でも、何も訊かないで受け取ったら、あの子達、ホッとした感じになったわよ」

「………そう。わかったわ。ありがとう」

 

 話を聞き終え、クリミアは思考を巡らせる。

 

(………また、何かに巻き込まれそうな空気が漂うわ。全く、なんでこうも立て続けに起こるかしら。………それはそうと、あの子達は何が目的でフィールを?)

 

 クリミアは思考をフル回転させる。

 何も起きなければいいのだが、相手はあのトラブルメーカーのハリー・ポッターとその友人二人だ。それにプラス、フィールもまた、危険な場へ首を突っ込んだり緊急事態に巻き込まれることが多い。

 その時は決まって彼らが付き物だ。

 ということは、今年も事件発生かと、クリミアは去年一昨年と連続で起きるホグワーツのアクシデントの数々に、鬱屈そうに眼を細めた。

 

「クリミア。今度はフィールをほったらかしにしないように、しっかり捕まえなさいよ」

 

 今のクリミアの心境を悟ったのだろう。

 ソフィアが、そう言った。

 

「何かあったら、私が上手いこと誤魔化すわ。だから、気にしないで動きなさい」

「………ありがとう。助かるわ」

「礼はいらないわよ。貴女が妹を過剰なくらいに心配する性格だってのは、承知済みなんだから」

 

 ソフィアは優しげな笑みをクリミアに見せる。

 クリミアは、心底ソフィアに感謝した。

 ひとまず、夕食後にフィールに会いに行こうとゴブレットを傾けた。

 

 そうして、夕食もお開きになり、クリミアはフィールを探しにキョロキョロ廊下を見回した。

 寮へ戻っていくスリザリン生の集団を観察してみるが、そこにフィールの姿は見当たらない。

 なんだか、クシェルの姿もないような………。

 

「アリア、フィールを見なかった?」

 

 運良くスリザリン生の友人のアリアを見つけたクリミアは彼女に訊いた。しかし、アリアは首を横に振った。

 

「見てないわよ。そういえば、クシェルもね。二人共、いつもより大広間から出ていくの早かったわ。何か、用あるの?」

「………まあ、ちょっと」

「………その顔は、何かあったわね?」

 

 ソフィア同様、クリミアとの付き合いが長いアリアは鋭く突っ込む。クリミアは簡単に事情を説明した。

 

「………そういうことね。わかったわ。スリザリン寮で二人が居るか、確かめてみる。もしも居なかったら、談話室で待ってみるわ」

「ありがとう、アリア」

「気にしないの。ほら、早く捜しに行きなさい」

 

 クリミアは頷き、ある場所へと駆けた。

 

 8階にある、ホグワーツ城で最も高い天文台の塔。

 そこに、クリミアはやって来た。

 此処は、フィールのお気に入りの場所()()()なのだ。

 だから、此処なんじゃないかと思って来てみたのだが………見当違いだったらしい。

 クリミアは顎に手を当て………不意に、雲が切れて姿を現した、暗闇の中に存在する自分を照らすある物を仰いだ。

 

「満月………」

 

 今日は満月の夜だ。

 満月の日は決まって此処に来て月見するらしいフィールが居ないとは、何処か別の場所に居るのだろうか。

 ………話は変わるが、狼人間であるルーピンはちゃんと『脱狼薬』を飲んだろうか。

 クリミアも、ルーピンが狼男であるのを気付いていた。そして、前にスネイプがルーピンに何かの薬を手渡す所を見掛けたことがある。

 

(………そういえば―――)

 

 クリミアは、フィールが話していたことを思い出した。

 それは、ハリーがルーピンに『忍びの地図』とやらの魔法道具を没収されたっていう内容だ。

 その忍びの地図は、ホグワーツ全体の姿を露にする便利なアイテムみたいで、そのマップ上を動く小さな点が誰が何処に居るのかを示してくれるとか。

 クリミアは、ルーピンの部屋を目指した。

 彼になんとかその地図を貸して貰えないかを頼みに行くためだ。質問はされるだろうが、そこは上手い言い訳で回避するしかない。今のところ手段があるのすれば、その地図くらいだ。

 そうして、クリミアはやって来たのだが、何故か彼の部屋の扉が開けっ放しであるのを見て怪訝な顔になり、首を傾げた。

 

(変ね………ルーピン先生みたいな人が扉を閉めないなんて………)

 

 そっと中を見てみると、そこには誰も居ない。

 が、机の上に広げられている地図らしき物を発見して、好都合だと言わんばかりに、周りに人が居ないのを確認して、部屋に入る。

 そうして、忍びの地図を見た。

 地図の表面上で黒い点が幾つも動いていて生徒や教師の名前も記されているが、そこにフィールやハリーの名前はなかった。

 

(フィール達の名前がない? どういうことかしら………)

 

 忍びの地図に彼女らの名が表記されていない。

 それはつまり、この地図がホグワーツ全体の姿を露にすることが可能な範囲内から除外された場所に居るのを意味している。

 

「嘘でしょ、何処に居るのよ………?」

 

 焦燥感に駆られた、その直後。

 ふと、クリミアはすぐ側に置いてあるゴブレットが視線の片隅に映り、そちらを見た。

 中を覗いてみると空っぽに近かったが、微かに青い煙が昇っているのを捉える。

 

「………脱狼薬かしら?」

 

 ゴブレットを持ちながら、そう呟く。

 中身が無いということはルーピンがこれを飲んだ訳だろうが、しかしそれにしては、口をつけた跡が何処にも無い。

 どちらかと言えば、脱狼薬を何か別の容器に移し入れた、の方が正しいかもしれないと思ったクリミアは、ハッとする。

 

「………もしかして、フィールが?」

 

 洞察力が鋭いフィールのことだ。

 ルーピンの正体が狼人間であることくらい、感付いているだろう。

 ということは、もしかしたら、フィールは一度此処に足を踏み入れたのか………?

 クリミアはセンスを研ぎ澄ませる。

 この部屋に漂う微かなフィールの魔力を感知し―――クリミアは駆け出した。

 疾走する度、魔力がどんどん強くなっていく。

 やがて暴れ柳の付近に到着したクリミアは『停止呪文』を唱えて挙動をストップ。

 根元に大きな空間があるのを認めると、滑るようにして降りた。

 『遮音呪文』を掛けて、クリミアは長いトンネルを抜けていき、雑然とした小さな部屋へ到着するのと、『飛行術』で一気に飛び上がり、声がした方へ顔を向け………闇の魔法使いの気を察知したのと同時、行く手を閉ざす扉をド派手にブレイクして、魔法を発射した。

 

♦️

 

「………どうやら、間に合ったみたいね」

 

 杖を振り下ろし、一息つく。

 フィール達は意外な人物の登場に唖然とした。

 

「クリミア? なんで、此処に………?」

 

 フィールは眼を剥きながら尋ねる。

 するとクリミアはハリー達三人に眼を向けた。

 

「ソフィアから、ハリー達がフィールに手紙を渡して欲しいって頼まれたのを聞いてね。またトラブルに巻き込まれる予感がしたから、会ってみようと思ったけど見当たらなくて、それでルーピン先生の部屋に行ったのよ」

 

 そこで、忍びの地図と脱狼薬が入っていたと思われるゴブレットを見つけ………中身を見てみたところ、飲んだというよりは、別の容器に移し入れた感じがし、もしかしたらフィールがそうしたのではと推測。センスを働かせ、微かなフィールの魔力を元に奔走し―――現在に至る。

 

「―――と言うことよ」

 

 事の成り行きを話し終えたクリミアは、先程自分が吹き飛ばしたペティグリューと、呆然と立ち竦むシリウスを見たり来たりする。

 

「………今度は私が訊くわ。貴方達、これはどういうことなのかしら?」

「………それは―――」

 

 頭の整理が追い付いたシリウスが、此処に来たばかりのクリミアに事の真相を一から語る。

 真実を知ったクリミアは紫眼を丸くした。

 

「………つまり、シリウス・ブラック、貴方は無実の人間で、ピーター・ペティグリューが真の二重スパイだったと?」

「ああ、そうだ」

「それじゃ、私がさっき吹っ飛ばした相手はピーター・ペティグリューってことなのかしら?」

「そういうことになる。君には感謝するよ。おかげでコイツを殺しやすくなった」

 

 そう言うと、シリウスは歩き出す。

 ルーピンも歩みを進め………気絶している、かつては友だった男を冷めた瞳で見下ろした。

 

「コイツは気付くべきだったな。ヴォルデモートがコイツを殺さなければ、私達が殺すと」

「そうだな。リーマス、準備は?」

「勿論出来ている。―――さらばだ、ピーター」

 

 そして二人は同時に杖を振り上げた。

 が、その瞬間。

 

「ダメだ!」

 

 ハリーが駆け出した。

 彼はペティグリューと二人の間に立つ。

 

「殺しちゃダメだ」

「何故だ!? ハリー、君はこのクズのせいでご両親を亡くしたんだぞ? もし、あの時君も死んでいたとしても、コイツは平然と眺めていただろう。裏切り者の自分の命の方が、君達の命より大事だったんだ」

「わかっている。でも、ダメだ。コイツを城まで連れて行って、吸魂鬼に引き渡すんだ。裏切り者はアズカバンに投獄されるのがお似合いだ。僕の父さんは、こんなヤツなんかの為に親友が殺人者になるのを望まないと思うよ」

 

 誰も何も言わなかった。

 シリウスとルーピンは互いに顔を見合わせ、それから二人同時に杖を振り下ろした。

 

「………………」

 

 両親の仇を前にしても尚、鉄槌を下そうとしなかったハリーの行動に、フィールはやれやれと肩を竦める。

 自分だったら、今頃どうしていただろう?

 彼とは違い………自分の気が済むまで永遠とボコボコにし、殺したに違いない。

 そう思ったフィールはまだまだ自分の未熟な精神面に自嘲気味な笑みを浮かべ、それと同じくして深くため息をついた。

 

♦️

 

 満月の夜が明けた翌日。

 ホグワーツ城内はざわめきに溢れた。

 と言うのも、今朝発行された『日刊預言者新聞』に記載されている大見出しに、一同は愕然としている様子である。

 

 昨夜、ペティグリューの吸魂鬼引き渡しを決定した後―――気を失っていたスネイプを甦生させ、彼にも事実を全て話した。本来ならば大幅に減点しただろうが、事情が事情なだけに、今回ばかりは特別に免除してくれた。

 バックビークの件でホグワーツに出向いていた英国魔法省大臣、コーネリウス・ファッジにペティグリューの件を任せるべく、ルーピンがダンブルドアを呼びに行き、ファッジも揃ったところで、ハリーの透明マントを借りて吸魂鬼の眼を掻い潜ったシリウスと一旦ネズミにさせて元の姿に戻したペティグリューに、スネイプから渡された真実薬(ベリタセラム)を使って、真相を全て自白させた。

 ファッジはまさかの衝撃的な事実に茫然自失としたが、ここまで明白な現実と証拠を突き付けられれば認める他無く………翌朝の朝刊は、シリウス・ブラックの無実とピーター・ペティグリューの逮捕&逃亡で装飾された。

 魔法省はシリウスに十分な賠償金等を払い、これで一件落着に見えたのだが―――ペティグリューに関する情報誌から見てわかる通り、彼はアズカバン護送中に逃亡してしまった。

 なんでも、ネズミの動物もどきだという情報がちゃんと伝わっていなかったらしく、隙を突かれて逃がしてしまったとのことだ。

 

 そして、これまた残念なことがある。

 名教師のルーピンが辞職してしまったのだ。

 スネイプがスリザリン生にルーピンが狼人間であることを()()()()口を滑らせて暴露したみたいで、その日の内に彼はホグワーツを立ち去るのを決めた。

 これにはマルフォイなど一部のスリザリン生を除いた生徒達をガッカリさせ、ハリー達も残念そうに肩を落とした。

 

「僕、狼人間だって知った後でも、卒業するまでルーピン先生が『闇の魔術に対する防衛術』の先生だったらよかったのにって今でも思う。僕だけじゃない。皆だって、ルーピン先生が辞任したのを残念がっていたし………自分の子供が狼人間に教えを受けることなんて望まないって言ってたけど、そんなことないと僕は思うよ」

 

 その日の放課後。

 湖の畔に座り、静かに漂う水面を見るとはなしに眺めるハリーは独り言のように呟いた。近くにはいつも共に行動するロンとハーマイオニー、そしてフィールとクシェルが居る。

 

「………あのさ、皆。僕があの時、シリウスとルーピン先生がペティグリューを殺そうとしたのを止めたのって、本当に正しかったのかな。もしもヴォルデ………あ、いや………闇の帝王が復活したら、僕の責任だ」

 

 ヴォルデモートの名を口に出されるのを恐れるロン達(フィールは別だが)の手前、闇の帝王に言い直したハリーは、今しがた何気に不吉な発言をした自身に向けられる非難するような視線を無視して、言葉を紡ぐ。

 

「ダンブルドアは、いつか必ずペティグリューの命を助けて本当によかったと思う日が来るだろうって言ってたけど………アイツは僕の両親を裏切ったヤツで、親友さえも裏切ったヤツだ。そう思える日が来るとは、僕は思えない」

 

 すると、それまで黙っていたフィールは、自分の行動に対する善悪や間接的に両親を殺した男へ対する嫌悪や憎悪が入り交じった表情のハリーの顔を見ながら、静かに口を開いた。

 

「ハリー。自分の行動がいつ、何処でどんな影響が及ぼすかなんて、誰にもわからないし、想像もつかない。先の未来を予知出来るなら、今頃はこんなことにはなってなかっただろうし、誰も傷付く必要なんてなかっただろう。だから、そう深く思い詰めるな。誰もアンタのことは責めないし、責めさせやしない」

 

 その言葉に、ハリーはフィールを見る。

 彼女の瞳には一切の嘘が滲んでいない。

 本心からそう言ってくれた言葉だった。

 ハリーは顔を綻ばせる。

 

「フィール………ありがとう」

 

 ハリーが礼を述べると、フィールは頷いて、スッと立ち上がった。

 

「さて、それじゃ………ハリー、今は闇の帝王復活やペティグリューの話題は一旦忘れて、最後にもう一度だけやるぞ」

「え、何を?」

「『守護霊の呪文』の特訓」

 

 言われて、ハリーは「あっ」と思い出す。

 

「本当の裏切り者が発覚した昨日の今日で、幸せかどうかと訊かれたら難しいかもしれないが、念のため訊かせてくれ。幸せか?」

「うん………幸せだよ。やっと………やっと、大好きな家族と言える、僕の名付け親と出会えたんだから」

「そうか。それはよかった。………今だったら、アンタは最高の守護霊を創り出せるだろうな」

 

 フィールはヒップホルスターから杖を抜き出して湖に足が触れるか触れないかのギリギリな場所まで近付き、立ち上がったハリーも慌てて杖を取り出し、フィールの後を追う。

 

「私がカウントするから、0になったら同時に唱えるぞ。準備はいいか?」

「うん、バッチリだよ」

「それじゃ、行くぞ。………3、2、1―――」

 

 次の瞬間、フィールとハリーの、杖を高く掲げて同時に詠唱する声がシンクロした。

 

「「エクスペクト・パトローナム(守護霊よ来たれ)!」」

 

 フィールの杖先から銀色の狼が飛び出す。

 スタイリッシュで凛々しい顔付き、刃の切っ先のように鋭い瞳、耳には主人と同じイヤーカフがついていて尾が太く、一般の狼を遥かに上回る巨体が特徴的だ。

 そして―――ハリーの杖先からは、月のように眩い輝きを放つ銀色の牡鹿が力強く噴き出した。

 3~4本に枝分かれした立派な角にしなやかな身体が特徴的な牡鹿は、その大きな銀色の瞳で真っ直ぐにハリーの緑色の瞳をじっと見つめ、驚きと喜びが織り交ざった笑顔を浮かべる彼の前に立っている。

 

 それから、それぞれ主人の目の前に居た狼と鹿は向きを変えてゆっくりと歩み寄り、鼻を近付けて互いにクンクンし合った。

 犬同士でもよく見掛ける、お互いのことをよく知るための仕草だ。自分の耳から首の辺りを相手の同じ所にスリスリと擦り付ける動作も加えた感じ、恐らくはポジティブな意味での「君のことが大好き」と言う気持ちの表れなのだろうか。

 これが初対面であるはずなのに、なんなんだろうか、この超フレンドリーなコンタクトは。守護霊に意思の有無を追究したいくらいに随分あっさりとコミュニケーションを取るなと、フィールとハリーは顔を見合わせる。

 

 白銀の狼と牡鹿は自由に宙を駆け回ったり、太陽の光を反射してキラキラと輝く湖面を共に疾駆した。その幻想的で神秘的な光景に、全員が思わず見入る。

 この時はまだ、誰も知る由はなかった。

 ハリーの守護霊は、彼の亡き父親と同じ姿形であることに。

 動物もどきだったジェームズは牡鹿に変身したからこそ、ルーピン達は『プロングズ』と呼んでいたことに。

 

 彼は母の愛だけに護られていたのではない。

 父の強い愛にもちゃんと護られていたのだ。

 

♦️

 

 毎年恒例の学年末パーティーの時間。

 今年の寮杯とクィディッチ優勝の2冠を奪還したスリザリン生は、これまたクィディッチ決勝戦で見せた時と同等かそれ以上のどんちゃん騒ぎで狂喜乱舞だった。

 寮杯に大きく貢献したスリザリンのクィディッチチームを囲むようにして座りながらスリザリン生達は称賛の言葉を送り、チームの花形でありピンチヒッターのフィールを特に誉め称えた。

 

「フィー、大変だねえ」

「ああ、全くだ………」

 

 やっと解放されてへとへとになったフィールは疲れ気味に返答する。

 ゴブレットに注いだカクテルを喉に通すフィールへタイミングを見計らったクシェルが声を掛けた。

 

「ねえ、フィー」

「なんだ?」

「夏休みに入ったらさ、皆でどっか遊びに行かない? ほら、皆で一緒に遊んだことって、まだないじゃん?」

 

 言外に、監獄に長年閉じ込められたシリウスの気分転換にもなれば、というクシェルの気持ちを察したのだろう。

 フィールは少し考えた後、フッと笑いながら頷いた。

 

「そうだな。皆で、どっか遊びに行くか」

 

 フィールが賛同すると、クシェルはパアッと顔を輝かせた。

 

「やった! そうと決まれば、早速ハリー達も誘おうよ! 何処行く? やっぱり真夏の時期に行くとしたら、海とか?」

 

 と、早くも予定をあれこれ口にして、クシェルははしゃぐ。

 フィールは淡く笑みと―――夏季休暇中に友人と遊ぶのはこれが初めてだと思いながら、一昨年褒美としてダンブルドアから貰った蛇の彫刻が施されたゴブレットを指先で弄り、ゆっくりとカクテルを傾けた。

 

♦️

 

 今年の無事ホグワーツでの全日程を終え、ホグワーツ生達は紅い蒸気機関車に揺られながら、数時間後、キングス・クロス駅に到着した。

 クシェルとプラットホームで別れたフィールは後にクリミアと合流し―――迎えに来てくれたライアンとエミリーに、痛いくらいに抱き締められた。

 

「フィール、クリミア、大丈夫だったか?」

「吸魂鬼がホグワーツで警護するって聞いてからずっと心配してたわよ………」

「私達は大丈夫ですよ。ね、フィール」

「ああ………それと、エミリー叔母さん。バックビークを救ってくれて、本当にありがとう。ハグリッドも感謝してた」

「どういたしまして。貴女達の役に立てて、私も嬉しいわ」

 

 エミリーが優しい笑顔を見せる横で、不意にライアンは神妙な顔付きになる。

 

「それにしても………シリウスとピーターのことに関しては本当に驚いたよ」

 

 シリウスとペティグリューの事情はフクロウ便でクリミアから説明を受け、前者は解放されてから今日に至るまでライアン達が住んでいるフランスのベルンカステル邸で寝泊まりした。

 シリウスは自宅であるはずのブラック家そのものを憎悪しているらしく、魔法省からたんまり貰った金で一軒家を購入し、そこで夏休みの半分はハリーとルーピンと共に過ごすそうだ。

 

「君達」

 

 何処からか、男の声が耳を打つ。

 そちらに顔を向けてみれば、シリウスが居た。

 ベルンカステル邸でまともな食事と念入りな入浴をしたおかげで血色や身なりは幾分か良くなっている。

 伸び放題だった髪を切り髭も剃ったため、彼の学生時代の頃の容姿を知っているベルンカステル兄妹とフィールは、昔に近付いていると現実味に実感した。

 

「シリウスか」

「また会ったな、フィール」

「今日はハリーを迎えに?」

「ああ、そうだよ。それと、彼の叔母夫妻にもちょっと話をしにね。………フィール、君には感謝してもしきれない。君が力を貸してくれて、助かった」

「礼はいらない。………それに、ペティグリューには逃げられたし」

「そうだったな………あの野郎、いつかこの手で始末してやる」

 

 シリウスは拳を握り締め、決意を新たにする。

 程無くして、シリウスは名付け子のハリーを迎えに行った。ライアンとエミリーはフィールとクリミアを促し、『付き添い姿くらまし』でベルンカステル邸へ直行した。

 

 ベルンカステル邸へ辿り着き、フィールとクリミアは去年同様、ライアンの妻セシリアと双子の兄妹ルークとシレンに出迎えられた。

 セシリアは真っ先に二人の頭を抱く。

 

「はぁ、よかった………貴女達が無事で、安心したわよ」

「セシリア叔母さん、ただいま」

「今日は此処に泊まってもいい?」

 

 二人の言葉に、セシリアは柔らかく笑む。

 

「ええ、勿論よ。………おかえりなさい」

 

 セルリアンブルーの瞳を優しげに細めたセシリアは、もう一度フィールとクリミアを抱き締めると、二人の頬に口付けを落とした。




【魔力感知】
ドラゴンボールでいう『気を察知する』と同じ能力。
ハリー・ポッターで登場する魔法使い達が他人の魔力を感知出来るかどうかはあまりハッキリしてませんが、この作品では魔力感知能力を兼ね備えている設定にしています。
熟練者になればなるほどレベルアップする的な感じですかね?
ま、物に魔法の痕跡が残るなら人でもあるでしょう。

【シリウス、無罪放免!】
やったね!

【駄菓子菓子!】
お決まりのワームテール逃亡!

【アズカバンの囚人編終了】
第3章も無事終了です。
本章ではフィールの過去が幾つか判明。
魔法の腕前で言うなればとても強いフィールですが、ディメンターの影響力はハリーと同等かそれ以上に酷いことも明らかになりました。
そして謎の人物・『彼女』の正体は如何に?(と言ってもバリバリバレバレですけどね………)
ま、真相は後にハッキリしますので、その時までお待ちを。
さて、次回からは『炎のゴブレット』編。
第4章へ続きます。また見てね、バイバイ。


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Ⅳ.THE GOBLET OF FIRE
#46.マリンブルーの想い出


第4章炎のゴブレット編スタート!


 7月もそろそろ下旬と言う頃―――。

 午後のからりとした日差しの中、バスケットボールをドリブルで前進する音とスポーツシューズの甲高い音が炎天下の元で響き合う。

 バスケットゴールがある公園で、バスパンとバスケットウェアに身を包む黒髪の少年が、同じくバスパンとバスケウェアに着込んだ黒髪の少女からボールを奪い取ろうと立ちはだかる。

 

「ハリー! ボールを奪い取れ!」

「フィール! ボールを渡すな!」

 

 1on1の真剣勝負をする黒髪の少年少女を観戦していたギャラリーの内、黒髪の男性二人が声を張り上げる。

 中々勝負がつかないゲームに四人の少年少女はハラハラし、水色髪の少女と黒髪の女性と白髪混じりの茶髪の男性は、微笑ましそうに見守る。

 

「ハリー! 頑張って!」

「ま、負けないで!」

 

 茶髪の少女が、黒髪の少年へ声援を送る。

 それに続く様、赤毛の少女も精一杯応援した。

 気合い注入が効いたのか、彼の動きが一段と素早くなった。

 

(どうしよう………)

 

 黒髪の少女は突破口を見つけようとドリブルしながら眼を走らせる。

 このままでは取られてしまう、と流石のクールな彼女にも表情に焦りの色が見えた時、

 

「フィー、頑張って―――っ!」

 

 と茶髪の少女の声が聞こえた。

 次の瞬間………黒髪の少女は一瞬の隙を突いて驚異的なスピードで黒髪の少年のディフェンスを掻い潜り、

 

「―――っ!」

 

 奇跡の身のこなしで、ボールを手にジャンプ。

 黒髪の少年が必死に手を伸ばすが、僅かな差でその指先がボールに触れることなく―――センターライン近くから放たれたボールは大きな弧を描くと、ボードに跳ね返らず直接リングに吸い込まれた。

 ネットをすり抜けたボールがコートに落ちるのと同時に、黒髪の少女も両足の裏をコートについて着地した。

 

「フィー、スゴい!」

「今のロングシュート、カッコよかったわね」

 

 ロングシュートを決めた黒髪の少女―――フィール・ベルンカステルへ、茶髪の少女クシェル・ベイカーと、黒髪の女性エミリー・ベルンカステルは称賛の言葉を届ける。

 

「フィール、君、バスケも得意なんだね」

 

 と額に滲む汗を拭いながら若干悔しそうな表情で声を掛けたのは、ハリー・ポッターだ。

 彼はスポーツが得意みたいだが、ホグワーツ入学前に通っていたマグルの学校、セント・グレゴリー小学校では従兄のダドリー・ダーズリーを初めとするダドリー軍団の皆から虐められていたことから、思う存分にスポーツを楽しめなかったらしい。それを差し引いてでも、夏季休暇中にダードリー家に居るのは憂鬱だとか。

 

 そこで、今年の夏季休暇は皆で何処かへ行って楽しく遊ぼうと提案したクシェルと、それに賛成したフィールの二人に誘われたハリーは、嬉々としてOK。

 フィールの義姉のクリミア・メモリアルと、友人二人のロン・ウィーズリーとハーマイオニー・グレンジャーも勿論同意したのだが………前者の妹のジニー・ウィーズリーが「私も仲間に入れて欲しい」とのことで、彼女も加わった。

 彼らの保護者は、ハリーの父親と親友だったシリウス・ブラック、リーマス・ルーピン。フィールの叔父叔母のライアン・ベルンカステル、エミリー・ベルンカステルの四人だ。

 そのため、ウィーズリー夫妻も、頼もしい知り合いが息子と娘の保護者を務めてくれることに快く許可した。ちなみにウィーズリーツインズは、クィディッチ決勝戦で優勝奪還に導いた宿敵ピンチヒッターのシーカー・フィールとその友人のクシェルが居るとの理由で誘いを断ったため、今回は居ない。

 

「ハリー、今の気分はどうだ?」

「物凄く最高だよ。こんなにも楽しい夏休みなんて初めてだ」

 

 ハリーは満面の笑顔でそう言った。

 彼の体内に施された母親の血の護りの効果を継続させるため、夏休み前半はダードリー家に居ないといけなかったが、それを乗り越えれば、シリウスとの同居、仲間達との遊びが待っているとハリーはこの日をずっと楽しみにしていた。

 

「ハリー君、他に行きたい所はあるかい?」

 

 フィールの叔父、ライアン・ベルンカステルはハリーへそう訊いた。ハリーはその質問に、遠慮がちになる。

 

「え、でも………それだと、ライアンさん達に悪いですよ………」

「なに、気にしなくていいさ。僕達も休暇だと思って楽しんでるよ。君のことは、フィールから聞いている。遊び盛りの年頃なんだ。せっかくの夏休みなんだし、楽しまなきゃ損だろう?」

 

 そう言って、ライアンはハリーの頭をポンポンと軽く叩いた。

 息子と娘を持つ父親、そして姪を持つ叔父なだけに、ライアンはフィールから聞き及んだハリーの叔母夫妻の残酷な扱いに憤っていた。

 

「シリウス、リーマス、予定は大丈夫かい?」

「全く大丈夫だ。むしろ、私も楽しみたいよ」

 

 シリウスも満面の笑顔で言い、ルーピンも微笑んで頷いた。

 

「そういうことよ。ハリー君。他に何処か行きたい所はあるかしら?」

 

 エミリーがハリーと目線を合わせて尋ねると、

 

「じゃあ………クシェルが言ってた通り、海に行きたいです」

 

 夏と言えば、やはり海だ。

 真っ青な海水。白い砂浜。晴れ渡る晴れ空。潮風の匂い。

 それを連想しただけで、心が踊る。

 エミリー達は、ニッコリと頷く。

 

「よし! じゃあ、明日は水着を買いに行って、明後日海水浴しに行くか!」

 

 ライアンは意気込み、クシェル達も「やった!」とはしゃぐ。ハリーも嬉しそうだった。

 その後、今後の予定を計画した彼らは自販機でジュースを購入し、明日はロンドン郊外のデパートで集合しようとハーマイオニーの意見で待ち合わせ所を決めたら、各自帰るべき家へと帰宅した。

 

♦️

 

 イギリス最大の老舗百貨店・ハロッズ。

 そこは、大勢の人々で賑わっていた。

 ロンドンはイングランド及びイギリスの首都で現代的な都市である一方、その歴史はローマ時代まで遡るほど太古の昔から続く。中心部には威厳ある国会議事堂、象徴的な時計塔ビッグ・ベン、英国君主の戴冠式が行われるウェストミンスター寺院などがある。

 

「マグルのデパートってスゴいんだね」

 

 人混みの多さとその大規模さに、初見のクシェルは眼を点にしてビックリする。ロンやジニーも初めて来たことから、物珍しげにキョロキョロ辺りを見渡した。

 

「………………」

「フィー? どしたの?」

「! あ、いや………なんか、懐かしいなって」

「懐かしい?」

 

 クシェルが首を傾げると、ハーマイオニーとエミリーは「ああ………」と懐かしそうな表情を浮かべた。

 

「そういえば、私達、2年前にハロッズに来たわよね」

「その日はホント、ハラハラな1日だったわ」

 

 2年前の人攫いグループとの対決。

 最初は家出した少年の捜索だったのに、それがまさかの事件解決へ繋がった―――。

 

「カイやマナさん、元気にしてるかな」

「元気にしてるわよ、きっと」

「再会した時は、当時よりも大きくなってるでしょうね」

 

 ハーマイオニーとエミリーはそう言って、微笑む。今でもフィールとカイが姉弟みたいだったのを思い返すと、笑みを溢してしまうのだ。

 

「皆、そろそろ中に入りましょ」

「そうだな。そうしよう」

 

 売り場の前で突っ立ったままなのも他の人に迷惑なので、クリミアとルーピンがそう促し、カラフルな水着が売られている店内に入る。

 そうして、多種多様で色とりどりの水着が掛けられている場所に足を運び、皆はどの水着を買おうかと物件探しに色々見て回った。

 

♦️

 

 翌日―――知名度・規模ともにイギリス有数の海浜リゾートで、イングランド南東部に位置する都市・ブライトンにやって来た。

 その日は快晴で、雲一つない晴れ空に浮かぶ太陽がギラギラと照り付ける。流石はイギリス有数の海浜リゾートだ。既に多くの海水浴客でワイワイ賑わっており、楽しげな声が聞こえてきた。

 

「今日は天気がいいな」

「ええ。曇りじゃなくてよかったわね」

 

 オレンジカラーのヤシ柄サーフパンツにシルバーネックレスをつけたライアンと、黒いビキニの水着の上にクリーム色のパーカーを羽織るエミリーは、夏の日差しを降り注ぐ青い空を仰ぎ見る。

 エミリーは長い髪を緩く結んでいて、いつもとは違う印象を受けた。

 

「海、綺麗だね」

「そうだな、綺麗だな」

 

 薄い緑色のドット柄水着に水色のパーカーを羽織るクシェルと、海を連想する青色の水着の上に大きめの白いパーカーを羽織るフィールは、ガラスのように煌めく海が作り出す美しい光景を共に眺めていた。

 幾つかのパラソルが差された場所には、クリミアやルーピン達が居た。彼女らも各自それぞれの水着に身を包み、持ってきたクーラーボックスなどを置き整える。

 此処に来る前にエミリーが日焼け止め効果の魔法を掛けてくれたので、皆は軽く準備運動をして身体を解したら、

 

「よし! それじゃ、泳ぎに行くぞ!」

 

 早速、海を遊泳しに白い砂浜を駆け出した。

 海水に浸かった途端、ひんやりとした冷たさが全身を駆け抜け、この時期特有の真夏の猛暑を忘れさせてくれる。

 特に、長年監獄に閉じ込められていたシリウスと夏休み中に叔母夫妻からこうして自由な時間を与えられることがなかったハリーは、心底嬉しそうな表情でエンジョイした。

 

「ハリー達、楽しそうだな」

 

 少し離れた場所で仲間と笑い合う友人の姿を、フィールは淡い微笑みで見守った。それを見てエミリーは「ええ」と頷くのと同時、金眼を細めて彼女を見下ろす。

 

「フィール。私はね、今、とても嬉しいわよ」

「………何がだ?」

「だって、前の貴女なら、友達の誘いとか、適当にあしらって断りそうだなって。娘が交友関係を築くようになって、喜ばずにはいられないわよ」

 

 姪、ではなく、娘、と言ってフィールの頭をポンポン叩いたエミリーは、目元を和らげて微笑んでいた。

 フィールは、去年のクリスマス休暇中にクリミアにも似たようなことを言われたなと、自分と瓜二つの叔母を見上げる。

 

「さ、私達も泳ぐわよ」

「………ああ」

 

 太陽に負けぬくらいの眩しい笑顔を向けてきたエミリーの後を、フィールは追い掛けた。

 

 泳ぎ始めてから数十分後―――。

 フィール達は休憩として、自分達の荷物やクーラーボックスが置いてあるビーチパラソルの下へやって来た。

 皆は座り込み、持参した大きなスイカを切ってそれを食べたり、炭酸飲料水のコーラを飲んだりしたのだが―――。

 

「ん? アレはなんだ?」

 

 シリウスが、アレ、と指したのは、バレーボールから派生した球技の一つで砂浜にネットを張ったコートで二人一組のチーム同士で対戦するビーチバレーだ。

 

「アレはビーチバレーっていうスポーツよ」

 

 首を傾げるシリウスへ、生粋のマグル生まれであるハーマイオニーが丁寧に説明した。

 

「へえ、そんなものがあるとは………よし、ライアン。私とビーチバレーで勝負しないか?」

 

 と、シリウスはライアンへ勝負を持ち掛けた。

 

「この間のハリーとフィールのバスケの試合は、君の姪が勝ったからな。だから、私がハリーの雪辱を君との勝負で果たす」

「いいだろう。だけど、普通に勝負するのはなんだか面白みがない。負けた方がかき氷を奢るってのはどうだい?」

「悪くない。受けて立つさ」

 

 シリウスは不敵な笑みをライアンへ向け、二人はシートから立ち上がる。

 パーカーを脱ぎ、空いてるスペースに移動した長身でイケメンの登場に、近くに居た女性がキャーキャーと騒ぎ出した。

 フランスで闇祓い(オーラー)に勤務しているライアンと、殺人鬼の汚名返上を果たした後に、英国魔法省で闇祓い(オーラー)に就いたシリウスは、仕事の関係上、どちらとも身体が相当鍛えられている。

 そのため、全体的に細く筋肉質の肉体を誇るライアンとシリウスは、一気に女性からの注目の的を浴びた。

 

「ねえ、あの人達、カッコよくない?」

「うんうん! あんなイケメン、二人も見たことないよね~!」

「どっちタイプ?」

「え~、迷うな~。でも、どちらかと言えば、私はあの金眼の人かな? 精悍な顔付きだけど、そこがまたイイって的な?」

「あ~、わかる~。でも、あのグレーの瞳の男性も捨てがたいよね。明るく社交的な感じで、気さくそうだよね」

 

 と、ライアンとシリウスの内、どちらが好みのタイプだとかで、周囲の女性達から黄色い歓声が上がりに上がる。中には彼氏持ちの女性もいるのか、男性陣は嫉妬の眼差しでライアンとシリウスを睨み付けていた。

 

「じゃあ、先に3回得点を取った方が勝ちな」

「ああ、わかったよ」

 

 ―――ということで、試合開始(ゲームスタート)

 

「とおっ!」

「とりゃ!」

 

 ライアンとシリウスは、ビーチバレーで男の熱き戦いを繰り広げた。試合は白熱とし、コートへボールを打ち込み打ち返したりと長らくは接戦を続け、中々決着がつかない。気付けば、いつの間にか彼らの周囲には、ギャラリーが大勢集まっていた。

 

 試合を始めてから数十分後。

 現在、二人の点数は2対2。

 つまり、どちらかがあと1点入れれば、勝者が決する。

 

「シリウス、ファイト!」

「負けるな!」

 

 ハリーとルーピンがシリウスへエールを送る。

 名付け子と親友から鼓舞されたシリウスは、スパイクやレシーブが鋭くなった。

 

「ライアン叔父さん! 頑張って!」

 

 クリミアの応援が、ライアンの耳に入る。

 ライアンは高くジャンプし、飛んできたボールを、バシッ! と鋭くスパイクを決めた。

 シリウスはレシーブしようと必死に手を伸ばすが、それはすんでで触れず―――彼の目前でビーチボールは砂浜に突き刺さった。

 結果、ビーチバレーの勝者はライアン。

 シリウスは、ハリーの雪辱を果たせなかったのを悔やんでいた。

 

「シリウス、また対決しないか?」

「ああ………今度こそは勝つぞ!」

 

 二人はパシッと握手し、互いの健闘を讃えた。

 そうして、ライアンとシリウスは愛する者達が待っている場所まで行こうと歩みを進めたが、

 

「あの~」

 

 背後から、声が掛けられる。

 ライアンとシリウスは、ゆっくり振り返る。

 途端に「きゃあ」と賑やかしい声が上がった。

 そこに立っていたのは、数人の若い女性だ。

 高校生か大学生くらいだろうか。

 全員が髪を明るく染め、濃い化粧を目の上や頬に施し、小麦粉色の肌に派手な水着を纏っていた。

 一見してシリウスは彼女達の意図を悟ったが、

 

「何か用があるのかい?」

 

 と、ライアンは首を傾げながら問い掛けた。

 すると、それまで話し掛けながらもあと一歩勇気が出せなかった女性陣の中で、真ん中に居た女の子が意を決したように前へ踏み込み、上目遣いがちにライアンを見つめながら、

 

「さっき、ビーチバレーをしているのを見て、スゴくカッコよかったなって………その。私達と一緒に遊びません?」

 

 すると、他の女の子達も口々に誘ってきた。

 押しの強い女の子達に囲まれて、ライアンとシリウスは内心、圧倒されたが、

 

「すまないが、連れがいるんでね」

「そういう訳だから、申し訳ない」

 

 と、あくまで丁重に断りを入れて頭を下げ、背を向けてすたすたと歩き去った。

 シリウスは肩越しにチラリと見る。

 フラれた彼女らは、顔を強張らせていた。

 ………余程自信があったのだろう。

 よくよく見てみれば、全員が可愛い顔立ちをしている。

 化粧も水着も最新の流行に沿っているし、それに見合うスレンダーなスタイルも抜群だ。

 ただ如何せん、ライアンは今更他の女に食らい付くような真似はこの先一生無いだろう。

 ライアンには、既に愛する妻子がいる。

 彼は不倫などという道を踏み外すような軽い男ではないし、妻だけでなく、血の繋がった妹や姪もハッと息を呑むほどの超美形だ。そして、今は亡き姉も人間離れした美しいフェイスだったのだ。

 生まれた頃からそれをずっと見てきたのなら、先程所謂『逆ナン』をしてきた美女数人など彼にとっては彼女達の足元にも及ばないのだろう。

 

(ま、仕方ないな)

 

 シリウスは苦笑し、前へ向き直る。

 少し歩いた先で、トロピカルジュースを手にしたエミリーがライアンとシリウスへ手渡した。

 

「はい、二人共、お疲れ様」

「ああ、ありがとう」

「気が利くな。サンキュ」

「どういたしまして。じゃ、シリウス。かき氷を奢るって約束、忘れないでちょうだいね?」

「勿論、わかってるよ。男と男の約束はちゃんと守るさ」

 

 親しげな会話が耳に届き、彼らにフラれたばかりの彼女らは自尊心を大いに傷つけられた。

 誰が見ても認めるほどの、美女だった。

 背はスラリとした長身で、余分な脂肪が一切と言ってもいいくらいに無い、雪のように真っ白な肌とは相反する黒い水着の上からクリーム色のパーカーを羽織る、温厚そうな女性―――。

 プライドをズタズタにされた女の子達の内、最初に声を掛けた子は引きつった頬を無理矢理に上げ、やけに大きな声を出した。

 

「なぁんだ………連れって言っても、そこいらに居るような平凡な女じゃん!」

 

 勿論、黒髪金眼の女性―――エミリーが、そこら辺にでもいるような女ではないことくらい、わかっている。

 それでもなお『平凡な女』と強調したのは、彼女が自分達のような化粧を施している様子が無いのに肌とかも綺麗で、シンプルな水着なのにも関わらず、他人との格差を圧倒的に生み出していることへの嫉妬心からだった。

 そのため、少しでも自分達の方が『彼女よりも容姿端麗』だと言いたくて、揶揄しているのだろう。

 周りに居た女性陣もそれに同調し、皮肉な笑い声を上げる。

 

「だよねー。私達みたいに化粧とかしないで、よく男の前に立てるよねー」

「ちょっと釣り合い取れてないし………ねえ、もう行こ行こ!」

 

 クスクスと嘲りを含めた笑いを浮かべ、新たな出会いを求めに踵を返す女性軍。

 エミリーは、彼女達から発せられる悪意に満ちた発言が自分に向けられたことに、唇を噛み締めた。

 あんなのは所詮戯れ言だ。

 気にする必要はない。

 だが………見ず知らずの人にあそこまで言われて、心中穏やかではいられない。

 思わず、それまで浮かべていた悪戯っ子な笑顔を引っ込め、下に俯く。

 ライアンは妹を傷つけられ、片眉を上げた。

 近くに居て今の会話が聞こえてたシリウスやルーピン、クリミア達も、せっかくの楽しかった気分を粉々にぶち壊され、笑顔が消える。

 苛立つ感情のままライアンが一歩踏み出すよりも前に―――見慣れたビーチボールが突風のように物凄い速さで横を通り抜けた。

 何処からか投げられたそのボールは、真っ先にエミリーの悪口を叩いた女性の後頭部に見事クリティカルヒットした。

 

「イッタ~………ったく、一体誰よ!?」

 

 女性はぶつけられた後頭部をさすりながらイライラと振り返ってみれば、そこには、あの黒髪金眼と瓜二つの黒髪蒼眼の少女が、静かな怒りを滲ませた表情で隠すことなく、こちらを睨み付けていた。

 女性は、例え子供であろうと遠慮無しに文句を言おうとズンズン歩み寄っていったが………近付いていく内に、少女とは思えぬ殺気立たせる威光を肌で感じてきたのか、徐々に速度が落ちていった。

 立ち止まった時には、すっかり怒りの表情は鳴りを沈め、顔面蒼白してしまった。

 狼のように鋭い、蒼色の双眸。

 狙った獲物は決して逃さないと言わんばかりにこちらを見据えてくるそれに、真夏日で照り付くような炎天下の元に居るのに、背筋から悪寒が走って冷や汗が止まらない。

 他の女性数人も、鞭打たれたように静まってフリーズしているので、助けを求めても無意味だ。

 

「ちょっ、フィール!?」

 

 エミリーは姪っ子の意外すぎる行動にビックリし、クシェル達も口をあんぐりと開けて呆然と立ち竦んでいたが、

 

「おい………それ以上悪口言ってみろ。次はこんなものでは済まさないぞ」

 

 と、低音で威厳ある声音で脅迫とも捉えられる発言をかました。

 女性陣は彼女の得体の知れぬ威風に気圧されて後退りし、逃げるようにその場から走り去っていった。

 たった一言。ただそれだけの言葉に、大人数人を負かしたのだ。これにはライアンもエミリーも、揃って唖然とする。

 フィールはさっき投げ付けたビーチボールを拾い上げると、

 

「………ごめん。嫌なことに巻き込んで」

 

 と、争い事を好まぬ叔母や仲間達に険悪な雰囲気を感じさせてしまったことを謝罪し、ボールを戻して何処かへ歩いていった。

 

♦️

 

「………はぁ」

 

 エミリー達からかなり離れた距離。

 そこで、フィールは砂浜に座って海を見るとはなしに眺めて深くため息を吐いた。

 あんな他人の揶揄など無視すればよかったなのに、エミリーが俯いていたのを見て、怒りが込み上げてきた。

 気が付けば短気と言われても仕方ないほどの早さで行動したのだから、自分に自嘲してしまう。

 

「フィール」

 

 声がした方向を見ると、エミリーが居た。

 フィールはバツの悪そうな顔になる。

 

「………エミリー叔母さん」

 

 口を濁すと、エミリーが隣に座り、額を軽く小突いてきた。

 

「フィール。見ず知らずの人にさっきみたいなことは、もう止めなさい」

「………ごめんなさい」

 

 小声でフィールが謝ると、

 

「でも………ありがとう」

 

 エミリーはフィールをギュッと抱いた。

 身長差と体格差の関係上、フィールはエミリーの胸に顔を押し付けられた。

 フィールは気恥ずかしさからジタバタする。

 

「ちょっ、エミリー叔母さん………!」

「なに?」

 

 フィールは頬を少し赤く染め、胸に顔を押し付けてきたエミリーの腕から逃れようとジタバタするが、力の差があるせいか、どう足掻いても敵わない。

 

「貴女の焦った所、久々に見たわね」

「………イジワル…………」

「ええ、私はイジワルよ?」

 

 ニヤリ、とエミリーは悪戯っ子な笑顔を浮かべる。

 すっかり、落ち込んでた様子はなくなった。

 

「いつもそれくらい可愛ければ、もっと人気が上がるのにねえ」

「………煩い」

 

 エミリーの言葉に口を尖らせたフィールは、不意に昔の記憶が甦った。

 9年前―――部屋で夜更かししていた所を母・クラミーに見つかって、「一緒に寝るわよ」と言って胸に顔を押し付けた………あの時の、頬と耳とを伝わって聞こえてきた心臓の鼓動を、唐突に思い出した。

 

(………あの頃はまだ、お母さんもお父さんも生きてたんだよな……………)

 

 あれから、9年の月日が経とうとしている。

 父と母を失い………心にポッカリと、穴が空いたような喪失感を背負ったまま、生きてきた長い年月だ。

 その時私は、自分の殻に閉じ籠ってしまった。

 ライアンやエミリー、クリミアがどんなに励ましてくれても、その心は救われなくて―――。

 

(………いや……違う………)

 

 今、何故か、そう思った。

 ―――閉じた心を、開いた者はいない。

 それに、心の何処かが、否定した。

 いない、ではない。いた、と。

 ショックで立ち直れなかった自分を、再び立ち直らせてくれた人がいた。

 何故か………そんな気がした。

 でも………わからない。

 本当に、そうだったのか。

 何も………思い出せない。

 

「お姉ちゃーん! 待ってよ~!」

 

 何処からか、そんな声が聞こえる。

 二人がそちらを見てみれば、黒髪の小さな女の子が、『お姉ちゃん』と思われる銀髪の女の子を追い掛けている姿が眼に入った。

 それを見てフィールは、同じくその姉妹の光景を眺めていたエミリーの腕からスルリと抜け、ゆっくりと立ち上がる。

 脳裏の片隅に、白銀の少女が浮かび上がった。

 整った顔立ちが形作る微笑みに、自然と安心感をもたらしてくれる………そんな、少女を。

 そして―――遠くから見える、見知らぬ銀髪の少女の背中を見つめて、こう呟いた。

 

 

 

 

「―――お姉ちゃん………?」

 

 

 

 




【スポーツ① バスケットボール】
ハリーはスポーツ得意らしいので、フィールとバスケでデュエルゲームさせました。結局、彼女がロングシュートで勝ちましたけど。

【海水浴】
やっぱり夏と言えば! 海でしょ!

【水着スタイルの皆さん】
これは滅多に見られない超貴重なシーン。
恐らくは、ハリポタ二次創作小説で初なんじゃ?

【スポーツ② ビーチバレー】
ライアンVSシリウスのデュエルバトル。
①で1on1にさせた理由はこういうこと。

【超モテモテなお二方】
そりゃ、ねえ。細マッチョでハンサムな男が二人もいるんだったら、女が騒ぐ訳がありませんからね~。
ライアンは元々人外じみた美形の顔だし、シリウスも伸び放題だった髪をショートにして髭も剃り、長年摂ってこなかったまともな食事と闇祓いに必要な体力を養うための訓練をした結果、学生時代の頃のルックスに近付きましたからね。

【逆ナン×美女数人】
男なら誰もが一度は経験したい逆ナンな上に誘ってきた女は数人。
普通の男なら(*ノ゚Д゚)八(*゚Д゚*)八(゚Д゚*)ノィェーィ! な所でも二人はそれを断るという。

【フィール、キレる】
普段はクールな彼女ですが、大切な人を侮辱されたら殺気立たせる威光の空気をぶっ放す。
それには大人であろうと思わず恐怖心を持つ。
お、恐ろしい………((( ;゚Д゚)))ガクガクブルブル。

【まとめ】
今回は完全にマグル界での話でした。
夏ならではとのことで、クシェルの言ってた通り海へと遊びに行った出来事。楽しんでいただけたでしょうか?
私も書いてて、スゴく楽しかったです♪
たまにはこうして戦いが無いストーリーも悪くはないかなと思います。どのキャラにどんな水着を着させようかなと考えたのも楽しかった一つですね。
ちなみにクィディッチ・ワールドカップ決勝戦後にも海が出てくるので、ダブルマリンストーリーになりますね。海好きな人には必見なのでは?

さて、話は変わりますが……いよいよ、これまで曖昧にしてきた伏線や謎が本格的に明るみになっていくでしょう。読者さんの大半以上が既に感付いている部分もあると思いますが、どれだけ答えが合っているかの答え合わせだと思って読んでくれたら嬉しいです。


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#47.再会

ベルンカステル邸での出来事。


 8月に突入し、フィールとクリミアはフランスのベルンカステル邸に来ていた。

 ベルンカステル邸はペンションかホテルかと言っても過言ではないほどの立派な洋館で、周囲と調和が取れた落ち着いた印象が特徴的である。瀟酒という形容が相応しい外観だけれど、細かい意匠を観察すれば、とても優美なデザインで建てられたのがよくわかる。

 フィールとクリミアは、ライアンの妻・セシリアが作ってくれたクッキーと紅茶を口に運び、彼らと共に他愛もない話で華を咲かせていたのだが―――。

 

「フィール、今日は随分大人しいじゃない。どうかしたの?」

 

 と、此処にちょくちょく遊びに来るエミリーがフィールへ声を掛けた。

 これは何も、エミリーだけが気になっていた訳ではない。

 実は、ライアン達も密かに気にしていた。

 フィールは必要なこと以外はあまり喋らないし、口数も少ないのはわかっている。

 だが、今日はやけに静かなのだ。

 一言も口を開かず、黙々と口にする姿は普段となんら変わらない。

 しかし、どこか………雰囲気が、違う。

 

「………別に。普通だろ」

 

 煩わしそうに、フィールは口を開いた。

 とりあえずは、反応を示し、話してくれたことにホッとするが、やっぱり、何か、変だ。

 フィールは椅子から立ち上がり、広いリビングの方へと歩いて背を見せる。

 全員が思わずそちらに眼を走らせると、

 

「ライアン叔父さん、エミリー叔母さん。貴方達って私の母と過ごしてきたんだよな、昔」

「………ああ」

「………ええ」

 

 ライアンとエミリーは短く返事しながらも、まさかフィールがそんなことを言ってくるとは予想外だったので、内心少し驚いていた。

 

「あのさ………なんで、母を捕まえておかなかったんだ?」

「え………フィール、急に何言って………」

 

 フィールの突然の言葉に、皆は戸惑う。

 

「そうすれば、私が生まれてくることはなかったのに」

 

 やはり、様子がおかしい。今まで一度も母親、すなわちクラミーのことをこんな風に話題にしたことがないのに………。

 

「クラミー姉さんは、君のことを『生まれなければよかった』なんて、そんなこと、思う人じゃない」

「………答えになってないな」

「フィール………? 一体どうしたの?」

 

 エミリーはフィールに近付き、彼女の両肩に両手を置いて、その顔を見つめた。

 自分の金の瞳には、姉とそっくりな顔が反射している。

 

「その顔を近付けるなよ、吐き気がする」

 

 とてもフィールとは思えない発言に愕然としたエミリーを、彼女はドンと突き飛ばした。

 エミリーは尻餅はつかなかったものの、突然突き飛ばされて、後退りする。

 

「なんでだ、なんでなんだ。廃人となった母の代わりはその母と顔がそっくりな血縁者………どうして、血の繋がりがある人間のせいで、私は苦しまなきゃいけないんだ…………」

 

 吐き捨てるように呟く姪の発言。

 エミリーは愕然としてしまった。

 

「エミリー叔母さん………いや、エミリーの顔を見てると、死んだ母の顔が思い出される………私にとっては、まさに拷問だな」

「なあ………フィール。君はそんなことを言うような娘じゃないだろ!? 何故、そんなことを言ってくるんだ!?」

 

 再びフィールが吐き捨てるように酷い言葉を呟いた直後、我慢の限界を迎えたライアンが怒鳴った。

 ビリビリと響き渡るその声にルークとシレンはビクッとし、セシリアは「怒鳴りすぎよ」とライアンを窘める。

 エミリーもライアンの肩に手を置いて激怒する兄を落ち着かせようと努力しつつ、その本音は彼と同じだった。

 

「兄さん、落ち着いて。……フィール。なんで、そんな酷いことを言うの? 貴女は―――」

「はぁ……煩い。煩すぎる………アンタだって、私がいなければ、姉のクラミーがあんな末路を歩む必要はなかったと、今まで一ミリたりとも思わなかったことなんて、ないだろ?」

「それは………」

 

 エミリーは何かを言おうとしたが―――途中で口を噤んだ。

 それを見て、フィールはハッと嗤った。

 

「図星だな?」

 

 フィールは深くため息を吐き………ヒップホルスターから杖を抜き出し、電光石火の速さの杖さばきで、『失神・麻痺呪文:ステューピファイ』を無言で唱えた。

 闇祓い(オーラー)勤務のライアンは仕事で鍛えた反射神経で奇襲攻撃に対応したが、反応にワンテンポ遅れたセシリア達はモロに喰らい、床に倒れた。

 ライアンは、倒れた妻子の近くに膝をつく。

 

「セシリア! ルーク、シレン―――」

セクタムセンプラ(切り裂け)

 

 ライアンが言い切る前に、今度は詠唱有りで高威力の闇の魔術に属する『斬撃呪文』を冷たい声で唱える。眼にも止まらぬ速さで白い光の筋は駆け抜け、ライアンの右肩を深く切り裂いた。

 彼の右肩から傷口の波紋が浮かび、紅い血液が噴き出す。ライアンは肩を押さえ、突発的に襲ってきたフィールを苦悶の表情で見上げる。

 

「フィール………何故、こんなことを………?」

 

 闇で染め上げたような長い黒髪に冷たい光を宿した蒼の瞳を持つ少女は、紅い液体を右肩からダラダラと流す黒髪金眼の男を冷ややかな眼差しで見下ろしていた。

 ライアンは倒れているエミリーやセシリア、ルーク、シレン、そして、クリミアを庇うように、なんとか立ち上がり、血で濡れた手で杖を前に構える。

 

「さあ? なんで、だろうねえ?」

 

 歪んだ笑みを浮かべるフィールは杖先から真紅の閃光―――『武装解除呪文:エクスペリアームス』をライアンの手元に撃ち込み、いとも簡単に杖を取り上げる。彼は丸腰になってしまったが、怯む様子はない。

 

「そんな無防備な状態で、私を殺せるとは思ってないよな?」

 

 ライアンに向かってフィールは自身の杖先を向け、青色の光を放った。

 その一筋の光は、ライアンに直撃する。

 彼の身体から大量の血が噴き出された。

 

「がはっ………!」

 

 ライアンは呻き声を上げ、耐えきれず、血溜まりが出来た床の上に寝転がった。

 フィールは冷笑のまま、ゆっくり近付く。

 辺りは一面、紅の場景で染まっていた。

 自分の足元には、辛い表情で仰ぎ見る叔父。

 左手には、血で濡れた細長い彼の杖。

 それをクルクルと弄びながら、言葉を紡ぐ。

 

「私の血縁関係者もそうでない周りも人間も、皆嫌いだ。大嫌いだ。その中でも、父の弟のアイツが一番気に食わなかった………。アイツはあの時の私の苦しさも悔しさも何も知らないクセに『お前が死ねばよかった』と言ってきて………でも、今はお前が一番嫌いだ。()()()()()()()()()愛情を注いでくるような………私の父親代わりを気取るような、そんなお前が」

 

 憎しみの言葉を淡々と口にするフィールの表情は、普段と変わらない。しかし、それが逆に凄みを増して、ライアンは驚愕に眼を見張る。

 

「なに………馬鹿なこと………僕は…………ルークと……シレンと………同じ………くらい……君のことも………愛してる…………」

 

 一言一言を告げるように、声を絞り出す。

 そんな彼の必死さも、彼女には届かない。

 

「………ルークとシレンと同じくらい、か。やっぱり、そういうことじゃないか。私はただの、血の繋がりがあるからこその、息子と娘のオマケ。私をただ一人の人間として………フィール・ベルンカステルとして愛してくれる人は、もうこの世に居ない…………」

 

 淋しそうな、それでいて、憎しみが滲んでいるような声で、フィールは続ける。

 

「お前らは満面の笑顔を私に向けてくる。でも、その仮面の下はどうだ? 本当は今すぐにでも殺したいのを抑えているんじゃないのか? 全て、私のせいで壊れた。私のせいで、母も父も、目の前から消えた………」

 

 いつの間にか、涙が溢れていた。

 それは、ただの涙ではない。

 熱くて紅い………血の、涙。

 フィールは声を震わせ、鋭く睨み下ろす。

 抑えきれない感情が胸の内側で膨れ上がり、

 

 

 

「―――私がいらないなら……私が邪魔なら……邪魔だって言えよ!」

 

 

 

 今まで隠してきた葛藤をぶつけるように、フィールは大声で泣き叫んだ。

 

♦️

 

「…………ッ!」

 

 自分の叫び声で、フィールは目を覚ました。

 ガバッ、と勢いよく跳ね起き、指に掛かっていた本も跳ね上がった。

 だが、それに構わず、フィールは身体のあちこちに触れる。

 自分の身体で、自分の意思がある………。

 フィールは安堵の息を吐き、額に滲み出た冷や汗を拭い、再び身体を後方に倒した。

 

「はぁ………はぁ………ッ………」

 

 気持ち悪さに、胸に手を当てる。

 嫌な夢だったと、ぼんやりだが、脳裏に浮かぶ血に染まった光景に眼を閉じた。

 その時、自分の両頬を、熱い雫が伝っているのに気付く。

 

「………私、泣いてたのか………」

 

 その証拠に、枕が濡れている。

 フィールは目元を腕で覆い、息苦しさから呼吸を整えようとした。

 が、その前に、コンコン、と扉をノックする音が響いた。

 

「フィール? 起きてる?」

 

 声の主は―――クリミアだ。

 フィールは気だるい身体に鞭を入れ、ふらふらと立ち上がると、扉へ出向き、少しだけ開いた。

 

「………ああ、起きてるよ。なに?」

「セシリア叔母さんが、おやつの時間にしようって」

「……………わかった」

「フィール? なんか、顔色悪いわよ?」

「! ………いや。寝起きだから、まだ少しボーッとしてるだけ。顔洗ったら行くから、先行ってて」

 

 フィールは早口でそう言うと、パタン、と扉を閉めた。躊躇っている様子があるのか、クリミアはその場から動かなかったが………動く気配がし、足音が遠ざかったら、フィールは額に手を当てる。

 

「………ぁぁ」

 

 フィールは、少しずつ思い出した。

 ライアンとセシリアに「ベルンカステル邸に泊まりにおいで」と言われて、それでクリミアと此処に来て………昼食を食べた後、ベッドで本を読んでいたが、次第に、お腹いっぱいになって睡魔が押し寄せてきたから、眠ってしまった。

 ふと、壁に掛けられている時計を見てみると、針は午後3時を少し過ぎていた。

 

「………このままでは……ダメ……しっかり……しないと………」

 

 フィールは首を振り、此処に設備されている洗面台に行って冷水で顔を洗う。タオルで顔に纏わりつく冷たい雫を拭き、部屋を出た。

 階段を下り、リビングに来てみると―――あの惨劇が起きるの前の光景が、そこにはあった。

 

「………ッ!」

 

 脳内で、鮮明にあの風景が浮上する。

 心が壊れた自分が皆へ毒を吐き、奇襲攻撃し、冷たい眼で冷たく見下ろした………あの、血の海と化した、此処のリビングが―――。

 

「フィール?」

 

 口元を押さえ、顔面蒼白したフィールを心配したのだろう。

 エミリーが心配そうな表情で、フィールへ寄ろうとしたが………。

 

「ごめん………私、部屋で休んでる………!」

 

 フィールは踵を返し、今来た階段を上った。

 エミリー達の声を背に、フィールは部屋の扉を荒々しく開け、バタンッ! と閉め、鍵を掛ける。

 室内に入り、フィールは広い部屋の奥へ走り、隅に座り込んで頭を抱えた。

 

(違う………違う違う違う違う違う違う違う!)

 

 狂ったように心の中で同じ言葉を何度も叫び、フィールは必死に感情を抑圧させようと、首を横にブンブン振る。

 その時、扉をガチャガチャ、と開けようとする音が響いた。

 

「フィール! どうしたの!?」

 

 エミリーの声がした。エミリーだけでなく、セシリアやライアンも声を張り上げる。だが、フィールは何も答えることなく、ただただ圧し寄せてきたプレッシャーに、成す術もなく頭を抱えることしか出来なかった。

 フィールは鍵を掛けて入れないようにしたが、そこは魔法で対処可能だ。

 鍵が掛かった扉を開く呪文『アロホモーラ』をライアンが唱え、彼らが中に入ってきた。

 彼らは入室して早々、部屋の隅で座り込んでいるフィールを認めると、すぐさま駆け寄り、彼女の側に膝をついた。

 

「フィール、大丈夫か!?」

 

 ライアンはフィールの両肩に両手を置いた。

 フィールはそれに、ビクッと身体を震わせる。

 今、顔を上げたら………夢の時みたいに、あんな酷いことを言ってしまいそうで。

 顔を上げるのが、怖かった。

 

「落ち着いて、ライアン。フィールの様子がおかしいわ」

 

 セシリアがライアンの腕を掴みながら言い、彼は心配げな表情で頷く。

 

「フィール、俺達がわかるか?」

 

 従兄のルークが声を掛けてみるが、従妹は無言で顔を伏せたままだ。

 

「何か、嫌な夢を見た?」

 

 今度は従姉のシレンがそう訊くと、彼女は僅かにピクッと反応した。

 どうやら、シレンの問いが正解のようだ。

 

「何の夢を見たの?」

「……………………」

 

 言えなかった。言えるはずがなかった。

 自分自身が、皆を傷付けた夢を見たなんて。

 

「………………………」

 

 皆はフィールが口を開くのを待つが、次第に、今聞き出しても逆効果だと思うようになり、クリミアは、

 

「気持ちを整えて、言える状態になったら、私達に話しなさい。いいわね?」

 

 と、フィールの頭をくしゃりとやると、ライアン達に目配せする。彼らは後ろ髪引かれる思いだったが、クリミアの判断に従おうと、彼らは立ち上がり、部屋を出ていった。

 パタン………と、扉を開け閉めする物静かな音と共に、静寂もまた、訪れる。

 世界中から自分の存在を否定されたような、そんな感覚に陥ったフィールは、痛心する。

 

「……違う………あの人達は私を………いらないとか………邪魔者とか………そんなこと……思うような人達じゃない…………」

 

 自分が抱える不安を打ち消すように、譫言のように呟くフィール。

 言葉にした途端、ついさっきまで夢の中で自身が言ってた言葉通りなのだと思ってのに、なんて自分勝手なのだろうと思った。

 大丈夫だと思ったところで何にも変わらない。

 それはただ、大丈夫だという希望的観測な想いが、自分の重苦しい気持ちを少し軽くしてくれるだけで。

 

「もう………イヤ…………」

 

 これ以上は、精神が耐えられない。

 フィールは圧迫してきた不安や苦しみが胸の内からどっと溢れ………一筋の涙を流した。

 

♦️

 

 1階のリビングルーム。

 そこに、彼女達は居た。

 ライアンとエミリーは落ち着けなさげに扉方向に視線を向け、セシリアはクッキーを載せた皿と紅茶を淹れたティーカップをテーブルに揃え、ルークとシレンは憂い顔で天井を見上げ、クリミアはソファーで考え事に耽る。

 微妙な空気が流れる中………沈黙を先に破ったのは、ルークであった。

 

「なあ、クリミア………フィールがあんなにも怯えてた様子って、これまでにもあったのか?」

 

 ルークは、自分達よりもずっとフィールのことを知っているクリミアに、そう訊いた。

 クリミアは少し考えるような表情を見せ―――フッと息を吐く。

 

「いいえ。でも………夢で魘されてたのを見たことはあるわ」

「夢………?」

「………去年のことよ」

 

 クリミアは、去年あった出来事を話した。

 

「いつもならリビングに来るはずの時間帯にフィールが来なくてね。最初は寝過ごしてるのかと思ったんだけど、10分以上待っても来る気配がなかったから心配になって部屋に行ってみたのよ。………その時、フィールは魘されてた。だから、慌てて起こしたんだけど………あの時の寝言に、少し心配になったわ」

「寝言………?」

 

 シレンが首を傾げると―――憂思を帯びた面持ちで、クリミアは言った。

 

「『いや……止めて……もう止めて………』って。そう言ってたわ」

 

 室内に、再び重い空気がのし掛かる。

 クリミアを除いた人達は、唇を強く噛み締めて何かを耐えている様子だった。

 

「………そうか」

 

 と、ルークは短く返事をし、座り直す。

 シレンも顔を伏せ、口を噤む。

 

「とにかく、まずはフィールが落ち着くのを待ちましょう」

 

 セシリアが気まずいムードを払拭するようにそう言い、五人は頷いた。

 

♦️

 

 あれから、約4時間が経過した。

 

「ねえ、フィール、全然来なくない?」

 

 もうすぐ夕食の時間になるというのに、上の階からは物音一つさえも聞こえてこない。

 シレンは憂色を滲ませた顔で天井を見上げる。

 彼女の呟きに、ルーク達も上を見上げた。

 

「シレン。フィールを呼んで来てくれるかしら」

 

 セシリアがそう言い、シレンは椅子から立ち上がって2階へと向かった。

 フィールの部屋の前に来て、ノックする。

 

「フィール。そろそろ夕食の時間よ」

 

 シレンはそう呼び掛けるが、返事は無し。

 もう一度ノックしてみても、反応がなかったため、シレンは「入るわよ」と言ってから、ドアノブに手を掛けて回した。

 部屋の中は、真っ暗だった。

 シレンは灯りはつけず、カーテンの隙間から僅かに入ってくる月明かりを頼りに歩く。

 自分達が退室した後に移動したのか、フィールは部屋の隅ではなく、ベッドで横たわっていた。

 

「………………」

 

 シレンはフィールを起こそうとして、止めた。

 よく見てみると、夢の世界に居るはずの従妹の寝顔は険しく、その頬には、大粒の涙の跡があったからだ。

 

「もう………まだ子供なのに、重たい物背負ったって顔して…………」

 

 オッドアイの両眼を細め、シレンはフィールの目尻に手を伸ばし、指先でそっと涙の粒を払う。

 それから、フィールに薄手の毛布を被せ、暗闇と同化する長い黒髪を撫でると、シレンは無言で部屋を退室した。

 リビングルームに戻ると、皆は首を傾げた。

 

「シレン? フィールはどうした?」

「部屋で寝てた。………泣き疲れたんだと思う」

「え………フィール、泣いてたのか?」

 

 ルークは瞠目し、シレンに訊き返した。

 

「………頬に、泣いてた跡があったから」

 

 それだけ言って、シレンは椅子に座った。

 ルークは白い天井を仰ぎ見、小声で呟く。

 

「あのフィールが泣くなんて、余程のことだぞ」

「ええ……だから、私もビックリしたわ………」

 

 金髪オッドアイの双子の兄妹は憂患した。

 従妹がホグワーツでは頼れる強者として友人や下級生から慕われているというのは、クリミアから聞き及んでいたため、尚更驚かずにはいられないのだ。

 

「………………」

 

 クリミアは長い睫毛に縁取られた瞳を細める。

 その雰囲気は、まるで理由を知っているような様子であった。

 

「………クリミア。もしかして、わかるのか?」

「! ………いえ、わからないわ。………とにかく、フィールが寝てるっていうなら、明日までそっとしておきましょう」

 

 クリミアにしては珍しく歯切れの悪い口調だったが、ルークはそれ以上詮索はせず、また、他の人達もそれ以上は追及しなかった。

 

♦️

 

 真夜中の午前1時頃。

 黒髪の少女の部屋に、誰かが扉をゆっくり開けてひっそりと入った。

 背は高くスラッとしており、瞳の色は神秘的な光を宿した紫だ。そして、その人影は室内全体に『遮音呪文』を掛け、扉に鍵を掛けた。強力な魔法を施したため、『アロホモーラ』でもロック解除は出来ない。

 その人影の目線の先には、一つの人影。

 ベッドで寝ていたはずの―――フィールだ。

 

「………貴女と会うのは、去年のクリスマス休暇前以来ね」

「ええ………そうね、クリミア」

 

 フィール―――否、『彼女』は元気無さげに返事し、クリミアと向き合った。

 

「………なんて、呑気に再会を楽しめる状況じゃないわよね。………フィール、一体、どんな夢を見てあんな風に怖がってたの………?」

「それは、貴女が持つ『メモリアル家の力』で確かめるといいわ」

 

 『彼女』は、夢の内容を感受している。

 敢えてそれは教えず、自分の眼で確認しろ、と言い渡した。

 クリミアは頷き………『彼女』に近付き、自分の額に『彼女』のそれを合わせ、眼を閉じた。

 眼を閉じるのと同時に、『力』を発動する。

 クリミアの脳内には、豹変したフィールが自分達に毒を吐き、奇襲攻撃を仕掛け、ライアンに大怪我を負わせる姿と、血の涙を流しながら泣き叫ぶ姿が映像化して流れていた。

 

「そういう………ことだったの………」

 

 眼を開けたクリミアは、絶句した。

 何故、フィールが顔を上げようとしなかったのかも、リビングに来て早々蒼白したのかも、その謎が、今、解けた。

 

「………クリミア」

 

 『彼女』は間近にあるクリミアの紫瞳を見つめ、その頬を両手で包み、哀しげな笑みを浮かべた。

 

「フィールは貴女達が思っているほど強くない。魔法の腕はどんなに強くても、心はね。……今はまだ、わたしはフィールと会うことは出来ない。でも、いずれは『魂の境界線』で全てを話す日が来るわ。だから……その刻まで、フィールの傍に居て支えてあげて」

 

 クリミアは『彼女』の言葉にしっかりと首を縦に振って頷いた。

 

「ええ、勿論よ。約束するわ」

「ありがとう、クリミア。そして―――わたしは貴女達のことをいつまでも愛してるわ。それだけは忘れないで。………またいつか会いましょう」

 

 『彼女』は満足そうにそう言い―――クリミアは淡い微笑みを浮かべ、優しげな眼差しは、一瞬だけ紫色に光った蒼瞳をハッキリと捉えた。




【やって来ました! フランス!】
なんて、呑気なこと言ってる場合じゃあない!
フィール、どうしたんだーーーッ!!!?

【安心してください】
前半のあれは夢ですよ。

【『彼女』、再び現れる】
3章以来のクリミアと再会。

【メモリアル家の力】
詳細は次回。

【魂の境界線】
後々の伏線。


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#48.クィディッチ・ワールドカップ【前編】

※1/11、サブタイトル変更。


 1994年8月22日。

 その日は、約30年ぶりにイギリスで開催される第422回クィディッチ・ワールドカップ決勝戦当日だ。

 クィディッチは英国発祥の魔法界で一番人気を誇るスポーツだ。

 それの国際大会ともなれば、当然チケットを欲しがる魔法使い達は大勢いる。一般人はチケット欲しさに激しい争奪戦やオークションを行うが、中には関係者からのツテで観戦しに行ける人もいるため、その人達は幸運の持ち主と言えるだろう。

 

「ライアン叔父さん。まだ誰なのか教えてくれないのか?」

 

 マグルに見られても怪しまれない格好に身を包むフィールは、現在、彼女同様にマグルの私服を着こなす叔父叔母のライアンとエミリー、義姉のクリミアと共に、クィディッチ・ワールドカップ決勝戦が開戦される開催地付近のキャンプ場に来ていた。

 そこでフィールは、先程キャンプ場の管理人に人数分の料金を払い、既に予約がされているというキャンプの在処を聞いてきた叔父のライアンに問い掛けた。

 

「僕達を誘ってくれた人達が居る場所へ来たら、君達もわかるよ」

 

 と、ライアンは笑いながらはぐらかす。

 その隣では、エミリーも微笑んでいる。

 フィールとクリミアは顔を見合わせた。

 何故か、ライアンとエミリーは、チケットを入手するのが非常に困難なクィディッチの世界選手権大会に誘ってくれた張本人が誰なのかを、教えてくれない。

 二人によれば、フィールとクリミアも知っている人物だとか。

 

「君達は、僕達について来れば大丈夫だ」

「そうそう。ほら、早く行きましょ。その人も、貴女達が来るのを待っているわよ」

 

 四人が歩く道の両サイドには、数多くの宿泊テントが建てられていた。その外観はとてもバリエーション豊かなものだが、テントだけでなく、周囲の人間が着ている服装も奇抜感がかなり半端じゃない。恐らくはマグルの管理人に怪しまれぬよう変装しているつもりなんだろう。だが、マグル界の知識を正確に持つフィール達からすれば、逆に不審に思われるような服装だと、本末転倒な光景に呆れるというかなんというか………。

 

「あれね」

 

 エミリーは不意に立ち止まり、ある場所を指差す。

 それは、スタジアムにかなり近い場所に位置する聖マンゴ魔法疾患傷害病院の紋章入りのテントだった。

 フィールとクリミアは予想外の予約席に「え?」と眼をぱちぱちした。ライアンとエミリーはそんな二人の手首を掴み、戸惑うことなく中に入る。

 聖マンゴ勤務の癒者(ヒーラー)が制服として羽織るローブの色と同じライムグリーンと白を使ったインテリアで、落ち着いた印象である。外から見ても大きめな外観だが、中はもっと広い。

 1階は広々空間のLDK、2階には幾つかのルームがあり、一般住宅としても十分なくらいに利用出来るだろう。

 

「ライアンさん? エミリーさん? それに、フィーやクリミアも」

 

 1階のリビングに設備されているソファーに座ってクィディッチに関する雑誌を読み漁っていたフィールの友人、クシェル・ベイカーは、少し驚きの表情で雑誌から顔を上げ、眼を見張った。

 フィールは此処にクシェルが居るのを見て、去年のクリスマス休暇前日に彼女が言ってた言葉を思い出した。

 

 ―――お父さんは一流だから上の人から色んな仕事任されるし、お母さんも聖マンゴで一番の使い手として人気ナンバーワン。そういえば、来年開催されるクィディッチ・ワールドカップ決勝戦の医療班のリーダーに選抜されたよ。

 

 ということは、今回、フィール達を誘ったのはクシェルの母親なのだろう。

 国際大会の医療チームの総司令官に選ばれたくらいだから、そのツテでチケットを数枚貰ってもおかしくない。

 

「お母さんがチケットを渡した人達って、フィー達のことだったんだね」

 

 クシェルの口振りからして、どうやら彼女は知らなかったらしい。知っていたのは、大人組だけなんだろうか。

 

「クシェルちゃん。君のお母さんは居るかい?」

「あ、居ますよ。今、呼んできます」

 

 クシェルは雑誌をテーブルに置き、2階へ上がって部屋のドアをノックした。

 

「お母さん、来たよ」

 

 すると、扉が開かれ、一人の女性が現れた。

 フィールとクリミアは「え………?」とする。

 

「………貴女は…………」

「ライリー……さん……」

「あれから、もう何年も経つのね………。元気そうで何よりだわ。フィールちゃん。クリミアちゃん」

 

 娘のクシェルと同じ茶髪だが、髪の長さはロングで瞳の色は金。

 実際は30代だが見た目が若々しいため、20代にしか見えない。

 フィールとクリミアは思わぬ場所での邂逅に言葉を失い、そんな彼女達の前に女性は来て、優しい笑みで二人の頭を撫でた。

 フィールとクリミアにとって、彼女は知り合いというのを越すレベルの存在である。

 何故なら、彼女は前者の母親が廃人となった際、担当となった主治癒で―――

 

 

 

 ―――何より、クラミー・ベルンカステルとジャック・クールライトの、唯一無二の親友だった人でもあるのだから。

 

 

 

♦️

 

 

 

 長い茶髪に金色の瞳を持つ、非常に顔立ちが整った一人の女性癒者がいた。

 彼女の名は、ライリー・ベイカー。

 職場の聖マンゴでは、旧姓のレイラインを名乗っている。

 ライリーの所属は呪文性疾患科。

 だけど、どの分野でもそつなくこなして大活躍するオールラウンダーだ。

 レイライン家は代々優秀な癒者を輩出してきた家柄で、聖28一族には登録されていないが、純血の名家の一つである。

 が、ライリーの母親はマグル生まれの魔法使いと結婚したため、彼女は半純血の魔女だ。

 学生時代、彼女が通っていた魔法学校はホグワーツ魔法魔術学校。所属寮はスリザリン。

 純血が多数を占めるスリザリンでは珍しい半純血の生徒だったため、純血主義者からは蔑視されて生活してきた。

 

 同寮の生徒からは蔑みの眼差しで見られ、他寮の生徒からは嫌な表情をされる。

 

 学校生活が億劫で、居場所が無く、孤独な気分を味わう日々―――では、なかった。

 部屋で同室となった、一人の女生徒。

 その女生徒は、不思議な人物だった。

 クラミー・ベルンカステル。

 長い黒髪と神秘的な紫の瞳を持ち、狼のような孤高の雰囲気を身に纏う、綺麗な女性だ。

 ライリーはクラミーと同室となり、大人びた性格をしつつ正義感が人一倍強い彼女とは、後に生涯の親友と言えるほど、仲良くなった。

 

 恋愛にはどこか一線置いていたクラミー。

 しかし、そんな彼女にも、彼氏が出来た。

 ジャック・クールライト。

 グリフィンドール寮所属の男子首席。名家の出所クールライト家の長男。明るくフレンドリーな性格で、ホグワーツ生から人気者だった。

 ジャックは、自分とは正反対のタイプのクラミーに女性として惹かれ、最初はアプローチを断っていた彼女も、次第に彼に心惹かれるようになり―――交際後は、ホグワーツ1の美男美女カップルとして有名になった。

 

 ライリーは、二人のことが親友として大好きだった。純血でない自分を受け入れてくれた、二人のことが。

 彼女は同僚同輩の男子でジャックとは幼馴染みのイーサン・ベイカーと後に交際し、ホグワーツ卒業後、婚礼を上げた。

 今は一人娘のクシェルの母親として、聖マンゴ一番の期待の星の若手癒者として、幸せな家庭を支えられるよう働いている。

 

♦️

 

 1985年、ある日の夜中の時間帯。

 夜勤だったライリーは休憩時間に入ると、マグル界で販売されている缶コーヒーのプルタブを開け、口をつけた。最近は仕事が忙しく、家に帰るのも夜中が多い。

 夫のイーサンも闇祓い(オーラー)と言う魔法界においての超エリート且つ激務のため、一人娘のクシェルに中々構ってあげられず、淋しい思いをさせているのを申し訳なく思っている。

 

(さて、あともう一頑張りしましょうか)

 

 ライリーはそろそろ仕事再開だと、気合いを入れたのだが―――慌ただしい足音が徐々に大きくなり、そちらを見てみると、同僚の癒者がなにやら血相変えて、走り寄ってきた。

 

「ライリー! 大変だ!」

「どうしたの?」

「そ、それが―――」

 

 同僚は震えた声で拙く、あることを告げ―――ライリーは、手に持っていた小さな缶コーヒーを床に落とした。

 開いたプルタブから、まだ半分ほど入っていたチョコレート色の液体とほろ苦い香りが床に充満するが、それには眼もくれず………ライリーは駆け出した。

 

(嘘よ………嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ!)

 

 狂ったように心の中で同じ言葉を何度も繰り返し………此処に運ばれてきた男女二人が居る病室の扉を荒々しく開けると、非情な光景が、ライリーの眼に飛び込んできた。

 

 物言わぬ遺体になった男性と、物言わぬ廃人となった女性。

 

 紛れもない―――親友二人であった。

 

「ジャック………クラミー………?」

 

 ライリーはおぼつかない足取りで、二人の近くまで歩く。

 ジャックは既に息を引き取っている。

 彼はベッドの上で横たわり、その服は眼を覆いたくなるほどの真っ赤な血で染まっていた。

 一方、クラミーは生きている。一応、だが。

 壁に背を預けて座り込む彼女の肌は体温を一切感じられないほどに冷たく、神秘的な光を宿していた紫の瞳からは、最早生気そのものが皆無だった。

 

「クラミー………返事………して…………」

 

 ライリーはクラミーの前に膝をつき、頬に触れる。元々白かった肌が、更に白い。彼女の両眼から、止めどもなく涙が溢れた。

 

「ライリー………その二人の娘が別室に居る」

 

 ライリーはハッと顔を上げた。

 それから、同僚から何処に居るのかを訊き、彼女はそこへ向かった。

 目的地の部屋の前まで来たライリーは、静かに中に入った。

 そこには、ベッドで安静にしている黒髪の少女と黒髪の男女の姿があった。

 

「ライリー………さん…………」

 

 黒髪の男性―――ライアンは、茫然自失となりながら、ライリーの姿を捉えた。

 その隣では、彼の妹のエミリーが泣いている。

 

「ライアン………エミリー………一体………何があったの…………?」

 

 ライアンとエミリーは、ライリーに伝えた。

 

 此処に来る前―――ベルンカステル邸に居た二人は、ある少女から「すぐにフィールの所に向かって!」と言われ、そのただ事ではない切迫感から二人は言われるがままにフィールの魔力を感知し、そこへ急行した。

 やがて、ライアンとエミリーは人気の無い通り道へ到着し―――あってはならない、残酷過ぎる場景だけが、視界に入り込んだ。

 

 冷たい空気。鉄の匂いが充満する周囲。夜だから暗く、上から雲に半分ほど覆われている月の僅かな月明かりだけが射し―――そこに存在する人の痛々しい姿と、周囲一面血の海と化した地面をうっすらと照らした。

 銀髪の男性は、今も尚大量の紅い血液を身体全身から流し、力無く座り込む黒髪の少女へ、事切れたようにもたれ掛かっている。

 二人の隣には、少女と瓜二つの黒髪の女性が指先すら動かさないで、銀髪の男性のものだと思われる返り血を浴びながら、死んでるかのように、静かに横たわっていた。

 それらの風姿は惨憺とした光景を生み出し、ライアンとエミリーはその場で固まった。

 見覚えがあるなんて、レベルではない。

 

 実の姉と義理の兄。そして、姪っ子だ。

 

 何故、そんな風になっているのか。

 何が起きて、こうなったのか。

 ライアンとエミリーは混乱した。

 黒幕は誰かと激しく憤ったが、彼らの様子を確認するのが最優先だと、走り出した。

 クラミーの身体は恐ろしいくらい冷たいのに対し、ジャックの身体は生暖かく、もう息はない。

 魂が抜けたように呆然とするフィールの全身は血塗れであるが、その幼い身体に伝う紅い液体は父の血であるのだろう。ライアンは義兄の大量出血を止血すると、フィールに呼び掛け、エミリーは彼女を揺さぶった。

 

 どれだけ声を掛けても反応一つしなかったフィールは不意に力尽きてエミリーの腕の中に倒れ、完全に気を失った。

 ライアンとエミリーは、すぐに姉のクラミーの親友・ライリーが勤務している聖マンゴ魔法疾患傷害病院へと連れていき―――ライリーの同僚の癒者が事情を聞くと、他の癒者達に彼らを頼んでその人は彼女の元へ奔走し………現在に至る。

 

「そういう………こと………」

 

 経緯を聞き終えたライリーは顔を伏せ、ベッドで深い眠りに落ちているフィールの側へ行き、症状を確認した。ライリーが来る前に別の癒者が魔法薬を飲ませて安静にしたらしく、幾分呼吸はマシだった。

 

「呼吸脈拍共に正常よ。あとは最低でも2日くらいは入院させて様子を見てみるわ」

「そうですか………お願いします」

 

 ライアンが深々と頭を下げた直後、室外の方で足音が聞こえてきた。その音は複数で、少ししてから、部屋の中に誰かが入ってくる。

 

「セシリア………その娘達も連れてきたのか」

「………どうしても、フィールの所に行くんだって聞かなくてね」

 

 ライアン達の視線の先には、水色髪の少女と、銀髪の少女だ。

 前者はフィールの義姉のクリミア・メモリアル。

 そして、後者は―――

 

 

 

 ―――フィールの双子の姉、ラシェル・ベルンカステル。

 

 

 

「ライアン叔父さん! フィールは!?」

「……フィールなら、ベッドで寝てるよ」

 

 ライアンがそう言うと、ラシェルは双子の妹の所へまっしぐらに向かった。

 ひとまずは、無事なことに安堵の表情となる。

 クリミアも目元を和らげていた。

 それを見て、大人三人は胸が痛む。

 この二人に―――父親と母親がどうなったのかを伝えなければならないと思うと、無慈悲な現実から目を背けたい気持ちになった。

 

♦️

 

「………ん……………」

 

 薄暗い空間の中で、フィールは目を覚ました。

 見慣れぬ天井を数秒間は眺め、ゆっくりと半身を起こして辺りを見渡す。

 

「此処は…………」

 

 と、その時だ。

 聖マンゴの制服であるライムグリーン色のローブを羽織った女性が入室してきた。

 

「フィールちゃん………!」

 

 よかった、とライリーはベッドに歩み、フィールをギュッと抱き締めた。痛まないように、力加減はしている。

 

「…………ライリーさん………」

「フィールちゃん、気分はどう?」

「…………大丈夫………です」

「なら、いいけど………フィールちゃん。貴女は2日間ほど寝込んだわ。………一昨日、何があったの?」

 

 ライリーは身体を離し、フィールと目線を合わせて優しく尋ねた。

 一昨日、両親と何処に居て、何があったか。

 問われたフィールはその時の出来事を思い出そうとした。

 が、その途端、頭に激痛が走った。

 

「痛ッ………!」

 

 頭が割れそうなほどの激しい痛みにフィールは呻き、こめかみを押さえた。

 額だけでなく、全身から嫌な汗が噴き出し、フィールは頭も心も締め付けられた。

 堪らず、彼女はベッドに倒れ込む。

 近くに居るはずのライリーの声が遠くのように聞こえ、フィールは朦朧とする意識の中で、ぼんやりと思い出していた。

 2日間、意識不明の状態であった彼女が見ていた夢は、あの日の出来事の繰り返しだった。

 だから………深い眠りから覚めた直後に夢の内容を問われ、彼女自身は無自覚でも、精神は限界を迎えていたことから、記憶を浮上させるのを妨げられた。

 

「……ぁ………はぁ………はぁ…………」

 

 少しだけ痛みが引き、荒く息をつく。

 閉じた瞼を開けてみれば、ライリーの心配そうな金の瞳が朧気に捉えられた。

 

「フィールちゃん、大丈夫!?」

「……ライリー………さん…………私は………大丈夫……です………から……………」

 

 一言一言、絞り出すようにして言葉を続けるフィールは、ライリーのローブの袖を掴み、弱々しい声音で頼む。

 

「あの時の………ことは………クリミアの………力を借りて………知って………ください………」

 

 母親そっくりな顔を涙でぐちゃぐちゃにしてそう言い残したフィールは、ガンガン来る頭痛に耐えきれず、再び瞼をおろした。

 

「…………………………」

 

 ライリーは困惑しつつも、途切れ途切れに伝えてきた伝言を胸に………大粒の熱い涙で白い肌を微妙な違いで化粧する寝顔に、一瞬、彼女が自分の娘と同い年とは思えなかった。

 

♦️

 

 頭の中の記憶や想いを保存、再現出来る不思議な魔法道具―――憂いの篩(ペンシーブ)

 それは平たい石の水盆で、縁にはルーン文字の彫り物が施されているツールだ。魔法使いは、杖を使って頭の中の記憶や想いを銀白色の液体とも気体ともつかない物質にして取り出すことが出来、その摂取したものは、憂いの篩に注ぎ入れ、自身もその中に入り込むことで何度も見直せることが出来る。

 

 メモリアル家の者には、前述の憂いの篩と同じ不思議な能力が先天的に備えられている。

 その力を使えば、誰かの記憶を脳内でスクリーンのようにして見ることも、今居る場所を用いてバーチャルリアリティーのように現実的に映し出しことも可能で、後者の場合は自分だけでなく、その場に居る人達にも同じように追体験させられる。

 現在、メモリアル家の生き残りはクリミアただ一人だけだ。ライリー達は彼女の力を借り、フィールの記憶を映像化して見てみた。

 

 フィールの記憶を見終えた時、クリミア達は、言葉を失ってしまった。

 こんなにも酷いことがあったのかと、皆は今すぐこの場から飛び出したい衝動に駆られたが、それ以上に、信じたくない気持ちで胸の中はいっぱいだった。

 意味も理由も訳もわからず………あの日の一部始終を眼に焼き付けられた人達は、唯一生き残れた少女になんて声を掛ければいいか苦悩し―――時間だけが、刻一刻と過ぎていく。

 

 そして、この時、彼女達は知る由もなかった。

 これで終わりではなかったのだ、と。

 再び、惨憺な悲劇が襲いに掛かってくると。

 そう………―――。

 悲劇は突然、前触れもなく始まった。

 

 そして再び、彼女達へ無情な運命が振り下ろされる。

 

 

 

 今度は、もっと酷く、そして、残酷に―――。

 

 

 




【ワールドカップのチケットくれた人】
医療班のリーダーに選ばれたクシェルのお母様。
3章のクシェルのあの言葉はこれの伏線。

【な、なんだと!?】
まさかまさかの、クシェルの両親、フィールの両親と親友同士だったという衝撃の事実。

【ライリー・ベイカー】
茶髪金眼。スリザリン出身。イーサンの妻でクシェルの母。半純血の魔女。旧姓レイライン。聖マンゴ一番の最優秀癒者。クラミーとジャックの親友の一人だった。
遂に登場しました、クシェルのお母様。
3章スタートでジャックとクラミーの親友が聖マンゴに勤務している云々の伏線、やっと回収です。

ですが、実はこれより前にフィールの母親とクシェルの母親は知人だったという伏線、あったんですよね。
皆さん、覚えてますか?
1章の『今の教え子二人の背中が、かつての教え子二人の後ろ姿とオーバーラップし―――』の部分を。
これ、『フィールとクシェルの後ろ姿が、彼女達の母親クラミーとライリーの後ろ姿と重なって見えた』っていう、ちょっとした伏線張りでした。

【イーサン・ベイカー】
金髪翠眼。スリザリン出身。ライリーの夫でクシェルの父。闇祓い勤務の超エリート。クラミーとジャックの親友の一人だった。
ここで、クシェルのお父様のフルネームも判明。
アイカラーの表記を見てもわかる通り、クシェルの『翠眼』は父親のイーサンと同じ『翠眼』です。

【アイカラーは共通。でも表記は相違】
この作品で『ブルーアイ』のキャラと言えば、フィールを初めとし、彼女の血縁関係者とソフィア。
同じブルーの瞳ですが、その表記は、

フィールと彼女の父方の血縁関係者は『蒼』。
ソフィアは『青』。

と、異なります。
ここまで来れば、もうお分かりですよね?
フィールの眼は父親と瓜二つの蒼眼。
ソフィアは彼女達の血縁関係者ではありません。
ですから、彼女達のように『蒼』ではなく『青』です。
違う理由は『血縁関係者かそうでないか』。

クシェルも↑と同じ理由です。

【な、なんだってーーーーッ!?】
遂に判明! ラシェルとは誰なのか!
ラシェル・ベルンカステルとは………

フィールの双子のお姉さんのこと。

【ラシェル・ベルンカステル】
今回でやっと正確に出てきましたね。
薄々、「ラシェルってフィールの姉なんじゃ?」って感付いてた人はいるんじゃないでしょうか?
実は#1の時点でかるーくネタバレ披露してました。
フィールの誕生日は6/20………双子座の最終日。
ですので、勘が鋭くてこれを知ってた人は、気付いたのではないかと思います。
ラシェルの詳細は後々の展開で。

【メモリアル家の力】
頭の中の記憶や想い出を保存、再現出来る『憂いの篩』と同じことが出来る力。再現だけでなく、記憶関連のことであれば特に条件とか無しで意外となんでも出来る。

クリミアの姓が『メモリアル』なのは、ラテン語の『メモリア/記憶』と『現実的/リアル』を組み合わせ、『記憶を現実的に再現させる』という彼女が持つ力の語源にもなれるよう、意味を込めたからです。
要は『人間ペンシーブ』だと思えばOK。

【ライアン達が来る前の出来事】
それは後々。

【幾つかの伏線回収】
ライリーやラシェルといったキャラが現実や回想シーンで登場したため、今回の話を読んでから物語スタートの#1から読み返すと、また違った見方が出来るのではないかと思います。時間がある時に是非読み返してみてください。


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#49.クィディッチ・ワールドカップ【後編】

※1/11、サブタイトル変更。


「え? 知り合いだったの?」

 

 フィールとクリミアが過去のことに記憶を巡らせていたところに、クシェルの頓狂声が響く。

 その声にハッとした二人は、回答するのに躊躇した。

 正直に話してもいい。

 クシェルの母親が、フィールの母親の主治癒で彼女が昔よく世話になったと。

 だがしかし、ここでバカ正直に答えれば、空気を壊してしまうのは眼に見えている。

 故に、今は真実を明かすべきではないと思い直し、咄嗟にフィールが言い繕ってぼやかした。

 

「私が魔法の練習で怪我をした時、よく治療してくれた人。………なんとなく、治癒魔法の腕前がライリーさんとなんか似てるなって思ってたんだけど………まさか、本当に親子だったなんてビックリだな」

 

 このことは、嘘ではない。

 フィールが『破滅(アグレッシブ)守護霊』を創出する際や過度な魔法の鍛練で膨大な魔力や気力のピークを迎えて瀕死状態や大怪我を負った時、決まっていつも治療に当たってくれたのが、ライリーただ一人だけだった。

 

「私もよ。トロールが現れた際に一切臆することなく倒した、普段はクールだけど、実はなんだかんだで優しい親友っていうのがフィールちゃんだってわかった時、本当に驚いたわ」

「ちょっと待ってよ! なんで二人共、私に何にも言ってくれなかったのさ!?」

「だって、半信半疑だったし」

「今度会ったら、貴女を驚かせよっかなって」

 

 フィールとライリーはそう言い、ふと、後者はクリミアに眼を向けた。

 

「クリミアちゃんも大きくなったわね。今年で、最高学年よね?」

「はい。今年で7年生です」

「ってことは、来年卒業するのね。何の職業に就こうか、もう決めた?」

「えっと………癒者(ヒーラー)です。ライリーさんのテキパキ働く姿に憧れたというか………貴女みたいな癒者になりたいって思ったのがきっかけです」

「あら? それなら嬉しい限りだわ。是非来てね。色々教えるわよ」

「はい。その時はよろしくお願いします」

 

 ライリーとクリミアが将来の師弟関係を約束する中、クシェルはフィールからライアンとエミリーに視線を移した。

 

「ライアンさん、エミリーさん。もしかして、最初から知ってたんですか?」

「ああ。2年前、ダイアゴン横丁で君と会った時、フィールの友達がライリーさんの娘だと、改めて再確認したよ」

「もっと言えば、貴女のことはちっちゃい時から知ってたけどね」

「え? そうなんですか?」

「ええ。でも、結構昔のことだから、多分覚えてないだろうなって思って、言わなかったのよ」

 

 ライアンとエミリーは微笑みながら言った。

 クシェルは翠色の両眼を瞠目させる。

 彼らは自分のことを出会った当初からわかっていたのだ。

 それを知って、驚かずにはいられない。

 

「な、なんかビックリなんだけど………」

 

 クシェルはフィールを見た。

 

「フィー、貴女、昔から無茶ぶりしてたの? ダメでしょ。めっ」

 

 と、フィールが幼い頃から魔法の訓練をしてきたことを聞いて、クシェルはポンポンと彼女の頭を軽く叩いた。

 フィールは「……子供扱いするな」とクシェルの手を止め、ジト眼で睨む。

 その光景を見てライリーは笑み、

 

「フィールちゃん。3年前、クシェルを助けてくれて、本当にありがとう」

 

 と、フィールに礼をした。

 

「………やっぱり、親子ですね」

 

 微笑んだ顔が今ならハッキリとクシェルとオーバーラップし、フィールは眼を細める。

 一方のライリーも、今は亡き親友と目の前の少女がオーバーラップし、瞳を伏せた。

 

(やっぱり、クラミーの娘なのね………)

 

 この娘はどんどん、母親と似てきている。

 昔の頃よりもずっと、クラミーに近付いているような気がする。

 だから、顔を合わせるのが少し辛かった。

 親友の面影を感じ、感傷に浸ってしまうから。

 だけど、いつまでも避けるような真似は駄目だと、気持ちを切り替え、

 

「フィールちゃん。今日は楽しんでね」

 

 と、フィールの頭を優しく撫でた。

 それから、ライリーは腕時計を見る。

 

「私、そろそろ待機場所に行かないと。試合前に医療班の人達と打合わせ会議をしたら、そのまま仕事に入ると思うわ。試合が終わるまでは戻って来ないと思うから、ライアン、エミリー。クシェル達をよろしくね」

「ああ、勿論さ」

「任せてください」

「お母さん、いってらっしゃい」

「頑張ってください」

「無理はしないでください」

 

 と、三者三様ならぬ五者五様に、ライリーはニッコリと笑い、テントを出ていった。彼女は若いが、世界選手権大会の治療チームのリーダーに選定されたというくらいなのだから、その仕事量は半端ではないのだろう。プロが行うゲームなのだから、怪我の重度や頻度もホグワーツのそれとは比べ物にならないのだから。

 

 テントを出たライリーは、一息ついた。

 

(………私、ちゃんと笑えてたかしら)

 

 今日、ジャックとクラミーの忘れ形見―――フィールとクリミアを会うことは、随分前から覚悟していた。

 後者はともかく、前者は二人の実娘だ。

 数年ぶりに対面することは嬉しくも、苦しかった。

 ライリーはフィールの顔を思い浮かべる。

 気を抜けば、あの少女が親友の娘ではなく、本人と錯覚してしまうくらい、容姿も雰囲気も瓜二つだ。虹彩と語尾は、母親と違うが………。

 

 ―――クラミー(お母さん)が必要なら……私がいらないなら……私がクラミー(お母さん)に……なるから………。

 

「………ッ」

 

 ライリーはこめかみを押さえた。

 もう何年も前………幼いフィールが涙ながら言ったあの言葉は、今でも忘れられない。

 自分(フィール)という存在意義を失い、代わりに母親(クラミー)になると決意した………。

 

(………クラミーになる………か)

 

 確かに、フィールはクラミーと似ている。

 似ているけど、それとこれとは話が別だ。

 母親は母親で、自分は自分。

 自身の代わりなど、何処にもいるはずがない。

 しかし、フィールはわからないのだろう。

 血の繋がりがある人から存在を否定され、嫌になるほど散々に痛め付けられてきたせいで、心に歪さが生まれてしまったから。

 虚偽の自分を装い、苦闘してきたから………。

 

(フィールちゃんは………今でも、自分のことが好きじゃないのね………)

 

 自分自身を愛せないから。

 だから、他人を受け入れることが上手く出来ないのかもしれない。

 でも、それは徐々に変わっていると思った。

 あのフィールが、娘を助けてくれたのだ。

 危険を顧みず、窮地に駆け付けてくれた。

 昔に比べれば、断然変化していると思う。

 

(………このまま、何事もなく過ごせればいいのだけれど…………)

 

 ライリーはある事実に、深くため息をついた。

 

♦️

 

「それにしても、フィーとクリミア、お母さんと知り合いだったなんて、ビックリしたよ」

 

 ライリーがテントから出ていくのを見届けたクシェルは呟いた。

 

「お母さん、髪ロングだからわかりにくい?」

「いや………今なら、なんとなく、笑った顔とかがそっくりだなって思える」

 

 密かな半信半疑から確信へと変わったフィールは、ライリーとクシェルの笑みが重なって見えるようになった。

 

「そっか。………あ、フィー達は試合の時間までどうする? 私、出店を見て回るけど」

「そうだな………暇だし、私も行こうかな」

「じゃあ、一緒に行かない?」

「構わない。一緒に行くか」

「うん!」

 

 クリミア達はテントに居るとのことで、クシェルはフィールの左腕を掴み、引っ張りながら元気よく飛び出していった。

 

「………やっぱり、クシェルちゃんはライリーさんの娘だな」

 

 フィールとクシェルの姿が見えなくなるまで見届けたライアンは、染々と呟く。

 

「ええ………そうね」

 

 エミリーは金色の眼を細め、笑みを溢す。

 クリミアも淡い微笑みを浮かべると、現時刻を見て、

 

「まだ早いけど、先に夕食作って食べましょ。食材とかって、使ってもいいのかしら」

「ええ、大丈夫よ。ライリーさん、『冷蔵庫に食材とか沢山あるから、お腹空いたら作るなりして自由に使っていいわよ』って言ってたから」

 

 クリミアをそれを聞き、早速夕食作りに取り掛かろうと、キッチンの方へ歩いた。

 

 その頃、フィールとクシェルは出店で賑わっている一角へ向かっていた。

 出店は食べ物や飲み物だけでなく、様々なクィディッチ用品が並べられており、クィディッチファンのクシェルはキラキラした瞳でキョロキョロ見て回っていた。

 

「クシェル、はぐれないようにな」

「フィーもね。はぐれないでよ」

 

 と、互いに人混みの中で見失わぬよう、呼び掛ける。二人は歩く途中で飲み物を購入し、飲み歩きしながら色々探索してると、

 

「あら? フィールとクシェルじゃない」

 

 声がした方向に、二人は顔を向けた。

 そこには、3歳年上の先輩、アリア・ヴァイオレットが居た。

 周囲の魔法使い達の奇抜感駄々漏れの服装を見続けてきたせいか、彼女が着こなす正しいマグルの服装に、思わず感心してしまう。

 

「アリア先輩、こんばんは」

「こんばんは。貴女達も観戦しに?」

「はい。アリア先輩も?」

「ええ。両親と姉とね。もう少しお話したかったけど、そろそろ行かないといけないから、また今度、ゆっくり話しましょ」

 

 そう言って、アリアは人混みの中に消えた。

 フィールとクシェルは現時刻を見て、自分達も戻ろうかと、踵を返した。

 

♦️

 

 試合開始1時間前になり、大きい鐘の音が鳴り響くと、競技場までの道の誘導灯が一斉に点った。

 フィール達の予約席はクィディッチ・ワールドカップ関係者用のテントのため、一般客が予約した場所よりも遥かにスタジアムからの距離が近い。

 急いで戻ってきたフィールとクシェルは、長蛇の列が出来る前に、先に入り口ゲートに来ていたクリミア達と合流した。そしてそこには、ある人物も居た。

 

「あ、お父さん。間に合ったんだね」

 

 クシェルの父―――イーサン・ベイカーが、ライアンと話していた。イーサンは娘と、亡き親友の娘に気付き、笑顔を向ける。

 

「ああ、なんとかギリギリな。………フィールちゃん、久し振りだな」

「ええ、お久し振りです。イーサン」

 

 パキッとした金色の髪に明るい翠の瞳。

 英国魔法省勤務の闇祓い(オーラー)のため、体格はガッシリしている男だ。

 フィールとイーサンが握手してると、その彼女とクシェルへ、クリミアがチケットを手渡してきた。二人はそれを受け取る。

 受付の魔女にチケットを検めると、最上階貴賓席に繋がる階段を指差した。階段には、深紫色の絨毯が敷かれている。

 一番上の階まで登ると、そこはボックス席だった。ポジションは両サイドの金色のゴールポストのど真ん中であり、尚且つ最上階だ。広大な競技場内全体を360゜見渡せる、まさに最上級の席であった。

 

「彼処に居る屋敷しもべ妖精、大丈夫かな?」

 

 貴賓席は二列に別れており、後ろの列の奥から2番目に屋敷しもべ妖精が居るのだが、高所恐怖症なのか、眼を覆って震えていた。

 

「大丈夫じゃなさそうね」

「ま、問題はないだろ」

 

 フィール達は指定されている席に座り、この馬鹿デカイ競技場内を見渡す。数十分が経過し、何人かの魔法省の重鎮や名家の当主が貴賓席にやって来た。

 

「あれ? もしかして、フィール達?」

 

 後ろから声が聞こえ、振り返ると、ハーマイオニー・グレンジャーが立っていた。

 

「久し振りだな」

「ハーマイオニー達も観戦しに?」

「ええ。ロンのお父さんに誘って貰ったの」

 

 ハーマイオニーの後ろには、赤毛で統一されたウィーズリー一家とハリー・ポッターが居た。

 ウィーズリーブラザーズの内、ツインズのフレッドとジョージは、フィールとクシェル、特に前者を見て顔をしかめた。

 フィールがピンチヒッターのシーカーとしてスリザリンのクィディッチチームに参戦、連勝を断ち切られ、優勝奪還された屈辱は彼らにとって記憶に新しい。

 グリフィンドールのクィディッチチームのビーターを務めてる二人はフィールを激しく嫌悪してるため、その彼女が此処に居ることを居心地悪そうにしてた。

 

(なんか凄い嫌そうにされてるな………)

 

 彼らの手前、そんなことはおくびにも出さないでいるが、内心では不愉快極まりなさそうにイライラを募らせた。

 

「ところで、そこの男の人は?」

 

 見慣れない金髪翠眼の男性にハーマイオニーが首を傾げていると、

 

「はじめまして。僕はイーサン・ベイカー。クシェルの父親だよ」

 

 と、イーサンがにこやかに答えてくれた。

 初対面のハーマイオニー達は、眼を見張る。

 

「クシェルのお父さんなの?」

「うん。そうだよ」

 

 イケメンのライアンに引けを取らない金髪のイケメンが友人の父親と知り、ハーマイオニーはまじまじと見つめた。

 

「………確かに、クシェルと似てるわね」

 

 クシェルとイーサンを見比べ、二人のアクティブ感が漂う雰囲気を感じ取ったハーマイオニーはそう呟く。加えて二人は翠眼も同じなため、尚更理解を深められた。

 その後、フィール達は初対面のウィーズリー家の長男・ビルと次男・チャーリーと軽く挨拶を交わし、ハーマイオニーとクシェルは暇な時間を他愛もない話で潰し、フレッドとジョージはフィールを一瞥したらそそくさに前列の席に座った。

 

「…………………………」

 

 相変わらずな嫌われっぷりだと肩を竦めていると、

 

「フィール。あの二人と何かあったの?」

 

 と、小声でエミリーが訊いてきた。

 フィールは小声で、エミリーに答える。

 

「別に。………去年、私がピンチヒッターのシーカーになってから、嫌われ度が格段上がっただけ」

「あー………そういうこと」

 

 ウィーズリー家がスリザリン嫌いなのを知っているエミリーはすぐに察し、苦笑すると、

 

「まあ、でも………ロンとジニーとは、交流あるからそんなに気にする必要はない」

 

 フィールにしては珍しいことを言った。

 エミリーは微かに眼を見張ったが、微笑むと、フィールの頭をポンポンと軽く叩いた。

 

 此処に来てから30分ほど経過し、試合開始間近となった頃。

 英国魔法省大臣コーネリウス・ファッジとブルガリア魔法省大臣がやって来た。前者はハリーに話し掛け、後者に彼を説明しているが、言葉は通じてない。まあ、外国語で説明されても、それがわかる人じゃなければ通じないなとクシェルは思い、ふと、大人組に眼を向ける。

 

 フィールの叔父叔母のライアンとエミリー、父のイーサンは、ファッジを見て微かに怒りを顔に滲ませてるような気がした。

 そして、フィールは………彼を見た瞬間、激しい頭痛に見舞わされ、胸が焼けるように熱くなった。

 キリキリと、頭を締め付けるような痛み。

 それは徐々に、大雨の場景を滲み出させた。

 こめかみを押さえる手に、力を込める。

 見慣れてないはずなのに、何故か、見覚えがある。だけど、顕現しない。霧が掛かったみたいに遮られてしまう。

 もどかしい気持ちを募らせつつも、抑えきれない感情を必死に抑圧させ、視線を英国魔法省大臣から外し、ドロドロした気分を打ち消す努力をした。

 

 どういう訳か、ファッジを見た瞬間、胸の奥底から怨念が沸き上がり、それは抑制心が確実に削られていくほどだ。もっと言うなれば、今すぐにでも息の根を止めたくなる………。

 それがトリガーなのか単なる偶然なのか。

 誰かの輪郭がぼんやりと浮かび上がった。

 

(あれは…………)

 

 意識を研ぎ澄ませ、更に探ろうとした時、

 

「―――! フィー!」

 

 身体を揺さぶられる振動がフィールの意識を正常に戻し、同時に頭の中で浮上していたシルエットも崩れ去った。

 彼女はハッと我に返り、横を見てみれば、クシェルの心配そうな顔が覗き込んでいた。クシェルは首筋に手を伸ばし、指を当てる。

 

「フィー、大丈夫? 顔色悪いよ………」

 

 癒者の娘なだけあって、クシェルは体調が不良そうな人を発見すると、脈を取って確認する癖がある。突然、冷や汗が首筋や額に噴き出したフィールに彼女は顔を険しくした。

 

「………ああ、大丈夫。………少し、人酔いしただけだから」

 

 嘘がバレバレな口実をしたフィール。

 全てを見透かしてるように、クシェルが口を開こうとした、その時。

 

「ああ、ルシウス。来たか」

 

 指定席が貴賓席の純血名家マルフォイ一家が姿を現した。ファッジはアーサー・ウィーズリーとルシウス・マルフォイが犬猿の仲だと知らないのか、二人を引き合わせる。その瞬間、緊張感が走ったが、大した騒動はなく、ルシウス達は席に向かって歩いた。

 フィールとクシェルの同僚同輩、ドラコは二人が此処に居ることに驚いた顔になり、彼女達は目礼する。その際、フィールは彼の母親だと思わしきブロンドの髪の女性と眼が合った。

 

「……ん? 貴方、ちょっと待ってちょうだい」

「なんだ、ナルシッサ」

「ねえ、もしかして、その娘かしら? クラミーの娘ってのは」

 

 その女性―――ナルシッサは、黒髪の少女を眼で示し、ルシウスに問う。彼は彼女を見て、「そうだ」と頷いた。

 

「やっぱり。………瞳の色を除いて、クラミーとそっくりだわ」

 

 ナルシッサはどこか冷ややかな表情になり、咄嗟にエミリーがフィールを抱き寄せ、ライアンとイーサンが護るように立ち塞がる。

 

「………2年前の時みたいだな」

「不用意にフィールに近付くような人には、警戒する癖があるものですので」

 

 ルシウスは軽く肩を竦め、エミリーは鋭い眼差しで彼を睨む。

 彼女は元・死喰い人(デスイーター)であるルシウスには敵意を少なからずとも持っており、特に闇の魔法使いを屠る職業に就いているライアンとイーサンは闇の帝王が凋落後、本心ではなかったと言い逃れして裁判を免れたルシウスを信用してなど殊更ない。

 ガードの磐石が固い三人にマルフォイ夫妻は大人しく身を引くことにし、指定席へ再び歩みを進めた。

 彼らが席に着いた時、貴賓席に飛び込んできた魔法省魔法ゲーム・スポーツ部部長、ルード・バグマンの一声で、クィディッチ・ワールドカップ決勝戦の幕が上がった。

 

♦️

 

 試合はアイルランドの勝利で幕を閉じた。

 点数はアイルランドが170点でブルガリアが160点。最終的にスニッチを取ったのはブルガリアのチームの天才シーカー、ビクトール・クラムだった。彼がスニッチを手にした時、点数差は160点ついていて、逆転勝利は不可能と判断したのだろう。

 あのまま試合を続行して無様に惨敗するより、自分の手で終わらせて潔く敗北を受け入れるのを決断したに違いない。

 

 終戦後、フィール達はライリーとイーサンの勧めで一晩彼女達のテントに泊めさせて貰うことにした。

 仕事から帰ってきたライリーのためにクリミアが料理の腕を振るい、皆でワイワイ酒盛りを楽しんだ。

 そうして、夜が更けてきたのでそろそろ寝ようかと皆が立ち上がった時、慌ただしい喧騒と逃げる足音、行き交う悲鳴が聞こえてきた。

 

「え? 何が起きたの?」

 

 テントを出て辺りを見渡してみると、奥のキャンプエリアの空中に人が浮かんでいるのが見えた。

 多くの人が此処のテントの位置とは真逆の方角にある森へと逃げていき、その後を追い掛けるように嘲笑しながら行進し周囲一体のテントを蹴散らして暴れる、黒いローブの集団がチラリと見えた。

 彼らの顔を覆う仮面に見覚えがあるライアンとイーサンは目付きが鋭くなる。

 

「イーサン! アイツらは!」

「ああ、間違いない! 死喰い人(デスイーター)だ!」

 

 死喰い人(デスイーター)闇の帝王(ヴォルデモート)の思想に賛同し、忠誠心を誓う闇の魔法使いの呼称だ。

 

「アイツらが向かう方向は此処とは真逆だが、だからと言って此処にいつまでも居たらマズい!」

「そうだな、とにかく、早く此処から―――」

 

 と、その時、あるものが眼に止まった。

 口から蛇が出ている、おどろおどろしい骸骨が緑色に光る煙に描き出され、暗い夜空を装飾していた。

 

「あれって………!?」

「『闇の印』………!」

 

 闇の印。かつて闇の帝王や闇の魔法使い達が殺戮声明に用いた狼煙であり、死喰い人の左腕にも同じ印が刻まれている、人々からは恐怖の象徴として恐れられているマークだ。

 

「………ッ!」

 

 フィールは無意識の内に、闇の印が上げられた方角へ急行しようと駆け出した。

 

「フィールちゃん! 待ちなさい!」

 

 ライリーが声を上げ、ライアンがそれを追い掛けようとしたが、

 

「ライアン! お前は此処に居て護衛しろ!」

「私達が追い掛けるわ!」

 

 イーサンがライアンに此処に留まってライリー達のガードを頼み、エミリーと共にフィールの背中を追った。

 フィールは自分のシックスセンスの勘に従い、本能が赴くままに疾走する。

 三人が闇の印の周辺に到着すると、魔法省役人が血相を変えながら『姿現し』し、20人近くの魔法使いがそこに居た人影を囲んで、一斉に『失神呪文』を撃った。

 紅い光があちこちに飛び交い、その内1つのスパークがフィールの目前にまで迫ったため、イーサンは地面を強く蹴って彼女に飛び付き、難を逃れる。

 

「大丈夫か!?」

「………大丈夫です」

 

 声を抑えて安否確認するイーサンに、フィールは頷く。エミリーがホッとしつつも、誰を撃ったのかと眼を凝らし、

 

「止めてくれ! 私の息子達だ!」

 

 アーサーの悲鳴に近い声が聞こえ、中心に居たハリー達一行に近付くのが見えた。

 

「三人共無事か!?」

 

 アーサーの声は震えていた。まさか、自分の息子や親友を攻撃してるとは予想だにしなかったのだろう。

 

「邪魔だ、アーサー」

 

 ナイフのように鋭くアイスのように冷たい男の声がアーサーの後ろから聞こえる。アーサーを押し退けて現れた人物に、遠くの場所で観察している三人は視線を走らせると、

 

「………クラウチか」

 

 バーテミウス・クラウチ・シニア。国際魔法協力部部長。元魔法省執行部部長。彼は「暴力には暴力を」と言う姿勢で、死喰い人が被害者に対して行った犯罪には同じくらい無情で残酷な処置を取ったことで有名であった。その功績から魔法界の支持を集め、次期魔法省大臣と期待されていたが、身内の不祥事で失脚した。

 

「誰がやった? 誰が闇の印を打ち上げた!?」

 

 クラウチの怒鳴り声がビリビリと響き渡り、その一方的な糾弾に、ハリーとロンが抗議の声を上げた。

 

「僕達じゃない!」

「そうだ! 何のために攻撃したんだ!?」

 

 二人は憤然とし、周囲の役人達は相手が子供であったことを理解し、動揺していた。が、クラウチは三人に杖を向けたまま、尚も激しく問い詰める。

 

「白々しいことを! お前達は犯行現場に居た!」

「犯行現場に居たからといって、それが犯人だという根拠は何処にあるんだ?」

 

 これ以上は我慢の限界だ。

 イーサンは低音の声で、彼らに歩み寄りながら言葉を発する。

 突如響き渡る威厳ある声の方へ、クラウチと役人達は杖を構えるが、その相手が、闇祓い勤務の男だとわかり、杖をゆっくり振り下ろした。

 

「クラウチ。仮にも魔法省執行部部長を務めてたお方が、闇の印を今まで一度も見たことがない子供にアレを創り出すのは不可能だと言うのを理解出来ないなんて、それでもアンタ、いい歳した大人か?」

 

 イーサンはクラウチに問い、彼は口を噤む。

 その間、エミリーとフィールが三人に寄る。

 

「ハーマイオニーちゃん。何があったのか、教えてくれるかしら?」

 

 三人の中で比較的落ち着いているハーマイオニーにエミリーが目線を合わせて優しく尋ね、彼女は拙くも語った。

 

「私達、あの黒いローブの集団が現れてから、森に避難したの。その途中でジニー達とはぐれて、三人を探しながら奥に進んできて。途中でバグマンさんにも会ったわ。それで此処に辿り着いて休んだの。そしたら、あの木立の陰から、誰かが呪文を叫んで………」

 

 皆の視線はその木立に顔を向ける。

 イーサンが「様子を見てくる」と果敢に突き進んでいき、数秒後、彼は貴賓席に居た屋敷しもべを抱えて戻ってきた。屋敷しもべを見た瞬間、クラウチは顔面蒼白し、まだ木立に誰かが居るのではないかと、おぼつかない足取りで周辺を捜索し始めた。

 どうやら、クラウチの屋敷しもべらしい。

 イーサンは屋敷しもべ―――ウィンキーが持っていた杖を『直前呪文(杖が最後に使った魔法の幻影を再生する呪文)』で調べると、杖からは闇の印の幻影が放たれ、犯行に使用されたものだと証明された。

 驚くことに、それはハリーの杖であったらしいが、とにかくまずは、最優先事項として気を失っているウィンキーを『甦生呪文』で復活させ、尋問した。

 目を覚ましたウィンキーは周囲の状況を確認して哀れなほど震撼し、エミリーと同じ部門に勤務してる役人、エイモス・ディゴリーは何も知らないと言い張るウィンキーに畳み掛ける。

 そこから、クラウチとの口論も行き交ったりなどしてこの場は混沌としたが、闇の魔法使いとの実戦経験が豊富で専門家のイーサンが、ウィンキーは本当に何も知らないと判断し―――結果的には荒れたまま、解散となって解放された。




【クリミアの将来の夢】
癒者。首席女帝のクリミアならきっとどころか絶対になれますね。クリミア、ファイト!

【幼少期のクシェルを知ってた二人】
2章は一応読み直してみましたが、矛盾点がないかが不安。

【クシェル父登場!】 
クシェルのお父様、初登場。
フィール達は名前の関係上、『ライリーさん』のようにさん付けではなく『イーサン』とさん付け無しで彼を呼んでおります。
それにしても………名前『イーサン』で姓『ベイカー』がまさかのバイオ7で出てきた、主人公の名前、謎の家族の姓、っていうのは、クラミーとフィールの時みたいにあとでわかって超ビックリしました。
しかも、バイオ7のキャラの名前でジャックがいたのにもアンビリバボーです。

【ファッジ】
エミリー達、なにやら憤ってる様子。

【大雨の場景】
色々予測してみてください。

【闇の印騒動】
原作と多少変化。


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#50.ラピスラズリの水平線

★祝! お気に入り100件突破(*´ω`*)!


 海洋国イギリスの海沿いに建築されているマリンブルーカラーの外壁のモダンな邸宅。

 海を一望するには持ってこいの場所に建てられているそれに気にする者は誰一人としていない。道行く人達はまるで見えていないように真上からの太陽の日差しが強い道中を淡々と歩き、遠目から観察したりもしない。

 何故ならば、その邸宅と周辺は魔法使いが所有地として利用する場であり、マグル避けの魔法が強力に掛けられている。その他にも色々安全策を施しているので、例え魔法使いであろうと位置探知は不可能だ。

 その別荘の持ち主の知人を除いて―――。

 

「エミリー叔母さん。相変わらず此処の海景色の眺めはいいな」

 

 黒髪蒼眼の少女は、展望デッキに配置されている椅子に座りながら、何処までも果てしなく広がる青い海と曇り一つない晴天が生み出す水平線の彼方を黒髪金眼の女性と共に眺めていた。

 此処は、ベルンカステル家の前々当主、エルシー・ベルンカステルが夫のオスカー・ベルンカステルの誕生日だか結婚記念日の贈り物にと建築した別荘なのだが、彼が亡くなり彼女も亡くなった後は利用する機会が少なくなり、長年放置されてきた。

 しかし、その二人の次女が一人暮らしをするため、そして亡き両親の形見をずっと残すことで想い出を守ろうと決めたことから、現在は所有者として日々を生活している。なので、どちらかと言えば、別荘よりも自宅と言った方がいいかもしれない。

 今はあのクィディッチ・ワールドカップ決勝戦が終戦してから5日後の、8月27日。

 5日前に闇の印や死喰い人(デスイーター)騒動が発生し、最後の最後で奪われた楽しい想い出の埋め合わせも兼ねて、2日前に、此処ら一角の所有権を握るエミリーが、遊興と寝泊まりの両方を兼ね備えたこの場を提供した。

 

「ええ。私も此処から見える景色は好きよ」

「夜になるともっと綺麗?」

「そうね。月夜の日は、海面が月明かりに照らされて星空のように綺麗よ」

「へえ………見てみたいな」

「フィール、エミリー叔母さん」

 

 後ろから透き通った声が二人の耳を打ち、振り返ると、まるで晴天の空色を凝縮させたような色のストレートヘアの女性が、三本のグラスを載せたトレーを慎重に運んできた。

 夏でも涼めそうな青く碧いガラスの丸テーブルに手に持ってるそれを置き、白い椅子に座る二人へグラスを手渡した。

 グラスに入ってるカクテルは、ロングアイランドアイスティー。

 紅茶を一滴も使わないでアイスティーの味わいと色を出した魔法のカクテルとしてアメリカ・ニューヨーク州ロングアイランドで生まれた伝説のカクテル。やや甘口だが、度数は決して低いとは言えないので、飲み過ぎには注意を払わなければならない。アイスティーのような爽やかな味わいは、夏にオススメでピッタリな爽快カクテルだろう。ちなみにカクテル言葉は『希望』である。

 

「クリミア、ありがとう」

 

 黒髪蒼眼の少女―――フィール・ベルンカステルは、義姉のクリミア・メモリアルに礼を言うとグラスを傾けた。

 

「流石だな」

「美味しいわね」

 

 フィールと、フィールの叔母・エミリーは満足げな笑みを浮かべ、クリミアははにかむように微笑む。

 此処に居る三人は静かで穏やかな時間を過ごしているが、時折砂浜がある下方から、楽しげな声が混じって聞こえてくる。皆、残り少ない夏休みを満喫してるそうだ。

 今回は、この間ブライトンで海水浴しに行ったメンバーに加え、フィールの友人、クシェル・ベイカーの両親、イーサンとライリーが連休を貰ったために保護者組として参加した。

 二人も久々の休暇を娘やその友人、学生時代の後輩達と楽しんでいるみたいだ。気心知れた知人以外の他人は一切居ない海辺で遊べることもあって、ライアンとシリウスはまたビーチバレーで勝負してるらしく、二人を応援する声が上がっていく。

 

「少し早いけど、昼食のBBQの準備に取り掛かりましょうか」

 

 カクテルが入ったグラスをテーブルに置いたエミリーが立ち上がり、フィールとクリミアもそうしようと、立ち上がって彼女の後をついていく。

 道具全般は前もって外に出しておいたので、杖を振るって海辺で遊んでる彼らとは少し離れた距離の砂浜まで、バーベキューコンロや数十分前に仕込み終えた食材類を『浮遊呪文』で運ぶ。

 現役ホグワーツ生七人に加え、ホグワーツ出身の大人六人という大人数のため、コンロは3台あり、色とりどりの新鮮な野菜も予めタレに漬け込ませた肉も大量にある。

 設置したコンロの炭に向かってピンポン球ほどの大きさの火の玉を着弾させ、ポウッと音を立てて炭全体に火がついた。

 網の上に肉や野菜を並べ、次々と芳ばしい煙を上げ始めた頃に、思う存分遊んできたライアン達がやって来た。

 

「おっ、上手そうな匂いがするな」

 

 ライアンは瞳をキラキラさせ、他の皆もお腹が空いてることから、ワクワク顔になる。そうして、コンロの周りに全員揃ったところで、各自取り皿に肉や野菜を取って、それを頬張った。

 

「うまっ! 海の近くでバーベキューとか、最高だな」

「ああ。これなら毎日やっても悪くない」

 

 ビーチバレーの勝負で体力を消費してきたライアンとシリウスは肉の争奪戦をし、エミリーとルーピンは額に手を当てて、やれやれと苦笑いする。ハリー達も友人同士ワイワイしながら食べ、場は賑やかになっていった。

 しかし、フィールはその輪に入らず、アウトドアチェアに座り、黙々と食べている。

 そんなフィールを気にして、クシェルは彼女の隣に来て声を掛けた。

 

「フィーは皆の所に行かないの?」

「………ずっと立ってると疲れる」

「そっか。そういえば、此処って未成年魔法使いでも魔法使えるんだね」

「外部と完全に遮断されてるからな。魔法省でも位置探知は出来ない」

「……フィー。もしかして、夏休み中は―――」

「魔法の練習してるよ」

 

 クシェルが言おうとした言葉の続きを、フィールが繋げた。

 

「やっぱりね。………後で練習してもいい?」

「別にいいだろうけど………でも、今は訓練とかの話題は忘れろって大人達は言うと思うし、私も今日は休息と思って楽しんでる」

(楽しんでる、と言ってる割りに表情はそんな変わらないなぁ………)

 

 とクシェルは心の中で苦笑いしたが、フィールがそう言うのも珍しいので、軽く一驚し、明日特訓しよっかな、とクシェルは続けて内心でそう思い、海の方から吹いてきた潮風の匂いに、顔をそちらに向けた。

 

♦️

 

 昼食のバーベキューの後片付けを終え、フィールはエミリーとクリミアと共に昼食前に居た展望デッキに行き、遊び盛りな年頃のハリーやクシェル達は、エミリーを除いた大人組とはしゃぎながら波打ち際へ向かった。

 

「フィール。クシェルちゃん達と遊ばないの?」

「そう言ってるエミリー叔母さんは遊ばなくていいのか?」

「兄さんやシリウスが遊び相手になってるから、今日は大丈夫だと思ってね。夏休みが終わる前には、私もあの子達と遊ぶつもりよ」

 

 グラスにまだ少し残っていたロングアイランドアイスティーを飲み干したエミリーは、フィールを見た。

 

「いつの間にか、貴女の周りは友達で賑やかになったわね。数年前の貴女だったら、とてもじゃないけど信じられないもの」

 

 フィールは齢5歳の時に両親を失い、そのショックから自分の殻に閉じ籠って誰とも話をしなくなった。徐々に立ち直っていく内にフィールはそれまでのような性格がガラリと激変し、今みたいな人柄になったのだ。

 彼女の今昔を知る者は、必ずこう言う。

 

 ―――本当に、フィールなんだろうか?

 

 それだけ、彼女はあまりにも変わりすぎた。

 昔は底抜けに可愛く、他人には母親みたいなクールな雰囲気を見せつつも背伸びしてる印象が微笑ましかった―――と言うのがまさにピッタリの子供だった。

 なのに………母親と父親を奪われた後、フィールは他人とのコミュニケーションを嫌い、どんなに話し掛けても冷たくあしらう、無愛想で無関心な、5歳の少女とは到底思えない、闇と氷を身に纏ったような、冷たい性格へと歪んでしまった。

 

「別に………馴れ合いは嫌いだ。それは判断力を鈍らせる」

 

 スッと冷たい眼光になったフィールは、椅子から立ち上がって、別荘の中へ消えてった。

 エミリーとクリミアは顔を見合わせる。

 

「………クリミア。フィールって、クシェルちゃんやハリー君と居る時もあんな感じ?」

「………いや。あの子達と居る時、フィールは楽しそうにしてるわよ。表情はそんなに変わらないけど、雰囲気は微妙に違うから」

 

 クリミアは紫の眼を細め、エミリーを見る。

 

「このまま、何事もなく過ごせればいいわね」

「………ええ、そうね」

 

 クリミアの言わんとしてることを、エミリーはわかっている。故に、彼女は短く返事した。

 

 一方、フィールはそれぞれ割り当てられた個室のベッドに身を任せていた。フィールの部屋は品のいい白い家具でまとめてあって、夏の時期に相応しいブルーのカーテンが掛かっている。

 

「………馴れ合いは嫌い………か…………」

 

 その言葉とは裏腹に、自分は友人達と―――特にクシェルとは、過剰過ぎるほど仲良くしているじゃないかと、フィールは自嘲する。

 めげずにアプローチしてくる彼女へ自分で「鬱陶しい」と言っておきながら、いざ関わってこなくなると調子が狂い、孤独感に心が圧される。

 ………もう、潔く認めるべきだろうか。

 私は手放したくないものを抱いてしまったと。

 

「………ああ、もう…………」

 

 カーテンの隙間から差し込んでくる太陽がやけに眩しくて、フィールは薄手の毛布を引き上げて頭から被った。

 

♦️

 

 その日の夕食は、エミリーとライリーがパスタを作ってくれた。

 二人が料理してる間にクリミアがテーブルに食器などを並べたりなどして準備を手伝っていると、

 

「クリミア。動きっぱなしで申し訳ないんだけど皆を呼んでくれるかしら」

「ええ、わかったわ」

 

 クリミアはエミリーに言われた通り、昼間遊び疲れて部屋で休憩している皆を呼びに階段を上がった。少しして、ライアン達が1階のダイニングに来て賑やかに夕食を囲み、途中でフィールがやって来た。

 

「明日、どうする?」

「そうね………特に用事は無いわね」

 

 大人組は全員明日は1日中暇なので、子供組に意見を聞いてみる。ハリー達は特に無いらしいのだが、フィールは魔法の練習をするとのことだ。

 

「フィール。此処に居る間だけでも、休日だと思って休まないの?」

「身体動かさないと、なんか落ち着かない」

 

 その返答に、エミリー達は微苦笑する。

 そんな彼女達へハーマイオニーがふと、

 

「あの……まだ聞いたことなかったんですけど、エミリーさん方が学生時代の時って、どんな感じだったんですか?」

「どんな感じ、ねえ………ここは、ライリーさんとイーサンに聞いてみましょ」

 

 メンバーの中で最年長のクシェルの両親へ、全員の視線が集中する。二人は顔を見合わせ、少し考える表情になった。

 

「ん~、何を言えばいいんだ?」

「個人の感想を言えばいいんじゃない?」

「そうだな。まず………シリウスは悪戯大好きなヤンチャ坊主で、まともで優等生だったリーマスは窘めるのに必死だったな」

「ライアンとエミリーは二人は容姿端麗、成績優秀なことからホグワーツ生にモテモテだったわ。兄妹揃って超美形、ってね」

 

 シリウスとルーピンはイーサンからのコメントに笑い話としてひとしきり笑い、ライアンとエミリーは兄妹揃って照れ笑いし、それに釣られるようハーマイオニー達も笑うが………二人の少年少女は、大人しかった。

 それに気付いたライリーは、その二人―――ハリーとフィールの様子をチラリと窺うと、二人共既に夕食を食べ終わっており、食後のオレンジジュースを黙って飲んでいた。

 心なしか、ハリーとフィールの表情は暗い。

 しかし、それを悟られて空気を壊さないようにしているのが微かに滲み出ていた。

 

 ライリーはなんとなく察した。

 シリウスとルーピンは、ハリーの父親・ジェームズと親友同士で、母親のリリーとも同僚同輩の仲であった。ライアンとエミリーは、フィールの母親・クラミーの弟妹。父親・ジャックは後の義兄となった。

 ………そしてその四人は、この世に居ない。

 境遇は異なるが、それぞれ悲惨な死を遂げた。

 ハリーとフィールは、亡き両親との深い関係を持つ者達を通して、心が沈んだのだろう。

 加えて言えば、イーサンとライリーは此処に居るメンバーだけコメントしたため、二人からすれば、敢えて自分達の両親のことについては触れないように言ったと捉えられても仕方ない。

 そのことに少し罪悪感を感じたライリーは、腕を組んでいたフィールと眼が合った。

 が、それはほんの一瞬だけで、彼女は何事もなかったようにパッと視線を逸らし、ライリーもまた、何も言わなかった。

 

 サロンに移動したフィール達は、ライリーとイーサンが差し入れで買ってきたロンドンで今大人気の高級ケーキと紅茶のダージリンティーを楽しんでいると、ライリーがエミリーに声を掛けた。

 

「エミリー。あのピアノ使ってもいいかしら?」

 

 サロンには、白いグランドピアノが置かれている。アレはマグル界で売られてる物で、魔法などは一切掛かっていない。

 

「構わないわよ」

 

 エミリーからの許可を得ると、ライリーは早速蓋を開け、ぽろん、と鍵盤を軽く叩いて響きを確かめた。

 

「調律はちゃんとやってるみたいね」

「ライリーさん、ピアノ弾けるんですか?」

 

 ジニーは驚いた表情で訊いた。

 聖マンゴで癒者(ヒーラー)として勤務している彼女がマグル界の芸術性を表現するピアノ演奏が出来るのかと、衝撃を喰らってるようだ。

 

「私の父親がマグル生まれだったから、多少はね。学生時代の今頃、暇な時はピアノ弾いたりとかして時間潰したこともあったわ。クシェルが生まれる前には、私がピアノを弾き、イーサンが歌うってこともたまにね」

「今はどっちも仕事で忙しいから、しばらくやってないけどな。ライリー、せっかくだし、一曲やるか」

「いいわよ。連休を楽しませてくれる皆へちょっとしたプレゼントとして、ね」

 

 バイエルの簡単な曲でライリーの指ならしが一通り終わったライリーがピアノを弾き、歌手としての実力はプロ級のイーサンが側に立ち、二人で歌うという形で、ささやかなミニライブが始まった。

 軽快なメロディーで流れたその曲は、詞も爽やかで、夏らしい清涼感溢れる歌だった。ピアノの伴奏がつくと、聴いている人達は二人の歌声とピアノに聴き惚れる。

 二人が歌い終えると、わあっ、と拍手と歓声が沸き起こった。

 

「凄い素敵だったわ」

「クシェルのパパとママ、スゴいな」

 

 ハーマイオニーとロンが感嘆の声を上げ、シリウスとルーピンも二人の先輩を誉めた。

 

「二人共、とても上手だったな」

「アンコールして欲しいくらいだ」

 

 ライリーはハリーとフィールをそっと見ると、二人は柔らかな顔で拍手していた。

 ついさっきまで浮かべていた暗い表情はすっかり消えてたため、気分転換になったかなと思いながら、まだ鳴り止まぬ拍手の中で、ライリーは自分の席に戻った。

 

♦️

 

 その夜も、ハリーは寝付けなかった。

 マグノリア・クレセント通りとは違って、海沿いの別荘地では眠りを妨げる騒音は、ほとんどない。

 だけど、睡魔がやって来ることはなかった。

 色んな思いを抱えたまま、何度も寝返りを打っていたハリーは、上着を一枚羽織って部屋をそっと抜け出した。

 真夜中だから、別荘の中はすっかり寝静まっている。誰にも気付かれないよう静かに玄関のドアを開けて外に出ると、コーストの夜気がハリーを包んだ。

 星明かりを頼りにハリーは階段を下りていき、波打ち際まで来ると、歩みを止めた。

 途端、冷たい波が打ち寄せてきて、暗い砂浜を濡らし、ハリーの足元も濡らす。

 

 彼の目の前には、ラピスラズリの水平線。

 金銀に煌めく無数の星々と明るい白い月が特徴的な夜空が、ゆらゆら揺れる群青色の海面に映し出され、まさにウルトラマリンブルーのスカイラインを見事なまでに生み出す。

 しかし、そんな美しい海景色も、今のハリーの瞳には虚に反射しているだけで………。

 その時、ハリーの後ろから声がした。

 

「こんな時間に、一人で展望かい?」

 

 振り返ると、ライアンが立っていた。

 

「ライアンさん………」

 

 ハリーが軽く眼を見張ると、ライアンは彼の方へ歩み寄り、隣に立って、水平線を眺める。

 

「此処ら辺は都市と違って静かだな。夜更かしはあまり感心しないが、こんな光景を見られるならたまには悪くない」

「………………」

 

 黙っていると、ハリーの胸中を見透かしたようにライアンは続けた。

 

「ハリー君。君とこうして一体一で話すのは、これが初めてになるかな? 何か、悩み事とかを抱えてないかい?」

「え………」

「僕でよければ、話し相手になるよ」

 

 ライアンが笑い掛けながらそう言うと、ハリーは緑の眼を細め………遠く彼方にある視水平線を見つめながら、やがて、静かに口を開いた。

 

「………僕、こんなにも楽しい夏休みを過ごせたのは、とても嬉しいです。ハーマイオニーやロンと一緒に笑い合ったり、シリウスやルーピン先生と遊んだり………ブライトンに連れてってくれたライアンさんや、この別荘を提供してくれたエミリーさんには、本当に感謝です。………フィールの叔父さん叔母さんは、僕の叔父さん叔母さんと全く違うんだなって、痛感しました」

 

 どこか嫉妬混じりの表情で、ハリーは語る。

 フィールとは、『両親がいない』『母方の叔父と叔母に面倒を見て貰ってる』という共通点がある。

 だが、後者がまるで違いすぎるのだ。

 親戚であるはずなのに、ダーズリー家の人達は甥の自分には残酷に扱ってきて、逆に息子の従兄には溢れんばかりの愛情を注ぐ。

 嫌になるほどそれを見てきたから、ハリーは、自分とは違う扱いのフィールが羨ましく、同時にジェラシーも感じていた。

 

「そうか。………そのことは、フィールから聞き及んでいる。君の叔母夫妻の虐待的な扱いは許せるものではないと思った。姪を持つ叔父だから、尚更ね」

 

 ライアンはハリーの頭を、くしゃくしゃと雑に撫でる。

 

「悩み事があるなら、いつでも言いなさい。これまで、弱音吐かないように独りで無理してきたんだろう? 全部聞くから、それで少しでも気持ちを軽くすればいい」

 

 ハリーは思わず涙ぐみ………優しげな金瞳で見下ろすライアンを見上げ、コクリと頷いた。

 

♦️

 

 一方―――。

 別荘の中の一室で、ライリーは目を覚ました。

 サイドテーブルに置いてある魔法時計を確認してみれば、まだ真夜中だった。

 軽く目元を擦り、リビングで水を飲もうかと、静かに部屋を出た。

 時間帯の関係上、別荘内は寝静まっている。

 気配を隠しながら階段を下りていくと、リビングのソファーで誰かが座っているのが見えた。

 背を向けているからわかりづらかったが、次第に暗闇に眼が慣れてきて、そのシルエットがハッキリとし、やっとわかった。

 

「フィールちゃん?」

 

 ライリーが呼ぶと、その人影が振り返った。

 長い黒髪に蒼色の瞳の少女。

 寝間着に薄手のカーディガンを羽織ったフィールであった。

 

「ライリーさん………」

「眠れないの?」

「………なんとなく起きました」

「奇遇ね。私もよ。温かい飲み物、飲む?」

「あ、はい」

「じゃあ、ちょっと待っててね」

 

 食器棚からマグカップを2個取り出すと、ミルクパンを火にかけて二人分のホットミルクを手早く作り、フィールに手渡す。

 

「ありがとうございます」

 

 フィールはマグカップを受け取り、それに口をつけた。ライリーも口をつけ、ホットミルクを飲む。ハチミツでほんのり味付けしてあって、優しい温かさが身に染み込んだ。

 二人の間で会話はなく、しばらく沈黙が流れていたが………それを破ったのは、意外にもフィールからであった。

 

「クシェル、ライリーさんにそっくりですね」

「そうかしら? どちらと言えば、父親のイーサン似よ?」

「虹彩とか雰囲気とかは確かに………でも、性格はライリーさんそっくりだなって」

「例えばどんな所?」

「友達思いで優しい。治癒関連のことは人一倍技量が高い。何より、どんなに冷たくあしらってもめげずにアプローチしてくる所ですね」

「もう、フィールちゃんは………。クシェルはいつも貴女の話をしているわ。『他人から見れば冷たい人って思われがちだけど、その実周りをちゃんと見てる』って。あと、『最近はよく友達と笑うようになった』ってね」

「………そうですか」

 

 そこで一旦会話が途切れ、再び沈黙が流れる。

 次に破ったのは、ライリーだった。

 

「フィールちゃん。何か、ライアンやエミリーにも言いづらいことって、ある?」

「え………」

「『フィーは悩みとかを全然話してくれない。でもそれは、無理して隠してるんじゃないか』ってクシェルが心配してたのよ」

「………………」

「私でよければ、何でも聞くわよ」

 

 フィールは唇を引き結び、心労した。

 自身が抱える苦しみを話してもいいのだろうかと苦悩したが、やがて、静かに口を開いた。

 

「……去年、吸魂鬼(ディメンター)がホグワーツ特急の汽車を抜き打ち調査しました。その時は、私とクリミアが全て追い払ったけど………その後が、辛い日々の連続だった」

 

 まだ飲み掛けのマグカップをテーブルに置き、端正な顔を歪ませながら、フィールは昨年の自分の葛藤を語り始めた。ライリーもマグカップを置き、いつになく真剣な表情で、続きを黙って聞く。

 

「翌日………父が殺された時の夢を見ました。それだけじゃなく、真似妖怪(ボガート)の授業では、私が恐れるものとして『あの人』に変身して………精神的に耐えられなくて、とにかく学校生活がイヤでイヤで………堪らなかった」

 

 当時を思い返し、フィールは俯く。

 

「………ピンチヒッターとして、シーカーになったクィディッチ戦。スニッチを見つけて、ハリーと競いながら飛んでいたら、100体以上の吸魂鬼が乱入してきて、彼と共に、上空まで避難したけど………吸魂鬼の顔が間近に迫って、9年前の記憶が鮮明に甦った」

 

 頭を抱え、フィールは絞り出すように紡ぐ。

 

「……………恐ろしかった。あの時、目の前に迫った、吸魂鬼のおぞましい顔と冷たすぎる冷気。私の方へ腕を伸ばし、頬に触れた際の、ぬくもりを一切感じられない冷たい感触が、今でも私の肌と身体の芯に絡み付いて、忘れようにも忘れられない…………」

 

 ずっと独りだけで抱え込んできた、心の闇。

 形はどうであれ、大人に打ち明けたのは、これが初めてかもしれない。

 

「………お母さんは、私を庇って吸魂鬼に魂を吸われて廃人に………お父さんも、私を庇って殺された………いつも、私は思います。あの時、私が強かったら……私さえいなければ、両親は被害に遭うことはなかったんじゃないかって―――」

「フィールちゃん」

 

 少し強めの語気で、ライリーが遮ってきた。

 顔を少し上げると、目の前には、いつの間にかライリーの怒ったような顔が見据えてきた。

 

「……昔と変わらないわね、その悪癖は。それ以上自分の存在を否定的に言ったら怒るわよ」

「………………」

「貴女のご両親は………クラミーとジャックはフィールちゃんを愛してたからこそ、最後の最後まで抗い続けたのよ。そして、娘の貴女を護るという目的を果たした。満足に思いこそすれ、貴女を責めるなんて考え方は、一ミリたりともないわ。逆に、貴女がそんな風に思ってしまったら、二人の誇りを傷付けてしまうわよ」

 

 ライリーはフィールを諭すように言った。

 彼女の涙腺が、脆くなっていく。

 

「……そんなの……そんなこと……思えるんだったら……こんな思いは………しませんよ………」

 

 フィールはライリーの胸に顔を埋めた。

 止めどもなく溢れるフィールの涙が、ライリーの胸元を濡らす。

 数年前、まだ母が聖マンゴに入院してた頃、こうしてこの人の胸元を汚した日があった。

 それを思い出しながら、彼女は嗚咽を堪えて泣き続ける。

 清潔感のある優しい香りに心の傷の癒しを求めるよう、感情の赴くままに白い頬を熱い雫で化粧した。

 ライリーは何も言わず、黒髪を優しく撫でる。

 フィールの涙を見たことがある彼女は今は泣き止むまで待とうと、甘い香りが漂う彼女の頭をそっと抱いた。

 

♦️

 

「………………」

 

 リビングに居るフィールとライリーからは死角になっている階段の段。

 そこに、壁に背を預けている人影が在った。

 前者の親友で後者の娘の―――クシェルだ。

 クシェルは、1階のリビングで水を飲もうかと部屋を出て、階段を下りていたら………親友と母親が話しているのが聞こえた。

 盗み聞きは行儀悪いと思ったが、会話の邪魔をしてはいけないという気持ちもあり、タイミングを見計らおうと気配を殺したまま聞いている内に、衝撃的な事実を知ってしまった。

 今まで、誰にも家族に関する話題を話したがらなかったフィールの両親のことを、断片的にだが、事情を察してしまったのだ。

 

(………そういうことだったんだ………)

 

 クシェルは、何故フィールが、ハリーと同じく吸魂鬼からの影響力が酷いのかも、若くして『守護霊の呪文』を習得しているのかも―――全ては吸魂鬼に母親を奪われたからなのだと悟った。

 

「………ッ」

 

 クシェルは前髪をくしゃりとする。

 偶然知ってしまった、友人の辛い過去。

 彼女は、フィールがどんな気持ちで長い年月を―――昨年、ホグワーツ周辺を母親の仇である吸魂鬼が警護していた日々を過ごしてきたのかと、それを考えるだけで、胸が痛んだ。




【やって来ました! 別荘!】
城あって邸宅あって今度は別荘。日本有数の高級別荘地軽井沢もビックリなレベル。
ベルンカステル家どんだけセレブなんだ………。

【ベイカー夫妻】
イーサンはソング、ライリーはピアノ。
この二人、その気になれば魔法界の音楽団にもなれんじゃ………?

【クシェル】
盗み聞きして断片的に察する。
今後、どうするんでしょうね。

【まとめ】
今回は新学期開始前の最後のまったり休暇。
この次からはいよいよ皆様待望のあの対抗試合。
さて、選手は誰になるのやら………。


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#51.三大魔法学校対抗試合(トライウィザード・トーナメント)

ホグワーツへレッツゴー。


 ホグワーツに向かう汽車のコンパートメント。

 その一室で、フィールは友人のクシェルと一緒に居た。

 何故クリミアは居ないのかと言うと、今年でホグワーツを卒業するため、最後の通勤特急は入学時からの友人二人、ソフィアとアリアと一緒に居たいだろうと、フィールが彼女を送り出したからだ。

 

「………………」

 

 静まり返っている、コンパートメント内。

 クシェルは、自身の左肩にもたれ掛かってぐっすりと眠るフィールを横目で見る。

 あの夜―――エミリーが自宅として利用しているベルンカステル家の別荘で泊まってた際、偶然ではあるが、フィールの両親の末路を知ってしまった。

 とはいっても、盗み聞きだったし、内容も断片的だったので、詳細はわからないが………。

 クシェルは、母のライリーがフィールの両親とは知り合いであったんじゃないかと思った。

 母は『クラミー』『ジャック』とフィールの両親を名前で呼んでいた。

 知人じゃない人間のことを下の名前で呼び捨てにする人間は少ない。

 そう思うから、クシェルはそう考えていた。

 それに………あのフィールが、母に葛藤を打ち明けていたのだ。昔からの旧い知り合いでなければ、頑なに誰かに頼ろうとしない頑固な性格の彼女が語る訳がない。

 と、その時だ。

 コンコン、と扉を叩く音が響き渡る。

 そちらを見てみると、ハリー達一行がトランクを手に立っていた。

 

「クシェル、此処いいかしら?」

「いいよ」

 

 三人は同席の許可を得ると、荷物棚にトランクを押し上げて空いてる席に座った。

 

「クリミアはどうしたの?」

「友人二人と一緒に居るよ」

「そう………あら? フィール、寝てるの?」

 

 クシェル達とは向かい側の席に座ったハーマイオニーが、座りながらフィールを見た。その言葉の通り、フィールは眠っている。

 ハーマイオニーは初めて見るフィールの寝顔に思わず見入った。

 

「寝顔可愛いわね」

 

 顔を綻ばせ、身を乗り出して、頬をぷにっと突っつく。

 クールな表情を見慣れてるせいか、年齢相応かそれ以下の幼さが全面的に露になる貴重な場面を見られて、得した気分だ。

 

「こうして見ると、フィールも僕達と同い年だって実感するよ」

 

 比較的フィールとの関わりが多いハリーでも寝ている顔を見たことはないので、目元を和らげてまじまじと見つめる。

 すると、パチリとフィールが眼を開けた。

 どうやら、起きてしまったみたいだ。

 

「ふぁぁぁ………ん? あれ、ハーマイオニー達いつの間に来てたんだ?」

「ついさっきよ。もうちょっと、寝ていてくれればよかったのにね」

「…………………寝顔、見たのか?」

「ええ。とても気持ちよさそうに寝ていて、微笑ましかったわよ」

 

 悪戯っぽくハーマイオニーが笑むと、フィールはほんのり頬を紅潮させた。その様子がまた愛くるしく、自然と口元が緩む。

 

「貴女もそんな表情するのねえ」

 

 最後に柔らかい頬を突っついたハーマイオニーは席に座り直した。フィールは若干赤面しながらキッと睨んでいたが、やがて、クールダウンするため心を落ち着かせた。

 

 そうして、ハリー達と共にしばらくはくだらない話で華を咲かせていたが、クィディッチ・ワールドカップ決勝戦の話題に触れると、ハーマイオニーが恐る恐るといった感じでハリーへ尋ねた。

 

「ねえ、ハリー。まさかとは思うんだけど………『あの人』が復活したなんてことは………ないわよね?」

 

 ハーマイオニーの不安げな発言。

 それはこの場に居た全員の心を波立たせた。

 なんと言っても『闇の印』はここ数年間見てこなかった闇の帝王―――ヴォルデモートの犯行声明の狼煙なのだ。

 それ故に、一部では復活の前兆じゃないか、とあちこちで噂が流れている。

 

「………フィール、君はどう思う?」

 

 ハリーはハーマイオニーの問い掛けに答える代わりに、おずおずと自分と同じくらい過去に何度も対峙してきたフィールへ尋ねてみる。

 

「わかることはロクでもないことの始まりだな。アイツもそろそろ本格的に牙を剥き出してきた、って考えられる」

「アイツって………貴女、怖くないの!?」

 

 名前を呼ぶことすら恐れられている闇の帝王のことをアイツ呼ばわり出来るフィールに、ハーマイオニーは信じられないというような面持ちで声を上げる。

 

「別に。これでも私、学生時代の姿に実体化したアイツと秘密の部屋で戦った事あるし」

「それで勝ったんだから、本当に凄いわよ!」

「ギリギリだったけどな。激戦が2回ほど続いて体力的にも限界だったから、敗北率が圧倒的に高かったし」

「………私、貴女が負けた所、一度も見たことないんだけど」

 

 フィールは常に勝者である。

 他の者の追随を許さず、絶対王者として、そこに君臨している。

 だから、ハーマイオニーはそんな彼女が敗者となる姿を見たことがなかった。

 

「………私は常に敗者だ。勝者じゃない」

 

 フィールは複雑な表情を浮かべてそう言うと、腕を組んで座り直した。

 

 

 そう、自身は決して、皆が思ってるほど、強くも頼もしくもない。

 大きな武器を力任せに振り回すように、痩せ我慢と空威張りで強がるように―――虚偽で固めた威風を振る舞う、完全無欠気取りの、ただの弱者なのだから。

 

 

♦️

 

 

 今を去ること一千年、そのまた昔その昔

 私は縫われたばっかりで、糸も新し、真新し

 その頃生きた四天王

 今もなおその名を轟かす

 

 

 荒野から来たグリフィンドール

 勇猛果敢なグリフィンドール

 

 谷川から来たレイブンクロー

 聡明公正レイブンクロー

 

 谷間から来たハッフルパフ

 温厚柔和なハッフルパフ

 

 湿原から来たスリザリン

 俊敏狡猾スリザリン

 

 

 共に語らう夢、希望

 共に計らう大事業

 魔法使いの卵をば、教え育てん学舎で

 隠してできたホグワーツ

 四天王のそれぞれが

 四つの寮を創立し

 各自異なる徳目を

 各自の寮で教え込む

 

 

 グリフィンドールは勇気をば

 何よりもよき徳とせり

 

 レイブンクローは賢きを

 誰よりも高く評価せり

 

 ハッフルパフは勤勉を

 資格あるものとして選びとる

 

 力に飢えしスリザリン

 野望を何より好みけり

 

 

 四天王の生きし時

 自らを選びし寮生を

 四天王亡きその後は

 如何に選ばんその資質?

 グリフィンドールその人が

 素早く脱いだその帽子

 四天王たちそれぞれが

 帽子に知能を吹き込んだ

 代わりに帽子が選ぶよう!

 被ってごらん。すっぽりと

 私が間違えたことはない

 私が見よう。みなの頭

 そして教えん。寮の名を!

 

 

 毎年お馴染みの新入生組分けの儀式。

 組分け帽子は毎年歌詞を変えているらしく、フィール達の組分け時のそれとはまた違っていた。

 副校長のミネルバ・マクゴナガルが新入生リストを持ちながら名前を読み上げ、呼ばれた生徒は前へ進み出る。

 順調に組分けは進み、高らかに宣告される度に拍手喝采が沸き起き、最後の新1年生の組分けが終了したら新入生歓迎会パーティーが始まった。

 

「そういえば、フィー。今年の持ち物リストにドレスローブかドレスを持ってこいって書いてたよね」

「ああ、そういや書いてたな」

「なんでだと思う?」

「さあな。ま、そんな物を持ってこいって言ってきた以上は、何かのイベントでもやるんじゃないか?」

 

 今年度の持ち物リストに本来ならば必要性の無いドレスローブorドレス持参の話題を交わしつつ、今日の食事も終わり、例年通りダンブルドアの挨拶が始まった。

 語られる内容は、例年と特段変わらない。

 持ち込み禁止の品に悪戯グッズが追加(尤も、これを守る生徒は誰一人いないが)、校庭内にある森は立ち入り禁止、ホグズミード村は3年生になるまで行けない等の注意事項を話した。そして、いつもならここでクィディッチ関連の話をするのだが、今年のそれは、覆いに覆される。

 

「寮対抗クィディッチを今年は取り止めじゃ。これを伝えるのは、わしの辛い役目でもある」

 

 各所から「えーっ!?」という沈痛な絶叫が響き渡り、特にクィディッチ選手は全員絶句して茫然自失としていた。ハリーも例外じゃなく、今年こそは去年よりも強くなってフィールに勝ってみせると意気込んでいたため、そのチャンスごと全部かっさらわれた現実に酷く意気消沈していた。

 ダンブルドアは片手を上げて静かにさせ、言葉を続ける。

 

「これは10月から今年の終わりまで続くイベントのためじゃ。諸先生方も準備のために労力と時間を費やすことになる。しかしじゃ、皆がこのイベントを大いに楽しむことを、わしは確信しておる。ここに大いなる喜びを持って発表しよう。今年ホグワーツにおいて―――」

 

 と、その時だ。

 耳を塞ぎたくなるほどの雷鳴が轟き、それと同時に大広間の扉が開かれた。

 入り口に立っているのは、一人の男。

 全くの素人が適当に悪質の木材を削って作ったような顔は一ミリの隙間もなく傷で覆われ口は斜めに切り裂かれたかのように引き摺り、鼻は大きく削がれている。

 何よりも特徴的なのは、その左眼だ。

 右眼は普通の眼だが、左眼は大きなコインのような青い義眼である。

 マントの裾から時折見える義足が鈍い音を立てながら、その男は校長の元まで歩み寄り、ダンブルドアと握手を交わすと、大広間に居る生徒達を見回す。

 稲光に照らされた瞬間、初めてその人物の顔がハッキリと顕現した。

 

「あ、あの人って―――」

 

 かつては凄腕として知られ、その功績は『アズカバンの半分を埋めた』と評されている―――アラスター・ムーディ。

 またの名を、マッド・アイ・ムーディ。

 元・闇祓い(オーラー)だ。最強とも呼ばれたその代償は大きく、数々の激戦の中で身体は負傷し、今ではあんな姿になってしまったのだ。

 ホグワーツにそんな大物が居るということは、今年の『闇の魔術に対する防衛術』の担当になるのだろうか。現在、防衛術の教師が座る席は空席なので、恐らくそうだろう。

 さて、話が脱線したが―――ダンブルドアがムーディについて紹介すると、改めて先程話そびれた、クィディッチに匹敵する催し物の本題に入った。

 

 ―――三大魔法学校対抗試合(トライウィザード・トーナメント)

 

 ホグワーツ魔法魔術学校、ボーバトン魔法アカデミー、ダームストラング専門学校のヨーロッパ三大魔法学校が国境の壁を越えて競い合う親善試合。そして、今年行われるビックイベントでもある。

 その歴史は古く、700年前より行われていたものだが、数世紀前に中止となった。その理由は競技そのものが難易度ハイレベルで、尚且つ数多くの死者が後を絶たずだったからだ。

 しかし、今世紀、その封印が解かれた。

 『国際魔法協力部』と『魔法ゲーム・スポーツ部』、代表選手を輩出する三校が協力し合い、遂に念願の復活を遂げたのだ。

 そして、その記念するべき第1回目を、此処ホグワーツ魔法魔術学校で開催するとのことだ。

 10月にはボーバトン、ダームストラングの二校が来校し、ハロウィーンの日に代表選手選考が開始される。

 そして、見事選ばれた三人が実力を競い合い、優勝した一人のみ、優勝杯と永遠の栄誉、賞金1000ガリオンを獲得出来る。

 

「1000ガリオン!? そんだけ貰えるなんて滅茶苦茶スゴいじゃん!」

「全然余裕だな」

「なんでそんなけろっと出来るの!?」

「これでも歴史ある名家の出所だからな。グリンゴッツに預金はしないで、厳重保管してる」

「へ、へえ………どれくらいあるの?」

「正直言ってしまえば、就職なんてしなくても生涯何の不自由もなく生活出来るレベル。ま、そんなだらしないことはしないけど」

「…………………………」

 

 友人の家系の凄さにその友人が唖然としてる間にも、ダンブルドアが新たな発表をしたところで「17歳以下は参加禁止」と表明した。

 

「やっぱりな」

「当然だけどね。でもさ、フィー。もしも参加出来るんだったら、どうしてた?」

「………さあな。自分の実力が何処まで通じるのか試してみたいし永遠の栄誉を手にするのは悪くないけど、それで注目浴びるのはゴメンだな」

「フィーが出たら、絶対優勝すると思うけどね」

 

 クシェルは、フィールが名乗り出れば確実にホグワーツ代表になると、なんとなく確信めいたものを持っていた。そこいらに居る上級生でも彼女には勝てないだろう、それだけの強者であるのだから。

 

「さてと、夜も更けた。明日からの授業に備えてゆっくり休み、ハッキリした頭で臨むことが大切じゃ。それでは、就寝!」

 

 全生徒が椅子から立ち上がり、ザワザワと話しながら大広間を出ていく。話題はやはり、三大魔法学校対抗試合についてだ。誰が選手になるか、どんな人が来るかで華を咲かせ、人の波を作っていく。

 フィールとクシェルも寮に戻り、少しだけ談話室で過ごした。新入生は監督生の説明を聞き終えるとすぐに部屋へ行き、大半の生徒も部屋へ戻ったのだが、下級生の―――特に3年生のスリザリン生達は、何故かフィールを囲むようにして座った。

 

「あの、ベルンカステル先輩はどうするんですか? 三大魔法学校対抗試合のホグワーツ代表選手に立候補しますか?」

「いや、年齢制限があるから無理だけど?」

「でも………ベルンカステル先輩を推さないで、スリザリンからは誰が出るんだって思いますけどね………」

 

 そこまで言うと、その下級生は俯いた。

 フィールの規格外の強さは一昨年の決闘クラブで見たので、教師と互角にタイマン可能な彼女こそ、自分達の寮の立候補者になればと、個人的な感想を伝えた。

 だが、フィールは基本的にクールで無関心。

 返答はきっと無愛想なものだと思うのか、少し肩を強張らせていた。

 

「そう言って貰えるのは光栄だな。ありがと」

 

 しかし、その予想は大いに外れた。

 優しい、とは完全に言えないが、それでも、素っ気なさをあまり感じない声音に、下級生は顔を上げた。

 フィールは目元を和らげてフッと笑い、わしゃわしゃと雑に頭を撫でる。

 あまりにも前の彼女なら絶対にやらなそうな行動に、下級生の女の子は驚いた顔で、端正な顔立ちの先輩を見上げた。

 

「なんだ、その顔は? 後輩からああ言われるのは悪くないけどな。ま、でも、仮に出場出来たとしても、私は名乗り出ないと思うぞ」

 

 フィールは微笑すると、部屋へと向かう。

 クシェルは「またね」と手を振って、彼女の後を追い掛けた。

 残された3年生軍は、ポカーン、と突っ立っていたが、

 

「ベルンカステル先輩、前よりも優しくなった?」

「うんうん。顔付きとかもちょっと変わったよね」

「なんて言うか………笑うことが多くなった?」

「あー、確かに。最初に会った時より、先輩、表情が生き生きしてるよね」

 

 と、下級生組はワイワイした。

 

♦️

 

 一方、スリザリン女子部屋に戻ったフィールとクシェルは荷物を整理し、すぐに寝ようと寝間着を取り出していた。

 ローブとセーターを脱ぎ、ネクタイを解こうとしてる最中、クシェルは気になっていたことをフィールへ尋ねた。

 

「フィー、一つ、訊いてもいい?」

「なんだ?」

「あのさ………今までは、訊くのは悪いと思って訊いてこなかったけど………教えてくれない?」

「なにを?」

「………フィーの昔のこと」

 

 その問いに、フィールの手が止まった。

 止めた拍子に、緑のネクタイが彼女の艶かしい手から滑り落ちる。

 しばらくは足元に落ちたそれを見下ろし口を閉じていたが、やがて、フィールは静かに口を開いた。

 

「教える義理なんて、ないと思うけど?」

 

 感情が籠っていない、機械のような声音。

 クシェルは戸惑いつつ、言葉を続ける。

 

「でも………貴女、全然話してくれないじゃん、家族のこととか」

「アンタに話す必要なんてないだろ。………明日も早いし、早く寝よう」

 

 とフィールは言うが、クシェルは食い下がる。

 

「ちょっ、待ってよ―――」

 

 が、次の瞬間。

 

「―――ッ!」

 

 クシェルはフィールに乱暴に腕を掴まれたかと思いきや、放られるよう、ベッドの上に投げ倒された。ギシッ、とスプリングの軋む音を響かせながらフィールは上になり、胸ぐらを掴む形でクシェルのネクタイを掴む。

 

「フィー………? どうしたの………?」

 

 怯えたような、クシェルの声が落ちる。

 ネクタイを掴むその力は、華奢な身体のフィールからはとても想像がつかなく、何より、いきなりこんなことをしてきた彼女へ、クシェルは混乱してしまった。

 フィールは傷付いた瞳でクシェルの瞳を見つめながら、言葉を発する。

 

「………それ以上、私の事情に………私の心に、入ろうとするな」

 

 低く、威嚇してくる、彼女のトーン。

 その音には、苦しさが含まれている。

 

「……………今は一人にさせてくれ。頭を冷やしたい」

 

 フィールはネクタイを掴んでいた手を離し、クシェルを解放すると、荒々しく部屋から出ていってしまった。

 クシェルは数秒間呆然として動けなかったが、ゆっくり半身を起こしてベッドから降りると、床に落ちているフィールのネクタイを拾い上げた。

 

「フィー…………?」

 

 クシェルは、あの時の―――フィールの苦痛に歪んだ表情を思い浮かべ、無意識に手の中にある緑のネクタイをギュッと握った。

 

♦️

 

 フィールはスリザリン寮に配備されている女子用の大浴場に居た。言葉の通り、シャワーの冷水で頭を冷やそうと思ったからだ。彼女は湯の蛇口ではなく、冷水の蛇口を全開に開く。

 凍り付く、まさに氷水の冷たい透明な液体。

 女の子だから身体を冷やしてはいけないが、そんなのどうでもいいと言わんばかりにフィールは頭から勢いよく浴びる。息が詰まり心臓が跳ね、脈打つ度に鼓動が早鐘のように早まる。

 

(………お母さん………お父さん………)

 

 頭の中に浮かび上がるのは、自分と瓜二つの容姿の母と瓜二つの瞳を持つ父の姿。

 あの日………両親は自分を庇って、それぞれ、あんな末路を辿った。

 そう考えた瞬間―――胸の奥底に抑え込んでいた記憶がフラッシュバックした。

 

「………ッ!」

 

 フィールは鏡の表面に額を当て、苦しげな息を吐き出す。

 

「はぁ………はぁ………ッ…………」

 

 吐き出す息が冷たく白い。

 胸が深く抉られる気分に苛まれる。

 フィールはだんだん、意識が朦朧とし、身体がふらついて、その場に崩れ落ちた。

 壁に手をつくが、ずり落ち………ついては、またずり落ちて………を繰り返している内に、彼女の心に、ヒビが入ってきた。

 

「うっ……ああぁ……、ああああぁぁッ……!」

 

 冷たい床に両膝をつき、頭を抱える。

 記憶がフラッシュバックし………耐えられなくなった。

 

「………ッ! あぁぁああああああああぁぁああああぁッ!!」

 

 精神を切り刻まれ続けたフィールの絶叫は冷たい空間へと溶け込み………冷たい水溜まりの床に倒れて、意識が闇の底へ葬られた。




【ほのぼのシーン】
平和って素晴らしい。

【ベルンカステル家】
そりゃまあ滅茶苦茶裕福な家系ですからね。
1000ガリオンと聞いても平常運転でけろっとしてるのは無理ない。

【新学期早々フィールさんノックアウト】
この先の学校生活が不安でしかない。


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#52.ディキ・ディキ(恋のシグナル)

※これから先の物語、原作キャラとオリキャラの恋愛的な要素が含まれます。そういった描写が苦手、嫌悪感を覚える方はご注意ください。


「フィー!? 大丈夫!?」

 

 静まり返った、スリザリン女子用の大浴場。

 そこに、クシェルが飛び込んできた。

 部屋を退室して談話室に来た瞬間、シャワールームがある方向から悲鳴が聞こえてきたので、急いでそちらに向かって扉を開けてみると、フィールが倒れていた。

 クシェルはビショビショに制服が濡れることを厭わないで、フィールの側へ駆け寄る。シャワーヘッドから降り注いでいるのがお湯ではなく冷水だったので、慌てて蛇口を閉じた。

 

「フィー! しっかりして! フィー!」

 

 クシェルはぐったりと眼を閉じて苦しそうに喘ぐフィールを脱衣室まで運び、大判のバスタオルを今年習う『呼び寄せ呪文』で引き寄せ、それにフィールの身体を包ませる。

 彼女の白い頬に触れてみれば、凍えた皮膚の感触が肌を通じて伝わってくる。クシェルはとにかくフィールの冷えきった身体を温めようと、『暖房呪文』を全身に掛けた。体温は上昇しているが、顔色は悪いままだ。

 クシェルは先程濡れた茶髪から水滴が滴り落ちるのを指先で払い除け、これからどうしよう、と思考を巡らせた。

 今から誰かを呼ぶのは、決して遅くない。

 けど………ちょっと目を離した隙に、フィールの容態が悪化してしまったら、それでもしも、二度と目を覚まさなくなったら、とクシェルは最悪な考えが脳裏を過り、身体が固まってしまった。

 

(どうしよう………どうすればいいの………?)

 

 クシェルは眼を閉じ、必死に考える。

 一体どう動けば、フィールを救えるか。

 その答えを導き出そうとした、その瞬間。

 

「貴女達、一体どうしたの!?」

 

 脱衣室の入り口から、女性の声が上がった。

 ハッとして顔を上げてみると、そこには、黒髪に青紫色の瞳の持ち主―――今年、スリザリンの最高学年になった先輩、アリア・ヴァイオレットが立っていた。

 

「アリア先輩………!」

 

 クシェルは思わず涙ぐみ、アリアは切羽詰まった表情ですぐに走り寄って来た。

 

「一体、何があったの?」

 

 アリアは出来るだけ落ち着いて尋ねてみる。

 

「談話室に来たらフィーの悲鳴が聞こえてきて、それで来てみたら―――」

「倒れてたフィールを見つけて、此処まで運んで来たってことね」

 

 大方状況を察したアリアが言い、クシェルは頷く。アリアはクシェルの青ざめた顔を見て、「落ち着きなさい」と背中をさする。

 

「とりあえず、フィールをこのままにしてる訳にはいかないわ。クシェル、貴女はフィールの着替えを持ってきてくれるかしら? 私がこの娘を見ておくから、服を着させたら、医務室まで連れて行きましょ」

「は、はい………」

 

 クシェルは急いで立ち上がり、自分達の部屋へ駆け込む。それからフィールの服を幾つか抱えて脱衣室に戻る最中、

 

(アリア先輩はやっぱり流石だな………)

 

 と、憂えるだけで結局は何も動けなかった自分とは違うアリアとの格差に、クシェルは沈んだ顔になった。

 

 その後、2人はフィールに服を着させて彼女を医務室まで運んだ。

 校医のマダム・ポンフリーが彼女の容態を診て命に別状はないと言い、あとを引き受けると伝えたら、クシェルとアリアはホッと胸を撫で下ろした。

 

「ひとまずは安心したわ………」

「そうですね………」

 

 寮に帰る途中、二人は安堵の息を吐く。

 が、次の瞬間には険しい顔付きになった。

 

「これで一件落着、と言いたいけど………なんとなく、私はこういったことがまた起きそうな気がするわ。そうならない為にも、私達であの娘を見守りましょ」

「はい」

「………とにかく、なんで倒れたのかは、フィールが目を覚ましてから訊きましょ。まあ、あのフィールが答えてくれるとは思わないけど………去年に続いて、今年も倒れたわ。流石にこれ以上続いたら、以前と同じことが起きるのは眼に見えているし」

「………そうですね」

「クシェル。貴女は出来るだけ、フィールの傍に居てあげなさい。貴女が一番、フィールの近くに居るから、きっと彼女も救われるはずよ」

 

 アリアは励ますようにクシェルの肩を叩くが、クシェルの表情は冴えない。

 弱々しく、項垂れた。

 そんな後輩へ、アリアは静かに言う。

 

「………前にもこんなことあったわね」

 

 昨年度、ホグズミード村行きの知らせの日。

 クシェルは、フィールと初めて大喧嘩した。

 当時の状況と現在の状況は相違点があるが、共通点も少なからずあった。

 

「ホント、フィールって謎よね。無口無表情で多くを語らない。感情表現に乏しい、年下とは思えないくらい、大人びていて強い娘………でも、魔法の腕は強い反面、精神面はとても弱く、なんでも独りで抱え込もうとする………」

 

 アリアは天井を見上げて譫言のように呟く。

 

「………なんと言うか、そんなに具体的じゃないけど………フィールは『誰かに頼る』ことへ、本能的な恐怖を抱いている感じがするわ」

「え………?」

 

 アリアの口からいきなり話の趣旨が変わり、クシェルは眼をパチパチする。

 

「………なんで、そう思うんですか?」

「私の直感的な考え方だけどね。さっき私が言った言葉とは、少し矛盾が孕んでるけど………フィールは私達が思っているほど、本当は強くないと思うの。彼女は強い人で在ろうと………誰かにとって救い主で在ろうと、自分の心も身体も犠牲にしてまで無理をする。そのためには、弱音を吐かない。弱さを見せない。誰かに頼ったら、その人を不安にさせてしまう………そんな風にあの娘は思ってるんじゃないかって思うようになったわ」

 

 クシェルはそれを聞き、顔を伏せた。

 ………やっぱり、アリアの方がフィールのことをよくわかっている。

 自分達よりも、遥かに。

 フィールの心の闇を、感じ取っている。

 

「………ごめんなさい、今のは忘れて」

 

 アリアは自嘲的に目元を和らげ、クシェルの元気よくピョンピョンはねてる茶髪をくしゃくしゃと撫でた。クシェルは何も言わず、力無さげに見上げて笑った。

 

 スリザリン寮に戻り、クシェルは学年別のアリアと別れる。

 パタン、と扉を開け閉めし、ノロノロと緩慢な足取りでベッドへ行き―――

 

「………あっ」

 

 床に落ちている、ある物に気付いた。

 それは、フィールの緑のネクタイだ。

 フィールが部屋から出ていった後―――クシェルは彼女の拾い損ねていたネクタイを拾い上げ、それから少しして、不意に手の力が抜けて落としてしまった。

 ………去年、同じことがあった。

 授業中、唐突に手の力が抜けて、杖を落としてしまった。そして、マクゴナガルの口からフィールの名が出た瞬間、胸のざわめきの終着点に辿り着き、寮に戻って―――脱衣室で喀血して倒れていたフィールを発見した。

 そのため、既視感に胸がざわつき、部屋を退室して談話室に来た瞬間………フィールの絶叫が同じ場所から聞こえてきた時には、心臓が跳ね上がった。

 

「………フィー」

 

 此処には居ない友人の名を呟き、クシェルはまたネクタイを拾い上げ―――まるで、二度と手放さないようにと、クシェルは胸にそっと抱き締めた。

 

♦️

 

 翌朝、クシェルは一人で大広間に来た。

 フィールは医務室に居るので、現在どうしてるかはわからない。

 昨日の晩、スリザリン寮で何が起きたのかはクシェルとアリアしか知らないのだから。

 

「クシェル、フィールはどうしたのよ?」

 

 黒い髪にグレーの瞳を持つノーブルな同僚同輩の女学生、ダフネ・グリーングラスがクシェルの隣に座って訊いてきた。

 クシェルは返答に戸惑った。

 フィールが昨夜倒れた、と正直に教えてもよいのだろうかと悩んでいると、

 

「………って、噂をすれば、来たわね」

 

 フィールが歩いて来るのが見えたらしく、ダフネはグレーの瞳を細める。クシェルはフィールの姿を認めるが否や、ガタッと椅子から立ち上がって脇目も振らずに駆け―――少しふらふらな状態で歩いてきた彼女を、ギュッと強くハグした。

 

「え、わ、ちょっ………」

「はぁ………よかったぁ………心配したよ」

 

 行き交う人達の不思議そうな視線など気にも留めず、クシェルはフィールを抱き締める。

 

「昨日、急に悲鳴が聞こえてきたんだから、ビックリした………」

 

 フィールの背中をさすりながら、クシェルは言う。彼女に多大なる心配と迷惑を掛けてしまった自分にフィールは暗い顔になり、謝りたい気持ちでいっぱいだが、そうすると「気にしないで」と気遣わせてしまうので、口に出せないでいた。

 肌で感じる、友人のぬくもり。

 それを心に噛み締めつつ、どう言えば一番いいのかが、わからなかった。

 

「………………」

 

 そんな光景を、遠目からアリアは見ていた。

 ひとまず、フィールが何日も寝込むような事態にはならなくてホッと安心したが………。

 

「アリア?」

「そんな所に突っ立って、どうかしたの?」

 

 後ろに振り返れば、カナリア・イエローのネクタイを締めた友人二人―――クリミア・メモリアルとソフィア・アクロイドが居た。

 

「ああ………おはよう、クリミア、ソフィア」

「ええ、おはよう、アリア」

「おはよう。それで、なんでそんな所に?」

 

 ソフィアはアリアが見ていた方向を一瞥後、彼女を見る。アリアは少し悩んだが、二人―――特にクリミアには隠し事するのは止めようと、有耶無耶にせず、ちゃんと伝えることにした。

 

「………実はさ―――」

 

 アリアは昨夜の出来事を二人に説明した。

 クリミアとソフィアは、険しい顔付きになる。

 

「…………そう、だったの………」

「………とにかく、眼の届く範囲でフィールの様子を見るようにするわ。また何かあったら、すぐに言うから」

「ええ………お願い、アリア」

 

 違う寮に所属してる関係上、寮内での様子見は同じ寮に所属しているアリアに任せる他ない。

 大広間へ歩くアリアの背を見つめながら、クリミアは心配な表情を浮かべた。

 そんな彼女の背を、ソフィアは撫でる。

 

「クリミア、きっと大丈夫よ。貴女がそんなんでどうするのよ」

「………そうよね」

「何か起きたら、私も力を貸すから。ほら、まずは朝食を食べに行きましょ」

 

 ソフィアからの頼もしい言葉に、クリミアは少し元気を取り戻して、小さく頷いた。

 

♦️

 

 今年の『魔法生物飼育学』はとにかくマジで逃げ出したい。

 そう思わざるを得ない授業だった。

 

 禁じられた森のはずれに建つハグリッドの小屋に近づくにつれ、奇妙なガラガラという音と時折小さな爆発音のような音が響いてきたのだからもうその時点でUターンしたかった。

 いや、最早その時点で無断欠席した方がよかったと激しく後悔したのは、恐らく全員だろう。

 ハグリッドの足元には木箱が数個、蓋を開けて置いてたため、その中を見たグリフィンドール女生徒、ラベンダー・ブラウンが「ギャーッ!」と悲鳴を上げて飛び退いた。

 その「ギャーッ!」の一言が今回の死ぬほど嬉しくないプロジェクトの魔法生物―――尻尾爆発スクリュートの全てを表している、とハリーは思い、珍しくフィールも同意だった。

 

 殻を剥かれた奇形の伊勢エビのような姿で、酷く青白いヌメヌメした胴体からは、勝手気ままな場所に脚が突き出し、頭らしい頭が何処にあるのか見えない。

 それだけでも生理的嫌悪感を催すのに、それが一箱におよそ100匹ほどいるのだから、拷問としか言い様がない。体長約15~16㎝で、重なり合って這い回り、闇雲に箱の内側にぶつかっていた。腐った魚のような強烈な異臭を発し、時々尻尾らしい所から火花が飛び、パンと小さな音を上げて、その度に数㎝ほど前進している。

 

「フィー……私、この授業止めたい………」

「今すぐにでも此処から全速力で逃げたい」

 

 涙声のクシェルへ、フィールが珍しく逃走本能全開で早口返答する。そして、クシェルのローブの裾を掴んだ。

 

「………なんかいつもと逆だね」

「流石に気持ち悪い生物は無理」

 

 間髪入れずに答え、ホグワーツ城を見る。

 フィールがそこまでするくらいなのだから、これはかなり酷い。

 

「クシェル」

「なに?」

「『爆破呪文』撃ってもいいか?」

「いや流石にそれはダメでしょ」

「…………だよな」

 

 いっそのこと木っ端微塵にしたい。

 本気でそのことばかり考えていたら、いつの間にか授業は終わり、全員がこう思った。

 ―――なんかどっと疲れた………と。

 

♦️

 

 その日の夜。

 フィールとクシェルは玄関ホールに着くと、夕食を待つ生徒で溢れ、行列が出来ていた。

 二人はハリー達三人と遭遇し、彼らと共に列の後ろに並んだ途端、背後で大声が聞こえた。

 

「ウィーズリー! おーい、ウィーズリー!」

 

 五人が振り返ると、フィールとクシェルの同僚同輩の男子生徒、ドラコ・マルフォイとその取り巻きクラッブとゴイルが歓喜に満ちた表情で立っていた。

 

「なんだ?」

 

 ロンはぶっきらぼうに返した。

 

「君の父親が新聞に載ってるぞ、ウィーズリー!」

 

 マルフォイは『日刊預言者新聞』をヒラヒラ振り、玄関ホールに居る皆に聞こえるように大声で言った。

 マルフォイが語った内容は、特派員のリータ・スキーターとかいう新聞記者の記載、掲載による魔法省のトラブルや彼自身のウィーズリー夫妻への侮辱だった。

 皆はロンを見つめており、彼は怒りで震えていた。マルフォイがハリーに話題を振った際、ロンがマルフォイに飛び掛かりそうになったのを、ハーマイオニーとクシェルが慌ててローブの後ろを掴み、ガッチリ抑える。

 なので、代わりにハリーが仕返しとばかりにマルフォイへ皮肉の言葉で言い返すと、彼は青白い顔に赤みが差した。

 

「僕の母上を侮辱するな、ポッター!」

「それなら、その減らず口を閉じとけ」

 

 そう言って、ハリーは背を向けた。

 マルフォイは頭に血が上がった表情でローブに手を突っ込み、杖を抜き出す。

 フィールは咄嗟にハリーの腕を掴んで自分側に引き寄せ、後ろに回す。

 そして電光石火のスピードでヒップホルスターから杖を抜き出すと、マルフォイが呪いを撃つよりも早く『武装解除呪文』を手元に撃ち込んで杖を奪い取った。

 同時、マルフォイの背後に一筋の閃光が走り、彼に命中すると………白いケナガイタチになっていた。

 

「若造、そんなことをするな!」

 

 ホールに怒号が響き渡る。

 フィールが眼を凝らしてみると、ムーディが大理石の階段をコツッ、コツッと下りてくるところだった。杖を上げ、真っ直ぐに純白のケナガイタチに突き付けている。ケナガイタチは恐怖にブルブル震えていた。

 

「敵が後ろを見せた時に襲うヤツは気に食わん。鼻持ちならない、臆病で、下劣な行為だ………二度と………こんな………ことは………するな!」

 

 ムーディはイタチ・マルフォイを跳ね回しながら、一語一語を打ち込む。

 と、そこへ。

 

「ムーディ先生! な、何をなさっているのですか?」

 

 腕いっぱいに本を抱えて大理石の階段を下りてくるマクゴナガルの声がした。ムーディは落ち着いた声で、平然と回答する。

 

「教育だ」

「教―――ムーディ、それは生徒なのですか?」

「さよう!」

「そんな!」

 

 マクゴナガルの腕から大量の本がボロボロ溢れ落ち、彼女は階段を駆け下りながら杖を取り出すと、杖を一回振るってマルフォイを元の姿に戻した。マルフォイは怯えた顔で後ずさる。

 

「ムーディ、本校では懲罰に変身術を使うことは絶対ありません! ダンブルドア校長がそう貴方にお話ししたはずです!」

「ふむ、そんな話をしたかもしれんな。しかし、わしの考えでは一発厳しいショックで―――」

「ムーディ! 本校では居残り罰則、または寮監に話をします!」

「それでは、そうするとしよう」

 

 ムーディはマルフォイの腕を掴み、地下牢へと連れていく。が、一度後ろを向き、フィールの顔をじっと見つめた。

 

「…………………」

 

 対し、フィールも警戒の眼差しでムーディを見返す。なんとなく、フィールはムーディへ違和感を覚えた。自然と、ハリー達を庇う姿勢で対峙する。ムーディは何故かフッと笑うと、今度こそマルフォイを連れて地下牢へ向かった。

 

(ムーディ先生は元・闇祓い(オーラー)だ。なのに………さっきのはまるで―――)

「フィール? どうしたんだい?」

 

 さっきから怖い顔のフィールにハリーがおずおずと声を掛ける。その声にフィールはハッとし、「なんでもない」と言うと、クシェルと共にスリザリン寮のテーブルへ歩いていった。

 

♦️

 

 その日の夕食も食べ終わり、寮の道へ戻ろうと歩いていると、フィールは後ろから誰かに肩を叩かれた。

 ゆっくり振り返ってみると、そこには、一人の男子生徒が立っていた。

 ネクタイの色からして、ハッフルパフ生だ。

 クシェルは「え?」と彼を見上げ、チラリとフィールの顔を見る。

 ハッフルパフのクィディッチ寮代表選手でシーカー兼キャプテンを務め、女の子からの人気も高いずば抜けたハンサム。

 今年6年生になった男子監督生―――セドリック・ディゴリーであった。

 

「久し振り、フィール」

「ああ、そうだな、セドリック。………それで、何か私に用でもあるのか?」

 

 知ってはいたけど初対面のクシェルとは違い、何やらフィールは知り合ってる様子でセドリックと話した。

 

「その、さっきは大丈夫だったかい? ムーディ先生が撃った呪文に当たらなかった?」

「いや、大丈夫だけど………まさか、わざわざそれを確かめに?」

「ちょっと心配だったからね。でも、無事ならよかったよ」

 

 セドリックは優しげな笑みを浮かべた。

 フィールは彼の優しさに微笑み掛ける。

 それを見て、彼はふと、ある出来事が鮮明に脳裏の片隅を過った。

 

♦️

 

 それは、3年前の学年末試験の勉強期間中のことだ。

 スリザリンの同級生から朝昼晩勉強を見てくれと泣いて頼まれるフィールは、まともな睡眠時間を取れず軽度の不眠症に陥っていた。

 試験内容に関しては既に完璧にこなせるので、今更予習復習をする必要性はない。今の彼女に必要なのは、仮眠だった。

 

 現在、夕食前の時間帯。

 フィールは誰も居ない図書室に居た。

 此処は彼女にとって静かに過ごせる憩いの場の一つだ。そのため、フィールは久方ぶりに訪れる穏やかな時間帯に、テーブルに頬杖ついて眼を閉じていた。

 

(さて………そろそろ寮に戻ろうかな)

 

 フィールが居る図書室の一角とは別の場所。

 そこに、セドリックは居た。

 彼は勉強のための本を借りに図書室に来て、少し此処で他の本を読んでいた。

 読んでいた本を元の位置に戻し借りた本を抱えて図書室を出ようと踵を返した、その時。

 

「………ん?」

 

 セドリックは、図書室の一角に黒髪の少女が寝ているのを発見した。なんとなく気になり、足音を立てないで歩み寄る。

 

(あれ、この娘………フィール・ベルンカステルじゃないか)

 

 まだ話したことはないが、当然ながら、セドリックはフィールのことを知っている。

 ―――蛇寮の名に相応しい、冷血な美少女。

 そう、ハッフルパフの方では噂されている。

 しかし、セドリックはフィールの寝顔を見て、冷たそうな人には見えないなと思いながら、さてどうしようかと思考する。

 

(このままほっとくのもなぁ………)

 

 と、セドリックは抱えてる本をテーブルに置いて、フィールの隣に座った。そして、彼女を起こさないように頭を自分の肩に乗せる。これで少しは寝やすくなったかなと思いつつ、目の前に広げられている本を見た。

 それは、呪文集の分厚い魔法本だった。

 ページに書かれている内容を見てみると、レベル的には1年生が習うようなものではない。

 まだ1年生なのに、とセドリックは眼を見張った。もしかしたら、彼女はかなりの努力家なのだろうか。そうだったとしたら、今までの人物印象が大きく変わる。

 

(感心するなぁ………)

 

 セドリックはそっと、フィールを見た。

 普段、遠くから見ても大人びていた女の子だとは思っていたが、寝顔は年相応であった。

 なんと言うか、あどけなさが全面的に滲み出ている。

 

「………………」

 

 ………何故だろう。

 フィールの寝顔を見つめてる度に、鼓動が早鐘のように早まり、激しく波打つのは。

 間近で漂う彼女の甘いシャンプーの香りが鼻腔をくすぐる度に、その黒髪に触れたくなるのは。

 年齢相応の幼気と年齢不相応の色気。

 それをすぐ傍で感じ取り、セドリックは自分が抱き始めている感情に戸惑った。

 と、その時―――

 

「………ん…………」

 

 ゆっくりと瞼が開かれ、ブルーの瞳が、セドリックのグレーの瞳を朧気に捉えた。

 

「ふぁぁ………こんな所で寝るとか………ん?」

 

 フィールは、今の状況を知ってフリーズする。

 何故か、自分は見知らぬ男子生徒の肩で―――ついさっきまで眠っていた。

 

(………ッ!?)

 

 流石のフィールでも恥ずかしくなり、雪のように白い頬が僅かに紅潮して、彼から勢いよく離れる。その様子に、セドリックも流石にマズかったかなとあたふたした。

 長椅子の端に移動したフィールは深呼吸してクールダウンし………セドリックに問い掛けた。

 

「…………アンタ、誰だ?」

「あ、そうだったね。僕はハッフルパフ3年のセドリック・ディゴリー。君は―――」

「フィール・ベルンカステル。スリザリンの1年」

 

 と、二人は距離を取って自己紹介する。

 しばらくは気まずい雰囲気が流れる中―――それを破ったのは、意外にもフィールからであった。

 

「………ディゴリー先輩―――」

「あ、僕のことはセドリックでいいよ。敬語も使わないで、普通に話して」

「……そう。なら、私のこともフィールでいい。それで―――」

 

 フィールはセドリックの眼を見据える。

 

「………なんで、あんなことをしたんだ? 見ず知らずの人間に」

「その………君が寝ているのを見つけて、頬杖ついてる状態じゃ寝づらいかなって」

「………別に。ほったらかしにしていてよかったのに」

 

 フィールは冷たい眼光になり、フッと息を深く吐く。セドリックは口を噤んでいたが、やがて口を開いた。

 

「ごめんね、初対面の男がこんなことして」

「………まあ、流石に驚いたけど…………」

 

 フィールはセドリックを向き合った。

 

「でも、まあ………肩貸してくれて、ありがと」

 

 クールで無表情に近い、だけど、口元の端が微かに上げられている、柔らかい微笑み。

 セドリックは、滅多に見ることが出来ないフィールの笑みに見とれ―――また胸が高鳴った。

 

 その後、セドリックはまだちゃんと話をしてこなかったフィールと会話を交えることにした。

 会話を通して、セドリックはフィールがスリザリン生にしては稀少な純血主義者、マグル差別者ではないこと、彼女の趣味などを知ることが出来た。

 他の人達が知らないような彼女の一面を知れてセドリックはどこか他人との優越感を覚える。

 自分だけが、他の男が知らない彼女の一面を知っている。

 そう考えた自分に、セドリックは混乱した。

 今まで、そんなこと一度も思ったりなどしなかった。

 それはつまり、彼女のことをもっと知りたい、他の男には取られたくないということだ。

 セドリックは、自分の気持ちが本当かどうか、向き合ってみることにした。

 

 図書室を退館して大広間の入り口付近でフィールと別れ、穴熊寮へ向かう。

 今日はなんだか、どの料理もいつもより美味しく感じられた。

 

「セドリック、今日は凄い上機嫌だな。何かいいことでもあったのか?」

 

 と、同級生の男子が鋭く突っ込んできた。

 セドリックは「なんでもないよ」と適当に誤魔化し、空のゴブレットにある飲み物を注いだ。

 

「ん? それ、カクテルか? 珍しいな」

「まあ、たまには飲んでみようかなって」

 

 セドリックは指先で、カクテルを注いだゴブレットを弄り―――ゆっくりと口元に傾けた。

 先程注いだカクテルの名は、ディキ・ディキ。

 アップル・ブランデー(カルバドス)、アイリッシュ・ミスト、グレープフルーツ・ジュースをシェイクしてグラスに注げば完成である。

 

 

 

 カクテル言葉は―――『恋のシグナル』。

 

 

 




【アリア】
クリミアやライリーといったフィールの過去を熟知してるキャラを除けばフィールの胸の内側を一番わかっている先輩お姉さん。
実はオリ主の親友キャラじゃないオリキャラがオリ主の心の闇を察してるキャラというポジションも考えて作られたのが先輩アリア。
作者的な感想→なんてどストライクなんだ。

【尻尾爆発スクリュート】
フィールさん滅茶苦茶逃走本能全開。
彼女も年頃の女の子だし仕方ない。

【偽者ムーディ】
何やらフィールに興味津々。

【セドリック・ディゴリー】
遂に来ましたセドリック(映画版ルックス)。実はフィールとは3年前から知り合ってたという。
そして……まさか誰も居ない夜の図書室で初っぱなからあんなことが1章の裏側で起きてたとは。

【ディキ・ディキ:恋のシグナル】
①アップル・ブランデー(カルバドス):40ml(4/6)
②アイリッシュ・ミスト:10ml(1/6)
③グレープフルーツ・ジュース:10ml(1/6)

作り方:①~③をシェイクしてグラスに注げば完成。
タイプ:ショート
ベース:アップル・ブランデー(カルバドス)
アルコール度数:(27.6度)32.5度
テイスト:中口、やや甘口~辛口
色:茶、透明、薄茶色
由来:南の島(フィリピン)、ウビアン島の王様の名前から


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#53.煙霧のメモワール

偽ムーディの授業回&3章のクリスマス休暇前の出来事。


 その日、4年のスリザリン生が最初に受ける授業は『闇の魔術に対する防衛術』だ。

 怪物大好きなハグリッドが担当して行う行き当たりばったりな授業内容の『魔法生物飼育学』とは打って変わって、この授業は経験豊富なプロが行うため、完成度の格差が激しくなりそうだ。

 

「教科書はいらん。そんな物は仕舞ってしまえ」

 

 教卓に乗ったムーディは出席簿を取り出すと、生徒の名前を一人一人読み上げた。2つある眼の内普通の眼は出席簿のみに注がれているが、青の義眼はギョロギョロと生徒達を見回している。

 

「お前達は闇の生物と戦うための術を多く学んできた。だがお前達は遅れている。非常に遅れていると言わざるを得ない。一番肝心の闇の魔法、呪いの扱い方がまるでなっていない。魔法省によれば6年生になるまでは幼すぎるため見てはいかんということになっているが……油断大敵ッ!!」

 

 突如叫び出したムーディに生徒はビクッと身体を震わせた。今のは完全な不意打ちである。未だに心臓がバクバク鳴っている人は何人かいるだろう。しかし、当の本人はさらっと続きを言うのだから、別の意味で尊敬してしまう。

 

「見たこともない物、知らない物から身を守ることなど出来るものか。そこでわしの役目は持ち時間であるこの1年でお前達を最低ラインにまで引き上げることにある。戦うべき呪文を知り、そこで初めて身を守ることが出来るようになるのだ。さて………魔法法律により最も厳しく罰せられる呪文が3つある。答えられる者はいるか?」

 

 ムーディがそう尋ねると、数人の生徒がおずおずと手を挙げた。元・死喰い人(デスイーター)のリーダー格であった父親を持つマルフォイは自信満々な顔で挙手してる。

 だが、ムーディはそれらを全てスルーし、ある生徒の前まで来ると、魔法の眼と普通の眼の両方でその生徒の顔を見下ろした。

 

「ベルンカステル。お前は答えられるか?」

 

 中途半端に手を挙げていた人達とは違い、珍しく腕組みをして手を挙げていなかった学年首席様―――フィール・ベルンカステルへ、ムーディはクエスチョンした。彼女は蒼眼に鋭さを持たせ、深く息をつく。

 

「………勿論」

「ならば、答えてみろ」

「………服従の呪文インペリオ。磔の呪文クルーシオ。そして―――死の呪文アバダ・ケダブラ。『服従の呪文』は完全に抗わない限り、術者の命令には逆らえない。『磔の呪文』は死ぬ方がマシだと思わされるほどの苦痛が身体と精神を追い詰める。そして『死の呪文』は当たれば最期。身体には一切の外傷を残すことなくこの世を去る。魔法界の歴史上、『死の呪文』を受けて生きた者はただ一人だけ」

 

 そのただ一人とは、言わずと知れた―――ハリー・ポッターである。

 反対呪文も抗う術もない『死の呪文』を確かに喰らったのにも関わらず、この世に生き延びてみせたのが獅子寮所属の彼だ。

 故にハリーは『生き残った男の子』として、魔法界の住民からは敬意を払われてそう呼ばれている。

 

「完璧な回答だ、ベルンカステル。流石、スネイプと互角に戦えるほどの実力者だ。技術面だけでなく、知識面も飛び抜けている」

「………それはどうも」

 

 満足そうに頷くムーディを、フィールは鋭い目付きで頷き返す。あの一件以来、フィールはムーディに対して違和感と警戒心を覚えた。そのせいか、自然と臨戦態勢を解く気にはなれなかった。

 

 その後ムーディは蜘蛛を実験台に、許されざる呪文3つを実演。その恐ろしさや効果を、親切すぎるほどわかりやすく教えてくれた。

 『服従の呪文』を掛けられた蜘蛛は糸を器用に使って空中ダンスを披露し、『磔の呪文』を掛けられたら誰が見てもわかるほど悶え苦しみ、当たったら最期の呪文である『死の呪文』を受けたら本当に一切の外傷を残すことなく、呆気なく他界した。

 

「これから1年間、わしはこれらの呪文と戦う術をお前達に与えていく。お前達は知っておかねばならん………そして、常に身構えていなくてはならんのだ。わかったら羽ペンを出せ。わしが言うことを書き取るのだ」

 

 ムーディの、これから先実戦を意識した授業になるのを予感させる発言を、フィールはどこか遠くのように聞いていた。

 さっきの………自然的な、杖の振るい。

 当たり前のように………空気を吐くように行われた、許されざる呪文の実演。

 その光景が、フィールにとってはどうしても、彼が元々闇祓いに勤めてた人間とは思えないと思ってしまった。

 あの動き方は、闇祓いのものではない。

 そう………まさにそれは、闇の魔法使い―――死喰い人が撃つかのような、そんな感じを受け、フィールは事切れた蜘蛛を見つめながら、気が気じゃなくなった。

 

♦️

 

 その日の授業も全て終わり、夕食の時間帯になったら午後の授業で費やしたエネルギーを摂取するべく、ホグワーツ生は大広間へ向かう。

 クシェルは現在図書室に居るだろうフィールは後で来ると思い、一人で向かっていた。同じように大広間へと歩く人達にぶつからぬよう、人混みの中をスルリと器用に縫っていく。

 

「疲れた………」

 

 顔に疲労を滲ませてそう呟くクシェル。

 すると、右隣に座った誰かに頭をポンと軽く叩かれた。

 そちらを見てみると、同輩のダフネが居た。

 

「あ、ダフネ………」

「お疲れ、クシェル。全く………最近の授業は疲れやすいわ。私達を過労死させる気かしら」

 

 恐らく、先程のクシェルの呟きが聞こえていたのだろう。ダフネの顔にも隠しきれない疲れが滲み出ていた。

 

「寝不足になりがちの時期だから、余計に疲労が蓄積していくわね。全く、一体誰がテストなんて傍迷惑なモノ考え付いたのよ………」

「だね。ホント、ヤダよね………」

 

 ダフネとクシェルは顔を見合わせ、共感する。

 まあ、技能も知識も完璧に兼ね備えているフィールにとっては手緩いモノかもしれないが、一般生徒からすれば最早拷問に近い。

 しかし、こちらはまだ軽い方だろう。

 将来的に重大なテストを控えている5年生・7年生が一番神経質になる時期だと思うと、4年生の課題なんてまだマシな方だ。

 来年がとてもヤバい年になりそうだと予想して既にこの時から気が滅入ってしまった。

 ゴンッ、とクシェルはテーブルに撃沈する。

 それから、大きく息を吸って大きく吐いた。

 

「はあああぁぁぁ……………」

 

 もうイヤだ………と思った直後。

 髪をぐしゃぐしゃとやられ、ハッと顔を上げると図書室から真っ直ぐ大広間までやって来たフィールの蒼い瞳が見下ろしていた。

 

「まずは夕食食べて元気出せっての」

 

 ぶっきらぼうながらも励ますフィールに、クシェルは笑顔を取り戻す。

 

「そだね………ありがと、フィー」

「………ああ、そう」

 

 フイッと顔を逸らし、左隣に座る。

 ダフネはハイハイと肩を竦めた。

 

「フィール、随分とクシェルには優しくなったわね。とてもじゃないけど、3年前にクシェルを突き放していたとは思えない豹変ぶりだわ」

「なんだよ、それ。それじゃまるで、私がクシェルを嫌ってたみたいに捉えられるじゃないか」

「事実を言ったまでよ。口が悪いのは相変わらずだなって思うけど、今となっては無愛想な口調じゃなかったら、フィールがフィールじゃないって思うようになったわ」

「何気に失礼な言い草だな」

「と言うか、今はどう思ってるのよ? クシェルのこと」

 

 ………普通、本人の前で質問するだろうか?

 フィールとダフネの間に挟まれているクシェルは割り込む隙が与えられず、両サイドに居る二人に視線を慌ただしく走らせて忙しそうだ。

 そんな友人をチラリと見たフィールは、言いにくそうな表情になる。

 

「別に私がどう思っていようが構わないだろ」

「いいじゃない。ほら、言いなさいよ」

 

 ダフネはフィールの本音を聞いてみたいようでウズウズしている。そこで、クシェルがおずおずと割り込んだ。

 

「えと………私、フィーから直接聞いて知りたいな。だからさ、教えてよ」

 

 こう言われては、フィールも反論出来ない。

 ダフネにも「ほら、本人が知りたがってるんだから言っちゃいなさいよ」と急かされる。

 

「………ああ、もう。………1回しか言わないから、聞き逃すなよ」

 

 フィールは遂に決心した。

 クシェルとダフネはグッと耳を傾ける。

 

「…………………私は…………」

 

 が、声が小さすぎて、聞き取れない。

 クシェルは首を傾げた。

 

「? どしたの?」

「~~~っ」

 

 その動作にフィールは何か言おうとしたが、喉の奥に引っ込める。

 それから、隣に座るクシェルの方へ身体ごと向けると、彼女の手首を掴んでグイッと強い力で引き寄せた。

 

「―――えっ?」

 

 突然過ぎて引き寄せられるがままのクシェルの耳元に唇を寄せたフィールは、彼女だけに聞こえる声で伝えた。

 

「………私は―――」

 

 フィールが小声で言ってきた言葉に。

 クシェルは一瞬思考が停止し、放棄した。

 しかし、それも束の間。

 

「フィー!」

 

 つい先程まで疲れ切っていた表情が何処かへ吹き飛び、満面の笑顔を浮かべてフィールに思い切り抱きついた。

 

「え、ちょっ………!?」

 

 場所が場所なだけに、フィールはいきなり全体重がのし掛かってきたのを支えきれず、椅子から滑り落ちる。

 クシェルはそれをモロともせず、フィールを勢いそのままに押し倒してしまった。

 

「クシェル!?」

 

 ダフネはまさかの展開にビックリし、思わず大声を上げてしまった。その声に何事かと大広間に居たホグワーツ生は一斉に注目し、クシェルがフィールを押し倒している構図が視界に飛び込んできたので、大きく眼を見張る。

 一体何があったんだ!?

 と、ホグワーツ生全員が疑問を抱いた。

 

「クシェル、早く離れろ!」

 

 フィールはクシェルに向かって叫ぶ。

 夕食時間帯の大広間はとても目立つ。

 遠巻きに見ているホグワーツ生達はいけないモノを見ている気持ちがあるのか、遠慮と好奇が入り交じった表情だ。

 自分に向けられるそのような面持ちに羞恥するフィールは赤面している。しかし、状況が状況なだけに更なる誤解を招いたのか、余計に彼等の眼差しが輝きを増したように感じた。

 

「クリミア、助けに行かなくていいの?」

 

 遠巻きに観測する生徒の集団の中で、ハッフルパフテーブルから遠目に様子を見ていたソフィアはクリミアに問う。

 クリミアは何やら意味深な笑みを浮かべているので、おおよその検討がついているソフィアは苦笑いだ。

 

「今は放っときましょ。時間が経てば、騒ぎも収まるわよ」

「とか言って、本心はちょっと面白がってるんじゃないの?」

「あら? ふふっ、何のことかしら」

 

 こういう時、クリミアは性質(タチ)が悪い。

 そのことを、ソフィアはよく知っている。

 

「私が邪魔するのも悪いし、好きなだけ二人の世界を楽しませてあげましょ」

「はぁ………フィールが聞いたら泣くわよ?」

 

 やや呆れ顔になり、ソフィアは額に手をやる。

 

「さっ、お邪魔虫はご退場しましょう」

「絶対フィール後で泣くわよ」

 

 姉という味方が話を信じてくれなくて、後にフィールは激しく落ち込むだろうと思ったソフィアは、深くため息をつく。

 まあ、その時は自分がフィールの姉になってあげればいいかなと、友人二人がそれぞれ姉妹持ってるが故のちょっとした羨ましさから来る感情にソフィアは口角を上げた。

 

 

 その後、なんとかクシェルは落ち着きを取り戻し、ハッとした頃には全校生徒にフィールを押し倒したシーンをバッチリ目撃されたのを今更ながら気付いて、あたふたした。

 余談だがこの日以降、噂好きなホグワーツ生の間では面白い事実として、しばらく学校内での話題性に困ることはなかったとか。

 そして………フィールがクシェルに伝えた言葉が何なのか、それを知っているのは、クシェル本人だけである。

 

 

♦️

 

 

 目を覚ましてみれば、まず真っ白な天井が視界に飛び込んでくる。

 黒髪の少女は半身を起こし、軽く頭を振った。

 周りを囲むカーテンの隙間から眩しいくらいの日光が差しているのを見ると、どうやら朝方であるらしい。

 

(もう朝なのね………早いわ)

 

 フィールは一息つき、ベッドから降りる。

 着ている病衣からサイドテーブルに綺麗に折り畳まれている制服に着替えると、校医のマダム・ポンフリーに外出許可を得に向かう。

 許可を得ると、医務室を出た。

 医務室の外には、クリミア・メモリアルが壁に背を預けて腕組みしている。

 

「おはよう―――()()()()

「ええ。おはよう、クリミア」

 

 と、至って普通に挨拶し返した。

 それから、二人は誰も居ない所まで行く。

 念のため『遮音呪文』を周囲に掛けてから、二人は本題に入った。

 

「それじゃ、クリミア。わたしは今日1日、()()()()の代わりに生活するわ。………最後は、よろしくね」

「ええ………わかっているわ」

 

 頷くクリミアの顔には憂いが浮かんでいる。

 そんな彼女へ、フィールは微笑み掛けた。

 

「大丈夫よ。フィールを傷付ける人は決して許さない。必要とあらば、意地でも黙らせるわ」

「ふふっ………そういう所、変わらないわね」

「当たり前よ。見てるこっちが本当にイライラするもの」

 

 瞳に僅かな怒りを帯びたフィールはやれやれと肩を竦め、クリミアは苦笑した。

 

「そろそろ、朝食摂りに行きましょ」

「そうね。そうしましょう」

 

 フィールとクリミアは大広間へ歩みを進める。

 途中から微妙な距離感を置いて目立たないようにし、扉前まで来ると、二人は別れた。

 

「あ、フィー、おはよう。身体は大丈夫?」

 

 椅子に座ってコーンフレークを食べていたクシェルが声を掛けてきた。

 

「え………あ、ああ、大丈夫」

 

 歯切れが悪い返答をしたフィールに、クシェルは心配そうな顔付きになった。

 

「本当に? まだ、具合悪いんじゃないの?」

「いや………大丈夫、だ」

(はぁ………この語尾慣れないわ………フィールったら、昔みたいな口調に戻せばいいのに)

 

 と、内心正体がバレないかヒヤヒヤしながら、フィールは朝食のクロワッサンに手を伸ばして口に運ぶ。

 ふと、何処からか視線を感じ、横目でホールのドア付近に目線を移すと、グリフィンドール生数人が此方を見てニヤニヤしていた。

 

(あの人達って………フィールによく悪口言ってた連中じゃない)

 

 フィールは拳をギリギリと握り締める。

 流石に2日間も意識不明の昏睡状態となれば変な所で情報伝達が早いホグワーツ内では噂になったらしく、さっきからグリフィンドールのテーブルが嫌に盛り上がっているのが、侮蔑する雰囲気や時折笑い声と共に混じって聞こえてくる陰口で認識せざるを得なかった。

 

(許せないわ………)

 

 本能的にホルスターから杖を抜き出しそうになるが、今此処で騒ぎを起こすのはよくない、後々面倒事になることは避けるべきだと、高ぶる精神を理性という鎖で縛り上げた。

 そうして、居心地が悪かった空間を我慢して朝食を食べ終え、昼食と夕食以外は医務室で絶対安静と言い渡されているフィールは大人しく戻ってきたのだが………帰って来るなり、退室する前にはサイドテーブルに無かったある物の存在に気付いた。

 それは、1枚のメモであった。

 開いてみると、

 

『昼食後、7階の空き部屋に来てください』

 

 というメッセージと共に、ご丁寧にも地図が入っていた。7階の空き部屋と言っても漠然としているので、★印で場所を指定してある。

 

「なによこれ………」

 

 一体誰がこんな物を置いたのだろうか。

 7階………8階建てのホグワーツ城で2番目に高い階だ。

 現状からして身体がキツいだろうフィールをそんな場所へわざわざ呼び出すとは何事か。

 そう思った彼女の頭に―――朝食時に嘲笑しながら見てきたグリフィンドール生数人の顔が思い浮かべられる。

 

(………なるほど。身体的にも精神的にも弱っているフィールを更に苦しませるのが目的ね)

 

 恐らくそうだろう、と思い、フィールは深くため息を吐き出す。

 きっと、あの人達は大広間へ行く前に医務室に寄ってこのメモを残したに違いない。

 それならば、あの時笑いながらこちらを見ていたのも頷ける。

 

(さて、どうしようかしら)

 

 正直言ってしまえば面倒だ。

 行く理由が見つからないし、無意味だろう。

 だが、これは同時にアイツらを黙らせる絶好のチャンスだ。

 争い事は好まないが………フィールを苦しませるのが目的なら、黙っていられない。

 

(引っ掛かってやりましょうか)

 

 ハッとしながら、フィールはベッドで横になってもしもの時のために体力を温存した。

 

 そうして、数時間が経過し―――。

 昼食を食べ終えたフィールはメモを手に、指定された場所へと向かったのだが。

 

(なによ………誰も居ないじゃない)

 

 そこは椅子や机等が全く無い、まさに空き部屋の名が相応しい室内であった。

 フィールが8階にある必要の部屋を見つける前は、よく7階の空き部屋で訓練していたことがある。

 

(此処は誰も通らないような場所にあるから、特に心配はないってことね………ん?)

 

 後ろから、人の気配が生まれる。

 振り返ってみると、ぞろぞろとグリフィンドール所属の男女が五人程やって来た。

 身長や顔付きから、年上だとわかる。

 彼らはパタンとドアを閉じて鍵を掛けると、袋の鼠状態になったフィールを取り囲む。

 

「よう、ベルンカステル」

「アンタがあんな手紙に引っ掛かるなんてね」

 

 五人はゲラゲラ笑う。

 フィールは不快に眉根を寄せ、

 

「引っ掛かる、と言うより、引っ掛かってあげたの方が正しいけど?」

 

 と言って、メモをヒラヒラさせた。

 カチン、ときた彼らは、たちまち笑いを引っ込め、険しい顔になったが、すぐに勝ち誇ったような笑みになる。

 

「お前、クィディッチ戦で吸魂鬼が乱入してきて気絶しただけには飽き足らず、その後2日間も意識不明の重体になるなんて、スリザリンの女王様と言われてるヤツの滑稽な有り様だな」

「次に吸魂鬼が乱入してきたら、果たしてどこまで耐えられるか見物ね。あ、そっか。その時には恐怖で縮み上がって公衆の面前で無様な醜態を晒しているわね、きっと」

 

 まるで吸魂鬼を前にして気絶した宿敵ハリー・ポッターを嘲たスリザリン生のように、目の前に居るグリフィンドール生も宿敵フィール・ベルンカステルが見せた醜態を喜んでいた。

 

「わざわざそれを言ってくる為だけに此処まで呼び出すなんて幼稚としか言えないわね。こんな誰が見ても無駄としか言い様がない真似をするあなた達は上級生として恥ずかしくないの?」

 

 やってられないとばかりにメモを捨て、さっさと行こうとすると、

 

「余裕ぶってんのも今の内だぞ!」

「ちょっと痛い目に遭わせて、そのデカい態度を直してやる!」

 

 と脅してきた。

 しかし、その程度の脅迫にビビる程フィールも弱くない。

 

「痛い目? ふーん、()()()上級生でエラソーに言ってくるあなた達にそんな真似が出来るの?」

「コイツ………!」

 

 神経を逆撫でするような物言いに彼らは眉を釣り上げる。

 そして懐から杖を一斉に取り出し、その杖先を突き付けてきた。

 実力行使で威嚇してきた彼らにフィールは慌てることなく肩を竦める。

 

「集団で取り囲んで数的優位を確保するのは、いつの時代でも、何処に行っても変わらないわね。まあ、そうするのが人間の心理だし、仕方ないと言えば仕方ないけど―――」

 

 そこで言葉を区切り、眼を閉じる。

 

「……ここまでされて、わたしがただ黙ってると思ったのかしら? 集団じゃないと強気になれない臆病なライオンさん方?」

 

 再び開いた双眸に浮かんだ冷酷な眼差しに、彼らはゾクリと背筋が凍り、身を縮める。

 そしてフィールがヒップホルスターから杖を電光石火のスピードで抜こうとした、その時。

 

アロホモーラ(開け)!」

 

 室外から響く『開錠呪文』を唱える声が、一触即発の空気を打ち破った。

 全員がそちらを見た瞬間、荒々しくドアが、バンッ! と音を立てながら、全開になる。

 現れたのは、フィールを痛め付けようと計画立てた彼らと同じライオン寮に所属している男女四人―――グリフィンドールのクィディッチチームのキャプテン兼キーパー、オリバー・ウッドとチェイサー三人娘、アンジェリーナ・ジョンソン、アリシア・スピネット、ケイティ・ベルだった。

 

「お前ら、何やってんだ!」

 

 オリバーは鋭い目付きで同僚へ問い詰める。

 

「ちっ、ウッドか………」

「何って、別に」

「俺達は遊んでただけだ、なあ」

「ええ、そうよ」

 

 マズいと思いながらも彼らは咄嗟に下手な言い訳をして取り繕うとしたが、オリバー達は騙されなかった。

 

「皆でその子をどうしようとしてたのよ?」

 

 アンジェリーナが尋ねてる間に、アリシアとケイティはフィールの側へ駆け寄る。

 

「大丈夫?」

「怪我はない?」

「………大丈夫」

 

 まさかの展開にフィールはしばし一驚しながらも小さく頷く。

 

「別にどうもしてねえよ」

 

 アンジェリーナの質問に一人の男子生徒がめんどくさそうに吐き捨てた。

 

「だったら、なんでその子に杖を向けてたのよ?」

「五月蝿いわね。別に何でもないって言ってるでしょ」

 

 それからもう一人の男子生徒が、

 

「お前ら、何でグリフィンドールのクセにスリザリン生のそいつを庇うんだよっ」

 

 と鋭い口調と共に睨み付けるが、四人はそれに怯む事はない。

 

「別に庇ってなんかいない。ただ俺達は、寮に関係無く上級生が寄って集って年下一人にカッコ悪いことするヤツらを、黙って見過ごすことが出来ないだけだ」

 

 オリバーの強い瞳と口調に気圧されたのか、彼らはチッと舌打ちすると踵を返した。

 

「………行こうぜ」

「そ、そうね」

 

 彼らが空き部屋から去って行くと、四人は全身の緊張を解いた。

 

「ベルンカステル、大丈夫か?」

「え……ああ、大丈夫」

「そうか。ならよかった」

「それはそうと、四人は何で此処に?」

 

 フィールがそう尋ねると、オリバー、アンジェリーナ、アリシアの三人はケイティを見た。

 ケイティはフィールの顔をしっかり見ながら、事情を話す。

 

「実はね、私、あの人達の話を盗み聞きしたの。詳しい内容はあまり聞こえなかったんだけど、『7階の空き部屋』とか『ベルンカステル』とか、此処や貴女に関する単語だけはハッキリと聞こえたから、これは何かあるのかなって思って、私、三人に相談したの。そしたら、『今すぐ7階に行くぞ!』って―――」

 

 粗方ケイティの説明から状況を察したフィールは、オリバー達を見上げた。

 

「何故あなた達はスリザリン生のわたしを助けに此処まで来たの?」

「言っただろう? 俺達は上級生のヤツらが年下をそんな所に呼び出すってのを聞いて、黙って見過ごすことは出来ないってな。それに―――」

 

 オリバーはフィールを見下ろして、言った。

 

「ベルンカステル。お前は2年前にネビルを助けた際、こう言ったんだろう? 『目の前で誰かが死ぬかもしれないのに、()()()()()()()()()()()()とかの理由で助けないなんて馬鹿な真似はしない』と。それと同じだ」

 

 オリバーの言葉にフィールは眼を見張る。

 そんな彼女の肩をアンジェリーナとアリシアはポンポンと叩いた。

 

「貴女が他のスリザリン生とは違うってことは、この2年間でよくわかったわ」

「それに、去年フレッドとジョージの妹が救われたのは貴女のおかげでもあるんだし」

 

 先輩方の屈託のない笑顔にフィールは目元を和らげる。

 それからふと、ケイティが尋ねてきた。

 

「そういえば………あの人達、貴女を此処に呼び出して何をしようとしていたの?」

 

 その質問に、三人も真顔になる。

 フィールは一息ついてから、簡単に教えた。

 

「なるほどな………ったく、アイツら、グリフィンドールの名に泥を塗っているってことがわからないのか?」

 

 話を聞き終えたオリバーはイライラと呟き、メモを拾い上げる。

 そこには、見慣れた筆跡で悪意が込められた文章が執筆されていた。

 

「ところで、ベルンカステル」

「何?」

「アイツらの後でこの言葉は誤解されるかもしれんが………クィディッチ戦後に2日間も寝たっきりになるなんて流石に心配したぞ。大丈夫か?」

 

 と、今度こそ、心底心配してくれる人からの発言が来た。あの連中とは違うというのはなんとなくわかるので、フィールは小さく頷く。

 が、その直後にクラっと眩暈がした。

 まだ身体は完全に回復しておらず、長時間立っていたことで具合が悪くなってしまったのだ。

 

「おっと………」

 

 身体をふらっとよろめかせたフィールをオリバーが急いで抱き留める。

 

「顔色が悪くなったな………これは早く医務室まで運んで安静にさせるか」

「いや、大丈夫………。一人で行けるから」

「何バカなこと言ってんのよ。どっかであの人達が待ち伏せしていたらシャレにならないでしょ。それに、そんなにも弱ってる状態じゃ今度こそ痛め付けられるわよ」

 

 グサリとアンジェリーナに痛い所を突かれ、言葉が詰まる。

 

「どのみち貴女を医務室まで送っていく予定だったんだから、私達を安心させるためにも、送らせてちょうだい」

 

 アリシアも加わり、ケイティも頷いたので、最終的にフィールは甘えることにした。

 どのみち、手足に力が入らないので、動こうにも動けない。

 ガッチリ筋肉質の肉体を誇るオリバーは、自分よりも背が低く華奢で軽すぎるフィールをヒョイと背負い、アンジェリーナがサポートにつく。

 そうして、慎重に部屋を退室した。

 しばらくは無言で廊下を歩いていたが、少しして、オリバーがフィールへ話し掛ける。

 

「ベルンカステル、軽すぎないか? 全然背負ってる感がないぞ。メシちゃんと食ってるのか?」

「失礼………だな。ちゃんと食べてるぞ」

「それでこの軽さは異常レベルだ。お前がもしもグリフィンドール生だったら、俺がいいと認めるまで食べさせていたぞ」

 

 身長と体重が比例しないフィールに顔をしかめながらそう言ったオリバーに、アンジェリーナが声を掛ける。

 

「そんなに軽いの?」

「ああ。マジで軽い。こんなんでよく今まで生きてこられたなって疑うほどだ」

「まあ、腕とか足とか本当に細いからね。遠目からでも痩身なのはわかるけど………こうして間近で観察してみると、一般人よりもずっと華奢な体つきよね。なのに、ピンチヒッターのシーカーを務めるんだから、油断も隙もあったものじゃないわ」

 

 それを聞き、オリバーは何かを思い出したように口を開く。

 

「そういえば、お前がピンチヒッターのシーカーとしてクィディッチ参戦を許す条件で、あのスリザリンチームにラフプレーを封印したんだよな」

「正直言うと、この間のクィディッチ戦を迎えるまでは半信半疑だったけど………噂は本当だったみたいね」

「素直にスゴいと思ったわ。あんな風に正々堂々と戦ってきたスリザリンチームなんて、初めてだもの」

「貴女、意外とカリスマ性あるんだね」

 

 四人の言葉にフィールは苦笑し、オリバー達も笑う。

 そして、医務室がある4階まで来たらフィールをベッドまで無事運び終えたら、

 

「それじゃ、お大事にね」

「じゃあな、ベルンカステル」

「クィディッチの再戦までにはちゃんと元気になりなさいよ」

「今度こそ決着をつけてやるわよ!」

 

 学年別に四人は各自午後の授業が行われる教室へ向かうべく、医務室を後にした。

 それを見ながら、フィールは思う。

 当初は、ハリー・ポッターやハーマイオニー・グレンジャーといった一部の善良なグリフィンドール生を除くグリフィンドール生に対して不愉快な印象が強かったが、どうやらそれは違ったらしい。

 本当の姿とは、違う視点から知ることも時にはあるのだと胸に深く刻まれた気分だ。

 

(………人間って不思議よね。あんなムダな行為を楽しむ人間もいれば、危険を顧みず割り込む人間もいる………謎が謎を呼ぶ世界も、悪くないのかもしれないわ)

 

 彼女は改めて、人間という存在感の凄みを実感し………胸にそっと手を当てた。

 

♦️

 

 ある日の真夜中、スリザリン寮にある女子部屋の寝室で目を覚ましたフィールは、随分不思議な夢を見ていたような気がした。

 が、どんな夢だったかは思い出せない。

 考えることを諦めたフィールは、まだ夜明けまで数時間あることからもう一眠りしようと、ベッドに身を倒す。

 再び眠りに落ちた時、フィールは先程の夢を忘れ、暗闇の中で安らかな寝顔を浮かべる。

 それが、自分の記憶が―――一時期の出来事が頭からポッカリと抜け落ちていることを、全く知らずに。




【ムーディ】
フィール→アイツマジで本物か?
作者&読者→アイツは偽者です!

【テストなんて誰が傍迷惑なモノ考えたんだ】
これは全国の中・高生が共感します。

【勢いそのままにフィールを押し倒すクシェル】
クシェフィルとはまさにこのことだと思わせるシーン。3章のマーカスとデジャブを感じるのは何故だろうか。

【3章のクリスマス休暇前の裏話】
ここであの空白の時間を書けました。
中身はフィールのまま? それとも?
読者さんなら、もうお分かりですよね?
一人称がひらがなで○○○でしたし。
それにしても………うん、原作と違ってやたらグリフィンドール生がイイヤツになっているのは気のせいだろうか。

【誰も居ない教室へ呼び出し】
というか、リアルで誰も居ない教室に呼び出しなんてあるんでしょうかね? イメージとしては、漫画やドラマくらいの世界なんですが………。

【救世主・Gのクィディッチチーム】
それにしても、オリバー達、スゴくいいヤツになったなあ。原作では決して有り得ない一面を見せてくれましたし。
上っ面の言動では断じてなく、殴り合う覚悟と勇気もあれば、実際に腕力もあるから、相手は勝ち目がなくて引っ込むしかないという。
オリバーやアンジェリーナは背が高いし、しかも前者は骨折させる威力を持つブラッジャーを顔面に食らってもピンピンしてますから、ハリポタの原作キャラでもトップクラスで屈強な体格を誇ってるでしょう。
キャプテンも務めてるので、運動神経も抜群。
そんなヤツと真っ正面からケンカすれば、どうなるかは火を見るよりも明らかですね。


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#54.炎のゴブレット

選手選定の回。


 今年4年生になったフィール達の宿題量は半端じゃないくらいだった。

 来年の5年時にはいよいよ『普通魔法レベル試験』、通称『OWL(ふくろう)』と呼ばれる魔法試験があり、その成績は将来的にも重大で大きく影響がある。

 更には成績次第で6年生以降に受講する教科が決まるのでとても重要なことだ。

 そのため、各教師は1年前の今から万全を期して準備するため、授業の量・質を数段上跳ね上がらせた。

 中でも『闇の魔術に対する防衛術』は厳しく、なんと教師が生徒相手に許されざる呪文の一つ『服従の呪文』を掛け、抗えるかをテストするとのことだ。当然これには誰もが難色を示したのだが、それを平然とやってのけるのだがらその精神力が凄い。

 

 この呪いを掛けられた者は皆おかしな行動を取り始め、『服従の呪文』による完全なる支配という恐ろしさを身に染みてわからされた。

 クシェルは椅子の上に立ち上がり、ダフネはその場でタップダンスをした。パンジーは犬の鳴き真似をし、ミリセントはシャドーボクシングし、クラッブとゴイルはマイムマイムしてスリザリン生の笑いを誘い、マルフォイはムーディの前で跪いた。

 

 そして、最後にフィールの番が回ってきた。

 受けた瞬間、この上ない幸福感に身も心も包まれ、思わず全てを委ねたくなった。全身が快感に溺れ、心の底から気持ちいいと思える。緊張感が取り払われ、安心感に飲み込まれる。

 だが―――。

 

『この場で制服を脱げ』

 

 ………は?

 今、声の主は何と言った?

 制服を脱げ?

 同級生達の面前で?

 

 それまで極上の気分だったフィールは、頭の中で甘く囁くような声でその命令が響き渡った瞬間―――自分が感じている快楽感は偽物………フェイクだと、危うく自分自身の身体と精神を縛り上げようとした鎖から逃れ、同時に激しい嫌悪感を覚えた。

 全身を包む快感に濁り掛けた蒼瞳が鋭く光る。

 そしてヒップホルスターから杖を抜き出してクルリと一回転させると、フィールは術者と言う名の敵と認識したアラスター・ムーディ目掛けて杖先を突き付けた。

 

「待て! よくやった!」

 

 ムーディは呪いを打ち破ったフィールに驚いた顔をしたが、慌ててストップを掛け、彼女のそれ以上の行動を阻止した。

 今のフィールは『攻撃呪文』を撃ちかねない。

 それだけの、濃厚な臨戦態勢の眼光炯々の目付きをしていた。

 

「お前達、見たか? ベルンカステルは闇の魔術に打ち勝った! それも完璧にだ! ベルンカステルの眼を見ろ。そこに鍵がある!」

 

 それからムーディは数回フィールを実験台として用いり、その度に彼女は杖を構えて応戦的な態度を見せた。

 スリザリン生は単純に流石は反則レベルの学年首席様と誉めているが、唯一クシェルだけは気付いていた。

 フィールに異変が起きていることを。

 荒い息遣いが徐々に目立ち、明らかに身体に異変が起きている。冷や汗が微かに額に滲み、端正な顔も蒼白していく。

 4度目でフィールを解放したので、これで終了したかと思った、が。

 

ステューピファイ(麻痺せよ)!」

 

 『服従の呪文(インペリオ)』ではなく『失神・麻痺呪文(ステューピファイ)』を唱える鋭い声が突如として教室内に響き渡った。

 ムーディは目前に立っていたフィール目掛けて紅い閃光を放ち、彼女は咄嗟に『盾の呪文(プロテゴ)』で防御する。

 

「ムーディ先生!? 何してるんですか!?」

 

 クシェルは奇襲攻撃を仕掛けたムーディへ堪らず声を上げた。他のスリザリン生もそうで、突発的に発生した事件に悲鳴が沸き起こる。

 『服従の呪文』の苦痛が抜けずに肩で息をするフィールも、いきなり攻撃してきたムーディへ眼を剥いていた。

 全員が愕然とする中、騒ぎを起こした張本人のムーディは続け様に杖を振るって数多くの呪文をフィールだけに絞って連発する。

 フィールは同輩達に危害を及ぼさぬよう強力な防壁を展開すると、やむを得ず反撃を決意した。

 

インペディメンタ(妨害せよ)!」

 

 フィールは『妨害呪文』を唱え、杖先から眼にも止まらぬ速さで駆け抜けるスパークはムーディにヒットした―――ように見えたが、彼は至近距離からでも素早く撃ち落とし、すれ違い様に新たな呪文を撃ち込む。

 それを身体を斜めに引いて直前で躱すとフィールはフリーハンドの手を活用して片手バク転し、ムーディとの距離を十分に取った。

 

(ったく、一体なんてことをしてくるんだ!? やっぱり、ムーディは何かおかしい………)

 

 最早敬称略になったフィールは、頭を必死に回転させる。場所柄を考えれば、あまり派手にやらかす訳にはいかない。クシェル達はガードしてるので大丈夫だろうが、室内が酷い有り様になってしまう。

 そうなると、後片付けが面倒だ。

 と言うより、全ての責任は元凶のムーディへ向けられるだろうが………。

 フィールは視線を走らせ―――ある物が、眼に止まった。

 それは、先程『服従の呪文』を掛けられたクシェルが上った際に使用した椅子だ。

 遠くはないが、近くもない。

 中距離にあるそれと、杖を振り上げるムーディを一度見たり来たりしたフィールは、

 

(こうなったら、一か八かだ!)

 

 ある一つの賭けに打って出た。

 

ペトリフィカス・トタルス(石になれ)!」

アクシオ(椅子よ、来い)!」

 

 ムーディが『全身金縛り呪文』を詠唱したのに対し、フィールは『呼び寄せ呪文』を詠唱。

 青い光はフィールの胸を狙って走り抜ける。

 しかし、命中する前に飛んできた椅子が割り込んできた。

 フィールは眼前に来た椅子を魔法の中でも最も複雑で危険なものの一つ『変身術』で椅子を素材が全く異なる鉄板に変えてみせる。

 青色の光線は鉄板に直撃し、モロに喰らった部分は深く抉られ、天井に届きそうなほど空中を高く舞い上がった。

 ムーディはフィールの4年生とは思えぬ速業に唖然とし、一瞬だけ意識が椅子から姿を変えた鉄板に移る。

 ハッとした頃には、もう遅かった。

 

エクスペリアームス(武器よ去れ)!」

 

 戦闘に変身術を交えて陽動作戦が成功したフィールは『武装解除呪文』を鋭く唱える。

 真紅の閃光が迸り、ムーディの手元にある杖にヒットし、放物線を描くように宙を舞うそれをフィールの細くしなやかな手がキャッチした。

 あろうことか、戦闘のエキスパートが14歳の魔女に杖を取り上げられたのだ。

 

「形勢逆転………だな。さて、さっさとこんなふざけたマネをした理由を教えてくれません? ふざけた理由ならば、許しませんけどね?」

 

 杖を向けての発言。

 教師に対する礼儀がまるで伴っていない態度だが、そもそも先に手を出してきたのは教師であるはずのムーディからだ。

 

「まあまずは杖を下ろせ」

「奇襲者が言うセリフではありませんけど?」

 

 クールだが最近は徐々に柔和してきたフィールの豹変ぶりにスリザリン生は喫驚し、これは怒らせたら相当マズいタイプだと再認識した。

 

「すまんな。スネイプと互角に渡り合えると噂されているお前の力がどれほどなのか試してみたくてな。まさか、これほどまでとは予想以上だ。だから、まずは杖を下ろせ。そしたら話す」

 

 フィールは内心仕打ちしたが、このままでは話が進まないと渋々杖を振り下ろし、クシェル達の前に張っていたバリアを消滅させると、ムーディへ杖を投げ渡した。

 ムーディは杖を仕舞い、静かに口を開く。

 

「さて………単刀直入に言おう。見事だ。反射神経、戦闘技術、咄嗟の機転、度胸。防衛術を身に付けるにおいて必要不可欠の要素が全て抜かりなく、完璧だ」

「………それはどうも」

「そこで、だ。ベルンカステル、三大魔法学校対抗試合は知ってるだろ?」

「知ってますが、それが何か?」

「お前は、三大魔法学校対抗試合に出場する気はあるか?」

「は………?」

「お前の辣腕をわしが認め、成人魔法使いと匹敵する実力者だとダンブルドアに伝えよう。………もう一度訊くぞ」

 

 これは、マッド・アイ・ムーディ―――否、バーテミウス・クラウチ・ジュニアが、主人に『生き残った男の子』と共に連れて来るよう命じられて動いた、一つの賭け事。

 

 

 

「―――三大魔法学校対抗試合(トライウィザードトーナメント)に出場する覚悟と勇気はあるか?」

 

 

 

♦️

 

 

 

 10月30日、ハロウィーン前日。

 1週間前、『三大魔法学校対抗試合』を告知する貼り紙にボーバトンとダームストラングが来校してくるとの知らせがホグワーツに届いてからあっという間にその1週間が経過し、現在、いよいよホグワーツ生全員が待ちに望んだその当日を迎えた。

 大広間は既に飾り付けが終わっており、各寮を示す巨大な垂れ幕が掛けられていた。教職員テーブルのバックも同様でホグワーツの紋章の『H』の周りに獅子、穴熊、鷲、蛇が団結している絵が飾られている。

 

 宵闇が濃くなる、秋の夕暮れ時の午後6時。

 ホグワーツ生達は城の前で整列し、今か今かと二校の到着を待っていた。期待感やワクワクといった空気に覆われていてそれなりに喧騒としていたが、ダンブルドアが「ボーバトンの代表団が近付いてくる」と言えば、瞬く間にシンと静まり返る。

 そしてダンブルドアの一声と同時に顔を上げてみれば、ホグワーツ城に向かって飛んでくる天馬が率いる馬車が見えてきた。

 

 館ほどの大きさを誇るそれは轟音を立てながら地面に着陸し、馬車から淡い水色のローブを着た少年達が飛び降りて踏み台を用意する。

 すると、その踏み台にハイヒールが乗せられ、持ち主であるボーバトン魔法アカデミーの女校長―――マダム・オリンペ・マクシームが姿を現した。

 小麦粉色の滑らかな肌にキリッとした顔付き、大きな黒い潤んだ瞳に、鼻はツンと尖っている。

 デカイ、の一言に限るマダム・マクシームはフランス語鈍りの英語でダンブルドアと挨拶を交わした。

 彼女の背後には数十人の男女が立っている。

 何人かはスカーフやショールを巻いているが、彼らの多数は薄手の絹のローブだけを羽織っていてブルブルと寒そうに震えていた。

 そんな、準備不足なボーバトン生が周囲に居るせいで目立つのだが、二人の男女は、ちゃんと暖かいコートを着込んで寒さを凌いでいた。

 

「へえ、あの人達はわかってたんだ」

 

 フィールの隣で思わず感心するクシェルだが、その二人がコートをちゃんと用意したのは、黒髪の彼女が前もって『ホグワーツに来る時は厚手のコートを持ってきた方がいい』と伝言していたからだ。

 金髪オッドアイの美男美女。

 あの二人こそ、フィールの母方の従兄・従姉のルークとシレンである。

 二人はキョロキョロとホグワーツ生の集団を見回している。従妹であり恩人のフィールを探しているのだろう。しかし、中々に人が多すぎるため見つからず、少ししょんぼりしていた。

 フィールがそれに苦笑していると、マダム・マクシームが天馬をダンブルドアに預けて優雅に城内へと入場し、その後をボーバトン生が追い掛け、ルークとシレンも波に乗って歩いた。

 

 それから数分後―――ダームストラングの代表団が来校してきた。

 ボーバトンの代表団が空中来校してきたのでてっきり同じ手口かと思ったが、その予想は大きく外れる。

 湖の湖面が揺らめき、巨大な渦が現れた。

 その中から顕現したのは、巨大な船だ。

 闇の魔術を教える魔法学校の名に相応しい、幽霊船のような雰囲気を纏う船が下船し、ボーバトン生とは真逆の分厚い毛皮のコートを着た集団が上陸し、最後に銀色のコートを着込んだ銀髪の男―――ダームストラング専門学校の校長、イゴール・カルカロフが登場した。

 カルカロフはダンブルドアと一通り挨拶をしているため、フィールはそろそろ戻ろうかと踵を返した………が、なにやら瞳を輝かせたクシェルに腕を掴まれ、無理矢理引き留められた。

 

「フィー! クラムだよ! ビクトール・クラムだよ!」

「クラム? ……ああ。あのブルガリア選手か」

 

 興奮気味なクシェルとは裏腹に、フィールの反応は薄い。けれど、あちこちからざわめきが起きたのは無理もないことだ。

 なんと言っても、ダームストラングの集団の中に世界的トップスターである超有名人が居るのだから、周囲からは黄色い歓声が上がった。

 今年行われたクィディッチ・ワールドカップ決勝戦で、弱冠18歳でブルガリア・ナショナルチームのシーカーを務める天才プレイヤー。

 色黒で黒髪の、大きな曲がった鼻に真っ黒なゲジゲジ眉、育ちすぎた猛禽類のような顔付きをしている青年―――ビクトール・クラムだ。

 これには当然の如く、クィディッチファンの人達は黙っていられるはずがない。ホグワーツ生達は、終始興奮しっぱなしであった。

 

♦️

 

 大広間に着くと、レイブンクローのテーブルにはボーバトン生が既に陣取っていた。ホグワーツ生も各寮のテーブルへと向かい、ダームストラングの代表団―――というより、クラムが自分達の寮へ来るのを祈った。

 

「………ん?」

 

 フィールも他スリザリン生と同じくスリザリン寮の席に行こうとしたが、ダームストラングの代表団が入り口で固まっているのを見て振り返る。

 校長のカルカロフはどうしたのかと見渡してみると、彼はとっくに教員席に追加された席に座っていた。引率の仕事は放置かと、フィールは額に手を当てる。

 このままでは彼らが可哀想だと思い、フィールはUターンし、

 

『何かお困りですか?』

 

 とブルガリア語で尋ねた。

 彼らは英国の人間がブルガリア語を話せることに驚いた顔で見下ろした。

 しかし、それを気にせず、

 

『もしよろしければ、私達のテーブルへどうぞ』

 

 そう言ったら、パアッと驚愕から輝きへ変え、リーダー格であろうクラムが代表として礼を言ってきた。

 

『ありがとう、助かったよ』

 

 フィールの後に続いてクラム達はスリザリンテーブルへ向かい、椅子を引いて座った。

 

「フィー! ナイス!」

 

 座ったフィールはクシェルに背中をバシバシ叩かれながら誉められ、他のスリザリン生も「よくやった!」と言わんばかりの歓喜に満ちた表情であった。

 それに相反するよう、他寮の生徒はせっかくのチャンスを踏みにじられ、嫉妬の炎をメラつかせながらフィールの背中を睨んだ。

 当の本人は嫉妬の視線などどこ吹く風、といった感じに涼しい顔で受け流し、ダンブルドアの挨拶が終わると、食事会に入った。

 4つのテーブルの上には、他国から来たボーバトンとダームストラング生達のために、海外料理が混じっていた。

 

「ブルガリア料理って美味しいんだね」

「単にイギリス料理が不味いだけだと思う」

 

 母国の料理に対して辛辣な毒を吐きつつ普段は滅多に食べられない海外料理の数々を堪能していると、隣に居たクラムがブルガリア語で話し掛けてきた。

 

『さっきはありがとう。ホグワーツでブルガリア語を話せる人が居たなんて驚きだよ』

『読書が趣味なのと、ヨーロッパにある三校の魔法学校何処に行っても上手くやれるよう勉強したので。ま、ホグワーツは両親の母校だから此処の入学はほぼ決定事項ですけどね』

『勤勉なんだな。感心するよ。僕ももう少し英語の勉強をしてくればよかったな』

『ありがとうございます。次会った時は英語でも話を出来たらいいですね』

『そうだな。その時は是非よろしく』

『ええ。こちらこそ、よろしくお願いします』

 

 出会って早々意気投合したクラムとフィールは誓いの握手を交わす。有名人との固い握手に、クィディッチファンのジェラシームードが格段にレベルアップしたが、フィールは風に吹かれる絹のようにさらりと流した。

 

 歓迎会パーティーも終わり、ダンブルドアが立ち上がった。

 いよいよ、本題に入るのだろう。

 全ての生徒が姿勢を正し、一斉に注目する。

 校長は全員の視線が向けられているのを確認すると、穏やかに笑った。

 

「時は来た。三大魔法学校対抗試合はまさに始まろうとしている。『箱』を持ってこさせる前に二言、三言説明しておこうかの」

 

 ダンブルドアが語ったのは、対抗試合の簡単な補足説明であった。

 

 一つ、審査員は三校の校長に加え、国際魔法協力部部長のバーテミウス・クラウチと、魔法ゲーム・スポーツ部部長のルード・バグマンの五人が担当すること。

 

 二つ、代表選手は各校からそれぞれ選ばれた三人であること。

 

 そして………なんとここで、一つの『一部の例外』を言い渡した。

 それは―――

 

 

 

「―――ある条件を全て満たした者のみ、17歳以下の生徒でも各校の代表選手に立候補することを特例として認めると、此処で皆に発表しよう」

 

 

 

 大広間から、一切の音が無くなった。

 が、その数秒後には、嵐のような大歓声が渦巻き、それだけがこの場を支配した。

 ダンブルドアの話によれば、ある教師が未成年魔法使いでも成人魔法使いに匹敵する生徒がいると主張し、校長を初めとする全教師が品行方正、文武両道と認め、4年生以上と言う条件ならば参加の許可を許せないかと申し込み―――審査員五人で再び議論をした結果は、もしもこれで上手くいけば、次回以降の対抗試合からは年齢制限を撤廃するきっかけになれるとのことで、ルールを一部変更に決めた。

 それを聞き、最初は激怒していた4年生以下の生徒も、渋々納得したようだ。

 ダンブルドアは再び補足説明を施す。

 

 課題は3つあり、代表選手は1年間に渡りあらゆる角度から試される。

 魔法の卓越性、果敢なる勇気、論理・推理力、危険に対する能力。

 その総合力が最も優れていると判断された一人が、その学校を代表する選手となり、二校と競い合う。

 代表選手を選ぶのは公正なる選者『炎のゴブレット』。

 立候補する志があるならばこれから24時間以内にその名をゴブレットに提出しなければならない。

 そして、前述全てに共通する―――軽々しく名乗りを挙げないこと、だ。

 一度ゴブレットに名を呼ばれたら、魔法契約によって拘束され、1年間戦うことが義務付けられる。

 一度踏み込んだら最後。

 途中棄権なんて言語道断。

 心底戦い抜く覚悟と勇気がある者でなければ、待っているのは『死』である。

 

 重要な説明を終え、歓迎会は幕を閉じた。

 寮へ帰ろうとする人達が多いが故に、フィールは大広間で少し待機しようと残った。

 数分くらい経ってもあまり人が減らず、ちょっと疲れ始めてきた時。

 

「フィール!」

「見つけた!」

 

 ボーバトンの制服に身を包む金髪の美男美女が抱きついてきた。

 紛れもなく、ルークとシレンだ。

 二人は満面の笑顔でギュッとハグしてくる。

 

「ちょっ、ルーク、シレン……」

「フィール、元気にしてたか?」

「貴女のおかげで助かったわ。ありがとね」

「ハイハイ。時間も無いし、もうおやすみ」

「ああ、おやすみ」

「おやすみなさい」

 

 ルークとシレンはフィールから離れると、最後に彼女の右頬と左頬にそれぞれ口付けを落として去っていった。

 相変わらず愛情表現が過剰でその分二人からのぬくもりを肌で感じるなと思い、フッと息を吐いて表情を和らげる。

 ふと、周りがやたら静かだなと気付き、見渡してみれば、クシェル達がポカーンと突っ立ちながら、金縛りにあったみたいにフリーズしていた。

 その様はまるで『凍結呪文』を掛けられた人間そのものである。

 

「………どうした?」

「いやいやいやいや! フィー! あの人達と知り合い!? てか誰!? 普通に頬にキスしてたんだけど!?」

 

 真っ先にクシェルが爆発し、フィールの両肩に手を置いてぐわんぐわんと激しく揺らす。それを皮切りに他生徒もあれこれ詮索してきた。

 フィールはその勢いに気圧されながらも、ルークとシレンが母方の従兄と従姉だと教えると皆はビックリ仰天し「ええーっ!?」という絶叫が、静寂に包まれたホグワーツ城内に大反響した。

 

♦️

 

 翌朝のホグワーツで、フィールは注目の的を浴びることとなった。その訳は言わずともわかるボーバトン生の金髪オッドアイの非常に顔立ちが整った双子の兄妹が、彼女の従兄と従姉であると言う衝撃事実に、皆は面白い噂として瞬く間に広めた。

 親戚揃って超美形一族、とあちこちから羨望の眼差しを貰うのだが、どうやらホグワーツだけでなく、噂を聞いたボーバトンの方でも似たようなことが起きてるらしい。

 その原因を作るルークとシレンはとにかくフィールを実の妹同然に可愛がり、フランス人の血を半分引いてるがためのスキンシップの愛情表現が顕現としている。

 フィールは人前で頬にキスされるのは恥ずかしいのだが、ルークとシレンはあっけらかんと気にすることなく普通にしてくるので、彼女は若干疲れ気味だった。

 

「フィーのイトコのお兄さんとお姉さん、滅茶苦茶目立つね」

「見た目もそうだけど………人前であんなことされたら流石に人目につくだろ」

「ってか、初耳だよ。母方にイトコいたって。しかも、あの二人の父親ってライアンさんなんでしょ? 若くない?」

「まあな………」

「と言うか、母方の従兄妹の割りにはあまり顔立ち似てないのがビックリなんだけど」

「ああ………二人はどちらかと言えば、父親のライアン叔父さんより母親のセシリア叔母さん似だからな。情熱的な性格は、父親似だけど」

 

 叔父のライアンも叔母のエミリーも、とにかく愛情過剰。自身を姪というよりは実の娘みたいに可愛がってくれるし、黒髪や顔立ちから、血の繋がりがあると実感する。

 そして、ライアンの妻・セシリアも、息子のルークと娘のシレンと同じくらい、戸籍上の姪の自分へ溢れんばかりの愛情を注いでくれた。

 ………とても幸せだと思う反面、それはフィールの心を苦しませる時もある。

 

「フィール」

 

 クシェルと話していたフィールの後ろから、ルークの声が耳を打つ。

 振り返ってみれば、彼が立っていた。

 その手には、羊皮紙が握られている。

 代表選手に立候補するつもりなのだろう。

 

「4年生以上なら参加出来るってきっかけを作ったの、フィールらしいな。噂で聞いたぞ。立候補するのか?」

「私は立候補しない………と言いたいところだけど、気が変わった。立候補するよ」

「フィールならそう言うと思った。お互い選手になったら頑張ろうぜ」

 

 と言うことで、ルークとフィールは羊皮紙を手にホールに向かった。クシェルはワクワクしながら、二人の後をついていく。かなり早い時間帯から気になるのか、多数の生徒達はゴブレットから離れた場所で野次馬になっていた。

 フィールが「先にどうぞ」とルークの背中を押し、彼は一度深呼吸して、ゴブレットの中に自分を示す羊皮紙を入れる。

 同時刻、惚れた女子続出。

 しかし、本人は既に慣れっこなのか、デレることなく、従妹の背中を押し―――続いてフィールがゴブレットに羊皮紙を提出した瞬間、拍手喝采が沸き上がった。どうやらこれが、初の17歳以下の生徒の提出みたいだ。

 

「人気者だな」

「そっちこそ」

 

 ルークとフィールはお互いに不敵な笑みを浮かべ、ハイタッチした。

 

♦️

 

 10月31日、ハロウィーンの夜。

 ホグワーツでは毎年恒例のハロウィーンパーティーも終わり、いよいよ、待ちに待った運命の代表選手選抜発表の時間となった。

 ダンブルドアは杖を一振りし、大広間の証明を全部消す。『炎のゴブレット』の青白い炎だけが輝きを放つ空間は、沈黙と緊張感に包まれていた。

 全員の眼がゴブレットに注ぐ中、ゴブレットの炎が紅く変貌し、一枚の紙を吐き出す。宙をヒラヒラ舞うそれを掴み、ダンブルドアは読み上げた。

 

「ダームストラングの代表選手は―――ビクトール・クラム!」

 

 拍手喝采が起こり、名を呼ばれたクラムは立ち上がる。彼は前へ出ていき、隣の部屋へと消えた。その直後、ゴブレットが再び紅く燃え上がり、紙を吐き出す。

 

「ボーバトンの代表選手は―――ルーク・ベルンカステル!」

 

 サッとルークが立ち上がった瞬間、女子生徒の歓声が一段と上がった。たった1日でファンを多数獲得したらしい。双子の妹のシレンは誇らしげに兄の背中を押し、ルークは笑みを溢しながら、レイブンクローとハッフルパフのテーブルの間を滑るように進んだ。

 彼が隣の部屋へ消えた瞬間、これまでにないほどの静かな空間へガラリと変わった。

 遂に、記念すべき第1回目を開催する、ここホグワーツの代表選手は誰になるのか。

 固唾を呑んで見守る中―――青白い炎が紅く激変し、最後の名を書き記す紙片が空高く吐き出され、宙を舞った。

 ダンブルドアはそれを掴み、声高らかに宣言した。

 

「ホグワーツの代表選手は―――フィール・ベルンカステル!」

 

 フィールの名が呼ばれた瞬間、この日一番の大爆発が発生した。スリザリン生は総立ちになって拍手喝采し、床に亀裂が入るのではと思うくらいに足を踏み鳴らして、成人魔法使いを凌いで未成年魔法使いの意地を見せた彼女へ心からの称賛とエールを送る。

 名を呼ばれたフィールはスタオベするスリザリン生に微笑み掛けながら通り抜けていき、教職員テーブルの後ろの部屋へと消える。フィールへの拍手があまりに長々と続いたので、ダンブルドアが再度話し出すまでにしばらく間を置かなければならないほどであった。

 

「結構、結構! さて、これで三人の代表は決した。選ばれなかった諸君も、代表選手達を応援してくれることを信じておる。選手に声援を送ることで、皆が本当の意味で貢献出来―――」

 

 と、その時だ。

 ダンブルドアの言葉を遮るように………否、遮る事態が発生した。

 炎のゴブレットに、異変が起きたのだ。

 四度、炎の色が紅くなり、焼け焦げた羊皮紙が吐き出される。

 困惑と焦燥に覆われる大広間のど真ん中、ダンブルドアは戸惑いつつも、それを掴み上げ―――ある者の名を静かな声で読み上げた。

 

 

 

「―――ハリー・ポッター」

 

 

 




【没シーン:アンタはだーっとれい!】

~対抗試合を告知する貼り紙を見た一同~

アーニー「たった1週間後だ! セドリックのヤツ、知ってるかな? 僕、知らせてやろう」
ロン「セドリック?」
ハリー「ディゴリーだ。きっと、対抗試合に名乗りを上げるんだ」
ロン「あのウスノロが、ホグワーツの―――」
フィール「アンタはだーっとれい! ラングロック(舌縛り)!」
ロン(Nooooooooon!)
クシェル&ハーマイオニー「「ちょっとフィー(ル)、どうしたの(よ)!?」
フィール「セドリックは優秀で監督生だ! 彼を侮辱するヤツは許さんぞ!」
クシェル「そ、それってつまり―――」
ハーマイオニー「フィール、貴女セドリックのことが好きなの!?」
フィール「(友達として)ああ、好きだ」
クシェル&ハーマイオニー「「(恋愛的な意味と勘違いして)ええええええええええええええええッ!? さらっとこの人言っちゃったよ!?」
フィール「何驚いてるんだ。私がセドリックを(友達として)好きで悪いか?」
クシェル&ハーマイオニー「「あれおっかしいなあフィールってこんなキャラだったっけ!?」」

【偽ムーディ(クラウチJr.)の命令】
お巡りさん、コイツです。
服従の呪いの恐ろしさをわからせると口実つけて年頃の女の子に公衆の面前で服を脱がせようとしたド変態は。

【偽ムーディVSフィール】
まさかの奇襲&迎撃。
ルーザーは前者。
嘘やん!!ヽ(゚д゚ヽ)(ノ゚д゚)ノ!!
そしてまさかのこれが↓↓に。
片手バク転するとか、やっぱりチートレベルの身体能力を持っているオリ主。

【ブルガリア語話せるフィール】
親戚にフランス人いる関係でフランス語も話せるので実質フィールは英語、フランス語、ブルガリア語の三国の言語を喋れる。お前、万能人間か!

【三大魔法学校対抗試合のルール変更】
↑↑がトリガーで品行方正、文武両道、4年生以上が条件ならばフィール達の年齢でもOK。どうかこれを見て納得してくれたら幸いです。

【ルーク&シレン】
久しぶりのベルンカステルツインズご登場。
従妹のフィールへチークキスは最早風の流れの如く当たり前の恒例。

【選手選定】
ダームストラング代表→クラム
ボーバトン代表→ルーク
ホグワーツ代表→フィール
存在しない代表→ハリー


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#55.作戦会議

作戦会議回。


 大広間から一切の音を無くし、その中を顔面蒼白のハリー・ポッターが信じられないという表情で、ハーマイオニーから背中を押されたのを契機におぼつかない足取りで歩いていく。

 ダンブルドア直々に張った『年齢線』が17歳以上の生徒と匹敵する者と認識すれば未成年者でも可能となった後でも、ハリーは名乗り出ていないのだから、そのような反応を示しても無理はない。

 

 ―――なんで? なんで、僕の名前が?

 

 今のハリーには、それしか考えられない。

 けれども口にすることが出来ないのは、あまりにも予想がつかない事態に、混乱する頭が追い付いてないからだ。

 周囲の蔑む眼差しに困惑した空気。

 奇妙な静寂と物言わぬ激昂。

 それを肌でビシバシ感じながら、ダンブルドアに選手達が待機する部屋へ入るよう促され、ハリーは静かに入室した。

 

♦️

 

「流石だな! フィール!」

 

 代表選手三人が待機する部屋。

 そこで、ボーバトン代表のルークがホグワーツ代表となったフィールをぎゅうぎゅう抱き締め誉め称えていた。

 フィールは成人魔法使いを飛び越え、未成年魔法使いが伝統ある魔法学校の最優秀生徒として、ホグワーツ魔法魔術学校のシンボルとして、見事正式選手になった。

 そんな従妹を従兄は誇りに思い、盛大なハグでそれを証明していた。

 

「ルーク、流石に離れて」

「あ、そうだな」

 

 まだ二人が従兄妹だと知らないダームストラング代表のクラムが唖然としているのを見て、フィールはルークにフランス語で尋ねた。

 

『従兄妹だって教えていいのか?』

『まあ、どうせ今教えなくても対抗試合の選手紹介で知るだろうけど―――』

 

 二人がそれまでの英語での会話からフランス語の会話に変えた訳。

 それは、クラムの学校の校長―――イゴール・カルカロフが仲間を売ることでアズカバン行きを免れた元・死喰い人(デスイーター)であるからだ。

 闇の帝王………ヴォルデモートは、ベルンカステル家の者を殺戮対象としている。

 もしもヴォルデモートが復活したら、仲間を裏切ってきたカルカロフは多くの仲間に制裁されるのを恐れて逃亡するだろうが………三大魔法学校対抗試合で、二人のベルンカステル血族者が出場する。

 つまり―――フィールとルークを殺せたら全てチャラに出来るかもしれないと、彼は何も知らないクラムを利用して情報を探ってくるのが考えられる。

 フランスの方でも『闇の印』の噂は流れていたため、ルークはフィールがフランス語で話し掛けてきた真意を瞬時に理解した。

 

『あの印って、何年も見てこなかったんだよな。つーことは、「あの人」の復活も十分考えられるよな………』

『ああ……ルーク、気を付けてよ?』

『勿論だ。フィールも気を付けろよ』

 

 と二人が互いの無事を祈ってると―――フィールの視界の隅に、見慣れた友人の姿を捉えた。

 

「ハリー? なんで此処に?」

「フィール―――」

 

 フィールは首を傾げ、ハリーは事情を説明しようと口を開きかけた時、彼の背後から足音が聞こえ、ルード・バグマンがやって来た。バグマンはハリーの腕を掴み、三人の前へ引き出す。

 

「紳士淑女諸君。信じられないかもしれないが、四人目の代表選手だ」

 

 その言葉を聞くが否や、クラムは暗い表情になり、フィールとルークは困惑しつつも、早速事件発生かと、警戒心を露にした。

 また足音が聞こえてきた。今度は複数である。

 入ってきたのはダンブルドアを初めとする後の審査員三人とマクゴナガル、スネイプだ。壁の向こう側から、生徒達がワーワー騒ぐ声がこちらまで聞こえてくる。

 ダンブルドアはハリーに「『炎のゴブレット』に名前を入れたのか?」「上級生に頼んで名前を入れて貰ったのか?」と質問し、彼はそれらの質問に「いいえ」と激しい口調で答える。

 ハリーの言葉を信じる者はダンブルドアとマクゴナガル、そしてフィールのホグワーツ関係者三人―――スネイプは論外―――とルークだ。

 だがしかし、クラムやカルカロフ、マダム・マクシーム、スネイプなどはハリーが嘘をついていると思ってるのか、「どうやって『年齢線』を越えた?」と彼が答えられるはずがない質問をぶつけたり、上級生に頼んで貰ったとか、意味不明な言葉を投げ―――。

 

「―――ったく、いい歳した大人達がみっともない面晒してんなよ」

 

 と、舌打ちしながらの冷たい声が、混沌するこの場に振り下ろされた。

 見なくともわかる、フィール・ベルンカステルだ。

 フィールはオロオロしてるハリーの前に立ち、カルカロフ達をハッと鼻で笑いながら、冷ややかな眼差しで見上げる。

 

「一体何をどうすれば、ダンブルドアが直々に張った『年齢線』をハリーが越えられるっていうんだ? アレは確かに一部の年少者なら越えられるようになった。なら、一つ訊くぞ? 彼が自ら名乗りを挙げた姿を見たヤツは、誰かいるのか?」

 

 フィールの問い掛けに、彼らは口を噤む。

 鋭い眼を向けても尚反論してこないカルカロフやマダム・マクシームを一瞥し、

 

「根拠が無いクセして不確かな発言を発するってならば、さっさとそのいい加減な口を閉じてろ。聞いてるこっちが腹立つんだよ」

 

 と最後に鉄槌を下した。

 その蒼眼は恐ろしいほど冷たかった。

 ルークは「あ、コイツはヤバい」と従妹がどれだけ不機嫌なのかを察し、冷や汗を流す。ハリーは頼もしい味方の登場に、清々しいくらいにスカッと気分が少しだけ晴れた。

 嫌な静寂に包まれた室内に、重々しい声音が突如として発声される。

 全員がそちらを見てみれば、マッド・アイ・ムーディが立っていた。

 ムーディは「恐らく炎のゴブレットに『錯乱呪文』を掛け、ポッターの名を入れたのだろう」と推測し、フィールも「それが一番考えられる」と同意の首肯を見せる。カルカロフ達はまだ納得出来てない顔だが、ルークはその意見に同感なのか、より一層険しい顔付きになった。

 ムーディは「闇の魔術を利用すればこのようなことも可能だ」とかつて捕らえた事例を持つカルカロフに視線を向ける。が、ダンブルドアがそれを窘め、「代表選手になった以上は戦う義務を負う。魔法契約とはそういうことじゃ」とハリーを四人目の選手として競技参加を押し通した。

 四人は最後にクラウチから、

 

「最初の課題は、君達の勇気を試すものだ。君達は未知の脅威に、杖一本を武器として立ち向かわなければならない。試合は11月24日、全校生徒の前で行われる。今は、これ以上のことは明かせない。以上だ」

 

 と第一の課題の簡単な説明を施され、荒れたまま会合は解散となった。部屋を出たフィールはルークやクラムとは玄関ホールで別れ、そのままスリザリン寮へと真っ直ぐに帰らず、ハリーをグリフィンドール寮まで送り届けることにして彼を追い掛ける。

 

「大丈夫だ、ハリー。私はアンタの味方だ。力になれることは出来るだけする」

「フィール………」

 

 ハリーは涙ぐみ、「ありがとう」を礼を言う。

 フィールは優しげに笑みつつ、胸中は重苦しい気持ちでいっぱいだった。

 今回ばかりは全面的にサポートは出来ない。

 彼自身の力で乗り越えて貰わなければならない部分も多々あるだろう。

 ならば、自分は手を差し伸べるのも、時には黙って見守るのも相手のために出来る方法かと、ジレンマに陥り、深くため息をついた。

 ハリーをグリフィンドール寮の扉前まで送り届けたフィールはまずは全て忘れようと、合言葉を言ってスリザリン寮に入り―――談話室に辿り着いたら、スリザリン生総勢から拍手喝采で出迎えられた。

 

♦️

 

 日曜日の翌朝。

 フィールとクシェルは湖の畔で、散歩をしていたハリーとハーマイオニーと出会した。

 

「おはよう、二人共」

「ロンはどうしたの?」

 

 いつもならロンも一緒に居るのに、とクシェルが首を傾げると、ハーマイオニーは口ごもり、ハリーも僅かに苛立ちを滲ませた。フィールはなんとなく察する。

 

「もしかして、ケンカしたのか?」

「ケンカ………と言えば、ケンカかな」

 

 二人も湖の畔に座り、大きく息を吐く。

 ダームストラングの船が黒い影を落としている湖面をじっと見つめながら、二人はポツリポツリ語った。

 昨夜、ハリーはロンとケンカしたらしい。

 ケンカの原因は、やはりハリーが存在しない四校目の代表選手となったのが理由みたいだ。

 

「ロンのヤツ、なんで信じてくれないんだ? 僕がそんなことする訳ないのに!」

「ハリー、まだわからないの? ロンは貴方に嫉妬してるのよ!」

 

 ハーマイオニーの捨て鉢な言い方に、ハリーは眼を見張る。フィールとクシェルは「ああ、そういうことか」と納得した。

 

「それに………多分、フィールにもよ」

「いや、それを言うなら、ハーマイオニーとクシェルにも、だろ?」

「………そう、なのかしらね………」

 

 ハーマイオニーは俯き、クシェルは「え? なんで私も?」と眼をパチパチする。フィールとハーマイオニーは、イマイチ状況を飲み込めてないクシェルとハリーへ簡単かつ簡潔に説明した。

 優秀で個性派揃いの兄が五人もいるが故、ロンは小さい頃から兄達と比較されてきて元々コンプレックスを持っていた。その上ホグワーツでの友人も、これまたなにかと超ハイスペックな持ち主だ。

 

 まず、ハリー・ポッター。

 言わずと知れた魔法界の英雄で『生き残った男の子』として敬意を払われている超有名人。3年前には約100年ぶりの最年少シーカーになってグリフィンドールに栄光をもたらし、今では獅子寮のヒーローだ。

 

 次に、ハーマイオニー・グレンジャー。

 生粋のマグル生まれでありながら、総合成績は学年次席という超優等生。どの分野においても知識が豊富で聡明。もしも昔から魔法の英才教育を受けていたら、今頃物凄い魔女になっていただろう、将来が楽しみな期待の星だ。

 

 加え、クシェル・ベイカー。

 孤立気味で陰気なスリザリン寮に所属する生徒にしては珍しく社交的で明るく、誰とも隔てなく接する性格から人気者。実技と治癒系魔法の技量はそこいらの生徒よりも高く、学年5番と非常に好成績だ。

 

 最後、フィール・ベルンカステル。

 一匹狼の性格で孤高の雰囲気を身に纏う、強者教師と対峙出来るほどの規格外の強さを誇る学年首席。当初は避けられがちだったが、現在は『スリザリンの女王』と尊敬の眼差しを浴び、ホグワーツ1の美女とも言われるほどだ。

 

 ………と、友人四人もまた、色んな分野で優秀で個性派揃いだ。そのため、言い方は酷いが、五人の中でもロンは平凡である。勿論、ハリー達にとってムードメーカー的存在のロンは友人関係を成り立たせるにおいて必須だ。

 だがそれでも、彼からすれば自分はオマケに思えてしまうのだろう。今まではそれを口にせず我慢してきたが、今度という今度は親友へ対する嫉妬や自身の不満が爆発したに違いない。

 

「ロンだって、本当は貴方がゴブレットに名前を入れた訳じゃないってわかってるわ。きっと、意地を張ってるだけよ」

「そうだな。………でも、まあ。今回はあまり口を挟まず関係修復を気長に待った方がいいかもな」

「え………だ、だけど―――」

「アイツだって、こんな話題を振られてずかずか踏み入られるのは嬉しくはないだろ。むしろ、亀裂を入れ込む行為になりかねない。だから、今はほっとけ」

 

 非情とも捉えられる発言に、ハリーは堪らず眼を剥く。フィールは更に続けた。

 

「嫉妬してるのはロン個人の思いだ。そのことに関してはハリーの責任じゃない。勝手にジェラシーを感じてるロンがハリーと口を利くつもり気がないっていうなら、無駄に話し掛けようとするな」

 

 四人の間に、静寂が訪れる。

 ハリーはフィールの発言に戸惑い、クシェルは微妙な顔になる。ハーマイオニーは「………そうしましょう」と半ば躊躇しながら賛成した。

 

「こんな事態になったのは、ハリーの責任じゃないもの。時間が経てば、ロンだってわかるわよ」

「……………」

「………今のロンには気持ちの整理をつける時間が必要かもな。それを待つのが、今のハリーに出来ることじゃないのか?」

 

 フィールはハリーの肩を叩きながらそう言う。

 ハリーは少し考え込む表情になり………数秒後には、持久戦になるのを覚悟した面持ちを滲ませた。

 

♦️

 

 それから数日間、今まで英雄扱いされてきたハリーにとって入学以来最低最悪の学校生活を送る羽目となった。

 それまで上手く付き合ってたハッフルパフやレイブンクローにさえも敵意を持たれ、軽蔑の眼差しで見られるようになったハリーは今や学校で孤立していた。スリザリン生は彼の姿を見ると正式選手になったフィールと比較するかのように笑い声を上げ、皮肉な言葉を投擲する。

 四六時中敵対心を燃やし燃やされる後者はともかく、前者2寮から無条件に敵視されるのはハリーにとって辛かった。

 

 だがしかし、ハリーがゴブレットに名を入れてないと信じてくれる人は少なからずいた。

 その中でも、ムーディとフィールは大きな救い主であった。

 ムーディが言うには、ハリーの命を狙っている者がゴブレットに名を入れた可能性があるとのことだ。被害者だと信じ、主張してくれる教師の存在はハリーにとってこの上なく有り難かった。

 フィールに関してはスリザリン生で正式選手であるにも関わらず、咎めるどころかマルフォイが作った『汚いぞポッター』バッジを付けてるホグワーツ生達へ、それを外せと庇ってくれた。

 ムーディもそうだが、ハリーはオフィシャルホグワーツプレイヤーのフィールが自分の訴えを信じてくれるのが嬉しかった。本当になんで彼女はスリザリンに所属してるのかと疑心したくなるほどだ。

 

 けれども、どんなに頼もしい味方がいても、その数は極僅か。それ以外の多数はハリーを敵対視するため、ただでさえ居心地悪い生活を過ごしているというのに、現状は益々悪化した。

 選手の杖が万全な機能を備えているかをリサーチする杖調べの際―――最年少選手のフィールとハリーに取材しようとしたリータ・スキーターとかいうインチキ記者のせいだ。

 そいつに身の危険を感じたフィールは部屋に連れていかれそうになったら即振り払い、気圧されて了承する姿勢は一ミリたりとも見せなかった。

 それが4度目になったら流石のスキーターでも諦め、彼女の取材は渋々断念。

 せめて『生き残った男の子』ことハリー・ポッターの記事は書こうと、フィール同様嫌がる彼を手近な部屋に無理矢理連れていき、でっち上げなことばかりを書き溜め、最終的には『日刊預言者新聞』で出版。

 ハリーはその記事を見て、「あの時フィールみたいに乱暴にでもいいから振り払えばよかった」と激しく後悔したくらい、彼は更に窮地に追い詰められた。

 

 生徒達からの侮蔑に世間からの声。

 誰が見ても最悪としか言えない状況の中で、1年間も競技に参加しなければならないのかと、最早ハリーは何処かへ逃げ出したい気持ちで胸の中はいっぱいである。

 2年前、ハリーが蛇語を話せるパーセルマウスという衝撃事実が発覚後、似たような感覚が彼の心を占めていた。

 今とあの時と大きく違うのは………あの時は、一番の親友が傍に居て支えてくれたことだ。

 だから、孤立気味な日々にも耐えられた。

 なんとか堪え忍ぶことが出来た。

 でも………今は違う。

 その親友と絶好状態になっている。

 ハリーは、どうしてこんなことになったのかと精神がどんどん軋んでいくのを感じながら、泣きたくなるのを必死に堪えた。

 

♦️

 

 ある日の休日、校庭の敷地内にある湖の畔。

 そこでは、四人の少年少女がなにやら重大な会議を開いていた。

 

「第一の課題はドラゴンだ。僕達はドラゴンを出し抜かないといけない」

 

 そう言うハリーの声は微かに震えていた。

 今此処に居るのはハリーの他に、ハーマイオニーとクシェル、公認選手のフィールの三人。

 ハリーが彼女らに語り始めるのは、初っぱなから命が危険に晒されるファーストプロブレムの極秘情報だ。

 本来代表選手達は課題当日まで中身は知らないはずだが、如何せんカンニングは昔からの伝統で最も効率の良いベストな手段だ。

 ハリーは昨夜、ハグリッドから試験の内容を誰よりも早く教えられ、しかも実物大も目の当たりにしその眼に深く焼き付けられた。そして、二校の校長二人もあの場に居たことから、クラムとルークは知らされただろうと考え、代表選手の中で唯一ドラゴンのことを知らないフィールにも教えた。

 彼曰く、「4体居るドラゴンの内ハンガリー・ホーンテール種って言うドラゴンが一番デカくて一番危険」らしい。

 畔に座り、湖面を見るとはなしに眺めているフィールの顔は真剣そのものだった。

 

「それと、僕の名前を入れたのはカルカロフかもしれないってシリウスが言ってた」

「カルカロフ? ………ああ。元・死喰い人で、現ダームストラング専門学校校長のあの男か」

「それなら十分考えられるわね。でも、とにかくまずは貴方が火曜日の夜も生きられるようにしましょう。それからカルカロフのことを心配すればいいわ」

「だね。まずはドラゴンの問題を先に解決しよ」

 

 ハリーの名付け親で今年闇祓いに勤めたシリウス・ブラックからの助言によると、元・死喰い人のイゴール・カルカロフには十分警戒しろとのことだ。

 今年になってムーディが防衛術の教師になったのもカルカロフを監視するためと考えれば辻褄が合うし、ハロウィーンの夜でも彼は眼をギラつかせていた。

 フィールはより一層険しい顔付きになり、ハーマイオニーは驚きつつも最優先事項の話題に思考を切り替え、クシェルは彼女の言葉に同意する。

 

「だけど、一体どうすればドラゴンを出し抜けるのかしら? ドラゴン相手だと一筋縄ではいかないわよ。何人ものの訓練されたドラゴンキーパーじゃないと扱うことは難しいし、どの部位にも強力な魔法特性を持っているから、魔法はほとんど効かないわ」

 

 ハーマイオニーの呟きは尤もだ。

 ハリーは4年生で技量も浅はか。

 だというのに、絶対戦わなければならないのだから皮肉な話だ。挙げ句の果てに、そこまで練習時間もない。

 7年生の呪文や技術を持たず焦るハリーとは違って余裕を見せるフィールへ力を貸して欲しいと、座っている彼女を見下ろしながら、ハーマイオニーが尋ねた。

 

「フィール。貴女が7年生の生徒を上回る実力者なら、何かハリーの実力でも勝てる手段ってないかしら?」

「………そうだな」

 

 フィールは立ち上がり、顎に手を当てる。

 

「ハーマイオニーも言った通り、ドラゴンは大抵の呪文が利かない最強格の魔法生物だ。半ダースのプロの魔法使いが対峙してやっと失神出来るレベル………つまり、ストレートに言ってしまえば『失神呪文』や『武装解除呪文』といったベーシックな魔法で勝つのは不可能だ」

 

 いつになく真剣なフィールに、ハリーは肩を強張らせる。ただでさえ勝ち目がないのを嫌になるほどわかっていたのに、それに追い打ち掛けられるようなことを言われては、緊張するのも無理はない。

 だが、だからといって甘やかしてはいられないのだ。一歩間違えれば冗談抜きで命を落とすのが現実だから、フィールは有耶無耶になどせず厳しく告げる。それが彼女の情けだ。

 

「ま、だから手段は0って訳でもないけどな」

 

 厳しかった声音から一変したフィールは、

 

「ドラゴンの注意を引くための囮作戦や、ウィークポイントの眼に戦闘の際に効果的な『結膜炎の呪い』や思考力を掻っ攫う『錯乱呪文』『疑惑の呪文』を撃ち込む………これらは見栄えはしないけれども、手段としては使える。だけど、私としては、これが一番ハリーにピッタリだと思うぞ」

 

 杖を抜き、何故だか歩き出した。

 彼等はついていこうとしたが、フィールが片手を上げて制したので、そこに留まる。

 ハリー達から結構な距離を取ったフィールは、意味深な笑みを浮かべ、

 

アクシオ・ファイアボルト(ファイアボルトよ、来い)!」

 

 呪文を唱えるのと同時に駆け出した。

 城がある方角から、世界一速い競技用箒が物凄い速さで飛んでくるのが見えた。

 フィールは疾走しながら高く跳躍。

 ファイアボルトの柄部分に両足を乗せて絶妙なバランスを取り、水飛沫を派手に上げながら、滑るようにしてクルリと一回転した。

 

「あ!」

「『呼び寄せ呪文』!」

 

 クシェルとハーマイオニーは声を上げる。

 ハリーはフィールの箒に乗ってる姿を見上げ、希望の光が見えたと言わんばかりにキラキラした瞳になった。

 

「ここまで来れば、もうわかるだろ? これこそがハリーのストロングポイントを最大限に発揮させ尚且つ高得点を存分に狙える―――箒を利用しての空中戦、迫力満点の正面突破。この戦術は、アンタの得意技だろ?」

 

 つまり―――『呼び寄せ呪文』を用いり、自身がウエポンとするファイアボルトと共に翼を持つドラゴンに立ち向かえと、フィールはアドバイスしたのだ。

 ハリーは自信を取り戻し、弱気になっていた精神を奮い立たされた。彼は箒から降り立ったフィールへ何度も礼をし、彼女は優しげに微笑んだ。

 

♦️

 

 ホグワーツ城6階にある監督生専用の浴室。

 蝋燭の灯った豪華なシャンデリアが一つ、白い大理石造りのバスルームを柔らかく照らす。

 湯と一緒に蛇口によって違う種類の入浴剤の泡が水面をたなびかせ、そこに居る誰かの存在をうっすらと隠していた。

 

「いよいよね」

「ああ………」

 

 誰も居ない真夜中の時間帯。

 現在、クリミアとフィールは普段はおろしている髪を結い上げ、向かい合いながら共に湯に浸かっていた。

 紫眼の彼女は、蒼眼の少女を心配そうに見つめる。なんと言っても、明後日の11月24日火曜日は、第一の課題本番なのだ。

 ミッション1の情報を得てからフィールは必要の部屋で訓練を積み重ね、ハリーもまた、『呼び寄せ呪文』の練習や実戦を考えての箒の操作に力を入れてきた。今日の夕食後、二人は顔を見合せたが、やはりというか、本番が近いがために顔には緊張感は滲んでいた。

 クリミアが心配するのも、無理はない。

 いつもなら楽しめる入浴時間も、この時ばかりは素直に楽しめなかった。

 

「自信はある?」

「………あるよ」

「じゃあ………怖くは?」

「………無いと言えば嘘になる。でも、逃げる気は殊更ない」

「ふふっ、それでこそフィールよ」

 

 クリミアは励ますように微笑み、フィールも緊張が解れた表情で笑い返す。

 しかしながら、憂い顔なのには変わらない。

 ドラゴンと一戦交えるその日、無事生還出来るのかわからないという様子だ。

 それはクリミアも同じで―――彼女はフィールの細い腰に手を回し、抱き寄せた。バシャッ、と水音を立てながら身体を引き寄せられてフィールは戸惑い、そんな妹をクリミアはギュッと抱き締める。

 

「ちょっ、クリミア………?」

 

 クリミアは戸惑うフィールの耳元に唇を寄せ、

 

「………生きて、私の元に帰ってきなさいよ」

 

 と、本心を伝えた。

 小刻みに震える両腕から、クリミアが心底心配してくれているのだと、フィールはフッと大きく深呼吸する。

 

「勿論。………私は貴女の所に帰ってくるから」

 

 触れ合う肌と肌から感じる愛しい姉の体温の心地よさに、全身を張り詰めていたプレッシャーが幾分軽くなる。

 クリミアも硬かった顔付きがちょっとは解れ、フィールの両肩に手を置き、真っ正面に彼女と向き合う。

 真っ直ぐに見据える、何度も見てきた蒼い瞳。

 それをじっと見つめ―――クリミアは顔を近付けて、フィールの白い頬に口付けを落とした。

 

「クリミア………?」

 

 チークキスしてきた姉へ、妹は戸惑う。

 心なしか、顔が火照るのを感じていた。

 そんな彼女へ「あら?」と微笑みかける。

 

「ルークとシレンを見てたら、私も貴女にキスしたくなったのよ。あの二人に何回キスされてもポーカーフェイスを崩さないのにねえ」

「……………煩い」

「もう、恥ずかしがることないじゃない」

 

 クリミアがひとしきり笑うと、フィールはジト眼で睨み―――顔を近付けて、彼女の頬に自身の唇を押し付けた。

 

「………え?」

 

 クリミアは、今何をされたのかわからない。

 だが、自分の頬に口付けされたと思考が再起動すると、驚愕と共に顔が紅潮した。

 赤面したクリミアへ、フィールは貴重な一面を見られたと悪戯っ子の笑顔でニヤリとする。

 

「いつもは私が赤面される側だからな。たまにはこうするのも悪くはない」

「もう………よくもやったわね?」

 

 クリミアはフィールの不敵な笑みに闘争心を燃やし、こちらも不敵な笑みを浮かべる。

 フィールが「マズい」と思った時には手遅れで―――逃げようとする前に、クリミアに先程よりも遥かに強い力で抱かれた。体勢の関係上、胸の形が変わるほど身体がピッタリ密着し、フィールは心臓の鼓動が高鳴る。

 早鐘のように早まるフィールの鼓動と彼女の体温が熱く上昇しているのは、今のクリミアからすれば手に取るかのようにわかった。

 

「形勢逆転………ね?」

 

 クリミアはフッと笑い掛ける。

 フィールは何か言おうにも、負け惜しみになってしまうと、反論出来ないでいた。

 どうしようもないと判断したのか、フィールは諦めることにし、クリミアに抱かれるままでいることを決断する。

 

「………イジワル…………」

「ええ、私はイジワルよ?」

 

 フィールの悔しげな呟きに、クリミアは尚余裕綽々な態度を崩さない。フィールは深く息を吐き捨て、クールダウンを心掛ける。

 けど、依然として胸の高鳴りは収まらない。

 むしろその逆で高鳴るばかりだ。

 フィールはクリミアの耳元に唇を寄せ、

 

「…………して」

「え? なに?」

「……キスして」

 

 こんな時くらいはクリミアに甘えたいと、フィールは言いにくそうにしながらお願いした。

 クリミアは意外過ぎるフィールの言葉に紫眼を大きく見張った。が、それもまた、数秒後にははにかむような笑顔に変わる。

 クリミアは少しフィールをからかおうと、

 

「―――ええ、いいわよ。何処にキスされたいのかしら?」

 

 と、クエスチョンした。

 

「何処って………(チーク)に決まってるだろ」

「あら? (リップ)じゃなくていいの?」

「からかうのは止めて」

 

 間髪入れずに返答するフィール。

 肌を通して伝わってくる体温から、彼女が羞恥してると感受したクリミアは満足そうに笑う。

 そして、11月24日の第一の課題当日―――フィールが無事に生きて帰れるよう祈りを捧げ、彼女の頬にそっと口付けを落とした。




【めっちゃ口悪いフィール】
敬語は一切使わず本音ぶっちゃけるオリ主さん。
清々しいくらいにスカッとしましたね。

【仲良し四人組】
ロン完全なる空気。
作者の好きな原作キャラのカップリングの一つは『ハリハー』。これはこのSSでも顕現するでしょう。なんと言っても原作者ですらハリーとハーマイオニーをくっ付ければよかったと後悔したくらい………ロン、お前もう少し頑張れよぉ!

【リータ・スキーター】
(マスゴミへ)神は言っている………ここで死ぬ定めではないと………。

なんとかNO取材を貫いたフィール。スキーターはどうするんでしょうね? なんつっても、あのインチキ記者としての執念さは半端じゃねえ。身の危険を感じたフィールのあの行動は正しい。

【作戦会議】
ムーディに教えられる前にハリーの強みを活かす方法を伝授するフィール。これからも彼女は彼をサポートするでしょう。こんなにも協力的なオリ主さんは中々いない。

【夜のバスルーム】
2章以来のin浴室で密会。
クリミアさんのシスコンスキルもアップ。
どうやらクリミア嬢はルークとシレンに感化されスキンシップ部に入部したそうです。

【次回予告】
今回は極秘情報の報告、夜の密会の2本立て。
次回は第一の課題回。


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#56.第一の課題

 11月24日、火曜日。

 いよいよ開幕される三大魔法学校対抗試合(トライウィザードトーナメント)、その第一試合が行われる当日だ。

 第一の課題開始前から、競技場は白熱とした熱気に包まれている。

 競技内容は、雌ドラゴンが守る金の卵の奪取。

 言わなくともわかる、危険極まりない、無謀とも勇敢とも捉えられる行為だ。

 魔法生物の中で最も有名なドラゴン。

 その爪は人間の身体を容赦なくズタズタに切り裂き、牙は骨の髄まで粉々に粉砕するほどの絶大な威力を誇る。巨大な口から吐き出される炎に飲み込まれた者は灰塵と帰して、この世から跡形もなく消え去るだろう。

 そんな怪物を相手に、各選手はどう出し抜くのか。またはこの世界からその姿を失せるのか。

 興味や期待、恐怖など様々な感情を各々胸で渦巻かせながら、観客席に居るギャラリー達は今か今かと試合開始のホイッスルが鳴り響くのを待ち望んでいた。

 

 代表選手が待機するテントの中。

 クラムは渋顔で立ち、ルークは落ち着きなく歩き回り、ハリーは緊張でガチガチで、フィールは無表情だった。

 ピリピリしたムードに包まれるテント内へ、審査員の一人、ルード・バグマンが入ってきて紫の袋から模型を取るよう促された。

 レディーファースト、ということでフィールが先に手を突っ込み、ゆっくりと引いた。

 

 引いたドラゴンは―――4番、ハンガリー・ホーンテール種。

 

 ホーンテールを知っているハリーはサッと青ざめた顔になり、心配そうな眼差しでフィールを見つめた。

 しかし彼女の顔に恐れや不安の色は少しも滲んでいない。

 ただただ、掌にある自身が対敵するべき怪物を縮小させたモデルを睨み付けていた。

 続いてルーク、クラム、ハリーの男性陣三人が袋の中に手を突っ込み、ゆっくり引く。

 

 ルークが引いたのは1番、スウェーデン・ショート・スナウト種。

 クラムが引いたのは2番、ウェールズ・グリーン種。

 ハリーが引いたのは3番、チャイニーズ・ファイアボール種。

 

 特に危険なのは、先頭切って模型を手にしたフィールのドラゴン、ハンガリー・ホーンテール種だ。ホーンテールは、この第一試合のラストを飾るのに相応しい大敵だろう。4体のドラゴンの中で最もデカい上に強靭な鱗を持ち、武器もまた多い。

 それに比例するよう対するのはフィール・ベルンカステルという最年少選手なのだから、観客のボルテージは最高潮という単語さえも易々とオーバーするかもしれない。

 トップバッターになったルークは顔を強張らせたが、深呼吸後は、勇気あるものへと変わっていた。

 バグマンは誰がどのドラゴンと対決するのかが決まるとテントを飛び出していき―――少ししてから、彼の『拡声魔法(ソノーラス)』を使ってのハキハキとした声が聞こえ、それに応えるようギャラリーの歓声がこちらまで反響してきた。

 粗方ドラゴンの説明を終えると、トップバッターのルークの名を呼ぶ声がした。彼は大きく息を吸い、テントから出ていった。

 

♦️

 

『さあ、まず最初に挑む勇者は………ボーバトン魔法アカデミー代表! ルーク・ベルンカステル!』

 

 その声と同時にルークが競技場に姿を現した。

 途端に耳をつんざくほどの大歓声が―――特に女子から―――上がる。

 ルークは煩いくらいの大音量に表情を変えることなく―――スウェーデン・ショート・スナウト種と真っ正面から向き合った。魅力的な銀青色の鱗に覆われ、丸太や骨を数秒で灰にしてしまう強力な明るい青色の炎を吐き出し、その皮は保護用の手袋や盾として重用されるほど防御力はピカイチなドラゴンだ。

 

『競技………開始!』

 

 バグマンの一声と共にホイッスルが鳴り響く。

 遂にゴングが高らかに鳴らされた。

 もう、後戻りは許されない。

 

エクスペクト・パトローナム(守護霊よ来たれ)!」

 

 ルークの杖先から、銀色の大型犬が飛び出す。

 高位呪文の一つ『守護霊の呪文』の彼の保護者シベリアンハスキーだ。

 銀のシベリアンハスキーはドラゴンの周りを自由奔放に駆け回り、見るからに卵を奪取しに来た外敵に顔を上げて標準を定めようとするが、ちょこまかと素早く走るのでどうにもならない。

 どうやらルークは陽動作戦を選択肢したみたいだ。変身術でそこいらに在る岩を動物にするよりも、高度な魔法『守護霊の呪文』を用いた囮作戦は高得点は狙えるだろう。

 現に審査員五人は揃って感嘆の表情だ。

 まだ成人魔法使いに成り立てほやほやの学生が大人ですら創り出せない呪文を成功させのだから、そのような反応をしてもおかしくない。

 『守護霊の呪文』を知る上級生達もハッキリとした実体化のそれを見て、更に期待高まる面持ちになった。

 

フームス(煙よ)!」

 

 続けてルークは煙を辺りに巻いた。

 スモークが立ち上ぼり、周囲の視界を遮る。

 ドラゴンは銀色の大型犬に気を取られてたがため、突発的に視界が悪くなった状況にパニックになり、闇雲に口から火を放つ。ルークはそれを『姿くらまし』で避け、少し離れた先に『姿現し』をした。

 霧のように立ち込める雲煙を振り払おうとするドラゴンは、今や卵を抱えて伏せていた巨体を持ち上げている。

 金の卵を手にすれば、ミッションクリアだ。

 ルークはチャンス到来とばかりに、その場から一気に駆け出した。

 上手くいけば、短時間で任務完遂を果たせるだろう。だがしかし、如何に状況が悪くなってもこの場に自身の大切なモノを捕ろうとしてる外敵が居るのを理解してるのがドラゴンだ。

 ドラゴンはこちら側へ疾走する敵の気配を足音で感じ取り、大体の位置を把握すると、ギッと鋭い目付きで巨体な尾を、ブンッ! と大きく振り薙ぐ。

 ルークは慌てて後退しようとするが、今急ブレーキを掛けたら、まず間違いないなくあの攻撃をまともに喰らってしまうだろう。だが、このまま勢いに乗ったまま走り続けても、攻撃の範囲内には収まってるのもまた事実。

 

 刹那の思考。

 ルークは守護霊に割り込みを念じた。

 シベリアンハスキーは急転換し、まさに稲光の速さで主人の彼の前に立ちはだかり、その身を挺する。

 そして、ドラゴンの強靭な尾と衝突!

 途端にシベリアンハスキーは消滅し、盾を失ったルークへドラゴンの振った尾が直撃し、彼の身体が軽く吹き飛ばされた。

 先程シベリアンハスキーが庇ってくれたことで尾の勢いを削ぎパワーを弱めてくれたおかげで致命傷にはならなかったとはいえ、モロ直撃されたら生身の人間など一発で粉々にするほどのドラゴンの武器には流石に敵わない。

 吹き飛ばされたルークは岩に身体をしたたかに打ち付け、その衝撃に息が詰まり一瞬意識が遠退いた。

 観客席から悲鳴が上がる。

 万が一のためにスタンバイしているドラゴンキーパー達は、いつでもレスキュー出来るよう臨戦態勢に入った。

 形勢を取り戻したドラゴンは視界も良好になったことから、戦闘不能になったルークへジリジリ近付いていく。彼の手には、杖が無い。さっき、身体が岩に衝突した反動で手から杖が飛ばされてしまったのだ。

 唯一の武器が手元に無いことは、すなわち丸腰になったのも同然。反撃する余地は最早皆無と言っても過言ではない。

 固唾を呑んで見守る中、ルークは軽い脳震盪を起こしながらもふらふらとこめかみを押さえて立ち上がり、決して諦めない心を宿した瞳でドラゴンを睨み付けた。

 その彼の勇ましい姿にこんな時で不謹慎だと思っても仕方ないが、惚れる女子が続出した。

 

 ドラゴンとルークは互いに背を見せぬ形でゆっくりゆっくり移動し―――不意に、ドラゴンが大きな口を開けて放火する準備をした。

 同時、ルークが杖を拾いに再び駆け出す!

 観客席から大声援が送られる。

 ドラゴンが先に攻撃を仕掛けるのか、その前にルークが武器を取り戻して反撃に出るのか。

 緊張が高まる末に………ルークが杖をガッシリ掴み、その場から姿を消した! 同時刻、ショート・スナウトの鮮やかな青色の火炎が先程彼が居た場所へ放たれる!

 数秒後、青色の炎が消化した後、地面はドロリと溶けており、深く抉られていた。

 

 もしも………もしもだ。

 ルークが後1秒でも『姿くらまし』をするのに遅れていたら………最悪の結末を想像した生徒達はゾッとし、思わず身震いした。

 それはルークも同じなのか、『姿現し』でドラゴンの背後に現れた彼はこの日初めて恐怖に歪んだ青い顔を公の場に晒した。しかし、今自分が果たすべき使命は忘れず、ショート・スナウトが振り返る前に全速力でダッシュ! 

 無事に卵をゲットし、しっかり抱えて走り抜け―――安全地帯まで来ると、全身の緊張を解き、満面の笑顔を浮かべて地面を転がった。

 課題を見事遂行したルークへ、ボーバトン生は普段から意識してる優雅さや上品さをかなぐり捨てて、称賛の声を張り上げた。会場中が、まるで地震が起こったみたいに激しく揺れる。

 

 選手が卵を手にした時点で競技は終了だ。

 すぐに待機していた魔法使い達が、未だに暴れるスウェーデン・ショート・スナウト種を数人掛かりで抑え込み、檻の中に閉じ込める。

 その間に別の魔法使い達が次なる選手が相手となるドラゴンを檻の外から解放し、いつでも投入出来るよう用意した。

 

『やりました! ルーク・ベルンカステル選手、よくやりました! それでは、審査員の点数です!』

 

 審査員五人―――現在実況放送をしているバグマンを初め、ダンブルドア、カルカロフ、マダム・マクシーム、そしてバーテミウス・クラウチ・シニアがそれぞれ点数を掲げ、生徒達は一斉に注目した。

 

 総合得点は―――42点。

 1回目の機会で不慮のアタックに対処出来なかったため減点対象とされたが、やはり『守護霊の呪文』を有体で成功させた時点で高得点は確実だったみたいだ。満点が50点だと考えればこれは上の方だろう。

 ルークはどこか惜しみある表情だったが、何はともあれ、トップバッターのプレッシャーを乗り越えて課題を無事パスしたことから、嬉しそうな笑顔を浮かべていた。

 

『さあ、次に参りましょう! 二人目の勇者はダームストラング専門学校代表! ビクトール・クラム!』

 

 少しして、第二試合の準備が整った。

 2番手はビクトール・クラムだ。

 これにはダームストラング生だけでなく、クィディッチを心底愛してやまない生徒全員が立ち上がって、彼の勇姿をこの眼に焼き付けようと興奮状態MAXであった。

 流石は世界的トップスターのクラムだ。

 歓声はルークのそれと匹敵、あるいは上回っているだろう。彼もそうだが、ルークもまたずば抜けた美男で1日で女性ファンを多数獲得した。主に女子生徒の黄色い歓声を送られるクラムとはいい勝負だ。

 そしてそのクラムは世界を股に掛ける超有名人だからなのか、大会慣れしてる彼は緊張感といった空気が感じられない。メンタルがかなり強くなければ、トップ選手という名誉は務まらないのだろう。

 クラムが対戦するのは―――ウェールズ・グリーン普通種。気性が荒く獰猛なドラゴンの中では比較的大人しく、遠吠えは音楽のように美しい、口から細い噴射火を放つ緑色の火竜だ。

 

『競技………開始!』

 

 観衆の声援に一切動じることなくクラムは相対するウェールズ・グリーン普通種に向けて正攻法の『結膜炎の呪い』を撃ち込んだ。

 呪文は見事ドラゴンの眼球にクリティカルヒット。『結膜炎の呪い』は視界さえも奪ってしまうため、ドラゴンは狂ったように暴れ出し、接近してくるクラムの存在に気付いてない。爪を振り下ろされても余裕で回避する所は、流石クィディッチで鍛えた運動神経抜群な反射神経である。

 だが、スタートはよかったが、ここでアクシデント発生。のたうち回って悶え苦しむドラゴンが金の卵の半分を踏み潰してしまったのだ。クラムは顔面蒼白し、慌ててドラゴンの足元にタイミングを見計らって滑り込み、卵の回収に回った。

 こればかりは不幸としか言えない上に減点も免れない。クラムは少し後悔した顔だった。

 

 さて、総合得点は―――40点。

 やっぱり、卵が潰れたことが点数に大きく響いたみたいだ。カルカロフがあからさまな贔屓で10点を与えたが、本来ならばもう少し低いスコアになっていたはずだ。クラムも納得していないらしく、不機嫌そうに、むっつりとした表情で自身が通う学校の依怙贔屓校長を遠目から見つめていた。

 

『では、第3試合に移りましょう! 今大会最年少選手の一人、ホグワーツ魔法魔術学校代表! ハリー・ポッター!』

 

 スリザリン生が座っていたスタンド以外からは歓声が上がった。レイブンクロー生も、抑えめな感じだったが………。というものの、ハリーが正式選手のフィール同様にホグワーツ代表に選ばれて以降、祝福したのは彼と同じ寮所属のグリフィンドール生とハッフルパフ生の一部であった。

 スリザリン生は自分達の寮から成人魔法使いを凌いで選抜された最年少プレイヤーとは違い、卑怯な手口を使って華やかな栄誉を奪おうとしたイヤなヤツ、というポジションで元々悪感情を持っていた宿敵ハリーへ、更に不信感の火がついた。

 レイブンクロー生は基本的に勉学を重んじる人柄が集う寮というのもあってか、時として人間としてどうかと思うほど、冷酷非道な点が垣間見られる。ハリーが更に有名になろうと躍起になったのだと思い込んでいたのが、何よりの表れだ。

 

 そしてとても珍しいことに、スリザリン生とフィールとハリーへ対する扱いは変わらず、グリフィンドール生の彼を忌避し、逆にスリザリン生の彼女を祝福した。

 ハッフルパフ生は、最初の頃はハリーのみならずフィールにも冷たく当たっていた。彼らはセドリック・ディゴリーやクリミア・メモリアルといった17歳の生徒という基準を通過してる別格の学年首席が選手に選ばれると期待してたが故に、敵対する寮生でしかも17歳以下の4年生が選定されたこともあって、悔しさからフィールへ突っ掛かっていた。

 それでも、新たなルールを追加させるきっかけとなったのは、まさにフィールのおかげだ。そういう経緯もあり、今はフィールを応援し、何人かはハリーのことも応援している。

 周囲がサイレントモードのため、クシェルやアリアは無言ではあったが、内心では競技場内に入ってきたハリーにエールを送っていた。

 ハリーが対敵とするのは―――チャイニーズ・ファイアボール種。ドラゴンの中では素早く聡明な部類に入り、ライオンドラゴンとしても知られている。顔の周囲はライオンのような金色の毛の棘で囲まれており、怒ると鼻腔からマッシュルーム型の火玉を吹く。

 

『第3試合、開始!』

 

 バグマンの号令と一時にハリーは杖を掲げ、呪文を唱えた。

 

アクシオ・ファイアボルト(ファイアボルトよ、来い)!」

 

 チャイニーズ・ファイアボール種は、ハリーの不可解な行動に警戒心を剥き出しにする。数十秒後、ホグワーツ城がある方角から何かが飛んでくるのが見えた。

 炎の雷ことファイアボルトだ。

 世界最高峰の箒であり、去年のクリスマスに名付け親のシリウス・ブラックがプレゼントとして贈ったギフトである。

 ハリーは背後から冬の空気を切り裂く音を確認すると、

 

エクスペクト・パトローナム(守護霊よ来たれ)!」

 

 ドラゴンの注意を引くための囮として、彼もまた『守護霊の呪文』を叫び、彼の杖先から銀色の牡鹿が力強く飛び出してきた。牡鹿はドラゴンの脇を走り抜け、視線が釘付けになっているのを認めたハリーはその場から駆け出し、タイミング良く跳躍、ファイアボルトに跨がり、ダイナミックに空高く舞い上がった。

 今のは『呼び寄せ呪文』と箒の手段を伝授してくれたフィールの動きを真似たものだ。ファイアボルトが止まってから乗るのではなく、飛んできた勢いを殺さずに乗り手が乗り物の動きにタイミングを合わせ、そこから自分のフィールドへと持ち込んだ、あの動き方だ。

 100年ぶりの最年少シーカーとして大活躍したハリーは箒のセンスが抜群である。誰もが予想だにしなかった箒の手段に会場は圧倒され、ビックリ仰天した。

 その間にも、ハリーは自分が知りうる限りのありとあらゆる様々な呪文―――『武装解除呪文』『失神呪文』『全身金縛り呪文』等を空中からドラゴンの鱗に叩き込み、卵があるその場から退けようと果敢に攻める。

 

 恐れず、隠れず、退かない、見ている側が見られる側の者へ期待し待ち望んでいる―――迫力満点の正面突破。魔法界では英雄として敬意を払っているハリー・ポッターの勇猛果敢な姿に、いつしかクレームの嵐は何処かへ消え去り、大声援へ激変。

 ハリーはドラゴンの周囲を飛び回って空中デッドヒートを繰り返し、時に前へ行進、時に後ろへ後退、そして時に無謀にも突撃したりと、対抗してくるドラゴンの炎の射程外ギリギリのラインで飛翔する。

 これもまた、日々の練習の成果だ。

 如何にどれだけ素早く飛び、避けられるか。

 それを推定し、ハリーはずっと鍛練してきた。

 そう、全てはこの競技を合格するためにだ。

 そして、その彼の努力が遂に報われる瞬間が訪れた。

 業を煮やしたドラゴンが両翼を広げ、大空で彼を追い掛けようと飛んだ。

 

 が、それが仇となった。

 ハリーは、この瞬間を待っていた。

 守るべき卵がある足元が留守となるその刹那。

 彼は目標目掛けて一直線に急降下!

 自ら前へ飛んできた敵へドラゴンは容赦なく火を吐くが、それをサッと躱し………ハリーは金の卵をゲット!

 一瞬の沈黙………そしてそれから、今までにない大歓声に包まれ、爆弾が爆発したかと思うほどの拍手が鳴り響く。

 総合得点も現時点で1位のルークと並んでの42点を獲得したので、彼らの興奮は高まるばかりだ。

 だがしかし、彼らはまだ忘れてはならない。

 あともう一人、最年少選手が戦うことを。

 

♦️

 

「………いよいよ、だな」

 

 選手が待機するテントの中。

 ハリーが第一の課題を無事に突破したのを観衆の拍手喝采で悟ったフィール。

 彼女が戦うハンガリー・ホーンテール種は、これまで登場してきた3体のドラゴンを凌駕する部類だ。

 果たして、どう立ち向かうのか。

 スタジアムに居る人々は、それを待ち焦がれているのだ。

 

 自分の名を呼ぶ声が聞こえたフィールは口角を微かに上げ―――荒れ果てた戦場へと、優雅な足取りで向かった。

 

♦️

 

『それでは、最後は今大会最年少選手の一人であり紅一点! ホグワーツ魔法魔術学校代表、フィール・ベルンカステル!』

 

 いよいよ、第4試合―――もとい第一の課題ラストの試合が開幕される。スタジアムはこれまでにないくらいの緊張と期待と恐怖が漂いながらも、白熱とした熱気で支配する。

 フィールが対敵するのは―――ハンガリー・ホーンテール種。トカゲのような漆黒の風貌で、尾は銅色で尖っている。雄叫びは轟音で、吐く炎は15mにも達するほどの一番危険な部類とされるドラゴンだ。

 バグマンはラストバッターの姿を認めるのと同じくして、声を張り上げた。

 

『第4試合………開始!』

 

 バグマンの号令とリアルタイムに、ラストの試合開始ホイッスルが、高らかに戦場の隅々まで響き渡った。

 

プロテゴ・トタラム(万全の守り)!」

 

 開口一番。

 フィールが唱えたのは攻撃魔法ではなく、何故か防御魔法だった。物理攻撃や魔法攻撃から身を護るバリアを展開する多種多様の『盾の呪文』の一つで、一定の区域や住居をバリアで護る『プロテゴ・トタラム』。

 しかしながら、ドラゴンが吐き出す炎の前ではそれも無意味に等しい。スタンドに居た生徒も審査員も疑問であった。彼女が、『悪霊の火』と同レベルのパワーを誇るドラゴンのファイアから並みの防壁では身を護れないことくらいわかっているはず。ならば何故………?

 

 困惑に飲まれる魔法使い達。

 それを視界の隅と隅で捉える少女は大胆不敵な笑みを浮かべる。

 彼らは気付いていない。

 彼女が護るべき対象としたのは、自身の身体ではないと。

 現に、彼女の目の前に半透明な防壁は出現していない。よく眼を凝らせばわかることだが、皆は混乱に陥ってるため、気付かないでいた。

 

エクスペクト・パトローナム(守護霊よ来たれ)!」

 

 本日三度目の『守護霊の呪文』を唱える声が反響する。フィールの杖から白銀に光輝く狼が飛び出した。これまで2回とも囮として使用されてきたことから、生徒達はまた同じ手口かと、ちょっと落胆気味なため息をつく。

 流石に3回もくると飽きてしまうのだろう。

 が、フィールはまるで動揺していない。

 表情を変えることなく、ドラゴンを見据える。

 そして、どういう訳か―――ホーンテールへ、あからさまな挑発行為の攻撃を次々と仕掛けた。

 色とりどりの閃光を流れ弾のように撃って撃って撃ちまくる、フィール。

 焼き殺されるというのをまるで知らないバカな人間のような無謀な行動に、ギャラリーも審査員もただただ衝撃を喰らった。

 空中デッドヒートが可能であったハリーと違って、此処は荒野の地面だ。逃げ場など何処にも無い。

 ホーンテールは当然の如くぶちギレ、目の前で容赦無く襲撃してくる彼女を殺すべき敵と認識し、自ら戦いの場へ赴いてきた。そして、鬱陶しいハエを叩き潰すよう、口を大きく開けて15mにも達する火炎で灰塵にしようと、高温のそれが彼女へ襲い掛かった。

 あっ! と誰もが悲鳴を上げた。

 

 ―――最後の最後で死者が出てしまう!

 

 響き渡る、観客達の絶叫。

 それを無視し、炎はフィールの身体全身を飲み込んだ―――ように、見えた。

 その前に銀色の狼が割り込み、身を挺してフィールを救った。

 守護霊のウルフだ。これはルークの時にも同じことがあった。ならば、次の展開は容易に予想出来る。

 狼は迫り来る業火から主人を護ったがために消滅………こう予想するのが、一般だろう。

 ―――だが、それは覆いに破られ、覆された。

 巨大な炎が小さくなっていくと思いきや、なんとそこには………先程、炎に飲まれそうになったフィールの前に立ち塞がった銀の狼が、凄まじい熱波を身に纏っていたのだ!

 悠然と構える、紅蓮の狩人。

 その光景は、3年生から7年生のホグワーツ生には見覚えがあるものであった。

 

 ―――一昨年の決闘クラブで、スネイプが放った火炎を黒狼に吸収させた技だ!!

 

 まさかのあの決闘クラブでフィールが行った戦略方法が、ここに再現されたのだ。

 途端に、驚愕からの喚声が沸き起こる。

 これにはダームストラング生、ボーバトン生は喫驚し、またもや驚き入った。

 

オパグノ・マキシマ(強襲せよ)!」

 

 荒れ狂う獣に襲い尽くしを許可。

 ファイアウルフは咆哮を上げ、ドラゴンに襲い掛かった。

 守護霊にドラゴンの炎を吸収させるという常人には真似出来ない神業。この時点で、最早彼女の高得点は確実だ。

 

パリエス(壁よ)!」

 

 突如、フィールの目の前の地面がボコボコと盛り上がり、彼女はそれに飛び乗ると、一気に駆け抜けた。

 走る度に壁は高さを増し―――やがて、上昇する壁の最終地点に到着すると、高く跳躍した。

 

グランディス・グリント(巨大なる刃よ)!」

 

 空中から、光輝く巨大な大剣が顕現する!

 今この場に居る全員が口をあんぐりと開けて見上げる大空のシルエットとして浮かぶ青色の光輝を放つそれは、炎の狼に強襲されているドラゴンへ更なる追い討ちを掛けるよう、そして、息の根を止めるよう、存分に暴れまくった。

 

 荒れ狂う獣と荒れ狂う刃。

 

 2つの勢力はドラゴンの眼を、翼を、尾を、胴体を、手足を容赦無く切り裂き、その強靭な巨体をいとも簡単に貫き通す。

 ドラゴンは断末魔の声を上げ続け、血を大量に流しながら、降下していくフィールを焼殺しようと最後の力を振り絞って口を開く―――が。

 

インベル・グランス(弾丸の雨よ)

 

 勝利を確信して冷たい笑みを形作っていたフィールが杖を振り下ろしたその瞬間、巨体な剣が無数に枝分かれし、弾丸の雨となりて強烈な閃光を放つ!

 無慈悲に振り注がれた無数の光の弾丸に、全身をズタズタに掻っ捌かれて脆弱になっていたドラゴンは遂に力尽き、最期のトドメを炎の守護霊が刺した。

 その激しさと眩しさに堪らず眼を覆っていた観衆が瞼を開いた時―――視界に飛び込んできたのは、無残にも崩れ去るドラゴンの巨体と、荒れ果てた戦域へヒラリと降り立つ黒髪の少女の姿であった。

 

♦️

 

 競技場から、一切の音が消え失せ、沈黙に包まれる。

 ドラゴン討伐………成人にも満たぬ学生が、信じられない偉業をやってのけのだ。

 これはもう、文句無しの満点だろう。

 しかし、果たしてそうなるだろうか?

 あれだけ派手に激戦に事を運んだのだから、金の卵は無傷では済まされないに違いない。

 つまり、せっかく満点を与えられるほどの結果で終えたのに、減点対象にされるという、虚しいものだ。

 ゆっくりと、番人の遺体を背に、金の卵へ近付くフィール。彼女が辿り着いた時、そこで初めて、スタートを切った際に詠唱した呪文の意図を理解した。

 ドラゴンの足元に在った物を防護するための、半透明の膜が見えるようになったからだ。

 

 ―――金の卵の周囲に、バリアが張られてあった! アレは自分の身を護るためではなく、奪取するべきターゲットを傷付けないようにするため前もってガードするためだったのだ!

 

 完璧に策略されていた、彼女の戦略。

 唖然としたバトルフィールドへ彼女は微笑みを讃えながら屈んで金の卵を手にすると、天高く掲げて見せた。

 それと同じくして、先程フィールが造った壁の突き当たりでスタンバっていた紅蓮の守護霊が大空へ向かって高らかに遠吠えを上げる。

 

 ―――そう。それはまさに、勝利の雄叫び。

 

 炎の狼の咆哮を契機に、今日一番の大爆発が発生した。

 全員が総立ちになり、割れんばかりの拍手と空の彼方まで届きそうなほどの喝采が、競技場を覆い尽くす。

 観戦しに来た者は各々、14歳とは到底思えぬ少女へ畏怖や崇拝といった感情を胸の内側で渦巻かせる。

 

 

 

 興奮冷めぬ戦場の中―――フィール・ベルンカステルの総合得点、満点50点が発表された。

 

 

 




【ドラゴン×4】
1→ルーク、スウェーデン・ショート・スナウト
2→クラム、ウェールズ・グリーン
3→ハリー、チャイニーズ・ファイアボール
4→フィール、ハンガリー・ホーンテール

順番的にはこんな感じ。
実はオリ主のドラゴンはグリンゴッツで金庫守ってる特大クラスのウクライナ・アイアンベリー種にし原主のドラゴンをハンガリー・ホーンテール種にしようかとも考えたのですが、人数は四人と原作と同じなので、種類は変えずにしました。
多分ウクライナ・アイアンベリーは、ホグワーツ決勝戦で地下深くから遥々這い上がってきて闇の陣営側の魔法生物で参戦するでしょう。光の陣営逃げろおぉぉぉぉぉ!

【エクスペクト・パトローナム】
クラム以外の三人が取り入れた高位呪文。
オリ主に守護霊創出させるのは決定事項で、このままでは点数差が大幅に出てしまうと焦った末、せっかくだし他の人にも創出させるかとのことで、ルークとハリーにもエクスペクト・パトローナムさせました。
あ、今回でルークの守護霊の形がワンワンおのシベリアンハスキーだと判明。
ちなみにシレンの守護霊はゴールデンレトリバー、セシリアはラブラドールレトリバー、ライアンはジャーマンシェパードドッグ。
こちらのベルンカステル一家は種類は違うけど全員が大型犬の守護霊で統一感があると思われる。

【フームス(煙)】
オリジナルスペルの煙霧を巻く『煙幕呪文』。
オリキャラの数もそうですが、魔法の数も多数。

【ファイア・パトローナス】
まさかの2章でフィールがスネイプが放火した炎を黒狼に吸収させたあの技がここで再登場。しかも守護霊に吸引させるっていう神業を披露。たまにこの作品ドッキリ系のバラエティー番組な部分があるなって思う時あります。本当になんでもありだな………。
最後のフィールが金の卵を掲げた直後に守護霊の炎狼が勝利の雄叫びをしたシーンは作者的にはメチャクチャ大満足です。

【グランディス・グリント(大剣)】
作者オリジナルで作った光の大剣。
このビッグライトソードとファイア・パトローナスとのコンビネーションによりドラゴンはズタズタにされそして最後は『インベル・グランス(弾丸の雨)』に全身を撃ち抜かれて見事なまでのKO。
もう止めてあげて! ホーンテールのライフは0よ!

【順位&得点配分】
1位→フィール、50点(満点)
2位→ルーク&ハリー、42点
3位→クラム、40点

オリ主を満点にさせるのはまあ許容範囲だけど原主を低位にするのはちょっとアカンヤツやと、もう一人のオリキャラと同点にして2位にランクインさせました。どうか許してくれ(-)_(-)。

原作とは異なりハリーの撃退方法を微変化。
ルーク、本来ならば満点取れる実力あったのですが……まあ、満点を二人も出させたらいくらなんでもチートだろうとのことで、その点は自重しました。というか、オリ主さんが規格外すぎる……まあ、中々にぶっ倒れることが多くなってきた彼女の久々に強い姿を見たと思ってくれたら幸いです。


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#57.ウォッカ・ギブソン(隠せない気持ち)

オリ主のダンスパーティーのパートナー誰の回。

※11/17、本文修正。後書きにて追記有り。


 第一の課題が終わってから数日が経過し、クリスマスシーズンの12月に突入した。

 例年ならばクリスマス休暇中の一時帰宅の手続きなどで慌ただしくなるのだが、今年は第一の課題クリア後の第二の課題前にある一種のイベントが開かれるため、ほとんどの生徒が城に留まるのを決めた。

 

 その訳は、クリスマス・ダンスパーティーだ。

 三大魔法学校対抗試合の伝統行事で、他国との親睦を深めるためにも交流の一環として行われるイベント。参加対象は4年生以上の生徒だがその生徒に誘われれば下級生も可になる。

 今学校内で話題沸騰中なのは、誰が誰のパートナーになるか、誰が誰を誘うかなど、だ。

 

 ―――本命の人物と一緒に踊れるか否か。

 それは、思春期真っ只中の男女にとって、ある意味プライドを賭けた激しい戦いなのだ。

 しかも、各校の選手は伝統として一番最初に踊らなければならない。

 故に、ホグワーツ代表のフィールとハリーは絶対にダンスパーティーのパートナーを探さなければならないのだが………。

 

「フィール、もうパートナー決まった?」

「いや、まだだけど………ハリーは?」

「僕もまだ………」

 

 ある日の放課後の図書室一角。

 ハリーとフィールは椅子に座りながら、まだ見つからないダンスのお相手について話し合っていた。

 上の会話だけを見れば相手が見つからなくて困っていると見えるが、そんなことはない。むしろ引く手あまたである。

 

 ドラゴン相手に恐れず勇猛果敢に攻め、第一の課題を通過したハリーはこれまで数十人の女子からの誘いがあった。今まで散々彼を軽蔑してたクセに手のひら返しもいい所だが、ハリーはそれをあまり気にしてないので割愛とする。

 フィールはまだ誰にも誘われていないが、フィールを誘いたいと思う男子達が直接彼女からの誘いを得ようと、この頃アプローチを掛けているので所有権を握る彼女がその中から気に入った男を誘えば、ハッキリ言ってしまえばいつでもゲット出来る状況だ。

 

 ハリーとフィールは顔立ちが整っているし、ルックスポイントはノープロブレム。なので、早い話二人の方から誰かを誘えばいいのだが、生憎二人は自分から誘いに行くような傾向は今のところなく、受け身スタイルだった。

 

「………少し、真面目に考える」

「うん。僕もそうするよ」

 

 ということで、フィールとハリーは図書室を退館し、夕食の時間までそれぞれの寮で待機しようと、別れ道でバイバイする。

 寮に続く道を歩きがてら、フィールはさてどうしようかとつらつら考えていたら―――

 

「フィール、今、いいかい?」

 

 不意に、背後から誰かに呼び止められた。

 フィールは振り返るのと同じくして、「え?」と眼を見張った。

 

♦️

 

 翌日の夕食後、スリザリン談話室。

 蛇寮所属の生徒達が寛ぐ憩いの場には女子生徒だけが居て、なにやら重大なアセンブリーが開かれていた。男子達には各自自室で会合するよう言い渡し、こうして女子だけでお茶会及び恋バナが行われている。勿論、彼らに話の内容は聞かれぬよう『遮音呪文』を掛けてきたので問題は無い。

 

「帰ってもいいか?」

「ダメよ、フィール」

 

 周囲からの視線に逃げ出したい気持ちになるフィールだが、ダフネに引き留められた。此処に居るのは当然ダンスのパートナーに関するのだが、やはりというか、皆が一番気になるのはフィールのお相手だ。

 

「フィール、貴女はもう決めたの?」

 

 3歳年上の先輩・アリアが質問し、他の皆もグッと顔を近付ける。フィールは何とも言えぬ表情で口を開こうとしたら、

 

「いないでしょ、その顔は」

 

 パグ犬顔の同僚同輩、パンジー・パーキンソンが鼻で笑いながら遮ってきた。パンジーは意地悪そうな笑みで、少しムッとしたフィールを蔑視する。

 

「ベルンカステル、アンタ、まだ誰からもパートナーになって欲しいって誘われてないらしいじゃない? アンタ選手なんだから絶対相手を見つけなきゃいけないのに、今の状況は結構マズいんじゃないの?」

「………パーキンソン―――」

「私のパートナーが誰か知ってる? ドラコ・マルフォイよ! 私、ドラコとダンスパーティーで踊るのよ! ねえ、羨ましいでしょ?」

「イヤ、全く」

 

 恍惚の表情のパンジーへ、フィールは冷ややかに返す。パンジーはカチンときた。

 

「ベルンカステル。余裕ぶってんのも大概にしたらどう? パートナーがいないクセに。あ、そっか。アンタを誘うヤツがまずいないのね。失礼なこと言ってごめんなさい。誰がアンタみたいな女を誘うヤツがいる訳―――」

 

 ごめんなさい、と謝ってきたのとは裏腹に、同輩であるはずのフィールを小馬鹿にするような満面のスマイルのパンジーはすっかりエクスタシーだ。

 それ故に、彼女は気付いていない。

 ダフネからの憐れみ深い眼差しに。

 そして、忘我の境に入るパンジーへ、フィールは何の躊躇いもなく、彼女の浮かれた心にヒビを入れる爆弾発言をかました。

 

「………私を直接誘ってくれたパートナーがいるって言えばどうなんだ?」

 

 フィールの口から、衝撃的な言葉が飛び出す。

 パンジーは「はあ!? どういうイミよ!?」とカッと眼を見開かせながら激しく問い詰め、ダフネを除く全員が「え!? いたの!?」と元々キラキラしてた瞳を数倍輝かせた。

 

「どういうって……そのまんまのイミだけど?」

 

 そのまんまのイミ。

 つまりは、パートナーがいるとのことだ。

 パンジーは胸の奥が深く抉られていくのを感じつつ、ぎこちない笑顔を無理矢理貼り付ける。

 

「ふ、ふん! そんなの、建前の言葉でどうにもなるわ! ホントはいないのに、負け惜しみで言ってるだけじゃないの?」

 

 精一杯の強がりを見せるパンジーだが、分が悪いのは明らかだ。それだけでもう充分なのに、これまた彼女の亀裂が入った心に更に余計なヒビを入れる冷酷な発言が、静かに振り下ろされた。

 

「パンジー、貴女、バカね。フィールが冗談でこんなこと言う訳ないじゃない」

「なっ………! ダフネまで!」

 

 この裏切り者! と凄まじい形相になったパンジーを華麗にスルーしたダフネは、フィールの方を向いてニッコリ笑った。

 

「だって、ねえ………私、見たもの。あの人が、フィールを誘った決定的瞬間をねえ」

「………っ!」

 

 ダフネの意味深な言葉にフィールはピクッとし―――僅かに頬を紅くした。

 バッチリ目撃したという証人からの証言に、普段からポーカーフェイスを崩さずクールな態度を振る舞うフィールがそのような反応を示すということは、イコール肯定で。パンジーはボロボロの精神にトドメの『アバダ・ケダブラ』をされて灰塵と化し、放心状態となってしまった。

 ダフネ以外の全員は「アーカワイソーに」とこのカオスな展開に爆笑寸前なのを必死に堪え、今はそっとしておこうと満場一致で同室の子達がパンジーを部屋に放り投げて帰って来たら、早速フィールに詰め寄った。

 

「で、誰なの誰なの!?」

「え………と………その……………」

 

 フィールは珍しくとても恥ずかしがった。

 皆は彼女の意外な一面や仕草に益々キュリオシティーを刺激され、「早く教えて!」と誰がお相手なのか告白させようと急かす。

 しかし、フィールは首を横に振った。

 

「ダンスパーティー当日までは、内緒にしておくつもりだったんだ………だから、その時でいいだろ」

「いいじゃない、別に今言っても変わらないわよ」

「………………」

 

 沈黙を貫くフィールへ、ダフネはやれやれと肩を竦める。今、この場でフィールのパートナーが誰なのかを知っているのは彼女だけだ。ダフネは自分の口から言ってもいいが、それでは面白味に欠けるし、何よりフィール自身が皆へ吐かせるのがベストだ。

 

「どうせあと数日経ったら、ホグワーツ全体に噂は広まるわよ。だったら、先に言っておいた方がまだマシじゃないかしら?」

 

 ダフネの助言に、フィールは考え込む。

 言われてみれば、確かにそうかもしれない。

 噂好きな人間が集うこの学校、これは予測に過ぎないが、自分のダンスパーティーのパートナーが一体誰なのか、そう遠くない内にホグワーツ生全員が噂で知るだろう。

 だが………せめて、同僚の生徒達には前もって教えてた方が、この場合は正しい選択かもしれない。

 フィールは「………言うか」と決意を固めた。

 彼女の決然とした様子に女性陣は一斉に注目。

 フィールは少しだけ言いにくい表情だったが、やがて意を決したように、静かに告白した。

 

「………―――セドリック・ディゴリー」

 

 学校1のイケメンと名高い、クィディッチではキャプテン兼シーカーを務めるハッフルパフ6年の男子首席―――セドリック・ディゴリーの名が学校1の美女と名高いフィール・ベルンカステルの口から発せられた。

 

♦️

 

 時は昨夜に遡り―――。

 ハリーと別れ道で別れたフィールは、パートナーのことで頭を抱えていた。

 

(どうしよう………誰と行こうかな)

 

 彼女の場合、自分から誘えば100%の確率でOKして貰えるのは約束されているような美貌を誇るのだから、卑下する必要性は無い。

 しかし、フィールはなんとなく自分から動く気にはなれず、かといってほったらかしにし続ける訳にもいかず………ジレンマに陥っていた。

 

「フィール、今、いいかい?」

 

 そんなフィールの背後から、誰かの声が彼女耳を打つ。

 フィールは振り返り、「え?」と眼を見張った。

 …………………呼び止めたのは、セドリック・ディゴリーだった。

 

 

(………ん? あれって………フィールとディゴリー先輩?)

 

 スリザリン寮へ帰ろうとしていたダフネは、途中、見覚えのある男女の姿を視界に認めた。

 セドリックとフィールだ。

 ダフネは一目で、前者が後者にパートナーの件について誘おうとしているのだと察し、面白い展開になるかも、とちょっとした興味から、気配を殺してギリギリまで近付き、見入った。

 その間にも、ダフネの存在に気付いてない二人の会話は続く。

 

「セドリック? 何の用だ?」

「………………」

「………セドリック?」

 

 フィールが訊き返すと、セドリックは静かに口を開いた。

 

「………君はもう、ダンスパーティーのパートナーを決めた?」

「いや、まだだけど?」

「そっか。なら、よかった………」

 

 最後の方は聞き取れず、フィールは首を傾げ、疑問符を浮かべる。一瞬だけ顔を綻ばせたセドリックは、キリッと引き締めた顔で、フィールへ問う。

 

「あのさ、フィール」

「なんだ?」

「一つ、お願いがあるんだけどいいかな?」

「お願い?」

 

 セドリックは意を決し、

 

「僕と一緒に、クリスマス・ダンスパーティーで踊ってくれないか?」

 

 と、フィールをダンスのお相手に誘った。

 その問いに、フィールは眼を見張る。

 パートナーを本格的に探そうとした矢先、遂に自身を誘ってきた男が現れたのだ。

 驚くのも、無理はない。

 

「………なんで、私を?」

「僕は、どうしても君と踊りたいんだ。………まだ誰も誘ってないとはいえ、いつまでもそれが続くとは限らないし、僕は君を他の男になんか取られたくない……………」

「………セドリック?」

 

 またまた最後の方はよく聞こえず、フィールは思わず訊き返す。

 セドリックはそれには答えず、代わりに、強い眼差しでフィールの蒼眼を見つめる。

 

「と、とにかく………まだ誰も相手がいなくて、僕で構わないなら………僕を()()()()()()()、パートナーとして、選んでくれないかな?」

 

 フィールは、セドリックを見上げた。

 そのグレーの瞳には、揺るぎ無い決意が光となって宿っていて。

 きっと、誘うのには相当勇気と覚悟があったのだろう。その顔は僅かに不安が滲んでいる。

 彼女は、彼の勇気に応えようと―――微笑んで了承した。

 

「ああ、いいよ」

 

 その返答にセドリックは刹那瞠目したが、すぐにニッコリと笑い、大きな手で、フィールの頭をくしゃくしゃと撫でた。突然のことにフィールは唖然とし、ビックリする。

 

「―――ありがとう、フィール」

 

 セドリックは最後に満面の笑顔を見せると、未だに呆然と見上げるフィールの脇を通り過ぎた。

 

 曲がり角を曲がり、フィールから見てこちらの姿が見えない死角に来たら―――セドリックは心底嬉しい気持ちを全面的に露にする。

 パートナーの件を『薬草学』担当でハッフルパフ寮監のポモーナ・スプラウトから言い渡されて以降、セドリックは踊りたい女の子を考え、真っ先にフィールのことが思い浮かべられた。

 だから、本当はすぐにでも誘いに行こうとこれまで何度も彼女を探したのだが―――そんな時に限って見つけられず、見つけたとしても、決まってフィールの周りには彼女からの誘いを得ようとそれぞれ良い所をアピールする男性陣が集っている。それを遠くから眺める度に、セドリックは胸が焼けるように熱くなった。

 

 みっともないと自覚しているが、彼等に嫉妬心を燃やしている自分に、どれだけ彼女に好意を寄せているのかがわかる。今はまだ、誰も彼女にパートナーになって欲しいと率直に伝えてはいないが、いつまでもそれが続行するとは思えないし、最悪の場合、フィールが適当に誰かを誘うのが目に見える。

 そんなのはイヤだと、セドリックは今日もフィールを探しにホグワーツ城内を奔走し―――奇跡的に、一人のフィールを見つけた。しかも、周りには誰も居ない。

 そのチャンスをセドリックは逃さず、すぐに駆け寄り………結果は、OK。

 セドリックはフィールの微笑んだ顔を見て、一気に気持ちが溢れだし―――思わず、彼女をギュッと抱き締めたくなった。けど、そんなことをする訳にはいかないとグッと我慢した。

 

(………いずれ、ちゃんと伝えよう………僕の気持ちを…………)

 

 頭の中に浮かび上がるのは………大人びた女の子の、優しく微笑んだ顔。

 ささやかな幸せとちょっとの苦みを噛み締め、セドリックは早鐘のように早まる鼓動を鎮めようと、胸に手を当てた。

 

♦️

 

(………ちょっ、これって―――)

 

 密かに一部始終を見ていたダフネは、いけないモノを見てしまった気分で、どこか確信めいたものを抱く。

 セドリックの嬉しそうな表情に、フィールと話す時の心弾んだ声。

 誠実な生徒が集うハッフルパフの模範生である彼が、なんとも思っていない女の子の頭を撫でたりなどはしないだろう。

 あれはきっと………感極まったという理由もあるだろうが、その他に、フィールに好意を寄せているから、恋愛に疎い彼女に少しでも気付いて貰いたいという健気な理由もあったんじゃないかとダフネは思った。

 ………ここまで来れば、もうわかるだろう。

 穴熊寮の学年首席は、蛇寮の学年首席に恋情を抱いている。

 

 

 ―――セドリック・ディゴリーはフィール・ベルンカステルのことが好きなのだ、と。

 

 

♦️

 

 

「セ、セドリックですって!? あ、あの、ホグワーツ1のハンサムと名高い彼が、貴女を直接誘ったの!?」

 

 スリザリン女生徒達は一斉にどよめく。

 セドリックがフィールを誘ったという事実に開いた口が塞がらないという人や、近くの人と顔を見合わせて噂したり。唯一知っているダフネだけは、ちょっと面白そうに女子達の反応を見ているけど。

 

「………なるほど。だから、当日まで内緒にしたかったのね。セドリックが貴女のパートナーって知ったら、私達が騒ぐと思って」

 

 ようやく落ち着きを取り戻した一人の女子はどこか嫉妬混じりの瞳でフィールを見つめる。

 

「………正直、悔しいわね。貴女が、大勢の女子達が憧れているセドリックと踊るのは」

 

 その言葉に、何人かの女子が揃って頷く。

 そう、彼女達はセドリックファンなのだ。

 だからこそ、フィールに嫉妬心を持たずにはいられない。

 それに………フィールの話を聞いて、何と無くだけどセドリックの心情を悟ってしまった。

 彼の気持ちを察した分、悔しさが増す。

 

「………フィール」

 

 一人の女子学生がフィールの肩に手を置く。

 自分を見据える強い眼差しと肩に置かれた掌の重さに、フィールは戸惑う。

 そんな彼女へ、先輩は静かにこう言った。

 

「バレンタインデーになっても平常運転で生活するような貴女は、ハンサムな男性にパートナーに誘われたことを何とも思わないでしょうけど……セドリックと一緒にダンスパーティーに行きたかった女の子は沢山居たってことは、絶対に忘れないでちょうだい」

 

 私達にとっては奇跡とも言えるような夢のお誘いを、貴女は受けたんだから。

 無言の迫力にフィールは気圧されつつ、ひとまずは小さく頷く。

 

「そ、そろそろ戻っていいか? 知りたいことはこうして教えたんだし」

 

 フィールが恐る恐るといった感じに問い掛けると皆は了承してくれた。フィールはソファーから立ち上がり、クシェルも腰を浮かす。

 二人が談話室から居なくなると、急に静かになった。

 静まり返る、スリザリン談話室。

 沈黙が流れる中、フィールの背中を見送っていた女性陣の一人が不意にポツリと呟いた。

 

「………セドリックは、あの娘のことが恋愛的な意味で好きなのね、きっと。だから直接誘ったんだわ。フィールを―――好きな人を、他の男に取られる前に」

 

 その呟きに、その場に居た全員が首肯する。

 そして、全員が言葉を発した人物を見た。

 

「………アリア、いいの? 確か貴女、セドリックのことが―――」

「………ええ、いいわよ」

 

 そう………先程、フィールの肩に手を置いた人物は、アリアであった。

 達観したような気分のアリアは、よく恋愛相談に乗ってくれた友人を一瞥後、ダフネの方に視線を向ける。

 先輩の胸中をここに来て理解したダフネは、心底申し訳ない表情を浮かべていた。

 

「………すいません、アリア先輩。私、貴女の前で無礼講なことをして―――」

「気にしないで。どのみち後で知ることになったことよ。それが少し早まっただけじゃない」

「でも………アリア先輩は―――」

「―――ええ。私は、セドリックのことが好きだったわ。何年も前から、ずっとね」

 

 アリアは至って普通に言い放った。

 頼りになるお姉さん的存在で慕われている彼女の好きな人が、妹のように可愛がっているフィールのダンスパーティーのパートナーと知り、初耳の女子達は眼を丸くする。

 

「でも………セドリックがフィールのことを好きって確信して、潔く諦めることを決めたわ」

 

 アリアは微笑んでいた。

 他の女の子なら妬みそうなのに、アリアは晴れやかな笑顔を浮かべていた。

 

「なんで………諦められるんですか? 好きな人がいるなら、その人に気持ちを自分の伝えればいいのに………」

 

 思わずといった感じにダフネがそう問うと、アリアは微笑みを崩さないまま、静かに言った。

 

「『好き』という気持ちを相手に伝えることが、その人に対する『好き』の全てではないわ。自分の好きな人が他の誰かを好きならば、私は自分の想いを封じてその人の恋を応援する。それがあの男性(ひと)へ私がしてあげられる唯一のことよ」

 

 想いを寄せている人物が他の誰かに恋心を抱いているならば、自分は潔く身を引き、その恋路を最後まで見守ろう。それが私の………彼へ対する愛なのだから。




【パートナーお悩みのW主人公】
二人共ルックスはバッチリなのにどちらとも受け身スタイルでステンバーイ。
これはある意味能力あるのにダルいからやらないという引きニート。動けコラぁ!

【パンジー・パーキンソン】
原作となんら変わらないポジション。
ライバル心燃やすフィールには誰なのかは知らないけどフォイフォイよりも何億倍もカッコいいパートナーがいると知って灰になって海底に撃沈。
さあ皆さんも一緒にー!
アーカワイソーに(笑)。

【セドフィル】
バレンタインじゃないのにバレンタイン並みの甘いロマンスが漂う二人のムード。
セドリックはフィールのことが好き。
じゃあフィールは?
ここは今後のエボリューションが気になり所ですね。
え? あのレイブンクロー生はどうしたかって?
さあ? ま、多分どっかの話数でちゃっかり出てくるんじゃあないでしょうか?

【アリアの好きな人】
まさかのセドリック。

【愛するが故に見守る愛もある】
かの有名な北○の拳の名言の一つ。
『見守る』ということは自分の想いを封じ込めること。その気持ちが強ければ強いほど、人は苦しむ。
それでも見守っていたい。自分の好きな人が自分じゃない別の誰かが好きなら、自分はその人の恋を応援する。
こういう愛し方が出来る人って尊敬します。
私にはとても出来ない真似ですね。

【ウォッカ・ギブソン:隠せない気持ち】
①ウォッカ(50ml)
②ドライ・ベルモット(10ml)
③パールオニオン(数個)

作り方:材料をミキシンググラスでステアし、パールオニオンをカクテルピンに刺してカクテルに入れる。
タイプ:ショート
ベース:ウォッカ
アルコール度数:36度
テイスト:辛口
色:無色透明


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#58.アラスカ(偽りなき心)

【速報】ホグワーツ1の美男セドリック・ディゴリー、ホグワーツ1の美女フィール・ベルンカステルをクリスマス・ダンスパーティーに誘う!【特ダネ第一号】

 

 ダフネ・グリーングラスが言ってた通り、この衝撃的な噂は、瞬く間にホグワーツ城内全体に知れ渡った。

 廊下を見てみれば、二人のファンだと思わしき男女が怨念深い声を上げ、嫉妬の炎をメラメラと燃やしている。

 ゴシップネタ大好きな女子学生は極上の餌と言わんばかりに、隙あらば二人にインタビューすると言うどこぞの敏腕記者並みの働きを見せてくれた。

 それに、フィール・ベルンカステルのパートナーが決まったのとほぼ同じにしてハリー・ポッターのパートナーも決まったため、ホグワーツ生のボルテージは最高潮まで達した。ちなみにハリーのパートナーはハーマイオニーである。

 

「セドリックがフィールを、ねえ………」

「なんだか、ちょっと意外よね」

 

 現在話題沸騰中の一人、セドリック・ディゴリーと同じハッフルパフに所属する7年生、クリミア・メモリアルとソフィア・アクロイドは、同僚の後輩が妹のように可愛がっているフィールを誘ったと言う事実に、薄々彼の彼女へ対する気持ちを悟っていた。

 

(セドリックはきっと―――)

(フィールのことが好きなのね)

 

 なんとなくだけど、察してしまう。

 お姉さん的立場として喜びたいところだが、フィールが抱えている事情を知っているクリミアは手放しで応援出来ない自分がいる。

 ただでさえ複雑な家庭環境なのだ。

 厳しい状況下で生きてきたフィールが、自分に好意を寄せている男性へ素直にその想いを受け止めるとは考えにくい。

 彼女の性格からしてまず間違いないなく交際を拒否するだろう、とクリミアが眼を細めた時、

 

「あなーたが、()グワーツ生ですか?」

 

 フランス語訛りの英語を発しつつも鈴を転がすような凛とした響きを持つ女性の声が、思考の海に沈んでいたクリミアの意識を急速に現実世界に引き上げた。

 ハッとして顔を上げてみれば、ボーバトンの制服である淡い青色のローブを羽織った超絶美女が目の前に立っていた。

 スラッとした長身に誰が見ても息を呑むほどの美貌、銀色が掛かったブロンドのロングヘアに大きな深いブルーの瞳。祖先に男を虜にする魔性の女性・ヴィーラを持つ―――フラー・デラクールだ。

 何故かフラーは他校の水色髪と桃色髪の同い年二人の内、前者を嫉妬混じりの眼差しで睨み付けていた。クリミアは訳がわからず首を傾げるが、せめて理由は聞こうと、

 

『何か私に用があるの?』

 

 と、タメ口のフランス語で話し掛けた。

 ホグワーツ生でフランス語を話せた人が居たことにフラーはビックリして瞠目したが、それは瞬く間に消え失せる。

 

『貴女………、フランス語話せたのね』

『家族にフランス人がいるからその関係でね。それで、私に何か用があるの?』

『ええ、あるわ』

 

 ツンとした態度で高飛車にフラーは答えた。

 

『と言うか、まだ自己紹介してないじゃない』

『………そうだったわね。私、フラー・デラクールよ』

『フラーね。私はクリミア・メモリアルよ。クリミアでいいわ』

『そう。なら、クリミア。私は貴女に一つ訊きたいことがあるわ』

『訊きたいこと?』

 

 互いに名を名乗ったと思いきや、いきなり質問をぶつけられるのかとクリミアは戸惑う。そんな彼女へ、フラーはストレートに尋ねた。

 

『ルーク・ベルンカステルを知ってるわよね? 貴女の学校の代表選手となった、フィール・ベルンカステルの従兄の』

 

 意外な人物の口から出た意外な言葉に、クリミアは紫眼を丸くする。

 

『………ええ、知ってるわよ。それが何か?』

『惚けないでちょうだい。貴女、彼がダンスパーティーで踊る時のパートナーの女性でしょう?』

 

 隠しきれない苛立ちを孕んだ、フラーの呟き。

 クリミアは漠然とだが、彼女が自分へ言いたい胸中を察し、長い睫毛に縁取られた瞳を鬱屈そうに伏せた。

 

♦️

 

 それは、今から数日前のこと―――。

 フィールとハリーが、図書室でパートナーについて話し合っていた時とリアルタイムで進行していた出来事だ。

 

(フィールは誰と踊るのかしら………)

 

 クリミアは、クールな妹の相手は誰になるのかとちょっと楽しみだった。彼女の身近に居る男の子と言えばハリー・ポッターとロン・ウィーズリーの二人くらいだが、前者は選手同士なので除外、後者も除外だろう。ならば他の誰かとダンスすると考えるのが自然だ。

 ………なんて、人のことを言ってられるほど自分も呑気にはいられないなと、クリミアはため息つく。選手じゃない一般生徒なので最悪欠席することは出来るが、可能であればダンスパーティーに参加したい。だが、そのための肝心なパートナーがまだいないのだ。相手を見つけなければ、話にならない。

 

『クリミア、今、いいか?』

 

 振り返ってみれば、フィールの従兄でボーバトンの代表選手―――ルークが居た。フランス語で話し掛けてきたため、

 

『ええ、構わないわよ?』

 

 母国語ではなくこちらもフランス語で返す。

 ルークはキョロキョロ周りを見回し、少し離れた先に生徒が居るのを確認すると、クリミアの腕を掴み、人気の無い場所まで連れていく。

 

『ルーク? どうしたのよ?』

 

 半ば強引に誰も居ない所まで連れてきたルークは、いつになく真剣な面持ちで、クリミアと向き合う。

 

『………クリミアは、もう決めたのか? ダンスパーティーのパートナー』

『いえ、まだよ。それがどうかしたの?』

 

 その返事に少し安心したように顔を綻ばせたルークはクリミアの紫眼を見つめながら、静かに言った。

 

『クリミア。俺と一緒に、ダンスパーティーに行ってくれないか?』

 

 予想だにしなかったお誘いに、クリミアは眼を見張る。ルークは真顔そのものだ。

 

『………構わないけど、いいの? 私と貴方は、血は繋がっていないとはいえ―――』

『家族だから、と言いたいんだろ? ………俺は家族で知り合いだから、とかの理由じゃなく、()()()()()()()()、クリミアを選びたいし、一緒に踊りたい』

 

 一人の女性として―――。

 その言葉に………クリミアは頬を紅くする。

 ルークはクリミアの背中を壁に押し付け、縫い止めるように両肩に手を置く。

 

『………ここまで来たら、わかるだろ?』

『………………本気?』

『ああ、本気だ。………一回しか言わないぞ』

 

 オッドアイの瞳には、彼女の顔しか映らない。

 彼は強い眼差しで―――静かに告白した。

 

 

 

『―――俺はクリミアのことが好きだ』

 

 

 

 告白するのと同時、フッと瞼をおろす。

 彼女も静かに眼を閉じ―――どちらからともなく顔を近付け、そっと唇を重ねた。

 

♦️

 

 密かに義妹の従兄とカレカノ関係にもなった時の出来事を思い返し、クリミアは、恐らくルークへ恋心を抱いているだろうフラーと真っ正面から向き合った。

 

『………ええ。私はルークのパートナーよ。それが何?』

『貴女、彼のことが好きなの?』

 

 随分ストレートに言うものだ、とクリミアは思わず面食らう。フランス語での会話なので言葉の意味が通じないソフィアはちんぷんかんぷんだが、フラーから滲み出る不穏な雰囲気から現状を察したのか、スッと身を引いた。

 

 ルークのことが好きなのか否か。

 そう尋ねるフラーへ―――クリミアは、こう返した。

 

 

 

『―――好きよりも、愛してる、と言えばいいのかしら?』

 

 

 

 愛してる、は勿論、今の家族関係に対しても、一人の男としてでも………両方の意味合いを含んでいる。それは変わらない。

 フラーは一瞬哀しそうな表情を浮かべ、クリミアの瞳に宿る真剣な眼差しを見極めるように見つめ―――哀しそうな、どこか諦めたような、納得したような、色んな感情がごちゃ混ぜになった微笑みを見せた。

 

『………ルークが想いを寄せるだけあって、貴女は彼に相応しい女性ね』

『………?』

『………前に私、彼にアプリコットフィズを渡してみたことがあるわ』

 

 アプリコットフィズ。

 アプリコット・ブランデー、レモンジュース、シュガー、ソーダ水の内、まずはソーダ水の材料をシェイクしてタンブラーに注ぎ、ソーダ水を加えて完成である。

 カクテル言葉は―――『振り向いてください』。

 

 フィールもそうだが、ルークもカクテルを飲むのが多い。フラーの発言からして、やはり、彼女は彼に好意を寄せているのだろう。それを気付いて貰うためにも、カクテルに秘密の恋情を託したに違いない。

 

『そしたら、ルーク、私にカクテルで返事したのよ。―――ギムレットを渡してきたわ』

 

 ギムレット。

 ジン、ライムジュースをシェイクしカクテル・グラスに注げば完成のショートタイプのカクテルだ。

 カクテル言葉は―――『遠い人を想う』。

 

『最初は、ギムレットのカクテル言葉を知らなかったから、彼が何の返事をしているのかわからなかったんだけど………後でわかったわ』

 

 フラーは、ルークに対する恋心とクリミアに対する嫉妬を織り交ぜた瞳だった。

 

『何度やっても、返ってくるのはいつもそれ。遠い人を想う………一体どんな人のことを想っているのか、ずっと気になっていた。そして、此処に来てやっと知れた。………潔く諦めたいところだけど、私、負けず嫌いなのよ。だから―――』

 

 ドンッ、とフラーはクリミアの肩にわざとぶつかり、

 

『―――逃げるんじゃないわよ』

 

 シルバーブロンドの髪をたなびかせて、優雅に歩き去った。

 

「なんなのよ、あの女」

 

 それまで黙って事の成り行きを見守っていたソフィアはイライラと呟き、フラーの背中を睨み付ける。皮肉な話だが、後ろ姿さえもが人間離れした美しさであった。

 

「………これは面倒事になりそうね」

「ってか、貴女、フランス語話せたの?」

「昔はフランスへよく遊びに行ったしね。二人の母親が生粋のフランス人だから教えて貰ったわ」

「へえ………スゴいわね」

 

 ソフィアは素直に感嘆したが、

 

「それで、あの女と何を話してたの?」

 

 気になっていたことを訊いた。

 クリミアはその問いに戸惑う。

 実はまだ、ソフィアにさえルークがパートナーになったことは話したが、その過程で彼と付き合ったことは話していない。フィールとシレンにはいずれ話すつもりだが………。

 

「………まあ、ちょっとね」

「……もしかして、ルークについて話してた?」

 

 変な所で勘が鋭いソフィアだ。

 クリミアは言葉を詰まらせ―――ソフィアは彼女の沈黙を肯定とみなす。

 

「図星ね? っていうことは―――もしかして、ルークと付き合ったとか?」

 

 ソフィアが突っ込むと、クリミアは顔を真っ赤にさせた。その反応に、ソフィアは軽く驚きを露にする。

 

「え………マジのヤツ?」

「………―――ッ」

 

 コクリ、とクリミアは小さく首を縦に振る。

 ルークと付き合ったということは、すなわち、義妹のフィールの血縁者と付き合ったという意味だ。血の繋がりが無いとはいえ、彼女は彼らの家族の一員………これは複雑なものだ。

 ソフィアは少し考え込む表情になり、クリミアは俯いた。

 

「………そっか。クリミアにも、彼氏が出来たんだね。おめでとう」

 

 クリミアは顔を上げた。

 そこには、微笑んでいる親友の顔がある。

 ソフィアは続けた。

 

「メチャクチャ強い所も、誰にでも優しい所も、フィールのことになると我を忘れる所も、1年の時からずっと一緒に居た私は、貴女の周りを見てきたわ。………色んな男の人にコクられても尚断るクリミアを見て、いつも思ってた。『いつになったら、クリミアは彼氏作るんだろう』って。他人の恋愛事情に口を挟む気は、勿論ないわよ。でもね、やっぱり、今くらいの年頃になると、大抵の女子はそう考えるわ。自分だけでなく、友達に対してもね」

 

 ソフィアはクリミアの頭をポンポンと叩く。

 そして、くしゃくしゃと空色の髪を撫でた。

 

「あんなにもカッコよくて明るい人が彼氏になったのよ。もっと幸せを感じなさい。だって、自分の好きな人と両想いになれたのよ? そんな奇跡を自分から手放すなんて真似は、絶対にしないでね。フィールやシレンだって、きっとそう言うわよ」

 

 7年間、自分の隣に居た親友からの言葉に。

 クリミアはアメジストの瞳を伏せ、そっと柔らかく微笑んだ。

 

♦️

 

 クリスマス1週間前に、ホグワーツは冬季休暇を迎えた。例年だったら今頃城内は静寂さに包まれているのだが、今年はいつも通りの賑やかな空気に覆われていた。

 当然の如く、宿題も大量に出される。

 宿題を先に全部終わらせてから思う存分遊ぼうという真面目な人もいれば、後でやろうと言って結局は終わり間近で焦って終わらせようとする無計画な人もいる。

 外で友人と雪遊びをする者、暖炉の前でチェスや読書など趣味に興じる者、1日中ゴロゴロする者等………各自クリスマス休暇初日を満喫していた。

 

 そんな中、クシェル・ベイカーは一人4階のトロフィー室に居た。トロフィールームには、カップや盾、賞杯や像など華やかな栄誉を残した証が数多く並べられており、ホグワーツ特別功労賞の盾や魔術優等賞のメダル、首席名簿も此処に飾られている。

 現在、友人のフィールはそろそろ第二の課題の準備に取り掛かろうと、第一の課題でゲットした金の卵を手に必要の部屋に籠っている。

 ファーストプロブレムクリア後、スリザリンの談話室で盛大なパーティーを開いた。

 パーティーの目的が第一の課題突破を祝福してとのことだったので必然的にフィールが主役となっていたのをよく覚えている。

 そして、一人の生徒が金の卵の中身を見てみたいと言ったのを皮切りに卵公開ショーに移り変わり―――フィールが蝶番を開けた瞬間、甲高く鋭い騒音が談話室の隅々まで響き渡ったのも、よく覚えている。

 そういった事態があったため、フィールは誰にも迷惑を掛けない必要の部屋で謎を解くと、ここ最近はずっと単独行動が多い。

 

 さて、それはさておき………。

 クシェルは、ある一つの物に釘付けだった。

 それは、1970年代の―――両親がホグワーツに通っていた頃の、クィディッチ戦で優勝したスリザリンチームの写真。

 真ん中に写る、優勝杯を抱えたシーカーの女性はまさに親友と容姿がそっくりであった。

 紛れもない。フィールの母親・クラミーだ。

 写真の中のクラミーは、微笑んでいた。

 その笑みは、優勝を掴んだことへの喜びや達成感からだろう。だけど、どこか仮面のような、貼り付けたような笑みにも感じ取られるのは、彼女の娘を間近で見ているからだろうか。

 

「………やっぱり、似ている……」

 

 クシェルは以前、フィールへ此処に連れてきて貰った。

 あの時は、まだ殺人鬼の汚名を着せられていたシリウス・ブラックの真相を探るべくだったのでトロフィールーム全体の観察は、時間的に余裕が無かった。

 しかし、ちょっとだけキョロキョロ見て回った際、この写真をチラッと見掛けた。詳しく見てみようと思った直後、フィールに寮に帰ろうと促されたので、結局はちゃんと見られず、色々あって切羽詰まってたことから、記憶の底に押し込めてそのまま忘れてしまった。

 

 ………それから、1年が経った今。

 ふとした拍子に、思い出したのだ。

 そのため、居ても立っても居られず―――此処まで出向いた。

 クシェルはこの写真を見て、尚更フィールが両親を失ってからどんな気持ちで生きてきたのか、想像がつかなくなった。

 自分が幼い頃、両親は仕事が忙しかった関係であまり構って貰えず、淋しい想いを少なからず抱いてきた。だけど、そんなの親を亡くすことに比べたら、自分の悩みなんて有り難いことだと思うようになった。

 確かに、遊んで貰った回数は他の子に比べれば少ないかもしれない。でも、休暇になれば両親はそれまで相手にしてやれなかった分、埋め合わせするよう一緒に楽しく遊んでくれた。

 

 けど、フィールは違う。

 まだ5歳という親からの愛情に敏感な時期に、父親と母親を同時に失った。その経験が、どれだけフィールの幼い心に衝撃を与えたか、クシェルにはわからない。彼女には愛情過剰なまでに愛してくれる叔父や叔母が沢山支えてくれたから、ちゃんと生活出来ている。

 それでも、辛い気持ちは消えないだろう。

 どんなに親代わりの存在が居たとしても、違うものは違う。傷付いた精神を完全に癒すことは不可能だ。

 それに………これは予想に過ぎないが、周囲との関係がギクシャクになったのだろう。

 2年前、父方の家族に関してはどうなのかと質問した際にフィールが冷たく返してきたのが、それを示している。これは推測に過ぎないが、殺された父親と関係する人物と、険悪な雰囲気になったに違いない。

 

「………ッ」

 

 ………今でも忘れられない。

 頭の中で反響する、フィールのあの絶叫。

 新学期初日の夜―――突如として聞こえた彼女の悲鳴に、クシェルは驚きを隠せなかった。

 ………考えられるのは、一つ。

 過去に、散々痛め付けられたのだ。

 イヤになるほど、気が狂いそうになるほど。

 身体も精神も極限まで追いやられるような、そんな出来事が昔あったのだろう。

 それを鮮明に思い出し、フィールは心が弱って耐えられなくなったから、叫んだに違いない。

 

「………何か、してあげられないの?」

 

 フィールはなんでも独りで抱え込もうとする悪癖がある。

 クシェルはせめて自分が彼女の支えになれたらいいと考えつつ、どうすれば彼女を救えるのか、それがわからず、悩み苦しんだ。




【ルークリ】
ルークとクリミアという、オリキャラ同士の恋愛カップリング。年下年上、実質上血の繋がりが無い家族という関係だけど、こういうパターンも悪くない?

【ルーク】
クリミアのことが一人の女として好きだった。
一体いつから好きだったんでしょうね?

【クリミア】
そしてクリミアは彼の気持ちを受け入れる。
もしかしたら、彼女もルークが好きだった?

【刹那で散りゆく、フラーの恋心】
こちらもか! と思わず突っ込んでしまう原作キャラとオリキャラの恋愛事情。カクテル言葉も2連発で登場ですし、なにかと満載だな。

【物色inトロフィールーム】
さりげなーくクシェルが登場。
とりあえず、空気にはならなかった?

【フィールはどうした?】
金の卵の謎についてin必要の部屋で思考中。
もう少ししてから謎は解けるでしょう。

【余談】
今回はカップル誕生秘話、美女の嫉妬とバラエティー満載の回。
まさかクリミアがルークと付き合うとは読者からすればインパクト強かったんじゃないでしょうか?
これから先、クリミアとルークはカレカノであり家族であるという不思議な関係を築くでしょう。ライアンやセシリアからすれば、実は本当の意味で彼女を義娘という関係者で認識するのかな?

【アラスカ:偽りなき心】
①ドライ・ジン(45ml)
②シャルトリューズ・ジョーヌ(15ml)

作り方:①②を氷に入れたシェイカーに入れてシェイクしグラスに注いで完成。
タイプ:ショート
ベース:ジン
アルコール度数:35度~43度
テイスト:辛口
色:淡黄色透明
余談:シャルトリューズ・ジョーヌ(黄)の代わりにシャルトリューズ・ヴェール(緑)を使用した場合は『グリーン・アラスカ』と呼ばれ、こちらは更にアルコール度数が高い(39度~49度くらい)。スタンダードカクテルの中ではアルコール度数世界最強カクテルらしいです。

【アプリコットフィズ:振り向いてください】
①アプリコット・ブランデー(45ml)
②レモンジュース(20ml)
③シュガー(1tsp)
④ソーダ水(適量)

作り方:ソーダ水以外の①~③をシェイクしてタンブラーに注ぎ、ソーダ水を加えてステアし完成。
タイプ:ロング
ベース:ブランデー
アルコール度数:弱い(8度以下)
テイスト:甘口
色:ブラウン(琥珀色)

【ギムレット:遠い人を想う/長いお別れ】
①ジン(45ml)
②ライムジュース(15ml)

作り方:シェイカーに①②を入れ、シェイクしてグラスに注いで完成。
タイプ:ショート
ベース:ジン
アルコール度数:29度~35度
テイスト:辛口
色:淡緑色、白色
装飾:スライスしたライムやカットしたライムを飾ると見た目がオシャレになります


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#59.聖夜の舞踏会(クリスマス・ダンスパーティー)

※11/18、一部文章修正。


 12月25日、三大魔法学校対抗試合(トライウィザードトーナメント)伝統行事クリスマス・ダンスパーティー当日の夜。

 普段は黒色のローブに緑色のネクタイと同じ制服を着た蛇寮の生徒達は、今夜はそれぞれドレスやドレスローブに身を包んでいるためか、談話室の光景はおろか、雰囲気そのものが上品さで溢れていた。

 スリザリンは名家出身者が多く、そういう人達は幼少期からパーティーや食事会等で礼服を着こなしてきたため、緊張感といった空気はあまり身に纏っていない。が、強いて言うなれば、滅多に関わらない他国の人間と接することへのプレッシャーは少なからずあるのだろう。特に接点が多い人同士、身だしなみをチェックし合っていた。

 

「うぅ~………緊張してきた………」

 

 しかし、全員が貴族の子息、令嬢という訳ではない。当然ながら、一般家庭育ちのスリザリン生もいる。その人達はフォーマルな服装に着慣れていないため、さっきから何度も鏡を見てはおかしな点が無いかを確認していた。

 クシェルもその一人で、鏡を目の前に初めて着るドレスとそれに身を固める自分自身に視線を慌ただしく移していた。

 着ているグリーンのドレスは初心者でも大丈夫な標準的デザイン。だが、制服と比較すれば背中や首筋の露出は多くてスースーし、シルクの手袋も肌に馴染んでいない。

 

「いつまで恥ずかしがってんのよ。もっとシャキッとしなさい」

「だって、あまり慣れないし………」

「いつもみたいに振る舞いなさいよ」

「それが出来ないから困ってるんじゃん!」

「あ、戻ったわね」

 

 瞳の色に映えるグレーのドレスに盛装するダフネは、やれやれと肩を竦める。クシェルはダフネのドレス姿に、思わず見とれた。割りと身近に居る友達なのでこれまで意識はしてこなかったが、彼女もまたグリーングラス家という由緒ある家柄のお嬢様なのだと、改めて思い知らされた。見た目が鮮やかな黒髪に高貴な印象を与えるグレーの瞳なので、元々ノーブルな彼女の風貌を際立てるには十分だった。

 

「ところで、フィールはどうしたよ?」

「んー………わかんない。なんか、着替えてる所を見られたくないって言ってたし、今は着替えの最中なんじゃない?」

「だから、クシェル、私達の部屋に来たのね。着替えてる所を見られたくないなんて、フィールらしいっちゃフィールらしいけど」

 

 別段珍しくないなと、ダフネはそう言った。

 と、その時だ。

 突然談話室に沈黙と静寂が流れ、数秒後、ざわざわとざわめきが起きた。

 何事だろう、とクシェルは振り返る。

 そこに居たのは、見慣れた友人だった。

 しかし、今の風姿を例えるなら―――女王。

 淡い青色のドレスを華奢な身に纏い、ウルフを連想させる髪型を施していた黒髪はルーズアップシニヨンで結い上げていた。

 両腕は白いロンググローブに覆われ、肩と鎖骨を大胆に露出し、同性ですらその雰囲気に惑わされそうな、大人で妖艶な色気を優雅に漂わせる。

 透明感のあるルージュを薄く塗った唇が形作る微笑みは、触れたら儚く消えてしまいそうで。だけど触れずにはいられない、一人の女性としての魅力に自然と眼も心も奪われる。

 

「まさにスリザリンの女王君臨ね」

「前々から思ってたんだけど、なんで女王って言ってるんだ?」

「あら? 正真正銘の女王様になっても、口調は相変わらずなのね」

 

 ダフネは至って普通に話し掛けるが、これまで何度も豪族同士のパーティーで他人のドレスコーデに見慣れてきたはずの生徒達ですらフィールのドレススタイルに釘付けとなり、目線の標準を外せない。

 そんな彼らが放心状態となるならば、初見の一般生徒達は倍の衝撃を受けた。一番フィールの側に居るクシェルも例外ではなく―――一言で言えば、不用意に入り込んではいけない聖域を前にしている気分であった。

 

「………とにかく、フィーはホグワーツの制服だけで充分だってわかった」

 

 クシェルが小声で呟くと―――微かに耳にしたフィールが「ん?」と首を傾げ、俯きがちのクシェルの顔を覗き込んだ。

 

(ちょっ、なんでこんな時に?!)

 

 クシェルはあたふたした。

 目の前に居るのはフィールのはずなのに、今の現実離れしている容姿や色気を間近で見てしまうと、わからなくなってしまう。

 

「なんだ? その反応は」

 

 フィールは天然なのかそうじゃないのか。

 ふわりと柔らかく笑い―――それを見たクシェルは頭がパンクして、ボーッとしてしまった。

 ダフネは「マズいわね」と慌てて、「しっかりしなさい!」とクシェルの肩をバシバシ叩いて現実世界に引き戻した。

 クシェルは「………ハッ!」と我に返り、周囲を見渡す。

 すると、どうだろう。

 スリザリン生のほとんどが、茫然自失としているではないか。

 クシェルは「え? え?」と先程の記憶がパンクの弾みで綺麗さっぱり吹っ飛んだのか、疑問顔で談話室内を見回した。

 

「フィール、貴女、早めにパートナー探しに行った方がいいんじゃない?」

 

 ダフネはなんとかしてフィールを談話室の外へ出さなければヤバいと考え、彼女が代表選手なのを上手い具合に取り入れて咄嗟にそう提案した。

 そして、それは英断だった。

 フィールはあっさり「それもそうだな」と寮から姿を消した。トドメの一発としてスリザリン生全員がその後ろ姿にクリティカルヒットしたのは言うまでもない。

 

「………フィー、綺麗だったね」

「アレはもう綺麗なんて言葉を上回ったけどね」

 

 一番平常心を保っているダフネであったが、危うくクシェルと同じ羽目になりそうだったのはここだけの話だ。

 今のフィールは、気を緩めば同性ですら魅了されかねない。こうして見てみると、自分達はとんでもない人を友人に持っているなと改めて認識した。

 

 とにかく、今夜の聖夜の舞踏会が幕を閉じるまでは最低限スリザリンの女王様(フィール・ベルンカステル)には近寄らない方が身の為だと、犠牲になってくれた同僚のおかげで肝に銘じるスリザリン生であった。

 

♦️

 

 大広間が開放される午後8時前。

 玄関ホールは、パートナーを探し合う生徒達で混雑していた。他校や他寮の生徒がお相手の人達は互いに互いを探索し、人混みの中をさ迷っていた。

 

「代表選手、及びそのパートナーはこちらへ!」

 

 三校の代表選手は他の生徒全員が着席してから入場することになっているため、それまでドアの脇で待機するよう指示を出された。

 ダームストラング代表のクラムと彼のパートナーのジニーは早くも待機しており、ボーバトン代表で従兄のルークとその彼のパートナーで義姉のクリミアを発見したフィールは、優しげな笑みを讃えた。

 二人がカレカノ関係になったのは、既に知っている。その時フィールとシレンは「末永くお幸せに」と二人の恋を応援した。フラー・デラクールというクリミアの恋敵がいるため、厄介事にならなければいいなと、少しばかりフィールとシレンは懸念しているのだが………。

 

「フィール、セドリックはどうしたの?」

 

 ライトブルーの髪をプリンセスカールにし、純白のドレスを着込むクリミアは、フィールが一人で此処に来たのを心配した。

 

「そろそろ来ると思うけど―――」

「ごめん、フィール。遅れて」

 

 寮を出て早々大勢の女の子に囲まれて出遅れたセドリックの謝罪する言葉が背後から聞こえた。

 フィールは振り返り、安堵の表情を浮かべる。

 セドリックは息を呑み、落ち着き無く、視線を合わせては外して………を繰り返した。

 

「フィール、とても綺麗だよ。………君をパートナーに誘って本当によかった」

「そう言って貰えるのは光栄だな。………今更だけどパートナーに誘ってくれてありがとう」

 

 フィールは微笑みながらセドリックを見上げ、彼は更にその笑顔に心を奪われる。が、彼女の手前、余裕ある年上の男の図をぶち壊しにしないよう、キリッと表情を引き締めた。

 それを見ていたフィールとセドリックのファンの男女は苦々しげに、そして忌々しそうに前を通り過ぎる。ルークとクリミアは邪魔者にならぬようスッと身を引き、前者は後者にこそっと尋ねた。

 

「なあ、クリミア。あのセドリックとか言う男、まさか―――」

「ええ、その通りよ」

 

 従妹を見る茶髪の男の眼差しがあまりにも優しかったので、それだけでルークは察したのだろう。自分の彼女で従妹の義姉のクリミアは小さく頷いた。

 

「やっぱりか。フィールにも遂にカレシが登場か?」

「………………」

 

 少し興味津々なルークに反し、クリミアは無言で談笑する二人を見つめた後、一般部門のペアの一組で二人の前を通り過ぎる際にセドリックに視線を向けている一人の女性に目線だけを動かした。

 長い艶々した黒髪の可愛らしい女の子で2歳年下の、レイブンクローのクィディッチチームのシーカーを務めている女生徒だった気がする。名前は確か―――

 

「やあ、フィール、セドリック」

 

 深緑色のドレスローブを羽織ったもう一人のホグワーツ代表・ハリーと彼のパートナーで薄青色のドレスを纏ったハーマイオニーがやって来た。

 二人はフィールとセドリックの美形さがより一層跳ね上がっているのに一瞬眼を丸くしたが、すぐに気を取り直した。やはり、普段から関わりを持っているために、美形に対する耐久性は他人よりも高かったらしい。

 

「フィール、貴女、とても似合ってるわね」

「それを言うなら、ハーマイオニーもだろ」

 

 いつもはボサボサ茶髪のハーマイオニーは、滑らかな髪を優雅なシニヨンでアップし、薄く化粧を施したその顔は、磨けば光るタイプの彼女の魅力を存分に引き立たせた。

 身をくるむ薄青色のドレスはとても似合っており、普段抱えている本の山が無いためにまさしく勉学に没頭してます感が0で、代わりに優美さだけがあった。

 

「皆さん、準備はよろしいようですね。それでは入場しますよ」

 

 マクゴナガルの指示で会話を切り上げ、正面玄関口に向き合った。そこにセドリックが手を差し出し、フィールは彼の力強いそれを取り、歩き出す。

 代表選手達は入った瞬間に拍手を送られ、マクゴナガルの後に続いて審査員が座っている大きな丸テーブルの方へと歩いていく。

 

 大広間の中はガラリと風変わりしていた。

 会場の壁は銀色に輝く霜に覆われ、星の瞬く黒い天井には何百というヤドリギや蔦の花綱が装飾されている。各寮の長テーブルは撤去され、代わりにランタンの仄かな明かりに照らされた10人ほどが座れる小さなテーブルが100あまり近く置かれていた。

 審査員テーブルに近付くと、ダンブルドアは選手達に微笑みかけ、ルード・バグマンは生徒達に負けないほどの拍手で彼らを出迎えた。クラウチは居らず、代わりにパーシー・ウィーズリーが代理で出席している。マダム・マクシームは上品に拍手し、カルカロフは驚いた顔だった。

 ダンブルドアの隣に座ったフィールに続き、セドリックも腰を降ろす。

 

「さて………」

 

 目の前にあるのは、金色に輝く皿と小さなメニュー。

 それらは一人一人の前に置かれてはいるが、まだ何のご馳走も載せられてはいなかった。フィールはメニューを手に取り、横からセドリックは覗いて首を傾げる。

 

「これ、どうすればいいのかな?」

「………校長がそれを教えてくれるみたいだな」

 

 フィールはダンブルドアに視線を向け、セドリックも見てみると、彼は自分のメニューを眺めていて、程無くして皿に向かって「ポークチョップ」と注文した直後に金色の皿の上にポークチョップが現れた。

 皆はこの斬新な方法になるほどと思いながら、各自注文し始めた。

 

「僕達も食べようか」

「そうだな」

 

 だが、その前に。

 二人はメニュー表に記載されたドリンクのページを眺め、それぞれ飲みたいものを注文したら、

 

「「乾杯」」

 

 とゴブレットを掲げ、口元に傾けた。

 冷たい飲み物で喉を潤した二人は次に料理を要求し、食事の時間を堪能した。

 ルークとシレンは初々しいカップルなだけに楽しげな様子で談笑し、ハリーはハーマイオニーの『しもべ妖精福祉振興協会(S・P・E・W)』のことについての話題にやや疲れた顔をし、クラムとジニーはそれなりには話を交わしていた。

 途中、クラムが母校の特徴について口を滑らせそうになったのをカルカロフが笑いながら口を挟み、秘密主義的な彼の発言に険悪そうなムードになりかけた所をダンブルドアが下品なジョークで霧散させたのだが、食事中にするような話ではなかったため、別の理由で場の空気は悪くなった。

 

「………フィール、今のは忘れようか」

「………ああ、そうだな」

 

 ダンブルドアの発言から8階の必要の部屋のことを指していると察知したフィールは、セドリックの言葉に同意した。

 ………とまあ、ちょっとしたトラブルが挟みつつ、セドリックは本命の女の子の隣に居て話をするだけでこんなにも嬉しいことはないと、甘酸っぱくて幸福感に満ちた心だった。

 

「………あのさ、フィール」

「なんだ?」

「あとで話があるんだけど、いいかな?」

「? 別に構わないけど」

 

 フィールが了承すると、セドリックは顔を綻ばせた。彼女はよくわからない表情だが、深入りはしなかった。

 

 食事が粗方終わると、ダンブルドアが立ち上がって大広間に居る人達へ起立を促す。彼は杖を一振りして全部のテーブルを脇に寄せ、部屋の中央にスペースを作った。

 この日のために呼ばれた『妖女シスターズ』が拍手で迎えられ、代表選手とそのパートナーはダンススペースに移動する。

 そして、スローで物悲しい曲に合わせ、ゆっくりと踊り出した。

 

 第二の課題を前にしての風流あるクリスマス・ダンスパーティー。

 フィールはセドリックと音楽に合わせてステップを踏みながら、聖なる今宵に開催された伝統行事も悪くないと、淡い笑みを溢した。

 

♦️

 

 パーティーも終盤になってきた頃。

 校庭に作られた庭園へ、フィールはセドリックに連れてこられた。

 セドリックは何やらソワソワしており、フィールの顔を見ては視線を足元に泳がしてと、中々話を始めない。

 

「セドリック、話ってなんだ?」

 

 フィールがストレートにそう訊くと、

 

「その………フィール。今度のホグズミード行きの日って、用事ある?」

「今度のホグズミード行きの日? 特に無いけど?」

「そう………なら、よかった」

「ん? 何か言った?」

「あ、いや………なんでもない」

 

 セドリックは言いにくそうな表情を崩さないでフィールの疑問を宿した瞳を見ていたが、やがて決心を固めたようにキリッと端正な顔を引き締め、静かに言った。

 

「あのさフィール。もし、誰かと一緒に回る予定が無かったら、僕と一緒に行かないか?」

「は………?」

 

 眼をぱちぱちさせたフィールは思わず訊き返してしまった。

 所謂『デート』のお誘いにセドリックが発した言葉の意味を飲み込むのに時間が掛かったフィールはやっとのことで理解すると、

 

「………なんで私を誘うんだ?」

 

 フィールは怪訝そうな表情を浮かべながら問い返した。

 質問に質問で返されたセドリックは一瞬言葉を詰まらせる。

 

「なんでって………僕はフィールとホグズミード村に行きたい。ただそれだけだよ」

 

 いや、違う………それだけじゃない。

 ―――君をデートに誘いたかった。

 本音はそうなのだが、彼女の前でそれを告げられるはずがなく………セドリックはそう言うことしか出来なかった。

 フィールは少し考え込み―――程無くして、セドリックを見上げて返事した。

 

「………いいよ」

「え?」

「ホグズミード行きの日、一緒に行こうか。パートナーに誘ってくれた礼、まだしてなかったし」

 

 答えは―――YES。

 セドリックは舞い上がりたい気分で有頂天になりそうになったが、寸前でグッと堪えた。

 

「ありがとう、フィール」

「………どういたしまして」

 

 セドリックはすっかり満面の笑顔だ。

 フィールはクールフェイスを保ったまま、今度のホグズミード村で彼にどんな礼をしようかと既にそちら側に思考を移動させた。

 

♦️

 

 冬季休暇が終わり、新学期に突入した。

 休暇明け早々、ハグリッドが半巨人だったという事実が証明し、彼は自宅に引き込もってしまった。

 そのため、彼の代用としてグラブリー・プランクという魔女が『魔法生物飼育学』の授業を進行した。彼女の授業はとてもまともで、非の打ち所がない。それはただ単にハグリッドの授業―――特に『尻尾爆発スクリュート』の死ぬほど嬉しくないプロジェクトが滅茶苦茶過ぎたから尚更そう思うのだと、誰もが同感だった。

 

「プランク先生のままがいい」

「右に同じ」

 

 フィールは手触りのいい一角獣(ユニコーン)を撫でながら本音を呟いたクシェルに即同意した。ユニコーンはクシェルになついており、彼女からなでなでされるのを嬉しそうにしてた。

 

「クシェルの守護霊はユニコーンだし、親近感沸くんじゃないか?」

「うん。親近感沸いてるよ」

 

 優しい笑みでユニコーンのしなやかな身体を撫でるクシェルは、満足げだった。フィールもユニコーンの喉を擦り、ユニコーンは彼女へ顔を擦り付けてきた。

 

「それにしても………なんでリータ・スキーターはハグリッドが半巨人だって知ったのかな」

 

 苛ついた口調でそう呟いたのは、ハリーだ。

 近くにはハーマイオニーと、第一の課題終了後にハリーと仲直りしたロンも居る。

 基本的にグリフィンドールとスリザリンは合同授業で一緒になるので、自然的な流れでこの五人が集まるのは最早お決まりだった。

 ハリーは先程ドラコ・マルフォイが投げ渡してきた、主にハグリッドへの誹謗中傷の記事が記載された『日刊預言者新聞』をビリビリ破り、無数の紙片となったそれを踏みつけた。

 

「さあ、な。考えられるのは、誰にも気付かれずに城に侵入する手段をあの女は持ってるってことだな。でなければ、アイツはもう此処には居ないだろ。ダンブルドア校長直々に、ホグワーツに入場するのは禁止されたんだし」

 

 フィールの言葉に、四人は大きく頷く。

 ハーマイオニーは彼女へそっと尋ねた。

 

「フィール。貴女はその手段、何だと思う?」

「単純に言えば、様々な方法はゴロゴロある。例えば、『目くらましの術』や『透明マント』といった消身系の呪文や道具を使ったり、諜報員的な情報提供者を通じてとか。………でも、私としては、これなんじゃないかって思う」

「………やっぱり、フィールもそう思う?」

「ああ。割りと身近に居る『あの人』の存在が、ヒントとなったよな」

「ええ………そうよね。一斉に言ってみない?」

「そうするか。答え合わせとして」

 

 フィールとハーマイオニーは顔を見合わせ、自分が出した憶測を同時に交わした。

 

「「動物もどき(アニメガース)」」

 

 変身術の中でも特に危険で困難な、先行的な能力ではなく訓練によって得られる、動物に姿を変えられる技術だ。その変身能力の便利さと危険性から、悪用されぬよう魔法省への登録が義務付けられている。

 そして去年、脱獄不可能と評されているアズカバンからシリウス・ブラックが脱走する手段として用いた技能でもある。彼は今年、無罪を証明して闇祓いに勤務し、特例として巨大な黒い犬の動物もどきと無事に登録された。

 フィールとハーマイオニーは、昨年度の非合法動物もどきのシリウスからリータ・スキーターの悪巧みは動物もどきだからだと糸口を見付けた。

 

「動物もどきなら、このようなことも可能よね」

「もしも本当にあの女が非合法の動物もどきだって言うなら、合点がいく。とは言え、そうと考えれば、一体何の動物もどきなんだか………」

 

 動物もどきだと推測したら、次はどんな姿に変身するアニメガースなのかを推定することだ。

 しかしながら、それは容易ではないと、二人は歯噛みする。

 

「とにかく………あの女は神出鬼没だ。いつ、何処でどんなスキャンダラスな記事を書くかわかったものじゃない。警戒した方が身のためだな」

「フィールも気を付けてよ? スキーターは君の記事も書きたがってたんだから」

 

 ハリーは杖調べの際に後悔したあの出来事を思い返し、フィールへ忠告する。リータ・スキーターはハリー・ポッターの記事だけでなく、フィール・ベルンカステルについても書きたがってたのだ。特にハリーは、スキーターのせいでこれまで散々な目に遭ってるから、その友人に自分みたいな被害が及ばないかが心配だった。

 

「勿論、そのつもりだ。………ところで―――」

 

 フィールはハリーを見て、話題を変えた。

 

「ハリー、金の卵の謎はもう解いたか?」

 

 第二の課題の対策法はもう万全かと、ハリーへ確認すると彼は顔を曇らせた。

 

「それがまだなんだ………フィールは?」

「解いたよ、つい最近」

 

 次に待ち受けているのは、水中競技だ。

 恐らくは、ホグワーツの敷地内に広がる広大な湖を潜り、水中人から『大切なモノ』を取り返すという、極めて困難な課題である。

 

 制限時間は1時間ジャスト。

 そのため、フィールは解決法を思案してから数日間、必要の部屋で時間制限がある中での猛特訓に励んだ。

 ちなみに1時間ジャストという意味は、それ以上を過ぎればその分減点されるとのことだと思うので、別にノークリアになる訳ではないのだろう。が、満点を獲得したいなら、1時間以内に突破しなければならない。

 タイムオーバーすればするほど、点数は引かれるのだろう。下手すれば、大幅に失ってしまいかねない。それでは、例え技術点が満点に値しても無意味に終わる。

 

 全て、水の泡になるのだ。

 水中を舞台に、そんな無様な醜態は晒せるはずがない。

 なんとしてでも、第一の課題でゲットした満点50点に並べるような高得点をこの手に収めなければと、フィールは練習期間中の今から気合いは十分であった。

 

「ヒントは……湯の中でじっくり考える、かな」

 

 フィールは歌の内容は明かさず、ハリーにヒントを伝えた。曖昧にしたのは、『大切なモノ』とは何かがハッキリしていない状況で教える訳にはいかないと懸念したからだ。

 

「湯の中でじっくり考える?」

「そう。あの金の卵も忘れずにな」

 

 ハリーは怪訝な顔ではあったが、フィールが冗談を言う人間ではないとよく知ってるため、彼女の助言を信じてみようと、「わかった」と首を縦に振った。

 

 大半の生徒が満足して魔法生物飼育学の授業は解散となり、ハリー達一行とスリザリン組は別れた。ハグリッドの授業とプランクの授業、どちらが最高だったのかは語るに及ばないだろう。

 昼食を摂りに大広間へ向かうがてら、クシェルはフィールへ話し掛ける。

 

「そういえば、フィー。今度のホグズミード、一緒に見て回らない?」

「ごめん、先約ある」

「先約?」

 

 クシェルが小首を傾げると、

 

「ああ、セドリックと一緒に行くから」

「へー、ディゴリー先輩と………って、えええええええええっ!?」

 

 クシェルはビックリ仰天し、その叫び声は廊下の隅々まで響き渡った。道行く生徒は皆何事かと訝しい眼差しを送る。クシェルは注目を浴びてハッとし、軽く皆へ頭を下げると、フィールの腕を引っ張って誰も居ない部屋まで連れていった。

 

「え? え? ちょっ、それ、マジ?」

「あ、ああ………そうだけど―――」

「どっちから誘ったの!? フィーから!? ディゴリー先輩から!?」

「………セドリックから―――」

「ディゴリー先輩からぁ!?」

 

 クシェルは顔をグッと近付け、翠眼を剥く。

 フィールは壁に追い込まれてるので、身動きが出来ない状態だった。

 

「どういう状況で『デート』に誘われたの!?」

「ダンスパーティーのダンスが終わった後、終わりが近くなってから『今度のホグズミード行きの日、誰かと一緒に回る予定が無かったら一緒に行かないか?』って。パートナーに誘ってくれた礼もまだしてなかったし、礼の品も買いに行くのも兼ねて一緒に行くことにした」

(うわぁ………本当にこれ、マジのヤツじゃん)

 

 クシェルはセドリックの真意を感じ取りつつ、既に約束された事を今更部外者の自分が予定変更させる訳にもいかないので、今回ばかりはフィールと一緒にホグズミードに行く事を諦めてまた別の機会に行く事にした。

 

「………そっか。なら、ディゴリー先輩と次のホグズミード行きの日は楽しんでね」

 

 急に穏やかな口調になったクシェルにフィールは面食らったが、

 

「ああ………ありがと」

 

 微笑と共に礼を言った。

 クシェルは何とも言えぬ不思議な気持ちを胸に抱いて、明るい翠眼を細めた。




【フォーマルスタイルinスリザリン談話室】
『スリザリンの女王様with人間許されざる呪文』のフィールさんのドレススタイルにスリザリン生オールノックアウト。

【代表選手のペア】
フィール&セドリック→片想い(セドリックが)
ハリー&ハーマイオニー→ハリハー誕生?
ルーク&クリミア→両想い
クラム&ジニー→傷心者同士

面白いなこの見事な4パティーン。

【セドリック、フィールをデートに誘う】
そしてアンサーはOK。

【リータ・スキーターの正体】
3章のシリウスが非合法動物もどきだったからそこから手掛かり掴むハーフィル。
なんかここのハーマイオニー頭のキレが一段と高いような気がするのは気のせいだと思おう。

【第二の課題内容】
いつの間にか解いていたフィール。
そしてハリーにも教えてあげる→これでドラゴンの貸しは返した。
原作でのセドリックもそうだったけど、何気にフィールとセドリックって似た者同士?

【ビトウィーン・ザ・シーツ:あなたと夜を過ごしたい】
①ブランデー(20ml)
②ホワイト・ラム(20ml)
③コアントロー(20ml)
④レモン・ジュース(1tsp)

作り方:①~④を氷と共にシェイクし、グラスに注げば完成。
タイプ:ショート
ベース:ブランデーorラム
アルコール度数:32度
テイスト:中甘辛口
色:淡黄色、茶色(琥珀色)
直訳:ベッドに入って

【モーニング・グローリー・フィズ:あなたと明日を迎えたい】
①スコッチウイスキー(45ml)
②ペルノ(2dash)
③レモンジュース(15~20ml)
④シュガー(1tsp)
⑤卵白(1個分)
⑥ソーダ水(適量)

作り方:ソーダ水以外の①~⑤と氷を入れ、十分シェイクする。氷の入ったタンブラーに注ぎ、よく冷やしたソーダ水で満たし軽くステアして完成。
ベース:ウイスキー
アルコール度数:10度~13度
テイスト:甘口
色:琥珀色
意味:モーニング・グローリーとは『朝顔』のことで、元々は2日通いの迎え酒として作られたカクテルであったと言われてます。


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#60.第二の課題

 ホグズミード週末の土曜日。

 村は辺り一面白い雪に覆われ、雪化粧した美しい白銀の世界を作り出す。

 ありとあらゆる店が建ち並ぶホグズミード村の道を、二人の美男美女が並んで歩いていた。

 

「最初は何処行く?」

「寒いし、『三本の箒』に行かないか?」

「そうするか」

 

 ハッフルパフ寮生の指定マフラーを首に巻いた茶髪の青年は、スリザリン寮生の指定マフラーを首に巻く少女へ提案する。彼女は特に異を唱えることなく、あっさりOKした。セドリックはホッとし、フィールと共にパブ『三本の箒』に続く道中を進む。

 二人は三本の箒に辿り着き、扉を開けた。

 店内は既に多くの人々で賑わっており、込み合っている。セドリックとフィールは何処の席に座ろうかとキョロキョロ見回していると、ロンとハーマイオニーが二人で居たのを発見した。

 

「ロン? ハーマイオニー?」

「あ、フィール―――」

「ディゴリー先輩と来たの?」

 

 ロンとハーマイオニーは、フィールの隣に居るのがクシェルではなくセドリックなのを見て、両眼を剥いている。セドリックからすれば深入りされたくないので、彼は二人へ咄嗟に笑いかけた。

 女の子がメロメロになるような爽やかスマイルではなく、営業スマイルならぬ建前スマイルで。

 

「やあ。君達も此処に来てたんだね。ポッターはどうしたんだい?」

 

 セドリックが逆に質問すると、ロンとハーマイオニーは不審人物を見るような眼差しで、バーテンのマダム・ロスメルタから一番遠いカウンターの隅に視線を向けた。二人がそちらを見てみれば、ハリーと何やら熱心に話し込んでいるルード・バグマンの姿を捉えた。

 セドリックとフィールは顔を見合わせ、それからロンとハーマイオニーを見る。二人は二人の疑心の瞳から疑問を感じ取ったのだろう。簡単に説明してくれた。

 どうやら、バグマンが大勢の小鬼(ゴブリン)に囲まれて、あちら側とは違う薄暗い隅の方に座り、バグマンは小鬼に向かって低音の声で早口に捲し立てていたらしい。小鬼は全員腕組みして、恐ろしげな雰囲気だったみたいだ。

 二人はそれを聞き、ロクでもない話だなと詳しいことは知らないが、大方察した。数分後、バグマンが急いでパブを出ていき、小鬼達は全員椅子から下りて、彼の後を追った。疲れた顔でハリーが戻ってきて、セドリックとフィールは軽く会釈したら、アイコンタクトして違う店に訪問しようとドアへ行こうとしたが、

 

「お、わ」

 

 ロンが入り口を見つめて声を上げた。

 入ってきたのは、リータ・スキーターといつも従えている腹の出たカメラマンであった。前者はバナナ色のローブを着ていて、長い爪をショッキング・ピンクに染めていた。飲み物を買って、カメラマンと二人で他の客を掻き分け、近くのテーブルにやって来た。近付いてくるスキーターに、ハリー達一行とフィールはギラギラと睨み付けた。

 スキーターは、何かとても満足げに早口で喋っていた。聞こえてきたのは、ルード・バグマンのデタラメな中傷記事の見出しに合う話を見つけようとのことであった。

 これには正義感の強いハリーが黙ってなどいられず、

 

「また誰かを破滅させるつもりか!」

 

 と、大声で叫んだ。

 何人かが彼の方を振り返った。スキーターは声の主を認めるが否や、宝石縁のメガネの奥で眼を見開いた。

 

「ハリー! 素敵ざんすわ! こっちに来て一緒に―――」

「お前なんか、一切関わりたくない。3mの箒を中に挟んだってイヤだ」

 

 ハリーはカンカンに怒り、感情の赴くままに怒りの言葉を吐き捨てた。相手が親友であり恩人のハグリッドの中傷記事を書いた新聞記者張本人のためか、その激昂は荒れ狂う獣のようで、彼の憤慨に酒場内がシンと静まり返った。

 スキーターの視線は怒れる黒髪の少年に向いていたのだが、目敏く、黒髪の少女と茶髪の青年の存在に気付き―――キランと瞳が輝いた。

 

「貴女、フィール・ベルンカステルざますね? どうざんす? 此方に来て―――」

 

 最年少選手の一人で以前取材し損ねたフィールがこの場に居るチャンスを逃しはしないと、スキーターは彼女に近付こうとしたが、そこでハーマイオニーが前へ進み、

 

「貴女って、記事のためなら何にも気にしない、最低の女よ」

「お黙りよ。バカの小娘のクセして。わかりもしないのに、わかったような口を利くんじゃない」

 

 スキーターが冷たく言い、意識がフィールからハーマイオニーへ移った隙に、彼女は肩越しから小声で、

 

「フィール、貴女は早く此処から出なさい。此処にずっと居たら、あの女に何書かれるかわかったものじゃないわ」

 

 ハリー同様ハーマイオニーもスキーターによる名誉毀損の被害に遭っている。

 フィールは即頷き、セドリックは見るからに悪人そうな辣腕記者に険しい面持ちとなる。フィールは踵を返して出口に向かい、なるべく音を立てないよう静かにドアを開けて店を出た。

 

 数分後、セドリックも三本の箒から出てきた。

 同時に外に出て面倒事を起こさないためにタイミングをずらしたのだろう。しかし、あの女のことだ。このまま見逃すとは思えない。

 フィールとセドリックはパブの前にいつまでも居るのは得策ではないと、早足に誰も居ない場所目掛けて足を進めた。

 

「……最悪なヤツ居たな」

「うん、そうだね………」

 

 フィールとセドリックは顔をしかめ、パブとはかなりの距離を取ってから、二人は後ろに振り返る。せっかくのホグズミード週末なのに、楽しい気分をレダクトされてしまった。

 

「………城に帰ろっか?」

 

 セドリックはぎこちない笑顔を浮かべて城が在る方角に眼を向けたが、

 

「その前に、ハニーデュークス寄らないか?」

 

 ハニーデュークスとは、ホグズミードに在るホグワーツ生に大人気のお菓子屋だ。

 店内はヌガーの甘い香りが漂い、棚には噛んだらジュッと甘い汁の出そうなお菓子が所狭しと並べてある。

 売っているお菓子は、食べると元気が出る最高級板チョコの他、激辛ペッパー、イチゴムースやクリームがいっぱい詰まっている大粒のふっくらチョコレート、砂糖羽ペン、黒胡椒キャンディー、浮上炭酸キャンディー(フィフィ・フィズビー)、ドルーブル風船ガム、歯みがき糸楊枝ミント、ブルブル・マウス、ヒキガエル型ペパーミント、綿飴羽ペン、爆発ボンボン、ナメクジゼリー、ねっとりとしたヌガー、ピンク色に輝くココナッツ・キャンディー、蜂蜜色のぷっくりとしたトッフィー、すっぱいペロペロ酸飴、血の味がするペロペロ・キャンディー、ゴキブリ・ゴソゴソ豆板、砂糖浸けパイナップルなど、沢山売られている。

 そして、この店の地下室とホグワーツ4階が秘密の通路で繋がっているらしい。これは1年前にハリーがホグワーツから抜け出した際に利用したみたいなので、本当なんだろう。

 

「せっかくのホグズミード週末なんだ。楽しまなきゃ損だろ?」

「ハニーデュークスか………じゃ、行こうか」

 

 セドリックはフィールの提案に賛成し、穏やかな笑顔を浮かべた。

 フィールはこれが彼にパートナーに誘ってくれた礼と気分転換になればと思いながら、セドリックと共にハニーデュークスへと向かった。

 

♦️

 

 第二の課題当日まで2週間を切った日。

 図書室の一角で、一人の怒れる少女と縮こまる少年が居た。

 

「卵の謎は解いたのに、なんでその対処法を決めてないって今まで黙ってたのよ!」

 

 荒れる獅子同然に憤るハーマイオニーと、その前で弱々しく顔を伏せるハリー、そしてそれを黙って見守るロンとクシェルが居た。

 何故ハーマイオニーがここまで怒ってるのかというと、先程述べた通り、ハリーは第二の課題の突破方法を今までほったらかしにしていたのを秘密にし、いよいよ切羽詰まったから助けを求めてきた―――からだ。

 フィールの助言から金の卵の謎は解いたものの肝心なのはそれからだった。

 

 次の試練は、水中である。

 湖に潜り、1時間以内に『大切なモノ』を取り返すのがセカンドプロブレムの内容だ。

 呪文の技量や選手の度胸を試される地上での試合ではない上に、約1時間前後潜水するのは絶対条件………これはもう、ハリー一人でどうにか出来る問題ではなかった。

 

「理想的な手段は『変身術』で貴方が水中移動出来る生き物になるのがベストだけど、それは6年生からだし………誰にも扱えないわ」

 

 変身術を競技で用いる。

 確かに良案だが、それが可能であるならば苦労はしない。変身術は科目の中で一番困難で危険であるのだから、4年生のハリーでは完璧に扱えない。いや、現時点の変身術で人を使用する所までは進んでいないから、完璧にやれるやれないとかの技術点は当てはまらない。

 とにかく、一大事であるのには変わらない。

 ハリーには手札が明らかに少ないというのが現実であった。

 

「参考までに訊くけど………クシェル、フィールはどんなやり方で挑もうとしてるか知ってる?」

「フィー? ………さあ、わからない。練習中の時は基本的に一緒に居ないから」

「そう………まあ、フィールのやり方を訊いたところでそれをハリーがやれる訳ではないから、無意味ね」

「何気に悪口言ってない?」

 

 ハーマイオニーの辛辣な発言に実力不足だと遠回しに言われたハリーが苦々しげに突っ込むが、彼女は華麗にスルーし、顎に手を当てて考える。

 

「私達で使えるような呪文では到底不可能だし、だからといって他の方法もないわ………どうしましょう………」

 

 このまま時間だけが刻一刻と過ぎていくのか。

 打開策のない現状に、誰もが絶望し、諦めかけた、その時―――

 

「何か困ってるのか?」

 

 此処には居ないはずの少女の声に四人はビクッとし、勢いよく振り返った。

 そこに立っていたのは、フィールだった。

 ついさっきまで2週間後の課題へ向けて猛特訓していたのか、若干髪の毛がまだ濡れていた。

 

「フィール! それが―――」

 

 ハリーはすぐに悩みを打ち明け、フィールは深くため息ついて肩を竦めた。

 

「全く………ホグズミードに居たのを見て薄々そう感じてたけど、やっぱりそうだったか………」

 

 フィールは肩に掛けていたショルダーバッグに手を突っ込み、ある物を探し始め、彼女は右手に握り締めた物を彼の前に差し出し、彼はそれを両掌で受け取った。

 

「こ、これは………?」

「『鰓昆布』って言う貴重な魔法植物。聞いたことないか?」

「………あっ! そういえば、ネビルが本持ってた!」

 

 前に友人のネビルがムーディに『地中海の魔法水生植物』という本を貰い、それを少しだけ見た覚えがあった。まさか、あの本に記載されている植物の一つがこんなところで役に立つとはとハリーは呆気に取られた。

 

「これさえあれば! でも、なんでそんな貴重な物を………?」

「なんでって………それがフェアだろ? これで選手全員が対等の立場で挑めるようになったんだから」

 

 フィールはハリーの肩をポンポンと叩きながらそう言った。ハリーはフィールのスリザリン生らしくないほどのフェアプレー精神に唖然としたが次第に顔を綻ばせ、彼女に何度も頭を下げて礼を言った。

 

♦️

 

 2月24日、第二の課題当日。

 代表選手や審査員、観客は校庭の敷地内に広がる湖に建造された舞台に集まっていた。

 選手四人はそれぞれの学校の校章や寮のエンブレムが入ったパーカーを着用している水着の上から羽織っており、各々の思いでそこに立っていた。

 クラムは静かに揺れる水面を見つめ、ハリーは寒さと緊張でガタガタ震え、ルークは冬の空を遠い眼差しで仰ぎ見、フィールは深呼吸して平常心を保っていた。

 選手四人が各ポジションにスタンバったのを確認したバグマンは試合を始めようと、自分の喉元に杖を当てて『拡声呪文(ソノーラス)』を唱えた。

 

『さあ紳士淑女の皆さん。お待たせいたしました。ただ今、全選手の準備が出来ました。第二の課題は、私のホイッスルの合図で始まります。選手達は1時間以内に奪われたモノを取り返さなければなりません。では………1………2………3!』

 

 ホイッスルが冷たく静かな空気に鋭くも高らかに鳴り響き―――選手は全員、一斉に湖へダイビングした。

 冷たすぎる湖に潜った瞬間、肌を突き刺すような寒冷に襲われるが、慌てず騒がず、フィールは右手に構えていた杖を素早く振るった。

 『泡頭呪文』『耐寒呪文』『水圧軽減呪文』『視界良好呪文』『変身術ver人魚』の計5つの魔法を使用したフィールは途端に息苦しさや冷たさが無くなった。あとは効果が切れる前に無事に生還すればオールクリアだ。

 フィールは周囲を注意深く観察し、杖が北を指す『四方位呪文(ポイント・ミー)』で方角をリサーチして、目的地を目指して一気に泳ぎ抜いた。

 

 スタートを切ってから約30分が経過し―――祭り用と思わしき目標地点に、フィールと嘆きのマートルの道案内を受けたハリーの二人がいち早く辿り着いた。周りに水中人(マーピープル)が浮かんでいて、広場の中心には4つの杭があり、そこに四人の人質を縛り付けていた。

 フィールは一目で、誰が誰の『大切なモノ』なのかを察した。

 ちなみにその人質がそれぞれ誰かというと、

 

 フィール→セドリック

 ハリー→ハーマイオニー

 クラム→ジニー

 ルーク→クリミア

 

 こういうことだ。

 全員、クリスマス・ダンスパーティーでパートナーとなった人物だ。第二の課題前に開催されたあの伝統行事はこのためでもあったのかと考えながら、フィールはセドリックの元まで泳いで縄を切る。

 そうして、人質のハーマイオニーを回収したハリーへ帰還を促したのだが、彼は首を横に振って広場に留まった。

 

「何してるんだ? 早く行くぞ」

「ダメだ! 後の二人が此処に来るまで置いてはいけない!」

 

 フィールは少しイラついた口調で促すが、ハリーは頑なに拒否した。

 フィールは、ハリーが何を考えているかを悟り、どんなに言っても今の彼は言うことを聞かないだろうと舌打ちする。

 時間が惜しい。

 なので、フィールは本来ならば逆パターンじゃないかと思いつつ、囚われの王子様を救出しようと、さっさと水面へと浮かび上がった。

 

♦️

 

 セカンドプロブレムは無事に終了した。

 制限時間内に戻って来なければ、そこからどんどん減点されていくルールの第2試練。

 1位通過はフィール、2位通過はクラム。

 そして3位通過は、ルークとハリーだ。

 道に迷って遅れてしまったルークはともかく、ハリーはフィールと同時刻に到着した。

 本当であれば、フィールと同じく満点を獲得出来てたはずなのだが―――そこで彼の人助け癖という名の悪癖が出てしまった。

 普通に考えればダンブルドアが選手じゃない一般生徒を殺す訳がないのに、歌の内容であった『時間を過ぎれば二度と戻らぬ』という言葉を間に受けて他の人質も救出及び援助しようと、広場に留まった。

 自分の人質だけ助ければそれでいいのかとさっさと帰還したフィールとクラムへ怒りを渦巻かせたハリーは、ルークが来るまで待機し―――1時間をオーバーして鰓昆布の効果が切れたところで、タイミングよく水魔(グリンデロー)に襲撃されて道を迷ったルークがやっとのことで辿り着いた。遅れて着いたルークは状況を瞬時に理解すると急いで人質のクリミアを回収し、『浮上呪文(アセンディオ)』を使ってハリーとハーマイオニーも含めて派手に生還を果たした。

 

 そして審査員五人の評価は―――。

 フィールはファーストゴールと技量点、時間内クリアというオールパーフェクトで、またもや文句無しの満点50点。

 クラムは試合で用いた変身術は中途半端だったけど効果的なことには変わりなしのセカンドゴールで46点。

 ハリーは他の人質も助けようとした道徳心からカルカロフを除く四人からの高得点を与えられて45点、ルークも最下位で到着したが技術面は完璧だったことから45点を獲得。

 選手四人の第一の課題と第二の課題の点数を合わせた総合得点はこんな感じだ。

 

 第1位→フィール、100点

 第2位→ルーク&ハリー、87点

 第3位→クラム、86点

 

 これで残すは第三の課題及びラストプロブレムのみだ。

 第二の課題も無事にパスした選手四人へ生徒達はよくやったと誉める。ハリーは助けてくれたルークに感謝の言葉を伝え、彼は「気にしなくていい」と笑い、やっぱり従兄妹だと彼の従妹の同級生と彼を重ね、しみじみと思った。

 最後にバグマンから最終課題についての説明が施され、その場は解散となった。




【セドリックとフィールのデート】
スキーターのせいでぶち壊し。
そしてなんだか不吉な予感。
お前………いつか殺されるぞ。

【鰓昆布】
第一の課題同様フィールさん、困ってるハリーへ手を差し伸べる。なんかもう、スリザリン生かどうかを疑心してもおかしくない。ま、私のスタイルは『ハリー達の味方ポジション』だから仕方ないですけどね。

【第二の課題】
フィールの手段は計5つ。

原作でも出てきた『泡頭呪文』。
冬の冷水に耐久するための『耐寒呪文』。
水の抵抗を抑えるための『水圧軽減呪文』。
視界クリアのための『視界良好呪文』。
水中を素早く移動する『変身術ver人魚』。

中途半端な変身術だったクラムとは違って完璧な変身術のフィール。水中移動する魔法生物と聞けば人魚だなとのことで彼女の変身術は人魚にした。

といっても第二の課題はあっさり終了。
出てきたのは最初だけという。

【順位&得点配分②】
1位→フィール、50点(満点)
2位→クラム、46点
3位→ルーク、45点
3位→ハリー、45点

これで最終結果が決定。

第1位→フィール、100点
第2位→ルーク&ハリー、87点
第3位→クラム、86点

原作同様クラムは2位にさせたけど点数は6点プラスにさせて最終結果第2位のルークとハリーと圧倒的差が出ないようようにしたんですが、でも最終結果は第3位だからなんとも言えない……。


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#61.カカオフィズ(恋する胸の痛み)

 第二の課題が終了してから数日が経過した。

 第三の課題が発表される5月24日までは特に何もする必要は無いため、久方ぶりに休息を与えられた気分である。ここずっと試合へのプレッシャーがのし掛かりっぱなしだったので、選手四人は各自レストを満喫―――は、残念なことに出来ない人もいた。

 

 第2試験終了から約1週間ほどが経った日。

 授業の魔法薬学が行われる教室の階段を下りていくと、教室のドア前でスリザリン生のみならずグリフィンドール生がざわざわして落ち着きが無かった。

 その視線の行き先は―――スリザリン生はハーマイオニー、グリフィンドール生はフィールである。

 ハーマイオニーとフィールが揃って怪訝な顔をしていると、後者の同僚同輩、パンジー・パーキンソンが意地悪そうな笑顔で、新聞を二人の前に見せつけた。

 そこに書かれていたのは、やはりリータ・スキーターによる記事で、中身は二人の恋愛事情を集った内容であった。

 ハーマイオニーは以前と然程変わらずの魔法界の英雄ハリー・ポッターと付き合ってるガールフレンドという認識で、そこに新たな要素を加えてきた。フィールとセドリックを交えて。

 

 ホグワーツ1の美女と名高いフィールはホグワーツ1のイケメンと呼ばれてるセドリックとは実は秘密の愛で結ばれており(要は二人は付き合ってると言ってる)、第二の課題前にはこっそりお忍びデートをしていた。

 しかし、それを邪魔しようとする者がいる。

 『生き残った男の子』ことハリー・ポッターだけでは不満を感じるハーマイオニーがフィールのボーイフレンド・セドリックを奪おうとしており、そしてフィールはその仕返しとしてハーマイオニーのボーイフレンド・ハリーを奪おうと計画立てている………とのことだ。

 

「グレンジャーはわかるとして………ベルンカステルがまさかそんなヤツだったとはねえ………」

 

 パンジーは邪悪な笑顔を浮かべていた。

 彼女は純血思想に傾倒している典型的なスリザリン生で、マグル生まれのハーマイオニーを激しく毛嫌いしている。そして、スリザリン生なのにマグル生まれの生徒と仲良くするフィールへ嫌悪感を持っていた。

 そのため、彼女を奈落の底に叩き落とされるチャンスだと言わんばかりに、フィールへ次々と悪口を言ったり、嘲笑したりした。セドリックファンのグリフィンドール生も例外ではなく、パンジーと負けず劣らずにヒソヒソ話をしてフィールの陰口を叩く。

 クシェルは俯くフィールの手を取り、さっさと教室へ入ろうとしたが、その前にグリフィンドールの女生徒が立ち塞がり、進行を妨げた。

 

「ベルンカステル、セドリックと付き合ってるって本当なの?」

「セドリックがアンタをパートナーに誘ったって時から薄々感じてたけど………まさか本当だったなんて………」

 

 彼女らは困惑と好奇心、嫉妬を瞳に宿してあれこれ言い、イライラのボルテージが最高潮まで達したクシェルが追い払おうとした、その時。

 

「おい、君達、退けろよ」

 

 彼女らに棘のある口調でキッパリ言った人物に場はどよめいた。

 意外や意外、ロンであったのだ。

 これにはグリフィンドール生だけでなく、スリザリン生も衝撃を隠せない。

 スリザリン嫌いの彼がスリザリン生を庇うように同級生へ「退け」と言ったのだから、尚更インパクトが強かった。

 

「な、なによ………アンタ、私達と同じグリフィンドール生でしょ? なんでスリザリン生のベルンカステルを庇うのよ!」

「ああ、僕はスリザリン生が嫌いだ。大嫌いだ。だけど―――」

 

 ロンは驚いてるフィールとクシェルの顔を一瞥後、スッと大きく息を吸い、静かに言った。

 

 

 

「フィールとクシェルは別だ。その二人はハリーとハーマイオニーと同じ、僕の親友だ」

 

 

 

 奇妙な静寂と謎の沈黙が流れた。

 此処に居る全員が、ロンの言った言葉の意味を理解するのに時間が掛かってるのだ。あのマルフォイですら、開いた口が塞がらないという状態でロンを見ている。

 ハリーとハーマイオニーも瞠目していたが、次第に彼の勇姿に感化されたのか、戸惑いの表情でその場に突っ立っている皆へ、

 

「そうだ。フィールとクシェルは僕達の親友だ。その親友を傷付けるヤツは許さないぞ」

「そのイカれた頭のネジ、早く治したらどう?」

 

 クシェルに手を取られているフィールの肩を押しながらそう言い、ロンが睨みを効かせてそれ以上の邪魔を制圧しながら、五人は教室の中に入った。

 

「三人共………ありがと」

 

 フィールは窮地から助けてくれたグリフィンドールの友人三人に心からの感謝を述べると、

 

「フィール、何言ってるんだ」

「私達は、友達でしょ?」

「友達を助けるのは当たり前だろ」

 

 三人はフィールの背中を優しくさすり、満面の笑顔を彼女に向けた。フィールは思わず涙ぐみそうになったが、慌てて圧し込み、淡い笑みを浮かべて手を握るクシェルの手を握り返した。

 

♦️

 

「ちょっといいかしら?」

 

 その日の放課後。

 一人で行く当てもなくブラブラと歩いていたフィールの前に三人の女子学生が立ちはだかり、足止めを食らった。ネクタイの色からレイブンクロー生だと見てわかり、センターの赤みが掛かったブロンドを巻き毛にする女子学生はなにやら憤ってる様子だが、フィールからすれば「コイツ誰だよ?」とまず顔すら知らなかった。

 

「………アンタ、誰だ?」

「マリエッタ・エッジコムよ。……って、そんなことはどうでもいいとして―――」

 

 「いや、どうでもよくないんだけど」と心の中でフィールが突っ込んでる間にも、そのマリエッタとか言う女子は、

 

「アンタ、自分がしたことわかってんの?」

 

 と、フィールに問い掛けてきた。

 当然、いきなりそう言われても何のことだかさっぱりなフィールが「は?」としか思えないのも無理はない。

 

「去年、ピンチヒッターでシーカーとして参戦したんなら、レイブンクローのシーカーのチョウ・チャンを知ってるわよね?」

 

 ポカーン、とするフィールに構わず続けたマリエッタの発言から、どうやら彼女はレイブンクローのクィディッチチームでシーカーを務める学校の人気者で、西洋国では珍しい東洋人―――チョウ・チャンの友人みたいだ。

 フィールは「そういやそんなヤツいたっけな」と思い返しつつ、一々思い出すのもダルいなと他人事のように聞き流した。

 

「で、そのチョウ・チャンとかいう人が何?」

「ふざけないでちょうだい。アンタ、チョウの恋心を弄んだクセに………」

「弄んだ?」

「チョウは勇気を出してセドリックにダンスのパートナーを申し込んだのよ。だけど、アンタがそれを奪った。なのに、全く気付かないでヘラヘラして―――ちょっと見た目がいいからって、調子に乗ってるんじゃないわよ」

 

 ―――はあ、めんどくさいな、女って。

 態度には出さないが、フィールは物凄くダルい気分になり、内心舌打ちした。

 マリエッタからすると、友人の勇気を無慈悲に踏みにじったイヤなヤツ―――という認識でフィールを捉えているらしい。

 フィールは不快な思いを抱きつつ、さっさと目の前から消えて欲しいなと、

 

「恋心を弄んだとか、そんなこと言われたって、私が困るんだけど。私はセドリックにダンスパーティーに誘われたからそれを了承しただけで、アンタの友達の恋心とかやらなんて、これっぽっちも知らないんだけど?」

 

 いい加減解放されたいがために、少し嫌味な言い方になってしまった。マリエッタは喧嘩を売ってると捉えたのか………憤怒の表情で一発パンチしてきた。

 

「………ッ」

 

 突然頬を殴られ、口元の端が切れて、そこから血が滲んだ。マリエッタは口元を押さえるフィールの胸ぐらを荒々しく掴み、大声で叫ぶ。

 

「なんでアンタみたいな女がセドリックと付き合ってるっていうのよ? 去年、何度も何度もぶっ倒れて嘲笑の的にされた、こんな女と!」

 

 あのでっち上げの新聞を見たのだろう。

 それで、フィールへ対する怒りのボルテージが最高潮に達したのかもしれない。

 マリエッタは他寮の後輩に暴力を振るっただけでも大問題なのに、またまた殴った。今度は頬ではなく、腹部に強烈な衝撃が走った。

 

「うっ………ゲホッ、かはっ………」

 

 フィールは堪らず腹部を押さえ、咳き込む。

 マリエッタは胸ぐらを掴んでた手を離し、身体を丸くして苦痛に端正な顔を歪めるフィールを冷ややかに見下ろし、他二人もニヤニヤと彼女を蔑みの眼差しで見下す。

 

「どう? ちょっとはわかった?」

「イヤ………さっぱりなんだけど。いきなりふざけたこと抜かしてきたと思えば、いきなり殴ってきて」

 

 決して怯まず、体勢を立て直して、フィールは睨み付けて言う。

 マリエッタは醜悪に顔を歪め、フィールにアッパーをかませようとした………が。

 

「マリエッタ、貴女、その娘になんてことをしたのよ!?」

 

 焦ったような声が響き渡り、声がした方向から艶やかな黒髪を持つ可愛らしい女子生徒が割り込んできた。その人はまさしく、今話題となっていた人物の一人―――チョウ・チャンであった。

 

「チョウ、私は貴女が傷付いているのを―――」

「マリエッタ、止めて。その娘は悪くないわ」

 

 チョウはマリエッタを窘めつつ、腹部に手を当ててるフィールを見て、

 

「ごめんなさい、フィール。私の友人が貴女を殴ってしまって。でも、これだけは言わせて。私はね、セドリックのことが好きなのよ。貴女が入学してくる前からずっと。………だから私、ダンスパーティーで一緒に踊れたらいいなって思って、私の方から誘ってみた。だけど彼はキッパリ断ったわ。私、思わず『どうして?』って訊いたの。そしたら―――」

 

 チョウは一瞬言葉を詰まらせ、俯いた。

 だけどすぐに顔をしっかり上げ、フィールの目線を外すことなく、告げた。

 

「『好きな女の子がいて、その娘を誘いたいから』って。……すぐに誰なのかわかったわ。セドリックは貴女と―――フィールと一緒に踊りたいんだって。だって、セドリックが貴女を見る時の眼、他の女の子には決して見せないような、優しい眼差しだから。……わかってはいたけど、少しショックだったわ。でも、それと同時にお似合いだなって。私がセドリックの心の隙間に入れるなんて……一ミリもないんだなって……ッ………」

 

 最後ら辺の所は嗚咽を堪えるように、眼に涙を光らせ、絞り出すような声で伝えてきた。

 マリエッタと両サイドに居た女子は泣き出した彼女の背中をさすりながら、まるで戦犯を見るような眼差しでフィールにガンを飛ばした。

 フィールは肩を竦め、怒りを通り越して、呆れてしまった。

 喧嘩勃発になりかけたのを阻止してくれたと思えば、真逆の結果を招いてくれたチョウへ余計なお世話だと、自分でも酷いものだと思うが、被害者はこっちの方だと、一言で言えば、レイブンクロー生に対する印象が悪くなった。

 無論、そんなことを彼女らの前で口にしたら、火に油を注ぐどころかガソリンを撒くなと、結構失礼な本音を内心で渦巻かせつつ、この人達をどう蹴散らそうかなと物騒な思考を巡らせてたら、

 

「ボケッとしてないで、早くチョウに謝りなさいよ!」

 

 本日3度目のパンチをモロに食らった。

 マリエッタの拳はフィールのみぞおちにクリティカルヒットし、彼女は鈍痛と圧迫感に一瞬息が詰まり、呼吸が止まり掛けた。衝撃に気圧され、フィールは尻餅をつき、痛みに呻く。

 

「マリエッタ! もう止めて!」

「チョウ、貴女は黙ってなさい!」

 

 チョウはハッとして我を忘れたマリエッタに呼び掛けたが、彼女に従えていた二人に押さえ込まれてしまう。フィールは「シャラップ!」と元はと言えばこんな事態を引き起こした張本人であるチョウに怒りの叫びを心で訴えた。

 

(ったく………なんて日だよ………)

 

 今日は厄日だわ、と制服越しにみぞおちを押さえながら運の無さに歯噛みしている隙にも、マリエッタは更に痛め付けようと冷ややかに見下ろしていた。革靴を履いている右足がフリーハンドの左手のすぐ近くにあり、杖を抜き出せないよう抑圧してる。

 ………そうでなくても、彼女は意地悪な女だ。

 フィールの左手を踏みつけ、痛みを与えた。

 

「痛ッ………」

 

 彼女は左手の痛覚に呻き声を上げる。

 マリエッタは快楽とばかりに、彼女の白くて艶かしい左手に更なる深手を負わせた。

 3回も強く殴られ、次は手を踏みつけられ。

 フィールはなんでこんなに目に………と、理不尽な扱いに精神的にも肉体的にも苛まれた。

 冷たく見てくるマリエッタからは、躊躇というものを感じない。苛めることへ、快感を覚えてるようにフィールは思った。

 味方が誰もいない、この現状。

 絶望に飲み込まれそうになった、その時。

 

「君達、フィールに何してるんだ!?」

 

 明らかに激怒してるのがわかる男の声が、嫌な雰囲気が漂うこの空気を鋭く切り裂いた。

 全員がそちらを見てみれば、黒に近い茶髪にグレーの瞳のハンサムな男子生徒が怒りに震えた様子で床に倒れているフィールの元まで駆け寄って来た。

 マリエッタはサッと顔を青ざめ、慌てて飛び退く。

 介入してきたのはセドリック・ディゴリーだった。

 セドリックはフィールのすぐ側に膝をつき、彼女を抱き抱える。

 

「フィール、大丈夫かい?」

「………大丈夫…………」

 

 フィールは小声で返答し、セドリックは意識がちゃんとあるのを確認して、ホッと安堵の息を吐く。

 が、それも束の間。

 鋭い目付きで、レイブンクローの女子生徒達を見上げた。

 

「君達………フィールになんてことをしたんだ」

「べ、別に………私達じゃ………」

「それだったらなんで、フィールはこんな怪我をしてるんだい? 唇の端は切れてて、左手は赤く腫れてて………どう考えたって、君がやったっていう証拠じゃないか。ついさっきまで、フィールの左手に足を乗せてたんだし」

 

 普段は絶対に見ることのない、心優しく寡黙なイメージのセドリックの怒気に、マリエッタとチョウを押さえ付ける二人は顔面蒼白して突っ立っていたら、

 

「こ、これはどういうことですか………?」

 

 セドリックが来た方向から、副校長のマクゴナガルが慌てた感じで近付いてきた。

 彼女は目の前の光景に、緑眼を剥く。

 同僚をホールドする二人に、青い顔で視線を泳がせる女生徒、そして何故か怪我をしている少女にその彼女を抱き抱える青年。

 此処に来たばかりのマクゴナガルが、事態を上手く理解出来ないのも無理はない。困惑の色を厳格な顔に帯びながら、謎の深手を負ってるフィールへ尋ねた。

 

「ミス・ベルンカステル、一体何があったのですか?」

「………………」

 

 しかしその問いには答えず、顔を伏せる。

 今ここで教師に助けを求めるのは簡単だ。彼女はスリザリン寮監のスネイプみたいに、自分の寮の生徒であろうと依怙贔屓は無しで規則を破った生徒には平等で減点し、場合によっては罰を与える。

 同じ学舎で学ぶ生徒………それも年下に過激な暴力を振るったとなれば、マリエッタは減点だけでは済まされないだろうし、最悪の場合、退校処分となるだろう。

 

 だが、今度は別の人間から後々反感を買う恐れがある。今回はマリエッタとその子分が突っ掛かってきたが、本当は彼女らと同じことを思ってる女子が少なからずいるはずだ。その人達からの仕返しが先行く学校生活で待ち受けているのが、フィールには目に見えている。

 でも、だからといって教師の誰にも教えなかったら、それはそれで後々問題だ。『気が弱く、言い返したくても言い返せない生徒』と思われて、今みたいなことが長々と繰り返されるのも考えられる。

 結論の出ない思考に苦悩していると、フィールは答えられないと判断したマクゴナガルが、訊き先をチョウに変更した。

 

「ミス・チャン、此処で何が起きたんですか?」

「………私の友人、マリエッタ・エッジコムが、フィール・ベルンカステルを殴りました」

「チョウ………!」

 

 余計なことを! とマリエッタは慌てるが、チョウは驚愕に凍り付かせるマクゴナガルの顔をしっかり見上げ、ポツリポツリ告げた。

 

「そ、それは本当なのですか………?」

「はい……でも、マリエッタは悪くありません。全て私が悪いんです」

「………どういう意味ですか?」

 

 マクゴナガルが気を取り直して質問すると、チョウは口を噤んだ。

 流石に恋愛絡みが原因でこんな事態が発生したとは簡単に言えないようだと、その点はフィールも察しているのか、口を挟む気はなかった。

 困惑と戸惑いの空気が流れるこの場。

 マクゴナガルはしばらく沈思黙考し―――一つの判断を下した。

 

「理由はどうであれ、同じ学舎で学ぶ生徒に暴力を振るう行為は許せるものではありません。よって、レイブンクローから50点減点とします。罰則については、貴女方の寮監であるフリットウィック先生に判断を仰ぎます。詳しいことは別室で伺いますので、そのつもりで」

 

 マクゴナガルはピシャリと言い、それからフィールとセドリックに視線を移すと、

 

「ミスター・ディゴリー、ミス・ベルンカステルを医務室までお運び頂いてもよろしいですか?」

「勿論です、先生」

「では、頼みますよ」

 

 マクゴナガルはレイブンクロー生達をフリットウィックの所まで連行しようと踵を返し、渋々といった感じに彼女らはついていく。チョウは一度振り返ると、フィールを横抱きにして抱え上げたセドリックの所まで走り、「ごめんなさい」と謝って、すぐに戻っていった。

 

「フィール、大丈夫かい?」

「………大丈夫…………」

 

 横抱き―――所謂『お姫様抱っこ』をしながら医務室まで足を進めるセドリックは心配そうに声を掛け、フィールは力無さげに笑った。この時ばかりはフィールも強がりはせず、黙ってセドリックの腕の中にいる。セドリックは身長と体重が比例しない、あまりにも軽すぎるフィールに怪訝な顔になった。

 

「ちゃんとご飯食べてるのかい?」

「失礼だな………ちゃんと食べてるよ………」

「それでこの細さって………」

 

 そんなやり取りをしていると、唐突にざわざわと喧騒に包まれた。

 セドリックは顔を上げ、廊下に居る生徒達が全員こちらを見ているのに気付く。

 彼らは近くに居る人とヒソヒソ話をし、興味本位に接近してきたが、セドリックに抱かれているフィールが唇や左手に血や傷痕が滲んでいるのを発見すると、パニック度が格段にアップした。その騒然は瞬く間に広がり、ゾロゾロと人が集まってくる。

 皆、なんでフィールがそんな状態なのか、と疑問符を浮かべている。邪魔な包囲網を退かそうにも退かせない状況にセドリックがイライラしてると、

 

「フィー?」

「フィール?」

 

 廊下の騒ぎに駆け付けたクシェルとハリー達一行が人混みを掻き分けて姿を現し、早々に眼を見開かせた。

 セドリックがアイコンタクトで道を開けてくれと頼むといち早く彼の心境を悟ったハーマイオニーが「皆、退けてあげて」と呼び掛け、ハリー、ロン、クシェルの三人もそれに倣って周囲を半ば強引に退かせる。

 そうして医務室に辿り着いたセドリックはドアを開けて中に入り、ハーマイオニー達四人は余計な人間が入室しないように詰めかけてきたホグワーツ生を出入口前で追っ払った。

 

 数分後、四人は誰も居ないのを確認してから、医務室に入室した。

 ベッドには、口の端が切れた患部にバンドエイドが貼られていて左手には包帯が巻かれているフィールが座っており、そんな彼女の前に膝をつくセドリックが居た。

 

「フィー、大丈夫?」

「ああ、今はなんとか………」

 

 左手の甲に包帯が巻かれているのが痛々しい。

 傷薬を塗ってあるが、数日は包帯は取れないだろう。

 

「フィール、一体何があったの?」

 

 ハーマイオニーがそう尋ねると、

 

「レイブンクロー生のチョウ・チャンは知ってるかい? レイブンクローのクィディッチチームでシーカーを務めてる」

 

 セドリックが何故かそう訊いてきた。

 

「え、ええ、知ってるわ。まさか彼女が?」

「いや、違う。チョウが言ってたんだ。彼女と同じレイブンクロー生のマリエッタ・エッジコムって女子生徒がフィールを殴ったって」

 

 それを聞き、四人は眼を見開かせた。

 

「フィール、本当なの?」

「……………ああ」

「信じられない………年下の女の子に暴力を振るうなんて!」

 

 ハーマイオニーは怒りに唇を震わせた。ハリーとロンはしかめっ面をし、クシェルは今すぐ医務室を飛び出したい衝動に駆られた。

 

「でも、なんでそんなことを………?」

 

 ハリーが最大の疑問を呟き、全員がフィールの方を見た。だが、フィールは注目を浴びて唇を結び、言いにくそうに顔を逸らしたが、セドリックをチラリと見て、すぐにまた背けた。

 それだけで、彼女の胸中を察したのだろう。

 

「私達ギャラリーは一旦出ましょ」

 

 ハーマイオニーがそう提案した。

 三人も「自分達が居たら話しづらいのでは」と察したらしく、ハーマイオニーの言葉に素直に頷き、四人は医務室を退室した。

 そんな彼女が機転を利かせてくれたおかげで、ようやく本題に入れた。

 

「フィール、もしかして、さっきの出来事には僕も関与してるのかい?」

 

 先程フィールが自分をチラリ見した時、セドリックは自分も関係してると察知したらしい。

 フィールは小さく首を縦に振った。

 

「やっぱり………で、なんでなんだい?」

「………セドリック、幾つか訊いてもいいか?」

「え?」

「………さっきの出来事と関係あるから」

 

 その言葉にセドリックは了承の首肯を見せる。

 フィールは意を決して、質問した。

 

「マリエッタとチョウが言ってたんだけど………アンタ、チョウにダンスパーティーのパートナーに誘われたらしいな」

「………そうだよ。君を誘う前、チョウから『ダンスパーティーで一緒に踊らない?』って誘われた。でも、僕は断ったよ。僕は君を誘いたかったからね」

「………それで、チョウがこんなことを言ってたんだけど、本当なのか?」

 

 フィールが言おうとした言葉の続きは、

 

「『好きな女の子がいて、その娘を誘いたいから』………だろ?」

 

 セドリックによって繋げられる。

 ………そう、まさにその通りだ。

 チョウは、セドリックがそう言ったと伝えてきた。

 そして、そのセドリックが、全く同じことを言っている。

 ………つまり―――

 

「………こんな状況で、こんなことを言うのもアレだけど………フィール―――」

 

 セドリックはフィールの両肩に手を置き―――彼女へ、自分の想いを伝えた。

 

 

 

「―――僕は君のことが好きだ。後輩とか友達とかではなく、一人の女性として、恋愛対象の人物として」

 

 

 

 フィールの世界から一切の音が消えた。

 流石のフィールも異性に愛の告白をされる経験は初めてだったので、どう対処すればいいのかに困った。最初は冗談かと思ったが、セドリックに限ってそれないし、この状況で嘘を言うなんて有り得ない。

 今のは、正真正銘、本気の告白だ。

 だからこそ、なんて返事をすればよいのか、フィールにはわからなかった。

 

「………アンタはなんで私が好きなんだ?」

 

 レイブンクロー女生徒達との一悶着の件は一旦吹き飛ばし、突然の告白にフィールはセドリックへ問い掛けた。セドリックもまた、この時だけは重苦しい話題を打ち消し、彼女の問いに応える。

 

「………3年前、図書室で君と出会って、君の滅多に見られない笑顔を見てから、ずっと眼で追うようになった。それが恋心だって知った時、僕は君に伝えるかどうか、少し悩んだよ。フラれてしまうリスクがあるから。………でも、そんなこと言ってられないって思い直した」

 

 セドリックはフィールの左手に視線を移す。

 白い包帯に隠された彼女の白い手を取り―――左手の甲に唇を触れた。

 愛おしむように、そっと。

 その柔らかなキスに、フィールは恥ずかしさで顔に熱が籠る。

 

「は? え? おいセドリック、いきなり何するんだ!?」

「少しでも早く治るように、と思って」

 

 上目遣いでフィールを見ると、彼女の色白の頬は紅潮していて。

 セドリックはフッと微笑み、もう一度口付けを落とすと、

 

「僕が君に対する気持ちは、こういうことだから」

「………………本気か?」

「ああ、本気さ。ハッフルパフ生の名に誓って、君のことが好きだと宣言するよ」

 

 セドリックはキリッとした表情で、フィールの瞳を見つめた。

 

「………返事はいつでもいいから。真剣に僕のことを考えてくれないかな?」

「………わかった」

 

 セドリックは、相当な勇気と覚悟を決めて、想いを伝えてきたに違いない。

 ならばその彼の気持ちを真っ正面から全て受け止め、ハッキリと答えを出さなければ。

 フィールは未だに戸惑うが、自分が成すべきことだけは忘れず、決意を胸に―――白い包帯が巻かれた左手で、彼の手を握り返した。




【遂に来てしまった………】
フィールとセドリック、スキーターによる被害を受ける。中身はこんな感じ。

ハリハー&セドフィルいる→ハーマイオニー、友人の彼氏を取ろうとしてる→報復としてフィール、ハリーを取ろうとしてる

クズ女(スキーター)のことだ。
こんなでっち上げを書いてもおかしくない。

【う、嘘だろ!?】
ロンが同僚へ「退け」と言っただと!? そしてフィールとクシェルは友達と堂々と宣言。あれ? コイツこんなイケメンだったっけ?

【レイブンクロー生との一悶着】
マリエッタ、怒りのあまりフィールを殴る。
女って怖い………((( ;゚Д゚)))ガクガクブルブル。
そして………うん、なんだろ。
緊張したシーンなのに、フィールの「黙れ!」はちょっと笑ってしまった。

【セドフィル】
ここでなんとお姫様抱っこ登場。
そして………あのタイミングで!?
まさかの告白! 手の甲に口付け!
あ、告白シーンに突入したらレイブンクロー女達の話題はレラシオされました。御愁傷様でーす。

【カカオフィズ:恋する胸の痛み】
①カカオリキュール(45ml)
②レモン(20ml)
③シュガー(1tsp)
④ソーダ水(適量)

作り方:ソーダ水以外の①~③をシェイクし、タンブラーに注ぎ、ソーダ水で満たし軽くステアして完成。
タイプ:ロング
ベース:リキュール
アルコール度数:7度~11度
テイスト:中甘口
色:透明
装飾:お好みでスライスしたレモンを飾ると見た目がオシャレになります。


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#62.虎視眈々

今日はハリーの誕生日じゃないか!
ハリー、誕生日おめでとう!


 レイブンクロー生との恋のトラブルから数日が経ち、その間、誰一人としてセドリックやフィールに何があったのかと質問してくる生徒はいなかった。

 お姫様抱っこでフィールがセドリックに医務室に運ばれたという噂は、あの時その場に居なかった生徒達にも瞬く間に知れ渡り、好奇の眼は向けつつ、流石に自重してるみたいだ。

 と言っても、大抵の生徒は原因が何かを察したらしい。それもそのはず、リアルタイムでレイブンクローが何故か50点も減点され、マリエッタを初めとするレイブンクロー女生徒数人に罰則が与えられたのだから、変な所で頭の回転が速いホグワーツ生は皆白い眼を向けるようになった。

 その反動かどうかは知らないが、左手に包帯を巻くフィールに心配の声を掛ける生徒が続出したが、彼女は掌返しもいいところだと、ガン無視を決め込んだ。

 あれだけ魔法界に発刊されたセドリックと付き合ってるとのデタラメな記事を見た時、セドリックファンの人々に陰口叩かれたというのに、傷害を受けた途端に心配して近寄って来るなど、心中穏やかでいられる訳がない。

 ………そういえば、最近、セドリックから人生初の告白を貰った。

 一人の女性として、恋愛対象の人物として好きだと。

 その時は、どう返事すればいいかわからず硬直してしまったが、彼から「返事はいつでもいい」と言われた。

 いつでもいい………だが、いつまでもほったらかしには出来ない。なるべく早めに………少なくとも、第三の課題を終えたら、時間を見つけて返事を出さなければ―――。

 

「………ん? あれ―――」

 

 朝食時間帯のある日。

 大広間に行く前、数日前に手当てをして貰った礼をまだしてなかったことから校医のマダム・ポンフリーに感謝の言葉を述べに医務室に寄ったフィールは、遠く離れた先にこちら側へ走ってくる少女の存在に気付いた。

 眼を凝らして見てみると―――見慣れたボサボサ茶髪の少女が、顔を伏せがちにダッシュしてるのを認める。

 

「………ハーマイオニー?」

 

 茶髪の少女―――ハーマイオニーは突っ立ってるフィールに気が付かないまま疾走し続け、ドンッと彼女にぶつかった。

 

「きゃっ! ご、ごめんなさ―――」

「ハーマイオニー、どうしたんだ?」

「え………フィール?」

 

 わざと立ち止まり、このまま突っ走ってハーマイオニーが壁などに衝突しないよう阻止したフィールは、顔を上げた彼女に呼び掛ける。

 

「な、なんで此処に………?」

「この間治療してくれたマダム・ポンフリーにまだ礼を言ってなかったから、それで。ハーマイオニーは?」

「………ッ」

 

 ハーマイオニーは言いにくそうな表情で顔を逸らすと、慌てて両手を後ろに隠した。フィールはチラッと見えた彼女のそれを見過ごさない。

 

「………手、見せて?」

 

 フィールがそう言うと―――ハーマイオニーは震えた腕をゆっくりと前に出した。

 彼女の両手は大きな黄色い腫れ物がブツブツ膨れ上がっており、まるで分厚いボコボコの手袋を嵌めているようで痛々しかった。

 

「おい………まさか、『腫れ草(ブボチューバー)』か?」

「………ッ、そうよ………」

 

 ハーマイオニーは涙声で小さく呟く。

 

「わ、私もう行かなきゃ。ごめんなさい、引き留めて………」

 

 けれど、今来た道を戻ろうとしたハーマイオニーの腕を、フィールが掴み、引き戻す。

 

「馬鹿言うな。この階に来たってことは、医務室に寄るつもりだったんだろ」

 

 振り向くと、フィールの顔があった。

 心配そうな蒼瞳で、じっと見てくる。

 

「何があった? 私でよければ話を聞くぞ」

 

 緩く結んでいるネクタイの色は、緑と銀。

 いつもいつも『穢れた血』と罵倒してくるスリザリン生が所属する、蛇寮のシンボルカラー。

 その彼らと同じ寮に所属してる証なのに、気付けば彼女がスリザリン生だというのを忘れるくらい、フィールは………他のスリザリン生とは違い過ぎて。

 

「う………う………ああぁぁぁ…………」

 

 次の瞬間、ハーマイオニーはフィールの胸に飛び込んだ。同時、堪えていた涙が溢れんばかりに溢れ出す。フィールはまだ包帯が取れない左手でハーマイオニーの頭を抱えて言った。

 

「今は存分に泣け。これまで、泣きたくなるのを堪えてたんだろ。泣き止むまで待ってやるから、この時くらい、全部吐き出せよ」

 

 相変わらずぶっきらぼうな言い方なのに、そこに滲む優しさは、紛れもなくフィールだけが持つもので。

 ハーマイオニーはフィールの胸に甘え、彼女の胸元を熱い涙で濡らし続けた。

 

♦️

 

 マダム・ポンフリーに両手を包帯でグルグル巻きにされたハーマイオニーは、『遮音呪文』を掛けた空き部屋でフィールに朝の出来事を伝えた。

 現在『薬草学』の授業中なのだが、大広間に来るのが遅いのを心配してやって来たクシェルに「スプラウト先生には欠席すると言って」と頼み、彼女は「ハリーとロンにも伝えておく」と快く引き受けてくれた。

 ハーマイオニーは申し訳なさそうにしてたが、フィールからすれば別にどうってことはなかった。

 

 さて、それはさておき―――。

 朝食時間時、ハーマイオニー宛てに嫌がらせメールが何十通と膿の薄めてない『腫れ草』を仕込んだレターが一通、送られてきたそうだ。

 手紙は、手書きではなく『日刊預言者新聞』を切り抜いたような文字が貼り付けてあったみたいで、あのデタラメ記事を読んだ魔法使い達から批判の言葉の集中放火を浴びた。

 『ハリー・ポッターにはもっといい子が相応しい』『友人の彼氏を取ろうとするなんて最低なマグルだ』等………発送された郵便物全てがそのような内容だったとか。

 

「あの女こそが最低なヤツだろ。アイツら、頭のネジでも吹っ飛んでるのか?」

 

 空き部屋にあった椅子に座って詳しい話を聞き及んだフィールは、自分の友人がそんな卑劣な行為をするなんて絶対に無いと相当ご立腹である。

 ハーマイオニーは涙ぐみ、フィールの肩に頭を乗せた。

 

「とにかく、事情はよくわかった。………あの女のせいで、色々ぶち壊しだ。これは早々にスキーターの化けの皮を剥がしに動くか」

 

 ハッとしたハーマイオニーはフィールの顔を見上げる。

 彼女の瞳には揺るがない決意と激しい怒りを表す色が浮かんでいた。

 

「これ以上続いたら、学校生活はおろか社会的にも抹殺される。私達を散々痛め付けてきたんだ。それ相応の代償を払って貰うのは当然だ」

 

 だから、とフィールは続ける。

 

「―――近々、リータ・スキーターの素性を暴いてやる。あの粘ついた笑顔の下に隠されてる素顔をこの手で剥ぐまで標的(ヤツ)は逃がさない。何処までも何処までも追い掛け、そして追い詰めてやる。決して逃がしはしない」

 

 フィールからの力強い宣言に。

 ハーマイオニーは暗い現状の中で、一筋の希望の光が差した気がした。

 

 嫌がらせメールはそれから1週間、途切れることなくハーマイオニーに届いた。『魔法生物飼育学』で代理のプランクからハグリッドに戻った際、彼から言われた通りハーマイオニーはもう開封しなかったが、嫌がらせメールの中には『吼えメール』を送り付けてきた者もいた。

 グリフィンドールのテーブルでそれが爆発し、大広間全体に聞こえるような音でハーマイオニーを侮辱した。これで『週刊魔女』を読まなかった生徒でさえ、今やハーマイオニー、ハリー、フィール、セドリックの噂の恋愛関係を全て知ることになった。

 ハリーはうんざりしてきたし、セドリックも眉間に皺を寄せていた。ハーマイオニーはイライラがMAXになり、フィールは―――

 

「…………………………」

「フィ、フィー………?」

 

 隣に座っていたフィールの友人・クシェルは、彼女から発せられる不穏な空気を敏感に察知し、恐る恐る声を掛けると、

 

「もう、我慢の限界だ。あのクズ女を叩き潰す」

 

 ガタンッ! とゴブレットをテーブルに荒々しく置いたフィールの声は低音で、威厳さと不機嫌さを物語っていた。

 クシェルはビクッとし、今のフィールの言葉はマジだと、生き生きした顔を青くさせ………スキーターの命運は彼女がどこまで誠心誠意の謝罪を見せるかによって左右されると、久々に発揮される友人の殺気立たせる威光に、ゾクリと背筋に悪寒が走った。

 

♦️

 

 その日の放課後。

 フィールは午後最後の授業でクシェルと別れ、一人で静かな時間を過ごしていた。

 壁に背を預け、難しい言葉とわかりやすい図が記載された魔法書を見るとはなしに眺めていたがそれは唐突に終わりを告げる。

 

「………来たか」

 

 フィールの目線の先には、本来であれば此処には居ないはずの、角ばった顎の顔に宝石で縁取られたフォックス型メガネを掛けた派手な女。

 ハグリッドの中傷記事を書き、ハーマイオニーを傷付けてきた張本人―――リータ・スキーターだった。

 スキーターはフィールの姿を認めるが否や、粘ついた笑顔で彼女へ近付いた。

 

「貴女、フィールざますね。どう? お元気にしてたかしら?」

「ああ………ちっとも元気じゃないな」

「そう、それはよかったわ。落ち込んでるんじゃないかと心配してたのよ」

 

 フィールの言葉を無視してスキーターは馬鹿げた発言をあろうことか、不機嫌度がピークに達してる彼女の前でかました。

 黒髪の少女はチッと舌打ちするが、それに気が付かないまま、スキーターは続ける。

 

「どうざんす? 私と一緒にお茶でもしないかしら?」

 

 お茶会という名の情報収集のため、スキーターはフィールへ建前の台詞(言葉)で誘った。普通、スキーターの性格を知る者は、

 

「だが、断る」

 

 と言うだろう。

 だがしかし、フィールは何を考えてるのか、やたら爽やかな笑顔を浮かべ、

 

「ええ………構いませんよ?」

 

 パタン、と本を閉じ、指を鳴らして分厚いそれをどこかに仕舞った彼女は、なんとその誘いをYESと了承した。

 スキーターはちょっとの違和感は覚えつつ、これで新しい情報を得られると、本心を隠すための営業スマイルをフィールに見せる。

 

 対し、フィールも笑みを見せていた。

 スキーターには、わからないだろう。

 この笑顔は、仮面のスマイルだと。

 そして、貼り付けた微笑みの下に、スリザリン生の素質の一因、『目的のためならば手段を選ばない』という彼女の潜在的なる狡猾さが、ひっそりと見え隠れしているのを。

 

 敵とみなした人間を射抜くフィールの両眼は本気だ。

 そう、それはまさに、己の野望を遂げるべくじっと機会を窺う虎のように―――虎視眈々と。

 狙った獲物は逃がさぬ、狩人の狼のように。

 今のフィール・ベルンカステルの蒼い双眸は、眼光炯々の如く鋭くギラつかせた目的意識をその瞳に宿していた。

 

「そう。なら何処か―――」

「―――此処では狭すぎるから何処(どっ)かへ行こうか今から」

 

 ニヤリ、と形が整った淡い桜色の唇の端を微かに上げながら、フィールはウキウキな様子のスキーターの言葉をあからさまに遮る。

 怪訝な顔になるスキーターへ、フィールは平然とした態度で、

 

「なんだ? イヤなら別にそれで構わないが?」

 

 痛い目に遭いたくないなら、今の内にさっさと私の目の前から消えろ。

 言外にそう重みを含めたその言葉(セリフ)に、気付く者は果たしているだろうか。

 スキーターは慌てて笑顔を形作り、何事もなかったようにコクコクと首を縦に振る。

 

「そ、それじゃ、何処かゆっくり話せる場所へ行きましょ?」

「ああ………そうだな」

 

 そうして、スキーターとフィールはもう使われることがない古い一室まで行き、前者は入室した途端、サッとドアを閉めて外から誰も入れないよう鍵を掛けた。

 これで、フィールを閉じ込められた。

 あとは彼女から有益になりそうなインフォメーションだけを集め、何食わぬ顔でこの部屋を出たら、彼女のみならずあのマグル生まれの娘もまとめて人生を台無しにしてやる。

 フィールに背を見せているのをいいことに、スキーターはほくそ笑む。

 

 故に、この女は全く持ってわかってない。

 彼女に自分の顔が見えてないということは、その逆もまた然り。

 フィールが今どんな表情で立っているのか、わかってないという意味だ。

 フィールもまた、ほくそ笑んでいる。

 これで、クズ女と二人きりになった。

 そしてどういう思考回路をしているのか、自ら鍵を掛けて誰も来ないよう閉塞した。彼女はそれを利益なものと考えてるだろうが、実際にやったことは、ただの大馬鹿者が行う行為だ。

 

 何故なら―――これで、自分を邪魔する者が誰一人として入ってこられなくなったのだ。それは即ち、化けの皮を剥ぐのには絶好の場を自ら提供してきたのも同然で。

 フィールは爆笑したくなるのを堪えつつ、杖を一振りし、部屋のど真ん中より少し先の場所に()()()のスツールを出現させた。

 同時、スキーターがドアから離れ、振り返る。

 フィールも咄嗟に表情を取り繕って後ろに身体全体を向かせ、訝しい面持ちをペーストさせてカチャカチャとドアノブに手を掛けた。

 

「あの、なんで鍵を………?」

 

 何故監禁同等の行動をしたのかその訳がわからない少女を演じながら、フィールはスキーターが椅子に向かうのを肩越しから見届ける。

 

「あらあら、そのようなことは気にしなくて大丈夫よ。用が済んだら、すぐに此処から出してあげますから、それでいいざますね?」

「ああ、そうですか………」

 

 声音は不安げだが、その表情は別物。

 フィールはハッと、更に嘲笑いたくなった。

 用が済んだら、すぐに此処から出してあげると言ってきたヤツに、肩を竦めてしまう。

 この女は、自分を狩る気満々のようだ。

 フィールはスキーターへ、

 

()()()()の間違いじゃなくて?」

 

 と、そう問いたくなった。

 獲物を自分の領域へ取り入れたとまだ思い込んでいるスキーターは、一脚だけ用意されたスツールに、首を傾げる。

 

「貴女、自分の椅子はどうしたんざますか?」

 

 スキーターの質問に、フィールは「は?」と薄ら笑いした。

 

「誰もアンタに用意したなんて、一言も言ってないんだけど?」

 

 先程とは打って変わってガラリと豹変したフィールの物言いに―――スキーターもまた、今までの装いと仮面をかなぐり捨てる。

 

「年上に向かってその言い方はなんだい? 目上の人は敬うべきだと教わらなかったのかしら?」

「敬える年上、だったらの話だけどな?」

 

 スキーターがキッとしてフィールの方を見てみると、彼女は冷ややかな眼差しの色を浮かべていた。その有り様は、まるでさっきまでの怯えた少女の振る舞いが一ミリも感じ取られない。

 馬鹿にしたような笑みで、こちらを見ていた。

 

「これまで何度も誰かの人生を滅茶苦茶にしてきた挙げ句、私の友人達に散々な名誉毀損の損害を与えてきたお前に敬意を払うなんて真似、死んでもするかよ」

「あんまり調子に乗るんじゃないよ、馬鹿女が。ホグワーツの最年少選手の一人だがなんだか知らないけど、これ以上お友達共々、私に社会的にも抹殺されたくなかったら、大人しくしてな」

「えっ、抹殺する? 抹殺()()()の間違いじゃなくて?」

 

 スキーターはたちまち、カチン、ときた。

 片眉を釣り上げ、フィールを睨み付ける。

 

「………アンタは本当に馬鹿な女だよ。いいよ、教えてあげるさ。私に逆らったらどうなるか、それを教えてやらないといけないようだね」

 

 スキーターはイライラとストレスを持ち、フィールが座ろうとしてたスツールを蹴り飛ばそうと背を向けた、次の瞬間。

 

ペトリフィカス・トタルス(石になれ)

 

 獲物を狩るにおいて背を向けたら、それはその瞬間に狩られるのを意味する。

 敵が背後を見せるその刹那を、狩人は見逃さぬようジリジリと待ち構えている。

 そして、無防備なその背を捉えたら、瞬殺。

 フィールは冷たい声で『凍結呪文』を詠唱。

 青い閃光はスキーターの背中を撃ち抜き、彼女は両腕・両足が身体にピッタリとくっつき、身体が一枚板のように硬直化してしまった。動けなくなったスキーターは仰向けで冷たい床に倒れる。

 

「ハンティングするとか言ってたクセに、そのターゲットにバックを見せるとか、お前こそ、正真正銘の馬鹿な女だな」

 

 フィールは冷淡な笑みで、ゆっくりと足を進める。身体は動けなくとも意識と思考は残るのが『全身金縛り呪文』の効果だ。

 視線だけを慌ただしく動かすスキーターは、こちらに歩み寄ってくるフィールへ恐怖という感情を覚え始めた。

 そんな彼女を蔑むように、フィールは彼女のある部分に一発強力な蹴りをお見舞いした。今のキックの標的場所は、スキーターによるあの記事のせいでレイブンクロー生に怪我を負わされる羽目になった、あの左手だ。

 

「今の一発は、お前が散々傷付けてきた人達の恨みだ。よく覚えておけ」

 

 目の前で友人が殴られていたら、殴っているそいつを殴り倒して救うしか方法がないように。

 それ相応の代償を払って貰わなければ、と思うフィールはストンとスツールに腰掛け、足を組んで冷たい眼で足元に倒れている彼女を、冷たく見下ろした。

 

「さて………時間も惜しい。お前の素顔をこの眼で拝見させて頂くぞ」

 

 フィールは怯えた眼差しの色のスキーターの両眼を見据え―――他人の心から感情や記憶を引き出す能力『開心術』の名を静かに囁いた。

 

「―――レジリメンス(開心)

 

 『開心術』に対抗するには、視線を逸らす、もしくは『閉心術』を習得し、心を空にして全ての感情を捨て去らなければならない。

 しかしながら、今の混乱に心が染まったスキーターにそのようなことは出来るはずがない。成す術もなく、他人に知られてはマズい記憶がついさっきまで人生を台無しにしてやろうと企んでいた少女に探られているのを、ただただ仰向けに寝転がりながら見送る他ない。

 やがてフィールはスキーターが非合法の動物もどき・コガネムシに変身してネタ探しに1年間、ホグワーツ城内をブンブン飛び回っていたという彼女のスキャンダラスな暴露記事の終着点に辿り着いた。

 

「なるほど………やっぱり、私とハーマイオニーの推測は正しかったんだな。これで彼女も大いに喜ぶに違いない………」

 

 一人言を呟くフィールは、今更気が付いたみたいな振る舞いで、顔面蒼白のスキーターを見る。

 

「なんだ、その顔は? お前が今までやってたことはこういうことだってまだわからないのか?」

 

 恐ろしいほど、歪んだ笑みで。

 フィールは足を組み直し、言葉を続けた。

 

「生憎だけど、私は甘くない。非合法の動物もどきという証拠を掴んだ以上、どうなるかは覚悟しておけ」

 

 フィールはどこからか、スッと魔法瓶を取り出してスキーターに見せ付ける。これは、今からコガネムシに変身させ、その状態でこの中に密封させるとのことだ。

 

「私は敵と見なしたヤツには、一切の容赦を覚えない。リータ・スキーター、私は友人を傷付けたお前を許しはしない」

 

 フィールの脳裏に―――涙で顔をぐちゃぐちゃにさせて胸に飛び込んできたハーマイオニーの泣き顔が過る。

 あの時自分は、絶対にスキーターを許さないと激しく思った。

 友を苦しめるヤツは、誰であれ許容しない。

 たとえそいつが辣腕記者であろうがなんだろうが、例外は存在しない。

 

「この束縛から解放された時、私を陥れられるものならやってみろ。誰かの涙で固めた、虚飾の記事で。逃げられるものならやってみろ。何処までもしつこく追い掛け、追い詰めてやると決意してる私から。忘れたというならば、私がもう一度知らしめてやろう。お前がこれまで何重にも積み重ね、何万も生み出してきた犠牲と苦痛の代償を」

 

 杖を大きく振り上げ―――スキーターを未登録の動物もどきである太ったコガネムシに変身させたフィールは、魔法瓶という名の監獄に投獄させる前、

 

「罪の重さを思い知れ、リータ・スキーター」

 

 低音で威厳ある声で一語一語を打ち込み、完全にコガネムシ・スキーターをぶちこんだ。

 自分達を苦しめてきた罪人をこの手で捕らえたフィールは、握り締めた約束を胸に誓い果たしたと、白い包帯に覆われていた左手をかつて友人の熱い涙で濡れた胸元に、そっと当てた。




【ハーフィル】
泣きたくなるのを堪えていたハーマイオニーの心境を読み取り、胸に飛び込んできた彼女を優しく慰めるフィールはめっちゃイケメン。

【スリザリン生らしい一面を見せたフィール】
感想で『グリフィンドール寄りの性格でスリザリン生にかなりの違和感がある』と言われたのも含め、スキーターを叩き潰す際、フィールは遂に狡猾な思考回路の持ち主のスリザリン生の顔を見せた。同時に、いざとなればかなりの演技派なのもここで判明した。
あ、あのギャップは、お、恐ろしい………。

【まとめ】
今回は見事なまでのダブルフェイスを見せてくれたスリザリンの女王様ことフィールによるスキーター確保の回でございました。
蹴りを入れるかはちょっと悩んだが………ほら、どっかのアニメでいるじゃない? 犯人捕まえる際にサッカーボールやらタイヤやらを蹴る名探偵様が。どうかあれと似たものだと思ってくれ(-)_(-)。
それにしても……蔑みの眼で見下しながら足を組むという超ドSな女王様っぷりを存分に見せてくれたフィールには作者としてちょっと満足です。
スリザリン生っぽい一面見せるといったらドSとか? という考えからこのようなことになったのですが、果たしてどうなんだ……。


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#63.暗闇の攻防

原作変化の回。


 時は流れ、イースター休暇も終わり―――第三の課題及びラストプロブレムの発表当日、5月24日を迎えた。

 変身術の授業の後、ハリーとフィールはマクゴナガルから夜の9時にクィディッチ競技場に向かうように言われ、玄関ホールを集合場所に決めた二人は、午後8時半にそこで合流した。

 

「今度は何だと思う?」

「次の課題はちょうど1ヶ月後だ。前回と違って猶予期間が圧倒的に少ないってことは、比較的簡単な内容だと思うけど………」

 

 そうは言いつつ、フィールの表情は冴えない。

 

 第一の課題は殺伐激越なドラゴンと対峙。

 第二の課題は冬の時期に水中ダイビング。

 

 数で言うならばたった2つ。

 しかしながら、その『たった2つ』の試練で選手達が危うく命を落とし掛けそうになったのは記憶に新しい。

 なので、その最終試験となる第三の課題も決して手緩いものではないだろう。

 ハリーとフィールは今の天気みたいに雲行きが怪しくなりそうな予感を抱きつつ、二人は暗い芝生の上を歩き、スタンドの隙間を通ってクィディッチ戦が行われるグラウンドに出た。

 

 到着した二人は、その場に立ち竦んだ。

 そこには見慣れたクィディッチ競技場の面影は一切無く、代わりに、生垣が複雑に絡み合いながら一面を覆い尽くしていた。

 ピッチの真ん中に、ルード・バグマンの立っていた。クラムとルークも居る。ハリーとフィールは生垣を乗り越え、バグマン達の方へ向かった。

 だんだん近付いていくと、ルークが二人へ笑い掛ける。

 最後の垣根を越え、全員が揃ったのを確認すると、バグマンは生垣もとい第三の課題について説明を施した。

 

「よく集まった。それでは早速だが、第三の課題について説明しよう。まずこの生垣だが、コイツは今も育ち続けており課題当日までには6m程の高さにまで成長しているはずだ。競技が終わればさっぱり消えるから安心しなさい。さて、我々がこの生垣で何を作っているのか、想像出来るかね?」

「………迷路」

 

 クラムはチラリと見ながら簡潔に答えた。

 よく見てみれば、複雑に入り組んでいる生垣同士の間に隙間があるため、そこがスタート地点なのだろう。

 

「その通り! 第三の課題は極めて明快、この迷路の中心に置かれている優勝杯を最初に獲得した選手が優勝者だ」

「迷路を一番早く抜ければ勝ちなんですか?」

「そうだ! しかし、当然だが迷路を抜けるまでには様々な障害が君達の行く手を阻む。ハグリッドが様々な魔法生物を放つし、呪いや魔法具といった障害も配置される。君達はこれらの障害を全て破る必要があるのだ」

 

 ハリーとフィールは顔を見合わせた。

 なんてこったい。よりにもよってハグリッドが出てくるなんて。

 呪いや魔法具はともかく、ハグリッドがこういうイベントで放ちそうな生き物なんて、ロクでもないモノばかりだ。

 授業等で散々見てきてるが故に、二人はそれが一番不安要素だと、口に出さずとも共通の意思を共有していた。

 そんな二人の懸念は露知らずのバグマンは、最後にスタートの順番について教えてくれた。

 現時点での獲得点数が高い順からのスタートらしいので、トップバッターを切れる満点のフィールが圧倒的に有利なポジションだ。その次に同点のルークとハリー、そしてラストバッターはクラム。順番は違えど、遭遇するトラップや対処能力次第では逆転勝利も十分考えられる。

 

 以上で第三の課題発表は終わり。

 後は1ヶ月後の本番を待つのみだ。

 今夜はここで解散となり………何故だかクラムとハリーが禁じられた森へと行くのを不思議そうに見送りつつ、フィールもすぐには戻らず、次なる試験会場をじっと見上げた。

 

「………いよいよ、か」

 

 壮絶な試合にも、ゲームセットが間近に迫ってきた。このゲームが終われば、またいつもの学校生活が戻ってくる―――はず、なのだが。

 フィールはいつからか、胸の奥で鈍く燻るような胸騒ぎが四六時中止まなかった。

 具体的には表せない、でも、心の何処かで警告音が鳴っている。

 そんな感じが自分の中でつっかえていて―――答えを求めるように、胸に手を当てた。

 その時、服越しに何か固い物の感触がした。

 フィールはそれを取り出し………寝る時以外は肌身離さずぶら下げている銀色のロケットに、視線を一点集中させる。

 

(………そういえば―――)

「フィール」

 

 聞き慣れた従兄に名前を呼ばれ、ハッと振り向くよりも前に、肩に手が置かれた。フィールはロケットを服の下に戻し、隣に並んだルークを横目で見上げる。

 

「お互い頑張ろうぜ」

「ああ……そうだな」

 

 従兄妹は不敵な笑みを浮かべながらグータッチをし、両者共に健闘を祈った。

 それからルークは、フィールへ気になってたことを質問した。

 

「なあ、フィール」

「なんだ?」

「フィールはあのセドリックってヤツのこと、どう思ってるんだ?」

 

 意外な質問に、フィールは言葉を詰まらせる。

 フィールは考え込むように顎に手を当て、こう言った。

 

「一言で表すなら文武両道な先輩……かな」

「じゃあ、恋愛対象としては?」

 

 その問いにフィールはセドリックに告白された事と手の甲にキスされた事を急速に思い出し、生まれて初めての経験故に恥ずかしい気持ちが一気に込み上げてきて、

 

「そういうルークはいつからクリミアのことが恋愛対象として好きだったんだ?」

 

 と、顔どころか身体が熱くなってきた事を悟られたくないフィールは逆に質問し返した。ルークは少し困った面持ちになったが、

 

「いつから、か………いつだろ。気付いた時にはクリミアのことが家族とは別の意味で好きだったな。気を抜けば、頭の中はクリミアのことでいっぱいになるくらい」

「そうか。……クリミアを幸せにしてあげろよ。泣かせたら、承知しないからな」

「なんか父親が言う言葉みたいだな」

 

 ルークは笑い、少しはクールダウンしたフィールも笑う。

 そろそろ帰ろうかと踵を返そうとした、その時だ。

 

「フィール! ルーク!」

 

 ハリーの焦りと安堵が入り交じった声が耳を打ち、二人は反射的にそちらを見ると、彼が急いで駆け寄ってきた。

 

「ハリー、どうしたんだ?」

「そ、それが―――」

 

 ハリーは早口で二人に話した。

 なんでも、禁じられた森にここ最近行方不明だったバーテミウス・クラウチ・シニアが現れ、よくわからないことばかりをブツブツと木に話し掛けているらしく、何故かは知らないがダンブルドアに会いたがってたそうだ。

 その必死さに気圧され、ハリーはダンブルドアを呼びに、クラムはクラウチの監視のため、彼と共にその場に残したとか。

 

「ハリー、すぐに校長を呼んでこい!」

「俺達は二人の所へ行く!」

 

 フィールとルークは同時に地面を蹴り、飛び出した。ハリーはオロオロしたが、すぐに自分の成すべきことを思い出し、ホグワーツ城の3階を目指して走り出した。

 二人が森の奥に辿り着いた時、電光石火のスピードで紅い光が2つ迸る光景を眼にし、地面を蹴る足裏に力を入れた。

 地面に倒れたシルエットがハッキリするほどの距離まで近付いたフィールは、眼を剥く。

 

「クラム! 大丈夫か!?」

 

 クラムが倒れていた。

 フィールはいち早く彼の側に膝をつき、首に指を当てて脈を取る。

 どうやら『失神呪文』を受けただけのようだ。

 ホッとしたのも束の間、クラムの後ろで寝転がるクラウチの姿に驚きを隠せない。

 だがそれ以上に、先程森の奥深くから二人を撃ち抜いた閃光に驚愕した。

 

「! プロテゴ(護れ)!」

 

 ルークが咄嗟に魔法の防壁を張り、またもや暗がりから飛んで来た閃光から身を護る。バリアの表面で弾かれたそのスパークは、暗い森の中でスッと消滅した。

 

「フィール! クラウチとクラムの周りに結界を張れ!」

「言われなくてもわかってる!」

 

 フィールはヒップホルスターから素早く杖を抜き出し、地面に横たわる二人を防護するため、強力な結界を構築した。完全に出来上がったら、フィールは立ち上がり、ルークに加勢する。

 

ステューピファイ(麻痺せよ)!」

インペディメンタ(妨害せよ)!」

 

 ルークは『失神・麻痺呪文』、フィールは『妨害呪文』を詠唱有りの高威力で暗闇に向かって素早く放つ。2つの光線は眼にも止まらぬ速さで駆け抜けた。

 が、相手は先読みしていたのか、綺麗なまでに反射してきて、今度は咄嗟にフィールが『盾の呪文』を唱え、自分とルークをガードした。

 

「かなりの手練れな魔法使いみたいだな!」

 

 時間で言うならば、僅か数秒間。

 その数秒間の中で二人は向かい側から襲撃してくる相手を『敵』と判別し、この場をどう打開するか、必死に頭を絞らせる。

 

 まず、敵の狙いはクラウチに違いない。

 クラムはすぐ側に居て邪魔者だったから、襲われたのだろう。

 敵の目的はわからないが、ここで退く訳にはいかない。下手すれば、クラムも殺されてしまう可能性がある。対抗選手として、そして戦友として少なからずの友情を育んだ彼を見捨てるなんて真似は出来ない。

 

 けれども、最後まで護り切れるかは不明だ。

 何故ならば―――相手は相当強者だからだ。

 それも、今、対戦してるのは………死喰い人(デスイーター)だと思われる。その証拠に、フィールとルークはビシバシと闇の魔法の気配を肌で感じ取っていた。

 まるで空気を吐き出すかのように繰り出される一閃に帯びたパワーは、直撃したらヤバいものだと感受してる。

 

 魔法界でそれらを利用する者と言えば―――多くの魔法使いやマグルを恐怖と死と血のドン底に叩き落とす、死喰い人くらいだ。

 フィールとルークは出来るだけ後退しないよう前線に出てはいるが、力量的にはあちらもかなりの強さを誇っているのか、中々決着がつけられない。

 

「くそっ、一体誰なんだ!? ルーモ―――」

 

 ルークが『強化版・照明呪文(ルーモス・マキシマ)』で敵の正体を露見しようと杖を大きく振り上げた、その瞬間。

 小さな白い光が雷速で放たれ、ルークの胸元に命中。眼には見えない鋭い剣で斬りつけられたような傷口の波紋が浮かび上がり、皮膚は切り裂かれ、大量の血が噴き出した。

 

「がはっ………!」

 

 呻き声を上げ、ルークは倒れ込んだ。

 隣に居たフィールは頬や口元に彼の返り血を浴び、口の中が鉄の味で充満する。

 

「ルーク!」

 

 フィールは膝をつき、ルークの容態を看る。

 彼はぐったりと眼を閉じており、顔や胸は血だらけである。並みの魔術ではないと悟ったフィールは、ハッとある呪文が頭に浮かんだ。

 

(まさか………セクタムセンプラか?)

 

 だとすれば、何故相手はスネイプが開発した呪文を知っているのだ?

 そう疑問に思ったフィールであったが、今はそれどころではないと思い返し、『セクタムセンプラ』の反対呪文である歌うような治癒呪文『ヴァルネラ・サネントゥール』を唱えるべく、時間稼ぎのための壁を造り上げた。

 ボコボコと地面が盛り上がり、強力な壁が片膝立ちのフィールと血まみれのルークの前で造られると、

 

ヴァルネラ・サネントゥール(傷よ、癒えよ)

 

 フィールは壁が崩れないよう左手を当て、急いで杖先をルークの胸元に向けて、呪文名を歌うようにして唱える。すると、徐々に大きな傷口が塞がっていくが、戦闘中の緊張感で集中力が途切れ途切れになり、上手く治癒出来ない。

 戦闘の手を止めてることから、相手は存分に攻撃し放題だ。次々と呪いを壁に連発していき、やがて土壁にヒビが入り込んだ。

 

(ああ、もう! まだ来ないのか!?)

 

 ダンブルドアを呼び出しに奔走したハリーが偶然居合わせたスネイプに引き留められているのを知らないフィールは、亀裂が生じてきた壁に焦燥に駆られる。

 ルークの怪我も治っていない。

 なのに、このままでは………。

 フィールの焦慮を弄ぶよう、遂に壁が崩壊し、無惨な瓦礫となって、自分達の姿が露になってしまった。

 

「ちっ………!」

 

 フィールは戦闘モードに入り、ルークを庇うように立ち上がると、無言呪文で応戦した。

 口を閉じ、相手に何の効果を持つ呪文かを知られないようにする、無言で魔法を構成させる高度なテクニックだ。本来ならば6年生から習うものだが、成人生徒を凌いで最年少選手となったフィールにその定義は当てはまらない。

 杖を振るい、反撃に打って出るフィールは、これ以上大切な人達に傷を負わせはしないと、ハリーがダンブルドアを連れて来るのを信じて孤軍奮闘した。

 

(頼む、早く来てくれ………!)

 

 額に滲んできた汗を拭う暇もなく、腕を振り上げ、杖を掲げるフィールは奥歯をギリッと噛み締め、ひたすら攻撃の手を止めない。

 そんな彼女の身に、突如激痛が走り出した。

 

「―――ッ!!」

 

 それは、今までの痛みを遥かに越える耐え難い苦痛であった。身体に風穴を開けられるくらいグッサリと刺し貫かれるよりも、肉体をボコボコに殴られ蹴られ続けるよりも、圧倒的に上回るだろう激しい痛み。

 まるで、白熱としたナイフに全身の皮を削がれるような気分。心臓に鋭い刃を突き立てられ、深く抉られるような、尋常じゃない痛覚。

 フィールは耐えられず、地面に転がり、荒く息をついた。身体を海老のように丸くし、痛みを和らげようとするが、それで少しでも楽になれるならば、こんな思いはしない。

 

「ぁ……ぅ………ぁぁ………」

 

 許されざる呪文の一つ、『磔の呪文(クルーシオ)』。

 死ぬ方がマシだと思わせられるほどの苦痛を与える拷問の呪文だ。

 それをフィールは実際に受け、身に染みてイヤになるほど一瞬で理解させられた。

 気絶してしまいたい………死んでしまう方がずっといい………。彼女はそう思うほどの激しい痛みに身を襲われ、正気が削られた。

 でも、意識を手放してはいけない。

 自分が戦闘不能になったら、誰も護る人がいなくなってしまう………。

 朦朧とする意識を奮い立たせ、杖を強く握り締め直し、左手を地面について気合いと根性でふらふらと起き上がると、

 

「来るなら来い! 相手になってやるぞ!」

 

 腹の底から声を張り上げ、フィールは決して諦めない心を宿した瞳で暗闇を睨み、再び進撃を開始した。

 そして再度襲われる、磔の呪いによる半端じゃない苦しみ。

 色とりどりの光が飛び交い、痩せ我慢でその場に立っている彼女の身体にモロに当たり、制服が切り裂かれる。

 全身から脂汗が噴き出し、視野が霧みたいにぼんやりとしてきた。着ている制服は既にボロボロで、血液が肌の上を伝っているのを感じる。

 

「はぁ………はぁ………ッ…………」

 

 膝を折り曲げてはいけないと言い聞かせてるのに、疲労困憊した傷だらけの身体は言うことを聞かない。

 ガクッ、と左膝を折り、身体が崩れ落ちた。

 紅い染みが、白いワイシャツの生地に広がる。

 服はボロボロに破け、皮膚は切り裂かれ。

 顔色は蒼白し、呼吸も弱くなっていく。

 

(マズい………このままじゃ…………)

 

 眼の焦点が合わないフィールは、武器だけは離してはいけないと、柄の部分を強く握った。

 磔の呪いを受けた肉体的痛みから、精神的にも限界が来て、意識を失いかけている。

 ほぼ戦闘不能と同じになったフィールは、完全に倒れるまでは戦い続けると、戦意の意志を帯びた双眸で暗がりを見上げた、その時。

 突如縄が飛来してきて、彼女の細い首をギリッと縛り上げた。

 

「かはっ………!」

 

 突然呼吸することを封じられ、フィールは冷たい地面に転がり、空気を求めてほどこうと必死にもがく。が、首に巻き付けられるロープは、その隙間を与えなかった。

 

(ヤバい………このままだと………窒息………するッ…………)

 

 急速に脱力感に見舞われる肉体では満足には動かせず、見える世界が霞んで意識が薄れかける。

 指先から、力が抜けていく。

 彼女の頭の片隅に"死"の単語が過り―――

 

 

 

「―――ディフィンド(裂けよ)!」

 

 

 

 凛とした女性の声が暗い森林に響き―――ギリギリの差でフィールの首を絞めていた縄が切れ、彼女は咳き込んだ。

 

「げほっ、げほっ………」

「フィール! 大丈夫!?」

 

 誰かに抱き起こされたフィールは、朧気な瞳で絶体絶命のピンチから救ってくれた救世主を見上げた。

 

「クリ………ミア………?」

 

 水色の長い髪に紫色の瞳。

 まごうことなく、クリミアだ。

 ………クリミアだけじゃない。

 やっとのことで、校長のダンブルドアを連れてきてくれたハリーもやって来た。すると、先程まで一戦を交えていたヤツは、一切奇襲攻撃を仕掛けてくることはなかった。

 でも、まだ残留してるかもしれないと警戒するダンブルドアは前線に立ち、『盾の呪文』を唱えて防壁を展開した。

 常人を遥かに凌ぐシックスセンスの持ち主故の胸騒ぎがして此処に来たクリミアは、辺りを見回す。

 側には結界に護られているクラウチとクラム、顔や胸が血で濡れているルークが倒れている。クリミアは流血しているルークを止血し、此処で何が起きたのかと眼を見張っていると、いつまで経っても襲撃して来る気配が無いのを安全と判断したダンブルドアが振り返った。

 

「………彼らを医務室まで運ぶとしよう。話はそれからじゃ」

 

♦️

 

「フィー!」

「ルーク!」

 

 翌日の夕方。

 昨夜、それぞれの校長から友人、兄が医務室で一晩中過ごすと聞き及んだクシェルとシレンが駆け付けてきた。

 幾つもある寝台の一つに寝かされているクラウチは酷く静かで、遺体のように見えてもおかしくない。

 そして、ベッドには横にならず腰掛けているフィールの背をルークとクリミアがさすっていた。

 フィールの首には、縄で強く締め付けられた跡が痛々しく残っている。

 

「フィール………何があったの………?」

 

 シレンはフィールの前に来て両肩に手を置いたが、彼女は弱々しく項垂れるだけだった。彼女はシレンにもたれ掛かるよう、深く息をつく。

 

「………シレン………ごめん……なさい………」

「なんで謝るのよ………?」

 

 謝罪してきた従妹に戸惑った顔をしてると、

 

「フィール、何度も言ってるでしょ? 貴女の責任じゃないって」

 

 クリミアが叱るように言った。

 が、フィールは首を弛く振る。

 

「私のせいで………ルークは怪我した………シレン………ごめ……んなさ………い………」

 

 拙く謝ってくるフィールへ、シレンは責めることなく、頭を撫でた。

 

「フィール、謝らないで。貴女達が無事ならそれでいいのよ。………昨日の夜、禁じられた森で何が起きたの?」

 

 シレンの問いにクリミアが簡単に説明した。 

 

 昨夜―――何者からの襲撃によって重傷を負ったルーク達をクリミア達が医務室に運んだ後、ダンブルドアはダームストラング生のクラムが襲われたのを彼の学校の校長・カルカロフに伝えようと、守護霊の不死鳥でハグリッドを呼び出した。

 ハグリッドがカルカロフを連れてくるまでの間に、ダンブルドアは『甦生呪文』を使ってクラムを復活。意識が戻ったクラムは現状がよくわからない様子だったが、「紅い閃光が2つ飛んできた」と言う証言から『失神呪文』を当てられたのを知ると、その『失神呪文』を当ててきたヤツから自分を護ってくれたベルンカステル血族者の二人に感謝した。

 それからほどなくして、ハグリッドとカルカロフがやって来た。カルカロフは自分の生徒が襲われたと聞いて激怒していたが、無傷のクラムに窘められて渋々身を引き、彼と共にダームストラングの船へと帰った。ダンブルドアはムーディに禁じられた森に謎の襲撃者の痕跡を辿るよう命じ、彼は禁じられた森へ急行した。

 

「でも、手掛かりは何もなかったみたいだ」

「そう………ところで―――」

 

 シレンは、目線を別方向に走らせた。

 

「この人、確か審査員の一人じゃなかった?」

「ええ。最近行方不明だった、クラウチさんよ」

 

 と、その時だ。

 医務室の扉が、バンッ! と派手に開かれ、全員がビクッと身体を震わせて勢いよく扉方向に振り返った。

 そこに立っていたのは、ハリー達一行だった。

 

「フィール、貴女、大丈夫なの!?」

 

 ハーマイオニーは涙ぐみながら、物凄い速さでフィールに走り寄り、形振り構わず彼女をギュッと強く抱き締め、扉を閉めてきたハリーとロンも心配そうに近付いてきた。

 

「ちょっ、ハーマイオニー、痛い………」

 

 フィールは昨日の疲れと怪我から、綺麗に修復された制服の下には包帯が巻かれている。身体全身が悲鳴を上げ、彼女自身も顔をしかめた。

 

「あ、ごめんなさい………」

 

 ハーマイオニーはハッとして慌てて離れたが、その顔は心配そのものだった。

 

「大丈夫? 昨夜、ハリーから聞いたわ。………貴女、『磔の呪文』を当てられたって」

 

 それを聞き、シレンとクシェルはゾッとした。

 

「え? 今、『磔の呪文』って言った?!」

「ウソでしょ……なんでそんな呪いが!?」

 

 前者はフィールに激しく問い詰めた。

 

「身体、大丈夫でしょうね!?」

「…………大丈夫だって………」

 

 そうは言うものの、フィールの顔色は優れていない。

 身に染みたあの痛みは1日が経過しても尚、彼女の身体に残存していた。

 

「………ごめん、少し、休ませて」

 

 フィールはクリミアの膝を借りて横になると、フッと眼を閉じた。それから程無くして、規則正しい寝息が聞こえてくる。

 

「寝るの早いな」

「疲れが溜まってたのでしょう。ここ最近、色んなことがあったし」

 

 リータ・スキーターによるデタラメな記事に、レイブンクロー生との一悶着。

 シレンの言う通り、フィールは主に精神を疲労に導く出来事が次々とあったので、本人に自覚はなくとも身体は相当疲れていたのだろう。

 今はそっとしておこうと、クリミアはフィールの黒髪を撫でる。

 夢の世界に居るにも関わらず、いつもなら可愛いと思う寝顔ではなかった。

 

「まだガキだってのに、デッカイもん背負っちまったって顔して………」

 

 ルークは従妹の険しい顔付きに、オッドアイの両眼を鬱屈そうに細める。

 それから、ハーマイオニーの方を見た。

 

「フィール、学校ではどうしてるんだ?」

 

 いきなり話の趣旨が変わってハーマイオニーはキョトンとしたが、

 

「え? えーと………いつも無口無表情で何を考えてるかわからないけど………友達思いで凄く優しい、です」

「………そうか」

「あの………フィールは昔から、独りでなんでも無理するような人だったんですか?」

「いや………そんなことはなかったぞ。それと、敬語は使わなくていい。さん付けとかもいらないからな」

 

 ルークにそう言われ、ハーマイオニーは頷く。

 今度は、ハリーが訊いた。

 

「フィール、昔はどんな感じだったんだ?」

「何処にでも居るような、普通の女の子だ。でもある日を境に豹変してしまった。痛みは人の心を病む。おかげでフィールはガラリと変わった。信じられないかもしれないけど、昔のフィールは明るくて笑顔も多かったし、底抜けに可愛かった従妹なんだぜ」

「…………………え」

「それが今となっては、無口無表情で多くを語らない、他人との触れ合いを嫌う、まさに氷のような性格だ。でも昔は、お母さんのクラミー伯母さんが大好きでべったりの甘えん坊な性格だったんだ」

 

 今のフィールからは想像が出来ない、昔の彼女の一面を聞いて、ハリー達は眼を見張った。

 あのフィールが、明るくて笑顔が多かった?

 お母さんにべったりの甘えん坊さん?

 ………それは本当なのだろうか?

 

「あんなことが起きていなければ、フィールは今とは違うヤツだったかもな」

「あんなことって………?」

「ああ………それは―――」

「ルーク」

 

 続けて言おうとしたルークを、クリミアが重苦しいトーンで遮った。

 

「私達が軽々しく誰かに教える権利はないわ。全てを話す権利はフィールにあるわよ」

「そんなことはわかってる。………だけど、そろそろ、コイツらにも知って貰った方が、フィールとしては気が楽じゃないか?」

「あのね………お姉ちゃんが言いたいことがわからないの? この娘が過去の事情を誰かに1から話すってことの意味が」

 

 頭の回転が鈍い兄に、シレンはハリーやクシェルを見ながら、呆れて説明した。

 

 

 

「フィール本人が『あの日』のことを全て話すってことは、その人に全幅の信頼を置いているのを意味しているのよ。最初から全てを知っている私達は、他人には一切教えず語らず見守ること。それが私達が一番この娘にしてあげられることなのよ」

 

 

 




【クラウチパパ生存ルート】
フィールとルークが命懸けで護ってくれた結果、どうでもいい人間さえも生存ルートになった。ま、どうせ生き残ったところで結局は後で尋問されて悪事が露見しアズカバン送りにされるので無意味に終わるっていう、チャララーンな結果に。

フィール&ルーク「「ふざけるなああぁぁ!」」

【セクタムセンプラ】
ルークが受けた闇の魔術に属する斬撃呪文。
セクタムセンプラが闇の陣営で流行したかは不明だがレビコーパスは大流行してたんだ。半純血のプリンスことスネイプがデスイーターだった頃に当時仲間だったデスイーターは教われていてもおかしくないだろう。

【クルーシオ】
フィールが受けた許されざる呪文の一つ。
これを食らったには飽きたらず、クラウチジュニアに危うく殺されそうになった寸前に。
あれ? クラウチ息子よ、お前フィールもハリーと一緒にヴォルヴォルさん所に連れていくのが目的じゃなかったっけ? お前後で痛い目遭うぞ。

【昔のフィールを知るハリー達】
ここでフィールの過去の熟知度のまとめ。

全貌を知っている→クリミア、ベルンカステル一家、ベイカー夫妻、教師陣

断片的に知ってる→クシェル

何も知らない→ハリー達一行

全て知ってるのがクリミア達フィールの家族と彼女の両親の親友、ダンブルドア等の教師陣。
断片的にフィールの両親がどんな末路を辿ったのかを知ってるのが盗み聞きしたクシェル。
両親がいないこと以外は他何も知らないハリー達三人。
ここでクシェルとハリー達一行は昔のフィールがどんな娘だったのかを初めて知ったため少し知識が増えた。
 
【まとめ】
今回はクラウチパパ救済ルート回。
次回はいよいよ第三の課題回。


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#64.第三の課題

 第三の課題発表から数日が経過した6月頃。

 生徒が寝静まる、真夜中の3時。

 ホグワーツで最も高い天文台の塔には、見た目も背格好も違う二人の人影があった。

 一つはクリミア。

 壁に背を預け、腕組みをしながら、風に髪を靡かせる少女を見る。

 もう一つは、フィール―――否、『彼女』。

 憂いを帯びた瞳で、フェンスに寄りかかりながら満天の星空を仰ぎ見ている。

 此処は『天文学』の授業以外では立ち入り禁止の区域なので、二人だけの秘密の内緒話をするには持ってこいの場所であった。

 

「いつの時でも、此処から見れる夜景は変わらないわね。こっそり寮から抜け出して、あの人と一緒に夜が明けるまでこの場所で過ごした日々が懐かしいわ………」

「あら、貴女も意外と規則破ってたのね。貴女、やっぱりフィールの―――」

「ええ。やっぱり、フィールはわたしの娘だなって思うわよ。たまに平気で規則を思い切り破ったり、怒った時は滅茶苦茶怖かったりとか………滅多に見せないスリザリン生らしい一面を見ると、我が子ながら恐ろしいくらいの多重人格者ね」

 

 『彼女』は涼しい顔をしつつもどこか畏怖を孕んだ面持ちで言い、クリミアは「あー………」と苦笑いしながら天井を仰ぎ、大きく息を吸ってゆっくり吐く。

 束の間流れる静寂。

 静かな空気を先に切り裂いたのは、『彼女』の声だった。

 

「………クシェルちゃん、やっぱり、ライリーとイーサンの娘ね。髪の色とか瞳の光とか、あの二人そっくりだもの。あの全くブレずにグイグイフィールにアプローチする所なんて、学生の頃のライリーに生き写しよ。………今でもそれは変わってないようで、わたしからすれば相変わらずだけどね」

「そうね。………クシェルには本当に感謝してもしきれないわ。フィールが気を失ったり倒れたりしたら、すぐに的確な応急処置を施して救ってくれたもの」

「流石は癒者(ヒーラー)の娘ね。治癒魔法の腕前は母親のライリー似よ。………今のわたしでは、フィールに何もしてあげられないのが申し訳ないわ」

「そんなことないわよ。貴女は充分、フィールのために動いてるわ」

 

 クリミアはそう言い、『彼女』へ微笑む。

 

「………そろそろ、戻りましょうか」

「そうね………そうしましょうか」

 

 クリミアは階段を下り、『彼女』も踵を返す。

 が、その前に。

 

「クリミア」

 

 『彼女』の呼び掛けに、クリミアは振り返る。

 そうして、『彼女』は微笑み、

 

「まだ早いけど………ホグワーツ魔法魔術学校での7年間の学校生活、お疲れ様。そして、自分の未来を切り開きなさい」

 

 その言葉にクリミアは優しげな笑みを浮かべ、目元を和らげて、自分だけが知っている『彼女』の名前を鈴を転がすような声で言った。

 

 

 

「ありがとう―――お母さん」

 

 

 

♦️

 

 

 

 もうすぐで最終課題を迎えるその日。

 フィールは必要の部屋へ向かっていた。

 あれから数日が経ち、今は完全回復した。

 余談だが、クラウチはかなりの重症だったのでクシェルの母親ライリーの勤務先・聖マンゴ魔法疾患傷害病院に搬送され、現在入院中である。

 

(なんなんだ? 必要の部屋に来いって―――)

 

 何故だか知らないが、クシェルやクリミアが今日この日になったら必要の部屋に来いと、そう言ってきたのだ。

 フィールは訳がわからなかったが、言われた通り、現在ホグワーツ城の最上階の廊下をコツコツと歩いている。

 必要の部屋がある場所まで来ると、クシェル一人が立っていて、フィールの姿を認めると「待ってたよ」と笑みを向ける。それから、「ドアを開けて」とフィールを促した。

 フィールは疑問顔でドアを開け―――中に入った途端、数回の破裂音が高らかに鳴り響き、クラッカーから発射された紙テープと紙吹雪が舞う。

 

「フィール、誕生日おめでとう!」

「と言っても、まだ少し早いけど」

 

 ポカーン、と呆然としながら立ち竦むフィールの背中を悪戯が大成功したみたいな満面の笑顔でクシェルが押し、今回の主役をパーティールームのセンターへ導く。

 そう、今日は第三の課題前に誕生日を迎えるフィールのサプライズパーティーだった。

 室内はエレガント系の飾りを施した内装で、大人びているフィールの誕生日を祝うには絶好のスタイルだった。

 

「これは………?」

「驚いた? 私達、第二の課題が終わった後、第三の課題4日前がフィールの誕生日だから、サプライズで祝おうって決めてたんだ」

「本当だったら当日にしたかったんだけど、ちょうど学年末試験と被っちゃったから、早めにしようってことで今日にしたのよ」

 

 必要の部屋には年上組の三人やハリー達一行、ベルンカステル兄妹が笑顔を浮かべて立っていた。

 

「さ、いつまでも突っ立ってないで、早くパーティー始めましょ」

 

 アリアが手をパンと叩いて促し、皆も頷いて、バースデーパーティーに突入する。

 大きなテーブルの中心には、白いチョコレートプレートに『HappyBirthday Feel』とチョコペンで書かれたバースデーケーキが大皿の上に載せられており、可愛らしい狼のクッキーが添えられていた。

 

「スゴいな………」

「このケーキ、クリミアとソフィアさんが作ってくれたんだよ」

「え、そうなのか?」

「ええ、私達の寮のすぐ近くに厨房があるから」

「私とクリミアで、皆で食べられるように大きなケーキ作ったのよ」

「あ、勿論、プレゼントもあるから!」

 

 今回のサプライズパーティーの企画・立案・実施を務めたクシェルが小さな箱を持ってきて、フィールへ手渡した。

 フィールは丁寧にラッピングされた箱の中身を開けてみると、ガラスケースに入ったシンプルでオシャレなリングが綺麗に収められていた。

 

「これ、貰ってもいいのか?」

「貰ってくれなきゃ悲しいよ。皆で話し合って選んだんだ」

「あ、そのリングの内側を見てちょうだい」

 

 言われた通り、内側を見てみると、

 

Feel・Bernkastel(フィール・ベルンカステル)

 

 と彫られた文字が入っていた。

 

「………気に入った?」

「ああ………皆、本当にありがとう」

 

 フィールは滅多に見せない、満面の笑顔を浮かべた。クシェル達も嬉しそうに笑む。

 クリミアやベルンカステル兄妹は「一体いつ以来だろう、フィールが誰かの前で満面の笑顔を浮かべたのは」ともう何年も前から突如消え失せた、無理に取り繕った笑みでも冷たく歪んだ笑みでもない、ただ純粋に心底浮かべられる笑みを見たと、少しばかり感傷に浸ったが、これは喜ぶべきことだとおくびには出さなかった。

 

「それじゃ、改めて―――フィール、誕生日おめでとう!」

 

 クリミアに続き、他の皆も「おめでとう!」とまだ早いフィールの誕生日を祝った。

 年に一度しかない、特別な日。

 フィールは大好きな人達から祝福され、幸せいっぱいな気持ちで本当に嬉しかった。

 

♦️

 

 6月24日。

 遂にやって来た、ラストプロブレム当日。

 数世紀ぶりに開催される、伝説の国際競技。

 その華やかな栄誉を掴む優勝者は果たして誰になるのか。

 この時から生徒達の興奮のボルテージは最高潮にまで達していた。

 最終試練は夕暮れに開始する。

 が、その前に代表選手達は招待された家族への挨拶をするとのことで朝食後、大広間脇の小部屋に集合することになっているのだが………。

 

(………私にどうしろっていうんだ)

 

 クシェルやダフネ達は学年末試験最終日なので「頑張れ」と送り出したのはいいものの、どうしろとのことで、フィールは腕組みしていた。

 生徒のほとんどが出ていくのを横目にフィールはふと、ハリーの方を見てみると、彼もこちらを見ていたのか、視線が重なった。

 

「………………」

「………………」

 

 交錯する、ブルーとグリーンの瞳。

 二人は両親が居ない者同士だ。

 経緯や境遇は異なるが、同じ喪失感等といった痛みをわかち合える数少ない仲間でもある。

 さてどうしようかとフッと息を吐いた時、不意に誰かに肩を叩かれた。

 

「フィール、行こうぜ。父さんや母さん、エミリー叔母さんが待ってる」

 

 ルークは「ハリーも来いよ」と顔を向け、彼はゆっくり立ち上がって小部屋へ進んだ。ルークとフィールは、ハリーに続いて部屋に入った。クラムは両親と思われる男女と母国語で話しており、ハリーはウィーズリー夫人のモリー、ウィーズリーブラザーズの長男ビル、シリウス・ブラック、リーマス・ルーピンの所へ行った。

 

「ルーク!」

 

 ルークとフィールには、前者の両親であるライアンとセシリア、叔母のエミリーが観戦しに来てくれた。ライアンはルークを見るが否や、あの一件を聞き及んだことによる心情から、勢いそのままに彼を抱き締め、セシリアも涙ぐんで夫同様に息子を抱き締めた。

 フィールはそれを扉の前で見守った。

 とても微笑ましそうに、そして羨ましそうに。

 両親に抱かれる従兄を見守っていた。

 

「………………」

 

 居たたまれなくなったフィールは、小部屋の外の脇に隠れ、壁に背を預けて大きく息を吸い、今見た光景を思い浮かべる。

 些細なことなのに、凄く幸せそうだと思った。

 自分もあんな風に両親から抱かれたいと、もう叶うはずのない、ありもしない夢に心を強く絞められた。

 

「………ッ」

 

 くしゃり、と前髪をやる。

 ………図書室にでも行こう。

 そう思ったフィールであったが、小部屋から、ルークがひょっこりと顔を出した。

 

「フィール、どうしたんだよ? お前を待ってくれてる人達が居るぞ」

 

 ………待ってくれてる人達?

 フィールは訝しい表情になりながら深くため息をつき、渋々といった感じに部屋に入る。

 すると、エミリーが駆け寄って勢いそのままにハグしてきた。

 

「はぁ、よかった………第三の課題前に貴女が『磔の呪文』を受けたって聞いた時、心臓が止まったと思ったわよ………!」

「………ごめん、なさい」

 

 暗い顔でフィールは項垂れた。

 と、そこへ、ライアンとセシリアが来る。

 

「フィール、もう身体は大丈夫か?」

「ええ………大丈夫、です」

 

 力無さげに笑うと、たおやかな手で頬に触れたセシリアが、口付けを落としてきた。

 

「そんな顔しないの。私達は、貴女のことを愛してるのよ。だから、謝らないの」

「クラミー姉さんやジャック義兄さんみたいな完璧な親にはなれないけど………だけど、ルークとシレンと同じくらい、君のことも娘として愛させてくれ」

「私達からすると、姪というよりも娘って感じだからね」

 

 ライアン達はフィールのことを『娘』という認識で見ている。

 ………だから、フィールの心は救われているのと同時に、苦しめられている。

 確かに、幼くして両親を奪われた彼女にとっては叔父や叔母からの『愛情』というものを肌で感じながら生きてきた。故に、仇へ対する『殺意』や『復讐』が高ぶった時、それらの赴くままに突っ走れないことへの不満が少なからずともある。

 

 殺しても両親は喜ばない。

 胸張って堂々と死後の世界で会いに行けない。

 

 そう思えるのも、自分自身の周囲で支えてくれる人達が居たから、その人達への冒涜になるような行為を犯してはならないと思う気持ちが、感情のルーズコントロールのストッパーになっているが―――同時に我慢しなければならないことへ精神が蝕まれるし、イライラとストレスが溜まる。

 

「フィール、あと二人、貴女を見に来たわよ」

「え………?」

 

 あと二人の保護者? 一体誰だ?

 フィールがそう疑問に思っていると、小部屋の奥から二人の男女が現れた。

 金髪翠眼の男性と茶髪金眼の女性。

 紛れもなく―――クシェルの両親であるベイカー夫妻、イーサンとライリーだった。

 

「イーサン………ライリーさん………」

「フィールちゃん、久し振りだな」

 

 イーサンは明るい笑顔でフィールの頭をポンポンと叩く。ライリーも金眼を細め、フィールの額に自分のそれをくっ付けて笑みを深める。

 

「………身体はもう大丈夫? 私達、心配してたのよ」

 

 イーサンとライリーは第三の課題発表日に起きた異変を聞き、観戦と同時に次にアクシデントが発生したらすぐに対応出来るよう闇祓い(オーラー)癒者(ヒーラー)としてスタンバイするためらしい。

 

「………今はもう大丈夫です」

 

 フィールはちょっと笑ってみせる。

 その笑みが、かつての親友のそれと重なり、慌てて頭の中に浮かんだイメージを打ち消し、

 

「それなら、よかったわ」

 

 ライリーはふわりと柔らかく笑った。

 フィールはライリーが離れると、イーサンとライアンと話をした。

 

「フィールちゃんが選手になれたのは、アラスターが実力試しに君に奇襲したからなんだよな?」

「ええ、そうです」

「そうか。………アラスター、そんなことする人だったかな………」

 

 今は闇祓いを引退した身のムーディだが、後世に物を教える立場として、イーサンは師匠的存在の彼と対面したことが何度もある。それ故にいくら強者教師と対峙出来る生徒がいたとしても、危険極まりない不意打ち攻撃などするかと違和感を覚えていた。

 

「それと、あの人は―――」

 

 背後を見せたハリーに攻撃を仕掛けようとした同僚同輩のドラコ・マルフォイをイタチにしたとフィールは伝えた。

 

「ドラコ・マルフォイ? もしかして、クィディッチ・ワールドカップ決勝戦の貴賓席に居た、ルシウス・マルフォイの息子か?」

「はい」

「そのドラコとか言う生徒の父親が死喰い人(デスイーター)だったからって、そんな真似をするとか、やっぱり変だな………」

 

 イーサンとライアンは険しい顔になる。

 

「そういえば、フィール、イゴール・カルカロフからは何もされてないよな?」

「ああ、大丈夫」

 

 ムーディ以外の要注意人物、イゴール・カルカロフ。カルカロフもまた元・死喰い人だ。仲間を売ることでアズカバン送りを免れたヤツで、ルシウス同様卑劣な魔法使いだと、イーサンとライアンは反吐が出る思いだった。

 

 昼食を一緒に摂ってもいいとのことで、各選手はそれぞれのテーブルに座ってランチタイムを満喫した。試験を終えてきたクシェルやハーマイオニー達もやって来て、各自別々のテーブルに向かって空腹を満たす。

 夕方の晩餐会まではフリータイムなので、フィールは大人組と湖の畔に向かい、周りには誰も居ない場所で会話を弾ませた。

 

「ところでさ、フィール」

「なに?」

「一つ、確認してもいいかしら?」

「確認?」

「ええ。……私、勤務先がセドリック・ディゴリー君のお父さんのエイモスさんと同じで、彼からしつこく言われたのよ。『君の姪とセドが本当に付き合ってるのか、確認してくれ』って」

 

 その言葉に、フィールは困った表情になる。

 他の皆も気になってたことらしく、グッと顔を近付けてこちらを見つめている。

 

「………いや、付き合ってないよ」

 

 そう言うと、皆は「なんだ、やっぱりでっち上げの記事だったのか」とホッとした様子だが、

 

「まあ、でも………ダンスパーティーが終わった後、『今度のホグズミード週末、一緒に行かないか?』って誘われて、何かしらのパートナーに誘ってくれた礼の品を探すのも兼ねて一緒に見て回ったりとかはしたけど」

 

 同時に人生初の告白をされたことも思い出し、ほんのり頬を紅潮させる。

 付き合ってはいないけどデートはした、と聞いて、まさかまさかの意外な展開に大人組は頭が追い付かなかったのだが、数秒後、イーサンとライアンの男性陣は「なんだって!?」と驚愕の声を上げ、エミリーとセシリアとライリーの女性陣は「もっと詳しく教えなさい!」と好奇心が駄々漏れの瞳で問い詰めた。

 いくつになっても恋バナは女子の大好物だと、誰かが言ってたのを思い返しながら、フィールは手短に話す。

 

「せっかくのホグズミード週末だったのに、あのインチキ記者のリータ・スキーターのせいで、後でヒドイ目に遭った………」

「まあ、あんな記事書かれたんじゃねえ………」

「あと、女って怖いんだなってスゴいわかった」

「え? どういうこと?」

 

 全員が怪訝な顔をし、フィールはレイブンクロー女子生徒との一悶着を教えた。

 

「なにそれ、酷い女ね、マリエッタとか言う娘」

 

 女性三人は揃って憤慨し、男性二人はフィールへ同情的な眼差しを送る。

 

「………で、その後なんだけど―――医務室まで運んでくれたセドリックに告白された」

 

 出来るだけさらっと言うが、告白後に左手の甲にキスされたのを回想し、フィールは恥ずかしそうな面持ちになる。彼女の口から出た衝撃的発言に、より一層大人達はビックリ仰天した。

 

「え!? ウソ、コクられたの!?」

「フィール、貴女、やるじゃない!」

 

 エミリーとセシリアはイケメンにコクられたという姪っ子の頭をくしゃくしゃと撫でる。

 

「外見も性格もイケメンなパーフェクトガイなんでしょ? フィールちゃんにも遂にボーイフレンドが誕生かしら」

 

 ライリーはセドリックを彼氏候補に推し、夫のイーサンもニコニコしてる。が、ライアンはちょっと淋しそうに「フィールにはまだこのままでいて欲しいな………」と愛娘を思うあまりの父親みたいな言葉を呟いた。

 

♦️

 

 大広間での晩餐会を終えた夕刻。

 代表選手四人はクィディッチ競技場に作られた迷路の入り口に集まっており、生徒や来賓の観客は広間の周囲を囲うようにして作られたスタンドに隙間無く座っている。

 競技開始10分前になると、マクゴナガル、ムーディ、フリットウィック、ハグリッドが広間に入ってきた。

 

「私達が迷路の周囲を巡回しています。何か危険に巻き込まれた場合や助けを求めたい時は空に紅い花火を打ち上げなさい。そうすれば私達の誰かが助けに向かいます。よろしいですか?」

 

 選手達が頷いたのを確認し、各自ポジションに就くよう促され、四人はバラバラの方向へと向かって行く。その後、選手は聳え立つ生垣の壁に開いた隙間の前へと進み、全員が配置に就いたところでルード・バグマンが声を大きく張り上げた。

 

「紳士淑女の皆さん! 第三の課題、そして三大魔法学校対抗試合最後の課題がまもなく始まります! ここで、代表選手達の現在の獲得点数をもう一度お知らせしましょう! 第1位、満点の100点でフィール・ベルンカステル嬢。ホグワーツ魔法魔術学校!」

 

 スタンドから拍手が鳴り響く。見ると、クシェルやクリミアといった人達が手を振っていたため、小さく振り返した。

 

「続いて第2位、同点87点でハリー・ポッター君とルーク・ベルンカステル君。ホグワーツ魔法魔術学校、ボーバトン魔法アカデミー!」

 

 再びスタンドから拍手が沸き起こる。ホグワーツ生からの声援が多いように感じるのは、上位二人がホグワーツ選手だからだろう。それに負けず劣らず、ボーバトン生も精一杯声を張り上げていた。

 

「第3位、86点でビクトール・クラム君。ダームストラング専門学校!」

 

 今度はダームストラング生からの拍手喝采が起こる。そして、校長のカルカロフの声が一段とデカイ。

 

「それでは、ホイッスルの音が鳴ったら順に迷路へと入って頂きます。それでは………1………2………3!」

 

 ホイッスルが鳴るのと同じくして、トップバッターのフィールは迷路へと入る。迷路の中は薄暗く、うっすらと霧が出ている。数m進んだ所で出口の隙間を埋めるように生垣が動き、完全に閉塞されると観衆の歓声が聞こえなくなり、一切の音が遮断された。

 これでもう、後戻りは出来ない。

 自ら棄権を選ぶかゴールに辿り着かない限り、帰還不可能だ。

 

「さて、まずは進むか―――ルーモス(光よ)

 

 細長い杖の先に、小さな光を灯す。

 これだけが、靉靆とし蒼然とするラビリンスの中で自分の存在を示す唯一の灯り。

 目の前に広がるのは、未だ一本道。

 このラストプログラム、待ち構えている結果は果たしてなんなんだろうか。

 一度眼を閉じ、深呼吸する。

 そして、ゆっくりと開き―――杖を握り直して早足でその場から駆け出した。

 

♦️

 

 警戒心は解かず、だからと言ってナーバス過ぎず、フィールは360゜何処から障害物に出会しても臨機応変に対応出来るよう、冷静さを欠かさず平常心を保ったまま、いち早くゴールを目指して一進一退を繰り返していた。

 時に背後に気を配り、分かれ道に立ったら、『四方位呪文』と自分の直感を信じて一つの道に進み、魔法具や呪い、魔法生物と遭遇したらそれに合わせた対処法で難を逃れる。

 出来るだけスタートから離れすぎない程度に、中心地を目標地点として進行した。先のことばかりに気を取られていると、最悪の場合、迷路の最奥まで来てさ迷う羽目になる。そんなことが起きればシャレにならない。

 

(そんな遠距離にしたとは思えないけど………)

 

 あまりスタート地点から遠く離れた場所に優勝杯を置いたとは考えにくい。選手の体力や精神的問題のことも配慮すれば、辿り着くことが最低限可能な限りの最も遠い距離をゴールにしたと思える。

 天文台の塔から、ある程度の位置や様子を予測するために数日前から見渡してきたが、当然上手く物事が進むとは思えない。この場全体が魔法で組み立てられているのも同然なので、配置物や生垣等が移動していてもおかしくないからだ。

 

 迷路に進出してから、既に数十分が経過した。

 恐らく、他選手三人も迷路内で優勝杯獲得に孤軍奮闘しているはずだ。

 フィールは一度立ち止まり、上を見上げる。

 ゲームスタート前、万が一助けを求めたい時には空に紅い花火を打ち上げろと、マクゴナガルに言われた。

 今のところは、まだ一つも上がっていない。

 まあ、まさかこんなにも早く脱落者が出現するとは思えないが………。

 

(何処まで来たかな………)

 

 フィールは、一旦戻ってみるか、と後ろにクルリと振り返るが………その考えは僅か1秒で、綺麗なまでにレダクトされる。

 

「…………………………」

 

 ………言葉が発せられない。

 薄暗い一本道の数十m先。

 そこから姿を現したのは、6~7mほどの巨体にゴツゴツとした灰色の肌をした人ならざる、とにかくデカイ生物。そいつの手には長く太い棍棒が握られている。何よりも特徴的なのは、酷い異臭だ。

 そいつには見覚えがありすぎて、なんと言えばいいかわからない………なんて、呑気なことを言ってる場合ではなかった。

 

「………………ウソだろ…………」

 

 道奥から出てきたのは、トロールだった。

 全体像が確認可能なまでの距離まであちらからご丁寧にも近付いてきて、更に酷すぎる悪臭が鼻を刺激してくる。

 しかしそれよりも、何故ここまで絶望的かと言うと―――もう1体、背後に居るからだ。

 正確に言えば、出現した、が。

 先程行進していた、一本道の通路。

 現在前方で捉えているトロールに唖然としていた隙に、同じくらいの巨体を誇るトロールがもう1体、バックに現れたのだ。

 つまり―――挟み撃ちされたという訳である。

 

「最悪だわ………」

 

 最大身長は4m程だと言われていたはずなのだが前後のトロールは遥かに上回っている。しかも狭い道で包囲されているフィールは、この上なくヤバいコンディションだった。

 一言で言えば、退路を絶たれてしまった。

 

「………やるしか、ないよな」

 

 フィールは戦闘でこの場を切り抜けるのではなく、突破する手段を試みた。こんな所で無駄な体力を消費したくない。ならば、突破口を見つけてそこから逃走を図ろうと、フィールは覚悟を決めた。2体との距離を比較すれば、背を向けている方が近い。そいつから出し抜くかと、タイミングを見計らい―――

 

「今だ………!」

 

 フィールは地面を蹴り、飛び出した。

 自分から1体のトロールとの距離を縮め、もう1体のトロールとの距離を遠ざけた。そして、当然ながら接近してきた彼女を敵と認識したトロールは雄叫びを上げて棍棒を振り上げ、振り下ろそうとした………が。

 それよりも早く、フィールはトロールの開いていた足の間をスライディングで抜け、立ち上がるとすぐに走った。同時、背後のトロールが振り下ろした太い棍棒が地面を打つ。その反動は大きかった。

 体重1トンにも及ぶヘビー級の生物で通常よりもデカイならその倍以上はある。そんなヤツが、全体重の力を長く太い棍棒に込めて大きく振りかざし振り下ろしたら、相当な威力を発揮する。トロールが打ち抜いた地面の辺りが激しく揺れ、そのバウンドで足を取られたフィールは前転の要領で跳躍する。

 地面を転がったフィールはトロールとの間隔を十分に取り、肩越しに見た。

 

「今の、結構命懸けだったな………」

 

 此処からだと僅かに見える、巨大なトロールの足元の深く抉られた地面に肝を冷やした。今のは運が良かったと言っても過言ではない。実際少しでもタイミングがズレていたら………。

 フィールはまだ動悸が苦しく、身体を満足そうに動かせないでいたが、せっかくの無傷で乗り越えられたチャンスを自分の手で水の泡にするなんてゴメンだと、前へ向き直ると脇目も振らずに走り抜けた。

 

♦️

 

 危うく死線をさ迷いかけた事態をギリギリ解決したフィールは、恐る恐る後ろを見てチェックした。そこは何も無い空虚の空間だったので、大きく息を吐いて冷や汗を拭う。

 

「はぁ………はぁ………ッ」

 

 安堵と同時にどっと疲れが襲い掛かってきた。

 なんだか、やたらトラップが多いのは気のせいだろうか。

 真似妖怪(ボガート)、大蜘蛛、尻尾爆発スクリュート、エルンペント、ゴーレム、呪い、落とし穴、数多の呪い………とにかく、進む度にトラップの至難さや頻度が激化している。

 だが、それは他三人もそうなんだろう。

 遂に脱落者が二人現れた。

 トロールからディスタンスを離すために無我夢中でランニングし、体力と精神の回復のためにウォーキングに切り替えた後、紅い花火が間を置いて2つ空に打ち上げられた。となれば残った選手は自分と後一人だけだと思われる。

 

 地面や両脇に聳える生垣はそろそろ限界になってきた精神を圧迫してきた。心臓が嫌な意味で高鳴り、ちょっとした物音にさえビクッと身体が震えて恐怖心が少しずつ植え付けられる。冷や汗が首筋に流れ、自然と吐く息が荒くなる。

 

「………また、分かれ道か」

 

 これで何度目かわからない、どれがゴールに通じるのかが不明な複数の道の選択肢に苛立ち、右隣の生垣に思わずもたれ掛かってしまう。

 

「……………」

 

 瞼をおろし、深呼吸する。

 ゴールは何処なんだとイライラした直後、

 

「―――ッ!」

 

 瞼の裏側に、光が浮かび上がった。

 ハッと目を開け、通路の先を見る。

 真っ直ぐと伸びる道の突き当たり。

 そこには、青白い光を放つ物があった。

 眼を凝らしてみると、その正体がわかった。

 

 ―――優勝杯

 

 優勝杯を視界に収めたフィールは、脚に力を入れて走り出した。

 徐々に徐々に近付く光輝くカップ。

 その時、視界の片隅に2つの影を捉えた。

 一つは人影。一つは物影。

 彼女は、後者が前者へ襲い掛かろうとしているのを瞬時に理解すると、

 

「ハリー、伏せろ!」

 

 叫び様に『失神呪文』を大蜘蛛へと放つ。

 人影―――ハリー・ポッターは突然の鋭い声にビックリしながらも、自分を奇襲しようとした大蜘蛛のシルエットを認めて持ち前の運動神経で咄嗟に伏せたおかげで、『失神呪文』の餌食にはならなかった。

 

「フィール、今のは―――」

「大蜘蛛だ。アンタを狙おうとしてた」

「そうか………ありがとう」

「………どういたしまして」

 

 二人の目の前には、優勝杯。

 どちらともそれを見ては、互いの顔に視線を走らせる。

 

「………どうする?」

「………此処まで来れたのも何かの縁だ。一緒に取るか」

「………そうだね。一緒に、皆の所へ帰ろう」

「ああ。待ってくれている人達の元へ帰るか」

 

 二人で永遠の名誉を獲得することを決め、共に帰還しようと、顔を見合わせる。

 

「よし、3つ数えたらな」

「うん。じゃあ………3………2………1」

 

 二つの手が、優勝杯の取っ手を掴む。

 その直後、二人は身体を強く引っ張られるような感覚に襲われ、その場から姿を消した。

 

♦️

 

 身体が地面へと叩き付けられ、その衝撃で痛みが全身に響くも、すぐさま立ち上がる。

 起き上がって辺りを見渡してみれば、そこは墓地のようで幾つかの小さな墓石と大きな像が建てられている墓石が乱雑に並んでいた。

 

 リトル・ハングルトン村の教会裏に存在する共同墓地。

 

 そこに、フィールとハリーは居るのだ。

 視線だけを動かすと、暗闇の向こう側に大きな屋敷が見える。辺りに生えている木は枯れ果てて葉の一枚もついていない。

 

「此処は一体………?」

「わかるのは、ホグワーツではないことだな。優勝杯が移動キーだったなんて、聞いてないよな」

 

 フィールはハリーに「杖を構え直しておけよ」と呼び掛け、彼は言われた通り、何が起きても大丈夫なようにグッと杖を握り締める。二人でゆっくりと歩きながら、一際大きい墓石の前まで辿り着く。墓石は大きな棺のようで、その上にフードを被り鎌を持った骸骨の石像が鎮座している。

 

ルーモス(光よ)

 

 フィールは杖先に灯りを灯し、屈んで墓石に書かれている文字を読み上げる。

 

「………トム・リドル」

 

 ハリーはビクッと身体を震わせ、フィールの肩に手を置いた。

 

「そんな………まさか………すぐに、此処から離れよう!」

 

 ハリーは遠くに飛ばされている優勝杯へ向かおうとフィールを促したが、彼女は微かに物音がしたのを聞き逃さなかった。

 

「誰かが居る。ルーモス・マキシマ(強き光よ)!」

 

 通常よりも強烈なライトへアップさせ、音がした方向に杖を向けた。その強い光は、近くに建っていた古びた教会の空いた穴から黒いフードを被った何者かが何かを抱えている姿を、ハッキリと照らした。

 

『邪魔者の動きを封じろ!』

 

 フードが抱えるナニかから、甲高く冷たい声が発せられる。フードを被ったヤツは杖を握る腕を振り上げ―――頭が割れそうなほどの頭痛に耐え忍ぶハリーに向かって、閃光を放つ。

 

「―――ッ!」

 

 フィールは咄嗟にハリーを突き飛ばし、彼を庇った彼女の左肩へ光線が当たる。その途端、鋭い剣で斬りつけられたような傷口が浮かび、血が噴き出した。

 

「かはっ………!」

 

 左肩から全身に巡る激痛の大ダメージにフィールは地面に倒れ込んだ。ついさっきまで彼女が立っていた場所の周囲一面に紅い液体が飛び散り、鉄の匂いが充満する。

 そして、暗がりから姿を顕現とした大蛇が、フィールの血まみれた華奢な肉体に巻き付き、ギリギリと縛り上げた。

 

「フィール!」

 

 ハリーはフィールへ近寄ろうとしたが、フードが接近して魔法で石像の前まで引っ張ると彼を縄でキツく縛り付けた。月明かりによってフードの中の顔を見たハリーは絶句した。

 

「お前だったのか! ピーター・ペティグリュー!」

 

 そう、フードを被っていた謎の人物の正体はピーター・ペティグリュー―――またの名をワームテール―――であった。

 去年、叫びの屋敷で捕らえることに成功したものの魔法省の失態で逃してしまった闇の帝王・ヴォルデモートの家来で死喰い人の一人だ。

 ワールテールは息を荒くしながらもハリーの言葉には反応を示さずに淡々と動いていく。ワールテールに視線は動かせるが、身体は動かせない。

 意識が薄れていくフィールは指先に力を入れるのが億劫なくらい重傷を負った。先程ワールテールがハリーへ攻撃を仕掛けたのは、邪魔者のフィールが彼を庇うだろうと推定した上での行動で、見事彼の予測は命中した。

 

 彼女は自分の身を挺して友人を庇った。

 その結果、命の危機に自ら晒してしまったのだから、ワールテールからすれば愚か者とも言えるだろう。

 辛うじて意識を繋ぎ止めてるフィールは、ハリーの前に置かれた包みから僅かに見える赤ん坊のような形をした不気味な物体を発見する。

 アレこそ、これから完全復活する闇の帝王の、復活前の容貌だ。

 ワールテールは準備が終わったのか、彼は包みを上げて、用意した石鍋の前へ進む。石鍋の中はボコボコと沸騰する水がような液体で満たされており、湯気が立ち昇っている。

 

「ご主人様、準備が出来ました」

『さあ………始めろ』

 

 再び響く甲高く冷たい声が発せられた瞬間、ワールテールは包みを開いて中身を石鍋の中へ放り入れる。ワールテールは杖を再度取り出して振るう。ハリーを拘束している足元の石の棺の蓋が開き、中から一本の骨が出てくる。

 

「父親の骨、知らぬ間に与えられん! 父親は息子を蘇らせん!」

 

 ワールテールは骨を石鍋へ入れる。

 すると、さっきまで白かった湯気は毒々しい青色に変色し、石鍋の淵から四方八方に青い火花が飛び散る。

 次にワールテールは懐から短剣を取り出すと、顔面蒼白しながら呼吸を荒々しくする。

 

「しもべの肉………よ、喜んで………差し出されん………しもべは………ご主人様を………蘇らせん!」

 

 言葉とは裏腹に全然嬉しくない声音で詠唱するが否や、伸ばした右腕を手首からバッサリ切り落とした。切り落とされた右手が石鍋へ中に落ち、ワールテールは激痛に呻いている。

 

 ここまで来たら、ワールテールが一体何をしようとしているのか、誰でもわかるだろう。

 彼は闇の帝王を復活させるための儀式を行っているのだ、と。

 ハリーは拘束から逃れようと必死にもがくが、縛り付ける縄はいっこうにほどけず、虚しい抵抗で終わってしまう。唯一の頼みの綱であるフィールもあの蛇―――ナギニというヴォルデモートのペット―――によって動きを束縛されている。

 流石は闇の帝王のペットだ。

 その力は並外れている。

 そうでなくとも、今の彼女にはもがく余力が無かった。

 

 ワールテールは呻きふらつきつつ、ゆっくりとハリーへ近付く。ワールテールは残った左手で銀色に輝くナイフをハリーの右腕に突き立て、右肘の内側から流れるその血を薬瓶に入れると小瓶を手に、石鍋の中に紅い液体―――ハリーの血を流し込んだ。

 

「敵の血………力ずくで奪われん………汝は………敵を蘇らせん!」

 

 燃えるような真紅の湯気を発していた石鍋は、ハリーの血が入ると眩いほどの白い湯気を立ち昇らせる。ワールテールは役目を果たしたと言わんばかりにその場から崩れ落ちて、手を抱えながら地面を転がった。

 

 夜の闇を照らすほど周囲に放ち輝いていた閃光が急速に収まると―――

 

「―――ッ」

 

 無音の世界に、誰かが息を呑む音がハッキリと聞こえた。そして、その人影はゆっくりと起き上がる。

 

「ローブを着せろ」

 

 石鍋から出てきた者は足下で踞るワールテールにそう命令する。

 ワールテールは身体を震わせながら、命令に忠実な部下の迅速な動きで傍に置いていたローブを手に取り、声を発した者へ被せる。

 ローブを被ったそれはゆっくりと歩き出す。

 石鍋はすっかり役割を終えたのか、一筋も湯気を出さずにいた。

 強い風が吹く。

 それに続く様、空に掛かっていた雲も動き、月明かりが墓場全体を照らし、その月下で―――顕現としていた。

 

 骸骨よりも痩せ細った、背の高い影。

 骸骨よりも白く、のっぺりとした顔。

 真紅に染まった、不気味な色の双眸。

 

 いつしか、その名を呼ぶことすら禁句となり、英国魔法界を恐怖と絶望の底へ導いた―――

 

 

 

 ―――ヴォルデモート卿が復活した。

 

 

 




【『彼女』とクリミアの対談】
恐らくこれが最後の対話。
『彼女』の正体は敢えてまだ言いませんが、最初から読んできた読者の皆さんなら、とっくの昔に誰なのかお分かりですよね?

【サプライズパーティー】
そういえば第三課題前にフィール誕生日だったなとことで温かなサプライズ企画を。あ、ここにはハリー達一行も居たので原作より早くに知りました。

【愛憎表裏一体】
ハリー・ポッターにおいて『愛』というものはキーワードの一つ。
ハリーは愛に満ち愛に護られている勇敢な少年で、ヴォルデモートは愛を知らない故に破れました。
そしてオリ主のフィールはと言うと………真ん中ポジションですかね。
フィールは両親を失った後、父親代わり母親代わりの叔父や叔母からの愛情を貰いながら長年生きてきました。それは確かに幸せなことですが、フィールは両親を奪われたタイプです。故に仇に対して『憎しみ』という感情を抱くのは当たり前。
ですが、その感情の赴くままに突っ走れません。何故ならば、周りから愛を貰っているからこそ、その人達へ冷酷非道な冒涜を犯してはいけないと思うからです。
でも、フィールだって一人の人間。
自分だけがそういうのを我慢しなければいけない現状への不公平さや不満は抱いてイライラするし、ストレスとなって心にズシンと溜まります。
しかも、叔母のエミリーは廃人となった母親と滅茶苦茶そっくりな人。フィールにとってはまさに生き地獄という訳です。

【ベイカー夫妻】
観戦&スタンバイ。

【戦闘画面】
トロールA、Bがあらわれた!

フィール(なんてこったい! よりにもよってトロールに挟み撃ちされるなんて! そんなことより、このままじゃマジでヤバい! いや、まだだ………ベルンカステル家には一つだけ残された戦法があった。それはッ!)

コマンド
 たたかう
 じゅもん
 どうぐ
▶️にげる

フィール「逃げるんだよォ!」

【優勝杯】
ダブル主人公がゲット。

【闇の帝王】
普通にリバイバルしてしまった。


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#65.平穏の日々にサヨナラを

炎のゴブレット編ラスト。
20話数と過去最多の#数と過去最多の文字数。


 最後の課題で最初に脱落したのはダームストラング専門学校代表、ビクトール・クラムでその次がボーバトン魔法アカデミー代表、ルーク・ベルンカステルだ。

 迷路内部で優勝杯を探索していた最中にルークはクラムと遭遇し、どういう訳か彼が奇襲してきたのだ。おまけに許されざる呪文の一つ『磔の呪文』を当てられた。ルークは精神的に限界だった時に耐え難い苦痛を与えられ、正気が削られた。

 が、奥歯をギリッと噛み締めて大声を上げるのを喉の奥に引っ込め、『失神呪文』でクラムを無力化させた。いきなり攻撃してきてしかもヒトに対しての使用を禁じられている呪いを行使してきたクラムを放置しようかとも思ったが、あの彼がこんな行為をしてくるヤツではないと思い直し、空中に紅い花火を打ち上げて、教師達にダームストラング代表選手が倒れている場所を知らせた。

 

 その後、ルークは探索再開したのだが―――凄まじい量と質で障害物や魔法道具、魔法生物や呪いにぶち当たり、体力的にも無理だと判断して遂にヘルプを選択し、途中棄権の紅い花火を打ち上げて一番近くに居たマクゴナガルに回収された。

 現在ルークは傷痕が所々身体に刻まれた状態で医療テントに搬送され、魔法薬を飲ませて安静にしたところだ。

 彼の前に此処に運ばれたクラムは、ルークから「気絶させる前、クラムの様子が変だった」と聞いた教師達が詳しく看てみると―――これまた許されざる呪文の一つ『服従の呪文』の魔力の残滓を感知し、法律違反に当たるそれに、ギャラリーからはざわざわとどよめきが起きた。

 すぐに試合を中止しろ、と言う人もいれば、そのまま試合を続行しろ、と言う人もいて、賛否両論な意見に事態は収拾がつかなかった。

 

「とにかく、後残った二人を一刻も早く此処に連れ戻すべきだ! このまま更なる混乱が巻き起これば、それこそ現状は悪化する!」

 

 長時間に渡って議論した結論は、中止。

 マクゴナガル、ムーディ、フリットウィック、ハグリッドは迷路に残されたホグワーツ魔法魔術学校代表のハリーとフィールを見つけ次第連れ戻そうと、迷路内をくまなく探した。

 が………最悪のアクシデントが発生した。

 

「た、大変です! ふ、二人の姿が何処にも見当たりません!」

 

 なんだって!?

 と、審査員を初めとするこの場に居た観衆全員が喫驚した。

 もう一度隅々に至るまで捜索しても、やはり見つからない。それどころか、二人の気配そのものが皆無である上に、確かにゴール地点に設置していたはずの優勝杯が消失していた。

 流石にそのような状況を見過ごせず、保護者組は揃って立ち上がる。彼らとも交えて協議が行われ、その不安と緊張は生徒達にも伝染した。

 

「なあ、何でもいいから、何か手掛かりはないのか?」

「あるならとっくに動いているわよ!」

 

 ライアンとエミリーがそんなやり取りをしているのを尻目に、イーサンは審査員側へ視線を走らせた。何故かイゴール・カルカロフは顔面蒼白しており、左腕を押さえながら混沌と化しているこのコートを後にしようとする様子が見られる。

 

「おい、アンタ。さっきからなんだ? そのよそよそしい態度は」

「な、なんでもない………!」

「………ちょっと失礼」

 

 イーサンは妙に慌てたカルカロフに明らかにコイツは何か知っているなと、強引に彼の左腕を掴み、強制的に袖を上げた。

 彼の左腕の内側には、ヴォルデモートに忠誠を誓った証でもある『闇の印』という刺青が刻印されており、それは永遠に消えない。

 案の定、その印は元・死喰い人であったカルカロフの肌にもくっきりと示されている。

 いや、待て、それだけじゃない。

 残存してるどころか、黒く変色しかかっていて触れてみるとかなり熱かった。

 

「………まさか―――」

 

 イーサンは、ある予感がした。

 消えたホグワーツ選手二人。

 闇の刻印の変色段階と熱さ。

 これらから考えられるのは、ただ一つ。

 

 

 

「―――闇の帝王(ヴォルデモート)の復活寸前………か?」

 

 

 

 この時、彼らはまだ知らなかった。

 イーサンがそう呟いた、まさに直後―――。

 ホグワーツ周辺ではなく遥か彼方の墓場で、ヴォルデモートが完全復活を遂げたのは。

 

♦️

 

 満月の夜の教会裏に存在する共同墓地。

 そこで蘇生したヴォルデモートは周りの者達に構わず、ペタペタと自分の身体や顔に触れ、勝ち誇ったような、泥酔してるとも言える表情を浮かべる。

 フィールを押さえ込んでいたナギニはスルリと力を緩ませて彼女から離れると、リバイバルした主人の足元へと大きな蛇体を這い回る。

 

「ぁ………はぁ………はぁ………」

 

 やっと満足に呼吸するのを許されたフィールは荒く息をつきながら冷たい地面で寝転がり、ドクドクと脈打つ度に鮮血が溢れる左肩を右手で押さえた。ざっくりと深く斬られたせいで、彼女の肩から指先まで生暖かい血液が白い肌を伝い、第三の課題ユニフォームのロングTシャツの左腕部分の緑色の生地が、全体的に紅く染まっている。

 ペットの身体が血で濡れているのを見たヴォルデモートはフィールを一瞥後、不自然に長い指のついた手をポケットの奥に突っ込み、杖を取り出す。慈しむように優しく杖を撫で、ナギニの胴体にべったりと付着している血を払拭すると、ワームテールに向けた。

 ワームテールは地上から浮き上がり、彼はハリーが拘束されている墓石に叩き付けられ、その足元に落ちて痛みに呻く。ヴォルデモートは無慈悲な高笑いを上げ、ワームテールに近寄ると、

 

「腕を出せ、ワームテール」

 

 物憂げに命じた。

 

「お、おぉ………ご主人様………ありがとうございます………」

 

 ワームテールは治療して貰えると思っているのか、鼠みたいな顔に嬉しさを滲ませ、声に歓喜を孕ませて血の滴る手首から先が全く無い右腕をスッと差し出す。が、それに対し、ヴォルデモートは蛇のような顔を醜悪に歪ませ、バッサリと一刀両断の言葉で拒否した。

 

「違うぞ、ワームテール。もう片方の腕だ」

「ご主人様。どうか………それだけは………」

 

 泣いて無意味な許しを請うワームテールに煮え切らなくなったのか、ヴォルデモートは彼の腕を掴み、服の袖を引っ張り伸ばした。

 腕の内側に刻まれている骸骨の形をした生々しい刻印が肌の上で主張しているのを嫌にでも眼に焼き付けられる。ヴォルデモートは、泣き続ける部下を非情なまでにガン無視して、丹念にその闇の印を調べた。

 

「全員がこれに気付いたはずだ。それを知り、俺様の元に戻る勇気ある者が何人いるか。そして、離れようとする愚か者が何人いるのか」

 

 ヴォルデモートはハリーに顔を向ける。

 

「ハリー・ポッター。お前が今、何の上に居るか知っているか? 俺様の父の遺骸の上だ。愚かなマグルだったが………お前の母親がお前のために死んだように、俺様が殺した父親も役に立った。どのように役に立ったかは………見ての通りだ」

 

 ヴォルデモートは、語り始める。

 自分がどのように生まれ、両親がどんな末路を辿ったのかを。

 

「だが、今この瞬間! 俺様の真の家族が戻ってきた!」

 

 墓場の至る所から『姿現し』をした、黒いローブを頭から被り奇妙な仮面をそれぞれつけた魔法使い達が歩いてくる。

 

「よく来た、死喰い人(デスイーター)達よ」

 

 闇の魔法使いの集団・死喰い人は一人一人ヴォルデモートに近付き、跪いてローブの袖に口付けを落とす。死喰い人達は円を描くように整列するが、所々隙間が空いているスペースがちらほらとあった。

 ヴォルデモートは自身を囲う忠実なるしもべ全員を見渡しながら、饒舌に喋り出す。

 最初は呼び掛けに応じて馳せ舞じた死喰い人との絆が固く結ばれているというヴォルデモートなりの歓喜の言葉だったが、話は次第に、絆を保ち永遠の忠誠を誓った主人を何故誰も助けに来なかったという、長年抱懐してきた激怒に満ちた内容へと変わっていった。

 

「俺様は失望した………そうだ、失望させられたと告白しよう」

 

 すると、死喰い人の一人が飛び出した。

 全身を震わせながらひれ伏し、悲鳴に近い涙声で弁明する。

 しかし、ヴォルデモートはまるで何も聞こえてないと言わんばかりに、そして許さないと言わんばかりに『磔の呪文』を淡々と唱えた。

 瞬間、耳をつんざく絶叫が響き渡る。

 ハリーは思わず顔を背け、フィールはギュッと眼を閉じた。

 

「起きろ、エイブリー」

 

 拷問を終え、息も絶え絶えに地面を転がる『真の家族』に向かって『真の家族』は冷たく吐き捨てる。

 

「立て。許しを請うだと? 俺様は許さぬ。俺様は忘れぬ。13年もの長い間だ………お前を許す前に13年分のツケを払って貰うぞ。ワームテールは既に借りを返した。そうだな?」

「はい………ご主人様………お願いです………」

「しかし、貴様は俺様が身体を取り戻すのを助けた。虫けらのような裏切り者だが、貴様は俺様を助けた………ヴォルデモート卿は助ける者には褒美を与える………」

 

 そう言ってヴォルデモートは杖を振り上げ、杖先から液体金属みたいな銀色の筋が噴出し、手の形を取ると、ワームテールの右手首の切断面へピッタリと嵌まった。

 

「おぉ………ご主人様、ありがとうございます」

「お前の忠誠心が二度と揺るがないことを期待するぞ、ワームテール」

 

 その後、ヴォルデモートは死喰い人一人一人に詰め寄り、仮面を剥がしていく。その中にはフィールの同僚同輩の父親、ルシウス・マルフォイやクラッブやゴイルの親も含まれていた。

 世間的には立派な体面を保ちながら陰でマグル虐めを楽しんでいたルシウスは何故か裏切ったことへの処罰は受けず、忠誠を誓うだけで許されたのだから、不平等な話だと言える。

 今回収集しなかった者へ対する扱いは、アズカバンに収容された者には最高の栄誉を、逃げた者にはそれ相応の報いを与えると宣言した。

 

「三人は俺様の任務で死に、一人は臆病風に吹かれて戻らぬ決意をし、一人は永久に俺様の元を去った。そして最も忠実なしもべであり続けた者は既に任務に就いている。その者の尽力によって、今夜、我らは若き友人を迎えた」

 

 ヴォルデモートの紅の瞳がハリーの緑の瞳を見据える。

 

「皆も知っているだろうが紹介しよう。かつて俺様の手から逃れ、今や英雄として持て囃されている"生き残った男の子"―――ハリー・ポッターだ。この度、俺様の復活パーティーに列席して貰った」

 

 ヴォルデモートが一旦言葉を区切ると、ルシウスが一歩前に進み出て頭を下げながら問う。

 一体、どのようなキセキで復活を成し遂げられたのか、と。

 再びヴォルデモートは饒舌に話し出した。

 とある理由からハリー・ポッターを殺そうとした日から始まり、何故自分が放った死の呪いが自身へ跳ね返ったのか、どのようにして辛うじて生き延び続けたのか。

 ある魔法使い―――クィレルに取り憑いて賢者の石を奪取しようとしたが、邪魔者によって失敗に終わったこと。僅かな希望さえも抱けなくなってしまったこと。ヴォルデモートを捜しにやって来たワームテールにより思わぬ好機を得たこと。蘇りの儀式を完遂するのに必要不可欠の敵の血・ハリーの血を求めて死喰い人に暗躍を命じ、結果それが達成したこと………。

 以上、経緯や過程を全て話し終えたヴォルデモートはハリーと向き合い、おぞましい顔を邪悪な意志で歪めながら、杖を上げた。

 

クルーシオ(苦しめ)!」

 

 ヴォルデモートは『磔の呪文』を唱え、ハリーは死んだ方がマシだと思うほどの激痛に堪らず絶叫した。死喰い人の嘲笑を背に、ヴォルデモートは愉悦という感情を顕にして嗤い声を上げる。

 

「見たか! この小僧が、ただの一度でも俺様より強かったと考えることは愚かしいことだ。ハリー・ポッターが俺様から逃れたのは偶然と幸運に過ぎない。こやつ一人では何にも出来やしないのだ」

 

 そこで、ヴォルデモートは杖を下ろす。

 地獄の時間が過ぎたハリーは、荒い呼吸と脂汗を流しながらぐったりと自分を縛り付ける縄目にもたれ掛かる。

 

「今夜、ハリー・ポッターを殺そう。他ならぬ、俺様の手で。そうすれば、愚かなお前達にも俺様の力が理解出来よう―――」

「―――アバダ・ケダブラ(息絶えよ)!」

 

 まだ言い終えてないヴォルデモートの言葉を全面拒否して遮るかのよう、殺戮効果を帯びた闇の帝王の十八番・殺人魔法の特徴的な緑色の閃光が物凄い速さで駆け抜けた。

 ヴォルデモートは飛んできたそれを躱し、ボケッと突っ立ってた死喰い人達も慌てて避ける。

 

「お前は―――」

 

 月明かりで照らされる、凛々しい顔付きに鋭い目付きで睨む黒髪の少女。左肩から溢れる命の紅を指先からポタポタと地面に垂れ流しつつ、痛みに苛まれる様子は微塵も感じさせない。

 彼女に眼を見張ったヴォルデモートは、崇拝するご主人様への無礼講な真似をしたヤツへ死の呪いを撃とうとした部下を片手で制し、「一切手は出すな」と低いトーンで命令した。

 

アクシオ(杖よ、来い)

 

 黒髪蒼眼の少女―――フィール・ベルンカステルは、目線だけは決して対敵する闇の陣営側の魔法使い達から離さず、投げ出されていたハリーの杖を『呼び寄せ呪文』で自分の手元へ持ってこさせると、彼の側へ寄り、縄を切り裂いて自由を取り戻させた。

 

「ハリー、大丈夫か?」

 

 呼び寄せた杖を持ち主に手渡しつつ、警戒心を揺るまさないで安否確認した。

 

「う、うん………大丈夫………」

 

 本当は身体が倦怠感に見舞われてふらふらするが、それは彼女も同じだと、弱音を吐かぬよう気持ちを奮い立たせ、コクリと首を縦に振ってみせる。

 

「そうか。さて、と………2年前の秘密の部屋でのバトル以来だな、トム・リドル―――いや、ヴォルデモート」

 

 名を呼ぶことすら恐れられている闇の帝王へ一切の恐怖を感じない覇気を表面でも十分に発揮しながら、2年ぶりの対峙だと、フィールは杖を構える。

 

「ああ、そうだな。………秘密の部屋ではお前に逆転勝ちされてしまったが、今回はそうはいかない」

 

 紅い双眸は、蒼い両眼を鋭く射抜いた。

 対し、蒼の眼光は紅の瞳を反射させた。

 

「今日こそ此処で殺してやろう、フィール・ベルンカステルよ」

 

 フィールの姓を聞いた死喰い人達はざわざわとどよめく。が、先程よりもずっと敵意と殺意を瞳に宿し、彼女を見つめた。

 

「なに、心配するでない。お前が死んだ先には俺様の手によって殺した女が待っているだろう」

「お前が何を言っているのか、私にはさっぱりわからないな」

 

 フィールはハッと鼻で笑った。

 

「………ハリー、彼処に優勝杯があるのは見えてるだろ? アレに触れれば、私達はホグワーツに戻れるはずだ。だから、ここは撤退することを第一に、な」

「………わかった」

 

 二人はヴォルデモート軍には気付かれないようこの場から逃走することを頷き合う。二人の視界の隅には優勝杯もとい移動キーが蒼銀色の輝きを暗闇の中でも放っていた。

 

「まあ………そう簡単に脱出は出来そうにないけどな」

 

 視線だけを動かし、現在の戦況を見渡す。

 目の前には闇の帝王、その足元には大蛇。

 包囲するように整列する死喰い人数十人。

 彼らは全員手練れの魔法使いだ。一瞬の気の緩みが命取りになること間違い無し。

 しかも、今二人が立っている場所と優勝杯までの距離は大分離れている。

 

「………仕方ない。こうなったら、意地でも強行突破するしかないな」

 

 フィールは無謀かつ最良の手段を呟く。

 ハリーは一瞬息を呑んだが―――どのみちそれしかこの場を切り抜けることは不可能だと考え直し、小さく頷いてその方法に乗っかかる。

 

「ところでだ、ヴォルデモート。お前に訊きたいことがあるんだが」

「ほう、一体何だ?」

「お前がさっき言ってた任務に就いている部下ってのは、もしかしてホグワーツに居るのか?」

 

 フィールは、先程のヴォルデモートの発言から誰が誰なのかを推定していた。

 二度と戻らないと決めたのがカルカロフ。

 闇の陣営から抜け出したのがスネイプ。

 既に仕事に当たっていたというのは―――

 

「よくわかったな。そうだ。俺様はホグワーツでの任務を部下に命じた―――バーテミウス・クラウチ・ジュニアにな」

 

 なんとヴォルデモート自らが肯定し、ご丁寧にもフルネームで部下の正体を教えてくれた。

 ハリーは信じられないという面持ちになる。

 

「え、で、でも………クラウチさんの息子は死んだはずじゃ………」

「恐らく、何らかの経緯を辿ってアズカバンから脱獄したんだ。………そしてクラウチJr.は仕事に当たったんだろ? マッド・アイ・ムーディの姿に化けて」

 

 未成年魔法使いのフィールが成人魔法使いを押さえ付けて三大魔法学校対抗試合に出場出来たのは、他でもない、不意を突いて彼女の実力試しをしたムーディだ。

 

「………そこまで気付いてたとはな。流石はエルシーの孫だ。あの女に似て頭の回転が早い。いつから気付いていた?」

「………言ってしまえば、『許されざる呪文』を披露した最初の授業からだ。あの空気を吐くように、自然的な流れで闇の魔術を行使する姿が、どうしても元・闇祓いの人間の動きではないと思った」

 

 そして、暗闇の攻防を繰り広げたあの時。

 不意打ちしてくる存在の攻撃の仕方が、自分に奇襲したムーディのそれとそっくりだった。

 

「そ、そんな………あの人が………?」

「落ち着けハリー。ホグワーツに居るムーディが偽者なだけで、本物は何処かに監禁されて生きている。………と思うんだけどな。最悪、殺されてる可能性もある」

「それについては安心しろ。ちゃんと本物のマッド・アイ・ムーディは生きている」

 

 ヴォルデモートはそう言った。

 ………信用度で言えば0に近いが、今はその言葉が真実であると祈るしかない。

 

「それはそうと、いいのか? お前は私の質問に答えた挙げ句、自分から秘密をバラしたんだ。私達がホグワーツに生還すれば………どうなるかわかってるよな?」

「お前の言っていることは理解し難いな」

 

 今度はヴォルデモートが鼻で笑った。

 

「俺様がクラウチJr.にハリー・ポッターだけでなく、フィール・ベルンカステルを選手にするよう仕向けて此処に連れて来るのを命じた理由がまだわからぬのか?」

 

 ヴォルデモートはゆっくり杖を上げる。

 

「もし、ホグワーツの選手がお前でなはい他の誰かとハリー・ポッターであり、この第三の課題で他のヤツらが脱落した中………ハリー・ポッターだけが行方不明であるというアクシデントが発生すれば、ムーディやカルカロフに対し半信半疑だったであろうお前がダンブルドアよりも真っ先に看破すると考えられる。そのような事態は避けるべきだと考えるのは至極当然だ」

「………つまり―――」

「此処にお前も連れてきて、これから先、俺様や闇の陣営にとって邪魔者の一人になるだろうフィール・ベルンカステルをハリー・ポッターと同じくしてこの手で始末するためだ。………だが一度だけ、お前にチャンスを与えてやろう」

 

 ヴォルデモートは、フィールへ問い掛けた。

 

「俺様の腹心になる気はないか?」

 

 ヴォルデモートからの死喰い人勧誘に、フィールやハリーだけでなく、ルシウス達死喰い人もビックリ仰天した。

 ついさっきまで始末するとか言ってたヤツが、その抹殺対象の人物へ仲間入りを呼び掛けたのだから、驚くのも無理はない。

 

「わ、我が君、何を仰って―――」

「黙れルシウス。お前は俺様を助けに来なかったどころか、一昨年は随分と失態の連続ではなかったか。そのことを忘れた訳ではあるまい?」

 

 ヴォルデモートに冷めた眼差しと冷たい声音でそう言われたルシウスは、ギクッとする。

 一昨年の失態。

 それは―――分霊箱の一つ『トム・リドルの日記』を軽々しくジニー・ウィーズリーの私物に紛れ込ませて闇の帝王の復活を図ろうとしたが最終的には失敗したことだ。挙げ句の果てに、ヴォルデモートの生命活動を維持するためのアイテムの一つを完全に破壊されてしまい、使い物にならなくなった。

 

「それにだ、ルシウス。お前にはまとめ役もリーダーも務まらない。否、お前だけでない。他の死喰い人もだ。こやつらは俺様に絶対の忠誠心を払いながらも、結局は自らの保身を念頭に思考し行動する。そんな思考回路の持ち主に、まとめ役など任せてはおけぬ」

 

 グッサリと痛い所を突かれ、ヴォルデモートに視線を向けられれば、恐怖で全身を震わせた。

 

「こういうことだ。理解しただろう?」

「………お前の言いたいことはわかったけど、私の返事なんて聞くまでもないだろ?」

「では、その返事を聞こうではないか?」

「NOだ。お前らの陣営に加入して恐怖政治の開幕の手伝いをする気なんて殊更ない」

 

 誰が好き好んで、絶望と差別が支配する魔法界で生きたいと思うだろうか。いや、彼らは高貴な血筋と純血思想を第一にする性格の魔法使いが集う集団。

 それが死喰い人という闇の陣営だ。

 そしてソイツらの絶対王者がヴォルデモートという闇の帝王。

 彼らは躊躇うことなくマグルや混血の者達を排除するだろう。それが自分達で自分達を破滅に導いているとは知らないで。

 

「それに………ヴォルデモート、お前は誰に向かってそんなふざけたことを抜かせた? この私が誰なのか、まだわからないのか?」

 

 左肩を押さえていた右手が血で真っ赤になり、杖にも血液が滴り落ちている。

 その杖を強く握り締めたフィールは、まさに眼光炯々という言葉がピッタリの鋭い双眸でヴォルデモートを見据えた。

 

 

 

「私はお前に屈することなく真っ先に歯向かってみせた、エルシー・ベルンカステルの孫だ!」

 

 

 

 その叫びは、勇気ある勇者の咆哮だった。

 彼女の力強い宣言は、弱気になりそうだったハリーの心に大きく響き渡った。

 そしてそれは、交渉決裂の宣告でもある。

 フィールが杖先を前に構える。

 ヴォルデモートが杖を上げる。

 

「「アバダ・ケダブラ(息絶えよ)!」」

 

 二人の杖先から緑色の閃光が迸り、中間地点でぶつかり合った。火花を散らし、ギリギリと押し合う力比べは両者一歩も譲らずだった。

 フィールは血まみれた左手で右腕を添え、しばらくしてから、横に薙いだ。その方向はただ突っ立って眺めていたルシウス達が居る場所。

 2つの閃光が絡み合って流れ弾となり、慌てて自分達の方へまたまた飛んできたのにワンテンポ遅れて反応した彼らは『姿くらまし』をして回避する。

 それがフィールの狙いだった。

 

「ハリー、走れ!」

「! う、うん!」

 

 ハリーは力を完全に取り戻したヴォルデモートと互角に渡り合った友人に一驚していたが、すぐにこれが逃げるための時間稼ぎだと瞬時に理解すると、フィールと共に全速力で走り出した。

 

「くそっ、ヤツらを逃がすものか!」

 

 ヴォルデモートは獲物を縄張りに捕獲した以上なんとしてでも逃しはしないと、再び当たったら最期の『死の呪文』を背を向けて走る二人へ撃ちまくる。

 ハリーとフィールは味方が誰も居ない此処で殺すために連れてこさせたのだ。

 今此処でどちらか一人でも逃してしまえば、あちら側に居るムーディが偽者だとダンブルドアに告げられてしまう。

 自身が先程二人に偽者ムーディの秘密を正確にバラしてしまったのを激しく後悔しながら、そうはさせじと杖を振るい、緑のスパークはハリーの背中を捉えた。

 

「………ッ!」

 

 闇の魔術を感じ取ったフィールは並走するハリーに飛び付き、彼は難を逃れたが、死の呪いが彼女を掠り、致命的ダメージを与えられた。再びおびただしい量の血が噴き出し、ハリーはフィールの返り血を浴びる。

 

「フィール!」

「ぅ………ぁぁ………」

 

 フィールは全身を駆け抜ける激痛に呻く。

 彼女が着ているロングTシャツは血の色に染まり、まるで真っ赤な薔薇が咲き誇るかのようにじわじわと広がっていく。

 ハリーは傷口を押さえ、これ以上の出血を阻止しようとするが、そんな暇をヴォルデモートは与えてくれなかった。

 

「そこまでだ」

 

 ヴォルデモートは勝ち誇った顔で徐々に近付いてきた。死喰い人達も大笑いしている。

 フィールを無力化させたことで勝機が大幅に上がったのだ。

 それに、元々彼女は大量の血を失っていた。

 そんな時に更に血を沢山失えば………そう長くは持たないだろう。

 ほっといても、フィール・ベルンカステルはその内大量出血で死ぬ。ならば、先にハリー・ポッターを殺すのが妥当だ。

 ………そして、ヴォルデモートはまたもや不正解の選択肢を選んだ。

 そのままフィールを殺せば、友人を失ったショックで頭が真っ白になったハリーを容易く殺せたのに、ヴォルデモートは自らそのチャンスを蔑ろにしてしまったのも同然だ。

 

「ハリー、決闘のやり方は学んでいるな? 格式ある儀式の詳細には従わねばならぬ。さあ、お辞儀をするのだ。死にお辞儀を―――」

「僕はやらないぞ! ヴォルデモート!」

 

 ハリーはあらんかぎりの声で立ち上がり、フィールを護るよう前に一歩踏み出す。

 

「お前の言うことなど聞くか! 父さんはお前を前にしてでも屈しなかった! 僕は父さんのように堂々と立ち向かう! 僕はお前を一度倒してみせた母さんの息子だ! そして今度は、僕がお前を倒す!」

 

 ハリーの雄叫びは墓場の隅々まで響かせた。

 父親譲りの顔と母親譲りの瞳には、決して敵にはひれ伏さないという強い心が、言葉の通りに具現化されていた。

 

エクスペリアームス(武器よ去れ)!」

アバダ・ケダブラ(息絶えよ)!」

 

 今度はハリーがヴォルデモートが放つ『死の呪文』に『武装解除呪文』で対抗する。だが、これはハッキリ言って勝ち目などない無意味な抵抗も同然だと言える。確かにハリーは一般生徒よりも防衛術の才能や気質は高い。

 しかし、当然ながらまだまだ弱い4年生のハリーが学年規格外の強さを兼ね備えたフィールみたいに、強者教師と互角に渡り合える技量は持ち合わせてない。

 

 でも、ハリーはそれをわかっている。

 わかっているからこその、勇敢とも馬鹿とも捉えられる、死を目前にして示した勇気だった。

 ヴォルデモートは「手を出すな!」と死喰い人に向かって叫ぶ。

 彼らはフィールよりも明らかに弱いはずのハリーが闇の帝王が撃つ『死の呪文』を『武装解除呪文』で対抗したのに呆気に取られ、気がそちらだけに向く。

 

 故に、彼らは気付かなかった。

 ハリーの勇ましい叫び声により、闇の底へと沈みそうになっていた意識が覚醒した少女が立ち上がったのを。

 そして、ボケッとしている自分達に向かって、『失神呪文』を連発してきたのも。

 

「ッ!?」

 

 突如こちらまで飛んできた数発の紅い光に硬直化した数人の死喰い人の胸に直撃し、偶然逃れられた死喰い人は眼を剥いた。

 事態が急変したのは、それだけじゃない。

 ヴォルデモートとハリー。

 死の呪文と武装解除呪文。

 鬩ぎ合っていた2つの閃光に代わって金色の光が両者の杖を結んでいた。金の光は杖を結びながら細い糸を放出して囲いを形状し、やがて二人を覆う半球状のドームが出来上がった。

 

 ハリーとヴォルデモートの杖は同じ不死鳥の尾羽を芯にした兄弟杖。

 その二人が2つの杖を無理に戦わせることによって本来ならば決して有り得ない、稀な現象が起きるのだ。

 それこそが『直前呪文』による呪文逆行、兄弟杖同士のみで起こる杖の誤作動だ。

 ヴォルデモートがその杖で使用してきた『死の呪文』が全て『逆再生』され、殺したはずの人間達がゴーストとなって姿を現した。

 

「俺を殺しやがった。アイツが………やっつけろ、坊や」

 

 最初に出てきたのは夢で見たあの年老いた老人だった。老人は自分を殺したヴォルデモートに怒りを滲ませている。

 

「離すんじゃないよ、絶対! アイツにやられるんじゃないよ。ハリー、杖を離すんじゃないよ!」

 

 次に出てきたのは魔法省の役人、バーサ・ジョーキンズだ。バーサはハリーには激励の言葉を掛け、逆にヴォルデモートに対しては罵っていた。

 

「お父さんが来ますよ………」

 

 そして―――この夜、ハリーが他の誰よりも強く心に思っていた母親のリリー・ポッターが現れ、静かに言った。

 

「お父さんのためにも頑張るのよ。大丈夫、頑張って」

 

 父親のジェームズ・ポッターがやって来た。

 ジェームズは、自分と生き写しの息子に話し掛ける。

 

「繋がりが切れると私達はほんの少しの間しか留まっていられない。それでもお前達のために時間を稼いであげよう。あの娘と共に、移動キーの所まで行きなさい。それがお前達をホグワーツに連れて帰ってくれる。わかったね?」

「―――はい」

 

 喘ぎながらハリーが答えると、フィールとそっくりな容姿をした女性の影が飛び出してきた。

 この人こそ、ヴォルデモートに真っ先に歯向かってみせたという女性―――エルシー・ベルンカステルだ。

 

「あの男……いつまで経っても変わらないわね。ハリー君、あのナルシスト野郎に目にも見せてやりなさい!」

 

 エルシーがハリーを鼓舞した瞬間、最後のゴーストが地上に降り立った。ライアンとそっくりな男性―――エルシーより前にヴォルデモートに殺された彼女の夫、オスカー・ベルンカステルだ。

 

「俺達でアイツを食い止める。だから、絶対に諦めるなよ」

「はい」

「それと………息子や娘達に伝えてくれ。死んでもお前達のことを愛していると。そして………どうかフィールを―――俺達の孫を助けてくれ」

「わかりました」

 

 ハリーは大きく頷き、殺戮の犠牲者達に周りを徘徊され、恐怖の色の顔をしたヴォルデモートを睨み付ける。

 

「さあ、やりなさい」

 

 ジェームズが言った。

 

「走る準備をして………さあ、今だ!」

「行くぞ!」

 

 ゴースト達に励まされたハリーは、ありったけの力で杖を上に振り上げた。

 その瞬間、金色のドームは一気に弾け飛び、その衝撃にフィールを狙っていた死喰い人数十人が吹き飛ばされた。何人かは墓石に激突して気を失っている。

 ヴォルデモートへゴースト六人が一斉に飛び掛かり、纏わりついた。ヴォルデモートは振り払おうともがき、その間にも、ハリーとフィールは一つのことに動いていた。

 

「ハリー!」

「わかってる!」

 

 ハリーは全速力で走り、いち早く優勝杯周辺に辿り着いたフィールは背後から迫る数多の呪文をスライディングして避け、頭上を飛び越したのを確認すると立ち上がらずに伏せた状態のまま振り返り、彼を追い掛ける死喰い人達を次々と『失神呪文』で撃破する。

 脇目も振らずに疾走するハリーの背後にナギニが襲い掛かるが、

 

セクタムセンプラ(切り裂け)! プロテゴ(護れ)!」

 

 『斬撃呪文』と『盾の呪文』を続け様に唱えたフィールにより、ナギニは血を噴き出しながら吹き飛び、半透明の防壁が残った死喰い人が撃つ魔法全てを弾き飛ばした。

 

アクシオ(優勝杯よ、来い)!」

 

 フィールはハリーへフリーハンドの左手を伸ばしながら『呼び寄せ呪文』を唱え、優勝杯もとい移動キーが物凄い速さで此方まで飛んで来る。

 ハリーはその場から飛び出し、互いに伸ばした手をしっかりと掴みながら、優勝杯の取っ手を同時に掴む。

 その瞬間―――二人は墓場から消え去った。

 

♦️

 

 ハリーは身体が地面に叩き付けられるのを感じた。迷路のスタート地点であるスタンドのど真ん中の芝生に顔を押し付けられ、草いきれが鼻孔を満たす。

 移動キーに運ばれている間、ギュッと強く眼を閉じて何も考えなかったハリーは、不意に片手から感じる生暖かい感触にハッと重い瞼を開けた。

 眼に飛び込んできたのは、ぐったりと地面で横たわるフィールの苦痛に歪んだ顔。

 鉄の匂いが彼女から漂い、霧が掛かったみたいな視野の中で彼女の頬が、服が、紅く濡れ染まっているのを眼に焼き付けられた。

 

「フィール………!」

 

 疲労とショックで動かせなかった身体が嘘のように動き、ハリーは無我夢中で起き上がると、フィールを抱き締めた。抱き締める腕の服の生地が彼女のボロボロになった服から滲む血で紅く染みを作る。

 まさに流血淋璃と言う言葉が相応しいフィールの左肩からは、今も尚真っ赤な液体が傷口から溢れ、抱き締めるハリーの右肩にもたれ掛かりながら、指先までも紅い血で濡らした。

 

「ハリー! ハリー!」

 

 ハリーは声を掛けられた方向へ顔を上げた。

 見上げる夜空に星が瞬き、ダンブルドアが屈んでハリーを覗き込んでいる。大勢の人影が周りを取り囲み、だんだん近付いてきた。

 

「先生、あの人が戻ってきました―――ヴォルデモートが」

「何事かね? 何が起こったのかね?」

 

 コーネリウス・ファッジが愕然として蒼白した顔で現れた。

 

「なんたることだ―――ダンブルドア、ベルンカステルが血まみれだぞ!」

 

 同じ言葉が繰り返された。

 周りに集まってきた人々の影が息を呑み、自分の周りに同じ言葉を伝えた。

 

「フィール!」

「フィールちゃん!」

 

 人混みを掻き分け、エミリーやライリーと言った保護者組が眼を剥きながら駆け寄ってきた。

 

「一体何があったの!?」

 

 エミリーはハリーの顔とフィールの身体を見て激しく詰め寄る。ハリーはフィールの返り血を少なからず浴びており、それだけでもかなりの量の血が失われたと察するには十分だった。

 

「早くフィールを助けてください! じゃないとフィールが………!」

「わかっているわ!」

 

 プロの癒者のライリーは杖を抜き出し、大量出血していた傷口を瞬く間に塞ぎ、止血した。しかし、顔色は優れない。それどころか、真っ白になっている。ライリーはポケットから魔法薬を取り出し、ハリーの代わりにフィールを抱き抱えると彼女に飲み込ませた。

 

「これでひとまずは大丈夫よ。後は血を作る食べ物を口にして数日間安静にすれば問題無いわ」

 

 ライリーは返り血を浴びてたハリーを『払拭呪文』で汚れを取る。その時、彼の右肘の内側の袖が破けているのを見て、

 

「右腕を出しなさい」

 

 と、ハリーに言った。

 ハリーは大人しく差し出す。

 ライリーはハリーの患部を治療すると、彼に問い掛けた。

 

「それで、一体何があったの?」

「戻ってきたんです………ヴォルデモートが」

 

 その言葉に、ライリーは眼を丸くする。

 周りの人達も「え?」と眼をパチパチした。

 

「ヴォルデモート卿が?」

「はい」

「復活したの?」

「はい」

「………どうやら、本当だったみたいね」

 

 ライリーはハリーの眼をしっかりと見た。

 

「実はね、貴方達が迷路から居なくなっているって発覚した後、イゴール・カルカロフの様子がおかしかったのよ。それで、夫のイーサンが彼の左腕の内側を確認してみたら―――」

「闇の印が黒く変色しかかっていて、触れてみるとかなり熱かった。俺はそれを闇の帝王復活の寸前だと推測し、此処から離れた場所でアイツにしつこく問い詰めてみたら―――」

 

 イーサンが片膝をついて、言った。

 

「アイツは白状したよ。『闇の帝王は直に復活する! 私はいずれ多くの仲間から制裁を受けてしまう! だから早く逃がさせろ!』ってな」

 

 イーサンは一度妻の腕の中で眼を閉じている親友の忘れ形見を見、すぐにハリーと目線を合わせた。

 

「ヴォルデモートと戦ったんだな?」

「はい………他にも沢山の死喰い人と―――」

 

 と、そこまで言ったハリーは、ヴォルデモートがバラした秘密を急速に思い出し、イーサンとライアンへ訴えた。

 

「イーサン、ライアンさん、ムーディ先生を追ってください!」

「え………?」

「どういうことだい?」

「ムーディ先生は偽者です! 正体はムーディ先生に化けたクラウチさんの息子です!」

 

 掠れた声でハリーは必死に叫んだ。

 イーサンとライアンは顔を見合わせる。

 競技場を見渡してみると、サッと何処かへ逃げるように蠢く人影を捉えた。

 

「アイツか!」

「逃がすものか!」

 

 闇祓い勤務の二人は迅速に立ち上がると、謎の人影を追ってクィディッチ競技場を後にした。

 イーサンとライアンがムーディを追跡調査しに向かったため、ハリーとフィールはライリー達に任せ、他の教職員に事態を上手く飲み込めていない観衆達を託し、ダンブルドアはマクゴナガルとスネイプにそれぞれ指示を出すと、全速力で二人の後を追い掛けた。

 

♦️

 

 学年末パーティーまでの間、なにかとハリーとフィールは憂鬱に感じる時期で、二人で一緒に居る時間が多かった。

 

 あの夜―――ハリーの言葉を信じ、ムーディを追ったイーサンとライアンはムーディの部屋で彼を発見した。二人掛かりで暴れるムーディを取り抑え、ダンブルドアの指示で厨房からウィンキーという屋敷しもべ妖精を連れてきて『真実薬』を持ってきたスネイプから薬を受け取ると、ダンブルドアは早速ムーディの口に3滴ほど流し込み、全てを自白させた。

 

 アズカバンからの脱獄方法。今までどうやって隠れてきたか。三大魔法学校対抗試合に関する情報をどう得たのか。クィディッチ・ワールドカップ決勝戦の一連の動き。ヴォルデモートによって監禁から解放されたこと。ムーディに成り代わって暗躍したこと。父親を殺害しようとしたこと。

 そして………迷路に運んだ優勝杯を移動キーに変えて予定通りハリーとフィールを闇の帝王復活の場へ送り、計画が成功したこと。

 白状し終えた後、ポリジュース薬の効果が切れてムーディの姿に偽装していた人物の正体が明白になった。

 

 バーテミウス・クラウチ・ジュニア。

 ハリーが叫んでた通り、ムーディに化けていた者の素性はクラウチの息子だった。机に置いてあった携帯用酒瓶の中身を魔法薬学教授のスネイプに確認して貰うと、やはり中身はポリジュース薬だった。

 ちなみに、本物のムーディは部屋の隅に置いていたムーディの私物のトランクの中に監禁されていた。これでヴォルデモートが言ってた言葉は真実だったと判明した。

 

 その後、ダンブルドアはマクゴナガルを監視役として部屋に残るよう言い渡し、スネイプにマダム・ポンフリーを連れて本物のムーディを医務室に搬送するよう指示したら、彼は休憩しているハリーとフィールへ詳しい話を聞こうと医務室に向かった。

 医務室に着くと、気を失っていたフィールは目を覚ましていて、意識も正常だった。が、彼女の顔色はまだまだ悪く、ハリーも疲労が顔に滲んでいた。

 それでも二人は、墓場での一部始終の出来事を話した。皆は黙ってそれを聞いた。

 最後に、フィールが証拠となる一戦の記憶を取り出し、クリミアの一族が代々受け継いできたメモリアル家の能力を利用して、ダンブルドア達に見せた。そこには間違いないなく石鍋から復活したヴォルデモートの姿が映っており、皆は顔を青ざめた。もう一人の証人としてハリーはあの時と全く同じ出来事の光景を見て、彼は大きく頷いて事実を肯定した。

 

 そしてその夜に、大変なことが発生した。

 塔に監禁させていたクラウチJr.が、ホグワーツから逃亡したのだ。彼はファッジが連れてきた吸魂鬼とマクゴナガルを隠し持っていた杖で退け、行方を眩ませた。マクゴナガルとスネイプが追跡したものの、無駄で終わった。

 しかも、それだけではない。

 ファッジが連れてきた吸魂鬼によって、クラウチJr.と共に監禁させていたカルカロフが『吸魂鬼の接吻』で魂を吸い取られ、死よりも酷い姿へと変えられてしまったのだ。

 

 事実を証明するための代わりとして、フィールから一戦の記憶を受け取り、ダンブルドアは校長室にある『憂いの篩』でファッジに見せたのだが彼は頑なに信用せず、「狂っている」「13年間築き上げてきたものを全て覆すような混乱を引き起こそうという所存だ」とダンブルドアやハリー、フィールへ敵意を剥き出しにした。

 まあ、ファッジのみならず、大半の人達がヴォルデモートが復活したというのを信じてくれなかったので、なにもファッジだけが恐怖心で我を忘れている訳ではないのだが………。

 

 それから数日間が経過し、フィールとクリミアはダンブルドアに校長室まで呼ばれた。

 呼ばれた理由に、二人は驚いた。

 それは、かつてダンブルドアがヴォルデモートに対抗するために結成した組織『不死鳥の騎士団』を再結成させるとのことで、二人にもチームに加入して貰いたいとのことだった。

 何故? と訊くと、ヴォルデモートが特に狙っている者を手元に置いていた方が護りやすいとのことらしい。勿論、フィールの叔父叔母からの了承を得ているとのことだ。

 クリミアは、何故自分も? と尋ねると、フィールが入れば自分も入ると言うと予想したのと闇の魔術に抗う素質があるからと答えた。

 それを聞き、クリミアは「フィールやライアン叔父さんが加入するなら、私も勿論加入します」とキッパリ言った。

 結果、フィールとクリミアは『不死鳥の騎士団』の新たなメンバーの一員となった。チームにはライアン達の他にベイカー夫妻もいて、彼らがまだ学生のフィールと成人魔法使いになって浅はかのクリミアを見守るそうだ。

 二人も、知人がいるのは心強いと、強張っていた精神が幾分軽くなった。

 

 対抗試合の優勝者はホグワーツ選手二人の結果で終わり、今年もまた、1年の終わりがやって来た。学年末パーティーで授賞式が行われ、賞金のことで少し揉めた。

 ハリーが、フレッドとジョージの二人がバグマンとのギャンブルで悲惨な目に遭って全財産を失った彼らに譲りたいとフィールに頼むと、彼女は快くOKした。

 これから先に必要なのは笑顔だというハリーの言葉は正しいと、フィールは「是非とも素晴らしいアイテム製作しろよ」とウィーズリーツインズに期待とエールを送り、彼女を毛嫌いしていた二人は何度も感謝の言葉と共に謝罪の言葉も返した。

 授賞式が終わると改めてヴォルデモート復活のことについてダンブルドアが告げることでハリーとフィールの名前も上げられ、二人への注目度が一気に上がった。

 最後に、これまで以上に皆が力を合わせて結束することを呼び掛け、先行く未来が困難な時代になろうとも、進む道を間違えないで欲しい、傍には仲間が居ると、強く言い聞かせるようにダンブルドアは語った。

 

♦️

 

 ―――ハリーを騎士団の拠点で匿うことにするが、彼を含めて他の学生の者は騎士団の活動には参加させないので、何を訊かれても秘密にするように。

 

 混沌に満ちたホグワーツ城からベルンカステル城に帰宅したフィールとクリミアは、つい先程ダンブルドアの守護霊の伝言で釘を刺すように言われ、それに守護霊で返事を返した二人は深く息をつく。

 夏休み中、落ち着いた頃を見計らって二人も拠点に匿うとの予定で、それに向けて準備もしなければなさそうだ。

 

「フィール、来年から私はホグワーツにいないわ。でも、頑張ってちょうだい」

「ああ。クリミアもライリーさんの指導の元、癒者の卵として頑張って」

 

 今年―――クリミア、ソフィア、アリアの年上組はホグワーツを卒業した。それぞれ、首席、次席、三席という好成績で幕を閉じ、各自の進路で努力するそうだ。クリミアは癒者を目指すので、フィールは彼女を応援した。

 

「そういえば、クリミア。一つ気になってたんだけどさ。フラー(あの女)とは結局どうしたんだ?」

 

 その質問に、クリミアは微妙な顔になる。

 今年ボーバトン魔法アカデミーを卒業した絶世の美女―――フラー・デラクールは、フィールの従兄のルークに淡い恋心を抱いていた。

 そのためか、ダンスパーティーでルークのパートナーとなったクリミアに嫉妬し、いつか美女と美女が美男を美男を巡って修羅場になりそうな予感を感じさせる不穏な雰囲気を漂わせていたのだが………三大魔法学校対抗試合が終了し2校がそれぞれの母国に帰国した今では、その行方がわからない。

 

「どうした、ねえ………なんて言えばいいのかしら。とりあえずは丸く収まったって感じ? ね。だけど、最後の最後までフラーは威圧的に接してきたわ。別れの際も、高飛車な言動は初対面の時と変わらなかったし」

「ふーん………そうなんだ」

「………フラーがルークのことを本気で好きだったのは、本人に直接確かめなくても、滲み出る圧迫感や私を睨む眼差しで感じたわ。…………だけど…………それ以上に―――」

「―――おい、それ以上言うなよ」

 

 どこか震えた声になりつつ、なんとか言葉を紡ごうとしたクリミアの口を、フィールが右手で押さえて遮る。

 

「口にしたら、また感情が溢れ出すだろ。今は一旦忘れろ」

「………ッ」

「前に言っただろ。私やシレンにとって、ルークは『兄』と言う存在だけど、クリミアにとっては『最高の男』なんだろ? だったら、それでいいだろうが。………クリミアは私の家族であり大切な姉だ。その姉が不幸せだと、見てる私も不幸せになんだ」

 

 口元から手を離し、フィールはクリミアの両肩に手を置いて、コツン、と自分の額を彼女のそれに合わせる。

 

「だから幸せになれ。自分の気持ちに嘘をつこうとするな。他人が何を言おうが文句を言おうが、そんなものに屈したら、それは本物の愛じゃないぞ。戦場に放り投げられたら、剣を翳げ誇りを胸に、突き進んで勝ち上がってこい。そして胸張って堂々と、高笑いしながら勝利の旗を振って、敵にも観衆にも自分の雄姿をその眼に焼き付けさせてやれ」

 

 随分遠回りな言い方をしてきたが、その言葉を解釈すれば、フィールはフィールなりに励ましてくれているのがわかる。

 妹の不器用な優しさに、思わずクリミアは涙ぐんだ。

 

「そうね………そうだったわね………。ありがとう、フィール。貴女のおかけで、全てが吹っ切れたわ」

「………別に。ただ私は、クリミアの暗く霞んだ顔を見たくないだけだ」

 

 プイッと顔を逸らし、ツンとした態度になる。

 クリミアは笑みを溢し、ぷにぷに、とフィールの柔らかい頬を突っついた。

 

 ………なんて、こんなやり取りをしていられるのも、今の内だけなんだろうと、フィールもクリミアも口には出さないで、同じことを心の中で思っていた。

 これから先の魔法界は、とても荒れるだろう。

 果たして、何人の人が恐怖に打ち勝とうとするだろうか。

 味方と敵の区別がつかなくなるほどの………目先のことだけに囚われて大切なことを忘れるほどの酷い状況にはならないで欲しい。

 その願いは裏切られるかもしれないとどこか確信めいたものを持ちつつも、今は祈る他ない。

 ソファーに座り直したフィールとクリミアはグラスを手に持ち、互いに軽く掲げると、一気に飲み干した。

 

 

 

 ―――平穏の日々にサヨナラを

 

 

 




【没シーン:楽しいBI☆N☆GO】

~墓場でのハリフィーとヴォルさん集団~

???「オイコラ! お前達!」
フィール「!! こ、この声は………」
ハリー「ま、まさか―――」
通りすがりのベジータ「もう余興はお仕舞いだ!」
観衆①「「「「ベ、ベジータ!?」」」」
ベジータ「さあ~! 楽しいビンゴ大会の始まり始まり~!」

(♪ビンゴダンスのサルサミュージック)

ベジータ「BI☆N☆GO×3!(*^▽^)/★*☆♪」
フィール「………( ; ゚Д゚)」
ハリー「………Σ( ゚Д゚)」
ヴォルさん「………( 。゚Д゚。)」
デスイーター「………( ゚ε゚;)」
通りすがりのクリリン「どうしたんだ? ベジータまで?(;´゚д゚`)」
ベジータ「楽しいBI☆N☆GO! ハッ!(ローリングベジータ)」
闇の陣営「「「「………Σ(;゚∀゚)ノ」」」」
ハリフィー「「………(´゚ω゚`)」」
ベジータ「地球は楽しい所だよ♪ ご飯も美味しい♪ 楽しいBI☆N☆GO×2! ヘイッ! ……ハハッ」
ルシウス「ちょっと引きましたねΣ(・∀・|||)」
ヴォルさん「ああ、アイツが歌も踊りもあんなに下手だとはΣ(;゚∀゚)ノ」

~ベジータのビンゴダンスにより逃げられた後~

エミリー「一体何があったの!?」
ハリフィー「「ベジータが乱入してきた」」
観衆②「「「「はあΣ( ̄ロ ̄lll)?」」」」

【没シーン:岩盤ならぬ墓盤】

~↑のTake2~

ヴォルさん「格式ある儀式は守らねばならぬ。お辞儀をするのだ、ポッター」
ハリー「(゚Д゚≡゚Д゚)゙?」
ヴォルさん「お辞儀をするno………」

(通りすがりの誰かが乱入)

ヴォルさん「ふおぉぉッ!?」

 キーン! ドカン!
(ヴォルデモート、何者かのラリアットを受け、墓盤に激突)

ヴォルさん「」♪デデーン
ハリー「!!ヽ(゚д゚ヽ)(ノ゚д゚)ノ!!」
フィール「邪魔者は始末してきたΣb( `・ω・´)グッ」
ハリー「え? あれフィールだったの?」
フィール「違うよ? 私じゃないよ?」
ハリー「じゃあ今のは誰だったの!?」
???「ビ(B)ックリーです………Σ(・ω・ノ)ノ」
ハリー「いや誰だよ!!」

【没シーン:オーバーキル】

~偽ムーディの正体発覚した一室~

クラウチJr.「くそっ………ここまでか………」
ライアン「油断も隙もあったもんじゃないな。よしイーサン、早くコイツを………」
クラウチJr.「ところでライアン」
ライアン「なんだ?」
クラウチJr.「お前の姪っ子、結構イイ身体してるよna………」
ライアン「バカ!アホ!ボケ!マヌケ!死ね!」
クラウチJr.「イ゛ェアアアアアアアアア!」チーン
エミリー「兄さん、オーバーキルは止めなさい」
ライアン「何言ってんだ、コイツはとんだド変態野郎だぞ!これくらい受けて当然だ!」
エミリー「確かにそうだけど………そこまでしなくてもよくない?」
クラウチJr.「おいライアン!この俺に向かってド変態とはなんだこの野郎!前に『服従の呪文』に抗えるかのテストでアイツに『制服を脱げ』って命令したくらい別にいいじゃna………」
エミリー「前言撤回コイツはとんだド変態野郎だったわ。ステューピファイレダクトコンフリンゴエクスパルソフリペンドボンバーダマキシマクルーシオ………」
クラウチJr.「イ゛ェアアアアアアアアアアアアアアア!」チーン
イーサン「待て待て待て待て!エミリーの方がオーバーキルしてるじゃねえか!」
ライリー「もう止めてあげて!彼(ド変態野郎)のライフはゼロよ!」

【脱落者二人】
クラムは原作通りインペリオされてルークを襲い対処した後にクラウチJr.が仕向けたトラップの激しさと量に対処しきれずリタイア。

【デスイーター勧誘】
でも即行断って交渉決裂。

【男を見せたぞ原作主人公!】
フィールの力強い咆哮に勇気付けられたハリーが今度はフィールを護るため、ヴォルデモートに向かって勇ましい宣戦布告を見せてくれた。
全国のハリーファンの皆さん、彼の男らしい勇姿を絶対見逃すな!

【直前呪文】
セドリックの代わりにエルシーさんとオスカーさんが参戦してハリーを激励してくれました。実は二人の死亡はこの時のためだったり?

【クラウチJr.、逃げるんだよォ!】
セドリック生存ルートがある以上クラウチJr.生存ルートがあってもおかしくはない。ということはもしかしたらあの人の生存ルートも………?

【カルカロフ】
クラウチJr.の代わりにディメンター・キスされてログアウト。

【ヴォルさん復活を認めない無能大臣】
原作となんら変わらないのでカットォォォ!

【再結成する不死鳥の騎士団】
フィールを初めとするオリキャラも参戦。きっと滅茶苦茶レベルアップしたこと間違いない無し。

【姉世代三人、ホグワーツ卒業】
クリミア・メモリアルさん
ソフィア・アクロイドさん
アリア・ヴァイオレットさん

今まで本当にお疲れ様でした!
ここにて卒業したのを証します!

【前置き報告】
次回から、いよいよ5章不死鳥の騎士団編に突入します。オリキャラがかなり多い作品で彼らも騎士団メンバーなので、原作とは大分かけ離れたストーリーになります。予めご了承ください。予測としては、5章での学校生活は割りとあっさり終わって、他作品よりも少し早めに神秘部に行く流れになると思います。
あと、5章でようやくオリ主を初めとするオリキャラ達の過去が明らかとなり、これまでの謎や伏線を100%で表すなら約95%が明るみになりますのでそちらに全身全霊を傾けなければなりません。
なのでざっくり言ってしまえば、あんなガマガエル女がホグワーツ支配する話なんかを執筆してる暇も余裕もないとのことです。
私が重視するのはアクション系なので、次章ではコンバットがメインとなる可能性大。

【炎のゴブレット編終了】
#数共に本文文字数も過去最多となった4章、終えられました。本章ではフィールが原作キャラ三人との関わりが強かったですね。

原作主人公・ハリーとは選手同士。
原作ヒロイン・ハーマイオニーとは女の友情。
そしてパーフェクトガイ・セドリックとは恋愛絡みで。

オリ主に2歳年上の従兄がボーバトンにいたが故にこちらもオリキャラが代表選手になり、本章はオリジナル要素が盛りだくさんでした。ダンスパーティーのパートナー諸事情でシレンからルークに変更とは、以前後書きで書きましたが………時々、原作通りフラーにしておけばよかったかなと思ったりもします。
ただ、フラーが選手になったらなったで発生しなそうなイベント、実はあるんですよね。実際どうなるかは、執筆しないと判明しませんが。

タグにも付けてありますが、この作品はオリキャラが沢山いるが故に、所々大きく原作改変します。なので、それでもOKって方のみしか、私の作品を読み進めるのはあまりオススメ出来ませんね。
逆を言えば、そんな作品でも読んでくれてる読者様には感謝してもしきれません。本当にありがとうございます。

さて、次回からは『不死鳥の騎士団』編。
第5章へ続きます。また見てね、バイバイ。


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番外編.ブルームーン(完全なる愛・叶わぬ恋)

皆さんこんばんは。Survivorです。
一昨日はクリスマスでしたね。すいません、執筆スピードと本文文字数の関係、あとはリアルが忙しくてクリスマス当日の更新、間に合いませんでした………。
それでは2日遅れではありますが、Survivorサンタからのクリスマスプレゼント【初・番外編】を受け取ってください。
今回は思った以上に長編となりました。


 今でも忘れない。

 ふと思い返せば、鮮明に甦る―――私が初めて『彼』のこと好きになったあの日の出来事を。

 

 ボーバトン魔法アカデミー。

 フランスのピレネー山脈に所在するヨーロッパの三大魔法学校の一つだ。

 著名な錬金術師で唯一『賢者の石』の製造に成功した人物としても有名なニコラス・フラメルとその妻ペレネルの出身校でもある。

 紋章は金色の杖が交差した図柄で、それぞれの杖からは3個の星が飛んでいる。制服は淡い青色の薄手の絹のローブだ。

 校舎は豪華な建物で、クリスマスの時期になると解けない氷で作られた彫刻が食堂を囲むように飾られ、ダイヤモンドのようにキラキラ照らす。

 クリスマスには素晴らしいご馳走が出され、食事の間森のニンフの聖歌隊が歌を奏でてくれる。

 イギリスに所在する世界一安全と評される古代魔法の牙城・ホグワーツ魔法魔術学校に在校する5年生が学年末に受けるOWL(ふくろう)試験のような重大性が高いテストは無論あるが、ボーバトンの場合は6年間魔法に関する勉強をしてから実施される形式だ。

 

 校長はオリンペ・マダム・マクシーム。

 小麦粉色の滑らかな肌にキリッとした顔付き、大きな黒い潤んだ瞳に、鼻はツンと尖っている。

 何よりの特徴は、その高過ぎる背丈だろう。

 デカい、としか言い様がない彼女の身長は、パッと見でも2m以上だというのがわかる。

 気性の激しい性格ではあるが、生徒思いの温厚な人柄でボーバトン生から好かれている半巨人の女校長だ。

 

 由緒正しいその魔法学校に、見る者全ての視線を釘付けにする絶世の美女が在学していた。

 彼女の名は、フラー・デラクール。

 本名はフラー・イザベル・デラクール。

 スラリとした長身で非の打ち所がない美貌を誇り、真っ白で綺麗な歯並び、腰まで伸びた銀色が掛かったブロンドのロングヘアに大きな深いブルーの瞳を持つ。

 お祖母さんがヴィーラ―――男を虜にする魔性の魔法生物。髪はシルバーブロンドで肌は月のように輝き、怒った時に見せる真の姿は半鳥人みたいな形貌で、炎を投げ付ける―――であるフラーは、ヴィーラ特有の何もしなくても男を誘惑出来る魅惑能力と言う名の特質を持って生まれた。

 元々の端麗な容姿とも相まって、どんな男性をも虜にする妖しい魅力を身に纏うフラーはボーバトン内でモテモテで人気者だ。加えて成績も優秀なことから、尊敬の眼差しを送られる。

 そんなフラーには、好きな人がいた。

 

 ルーク・ベルンカステル。

 自分より1歳年下のナイスガイだ。

 ルークと、彼の双子の妹・シレンはボーバトンに入学した当初から注目を浴びていた。

 なんと言っても、魔法界において『ベルンカステル』と言う名の家はハリー・ポッター並みに名高く知られているからだ。

 闇の帝王・ヴォルデモート卿に恐れることなく反発の意志を掲げ、戦意の咆哮を上げ続けたエルシー・ベルンカステル。

 

 彼女が事実上、ベルンカステル家出身の者で闇の道から逸した最初の魔女だ。

 

 それまでベルンカステル家は『高貴で由緒正しい』純血の名門・ブラック家同様に、ホグワーツの創設者の一人、サラザール・スリザリンが提唱した純血主義やマグル差別に色濃く染まっていた最古の純血一族の一つとして、そしてイギリス屈指の名門の旧家・マルフォイ家とすら並び立つほどの数世紀の歴史を誇る家系として、世間からは悪名高い家柄だった。

 代々深い闇の魔術にどっぷり浸かり、技量を極限まで高め、加えて好戦的な一面も持ち合わせてたが故に全員が非常に能力と技術に長けた、所謂『戦闘一族』でもあるベルンカステル家。

 

 必要とあらば魔法使い同士の白刃戦さえも厭わないその血脈は、子孫達の体内に並外れた魔力と殺人鬼の魂と共に強く相承された。

 そういう意味合いだけで言うなれば、ヴォルデモートに反抗したエルシーもベルンカステル家出身の魔女だろう。

 彼女はヴォルデモートの思想に賛同し、相対する立場になった両親を自らの手で殺害した。

 

 ―――全ては自分が護りたい人達の為。

 

 だからこそ、エルシーはたとえ自分の手を血で汚してでも最期まで戦い抜く覚悟を決め―――最終的にヴォルデモートに殺された。

 同族を手に掛けてでもかつての同僚同輩から死守してくれた彼女の勇気ある行為は、魔法界の住人から多大なる敬意を払われている。

 

 偉大なる魔女としてその名を轟かせた彼女の血縁者となれば、否応なしにスポットライトを浴びるのは当然と言えば当然である。

 仮にそうでなかったとしても、ルークとシレンは衆目を集めていたに違いない。

 フランス人の母親とイギリス人の父親の間に生まれたがための左右で虹彩が異なる、所謂『オッドアイ』の二人は、現実離れした美形兄妹であった。

 

 母親譲りの暖かな色合いで優しさと快活を表現する金髪に非常に整った面立ち、左側のセルリアンブルーの瞳。父親譲りの長身で情熱的な性格に右側のゴールドの瞳。

 

 それぞれ男子首席女子首席を務めるが、お堅いイメージは全く無く、誰に対しても平等にフレンドリーに接する二人に皆は親しんでいる。

 ベルンカステルツインズが何処に居ようともファンの男女は必ず周辺に居て、自分のいいところをアピールしてお近づきになりたいのが本能と言わんばかりに熱烈にアプローチを続けるが―――二人は誰に対しても、恋愛的な意味で好きになった素振りは一切見せなかった。

 数多くの男子女子にはモテるけどデレデレしないし、遊び歩く訳でもない。精悍な顔付きの父親と違って母親似の顔付きをしているのとは裏腹に硬派なルークとシレン。

 そこがまたいい、とファン達はキャッキャッ騒ぐのだが―――。

 

「お姉ちゃん、またルークを見てるね。そんなに好きなら、『好き』って伝えればいいじゃん」

 

 遠距離からルークを見ているフラーに、銀色の豊かな髪を持つ妹―――ガブリエルが肘を小突きながらそう言った。

 妹からの直球過ぎる物言いに、フラーは恥ずかしそうな表情を浮かべる。

 

「そんなことが簡単に出来るなら、今頃はこんな苦労しないわよ。あのね、ガブリエル。好きな人に告白するのは、とても勇気がいることなの。勇気を振り絞って好きな人に想いを伝えられるほど、私は強い女ではないのよ」

「でもさー………お姉ちゃんほどの美人なんて、世の中そんなに居ないよ? お姉ちゃんならルークとお似合いだと私は思うよ」

「ありがとう。貴女は優しい娘ね」

 

 目元を和らげ、フラーは微笑んだ。

 ニコッと笑いながら、ガブリエルは甘えるように姉の胸に頬を寄せた。

 フラーは妹の頭を、優しい手付きで撫でる。

 顔だけを動かし、フラーは遠くから見る。

 深い青色の瞳に映るのは、双子の妹と笑い合いながら歩く―――初恋の男性(ひと)

 恋心を抱いてる男子の後ろ姿をどこか遠い眼で見つめながら、フラーは過去の出来事を思い浮かべ、ズキリと胸が痛んだ。

 

♦️

 

 (ルーク)を好きになったのは、至極単純な理由だ。

 

 ある日の放課後。

 授業を終えたフラーは屋上に姿を現した。

 片手には1枚の紙が握られている。

 差出人は不明だが、ちょっと目を離した隙に誰かがカバンの中にメモを入れたらしく、開いてみたら、

 

『放課後、屋上まで来てください』

 

 と言うメッセージが書かれていたのだ。

 フラーはメモ用紙に視線を落とす。

 この文章から察するに、定番ではあるが、誰も居ない場所に呼び出して告白しようと、男子が手紙に書いて伝えてきたんだろうが―――

 

(その割りには、随分と字が綺麗なのよね)

 

 男子を装っているが、間違いなく女子の字だ。

 大抵の男子にありがちな文字の汚さは無く、むしろ几帳面に整っている。

 何度もこういう手で告白されてきたフラーだからこそ、一発で見抜けたのだ。

 そして、男子だと装ってまでこんな所に呼び出したってことは………。

 

「―――そこに隠れてるのはわかってるのよ。出てきなさい」

 

 さっきから陰でこちらを覗く気配を感じ取っていたフラーは、声を張り上げる。

 すると、女子が五人、ゾロゾロとやって来た。

 名前は覚えてないが、見覚えのある顔だった。

 確か全員同い年の女の子だった気がする。

 

「なんだ、わかってたのね」

「カッコいい男子じゃなくて残念だったわね」

 

 女子達はケラケラ笑う。

 フラーは不快に眉根を寄せ、

 

「用があるならさっさと言ってくれない? 私、早く宿題終わらせてのんびりしたいんだけど」

 

 と、肩を竦めながら、本音をぶちまけた。

 イラッ、ときた女子達はたちまち笑いを引っ込め、険しい顔になる。

 

「前々から言おうと思ってたんだけどさ………アンタ、最近、調子に乗ってないかしら?」

「男子にモテるからって、いい気にならないでよね!」

「難癖つけてくる理由がそれ? 幼稚ね。わざわざ屋上に呼び出してまでそんな文句を言ってくる暇も余裕もあるなら、今すぐにでも自分磨きの時間に回せば断然有意義だと私は思うわ」

 

 誰が聞いても正論な発言を女子達に突き付けたフラーはメモを捨て、余計な時間を食ったなと、今更ながらわざと引っ掛かってやった自分の行動に後悔しながら校舎に戻ろうとすると、

 

「ちょっと、待ちなさいよ!」

 

 真ん中に居た女子が大声で呼び止めた。

 フラーは呆れ顔になり、後ろに振り返る。

 

「今度は何よ? 私は貴女達のおふざけに付き合ってる暇はな―――」

 

 が、フラーが言い切る前に。

 

「あんまり口答えすんじゃないわよ! ヴィーラだかなんだか知らないけど、身内に男を虜にするって意味不明な体質受け継いで皆からちやほやされるような、卑怯者が!」

 

 逆ギレした女子がドンッと突き飛ばしてきた。

 前方からの強い衝撃にバランスを崩したフラーは後方に倒れそうになった、その時。

 

 後ろから、『誰か』が抱き留めてくれた。

 

「………っ!」

「大丈夫か?」

 

 頭上から、声が振り下ろされる。

 声の主は男だ。

 フラーはハッと見上げ―――背の高いオッドアイの少年・ルークが、こちらを心配そうに見下ろしていた。

 

「え、ええ………大丈夫よ」

 

 ルークの逞しい腕の中に収まっているフラーは小さく頷く。彼は「そうか」と小声で呟き、女子のグループを鋭い目付きで見据えた。

 

「る、ルーク………!」

「気安く俺の名前を呼ぶんじゃねえよ。おい、お前ら。なんで、この人を突き飛ばしたりなんかしたんだ?」

 

 ルークの低く、それでいて透き通る冷たい声に女子達はさっきまでの勢いは何処へやら、肩を縮めて身を寄せ合いながらたじたじになる。

 今まで、彼の怒った顔は見たことない。

 友達や妹と笑い合う時に見せるルークの爽やかな笑顔は、ロクに話したことのないフラーでも印象的だったのでよく知っていた。

 

「理由は何なのか、来たばかりの俺は知らねえけどよ………寄って集って一人を虐めるとか、ガキみてえなカッコ悪いことすんなよ」

 

 年下とは思えない、低音で威厳あるトーン。

 彼女らは気になる異性であるルークからそうバッサリと指摘され、

 

「う、煩い………!」

 

 と、顔を真っ赤にしながら、苦し紛れの捨て台詞を吐き捨ててバタバタと走り去っていった。

 彼女らが屋上から去っていくと、ルークは全身の緊張を解く。

 

「ふぅ………行ったか」

「あ、ありがとう………」

「気にすんな。俺は当たり前のことをしただけだし」

 

 フラーは体勢を立て直し、礼を言う。

 ルークは微笑し、そのまま踵を返した。

 

「え、あ、ちょっ―――」

 

 反射的にフラーはルークの腕を掴む。

 ルークは「なんだ?」と首を捻る。

 

「その………何か礼をさせてちょうだい」

「は? なんでだ?」

「だって、助けて貰ったのに御礼しないのは、失礼でしょう?」

 

 フラーがそう言うと、ルークは肩を竦めた。

 そして、目元を和らげて柔らかく微笑む。

 

「言っただろ。俺は当たり前のことをしただけだってな。そんなもん、別にいらねえよ。お前が何ともないってなら、それでいい」

 

 そう言って、ルークは屋上から姿を消した。

 ポカーン、とその後ろ姿を見届けていたフラーはしばらく突っ立ち―――口元を右手で覆い隠した。顔だけでなく、全身が熱くなる。

 ………初めてだった。

 他人に………男の人に、ただ純粋な気持ちで窮地から助けて貰ったのは。

 今までのメンズは、好感度アップが目的で困っていたら手を差し伸べてくれただけで………そんなもの関係無しに自分を救ってくれたのは、これが初めてだった。

 

(ヤバッ………何なの、これ………)

 

 止まらない。

 甘酸っぱい感情が胸いっぱいに広がるのを。

 胸の奥底から込み上げてくる情動を鎮めようと胸に手を当てるが、心臓の鼓動は早鐘を打つように早まり、高鳴るだけであった。

 

(………………ウソでしょ………?)

 

 よく考えてみれば、彼と話したのは今日が初なのに。

 なんで………こんな気持ちになるのだろう?

 もっと彼と話したい、もっと彼のことを知りたい、もっと気に掛けて欲しい………と。

 

(一目惚れじゃないけど………私は―――)

 

 フラーは自分の気持ちの正体を悟り―――胸が熱くなるのと同時に、強く締め付けられた。

 

♦️

 

(あの時は最初、ルークに恋心を抱いたなんて、自分でも有り得なかったけど………)

 

 時間が経過した今、それはどうでもよかった。

 ―――自分はルークを『男』として好き。

 その気持ちに、今は嘘をつきたくない。

 己の本心に従うのと共に、フラーはまたまた心が痛む。

 

(ルークにはきっと、好きな人がいる………)

 

 直接本人に訊いた訳ではないので、実際のところは定かではないが………。

 大勢の可愛い女の子や綺麗な女性に好意を寄せられても、ルークはデレッとしなければ、不特定多数の関係を持ったりもしない。

 そんな選びたい放題の現状に置かれたら、普通の人であれば、言い寄ってくる相手とちょっと関係を持って気が済んだら終わりというのが十中八九一般的だろう。

 だが、ルークはそんな軽率な真似をしない。

 ただ単に女には恋愛的興味がない(無論変な意味ではなく)のかもしれないが………。

 

 それとは別に、もっと大きな理由があった。

 だから、心が………胸が痛い。

 頭では、理解しているはずなのだ。

 彼が自分には振り向いてくれるチャンスは、これっぽっちもないことに。自分じゃない別の誰かのことで頭も心もいっぱいなのに。

 でも………やはり、諦められない。

 好きな人を想う気持ちは、膨らむ一方で―――そう簡単に消えるものでも消せるものでもない。

 フラーはフリーハンドの左手を握り締める。

 

 恋の悩みでくよくよと思い悩む自分なんて、ルークと出会うまでは想像も出来なかった。

 いつの間に。

 なんで、こんなに好きになってしまったのか。

 あの日、彼と出会って以降は必要なこと以外あまりロクに話していないと言うのに、ルークがこれまでの人生の中で、最も愛しい人になってしまっている。

 

(この気持ちは………もう、なかったことになんか出来ない…………)

 

 以前のフラーは、恋のトラブルの一つや二つは簡単に乗り越えられると思っていた。

 なのに実際に経験してみると、ショックの大きさに打ちのめされている自分に驚く。

 

「―――お姉ちゃん………?」

 

 姉を見上げたガブリエルは眼を見開く。

 何かが頭上に滴り落ちたのを感じ、なんだろうかと顔を上げてみたら………フラーの泣き顔が視界に飛び込んできたのだ。

 いつも勝ち気で情が深く面倒見のいい姉の泣いた顔を初めて見たガブリエルは、驚きを隠せない。

 妹の驚愕に染まった声が耳を打ったフラーはそこでようやく自分が泣いているのに気が付く。

 

「あ………ごめんなさい、ガブリエル。急に泣いて………………」

「お姉ちゃん」

 

 ガブリエルは背伸びし、姉の涙で溢れた目尻を指先で拭う。

 

「私はまだ、誰かを好きになったことはないから恋愛ってのはよくわからないけどさ………お姉ちゃんの心が痛くて堪らないことだけは、ちゃんとわかるよ。だから―――」

 

 熱い雫で濡れた両頬を、小さな手で包み込む。

 

「―――ちゃんと伝えよう? ルークにお姉ちゃんの『好き』って気持ちを。叶わないってわかっていても、好きな人に自分の気持ちを伝えなかったら、その分苦しい思いをするだけだよ。私はお姉ちゃんの味方。お姉ちゃんがルークのことを本気で好きなの、私はちゃんと知ってるからね」

 

 たった一人の妹からの優しい言葉に。

 フラーは涙腺がどっと緩み………気付いた時には、ガブリエルの豊かな銀色の髪に顔を埋め、堰を切ったように、感情の赴くままに泣き出してしまった。

 ガブリエルは敢えて何も言わず、姉の背中に腕を回し、彼女が泣き止むまで、小さな白い手で優しく撫でた。

 

♦️

 

 1994年10月30日ハロウィーン前日。

 ボーバトン魔法アカデミーの代表団は、数百年前に中断されて以来、今年遂に封印が解かれた親善試合・三大魔法学校対抗試合(トライウィザードトーナメント)の記念すべき開催地、ホグワーツ魔法魔術学校に颯爽と来校した。

 フランスと違って此処はとても寒く、何か羽織る物を持ってこなかった準備不足のボーバトン生は場所の外に出た瞬間、冷たい風が肌を突き刺して今更ながら後悔した。前もって知ってたらしいルークとシレンは暖かいコートを着込み、寒さを凌いでいる。

 フラーも他の生徒同様、ブルブルと身を震わせながら、チラッと二人の方に視線を走らせた。

 何やら二人はさっきからキョロキョロと、ホグワーツの集団を見回している。

 ………あの二人は誰を探しているのだろう?

 少ししょんぼりしたベルンカステルツインズにフラーは首を傾げつつ、マダム・マクシームが城内へ入場したのを皮切りに、ボーバトンの集団の波に乗って校長の後に続いた。

 

 ホグワーツの大広間に入り、幾分かはマシになったボーバトンの代表団はホッと息を吐き、4つある長テーブルの内、『レイブンクロー』と言う名の青とブロンドがシンボルカラーらしい寮の生徒が集うテーブルを選んで座る。

 皆はむっつりした表情で大広間を四望した。

 三人はまだ、頭にスカーフやショールを巻き付け、しっかり押さえている。

 テーブルの椅子に腰掛けてから数分後―――ダームストラング専門学校の代表団と校長のイゴール・カルカロフ、そして最後まで城外で待機してくれたホグワーツ生がやって来るのが遠目から確認出来た。

 

 毛皮の外套に毛皮の帽子、深紅のローブを羽織ったダームストラングの生徒達と銀色のコートを身に纏った校長のカルカロフの内、前者は入り口付近でピタリと足を止めた。

 どうやら、彼等は何処に座ればいいのかわからないみたいだ。校長のカルカロフはどうしたのかと疑問に思い、ふと教職員が座っている上座のテーブルに眼を向けると、彼は既に追加された席に腰を下ろしていた。どうやら引率の仕事は放棄らしい。

 なら適当に選んで座ればいいのに、とフラーが心の中で突っ込んだ時―――硬直してる彼等を見かねた一人の女学生が、恐れることなくダームストラングの代表団に近寄った。

 

 4年生くらいだろうか。長い黒髪に蒼い瞳を持つ女の子が、背の高い彼等を見上げて声を掛けていた。見下ろす彼等は彼女より年上で尚且つ長身なので一見するとわかりづらいが、14歳の女子の平均身長を上回る背丈で、整った顔立ちをしているせいか、年齢の割りには大人びて見える。

 ………そして、何故だろう?

 彼女の横顔には、なんとなく見覚えがある。

 初見のはずなのに、何処と無く、ワイルドなイメージを受けるのは―――。

 

(………どうして………?)

 

 髪が長いので気付きにくいが、もしもバッサリ切ったら、どこか精悍な顔付きでもある彼女は『あの人』とそっくりなこと間違いないと、フラーは僅かに眼を見張った。

 そう………彼女の横顔は、前に何度か会ったことのあるルークとシレンの父親・ライアンの面影を強く感じるのだ。

 ルークとライアンは父子なのに面差しはあまり似てなくてインパクトが強かったのを、フラーはよく覚えている。

 だからこそ、尚更驚かずにはいられない。

 ―――何故あの黒髪の少女は………ルークとシレンの父親と似ているのか、と。

 

 その後、歓迎会パーティーを終えた大広間はホグワーツの校長、アルバス・ダンブルドアが立ち上がったことでシンと静まり返る。

 彼は三大魔法学校対抗試合の簡単な補足説明を順に語っていき―――途中、ある一定の条件を満たした生徒のみ、17歳以下の生徒の立候補も特別に許可すると言う『一部の例外』に仰天しつつも、最後の説明をし終えるのと同時に歓迎会はこれにて終了となった。

 フラーは馬車に戻ろうとしたが、如何せん帰宅しようとする生徒が多いために、これはしばらく戻れそうにないなと、少し大広間で待機することにしたのだが………数分くらい経っても中々人は減らず、さてどうしようかと悩んだ。

 

(困ったわね………そういえば、ルークはもう帰ったのかしら?)

 

 フラーは辺りを見渡し―――一際目立つ背の高い金髪の少年を見付けた。こういう時、相手が高身長だと何分助かるので、フラーは人混みの中を掻き分けていき、話し掛けようとした、その時。

 

「フィール!」

「見つけた!」

 

 ルークとシレンはその場から弾け飛ぶようにその場から飛び出し、やっとのことで発見した従妹―――フィールに満面の笑顔で抱きついた。

 フラーは「え………?」と言葉が詰まる。

 フィール、と言うその少女は、先程ダームストラングの一団を自分が所属する寮のテーブルに案内した張本人であったからだ。

 知り合い? とフラーが眼を丸くしてると。

 

「―――時間も無いし、もうおやすみ」

「ああ、おやすみ」

「おやすみなさい」

 

 黒髪の少女から離れたルークとシレンは、彼女の右頬と左頬にそれぞれ口付けを落とした。

 そうして立ち去っていく二人の背中を、唖然としたフラーは見えなくなるまで見届ける。

 

(え………? ………え?)

 

 なんで、二人はあの少女にチークキスを?

 その訳がわからないフラーは、困惑の表情で空間と少女を見たり来たりする。

 

 ―――まさか、彼女がルークの………?

 

 フラーの脳裏を掠めるのは、前に自分が渡したカクテルに込められたメッセージをルークに伝えた際―――彼からあるカクテルで返事を返された時のこと。

 

 以前、フラーはアプリコットフィズを硬派なルークに渡した。

 カクテル言葉は、『振り向いてください』。

 だから―――これを渡せば、少しは自分のことを見てくれるのではないかと思い、秘密の恋心をカクテルに託してみた。

 

 けれど、彼が返してきたカクテルは―――ギムレット。

 カクテル言葉は、『遠い人を想う』。

 

 後に調べてわかったのだが………このカクテル言葉を持つギムレットを返されたフラーは、ルークには好きな人、もしくは付き合っている人が何処か遠くに居ると、察しざるを得なかった。

 が、どうしても諦めきれないフラーは、何度もアプリコットフィズをルークに送った。

 そして何度もギムレットを送られた。

 自分でもしつこい女だとは自覚してる。

 でも………好きな人に振り向いて欲しい気持ちは、そう簡単には断ち切れなくて。

 だから、めげずにフラーは想い続けた。

 たとえ、彼に好きな人がいても………。

 

「―――どうした?」

「―――いやいやいやいや! フィー! あの人達と知り合い!? てか誰!? 普通に頬にキスしてたんだけど!?」

 

 フリーズしていた連中の中、真っ先に思考が再起動した茶髪翠眼のボーイッシュな女の子、クシェル・ベイカーが激しく問い詰めたのを契機に、大広間に残っていた生徒は一斉に爆発して凄まじい形相になりながら詮索した。

 

「ベイカーの言う通りだ! おい、ベルンカステル! さっきのは一体どういうことだ!?」

 

 ………ベルンカステル?

 今、彼はそう言った?

 少なくとも、これが幻聴でも無い限りは決して聞き間違えてはいないはずだ。

 フラーは美しい顔に驚愕が滲む。

 『ベルンカステル』と言う名の魔法族は、魔法界には一つしかない。

 つまり………黒髪の彼女は―――

 

「あの二人とはどんな関係なんだよ!?」

「他校の先輩なの!? それとも親戚なの!?」

 

 と、皆からの勢いに気圧されつつ、黒髪の彼女は自分と美形兄妹の関係を伝えた。

 

「あー、えっと………あの二人は、私の母方の従兄と従姉」

「「「「「「「「ええーっ!?」」」」」」」」

 

 ホグワーツ生達の絶叫が、シンと静まり返っていた夜の城内に馬鹿デカく響き渡る。

 城の隅々まで大反響したその大声にフラーは顔をしかめたが―――彼女とあの二人の人間関係が明らかになり、人知れず険しい顔付きになった。

 

♦️

 

 翌朝のホグワーツ。

 フィール・ベルンカステルは否応なしに生徒からの注目の的を浴びる羽目になった。

 金髪オッドアイの超美形兄妹、ルークとシレンの母方の従妹と言う衝撃的な事実はホグワーツ全体だけでなく、ボーバトン、ダームストラングの代表団の間でも瞬く間に広がった。

 

「アイツら、ホグワーツに従妹居たんだな」

「そんな話、今まで聞いてこなかったよね」

「つーか、従妹ちゃんはクールなヤツだな」

 

 ヒソヒソと噂話するボーバトンのグループの目線の先には、ルークとシレンが従妹のフィールを実の妹同然に可愛がっている、何とも微笑ましい光景。

 見た者をその場で蕩けさせてしまいそうなキラキラスマイルで黒髪の美少女を両サイドからハグサンドしチークキスする金髪の美男美女に、大勢のホグワーツ生は早くも二人のファンになった。

 

 そのファンはフィールを羨ましそうに睨む。

 血縁者なので、愛情を示すのに何の躊躇いも感じる必要は無い。それは逆もまた然りで、愛情を受け取ることに抵抗する必要は無い。

 現にフィールは人前でも普通にスキンシップしてくる従兄と従姉にやや疲れ気味な様子ではあるが、満更でもない表情だ。

 

「………そろそろ離れてくれないか?」

「ん、もう少しこうさせてちょうだい」

「右に同じ」

 

 シレンの言葉にルークが賛成する。

 フィールは少し考え込む表情になった後、二人にこう提案した。

 

「と言っても、此処には何も私にだけスキンシップする相手が居ない訳ではないだろ?」

 

 クリミアの所に行ってスキンシップしてこい。

 大勢の生徒の手前と場所柄、こういう言い回しをして言外にそう含みを持たせたフィールの言葉に、

 

「それもそうだな」

「それもそうね」

 

 と、ルークとシレンはあっさり頷き、ようやくフィールから離れた。

 フィールは半ば強引に義姉を巻き込んだことにちょっぴり罪悪感は持ちつつ、一瞬だけ、悪戯っ子の笑みを浮かべて苦笑いした。

 

「じゃ、フィール、また後でな」

「今度、ホグワーツを案内してね」

「ああ、時間があったらな」

 

 そうして、ルークとシレンは立ち去った。

 二人が居なくなった途端、野次馬は何かを思い出したようにゾロゾロと群れを成しながら、一斉に同じ方向へ向かう。

 大方、炎のゴブレットがある場所だろう。

 ベルンカステル一家の詳細を知りたいのは山々だが、まずはそっちの方が第一優先事項で気になることだ。

 

「ふぅ………」

 

 一人になったフィールはフッと一息つく。

 そんな彼女を、遠くから眺めている人影が物陰に映っていた。

 フラーである。

 彼女はフィール以外の生徒が居なくなるタイミングを、陰からずっと窺っていた。

 そして、今が絶好のチャンスだ。

 フラーはグッと拳を握り締め、フィールに、ルークとは『従兄妹』以外の関係を持っているかを訊こうと、足を一歩踏み出した、次の瞬間。

 

「―――フィーのイトコのお兄さんとお姉さん、滅茶苦茶目立つね」

 

 ベルンカステル従兄妹の邪魔にならぬよう離れた場所に居たフィールの友人―――クシェルがフラーが居る位置からは死角の所から出てきて、フィールの側に寄った。

 フラーは忌々しそうに内心で舌打ちする。

 昨夜、一人の男子が『ベイカー』と言ってたことから姓はわかるが、下の名前は知らない。

 が、そんなもの、今のフラーにとってはどうでもよかった。せっかくのチャンスを踏みにじられてイライラが溜まっただけである。

 そんなフラーの胸中など露知らずの二人は、普通に会話を重ねる。

 

「見た目もそうだけど………人前であんなことされたら流石に人目につくだろ」

「ってか、初耳だよ、母方にイトコいたって。しかも、あの二人の父親ってライアンさんなんでしょ? 若くない?」

「まあな………」

「と言うか、母方の従兄妹の割りにはあまり顔立ちが似てないのがビックリなんだけど」

「ああ………二人はどちらかと言えば、父親のライアン叔父さんより母親のセシリア叔母さん似だからな。情熱的な性格は、父親似だけど」

 

 茶髪の少女の口振りから、どうやら彼女もルークとシレンの父親と会ったことがあるらしい。母親のセシリアとはまだ会ったことがないらしく、「へえ」と興味深そうな面持ちになる。

 同じ緑と銀のレジメンタルのネクタイを締めた少女二人を息を殺して観察していたフラーは、遠目にルークがやって来たのをいち早く捉え慌てて首を引っ込める。

 さっき、チラッとしか見えなかったが………ルークの手には羊皮紙が握られていた。

 今から立候補しに向かうのだろう。

 隣にシレンは居なかったので、もしかしたら先にゴブレットの所に行ったのかもしれない。

 フラーは深くため息を吐き、現状ではフィールに聞き出せないと一旦諦め、踵を返す。

 かなり早い時間帯から気になるのか、ゴブレットの周辺は人だかりであった。

 フラーは一人キョロキョロする。

 案の定、シレンが居たので、近寄る。

 

「あ、フラー。貴女も見に来たんだね」

「ええ、まあ………ねえ、シレン」

「なに?」

「一つ訊きたいことがあるんだけど………いいかしら?」

「? 別に構わないわよ?」

「………ルークは―――」

 

 ―――フィールって娘と付き合ってるの?

 と、覚悟して訊こうとした、その時。

 

「あ、ルーク来たわね。それにフィールも」

 

 と、シレンがフラーの背後に眼をやりながらそう呟いた。

 フラーは肩越しに振り返り―――フィールがルークの背中を押し、彼がゴブレットに自分を示す羊皮紙を入れたのを見た。次にルークはフィールの背中を押し、彼女は紙片を入れる。

 辺りからは拍手喝采が沸き起こった。

 これが初の17歳以下の生徒の提出らしい。

 従兄と従妹が互いに不敵な笑みを向け合いながらハイタッチするシーンに、フラーは鬱屈そうに眼を細めた。

 

「………………」

「流石だわ、二人共。スゴい人気ぶりねえ………それでフラー。私に訊きたいことって何?」

「………………」

「………フラー?」

 

 二度目の呼び掛けでフラーはハッとする。

 シレンは小首を傾げた。

 

「どうかしたの?」

「いえ、なんでもないわ………ごめんなさい、今度直接本人に訊いてみるから、さっきの質問はなかったことにしてちょうだい」

「え………?」

 

 なんで? とシレンが訊き返す前に、フラーは早足に立ち去った。

 とにかく、今は何も考えたくない。

 いつまでも此処に居たら、きっと………。

 フラーは未だ興奮冷めぬ熱気から逃れるよう背を向け、ホールを後にするのであった。

 

 夜のパーティー後の選手選定まで、まだまだ時間が余っている。

 一度馬車に戻り、頭を冷やしたフラーは再びホグワーツの城内に入場した。

 

(しっかし、此処は無駄に広いわね………)

 

 広大な敷地を誇る他、校内構造もバラエティー満載で、ホグワーツ生は毎日大変だなと、少しばかり憐れみの情を抱く。

 さてどうしようかと思い、前髪を掻き上げてくしゃりとやる。

 とりあえず、1年間此処に留まる以上は早めにホグワーツのギミックに慣れておこうと、行く当ても無くブラブラと散歩することにした。

 既にフラーはゴブレットに紙片を提出してる。

 その時皆は笑顔で拍手してくれたが………きっと、ルークかシレンがボーバトンの代表選手になるだろうと、フラーは予想していた。

 

(あの二人は私より1歳年下だけど………魔法の実力はあちらが断然上よね。しかも、運動神経だって―――)

 

 抜群だし、と思った直後。

 次の曲がり角にて、フラーはピタッと歩みを進めていた足を止め、眼を大きく見開かせた。

 目線の先には………ルークとシレンが、フィールとは全く別の女性にギュッとハグしてる場景であったのだ。

 自分と同い年だろうか。雲一つない晴れ空を凝縮させたような水色の髪が特徴的な大人びた女性は、出会って早々に抱き締めてきた二人にちょっと困った笑みを浮かべている。

 

(これは………一体………?)

 

 開いた口が塞がらないフラーは混乱する。

 ルーク、シレン………その人は誰なの?

 なんで、従妹でもなんでもない女の人にスキンシップを………?

 

「もう、二人共………急にどうしたのよ?」

「え? いいじゃない、私達家族なんだし」

「そうそう。それに、クリミアにハグしてこいって言ったのはフィールだしな。ま、直接そうは言ってないけど」

「やっぱりそうだろうと思ったわ………全く、後でフィールに文句言ってやるわ」

「お姉ちゃん、私達にハグされるの嫌なの?」

 

 シレンは潤んだ瞳で紫眼の女性を見上げた。

 嫌なの? と問われ、女性―――クリミア・メモリアルはうっとき、姉心も刺激される。

 

「………ズルいわ、そんな表情(かお)するなんて」

 

 好きにしなさい、とクリミアは肩を竦める。

 途端に二人はパアッと瞳を輝かせ、「~♪」と抱き締める両腕に更に力を込めた。

 クリミアはやれやれとしつつ、フィールと同じでどこか満更でない表情だ。二人に身を任せ、抱かれたままでいる。

 

(お姉ちゃん? 家族? ………あのクリミアって人、ベルンカステル家の関係者なの?)

 

 幼い頃、孤児のクリミアをフィールの両親が引き取ったベルンカステル家の『養女』なのを知らないフラーは益々混乱の渦に陥る。

 その場で思わずフリーズしてると―――。

 

「―――そこに居るのはボーバトン生か?」

 

 と、後ろから声がして、ビクッと身体を震わせたフラーはバッと勢いよく振り返った。

 そこに立っていたのは、フィールであった。

 フィールはフラーの背後に眼をやり、「………ちょっと此方に来い」と自分以外の家族の団欒を今は邪魔したくない気持ちから、まだ名を知らぬ他校の生徒を手招きする。

 そうして二人は静かに移動し―――やがて、誰も居ない場所までやって来て、一息つく。

 

『………此処まで来れば、問題無いだろ』

 

 フラーは一驚してフィールを見下ろした。

 まさかフランス語を話せるとは、思いもしなかったからだ。

 

『………貴女、フランス語話せたのね』

『親戚にフランス人がいるからな。その人に教えて貰った―――って、その親戚が誰なのかは、言わなくてもわかるだろ』

『ええ、まあね。………私、フラー・デラクールよ。貴女のイトコのルークとシレンの1歳年上。貴女は―――』

『フィール・ベルンカステル。スリザリン所属の4年だ。と言っても、知ってるだろうけど』

『まあね。貴女とあの二人は既に噂が広まってるし。………それはそうと、私、貴女に訊きたいことがあったのよ』

『訊きたいこと? なんだ?』

 

 これが初対面なのにいきなり質問をぶつけてくるのか、とフィールが軽く喫驚すると、今がチャンスだとフラーは思い切って尋ねる。

 

『―――貴女、ルークと付き合ってるの?』

『………………は?』

 

 突拍子もない意外なクエスチョンに、フィールは大きく眼を見開かせ、すぐに首を横に振って真っ向から否定した。

 

『私が? ルークと? そんな訳ないだろうが。私とルークは血の繋がった従兄妹だ。それ以外の関係は持ってない』

『本当に?』

『ああ、本当だ。ってか、嘘つく意味がどこにもないだろ』

『………そう、ね。そうよね。貴女とルークが付き合ってる訳、ないわよね。………もう一つ、貴女に質問があるわ』

『今度は何だ?』

『―――あのクリミアって言う女性は、貴女達とどんな関係なの?』

 

 その問いに、フィールは困った顔になる。

 フラーは答えにくい表情のフィールを睨んだ。

 フィールは口を噤んでいたが、程無くして、固く閉ざしていた口を開く。

 

『………クリミアは私達の家族だ』

『ふーん………家族って言う割りには、顔が全く似てなければ髪の色も全然違うわよね』

『それを言うなら、私だってルークとシレンとは顔も似てないし、髪の色も違―――』

『―――確かにそうだけど、貴女はあの二人の父親とは似てるじゃない』

『………二人の父親のこと、知ってるのか』

『何度か会ってるから、知ってるわよ』

『ああ、そうか。………初耳のアンタからするとビックリかもしれないけどよ。他人が何を言おうが、クリミアは私達の家族だ。たとえ血が繋がってなくてもな』

 

 だから、と。

 フィールはフラーの脇を通り過ぎる際、

 

 

 

『―――クリミアを傷付けるような真似は、絶対すんなよ。もしそんな真似したら、私はアンタをブッ飛ばすからな』

 

 

 

 と強い語気で言い放ち、その場を後にした。

 一人取り残されたフラーは考えを巡らせる。

 フィールとルークは交際してない。

 これだけは唯一確定事項となり、ホッと胸を撫で下ろす。

 けれど、それも束の間。

 安心感に満ちた顔は一瞬で険しくなる。

 

(………クリミア、ね)

 

 その名を頭に刻み込み、フラーは踵を返す。

 どうやら、クリミアが怪しい女みたいだ。

 未だにクリミアとベルンカステル一家の詳細は皆目見当もつかないが………彼女らが『血の繋がっていない家族』と言う関係だと、フィールが言った言葉は、決して偽りではないのだろうと思い―――自分が想う男が他の女を抱いている光景が脳裏を掠め、奥歯をギリッと噛み締めた。

 

♦️

 

 本格的に事が動き始めたのは、迫力満点の第一の課題が終了し、クリスマス・ダンスパーティーのパートナーについて話題が持ちきりになった時期だ。

 

 ある日フラーは、ホグワーツのあちこちである人物を探索していた。

 探している人物とは言わずともわかる、ルークのことだ。

 フラーの予想通り、ルークは晴れてボーバトン魔法アカデミーの代表選手に選定された。自分が選ばれなかったのに少しばかり悔しい気持ちはあるが、今となってはそんなに気にしてない。

 現在フラーは別のことでスゴく気にしている事柄があった。それがダンスパーティーのパートナーの件についてである。

 

 フラーはルークと踊りたかった。

 ボーバトンの選手だから、彼のパートナーになれば注目を集められるとかの不純な動機では断じてなく、心の底から彼と共にダンスパーティーを踊りたい気持ちであった。

 なのに―――運命と言うものは酷く残酷で。

 フラーはルーク探索中に、信じられない………いや、信じたくない場面に直面した。

 

(………………え…………?)

 

 フラーが目撃した衝撃的なシーン。

 それは―――ルークとクリミアが、互いに顔を寄せ合い、そっと唇を重ねた瞬間だった。

 自分の意中の人が、違う女とキスしてる。

 その光景を眼に焼き付けられたフラーは―――足場がグラリと崩れ落ちていく錯覚と、心にポッカリと穴が空いていく気分に激しく見舞われ、後退り………強引に顔を逸らし、淡い青色のローブを翻して走り去った。

 余計な思考は一切頭に入れず、頭の中を空っぽにさせて疾走したフラーは馬車に転がり込むように勢いそのままに入り、荒く息をついた。

 

(さっきの………あの光景は………)

 

 見違えなんかではない。

 自分が見たものは、紛れもなく現実だ。

 そして、絶望感に打ちのめされた。

 そして、これで確信してしまった。

 アプリコットフィズを渡した自分に対し、ギムレットで返事したルークの『遠い人を想う』が、一体誰なのかを。

 

 バッチリ目の当たりにしてしまったフラーは、わからざるを得なかった。

 

♦️

 

 それから数日後。

 フラーはホグワーツの廊下で桃色髪青眼の少女―――ソフィア・アクロイドと歩いていたクリミアを発見した。

 クリミアの姿を捉えた瞬間、腸が煮えくり返るほどの激情に駆られつつ、努めて貴女とは初対面ですを演出しながら声を掛ける。

 

「あなーたが、()グワーツ生ですか?」

 

 最初に対面した時のフィールの言葉と然程変わらないと思いつつ、そんな感じにクリミアを睨みながら彼女に話し掛けると。

 

『何か私に用があるの?』

 

 と、こちらからすれば母国語のフランス語でクリミアが冷静に切り返してきた。

 

『貴女………、フランス語話せたのね』

 

 危なかった。

 危うく「貴女も」と言い掛けたフラーは、慌てて言い直す。

 クリミアは自分がフィールと既に対面し、彼女からベルンカステル家の人間とは事実上家族なのを断片的に知っていることを、まだ聞いていないはずだ。

 ここで「~も」と添加の言い方をしたら、事態がややこしくなるのは目に見えるし、わざわざ恋敵に親切に説明してやる気も殊更無い。

 そんなフラーの胸中を露知らずのクリミアは至って普通に返答する。

 

『家族にフランス人がいるからその関係でね。それで、私に何か用あるの?』

『ええ、あるわ』

 

 貴女は本気でルークのことが好きなの?

 と、ストレートに問おうとした、その矢先。

 

『と言うか、まだ自己紹介してないじゃない』

 

 と、フラーの名前を知らないクリミアに見事遮られてしまった。

 フラーは内心忌々しそうに舌打ちしたが、平静を装って自身の名を名乗る。

 

『………そうだったわね。私、フラー・デラクールよ』

『フラーね。私はクリミア・メモリアルよ。クリミアでいいわ』

(この女………馴れ馴れしく私の名前を呼ばないで欲しいわ。………と言うか、名字、メモリアルだったのね)

『そう。なら、クリミア。私は貴女に一つ訊きたいことがあるわ』

『訊きたいこと?』

 

 クリミアは小首を傾げる。

 皮肉な話だが、非の打ち所がない美貌を誇るが故にその仕草一つ一つが絵になるので、フラーはクリミアに対する嫉妬やらストレスやらが溜まっていくのを感じながら、静かに言った。

 

『ルーク・ベルンカステルは知ってるわよね? 貴女の学校の代表選手となった、フィール・ベルンカステルの従兄の』

 

 クリミアは紫眼を丸くする。

 まさか他校の自分から知人の名前が出てくるとは予想外だったのだろう。

 

『………ええ、知ってるわよ。それが何か?』

 

 カチン、と思わずフラーはきた。

 クリミアは悪気あって言った訳ではないだろうけれど、フラーからするとその言い草は、

 ―――そうだけど、他人である貴女には別に関係無いでしょ?

 に聞こえてしまい、堪らず青筋を立てた。

 

『惚けないでちょうだい。貴女、彼がダンスパーティーで踊る時のパートナーの女性でしょう?』

 

 どうしてもクリミアへ対するジェラシーを抑えきれず、つい、苛立ちを含んだ声で呟いてしまった。

 クリミアはそこでようやくフラーの現在の心情を察したのか、鬱屈そうに長い睫毛に縁取られた紫瞳を伏せ………真っ直ぐに深いブルーの瞳を見据えてきた。

 

『………ええ。私はルークのパートナーよ。それが何?』

 

 それが何?

 そんなもの、決まってるじゃない。

 

『―――貴女、ルークのことが好きなの?』

 

 クリミアに一番確かめたいこと。

 それは、ルークを本気で好きなのか否かだ。

 あのキスは互いに両想いとわかったからしたんだろうが………どちらかが軽い気持ちで相手にキスしたってのも、一応は考えられる。

 とは言え、それは極めて少ない確率だ。

 ルークとクリミアに限り、ほぼ有り得ない。

 故に彼女の返答は―――わかりきっていた。

 

 

 

『―――好きよりも、愛してる、と言えばいいのかしら?』

 

 

 

 「好き」と言う気持ちでは全然物足りない。

 そして本当は「愛してる」と言う表現では言い足りないほど、クリミアがルークを心の底から愛してるのを―――同じ男性(ひと)を好きになってる者として、フラーには直接聞かなくても容易に理解出来た。

 フラーはクリミアの本心を見極めるように曇り無き瞳を見つめ―――達観したような、この世界に諦めを抱いたような、納得したような、色んな感情がごちゃ混ぜになった笑みを浮かべた。

 

『………ルークが想いを寄せるだけあって、貴女は彼に相応しい女ね』

『………?』

『………前に私、彼にアプリコットフィズを渡してみたことがあるわ。そしたら、ルーク、私にカクテルで返事したのよ。―――ギムレットを渡してきたわ。最初はギムレットのカクテル言葉を知らなかったから、彼が何の返事をしているのかわからなかったけど………後でわかったわ』

 

 思えば、あれを最初に渡された時から、自分に突き付けられたルークからの不動の回答だったかもしれない。

 

『何度やっても、返ってくるのはいつもそれ。遠い人を想う………一体どんな人のことを想っているのか、ずっと気になっていた。そして、此処に来てやっと知れた。………潔く諦めたいところだけど、私、負けず嫌いなのよ。だから―――』

 

 ドンッ、とフラーはクリミアの肩にわざとぶつかり、

 

『―――逃げるんじゃないわよ』

 

 シルバーブロンドの髪をたなびかせて、優雅に歩き去った。

 

 クリミアと別れたフラーは不意に立ち止まり、乾いた笑み浮かべた。

 逃げるんじゃないわよ、と言った先程の自分に馬鹿馬鹿しさを感じてしまう。

 あんな場面を見せ付けられたと言うのに………憎たらしいくらいに立派な返答をされたのに、心の何処かで、未だに混在している。

 自分にもチャンスはまだある―――と。

 

(自分でも、本当に馬鹿馬鹿しいわよね………)

 

 どうやら胸の奥では、信じたいと言う想い、少しばかり実在してるらしい。

 ルークが己を好きになってくれるチャンスなんて、一ミリたりともないのに………。

 硬派なタイプの人間はその分、一途に想い人を想い続けるだろう。

 

 ならば、他の女に目移りはきっとしない。

 ただひたすら、一人の女性(ひと)だけを愛する。

 長年ルークを見てきただけあって、フラーにはそれが痛いくらいわかっていた。

 

 けど、諦められない。諦めたくない。

 恋心を注ぎ続けてきた彼を、何としてでも手に入れたい。

 たとえどんな手段を用いてでも―――。

 ルークを己の彼氏にしてみせたかった。

 

(ハァ………私、いつからこんなに重い女になってしまったのかしら………)

 

 彼には彼女(おんな)がいるってわかっていながら、奪い取ってまで彼を手に入れたいなんて。

 最低な人間だなと、自分でも嘲笑(わら)ってしまう。

 

 ………だけど、それでも。

 これが記念すべき初恋なのだ。

 初めて人を恋愛的な意味合いで好きになったのを………何もしないまま、終わりを迎えたくはない。

 

 ならば、勝負だ。

 正々堂々とか聖戦とか、そんなもの、知ったことではないし、最早どうでもいい。

 

 好きな男をどちらが先に手に入れるか。

 どちらが最高の男(ルーク)に相応しい最高の女か。

 

 此処でハッキリと、あの女(クリミア)に示してやる。

 

♦️

 

 フラーと言う絶世の美女が恋敵と発覚したクリミアはそれからと言うものの、当て付けのように彼女がルークにアプローチする場面を目撃するようになってから、不安に駆られていた。

 ルークが浮気するとは考えられないが………フラーはヴィーラのクォーターだ。本人の意思とは関係無しに虜にされる可能性が少なからずともある。

 けれど、クリミアにはフラーに言い寄る勇気がなかった。元々の争い事や勝負事は好まない控えめな性格なのもあるが………。

 自分がルークを好きなように。

 彼女も彼のことが好きなのを、クリミアには責めることが出来なかった。

 

「クリミア。まさかとは思うけど、あの女に、彼氏を譲るなんて考えてはないでしょうね?」

 

 ハッ、とクリミアは顔を上げ、振り返る。

 6階のバルコニーにて思考の海に沈んでいたクリミアの眼に飛び込んできたのは、いつの間に居たのか、微かに怒気を含んだ顔付きの他寮の友人アリア・ヴァイオレットが立っていた。

 クリミアはアリアの言葉に首を横に振る。

 

「………そんな訳ないでしょ。ルークは私の……恋人なんだから」

「なら、いいんだけど。………クリミアは自分そっちのけに他人を優先するクセがあるわ。勿論、それは決して悪いことではない。でも………そのせいで自分の気持ちが何処かに行ってしまったこと、これまで沢山あったでしょう?」

 

 返事をする代わりに、クリミアは項垂れる。

 アリアは一つため息をつき、クリミアの両肩に両手を置いた。

 

「確かに貴女は『お姉ちゃん』よ。生まれつきの性格かもしれないけど、クリミアは年下だらけの姉妹を持ってる関係で無意識の内に遠慮や我慢、他人への譲り渡しが身に付いてる。でもね………貴女は『女』なのよ。愛する男性(ひと)を想う気持ちだけは、絶対に他の女へ譲らないでちょうだい」

 

 姓と同じ青紫色の瞳を細め、アリアは続ける。

 

「私の場合は、好きな男子(セドリック)が違う女の子を好きだったから、その恋を応援しようと私自身がそうすることを決めて、自分の気持ちを封じ込めることにしたわ。だけど、貴女の場合は思い思われてるのよ。私とは違う。もし、貴女が誰かに『ルークを譲って』って言われたり、周りからの『譲ってあげてくれ』って押しに怯んで『いいわよ』と答えたら、貴女はこの世界で一番の最低な女だわ」

 

 両肩に置く手に自然と力がグッと込められる。

 掌から伝わってくる力に現実味を感じる。

 

「ルークが貴女を大切に想ってくれてるなら、貴女はその彼を信じなさい。そしてどんなことが起きても、恐れず立ち向かいなさい。貴女は見掛けによらず芯は強いんだから」

 

 長らく苦楽を共にしてきた親友からの言葉に。

 思わずクリミアは涙ぐみ、こくんと頷いた。

 

♦️

 

「クリミア」

 

 クリスマス・ダンスパーティーを終え、第二の課題も選手全員がクリアし―――特派員のリータ・スキーターとか言うインチキ記者によるデタラメ記事で一悶着が起きたりと、毎年必ずトラブルが発生するホグワーツ伝統のアクシデントを挟みつつ、約2ヶ月が経過し、4月に突入したある日。

 湖の畔をのんびり散歩していたクリミアは、聞き慣れた少女の声がした方向に顔を向け、軽く眼を見張った。

 声を掛けてきたのはフィールだが、その隣にはハーマイオニー・グレンジャーが居たのだ。

 

「あら、フィールとハーマイオニーじゃない。珍しいわね、二人で居るなんて」

「ああ………昼食お腹いっぱい食べたクシェルは部屋で昼寝してるから、邪魔するのもアレだと思ってブラブラと歩いてたら、偶然、一人だったハーマイオニーと会ったんだ。で、今は二人で散歩中」

「そう。友達同士、仲良くていいわね」

 

 クリミアは柔らかく微笑む。

 ハーマイオニーは笑い返したが、隣に居るフィールはいつになく真顔で見ていた。

 

「………フィール? どうしたの?」

「………なあ、クリミア。明日の誕生日は、ルークと過ごす予定か?」

 

 いきなりそう問われ、クリミアは戸惑う。

 が、「ええ」と首肯した。

 そう、明日の4月18日はクリミアの誕生日なのだ。

 明日を迎えたら、クリミアは18歳になる。

 初耳のハーマイオニーはそれを聞いた途端、パアッと明るい笑顔になる。

 

「そうだったの? なら、お祝いしなきゃね。クリミア。まだ早いけど、誕生日おめでとう」

「ええ、ありがとう。でもフィール。なんで、そんなことを―――?」

「いや………なんとなく、聞いてみただけだ」

 

 言って、フィールはフッと息を吐く。

 

「………ところで、あの女とはどうしてんだ?」

 

 あの女―――。

 その単語に、クリミアは顔を曇らせる。

 誰なのかは言わずともわかる、フラーだ。

 

「デラクールがルークに好意を寄せてるのを知っていながら、何も言わないクリミアを何度も見てきて思ったんだけどさ………クリミアは、少し嫉妬心や独占欲を持たなすぎじゃないか? 相手を思いやり、自分の気持ちを過剰に押し付けないのは、個人的に偉いと思う。でも、クリミアは逆に自分の気持ちを封じ込め過ぎだ」

 

 フィールの厳しい言葉が、クリミアの胸の、一番柔らかくて傷付きやすい場所に鋭く突き刺さった。

 

「私やシレンにとってルークは『兄』と言う存在だけど、クリミアにとっては『最高の男』なんだろ? ルークだってクリミアのことを『最高の女』と大切に想っていて、二人は相思相愛の仲で結ばれてんだ。たとえ世界中の女共が文句を言ってこようが、他の女こそが相応しいとかふざけたこと抜かそうが、そんなもんどうでもいいだろ」

「………似たようなこと、前にアリアにも言われたわ。『ルークが大切に想ってくれてるなら、どんなことが起きても立ち向かいなさい』って。………フィール、大丈夫よ。私はもう、充分幸せよ。ルークと恋人でいられるだけで。彼が私の隣に居てくれるだけで。だから………」

 

 クリミアはフィールを見下ろした。

 年齢の関係上クリミアの方がフィールよりも身長は高いが、幼い頃に比べれば断然違うため、クリミアは成長の早さを実感する。

 

「ったく、仕方ないな」

 

 と舌打ちし、フィールは内側ポケットから何かを取り出す。

 

「クリミア、後ろ向け」

「え………?」

「いいから早く」

 

 クリミアは言われた通り、後ろを向く。

 そうして動かないでじっと待ってると―――首元で、チャリン、と小さな音がした。

 

「………え?」

 

 クリミアは視線を落とす。

 キラキラに輝いたアメジストのネックレスが、首元で鮮やかな光を放っていた。

 驚いて、首につけられたネックレスを触る。

 

「1日早いけど、私からの誕生日プレゼントだ」

 

 振り向いたクリミアに、フィールは言う。

 

「それ、肌身離さずつけておけ。もし、心が苦しさや不安に飲み込まれそうになったら、私達がついてるって、それを見て思い出せ」

「フィール、今日はなんだかいい人みたいよ?」

「いい人みたいよ、は余計だ。普段から、私はクリミアのことを家族として姉として、常に気に掛けてるいい妹だっつーの」

「それなら、あまり危険な事に首を突っ込みすぎないで欲しいのだけれどね」

 

 いつも通りの他愛ないやり取りに、心が和んだクリミアは微笑みを浮かべる。

 ようやくフィールは「よかった………」と内心ホッとした。

 が、それは敢えて口には出さず、背を向ける。

 

「それじゃ、私は先に行く」

 

 そうして、フィールは立ち去った。

 それまで黙って事の成り行きを見守っていたハーマイオニーは「姉思いなのね」とクールなフィールの意外な一面を見た気分に笑みつつ、クリミアと向き合う。

 

「クリミア、私からも一つアドバイスよ。―――クリミアは周りの人間に気を遣い過ぎ。もっと言いたいことを言ったっていいじゃない。恋敵なんて憎い相手にイヤな顔一つしないのは、クリミアの優しい所だけど………時には思い切って、自分の愛の強さを示しなさい。恋敵にも、愛する人にもよ」

 

 アドバイスしたハーマイオニーは、フィールの後を追い掛けていった。

 残ったクリミアは胸に手を当てる。

 

「私の………愛の強さ………」

 

 ハーマイオニーからのその言葉は、何故か心にグッときたものであった。

 

♦️

 

 4月18日、クリミアの誕生日。

 その日の放課後、フィールはクシェルと共に8階に在る必要の部屋へ向かっているのだが、二人の顔には緊張と険しさが走っていた。

 

「なあ、クシェル」

「なに? フィー」

「さっきから妙だなって思わないか?」

「奇遇だね。私もだよ」

 

 フィールとクシェルは顔を見合わせた。

 何故だか知らないが、さっきからボーバトンの代表団の生徒が、自分達が目的としてる場所がある階へと駆け足で向かってる。

 まるで大物芸人のスキャンダルが発覚し記者会見に詰め寄せるマスコミみたいな勢いに、フィールとクシェルは驚きを隠せない。

 そんな二人の耳に、ボーバトン生の声が入る。

 

『おい聞いたか? フラー・デラクールが、ルーク・ベルンカステルに告白するって噂だぜ』

『は? そうなのか!?』

『ああ。それで皆は彼女がアイツに告白するのを応援するために向かってんだぜ。ま、半分は好奇心からだろうけどな。美女の恋はギャラリーからすると美味しいネタだし』

 

 フランス語がわかるフィールは信じられない発言に眼を剥き、すぐさま駆け出した。慌ててクシェルも追い掛ける。

 8階の廊下を疾走していた二人はやがて次々と野次馬が押し掛け何重にも取り巻いてる場面を発見し、加速した。ざわざわとざわめきの波紋が周囲に広がりつつ、全員の視線は一点に向けられている。

 

「悪い、通してくれ!」

 

 野次馬を押し退けて前へ出ると―――大勢の観衆に包囲されて戸惑うルークと、決然とした態度でキリッと表情を引き締めるフラーの姿がバッチリ見えた。野次馬の中には、騒ぎを聞き付けたソフィアやアリア、ハリー達一行、シレンの姿もある。

 当然ながら、クリミアも居た。

 授業を終えて残りの時間を彼氏と過ごそうとしていたクリミアは、予想だにしなかった展開に困惑と当惑を隠しきれていない。

 

「ちょっ、どういうことなの………?」

 

 クシェルは訳がわからない顔で見回す。

 フィールさえも、この状況を上手く理解出来ていなかった。

 しかし、これだけはわかる。

 本来であればとっくの昔に迎えてたはずのルークとクリミアの幸せな時間を、フラーが奪い取ったのだ。

 フィールの顔に憤怒が滲む。

 そうして、一歩足を踏み出そうとした、次の瞬間―――。

 

『フラー………俺に話ってなんなんだ?』

『あら、聞かなくてもわかるクセに、わざわざ確認するのね』

『………………』

『まあ、それは置いといて。私、決心したのよ。貴方にこの気持ちを伝えようって。―――ルーク、好きよ。貴方のことを好きになってから、ずっとね』

 

 フラーの愛の告白に、ルークに彼女がいるのを知らないボーバトン生はにまにま笑って「付き合っちゃえよー!」と叫び、中には指笛を吹く人間でさえ居た。

 

『………サンキュ、フラー。スゴい嬉しい………だけど、フラーは綺麗なんだから、俺なんかじゃもったいないぞ』

 

 苦悩の末、ルークはやんわりと、なるべくは丸く収めようと努めてそう断ったのだが。

 

『いいえ』

 

 頭を振ったフラーはルークを絡め取り―――

 

 

 

『―――ルークがいいのよ』

 

 

 

 ルークの唇を奪った。

 大勢の人が見ている前で。

 

 クリミアの目の前で。

 

「………―――ッッ!!」

 

 クリミアは紫の両眼を剥く。

 恋人の唇を他の女が自分の目の前で奪った光景にハッと息を呑み―――胸が焼けるように熱くなり、息苦しくなった。

 ルークはフラーに突然キスされて戸惑う。

 それと同時に頬も少し紅くなり―――フラーはようやく顔を離し、ルークを見つめた。

 

『フラー………』

『ルーク………私と付き合って………?』

 

 すると―――ボルテージが最高潮にまで達したボーバトンの男女が、ワーワーと一斉に騒ぎ立てた。

 

『おいルーク! お前、フラーの勇気に応えてやれよー!』

『二人ならお似合いだって~!』

『つーか、フラーにあんなキスされて落ちない男なんていね~だろ~』

 

 彼等の心無い言葉に、クリミアは更に苦しそうな顔になった。

 だが………首を大きく振り、腹の底から自分が出せる限りの最大限の声を出す。

 

『ルーク………!!』

 

 クリミアは大声で、ルークの名を叫んだ。

 普段は大人しいクリミアの叫び声に、全員の視線がそちらに向けられる。

 クリミアはそれをモロともせず―――ルークの側へ駆け寄り、彼を抱き締めてキスした。

 

 ―――嫌だ………フラーの所へ行って欲しくない………!

 

 心の中で、彼女は何度もそう叫んだ。

 しかし、ルークとクリミアが付き合ってるのを知らないボーバトン生の瞳には、クリミアがフラーの勇気を踏みにじった光景に映り―――ギッと鋭い目付きで罵声を浴びせた。

 

『なんなの誰よアンタ!?』

『フラーの邪魔をするなよ!』

『無関係だろ! さっさと離れろ!』

 

 ただでさえボロボロに傷付いた精神に追い打ちを掛けてくるボーバトン生の非難の言葉に、クリミアは固く眼を瞑る。

 すると―――ルークが背中に腕を回し、ギュッと力強く抱き締め返してくれた。

 ボーバトン生は「あれ………?」と驚愕する。

 

『なになにどういうこと!?』

『なんでその女は優しく受け入れるの!?』

 

 二人がカレカノ関係なのを一切知らないボーバトン生の間に混乱が渦巻かれる。

 そんな観衆へ向かって、唇を離したルークが大声で叫んだ。

 

『悪い、皆。今まで、騒ぎになると思ってお前らには内緒にしてたけど………俺には数ヶ月前から付き合ってる愛する彼女がいるんだ!』

 

 えええ~ッ!!?

 初耳のボーバトン生はビックリ仰天する。

 その絶叫はホグワーツ城内に大反響した。

 

『―――皆、静かにしてちょうだい………!』

 

 そこへ、フラーのよく透き通った声が割り込んでくる。場はシンと静まり返り、目尻に涙を溜めたフラーはガクッとその場に両膝をついた。

 

『クリミア……こんな、卑怯なマネしてごめんなさい。だけど……私、本気でルークのことが好きなのよ………っ。私の初恋の相手がルークで……彼を好きになった時から、ずっと。この数年間、どんな男にコクられたって、全部断ってきた。彼女がいるからって………諦めきれないわ!』

 

 フラーの涙にボーバトン生は「そんなにルークのことが………」と口を噤む。

 フラーはスッ………と冷たい床に土下座した。

 クリミアは「………ッ!?」と眼を見張る。

 

『お願い、クリミア………私にルークを譲ってちょうだい………!』

『フラー………』

『クリミアお願い………ッ』

 

 すると、土下座してまで懇願したフラーの側に妹のガブリエルが寄り添い………クリミアに向かって深々と頭を下げた。

 

『クリミアさん。貴女がルークの彼女さんなのは知ってます。………けど、お姉ちゃんはずっとルークのことが好きだったんです! だから、どうか………どうかお姉ちゃんに、ルークを譲ってあげてください!』

 

 妹のガブリエルまでもがそう哀願すると―――ボーバトンの代表団が総員で拝み倒そうとこんな発言が飛び交ってきた。

 

『フラー頑張れー!』

『フラーがこんなに真剣なんだから、ルークのこと譲ってあげてくれ~!』

『君にはもっと相応しい男子がいるって~!』

『ルークの理想の彼女はフラーだよ~!』

 

 無思慮なボーバトン生の酷い言葉の数々に、容赦なく浴びせられるクリミアは綺麗な顔を苦痛に歪める。

 フラーがルークを本気で好きに思ってるのは、今の言動で嫌なくらい見せ付けられた。

 

 それだけでは飽き足らずの、この現状。

 クリミアの心は、徐々に押され始めた。

 フラー本人も言ってたが、これはあまりにも卑怯過ぎる手段であり姑息なマネだ。

 公衆の面前にて告白することでその場でめっちゃ断りにくい雰囲気を作り出し、公開告白キスすることで告白成功必至の状況を生み出す。

 

 女の涙は武器と言う言葉があるが、今がまさにそうだ。

 彼等はフラーの涙に同調し、味方してる。

 ルークの彼女である自分を真っ向から全面否定し、同じ学校に通う仲間であり人気者のフラーを支援してる。

 三大魔法学校対抗試合では自分が敵対する学校の生徒だと言うのも、勝機を掴むための一つの要素として取り入れてきたに違いない。

 

 クリミアは外界の音を全て遮断し、二者択一の選択の結果を出すべく、ただ自分の思考をフル回転させることにのみ意識を集中させる。

 

 ―――早く譲ってあげてくれ~!

 ―――なんで彼女なのこの女~!?

 

 ダメだ………どうしても、周りの人間の責めてくる言葉が邪魔してきて、集中力が途切れる。

 淀まなくルークが好きだと言った、溢れ返った涙の中に隠されていたフラーの強い瞳が、脳裏に浮かび上がる

 ギリギリと胸が鎖に縛られるような痛みに精神的にもがき苦しみ………心が耐えきれない苦しさに覆われそうになった、その時―――。

 

 

 ―――あんなにもカッコよくて明るい人が彼氏になったのよ。もっと幸せを感じなさい。だって、自分の好きな人と両想いになれたのよ? そんな奇跡を自分から手放すなんて真似は、絶対にしないでね。

 

 ―――確かに貴女は『お姉ちゃん』よ。生まれつきの性格かもしれないけど、クリミアは年下だらけの姉妹を持ってる関係で無意識の内に遠慮や我慢、他人への譲り渡しが身に付いてる。でもね………貴女は『女』なのよ。愛する男性(ひと)を想う気持ちだけは、絶対に他の女へ譲らないでちょうだい。

 

 ―――クリミアは周りの人間に気を遣い過ぎ。もっと言いたいことを言ったっていいじゃない。恋敵なんて憎い相手にイヤな顔一つしないのは、クリミアの優しい所だけど………時には思い切って、自分の愛の強さを示しなさい。恋敵にも、愛する人にもよ。

 

 ―――私やシレンにとってルークは『兄』と言う存在だけど、クリミアにとっては『最高の男』なんだろ? ルークだってクリミアのことを『最高の女』と大切に想っていて、二人は相思相愛の仲で結ばれてんだ。たとえ世界中の女共が文句を言ってこようが、他の女こそが相応しいとかふざけたこと抜かそうが、そんなもんどうでもいいだろ。

 

 

 皆から言われた言葉が、危うく窮地に追い込まれそうになった自分に救いの手を差し伸べてくれ―――クリミアは服の下に下げているネックレスを制服越しから掴み、ゆっくりと重い瞼を開く。

 

『…………わた………し………私は―――』

 

 そしてフラーの瞳を真っ直ぐ見据え、クリミアは静かに口を開いた。

 

 

 

『フラーに―――ルークを譲る気はないわ』

 

 

 

『っな………!?』

 

 クリミアの返答にフラーは眼を剥く。

 騒いでいた皆も途端に無言になり、決然とした顔でフラーを見下ろすクリミアを見つめた。

 

『たとえ………世界中の女の人が、私を「ルークの彼女には釣り合わない」って否定したとしても―――私は絶対に、自分からルークの傍を離れないわ………!』

 

 ルークが私のことを女として愛してくれてる。

 そんな奇跡を、私は絶対に自分から手放したりなんかしない。

 

『クリミア………』

 

 クリミアの本当の気持ちを聞けたルークは彼女の肩に手を置き、隣に並ぶ。

 

『フラー。俺も………クリミアのことが大切で、離れる気はない。ましてや、クリミア以外の女を「女」として好きになる気は、これっぽっちもない。周りのヤツらが何を言おうが、俺にとっての愛する女はこの世界でただ一人―――クリミア・メモリアルだけだ』

 

 クリミアの揺るぎない決意を宿した紫の瞳と、ルークからの完全なる拒絶の発言にフラーはしばし無言となり………数秒後、彼女はスッと立ち上がって何事もなかったかのような普通の顔を取り繕い、微笑んだ。

 

『………そう、よね。貴方達、ホントお互いに夢中だものね。ごめんなさい、強引に私の気持ちを一方的にぶつけてしまって』

『フラー………』

『皆、お騒がせしたわ。今後は二人の仲を悪く言おうとはしないでちょうだいね』

 

 フラーがキッパリとそう言うと―――一気に熱が冷めて興味を失ったボーバトン生はゾロゾロと群れを成し、ヒソヒソ話しながら階段を下りていった。

 フラーは顔を背け、何処かへ行く。

 終始憤怒の表情でフラーを睨み付けていたフィールは、狙い定めた獲物が逃げていくのを食って掛かるような鋭い双眸で彼女の後を追い掛けようとしたが、

 

『あの………待ってください』

 

 ガブリエルに腕を掴まれ、引き留められた。

 

 

 先程までの喧騒は何処へ行ったのかと思うほどの奇妙な静寂が訪れたホグワーツ最上階。

 クリミアはボーバトンの代表団の姿が見えなくなった途端、全身に張り詰めていた緊張が一気に解け………精神的な問題の疲労で限界を迎え、フッと眼を閉じると、膝から崩れ落ちるように身体をフラッと傾かせた。

 

「クリミア!」

 

 危うく倒れそうになったクリミアを、咄嗟にルークが抱き止める。その声に、黙って突っ立っていたシレンやソフィア達はハッとし、クリミアの側に慌てて駆け寄った。

 

「お姉ちゃん、大丈夫!?」

「クリミア、しっかりしなさい!」

 

 シレンとソフィアは悲鳴に近い声で、ぐったりとルークの腕の中で気を失っているクリミアへ呼び掛ける。

 一同に不安と心配が駆け抜ける中、癒者(ヒーラー)の娘であるクシェルは冷静な対応でクリミアの首筋や手首に指を当てて脈拍を取った。

 

「呼吸脈拍共に正常だから大丈夫。精神的疲労のピークを迎えたのが原因で倒れただけだと思うから、安静にして静養すれば問題無いよ」

 

 クシェルの言葉に皆はホッと胸を撫で下ろす。

 そうとなれば、すぐに医務室へ運ぶべきだ。

 ルークはクリミアを横抱きで抱え上げる。

 安らかな彼女の寝顔に、彼は笑みを溢してポツリと呟いた。

 

「クリミアの言葉、本当に嬉しかったぜ。お前は最高の女だ」

 

 そして、そっと唇を寄せ、口付けを落とす。

 シレンは「私達すぐ近くに居るんだけど」と人目も憚らずにキスシーンを見せ付けてきた兄に肩を竦めたが、その顔はどこか柔らかい。

 ソフィアとアリアはクリミアの白い手を取り、目元を和らげて優しく微笑んだ。

 

「クリミア………やれば出来るじゃない」

「今までで一番カッコいい姿だったわよ」

 

 7年間一緒に学校生活を過ごしてきた二人は、今ほどクリミアと言う最高の親友を誇りに思ったことはないと、全く同じことを考えてた。

 そうして、彼等は医務室へと向かう。

 フィールが何処にも居ないのに、誰も気付かないで。

 

♦️

 

 人前でフラれて恥をかいたフラーは、一人誰も居ない場所に来て深いため息を吐いていた。

 城壁に手をつけ、弱々しく項垂れる。

 

(ハァ………あんな人前でフラれて恥かくとか、一生の汚点よね………)

 

 自分からしたとはいえ、やはり恥ずかしいものは恥ずかしい。

 フラーが一人後悔の念に駆られていると―――不意に背後の方で声がした。

 

『こんな所に居たんだな、デラクール』

 

 冷たくて低い、それでもって心に響く声。

 振り向かずともわかる―――フィールだ。

 フラーはわざと皮肉めいた口調で背中越しにフィールへ話し掛ける。

 

『………なによ。私を笑いに来たのかしら?』

『アンタを笑い者にすんなら、今頃私はホグワーツ全体に言い触らしてるっつーの。私は、アンタに別の用件があって来たんだ』

『別の用件? ………ああ、わかったわ。貴女、私をブン殴りに来たんでしょう? 初対面の時、そう言ったわよね。「クリミアを傷付けるような真似したら、ブッ飛ばしてやる」って』

『………確かに、本来だったら有言実行でそうしてただろうな。クリミアを傷付け、そして彼女の笑顔を奪ったアンタを、私の気が済むまで延々とな』

 

 だけど、と。

 若干不満顔ではあるが、フィールは言った。

 

『今回は特別に見逃してやるよ。勿論、この次にクリミアの幸せを奪ったら、今度こそ私はアンタをボコボコに殴り飛ばしてやるけどな』

『………どうして、今回は特別に許してくれるのかしら?』

 

 フラーは微かに驚きを含んだトーンで問い掛ける。

 フィールは肩を竦めながら説明した。

 

『アンタの妹………確かガブリエルだっけか。ガブリエルに言われたんだよ。「好きな人に告白するのはとても勇気がいることだって、お姉ちゃんが言ってた。だから………勇気を振り絞ってルークに『好き』って気持ちを伝えたお姉ちゃんを責めないであげて」ってな。………だから今回だけは特別に許してやる。同じ大好きな姉を持つ者同士のあの娘の頼みに免じてな。後でガブリエルに感謝しろよ。あの娘のおかけで、アンタは命拾いしたようなもんだからな』

 

 言って、フィールは踵を返す。

 フラーは未だに黙ったままであった。

 そんな彼女へ、フィールは続ける。

 

『私は今でもアンタのこと気に食わないけど……実際は情が深くて優しい女性(ヤツ)だって、シレンやガブリエルはそう言ってたぞ。それが本当ならアンタは運命の男をいつか必ず見つけられるだろう。だから………新しい恋を探してまた誰かを心から好きになれ。今度はきっと上手くいくと私は思うぞ。―――フラー』

 

 フィールは初めてフラーを下の名前で呼んだ。

 ハッとフラーは肩越しにフィールを振り返る。

 凛とした佇まいで、フィールは静かに告げた。

 

 

 

『私の大切な従兄(あに)、好きになってくれてありがとな』

 

 

 

 フィールは、恐らくはフラーに対する最初で最後の礼を述べ―――その場から歩き去った。

 フラーは呆然と立ち竦む。

 フィールの言葉の意味を上手く飲み込めなくてポカーンとその後ろ姿を見つめていたが………。

 ようやく理解出来たフラーは、前髪をくしゃりとやってフッと笑みを溢し―――自分は完全に完敗したなと、ルークのことは潔く諦める決意をしこちらも踵を返すと、霧のようにその場を優雅に立ち去った。




【屋上へ呼び出し】
これまたどっかの#でのデジャブを感じますが、それはおいといて。屋上へ呼び出し、なんて今時あるんでしょうかね? 定番、とはありましたが、どちらかと言えば漫画やドラマの中では、ですよね。

【ジェントルマン・ルーク】
女の集団に恐れることなく指摘したルーク。
ルークみたいなカッコいいジェントルマン、クラスに一人は居て欲しい存在かも。

【デラクールシスターズ】
本編ではほぼ出てこなかったこの姉妹。
と言うか、ガブリエルにおいては一度も登場しなかったような………。

【涙を流す姉、背中を擦る妹】
思わず妹の前で泣いてしまった姉(フラー)を慰める健気な妹(ガブリエル)のやり取り、書いてる私もちょっと切ない気持ちになりました。

【従妹をルークの好きな人と勘違いするフラー】
法律上、一応イトコ同士の交際・結婚はOK。
ま、この二人に限ってそれは絶対有り得ませんけどね!

【「~」と『~』の会話】
序盤のフラーとガブリエルの会話や、ホグワーツ来校して翌日のボーバトングループの会話は、その時フィール達イギリス人が居ない場合でのフランス語会話だったので普通に「~」ですが、フィールやクリミアが母国語の英語ではなくフランス語でフラー達に話し掛けた場合は『~』に変更となります。
本文読めば違いがわかるので大丈夫だとは思いますが、まあ念のためです。

【番外編ならではの大集合☆】
1話にオリで現役スチューデントズがオール登場したの、何気にこれが初では?

【追い打ち掛けられるクリミア】
涙は女の武器と言いますが、今回はマジでそうでしたね。フラーの涙とガブリエルの哀願にボーバトン生総勢がクリミアに「フラーにルークを譲ってやってくれ」とルークのガールフレンドを全面否定。

【ですが最後はキッパリと断固拒否】
ソフィア、アリア、ハーマイオニー、フィールの言葉、そしてクリミアの愛の気持ちが最終的にバシッと譲り渡しを拒否。クリミア、成長しましたね。

【ブルームーン:完全なる愛・叶わぬ恋・出来ない相談・奇跡の予感】
①ドライ・ジン(30ml)
②バイオレットリキュール(15ml)
③レモンジュース(15ml)

作り方:①~③をシェイクしてグラスに注ぐ。
タイプ:ショート
ベース:ジン
アルコール度数:26.60度
テイスト:中甘辛口
色:青系

【初・番外編、無事終了】
本文文字数過去最大だった4章ラストを上回る本文文字数になった番外編、終了です。本編ではフラーさん出番が死んだため、代わりに番外編の主役とさせました。これでどうか許してくださいm(_ _)m。
今回の番外編は、フラーやクラムがホグワーツに来校以後(4章途中からの本編)と照らし合わせながら読んでいただくと、よりわかりやすく、また違った見方が出来るのではないかと思います。

本編では至って普通に見えたフィールとクシェルのトークシーン、実はあの場面の裏側ではフィールに質問しようとしていたフラーが死角に隠れていて、人知れずクシェルへの苛立ちを覚えてた辺りなんかが、まさにそうですね。きっとあの時クシェルは何処からか漂う不穏なムードに背筋が寒くなっていたでしょう。

そして………まあ、はい。
フラーの恋の行方は見ての通り、失恋という形で幕を閉じました。『好きな人に告白して結果フラれる』を執筆してた最中、なんかスゴい懐かしい気持ちになりました笑。
ま、作者の恋愛はどうでもいいとして。
今後フラーは新しい恋を探して欲しいですね。
少々ナルシストな一面はありますが、根は優しい人柄なので今度はきっと上手くいくでしょう。
それでは番外編を読んでくださった読者の皆様。
2日遅れで申し訳ございませんが、メリークリスマス!


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Ⅴ.THE ORDER OF THE PHOENIX
#66.再結成・不死鳥の騎士団


第5章不死鳥の騎士団編開幕。
本章で遂に5/7になりました(8巻の孫世代を書いた呪いの子を除外して)。
前章はハリフィー(選手同士)、ハーフィル(女の友情)、セドフィル(恋愛関連)とオリ主が原作キャラとの絡みがかなり多かったですが、本章は原作キャラ達とオリキャラ達との関わりがメインとなります。


「フィール、準備はいいかしら?」

 

 トランクの中に生活必需品、学校の教材等も含めて必要な物を全て詰め込んでいる黒髪の少女へ水色髪の少女―――クリミア・メモリアルは自分の持ち物を全て詰め終えたトランクを手に、義妹のフィール・ベルンカステルに確認を確認を取った。

 

「ああ、問題無い」

 

 二人が大荷物を持っていくのは、残りの夏休み中、ベルンカステル城に戻って来られなくなるかもしれないからだ。『不死鳥の騎士団』のリーダーであるアルバス・ダンブルドアが本部に居る間に一時帰宅しても構わないと許可は得てるが、そう簡単には帰れないだろうし、メンバーの一員になった以上、周りから反対の声が上がるのは火を見るよりも明らかだ。

 そのため、余計な面倒事は嫌いだと同感の二人はこうして準備万端の状態で出向くのだ。

 

「それと、ライアン叔父さんから貰ったアレ、つけてるわよね?」

「当たり前だろ」

 

 ハイネックを掴み、その下のチョーカーを見せる。ちゃんと着用している、との意味だ。

 一見すると何処にでも売ってるようなアクセサリーだが、その実これには『17歳未満の者の周囲での魔法行為を嗅ぎ出す呪文』、通称『匂い』と呼ばれる魔法省が未成年の魔法使いを探知する仕組みを無効化してくれる、魔法界でバレたら即犯罪となる便利な品物であった。

 

 夏季休暇に入って2週間が経過したある日、叔父のライアンからプレゼントされたのだ。ライアンは闇祓い(オーラー)で高い戦闘能力の他にもそういった高度なマジックアイテムを作る技術も身に付けていた。

 3歳年上のクリミアは成人魔法使いなのでもう『匂い』の心配は必要ないのだが、フィールにはこれが学校外で魔法行使をするのには絶対必要なのだ。

 

 今年の6月、ヴォルデモート卿が復活した。

 フィールとハリー・ポッターの二人は多勢に無勢の戦況の中、互いに互いを庇い護りながらホグワーツまで生還してみせた。

 が、生還後、ヴォルデモートが復活したという話を信じてくれる者達は少なく、フィールやハリー、ダンブルドアを異常者扱いする魔法使いが続出し、更には魔法大臣のコーネリウス・ファッジが『日刊預言者新聞』に圧力を掛け、三人が戯れ言を言っているという報道をさせた。

 

 魔法省と言う敵が増えたこの時勢。

 未成年魔法使いのフィールとハリーは、特に魔法省から目の敵にされている。

 二人が少しでも法律違反を犯したら彼らはその弱みにつけ込み、こちらに都合の悪いアクションを起こすだろう。

 英国魔法省の闇祓いに勤めているフィールの友人の父親イーサン・ベイカーによれば、魔法法執行部に関係のある人物には細心の注意を払えとのことだ。

 そのことを聞いたライアンが、万が一学校外で何かアクシデントが発生しても対処出来るよう姪のフィールの身を案じて作ってくれたのだ。

 

「絶対にそれを外して魔法を使ってはダメよ」

「そんなことはわかってる。ほら、早く行こう」

 

 フィールとクリミアは当初の予定よりもずっと早く騎士団の拠点―――グリモールド・プレイス12番地、ブラック家の屋敷という極秘情報は現在その屋敷の『秘密の守人』ダンブルドア直々に教えられ、一度だけ彼に連れられて下見しに行った。真夜中だったので家の中は暗かったし、あまり長居は出来なかったが。

 

「それじゃ、フィール。手」

「うん」

 

 差し出されたクリミアの手をフィールが掴んだ瞬間―――『付き添い姿くらまし』で二人の姿は一瞬にして消え去った。

 

♦️

 

 グリモールド・プレイスと言う廃れた住宅街。

 その住宅街の11番地と13番地に、目的地はある。

 ベルンカステル城から遥々やって来た二人は建物と建物の間に立ち、『忠誠の術』も施されたくらい厳重な本部には特殊な方法で入ることを知っているため―――『不死鳥の騎士団の本部はロンドン グリモールド・プレイス12番地』と強く念じると、11番地と13番地に建つ家が横に移動し、新たに出来た空間に年季の入った黒塗りの家が現れた。

 これこそが、秘密裏に活動している『不死鳥の騎士団』の本拠地―――ブラック邸だ。

 フィールとクリミアは敷地内に入り、後者が扉を杖で叩くと中から鍵が外れる音がし、二人がドアを開けると、

 

「久し振りじゃな。夏休みは楽しめたかの?」

 

 ダンブルドアが笑いかけながら出迎えた。

 それなりには、とクリミアは返事し、フィールは軽く会釈し、ドアを閉める。

 前に入室した時は、壁紙等が所々剥がれかけていたりクモの巣が張られていたりと長年手入れされていなかったため、ライアンの妻・セシリアと妹・エミリーが仕事の合間を縫って掃除してくれたおかげで今は随分マシな内装になり、所有者のシリウス・ブラックや騎士団メンバーは感謝していた。

 とはいえ、ブラック家は代々スリザリンの家系で尚且つ闇の魔法使いの輩出も多数。見渡す限り全ての家具には蛇の形をモチーフにしているのが一目でわかった。

 

「あ、シリウス」

 

 階段下りてきた背の高い男性―――シリウスに気付いたフィールは彼を見上げる。

 一昨年無実を証明したシリウスは当時の骸骨みたいだった痩せ細った面影はもう無く、むしろ誰が見ても見惚れるようなイケメンへと激変している。まともな食事を摂り、伸び放題だった髪を短く切り髭も剃ったため、写真で見た時のような美青年に限りなく近かった。

 

「久し振りだな、フィール、クリミア」

 

 シリウスは明るく笑むと、フィールとクリミアに割り当てている部屋を改めて案内するべく、二人を手招きした。

 二人は階段を上がっていく。

 以前階段の壁にはブラック家の伝統で歳を取って働けなくなった屋敷しもべ妖精の首を刎ねらせて萎びたそれがズラリと並べられていたのだが、掃除をしている最中気味が悪かったセシリアとエミリーがシリウスに了承を得ると、即刻に全部撤去した。

 ブラック邸全体が陰気で眼に悪いので、セシリアとエミリーがシャンデリアを増やしたり豪華絢爛な絨毯に張り替えたりと、水面下で行動する組織の拠点を上品な内装にして、ちょっと楽しんでいた。

 ライアンは「妻も妹と昔から変わらないな」とオシャレ好きで何事にも意気投合し和気藹々とする二人に苦笑いと言うかなんと言うか………。

 

 でもシリウスからすれば喜ばしいことらしく、彼が「もっと明るくしてくれ」と頼めば、二人はキラキラした瞳であちこち見て回っては、派手過ぎない程度にソフィスティケートなインテリアをエンジョイしていたので割愛する。

 フィールとクリミアはシリウスに5階の一室に案内された。室内は二人部屋として使うのには十分過ぎるほどの広さだった。安全が確認出来ている数少ない部屋らしいので、他の物には不用意に触れない方がいいと注意された。

 会議を開いてるから後で来てくれ、とシリウスは再び階段を下りていき、フィールとクリミアは2つあるベッドの上にトランクを置いて蓋を開けて忘れ物が無いかをもう一度念入りにチェックすると、パタンと蓋を閉めた。

 

「………行くか」

「ええ、行きましょう」

 

 フィールとクリミアは部屋を出、階下の会議室へ向かう。廊下奥の部屋から話し合う声がだんだん大きくなっていき、クリミアは深呼吸すると、コンコン、とノックをした。

 室内が静かになったので、

 

「失礼します」

 

 と言ってから、ガチャッと開けた。

 会議をしていた人達は話を止めてこちらを見ており、部屋に居る大人達で顔見知りの人もいれば初対面の人もいた。前者はともかく後者は驚いた顔で二人を見つめている。紫髪の女性は水色髪の少女を見て懐かしそうな表情になり、彼女は眼が合うと軽く頭を下げた。

 

「おっ、二人共、来たんだな」

「此方に来て座る?」

 

 ライアンとエミリーが小さく手を振り、まじまじと不思議そうな眼差しで眺められて居心地悪かったフィールとクリミアはそそくさに保護者組が着席してる所へ向かう。

 この場に似つかわしくない年齢の少女二人にモリー・ウィーズリーは、何故此処に、とダンブルドアに眼を向けると、

 

「騎士団を再結成する際にも言ったが、二人にも騎士団へと参加して貰う。勿論、フィールはまだ学生である以上任務に就くことは出来ないが、騎士団が持ち得る情報等は聞かせることになる。クリミアはその両方じゃ」

 

 その言葉に、黒人の男性は渋い顔になる。

 モリーなんかは、フィールを指差して抗議の声を上げた。

 

「この娘達はまだ若いのですよ! 騎士団に参加させるには早すぎます! 特にその娘は!」

 

 それからしばらく、抗議するモリーと説得するダンブルドアの討論が続いた。途中、モリーはライアン達保護者に叔父や叔母である貴方達が何故参加させるのに賛成したのかと訊くと、

 

「フィールは闇の魔術に抗う実力があるし、自分達が見守ることを条件に加入を許可した」

 

 と姪の有能をキッパリと言明した。

 防衛術の実力については、3年前の決闘クラブにて対峙したセブルス・スネイプと2年前の防衛術の教科担当の関係で授業様子や成績を見てきたリーマス・ルーピンが証人として、並外れたフィールの才能に太鼓判押すよう証言する。

 最終的にはモリーが折れることとなり、最低限の条件として騎士団で得た情報や秘密は騎士団以外の者には決して漏らさないこと、直接的な任務には参加しないと釘を刺すように言い、ここで反論しても逆効果だし話が進まないので、フィールは素直に頷いた。

 と言うかフィール自身、学生の身分である自分が在校中に外部で事件が起きても急行は不可能だろうと、今回ばかりは大人しく身を引く。

 そんなこんなで、()()フィールは唯一の未成年者で騎士団メンバーの仲間入りを認められたのだが、本当は賛否両論であるという皆の本心は困惑した面持ちやチラ見で察する。

 ついさっきまで議論中だったとは思えないほどの沈黙が会議室に流れ、その起因であるフィールは思春期にありがちな、いつまでも子供扱いをする大人達へ反感を抱いた。

 そんな時、沈黙に煮え切らなくなったマッド・アイ・ムーディが杖を一突きし、奇妙な静寂を打ち破る。

 

「何をやっとるか。ベルンカステルとメモリアルをチームの一員として認めた以上、必要な情報を2人にも話してやれ」

「そうは言いますがね、アラスター。私はまだ納得した訳ではないのですよ。『例のあの人』はその娘のことも狙っているのでしょう? 彼女に我々の情報を教えて万が一捕らえられたらどうするのですか?」

 

 カチン、ときたフィールは片眉を上げる。

 そういう理由も含まれてるのかと知り、随分自分は舐められたものだと腹立たしくなった。

 

「ベルンカステル、ちょっと此方に来い」

 

 モリーの言葉を聞き流したムーディは何故だか知らないがフィールを呼んだ。フィールは怪訝な顔で腰を浮かし、ムーディの所へ歩いていく。

 

「お前は復活したヴォルデモートと戦い、生き延びたとダンブルドアから聞いたぞ。本当か?」

「ハリーもですけどね。アイツと戦ったのは、紛れもなく事実です。あと、3年前は秘密の部屋で一時的に実体化したトム・リドルとタイマン勝負しました」

 

 名を呼ぶことすら恐れられているヴォルデモートをアイツ呼ばわりするフィールへ、何人かのメンバーはうっと面食らう。とてもではないが、15歳とは考えられないほど肝の据わった少女だと思った。

 

「ふむ。お前は成人魔法使いを凌いで正式なるホグワーツ選手に選ばれたそうでないか。して、ベルンカステル。お前は何処まで防衛術の技能を身に付けておる?」

「『守護霊の呪文』の実体化&伝達可能やその他諸々」

 

 何だと?

 といった様子で、知人以外の人達はフィールに注目した。その瞳に帯びているのが隠し切れない驚愕と半信半疑の疑惑の色が容易にわかる。

 

「え、でも貴女、今年で5年生になるのよね? 本当に有体守護霊を創れるの?」

「………論より証拠だな。実物見せたら嘘かどうか判明するだろ」

 

 紫髪の女性の問い掛けにフィールはヒップホルスターから杖を抜き、肩越しからライアンを振り返る。

 

「ライアン叔父さんが作ってくれたチョーカー、此処で役立たせる」

 

 学校外でも魔法が使えるようにしてくれた叔父に改めて感謝したフィールは幸福な記憶を思い浮かべ、杖を掲げて『守護霊の呪文』を唱えた。

 

エクスペクト・パトローナム(守護霊よ来たれ)

 

 杖先から大きな狼が飛び出してきた。

 銀色の狼は会議室を1周し、主人の脇に礼儀正しく座った。

 ポカーン、とモリーを初めとする人達はフィールと銀狼を見たり来たりしている。

 

「ど、どうやら本当みたいね………」

 

 開いた口が塞がらないという様子で紫髪の女性は眼を見張り、ムーディはフィールの守護霊の詳細を観察する。ルーピンも守護霊が狼なので彼とフィールの守護霊はどの部分が異なるかを見極めていると、割りと沢山あった。

 まず、フィールのは巨大な狼だ。その大きさは人一人くらいなら背中に乗せられるほどである。

 額には魔法陣の紋章があり、耳にはフィールが着用しているイヤーカフと同じらしきアクセサリーを取り付けている。

 これならハッキリと区別がつけそうだ。

 

「ほう、流石だなベルンカステル。最年少選手になっただけあって、申し分無い出来の良さだ」

 

 ムーディは満足げに頷くが、モリーはまたしても食い下がった。

 

「で、でも………それとこれとは話が別だわ。有体守護霊は騎士団のメンバーにも創れる人はいるもの」

「ではそれ以外のスキルをテストしよう。その方が手っ取り早い。セブルスから聞いたぞ。お前は『服従の呪文』の呪いを打ち破れるそうだな」

「ええ、そうですが」

「ならば『閉心術』は扱えるか?」

「勿論、扱えますよ」

 

 何当たり前のことを訊いてるんだ、と言いたげな口調で答えると、これまた身内と知人以外を除いた人達が眼を丸くした。

 

「ふむ、ならば話が早い。セブルス、ベルンカステルに『開心術』を掛けろ」

「ついでに『服従の呪文』もどうぞ」

 

 フィールが更なる追加を言い渡すと、

 

「よかろう。ベルンカステル、我輩の真っ正面に来い。厳しくテストしてやろう」

 

 スネイプが杖を出しながら、会議室に居る全員が見える場所まで移動する。

 

「で、でも『服従の呪文』は魔法界では法律で禁じられ―――」

「モリー、この組織が敵対するヤツらは違法の呪いで攻めてくるのだぞ。今更そんな悠長なことは言ってられん。ベルンカステルが服従の呪いを打ち破る瞬間を眼に焼き付けたら、二度と抗議はするでない」

 

 ムーディがモリーの言葉を遮り、フィールはスネイプの真っ正面に立った。

 スネイプは杖を構え、フィールは全ての感情を捨てて心を無にして閉じ、寮監の漆黒の瞳を真っ直ぐ見返した。

 この場で試験官を任せるあたり、スネイプはかなりの開心術師なんだろう。フィールを気を引き締め、強力な『閉心術』を使う。

 

レジリメンス(開心)!」

 

 スネイプが『開心術』を使ってきた。

 途端に、自分の中にスルリと入ってくる感覚がやって来る。僅かな隙間さえも見逃さないとばかりに効果は強く、精神を圧迫してくるが、大人しく圧されるほどフィールも甘くはない。天高く聳え立つ壁のような高さと堅さで、迫り来るプレッシャーを迎え撃つ。

 幼い頃から感情を全て捨てることが出来た彼女だからこそ、誰にも突破することは不可能なくらいに強固な心のシャッターを下ろしていた。

 

「どうだ? セブルス」

「問題無かろう。我輩の『開心術』を完璧に防ぎきった。これなら闇の帝王ですらそう易々と破ることは出来ないであろう―――」

 

 スネイプは『開心術』から『服従の呪文』へと即座に切り替えた。

 

インペリオ(服従せよ)!」

 

 圧迫感が消え去ったのも束の間、今度は幸福感が押し寄せてきた。

 この上なく最高な気分になり、数多の悩みが取り払われ、これぞ至極幸福だと断言してもいい快感に身も心も溺れてしまう。

 が、フィールは騙されない。

 自分が今感じている快楽は偽物、フェイクのハッピーだと。

 脳内で『歌え』と甘い声が響く。

 それに対し、言い様のない嫌悪感を覚える。

 身体と精神どちらにも反逆心を燃やし―――服従背反の意志が勝り、呪いを撃破した。

 

「………これは驚いた。我輩の『服従の呪文』に対しここまで完璧に抗ってみせるとは」

 

 スネイプは驚異の眼差しをフィールに送り、杖を懐に仕舞った。

 それはイコール、合格という意味だ。

 今度こそ、半信半疑だった人達全員が呆気に取られてフィールを見つめた。ムーディですら眼を剥き、魔法の眼は挙動を止めている。

 

「スネイプ、お前は本気で掛けたのか?」

「左様。少なくとも我輩はどちらとも本気でベルンカステルに掛けた。我輩の技量がどれ程なのかは、お前もよく知ってると思うのだが?」

 

 シリウスの問いにスネイプは冷たく返す。

 どうやらスネイプは、本気で掛かってきたらしい。周りの人間の反応を見る感じ、並みの魔法使い以上であるのだろう。

 それを15歳の魔女がクリアしたとなれば、驚くのも無理はない。

 

「ふむ。これでベルンカステルは未成年レベルの者ではないと判明したな。キングズリー、そろそろ話してやれ」

 

 ダンッ、と杖を一突きしどよめく彼らに冷静さを取り戻させると、やっと本題に入った。

 クリミアや保護者組は「よくやったぞ!」と戻ってきたフィールの背中を叩き、称賛する。しかしフィールは無表情で、フッと大きく息を吐いて腕を組んだ。

 途中、ダンブルドアとスネイプはそれぞれ用事があるらしく会議から抜け出したが、フィールとクリミアは現在の情勢や状況等は他の者達から聞き及び、ある程度話し終えたところで、遅れながらの自己紹介をした。

 

 中心になって話し合いを進めているのが闇祓いのキングズリー・シャックルボルト、同じく闇祓いでムーディが一目置いている七変化(外見を自由自在に変えられる先行的な能力)のニンファドーラ・トンクス、ならず者に詳しいならず者のマンダンガス・フレッチャー等………魔法使いからスクイブ、闇祓いやならず者までと多種多様なバラエティーに富んだ団員構成にフィールとクリミアは「流石ダンブルドアが作り上げた秘密同盟」とヴォルデモートとは正反対の思想の持ち主だと改めて思い知らされた。この場には居ないけど、ミネルバ・マクゴナガルやルビウス・ハグリッドも団員らしい。

 

 最後に、ハリーの護送について会議をした。

 固定メンバーは、ムーディ、シリウス、ルーピン、トンクス、キングズリーの計五人で後数人も護衛に当たることとなった。そうして、各自役割分担が決まったところで今日は解散。

 フィールとクリミアはやっと重苦しい空間から解放され、5階の割り当てられた部屋まで階段を上がろうとしたが、

 

「よっ、クリミア、久し振り」

 

 部屋を出たトンクスがクリミアの肩に手を置きながら、彼女へ笑顔を向ける。クリミアは今笑う気分ではないのだが、優しいので乾いた笑みを作る。

 

「ええ………お久し振りです、トンクス先輩」

 

 クリミアとトンクスは4歳違い。

 前者がホグワーツに入学した際、当時5年生だった後者とは奇抜なヘアカラー仲間、生まれつき先行的な能力の持ち主同士、関わる回数が他の先輩よりも多かったのだ。

 

「しっかし、驚いたよ。貴女の家族ってのが、あのベルンカステル家の人達だったなんて」

 

 トンクスはクリミアの隣に居るフィールに視線を走らせる。

 

「噂で聞いてるよ、フィール。あのスネイプとも互角に戦えるんだって? ムーディと戦ったら、どっちが勝つか想像がつかないね」

「ああ、そうですか………」

 

 フィールは気の無い返事をし、階段に足を一歩踏み出す。クリミアも「部屋で休みます」と頭を下げ、フィールの後を追い掛けた。

 5階に辿り着き、ドアを開け閉めする音を立てながら二人は互いに疲れた顔を見合わせた。

 

「妙に疲れた」

「右に同じね」

 

 少々ぐったりとしながら、クリミアはベッドに腰を掛ける。フィールも隣に座り、ため息をついてゴロンと寝転がった。

 

「………大人からすれば、私は無能な子供扱いされてるんだな」

「そんなことないわ。あのスネイプ先生ですら、貴女の実力を高く評価してるのよ?」

「………でも、知らないヤツからすれば、見せない限り半信半疑なんだろ」

 

 フィールはふと、訝しい眼の表情で自分を見た大人達のことを考え、あることがわかった気がした。

 

「多分、ファッジもこういうことなんだろうな。自分の眼で実際に物を見なきゃ、どんなに真実だったとしても完璧な証拠とはならない。口先だけならなんとでも言える。………論より証拠って言葉はこういう意味なんだろうな」

「………………そう、ね」

 

 クリミアは鬱屈そうに長い睫毛に縁取られた紫瞳を伏せ、フィールの顔を見る。

 

「だけど私は、貴女やハリー、ダンブルドア先生を信じてるわよ。たとえ記憶の光景を見なかったとしても、貴女達がこんな嘘をつくような人達じゃないってのは知ってるから」

「………そうか。………ありがと」

 

 魔法界の多数は、信じてくれない。

 しかし、信じてくれる人達もいる。

 いずれ魔法界に住む住人達全員がヴォルデモート卿の復活を知ることになるのを願い、フィールは寝返りを打った。

 

♦️

 

 不死鳥の騎士団に来てから数日間が経過。

 ウィーズリー夫妻、ベイカー夫妻、ベルンカステル夫妻はそれぞれ自分達の子供を連れにブラック家から一時帰宅した。

 フィールとクリミアはその間、主にトンクスやムーディといった闇祓い勤務の魔法使い達との会話を重ね、親睦を深めていく。

 時間帯別に三家の夫妻は自分達の子供、その友人を連れて戻ってきた。シリウスは親に連れられてきた彼らにフィールとクリミアの時みたいにそれぞれ部屋割りする。

 ウィーズリーブラザーズと共に連れてこられたハーマイオニー・グレンジャーは、自分達よりも先に居たフィールとクリミアに驚き、二人が騎士団の新入りになったと聞くと、当たり前だがあれこれ質問攻めした。他の皆も同様で、何故団員になれたのか、会議では何を話しているのか、騎士団はどんな活動をしているのか、しつこく詮索した。

 当然、内容を教える訳にはいかないので二人はガン無視を決め込んでいる。彼等の気持ちはわかるが、極秘情報の密告は言語道断だというのは絶対の約束。告げることも話すことも許されない。

 これを破るということは、メンバーからの信用を失う最悪の事態になりかねない。最低限面倒事は避けたいのだ。

 

 8月に入り、フィールは今後の予定について計画を立てていた。

 明日の8月2日はマンダンガスがハリーの監視をする担当日なのだが………付き合いが浅いフィールでも、マンタンガスが金儲け優先で無責任なヤツであるというのは、なんとなく察していた。

 そんなヤツが見張りをするなんて、絶対悪いことしか起きない。ただでさえ不吉な予感は不運にもどストライクで命中するのがほとんどなので、フィールはさっきから胸騒ぎの警告音が鳴っていた。

 

(ちっ………考えても仕方ない。明日、ハリーの様子を見に行ってみるか)

 

 要は騎士団の情報さえ教えなければ、接触することは問題無いはずだ。

 そう思ったフィールは、どうか嫌な予想が外れて欲しいと思いながら、その夜は早く寝て明日のために体力を温存した。




【匂い消しチョーカー】
これでベルンカステル城以外でも魔法駆使可能となってしまったフィール。これは完全に犯罪だ!

【実力テスト】
試験官はスネイプ。
レジリメンスとインペリオのテスト。
結果→正式に認められた

【フィールの胸騒ぎ】
歩くフラグ建築家ハリー・ポッターのことだ。
彼女の独断は正しいと言えるだろう。


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#67.アクシデント

原作展開をぶっ壊しますの先陣切り回。
匂い消しチョーカーが演出したんだ。此処等で活用させなければこれから先登場することは無い。


 翌日の8月2日、真夏日の午後。

 白いワイシャツに黒のネクタイを締め、黒のスカートに白い脚を覆い隠すための黒のニーハイソックス、そしてキャンバスシューズを履いた黒髪蒼眼の美少女は、マグル界に在る目的地を目指して歩いていた。

 彼女が向かう先は、プリベット通り4番地。

 ホグワーツが夏季休暇中、ハリー・ポッターが帰宅する親戚のダーズリー家の住まいだ。

 ダーズリー家の人達が『普通』を好み、魔法という非常識な力を毛嫌いしている偏見マグルだと知っているフィールは、万が一彼らと出会した際を見据えて、マグル界の服装に合わせて私服を着込んでいた。

 そうでなくとも、そもそも今居る区域全体がマグル界なので、マグルに見られても怪しまれない格好にするのは至極当然のことなのだが。

 

(………………)

 

 フィールは、今日ハリーの監視任務に就いてるマンダンガスがダーズリー家に居るハリーを近くで見張っているのは、聞き及んでいる。

 ハリーを子供の頃から見守ってきたというスクイブの騎士団団員、アラベラ・フィッグが予めマンダンガスに仕事をサボらないよう釘を刺したみたいだが、やはりアイツに対する信用度は皆無に等しいみたいだ。

 不安要素を拭えないフィッグも現在監視員役として働いているらしいが彼女はスクイブだ。魔法で対処する能力は残念ながら持っていない。なのでフィールがこうしてハリーの様子見に向かっているのだ。

 

 無論、すぐにプロの魔法使いである大人を呼び出せるよう、スカートのポケットにはある物が入っている。

 『両面鏡』と言う、2つの鏡がペアになっていてこれを持っている者同士でテレビ電話のように交信出来る品物だ。

 対で持っているのはクリミアで、彼女はブラック邸で待機している。他メンバーもそうで、最初にフィールがハリーの様子を見に行くと意見した際には大反対されたが、

 

「無責任なマンダンガスがちゃんと仕事をこなすとは思えない」

「何か起きたらすぐに連絡する」

 

 とフィールが頭を深く下げたら、渋々といった感じで、

 

「もしもポッターと接触したら、絶対に騎士団の情報だけはバラすな」

 

 と強く念を押して、彼女を送り出したのだ。

 今のフィールは匂い消しチョーカーを着用しているので魔法は何ら問題無く使えるが、それは緊急を要する場合のみだ。アクシデントが発生したら自分達に即伝えろ、とムーディからは言われている。

 任務には就かないはずのフィールが騎士団の仕事の一つである『ハリー・ポッターの監視』に当たることへ異を唱えたものの、最終的には彼女にも警護を任せるあたり、なんだかんだで彼らは認めてくれた証拠だと思えた。

 

 まあ、比較的フィールの方が適役だろう。

 ハリーと同い年で尚且つマグルが見ても魔法使いとは思わないルックスだ。義眼や義足をした厳つい大人や奇抜な髪色をした女性が一軒家の付近を彷徨いていたら、それこそ不審に思われて本末転倒な展開になりうる。そういうのも危惧して、ムーディ達はマンタンガスとは正反対の責任感が強いフィールに託したに違いない。

 

(………居た)

 

 4番地の庭の花壇で仰向けで寝転がる、痩せた黒髪のメガネを掛けた少年―――ハリー・ポッターを発見した。

 窓は開け放っており、居間からは微かにニュース番組とダーズリー夫妻の声が聞こえてくる。

 フィールは遠く離れた場所から、そっと彼を見守った。

 しばらくは何事も起きなかったのだが―――ハリーが寝返りを打った後、矢継ぎ早に色々な出来事が起こった。

 鉄砲でも撃ったようなバシッという大木な音が眠たげな静寂を破って鳴り響いた。ダーズリー家の居間から、悲鳴と喚き声と陶器の割れる音が聞こえた。

 ハリーはその合図を待っていたかのように飛び起き、同時にジーンズのベルトから細い杖を引き抜いた。

 

(何してるんだ!?)

 

 フィールは眼を剥き、慌てて早足に接近する。

 此処で彼が魔法を使ってしまえば面倒な事になると、彼女は一気に焦燥に駆られた。

 女の悲鳴が一段と高くなり、よく眼を凝らしてみると………男が赤紫の巨大な手でハリーの首をがっちり締めている。

 男はなにやら凄んでいて、二人は数秒間揉み合ったが、突然男が電気ショックを受けたかのように叫び、ハリーの首から手を離した。

 ホッとしたのも束の間、フィールはダーズリー家の近所のあちこちの窓から顔が覗いているのに気付き、サッと隠れて気配を殺した。

 

 身を潜めながら、そこから見入る。

 ハリーは体勢を立て直して何食わぬ顔で杖をジーンズに仕舞い、男は大声で手を振りながら上手い言い訳をして誤魔化し、詮索好きのご近所さんの顔が全員引っ込むまで狂気染みた恐ろしい顔でニッコリ笑い続けた。

 それから、笑顔が激怒のしかめっ面に変わり、ハリーを手招きする。ハリーはさっきみたいな出来事はゴメンなのか、距離を保って立ち止まり、少ししてから馬面の女がでっかい赤ら顔の男の隣に現れた。フィールはポーチから単眼鏡を取り出し、高倍率にしてダーズリー夫妻とハリーを観察する。

 

(………アイツらがバーノンとペチュニアとか言うヤツか…………)

 

 ダーズリー夫妻―――バーノンとペチュニア、その二人の息子・ダドリーに関する情報は前もって聞き及んでいる。どうやらダドリーは居ないそうだ。

 一応は、聞いて知ってたとはいえ………想像を絶するほどの偏見マグルだと、現実味に突き付けられた。魔法界で言う純血主義者をそのまま置き換えたみたいだ。

 フィールはしかめっ面になり、口論している三人を見送っていたが、不意にハリーがクルリと背を向けて前庭の芝生を横切り、庭の低い塀を跨いで大股で通りを歩き出した。

 彼が後ろに振り向いた瞬間、光の速さで身を隠したフィールはそこで『目くらましの術』を自分に掛け、ハリーの後を追う。

 ………が、その前に。

 

(アイツ………!)

 

 ダーズリー家の周辺を見て回ったが、マンダンガスの姿が何処にも見当たらない。

 どうやらあの馬鹿、持ち場を離れたそうだ。

 フィールは舌打ちし、あの大きな音の正体はマンダンガスが『姿くらまし』をしたからだと謎を解き、彼女はスカートのポケットから両面鏡を取り出す。

 

 これは見過ごせぬ事態だ。

 騎士団に知らせなければ。

 一旦フィールは自分の身の周りに魔法を張って『目くらましの術』を解き、両面鏡を見て呼び掛けると、ほどなくして、鏡の表面にクリミアの顔が映った。

 

『どうしたの? 何かトラブル?』

「私の思った通り、あの男、何処かに行って任務放棄したぞ」

『なんですって? それは本当なの?』

「ああ。さっき、馬鹿デカイ音が鳴り響いた。恐らく『姿くらまし』を使用する際の音だ」

 

 それからハリーが何処かへ向かっていると伝えると、今度はムーディの厳つい顔が映った。

 

『話は聞いたぞ。あの馬鹿者、我々の計画を台無しにする気か! ベルンカステル、お前は引き続きポッターを追え! 何かトラブルが起きたらわしらにまた連絡しろ!』

「了解!」

 

 フィールは両面鏡をポケットに仕舞い、再び『目くらましの術』を掛けると、全速力でハリーを追跡した。

 ハリーはそこまで遠くには行ってなかった。

 彼は数歩歩く度に背後を振り返るため、多分彼も先程の音の正体を感付いてるのだろう。

 間隔を置きながら、フィールはハリーに気付かれないようチェイスする。なんと言うか、行く当てもなく歩いてるようだと思った。

 

 やがてハリーはマグノリア通りへと曲がり、人気がない鍵の掛かった公園の入り口を飛び越えて乾ききった芝生の上を歩き、ブランコに座った。

 フィールはさてどうしようかと考え―――かなりの時間が経過したところで、公園の向こうから笑い声が聞こえてきてそちらを見てみると、こちらへやって来る数人の人影を浮かび上がらせた。

 

(こんな時間まで何処行ってたんだ?)

 

 そう思ってるフィールも割りと人のことは言えないのだが、それはさておき。

 ハリーがブランコから立ち上がった。

 マグノリア・クレセント通りの入り口で互いにサヨナラを言っているあの連中には気付かれないよう、リラの大木の陰に身を寄せる。

 一方フィールは、連中の一人がダードリー夫妻の息子のダドリーがいると察した。なんとなくバーノンと似ているヤツがいたからだ。

 

「いい右フックだったぜ、ビッグD」

「また明日、同じ時間だな?」

「俺んとこでな。親父達は出掛けるし」

「じゃ、またな」

「バイバイ、ダッド!」

「じゃあな、ビッグD!」

 

 そうして、ダドリー以外の連中が全員居なくなったのを見計らったハリーが急ぎ足で鼻歌を歌いながらブラブラ歩く従兄へ声が届く範囲内に追い付くと、声を張り上げた。

 

「おい、ビッグD!」

「なんだ。………お前か」

「ところで、いつから『ビッグD』になったんだい?」

「黙れ」

「カッコいい名前だ。だけど、僕にとっては、君はいつまで経っても『ちっちゃなダドリー坊や』だな」

「黙れって言ってるんだ!」

 

 ハリーとダドリーは言葉を交わし合う。

 フィールはやれやれと肩を竦め、その後も言い争う二人が角を曲がって狭い路地に入ったのを確認すると、術を解いた。

 周りには誰も居ないので大丈夫だろう。

 此処等一角は人影がなければ街灯もない。

 なのでこうして姿を露にしているのだが、フィールは注意深く周囲を見回す。

 ふと、一呼吸置いてダドリーがこう言った。

 

「アレを持ってるから、自分は偉いと思ってるんだろ?」

「アレって?」

「お前が隠しているアレだよ」

 

 つまり、魔法の杖のことだ。

 

「ダド、見掛けほどバカじゃないんだな? 歩きながら同時に話すなんて芸当は、君みたいなバカ面じゃ出来ないと思ったけど」

 

 ハリーが杖を引っ張り出すのと同じくして、フィールも杖をヒップホルスターから抜き出した。

 ハッキリ言ってしまえば『武装解除呪文』を唱えようかとも思ったが、状況が状況なだけに、タイミングが見つからない。

 

「許されてないだろ? 知ってるぞ。お前の通ってるあのへんちくりんな学校から追い出されるんだ」

「学校が校則を変えたかもしれないだろ?」

「変えてないさ。お前なんか、そいつがなけりゃ、オレに掛かってくる度胸もないんだ。そうだろ?」

「君の方は仲間に護衛して貰わなきゃ、10歳の子供を打ちのめすことも出来ないんだ。ほら、君が散々宣伝してるボクシングのタイトルだっけ? 相手は何歳だったんだい? 7歳? 8歳?」

「16歳だ。しかもお前より2倍も重い。お前が杖を取り出したってパパに言ってやるから覚えてろ―――」

「今度はパパに言い付けるのかい? パパの可愛いボクシング・チャンピオンちゃんはハリーのスゴい杖が怖いのかい?」

「夜はそんなに度胸がないクセに。そうだろ?」

「もう夜だよ。こんな風に辺りが暗くなると夜って呼ぶんだよ」

「お前がベッドに入った時のことさ!」

 

 ダドリーが凄んだ。その顔からは奇妙に勝ち誇っているのが微かに読み取れる。

 ハリーにはさっぱりで、陰でフィールも首を傾げた。

 

「昨日の夜、お前の寝言を聞いた。呻いてたぞ」

「何を言ってるんだ?」

 

 するとダドリーは吠えるような耳障りな笑い声を上げ、甲高い声で口真似をした。

 

「『アイツが帰ってきた! 助けて、父さん! アイツがフィールを殺そうとしてる!』。フィールって誰だ? お前のガールフレンドか?」

「き、君は嘘をついてる」

 

 ハリーは反射的に言い返すが、声が震えていたので図星なんだろう。

 フィールは前髪をくしゃりとやる。

 ………そういえば、自分も夏休み中、ヴォルデモートを目前にして次々と仲間が殺されていく夢を見て魘されたなと、イヤな思い出を振り返された。

 

「『父さん、母さん、助けに来て! アイツはフィールを殺す気なんだ! だから早く助けて!』」

「黙れ! 黙れ、ダドリー。さもないと!」

 

 ダドリーは路地の壁際まで後退りした。

 ハリーの杖が真っ直ぐにダドリーの心臓を指している。

 

「そのことは二度と口にするな。わかったか?」

「そいつをどっか他の所に向けろ!」

「聞こえないのか? 『わかったか?』って言ってるんだ」

「そいつを他の所に向けろ!」

「わかったのか?」

「そいつをボクから―――」

 

 と、その時だ。

 ゾクリ、と身体が凍り付く感覚に襲われた。

 フィールはハッとする。

 周囲が真っ暗だった。夜空を彩っていた月や星が見えなくなるくらいだ。

 そしてこの真夏日の時期でこんなにも悪寒がするなんて、絶対有り得ない。

 

(嘘だろ!? なんでアイツらが此処に!?)

 

 フィールは謎の寒気の正体をすぐに悟った。

 路地に―――吸魂鬼(ディメンター)が居る。それも2体。

 吸魂鬼はガラガラと恐ろしい音を立てて息を吸い込んでいた。途端に全身が冷水に浴びたような冷たさに包まれ、心臓がハンマーで叩かれたみたいに激しく波打つ。

 フィールは頭の中にある光景が浮かび上がったのだが………ダドリーの恐怖に駆られた悲鳴で情景は崩れ去った。

 首を振り、杖を握り締め、声を上げる。

 

「エクスペクト―――」

「ハリー! 大丈夫か!?」

「え………フィール?」

 

 突然何も見えなくなって混乱していたハリーは『守護霊の呪文』を唱えようとしたが、ついさっき話題だった人物の鋭い声が耳を打ったため、そちらに意識が移った。

 

「早く伏せろ!」

 

 ハリーは未だにパニックしていたが、すぐにギャーギャー喚くダドリーを渾身の力で無理矢理にでも床に押さえ付け、顔を下に向ける。

 

エクスペクト・パトローナム(守護霊よ来たれ)!」

 

 フィールの杖先から巨大な銀色の狼が力強く飛び出す。白銀の狼は怒涛の如く吸魂鬼2体に襲い掛かり、遥か彼方へと吹き飛ばす。狼は路地の向こう端まで駆け抜け、完全に吸魂鬼が追い払われると銀色の靄となって消えた。

 再び戻る、色のある世界の音。

 光輝く月や星、街灯がリバイバルし、生温い夜風が路地を吹き抜ける。

 

「…………もう、心配ないだろ………」

 

 冷や汗を拭い、ハリーとダーズリーに近寄る。

 

「フィール、なんで此処に………?」

「説明は後だ。それより、魔法使ってないな?」

「う、うん………って、フィールは魔法を使ったじゃないか」

「私の場合は大丈夫だ、匂いを消してるから」

 

 フィールは杖を出したまま、しゃがみこむ。

 腕時計を見てみると、午後9時23分だ。

 ハリーは上質なワイシャツに黒のネクタイを締める大人びた格好をした友人に問い掛けた。

 

「さっきのは―――」

「吸魂鬼だ。それも2体。………此処はアズカバンから遠く離れたマグル界のリトル・ウィンジングだぞ。きっと裏で誰かが操ったんだな」

 

 忌々しそうに舌打ちしながら、震えて泣きながら身体を丸めて地べたに転がるダドリーの巨大な腕の片方を白くて艶かしい両手で掴み、自身の肩に担ぐ。ハリーは杖を仕舞い、手伝った。

 

「ダーズリー家に行くぞ。それと、ダーズリー家に戻ったら、それからは絶対家から出るな」

「え………な、なんで?」

「また吸魂鬼と遭遇したらどうするんだ?」

 

 フィールは冷たく言い放つ。

 

「悪いけど、詳しいことはまだ話せない。だけど決して皆はアンタをほったらかしにしてる訳ではない。そのことはわかってくれ」

「……………うん」

 

 ハリーは少し不満げに返事する。

 そんな彼の心境を悟り………フィールは騎士団本部から出る前にダンブルドアから言われた伝言を伝えた。

 

「ダンブルドアからの伝言だ。『あと数日が経ったらハリーをダーズリー家から連れ出すから、もう少し待っていてくれ』って」

「え………ほ、本当に?」

 

 ハリーはそれを聞き、これまでのストレスがちょっとだけ軽くなった気がした。

 

「ああ。だから、あと数日ダーズリー家で大人しく待ってろ。いいな?」

「うん………わかったよ」

 

 ハリーは小さく頷き、フィールはとりあえず彼が大人しくダーズリー家で待機してくれるそうなのでホッと安堵の息を吐いた。

 そうして二人掛かりでダーズリー家までダドリーを玄関口まで運び終えた。フィールは一旦ダドリーをハリーに託すと、離れた所で騎士団へ緊急報告をした。

 

「午後9時23分、アクシデントが発生した」

『アクシデント? 何が起きたの?』

「吸魂鬼が2体リトル・ウィンジングに現れた」

『吸魂鬼が? それも2体も!?』

 

 クリミアが驚愕の声を上げると、校長のダンブルドアの顔が映り、フィールに問い掛けた。

 

『それで、今はどうしたのじゃ?』

「守護霊で吸魂鬼を撃退。現在ダーズリー家に精神的ショックを受けたダドリーをハリーと共に運び終えたところです。すいません、報告が遅れてしまって………」

『なに、気にせんでいい。君の行動が二つの命を救ったのじゃ。感謝するぞ』

「………ありがとうございます。ところで、ダーズリー夫妻にこのことは―――」

『………真実は伝えるべきじゃ。君ならハリーを救えるじゃろう。一段落したら、騎士団本部に戻ってきなさい。他のメンバーにはわしから伝えておこう』

「よろしくお願いします」

 

 フィールは両面鏡を仕舞い、施錠を解除してハリーの親戚の家にお邪魔した。玄関マットいっぱいに嘔吐物が広がっていたのでそれを踏まないようにしながら、階段を上がろうとしていたハリーに眼を向ける。

 

「………あの二人に状況説明する」

「え………だけど…………」

「ダンブルドアからの指令だ。任せろ」

 

 キッチンから聞こえる喚き声に顔をしかめ、

 

「小僧! こっちへ来い!」

 

 バーノンの怒鳴り声が二人の耳を貫き、ハリーはフィールと一緒にキッチンに来る。バーノンとペチュニアはハリーの隣に居る、現実離れした美貌を誇る少女に眼を見張った。

 

「お前は誰だ?」

「こんばんは。ハリー・ポッター君の同級生、フィール・ベルンカステルです」

 

 ハリーの同級生と聞いて、二人は固まった。

 それに構わず、フィールは続ける。

 

「突然の訪問してすいません。………ですが、時間がないので率直に言います」

「………なんだ?」

「お宅の息子さんは『吸魂鬼』と呼ばれる魔法界の監獄・アズカバンの看守に襲われました」

 

 バーノンは意味がわからず唖然としたが、ペチュニアは何やら知っているようで、ビクッと身体を震わせた。

 

「な、何だ、そのキューコンなんとかは?」

「………もっとわかりやすく言えば、真夏であろうと凍り付くほどの冷気を放ち、近くに居る人間に絶望と凋落を与え、幸福感を吸い取りそれを糧にして生きる闇の生物。最終的に吸魂鬼は『吸魂鬼の接吻』と呼ばれる行為で、獲物の魂を喰らいます」

 

 フィールは淡々と口にし、ペチュニアは椅子に座らせた息子がもぬけの殻になっていないかを確認してるのか、揺り動かした。

 

「ああ、安心してください。廃人になったら、見ればすぐにわかるので。精神的ショックを受けてるだけですよ」

 

 これまた冷淡な態度で言葉を掛けるフィールにハリーはどこか不思議な満足感が満たされる。

 

「………お前がそのキューコンバーとかいうヤツを追っ払ったんだな?」

「ええ、撃退したのでもう大丈夫ですよ」

 

 フィールは背を向け、肩越しに言った。

 

「と言うことで、事実も伝えたので帰ります。ハリー、約束は守れよ」

「うん………」

「ああ、それと―――」

 

 フィールはハリーの肩に手を置き、ダーズリー一家に低い声で発言した。

 

「ハリーをこの家から追い出すような真似をしたり、彼を傷付けるような行為をしたら………どうなるか、覚悟してくださいね?」

 

 人間離れした美少女の低音で威厳ある声にダーズリー夫妻は背筋に悪寒が走り、その場に立ち竦んだ。今度こそフィールは背を向けて廊下を進み歩き、玄関を出た瞬間『姿くらまし』をして騎士団の本拠地へ帰還する。

 本来『姿現し』を使用する場合は、17歳以上と言う年齢制限と魔法運営部が実施する『姿現しテスト』に合格し、免許を取得しなければならない。無免許で『姿現し』した魔法使いには罰金が科せられるので、今さらっとちょっとした犯罪をフィールは犯したのだが、まあバレなければ犯罪じゃないだろう。

 騎士団関係の仕事で帰還する場合は『姿現し』しても魔法省に通報はしないし、そもそも敵対する立場になった魔法省に根っから通報する気は無いと、秘密裏に組織活動している上の連中からはあっさり許可が下りている。

 本来は玄関から中に入るのだが、ダルいのでフィールはダイレクトにブラック家の会議室に『姿現し』した。ちょうどメンバー全員がそこに居たらしく、突然現れた彼女へ一斉に杖先が向けられる。

 

「ん? フィールじゃないか」

 

 シリウスが杖を振り下ろしながらそう言うと、他の人達はバツの悪そうな顔になった。

 

「すまない。君が急に此処に現れたんだから、ビックリしたんだ」

「なんて呑気なことは言ってられるか。ダンブルドアから話は聞いてるだろ?」

 

 そうだった、と全員の視線が強くなる。

 

「フィール、吸魂鬼が現れたんだよな?」

「ああ。リトル・ウィンジングにだ」

「ハリーは魔法を使っていないよな?」

「大丈夫。焦ったハリーが『守護霊の呪文』を唱えようとしたけど、安否確認で呼び掛けて阻止した後、私が守護霊で追い払った」

「そうか………君のおかげで助かった。本当にありがとう」

 

 シリウスだけでなく、他団員達もフィールに感謝の言葉を述べた。フィールは軽く頷くと、「マンダンガスは?」と任務放棄した馬鹿者をキョロキョロ探し、ムーディに従われている彼を発見した。

 フィールはマンダンガスを捉えるが否や、彼の前に来てこれまで我慢してきた怒りを思い切りぶつけた。

 

「おい………重大な任務中に何ほったらかしにしてたんだ? 私が追いかけなかったら、今頃ハリーは魔法省からの不当な扱いをされてたぞ。こんな現状の中で自分の仕事をサボるなんて真似は二度とするな。わかったな?」

 

 無意識の内に、フィールは杖の切っ先をマンダンガスに向けていた。それだけ彼女は、仕事を放置していたマンタンガスへ怒っていた。

 

「ベルンカステル、コイツにはわしらからキツく言っておいた。まずは杖を仕舞え」

 

 ムーディはフィールの腕を掴み、窘める。

 けどそう言うムーディも、本当はフィールと同じ気持ちなのが渋顔から読み取れた。

 フィールは小さく舌打ちし、杖を仕舞う。

 後ろに振り返ると、モリーと一緒に夕食を作っていたクリミア達が居た。

 

「おかえりなさい。………大丈夫?」

「私は大丈夫」

 

 その後リーダーのダンブルドアも此処にやって来たので、フィールは現場に居た自分自身の口で改めて騎士団全員にアクシデントが発生した時の出来事を報告すると、厨房の扉から聞き耳を立てようとする気配を察知したので、大きくため息をついてガチャリと開けてみれば、ドミノ倒しみたいな感じに、騎士団の一員じゃないハーマイオニー達が雪崩れ込んできた。

 

「おい。そこで何してたんだ」

「何って………その………」

「なあ、一体何があったんだ!? ハリーがどうかしたのか!?」

 

 ロンが大声で叫び、フレッド達もあれこれ訊いてきた。フィールはシリウスに目配せし、頷くのを見たら、彼らに説明した。

 

「リトル・ウィンジングでハリーが吸魂鬼に襲われた。勿論、私が有体守護霊で撃退した。危うくハリーが魔法使おうとしたからギリギリだったけど」

「マジかよフィール! と言うか、フィールも学校外で魔法使っちゃアウトじゃなかったか?」

 

 三大魔法学校対抗試合の優勝金を譲ったのがきっかけで、すっかりウィーズリーツインズは敵意を無くした。むしろ下の名前で呼び合うほどの関係になったくらいだ。

 

「その点は大丈夫。匂い消しチョーカーのおかげでセーフだから。ライアン叔父さん、本当に助かった。ありがと」

 

 フィールは超便利な品物をくれた叔父へ、心底感謝した。ライアンがこれを作ってくれなかったら、今頃自分が魔法省に弱味を握られているところだった。

 

「「ワーオ………スゲー………」」

 

 赤毛の双子は揃って黒髪の男を見る。

 その瞳はキラキラしていた。

 大方、悪戯アイテム関係だろう。

 もしもこの二人が匂いを消す道具を製作して売り捌けば立派な犯罪が成立してしまう。

 ………もしかしたら、とんでもない物をライアンは生み出してしまったのかもしれない。

 後でウィーズリーツインズを説得しなければ。

 

「それはさておき………貴方達は早く部屋に戻りなさい。ここから先は騎士団員以外聞いてはいけないわ」

 

 エミリーが子供達へ厨房を出るよう促すが、はいそうですかと素直に戻るほど、彼らは従順じゃない。

 

「そりゃないぜ!」

「そうさ! こんなヤバいこと聞いて大人しく寝られるか!」

「ハリーが吸魂鬼に襲われたんだろ!?」

「黙っていられる訳ないじゃない!」

 

 フレッド、ジョージ、ロン、ジニーのウィーズリーブラザーズが次々に吠え、続いてハーマイオニーやクシェル達も言い募る。

 するとそれに我慢の限界を迎えたのか、突如としてスネイプが杖を電光石火のスピードで懐から抜き、無差別に威力のない閃光を乱射した。

 騎士団の団員は咄嗟にサッと避けたり魔法で撃ち落としたりして対処し、ダンブルドアやフィールなんかは杖無しで魔力を手に込め閃光を握り潰した。

 しかし、ウィーズリーブラザーズやハーマイオニー達は反応出来ず、顔スレスレに強烈な光を放つ閃光をじっと見ることしか出来なかった。

 

「これでわかっただろう? 我々は皆手練れの魔法使いだ。そこいらに居るような連中とは桁違いにな。ベルンカステルを見ろ。貴様らと何ら変わらない学生の身分で杖無しの対応だ。そのような技能が貴様らにはあるか? え?」

 

 スネイプの恐ろしいくらい低い声に、彼らは沈黙を持って打ちのめされる。彼が杖を一振りすると閃光は瞬く間に消え去った。

 

「わかったのならばさっさと部屋に戻れ。今、すぐにだ」

 

 その一声で彼らは屈辱と恐怖で拳を震わせながらトボトボ階段を上がっていった。

 

「セブルス、やり過ぎじゃないかい?」

「これくらいでもしなければ戻らぬだろう。我輩としてはまだ軽い方だと思うのだがね」

 

 ルーピンの言葉をさらりと言い返すスネイプは懐に杖を仕舞う。そんなスネイプのおかげで、ようやく本題に入ることが出来た。

 ハリーの護送は4日後に行うとのことで、その護送手段や進行についてを説明されたら、今夜はここで解散となった。




【正式な騎士団員と認められたオリ主】
ルックス、スキルどちらも完璧なんだ。これで認められなかったら「ふざけるなぁ!」になる。

【両面鏡】
原作では全然使われなかった品物。
最初はマグルに見られても大丈夫なようにケータイ(今となっては懐かしいガラケー)を使わせようかとも考えたが、便利なこれがあったので活用した。

【任務放棄するマンダンガス】
フィールさん、早速無責任なマンダンガスへの信用度が0になる。ムーディとのあの対話はもうプロ同士のやり取りも同然。

【守護霊の呪文】
ハリーが使おうとしたので超ギリストップ。
これで懲戒尋問というフラグはへし折られた。

【ベリベリアングリーなフィール】
あの馬鹿野郎は大事な役割をほったらかしにしたんだ。彼女からすれば「何やってんだゴラァ!」は無理もない。

【無理矢理抑圧させるスネイプ】
騎士団メンバーと一般人の実力比べを現実的に突き付けて黙らせた。

【まとめ】
今回は原作物語の歯車を変えた回。
次回はハリーを騎士団本部に連れてきてようやくオールミッションクリアの回。
懲戒尋問はやらなくともなんら影響はないでしょう。どうせあのガマガエル女とはホグワーツで対面するし魔法省で尋問される時間帯も短いので。


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#68.確執【前編】

前半、ハリー・ポッター護送作戦。
後半、騎士団本拠地での出来事①。

※1/11、サブタイトル変更。


 アクシデントだらけの2日の夜から4日後。

 ハリーを不死鳥の騎士団本部へと護送するメンバーが出発した。構成メンバーは固定者五人のムーディ、シリウス、ルーピン、トンクス、キングズリーの他数人が護衛として就き、フィールも加入者となった。

 ムーディ曰く、「ベルンカステルが居ればポッターも安心するだろう」とのことだ。

 フィールは了承し、ダーズリー家に訪問する時間帯になったら彼等に『付き添い姿くらまし』をして貰って共にハリーを迎えに行く。ちなみにダーズリー一家はトンクスが郵便で出した手紙の『全英郊外芝生手入れコンテスト』で最終候補に残ったと言う、ハリーを連れ出すための虚偽の話を真に受けて現在留守中だ。

 と言うことで、ハリーしか居ないダーズリー家の玄関口にやって来た護送班は、施錠を解除する呪文『アロホモーラ』で無断侵入した。

 マグルの家に入るのは大半が初なのか、電化製品をあれこれ触ったりと興味津々な様子だ。

 

「本来の目的を忘れてるな………」

「全員警戒を怠るな」

 

 フィールはやや呆れ気味に此処に来た意味を忘れてる大人達を横目に肩を竦め、ムーディは警戒心を緩めずに杖を構える。

 次の瞬間、2階からドアを開ける音がした。

 その物音に未だ面白そうに会話してた人達もハッとし、全員が一斉に音がした方向を見る。

 

ルーモス(光よ)

 

 フィールが『照明呪文』でホールを照らし出すと、非常に警戒した様子で杖を構えたハリーの姿をハッキリと浮上させた。彼は階段下で自分を見上げている数十人の大人を見てビックリする。

 

「おい、坊主。杖を下ろせ。誰かの目玉をくり貫くつもりか?」

「ムーディ先生?」

 

 ハリーが半信半疑で訊いてきた。

 まあ、去年『闇の魔術に対する防衛術』の担当をしたムーディが実は自分とフィールを陥れようとしたヴォルデモートの部下・死喰い人(バーテミウス・クラウチ・ジュニア)だったので無理もない。

 

「『先生』かどうかはわからん。何せ教える機会がなかっただろうが? 此処に下りてくるんだ。お前さんの顔をちゃんと見たいからな」

「大丈夫だよハリー。私達は君を迎えに来たんだ」

 

 まだ訝しい表情で見下ろしていたハリーはルーピンの声を聞き、

 

「ルーピン先生? 本当に?」

 

 と、ようやく緊張が解けて下りてきた。

 トンクスはハリーの顔を間近で見ると、

 

「わぁぁぁ、私の思ってた通りの顔をしてる! よっ、ハリー!」

 

 楽しげな声音で気さくに声を掛けた。

 

「うむ、リーマス、君の言ってた通り、ジェームズの生き写しだ」

「眼だけが違う。リリーの眼だ」

 

 キングズリーの言葉にエルファイス・ドージが半ば同意してる間にも、ムーディはハリーが本物のハリーかを見極めてるのか、怪しむようにじっと見つめていた。

 

「ルーピン、ベルンカステル。確かに本物のポッターだと思うか? ポッターに化けた『死喰い人』を連れて帰ったら、いい面の皮だ。本人しか知らないことを質問してみた方がいいぞ。誰か『真実薬(ベリタセラム)』を持っていれば話は別だが?」

「ハリー、君の守護霊はどんな形をしている?」

「牡鹿」

 

 ハリーは緊張気味に答えた。

 

「マッド・アイ、間違いなくハリーだ」

「いや、まだわからないぞ。闇の陣営のことだ。ポッターの守護霊がどういうモノか諜報員を通じて熟知してる可能性がある。ベルンカステル、今度はお前がポッターに質問してみろ」

「私………ですか」

 

 ムーディに肩を掴まれ、ハリーの前まで押し出される。

 フィールは顎に手を当てて考えた。

 所属寮や友人の名前等も没になるだろう。

 それらの情報くらい、あちら側もちゃんと把握してるはずだからだ。

 ならば魔法界関連以外の質問ならどうかと、フィールはハリーにこんなクエスチョンをした。

 

「ハリー、アンタの従兄は4日前の夜、なんてあだ名でダドリー軍団から呼ばれてた?」

「ビッグD」

 

 ハリーは早口でアンサーする。

 ダドリーのあだ名の一つ『ビッグD』はフィールも聞いていたので、ムーディにハリーが本物であると伝えた。

 

「間違いない。正真正銘のハリーだ。彼の従兄のダドリーのそのあだ名は私も聞いたので」

 

 フィールが断言すると、全員が安堵の息をついて改めてまじまじとハリーを見つめた。

 ハリーは杖をジーンズの尻ポケットに仕舞おうとすると、

 

「おい、そんな所に杖を仕舞うな! 火が点いたらどうする? お前さんよりしっかりした魔法使いがそれでケツを失くしたんだぞ!」

「え、それマジ? 誰々?」

 

 トンクスはキラキラした瞳で尋ねた。

 

「誰でもよかろう。とにかく、尻ポケットから杖を出しておくんだ。杖の安全の初歩だ。近頃は誰も気にせん。………それに、わしはこの眼でそれを見たんだからな」

 

 ムーディは義眼を動かし、調子が悪いのを感じたのかしかめっ面になる。ルーピンは順番に此処に居るハリー・ポッター護送チームの中で初対面の人物を紹介した。ハリーは名付け親のシリウスと会い、嬉しそうにハグする。

 

「くそっ………また動きが悪くなった。あのろくでなしがこの眼を使ってからずっとだ。ハリー、コップに水を入れてくれんか?」

 

 ムーディがハリーにそう頼むと、彼は義眼を取り出した。

 

「マッド・アイ、それって気持ち悪いわよ。わかってるの?」

「仕方ないだろう。―――や、どうも」

 

 ムーディはハリーから水の入ったコップを受け取り、魔法の眼を水に浸け、指でつついて浮き沈みさせる。

 

「帰路には360゜の視野が必要でな」

「どうやって行くんですか? ………何処へ行くかは知らないけど」

「箒だ。それしかない。君は『姿現し』には若すぎるし、『煙突飛行ネットワーク』は見張られている。未承認の『移動キー』を作れば、我々の命が幾つあっても足りなくなる」

「リーマスが君はいい飛び手だと言うのでね」

「ああ、素晴らしいよ。とにかくハリー。部屋に戻って荷造りした方がいい。合図が来た時に出発出来るようにしておきたいから」

「………とのことだ。行くぞハリー」

 

 フィールはハリーを促し、2階に行く。

 ハリーは慌ててフィールの腕を掴んだ。

 

「なんだ?」

「あ、いや、その………僕の部屋、結構散らかってるから………」

 

 ハリーは4日間自室に閉じ籠っていたので、後片付けなどする気にもなれなかったのだ。同級生の女の子にそんな部屋を見られたくはないとハリーは引き留めるが、

 

「なんだ、そういうことか。安心しろ。私がアンタの散らかってるっていう部屋、整理整頓してやるから」

 

 フィールは事も無さげに階段を上がっていき、ハリーの部屋だと思われる扉を開け、問答無用で明かりを点けて中に入る。

 本はほとんど全部床に散らばっていて、ペットのフクロウ・ヘドウィグの鳥籠は掃除していなかったのか、悪臭を放ち始めている。トランクは開けっ放しで、マグルの服やら魔法使いのローブやらがごちゃ混ぜになって周りの床にはみ出していた。

 フィールは杖を引き出し、一振りする。

 すると、部屋全体の物が魔法の力でひとりでに動き出し、あっという間に綺麗になった。トランクからはみ出ていた衣類を丁寧に畳み、その中に学用品も詰め込んだ。ついでにヘドウィグの鳥籠の中も清潔にする。

 

「これでよし。忘れ物はないな?」

 

 ポカーン、と突っ立ってたハリーは慌てて大きく頷き、「ありがとう」を何度も礼をする。

 フィールは小さく頷き、トランクとヘドウィグの鳥籠を持って部屋を出る。ハリーは2年前にシリウスからクリスマスプレゼントで贈られてきた最高級の箒・ファイアボルトを右手に、後に続いて階段を下りた。

 キッチンには義眼を戻したムーディが居て、キングズリーとスタージス・ポドモアは電子レンジを調べ、ヘスチア・ジョーンズは引き出しを引っ掻き回してる内に見つけたジャガイモの皮を剥くピーラーを見て笑っていた。

 今からハリーを味方本拠地までエスコートする重大な任務が始まるっていうのに、なんなんだろうか、この緊張感の無さは。

 ………まあ、肩の力を抜くのは悪くないが。

 もう少し危機感を持って欲しいな、とフィールは思った。

 

「よし、あと約1分だと思う。庭に出て待った方がいいかもしれないな。ハリー、叔父さんと叔母さんに心配しないよう手紙を残し―――」

「心配しないよ」

「君は安全だと―――」

「ガッカリするだけだよ」

「そして、君がまた来月の夏に帰ってくるって」

「そうしなきゃいけない?」

 

 ルーピンは微笑んだが、何も言わなかった。

 それを尻目にフィールは、4日前騎士団との連絡手段で役立った両面鏡を取り出し、本部で待機しているクリミア達に「今からそっちへ向かう」と前もって伝達し、ハリーのトランクとヘドウィグの鳥籠を、彼が割り当てられている部屋に配送した。

 フィールが一息つき終えた頃には、ムーディがハリーに『目くらましの術』を掛け終えたところであった。透明マントだと飛行中に風の影響を受けて脱げてしまうからだ。

 

「行くぞ」

 

 フィールは気配でハリーが何処に居るかを察知しながら、杖を右手に、ファイアボルトを左手に裏庭へのドアを開けたムーディに続いて月夜の外に出る。

 

「ポッターの荷物はどうした?」

「さっき、ブラック邸で彼が割り当てられている部屋まで配送しました。私達の誰かが持っていても、ただの足枷になるだけなので」

「うむ、その通りだな。中々気が利くでないか」

 

 ムーディとフィールがそんなやり取りをしていると、どうやら全員が芝生に出たようで、いつでも飛び上がれるようスタンバイしていた。

 

「明るい夜だ。もう少し雲で覆われていればよかったのだが………。よし、ポッター、来い」

 

 ムーディは大声でハリーを呼んだ。

 

「わしらはきっちり隊列を組んで飛ぶ。ベルンカステルは先頭を飛べ。お前なら問題無かろう。トンクスは真ん中だ。しっかり後に続け。ルーピンは下、シリウスは上をカバーする。わしは背後に居る。他の者はわしらの周囲を旋回する。何事があっても隊列を崩すな。わかったか? 誰か一人が殺されても―――」

「そんなことがあるの?」

「―――他の者は飛び続ける。止まるな、列を崩すな。もし、ヤツらがわしらを全滅させてお前が生き残ったら、ハリー、後発隊が控えている。東に飛び続けるのだ。そうすれば後発隊が来る」

 

 心配そうなハリーの問いはスルーされた。

 

「全員箒に乗れ、ファーストシグナルが来た」

 

 先頭で立って見上げていたフィールが赤い花火が打ち上がってるのを見て、前衛隊全員に聞こえるよう声を張り上げた。

 その合図に皆は箒に跨がる。

 続け様に今度は緑の花火が真上に高々と噴き上がったのを捉えた瞬間、先陣切ってフィールは地面を強く蹴り出し、時折夜風が吹く大空へと飛び立った。

 そのまま上空を昇っていき、用心深いムーディの指示で進路を変えながら飛び進む。何事も慎重に物事を進める彼のことだから、予め安全ルートを下見して飛んできたのかもしれない。

 そう考えるフィールは身体が凍えてきたのを肌で感じた。この季節と言えど、山と同じで上空はかなり冷える。

 フィールは少し急ぐかと、ファイアボルトの性能を最大限発揮して一直線に飛ぶ。

 そして下降開始の時間になり、一気に急下降して小さな広場の芝生の上に着地した。トンクスに続いて急降下したハリーも箒から降り立ち、寒そうに震えながら、

 

「此処は何処?」

 

 と誰にともなく問い掛けた。

 が、誰もその質問には答えず、「あとでね」とルーピンが言った。

 ムーディはマントの中からダンブルドアから拝借した『灯消しライター』という外見は普通のライターだが鳴らすと近くにある灯りを吸収することが出来るダンブルドアが設計した品物で広場の街灯が全部消えるまで、カチッを繰り返した。

 

「ダンブルドアから借りた。これで窓からマグルが覗いても大丈夫だろうが? さあ、行くぞ」

 

 ムーディは『灯消しライター』をポケットに仕舞うとハリーの腕を掴み、道路を横切って歩道へと引っ張っていく。ムーディ以外の護衛員は全員杖を掲げて磐石を固めた。

 

「ねえ、リーマス。フィールって、見た目に反して結構度胸あるんだね」

 

 トンクスは陣頭で杖を掲げながら歩いていくフィールに、隣に居たルーピンにヒソヒソと小声で話し掛ける。

 

「ああ、あの娘は大人顔負けの勇気と度胸がとてもある。責任感も強いから、彼女がもしもホグワーツ卒業していたら、今頃は危険な軍事任務に着任し、遂行していただろう」

 

 フィールへの評価は非常に高い。

 ルーピンはどこか惜しい気持ちで彼女の背中を見送る。

 一方、ムーディも彼と同じ気持ちであった。

 

(ベルンカステルがポッターと同い年だとは信じられん………本当に齢15歳の学生かどうかを疑うレベルだ。もしも闇祓いになるとなったら、スピード昇格はまず間違いない………)

 

 胸中で、フィールがもう少し上の年齢だったら即戦力として心強かったと、まだ学生の身分故に掛けられている制限条件に歯噛みした。ムーディとしては今すぐにでもフィールをデンジャラスミッションに出向かせたいのだが、後2年間は学業最優先事項なのでこればかりは諦めるしかない。

 

「急いで読め、そして覚えてしまえ」

 

 気持ちを切り替えたムーディはブラック邸の前に立ち止まると、『目くらましの術』が掛かったままのハリーの手元に羊皮紙を押し付け、自分の杖明かりを手渡したそれの側に寄せて見えるようにした。

 

「何ですか? この騎士団って―――」

「此処では駄目だ! 中に入るまで待て!」

 

 ムーディはハリーから羊皮紙をひったくり、火を点けて完全燃焼する。ルーピンが11番地と13番地の間に現れたブラック邸の扉を杖で叩くと大きな金属音が中から聞こえ、黒塗りの扉が開いた。

 

「早く入るんだ、ハリー。ただし、あまり奥には入らないようにね。後、何にも触らないように」

 

 ルーピンはハリーを急かす。

 ハリーは敷地を跨ぎ、ホールに入った。

 その後を騎士団員が進み、フィールも中に入り最後にムーディが盗んだ街灯の明かりを元に戻してドアを閉める。

 これにて、ハリー・ポッター護送作戦はミッションクリアだ。

 

「皆、じっとしてろ。わしが此処に明かりを点けるまでな」

 

 ムーディは壁についている蝋燭を灯した。

 玄関ホールが蝋燭の弱い光で照らされる。

 急ぎ足にやって来る音がして、ホールの一番奥の扉からモリーが現れた。

 

「まあハリー、また会えて嬉しいわ!」

 

 モリーはハリーを強く抱き締めた。

 

「痩せたわね。ちゃんと食べさせなくちゃ。でも残念ながら、夕食までもうちょっと待たないといけないわね」

 

 モリーは後ろの魔法使い一団に言った。

 

「あの方が今しがたお着きになって、会議が始まっていますよ」

 

 それを聞いて彼らはハリーの脇を通り過ぎて先程モリーが出てきたドアへと入っていく。ハリーはシリウスとルーピンについていこうとしたが、モリーが引き止めた。

 

「駄目よ、ハリー。騎士団のメンバーだけの会議ですからね。ロンもハーマイオニーも上の階に居るわ。会議が終わったら夕食だから、それまでお待ちなさい」

 

 モリーはハリーを引き連れて2階へと上がって案内した。

 フィールは一団に続き、厨房へと入る。

 上座にはダンブルドアが座っていて、ほとんどのメンバーが着席していた。

 

「ポッターの護送は無事完了だ。支援班から聞いた話では死喰い人の姿は何処にも居なかったらしいが、無論油断大敵だ」

 

 ムーディが代表でダンブルドアに報告した。

 

「皆のもの、よくやってくれた。ハリーの身柄は此処不死鳥の騎士団本部で匿う。警備の者は引き続き警戒を解かないように。他の者は自分の任務に戻ってよろしい。さて、ムーディよ。ハリーの護送時の様子を詳しく教えてくれんかの」

 

 ダンブルドアの言葉にムーディが口を開こうとした瞬間、上の階からハリーの大声がこちらまで響き渡った。ほどなくして、モリーが厨房に入ってくる。その顔は、不安げだった。

 

「大方、溜め込んでいたストレスをロンとハーマイオニーにぶちまけてんだろ。………ま、無理もないけどな」

 

 椅子に座ったフィールが腕を組みながら天井を見上げて眼で示し、厨房全体を見渡す。

 

「静かにさせてくるわ。気が散るもの」

 

 エミリーが率先して椅子から立ち上がり、厨房を出て2階へ上がっていく。それを見て、フィールやライアン達は久々にエミリーの雷が落ちるかもしれないと、怒ったら滅茶苦茶怖い彼女の剣幕を思い浮かべてどこか遠い眼差しで仰ぎ見ながら「御愁傷様」と心の中で呟いた。

 

「フィールよ、君には感謝せんといけない。4日前の君の行動が、我々騎士団の動きを維持するよう守ってくれた。後はゆっくり休みなさい」

 

 フィールは無表情で、一応は頷く。

 ………これから先、休む暇なんてないだろう。

 騎士団の一員である以上、避けては通れぬ道なのだから。

 椅子に深く座り直すと、フィール達の予感は命中し、今度はエミリーの怒鳴り声がビリビリと響いてきた。流石にその迫力にはハリーも鳴りを沈めたらしく、シンとした。

 

「………やっぱり、あの人が怒ると怖いよな」

 

 普段が普段なだけに、一度怒るとヤバい。

 背筋に冷や汗が流れたフィールの呟きに、同じくヒヤヒヤしていたライアンやクリミアは同感なのか、小さく頷いた。

 

♦️

 

 その後、本部で待機していた団員達が護送チームが帰還してくるまでに会議をしていた議題の説明を施したところで夕食の時間となった。

 夕食の準備が出来て、一同は食堂で食事を進める。食事中でも話題として上がったのは、ハリーの護送中のことだ。異常事態はなかったか、怪しいヤツはいなかったか等。話題の中心になっているハリーは、次第にシリウスとの会話が少なくなったことと重なって、酷く不機嫌な顔になっていった。

 デザートの時間も終わり、モリーは就寝時間だと言ったが、シリウスがそれを遮り、ハリーと向き合った。

 

「驚いたよハリー。てっきり私は、君が此処に着いたら真っ先にヴォルデモートのことを訊いてくるだろうと思ったのだが」

「訊いたよ! ロンやハーマイオニー、クシェルに訊いた。でも、皆は騎士団に入れて貰えないから詳しいことは何も知らないって」

「皆の言う通りよ。貴方達はまだ若すぎるの」

 

 シリウスの疑問にハリーは憤慨しながら答え、モリーが口を挟んだ。

 

「モリー、騎士団に入っていなければ質問してはいけないと、いつ決まったんだ? ハリーはあのマグルの家で1ヶ月間も閉じ込められていたんだ。何が起きているのか知る権利がある」

「ちょっと待った! なんでハリーだけが質問に答えて貰えるんだ? 僕達だってこの1ヶ月間、皆に散々質問してきたのに何一つ教えてくれなかったじゃないか!」

 

 フレッドが大声で文句を言うが、モリーはそれを無視してシリウスとまた口論する。シリウスはハリーに騎士団やヴォルデモートのことを教える必要があると言い、モリーは未成年で騎士団にも入っていないのだから不用意に教えるべきではないと主張。正反対の意見がぶつかり合い、時間経過と共に言い争いが激化していくように感じられた。

 

「ちょっと待ってよ! 僕が駄目なら、どうしてフィールは一員なんだ? それに学校外でも普通に魔法を使った! そんなのは不公平だ!」

 

 ハリーはフィールを睨み、巻き込ませた。

 彼女は大きくため息をつく。

 

「確かにフィールは君達と同じ未成年だ。でも彼女の場合は強力な闇の魔術に対抗する実力者だとダンブルドアが認めているから、特例として加入が許されている」

 

 ルーピンが窘めるように言うが、

 

「だから魔法を扱っても許されるっていうの? 僕には駄目だって―――」

「未成年魔法使いが魔法行為を学校外で使用してはいけないのは知っているだろう? それは『匂い』と呼ばれる『17歳未満の者の周囲での魔法行為を嗅ぎ出す呪文』がつけられているからだ。成人魔法使いになれば消えるものだが、君はまだ17歳を迎えていない。君がもしも4日前にリトル・ウィンジングで『守護霊の呪文』を使っていたら、今頃は魔法省に不当な扱いを受けていただろう」

 

 匂い消しチョーカーの発明者・ライアンが、わかりやすくハリーに教えた。

 

「今の時勢、君とフィールは特に危ない状況下で生活している。もしもフィールが何処かほっつき歩いていたら、それこそ魔法省の人間や死喰い人に狙われていたかもしれない」

「じゃあなんで僕にはダーズリー家で1ヶ月間も過ごせっていう扱いなんだ! フィールと僕はまるで皆からの扱い方が違う! フィールは騎士団の近くで守られてるし魔法を使っても咎められない! 4日前、フィールは僕に言った! 『決して皆はアンタをほったらかしにしてる訳ではない』って! なのにこの有り様だ! 結局は口先だけ―――」

「煩いッ! 黙れッ!」

 

 バンッ! とフィールはテーブルを叩いた。

 目の前で口論する光景に呆れていたところに自分も巻き込まれ、挙げ句の果てにウソつき呼ばわりされて、我慢の限界がピークに達した。

 ハリーはビクッとし、この場に居た人達もフィールの剣幕に驚きを隠せない様子で黒髪の少女を見た。

 

「ハリー、アンタの気持ちは痛いほどわかる。私だって騎士団に加入した当初は子供扱されて正式に一員として認められなかったんだぞ。いつまで経っても幼稚な扱いをされるなんて、こっちだってゴメンだ。だけどな………こっちの事情を何も知らないクセして、ウソつき呼ばわりされる筋合いはない!」

 

 感情の赴くままに叫び、椅子を蹴るように立ち上がると、呆然としながら注目する彼らを尻目にフィールは厨房を出ていこうとした。

 が、そんな彼女へ向かって、ハリーは思わず、こんな発言を口走ってしまった。

 

「だったら、僕をほったらかしにしてくれてたらよかっただろ! 君だって本当は皆で此処に隠れて吸魂鬼に襲われた僕を笑い者にしてたんだ! そうだろう!?」

 

 その言葉に―――フィールは立ち止まった。

 拳を握り締め、歯をギリギリ食い縛る。

 だが、心に受けた衝撃には覚めなかった。

 

「………ああ、そうかよ。だったら、もう私に話し掛けてくるな。お前を笑い者にしてたっていう私なんかに」

 

 低く冷たい声音でフィールは振り返らず、バタンッ! と荒々しく厨房から出ていった。

 ハリーは肩で息をしてフィールが出ていった方向を見ていたのだが………やっとのことで思考が追い付いたハーマイオニーが、今にも泣きそうな顔で腕を掴んだ。

 

「ハリー! 貴方、フィールになんてこと言ったのよ!? フィールが貴方を笑い者になんてする訳ないじゃない!」

「そうだぜハリー! フィールがマルフォイみたいなヤツなんかじゃないって3年前に僕に言ったのは君だろ!?」

 

 続いてロンもハリーへ向かって叫んだ。

 

「吸魂鬼に教われた君がまた襲われたりとかしないかが心配で、翌日の3日前から今日此処に連れてくる日までフィールが君を見守ってたって、知らないのか!?」

 

 親友の口から出た聞き捨てならないセリフに、ハリーは瞠目した。

 

「フィールが? 僕を見守ってた? そんなの、何かの冗談じゃ―――」

「いいえ、本当よ。フィールったら、寝る暇も惜しんで貴方の親戚の家の近くで、貴方や貴方の叔父さん叔母さんに気付かれないように、ずっと陰で警護してたのよ」

 

 眼に涙を光らせたハーマイオニーが肯定する。

 

「私達皆が、自分の身体を壊してまで無理をする彼女を止めようと必死だったわ。ハリー、覚えているでしょ? フィールが、吸魂鬼の影響力が貴方と同じく人一倍酷いの。あの夜、騎士団との会議が終わったら、夕食摂らないで部屋で休んだのよ」

 

 ハーマイオニーから裏側の事情を教えられ、ハリーはだんだん自分がやらかした行為の重大さに責められる感覚に陥った。

 

「寝不足で疲労とストレスが溜まってたところに貴方にあんなこと言われて………フィール、凄く傷付いてるわよ。だから、早く謝―――」

「そんなの知るか! 僕が4週間もどんな気持ちでダーズリー家に居たか、何にも知らない君らに悪者扱いされる義理なんてない!」

 

 が、それを認めたくないあまりハリーは大声でハーマイオニーの言葉を遮り、居たたまれなくなった彼も厨房を出ていき、自分が割り当てられている部屋に向かった。

 

「ちょっ、ハリー!」

「待ってくれ!」

 

 ハーマイオニーとロンが慌てて追い掛けようとするが、

 

「今はそっとしてあげなさい」

 

 と、クシェルの母親・ライリーがキッパリと言い放った。

 

「でも………!」

「君達の気持ちはわかるが、今はフィールちゃんとハリー君がそれぞれ落ち着くのを待つんだ。お互いに思うところがあったために、すれ違っただけだ」

 

 ライリーの夫・イーサンは諭すように二人へ言うが、納得はしてない顔だった。

 嫌な空気が厨房内に流れる。

 数分間は誰も口を開かないでいたのだが………最初に沈黙を破ったのは、ウィーズリー家の大黒柱・アーサーだった。

 

「………シリウス、モリー。ダンブルドアに、ハリー達にも全体的な情報であれば伝えるのは許可を願えないか、一度頼んでみないか?」

「貴方! 何を言って―――」

「………そうだな。そうしよう」

「シリウスまで!」

「モリー。元はと言えば、私達がハリー達の前で争論したのが原因だろう? フィールだって言ってたじゃないか。いつまでも子供扱いされるなんてゴメンだって。今、ハリー達は大人へ近付こうとしている年頃だ。過保護なのは悪いことではないだろうが、だからといって、これから先もずっと甘やかしていられる時期ではないだろう? ヴォルデモートが復活した以上、彼らにも現状を把握しておかなければ、後にどのような目に遭うかは火を見るよりも明らかだ」

 

 重苦しいトーンで語ったシリウスの将来を見据えた発言に、モリーは口を噤む。反論しようとするが、言葉が見つからないようだ。黙ったままのモリーに、シリウスと同意見のアーサーやルーピンがどうにかして説得し―――最終的にはダンブルドアと一度議論し、騎士団の総司令官に判断を仰ぐことを決断した。




【ハリー・ポッター護送作戦】
シリウスとフィールが追加しただけでそれ以外は特段原作と変わらない。

【プロからの評価が高いフィール】
ホグワーツ卒業してたら今頃即戦力としてバリバリ活躍してた。

【大喧嘩するダブル主人公】
互いの感情をぶつけて確執が生まれた。

【まとめ】
今回はダブル主人公絶交状態になる回。
次回は本拠地での出来事②の回。
最近クシェルの出番全然ないですが後で沢山出てくるのでもうしばらくお待ちください。


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#69.確執【後編】

騎士団本部での出来事②。

※1/11、サブタイトル変更。


 ハリーが騎士団本部に来てから数日が経過。

 8月6日に大喧嘩したフィールとハリーは、互いに顔を合わせようともしなければ、一切口も利かなかった。

 前者は後者を警護するのが役目だ。

 なので出来るだけ早く仲直りして貰いたいのが騎士団員達の本音である。

 組織の中で最もハリーと近い人物なのだ。

 彼女が彼の傍でガーディアンとして働いてくれれば大助かりなのだが………確執による亀裂が生じたすれ違いというものは、そう簡単には修復されない。

 誰もが譲れない私情があるのは仕方ない。

 人間という生き物に生まれた以上、人間との関わり合いが上手くいかなくて関係がひび割れてしまうのは、一度や二度は必ずしも経験する、人生における通過地点だ。

 

「もう~っ! フィー! ハリー! ギスギスした雰囲気で此処に居ないでよ!」

 

 ある日、刺々しい空気を発したまま、部屋の隅と隅で顔を背けるフィールとハリーへ、寒々しい空間に耐えかねたクシェルがそう言った。

 

「「クシェル煩い。黙っててくれ」」

 

 同時にフィールとハリーがクシェルを見て、同時に辛辣な発言をかました。

 あ、ハモった。

 なんて呑気なことは言えない。

 

「ヒドイ! 二人共、なんでそういったことだけは考えること一緒なのさ!」

「………………」

「………………」

 

 刹那、交錯する蒼と緑の視線。

 その僅か1秒後には双方がパッと外し、自室で本でも読もうと、二人はドアに向かう。

 

「………………」

「………………」

 

 扉前で立ち止まるフィールとハリー。

 どちらも口は開かず無言だったが、このままでは埒が明かないので、

 

「さっさと行けよ」

 

 冷たい言い草でフィールが先を譲った。

 ハリーはキッと鋭い目付きになるが、

 

「ご親切にどうも」

 

 素っ気なく礼を言って、ドアを開ける。

 ハリーはフィールが退室する前に、バタンッとドアを閉めて仕返しした。

 チッ、と舌打ちしたフィールは至って普通にドアノブに手を掛けて軽く押し、廊下に出たら5階の自室まで階段を上がった。

 

「はぁ~………これ、完全にダメだね………」

 

 二人が居なくなり、どっと全身に張っていた緊張感が解けたクシェルは頭が痛いとばかりに額に手を当て、深いため息をつく。

 

「ええ………早く仲直りして欲しいわ」

 

 それまで黙って成り行きを見守っていたハーマイオニーがベッドの上に座って壁に背を預けながら、膝の上で甘えてくるペットのクルックシャンクスの頭を撫でる。

 

「なあ、何かいい方法ってないのか?」

 

 ロンがダメ元でも構わないから良案はないかとハーマイオニーとクシェルに振ってみるが、二人は渋顔になる。

 

「あるんだったら、とっくに動いてるわよ」

「うん………なんて言うか、もう少し時間を置いてからにすればよかったんだけど、タイミング間違えちゃったせいで、余計二人共顔合わせしづらいんだと思う」

 

 あの日―――不死鳥の騎士団の総司令官・ダンブルドアに事情を説明し、ハリーを初めとする団員じゃない彼らにも組織が持ち得る全体的なインフォメーションならば告げ知らせても問題は無いかと、判断を仰いだ。

 結果としては『許容範囲ならば了承する』との指令だったので、1時間後にフィールとハリーを厨房に連れてきて、そのことを伝えた。

 半信半疑であったハリーにシリウスが何が知りたいかと質問すると、一瞬で真実だと知った彼は多くの質問をぶつけた。

 1ヶ月間、溜まりに溜まったものを吐き出すように『ヴォルデモートは何処に居るのか』『何を企んでいるのか』『何か事件は起きていないか』『騎士団は何をしているのか』等を訊くハリーにメンバーは丁寧に回答した。

 

 ここまでは、まだよかった。

 タイミングを間違えたのは、最後の最後だ。

 ラストに、ヴォルデモートが前回猛威を振るっていた時には持っていなかった物。それを求めて極秘に動いているとシリウスが告げ、当然の如くハリーは追及したのだが、これ以上の情報を教えるのは許容範囲ではないとモリーに遮られ―――そこからまた、未成年魔法使いのフィールへ対する不公平さを蒸し返してしまい、険悪なムードに逆戻りしてしまったのだ。

 

「あー………それは言えるかもな。ママ、あんなにもガミガミ言わなきゃよかったのに」

 

 フィールとハリーが仲違いする原因を作った一人が母親のモリーなので、息子のロンは無意識の内に申し訳ない表情になる。

 

「………でも、モリーさんの気持ち、少しはわかる気がするわ。モリーさんはハリーとフィールのことを自分の子供同然に思ってるから、きっと二人を危険な目に遭わせたくないのよ。もしも私が同じ立場だったら、過剰なくらい保護的になると思うわ」

 

 モリーはハリーとフィールのことを息子・娘みたいに可愛がっている。

 前者はともかく、後者に対しては最初、兄弟二人を殺した死喰い人や闇の帝王・ヴォルデモートの出身寮と同じ寮に所属している関係で嫌悪感を持っていたが―――3年前、秘密の部屋関連の事件で一番の被害者となった娘・ジニーをハリーと共に救ってくれたことでフィールへの見方が変わったモリーは『娘の命の恩人』と心底感謝し、今ではすっかり温かく接するようになった。

 

「そうだけどさー………あんまりしつこいと、イヤになるぜ?」

「それでもよ。モリーさんは両親がいないハリーとフィールを気に掛けてるのよ」

 

 クシェルとロンは「あ………」となる。

 ホグワーツではそれぞれ『グリフィンドールの英雄』『スリザリンの女王』と人気が高いハリーとフィールだが、実は二人は悲惨な過去の持ち主なのだ。

 ………あの二人は、他の生徒には無い闇を抱えてるのだ。モリーはそれを気に掛けているのかもしれない。

 

「………ルーク、言ってたわよね。『昔のフィールは笑顔が多くて明るかった』『お母さんにべったりの甘えん坊さんだった』って。今でもちょっと信じられないけど………そういう娘だったフィールがあんなにも豹変したってことは、それだけフィールはショックだったってことよね。………今なら、どうして自分を大切にしないかの真意がわかる気がするわ」

 

 ルークから聞いた昔のフィールと現在のフィールを比較し、ハーマイオニーは暗い面持ちになる。

 

「………フィールは、自分が誰かの身代わりになるのが当たり前って思ってるのかもね。例え自分の身体が壊れても、大怪我をしても、心配してくれる人は誰もいないって思い込んでるから、危険に身を投じることに躊躇しない………」

 

 そこまで言ってハーマイオニーはハッとし、慌ててぎこちない笑みを作る。

 

「ごめんなさい、今のは忘れて」

「………ああ」

「………うん」

 

 ロンとクシェルは何とも言えない表情で、ハーマイオニーが言った言葉の意味を探る真似は自重して控えた。

 

「………止めましょ、この話は。今はハリーとフィールが仲直りする方法を考えましょ」

「そうだな、そうしよう」

 

 重くなった空気を払拭しようと、ハーマイオニーの最優先事項の提案に、ロンがパンと手を叩きながら賛成する。

 流石はムードメーカー的存在のロンだ。

 彼のおかげで、息苦しさを感じるほど重苦しかった場の雰囲気がガラリと変わった。

 

「どうやって仲直りさせる?」

「それを今から考えるのよ。最低でも、新学期に入る前には仲直りさせましょ」

 

 ロンとクシェルは、ハーマイオニーが座っているベッドに腰掛ける。クルックシャンクスの頭を優しく撫でながら、ハーマイオニーは思考をフル回転させた。

 

「まずハリーがフィールへ対してあんな発言をしたのは、どちらとも『あの人』から狙われているのに、1ヶ月間も親戚の家に居て何も知らされなかった自分と違い、此処で匿って貰っていたことに不公平さを感じてるから。これだけは決定的よね」

「でも、それは仕方ないだろ? ダンブルドアから『ハリーには何も伝えるな』って言われたんだからさ」

「確かにそうだけど、ハリーからすれば自分は除け者にされてるって捉えてしまうのよ」

「だね。それにフィーは騎士団の一員だけど、ハリーは騎士団に入れない。そういうのもあって仲間外れにされてるって思っちゃうんだよ」

 

 ハーマイオニーとクシェルの言葉に、ロンは難しい顔になる。頭ではわかるが、心では納得しづらいという感じだ。

 

「とにかく………ハリーとフィールは、闇の陣営だけじゃなく、魔法省からも異端児扱いされているわ。クシェルのお父さんやフィールの叔母さんが言ってたじゃない。『あの吸魂鬼は「あの人」が派遣したんじゃなくて、魔法省に勤めている誰かかもしれない』って」

 

 8月2日、午後9時23分。

 アズカバンから遠く離れたマグル界のリトル・ウィンジングでハリーは吸魂鬼に襲われた。

 吸魂鬼は魔法省が管理しており、彼等と手を組んでアズカバンの看守をしているが、ヴォルデモートが復活した今、既に数体は闇の陣営に寝返っているとの情報だ。

 しかし、まだ大半は闇の陣営に加担してない。

 英国魔法省に勤務するイーサンやエミリーは、もしかしたら自分達の勤務先にハリーを退学させるきっかけを作るためリトル・ウィンジングで彼を襲うよう命令した役人がいるかもしれないと、現在騎士団からの任務で調査中だ。

 

 ………実はリサーチしている二人には、もしかしたら『あの人』が派遣したのではないかと、粗方予測は立っているのだが。

 それを説明するには、ある出来事を片っ端から話さなければならないので、二人以外にも大体予想している人達は、暗黙の了解で胸の内側に仕舞って敢えて今は何も言わなかった。

 

♦️

 

 上階で三人が話し合っている一方―――。

 地下にある厨房もとい会議室では、数人の大人達が集まっていた。

 ライアンとシリウスは死喰い人を少しでも減らすため駆除しに危険を冒して出向き、イーサンとエミリーは魔法省で調査中、ライリーとクリミアは聖マンゴ魔法疾患傷害病院で前者が後者の試用期間を手伝っている等、各自諸事情がある彼らは此処には居なかった。

 

「早く二人共和解して欲しいわね」

「ああ………そうだな」

 

 万が一トラブルが起きた場合にすぐ動けるよう待機組のセシリアとルーピンは向かい合わせに座り、いつでも対処出来るようスタンバイしつつ、天井を仰ぎ見て顔を見合わせた。

 

「あの二人がケンカをするなんて予想外だから、ビックリしたよ」

「私もよ。あんなにも仲良しだったのに、大喧嘩するなんて驚いたわ」

 

 ルーピンとセシリアは同い年で学生時代は他寮の同級生という関係だ。

 当時、グリフィンドールの男子監督生とハッフルパフの女子監督生に選ばれた二人は5年時に知り合い、ハッフルパフ男子監督生に選ばれたライアンとはその前から知り合ってた。

 

「しっかし、ジェームズの子供とクラミーの子供が友達関係だって本人達が聞いたら、どんな反応をしたんだろうな」

 

 悪戯ばかりして素行が悪かったジェームズ。

 誰もが尊敬する超優等生であったクラミー。

 ジェームズがスネイプに理由の無いイジメをした時は先輩のクラミーが他寮の彼を窘め、同寮の後輩を庇ったことがしばしばあった。

 お世辞にも仲が良かった訳ではない二人だったのだが………その二人の子供は何故か仲が良いのだから、不思議な因縁があるものだ。

 

「きっと微妙な顔をしたでしょうね。ジェームズもクラミーも。リリーは喜んだと思うけどね。ジャックだったら………まあ、半々かしら?」

 

 セシリアは想像した光景を思い浮かべてひとしきり笑い、ルーピンも笑った。

 ………しかし、その笑みはたちまち消える。

 ジェームズもクラミーも………リリーもジャックも………皆、もうこの世には居ないのだ。

 大事な親友二人と大切な家族二人を失ったルーピンとセシリアは、重いため息を吐く。

 やるせない気持ちが渦巻き、気分が沈んだ。

 

♦️

 

 夕食時間には必ず顔合わせしないといけないのが、フィールとハリーにとっては辛いことで。

 美味しそうな料理を前にしても尚、二人は長テーブルの端と端でぶすくれた顔をしながら椅子に座って腕組みしたり、頬杖をついてる。

 険悪なムードが厨房全体に充満していて、そこに居座る人達は自然と無言だった。状況が状況なだけに誰も手をつけようとせず、中々食事が始まろうとしない。

 そんな雰囲気を和らげようとしたのか、

 

「おいおい、せっかくの楽しい時間なんだぜ? 辛気臭い空気はこの場に似合わないだろ?」

「そうだぜ。ほら、早く食べようぜ! 美味しそうな料理が俺達を待ってる!」

 

 フレッドとジョージがいつもの調子で明るく取り繕い、ホグワーツみたいにバイキング形式の大皿に盛り付けられたパンやソーセージを取ってガツガツ食べる。

 二人のおかげで幾分厨房内は和み、皆は内心で感謝しながら、彼らもそれぞれ食べたい料理を取り分け用の皿の上に載せて食べ始めた。

 フィールとハリーは黙ったまま、ジュースを半分ほど飲み、遅れて料理を口にする。

 ウィーズリーツインズを中心に賑やかに食事を進める一方で、テーブルの隅と隅が暗いのに堅苦しいことが大嫌いなフレッドが、頬張っていたパンを飲み込んでズバリ言った。

 

「お前ら、まだ仲直りしてないのかよ? お前らがそんなんじゃ、料理が不味くなるだろ」

「おい、フレッド、それは流石に―――」

 

 ウィーズリーツインズのフレッドとジョージは家族でさえ見分けがつかないほど瓜二つの外見だが性格には若干違いがある。

 フレッドは弟よりも行動的で積極的、ストレートに毒舌を吐くヤンチャな性格だが、ジョージは兄よりも冷静沈着で、周りを気遣う発言が多い温厚な性格だ。

 ジョージはフレッドがフィールとハリーに吐いた毒に慌てて宥めようとしたが、

 

「………わかった」

 

 部屋に戻る、とフィールとハリーはジュースを一気に飲み干し、ガタッと椅子から腰を浮かしてドアに向かう。

 皆唖然とする中、扉に近かったフィールが先に厨房を出ると昼間の仕返しとして、ハリーが出る前にバタンッと扉を閉めた。

 ハリーはイライラして小さく舌打ちしつつ、再びドアを開けて廊下を突き進み、階段を駆け上がった。

 

「フレッド、お前のせいで余計悪くなったぞ」

「オレは事実を言ったまでだ」

 

 そうは言うものの、フレッドはしかめっ面で唇を噛み締めていた。

 

「………やっぱ、もうちょい別の言い方をすればよかったかもな」

 

 今更後悔しても、済んだことは仕方ない。

 フレッドは少しシュンとして肩を落とした。

 

「ほっとけ、ほっとけ。しばらくすりゃ、アイツらも機嫌直るって」

 

 重い空気を吹き飛ばすようにライアンとセシリアの息子・ルークが笑い、双子の妹のシレンも「そうよ」と頷く。

 

「私としては、これでわかったことがあるわ」

「ん? なんだ?」

「フィールも些細なことで友達と喧嘩するようになったんだなあって。ほら、言うじゃない? 『喧嘩するほど仲がいい』って。お互いに興味や友情がなかったら、そもそも喧嘩しないわよ」

 

 些細かどうかは別として、シレンのポジティブ発言に、皆は「そうだな」とネガティブばかりな物事ではないと思うようにした。

 

「それはそうと………あの二人、全然食べてないじゃないか。お腹空いてるだろ」

 

 空になったグラスを見ながらルークが言う。

 15歳という食べ盛りの年頃なんだから、まだまだ空腹感は残っているはずだ。

 

「もう………意地っ張りな所、本当にクラミーそっくりだわ」

 

 ライリーが思わずといった感じに呟き、ライアンとエミリーも懐かしそうに苦笑する。

 

「ああ、フィールはクラミー姉さんの子供だ」

「やっぱり、フィールはお姉ちゃんの娘よね」

 

 亡き姉とその娘をオーバーラップした兄妹は、二人が心許した女性に頼む。

 

「ライリーさん、フィールをお願い出来ますか?」

「貴女なら、頑固なフィールも少しは耳を傾けると思うから」

 

 頭を下げて懇願してきた二人に、ライリーは少し考え込み―――「いいわよ」と頷いた。

 

「何処まで説得出来るかはわからないけど………私でいいなら、なんとかしてみるわ。ライアン、貴方はハリー君をよろしくね」

 

 去年エミリーが夏季休暇中に提供してくれた別荘で泊まった際、それぞれ夜の対談をした二人は椅子から立ち上がり、一対一で会話してみるとのことで、厨房から出ていった。

 

♦️

 

 コンコン。

 静まり返った5階の一室に、ノックする音が響き渡る。

 

「フィールちゃん、入るわよ」

 

 断りを入れて、ライリーはドアを開ける。

 ドアを閉めて中に入ると、大きなベッドに腰掛けるフィールをすぐに見つけた。

 ライリーは優しく声を掛ける。

 

「お腹空いてない? 大丈夫?」

「………………」

 

 返事はない。

 ずっと無言のまま、見向きもしない。

 軽く嘆息しながら、ライリーはフィールの前に来て上から見上げる形で視線を合わせた。

 

「………なんですか」

「フィールちゃん。ハリー君と仲直りしよ?」

「………そんな必要ありません」

「じゃあ、なんでそんな暗い顔なのかな?」

「………………」

 

 上手い口実が見つからず、口を噤む。

 沈黙をライリーは肯定と捉えた。

 

「ハリー君にもフィールちゃんにも、二人にはそれぞれ落ち度があるわ。自分の悪かった所を素直に謝ればいいのよ」

「………仲直りなんて、しなくていい」

「嘘が下手ね。私は昔から貴女のことを見てるのよ? 嘘ついてもバレバレよ」

「部屋から出ていってください」

 

 フィールはライリーの肩を押し出し、プイッと顔を背けた。頑なに歩み寄ろうとしない親友の忘れ形見に「やっぱりクラミーの娘だわ」と苦笑しつつ、ここで退くことはしなかった。

 

「こういうのは、どちらからでもいいから、普通に話し掛ければいいのよ」

「………気まずいから、無理です」

「このままだと、ハリー君と疎遠になっちゃうかもしれないわよ?」

「………え? いや、流石にそんなことでそれは………」

「フィールちゃんは今、『そんなこと』で悩んでいるのよ」

「あ………」

「フィールちゃんは魔女でしょ? 勇気も立派な魔法よ。だから―――」

 

 ライリーはフィールの頬を包み、

 

「頑張って」

 

 と言った。

 何故かその笑顔を見ていると、先程までの悩みが大分薄れた気がした。

 ということで、フィールはライリーと一緒にハリーが居る部屋まで向かった。ちょうどライアンが部屋から出てきたところで、「ナイスタイミングだ」と笑い掛ける。

 扉を開けた状態なので、ライリーはフィールの背中を優しく押し、彼女は深呼吸して部屋の中に入った。

 ここから先は二人だけにするべきだ。

 ドアを閉め、ライアンとライリーは階段を数段下りて二人が部屋から出てくるのを待った。

 

「………………」

「………………」

 

 二人きりの部屋で、微妙な空気が流れる。

 フィールの目の前には、視線を泳がせたり外したりと忙しいハリーが立っている。

 双方はなんとも言えない表情でその場に突っ立っていたが―――先に静寂な空間を切り裂いたのはフィールだった。

 

「ハリー、その………あの時、私の言い方悪くて………ごめんな」

 

 ハリーは眼を丸くした。

 まさか、フィールの方から先に謝ってくるとは予想外でビックリしたからだ。

 が、気持ちを切り替えたハリーは、定まっていなかった目線を、フィールの瞳に合わせた。

 

「………僕の方こそ、ごめん。君に酷いことばっかり言って………」

 

 それからハリーは足を進め―――フィールの目の前で立ち止まると、腕を伸ばして、彼女の背中に回した。

 

「………ハリー?」

 

 突然ハグしてきた彼へ声に驚きの色を滲ませながらフィールが眼を見張っていると、

 

「………もっと早く謝ればよかった」

 

 と、小さく呟いた。

 フィールは眼を細め………ハリーの背中に腕を回し返す。

 

「………そうだな。早く謝ればよかったな」

 

 ぶっきらぼうな口調だけど後悔している思いを読み取れるフィールの言葉に、ハリーは少し身体を離した。

 

「少し話してから、厨房行かない?」

「そうするか」

 

 わだかまりが解消され、二人は笑い合う。

 最後に仲直りしたという証明のハグを交わすと二人はベッドに座り、会話を交わす。くだらない話題から、クィディッチのことまで。

 そして、いつの間にか全身の緊張が解けたことと重なって話し疲れたのか、二人共横になって眠ってしまった。

 

♦️

 

 階段の数段先で、それぞれ二人を説得したライアンとライリーは首を傾げる。

 かれこれ数十分が経つが、未だに出てこない。

 不審に思い、軽くノックしてみたが、二人が出てくる気配はなかった。

 

「フィールちゃん、ハリー君、入るわよ」

 

 ゆっくりとドアを開け、部屋に入る。

 そこでライリーとライアンが見たのは、ベッドの上ですやすやと穏やかな寝顔を浮かべながら眠るフィールとハリーだった。

 

「………二人共、疲れて寝ちゃったみたいね」

「そうみたいだな………とはいえ、この状況はどう対処すればいいんだ?」

 

 年頃の男女が寄り添って眠る光景に、ライアンはどう反応すればいいのかと首を捻る。

 

「………仕方ないわね。起こすのも可哀想だし、数十分後にもう一度来ましょ」

 

 そう呟くと、ライリーは二人に毛布を被せ、部屋を出て行く。ライアンも「そうするか」と小さく頷き、扉をパタンと静かに閉めた。




【ダブル主人公】
ただいま大喧嘩中。

【同世代三人組】
ただいま会議中。

【吸魂鬼派遣の正体】
実は既に予想がついてるオリキャラ達。

【諸事情だらけの騎士団員】
ライアン&シリウス→駆逐してやる!
イーサン&エミリー→魔法省で隠密捜査
ライリー&クリミア→試用期間ヘルプ

【ライフィル】
作者的なライリーとフィールの愛称。
作者的には1、2を争う親世代と子世代をミックスした好きなパターン。

【ダブル主人公、仲直り】
ライアンとライリーのおかげ。

【まとめ】
今回は最終的に無事わだかまりが解消されましたの回。
次回からいよいよ学校生活に突入。
ただし割りとあっさり終わる可能性大。


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#70.波乱の予感

「アルバス………この状況をどう見ます?」

 

 9月1日、新学期当日の早朝。

 校長室には、副校長のマクゴナガルと校長のダンブルドアが居た。

 マクゴナガルは何かを耐えている表情で、ダンブルドアに問い掛ける。

 ダンブルドアは何を考えているかよくわからない無表情だった。

 

「魔法省………それも魔法大臣付上級次官の者がホグワーツの授業に干渉するのですよ。どう考えても、貴方達を追い出そうとするため、監視するのが目的でしょう」

 

 貴方達、とは―――ダンブルドア以外の者も指しているのを意味する。

 そしてその者は言わずともわかる、ハリー・ポッターとフィール・ベルンカステルだ。

 

「それに―――」

 

 マクゴナガルは感情を圧し殺した声で、喉から絞り出すように言った。

 

「8年前に起きたあの出来事を、ミス・ベルンカステルがあの女を見て思い出したらどうするのですか? あの女はショックのあまり、当時の記憶が吹き飛んでいるようですが……8月2日に吸魂鬼に襲われたミスター・ポッターを救出する際、少なからずとも接触したのでしょう?」

 

 吸魂鬼(ディメンター)は近くに居る人間に絶望と凋落をもたらし、魂を吸い取る他、最悪な経験や記憶を無理矢理甦らせる性質がある。

 そのため、2年前にホグワーツ城周辺を警護していた吸魂鬼がクィディッチ初戦で乱入してきた際に悲惨な過去の持ち主のハリーとフィールは影響を受けて箒から滑り落ちてしまった。

 辛い経験や記憶を持つ人ほど、彼らの攻撃には一般人よりも脆弱なのだ。

 

「そうじゃな。フィールが8年前に起きた悲劇を思い出すのも時間の問題じゃ。今の彼女には、仲間が傍に居る。彼らが彼女を勇気づける存在となれば、彼女は奥底に眠っている衝動に駆られたとしても、抑え込めるじゃろう。………全ての記憶を取り戻しても尚、自分自身を見失わなければの話じゃがな」

 

 そう、フィールは一部の記憶を失くしている。

 その記憶が戻った時、明かされる衝撃の事実にフィールは果たして耐えられるのだろうか。

 ダンブルドアは机の上の資料に眼を通す。

 その沢山の資料には、1991年にホグワーツ入学した生徒達の入学前の情報が個別にズラリと載せられている。

 

 中でも一番眼を引くのは―――殺人歴。

 当然ながら、まだまだ10代の少年少女には決して有り得ない情報だ。

 ………しかし、一人だけ。

 たった一人だけ、入学前に犯罪者となってしまった人物がいる。

 現場を見た者達によれば、あれは不慮の事故で仕方なかったことだとか。

 マクゴナガルも、その資料に眼を落とす。

 そこに書かれている人物名は―――

 

♦️

 

 今年、ホグワーツ特急に乗り込んだ少年少女達はなんだか暗い表情で空いていたコンパートメントに座り、気分転換になればと、お菓子を食べながら車窓を見るとはなしに眺めた。だがそれも、ある黒髪の男女が通路を歩いているのを捉えれば視線は自然とそちらに向かう。

 黒髪の男女―――ハリーとフィールのことだ。

 二人は魔法界から叩かれまくり、魔法省からは異端児扱いされている。それ故に注目を浴びてしまうのは無理もない。

 ハーマイオニー、ロン、クシェルは今年栄誉ある監督生に選ばれ、現在特別車両にて上級生からの説明を受けているところだろう。

 フィールはハリーとジニーと共にコンパートメントを探索し、運良く最後尾の場所で空の席を見つけたので、すかさずそこを押さえるべく扉をサッと開けてサッと閉める。荷物を荷物棚に押し上げ、椅子に深く腰掛けた。

 

「はぁ………疲れるな」

「うん………疲れるよ」

 

 フィールとハリーは周囲からの眼に精神的な疲労が蓄積し、ややぐったりとした。

 暗い気分を変えようと、フィールは甘いチョコレートを取り出し、ハリーとジニーにも渡す。三人はバリボリチョコを齧り、飲み込んだ。

 

「………フィール、君はこれからどうする?」

「さあ、な。とりあえず、ホグワーツに通う生徒全員がヴォルデモートの存在を信じてくれればそれでいい」

「うん………僕もそう思う」

 

 まずは、全員が完全に信じて欲しい。

 闇の帝王が復活を遂げ、再び惨劇を生み出そうと暗躍しているのを。

 だが、一体何人の生徒が現時点で信じてくれているだろうか。

 理屈ではわかっている。これは事実だし、紛れもない真実だ。

 けど、心では納得出来ず、恐怖心からヴォルデモートの蘇生を認めたくなくて現実から眼を逸らし、背を向ける。

 そうする人が大半だろうと、今年のホグワーツ生活は気が滅入りそうだった。

 

「………ダンブルドアは団結しろって言ってたけど―――」

「無理だな。ホグワーツに何人死喰い人(デスイーター)の子供が居ると思う? どれだけヴォルデモートの息が掛かった保護者を持っていると思う? もう、結束なんてことはほとんど不可能だ。こんな状況で結束したところで裏切られるのは明白だな」

 

 辛辣だが、尤もな意見であり現状を表した発言だった。フィールが言った通り、現実は土台を固めるにおいてその土台には亀裂が入り込んでいるのも同然。その上から重量級の物がのし掛かってくれば呆気なく崩れ去っていく。

 

 まさにこれが酷すぎる状勢。

 腐敗し停滞していく魔法界。

 一言で言えば、終わりに近いだろう。

 今、この間にも、ヴォルデモートは着々と陰謀が進行しているのだから。

 

「ただいま………」

 

 約1時間後、コンパートメントの扉が開き、酷く疲れた様子でハーマイオニー達三人が帰ってきた。三人は今までのことを話し、三人はそれを黙って聞く。

 

 グリフィンドールの監督生はハーマイオニーとロン。

 ハッフルパフの監督生はアーニー・マクラミンとハンナ・アボット。

 レイブンクローの監督生はアンソニー・ゴールドスタインとパドマ・パチル。

 スリザリンの監督生はクシェルとドラコ・マルフォイ。

 

 今年からの新しい監督生はそんな感じだ。

 ハリー達はスリザリンの男子監督生がマルフォイと知り、心なしか嫌そうな顔になった。

 

 しばらくは他愛もない話で場を和ませていたのだが、それは唐突に終わりを告げられる。コンパートメントの扉が開き、全員がそちらを見てみるといつもの取り巻き二人を連れたマルフォイが立っていた。

 

「何か用かい?」

「挨拶は礼儀正しくだぞ、ポッター。さもないと罰則を与えるぞ?」

 

 ハリーがマルフォイに突っ掛かり、マルフォイはそんなハリーに薄ら笑いを浮かべる。

 くだらないな、と誰もが思った。

 

「気を付けることだな、ポッター。僕は君が規則を破らないか、犬のように追い掛け回すだろうからね。―――そうそう、ベルンカステル。君にも一つ言うことがあった」

 

 マルフォイはフィールの前に来て、言った。

 

「父上からの伝言だ。『もう一度チャンスを与えてやる。次に交渉決裂となれば、それはお前の命の糸が切れた瞬間だ』とな」

 

 それだけ言うと、マルフォイとゴリラ二人は今度こそ立ち去った。

 マルフォイからの伝言。

 父親のルシウス・マルフォイからと言うよりはヴォルデモートからの伝言と捉えるのがこの場合は正しいかもしれない。

 しかし、もう一度チャンスを与えてやるとは。

 アイツは意外と強欲なヤツだな、と思った。

 

「フィール、今のって―――」

 

 ハーマイオニーが困惑したように恐る恐る話し掛けてくる。彼女達も、ヴォルデモートがフィールを狙っているのは知っている。そして、一度ヴォルデモートは、自分の腹心にならないかと死喰い人勧誘してきたのも聞いている。

 

「即行で断るな。アイツらの恐怖政治開幕の手伝いなんて、誰がやるかっての」

 

 私を誰だと思っている?

 あの闇の帝王に真っ先に反発したエルシー・ベルンカステルの孫なんだぞ。

 そう言ったフィールに、皆は安心したような笑みを浮かべた。

 

「そうよね………貴女が私達を裏切るなんてことはしないわよね」

 

 ハーマイオニーは微笑む。

 皆も微笑みを向けている。

 その時フィールは、心に何かが突っ掛かり、笑みを浮かべられなくなった。

 

 ―――自分は何かを忘れていないだろうか?

 

 何故かそう………思ってしまったのだ。

 どうにも覚えてないのを、一つ確かに覚えている………そんな感覚に陥り、フィールはこめかみに手を当てた。

 

♦️

 

 大広間では例年通り、新入生の組分けが行われたのだが、今年のそれは、去年までとはまるで違った。年々歌詞は微妙に違うのを皆は知っているが、今まで警告染みた歌などは一度たりとない。

 1年生はこの異常事態に気付いていない。

 が、在校生は騒然とし、隣同士で意見交流を交わしている。

 フィールとクシェルも例外ではなく、グリーングラス姉妹も交えて険しい顔付きで先程の歌詞の警告について話し合った。

 

「お姉ちゃん、今のは………」

「ええ………どう見ても呼び掛けね。『例のあの人』に対する」

 

 グリーングラス姉妹―――ダフネとアステリアはスリザリンに所属する生徒でも数少ない反純血主義者だ。二人の両親は死喰い人ではないことから、まともな名家だと言える。

 

「フィール、貴女はどう思う?」

「どう思うって、そのままだろ。―――危機が迫っている、だから内部で団結し合え。………私としては、そんなの無意味に等しいけどな」

「そうね………所詮はムダな行為だけど、そうでもしないと、本当に崩れ落ちていくのよね。既に陥落してるようなものだけど」

「親の中には、今年ホグワーツに行かせたくないって考えてた人もいたみたいだよ。汽車の中でそう言ってたのを聞いた」

「ダフネとアステリアの両親はどうしたの?」

「………うちの親も最初は反対したわ。それに、フィールとも関わろうとするなって」

「でも、フィールさんが嘘を言うような人じゃないって口喧嘩になったんだよね、お姉ちゃん」

「まあね。フィールが冗談で闇の帝王が復活したなんて言う性格じゃないのは知ってるし。それに新聞も新聞で怪しいわよ。読んでみた感想としてはフィール達が言っていることを信じさせないように圧力掛けて報道してるっていう感じが駄々漏れだわ。………まあ、それをどうやら真に受ける馬鹿がいるようだけど」

 

 フィールと視線が合うと慌てて顔を背ける人達を横目に、ダフネは馬鹿馬鹿しいと言わんばかりに深くため息をつく。グリフィンドールのテーブルに眼を向けてみると、ハリーも似たような体験をしている。お互い大変になりそうだと、同情の眼差しを送った。

 その後は歓迎会パーティーとなり、生徒達は一斉にご馳走にかぶりつく。食事中の時だけが警戒心を緩ませるのを許して貰えるが、フィールの胸中はギリギリと鎖に締め付けられている気分で手が動かせなかった。何か食べないと、と思ってもまるで『凍結呪文』が掛けられたみたいに、意識や思考は残りつつ、身体が一切動かせなかった。

 

「フィー? どしたの?」

 

 さっきからフリーズしている友人に、クシェルは肩に手を置きながら声を掛けた。

 

「………食欲沸かない」

「でも、何か食べて。貧血になって倒れるよ」

 

 クシェルにそう言われ、ようやくフィールは料理に手を伸ばして口にした。が、相変わらず鬱屈とした気持ちは晴れなかった。

 

 食事の時間も終わり、ある意味恒例の新任教師の紹介が行われた。恒例というのは、毎年『闇の魔術に対する防衛術』の担任が変化するからなのだが………。

 今年新しく入ったのは、二人。

 一人は騎士団の任務で長期不在のハグリッドに成り代わって前任の『魔法生物飼育学』の教師グラブリー・プランク。

 空席の『闇の魔術に対する防衛術』の担当はドローレス・アンブリッジという、魔法省勤務の魔女だった。

 ピンクのカーディガンを羽織り、女の子のように甘ったるい甲高い声で話す、ガマガエルみたいな顔をしたブサイクなババアだ。耳障りな声と咳払い、そして彼女が語った内容に、大広間からはせっかくの一時的に払拭された雰囲気が逆戻りされた。

 

 途中から聞く価値ないなと私はそれを右から左に受け流す的に聞いてはいなかったのだが、まあ簡単かつ簡潔に言えば、無能で馬鹿な魔法省がホグワーツの教育や運営に干渉してくる、とのことだ。

 それを聞いたホグワーツ生大半と教師。

 一言で言おう。さっさと出ていけ、だ。

 何が悲しくて、これ以上魔法省から邪魔をされなければいけないのだろうか。最早コイツらは散々蹴散らした方が手っ取り早い話ではないかと思っても問題ないくらいだ。

 

「…………………………」

 

 アンブリッジの顔がよく見えた瞬間。

 フィールの頭の中で、ナニカが弾け飛んだ。

 高ぶる感情に、頭が、心が、魂が、飲み込まれていく。

 そう………その感情は、『殺意』。

 今すぐにでも息の根を止めたくなるほど―――胸が焼けるように熱くなる。

 脳裏の片隅に………あの夜、吸魂鬼によって吸い寄せられた同じ場景が浮かび上がった。

 

 

 

「………………フィー、ル…………」

「………………………………………」

 

 降り注ぐ冷たい雨が、視界を歪める。

 クリミアの、絶望に染まった声を無視して、自分は震える足を何処かへ進める。

 目の前には………魂を喰らう生物によって死よりも酷い姿に変えられた―――廃人へと変わり果ててしまった、銀髪の小さな少女。

 母親と同じ神秘的な光を宿していた紫瞳からは生気を全く感じられず、その白い肌に触れてみれば恐ろしいくらい………体温が全くないのを否が応でも現実味に突き付けられた。

 自分の腕の中には、自分と瓜二つの少女。

 治る見込みは最早皆無の、魂を喰われた者の末路を辿ってしまった女の子だ。

 頭がガンガン痛くなり、喉がカラカラになる。

 自分のことでさえ、わからなくなった。

 

 

 

 アンブリッジの演説後は例年通りのクィディッチについての説明等が施され、今夜はお開きになった。

 1年生の引率係も監督生の仕事の一つなのでクシェルは一足先に席を立ち、マルフォイと共に案内しに行った。他の在校生は後から寮に戻るので少し遅れてから大広間を出ていく。

 クシェルが居なくなった後はダフネとアステリアがフィールの傍に居てくれた。

 周りからの一層強くなった視線に今のフィールは居心地が悪いだろうと、自分達も自然と注目される事を厭わずに支えてくれた2人には感謝しかない。

 フィールは最後まで無表情を貫き通し、寮に帰ってくるとグリーングラス姉妹に「ありがとう」と礼を述べたら談話室に居た生徒達の疑惑と困惑に満ちた眼差しから逃れるべく、真っ先に自室に向かう。

 

「………ッ!」

 

 バタンッとドアを閉め、フィールはヨロヨロと歩んでいくが………壁に激突し、ふらついた。

 壁に手をつくが、ずり落ち………また手をついてはずり落ちてを繰り返していく内に、フィールは堪えていたどす黒い感情が溢れ反った。

 

 

 監督生の仕事を終えてきたクシェルはすぐに部屋に戻った。扉を開けて中に入ってみると、フィールが床で寝転がり、頭を抱えていた。

 

「フィー、大丈夫!?」

 

 クシェルは駆け寄り、肩を軽く叩いた。

 意識はあるようだが………なにやら、フィールはさっきからずっと呟いている。

 

「……………やる………アイツを…………」

「え………?」

「殺してやる………この手で、私の手で!」

 

 物騒な譫言にクシェルは戸惑ったが、

 

「フィー? フィー? しっかりして!」

 

 これは尋常ではないと判断し、肩を激しく揺さぶった。フィールは何かに耐えているようで、その額や首筋には嫌な汗が滲み、敵意を剥き出しにした犬歯が見えるくらいだ。

 

「そうだ……私………私が………あの人を………だけど……それ以上に………アイツらが憎い!」

「フィー! 私のこと、わかる!?」

 

 クシェルが声を張り上げると―――ハッとフィールは挙動停止し、荒く息をついた。朧気な瞳で上から見下ろすクシェルを見上げる。

 

「はぁ………ぁぁ………クシェ………ル……?」

 

 苦痛に歪んだ顔で疑問符を浮かべるフィールにクシェルは混乱した。

 

(一体何だったの………? 殺してやる? 私があの人を? アイツら? ………さっきみたいなフィーは………初めて見た………)

 

 なのに、今のフィールは―――普段と変わらない様子で、こちらを見ている。

 先程チラッと見えた鬼神のような形相の面影は何処にもなく、疲れ果ててぐったりとした女の子の表情になっていた。

 

「私………なんて………言ってたんだ……?」

「え………?」

「……何を喋っていたか……わからない……」

 

 半身を起こし、額に手を当てて息をつく。

 その様子からして、嘘をついてるようには見えなかった。

 

(まさか、記憶が吹き飛んでいる………?)

 

 状況から見て、それしか有り得ない。

 物覚えがいいフィールがそんなになるなんて、かなりの異常事態だ。

 

「えっと………その………なんて言うか、フィーが言うような言葉じゃなくて、私も初めて見た姿だった………」

 

 しどろもどろになりながらそう伝えると、

 

「………そうか」

 

 と、フィールはふらふらと立ち上がった。

 

「………ごめんな」

「いや………そんな、謝らないでよ。フィーは悪くないんだから」

「………………もう、寝る」

 

 フィールは自分のベッドに向かおうとしたが、そこで慌ててクシェルが腕を掴む。

 

「………なんだよ?」

「あ、その………あのさ、フィー。今日は一緒に寝ない?」

「は? いきなりなんだ?」

「だって……なんとなくだけど、一人で寝たら、貴女はきっと嫌な夢を見そうだなって。だから二人なら、大丈夫かなって」

 

 フィールはちょっと訝しい眼差しでクシェルの瞳を見つめていたが………彼女の言う通りになるかもしれないと、これまでの出来事を重ねて一つの結論を出す。

 額に滲み出た脂汗を拭い、ローブとカーディガンを脱いでネクタイを解くと、自分のベッドに放り投げた。

 それはイコール、了承と言う意味だ。

 

「………いいのか?」

「うん………いいよ」

 

 グッと、腕を掴む力を込めるクシェル。

 フィールはどこかクシェルにすがりたくなる気持ちに駆られ………気付いた時には、彼女の背中に腕を回していた。

 

「え、ちょっ………?」

 

 クシェルはまさかフィールの方からハグしてくるとは思わなかったので、ビックリしてしまった。明るい翠眼を見張っていると、

 

「…………クシェル………」

 

 消え入りそうな声でフィールが呟いた。

 

「私は………貴女達がいなくなったら、生きていけない………貴女達がいないと、私は―――」

「フィー………?」

 

 フィールの腕の中にいるクシェルは、そっと声を掛ける。あのフィールがこんなことを言ってくるなんて、余程の理由があるのだろうか。

 どう返答すればいいかわからず、そのまま抱かれた状態でいると、フィールが身体を離してじっと顔を見てきた。

 

「………あのさ、クシェル」

「え、なに?」

「………一つだけ、約束してくれない?」

「約束?」

「………私、多分これからも、こういうことが起きると思う。なんとなく、そう感じる」

 

 こういうこと。つまりは、先程記憶が吹き飛んだ事態を指しているのだろう。

 

「………私はね、何か大きな記憶を忘れているんだと思う。………それを思い出した時、私は私でいられるかわからない。もしかしたら、貴女達を傷付けるかもしれない。………その時は、私を突き放して。じゃなかったら、私は貴女達を永遠に傷付けてしまう」

 

 フィールの語った内容に、クシェルは一瞬思考が停止した。が、彼女の言った意味を理解すると怒った顔で睨み付けた。

 

「ごめん。悪いけどそれは約束出来ないよ。過去の貴女に一体何があったのか、私には分からないけどこれだけはハッキリ言える。貴女がどれだけ私を冷たく突き放しても、私が貴女を突き放すなんて真似は、死んでもやらない」

 

 クシェルはフィールの頬に手を当てた。

 

「疲れとストレスが溜まりすぎて、精神的にイライラしてるんじゃない? だから、そんなことを言っちゃうんだよ。ほら、早く寝よ?」

 

 ………フィールにはわかっていた。

 今のはわざとはぐらかすために言ったその場しのぎの言葉なんだと。

 だけど、敢えて蒸し返すことはしなかった。

 

「………そう、かもな。………早く寝るか」

 

 フィールはクシェルの手に自分のそれを重ねて力無く笑う。

 クシェルは冷たい手の感触に笑みが何処かに消え去り、心配そうな表情になった。

 

♦️

 

 静まり返ってる、スリザリン女子部屋。

 正確な時刻は不明だが、暗さと静けさから、まだ夜中であるとは辛うじてわかる。

 静かな寝息だけが聞こえるこの部屋の中で、ある物から、人の魂らしき気配が生まれる。

 

《………フィール》

 

 その者は、ぼんやりとシルエットが浮かび上がる二人の少女の内、黒髪の彼女に思い入れがあるようで、闇の空間から境界線に存在した。

 

 

 

《どうやら、記憶を取り戻す時が来たようだわ。貴女が全てを思い出した日、わたしは貴女に会いに行く。………だからその日まで、どうか辛い学校生活を耐え凌いで。貴女は独りじゃないんだから》

 

 

 




【校長と副校長の会議】
なにやら物騒な話題。
詳細は後程。

【寝坊はしませんでした】
そりゃ沢山大人が居たので爆睡の皆さんはそれぞれ保護者に叩き起こされました。

【監督生】
スリザリンの女子監督生がクシェルになった以外変化はありません。本来だったらフィールが監督生になっただろうけどそうじゃないのはハリーと同じ。

【ネビルナはどした?】
さあ? 多分どっか別のコンパートメントに居て仲良くなっているんじゃないでしょうか? だって流石にあの大人数はコンパートメント一室じゃ収まらないし入りきらないでしょう。

【マルフォイからの伝言】
なんだかんだで強者のフィールを自分の陣営に取り入れて腹心にしたいヴォルデモート氏。当然だがオリ主が闇の陣営に行ったら物語は終わってしまう。

【ブサイクなババア】
アンブリッジのこと。
実際ハーマイオニーもババアと言ってたし問題ない。

【大雨の場景】
久々にあの人の話題が登場。

【物騒な譫言を呟くフィール】
なんだか爆発寸前の爆弾。

【いよいよあの人も始動?】
あの人の正体がハッキリするのは、フィールが全ての記憶を取り戻した時。

【まとめ】
今回は学校へレッツゴーの回。
次回、いよいよセドリックへの告白の返事回。


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#71.DA(ダンブルドア軍団)SS(スリザリン戦隊)

DAに並んでもう一つの軍団誕生&セドリックへの告白返事回。

※7/1、SSの意味変更。どうしてもこれの上手い軍名が決まらないのが辛い………。


 5年生になったフィール達は学年末にOWL(ふくろう)試験を控えているため、どの授業も例年にない厳しさが増長し、苦しめられている。

 そして今から2年後にはホグワーツが授与する最高の資格テストNEWT(いもり)試験が待ち構えているので、この時から気が滅入りそうだ。

 ………その中でも、特にこれはないと思う授業はあるものだ。

 それは、ドローレス・アンブリッジが担当する『闇の魔術に対する防衛術』だ。

 実践を不要とし、理論だけで十分だと言うアンブリッジの言い分はさっぱり意味がわからない。

 一言で言えば、『論外』が相応しい。

 防衛術は、基本的に実技がメインの教科だ。

 根本的な理論を知るためには座学も確かに大切だろうが、何よりも必要なのは、実際に動いて経験を積み重ねることだ。

 

 本を読んで沢山の知識を得たところで、結局は覚えたそれらを魔法という形にしてどんどん活用していかなければ、いつまで経っても宝の持ち腐れなのだから。

 しかし、スリザリン生の大半はアンブリッジが実践を教えないことを大歓迎していた。死喰い人で尚且つ闇の帝王の部下の保護者を持っているからだろう。

 自分達に対抗する力を教えないのだから、今後は闇の陣営側が有利な状況になりやすい。これはもう、間接的に魔法省は闇の陣営に協力しているのも同然だ。

 本当に、何故コーネリウス・ファッジが魔法大臣という最高地位に君臨しているのか、疑惑の眼を向けてもおかしくない。純血思想と権力欲に取り憑かれた者は、さっさと引退してくれればどれだけいいだろうかと強く思った。

 

 この数日間、ハリーとフィールは散々な学校生活を送っていた。前者はヴォルデモート復活を信じないアンブリッジに反発して書き取りという罰則を受け、後者は何を言われてもガン無視していたのだが、逆にその嫌味な態度が彼女の逆鱗に触れたらしく、結局は彼と同じ罰則を受ける羽目になり、解放された後で互いに愚痴や痛みを共有した。

 しかもハリーは罰を貰ったせいでクィディッチメンバーの選抜に出られず、キャプテンになったアンジェリーナ・ジョンソンがカンカンに怒ってガミガミ叱られてしまい、更にブルーな気分になった。

 書き取り罰則は毎晩、アンブリッジの部屋で行われた。加えて、それが普通じゃない。拷問道具と言っても過言ではない羽ペンで羊皮紙に文字を書くと、その書いた文字が手の甲に刻まれて浮かび上がるのだ。最初は刻まれたら治る程度だったものが、日を重ねていく度に傷痕となって手の甲に残存するようになった。

 

 痛みは人の心を病む。

 大量の宿題が出されるこの時期に夜中に呼び出されて数時間も居座らるよう命じられ、帰ってきら課題消化に追われるという、身体的にも精神的にも蝕まれる日々に、ハリーとフィールはストレスのボルテージが最高潮にまで達した。

 

「もう………限界だ………」

 

 アンブリッジの罰則がようやく終わり、スリザリン女子部屋に帰ってきたフィールはふらふらな状態で壁にズルズルともたれ掛かり、ペタンと座り込んだ。

 

「……大丈夫?」

「………………」

 

 弛く首を振るだけで、何も答えなかった。

 顔を上げる気すらなくて、フィールは押し寄せてきた眠気に傷だらけの精神が飲み込まれ、フッと瞼をおろして気を失ってしまった。

 

「………よく耐えたね、偉い偉い」

 

 規則的な寝息を立てて深い眠りに落ちたフィールを誉めながら黒髪を撫で、彼女を抱き上げてベッドまで運ぶ。体格差は然程変わらないのに軽々と持ち上げられるのだから、フィールは身長と体重が比例していない。

 ベッドの上にそっと寝かせ、夢の世界に居るのに険しい顔付きのフィールの寝顔を見て、クシェルは頬に掛かる髪を指先で払い除けながら眼を細めていると―――コンコン、とドアをノックする音が静かな室内に響いた。

 ビクッとクシェルは反射的に顔を向け、一瞬で強い警戒心を抱く。なんとなく、杖を片手に持ちながらゆっくりと歩いていき―――軽くドアを開けてみると、

 

「クシェル、私よ私」

 

 同級生のダフネだった。

 杞憂に終わったクシェルはホッと安堵の表情を浮かべる。

 

「なぁんだダフネか………」

「なによ失礼ね。アンブリッジじゃないわよ」

 

 口を尖らせるダフネは肩を竦めつつ、ドアの隙間からベッドで横たわるフィールを認め、そっと尋ねた。

 

「………フィール、今、どうしてる?」

「疲れて寝ちゃったよ。明日から休みだし、ゆっくり休ませようと思う」

「………そう。なら、明日の夜にするわ」

「え? フィーに何か用あったの?」

「ええ、大真面目な用よ。それには、フィールが絶対必要なのよ。詳しい話は明日話すわ。おやすみなさい」

「え、あ、うん、おやすみ」

 

 ドアをパタンと閉め、クシェルは首を傾げる。

 フィールに大真面目な用とはなんだろうか。

 クシェルは具体的な用事が思い付かず、疑問符を浮かべて首を捻るが、明日になれば教えて貰えるのでそれまで待とうと、踵を返した。

 

♦️

 

 翌日、夕食を食べ終えた後。

 フィールとクシェルは、7階にある空き部屋までダフネに連れてこられた。そこには何故か男女問わずスリザリン生が既に数十人近く居て、椅子に座って此処で待っていた様子だ。よく見てみれば、3年前、ハロウィーンの日に純血じゃないとカミングアウトしたスリザリンでは少数の混血の生徒達だった。

 

「ダフネ、どういうことだ?」

 

 疲労が蓄積して夕刻近くまで爆睡していたフィールは訳がわからず、怪訝な顔でダフネやスリザリン生数十人を見たり来たりする。

 

「勿論、それを今から説明するわよ」

 

 ダフネはフィールを皆の前まで連れていき、部屋全体に『遮音呪文』等を掛けたら、こちらを見る人達を見回した。

 

「それじゃ、早速本題に入るんだけど。此処に居る人で、ドローレス・アンブリッジ否定派は手を挙げてちょうだい」

 

 ダフネの問いに、全員がスッと挙手する。

 勿論、ダフネ本人もだ。

 

「そうよね。じゃなかったら、此処に居る訳がないから。あの女は教師になんて向いてない。それはもう、わかってるわよね?」

「うん、あのガマガエルババアは居るだけムダなヤツだし、鬱陶しいだけだ」

「右に同じ。早くホグワーツから出て欲しいって思うわ。じゃないとストレスだけがどんどん溜まる」

 

 ダフネの言葉に賛同する人達は口々に我慢してきた愚痴を溢す。

 つい最近、魔法省はホグワーツに新たな職務を取り入れてきた。

 『ホグワーツ高等尋問官』………ホグワーツの教師を検察し、場合によっては停職・解雇する権利を持つ役職だ。そしてその初代高等尋問官に選ばれたのが、かのアンブリッジである。

 ちょっと騒がしくなったのでダフネが片手を上げて制し、冷静さを取り戻させると、

 

「アンブリッジが教師である以上、私達は本当の意味で防衛術を学べない。このままじゃ、いざ『例のあの人』が動いた時、手も足も出ないで殺されてしまうわ」

 

 『例のあの人』………つまりは、ヴォルデモートを指している。遠回しの言い方で闇の帝王を話題にしたことから恐怖で震える人が何人も見られた。だが、そのような反応をするということは、復活したのを心底信じている者だからこそだと、フィールは鋭く見抜いた。

 

「だからね、私、思ったのよ。授業で学べないっていうなら、自主的に学んだ方がベストだって」

 

 名案とばかりにダフネは言い切り、スリザリン男女全員が「確かにそれが一番だ」と大きく頷いて賛成する。

 

「でもさ………ダフネ、私達にそんな難しいことが出来るの?」

 

 一人の生徒が質問し、他の皆も注目する。

 

「勿論、出来るわよ。要は私達にちゃんとした技術を教えてくれる人がいればいいんだから」

「え、でも、誰が?」

「決まってるじゃない。学年首席を務め、去年は上級生を凌いで三大魔法学校対抗試合で最年少の選手となり、尚且つ『例のあの人』と対戦して生還したっていう―――」

 

 その言葉に、全員の視線が「まさか………」と驚愕しながらダフネを見る黒髪蒼眼の少女に向けられた。

 

「フィール、貴女に先生役を頼みたいのよ」

 

 ダフネの爆弾発言にフィールは眼を見張る。

 

「私が? 先生役?」

「ええ、貴女ほど適役はいないわ。だって、そうでしょ? 私とクシェルに実技を教えてくれて、私達を『守護霊の呪文』が有体で呼び出せるくらい強くさせてくれたのよ?」

 

 高位魔法の『守護霊の呪文』をクシェルとダフネに教えたのは、他でもないフィールだ。彼女の教え甲斐もあり、二人は各自実体化の守護霊を創り出せるほどに成長した。

 

「え、ダフネ、そうなの?」

「マジ? あのスッゴい難しい魔法を?!」

 

 初耳の生徒はより一層フィールに注目する。

 プロですら創出出来るのはほんの一握りしかいないのに、学生の身分で―――それも二人を有体化の守護霊を呼び出せる一人前の魔女として輩出させたのが目の前に立っている学年首席様であるならば、キラキラした瞳で見つめるのも無理はない。

 

「じゃあもう、ベルンカステル以外適任なヤツいないじゃん!」

「うんうん、私もそう思う!」

 

 次々とフィールを教師として推す人続出。

 フィールは困惑した表情で、期待の眼差しを向けてくる彼ら彼女らを見渡した。

 

「お姉ちゃんがいつもフィールさんのことをスゴいって言ってたけど………話に聞いてた通り、本当にスゴいね!」

 

 アステリアがさらっとグリーングラス邸に帰宅したら姉がいつも同僚同輩の話を家族にしてるってバラすと、

 

「リア! お口チャックしなさい!」

 

 ダフネはそれまでのキリッとしてた表情が一瞬で消え失せ、アステリアを小突いて頬を紅く染めた。

 他の皆も、ダフネの変わり様に場が和んで微笑みに包まれる。

 

「ってことでフィールさん、これからもお姉ちゃんをよろしくお願いね」

「え? まあ、うん、わかった」

「そこは『わかった』って言わなくていいわよ!」

 

 ダフネはアステリアの口元を押さえるが、ジタバタ抵抗した妹はサッと姉から離れてフィールの後ろに隠れる。

 

「あれ? お姉ちゃん、言ってなかったっけ? 最初は無愛想な同級生だなって思ってたけど、関わっていく内にフィールさんの意外な一面見られて―――」

「それ以上余計なことは言わないでちょうだい!」

 

 ダフネは妹を怒鳴る。

 何故そこまでして遮るのかがよくわからず、皆は不思議そうな顔で首を傾げた。

 

 さて、それはさておき―――。

 味方は多いに越したことはない。

 反アンブリッジ派でヴォルデモートの存在を信じ、かつ死喰い人の保護者を持たぬスリザリン生を信頼し受け入れなければ、待っているのは内側からの崩壊のみ。

 それを差し引いてでも、彼ら彼女らは恐怖心を少なからず抱きつつ来るべき時に備えようと自分なりに奮闘している。

 ならば、防衛術を教えよう。

 その資格がこの人達にはある。

 そして、だからこそ。

 

「これから話す約束を守る人のみ、私は身を護るための技術を教える」

 

 よく透き通るが、その声にはこれまでにない重みが滲み出ている。皆は一斉に座り直し、彼女は静かに語り始めた。

 

「皆もわかっているはずだ。私達がこれから行おうとするのが、一体何なのかを。魔法省に勤める人間の眼を掻い潜って内密に活動する、いわば反逆者の集いだ。故に、この場に居る全員にハッキリ伝える。―――心底戦う意志のある者にしか、私は教える気はない。面白半分で活動したところで、それは無駄になるだけだからな」

 

 そして、とフィールは鋭い眼差しを向ける。

 

「このことを密告した者は………どうなるか、わかっているな?」

 

 冷たくて低い、それでいて、恐ろしいくらいに威厳ある声音。それを、15歳の若い女の子が発しているとは信じがたく、一部の生徒は冷や汗を流した。

 

「裏切り者ほど、その後そいつのことを信頼することは出来ない。闇の陣営がいつ動くかわからない現状の中、本来ならばそれに対抗するための技能や対処法を教えるはずの教師は頑なにヴォルデモートの復活を信じず、挙げ句の果てに座学オンリーの無意味な授業を押し通す。だから自分達で自主的に活動するんだろ? もしも邪魔をする気が少しでもあるっていうなら、今すぐ出ていけ。そんなヤツが居たってただの足枷になるだけだ」

 

 シン………と静閑に覆われる空き部屋。

 フィールの言葉の一語一語に、重すぎるほどの圧力が掛かっている。

 団体でアクティビティーをするというのは、すなわち連帯責任が付き物だ。大なり小なり、団員には責任という荷物を抱えることになる。

 それを最後まで貫き通す覚悟はあるか?

 フィールはそれを尋ねているのだ。

 ちょっとでも途中辞退出来ると考えているヤツになど、自分の身を護れるはずがない。

 

 だから、フィールはストレートに伝える。

 辛辣で、あんまりで、それでいて、共に立ち向かう覚悟と勇気がある者には、最後まで付き添うと。

 自分と、自分が護りたい人のために戦う強さを手に入れたい。

 

 その想いを、どれだけ繋げられるか。

 その決意に、どれだけ賭けられるか。

 

 スリザリン生は、深く思案する。

 ここが、自分達の人生の分岐点になると。

 勝つか負けるか。そんなレベルではない。

 生きるか死ぬか。最早、そういうことだ。

 何もしないでただ終わりを迎えるのか。

 抗い続けた末に命が果てるのが本望か。

 

「既に戦いはジリジリ迫ってきてる。今はまだ、停戦期間中に過ぎない。近い将来には、血みどろな血戦の日を迎えるだろう。そこで私達に与えられるのは『死』か『生』の二択だ。………相手は私達を殺す気で掛かってくる。躊躇なんてしてたら、自分や仲間が殺されていくだけ。戦う意志のないヤツが引き金に指を掛けても、迷いを振り切れずに撃てなくてその隙に敵に撃ち殺されるという意味だ。戦場に立ったら、その瞬間から殺す気で掛かれ」

 

 想像してみろ、とフィールは続ける。

 

「自分の目の前で、家族や友達が死喰い人達に拷問され、殺されかけている。助けるには、お前らがそいつらを討伐していくしか方法はないぞ」

 

 そう、もう迷っている暇などないのだ。

 相手が殺戮する気なら、こちらも同様、殺戮し返す気で返り討ちにしなければならない。

 決断を迫られる少年少女達は、ある一つの結論を出した。

 

「………最後に問うぞ」

 

 フィールは、自分を見るスリザリン生全員に向かって最終チェックをする。

 

「―――戦意喪失したヤツは、さっさと此処から出ていけ」

 

 しかし―――誰も出ていかない。

 それはイコール、リタイアしないとのことだ。

 

「………本気か?」

「ああ………本気だ。ベルンカステル、俺達に防衛術を教えてくれ」

「ちょっとまだ怖いけど………でも、逃げてる時間なんてないから」

 

 恐怖の色はまだ完全に拭えていないが、離脱する気配は感じ取られない。フィールはそれまでの表情を変えて、深く息を吐いた。

 

「………意外と皆度胸あるんだな。見直したよ」

「お前ほど肝の据わったヤツはいないだろうけどな」

 

 一人の男子生徒がそう言い、皆も頷く。

 とにかくこれで、一つの蛇寮の団体が組み上げられた。ここから先は、既に予定を立てていたらしいダフネが進行する。

 念のため、リーダーは誰にするかとの問い掛けには、満場一致でフィールを推したのでこれで正式な総司令官は決定事項となった。

 

「それじゃ、今度は会合の名前を発表するわ」

「え? もう決めてたのか?」

「当たり前じゃない。で、会合名は―――」

 

 ダフネは口角を上げ、高らかに発表した。

 

 

 

「―――スリザリン戦隊の頭文字を抜き取って『SS』なんてどうかしら?」

 

 

 

♦️

 

 

 

 それから数週間が経過した。

 『闇の魔術に対する防衛術』を自習するために結成された学生組織、ハリー率いる『DA』とフィール率いる『SS』は危うい橋を渡っている状態ながらも上手く行っていた。

 アンブリッジにそういう集会をしていること自体はとっくにバレている―――ハリー達の組織のみ―――が、今のところは決定的な証拠を握られていないので、そのまま続行している。

 最初、ハリー達がフィール達と同じく水面下の組織を結成した暁には、フィールやクシェルにも一員となって欲しいと言われたのだが、今回ばかりは流石に断った。いくらハリー達がフィールやクシェルがアンブリッジ否定派の人間だとわかっていても、他のメンバーからすればスパイと疑惑を掛けられるのは明らかなので、それを危惧して拒否したのだ。彼らは少し残念がっていたが、どこか仕方ないという感じで大人しく身を引いて諦めた。その代わり、フィールとクシェル以外のスリザリン生でもアンブリッジを毛嫌いしそして防衛術を自分達で身に付けていると知ると、驚きと同時に彼女達が信じたスリザリン生なら大丈夫だろうと思い、エールを送った。

 

 ちなみに自分達が秘密同盟を設立したのは、校長のダンブルドアにフィールが伝えてある。彼に事情を話すと、快く承諾された。今の時勢、生徒が団結して一つのことに取り組むのはいいことらしい。活動は無理のないよう、安全を第一にするなら後は自由にやるようにと言われたので、ホッと胸を撫で下ろした。

 そうして、校長からの了承も得ている状況下でリーダーのフィールとハリーがそれぞれの組織の諸事情を伝え合って訓練日を計画しながら、8階にある『必要の部屋』で防衛術のレッスンをどんどん積み重ねていった。

 

 しかし、何も問題がなかった訳ではない。

 クィディッチ戦のグリフィンドールVSスリザリンでいつも通り前者のチームが勝利し、後者のチームのシーカー・マルフォイはまたもや宿敵に惨敗し屈辱を味わった。

 ここまでは毎度のことなので別段いい。

 事件が起きたのはハリーが金のスニッチを手にした後だ。

 スリザリンのビーターとして今年からチームに加わったクラッブが試合終了後、ハリーにブラッジャーを狙い打ちし―――そこからマルフォイが挑発を畳み掛けて、ハリーとウィーズリーツインズがマルフォイへ暴行。

 結果、罰則を与えようとしたマクゴナガルの処置にこれまたアンブリッジが新たな教育令を携えて介入し、三人から選手資格を剥奪。

 ハリーとウィーズリーツインズは以後試合に出場出来なくなったため、スリザリン側としては大成功だ。尤も、そんな卑劣な行為を嫌うスリザリン生も何人かはいて「とんだ恥曝しだ」と辱しめを受けた。

 

 また、ハグリッドが久方ぶりに不死鳥の騎士団の任務から帰還してきたことで更にホグワーツを騒然とさせた。というのも、ハグリッドが全身に重度の深手を負っていたからだ。

 騎士団員のフィールはハグリッドが任務で巨人族の集落に赴いていたことを知っているため、ある程度その理由はわかっているが、何も知らないホグワーツ生達はずっと姿を現していなかったハグリッドが戻ってきたと思えば、何故か謎の深手を負って現れたことに驚愕や困惑を隠しきれないでいた。

 

♦️

 

 その日、夕食を食べ終えたフィールは真っ直ぐスリザリン寮に帰るのではなく、天文台の塔へと赴いていた。というのも、朝のフクロウ便の手紙で夕食後に此処に来るよう呼び出されたからだ。

 

「こうして話すのは久し振りだね。元気にしていたかい?」

 

 天文台の壁に寄り掛かるフィールの向かい側の壁に、相変わらずの爽やかフェイスで同じように寄り掛かるハンサムな青年―――ハッフルパフ7年のセドリック・ディゴリーは、スリザリン5年のフィール・ベルンカステルに微笑みかけた。

 

「まあ、元気にしてたと言えば元気にしてる」

 

 新学期が始まってからフィールはOWL試験、セドリックはNEWT試験のために大量に出される課題を消化させるのと、アンブリッジの存在と前者の夜中の罰則も伴って、中々会うチャンスが作れなかった。そのため、セドリックは夜にフィールを授業以外では基本的に立ち寄ることのない天文台の塔に、不審がられないようフクロウ便を利用してこうして呼び出したのだ。

 

「その、大丈夫かい? スリザリンでは色々言われてるんじゃないかな」

「………まあ、居心地の悪さで言えば以前よりも格段に上がったな。中には死喰い人の親を持つ同級生から、恐らくアイツからだと思われる伝言を言い渡してくるし」

 

 伝言の内容は、闇の陣営側への勧誘だ。

 ヴォルデモートは、出来れば高い戦闘能力とカリスマ性を兼ね備えたフィールを自分の腹心に従えたいと考えているため、部下の息子に伝言を親からという建前上の言葉で伝達してくる。

 無論、祖母と祖父を殺したヤツの部下になる気など彼女には当然ながらこれっぽっちもないし、あちらは恥じらいを持たないのかと疑問だが。

 

「そっか………大変だね」

「ああ、全くだ。アンブリッジも負けず劣らずで厄介者だし」

「あー………それは否定しない。早くホグワーツから出ていって欲しいって、僕も思うよ」

 

 珍しくセドリックは深いため息をつく。

 フィールも肩を竦め、話題を変えようと、セドリックに問い掛けた。

 

「そういえば、セドリックはホグワーツ卒業後、どうするんだ?」

「僕? 僕はプロのクィディッチ選手を目指すよ。ハッフルパフのクィディッチチームでキャプテンとシーカーを務めてきたし、本格的にプロの道を進みたいと思うから」

「そうか。………セドリックなら、プロの一流選手になれると思う。頑張れよ」

「ありがとう。フィールも頑張ってね」

 

 セドリックとフィールは笑い合う。

 しかし唐突に、沈黙が訪れる。

 

「………………」

「………………」

 

 ………先にそれを破ったのは、フィールだ。

 

「………セドリック」

 

 いつになく真剣な面持ちになり、フィールはセドリックの前まで来ると、彼を見上げた。

 

「………そろそろ、あの日の答えを返すよ」

 

 フィールとセドリックは至って普通に会話していたが―――その実、後者は前者に先学期に告白していた。いい加減ほったらかしにするのも勇気を出して想いを打ち明けた彼に失礼だと、フィールは告白の返事も兼ねてやって来た。

 

「………うん」

 

 セドリックも視線を外すことなく、見上げてくるフィールの蒼い瞳を見下ろした。

 

「―――ごめんなさい」

 

 言うと同時に頭を下げる。

 告白されたあの日から、何度も考え直しては考察し、再考してみたが、結論は変わらず―――返事は、NOだ。

 

「………ッ」

 

 フィールはゆっくりと頭を上げ、セドリックの端正な顔を見上げる。普段の寡黙な雰囲気はそこまで変わっていない。が、見てわかるほど落ち込んでいるのに、彼女は気付いている。

 

「ごめん。私はセドリックのことが嫌いと言う訳じゃない。寧ろ嬉しかった。誰かに告白されたのも、男で私を一人の女として真剣に好きになってくれたのも、セドリックが初めてだったから。

………だけど、今は誰かと恋仲になる気にはなれない」

 

 理由は、それだけじゃない。

 フィールは、魔法省からも闇の陣営からも狙われている対象だ。

 もしも誰かと交際し、そのことがアイツらの耳に行き渡れば、まず間違いなくその人にも危害が及ぶだろう。親しくなればなるほど、深い関係になればなるほど、人質にされやすくなるし冗談抜きで命の危機に晒されることを仕向けてくることだって、十分考えられる。

 そうなれば、辛い気持ちになるのは自分自身だし、その人の友人も悲しくなる。加えて、非難の集中放火を浴びる羽目になるだろう。これ以上責め立てられるのは、もうゴメンだ。

 最後の方は自分でもアレだと思うが、残念ながらこれが現実だ。都合の悪いことに眼を背けている暇など、最早ないのだ。ならばいっそのこと、清々しいぐらいに本心に従うのが、この場合は正しいかもしれない。

 結局のことを言ってしまえば、どちらを選んでも苦しむのには変わらないから。

 

「やっぱり、か。僕、なんとなくわかっていた。フィールが、僕のことを一人の男として好きになってくれるチャンスは一ミリたりともないって」

 

 その言葉とは裏腹に、セドリックはどこか晴れ晴れとした笑顔だった。

 

「だけど、後悔はしてない。僕はフィールのことが本気で好きになって告白して、ちゃんと君から返事を聞けた。………だから、潔くキッパリ諦めるよ」

「………そう」

 

 フィールはそっと微笑みかけた。

 セドリックはそれを、どこか遠い眼で見る。

 思い返してみると、クールな彼女を好きになったのは、普段見ることがない笑顔を見たからであった。

 思い浮かべるだけで胸が高鳴り、その度に幸せな気分に溺れた。

 

 ………だけど、心の片隅ではわかっていた。

 どんなにフィールのことを好きになろうとも、彼女が自分に恋愛感情を抱いてくれることは一ミリたりともないんだと。

 

 だが、それでいいと思った。

 フィールには、自分よりもずっと相応しい人がこの先の人生で待っているだろう。

 今は魔法界の時勢から考えて誰かと恋仲になるのは困難かもしれない。

 でも、きっと運命の人と出逢えるだろう。

 或いは、既に出逢っているかもしれない。

 自分は未来を予測・予言が可能な占い師でもなんでもないが、これだけは確信出来る。

 平穏が取り戻された未来の魔法界。

 その時、真にフィールの隣に立っているのは自分なんかではない………と。

 

「………そろそろ、寮に帰ろっか」

「そうだな。このまま此処に居てもしアンブリッジに見つかったらシャレにならないし」

 

 フィールは軽く伸びをし、セドリックに「気を付けて寮に戻れよ」と注意を呼び掛け、彼に背を向ける。

 

「………………フィール」

 

 階段を下りようとする、少女の後ろ姿へ。

 青年は最後に言いたかった言葉を伝えた。

 

「―――今まで、僕の好きな人でいてくれてありがとう」

 

 心の底からの笑顔を浮かべて、セドリックはフィールに笑い掛けた。

 フィールはハッと立ち止まる。

 セドリックに背中を見せたまま、フラれたにも関わらずそのような言葉を掛けてくれる彼に対し返す言葉がすぐには見付からず暫くその場から動かなかったフィールだったが、軈てこう言葉を返した。

 

「―――こちらこそ、私のことを好きになってくれて、ありがとな」

 

 肩越しに振り返り、柔らかな笑みをセドリックに向け―――それから先は何も言わず、フィールは脇目も振らずに階段を下り、静寂に覆われた夜の城内を、気配を殺して歩き続けた。




【罰則受けるダブル主人公】
ハリーは原作通りなので説明乙。
フィールは私はそれを右から左に受け流す的にガン無視してたらデデーンとなってしまった。
それを差し引いてでもアンブリッジは苛めるのを楽しんでいたのであのピンクBBAはいつか排除されること間違いないなしのフラグを存分に立たせてしまった。
その時は皆さん、一斉にこう言いましょう。
フラグ回収乙www、と。

【SS:スリザリン戦隊】※7/1、追記&修正
中身はDAと同じの構成蛇寮生徒のみの軍団。
最初はフィールとクシェルだけで秘密の特訓させるのもよかったけど、最終決戦のことを考えて『DAがスリザリン生以外の寮生で構成されてるならその反対にスリザリン生だけの軍団作ればいいじゃないか』とのことで急遽こんな形となった。
SSは本文中でもあった通り、『スリザリン戦隊』を英語にしてその頭文字を抜き取って命名(※実は作者が昔スーパー戦隊物見てたこともあり急に戦隊が思い付いた)。
その他の理由としては、スリザリンのSとスクワッド(元々は軍隊用語で『隊』や『団』と言った個別のグループを意味している。そこから転じて『いつも一緒に居る仲間』『イカしたグループ』等の意味もある)のSを組み合わせて『SS』と表記出来るからですね。
余談ですが、『秘密結社』を英語にして頭文字を抜き取ってでもこの表記が出来ます。

【セドリックへの告白返事はNO】
だがしかし、セドリックは最後の最後までイケメンを貫き通した。本当のイケメンとは見た目も心もイケメン。

【まとめ】
今回は蛇寮団結とセドリック失恋の回。
次回はクリスマス休暇中の出来事の予定。


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#72.密命

 クリスマス休暇前の最後のSSは、今までやってきたトレーニングの総復習で締めくくった。

 最初の頃は動き慣れているフィール達を除いたスリザリン生が息を切らしていたウォーミングアップの回避運動も、徐々に体力がついてきてもうほとんどの人が一発も当たらず躱すくらいの反射神経を身に付け、SSのレッスンも回数を重ねるごとにレベルが上がった。

 『武装解除呪文』は勿論のこと、『失神呪文』や『妨害呪文』等は全員が習得し、何人かは『盾の呪文』も完璧にマスターしたため、これならある程度襲撃されても身を護れるだろう。

 今学期の鍛練を終え、メンバーが順番に帰っていく大部屋の片付けをし、最後に戻るのはリーダーのフィールだけなのだが………背後から人の気配を察し、振り返ってみると、何故かクシェルは此処に残っていた。何を考えているかよくわからない表情で、こちらを見ている。

 

「………クシェル?」

「フィー、色々お疲れ様」

「……ああ。クシェルもありがとな。私だけだったら、皆をあれだけ上達させるのは無理だった」

「そんなことないじゃん。フィーのおかげで皆は早く上手くなったんだから」

 

 クシェルは微笑しながらそう言い、それからふと、いつになく真剣な顔付きになった。

 

「………少し、二人だけで話さない?」

「え? まあ、別に構わないけど」

 

 フィールが頷くと、クシェルはせっせと何処かへ歩いていく。フィールは後を追い掛けた。

 必要の部屋の内装はトレーニングルームから一変し、暖かな暖炉の近くに大きめのソファーが配置されているものへと変化した。

 クシェルはソファーに腰掛け、フィールへ隣に座るよう促す。フィールは素直に腰を下ろし、クシェルに単刀直入で訊いた。

 

「それで、何の話をするんだ?」

「話って言うより、質問かな。………多分、今フィーに言っても貴女は『わからない』って答えると思う。………でも、それでも確かめたいことがあるんだ」

「………何をだ?」

「………今学期が始まってから、フィー、時々夢で魘されるようになった。でも、貴女はそのことを全く覚えてない様子だったから、あまり追求しなかったけど………でも、なんとなく、言わないとダメかもしれないって思うようになった」

 

 初耳のフィールは、眼を見張った。

 起床した早朝、時折冷や汗が全身に張り付いていた際には嫌な夢を見たのかと自覚はしつつ、どんな内容だったかは思い出せなくて………今まで知らないフリをしてきた。

 

「………私………魘されてたのか………?」

「うん。やっぱり、何も覚えてないんだね」

 

 クシェルは一度視線を下に下ろす。

 が、すぐに上げ、フィールと眼を合わせた。

 

「………貴女が魘されてる時、決まっていつも言う言葉に引っ掛かった」

「………なんて言ってたんだ?」

 

 フィールの問いに、クシェルは口を噤む。

 部外者の自分が言っても、徒らに彼女を混乱させてしまうのではと不安になったからだ。

 しかし………悠長なことは言ってられない。

 自分の中で、そう叫ぶ自分自身が居る。

 だから―――クシェルは意を決して伝えた。

 

 

 

「―――『お姉ちゃん』って、いつも言ってた」

 

 

 

 フィールにとって、クシェルから告げられた意外な単語に、一瞬時間が止まったような錯覚に陥った。

 『お姉ちゃん』………何故かその台詞に、心が引っ掛かりを覚えた。

 

(お姉………ちゃん………?)

 

 去年の夏季休暇中―――皆で遊びにブライトンに行った際、見知らぬ銀と黒の姉妹の光景を見たら何故か前者の後ろ姿を見て、自然と口から『お姉ちゃん』と単語が出た。

 その時、一緒に居たエミリーがハッとして両肩に手を置いて問い詰めてきたのだ。

 

 ―――もしかして………思い出したの?

 

 だけど、あの時フィールは首を横に振った。

 自分でも何故そう言ったのかわからないのに、エミリーは何かを知っている様子だったので益々訳がわからず反射的にそうしたという理由もあったのだが………。

 

「………フィー、その『お姉ちゃん』に何か覚えはないの?」

「………わからない………私も………よく、わからない………」

 

 フィールはこめかみを押さえ、俯く。

 ブライトンで口から出たその言葉、不意に浮かび上がる白銀の少女、吸魂鬼によって引き摺り込まれた大雨の場景………。

 と、そこまで考えたフィールの頭に、ある光景がフラッシュバックした。

 

 

 

 ある日の夜。

 幼い自分はベッド中で中々寝付けなかった。

 思い浮かべるのは、大好きな家族の顔。

 幸せな気分が、睡魔を寄せ付けない。

 それからほどなくして。

 ドアが音を立てて、誰かが入ってきた。

 

『フィール、まだ起きてる?』

 

 そう言いながら、ベッドに近付いてきたのは。

 銀髪紫眼の―――自分と瓜二つの少女だった。

 

 

 

「うっ……ああぁぁ………ああああ………ッ!」

 

 フィールは頭を抱えて悶え苦しんだ。

 頭に激痛が走り、呻き声を上げる。

 

「フィー? フィー? 大丈夫!?」

 

 身体が硬直したと思えばソファーから落ちて頭を抱えて苦しみ始めた友人に、クシェルは慌ててソファーから下りて顔色を覗く。

 冷や汗が額や首筋から噴き出し、端正な顔は苦痛に歪んでいる。クシェルは早く必要の部屋から連れ出そうと腕を掴むが、その手をフィールが振り払った。

 

「待って………このまま続けさせて………」

「え………?」

「その……お姉ちゃんの……人物像が……浮かび上がってきた………もう少し………時間を……ちょうだい………」

 

 もう一度こめかみを押さえ、眼を閉じる。

 意識を研ぎ澄ませ、自分の内側から滲み出ている記憶の奥底に集中した。

 クシェルは息を呑み、黙って待つ。

 本当はフィールに触れたいが、そうすると気が散ってしまうだろうと、グッと堪えた。

 

「ぐっ………うぅ………」

 

 キリキリと激しい痛みが頭を締め付けるが、フィールは止めない。もう片方の手を床について身体が崩れないように支える。冷たい汗が頬を伝い、床に滴り落ちた。

 

(思い出せ………思い出せ………)

 

 すると、ぼんやりとしていた少女の顔の輪郭だけはハッキリと浮かび上がった。

 思わず気を緩めてしまいそうになるが、首を振って再び気を引き締める。

 続けて、少女の面差しを探った。

 上手くいけば、思い出せるかもしれない。

 フィールは歯を食い縛り、痛みに耐えた。

 徐々に徐々に浮上する、白銀の少女の姿。

 もう少しで………誰なのか、思い出せる。

 

(耐えろ………あともう少しだ………)

 

 頭痛と闘い続けた末―――先程の光景の続きが脳裏に過った。

 

 ベッドの中に潜り込む自分の所へ近付いてくる人物に気付いた自分は、笑みを向ける。

 

『うん。まだ起きてるよ。どうしたの―――』

 

『―――お姉ちゃん』

「―――お姉ちゃん」

 

 幼い自分が言った言葉と同じ言葉を呟いたフィールは、ハッと重い瞼を開けた。

 

「……ラ………シェル…………そうだ…………私には………姉が………いたん………だった……」

 

 譫言のように囁いたフィールは、糸が切れた操り人形のように再度瞼が下ろされ、力尽きた。

 咄嗟にクシェルが抱き止め、腕の中にいるフィールを見下ろす。

 

「………よく頑張ったね、偉い偉い」

 

 いつしか似たような出来事を思い出しながらクシェルはヒョイとフィールを軽々と持ち上げてソファーに座ると、彼女の頭を自身の膝の上に乗せて膝枕する。

 

(………本当にお姉さんがいたんだ………)

 

 これでハッキリとした事実が発覚し、クシェルは驚きを隠せず、フィールの寝顔を見る。

 先程フィールがか細い声で話した『ラシェル』という人物は義姉のクリミアや従姉のシレンとは違い、血の繋がったフィールの本当の姉なのだろう。と言うことは、フィールは実質一人っ子ではなく、姉妹がいたという意味になる。

 だが………その姉のことを今まで忘れていたなんて、余程の出来事が過去にあったのだろうかとクシェルは険しい顔付きになる。

 とにかくこれで、一つの謎が解けた。

 あとは一部の記憶を失くしているらしいフィールが全てを思い出したら、万事解決だ。

 

♦️

 

 ハリー達の学生組織DAの訓練最終日の夜。

 フィールの目の前に炎が現れ、一枚の羊皮紙が金色の尾羽と共にヒラヒラと舞い降りた。

 それを手に取って見ると、不死鳥の騎士団の緊急召集であった。校長室に急行するようダンブルドアからメッセージが届き、驚いたことにクシェルも連れて来るよう書かれている。

 横から覗いたクシェルと顔を見合わせ、二人は寝間着から制服に光の速さで着替えると、万が一アンブリッジと出会した場合を見据えて羊皮紙に記されている合言葉を覚えてから跡形もなく焼失させ、『目くらまし術』を掛けてスリザリン寮から出ていった。

 

 校長室へとやって来たフィールとクシェルは、ダンブルドアとマクゴナガルだけでなく、ハリーとロンも居たことに眼を丸くした。

 

「校長、何かアクシデント発生ですか?」

 

 騎士団員のフィールがそう尋ねると、

 

「アーサーが任務中に襲われたのじゃ。今、エバラードとディレスが確認に向かっておる」

 

 アーサー―――ウィーズリー家の大黒柱で騎士団の団員の男性だ。確か、今晩彼は神秘部の廊下を監視する任務に就いていたはずだ。その最中に何者かに襲われたということだろうか。

 

「ダンブルドア!」

 

 突然、歴代校長の肖像画の一つから、切羽詰まった声が聞こえてくる。

 エバラードとディレス―――どちらもホグワーツの歴代校長で最も有名な二人だ。そして高名故に二人の肖像画は他の重要な魔法施設にも飾られている。自分の肖像画であればその間を自由に往き来出来るので、それを利用したのだろう。

 

「誰かが駆け付けてくるまで叫び続けましたよ。皆半信半疑で確かめるように下りていきました。下の階に私の肖像画はないので、確認には行けませんでしたが………ともかく、まもなく皆がその男を運びました。症状は良くない。血だらけだった」

「ご苦労。なれば、ディレスがその男の到着を見届けたじゃろう」

 

 エバラードの報告を聞いたダンブルドアが冷静に言った直後、ガラ空きだった肖像画に駆け戻ってきた魔女・ディレスが今度は報告した。

 

「ええ、ダンブルドア。皆がその男を聖マンゴに運び込みました。………酷い状態のようです」

 

 聖マンゴ―――と聞き、フィールは何故自分の他にクシェルを呼んだのかにピンときた。

 

「ご苦労じゃった」

 

 ダンブルドアは歴代校長達に礼を言うと、マクゴナガルに眼を向けた。

 

「ミネルバ、ウィーズリーの子供達を起こしてきておくれ」

「わかりました………」

 

 マクゴナガルはすぐさま校長室を出ていく。

 クシェルはチラリと二人を窺うと、ロンが怯えたように顔を強張らせていたため、二人の側に寄り、彼を励ます。

 それを横目に、フィールはダンブルドアと対話した。

 

「クリスマス休暇中は帰省させるため、私達を此処に呼んだのですか?」

「そういうことじゃ。後々聖マンゴへウィーズリーの子供達を向かわせるため―――」

「聖マンゴにはクリミアとライリーさんが就職しているから、二人と連絡を取り合うためにも、私達を呼び出したということですね?」

 

 今年から癒者の卵として聖マンゴ魔法疾患傷害病院に就職したクリミア。去年のクィディッチ・ワールドカップ決勝戦の医療班リーダーに選抜されたライリー。

 不死鳥の騎士団のメンバーであり尚且つ二人と連絡を取り合えるフィールの他に、聖マンゴの建物内を熟知しているクシェルも居た方が動きやすいとダンブルドアは考えたのだろう。案の定彼は小さく頷いた。

 

「アーサーは既に聖マンゴに運び込まれておる。君達をシリウスの家に送ることにした。病院へはその方が隠れ穴よりも便利じゃからの」

 

 ダンブルドアは三人の背後にある戸棚から黒ずんだ古いヤカンを取り出し、机の上にそっと置くと、

 

ポータス(移動キーを作れ)!」

 

 と唱えた。

 ヤカンが一瞬震えて青い光を発し、震えが止まるとまた元の黒さに戻った。

 

「校長、それは………いや、どうせ許可を得るだけ無駄か」

 

 ダンブルドアは緊急で移動キーを作った。

 だが、移動キーの勝手なる作成は犯罪だ。

 しかし、その許可を得るための魔法省とは決別していたのを思い出したフィールは、これが正しい選択だと割愛した。

 

「そうじゃよフィール。無駄な行為じゃ」

 

 ダンブルドアは別の肖像画に歩み寄る。

 その肖像画はブラック邸で見たことがあったので、ブラック家の血筋を引いている歴代校長なのだろう。

 

「フィニアス、フィニアス」

 

 しかし、その肖像画は反応しない。

 が、寝ているように見えて、その実起きているのだろう。

 

「フィニアス! 貴殿は不服従ですぞ!」

「我々にはホグワーツの現職校長に仕えるという盟約がある!」

 

 他の肖像画もダンブルドアと共に叫び、狸寝入りをしていた肖像画―――フィニアス・ブラックは、芝居が掛かった身振りでそれまで閉じていた眼を開いた。

 

「誰か呼んだかね?」

「フィニアス、貴方の別の肖像画をもう一度訪ねて欲しいのじゃ。また伝言があるのでな」

「ほうほう、わかりましたよ。ただ、アイツがもう私の肖像画を破棄してしまったかもしれませんがね。何しろアイツは家族のほとんどを―――」

「シリウスは貴方の肖像画は処分すべきではないことを理解しておる」

 

 フィニアスが口実する前に、ダンブルドアがさらりと遮って伝言を託した。

 

「『アーサーが重傷で、妻、子供達、ハリー、クシェルが間もなくそちらの家に到着する。護衛にはフィールが就く』。よいかな?」

「アーサーが負傷、妻と子供、ハリー、クシェルが滞在。護衛がフィール。………誰だ? その護衛とやらのヤツは」

「私だ、フィニアス元校長」

 

 フィールが軽く手を挙げる。

 フィニアスはネクタイの色を見て、自身の出身寮のスリザリン生徒がガーディアンと知り、怪訝そうに眼を細める。

 

「まだ小娘じゃないか。………それに、そのネクタイの色は―――」

「フィニアス」

 

 ダンブルドアは静かに圧力を掛ける。

 フィニアスは気乗りしない様子で、肖像画の奥へと消えていった。

 次の瞬間、校長室の扉が開き、ウィーズリー兄妹がボサボサ頭にパジャマ姿でマクゴナガルに導かれて入ってきた。

 

「ハリー、マクゴナガル先生は貴方がパパの怪我する所を見たって仰るの―――」

「お父上は不死鳥の騎士団の任務中に怪我をなさったのじゃ」

 

 ジニーの言葉にハリーが答えるよりも先に、ダンブルドアが答える。

 

「お父上はもう聖マンゴ魔法疾患傷害病院に運び込まれておる。君達をシリウスの家に送ることにした。病院へはその方が隠れ穴よりもずっと便利じゃからの。お母上とは向こうで会える」

「どうやって行くんですか? 煙突飛行粉(フルーパウダー)で?」

 

 珍しくフレッドが敬語で話し掛けた。

 それほど動揺しているらしい。

 

「いや、煙突飛行粉は現在監視されていて安全ではない。移動キーに乗るのじゃ」

 

 ダンブルドアは机の上のヤカンを指差す。

 瞬間、部屋の真ん中に炎が燃え上がり、その場に一枚の金色の羽がヒラヒラと舞い降りた。

 

「フォークス―――わしの飼っとる不死鳥からの警告じゃ。アンブリッジ先生が、君達がベッドを抜け出したことに気付いたに違いない………ミネルバ、適当な作り話でもして、足止めしてくだされ」

 

 マクゴナガルはまたまた校長室を出ていく。

 

「アイツは喜んでと言っておりますぞ」

 

 視線を向けてみると、いつの間にか肖像画にフィニアスが戻っていた。

 

「私の曾々孫は家に迎える客に関して、昔からおかしな趣味を持っていた」

「さあ、此処に来るのじゃ。邪魔が入らぬ内に」

 

 ブラック邸が安全地帯と確認すると、ダンブルドアは子供達を呼ぶ。

 全員が机の周りに集まると、

 

「移動キーは使ったことがあるじゃろな?」

 

 そう問い掛け、皆が頷く。

 

「よかろう。3つ数えてからじゃ。フィールよ、後を頼むぞ」

「わかりました。責任持って護衛します」

「では………1………2―――」

 

 その時、ハリーがダンブルドアを見上げた。

 

「―――3」

 

 そして、ハリーから濃厚な殺気を感じ取った。

 フィールはゾクリと背筋に悪寒が走る。

 移動キーは発動したので、手は放せない。

 次に地面に足がついた時には、グリモールド・プレイス12番地の薄暗い地下の厨房に到着していた。

 フィールはヤカンが落ちた音など耳に入らない勢いでハリーが立ち上がる前に、その胸ぐらを掴んでいた。

 

「おい。さっきのアレはどういうことだ?」

 

 ハリーは訳がわからないという表情で、フィールの鋭い眼差しを見返す。

 

「アレって………?」

「殺気だ。一瞬、アンタからダンブルドアに対する凄まじい殺意を感じた」

「え、な、なんでフィールがそれを? いや、待ってくれ、違う。アレは僕の意思じゃない!」

 

 ハリーは激しく動揺し、フィールへ叫ぶ。

 一体何事かと、ウィーズリーブラザーズとクシェルがこちらを向き、後者は友人がもう一人の友人を脅迫していると捉えたのか、慌ててその腕を掴んだ。

 

「フィー、怖い顔してどうしたの………?」

「………いや、なんでもない。とにかく、シリウスが来たようだし、何があったのか説明しろ」

 

 フィールがハリーから手を放すと、慌ててこちらまでやって来たシリウスに事情を話す。

 それからは全てハリーに丸投げし、彼はポツリポツリ語り始める。

 どうやら、ハリーはアーサーが蛇に襲われる場面を夢で見たらしい。それは事実だ。アーサーは蛇に襲われて重傷なのだから。

 

「ママはもう来てる?」

 

 フレッドがシリウスに訊いた。

 

「多分まだ、何が起こったかさえ知らないだろう。アンブリッジの邪魔が入る前に君達を逃がすことが大事だったんだ。今頃はダンブルドアがモリーに知らせる手配をしているだろう」

「聖マンゴに行かなくちゃ」

 

 ジニーが急き込んで言った。

 全員を見回し、スリザリン組以外の皆がパジャマ姿なのに気が付いた。

 

「シリウス、マントか何か貸してくれない?」

 

 しかし、シリウスは首を横に振った。

 フィールもシリウスに同意見だ。

 

「落ち着け。皆の気持ちはわかるが、今すぐ聖マンゴに行く訳にはいかない」

「俺達の親父だ! 落ち着けるか!」

 

 フレッドがフィールを睨み付ける。

 今度はシリウスが口を開いた。

 

「アーサーが襲われたことをまだ何も知らせていないのに、君達が知ってるなんて、どうやって説明する気だ?」

「そんなことどうでもいいだろ?」

 

 兄に続いてジョージがムキになった。

 

「バカ野郎、どうでもいい訳あるか。ホグワーツから魔法省までどれだけの距離があると思う? 遥か彼方で起きた出来事を、事件直後に私達が知ってるなんて、魔法省がこのことを知ったら尚更パニックが広がるだけだろ。……騎士団での任務は常に『死』と隣り合わせだ。団員は一人一人、それを承知してる上で、危険な仕事に出向いている。アンタ達はそれを一時期の私情に駆られて、騎士団のためにも労力を費やした父親の努力を台無しにする気か?」

 

 フィールが説得するようにそう言うが―――フレッドとジョージが怒鳴り声を上げた。

 

「騎士団なんかクソ食らえ!」

「俺達の親父が死にかけてるんだ! 親のいないお前に俺達の気持ちがわかるか!」

 

 シン………と厨房内は静まり返った。

 思わず暴言を吐いてしまったジョージは慌てて口元を押さえるが、時既に遅し。

 フィールの顔から血の気が引き、瞳からスッと輝きが失せた、絶対零度のものとなる。

 言葉の意味を理解したシリウスがジョージをぶん殴ろうとするが、フィールが止めた。

 

「……………ああ、そうだな。私には、父親も母親もいない。両親がいる人の気持ちなんて、理解出来ないのかもな」

 

 恐ろしいくらいに冷たくて鋭い声音。

 ジョージは謝ろうとしたが、フィールがその時間を与えなかった。

 

「クリミアとライリーさんに早めに連絡するか。エクスペクト・パトローナム(守護霊よ来たれ)

 

 杖先から白銀の狼が飛び出してくる。

 フィールは狼に伝言を託し、狼はブラック邸を駆け抜けて姿を消した。

 

「とにかく、これで安心しただろ。私の役目はアンタ達の護衛だ。直にあっちからの伝言が来る。だから此処で大人しくしろ」

「あ、ああ………」

 

 さっきまでの反抗的な態度は嘘のように消え、素直に厨房の椅子を引いて座る。ハリーはまだ顔面蒼白して静かに座っていた。

 

「………その、さっきは悪かった………」

「は? 何のことだ?」

 

 そうは言うが、フィールの瞳は冷たい。

 明らかに傷付いているのを物語っている。

 

「訳わかんないこと抜かすくらいなら、父親の心配をしろよ」

 

 口調が更に辛辣なものとなり、ビクッとする。

 時折見せるこの冷ややかな冷たさは、紛れもなくフィールだけが持つものだ。

 

「………………」

 

 シリウスはガラリと変わったフィールの冷酷な空気をビシバシと当てられ、今まであまり考えてなかったあの会議のことを思い出した。

 それは―――子供達が寝静まり、ベルンカステル兄妹とベイカー夫妻を除いた騎士団のメンバーで開かれた『密命』を背負う者を選定したあの日のこと………。

 

♦️

 

「―――とのことらしい」

 

 マッド・アイ・ムーディの重い声音。

 それは、フィール・ベルンカステルの過去を今初めて知った者達にとって、この上なく重たいように感じられた。

 

「マッド・アイ、それ、本当なの?」

 

 トンクスが信じられないという面持ちで、ムーディに尋ねる。

 

「ああ。ダンブルドアから聞いた話だ。本当のことだろう。………わしも信じられん。アイツが幼くしてあの手を血で染めたなど………」

 

 そこまで言ったムーディは、全体を見渡す。

 

「それから、このようなことも言っておった」

 

 それは、ダンブルドアが『開心術』を使ってハリーが占い学の教師シビル・トレローニーの予言を聞いた記憶を覗いた際………闇の帝王復活の予言と共に、もう一つの予言を告げていたとのことだ。

 

『今から約2年後………闇の帝王の暗躍と同じにして、力ある者が呪縛から解き放たれる。その者はこの世界に光をもたらす可能性を秘めておるだろう。しかし、忘れてはならぬぞ。力ある者が目覚めの刻を迎えるその日、多大なる代償を支払うことになるというのを………』

 

 光か闇か。

 進むべき道はどちらになるのだろうか。

 その予言が告げられたのは、2年前。

 その予言が示していた年は、2年後。

 つまり………ちょうど、今年である。

 闇の帝王の暗躍はまさにその通りだ。

 だが、力ある者とは………一体誰のことを指しているのだろうか。

 

「力ある者とは、恐らくはアイツのことだろう。光をもたらす可能性を秘めておる………もしかすると、アイツは本当にヴォルデモートが存在するこの魔法界に希望を作り出す者となる。だが、覚えておけ」

 

 ムーディは杖を一突きし、静かに語る。

 

「………もし、もしもだ。アイツが闇の道に身も心も堕とした場合を見据えてみろ。その時、この魔法界は更なる絶望と恐怖に震撼するだろう」

 

 だからこそ―――と、次の瞬間。

 ムーディの口から、衝撃的な発言が飛び出してきた。

 

 

 

 

「―――フィール・ベルンカステルが我々の脅威となった場合は………この世から消すことだ。その役目を担う者を、今から決めるぞ」

 

 

 

 




【ラシェルを思い出したフィール】
だがまだ記憶は完全ではない。

【ブラック邸にレッツゴー】
そこでちょっとトラブル発生。

【密命】
闇の道に堕ちたらフィールを抹殺。
1章以来のオリ主ログアウトの話題。

【まとめ】
今回は騎士団内で秘密の約束してたの回。
次回は聖マンゴへレッツゴーの回。


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#73.敵意と苦悩

 ムーディからの爆弾発言に、会議室から一切の音が消えた。

 ただただ流れる、嫌な静寂。

 しばらくは誰一人として言葉を発することなくムーディを見つめていたが………。

 

「マッド・アイ、それは流石に止してくれ!」

 

 ルーピンが真っ先に抗議の声を上げた。

 続いてルーピンと同意見のシリウスも頷く。

 

「リーマスの言う通りだ。頼むから、フィールを抹殺するなんて行為は止めてくれよ!」

「あの娘を殺したら、どれだけ多くの人が悲しむか貴方にはわかっているでしょう!?」

 

 しかし、ムーディの反応は冷淡だった。

 

「お前達の言いたいことは、痛いくらいにわかっておる。わしだってアイツを殺したくなどない。だがな………アイツが誰かを嬉々として人を殺すヤツになった時、果たして今と同じことが言えるか?」

 

 ムーディからの『IF』の問い掛けに。

 ルーピンとシリウスは押し黙った。

 フィールの、殺した人間の返り血を浴びた、冷たい微笑み。

 その光景を想像したら―――フィールがフィールではないと思うに違いない。

 

「安心しろ。アイツが闇の道に堕ちなければ、殺したりなどはせん。これは万が一を見据えてだ。アイツが味方である限りは我々にとって即戦力であるが、敵となればこの上なく厄介者となるだろう。………お前達には、この任務を任せん。断るのは流石のわしでもわかっておるし、仮に引き受けたとしても引き受けたフリをするのは容易に想像がつく。わしらの誰かが密命を帯びるが、時と場合次第では他の者が実行することを許可する。それでいいな?」

「待ってくだ―――」

 

 ダンッ!

 と、杖で床を突く音が響く。

 ルーピンはビクッとし、口を噤んだ。

 静かになったところで、ムーディは他のメンバーと会議する。中にはムーディにどこか非難の眼差しを向けつつ会議に参加する人が見られ、どちらかと言えば荒れた密会である。

 結果的に使命を背負ったのは、ムーディだ。

 彼なら躊躇せずに全うするだろうとの評価で、他薦とも押し付けとも言える形で決定した。

 

♦️

 

 密談の夜の日を口には出さないであれこれ思い返していたシリウスは、やるせない気持ちでフィールに視線を向ける。

 シリウスやルーピンはフィールをこの世から消すというムーディの役目に異を唱える派なので、此処に居る間は出来るだけ眼の届く範囲で見守るようにはするが………。

 

「………なんだ、シリウス」

 

 視線に気付いたフィールが、怪訝な顔でこちらを見てきた。

 

「あ、いや、なんでもないさ」

(フィールだけじゃなく、ライアン達にも隠し事をするのは気が進まないが………)

 

 今は野暮なことはしたくないと気持ちを切り替えたシリウスは咄嗟に笑いかけた。

 フィールは少し勘繰るようにじっと凝視していたが、ほどなくして、クリミアかライリーからの返事が来るのを待つべく、杖を片手に壁に背を預ける。

 

「ところで、聖マンゴにはいつ向かうんだ?」

「とりあえず、モリーから連絡が来るまでは此処でじっとして待機しなきゃいけない」

「了解。………シリウス、何か飲み物ないか?」

 

 こそっとフィールがそう訊いてきた。

 ウィーズリー兄妹達の曇った顔を見て、気分転換になれるような物はないかというフィールなりの励ましてやりたい気持ちを察したシリウスは、

 

「そうだな。ビールでも飲んでリラックスするか。アクシオ・バタービール(バタービールよ、来い)!」

 

 杖を振るって『呼び寄せ呪文』を唱えると、食糧庫からバタービールが人数分飛んできた。全員の手元に行き渡り、彼等はジョッキに口をつけて甘く温かい飲み物を喉に通す。

 フィールもバタービールを飲みつつ、アクシデントが発生してもいつでも対応出来るようにスタンバイした。

 

 しばらくして、銀色の大鷲がやって来た。

 大鷲の守護霊―――クリミアからだ。

 フィールとシリウスは顔を見合わせると、大鷲からの伝言を聞いた。

 

『アーサーさんはまだ生きているわ。モリーさんが聖マンゴに来て、出来るだけ早く知らせを送るからそれまで待っていて………とのことよ』

 

 まだ生きている。

 それはすなわち、今にも死にそうだという意味を遠回りで表現している。

 全員がそのことに気付いたらしく、サッと顔面蒼白する。その後は押し黙り………時間が刻一刻と過ぎていくのを辛抱強く待った。

 フィールはふと、椅子に座っている彼らの方に視線を走らせ―――ジニーが今にも泣きそうなのを認めると、彼女の側に行き、頭を抱えて優しく撫でる。

 

「大丈夫だ、アーサーさんは死なない。………泣きたかったら、存分に泣けよ」

 

 その言葉にジニーは思わず涙腺が脆くなって本当に泣き出してしまい、フィールの胸に顔を埋めてギュッと抱きついた。胸元が涙で濡れるのを厭わなければ嫌な顔一つせず、ジニーの背中を撫でて落ち着かせる。

 

(………やっぱり………)

 

 昔と比べると、今のフィールは断然性格が変わったと、シリウスはライアン達から聞いた話を基にそう思った。昔のフィールは他人に物凄く冷たく、誰に対しても信頼しないような、自ら独りを選ぶ性格だったらしい。

 だが、今はそれとはまるで反対だった。

 孤独や苦しさを知っているからこそ、他人の痛みがよくわかる。

 だからこその、こういった行動。

 シリウスは、内心で改めて強く思う。

 やはり、フィールを抹殺するなんて意見は撤回して欲しい、と。

 

 それから数時間が経過した。

 そろそろ明け方だという時刻になった頃、厨房のドアが開いた。

 そこに立っていたのは、モリーだった。

 皆は一斉にモリーを見る。

 モリーの顔色は優れなかったが、皆を見渡して力なく微笑む。

 

「大丈夫ですよ。お父さんは眠っています。後で皆で面会に行きましょう。今は、ビルが様子を看ています」

 

 フレッドは両手で顔を覆い、ドサッと椅子に戻った。ジョージとジニーは立ち上がり、モリーに抱きつく。

 

「さあ、朝食を食べるか」

 

 シリウスは、嬉しそうに大声で言う。

 朝食は既にフィールが作ってくれててテーブルの上にズラリと置かれている。皆は椅子に座り直し、料理に手を伸ばした。

 

「シリウス、子供達を一晩中見てくれて本当にありがとう」

「なに、役に立てて嬉しいよ。アーサーが入院している間は此処でゆっくりするといい」

「まあ、シリウス。とても有り難いわ。アーサーはしばらく入院することになると言われたし、なるべく近くに居られたら助かるわ。………その場合は、クリスマスも此処で過ごすことになるかもしれないけど」

「大勢の方が楽しいさ」

 

 シリウスはクールに答えつつ、心底嬉しそうな声音だったので、モリーはニッコリ笑う。

 それからふと、フィールに眼を向けてシリウスにこそっと訊いた。

 

「………フィールは一晩中どうしてたの?」

「普段と変わらないさ。護衛として、此処で子供達のガーディアンを務めてくれた」

「そう………なら、よかったわ」

 

 モリーはどこか安心したように笑み、シリウスは少しハンサムな顔を暗くさせる。

 なんだかあの密談以来、フィールに対する警戒感を容易く感じ取るようになった。

 ライアン達が言うにはあれは事故だったと言ってたみたいだが………シリウスは、当時のフィールの気持ちが少しはわかるつもりだった。

 それはひとえに、自分も似たような思いを今でも抱いているからなんだろうが………どうやら他の人からすれば、敵意を持ってしまうものらしいと、シリウスは他人との相違の考え方に反りが合わなそうな気分になった。

 

 その後は全員がそこそこの食事を口にし、午前中は夏季休暇中にそれぞれ寝泊まりした部屋で仮眠を取った。フィールは昼食用の軽食を前もって作ってから体力回復のため休息を取る。

 昼食を食べ終える頃にはホグワーツから全員分のトランクが届けられた。パジャマ格好、制服の彼ら彼女らはすぐに私服へ着替える。

 

「全員揃っとるか?」

 

 不意に厨房の扉が開き、ロンドンの街中を同伴するムーディとトンクスが姿を現した。

 ノック無しの二人の登場に、フィールは反射神経を活かして本能的に杖を向ける。

 

「なんだ!? わしに杖を向けるとは!」

 

 ムーディもまた素早い杖さばきで『切断呪文』をフィールに放つ。フィールはまさかの攻撃にビックリしながらも咄嗟に避けた。

 が、僅かに頬を掠り、つと血が一筋流れる。

 ムーディが当て損なった魔法はフィールの後ろの壁に衝突し、軽く壁に切り跡を作った。

 

「………………」

 

 フィールは頬に手を当て、手のひらが血液で紅く生暖かい感触を感じ、不愉快そうに端正な顔を歪めた。

 今のはまだ顔だったからよかったのだが、これが首であったら致命傷となっていたに違いない。

 

「ちょっ、マッド・アイ!」

 

 トンクスは慌ててムーディに眼を剥く。

 シリウスとモリーもサッと蒼白し、子供達もムーディの行動に驚愕した。

 

「………今の、結構強めでしたね」

 

 杖を頬に当てて治療したフィールは責めることはしなかったが、ジト眼で睨んだ。

 

「ああ………すまんな」

「ま、私も悪かったのでお互い様ですけどね」

 

 あっさり許したフィールは杖を仕舞い、黒いジャケットを羽織る。彼女は騎士団の任務中は白いワイシャツに黒のネクタイ、黒のスカートを着衣していて、今回は前回の真夏日と違って冬の時期なので、寒くならないようジャケットを羽織りストッキングを履いていた。

 

「ポッター達の護衛をダンブルドアから頼まれたので来たんだ。ほれ、早く出発するぞ!」

「? 魔法的手段じゃないのか?」

「まあね。『付き添い姿くらまし』じゃ、皆には早すぎるし。地下鉄を使うわ。皆、マグルの服装は着ているわね?」

「ニンファ………いや、トンクスだったか。アンタが一番目立ってるぞ」

 

 トンクスのヘアカラーは鮮やかなピンク色をしている。トンクスは微笑し、笑いを堪えるように山高帽を少々奇妙に被っているムーディを見た。

 皆もそれに気付いたらしく、地下鉄ではトンクスよりもムーディの方が間違いないなく目立つと請け合う。

 それからフィール達はロンドン市内へと向かう電車に乗り込み、ロンドンの中心部にある駅で降りる。そこからは徒歩で移動し、ロンドン市内の『パージ・アンド・ダウズ商会』という流行遅れのデパートの前に着いた。

 

 そのデパートは今も営業されている様子はこれっぽっちもなく、ショーウィンドーにマネキンが数体てんでんばらばらに立っている。

 と言っても、これはマグル避けのためだ。

 トンクスがマネキンに話し掛けると、マネキンは小さく頷き、手招きした。

 トンクスはジニーとモリーの肘を掴み、ガラスを真っ直ぐ突き抜けて姿を消す。ウィーズリー兄弟もその後に続いた。ムーディはハリーの背中を押して中に入るよう促し、最後にスリザリン組の二人が足を踏み入れる。

 

 中は病院の受付場だ。

 グラグラした感じの椅子が何列も並び、魔法使いや魔女が座っている。患者も様々だ。見たところどこも悪くなさそうな人もいれば、身体から余分な腕が生えている不気味な姿形の人もいたりと多種多様である。

 ハリーは初めて入る聖マンゴの敷地内をキョロキョロ見回し、近くに居た、胸にある杖と骨がクロスした図柄の紋章が入ったライムグリーンのローブを羽織る人達を指差しながら、クシェルに話し掛ける。

 

「あの人達は医者(ドクター)なのかい?」

癒者(ヒーラー)だよ。マグルで言う医者(ドクター)に当たる」

「へえ………そうなんだ」

 

 初見のハリーにわかりやすく教えていると、

 

「皆、来たようね」

 

 聖マンゴのユニフォームローブを羽織ったライリーが駆け付けてきて、その隣には見習い癒者のクリミアも居た。二人が大怪我を負ったアーサーの担当癒者、研修癒だ。

 

「ライリー、アーサーの容態は?」

「今は安静にしているから大丈夫よ」

 

 それから、ライリーはフィールの顔色を覗く。

 

「フィールちゃん、大丈夫だった?」

 

 『闇の魔術に対する防衛術』がアンブリッジであるという情報はライリーもクリミアも聞き及んでいたので、二人はフィールのことが心配だったのだ。

 

「それなりには。………それと―――」

 

 フィールはライリーとクリミアに小声で、

 

「後でクリミアとライリーさんに話したいことがあるんだけど………いいか?」

「? ええ、いいわよ?」

 

 クリミアが首を傾げつつ頷いた時。

 グッ、とライリーが何故かフィールを自分側へ引き寄せた。

 

「わっ、ライリーさん………?」

「………………」

 

 ライリーは無言で、チラッとムーディを見た。

 今、ムーディがフィールに近寄ろうとした気配を察し、気付いた時には彼女を抱き寄せた自分の行動に構わず、内心である不安や憤りを渦巻かせていた。

 

(………正直、アラスターにだけはフィールちゃんを近付けたくないわ―――)

 

♦️

 

 それは、ある夜中のことだった。

 なんとなく目が覚め、厨房に行って水でも飲もうと静かに部屋を退室してそっと地下に向かった時、ドアの隙間から光が漏れていて、中からざわざわとざわめく複数の人の気配を察知して首を捻った。

 

(あら? おかしいわね………今日の会議は全部終わったはずじゃ………?)

 

 正確な時刻まではわからないが、間違いないなく深夜を回っているはずだ。興味津々な子供達が盗み聞きしないよう寝静まる夜に開くという理由なら納得がいくが、ついこの間に全体情報なら伝えるのを許可したはずだし、第一大人であるはずの自分やイーサンに、この時間帯で会議するとは一言も聞いていない。

 なんとなく、ライリーは足音を立てないようそっとドアに近付き、聞き耳を立てる。

 盗み聞きは行儀悪いと思うが、扉を開けて話を中断していいような雰囲気ではなさそうなのでタイミングを計ろうと思った。

 が、そのまま聞いていく内に―――ムーディからの衝撃的な発言を聞いてしまった。

 

 ―――フィール・ベルンカステルが我々の脅威となった場合は………この世から消すことだ。その役目を担う者を、今から決めるぞ。

 

 思わず「なんですって!?」と叫びそうになり、ライリーは自分の口を手で押さえた。

 

(フィールちゃんを………この世から消す?)

 

 随分遠回りな言い方であるが、つまりは抹殺すると言ってるのだ。まさかの、現在会議室で開いているのは単なる話し合いなんかではなく、あろうことか、親友の忘れ形見の命を絶たせる者を決めるための密談だったのだ。

 

(嘘でしょ? どうしてそんなことを………?)

 

 ショックで唖然としている暇に、ルーピンとシリウスが抗議する声が聞こえてきた。彼らも陰で聞いているライリーと同じく、ムーディの爆弾発言に愕然としている様子だった。

 しかし、ムーディからの問い掛けにその二人は押し黙り、淡々と彼はなんてこと無さげに事を進めた。

 他のメンバーも喫驚しているはずなのだが、協議に参加している。

 最終的に密命を帯びたのはムーディだが、場合によっては他の者がフィールを屠るよう命じ、彼らは渋々了承した。

 最後に、このことはベルンカステル兄妹とセシリア、ベイカー夫妻、そしてクリミア、ルーク、シレンには絶対に内密にするようにと念を押して、その場は解散となった。

 ライリーは後退り、気配を殺しながらも急いで部屋に戻り、扉を閉めたら未だに心臓が高鳴る胸に手を当てて、高ぶる気持ちを鎮めようと努力した。

 

(何なの………これは………)

 

 断片的に話を聞いただけなので、詳細はよくわからない。

 しかし、聞こえてきた内容からして、フィールが闇の道に進んで光の陣営―――不死鳥の騎士団にとって『敵』という存在に堕ちた瞬間、殺害することを決定事項としている。

 長年殺人者を相手に幾度も渡る激戦を潜り抜けてきたムーディに限って、冗談でフィールを殺すなんて発言はするはずがない。

 間違い無くあの言葉は本気だ。

 彼は密かに彼女の寝首を掻き取るチャンスを窺っている。否、下手すれば、自分達を除いた大人達全員もフィールを殺す瞬間を待ち構えているかもしれない。

 

(クラミー………ジャック………)

 

 ライリーはズルズルと座り込み、頭を抱え、今は亡き親友二人の顔を思い浮かべる。

 

(一体………どうすればいいの………?)

 

♦️

 

 ムーディが密命を実行するのは、フィールが闇の道に堕ちて自分達と敵対することになった時。

 だから、フィールがそうならなければいいのだが………このまま上手くいくとは、ライリーには思えなかった。

 

「ライリー、アーサーの病室を案内してくれ」

 

 そんなライリーの苦悩は露知らずのムーディはしれっとした感じで、見舞いしに来た人物の割り当てられた部屋を訊く。

 

「………ええ、わかったわ」

 

 ライリーは至って普通に返事をし、フィールの肩から手を離して、ムーディ達をアーサーの病棟へと連れていった。

 

 2階にある、『「危険な野郎」ダイ・ルウェリン記念病棟―――重篤な噛み傷』。

 此処が、アーサーが入院している病棟だ。

 フィール達不死鳥の騎士団の正式メンバーは家族の面会後に重大な話をするため、入室するのは後にした。ウィーズリー一家と他二人が病室へ入るのを見届けると、フィールは腕を組んで壁に背を預けて一息つく。

 

「ダンブルドアからある程度事情は聞いておる。昨夜は一晩中ご苦労だったな」

「苦労も何も、一応私も騎士団の一員だし、限り無くハリーに近いのも私ですからね」

「おかげでわしらは助かっておる。これからもハリーを頼むぞ、フィール」

 

 ムーディはフィールの肩を叩いて太鼓判押すように言ったが―――ライリーにはどうしても、何も知らないフィールを建前の言葉で騙しているようにしか見えなかった。

 

「………ライリーさん? どうしたんですか?」

 

 さっきから怖い顔を崩さないライリーに、恐る恐るクリミアが声を掛けた。

 その声に、ライリーはハッとする。

 そうだ………クリミア達は、このことを知っていない。

 否、知らせていないと言うのが正しい。

 ライリーは、あの夜盗み聞きした内容をクリミア達には伏せていた。

 時々、クリミア達にも伝えるかどうか苦悩するのだが………過剰なくらいフィールのことになると過保護になるライアンやエミリーにこのことを説明したら、徒らに彼らを今後不安にさせるだろうし、何よりもムーディ達と接する際に神経質になり過ぎて、逆にバレてしまう可能性がある。

 無口無表情で何を考えてるか悟られないように振る舞えるフィールと違って、ライアンやエミリーは演技派ではないし嘘をつくのがつくづく下手だ。

 ならば伝えない方が懸命だと、ライリーは自分の胸の内側だけに仕舞うことにしたのだ。

 

「いえ、なんでもないわ。ちょっと考え事をしていただけよ」

 

 貼り付けの微笑みを作ったライリーは咄嗟に誤魔化しつつ、拳を胸の前で握り締める。

 

(大丈夫よ………いざとなれば、私がフィールちゃんを護るから)

 

 緑色のローブの内側ポケットに仕舞っている、一枚の写真。

 それは―――学生時代の頃の仲良し四人組を撮った大切な思い出の品。

 その写真の中に、亡き親友は写っている。

 二人が亡くなった今でも尚、ライリーは二人への友情は自分の心の中で、揺るぎないものとして生き続けると信じている。

 だから、自分が護らないでどうするんだ。

 親友の忘れ形見の娘を今度こそ護ってみせる。

 それが―――墓石で二人に誓った約束だ。

 絶対に、フィールを殺させはしない。

 たとえそれが、味方さえも敵に回すとしても。

 

「行くぞ」

 

 数分後、扉が開いてウィーズリー兄妹達が出てきたので、入れ違いでムーディ達が入る。最後に入ったフィールは『遮音呪文』を掛けて、好奇心旺盛な彼らが盗聴出来ないようにした。

 ライリーは、一番奥の小さな高窓の側にあるベッドの上に寝ているアーサーの容態を診た。

 

「呼吸脈拍共に正常よ。大量出血と蛇の特殊な毒が厄介だけど、それさえ良くなれば帰れるわ」

「そう、その蛇なんだけど―――隈無く探したんだけど、何処にも見つからなかったらしいよ。アーサー、貴方を襲った後、蛇は消えちゃったみたい」

「消えた? どういうことかしら………」

 

 トンクスの言葉にモリーが疑問顔になる。

 

「とりあえず………ほぼ確定なのは、アーサーさんを襲ったのはヴォルデモートの蛇ってことくらいでしょうね」

「なんだ? ヴォルデモートの蛇を知っとるのか?」

「知ってると言うよりは見たことがあるですね。去年開かれた三大魔法学校対抗試合の第三の課題で墓場に連れていかれた時、大蛇が私の身体に巻き付いてきましたから」

「おい、噛まれてなどおらんな!?」

「噛まれてませんよ。むしろ噛まれてたんなら、とっくに私は死んでて此処には居ませんから」

「………なら、よかったわい」

 

 ムーディはホッと安堵の息を吐く。

 

「あ、ちょっと私達抜けるわね。話は続けて構わないわ。後で私達にも教えてちょうだい」

 

 ライリーはフィールとクリミアを引っ張り、部屋の隅に連れてくる。ムーディ達は訝しい表情だったが、深入りはせず、会話を続けた。

 

「それで、フィールちゃん。私達に話したいことって何かしら?」

 

 小声でライリーが尋ねると、

 

「………あのさ。私、数日前に少しだけ思い出したことがあるんだ」

「思い出したこと?」

 

 コクリ、とフィールは頷く。

 

 

 

「うん………私の双子の姉―――ラシェル・ベルンカステルのこと」

 

 

 

 予想外過ぎた、フィールの衝撃的な言葉に。

 クリミアとライリーは同時に眼を見張った。

 

♦️

 

 12月25日、クリスマス当日。

 フィール達は再び聖マンゴに訪れていた。

 勿論、それは入院中のアーサーの見舞いのためなのだが………。

 

「はぁ………めんどい………」

 

 フィールは珍しくイライラした声音で、通路を歩いていた。

 今、彼女達が向かっているのはギルデロイ・ロックハートが居る病棟である。

 なんでも、ハリー達がアーサーの見舞いをしに来た時に廊下を歩いていたロックハートを見つけて声を掛けた所を、近くに居た癒者が見舞い客だと勘違いして彼の割り当てられた病棟まで案内されることになったとか。

 

「まあまあ、落ち着いて」

 

 クシェルは苦笑しながら、傍から見てもわかるくらいにイヤな表情を浮かべるフィールを窘めてハリー達の後ろを歩く。

 

「………………」

 

 フィールは、ふと、足を止めた。

 あまり意識していなかった―――『ヤヌス・シッキー病棟』という5階の隔離病棟。

 何故か、この廊下には見覚えがあるなと、さっきから胸中で渦巻いていた疑問。

 それが、今、ようやく解けた。

 此処はかつて、廃人となった母が移送された病棟であったのだ。

 その見舞いのために、この通路を………時に足を引き摺りながら病室まで足を運んだのを、フィールは鮮明に思い出した。

 

「………………」

 

 フィールは、ある部屋の扉に掛かっているプレートを発見した。

 そのプレートに書かれている文字を見て―――意識が過去の記憶の奥底へと沈んだ。




【密命を受けたのは?】
ムーディ。
だけど時と場合次第では他人も有り得る。

【盗み聞きしていたライリー】
でもライアン達には伝えない。
自分だけの秘密にするか、後に彼らにも言うべきかで現在苦悩中。

【いざとなれば………】
味方のムーディ達を敵に回してでもフィールを護るため腹を括った。

【フィールからの衝撃的発言に】
クリミアとライリーはビックリ。

【ヤヌス・シッキー病棟】
クラミーが移送された病棟。

【まとめ】
今回は聖マンゴでの出来事の回。
いよいよ次回、過去編①に突入の回。
文字数次第では数話に分ける可能性大。


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#74.悲劇の始まりは―――

過去編①の出来事。


 ―――悲劇は突然、前触れもなく始まった。

 

 ふかふかの絨毯に、大きなソファー。

 それに腰掛ける黒髪の女性の膝の上には黒髪の少女が甘えるように寝転がり、寛いでいた。

 女性は優しげな笑みを讃えながら、娘のさらさらちょっと癖毛の黒い髪をそっと撫でる。

 少女は心地よさそうに眼を閉じていた。

 規則正しい寝息を立てているのを見ると、どうやら眠りに落ちているようだ。

 

「あら? フィール、寝ちゃったわね。これから夕食食べるのに」

 

 黒髪紫眼の女性―――クラミーはちょっと困ったような笑みで、娘のフィールの柔らかい頬をぷにっと突っつくと、

 

「………ん」

 

 微かに身動ぎ、また静かに寝息を立て始めた。

 クラミーは目元を和らげ、しばらくはぷにぷにとつついていたが、リビングの扉が開き、中に複数の人が入ってきた。

 

「フィール、お母さん、お待たせ~!」

 

 元気な声でソファーに座っている二人に呼び掛ける銀髪紫眼の少女は、フィールの双子の姉・ラシェルだ。その後ろには、父のジャックと義姉のクリミアが立っている。

 

「……ぅん………」

 

 姉の明るい発声に、母の膝の上で眠っていた妹はパチリと目を覚まし、朧気な蒼の瞳で母の紫の瞳を捉えた。

 

「ふぁぁぁ………あれ? 私、寝てたの?」

「ええ、気持ちよさそうに寝てたわよ」

 

 最後にぷにっとフィールの白い頬を突っついたクラミーは「ほら、食べるわよ」と半身を起こした娘を促す。フィールは「もう少し甘えたかったのに………」と物惜しい顔でソファーから下りて母の後を追い掛けた。

 テーブルの上には美味しそうな料理が並べられていて、クリミアは「私もこんな風に作れるようになりたい」とじっと料理を見てから、クラミーに尊敬の眼差しを向ける。

 クラミーは照れ笑いし、クリミアの頭を撫でて椅子を引いて座る。フィール達も椅子に座り、家族全員が揃ったところで「いただきます」と料理に手を伸ばした。

 

 その日の夜。

 ベッドの中のフィールは中々寝付けず、今日の出来事を思い返していた。

 母や父、姉二人と一緒に遊び、皆で沢山笑い合った。そんな日は、どうしても寝られない。

 大好きな家族との想い出がまた一つ増え、幸せな気分が睡魔を寄せ付けないからだ。

 と、その時だった。

 ドアが、きい………と音を立てて、誰かが入ってきた。

 

「フィール、まだ起きてる?」

 

 そう言いながら、ベッドに近付いてきたのは姉のラシェルだった。

 

「うん。まだ起きてるよ。どうしたの? お姉ちゃん」

「一緒に、あの本読まない?」

「うん! 読もうよ!」

 

 姉の誘いに、フィールは笑顔になる。

 ラシェルは笑って頷き、先に本を置くと、ベッドに上がり込んだ。

 

「遅くまで起きてると、お母さんに怒られちゃうからこっそりね」

「うん、こっそりね」

 

 フィールは小さく頷き、ラシェルと掛け布団を被った。

 二人は杖を使わずとも指先に光を灯すことが出来るため、最小限の光度で暗いベッドの中を照らすと、ラシェルが持ってきた本を捲った。

 『吟遊詩人ビードルの物語』だ。

 この本は何度見ても飽きることなく二人は読むことを楽しみ、たまに母親に読んで貰う時もあった。

 ラシェルとフィールは「早く学校に行きたいね」とホグワーツ魔法魔術学校の入学まであと6年間も待たなければならないと、まだまだ先な未来にじれったさを募らせる。

 すると、部屋の扉が開いた。

 中に入ってきたのは、寝間着姿の母・クラミーだった。

 

「フィール? それにラシェルも? こんな夜中にどうしたの?」

「あ………………」

「お母さん………」

 

 二人は同時に「ヤバい」とそれまでの笑顔をひきつらせ―――クラミーは双子の姉妹が夜更かししていることに気付くと、

 

「ダメでしょ。夜更かしは身体に悪いんだから」

 

 と軽く叱責した。

 ラシェルとフィールは指先の灯りを消すと顔を見合わせ、クラミーに向き合って「ごめんなさい」と頭を下げる。

 クラミーは広げられている本を見て、「本当にその物語好きなのね」と厳しい面持ちを緩ませつつ、娘二人の頭を小突いた。

 

「ほら、明日になったら好きなだけ読みなさい」

「………はぁい」

 

 ラシェルが本を持って部屋を出ていき、扉をパタンと閉めるのを見届けたら、クラミーはベッドに腰掛けてフィールの隣に座った。

 

「もう、フィールもラシェルも………あれが初めてじゃないわね?」

「………………うん」

 

 これまでにも、両親の眼を掻い潜って夜中にこっそり遊びに来たり行ったりした。それでたまにどちらかのベッドで寝過ごしてしまい、クラミーやジャックが起こしに来た時に二人で寝ている所を見られ、どうして此処で寝ているのかと訊かれたら「一緒に寝たかったから」と半ば誤魔化し、両親もその理由には納得してあまり詮索しないでいたのだが………。

 先程、ベッドの中で灯りを生み出していたのをバッチリ見られてしまった以上、嘘ついてもすぐに看破されると思い直し、フィールは素直に白状した。

 明日になったら「なんでバラしたの!」とラシェルに責められそうだなと思っていると、

 

「じゃあ、罰として今日は一緒に寝るわよ」

 

 クラミーはベッドに上がると幼いフィールを抱き上げ、身体を後方に倒し、娘の顔を自身の胸に押し付けて背中に両腕を回す。

 所謂『抱き枕』的な感じにクラミーは自分が退室した後、フィールが勝手に部屋を抜け出さないようにするために考えた方法なのだが―――ジタバタと抵抗するため、絶対に離さないよう腕に力を込め始めた。

 

「ちょっ、お母さん………!」

「なに?」

 

 クラミーは悪戯っ子の笑みで、フィールの恥ずかしさと焦りが入り交じった顔を見る。フィールは気恥ずかしい気持ちが働き、無意識の内に母親の腕から抜け出そうとするが………癖毛のある黒髪をクラミーに一撫でされ、ふわりと全身の力が抜けて一瞬で対抗力が消え失せた。

 

「…………わざとやった………?」

「ふふっ、そんな訳ないじゃない」

 

 言葉とは裏腹にクラミーはニヤリと笑ってる。

 ズルい、とフィールは思った。

 クラミーに髪を撫でられる感触に、フィールは弱い。

 そのことを、クラミー本人はわかっている。

 だから、さっきからずっと髪を撫でていた。

 

「ん………むぅ………」

 

 髪を優しく撫でられる度に今日の遊び疲れて溜まった疲労が噴き出し、徐々に徐々に瞼が重くなっていく。柔らかい胸に顔を押し付けられて頬と耳とを伝わって聞こえてくる心臓の鼓動に自然と安心感に溺れ、肌と肌が触れて感じる温かさと甘い香りに心が落ち着いてくる。

 

「………お母さん」

「ん? なに?」

「………明日の夜も、こうして」

「………ええ、いいわよ」

 

 母がそう言うと、娘はフッと瞼をおろした。

 それから数秒後には、寝息が聞こえてくる。

 すやすやと眠るその可愛い寝顔に、クラミーはフィールへの愛おしさが込み上げ、ギュッと強く抱き締めた。

 

(………あたたかいわね………)

 

 身体が密着し、感じ取る誰かのぬくもり。

 それを、今はこうして母親という立場で知ることが出来て、かつての自分と重ね合わせる。

 クラミーは薄目を開け―――胸の中にいる、自身とそっくりな容姿の娘を手放したくないと言わんばかりに、両腕に力を込め直した。

 

♦️

 

 翌日―――今まで夜更かししていたのを母親にあっさりと白状した妹にラシェルは「やっぱり」とぼやきつつ、その顔はまあ仕方ないという感じだった。ジャックとクリミアは揃って苦笑していたが、それを他所に、フィールはクラミーにくっついていた。

 

「今日はいつになく甘えん坊ね」

「……いいでしょ、甘えたって」

 

 拗ねたようにムキな口調だけど離れようとはしない娘に、クラミーはニッコリ笑い、父と姉二人も微笑む。

 フィールはクラミーに似てクールというイメージが強いが、その実家族と一緒の時はまるで別人のように異なるのだ。同一人物とは思えないほど、母親にべったりな甘えん坊さんな性格なのを他人の前では上手い具合に隠し、母親そっくりな雰囲気を身に纏わせる。

 とはいえ、まだまだ幼さや未熟さは存分に見え隠れしているため、クラミー達からすれば背伸びしている印象が強い。そこもまた愛くるしい特徴の一つだから、ついつい笑みが溢れてしまうのだが。

 

 そんな、何処にでもいるような幸せな家庭のベルンカステル家。

 ………だからこそ、この頃はまだ、誰も知る由などなかった。

 

 

 

 ―――もう二度と………当たり前のような日常は戻って来なくなるなんて。

 

 

 

♦️

 

 

 

 ある日のことだった。

 クリミアとラシェルが、他国で生活しているクラミーの弟・ライアンとその妻子が住んでいる邸宅に遊びに行っていた頃―――フィールは両親と一緒に、夜の散歩に出掛けてた。

 さっきまで夜空を彩っていた月が雲に隠れてしまって月明かりが消えたため、杖先に小さな灯りを灯して夜道を歩くことにした。

 ライアンがクリミアとラシェルをベルンカステル城に送り届けてくれるので、直接ベルンカステル城に帰れば問題ない。そろそろ帰宅しようかと『付き添い姿くらまし』をするため、ジャックはフィールの方へ手を伸ばした。

 が、その直後。

 背後に人の気配を察した矢先―――突然フィールが倒れ込み、小さく呻き声を漏らしながら、幼い身体をくの字に曲げた。

 

「フィール………!?」

 

 クラミーは膝をつき、痛みに端正な顔を歪めるフィールを仰向けにさせた。

 ジャックは素早く振り返り、灯りのついた杖先を暗がりに向けて―――眼を見張った。

 

「お前らは………!」

 

 そこに立っていたのは―――黒いローブを羽織りフードと仮面を装着した連中。

 数年前、幾度となく激戦を繰り広げてきた闇の帝王の思想に賛同し、忠誠を誓った闇の魔法使いや魔女の特徴だ。

 その者達に、二人には見覚えがありすぎる。

 そう―――現れたのは、死喰い人(デスイーター)だった。

 

「久々だな、ベルンカステル家の者よ」

「貴方達、これは一体何の真似よ!?」

 

 クラミーは杖を抜き出し、構える。

 彼女の綺麗な顔には、隠しきれない怒りが滲み出ていた。

 彼らは自分や弟妹の両親を殺した闇の帝王に仕える連中だ。命を落とした両親の無念を晴らすべく、クラミーやライアンは闇祓い(オーラー)という魔法界におけるスペシャリストになる道を選び、1970年代に第一次魔法戦争が勃発した際はダンブルドアが結成した『不死鳥の騎士団』にも入団し、母が示した勇敢なる姿勢を引き継ぎながら暗黒の勢力に対抗した。

 

 そして数年前―――1981年10月31日、ハリー・ポッターによって最強の闇の魔法使い・ヴォルデモートは破れた。

 それ以後、残された死喰い人による暗躍などは生じていなかったのだが………目の前には、紛れもなくあの闇の魔法使いが立っている。

 ジャックは妻と娘を庇うように前に一歩踏み出し、死喰い人数人と向き合う。

 

「何が目的で此処に現れた!?」

「無駄話はこのくらいにするか。詳しい話をお前にする義理などないからな。―――さっさとその娘を我々へ寄越せ。我々の手でベルンカステル家の者を一人殺れば、いい手土産になる」

 

 死喰い人は、遠目から自分達を見る小さな女の子との取引を言い渡してきた。

 フィールは見慣れない仮面を被った大人が杖を構えて野望に満ちた眼差しで自分自身を見つめてくるので、得体の知れない何かを感じ、背筋に悪寒が走る。

 

「ふざけるな! 俺らの大事な子供を、お前らの手に渡すなんて真似、死んでもするか!」

 

 ジャックの鋭い声が、閑静なこの場に響く。

 彼は肩越しからクラミーに向かって叫んだ。

 

「クラミー! フィールを連れて逃げろ!」

 

 先手必勝。

 ジャックは杖を振るい、無謀にも数人の死喰い人を相手に単身で戦いを挑んだ。

 

「ジャック、一人でなんて無茶よ!」

 

 クラミーはすぐには動けず、本能的な動物のように猪突猛進した夫に、後ろ髪引かれる思いで立ち竦んでしまった。

 しかし、

 

「走れ! コイツらは俺が食い止める!」

 

 背中越しに鋭く叫んだその声に―――命を投じてでも娘を護りたいという父親としての強い気持ちを読み取った。

 それを機にクラミーは後ろを振り向き、ふらふらと立ち上がった幼いフィールを抱き上げ、脇目も振らずに薄暗い夜道を駆け出した。

 

「くそっ、逃げたぞ! 追え!」

 

 死喰い人の一人がそう命じ、逃走した二人を追跡しようとするが、

 

「お前らの相手はこの俺だ! これ以上先に行きたかったら、俺を殺してからにしろ!」

 

 と、クラミーとフィールから意識を逸らすようにジャックが挑発し、妻が娘を連れて逃げ出す時間を少しでも長くするべく、果敢に追撃して敵の進行を阻止した。

 

「フィール! しっかり掴まっていなさい!」

 

 言われるがままに、フィールはクラミーの胸にすがる。その隙間から僅かに見える、死喰い人と戦っている父の背中をただ見ることしか出来ない自分に歯をギリギリ噛み締めつつ、恐怖心が芽生えて、ギュッと強く目を閉じた。

 遠ざかっていく二人の後ろ姿を遠目に、死喰い人は舌打ちする。

 と、その時だ。

 唐突に、身体の芯まで凍り付くほどの寒気を敏感に感知した。

 

「! まさか………」

 

 ジャックは上を見上げる。

 そこには、背の高く黒い頭巾を被ったおぞましい姿形の闇の生物―――吸魂鬼(ディメンター)が月夜の上空を飛来していた。

 吸魂鬼は、先程クラミーがフィールを抱いて走り出した方角へと真っ直ぐ飛んで行く。

 ジャックは思わず意識がそちらに逸れ―――ハッと気付いた時には、死喰い人が放つ呪いが目前まで迫っていた。

 

 フィールが今肌で感じてるのは、母親の荒い息遣いと、突如押し寄せてきた寒気。

 同時に沸き上がるのは、もう二度と幸せになれないような不快感………。

 

(まさか………!)

 

 クラミーは謎の悪寒の正体に気付き―――地面を蹴る力を倍にして加速した。休む暇もなく走り続けているため、更に息が上がる。倦怠感に少しずつ身体が見舞われ、一瞬でも気を抜いたら走れなくなってしまう………。

 だから、クラミーはフィールを離さないように両腕に力を込め直す。

 この一直線の道、振り返ったら終わりだ。

 なので、クラミー自身肩越しから覗くなんて行為はせず、ただひたすら駆け抜けた。

 だが―――

 

「―――ッ!!」

 

 突然、クラミーの顔が苦悶に歪み―――フィールの幼い身体は、宙を舞った。

 いきなりのことにフィールは受け身を取れるはずがなく、地面に身体を強く打ち付けられる。

 

「お母さん!?」

 

 フィールは叩き付けられた衝撃による鈍い痛みに構わず、急いで振り返り………眼に飛び込んできた残酷な光景に、言葉を失った。

 大好きな、お母さん。

 そのお母さんが、黒く蠢く物体によって動きを封じられ、口元から青白く輝く球体が吸い出されていく。

 クラミーは数多くの辛い記憶が脳裏で甦り、幸福な想い出を考えられない。それはすなわち『守護霊の呪文』で吸魂鬼を退散させるだけの余力が残っていないのを意味している。

 母の顔から、血の気がどんどん引いていく。

 吸魂鬼が最悪の武器『吸魂鬼の接吻(ディメンター・キス)』でクラミーの魂を全部喰らおうとしてるのだ。

 

(お母さんを助けないと………!)

 

 フィールは地面に手をついて起き上がり、その場から飛び出した。

 母親を救いたい気持ち。

 それだけが、フィールを突き動かした。

 しかし………如何に勇気があろうとも、彼女はひ弱な5歳の女の子に過ぎない。

 無慈悲な闇の生物に抗うだけの実力など、持ち合わせてなどいなかった。

 走り寄ってきたフィールを至高の獲物と認めた吸魂鬼はクラミーから離れ、無垢な少女の綺麗な顔に迫り、ガラガラと音を立てて、大きく息を吸い込む。

 

 その瞬間。

 言い様がない不快感と凍え死ぬくらいの冷気に直に当てられた。

 冷たい腕が、彼女の頬へ伸ばされる。

 そうして、雪のように白い肌でに触れ………吸魂鬼の、ぬくもりを一切感じられない冷たい感触が彼女の身体の芯まで染み込んだ。

 

「ゃ………」

 

 フィールはゾクッとし、この上ない絶望感が幸福感で満ち溢れていた心を塗り替えられる。

 自分の口元から魂を奪われる感覚を覚えた。

 冷たい空気が肌に触れ、肌そのものの体温を全て奪い取られ、氷みたいに冷ややかになる。

 フィールは思わず―――

 

「イ………ヤ………助け………て………」

 

 魂を喰われるというおぞましさに、屈辱の助けを懇願してしまった。

 フィールは母親を助けないという気持ちから移り変わった哀願に、憤りを抱きながら―――涙が一筋、頬を伝う。

 自分へ対する怒りや悔しさがごちゃ混ぜになってしまったがために、熱い雫が流れた。

 

「………ッ!」

 

 フィールが涙する姿を見たクラミー。

 薄れ行く意識の中―――ハッキリと、その泣き顔を瞳に捉えた。

 

 ―――そうだった………わたしには、護るべき子供がいる………!

 

 愛する娘を、命を賭してでも護り抜く。

 それが、わたしに出来る最後の抵抗だ。

 指先すら動かすのが億劫だったのに、それが嘘のように全身が動き―――地面を力強く蹴ってその場から飛び出し、硬直しているフィールを渾身の力で思い切り突き飛ばし、吸魂鬼から引き離した。

 

「逃げなさい! フィール!」

 

 最後の力を振り絞って腹の底から叫んだ、母の鋭い声。

 吸魂鬼はその意味を理解しているのか、再びクラミーの顔に自分のそれを近付け、口元から極上のエサに喜んで喰らい付く。

 

「お母さん!」

 

 突き飛ばされて地面を転がったフィールは激しく後悔する。

 「助けて」と呟いたばかりに、母は自分を庇ってしまった。

 フィールは起き上がろうとするが、身体が震えて上手く動けない。その間にも、吸魂鬼はクラミーの魂を吸い取っていく………。

 

 

 

エクスペクト・パトローナム(守護霊よ来たれ)!」

 

 

 

 不意に。

 吸魂鬼を唯一追い払う『守護霊の呪文』を詠唱する男の叫び声がビリビリと響き渡った。

 銀色の巨大な獅子が吸魂鬼に襲い掛かり、遥か彼方へと弾き飛ばす。

 やがて、姿が見えなくなったら、白銀のライオンは銀白色の残像を残しながら消滅する。

 

「クラミー!」

 

 吸魂鬼を追い払ったのは、ジャックだった。

 ジャックはつい先程死喰い人を全て撃退し、こうして急行してきた。

 近付いていく内に吸魂鬼が愛する妻の魂を吸っているのを捉え、咄嗟に有体守護霊を呼び出して撃退したのだ。

 此処に来るまでに体力を使い果たし、満身創痍だった状態で大量のエネルギーを消費したせいで息が荒くなり、肩が大きくする。

 着ている服は、激戦でボロボロであった。

 

「お父さん………!」

 

 頼もしい救世主の登場に泣き叫びつつ、フィールは吸魂鬼が遠くへと飛んで行った瞬間、幾分かマシになった身体を気合いで動かし、糸が切れた操り人形のように崩れ落ちた母の側へ駆け寄り、その身体を揺さぶった。

 

「お母さん! お母さん!」

 

 どれだけ呼び掛けても、母は返事しない。

 生気が失われた紫瞳で、冷たく地面に横たわっている。

 フィールの溢れんばかりに流れた熱い涙が、クラミーの胸元に滴り落ちる。

 その暖かい涙で失われた体温を取り戻せたのならばどれだけ嬉しいことかと、フィールはぼやけた視界の中で嘆いた。

 二人の元へ、ジャックが駆け寄ってくる。

 ―――もう少しで父親が此処に辿り着く。

 そう思ったフィールに、更なる追い打ちが掛けられる出来事が起きた。

 

「ぐあっ………!」

 

 フィールとクラミーから少し離れた場所。

 そこでジャックは呻き声を上げ、そのボロボロな身体から大量の血が噴き出し、危うく彼は倒れそうになったのを必死に踏ん張った。

 

「お父さん………!?」

 

 フィールは急に父の身体から鮮血が迸ったのを目の前で見て、涙で濡れた両眼を剥く。

 ジャックは膝をつき、苦しげな声を漏らしながら、誰が撃ってきたのかと、背後に眼を凝らす娘同様に肩越しから振り返り………ついさっき追い払った死喰い人の一人だとわかると、忌々しそうに舌打ちした。

 

「くそっ………まだ、残ってたか………」

 

 血を吐きながら、苦々しげに呟く。

 フィールは未だに頭の整理がつかず、ただただ父の身体から流れる紅い液体特有の鉄の匂いが充満していくその場で硬直した。

 が、ようやく、死喰い人が父を殺そうとしたと理解すると、金縛りが解けたように動き出した。

 

「お父さんを殺さないで………!」

 

 硬直した身体を動かし、眼に涙を光らせて決死の頼みで、血まみれの父と殺害しようとする死喰い人の間に割り込み、懇願する。

 けれども、その悲痛な叫びは届かなかった。

 死喰い人は細長い杖を振るい―――杖先から、黒く禍々しい、槍のように尖った閃光を発してフィールの左胸を狙ったが………。

 

「―――ッ!」

 

 父に身体を抱き寄せられ、強く抱かれる。

 血に染まった父の胸に耳と頬が押し付けられ、そこから聞こえてくる心臓の鼓動と背中に回された腕の強さを感じた直後。

 

 父はグッサリと閃光に刺し貫かれた。

 

「あ…………お、お父さん………………」

「………ッ」

 

 むせ返りそうになる、鉄の匂いの中。

 おびただしい量の血飛沫を上げ、紅に染め上がる場景。

 嫌になるほど耳を打つ、早鐘を打つように早まる死期報せる鼓動。

 べったりと身体に纏わりつく血の感触が、細胞の隅々まで絡み付いてきた。

 絶望に染まったフィールの声がジャックの耳を打ち、彼は片腕で娘を抱くと、もう片方の腕を後方に向け、背中越しに死喰い人へ魔法を撃った。

 

 油断していた死喰い人は反応に遅れ、強力な威力が込められた呪いを胸に受けて呻き声を上げる。

 死喰い人はよろめき、ギッと鋭い目付きになりながら杖を振り上げようとしたが………体力切れで腕が上がらないのと、此方に近付いている魔法使いの魔力を感知してこのままでは不味いと、『姿くらまし』をした。

 禍々しい気が消え失せ、本来の冷たい夜気を肌で感じるようになったが、今のフィールには血の感触と匂いしか感じられなかった。

 そんなフィールへ、虫の息のジャックが呟く。

 

「フィー…ル………―――」

 

 譫言のように娘の名を囁いた直後。

 つと消えた命の糸が切れた瞬間と同じくして、ジャックはフィールにもたれ掛かるように息を引き取った。

 

♦️

 

 世界の時間が止まった錯覚に陥った。

 自分自身の目の前で失った、母と父。

 フィールには、もう、自分のことですらわからなくなってきた。

 

 何故………両親がこんな目に遭わなければならない………?

 吸魂鬼に魂を奪われた母。

 死喰い人に殺害された父。

 フィールは、ゆっくりと辺りを見回す。

 

 雲が切れ、ほのかな月明かりでうっすらと照らされる、紅の場景。

 何処を見ても赤々しく、吐き気に襲われた。

 未だに………頭は混乱している。

 お願い………誰でもいい………。

 誰でもいいから…………………。

 

 

 

 

 ―――誰か………全部嘘だと言ってよ………。

 

 

 

 




【昔のフィール】
母親にべったりの甘えん坊な性格。
口調も本編と違って女の子らしい。

【ラシェルとの夜更かし&クラミーにバレる】
4章でのうろ覚えの記憶と回想はあんな感じに繋がっていた。

【悲劇の始まりは―――】
生き残りの死喰い人による襲撃から始まった。

【まとめ】
今回は3章でフラッシュバックした出来事の幾つかカットしてたシーンも含めてのフルバージョン。
次回はこの出来事の続編の予定。
前回もここで書きましたが、夏休みが明日明けるので次回以降の更新は遅れます。


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#75.惨事の爪痕

前回の続き。

★遂にPV10万突破(*´ω`*)!


 パリンッ………!

 と、リビング内にガラスが割れる音が響く。

 全員が一斉に音の発信地に視線を走らせた。

 そこには、右手に持っていたグラスをフローリングに落としてじっと手のひらを見つめている銀髪の少女が立っている。

 

「………ッ」

「ラシェル、大丈夫?」

 

 従姉のシレンが気遣って声を掛ける。

 

「………ごめん、なんか、手の力抜けた」

「疲れが溜まってるんじゃないか? 父さん、ラシェルとクリミアをそろそろ―――」

 

 が、ルークが言い切る前に。

 ラシェルは双子の妹に何かが起きたという警告音を鳴らす胸騒ぎに、大声で叫んだ。

 

「ライアン叔父さん! すぐにフィールの所に向かって!」

「え?」

「フィールに………身の危険が迫ってる! そんな予感がする!」

 

 ラシェルの必死な叫びに、ライアンは妻のセシリアと妹のエミリーと顔を見合わせる。

 彼女は冗談でそんな発言は絶対にしない。

 つまり、今の言葉は本当の可能性が高い。

 ラシェルとフィールは双子の姉妹だ。

 双子だからこそ、わかるものがある。

 

「セシリア、子供達を頼むぞ!」

「私と兄さんで探してくるわ!」

「わかったわ、気を付けるのよ!」

 

 ラシェル達を妻に託したライアンは、妹と共にフィールの居場所を探知して―――二人でそこに向かった。

 

♦️

 

 フランスから『姿現し』した二人は、雲が少し切れて半分ほど露になっている満月の月光を頼りに、駆け足で辿っていく。

 目当ての人物の気がどんどん弱くなっていくので走りつつも焦燥に駆られ、どうか間に合って欲しいと思いながらラシェルに言われた通りフィールを探し―――。

 到着するなり、二人はその場で固まった。

 

「………は…………?」

「………え…………?」

 

 ―――一体なんなんだ、この風景は………?

 微かな月下の元で戦慄する二人は、その存在感を黒雲から漏れ出る月明かりによってうっすら照らされる者達の風姿に眼を疑った。

 一人は血まみれで一人は横たわり………そしてあと一人は、魂が抜けたみたいに覇気がない。

 静かに横たわる黒髪の女性と力無く座り込んでいる少女の全身には、後者にもたれ掛かっている銀髪の男性のものだと思われる返り血をべったり浴びている。その周囲は鉄の匂いが充満し、辺り一面血の海と化していた。

 

 あまりにも酷すぎる光景に、ライアンとエミリーは口元を押さえて顔を背ける。

 痛々しい姿を本当はこの眼に焼き付けられたくなんかない。だけど、ほったらかしにしていたら駄目だ。

 ライアンは腹を括り、走り出した。

 遅れてエミリーもその場から駆け出す。

 いち早く辿り着いたライアンは未だに大量出血しているジャックを止血し、傷口を完全に塞ぐ。

 

「フィール! 一体何があったんだ!?」

 

 出せる限りの声で血を全身に浴びている姪にライアンは呼び掛けるが、彼女は反応しない。今度はエミリーが両肩に手を置き、呼び覚ますように揺すった。

 

「私達のこと、わかる!? 貴女の叔母のエミリーと、叔父のライアンよ!」

 

 エミリーも精一杯声を張り上げるが、いっこうに口は開かず、心此処に在らず、という言葉がピッタリだった。

 駄目だ………放心状態になるだけのショックを受けたのか、全く返答しない!

 何度も何度も絶望した瞳で上の空の姪っ子を揺すり、声を枯らしてでも呼び続けるを永遠と繰り返していたら―――フッと瞼をおろし、叔母の腕の中に倒れ込んだ。

 エミリーは気を失ったフィールを受け止め、意識が無いのを確認すると、兄と共に姉の親友が勤務している聖マンゴ魔法疾患傷害病院へ連れていこうと『付き添い姿くらまし』をして、その場から姿を消した。

 

♦️

 

 聖マンゴ魔法疾患傷害病院。

 そこでは癒者(ヒーラー)と呼ばれる、マグル界で言うなれば医者(ドクター)が勤務している魔法界の総合病院。

 その聖マンゴにはクラミーとジャックの親友の一人、ライリー・ベイカーが勤めている。ベルンカステル夫妻はよく聖マンゴに出向くので、他の癒者とも面識があった。

 そのため、クラミーの弟・ライアンと妹・エミリーが切迫感ある様子でダイレクトに『姿現し』してやって来たことに、近くに居た知り合いの癒者はビックリしてしまった。

 

「お、おい、一体何があったんだ!?」

 

 その癒者はライリーの同僚であった。

 彼は二人が此処まで搬送してきたベルンカステル夫妻とその子供に異常があると一目で察し、眼を丸くする。

 ライアンとエミリーは震えた声で事情を説明し―――まだ残っていた癒者に彼らを託すと、その癒者はライリーの元まで奔走した。

 

 休憩時間中だったライリーは、同僚から話を聞き及ぶとすぐに駆け付けた。

 ライリーが来る前にベルンカステル邸で待機しているセシリアに状況説明したライアンからの報せに、彼女は聖マンゴまでクリミアとラシェルを連れてやって来た。

 ジャックとクラミーがどうなったのかを伝えるのは心苦しかったが、誤魔化すのもはぐらかすのも無意味な行為なので、ライアンとエミリーがベルンカステル邸で全て話すからフィールをよろしくお願いしますと、深々とライリーに頭を下げ、聖マンゴを後にした。

 

「………………」

 

 誰も居なくなった静かな病室で。

 ライリーは一人、深くため息をついた。

 苦しげな表情で、ベッドの方を見る。

 そこには、ぐったりと眼を閉じて、時折魘されている様子が垣間見られるフィールが横たわっていた。

 その姿が痛々しく、ライリーは胸を締め付けられる。

 昨日までの、家族と共に過ごして幸せな気持ちでいっぱいだったフィールが、次に目を覚ました時―――どれだけの影響が及ばされているのか、それを考えるだけでライリーは先行く未来に暗い翳が差した気がした。

 

♦️

 

 日常に感じられなくなった日常。

 それは永遠に続くだろうと誰もが思った。

 昏睡状態だったフィールが一時的に意識を取り戻し、彼女の伝言を聞いたライリーの証言を機にあの日の出来事をメモリアル家の少女の先行的な能力を借りて、その眼に焼き付けられた。

 見終えた人達は、言葉に出来ないほどの殺意と困惑に駆られた。

 死喰い人の奇襲と吸魂鬼の襲来による、残酷な悲劇。

 あの夜の一部始終を見た者達は心にポッカリと穴が空いたような喪失感に見舞われ、何かを始めようとする気力が沸かなくなるほど強い衝撃を受けた。

 

 ………その中でも、フィールが特に酷かった。

 聖マンゴから退院した後―――心に深い傷を負った彼女は自分の殻に閉じ籠り、誰とも口を利かなくなってしまったのだ。

 ラシェルやクリミア、ライアンが何度もフィールに話し掛けるが、心此処に在らずという言葉がピッタリなほど、彼女は魂が抜けたみたいに茫然自失としている。

 常に眼の焦点が合わず、歩く時なんかはふらふらしていて、壁に衝突しないかヒヤヒヤするほとだ。

 突然の惨劇で両親を失ってしまった直後だから気持ちの整理がついていないのだろう。二人のことが大好きだったために、その反動は凄まじかった。

 

♦️

 

 本格的にフィールが激変し、深い確執と爪痕が生まれたのは、父のジャック・ベルンカステル葬儀終了後だ。

 

「お前のせいで、兄さんは………!」

 

 静寂に包まれていた墓場に響く、男の声。

 静まり返った空気を切り裂くように叫んだ声の主は、終始父の葬式で泣いていた小さな女の子をドンッと突き飛ばし、キッと鋭い双眸で見下ろした。

 

 彼の名は、アレック・クールライト。

 ジャックの弟で、純血の名家の資産家・クールライト家の次男だ。

 アレックは今、烈火の如く怒っていた。

 自慢の兄の死因―――それは、姪の存在。

 娘を護ろうとした親の愛が、その尊い命の糸を若くして切らすことになった。

 だから、フィールのせいでジャックは死んだと怒りで我を忘れているアレックは、沸々と沸き上がるどす黒い感情に身を任せ、身体の底から声を絞り出す。

 

「お前が………お前が………!」

 

 怯えたように見上げる、姪っ子の蒼い瞳。

 その瞳は、亡き兄とそっくりで―――尚更癪に障ったアレックは、あらんかぎりの声で悲痛の叫びを訴えた。

 

 

 

「お前が死ねばよかったんだ………!!」

 

 

 

 血の繋がりがある叔父からの暴言。

 そのあまりにも酷すぎる発言は、まだまだ幼いフィールの傷付いた心に更に亀裂を深く刻み込むには、十分過ぎるほどの威力だった。

 

(私が………死ねば………よかった………?)

 

 アレックに責められた言葉が頭の中で残響となってリフレインされる。

 

 お前が死ねばよかったんだお前ガシネバよかったんだオマエがシネバよかったんだオマエガシネバヨカッタンダ………―――。

 

「いや……止めて……もう止めて………」

 

 フィールは頭を抱える。

 今まで、姪として可愛がってくれた叔父からのそのような発言に、亀裂が入っていた精神が余計に切り裂かれていく錯覚に陥った。

 家族を奪われたショックと憎しみを胸の内側で渦巻かせていたフィールの中で………精神的な限界を迎えた彼女はナニかが弾け飛んだ。

 

♦️

 

 ジャックの埋葬が終了した翌日。

 帰宅後、いつも通り部屋に籠ったフィールを励まそうとラシェルが扉前まで赴いた。

 

「フィール、元気出してよ。フィールがそんなんじゃ、私達も落ち込んじゃうよ!」

 

 元気をなくした妹を励ましたい姉心から、声を張り上げて、彼女の耳に届いて欲しいと扉越しから願う。

 すると―――ゆっくりと扉が開いた。

 ラシェルは、自分の願いが届いたと思い、表情を綻ばせる。

 だが、その割りには、瞳が冷たかった。

 

「フィール、皆で一緒に朝食を食べよ―――」

 

 ラシェルは腕を掴んでリビングまで連れ出そうとしたが、その手をフィールが乱暴に振り払って睨み付けた。

 

「私に触るな。早く退け」

「え………………」

「朝食を摂るなんて暇があるなら、魔法の練習をする方がマシだ」

 

 ―――目の前に居るのは、本当にフィールなのだろうか?

 言葉遣いから雰囲気まで、まるで誰かと入れ替わったみたいに別人である。

 愕然とする姉を尻目に、フィールは数多の呪文や呪いが記載された蔵書を読破し知識と技能を身に付けるべく、ベルンカステル城に設備されている大図書館へと向かった。

 

 

「ラシェル、フィールはどうした?」

 

 リビングに居たライアンは、フィールを連れてこようとしたラシェルが一人だけで戻ってきたので、首を傾げる。

 ラシェルは力無さげに、ソファーに座った。

 

「……………………」

「………ラシェル?」

 

 姪の様子がおかしいと察したエミリーが声を掛けるが、ラシェルは呆然としたままだ。

 ラシェルは、先程のフィールが自分を突き放した際に発した言葉が頭から離れなかった。

 

 ―――私に触るな。早く退け。

 ―――朝食を摂るなんて暇があるなら、魔法の練習をする方がマシだ。

 

 齢5歳の少女とは思えない、鋭い口調。

 ラシェルは、フィールがフィールでないように感じ取って、双子の妹との距離が急激に遠くなったと、虚な瞳で叔母達を見上げた。

 

♦️

 

 クラミーが廃人となり、その主治癒はライリーが担当した。ライリーによると、今のところ異常は見当たらないので、容態に関する問題よりも次期当主について多少揉めた。

 ベルンカステル三人姉弟の長男のライアンが「僕が当主になる」と提案したのだが………そこでなんとフィールが反対し、「私が当主になる」と言った。

 

 当然、ライアンやエミリーは大反対した。

 まだ幼い姪っ子が一族の最上位の立場に君臨するなど不可能に近いし、心の傷も癒えてない彼女がそんな堅苦しいポジションで更なる苦痛など味わって欲しくなかったからだ。

 でも、既にフィールには決心を固めた人間特有の頑なさと揺る気のない想いを秘めていて、どんなに説得されても首を横に振らなかった。

 

 クラミーは、大好きな家族にはそれぞれ好きなことをして自由に生きて欲しいという願いから当主になる役目を自ら引き受けた。

 フィールは、その気高い遺志を娘である自分が受け継ごうというのと、全ては自身のせいで引き起こしてしまった悲劇だからそれに見合う償いを払うと、幼い子供とはとても思えない決然とした姿勢を示した。

 

 ライアン達は、信じられない気持ちだった。

 自分の殻に閉じ籠りつつも当主という立場の責任感を抱き、笑顔を全く浮かべず、どんなに苦しくとも決して弱音を吐かない彼女を見ていると、家族に甘えん坊な性格だったフィールとは一ミリたりとも思えなかった。

 

 フィールの豹変ぶりに驚愕したのはベルンカステル一家だけでなく、関係者のライリーも同じ気持ちで………自分の娘と同い年かと、親友の忘れ形見を見る度に何回も疑うようになった。

 今までとまるで違いすぎる眼光や雰囲気に、本当にあのフィールなのか、それさえもわからなくなったくらいにガラリと豹変したからだ。

 それだけじゃなく、フィールは度々身体の至る部分で怪我を負うようになった。

 

 その理由は、過度な魔法の鍛練が原因だ。

 幼い身体には到底耐えきれないほどの魔力を行使し、限界まで追い詰める。そんなレッスンを力尽きてぶっ倒れるまで長々と繰り返しているようで、傷痕がハッキリと目立っていた。

 しかし、どんなに練習しても強大な力を中々上手くコントロール出来なくて、フィールは独り訓練部屋で泣き、床にひれ伏せ、自分の無能さを嘆いた。

 

 常に生傷が絶えず、むしろどんどん酷くなっていくフィールに何人かの癒者は不気味に感じて自然と嫌そうな表情を浮かべ、そのような気味の悪い少女には極力近寄りたくなった様子を誰が見てもわかるくらい表面上でも示した。

 が、前々から精神が歪になって全ての感情を捨てられるようになったフィール本人は他人からの恐怖と軽蔑が入り交じった眼差しや遠くからのヒソヒソ話などモロともせず、廃人となって聖マンゴで入院しているクラミーの病室まで見舞いに出向いた際には、冷たく冷えた母親を細い腕で抱き締める。

 ある意味その時だけが、当時のフィールが見せた淋しさや苦しさといった負の感情が露になる瞬間でもあったと、癒者の中で唯一彼女を陰から見守ってきたライリーは思った。

 

 フィールの恐ろしいほどまでの様変わりに誰もが衝撃を受け、どうしてあんなにも変わってしまったのだろうと毎日疑問が渦巻き―――普段通り接すれば彼女も元通りになるかも知れないと、大層な期待は出来ぬ小さな希望にすがって実行してみたが、やはりというか、フィールが満面の笑顔を浮かべることはなかった。

 ライリーは、異常なくらい肌が白くて華奢な肉体であるフィールに食事はどうしてるのかと尋ねてみるが、彼女は口を割らなかった。そのため、代わりにライアン達に訊いてみると、どうやら料理をほとんど口にしなくなったことが発覚した。

 そんなのは馬鹿げていると、事の事情を知ったライリーは怒った。

 

 5歳と言えば、栄養や食事を疎かにするなんて言語道断という年頃だ。

 自らそれを拒否するとは何事か。

 ライリーはとにかく何でもいいから食べさせようとカフェテリアに誘い―――数十回目の誘いでようやくフィールは折れてくれた。

 そうして、二人でカフェテリアに行き、メニューを注文する。料理が運ばれてくるまでの間にライリーは他愛もない話題を振ってフィールを笑わせようとするが、彼女は笑ってくれなかった。

 抱懐している感情は無表情の顔からは計り知れず、機械のような無機質な印象がある。

 それでも、血色は食事前に比べれば断然マシになったので、ライリーはホッとした。

 

「フィールちゃん。ちょっとは気持ちが楽になった?」

 

 近くにあった椅子に座らせてライリーはフィールと目線を合わせ、そう訊く。

 フィールは会釈した。

 その仕草はすなわち「はい」という意味なのでライリーは優しげな笑みを浮かべる。

 

「それならよかったわ」

 

 ライリーはフィールの頭を撫でる。

 と、その時だ。

 

「ねえ、あの娘じゃない? ほら、黒髪の」

「ああ、ちょくちょく此処に来る不気味な女の子でしょ? ライリーったらよく近付けるわよね。あんな娘と一緒に居て恥ずかしくないのかしら」

 

 謎の深手が四六時中全身に残存するフィールに嫌悪感を持つ癒者二人が、わざと聞こえるように悪意に満ちた言葉を言い合う。

 ライリーは同僚達の悪質な行為に腹が立ち、一発文句を言ってこようと視線を走らせると、フィールが手を払い除けてきた。

 

「………もう帰ります。今日はありがとうございました」

 

 小声で礼を言ったフィールは立ち上がった。

 これ以上自分が此処に居て、何にも関係のないライリーに迷惑を掛けられないと、ふらつく身体に鞭を入れて、帰ろうとする。

 が、ライリーは軽くフィールの肩を押して再び座らせると、怒りを滲ませた表情を維持した状態で同僚二人の元まで歩いた。

 

「貴女達。それ以上あの娘の陰口を言ったら許さないわよ。私達は癒者よ。人の苦しみをしっかりと受け止め、親身に寄り添い支えてあげるのが、何よりも大切にするべきことなんじゃないのかしら?」

 

 ライリーの強い瞳と語気に気圧されたのか。

 二人はバツの悪そうな顔でチラリとフィールを見ると、そそくさに立ち去った。

 全身の緊張を解いたライリーは、フィールの所まで戻る。すると、先程に続いて珍しく彼女が口を開いた。

 

「………ライリーさん」

「ん? なにかしら?」

「もう、私なんかに構うな」

「え………?」

「私のせいで、ライリーさんに迷惑が掛かってしまう。だから、ほっといてくれ」

 

 フィールは冷たい声音で言うと、椅子から腰を浮かしてライリーに背を向ける。

 しかし、ライリーはフィールの腕を掴み、引き戻した。

 

「フィールちゃん。私は迷惑だなんて少しも思わないわよ。あの人達が何と言おうと、私はフィールちゃんの味方だから」

「そんなの、建前の言葉でどうにでもなる。私を庇うなんて真似は二度とするな」

 

 バッサリと一刀両断したフィールは乱暴に振り払うと、肩越しから振り返ろうともせずに、さっさと歩いていく。

 しかし―――。

 

「………ッ」

 

 ギュッ、と後ろから抱かれる感覚を覚えた。

 顔のすぐ横で、ライリーの息遣いを感じる。

 ふわりと、ライムグリーンのローブから漂う爽やかな香りが鼻腔をくすぐる。

 不思議とその香りは心を落ち着かせ、そして癒してくれた。

 

「悪いけどね………それは約束出来ないわ。貴女がどれだけ私を冷たく突き放しても、私が貴女を突き放すなんて真似は、死んでもやらないから」

 

 抱き締める腕に力を入れ、ライリーは言う。

 一瞬にして涙腺が脆くなったフィールは、このままでは泣いてしまうと直感し、自分を押さえ付ける腕から逃れようとするが、ライリーがそれを許さなかった。

 

「泣きたかったら存分に泣きなさい。これまで、泣きたくなるのを我慢してきたのでしょう。泣き止むまで待ってあげるから、今は全部吐き出しなさい」

 

 意識なのか無意識なのか。

 フィールはそっと、振り返る。

 そこには、金色の瞳でこちらを覗くライリーの顔があった。

 ライアンとエミリーと同じ色だけれど、その瞳に滲む優しさは、紛れもなくライリーだけが持つもので。

 

「う、あ………うぐっ………ああぁぁぁ………」

 

 気付いた時には、涙を流してライリーの胸に飛び込んでいた。

 フィールはライリーの胸に泣き顔を埋める。

 熱い雫が、自身の頬も彼女の胸元も濡らす。

 清潔感のある優しい香りに傷付いた心の癒しを求めるように、フィールはライリーの胸に甘えて泣き続けた。

 ライリーは敢えて何も言わず、左手でフィールの頭を抱え、もう片方の手で最低限の嗚咽を堪えて震える彼女の背中を優しく撫でた。




【ライアン達Side】
ラシェルの胸騒ぎを元に急行。
聖マンゴでのやり取りは4章の通り。

【豹変したフィール】
他人との触れ合いを嫌ったのも、ぶっきらぼうな口調になったのも、時折見せる乱暴な一面も、全ては家族を奪われたショックと憎しみと血縁者からの暴言によって、それまでの人柄をガラリと変えるトリガーとなった。

【フィールが自ら当主になった訳】
母親の遺志を受け継ぐの他に、自分の存在がきっかけで悲劇が生み出されたからそれ相応の償いを払うという理由もあったから。

【ライリーの性格は】
娘のクシェルだけじゃなく、フィールにも多大なる影響力を与えていた。

【更新遅れてすいません】
リアルが忙しくて中々更新出来ずすいません。その他に次に投稿する作品の書き溜め作業もしてるというのもあって執筆が遅延。年明けまでにはなんとか1弾完結を目指して頑張ります。

【まとめ】
今回は短編集スタイルでの前回の続編。
次回は違う人物Side(○○○○)でお送りする過去編②の出来事の回。


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#76.碧の出会い

過去編②。


「………フィー?」

 

 いつの間にか、歩みを止めていたフィールに気が付いたクシェルは後ろに振り返った。

 振り返って見ると、フィールがある部屋の扉に掛かっているプレートをどこか遠い眼で凝視していたので、何を見ているのだろうかと、クシェルは元来た道を引き返す。

 そして、フィールの隣に来て、友人の目線の先に視線を走らせたクシェルは翠色の両眼を僅かに見張った。

 そこには、こう書かれていた。

 

「『Kurami(クラミー)()Bernkastel(ベルンカステル)』………」

 

 そう………プレートに記されていたのは、フィールの母親の名前であったのだ。

 

「………私のお母さんの名前。この部屋に、廃人となったお母さんは移送された。………今でもこのプレートが掛けられていたのは、初めて知ったけど」

 

 哀しみを含んだ声音で、母親が廃人と化して聖マンゴに入院してたとは知らないであろうクシェルへフィールは教えた。

 本当は、クシェルはクラミーがどんな末路を辿ったのかを断片的に知っていて、フィールから詳細を聞くまではそのことをおくびにも出していないだけなのだが………。

 そんなことは露知らずのフィールはまるで何かに誘われるような仕草で病室の扉を開けて、静かに部屋の中に入った。

 

 そこは、患者を寝かせるベッド以外の家具はあまり置かれていない質素な室内である。

 灯りはついていないのでとても暗く、開いた扉から差し出す光によって、うっすらと部屋の中を照らすくらいだった。

 部屋の突き当たりの壁際まで歩いたフィールは見下ろす形で顔を伏せた。

 母親が息を引き取る前―――フィールは度々見舞いに此処までやって来た。クラミーが死亡した後は、もう訪問する必要がなくなった聖マンゴには一度も来なかったのだが………。

 

「………フィー―――」

 

 クシェルは、決意した。

 今までは、悪いと思って訊いてこなかった、フィールの過去を知ろうと。

 本当の意味で、彼女を受け止めようと。

 そのためには、過去を知る必要性がある。

 そう思ったクシェルは意を決し、フィールに話し掛けようとしたが………。

 

 ―――? どしたの?

 ―――なんで………泣いてるの?

 

 ハッ、と開きかけた口をクシェルは噤んだ。

 今………何故か、不意に頭の中で響いた、自分自身の声。

 それは、胸の奥に漠然とした懐かしさを呼び起こした。

 クシェルは、フィールの背中を見つめる。

 今となっては見慣れた長い黒髪の後ろ姿。

 だが………その背を見続けている内に、クシェルはこれまでハッキリとはしなかった記憶を鮮明に思い出した。

 

♦️

 

 闇祓い(オーラー)の父親と癒者(ヒーラー)の母親を持つ、一人の少女がいた。

 元気よくピョンピョンはねた明るい茶髪は母親譲りで、明るい翠色の瞳は父親譲りだ。

 身に纏うアクティブ感溢れる雰囲気も活発的な性格の父親とそっくりな少女―――クシェル・ベイカーは、両親が激務の関係で家には誰も居ないことが多々あって、普通の家庭の子供よりも孤独感を味わっていた。

 遊んでくれる時は確かにあるが、それでも回数は少ないし、急な仕事で家を出るのもしばしば。

 そういう場合、クシェルは決まって元気に送り出すが、その笑顔の裏ではまた独りになるのかと悲しさや淋しさを募らせた。

 クィディッチが大好きなファンで、クィディッチ関連の本やグッズは部屋にズラリと並べられているほどのマニアだから、暇な時はそれらで時間を潰したりして気を紛らわそうとするが、淋しい想いは晴らせなかった。

 

「………退屈だなぁ」

 

 今年で6歳を迎えるクシェルは、さっきからベッドの上でゴロゴロと何をする訳でもなく寝転がっていた。

 部屋を見回せば、クィディッチに関係があるアイテムに囲まれていて、眺めるだけでも楽しいのだが、遊び盛りの年頃なので、見るよりも動きたかった。

 リビングに降りても、両親はまだ居ない。

 というより、何故だか知らないが母親のライリーが去年の今頃からほぼ毎日聖マンゴに赴くようになったので、クシェルは尚更遊ぶ回数が激減したことへの不満を持っていた。

 

「あー、暇だぁ………」

(箒に乗るのも、お父さんかお母さんが居る時じゃないと乗っちゃダメって言われてるし、何にもやることないじゃん………)

 

 つい先日、無断飛行したのがバレた際、母親にこっぴどく怒られてしまった。

 他の家庭なら、クシェルくらいの年齢でも別段咎められない一家もあるのだが、ベイカー夫妻は魔法界においての重労働な仕事に勤務にしているので、家を留守にするのが多い。

 そのため、万が一クシェルが怪我をしても、それを治してくれる人がいないのだ。一人娘なだけに、ライリーとイーサンはちょっと過保護な所がある。

 来年までは保護者付きというのが条件だ。

 次に無断飛行したら、1ヶ月間おやつ抜きだと言い渡され、クシェルは渋々約束を守ることにした。

 とはいえ、箒に乗ること以外で大幅に時間を潰せるものがあるかと言えばそうでもなく………クシェルは、とにかく遊びたい精神が有り余っていた。

 

 ある日のことだった。

 

「遊び相手になって欲しい?」

 

 母親のライリーから、そう頼まれた。

 話を詳しく聞くと、自分と同い年の女の子がフレンドリーな性格のお姉さんと違って他人と友好関係を築こうとしないため、その娘の遊び相手になって、ちょっとでも友情や絆を育むことの大切さを知って貰いたいとのことだ。

 

「ちょっと冷たい感じはするけど………でも、根は良い子だから、お願い出来る?」

「うん、任せて!」

 

 クシェルは大きく首を縦に振る。

 今まで、誰かと一緒に遊んだことがなかったクシェルは同い年の女の子と遊べると聞いて、嬉しく思った。

 まだ会ったことはないけれど、その娘とどんなことをして遊ぼうかを考えていたら、その日の夜は考え疲れてすぐに眠った。

 

♦️

 

 英国魔法界の総合病院・聖マンゴ。

 今一番の人気癒者として慕われているライリーと魔法省きっての超エリートでイケメンの闇祓いの夫・イーサンの一人娘であるクシェルは、大人達から大いに可愛がられた。

 クシェルは数多くの大人に囲まれて多少緊張感は持ちつつ、父親似の明るい笑顔を浮かべ、激務で疲労が蓄積しやすい癒師達にとっては、可愛らしいクシェルは癒しの存在としてちょっとしたマスコット的扱いだった。

 さて、それはさておき―――。

 

「私とイーサンの娘、クシェルよ」

 

 と、ライリーは黒髪の少女―――フィール・ベルンカステルに自分の娘クシェルを紹介したが、彼女はクシェルの顔を見ようともせず、ただ聞き流しているような様子だった。

 

「クシェルとフィールちゃんは同い年だし、親近感が沸くかもしれな―――」

「ライリーさん、いいですからそんなの」

 

 微かに苛立ちを込めたトーンで遮り、フィールは二人に背を向けてすたすたと歩いた。

 フィールはいつも通り、母親のクラミーの見舞いに聖マンゴを訪れた。見舞いも終わり、魔法の訓練をするべくベルンカステル城に帰宅しようとしたら、ライリーに引き留められた。

 一体何かと思えば、そんなことかと、フィールは余計な時間を食われてイライラする。

 ライリーはまさかの対応に戸惑ったが、クシェルは気にした様子もなく、フィールの背中を追い掛け、その肩に手を置いた。

 

「待ってよ、私、まだ貴女の名前を聞いていない―――」

「教える必要なんてないと思うけど?」

 

 肩越しから睨んできた、鋭い蒼眼。

 普通の人ならその眼が怖く、肩を強張らせるものだが、生憎クシェルには通じない。

 頬を膨らませ、口を尖らせる。

 

「なんでさ。私、貴女と仲良くなりたいのに」

 

 拗ねた口調で言い返したクシェル。

 まさかそのような返事をしてくるとは予想外だったのか、フィールは面食らった顔になる。

 が、それもほんの一瞬だけで。

 不機嫌な面持ちを作り、無言で肩に置かれた手を乱暴に振り払うと、素っ気なく歩いた。

 ―――これでもう追ってこない。

 そんなフィールの計算は、儚く消え去った。

 

「………ッ」

 

 左腕をグッと掴まれ、フィールは思わず立ち止まってしまった。

 無理矢理にでも何処かへ行くのを止めたクシェルは両腕に力を込める。

 抜け出そうにも、ガッチリホールドされて敵わなかった。

 

「………離せ」

「ヤダ。離さない」

「………離せ」

「名前教えてくれるまで、ダ~メ」

 

 頑なに引き離そうとしないクシェルの強引さにフィールは「ああ………本当にライリーさんの娘なんだな」と初対面であるにも関わらず、正真正銘の親子だと確信が持てた。

 数秒後、抵抗の意思を見せなくなったフィールはため息と共に顔を背ける。

 そして、か細い声で自身の名を教えた。

 

「………ル。………私の名前は、フィール」

 

 それを聞いて、クシェルはニッコリ笑う。

 

「私、クシェル。クシェルって呼んで。よろしくね、フィール」

 

 満面の笑顔で自己紹介するクシェル。

 その光景を見て、少し遠く離れた場所から、

 

「我が子ながら、恐ろしいくらいのブレない精神力ね………」

 

 とライリーは呆気に取られた。

 

 結局、押しの強いクシェルに最終的に折れたフィールは、彼女と一緒に遊ぶこととなったのだが―――フィールは相変わらず無口無表情で何を考えているのかわからず、クシェルは彼女の興味を引こうと奮闘するが、表情を一切変えなければ、自己紹介以降口を開かない。

 

(笑わないなぁ………)

 

 仕事の邪魔にはならないよう、だけど緊急時発生の場合を見据えて、二人はライリーが所属している『呪文性損傷』の5階フロアの空き部屋に居た。フィールはベッドに腰掛け、どこからか呪文関連の本を手にして、真剣な顔で速読している。

 クシェルは首を捻り、どうしようか思案した。

 

(お母さんが言ってた通り、確かにちょっと冷たい感じがするけど………)

 

 考えても仕方ない。

 まず最初は無表情を崩させようと、頭を絞ったクシェルはある方法が思い付き、本から視線を外さないフィールの背後に回る。

 

「………?」

 

 背中から気配を感じ、ようやく顔を上げたフィールはチラッと振り返ろうとしたが、それよりも早く、クシェルは手を伸ばし―――。

 

「………っ!?」

「笑ってよ~、フィール~」

 

 薄い服越しから、脇腹をくすぐった。

 突然くすぐられたフィールは対応も身構えも出来ず………。

 

「や、ちょっ………! 何して………!?」

 

 手の力が抜け、手元から本が落ちる。

 バサッと音を立てて床に落ちたそれを拾うよりもフィールは、いきなりこちょこちょしてきたクシェルを押し退けるのに精一杯だった。

 しかし、年齢と変わらなくとも、その力の差は大幅にあった。一般人よりも細い肉体のフィールにはクシェルを後退させられず………されるがままに身体を弄られる他ない。

 ベッドに寝転がるフィールの上になって逃げる隙間を与えないクシェルは、彼女が笑うまで無慈悲なくらいにくすぐり続けた。

 

「んぅ、くっ………あっははははは! 待って、もう止めて!」

 

 やがてクシェルは、それまで耐えていたフィールが目尻に涙を溜め、堪らず笑い声を上げたことで手を止めた。

 

「な~んだ、ちゃんと笑えるじゃん」

 

 乗っかかっていたクシェルはフィールから離れる。フィールは荒く息をつき、熱が籠って赤面する顔を枕に埋めた。

 

「はぁ………はぁ………もう、なに、して………くるのよ………」

「だって~、笑った顔見たかったし」

 

 フィールは呼吸を整え、クールダウンする。

 目元を右手の甲で覆い、蒼眼を閉じた。

 ………いつ以来だろう。こんな風に、誰かに笑わされるなんて。

 前までは両親が傍に居て笑顔にしてくれた。

 だが、居なくなった途端、いつしか笑顔というものを忘れるようになり………この1年間、微笑んだ回数すら皆無に等しい。

 

「………………」

 

 手を退けられ、顔が露になる。

 ゆっくりと眼を開けてみれば、キラキラと輝く翠瞳が暗い蒼瞳に反射した。自然とその光輝に見入る自分自身に気付く。

 

「フィール、遊ぼ?」

「………………うん」

 

 上半身を起こし、フィールは床に落とした本を拾い上げ、サイドテーブルに置いたところでハッとする。

 何故、了承したのだろうか。

 いつもなら冷たくあしらったはずだ。

 だけど………クシェルに「遊ぼ」と言われ、心のどこかで嬉しさが広がる。

 フィールは「たまには付き合うか………」とクシェルのペースに合わせてみることにした。

 

 今日の勤務時間を終えたライリーは、室外からそっと中を覗いてフィールの傾向を探った。

 見てみると、意外にもフィールがクシェルとちゃんと遊んでいたため、ひとまずはホッと胸を撫で下ろす。

 

「クシェル、フィールちゃん、入るわよ」

 

 タイミングを見計らい、ライリーはドアをノックして部屋の中に入った。

 

「お母さん、お疲れ」

「ええ、ありがとう。………フィールちゃん。今日は楽しかった?」

 

 フィールと目線を合わせ、確認を取る。

 ライリーの金瞳を真っ直ぐに見返しながら、フィールは「はい」と会釈した。

 

「それなら、よかったわ」

 

 くしゃくしゃと頭を撫でたライリーは「よくやったわ」とクシェルにウィンクする。

 フィールは「………もう帰ります」と病室を後にした。

 

「クシェル。フィールちゃんと遊んでみて、どうだった?」

 

 二人きりになったので、ライリーは娘に今日初めて会った女の子はどうだったかを尋ねる。

 クシェルは素直に自分の感想を伝えた。

 

「最初は冷たい感じが印象的だったけど、一緒に遊んで楽しかったよ」

「そう………それなら安心したわ」

 

 ライリーは、とりあえずこれで少しでも気持ちが楽に出来ればいいと願いつつ、クシェルの頭を優しく撫でた。

 

♦️

 

 フィールと出会ってから、クシェルは次に何をして遊ぼうかを考えるのが楽しくなり、いつの間にか孤独心は何処かへ吹き飛んでいた。

 

「フィール、最近笑うの多くなったね」

「………別に」

 

 プイッとフィールは顔を逸らす。

 クシェルは笑いながら、本に眼を落とす。

 現在二人は、一緒に魔法の練習をしていた。

 ようやく強大な魔力を上手くコントロール出来るようになったフィールはベーシックな戦闘呪文『武装解除呪文』『失神・麻痺呪文』『全身金縛り呪文』『妨害呪文』『盾の呪文』等を完璧にマスターし、遂には高位魔法『守護霊の呪文』も習得するほどの急成長を果たした。

 

 クシェルはフィールがいつも読んでいた本の中身を見て、「私にも教えて」と言い、こうして二人で魔法の訓練をしているのだ。場所柄を配慮すればあまり派手にはやれないのだが、そこはフィールが習得したエネルギー吸収のバリアを室内に張ることでカバー可能である。

 休憩時間にしようと、フィールとクシェルはサイドテーブルに杖と魔法書を置いて、ベッドに座った。

 手を休めたフィールは、そろそろ『守護霊の呪文』に新たなる要素をプラスするという常識はずれの業を編み出そうと思考し―――ふと、クシェルがこちらを見ているのに気付いた。

 

「………なに、クシェル」

「いや………あのさ、フィール。一個だけ、気になってたこと、訊いてもいい?」

「気になってたこと?」

「うん。………なんでフィールは、いつも傷だらけなの?」

「………ッ」

 

 クシェルの問いに、フィールは顔を歪める。

 そう………フィールは常に全身に傷を負い、ボロボロであった。

 その訳は、聖マンゴへの訪問前後でベルンカステル城で度を越したレッスンを繰り返しているからだ。

 如何に力を制御出来るようになろうと、まだ日は浅い。気を抜いた拍子に暴走して身体に影響を及ぼすのを減少するには、もっと扱い方を学ばなければなかった。

 

「私ね………貴女を見る度にいつも心配だよ。遊ぶのは楽しいし、こうして一緒に魔法を学ぶのも面白い。………でも、ケガをしているのを見ると何があったのか、心配する」

 

 いつになく真顔になったクシェルは、フィールの眼を見据えた。今のフィールに生傷は何処にも無い。それは、プロの癒者である母親から伝授された『治癒呪文』とクシェル自身の治癒系魔法の凄腕から、つい先程フィールのケガを治したからだ。

 

「だからさ………絶対、無茶ぶりはしないでよ」

「………………」

 

 何も言わず、フィールはそっぽを向く。

 クシェルの言いたいことはわかったが、それで魔法の鍛練をこれから先止める理由になど、ならない。

 しかし、クシェルが言ってくれた言葉に、彼女には余計な心配はさせたくないと、心に迷いが生じる。

 フィールはクシェルにどう答えればいいのかわからなくて、口を閉じてしまった。

 

♦️

 

 すっかり人気者となったクシェルは一度聖マンゴに来ると、やはりと言うかなんと言うかで沢山の人々に可愛がられた。

 「お父さんやお母さんに似て優秀な娘になるわね」とライリーの同期の癒者は皆そう言う。自分の両親が皆から尊敬されて、クシェルは温かい気持ちになった。

 

「………………」

 

 ライリーは娘が人気者なのが嬉しい反面、フィールには気を配っていた。これで少しは習練するという思考から逸れていくかと思えばそうでもなく、むしろ全身の傷痕が以前よりも濃くハッキリと目立つようになったのだ。

 このままでは、本当に身体を壊しかねない。

 一体どう説得すれば納得してくれるだろうかとライリーはため息をついた。

 

「―――! お母さん!」

「! ………なにかしら?」

 

 クシェルの呼び声に意識が覚醒したライリーは見上げる娘を見下ろした。

 

「フィールは? 今日、来ないの?」

「今日は………どうかしら。あの娘が来るのは不定期だから、定まらないわね」

 

 フィールは度々聖マンゴに訪れる。

 その理由は、廃人の母親の見舞いのためだ。

 ライリーはクラミーの主治癒なのと、いつもボロボロな親友の娘フィールが心配で、此処に来る際は決まって顔を合わせるようにしてた。

 

「………そっか」

 

 クシェルが残念そうに呟いた、その時。

 

「………フィールちゃん!?」

 

 母の驚愕に染まった声が頭から上がったと思った矢先、ライリーが駆け出した。

 通路の先には―――酷く傷付いた様子のフィールが居て、重傷の足を引き摺りながら歩いていたのだ。

 クシェルも翠眼を大きく見開かせ、ライリーの後に続いて走り出す。

 

「ちょっ………また無茶したのね!」

 

 これが初めてではないライリーはふらっと倒れかけたフィールを受け止めて叱咤し、クシェルを見る。

 

「何処か空いている病室でフィールちゃんを手当てするわ。貴女は誰かと一緒に居なさい」

「え………待ってよ! 私も行く!」

 

 フィールを抱き上げて歩く母の後についていこうとする娘に、ライリーは刹那苦悩する。

 腕の中の少女は、恐らく此処に来る前にこれまで以上に厳しいトレーニングを積み重ねて無理をしたのだろう。こんなにも酷い重傷は、久方ぶりである。

 なので一度厳しく叱責しようと思い、クシェルには席を外して貰いたかったのだが………。

 

「………手当ての邪魔はしないのと、静かにするっていうなら、来なさい」

 

 と言うと、クシェルはコクリと頷き、ライリーはすぐに病室へと連れていく。

 着ている服はボロボロで、綺麗な顔にも負傷した痕がある。フィールをそっとベッドに寝かせたライリーは魔法を用いて傷付いた全身を治療すると、魔法薬を飲ませて安静にさせた。

 

「これでよし………」

「お母さん。フィール、大丈夫だよね?」

 

 顔色が悪く、呼吸も弱い黒髪の少女を見てクシェルは涙眼でライリーが羽織っているローブの裾を掴みながら呟く。ライリーは「大丈夫よ」と安心させるように笑む。

 

「手でも握ってあげて。貴女が呼び掛ければ、目を覚ますかもしれないわ」

「………うん」

 

 クシェルは手を伸ばし、フィールの不健康なくらい色白な手を取ってギュッと握り、翠色の眼を細めた。

 雰囲気が大人びているせいで忘れがちだが、フィールは自分と同じまだ6歳なのだ。

 なのに、なんでこんなにも酷い容態なのかと考えていると。

 

「………ん…………」

 

 フィールが目を覚ました。

 半身を起こし、頭を振る。

 

「フィール………!」

「………クシェ………ル………?」

 

 朧気な瞳でクシェルの顔を捉えていると、

 

「気分はどうかしら?」

 

 ライリーが目線を合わせて訊いてきた。

 バツの悪そうな顔で俯きつつ、フィールは「大丈夫です」と答える。

 

「また、無理したわね? 私、前にも言わなかった? 過度な魔法の行使は身体を壊すって」

 

 小さな両肩に手を置き、グッと力を込める。

 フィールは少しだけ顔を上げた。

 

「健康管理を甘くして上手くなれると思う? そんな中途半端な状態じゃ、上達なんてしないし余計に負担を掛けるだけよ。しばらくは魔法を使うのを止めなさい」

 

 が、フィールは首を横に振った。

 

「休んでる暇なんて、ない。強くならないと、私はダメだから」

「誰がそんなことを言ったの? 『自分の身体を壊すのと引き換えに強くなれ』って」

「………………」

 

 回答出来ず、沈黙するフィール。

 誰かに言われた訳ではない。

 これは、自分自身で決めたことだ。

 自分のせいで、両親はあんな目に遭った。

 ………そして、自分以上に、深い心の傷を負った人だっている。

 だから………あんな暴言を吐かれた。

 ………最初は、流石に堪えた。

 でも………だんだんと、ああ言われたのが当たり前なように思えて………。

 

「………私の中では、どうしても、強迫観念が晴れない。払拭するためにも、やり続ける」

「駄目よ。数日間は激しい練習はしないこと。最近は特に悪化してるわ。私が診療するから、その期間中は此処に毎日通うようにしなさい」

「私、別に―――」

「言うこと聞かないと、怒るわよ!」

 

 ライリーの一声にフィールはビクッとする。

 クシェルも母親の怒鳴り声にビックリした。

 

「食事は摂らない、全身は傷だらけ………何度言っても、度を越した練習を続ける。そんな毎日を送ったら、どうなると思う? 最悪の場合、死ぬかもしれないのよ」

「………だったら」

 

 フィールはライリーを突き放した。

 

「私のことなんて、構わないでください」

 

 完全回復してない身体に鞭を入れ、フィールはベッドから降りて、唖然とするライリーに背を向ける。

 あっ、としたライリーは慌てて引き戻そうとするが、それより早くクシェルが動いていた。

 

「………ッ」

 

 ギュッ、と後ろから抱かれる感覚に、覚えがあるフィールは立ち止まる。

 顔のすぐ横で息遣いを感じ、その人の体温が全身を包むように広がる。

 ふさふさと頬をくすぐる茶髪から漂う、冷たい心を溶かすような甘い香り。

 清潔感ある爽やかな、それでいて心を癒してくれたライリーのとはまた違い、閉じたはずの心にスルリと入り込んでくる気分になった。

 

「あのさ………『構わないで』とか、そんなこと言わないでよ。貴女がそんな風に言ったら、私が今まで貴女にアプローチしてきたこと、全部意味なくなっちゃうでしょ」

 

 両腕に力を入れ、続けて言う。

 クシェルの言葉が、フィールの心の、一番脆くて感傷的になりやすい部分に突き刺さる。

 

「だからさ………一度、ちゃんとお母さんに診て貰って。そしたら、また一緒に遊ぼ」

「………………」

 

 意識なのか無意識なのか。

 フィールは優しく抱き締めるクシェルの手に自分のそれを添え、一度重ね合わせると、何も言わないで彼女から離れ、病室を出ていった。




【フィールとクシェルの初対面】
実は#3での組分け時ではなかった。
サブタイトルの『碧』は「あお」と「みどり」どちらの読み方もあるので、一方でも両方でも意味合いは取れるはず。

【ブレない精神力を持つクシェル】
やっぱりライリーさんの娘だった。

【一緒にマジックレッスン】
クシェルの戦闘能力が物語当初から高かった起点。

【まとめ】
今回は過去編②のクシェフィルの出会い回。
次回はクリスマス休暇終了してホグワーツへレッツゴーとなる回の予定。いよいよ神秘部での戦いがすぐ側まで待ち受けている………果たしてどうなるやら。


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#77.捉えて離さない

クリスマス休暇明けの出来事。


 約9年前ほど前に出会った、黒髪の少女。

 その少女は―――4年前の新入生歓迎会パーティーで初対面だと思って接した、フィール・ベルンカステルであったと、クシェルは今まで曖昧だった記憶の真相を思い出した。

 

(そうだ………私、会ったことある。お母さんに同い年の女の子と遊び相手になって欲しいって言われて………一緒に遊んだり、魔法の練習したりして………)

 

 幼い頃のフィールと最後に会ったのはいつだったかはよく覚えていない。でも………ハッキリと覚えてるのは、フィールが泣いていたことくらいである。何故泣いていたのかは、当時も今もわからないが………。

 

「…………」

「………?」

 

 クシェルは静かにフィールに歩み寄る。

 不意に背後で人の気配が生まれ、伏せていた顔を上げたフィールが振り向くよりも前に、クシェルはそっと腕を回してギュッとハグした。

 

「………クシェル?」

 

 困惑した表情で、フィールは横目で見る。

 いきなりバックハグしてきた友人へ戸惑っている間にも、その友人は更に力を込めてきた。

 

「………覚えてない?」

「え………?」

「私達、昔、聖マンゴで会ったんだよ。今、思い出したけどね」

「私と………クシェルが?」

「うん。フィー………いや、フィールはいつも傷だらけでボロボロだったから、会う度に、私が貴女のケガを治した。多分、その時が一番お母さんから教えて貰った『治癒呪文』の練度を上げる環境だったんだと思う」

 

 それから、とクシェルは続ける。

 

「一緒に魔法の鍛練して、切磋琢磨した。必要の部屋での訓練は、あれが初めてじゃなかったってわかったよ」

 

 幼い頃に、護身術を伝授されたから。

 本能的に、身体が扱い方を覚えていた。

 

「………フィール」

 

 愛称の『フィー』ではなく。

 最初に出会った時の呼び方で囁きながら。

 クシェルは『フィール』を離さない。

 

「―――もう二度と、私から離れないで」

 

 いつしかずっと会わなくなった、友達。

 彼女と会うことは、永遠に無理だと思った。

 でも、それは違った。

 こうして、ちゃんとまた会えた。

 だから………もう。

 もう二度と、黙っていなくならないで。

 

「………………」

 

 フィールは、苦しげに蒼眼を細める。

 自分を捉えて離さない、このぬくもりと腕の強さは紛れもなくクシェルだけが持つものだ。

 

 ふさふさと頬をくすぐるピョンピョンはねた茶髪から漂う、甘い香り。

 それは、自分が抱える苦しみや淋しさを他人に知られないように封印しているはずの胸の奥底へスルリと入り込んでくる。

 今この時まで忘れていた、数年前に味わった感覚が心を占める。

 フィールは優しく抱き締めるクシェルの手に自分のそれを添え、重ね合わせた。

 

 やはり自分は、この人を突き放せない。

 どんなに冷たくあしらっても………ブレずに接してくるから。

 孤独の自分を救おうと隣に立ってくるから。

 

 誰かが傍に居てくれる安心感を、フィールは知っていた。

 たとえそれが、その場しのぎだったとしても。

 それでも彼女は、素直になれなかった。

 自ら独りになるのを選ぶようにしていた。

 歩み寄ってきた全ての人に気を許さなかった。

 

 そして本当の意味で孤独となり、孤立した。

 心が耐えられず、助けを求めたかった。

 だけど、根底に植え付けられた強迫観念と疑心暗鬼がそれを許さなかった。

 だからフィールは、ひび割れた心に更なる亀裂が生じ、軋んでいくのを感じながら、誤魔化すために遠吠えし続ける他なかった。

 

 勝利の雄叫びを上げるのとは違う。

 喉の奥から絞り出すような、悲痛な咆哮で。

 孤高の雰囲気を身に纏いながら。

 周囲には気高い狼の様を見せ掛けて、ただただ吠えることしか出来なかった。

 

 挙げ句の果てに、フィールは自分を捨てた。

 フィール・ベルンカステルは、フィール・ベルンカステルではなく。

 『クラミー・ベルンカステル』になることを約束した。

 フィールが誰かに………大人に心を見せようとしなかったのは、そういう理由からなのかもしれない。

 母を知る者が自分を気に掛けるのは、『フィール』としてよりも。

 母の生き写しである『クラミーの娘』として心配するのだと。

 そう………深層意識に刷り込まれた。

 

 そのような考え方を持ってから、フィールは自分自身を見失った。

 ただひたすら、亡き母の背中を追い掛けた。

 髪を伸ばし、雰囲気を真似、強さを求め。

 ベルンカステル家の当主の名に恥らいがないよう尊厳を身に付け、時には何物をも蹂躙してでも突き進む冷酷さを覚えた。

 

 誰よりも尊敬してきた母のように。

 気高く美しかった女性を目指して。

 フィールは己の人生を捧げてきた。

 

 ―――数年前に、ある人と出会うまでは。

 

『フィール』

 

 その人は………自分を。

 『クラミー・ベルンカステル』としてではなく『フィール・ベルンカステル』として、一人の人間として認めてくれた。

 闇の中でもがき彷徨い続けた私に………光を見出だし、手を差し伸べてくれた。

 救われないはずの心を、救ってくれた。

 ずっと………ずっと、泣いていた心を見つけてくれた。

 偽りの自分ではなく、本当の自分を探し求めてくれた。

 

 私が何も言わなくても、察してくれて。

 身体を壊そうとすれば、叱ってくれて。

 辛くて苦しい時は、抱き締めてくれて。

 

 そして気付いた時には。

 弱さを受け止めてくれるクシェル・ベイカーに心を見せていた。

 

「もう………本当に、何をやっても貴女にだけは敵わないわ………」

 

 普段よく使うぶっきらぼうな口調ではなく。

 昔みたいな、何処にでも居るような女の子の話し方で、フィールは閉じていた口を開く。

 

「私がどれだけ貴女に冷たく当たっても、貴女はまるで気にしてないかのように近付いてきて、追い返してもしつこく付きまとって………でもそれが、そういったクシェルの存在が、私にとっては心救われるようになった」

 

 もう、潔く認めるしかないのだろう。

 自分はクシェルに傷付いた心を………ポッカリと穴が空いていた心を。

 会うだけで、不思議と。

 自然と癒されていった。

 

「………クシェル」

 

 顔を横に動かし、間近にあるクシェルの翠色の瞳を自身の蒼い瞳に映す。

 

「もしも………私が貴女の傍から離れようとしたら、無理矢理でも、私を捕まえて」

 

 交錯し、見つめ合う蒼と翠の瞳。

 数秒とも永遠とも思える沈黙の時間が流れ、どちらも互いの眼を真っ直ぐに見返す。

 先にそれを破ったのは、クシェルだ。

 左腕に力を込め、やんわりと自分の右手に重ねるフィールのそれから抜ける。

 離した右手でフィールの右手を手に取ると、自分自身の口元へとゆっくり運び。

 そして口付けを一つ。

 彼女の白くて艶かしい右手の甲に落とした。

 えっ………と眼を見張るフィールに、クシェルはニッコリと笑い掛ける。

 

「勿論、そのつもりだよ。………私はもう、貴女が黙って何処か遠くに行くのは許さない。どんなに冷たくあしらわれたって突き放されたって、貴女を引き戻すまで、ずっとずっと追い掛けるよ」

 

 揺るぎ無い決意を宿した双眸で。

 クシェルは堂々と伝える。

 その反論を許さない強い両眼に。

 フィールはコクリと頷く。

 

「私は貴女を―――捉えて離さないから」

 

 息遣いを感じるほど顔が近く。

 体温を肌で感じるほど密着し。

 そのぬくもりに溺れながら、クシェルはフィールを決して離そうとはしなかった。

 

♦️

 

 クリスマス休暇が終わり、ホグワーツに騒がしい毎日が取り戻されたのは例年通りだが、かなりの面倒事も同時に発生したのだから、本当に色んな意味で気が滅入ってしまう。

 中でもトップクラスで現在話題沸騰中なのは、学校外で起きた大事件・アズカバンからの集団脱獄についてだ。

 朝食時間、『日刊予言者新聞』でその大見出しを読んだホグワーツ生達は揃いに揃って言葉を失ってしまった。

 しかも、その脱獄者達は全員死喰い人の中でも危険度が最高レベルだろう、ヴォルデモートの腹心だらけだ。というのも、かつてヴォルデモートが完全に魔法界から滅されたと思われていた時代の真っ只中で、敵対する魔法省に絶対屈しなかった連中だからだ。

 

 ルシウス・マルフォイのような、中途半端な忠誠心を誓っているような死喰い人ではない。

 アズカバンに投獄されるのを理解した上での、ヴォルデモートに対する忠誠心と信念を最後まで貫き通した、誇り高い死喰い人。

 それが、まさに集団脱獄した彼等である。

 つまりは、相当な実力者なのだろう。

 普通の人なら下手したら1週間も保たない、正気を失うような監獄で数十年間も正常な状態を保ったくらいなのだから、その誠心誠意は確かなものだ。知識も力量も精神力も、闇の陣営きっての猛者だと確信が持てる。

 

 流石にここまで来たら、頑なに闇の帝王の復活を認めない魔法省や魔法大臣コーネリウス・ファッジも信じたくないけどこれが事実の現実と向き合ってくれるかと思ったのだが………。

 もういっそのこと、綺麗さっぱり木っ端微塵になってこの世から消滅してくれたらどんなに嬉しいことかと思うくらい、記事を読んでいく度にヴォルデモートと集団脱獄の関連性を結び付けようとしない無能で馬鹿な魔法省に、呆れて何も言えなくなってしまった。

 

「………………」

「………………」

 

 呆れ顔で顔を見合わせたスリザリン組の二人は深くため息をついた。

 

「おいおい、嘘だろ………こんなの、小さな子供でもわかることなのに、いい歳した大人がわかんないとか」

「類は友を呼ぶって言うけど………なるほど。バカはバカを呼ぶって意味がわかった」

「なんか今凄いデジャブを感じたんだけど」

 

 いつだったかフィールが言った言葉をクシェルが言って心当たりがある彼女は突っ込む。

 そんなコントとも言えるやり取りをして、フィールはもう一度大きく息をつくと、今すぐにでもビリビリ破って燃やし尽くしたい衝動を抑えながら、丁寧に新聞を折り畳む。

 

「とにかく………最早魔法省という存在そのものが当てにならないな」

「私もそう思う………何なの、魔法省は」

 

 味方の足を引っ張り、権力欲に取り憑かれ、対策をすれば少なからずとも救えるはずの命を間接的に殺している魔法省の人間がアズカバン送りにされたら何億倍もマシだと、そろそろ、我慢の限界になってきてストレスが溜まった。

 

♦️

 

 イースター休暇前後のホグワーツは波乱万丈な学校生活だったと、後に誰かが語る。

 

 クリスマス休暇明けの翌々週くらいになるとまたしても騒動が沸き起こった。

 アンブリッジが個性的な授業を行う『占い学』の教師・トレローニーと半人間のハグリッドを問答無用で解雇したのだ。

 トレローニーに至っては危うくホグワーツから追放されそうにもなったが、そこは校長のダンブルドアが阻止してくれたおかげで、彼女は引き続き城に在住している。

 ちなみに『占い学』の後任はケンタウルスのフィレンツェが、『魔法生物飼育学』の後任はグラブリー・プランクが就任した。

 

 そして最悪なニュースが城内を駆け回った。

 それは、『ドローレス・アンブリッジ、ホグワーツ魔法魔術学校校長に就任』だ。

 その訳は、遂にハリー・ポッター率いる学生組織『DA(ダンブルドア軍団)』が発覚し、それをダンブルドアが庇い立てて責任を取って校外逃走してしまったからだ。

 しかしそれ以上に、何よりの元凶は密告者のマリエッタ・エッジコムと、彼女が嫌がっているのを知っておきながら強引に反魔法省運動のDAに入団させたチョウ・チャンにこそあるだろう。

 

 DA入団の際にサインした名簿にはハーマイオニーが誰かが告げ口したらわかるように強烈な呪いが掛けられていたらしく、マリエッタの顔のど真ん中には『密告者』と描かれた酷い吹き出物が出来てしまった。

 チョウは「過ちを犯した人だけどいい人」「ハーマイオニー・グレンジャーは酷いやり方をする」と言ったら、自分達が今まで築き上げてきたこと全てをぶち壊しにしたヤツを擁護する発言をした彼女に憤慨したハリーやハーマイオニーと口論になり、最終的に絶交した。

 

 4年時、チョウの為とのことでマリエッタが友人のフィールに意味不明な暴力を振るったのを聞いてただでさえレイブンクローに対する評価が悪かったのに、今回の見過ごせぬ事態のトリガーとなったのがその二人なのだから、尚更レイブンクローへの印象が悪化した。

 とにかく、そんな裏切り者二人のせいで、DAだけじゃなく、フィール・ベルンカステル率いる『SS(スリザリン戦隊)』の存在も露見する可能性が高くなってしまったのだから、彼女らも鷲寮女生徒二人に激怒したのは言うまでもないだろう。

 

 結果的に、2つの軍団は休止した。

 その気になればSSはまだ続行出来るのだが、リーダーのフィールが今の現状で続けたら間違いなくバレてしまうと判断したからだ。

 それは英断だったと、後に満場一致になる。

 ダンブルドアが居なくなった後、アンブリッジは念願の校長に就任。

 『何から何まで自分の統制下に置きたい』という激烈な欲望の基、『尋問間親衛隊』という魔法省を支持する少数の選ばれた学生グループを身勝手気ままに結成した。

 『I』の字型の小さな銀バッジがトレードマークのそれは、監督生同士は減点出来ないというルールを覆し、好き放題減点出来るという破天荒な権限を与えられたのだ。

 構成されてるのは主にスリザリン生数人で、彼らはこの滅茶苦茶な権力に大喜びし、犬猿の仲のグリフィンドールから誰が見ても不公平な減点を言い渡して、悦に浸った。

 

 まあ、その満足感も初日の時点で綺麗さっぱりレダクトされたのだから、何とも言えない。

 意地の悪いアンブリッジにクィディッチを禁止された挙げ句、ダンブルドアも逃走してこれまで『一線を守ってきた』ウィーズリーツインズはとうとう我慢の限界に達し、二人は自主退学する道を選んだ。

 その日を迎えるまでの期間中、双子は自分達で創作した悪戯道具『暴れバンバン花火』『携帯沼地』等を使用して、ホグワーツ校内を存分に暴れまくった。

 

 彼等が引き起こした大騒動は、未来永劫ホグワーツ魔法魔術学校の伝説となるであろう。

 アンブリッジとアーガス・フィルチを振り回して大混乱を招き、全校生徒がテストに向けての勉強期間となるイースター休暇が終了すると「ブレーキ? そんなもん知るかよ」と言わんばかりにアクセル全開でヒートアップ。

 最後はポルターガイストのビープスに「俺達に代わってあの女を手こずらせてやれよ」と後を託して、颯爽と自由な世界へと飛び立った。

 

 そこで終わらないのが双子の影響力だ。

 彼らが学校を去って以降、まるで二人の悪戯好きな魂に憑依されたかのように空席となった『悪ガキ大将』の座を目指す生徒が次々と続出し、競い始めたのだ。

 廊下にしょっちゅう『糞爆弾』や『臭い玉』が落とされるようになったり、アンブリッジの部屋に『毛むくじゃら鼻ニフラー』を忍び込ませたりて室内を滅茶苦茶にし、彼女の授業となれば教室に入ってきた瞬間『ずる休みスナックボックス』を使用し、鼻血を流したり卒倒したり発汗したり嘔吐したりして教室に出ていくのを許可されたりと、この1年間溜まりに溜まったストレスを思う存分に発散して、生徒達はようやく笑顔を取り戻した。それとは真逆に、親衛隊の身には不幸な事件が続々と起きて、被害を受けてる彼らにとっては嬉しさの欠片などこれっぽっちもないのだが。

 

 しかし、もっと凄いヤツは居るものだ。

 ウィーズリーツインズから送られた別れの言葉を胸に深く刻んだビープスが態度を一変、生徒達と一丸となり、アンブリッジを追い出すのに全身全霊を傾けたのだ。

 トイレの水道の蛇口を全て引き抜いて水浸しにしたり、テーブルをひっくり返したり、黒板から急に姿を現したり、銅像や花瓶を倒したりなどして、寝不足でノイローゼ気味なアンブリッジを極限まで追い詰めた。

 普段であればとっくの昔に教師陣によって取り締められるのだが、生憎アンブリッジに手を貸す教職員はフィルチ以外誰もいなかった。むしろあの人一倍規則に厳しいマクゴナガルですらビープスのアンブリッジ追放行為を支援するくらいなのだから、アンブリッジに対する嫌悪感がどれ程なのかがわかるだろう。

 

 何はともあれ、ホグワーツ生の大半と教師陣は学年末試験が開始される当日まで、暗いムードであったホグワーツに、一時期にだが明るさを奪還したのであった。

 

♦️

 

 6月に入り、遂にOWL試験日がやって来た。

 試験官は魔法省の魔法試験局から派遣される先生方で、大広間が会場となる。この日が訪れると4つの寮テーブルは撤去され、代わりに個人用の小さな机が教職員テーブルの方に向けて設置された。

 試験官に指示に従って、生徒は着席する。

 そして合図と共にテストがスタートした。

 

 全ての試験が終えた時、ハッキリ言ってしまえばこんな当たり前のことが重大なテストの問題として出してもいいのだろうかと、フィールはため息混じりに思ってしまった。

 出題された問題はどれも知ってて当然のものばかりで、実力も知識も完璧なフィールからすれば、筆記試験の中身を書き終えた後が物凄く退屈な時間となったくらいだ。

 それでも一般の生徒からすれば地獄らしく、わかりやすく言えば許されざる呪文の一つ『クルーシオ』されている状態だ。

 

 そしてトラブルという名の厄介者は、時と場合などお構い無しに介入してくるらしい。

 『天文学』の実技を行っている最中、アンブリッジ率いる闇祓い数人にハグリッドが闇討ちされたのだ。

 ハグリッドは奇襲してきた彼らを気絶させた後に逃亡、騒動を止めようとしたマクゴナガルが『失神呪文』を数発胸に受けて意識不明の重体になったりと、試験どころの話ではなくなった。

 しかも『魔法史』の筆記試験中にハリーが突然大声を上げて椅子から転倒したりと、これまた集中力を掻き乱されるアクシデントが割り込んできたのだからイライラしてしまう。尤も、その頃にはフィールは全て解き終えてたので、他の生徒とは違うことを考えていたのだが。

 

♦️

 

「ねえ、フィー………試験中に、ハリーが叫んだのって…………」

 

 2週間に渡るOWL試験を終えた帰り道。

 クシェルは嫌な予感がする的な表情を浮かべながらフィールに声を掛ける。

 

「ああ………恐らく、アイツがまた干渉してきたんだろうな」

 

 フィールは険しい顔付きで頷く。

 ヴォルデモートが復活してからというもの、ハリーは度々額の傷を通してヴォルデモートの心を覗き見るようになっていた。

 そのため、ヴォルデモートが思考の『絆』を利用して偽りの映像を見せてこないかを危惧しているダンブルドアが学校を立ち去る前、スネイプから『閉心術』の訓練に励むよう指示したのだが、ハリーは身を入れて練習しなかった。

 スネイプを激しく憎んでいるのはよくわかるが見切りはつけて欲しいと、前に『閉心術』のコツを教えてくれとせがまれたフィールはそのことを思い出し、ため息をつく。

 

「………ん? あれ、なんだろ?」

 

 クシェルの目線の先は、混雑し始めた廊下。

 フィールも怪訝そうな面持ちでクシェルと顔を見合わせると、近付いてみた。

 

「ダフネ、何の騒ぎだ?」

 

 近くに居た同僚同輩、ダフネ・グリーングラスを捕まえて話を聞いてみる。

 

「なんか、誰かが『首絞めガス』を流したみたいなの。で、だから回転階段を通って回り道しろとのことよ」

「え? でも見えなくない?」

「無色だから、って言ってたわ」

「………それ、一体誰が発言者だ?」

「えーと………確かウィーズリーの末っ子だった気がするわ」

 

 ウィーズリーの末っ子―――ジニーだ。

 フィールとクシェルは通路の先を見据える。

 簡単かつ簡潔に話をまとめると、誰かが『首絞めガス』を撒き散らし、その通路一帯が通行禁止となったということだ。

 ………試験終了直後に、そんなものを散布するヤツが果たしているだろうか?

 無色のガスだというらしいが、それは実際に被害に遭わなければ判明しない。もしその話が真実だとしたら、一人や二人、とっくに犠牲者が出ているはず。

 それらから考えてみると、その情報自体がフェイクの可能性が非常に高い。

 しかも、この先はアンブリッジの自室だ。

 好き好んで通るような廊下ではない。

 ということは、考えられるのは一つ。

 誰かがアンブリッジの部屋で何かしらの事を起こそうとした、が一番辻褄が合うだろう。

 

(フィー)

(ああ)

 

 アイコンタクトした二人は、完全に人が居なくなるまで待機すると、どうか嫌な予感は外れて欲しいと思いつつ、その望みは裏切られるとどこか確信めいたものを持ちながら、アンブリッジの部屋を目指して階段を駆け上がった。




【フィールの右手の甲に口付け落とすクシェル】
これはもうある意味愛の告白に近い?

【ちょっとスピードアップします】
そろそろ神秘部行かせよう。

【レイブンクローに対する評価ダウン】
4章のこともあってハリーはチョウなどという女に恋心なんて抱いてません。


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#78.神秘部

(やっぱり、か)

 

 閉扉された、アンブリッジの自室のドア前。

 そこに、『目くらましの術』を掛けたフィールとクシェルは立っていた。二人はフィールが編み出したオリジナルスペル『精神感応呪文(コンロクィウム・コル)』であちらからは自分達の存在に気付かれないようテレパシーを送る。

 

(室内から、複数の人間の気配がするな)

(と言うか、さっき中の様子が見えちゃったんだけどね)

 

 フィールとクシェルは、スリザリン生数人がロンとジニーのウィーズリー兄妹、ネビル、セドリック、そしてレイブンクロー所属の変人ルーナ・ラブグッドをガッチリホールドしながらアンブリッジの部屋に入るのを、一瞬だけだがチラッと見た。

 その際、ハリーとハーマイオニーがそれぞれアンブリッジとミリセント・ブルストロードに捕らわれているのも閉まりゆく扉の隙間からハッキリと捉えていた。

 

(フィー、どうする?)

 

 此処に来る前にこのような場合を見通して立てられた作戦を今か今かと決行したい衝動を抑え込みながら、ウズウズするクシェルは確認の意味合いでフィールに問い掛ける。

 

(長引けば厄介だ。慎重に進めたいところだが、悠長なことは言ってられない―――)

 

 周囲の透明な空気と一体化しているフィールはこちらまで響くアンブリッジの耳障りな大声にストレスを抱きつつ、薄い唇に冷たい笑みを刷いて杖をスッと構える。

 

 

 

(―――作戦実行だ。即刻、強行突破するぞ)

 

 

 

♦️

 

 

 

「―――強制するしか手はないようね。ドラコ、スネイプ先生を読んできなさい」

 

 アンブリッジの命令に、ドラコ・マルフォイは先程取り上げたハリーの杖をローブに仕舞ってニヤニヤしながら、部屋を出ていこうと、ドアノブに手を掛けた。

 次の瞬間。

 

 バンッ!!

 

 と、派手な音と共に扉が破壊された。

 その強烈な衝撃に今まさに退室しようとしたマルフォイは軽々と吹き飛ばされ、細かな破片と共に床に落ちる。ピクリとも動かないので、どうやら失神してしまったみたいだ。

 

「な、何事………!?」

 

 アンブリッジは眼を剥き、他の皆もビックリして視線を一点集中させる。壊れたドアは完全に外れ、ガタンッと崩れ落ちた。

 崩壊した扉から姿を現したのは―――

 

「おーっ、結構呆気なくブレイクダウンしたな」

「えっ、フィール!?」

 

 混沌としたこの場に登場した救世主の正体に真っ先に気が付いたハリーが声を上げた。

 そう、現れたのは紛れもなく、フィール・ベルンカステルだ。フィールは蹴破った脚をトントンとやりながら、細長い杖をクルクルと弄んで狭い部屋の中に侵入する。

 ハリー達DAメンバーは堂々と姿を顕現とした彼女の謎の行動に頭の整理がつかなかったが、同時にこの上ない頼もしさを感じた。

 一方、アンブリッジとスリザリン生数人は彼女の姿を認めるが否や、まるで長年追い求めてきた敵を見つけたみたいに鋭い目付きになる。

 

「ベルンカステル、これは何の真似だ!?」

 

 ロンを取り押さえてるカシウス・ワリントンが声を荒げて怒鳴る。普通、フィールくらいの年頃の女の子なら大柄な男の大声にビビるものだが、生憎彼女はそんな神経をしていない。

 フィールはかつてクィディッチで意気投合したはずの先輩を冷ややかな眼差しで見る。

 

「何の真似って………見れば普通にわかると思うんだけどな」

 

 ハリー達を助けに来た、と顔に書いているフィールはタメ口で軽く肩を竦める。

 

「罰則です、ミス・ベルンカステル! 貴方達、ミス・ベルンカステルを捕らえなさい!」

 

 アンブリッジは手の空いているスリザリン生にフィールを束縛するよう命じる。

 すぐさま、暇だった二人が飛び掛かった。

 が、フィールは慌てず騒がず、ヒラリと躱すと一発強力な『失神呪文』でノックアウト。

 バタバタと、二人は折り重なるよう倒れた。

 

「くっ………親衛隊、捕らえている者を人質としなさい!」

 

 アンブリッジは自分達の最大のアドバンテージである反逆者を人質を盾にするよう指示し、彼らは機敏な動きで喉元に杖を突き付ける。

 ピタッと動きを止めたフィールに、形勢逆転したと言わんばかりにアンブリッジとスリザリン生達はニンマリと笑った。

 

「ふふっ………ミス・ベルンカステル、この状況下に置いても、反発するのかしら?」

 

 ハリーの心臓部分に杖先を当てながら、いつでも呪いが撃てるような姿勢で、手出しが出来なくなったであろうフィールを畳み掛ける。

 

「無礼講な行いをした罰として、貴女を退学処分とします」

「ふーん………で? それが一体何だって言うんだ? お前は直ホグワーツから追放される。罰則とか退学とか、そんなもん知ったことじゃないな」

 

 あからさまに不利な状況だと言うにも関わらずの一ミリたりとも崩さない、余裕綽々な態度と言動は、アンブリッジの部屋に居る者全てに疑問を植え付けた。

 

「強がってるのも今の内よ。学年首席らしい貴女はわからないの? 多勢に無勢、一対多数のこの現状でどちらが上なのか―――」

 

 しかしここで、アンブリッジの言葉を全面否定する言葉が突如として振り下ろされた。

 

 

 

「じゃ、一対多数じゃなくて、二対多数なら、どうなの?」

 

 

 

 それは、まさしく一瞬の出来事であった。

 確かに女の子の声が全員の耳を打ったが、部屋全体をどんなに見回しても、その声の主は何処にも見当たらない。

 何処からか聞こえた謎の声に硬直化したアンブリッジ達に向かって、何も無いはずのフィールの脇の空虚の空間からも迸った『失神呪文』の真紅の閃光が、寸分狂いもなく親衛隊全員の顔面に直撃した。途端に、糸が切れた操り人形のようにその場に崩れる。

 

「フッ………計画通り」

 

 アンブリッジに『失神呪文』を放ち、もう2発ほど『失神呪文』を気絶した全員の顔面に撃ち込んで安全を保証したフィールは、これまでの腹いせを兼ねてハリーの足元で寝転がるアンブリッジを思い切り蹴り飛ばし、壁に激突させて強引に退かせた。

 

「フィ、フィール………ありがとう」

 

 マルフォイに盗られた杖を取り返しながら、ハリーは礼をする。ハーマイオニーも自分の杖を奪還しつつ、此処に来た彼女に質問した。

 

「ね、ねえ………どうして、此処に?」

「その説明は後だ。クシェル、作戦成功だな」

 

 クシェル?

 と、眼を丸くするDAメンバー。

 そんな彼らに、『目くらましの術』を解いた茶髪の少女―――クシェルは笑い掛けた。

 

「うん、上手くいったね!」

 

 クシェルとフィールはハイタッチした。

 未だに現状を把握出来ていないハリー達はポカーンとする。

 スリザリン組は、簡単かつ簡潔に説明した。

 

「試験が終わった後、通行禁止帯となった通路で『首絞めガス』の騒ぎと発言者が誰なのかをダフネに聞いてな。冷静に考えてみれば、その情報自体がフェイクだと思って―――」

「これは何かあるのかなって、アンブリッジの部屋を目指してやって来たんだよ。で、到着するまでの間に幾つか作戦を立てたんだ」

 

 むやみやたらに駆け込んで場を益々混乱させるよりはと思い、二人は一か八かの賭け事に近い計画を立てて乗り込んだ。

 狭い室内でハリー達を人質にするのは高確率のことだが、意地の悪い連中のことだから、すぐには手出ししないでこちらに都合の悪いアクションを起こして弄ぼうとするだろうと推察。

 そこで、敢えて『目くらましの術』を解いたフィールがド派手な登場でアンブリッジ達の注意を引いている間に、術を解いていないクシェルはフィールの隣に立ちながら、部屋の様子を窺って親衛隊をノックアウトさせるタイミングを見計らっていたのだ。

 フィールが時間稼ぎをし、クシェルが撃つ。

 慎重かつ大胆な戦略は、見事に成し遂げた。

 

「―――と言うことだ」

 

 粗方説明を施したスリザリン組は、アンブリッジの部屋で何をしようとしたのか質問した。

 

「ところでさ、アンタ達はなんで此処に?」

「そうだった! 大変だ! シリウスがヴォルデモートに捕まって拷問されてるんだ!」

 

 目的を思い出したハリーは大声で叫ぶ。

 クシェルを眼を見開かせたが、フィールは冷静そのものだった。

 

「………なるほど。だから、『あの場所』に煙突飛行ネットワークで確認しに行ったんだな」

 

 あの場所。

 つまりは、不死鳥の騎士団本部であるグリモールド・プレイス12番地を指している。

 ハリーは大きく頷いた。

 

「で、どうだったんだ?」

「シリウスは居なかった! やっぱり、神秘部に居るんだ!」

 

 神秘部―――去年の冬、アーサー・ウィーズリーが重傷を負った現場だ。確かにそれなら、ハリーが焦るのも無理はない。同じ場所にて親しい人物の身に危機が陥ったら、尚更だ。

 

「でも………私、腑に落ちないのよ。だって、シリウスは絶対に捕まらない所に居るわ。もしかしたら、これは―――」

「これはヴォルデモートの罠かもしれないって言いたいのか? それはちゃんと判明したじゃないか!」

 

 ハーマイオニーの冷静な呟きに、ハリーが苛立ったように怒鳴る。二人の様子から察するに、意見が2つに分かれたから真偽を探るべく、わざわざ危険を冒してまでアンブリッジの部屋に忍び込んだのだろう。

 もう少し、落ち着いて行動は出来なかったのだろうかとフィールはため息をつく。

 ニフラーを自室に入れられてから、アンブリッジは一層警戒心を持つようになった。『隠密探知呪文』くらい掛けられてもおかしくない。

 そのようなことに気付かなかったとは………先を見通そうとしなかった友人達に、こんな非常事態であるにも関わらず呆れてしまう。

 

「とにかく、今すぐ神秘部に行かないと、シリウスは殺されてしまう!」

「でも………どうやって行くの?」

 

 ハーマイオニーは尤もな意見を言った。

 あっ、とハリーは黙り込む。

 今すぐにでも此処から飛び出したいのは山々だが、肝心なのは移動手段だ。

 ハリーの箒は地下に閉じ込められている上にトロールが見張っている。

 これでは、神秘部に行くなど不可能だ。

 ………まあ、4年前に呪文1つでKOさせたフィールなら容易く制圧するとは思うが。

 

「手段は2つだな。一つは、トロールを討伐して箒を取りに行く。もう一つは―――」

「―――セストラル」

「―――そう。セストラルに乗っていく」

 

 それまで黙っていたルーナが答えを提示。

 フィールは頷いた。

 

「アンタ、セストラルのこと知ってるんだな」

「だって見えるもん。その言い方じゃ、アンタも見えるんでしょ?」

「ああ。………方向感覚が抜群で移動速度が高速なセストラルなら、スピードに格差がある箒と違って同等だ。列を崩すことなく、目的地に辿り着ける」

 

 セストラルが何なのかを知らないハリー達は首を傾げるが、とにかく移動手段があるならそれで構わないと、箒ではなくセストラルを用いる方法を選んだ。

 フィールは指をパチンと鳴らす。

 すると、アンブリッジ達の姿が消えた。

 

「アイツらは2階に放置されている『姿をくらますキャビネット棚』に転移させた。これで邪魔者の排除は完了だ」

 

 『姿をくらますキャビネット棚』とは、ホグワーツに飾られている金と黒の飾り棚だ。

 あまり知られていないが、実はボージン・アンド・バークス店内にあるもう一つの『キャビネット棚』と対になっており、魔法の通路が2つの『棚』を結び付けている。

 

 ホグワーツに在るそれは最初城の上階に置かれていたのだが、3年前にほとんど首なしニックに焚き付けられたビープスが、2階にあるフィルチの事務所の真上に落として、飾り棚を壊してしまったのだ。

 それ以降キャビネット棚は2階に放置され、ホグワーツを去る前に、フレッドとジョージのウィーズリーツインズが、グリフィンドールから減点しようとした犬猿の仲のグラハム・モンタギューを飾り棚に押し込んだ。

 本来であればボージンの店に移動するはずであったのだが、破損していたため、二つの場所を行ったり来たりして、どっちつかずに引っ掛かってしまった。

 結局モンタギューは『姿現し』をして脱出したものの、試験にパスしていなかったので5階のトイレに詰まり、危うく死にそうになった………という、そんなエピソードがあったのだ。

 

 これを聞いた後でのフィールの行動はやり過ぎかもしれないが、そうでもしなければ、意外と神経が図太いアンブリッジ達にダメージは与えられない。散々叩かれてきたのだから、これは当然の報いだとフィールは割愛している。

 

「それじゃ、私は先に行ってセストラルを集めてくる。名前は確か―――」

「ルーナ・ラブグッド。アンタ、フィール・ベルンカステルでしょ? そっちは、クシェル・ベイカー」

 

 ………言い切る前にズバズバ言う子だな。

 内心でフィールは苦笑しつつ、自己紹介する手間が省けたと思うようにする。

 

「ルーナ、セストラルが生息してる場所はわかるな?」

「うん、知ってるよ」

「よし、なら―――」

「ちょっ、ちょっと待ってくれ!」

 

 ハリーが慌ててストップを掛けた。

 フィールとルーナは怪訝な表情で見る。

 

「なんだ?」

「フィール、まさかとは思うんだけど………皆も来ることを前提に話しているのか?」

 

 ハリーは、神秘部に行くのは自分だけの予定であった。これから向かおうとしていた場所は魔法省で、最悪の場合ヴォルデモートが潜んでいる可能性がある。捕まったらどうなるかなんて流石にわかるし、想像すらしたくない。

 だからこそ、これは自分だけの問題だと、何も関係のない友人達を連行する気はなかった。

 

「当たり前だろ。仮に私が『此処に残れ』って言ったって、素直に言うこと聞く訳ないだろ」

「だけど!」

「ハリー、もしもアンタが私達と同じ立場だったらなんて答えた? 私はこう言ったと思うぞ。『君達が危険な場所に行くって聞いて、大人しくするなんて出来ない!』ってな」

 

 その言葉は、正義感が強いハリーの心に深く突き刺さった。

 

「そういうことだ。アンタらが結成したDAだってアイツに対抗するためでもあるんだろ」

「そうだよ、ハリー。僕達DAは皆一緒だ。何もかも『例のあの人』と戦うためのものだっただろう? 今度は、現実に何か出来る初めてのチャンスなんだ。僕達も行くよ!」

 

 揺るぎの無い決然とした態度をハリーに見せながらネビルが言った。それに続く様、ジニー達も次々と頷く。

 

「私も貴方と同じくらいシリウスのことを心配してるのよ!」

「僕達は仲間なんだ! 何処までも君についていくよ!」

 

 ハリーはしばらく複雑そうな顔をしていた。

 なんとも言えないという気持ちの現れだった。

 が、諦めたのか、やがて髪をグシャグシャにかきむしってやけくそ気味に承諾した。

 

「わかったよ………皆、シリウスを助けるのに力を貸してくれ」

 

 全員が大きく首肯した。

 やっとのことで事が進み、フィールは一息つくと部屋の窓を蹴破り、最短ルートからのセストラル生息地を試みる。フィールは窓枠に絶妙なバランス感覚で足を乗せて風にローブを靡かせながら、肩越しに振り返る。

 

「言いそびれたから、もう一度言うぞ。私は先に行ってセストラルを集めてくる。ルーナ、ハリー達を連れてきてくれ」

「うん、わかった」

 

 そうして、フィールは優雅に飛び越えた。

 危険極まりないやり方で向かったフィールにハーマイオニーがガラスがなくなった窓から顔を出して覗き込んだ時には、既に彼女の姿は見当たらなかった。

 

 禁じられた森に入ったフィールは、ホグワーツ城が完全に見えなくなる所まで来ると、一度立ち止まって『守護霊の呪文』を唱えた。

 

エクスペクト・パトローナム(守護霊よ来たれ)

 

 杖先から、銀色の狼が飛び出してくる。

 フィールは守護霊にある伝言を託し、シルバーウルフが雷速の如く駆け抜けていくのを見上げながら、ギュッと杖を握る手に力を込める。

 

(正直言って、不安しかないけど………これが凶と出るか吉と出るかは、まだわからない。いざとなったら………この身を投じてでも、クシェル達を護る。………お母さん、お父さん)

 

 フィールは暗くなってきた空を見上げた。

 もう少しで、果てしなく広がる空は闇の色に染め上がる。

 それをどこか遠い眼差しで仰ぎ見ながら、胸に手を当てた。

 

(お願い………今度は私がお母さんやお父さんみたいに誰かを護る番になるから………どうか、クシェル達を護り切る力を私に貸して)

 

 今は亡き、最愛の両親・クラミーとジャック。

 母と父の顔を思い浮かべたフィールは、クラミーの形見の一つである銀色のロケットを制服越しに掴み―――気持ちを切り替えて、その場から駆け出した。

 

♦️

 

 長時間セストラルに乗って魔法省一直線に突入したハリー達は、現在乗り込んだエレベーターを降りて9階にある神秘部の一本道の廊下を突き進んでいた。

 杖先に小さな灯りをつけ、用心深く歩く。

 壁の所々に立て掛けられている青い蝋燭の炎が光る大理石の床に反射するので、無人の魔法界政府機関の怖いくらいの静寂さと相まって、より一層緊張感が高まった。

 最初の扉に入ると、そこは円形の部屋。

 床も天井も何もかもが黒い丸い形の部屋で、1ダースほどの全く同一で取っ手のない黒い扉が壁一面に等間隔に並んでいる。

 

「セドリック、地下9階にある部屋って、結構沢山あるよな?」

「ああ。父さんから聞いた話だけど、かなり前だからあまり覚えてない。覚えてるのは『死の間』『時の間』『惑星の間』『予言の間』『鍵の掛かった部屋(開かずの間)』。あとは―――」

 

 最初にハリーが開けた部屋は、細長い長方形の部屋で机が数卓と濃い緑色の液体が入った巨大なガラスの水槽が室内の中央に置かれているものだった。その水槽の中には半透明の白いモノが漂っている。それは、脳ミソだった。

 

「………『脳の間』だったかな」

「「「「「「「「………………」」」」」」」」

 

 全員の顔から血の気が失せる。

 どうやら、説明する手間が省けたようだ。

 ハーマイオニーが『焼印』の×印を付けて試し済みのドアであることを示す証拠を印してくれたら、ハリーは静かにパタンと扉を閉めた。

 

「よし、次行くか」

 

 フィールが何事もなかったかのように言う。

 そんな彼女のおかげで、場の空気は幾分かマシになった。

 

 今度の部屋は前のより広く、薄暗い照明の長方形の部屋だった。

 擂り鉢型の部屋で、円形劇場のように中心から外に向かって階段が刻まれている。

 中央には石の台座が置かれ、その上には黒いベールの掛かった石のアーチが聳え立っていた。

 周囲の冷たい空気は静止しているのに黒色のそれは微かに波打っている。

 

「誰か居るのか?」

 

 ベールの裏側から人の声が聞こえ、思わずハリーは裏側に回り込む。そこには、擦り切れた黒いベールの裏側が見えるだけだった。

 

「セドリック、もしかして、此処は―――」

「ああ………そうかもしれない」

 

 フィールとセドリックは、ハーマイオニーが声を掛けて引き戻すよりも前に動いていた。

 二人はハリーの腕を掴み、連れ戻す。

 

「ポッター、潜って確認しようとはするな」

「アンタ、二度と戻って来られなくなるぞ」

「え………」

 

 聞き捨てならない二人の発言に言葉を失う。

 セドリックとフィールは険しい顔付きになってチラリとアーチを見据えた。

 

「此処は『死の間』だ。そしてアレは未だ魔法省でも解明出来ていないデンジャラスな物だ」

「推測では、アレは冥界の入り口であって出口ではない。………確かなことは、一度潜ったらもう此処には帰って来られなくなるぞ」

「僕達の目的は、こんな不気味な物の調査じゃないだろう? わかったら、早く行こう。今、すぐにだ」

 

 セドリックとフィールからの厳しい警告に、全員の顔が凍り付く。

 二人の言う通りだ。早くこの部屋を出よう。

 と言うことで、ハリー達は部屋を後にした。

 続けて『鍵の掛かった部屋(開かずの間)』にやって来たが、ハリーが夢で全部の扉を通り抜けられたことから除外し、次の部屋に入る。

 そして、遂にゴール地点に辿り着いた。

 

「此処だ!」

 

 美しい、ダイヤの煌めくような照明。

 ありとあらゆる種類の時計―――大小様々な時計、床置き時計、旅行用の提げ時計等が部屋全体に並んだ本棚の間や机の上に配置されている。

 部屋の奥には釣鐘型のクリスタルが聳え立ち、そこからダイヤのような煌めきが発せられていた。

 ハリーはその景色を見回しながら、名付け親が両親の仇が拷問されている部屋だと確信を抱いて爆発的な衝動に駆られる。

 

「此方だ!」

「おい、猪突猛進するな。早死にするぞ」

「縁起でもないこと言わないでちょうだい!」

 

 さらっと不吉な発言を呟いたフィールにハーマイオニーは声を上げるが、その実ハリーが猪みたいに突進して敵の罠に掛からないかが、心底心配だった。

 何列も並んだ机の間を通過し、クリスタルの釣鐘を通り過ぎて、その上にある唯一のドアを発見した。

 

「これだ。此処を通るんだ………」

 

 ハリーは全員の顔を一度見る。

 フィールは何を考えているかわからない無表情だったが、少なくとも一番冷静な面持ちで落ち着きを払っていた。皆が杖を構え直すと、フィールがハリーに「退け」と退かせる。

 

「ハリー、この先だな?」

「ああ………そうだ」

 

 神妙な顔でコクリと頷く。

 フィールは小さく頷くと、ドアを見据える。

 そして。

 

 バンッ………!

 

 と、超ド派手にドアを蹴破った。

 バタンッ、と音を立てながら床に倒れる。

 当然ながら、全員がギョッと眼を丸くした。

 

「ちょっ、フィール!」

「なんだ? 此処まで来たんだから今更だろ。ボケッとしてないで、さっさと行くぞ」

 

 と、フィールはハリー達を急かす。

 これでは自分達の存在を教えているものだと非難めいた眼差しを送るが、フィールはケロッとして涼しい顔で受け流していた。

 中に入ると、そこは大聖堂のように広く天井の高い部屋だった。室内には予言の球が置かれた棚がギッシリ聳え立ち、それ以外は何もない。

 棚の間にある間隔を置いて取り付けられた燭台の青い灯りがガラス球に反射し、鈍い光をあちこちから放つ。

 

「………………」

 

 部屋に入るのと同時、フィールは察した。

 部屋からは、物音一つしない。

 もしもシリウスが拷問されているのなら、何処に居ようが悲鳴やら絶叫やらがこちらまで聞こえてもおかしくない。

 

 なのに、この静けさはどういうことか。

 フィールは全神経を一点に集中させる。

 ………どうやら先客が居たみたいだと、ひっそりと『予言の間』で息を殺して潜んでいる魔法使い達の魔力を感受し、蒼眼を細めた。

 しかし、それを悟られないよう、フィールはハリー達を促す。一行は杖を構えながら、慎重に突き進む。

 

 しばらくして、目的地に到着を果たした。

 『97』という数字が書かれた棚を見つけ、ハリーはその脇にある通路に入る。

 が、誰も居ない。ひとっこ一人居ない。

 ハリーは顔をひきつらせた。

 

「このすぐ近くにシリウスが居るはずだ………何処か、この辺り………」

 

 だが、そんな希望的観測のハリーの思いは、フィールの爆弾発言にて呆気なく崩壊した。

 

「ハリー、此処にシリウスは居ない。アンタが見たのは偽りの映像だったんだ」

「偽りの映像………?」

 

 ハリーは眼を見張り、フィールを見る。

 フィールはハリーにある場所を示した。

 そこには、埃が被ったガラス球が綺麗に収められていた。何故だか知らないが、16年前の印と共にハリーの名前が刻まれている。

 ハリーはその球を手にしようとした。

 しかし、そこでまたフィールが遮る。

 

「ハリー、それこそアイツが欲してた予言だ」

「予言?」

「そう。ハリー・ポッターとヴォルデモートの運命が記されている、な。だから、アイツはそれを追い求めていた。けれど、予言は本人しか取り出すことが出来ない―――」

 

 フィールはハリーの背後の暗闇に向かって、声を張り上げた。

 

「だから、偽造した夢を見させて此処まで誘導するよう仕向けたんだろ? 死喰い人(デスイーター)共」

「ッ!」

 

 暗がりの中から、息を呑む音が聞こえる。

 ハリー達は一斉に振り返って杖を構えた。

 同じくして、何処からともなく周囲に黒い人影が現れ、目の前からは悪い意味で見慣れた男が舌打ちしながら出てきた。

 ドラコ・マルフォイの父親、ルシウス・マルフォイであった。ルシウスが仮面を外しながら登場したためか、他の死喰い人も仮面を外して素顔を露にする。そのほとんどが、アズカバンから集団脱獄をした死喰い人であった。

 

「ベルンカステル………貴様、最初から我々が居ることを気付いていたな?」

「さあ? 何のことやら」

 

 ルシウスの問いにフィールは答えない。

 ルシウスはイライラを募らせつつ、ハリーの方を向いた。

 

「さあ、ハリー・ポッター。その予言を取って、我々に寄越せ。さもなければどうなるか、その程度は理解出来るだろう?」

 

 呪いは撃たず、威圧するように声を発する。

 ハリーはまるで聞こえないと言わんばかりに腹の底から叫んだ。

 

「シリウスは何処に居るんだ!? お前達が捕らえたということは―――」

「おい、同じことを二度も言わせんな、ハリー。さっきも言っただろ。シリウスは捕まってなんかいない。アンタが見たのは、ヤツらがその予言を入手するためにアイツがアンタに見せた虚偽の映像だ」

 

 シリウスの居場所を聞き出そうとするハリーにフィールは冷たく制する。

 ハリーは心臓をハンマーで叩き付けられたような痛みが走ったように錯覚した。

 そしてようやく、自分の過失に気付く。

 自分はとんでもない過ちを犯してしまった挙げ句、無関係の友人達を危機的状況に連れて来てしまったのだと。

 ハリーが激しい後悔に打ちのめされていると、ルシウスの隣に居た黒髪の魔女―――ベラトリックス・レストレンジが凄まじい形相でフィールを睨み付けた。

 

「この小娘が! あのお方を『アイツ』呼ばわりするなど―――」

「ああ、お前みたいな鬱陶しそうなヤツに話し掛けられてメリットはないし煩いだけだから、とりあえずシレンシオ(黙れ)

 

 フィールは『沈黙呪文』でベラトリックスの耳障りな声を封印して口を閉じらせる。ベラトリックスは更に血走った眼になり、ビリビリと肌が痺れるほどの殺気を当ててきた。

 

「さて、邪魔が入らなくなったし、これで静かに会話が出来るな。ま、そんな呑気な現状じゃないくらいわかってるけど」

「ベルンカステル。調子に乗っていられるのも今の内だけだ。ポッター、早く予言を寄越せ」

 

 ルシウスが手を伸ばしながら、事を急かす。

 すると、フィールはハリーにこう言った。

 

「ハリー、その予言を手にしろ」

「え?」

「私に考えがある」

 

 ハリーは首を傾げたが………言われた通り、棚からゆっくりと水晶を手にすると、フィールが鈍い輝きを放つそれに杖先を突き付けた。

 その瞬間、死喰い人達は一斉に青ざめる。

 

「思った通り。どうやら、この予言を破壊されたらそっちにとっては都合が悪そうだな。ま、私からすればそんなもん知ったことじゃないけど」

「ちっ………!」

「ああ、それと」

 

 フィールは、恐らく無言呪文で予言を呼び寄せようとしたか仲間の誰かに呪いを撃とうとしたかのベラトリックスに向かって、皮肉を交えて声を張り上げた。

 

「妙な素振りは止めとけよ? ちょっとでもそういった仕草だと認識したら、私は迷うことなくこれを木っ端微塵にするぞ。勿論、コイツらの誰か一人にでも傷一つ負わせたら………どうなるかなんて、理解出来るよな?」

 

 煽りに煽り、窮地まで追い詰めるフィール。

 フィールの言葉は、マジだ。

 いつでも壊す気で宣言している。

 これでは、動こうにも動けない。

 

「………確かにそうだな。予言を盾にされては、迂闊には手出しなど出来ない。だがな………我々の罠に嵌まった貴様らに、退路などあるまい?」

 

 弱気になる精神を奮い立たせようと、ルシウスは現在の状況下を話題性に持ち出しながら、畳み掛けるように包囲網を見回す。

 

「ふふふっ………あっはははははははははは!」

 

 何がそんなにおかしいのか。

 突如として、フィールは高笑いを上げた。

 口元を三日月型に歪め、喉を鳴らす彼女のそれはハリー達のみならず、死喰い人達にも多大なるインパクトを与えた。

 

「何がおかしい?」

「ははは………なあ、死喰い人共。何かが変だと思わないのか?」

「は?」

「まさか………ヴォルデモートがハリーに何らかの干渉をして此処に誘導するよう仕向けてくるって、私()が全く持って予測していなかったと思うのか? 答えは『NO』だ。お前らが事を引き起こそうとする場所は、ほぼ確定事項。狙いが定まれば、慌てず騒がず………獲物を狙う虎のように虎視眈々と、完璧に気配を殺してじっと機会を窺う………」

 

 そこまで言うと、ルシウスはハッとした。

 同時、フィールは杖をスッと振り下ろす。

 

「貴様………まさか―――!」

「ようやくわかったか」

 

 ルシウスは呪文を放とうとするがもう遅い。

 フィールは杖を振り上げ、狼煙を上げた。

 それが、計画していた作戦のシグナルだ。

 

 

 

「私はお前達を()()()ためにわざと引っ掛かってやったんだ。そう………此処で、確実にお前らを仕留めるためにだ!」

 

 

 

 フィール達を包囲していた死喰い人達に背後から向かって無数の閃光が迸る。

 彼らは後ろから迫る魔力を感じ取って慌てて『姿くらまし』をして回避したが、何人かは反応にワンテンポ遅れて背中に直撃し、バタバタと冷たい床に倒れる。

 暗がりの中から現れたのは―――頼もしい救世主・不死鳥の騎士団のメンバーであった。




【派手に行くぜ!】
ドアを蹴破って真打ち登場!

【よし、神秘部行くぞ】
神秘部に行かせる流れは苦悩した。
でも行かせなければメタい話、嫌でもクリアしなければゲームが進まないこと然りで物語が進まない。

【守護霊の伝言】
詳細は↓↓↓↓。

【移動手段】
箒<セストラル

【煽りに煽るオリ主さん】
どんなキャラにでもなれるフィール。
クーデレキャラにもなれればゲスキャラにもなってしまう多重人格者。

【高笑いするフィール】
これには皆さんもビックリ。

【ふっふっふっ、掛かったなアホが!】
まさかフィールが何にも考えずに神秘部に向かうとでも思ったのかね? 残念だったな!
わんさかデスイーターが出てくるであろう神秘部で不死鳥の騎士団メンバーがステンバーイしていたのは実は前もって計画されてたこと。守護霊の伝言は「今から神秘部行くぜ」の前置き報告。狼煙は「乱戦を始めるぜ」のバトルスタートシグナル。
ハリー達には知らせていません。
だって教えちゃったらヴォルさんに計画筒抜けなので学生の中では唯一フィールが知ってました。

さて、次回いよいよ神秘部での乱戦。
果たして何人が生き残れるのか。
物語の境目に向けて、事態は加速する!


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#79.死別

神秘部での乱戦。


 それは、重傷を負ったアーサー・ウィーズリーの見舞いをしに行った日のことだ。

 その日の夜、不死鳥の騎士団の中でも腕が立つメンバー―――マッド・アイ・ムーディやキングズリー・シャックボルト等―――は会議室にて重大な話し合いをしていた。

 此処に居るのは、総員ではない。

 死喰い人相手に互角に渡り合える少数の一員のみで集結されていた。

 

「アーサーを襲った蛇がヴォルデモートの蛇だと推測すると、やはり『例のアレ』を目当てに偵察しに向かわせたのだろう」

 

 ムーディは杖を一突きしながら静かに言う。

 椅子に座り、真顔でムーディの方を見つめる団員達は無言だった。

 

「闇の陣営がいつ始動するかはハッキリとしないが、そろそろヤツらも何らかのアクションを起こすはずだ。我々は常に臨戦態勢で日々を過ごさねばならん」

 

 そこまで言ったところで、それまで壁に背を預けながら話を黙って聞いていたフィールが、珍しく口を開いた。

 

「ムーディ。ヴォルデモートが目的としているのは神秘部の9階にある『アレ』だよな?」

「そうだ。それがどうした?」

「だったら、こんなことが考えられないか? ヴォルデモートが、ハリーを『予言の間』まで誘導させるために干渉してくるって」

 

 なんだと?

 と、聞き逃してはならない発言に、一斉に視線の先がフィールに向けられるようになった。

 

「何故そう思うんだい?」

 

 リーマス・ルーピンは真っ先に訊いた。

 フィールは腕を組み直しながら、自分の憶測を語り始める。

 

「どういう訳か、ヴォルデモートとハリーには『絆』がある。ハリーがヴォルデモートの行動や心を覗き見ることが出来るなら、その逆もまた然りじゃないか?」

「………つまり、『闇の帝王』もハリーと同じことが出来るって言いたいんだな?」

 

 シリウスがそう問うと、フィールは頷いた。

 

「だけど、二人には決定的な格差があると思うんだ。自分の意思でコントロール出来ないハリーと違って、ヴォルデモートは意のままに操れるのを前提として物事を考えると………どんな事態になるか、わかるよな?」

 

 まさか………とフィールの推測の意味を飲み込んだ彼らは、息を呑む。

 フィールは静かな口調で続けた。

 

「もしも………ヴォルデモートがこのことに気付いたらまず間違いないなく利用するだろう。最も考えられるのは、ニセモノの映像を送り込んで正義感の強い彼を『予言』がある部屋まで誘き寄せて罠に嵌めるってことだな」

「ちょっ、ちょっと待ってくれ! もしも本当にそんなことが起きたら大変じゃないか!」

 

 誰よりもハリーの安否を心配し、彼を息子として愛しているシリウスは堪らず椅子から立ち上がって眼を剥いた。

 フィールの言うことは一理ある。

 ヴォルデモートは目的意識に従ってこの世を生きる者だ。そのためならば如何なる手段であろうとも嬉々として選ぶ、まさにスリザリン出身者の名に相応しい性格を備えている。

 宿敵ハリー・ポッターを殺害する前に、予言の内容を聞くという目標を果たすべく、確実に彼から追求している物を取らせるために動き出す可能性は十分ある。

 シリウスは最悪のケースを想像したのか、顔面蒼白してフィールを見た。

 

「………ま、私としては、これを逆手に利用出来るんじゃないって思うんだけどな」

「え?」

「闇の陣営は『予言』を欲している。その『予言』があるのは、神秘部のみ………。闇の中から機会を窺っているアイツらが100%の確率で姿を現す場所は、もう定まっている」

 

 だったら、と。

 フィールは部屋全体を見回しながら、薄い唇に大胆不敵な笑みを刷いて、言い放った。

 命と言う名の品物を賭けた、ギャンブルを。

 

 

 

「―――わざとトラップに引っ掛かり、敵を捕獲したと油断しきっている隙を突いて、黒色の巨大な蛇達を仕留めてやろうじゃないか」

 

 

 

♦️

 

 

 

 あの日、危険極まりない極秘作戦を練ってから数ヶ月が経過した現在。

 フィールの推理はどストライクで命中した。

 やはり、ヴォルデモートは『絆』を上手い具合に利用して、ハリーを魔法省まで引き出そうと偽りの夢を送信した。

 ハリー・ポッターが予言を手にした瞬間、集団で取り囲んで数的優位を確保し、リスクを冒さず簡単に手に入れるという、最も手際が良くて好都合な企みを企てていた。

 しかし………予想だにしなかったアクシデントが発生してしまった。

 このような考え方を見通す者がいたのだ。

 そして………まんまと釣られてしまった。

 本来であれば、真逆であったものなのに。

 

「くそっ………! 返り討ちにしてやれ!」

 

 リーダー的立場のルシウスの鼓舞に、不意打ち攻撃を逃れた、ベラトリックスを初めとする強者死喰い人は一気に猛攻を仕掛けた。

 だが騎士団メンバーの動きも素早い。

 杖を振るい、数多の呪文を連続で撃つ。

 思考を切り替え、戦闘モードに入ったハリー達DAメンバーは即座に近くにある予言の棚に魔法を叩き込み、幾千幾万の予言の水晶を犠牲にしてガラスの雪崩を作った。耳障りなサウンドを響かせながら、敵陣を動揺させる。

 スリザリン組の二人は自分達に向かって発射される呪いを全て撃ち落としてガードした。

 

「皆、出口を目指して走れ!」

 

 フィールは声を張り上げ、退散を呼び掛ける。

 ウィーズリー兄妹、セドリック、ルーナ、ネビルはすぐさま駆け出した。クシェルは一度近くに居た死喰い人を吹っ飛ばしてから、脚に力を入れて走る。

 が、いっこうに走ろうとしないハリーにフィールは苛立って叫んだ。

 

「何してるんだ! 早く戻るぞ!」

「ダメだ! そんなことは出来ない!」

「バカ野郎! 私達が此処から脱出しない限り、騎士団員はいつまで経っても戦線離脱出来ないんだぞ! わかったら早く向かえ!」

 

 ハリーの抗議の声をフィールは一蹴する。

 内密に立てられたこの戦略方法は、フィールがハリー達を連れて戦場となるこの場を後にするのも含まれている。

 だから、何よりも保護するべきハリーが留まる道を選んでしまえば、全て台無しだ。

 なのに―――

 

「イヤだ! 僕も戦う!」

 

 まさに、猪突猛進の無謀な加勢だった。

 ハリーは強く握り締める杖を右手に、ヴォルデモートが欲して堪らない予言を左手に、死喰い人の連中がすぐには自分を殺せないことを後ろ盾にして囮になろうと疾駆した。

 が、そこで二人の男女がドンッと突き飛ばす。

 フィールの母方の叔父叔母、ライアンとエミリーが眼前の敵に呪いを撃ち込みながら、肩越しにハリーを怒鳴った。

 

「馬鹿な真似は止せ!」

「私達に任せなさい!」

 

 今までにない鋭さが孕んだ二人の大声は、たった今援護しようとしていたハリーの心に深く突き刺さった。そんな彼の側にハーマイオニーが駆け寄り、腕を引っ張る。

 

「ハリー、行きましょう!」

 

 が、そこに死喰い人が放った魔法が物凄い速さで飛んでくる。その閃光は、真っ直ぐにハーマイオニーを狙っていた。

 

プロテゴ(護れ)!」

 

 咄嗟に前に躍り出たエミリーが『盾の呪文』を唱える。

 半透明のバリアが現れ、二人の眼前で紫色の光を弾き飛ばした。

 

「この子達に傷一つでも負わせたら、私が許さないわよ!」

 

 エミリーは憤慨し、ハーマイオニーに怪我をさせようとした死喰い人に対して『失神呪文』を撃ち込み、思い切り吹き飛ばした。

 

「さあ行きなさい!」

 

 振り返らず、背中越しから鋭く叫ぶ。

 ハーマイオニーはハリーを立ち上がらせ、ドア付近にて退路を確保しようと乱戦を繰り広げているフィール達の所まで走り出した。

 疾走する二人の背後を死喰い人二人がチャンスとばかりに杖を向けたが、またしても邪魔が入る。

 クシェルの両親、イーサンとライリーが二人の相手となって注意を引いた。

 

「お前らの相手は俺達だ!」

「相手を間違えないでちょうだい!」

 

 闇祓い(オーラー)癒者(ヒーラー)の二人。

 後者は医術関連に特化している者で、戦闘関連の仕事には就いていない。しかし、前者が長年犯罪者と対峙してきた者だ。

 知識も技能も夫である彼から教わっている。

 それに加え、今は亡き親友二人も闇祓いに勤務していたのだ。夫と友人から護身術を学んでいたライリーも、十二分に死喰い人と対抗する実力を兼ね備えている。

 ベイカー夫妻が時間稼ぎをしている間に、全力疾走したハリーとハーマイオニーは予言部屋の出入口まで走り着いた。

 ドアの脇に、フィールが立っている。

 二人は飛び込むようにドアを潜った。

 同時、『姿現し』で騎士団メンバーが現れる。

 彼らが中に入ったら、フィールは此処に来る際に蹴破った扉の代わりに強固な城壁を造り上げて簡単には侵入出来ないようにした。

 

「とりあえず、全員居るな?」

「ああ、問題無い。ベルンカステル、お前が思案した作戦は成功だ。後はわしらに任せろ!」

「了解! 皆、出口を目指して走れ!」

「で、でも、どれが出口かわからないわ!」

 

 円形ホールとなっている部屋には複数のドアがあり、出入りする度に回転する。つまり、逃走しようにもすぐには出られないのだ。

 

「出入口の扉に★のマークをつけておる! それを探して入るのだ!」

 

 如何に事を上手く運んでも、帰還するまでは任務遂行とは言えない。生還するにおいて大切なのは、逃げ道をしっかりと確保してから戦場に飛び込むものだ。

 故に、フィール達が予言部屋に入った瞬間、スタンバイしていたムーディは出入口に★印が浮かび上がるようあらかじめ仕組んでいたのだ。

 

「! バリケードが破られるわよ!」

 

 いち早く、亀裂が入り込んだ障害物に気が付いたクリミアが声を上げた時。

 城壁が破壊され、血走った眼差しの死喰い人達が一気に雪崩れ込んできた。

 ルシウスに『解除呪文』を掛けて貰い、喋られるようになったベラトリックスはフィールを認めると、鋭くギラギつかせた瞳で睨み付ける。

 

「この小娘がァ! 私の手で殺してやる!」

「待て、ベラトリックス。まだベルンカステルを殺すでない」

「何を言って―――」

「あのお方からの命だ。それを破るのか?」

 

 ルシウスに窘められ、ベラトリックスはギリギリと歯軋りしながら自制をする。ルシウスはフィールの方を見た。

 

「さて………ベルンカステル、最後に問うぞ。あのお方の腹心になる気はないか?」

 

 と言いながら、その実答えなどわかりきっている上で、闇の帝王が最強の部下として取り入れたい彼女に尋ねる。

 

「はぁ………何度言えばわかるんだ?」

 

 フィールは鬱屈そうに眼を細め、睨んだ。

 

「私はお前らの仲間になるなんて、殊更ない」

 

 キッパリと、言い放った。

 その瞳と態度は、やはりベルンカステル家の者かとルシウスは思う。

 どこまでも、信念を貫き通す少女だ。

 例えそれが、どんなに強い敵の前でも。

 しかし、これでようやく心置きなく―――

 

 

 

 ―――フィール・ベルンカステルを殺せる。

 

 

 

「ベラトリックス………殺れ」

 

 待ってました、と言わんばかりの笑顔で。

 ベラトリックスは、杖を振り上げた。

 

アバダ・ケダブラ(息絶えよ)!」

 

 杖先から迸る、緑の光を帯びたの最強の呪い。

 『死の呪文』が、フィールの心臓を狙い撃ちして走るが―――その閃光は、二人の黒髪男女が同時に放った魔法で撃ち落とされる。

 フィールを庇うように前に一歩踏み出たその二人はベラトリックスを射抜いた。

 

「何しやがる! この女狐が!」

 

 ライアンは激昂を外面に出し、ベラトリックスに敵意………否、殺意を胸いっぱいに抱く。

 エミリーは醜悪に顔を歪ませるベラトリックスの前に『姿現し』をし、杖をみぞおちに当てて見えない波動を放ち、思い切りぶっ飛ばした。

 

「私の娘を殺すなんて行為は許さないわよ!」

 

 ベラトリックスは壁に激突し、床に落ちる。

 闇の陣営きっての即戦力・ベラトリックスを一時的に無力化させたのを皮切りに、再び神秘部は幾度も色とりどりの閃光が飛び交うバトルフィールドに急転した。

 

「エミリー、よくやった!」

 

 ライアンはニヤリと笑いつつ、こちらも闇祓いとしての実力を存分に発揮させながら、死喰い人三人をあっさり制圧させる。

 

「ベルンカステル! ポッター達を連れて、此処から脱出しろ!」

 

 数人の敵と対敵しながら、ムーディが言う。

 フィールは頷き、友人達へ振り返った。

 

「ムーディが言ってた★マークを探せ! それが唯一の血路だ!」

「わかったよ!」

「オーケー!」

 

 クシェル達は頷き、四方八方に駆ける。

 しかし、決して妨害がない訳ではない。

 数十人の死喰い人があちこちから接近、背後から攻撃してきた。

 慌てて手近なドアを誰かが開け、中に数人が入り込み、ドアを閉める。

 手分けして探そうとしたのが裏目に出て、最悪な現状で皆とはぐれてしまった。

 

「あ、そ、そんな! ど、どうしよう!」

「落ち着けクシェル。チラッと見たところ、全員単身じゃない。二人以上で固まっている」

 

 フィールは冷静に言いながら、あたふたするクシェルを落ち着かせる。扉越しから、バラバラに逃げたハリー達を追跡するため手分けして当たるらしい死喰い人の声が聞こえた。

 

「どうやら、アイツらも別行動するみたいだな」

「みたいだね………此処に来た死喰い人は、此処で倒そう」

「そうだな。分担したなら、敵の数も少数だ。さっさと倒して、仲間と合流するぞ」

 

 フィールは杖を構え、発射準備をする。

 クシェルもジリジリとドアを見据え―――『開錠呪文』で滑り込んできた死喰い人二人の胸を狙って『失神呪文』を撃つ。

 

「「ステューピファイ(麻痺せよ)!」」

 

 紅い閃光は見事クリティカルヒットした。

 呻き声を上げて床に倒れたのを見届けると、杖を取り上げて縄を出し、何重にもキツく縛り上げて束縛する。

 その騒ぎを聞き付け、またまた死喰い人が数人此方までやって来るのが見えたので、失神させたり凍結させたりと、スリザリン組は結構な数の敵をノックアウトさせた。

 

 二人は粗方片付けると、別の部屋に入る。

 そこでは、約十人ほどの死喰い人がハリー、セドリック、ネビル、ルーナと戦っていた。

 数は死喰い人の方が多く、ハリー達は苦戦を強いられている。フィールとクシェルの存在に気付いた二人が「あっ」と硬直したのを二人は見逃さない。

 

 呪文を撃ち、無力化させる。

 倒れた二人を見て、近くに居た彼らが発信源に眼を向けた時には時既に遅し。

 眼も眩むような光が間近に迫っていて、そして顔面に直撃した。

 乱入してきた二人に気を取られている隙に、ハリー達が残りの死喰い人を失神させる。

 これで、危機は一応去ったと思いたい。

 これが、その場しのぎだったとしても。

 

「大丈夫か?」

「まあ、なんとか………」

 

 額に滲み出る汗を拭い、ハリーは見渡す。

 

「とにかく、まずは此処を出よう………ハーマイオニー達を探さないと」

 

 フィールとクシェルは先程と同じく丸腰にしてから拘束し、まだ合流出来ていないハーマイオニー、ジニー、ロンを探索するため、ドアを開けてこの部屋を後にしようとすると、

 

「ハリー! 無事だったか!」

「皆も怪我はないかい?」

 

 シリウスとルーピンが近付いてきた。

 フィール達は振り返り、顔を綻ばせる。

 

「ん? ハーマイオニー達はどうしたんだ?」

 

 シリウスは何処にも見当たらない三人の姿に怪訝そうな顔をする。ハリーは一息ついてから説明した。

 

「ハーマイオニー、ジニー、ロンとはまだ会っていない………早く探さなきゃ」

「………………」

 

 ハリーが話しているのを聞くとはなしに、フィールはキョロキョロ辺りを見回していた。なんだか、落ち着きがない。

 

(なんだ………何かを感じる………)

 

 フィールの中で、アレが鳴っている。

 不吉な予感を思わせる………警告音が。

 胸騒ぎが全身を駆け抜け、不穏に思う。

 絶えず打ち鳴らす警報は、今までそれが命中してきたフィールに不安と焦燥を募らせた。

 

(今度は………違う………何かが違う………)

 

 心臓が早鐘を打つみたいに早まる。

 冷や汗が額や全身から噴き出し、寒気を与えられた。

 

(イヤ………そんなことある訳―――)

 

 神経質になり過ぎだ、と自嘲気味な笑みを浮かべ、鬱屈とした想いを晴らそうと頭を振ったその瞬間―――

 

 

 

 ―――ベラトリックス・レストレンジの嗤い声が此方まで響き渡った。

 

 

 

♦️

 

 

 

 死喰い人からの攻撃を避けるため、ハーマイオニー、ジニー、ロンは同室に飛び込んだ。

 『施錠呪文』を掛けて侵入は防いだが、やはりと言うかなんと言うか、数秒も持たず、死喰い人が雪崩れ込んできた。

 最初に入った部屋は『時の間』であった。

 此処には逆転時計(タイムターナー)も保管されている。

 それらは激しい戦いの中で全部破壊された。

 貴重な物を破損してしまったことに対する罪悪感がのし掛かってくるが、生き残るためには仕方ないことだと区切りをつける。

 死喰い人を数人倒したが、今度は別の死喰い人がやって来たので、三人は慌てて一番近くにあった部屋に飛び込む。

 だが………そこで三人は顔面蒼白した。

 

「嘘でしょ………此処、アーチが在る部屋よ!」

「マジかよ!? 僕ら運無いぜ!」

「ロン、呑気に言わないで!」

 

 戦況はこの上なく最悪だった。

 敵は数も質も上、割り当たった部屋はあのアーチがある場所。

 三人は後悔するが、後戻りは出来ない。

 無謀とも勇敢とも言える姿勢で、DA会合で鍛えた腕で闇の魔法使いと戦いを繰り広げた。

 が、その最中にジニーが足を怪我して戦闘不能となってしまった。

 ジニーを庇う形でロンとハーマイオニーは二人で死喰い人と対戦するが………疲労が蓄積した身体が限界を迎え、体力を切らして膝をついてしまった。

 

「くそっ………こんなところで………」

 

 自分の不甲斐なさにロンは舌打ちする。

 なんとか顔を上げたハーマイオニーが目前で見たのは、勝ち誇ったようにニヤニヤ笑いながら杖を向ける死喰い人の姿………。

 殺られる―――と強く杖を握った、その時。

 

エクスペリアームス(武器よ去れ)!」

 

 『武装解除呪文』を唱える女性の声が耳を打ったのと同時、杖が弧を描いて宙を舞った。

 

ステューピファイ(麻痺せよ)!」

 

 続け様に違う効果を帯びた紅い光が走る。

 死喰い人は軽々と吹き飛び、壁に激突した。

 

「皆、大丈夫!?」

 

 現れたのは、エミリーであった。

 肩で息をしながら、安否確認してくる。

 

「ああ、よかった………!」

 

 頼もしい大人の登場、周囲に敵は不在。

 安全とも言える現状に思わず三人は全身の緊張が解け、ホッと胸を撫で下ろして気を緩ませる。

 

 だが、その油断が命取りとなった。

 

「………ッ!」

 

 急いで後ろを見たエミリーは金眼を剥く。

 此方側に………戦闘続行が可能なベラトリックスとルシウスが接近してきた。

 そしてその二人の呪いが雷速に飛んで来る。

 その閃光は、三人の中でも前線に居るハーマイオニーの心臓を真っ直ぐに狙っていた。

 

(マズい………!)

 

 あの二人は、子供達を殺す気だ!

 それを一瞬にして理解したエミリーは急いで前に向き直る。

 1秒が命運を分けるこの場でエミリーは全力で走り出す。

 あの速さでは、防御する時間が無い!

 しかし、このままではあの子達が死ぬ!

 刹那の思考の果てにエミリーが見出だした答えは―――。

 

 体力的にも精神的にも限界な三人は、呆然と飛来してくる閃光を眺めることしか出来なかった。

 『盾の呪文』を詠唱しようと腕を振り上げたいが、度重なる激戦での凄まじい疲労感に見舞われている身体では、どうすることも出来ない。

 ジニーは小さく悲鳴を上げた。

 ロンは妹を護るように覆い被さる。

 ハーマイオニーはそんな二人を庇護しようとその場から離れず、自分の身を犠牲にすることを覚悟して、固く眼を瞑った。

 

 と、そうしたら。

 駆け寄ってきた『誰か』にギュッと抱かれた。

 ………そして―――

 

 

 

 ―――刹那、肉を裂く不気味な音が響いた。

 

 

 

「…………………………え?」

 

 なんだ、今の音は?

 今の…………嫌な、音は?

 何故、自分は死んでいない?

 目前まで迫ったアレに心臓を貫通されているはずなのに………なん、で?

 恐る恐る、ハーマイオニーは眼を開けた。

 そして………ハーマイオニーは絶句した。

 

「……………………え………………?」

 

 疑問と絶望に染まった声が、唇から漏れる。

 ハーマイオニーが見たもの。それは―――。

 ルシウスとベラトリックスが放った呪いが絡み合って1つの閃光となった細長い筋が、エミリーの背中から心臓を貫き、ハーマイオニーの胸元の直前で止まっている光景だった。

 つい先程、何かを胸元に押し付けられる感覚を覚えたハーマイオニーはその原因を悟った。

 瞬きすることも忘れ、彼女は自分の身体に視線を向ける。

 グリフィンドールのシンボルカラーのネクタイを巻いた白いワイシャツが、胸元が、紅い大輪の華で咲き誇っていた。

 

「あ………なた………達」

 

 肩越しにエミリーは背後に振り返る。

 

「ちっ………本当はマグルの小娘を冥土の土産にするつもりだったのだが………」

 

 紅に染まる視界の中で、ルシウスは愉悦に満ちた顔で冷たく囁く。その隣では、ベラトリックスが狂ったように笑い声を上げていた。

 

「あっははははははははははは! やったねぇ、やったねぇ! 忌々しいベルンカステル家の人間を一人殺っちまえて! あははははははははははっ!」

 

 狂笑するベラトリックスの言葉なんて、今のハーマイオニーには、何も聞こえなかった。

 ただただ、エミリーの命の紅が自分の制服を染め上げるのを見ることしか出来なかった。

 その後ろで、ロンとジニーは蒼白している。

 もしも………エミリーが身を挺して護らなかったら、ハーマイオニーの心臓が刺し貫かれていたに違いない。それどころか、後ろに居た自分達も死んでいたかもしれない。

 

「え………エミリー………さん…………」

 

 喉はカラカラに渇き、頭がガンガン痛い。

 ハーマイオニーの瞳から、涙が溢れる。

 

「ハー………マイオニー………ちゃん………ジニー…ちゃん……ロン君……怪我は無い?」

 

 息も絶え絶えに、エミリーは問い掛ける。

 その口から、真っ赤な血が吐き出された。

 三人はハッとしたが、すぐに大きく頷く。

 

「私達は大丈夫ですから………っ! もう、喋らないでください………!」

「いいえ………もう………私は………助からないわ………だから……あなた達に伝えたいの……」

 

 本来であれば、当に事切れた生命活動。

 それを魔法で辛うじて繋ぎ止めているが、長くは保たない。

 エミリーは死期がすぐ側まで迫っているのにも関わらず、微笑みかけた。

 

「……フィー………ルと………私の娘と………仲良くしてくれ……て………本当に………ありがとう……私も………年の離れた……友達の………あなた達と……一緒に遊んで……笑い合って……凄く楽しかった………」

 

 エミリーの脳裏に………数々の想い出が走馬灯のように駆け巡る。

 ブライトンに行って海水浴をしたり、別荘でバーベキューをしたりした………想い出が。

 

 学生時代。

 優秀な姉と兄を持ってたが故に、一番年下で末っ子だったエミリーは『クラミーの妹』『ライアンの妹』としてしか周囲には認識されなかった。

 

『流石はクラミーさんの妹ね』

『お姉さんそっくりで才色兼備だ』

『性格もライアンと似ている』

『末っ子の妹ちゃん、流石にお兄さんお姉さん方と比べたらアレだけど、十二分にスゴいよなぁ』

 

 それは、学校を卒業してから魔法省に勤めた後でもそうで………『エミリー・ベルンカステル』というよりも『エルシー・ベルンカステルの娘』として接してくる人が多かった。

 

『おい、聞いたか? 今度俺達の部署にベルンカステル家の女性が就くみたいだぞ』

『マジ? もしかして、あのエルシー・ベルンカステルの娘か?』

『ああ。エルシー・ベルンカステルの娘だ』

 

 でも―――。

 

『エミリーさん』

 

 一人の人間として、接してくれた人達が居た。

 その子達は自分を………『エミリー・ベルンカステル』として見てくれた。

 たとえ相手が年の離れた子供でも、エミリーにとっては代えがたい喜びだった。

 

 だから………もう会えなくなるのが淋しい。

 言葉では言い表せないほどの、身を切られるほどの思いだった。

 だけど………その子達を護り切れたのなら、自分の身を投じたことを何も厭わない。

 

 ―――誰かの為に、自分の命を投げ出せる。

 

 そうすることが出来た自分を誇りに思えただけでも………胸張って堂々と死ねるから。

 だから―――最期に言わせてちょうだい。

 今まで………本当に………本当に―――

 

「―――ありがとう………あなた達と過ごした想い出は………私の………宝物…よ………」

 

 いつも見せていた、穏やかな笑顔で。

 嬉しさと淋しさが入り交じって金色の瞳から溢れた雫で血に濡れた頬を伝いながら。

 

 静かに瞼をおろして―――息を引き取った。

 

「―――………エミリーさん?」

 

 つと話さなくなったエミリーに、ハーマイオニーは声を掛ける。

 だが、彼女は反応を示さない。

 最早生命活動が途絶えた流血の開き口から鉄の匂いがする真っ赤な液体が溢れ出るのみだ。

 

「ね、ねえ………嘘、で、しょ………?」

 

 ジニーは弱々しく首を振りながら、信じたくない現実に認めたくない心を背ける。

 

「嘘だろ………? 嘘だよな…………?」

 

 ロンは輝きが失せたブルーの瞳で目の前で死んだ黒髪の女性を揺する。その腕は震えていた。

 

「そう……よ……嘘に決まってるわ………」

 

 ハーマイオニーは涙声で、頭ではわかっているはずの現実とは真逆の言葉を言う。

 しかし、世界というのは残酷なもので。

 止めどもなく溢れる涙を流す三人に、無慈悲な一言が容赦なく振り下ろされた。

 

「見苦しい真似だな。いい加減、辛い現実から眼を背けずしっかりと向き合ってみたらどうだ? ―――エミリー・ベルンカステルは死んだ。我々の手によってな」

 

 エミリーを殺した張本人の一人の言葉。

 それは、現実という名の巨大な壁を三人に突き付けるには十分な威力で。

 

「あ、あああ、あ………い………や………いやぁああああああああああああッ!!」

 

 ハーマイオニーの声にならない悲痛な絶叫が、冷たい空気を切り裂いて壁に反響した。




【Dead:エミリー・ベルンカステル】
本編開始時の時点で生存していたオリキャラが死亡するの先陣を切ったのはなんとエミリーさん。
エミリーさん、最期はハーマイオニー、ジニー、ロンを庇って死亡。もしもあの時エミリーが身を挺して護らなかったら三人は間違いなく死にましたね。
実は原作でハリー以外の原作キャラがほとんどノックアウトされるフラグをへし折って全員を正常な状態にさせたのは、この時のためだったり。

………とまあ、この作品でも遂にオリキャラとサヨナラする時を迎えました。
正直言うと、滅茶苦茶悩みましたね。
最終章まで延命させようかとも思ったのですが、それではなんかダメだと腹を括りました。
オリ主のフィールと深い関係があり、そして原作キャラのハーマイオニー達とも関わりがあったエミリー。
彼女の死は、あの三人に多大なるインパクトを与えたでしょう。特にハーマイオニーは一生のトラウマになったと思われます。

そしてセストラルが見えなかった三人も、次からはセストラルの姿が見える状態に。
よく「(セストラルの姿が)見えたらいいのに」とぼやいてましたし、なら本当にセストラルが見えるようにさせて、『死を見たことがあるというのはどういうことか』を考えさせるきっかけを作ってみました。

とにかく………これにてエミリー・ベルンカステルは本編からバイバイとなります。
さようなら、エミリーさん。
2章スタートからの初登場以来、本当にお疲れ様でした。


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#80.少女が手を血で染め上げた瞬間

過去編③。


「ハーマイオニー!? どうしたんだ!?」

 

 危険な魔法道具・アーチがある『死の間』。

 そこに、騎士団・DA・SSメンバー全員が飛び込んできた。

 ベラトリックスの高笑いする嗤い声とハーマイオニーの悲鳴が聞こえてきたので、それらが同じ方向で発信されたことから、正確に場所を割り出せた。

 

 そして到着するなり、その場で固まった。

 まず眼に飛び込んできたのは、思わず顔を背けて眼を瞑りたくなるほどの紅の風景。

 茫然自失とする子供三人を庇い護るように身を挺したらしい黒髪の女性は、全身が血まみれの栗色の髪をした少女の肩にもたれ掛かっている。

 たった今、人が殺される瞬間を眼に焼き付けられた少年少女は返り血を浴びた顔を、熱く透明な雫でぐちゃぐちゃにさせていた。

 

「え……、エミリー………」

 

 ライアンは妹と同じ金色の―――虚な瞳で、事切れた彼女の名を呟く。

 

「なあ、嘘、だろ………? 死んでなんか、いないよな………?」

 

 本当は、わかっている。

 エミリーは死んだ。

 年の離れた友達を護るために。

 でも、信じられない。信じたくない。

 ライアンは、精神が錯乱する感覚を覚えた。

 

「………………嘘だ………」

 

 両手で頭を抱え、認めたくない現実を喚く。

 

「嘘だ、嘘だ、嘘だ、全部嘘だあぁあああああああああああああッ!!」

 

 涙を流しながら叫ぶライアンの叫声に、応えられる者は誰もいなかった。

 

♦️

 

「…………………………………………」

 

 叔父の絶叫を、その姪はどこか遠くのように聞いていた。

 彼の喚声を狼表現で言うのならば―――。

 

 喉の奥から絞り出すような、悲痛な咆哮。

 

 それが、後になって頭の中で反響する。

 むせ返りそうになる血の匂いの中、突然、フィールの脳裏に記憶が甦った。

 眼前の、おびただしい量の真っ赤な液体が周囲の場景を紅に染め上げる凄絶な光景。

 殺したくて殺したくて堪らない、闇よりも濃く胸いっぱいに広がる殺意という感情。

 これと似たような惨劇と情動を、自分はかつて何処かで体験したことはなかったか?

 

「………ッ!!」

 

 直後、心臓が破裂するほどの激痛が走った。

 堪らず、背後にあった固い壁に背を預け、喀血と共に激しく咳き込む。

 口元を押さえる手が血に濡れ、眩暈がした。

 力無く座り込み、弱々しく首を項垂れる。

 

「え? ちょっ、フィー、大丈夫!?」

 

 目の前に居るはずのクシェルの声が、徐々に遠退いていく。

 意識を失う前、薄目を開けたフィールは見た。

 自分の叔母が友人達を護った紅い景色。

 誰かのために自分の命を投げ出す行為。

 それを蒼い瞳に映したフィールは―――封じられていた過去の記憶の扉が開かれたのを、身を以て感じる。

 ようやく思い出した8年前の『あの日』の出来事に胸を抉られ、精神が切り刻まれる。

 闇の底に意識が沈んでいくのを必死にもがきながら、ある人物に謝っても謝りきれない気持ちに飲み込まれる。

 

 ―――ああ、そうだ………そうだった。

 ―――私が…………あの人を…………。

 

 

 

 ―――叔父の妻(シュテラ)を………殺したんだった。

 

 

 

♦️

 

 

 

 今から10年前の、1985年。

 ジャックとクラミーの娘・フィールは、二人が悲惨な末路を辿った一部始終を見た故に幼い心に深く刻まれ、ショックのあまり自分の殻に閉じ籠ってしまった。

 本格的に激変したのは、父の葬儀終了後。

 ジャックの弟・アレックが、フィールに酷い発言を吐いた瞬間からだった。

 

「お前が死ねばよかったんだ…………!!」

 

 頭の中でリフレインする自分を責めるアレックの言葉に、フィールは心が軋み歪んでいく錯覚に陥った。

 そんな彼女に、叔父は気が済むまで暴行を加えようと近付いてくる。

 フィールは、動けなかった。

 身体が硬直し、動かし方を忘れてしまった。

 そうして、アレックが蹴り飛ばそうとした、その時―――。

 

「貴方! そんなことしようとしないで!」

 

 女性の焦った声が耳を打ち、割り込んできた。

 長い灰色の髪が特徴的な、一人の女性。

 シュテラ・クールライト。

 アレックの妻で、フィールの叔母だ。

 シュテラはアレックに抱きつき、彼のそれ以上の行動を制する。

 

「退け、シュテラ! 俺はそいつをぶっ飛ばさないと気が済まない!」

「フィールを傷付けたところで、お義兄さんが帰ってくる訳じゃないでしょう!? そんなことをしたら、お義兄さんが悲しむだけよ!」

 

 シュテラの必死の言葉に………アレックはギリギリと歯軋りしながら、フィールを睨む。

 怯えた眼差しの色でこちらを見上げる、蒼色の両眼を捉えてまた癪に障り………不満な気持ちを抑え込むように舌打ちすると、アレックは墓場を走り去っていく。

 

「フィール、大丈夫?」

 

 夫の姿が見えなくなると、シュテラは起き上がれない様子のフィールと目線を合わせて、そっと声を掛ける。

 アレックの鋭くギラつかせた瞳とは違う、優しくて穏やかな群青色の瞳。

 しかし、大人に対して少なからずの恐怖を植え付けられたフィールは何も答えず、慌てて起き上がると無言のまま逃げるように走り出した。

 

「待ちなさい、フィール!」

 

 待てと言われて待てるはずがなかった。

 これ以上、心が傷付けば、もう二度と立ち直れなくなってしまう………。

 おぼつかない足取りを無理矢理動かし、とにかく背を向けて走り続けた。

 それなのに、次の瞬間には、フィールは後ろから抱きすくめられるかのように捕まっていた。

 

「待ちなさい。………あの人が言ったことなんて気にしなくていいのよ。あの人は、怒りで我を忘れてあんなことを言ってしまっただけだから」

「その言葉は、嘘じゃない! 私が死ねばよかったって、心底思って私に言った!」

 

 金切り声に近い声で、フィールは言う。

 今のフィールにとって、慰めの言葉などその場しのぎの嘘の優しさにしか感じられなかった。

 

「もう私なんかに構うな! 優しくするな! 私のことなんか、なんとも思ってないクセに、そんな素振りをされるなんてゴメンだ!」

 

 その日、初めて流した涙で顔を歪ませ。

 乱暴にシュテラの腕を振り払うと、行く当てもなくフィールは何処かへ疾走した。

 

 クールライト家と確執が生じてから、フィールはアレックとシュテラと会うのを避けていた。

 顔も見たくないし、声も聞きたくない。

 それはあちらだってそうだろうと思ったし、何よりもフィール自身が会いたくなかった。

 

♦️

 

 悲劇が起きてから、1年が経過した。

 慚愧の念に駆られ、独りで無茶ぶりをするようになったフィールは、双子の姉・ラシェルと違って交友関係を築くのを激しく毛嫌いした。

 

 ラシェルは妹を常に気に掛けた。

 でもフィールは姉を突き放した。

 

 そこで、フィールの興味を惹いてみようと、ラシェルはホグワーツから入学許可証が来るまでの期間中はマグルの学校に通学し、その日にどんなことがあったのかを話してみた。

 しかし、他人とのコミュニケーションを嫌悪していたフィールはその話を中断させて、ただひたすら魔法使いとしての腕を磨くべく、鍛練にほとんどの時間を割いた。

 けれど―――。

 

「フィール、最近笑うようになったね。何かいいことあったの?」

 

 ソファーに座って魔法書を速読する妹へ、だんだん前みたいな笑みを浮かべるようになったと、ラシェルは言った。

 フィールはプイッと顔を逸らす。

 

「………別に」

「素直じゃないねえ、フィールは。………クシェルって女の子と遊んでるんでしょ? 今度は逆にフィールの話を聞きたいな。教えてよ」

「話すことなんて、ないけど?」

「いいじゃん別に。ほら、言って言って」

「……………仕方ないな」

 

 パタンと本を閉じ、フィールは隣に座った双子の姉にここ最近クシェルという同い年の子と聖マンゴで遊んでいる時の出来事を話し始めた。

 ラシェルはニコニコしながら聞いている。

 なんだか、自分とは正反対にちゃんと話を聞くので、フィールは今まで姉の話を遮ってきたことが申し訳なく感じてきた。

 粗方話し終わると、フィールは俯く。

 

「? フィール、どしたの?」

「…………………お姉ちゃん」

 

 言いにくそうな表情で視線を合わせては外したりする妹に首を傾げるラシェル。

 フィールはバツの悪そうな顔を維持した状態でラシェルの紫瞳を見据えると、

 

「………その、ごめん。今まで、お姉ちゃんが話してる最中で中断させたりして………」

 

 ラシェルはフィールからの謝罪の言葉に軽く眼を見張ったが、少しして、微笑みかけた。

 

「ううん、気にしないで。またフィールの話、聞かせて?」

「うん………これからは、私も最後まで聞く。だから、今度また話して」

「わかったよ」

 

 ラシェルは頷くと、フィールに抱きついた。

 フィールは突然ハグされて対応出来ず、勢いそのままにラシェルから全体重を掛けられ、ソファーに押し倒される。

 

「ちょっ、お姉ちゃん………?」

「少し、こうさせて」

 

 ラシェルはフィールの髪に顔を埋める。

 甘いシャンプーの香りが鼻腔をくすぐり、胸の奥に漠然とした懐かしさを呼び起こす。

 それから、スリスリと頬擦りを始めた。

 

「い、いきなり何するの………!」

「ん~、相変わらず柔らかくて気持ちいい」

 

 すっかり上機嫌な様子で、ラシェルはフィールの柔らかい頬に自分のそれを擦り付け、スキンシップで愛情表現をわかりやすく示す。

 

「は、早く離れて………!」

「え~、ヤ~だ。今日は離さない。この1年間、フィールはずーっと独りで、私達とは一緒に居なかったんだから」

 

 そう言うと、ラシェルは頬から顔を離し、髪と瞳の色以外は瓜二つの妹を上から見下ろす形で、亡き父親と同じ蒼色の両眼を見据える。

 

「私達、淋しかったんだよ? 家族と一緒に居るのが大好きだったフィールが、急に私達のことを突き放して………いつも近くに居たのに、遠くの存在のように思った」

 

 そう訴え掛けるラシェルから逃げるように、フィールは顔を逸らす。

 そんなフィールを見て、ラシェルは意を決したように綺麗な顔を歪ませた。

 

「辛くて苦しいなら、私のことも頼ってよ。私達は血の繋がった双子なんだよ? フィールが辛いって思ったら私だって辛いし、苦しいって思ったら私だって苦しい。………フィールがこれ以上独りで我慢するって言うなら、私だって同じように我慢するよ」

「………ッ」

 

 聞き捨てならない台詞に、重苦しい気持ちを面持ちに表したまま、フィールは姉と真っ正面から向き合う。

 こちらを覗く、神秘的な光を宿した、紫瞳。

 それは………紛れもなく母と同じであった。

 

「私、前にも言ったでしょ? フィールが助けを求めているなら、私はどんなことをしてでも助けるって。そう、約束………」

「わかった、わかったから………もういいよ、お姉ちゃん」

 

 フィールは両手を伸ばし、姉の頬を包む。

 ぬくもりが手のひらを通じて伝わって来た。

 

「………フィール?」

「………約束するよ。もしも………お姉ちゃんが助けを求めていたら、私もどんなことをしてでも助けるって」

 

 揺るぎの無い決意を秘めた瞳で約束を交わす。

 

「うん………約束だよ」

 

 ラシェルはコクリと頷き―――そっと唇を寄せて、一瞬だけフィールの頬に押し当てた。

 

♦️

 

 互いの間にあった、見えない巨大な壁。

 それが取り払われてから、フィールは少しずつ笑顔を浮かべるようになった。

 父親と母親が生きてた頃に見せていた、一人の女の子としての穏やかな微笑みを。

 その影響は性格にも現れ、以前と比べて口調が柔らかくなることが多くなり、魔法の練習も過度なレベルで行わなくなった。

 常に絶えなかった生傷が少なくなっていき、本来の整った顔立ちや容姿を見られるようになってから、それまで気味悪がっていた癒者達の間で陰ながら人気が高まっていくほどであった。

 

 ………もしも。

 もしもこのまま成長していたら、今から約10年後の人物とは、また違う人柄であったのかもしれない。

 ちゃんと、自分自身は誰かに愛されていると。

 『フィール・ベルンカステル』として、一人の人間として、愛情を注いでくれていると。

 そう………思ってくれたかもしれないのに。

 世界というものは………天運というものは、あるいは宿命というものは、非情なもので。

 過去に傷付き過ぎた彼女の心に、再び亀裂を生じるような未来が待ち構えているなんて、果たして誰がそんなことを想像しただろうか?

 一度は壊れ掛けた、少女の幼い心。

 完全なまでに心を壊すのに、生半可な情けなどこの残酷な世界には一切不要だ。

 

 どこまでも不条理に、そして無慈悲に。

 今度こそ、絶望と無情の底へ引き摺り込む。

 だから、再び冷酷非道な腕を振り下ろす。

 

 

 悲劇は突然、前触れもなく始まった。

 ならば―――運命と言う大きな力の前に成す術なく立ち竦むしかない彼女に兆しを見せる必要なんて、これっぽっちも無いのだ。

 

 

♦️

 

 

 それは、今から8年前の1987年。

 ジャックとクラミーがそれぞれ死亡、廃人となってから2年が経過した年月に、災厄はまた舞い降りる。

 

 その日の夜、フィールはクリミアと共にベルンカステル城でラシェルの帰りを待っていた。

 ラシェルは現在通っているマグルの学校のクラスメイトの誕生日会に誘われ、今日は夕刻から居なくなった。

 暗くなる前には帰ってくる、と言ってたはずなのに帰宅する気配がないので、フィールとクリミアはだんだんと不審がるようになった。

 

「クリミア。いくらなんでも遅くないか?」

「ええ………そうね」

 

 現時刻を見てみると、8時を上回っていた。

 ラシェルが言ってた帰宅時刻は7時30分。

 かれこれ30分以上の時間が過ぎている。

 ………まさか、ラシェルの身に何かが起きたのではないだろうか?

 

「あ、雨………」

 

 フィールが窓を見ながらそう呟いたので、その視線の先を辿ってみれば、ポツポツと音を立てながら雨の雫が窓に張り付いていた。

 やがて雨音が大きくなり、窓を打ち付ける強風の音も聞こえてきて、瞬く間に嵐となった。

 

「………………」

「………………」

 

 不意に訪れる、奇妙な静寂。

 言葉を交わさずとも、二人は同感だった。

 やはり、何かがおかしい。

 こんな天候になっても尚、ラシェルが帰って来ないなんて………。

 

「………ッ!」

 

 その直後、フィールは心臓が高鳴った。

 ドクドクと、早鐘を打つように早まる鼓動。

 胸の奥で鳴り止まない、不吉な予感を報せる警報にフィールは荒々しく立ち上がった。

 

「フィール? どうしたの?」

「クリミア、私、お姉ちゃんを探してくる!」

「え?」

「お姉ちゃんの身に何かが起きた………それを報せる胸騒ぎがする!」

 

 早口で言い切ったフィールはリビングを飛び出して『姿くらまし』をする。クリミアはしばし唖然としたが、2年前と似たような出来事に「まさか………」と思いつつ、ライアン達にも伝えておこうと大鷲の守護霊を呼び出して伝言を託すと、フィールの後を追い掛けて『姿くらまし』した。

 

♦️

 

 嵐の中をフィールは休まず走り続けた。

 その後をクリミアは必死に追い掛けた。

 疾走する度に、絶えず打ち鳴らす警鐘が徐々に大きくなる。

 ―――どうか、無事でいて。

 そう天に強く祈っても………天は願いを聞き入れてくれるどころか、裏切るものだった。

 二人がある場所に着いた時には。

 黒い物体がナニかに食らい付いていて。

 その光景を見たフィールが『守護霊の呪文』を唱えて遥か彼方まで追い払った時には。

 

 もう、全てが遅かった。

 

♦️

 

「………………フィー、ル…………」

「………………………………………」

 

 降り注ぐ冷たい雨が、視界を歪める。

 人気の無い、マグルの世界の一角で。

 数人の子供達が、虚ろな瞳をして力無く座り込んでいた。

 その子供達は全員、フィールとクリミアが写真で見たことがある顔触ればかりであった。

 そんな中、二人の視線は一箇所に集中してる。

 先程まで………吸魂鬼が貪っていた場所で。

 吸魂鬼が居なくなったことで顕現とする、現実を受け入れたくない光景が広がっていた。

 クリミアの絶望に染まった声を無視して、おぼつかない足取りでフィールは突き進んだ。

 彼女の目の前には、魂を喰われて廃人となった銀髪の女の子。

 母親と同じ神秘的な光を宿していた紫色の瞳に生気の色は見えない。

 ただただ、光を失った眼でこちらを見ていた。

 

「………お………ねえ………ちゃん………」

 

 震える手は、何に触れようとしているのか。

 また、あの………冷たくなった誰かの肌に触れようとするのか。

 頭も心も魂も、全てがごちゃごちゃになり、自分のことすらわからなくなる。

 

 ……………そして。

 フィールは細い両腕でラシェルを………母と同じ末路を辿った双子の姉を抱き締めた。

 体温が、一切感じられない。

 代わりに、恐ろしいくらいの冷たさが身体の芯まで染み込んだ。

 

 フィールは視線を姉の手元に落とす。

 凍えた皮膚の感触がする右手には、一本の杖が握られていた。

 恐らくは、突如として襲来してきた吸魂鬼から友を護るべく孤軍奮闘したのだろう。

 しかし………まだまだ幼い子供である彼女では忌々しい性質を持ち合わせている闇の生物に太刀打ち出来ず、敗北の証として、そして極上のエサとして、魂を吸われたに違いない。

 

「ラシェ……、ル………?」

 

 と、そこへ。

 クリミアからの伝言を通じて二人の魔力を感知して此処にやって来たライアンとエミリーが、信じられない面持ちでその場に固まった。

 

「一体………どういうことなの………?」

 

 眼前には、ラシェルの他にも廃人となった少年少女が存在するのだから、今此処に来たばかりのエミリーが混乱するのも無理はない。

 いや………仮に早く来ていても、混乱したに違いない。

 何故ならば、フィールとクリミアが到着した時には既にこのような有り様だったのだから。

 

「こ………、これはベルンカステル家の者達ではないか! 此処で一体何をして………?」

 

 声がした方向を見てみると、そこには何故か英国魔法省に勤務しているコーネリウス・ファッジとドローレス・アンブリッジが立っていた。

 

「アンタ達こそ、何故此処に来た………?」

 

 質問には答えず、ライアンは質問し返す。

 ファッジは口を噤んだが、やがて意を決したように静かに口を開いた。

 

「私は、部下のアンブリッジから吸魂鬼が何処かへ行方を眩ましたと報告を受けたのだ。なので彼女の後についてきたのだが………このような事態になるとは、非常に残念な思いだよ」

「あら? そうかしら。私はとっても喜ばしい事態だと思うわよ」

 

 アンブリッジの聞き捨てならない台詞に、フィール達は一斉に眼を剥いた。

 ガマガエルみたいな顔に浮かべている邪悪な笑みを見ていると、何処と無くこれが単なる事故ではなく故意に行われたものだと予感させる。

 

「魔法族の血が一滴も流れていない穢らわしいマグルの愚民が数人も排除された上に、そんな人達と関わる血を裏切る者の魔法界からの追放。コーネリウス、貴方にとっても、これは喜ばしいことだと思わないかしら?」

「それは………うん、確かにその通りかと」

「でしょう? それに………私からすると、ベルンカステル家の人間は皆邪魔者なのよ。『例のあの人』とやらから魔法界を救った英雄として崇められているエルシー・ベルンカステルの血縁者らしいけれど………ハッキリ言うと、エルシー・ベルンカステルの行為は無駄としか言い様がないと思えるわ。だって、助けた人間の中にはマグルや混血も混じってるもの。そんな人間なんて、放っといてさっさと殺されればよかったのよ」

 

 アンブリッジはベルンカステル家出身の者達がすぐ目前に居るのにも関わらず、ネチネチと本音をぶちまける。

 ライアンとエミリーは最期までヴォルデモートに立ち向かって幾人ものの人々を救ってきた救世主の母親を貶されて、青筋を立てる。

 今すぐにでも原形を留められないほどこの女を殴って殴って殴り飛ばしたい衝動に駆られ、ライアンとエミリーは歯軋りした。

 次の瞬間。

 アンブリッジの口から、衝撃的な発言が飛び出してきた。

 

 

 

「だから、私は2年前、嬉々として引き受けた依頼があったわ。―――ルシウス・マルフォイからの、吸魂鬼派遣依頼をね」

 

 

 

 世界の時間が止まった気がした。

 今、アンブリッジが言った発言の意味を上手く飲み込めなかった。

 2年前の………吸魂鬼派遣依頼?

 依頼主はルシウス・マルフォイ?

 ………まさか―――

 

「そう………2年前、邪魔者のクラミー・ベルンカステルを廃人にして欲しいというルシウスの希望を、私が叶えてあげたのよ。結果、クラミー・ベルンカステルが廃人となって魔法省から消えた暁には、凄く喜んでいたわ。無論、彼だけじゃない。私にとってもそれは、大きなメリットだったわ」

 

 人ならざる狂笑でゲラゲラと嗤い声を上げるアンブリッジは、わからないのだろうか?

 クラミー・ベルンカステルの血縁者が一昨年の悲劇の起点を聞いて、どんな気持ちなのかを。

 そして………何故、被害者となった母親の娘の前でどの面下げて話し掛けられるのかが。

 

「………………………ふざけるな…………」

 

 ゾクリと背筋が凍る、低音過ぎる声音。

 思わず激しい怒りを忘れてビクッとしたライアン達は、恐る恐る振り返る。

 いつの間にか、フィールが杖を握り締めて立っていた。

 彼女の中で、抑えきれない感情が溢れる。

 母を奪った元凶を知った怒りや吸魂鬼を派遣した張本人が自分の視界に入っている怒りがごちゃごちゃになり………遂に、自制心と言う名のブレーキがぶっ壊れたフィールは、溢れ出す感情の赴くままに喉を震わせて咆哮を上げた。

 

 

 

「ふざけんなよ、この屑共があああぁああぁああぁぁぁぁぁああああああッ!!」

 

 

 

 血の涙を流しながら叫んだ瞬間。

 魔法を自分の意志で制御出来なくなったフィールの身体から、光輝く魔力の筋が放出した。

 

♦️

 

 初めて見るゲリラ豪雨の風景を、ベイカー家にある自室の窓から覗くクシェルは翠の眼を大きく見張った。

 

「こんな酷い雨、初めて見た………」

 

 ザアザアと窓を打ち付ける雨音と吹き荒れる風音が非常に鬱陶しい。

 クシェルは観察するのを止め、ベッドに身を投げ出してゴロンと横になる。

 そうして、何をする訳でもなく天井を見るとはなしに眺めていたら………身体が宙に跳ね上がるほどの大地震が突如発生した。

 

「うわあっ!?」

 

 同時、何処かで落雷するような音も響き渡る。

 ボスッ、とベッドに身体が沈んだクシェルは何事かとベッドから飛び上がった。

 

「な、何が起きたの!?」

 

 クシェルはビックリしてフリーズする。

 そこへ、父のイーサンと母のライリーが血相変えて部屋に飛び込んできた。

 

「クシェル、大丈夫か!?」

「怪我とかしてない!?」

「う、うん………大丈夫」

 

 とりあえずは、両親が来てくれたことでクシェルは落ち着きを取り戻す。

 ライリーは無傷のクシェルを見て即座に胸を撫で下ろすと、ギュッと抱き締めた。

 イーサンも安堵の息を吐きつつ、窓の外へ眼を向ける。

 

「一体何が起きたんだ? ………此処から距離はそう遠くない。俺はちょっと様子を見てくる。ライリー、クシェルを頼んだぞ」

「ええ………気を付けなさいよ」

 

 イーサンは頷くと、『姿くらまし』をして先程捉えた光の筋が迸った方角へと、豪雨の中を駆け抜けた。

 

 

 そして………―――。

 イーサンが辿り着いた先で見たものは。

 親友の忘れ形見の娘が放った閃光が、ある女性の胸を刺し貫いた光景だった。

 

 

♦️

 

 

 フィール・ベルンカステルは壊れた。

 最悪の母を失う原因となった事を知って。

 血の涙を流して、彼女は杖を振るい続けた。

 幾多にも渡る魔法で吸魂鬼を派遣したアンブリッジとそんな彼女と同意見を持つファッジを蹂躙し、命乞いする二人を散々に痛め付けた。

 殺す殺す殺す殺すコロスコロスコロス!

 コイツらを! 殺す! 母を奪ったヤツを! 知っても尚ヘラヘラ笑うヤツを! そしてコイツらを片付けたらルシウス・マルフォイを殺しに行く! 全ての元凶を! この手でッ!!

 

「誰が許すものかァ! 殺してやる! 何もかも全部ぶっ壊してやるッ!!」

 

 鬼気迫るフィールの叫び声に、クリミアやライアンは呆然とその場に留まるしか術がない。

 殺意を剥き出しにした犬歯。

 燐炎のように燃える蒼い瞳。

 それらが今のフィールの変貌ぶりを物語るには十分な要素であった。

 小さな身体から放たれる魔力の全てが敵を討伐する刃へと変換される。

 フィールは杖を大きく振り上げ、詠唱した。

 

エスティルパメント・パトローナム(守護霊よ滅ぼせ)!」

 

 ありとあらゆるモノを破滅へと導くフィールが編み出したアレンジ魔法『アグレッシブ守護霊』の銀色の狼が二人に襲い掛かり、過剰攻撃を繰り広げる。

 しかし、それを発動するのと同時、フィールの身体がおかしくなった。

 

「………ッ!!」

 

 堪らず、口元を押さえ、咳き込む。

 咳き込む度に、吐き出される血が彼女の白い手と淡い唇を濡らした。

 『アグレッシブ守護霊』は最強レベルの退魔魔法であるが、その代償は凄まじい。

 術者の身体を内側から破壊し、死ぬ間際まで連れて行くほどの莫大な魔力と気力を消費する。

 無論、幼い身体がそんなものを耐えられるはずがなく、フィールは攻撃の手を止めた。

 その瞬間、何処からか女性の声がした。

 

「フィール! もう止めてちょうだい!」

 

 現れたのは、シュテラ・クールライトだった。

 意外な人物の登場に、フィールのみならずこの場に居た者全員が驚愕する。

 シュテラは冷静に一瞬にして状況を把握するとフィールを見ながら必死に呼び掛けた。

 

「お願い! 私の話を聞いて!」

 

 が、フィールは耳を傾けない。

 傾ける気すらない。

 血に濡れた口元を拭うと、どす黒い感情を宿した瞳を維持したまま、ショックで気を失っているアンブリッジを見据える。

 

「煩いッ! 邪魔をするなッ!!」

 

 振り上げたフィールの杖先から、光が走る。

 そして、勢いそのままに、殺戮対象のアンブリッジ目掛けて杖を振り下ろし、鋭い光の刃のような閃光を投擲した。

 なのに―――。

 

「ダメ………!」

 

 次の瞬間、信じられない光景が広がった。

 どういう訳か、シュテラが身を挺してアンブリッジを庇ったのだ。

 その証明として………シュテラの胸に、フィールが撃った光の筋が突き刺さっていた。

 

「ッ!!? シュテラ叔母さん!?」

 

 それを見て、ようやくフィールは我に返る。

 誰もが愕然とする中、彼女はこれ以上ないくらい両眼を大きく見張った。

 

「フィー……、ル………―――」

 

 涙が一筋、白い頬を伝い―――。

 閃光が消えて、シュテラは崩れ落ちた。

 そう、シュテラ・クールライトは、死んだ。

 姪のフィール・ベルンカステルに殺されて。




【ベルンカステル家の悲劇②】
はい、ということで今回のサブタイトルから見てもわかる通り、今回の過去編③はフィールが『殺人鬼』となった瞬間の回です。
多数の読者が既に予想してたと思われますが、フィールは叔父のアレックの妻・シュテラを殺害してしまいました。ですが、ライアン達が言ってる通り、これはなんと言うか事故ですね。フィールだって殺したくてシュテラを殺した訳ではないので。

ざっと説明すると『ラシェル(と友達数人)が廃人となった&シュテラ死亡』。
とりあえず、こんな感じに覚えればおkです。

【クラミーへの吸魂鬼派遣】
依頼主はルシウス・マルフォイ。
派遣した張本人はアンブリッジ。
ライアン達がやたらルシウスとかに警戒心持ってたのって実はこういう理由があったからです。
じゃあなんでフィールが知ってる様子なかったのかって言ったら………まあ、大体予測つきますね。

【アンブリッジ&ファッジ】
どちらもかなりの純血主義思想家。
マグルの人間と血を裏切る者が排除されて狂喜乱舞してもおかしくないだろう。
結果、オリ主にボコボコにされるので死亡フラグはめっちゃ立ってたんですけどね。
ま、どうせコイツらは後でログアウトの予定なので、これは死刑執行日が先送りにされたと思ってください(-)_(-)。


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#81.揺れる心のど真ん中

「フィー! フィー! 大丈夫!?」

 

 全ての記憶を取り戻すのと同時に意識も取り戻したフィールは、だんだんとクシェルの悲鳴に近い声がハッキリするようになった。

 重い瞼を開けてみれば、音ある光の世界。

 でも、今のフィールには歪んで見えていた。

 ゆっくりと立ち上がり、クシェルを見上げる。

 顔は涙でぐちゃぐちゃになっていた。

 そして、声を絞り出すように、フィールは告白した。

 

「ごめん、クシェル………9年前に、父方の叔母さんを私が殺したのを思い出した………」

「フィー………?」

 

 どういうこと? とクシェルが驚愕に眼を見張ると、数年前に起きた悲劇の全貌を胸の内側に仕舞っていたクリミアやライアンは、現状を忘れてハッとフィールの方を向いた。

 

「フィール………もしかして、思い出したの?」

 

 クリミアが問い掛けると、フィールはコクリと頷いた。

 

「思い出した………私が………あの人を………シュテラ叔母さんを殺したんだった………」

 

 今まで忘れていた自分が犯した罪の重さに、フィールは自責の念に駆られる。

 私は………なんて自分勝手だったのだろう。

 都合の悪い記憶を忘れて、この数年間をのうのうと生きてたなんて………。

 胸の奥がもっと抉られていくのを感じ、激しく咳き込み、喀血する。

 霧が掛かったみたいな視野の中、フィールはルシウスを見た。

 

「ルシウス・マルフォイ………アンタが11年前に吸魂鬼を私の母へ派遣するのを、アンブリッジに頼んだ張本人なんだよな………」

 

 その言葉に、ルシウスは醜悪に顔を歪める。

 ゾッとするような、不気味な笑みだった。

 

「ああ、その通りだ。私がドローレス・アンブリッジに吸魂鬼を差し遣わせ、クラミー・ベルンカステルの魂を葬ってくれるよう頼んだ」

 

 初耳のハリー達は更に愕然とした。

 フィールの耳を疑うような衝撃発言に頭の整理が追い付いてなかったというのに、そこに新たなる爆弾発言が割り込んで来れば、そのような反応も無理はない。

 皆、言葉を失っている様子だった。

 その中でも衝撃を受けたのは、フィールだ。

 

(やっぱり………そう、なのか………)

 

 フィールは後ずさる。

 もう、何も聞きたくない。知りたくない。

 このままでは、自分は二度と立ち上がれなくなってしまう………。

 そんな彼女の脳裏に、あの、自分を責める男の鋭い声がリフレインした。

 

 お前が死ねばよかったんだお前がシネバよかったんだお前ガシネバよかったンダオマエガシネバヨカッタンダ………―――。

 

 心臓が破裂しそうなほどの痛みが走り、ドクドクと脈打つ度に高鳴る。

 フィールは耳を塞いだ。

 

「いや………もう……止め……て………」

 

 見える世界が今以上に歪んで見えてきた。

 自分を見つめる人の瞳が、怖い。

 まるで、罪人を見るかのような………恐怖と軽蔑が入り交じった眼差し。

 そう、フィールは錯覚してしまう。

 次々と突き付けられる事実に精神が錯乱し、ひび割れ………そして、粉々に壊れる。

 

「止めて………止めて、止めて、止めて、もう止めてよおおぉぉぉおおぉおッ!!」

 

 齢15歳の少女には過酷過ぎる現実と運命。

 そのあまりにも巨大で強力な壁と力を前に、泣いて許しを請うしか成す術がない彼女は、誰かに助けを求めるように、救いの手を待ち望むように涙声で絶叫した。

 

♦️

 

 涙を流して、悲鳴を上げるフィールの姿。

 それは、常に自分達を窮地から救い上げてくれるハリー達には想像がつかない光景だった。

 何者を相手にしても怯まず恐れず退かない、まさに救世主という名がピッタリの存在感であるフィール。

 しかし、目の前の彼女は真逆であった。

 心の闇に漬け込まれ、圧倒的な壁の高さと強さに膝をつくしかないのと同じような景色。

 いつだったか、「自分は敗者で勝者ではない」と言ってた日があった。

 あの言葉は、このことを示していると言っても過言ではないだろう。

 それだけ………強靭な精神力を誇るフィール・ベルンカステルの心を折られる姿を初めて見たハリー達は、インパクトが強かった。

 

♦️

 

 この11年間、フィール・ベルンカステルはずっと抱懐していたことがある。

 ―――何故、自分は死ねないのか………と。

 母を廃人にされ父を死喰い人に殺され。

 その原因となった自分が死んでくれたらよかったという叔父に責められ、幼くして存在意義を失ったフィールに自殺願望がなかった訳でない。

 

 むしろ、そっちの方が強かった気がする。

 人が寝静まる真夜中に独りベルンカステル城の屋上に行っては、此処から飛び降りて身を投げ出せたらどんなに楽になれるかと、そんな悲しい考え方に不思議な心地よさを覚えていた。

 

 自分の存在が何者よりも疎ましいなら。

 自分のせいで誰かを苦しませるなら。

 こんな世界にいつまでも留まってるよりも。

 死んだ父と母の所へ行けばいいじゃないかと。

 そう考えては………あと一歩手前で、踏み出せなかった。

 

 自殺するのが怖い訳では………ない。

 ただ………死にたくても、死ねなかった。

 廃人になった母に成り代わってベルンカステル家を継承すると誓った約束。

 自分を捨て、代わりにクラミーになると己の人生を捧げることを決意した約束。

 そして―――あの日交わした、自分を捉えて離さない契約の証が、自分を殺そうとするフィールを思い止まらせた。

 普通の人間ならとうに闇堕ちして、闇の道に突き進むような度を越えた世界観でも………フィールは闇に堕ちることさえ出来ない。

 

 それは………周りに誰かが居るから。

 自分が死んで欲しくないと思う人達が居るからフィールは死ねない。

 愛情を注いでくる人間が近くに存在するから、フィールはその人達のためを思って、この世界とサヨナラすることが許されなかった。

 

 でも………もう、限界だった。

 どんなに自制心が並外れて強くても………フィールもまた一人の人間だ。

 抑えきれない、胸の奥底から突き上がってくるどす黒い感情に心が包み込まれていく。

 

 

 ―――そして。

 心に受けた傷口から、悲劇が降り掛かった時と同じ憎しみと殺意が、染みが拡がるようにフィールの頭も心も魂も染め上げた。

 

 

♦️

 

 

「無駄話が過ぎたな。―――さっさとそこに居るヤツらを始末しようではないか」

 

 ルシウスが口元に刷いていた笑みを深めた瞬間―――ウズウズしていた死喰い人数人が、未だに茫然自失としているハーマイオニー達三人へ一斉に襲い掛かった。

 ワンテンポ遅れ、騎士団員が慌てて動き出すが時既に遅し。

 死喰い人達が子供達を殺す―――と誰もが思った。

 しかし、そうはならなかった。

 

 眼にも止まらぬ速さで駆け抜けた緑色の閃光が迸り、寸分狂いもなく胸に直撃して、逆に息の根を止められたのだ。

 

「なに………っ?」

 

 ルシウスは眼を見張った。

 この一瞬で何が起きたのか、理解するのに時間が掛かったのだ。

 目線の先には、事切れた部下達の遺体。

 閃光の発信地に視線を走らせてみると、そこにはあの少女が悠然とした態度で立っていた。

 

「始末されるのはお前らの方だ、ルシウス・マルフォイ」

 

 目元と口元を袖で拭うと、次の瞬間にはもう何事もなかったように落ち着いた表情になっているフィール。

 先程までの敗者の面影は、何処にも無い。

 その代わり、得体の知れない空気を身に纏っていて、肌がビリビリ痺れるほどだった。

 ゾクッとしたルシウスは本能的に杖をシャッと構えるが、遅い。

 フィールが『姿くらまし』をしたと思う暇もなく、ルシウスの目の前に『姿現し』した彼女が放った呪いが彼を撃ち抜き、壁に激突した。

 指先さえ動かさず、ズルズルと床に落ちる。

 瞼が閉じられているのを見ると、どうやら気絶したみたいだ。

 

「お前は最後にトドメを刺してやる。まずは、この場に居る敵を片付けてからだ」

 

 好きな食べ物は最後まで取っておくように。

 お楽しみはラストに飾ってこそ本望だと、母親そっくりの端正な顔を歪めて、フィールは残酷に微笑む。

 それを見て、ハリー達は驚愕する。

 こんなにも、愉悦に満ちた表情(かお)をするフィールは初めて見た。

 ショックに凍り付くハリー達同様、クシェルも愕然としていたが………フィールの微笑みが、どこか苦しそうだと感じ、絶望と殺意が入り交じった、猛々しくも哀しそうな、罪悪感が滲む面持ちに―――クシェルは驚くのと同じくして、胸を締め付けられる気分を味わった。

 

♦️

 

 かつて闇の心に飲み込まれたフィールは、再び殺人鬼モードに入り、仇であるルシウス・マルフォイ以外の死喰い人を次々と討伐した。

 数的には圧倒的なはずの闇の陣営。

 しかし、それを上回るのがフィールの質だ。

 死のアーチがあるこの部屋に入ってくる死喰い人を片っ端から駆逐し、数十人程はいる敵をたった一人で制圧する。

 迎え撃つ死喰い人が放つ魔法を撃ち落としてすれ違い様に呪いを放ち、あるいは反射させて自分の攻撃でノックアウトさせる。

 気付けば、ベラトリックスのみが残っていた。

 フィールがクルリと振り返れば、ベラトリックスはついさっきまで嗤い声を上げていた本人とは思えないほどの恐怖に凍り付いた顔になる。

 

「待たせたな、ベラトリックス。叔母を殺したお前を、私の手で終わりにしてやるよ」

 

 敵を倒すのに、情けなど必要ない。

 ただただ、無慈悲な笑みを讃えたまま、ベラトリックスに向かって『死』を囁く。

 

アバダ・ケダブラ(息絶えよ)!」

 

 冷たくも鋭い声で発せられる『死の呪文』。

 命中すれば相手を確実に死に至らしめる、反対呪文は存在しない最強の呪文。

 殺戮効果を帯びた緑の筋が駆け抜ける。

 その光は真っ直ぐベラトリックスの心臓を狙い撃ちしていたが―――。

 どの呪文も結局はヒットしなければ無意味だ。

 突如として銅像が動き出し、それはベラトリックスの息の根を止めようとした死の呪いから彼女の身を護った。そして別方向から紅い光が走り、ベラトリックスの心臓を撃つと、彼女は呻き声を上げ、身体を傾かせて倒れる。

 今のは『失神呪文』の真紅の閃光だ。

 フィールは目の前で獲物を奪われたような気分になり、舌打ちしながら振り返る。

 

「ちっ………アンタか、ダンブルドア」

 

 フィールの視線の先には、アルバス・ダンブルドアがゆっくりと歩いてくる姿。

 ダンブルドアはサッと戦況を見渡し、状況を把握すると、フィールを見た。

 

「………これは君がやったのかね?」

「ああ、その通りだ。………何故、ベラトリックスを庇った? コイツは闇の陣営でも厄介なヤツだぞ。さっさと倒すべきなんじゃないのか?」

「そうじゃな。だが、その前にわしは君に訊きたいことがあるのじゃ」

「なんだ?」

「君は、全ての記憶を取り戻したのかね?」

 

 ダンブルドアの問いに………フィールは深くため息をついて、頷いた。

 

「ああ、思い出したよ。あの男がアンブリッジに吸魂鬼を派遣するよう頼んだっていうのも、何故かあの屑女を庇った叔母を私が殺したっていうのも、全部」

 

 フィールは気絶するルシウスを冷めた眼差しで一瞥すると、ダンブルドアと向き直った。

 

「コイツだけは絶対に許せない。コイツさえいなければ、今も両親は生きていたはずだ。だから、この手で終わらせてやる」

「フィールよ。それで君のご両親は喜ぶと思うのかね? 復讐しても、ジャックとクラミーは悲しむだけじゃ―――」

「―――この手を血で染めた私に、殺人という行為は今更だろ。もう、我慢の限界だ。人を殺したことがある私に………情を与えられる資格なんて一ミリもない」

 

 諭すように声を掛けたダンブルドアを遮り、フィールは吐き捨てる。

 ダンブルドアはフィールから眼を離さず、言葉を続ける。

 

「落ち着くのじゃ。君には仲間が傍に居る。1から全てを話すのじゃ。君の友は、君の弱さや過去を受け止めてくれるじゃろう」

 

 そう言って、クシェル達の方を見た。

 彼女達なら、フィールを受け止めてくれる。

 誰にも心の闇を見せようとしない、閉じ籠る彼女の惨憺な過去を、全部。

 でも、彼女にはそうする勇気がなかった。

 

「………そんなの、いらない。私は………私は、残忍な女だ。人を殺し、そのことを忘れて平然と生きてきた、最低なヤツだ」

 

 人殺しに優しさなど不要だ。

 今すぐにでも、罰すればよかったのに。

 記憶を失くしていたフィールと違い、クリミア達は忘却することなく、全貌を熟知している。

 ならば………なんで、その時に命を絶たせようとしなかったのか。

 殺人者が近くに居て、苦しくなかったのか。

 もう、訳がわからない―――。

 

「………クシェル」

 

 フィールは、クシェルに眼を向けた。

 今の彼女にとっては誰よりも………自分の命を投げ出してでも護りたいと思った友人へ、喉から絞り出すように言う。

 

「覚えてるか? 私が、アンタに………新学期が始まったあの日に言った言葉を」

 

 新学期が始まった日に言った言葉。

 クシェルは記憶を辿り、思い出した。

 

 ―――私はね、何か大きな記憶を忘れているんだと思う。………それを思い出した時、私は私でいられるかわからない。もしかしたら、貴女達を傷付けるかもしれない。………その時は、私を突き放して。じゃなかったら、私は貴女達を永遠に傷付けてしまう。

 

 当時はあまり意識しないようにしてきた、フィールの言葉。

 でも、今なら………その意味を飲み込める。

 フィールは失くしていた記憶を取り戻した。

 そしてその反動で潜在的な殺戮本能が呼び覚まされ、闇堕ちしているのも事実。

 クシェルは思考の闇に囚われる。

 

「お願い、クシェル………。私を―――私を、突き放して」

 

 このままでは、彼女達を傷付けてしまう。

 だから、自分を疎んで、見離して欲しい。

 そうすれば………苦しまないで済むから。

 フィールはもう一度、クシェルに頼んだ。

 

「………………………」

 

 黙想していたクシェルが、眼を開ける。

 そして、怒ったような表情で歩き出す。

 やがてクシェルは、フィールの前に立つ。

 その瞳は真っ直ぐフィールを睨んでいた。

 

「………………フィー」

 

 静かな怒気を孕んだ声。

 クシェルに見切られるのを覚悟したはずなのに―――いざとなると、怖くなる。

 

「………―――ッ」

 

 思わず、フィールは顔を逸らしてしまった。

 それはすなわち、突き放されるのがイヤだと言ってるものだ。

 だが、どんなにそう思っても、もう遅い。

 この手を血で濡らした自分に、味方など最初から必要なかったのだ。

 なのに………頭では理解しても、心が追い付いてくれない。

 傍に居てくれた仲間と離れるのを選ぶのが、心苦しい。

 

(ああ………だから………)

 

 辛いのか。

 クシェルやハリー達のことが好きだったから、心を寄せていた分、裏切ってしまったと言う罪悪感に苛まれ、傷が深くなったのは。

 気付けば、身体が震えていた。

 指先すら、動かせない。

 足がガクガク震え、耐えきれなくて、膝を折ってしまいそうだった。

 

(ク………シェ………―――)

 

 ああ、ダメだ。

 最早立っていることすら億劫となった。

 心身を襲い掛かる苦しみに耐えかねたフィールの身体がぐらりと揺れ、倒れそうになった時。

 クシェルに、優しく抱き締められた。

 苦痛と脱力感で朦朧となった意識の中、ぼんやりとした彼女の声が聞こえてくる。

 

「―――私、前にも言ったでしょ? 貴女を突き放すなんて真似は、死んでもやらないって」

 

 優しい手が頬を包み込む。

 ぬくもりが肌を通じて伝わってきて、フィールはそれを手放したくない気持ちと、彼女を傷付けたくない気持ちのジレンマに陥り、揺れる心のど真ん中で、こんな言葉を口走った。

 

「もう………優しくしないで………私を………殺してよ………」

 

 いっそのこと、この世から消えるなら………最期は、クシェルの手で殺されたい。

 親友に罪を犯させるという冷酷非道で最低な考え方だと自覚しているが、それでも、そう願わずにはいられなかった。

 

 すると、その彼女が顔を仰向けにさせてきた。

 ギュッと眼を瞑っていたフィールは、クシェルの体温と息遣いが近付いてくるのを感じる。そして、コツン、と額に何かが当たる感触がした。恐る恐る重い瞼を開けると、それはクシェルの額だった。

 

 すぐ目の前に、クシェルの顔がある。

 あと少しでも顔が前に進めば、それでキスしてしまうほどに。

 抱き締める腕に力を込め、憤怒の表情でクシェルは動揺の色が容易に読み取れるフィールの瞳を見つめる。

 

「それ以上言ったら、強引にでも塞ぐよ。………なんとなくだったけど、私、薄々、感付いてた。あの夜、フィーが物騒な譫言を呟いているのを聞いた時から、心の何処かで………わかってた気がする」

 

 この1年間、自分の胸の内側に仕舞っていた本音を告白するクシェルは、続け様に言う。

 

「でもね………私は、フィーを見捨てるなんて考えは一ミリたりともない。たとえ貴女が闇に堕ちたとしても………大好きな友達なのに、変わりはないから。貴女にどんな過去があっても、私は絶対に手放したりなんかしない」

 

 こっちが沢山アプローチしてるのに冷たくあしらうようなフィールも、なんだかんだ言いながら友達思いでクーデレなフィールも、どちらも本物のフィールだから。

 だったら、自分は。

 どんなフィールでも、受け止める。

 たとえそれが、世界中の人間を敵に回しても。

 

♦️

 

 ―――もしも、フィール・ベルンカステルが闇に堕ちて敵対したら、この世から消す。

 そう極秘な密命を帯びているムーディは、光と闇の紙一重状態に立っているフィールを連れ戻そうとするクシェルの行動に、実行する気が幾分か薄れた。

 心に迷いが生じ、杖が振り下ろされる。

 今此処でフィールを殺そうとしたら………確実に悲しむ人間が生まれる。

 

 でも………。

 ムーディは周囲を見回した。

 部屋には、数十人の死喰い人の遺体がゴロゴロ転がっている。

 その全てがフィール一人で始末されたのだ。

 つまり―――()()味方であっても、敵となった時には、この上なく脅威の存在となる。

 進行を妨げていた霧が振り払われたように、ムーディは一つの答えを導き出した。

 

 彼女を此処で見逃す訳にはいかない。

 敵となった瞬間では、手遅れなのだ。

 これが、クシェルやハリー達を後に大いに苦しませ悲しませることだというのは、痛いほどわかっている。

 けれども………魔法界の平和を思えば、そんな私情に駆られてる権利などないのだ。

 故に―――ムーディが出した結論は。

 

 

 

「―――決行だ。フィール・ベルンカステルを、この世から抹殺する」

 

 

 

 実行など全く持ってしたくなかった『使命』を最初に言い出した自分が責務を果たすべく―――ムーディは決意を固め、杖を振り上げた。




【殺人鬼モード:ON】
本文ではあまり書かれてませんが、名無しのモブで所詮は捨て駒のデスイーター数十人はバイバイです。ま、わんさか出てくるのでデスイーター自体はまだまだ一杯いますけどね。
死の秘宝の映画を見て思うことはどっからあんだけのデスイーター出てきたんだ、です。絶対500人近くはいましたよね、アレ。

【ルシウスノックアウト】
フィールさんはどうやら最高のお楽しみは最後まで取っておくらしいです。
ルシウス、ある意味助かったな! 普通だったら真っ先に本編からバイバイだったぞ!

【生かされるベラトリックス】
『今はまだ』生存ルートを歩んでるだけ。
フィールと話をするために邪魔者を画面外へと追い出したことに等しい。

【密命の最終結果】
ムーディ、フィール抹殺を決心。


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#82.意見の食い違い

※1/11、サブタイトル変更。


「マッド・アイ、何を―――?」

 

 眼を見張るルーピンの前で、ムーディは杖を大きく振り上げる。

 

「わしは、使命を完遂する………!」

 

 決心の土台がグラグラと不安定になる前に任務を遂行しようと、ムーディはフィール目掛けて呪いを放つ。

 

「フィール! クシェル! 早く逃げろ!」

 

 ルーピンは大声で二人に呼び掛けた。

 フィールとクシェルはハッと現実世界に意識が引き上げられ、そちらを見る。

 が、その時には既に閃光が迫っていた。

 

「は………?」

「え………?」

 

 なんで、ムーディが奇襲を―――?

 それしか考えられない二人は立ち竦む。

 フィール抹殺の『密命』に反対派のルーピンとシリウスは慌てて『盾の呪文』を唱えようと金縛りが解けたみたいに動き出すが………。

 次の瞬間には、フィールとクシェルの前に『姿現し』した女性がムーディが放った呪文から二人を護った。

 

「ライリー………!?」

 

 予想外の展開に、ムーディ達は眼を剥く。

 その女性―――ライリーは、憤怒の表情でムーディを睨み付けた。

 

「アンタなんかに、私の娘とフィールちゃんを殺させたりなんかしないわ!」

 

 腹の底から声を出し、杖を振るう。

 此方を目掛けて発射された魔法を全て撃ち落としたムーディは、観察するようにライリーを遠目から見据えた。

 

「………そうか。ライリー、お前は知っていたのだな?」

「ええ………アンタ達が、真夜中に私達には内緒で会議していたのを盗み聞きしたわ。―――敵対したら、フィールちゃんを抹殺するって」

 

 ライリーの口から飛び出してきた爆弾発言に、初耳のフィールやハリー達は今日一番の衝撃を受けた。

 皆、言葉を失っている様子である。

 不死鳥の騎士団の中でも全幅の信頼を置けるムーディが、何故あれだけ頼りにしていたフィールを殺害しようとするのかと、詳しい事情を知らない彼らは言葉を失った。

 

「ああ、その通りだ。―――ベルンカステルをこのまま放っとけば、いずれは我々にとって最も厄介な敵となる。そうなる前に、この世から消さねばならない」

 

 理由を淡々と語るムーディは無表情だ。

 長年闇祓いとして無益な殺生はしないはずの彼の言動が信じられなくて、絶句する。

 すると、ルーピンとシリウスが言った。

 

「マッド・アイ! フィールを殺すなんて行為は止めてくれ!」

「あの娘を殺したら、どれだけ多くの人が悲しむかわかるだろ!?」

 

 ムーディに一度決めたことを考え直させるのは難しい。感情に任せて決める性格なら、冷静に話をすれば説得も出来るかもしれないけど、ムーディは熟慮を重ねた上で判断するタイプなのだ。

 故に、二人の抗議の声も、ムーディの耳には届かなかった。

 

「ベルンカステルを殺せば悲しむ人間が大勢いることくらい、わしにもわかっておる。だが、今の魔法界は危機に晒されているのだ。ヴォルデモートと死喰い人以外の脅威が登場する前に、片を付けなければならない」

 

 闇の帝王の暗躍に死喰い人による大量虐殺。

 ムーディの言う通り、ただでさえ危機的状況に陥っている時勢で更なる強敵が現れれば、魔法界は確実に恐怖が拡大して震撼する。

 闇の魔法使いや魔女が大勢配属している一団とは違い、フィールは学生で単独だ。

 強者教師で元・死喰い人だったスネイプと互角に渡り合える実力者ではあるが、ムーディを初めとする精鋭揃いの騎士団員が総勢で取り掛かれば、勝機も見えなくはない。

 

「………そう。なら、わかったわ」

 

 ライリーは杖を前に構え、スッと眼を細める。

 金色に輝く瞳には、普段の温厚で穏やかな眼差しは一片も宿っていない。

 ただ、獲物を前にした獣のような獰猛さと鋭さでギラギラと輝いていた。

 

「フィールちゃんを殺そうっていうなら、私はアンタ達を敵に回してでも護るわ。そして、アンタは私の娘さえも殺害しようとした………我が子を奪おうとする人間は、誰であろうと絶対に許さないわよ!」

 

 これだけは、絶対に譲れない。

 ムーディは親友の忘れ形見だけでなく、あろうことか、たった一人の愛する娘さえも殺そうとしたのだ。

 フィールだけを狙ったにしても、もしかしたらクシェルにも当たったかもしれないし、どちらにしたって、ライリーはムーディに敵意………否、殺意を改めて持った。

 それは、この場で事の事情をある程度把握したライアンとイーサンもそうで………二人はフィールとクシェルの前まで来ると、ムーディを凄まじい形相で射抜く。

 

「アラスター………オレもライリーさんと同じ気持ちだ。フィールを―――娘を奪おうとするというなら、オレはアンタを殺す気で掛かる!」

 

 姉と妹を失い、姪さえも失ったら………ライアンは精神が錯乱し、壊れるまで声にならない声を上げ続けるだろう。

 そんなのはイヤだと、杖を握り締める。

 ムーディは厳つい面持ちで三人を見渡し、深く息をつく。

 両サイドに、キングズリー・シャックルボルトとニンファドーラ・トンクスが立つ。

 二人の顔から感情を読み取るのは難しいが、ムーディと違って少し迷っている気配が微かに感じ取った。

 そんな二人の苦悩を知っているのか知らないのかは微妙だが、ムーディは静かに命じる。

 

「躊躇するな。フィール・ベルンカステルの命を絶つよう全力を傾けろ。必要とあらば、他のヤツらも駆逐して構わん」

 

 未来のために、禍根となるものを排除しろ。

 言外にそう含みを持たせたムーディの言葉に、まだ迷いを吹っ切れていないキングズリーとトンクスは、小さく頷いた。

 

「クシェル、フィールちゃん。下がりなさい」

「俺達はアイツらを一発ぶっ倒して来る」

「この身に変えても、君達を護り抜くからな」

 

 高い戦力を誇る三人は武器の狙いを定める。

 ジャックとクラミーが身を挺してでも護った娘を撲滅しようとするならば、自分達は例え共に敵と戦い支え合ってきた味方であろうとも、容赦を捨てて敵と見なす。

 

 魔法界の平穏無事を望む不死鳥の騎士団員。

 亡き人が護った娘を死守すると誓った三人。

 

 それぞれに命を賭けてでも護りたいものがある大人達は、力と力、意地と意地、そして魂と魂をぶつかり合う激戦になるのを覚悟する。

 此処で討つべき強敵を真っ直ぐ見据え、スッと臨戦態勢に入る。

 互いに譲りたくない感情(想い)を胸に―――

 

 

 ―――殺し合いの火蓋が切って落とされた。

 

 

♦️

 

 

「「アバダ・ケダブラ(息絶えよ)!」」

 

 先手必勝。

 先制攻撃を仕掛けたのは、ライリーとムーディであった。

 魔法界の法律でヒトに向かって使用するのを禁じられている『許されざる呪文』。

 闇の帝王も愛用する、直撃すれば外傷を残すことなく尊い生命を永遠の眠りへと導く最強で最悪の呪い『死の呪文』が放たれる。

 殺人魔法の特徴的な緑色の閃光が中間地点で衝突し、バチバチと火花を散らしながら、両者一歩も引かずに激しく押し合う。

 鬩ぎ合っていた二人が同時に杖を薙げば、緑の閃光は四方八方に飛び散って、床に焼失したり銅像を粉々にした。

 

「ほう、癒者のお前にしては結構な度胸だな」

「無駄口叩く暇があるなら、さっさと掛かって来なさいよ!」

 

 フィールから意識を逸らすためにライリーが挑発すると、

 

「ならば、遠慮なく行くぞ!」

 

 予想通り、ムーディは全力で掛かってきた。

 流石はアズカバンの半分をぶちこんだ男だ。

 現在は年を取ったため引退した身だが、戦闘のエキスパートなのには変わらない。

 彼が撃つ魔法は一発一発がストロングだ。

 モロに食らえば、一溜まりもない。

 だが、此処で回避したら背後に居るフィールとクシェルに危害が及ぶ。

 咄嗟に前に出たイーサンが腕を伸ばし、

 

プロテゴ・ホリビリス(恐ろしきものから守れ)!」

 

 銀色に輝くバリアが、無数の光を全て弾き飛ばす。

 ライアンが次の瞬間、横っ飛びに飛んで、技を放った。

 

ホンバーダ・マキシマ(完全粉砕せよ)!」

 

 マキシマで強化させた『爆撃呪文』がムーディ達が立っていた場所で爆破され、彼らは瞬時に『姿くらまし』して難を逃れる。

 そしてスリザリン組の背後に現れ、キングズリーとトンクスは『武装解除呪文』を唱えた。

 

「「エクスペリアームス(武器よ去れ)!」」

 

 二人の杖から真紅の閃光が迸る。

 紅い光の筋は一直線にフィールとクシェルの手元を狙って走るが、振り向き様にライリーとライアンが『失神呪文』で相撃ちし、消滅させる。

 

インフェルノ・フィニス(終焉の業火よ)!」

 

 今度はムーディが攻撃を仕掛けた。

 凄まじい熱波を放つ火炎の翼竜が噴き出す。

 制御するのが難しい、下手すれば術者さえも焼き殺す―――『悪霊の火』。

 かの闇の帝王が製作した強力な分霊箱も破壊する程の絶大な威力を誇る、かつてフィールも使用した深い闇の魔術だ。

 闇に対抗するには、こちらも闇を一つの戦術として身に付ける必要性がある。

 故にムーディは闇の魔術にも精通していた。

 知識面に関しても、技術面に関しても。

 

エクスペクト・パトローナム(守護霊よ来たれ)!」

 

 だが必ずしも防御不可能って訳ではない。

 応戦したイーサンは『守護霊の呪文』を詠唱、銀色に光輝く天馬―――ペガサスが力強く飛び出し、空間を切り裂いて迎え撃つ。

 衝突し、消え失せる、ドラゴンとペガサス。

 入れ替わりに行き交う、色とりどりの光線。

 灰色と金色の髪を揺らしながら、二人は鋭い瞳で対敵から決して目線を離さなかった。

 その隙を突き、キングズリーがフィールに向かって魔法を撃つ。

 

 が、咄嗟にフィールが強固な城壁を造り上げ、自分とクシェルの身を護った。

 その時、ムーディ達が一斉に強襲した。

 次々と魔法を撃ちまくり、反撃する暇を与えない勢いだ。

 前線に立っていたライリー達は魔法の盾で弾き飛ばすが、展開させる暇がなかったフィールは壁が崩れないよう左手を当て、右腕でクシェルを抱え込み、覆い被さった。

 

 頭や背中に細かな破片が降ってくる。

 程無くして、城壁が崩れ去った。

 同時刻、ライアンが反撃に出る。

 それを機に、またもや交戦に突入となった。

 ムーディ達が自分達に一瞬意識が逸れたチャンスを、フィールは見逃さない。

 

「クシェル、走れ!」

「う、うん………!」

 

 このまま此処に居たら、いつ殺されるかわからないと判断したフィールに促されたクシェルは頷き返し、二人は全速力で駆け出す。

 

「ちっ………!」

 

 その様子をムーディは横目で見ていた。

 無防備に走るフィールを狙うのは簡単だが、隙を見せた瞬間、目の前の三人―――闇祓い二人と強者癒者から攻撃を受けるのは避けられない。

 

「一旦退避しろ!」

 

 ここは十分な距離を取るのがベストだと、二人に命じてムーディは後退し、体勢を立て直してから再び対戦した。

 激しい戦いが繰り広げられている間に、フィールとクシェルはハリー達が居る場所まで辿り着き、呼吸を整える。

 

「なんで、ムーディ先生はフィーを………!?」

 

 肩越しに振り返るクシェルは眼を剥く。

 あの時は頭がパニックだったので、クシェルはムーディがフィールを駆除する理由がまだ上手く飲み込めていなかった。

 そんなクシェルと違い、フィールは冷静そのものである。一息ついたフィールは、何故か一切手出ししないダンブルドアを見上げた。

 

「校長………ムーディ先生が………いや。騎士団の間で、私を抹殺することは、決めてたことなんですね」

「………ッ」

 

 何も言えず、黙りを決め込むダンブルドア。

 しかしそれは、確かな肯定を示していた。

 

「やっぱり。………これは私の推測ですが………ダンブルドア。貴方は前々から、私をこの世から消すことを考えてましたね?」

 

 図星を突かれ、僅かに青い瞳が揺れる。

 フィールは確信し、顔を伏せた。

 

「………そう、ですか。まあ、当たり前だよな。あんなことがあれば、危険人物扱いされても仕方ないよな。………こんなことになるなら、あの人に言われた通り、私が死ねばよかったかもしれな―――」

 

 バチンッ!

 と、乾いた音が鳴り響いた。

 場違いなそれに、混乱していたハリー達はハッとして一斉に注目する。

 そして瞳に映った光景に、眼を丸くした。

 なんと、クシェルがフィールを平手打ちしていたのだ。

 思わず現状を忘れ、その光景に見入る。

 ぶたれた左頬を押さえるフィールは、怒った顔で睨んでくるクシェルを見た。

 

「ねえ………まだ、自分が死んだ方がよかったって、本気で考えてるの!? 貴女が死んだら私達がどう思うか、ちょっとでも考えた上でそう言った!? ちっちゃい時から一緒に居たクリミアの泣いた顔が思い浮かべられないの!? クリミアだけじゃない。私達がどんな気持ちになるのか、わからないの? それとも考えることすらしなかったの? 私達が貴女のことを何とも思ってないって! だったら、私はスッゴく悲しいよ! 忘れたの? 2年前、貴女に言ったでしょ!? そうやって独りだけでなんでも抱えないで、少しくらい、私を頼ってよ!」

 

 大声で一気に話し続けたせいで、クシェルは息を切らしている。唖然としていたフィールはクシェルの目元で光の粒となっているモノの存在に気付き、胸が締め付けられた。

 

「………ッ」

 

 居たたまれなくなったフィールは、クシェルから視線を外す。

 いつも勝ち気な瞳を不安な涙で揺らしてしまった自分に腹が立ち、憤りを抱く。

 どんな顔をして面と向かえばいいのか―――それが、わからない。

 クシェルの沈痛な叫びから逃れるように、フィールは視線を戦場へと走らせる。

 ライリーやムーディが互いに互いを殺し合うため、杖を凶器に変換して戦うその様にフィールは言い様のない罪悪感に苛まれた。

 自分の存在が………あの人達を、残虐な殺人鬼にさせて一生の汚点になるような物事を生み出そうとしている。

 そう………全ては、私のせいで―――。

 

「………………」

 

 フィールは一旦、杖をヒップホルスターに仕舞った。

 それから、一度深呼吸して、真っ正面からクシェルを見つめる。

 

「………クシェルが言ってくれたことは凄く嬉しいし、そうかもしれない。でも………有耶無耶にしたところで、私が居ることで、貴女達を傷付けてしまうことに、変わりはない」

 

 なら―――と、フィールは続けた。

 

「―――私が居なくなった方が、皆のためだ」

 

 悲しい考え方。

 どこかで避けていた考え方。

 今まで、考えたことがない訳ではなかった。

 でも、居場所を失いたくないから。

 皆が大好きだったから、離れたくなかった。

 けれど………それも、いい加減止めよう。

 自分が居ることで、皆を危険に晒すなら。

 それなら………いっそのこと、消えればいい。

 仲間や家族の前から―――クシェルの前から。

 

「フィー―――」

 

 クシェルが先を紡ごうとした、その瞬間。

 フィールが微笑んだ。

 それはまるで、冷たい空間に溶けてしまいそうなほど、淡い微笑みで。

 

「ごめんね………今までありがとう、クシェル」

 

 フィールの右手が、そっと腹部に当てられる。

 

(フィー………?)

 

 そして―――右手の掌から、失神の効果を帯びた魔法をクシェルへ放った。

 真紅の光に包まれたクシェルはそのまま意識を失う。

 崩れ落ちるクシェルをフィールは抱き抱えた。

 安らかな寝顔を浮かべるクシェルを優しげな、それでいて苦しげな眼差しで見下ろすフィールはゆっくり歩き出し―――一時的に戦闘の手を止めたライリーの所まで向かう。

 流石のムーディ達も手出しはせず、じっとこちらを遠巻きに凝視していた。

 

「フィールちゃん………?」

 

 達観したような、この世界に諦めを抱いたような両眼で自分を見上げるフィールに、ライリーは首を傾げる。

 フィールはクシェルをライリーに差し出した。

 訳がわからない顔をしつつ、魔法で眠らされた我が子を受け取ると、フィールは仕舞った杖をヒップホルスターから抜き出す。

 そして背を向け、威風堂々と歩みを進めた。

 

「待ってくれ、一体何をするつもりだ………?」

 

 今この時まで沈黙を持って事の成り行きを見守っていたハリーが、恐る恐るといった感じに声を掛ける。

 フィールは肩越しに小さく振り返った。

 

「………バイバイ、皆………」

 

 それだけ言うと、再び足を動かす。

 ムーディ達とは中距離程度の場所まで来ると、フィールは立ち止まった。

 

「ムーディ。アンタがクシェルさえも殺すっていうなら、私はアンタを殺す。だけど………私がこの身を捧げるって約束したら、もう二度と誰にも手を出さないでくれ」

 

 フィールは、自分を犠牲にしてクシェルや家族を護ることを決意した。

 それを悟り、クリミアは思わず割り込む。

 

「待ってちょうだい! そんなことしたって、誰も救われないわよ! クシェルが言ってたでしょう!? 貴女が死んだら、あの娘がどんな気持ちになるか―――」

「クリミア。もう、いいんだ」

 

 ナイフのように鋭い声が振り下ろされた。

 クリミアはビクッとし、肩を震わせる。

 一声で押し黙らせたフィールは、改めてムーディを見据えた。

 

「ムーディ………約束してくれ」

「……………………………ああ」

 

 護りたい人の為なら―――自分の身を犠牲にすることを厭わない。

 揺るぎ無い決意を秘めた蒼の双眸で別れと身を引き換えに取引してきたフィールへ、ムーディは静かに頷く。

 皆は止めようとした。でも、出来なかった。

 足がその場に縫い付けられたように動かない。

 金縛りにあったみたいに、身体が固まった。

 ダメだ………フィールが死んだら………!

 クシェルが悲しむ………他の誰よりも、クシェルが傷付く!

 心ではどんなに叫んでも、何故か身体が言うことを聞かない。

 ただただ、目線を一点集中させる他ない。

 ムーディが大きく杖を振り上げた。

 フィールはフッと瞼をおろす。

 そして―――

 

アバダ・ケダブラ(息絶えよ)!」

 

 緑色の閃光が物凄い速さで迸り―――。

 それはフィールの胸に直撃して、彼女は糸が切れた操り人形のように冷たい床へと倒れた。




【原作キャラVSオリキャラ】
護りたいモノのためなら例え味方であっても殺す気で戦う道を選ぶ大人達。
ある意味、親世代のオリキャラが多かったのはこの日のためだったかもしれないと作者的には思います。
でも結局はショートストーリーで終わるという。
なんかすいません。

【死の呪文】
ライリーさんですら使っちゃう最強呪文。
と言うか、フィールなんて3回程使用したぞ。
2章ではトムさんとの先制攻撃で、4章ではヴォルヴォルに2回程撃って………って、全部闇の帝王に対して使ってますね。
ならセーフ?

【イーサンの守護霊】
ペガサス。
クシェルとライリーはユニコーン。
ベイカー家は皆伝説の生物が守護霊の形。
ベルンカステル家②が種類別のワンワンおで統一ならベイカー家は魔法生物で統一しようとのことです。
ちなみにベルンカステル家①は狼or獅子。
統一感で言うならば………補食獣や狩人?

【自分の身を引き換えにクシェルを護ったフィール】
え? まさかのここでDead?
次回以降どうなるんだ!?


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#83.魂の境界線

 静寂に覆われた不思議な空間の中でフィールはうつ伏せで倒れていた。

 暖かくもなければ冷たくもない、ふわふわとした柔らかい空気に包まれている感覚。

 その心地よさにずっと身を委ねていたいが、いつまでもそうしている訳にはいかないと思い直した直後、ようやく、自分の意識があってこうして思考していることに気が付いた。

 

「………ん…………」

 

 瞼を開け、ゆっくりとフィールは起き上がる。

 朧気な蒼瞳で視界に入る世界を見渡すが、誰も居らず、此処がまず何処なのかも定かでない。

 警戒心を持ちつつ、立ち上がった。

 フィールは身体のあちこちを触る。

 ホグワーツの制服の黒いローブの下には、スリザリンのシンボルカラーである緑と銀のレジメンタルのネクタイを真っ白なワイシャツの襟元に巻いていて、カーディガンを着ている。

 ちゃんと自分の身体だ。

 間違いない。

 

(よかった………)

 

 安心し、深く息を吐き出す。

 が、それも束の間。

 険しい顔付きで、改めて辺りを見回す。

 何があってもいいよう、慎重に前へ進む。

 雲の上を歩いているみたいな体感だった。

 初めて来たはずなのに、不思議とこの空気感が身体に馴染む楽さがある。

 全てが白色のベールで覆い隠されている、そんな気分をフィールは味わっていた。

 

「此処は一体………」

 

 意識が闇に沈む前―――。

 闇堕ちして光の陣営と対立する立場となった瞬間、自分を抹殺する計画を立てていたムーディとの取引で『死の呪文』を確かに喰らった。

 と言うことは、自分は死んだことになる。

 しかし………なんとなく死んだ気がしない。

 これはどういう意味だ………?

 と、その時だ。

 立ち止まったフィールの疑問をまるで答えるかのように、背後からの声が、困惑する彼女の耳を打った。

 

「―――此処は『魂の境界線』よ、フィール」

 

 フィールは勢いよく振り返る。

 そこには、ついさっきまで誰も居なかったはずの場所でフードを目深に被る、黒いローブを羽織った誰かが立っていた。

 顔を隠しているので性別は判別しないが、先程の声から推測するなら女性だと思われる。

 ………と言うより、格好からして女だとすぐに察するのと同時、眼を大きく見開かせた。

 名前はわからないので、『彼女』と言おう。

 『彼女』が羽織る漆黒のローブの下に着込む服装には、見覚えがあるなんてレベルじゃない。

 

 黒いスカートにストッキング、カーディガン。

 緩く結ぶ、グリーンとシルバーのネクタイ。

 

 そう―――その格好は、今フィールが着衣しているスリザリン生の制服そのものであった。

 

「アンタは誰なんだ………?」

 

 杖を前に構えながら、フィールは問う。

 見知らぬ人間と唐突に対面したため、本能的に臨戦態勢に入った。

 敵対的姿勢を見せるフィールに『彼女』は不機嫌になる雰囲気は一切見せず、それどころか、素顔を隠すフードが隠しきれていない口元の端を、微かに上げた。

 

「ふふっ………そういう所、昔から変わらないわね。ま、フィールらしいって言えば、フィールらしいけど」

 

 ………何故だろう。

 初対面なのに、初対面じゃないと思うのは。

 『彼女』を見ていると懐かしく感じるのは。

 フィールは、迷宮の途中で方向を見失い、出口を求めて何度も同じ所を巡っているような、そんな感じに陥った。

 

「………何が目的で、私の前に現れたんだ?」

 

 尚も油断大敵を言い聞かせ、問い合わせる。

 『彼女』は考え込むように無言となり―――数秒後、あらかじめ仕込んでいたのか、ローブの袖から杖を取り出した。

 杖の顕現に、フィールはサッと身構える。

 

「目的、ね………本当だったら、わたしの方から貴女に会いに行く予定だったんだけど、まさかこんな事態になるなんて予想外だから、どう答えればいいか困るわね。―――だけど、ちょうどいい機会だわ」

 

 『彼女』は細長い杖をスッと前に構え、

 

「フィール。わたしと一戦交えてみましょうか」

 

 と、黒髪の少女に勝負を持ち掛けた。

 その証明として、杖先を突き付けてくる。

 フィールは売られた勝負を買うかどうか逡巡したが、受けて立つ、と小さく頷いた。

 二人は戦闘態勢で真っ正面から向き合う。

 ファイティングポーズを取るフィールは『彼女』から滲み出る威圧感を肌で感受し、見えない圧力に圧されている感じを受けた。

 

 冷や汗が止まらない。

 緊張感が走り抜ける。

 

 『彼女』との戦闘はこれが初であるはずだ。

 なのに、このプレッシャーは………。

 弱気になる精神を奮い立たせるよう頭を振ったフィールは光の速さでその場から弾け飛ぶように飛び出し、先制攻撃を仕掛けた。

 間合いを詰める短時間の間、数多の魔法をマシンピストル並みの速度で発射する。

 だがしかし、フリーハンドの左腕を前に突き出した『彼女』の左手の掌から現れた銀色の盾が、色とりどりの光線を全て弾き飛ばした。

 弾かれた魔力の塊は、白い煙霧の空間を切り裂いて四方八方に飛び散り、消滅する。

 

 杖を持ち要らずの魔法使用。

 この時点で『彼女』がそこいらに居るような魔法使い魔女とは桁違いの実力者だと決定付けるには十分な証拠であった。

 疾走するフィールはより一層気を引き締める。

 そして手を伸ばせば触れるほどまで『彼女』に近付いたフィールは零距離から攻撃を仕掛けた。

 遠隔戦で有利なのは銃撃のように杖を振るっての魔法乱射だが、何もそれだけが魔法使いの戦術という訳ではない。

 

 接近戦で有利なのは剣撃による白刃戦だ。

 これはマグル界における武器を用いた対人戦闘で言える。

 魔法使いが使うアイテムと聞いて真っ先に思い浮かべられるのは、杖や箒といった、ファンタジーの世界で多く見られる物だろう。

 なので『剣』が魔法使いの武器というイメージはあまり沸かないのだが、その実意外と『剣』は魔法使いの道具として活用されている。

 

 国際機密保持法の施行前、魔法族がマグルと自由に交流が出来た時代には、杖以外の物で身を護るための他に、決闘でマグルを相手に魔法の杖を使うのはフェアではないということから、杖と共に剣も所持する魔法使いが多数居た。

 ホグワーツ魔法魔術学校の創設者の一人、ゴドリック・グリフィンドールがその例として挙げられるだろう。

 ゴドリックは剣の達人でもあり、当時の小鬼の王に依頼し『グリフィンドールの剣』を製作して貰った。現在その剣は、もう一つの彼の遺品・組分け帽子の中に隠されている。

 

 フィールは自身のアカシアの杖を『変身術』を使って敵を斬撃する鋭き刃へと変身させた。

 『変身術』ほど便利な魔法は然う然うない。

 物理法則を無視する所が何よりの強みだろう。

 腕を上げれば上げるほど、熟練者になればなるほど、物や人をありとあらゆる姿形に変えることが出来る。

 無論、杖を変身させることだって造作無い。

 携帯可能なサイズの黒青の杖は瞬く間に銀色特有の光沢を放つ長剣へと変化を遂げ、フィールは斬り掛かる。

 が―――『彼女』は並外れたスピードでフィールと同じく杖を剣に変身させて、応戦した。

 

(なにッ………!?)

 

 常人には真似出来ない速度で変えて見せたその腕前と、まさかの『彼女』も剣で抗戦してきたことから、思わずフィールは硬直する。

 が、すぐさま『彼女』に攻め掛かった。

 ガキンッ! と金属同士がぶつかり合う硬質な音が辺りに響き渡る。

 ガラ空きの部分を狙うが、その前に防がれてしまう。動きに無駄が無く、次にどう来るかを予測出来ている様子であった。

 

(ことごとく受け流される。まるで手練れの剣士みたいだ………)

 

 『彼女』の片手剣が振り上げられる。

 フィールは片手剣の軌道に合わせ、身体を半時計回りに回転。

 攻撃を回避するのと共に、その回転を利用して回転斬りのように反撃する。

 『彼女』はサッと腰を落として片手剣を斜めに両手で構える。受け流すつもりのようだ。

 

 ガキンッ!

 再び響き渡る、鋭い金属音。

 フィールの剣が『彼女』の剣の上を滑る。

 ダンッと地面を両足で踏ん張り、『彼女』はフィールの攻撃を受け流した。

 

「ちっ………!」

 

 悔しげに舌打ちし、バク転して後退する。

 『彼女』も後ろに下がり、体勢を立て直した。

 どちらとも中距離を保ったまま、互いに視線を離さない。

 手出しはせず、タイミングを見計らう二人はジリジリと一進一退する。

 

「アンタは何者なんだ?」

 

 束の間の静けさの中、フィールは続ける。

 

「どうして、私の前に現れたんだ………?」

 

 すると、『彼女』は静かに口を開いた。

 

「わたしが何者かは貴女が決める。貴女が此処で朽ち果てれば、わたしは殺人鬼とも死神とも言える存在になるわ。でも―――」

 

 『彼女』はフードの下に隠された瞳を、スッと細める。

 

 

 

「もし生き残ったら―――殺人鬼や死神とは、また違う存在になるでしょう」

 

 

 

 その動き、まさに刹那の急接近。

 フィールが身構えた瞬間には、時既に遅し。

 超高速の『姿くらまし』&『姿現し』のコンボで目前まで迫った『彼女』は、鈍い光を放つ刀身をフィールの首筋狙って薙いだ。

 

 

♦️

 

 

 フィールに魔法で意識を奪われたクシェルは、夢を見ていた。

 それは………幼き日に出会った小さな少女と突然別れた、あの日のこと。

 

 聖マンゴに来たクシェルは、フィールを探しに5階フロアの廊下を歩いていた。

 大抵は5階の空き部屋で遊ぶからだ。

 なので、フィールが居るとすれば此処の階なのだが………ここ最近、聖マンゴに来てる気配が無いのだ。

 母親に訊いても有耶無耶にされているクシェルはとにかく心配で、なんとなく今日も来ないとは思いつつも聖マンゴの建物内をあちこち探索した。

 クシェルは今日も一人歩き回り―――。

 『ヤヌス・シッキー病棟』という隔離病棟の通路にて、最近見なかったフィールを見つけた。

 

「あ、フィール………」

 

 クシェルは笑みを浮かべ、駆け足で近付く。

 が、近付くにつれて、怪訝な表情へと変化していった。

 なんだか、暗い雰囲気を身に纏っていたのだ。

 顔も下に伏せていて、どんな表情なのか、こちらからは計り知れない。

 

「フィール? どしたの?」

 

 クシェルはフィールの顔色を覗き込もうとしたが………その細い腕の何処からそんな力が沸いてるのかと疑うほど、強い力でドンッと突き飛ばされた。

 

「ちょっ、フィール! 急にどうし―――」

 

 早足で脇を通り過ぎたフィール。

 クシェルは突き飛ばされた衝動で体勢を崩し、久し振りに会うというのに、いきなりこんなことをしてきた彼女に訳を訊こうとしたが―――。

 

 立ち止まったフィールの後ろ姿を見て、何故か口を開けなかった。

 威風堂々と見せ付ける、他者を決して寄せ付けない………『孤高の雰囲気』。

 その空気を肌で感じ、直に当てられたクシェルはその場に留まる。

 

 ―――今までとは、何かが違う。

 直感でそう思うクシェルは、動けない。

 動きたくても、動けない。

 しばらくは、二人共立ち止まったまま、無言であったが………唐突に、フィールが足を前へ進めた。

 それを契機に、ハッとクシェルは金縛りが解けたようにフィールを追い掛けようとしたが。

 

「―――ついてこないで」

 

 そう言ってフィールは顔を上げ、振り返った。

 振り返ったその綺麗な顔は、悲しみの色の涙でぐちゃぐちゃだった。

 え………と、クシェルは眼を見張る。

 初めて見る、フィールの泣いた顔。

 これまで、一緒に遊んだ時に薄々滲み出ている淋しさや苦しさから、泣きたくなるのを必死に堪えているのをクシェルは察していた。

 でも、一度も自分の前で泣き顔を晒したことはなかった。

 けれど―――今、彼女は泣いている。

 クシェルは恐る恐るといった感じに、そっと口を開いた。

 

「なんで………泣いてるの?」

 

 それしか、クシェルは言えなかった。

 何故、涙を流しているのか。

 でも、フィールは答えなかった。

 顔を正面に戻し、再び歩む。

 クシェルは、なんて声を掛ければいいのかがわからず立ち竦み………ただただ、フィールが遠くへ行くのを眺めることしか出来なかった。

 あれから、どのくらいの時間が経過したのだろうか。

 数分だったかもしれないし、数時間だったかもしれない。

 ようやく足を動かして、自分の傍から離れていったフィールを追い掛けた時には。

 

 

 もう、彼女は何処にも居なかった。

 

 

♦️

 

 

プロテゴ(護れ)!」

 

 首元をターゲットに迫る、銀の刃。

 フィールは咄嗟にフリーハンドの左手の掌から防壁を出し、身を護った。

 バリアとブレードが激突し、二人の間で凄まじい衝撃波が生まれる。

 反動で数m吹き飛ばされたフィールは転がりながらすぐに立ち上がり、『彼女』の状態を確認する。

 

 そしてフィールは蒼眼を丸くした。

 そこにはなんと、狼が居たのだ。

 額に魔法陣みたいな紋章が刻まれている、紫色の双眸を持つ黒色の狼。

 先程吹っ飛んだ『彼女』は動物もどき(アニメーガス)でブラックウルフに変身したのだ。

 威嚇するよう、唸り声を上げて睨み付ける。

 

「………獣には、獣で対抗するのが戦法か」

 

 長剣を元の姿の杖に戻し、ヒップホルスターに仕舞う。

 そして、フィールも動物もどきになった。

 耳に人間の姿の時と同じイヤーカフが付けられていて、『彼女』同様、額に魔法陣みたいな紋章が刻まれている蒼眼の黒狼だ。

 

 今度は動物もどきで対峙である。

 2匹のウルフはゆっくりと間を詰めていく。

 どちらも、大きな動きはまだない。

 睨みを利かせ、相手を威圧する。

 

 周囲に漂う無言の圧迫感を先に打ち破ったのは―――フィールの方だ。

 獣だからこそ出来る、人間よりも遥かに速い速度で一気に『彼女』に飛び掛かる。

 鋭い牙が露となり、噛み付いた。

 ―――ように見えたが、『彼女』も襲い掛かってきたことから、相打ちとなる。

 身体と身体でぶつかり合い、押し合う。

 力は『彼女』の方が上なのか、少しずつフィールは押されていく。

 

(このままじゃヤバい………!)

 

 そう判断したフィールは一度退却した。

 後退したフィールを『彼女』は追撃しようとするが、フィールは高い魔力を一瞬だけ身体から全面放出し、退かせる。

 

 今がチャンスだ。

 咆哮を上げたフィールは雷速のスピードで飛び出し、『彼女』に食らい付いた。

 

♦️

 

 誰もがその光景に顔を背けた。

 ムーディが撃った『死の呪文』に………緑色の閃光に命中したフィールが床に倒れるのを。

 バタンッ………と、倒れる音がした。

 そちらに視線を走らせれば、指先すら動かず静かに横たわるフィールの姿。

 それを見たハリー達は、慟哭する。

 いくらなんでも………こんなのは酷すぎる。

 フィールを………この数年間、共にホグワーツの平和を救ってきた仲間を殺したムーディに、許せない気持ちで胸がいっぱいになる。

 

「……………ムーディ…………」

 

 怒りと悲しみに顔を歪ませるハリーは、ムーディをギッと睨む。

 

「なんで………なんで………なんで、フィールを殺したんだぁッ!!」

 

 身を捧げる代わりに自分や家族を護ることを決断したのはフィール自身だ。

 それでもハリーは、平然と彼女を殺害する行為が出来たムーディに対して憎しみを抱かずにはいられない。

 感情の沸点が低く、無鉄砲で猪突猛進な性格のハリーは、相手が千軍万馬の古強者であるにも関わらず、ムーディに向かって無謀にも突進した。

 溢れんばかりに溢れた涙を宙に撒き散らし、杖を構えて『失神呪文』を放つ。

 

ステューピファイ(麻痺せよ)!」

 

 薄暗がりの中、真紅の光線が明るく照らす。

 ムーディはいとも簡単に失神の効果を帯びた魔法を撃ち落とすと、ハリーに向かって見えない波動を放つ。

 ハリーは軽々と吹っ飛ばされ、地面に落ちた。

 

 その時だ。

 パリンッ………と、スラックスのポケットの中で何かが割れる音がしたのは。

 半身を起こしたハリーは、まさか、と思いつつポケットに手を突っ込み―――粉々に砕け散った予言の水晶が、ポケットから手を引いたハリーの手中に握られていた。

 

 それを見て、ハリーは虚しさに飲まれる。

 あれだけ、死に物狂いで予言を狙っていた死喰い人の集団から手に渡らぬよう奮闘したのに、その最後はなんとも呆気ないものであった。

 力無く垂れ下がった彼の手から、バラバラときらびやかな破片が床に落ちた。

 ハリーを怪我させないために威力の無い周波にしたのだが、ムーディはもう少し手加減すればよかったと後悔する。

 

 今度は別の意味で静寂が訪れ―――。

 不意に、ハリーが額を押さえながら呻き声を上げた。

 同時、何処からか閃光がハリー目掛けて迸る。

 それをダンブルドアが防ぎ、眼を細めた。

 

「やはり、此処に来たようじゃな」

 

 闇の中から現れたのは、背の高い痩せた男。

 蒼白の顔に蛇のように平らな鼻、血液を連想させる、縦に細く切れている真っ赤な瞳孔。

 『生き残った男の子』ことハリー・ポッターの宿敵で最強の闇の魔法使い―――ヴォルデモートだ。

 ゆっくりとした歩調で近付いてくるヴォルデモートは、気絶しているルシウスやベラトリックスを冷めた眼差しで一瞥する。

 

「俺様に忠実な僕である死喰い人達は、たかが英雄気取りのハリー・ポッターに俺様の思惑を挫くことを許した挙げ句、予言の球一つを手にすることが出来ないとは………最初からこやつ等に任せるべきではなかったな」

 

 失望した、と言わんばかりに肩を竦める。

 そんな彼に、ダンブルドアは語り掛けた。

 

「今夜此処に現れたのは愚かじゃったな、トム。直に闇祓い達がやって来よう」

「その前に俺様は居なくなる。貴様を殺してな。だが、その前に―――」

 

 ヴォルデモートは、ハリーの顔を見た。

 途端、蛇に睨まれた蛙のように凍り付く。

 

「ハリー………お前は長きに渡り、俺様を苛立たせてきた。何ヵ月もの準備、苦労………それらが全て水の泡だ。最早これ以上何もお前に言うことはない―――アバダ・ケダブラ(息絶えよ)!」

 

 物凄い速さで『死の呪文』が駆け抜ける。

 ハリーは足がその場に縫い付けられたように全く動かせず、目前に迫る緑の光を眺めた。

 ダンブルドアが杖を振るって魔法使い像を動かし、ハリーの前に躍り出た黄金のそれは、殺戮呪文の魔法を受けて木っ端微塵となる。

 

「ほう………流石はダンブルドアだ。ハリー・ポッターの前に、貴様を先に殺すのが最優先事項かもしれん。………ん?」

 

 今更気が付いたのか、ヴォルデモートはぐったりと横たわる黒髪の少女に目線を向けた。

 

「………そうか。フィール・ベルンカステルは死んだのだな。少しばかり、彼女を俺様の腹心に置かせることが出来なかったのは残念だが、まあ仕方あるまい」

 

 未練が少なからず残るが、割愛しよう。

 区切りをつけたヴォルデモートは、宿敵をこの手で抹殺するためにも、まずは邪魔者を排除するのが優先的だと判断し―――イチイの杖を振るってダンブルドアのニワトコの杖と一戦を交えた。

 

♦️

 

 獣同士のバトルから、人に戻っての対人戦闘に切り替わった1対1の激しいコンバット。

 『彼女』が射出した魔法に、フィールはもんどり打って倒れた。着ている制服はボロボロでフィール自身、息も上がっている。

 

(……あれからどのくらい時間が経ったんだ?)

 

 もう何日もこうして打ち合ってるような気がする。フィールは体力の限界であった。

 

「この戦いで確信したことがあるわ。フィール、これはとてもキツい言い方になるけどね。………今の貴女の実力では、誰かを最後まで護り切ることなんて、出来やしないわよ」

 

 激戦の疲労から意識が遠退いていくフィールに掛けられたのは、胸に突き刺さる言葉だった。

 

「貴女は確かに強いわ。少なくとも、そこいらに居る魔法使いに比べたらね。だけど………今の貴女がわたしに立ち向かっているのは、ただの痩せ我慢と空威張り。大きな武器を力一杯振り回し、虚偽で固めた威風を振る舞って強者のフリをする完全無欠気取りの弱者そのものよ」

 

 『彼女』の厳しい言葉が、フィールの胸をナイフのように刺し貫く。

 悔しげに端正な顔を歪めるフィールは、上半身を起こした。

 

「貴女はそれを自覚している。でも、自覚しているだけであって、本当の意味で強者になろうとしない。そんなんじゃ、貴女は人生の何処かで大きな力を前に成す術なく立ち竦むしか出来ない、弱者以下の存在に成り下がるわ」

 

 遠くからこちらを見つめるフィールを、『彼女』はフードの下から見返す。

 

「フィール。貴女には、まだやるべきことが残っているはずよ。なのに、このままでいいの? 貴女はアラスターに殺されることでクシェルちゃん達を救ったように思ってるようだけど、もし本気でそう思い込んでいるのなら、貴女はこの世界で一番の大馬鹿者だわ」

 

 思わず、フィールはカチンときた。

 険しい顔付きになり、どういう意味だと、ジト眼で睨む。

 

「ねえ、フィール。今の時勢、ヴォルデモートが魔法界を恐怖と絶望に覆い、支配するってわかっているわよね? 暗黒の勢力が拡大していけばしていくほど、純血じゃない魔法使いやマグルはどんどん殺されていくわ。その殺戮対象には混血のクシェルちゃんも当然含まれているのよ? クシェルちゃんは親友なんでしょ? 親友である貴女があの娘を護らないでどうするの? クシェルちゃんだけじゃない。ハリー君、ロン君、ハーマイオニーちゃん………貴女の大切な人達が次々殺害されるかもしれないのに、見殺しにするっていうのかしら?」

 

 そう言われ、フィールはハッとする。

 そうだ………自分には、果たすべき使命がまだ残っている。

 クシェルやハリーを―――大切な人達を、命が尽き果てる最期まで護り通す。

 どうしてそれを理解していなかったのだろう。

 ムーディに抹殺されてクシェル達とサヨナラするのが、本当の意味で救ったことになど、これっぽっちもならない。

 ここに来てようやく、フィールは自分の存在意義を取り戻した。

 

「貴女が本気であの娘達を暗黒の勢力が支配する魔法界から救いたいと強く想うなら………その身を以て、力と心、どちらとも極限まで高めることよ。立ち上がりなさい!」

 

 フィールは身体の底から精魂を引き上げる。

 押し寄せてくる疲労感と脱力感に抗い、フィールは杖を片手にもう一度進撃した。

 これは稽古だ。鍛練されている。

 色とりどりの閃光が真っ白な空間を切り裂いて行き交う中、『彼女』はある呪文を詠唱した。

 

エスティルパメント・パトローナム(守護霊よ滅ぼせ)!」

 

 それは………フィールが吸魂鬼(ディメンター)に対する憎悪から彼らを滅ぼすべく編み出したオリジナルスペル―――『破滅(アグレッシブ)守護霊』だ。

 『彼女』の杖から力強く狼が飛び出し、従来よりも凄まじい眩しさを放ちながら、フィールに向かって襲撃した。

 何故『彼女』がこの魔術を知っているかは疑問だが、今のフィールには関係無い。

 意識を研ぎ澄ませ、全身全霊を傾ける。

 そして―――今日初めて開発するオリジナルスペルを、声高らかに唱えた。

 

 

 

「―――アミュレット・パトローナム(守護霊よ護れ)!」

 

 

 

 その瞬間、二人の間で轟かせる轟音。

 同時刻に立ち昇った煙が互いの視界を遮り、相手がどうなったかを悟るのは不可能だ。

 不意に無風だったこの空間に風が吹き抜け、それまで立ち込めていた煙霧がたなびいて、先程の勝敗の結果が露になった。

 

 『彼女』の守護霊は何処にも見当たらない。

 消滅したと考えて間違いない。

 そして、眼前にて肩で息をしている少女の全身から溢れ出る銀の光が辺りを照らし、その光こそが、確かにダメージを受けるはずだった少女が無傷であることの証明であった。

 

「………やれば出来るじゃない」

 

 フードの下で『彼女』は満足げな表情になる。

 静けさの中、フィールは大きなことを成し遂げた達成感に胸が熱くなった。

 

 全身を優しく包む、銀色の衣。

 その正体は、あの狼の守護霊だ。

 守護霊が破壊的威力が秘められた魔術から、身を護ってくれたのだ。

 そう………まさしくこれは『破滅(アグレッシブ)守護霊』とはまた違うアレンジ魔法―――『破魔(ディフェンシブ)守護霊』だ。

 

(新しい力を………身に付けられた………)

 

 シルバーローブは徐々に輝きを失くし、フッと消滅する。

 同時、意識しないようにしてきた疲労感と脱力感に襲われ、フィールは身体を傾かせた。

 精魂を使い果たし、気だるさに見舞われる。

 意識が闇に沈む前―――またいきなり目の前に現れた『彼女』に優しく抱かれるのを、フィールは感じ取った。

 

♦️

 

 閑静な空気感が漂う、白色の世界。

 ふわふわとした、雲の上を歩いているような不思議な感覚が自然と身体に馴染むのが特徴的な空間である。

 

「…………ん………っ…………?」

 

 意識を失っていたフィールは目を覚ました。

 パチリと瞼を開け、虚ろな瞳で上を見る。

 それから、頭が何か柔らかいものに包まれ、髪を撫でられる感触を覚えた。

 素顔をフードで覆い隠している『彼女』が膝枕して見下ろしているのに気付き、そして自身の髪を梳くっているのを知る。

 戦闘不能になる前、敵対したはずの相手にするような行為ではないと、フィールは怪訝そうに思いつつ、『彼女』に髪を撫でられるのが、不思議と心地よくて気持ちよかった。

 

「………なに、してるのよ」

 

 思わず口調が昔の頃に逆戻りする。

 すると、『彼女』は何故か笑みを溢した。

 

「やっぱり、そっちの方がフィールらしいわよ。あんなぶっきらぼうな口調じゃなくて、前みたいに女の子っぽく喋りなさいよ、全く」

 

 やれやれと肩を竦めながらそう言う。

 益々フィールは訝しい面持ちとなり、ふと、疲れきっていた身体が完全に回復し傷も消えているのに気が付き、軽く驚いた。よく見れば、ボロボロだった制服も元通りになっている。

 

「貴女が寝ている間に、わたしが癒したのよ」

 

 フィールの疑問を先読みしたのか、『彼女』がそう答えた。

 

「ねえ………貴女は、一体誰なの………?」

 

 ゆっくりと起き上がり、少し距離を取ったフィールはそっと尋ねる。

 その質問に、『彼女』は悪戯っぽく笑った。

 

「さあ? 誰だと思う?」

 

 疑問系で試すように問う『彼女』。

 眼前に居る、自分と同じ外形をした『彼女』を沈黙を持って注視し―――フィールは、今まで見えなかったことが、パッと明るくライトを浴びたように、頭に浮かび上がった。

 

 色んなことが起きすぎて心の余裕を持てず、普段より冷静さが欠けていたことから、あまり意識していなかったのだが………『彼女』は、自分のことを「フィール」と名前をずっと呼び捨てにしていた。

 ということは………もしかして、『彼女』は自分をよく知っているということだろうか?

 そう思った時、耳の奥で『彼女』の声が鮮明にリピートされた。

 

 鈴を転がすような………でも、凛とした響きを持つ綺麗な声。昔の自分を見てきたみたいに語った口調………。

 そして―――慣れた手付きで髪を撫でて感じたあの感触。

 あれは………まるで―――

 

「ねえ………もしかして、貴女は―――」

 

 確認を取るように、フィールは問い掛けた。

 

 

 

「―――お母さんなの………?」

 

 

 

 恐る恐るといった感じに訊いたフィール。

 そんな彼女に微笑みかけた『彼女』は―――フードを外して、覆い隠していた素顔を見せた。

 幻を見るような驚きの表情で、フィールは露となったその顔を見つめる。

 

 雪のように白い肌とは相反する、闇で染め上げられたような長い黒髪に、神秘的な光を宿した紫色の瞳。

 自分と瓜二つの端正な面立ちが形作る柔らかな笑顔に、自然と安心感がもたらされる。

 

 紛れもない。

 この女性こそ、1985年に廃人、その2年後に死亡した―――

 

 

 

「久し振りね、フィール。やっと………やっと、貴女に会えて、本当に嬉しいわ」

 

 

 

 ―――クラミー・ベルンカステルが、優しげな笑みを讃えて娘のフィール・ベルンカステルの前に立っていた。




【ソードバトル】
杖によるバトルではなくまさかの剣。
ハリー・ポッターで出てくる剣と言えばグリフィンドールの剣のみ。そして剣が大活躍する場面と言えばバジリスク討伐とナギニ討伐くらいという約2回程度。
正直言うと剣の出番ほとんど皆無に等しかったので、ならせっかくだし「杖を剣に変えてデュエルバトルさせよう」とのことでこんな形になりました。
というか、1回やってみたかったんですよね、ハリー・ポッターでソードバトル。

【クシェルが見た夢】
これまで幾つかの#であった黒髪の少女(フィール)とクシェルがちっちゃい頃に別れた出来事。
とりあえず、これでクシェルSideは無事完了。
あとはフィールSideをハッキリさせればOK。

【動物もどきVS動物もどき】
前述の異色な戦術以外の異色な戦術。
原作での動物もどきも正直そこまで出てこなかったのでちょっとした戦闘方法の一つに取り入れてみました。
何故ここまで杖以外のコンバットにさせるかというと、正直言ってしまえば、いよいよ戦闘描写に限界がきたからです。詳しくは↓で。

【この作品の戦闘システムスタイル】
ザックリ纏めるとこんな感じ。

①杖を使っての魔法射撃
②死の呪文VS死の呪文
③悪霊の火VS守護霊の呪文

全体的な構造を見ると①が圧倒的多数。
②は2章と5章の計2回。③も同じ。
読者の皆様もいい加減似たような戦闘描写に飽きてきただろうし、作者自身「そろそろ違うバトルスタイルも取り入れてみよう」と思案しました。

ハリー・ポッターの戦いのほとんどは、狙いを定めてターゲットにヒットさせるという遠距離攻撃パターン。
なんと言うか、例えるならネット型のスポーツ(テニスやバドミントン)みたいに距離が離れたそれぞれの区域で対決するで、武道(剣道や柔道)みたいに互いが互いに激しくぶつかり合うことがありません。

それだとなんか味気無いなって感じます。
そういった理由から、原作のイメージを激しく崩壊させないよう原作にある魔法的手段を上手い具合に導入して(作者的には)↑↑2つを誕生させました。

例として表現すると『闇の魔術に対する防衛術』が『射撃』なら『変身術』は『剣撃』、『動物もどき』は『変身』です。
変身の具体例を言うならば、ドラゴンボールとかで言うスーパーサイヤ人? ですかね。

作者は剣や銃といった武器が好きです。
これから先、ちょくちょく登場するでしょう。

【予言球】
原作同様、結局壊れる。
ま、でもそうしないとヴォルヴォルさんが現れないので。自称闇の帝王のあのお方が登場しなきゃメタい話、物語が進みませんからね。

【アミュレット・パトローナム(破魔守護霊)】
『守護霊の呪文』をアレンジしたオリジナルスペル。守護霊が銀色の衣となって身に纏い、ありとあらゆるものから守護してくれる。最強レベルの防護魔法。

【『守護霊の呪文』のアレンジ②】
遂に来ました、『破滅守護霊』同様もう一つの守護霊アレンジ魔法! 3章後書きの伏線はこの#の為でございます。あれから滅茶苦茶時間が経過しましたが、覚えてますか?
ちなみに経緯はと言うと、

アグレッシブを編み出したんなら、その反対にディフェンシブも創ればいいじゃないか!

と言うことです。
守護霊に殺傷能力持たせたんなら、その反対に防衛能力持たせてもおかしくないですからね。
ある意味、これの為にアグレッシブ守護霊を生み出したと言っても過言ではなかったりです笑。

日本語訳にさせると《守護霊よ護れ》。
『破滅』と書いて『アグレッシブ』と呼ぶ的な感じにさせるための『~』と書いて『ディフェンシブ』と呼ぶの漢字2文字をどうしようか、本当に苦労しました。
苦悩の末、既出の『破滅』と統一感を出すべく最初の文字に『破』がつく守護関連の単語を捻り出し、最終的な結果は『破魔』に決定。

アミュレットは『保護・加護・御守り・魔除け』の意味を持っているので、それを知れば『破魔』にした理由にも納得かと思います。

【破滅守護霊VS破魔守護霊】
どちらも攻守共に最強レベルの威力を誇るオリジナルスペルですが、双方を衝突させた場合は術者の技量次第で勝敗が分かれます。
今回はフィールのディフェンシブが『彼女』のアグレッシブを上回りました。

【『彼女』の正体】
えー、もう大半の読者が予想されていたと思いますが、3章の途中で突如浮上した『彼女』の正体はなんとフィールの母親、クラミー・ベルンカステルでした。
と言うか思いっきりバレッバレでしたね。
クィディッチ決勝戦とかでクリミアがとっくの昔にアンサーとして「お母さん」と言ってたし。
4章であった先輩グリフィンドール生達との一件を書いた#の後書きでも一人称がひらがなで○○○とウルトラヒントを提示した通り、今回までずっと『彼女』と表記していたクラミーの一人称はひらがなで『わたし』です。
クラミー以外の女キャラは皆漢字で『私』ですので、区別はつくでしょう。
この話から読んで何のことだかちんぷんかんぷんな読者は3章の途中から読んでみるのを推奨します。サブタイトルを見ればすぐにお分かり頂けますよ。

【クラミーもアグレッシブ守護霊会得してる】
フィールが魂の境界線にやって来るまでの間に、クラミーはコツコツと鍛練を積み重ねたのでしょう。

【まとめ】
今回でようやく明確になった『彼女』=クラミーの真相が遂に解明。
詳細は次回で。


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#84.半死半生

テストから無☆事☆帰☆還!(昨日は休日を満喫してました)。
さて、5章もいよいよラスト目前です。
まさかここまで続けられるとは………執筆始めた頃は夢にも思いませんでした。


「お母さん? お母さんなんだよね? これ、夢じゃ、ないんだよね………?」

「当たり前じゃない。ほら、おいで」

 

 『彼女』―――否、クラミーは淡く微笑む。

 フィールは駆け出し、クラミーに抱きついた。

 気付けば、両眼から溢れんばかりの涙が溢れており、自身の頬と母の胸元を熱い雫で汚した。

 

「お母さん……ッ! 会いたかった……ッ! 本当に……、会いたかった……ッ……! お母さんに会って………ずっと………ずっと………謝りたかった………ッ………」

「もう………貴女が謝る必要なんて無いわよ」

「だけど………あの時………、私が『助けて』って言ったせいでお母さんは………。もう、あれから何年も経って、今更だけど………本当に、ごめん……なさい………」

 

 途切れ途切れになりながらも、フィールはクラミーを見上げ、謝罪する。

 この11年間1日たりとも頭から離れず、心の中で永遠と居座っていた自責の念が、形はどうであれ、念願であった本人への謝罪が出来たことでちょっとは晴れた。

 だが、忘れてはいけない。

 謝ったところで、何にもならない。

 それはただ、謝ったという事実が自分の気持ちを少し軽くしてるだけで。

 フィールは母に嫌われるのを覚悟する。

 もうまともに顔を見ることも出来なくなり、顔を伏せてしまう。

 しかし、そんな娘をクラミーは優しく抱き締めた。

 

「何言ってるのよ。あの時、吸魂鬼に魂を吸われそうになった貴女を身を挺して助けたのを悔やんだことなんて、これっぽっちも無いわ。逆にあの時に貴女を助けられなかった方が、わたしにとって一番の後悔となり得たことよ」

 

 クラミーは笑みを絶やさず、髪を撫でる。

 慣れた手付きで母親譲りの黒髪を梳くわれ、落ち着きを取り戻すと共に、知らぬ間に張り詰めていた全身の緊張が解けていくのを感じた。

 

「相変わらず、そういう所は変わらないわね」

「………煩い」

 

 髪を撫でられる感触と顔面に感じる柔らかい感触が心地よくて、眠気に襲われる。

 このままずっとクラミーに疲れきった身を任せていたいが、フィールは首を振り、自ら離れて母を見上げた。

 

「お母さん………此処は何処なの? さっき、お母さんは『此処は魂の境界線よ』って言ってたけど―――」

 

 疑問符を浮かべながらそう尋ねると、クラミーは穏やかな表情から一変、真剣な瞳になってフィールの瞳を見つめた。

 

「そうね………貴女は失くしていた記憶を取り戻した。………今なら、全てを話してもいいかもしれないわね」

 

 クラミーはフィールの手を取り、「さ、行くわよ」と歩き出す。

 フィールは慌てて、自分で歩みを進めた。

 改めて感じ取る、雲の上を歩いているような、不思議な体感。

 歩く度に身体に馴染む楽さが増し、『服従の呪文』を掛けられた時ととても似ているがどこか違う、思わず身も心も委ねたくなる安心感に包まれる。

 

「11年前、わたしはルシウス・マルフォイの命を受けたドローレス・アンブリッジが派遣した吸魂鬼に魂を喰われ、廃人となり、そしてその2年後に死亡した。……これが貴女達の認識よね?」

 

 コクリ、とフィールは頷く。

 クラミーは危うく魂を喰われそうになったフィールを庇い、死よりも惨い姿に変えられた。

 それから約2年間、聖マンゴに入院し―――本来であれば新たなる吸魂鬼に成り果てると言うにも関わらず、何故だかは知らないが、人の姿を保ったまま息を引き取った。

 これは確かな事実だ。間違いない。

 しかし―――その現実の裏側に、真実というものは隠されていたのだ。

 

「実はね………わたし、ほんの少しだけど、身体に魂が残ってたのよ。全部の魂を喰われる前にジャックが追い払ってくれたおかげでね。人として生きるには不十分だけれど、新たな吸魂鬼に成り果てない程度の残滓が。………でも、魂の大半を吸われて極僅かな魂の存在になったわたしは、自分の身体に残留していても最早無意味だった」

 

 吸魂鬼とは、凋落と絶望の中に栄え、平和や希望、幸福を周りの空気から貪り尽くす生物。

 そして徹底的に破滅させたい者に実行するのが『吸魂鬼の接吻(ディメンター・キス)』だ。

 これを受けた者は記憶を失くし空っぽの抜け殻となり、呼吸するだけの存在となる。無論、こうなった者に回復の見込みは無い。

 

 が、幸か不幸か、クラミー自身の意識は魂の残滓の中で辛うじて生き続けていた。普通であれば感情さえも失われるものだが、クラミーは失われていなかったのだ。

 

 けれども、微かな意識があったところでどうにか出来る状態ではなかった。魂の半分以上を失い同時に魔力も奪われたクラミーは、自身の身体であり魂の器である肉体に、もう一度生命活動の息吹を吹き込むことが出来ない。

 加えて、魂を肉体から切り離すまでの余力も無かった。仮にあったとしても、霊魂の端くれのような存在では成す術が見当たらない。

 だから―――

 

「生きる屍のわたしは魔力も扱えなかったせいでただただ器の意味を成さなくなった肉体に、大人しく留まることしか出来なかった。………だけどある日、微量だけれども、魂を与えられた。それにより、わたしは肉体から魂を切り離すことが可能となったのよ。吸魂鬼に成り果てる前に、ね」

 

 霊魂は、肉体とは別に精神的実体として存在するもの。肉体から離れたり、死後も存続することが可能と考えられている、身体とは別の非物質的な存在。人間が生きている間はその体内にあって生命や精神の原動力となっている。

 

 クラミーは魔法を扱える魔女だ。

 当然、魔力も精神に兼ね備えている。

 精神に宿っていた魔力のほとんども吸魂鬼に吸い取られたが、少量の魔力は、魂の残滓と共に有り続けた。

 

「魂を与えられたって………誰からなんだ?」

 

 それまで黙って聞いていたフィールが問う。

 するとクラミーは立ち止まり、フィールから手を離して彼女の前に来た。

 じっと見下ろす、紫色の眼を持つ母。

 フィールは困惑した表情で見上げた。

 そんな娘へ、クラミーは静かに口を開く。

 

「………まだわからないの?」

「え? 何が?」

「わたしに魂を分け与えてくれた張本人は―――今、わたしの目の前に居るのよ」

 

 ………今、目の前に居る?

 現在、クラミーの目前に立っているのは………自分だけ、である。

 フィールは信じられないという顔になった。

 自分が? 母に魂を分け与えた? でも、一体いつ? 何処で? どういったやり方で?

 

「もうわかるでしょう? ―――フィール、貴女がわたしに魂の一部を分けてくれたのよ」

「私が………? お母さんに魂を………?」

「極一部だけどね。………でも、その極一部の魂によって、わたしは束縛から救い出された。これは紛れもない事実よ」

「だ、だけど………いつ? どうやって? 私はお母さんに魂を分け与えたんだ………?」

 

 フィール本人は、全くの覚えがない。

 魂を差し出したという行為にもさっぱりだ。

 益々訳がわからないという面持ちになる彼女にクラミーは軽く笑む。

 

「………?」

 

 何故か微笑むクラミーに小首を傾げる。

 そんなフィールの頬を優しく包み………コツンと自分の額をフィールのそれに合わせる。

 

「9年前、ラシェルが廃人になって―――」

 

 クラミーの唇が、そっと寄せられる。

 

 

 

「―――吸魂鬼になった後………フィール、わたしにこうしたでしょ?」

 

 

 

「………ぁ…………」

 

 驚きに染まった声が隙間から漏れる時には、クラミーの唇がフィールのそれと重なり………唇に下りた感触に、フィールは理解した。

 

♦️

 

 双子の姉・ラシェルを奪われた憎しみから我を失い、誤ってシュテラを殺害した後―――フィールは再び自分の殻に閉じ籠ってしまった。

 せっかく両親を失ったショックから立ち直ってきたのに………今度は前以上に心に深い傷を負うのと同時、罪の意識と恐怖に苛まれた。

 

 事故であれ、手を血で染めてしまったのだ。

 その現実が、フィールを極限まで苦しめた。

 自身の半身である姉さえも失い、暴力を受けそうになったところを必死に庇ってくれた叔母を殺してしまい。

 挙げ句の果てに死んだ叔母を追い掛けて叔父が自殺し………自室の床で膝を抱え、次々と襲われる悪夢にフィールは精神を切り刻まれた。

 心を最も深く抉ってくるのは、やはり自分が犯してしまった殺人の出来事だ。

 

 フィールだって殺したくて殺した訳ではない。

 でも、殺してしまったことは事実だ。

 これだけは絶対に覆せないし誤魔化せない。

 それをわかっているからこそ、尚更フィールは胸を抉られた。そうして、フィールの心は徐々にひび割れていく。

 クリミアやライアンがどんなに慰めても、フィールは偽りの励ましにしか思えなかった。

 

 それから数週間が経過し、心が弱りきったフィールは茫然自失とした状態でありながら、聖マンゴに訪問していた。

 5階のフロアの通路をふらふらと歩き………病室のドアを開けて、フィールは中に入った。

 薄暗い、ひっそりとした部屋。

 その壁際に、黒髪の女性が座り込んでいる。

 2年前に吸魂鬼に魂を喰われた母親だ。

 おぼつかない足取りでクラミーの元まで歩いたフィールは母の膝の上に座った。

 その顔は、涙でぐちゃぐちゃになっている。

 

「お母さん………ごめんなさい………お姉ちゃんは………お姉ちゃんは……………」

 

 母の額に自分のそれをくっ付け、凍えた皮膚の感触を肌で感じ、生気を失った紫色の瞳を歪んだ視界の中で捉えながら、涙声で告白した。

 

 

 

「―――吸魂鬼に………なった……よ………」

 

 

 

 吸魂鬼に魂を吸われた者は、個人差はあれども新たなる魂の捕食者へ変貌を遂げる。

 数週間前、吸魂鬼に襲われたラシェルは人の原形を留めていない、おぞましい姿へと豹変してしまった。

 まさかこんなにも早くに吸魂鬼になってしまうとは誰もが予想外で………特にフィールは心に強い衝撃を受けた。

 

「……………フィールちゃん」

 

 背後から聞こえた、女性の声。

 振り向かずともわかる―――両親の親友の一人であったライリーだ。

 

「………ずっと来てなかったら、心配したわよ」

「………………」

 

 返事は、無い。

 どう声を掛けようか悩んだが、思いきって口を開いた。

 

「………フィールちゃん、貴女が自分を責める必要はないわ。故意で叔母さんを殺った訳ではないでしょう? だから―――」

「ライリーさん」

 

 ライリーの慰めの言葉をフィールは遮った。

 色んな感情がごちゃ混ぜになり、自分が今どんな気持ちなのかすらわからない。

 

「………ライリーさん。貴女は学生時代の頃から私のお母さんと親友だったんですよね」

「え………、ええ…………そうよ………」

 

 唐突にそんなことを言ってきたフィールへ、ライリーは戸惑う。

 だが、フィールは構わず続けた。

 

「私のお母さんは………貴女と出会った時から強かったんですか………?」

「……………ええ。貴女のお母さんは、昔からそうだったわ。個人的な意見になるけど………私の知る限り、一番強かった魔法使いは誰かと訊かれたら、真っ先に貴女のお母さんが浮かび上がるくらい………強かったわよ」

 

 未だに困惑は残るが、出来るだけ平静を保ってライリーは答えた。

 

「………そう、ですか………やっぱり、お母さんは凄いな………私とは正反対に………」

 

 達観したような、この世界に諦めを抱いたような声音。

 白い頬を溢れ出る涙で濡らしながら、フィールは言った。

 

「………私………お母さんくらい強かったら、お姉ちゃんを救えたのかな………ううん、それより前にお母さんを助けられたら、まずこんな出来事は起きなかった………」

「フィールちゃん………?」

「………ライリーさん。私の存在って、どうして誰かを苦しませるんでしょうか」

「え……………?」

「だって、そうでしょう? お母さんは私が『助けて』って言ったばかりに身を挺して廃人になった。お父さんだって殺されそうになった私を庇って………殺された。両親のおかげで私は生かされたけど、それを嬉しく思わない人だっていた」

 

 叔父のアレックは自分のことを嫌悪していた。

 何故なら………自分のせいで兄を失ったから。

 

「あの時、庇う相手が私じゃなくてお母さんだったら、今頃は誰も死なないで済んだのかなって思う。だって、お母さんは誰からも慕われ、尊敬され、そして必要とされていた」

 

 だからこそ、母の遺志を引き継ごうとベルンカステル家の当主になる道を選んだ。

 ………だけど―――

 

「周りの人達は、お母さんみたいに気高く美しい人が当主と言う立場に君臨するのを望んでいる。本当はこんな不完全な私じゃなく、完璧な当主であったお母さんを必要としている」

 

 だから―――と。

 フィールは、涙ながらこう言った。

 

クラミー(お母さん)が必要なら……私がいらないなら……私がクラミー(お母さん)に……なるから………」

 

 この日、フィールは自分自身を捨てた。

 自分(フィール)の代わりに母親(クラミー)になることを決意し、治る見込みがない母親へ一つの約束を交わした瞬間だった。

 

「―――悲劇は突然、前触れもなく始まった」

 

 フィールはクラミーの頬を包み、そっと唇を寄せる。

 

「―――だから、この手で全てを終わらせる」

 

 そして約束の証として、口付けを落とした。

 ぬくもりはなく、冷たい感触が唇に下りる。

 やがて顔を離したフィールは細い腕でクラミーを抱き締め、スッと立ち上がり、ライリーの前まで歩く。

 

「………ライリーさん」

 

 涙でぐちゃぐちゃの泣き顔を晒し、母の親友を見上げたフィールは、

 

「………最後に………こうさせてください」

 

 トンッ、とライリーの胸に顔を埋めた。

 止めどもなく溢れる涙が、彼女の胸元を濡らしていく。

 耳と頬を伝って聞こえてくる心臓の鼓動を、こうして感じた時があった。

 それももう遥か遠い日のように思える。

 いつもフィールを落ち着かせてくれる、穏やかで優しい香りも今は悲しい。

 

 フィールはそっとライリーの胸を押しやると、ポツリと一言呟いた。

 

「私、強くなります。お母さんみたいに―――いや、お母さん以上に」

 

 泣き止んだその顔は、まるで別人のように全ての表情が消えている。

 引き留めようと伸ばしたライリーの手を振り払う。

 

「……………フィールちゃん」

 

 言葉の先を遮るよう、病室の扉へと向かう。

 

「すいません、今まで迷惑掛けて。でも………もう二度と誰にも迷惑掛けないようにします。これ以上『重荷』となるような真似は………数世紀の歴史を誇るベルンカステル家の双肩を担う者として、万死に値しますから」

 

 そう告げると、背を見せたまま歩き出す。

 ライリーが再びフィールの名を呼ぶが、フィールはもうライリーを振り返ることはなかった。

 

 静まり返る、冷たい空気感のある部屋。

 親友の忘れ形見の娘を引き留められなかったライリーは、ゆっくりと後ろに振り返る。

 力無く座り込む黒髪の旧友が瞳に映った。

 

「……………クラミー…………」

 

 ライリーはクラミーを抱き締めた。

 ………ぬくもりが一切感じられない。

 ひんやりした感触が身体の芯まで染み込む。

 今まで泣かないように我慢していたのだが、この時ばかりは耐え難くて………涙腺が緩み、ライリーは泣き出してしまった。

 

「本当に…………ごめんね………………」

 

 今ほど、誰かの失われたぬくもりを取り戻したいと思ったことはない。

 こうしてクラミーを抱き締めていたフィールの気持ちが、今なら痛いほどわかる気がした。

 

 ………それから数日が経過し、いつの間にか、クラミーの死亡が確認された。

 報せが届いた全員が唖然とし、主治癒のライリーが原因調査しても何も掴めなかったので、どういうことかと不審に思うのと同時、心に受けたショックも大きかった。

 ………その直後だっただろうか。

 自分自身を封じるために………心を閉ざしたフィールが、1987年に起きた悲劇の記憶を失くし、双子の姉(ラシェル)のことを忘れてしまったのは。

 フィールが一部記憶喪失になり、クリミア達は更に愕然とし………散々話し合って悩み苦しんだ結果、彼女が全てを思い出すまでは何も触れないようにしようと、暗黙のルールとして皆は胸の内側に仕舞った。

 

 

♦️

 

 

「あの時………貴女がわたしにキスした際、霊魂が分断していた貴女の霊魂の一部が、身体の中に残っていたわたしの魂と融合したのよ」

 

 吸魂鬼が口元から獲物魂を吸い取るように。

 唇に口付けを落とした行為が、シュテラを殺害したことで結果的に引き裂かれていたフィールの魂の欠片が、辛うじて残留していたクラミーの魂に引っ掛かったのだ。

 顔を離したクラミーの顔を、フィールは驚きに溢れた表情で見つめる。

 

「だからわたしは、貴女の身体に乗り移ることも貴女の精神状態を察することも、魂を通じて出来た。………でも、前者が可能なのは、貴女の心が弱っている状態のみ。血の繋がった母子だから、長期間憑依してなくても、すぐに馴染むのだけれど………弱ってない状態で貴女の身体に入ったらわたしの意識は抑え込まれてしまうのよ」

 

 極一部の魂が融合したとはいえ、割合で言うなればフィールの方が圧倒的だ。半数にも満たない魂の端くれの存在であるクラミーが敵うはずがない。

 しかし、必ずしも不可能という訳ではない。

 フィール本人の魂―――いわば本体が衰耗している間は、一時的にクラミーの意識が勝る。

 だからこそ、3年前………吸魂鬼の影響を受けたり辛い記憶がフラッシュバックして精神が急激に弱ったフィールの身体に入っても、クラミーの意識は浮上したまま憑依していたのだ。

 

「でも………私、お母さんに身体を支配されていた時の記憶が無いよ………?」

「それは―――クリミアの力で、記憶を消して貰ったのよ」

 

 フラッシュバックでフィールが2日間の昏睡状態から目覚めた夜―――天文台の塔でクリミアと対面し、彼女に全ての事情を伝えたのだ。

 話を聞き終えたクリミアは愕然としていたが、彼女は信じてくれた。

 そして翌朝―――フィールの代わりにホグワーツを過ごし、グリフィンドール生との一件等の記憶をクリミアの力を借りて消去させた。

 その記憶は、『憂いの篩』同様の記憶や想いを保存、再現出来る不思議な力の持ち主のクリミアが現在持っている。

 フィールに全ての事実を話したら、クリミアに頼んで消去していた記憶を返戻して貰おうと思ったからだ。

 

「クリミアが………?」

「ええ。貴女にこうして伝えるよりも前に、あの娘にこのことを告白してたのよ」

 

 クラミーから次々と突き付けられる衝撃的な事実に頭の整理が追いつかなかったが………短時間でなんとか理解したフィールは、ふと、気になったことを尋ねる。

 

「ちょっと待って………じゃあ、お母さんは私の身体に入る前は何処に居たの………?」

「さあ? 何処だと思う?」

 

 質問には答えず、疑問系で返答してきた。

 フィールは頭をフル回転させ………そんな彼女に、クラミーはヒントを与える。

 

「此処に居る貴女は、現世に戻ることも死後の世界に進むことも出来ない、ゴーストの端くれであるわたしと一つに融け合っている、本体から分断された魂の欠片。だから、普通であれば『死の呪文』に当たったら死んでるはずの貴女は死んでいないのよ。死んではいないけれど、『死の呪文』を受けたことにより、貴女の魂の断片は強制的に生死の狭間へ流れ着いた。その生死の狭間が『魂の境界線』よ。そして代わりに貴女が身に付けている『ある物』が、『死の呪文』を受けた貴女の身代わりとなってくれたからよ」

 

 そこまで聞いて、フィールは「まさか………」と服の下からある物を取り出す。

 真ん中に青い石が嵌め込まれ、魔法陣の模様が描かれている銀色のロケット。

 そのロケットには、亀裂が入っていた。

 フィールは眼を見張り、クラミーを見る。

 

「………もしかして―――?」

「ええ、その通りよ。―――貴女から魂を分け与えられた後、わたしは自分の肉体との繋がりを断ち切った。そして宿ったのよ。あの時自分が首から下げていた、そのロケットに。フィールなら、きっと形見として大切にしてくれるだろうと思ってね」

 

 クラミーが吸魂鬼に成り果てることなく、人の姿を保ったまま死亡した訳が判明した。

 

 血の分けた娘であるフィールから魂を与えられて僅かながらも力を取り戻したクラミーは、魂と肉体との繋がりを自ら切断し生命活動を停止するのと引き換えに、ロケットに宿ったのだ。

 

 それから先は、クラミーの思惑通りだ。

 原因不明の死を迎え、皆は困惑しつつも葬儀に取り掛かり―――フィールは母の形見のロケットとイヤーカフを身に付けることにした。

 まさかそのロケットには、母親の魂が宿っているとは知らずに………。

 

「『死の呪文』がそのロケットに当たり、中に宿っていたわたしの魂と貴女の魂の欠片が同じ空間へと飛ばされた。彼方に居る貴女は半死半生の状態よ。意識は、此方に流れてきてね」

 

 此処に来てからというものの、訳がわからないことが多すぎて困るのだが、とにかく、これらが意味するのはつまり―――。

 

「私は………死んでいない?」

 

 半死半生ということは、自分はまだ生存しているという意味だ。

 クラミーはフッと笑い、頭を撫でる。

 

「一応は、そういう意味になるわ」

 

 笑顔を浮かべる母を見上げていたフィールは、ふと、あることに気付いた。

 自分の魂を引き裂く行為―――分霊箱とも呼ばれる、魔法界で最も邪悪な魔法と言われる禁断の闇魔術・ホークラックス。

 分霊箱の作り方が殺人による犯罪行為だ。

 フィールがクラミーに魂を分け与えられたのが人を殺したことによる魂の分断である。

 そのことに今更ながら気が付き、フィールは重い表情となった。

 

「フィール?」

「………あのさ、お母さん」

「なに?」

「………お母さん、言ってたよね。私の身体に乗り移ることも、精神状態を察することも出来るって。………それって、私の記憶を見ることも出来るってこと?」

「………ええ、その通りよ」

 

 フィールの言わんとすることを察したのか、クラミーは長い睫毛に縁取られた瞳を伏せる。

 

「ってことは、私がシュテラ叔母さんを殺したのも―――」

「勿論、知ってるわよ」

「………やっぱり、か」

 

 トンッ、とクラミーの胸に額を当て、眼を閉じて深く息をつく。

 そしたら、クラミーが背中をさすりながら、こう言ってきた。

 

「貴女の記憶を見てわかったんだけど………アンブリッジを庇ったシュテラを、貴女は誤って殺してしまったのよね?」

「…………うん」

 

 肯定の首肯を見せるフィール。

 クラミーは両肩を掴み、顔を上げさせた。

 

「確かに、人を殺したっていう事実は変わらないし、それは言い逃れ出来ない罪よ。だけど、貴女は決して意図的にシュテラを殺した訳ではない。そのことは、ちゃんとわかってちょうだい」

「…………お母さん」

 

 揺れる瞳で、フィールは母へ問い掛けた。

 

「シュテラ叔母さんは………なんで、あの女を庇ったりなんかしたんだ………?」

 

 クラミーが知ってる訳ないのはわかってる。

 それでも、問わずにはいられなかった。

 あの時―――どうして、いきなりやって来たシュテラはアンブリッジを庇護したのか。

 神秘部での戦闘中に記憶を取り戻して以来、永遠と疑問だったことだ。

 何故なのか、と。

 その質問に、フィールの予想を越して、クラミーはこう言った。

 

「それは本人に訊いてみたらどう?」

「え………? 本人にって―――」

 

 クラミーは目線をフィールの背後に向ける。

 フィールは首を傾げたが、不意に後ろで人の気配が生まれた。

 母以外の誰かが居ると知り、ドクリ、と心臓の鼓動が早まりつつ、恐る恐るといった感じに振り返る。

 本日何度目かわからない驚愕に絶句した。

 長い灰色の髪に優しく穏やかな群青の瞳。

 自分がこの手を汚す原因となった―――シュテラ・クールライトが、目元を和らげてそこに立っていた。




【クラミーの真相】
クラミーはフィールを庇って吸魂鬼に魂を吸われて廃人となりましたが、実は全て吸い尽くされる前にジャックが吸魂鬼を追い払ってくれたので、ちょっとだけ魂の残滓が残留し、クラミー自身の意識も存続。
ですが魂の大半は喰われたので生命活動の原動力が失われてしまい、器である身体に留まっていても辛うじて生命活動を繋ぎ止めてるだけで何も出来ませんでした。
同時に魔力も大半喪失したので肉体から極僅かな魂を切り離す余力も皆無です。仮にあったとしても、どうしようもありません。
まさに成す術が一切なく、いつか吸魂鬼に成り果てるのを覚悟しなければならないの現状が、あることによって大幅に覆されます。

それが本文でもあった通りです。
フィールがクラミーに約束を交わした際にキスしたあの行為が、フィールすら意図せずに自身の魂の一部をクラミーに与えたのです。
要はホークラックスと同じ原理です。
ホークラックスを作るには殺人をして魂を切り裂く必要があり、実際フィールはシュテラを殺害したので魂が分割されています。
吸魂鬼が『吸魂鬼の接吻』で口元から獲物の魂を吸うとは裏腹に、フィールは分断されていた極一部の魂を身体の中に残っていたクラミーの魂へ送り込んだという訳です。
その結果、残存していた自身の魂とフィールの魂と結合したクラミーは失われていた力を取り戻しました。
血の分けた母子なので、クラミーはフィールの身体(器とも言える)にすんなりと乗り移ることが出来るし、自身の魂に付着しているフィールの魂を通じて、フィール本人の精神状態や夢の内容を察することも出来ます。

これらはハリー・ポッターとヴォルデモートの分霊箱関連とかなり似ていますね。
ヴォルデモートの破壊された魂の一部がハリーの魂に引っ掛かったことでハリーは蛇語を話す能力が与えられ、そして互いに心を垣間見ることが可能となりましたし。

さて、話を戻します。
本文でもあった通り、クラミーは自身の肉体との繋がりを断ち切って、自分の持ち主で現在フィールが形見として身に付けているロケットに魂を宿りました(肉体から魂を切り離したことで完全に生命活動が停止したので、フィール達からするとクラミーが原因不明の死を迎えたってことになるのです)。
何故ならば、フィールの身体に入ったらクラミーの意識は必然と抑え込まれてしまうからです。
クラミーはフィールから魂が与えられたことでとりあえず魔力はある程度復活しましたが、それでも割合で表すと8:2的な感じなので、永遠と意識を保った状態ではいられません。
ましてや本体であるフィール本人の身体に戻れば、それこそクラミーの意識はノックアウトされます。
外には追い出されないで意識が底に沈んだとしても、意識が覚醒するのに時間が掛かるでしょう。長時間も身体の底に抑圧されたら、尚更。

でもそれは、普段通りの精神状態であるフィールだったらの話。
3章でクラミーはロケットからフィールの身体に憑依しそのまま自由に動かせたのは、フィールの心がめっちゃダウンしたからです。
吸魂鬼の影響が人一倍酷く、人一倍精神面の裏側が脆いフィールは心が弱りやすい。なのでその間だけは、クラミーの意識が勝ります。クラミーの魂と結合しているフィールの魂も、本体がノックアウトしてるならば同じくノックアウトに。そういう場合のみ、クラミーはフィールの身体に入っても意識を圧迫してくるプレッシャーがないので支配出来るって訳です。

【魂の境界線】
クラミーは現世に戻ることも死後の世界に進むことも出来ない状態なので生死の世界を彷徨ってるのも同然。
そしてクラミーはナギニ同様『死の呪文』を初めとするほぼ全ての魔法を無効化するという特性を兼ね備えてます。
ですから、そんな彼女の魂と一部の魂が付着しているフィールは『死の呪文』を受けても死にません。
死にはしませんが、死後の世界へと誘う『死の呪文』を受けたことにより、強制的に魂の欠片が生死の狭間(クラミーが存在する世界)へと飛ばされました。
それが『魂の境界線』です。

もっとわかりやすく言えば、死の秘宝でハリーがヴォルデモートに死の呪いを受けたことにより、半死半生となって生死の境目へとやって来たことと似ていますね。
実際フィールも半死半生でしたし。

【銀色のロケット】
身代わりとなったのが、あのロケット。
ムーディが撃った死の呪いはクラミーの魂が宿ってたロケットに直撃したので、結果的にフィールを死に至らしめるのではなく、『魂の境界線』へと誘ったのです。
ま、ただしそのせいでロケットにヒビが入ったのでフィールからすると母親の形見に亀裂を入れる行為をしたムーディに激おこプンプン丸ですけどね。
と言うか、そもそも不死鳥の騎士団と軋轢が生まれてしまった以上6章以降どうするんだ………。

【3章で起きていた記憶はどうした?】
クラミーがフィールの身体に憑依している時に起きたあの一件はクリミアが消しました。
消したと言うより、フィールの頭の中からその記憶を取り出してクリミアが保管しているが正しいですね。
ま、後で記憶を返戻するので、その時初めてフィールはオリバー達への印象が変わるでしょう。

【フィールSide】
クシェルと別れる前の出来事が本文であった通り。
これで無事にフィールSideも回収です。

【まとめ】
今回で物語の要が発覚。
ほぼほぼ独自解釈ですが、どうか納得してくれたら幸いです。
それと、恐らく次回が5章のラストになります。


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#85.夢からの目醒め

不死鳥の騎士団編ラスト。


「シュテラ………叔母さん………」

「大きくなったわね、フィール。ちっちゃい頃とは比べ物にならないわ。月日が経つのは早いものね」

 

 殺害した張本人を前にしているのに、シュテラは笑みを見せている。

 フィールは呆気に取られてしまった。

 

「な、なんで此処に………?」

 

 すると、肩に手を置いたクラミーが答えた。

 

「わたし達が居るのは生死の狭間。生者の魂は来れないけど、死者の魂は来れるのよ」

 

 仮死状態のフィールは、生と死の境目に立っている。今の彼女は精神的実体として此処に居るため、既に肉体を喪失して魂が切り離れたシュテラは自らの意思でやって来れるという意味だ。

 フィールは唖然と突っ立っていたが、やがて自分がするべきことを思い出し、ハッと慌ててシュテラの前に立つ。

 以前は見上げていたのだが、身長が高くなった今では背丈がちょうどピッタリである。

 

「シュテラ叔母さん………謝って許されることじゃないけど………言わせて。本当に………ごめんなさい………」

 

 深々と頭を下げ、フィールは謝罪した。

 ………わかっている。

 これで許して貰える訳がないことくらい。

 一度しかない人生を台無しにされて、何とも思わない人間は存在しない。

 嫌われるなんて言葉は軽すぎるほど、憎しみの言葉を受けるのを全面的に覚悟した。

 しかし―――。

 

「こっちを見て、フィール」

 

 フィールの手を優しく取り、シュテラは言葉を続けた。

 

「貴女が私に謝る必要なんてないわ。むしろ、私の方が貴女に謝らなければならないもの」

 

 フィールは驚き、眼を丸くした。

 予想だにしなかった言葉に、茫然とシュテラの綺麗な顔を見つめる。

 

「なん、で………謝る……、の………?」

 

 何故、シュテラが謝罪してくるのか。

 詫びるのは、こちらの方なのに―――。

 訳がわからないという表情で凝視する姪に、シュテラはゆっくりと眼を閉じる。

 再び開いた時、美貌は苦しげに歪んでいた。

 

「………あんなことになるのなら、初めから私があの人を止めておけばよかった。………あの時私にあの人を止める勇気があれば、誰も悲しむ必要なんて、なかった………」

 

 下唇を噛み締め、ある事実を告げなければならないプレッシャーが鉛のように重くのし掛かってくる。

 でも、此処で真実を伝えなければ、自分は一生成仏出来ないままだろう。

 

 だから、意を決して告白する。

 恐らくは分岐点であった、誰にも知られていない8年前に起きた悲劇の禍根を。

 

 

 

「―――9年前………貴女のお姉ちゃんのラシェルの魂を葬り去るようアンブリッジに頼み、悲劇を生み出したのは………私の夫の、アレックなのよ」

 

 

 

♦️

 

 

 

 それは、二度目の惨劇が起きる前のこと。

 ある日の深夜、魔法界有数の純血で資産家のクールライト家現当主アレックの妻・シュテラは夫が自身の書斎で誰かと対談しているのを、偶然耳にした。

 喉が渇いて水を飲みにリビングに降りていたシュテラは、ドアの隙間から漏れ出る照明と会話に足を止める。

 盗み聞きは行儀悪いとは思うが、微かに聞こえたある人物の名に、なんとなく、嫌な予感が警報として胸を打ち鳴らしたのだ。

 

 聞こえてきた人物の名は、ラシェル。

 2年前、アレックが兄の葬儀終了後に暴言を吐いたフィールの双子の姉だ。

 兄を失う原因となったとフィールを激しく忌み嫌っているアレックがその彼女の姉の名前を出すなど………何か理由があるのだろうか。

 シュテラは足音を立てぬよう気配を殺して静かに近付き、意識を研ぎ澄ませて室内の会話を盗聴する。

 

『アレック………本当にそれでいいのかしら? 私にとっては、確かに喜ばしいけれど』

 

 問い掛ける口調で話し掛けた声は、女だ。

 しかも、シュテラも知っている女である。

 魔法省勤めの役人―――ドローレス・アンブリッジだったのだ。

 

『ああ、それで構わないさ』

 

 アレックは決意を固めたトーンであった。

 

『本当であればアイツをこの手で殺してやりたいが、そんな手緩い行為では俺の気が済まない。アイツには、それ相応の報いを受けて貰うのが当然だ。………もう一度言うぞ』

 

 一体何を話しているのだろうかと思い、首を傾げた直後だ。

 2年前、唯一の肉親だった兄を失った悲しみと憎しみで心が壊れた夫の、衝撃的な依頼が聞こえたのは。

 

 

 

『吸魂鬼を派遣してラシェル・ベルンカステルの魂を葬ってくれ。そうすれば、俺から兄を奪ったアイツに同等の報復が出来る』

 

 

 

 シュテラは思わず「なんですって!?」と大声で叫びそうになり、慌てて自分の口元を両手で押さえた。

 吸魂鬼を派遣してくれ?

 同等の報復が出来る?

 一体………私の夫は何を考えているの!?

 

(嘘でしょ………? どうして、そんな………)

 

 断片的に話を聞いただけなので、本気か冗談かは判別しづらい。

 しかし………アレックが嘘を言うような性格ではないのは、学生時代の頃から長年付き合っていたシュテラがよく知っている。

 ………アレックは、本気なのだ。

 本気で、血の繋がった姪っ子を廃人にさせて欲しいと頼んでいる。

 

(アレック………)

 

 シュテラは壁に背を預け、力無く座り込む。

 いつから夫は、あんな残忍な考えを持つようになったのだろうか。

 数年前までは………何処にでも居るような、優しくて頼もしい旦那だったのに。

 兄のジャックが死んでから、ガラリと変わってしまった。

 それまで見せていた太陽のように明るく眩しい笑顔も、自分を見つめる優しい瞳も、全てが儚い幻想みたいに消え失せた。

 

 夫はいつもむっつりしていて、この2年間、微笑みすら見たことがない。仕事から帰ってくれば書斎に籠り、妻であるはずの自分にさえ、見向きもしなくなった。

 大事な家族と二度と会えなくなったショックで自分の殻に閉じ籠り、徐々に立ち直っていく反動で激しく豹変したアレック。

 最初は、仕方ないと思っていたけど………いくらなんでも、それは最低過ぎる。

 フィールだって、辛い気持ちなのは同じだ。

 アレックだけが、苦しい思いを抱いている訳では決してない。

 ………だけど、それ以上に最低なのは。

 

 

 ―――この時夫を止めようとしなかった、自分自身だ。

 

 

♦️

 

 

「…………………………」

 

 話を聞き終えたフィールは、無言であった。

 叔父が………あの日、自分に「お前が死ねばよかった」と暴言を吐いたアレックが、双子の姉を奪ったのだ。

 絶望に満ちた顔で、膝から崩れ落ちる。

 溢れんばかりに、両眼から涙が溢れた。

 そんなフィールを、シュテラは抱き締める。

 

「フィール………本当に………ごめんなさい。あの話を聞いた時、アレックに反対しておけば……こんなことには………きっとならなかったのに」

 

 気付けば、シュテラも涙していた。

 盗み聞きした夜の日から、シュテラは手遅れになる前に吸魂鬼派遣の依頼を取り下げるようアレックに申し出たかった。

 だけど………怖くて、出来なかった。

 ジャックの葬儀が終わった日、屋敷に帰宅したシュテラは墓場で姪っ子に向かって叫んだ酷すぎる物言いに対し、アレックに抗議した。

 そしたら………アレックが凄まじい形相で殴ってきたのだ。

 

 お前は黙ってろ。

 俺は当たり前のことを言ったまでだ。

 

 自分を正当化させるアレックは、妻のシュテラに暴行を振るった。

 止めて、という言葉が聞こえないと言わんばかりに殴って蹴って………やがて疲れたら、何事もなかったかのように自室に戻る。

 

 その日から、シュテラは夫に対して恐怖心を持った。前までの優しかった夫の面影は何処にもなく、会うことさえ恐ろしかった。

 だけれど………アレックを突き放そうとしなかったのは、心の何処かで、まだ彼には良心があると信じたかったからだ。

 

 愚か者の愚考だった。

 有り得ない妄想だった。

 でも―――

 

 ―――それでも、希望を捨てられなかった。

 

 しかし、現実というものは非情で残酷で。

 とうとう、恐れていたことが起こった。

 嵐の夜―――アンブリッジがマグル界のとある場所に吸魂鬼を派遣した。

 それを知ったシュテラはすぐさま向かった。

 どうか間に合って欲しい、と願いながら、豪雨の中を走り続けた。

 

 そして………目的地の方向から、巨大な閃光が遠雷のような音を轟かせながら、激しい雨が降り注ぐ雨空へ天高く上がった光景が、視界に飛び込んできた。

 

 シュテラは立ち止まり、眼を見張る。

 アレは見間違いないなんかじゃない。

 それに………魔法を扱える魔女だからこそわかる、とてつもない威力を秘めた魔力の気配を感知した。

 まさか………。

 最悪な想像が頭にちらつき、首を振ってイメージを打ち消したシュテラは駆け出した。

 目的地が見えてくるにつれ、魔力の気配がどんどん高まっていく。

 

 シュテラは遠目から見えた場景に絶句した。

 自分が来るよりも前に、ベルンカステル家の人達が居たのだ。

 これには流石にビックリしたが………それ以上に仰天するものがあった。

 鬼気迫る叫び声を上げながら杖を振るう黒髪の少女の姿を認めたからだ。

 黒髪の男女と水色髪の少女は茫然自失としていて、幼い子供とは到底思えないほどの鬼神のような形相でありとあらゆる魔法や呪いを撃っている黒髪の少女を、金縛りにあったみたいに黙って見つめている。

 暗闇の中で鋭くギラつかせた蒼い瞳には殺意が宿っていて、その迫力は遠巻きから見ている自分でも足がガクガク震えるほどであった。

 

 だが、シュテラは動いた。

 こうなったのは、全て自分の責任だ。

 ならば、何としてでもフィールを止めなければならない。

 危険を承知に疾駆したシュテラは自分が出せる最大限の声でフィールに呼び掛け―――今更真相を伝えたところで許して貰える訳がないのはわかっているが、どうか話を聞いて欲しいと彼女へ訴えた。

 

 けれど、フィールからすれば邪魔者であった。

 母親を奪ったヤツに対する殺意で理性を支配されたフィールは、感情の赴くままに気絶しているアンブリッジに向かって魔法の刃を投擲し―――本能的に、シュテラは飛び出した。

 

 途端、胸から全身に駆け抜けた激痛を感じる。

 視線を胸元に落としてみれば、忌々しいくらいに美しい光輝を放つ刃が突き刺さっていた。

 自分の名前を叫ぶフィールの声が耳を打つ。

 シュテラは掠れた声で彼女の名を呟き………意識が真っ黒に染まり、闇の底へと沈んだ。

 

「私は愚かだった………愚か者以外の何者でもなかった。もしかしたら、あの人が思い直してくれるかもしれないって、ありもしない妄想にいつまでもすがって………結局は、こうして貴女達を苦しめてしまった。だからね、フィール」

 

 フィールを抱き締めていたシュテラは彼女の肩を掴み、真っ正面から向き合う。

 

「おかしな女だって思うかもしれないけど、私は貴女の手で殺されてよかって思うわ。これは、わかっていながら見て見ぬフリをして生活してきた罪人である私に、当然の報いとして鉄槌を下されたんだなって」

 

 フィールは眼を丸くする。

 シュテラの言ったことが信じられないという表情だった。

 そんな彼女へ、シュテラは言葉を続ける。

 

「………現世で貴女に謝れなかったの、死んでからもずっと後悔してた。でも、こうして謝ることが出来て私はこれ以上ないくらいに嬉しいわ。許されないのはわかっている。だけど、それで構わないわ。貴女に謝罪出来ただけで、私は満足だから」

 

 シュテラの謝罪の言葉がフィールの心に響く。

 フィールは叔母を責めるなんて思考は、これっぽっちもなかった。

 

「そんな、の……シュテラ叔母さんが……謝ることじゃないから………私………貴女を殺したのを忘れて………のうのうと生きて………本当に……ごめん………なさい………」

「いいのよ。フィール、貴女は優しい娘ね。謝らないといけないのは、私の方なのに………」

 

 境遇は違えど自責の念に駆られてた者同士、やりきれない思いが胸中で渦巻いていた。

 それは一生消えないものだと思っていたが、形はどうであれ、互いの心に纏わりついていた後悔という枷が解消されたのだ。

 それだけで、二人は十分であった。

 

「それにね………貴女が私を殺したら、アレックは私を追い掛けて自殺した。あの人が死亡したことで、クールライト家の血筋は途絶えてしまったし、散々私を放っといてそれは自分勝手な行動だけど………」

 

 でも、と。

 シュテラは自身の推測を口にする。

 

「あの人があのまま現世に生き続けていたら、更に悲劇は生み出されたと思う。だから、これでよかったのよ。………あの人は現世に残ることを選ばなかったから、今頃は死後の世界に居るでしょう。………私はあの人を追うわ。そして今度こそ勇気を出す」

 

 泣き止んだシュテラは、フィールの瞳を見つめた。

 かつて夫が持っていた、あの蒼い瞳。

 一瞬、アレックの顔が脳裏を過る。

 シュテラは眼を細め、コツン、とフィールの額に自分のそれをくっ付けた。

 

「フィールはお母さんと一緒に彼方へ戻るの?」

「うん………私には、まだやるべきことがある。それを果たし終えて命が尽きたら………また、貴女に会いに行くから」

「そう………わかったわ。待ってるわよ」

 

 コクリ、とフィールは頷く。

 シュテラは眼を閉じ―――唇をそっと寄せた。

 

「―――私の魔力を、貴女に託すわ」

 

 ぬくもりに包まれた感触が唇に下りる。

 身体の奥に暖かい力が満ちていくのを感じた。

 

 

 

「―――恐れず進みなさい、我が娘よ」

 

 

 

 唇を離すのと同時に呟いたその言葉を胸に。

 フィールは―――長い夢から醒めた。

 

♦️

 

 現在、アーチがある部屋は戦場と化していた。

 今世紀最高の魔法使い・ダンブルドアと今世紀最悪の魔法使い・ヴォルデモートの魔法界における最強二人の激しい戦いが繰り広げられ、その重圧感は桁違いであった。

 普段は温厚なダンブルドアだが、一度敵を前にすると鬼のような形相となり、身体中から強烈なエネルギーを発散させながら素早い杖捌きで強力な魔術を発し、ヴォルデモートを窮地に追い詰めていく。

 

 二人以外の者は沈黙を持って見守っていた。

 たった一人で闇の帝王を追い込むダンブルドアに加勢する必要性はない。むしろ自分達の陣営の勝機を逃す邪魔者となるのがオチだ。

 ならば自分達は邪魔にならぬよう遠くから観戦するのが正解であると、暗黙の了解として、誰も一切手出しはしなかった。

 

 そんな中………『甦生呪文』で意識を取り戻したクシェルは母親の腕の中で、一人絶望に満ちた表情を浮かべていた。

 彼女の視線の先には、静かに横たわるフィールの姿。

 気絶する前―――フィールが自身に『失神呪文』を撃ち込んできたまでは覚えているが、その後の記憶は無い。

 だが、今フィールがどうなっているのかは、母親に言われなくても………なんとなく、理解していた。

 フィールは、自分や家族を護るためにムーディに殺される選択肢を選んだ。

 だから………自分から遠く離れたあんな場所で倒れている。

 

 頭ではわかっている。

 でも、心がついていかない。

 否、ついていきたくない。

 信じたく、なかった。

 フィールが………自分の傍から離れて行ったなんて。

 信じられる、はずがなかった。

 

 戦況はダンブルドアが優勢だ。

 このまま上手く進めば、勝てるだろう。

 だが、ダンブルドアにはわかっていた。

 ヴォルデモートは殺せない。

 勝負事では勝てても、討伐は出来ないのだ。

 何故ならば―――ヴォルデモートは分霊箱を作成していると思われるからだ。

 

 ヴォルデモートの闇の魔術の実験を行った時の報告やトム・リドルの日記などから、ダンブルドアは限り無く不死に近い闇の魔術・ホークラックスを作っていると考えていた。

 確信はまだないが、恐らくそうだ。

 それを証明するのは、まずこの戦いを終えてからにしよう。

 此処で敗者となってしまえば、何もかも終わってしまうのだから。

 

 どちらかと言えば不利な状況下に陥っているヴォルデモートだが、彼は決して怯まない。

 闇の帝王の名は伊達じゃないのだ。

 そして闇の帝王は奸智にも長けている。

 ヴォルデモートは深い闇の魔術『悪霊の火』を発動、猛烈な熱波を放つ巨大な蛇―――バジリスクの構成をした業火が噴き出し、薄暗い神秘部を明るく照らす。

 アレに生身の人間が包まれれば、呆気なく命は燃え尽きてしまうだろう。運良く死ななかったとしても、身体に負った火傷は一生ものの傷痕となって癒えることはない。

 ヴォルデモートはニヤリと醜悪に蛇のような顔を歪め、チラリと視線をある人物へ走らせる。

 

「! いかん!」

 

 ダンブルドアはすぐに察した。

 ヴォルデモートの視線の先には―――ぐったりと地面に横たわるフィールが居る。

 炎の大蛇は彼女目掛けて突進した。

 既に命の糸は切れているとはいえ、こんな形で彼女を見捨てるのはあまりにも冷酷だ。

 ダンブルドアは瞬時に障壁を張ろうとするが、意識が一瞬逸れた彼に向かってヴォルデモートが発射した色とりどりの閃光が飛んでくる。

 それを電光石火のスピードで撃ち落とすが、もう間に合わない。

 

「フィール!」

「フィー!」

 

 ハリーは駆けながら手を伸ばし、クシェルは弾け飛ぶように立ち上がる。

 まさに、炎が事切れた友人を飲み込んだ。

 その時―――

 

 

 

「―――アミュレット・パトローナム(守護霊よ護れ)!」

 

 

 

 凛とした響きを持つ少女の声が、確かに炎の中から聞こえた。

 大蛇が華奢な身体の女の子を飲み込んだと思った瞬間、その全身が銀色の光に包まれ―――炎が焼失した直後に眼に飛び込んできた有り得ない光景に、この場に居た全員が信じられないという面持ちになった。

 

 細い身を包むスリザリン寮生の制服の上で美しい輝きを発する銀色の衣を纏った、黒髪蒼眼の少女。

 そう………その、まさかだ。

 信じがたいことに、『死の呪文』をモロに喰らって死んだはずのフィール・ベルンカステルが、細長い杖を構えながら悠然と立ち上がっていたのだ。

 

「何故だ………何故、お前は生きている!? 死んだはずでは………!?」

 

 紅い眼を剥きながら、ヴォルデモートは声を荒げる。

 光の陣営、特にムーディは驚愕の表情で厳つい顔を凍り付かせていた。

 

「さあな、確かに一回死んで人じゃなくなったのかもな」

 

 フィールはとりあえず適当な言葉で誤魔化し、独特な臨戦態勢を見せる。

 その姿勢に―――見覚えがありすぎるライリーとイーサンは、それぞれ金眼と翠眼を大きく見開かせ、同時に叫んだ。

 

「「クラミー………!?」」

 

 生前のクラミーが取っていた、ファンティングポーズ。

 何故その姿勢をフィールが知っている!?

 と、二人が驚いていると、彼女がこちらを見てきた。

 刹那、蒼瞳が紫色に光った気がした。

 それを捉えたクリミアはポツリと一言呟く。

 

「まさか………お母さんと会ってきたの?」

 

 小さな呟きは、光の速さで『姿くらまし』&『姿現し』のコンボでヴォルデモートとの距離を詰めたフィールの攻撃で掻き消される。

 ヴォルデモートは咄嗟にその場で回転して姿を眩まし、彼が居た場所で、爆発音が盛大に辺りに響き渡った。

 

「ちっ………避けられたか」

 

 舌打ちするのと同じくして、フィールは大きく杖を振り上げる。

 ワンテンポ遅れたが、ヴォルデモートも杖を天に掲げた。

 

エスティルパメント・パトローナム(守護霊よ滅ぼせ)!」

インフェルノ・フィニス(終焉の業火よ)!」

 

 二人の杖先から力強く飛び出してくる、銀色の狼と炎の大蛇。

 3年前に秘密の部屋で交戦した際と同じ、『守護霊の呪文』と『悪霊の火』の一騎討ちだ。

 唯一違うと言えば、前者の呪文が前回と少しだけ異なる点だろう。

 何故ならそれは従来型の守護霊ではない。

 力量次第でありとあらゆる物を破滅へと導く、最高レベルの退魔魔法なのだから。

 深い闇の魔術に属する『悪霊の火』と真っ正面から衝突したが、モロともせず、それどころか消滅させてしまった。

 

「なに………ッ!?」

 

 予想外過ぎる、『悪霊の火』の貫通。

 思わず一瞬だけ身体が硬直してしまったヴォルデモートはハッと動くが、時既に遅し。

 銀白色に光輝く巨大な狼に突進され、直撃される1秒前に防壁を張ったヴォルデモートは尻餅こそつかなかったが、大きく後ろに退いた。

 両足で踏ん張り、ギッと鋭い目付きでフィールを睨み付ける。

 

 が、彼女の姿は何処にもなかった。

 何処だ!? と思った直後に後ろから感じた人の気配に反射的に勢いよく振り返る。

 振り返ったヴォルデモートの眼に真っ先に入ったのは翼竜の形をした火炎であった。

 先程自分が放射した『悪霊の火』である。

 迫り来る火炎に対抗しようとするが、その前にファイアドラゴンがヴォルデモートの肉体を被覆した。

 

 その光景に分霊箱のことを知らないハリー達は思わず歓喜の声を上げるが………ダンブルドアやフィールは、至って表情を変えない。

 案の定、確かに闇の炎に包まれたはずのヴォルデモートは無傷であり、真紅の双眼でフィールを見据えていた。

 

「やっぱり、か………これで確証が持てた。根本的な物を潰さないと、お前を完全には倒せないらしいな」

 

 冷静に呟くフィールとは裏腹に、ハリー達は愕然としている。

 ヴォルデモートは忌々しそうに歯軋りしながらフィールを凝視した。

 

「………説明しろ。何故お前は生きている?」

「お前に答える義理なんてないと思うけど?」

 

 何事もなかったかのように問い掛けるヴォルデモートにさらっと言い返した、次の瞬間。

 

「こ、これは一体何事だ………!?」

 

 慌てたような男の声が、緊迫感溢れる死の間に反響した。

 全員がそちらを見れば、闇祓いを多数引き連れてきた魔法省馬鹿大臣、コーネリウス・ファッジが瞠目しながら立っていた。

 

「あ………な………ま、まさか………」

 

 幻でも見るような顔で、ファッジは黒いローブを羽織った長身の男に視線を一点集中させる。片側の壁に並んだ暖炉の全てに火が燃え、エメラルド色の炎が床を照らす。瞬く間に多数の魔法使い魔女で溢れたアトリウムは、大きな衝撃を受けたという空気感に覆われた。

 

 ヴォルデモートは舌打ちする。

 分霊箱の存在をほぼ決定的にしてしまった上に今まで信じてこなかった魔法省勤務の魔法使い達に自身の顕在が完全にバレてしまった。

 このまま此処に留まってる理由はない。

 最後にヴォルデモートはフィールの方を見た。

 

「………いつかお前の秘密を暴いてやるぞ」

 

 捨て台詞を吐き捨てたヴォルデモートは最も優秀な手駒の一人・ベラトリックスに触れ、『付き添い姿くらまし』で魔法省を後にした。

 

「ッ………、はぁ………はぁ………ぁぁ………」

 

 ヴォルデモートが居なくなるのを見届けたフィールは途端にとてつもない疲労感と脱力感に心身共に見舞われ、全身を包んでいた銀色の衣が消滅した後、フラッと身体を傾けた。

 同時刻、クシェルが全力で駆け出す。

 フィールが床に倒れる前に、クシェルはギュッと彼女を抱き締めた。

 背中に両腕を回し、両膝をつく。

 本物のフィールだ。間違いない。

 ぬくもりに溺れるクシェルは、その場で思い付いた勢いでフィールの胸に耳を当てる。

 ………規則的な心音が、頬と耳とを伝わって聞こえてきた。

 彼女がちゃんと生きている証拠を肌で感じ、クシェルは思わず涙ぐむ。

 

「フィー………フィー………!」

 

 胸に埋めていた顔を離し、気を失っているフィールを見上げたクシェルは、わあっと泣き出してしまった。

 明るい翠眼から熱い雫が溢れ、白い頬を濡らしていく。

 腕に力を込め、強く強く抱き締める。

 まるで、二度と大切な物を手放さないように。

 

 二人の周囲に駆け寄ってきたハリー達は、黒髪の少女をまじまじと網膜に焼き付けていた。

 あの時………ムーディが撃った死の呪いを受けたフィールが床に倒れたのを、この眼で見た。

 なのに………フィールは、生きていた。

 短時間ではあったが、ヴォルデモートと一戦交えた。

 未だに頭は混乱しているが、それが彼女が生存している何よりの証明だ。

 

 今度は別の意味で涙が流れる。

 ハリーはクシェルの横にしゃがみこみ、フィールの手を取った。

 握った彼女の手は、冷たくも温かかった。

 

「一体これはどういう意味なのだ………?」

 

 ムーディは義眼と普通の眼の両方で、確かに自分が手に掛けたはずの少女を遠目から眺める。

 すると、そんな彼の側へダンブルドアが歩み寄った。

 

「アラスター。フィールを殺そうと考えたりはせんでくれ。あの娘には、素性を知っても尚友であり続けようとする仲間が傍に居る。それをわしらが台無しにしてはならんのだ」

 

 ダンブルドアにやんわりと諭されたムーディは渋顔であったが………程無くして、杖を一突きしてフッと一息つく。

 

「………そうだな。アイツを殺すのは、止めにしよう。どうやらわしは、誤解してたようだ」

 

 フィールを殺すことが魔法界を救う第一歩になどならない。

 今更ながらそれに気が付いたムーディは、彼女やその関係者に対する申し訳無さで、今の胸中はいっぱいだった。

 

♦️

 

 神秘部での激戦を終え、ホグワーツに帰還したホグワーツ生組は医務室で校医のマダム・ポンフリーに応急措置を施して貰い、全員が必ず1日入院することが言い渡された。

 皆それほど大怪我は負ってないが、多少の傷は負った。特に精神的ダメージを受けたハーマイオニーとウィーズリー兄妹は毛布に包まって震えている。

 

 ………無理もない。

 人が死んだ瞬間を眼に焼き付けられたのだ。

 10代半ばの少年少女にとってその光景は、心に深い傷となって刻まれたに違いない。

 心が落ち着くまではそっとしておけ、とダンブルドアは皆に命じ、ハリー達は素直に頷いた。

 

「寝起き後に呼び出してすまんの。調子はどうかね?」

「今は大分大丈夫です」

 

 現在、目を覚ましたフィールは校長室のソファーに腰掛けていた。

 意識を取り戻した時にはホグワーツの医務室に居て、無事に帰還したのだと安堵した後にダンブルドアから校長室に来るよう呼び出され、ハリーとは入れ違いで校長室に訪れていた。

 

「そうか。………さて―――」

 

 校長室に立て掛けられている肖像画の歴代校長達には視認、聴取されぬよう強力な魔法を施しているのを確認したダンブルドアは、いつになく真剣な顔付きとなった。

 自然とフィールも真面目な表情に変わる。

 

「まず、わしは君に謝らなければならない。否、謝って許容されることではないのは十分承知しておる。じゃが、言わせて欲しい。………本当にすまなかった」

 

 ダンブルドアは深く頭を垂れ、謝罪する。

 しかし、フィールは首を振った。

 

「顔を上げてください。もう私は気にしてませんから」

 

 そう言われ、ダンブルドアは顔を上げる。

 

「ありがとう。そう言って貰えるのは嬉しいことじゃ」

 

 若干目元を和らげたダンブルドアであっが、すぐにキリッとした表情へ戻す。

 

「では、早速本題に入るが………単刀直入に言うなれば、君を此処に呼んだのには理由がある。その理由がどんなのかは………君ならば、もうわかっておるじゃろう?」

「ええ、勿論。―――『死の呪文』を受けたにも関わらず、何故生きているか、でしょう?」

 

 ハリー・ポッターのような例外を除いて免れたことは一度もない、『死の呪文』の回避。

 彼は母親の護りの魔法の効果があったからこそ死の呪いから逃れることが出来たが、フィールにはそんな経緯を辿っていない。

 だからこそ、ダンブルドアは気になっていた。

 彼女はどうやって免れたのか、と。

 

「そうじゃ。もう一度率直に言わせて欲しい。君は何故、『死の呪文』を受けても尚生きておるのじゃ?」

「ああ、ちょっと待っててください」

 

 フィールは心で呼び掛ける。

 自身の身体の底で眠っている、母の魂に。

 少しして、クラミーが意思疎通してきた。

 

(貴女からのコンタクトが来たってことは、無事にホグワーツに戻って来れたのね。で、校長室に貴女が居るってことは―――)

(うん。校長に呼び出されて、今は色々説明するためにお母さんを呼んだ)

(わかったわ。それじゃ………実体化するわ。フィール、ちょっとだけ我慢してちょうだい)

 

 フィールが小さく頷いたその直後。

 彼女の胸元から、銀色に輝く光が飛び出す。

 驚きに青眼を見張るダンブルドアの前で―――クラミーは実体化した。

 フィールとの合意の基、彼女が精神をコントロールし、精神力が維持されている間だけはこうして実体化することが可能となったのだ。

 とは言えこれはフィールの脳にかなりの負担が掛かるので、極力は有体守護霊の中に入って姿を取るか、一時的に彼女の身体を利用するかの方がベストなのだが………。

 説明するとなれば、こちらの方が相手もわかりやすいし理解するのも早いだろうと、敢えてこの手段にしたのだ。

 

「お、お主はまさか―――」

《お久し振りです、ダンブルドア校長。フィールの母、クラミー・ベルンカステルです》

 

 クラミーは優雅に一礼し、口角を上げる。

 瞳に驚愕を帯びたダンブルドアは固まった。

 そんな彼へ、二人は説明する。

 

 11年前に吸魂鬼に魂を喰われたが極僅かだけ身体に残留していたこと、それから2年後にフィールから魂を分け与えられたこと、肉体との繋がりを自ら断ちロケットに宿ったこと、魂の境界線のこと等………始まりから現在に至るまでの詳しい経緯を話した。

 

 衝撃的な内容にダンブルドアは考え込む表情で二人を見たり来たりしていたが………粗方頭の整理が追い付いたのか、一息ついた。

 

「なるほど………君が今もこうして生きている理由はよくわかった。じゃが………引き裂かれた魂の一部を分け与えたとはまるで―――」

「―――まるでホークラックスみたい、と?」

 

 フィールの口から飛び出してきたその単語に、ダンブルドアの顔に険しさが浮かぶ。

 

「フィールよ、君はその魔術の詳細を知っておるのか?」

「城にあった闇の魔術に関する本で、中身は」

 

 追及を一言でかわしたフィールは、今度は逆にダンブルドアへ尋ねた。

 

「ホークラックスで思い出したのですが………校長も、ヴォルデモートが長年生存している真髄はホークラックスにあると推測してますね?」

 

 その問いにダンブルドアは小さく首肯する。

 フィールは間を置いてから、再度口を開く。

 

「ヴォルデモートは『悪霊の火』に全身が飲まれたのに、身体の何処にも大火傷を負っていなければ無傷で平然としていた。………これらから考えるにアイツは分霊箱を作成しているのでしょう。それも複数」

「………そうじゃな。わしもそう憶測を立てておる」

《ダンブルドア校長。その内1つは、既に破壊されていますよね? 3年前、ジニーちゃんを操り秘密の部屋を開いた元凶………トム・リドルの日記が》

「うむ。分霊箱でもあったあの日記はフィールが破壊してくれた。わしの推測が正しければ、ヤツは6つの分霊箱を作り―――」

《本人すら気付いていない、7つ目の分霊箱を作成している―――と言いたいのでしょう?》

 

 ダンブルドアが繋げようとした言葉の先は、クラミーによって紡がれる。

 彼は口を噤んだ。

 ………彼女の言う通りなのだ。

 もしも………この考えが正しければ、ヴォルデモート本人すら意図せず作ってしまった分霊箱が1つ存在しているのだ。

 しかしそれは、フィールの手前、とても言いづらかった。

 いや………勘が鋭い彼女のことだから、薄々感付いてるかもしれないが。

 それでも、心に迷いが生じた。

 そんなダンブルドアの苦悩を知ってか知らずかフィールがチラリと見てきたが、何も言わず、ソファーに座り直す。

 

「ま、とにかく………分霊箱が存在する以上、それら全てを破壊しない限り、アイツを倒せないのには変わりない。近い内に騎士団のメンバーで分霊箱に関する情報を収集し、全ての分霊箱撲滅を目指すか」

《そうね。ヴォルデモートを討伐するにはそれしか方法は無いし………ということで、ダンブルドア校長。その時はわたしが分霊箱の位置探知をするので、現状が落ち着いたら、騎士団と話し合いをしましょう》

「分霊箱の位置探知じゃと………っ?」

《ダンブルドア校長。わたしは分霊箱とより近い状態なのですよ? 強力な魔力の痕跡を顕著に残す分霊箱を探索するのには、これ以上ないくらい最適じゃないですか》

 

 分霊箱(ホークラックス)は不死性を獲得するために自身の魂の欠片を閉じ込めるための強力な物体だ。それがあれば例え肉体を喪失したとしても、魂をこの世に結び付けることが出来る。

 そしてまさにクラミーはそれに近い状態だ。

 分霊箱に近い特徴を具現化させているような彼女の存在感は、現状を考えればこれ以上ないくらいの最適な人材である。

 

「そうじゃな………ではクラミー。君が持つその力を、今こそ我々に貸しておくれ」

《ええ、勿論です。………それでは校長。残った話はまた今度にして貰えますか? フィールもそろそろ限界ですし、これらのことを教えなければいけない人達は大勢居ますので》

「うむ、そうするとしよう。フィールよ、今日はゆっくり休みなさい」

「………そうします。では、私はこれで」

 

 見ればフィールの顔には疲労が滲んでいる。

 クラミーは小さな光の球となってフィールの胸元にスッと入ると、彼女はソファーから立ち上がって校長室を後にした。

 

♦️

 

 神秘部での血戦から数日が経過した。

 『名前を呼んではいけないあの人復活』という魔法省が発表したイギリス魔法界全土を恐怖と絶望で震撼させるニュースに、今までヴォルデモートの復活を認めてこなかった世間は一転して真実へと肯定した。

 

 この発表以降、今まで散々誹謗中傷され精神異常者扱いされてきたハリーやダンブルドア、フィールは酷い掌返しもいい加減にしろと言わんばかりの英雄(ヒーロー)扱いだ。魔法省が認めたことで、『日刊予言者新聞』の報道内容もガラリと変わっているのもまた拍車を掛けている。

 

 魔法省はハリーとフィールに『例のあの人』に対抗するべく協力して欲しいと要請したが、ダンブルドアがそれら全てを断固拒否し、二人に近付くことさえ絶対禁止した。

 ハリーとフィールの二人も「自分達は利用されたくない」と拒絶したが、魔法省はこれからもしつこく擦り寄ってくるだろう。

 

 その場合は、ダンブルドア達が庇護する。

 毎年大きな試練に遭遇し、どの生徒よりも多くの重荷を背負い、もがき苦しむ二人に更なる苦痛を与えたくなど、彼らにはなかった。

 

♦️

 

 学年末パーティーを迎える数日前。

 数人の少年少女達は、8階の必要の部屋に集合していた。内装は暖かな印象を与える談話室で皆はゆったりとしたソファーに座っている。

 集合目的は、魔法の訓練でもなんでもない。

 もっと別の大きな理由があった。

 

「ごめんな、せっかく授業が終わったってのに、のんびりする時間を潰して」

「ううん、気にしないで」

 

 バツの悪い顔で謝るフィールに、クシェルが首を横に振る。神秘部にて死喰い人の集団と一戦を交えたハリー達はクシェルの言葉に賛同し、小さく頷く。

 

「そうか、ありがと。………さて」

 

 それまでの表情から一変。

 いつになくフィールはキリッと真剣な顔付きになり、ハリー達も自然と聞く姿勢を取った。

 

「アンタ達に、わざわざ此処に来て貰ったのには理由がある。既に知ってるだろうが………前に約束した通り、全てを話すよ。昔あった私の過去の出来事と、つい先日まで忘れていた………失くしていた記憶を」

 

 状況が状況なだけに、神秘部から生還してきた後、フィールはハリー達に詳しい話をする機会を作れず、中途半端な物事しか知らない彼等に別の混乱を与えたままにしてしまった。

 だが、それでも彼等は「落ち着いたらでいいから全てを話して」と、今日この日までいつもと何ら変わらなく普通に接してくれた。

 

 だからこそ、話さなくてはならない。

 いや………話してもいいかもしれない、と言う方が正しいかもしれない。

 何故ならば―――。

 この人達なら、きっと。

 真実を知ったとしても、自分のことを受け止めてくれると。

 そう………信じられるからだ。

 

 フィールは一度眼を閉じ、深呼吸する。

 そしてゆっくりと吐き出し―――静かな口調で語り始めた。

 

「私の両親はもうこの世に居ないってのは、前々から皆も知ってるだろ? 勿論、両親は生きてたよ。でもそれは、物事ついた頃の5歳の途中までだった。11年前、私は義姉のクリミアの他に、血の繋がった三人の家族―――父のジャックと母のクラミーと………双子の姉、ラシェルと過ごしてた」

 

 双子の姉、と衝撃的な言葉を聞き、初耳であったハリー達は眼を剥く。尤も、クシェルはそんなに驚いてはいなかったが。

 

「とても幸せな家庭だった。両親からは愛情を溢れんばかりに注がれ、何一つ不自由なく暮らしてきた。たとえ裕福でなくとも、賑やかで互いの距離が近かった環境に置かれていた私は、それだけで幸福感を感じていたと思う。………あの時、私は純粋に、いつまでも、このままで家族と一緒に過ごせると信じて疑わなかった。だけど現実は違った」

 

 真面目そうな顔から徐々に苦痛の色が滲んできたフィールは、視線を落とす。

 

「ある日の夜、お姉ちゃんはクリミアと一緒にフランスに遊びに行ってて、私は両親と共に散歩に出掛けていた。月が綺麗な夜だった。両親と笑い合って楽しかった。………そして、そろそろ家に帰ろうとした時―――私達は、生き残りの死喰い人に奇襲された」

 

 あの日―――死喰い人の集団に不意打ちで襲撃されたのが、悲劇の始まりだった。

 

「死喰い人は、私を殺すのが目的だった。皆も知ってるだろうけど、私の一族・ベルンカステル家は数十年前から闇の陣営側にとって殺戮と脅威の対象だ。だから………無知で無力な幼い子供であった私を葬り去ろうと襲ってきた」

 

 自分で自分のことを『無知で無力な子供』と口にしたフィールは、今度は屈辱と悔しさに母親譲りの整った顔を歪めていく。

 

「あの時、私は本当に怖かった。不気味な仮面をつけ、野望に満ちた眼差しでこちらを見る死喰い人を間近で見て………5年間の人生の中で初めて『恐怖』と言う感情を抱いた。でも、それ以上に怖かった経験がこの後に起きた」

 

 フィールは両手で顔を覆い、一つ息を吐いて再度口を開く。

 

「父は単身で死喰い人の集団と戦い、母は私を抱いて走った。私は母の胸にしがみつき………不意に、言い様のない悪寒ともう二度と幸せな気分にはなれないんじゃないかという不快感が押し寄せてきた。それが―――ルシウス・マルフォイからの『クラミー・ベルンカステルを廃人にして欲しい』と依頼を受けた、ドローレス・アンブリッジが派遣してきた吸魂鬼だった」

 

 クシェル達はハッと息を呑む。

 神秘部でもルシウス本人がそう言ってたのを思い出し、皆は改めてルシウスとアンブリッジの冷酷非道な行いに激しい怒りを露にした。

 特にハリーはワナワナと全身を震わせている。

 つい最近、8月2日の夏休み中にハリーをホグワーツ退学にさせようとリトル・ウィンジングに吸魂鬼を送り込んだ張本人が、かのアンブリッジだったと発覚したのだ。

 尚更ハリーは憤りを抱かずにはいられない。

 心の拠り所であり居場所でもあるホグワーツから自分を追放しようとしたアンブリッジが、大切な友人の母親を間接的に奪ったのだ。しかもその依頼主が大嫌いなマルフォイ家の人間となれば、倍腹が立つのも仕方ない。

 

「突然、私の身体は宙を舞い、地面に叩き付けられ………振り返ってみたら、吸魂鬼がお母さんの魂を吸っている光景が眼に飛び込んできた。私は『お母さんを助けなきゃ!』って思って無我夢中になって駆け出し―――今度は吸魂鬼が私の顔のすぐ側まで迫って、頬に触れてきた」

 

 その時の場景が浮かび上がり、フィールは頭を抱える。

 

「………………恐ろしかった。あの時、頬に触れられた冷たい感触………。目の前に迫った吸魂鬼のおぞましい顔が、今も頭から離れない」

 

 そして今でも忘れられない。

 忌々しく、この手で殺したい………親の仇が。

 

「魂を吸い取られる恐怖に私は屈して、思わず泣きながら『助けて』って懇願し………お母さんは最後の力を振り絞って、私を突き飛ばして吸魂鬼から庇った。だけど………そのせいでお母さんは廃人になり―――助けに来てくれたお父さんも、吸魂鬼を追い払ってくれた後、撃退したと思ってた死喰い人に………血まみれになりながら、私を庇って殺された」

 

 それを聞き、皆は怒りで真っ赤になっていた顔を蒼白させる。ハーマイオニーなんかは、口元を押さえて唇を震わせていた。

 

「私は頭が真っ白になって………気付いた時にはクシェルのお母さんが勤務している聖マンゴに運ばれてた」

 

 聖マンゴから退院した後―――絶望に打ちひしがれていたフィールに待ち受けていたのは、過酷な運命だった。

 父の葬儀終了直後、父方の叔父・アレックに「お前が死ねばよかった」と言われ。

 6歳の頃にクシェルと出会ったことがきっかけで徐々に立ち直っていったのに、その1年後に自身の半身である双子の姉を母の時のように吸魂鬼によって失い。

 そして………アンブリッジから告げられた真実に怒り狂い、報復しようとした過程で―――

 

「―――私は………突然現れた叔母のシュテラを誤って殺してしまった」

 

 シュテラがやって来た理由は、ラシェルの魂を葬るようアンブリッジに頼んだのは、唯一の肉親だった兄をフィールのせいで奪われたと怒った夫のアレックだと、事件の裏側を伝えようとしたからだった。

 でも、それを伝えられないまま、この世を去り―――9年前の悲劇の元凶・アレックは今まで妻に暴行を振るってきたのを激しく後悔し、死んだ妻の後を追って自ら命を絶った。

 当時、事件の裏側を知る由もなかったフィールは自分の叔母に手を掛けてしまった罪に押し潰され………全てを受け止めきれず、何もかも手放して、自分を"閉ざすため"に胸の奥底に封じた結果、一部の記憶を失くしてしまった。

 

 全てを話し終えても、誰も口を開かなかった。

 皆は何かを堪えるように口を開いては、閉じてを繰り返す。

 断片的にしか知らなかった事の真相を知り、彼等は色んな感情がごちゃ混ぜになって、怒っているのか悲しんでいるのか、それすらわからなかった。

 フィールは確かに罪を犯した。

 故意ではなくとも、人の命を奪ってしまった殺人鬼だ。

 だが………自分達が彼女と同じ立場に立たされた時、果たして今と同じことが言えるだろうか?

 大切な家族を奪われ、ボロボロに傷付いた心を更にズタズタに切り裂くような出来事に直面して、それを憎まずには、たとえどんなに優しい人間であろうとも決していられないだろう。

 フィールの心を想うと、尚更胸を強く締め付けられた。

 

「………あれ? ちょっと待って。フィールはどうして、叔父さんがアンブリッジに吸魂鬼を送り込むよう頼んだってことや、そのことを伝えようとして叔母さんが現れたって、知ってるんだ?」

 

 ハリーの疑問の呟きに、フィールは胸に手を当てる。

 

「直接話してくれたんだ、本人が」

「本人って………まさか、シュテラさんが?」

「ああ、そうだ。………実は、この話には続きがあるんだ。まだダンブルドアにしか話してないことだけど、アンタ達には知っておいた方がいいと思うから、それも話す」

 

 フィールは、ダンブルドアに話した時と同じ内容を語り出す。

 母のクラミーの魂はまだほんの僅かに残留し、2年後に娘のフィールから魂を分け与えられ、肉体との繋がりを断ち切る代わりにロケットに宿って見守っていたこと。ムーディから『死の呪文』を受けて、強制的に生死の狭間・魂の境界線に送還されたこと。そこでシュテラとも出会い、彼女に真実を告げられ、そして互いに互いの後悔や罪の意識を打ち明けて、和解したこと………。

 

 次々と明かされていく衝撃的な内容にハリー達は頭の整理が追い付かず、茫然とした。

 皆は無言でフィールを見つめていたが………。

 

「フィール」

 

 やがてハリーは、おもむろにフィールの右手を握った。

 

「よく話してくれたね、ありがとう。まだ少し驚いてるけど………僕は、フィールの傍から離れない。たとえ、他の人達が君のことを避けたとしても………僕は居なくならないから」

 

 今にも泣き出しそうな顔をしてるクセに、ハリーは泣かず、そして力強くそう言った。クシェルもハーマイオニーも、ロンもジニーも、ネビルもルーナもセドリックも、ハリーの手の甲に自らの手を重ねたり、優しく頭を抱いたり、背中を優しく撫でたりする。

 

「………皆、ありがとな」

 

 フィールは思わず涙ぐむ。

 自分の全てを受け止めてくれた彼等に、胸がいっぱいになった。

 フッと眼を閉じ、身も心も委ねる。

 大切な友人達のぬくもりを肌で感じるフィールは心の中で固く決意した。

 

 この人達は、絶対に死なせはしない。

 たとえ―――。

 魔法界全土を敵に回したとしても。

 

 

 ―――彼等は、私が命に賭してでも護り抜く。

 

 




【ラシェルを廃人にするよう依頼した張本人】
アレック・クールライト。
そして妻に暴力振るっておきながら死んだら後追いして自殺するというコイツほど身勝手なクズ野郎はいないと言うクズな人間を演じてくれました。
実は最初の予定では生かしておいてフィールと一戦交えるという手もあったが没となりました。
あくまでも本当の意味で決着をつける相手はただ一人(1体?)だけでいいのです。
ということで、結局のところアレックの登場場面は回想だけでした。

【フィール、シュテラと和解する】
これで全てが吹っ切れた、と願いたい。

【別れの言葉】
実際は戸籍上の姪だけど娘と言ったのは、エミリーみたいに娘みたいに思ってたというのと、子供が欲しかったからそう言わせました。

【《~》】
クラミーの会話文。
ただしテレパシーの場合は(~)に。

【6章以降のクラミーの居場所】
フィールの身体の奥底or銀のロケット。
前まではロケットに宿ってなきゃいけない状況でしたが、フィールが事の事情を知ったのでその必要性は一応なくなりました。ま、時と場合によってはロケットに宿ったりして移転しそうですけどね。
なので次章からは普通にレギュラー化するでしょう。
フィールの精神力が維持されている間は実体化出来るようになりましたし、しかも有体守護霊の中に入ったらそれでも実体化出来ます。
フィールの身体の奥底に居る間は基本的に「(。-ω-)zzz」と眠ってますが、完全に意識が途絶えてる訳ではないので意思疎通は可能だし、しかもフィールの意思次第で自由に魂の境界線に行けます。
今後は魂の境界線でクラミーと訓練を積むでしょう。

【フィールの過去全て知ったハリー達】
それでも傍から離れないと誓った。
フィールはいい仲間に恵まれましたね。

【不死鳥の騎士団編終了】
これまた前作に引き続き#数最多となった5章、なんとか終了出来ました。
遂に本章にて、フィールの過去、そして『彼女』の正体が全て明らかとなりました。幼い頃、まだ両親と双子の姉が傍に居た時は何処にでも居るような女の子だったのに、ある日を境に激しく豹変し………母親を奪った元凶を知って壊れてしまい、最終的に叔母を殺してしまったと言う、衝撃的な事実が隠されてました。

第2の悲劇の元凶は、間違いなくアレックでしょう。そしてフィールの性格を歪めたトリガーもまた、コイツが原因です。
ただ、実はの話、アレックのおかげでもあるんですよね、フィールが強くなったのは。
無論、道徳的な意味合いで言うなれば外道そのもの。自分が引き起こした事件の末で妻を亡くしたので、あんなことしなければよかったのになと、自業自得です。
ですが、アレックがあの事件を生み出さなかったら、フィールはクラミーと会うことも、クラミーがディメンターに変貌するのを阻止出来たのも、全て無理だったんですよね。
もう一度母親と会いたかったクリミアとフィールはそれぞれ異なる形ではありますが、それでもクラミーと対面することが出来、この上なく嬉しかったでしょう。そうすることが可能だったのも、間接的にアレックが関与したから。

物事と言うのは単純なようで複雑なもので。
視点を変えてみると、色んな見方が出てきます。
正しい答えは、恐らく見つからないでしょう。
でもそれでいいんです。
物語の結末が星の数ほどあるように。
そこに至るまでの過程が星の数ほどあるように。
数多くの考察が星の数ほどあれば、結論もまた星の数ほどあるって訳です。

さて、次回からは『謎のプリンス』編。
第6章へ続きます。また見てね、バイバイ。


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Ⅵ.THE HALFーBLOOD PRINCE
#86.罪滅ぼし


第6章謎のプリンス編スタート。
いよいよこの物語もクライマックスへ向けて加速します。なるべく早く6章終わらせて最終章に突入出来たら理想ですね。
ま、何はともあれ、謎のプリンス編開始です。


 1996年7月7日、夏。

 ホグワーツ魔法魔術学校3階校長室にて、この学校の校長であり今世紀最高の魔法使いと評されるアルバス・ダンブルドアは、テーブルの上に載っている小さな物体に視線が一点集中していた。

 視線の先には、大きな黒い石が嵌め込まれた金色の指輪が転がっている。石の真ん中には亀裂のようなものが入っていた。

 バジリスクの毒を刀身に吸収しその力を得てるグリフィンドールの剣を片手にダンブルドアは、絶対に指輪を嵌めてはいけないと決意してはその度に幾度も屈曲する自分の甘さと愚かさに自嘲気味に笑い、本日何度目かわからない深いため息を吐く。

 

 ―――今すぐ指輪を嵌めたい。

 ―――でも嵌めてはならない。

 

 ダンブルドアがそんなジレンマにここまで陥っているのには、当然訳があった。

 実はこの指輪………『マールヴォロ・ゴーントの指輪』は、何処にでもあるような単なる指輪なんかではない。

 ホグワーツの創設者の一人サラザール・スリザリンを祖先とする純血の一族・ゴーント家に代々伝わる家宝であり、闇の帝王ヴォルデモート卿の分霊箱(ホークラックス)(魂を分割してその断片を物品や生物に封印させることで不死性の特性を獲得する禁断で邪悪な闇魔術)の一つなのだ。

 推測が正しければ、ヴォルデモートは意図的には6個の分霊箱を作成、そして彼本人すら意図せず作成してしまった分霊箱も合わせて計7個の分霊箱が、この魔法界の何処かに隠されているだろう。

 

 ホークラックスを全て覆滅された状態で本体が肉体的な死を迎えない限り、ヴォルデモートは永遠に破滅しない。

 その内の一つは、既に打ち砕かれている。

 3年前の1993年5月29日、秘密の部屋で現れた16歳当時の姿に実体化したヴォルデモートの魂が保存されていた『トム・マールヴォロ・リドルの日記』を、フィール・ベルンカステルが『悪霊の火』で分霊箱でもあった日記を実体化したトム・リドルごと根絶した時だ。

 あの時フィールは日記が分霊箱とは気付いてなかったが、ジニー・ウィーズリーを操り人形の如く意のままに操った本体に並みの魔術類ではないと感付いて深い闇の魔術を使用した。それが結果的にジニーの命を救い、同時にヴォルデモートを滅亡させる手助けもしてくれたのだ。破壊方法はともかく、大きく貢献してくれた彼女には感謝しないといけない。

 

 これが何の変哲も無い()()()分霊箱だったら、ダンブルドアはとっくの昔にこの指輪を破壊し、限り無く不死身に近いヴォルデモートを完全討伐する道へ一歩近付けただろう。

 これが分霊箱だと理解していながらその事実を忘れ、思わず指輪を嵌めたい衝動に駆られて未だに打ち砕いていないのには、もっと別な理由があった。

 指輪に埋め込まれた黒い石。

 その正体は、死者を現世に呼び戻す伝説の死の秘宝の一つ―――『蘇りの石』なのだ。

 魔法界では童話として古くから慕われている『吟遊詩人ビードルの物語』。

 そのお伽話に、『死の秘宝』に関係する『三人兄弟の物語』が収録されている。

 

 昔々、三人の兄弟が曲がりくねった道を夕暮れ時に旅していると、何人もの旅人が尊い命を落とした、渡れないほどの激しく危険な川に差し掛かった。

 しかし、ペベレル三人兄弟―――アンチオク、カドマス、イグノタスは魔法を学んでいたので、魔法で橋を架けて難なく死を回避した。

 が、三人が渡り切る前、フードを被った何者かが行方を遮る。

 その人物こそが『死』で、物語の敵役だ。

 『死』は三人の獲得を出し抜かれ、我が物に出来なかったのを悔しがった。

 だけど『死』は狡猾で、魔法で死を免れた三人を誉めるフリをし、褒美を授けると申し出た。三人は性格も思考も全く異なっていたので、長男のアンチオクは最強無敵の杖『ニワトコの杖』を、次男のカドマスは死者を現世に呼び戻す『蘇りの石』を、そして三男のイグノタスは被った者の身を隠す『透明マント』を『死』に要求し、それぞれ与えられた。

 

 けれどアンチオクは、魔法界史上最強の杖を周囲に吹聴・自慢したばかりに寝込みを襲われ、喉を掻っ切られて死亡した。好戦的な一面を持っていたが故の、異常なほど戦闘を追い求めた戦闘狂な性格が災いし、ペベレル兄弟の命を掌中に収めようと企んでいた『死』の意図に気付けなかった彼は、皮肉なことに自ら作った敵によって命を奪われたのだ。

 カドマスは『死』から与えられた黒い石を掌の中で3回回すと、かつて結婚するつもりだった亡き恋人の魂をこの世に呼び戻すことが出来た。だが、死人の彼女はこの世に馴染めず、石の限界を知った彼は完全ではない蘇生に苦しみ、本当の意味で一緒になろうと自ら命を絶った。

 イグノタスは全身を覆うことで所有者の姿を他人の眼から不可視にするマントを持ってた関係で『死』が何年探しても見付からなかったが、やがて年老いた彼は自らマントを脱いで息子に与え、『死』を旧友として迎え、喜んで死と共にこの世を去った。

 

 これが『三人兄弟の物語』である。

 伝説ではニワトコの杖、蘇りの石、透明マントの全ての秘宝を所持した時、『死を制する者』になれると言われているが、登場してる小説がお伽話であることや『死』と言う如何にも寓話的な存在が出てくる点、透明マント以外の秘宝が現在は所在も所有者もわからない事実により、魔法が蔓延る魔法界と言えども「死の秘宝は実在せず物語も完全な創作である」とほとんどの魔法使いは信じていない。

 

 しかし………多くの魔法使いが知らないこのお伽話の裏には、ある真実が隠されていた。

 実は物語の主役である三兄弟は過去に実在し、死の秘宝は現代に渡って存在するのだ。

 

 現にハリー・ポッターは『死』から透明マントを授かった三男のイグノタスの遺産で秘宝と思わしき透明マントを所持している。それを決定付ける証拠は、そのマントの驚異的な効果だ。

 透明マントと呼ばれる物は数多くあるが、使われる素材は多種多様で、デミガイズ(極東に生息する未来を予見する魔法生物)の毛で織ったり、普通のマントに『目くらましの術』を掛けることで製造された模造品で、時間が経過すると効果が薄れて色褪せたり、魔法が当たると効果が切れたりする。対して死の秘宝である本物の透明マントの効果は永久的で、呪文の影響を受けず『呼び寄せ呪文』にも反応しない。

 そう、イグノタスはポッター家の祖先であり、ハリーはイグノタスの子孫なのだ。彼の父親ジェームズが透明マントを持っていたのも、先祖伝来の家宝だったからである。

 

 そして………単なる偶然か運命の悪戯か。

 イグノタスの兄の一人でペベレル兄弟の次男・カドマスの子孫は、なんとあのヴォルデモートなのだ。

 カドマスの死後、『蘇りの石』は指輪に嵌め込まれてペベレル家の子孫に受け継がれていたが、ある時ヴォルデモートの母方の家系・ゴーント家の手に渡ったのだろう。

 この指輪を発見した在処が廃墟となった無人のゴーント家だったので、ヴォルデモートが分霊箱にした後に隠したとみて間違いない。分霊箱に替えたからなのか単に興味がなかったからは不明だが、ヴォルデモートはこれが死の秘宝であることに気が付かなかったらしい。

 

 だが、今はそんなこと、どうでもいい。

 ダンブルドアは沸々と沸き上がるどす黒い欲望とそれを抑制しようと奮闘する理性が鬩ぎ合い、精神力が徐々に弱まっていく。

 分霊箱だとわかっていながら嵌めたい理由。

 それは、亡き家族に―――愚かな過ちの果てに死に追いやってしまった妹のアリアナに、面と向かって謝りたいからだった。

 

 1881年、ダンブルドアは父・パーシバルと母・ケンドラの長男として誕生。

 その3年後に弟・アバーフォース、それから1年後に妹・アリアナが生まれた。

 ダンブルドアがホグワーツ入学前―――妹のアリアナが6歳の頃、魔法を行使してる場面を三人のマグルの少年に目撃され、彼等は得体の知れない力に恐怖心から彼女に暴行を加えた。

 それが原因でアリアナは精神的に不安定になってしまい、自分の感情がコントロール出来なくなると魔力が暴走する『発作』を度々起こすようになった。

 父のパーシバルは愛娘に身体的にも精神的にも苦痛を与えたマグルの少年達に烈火の如く激怒して復讐、アズカバンに収容され、それから数年後に獄中死。その後一家はゴドリックの谷に引っ越し、以降アリアナの面倒を母のケンドラは付きっきりで見るようになる。この時ダンブルドアはホグワーツに在籍していたので、アバーフォースも母同様に妹の面倒を見た。

 

 1892年にホグワーツに入学、グリフィンドールに組分けされたダンブルドアは当初『犯罪者の息子』と言う眼で見られてきたが、『ホグワーツ始まって以来の秀才』と評判を得てからは蔑みの眼差しを送る者は誰も居なくなった。

 在学中は首席・監督生に選ばれた他、学校の賞と言う賞を初めとする『秀でた呪文術へのバーナバス・フィンクリー賞』や『カイロにおける国際錬金術会議での革新的な論文における金賞』等の様々な賞の受賞、ウィゼンガモット最高裁への英国青年代表、『実践魔法薬』『変身現代』『呪文の挑戦』等への論文掲載など、学生の身分でありながらこの時から既にダンブルドアは数々の栄誉に輝いた。また、錬金術師ニコラス・フラメル、魔法史家バチルダ・バグショット、魔法理論家アドルバード・ワフリング等、当時の著名な魔法使い・魔女と交流もしていた。

 

 1899年、数々の輝かしい賞を獲得してホグワーツを卒業したダンブルドアは、入学初日に友達になった学友のエルファイアス・ドージと共に卒業世界旅行を計画したのだが………当時14歳だった妹アリアナが、『発作』で母ケンドラを誤って殺害すると言う卒業旅行を断念せざる得ない事件が起きてしまった。

 ケンドラの死後、弟のアバーフォースとどちらがアリアナの面倒を見るかで口論するも、最終的には一家の長男で若くして家長となったダンブルドアが面倒を見ることになった。

 けれど、ダンブルドアはそのような環境下では自分の他人よりずっと飛び抜けた才能を存分に発揮出来ず、自身の実力に酔いしれていた彼は不満やストレスが溜まりに溜まっていった。

 

 数週間後、ダンブルドアはある人物と出会う。

 その人物との出会いがその後のダンブルドアの人生を180゜大きく変え、事態が急変したきっかけでもあった。

 ―――ゲラート・グリンデルバルド。

 近所に住んでいたバチルダ・バグショットの大甥で、現代では魔法界の歴史上においてヴォルデモートに次いで2番目に強大な闇の魔法使いとして知られている男だ。

 闇の魔術を専門とするダームストラング専門学校に通っていたが、同級生を攻撃したことで退学処分となったグリンデルバルドはその後ゴドリックの谷に訪れ、そこに住んでいたダンブルドアと同じ年頃の青年同士と言うのもあって彼と親友になり、ダンブルドアも最初は『自分と唯一対等になれる人物』としてグリンデルバルドに強く惹かれた。

 出会って間もないのに二人はあっという間に意気投合し、ダンブルドアはグリンデルバルドと共に『より大きな善の為に』と言うスローガンの基、マグルの支配計画や死の秘宝を探し出す計画に夢中になり、自分達にとって最高の魔法界の将来について語り合うのが楽しくてしょうがなく、アリアナの世話を蔑ろにしてしまう。

 二人の計画を知ったアバーフォースは当然大反対してダンブルドアとグリンデルバルドと舌戦になり、やがてその舌戦は三つ巴の争いへと発展した。

 

 そしてその醜い争いが、悲劇を生み出した。

 幼い頃にマグルの人間に暴力を振るわれて心に深い傷を負い、故意でなかったにしろ実の母親を手に掛けてしまった自責の念に苦しみもがいていたアリアナが、この戦いの末に不運にも亡くなってしまったのだ。

 死因については、ダンブルドア達もよくわからないが………一つだけハッキリしてるのは、三つ巴の戦いを目撃したことがきっかけだ。

 アリアナは自分の兄二人が争うのを見て精神的に不安定になり、病弱ながらもいざこざを止めようとしたけれど、『発作』を起こして死亡したのかもしれない。

 死因は何にしろ、この一件をトリガーにダンブルドアは初めて己の慢心と愚かさを思い知る事となり、「もしかしたら『発作』ではなく自分の放った呪いが妹を殺してしまったのではないか?」と言う恐怖に取り憑かれ、既にダームストラングの前科があったグリンデルバルドは咎を受ける事を恐れて外国へ逃亡し、以後二人が友として再会することはなかった。

 

 妹の死と言う大きな代償と引き換えに、今では『20世紀で最も偉大な魔法使い』と呼ばれるまでになったダンブルドアはあの日以来、現実的に容赦無く突き付けられた自分が犯した重罪やかつて抱いた愚考を忘れたことは1日とてない。

 死者を呼び戻せる力を持つ伝説の秘宝を前にするダンブルドアは、次第に強靭な理性が私情に飲み込まれていく。

 放すまいと強く握り締めていたグリフィンドールの剣が手から滑り落ち、けたたましい金属音が足元の床から室内全体に響き渡った。

 それには眼もくれず、ダンブルドアは死んだ家族に会える期待と待望に震える手をゆっくりと金色のリングへと伸ばす。

 どんなに頭の中でダメだと叫ぶ声が鬱陶しいくらい反響しても、本能に忠実な心はそれを撥ね付ける。

 そして、遂に指先が指輪に触れようとした、次の瞬間―――。

 

 

 

「ストップ、ダンブルドア校長。それ、嵌めたら明らかにヤバい物じゃないんですか?」

 

 

 

 部屋の入り口から此処には居ないはずの少女の声がし、ダンブルドアはハッと顔を上げて、急いでそちらへ顔を向ける。

 長い漆黒の黒髪に蒼い瞳、どことなくワイルドな印象を与える端正な顔立ちをした少女―――フィール・ベルンカステルが、そこに立っていた。

 服装は白いシャツの上に黒いジャケットを着て黒いスカートを履いている。

 相当急いできたのか、髪が若干乱れていた。

 ダンブルドアはキラキラした青い瞳を大きく見開かせる。

 今は夏季休暇中だ。本来であれば、生徒は居ないはずである。なのに、わざわざ此処に来たと言うことは、余程の理由があるのだろうか。いや、それよりも、まず―――

 

「君はどうやって入ってきたのじゃ………?」

 

 入り口には石のガーゴイルに守られており、正しい合言葉を言わなければ校長室には入室不可能なはずだ。

 するとフィールは首を傾げて不思議そうな表情を浮かべた。

 

「え? お母さんから前に『ダンブルドア校長は甘いお菓子が好きで合言葉もお菓子の名前一貫だった』って教えられたので、とりあえずテキトーに『ペロペロ酸飴』と言ってみたら、一発で当たりました」

 

 フィールは胸に手を当てて、なんて事無さげにそう言う。ダンブルドアは思わず苦笑した。

 

「覚えておったのじゃな、クラミー。わしがお菓子好きなことを」

《ええ、勿論。覚えてますよ》

 

 フィールが首から下げている銀色のロケットから、ダンブルドアの言葉に返事する女性の声が聞こえてくる。

 声の主は、フィールの母・クラミーだ。

 クラミーは11年前、ルシウス・マルフォイからの依頼を受けたドローレス・アンブリッジが派遣した吸魂鬼(ディメンター)によって魂を吸い取られ、廃人になったのだが―――微かに身体に残存していた魂の残滓とフィールの魂の一部が融合したことにより、長年ロケットに宿って娘を見守ってきた。

 生死の狭間・魂の境界線でクラミーと再会を果たした後、フィールはちょくちょく会いに行っては共に訓練を積み重ねたりしている。そして訓練終了後は、お決まりでクラミーにべったりするのが最近の日常茶飯事となってきた。

 なんと言っても、幼くして母親を失ったのだ。

 それまで甘えられなかった分、甘えたくなるのはフィールの境遇を考えれば仕方ないだろう。

 さて、それはさておき―――。

 

「何故君は此処に来たのじゃ? 今は夏季休暇じゃぞ?」

「その理由を話す前に、私から一つ。―――その指輪、迂闊に触れようとしないでください。禍々しい気がビシバシと伝わってくる。嵌めればまず間違いないなく呪いに掛かり、命を蝕まれるでしょう。軽率な行動は控えた方がよろしいかと」

 

 険しい顔付きで淡々と話していたフィールは、視線をダンブルドアから床に転がるグリフィンドールの剣に移す。それだけで、大方察したのだろう。

 

指輪(それ)は分霊箱だから、校長は破壊するべくグリフィンドールの剣を用意したのでしょう? ならば、即刻私()が成すべき事は同じはずです」

「………私()?」

 

 今度はダンブルドアが首を傾げて不思議そうな表情を滲ませると、フィールはジャケットのポケットから何かをスッと取り出した。

 それは、黒ずんだ小さな髪飾りだった。

 サファイアのような楕円形の石が嵌め込まれており、レイブンクローのシンボルアニマル・鷲とホグワーツ創設者の一人ロウェナ・レイブンクローの有名な言葉で信条の『計り知れぬ英知こそ、われらが最大の宝なり』が刻まれている。

 これを頭につければ知識が増すと言われている―――長らく所在が不明だったことからレイブンクローの失われたダイアデムと言う名でも知られる、『ロウェナ・レイブンクローの髪飾り』だ。

 何故それをフィールが持っているのか?

 驚きを隠しきれないダンブルドアはこれまた質問を投げ掛ける。

 

「そのティアラ………何処で見付けたのじゃ?」

「必要の部屋ですよ。前々から、何処からか発せられる禍々しい気配に不快な気分を味わうことは多々あったんですが、そういう時はあまり気にしないようにしてほったらかしにしてました。でもお母さんにその事を話したら、『恐らくは分霊箱が発する不穏なオーラでしょう』と言われて、校長室に来る前にホグワーツに来たついでに必要の部屋に寄って隠されていたこれを見付けました」

 

 フィールはティアラをテーブルに置く。

 その隣には、金色の指輪が転がっていた。

 これで分霊箱は2個揃った。

 破壊すれば、分霊箱は残り4個となる。

 

「………分霊箱の力は凄まじいですね。持ってると余計不快な感情を与えてきましたよ。アイツのことだから、更に強大な闇の魔術を重ね掛けして盤石を固めたんでしょうね、きっと。いい迷惑ですよ、ホントに」

 

 一見すると何とも無いように振る舞っていたフィールであったが、その実分霊箱を所持する人間に精神に異常をきたす作用によって、さっきから不愉快極まりない思いを抱いていた。

 少し疲れたため息を漏らし、顔を歪める。

 が、瞬く間にいつも通りの表情を取り繕ったフィールはヒップホルスターから杖を抜き出し、いつでも魔法を発射出来るよう準備する。

 

「では校長。さっさと壊してしまいましょう。勿論、破壊後も決して嵌めないでくださいよ。じゃなかったら、慌てて駆け付けた私の立場がありませんからね」

「その忠告、確かに心に刻んだ。………では、分霊箱を打ち砕こうぞ」

 

 ダンブルドアは白銀の剣を拾い上げ―――迷いを吹っ切るよう高く振り上げ、今度こそ分霊箱たる指輪を破壊した。同時、フィールも『悪霊の火』を用いる。ティアラは闇の炎に飲まれ、跡形もなく焼失させた。

 これで分霊の役割を務めていたゴーントの指輪とレイブンクローの髪飾りは使い物にならなくなり、後者に至ってはこの世から完全に消滅した。

 少々やり過ぎだったかもしれないが、今更悔やんでももう遅いし、仕方ない。ホークラックスの破壊方法は限り無く少ないので、どうしようもないのだから。

 

「ふぅ………これで残り4個ですね」

「そうじゃな。………君のおかげでわしは命拾いした。感謝するぞ」

「と言っても、こうなったのは奇跡的な偶然が重なったからなんですけどね」

「………フィールよ、もう一度、君に尋ねてもよいかね。君は何故ホグワーツに来たのじゃ?」

「ああ、それは………ある人からの伝言を届けに来たんですよ」

「伝言? わしにか?」

「ええ、そうです。………その人から、直接聞きましたよ。校長の経歴や過去も、全部」

 

 杖を収納したフィールはダンブルドアと真っ正面から向き直る。ダンブルドアは聞き捨てならないセリフに、眼を見張った。

 

「………その人は、死んでも尚、貴方を『兄』として慕い、愛していた。そして貴方に対し、謝意の念も抱いていた。もう現世では会うことが出来ないから、伝えたいことを伝えられず、心を痛めていた。………だから、貴方の教え子であり、共通の境遇を持つ私へ代わりに伝えて欲しいと、魂の境界線にやって来たその人物にそう頼まれました」

「………その人物とは、まさか………」

 

 熱い塊が胸の奥から込み上げてきて、声が詰まる。眼から何かが溢れ出してしまいそうになり、ダンブルドアは次の言葉が紡がれるのを待った。

 

「優しそうな、貴方と面差しが似てる金髪の女の人ですよ」

 

 フィールがそう答えた瞬間、目の前に張り掛けていた水の膜が弾けて溢れ落ちた。

 

「妹さん………アリアナ・ダンブルドアは、こう言ってました。『ごめんね、お兄ちゃん。私がもっとしっかりしていれば、こんなことにはならなかったのに………私がお母さんを殺したことでお兄ちゃんの人生を大きく変えてしまって、本当にごめん。あの時、私はお兄ちゃん達が争っているのを見て、また「発作」が起きたの。だから、誰も悪くないんだよ。悪いのは、魔法を上手く制御出来なかった私なんだから』」

 

 そこで一度区切り、間を置いてから、再度口を開く。

 

「『最後に私から言わせて。………私は、嬉しかったよ。短い間だったけど、お兄ちゃんが私の傍に居て面倒を見てくれたことが。世間から外れ、実の母親を殺害した私の傍に………たとえ仕方なくによせ、事務的だったとしても、四六時中情緒不安定な私なんかの世話をしてくれて。お兄ちゃんは十分誰かのために労力を費やして頑張ってきた。だから、これからはお兄ちゃんらしくこの世界を生きて。死んで、私やお父さんお母さんの所に来たら、また1から家族をやり直そうね。だから、もう一人のお兄ちゃんのアバーフォースと早く仲直りしてね。………アルバスお兄ちゃん、アバーフォースお兄ちゃん』」

 

 そしてフィールは、アリアナからの最後のメッセージをダンブルドアへ静かに伝えた。

 

 

 

「―――『死んでも私は、お兄ちゃん達のことを愛してます』」

 

 

 

 校長室から一切の音が消え失せた。

 奇妙な静寂に覆われた室内は、しんみりとした空気と長く感じる沈黙が流れ―――やがてダンブルドアは、震えた声で言葉を発した。

 

「フィー、ル……その言葉は、誠なんじゃな? アリアナが、本当に………そう言っておったんじゃな?」

「当たり前ですよ、校長。冗談で私がこんなこと言う訳がないでしょう? 妹さんがいたってことは、今日が初耳でしたし」

 

 微かにため息を吐いたフィールは鬱屈そうに長い睫毛に縁取られた蒼瞳を伏せる。

 

「………他人である私がこんなこと言ったら、『お前に何がわかるんだ!』って怒るかもしれませんが………アリアナさんの苦しい気持ち、よくわかるんです。私も、故意でなかったにしろ家族に手を掛け家族を苦しめてしまった身ですから。………私が殺した叔母のシュテラは、命を奪った張本人を前にしても尚、イヤな顔一つせず許してくれました。アリアナさんも同じく、貴方達へ対する愛情は変わらないんです。だからこそ、生き続けてください。生きて、その人の分まで人生を全うしてください。それが私達に出来る唯一の償いなんですから」

 

 如何に本人に謝罪し、許してくれようとも、死に至らしめた原因に自身が関与しているのに変わりはない。この世界に生きる限り、かつて犯してしまった罪と自責の念は永遠に付き纏うだろう。

 それでも自分達は生きなければならない。

 生きて過ちを償わなければならないのだ。

 同じ立場に立っているからこそ、責任の重さが痛いほど理解出来る。

 

「私達にはまだ使命が残っている。それを果たし終え、未練を断ち切ってから、死後の世界でもう一度やり直しましょう。今は護るべきもののために戦う時ですから。………もう二度と、現実から目を背け、逃げないでください。自ら選んだ運命から」

 

 そう言って、フィールは窓枠に飛び乗る。

 飛び降りる前、フィールは肩越しからダンブルドアを振り返り、フッと微笑んだ。

 

「それでは、またお会いしましょう。今日は急に押し掛けて、すいませんでした」

 

 そうして、フィールは窓から飛び降りて姿を消したその背中を見送っていたダンブルドアは一つ息をつき………一人取り残された部屋の中で、アリアナからの伝言とフィールからの言葉を胸に深く強く刻んだのであった。




【ゴーントの指輪破壊時期】
ピクシブでは1996?月7日と記述。
確か原作ではハリーをダーズリー家から迎えに行く前に指輪を破壊したと言ってたので、7月に設定。

【ダンブルドア生存ルート】
オリ主が生死の狭間『魂の境界線』にいつでも行ける関係で寸前でダンブルドアを生存ルートに変更。
ある意味これはこの時のためでもあったり、と今では思います。
だって仕方ないじゃないか!
ダンブルドアを存命させるか否かの分岐点って正直言うとこのタイミングしかないんだもの。

【ついでに壊しちゃいましたティアラ】
ホグワーツ来たついでに必要の部屋に寄ってレイブンクローの髪飾りもブレイクしたので、6章1話目にして残りの分霊箱が4個に。
え? いくらなんでも早すぎないかって?
大丈夫です、作者もそう思ってますから。

【アリアナと対面したフィール】
魂の境界線は5章ラストで現れたシュテラみたいに、魔法使い・魔女の死者で現世に何らかの未練が残ってるならやって来られる的な認識で一応設定してるので、アリアナはダンブルドアの教え子のフィールの所へ来て、兄に伝言を伝えて欲しいと依頼されました。

【アリアナの死因】
実は色んな情報があって、結局どれが本当なのか定かではないんですよね。
三人が争っているのを見て『発作』で死んだのかそれとも三人の誰かが撃った呪いで死んだのか、あるいはその両方か、その辺はあんまり明確に明かされてないので、この作品では『発作』で死んだ設定にしてます。

【まとめ】
今回はダンブルドア生存ルート&分霊箱2個の破壊でお送りしました。原作では指輪を破壊した後に嵌めて弱体化と言う流れでしたが、作中では破壊前に嵌めようとしたところを寸前でホグワーツにやって来たフィールが待ったを掛けて見事死亡ルートから救出してくれました。
安心してください、この作品のダンブルドアはバリバリ元気ですよ。


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#87.破れぬ誓い

最近になって生存ルートになったはずなのにクラウチJr.を5章では登場させなかったのを今更ながら思い出し、あれそういやアイツ何処行ったんだろ? とあまり本編では影響されない作中でのクラウチJr.の現在の所在をあれこれ考えてます。

とりあえず今のところの候補は、「復活に一番尽力尽くしてくれた褒美として1年間の自由時間を与えられ、お言葉に甘えてやって来ました日本と外国に旅行と言う名の失踪をした」ですかね。


 スピナーズ・エンド。

 そこはホグワーツで『魔法薬学』を担当する、恐らくは教師の中でも最年少であろうセブルス・スネイプの自宅がある通りだ。

 汚い袋小路で、掃き溜めのような場所にあり、付近には荒れ果てたレンガ建ての家が並び、通りの上には廃墟になった紡績工場の煙突が浮かんで見える。

 スネイプの家は玄関は無く、入った所がすぐ居間だ。居間は小さな暗い独房のような部屋で、擦り切れたソファーや古い肘掛け椅子、ぐらつくテーブルなどが置かれている。壁は本棚となっていてびっしりと本で覆われているが、その一部は隠し扉となっており、扉の裏の階段から2階に行くことが出来る仕組みだ。

 そんなスタレタストリートの一番奥の家で住むスネイプの元へ、二人の魔女が訪れていた。

 一つは、ベラトリックス・レストレンジ。

 長身で黒髪、薄い唇、厚ぼったい瞼の彼女は嫉妬と不信感が入り交じったキツい眼差しをスネイプへ向けている。

 もう一つは、ナルシッサ・マルフォイ。

 長身痩躯で長いブロンドの髪の彼女は蒼白で高慢な顔を涙でぐちゃぐちゃにさせ、スネイプに泣き縋っていた。

 

「セブルス………お願い………あの方にお話しして、説得して………私の息子を………たった一人の息子を………助けて………」

 

 ナルシッサがスネイプの家に訪問した訳。

 それは―――彼に、愛する一人息子・ドラコの庇護者になって欲しかったからだ。

 ヴォルデモートは夫のルシウスの度重なる任務の失敗の罰として、死喰い人見習いに任命したまだ幼い子供のドラコへ『アルバス・ダンブルドア殺害』を命じた。

 その時ナルシッサは、ヴォルデモートはドラコを殺すつもりで遂行する確率が極めて低い任務を与えたのだろうと直感した。

 

 ドラコは今年で6年生になるまだ幼い子供。

 齢16歳の無垢な少年に、人殺しなど出来るはずがない。

 しかも殺戮対象はあのダンブルドアだ。

 今世紀最高の偉大な魔法使いと評され、ヴォルデモートが唯一恐れている人物に、学生の身分のドラコが彼に敵う訳がないのは火を見るよりも明らかだろう。信用に値しない者に危険な任務を命令するほど、ヴォルデモートも無計画な人間ではない。

 にもかかわらず、そんな実行不可能な命令をドラコに下した理由は………。

 

 ヴォルデモートの隠れた意図を薄々察しているナルシッサの心に、それまで彼に払っていた忠誠心の欠片などもう残っていない。

 あるのはただ、他言無用と言い渡された闇の帝王の言い付けを背いてでも、自分の命を捧げてでも護りたい、この16年間ずっと溺愛してきた一人息子の身の安全を保証したい母愛だった。

 

「闇の帝王は説得される方ではない。それに我輩は、説得しようとするほど愚か者ではない」

 

 だがしかし、ナルシッサの必死の哀願をスネイプは冷たい声音で即座に一蹴した。

 ナルシッサは絶望感がハッキリと現れた顔で、生気の失われた瞳で彼を見上げる。

 

「我輩としては、闇の帝王がルシウスにご立腹などと取り繕うことは出来ない。ルシウスは指揮を執るはずだった。自分自身が捕まってしまったばかりか、他に何人もの部下が捕まり、そして何人もの部下がフィール・ベルンカステルの手によって失われた。オマケに予言を取り戻すことにも失敗したのだ。左様、ナルシッサ、闇の帝王は非常にお怒りだ」

「それじゃ、私の思った通りだわ! あの方は見せしめのためにドラコを選んだのよ! あの子を成功させるおつもりではなく、途中で殺されることがお望みなのよ!」

 

 声を詰まらせ、泣きじゃくるナルシッサはヨロヨロと立ち上がってスネイプに近付き、漆黒のローブの胸元を掴んだ。涙で汚れた顔をスネイプに近付け、涙を彼の胸元に溢しながら言葉を紡ぐ。

 

「貴方なら出来るわ。ドラコの代わりに、セブルス、貴方なら出来る。貴方はきっと成功するわ。そうすればあの方は、貴方に他の誰よりも高い報奨を―――」

「あの方は最後には我輩にやらせるおつもりだ。そう思う。しかし、まず最初にドラコにやらせると、固く決心していらっしゃる。有り得ないことだが、ドラコが成功した暁には、我輩はもう少しホグワーツに留まり、スパイとしての有用な役割を遂行出来る訳だ」

 

 しがみつくナルシッサの両手首をやんわりと外しながら、スネイプは冷たく言い放つ。

 卒業後は死喰い人の仲間入りを果たしたスネイプだったが、ある日を境にヴォルデモートを裏切ってダンブルドアに頼った彼は不死鳥の騎士団と死喰い人の『二重スパイ』となった。

 闇の陣営やヴォルデモートからは自分達の味方と思われているが、実際はダンブルドアを初めとする光の陣営側の人間なのに、彼等は一切気付いていない。

 

「それじゃ、貴方は、ドラコが殺されても構わないと言うの!」

「何度も言わせるでない、ナルシッサ。闇の帝王は非常お怒りだ。あの方は予言を聞けなかった。貴女も我輩同様、よくご存知のことだが、あの方は易々とお許しにならない」

 

 前学期、ヴォルデモートとハリーの運命が記された予言の全貌を知ろうと前者は後者を神秘部に誘き出すが、ルシウスの失態で予言の球は内容を聞く前に砕け散り、挙げ句の果てにルシウスはアズカバンに収監された。

 それに加え、彼は凋落前にヴォルデモートから預かったトム・リドルの日記が分霊箱だったのを知らず、アーサーがマグル保護法を起草したことに危機感を感じてウィーズリー一家を破滅させようとした焦燥から、軽々しくジニーの持ち物に紛れ込ませ、最終的にはフィールに破壊されたと言う大きな過失がある。

 ただでさえルシウスへ対する信頼度が0になってきてる今、その彼の妻であるナルシッサの懇願など自己中心的な性格のヴォルデモートの耳には届かないだろうし、すげなく願い下げするのはスネイプの眼から見ても容易に予想がつく。

 

「ドラコ………私のたった一人の息子………」

 

 膝から崩れ落ちるようにナルシッサはスネイプの足元に踞り、啜り泣いた。

 

「お前は誇りに思うべきだよ、シシー! 私に息子がいたら、闇の帝王のお役に立つよう、喜んで差し出しただろう」

 

 それまで黙って事の成り行きを見守っていたベラトリックスが妹に向かって情け容赦無く言い、ナルシッサは姉の非情な発言に小さく絶望の声を上げた。

 そんな彼女の腕をスネイプは屈んで掴み、ソファーに座らせる。それからナルシッサのグラスにワインを注ぎ、無理矢理手に持たせた。

 ちなみにこのワインは、先程隠し扉の一つの裏で聞き耳を立てていたワームテール(本名:ピーター・ペティグリュー)が用意した物だ。

 最近彼は盗み聞きが趣味になったらしいが、その心理はイマイチよくわからない。

 

「ナルシッサ、もう止めるのだ。これを飲んで、我輩の言うことを聞け」

 

 ナルシッサは少し静かになり、血のように紅いワインを撥ね溢しながら、震える手で一口飲んでフッと一息つく。

 

「最後まで手助け出来ると言う保証は無いが、それでも構わないと言うならば、我輩はドラコを全力で手助けしよう」

 

 その言葉にナルシッサはハッと、青い眼を大きく見開いた。

 

「セブルス………貴方が、あの子を助けてくださる? あの子を見守って、危害が及ばないようにしてくださる?」

「やれる限りは、そうしよう」

 

 スネイプが頷くと、ナルシッサはグラスを放り出した。グラスがテーブルの上を滑ると同時にナルシッサはソファーを滑り降りて、スネイプの足元に跪き、彼の手を取って唇を押し当てる。

 

「貴方があの子を護ってくださるのなら………セブルス、誓ってくださる? 『破れぬ誓い』を誓ってくださる?」

「『破れぬ誓い』?」

 

 『破れぬ誓い』とは、強制的に約束事を取り付けるには最適の魔法界の誓いの呪文(儀式)だ。

 何故ならこの誓いを破った者は死ぬのだから。

 これを行うには、まず誓約を取り交わす者同士が跪き、互いの右手を握り合い、『結び手』と呼ばれる証人が二人の頭上に立ち、結ばれた手の上に杖を置く。誓いが立てられる度に、結び手の杖先から炎の舌が飛び出し、灼熱の紅い紐のように握った手の周りに巻き付く。

 それが『破れぬ誓い』を実行した証だ。

 

「シシー、聞いていなかったのかい? ああ、コイツは確かにやってみるだろうよ。いつもの虚しい言葉だ。行動を起こす時になると上手くすり抜ける………闇の帝王の命令だろうともさ!」

 

 勝ち誇ったように高笑いするベラトリックスを華麗にスルーしてスネイプはナルシッサの涙に濡れた青瞳を見据えて、小さく首肯した。

 

「いかにも。ナルシッサ、『破れぬ誓い』を結ぼう。姉君が『結び手』になることにご同意くださるだろう」

 

 ベラトリックスは口をあんぐりと開け、驚愕の表情で凍り付いた。スネイプはフリーズするベラトリックスを尻目にナルシッサと向かい合って跪くように座り、彼女と右手を握り合う。

 

「ベラトリックス、杖が必要だ。―――それに、もっと傍に来る必要がある」

 

 スネイプは冷たく言い、未だに一驚してるベラトリックスは唖然としつつ、杖を取り出して一歩前に進み出し、二人の頭上に立って結ばれた両手の上に杖の先端を置く。杖が置かれた直後、ナルシッサは静かに一つ目の誓いを立てた。

 

「セブルス、貴方は、闇の帝王の望みを叶えようとする私の息子、ドラコを見守ってくださいますか?」

「誓おう」

 

 眩しい炎が細い舌のように杖から飛び出し、二人の手の周りに巻き付く。

 

「そして貴方は、息子に危害が及ばぬよう、力の限り護ってくださいますか?」

「誓おう」

 

 二つ目の炎の舌が杖から噴き出し、最初の炎と絡み合い、輝く細い鎖を形作る。

 

「そして、もし必要になれば………ドラコが失敗しそうな場合は………闇の帝王がドラコに遂行を命じた行為を貴方が実行してくださいますか?」

「―――誓おう」

 

 一瞬の沈黙の後、スネイプは約束した。

 眼を見開き、驚くベラトリックスの顔が、三つ目の細い炎が閃光で赤く照り輝く。三度炎が噴出し、他の炎と絡み合い、握り合わされた二人の手に、縄のように、炎の蛇のように、がっしりと巻き付いたのだった。

 

♦️

 

「フィール、ホント、マジでごめん………私、貴女を殺そうとして………」

 

 窶れた顔に惨めな表情、いつもの風船ガムのようなショッキングピンクではなく、くすんだ茶色の髪色になったニンファドーラ・トンクスは、隠れ穴にハリーが滞在する間の彼の護衛として数日前から隠れ穴に泊まり込みに来ているフィールへ深く頭を下げた。

 ハリーが滞在する間、最大級の安全策が魔法省によって施されてはいるが、万が一トラブルが発生した場合にはすぐに対応出来るよう、彼と一番近しいフィールに護衛役を頼んだのだ。

 現在ハリーは、ダンブルドアと共にセブルス・スネイプ前任の『魔法薬学』教師だったホラス・E・F・スラグボーンと言う男の所へ向かい、後にダンブルドアが此処まで連れて来る予定だ。

 何でもスラグボーンはダンブルドアのかつての同僚らしく、彼は『スラグ(ナメクジ)・クラブ』と言う、有名人や成功者の子弟、魅力ある者などの『お気に入り』の生徒を選び出しメンバー間で有用な人を紹介して便宜を図るのが目的のサロンを主催する人物蒐集癖があるとか。

 

 ダンブルドアはハリーを連れてホグワーツで再び教鞭を取るようスラグボーンの家に行き、彼を説得するとのことだ。スラグボーンは『選ばれし者』ハリー・ポッターを見たら喜んで復職を受け入れるだろうと言うダンブルドアの思惑である。

 何故そのようなことをするのか、最年少の不死鳥の騎士団メンバーのフィールはダンブルドアから詳しい話を聞いている。

 スラグボーンはフィールやハリーの両親、親友が数十年前にホグワーツに入学する前から長年ホグワーツに勤務していたみたいで、トム・リドル―――ヴォルデモートがホグワーツに在学中だった時期も『魔法薬学』の教授を担当をしていたらしい。

 彼ならきっと何かヴォルデモートや分霊箱に関連する記憶を持っているに違いない、とダンブルドアは確信めいたものを抱いている。スネイプがホグワーツに勤務し始めた時期に退職した彼の復帰を目的としているのはそのためだ。

 スラグボーンが復職した暁には現『魔法薬学』担当のスネイプに彼の念願だった『闇の魔術に対する防衛術』を任せるとダンブルドアは言ってたので、「ハリーが聞いたら絶対嘆くな………」とフィールが友人の不運に軽くため息をついたのはまた別の話だ。

 

 スラグボーンのことは、そのクラブのメンバーで教え子でもあった母のクラミーからも彼について話を聞き及んでいる。

 陽気な人物ではあるが、甘えた生き方をしており、有名で成功した力のある者と一緒に居ることを好み、そのような魔法使いに自分が影響を与えていると感じることを楽しみ、またクラブの見返りに好物など常に何かを得てるとか。

 因みにスラグボーン復職の確実を期する為、過去にメンバーの一員で魔法界では有名人の孫のフィールも連れて行こうと言う一案は一時期挙げられたが、それはフィール本人が断った。

 ハリーとフィール、どちらか一人だけならまだしも、流石に二人もの有望な人物を連れて行ったら、訝しんで何か別の意図があるのかと勘繰られる恐れがあるからだ。

 

「何度も言ってるだろ。過ぎたことは悔やんでも仕方ないし、私自身、もう気にしてないって。ちゃんとムーディや団員とも和解したし、これ以上アンタが謝る必要なんて無いだろ」

 

 フィールはやれやれとした表情で肩を竦める。

 ここずっとトンクスは顔を見合わせる度にこうして何回も謝罪してくるようになったのだ。

 と言うのも、不死鳥の騎士団もといマッド・アイ・ムーディが万が一フィールが自分達にとって脅威の存在になった場合はこの世から消すと言う衝撃的な計画を内密を立てていたことが発覚したからだった。

 

 それ以降フィールの叔父夫妻・ライアンとセシリア、彼女の両親と親友だったベイカー夫妻・イーサンとライリーは未だに敵意を募らせているのだが、特に一度は本気で殺害しようと決意したムーディへ対する殺意は半端じゃない。隙あらばいつでも喉を掻っ切る気で虎視眈々とスタンバってるくらいだ。

 彼等の計画に反対派だったシリウス・ブラックやリーマス・ルーピンとの関係は変わらず良好だが、ここ最近は他の団員、と言うよりはムーディとの関係は頗るよろしくない。

 ライアンやセシリアにとってフィールは大事な家族で、イーサンやライリーにとっては亡き親友の忘れ形見なのだ。そんな彼女を抹殺しようと密かに企んでいた仲間を、そう易々と許すことなんて出来るはずがない。

 

 とは言えヴォルデモートを初めとする闇の陣営が暗躍するこの時勢、いつまでも恨みを根に持っている暇など無く………とりあえずは、ヴォルデモートに対抗する秘密組織の和を乱してはならないと、フィール本人があっさり許してることもあって()()()和解し、渋々ではあるが表面上は良好的に付き合っている。

 フィールは「これは完全に和解するには時間掛かるな………」とドロドロで不安定な関係性に頭が痛いのだが、彼等は気付いておらず、それが余計彼女からすると悩みの種だった。

 

「だけど………なんか御詫びしないと、私の気が済まないわ」

「御詫び、ねえ………」

 

 正直言うと別にそんなものは要らないのだが、ここで断って延々とループしても鬱陶しいし疲れるだけなので、少し考え込んだフィールは、あっと何かを思い付いた顔になり、トンクスの方を見た。

 

「トンクスって確か、闇祓い(オーラー)だったよな?」

「え? うん、そうだけど」

「だったら、教えてくれないか? 闇祓いに要求される不可欠な要素とかを」

 

 フィールの将来の夢は闇祓いになることだ。

 そのため、目指している職業のプロのトンクスに直接話を聞いてみたいとフィールは最近とある事情からめっきり元気を無くし落ち込んでいるトンクスの気分転換にもなればいいと思いながら、そう頼んだ。

 

「フィールが教えて欲しいって言うなら、私は喜んで教えるけど………でも、私に聞くより、長年闇祓いやってたムーディに聞いた方が、わかりやすいしタメになるわよ?」

「勿論、ムーディからも今度聞くつもりだ。私は一人の人間だけじゃなく、他の人の話も聞いてみたいんだよ。だから、教えてくれ。それが御詫びになるから」

 

 フィールの言葉を受け、元気無さげに分かったと頷いたトンクスは彼女の闇祓いについて説明する。

 暫くはトンクスからの話を真剣に聞いて暇な時間を潰していると、不意に裏口の戸を3度叩く音がした。

 フィールはハッとそちらに顔を動かす。

 トンクスも音の発信地に意識が逸れた。

 

「誰? 名を名乗りなさい!」

 

 着古した緑の部屋着を着たモリー・ウィーズリーが扉に向かって声を張り上げると、ダンブルドアの声が扉越しから聞こえてきた。

 

「わしじゃ、ダンブルドアじゃよ。ハリーを連れておる」

 

 モリーはすぐにドアを開けた。

 紛れもなく、アルバス・ダンブルドアの隣には見慣れた黒髪緑眼の少年が立っていた。

 

「ハリー、まあ! 全く、アルバスったら、ドキッとしたわ。明け方前には着かないって仰ったのに!」

「運が良かったのじゃ。スラグボーンはわしが思ったよりずっと説得しやすかったのでな。勿論ハリーのお手柄じゃ」

 

 ハリーを中に誘いながらそう言うと、ダンブルドアはモリーからトンクスとフィールの方に視線を移した。

 

「これはニンファドーラ、こんばんは。フィールよ、先日ぶりじゃな」

「こんばんは、先生。………よう、ハリー」

「やあ、トンクス。あれ、フィールも居たの?」

「ああ、数日前からアンタの護衛役として泊まり込みに来てる」

 

 ハリーと挨拶がてらのハグを交わしながらフィールが言うと、トンクスが「私、もう帰るわ」と立ち上がってマントを肩に巻き付けた。

 

「モリー、お茶と同情をありがとう。フィール、将来の師弟関係を楽しみにしてるわよ」

「ニンファドーラ、わしへのお気遣いでお帰りになったりせんよう。わしは長くは居られないのじゃ。ルーファス・スクリムジョールと緊急に話し合わねばならんことがあってのう」

「いえ………私、帰らなければならないの。おやすみ」

 

 トンクスはダンブルドアと眼を合わせることなく挨拶すると、モリーがこんな提案をした。

 

「ねえ、週末の夕食にいらっしゃらない? リーマスやシリウス、マッド・アイも来るし―――」

「ううん、モリー、ダメ。でもありがとう。皆、おやすみなさい」

 

 トンクスは急ぎ足で三人の脇を通り過ぎ、庭に出て戸口から数歩離れた所で『姿くらまし』をして隠れ穴を去る。モリーは心配そうな表情でトンクスが消えた空間を見つめていた。

 

「さて、ホグワーツで会おうぞ、ハリー。くれぐれも気を付けることじゃ。モリー、フィール、ご機嫌よろしゅう」

 

 ダンブルドアは一礼し、トンクスに続いて出ていくと全く同じ場所で『姿くらまし』した。庭に誰も居なくなると、モリーは戸を閉めてハリーの肩を押し、テーブルを照らすランタンの明るい場所まで連れて行くと、上から下まで眺めながら深いため息を吐いた。

 去年同様、またまた背丈がぐんと伸びているので、元々高身長のフィールからするとそんなに身長差は無いのだが、低身長のモリーからすると、最初にハリーと出会った時と違って彼を見上げる形になっていて、月日が経つのは早いなと感慨深く思った。

 

「ロンと同じだわ。二人共まるで『引き伸ばし呪文』に掛かったみたい。この前ロンに学校用のローブを買ってやってから、あの子、間違いないなく10㎝は伸びてるわね。ハリー、お腹空いてない?」

「うん、空いてる」

「お座りなさいな。何か有り合わせを作るから」

 

 ハリーが椅子に腰掛けた瞬間、オレンジ色の毛にオレンジ色の瞳の、潰れたような顔をした巨体でがに股の猫が彼の膝に飛び乗り、喉をゴロゴロ鳴らしながら座り込んだ。

 ハーマイオニーが飼っているペットのクルックシャンクスだ。

 

「ハーマイオニーも居るの?」

「ええ、そうよ。一昨日着いたわ」

 

 クルックシャンクスの耳の後ろをカリカリ掻きながら嬉しそうに訊くハリーに、モリーは大きな鉄鍋を杖でコツコツ叩きながら答える。鍋はガランガランと大きな音を立てて飛び上がり、竈に載ってたちまちグツグツ煮え出した。

 

「勿論、皆もう寝てますよ。貴方があと数時間は来ないと思ってましたからね」

 

 モリーはまた鍋を叩く。鍋が宙に浮き、ハリーの方に飛んで傾いた。モリーは深皿をサッとその下に置き、トロリとしたオニオンスープが湯気を上げて流れ出すのを見事に受けた。

 

「ハリーも無事到着したし、今日は夜が明けるまで外に居る。何かあったら連絡しろ」

 

 白いワイシャツの上に黒のジャケットを羽織ったフィールはヒップホルスターから杖を抜き出していつでも魔法を使えるよう準備すると、玄関を出て隠れ穴の警護に当たった。

 その背中を見送ったハリーは、なんだか自分のせいでせっかくの夏休みを台無しにしてるのではと、頼もしさと同時に申し訳ない気持ちでいっぱいになる。誰に強要された訳でないにしろ、そう感じてしまうのは仕方ない。

 するとハリーの胸中を見透かしたように、フィールが出て行った後のドアを見ながらモリーがこう言った。

 

「最初は、学生のあの娘に騎士団の任務は就かせないって決めた約束事を破って、騎士団の仕事を与えたのを私は反対したわ。まだ子供なのに、重荷を背負わせたり負担を掛けるような行為はしたくなかったし。でも、あの娘はイヤな顔一つせず貴方の護衛を引き受けてくれたわ。だからねハリー。貴方自身が危険に首を突っ込んで、あの娘の気持ちを裏切るようなことはしないでちょうだいね」

 

 モリーの言葉に、ハリーはハッとする。

 自分が此処に滞在中は魔法省による最大級の安全策が施されているが、それらの措置のせいでモリーと夫のアーサーはある程度の不便を受ける羽目となった。

 が、二人は自分の安全を一番心配してるから、その事を全く苦に思ってない。

 しかし、自ら危険に身を晒すような真似をすれば、二人の恩を仇で返すことになるだろう―――と先程箒小屋でダンブルドアからも同じことを言われた。

 多忙なフィールが自分のために貴重な時間を割いてくれているのを、自分は無謀に命を投げ出して彼女の努力を無駄にしてはいけない。

 今ならダンブルドアやモリーの言葉の意味がよくわかったような気がして、ハリーは「はい」と大きく頷いたのだった。

 

 フィールは玄関の横壁に背を預け、腕を組んで夜明けを待っていた。片手には細長い杖が強く握られており、警衛しているのを示している。玄関はゴム長靴がごた混ぜになって転がり、思いっきり錆び付いた大鍋が転がっていた。

 

「今は午前1時過ぎか………とりあえず、数時間は此処で見張りするか」

《フィール、ハリー君達のために頑張るのはいいことだけど、無理は絶対しないこと。疲れたと思ったら、正直に言って休みなさい。身体を壊してしまったら、元も子もないわ》

「わかってる。眠くなったりとかしたら、一旦中に入って仮眠取るよ。隠したとしても、お母さんにはバレバレだから意味無いし」

《まあね。フィールの考えてることは、魂を通じてわたしには全部筒抜けよ。もしも疲労を押し通して皆に隠し通すような真似をしたら、後で説教するわよ》

「そしたら次に魂の境界線に行きづらくなるし、そうなる前に正直に言うわ」

 

 クラミーとそんな会話を交わし、フィールはフッと一息つく。それから、一度眼を閉じ、神経を研ぎ澄ませた。

 人が寝静まる深夜のためか、辺りはシンと静まり返っており、冷たい風が時折空気を切り裂く音と、中でハリーとモリーの会話が壁を挟んで耳に入ってくる。

 しばらくはただただ静かに時間が過ぎていっただけだったが、裏口の方からバシッと言う音がしたのと、モリーの叫び声が重なり、何事かとフィールは眼を開けて少々ビックリしたが、モリーの言葉からして、どうやらアーサーが帰ってきたらしい。

 確かにアーサーの声が微かに聞こえてくる。

 が、アーサーは自分が本物のアーサーかを決定付けるための質問をしろとドア越しにモリーに言い、モリーは多少躊躇いつつ、夫の気迫に気圧されて「貴方の一番の望みは何?」と質問し、彼は「飛行機がどうして浮いていられるのかを解明すること」と返答した。

 

「ヒコウキ? それって確か、マグルの人間が空中移動の際に乗るデッカい鉄の塊だよな?」

《ええ。空中を飛行する機械である航空機の内、ジェットエンジンの噴射かプロペラの回転から推力を得て加速前進し、且つ、その前進移動と固定翼によって揚力で滑空及び浮上するものを「飛行機」と言うわ》

「お母さん、なんかやたら詳しいな」

《昔、ライリーから教わったからね》

「ああ、そういえばライリーさん、父親がマグルだって言ってな。それなら、一度くらい乗った経験あってもおかしくないか」

 

 クラミーの説明にフィールが一人納得してる間にも、今度はアーサーがモリーに質問を投げ掛けたのがこちら側にも伝わってきたのだが………その質問内容に、ハリーのみならず、第三者のフィールとクラミーも向こう側から発せられるなんとも熱々な雰囲気を感じ取り、フィールは額に手をやった。

 

「………もっと別の質問なかったのか?」

《なかったんじゃない?》

 

 フィールの呟きにクラミーは即答する。

 フィールは苦笑していたが………ふと、いつになく真剣な顔付きになり、ロケットに宿るクラミーに話し掛けた。

 

「………ねえ、お母さん」

《ん? なに?》

「もしもお母さんが私が本物かどうかを確認するなら、私になんて質問する?」

 

 アーサーとモリーのやり取りから、フィールは問い掛けてみたのだろう。クラミーはその問いにこう答えた。

 

《………わたしの予測としては、貴女がわたしに訊く側だった場合にわたしに投げ掛けただろう質問を同じように貴女に投げ掛けたでしょうね》

 

 その返答に、フィールは微かに微笑む。

 

「うん。私もそう思う。………なら、答え合わせとして、私に質問して?」

《ええ………わかったわ》

 

 本当は、とっくの昔にわかっている。

 でもそれは敢えて言わず、クラミーはフィールへ質問した。

 

《―――わたしと貴女の共通する目的は何?》

 

 星明かりが綺麗な夜空の下。

 夜気に身体が包まれ、黒髪を優しく揺らす夜風を肌で感じながら、フィールは無数に輝く星空を決然とした表情で見上げ、静かに答えた。

 

 

 

「吸魂鬼に魂を喰われ、新たな吸魂鬼へ成り果てた私達の家族―――ラシェル・ベルンカステルを救い出すこと」

 

 

 




【画面外でのライアン達】

~ベルンカステル邸にて~

ライアン「イライライライライラ………」
セシリア「あの………最近ライアンからとてつもない殺気を感じるんだけど………(冷や汗」
ルーク「ああ、俺もそう感じる………(冷や汗」
シレン「私も………(冷や汗」
クリミア「ライアン叔父さんだけじゃなく、今頃はきっと………(遠い目」

~ベイカー家にて~

イーサン「イライライライライラ………」
ライリー「イライライライライラ………」
クシェル(なんかドロドロしたオーラをスッゴい感じる………)

【破れぬ誓い】
約束破ったら死ぬと言うリアルで実在したら絶対アカンヤツな儀式。ハリポタシリーズって、たま~にこういうとんでもない呪文(と言うか最早呪いの中の呪い)がさらっと出てくるのが何気に恐ろしい所です。

【フィールの将来の夢】
闇祓い。
ちなみにオーラーは作者がハリポタシリーズで一番好きな職業です。

【騎士団との関係】
一応は和解したけど次に何か起きたら今度こそ決別して離脱する。

【対面前からスラグホーンの人物像知る】
原作知識持ってるオリ主並みのズルさ。
ちなみに印象はあまりよろしくないようです。

【フィールとクラミーの共通目的】
ラシェルの救済。

【まとめ】
今回は原作平常運転の破れぬ誓いを交わしましたとフィールさん隠れ穴にてハリーの警護ですの回。果たして誓約は実行されるのか、それとも………。
これ以上はネタバレになるのでアウトですね。
とりあえずは明かされるまで色々と予想してみてください。
次回はダイアゴン横丁でお買い物の回の予定。


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#88.紅の記憶

前回後書きで次回はダイアゴン横丁でお買い物と言っておいて申し訳ございませんが、文字数と話の内容から区切りをつけるべく予定変更して、ダイアゴン横丁でお買い物もといWWW訪問はこの次となります。

※12/24、サブタイトル変更。


 神秘部の『死の間』にハーマイオニーは居た。

 其処は『脳の間』より大きな薄暗い長方形の部屋で、死の秘密に関する研究が行われている。

 すり鉢型の室内で円形劇場のように中心から外に向かって階段が刻まれており、中央には石の台座が置かれ、その上には黒いベールの掛かった石が聳え立っている。無風なのにベールは微かに波打ち、裏側から人の声が聞こえた。

 

「私は………なんで此処に………?」

 

 ハーマイオニーは辺りを見回す。

 自分はウィーズリー家に居たはずだ。

 なのに、何故、神秘部の………アーチの在る部屋に居るのだろうか。

 頭に次々と疑問が浮かぶ中、不意に背後で人の気配が生まれた。

 振り向いたハーマイオニーは、眼を見張る。

 

「エミリーさん………?」

 

 そう、其処に立っていたのはエミリーだ。

 同級生の友人と瓜二つで見慣れた面立ちに長い黒髪、金色の瞳。

 誰も居なくて一人だった不安が払拭されたハーマイオニーは幾分かホッと笑みを浮かべ………その直後、違和感を覚えた。

 

(あれ………でも確か、エミリーさんは―――)

 

 まるでハーマイオニーの思考を具現化するかのよう、一瞬後ろを見たエミリーはすぐに前に向き直り、切迫感を感じる勢いで駆け寄ってきて、ギュッと抱き締めた。

 その瞬間、ハーマイオニーは思い出した。

 この次に起きる展開が、一体何なのかを。

 

「ダメ、エミリーさん………!」

 

 ハーマイオニーは掠れた声で叫ぶ。

 しかし、エミリーは言葉を無視してハーマイオニーを抱き締め………唐突に電光石火のスピードで迸った光輝く閃光に、背中から心臓までグッサリと貫通された。

 途端、背中から一気に鮮血が噴き出される。

 視界が一瞬にして血飛沫に染まった。

 全身に返り血を浴びたハーマイオニーは鉄の味が口内に広がりながら、悲鳴に似た声を上げる。

 

「エミリーさん………!!」

 

 だが、エミリーは返事もしなければ反応もせず―――攻撃を受けた彼女はハーマイオニーを抱いていた腕を力無さげに下ろし、血溜まりが出来た冷たい床の上に倒れた。

 おびただしい量の血が四方に飛び散っている。

 辺りは血の海と化していた。その全ての血が、たった一人の女のものだ。

 むせ返りそうになる血の匂いの中、ハーマイオニーは必死にエミリーの身体を揺さぶった。

 

「エミリーさん! エミリーさん!」

 

 しかし、エミリーは眼を開けない。

 どんなに揺さぶっても、呼び掛けても、指先すら動かさない。

 ボロボロ泣きながら今でも流れる血で真っ赤に染まっていく身体を揺さぶり続けていると、先程光線が走った方向から二人の男女が下卑た笑みを浮かべながら悠然と現れた。

 ルシウス・マルフォイとベラトリックス・レストレンジだ。

 ベラトリックスは血まみれのハーマイオニーとエミリーの姿を見て、ゲラゲラと人ならざる笑い声―――否、嗤い声を上げた。

 

「おやおや、誰かと思ったら『穢れた血』の小娘じゃないかい! そんな無様な姿になってるなんて、まさに穢れたマグルだねぇ! しかもあのベルンカステル家の女が死んでるよ! なんとも素晴らしい光景だねぇ!」

「ふざけないでちょうだい! この人殺し!」

 

 ハーマイオニーは立ち上がり、声を荒げる。

 既に事切れたエミリーを護るよう、杖を前に構える。

 すると、決然とした態度で睨むハーマイオニーにルシウスが酷薄な笑みを浮かべながら、こう言った。

 

「人殺しとは、どちらのことかね?」

「え………?」

「我々はそこの『血を裏切る者』を狙った訳ではない。君を狙ったのだよ。でもどういう訳か、君が生き残り、代わりに彼女が死んだ。そう………君のせいなんだよ。彼女は君のせいでこうなってしまったのだ。君を庇わなければ、こんなことにはならなかっただろうに」

「そ、そんな………」

 

 ハーマイオニーの胸に、絶望が広がる。

 自分のせいでエミリーが………。

 そのことで頭がいっぱいになり、ハーマイオニーは呆然と立ち尽くす。

 そんなハーマイオニーを見て、ルシウスは更に嗤った。

 

「でも心配する必要は無い。すぐに君も彼女達の後を追わせてやろう」

 

 ………彼女達?

 どういうことだ?

 此処に自分達以外の誰が居ると言うのだ?

 ルシウスの言葉に混乱するハーマイオニーを見て、ベラトリックスは肩を竦め、その彼女の口から衝撃的な発言が飛び出す。

 

「まさか惚けてるのかい? お前の後ろには、お友達の死体がゴロゴロ転がっているってのに、頭でもおかしくなったのかい?」

 

 ハーマイオニーは恐る恐る後ろを振り向く。

 そこには、信じ難い光景が広がっていた。

 

「あ………ああっ! そ、そんなっ………!」

 

 ハーマイオニーが見たもの。

 それは、先程まで確かに居なかったはずの友人や知人が遺体となって、あちこちに転がっている残酷な風景だった。

 フィール、クシェル、ハリー、ロン、ジニー、ネビル、ルーナ、セドリック………大切な学友以外にも、ライアンやシリウスなど、自分以外で此処に来た全員が息の根を止められていた。

 

「ち、違う! こんなの、現実じゃない! 全部嘘よ! そうよ、きっとそうなんだわ!」

 

 小さな子供のように、駄々を捏ねるように喚いていると、ルシウスが薄い唇に冷たい薄ら笑いを刷いた。

 

「見苦しい真似だな。いい加減、辛い現実から眼を背けずしっかりと向き合ってみたらどうだ? ―――君以外の者は皆死んだ。そして、君はこれから死ぬ。さあ、決められた運命から逃げず、全てを受け入れろ」

 

 ルシウスの特徴的なステッキ型の杖が突き出される。

 杖先が心臓部分を狙い、ハーマイオニーは背筋が凍り付いた。

 早く逃げないと………!

 そう思うものの、身体が言うことを聞かない。

 やがて、『死の呪文』が放たれる。

 殺戮効果を帯びた緑色の閃光が。

 ハーマイオニーは成す術もなく悲鳴を上げた。

 

「イヤあぁぁぁぁぁぁああッ………!!」

 

♦️

 

 自分の絶叫でハーマイオニーは目を覚ます。

 最初に眼に入ったのがウィーズリー家の一室の天井だと気付くのに、少し時間が掛かった。

 気付けば身体全身から酷い脂汗をかいており、心臓もドクドクと激しく脈打っている。

 ハーマイオニーは、ガバッと跳ね起きた。

 荒い息遣いと共に周囲を注意深く見渡す。

 ルームシェアしているジニーは隣のベッドで眠っていて、ハーマイオニーが起きたことに気が付いていないようだ。勿論、起こすつもりはないけれど………。

 もう一つのベッドはがら空きだった。

 フィールが寝起きするベッドだ。

 どうやら今夜も警備に当たっているらしい。

 気配を察知しやすいフィールが不在でホッと安堵の息を吐きつつ、気分の悪さに胸を押さえながら、ハーマイオニーは呼吸を整える。

 

(一体、何回同じ夢を見ればいいの………)

 

 神秘部の戦いを終えてから、幾度となく見ている嫌な夢。

 夢なのに、あたかも現実で経験したかのような感覚に………寝起きが辛くて苦しい。

 ハーマイオニーはベッドから抜け出し、ジニーを起こさぬよう窓に近付く。

 ロンドンでは見ることが出来ない、無数の星々が夜空で煌めいている。

 そんな美しい夜景も、今のハーマイオニーの瞳には虚ろに反射しているだけだった。

 

♦️

 

 7月の中旬、真夏日。

 本格的に夏が始まったこの時期はとても暑い。

 ほぼ真上から降り注ぐ日差しからは逃れようがなく、ジリジリと肌を焼く。

 そんなある日、ロンドン郊外に在る人気の無い古びた教会の墓地に数人の人影が現れた。その人影の手には花束が握られている。

 

「此処だ、皆。私の一族・ベルンカステル家の血を引く者と、その関係者が眠る墓地は」

 

 フィールは、皆―――先月、神秘部にて死喰い人と一戦を交えて辛くも生還を果たしたハリーを初めとする友人のハーマイオニー、ウィーズリー兄妹・ロンとジニーに簡潔に説明した。

 そう、此処ら一角はベルンカステル家のセメタリーエリアだ。

 年季の入った教会を背後に緑豊かな地面に突き立てられた数多の墓には、『ベルンカステル』と言う文字が刻まれている。

 

 今日此処に来た理由は他でもなく、墓参りだ。

 あの日、唯一の戦死者として帰らぬ人となってしまった―――エミリー・ベルンカステルの。

 親類のみの家族葬は既に終えている。

 その時、ベルンカステル一家と深い関わりがあるベイカー夫妻・イーサンとライリーは参列し、多忙な知人達は合間を縫って各自花を手向けた。

 ちなみにベイカー夫妻の一人娘でハリーやハーマイオニーの同級生・クシェルは両親に連れられて、フィールが彼等を連れて来るよりも先に墓参している。

 

「うわ………あ。凄い数の墓だ………」

 

 目の前に広がる幾多の墓石にハリーは緑色の両眼を大きく見張り、ハーマイオニー達も思わず口をあんぐりと開ける。

 どの墓石を見てみても、その全てには同一の姓が刻印されており、改めてベルンカステル家の歴史の古さを実感した。

 

「………………」

 

 不意に、フィールはピタッと立ち止まる。

 急に立ち止まったフィールに、ハリーは首を傾げた。

 

「フィール、どうしたんだ?」

「! ………ああ、いや、その―――」

 

 フィールは顔を横に向ける。

 ハリー達がそちらへ視線を走らせると、

 

 Jack(ジャック)()Bernkastel(ベルンカステル)〈1959~1985〉

 

 と刻まれた墓石が立てられていた。

 フィールの父・ジャックが眠っている墓だ。

 その隣には、

 

 Kurami(クラミー)()Bernkastel(ベルンカステル)〈1959~1987〉

 

 と彫られた母・クラミーの墓石も並んでいる。

 一見すると夫同様に死亡しているかのように見えるが、現実は母の形見としてフィールが肌身離さず首から下げているロケットにクラミーの魂が宿っている。

 まあ、そんなの今はどうでもいいだろう。

 死んだ父親の墓石の前。

 そこは、フィールにとって因縁の場所だ。

 

「11年前、父の葬儀が終わった後………父方の叔父のアレックに『お前が死ねばよかったんだ』って言われたのを思い出して、それで」

 

 ジャックの弟でフィールの叔父・アレック。

 彼はただ一人の肉親だった兄を突然失ったショックで、悲しみと憎しみと八つ当たりから、当時まだ5歳の幼い童女だった姪のフィールに精神的苦痛を与える残酷な暴言を吐いた。

 あのアレックの発言が、天真爛漫で純真無垢だったフィールを歪めた根本的な原因と言っても過言ではないだろう。

 大好きな母と父を目の前で魂を喰われたり殺されたりして精神を抉られていた彼女を励ますどころか、逆にもっと心に深い傷を負わせ、更にはもう一人の姪っ子の破滅を魔法省の人間に依頼し、結果として新たな悲劇を生み出した。

 ある意味では、ルシウス・マルフォイやドローレス・アンブリッジよりも冷酷非道で冷血な人間と言える。

 

 ―――お前のせいで、兄さんは………!

 ―――お前が死ねばよかったんだ………!!

 

「………ッ」

 

 頭の中で響き渡る、アレックの鋭い叫び声。

 自分を責め立てる言葉が、やけに鮮明に反響し―――フィールは思わず、こめかみを押さえた。

 何年経っても、アレックの糾弾だけは………頭の奥に巣食って離れない。

 長年が経過した今でも、こうしてふと甦り、その度に胸がギリギリと締め付けられる。

 

「………なんて、今日此処に来たのは過去の話をするためじゃなかったな」

 

 気にしないでくれ、と言ったフィールに、ハリーは緑眼を細める。

 先程、一瞬だけ苦し気な表情を浮かべたフィールの背中を優しくさすり、こう言った。

 

「僕達の前では、無理しなくていいよ」

 

 とても短くて簡素なメッセージ。

 でもフィールは、それだけで充分伝わった。

 微かに微笑み返し、目元を和らげる。

 

「わかってる。………ありがとな」

 

 それからは、無言のまま再度歩き出したフィールの後をついていき―――やがて彼女は、真新しい墓石の前で立ち止まった。

 

 Emily(エミリー)()Bernkastel(ベルンカステル)〈1961~1996〉

 

 眼前の墓石に刻まれている名前に、ハーマイオニーとウィーズリー兄妹は息を呑み、固まった。

 神秘部での死闘で起きた出来事が、嫌にも思い返されたのだろう。エミリーは、ルシウスとベラトリックスが放った呪いから三人を護るべく、自らの命を投げ出して死んだ。

 人が殺される瞬間を無惨にも見せ付けられた三人にとって、エミリーの死はトラウマの一つとなった。

 特にハーマイオニーはダメージが大きい。

 ウィーズリー兄妹よりもエミリーと関わる回数が比較的多かったからだ。

 年の離れた友達とも姉とも言える存在だったエミリーともう二度と会えない事実を改めて思い知らされ―――奥歯をギリッと噛み締める。

 

 ―――やったねぇ、やったねぇ! 忌々しいベルンカステル家の人間を一人殺っちまえて!

 ―――エミリー・ベルンカステルは死んだ。我々の手によってな。

 

 人殺しを平気に行い、人ならざる嗤い声を上げてみせたあの忌々しい男女の声が、脳裏に響く。

 

(エミリーさんは私達を庇って死んだ………本来だったら、私が殺されてたのに………)

 

 今になって、危うく命を落とし掛けた恐怖が甦ってきた。もしもエミリーが庇ってくれなかったら、今頃どうなっていたかわからない。

 二人へ対する憎悪と同時、自責の念にも駆られるハーマイオニーは昏い翳を落とした顔で、墓石の前に花束を供えた。続いてハリー、ロン、ジニー、そしてフィールも順に花を供え、眼を閉じて手を合わせる。

 

(エミリーさん………私達は今、貴女のおかげでこうして生きているわ)

(僕達をアイツらから護ってくれて、本当にありがとう)

(どうか天国で安らかに眠ってください)

 

 ハーマイオニー、ロン、ジニーは心の中で冥福を祈り………ゆっくりと眼を開ける。

 先程と全く変わらない同じ景色が、視界を埋め尽くしていた。

 もしかしたら、ゴーストとなったエミリーがドッキリを仕掛けるのでは、と思わず自嘲してしまうほどの馬鹿馬鹿しい希望にすがった自分自身にハーマイオニーは胸がズキッと痛む。

 

「………エミリーさん」

 

 そっと墓石に触れ、刻まれた名前を指先でなぞる。

 墓石の、ひんやりした感触が指先から身体の芯まで染み込む。

 つらつらとエミリーのことを考えてると―――不意に記憶が甦った。

 

 迫り来る、呪いを帯びた細長い閃光。

 自身の命と引き換えに友人二人を護ろうと死を覚悟して眼を瞑った自分を強く抱き締めた、その人の両腕の力強さ。

 辺りに響く、刹那肉を切り裂く不気味な音。

 恐る恐る閉じた瞼を開け、眼に飛び込んできた―――紅に染まった世界の色。

 真っ赤な大輪の花で咲き誇った胸元。

 視線を落とすと、そこには、代わりに身を投じた女性の背中を刺し貫いた光景があり………。

 

「………ッ!」

 

 フラッシュバックする、あの日の出来事。

 死期迫る中、息も絶え絶えに言葉を紡ぎ、金色の瞳から溢れ出す涙で血に濡れた頬を伝いながらいつも見せていた笑顔で迎えた最期。

 静かに瞼をおろし、つと話さなくなった彼女は肩にもたれ掛かるよう息を引き取り―――。

 

「ハーマイオニー? どうした?」

 

 ハーマイオニーの様子がおかしいことに気付いたフィールは心配そうに顔色を覗き込む。

 ハーマイオニーは、フィールの顔を見つめた。

 エミリーと瓜二つの、整った綺麗な顔。

 虹彩や雰囲気は全く違うのに………面差しがエミリーとピッタリ重なり、今までずっと堪えていた、形容し難い感情が沸々と胸の底から込み上げてきて―――

 

「う、あ………うぐっ……ああぁぁぁ………!」

 

 次の瞬間。

 ハーマイオニーはフィールの胸に飛び込んだ。

 我慢しようと思ったけど、出来なくて。止めどもなく涙が褐色の瞳から溢れ出し、フィールの胸元を汚していく。

 

「ごめんなさい………エミリーさん………ごめんなさい………っ!」

 

 あの時。

 自分がもっと強かったら。

 エミリーが死ぬことは………なかったかもしれないのに。

 自分が弱かったばかりに、殺されてしまった。

 親友の叔母を、大事な家族を、自分が奪ってしまった………。

 もうどうにもならないことなのに。

 謝って許されることじゃないのに。

 罪悪感を涙で洗い流せるはずもないのに、ハーマイオニーはフィールの胸に甘えて泣き続けた。

 

「私………私のせいで、エミリーさんは………私があのまま殺されてれば、こんなことにはならなかったのに………本当に………本当に、ごめんなさい………!」

 

 すると嗚咽を堪えきれず涙声で謝罪するハーマイオニーの頭を抱え、落ち着かせるように優しく撫でながら、フィールはこう言った。

 

「謝るなよ、ハーマイオニー。アンタは何も悪くないんだから。エミリー叔母さんはハーマイオニー達のことが好きだったから、最後の最後まで戦ったんだ。そしてアンタ達を護ると言う目的を果たした末に、命が果てた。満足に思いこそすれ、アンタを責めるようなことは一つも考えてないはずだ。逆にそんな風にアンタが思ったりしたら、あの人の誇りを傷付けるだけだろ」

 

 フィールはハーマイオニーを諭しながら、どこか遠いところを見ているような眼をしている。

 ハーマイオニーと似たような経験をしているが故の、理解者や共感者の眼差しだった。

 

「忘れろ、無かったと思え、とは言わない。アンタが今抱いている気持ちは、私もよくわかる。でも『自分が死ねばよかったんだ』って考えを持つのは止めろ。あの人が命を賭してでもアンタ達を生かしたなら、その気持ちを無駄にするな。あの人の分までこの世を生き抜け。そんな簡単に死ぬもんじゃない」

 

 フィールらしい、ぶっきらぼうな言い方での励ましの言葉に。

 泣きじゃくるハーマイオニーは深々とフィールの胸に埋めていた顔を離し、涙でぐちゃぐちゃにさせながらも強い瞳でコクリと頷いたのだった。

 

♦️

 

 それから数週間、エミリーの墓参りで外出した以外、ハリーは隠れ穴の庭の境界線の中だけで仮初めの平和な日々を暮らした。毎日の大半をウィーズリー家の果樹園で二人制クィディッチをして時間を過ごすのは、とても楽しかった。

 ハリーはハーマイオニーと組み、ロン・ジニーとの対戦だ。箒に乗るのが不得意なハーマイオニーは恐ろしく下手で、ジニーは手強かったので、中々いい勝負だ。

 ちなみに果樹園以外でもクィディッチをプレイ出来るエリアは在る。丘の上に位置するウィーズリー家には小さな牧場が在り、草むらの周りは木立で囲まれ下の村からは見えないので、ウィーズリー兄妹は其処でクィディッチの練習をしているとか。

 ハリーのガーディアンとして常に神経を研ぎ澄ませているフィールも時折二人制クィディッチに参戦し、息抜き兼ねてエンジョイしている。

 あまり神経質になり過ぎていても、却って精神的に参るからだ。異変があればすぐに対処出来るよう警戒しつつ、実戦の勘を養うために『魂の境界線』で母・クラミーと組み手したりして、更に腕を磨いている。

 

 フィールだけじゃなく、ハリー達もライアンやルーピンの指導の下、魔法の訓練を積んで力を蓄えた。

 未成年魔法使いなので、普通であれば魔法省からのお咎めを受けているだろう。

 しかしそうならないのは、以前ライアンがフィールの身を案じて製作した『匂い消しチョーカー』を彼からプレゼントされ、それを身に付けているおかげだ。このチョーカーを付けている間は学校の外で魔法を使っても問題無い。

 魔法省にバレたら犯罪となる物の使用、ルールに煩いハーマイオニーからすれば、今頃は「いい歳した大人がなんて物を作ってるんですか!」と目くじら立ててキーキー非難していただろう。

 

 けれどハーマイオニーは非難するどころか、ライアンからチョーカーを貰って魔法行使が自由になると、誰よりも熱心に魔法の手解きを受け、人一倍レッスンに励んだ。

 ―――もう二度と、大切な人を失いたくない。

 頑固者のハーマイオニーが魔法界の規則を破ってまで強くなりたいと思うのは、エミリーの死から生まれた、ただそれだけの理由だ。

 そしてその強い想いこそが、今のハーマイオニーの心を支えている。

 もう、自分のせいで誰かを失う羽目になるようなことはあってはならない。

 ハーマイオニーには、既に心を決めた人間特有の頑なさがあって、一度決めたことは最後まで守ると、決意を胸に努力し続けた。

 

 だが―――それでもやはり、決意の裏側で悔恨の念に苛まれるのは、避けられなかった。

 自分が力不足だったばかりに、エミリーは死んでしまったのだから………。

 フィールには、そう思うことはエミリーの誇りを傷付けると言われたけど、どうしてもそう考えてしまう。

 

 近頃ハーマイオニーは悪夢に魘されていた。

 毎晩、ベラトリックスの高笑いとルシウスの冷徹な発言がリフレインし、エミリーが殺される夢を何度も繰り返し見た。

 自分の意志では、夢の内容までコントロール出来ない。精神的に無防備な状態になるから、起きている時よりも記憶がハーマイオニーの心を圧迫するのだ。

 そのせいでハーマイオニーは不眠症に陥っていた。睡眠不足だから四六時中顔色が悪く、食欲も沸かない。………と言うか、本当はあまり食べたくなかった。

 悪夢を見た後に目を覚ました直後、嘔吐に襲われるからだ。でも、そのことを毎日美味しい料理を作ってくれるモリーに、正直に打ち明けられるはずもなく………今夜も独り、洗面所にて今日食べた物を全部リバースして、モリーに対し申し訳ない気持ちに苦しめられていた。真夜中だから、家の中はすっかり寝静まっている。

 

「はぁ………はぁ………うっ……………」

 

 ハーマイオニーは口元を押さえる。

 ズルズルと、力無く床に座り込んだ。

 苦し気な息を吐き出し、眼を閉じる。

 全身からは冷や汗が噴き出されており、顔色も気分も優れない。

 壁にもたれ掛かるハーマイオニーは弱々しく項垂れた。

 

「気持ち………悪い………」

 

 精神的にも肉体的にも、とても気持ち悪い。

 罪悪感、自責の念、悔恨の念………色々な意味で負の感情が胸の中で渦巻き、増大し、支配されて、苦悶していた。

 加えて彼女は別の苦痛に精神を蝕まれていた。

 あの日………全身に浴びた、真っ赤な血液。

 鉄の匂いが充満する、べったりと身に纏わりついた生暖かい感触が、肌に、細胞の隅々まで絡み付き―――どんなに洗い流しても、いつまで経っても剥がれない。

 

 血は生きる者全ての身体に流れる命の水だ。

 それを大量に失うと言うことは、生命活動の停止を意味する。

 傷の開き口から溢れ出た血液をこの眼に焼き付けられたハーマイオニーは、血を連想させる真紅の物を見るのを避けていた。

 

 が、それは厳しい話だった。

 ハーマイオニーの所属寮はグリフィンドール。

 グリフィンドールのシンボルカラーは真紅と黄金だ。新学期に入ったら、談話室や寝室の内装で否が応でも想起されるだろう。

 そう思うと、9月1日にホグワーツ特急に乗ること自体気が滅入る。こんな気持ちになるのは、入学以来初めてだった。

 

「このままじゃ、ダメ………しっかり………しなきゃ………私が倒れたりしたら………皆に迷惑かけちゃう………」

 

 気分の悪さに胸を押さえつつ、ハーマイオニーはふらふらと壁に手をついて立ち上がる。

 そうして、眼の焦点が合わないハーマイオニーは意識が朦朧としながら、覚束無い足取りで部屋へ戻ろうと歩き始め―――途中、眩暈がして身体をふらつかせた。

 

「あ………っ」

 

 よろけたハーマイオニーは棚にぶつかった。

 コップや皿が床に落ちて散乱する。

 細かい破片でハーマイオニーの頬や手の甲に傷が走り、血が滲んだ。

 

「もう………ダメ…………」

 

 食器棚に激突した瞬間、まるで鋭く尖った杭を頭に打ち込まれたような痛みが走り………急速に疲労感と脱力感に見舞われたハーマイオニーは、自分の身体を支えることも出来ず、フッと意識が遠退き、力尽きてその場に崩れ落ちた。




【悪夢を見るハーマイオニー】
5章終了後、ほぼ毎晩見るようになってます。

【エミリーの墓参り】
ハリーが隠れ穴に着いて数日後、フィールが案内と護衛を兼ねて皆で行きました。

【大泣きするハーマイオニー】
キャラの中でも感受性が特に強いので、そりゃ大泣きしますよ。

【フラー・デラクール】
誰だそいつは?

【ハーマイオニー、ノックアウト】
作中でハーマイオニーが倒れるの、何気にこれが初では?

【まとめ】
今回は主にハーマイオニーがメインの回。
エミリーの死は特にハーマイオニーのトラウマとなり、作中では大いに苦しむ羽目となってしまいました。人が死ぬ瞬間を見せ付けられたら、こうなってしまうのは仕方ないですね。


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#89.カミカゼ(あなたを救う)

二度あることは三度ある。
このことわざのように、今回もやって来ましたダイアゴン横丁の回は話の区切りと本文文字数の関係でまたまた延期となりました。何度も何度も予定がコロコロ変更してしまい、本当にすいません………。
一体いつになったらダイアゴン横丁行くんだよこの野郎と思ってくれて構いません。次回こそちゃんとダイアゴンへレッツゴーしますので、どうかお待ちください。


 時は少し遡り―――。

 フィールは今夜も外で警備に務めていた。

 腕を組み、外壁に背を預けて夏の夜空を仰ぎ見る。

 丘陵地の夜気が全身を包み、時折渡って吹いてくる冷たい夜風が涼しくて気持ちいい。

 が、フィールは冴えない表情だった。

 ふーっと息を吐き、眼を閉じる。

 今日はなんだか調子が悪そうだ。

 

《フィール、ちゃんと寝てるの?》

「………実は、あんまり。なんか、寝ようにも寝付けなくてさ。疲れてるはずなのに、すぐに目が覚めるし………」

 

 魔法省直々に最大級の保護対策を施してくれたとは言え、死喰い人がいつ奇襲して来るか心配で眠れないのだろう。

 ガーディアンとしての役割を投げ出さずにきちんと守るのは素直に偉いと思うが、少しばかり無理をし過ぎだ。連日夜遅くまでの警守は体力的にも精神的にも消耗が激しいのだから、蓄積した疲労感は相当なはずである。

 

《フィール、今日はもう休みなさい》

「え………でも」

《無理は禁物よ。近頃は疲れも中々取れてきてないみたいだし、ちゃんとコンディション整えてからの方がいいわ》

「でも、もう少し………せめて、あと10分くらい………」

 

 フィールは眠そうな眼を擦り、睡魔を強引に押し退けて再度気を引き締める。

 前に眠くなったら一旦仮眠して休憩すると約束はしたが、フィールとしては、やはり気掛かりで仕方ないのだろう。

 寝首を掻く、と言う言葉の通り、今の時間帯は特に危険性が高い。人間寝込みを襲うのが最も効率的で最低限リスクが低い手段だ。

 ハリーを匿っているだろう隠れ穴にいつ死喰い人が襲来してくるか、わかったものではない。

 だからこそ、フィールは寝る暇も惜しんで、不死鳥の騎士団の仕事を精励していた。

 

《………もう、こういう時は粘り強いのね》

 

 フィールをそれ以上止めることも出来ず、ロケットの中でクラミーはやや諦め顔になる。

 約束破ったら説教、と少々考えてはいたが、フィールの騎士団の一員だからとかではなく、ただ純粋な気持ちで友人を護りたいと言う気持ちを魂を通じて知って以降、自分には口出しする権利が無いと、思春期真っ只中と言うのもあってあまり異を唱えないようにはしてたが………。

 それでもクラミーは、心配で堪らなかった。

 娘が友達のために頑張るのは長年傍で成長を見守ってきた母親として喜ばしい限りだが、無理をして体調を崩したら大変だ。頑張れと応援したい反面、無理はして欲しくないと、クラミーは複雑な心境になる。

 

(全く………ハリー君の護衛はフィール本人が了承したとは言え、アラスターもこんな危険な役割を子供に任せないで欲しいわ。と言うか、本当はあの人達と関わること自体、わたしは反対なのだけれど………)

 

 今も尚クラミーはライアン達同様、ムーディや騎士団へ対する敵意や殺意は少なからず抱いている。前に『魂の境界線』で組み手したフィールへ自分を抹殺しようと企んでいた彼等との接触は気にしてないのかと、少しばかり気になってたことを直接訊いてみたのだが、やはりと言うかなんと言うか、「別に今はもう気にしてない」と随分あっさりな返事が返ってきた。

 フィールからそう返答された後でも、クラミーはムーディ達を許す気持ちにはなれない。大事な子供を密かに殺そうとしたヤツをどう許せと言うのだ。

 そうして、クラミーがあれこれ思念しているのは露知らずのフィールはそのまま警備を続行し、10分が経過した後、そろそろ就寝しようかと腕時計を見て時刻を確認した、その時だ。

 

 家の中で、バタンッ、と大きな音がしたのは。

 ハッとフィールは振り返る。

 今のは空耳なんかではない。

 確かに何かが倒れた音だ。

 それも、物ではなく人が倒れたような………そんな音に、二人に緊張感が駆け抜ける。

 

「………今、中で大きな音しなかったか?」

《ええ………そうね。………フィール、万が一の場合も有り得るわ、慎重に入りなさいよ》

「ああ、わかってる。―――ルーモス(光よ)

 

 フィールはゆっくりとドアを開け、『照明呪文』で小さな灯りを杖先に灯しながら、先程聞こえた物音の発信地へ向かい―――驚愕に眼を剥いた。

 

「―――ハーマイオニー………!?」

 

 足元の床を照らしたフィールは声を上げる。

 杖先のほのかな光が、食器類が散乱した台所に寝転がる人影を映し出す。

 眠気が一気に覚めたフィールの眼に飛び込んできたのは、2階の部屋で寝ていたはずのハーマイオニーが華奢な身体をくの字に曲げた形で倒れている光景だった。

 

♦️

 

 何処かで自分の名前を呼ぶ声が聞こえる。

 深い深い水の底でもがくように足掻き続けていると、また微かに自分を呼ぶ誰かの声が耳を打った。

 聞き慣れた少女の声が徐々にハッキリと聞こえるようになり、ハーマイオニーは神経を集中させる。

 

 ―――………イオニー………ハーマイオニー。

 

(ジニー………?)

 

 ―――ハーマイオニー………お願い、目を覚まして。

 

 その声は、確かにジニーだった。

 一人っ子のハーマイオニーにとって、妹的存在のジニー。

 彼女に呼ばれたのを無視することは出来ない。

 急速にハーマイオニーは意識が覚醒する。

 自分に呼び掛ける声の主がジニーだとわかった瞬間―――闇の底から引き上げられるような感覚と共に、深い眠りから目覚めた。

 身体は深い水の中を歩いてきたように重い。

 淀んだ沼の底から這い上がったみたいに、まだ気だるい意識を引き摺ったままだけれど、心配そうに覗き込むジニーの顔はハッキリと捉えていた。

 

「ジニー………」

 

 気が付くと、そこは見慣れたジニーの部屋で、いつも自分が寝起きしているベッドに寝かされていた。

 すっかり使い慣れた感触に包まれているのを実感し、ハーマイオニーはホッと安心する。視線を反対側に向けると、ハリーとロンも居た。

 

「よかった………」

「本当に心配したよ………」

 

 目を覚ましたハーマイオニーを見て、二人共安堵の表情を浮かべている。

 

「………私は………どうして………………」

 

 額を押さえながら、半身を起こそうとすると、ジニーが反射的に手を貸してくれた。

 自分の身に何が起きたのか、と記憶を探る表情を見せるハーマイオニーに、ジニーが説明する。

 

「今日の真夜中、フィールが此処に運んできたのよ。なんか騒がしいなって思って下に降りたら、『ハーマイオニーが倒れた』って私より先に起きてたパパとママから聞いて、本っ当にビックリしたわ………」

 

 言われて、ハーマイオニーは朧気に思い出す。

 今回もあの悪夢を見て吐き気に襲われ………堪らず洗面所で嘔吐し、部屋に戻ろうとした最中に食器棚にぶつかり、急激な倦怠感に包まれた身体を支えられず、倒れて意識がブラックアウトしてしまった………。

 

「………ごめんなさい、私、皆に迷惑掛けて」

「そんな………迷惑だなんて、これっぽっちも思ってないわ。ハーマイオニーが倒れたって聞いて心配しない訳が無いじゃない」

「ジニーの言う通りだぜ。ま、とにかくハーマイオニーが目を覚ましてよかった」

 

 二人からの温かい言葉に、ハーマイオニーは涙が出そうになるが、その顔はどこか暗い。

 心配してくれるのは親友として嬉しいけど、皆に迷惑掛けてはいけないと心掛けてたのに迷惑を掛けてしまって、申し訳ない気持ちになり、鬱屈そうに瞳を伏せて俯いた。

 

「そういえば、フィールは………?」

 

 この場にフィールが居ないので誰にともなく尋ねると、グッドタイミングで部屋のドアが開き、フィールが現れた。

 人数分のホットチョコレートが入ったマグカップを『浮遊術』で溢さないよう器用に浮かせている。いつもの無愛想な顔に、ホッとした表情が滲んでいた。フィールの顔を見て、一瞬、エミリーの面影を感じ、ズキッと胸が痛む。

 

「ハーマイオニー………目が覚めたんだな」

「フィール………心配掛けて、ごめんなさい」

「気にするな。まだ寝てろ」

 

 ホットチョコレートをそれぞれ渡し終えると、フィールはハーマイオニーの頭をくしゃりとやった。

 

「色々辛いとは思うが………今は意識が戻ったことを喜べ。アーサーさんやモリーさんも心配してたぞ。今、下に居るけど、顔を見せてやれば安心するだろ。呼ぶか?」

「いえ………私が下に降りるわ」

「ハーマイオニー、大丈夫?」

 

 ベッドから起きようとするハーマイオニーを、ジニーが支える。

 

「ええ。ありがとう、ジニー」

 

 ジニーの肩を借りて、ゆっくりとした足取りで階段を降りていく。

 1階に降りると、ウィーズリー夫妻が居た。

 

「ハーマイオニー!」

「目が覚めたのね!」

 

 ハーマイオニーの顔を見るなり、アーサーとモリーは声を上げる。モリーなんかは早足で駆け寄り、痛いくらいに強く強く抱き締めた。

 

「真夜中にフィールに起こされたと思ったら、貴女が台所で倒れていたって言われて、冗談抜きで心臓が止まりそうになったわ………。気分は大丈夫? 吐き気とかないかしら?」

「今は大丈夫、です………」

 

 そうは言いつつ、顔色は頗る悪い。

 ハーマイオニーはモリーに怠い身体を預け、重い瞼を閉じる。

 モリーは身を任せてきたハーマイオニーを受け止め、背中を優しく背中をさすった。

 

「しばらくは部屋でゆっくり休んだ方がいいわ。ハーマイオニー、気分が悪くなったりしたら、我慢しないですぐに言いなさいよ」

「はい………」

「じゃあ、部屋に行きましょう。歩ける?」

 

 が、その前に、

 

「いや、私が連れて行く。ハーマイオニーを運んだらそのまま部屋で待機してるから、何か起きたら連絡してくれ」

 

 と、モリーからハーマイオニーを受け取ったフィールがヒョイと背負い、階段を上がろうとしたが、そこでハリーが口を挟んだ。

 

「だけどフィール。君は1回も寝てないじゃないか」

 

 ハーマイオニーが倒れていたのを発見して以来フィールは一度も寝ていない。睡眠不足がちなフィールの身を案じてハリーは自分がハーマイオニーに付き添うと言おうとしたが、肩越しに振り返ったフィールにバッサリと断られた。

 

「心配してくれるのは嬉しいけど………流石にこんな状況で寝る気にはなれない。気持ちだけ受け取っておく」

 

 そうして、フィールは階段を上っていく。

 モリーはフィールが傍に居るなら大丈夫だろうと安心しつつ、内心はハリーと同じで、姿が消えるまでその背中を心配そうな眼差しで見つめたのだった。

 

 2階に在るジニーの部屋に入ったフィールはベッドにハーマイオニーを寝かせた。横になったことで呼吸が楽になったようだが、顔色は相変わらず悪い。そんな中、ハーマイオニーは申し訳なさそうな表情でフィールを見た。

 

「フィール………本当にごめんなさい。ただでさえ、普段寝る時間を潰しているのに………」

「言っただろ。気にすんなって」

「でも………」

「わかった。なら、早く良くなって元気になれ。いつまでも寝込むハーマイオニーなんてらしくないし、アンタが居なきゃ、無鉄砲なアイツらが何を仕出かすかわかったもんじゃない」

「だけど、私のせいで、貴女は休憩時間や魔法の練習時間が潰れて―――」

 

 ハーマイオニーが思わず言い募ると、フィールは少しムッとした顔になった。

 

「それ以上言ったら、いくら私でも怒るぞ? 友人の身よりも自分の時間を優先するヤツが何処に居る? いいから今は余計な事は一切考えんな。他人の心配をする暇があるなら、自分の体調を心配しろ」

「………ご、ごめんなさい」

 

 フィールにピシャリと言われたハーマイオニーはシュンと恐縮し、大人しく眼を閉じた。

 

 しばらくは静かな時間が流れ―――。

 沈黙が漂うシンとした空気の中、ふと、眼を開けたハーマイオニーは、視線だけを動かしてフィールを見た。

 椅子に深く腰掛けるフィールは、責任感が強いハーマイオニーに気を遣わせないよう表向きは魔法の本を読んでいるが、その実ハーマイオニーに異変が起きたらすぐに対応出来るようスタンバっている。

 フィールとは長い付き合いのハーマイオニーは然り気無い彼女の気配りをなんとなく察しつつ、やはり彼女はエミリーの血縁者なんだなと、またまた面影がオーバーラップして胸を締め付けられた。

 ハーマイオニーが顔を歪めた直後、何処からか視線を感じたフィールが本から顔を上げ、ハーマイオニーの方に視線を走らせた。

 

「どうした? 気分悪くなったか?」

「あ、えっと、その………大丈夫よ」

「本当に? 無理して隠してる訳じゃないだろうな?」

 

 怪訝そうな眼差しをフィールは送る。

 その瞳を見ながら、ハーマイオニーは目元を和らげ、ニッコリと淡く笑む。

 

「………なんで笑うんだよ」

「ああ、ごめんなさい………何だかんだで、フィールは優しい人よね」

 

 フィールは蒼い両眼を剥く。

 ハーマイオニーの言葉に驚いてるようだった。

 

「私が? 優しい人? 面白い冗談を言うな。笑わせるなよ」

「冗談じゃないわ。それにそう言ってフィールは笑ってないじゃない」

(そこは普通にツッコミ入れんだな………)

「………まあ、それはいいとして。なんで、そう思うんだ?」

「だって、そうでしょう? フィールは自分の時間を割いてまでこうして傍に居てくれるし、さっきだって、言い方はキツいけど、私の身体を心配して、ああ言ってくれたわ。不器用な優しさが、貴女の特徴よね」

 

 ハーマイオニーは柔らかく微笑む。

 

「ありがとう、フィール。フィールには本当に感謝してるわ。同性の友達が少ない私と仲良くしてくれて、私のこと、本気で心配してくれて。私だけじゃない。ハリーにロン、それにネビルやジニー………貴女はこれまで、数え切れない程の人達を救ってきたのよね」

 

 彼女の言った意味が上手く飲み込めないでいたフィールは眼をぱちくりさせたが、次第に、頬がほんのり紅潮していき、プイッと顔を逸らした。

 

「………そうか」

「あら? もしかして、照れてるのかしら?」

「別に照れてなんかない」

「ふふっ、そうかしら?」

「軽口叩けるなら、そこまで心配する必要は無いか?」

 

 ハーマイオニーはイタズラっぽく笑う。

 なんだかフィールが可愛く見えて、つい、笑みを溢してしまった。

 そんな彼女を、クールダウンしたフィールはフッと一息ついてから、いつになく真剣な瞳で見据えた。ハーマイオニーは急に真面目な顔で見下ろしてきたフィールに緊張感を持つ。

 

「………なあ、ハーマイオニー」

「なに?」

「この際だから、アンタに確かめておきたいことがある。―――アンタが真夜中に倒れたのって、もしかして、何らかの悪夢を見た影響か?」

「え………………」

 

 思わぬ問いに、ハーマイオニーは絶句する。

 言葉を失ったハーマイオニーを見てフィールは蒼い眼を細め、確信めいたものを抱きつつ、そのまま続けた。

 

「意識を失って眠ってる間、アンタが寝言で『エミリーさん』って言ってたのを偶然聞いたんだ。それで、もしかしたら、エミリー叔母さんが死んだ出来事の夢を見て、精神的に限界を迎えて倒れたんじゃないかって思った。違うか?」

「………………ええ、フィールの言う通りよ」

 

 どストライクでフィールの推測が的中してる以上、彼女に対し隠し事にする必要性は無い。言いづらそうな面持ちだったハーマイオニーは観念して半身を起こし、現在二人きりで話せる状況だと言うのもあって、これまでずっと悪夢に魘されていたこと、それでほぼ毎晩嘔吐していたこと等、今まで誰にも打ち明けてこなかった秘密を1から順に説明した。

 

「………そうだったのか」

 

 ハーマイオニー本人から直接事情を全て聞き及んだフィールは、椅子からベッドに移動し、ハーマイオニーに向かって頭を下げた。

 

「悪かった。アンタが苦しんでいたのに、気付いてやれなくて。いや、なんとなく、顔色は良くないなとは思ってたけど………それでも、気に掛けてやらなくて、ごめんな」

「そんな………悪いのは、皆に何も言わないで隠し通そうとして、こんなにも多大な迷惑を掛けた私よ。フィールは悪くないわ」

「………………」

「ねえ、フィール………」

 

 ハーマイオニーはフィールの眼を見つめた。

 見慣れた蒼色の瞳がこちらを覗いている。

 

「………最近私は、貴女のことを、本当はエミリーさんなんじゃないかって、勘違いするようになってきたわ。それほどまでに、貴女とエミリーさんは………瓜二つだもの」

「そりゃ………あの人は私の実の叔母だったんだから、顔くらい似ていて当たり前だろ」

「いいえ………血縁者だから容姿が似ているとかよりも………ともすればエミリーさん本人と錯覚するって言った方が、この場合は正しいかもしれないわ」

 

 細い腕を伸ばし、ハーマイオニーはフィールをギュッと抱き締める。

 

「だけど………わかってるわ。貴女はエミリーさんじゃないってことくらい。でも………どうしても、心がついていかない。頭ではどんなにわかっていても………もう、エミリーさんと会えないなんて………わかりたくないわ………」

 

 抵抗せず、ハーマイオニーの腕の中にいるフィールはなんて声を掛ければいいのかがわからず、顔を伏せる。

 何か言わなければ、と思いながらも、励ましの言葉の一つ、上手く口に出来なくて。ハーマイオニーの元気が出るような気の利いた言葉の一つも思い浮かばない。

 

(私はダメなヤツだな………)

 

 今のハーマイオニーの気持ち、フィールには痛いくらいによくわかっていた。

 母と顔が似ている叔母を見る度、死んだ母が帰ってきたと錯誤した………かつての自分と重ね合わせ、フィールは俯く。

 今度は自分が誰かにとって辛い思いをさせる立場となったのだ。

 言い方は悪いが、今までは、その逆で自分が辛い思いをしてきた立場だったのに………。

 両サイドの観点を持ったフィールは、どうすればハーマイオニーを励ませるかと、必死に頭を働かせる。

 と―――少し身体を離したハーマイオニーが、なんとも言えない表情を見せた。

 

「なんて、こんなこと言っても、貴女を困らせるだけよね。他人である私よりも、血縁者だった貴女の方がずっと………」

 

 辛くて苦しいのに、とハーマイオニーは言おうとしたが、言い切る前に、今度はフィールに抱き締められた。

 

「えっ、ちょっ………?」

「あのさ………他人とか血縁者とか、そういうので勝手に順位付けすんなよ。血が繋がっていようが繋がってなかろうが、同じ苦痛を感じているのに変わりないんだから」

 

 多少語気を強くしてハーマイオニーの両肩に手を置き、厳しい声音でフィールは言った。

 

「だから、独りで思い悩むな。自分一人だけの問題にしようと、あるいは問題と向き合わずに逃げていたから、今に至ったんだろうし………アンタは周りに気を遣い過ぎだ。もっと言いたいことを言え。そしてもっと頼れ、私達を」

 

 ハーマイオニーの瞳が揺れ動く。

 フィールの言葉に胸の底から形容し難い感情が込み上げてきて、涙が溢れそうになった。

 

「私………皆に充分甘えてるわ。優しくして貰ってるわ。だから………これ以上、皆に迷惑は掛けたく………なくて………」

 

 言っている途中で、我慢し切れず、眼に溜まっていた涙が一筋頬を伝った。

 

「そういう所が無理してるって言ってんだ」

 

 苦々しそうに呟いたフィールは、いきなり、ハーマイオニーの頬をぷにっと引っ張った。ハーマイオニーはビックリして眼を丸くした。その弾みで涙も引っ込む。フィールがこんなことをするなんて、意外過ぎて思ってもみなかったからだ。

 

「自分で言うのもアレだけどな。私もアンタみたいに、独りで苦悩を抱えて生きてきた身だ。周りに迷惑を掛けたくない、またあんな思いをしたくない。そういう考えを持ってた私は、助けを求めたくても求めなかった。そうして結局は、本当の意味で孤独となって孤立し、自分で自分を窮地に追い詰めた。今のハーマイオニーは、あの時の私とスゴく似ている」

 

 そこで一旦言葉を区切り、フィールは眼を閉じる。この数十年間の己の人生を追想し、深いため息を吐いて、ゆっくりと眼を開けた。

 

「それに………ハーマイオニー。今もアンタは、自分が居なければ皆に迷惑を掛けなくて済んだのにって考えてないか?」

「! え………そ、それは………」

「バーカ、隠したってダメだ。これでも共通の経験を持つ人間だからな。そのくらいわかる」

 

 フィールの前では嘘ついても見破られる。

 と、ハーマイオニーは改めて再認識した。

 

「だからこそ、言うぞ。―――今後、隠し事は一切するな。隠し事をするってことは信用してないって言ってるようなものだからな。正直に話せ。アンタやその友人が私を救ってくれたように、今度は私が、アンタ達を救う。だから心配すんな。たとえ周りのヤツが何と言っても、私は何度でも手を差し伸べてやる」

 

 力強くも優しくそう言ってくれたフィールに。

 ハーマイオニーはまた涙が出そうになったのをグッと堪え、コクリと小さく頷いた。




【カクテル言葉のサブタイトル】
4章の番外編『ブルームーン』以来の超久々なカクテル言葉を用いたサブタイトル。

【カミカゼ:あなたを救う】
①ウォッカ(20ml)
②コアントローorホワイトキュラソー(20ml)
③フレッシュライムジュース(20ml)

作り方:①~③をシェイクして氷を入れたロックグラスに注げば完成。
タイプ:ロング
ベース:ウォッカ
アルコール度数:25度以上
テイスト:中甘辛口
色:無色透明
備考:第二次世界大戦時に日本の戦闘機(旧日本海軍の特別攻撃隊)の『神風』から命名された。が、日本ではなくアメリカ生まれなのがユニーク。カミカゼのように鋭い口当たりが名前の由来ではないか? と言われている。


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#90.WWW(ウィーズリー・ウィザード・ウィーズ)

お待たせしました、ダイアゴン横丁へレッツゴーの回です。
それと、次の金曜日から学年末テストが始まり、休日挟んでそれからまた数日間に渡るテストがあるので、更新遅れます。学年末テスト終了後は、バンバン更新出来たらいいなあ………。


 『日刊予言者新聞』にはほぼ毎日のように失踪事件や奇妙な事故、その上死亡事件も絶えず報道され、時にはアーサーとウィーズリー家の長男・ビルが新聞よりも早く不吉なニュースを持ち帰ることがあった。

 このような事件が無ければ、平穏無事で楽しい夏休みを送れたのにと、遊び盛りな魔法使い・魔女の学生達の意見はきっと一致してるだろう。

 子供だけでなく、大人達もそうだ。

 闇の陣営があちこちで拉致したり襲撃したりして来るこの現状、心休まる時間が1分1秒たりとも無くてストレスが溜まりに溜まった。

 

「吸魂鬼の襲撃事件がまた数件あった」

 

 ハリーの16歳の誕生日パーティーの日。

 ルーピンは身の毛も弥立つ知らせを持ち込んできた。貴重なエンジョイムードが一瞬で綺麗さっぱりレダクトされ、誕生日祝いが台無しになってモリーは不機嫌極まりない様子だ。

 ルーピンはげっそり窶れた深刻な顔付きでまだまだ若いのに鳶色の髪には無数の白髪が混じり、着ている服装は以前にも増してボロボロで継ぎ接ぎだらけである。彼は去年6月にヴォルデモートが復活すると、騎士団のメンバーとして地下に潜伏し、ヴォルデモート側に属する人狼達と一緒に生活して闇の陣営の情報を収集すると言う辛い任務に就いていたので、その時からローブの継ぎ接ぎや白髪が増えていった。

 現在、長らく魔法省の統制下でアズカバンの看守を務めてきた吸魂鬼は、ヴォルデモート復活と同時に闇の陣営に加担。多数の死喰い人を脱獄させ、今年にはアズカバンを完全放棄して手当たり次第に人を襲い始め、ゾッとするような冷気をあちこちで発し、絶望や失望を撒き散らして国中を冷たい霧で覆った。

 

「このまま吸魂鬼の大群がイギリス国内を侵略していけば、いずれは絶望と恐怖が支配する国へと変化を遂げるだろう。なんとしてでも、そうなる前に闇の陣営を壊滅しなければならない」

「ええ………でも、今は何か別なことを話した方が―――」

 

 ルーピンの隣に居たシリウスが言った直後、モリーは顔をしかめながら強引に話題変更しようとしたが、

 

「フローリアン・フォーテスキューのことを聞きましたか?」

 

 と、ビルが誰にともなく問い掛けたせいで、遮られてしまった。

 

「あの店は―――」

「―――ダイアゴン横丁のアイスクリーム店?」

 

 ハリーは眼を剥きながら、思わず口を挟んだ。

 

「僕に、いつもタダでアイスクリームをくれた人だ。あの人に何かあったんですか?」

「拉致された。現場の様子では」

「どうして?」

 

 今度はロンが訊いた。モリーは長男を睨み付けた。

 

「さあな。きっと、何か連中の気に入らないことをしたんだろう。フローリアンは気のいいヤツだったのに」

「ダイアゴン横丁と言えば………オリバンダーも居なくなったようだ」

「杖作りの?」

 

 ダイアゴン横丁、と聞いて思い出したアーサーの言葉に、ジニーは驚いて眼を丸くする。

 

「そうなんだ。店内が空っぽでね。争った跡が無い。自分で出ていったか誘拐されたのか、誰にもわからない」

「でも、杖は………今年の新入生とか杖の欲しい人とかはどうなるの?」

「他のメーカーで間に合わせるだろう。しかし、オリバンダーは最高だった。もし敵がオリバンダーを手中したとなると、我々にとってはあまり好ましくない状況だ」

 

 ハア、とルーピンは重いため息を吐き出す。

 息苦しくなるほどのどんよりとした重苦しい空気が漂い、しばらくは奇妙な沈黙が流れる。

 程無くして、険悪な感じに陥り掛けた暗い雰囲気を払拭しようと嫌な静寂を最初に切り破ったのは、意外や意外、フィールだった。

 

「そういや、杖と聞いて思い出したんだけど。どうやら前以て購入しておいて正解だったみたいだな」

「どういう意味だい?」

 

 ルーピンが尋ね、他の面々も首を傾げる。

 フィールはベルトに装着してるポーチを開き、中から沢山の杖を取り出してテーブルの上に並べた。ざっと見る限り、10本以上は余裕である。

 

「それは………」

「隠れ穴に来る前、一足先に成績表や教科書リストが届けられてダイアゴン横丁で買い揃えた際にオリバンダーの杖店に寄って購入しました。武器の数は戦闘においても重要視されますから、今後の事態を想定して、それで」

 

 OWL(ふくろう)試験終了後、不死鳥の騎士団に属する教師陣は騎士団の一員でハリーのガーディアンを任されているフィールの負担を少しでも軽くするべく、特例として早期の段階で採点した。

 まあ、フィールは1年の時から全ての教科オールパーフェクトの学年首席を務めるほどの優秀な生徒なので、教師達はあっさりと採点が終了して「彼女は非の打ち所がない」と揃って達観したのだが。

 

「ああ、それと」

 

 続いてフィールは3種類のホルスターをズラリと並べる。腰の周囲に装着するヒップタイプ、太腿側面に装着するレッグタイプ、脇の下に吊るすショルダータイプのホルスターだ。

 

「アンタ達、杖を収納するホルスターを持ってないからポケットとかに入れてるだろ? そんな所に仕舞ってたら、いつ何処で失くすかわかったもんじゃない。闇の陣営が勢力を拡大させてる今、杖の紛失は『どうぞ殺してください』と言ってるようなものだぞ。これからはちゃんとしたケースに収納して肌身離さず携帯しろ」

 

 どうやらこれが、フィールからのプレゼントらしい。ハリーの誕生日パーティーの日に皆に渡すつもりだったとか。フィールなりにこの場を取り繕ってくれたのがわかり、ハリー達は「ありがとう」と笑顔で礼を言うと、早速どれにしようかと多種多様な杖とホルスターを選び始めるのに夢中になる。

 ウキウキ気分で選び始めたけれど、これが思ったより時間が掛かってしまった。

 種類が沢山あるので、中々決まらないのだ。

 が、それはそれで楽しいらしく、ウィーズリー夫妻やルーピンは、微笑ましそうにその光景を見ている。

 色々吟味して悩んだ末、男子のハリーとロンはベルトタイプのヒップホルスターの両側ケースに所有物の杖と予備の杖を、ハーマイオニーはショルダーホルスターの両脇にそれぞれ所有品と代用品の杖を、そして身軽なジニーはレッグホルスターに私物とスペアの杖を格納する。

 すっかりワイワイ賑やかになった頃には、憂鬱な雰囲気は何処かへ吹き飛んでいた。

 

♦️

 

 誕生日祝いの夕食会の翌日。

 ホグワーツからの手紙と教科書リストが届けられた。ハリーの手紙にはグリフィンドールのクィディッチチームのキャプテンになったことを証明するバッジが同封されていて、彼を驚かせた。

 

「これで貴方は監督生と同じ待遇よ! 私達と同じ特別なバスルームが使えるとか」

「チャーリーがこんなのを着けてたこと、覚えてるよ。ハリー、カッコいいぜ」

 

 あの一件から少しずつ元気になってきたハーマイオニーは嬉しそうに叫び、ロンは大喜びでキャプテン・バッジを眺め回した。

 

「さあ、これが届いたからにはダイアゴン横丁行きをあんまり先延ばしには出来ないでしょうね。土曜日に出掛けましょう。お父様がまた仕事にお出掛けになる必要が無ければだけど。お父様無しでは、私は彼処へ行きませんよ」

「ママ、『例のあの人』がフローリシュ・アンド・ブロッツ書店の本棚の陰に隠れてるなんて、マジでそう思ってるの? 大丈夫だよ、僕達にはフィールが居るんだから」

 

 親友としてもガーディアンとしても彼女に全幅の信頼を置いているロンはそう言ったのだが、次の瞬間、まるでモリーは言語道断と言いたげな鬼の形相でたちまち燃え上がった。

 

「フォーテスキューもオリバンダーも休暇で出掛けた訳じゃないでしょ? 安全措置なんて笑止千万だと思うんでしたら、此処に残りなさい。私が貴方の買い物を―――」

 

 すると、ロンが慌てて言葉を遮った。

 

「イヤだよ、僕、行きたい。フレッドとジョージの店が見たいよ!」

「それなら、態度に気を付けることね。一緒に連れて行くには幼過ぎるって、私に思われないように。―――それに、ホグワーツに戻る時も同じことですからね!」

 

 『命が危ない』を指し続けている家族の居場所を知らせる大きな柱時計を洗濯したばかりのタオルの山の上にバランスを取って載せたモリーは、プリプリしながら危なっかしげに揺れる時計を載せた洗濯物籠を両腕に抱え、荒々しく部屋を出て行った。

 

「おいおい………もう此処じゃ冗談も言えないのかよ………」

 

 母親が退室したのを見届けたロンは、信じられないと言う顔でハリーを見る。唖然とする兄を見上げ、それからドアを一瞥したジニーは肩を竦めた。

 

「ロン、これからママの前では『例のあの人』に関する軽口を叩かないようにしてちょうだい。あの様子じゃ、いつ、癇癪玉が破裂するかわかったものじゃないわ」

「ああ………時と場合を弁えるよ………」

「それに………ダイアゴン横丁に行く日に、いつも通りフィールが護衛とは限らないし」

「えっ………どういう意味だよ?」

「見てわからないの?」

 

 またまた肩を竦めたジニーは視線を走らせる。

 静寂に包まれた部屋の中で、規則正しい寝息を立てている音が微かに聞こえてきた。

 ソファーで疲れたフィールが寝ているためだ。

 隠れ穴に来てからフィールはロクに睡眠を取っておらず、また多忙な騎士団がハリーの護衛をほとんど彼女に押し付けていたことから、これまでは寝る暇も惜しんでピリピリしながら警備していたのだが、つい先程、体力的に限界を迎えて深い眠りに落ちたのだ。

 それでロンはようやく、ジニーの言わんとすることを察する。

 

「あ………そうだったな」

 

 わかっていたし、心配もしていたのに、つい疑問に感じてしまった。

 そのことをロンは反省し、

 

(ごめんな、フィール………)

 

 ソファーの背もたれに掛かっていたブランケットを広げ、フィールにそっと掛けてあげた。

 すやすやと眠る穏やかな寝顔に、ロンは目尻を下げたのだが………一瞬、フッと真剣な顔付きになった彼はじっとその顔を見つめた。

 

「ロン、どうしたの?」

 

 ハーマイオニーが首を傾げながら尋ねる。

 ハリーとジニーも首を捻っていた。

 ロンは彼女らを見て、静かに口を開く。

 

「あ、いや………僕達がこうして安心して夏休みを過ごせてるのって、フィールのおかげだよなって。勿論、騎士団の人達やダンブルドアも頼もしい存在だけどさ………気心の知れた仲の人が近くに居てくれると、やっぱり、無条件に安心出来るんだよな」

 

 グリフィンドールの友人二人と妹から視線を再びソファーの肘掛けを枕にして熟睡中のスリザリンの友人に移したロンは、真顔から一変、沈んだ表情を浮かべる。

 

「フィールもそうだけどさ………ベルンカステル家の人間って自己犠牲するクセがあるよな」

 

 ロンの言う通り、ベルンカステル家の者は皆自己犠牲を厭わない。

 ヴォルデモートを初めとする闇の陣営から魔法界のために真っ先に反抗したエルシー然り、神秘部で自分の身を投じてハーマイオニー達を護ったエミリー然り。そんな祖母と叔母を持つフィールの母親もまた、娘の彼女を庇って吸魂鬼に魂を喰われて一時期廃人となった。

 エルシーが最初に家訓を脱するまでベルンカステル家は反マグル・純血至高の思想が強くて全員が酷いレベルの戦闘本能に汚染されていたが、自らが大切だと思った人間に対する愛情は本物で、その人に命の危機が襲い掛かってきたら自身の身を犠牲にしてでも護ろうと覚悟を決めている強い心の有り様は、今も昔も変わらない。他人に対しては無関心でどうでもいいと考えていても、そうじゃない人に対する想いは、身内には優しいスリザリンそのものである。

 

「誰かのために命を投げ出せるのって、結構スゴいことだよな。ピンチの時に他人より自分を優先するのは、人間だから仕方ないけど………僕達が今この世で生きてるのって、そういう人がいたからこそなんだよな」

 

 暗にエミリーのことを言っているのは明らかだった。ジニーは最近PTSD(心的外傷後ストレス障害)で倒れたハーマイオニーの前でエミリーに関する話題を出すなと、目くじらを立てて文句を言おうとしたが、

 

「ええ、そうね。だからこそ、もう二度とあんなことが起きないよう、強くなりましょう」

 

 と、肩に手を置いてジニーを制したハーマイオニーは決然とした様子でそう言った。それで、ジニーも兄に非難の言葉は掛けられなくて、渋々ではあるが、喉の奥に引っ込めた。

 

♦️

 

 どんより曇った陰気な土曜日。

 その日ハリー達は待ちに待ったWWW(ウィーズリー・ウィザード・ウィーズ)……フレッドとジョージがダイアゴン横丁93番地で開店した悪戯専門店(ジョークショップ)にやって来た。

 此処に来る途中、マダム・マルキンの店でマルフォイ母子と口論になるちょっとしたトラブルはあったが、今となっては些細な問題に過ぎない。

 因みにフィールは来なかった。

 数日前にジニーが言った通り、一気にどっと溢れた疲労から身体がまだ完全には回復しておらず、ウィーズリー家で休息及び待機している。

 寝込んでいるフィールを一人で置いていくのは心配なので、ビルが自宅待機するのと同時に彼女を見守ってくれているから問題は無い。

 アーサーから、ハリーは第一級セキュリティーの資格が与えられ更には追加の警護員が護衛してくれると言われたが、闇祓いの大部隊に囲まれて買い物をするのは気が進まなかった。

 そのため、WWWに入店して陰鬱だった気持ちが払拭されたハリーは自然と笑顔になる。

 

 それから、パンチ望遠鏡(小さな望遠鏡のような物で握り締めると眼にパンチを食らい、眼の周りに紫色の痣が作られるハーマイオニーが命名したフレッドとジョージの発明品)で作られた痣を取るための痣消し軟膏を塗り付けているハーマイオニーを残して、フレッドとジョージに店内を案内された。どれも興味深い品物なので、ハリーは感心してしまう。

 そんな彼に、双子はおとり爆弾(自転車につけるラッパホーンのような形をした黒い物で、これを落とすとスタコラ勝手に逃げて行き、見えない所で一発景気よく音を出す、相手の注意を逸らす必要のある時に使用する、WWWの中でも大人気の商品)をタダでプレゼントすると言った。

 

「そんなこと出来ないよ!」

 

 思わずハリーは声を上げる。

 既に彼は『おとり爆弾』の支払いをしようと巾着を取り出していた。

 硬貨に関しては問題無い。

 グリンゴッツ銀行に就職しているビルがハリーの金庫から取り出してきてくれたのだ。

 何でもこの頃は金を下ろそうとすると一般客は5時間は掛かるらしい。2日前もアーキー・フィルポットが闇検知器の一種『潔白検査棒』を突っ込まれたとビルは言っていた。

 

「此処で君は金を払わなくていい。それは君達が来るずっと前に、僕らの店に来たフィールもそうだ」

「君とアイツが僕達に起業資金を出してくれたんだ。その恩義は忘れちゃいない。だから好きな物を何でも持っていってくれ。ただし、誰かに聞かれたら、何処で手に入れたかを忘れずに言ってくれよ」

 

 フレッドとジョージはキッパリと言った。

 どうやら、開業資金を提供してくれたハリーとフィールは何処で入手したかを宣伝すると言う条件付きで、無料で好きな商品を譲って貰えるらしい。

 優待されたハリーは少々躊躇いつつも、御言葉に甘えることにした。

 そうして、窓の側のワンダーウィッチ製品が置かれている商品売り場でジニーがピグミーパフ(双子が繁殖させた小型(ミニチュア)のパフスケイン。ピンクや紫色のふわふわした毛玉のような生き物でキーキー甲高い声を出す)が欲しいと母親にねだり、モリーがピグミーパフを見ようと脇に寄った、次の瞬間。

 

 真っ直ぐに窓の外を見ることが出来たハリー達一行は、先程顔を見合わせたマルフォイが一人で何処かへ行こうとしているのをバッチリと目撃した。

 

♦️

 

 ボージン・アンド・バークス。

 其処は、闇の魔術に関する品物しか売ってないような店が軒を連ねている夜の闇(ノクターン)横丁13Bに在る、この横丁の中では最も規模が大きい闇の魔術の専門店だ。

 マルフォイを尾行したハリー達は『透明マント』を被り、前にハリーが来たことのある一軒の店の前に居た。髑髏や古い瓶類のショーケースの間に、こちらに背を向けてマルフォイが立っている。ハリーがマルフォイ父子を避けて隠れた、黒くて大きなキャビネット棚の向こう側にようやく見える程度の姿ではあるが。

 脂っこい髪に猫背の鼻眼鏡を掛けたボージンは憤りと恐れの入り交じった奇妙な表情でマルフォイと向き合っている。

 三人はこれまた大活躍のウィーズリーツインズが発明した盗聴器『伸び耳』を使って、店主のボージンとマルフォイの会話をこっそり盗み聞きしていた。『邪魔避け呪文』の掛かった扉では盗聴出来ないのだが、すぐ側で聞くようにハッキリ聞こえる感じ、掛かってないみたいである。

 

『―――直し方を知っているのか?』

『かもしれません。拝見いたしませんと何とも。店の方にお持ち頂けませんか?』

『出来ない。動かす訳にはいかない。どうやるのかを教えて欲しいだけだ』

『さあ………拝見しませんと。なにしろ大変難しい仕事でして、もしかしたら不可能かと。何もお約束は出来ない次第で』

『そうかな? もしかしたら、これで自信を持てるようになるだろう。―――誰かに話してみろ。痛い目に遭うぞ。フェンリール・グレイバックを知っているな? 僕の家族と親しい。時々此処に寄って、お前がこの問題に十分に取り組んでいるかどうかを確かめるぞ』

『そんな必要は―――』

『それは僕が決める。―――さあ、もう行かなければ。それで、()()()()安全に保管するのを忘れるな。アレは僕が必要になる』

『今お持ちになってはいかがです?』

『そんなことはしないに決まっているだろう。バカめが。そんな物を持って通りを歩いたらどういう眼で見られると思うんだ? とにかく、絶対に売るな』

『勿論ですとも………若様』

『わかればいい。では、僕は行く。くれぐれも誰かに言うなよ。母上も含めて、だ』

『勿論です、勿論です』

 

 しばらく、マルフォイとボージンは平行線の会話を交わし合っていたが、最終的にマルフォイの脅迫に圧されたボージンが深々と御辞儀をすると、何らかの約束を店主に取り付けた彼は満足げに意気揚々と退店した。

 

「一体何のことだ?」

 

 マルフォイの後ろ姿が見えなくなるのを見届けたロンは伸び耳を巻き取りながら小声で呟く。

 

「アイツは何かを直したがっていた。………それに、何かを店に取り置きしたがっていた。『あっちを』って言った時、何を指差してたか見えたか?」

「いや………アイツ、キャビネット棚の陰になってたから―――」

 

 と、その時だ。

 

「―――君達、こんな所に居たのか!」

 

 場所柄を配慮したからだろうか。

 外に居る三人にだけ聞こえる声の大きさだが、その声音には確かな怒気を孕んでいる。

 透明マントに隠れていた三人はビクッとした。

 声の主はフィールの叔父・ライアンだった。

 警護員の一人である彼は三人が居なくなったことに気が付き、急いで魔力を察知して追跡したのである。

 怒った表情のライアンは「早く来なさい!」と店の中のボージンからは死角の場所で三人を手招きしている。

 姿は見えてないようだが、成長と共に三人揃って隠れるのが難しくなったせいで三人の踝辺りがマントからはみ出ているのと、気配で位置を把握しているのだろう。

 三人はサッと顔面蒼白し、ビクビクしながらも大人しくライアンの方へ行き―――人通りが少ない所まで来ると、案の定こっぴどく叱られてしまった。

 

「君達が居なくなったのに気付いて、魔力を感じ取ってそちらに行ってみれば、『夜の闇横丁』に繋がっていたのだから、冗談抜きで本当にビックリしたぞ! これからは黙って居なくならないことだ! わかったな!?」

「「「ご、ごめんなさい………」」」

 

 三人は肩を縮めて謝罪する。

 無断で危険な場所に行った子供達を説教したライアンは深く息を吐くと、

 

「………まあ、君達が余程の理由でない限り『夜の闇横丁』に入らないことはわかっている。帰ったら理由を全て話しなさい。いいね?」

「はい」

 

 真っ先にハリーは大きく頷く。

 ライアンは闇祓いでアーサー同様ルシウス・マルフォイに激しい敵対心を燃やしている。事情をちゃんと話せば彼はきっと力になってくれるだろうと、ハリーはそう思った。

 厳しい顔だったライアンは僅かに表情を崩す。

 

「モリーやハグリッドもとても心配していた。今回だけは特別に黙っててあげるが、次は無いと思いなさい」

「わかりました………ありがとうございます」

 

 代表してハーマイオニーは頭を下げた。

 ハリーとロンも「助かった………」とホッと胸を撫で下ろす。

 そうして、急いでWWWに戻った三人は心配顔のモリーとルビウス・ハグリッドを上手く躱して二人に気取らないように通り抜け、一旦店に入ってからハリーはサッと透明マントをバックパックに仕舞い、モリーの詰問に答える二人と一緒になって、「自分達は店の奥にずっと居た」「おばさんはちゃんと探さなかったのだろう」と内心バレないかをヒヤヒヤしながら、二人に言い張った。



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#91.ラモンジンフィズ(感謝)

明日からまたテストですが、まあ毎度の如く「なんとかなんじゃね?」と根拠の無い自信の元、更新。
次回はようやくホグワーツ特急の回ですかね。


 あれからハリーは、『夜の闇(ノクターン)横丁』でのマルフォイの行動の意味を考えるのに没頭するようになった。店を出た時のマルフォイの満足げな表情がどうしても気掛かりだったからだ。マルフォイがあんなにも喜ばしいなんて、絶対にロクな話ではないだろう。

 隠れ穴に帰ってからハリー達はライアンとフィールに、マルフォイとボージンの会話や一連の流れを全て話した。

 マダム・マルキンの洋装店で店主がマルフォイの左腕の袖を捲ろうとしたら彼が飛び上がったこと、「あっちを完全に保管するのを忘れるな」とか意味深な発言をしていたこと等―――逐次二人に説明した。

 

「マルフォイの父親は死喰い人で、今はアズカバンだ。アイツは父親に代わって死喰い人になったのかもしれない」

 

 ある日、ハリーはそんな発言をかました。

 彼の驚くべき推測にロンとハーマイオニーは「それは無い」と揃って首を横に振る。

 

「マルフォイが? アイツは僕達と同じ16歳だぜ、ハリー。『例のあの人』がマルフォイなんかを死喰い人にすると思うか?」

「私もロンに同感よ、ハリー。とても有り得ないことだわ」

 

 しかし、ハリーは食い下がる。

 

「僕達と同じ年齢で騎士団の仲間入りを果たしたフィールが居るだろ? それと同じだ。アイツはマルフォイを死喰い人にしたんだ。ダンブルドアがフィールを招き入れたように」

「落ち着けよハリー。フィールの場合は実力があるから特別に入団を許可されたけど、マルフォイはどうだ? 手下が居なきゃ一人じゃ何も出来ないようなチキン野郎だぜ。そんなヤツを『例のあの人』が仲間に加えるとは、少なくとも僕は思わない」

「だけど」

 

 ハリーは真剣な顔付きで言葉を紡ぐ。

 

「君達も見ただろ? マダム・マルキンの店でマダムがアイツの左袖を捲ろうとしたら、腕には触れなかったのに、アイツ、叫んで腕をグイッと引っ込めた。そこから考えるに、闇の印がつけられているって思わないか?」

 

 ロンとハーマイオニーは顔を見合わせる。

 

「さあ………」

「ハリー、マルフォイはあの店から出たかっただけだと思うわ」

「僕達には見えなかったけど、アイツはボージンに何かを見せた」

 

 ハーマイオニーの言葉を撥ね付け、ハリーは頑固として言い張る。

 

「ボージンがまともに怖がる何かだ。きっと『印』だったんだ。間違いない。ボージンに、誰を相手にしているのかを見せ付けたんだ。ボージンがどんなにアイツを真に受けたか、君達も見たはずだ!」

 

 ハリーが叫んだ直後。

 それまで黙って話を聞いていたフィールが、ハリーにこう質問した。

 

「ハリー。アンタ達は店内の様子を外で観察してたんだよな?」

「え? あ、うん、そうだけど………」

「ボージンがマルフォイの脅しに圧されたって感じに言ってたけど、ハッキリと見たのか?」

「うん。マルフォイの姿は『キャビネット棚』に隠れて見えなかったけど、ボージンが恐怖の表情を浮かべていたのは、本当に見たんだ」

 

 キャビネット棚―――。

 その単語に、フィールはピクッと反応する。

 思い当たることがあるからだ。

 

(………まさか)

 

 何かを修繕しようと企んでいるマルフォイ。

 店に在る『姿をくらますキャビネット棚』。

 対になっているそれが在る場所は―――。

 フィールの頭の中で、全ての糸が繋がった気がした。

 けれど、これは全て自分一人の憶測で、確証は無い。

 ハリー達に教えようかとも思ったが―――。

 

(まずは騎士団の一員でホグワーツの教師であるあの人達に相談だな)

 

♦️

 

 数日後。

 丘の上に位置するウィーズリー家が所有する小さな牧場で、ハーマイオニーはライアンの指導の元、防衛術の訓練を受けていた。彼女自身がマンツーマンでのレッスンを希望したからだ。ハリーとウィーズリー兄妹はシリウスとルーピンと一緒に果樹園で練習している。

 二人は実践形式のバトルを行っていた。

 とは言うものの、大人で闇祓いのライアンは本気を出さず、今のハーマイオニーの実力に合った力で対戦しているのだが。

 次席で学年のレベルを大きく逸脱しているハーマイオニーは神秘部で死喰い人との実戦経験を経ていることから、一般の生徒に比べると実力は遥かに高い。

 なので、それなりにライアンとは五分五分の勝負を繰り広げていたのだが、しばらくして、疲労が蓄積して身体のキレが悪くなり、ライアンが放った魔法を避けきれず、モロに喰らったハーマイオニーは軽く吹き飛ばされた。

 吹っ飛んだハーマイオニーは地面に叩き付けられ、ゴロゴロと転がる。地面を転がるハーマイオニーの側にライアンは駆け寄った。

 

「ハーマイオニーちゃん、今日はこの辺にしておこう。これ以上は危険だ」

 

 ライアンは膝をついて起き上がれないハーマイオニーに声を掛ける。

 ハーマイオニーは「ハア………ハア………」と息を切らし、下を向いたまま、掠れた声でポツリポツリと話し出した。

 

「………ライアンさん………どうなったら………そうなれますか?」

 

 今にも消え入りそうなハーマイオニーの声。

 滲み出る負の感情に口を噤んだライアンは、そのまま黙ってハーマイオニーの話を聞いた。

 

「貴方や………フィールみたいになるには………どうすれば………」

 

 涙を眼に溜め、手元で転がるブドウの蔓が彫られたスタイリッシュな杖をじっと見つめる。

 

「私………実技が全然良くなくて、OWL試験で唯一『闇の魔術に対する防衛術』だけは『O』を取れませんでした。だから………このままじゃ、またあの時みたいに………私は誰かを失ってしまう………」

 

 目尻に溜まった涙を流しながら呟くハーマイオニーを立ったまま聞いていたライアンは、片膝をついて手を差し伸べる。

 

「そうならないようにするためにも、君はこうして法律違反を犯してまで頑張ってるのだろう? だったら、二度と口にするな」

 

 ネガティブ思考なんか捩じ伏せろ、と。

 最後の部分は微かな怒気を孕んだ彼の言葉。

 ハーマイオニーはゆっくりと顔を上げる。

 亡きエミリーと同じ金色の瞳が、こちらを覗いていた。

 今まで以上に強くなる、と決心するきっかけとなったエミリーの顔が脳裏を過る。

 同級生の男子の父親とその義姉に殺され、ハーマイオニー達が大きなダメージを受けたことは記憶に新しい。

 だからこそ、もう二度とあんなことが起きないよう、自分は頑張らなければならない。

 

「………そう、ですよね。強くなるためにも、こんなことは、言ってはいけませんよね」

 

 その瞳を見上げながら、ハーマイオニーはライアンの手を借りて起き上がる。

 大きな手は力強く、そして温かかった。

 

「大事な人達を護り抜いてみせるのだろう? 君なら出来る」

 

 起き上がったハーマイオニーに爽やかな笑顔を向けるライアン。

 そんな彼を、ハーマイオニーは憧憬の表情で見つめた。

 

♦️

 

 魂の境界線。

 其処は現世でも来世でもない、生死の狭間。

 この世に未練が残り、死後の世界へと進めない魔法使い・魔女の死者の魂は何故か魂の境界線に来れるようになっている。そしてその空間のみ、生前の姿形を取ることが可能なのだ。

 前学期、『死の呪文』を受けたフィールは魂の境界線で母のクラミーと劇的な再会を果たした。

 クラミーから全ての事情を聞き及んだ後は、ちょくちょく自分の意思で魂の境界線へと向かい、会いに行ってる。

 現在、魂の境界線にはフィールとクラミー以外の魔女が存在していた。

 その人物は、以前にも会ったことがある。

 今のフィールの年齢より下で死亡したので、見た目や身長には年相応の幼さが残るが、もしも存命していたら、今頃はどんな外見だったか想像もつかない。

 

「またお会いしましたね。今日はどのような御用件で?」

 

 温和そうな顔付きの金髪の女性。

 ホグズミード村の小さな旅籠(パブ)、ホッグズ・ヘッドに立て掛けられている肖像画とは違い、活き活きとした顔だ。二人の兄と同じ青い瞳は生気で溢れている。

 

「―――アリアナさん」

 

 アリアナ・ダンブルドア。

 ホグワーツの校長・アルバスとホッグズ・ヘッドのオーナー兼バーテンのアバーフォースの妹で14歳と言う若さで命を落とした女の人だ。

 アリアナは以前、死んだ自分の代わりに兄に伝えて欲しいことがあると、彼の教え子のフィールに伝言を託した。

 アリアナの御願いを引き受けたフィールは急いでダンブルドアの元へ向かい―――ついでに分霊箱も破壊して、ベルンカステル城に帰宅した。

 その後でまた魂の境界線に来たフィールから、伝言は伝えたと報告を受けたアリアナは満足げに立ち去ったのだが………。

 まだ何か用があるのかと首を捻っていると、アリアナは静かに口を開いた。

 

「あの時、ちゃんと御礼を言ってなかったから、貴女と直接会ってこの口で言いたかったのよ」

「御礼なんて要らないですよ。貴女が満足してくれたなら、それでいいですし」

「ううん、ちゃんと言わせて。ありがとう、フィール。貴女には本当に感謝してるわ。貴女のおかげで、心が楽になった」

「………それはどうも」

 

 フィールは少し微笑む。

 アリアナも釣られて笑い………ふと、何かを思い出したかのようにフィールとクラミーを見比べた。

 

「今でも、まさかお兄ちゃんの教え子と会えるなんてビックリしてるわ。それも二人。今更訊くけど、貴女達は実の親子なんだよね?」

「ええ、そうよ」

「やっぱり。フィールとクラミーさん、顔がスゴい似てるわ。血の繋がった親子だから当たり前なんだろうけど、しっくりくるのよね。二人が似ていない所と言えば、虹彩と雰囲気くらいかしら?」

 

 フィールとクラミーは姿形は瓜二つだが、アリアナの言う通り、虹彩や雰囲気、語尾は遺伝や本人の性格の関係上異なる。フィールの両親を知る人達は皆「見た目は母親の生き写しだけど眼だけは父親とそっくり」と言う。これは「見た目は父親の生き写しだけど眼だけは母親とそっくり」のハリーとはちょうど対になっていた。

 

「貴女達を見ていると、少し羨ましいって気持ちになるわ。私が6歳の時に『発作』を起こしてから、家族との団欒は無くなっちゃったし。無くなった、と言うより、私が壊してしまった、の方が正しいけど………」

 

 羨望と嫉妬が入り交じった眼差しでぽろっと出たアリアナの言葉に、フィールとクラミーは思わず胸が痛む。アリアナに悪意が無いのは勿論わかっているが、二人にとってはなんとも耳が痛い。

 

「………なんて、ごめんなさい。いきなりこんなこと言っても、困るだけよね。だから、今のは忘れ―――」

「アリアナちゃん、ちょっと此方に来てちょうだい」

 

 言い切る前にアリアナの言葉を遮り、何故かクラミーは手招きする。アリアナは首を傾げた。

 

「え? どうして?」

「いいから、ほら、来なさい」

 

 二度促されたアリアナは不審そうにしながらも大人しく近寄り―――クラミーは腕を伸ばしてアリアナをギュッと抱いた。それから、フィールは挟むようにして反対側からハグする。

 急にハグサンドされたアリアナは戸惑った。

 慣れないことにほんのり頬が紅潮する。

 

「え? え? あ、あの………?」

 

 豊満な胸に顔を押し付けられつつ、なんとか顔を動かして見上げてみると、クラミーは優しげに眼を細めた。

 

「わたし達ベルンカステル家の伝統みたいなものよ」

「そういう訳だから、まあ気にしないでくれ」

「え、あ、はい………?」

 

 そうは言いつつ、アリアナは困惑する。

 誰かに抱かれるなんていつ以来だろうと思っていると、クラミーが慣れた手付きで髪をそっと撫でた。髪を梳かれる感触と顔面に感じる柔らかい感触に、アリアナは全身の力が抜け、クラミーに身を任せてしまう。

 

(あったかい………それにスゴく気持ちいい)

 

 身体と精神が安心感で満たされ、その心地よさに眠気が襲い掛かってきた。徐々に徐々に瞼が重くなっていき、意識が朦朧とする。

 

「今日はわたし達が傍に居るわ。だから今は、嫌なこと全て忘れてさっぱりしなさい」

 

 意識が闇に落ちる前―――クラミーがそう言ってくれたのを、アリアナは確かに耳にした。

 

♦️

 

 その頃―――。

 安全策が施された範囲内でそれぞれ魔法の練習を積んでいたハリー達はウィーズリー家に帰ってきた。居間のソファーではフィールが横になって眼を瞑っている。傍から見れば寝ているように見えるが、その実魂の境界線に居るからそのように眼に映ってるだけである。

 実はこの時がフィールにとって一番危険だ。

 魂の境界線に居る間、現実の世界のフィールはこうして無防備な状態を晒すことになる。そのため、万が一死喰い人が奇襲してきた場合、どうなるかは言わなくともわかるだろう。

 

「フィールは今日もクラミー姉さんの所か」

 

 ハーマイオニーと共に戻ってきたライアンはポツリと呟き、近くの椅子に腰掛ける。シリウスとルーピンも椅子に座り、ハリー達はソファーに座った。練習で疲れただろうとライアンがジュースやお菓子を出してくれたので、皆はパアッと瞳を輝かせ、一斉にありついた。余程疲れたらしい。

 そうして、粗方空腹感が消えたところで、不意にフィールの方を見ながら、シリウスが切り出した。

 

「しっかし、本当にクラミーのことに関しては驚きものだったな。まさか、ずっとロケットに魂が宿っていたなんて、誰も考え付かないよな。普通だったらそんなことは決して有り得ないから、そうなのかもしれないが」

 

 妙に感心した声を出すシリウスは続ける。

 

「たまに思うのだが………クラミーとフィールは本当に親子なんだよな?」

「何言ってるんだい、シリウス。クラミーとフィールは正真正銘の親子だ。顔を見れば、そんなの一目でわかるだろう?」

「それはそうなんだが………フィールは見た目で言えばクラミーそのものだが、性格や語尾は全然似てない」

 

 シリウスはフィールと初対面の際、一度フィールをクラミーと見間違えた。それだけ外見がそっくりだったからだ。しかし、後々フィールの詳細を掴むようになってからは、母親とはまるっきり相違する点が多々見られ、本当にクラミーの娘なのかと疑った回数も少なくはない。

 

「シリウスが言いたいことはわからなくもない。私も最初は驚愕したが………何より驚いたのは、ハリーと仲が良いことではないかい?」

「えっ、どういう意味なの?」

 

 気になったハーマイオニーは真っ先に尋ねる。

 ハリーもそのことは聞いてなかったらしく、怪訝そうな顔だった。

 

「そういえば、君達には言ってなかったっけな。実は学生時代、ジェームズとクラミー………つまり、ハリーのお父さんとフィールのお母さんは仲が悪かったんだよ」

「そうなんですか?」

 

 ハーマイオニー達は大きく眼を見開かせる。

 グリフィンドールとスリザリンと言う寮間の壁を乗り越えて固い友情を築いているハリーとフィールの親が犬猿の仲だったとは、その仲の良さを眼に焼き付けられている彼女らからすると一驚してしまうのも無理はない。

 

「ああ。負けず嫌いのジェームズは何度もクラミーに突っ掛かっていたよ。どちらも優秀だったがクラミーの方が上だったからな。勝ったことはなかったが、彼女が卒業するまで彼は粘り強く何度も決闘を申し込んだ」

「二人の決闘は生徒の間では一種のイベントみたいなものだったから、一度始まると瞬く間にお祭り騒ぎだったのをよく覚えてる。こうやって思い返してみると、二人もまだまだ若かったんだなって感慨深く思うよ」

 

 シリウスとルーピンは懐かしそうに笑う。

 学生の頃の、楽しかった想い出が脳裏を駆け巡り………もう二度とあの頃には戻れないのだと改めて認識し、ハリー達の手前、彼等には悟られないよう二人は深いため息を吐く。

 が、一瞬でいつもの様子を取り繕った二人は敢えて明るい調子で言った。

 

「今思うと、あの二人が父親と母親になるとは当時では予想がつかなかったな」

「そうだな。確かに学生の時では到底考えられなかった」

 

 しかし、大人になった二人はホグワーツ卒業後に結婚してそれぞれ子供を授かった。

 シリウスやルーピンは親友の息子・ハリーが誕生した際には大いに祝福したのは勿論のこと、共にヴォルデモートに対抗する同志としていがみ合うのを止めたクラミーの娘・フィールが生まれた時、実は二人は一度だけ赤ん坊の彼女を見たことがある。

 と言うことは、二人はフィールの双子の姉・ラシェルのことも当然ながら知っていて。後に何故ラシェルがホグワーツに在籍していないのかを疑問に感じた二人は、ライアン達にそのことを質問したことがあった。

 

「………………」

「………ライアン? どうした、そんな浮かない顔して」

 

 何か思い詰めたような表情のライアンに、彼が黙り込んでいるのに気付いて心配になったシリウスは声を掛ける。その声で現実世界に引き戻されたライアンはフッと一つ息をついてから、フィールを見た。

 

「………僕ではやっぱり、フィールの親にはなれないんだなって思っただけだ」

 

 ライアンはフィールの母方の叔父であり、父親ではない。ただ、幼くして両親を失った姪の父親代わりをしていると言うことだ。

 

「11年前にあの事件が起きて………それからは僕達で孤児となったフィールとクリミアの面倒を見てきた。ちょうどその時だったな、フィールが豹変したのは」

 

 悲劇が起きる前、フィールは何処にでも居るような普通の女の子だった。けれどもそれは、目の前で両親を失った日を境に激変した。

 

「今でも僕は、フィールの父親になれているとは思っていない。どんなに父親の代わりをしても本当の意味で親にはなれなかった。むしろ、僕達は逆にフィールを苦境に追い詰めていたのかもしれない」

「は? 君達があの娘を追い詰める? 馬鹿を言うなよ。君達は………」

「勿論、追い詰めてる気はない。だが、フィールからすると辛かったんだろうなってことだ」

 

 思わず口を挟んだシリウスにライアンは片手を上げて制する。シリウスは押し黙った。

 

「僕達はフィールを『娘』として可愛がってきたし、愛情も注いできたつもりだ。しかし、フィールは笑顔を浮かべなかった。最初、僕達はフィールが笑顔を浮かべなかったのは、大好きだった家族と死に別れて精神的に不安定だったり、心に受けたショックが大きかったからだと思い込んでいたが………一番の理由は他にあったと、クリミアから話を聞いて思い知らされた。同時に僕達は今更ながら気付かされた」

 

 額に手をやり、苦々しい顔でライアンは言う。

 

「前にフィールはこんな夢を見たそうだ。僕達に毒を吐き、攻撃して、涙を流しながら叫ぶ夢を。………あの時フィールは酷く怯えていた。何か悪い夢を見たのが原因なのはわかってはいたが、内容までは教えてくれなかった。だから聞いた。記憶を通じて夢の中身をスクリーンのように見ることが出来たクリミアに」

 

 実際、クリミアが居なかったらフィールは夢の内容を教えてくれなかったかもしれない。

 

「夢の中のフィールは、『エミリーの顔を見てると死んだ母の顔を思い出される』『自分のことを一人の人間として愛してくれる人はもうこの世に居ない』『血の繋がりがあるからこその息子と娘のオマケ』と言ったそうだ」

 

 その言葉に、ハリーは「え?」とする。

 何処かで今の言葉を聞いた覚えがあるからだ。

 

(息子と娘のオマケ? 一人の人間として愛してくれる人はもうこの世に居ない?)

 

 それに………エミリー、つまりは叔母の顔を見ると亡くなった母親が帰ってきたと錯覚すると言うのも、ハリーには覚えがあった。が、記憶を引っ張り出せない内にライアンの声で遮断されてしまった。

 

「確かにそうだったのかもな。まだ子供のフィールが一族の当主になるのを反対しながらも、最終的にそれを通したのは、心の何処かでフィールのことを『クラミー(姉さん)』だと錯覚していたのではないかと、今では思う」

 

 と、そこまで言ったライアンは話を変えた。

 

「同期の君達からすると、フィールはどんな存在だい?」

 

 いきなりの話題変更にハーマイオニー達はキョトンとする。フィールと年齢が同じ、または近い四人の中で先に答えたのはハリーだった。

 

「えっと………パッと見は無機質な印象を与えて周りからは冷たいって言われるけどそんなことない、腕っぷしが強く、情に厚くて、いざという時はとても頼りになる人、です」

 

 常に一緒に居るクシェルを除けば、ハリーが一番フィールと近しい人物だ。出会った当初は無関心そうな人柄や所属した寮で仲良くなかったハーマイオニーやロンと違い、ハリーは最初からフィールと好意的に接していた。

 

「私もハリーと同じかしら………5年前のハロウィーンで危険を顧みずにトロールから助けに来てくれた辺りから、フィールに対する考えは変わっていったわね」

「そうか。………あのフィールが少しずつ変わったのは、君達のおかげだ。ありがとう」

「ライアンさん?」

 

 突然改まって礼を言ってきたライアンにハーマイオニーやハリーはなんとなく緊張する。シリウスやルーピンも、どこか遠い眼のライアンの顔を凝視していた。

 

「ホグワーツに入学前のフィールは、とにかく人との関わりを避けて魔法の練習に明け暮れてね。今でも練習熱心なのは変わらないが………昔は今と違ってそこまで強くなかった。いつも過度な練習のし過ぎで倒れていたくらいだったんだけど、一度才能を開花したら、そこからみるみる内に強くなっていったんだ。でもちょっと強くなり過ぎてしまってね。誰よりも強くなったフィールは冷めていったよ。まるで感情を失くした機械のように」

 

 知られざるフィールの過去を聞いて眼を剥くハリー達を見ながら、ライアンは柔らかく微笑む。

 

「でもホグワーツに入学して、独りだけで抱えてきた悩みや苦しみを打ち明けられる君達(仲間)と出会った。それからだな。またフィールが明るくなったのは。君達の話をする時、フィールは無表情を維持していたが瞳はキラキラしていたんだ。本心は『友達』が出来て嬉しかったんだとすぐにわかったよ」

 

 だから、と。

 ライアンはもう一度「ありがとう」と心の底から感謝の言葉を述べた。

 

「君達は勿論、クシェルちゃんには本当に感謝している。普通の女の子としての生活を送らせてあげられなかったのは………ずっと後悔していたから。まあ僕達があの娘を救えたかったのは少し残念だったけどね」

「そ、そんなことはないですよ! 絶対!」

 

 思わず大声でライアンの言葉を否定したハリーにこの場に居た全員が眼を丸くする。注目を浴びたハリーはハッとし、慌ててこう言った。

 

「あ、いや、その………ライアンさん達は、フィールのことを『家族』として、いつも彼女を大切にしていたじゃないですか。なのに、彼女を救えたかったなんて………そんなこと、言わないでください」

 

 これは、母方の親戚に育てられて生活してきたフィールと同じ立場であるハリーだからこその気持ちだった。自分のことを『家族』として見てくれず、散々虐めてきた親戚とは違い、『家族』として大事にされてきたフィールへの羨望と嫉妬を抱いていたハリーは、ライアン達の姪へ対する愛情を肌で感じ、そしてビシバシと伝わっていた。

 

「実の子供に対する愛情と全く変わらない愛情を注いできた………それが彼女を心底愛している何よりの証拠でしょう?」

 

 ハリーの言葉にライアンは唖然とする。

 まさかそのようなことを彼が言うとは、予想だにしなかったからだ。

 

「………って、あの、すいません。こんなこと、部外者の僕が偉そうに―――」

 

 慌てて頭を下げたハリーを見て、ライアンは面白そうに吹き出し、クシャクシャの黒髪をワシャワシャと雑に撫でた。

 

「偉そうなことない。君のおかげで、少し気分が軽くなった。フィールが君達に胸襟を開く理由がわかった気がするよ」

 

 精悍な顔立ちのライアンははつらつと笑う。

 その笑顔が一瞬、遠い記憶の存在の女の子の笑顔と重なった気がした。




【やって来ました! アリアナさん!】
未だかつてこのような形でアリアナが登場した作品はあるだろうか? 
作中の設定だからこそ可能なことですので、せっかくなので生のアリアナさん出演させました。

【ハグサンドorベルンカステルサンド】
作中での一種の名物。
ほのぼのってなんて素晴らしい世界なんだ。

【ラモンジンフィズ:感謝】
①ドライジン(45ml)
②レモン・ジュース(15ml)
③シュガー・シロップ(15ml)
④ペルノ(2dash)
⑤卵白(1/2個分)
⑥ソーダ水(適量)

作り方:⑥以外をシェイクし、グラスに注いでから⑥を混ぜる。
タイプ:ロング
度数:12度
ベース:ジン


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#92.ウルフフィール

学級閉鎖となったので更新。
皆さんもまだまだインフルエンザには十分気を付けてください。

どうでもいいことですが、最近後書きで全然ネタ挟んでないので近い内にまた挟みたいですね。と言うか四六時中緊迫感のある5章ではなんかおふざけ禁止な使命感が当時あったような気がします。


 9月1日の新学期当日。

 隠れ穴から魔法省の特別車でキングス・クロス駅に出発し、ホグワーツ特急に乗り込んだハリーとフィールはトランクを引き摺って通路を歩いていた。

 ロンとハーマイオニーは監督生の仕事があるので、今頃は監督生車両に居るだろう。なので二人が空いてるコンパートメントを探す係だ。

 その二人が近付くと、周囲の皆は去年とは違って臆面もなくじろじろ見た。二人をよく見ようとコンパートメントのガラスに顔を押し付ける者さえ居るほどだ。

 何せ今年の6月にヴォルデモートが魔法省に現れたのを認めて以来、『神秘部に保管されていた予言が、ヴォルデモートを倒すことの出来る唯一の者として、ハリー・ポッターを選んだ』との憶測が流れ、『日刊予言者新聞』で『選ばれし者』の噂を魔法界全土に発行されてしまったのだ。

 噂好きで好奇心旺盛、そして脳内お花畑なホグワーツ生が興味を示さない訳がない。前もって予測していたとは言え、眩しいスポットライトの中に立つ感覚が楽しいとは、一ミリとも思わなかった。

 あちこちから注目を浴びるハリーはチラリとフィールの横顔を横目で見る。

 魔法省は『選ばれし者』ハリー・ポッターだけでなく、かつてヴォルデモートに真っ先に反抗したエルシー・ベルンカステルの子孫であるフィールのことを、『蒼黒の魔法戦士』として魔法界に広めた。詳しい情報は知らないが、確か闇の陣営に対抗する切り札扱いだったような気がする。

 

「これは何処行っても鬱陶しくなるな、多分」

 

 ハリーの視線に気が付いたのだろう。

 小さく嘆息したフィールは舌打ちした。

 

「あー、うん………それには全面的に同意だ」

「とりあえず、さっさと空いてるコンパートメント探して休憩するか」

 

 と言うことで、二人はキョロキョロと座れる場所を探索する。途中、友達と喋っていたジニーと遭遇し、一緒に探さないかと誘ったが「ディーンと落ち合う約束してるから」と断れてしまった。

 ちなみにディーンとは、ハリーと同じグリフィンドール生でルームメイトのディーン・トーマスのことである。

 ジニーは5年の終わり頃からディーンと付き合っているらしい。その前はレイブンクロー生のマイケル・コーナーと交際していたみたいだ。

 

「ジニー、いつの間にか魅力的な女の子になったよな。あんなにも美人になったのなら、当然誰かと付き合うか」

 

 長い赤毛を靡かせて立ち去るジニーの後ろ姿を見届けながら、フィールはポツリと呟く。

 ハリーは「そうだね」と目元を和らげて頷きつつ、小声でフィールに問い掛けた。

 

「そういえば、フィールは好きな人いる?」

「は? なんだよ、いきなり」

「いや、そろそろフィールも恋愛に興味持つ年頃かなって気になってさ」

「おあいにく様。今はいないぞ」

「今は、ってことは恋愛には興味あるんだね?」

「まあ、別にそこまで皆無ではないけど………」

 

 そこで一旦区切り、フィールはちゃっかり聞き耳を立ててハリーとの会話を盗み聞きしようとするホグワーツ生を鋭い目付きで一瞥する。途端に彼等は無言の威圧感に気圧され、慌てて自分達のコンパートメントに戻っていった。

 フィールを本気で怒らせたらどうなるか、3年前にバジリスクの被害に遭ったクシェルを貶したマルフォイの発言に彼女からとてつもない殺気を感じた彼等は、数年が経過した今でも忘れずに覚えていた。

 

「なんか知らないけど、邪魔者は退散したな」

 

 フィールは天然なのかそうじゃないのか。

 ケロッとした顔で包囲網のように邪魔だった障害物と言う名の生徒が居なくなったのを喜び、歩きやすくなった通路をつかつかと進んで行く。ハリーは内心「ナイス」と賛辞を送り、フィールの後を追い掛けていった。

 そうして、ようやく空席のコンパートメントを発見した二人は急いで中に入り、トランクを荷物棚に押し上げる。

 

「ようやく一息つけるな」

「しばらくは何も起きないで欲しいよ」

 

 ふーっ、と二人は疲れたため息を漏らす。

 知らぬ間に気を張っていたためか、コンパートメントに入った瞬間、緊張の糸が切れた二人は主に精神的疲労がどっと噴き出し、無言でシートに深く腰掛けて背もたれにもたれ掛かった。

 疲れたハリーとフィールは眼を瞑る。

 このままホグズミード駅に到着するまで寝てしまおうかと考えた直後―――数分も経たない内にコンパートメントの外が騒がしくなった。

 堪らず二人は眼を開け、視線を走らせる。

 4年生くらいの女の子達がドアの外に集まってこちらを見ながらヒソヒソ話し、クスクスやっていた。

 

「貴女が行きなさいよ!」

「いやよ、貴女よ!」

「私がやるわ!」

 

 何やらギャーギャー言い合っていた連中の内、大きな黒い眼に長い黒髪の、エラが張った大胆そうな顔立ちの女の子がドアを開けて入ってきた。

 

「こんにちは、ハリー。私、ロミルダ。ロミルダ・ベインよ」

 

 その女の子―――ロミルダは大声で自信たっぷりに言った。フィールは「誰だコイツ?」と初見の女子学生を怪訝そうな眼で見る。すると、ロミルダはフィールを指差しながら、聞こえよがしの囁き声で言った。

 

「私達のコンパートメントに来ない? この人と一緒に居る必要は無いわ」

「この人は僕の親友だ」

 

 不機嫌な表情で、ハリーは冷たく言った。

 ロミルダは「あら」と眼を見開かせて驚いた顔をする。

 

「そう、オッケー。………ところでハリー。この際だから訊いておくわ」

 

 ロミルダはそれまでの軽い態度から一変し、真剣な瞳で口を開く。

 

「ハリー、貴方はその人と付き合ってるの?」

 

 その問い掛けに、思わずハリーは唖然とした。

 予想を斜め上に飛んだ質問内容だったので、数秒間フリーズしてしまう。

 自分が? フィールと付き合ってる?

 それは決して有り得ない。

 確かに彼女は成績優秀で誰もが認める美人だ。

 もしも誰かと付き合うなら、『文武両道な人物』と答えるのが多数だろう。

 しかしハリーはこれまで、『恋愛対象』としてフィールのことを見てきたことは一度もない。仮にそうしていたなら、とっくの昔に彼女を好きになっていただろう。

 1年の時から一緒に学校生活を送ってきたフィールはどちらかと言えば、共に過酷な試練を乗り越えてきた謂わば自分の『戦友・パートナー』みたいな存在。

 これからも親友でありたいとは強く思うが、恋人になりたいとは少しも思わない。

 

「いや、私とハリーは付き合ってないぞ」

 

 そしてそれはフィールの方も同じである。

 ハリーとは長らく苦楽を共にしてきたし、境遇は違えど、心の闇を背負っている同士だからこそ人の苦しみを共有し合える相手だ。けれど逆にここまで来ると、彼のことをそういう対象では見れない。

 強いて言うなれば、鏡みたいな存在だ。

 多少異なる所はあるが価値観も似ているし、純粋な友情以外にも、クィディッチや防衛術など同じ得意分野を持つ者同士の連帯感のようなものを育んでいる。

 加えてハリーは入学当初からほぼ毎日一緒に居るクシェルを除けば、恐らくは沢山居る友達の中でも一番仲の良い友人。

 最初の時点で『友達』としてのライン上で距離が近過ぎたためか、今では『戦友・パートナー』の意識が圧倒的に高かった。

 

「貴女には聞いていないわ。私はハリーに聞いてるのよ」

 

 ハリーの代わりにフィールが答えたら、このように邪険されてしまった。

 

「で、ハリー。どうなの?」

「フィールが言ってくれた通りだ。僕とフィールは付き合ってない」

 

 ハリー本人の返答に、ロミルダはホッと安堵する。他の二人も安心を得たと言う様子だ。

 

「そうよね。グリフィンドールの英雄である貴方がスリザリン生と付き合う訳がないわよね。よかったわ。………そうそう、危うく言い忘れるところだったわ」

 

 今度は嫌味な笑みを浮かべたロミルダは、軽蔑と敵意を帯びた視線をフィールに向ける。

 

「貴女、ハリーと交際してないんでしょう? だったら、ハリーに近付かないでくれる? スリザリンは『例のあの人』の出身寮。そんな人が『選ばれし者』の彼の側に居るなんて、誰も望んじゃいないわ。わかったら早く彼の前から消えてくれるかしら?」

 

 嫌味たっぷりに言ったロミルダの発言。

 しかし、フィールは無表情を崩さなかった。

 所詮は『選ばれし者』と呼ばれるハリー・ポッターに熱を上げてるだけの小娘の戯れ言に過ぎないと、()()()()()()()()と言う理由でつっけんどんな言い方をされるのには慣れっこなフィールは風を受け流す絹のように聞き流そうとした、その時だ。

 

「いい加減にしてくれ、ロミルダ」

 

 ガタッ、とハリーが立ち上がり、キッと鋭い眼でロミルダを睨み付けた。フィールと違い、先程の彼女の聞き捨てならないセリフにカチンときたのだ。

 

「もう一度言う。フィールは僕の親友だ。親友と一緒に居ることの何が悪いんだ?」

 

 静かな怒りを声に含めてそう尋ねると、

 

「な、何よ………ロミルダは貴方のためを思って言っただけなのに………!」

 

 と、別の女子が凄んできたが、ハリーはそれに怯まず、キッパリと言い放った。

 

「御生憎様、僕は自分の事は自分自身で決める主義なんだ。君達が口出しすることじゃない。それにスリザリンにもいい人はちゃんといる。フィールを見ればわかるだろう? これ以上フィールを傷付ける発言をしたら、僕は許さないぞ」

 

 ハリーの強い瞳と口調に気圧されたのか。

 それとも、嫌われたら怖いと恐れたのか。

 彼の決然とした姿勢に面食らった女子達は渋々踵を返した。

 

「………行きましょう」

「そ、そうね」

 

 彼女達が去っていくと、ハリーは全身の緊張を解いた。

 

「フィール、ごめんね、僕の後輩があんなこと言って」

「あんな風に言われるのはもう慣れてる。今更じゃない。それにたかが年下の挑発に乗ったら、年上としてカッコ悪いだろ」

「だけど………」

「でも、アンタがああ言ってくれたのは素直に嬉しいよ。ありがとな」

 

 無表情を崩し、フィールは微笑する。

 その笑みを見て、ハリーも微笑んだ。

 

 昼頃になり、やっとロンとハーマイオニーがハリーとフィールの居るコンパートメントにやって来た。「ランチのカート、早く来てくれないかなあ」とロンは空腹を訴えるお腹をさする。

 

「ところでさ。マルフォイが監督生の仕事をしていないんだ。他のスリザリン生と一緒にコンパートメントに座ってるだけ。通り過ぎる時にアイツが見えた」

 

 気を引かれたハリーは座り直した。

 去年、監督生としての権力を嬉々として濫用していたのに、力を見せ付けるチャンスを逃すなんてマルフォイらしくない。

 

「アイツらしくないよな。なんで1年生をイジメに来ないんだ?」

「多分、『尋問官親衛隊』の方がお気に召してたのよ。監督生なんて、それに比べるとちょっと迫力に欠けるように思えるんじゃないかしら」

「そうじゃないと思う。多分、アイツは―――」

 

 が、ハリーが持論を述べない内に、コンパートメントのドアがまた開いて、今度は3年生の女子が息を切らしながら入ってきた。四人は何事かと彼女を凝視する。

 

「あのっ、私、これを届けるように言われて来ました。フィール・ベルンカステルとハリー・ポッターに」

 

 ハリーと眼が合うと女の子は真っ赤になって言葉がつっかえながら、紫のリボンで結ばれた羊皮紙の巻き紙を2本差し出した。ハリーもフィールは訳がわからなかったが、わざわざ渡しに此処まで来てくれた以上、拒否するのは相手に申し訳ない。二人はそれぞれに宛てられた巻き紙を一応受け取る。役目を終えた女の子は転ぶようにコンパートメントを出て行った。

 

「なんだい、それ」

「招待状だ。スラグホーン教授からの」

 

 巻き紙を解き、そこに記された文章にサッと眼を落としたハリーはロンの質問に答える。

 

《あら、あの人、早々に食事会を開催するなんてね。早くもメンバー選定に当たるのかしら》

「クラミーさん、知ってるんですか?」

 

 ハリーはフィールが首から下げている銀色のロケットに宿っているクラミーに尋ねる。ダンブルドアの忠告に従ってホラス・スラグホーンとは距離を置いて接するつもりなので、可能な限りは彼に関する知識を得ておきたいハリーにとってこれは有益な情報源だった。

 

《ええ。わたしも昔はナメクジ・クラブのメンバーだったからね。スラグホーン教授はクラブ内で定期的に食事会などを開催し、メンバー間で優秀な人物や野心家、有名人や有力者との繋がりがある人を紹介して便宜を図り、その見返りとして好物などを得る人物よ。過去にクラブのメンバーだったわたしからのアドバイスとして、必要最低限彼とは関わらない方が身のためだわ。ある程度の一線は引いて接した方がいいわよ》

 

 クラミーからの助言にハリーは頷くのと同時にちょっと嫌気が差す。前にもダンブルドアが同じことを言ってたのだが、実際にスラグホーンが作った取り巻きクラブの一員だった人から聞くと、尚更抵抗感が生まれる。

 

《と言うか、フィールにも招待状が来たことにわたしは驚いてるわ。どんな理由で招いたのでしょうかね………って、大方、予測はついてるのだけれど》

 

 エルシー・ベルンカステルの孫であり、『選ばれし者』と呼ばれるハリーと並んでヴォルデモート打倒のための『兵器』と見做して噂しているのを、当然ながらスラグホーンは耳にしているだろう。仮にそのことを差し引いても、彼女の母親がかつてクラブのメンバーの一人だったのならば、それを理由に招いてもおかしくはない。

 

「………どうする?」

「少々めんどうだが、これを送られた以上、行かなきゃ後で余計面倒事になるだろうな」

「そうだよね………」

 

 フィールとハリーは嘆息しつつ、腰を浮かす。

 正直言うと全然乗り気じゃないのだが、ここで行かなかったらスラグホーンやダンブルドアに後々文句を言われるだろう。ならば否が応でも行くしか選択肢はないと、顔を見合わせた二人の意見は一致している。

 コンパートメントを出る前、『透明マント』を着ていけば、途中でマルフォイが何を企んでいるかわかるかもしれないとハリーは閃いたのだが、通路がランチ・カートを待つ生徒でごった返しだった状況から、アイディアは別段悪くなかったのに実現出来なかったのを残念に思い、カバンに戻した。

 なのでそのまま二人はドアを開けて外に出る。

 四方から向けられる視線が更に強烈になり、二人をよく見ようと生徒達があちこちのコンパートメントから飛び出した。

 眼も開けられないほどのスポットライトを浴びる気分を味わいながら、ハリーとフィールは出来ることなら今すぐにでも大きな声でも出してストレスを全て吐き出したいだと、叫びたくても叫べない、とにかく叫び出したい衝動をグッと抑えながら、ある意味長い道のりを進んでいった。

 

♦️

 

 コンパートメントCにてスラグホーンが開催した食事会に招待されたフィールとハリーは彼に招かれた複数の招待客の紹介が終わった後、彼自身が教えた著名な魔法使い達の逸話で午後の時間を過ごした。

 二人を除いて招待客は全部で五人だ。

 フィールの同僚同輩で長身黒人のブレーズ・ザビニ。ハリーより1学年上の大柄でバリバリ頭の青年コーマック・マクラーゲン。痩身で神経質そうなレイブンクローの男子生徒マーカス・ベルビィ。そしてあとの二人はハリーとフィールがよく知っているグリフィンドール生ジニーとネビル・ロングボトムだ。

 

 招かれた理由は区々だが、そんなことはどうだっていいだろう。ランチタイムの最中、マーカスが雉肉の塊を喉に詰まらせると言うアクシデントを挟みつつ、昼食会が終了する前にフィールは用事があるのとことで一足先にコンパートメントCを抜け出した。ちなみに雉肉を飲み込んで危うく窒息死するところだったマーカスは、スラグホーンが『気道開通呪文(アナプニオ)』を唱えてくれたおかげで無事である。

 さて、それはさておき。

 その用事とは十中八九『不死鳥の騎士団』に関係することだろうと、フィールの諸事情を知っているハリーとジニーは仕方ないとは言うものの、用事を理由に早々に離脱したのをちょっとズルいと思いつつ、彼女が出ていくのを見送った。

 

「―――じゃあ、そっちで破壊と探索は頼むぞ」

『ええ、皆にはそう伝えておくわ。フィール、無茶ぶりはしないでね』

「わかってる。じゃ、そろそろ戻る」

 

 マグル界で言うところのテレビ電話的なアイテム『両面鏡』をポケットに仕舞い、フィールは自分の荷物を置いている車両まで戻った。本日何度目かの長い霧の中を通り過ぎると、汽車の窓からは真っ赤な夕日が見えており、そろそろ制服に着替えなければいけない時間帯だと教えてくれる。

 生徒のほとんどが学校用のローブに着替えて荷物を纏めるためにそれぞれのコンパートメントに戻っているので、午前中とは比べ物にならないほど歩きやすかった。

 そうして、コンパートメントに帰ってくるなりフィールは首を傾げた。ロンとハーマイオニーは制服を着てシートに座っているのに、何故かまだハリーは居なかったのだ。

 

「二人共、ハリーはどうしたんだ?」

「え? 彼ならまだ来てないわよ?」

「君と一緒じゃなかったのか?」

「私は用事があって途中で抜けたんだ」

「そうなの?」

「ああ。流石に今の時間帯なら昼食会も終わってるだろ。それなのにハリーが来てないなんて、変だな」

「ま、その内来るだろ。あんま心配しなくても大丈夫じゃないか?」

 

 楽観的に笑うロンの横で、

 

「そうだといいんだけど………」

 

 ハーマイオニーは少し不安が顔に滲む。

 

「とりあえず、まずは待ってみるか。もしも来なかったら探しに行く。だから心配すんな」

 

 ハーマイオニーの隣に座ったフィールがそう言い、彼女は少しだけ安心したように微笑む。

 それから、時間はどんどん過ぎていき………ホグワーツ特急はホグズミード駅に到着した。生徒達は順番に下車していく。ドアを開けて通路に出たハーマイオニーは辺りを見回した。汽車が停車したにも関わらず、一向にハリーが来る気配がしないからだ。

 

「どうしましょう………ハリーが来ないわ!」

「先に降りたんじゃないか?」

「制服に着替えてもないのに降りる訳ないでしょう!」

 

 ロンの軽い口調で言った言葉にハーマイオニーは怒鳴る。フィールは「落ち着け」と肩に手を置き、荷物棚から自分とハリーのトランクを引っ張り出した。

 

「私が残って車両を探索してみる。アンタ達は先に行ってろ。もしかしたらロンの言う通り、本当に降りたのかもしれない。外でハリーと会ったら『守護霊の呪文』で私に伝えてくれ」

「ええ………わかったわ。お願いね」

 

 ハーマイオニーは小さく頷き、ロンと共に汽車を下車する。フィールは生徒が全員降りるまでじっと待ち、完全に居なくなったのを確認してから行方不明のハリーの捜索に当たった。

 とりあえず片っ端から見て回ってみるが、何処にも人の気配は感じられない。何車両目かの通路を通ったフィールは一旦立ち止まり、前髪を掻き上げてくしゃりとやる。

 

「見当たんないな………下車したならとっくに連絡来てるだろうし………私としたことが迂闊だった」

 

 窓の外を見れば、暗いプラットホームを生徒達がゾロゾロ歩いている。トランクを引き摺る音やガヤガヤと言う大きな話し声がこちらまで聞こえてきた。車内での足音は完全に消え去っているので、恐らくは自分一人―――と、ハリーしか此処には居ない。自分の行動を悔いり、唇を噛み締めたフィールはふと、周囲を見回して今居る車両がコンパートメントCの所だと知った。

 

「そういや此処だったか………此処からハリーはマジで何処行ったんだ? ホントに―――」

 

 と、そこまで呟いたフィールはハッとする。

 そういえば、スラグホーンが開いた食事会の招待客には同輩のブレーズも含まれていた。ブレーズはスリザリン生でマルフォイの仲間だ。もし、彼が元居たコンパートメントがマルフォイと同じだったのならば………。

 

「………ああ、なるほど。そういうことか」

 

 ようやく忽然と消えたハリーの行動と居場所を察したフィールはそちらへ早足で向かう。

 そして、ビンゴ。

 微かに人の気配を感知した。

 数歩歩いたフィールはしゃがみこみ、覆い被さっている物を払い除けるように手を動かす。

 案の定、『透明マント』が退けられ、中から鼻が折れ曲がって顔が血だらけのハリーの姿が顕現とした。凍結しているところを見ると、『全身金縛り呪文』でも掛けられたのだろう。

 フィールは『解除呪文』を唱え、ハリーに自由を取り戻させた。ハリーはすぐさま立ち上がり、フィールに礼を言う。続けてフィールは『治癒呪文』でハリーの鼻を治し、血で濡れた顔も『払拭呪文』で綺麗にさせた。

 

「やっぱり、此処に居たか。………大方、昼食会が終わった後にザビニの後を追ってマルフォイの話を盗聴しようとした結果、バレてこうなったんだろ」

 

 鋭く突っ込んできたフィールにハリーはバツの悪そうな顔になる。図星だったからだ。

 と、その時だ。

 エンジンが唸りを上げて息を吹き返し、床が振動し始めた。このまま長居したら、ホグワーツ特急が発車して自分達は置いてきぼり、ロンドンへと折り返しだ。

 

「詳しい話は後だ。まずは飛び降りるぞ」

 

 汽車の窓が水蒸気で曇り、まさに駅を離れようとしている。フィールはハリーを促し、デッキのドアを開けてプラットホームに飛び降りた。汽車は速度を上げ始め、ホームが足元を流れるように見える。ハリーが着地でよろめき、体勢を立て直した時には、紅色の蒸気機関車は更に加速し、やがて角を曲がって姿を消した。

 

「ふぅ、まさに間一髪だったな」

 

 透明マントを返しながら、フィールはトランクをハリーに手渡す。

 

「早く制服に着替えろ。そしたら城に行くぞ」

 

 プラットホームで私服から制服に着替えるのは抵抗があったが、フィール以外の人は誰も居ないのと、その彼女が背を向けたことから、急いでハリーはトランクを開け、制服を着用する。そうして脱いだマグルの服をトランクの中に仕舞って蓋をしたハリーはフィールに声を掛けた。

 

「フィール、着替えたよ」

「よし、じゃあ、さっさと行くぞ。ハリー、一旦トランクをこっちに渡せ」

「え?」

「早く」

 

 フィールに急かされ、ハリーは慌てて預ける。

 渡されたトランクを『検知不可能拡大呪文』を掛けたポーチに入れたフィールは、人間の姿から一転、黒色の大きな狼になった。額には有体守護霊の狼と同じ、魔法陣の紋章が刻まれている。

 フィールの動物もどきは黒狼だ。狼の姿になっても、耳についたイヤーカフや鋭い蒼瞳など、人の姿を連想させる部分はちゃんと残ってる。体躯も自分と然程変わらない体格の人間なら普通に乗せられるくらいの巨体で、黒狼に変身したフィール―――ウルフフィールは、口をあんぐりと開けて見下ろすハリーの前で体勢を少し低くした。

 乗れ、と言う仕草だ。

 しかし、一驚してるハリーは乗らない。

 なので、

 

「おい、何ボケッとしてんだ。早く乗れ」

 

 と、若干苛立った声音で人語を発した。

 本来、動物もどきになった魔法使いは言語能力を失うのだが、フィールは特殊訓練でそれを克服したので、動物もどきになっても言語能力はそのまま健在である。

 

「えっ!? あ、はい!」

 

 何故か敬語で返事し、慌てたようにハリーはウルフフィールの背中に跨がる。同世代の男子の全体重がのし掛かっているのに、フィールは平然とした姿勢を保っている。

 

「しっかり掴まっておけよ」

 

 ハリーが掴まっているのを確認し、ウルフフィールは彼を乗せて、ホグワーツ城へ続く長い道のりを人間の時よりもずっと速いスピードで駆け抜けた。割りと険しい地形なのに難なく走破するウルフフィールの並外れた運動能力に、最初ハリーは振り落とされないよう必死にしがみつくのが精一杯だったが、世界最速の箒・ファイアボルトを乗りこなす彼は徐々に慣れていき、箒とはまた別の新しい感覚に興奮を覚えた。

 

「ところでハリー。アイツが何を企んでるのか聞いたのか?」

 

 走りながら、ウルフフィールは問い掛ける。

 すっかり忘れてたハリーは急速に思い出し、車両の中で聞いたマルフォイの話を語った。

 

「アイツが何かやろうと計画してるのは間違いない。アイツはヴォルデモートに命じられてる的なことを仲間内で話してた。内容までは話さなかったけど………」

「………そうか」

「フィール、君はどう思う?」

「………ハッキリとした情報が掴めない以上、現段階では推測の域を出ない。可能な限りはこっちでもアイツの動向は探ってみるけど、あんまり期待はするなよ」

「わかった」

「………っと、そんなこと話してたら、いつの間にか見えてきたな」

 

 立ち止まったウルフフィールの目線の先には、セストラル率いる馬車でホグワーツまで辿り着いた生徒達の集団が寮別に並んでいる。どうやら間に合ったらしい。これで新学期早々遅刻と言う不名誉な事態は免れた。ウルフフィールとハリーはホッと胸を撫で下ろす。

 

「こっからは普通に歩くぞ。暗闇の中からいきなり狼が現れたら、大パニックになるだろうし」

 

 と言うことで、あちらからは死角の場所で狼から人間に戻ったフィールは預かっていたトランクをハリーに返す。受け取ったハリーは最後に「ありがとう」と感謝の言葉を述べると、フィールと共に少し遅れてやって来ました感を見事に演じてそれぞれの寮生と合流した。




【ホグワーツ生】
噂好き、好奇心旺盛、脳内お花畑。

【ネビルナ】
5章同様、どっか別のコンパートメントでイチャイチャしてんじゃない? ちなみにネビル、ナメクジ・クラブのランチの招待券は普通に手渡されました。

【ハリフィーのカップル噂】
犬猿の仲の寮間の壁を越えて仲の良いダブル主人公。実は結構前から「あの二人付き合ってんじゃね?」的な噂は流れています。ま、作中のご本人達は結構一緒に居る回数が多いクセして恋愛感情はこれっぽっちも抱いてませんけどね。

ハリフィー「「僕(私)達はカップルじゃない」」
ホグワーツ生「いやどう考えてもお前ら付き合ってるだろ」

【ダブル主人公のハリーとフィール】
この作品のダブル主人公は『戦友・パートナー』を特に意識して書いています。
例えで言うとこんな感じ↓。

バイオ:クリス・ジル(1)、レオン・ヘレナ(6)
ゼル伝:リンク・ミドナ(トワプリ)、リンク・ファイ(スカウォ)

【言語能力健在のウルフフィール】
動物もどきになると言語能力は無くなるみたいですが、訓練次第じゃ克服出来んじゃね? とのことでフィールは動物もどきになっても普通に人語喋れます。
単に喋らなかったらつまらない、と言う作者の個人的な理由も含まれてますけどね。

【ウルフフィールに跨がるハリー】
未だかつてこんなケースはあっただろうか?
オオカミに変身したフィールにハリーが乗る、実はめっちゃやりたかったんですよね。
これは多分、トワプリやもののけ姫の影響。
ウルフフィールと誰かが寄り添って寝る構図、これはかなり絵になるかも? いつかどっかの#で取り入れてみるのも悪くないですかね。


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#93.ウソつき

今の時期と言えば、やはり入試。
私も去年受験したなと懐かしい気持ちです。
思い出しますね、受験生だった頃。
思い返せば2年前、受験中にこういうハリポタ二次創作を読んで元気を貰い、「じゃあ自分もそういう人達を少しでも笑顔にしてあげたい」と思ったのが活動したきっかけです(始めた理由の半分は、読んでいく内に自分もハリポタ二次創作作りたいと強く思った、です)。
あれからもう少しで1年、この拙い作品を楽しんでくださる沢山の方々に今一度お礼申し上げます。
本当にありがとうございます。あなた方は私にとって、心の支えであり、大切な宝物です。
これからもよろしくお願いいたします!

※今回ちょっとアンチ・ヘイト要素あります。苦手な方はブラウザバックを推奨します。


 汽車に残ったフィールが行方不明となったハリーを発見し、ホグワーツへ向かう前―――。

 先にホグワーツ特急を下車したハーマイオニーとロンは、ホグズミード駅とホグワーツ城の間を運行する『馬なしの馬車』が在る所まで他の生徒達の波に乗りながら二人で歩いていた。

 チラリとハーマイオニーは肩越しに振り返る。

 遅れてやって来るだろうフィール(とハリー)のことが少し気掛かりだが、彼女ならきっと大丈夫だろうと思うようにし、不安を拭い去るよう小さく頭を振ったハーマイオニーは、険阻な道のりを歩行するのに集中する。

 やがて馬車道に辿り着いた二人は、天馬の一種で有翼の馬の姿をした爬虫類のような生き物が馬車に繋がられている光景を目の当たりにして、ピタッと立ち止まった。

 巨大な黒い馬の胴体には肉が全く無く、黒い皮が骨にピッタリ張り付き、骨の一本一本がハッキリと見えている。ドラゴンのような頭に瞳の無い白く濁った眼、黒く長い尾、背中の隆起した部分から翼が生えているこの魔法生物は死を見たことがある者だけにしか見えない『セストラル』だ。

 

 ハーマイオニーとロンは息を呑む。

 去年の『魔法生物飼育学』の授業でセストラルを学んだ時、その姿が見えた生徒はフィール、ネビル、セオドール・ノットの三人だけだった。

 当時は単なる好奇心から、「自分も見えたらいいのに」と一部の人間しか視認出来なかったセストラル特有の性質にぼやいていたが………いざ見えるようになると、形容し難い感情が沸々と沸き上がってくる。

 これもひとえに()()()()()()からだろう。

 人が生と別れを告げた瞬間を。

 命の灯火が消えるその一瞬を。

 この眼に焼き付けられたから………今、こうしてセストラルの姿が見えている。

 不可視から可視に変化した二人は、死を見たことがあると言うのはどういう意味なのか、それを否応なしに考えさせられる場面に直面した。

 

「………ハーマイオニー、君は見えてるかい?」

「ええ………勿論、よ」

「確か、コイツの名前………セストラルだっけ。去年まで見えてなかったはずのセストラルが見えるってことは―――」

「そういうことよ、ロン。私達は『見た』から、セストラルが見えるのよ。………命の炎が燃え尽きた、誰かの『死』を」

 

 言外でエミリーのことを指しているのだろう。

 遠い眼になったハーマイオニーは手を伸ばす。

 セストラルの姿を認められるようになったためか、身体に触れるようにもなっていた。

 ドラゴンのような頭を撫でていたハーマイオニーは、思わずといった感じにポツリと呟いた。

 

「………エミリーさん……………」

 

 すると………その呟きが聞こえたのか、セストラルが顔を動かし、こちらをじっと見てきた。

 死者特有の濁った瞳のような、生気を感じられない白い眼。

 輝きを失った眼差しで見つめられ、ハーマイオニーは言葉を失う。まるで今の自分の胸中を見透かされているような、全部筒抜けのような、そんな錯覚に陥り、絶句してしまった。

 

「ハーマイオニー? 大丈夫か?」

 

 硬直化したハーマイオニーを見たロンは心配そうに顔色を覗く。ロンの声でハッと我に返ったハーマイオニーは慌てて首を振った。

 

「大丈夫よ、ちょっとボーッとしてただけ。そんなことより、早く乗りましょう。じゃないといつまで経ってもホグワーツに向かわないし、他の皆に迷惑掛かっちゃうわ」

 

 妙に明るい笑顔を浮かべて促したハーマイオニーにロンはブルーの眼を細める。彼女は辛い気持ちになったのを悟られないよう、仮面のように笑顔を貼り付けて誤魔化したに違いない。

 が、あの一件以来、精神的にも人間的にも成長を果たしたロンはハーマイオニーの気持ちを配慮し、「そうか」と敢えて何も言わず、馬車に乗り込んだ。

 

♦️

 

 毎年恒例の新入生歓迎会パーティーが終了し、お馴染みの新任教師発表や注意喚起も終えた後、その場は解散となった。各自の寮へ続く廊下を歩きながら、ホグワーツ生達は先程の仰天ニュースにざわざわとざわめきが未だ収まらない。むしろ波紋は広がっていくばかりだ。

 かつてホグワーツで『魔法薬学』の教鞭を取っていたホラス・スラグホーンが復職し、それに合わせて『闇の魔術に対する防衛術』担当がスリザリンの寮監セブルス・スネイプに変更するのを前から知っていたフィールだけは別段驚かなかったが………。

 新任のスラグホーンはともかく、今年いっぱいのスネイプの担当教科にホグワーツ生、特にハリーはこの日一番の衝撃を受けた。以前からスネイプが防衛術の担当を志願していたのは前々から周知の事実だったのだが、今までダンブルドアがそれを聞き入れたことはなかった。

 それがどういう訳か、今年になりスネイプの悲願が遂に実現してしまったのだ。ハリーは一番好きな教科が一番嫌いな教科にならないか、胸中は不安と心配と憎悪が渦巻いていた。

 教師関連の話以外では、この夏に城の防衛魔法や警戒措置が強化されて夜間外出禁止令が下されたり、生徒一人一人が安全を心掛けるよう呼び掛けられた。闇祓いのトンクスやサベッジ、プラウドフット、ドーリッシュが今年ホグワーツの警備に当たっているのをダンブルドアは口にしなかったので、フィールは他の生徒達に要らぬ心労を掛けないために敢えて言わなかったのかと思うようにした。

 

「ねえ、フィー………久し振りに会ってみたら、なんか窶れてない?」

 

 地下牢に位置するスリザリン寮の女子部屋。

 新入生に合言葉等を教えて監督生の仕事から解放されたクシェル・ベイカーは、久方ぶりに再会するルームメイトのフィールの姿を見て、怪訝な表情で眼を細めた。

 フィールの端正な顔には、隠しきれない疲労が滲んでいる。ついさっきまでスリザリン生の注目の的だったフィールは自分に突き刺さる強烈な視線に、色々なストレスが溜まっていたことと相まって我慢の限界だった。

 

「………別に」

 

 ローブとカーディガンを脱ぎ、ワイシャツ姿になったフィールはネクタイを緩ませながら、疲れた顔を隠すようにプイッと背ける。あからさまに隠し通そうとする仕草にクシェルは、別の話題を口にした。

 

「夏休みの大半、フィーはハリーを匿うロンの家で彼のガーディアンを務めてたらしいね」

「………ああ、そうだよ」

「いつだったか、ハーマイオニーが倒れたってお母さんから聞いたんだけどさ………洞察力が鋭いフィーがハーマイオニーの体調不良を見抜けなかったのって、本当は不注意じゃなく、心身共にバテてたからじゃないの?」

 

 クシェルの言葉にフィールはギクッとする。

 認めたくはなかったが、図星だったからだ。

 本来のフィールであれば、ほぼ毎晩悪夢に魘されていたハーマイオニーの異変を誰よりも早く察知していただろう。そうすれば、あのようなハプニングは未然に防げてたはず。

 なのに、フィールがハーマイオニーが限界を迎えて倒れるまで気付けなかったのは………過労で非常に疲弊していたからだ。蓄積した疲労が極致に達していたフィールは、多事多端故のイライラやストレスからピリピリしていたメンバーの何人かに「もっと気を付けろ」と組織内で最もハリーやその友人と近しいことから、こっぴどく叱責されたことがあった。

 

 顔色が悪かったことさえ完璧には気が付かなかったフィールは、自分がもっと気を配っておけばよかったと後悔していたので、咎められても仕方ないと捉えていたが………実際はダウン寸前まで彼女も追いやられていたのだ。

 ハリーの護衛に隠れ穴の警備、いつ奇襲してくるかわからない闇の陣営への警戒心と緊張感。

 ハリーの同級生で戦闘に長けていると言う理由から押し付け同然で騎士団の役割を任されたフィールは、友人が意識を失って倒れたのを側に居ながら察知出来なかった失態もあり、とにかく色んな意味で眠れぬ日々が続いて夏季休暇はまともな休息をほとんど取れなかった。

 

「…………………………」

「無言は肯定と見なすよ。フィー、言い方は悪いけど、貴女は洗脳されてるように私は感じる」

「は? 洗脳?」

「騎士団の人達、何でもかんでもフィーに任せっきりにしてるのに、フィーは文句の一つも言わなければ、理不尽に怒られても素直に謝る。あの人達はそうやって、フィーの優しさに付け込んで無茶ぶりさせたり、感情の捌け口にしてんだよ? いくら嫌なことばかりでムシャクシャしてるからって、フィーに八つ当たりするのはおかしいじゃん」

「クシェル。言っとくけど私は洗脳されてない。騎士団の一員として強制はされてる訳だけど、私個人の気持ちは強制でも何でもないぞ」

 

 フィールはクシェルを安心させるようそう言ったのだが、クシェルは厳しい顔のまま、首を横に振った。

 

「わからないの? それが洗脳されてるってことに。フィーは無意識・無自覚な娘だからね。自分では気付かないのも無理かな」

「いや、だから………」

「フィーは奴隷として操られている。待ってて、すぐに私が軟禁状態から救ってあげるから」

「私は操られてなんかいない。私は自分の意志でアイツらの傍に居る。校長から『必要最低限ハリーを見守って欲しい』とは頼まれたけど、元より私はそうするつもりだ。それに、夏季休暇を普通に過ごせなかった分、学校生活を此処では一般の生徒と変わらず送って欲しいと言われたし」

「…………………………」

「クシェル、一体どうしたんだ? アンタ、こんなこと言うようなヤツじゃないだろ?」

 

 フィールは語気を強くしてクシェルに問う。

 しかし、クシェルは肩を軽く竦めただけでフィールの問いには答えず、どこか冷めた眼差しで逆に質問し返した。

 

「あのさ、フィー………フィーはいつから、ダンブルドアの言いなりになるようになったの?」

「え………?」

 

 今、彼女はダンブルドアを呼び捨てにした?

 その事にフィールはビックリしてしまった。

 どの教師も呼び捨てにせず、必ず『先生』を付けるクシェルが敬略称するなど、今まで一度もなかった。フィールやハリーは、時折敬称を略するのだが………。

 

「神秘部でムーディはフィーを本気で殺そうとしたってのに、ダンブルドアは一切手出ししなかった。むしろフィーの抹殺を頭に入れた上でこの数年間貴女に接してきた。………それってつまり、端からダンブルドアはフィーを見捨てようとしてたって意味だよ? なんで、そんな人間の命令を従順に従うの?」

 

 耳に入る声は聞き慣れた少女のそれなのに、その声の持つ響きはフィールの知らない冷たさを孕んでいた。

 クシェルの顔を見たフィールは両眼を見張る。

 声だけでなく、顔付きも変わっていたからだ。

 優しい雰囲気は一切無く、いつもキラキラ輝いている翠の瞳には剣呑な光が宿っている。

 

「笑っちゃうよね。『自他共に認める天才で20世紀で最も偉大な魔法使い』? 『闇の帝王が唯一恐れる人物』? 仲間が生徒を殺害しようとしたのを阻止するどころか、傍観して見殺しにするようなただの最低なヤツが、どうして周りからは『頼もしい賢者』なんかと呼ばれるんだろうね。私には意味不明としか言い様がないよ」

 

 生徒一人を命の危機から救おうとしないで、何が偉大な魔法使いだ。何が賢者だ。

 密かにフィールの命を狙っていたのに、ヴォルデモートの魔の手から保護するとか、ふざけたこと抜かしやがって。

 心配する素振りだけで闇の陣営に対する戦力としてしか見ていなかったとか、彼女を監視下に置くために形だけ騎士団に引き入れたとか、あの一件以来、クシェルの頭の中はそういう考えで満たされていた。

 

「騎士団に入団を許可する前から、フィーを見捨てるつもりだったクセに、ダンブルドアは悪びれず、平然とハリーの護衛を頼む。私からするとふざけんなって思うよ。『スネイプ先生がスリザリンを依怙贔屓するなら、自分はグリフィンドールを依怙贔屓する』のとは訳が違う。ダンブルドアは貴女の全てを蔑ろにした。人生も、生命も、人権も。『例のあの人』を倒せるハリー・ポッターさえ生かせれば、フィール・ベルンカステルは死んでも構わない。そういう考え方だったんだろうね、きっと」

 

 目の前に居るのは本当に本物のクシェルなのだろうか? 誰かがポリジュース薬でも飲んで自分の前に立っているのではないだろうか?

 眼前の彼女に疑惑の眼を向けた、その時。

 クシェルが、ゆっくりと歩み寄って来た。

 ジリジリと近付いてくるクシェルに、フィールは金縛りにあったかのように動けなくなる。背筋が凍り、全身に緊張が駆け抜けた。本能が「逃げろ!」と警鐘を鳴らすが、フィールはその場に縫い付けられたように足を動かせない。

 徐々に距離を詰めてくるクシェルへ、動けなくなったフィールはなんとか声を絞り出す。

 

「クシェル………アンタ、本当にクシェルか?」

「何を言ってるの? フィー、私は本物だよ?」

 

 クシェルは、何当たり前なことを訊くんだ? と言いたげな面持ちで不思議そうに小首を傾げる。

 

「だったら、なんで………」

「私は事実を言ってるだけ。今の言葉に嘘は一つも混じってないでしょ?」

 

 そう言ってクシェルは―――フリーズするフィールの脇を通り過ぎた。極上の獲物を前にした獣のような瞳で接近してきたので、何もされなかったフィールは少し肩透かしを食らう。

 

「え………?」

 

 しかし、すぐにそれが間違いであることを思い知る羽目になった。

 正面からは手出しせず、普通に横を通過したクシェルは後ろからフィールの黒髪を梳くい取り、

 

「ウソつき」

 

 と、狙った獲物を絡め取るよう、力一杯抱き締めた。

 

「ッ!?」

 

 ドキッ、とフィールは胸が高鳴る。

 忘れ去った頃にバックハグされ、パニックに落ち掛けた。

 

「もう二度と、私から離れないでってあの時言ったのに………フィーは一度、私の傍から離れようとしたよね?」

 

 背中越しに、クシェルが厳しさを込めて訊いてきた。

 

「ムーディに殺されるの、受け入れたよね?」

「あ、あの時は………」

 

 更に問い詰めてきたクシェルの顔を見られず、フィールは眼を伏せる。口調は静かだけれど、決して言い逃れ出来ない響きを持っていた。

 

「うん、そう仕向けたのはムーディだよ。フィーを追い詰めて、私も争いに巻き込んで、フィーが死んだら私………いや、魔法界の住民は自分と言う新たな脅威に怯えることはないと、そう思い込ませた………」

 

 白い肌とは対照的の黒い髪をクシェルは弄る。

 

「んぅ………」

 

 クシェルに指先で髪を弄られる度、フィールはゾクゾクする感覚が身体を走り抜けた。

 

「ホント、ダンブルドアやムーディってクズな人間だよね………フィーが死ねば魔法界の人々は助かるとか、そんなの。何人死ねば何人助かるなんて、数で救える命を数えるとか、そういう馬鹿げた結論に至った連中の思考回路がどうなってるのか、一回覗いてみたいよ」

 

 ダンブルドアや不死鳥の騎士団へ毒を吐き、ギュッとフィールを抱き締める両腕に力を込めながら、淡々とクシェルは言葉を紡ぐ。

 

「フィーはよくやったよ。自分を犠牲にしてまで誰かの救世主で在ろうとしたフィーを、私は見てきた。………もう、他人のために頑張るのは御仕舞いにしようよ。もっと自由に生きようよ。フィーはずっと、檻に閉じ込められて生きてきたんだから」

「私は、ただ………」

「相手が大人だからって簡単に服従しないでよ。騎士団のメンバーになってまで優等生でいる必要はないでしょ? そんなに辛そうな顔をするってことは、本心はこういうしがらみから少しでも逃れたいからじゃないの?」

 

 クシェルにそう言われ、「え………」とフィールは絶句する。

 自分では全く自覚が無いのだが、どうやら、苦悶の顔をしているらしい。

 今度こそフィールは混乱に陥った。

 そんなことを考えた記憶はない。わからない。

 クシェルの言いたいこともなんとなくわかる。

 わかるけれど、わかりたくない気もして………頭がぐちゃぐちゃになる。

 自分がハリーのガーディアンを務めていたのは何も騎士団の任務が全てじゃない。ちゃんと自分の意志で選んだことでもある。

 しかしクシェルはそれを『洗脳されている』と否定した。彼等はその優しさに付け込んで、ハリーの護衛を全部押し付けたり感情の捌け口にしてる、と。

 

『もっと気を付けろ。お前が一番ポッター達の近くに居ながら何やってたんだ』

『あの娘が元気になって何よりだが………わかるだろ? 俺達は忙しいんだ。頼むからこれ以上面倒事は増やさないでくれよ』

『ダンブルドアやムーディだってお前を信頼してんだ。また同じことをやらかしたら面目失うぞ』

 

 何処かで、自分を責める声が聞こえてくる。

 倒れたハーマイオニーの身はある程度案じながら、疲労が蓄積していくフィールには心配する言葉を一つも掛けない、叱って『当たり前』のように責め立てた………大人達の非難の声が。

 あの時フィールは、怒鳴られても嫌な顔一つせず素直に「すいません」と謝罪した。

 現状でハリーを護りつつ、一般市民の安全を少しでも確保するべく危険を承知で奔走する彼等に比べたら、自分のやってることなんてまだ楽な方だと、事前に阻止出来なかったのをハーマイオニーに対してもその他の関係者対しても申し訳なかったから………反省して、謝った。

 が―――本当は薄々感付いていた。

 彼等は自分をストレス解消相手にしていたことに。

 自分達が多忙な大人で言い返さないことをいいことに、自身が八つ当たりの対象として見られていたのを、微かにニヤニヤ笑っていたのを見た時から………ストレスのやり場を見付けて楽しんでいるような感じもすると、なんとなく、察していた。

 

「黙って………」

 

 胸の奥底から沸き上げてくるどす黒い感情を抑圧するよう、フィールはか細い声で呟く。認めたくはないが、クシェルの言葉は一理ある。

 でも、だからと言ってすんなりと受け止めてしまえば………尚更混乱して、率直の気持ちが何なのか、わからなくなってしまいそうで―――怖かった。

 

「そう言うってことは、苦しいんだね?」

「違っ………」

「フィー、あの人達に裏切られたのを知った時、どんな気持ちだった? 少しもショック受けなかった?」

「………ッ」

 

 ………何も言えなかった。

 クシェルの厳しい言葉が、フィールの心の、一番脆くて傷付きやすい場所に突き刺さる。

 何とも思わなかったと言えば嘘になるし、一度も傷付かなかった訳が無い。去年の今頃、幾度となく不死鳥の騎士団の結束力やヴォルデモートを初めとする闇の魔法使い・魔女に対する対抗心をフィールは見てきた。

 それ故に、残酷な秘密を持たれていたことに疎外感やショックを感じた。仲間に迎えられたはずなのに、いつかは殺す気でいた………。

 初めから疑いの眼差しで見られていたのならショックは少ないが、一度受け入れたと思っていた相手だと、裏切られた感じは大きかった。

 

「お願い………もう言わないで………」

 

 堪らず、フィールは両手で耳を塞いだ。必死になって首を振る。もう、聞きたくない。

 

「昔の話を蒸し返さないで………あの人達とは和解したし、もう解決したんだから………」

 

 しかし、クシェルは止めなかった。

 

「だったら、なんで泣いてるの?」

 

 いつの間にか、フィールは泣いていた。

 蒼い眼から涙が溢れ、頬を伝っている。

 何故涙が込み上げてきたのか、本人にもわからない。

 ただ、溢れた涙が顔をぐちゃぐちゃにさせた。

 

「フィーは『過ぎたことは悔やんでも仕方ないし私自身もう気にしてない』って言うけどさ………本当はあまり意識しないようにしてるだけで、辛くて苦しい気持ちを無意識の内に圧し殺してるんじゃないの?」

 

 解決したなら話を振り返すのは止めようと言った一方で、自分のボロボロに傷付いた心と向き合うことから逃げた。

 そういう話題は自分にとっても嬉しくないからだが………とにかく、色んなものを理由にして逃げたかった。

 

「そうやって何でも自分の気持ちを封じ込めるからいけないんだよ。貴女は誰かの従者でもなければ奴隷でもない。虚偽の自分を装い苦闘するのは今日でサヨナラして、ありのままの自分に戻ろうよ」

 

 騎士団やガーディアンと言う堅苦しい物事との関わりを全て断ち切り、ただ普通に友達と笑い合って学校生活を送れるなら、今すぐにでもそうしたい。いっそのこと、戦いから逃げたい。

 だがそれは紛れもなく、ヴォルデモートからハリーやクシェルを護り抜くと誓った仲間達、そして何よりも自分自身への裏切り行為そのものであった。

 フィールの心が感情と使命の間で揺れる。

 と―――不意に髪を掻き上げられ、露となった白い首筋に口付けを落とされた。

 

「んっ………」

 

 不意打ちで首筋にキスされたフィールはビクッと身体を震わせ、擽ったそうに身をくねらせる。

 首・首筋へのキスは『執着』の意味。

 離したくない、と意思表示してきたクシェルにフィールは肩越しに振り返った。

 

「クシェ、ル………急に……何するのよ………」

「? 別にいいでしょ、こうした形で貴女のファーストキスは奪ったりしないから」

「そうじゃなくて………なんでいきなり、こんなこと………」

「フィー、前に私に言ったでしょ? 『もしも、私が貴女の傍から離れようとしたら、無理矢理でも、私を捕まえて』って」

 

 去年のクリスマス。

 聖マンゴ魔法疾患傷害病院のヤヌス・シッキー病棟で曖昧だった記憶を完全に思い出した時、フィールはクシェルにそう言った。

 

「だから、離さない。無理矢理でも貴女を捕まえなきゃ………貴女はずっと、束縛された世界の中で生きなきゃならなくなる」

 

 クシェルが今のフィールの有り様に触れなければ、余計な混乱を招くこともなかったし、終わり無き戦いに終止符が打たれるまで、さも当たり前のようにハリーやクシェルのガーディアンを全うしたかもしれない。

 しかし、それを踏まえた上でクシェルが否定的な意見を述べて今の生き様に疑問を持たせなければ、フィールはいつまでもダンブルドアの支配下に置かれた世界で生き続けなければなかったとも言える。

 第三者の立場であるクシェルはどちらが望ましいとも言い切れない状況に葛藤し、こうしてフィールを頑なに捉えて離さなかった。

 

「離して………」

「ダメ、離さない」

「私は大丈夫だから………私は平気だから………ほっといてよ」

 

 フィールがクシェルを突き放そうとしてそう言った直後。クシェルは回していた腕を離したかと思いきや、フィールの腕を掴んでベッドに放り投げた。突き飛ばされたフィールは、バランスを崩してベッドに身体が沈む。フィールが半身を起こそうとする前に、クシェルは彼女の上に乗っかった。

 

「ほっといて、とか言わないでよ! フィー、一人で難しいなら私が協力するから! 言ったでしょ? もう、人のために頑張るのは止めて自分のために生きてよ!」

 

 フィールが逃げないよう押し倒したクシェルは頭を持ってぐいっと押さえ込み、額をコツンと合わせる。フィールはジタバタ抵抗するが、この長期休暇でかなり窶れたせいか、それとも倦怠感に襲われたせいか、押し退けられない。

 ふと、眼を瞑ってクシェルの顔を見ないようにしていたフィールは頬に何かが滴り落ちたのをきっかけに恐る恐る眼を開け、愕然とした。どういう訳か、クシェルさえも涙していたのだ。彼女の翠の瞳からは涙が溢れ、その透明で熱い雫はフィールの白い頬を濡らす。

 

「せっかく、フィーは私達に過去を打ち明けて素顔を見せてくれたのに………これ以上、虚偽の自分を振る舞う必要が何処にあるの? 貴女は闇の陣営に対抗する『兵器』でも騎士団に尽くす『奉仕者』でも何でもない。『普通の女の子』として生活する権利があるはずなのに………こんなことおかしいでしょ! なんで誰もフィーを護ろうとしないの! こんなの、強制的に戦線に投げ込んで何もせず帰りを待つのとおんなじだよ! 今の時勢、生き残れるかどうかも怪しいのに………どうして誰も、フィーのことは気に掛けてくれないの!」

 

 大声で言い切ったクシェルは息を荒くする。

 自分の中に出来た強烈な感情を上手く処理出来ず、とにかく感情の赴くままに叫んだため、呼吸を整えるのに時間が掛かってしまった。

 

「…………………………」

 

 クシェルの泣き顔を見つめながら、フィールは顔を歪ませる。泣きたくないのに、泣いてしまう自分に嫌気が差し―――クシェルをも泣かせてしまった自分に腹立たしく思った、次の瞬間。

 コンコン、とドアをノックする音が、奇妙な静寂に包まれた室内に響いた。

 

「「………!!」」

 

 ハッと二人は泣くのを忘れてドアを見る。

 その直後、扉越しに声が聞こえてきた。

 

『フィール、クシェル、起きてるかしら?』

 

 声の主はダフネ・グリーングラスだった。

 クシェルとフィールは「ヤバい!」と同時に危機感に駆られる。

 この状況を見られたらマズい! 特にダフネには!

 だが、あたふたする二人に現実は非情だった。

 

『? 居ないのかしら、入るわよー』

((いやいやいやいや、なんで入ってくんのこんな時にダフネのバカァ!))

 

 ドアノブが回されるのが遠目に見え、心の中で見事シンクロした二人はサッと顔面蒼白し、思考が停止してしまう。

 が、先に思考が再起動したのはフィールだ。

 急いで起き上がったフィールはクシェルと体勢逆転すると、バサッと彼女の姿を外からは見えないよう毛布を覆い被せてすっぽり隠し、自身もベッドの中に潜り込み、最後に涙を拭って如何にも今から寝るところですを演出する。

 それと同じくして、ダフネがドアを開けて部屋に入ってきた。どうかバレませんようにと、フィールは緊張感が高まる。

 

「あら? 寝るところだったの?」

「あ、ああ、そうだ」

「そう………でも制服着たままじゃない。と言うかクシェルはどうしたのよ?」

「着替えんのはなんかめんどうだから、このまま寝ちゃおうかなって。クシェルは………浴室行って軽くシャワー浴びてくるってさ」

「何よ今の間は。………まあ、いいわ」

「ところで、何の用だ?」

「いや、なんだか貴女が心配になって、居ても立っても居られず様子見に来ただけよ。ごめんなさいね、お邪魔して」

「ああ、そういうこと。心配してくれてありがとな。別に迷惑とは思ってない。ただ………勝手に入るのは止めてくれよ」

「善処はするわ。それじゃ、私は帰るわね。明日も早いから、寝坊しないようにしなさいよ」

「ダフネも寝坊して芸術的な寝癖のまんま授業に出席しないようにな」

「何よ失礼ね。貴女じゃあるまい」

「私は寝坊したことすらないっつーの」

「そうだったわね。じゃ、おやすみなさい」

「おやすみ」

 

 フィールとダフネの会話を耳にしながら、毛布に包んで隠れてるクシェルは色んな意味でドキドキが止まらない。フィールと身体が零距離で密着してるため、彼女の匂いが、心臓の音が、今まで以上に凄く感じる。フィールもフィールで緊張してるためか、心臓の鼓動が早まっているのが容易にわかった。

 やがて、パタンと扉が閉まる音がし、ダフネが退室したのが確認出来る。

 

「はああぁぁぁぁ…………めっちゃ危なかった」

 

 ダフネが出ていくのを見届けたフィールは大きく息を吸って吐く。

 どうにかバレずに済んだとホッと安堵の息を吐いたが、それも束の間。

 毛布の中で、ギュッと身体を抱き締められる感触がして、ドキッと胸が高鳴った。クシェルが胸に顔を埋め、ハグしてきたからだ。

 

(フィーの匂い………心臓の音………凄く安心する………)

「ちょっ、クシェル………」

 

 ぬくもりを肌で感じて安心感を得るクシェルの耳に、フィールの声が微かに入る。豊かな胸に埋めていた顔を離し、そっと見てみると、フィールの恥ずかしそうに頬を紅潮させた顔が眼に飛び込んできた。

 

「恥ずかしいから、急にやるのは止めなさい」

「何言ってるのさ、今更でしょ、そんなこと」

 

 フィールの言葉を即座に一蹴し、毛布からひょっこり顔を出したクシェルはギュッと抱く。

 

「………今日は此処で寝てもいい?」

「………貴女のことだから、断ってもどうせ出て行かないでしょ」

 

 もう好きにして、とフィールは眼を瞑る。

 クシェルは「じゃあ、遠慮無く」とフィールの胸を枕にして、瞼を閉じる。いつの間にか、二人共涙は止まっていた。

 

「………フィー」

「ん? なに?」

 

 程無くして名前を呼ばれ、薄目を開けたフィールにクシェルは小声で呟く。

 

「………誰かのために生きる人生はもう止めて。貴女は十分誰かのために全てを捧げてきた。世のため人のため頑張ってきた分、自分の幸せを考えて」

 

 そう言って、クシェルは再び眼を閉じる。

 これまでのクシェルの言葉が頭の中でリフレインし、フィールは心が不安定に揺れ動く。

 それから彼女は心を安定した状態に戻すべく、仕返しとばかりにギュッと腕を回して静かに瞼を下ろした。




【セストラルが見えるハーマイオニー達】
これで(原作での)彼女らの望みは叶った。

【ロン】
親しい人物の死を目の前で見たのがきっかけで、彼は原作よりずっと早く内面的な成長を遂げました。

【クシェル】
久々に登場して早々アンチ・ヘイト全開。
そりゃまあ当たり前ですけどね。

【フィールの弱味】
洞察力鋭いけど精彩欠いたら鈍くなる。


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#94.フィールVSハーマイオニー

※11/18、一部文章修正。


 新学期が始まり一夜明けた翌日。

 大広間で食事を摂った後、生徒達はその場に留まり、副校長のミネルバ・マクゴナガルが教職員テーブルから降り立つのを待機した。

 6年生になったハリー達に時間割を配る作業は他学年よりも複雑だ。マクゴナガルがまず最初にそれぞれが希望するNEWT(いもり)レベルの授業に必要とされる、昨年度のOWL(ふくろう)試験で合格点が取れているかどうかを確認する必要があるからだ。

 ハーマイオニーとフィールはすぐに全ての授業の継続を許されたため、二人は1時間目に古代文字ルーン学が行われるクラスへ一緒に向かった。

 ハリー同様、行き交う生徒達はフィールをジロジロ見たりヒソヒソ話をするので、隣で歩くハーマイオニーは気の毒に思う。

 

「そういやさ、ハーマイオニー」

「ん? なにかしら?」

「昨日のコンパートメントでアンタ達が来る前、4年生くらいと思う女子生徒………確か、ロミルダ・ベインだっけな。そいつが、ハリーと私は付き合ってるのか的なこと訊いてきたんだけど、実際そう見えるのか?」

 

 視界の片隅にロミルダ・ベインとその友人数人が映ったことから、昨日のことを思い出したフィールはハーマイオニーにそう尋ねる。確かハリーはロミルダを『後輩』と言っていた。と言うことは、彼女はグリフィンドール生なのだろう。グリフィンドール生の彼女から見ても自分とハリーが交際しているように感じるとは、実は思っている以上にハリーとの距離が近いのだろうか?

 なんとなく疑問に思ったフィールの質問に、ハーマイオニーは少し考え込む表情になったが、首を軽く捻ってから、こう答えた。

 

「う~ん………貴女と彼とは友達だから、今の私には本当に仲の良い友達としか思わないけど、周りはそういう風には見えないのかもね。前に『ハリー・ポッターとフィール・ベルンカステルは付き合ってるんじゃないのか?』って噂していたのを聞いたことがあるし。ま、グリフィンドール生とスリザリン生が恋人になる訳が無いって、噂はすぐに消えたけど」

 

 なんて話をしていたら、一番乗りで教室に辿り着いた。まだ誰も来ていなかったので、二人は扉から離れた一番奥の席に座り、そのまま会話を続行する。

 

「ふーん。ま、私自身ハリーのことは恋愛対象として見てないから安心しろ。アイツは私にとって『戦友』の言葉がピッタリなヤツだからな」

「えっ!? あ、貴女何言って………」

「惚けんな。前に自分で『ハリーのことが好き』って言ってたの、忘れたとは言わせないぞ」

「………―――ッ」

 

 赤面したハーマイオニーは額に手をやる。

 羞恥で紅潮した顔だけでなく全身さえも紅くなっているのが見なくとも体温でわかるくらい、熱で覆われている。

 そう、この反応から見てわかる通り、ハーマイオニーはハリーのことに好意を持っている。『友達』としてではなく、『一人の男』として。友情の好きではなく、恋愛の好きで。

 しかし、ハーマイオニーは自分の本当の気持ちをハリーには打ち明けていない。打ち明ければ、今の関係が壊れてしまいそうで怖いのだ。

 

 ハリーとはとても長い付き合いになる。

 その長い付き合いの中でハーマイオニーは、いつの間にか気持ちが大きく変わっていった。

 最初は『自分と初めて友達になった一人』と言う認識だったが、ハリーと触れ合う内に彼の色んな一面や優しさ、勇敢さを見るようになってからは、次第に心に変化が訪れ………別の意味で好きになった。

 ………だから、余計に怖い。

 告白してハリーに拒絶されるのが。

 「友達のままでいたい」と拒否されるのが。

 長ければ長いほど、仲良くなればなるほど、一度関係が崩れたら完全に修復するのには時間が掛かるだろうし、最悪の場合、一生直らない可能性だって十分に有り得る。

 そのため、ハリーのように猪突猛進で無鉄砲になれないハーマイオニーは勇気を出せなかった。

 そう思うと、ハリーが輝いて見える。

 そして………それが何よりも彼の好きな理由なのかもしれないと、賢いハーマイオニーはそう考えていた。

 

 1年の時からずっと「世話の焼ける人だ」「ロンと一緒に何をするかわかったものじゃない」と困った気持ちで思っていた。けれど、一見すると生意気さが眼につく彼の、自分を曲げない意志の強さや、逆境でも必要とあればプライドのみならず全てを擲つほどの純粋な正義感を眼にするようになってからは、頼もしく感じることが多くあって―――それで、自分の中で彼に対する意識が少しずつ変わってきた。

 それから、何かと落ち着きの無いハリーの面倒を見ることがちっとも苦じゃないばかりか、世話を焼いていることが自分の喜びだと感じていることに気付いて、「ああ、私はこの人のことが好きなんだ」と思うようになっていったのだ。

 

「………ねえ、フィール。貴女は私がハリーを好きなの、どう思う?」

「どうって………」

「だって私は、貴女みたいに美人じゃないし、ジニーみたいに可愛くもない。今は友達だから隣に居ても大丈夫だけど、もし………本当にもし、仮にもハリーと付き合って恋人になったら………向き合うどころか、隣を歩くことさえ、不釣り合いなんじゃないのかしら」

 

 ハーマイオニーがハリーに告白する勇気が無い理由の中に、自分に自信を持てないのも含まれている。

 自分は彼に相応しくない。

 もっと別の人が彼の恋人にはピッタリだ。

 だからこそハーマイオニーは、自分と同じくハリーに恋心を抱いているジニーに「他の人と交際してもう少し自分らしくしていたら、ハリーは気付いてくれるかもしれない」と実質恋敵であるはずの彼女にアドバイスを送った。

 その結果、昔はあんなにもハリーの前では真っ赤になり満足に話も出来なかったジニーは見違えるほど、今ではすっかりハリーの前でも自然に話が出来るようになり、自分らしさを引き出せるようになった。

 ハリーと楽しく話すジニーを見て微笑ましく思う反面、妹みたいに可愛がっている彼女の恋を手放しで応援出来ない自分がいるのもまた事実で、ハーマイオニーは胸が痛かった。

 時折自分の行為を振り返っては、思い悩む。

 果たして自分のしたことは正しかったのだろうか? あの時、アドバイスしなければ今頃はこんな気持ちにならずに済んだのではないだろうか?

 そんな苦悩に苛まれ俯くハーマイオニーに掛けられたのは、慰めの言葉ではなかった。

 

「話を聞いて思ったんだが………ハーマイオニーは結構周りの眼を気にするタイプなんだな」

 

 どこか軽蔑の色が滲む、フィールの声音。

 ハーマイオニーは顔を上げた。

 こちらを見据えるフィールの両眼には、酷く冷たい光が宿っている。

 

「フィールは違うの………?」

「周りの意見なんてどうだっていいだろ。私を除く人間全員が共通で同じヤツを好きって夢中になっても、私が好きと思わなければ興味無い。逆に世界中の人間が私の好きな人を否定しても、私が本気で好きならそれでいい。恋愛ってのはそういうもんじゃないか?」

 

 ポカーン、とハーマイオニーは唖然とする。

 恋愛には一切の興味や関心を示さないような硬派な雰囲気を身に纏っているフィールがこのような発言をするとは、意外過ぎたからだ。

 

「私達人間は、一度誰かを好きになったら他の何も関係なくなるのが本能だ。あらゆるしがらみを考えて諦めるようなら、それは本当の恋じゃないぞ。自分の好きな人は他人が決めるものでも、ましてやその想いを他人に否定される義理も無い。アンタが己の意志でアイツを好きならば、胸張って堂々と好きでいろ。これは、アンタが主人公の恋愛物語(ロマンス)だろ」

「ちょっ、ちょっと待って。ここで話を中断させるのは貴女にメチャクチャ悪いのはわかってるけど、ツッコませてちょうだい」

 

 ハーマイオニーは褐色の眼をカッと剥き、ガッとフィールの両肩に両手を置き、そしてグッと顔を近付け、矢継ぎ早にお得意の無呼吸でクエスチョンした。

 

「貴女本当にフィール!? フィール・ベルンカステルなの!? ポリジュース薬飲んだ偽者じゃないでしょうね!?」

「今なんかスゴいデジャブ感じたけど敢えてスルーするわ」

 

 ちなみにポリジュース薬とは、まあざっくり言うと自分以外の誰かに変身出来る魔法薬だ。見た目はネバネバした濃厚な液体で、効力はきっかり1時間。効果が薄れる前に薬を飲み続ければ長時間に亘って変身していられる。その例が一昨年約1年間程ムーディに成り済ました死喰い人のバーテミウス・クラウチ・ジュニアだ。

 調合に必要な材料はクサカゲロウ、ヒル、満月草、ニワヤナギ、二角獣の角の粉末、毒ツル蛇の皮の千切り、そして変身したい相手の一部だ。

 此処での調合法は、図書室の禁書の棚に在る『最も強力な薬』で知識を得られる。

 実はハーマイオニーは2年時、もしもスリザリン生のフィールとクシェルと友達でなかった場合には、このポリジュース薬を用いてスリザリンの談話室に忍び込んで秘密の部屋に関する情報を入手すると言う、とんでもない一案も講じていた。

 何故そのような『もしも』の手段が頭に入っていたのか。

 その訳は、当時二人とはギスギスした人間関係だったロンにある。

 

 あの時、三人は最初『スリザリンの継承者』はドラコ・マルフォイではないかと推測した。管理人のアーガス・フィルチの飼い猫ミセス・ノリスが石化したのを誰よりも喜んだし、彼の家は代々続くスリザリンの家系だ。彼等が『継承者』の疑惑を掛けるのも無理は無い。結果的にマルフォイは完全な白だったが………それを断定したのは、フィールとクシェルだ。

 二人はマルフォイと同じスリザリンの生徒。

 ロンと違い既に彼女らと仲の良かったハリーとハーマイオニーは、まずは二人に自分達の推測を話して判断を仰いで貰おうと、警戒心丸出しのロンを振り切って、図書室で話した。

 その後、二人と別れた後―――ロンにこう言われたのだ。

 

「君達はアイツらの話を信用してるらしいけど、もしもアイツらと知り合ってなかったら、どうするつもりだったんだ?」

 

 その問いに、ハーマイオニーはこう答えた。

 

「………ポリジュース薬を使う方法があったわ」

 

 しかし、この手段は出来れば使いたくなかったので、ハーマイオニーはホッとしていた。

 そりゃそうだろう。ただでさえ他寮の生徒に化けるだけでも校則違反なのに、それに加えて談話室に忍び込むなど、一歩間違えれば………否、バリバリ犯罪だ。バレたら最後、三人は問答無用で退学処分を下されていただろう。

 と言うか、絶対に看破されていたに違いない。

 何せフィールの鋭い洞察力はハンパじゃない。

 疲労が極限状態になった時こそ物事を見抜く力が鈍くなるとは言え、そうでなければ、ほぼ確実に見破られる。

 もし、マルフォイと何ら変わらず彼女らと犬猿の仲だったら………そう思うと、ゾッとする。

 

「そんなに驚くことか?」

「当たり前よ! だって貴女、恋愛なんて興味無さそうな顔してるじゃない。………だから、貴女もちゃんと年相応の女の子だったんだって、今とても安心してるわ」

「………ハーマイオニー、アンタ、覚えておけ」

 

 今度は反対に赤面される側になったフィールはハーマイオニーを睨む。

 話題が恋愛絡みだった為か、不意にフィールの頭の隅にある青年の顔が過った。色恋沙汰で暴力を振るわれ、味方が誰も居なかった状況で助けに来てくれた―――『彼』の顔が。

 

(………当たり前と言えば当たり前だけど、思いの外、今でも勇気を出して告白してくれたアイツには感謝と謝罪の気持ちが混在してるんだな、私は)

 

 昨年度、天文台の塔で夜の密会をした日―――告白の返事は『NO』と言った。

 既に心に決めた人がいる事もそうだが、仮にそうでなくても『彼』と付き合い、そのことが魔法省や闇の陣営に知れ渡ったら『彼』の身に危険が迫るからだ。

 現状で『彼』を護り切れる保証は無い。

 万が一『彼』が危機に陥り、救済が手遅れになったら、自分だけでなくその他大勢の友人や家族が悲しむ。加えて、襲われる主因となった自身は非難の集中放火を浴びる羽目になるだろう。

 父の葬儀終了後、「お前が死ねばよかった」と叔父に責められた、あの時のように………。

 それはゴメンだった。これ以上、理不尽に誰かから責められたくなんか無い。

 自分だって、あんなことを起こしたくて一緒に居た訳じゃないのに………。

 過去の苦い経験を思い返してタメ息を吐いたフィールは気持ちを切り替えてそれまでの態度を一変させ、真顔で真っ直ぐにハーマイオニーの眼を見つめる。

 

「話が脱線したが………もう二度と『自分は好きな人とは不釣り合い』とかそんな事言うなよ。アンタは変な所で無欲だからな。こういうのは欲張った者勝ちだ。もっと自分の幸せを考えろ、自分の幸せを」

「………ええ、わかったわ。その言葉、肝に銘じるわ。でも―――そう言う貴女の方こそ、もっと自分の幸せを考えてちょうだい。貴女は自分じゃない誰かの為に頑張って自分の幸せを蔑ろにするんだから。今まで苦境に立たされてきた分、貴女には幸せになる権利があるはずよ。魔法界のために尽くすのはいいことだけど、貴女は自分を大切にしな過ぎよ」

 

 その言葉に、昨晩のクシェルの声が脳裏に響き渡った。

 

『誰かのために生きる人生はもう止めて。貴女は十分誰かのために人生を捧げてきた。世のため人のため頑張ってきた分、自分の幸せを考えて』

 

「………似たようなこと、昨夜クシェルにも言われた。『誰かのために生きる人生はもう止めて』って。………言っとくけど、これらは全部自分のためだ。私自身、生まれ育った故郷の魔法界が好きだし、ハーマイオニー達と出会って心が救われたし」

「でもそれで魔法界の人々が救われてるのよね。そういうのが心の何処かで嬉しかったりするんじゃないのかしら?」

「まあ………そうなのかもな。魔法界の為に戦い、魔法界の全ての為に尽くし。だからこそ近い将来訪れるだろう第二次魔法戦争が終戦したら、私の全てを受け止めてくれる人と―――クシェルと共にこの世界を生きたいと言う気持ちも少なからずあるのかもな」

 

 フィールがそう言った直後、生徒達が教室にゾロゾロと入ってきた。皆は一足早く此処に来て向かい合って会話していたらしい二人に好奇の眼差しを送る。

 

「話は一旦止めるか」

「そうね」

 

 会話を中断した二人は席に座り直す。

 それから数分後、古代文字ルーン学の教師がやって来て初のNEWTレベルの授業が開始した。

 

♦️

 

 1時間後、『古代ルーン文字学』の授業を終えたフィールとハーマイオニーは器用に人波を縫って進み、4階の『闇の魔術に対する防衛術』のクラスに向かった。辿り着いた時にはまだ教室のドアは閉扉されていたので、二人とその他の生徒達は外で待機する。

 後に二人の友人―――ハリー、ロン、クシェルがやって来て、数分後、両開きのカーテンのようなねっとりした黒髪で縁取られた土気色の顔で廊下に出てきた担当教官のスネイプが入室を許可したのをきっかけに、教室の外で待機していた生徒達は静かに足を踏み入れた。

 教室の内装は、既にスネイプらしい個性を嫌味なくらい表現していた。窓にはカーテンが引かれていつもより陰気で、蝋燭で灯りを取っている。

 壁に掛けられた新しい絵の多くは、身の毛も弥立つ怪我や奇妙にネジ曲がった身体の部分を晒して、痛み苦しむ人の姿だった。薄暗い室内で凄惨な絵画を否応なしに眼に焼き付けられながら、生徒達は無言で席に着く。

 

「「「「「………………………………」」」」」

 

 大勢の生徒同様、無言で着席した五人の少年少女は四方八方何処を見回しても血みどろで生々しい絵画に囲まれたにも関わらず、萎縮する様子は見られない。周囲の面々は吐き気を催す絵図に血の気が引いていくが、疾うに地獄絵図を『仮想現実』などではなく『現実』で見てきた彼等はサバイバルに対する心構えは勿論のこと、それに伴って面構えも全く違った。

 

「闇の魔術は多種多様、千変万化、流動的にして永遠なるものだ。それと戦うと言うことは、多くの頭を持つ怪物と戦うに等しい。首を一つ切り落としても別の首が、しかも前より獰猛で賢い首が生えてくる。諸君の戦いの相手は固定出来ず、変化し、破壊不可能なものだ」

 

 闇の魔術を蔑視してはならないと警告する一方で、甘美で誘惑的な力に盲目してるようにも感じ取れるスネイプの声風は、まるで邪悪な呪文や呪いの熱に浮かされているみたいだった。闇の魔術に対抗するための防衛術を伝授する立場なのにそのような口調で語るのはどうかしてると、教室に居る生徒の多数は意見が一致する。

 が、その一方で彼の言葉はあながち間違いではないと、闇の魔術の恐ろしさや魅力を知る者は一面性に否定も肯定もしなかった。

 

「諸君の防衛術はそれ故、諸君が破ろうとする相手の術と同じく、柔軟にして創意的でなければならぬ。これらの絵は術に掛かった者達がどうなるかを正しく表現している。例えば、『磔の呪文』の苦しみ。『吸魂鬼の接吻』の感覚。『亡者』の攻撃を挑発した者」

 

 スネイプは、『明らかに苦痛に悲鳴を上げている魔女』『壁にぐったりと寄り掛かり、虚ろな眼をして蹲る魔法使い』『地上に血だらけの塊』の3つの絵を指差す。

 ハリーとフィールは過去に『磔の呪文』を経験している上に、後者は幼い頃に母親が『吸魂鬼の接吻』を受けて廃人となった死よりも惨い姿を目の当たりにしているので、特に二人は胸の内側に名状し難い感情が沸き上がってきた。

 

「それじゃ、『亡者』が目撃されたんですか? 間違いないんですか? 『あの人』がそれを使っているんですか?」

「『闇の帝王』は過去に『亡者』を使った。となれば、再びそれを使うかも知れぬと想定するのが賢明と言うものだ」

 

 グリフィンドールの女生徒、パーバティ・パチルが甲高い声で質問してきたのを、スネイプは低音の声で返答した。元・死喰い人の彼がそう答えるってことは、本当だったのだろう。

 

「さて………諸君は我輩の見るところ、無言呪文の使用に関してはずぶの素人だ。無言呪文の利点は何か、答えられる者は?」

 

 ハーマイオニーとフィールの手が、サッと同時に挙がる。スネイプは室内を一度見渡して二人以外に回答出来る者は居ないと確認すると、自分が受け持つ寮生でお気に入りのフィールを指名しようとした―――と、大方の生徒が予想したが、それは大いに覆された。

 

「ふむ………ではミス・グレンジャー、答えたまえ」

 

 えっ!? あのスネイプが当てただと!?

 この日、とても稀なことに、常時いがみ合うグリフィンドール生とスリザリン生の心の叫びが見事シンクロした瞬間であった。

 指名されたハーマイオニーですら「!?」と眼を大きく見開いて、スリザリン贔屓の教師の性悪そうな顔を凝視する。

 誰もが開いた口が塞がらないと言う状況に陥った中、不機嫌なスネイプの低い声が嫌に響く。

 

「自ら挙手したと言うのに答えられぬのかね? 君も例に漏れずの目立ちたがり屋だな。グリフィンドール10点減―――」

「えっ!? あ、いや、待ってください! 答えられます!」

 

 このままでは減点されると、ハッと一時的な自失状態から回復したハーマイオニーは慌ててスネイプの言葉を遮る。未だに心臓がバクバク鳴っているのを胸に手を当てて焦る気持ちを鎮めたハーマイオニーは、出来るだけ平静に無言呪文の詳細を述べた。

 

「無言呪文は、こちらがどんな魔法を掛けようとしているかについて、敵対者に何の警告も発しないことで、それが一瞬の先手を取ると言う利点になります。………ですが、無言呪文を成功させるには集中力と精神力(マインド・パワー)が必要で、全ての魔法使いが使えるものではありません」

「ほう………。『基本呪文集・6学年用』と一字一句違わぬ丸写しの答えだ、と言いたいところだが、最後の説明は我輩が補足を加える前に答えたか。どうやら、少々評価を改める必要があるらしい」

 

 だが、とスネイプはぶっきらぼうに続けた。

 

「我輩が指名した後、君はすぐに答えなかった。よって点は与えん。減点されなかっただけ、運が良かったと思え」

 

 前言撤回、やっぱりコイツはスネイプだ。

 減点はしないがだからと言って1点でも加点を与える訳でも無い彼に、ちょっとは依怙贔屓しなくなったと思った自分が馬鹿だったと、グリフィンドール生は揃って憤慨するが、唯一ハーマイオニーだけはホッと胸を撫で下ろす。

 その後スネイプは、二人一組になって一人が無言で呪いを掛けたのを相手も同じく無言でそれを跳ね返す練習をさせた。が、しばらくすると当然の誤魔化しが始まり、声に出して呪文を唱える代わりに、こっそり囁くだけの生徒が続出した。

 

 学生で無言呪文の成功者は限り無く少ない。

 お互い一言も発せず呪文を反射し返すフィールとハーマイオニーのペア以外で成功させたのは、下級生の頃より前者の厳しい指導の元、腕を磨いてきたクシェルとダフネのペアだ。

 数十分後、スネイプは不正行為として囁き声で詠唱する大半の生徒を冷めた瞳で見回しながら「そこまで」とストップを掛ける。ピタッと挙動を止め、こちらに眼を向けた彼等にスネイプはやれやれと軽く肩を竦め、嘆息した。

 

「何とも悲劇的だ。辛くもこの学科のOWL合格点を取ったにも関わらず、諸君のほとんどが無言呪文を使用出来ないとは実に嘆かわしい限りだ。………だが、その一方で無言呪文を完璧に体得してる者達が居るようだ」

 

 スネイプは視線をフィールとハーマイオニーのペアに走らせる。黒い瞳に帯びている眼差しは、どこか期待の色が滲んでいた。

 

「ミス・ベルンカステル、ミス・グレンジャー。今から君達には、無言呪文による決闘を交えて貰おうではないか。即座に理論を実践に移せる君達のことだ。集中力と精神力に欠如しているこやつ等にはこの上無い模範となるだろう」

 

 首席のフィールと次席のハーマイオニー。

 これは事実上、6学年、あるいはホグワーツ全体を見ても最強VS最強のデュエルバトルだ。互いに常軌を逸し、学年のレベルを大きく上回る実力者である彼女らに決闘を申し込んだところで、一般の生徒は決して敵わないだろう。

 勉強熱心で才知溢れる二人の追随は、そう簡単には許せない。加えて夏季の長期休暇中、頭でっかちだったハーマイオニーは柔軟な思考力や不慮の事態に対する対応力が鍛えられた。それまで理論先行型だった彼女の著しい成長には、一番の指導者だったライアンもとても喜んだ。

 さて、それはさておき。

 スネイプの口から出た夢のカードにクラス皆の視線は集中し、ワアッと盛り上がる。スリザリン最優秀生徒のフィールとグリフィンドール最優秀生徒のハーマイオニーの対決、どちらが勝つか、同期の意見は真っ二つに分かれた。

 

「マジかよ………遂に夢のカードが!」

「ねえ、どっちが勝つと思う?」

「う~ん………やっぱり、学年トップのベルンカステルさんかな? 2年生の時点でスネイプ先生と互角に戦ってたし、三大魔法学校対抗試合(トライウィザードトーナメント)で最年少の選手に選ばれたんなら、いくらグレンジャーさんでも勝てないと思う」

 

 冷静に物事を考えられる生徒の多くは、実技理論両面において非の打ち所が無い学年首席、2年前の親善試合では成人魔法使いを凌いでホグワーツの代表選手に選定されたと言う輝かしい実績から、フィールの勝利を予測する。が、ハリーやロン、ネビルといった一部を除いてスリザリンの彼女を毛嫌いするグリフィンドールの連中と数人の他寮生はハーマイオニーを応援した。ちなみに両者と不仲のドラコ・マルフォイやパンジー・パーキンソン、反対に友好のハリーやクシェルはどっち付かずの状態だ。

 

「おいおい、お前らの眼は節穴か? 俺達のハーマイオニーがあんなヤツなんかに負ける訳ないだろ!」

「頑張ってグレンジャーさん! 首席気取りのベルンカステルなんかに絶対負けないで!」

「ちょっとばかり腕が立つからって思い上がるベルンカステルに一泡吹かしてやれ!」

 

 開戦前の盛況真っ只中、興奮極まって大ノリになったハーマイオニー派は此処にスリザリン生やスネイプが居ることを一時的に忘れ、ハーマイオニーに精一杯の声援を送る。言葉の端々に聞き捨てならないセリフが混じってたので、スネイプを初めとする一部のスリザリン生やフィール派は一気に不愉快になり、眉を顰めた。

 不穏なオーラを敏感に察知したハーマイオニーは「後でどうなっても知らないわよ………」と達観してどこか遠い眼になりつつ、邪魔になるローブを脱ぎ、ハリーに預ける。フィールもクシェルに黒い塊のそれを預け、襟元を両手で整える。

 教室の中央で、ショルダーホルスターから杖を抜き出したハーマイオニーとヒップホルスターから杖を手に取ったフィールは対峙した。他の生徒達は邪魔にならない場所に移動する。

 

「ルールは至って簡単。これから君達は無言呪文のみで『決闘』と言う名の『模擬戦闘』を行って貰う。我輩が止めと言うまではノンストップで続行させるつもりだ。心して取り組め。戦闘開始のタイミングは君達に任せるとしよう」

 

 スネイプの説明を受け、了解、とフィールとハーマイオニーは彼に向かって小さく頷く。

 そして二人はそれぞれ杖を構え、真っ正面から真っ直ぐ向き合い―――ギャラリーが固唾を呑んで見守る中、先手を打ったのはフィールだった。

 杖を握る側の腕をゆっくりと振り上げ、静かにスッと振り下ろす。

 これはお綺麗な『スポーツ』でも『決闘』でもない。『実戦』を想定した『真剣勝負』だ。どのタイミングで襲撃してくるか、どんな形で攻勢を仕掛けてくるか、完璧に割り出すのはほぼ不可能―――なハズだ。

 この、あからさまに緩慢な動作………これでは敵に事前告知してるのも同然だ。ハーマイオニーは訝しみつつ、来る先制攻撃に備えて対抗しようとするが、閃光が飛んで来るでも何かが起きた訳でも無い様子に、少し肩透かしを食らった。

 

(え………?)

 

 内心でハーマイオニーが首を傾げた、その時。

 フィールの足元の床から、氷柱のように鋭く尖った硬い石の刃が次々と生え、物凄い速さでハーマイオニーへと向かっていった。

 

「ッ!?」

 

 慌てて横っ飛びに飛んで攻撃を避けたハーマイオニーが先程立っていた場所で、石巌の刃は生えなくなる。逃げるのが一瞬でも遅れていたら、身体にグッサリと風穴を開けられていただろう。如何にも硬質そうで鋭利なそれに一瞬肝を冷やしたハーマイオニーは油断なく身構え、今度はこちらから攻めに入った。

 

 ブドウの杖から閃光が高速で迸る。

 眩しい光を帯びた光線はフィールの胸を狙って真っ直ぐ飛んだ。

 が、こちらに一直線に走ってくる一条の光をフィールは同じく光速で『プロテゴ』で防いだ。

 弾かれた魔力の塊は分裂し、静観するギャラリーの方へ飛んで行く。

 

 だが―――寸前で銀色の盾が現れ、彼等の眼前でそれは弾き飛ばされた。

 跳ね返った閃光は銅像のような石造りの団塊にモロに当たり、砕け散る。

 砕けた破片があちこちに散乱し、やがて全体がボロボロと崩壊していった。

 今のはハーマイオニーが展開したバリアだ。

 間一髪危機を免れた彼等は安心感と共に急速な脱力感に見舞われ、何人かは腰を抜かして顔面蒼白する。

 

「出だしから常識外れの恐ろしい戦法ね」

「とか言って、あまり恐ろしいとは感じてないクセに」

 

 ニヤリと口角を上げてアカシアの杖を振るい、錐のように鋭い空気の塊がハーマイオニー目掛けて放たれる。

 

「ええ………まあね!」

 

 空気の揺らぎで空間が微かに歪んで見えるだけの軌道を読んでハーマイオニーが難なく躱すと、背後の壁に深い穴が空いた。壁の修復は事後処理で構わないだろう。回避と同時にハーマイオニーは杖を一振りする。空気の刃が回転する輪になってフィールに襲い掛かるが、しかしフィールは重力を無視したかのような動きでふわりと浮き上がると、机を蹴って天井近くまで飛び上がってハーマイオニーの攻撃を避けた。

 ハーマイオニーは追撃を掛けるが、フィールは空中で身体を捻って躱すと、バイバイ、と言うように手を軽く振り、着地地点にいつの間にか開いていた真っ黒な穴の中へ姿を消した。

 

「えっ………!?」

 

 ハーマイオニーは褐色の眼を剥き、ギャラリーも思わず我が眼を疑って手で擦る。一瞬でフィールが行方を眩ましたので、誰もが愕然とした、その直後だ。

 ハーマイオニーの後方、ギャラリーの前方にフィールが現れたのは。今のは5年前に開発した空間転移系の魔法『バンデルン・エスパシオ』だ。

 場所が場所なだけにゲートの存在に誰も気が付かなかったのである。

 瞬間的に目の前に出現したフィールに『空間移動』のことを知らない生徒は驚きの声を上げ、その声にハーマイオニーは急いで振り向く。

 フィールは余裕綽々な笑みを浮かべ、ストンとスツールに腰掛けて足を組んでいた。驚愕に凍り付かせるハーマイオニーの顔を見て、面白そうに黒と青が混合した杖をクルクルと弄ぶ。

 

「さっきのヤツ、そこそこのスピードで撃ったのに避けられたか。成長したな、アンタも」

 

 優しさすら感じるその眼差しは、まるで子供の成長を嬉しく思う母親のそれだった。しかし、瞬く間に穏やかな感じは消え失せ、実力を試すかのようにスッと蒼眼が細められる。

 立ち上がったフィールは杖を一回転させ、スツールを蹴っ飛ばす。飛来してきたスツールをハーマイオニーは衝突寸前で防御し、足元に落ちたそれに意識が逸れた刹那、フィールは先程砕破された砕片を変身術で次々と鋭い剣に変化させ、更にその刀身に様々な魔法属性を宿らせる。

 炎、氷、雷、水、風、土、光、闇………多種多様な力を銀の刃に帯びた数本の剣は、餓えた獣が目前の新鮮で美味な獲物を求めて飛び掛かるかのように、一斉にハーマイオニーに襲い掛かった。

 初見で未知なるオリジナルスペルに気が動転していたハーマイオニーは瞬時に気を持ち直し、後ろに大きく飛び退いて距離を取ると、息をスッと吸ってイメージした。

 視界に入る物全てを排除するのに相応しい形状―――武器の柄の先に伸びる刃を想像し、一か八かの賭けに出たハーマイオニーは咄嗟に『アクシオ』でスツールを呼び寄せる。

 そして椅子を変身術で全く別のある物―――大鎌に変身させ、横に杖を思いっきり薙いだ。

 途端、湾曲した刃は大量の剣を全て破壊する。

 刀刃に魔法が纏っていたからこそ破壊可能だったので、きらびやかな破片が砕け散っていくのを見送りながら肩で息をしていたハーマイオニーは笑みを作った。悔しげにフィールは舌打ちする。

 

「ちっ………これも失敗したか」

「ハアハア………貴女の攻撃を防げるなんて、私もビックリしてるわよ………流石に今のはかなり焦ったわ」

 

 グッと杖を握る手に力を込め、杖先を向ける。

 無数の水滴が勢いよく飛び出し、それを凍結させて氷の弾丸を射出した。しかし、ハーマイオニーの撃った攻撃は、フィールが冷静に火炎放射してあっさりと対処してしまう。

 氷塊を溶解した後、フィールは『マキシマ』で強化した『フリペンド』を数発撃つ。威力が増したオフェンス用の閃光はハーマイオニーの胸を狙って空中を走った。

 迫る光線に咄嗟にハーマイオニーが空中で杖を回すと渦を巻く銀の盾が現れ、その中心にレーザーが激突する。が、そのレーザーはすぐに盾に吸い込まれ―――見覚えのあるフィールは僅かに眼を見張った。

 

「その技………」

 

 術者の力量次第ではどんな魔法や攻撃(『死の呪文』除く)でも全て吸収出来る『盾の呪文』のアレンジ―――『プロテゴ・レスピラシオン』は故人の叔母が編み出したオリジナルスペルだ。それをハーマイオニーが身に付けていたとは、今知ったので少々ビックリしてしまった。

 

「驚いた。まさかそれをアンタが会得してたなんてな」

「生前、あの人が………エミリーさんが、私に教えてくれたのよ」

 

 フィールにだけ聞こえる声でハーマイオニーは囁くと、気合いを込め、先程受容したエネルギーを倍返しした。『衝撃吸収バリア』の特質の知識を得てるフィールは慌てず身を捻ってサッと避ける。

 

「あの日以来、私はずっと考えていた。私には一体何が足りなかったのか、どうすれば誰も失わずに済んだか」

 

 一旦杖を振り下ろし、ハーマイオニーは静かに語り始める。その声音にフィールも攻撃の手を止め、黙ってハーマイオニーの話を聞いた。

 

「ほら、私ってよく『出しゃばりで鼻持ちならない性格だ』って言われるじゃない? 5年前のハロウィーンに『悪夢みたいなヤツさ』とロンに陰口叩かれた時は、流石に堪えてトイレで泣いてたんだけど………クシェルに指摘された後、私は自分の性格を見つめ直した」

 

 肩越しにチラリと、ちょっとバツの悪そうな顔のロンと眼をぱちくりするクシェルを振り返る。

 

「それでようやく、私は周りの意見を聞かないで自分の意見ばかり押し通そうとする嫌な女だって気付いた。あんな性格じゃ、友達なんて出来るはずがないし、クラスで浮いた存在になっても仕方なかったと今では痛感するわ。誰からも嫌われ、独りだった私は私をパーティーに連れ戻そうとしたクシェルをトロールの襲撃に巻き込んでしまった。あの時、私は何も出来ず悲鳴を上げることしか出来なかったのに、クシェルは私を護ろうと上から覆い被さった。本来であれば、私だけが襲われていたのに………自分の命が大事な状況で、クシェルは私の身代わりになろうとした。最後は、危険も顧みず助けに来てくれた貴女にどちらも救われたけどね」

 

 5年が経過した今も、ふと思い返せば身震いしてしまうハロウィーンのトラウマ。脳内に浮かび上がった最悪のシチュエーションに、ハーマイオニーは頭を振ってビジョンを打ち消す。

 

「それからかしら。密かにライバル心を燃やしていた貴女に憧れを抱いたのは。並外れた魔法の腕前だけじゃなく、危機に陥った人間が助けられる状況であれば迷わず身を挺する心の強さにもね。………でも私は、貴女みたいに強い人にはなれなかった。正直、これまでの私は心の何処かで誰かに護られることを享受していた。『どんなに危機的状況でも、助かると信じて願えば、必ず救世主が来てくれる。5年前のハロウィーンの時みたいに』と。………だけどそれは大きな間違いだったって、神秘部の戦いで思い知らされた。自分と自分の大切な人を護るために身に付けたはずの力が最も必要だった場面の果てに、私は大切な人を一人失った」

 

 脳裏を過る、血と涙でぐちゃぐちゃになった女性の顔。自分の命を投じてでも自分達を生かした彼女の死は、絶対に無駄にしてはならない。苛烈な戦いを辛くも生き延びた自分達に、どんなに過酷で残酷な世界であろうとも、それでも足掻いて「生きろ」と告げたエミリーの死は、忘れてはならない。

 

「だから私はこの数ヵ月間、追い掛けた。自分より大きな敵にも怯まず立ち向かう勇気やそのために必要な強さ、突撃を敢行する決断力を全て兼ね備えている貴女を。あの人の分までこの世界を生き抜けと、絶望の中であっても私達を見捨てず何度でも救いの手を差し伸べてくれた貴女を目標にして、私は強さを追い求めた」

 

 ハリーのように天性の閃きと行動力がある訳でも、ロンのようにムードメーカー的存在になれる訳でも、クシェルのように自然と人の心を癒すことが出来る訳でもない。

 これらはその人が持って生まれた性質だ。

 物事を合理的・論理的に捉えがちな自分の性では、どれだけ求めても完璧に得ることは到底無理だと思われる。と言うか、不可能に等しい。

 となれば、限り無く自分と近い経験を経て今のような人物へと豹変したフィールが、やはり一番のゴールとなるだろう。

 フィールは護られてばかりで大好きな家族を救えなかった自分自身を激しく嫌い、強くなることを決めた。そんな彼女の気持ちを今のハーマイオニーは、痛いほどよくわかっていた。

 

「もう二度と、あんな思いはしたくない。今度はちゃんと本当の意味で、自分と、自分が大切だと思う人達を護り切る力を手に入れたい。私にそのことを教えてくれた、貴女みたいに。―――それが私が出した答えよ」

 

 ハーマイオニーは再び杖を構え直す。

 神秘部の出来事を知らない生徒は急にハーマイオニーが何かを語り出したかと思いきや、何のことだがさっぱりわからず、ちんぷんかんぷんなので、傍から見てもわかるくらい顔に疑問符を浮かべている。反対に知っているハリー達の胸は彼女の言葉にグッときて、魂を揺さぶられた。

 聞き終えたフィールはポッカーンとしている。

 なんだか、自分の知らないところでよく知っているはずの友人が見違えるほど精神的にも人間的にも成長を遂げていたので、思わず唖然としてしまった。自分をゴールにしていた、的な発言にも混乱の拍車を掛ける。

 だが、それはほんの数秒間だけで。

 一度ゆっくりと眼を閉じ、息を吸って吐いたのと同時に瞼が開かれた時には、キリッとした表情に瞬く間に戻った。

 

「随分変わったな、ハーマイオニー。まるで別人みたいだぞ。あの人も、きっとアンタの成長を嬉しく思ってるだろう」

「………それなら、嬉しい限りね」

 

 フィールが杖を構えてきたので、ハーマイオニーも身構える。そろそろ、模擬戦闘再開だ。

 視線を逸らさず、互いに互いの眼を見据える。

 再度訪れる、静かで重い、緊張感漂う空気。

 ピリピリと張り詰めたその空気を、二人は不意に切り裂いた。

 

「はっ!」

「せやぁっ!」

 

 学生の基準を無視してブッ飛んだ実力の持ち主であるフィールとハーマイオニーの閃光が中央で衝突し、魔力の波動が周辺に広まった。二人が杖を薙げば光は糸のようにプツンと切れ、そこからまた普通の生徒では到底敵わない、二人だからこそ可能な激闘へと持ち込んだ。

 数多の魔法が絶え間無く行き交う度、予想外の戦略でアッと驚かされる度、時間経過と共に白熱の真っ向勝負に教室の中のボルテージは上がりに上がって最高潮に達していく。

 

 互角に渡り合うフィールとハーマイオニー。

 だが、徐々に二人は体力の差が開いてきた。

 元々の身体能力にも左右されるが、どちらかと言えばハーマイオニーは運動が苦手で、箒に乗るのも不得意だ。対してフィールはピンチヒッターでシーカーを務める以上に高い運動神経を持っている。加えて幼少期から練習に打ち込んできたので、大人顔負けの体力があるのだ。

 

 体感的には1時間以上ぶっ続けで戦闘を行っている気がするハーマイオニーと違い、このくらいの戦闘はとっくの昔に通り過ぎているフィールは身体の疲れを感じない。蓄積していく疲労によってだんだんと息が荒くなっていくハーマイオニーに、フィールは挑発的に問い掛ける。

 

「どうした? もう息切れか?」

「ハア、ハア………ま、まだ行けるわよ!」

「そうか? 私からすると、体力の限界が近いと感じるけどな。これくらいで体力を激しく消耗するようじゃ、いざ実戦になったら10分も持たずに息の根を止められるぞ」

 

 容赦無く畳み掛けるフィールは、決してハーマイオニーを馬鹿にしてるのではない。現実を把握した上で闇の陣営に立ち向かおうとする決意に満ちた、今自分の目の前に居る少女に掛けるべき言葉は情けなどではなく厳しさだと思うからこその挑発だった。

 

「どうする? ここで降参するか?」

「降参、なんて………する訳、ないでしょ! 私は最後まで………絶対に諦めないわ!」

「………やっぱり、な。ハーマイオニーなら、そう言うと思った」

 

 齢16歳のハーマイオニーの魂の叫びに満足げに頷いたフィールは、高位呪文に数えられる『守護霊の呪文』を創り出した。

 力強く飛び出してくる、有体守護霊の狼。

 銀色に光輝くウルフはフィールが放射した激しく燃え盛る火炎をその逞しい身に吸収し、凄まじい熱波を纏う。灼熱の巨大な狼は熱気を発しながら、紅い輝きを四方に放つ。

 堂々たる体躯の炎の狼は術者のフィールに寄り添い、まるで今か今かと号令が来るのを待ち望んでいるかのように、鋭い牙を見せながら、鋭い目付きで敵と見なしたハーマイオニーを睨む。

 

「さあ、ハーマイオニー。アンタの体力と時間の関係上、恐らくはこれが最後となる応酬だ。わかってるとは思うが、この特殊な守護霊はちょっとやそっとじゃ撃破出来ないぞ。この難局を、アンタはどう突破する?」

 

 狼の頭を撫でながら、フィールは挑戦者に尋ねる形でハーマイオニーに選択を迫らせる。

 ハーマイオニーは必死に頭を回転させる。

 この離れ業は生半可な攻撃では打ち破れない。

 どんなに強力な『フリペンド』や『ステューピファイ』でも貫通されるだろう。

 

 ならば、対抗出来る手段は一つしかない。

 目には目を。

 歯には歯を。

 特異の守護霊には―――特異の守護霊だ。

 一か八かの賭けに出たハーマイオニーは額に滲んだ汗を拭い、守護霊を呼び出す。

 銀白色の霞が形を取った動物はカワウソだ。

 疲労困憊のハーマイオニーは歯を食い縛り、渾身の力でフィールの炎に対抗出来るだけの洪水を生み出し………なんとフィール同様、即席で守護霊に魔法属性を吸収させてみせた。

 

 その瞬間、今日一番の強い衝撃がクラスに走った。

 普段から口数が少なく動揺を表に出さないスネイプも、疲労の極致に達している状態でハーマイオニーがやってのけた偉業に信じられないと言う表情で彼女の顔と青く輝くカワウソを見比べた。

 

 炎の狼と水のカワウソ。

 2体の守護霊はそれぞれ敵と認識して相手を威嚇し………フィールの「襲い掛かれ」と言う命を受けた狼が大きく開いた口から咆哮を上げたのを契機に、正反対の属性を宿らせる狼とカワウソは大きな身体と小さな身体を中央でドンッと激突させた。

 両者一歩も譲らずの守護霊同士の押し合い。

 一見すると対等に渡り合っているような構図だが、その実ハーマイオニーの方が圧倒的に力負けしていた。

 

(ヤバい………このままじゃ押される………こうなったら………!)

 

 フリーハンドの左手を添え、ありったけの魔力をかき集め、集束したそれを守護霊に送り込む。

 圧倒的な力の格差にジリジリと少しずつ後退していたカワウソはパワーが飛躍的にアップし、僅かだがウルフを退かせた。強烈な一撃を受けた狼は一瞬仰け反ったが、カワウソに噛み付いて押し返そうとする。

 

「ここまで来て、やられっぱなしでは終わらせない!!」

 

 両足で踏ん張り、懸命に渾身の力を注ぎ込む。

 彼女の不屈の精神力は守護霊にも伝わり、カワウソは自分より大柄のウルフに歯向かった。

 二人の魔女の守護霊のぶつかり合いで衝撃波が生まれ、その影響で地面が揺れ動く。突然の地震に生徒達はまたもや悲鳴や騒ぎ声を上げた。

 

「まさか、これだけ粘れるくらい強くなってたなんてな………!」

 

 今日は本当にビックリ仰天の連発である。

 流石のフィールも驚きと焦りを隠せない。

 ただでさえ守護霊に何かしらの属性を即座に吸収させただけでも驚異的だったのに、ここまで足掻いてみせるとは………。

 本当に………目覚ましい成長を遂げたなと、フィールは心の中で、もうこの世には居ない亡き叔母へメッセージを送る。

 

(エミリー叔母さん、見てるか? ハーマイオニーは本当に強くなったよ………私は今、友人として誇らしく思う。………人間ってこんなにも強くなれるんだな。なんだか感動したよ)

 

 この言葉が天に届いているのを願いながら、気持ちを切り替えたフィールは紅蓮の狼に火炎魔法をプラスさせる。

 すると―――大量の水蒸気を伴った爆発を起こして、中心に居た守護霊2体は残像を残しながら消滅した。それと同時、震動も文字通り鳴りを静める。

 ハーマイオニーはそのまま地面に膝をついた。

 疲労感がどっと襲い掛かり、肩で息をする。

 離すまいと杖はしっかり握られているが、立ち上がる気力は残されていない。

 と、その時―――

 

「そこまでだ。二人共、よくやった」

 

 スネイプの低い声が静かに振り下ろされた。

 その短い一言から察するに、どうやら模擬戦闘はここで終了のようだ。終わりを迎えた二人は途端に緊張の糸が切れ、フィールは杖をヒップホルスターに仕舞うと、ハーマイオニーの元へ駆け寄った。

 

「大丈夫か?」

「ええ………なんとか」

 

 フィールの手を借りて立ち上がったハーマイオニーはフラフラな状態だ。見ればかなり発汗しており、倦怠感に見舞われる身体をフィールに預けている。支えて貰わなければ立てないハーマイオニーと、その彼女を支えるフィールへスネイプは声を掛けた。

 

「ご苦労。我輩も、まさか生徒の君達があれだけの戦いを見せてくれるとは予想外であった。君達の交戦はこやつ等のいい手本となっただろう。さて、諸君は今しがたまでベルンカステルとグレンジャーが実践してくれた無言呪文による応酬について書き出すのだ。ああ、君達は終業のチャイムが鳴るまで休んでいてよろしい」

 

 未だ興奮冷めぬギャラリーに向かって肩越しに指示を出すと、スネイプは二人に歩み寄り、そして彼女達にだけ聞こえる声で、

 

「―――スリザリンとグリフィンドールにそれぞれ20点だ」

 

 と、加点を与えた。

 いつも贔屓しているスリザリンはともかく、スネイプがグリフィンドールに加算したのは恐らくこれが初だ。

 半ば朦朧とする意識の中………ハーマイオニーは「え?」と今の言葉は聞き間違えなのではと、これ以上ないくらいに眼を大きく見開かせ、疲労を押して口を開こうとする前に、スネイプは漆黒のマントを翻して離れて行った。




【サバイバルを心得てる五人】
もう5年も数々の修羅場を潜り抜けてきたんだ。本章の時点でリアルでガチな戦いに対し真っ新な生徒とは心構えも面構えも違うから、あんなのは今更な通過儀礼に過ぎない。

【スネイプ】
原作と違って本章からはちょっとマシな人物に。
理由は多分先輩のクラミーに、

クラミー「ジェームズやシリウスとの因縁からグリフィンドールを憎むのはよくわかるけど、教師である以上はもう少し大人の余裕を覚えなさい」

とか画面外で窘められたからですね、きっと。
これがもしクラミーじゃなかったら、スネイプは原作と何ら変わらなかったでしょう。

【フィールVSハーマイオニー】
首席VS次席の夢のカード。
そしてフィールが同級生とバトルするのは何気にこれが初。二人共既に学生の基準を軽々とオーバーしてるチート同士なので、書いてて楽しかったですね。

【変身術万能説】
変身術ほどチートの域で超便利な魔法は無い。

【ハーマイオニー】
エミリーの死を経験して覚醒した模様。
空間転移した以外はフィールの飛び抜けた戦略にもあまり動揺しなかったので、予期せぬ事態への対応力は皆さんビックリするほどアップした。

【炎の狼VS水のカワウソ】
4章でもそうでしたが、守護霊に魔法属性を宿らせるなんてケース自体、今まであっただろうか? 少なくとも作者は知らない。

【グリフィンドールに加点】
ハーマイオニーの目覚ましい成長に評価を改め、獅子寮に得点プラス。

【まとめ】
と言うことで、今回はハーマイオニーメイン回でした。親しい人物との死別を経験してこれだけの変化をもたらすとは、読者もちょっとビックリなんじゃないでしょうか? 最後まで根性見せたハーマイオニーの成長はスネイプさえも認めるほど。見せてやれ底力をハーマイオニーは見事演出してくれました。
次回は魔法薬学編。


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#95.幸運の液体(フェリックス・フェリシス)

月曜と火曜の2日間は延期になった学年末テストあるので更新遅れます。

※今回もアンチ・ヘイト要素が含まれます。多分これからも含まれる可能性があるので、苦手な方はブラウザバック推奨。


 首席のフィールと次席のハーマイオニーの白熱極まる模擬戦闘は結果的にホグワーツの歴史に名を刻むような武勇伝となり、観戦していた生徒達は未だ熱が冷めない様子であった。

 尊敬の眼差しで瞳をキラキラさせる視線の数々に二人はちょっと疲れ気味なのだが、そんなことは露知らず、噂好きの彼等はあちこちに噂を広めていく。これはしばらく注目の的になる予感がしたので、二人は気が滅入ってしまい、顔を見合わせて深いため息を吐いた。

 ………それはさておき、『闇の魔術に対する防衛術』の次にフィール達が受けたのは『魔法薬学』だった。

 教授は復職したホラス・スラグホーンだ。

 セイウチ髭を生やした太った丸顔の小男で、突き出た眼はスグリ色をしている。余談だが、現在ハゲ頭の彼は若い頃、麦わら色の髪を茅葺屋根のように生やしていたらしい。

 

「さて、さて、さーて。皆、秤を出して。魔法薬キットもだよ。それに『上級魔法薬』の………」

「あの、先生。僕とロンは本も秤も何も持っていません。僕達NEWTが取れるとは思わなかったので………」

「ああ、そうそう。マクゴナガル先生が確かにそう仰っていた。心配には及ばんよ、ハリー、全く心配無い。今日は貯蔵棚に在る材料を使うといい。秤も問題無く貸してあげられるし、教科書も古いのが何冊か残っている。フローリシュ・アンド・ブロッツに手紙で注文するまでは、それで間に合うだろう」

 

 ハリーとロンの二人は魔法薬学の道具類を用意してなかったが、昨年度まではスネイプが担当で彼は『O』を取った生徒以外はNEWTレベルの授業を受けさせないと明言していたので、これは仕方ない。事情を察しているスラグホーンは咎めることなく、ハリーとロンに教科書と道具を貸し出す。その二冊の教科書に見覚えのあるフィールは「あれ、確かそれは………」と二人の手に握られているそれを眼で追う。

 スラグホーンが二人に貸した古本は5年前、フィールがスネイプと魔法薬学の特別授業を受けた際に使用した物であった。しかもハリーが今持っている教科書は、魔法薬学と闇の魔術に秀でたスネイプの手で調合の指示書きや呪文がぎっしり書き込まれた『半純血のプリンス蔵書』だ。正確な調合法はともかく、呪文には危険な類いの物も含まれている。万が一ハリーが呪文の効果を知らないで人に対して使った場合、彼の運命はどうなるかわからない。

 ………まあ、高確率でそうなる前にきっとハーマイオニー辺りがこちらの意見を求めてくるだろう。当時は匿名で名付け親のシリウスからクリスマスプレゼントされた世界最高峰の箒・炎の雷(ファイアボルト)の時みたいに。

 

「さーてと、皆に見せようと思って、幾つか魔法薬を煎じておいた。ちょっと面白いと思ったのでね。NEWTを終えた時には、こういう物を煎じることが出来るようになっているはずだ。まだ調合したことがなくとも、これが何だかわかる者は居るかね?」

 

 最初にスラグホーンの質問を全て回答したのはハーマイオニーだ。無論フィールも手を挙げたのだが、スラグホーンはこれが初対面となるハーマイオニーを指名した。

 3滴飲ませば秘密を問答無用で全て暴露させられる無味無臭の自白薬『真実薬(ベリタセラム)』。自分じゃない誰かに1時間変身出来る『ポリジュース薬』。そして相手に偽の恋心を起こさせる『愛の妙薬』もしくは『惚れ薬』だ。魔法界で最も強力な愛の妙薬は『魅惑万能薬(アモルテンシア)』である。

 それぞれ特徴と効能を淀みなくスラスラと答えたハーマイオニーの頭脳に、スラグホーンはお気に入りの生徒にカテゴリーしたのだろう。

 スラグホーンは笑顔で称賛し、グリフィンドールに20点を与える。

 が、まだ一つだけ説明されていない薬があるのを何人かの生徒は疑問に感じた。

 机の上に置いてある、小さな黒い鍋。

 中身は金を溶かしたような黄金で輝いており、ピチャピチャと跳ねている。水面から金魚が飛び上がるように飛沫が跳ねているのに、どういう原理か、一滴も溢れることはなかった。

 

「さてそれでは、実習を始めよう」

「先生、これが何かをまだ教えてくださっていません」

「ほっほう」

 

 ハッフルパフの男子生徒、アーニー・マクミランの言葉にスラグホーンは満足そうな声を上げたので、彼は劇的な効果を得るために初めから誰かが質問するのを待っていたのだろう。そしてわざわざそんな演出を挟むと言うことは、それだけの価値がある魔法薬だと考えられる。

 

「―――そう、これね。さてこれこそは、紳士淑女諸君、最も興味深い一癖ある魔法薬で、名をフェリックス・フェリシスと言う。きっと君はこれが何かを知っているね? ミス・グレンジャー、ミス・ベルンカステル」

 

 『フェリックス・フェリシス』と聞いただけでアッと声を上げたハーマイオニーと、やっぱりと言う顔のフィールにスラグホーンは問い掛ける。

 ハーマイオニーは興奮気味に答え、補足説明をフィールが加えた。

 

「幸運の液体です! 人に幸運をもたらします!」

「飲むと薬効が切れるまで、全ての企てが成功に傾きます。ただし、飲み過ぎると向こう見ずで危険な自信過剰に陥り、大量に摂取すると毒性が高くなります」

 

 二人の言葉にざわざわとざわめきの波紋がクラス中に広がり、背筋を正した。つい先程まで他人事のように聞き流していたマルフォイも例外ではなく、全神経をスラグホーンに集中させる。

 

「その通り。グリフィンドールにもう10点、スリザリンにも10点あげよう。そう、この魔法薬は面白い。調合が恐ろしく面倒で、間違えると惨憺たる結果になる。しかし、正しく煎じれば、ミス・ベルンカステルの言う通り、薬効が切れるまでは、全ての企てが成功に傾いていくのがわかるだろう」

「先生、どうして皆、しょっちゅう飲まないんですか?」

 

 レイブンクローの男子生徒、テリー・ブートが勢い込んで訊いた。コイツ、さっきの話ちゃんと聞いてたのか? と思ったのは、何もフィールだけじゃない。

 

「それも先程彼女が言ってくれた通り、飲み過ぎると有頂天になったり、無謀になったり、危険な自信過剰に陥るからだ」

「先生は飲んだことあるんですか?」

「二度ある。24歳の時に一度、57歳の時にも一度。朝食と一緒に大さじ二杯だ。完全無欠な2日だった」

 

 同じくレイブンクローの男子生徒、マイケル・コーナーの質問にスラグホーンは夢見るように遠くを見つめる。仮にこれが演技だったとしても、効果は抜群だ。

 

「そしてこれを、今日の授業の褒美として提供する。フェリックス・フェリシスの小瓶一本。12時間分の幸運に十分な量だ。明け方から夕暮れまで、何をやってもラッキーになる」

 

 スラグホーンは、コルク栓をした小さなガラス瓶をポケットから取り出して全員に見せる。全ての生徒が『幸運』の二文字を具現化させた薬が入っている小瓶に釘付けで、教室は静寂の中に微かな熱気が籠り始めたように感じた。

 

「警告しておくが、フェリシス・フェリシスは組織的な競技や競争事では禁止されている。これを獲得した生徒は、通常の日にだけ使用すること。そして通常の日がどんなに異常に素晴らしくなるかを知るだろう」

 

 そりゃそうだ。スポーツ選手にとってこれを飲んで試合に出るのは、マグル界で言うところの『ドーピング』になってしまう。当然試験や選挙でも使ったら、バリバリ不正行為だ。

 

「この素晴らしい賞をどうやって獲得するか? さあ、『上級魔法薬』の10ページを開くことだ。あと1時間と少し残っているが、その時間内に『生ける屍の水薬』にきっちり取り組んで頂こう。これまで君達が習ってきた薬よりずっと複雑なことはわかっているから、誰にも完璧な仕上がりは期待していない。しかし、一番良く出来た者がこの愛すべきフェリックスを獲得する。さあ、始め!」

 

 流石は過去に教鞭を取っていた教師だ。授業の進行の仕方や生徒の心を惹き付けるやり方が非常に上手い。スラグホーンの合図で、生徒達は一斉に大鍋を手元に引き寄せ、秤に錘を載せたりなどして、一心不乱に『生ける屍の水薬』の製作に取り掛かった。皆は夢中で『上級魔法薬』を捲る。

 部屋中が異様な静けさに包まれる中、この薬の正確な調剤を暗記しているフィールは時間のロスになることから、教科書は開かないで淡々と作業に取り組んだ。他の生徒が無我夢中になる中、一人だけ冷静な雰囲気のフィールに隣のクシェルは首を傾げる。

 フィールはチラリとハリーの方を見てみた。

 彼は銀のナイフの平たい面で催眠豆を砕いているところだった。どうやら、半信半疑ながらもプリンス蔵書の指示書き通りに行っているらしい。

 もし、その本の持ち主がスネイプだと知ったら彼はどんな反応をするかと、想像したフィールは苦笑して、自分の作業に戻る。

 それからしばらくして、終了時間となった。

 スラグホーンの声で生徒達はピタッと作業の手を止める。

 スラグホーンは大鍋を覗き込みながら、何も言わずに時々薬を掻き回したり、臭いを嗅いだりして、ゆっくりとテーブルを巡った。そうしてハーマイオニー達のテーブルの番に来て、フィールとハリーの薬を見た途端、スラグホーンは瞳を輝かせ、満面の笑顔で声を上げた。

 

「紛れもない勝利者達だ! 素晴らしい、素晴らしい! なんと君達は明らかに母親の才能を受け継いでいる! 彼女達は魔法薬の名人だった。さあ、さあ、これをどうするか………」

 

 スラグホーンは少し困った笑みを浮かべ、金色の液体が入ったガラス瓶と、黒髪の少年少女を見比べる。まさか二人も完璧に製作するとは予想外だったので、どちらに渡そうか悩む。

 両者共に遜色ない出来だ。一方には提供して、一方には提供しないのは不公平だ。教師たるもの常に平等にしなくてはならない。これがもしスネイプだったら、迷わずフィールにプレゼントしていただろう。けれど、スラグホーンはそうしなかった。

 この難しい状況をどうするべきか、真剣に考え悩むスラグホーン。

 すると―――フィールがこんな発言をした。

 

「ああ、先生。それ、ハリーにやって構わないですよ」

 

 さらっと口にした、フィールの爆弾発言。

 スラグホーンのみならず、この場に居た全員が眼を剥いてフィールを凝視した。特にハリーはあんぐりと口を開けている。

 半日が幸運になるフェリックス・フェリシスは是非とも欲しい一級品だ。プリンス蔵書のおかげで上手く調合したハリーと並んで、フィールには貰える権利がある。

 なのに、それを自ら手放すとは………何としてでも我が物にしたかった彼等にとって、フィールの行動は信じられなかった。スラグホーンもすぐにハリーには渡さず、戸惑っている。

 

「し、しかし本当にいいのかね? 見ていたが、君は誰よりも早く水薬を完成させていたはずではないかね?」

「ええ、構いません、どうぞ」

 

 フィールは滅多に見せない爽やかフェイスを見せる。

 何故そのような曇りない晴れやかな表情を浮かべられるのかは不明だが………フィールが構わないと言うならそれでいいと、スラグホーンは約束のフェリックス・フェリシスの瓶をハリーにあげる。その代わり、フィールには20点の加点を与えた。これでグリフィンドールと同点だ。

 最後にフィールは「使い道をよく考えろよ」と呆然とするハリーの肩に手を置くと、グサグサ突き刺さる生徒達の怪訝な視線を背に、真っ先に教室を出て行った。

 

♦️

 

 その日の夜―――。

 大広間で鱈腹夕食を食べ終えたホグワーツ生は各寮へと戻って行った。皆は今頃談話室で談笑したり、チェスやトランプ等の趣味に興じたり、新学期早々に出された課題を終わらせたりして、各自自由時間を満喫しているだろう。

 現在、大広間には数人の教師と、一人の生徒が残っていた。ピョンピョン跳ねた明るい茶髪がトレードマークのその女生徒は、スリザリンのテーブルに座って時折教師陣をチラチラと見ている。

 

「珍しいのう、クシェル。君がフィールと共にスリザリン寮に帰らないとは」

 

 そろそろ自室に戻ろうと、大広間を出ようと入り口に向かって歩いていた教師の一人―――校長のダンブルドアは、生徒で唯一此処に留まるクシェルのことが気になって声を掛けた。

 彼女が居残っているのには、訳がある。

 なんとなくだが、ダンブルドアはそう直感が働いていた。ダンブルドアの隣では、マクゴナガルとスネイプが彼と同じように不思議そうな眼でクシェルを見下ろしている。

 

「君が此処に居るのには、何か理由がある。そうではないかね?」

「………その通り、です」

 

 ガタッと椅子から立ち上がったクシェルは、キッと鋭い目付きでダンブルドアを睨む。入学した頃はあどけなさが全面的に顕著していたが、成長した今は顔付きも大分変わって大人びた感じがする。

 そんなクシェルの鋭い視線をモロともせず、ダンブルドアは青い瞳で真っ直ぐ見返した。親友を見捨てようとしただけでは飽き足らず、支配下に置いている男なのに無駄に澄んだ瞳をしていて、癪に障ったクシェルは内心舌打ちする。

 

「まどろっこしい言い方は嫌いなんで、単刀直入に言います。―――今すぐフィーを解放してください。そして、二度とフィーに近付かないでください」

 

 マクゴナガルとスネイプは揃って瞠目する。

 わざわざクシェルが大広間に残留していたのはダンブルドアに物申すためだったのかと、賢い二人は瞬時に理解した。ダンブルドアは青眼をスッと細め、クシェルの翠眼をじっと見つめる。

 

「ふむ………君の言いたいことはわかったが、よければ理由を聞かせて貰えるかね?」

「言わなきゃ、わかんないですか?」

 

 必死に怒号を抑えているのだろう。

 拳を強く握り締め、微かに震わせるクシェルは憤怒の表情でダンブルドアを見上げた。クシェルがダンブルドアに隠しきれない怒りをぶつける理由がまだわからないマクゴナガルとスネイプは、互いに顔を見合わせる。

 

「貴方は………いや、アンタ達は、初めからフィーを殺すつもりで形だけ騎士団に引き入れた。神秘部でムーディ達がフィーを殺そうとしたのを、アンタは止めようともせず、見殺しにした。なのになんで、悪びれもせず、フィーに近寄って来るんですか!」

 

 堪らず、感情の沸点が低くなって怒り心頭に達したクシェルは声を荒げる。その大声は、シンと静まり返る大広間の隅々まで響き渡った。クシェルの剣幕にマクゴナガルとスネイプは思わずビクッとし、信じられないと言う表情をする。

 クシェルは、相手が校長だろうと今世紀で最も偉大な魔法使いだろうと、構わず感情の赴くままに叫んだ。

 

「どうしてそんな酷いことが平然と出来たんですか!? 今までフィーがどれだけの犠牲を強いられてきたか考えたことがあるんですか!? ハリー達と一緒に何回ホグワーツを守ってきたか忘れたんですか!? ハリーさえ生かせればフィーは死んでも構わなかったんですか!? 何人死ねば何人助かるとか数で救える命を計算してたんですか!? ああ、そうだったんでしょうね。アンタの中では、フィーは『使い捨ての駒』同然の認識だったんだろうね。だから気付かなかった。気付こうともしなかった。フィーが死んだら悲しむ人がいるってことに………私達がどんな気持ちになるか、これっぽっちも考えようとしなかった!」

 

 ダンブルドアの隣でマクゴナガルが怒ったような顔で見下ろしてくる。今はまだ黙っているが、もう少ししたら堪忍袋の緒が切れて怒鳴り散らしてくるだろう。だが、クシェルにとってはどうでもよかった。こうして校長の前で激昂し、心情を吐露した時点で、そんなものは些細な問題に過ぎない。減点されることも叱責されることも全て覚悟した上で此処に居るのだから、今更だ。

 

「生徒一人の命を救おうとしないで何が『偉大な魔法使い』だ! 何がホグワーツの校長だ! アンタはただの最低なクズ野郎に過ぎない! アンタだけじゃない! ムーディもシャックルボルトもトンクスも! その他大勢の騎士団も! アンタ達はフィーのことを見定めようとせず、全てを蔑ろにした! 人生も生命も人権も存在も! なのによくふざけたこと抜かせましたね! ヴォルデモートや死喰い人に狙われてるから自分達の保護下に置くと言っておきながら、本当は―――」

「―――お黙りなさい! ミス・ベイカー!」

 

 遂に我慢の限界を迎え、マクゴナガルが怒号を飛ばす。普通の生徒であれば、日頃から厳格なマクゴナガルの怒鳴り声にシュンと肩を縮こませただろうが、生憎ブレない精神力と並外れた根性を持つクシェルはビビらなかった。

 

「黙れマクゴナガル! 私はコイツに本音をぶちまけなければ気が済まない!」

「こ、コイツとは………偉大なるお方に、何と言う無礼な発言を!」

「偉大なるお方!? 笑わせるな! 親友を見捨てようとしたヤツに礼儀も遠慮もあるか! ダンブルドア、私はアンタを本気で許さない! フィーは騎士団の『奉仕者』でも『奴隷』でも、『手駒』でも『使い捨ての道具』でも何でもないのにまるで『玩具』のように扱って………これ以上、フィーをいいように使われて堪るか!」

 

 出せる限りの最大限の声で溜め込んでいた感情を吐き出したクシェルは肩で息をする。ダンブルドアは表情一つ変えず、クシェルの言葉を受け止め、眼を伏せた。スネイプは一見すると無表情だが、その実自分が受け持つ寮生が校長に対し堂々と意見を述べた事実に驚きを隠せない。マクゴナガルはクシェルの失言の数々にワナワナと身体を震わせる。

 呼吸を整え、幾分か落ち着いたクシェルはこれ見よがしにため息をつくと、不機嫌この上ない顔でダンブルドアを見た。

 

「アンタ………なんで、トム・リドルを教師として教え導かなかったんですか」

 

 トム・リドル―――。

 ヴォルデモート卿(名前は言ってはいけないあの人)の本名だ。

 いきなりの話題変更と、彼の学生時代の名前を出され、今日初めてダンブルドアは戸惑う。

 

「アンタはトム・リドルの邪悪さや残忍さを最初から見抜いてた。だったら、ただ黙って監視するのではなく、人としての道を導かせてあげることも出来たはず。そうしたら、今頃はこんなことにはならなかったのに………どれだけ人を見捨てれば、アンタは気が済むんですか」

 

 確かに、まだ年端もいかぬ少年に邪悪さや残忍さを感じていたら、警戒することに越したことはない。

 でも、ただ静観してしつこく監視することだけが、気付いた人間に出来る手段でもないはず。

 クシェルはそれがどうしても許せなかった。

 何故、人に道徳を教えられるだけの力と心を持つはずのダンブルドアは、ただ黙って事の成り行きを見守っていたのか。

 何もせず、ただボケッと、まだ光の道に引き戻せるチャンスがあったのに、何故それを自ら手放したのか。

 闇の道に堕ちたからといって、それがその人を見捨てていいと言う理由にはならない。闇堕ちしたならば、すぐに対立するのではなく、手を差し伸べてやることも考えなかったのか?

 一度は闇に堕ちて殺人鬼モードになったフィールを救ったクシェルにとって、ダンブルドアの行為は最大の疑問だった。

 

「私はアンタと違ってフィーを離したりしない。どんな犠牲を払ってもね」

 

 クシェルの双眸が、鋭くダンブルドアを縛り付ける。

 不覚にも、背中にゾクリと悪寒が走った。

 真っ暗な闇のようで、底の無い沼のような。

 そんなクシェルの瞳を見ていると、まるで闇の中に吸い込まれていくような錯覚に陥り―――ダンブルドアは慌てて首を振った。

 

「とにかく………伝えたいことは伝えました。早くフィーを自由にしてください。束縛してるアンタが解放しなかったら、フィーはいつまでも檻に閉じ込められたまま、アンタの支配下で生き続けることになる。そんなのは絶対に許さない。フィーにはもっと、普通の女の子として生活する権利も、幸せになる権利もある。それをアンタ達の勝手な感情で奪わないでください。これ以上フィーを振り回さないでください」

 

 クシェルの脳裏に、昨夜のフィールの泣いた顔が過る。

 フィールの涙を見た時、クシェルはダンブルドアや騎士団に対し、激しい憎しみを抱いた。それは最早、殺意と言っても過言ではない。

 

 

 

「次、フィーを追い詰めたら………私はアンタをズタズタに掻っ捌いてやる」

 

 

 

 最後にそう言い残し、クシェルは踵を返した。

 黒いローブを翻し、立ち去って行く彼女をマクゴナガルが呼び止めようとするが、ダンブルドアに止められた。

 

「止すのじゃ、ミネルバ」

「ですが、アルバス………」

「あの娘の言葉は真実じゃ。わしは一度、フィールを見捨てようとした。その事実が変わることはない。しかし、困ったのう………」

 

 ダンブルドアは銀色の長い顎髭を摩る。

 今しがたまで生徒のクシェルに散々罵詈雑言や糾弾を浴びせられたが、その言葉に嘘は一つも混ざっていない。どれも本当のことだ。それは否定しない。しかし今は、フィールを見殺しにする気は欠片もない。それも偽りのない本心だ。

 だが………

 

「………………」

 

 クシェルにはバレないよう『開心術』を使って見えた、フィールの泣き顔が浮かび上がる。

 フィールが泣くなんて余程のことなので、表面上は平静を保ち、しかし内心ではクールな彼女の意外な一面に少しばかり動揺したが………自分はそれだけ彼女を追い詰めているのかと、ダンブルドアは鬱屈そうにため息を吐く。

 一体どうすれば、誰も傷付けずに済む?

 何をどうやれば、誰もが納得するのか?

 どんなに自問自答しても、これが最善と言う答えは見付からない。

 解決していたと思っていた問題は、本当は何も解決していなかったのだ。

 

「………すまんのぉ、クシェル」

 

 フィールに近付くなとは言われたが、そうはいかない。こうなった以上、今後の学校生活や騎士団の活動をどうするか、近い内に今一度本人とちゃんと話し合って決めなければいけない。

 ダンブルドアは虚無の空間を見つめながら、姿が見えなくなった少女に謝罪した。

 

♦️

 

 遅れて寮に戻って来たクシェルは、重い足取りで二人部屋に向かった。談話室に着いた時、何人かの人が気になって尋ねてきたが、適当な言葉ではぐらかしておいた。とにかく今は、フィールに会いたい………そんな気持ちだった。

 そうして、部屋の前まで来て、ドアを開けようとしたら、タイミングよくドアが開き、フィールと眼が合った。

 

「あ………」

 

 クシェルが軽く眼を見開くと、フィールがふわりと笑った。

 

「なんだ、今来たんだな。あまりにも遅かったから何かあったのかと思って、談話室に様子を見に行こうと思ったんだ」

「そっか………ごめん」

「気にするな。クシェルが無事ならそれでいい」

 

 部屋に入りながら、見慣れた景色にクシェルはホッと一息つく。ベッドに腰掛けたフィールにクシェルは無性にハグしたい衝動に駆られた。

 

「………………」

「………クシェル?」

「………………フィー」

 

 衝動に従い、クシェルは小首を傾げるフィールの前に来て彼女をギュッと抱き締めた。相変わらず華奢な身体だと思いながら、クシェルは背中に両腕を回す。

 突然ハグされたフィールは困惑の表情でクシェルを見た。クシェルは構わず、フィールの長い黒髪に顔を埋める。甘い香りが鼻腔を擽り、安心感を得て緊張の糸が切れた。ぬくもりを肌で感じ、それだけでクシェルはフィールを手放したくない気持ちで胸の中は満たされる。

 

「……もう二度と、私の前から黙って居なくならないで。私から離れて行かないで。私の傍に……ずっと居て」

 

 今にも消え入りそうな、クシェルの声。

 フィールを抱き締める腕の力が強くなる。

 抵抗せず、クシェルの腕の中に居たフィールはそっと声を掛けた。

 

「急にどうしたんだ? クシェル。私はもう、黙って貴女の傍から居なくならないし、ちゃんと傍に居る。それはわかってるだろ?」

「うん、わかってるよ。でも………」

「でも?」

「………ううん、なんでもない。お願い、もう少しだけ、こうして貴女を抱かせて」

 

 クシェルは大好きな人を抱き締める腕に、一層力を込める。

 此処に来る前、クシェルに何があったのか知らないフィールは理由がわからないながらも、ギュッと抱き締め返した。




【クシェル①】
遂に啖呵を切った。
今までこんなに堂々とアンチ・ヘイトしたキャラはいただろうか?

【黙れ小僧(マクゴナガル)!】
かの有名なもの○け姫の名言。
ダンブルドアのみならずマクゴナガルにも言えるとは、ある意味凄い………。
ちなみにもしクシェルがタタリ神の呪いを受けてたら、命削られることを厭わないで血祭りに上げてたでしょう。

闇堕ちクシェル「ダンブルドア………まずはお前から血祭りに上げてやる!」

【クシェル②】
フィールと会って早々ハグ。
ダンブルドア(とマクゴナガル)に対しなんなんだこのギャップは。と言うかスネイプさん完全なる空気でなんか申し訳ない。

スネイプ「ふざけるなぁぁぁ!」

【クシェル③】
今回めっちゃ口悪かった娘。
バイオ7のイーサンに負けず劣らずだったような気が。あ、そういやクシェルパパの名前「イーサン」だった。


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#96.ホークラックスの洞窟

クシェル「バルス(物理)!」グサッ!
ダンブルドア「目が、目がぁ~!」
フィール「おいいぃぃぃぃ!クシェル何やってるんだあぁぁぁ!?」
クシェル「え?前回やりそびれてたバルス(物理)しただけだよ?」
フィール「(物理)って何!?てかそもそもバルスってなんだ!?」
クシェル「え?フィーラピュタ知らないの?じゃあ今度一緒にゲオ行ってレンタルして観てみよっか」
フィール「あれれ~?おっかしいぞォ~?イギリスにゲオってあったっけ!?」

はい、皆さんお久し振りでございます。
久々の更新早々、オープニングボケならぬ前書きボケ終了です。なんか色々混ざってましたね笑。
それでは本編に入りましょう。
安心してください。ダンブルドアはバルス(物理)されてませんよ。 


 ホグワーツから何㎞も離れた海岸。

 其処にシリウスとライアンは居た。

 潮の香りと打ち寄せる波の音、時折強く吹く海風に黒髪を揺らし、海から高く突き出た黒々とした岩場の上に立つ彼等の視線の先にあるのは、背のっぺりした岩肌を見せて聳え立つ背の高い真っ黒な崖。

 シリウスとライアンが今から目指す場所は、崖の割れ目の中だ。

 

「彼処か………随分と危なっかしい場所に隠してたんだな、あの自称闇の帝王様は」

 

 ライアンは荒涼たる光景を目の当たりにしながら、手を眼の上に翳して遠方の目的地を見る。

 

「………ああ、そうだな」

「おいおい、シリウス、君がそんな顔してどうするんだい? 僕達が今日、こうして此処まで来たのは、君がクリーチャーの証言の真偽を確認したいと言ったからだろう?」

「………………」

 

 鬱屈そうにグレーの瞳を伏せたシリウスは何も言わないで、眼下で海が泡立ち渦巻いているのを見下ろす。

 二人が海岸にやって来た訳―――。

 それは、かつてヴォルデモートが分霊箱の一つ『スリザリンのロケット』を、彼を裏切ったシリウスの弟が本当に本物とすり替えた偽物があるかどうか、ハッキリさせるためだ。

 分霊箱により近い状態のクラミーによる禍々しい気を発するホークラックスの位置探索や、英国魔法界を徘徊しそこら辺に存在するマグルの人間や闇の陣営側じゃない魔法使いを襲撃する死喰い人を捕獲しての情報入手で、不死鳥の騎士団は蔵匿された分霊箱の在処に徐々に近付いていった。

 そして騎士団は2つの分霊箱をある場所でそれぞれ発見し、見事破壊した。

 

 1つ目は『ハッフルパフのカップ』。

 ホグワーツの創設者の一人であり穴熊寮の由来となったヘルガ・ハッフルパフの遺産だ。グリンゴッツ魔法銀行・レストレンジ家の金庫に盗難避けとして『火傷の呪い』と『双子の呪い』と言う二重の防御で厳重保管されていたそれは穴熊の彫刻が施された小さな金のカップで、精巧に作られた取っ手があり、宝石も埋め込まれていた。

 ヴォルデモートはヘルガ・ハッフルパフのカップをベラトリックスに預け、彼女はレストレンジ家の金庫に保管した。

 グリンゴッツ銀行はホグワーツに次いで世界一安全な場所で、金庫に向かうには小鬼(ゴブリン)と共にトロッコで移動しなればいけない。しかも一種の泥棒対策として、小鬼以外が金庫のドアに触れると永久的に金庫の中に吸い込まれてしまうシステムが組み込まれているのだ。ベラトリックスがロンドンの地下に広がる魔法銀行の金庫の中に保管するのは妥当と言えるだろう。

 が、実はこれ、裏を返せば金庫内にある物を窃盗するのが目的であれば、不法侵入はバリバリ可能なのだ。

 何故なら例え閉じ込められたとしても、そこから『姿現し』などして脱出すればいいだけの話なのだから。要は脱出する手段さえちゃんと持ち合わせていればOKなのである。

 ホグワーツ卒業後、グリンゴッツに就職した騎士団員の一人・ビルからの極秘情報を基にベラトリックスの金庫までの裏ルートを辿ったシリウスとライアンは、レストレンジ家を初めとする古く深い場所にある家系の金庫の番人、多種のドラゴンの中で最大クラスの巨体を誇るウクライナ・アイアンベリーをその眼に焼き付けられながらも、無事にカップを回収。

 ベラトリックスが施したダブルガードに少々手間は掛かったが、『姿現し』で金庫を脱出した後にライアンが『悪霊の火』を用いて破壊した。

 

 2つ目は、『スリザリンのロケット』。

 ホグワーツの創設者の一人であり蛇寮の由来となったサラザール・スリザリンの遺産だ。彼の子孫に代々受け継がれてきた装飾品は重い金で出来た物で、表面には曲がりくねった蛇のような形をした『S』と言う飾り文字が緑の宝石で嵌め込まれていた。

 驚くことに、それが隠匿されていた場所はなんとグリモールド・プレイス12番地―――シリウスの生家・ブラック邸だった。

 更にもっと言えば、ロケットを保管していたのはクリーチャー………ブラック家の屋敷しもべ妖精だったのだ。

 彼の部屋に隠されていた分霊箱に、当たり前だが騎士団のメンバーは何故お前がサラザール・スリザリンのロケットを隠し持っていたのかと、特にシリウスは激しく問い詰めた。

 そしてクリーチャーが涙ながら語った事の真相に、一同は愕然とした。

 

 レギュラス・アークタルス・ブラック―――。

 クラミーとライアンの妹・エミリーと同い年でシリウスの1歳年下の弟だった青年。兄のシリウスより背丈は低く華奢ではあったが、美形の人物が多いブラック家の例に漏れずの美男子で、ホグワーツに在学中、スリザリン家系の一族に生まれた彼は祖先同様にスリザリンに所属、クィディッチチームのシーカーも務めていた。

 彼はヴォルデモートの記事をスクラップにするほどの猛烈なファンで、16歳と言う若さで死喰い人の仲間入りを果たすほど、闇の帝王を尊敬してやまなかった。

 

 ある時を境までは―――。

 両親や兄に虐げられていたクリーチャーを唯一大切にし、愛情を注いでいたレギュラスは、ヴォルデモートがクリーチャーに過酷な仕打ちを与えたことから彼に失望し、裏切ることを決意。

 最後の抵抗として分霊箱であるスリザリンのロケットをブラック家の家宝のロケットとすり替え最終的には破壊するため、シリウスとライアンの目的地の洞窟に置いてある水盆に沈められたスリザリンのロケットを取り出すべく、クリーチャーに成り代わって毒液を全て飲み干し―――破壊に失敗したレギュラスは本物のロケットをクリーチャーに託し、衰弱したところを湖の中に居た亡者に引き込まれ、死亡。

 自分の裏切りによって家族やクリーチャーに被害が及ばぬよう事実を隠したため、『闇の陣営にある程度入り込んだものの、恐れをなして身を引こうとしたため、ヴォルデモートの命を受けた他の死喰い人に殺された』と言う認識が一般的となった………。

 

 真実を聞き及んだ騎士団はレギュラスの死を哀悼した。生前ギリギリまで敵対者の死喰い人だったとは言え、その死因は、彼等に『レギュラス・ブラック』と言う故人の印象を変える大きなキッカケに、そして過去数百年分のスリザリン寮の不名誉を一掃することになったのだ。

 ロケットを破壊された今、これでレギュラスの犠牲は報われただろう。………が、そこまで聞いても尚、半信半疑の人間がいた。

 

 シリウスである。

 『愚かな弟』と血の繋がった兄弟に対しそう述べていたシリウスは、憎んでいた家を生々しく思い出させる存在のクリーチャーの話を完全には信じきれず、疑惑の念を抱き、論より証拠だと、実際にホークラックスの洞窟に足を運んで自分の眼で確かめると言い出したのだ。

 当然最初は、皆シリウスに異を唱えた。

 本物のロケットは無事に見つけ出して打ち砕いたのだから、わざわざ偽物だと知った上で衰弱してまで手に入れようとするなど愚の骨頂だ。

 それに………騎士団の中でもトップクラスで強者のシリウスが暫く活動不能になるのはかなり痛手だ。出来るだけ戦力を欠如させたくない騎士団にとっては、現状でシリウスの私情を挟むのは望ましくない。

 

 しかし、そんな彼を擁護する者達が居た。

 親友のルーピンやライアンである。

 彼等は、例えどんなにシリウスの欲求を撥ね付けたとしても彼はめげずにしつこく食い下がるだろうし、後味が悪い始末となればそれこそ任務に支障が出るだろうと、なるべく騎士団全員が納得するような説明と懸念事項を伝えて深々と頭を下げた結果、渋々だが許可をくれ―――現在に至ると言う訳だ。

 

「時間も惜しい。さっさと行って帰ろう」

「そうだな、そうしよう」

 

 洞窟内に直接『姿現し』は出来ないので、二人は近くの崖まで移動すると、『防火・防水呪文(インパービアス)』を全身に掛けてから、灯りを点けた杖を口に咥えてそこからダイブし、海を遊泳して、崖の割れ目の中へと入っていく。奥は幅が1m足らずの暗いトンネルになっており、泳ぎ続けるとトンネルは左に折れ、崖のずっと奥まで伸びていた。やがて二人は最奥に辿り着く。大きな洞穴に続く階段が見え、二人は海から上がり、階段を這い登った。

 洞穴は洞窟全体の入り口の小部屋となっていて魔法を使った形跡が確かにあり、ゴツゴツした岩壁に広範囲で触れて調べてみる。程無くして、一旦壁から離れたライアンは杖を特定の岩壁に向けて魔法を発射してみる。すると岩壁にアーチ型の輪郭線が浮かび上がり、隙間の向こう側に強烈な光があるかのように、一瞬カッと白く輝く。が、すぐに輪郭線は消えて岩壁は元通り復元し、行く手を拒まれてしまった。

 

「よし、此処で間違いなさそうだ。さて………確か通過するには『血の代償』が必要だったんだよな」

 

 ヴォルデモートがクリーチャーにした冷遇。

 それは、闇の魔術を重ね掛けして分霊箱の守りをより磐石にさせた何重もの仕掛け―――血を持ってしか開けない扉、一人前の魔法使いを一人しか乗せない小舟、飲む者に悪夢を見せる毒水、盗んだ者に襲い掛かる亡者など、防御魔法のテストにクリーチャーを利用し、使い捨てたことだ。

 簡単には盗まれないよう厳重に保管するのが目的だったとは言え、自分達にとって名誉あることだと、しもべ妖精を必要としていたヴォルデモートに喜んでクリーチャーを差し出したレギュラスからすると、惨い扱いを平然と行った彼の残忍さは敬意を捨てさせるのに、一切の迷いはなかったのだろう。

 レギュラスの己の命を捧げてでも護りたいものを護り抜こうとした彼の勇気を讃えて改めて冥福を祈りつつ………ライアンは懐からナイフを取り出し、腕を切りつける。

 真っ赤な鮮血が迸り、岩壁に飛び散った。

 此処に来る時点で覚悟はしていた。そこに躊躇いなど無い。

 自分がやるよりも先にライアンが血と言う名の『通行料』を払ったため、シリウスは「すまない」と詫びる。

 本来であれば、無関係の人間は巻き込まないで一人だけで足を運ぶ予定だったのだが、誰か一人同伴者がいなければ、騎士団は赴くことをOKしてくれなかった。

 その同伴者に自ら名乗りを挙げてくれたのが、ライアンと言うことだ。ちなみにその時はルーピンも挙手したのだが、騎士団の判断でライアンに決定したのである。

 

 さて、それはさておき………。

 硬い岩の表面に血飛沫が点々と飛散すると、今度こそ銀色に燃えるアーチ型のゲートが顕現とした。腕につけた深傷を治しながらライアンとシリウスは消失した障壁の先を歩いていく。

 二人は向こう岸が見えないほど巨大な黒い湖の畔に立っていた。洞窟の天井は高く、広大な湖の中央と思われる位置に滑らかな岩で出来た小島が浮かんでおり、其処には緑色に光る何かがあるのを遠目からでも見て取れた。

 周囲は普通の闇より濃い闇で包まれている。

 眼を凝らしてみると、湖の中にはおびただしい数の亡者で溢れていて、今はまだ静かに横たわっているが、ちょっとでも湖に触れたりすればたちまち襲撃してくるだろう。

 シリウスとライアンは軽く頷き合い、狭い湖の縁を慎重に進んで行く。岩縁を踏む二人の足音がピタピタと反響し、無意識の内に神経質になっている彼等は要らぬ刺激を心に与えられ、冷や汗が額に滲む。

 二人は再び魔法の形跡を見付け、空中に浮遊する不可視の何かを掴みながら握った手を杖で叩くと、赤みを帯びた緑色の太い鎖が何処からとなく現れた。鎖を叩くとひとりでに蛇のように滑り出し、幽霊のように鎖と同じ緑色の光を発しながら小舟が湖面を割って姿を出す。

 

「ここまではクリーチャーから聞いた通りだな。シリウス、少しは信憑性が高まったかい?」

「………どうだろうな」

 

 シリウスは小舟に乗り込み、鎖を巻き取る。

 すると、小舟はすぐに発進した。

 ライアンは『飛行術』で小舟と並行に進む。

 『飛行術』を会得してるならシリウスもそれを使えば済む話だが、彼は敢えて正式な手順を踏んでの進行を選んだ。

 二人は無言で少しずつ小島に接近していたが、暫くすると謎の沈黙に嫌気が差したのか、ライアンが明るい声でシリウスにこんな提案をした。

 

「そうだ、シリウス。レギュラスのロケット回収して帰ったら一杯やらないか?」

「お、いいな。ワインでどうだ?」

「だったら、チーズや生ハムを肴にしたいな」「サラミも悪くない。あのスパイシーさ、肉の油っこさは赤ワインと相性抜群だ」

「ビターチョコやドライフルーツも合うぞ。どれをつまみにするか、考えるだけでも楽しいな」

 

 男二人が場にそぐわない会話をしていたら、いつの間にか湖の中央の小島に到着した。着いた島はダンブルドアの校長室ほどの大きさで、台座が設置されており、その上には燐光を発するエメラルド色の液体が満たされた水盆が置かれていた。

 これこそがクリーチャーを苦しめ、そしてレギュラスを死に追いやる原因となった劇薬なのだろう。

 毒々しい色の液体に、上陸した二人の顔は一瞬で強張る。

 話に聞いていたとは言え、こうして間近で見てみると、いざ飲み干そうと覚悟しても、どうしても飲むのに抵抗が生まれてしまう。

 試しに水盆に手を突っ込んでみたが、まるで見えない障壁に阻まれているかのようにビクともしなかった。ヴォルデモートが仕掛けたギミックだ。『消失呪文』や『変身呪文』、その他諸々の呪文でも一切効かないだろう。

 ではどうするのか?

 答えはただ一つ。

 この液体を全て飲み干すこと、それだけだ。

 

「これを、レギュラスは全部飲んだのか………何気に男前だな。ある意味、チャレンジャーとも言える」

「………………」

「さて………少々躊躇いはあるが、飲むか」

 

 と、意を決してライアンがグッと表情を引き締めた、その時。

 シリウスが、ライアンの肩に手を置いた。

 

「待て、ライアン。これは俺一人で飲み干す」

 

 瞠目したライアンはあんぐりと口を開ける。

 クリーチャーの証言に半信半疑で疑惑の念を抱いていたシリウスが自ら名乗り出たのだ。これで驚くなと言う方が無理な話である。

 

「シリウス、正気かい? 一体これがどんな物なのか、君もわかっているだろう?」

「ああ、わかってるさ。それを踏まえた上で俺は一人で飲むと言ったんだ。男に二言は無い。約束は必ず守る。これ以上君に迷惑は掛けられないしな。それに―――」

「それに?」

「………それに、此処まで来て何もせず帰還したら、クリーチャーのために死んだレギュラス(アイツ)の犠牲が犬死になるからな」

 

 またまたライアンは大きく金眼を見開かせる。

 生まれたブラック家そのものを激しく嫌い、家族との仲も不仲でクリーチャーに対しても無関心と言う虐待を続けてきたシリウスの口からそのような発言が出てくるとは、予想を遥かに上回ったからだ。

 

「確かに俺は今でも嫌いだ。死んでも大嫌いだ。家族もクリーチャーも、ブラック家も純血主義の親族も。………だが、アイツはそれを命を賭してでも必死に守ろうとした。俺にとっては一生どうでもよくても、アイツにとってはかけがえの無い大切なものだった」

 

 だからアイツは死喰い人から身を引いた。

 ヴォルデモートを裏切る道を選んだ。

 家族のために迷うことなく献身した。

 その気持ちだけは………共感出来る。

 シリウスはエメラルド色の液体を見つめた。

 緑色の液体の表面に、自分自身の顔が映る。

 その顔に、最後まで不仲のまま終わった忌々しい弟の顔が脳裏を過った。

 

「だったらせめて俺が此処で命を絶ったアイツにしてやれることは、この液体飲み干した後でロケットをクリーチャーに渡すことくらいだ。本物と取り替えたロケットはアイツの物だったからな。きっとアイツはクリーチャーにあげたいと思うだろう。クリーチャーがしたことへの感謝の証としてな」

 

 そうしてシリウスは水盆を持ち上げ、ライアンが「あっ」と声を出す前に、あっという間に全部飲み干してしまった。

 途端に彼は顔色が悪くなり、空になった水盆が手から抜け落ちる。

 傾いた拍子にロケットが地面に落ちた。

 大きな音を立て、闇の中に吸い込まれるかのように黒い湖の中に姿を眩ました水盆などには眼もくれず、ライアンはその場に踞ったシリウスに呼び掛ける。

 

「おい、大丈夫か!?」

「………ッ、ライアン………、俺のことはいいから、早くロケットを………!」

「あ、ああ………」

 

 ライアンがレギュラスのロケットを取り、ポケットに入れた直後。

 湖の中で漂っていた大量の亡者が派手な水飛沫を上げて湖面から飛び出してきた。恐らく、分霊箱が沈められていた水盆の中の液体が空になった状態で水盆が湖に触れたのを敏感に感知したのだろう。

 闇の魔法使いの呪文によって『生ける屍』へと進化を遂げた亡者の大群は、島の真ん中に佇むライアンとシリウス目掛けて這い上がってきた。

 

「うわ………最悪だわ、マジで」

 

 何処を見回しても全方向死人に包囲され、退路を絶たれてしまったライアンは呻く。

 まさか、水盆が湖に触れた瞬間に襲来してくるとは………己の読みの甘さに舌打ちする。

 だが、今は後悔してる暇も余裕も無い。

 まずはなんとかして此処を脱出しなければ。

 未だに血の気が引いているシリウスを抱え、ライアンは杖を高く掲げる。

 

インフェルノ・フィニス(終焉の業火よ)!」

 

 深い闇魔術の一種で、制御出来なければ術者も焼き殺される『悪霊の火』。闇の魔法の中でも高位に位置するその闇の炎は、瞬時にキメラの姿形に構成される。

 火炎のキメラは二人の周囲を旋回した。

 亡者の弱点は火だ。

 そのため、亡者達はライアンの杖先から噴出された業火に瞬く間に怯え、湖の中へ我先にと逃げて行く。

 その隙にライアンは『飛行術』で地面を強く蹴って飛翔し、シリウスを連れて島を後にした。キメラは何度も死人の集団に突進し、追ってこられないよう時間稼ぎをする。

 

 やがてライアンは出入口のゲートがある岩壁まで戻ってきた。急いで腕に傷をつけ、鮮血を噴き出させる。血の貢ぎ物を受け取ったアーチは再び姿を現した。二人は外側の洞窟を過り、ライアンはシリウスを支え、崖の割れ目を満たしている氷のような海水にダイブする。

 星空の元に戻って来ると、ライアンは一番近くの大岩の上に引っ張り上げ、ぐったりともたれ掛かる彼を支えながら、『付き添い姿現し』で騎士団の本拠地に帰還した。

 二人はブラック邸の厨房及び会議室にダイレクトに現れ、其処に居た騎士団のメンバーはいきなりの登場にビックリ仰天する。ライアンとシリウスは荒く息をつき、床に座り込む。

 

「ライアン、シリウス!」

 

 いち早くライリーが二人に駆け寄った。

 癒者(ヒーラー)の彼女はすぐに魔法薬を飲ませる。幾分か二人の血色は良くなった。それからライリーは二人の脈を測り、容態を診る。

 軽傷のライアンはともかく、あの毒水を全部喉に通したシリウスはかなりの重態だったが、1週間ほど静養して栄養のあるものを食べていれば問題無く治ると診断されたので、特に心配は要らない。

 

「それで、手に入れたの? ロケット」

「ああ………ちゃんと手に入れたよ」

 

 ライアンはポケットからロケットを取り出す。

 パッと一見すると分霊箱だったロケットと見間違えそうだが、本物ほど大きくはないし、何の刻印も無い。そして何より、スリザリンの印とされる宝石で出来たS字の飾り文字も埋め込まれていないこれには、分霊箱から発せられる禍々しい気は少しも感じなかった。

 

「ライアン………それを私にくれないか?」

 

 疲れきった表情のシリウスは弱々しい声でライアンに言う。自分の手で中を開けたいと言うシリウスの意思を汲み取ったライアンは彼にロケットを手渡す。

 シリウスはゆっくりとロケットを開けた。

 中には羊皮紙の切れ端が一枚入っていた。

 折り畳んで押し込まれているそれを掴み、覚束無い手取りで開くと、そこには見覚えのある筆跡でこんな文章が簡素に書かれていた。

 

『闇の帝王へ

 あなたがこれを読む頃には、私はとうに死んでいるでしょう。

 しかし、私があなたの秘密を発見したことを知って欲しいのです。

 本当の分霊箱は私が盗みました。

 出来るだけ早く破壊するつもりです。

 死に直面する私が望むのは、あなたが手強い相手に見えたその時に、もう一度死ぬべき存在となることです。

                R・A・B』

 

 R・A・B。

 それは紛れもなく………レギュラス・アークタルス・ブラックその人のイニシャルであった。

 読み終えたシリウスは端正な顔を歪める。

 胸の奥底から込み上げてきた形容し難い感情に自分でも混乱したが、しかしすべき事を見失ったりはせず―――シリウスは初めて自主的にクリーチャーの名を呼び、彼を自分の元へ呼び出した。




【没シーン:ロケット回収した二人と遭遇】

ヴォルヴォル「ダニィ!? な、何故お前達が此処に!? い、いやそんなことはどうでもいい! その手にある物はま、まさか………」
シリウス「え? スリザリンのロケットですが何か?」
ライアン「あ、ちなみにこれ偽物なんで何年も前から」
ヴォルヴォル「What′s!?」
シリウス「それじゃ、用も済んだし」
ライアン「僕達はこの辺で失礼しま~す」
ライシリ「「あばよ~とっつぁぁぁ~ん!」」
ヴォルヴォル「野郎ぶっ殺してやらあぁぁ!」

【ハッフルパフのカップ】
ロケット破壊前に金庫から盗んで破壊。
流石に全部の分霊箱捜索の詳しい描写書いてたらキリがないのでキングクリムゾンさせて頂きました。

【ベラさん金庫への乗り込み】
銀行勤務のビルなら裏ルート知ってそう。

【スリザリンのロケット】
マンタンガスが盗み出す前になんとか回収。
もしアンブリッジの手に渡っていたら………その後は読者のご想像でお任せします。

【ホークラックスの洞窟に赴く男二人】
読者からすれば騎士団同様何故わざわざ偽物取りに行くんだと思うかもしれません。しかし、せっかくこのSSのシリウスは生存したんだ。原作でレギュラスの真実知らないまま死んだシリウスはこの作品ではせめて弟の死因を知った上で存命していて欲しい。

【シリウスの一人称】
原作や映画では一貫して『私』でしたが、たまには『俺』もアリかなと。

【悪霊の火】
闇の炎に抱かれて消えろ、と言うセリフにまさにピッタリな闇魔術。

【現時点の分霊箱】
①トム・リドルの日記→×
②ゴーントの指輪→×
③スリザリンのロケット→×
④ハッフルパフのカップ→×
⑤レイブンクローの髪飾り→×
⑥ハリー・ポッター→○
⑦ナギニ→○

【まとめ】
と言うことで今回は分霊箱ブレイクの回でした(シリウス、かなりのイケメンぶりと兄ぶりを見せてくれました)。
この時点で既に5/7のホークラックスぶっ壊されちゃいましたね。流石に早すぎたかなとは思いますが、この#で破壊しなくてもどうせ次回辺りでフツーにグリンゴッツ銀行の裏ルート使って金庫に忍び込みカップ盗みあばよ~とっつぁぁぁん~になるので、そんなに変わらないでしょう。
あ、最初に言っておきますが、ハリー&ナギニロックオンは7章となりますので、分霊箱ブレイクは一旦お預けとなります。流石にナギニまでも6章の時点で無限の彼方へさあ行くぞさせちゃったらやり過ぎ感半端じゃないので。ま、可能な限りのホークラックス早期の段階で破壊したおかげで、7章はほぼ全編バトルの回にさせられそうな気がするのでこっちとしては好都合ですけどね。


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#97.呪われたネックレス

「………それで、今日はどういった要件で私を呼んだんですか?」

 

 ある日の夜。

 生徒が寝静まる時間帯に校長のダンブルドアから呼び出されたフィールは現在、校長室に居た。

 差し出されたカクテルグラスを指先で弄りつつ、一向に本題を切り出そうとしない彼に少し苛ついた口調で不満そうに尋ねる。

 クシェルが先に寝て、さあ自分も寝ようとかとネクタイを解いた直後に目の前で炎が出現、黄金の尾羽根と共にヒラヒラと舞い降りてきた羊皮紙に「急用がある」と書かれていたのを見て、何事かと思って急いで来てみたら呼び出した張本人は涼しい顔であっけらかんとしてるのだから、眠気と疲労を押して地下牢から3階までわざわざ急行してきたフィールの不機嫌も当然だ。

 ただでさえ夏季休暇中はロクに休息出来なかった分、此処では睡眠時間が貴重なのにそれを台無しにされたとなれば、文句の一つや二つは言っても許されるだろう。

 目くじらを立てたフィールに、ダンブルドアはあくまでも朗らかに笑って見せる。

 

「すまんのぉ。わしとて君と一体一で話すのであれば日中にしたかったのじゃが、昼間に君を呼ぶとなれば、あの娘に反対されると思うて、それで夜間にしたのじゃ」

「あの娘………クシェルのことですか?」

「如何にも」

「………ちょっと待った。もしかしてアイツ、何かやらかしちゃいました?」

「なに、大したことではないがの―――」

 

 ダンブルドアは、クシェルが自分にフィールを解放させろと啖呵を切って物申ししてきたことをフィールに語った。新学期当日、クシェルが不死鳥の騎士団やダンブルドアに毒を吐いたのを瞬く間に思い出したフィールは、頭が痛いとばかりに額に手をやる。

 

「………そうでしたか。すいません、さっきは何も考えずに苛立った声音で促してしまい」

「気にせんでいい。何から話せばよいかに迷って中々本題に入らんとしなかったわしも悪かったからの。それにクシェルがわしに抗弁してきたのは君を思ってのことじゃ。君は羨ましいくらいに愛され者じゃの」

 

 相手が誰であろうとも友のために憤り、異見を唱えられる精神は立派なものじゃ―――そう微笑んだダンブルドアに、フィールは複雑な心境になってしまう。

 

「そこでじゃ、フィール。これはわしなりの提案なんじゃがの―――」

 

 ダンブルドアは最年少の不死鳥の騎士団の一員でありながらハリーの護衛を務めるフィールに、騎士団の活動を休止、もしくは離脱しても了とすると提言。

 そして騎士団云々関係無しに、特例として夜中の外出を許可した。範囲内であれば城外へ出ても不問とすると、唐突に自由行動を与えられたフィールは大きく眼を見張る。

 なんでも、クシェルの抗言をきっかけに議論した教師陣の方針でそれまで束縛された生活を送ってきた分、今後はフィール本人の意思を尊重しようと、マクゴナガルやスネイプともよく話し合って決めたらしい。

 要は極端な話、ハリーの護衛を放棄してもガーディアンを廃業しても何のお咎めも受けなくなると言う訳だ。ちなみに活動休止・組織離脱してもハリー同様、騎士団の保護下にはちゃんと置くらしい。

 

「わしら騎士団は君を制限と言う檻に閉じ込め、鎖に繋いで自由を奪ってきた。これが今まで我々に残酷な仕打ちを受けてきた君への罪滅ぼしとなるかどうかは誰にもわからない。………君は充分過ぎるほど騎士団に貢献してきた。君の誠実さと真面目さは、騎士団全員が高く評価している。夏季休暇が潰れるのも厭わず、文句を言わないでハリーのガーディアンや隠れ穴の警備を引き受けてくれて、多忙な団員達はとても助かっておった。………しかしその一方で、我々は気付かぬ内に君を窮地まで追い詰めてしまった。非常に優秀な人材故に、我々君の人権を無視して、君に責務を全て押し付けてもうた」

「………………」

 

 ダンブルドアの言葉に、フィールは亡き父親と同じ蒼眼をスッと細める。耳の奥で、新学期が始まる前に偶然聞いてしまったあの言葉が、やけに鮮明に響いた。

 

 

 

「もう少しでポッター達は9月1日になるな」

「ああ、そういやそうだったな。彼等は今年6年に進級か。早いもんだな」

 

 隠れ穴と騎士団拠点・ブラック邸を時折往き来して身辺報告するフィールは厨房及び会議室を訪ねようとして、ピタッと部屋の前で立ち止まり、ノックするべく握った手が扉の直前で停止した。

 中から人の声が聞こえ、下手に扉を開けて会話を中断させたら悪いかなと思い、タイミングを計ろうとその姿勢のまま固まる。

 

 それがいけなかった。

 この時、変に気遣いなどせず、ドアを開けて自然的な流れで会話を打ち切らせていたら、フィールは傷付かなかったかもしれないのに………不運なことに、何とも悪すぎるタイミングで、フィールは心に余計な深いダメージを負ってしまった。

 

「前に俺、ポッター達がダイアゴン横丁に買い物した日の警備員を担当したんだけどよ………正直言ってダルかったわ。そんなもん、ベルンカステルにでも頼めばいいってのに」

「その日、アイツはどうしたんだ?」

「なんか、隠れ穴で休息と待機だってよ。ここんところ連日で警備が続いて疲れて寝てしまったから、今日は大目に見てやってくれって言われたんだけど………なんで、あんな役立たずのクズのためなんかに忙しい俺達が代わりにポッター達の警備員担当しなきゃならないんだよって、スッゲー思ったわ」

 

 パンとフィールの頭の中で、何かが弾けた。

 均等を保とうと張り詰めていた糸が、プツンと切れたかのようだった。

 

「あのマグル生まれの娘………確か、グレンジャーと言ったな。ベルンカステルはポッターの友人と一番近くに居たってのに、その娘が倒れるまでアイツは血の気が引いてたことさえ気付かなかったようだ。全く、これ以上面倒事を増やさないで貰いたいよ。ま、おかげでアイツはちょうど俺達が見付けていたストレス発散のやり場になったから、結果オーライだけどな」

 

 フィールは後退り、フイと踵を返し、『姿現し』で隠れ穴へと帰る。

 聞きたくなかった。知りたくなかった。

 ―――彼等は自分を………役立たずだけどストレス解消にはなる道具としてしか、見てなかったのだ。

 

 

 

(ああ、そうか………クシェルに言われた通り、私は意識しないよう無意識の内から胸奥に圧し殺してたんだな………)

 

 自分が本当に感情の捌け口にされていたことを強靭な精神力で抑え付け、頭の外に追い払っていたのを………クシェルに指摘された時、フィールは思い出してしまった。

 ラシェルの時みたいに嫌な記憶を頭の中の引き出しの奥に仕舞っていたのを無理矢理引き摺り出されたのと同じで、自分を守ろうと"閉ざした"ために忘れていた記憶が甦ってしまった。

 自分を使い捨ての玩具のように扱っていた大人のニヤニヤした顔が脳裏を過り、ズキリと頭が痛んでこめかみを押さえる。

 

(何が非常に優秀な人材だよ………こんなの、好き勝手に殴り放題のサンドバッグ同然の存在じゃないか………結局私は、何のために騎士団の保護下に置かれてるんだ………?)

 

 ヴォルデモートの魔の手から護るため?

 それとも騎士団の奴隷として扱うため?

 考えれば考えるほど………わからなくなる。

 頭がぐちゃぐちゃになってきたフィールは眼を閉じ………数分とも数十分とも思える苦悩の末、ゆっくりと瞼を開く。

 

「………校長。私から一つ、お願いがあるのですが―――よろしいでしょうか? 騎士団の継続については、この一件を解決させた後、もう少し考えさせてください」

「うん? 何かね?」

 

 騎士団の件は一旦保留にして別の依頼を切り出したフィールへ首を傾げたダンブルドアに、彼女は座り心地の良い椅子に深く腰掛け直す。

 散々、自分を好きなように扱ってきたのだ。

 ならば一つくらい、我儘言っても………要請しても聞き入れてくれるだろうと、フィールは『お願い』を口にした。

 

 

 

「―――ドラコ・マルフォイ及びナルシッサ・マルフォイの保護に協力してください。ルシウス・マルフォイは今のところアズカバンに居るので大丈夫でしょうが、時が来れば、アイツも。………あの一家の命、私が貰い受ける」

 

 

 

♦️

 

 

 

 10月半ばのホグズミード行きの週末。

 ハニーデュークスの店を後にして、ハリー達は三本の箒にやって来た。途中、ホグワーツに復職して以降何度かクラブを開催してるスラグホーンやブラック家の品物を盗んだ騎士団の一員・マンダンガスと遭遇し、色んな意味で気が滅入りながらも、気分転換にバタービールを飲んで元気を取り戻す。

 

「ねえフィール。前にも話したけど、貴女は『半純血のプリンス』って蔵書、どう思う?」

 

 ハーマイオニーが小声でフィールに尋ねる。

 スラグホーンが新しく魔法薬学の教師になって始まった今年度の授業で、ハリーは調合の指示書きや呪文がぎっしり書き込まれた古本を借りた。

 その教科書のおかげでハリーは突然魔法薬学が得意科目となったので、ハリーとしては喜ばしいことだが、匿名の教科書を使用するなんて危険だと、ハーマイオニーは心配だった。

 そこでまずは毎度の如くフィールに相談した。

 フィールならあらゆる方面において知識が豊富だし、何よりも5年前、ハリーが使っている教科書に似た古本―――それこそが現在ハリーが使ってる本そのものだが、当然ハーマイオニー達は知らない―――を読んでいたことから、彼女なら何か知ってるのではとあれこれ質問したのである。

 その時フィールは「魔法薬の知識を正確に覚えられるの実益になるだろうけど、呪文は効果を確認してから使用した方が賢明だ」とプリンスの正体と呪文の効果を知っている上でそう返答した。

 ハーマイオニーは少々仏頂面だったが一応は納得し、興味本位で軽率に呪文を使って後で取り返しのつかない事態を招いてはならないと、フィールに意見を聞くまでは自制して控えていたハリーも頷いた。

 解決したと思われていた話題を再び提示され、ハリーは嫌な表情を浮かべる。まあ、いくらフィールの意見を聞いたとしても、持ち主の素性が明らかにならない以上、ハーマイオニーが危惧してしまうのは仕方ない。

 尤も、フィールは何年も前から『半純血のプリンス』の正体を知っているので、最終的には取り越し苦労に終わるのだが。

 他人である自分が本人の許可無しでカミングアウトするのはNGなので、フィールは適当な言葉で誤魔化す。

 

「どうって言われてもなあ………有用な情報なら利得になるし、それこそ知識を増やしたいハーマイオニーからしても興味深いと私は思うぞ。要は使い道さえ誤らなければ、後は好きなように利用すればいいんじゃないか?」

「そうは言っても………」

「アンタの気持ちはわかる。確かに、正体不明の物を使うなんて危なっかしいよな。だけど、その教科書に何かしらの魔法や呪いが掛けられている訳ではないんだろ? それに、常識なんてものは時に大きく覆されて当たり前の存在だ。11年間魔法とは無関係の世界で生きてきたアンタからすると、この世界に入ってからは非常識と言うヤツを実感しなかったか?」

「それは………」

「アンタは物事を合理的・論理的に捉えがちだ。全てが全て、透徹した理はこの世に万に一つもない。あんまり固く考え過ぎるな。そうやってどんな時でもお利口さんに生きていたら、アンタはいつか真髄を見落としてるのに全く気付かないまま人生の大半を損するぞ」

 

 ハーマイオニーは口を噤み、黙り込む。

 何か言いたそうに口を開いては閉じるので、上手い言葉が見付からないようだ。

 

「ま、これはあくまでも私個人の思考だし、人の価値観なんて押し付けられないから、ハーマイオニーの好きにしてくれ」

 

 バタービールを飲み干し、ポンと俯くハーマイオニーの肩に手を置いたフィールは「そろそろ帰るか?」と提案すると、皆は頷いた。今日は生憎楽しかったとは言えないし、天候もどんどん悪化している。此処に長居して更に荒れ模様になったらシャレにならない。

 防寒具をきっちり着込み、ハリー達は友達と一緒にパブを出て行くグリフィンドールの最上級生ケイティ・ベルの後に続いて、ハイストリート通りを戻り始める。

 それから少しして、トラブルが発生した。

 後ろを歩いていたために風に運ばれて耳に届いていたケイティと友達の声が、徐々に叫ぶような大声になっていったのだ。

 異変にいち早く気付いたフィールは駆け出す。

 ケイティが手に持っている物を巡って、友達と口論しているのが見えた。

 

「リーアン、貴女には関係無いわ!」

 

 ケイティの叫び声が耳に入る。

 友達―――リーアンは食い下がってケイティの持っている包みをグイと掴むと、ケイティは引っ張り返し、包みが雪の積もった地面に落ちた。

 次の瞬間。

 ケイティが突如宙に浮いた。まるで飛び立つ瞬間のように優雅に両手を伸ばしているが、しかし何かがおかしい。彼女は両眼を閉じ、虚ろな表情を浮かべている。

 その異様な光景に誰もが釘付けになった時、地上2mくらいの空中で両眼をカッと見開いたケイティが恐ろしい悲鳴を上げた。

 吠え猛る風音以上に耳を劈く絶叫は、ケイティが激しい苦悶に苛まれているのを物語っている。

 

「ケイティ………!」

 

 ヒップホルスターから杖を抜き出したフィールは急いで駆け寄る。

 ケイティは3年前、クリスマス休暇前にグリフィンドール生の男女に呼び出され、危うく痛め付けられそうになったところを助けに来てくれた恩人の一人だ。

 その時は母のクラミーが身体に乗り移っていたので、中身は自分自身ではなかったのだが………クリミアから返戻されたそのエピソードは、フィールにとってケイティ達に対する見方が変化するきっかけを作った。

 危険を顧みず駆け付けてくれた彼女の異変を放置する訳にはいかない。

 フィールはリーアンと共にケイティの踝を掴んで地上に引き戻そうと二人で引っ張る。直後、ケイティは二人の上に落下した。二人はなんとかそれを受け止め、地面に下ろす。

 ケイティは激しく身を捩り、のたうち回りながら絶叫し続けた。フィールは杖を振るい、激痛で声が掠れながらも叫び続けるケイティの身体を魔法で包み込む。すると身を苛むほどの苦痛が幾分か軽減されたのか、ケイティの悲鳴は徐々に小さくなっていき………やがて彼女は荒く息をついた後、今まで身悶えしていたのが嘘みたいに、糸が切れた操り人形のようにフッと瞼を下ろした。

 

「ケイティ、大丈夫か!?」

 

 いつになく声を張り上げ、フィールが声を掛ける。リーアンは泣き叫び、今度は逆に鳴りを潜めたようにピクリとも動かなくなったケイティの身体を揺さぶった。

 

「僕、助けを呼んで来る!」

 

 周りを見回し、人気が全く無いのを知るとハリーは大声を張り上げ、城に向かって疾走した。

 騒ぎを聞き付けたホグワーツ生の集団は囲むように距離を取りながらざわざわと、疾駆する彼の背中と倒れているケイティを見比べる。

 ハリーが助けを呼んでくる間、クシェルはケイティを仰向けにさせ、呼吸脈拍共に正常であるかどうか、心臓が動いているかを確認するため、首筋や手首に指を当てて脈を測ったり、胸に耳を当てたりした。

 

「呼吸、心拍、脈拍………どれも異常に弱い。危篤状態だから、これは多分、聖マンゴで暫く入院しないと完治しないレベルだと思う」

 

 冷静に呟いたクシェルの言葉にリーアンは更に震え上がった。

 それからクシェルも杖を抜き、出来る範囲内での応急処置を全力で施す。

 そうして、フィールと共に二人掛かりで救命処置していると、ハグリッドを連れてハリーが戻って来た。

 フィールとクシェルは可能な限り応急処置を行ったと言うと、ハグリッドは頷いてケイティを抱き抱え、城の方に全速力で走り去る。クシェルもハグリッドの後について行くことにした。

 それを見届けた後、ハーマイオニーは泣きじゃくっているリーアンの所へ駆け寄り、優しく肩を抱く。

 

「リーアン、だったわね? さっきのは突然起こったことなの? それとも―――」

「包みが破れた時だったわ」

 

 リーアンは、今やぐしょ濡れになっている茶色の紙包みを指差しながら啜り泣く。

 破れた包みの中に、緑色が掛かった何か光る物が見えた。

 ロンは手を伸ばして屈んだが、ハリーが咄嗟にその腕を掴んで引き戻す。

 

「「触るな!」」

 

 不用意に触れようとしたロンにハリーとフィールは同時に叫ぶ。

 紙包みからはみ出して覗いている、装飾的なオパールのネックレスをじっと見つめながらハリーがこう言った。

 

「―――見たことがある。随分前になるけど、ボージン・アンド・バークスに飾ってあった。説明書きに『呪われたネックレス。これまでに19人の持ち主のマグルの命を奪った』って書いてあった。ケイティはこれに触ったに違いない」

「ところで、ケイティはどうやってこれを手に入れたんだ?」

「ええ、そのことで口論になったの。ケイティは『三本の箒』のトイレから出てきた時、それを持っていて、ホグワーツの誰かを驚かす物だって、それを自分が届けなきゃいけないって言ったわ。その時の顔がとても変だった………きっと『服従の呪文』に掛かっていたんだわ。私、それに気が付かなかった!」

 

 言い終えたリーアンはまた身体を震わせ、啜り泣き始める。ハーマイオニーは優しく肩をポンポンと叩くと、別の質問を投げ掛けた。

 

「リーアン、ケイティは誰から貰ったかを言ってなかった?」

「ううん………教えてくれなかったわ………それで私、貴女はバカなことをやっている、学校には持って行くなって言ったの。でも、全然聞き入れなくて、そして………それで私が引ったくろうとして………それで………………」

 

 リーアンは言葉が詰まり、絶望的に泣き声を上げる。今はこれ以上追及しても駄目だと思い、ハーマイオニーが彼女の肩を抱いたまま、ゆっくりと立ち上がる。

 

「皆、学校に戻りましょう。ケイティの容態が心配だわ」

「そうだな。それにいつまでも此処に居たら、風邪を引くだろうし、まずは戻るとしよう」

 

 即座にフィールが賛成し、杖をネックレスに向け、強力な呪いが掛かっているそれを魔法で浮かす。

 十中八九、このネックレスは直に触れたら即死するだろう。

 恐らくケイティは、手袋の上から触れたからあんな風に身悶えしたに違いない。

 まるで4年前に起きた石化事件の犯人・バジリスクの時と似ている状況だと思いながら、フィールは大事な証拠品をホグワーツへと運んだ。

 

♦️

 

 翌日、ケイティはクシェルが言った通り、『聖マンゴ魔法疾患傷害病院』に搬送された。

 この衝撃的なニュースは瞬く間に学校中に広まり、ここ暫くは何事も無く平穏無事だった校内をたった1日で騒がせ、特にグリフィンドール生はケイティの安否情報を気遣った。

 闇の呪いに掛かってそう時間が経たない内に、フィールとクシェルが応急処置を施してくれたのと不幸中の幸いで皮膚のごく僅かな部分をかすっただけだったので、ケイティはなんとか一命を取り留められたのだが、あまりにも強烈な呪いだった為に、衰弱が激しくて昏睡状態らしい。

 退院するのは半年後になるかもしれないと、解除不能性呪い・呪詛・不適正使用呪文など、主に呪文性損傷の患者を相手にするクシェルの母・ライリーは重い診断を下した。今回ライリーはケイティの主治癒でもあるため、聖マンゴ1の癒者(ヒーラー)の彼女の指導の元、現在はベイカー家で下宿してるクリミアにフィールは『両面鏡』で改めてケイティがどれだけ重症かの報告を受けた。

 

 あの後、ハグリッドから又聞きしたマクゴナガルに事情聴取としてハリー達は彼女の自室に連行され、リーアンは辿々しくマクゴナガルにポツリポツリと語り出した。

 ケイティが『三本の箒』のトイレに入り、何処の店の物ともわからない謎の紙包みを手にして戻って来たこと。その時のケイティの表情が少し変だったこと。得体の知れない物を届けると約束することが適切かどうかで口論になったこと。口論の果てに包みの奪い合いになり、包みが破れて開いたこと。

 リーアンが説明出来たのもそこまでで、感情が昂った彼女が一言も話せない状態になると、マクゴナガルは「医務室に行ってマダム・ポンフリーからショックに効く物を貰いなさい」と優しく言葉を掛け………彼女が退室した後、マクゴナガルはハリー達に事件の続きを尋ねた。

 それについてハリーは、マクゴナガルにこれまでのドラコ・マルフォイの動向を語り、彼がケイティにネックレスを渡したのではないかと自分の推測を口にした。

 が、マクゴナガルはハリーの憶測に、具体的な証拠が存在しないのに根拠の無い嫌疑を掛けることは出来ないと、その日は彼女自身が罰則を与えて彼はホグズミードに行ってなかったことも含めて一蹴し、一切話を取り合わなかった。

 ロンとハーマイオニーも、事件の現場にマルフォイは居なかったのだからと、マクゴナガルの肩を持ってハリーが『マルフォイ死喰い人説』を持ち出す度に聞こえないフリをして、全て聞き流した。

 

 それから数日後。

 フィールは8階の必要の部屋の前に来た。

 来る前から此処で佇んでいた1年くらいの二人の女子生徒―――の姿をしたビンセント・クラッブとグレゴリー・ゴイルは『失神呪文』で瞬殺し、念のため魔法で拘束してテキトーな部屋にぶちこんでおいた。

 重そうな真鍮の秤を手に持っていたので、落とされたら面倒だと、ポリジュース薬で女生徒に変身した彼等の手から秤を奪い取った後に片付けたので、見張りを任せてまで部屋の中で何かしようとしている先客には気付かれてないだろう。

 フィールは使い慣れた隠し部屋の前で心の中で『誰にも発見されないで隠し通せる部屋』と念じながら3回往復し、出現とした扉を開けて中に入る。

 其処は広大な室内で、何世紀にも渡ってこの部屋を利用してきた者達が秘匿してきた多種多様な魔法具、禁書がドンと積み重なっていた。

 以前フィールは同じ目的を念じて、此処で分霊箱だったレイブンクローのティアラを発見したことがある。だからこそ、今回も成功した。

 フィールの視線の先には、顔面蒼白しながらこちらを凝視するドラコ・マルフォイの姿。

 元々青白い顔を更に青白くさせた彼に、フィールは杖を振り下ろした状態で声を掛ける。

 

 

 

「そう怯えるなよマルフォイ。私はアイツからアンタを助けるために此処まで来たんだ」

 

 

 




【フィールが与えられた特権】
夜中でも外出OK。騎士団の休止&離脱OK。

【マルフォイ一家の保護】
未だかつてオリ主自らがマルフォイ家を保護すると言い出したヤツはいただろうか?

【ケイティ】
原作通り聖マンゴ入院中。
(中身クラミーだったとは言え)ケイティは恩人なので、フィールからの好感度はかなり高い。と言うか何気に他人(?)に対して感情的になったのはこれが初?

【まとめ】
ご察しの通りこれで、チャラリ~、計画全バレ~です。しかもロンが毒入り酒飲んで瀕死フラグも木っ端微塵になって原作崩壊がまた一つ生まれました。こんなにも早く行動に移すとは案外フィールも行動派。

まあ今回はヘビやネズミの時とは一変して状況が違いますからね。
前者は自分も石化する可能性を危惧して慎重に行動、後者は万が一ハリー抹殺の展開に発展しても護りの魔法があるから問題無しでしたが、流石にこればかりは早めに手を打たなければアウトと判断。

その結果、早期にフィールさんIN必要の部屋でフォイフォイとエンカウント、当然彼では彼女に太刀打ち不可能なので、ダンブルドア殺害計画を企ててたフォイは何もかもパーに。
ま、フィールはマルフォイ一家を助けるべくわざと計画台無しにしたので、結果としてはこれでよかったのかもしれませんけどね。後はヴォルヴォルに殺される前にフォイママを救済出来たら万事解決。

余談ですが、実は当初はフォイ夫妻をバリバリ見捨てる予定でした。正直生きていようが死んでいようが関係無いし何よりオリ主にとっては家族の仇なんだから、見捨てたって誰も文句は言わないだろう。
だが、クラウチパパはどういう訳か生存ルートを歩んだんだ。クラウチパパはヘルプしてマルフォイ家はノーヘルプなのも変な話だと思い直し、急遽このような流れに変更。マルフォイ一家はとことん強運の持ち主だと思ってください。
だって普通家族の仇をわざわざ助けようとするヤツなんているだろうか? 普通であれば見放されていたのをオリ主は助けてあげようとしてるんだ。
神は見捨てても、オリ主は見捨てない。
なんて幸運なヤツらなんだ………。

え? そういや生存ルートになったはずのクラウチパパはどうしたのかって?
さあ? 多分アズカバンでディメンターとランデブーしてるんじゃないでしょうか?


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#98.生殺与奪

★祝! 100話更新(*´ω`*)!
そしてあと2話で#100達成!
まさかここまで長期連載になるとは、私も予想外で少々ビックリです。正直、お気に入り登録とかが全く増えなかったら#1の時点で失踪しようかなとも考えてましたが、こうして100話まで更新出来るくらい、沢山の読者に支えられてきました。ありがとうございます!


「ス、ステューピファイ(麻痺せよ)!」

 

 フィールの姿を捉えたマルフォイは本能的に素早くサンザシの杖を取り出し、空中を薙ぎ払った杖の先から、そこそこのスピードで『失神呪文』が放たれる。

 が、杖が向けられたのと同時にフィールは横っ飛びで床を転がって、射線上から外れた。おかげで『失神呪文』の直撃は免れたけれど、先程フィールが立っていた真後ろの壁が衝撃で歪み、焦げ跡を作って煙を立てる。

 

「くそっ、外したか!」

 

 攻撃が当たらなかったマルフォイは狂ったように次々と呪文を連射するが、フィールは慌てず騒がず銀色のバリアで的確に防ぐ。伏せたままレッグホルスターから予備の杖を抜くと、フィールは『盾の呪文』を継続させた状態で『妨害呪文』をマルフォイの足元狙って発射、彼はバランスを崩して滑り、無様に床に倒れる。

 

「くっ………!」

 

 時間のロスを軽減するべく転んだマルフォイは立ち上がらないで、フィールと同じく伏臥位を取って呪いを撃とうとしたが、

 

「貰った」

 

 と、『武装解除呪文』と『全身金縛り呪文』で先手を打たれた。

 右手に標準を定めて射撃された真紅の閃光は見事サンザシの杖に命中して手元から吹き飛ばし、続いて青色の光線がマルフォイを撃ち抜く。

 予備の杖を口に咥えたフィールは放物線を描いて飛んできたマルフォイの杖を左手でパシッと掴み取り、スッと立ち上がった彼女は両腕・両足が身体にピッタリとくっついて一枚板のように石化し身動きが取れなくなった彼の元へ歩み寄る。

 真っ青な顔をしたマルフォイは恐怖の色が滲んだ視線で忙しなくこちらを見下ろすフィールを捉え、動こうにも動けない現状に己の無力さを歯噛みした。

 

「言っただろマルフォイ。私はアンタを助けるために来たって」

 

 予備の杖をレッグホルスターに仕舞ったフィールは軽く肩を竦めつつ、視線を足元で転がるマルフォイから金と黒の大きな飾り棚に向ける。

 これこそが、ボージン・アンド・バークス店内にあるもう1つの棚と対になっている『姿をくらますキャビネット棚』。

 2つの棚によって魔法の通路を結ぶ魔法具だ。

 マルフォイはビープスが壊してしまったこれを必要の部屋に持ち込み、修繕して死喰い人(デスイーター)をボージンの店から校内に侵入させようと、ここ最近は度々授業欠席したり、コソコソ動いたりすることが多かったのだ。

 

「やっぱり、これの修理だったか………」

 

 夏季休暇中、ハリーからの話で『キャビネット棚』の単語が出てきた時から薄々感付いていたフィールは、まず騎士団の総司令官・ダンブルドアに相談した。

 その時、スネイプがドラコの命に関する事柄でナルシッサ・マルフォイと『破れぬ誓い』を立てたことを聞き及び、詳細を掴むべく新学期が始まって以降、下手に関わろうとはしないで暫くは手出しせず、彼の動向を探っていたが………。

 先日、あろうことか世界一安全地帯と評される此処ホグワーツで殺人未遂の事件が発生し、これ以上の静観は危険と判断。

 ハリーが持つ『忍びの地図』でマルフォイの姿が毎回この部屋の前で頻繁に消えると言う情報の基、フィールは番人のクラッブとゴイルをあっさり突破して入室したのである。

 

「さて、早いところ校長に報告して、その後これをぶっ壊すか」

 

 こんな危険な物は即刻排除するに限るが、まずはマルフォイの犯行を証明する証拠を残さなければならないので、今はまだ破壊しない。

 敢えて破壊せず何か使い道が見付かるまで厳重保管しておく手段もあったが、如何せん対になっている場所がアレだ。それにこの時勢、不安要素は一つでも減らすべきだと、フィールは金縛りから解放されたらすぐさま喚きそうなマルフォイをヒョイと抱え、必要の部屋を後にした。

 

♦️

 

 校長室は重苦しい雰囲気に包まれていた。

 息が詰まるような空気の中、ダンブルドア直々に呼び出されたマクゴナガルと先日の事件の目撃者・ハリー達はマルフォイに非難の眼を送っている。クシェルは別の意味で、ダンブルドアを白眼視しているが。

 それはともかく………マルフォイはライバルのハリー・ポッターを前にしながらも顔面蒼白してブルブル震えており、時間経過と共に呼吸がどんどん荒々しくなっていく。

 つい先程―――キャビネット棚の修理中に必要の部屋に乗り込んできたフィールのせいで全ての計画の露見してしまい自暴自棄に陥ったマルフォイは、殺害対象だったダンブルドアが自分のすぐ目の前に居るのもお構い無しに、ヤケクソになって陰謀を暴露した。

 

 父・ルシウスの大失態の連続に怒った『例のあの人』からダンブルドア殺害を命じられ、失敗したら家族を皆殺しにすると脅迫されたこと。

 以前、グラハム・モンタギューから聞いた話から姿をくらますキャビネット棚を利用すれば死喰い人をホグワーツに侵入させることが出来ると考え、ボージン・アンド・バークスに寄って店主に修理方法を聞いたこと。

 自分の手柄と横取りされると思って、やたら計略を聞き出そうとしてくるスネイプに思考を覗かれないよう伯母のベラトリックスから『閉心術』を学んで、(手助けするためにあれこれ質問してきた)彼に対し心を閉じていたこと。

 キャビネット棚が中々修理出来ず、このままではマズいと焦燥に駆られ三本の箒の店主マダム・ロスメルタを『服従の呪文』で操り、間接的に『呪われたネックレス』をダンブルドアに届けようとしたが失敗したこと。

 12月25日になったら今度こそダンブルドア暗殺を成功させようと、校長へのクリスマスプレゼントに使われると思って毒入りのオーク樽熟成蜂蜜酒をこれまたマダム・ロスメルタを利用してホラス・スラグホーンに送り付けようとしたが、そうする前にフィールによって何もかも台無しにされたことなど―――これまでの経緯をマルフォイは自らの口で自白した。

 

 必要の部屋に隠されているキャビネット棚を調査した結果、マルフォイの指紋と修繕中だった痕跡が発見されたとのことだ。ちなみにキャビネット棚はついさっき、フィールが修理不可能なくらいド派手にぶっ壊したのでもう使い物にはならない。

 マダム・ロスメルタに掛けられていた『服従の呪文』は既に解除されている。ダンブルドア殺害を手助けをさせられていた彼女は、昨年度ハーマイオニーがDAの連絡手段として使った『変幻自在術』―――大元のマスターの物を変化させると複製した物が同時に変化、マスターとコピーの距離が離れていても有効のNEWTレベルの高度な魔術による、魔法の掛かったコインでの伝達手段をヒントにしたマルフォイとこれと同様の方法で連絡を取り合っていたらしい。

 先日のホグズミード行きの週末、操られていたマダム・ロスメルタはトイレで待ち伏せし、運悪く最初にやって来たケイティ・ベルに『呪われたネックレス』が入った箱を校長に届けるよう『服従の呪文』で命令したとのことだ。

 それを聞いたハーマイオニーは、自分のアイディアがまさかこんな悪事に採用されるとは夢にも思わなかったのか、傍から見てもわかるくらい傷付いた顔をした。

 ただでさえ胸を深く抉られて泣きたい気持ちだったのに、頭がイカれてしまったマルフォイは嫌味ったらしく嗤ってハーマイオニーに追い打ちを掛け、我慢の限界に達したハリーとロンが憤怒の表情で彼をボコボコに殴り飛ばす前に、それまで黙って聞いていたマクゴナガルが烈火の如く叱責し―――現在に至ると言う訳だ。

 

「アルバス………わかりきったことではありますが、これは見過ごせぬ事態です。『許されざる呪文』の対人使用に闇の陣営の加担。挙げ句の果てに、故意で人の命を奪おうとしたなど前代未聞の事件です。非常に残念ではありますが、即刻、彼を退学処分にして魔法省に引き渡すしか―――」

「ちょっと待った、副校長」

 

 マクゴナガルが言い切る前に、フィールが片手を上げて遮った。話を中断されたマクゴナガルは「なんですか?」と眼を吊り上げたままフィールに問うが、逆にフィールは涼しい顔でマクゴナガルを睨み付ける。

 

「確かにマルフォイを犯行を敢行しました。ですが………それならば何故、数年前、ホグワーツで起きた『殺人未遂の事件』の襲撃犯達を魔法省に引き渡そうとしなかったのですか?」

 

 数年前の殺人未遂の事件―――。

 その言葉に、マクゴナガルは顔を強張らせる。

 そう………実は前にも、ホグワーツでこのような前代未聞の出来事が起きていたのだ。

 それもつい最近で―――8年前、クィディッチ初戦終了後、一部のグリフィンドール生とレイブンクロー生がくだらない理由からタッグを組んで二人の生徒を襲撃し、その内一人は瀕死の重態まで追いやられたことがある。

 その被害者はなんとクリミア・メモリアルとアリア・ヴァイオレット―――フィールの義姉と今は卒業した同寮の先輩だ。

 当時1年だった二人は一緒に散歩していたところを5年の男女グループに奇襲され、クリミアはアリアが助けを呼んでくる間に一人で応戦、多勢に無勢だった彼女は絶体絶命のピンチのところでニンファドーラ・トンクスとチャーリー・ウィーズリーに助けられ、最終的に持てる総力を結集させて逆転勝利したと言う―――そんなエピソードがあるのだ。

 

 その惨劇は、其時まだ理事会に勤めていたルシウス・マルフォイの策略で日刊予言者新聞に記載され、英国魔法界に大きな反響を呼び起こした。

 本来であれば然るべき判断として襲撃犯達に退学処分を下しただろうが、寛容なダンブルドアは被害者二人への今後の接触禁止と大量減点、そして重い罰則で事を締め括った。

 優しいクリミアとアリアがフォローしたこともあって憤っていた大人達は渋々身を引いたが、ホグワーツ生はそうもいかず………馬鹿やらかした連中のせいで特に大打撃を受けたグリフィンドール生とレイブンクロー生は寮の名誉をズタボロに傷つけられ、泥を塗られて辱しめを受けたし、暫くハッフルパフからの信頼を完全に失って、元の関係を修復するのにかなりの時間が掛かった。

 

「8年前、凶行した連中は退学処分にしないでマルフォイは退学処分にする。そんなのは理不尽ではありませんか? それともなんですか? 今回の被害者はグリフィンドール生で加害者はスリザリン生だから、除名しても誰も文句は言わないだろうと思ったんですか?」

 

 まるで見下げ果てた人間を咎めるかのような、軽蔑の眼差しでこちらを見据えるフィールの言葉が鋭い刃のようにマクゴナガルの胸を刺し貫く。

 怒りに満ちていた厳格な顔はすっかり血の気が引き………過去に加害者側となったグリフィンドール生を受け持ったことのあるマクゴナガルは何も言い返せなくて、柄にもなく俯いた。

 すると、何故ダンブルドアやケイティを殺そうとしたマルフォイの味方をし彼を擁護する発言をするのかと、珍しくフィールに対し腹立たしく感じたハリーが声を上げた。

 

「―――フィール、なんで君はそんなヤツを庇うんだ!? コイツはあまつさえ二人の人間を殺し掛けたんだぞ!? ハーマイオニーが仲間のために考えたことを下劣なやり方で行って、家族を失う痛みや悲しみをケイティの家族に味合わせようとした! それにコイツの父親は、君の家族さえも奪った最低なヤツだ! その事を忘れた訳じゃないだろう!?」

 

 大声で一気に叫んだハリーは肩で息をする。

 無表情でハリーを見たフィールが口を開く前に―――端々に聞き捨てならない言葉が混じっていたのを確かに聞いたマルフォイが「は?」とこの時だけは、魔法省への引き渡しやアズカバン直送などの恐怖を忘れ、薄いグレーの眼を剥いた。

 

「父上が? ベルンカステルの家族を? お前、何言って―――」

 

 だが、そんな父親の犯した重罪を知らない様子のマルフォイに構わず、ハリーは険しい表情でギッと鋭い視線を向けながら激怒する。

 

「お前は知らないかもしれないけどな………お前の父親は、フィールの母親に吸魂鬼を派遣するようアンブリッジに依頼したんだよ! それだけじゃない! 神秘部ではベラトリックスと一緒にフィールの叔母さんを殺した! これがお前の父親の本性だ! お前の父親は紛れもない殺人者なんだよ!」

 

 知られざる父親のエピソードを聞かされ、思考が追い付かないマルフォイは頭の中が真っ白になる。

 あの父上が? 吸魂鬼派遣を依頼した?

 あの尊敬する父上が? 人間を殺した?

 

「う………嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ! 父上がそんなことするはずがない! 父上は―――」

 

 が、その事実を認めたくないマルフォイは駄々を捏ねる子供のように喚き、苛ついたハリーがまた何かを言おうとする前に、2本の杖を同時に抜いたフィールが同時に『舌縛り呪文』を無言で放ち、二人の舌を口蓋に貼り付けて発声を封じる。

 続け様に杖を振るい、急に喋れなくなって慌てふためく二人を椅子に座らせると、『接着呪文』で椅子とくっ付け行動不能にさせた。

 

「えっ、ちょっ、フィール!?」

 

 突発的なフィールの行動にハーマイオニーが眼を見開かせ、その隣でロンとクシェルはあんぐりと口を開けてハリーとマルフォイを強制的に黙らせた彼女を見つめる。

 

「悪いな………このまま放置したら、口喧嘩続けられて収拾がつかなくなりそうだし、話が進まなくなるから一旦黙って貰うぞ。さて、脱線した本題に戻るが―――」

 

 フィールは驚きで眼を見張るマクゴナガルに、こう問い掛けた。

 

「副校長、さっきマルフォイは()()命令されてこのような暗殺を図ったと言ってたか、忘れたのですか?」

 

 誰に―――。

 そこでようやく、マクゴナガルはハッと何かに気付いたように表情を変えた。

 そうだ………マルフォイは闇の帝王に、ヴォルデモート卿に命じられて動いていた。

 つまりフィールは、早めにマルフォイを助けようと今回わざと計画をメチャクチャにしたのだ。

 

「ヴォルデモート直々に命令され、現在ホグワーツで任務中のマルフォイをこのタイミングで魔法省に引き渡したら、どんな結果を迎えるか、副校長なら言わなくとも理解出来るでしょう? だからと言って、事態を把握しておきながらただ黙って何もしない訳にもいかない。このまま放っておいたらいずれマルフォイもその母親も殺される。だったらそうなる前に、どちらも助ける必要がある。だから私は、校長にマルフォイ一家保護の協力を仰いだ」

 

 全員の視線がダンブルドアに集中する。

 一気に注目の的となったダンブルドアは朗らかに笑いながら、肯定として首肯した。

 

「うむ。フィールに『マルフォイ家を匿いたい』と頼まれた時からわしはすぐにドラコや母上を匿う準備を整えた。騎士団の護衛は既に万端じゃ。父上は今のところアズカバンに居るので大丈夫じゃろうが、時が来れば彼も我々が保護する」

「だからマルフォイ。心配すんな。お前も、お前の母親もアイツの魔の手から救ってやる」

 

 ダンブルドアとフィールの救いの言葉に、希望の光が見えた気がしたマルフォイは涙を浮かべるが、先程のハリーの言葉が脳裏にちらつき、瞬く間に暗い気持ちになる。

 

(父上は………本当にベルンカステルの母親と叔母を………奪ったのか………?)

 

 ハリーの叫声が脳内でリピートされる。

 信じたくない。信じられない。

 フィールとは決して仲が良い訳ではないが、それでも、大好きな父親が誰であれ故意で殺人を犯したなど………信じられるはずがなかった。

 そんな気持ちが胸の奥底で渦巻くのは、自分の中で尊敬する父への想いが、嘘は言わない憎きハリー・ポッターの爆弾発言に対する疑惑と、例え真実だったとしても失いたくないと言う愛情が、複雑に入り交じっているのかもしれなかった。

 

「………今のお前を更に打ちのめすようで悪いけど、ハリーの言葉は本当だ。お前の父親は私の母親を間接的に奪い、そして叔母をベラトリックスと共に殺した。前者に関しては、あの男自らが白状した。これでも信じられないなら『真実薬(ベリタセラム)』でも飲ませて自白させればいい。そうする前に、直接本人が教えなかったらの話だけどな」

 

 当事者からの証言に、マルフォイは心臓を鷲掴みにされたような苦痛を覚えた。半信半疑だった衝撃的な話題が真実と現実的に突き付けられ、色んな感情がごちゃ混ぜになったマルフォイは弱々しく項垂れる。

 

「ま、でも―――」

 

 フィールは、項垂れたマルフォイに近付く。

 

「―――根が腐っていようが殺人者だろうが、お前にとってはたった一人の父親なんだ。私情に駆られて見殺しにする訳にはいかない。それは母親にも言える。私の家族を身勝手な理由で奪い、人生をメチャクチャにしてきたんだ。ならばお前らの命、私が頂戴する」

 

 それから、『解除呪文』を二人に掛けたフィールは「次騒いだら『失神呪文』撃つからな」と前置きして、膝をつき、俯いたマルフォイの顔を見上げる形で提示する。

 

「だから、選べ」

「………え?」

「アイツに両親共々殺されるか、私達に両親共々保護して貰うか。ここでのお前の選択が、マルフォイ家の命運を分ける。マルフォイ家は既に二度もアイツの怒りを買っているんだ。そこに今回が計画の失敗が加わったら………アイツの怒りの矛先は、現在マルフォイ邸に唯一居るお前の母親に向けられるのは、火を見るよりも明らかだろ?」

 

 お前が今回の計画を台無しにしたクセに。

 と、マルフォイは言おうとしたが、これまた絶妙なタイミングでフィールに遮られる。

 

「そして私もお前の父親に二度も家族を奪われた身だ。つまりアイツとは方向性こそ違えどこちらもお前らの一族の生殺与奪の権利を握っている。アイツの場合はまず間違いないなく『殺す』だろうが、私の場合は『生かす』だ。目の前で命の危機に脅かされているヤツは、例え誰であろうとみすみす死なせやしない。それが私にとって家族の仇であろうと罪人であろうと………犯した罪は生かして必ず償わせる」

 

 それは、かつて(故意ではなかったとは言え)人を殺したことがあるフィールだからこそ言えた言葉だった。

 罪は死んでも消えず、生きて償わなければならない。償った後には再起の機会もある。

 ルシウスはもう三度も犯罪を犯してきた。

 

 一度目はヴォルデモート第一次全盛期、闇の陣営についていながら一度闇の帝王が凋落すると、本心ではなかったと言い逃れ。

 二度目は世間的には立派な体面を保ちながら陰でアンブリッジに吸魂鬼派遣を依頼して、学生時代の頃の後輩の魂を葬り。

 そして三度目は神秘部でベラトリックスと二人でハーマイオニー達を庇った女性を、無惨にも殺害した。

 

 流石にここまで来ると、死刑執行して来世で良い人生を歩めと言いたくなるのは、人間である以上誰もがそう思うだろう。

 しかし、フィールはルシウスを生かすことを選んだ。

 罪を許さない正義感と罪を憎んでも人までは憎まない理知が、今のフィールにはあった。

 

「後はお前の選択次第だ、マルフォイ。この事を聞いても尚、家族に対する愛情が変わらないと言うなら、私は全力でアイツからお前らを護ってやる。他の誰が見殺しにしようと、私は見殺しにしない」

 

 ただし、とフィールは、驚愕で見開かせるマルフォイの両眼を強い瞳で真っ直ぐ見ながら、言葉を続けた。

 

「次にお前の父親が犯行に及んだら、私は今度こそアイツを許さない。言っとくけど私は無償でお前の父親を生かすんじゃないからな。これまで多くの人間の人生を狂わし、何人もの人を殺してきたアイツに命の有り難さをわからせるためにも、私は助けると言ったんだ。そこまでしても命の尊さを蔑ろにするヤツを、私はそれ以上救う気にはなれない。だからこれは、私からのラストチャンスだ。―――お前の中で、信じたいと言う想いがまだあるなら、私はお前の意思に免じて救い上げてやる。お前はどちらを選ぶんだ?」

 

 フィールからの問い掛けに―――マルフォイは涙を流しながら、一つの選択を取った。

 

♦️

 

 ウィルトシャー州に位置する一等地の豪邸。

 隣接するマグル界の土地を併合して領地を広げてきた魔法界でも屈指の資産家・マルフォイ家の先祖代々伝わる家業を継いで拡大することで栄えてきた広大な邸宅の中で、ナルシッサ・マルフォイはヴォルデモート卿に土下座してひたすら哀願していた。

 ヴォルデモートが一人息子のドラコに与えた任務が失敗し、完全に瓦解したこと、そしてホグワーツに在るキャビネット棚が破壊されたと言う報告が彼の耳に入ったからだ。

 いくら最初から成功させるつもりはなく、ルシウスへの復讐として途中でダンブルドアに殺されることを望んでいたとは言え、まさかこんなにも早く大失態を晒すとは、流石のヴォルデモートでも想定外の出来事であった。

 しかも真っ先にバレた相手はあの憎きベルンカステル家の若き当主。彼女が何故『死の呪文』を受けても存命していたかは、スネイプ経由で報知されている。

 ヴォルデモートにとっても大敵と認識する彼女に計略が発覚され、彼は任務が失敗したドラコ・マルフォイの母・ナルシッサを怒りの捌け口にしていた。

 

「お許しください………どうか………」

「ならぬ。無能なお前の夫に続いて今度はお前の息子さえもがとんだ醜態を晒し、俺様の期待に全く応えられなかった。失望した………失望したと披瀝しよう。どうやら俺様は貴様らを過大評価していたようだ」

 

 今や怒りのボルテージがMAXに達したヴォルデモートはとにかく謝り倒すナルシッサの前を歩き回りながら、その憤りを包み隠そうともせず、淡々と冷酷な言葉を口にする。ナルシッサは我が身に代えても愛する息子の命だけは絶対に救いたい一心で、目の前の帝王に詫び続けた。

 

「どうか………どうか、息子だけはお許しください!」

「黙れ! クルーシオ(苦しめ)!」

 

 何の躊躇いも無く、ヴォルデモートはナルシッサに『磔の呪文』を唱える。奇妙な静寂に覆われていた豪邸に、思わず耳を塞ぎたくなるほどの苦痛の絶叫が響き渡った。ナルシッサは声が枯れるまで悲鳴を上げ………唐突に地獄の時間が終わりを告げると、荒く息をついて床を転がった。ぐったりと横たわり、微かに痙攣するナルシッサの顔をヴォルデモートは踏みつけ、冷たい真紅の眼光で冷たく見下ろす。

 

「お前はナギニの餌になって貰おう」

 

 ナギニ………ヴォルデモートのペットであり、同時に誰よりも信頼する側近の大蛇だ。

 ヴォルデモートが唯一愛情に近い感情を見せる存在で、その信頼度は部下のルシウス・マルフォイやなんとあのベラトリックス・レストレンジでさえも比ではない。

 ダンブルドアからは「もしもヴォルデモートが何かを好きになることがあるとするなら、それはナギニじゃろう」「ヴォルデモートはナギニを傍に置きたがっているし、いくら蛇語使い(パーセルマウス)であるとしても異常なほどナギニを強く操っている」と語られるほど、ヴォルデモートは重要な任務を与えた時以外、基本的に別行動は行わない。

 今は休息として外で散歩させているが、彼が呼び出せばすぐさまやって来る。本来、分霊箱は破壊される危険性を考えれば動物を分霊箱化するのは非常にリスクが高いのだが、それを承知でヴォルデモートはナギニを最後の分霊箱として製作した。

 ナルシッサも知っている、巨大な毒蛇の餌食と言う無情な断罪に、彼女の青眼に恐怖が滲む。

 だが、そこでヴォルデモートはニヤリと嗤って見せた。

 

「―――と言いたいところだが、気が変わった。俺様直々に貴様らを始末してやろう。ヴォルデモート卿自ら手を掛けるのだ。有り難く思え」

「我が君………どうか、息子だけは………」

「断る。貴様らは何度も俺様の期待を裏切ってきたのだ。そのような者を生かす理由は最早無い。安心しろ、貴様の後、すぐに息子と夫も追わせてやる。これが俺様からの最期の情けだ」

 

 冷酷非道なヴォルデモートの中に、次々とミスを冒してきたマルフォイ家に対する信頼は最早一ミリたりとも存在しない。

 分霊箱の一つであったトム・リドルの日記を、たかが『血を裏切る者(ウィーズリー家)』を陥れるためだけの理由で軽々使用され、結果的にフィールに破壊され。

 神秘部では1年も掛けて血眼になって追い求めていた予言を聞く前に手に入れ損ない、更には部下を数十人喪失した。

 そこに今回のドラコ・マルフォイ任務の失敗。

 ただでさえ不機嫌だったヴォルデモートは一層不機嫌極まりなくなり、最早誰であれ殺生しなければ気が済まない。

 

(ドラコ………私のたった一人の息子………)

 

 死期を悟ったナルシッサは涙が溢れ出す。

 息子のために死ぬのが嫌な訳ではない。

 ただ………願わくば、最後にもう一度だけ、息子の顔を見て死にたかった。

 でもそれは叶わない。

 自分を殺した後、ヴォルデモートは有言実行で息子を殺しにホグワーツへ赴くだろう。

 無力な母親を許してくれと、ナルシッサは、誰でもいいからどうか息子を助けてと切実に願う。

 

「さらばだ、ナルシッサ・マルフォイ。アバタ・ケ―――」

 

 ヴォルデモートは宿敵ハリー・ポッターと兄弟杖の不死鳥の杖を振り上げ、迅速に傷痕も痛みも無い死を至らしめる『死の呪文』を涙を流すナルシッサに詠唱しようとした、次の瞬間。

 

 

 

「ストップ、ヴォルデモート。悪いけどそいつの命は私が頂くぞ」

 

 

 

 それは、まさに一瞬の出来事だった。

 何処からか聞こえたあの忌々しい声にハッと刹那身体が硬直した直後、真紅の閃光が上空から飛来してきたのだ。ヴォルデモートはすぐに『姿くらまし』で回避し、『姿現し』で少し離れた先に現れた時には、つい先程立っていた場所の床に閃光が焼失していた。

 

「お前は………」

 

 閃光が飛んできた方向を見上げたヴォルデモートは信じられないと言う顔で凍り付く。

 闇と同化する漆黒の長髪に、薄暗がりの中で鋭い光を放つ獣のような蒼の双眼。

 学校指定の黒いローブを翻す黒髪蒼眼の美少女は、マルフォイ邸の高過ぎる天井の付近に配置された窓の窓枠に乗ってこちらを見下ろしていた。

 紛れもなく、フィール・ベルンカステルだ。

 フィールは高所から臆することなく飛び降り、両足とフリーハンドの左手で衝撃を吸収する。

 そしてフィールはゆっくりとした足取りで、ナルシッサの元へ歩み寄った。ヴォルデモートはホグワーツに居たはずの彼女の登場に警戒心を剥き出しにし、下手に手出しはせず、攻撃のタイミングを見計らう。

 

「ベ………ルンカステ…ル……」

 

 涙でぼやけた視界の中、記憶の中にある一人の女性と面影が重なったナルシッサは思わぬ救世主の姓を呟く。

 呼ばれたフィールは片膝をつき、睨み付けてくるヴォルデモートから視線は外さないでナルシッサを抱き抱えた。

 

「間一髪、ってところか。なんか顔色悪いけど、大丈夫か?」

 

 チラリと、全身から脂汗が噴き出しているナルシッサの蒼白した顔色を見たフィールは尋ねる。

 ナルシッサはそれに答えず、何故此処に居るのかと、じっと彼女の端正な顔を見つめた。

 

「ベルンカステル………どうやって此処に来たかとは質問せん。お前のことだ。『姿現し』でも使用したのだろう。未成年魔法使いであるにも関わらず完璧に使いこなすとは、やはりお前は敵に回したくない人物だ」

「光栄だな、かの有名なヴォルデモート卿本人に誉め言葉を貰えるとは」

「………単刀直入に訊こう。何をしに来た?」

「見ればわかるだろ? ナルシッサ・マルフォイを連れ出すためだ」

「ほう。それまたどういう風の吹き回しだ? 聞くが、そいつの夫には散々辛酸を嘗めされてきただろう? 何故お前がそいつを護る?」

「ああ、確かにそうだな。ルシウス・マルフォイのせいで、私は散々な目に遭ってきた。全ての元凶たるあの男さえ存在しなければ母親も叔母も失うことはなかったと、今でも思うよ」

「ならば何故、その男の妻たる女をわざわざ助命するのだ?」

「………正直話せば、昔の自分だったらこんなことは絶対にしなかっただろうな。家族の仇の死に際を目の当たりにしても、冷めた眼差しで見捨ててたに違いない。だけどな―――」

 

 フィールはナルシッサを抱える腕に力を込める。

 

「―――今の私は、目の前で命を脅かされているヤツが居たら、例えそれが誰であろうと、見捨てたりなんかしたくない。犯した罪は生かして必ず償わせる。だからこそ、私は助ける。アイツに自分が犯した罪の重さと命の有り難さを思い知らせてやるためにもだ。勿論、この次に無下に生命を散らす行為をしたら、今度こそ許さないけどな。それを約束に、私はドラコ・マルフォイの選択を汲み取った」

 

 だから、と。

 フィールはナルシッサに、

 

「アンタの息子は既にこっちで匿った。時が来れば夫も保護する。あんなヤツでも、アンタらにとっては大事な家族だからな。それをみすみす死なせるほど、私も外道じゃないんでね」

 

 と、ドラコの無事を告げた。

 息子の安全にナルシッサは別の意味でまた涙が溢れる。

 しかし、ヴォルデモートはそんなのは認めないと言わんばかりに紅い眼をスッと細めた。

 

「お前の言い分はよくわかった。だが………ルシウス・マルフォイ及びその妻子の始末は俺様にある。お前にその権利は無い」

「いや、私にもあるね。お前は部下のアイツに二度も不興を買われ、私はアイツに二度も家族を奪われた。ベクトルは違えど、どちらも生殺与奪の権利を握っている。お前の選択肢は『殺す』で、私は『生かす』だ。同意だったらまだしも、相違となれば………二つに一つだ」

 

 そしてその二者択一の選定は―――。

 ヴォルデモートが杖を掲げる。

 フィールが素早く杖を向ける。

 

「「アバダ・ケダブラ(息絶えよ)!」」

 

 フィールとヴォルデモートが同時に放った『死の呪文』が中間地点で衝突し、弾け飛ぶ。

 ナルシッサを抱えている状態のため、その場から動けないフィールにヴォルデモートはまるで空気を吐くかのように呪いを繰り出すが、彼女は銀色の防壁でオールブロックする。

 最小限の動きで呪いを的確に防ぐフィールに絶え間無く攻撃を仕掛け、反撃するチャンスを与えないヴォルデモートは必死に考えを巡らせる。

 よしんばフィールに『死の呪文』が命中しても彼女を死に至らしめることは出来ない。

 何故なら彼女は、分霊箱により近い存在がロケットに宿っているからだ。しかもその存在は常時生死の境界線を彷徨う特性を秘めているが故に、ナギニのように『死の呪文』を含めたあらゆる魔法を無効化する絶対的な魔法耐性を誇る。以前のように『死の呪文』が直撃したとしても、精々仮死状態になるだけだ。それでは息の根を止められない。

 が、それとは別に肉体的な死や破滅は別物だ。

 要は魔法による手段では不可能と言う訳で、必ずしもフィールを殺せない訳ではない。

 

インフェルノ・フィニス(終焉の業火よ)!」

 

 許されざる呪文の他にヴォルデモートが好んで使用する闇魔術の一種『悪霊の火』。呪われた炎はバジリスクの形を模し、普段より強めに魔力が込められたそれは、フィールが造った白銀の障壁をいとも簡単に破壊する。

 

シュトゥルム・デザストル(天災の颶風よ)!」

 

 破壊された直後、間髪入れずにヴォルデモートは『悪霊の火』と同じ闇魔術の一種―――『亡霊の風』を生み出し、これまたバジリスクの姿を構成した意思ある暴風の刃は凄まじい勢いと物凄い速さでフィールに襲い掛かった。

 

「………ッ!」

 

 咄嗟のことで反応がワンテンポ遅れたフィールは急いで『盾の呪文』を再度展開するが、一瞬の遅れが命取りとなり、ナルシッサはなんとか護れたが、無防備な彼女を優先して身代わりとなったフィールは右上半身と首筋に斬撃を受け、途端にざっくりと斬られた箇所から傷の波紋が浮かび、血が大量に噴出する。

 

「うっ…………ぐっ………あぁ…………」

 

 直撃前の1秒差でガードしたことで幸いモロに喰らいはしなかったが、それでも闇の帝王が得意とする闇魔術の威力は断然桁違いだった。

 激痛に耐えながら、杖を落とすまいと力を込め直す。身体を貫く痛みは、ドクドクと脈打つ度に激しさを増していく。

 たったの一回の攻撃。

 その一撃は、気をしっかり持たないと意識を保てなくなるほどの痛みがフィールを容赦無く責め続けた。

 前に『死の呪文』がごく僅かに皮膚をかすった時と同じあの苦痛がじわじわと甦る。額に冷や汗が勝手に出て、端正な顔が歪んでいった。

 眼前で鮮血が噴き出した光景を眼に焼き付けられ、返り血を浴びたナルシッサは息を呑み、口の中が鉄の味で満たされる。身を挺して己を庇護した少女は苦し気な息を吐き出し、だがそれでも鋭い瞳からは光が消え失せない。間近で気迫を感じるナルシッサの脳裏に、少女と瓜二つの女性の顔が浮かび上がる。

 かつての後輩の面影が重なり………本当に彼女はクラミーの娘なんだな、と心の中で呟いたナルシッサは、懐に震える手を伸ばす。

 

「………ッ、はぁ………今の一撃は………結構キツいな………お前もそろそろ………本気を出し始めたか」

 

 共通で人間の弱点である首筋に深傷を負ったためか、喋ることすら辛いフィールは痛みを堪えて声を絞り出す。

 

「………ナルシッサ、今から私が『インスタント煙幕』って言うヤツを投げたらすぐに『付き添い姿くらまし』するから、準備しておけよ」

 

 インスタント煙幕。

 それは、WWW(ウィーズリー・ウィザード・ウィーズ)の商品の一つだ。これはペルー製で、粉状の物で空中に投げ付けると辺り一面真っ暗になる。『ルーモス』や『インセンディオ』などの魔法では破れないが、輝きの手を使えば見える、まさに目眩ましには最適の優れものだ。

 つまりは、ヴォルデモートが突然の煙幕に驚いた一瞬の隙にとんずらすると言う寸法だ。かなりの大ダメージを負った状態と分霊箱がまだ残っている現状では、どんなにヴォルデモートと戦闘を続行しても手詰まりで終わるしそもそも無意味なので、ここは一旦退くのが妥当と言える。どうせ近い将来第二次魔法戦争が勃発するのだから、今戦わなくても同じことだ。

 

「本来であれば、今こそ此処でお前を始末したかったけど、お前の分霊箱はまだ全て破壊し切れてない。このままでは私達に勝ち目は無いし、同じくお前らにも勝ち目は無い。それに―――」

 

 血濡れた右手でインスタント煙幕をポケットから取り出したフィールは、

 

「―――目的は果たされてるようなものだから、今回はさっさと退避するわ」

 

 と、ヴォルデモートに向かって思いっきり投げ付けた。

 

「なにっ!?」

 

 何かしらの呪文が飛んでくるかと思って身構えていたらまさかの見慣れないアイテムがこちらを目掛けて飛来してきたので、不意を突かれたヴォルデモートは一瞬フリーズしたが、瞬時に気持ちを切り替え、彼はシャッと杖を翳して魔法を発射しようとするが―――

 

「―――ッ!」

 

 いつの間にか杖を抜いていたナルシッサがフィールの腕の中でヴォルデモートが撃つよりも早く注意を引くための閃光を放射し、中央で衝突した瞬間………彼の周囲にどんな魔法を使っても明かりが点かない特殊な暗闇が作り出され、視界を奪った。

 今がチャンスだ。

 ナルシッサを抱えたフィールは即座に『付き添い姿くらまし』を発動し、その場から消える。

 何も見えなくなったヴォルデモートは闇雲に呪文を連射し―――煙幕の効果が切れて暗闇が払われた時には、二人の姿は何処にも見当たらなかった。




【二刀流ならぬ二杖流】
やっと演出しました二杖流。
念願だった夢が一つ叶った。

【キャビネット棚】
万が一呪文が外れて壊さないようにするためにも横っ飛びで床を転がったフィールは低姿勢でマルフォイをKO。

【ラストチャンス】
マルフォイ一家保護の後にルシウス犯行したら今度こそフィールは助けません。
フリーザみたいに恩を仇で返すなんて馬鹿な真似したら、それがルシウスの最期になるでしょう。

【真打ち登場】
窓枠に乗って颯爽と登場。これロマン。

【死の呪文VS死の呪文】
最早フィールとヴォルさんからすると挨拶代わりの開戦一番。

【シュトゥルム・デザストル(天災の颶風)】※7/2、修正
悪霊の火の風バージョン『亡霊の風』。
悪霊の火と同じくこの呪文をモロに喰らったら一生癒えません。

【シュヴェンメン・カタストロフ(殃禍の氾濫)】※7/2、修正
悪霊の火の水バージョン『怨霊の水』。
今回は未登場だがいつか演出させたい。

【闇魔術の追加】
久々に登場したオリ魔法ですが、元々この世界にある設定。
正直、原作中の許されざる呪文以外で高威力の闇魔術と言えば『悪霊の火』しか思い付かない上にぶっちゃけるとそれしかない。闇魔法で火があるなら風や水があってもおかしくないので、捏造で創作。

【まとめ】
今回はフォイママレスキューの回でした。
ナルシッサは無傷ですが、フィールは重傷。上記の通り悪霊の火の風バージョンの闇魔術を受けたので、右上半身と首筋の傷痕は一生治りません。顔じゃなかっただけ、まだマシでしょう。
と言うか、普通首やられたら人間終わるような………流石はオリ主、驚異的な生命力を誇ってます。ま、フィールは死の呪文かすってもピンピンしてるので、不思議じゃないのかもしれません。


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#99.ピンチヒッター再び

 ホグズミードのハイストリート通りの真ん中。

 そこにフィールとナルシッサは現れた。

 何も考えず、固く眼を閉じて地面に横たわっていたナルシッサだったが、ドサッと何かが倒れる音がすぐ側で聞こえた為、恐る恐る眼を開ける。

 隣で、血まみれの少女が眼を閉じてぐったりと倒れているのが視界に飛び込んできた。

 思わずその痛々しい姿にナルシッサはハッと起き上がり、手に握っていた杖を投げ捨て、彼女の脇に飛び、両膝をついて仰向けにさせる。

 鮮血で濡れたフィールの色白の顔に触れたり、血染めした白シャツの中に手を入れて心拍を探ったりした。

 

「……………んっ………くっ…………」

 

 ナルシッサの長い金髪がふさふさと頬を擽り、フィールは微かに身動ぎした。胸を打つ生命の鼓動を感じ取ったのと、ひとまずは反応を示してくれて、普段よりもずっと顔面蒼白していたナルシッサはホッと胸を撫で下ろす。

 

「ベルンカステル………貴女は何故、私を助けてくれたのですか? 私だけじゃない。貴女は息子のドラコも匿ってくれた。………私達とは敵対関係であるのに、どうして………?」

 

 投げ捨てた杖を急いで取り、ボロボロのローブをゆっくりと脱がして制服を緩ませると、服が破れた箇所の傷口から今でも多量の血液が体外に流血する右上半身と首筋に杖先を当てて止血しながら、ナルシッサは問う。

 苦悶の表情を浮かべ、うっすらと眼を開けたフィールは辛そうに息を荒げながらも、腹の底から声を振り絞る。

 

「言っただろ………目の前で命の危機に脅かされているヤツが居たら………例え………誰であろうとみすみす死なせやしないって………」

 

 その声は掠れていて聞き取りづらいし、言葉も途切れ途切れだったけれど、フィールは確かにそう言った。

 とは言え、自分と彼女は事実上敵同士だ。

 ナルシッサは腑に落ちない顔で母親譲りの端正な顔を苦痛に歪めるフィールをじっと見つめる。

 夫と違って死喰い人ではないが、それを差し引いてでも限り無く敵対者に近い。

 なのに、彼女は自分や息子を救出してくれた。

 それどころか、自分を庇護して代わりに傷を負った。

 益々フィールの思考がわからなくなり、真意を見極めるようにナルシッサは凝視する。

 

「とにかく………まずは応援を呼ぶ………」

 

 フィールは全身を駆け抜ける激痛を堪え、アカシアの杖を掲げる。

 

「エクスペクト………パトローナム………」

 

 掲げた杖先から白銀の狼が飛び出してきた。

 クンクンと心配そうに鼻先を頬に擦り付ける有体守護霊にフィールは拙くも伝言を託すと、月のように眩い輝きを放つ銀色の巨大な狼は、ホグワーツ城を目指して疾駆した。

 それを見届けたナルシッサはブルーの瞳に驚愕の色が滲む。『守護霊の呪文』は魔法族の間で最も有名で強力な防衛術最難関の一つで、実体化までは行かなくとも霞みたいな盾を生み出せただけで一人前の魔法使いと認められる、高位呪文の象徴だ。

 プロですら体得困難と言われるハイレベルの魔法を学生が成功させたのだから、驚くのも無理は無い。とは言うものの、フィール以外にも有体守護霊を呼び出せる生徒はホグワーツに多々居るので、最近はその一般論が薄れてきているのだが。

 

「これで………大丈夫だ………後は………此処で待機していれば………直に救援が来る」

 

 直後、右手がだらりと垂れて杖が滑り落ち、フッと重い瞼を下ろしたフィールは舌を強く噛み、朦朧とする意識を辛うじて繋ぎ止める。

 体力回復に専念しながらも安全地帯に辿り着くまでは意識を手放さないよう奮闘するフィールを暫し注視していたナルシッサは、守護霊の伝言を聞き付けて誰かしらの救援が来るまでの間、彼女の顔から残りの血を拭い、自身もつい先程浴びた返り血を払拭するなど、今の自分にやれることをして時間を潰す。

 止血はしても激痛は未だ残存しているのか、フィールは険しい顔付きで呻いている。ナルシッサは『治癒呪文』を幾重にも掛けて、少しでも痛みを和らげようと癒術に力を注ぎながら、ふと自問する。

 フィールを助けようと思うのは、恩義を感じているからなのか。それとも、母性本能が働いたからなのか。あるいはその両方か。

 

 ………恐らく、両方だろう。

 ヴォルデモートが息子の死を計画するまで、ナルシッサは夫と同じ思想に傾倒していた。しかし今は、ヴォルデモートに対する忠誠心はこれっぽっちも無い。息子の命の方がヴォルデモートの命令よりも大切だったナルシッサにとって、ドラコを匿うだけでなく自身も助命してくれたフィールはまさに恩人だった。

 それにフィールは、ドラコと同い年の女の子。

 愛する我が子と同年代の子供が傷付いているのを見て、放ってはおけない。やはりそこは、たった一人の息子を持つ母親としての母性心があるからか。残虐心の塊と言っても過言ではない姉のベラトリックスには一切無い感情を持つナルシッサは、ひたすら応急処置を施す。

 と―――おかげで少し楽になってきたフィールが薄目を開け、ポツリと呟く。

 

「………アンタ、本当にあのベラトリックスの妹か………?」

「正真正銘、ベラの妹よ」

「………今はそう見えないけどな………」

「憎まれ口が叩けるなら、そんなに心配する必要は無いかしら?」

 

 そう言いながらも、ナルシッサは措置の手を休めない。額や首筋に冷や汗を浮かべ、喘ぐフィールを抱き抱えると、そっと膝の上に寝かせた。上体を軽く起こした半座位になり、仰臥位の時よりも呼吸が楽になる。

 

「………ッ、はぁ………」

 

 重力に従って肩から垂れ下がる長いブロンドの髪が再び頬を擽り、そしてどういう訳かナルシッサがあやすように優しく頭を撫でてきて、戸惑うフィールは身を捩る。が、ナルシッサがギュッと腕を回してきて、逃げる隙間を与えない。フィールはジト眼でナルシッサを見上げる。

 

「………いきなり何するんだ」

「黙ってこのままでいなさい。今だけは、我が子だと思って抱いてるんだから」

「いや、だからって急に―――」

「『守護霊の呪文』使って疲れてるでしょ? その前にも大怪我を負ってるんだから、疲労度は相当のはずよ。いいから、大人しく休んでなさい。全く持って憎たらしいけど、貴女の方が私より実力あるのだから、何かあったら貴女になんとかして貰わないと、私が困るのよ」

 

 とか言っておきながら、ナルシッサは杖を片手に注意深く周囲を警戒している。己の身の安全が第一優先的な発言とは裏腹に、いざとなれば無防備なフィールを護る気で身構えているのだから、ナルシッサはナルシッサでその謎な言動に疑問を覚えずにはいられない。

 しかも体温が低下しないよう、自身の身体が冷えるのも厭わず、毛布代わりに如何にも高級そうなローブを脱いで掛けてくるのだから、尚更真意が掴めない。今しがたまでナルシッサが羽織っていたブランド品のそれから漂う香水の香りとほのかに感じるぬくもりに、

 

「やっぱりアンタ、意味不明な人だわ………」

 

 と毒づきつつも、心地よさに少しだけ安らいだ表情を見せたフィールは抵抗せず、ナルシッサに気だるい身体を預ける。

 

「………なんか、わかった気がする」

「え?」

「………アンタの息子がアンタ達を想う気持ち、今ならなんとなく理解出来た」

 

 髪を撫でるナルシッサの手を取り、フィールは今日初めて彼女に対し目元を和らげる。

 

「アンタの手、冷たそうに見えて温かい………こうして人に抱かれると落ち着く………」

 

 自らの頬にナルシッサの手を添えたフィールは幼い頃と同じ………母親に抱かれた時の懐かしい気持ちになって柔らかく微笑む。

 

「………私にとって、アンタの夫は母親と叔母の仇であり全ての元凶。あの男のせいで私は家族を失った。本来であれば復讐心と憎しみに身も心も委ねて殺していただろうけど………アンタや、アンタの息子を見ていたら殺せない。勿論、私や多くの人間の大切な物を沢山奪っといてのうのうと生きているのは実に腹立たしい限りだけど………アンタ達にとってもあの男にとっても、それぞれがかけがえのない存在だから、私は見捨てることが出来ない。真実を知った後でも自分の傍から離れない人達のぬくもりを知っているから………同じ立場に立っている人間として、私は見殺しになんて出来ない」

 

 閉じた瞼の裏側に、クシェルやハリー達の顔が浮かび上がる。叔母を殺害した殺人者だと知っても尚、自分の傍から離れないと約束してくれた、友人達の顔が。

 

「全く………こんなことするなんて柄でもないのに、アイツらの影響を受けたせいで、私は変わったのかもな。向こう見ずで無鉄砲のクセに、全てを擲ってでも護ろうとするアイツらと出会わなかったら、私は………」

「ベルンカステル」

 

 最後まで言い切ってないのにあからさまに遮られ、フィールは「なんだ?」と眼を開ける。

 

「………私は死喰い人ではなかったけれど、ベラやルシウスと同様に『闇の帝王』の思想に賛同していた。でも………夫への見せしめとして息子に危険な任務を背負わせた時、私は『闇の帝王』が今後どうなろうが、息子が無事ならそんなもの知ったことではないと思ったわ。………今回、ドラコの計画を露見した張本人は確か貴女だったわよね? もしかして最初からドラコを助けるつもりでわざとやったの?」

「………まあな。薄々感付いてはいたけど、最初は下手に介入しないで、まずは静観して徐々に詳細を掴む予定だった。でも先日、危うく死者が出そうになって………これはもう、早く手を打たないと手遅れになると思って、それで」

「そう………なら、とりあえず言っておくわ」

 

 何を? と顔に疑問符を浮かべたフィールに、ナルシッサは淡く笑む。

 

「―――息子のドラコを助けてくれて、本当にありがとう。貴女には心から感謝してるわ」

 

 自分の命が救われたことよりも我が子の命を救ってくれたことへ対し礼を言ってきたナルシッサに、軽く眼を見張ったフィールは微笑み返す。

 

「それなら、私からもアンタに一つ言わせて貰うわ。―――救命処置してくれて助かった。感謝する」

 

 その時、城がある方向から複数の人影がこちらに疾走してくるのが遠目に見え―――互いに敵意を取り払った二人は、ようやく緊張の糸が切れてホッと安堵の息を吐いた。

 

♦️

 

 校長室で待機していたダンブルドア達はフィールからの守護霊の伝言で無事にナルシッサ・マルフォイを連れ出したと言う連絡を受けると、すぐにホグズミードのハイストリート通りに急行。

 辿り着いてみると、何やらフィールがヴォルデモートの攻撃を受けて深傷を負ったらしく、脱がされていた学校指定の黒ローブはボロボロで血が付着していたので、救援隊は急いで医務室まで搬送した。

 幸い、致命的になる前にナルシッサが止血したおかげで命に別状はないとのことだが、深い闇魔術によって刻まれた右上半身と首筋の傷痕は一生治らないと、マダム・ポンフリーに診断された。

 マダム・ポンフリーとマルフォイ邸に行ったフィールが心配でハリー達と共に起きていたクシェルは二人掛かりで力を尽くしたが、結局は消せなかった。

 

「全く、フィーは………どうしていつも、そんな無茶するの………」

 

 窓に打ち寄せる湖の波の音が静かに鳴り響くスリザリン寮の女子寝室で、クシェルは緑色の絹の掛け布がついたベッドの足元に座り込むフィールのカーディガンとワイシャツをゆっくりと脱がしながら、深くため息をつく。

 身を挺してナルシッサを庇った際、フィールはヴォルデモートが使用した『亡霊の風』を生身に受けた。案の定その酷い傷痕は、フィールの白い肌に生々しく残っている。

 直撃しなかった分だけまだマシだが、もしもまともに喰らっていたら、果たしてこれだけで済んだかどうかはわからない。ギリギリ顔じゃなかったのが不幸中の幸いだろう。

 クシェルは水を含ませた清潔な布で見るからに痛々しい負傷箇所を拭き、薬を塗ってガーゼを当てて包帯を巻いてと、手際よく手当てする。止血されてるし傷口は塞がれているが、傷は深いし範囲も広いので、念のため一晩は薬を塗っておこうと言うことだ。

 最初はマダム・ポンフリーがやる予定だったのだが、クシェル自身が寝る前にやっておくと言って断った。クシェルの治療系魔法の技量の高さは厳しいマダム・ポンフリーも臨時助手に抜擢するくらいプロ顔負けの腕前を認めているので、彼女なら大丈夫だろうとクシェルに任せたのである。

 

「もうその話はいいだろ………なんとかナルシッサは救済出来たんだから………」

 

 あの後、ナルシッサは息子のドラコと対面し、親子揃って涙を流した。ドラコは有言実行で母親を助命してくれたフィールに対し、「母上を助けてくれてありがとう」とホグワーツ入学以来、初めて自主的に感謝の気持ちを態度で示したので、ハリー達をアッと驚かせた。

 保護の代償として生涯癒えない傷を負ったフィールは生き別れた家族との奇跡の再会を喜ぶようなマルフォイ母子の光景に、それだけの払う価値があったと、身体に刻まれた痕のことは然程気にしてない。

 

「あのねえ………まあいいや。ところでフィー、騎士団の活動はどうするの?」

 

 フィールは、マルフォイ母子を保護したら騎士団を継続するか否かを真剣に考えるとダンブルドアに言った。その事はクシェルも知っている。クシェルの問いにフィールは「………まだ考え中」と答えた。

 

「そう。私としては、早く離脱すればいいのにって思うけど………決定権はフィーにあるから、私個人の意見は押し付けない。でもさフィー。どちらにしても悔いが残るような選択はしないでね」

 

 コツン、と自分の額をフィールのそれに重ね、クシェルの息遣いを間近で感じるフィールは「わかってる」と頷き、クシェルの翠瞳を見つめる。

 

「………騎士団を継続しても離脱しても、結局のところ、決着がつけられるまで戦いは続く。それは変わらない。でも私は―――最後まで貴女達を護ると自分の心に、魂に誓った。騎士団の任務とかガーディアンとかそういうもの関係無しに、私自身の気持ちで貴女達を護り抜くと誓った。それは紛れもなく本心であり、誰かに指令されてる訳でも洗脳されてる訳でも無い。その事はわかってくれ」

「………………うん」

「それに私は………吸魂鬼に成り果てたお姉ちゃんを救い出すまで、自ら選んだ運命から逃れたくない。お姉ちゃんが助けを求めていたら、どんなことをしてでも助けるって………そう、お姉ちゃんと昔約束したんだ」

 

 左手をクシェルの右頬に当てて、フィールは蒼眼を細める。

 

「これからが正念場だ、クシェル。人生の踏ん張りどころから逃げたら、何も越えられないし変えられない。例えどんなに辛くて苦しいことだってわかっていても………挑まなければ、得られない物だってあるんだ。その頑張って乗り越えるべき困難な場面は、今まさに目の前に立ちはだかっていると思わないか?」

 

 真っ直ぐ見据えるフィールの真剣な蒼い瞳に。

 クシェルは左手の甲に己の掌をそっと重ねた。

 

 

 

「そうだね………もう、安全な場所なんて何処にも存在しない。窮地に立たされている私達に、選択の余地は無いんだよね」

 

 

 

♦️

 

 

 

 マルフォイ母子を保護してから数週間が経過。

 今シーズン最初のグリフィンドールVSスリザリンのクィディッチ初戦が開幕する当日は、例年通り前哨戦だった。スリザリン生はグリフィンドールのチームを、グリフィンドール生はスリザリンのチームの選手が入ってくる度、一人一人に野次とブーイングを浴びせる。

 最早見慣れた光景とは言え、皆はよく飽きないものだなと、フィールは軽く肩を竦めた。

 彼女は今、胸部分に銀色の分厚いボーダーラインが1本両腕から背中まで通っている緑を基調としたセーターを着用している。膝の上には緑色のローブが置かれていた。

 今年フィールは、またもやスリザリンのクィディッチチームのピンチヒッターを頼まれた。一昨年は三大魔法学校対抗試合(トライウィザードトーナメント)が開催される関係で中止、去年はグリフィンドールのチームのみに惨敗と言う、3年前優勝を奪還した寮として何とも悲惨な結果で終わった。

 そこで新しくスリザリンのクィディッチチームのキャプテンになったウルクハートは、最強切り札をもう一度引くべきだと、猛烈にスカウトしたマーカス・フリントの時みたいにフィールに懇願し………結果、フィールはOKしたのである。ちなみにドラコは観客席で他のスリザリン生と共に観戦するとのことだ。

 フィールはチラリと天井を見上げ、晴れた青空で幸先がいいなと、両手で頬をパチンと叩いて気合いを入れ、朝食を口にした。

 

 数分後、力をつけたフィールは左胸にスリザリンのシンボル・蛇のエンブレムが輝いているローブを羽織り、箒置き場でファイアボルトを手にコートに向かった。

 コートには既に選手達が揃っていて、ビーターのクラッブとゴイルはしかめっ面になるが、フィールは涼しい顔で無視する。

 試合開始5分前、選手達は歓声とブーイングが沸き上がるクィディッチ競技場に入場した。スタンドの片側は銀と緑、反対側は一面紅と金で、ハッフルパフとレイブンクローの多くはグリフィンドールを応援する。

 キャプテンのハリーとウルクハートはボールを木箱から放す準備をして待っているレフェリーのマダム・フーチの所へ進む。

 ハリーとウルクハートが握手し、全選手が箒に乗るのを確認したマダム・フーチはホイッスルを吹き、ゲームスタートのシグナルが鳴り響くと、凍った地面を強く蹴って飛翔した。

 シーカー以外の選手が乱戦を繰り広げる中、ハリーとフィールは3年前の時と同じく空中で向き合う。

 真紅と黄金の、フィールが着ているのとは色違いではあるが、デザインは全く同じのセーターをハリーは着込み、左胸にグリフィンドールのシンボル・ライオンのエンブレムを輝かせた紅いローブを靡かせる。

 

「こうしてまた君と同じフィールドで戦えるようになって嬉しいよ。でも、次は負けない。今度こそ君に勝ってみせる」

 

 ハリーは凛々しい顔付きで宣戦布告した。

 以前にも増してクィディッチの腕が磨き上げられているのを目撃しているフィールは、

 

「なら、私もそれ相応に対抗するぞ」

 

 と言った直後―――突発的にウロンゴング・シミー(チェイサーを振り切るために高速でジグザグに飛ぶ技)を繰り出した。

 本来はチェイサーから逃げ出すための技だが、使い道次第では別途でも役立つ。

 ハリーは慌ててフィールの後についていった。

 自分より鋭い反射神経を持つ彼女を野放しにして先にスニッチを発見されたら、勝ち目は皆無に等しいので、彼女の周囲を飛んで牽制するのが前以て練っていた作戦だ。しかし、急速な方向転換の繰り返しは想定外だったので、ハリーはついていくのが精一杯だった。試合出場の経験で言えばフィールよりあるが、彼女にはそれを補う驚異的な身体能力がある。

 プロに比べたら断然未熟者でも、他の生徒に比べたら熟練者のハリーは歯を食い縛ってフィールを追い掛け回した。

 

(やっぱり、そう来たか………)

 

 肩越しにハリーを振り返りながら、フィールは豪速球で飛んで来るブラッジャーを避ける。相手側の新人ビーター―――リッチー・クートとジミー・ピークスは、集中的にシーカーの自分を狙い打ちしていた。

 大方、シーカーを真っ先に無力化させた方が勝機がグッとアップすると言う魂胆だろう。中々にさっきから狙われているが、その分こちら側も狙いがつけやすいのか、クラッブとゴイルも負けず劣らず打ち返している。ある意味、自分が囮になっている訳か。

 フィールは注意深く戦況を確認する。

 我らがチームの得点王・ベイジーは他のチェイサーと共に奮闘しているが、その全てをグリフィンドールのキーパー・ロンにセーブされてイライラしているが眼に見えた。

 実は彼、昨日の練習中に頭にブラッジャーを喰らったのだが、見学に来ていたクシェルが急いで応急処置を施し医務室に搬送したことで、今日こうしてプレー出来ている。クシェルには感謝だ。

 

 ゲーム開始から30分が経ち、グリフィンドールは60対0でリードしていた。試合開始前は自信喪失して顔面蒼白だったロンは思わず眼を見張るような守りを何度も見せ、何回かはグローブのほんの先端で守ったことさえある。そしてチェイサーのジニーはグリフィンドールの6回のシュート中、4回もシュートを決めた。

 ウィーズリー兄妹の活躍で今やグリフィンドールは破竹の勢いで、続け様に得点し、競技場の反対側でロンが続け様にいとも簡単にゴールをセーブ、特に見事なセーブを決めた時は観衆がお気に入りの応援歌『ウィーズリーは我が王者』のコーラスで迎え、ロンは高い所から指揮する真似をした。

 

(マズいな………このままじゃ、例えスニッチを掴んだとしても得点負けする。試合には勝って勝負には負けるのはゴメンだな)

 

 相変わらず飛来してくるブラッジャーを躱しながらフィールは頭を回転させる。とは言え、シーカーはスニッチを掴まえることが専門なので、それ以外の行為は反則だ。となると、自分に出来ることは相手シーカーを無力化させること。シーカーにそれが可能な方法は、実は一つだけある。

 

(仕方ない、本当はあまり使いたくなかったけど―――)

 

 ここで躊躇していたら、勝てる可能性を自ら潰すことになる。最早一刻の猶予は無い。

 目的を果たすためならば、手段を選ばない。

 それこそがスリザリンの理念だと、皆からよく「スリザリンよりグリフィンドールが相応しい」と言われるフィールは、覚悟を決めた。

 フッと小さく息をつき、後ろに振り向く。

 ハリーは慌ててブレーキを掛け、急停止したフィールを警戒する面持ちで見つめる。

 

「しつこくついてくるなハリー。そんな執拗に追い掛けてくるなんて、ストーカーと大して変わんないな」

「僕より実力ある君を少しでも抑止しなきゃ、グリフィンドールは勝てない。なら、僕達にとって有利になる状況を作るのは当然だろう?」

「だからビーター含めて私を牽制、か。ま、でも―――」

 

 フィールはハリーの背後を見やって微かに口角を上げ、

 

「―――この勝負は、私が逆転勝利に導く」

 

 そして物凄い速さでハリーの脇を通り過ぎ、急降下した。突然突進してきたと思いきやいきなり降下したので、驚いたハリーは急いでターンし、ファイアボルトの特性を生かして最高速度にまで上げ、フィールの後を追う。

 途端、観客席に居たギャラリーはスニッチを見付けたと思って盛り上がった。二人のシーカーはとんでもない速さで地面へ落ちていく。

 ハリーの前でマックススピードで降下していくフィールは手を伸ばし、スニッチを掴まえる()()をする。ハリーは恐怖を抑え込み、懸命に追い縋った。

 

 だが、それが完全に命取りとなった。

 

 前方でハリーの視界を塞いでいたフィールが、地面ギリギリで機首を立て直し、上空に急上昇したのだ。

 当然最高速度で飛んでいたハリーは咄嗟のことに対応出来ず………そのまま地面に思いっきり突っ込んだ。

 ―――ウロンスキー・フェイント。

 スニッチを見付けたフリをして地面に急降下し、激突寸前で上昇する、敵のシーカーに後を追わせておいて地面に衝突させるれっきとした公式戦術だ。

 盛り上がっていた観客席は瞬く間に凍り付いたが、それも束の間。スリザリンのスタンドからは狂ったように歓声が上がった。対し、グリフィンドールを初めとする3寮は愕然としている。グリフィンドールのチームは地面に踞るハリーの元へ群がって行き、その隙に邪魔者が居なくなったスリザリンのチームは嬉々としてバンバン点を稼いでいく。

 一か八かの賭けが成功し、鮮やかなウロンスキー・フェイントを決めたフィールはウルクハートにバシバシ背中を叩かれた。

 

「よくやったぞ、ベルンカステル! お前がピンチヒッターになってくれて、本当に良かったと改めて思ったぞ!」

 

 フィールは軽く頷くと、グリフィンドールの勝利を願っていた生徒達からの罵声や怒号を華麗にスルーして、スニッチを捜索し………割りとあっさり見付けて素早くキャッチすると、危機的状況で逆転勝利したスリザリンのクィディッチチームや生徒達は大爆発した。

 スリザリンが歓喜に満ち溢れている中、3寮は憎々しい眼差しを送ってくる。フィールは無表情で負け惜しみを言ってくる彼等を見ると、ハッと鼻で笑った。これは公式戦術なのだから、恨まれる筋合いなど更々無い。あまりにも往生際が悪すぎて呆れを越して嗤ってしまう。

 いつまで経っても脳内お花畑だなと心の中でため息をついたフィールはローブを翻し、緑と銀の集団の元へ歩み寄ると、満面の笑顔で抱きついてきたクシェルを抱き締め返した。




【ナルシッサ】
恩義と母性本能からフィールを応急処置。
思惑はどうであれ、7章で結果的にハリーを救ったナルシッサ唯一の美点と言えば『家族愛』と言っても過言ではないので、そこから来る母性はここでも発揮された。

【言動真逆】
自己保身的な発言しといて行動はバリバリフィールをガードする気満々。これがベラさん辺りだったら恩を仇に返されてたに違いない。そもそも助命しないと思われるが。

【ピンチヒッター再び】
ピンチヒッターにさせるべきか否か悩んだが、初戦はピンチヒッターとして参戦を決定。今後参戦させるかどうかは検討中。

【マルフォイ→ドラコ】
ルシウス、ナルシッサとマルフォイ夫妻は下の名前で表記しているのにドラコを『マルフォイ』と表記してたらちょっとややこしいので、この#から『ドラコ』に切り替えます。

【ウロンゴング・シミー&ウロンスキー・フェイント】
どちらも公式のクィディッチ戦術。
他にもまだあったけど主にチェイサーやビーターの技なので、シーカーポジションのフィールが使ったのはこの2つ。
クィディッチ戦術は割りとあるのに原作では全然使われないから使ってみた。

【目的を果たすためならば手段を選ばない】
時にはスリザリンらしい一面を見せるのが我が家のオリ主。常に見せていたら面白味がない。

【試合の結果】
スリザリンの勝利。

【負け惜しみ精神凄い3寮】
反則した訳ではないのに罵声や怒号飛ばす3寮の負け惜しみ精神にはフィールも嗤う。これぞスリザリンの女王と言えるでしょう。

【まとめ】
今回はナルシッサちょっといいヤツだった回とスリザリン勝利の回。
実際ナルシッサが措置しなかったらフィールは大量出血でdeadになってたので、作中のナルシッサはオリ主も救ってくれました。
そして原作と違って初戦はスリザリンが勝利。地面にズドンしたハリーは経験値がアップした。その代償がウロンスキー・フェイントの実験台。
身を以て経験してこそ心身は鍛えられる。
作中のキャラ達は皆そうしてレベルアップしていきます。


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#100.祝勝会

★祝! #100達成(*´ω`*)!


 ピンチヒッターとして再び参戦を許したシーカーのフィールが鮮やかなウロンスキー・フェイントを決めてスリザリンを逆転勝利に導いたその日の夜、談話室では祝勝会が開かれた。

 何処の寮でもクィディッチ対抗戦後の夜は勝敗に関係無く、伝統的にささやかなパーティーを開催するのだが、やはり勝利を勝ち取った祝賀会の方が断然盛り上がる。

 遥か下方にスニッチを捉えたフリをして、敵のシーカーに真似をさせた上で地上に向かって急降下、競技場の地面にヒットする寸前に上昇に転じる。

 地上に激突するよう仕向ける作戦のウロンスキー・フェイントは敵シーカーを引っ掻ける危険技で、誰でも使いこなせるものではない。

 下手すれば自分自身も地面に衝突する、謂わば『諸刃の剣』のこの戦術は熟練のシーカーだからこそ繰り出せる。

 かつて2年前英国で開催されたクィディッチ・ワールドカップ決勝戦でブルガリアチームの天才シーカー、ビクトール・クラムがアイルランドチームのシーカー、エイダン・リンチに仕掛けたのもそのウロンスキー・フェイントで、スリザリン生の群集はプロが使用するテクニックをあのハリー・ポッター相手に見事披露してくれたフィールに称賛の言葉を述べた。

 談話室の一角でお菓子を食べるクシェルとグリーングラス姉妹は、試合の様子を逐一聞きたがる1年生や質問攻めしてくる上級生、大勢の男の子達に囲まれるフィールが少々ぎこちない笑顔で、クィディッチメンバーに挟まれながら健闘を讃えられているのを眺めていた。

 

「最高にクールだったぜ、ベルンカステル」

「またウロンスキー・フェイント見せてくれよ」

「流石は我らがスリザリンの女王様だ」

 

 などなど、上機嫌な様子の男子達の笑顔に比例して、フィールの顔がどんどん強張っていくのが遠目にもわかる。

 

(フィー、せっかく皆と仲良くなれる機会なんだから、頑張って~っ!)

(どうしてこういう時だけ、あの娘の反応ってわかりやすいのかしら?)

 

 クシェルは内心ハラハラしつつ祈り、ダフネは内心首を傾げていると、

 

「フィールさん、本当にカッコよかったよね」

 

 と、ダフネの妹・アステリアがちょっと自慢げな顔で誇らしげに言った。

 

「ええ、そうね。確かあの技、ハイレベルなテクニックなんでしょう? そんな高等技術を身に付けてるなんて、やっぱりあの娘、ただ者ではないわね」

「ウロンスキー・フェイントは身体鍛えてないと最悪の場合骨折するほど危険なシーカーの奥義だからね。間一髪ダイブからサーフェスしたフィーも全神経集中させて顔歪ませてたし」

「貴女、よく肉眼で見えたわね」

「違うよ? 肉眼じゃないよ?」

 

 クシェルは、つまみダイヤルが多数ついた真鍮製の双眼鏡をダフネに見せた。

 名を『万眼鏡(オムニオキュラー)』と言い、動画を自由に巻き戻し・スロー再生、ズーム、1コマずつの静止が出来る機能を持った魔法具だ。

 

「ああ、万眼鏡ね。それなら納得だわ。で、話は戻すけど………フィールって華奢な外見とは裏腹に意外と筋肉質な肉体よね。あんなにも身体を鍛えてるってことは、将来の夢はクィディッチプロかしら?」

「ううん、闇祓いだって前言ってたよ」

「そうなの? まあ、実技理論の両面において優秀なフィールならなれるでしょうけど………なんだか勿体無いわね。闇祓いと言えば堅苦しいイメージで、如何にも激務に追われてます感がビシバシ伝わってくるし。それに、凶悪な犯罪者を相手に戦う訳だから殉職率も高いし、後遺症の残る重傷を負う人も数多くいるから、私だったらクィディッチプロの方が比較的安定した条件で高収入を得られそうだと思うわ。試合中での大怪我なら、まだなんとか完治可能な範囲だし」

 

 ダフネの言葉に、クシェルは翠瞳を伏せる。

 実のところ、クシェルもダフネと同じで理由こそ異なるが、闇祓いよりもクィディッチプロなどもっと別の仕事に就けばいいのにと思っていた。

 

(………アラスター・ムーディ………)

 

 脳裏に浮かぶ、片方は義眼の傷だらけの顔。

 最強と呼ばれ、アズカバンの半分を埋めたとも言われる元・闇祓いの魔法使い。

 あの男は、神秘部で一度フィールを殺した。

 結果的に、その行為がフィールを魂の境界線へ誘うトリガーとなったのだが………。

 クシェルはどうしても、ムーディのことは許せそうになかった。否、ムーディだけじゃない。ダンブルドアは勿論のこと、騎士団そのものが敵にしか見えなかった。

 新学期当日の夜。

 夏季休暇中、心身共にバテ、ストレスが蓄積して窶れたフィールに、ダンブルドアを初めとする不死鳥の騎士団に憎しみを抱いていたクシェルは感情の赴くままに自分の意見を一方的に押し付けてしまった。それが原因なのか、ダンブルドアはフィールに特権を与えたり、騎士団の休止や離脱を許可した。

 自分の言動を振り返って頭を冷やした今は、フィール本人の意思を尊重しようと強要はしないで黙って見守ることを心掛けている。

 だが、彼等を許そうと言う感情は沸かない。

 フィールは許しても、自分は許せなかった。

 忌まわしい連中の顔が脳内で垣間見え、クシェルはむっつりとした顔でグラスに口をつける。

 

「ところでクシェル。もしフィールが男の子だったら、貴女はあの娘を『友達』としてじゃなく、『異性』として好きだったのかしら?」

「―――ごふっ!?」

 

 いきなりそんな話を振られ、クシェルは思わず飲んでいたジュースを吹き出しそうになって噎せてしまい、激しく咳き込む。

 

「ダフネ、なんでそんなこと訊いてくるの!?」

「え? だって貴女、フィールのこと大好きでしょう? あ、勿論、友達としてよ」

「た、確かにそうだけど………逆にフィーが男の子だったら、関わる機会なんて然う然う無かったと思うけど………」

「そうかしら? 私の予想としては、案外、貴女はあの娘にグイグイアプローチしてたと思われるわ。残念ね。どっちかが異性だったら、今頃はラブラブなカップルになってて、毎日イチャイチャしてたかもしれないのに」

「い、イチャイチャって………」

 

 クシェルは顔を真っ赤にさせる。

 ダフネの言葉から連想した想像と言う名の脳内映像に、顔のみならず全身が急速に熱くなるのを感じた。

 身体が熱に覆われ、赤面したクシェルにダフネはニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべる。こういう時に見せる性質(タチ)の悪さは、やはり彼女もスリザリンの一員だとクシェルは思う。

 

「あら? なに、本当にあの娘とイチャコラついてる光景を想像したのかしら? 顔紅いわよ?」

「ダフネ~っ、からかわないでよ!」

 

 キッと睨み付けるクシェルを尻目に涼しい顔でダフネは一度紅茶を飲む。

 

「でも、真面目な話、もしもフィールが性転換して男の子になったら、きっと女の子にモテモテだったでしょうね。超イイ身体に、スポーツも抜群でイケメンでしかも学年首席で。なのに女には全く興味無しで一切媚びない硬派な性格は、女心を刺激したに違いないわね」

 

 グレーの瞳を細めてフィールの方を見ながらそう言ったダフネは、またクシェルを見る。

 

「三大魔法学校対抗試合であったあの第二の課題の人質、フィールにとっての大切な者がクシェルだったらちょっとした絵になってたでしょうね。鍛え抜かれた肉体を持つあの娘が貴女をお姫様抱っこする場面は全身が水に濡れているのも相まって、ね。そのロマンティックなシーンは、ホグワーツだけに留まらず後の二校も熱狂してファンを魅了させたと思うわ」

 

 すっかりダフネは妄想を掻き立てた様子で熱弁を振るう。割りと恋愛絡み(?)の話題性は好きらしい。尤も、これは『IF』の仮説であって実際は大きく違うのだが。

 

「あー、疲れた………」

 

 クシェルとグリーングラス姉妹が居る所に、若干疲労が滲んだ顔のフィールがやって来た。先程フィールに根掘り葉掘り質問したり健闘を讃えたりしていた生徒達はまだ少し物足りないと言う表情だったが、しつこい真似は控え、豪華な料理にありついてワイワイ談笑している。

 何度も顔を引きつらせたせいか、心なしか頬が筋肉痛になっているような気がするスリザリンの逆転勝利に最も貢献した今日のMVPを、三人は苦笑しながら出迎えた。

 

「お疲れ様、フィー」

「お疲れ、フィール」

「おかえり、フィールさん」

「ああ、ありがとう………」

 

 軽く頷いたフィールはクシェルの隣に座り、肩にもたれ掛かって眼を瞑った。珍しくフィールの方からアプローチしてきたので、クシェルはちょっとドキッとする。

 

「眠いの?」

「いや………少し疲れたから、休憩したいだけ」

 

 それから暫く、クシェルに身を任せていたフィールはフッと眼を開けると、料理の載ったテーブルに手を伸ばし、軽食を取る。ついさっきまで絶えず質問攻めに遭ってたせいで、まだ何も食べていなかった。空腹を満たしたフィールは喉を潤すため何か飲み物が欲しかったのだが、置かれている場所に顔をしかめる。

 

「よりにもよってあっちか………」

 

 忌々しそうに呟くフィールの視線の先は、大勢のスリザリン生が談笑しているエリア。彼処に行ったらまた彼等に纏わり付かれそうで、フィールは自ら赴くことに気が進まなかった。すると、そんなフィールを見かねたクシェルが、

 

「私の飲み掛けだし、あんまり残ってないけど、飲む?」

 

 と、半分ほどジュースが残ったグラスを差し出す。フィールは「じゃあ、頂く」と言って、グラスを持つクシェルの手ごと上から握り、ジュースを飲む。

 

「フィ、フィー………」

「ん、ありがと」

 

 またまた赤面するクシェルに構わず、フィールは飲み終えると、すぐに手を離した。そんなフィールを見て、ダフネは呆れた顔を、アステリアは驚いた顔をする。

 

「時折フィールは天然なのかそうじゃないのか、わかんなくなるわね………」

「今の、間接キスだよね? フィールさん、さらっとやってたけど………」

「と言うか、そもそもクシェルが自分の飲み掛けあげた時点でアレよね。わざわざそんなことしなくても、持ってくればよかったのに」

「ってかさ、お姉ちゃん。フィールさんとクシェルさんって、結局のところどういう関係なの?」

「どういうって………まあ、昔と違ってフィールはクシェルに凄く優しくなったから、今はお互いに『親友』って認識じゃないかしら? たまに行き過ぎの感があるけど」

「ふーん………クシェルさんはともかく、フィールさんが度を越した行為って、あんまり想像つかないんだけど。なんだろ、実は密かに子羊さんを狙ってるオオカミさん的な感じかな? いやでもクシェルさんの場合は子羊さんよりユニコーンがピッタリかな?」

「リア、何処でそんな知識身に付けたのよ」

「お姉ちゃん読んでた恋愛小説で学んだ」

「何勝手に読んでるのよ!?」

「え? だってお姉ちゃん恋愛小説読んでる時、いっつもニヤニヤしてたもん。どんな内容なのかなってずっと気になってたから、読んでみた。お姉ちゃん、意外と刺激強めの展開が好―――」

「ああああああっ! 言わないでちょうだい!」

 

 ダフネが喚くと、フィールとクシェルは不思議そうに首を傾げた。

 

「ダフネ、どうしたんだ?」

「い、いえ………何でもないわよ」

 

 深呼吸して落ち着いたダフネは忌々しそうな視線で瓜二つの妹を睨む。当の本人は澄まし顔で、でも微かに口角を上げながら、上品に紅茶を飲んだ。

 

♦️

 

 数時間後、祝勝会が終了したスリザリンの談話室はあれだけのドンチャン騒ぎが嘘のように静寂に覆われていた。居るのは寮に完備されている女子用の浴場でシャワーを浴びてきた今回のパーティーの主役・フィールのみだ。バサバサとバスタオルで髪を拭きながら、脱衣室を出ようとして、フィールはふと足を止めた。

 脱衣室に備え付けられている鏡。

 そこには、いつもと変わらない顔がある。

 つい最近までついてなかった首筋の傷痕に、フィールはスッと蒼眼を細めた。

 普段は制服のワイシャツでギリギリ隠されているが、万が一これを事情を知らない他人に見られた場合、どう言い訳をすれば誤魔化せるか、わからない。

 傷をつけた相手がヴォルデモートなのだから、その情報が広まればまたもや騒ぎになるだろう。

 と言うかフィール自身、普段はなるべく見ないようにしている。

 無意識の内に頭の片隅にちらついたヴォルデモートの顔を外に追い払うと、生乾きの髪のまま、脱衣室を出て談話室のソファーに座った。

 ひとっこ一人居ないので、広く感じる。

 一息ついたフィールは背もたれに身体を預け、眼を閉じた。

 何も考えず、静かな空間の中で一人過ごしていると、無音だった談話室内に誰かの足音が聞こえてきて、不意に人の気配が背後から生まれた。

 

「ベルンカステル………か?」

 

 その声に振り向くと、プラチナブロンドの髪に薄いグレーの瞳を持つ少年―――ドラコ・マルフォイが立っていた。一瞬、ルシウスの顔が否応なしに思い出されたが、気にしないようにする。

 

「ああ、アンタか………」

「こんな時間にどうしたんだ?」

「軽くシャワーを浴びてきて、今上がったところだ」

「そうか………ベルンカステル、隣座るぞ」

 

 ドラコは先に断ってから、フィールの右隣に腰掛ける。ここまで二人の距離が必然的に近いことは、これまで無かった。それは、ドラコがフィールをスリザリンの恥晒しと貶してきたのと、フィールはその彼と根本的に反りが合わなくて仲が良くなかったからだ。ライバル関係にあるハリー・ポッターと仲良しなのもまた、同じ寮に所属するのに不仲だった原因の一つでもある。

 ドラコはそっとフィールを横目で見る。

 タオルドライだけで済ませてるせいか、元々の顔立ちの良さと相まって年齢不相応の色気を間近で感じる。が、何よりも、どうしても、首筋に残された酷い痕に眼が行ってしまった。白い肌の上で生々しく主張する一生モノの傷の刻印は、否が応でも見る者の視線を釘付けにさせる。

 

「………なんだ?」

 

 横からの視線を感じて怪訝な顔でこちらを見てきたフィールに、ドラコはハッと我に返る。

 

「別に、何でもない」

 

 そっぽを向いたドラコは、少しして、気になってたことをフィールに問う。

 

「………なあ、ベルンカステル。お前はいつ、身に付けたんだ?」

「何をだ?」

「ウロンスキー・フェイントだ。お前、今日のクィディッチ戦で披露しただろ」

「ああ、アレか………言っとくけど、私は今日初めてウロンスキー・フェイントをやった。だから自分でも驚いてる。まさか一発で成功するなんて今でも信じられないよ」

「は? お前、まさか練習しないで、ぶっつけ本番でシーカーの奥義に挑んだのか?」

「そうだけど? と言っても、出来れば使いたくなかったけどな。これで次にウロンスキー・フェイントしようにも、前例があるからあっちもそう易々と罠には引っ掛からないだろうし。まあ、本当に低空でスニッチを見付けて急降下したら、罠なのかそうじゃないかの区別は簡単にはつけられないだろうから、それはそれで相手を惑わせそうだけど」

 

 衝撃的な事実を聞かされ、唖然としていたドラコはじっとフィールを見つめる。

 

「………お前、やっぱりただ者じゃないな」

「これは驚いた。まさかアンタから誉め言葉を貰うなんてな」

「今のは本心だ、ベルンカステル。悔しいが、お前の方が僕よりシーカーに向いていることを、僕は今日、お前のウロンスキー・フェイントを生で見て思い知らされた。アレは熟練シーカーの極意で、シーカーであれば誰もが憧れるテクニックをお前は学生の身で習得したんだ。その内プロからも声が掛かるだろう」

 

 そこまで言ったドラコは、言葉を区切る。

 

「………怖くなかったのか? ウロンスキー・フェイントを実行したのは今日が初なんだろう? 曲がりなりにも、僕だってシーカーだ。昔から、どんなにあの技を実際にやってみたいとは思っても、いざ実践になると、怖くて出来ない。下手すれば失敗して地面に激突するし、運が悪ければ全身を骨折する。でもお前はやってのけた。絶対成功すると、最初から信じてたからやれたのか?」

 

 いつになく真剣な眼差しを向けて尋ねてきたドラコにフィールはこう返答した。

 

「………怖くないと言えば嘘になるな。あの速さで地上に向かって急降下して、激突寸前に急上昇するって、言葉では簡単そうに見えるけど、その実度胸と根性が試される技だ。一度も練習してないのに本番で上手くいくかは、実際にやってみない限り、自分でもわからない。だから尚更怖い。直前で臆病風に吹かれてそのまま地面に衝突しないかって、ヒヤヒヤする」

 

 だけど、と一息入れたフィールは言葉を紡ぐ。

 

「現状を考えれば、ウロンスキー・フェイント以外で逆転勝利する手段は無かった。だから私は賭けに出た。最善の道を見出だしながらもリスクを恐れて躊躇っていたら、いつまで経っても勝てないし、不本意な現状を変えられる訳が無い。どうせやるなら、目的のためならば何だってするスリザリン生らしく、可能性に挑戦してやると、覚悟を決めて挑んだ」

 

 そしてその賭けは見事大成功を収めた。

 フィールの覚悟が、勝機を掴み取ったのだ。

 フィールにも恐怖と言う感情を持っていて、それを自覚した上での土壇場で見せた彼女の勇気にドラコはグレーの眼を見張る。

 

「話が長引いたな。それじゃ、私はそろそろ部屋に戻って寝る。アンタも早く寝た方がいいぞ」

 

 立ち上がったフィールはポンと未だに呆然とするドラコの肩に手を置くと、欠伸を噛み殺しながら寝室に向かう。ドラコは暫く、フィールが消えた方向の虚無の空間を凝視した。

 

♦️

 

 クィディッチ初戦から数日が経った。

 『選ばれし者』ハリー・ポッターが『蒼黒の魔法戦士』フィール・ベルンカステルに敗北したと言う事実を、負け惜しみ精神の塊と言ってもいいホグワーツ生の大半は認めなかった。

 フィールの姿を見掛ける度に、主にグリフィンドール生の生徒は視線で呪い殺さんと言わんばかりの殺意の籠った眼差しで睨み付けるのがお決まりになっていた。

 四六時中グサグサと物騒な視線が突き刺さってもフィール本人は凪のようにさらりと涼しい顔で受け流すので、彼等からすると挑発的な態度とも捉えられるのか、彼女は憎しみの炎に油どころかガソリンを撒き散らしていた。

 

 しかし、フィールは怯えた素振りを見せない。

 と言うのも、フィールは反則してないからだ。

 ウロンスキー・フェイントはちゃんとしたクィディッチ戦術の一つであり、この技で敵シーカーを潰すことはルール違反にならない。これは単にグリフィンドールの勝利を願っていた者達がフィールを『卑怯者』と言って、自分達は負けてないと言い張ってるだけなのだ。

 傍から見たら、物凄くみっともない真似なことに一切気付いてないで。気付こうともしないで、醜態を晒していた。

 

 クィディッチ対抗戦後、スラグホーンが開催したクリスマス・パーティーをなんとか乗り越えた先も、クリスマス休暇明けも、あちこちから不穏なオーラをビシバシと当てられるフィールは変わらず居心地の悪い日々を過ごす羽目になった。

 しかし、どれだけ凄まじい形相で睨まれようとも手を出してこないのは、やはり過去に一時の感情に流された末に、自業自得の因果応報な結果を招いた先人の事例があるからか。

 逆にそれが無かったら、十中八九フィールは襲撃されただろう。まあ、よしんば大多数でフィールに襲い掛かっても返り討ちに遭うのは眼に見えるし、そんな馬鹿げた真似をするヤツが居たら、その日がそいつの最期になるのは、フィールの強さを知っている者からすると容易に察しがつく。

 

 敵に対しては血も涙も無いのがフィールだ。

 まず間違いないなく、襲来してきた相手を徹底的に痛め付けるだろう。

 程度が高ければ高いほど、彼女はそれ相応に倍返しする。パンチやキックだったらカウンターやミドルキックの反撃だけで済むだろうが、魔法による攻撃の場合、フィールは相手にトラウマを植え付けるくらい打ちのめすと予想がつく。そのため、無駄な負け犬の遠吠えをされる以外のことは今のところフィールは何もされなかった。

 

「はぁ………なんでこうも、あらゆる方面から意味不明な理由で恨まれなきゃいけないんだか。いい加減、鬱陶しくなってきたな。校則破られなかったら、アイツら一瞬で蹴散らしてやるのに」

 

 物騒な発言を呟きつつ、銀色のランタンが吊り下げられている天井を仰ぎ見たフィールは、ゴロゴロとベッドの上で寝転がりながら、高く突き上げた右手の掌を注視する。

 

「フィー、わかってると思うけど、こればかりは有言実行しちゃダメだよ。そんなことしたら、フィーが退学処分になっちゃうんだから」

「その言葉、肝に銘じとく」

 

 ベッドに座って苦笑いしながら釘を刺してきたクシェルにフィールは右腕を振り下ろす。

 

「………フィーはさ、本当にクィディッチプロにはならないで闇祓いになるの?」

「現時点で就きたい職業は、そうだな。でも、今の魔法省の見てられないほど酷い有り様にはメリットが何一つ無いからな。ホグワーツを卒業する時までに変化が見受けられなかったら、正直、魔法省勤めは断念しようかなと思う」

「それこそ、クィディッチプロになるとか?」

「クィディッチプロ、ねえ………それも悪くはないけど、此処でのクィディッチ経験はピンチヒッターくらいだしなあ………。だったら、自営業の方がまだマシだ。魔法道具の作成とかは結構得意だし、私自身好きだから、ジャンルを問わず色んなアイテムを取り揃える雑貨屋を開くのも悪くない。と言うか、兼業で自分が経営者の雑貨店オープンは元々考えてたし」

「えっ、いいじゃん、やろうよ、雑貨店! もし開店したら、手伝いに行くよ!」

「それは有り難いけど………ただでさえ目指してる本業が激務だってのに、大丈夫か?」

「そんなのは皆一緒なんだから、大丈夫だよ。ねえ、どんな商品作る? 私、アクセサリーとか可愛い小物、作って売ってみたい」

 

 早くも将来に思いを馳せるクシェルに、微笑したフィールは起き上がって彼女と議論する。

 フィールは何でもアリのバラエティー雑貨を取り扱う雑貨屋を目標としているので、クシェルの意見は参考になった。

 熱く語り合う二人は笑い合い、しかしその笑顔の裏では、将来本当に夢が実現出来るかへの不安感を募らせて………密かに翳りが差す。

 そんな暗い気持ちを吹き飛ばそうとしたのか、ベッドの上に上がったクシェルはフィールを真っ正面からハグする。突然全体重がのし掛かってきたのを対応出来なかったフィールは受け止めきれず、ベッドに押し倒された。

 

「ちょっ、クシェル………?」

「少し、こうさせて」

 

 クシェルはフィールの髪に顔を埋める。

 甘いシャンプーの香りが胸一杯に広がり、猛烈に襲い掛かっていた不安感が払拭されるような気がした。

 

「……………」

 

 胸の奥に、漠然とした懐かしさが呼び覚まされる。見た目は勿論のこと、血筋も含めて全くの赤の他人なのに、記憶の中にある白銀の少女とクシェルが重なって………心が痛む。

 

「………………お姉ちゃん………」

「………………え………?」

「あ、いや………昔、お姉ちゃんに同じことされたなって思い出して、それで」

 

 両腕を背中に回し、フッと一つ息を吐く。

 いつも思うのだが、クシェルは体温が高い方なので温かい。彼女にくっつけば冬の寒さを凌げるので、ここ最近は度々一緒のベッドで寝ることが多かった。

 

「………お姉ちゃん、どんな気持ちで吸魂鬼(ディメンター)のまま魔法界を彷徨ってるのかな………双子なのに、その気持ちがわからないのが、私も辛い。本音を言えば、ここ最近、本当にお姉ちゃんを救えるか、少し不安になってきた」

「………………」

「ごめん、いきなりこんなこと言って。不安を抱いてたら、救えるものも救えなくなるよな。今のは忘れてくれ」

 

 何とも言えない表情で貼り付けた笑みを浮かべたフィールは「そろそろ寝るか」とクシェルを促し、クシェルは「………うん」と頷いて、フィールから身体を離す。ベッドから降りたフィールは銀色のロケットを机に置き、布で覆い被せる。

 母・クラミーがロケットに宿っていることを知った後、フィールはこうして被覆するようになった。相手が家族であっても、着替えてる所は思春期なのも重なって、あまり見られてたくないと言う気持ちが働くからだ。まあ、普段はロケットの中で殆ど眠っている状態らしく、魂の境界線にでも行かない限り、必要な時以外は基本的に喋らないのだが―――。

 

《そういえば、フィール。とても今更なことなんだけど、こんな布切れ一枚だけじゃ、わたしの視界は遮られないわよ》

「―――えっ!? うっそ、じゃあ、今までずっと着替えてるとこ丸見えだったの!?」

 

 珍しく喋ったと思いきや、開口一番爆弾発言をかまされ、制服を脱いだフィールは胸元を隠して頬を紅くさせる。聞いていたクシェルも「!?」とビックリして絶句していたのだが、

 

《ジョーダンよ、ジョーダン。見えてないから安心しなさい。よしんば見えたとしても、眼瞑ってるから、大丈夫よ》

「なぁんだ、ジョーダンか………お母さん、ビックリさせないでよ………」

「ホントですよ、クラミーさん。今の言葉はマジかと思って、驚いちゃいました」

 

 フィールとクシェルはロケットを見ながら安堵の息を吐き、それから二人して顔を見合わせて、ふはっ、と笑い合う。

 その様子に、クラミーは密かにホッと胸を撫で下ろした。フィールの不安な気持ちを魂を通じて知り、どうにかして吹き飛ばしてやりたいと、思いきって冗談を言ってみたのだが………どうやら上手くいったようだ。

 寝間着に着替えたフィールとクシェルは後者側のベッドの中に潜り込み、眼を閉じる。フィールの手には、ロケットが握られていた。

 やがて両サイドから規則正しい寝息が聞こえ、二人が寝ているのを確認したクラミーは意識を闇に沈める前に、そっと呟く。

 

《―――大丈夫よ、フィール。貴女なら、絶対ラシェルを救える。そのためにも、わたしは居るのだから》




【フィールが男子だったら?】
100%の確率でクシェルと付き合ってたでしょう。

【子羊× ユニコーン○】
クシェルがユニコーンならフィールはオオカミ。

【クリスマス休暇明けまでスキップ】
ぶっちゃけた話、早期で原作崩壊した関係でイベント(事件とも言う)が発生しなくなってしまった。

【兼業:自営業】
魔法界で生活するならNo.1エンジョイ職業だと思う。

【まとめ】
と言うことで今回は前回の続きとクリスマス休暇明けまでカットォォォ!の回でした。
上記の通り、早い段階でダンブルドア暗殺計画が粉々になったり、残りの分霊箱2個になったり、死喰い人ホグワーツ侵入を事前に阻止とか、6章で起きた諸々の事件がメチャクチャになって、マジで原作事件が何処かへレラシオされました。ま、その代わりと言ってはなんですが、後でちゃ~んとツケは回ってきますので、もう暫くお待ちください。
多分、後3話くらいで6章終わるかもですので、それを乗り越えたら、皆さんいよいよお待ちかねの最終章に突入となります。


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#101.ホグワーツ特急襲撃事件【前編】

サブタイトルのまんまです。
そして区切りの都合上、超久々に2編もしくは3編になりました。


 半純血のプリンスのおかげで突然『魔法薬学』が得意科目になったハリーを、スラグホーンは「母親と同じ才能がある!」と絶賛した。

 人物蒐集癖があるスラグホーンはハリーを懐柔しようと度々夕食に誘ったが、当初ハリーはダンブルドアの忠告に従ってスラグホーンとは距離を置いて接してきた。

 しかし、ハリーがスラグホーンの記憶を摂取するようダンブルドアに命じられてから、この関係は180゜逆転する。実は、一見すると安穏な人生を送っているように見えるスラグホーンにはある大きな秘密があり、なんと彼はヴォルデモートがホグワーツに在学中、ホークラックスの知識を伝授した張本人だったのだ。

 スラグホーンは、自分がヴォルデモートに『許されざる呪文』以上に魔法の中でも最も邪悪な発明とされる闇の魔術を教えたことがとんでもない惨事を引き起こしたのではないかと密かに恐れ、ダンブルドアからこの記憶を無理矢理提供されそうになると、改竄した偽の記憶を与えて警戒するようになり、更にはハリーもダンブルドアと同じ記憶に興味を持っていることに気付くと、彼との接触も意図して避けるようになった。

 そこでハリーは、幸運薬(フェリックス・フェリシス)の力を借りて本当の記憶を入手。憂いの篩(ペンシーブ)を用いてスラグホーンの過去の後悔に染まった記憶を見て、7は最強の魔力を持つ数字であることから、ヴォルデモートは自身の魂を7つに引き裂き、ホークラックスを6個作成して本体の霊魂を合わせて合計7つの分霊箱を得たと確信を持った。

 ホークラックスに関する知識をヴォルデモートに与えたスラグホーンに、この事を責めることは出来ない。当時、まだ学生だったヴォルデモート―――トム・リドルが、後にホークラックスを本当に製作をするなんて誰も想像がつくはずがないし、先の未来を見通せたのならば、このような事態は未然に防げたのだから。

 現時点で破壊された分霊箱は、全部で5個だ。

 

 トム・リドルの日記。

 ゴーントの指輪。

 レイブンクローの髪飾り。

 スリザリンのロケット。

 ハッフルパフのカップ。

 

 一般的には、後1つ破壊した後に肉体的破滅を迎えれば、ヴォルデモートを打ち破ることが可能だと思うだろう。

 だが、その実ヴォルデモートが作った分霊箱は正確に『7つ』であることは、彼自身すらも気が付いていないだろう。

 ヴォルデモートは、分霊箱を6個作った()()()だった。

 けれど彼は、赤ん坊のハリーを殺害しようとした際、意図せずハリーに己の魂を分け与えてしまった。

 16年前、ハリーの母・リリーが自ら身を投げ出して息子のハリーに『護りの魔法』が発動し、その愛の魔法によって『死の呪文』が発射した本人のヴォルデモート自身に跳ね返った時、肉体を失った彼の破壊された魂の一部が、ちょうど付近にあったハリーの魂に引っ掛かり、偶発的に分霊箱が完成されたのだ。

 だからこそハリーは蛇語(パーセルタング)を理解し、ヴォルデモートとの間に心の繋がりが存在する。

 現在、その事を知っているのはダンブルドアと―――薄々感付いているフィールだけだった。

 

♦️

 

 遅いようで早く、平穏無事で賑やかな学校生活が続いていたホグワーツに1年の終わりがまたやって来た。

 2年前から続いて今年で3度となるホグワーツ生に今後について注意を呼び掛けた後、豪華な食事にありつく例年と変わらない光景が広がる大広間を見ながら、ダンブルドアは人知れず眉をひそめる。

 闇の陣営が遂に本格的に始動し、魔法界は徐々に暗黒が支配する世界に染まり始めてきた。死喰い人による魔法使いやマグルの死亡者・行方不明者は既に数多く存在し、中にはホグワーツ生の親族や家族にも被害が出ている。

 魔法省は現在、元・闇祓い局の局長で魔法大臣のルーファス・スクリムジョールの指揮下で奮戦努力しているが、手法や思考は前任のコーネリウス・ファッジと同じで体裁の取り繕うことに専念するような彼では正直言うと信頼度に値しない。

 無能の塊だったファッジよりはまあまだマシだが、魔法省は近い内に陥落すると想定しておいた方がよさそうなのが本音である。

 

「いよいよ、マジでヤバくなってきたね………」

「ああ、そうだな………」

「それにしても………来年、卒業かあ。なんだかあっという間だね」

 

 スリザリンに所属する生徒が集うテーブルでゴブレットを傾けていたクシェルは高い天井を見上げながら、染々と呟く。クシェルのみならず、フィールやハリー達はいよいよ次の学期で7年に、つまりホグワーツの最上級生になるのだ。そして来年の今頃、自分達は7年間通ってきたホグワーツ魔法魔術学校を卒業する。

 

「クシェル。卒業云々の前に、通過点として絶対突破しなきゃいけないものがあるだろ?」

「………第二次魔法戦争?」

「そうだ。この戦争に終止符が打たれない限り、魔法界に平和は戻らない。そうなれば、私達は死ぬまでアイツの下僕だ。そんな人生なんて歩みたくないだろ?」

「うん、全面的に却下するよ」

 

 クシェルは大きく頷く。

 ヴォルデモートが掲げる純血思想。純血以外の魔法使いやマグルの排除は、ただでさえ腐敗し停滞していく魔法界の完全なる破滅を急速に早めるだけだ。そんなのはゴメンである。

 

「ねえ、フィー」

「ん? なんだ?」

「絶対生き残って卒業しようね。約束だよ」

「勿論、そのつもりだ。………生きて、必ず卒業するぞ」

 

 クシェルとフィールは約束を交わす。

 

 第二次魔法戦争で生還し、このホグワーツ魔法魔術学校を卒業する、と。

 

♦️

 

 キングス・クロス駅に向かって走行するホグワーツ特急のコンパートメント一室で、ハリー達一行とスリザリン組は居た。どこか重苦しい雰囲気が漂う暗い空気を払拭しようと他のコンパートメントで友人同士談笑する生徒達同様に、他愛もない会話でワイワイしつつ、時折チラリと、汽車のスピードに合わせて箒に乗った魔法使い達が周囲を旋回する窓外の景色に眼を向ける。

 彼等はハリーとフィールの警護役を担当する不死鳥の騎士団の団員や凄腕の闇祓い達だ。厳重警備は外のみならず中も万全で、大勢のガーディアンが同乗してピリピリと警戒している。登下校中のホグワーツエクスプレスは、闇の陣営もといヴォルデモートがターゲットにしている2人が確実に搭乗しているので、万一に備えての警固だ。

 なんだか申し訳ない気持ちになったハリーとフィールは窓の外に向けていた視線を逸らして顔を見合わせ、ため息をつく。その2人を元気付けようと、ムードメーカーのロンを中心にくだらない話で少々どんよりした場を盛り上げ、2人は徐々に笑顔を取り戻す。

 

 そんな楽しい一時は、唐突に別れを告げた。

 

「………?」

 

 真っ先に異変を察知したのはフィールだ。

 何かに気付いたのか、空中を飛翔していた魔法使い達が後ろに振り返った途端、何やら血相を変え、一斉に杖を取り出して呪文を発射する光景が眼に飛び込んできたのだ。

 

「え―――っ?」

 

 見間違いか? とフィールが眼を剥いた、次の瞬間。

 

「きゃあぁあああああああああああああッ!!」

 

 遠方から聞こえてきた甲高い女子生徒の悲鳴が耳を貫いた。

 それに続くよう、離れた場所から次々と絶叫が上がり、瞬く間にホグワーツ特急内は阿鼻叫喚と化する。その中には微かに呪文を詠唱する鋭さを含んだ叫び声も混じっていて、益々ホグワーツエクスプレスは混乱とパニックを極めていった。

 

「な、何が起きたんだ………!?」

 

 突然の事態に戸惑いつつも今しがた発生した現状を把握しようと、急いで立ち上がって杖を抜いたハリーはコンパートメントのドアを開けて辺りを見回そうとするが、

 

「待て、ハリー」

 

 と、混乱の真っ只中でいち早く状況を理解したフィールに引き留められた。フィールの右手には既に杖が握られている。

 

「今、私達は下手にコンパートメント外に出るべきではない。タイミングを見計らって、此処から脱出するぞ」

「え? そ、それってどういう………」

「窓の外を見てみろ」

 

 フィールは窓側へ顎をしゃくる。

 険しい顔付きの彼女が顎で示した先には、幾多にも渡って物凄いスピードで飛び交う色とりどりの閃光と、何者かと応戦しているのか呪文による応酬を繰り広げる護衛一団の姿。

 杖を振るって幾度も魔法を撃ち合って戦う彼等の中には、呪いが心臓の位置に命中した魔法使いもいた。呪いを喰らったその人達は糸が切れた操り人形のように腕をだらりと力無く振り下ろし、自分の体重を支えることも出来ずに、箒から滑り落ちて落下していく。地面に墜落したことが嫌でもわかってしまい、ハリーやハーマイオニーはサッと顔面蒼白した。

 

「騎士団や闇祓いが戦闘開始したってことは、恐らく相手は死喰い人の連中だ。そして既に何人かは汽車に乗り込んできたに違いない」

「な、何だって………!?」

「じゃ、じゃあさっきの悲鳴は―――」

「パニックになったんだろうな。不意打ちで、しかも予期せぬ場所で死喰い人が車内に侵入してきて。さっき聞こえてきた声からして、車内警備担当のムーディやトンクスは、とっくに死喰い人と交戦してると思う」

 

 青ざめたハーマイオニー達は息を呑む。

 今すぐ援護しにコンパートメントを飛び出したいが、何分来襲されて間もない今では厳しい。例えハリーとフィールが此処に残ったとしても、自分達を発見した死喰い人は高確率でこちら側に襲い掛かってくる可能性が高い。

 何せ2人の友達なんだから、自分達が居た車両のコンパートメントに2人が居ると決定付けてしまう恐れがある。もどかしいけれど、ここは耐えなければならない。

 しかし、だからと言っていつまでも此処で待機してる訳にもいかない。奇襲してきた闇の陣営が果たしていつまで此処に残留するか定かでないこの戦況、同じ場所にずっと留まって身を潜めているのには限界があるし、いずれ居場所もバレるだろう。

 ならばフィールの言う通り、脱出する絶好のチャンスを見付けて早々に立ち去らなければならない。好機到来を期待し、身構えてると、背後でバンバンと窓をノックする音が響き、振り向くと、箒に乗った闇祓いの男性がガラス越しに顔を覗かせていた。

 

「お前達、無事か!?」

「ええ、大丈夫です」

「そうか。………わかってると思うが、死喰い人共が奇襲してきた。ヤツらの狙いはベルンカステルとポッターだ。お前達は早く列車内に配属された騎士団や闇祓いと合流して―――」

 

 が、フィールとハリーの身を案じるあまり現況を忘れて敵兵に背中を見せていた彼は、言い切る前に射殺された。乗り手を失った箒は何処かに吹き飛び、事切れた彼はゴロゴロと地面を転がっていく。目の前で殺害される瞬間を眼に焼き付けられたハーマイオニー達は絶句した。

 言葉を失う彼女らに悲しみに暮れる暇は無く、闇祓いの男が居なくなってハリーとフィールの姿をハッキリと捉えた死喰い人の1人が『拡声呪文』を使用して2人の在処を告げ知らせる。

 

「居たぞおおおおおおおッ!! 中央の車両だああああああッ!!」

 

 魔法による爆音のような声量は周辺の空気を震わせ、別の死喰い人が撃ってきた光線によって窓ガラスがバリンッと割れた。途端、風が一気に吹き込んできて、カーテンが大きく揺れる。

 

「くそっ………! このままじゃマズい! 早いところ此処から脱出するぞ!」

 

 予定が色々狂った苛立ちと味方が殺された怒りが胸の中で渦巻き、フィールは忌々しそうに舌打ちしながらも、自分の成すべきことは見失わないで未だ呆然と立ち竦むハリー達を促す。フィールの鋭い声でハッと我に返った4人は大きく頷き、一番近くに居たロンが率先して慎重にドアを開けて素早く周囲を確認する。

 

「よし、まだアイツらは来てない! 今がチャンスだ! 早くムーディ達の所に―――」

 

 だが、次の瞬間。

 ガラスと言う障壁が取り払われ、ついさっきまでは窓だった方向から真紅の閃光が飛んできて、フィールに直撃した。今のはハリー達も好んで愛用するポピュラーな『失神呪文』だ。意識を断ち切られたフィールは小さく呻くと膝から崩れ落ちて、フッと瞼が下ろされる。

 

「フィール!」

 

 コンパートメントを出ようとしたハリーは慌てて引き返し、しゃがみ込んで『失神呪文』の反対呪文である『甦生呪文』を唱えようとしたが、その彼にも紅い光の筋が放たれ、意識を奪われた彼は最初に失神されたフィール同様にバタンと倒れ込む。

 

「ハリー………!」

 

 今回の襲撃事件の目的であろうヴォルデモート自らが手に掛けようと執拗に求めている2人がコンパートメント内で気絶し、先に外に出たハーマイオニー達は戻ろうとしたが………何ともバッドなタイミングで、無気味な仮面をつけた黒いローブの魔法使いが複数雪崩れ込んできた。

 

インペディメンタ(妨害せよ)!」

 

 複数が放ってきた『妨害呪文』で3人は軽々と吹き飛ばされ、通路の端のドアに激突する。

 

「あっ………!」

 

 このままじゃ、2人が連れて行かれる!

 焦燥に駆られる3人はすぐさま立ち上がるが、狭い通路では満足に呪文を使えず、『盾の呪文』を展開して死喰い人が撃ってきた魔法を跳ね返しての防御一辺倒になって、劣勢に追い込まれる一方だった。

 そうして、手出しが難しい3人を尻目に死喰い人が先程3人が立っていたコンパートメント前のドアを開け、目当ての少年少女を連れ去ろうとして―――

 

「のおぉおおッ!?」

 

 突如出現した銀のバリアにブロックされた。

 思いっきりブッ飛んだ死喰い人は強かに身体を壁に打ち付ける。その衝撃で脳震盪を起こしたのか、気絶したそいつは床に叩き付けられ、転がった。

 今しがた何が起きたのか、混乱して把握出来ない死喰い人はその場で硬直する。そしてその隙を見逃すほど、ハーマイオニー達は甘くない。

 やり込まれた分はきっちり倍返してやると、一気に距離を詰めて突撃した。死喰い人が気配を察知して身構えた時には既に遅く、『失神呪文』や『金縛り呪文』を連射したりして戦闘不能にし、ロンに至っては開けた窓からそのまま突き落としたりした。

 邪魔者を一掃した3人は、気を失っているフィールとハリーをガードしたらしき防壁に眼を向ける。どう考えてもこれは2人以外の人間が展開したと見て間違いない。そしてこの状況でそれが可能な人物は、ただ1人。

 

《フィール! ハリー君! 起きなさい!》

 

 フィールの首から下げられているロケットに魂を宿らせた彼女の母・クラミーだ。ガードする必要が無くなった彼女は防壁を消滅させる。

 共通認識していた3人は凛とした響きを孕んだ女性の声に「やっぱり」と確信を持ちつつ、フィールとハリーに『甦生呪文』を掛けた。

 

「フィー! 目を覚まして! フィー!」

「ハリー、起きてちょうだい!」

 

 クシェルとハーマイオニーが呼び掛けると、意識が覚醒したフィールとハリーはゆっくりと眼を開けて半身を起こした。意識が戻ったばかりの2人は額に手を当てながら、「よかった」と安堵の表情を浮かべてこちらを見る友人達に眼の焦点を合わせる。記憶を巡らせた2人は『麻痺呪文』で失神されたことを思い起こし、苦い顔になった。

 さて、それはさておき。

 

「さっきの障壁………あれはクラミーさんが出したんですか?」

 

 真ん中に青い石が嵌め込まれ、魔法陣の模様が描かれているロケットを見つめながらハーマイオニーが尋ねると、

 

《ええ、そうよ》

 

 と、クラミーの声が発せられた。

 クラミーによると、どうやら防御に関する呪文のみと言う限定はあるが、最近になってロケットに魂を宿らせた状態であっても魔法を扱えるようになったらしい。なんでも、少しでも力を付けてフィール達の役に立てるようにと、密かに鍛練を重ねてきたとか。以前、何も出来なくてフィールが大怪我を負ったのもあり、己の無力さを実感したクラミーは愛娘を護れるようにと、母親として陰で努力していたのだ。

 

《っと、今は呑気に会話してる場合じゃなかったわね………まずはどうにかしてこの場を切り抜けないと》

 

 ヤツらの狙いはフィールとハリーだ。

 となれば、いつまでも此処に居るのは賢明ではない。この車両はちょうど真ん中辺りで、前後を挟まれたら圧倒的に分が悪くなる。

 そうなる前に、前方か後方、どちらかの車両に逃げ込んで一本道になった瞬間片付ければ楽に倒せるかもしれない。………逆を言えば、先頭か最後尾に敵が乗り込んできた場合追い詰められるのだが、背中を見せてはならないこの戦況なら気合いと根性次第でどうにかなるだろう。と言うか、どうにかなると信じたい。思いたい。

 この難局をどう乗り越えようか、5人は思考をフル回転させて最善策を思案する。程無くして、沈思黙考していたハリーはフィールの顔を見て、こう提案した。

 

「あのさ………思ったんだけど、僕とフィールの2人はハーマイオニー達とは別々に行動して、汽車の外にでも出れば、他の生徒に危害は及ばないんじゃないかな?」

 

 フィールを除く3人はギョッと眼を見張る。

 あろうことか、ハリーは自分とフィールの身を危険に晒す代わりに無関係の生徒を巻き込ませないようにすると言う、とんでもない案を提示したのだ。

 

「ちょっ、ハリー!? 貴方正気!? 相手は死喰い人なのよ!? それも多数の!」

「わかってる。でも、ヤツらの目的は僕とフィールをアイツに差し出すことだ。ヤツらは僕達を捕らえることは出来ても、殺すことは出来ない。それはさっきの攻撃で証明されている。なら、あくまでもヤツらの標的である僕達が汽車の外に居たら、そこまで車両は攻撃されない………と思う」

「だけど………」

 

 尚もハーマイオニーが食い下がろうとした時、ハリーの意見に賛成のフィールが肩に手を置いて制した。

 

「私もハリーの意見に同意だ、ハーマイオニー。私達が此処に居ることで車両ごと襲撃されて関係の無い生徒を巻き込むよりかは、外に出て戦った方がまだマシだ」

 

 ただでさえ、圧倒的に場所も悪いのだ。

 狭い通路の車内に無関係の大勢の生徒。

 障壁や障害物が邪魔な汽車内で行動を制限されそれで捕まるくらいなら、危険を承知した上で環境に束縛されない自由行動を優先し、応戦した方が生存率は高い。

 

「アンタ達は混乱状態の生徒達の鎮静化と、騎士団や闇祓いの援護を頼む。戦力は多いに越したことはない。少しでも軍事能力に長けた人間が加勢すれば、劣勢を跳ね返せるかもしれないからな」

 

 真剣な瞳でキッパリと言ったフィールに、ハリーは首肯する。それから、ロケットを注視してクラミーにこう頼んだ。

 

「御願いします、クラミーさん。別行動するのを許してください」

 

 クラミーは少し考え込む。

 これはとても危険極まりないことだから、正直言うと了承したくはないのだが………不本意な今の現状を乗り越えるには、ハリーの提案も一理あるので、迷いが生まれる。

 一瞬の沈黙の後、クラミーは静かに言った。

 

《………わかったわ。貴方達2人は、わたしが責任を持って護る。ハーマイオニーちゃん達はアラスターを初めとする警備員と合流して、必要最低限の安全を確保することを忘れないことよ。いいわね?》

「………ッ、わかりました………」

 

 唇を噛み締め、何かを耐えるような面持ちで杖を握り締めるハーマイオニーは軽く頷き、ロンとクシェルもクラミーを信じることにした。

 

「よし、それじゃ、別行動開始だ」

「3人共、気を付けてな」

「フィー達もね」

 

 最後に互いに無事を祈って言葉を交わし、ガラッとコンパートメントの扉を開けて、2人と3人に分かれた5人はそれぞれ別方向に進む。

 ハーマイオニー達はフィールとハリーとは逆方向の通路の端にあるドアを開くと、無気味な仮面をつけた黒いローブの魔法使いが数人、車両に侵入しているのを発見した。

 

「おい! お前ら、ポッターとベルンカステルのダチが入ってきたぞ!」

「本当か!? と言うことは、アイツらは先の車両に居るってことか!」

 

 案の定死喰い人はハーマイオニー達が先程まで居た車両を目指し、目の前に居る障害物の彼女らに『失神呪文』を放つ。

 

ステューピファイ(麻痺せよ)!」

プロテゴ(護れ)!」

 

 咄嗟にロンとハーマイオニーの前に出たクシェルが『盾の呪文』で己と2人の身を護り、真紅の閃光を弾き飛ばす。ハーマイオニーが次の瞬間、横方向に身体をずらし、

 

ステューピファイ(麻痺せよ)!」

 

 クシェルの後ろから『失神呪文』を撃つ。

 一人前の魔法使いに匹敵する速さで迸る紅いスパークは死喰い人の胸に当たり、呻き声を上げてぐらりと身体が傾く。

 

ウィンガーディアム・レヴィオーサ(浮遊せよ)!」

 

 仕上げはロンが『浮遊術』で床に倒れそうになった死喰い人の身体を浮かばせ、そして容赦無く列車外へと放り投げた。見事なチームワークを披露した三人は、気を緩めず声を張り上げて安否確認する。

 

「皆、大丈夫!?」

「怪我は無い!?」

 

 すると、何人かの生徒が恐る恐る顔を出し、一時的に脅威を回避してホッとした、涙ぐんだ顔で「大丈夫」と頷く。三人はまだ誰も怪我を負ってなさそうな様子に胸を撫で下ろすが、それも束の間。

 別の死喰い人が、前後から侵入してきた。

 遂には窓を突き破って突撃してきたのだ。

 一瞬で死喰い人に対する恐怖と殺される恐怖の二重の意味で思考が染まったホグワーツ生は顔を引っ込め、頭を抱えて喚く。通路のど真ん中に立っていた三人はシャッと素早い杖捌きで呪文を撃とうとしたが、その前に死喰い人の背後を取った人物達がノックアウトさせた。

 前の先手を打ったのはジニー、後ろの先手を切ったのはダフネだ。前者には友人のネビルとルーナが、後者には妹のアステリアがついている。

 

「ジニー!」

「ダフネ!」

「どうやら、間に合ったみたいね」

「間一髪、ってところかしら」

 

 ハーマイオニーとクシェルの叫びに、ジニーとダフネはホッと一息つき、駆け寄る。だが、そこでふと、ダフネはある違和感に気が付いた。

 

「グレンジャー、フィールとポッターはどうしたのよ?」

「えっと………」

 

 初対面に近い………と言うか初対面のダフネの問いに、ハーマイオニーは口ごもらせる。言い淀むハーマイオニーの態度に、グリーングラス姉妹の瞳に険しさが宿った。

 

「ちょっと………まさかあの娘に何かあった訳じゃないでしょうね!?」

「フィールさんは無事なの!? どうなの!?」

 

 黒髪灰色眼の姉妹の詰問に気圧されるハーマイオニーが「落ち着いてちょうだい」と詰め寄る二人に説明しようと口を開きかけた直後、

 

「皆、伏せろ!」

 

 ネビルが大声で指示を出した。

 反射的にハーマイオニー達は身を屈め、緑色の閃光が頭上を飛び越して壁に穴を開けたのをチェックしてから、サッと体勢を立て直す。

 そしてハーマイオニー達は、呪文を射出したと思われる張本人に猛烈な憎悪が胸の奥底から込み上げてきて、瞳がギラギラと輝き出し、ハーマイオニーとネビルは同時にその名を叫ぶ。

 

「「ベラトリックス・レストレンジ!」」

 

 長身で黒髪、薄い唇に厚ぼったい瞼の魔女。

 残虐さを帯びた双眼には、仕留められなかった悔しさと苛立ちが織り交ざっている。

 紛うことはない。

 ヴォルデモート失脚後、夫のロドルファス・レストレンジや義理の弟のラバスタン、バーテミウス・クラウチ・ジュニアと共に、騎士団の一員で闇祓いだったロングボトム夫妻―――フランクとアリスを捕らえて闇の帝王の消息を吐けと『磔の呪文』で拷問した末に廃人にし、そして1年前の今頃神秘部でエミリー・ベルンカステルを死に追いやった………ベラトリックス・レストレンジ本人だった。

 両親の仇、親しい人の仇を目の当たりにしたネビルとハーマイオニーは鋭く睨み付ける。

 

「おやおや、誰かと思ったら、ロングボトムの小僧と穢れた血じゃないか」

 

 ベラトリックスがニヤニヤと下卑た無気味な笑いを浮かべた瞬間、ハーマイオニーが一歩前に踏み出してジニー達を庇うように立ちはだかる。

 

「ここは私が相手になるわ! 皆は早く騎士団の人達が居る所に行って!」

「でも、1人じゃあまりにも危険よ!」

「ええ、だからあの人達の力が必要なのよ、御願い!」

 

 ハーマイオニーの必死さに躊躇っていたジニー達は突き動かされ、

 

「わかったわ………気を付けて!」

 

 彼女のことを案じながら、この場を離脱した。

 長い赤毛をたなびかせて一番後ろだったジニーが走り去るのを気配で確認を取ったハーマイオニーは、鋭い眼でベラトリックスを見据える。

 

「神秘部以来ね、ベラトリックス」

「穢れた血のお嬢ちゃん、まさかこの私に無謀にもたった1人で戦うつもりかい? 私がお前を殺してしまったら、あの血を裏切る者達はどうなるだろうねえ? 穢れた血が、あの女と同じように居なくなったら死ぬまでずーっともがき苦しむだろうさ」

「貴女なんかに、二度と私の大切な人達に指一本触れさせやしないわ!」

「穢れた血の分際で私に単身で挑むとは、なんて馬鹿な真似を。どう考えても、後悔するとしか思えないけどねえ?」

「馬鹿言ってるんじゃないわよ! 貴女から逃げる方がもっと後悔するわ!!」

 

 自分を奮い立たせるために、ハーマイオニーは腹の底から声を出す。

 ベラトリックスは死喰い人屈指の実力者だ。

 単純に考えれば、いくら学年次席のハーマイオニーの技量を以てしても、経験でも能力でも上回るベラトリックスに単体で挑むなど最早自殺行為に等しい。

 それでも、ハーマイオニーは戦う事を選んだ。

 この女だけは、絶対に許しはしない。

 例え死んだとしてもコイツだけは必ず呪い殺してやると、それだけの激情に駆られているハーマイオニーは真っ直ぐにベラトリックスを見返す。

 

「そうかいそうかい………なら、存分に後悔させてやるよ!」

 

 ゲラゲラと人ならざる嗤い声を高らかに上げたベラトリックスは、持ち主の性格をそのまま反映させたかのように曲がった鬼胡桃の杖を掲げる。

 全力でこちらを仕留めに来るだろうベラトリックスに対する少なからずの恐怖を強靭な精神力で抑え込んだハーマイオニーはブドウの蔓が彫られた杖を翳し―――火蓋が切って落とされた。




【生還してホグワーツを卒業する】
忘れがちですが、最終章のハリー達は最上級生。
原作と違いそのままホグワーツに在学なので、生還すれば晴れやかに卒業となる。

【ホグワーツ特急襲撃事件】
前回の予告通り、ツケが回ってきました。
原作ではキャビネット棚を修理したフォイフォイがホグワーツにデスイーター侵入させて城でのバトルでしたが、作中では木っ端微塵にされたので代理としてデスイーターとバトルINエクスプレスとなりました。どうせホグワーツでの戦闘は7章でド派手にやりますし。

【容赦無く死喰い人を窓から落とすロン】
ロン「よっこらしょっと」
死喰い人「イ゛ェアアアアアアアア!」
ハーミー「( ; ゚Д゚)」
クシェル「( ; ゚Д゚)」
ハリー「(´・ω・`)」
フィール「容赦無く落としやがったぞおい!」

【啖呵を切るハーマイオニー】
ハーマイオニーがめっちゃイケメンになった。
あのベラさんを相手に単体で挑むハーマイオニーはこれまでいただろうか?

【まとめ】
と言うことで今回はデスイーター下校中のホグワーツ特急を奇襲の回でした。実は、劇場版コナンや実写版スパイダーマンで走行中の電車(の上)で戦闘するシーンを観ていたら、いつか電車(の上)でのバトルは絶対に取り入れようと決めていたので、ようやく念願の夢が叶いました。私の中でナンバーワン戦闘場面のシチュエーションだったんですよね、これ。なので今メチャクチャ大満足してヒャッハーです。
とりあえず次回の予定は、ハーマイオニー大活躍とダブル主人公sideの回となります。


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#102.ホグワーツ特急襲撃事件【後編】

今回の#は平成最後の更新であり、謎のプリンス編ラストでもあります。


アバタ・ケダブラ(息絶えよ)!」

 

 最初に先手を仕掛けたのはベラトリックスだ。

 歪んだ心を表現するかのように大きく捻じ曲がった杖の先から発射される、緑色の閃光。

 魔法界では『許されざる呪文』の一つとして対人使用が禁止されている『死の呪文』。反対呪文は存在しない、強力な魔力を必要とする、直撃すれば即死は免れない必殺の殺人魔法。

 直接受けて尚生き残ったハリー・ポッターやフィール・ベルンカステルのような例外を除いて後は共通で防ぎようの無い呪文特有の緑に輝く閃光がハーマイオニーに襲い掛かるが、彼女はそれをサッと伏せることで難なく回避する。

 狙いが外れたスパークは先程ジニー達が走り抜けていったドアに当たり、爆発して緑の炎が起こって炎上した。

 

(流石、闇の魔女としての腕前はピカイチのベラトリックス。侮れない速さね………でも、見切れないほどじゃないわ!)

 

 チラッと肩越しに振り返って、ベラトリックスの攻撃が一回につきどのくらいの破壊力が秘めているかを大方把握したハーマイオニーは杖を大きく振るい、ベラトリックスに攻撃する隙を与えないよう連続で呪文を射撃した。

 石火電光で絶え間無く放射される光線を最小限の動きで的確に撃ち落とすベラトリックスは、以前とは比べ物にならないほどの成長を遂げたハーマイオニーに興味を惹かれ、同時にすぐに殺すのではなく、徹底的に叩きのめした後で、散々苦しみを与えた後で息の根を止めてやりたい気持ちになった。

 あの決然とした顔を苦痛で彩らせ、曇り無き眼を恐怖で濁らせながら泣き叫んで自分に命乞いをする姿を想像すると、言葉では表せない凄まじい快感が沸き上がり、足元から指先まで、全身の神経そのものが、細胞の隅々までもが、愉快痛快でゾクゾクしてしまう。

 

「これはこれは驚いた! まさか、マグル生まれにしては少しばかり腕が立つ穢れた血の小娘が1年ちょっとでこうも変わるとはね!」

「光栄ね、人を殺すことに生き甲斐を感じてるようなサイコパスな貴女に誉められるなんて!」

 

 互いに皮肉な言葉を交わしながらも、両者は杖を振るう腕を止めない。少しでも動きを止めてしまえば殺られるのは目に見えているので、ハーマイオニーは長時間の戦闘でも耐えられるよう、なるべくは最小限の動きだけでベラトリックスの攻撃を的確に回避・防御して疲労を抑えつつ、果敢に攻め続けた。

 自信をへし折り、意地を踏み躙り、決意を切り裂き、二度と歯向かえられなくなるくらい無慈悲に打ちのめし、最後は戦意喪失して袋小路に追い込まれ「殺さないでくれ」と哀願してきた惨めな敗北者(すがた)を、微塵の躊躇も一欠片の慈悲も見せず、ただただ嗤いながら一蹴して見世物にしたいベラトリックスが敢えて『死の呪文』を使ってこないこともあって最初こそ互角に渡り合っていたハーマイオニーだったが、それを差し引いてでも自分の実力を遥かに上回るベラトリックスにハーマイオニーは徐々に劣勢に立たされていく。

 

ペトリフィカス・トタラス(石になれ)!」

 

 『全身金縛り呪文』の効果を帯びた青い閃光がハーマイオニーの胸に向かって真っ直ぐ空虚の宙を迸る。

 

レラシオ(放せ)!」

 

 身体を斜めに引いて直前で躱したハーマイオニーの杖から火花が弾け飛び、ベラトリックスへと飛び散る。

 

ディフィンド・マキシマ(引き裂け)!」

 

 『マキシマ』で強化された『切断呪文』がハーマイオニーの身体の中心軸を狙って迫ってくる。

 

プロテゴ(護れ)! エクスパルソ(爆破)!」

 

 咄嗟に『防衛呪文』を出現させ、細い錐のような、鋭利な刃物のような塊を防ぎ、続け様に『爆破呪文』を仕掛けて攻撃を繰り出す。

 

「チッィ! コンフリンゴ(爆発せよ)!」

 

 慌てて後方に飛び退いて難を逃れたベラトリックスは着地と同時に仕返しと言わんばかりに『爆発呪文』をハーマイオニーの足元目掛けて発射する。あらかじめ予想していたのか、落ち着いた動作でハーマイオニーは回避した。その彼女に向かって、ベラトリックスは『死の呪文』『服従の呪文』に並んで『許されざる呪文』として邪悪な魔術に数えられる『磔の呪文』を唱える。

 

クルーシオ(苦しめ)!」

「ッ!?」

 

 着地後の硬直で反応がワンテンポ遅れてしまい後1秒反撃が間に合わなかったハーマイオニーが感じたのは、今までに感じたことのない、約17年間生きてきた短い人生の中で最大と断言出来る激痛だった。

 鈍器で殴打されるような、刃物で切り刻まれるような、火炙りにされるような、内臓を抉り出されるような、身体が溶けていくような、そんな痛覚と恐怖が一斉に全身を駆け巡り、一瞬にして正気を削られ………ハーマイオニーは声にならない叫び声を上げた。

 ハーマイオニーの絶叫が、車内に響き渡る。

 痛い、痛い、痛い………。

 このままじゃ死ぬ………否、この痛みがいつまでも続くなら死んだ方がマシだ………。

 止めて、止めて、止めて………もう………止めて………お願いだから………。

 ゲラゲラと人ならざる嗤い声を上げるベラトリックスの高笑いが、言葉では到底言い表せない激しい痛みに精神が蝕まれるハーマイオニーの喚声と重なり―――永遠とも思える地獄の時間から解放されたハーマイオニーは、ふらっと身体を傾かせて倒れ込んだ。

 ベラトリックスは勝利を確信した、残忍さを前面に押し出したかのような冷笑を浮かべてゆっくりと歩み寄る。

 荒く息をつき、苦しそうに喘ぎながら足元の床で転がるハーマイオニーを冷たい瞳で見下ろすベラトリックスの視線は彼女の手元に注がれていた。

 身も心も苛まれているはずなのに、その右手には杖がしっかりと握られている。

 如何なる戦況であっても武器はガッチリ掴んで決して手放そうとしないハーマイオニーをベラトリックスは鼻で嗤い、薄く笑みを刷く。

 

「助かりたいか? さあ、もう一度哭き叫べ、そしてみっともなく命乞いをして見せてみろ! そうすれば、考えてやっても―――」

 

 だが、ベラトリックスが言い切る前に。

 どれだけ苦痛の真っ只中に居ようとも戦意に輝く褐色の瞳は失われていないハーマイオニーは強い眼差しで睨み付け、言葉を遮った。

 

「助ける気なんか無いクセに………答えは、決まっているわ」

 

 次の瞬間。

 素早く杖を掲げたハーマイオニーは完全に油断しているベラトリックスの顔面に一発魔法を撃ち込み、仰け反らせる。

 

 

 

「―――屈しはしない、貴女なんかに!」

 

 

 

 起き上がったハーマイオニーは無我夢中で対象を遠くへ吹き飛ばす『デパルソ』を放つ。顔に一撃を受けたベラトリックスは思わぬ逆襲に対応出来ずに身体がブッ飛び、バランスを崩して尻餅をついた。

 

「さあ、来るなら掛かってきなさい! 刺し違えてでも、此処で食い止めるわ!!」

 

 ふらつく身体に鞭を入れ、額に滲み出た汗を拭いながら、枯れない闘志の眼を以て勇ましく叫ぶハーマイオニー。

 決然とした態度の彼女に、立ち上がったベラトリックスは傍から見てもゾッとするような、激しい怒りを露にした憤怒の表情で見据える。

 

「この、調子に乗った穢れた血の小娘がァ!」

 

 頭に血が上ったベラトリックスは激情の赴くままに鬼胡桃の杖を振り上げ、魔力の奔流を力任せに放射した。ハーマイオニーも瞬時に杖を翳して迎撃し、攻撃を阻止する。

 ―――が、明らかに力負けしていた。

 かつて『闇の魔術に対する防衛術』の授業でフィールと対決した時と全く同じ状況を体験しているハーマイオニーには、その事が容易にわかる。

 

(ヤバい………このままじゃ………くっ、こうなったら、一か八か………!)

 

 ハーマイオニーはフリーハンドの左手を添える―――のではなく、ショルダーホルスターから予備の杖を抜き出し、攻撃魔法の威力をグッと増強させた。

 2本の杖によって飛躍的にアップしたハーマイオニーの強力な魔法にベラトリックスの閃光は一瞬押されるが、譲る気は更々無く、押し返そうとする。

 

「何処までも邪魔しやがって………我々魔法族に劣るようなマグルならマグルらしく、早く命乞いをして哭き喚けばいいものを!」

 

 死喰い人の中でも特に感情の起伏が激しく、苛立ちが頂点に達してきたベラトリックスは忌々しそうに言葉を吐き捨てる。その彼女に向かって、ハーマイオニーは大声で言い返した。

 

「誰が貴女の前で泣いて命乞いなんかするものですか! そんな無様な姿を晒すくらいなら、いっそのこと死んだ方がマシよ! ここから先は絶対行かせない! どうしても先に進みたいって言うなら、まずは私を殺してからにしなさい!!」

 

 ハーマイオニーは歯を食い縛り、両足で踏ん張りながら、持てる力を総結集させて2本の杖に注ぎ込む。

 溢れ出た魔力が光の筋となって、ハーマイオニーの全身から噴き上がった。

 2人の魔女の呪文のぶつかり合いで、車両が激しく揺れる。

 

「ぐっ!? おのれ、たかがグレンジャー如きにこの私が押されるとは………!」

 

 ハーマイオニーの力を完全に侮っていたベラトリックスの顔に、焦りの色が見え始める。

 密かに冷や汗が額に垂れたベラトリックスは、かつてこの手で葬った女の姿が垣間見えた気がした。

 

 

(地震………!?)

 

 車内の揺れを感じた瞬間、そう思ったが、ジニー達はすぐに気付いた。

 

(ハーマイオニーが全力で戦っているんだわ!)

 

 命懸けで格別の死喰い人・ベラトリックスと戦っているハーマイオニーの覚悟を、無駄にすることは出来ない。先程、思わず耳を塞ぎたくなるような絶叫と、猛々しい叫び声がこちらまで聞こえてきた。

 その時、我慢出来なくてジニーは踵を返してターンしようとしたが………「自分達がやるべきことはムーディ達を連れて加勢しに行くことだ」と第一優先事項を見失わないで冷静に状況を把握しているロンとクシェルに引き留められ、こうして疾走し続けている。

 突然の地震に悲鳴や騒ぎ声があちこちのコンパートメントから上がった。一般の生徒や下級生を巻き込むことは、決して許されない。

 進行するにおいての邪魔者を次々と排除し、走りに走ったジニー達は、聖28一族出身の長身で厳つい顔をしているヤックスリーと、同じく聖28一族の一つで短髪ブロンドの色黒巨漢ソーフィン・ロウルと実力伯仲の戦闘を繰り広げるムーディとトンクスの姿を見た。

 彼等は目の前の敵を倒すのに夢中でジニー達の存在に気付いていない。そのチャンスを見逃すほど、彼女らも甘くはない。

 

「「ステューピファイ(麻痺せよ)!」」

 

 すかさずロンとクシェルは『失神呪文』を発射し、真紅の閃光に包まれたヤックスリーとソーフィンはノックアウトされた。呻き声を上げて倒れた2人の後ろに立つ思わぬ救援隊にムーディとトンクスは眼を見開かせつつ、すぐに感謝の言葉を述べた。

 

「助かったぞ! よくやってくれた!」

「サンキュー、助かったよ!」

「礼はいいですので、ハーマイオニーの援護に向かわないと! ベラトリックスと戦っているんです!」

「なんだと!? それは本当か!?」

「ええ、ですから早く!」

 

 驚くムーディ達を連れて、ジニー達は急いで走り出す。グリーングラス姉妹はフィールやクシェルの安否を心配しつつ、此処に残ってこの車両の生徒達の護衛と沈静化に務めた。

 休む暇もなく、ジニー達は走り続けた。

 今来た道を戻って行く度に、振動が激しさを増していく。

 途中、何人かの死喰い人が侵入してきたが、

 

「押し通る! 邪魔するな!」

 

 と、強行突破して強引にでも突き進んだ。

 そうして、息を切らしながらようやく目的地に辿り着くと、

 

「ハーマイオニー!?」

 

 自分達には背を向ける形で、ベラトリックスの呪いの光にハーマイオニーが飲み込まれそうになっている光景が眼に飛び込んできた。

 真っ先にロンとジニーが駆け寄り、援護する。

 3人掛かりの攻撃には流石のベラトリックスも怯んだが、学生数人を相手に簡単に負けるほど彼女も弱くはない。しかし、ハーマイオニー達も負けてはいなかった。

 

「うぉおおおおおおおおお! 踏ん張れハーマイオニー!」

「諦めたら終わりよ! あともう少し、なんとか耐え凌いで!」

 

 2人の鼓舞にハーマイオニーは大きく頷く。

 明らかに力を増している3人の少年少女と闇祓い2人の登場に、分の悪い戦闘は避けるべきだとベラトリックスは腸が煮え繰り返る思いだったが堪らず戦線離脱することを選ぶ。

 

「あのお方には申し訳ないが………ここは出直すしか………」

 

 全力で杖を横に薙ぎ、呪いの糸を断ち切る。

 だが、そう易々と逃がす訳にはいかない。

 

「逃がさないわ! インカーセラス(縛れ)!」

 

 ハーマイオニーはベラトリックスを捕まえるべく、ロープを出して捕らえようとしたが。

 

「………え?」

 

 集中力が途切れたせいか、縄が出てこない。

 それを見て、

 

「私がやるわ!」

 

 ジニーがハーマイオニーの前まで走り出たが、途中で構えを解いた。縛り上げようにも、そうする前にベラトリックスが窓から飛び降りて空中で姿を眩ましてしまい、無意味に終わるだけになってしまったからだ。

 

「ごめんなさい………私が………取り押さえておけば………」

 

 ベラトリックスが立ち去った瞬間、急速に疲労感と脱力感にどっと見舞われ、肩で大きく息をしながら、ハーマイオニーは顔を歪めて申し訳なさそうに言う。体力の消耗が激しく、身体を支えているのもやっとと言う感じで通路の床に膝をついているのを見て、ジニーは首を横に振る。

 

「いえ、私がもう少し早かったら………」

 

 あと一歩と言うところまで追い詰めたベラトリックスを逃がしたことは残念だが、

 

「でも、死喰い人の連中の中でも猛者のアイツを退けられたんだ。それだけでも、十二分に凄いことだぜ」

 

 とロンが笑顔で言い、ジニーも首肯する。

 

「ハーマイオニーは十分過ぎるほど頑張ったわ。だから―――」

 

 ジニーが最後まで言い切る前に、

 

「総員退避いぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」

 

 空間一帯に『拡声呪文』を用いたのだろう死喰い人の図太い声が、撤退命令を下し………あれだけの激戦が嘘のように、呪文の応酬はピタリと止んで大量の黒い影が一斉に消え去った。

 

♦️

 

 時は遡り―――。

 ハーマイオニー達と別れたハリーとフィールは持ち前の戦闘能力を活かして進撃していた。何かと障害物が多い環境下なのでド派手にやらかすことはあまり出来ないが、長年数多くの修羅場を潜り抜け、そして誰よりも場数を踏んできた2人は見事なチームワークを発揮する。

 2人同時に撃った呪文で一つ先の車両へと吹き飛ばしたり、どちらかが『盾の呪文』を展開してどちらかが『失神呪文』や『金縛り呪文』で死喰い人と交戦したり―――時折ロケットに宿っているクラミーが敵の攻撃を弾き飛ばしてサポートしてくれるのもあって戦い慣れているハリーとフィールは互いに信頼を置き背中を預けながら、どんどん入ってくる死喰い人を撃破していった。

 

 その2人は今、走行中のホグワーツ特急の屋根である男と対峙していた。

 

「久し振りだな、ハリー・ポッター。フィール・ベルンカステル。2~3年前はまだ幼い子供と言うイメージが強かったが………身長もかなり伸びたようだし、顔付きも随分大人びたじゃないか」

 

 少しソバカスがあるそれなりに整った顔立ちに風に吹かれて揺れる薄茶色の短髪。一昨年、一回だけ見たことがある当時に比べたら肌はきちんと手入れされているし、身形も綺麗だ。

 彼―――バーテミウス・クラウチ・ジュニアは両手にそれぞれ持つ細長い杖をクルクルと弄びながら、出身寮のシンボル動物の蛇のように舌なめずりし、爽やかな、それでいて余裕のある笑顔を浮かべてこちらを睨んでくる黒髪の少年少女と向き合っていた。

 此処は走行中の電車の上と言う足場がとてつもなく不安定な場所なので、敵味方関係無しに共通で自由に動き回る真似は出来ない。その場で微動だにしないハリーとフィールは、視線だけは敵対するクラウチJr.をしっかりと捉える。

 

「そういうお前も、ちょっとはマシな格好になったな。………去年、お前は神秘部に来なかった。何故なんだ?」

「君達にわざわざ親切に答える義理なんて無いから、お好きなように」

 

 クラウチJr.は芝居が掛かった口調で言い、これまた芝居が掛かった自然的な動作で胸に手を当てて恭しく頭を下げる。御辞儀をする様はまるで闇の帝王みたいだなと、口には出さないで2人は心の中だけで思った。

 

「さ、お喋りはこのくらいにしておこうか。本音を言うと、僕は君達とはあまり戦いたくないのだけれど、まあ仕方がない」

「帝王直々に宿敵を倒したいと願う御主人様の命令は必ず守らなければいけないからか?」

「確かにそれもあるけど―――」

 

 邪悪な笑みを貼り付かせるクラウチJr.は2本の杖を掲揚し、

 

「―――あんまり長引いてしまうと、僕が君達を誤って痛め付けてしまう恐れがあるだろう!?」

 

 言葉とは裏腹に、唐突に魔法を撃ってきた。

 小さな白い光―――『斬撃呪文(セクタムセンプラ)』だ。

 真白き閃光は絡み合って太くなり、通常よりも威力が増した闇魔術の一撃が光速で飛んで来た。

 即座にフィールが一歩前に出て銀の盾を作り出し、自分とハリーの身を護る。最初から予想していたクラウチJr.は動揺せず、むしろ面白そうな様子で2本の杖を闇雲に振り回し、反撃するチャンスを与えないで連続で呪文を射出した。無差別攻撃は軌道が読めず、見極めて避けるのは困難なので、フィールは継続して呪いの猛攻を防ぐ。

 

「どうしたんだい? このまま防御に徹していたら、その内、力を使い果たすかもしれないよ? 防戦一方なんて、まるで君らしくない。攻撃の隙を突いて、少しは反撃してきたらどうだ!?」

 

 嘲るように笑いながら、クラウチJr.は挑発してくる。返り討ちに遭うのを危惧して反撃のチャンスを与える気など無いクセに、と舌打ちするフィールに代わって、ハリーが声を張り上げた。

 

「さっきから思ってたんだが………これは一体どういうことだ? お前の目的が僕達をアイツの元へ連れ去ることなら、僕達の命を奪うような真似は出来ないはずだ!」

「その通りだけど、逆に言えば、命に危険が及ばなければ、何をやっても大丈夫と言う証明にならないかな? 君達を―――いや、()()()()()()()()を『あの方』へ差し出すことが、僕や今回ホグワーツ特急を奇襲した死喰い人仲間の目的だ。だから極端な話、そこに居る()()()()()()()()()()()()()()彼女のキレイな顔に傷の1つや2つ付いたところで、僕は全く気にしないんだけどね」

「そんな………なんてヤツだ!」

 

 聞き捨てならないクラウチJr.のセリフに、糾弾に近い声でハリーは明るいアーモンド状の緑眼を大きく見開かせる。

 

「僕だけじゃなく、フィールもアイツが………ヴォルデモートが、自分自身の手で殺すから生かしておけって言われたんじゃないのか!?」

 

 ハリーの問いに、一旦攻撃の手を止めたクラウチJr.がこれだけは丁寧に説明してくれた。

 

「簡単なことだ、ポッター。襲撃前、僕達は『あの方』に2つの任務を受けた。まず1つが、君を生かしたまま『あの方』に面会させること。そしてもう1つが―――必要とあらばフィール・ベルンカステルを殺害しろ、とのご命令だ。彼女には君のようにちょっと特殊な護りがあるせいで殺せる手段は然程多くは無いけれど、0と言う訳ではない。だから………後顧の憂いを断つためにも、彼女には此処で死んで貰うよ!」

 

 直後、再びクラウチJr.が先手を打ってきた。

 同時、盾を消失したフィールとハリーも杖を振るって対抗する。

 流石は最もヴォルデモートに忠実な死喰い人の一人だ。そこいらに居るような魔法使いとはまるっきり桁違いなその才腕は、同じく執念深いレベルで忠誠心を誓うベラトリックスと同等かそれ以上で並外れている。

 学生時代、OWL(ふくろう)試験で12科目に合格するほどの超優等生で『服従の呪文』を打ち破る実力も秘めたクラウチJr.は二刀流ならぬ二刀杖で、防衛術の成績ツートップのハリーとフィールと互角に渡り合う。

 とは言えそれは、一歩間違えれば十中八九命は無い戦場だからの話であり、平らな場所であったらここまで戦えるかどうかはわからない。

 一応他の死喰い人と比較したら強者の類に入るだろうと言う自負はあるが、だからと言って増長したりして己の実力は絶対的な強さを誇っていると思い込み、過信し過ぎるのは自分で自分の首を絞める行為だ。過度な自惚れは控えるべきだと、その点は自信過剰な者が多い死喰い人にしては珍しいことにクラウチJr.は理解している。

 

(あの時は偶然運が味方したとは言え、一度『あの方』と多数の死喰い人を掻い潜ってホグワーツへ帰還したポッターとベルンカステルを一度に相手するなんて、無茶に決まってる………)

 

 例えるなら、物語で言うところの『主人公補正』的な強運の持ち主である2人だ。前回みたいなことが起きても不思議じゃない。

 しかし、今はまだ退く訳にはいかない。

 万が一劣勢に立たされて撤退を余儀無くされたら迷わず撤退しろとの許可は出されているが、それではあまりにも早すぎる。

 だから、全力で戦うしかない。

 今はもう少し、粘ってみよう。

 死喰い人の一人として、闇の帝王に忠誠を誓う忠実な部下の名に賭けて。

 

 

(くそっ、やっぱりコイツは強いな………ことごとく全て受け流される………)

 

 クラウチJr.と戦い始めてから数分が経過。

 休む暇もなく杖を振るい、呪文の応酬を繰り広げるフィールは思い通りにならない不本意な現状に苛立ちを覚えてきた。

 このままではマズい。

 では、どうすれば打破出来る?

 思考を回転させながら戦闘を続けていると、突如汽車内から上がったハーマイオニーの悲鳴とベラトリックスの嗤い声が耳に入った。

 外に居る2人は知らないが、ベラトリックスに単身で挑んだハーマイオニーが『磔の呪文』を受けたのだ。

 

「ッ!? 今、何が起きて―――」

 

 ハリーの注意が一瞬、クラウチJr.から逸れて思わず肩越しに汽車の屋根を振り向いた瞬間、

 

「油断大敵だ、ポッター!」

 

 4年時、ムーディに成り済まして防衛術を担当したクラウチJr.は皮肉を交えてムーディの口癖を真似て、呪文を放った。

 

「! しまっ―――」

 

 ハッとしたハリーが急いで真っ正面に向き直った時―――

 

エクスパルソ(爆破)!」

 

 足元の屋根に杖を突き立てたフィールが鋭く唱えた直後、小さく爆破した足場が崩れ落ち、2人は汽車の中に垂直に落下した。爆破による危害は受けないよう、殺傷能力を抹消させると言う常人には真似出来ない神業を披露したフィールだからこそやれたことだ。

 

「―――うわあッ!?」

 

 いきなり足場を失ったハリーは咄嗟のことに対応出来る訳が無く、重力に従って身体が落下していく。両足に地面をついて着地したフィールはハリーをキャッチすると、彼が文句を言ってくる前に、一番近くのコンパートメントのドアをガラッと開けて中に放り投げた。そして暫くの間は扉が開けられないよう魔法を施すと、フィールが開けた穴を追って車内に侵入したクラウチJr.と一直線の通路で対峙する。

 

「何をしたかと思えば………まさか、屋根に大穴を開けるなんて。君も中々物騒なことをするね。大切な仲間に怪我をさせてもいいのかな?」

「そうならないためにも、ちゃんと殺傷能力は抹消した。じゃなかったら、いきなり生身で『爆破呪文』を受けさせる訳無いだろ」

「君のその才能は、本当に化け物かと疑いたくなるよ………それはそうと、わざわざ僕に有利な場所を提供してくれるなんて、サービスのつもりかな?」

 

 多勢に無勢の場合はともかく、1対1の場合、狭い通路は汽車の上よりも遥かに戦いやすい。わざわざこうして一直線の道に連れてきたフィールの意図にまだ気付いていないクラウチJr.は不敵に微笑む。

 

(………ごめん、お母さん。これだけは、バリア展開しないで)

(! フィール、貴女まさか―――!)

 

 その時、死喰い人の一人が戦線離脱を公言。

 クラウチJr.の背後を見やると、黒いシルエットが次々と姿を眩ます光景を確かに目撃した。

 目の前の彼は、やれやれと肩を竦める。

 

「本当は、もう少しだけ君との戦いに付き合ってもよかったのだが………どうやら、ここまでのようだ。非常に残念だよ」

「ああ、そうだな」

「じゃあ、ベルンカステル。退散する前に、僕から君に一つプレゼントをあげよう」

「プレゼント? なんだ?」

 

 訝しそうにフィールが首を傾げた瞬間。

 

「ああ、そうだよ―――受け取れ、ベルンカステル!」

 

 そう言って、クラウチJr.は呪いを撃った。

 元々、撤退命令が出されたら最後の仕上げに呪いを『プレゼント』する予定だった彼にとって、なんとフィール自身が一本道に誘導してくれたのは、好都合だった。

 だから、クラウチJr.はほくそ笑む。

 

 それこそが、フィールの狙いだったことに気が付かないで。

 

「―――ッ!」

 

 フィールは、肉を切らせて骨を断つと言う戦法で、クラウチJr.にわざと呪いを撃たせ、勝利したと油断して気が緩んだ瞬間を捉えて、強力な呪いをぶっ放した。

 

「―――なにッ!?」

 

 まさか相打ちを狙うとは思わなかったクラウチJr.はフィールの意外な戦法に驚きつつ、素早く反応した彼はバリアを張ってブロックする。

 が、直撃は免れたものの………フィールの呪いは障壁を軋ませ、遂には突き破ってクラウチJr.の身体を突き刺した。割りと不意打ちの行動だったが、そこは流石クラウチJr.と言うべきか、フィールに負けず劣らずの驚異的な反射神経でクリティカルヒットは回避したけれども、受けたダメージはかなりのものだった。

 

「うっ!? おのれ、ベルンカステル………最初から図ってたな………!?」

 

 捨て身の攻撃に出た結果、ボロボロになって地面を転がるフィールをクラウチJr.は呪いを受けた箇所を押さえて苦しみ悶えながら、憎々しげに睨み付ける。

 

「お前を………確実に仕留めるには…………こうでもするしか………なかったからな………結局は失敗したけど………油断大敵と………自分からそう言って………見せたお前の油断は………笑い物だぞ…………」

 

 フィールは一言一言を絞り出すように告げる。

 色白の肌は鮮血で化粧され、全身はボロボロになり、喋る度に口から血が吐き出される。

 殺すなら、今。

 だが、クラウチJr.は己も受けた呪いが我が身を喰い尽くす前に退避するべきだと思い直し、「勝負はお預けだ! 覚えてろ!」と捨て台詞を吐き捨てると、彼もまた、姿を眩ました。

 クラウチJr.が居なくなったのを見届けたハリーは、フィールがドアに掛けた魔法がいつの間にか解かれ、ロックが解除されているのを知ると、すぐさまガラッと開けて中々眼を開けない彼女を抱き抱えた。

 

「フィール! フィール! 大丈夫!?」

 

 先程フィールが何も教えないであのようなことをした彼女の行動の意味を把握したハリーは、瀕死の重傷を負った彼女に必死に呼び掛ける。

 ゆっくりと眼を開けたフィールは、ぼんやりとする視界の中で緑色に輝くハリーの瞳をハッキリと捉える。

 

「大丈夫だ………ちょっと怪我したくらい………どうってことない………………」

 

 その言葉とは真逆で苦悶の表情を浮かべて苦しそうに喘ぎながらも、フィールは話すのを止めなかった。

 

「………悪かった………事前にこの事を教える前に………危険な目に遭わせて……………」

 

 意識が、薄れていく………。

 徐々に徐々に重くなっていく瞼に懸命に抗うフィールは朦朧とする視野の中で緑の輝きを放つ、最早見慣れたはずの少年の双眼に、何故か漠然とした懐かしさが胸の奥で呼び覚まされた。

 

 ―――僕達、また、会えるよね?

 

 不意に、耳の奥である少年の声が鮮明に反響する。

 

(あれ………その声………その眼は―――)

 

 意識を失う寸前―――フィールの脳裏に、目の前に居る『彼』とピッタリ重なる、遠い記憶の存在の少年の姿が思い浮かんだ。




【ハーマイオニーVSベラトリックス】
片や一般(?)の学生、片や強者死喰い人。
普通だったら脇目も振らず逃げる状況で単体で挑むハーミーは精神的にも肉体的にも物凄い成長を遂げた。

【原作以上に強い原作キャラ′s】
夏休み中にバリバリ鍛練した結果→メキメキ強くなってレベルがぐんとアップ。

【掛かってこい!刺し違えてでも食い止める! 先に進みたいなら私を殺してからにしろ!】
誰だお前は!? と言う感じのカッコいい一面を見せてくれた(と思われる)ハーミーの名場面。

【押し通る! 邪魔するな!】
かの有名なもの○け姫の名言。
日常的にも使えるめっちゃ便利でしかもカッコいいこのセリフ、一度言わせてみたかった。

【クラウチJr.とエンカウンターin汽車の上】
4章以来となるクラウチJr.登場&念願の夢が叶った瞬間。

【主人公補正的な強運】
補正『的』ではない。本当に『補正』なんだよJr.君。

【肉を切らせて骨を断つ】
要は捨て身の戦法。

【ブラックアウト寸前に脳内浮上した『彼』】
意識失う前に何かを思い出したフィール。
これは次章、もしかしたら遂に………

【謎のプリンス編終了】
はい、無事に6章も終了しました。
本章はもう原作キャラの成長を描いたチャプターと言ってもよかったのではないでしょうか? その中でも特に著しい成長を遂げた原作キャラの筆頭は、やはりハーマイオニーでしょう。
親しかったオリキャラ一人の死が後に凄まじい影響を与え、最早別人と言っても過言ではないほどの進化を見せてくれました(ハーマイオニーファン、これは必見ですよ?)。
実はそれが目的でエミリーさん死亡を敢えて5章で取り入れたりして(意味深)。勿論、ロンやジニーも結構早い段階で大人になりました。

大体のハリポタ二次創作スリザリン主人公物のハリーsideの原作キャラは、一部を除いてめっちゃ嫌なヤツになったりウザいヤツになったりするのが主流ですが、この作品のハリー達は一周回ってかなりいいヤツです。
あくまでもこの作品では、ですよ?
最初に前置き報告しておきますが、この作品完結後に投稿予定のハリポタ二次創作では、ここまで綺麗なハリー達とはおさらばになります。ですので、今の内に綺麗なハリー達を堪能してくださいね。

場合によっては別の意味で対立も有り得ますし、それこそ例えオリ主がグリフィンドール所属だったとしても敵対する可能性はあります。下手すると、もしかしたらハーメルン史上最もダーティーハリー′s(一部を除いて)が登場するかもしれない。
その事は、忘れないでくださいね。
逆にこの作品のハリー達が類稀だったんです。
何故か原作より物分かりがよかったクリアな彼等が特別だったと思ってくれて構いません。ってか、実はオリキャラの中にも当初のキャラ設定とは180゜違いすぎるヤツいますし。謎の経緯を辿って今のようなキャラにどうしてなっちゃったのは、作者の私でも疑問の中の疑問です。本当になんでなんだ………。

さて、次回いよいよ7章もとい最終章『死の秘宝』編がスタート。
第7章(最終章)に続きます。また見てね、バイバイ。


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Ⅶ.THE DEATHLY HALLOWS
#103.記憶喪失【前編】


第7章死の秘宝編開幕!
読者の皆様、遂に最終章まで来ましたよ! まさか自分も本当に最終章まで来れるなんて、今でも驚きです。
それでは前書きはここまでにして………しつこいと思うかもしれませんが、本編突入前にもう一度私から一つ注意事項を。

本章は作中で様々な都合が重なった関係上、原作からは大きくかけ離れてほぼオリジナル展開になります。
それでもEverythingOKって方のみ、本章を読み進める事を推奨します。
それでは令和最初の更新もとい最終章1話目をどうぞ。


(………まさか、また此処に来るなんて………)

 

 不死鳥の騎士団のサブリーダー、アラスター・ムーディと名付け親のシリウス・ブラックと共に聖マンゴ魔法疾患傷害病院5階『呪文性損傷』フロアを歩く少年―――ハリー・ポッターは2年くらい前に来たことのある病院内の景色に複雑な心境だった。

 目立たない程度に全員が顔バレしないよう変装している。

 ハリー達が此処に居る理由は、下校途中のホグワーツ特急襲撃事件で瀕死の重傷を負った親友のフィール・ベルンカステルの見舞いであった。

 

 今日は下校中のホグワーツ特急を死喰い人の集団に奇襲されてから、かれこれ数週間が経過した日だった。

 あの日、汽車に乗車していたホグワーツ生や護衛隊は思わぬ襲撃に殆どが大なり小なり負傷し、魔法省勤務の闇祓いや優秀な騎士団の一員を多数喪失しながらも、生き残った者達は辛くもキングス・クロス駅に帰還、生還した護衛隊が生徒の帰りを待っていた保護者達に事情を説明すると、突然の報告に状況を上手く飲み込めなかった何人かがどうしてそのような事が起きたのかと詰問しながらも、ひとまずは愛する我が子の無事を第一に喜び、帰宅した―――。

 それから数日後、予定よりもずっと早くハリーはプリベット通り4番地にあるダーズリー家から連れ出され、騎士団の保護下に置かれた。無論ダーズリー夫妻とその息子のダドリーは騎士団達によって安全地帯へ移動、保護されているので、あの家にはもう誰も住んでいない。

 

 ダーズリー家はこの17年間、ハリーの母・リリーが最期に遺した護りの力によって、ヴォルデモートや死喰い人の魔の手からハリーを護ってきた場所だった。夏季休暇中は嫌々帰省したが、それでもダーズリー家は彼にとって唯一の『実家』だった。

 しかしその護りの力も、17歳の誕生日を迎えるのと同時に消える。

 数十年前―――闇の帝王がいつか必ず復活しハリーに牙を剥くと確信めいたものを抱いていたアルバス・ダンブルドアは、ハリーの母親が彼の体内に遺した護りの力を信じ、彼女の唯一の血縁者であるペチュニア・ダーズリーの家に彼を預けることにした。

 そして古の魔法を掛け、ハリーがダーズリー家を『家庭』と呼べる限り、魔法使いの成人年齢になるその日の前まで、何者も、それこそヴォルデモートであっても、彼を一切傷付けることが出来ないようにしたのだ。

 

 だからハリーは、闇の帝王復活後もダーズリー家に居る時は手出しされなかった。自らの命を犠牲にして一人息子に宿った亡き母の永続的な血の護りがダーズリー家に帰宅することで、護りの魔法が継続されたからだ。

 だがそれも、7月31日の誕生日を迎えた刹那に終わりを告げる。護りの魔法が失われた直後、その瞬間を今か今かと虎視眈々と狙っているヴォルデモート達は一斉に襲来してくるだろう。先日起きた襲撃の件もあり、当初の計画は大幅に狂ってハリーの護衛の手続きは急遽急進した。

 

 結論から言えば、それは英断だった。

 

 闇の陣営は勿論のこと、既に大半が敵に回った魔法省にもバレないようこっそりハリーをダーズリー家から連れ出して2日後、魔法省の魔法法執行部部長であるパイアス・シックネスが裏切り、ダーズリー家を出禁状態にしたと言う衝撃的事実が発覚したからだ。

 突然の裏切りだったので、恐らくは死喰い人の誰かに『服従の呪文』を掛けられ、闇の陣営に寝返ったのだろう。

 真実が何であれ、ダーズリー家での『煙突飛行ネットワーク』『移動キー』『姿現し』等の使用が禁止される前にハリーを騎士団の庇護下に置いたのは正解だった。

 と言っても、ハリーにはフィールの叔父・ライアンが製作した『臭い消しチョーカー』があるので、『臭い』を嗅ぎ付けられる恐れはまず無いだろうが………。

 ただでさえ多くの味方が失われた今、護送手段が制限された不利な状況でリスクの高い護送手段―――箒やセストラルといった様々な飛行手段を取るのは最善策ではない。

 今度は空中戦で仲間を喪失する可能性が高いからだ。

 この現状で戦力が削がれるのは色々と痛手であるので、そうならなくて済んだ事にはちょっと安堵している。

 

「着いたぞ」

 

 やがてフィールの居る病室に着き、ムーディが先頭に立って中に入った。

 ネームプレートはあらかじめムーディに教えられていた偽名が書かれている。

 ヴォルデモートを筆頭とする死喰い人に追われてる以上、グリモールド・プレイス12番地ほどの保護策が施されていない場所で本名を公開する訳にはいかないと言う考慮だろう。だからハリー達も変装していた。

 入室すると、病衣に身を包んだフィールが半身を起こして魔導書を読んでいた。個室なのでフィール以外の患者は居なく静かだ。

 病衣の隙間から上半身が包帯で巻かれているのが見え、ハリーは表情が暗く曇る。

 けれど、その痛々しい姿とは対照的にフィールの表情は明るく、ハリー達に気付くと本から視線を外して片手を挙げた。

 

「わざわざ来てくれたのか? ありがとな」

 

 そう言って、パタンと本を閉じたフィールは鷹揚に笑う。

 その笑顔に、ハリーもニッコリと笑った。

 

「ベルンカステル、具合はどうだ?」

「おかげさまで快調、ライリーさんが言うには直に退院出来るくらい回復してるとの診断だ」

 

 それを聞き、ムーディは傷だらけの顔を綻ばせる。杖を床に打ち付けながら歩み寄ると、力強くフィールの肩をバシバシと叩いた。

 

「お前はそこいらに居る魔法使いよりも優れているからな。今後の活躍に期待してるぞ」

「ちょっ、痛い痛い、もう少し手加減してください」

 

 遠慮無く叩いてくるムーディにフィールは顔をしかめる。身体の傷は大体癒えたとは言え、まだ完治はしていないのだろう。こうして数週間入院しているのが何よりの証拠だった。何せバーテミウス・クラウチ・ジュニアが放った強烈な呪いをモロに受けたのだ。肉を切らせて骨を断つフィール決死の捨て身の戦法であちら側にも大ダメージを与えることに成功はしたが、その代償は大きかった。

 ハリー達は見舞い客用の椅子に腰掛け、フィールが淹れてくれた紅茶を飲み、お茶請けのチーズタルトを食べながら、一息つく。年齢を重ねてから被害妄想が強くなったムーディは相変わらず自前の携帯用酒瓶で飲料水を飲んでいたが、チーズタルトは普通に頂いた。

 

「………そういえば、ハーマイオニーは元気にしてるか?」

 

 束の間の穏やかな一時を楽しんだ後、タイミングを見計らったフィールがそう尋ねてきた。

 友人の一人、ハーマイオニー・グレンジャーが必要最低限の荷物を纏めて両親の記憶を消し、ハリー同様騎士団に匿われていることは、既にフィールも聞き及んでいる。

 何故そのような真似をしたのかと、ハーマイオニーに答えにくいのは承知で騎士団は質問し、その質問にハーマイオニーは「両親が死喰い人に捕らわれないようにするため」と返答したそうだ。

 現在、魔法省は陥落寸前まで陥っている。

 魔法界をほぼ手中に収めた死喰い人達は、去年に引き続きマグルの世界でも殺人や事件などの猛威を振るっていた。また彼等は、主のヴォルデモートが血眼になって捜索しているハリー・ポッターの行方を必死に探している。

 となれば、死喰い人がハリーと常に居るハーマイオニーやその両親にも目を付ける可能性は非常に高い。ハーマイオニーはマグル生まれ出身の魔女であり、彼女の両親は夫婦揃って生粋のマグルだ。魔法力を持たないグレンジャー夫妻では抵抗する術が無い。

 ダーズリー一家のようにグレンジャー夫妻を護ってくれる魔法使いが居たらベストなのだが、そうなれば、他のマグルに対しても同じように対策を講じ、保護しなければ不公平だし、非難が殺到するだろう。と言うか、一々そんなことをしていたらキリが無いのが現実だ。

 力のある魔法使いは少しでも敵を減らすべく、戦場に赴き闇の陣営撲滅に全力を注いでいる。一マグルの私事に構ってる暇などないと一蹴されるのがオチだ。

 

 ………だからハーマイオニーが取ったのは、自分に関する記憶を消去し自分の事を完全に忘れた両親には何処か遠くの地で安全に過ごして貰うと言う、苦し紛れの策だった。

 当然、わざわざそんな辛い事をしなくてもきちんと事情を説明して一時的に両親と別れれば済んだ話かもしれない。だが、ハーマイオニーは両親が猛烈に反対する事を危惧して、敢えてこのような手段を選んだ。

 全ては大切な家族のために―――。

 家族を護るために自ら切り離したハーマイオニーにとっては身を切られるような、まさに苦渋の決断だったが、それが彼女の決意であり、今まで大切に育ててくれた両親に対する愛だった。

 だから、これでいいのだ。

 これこそが、ハーマイオニーにとっても、そして彼女の両親にとっても、最善の選択だったのだから………。

 

「………僕達の前では、いつも通り元気に振る舞ってるよ。でも………辛い気持ちを我慢して両親の記憶を消したんだ。苦しい思いは、今でも残ってると思う」

「………だろうな」

「だけど………これでよかったんじゃないかな。少なくとも、死喰い人に両親を殺されてその悲しみを一生背負って生きるよりかは、後々記憶を復元する方法を探して再会する方が、ハーマイオニーにとって一番後悔しなくて済む話だと思う」

「そうだな。確かに、暗黒の勢力の脅威が去って平穏無事な世界が戻って来てからの方が、心配事や悩み事が纏わり付くこと無く、晴れやかな気持ちで一緒に居られるもんな」

「うん。………フィール」

「ん? なんだ?」

「絶対に、アイツを倒そう。ハーマイオニーのためにも、その他大勢の人達のためにも」

「………ああ、そのつもりだ」

 

 ハリーの言葉に、フィールは大きく頷く。

 ヴォルデモートは多くの物を奪い過ぎた。

 最早あの自称『闇の帝王』を名乗る男を許すことは、今となってはもう誰にも出来ない。アイツが心底悔いを改め、これまで犯してきた重罪に見合うだけの償いをしなければ、皆の気は収まらないのは火を見るよりも明らかだ。

 自分の魂を補強するため、他人の命を奪って強化の糧にしてきたヴォルデモートが本当に悔悟したかどうかを証明する方法はただ一つ。

 分割した分霊箱(ホークラックス)を元に戻すことだ。これには自らを滅ぼすほどの苦痛が伴う良心の呵責が必要とされる。証明としてこれほど相応しいものは無いだろう。

 だが、果たしてヴォルデモートは………罪を悔い改めるだろうか? 長年に渡って平然と殺人を行い、一度は完全に反対勢力を弾圧して暗黒時代を招き魔法界を支配した超凶悪の彼が、今更ながら自分の仕出かした行為を振り返って反省するだろうか………?

 

「ところでさハリー。戦争が終わったら、また皆でどっか遊びに行かないか?」

 

 暫し流れた重苦しい空気を切り替えるように、敢えて明るい、それで持って弾んだ声音でフィールが別の話題、と言うかそんな提案を持ち出した。

 ハリーは、まさかフィールの方からそのような提案を出すとは思わなかったので少し驚いてしまったが、それも束の間、自然とニッコリ笑顔になった。

 

「それは名案だよ、フィール。じゃあさ、今度は遊園地にでも行かない? 僕、一回行ってみたかったんだ」

「遊園地か。いいな。私も行ってみたかったし。そうとなれば、早いとこクシェル達も誘うか」

 

 早くも終戦後の予定について思いを馳せる少年少女に、大人2人は顔を見合わせる。

 入学した当初から命の危機に晒され、あらゆる修羅場を潜り抜けてきたハリーとフィールは精神構造こそ大人顔負けならぬ闇祓い顔負けにタフであれ、その実まだまだ遊び盛りの年頃だ。

 経緯は違えど、幼少期は人権を無視された束縛生活や魔法の鍛練に明け暮れた生活を送ってきた2人がこんな風に子供らしい一面を見せたことはあまり無い。

 ハリーとフィールの年齢相応の側面を見て、ムーディとシリウスはその願いが必ず叶えられるよう自分達も精一杯サポートしようと、眼と眼で会話した、次の瞬間―――。

 

「きゃあぁあああああああああああああッ!?」

「うわぁああああああああああああああッ?!」

 

 何処か遠方の場所で甲高い悲鳴が響いた。その声は明らかに恐怖と驚愕の色で染まっており、何か非常事態が発生したのが容易にわかる切迫感を嫌でも感じ取った。

 この声音には、全員が聞き覚えがある。

 何故ならば、あの阿鼻叫喚と化したホグワーツ特急と全く同じ悲鳴だったからだ。

 

「なんだ!? 何事だ!?」

 

 率先してムーディが扉を開け、周囲を見回す。

 その間にも、ガバッとベッドから跳ね起きたフィールはサイドテーブルに置かれたアカシアの杖を手に取ってサッと一振りする。

 すると、備品類が入った棚がひとりでに開いて瞬く間に病衣から私服に変わった。こういう時魔法は非常に便利であると再認識しつつ、ポーチやホルスターをベルト通りに括り付け、普段通りの完全武装が終了したフィールは、まだ微かに残存する痛みに端正な顔を歪めながら、今しがた聞こえてきた叫喚に舌打ちする。

 

「今の悲鳴は………どう考えても、十中八九死喰い人が奇襲してきたからだよな」

 

 フィールが忌々しそうに呟いた直後―――担当癒者で亡き両親の親友だった女性ライリー・ベイカーと、その弟子で義姉のクリミア・メモリアルが緑色のローブをたなびかせながら血相変えて駆け付けてきた。2人はフィールと見舞いに来たハリー達が無傷なのを見てホッと胸を撫で下ろしたが、すぐに気を引き締める。

 

「見たところ、全員無事のようね。多分さっきの悲鳴でわかってると思うけど、死喰い人が侵入してきたわ。偵察した感じ、人数は多くないけれど、油断は禁物よ」

「やっぱりそうか。まさか此処にも襲撃してくるとはな………いや、むしろ此処だからこそか」

 

 何せ此処は病院だ。動けない入院患者や見舞い客、忙しく働く癒者などまさに非戦闘員の集まりなのだから、日々戦いと血に飢えてあちこちでマグルや魔法使いに襲い掛かっているヤツらにとっては格好の獲物だ。先日のエクスプレス事件で大怪我したホグワーツ生も幾人か聖マンゴに入院中なので、与えられる大打撃は相当だろう。

 幸いなのは、場所柄の関係上あちら側もそこまで多くの死喰い人を駆り出す必要が無くて少数グループなことか。こちら側も戦力喪失はしたが、それを言うなれば相手側もそうだ。そこまで差異は大きくない………と思う。思いたい。

 

「私達は癒者として最後まで残るわ。フィールちゃんとハリー君は早く逃げて、シリウスとアラスターは手を貸してちょうだい」

 

 癒者とは患者を死守するガーディアンだ。

 生徒を護る教師と同じように、癒者にもまた、責任を持って患者を護らねばならない立場と義務がある。そして反ヴォルデモート卿の秘密組織・不死鳥の騎士団の一員であり闇祓いのムーディとシリウスにも、弱者を救済しなければいけない責務が暗黙の了解であった。

 

「言われるまでもない。シリウス、行くぞ!」

「わかってる! ハリー、フィール、聖マンゴから出たら君達は隠れ穴に行け。いいな?」

 

 シリウス達を残して自分達だけが一足先に逃げるのに抵抗のあるハリーは反発しようとしたが、似たような戦況でかつて神秘部にてベルンカステル兄妹に窘められたのと、肩に手を置いたフィールの掌の強さや厳しい視線に、喉の奥に言葉を引っ込めた彼は悔しげに唇を噛み締める。

 現在ムーディ達は、患者や市民を庇護する他にハリーとフィールを聖マンゴから脱出させると言う任務が課せられているのだ。ただでさえ、その2人が此処に居るだけでも劣勢に立たされている彼等を更に窮地に追い込ませるなんて真似をしたら………どうなるかは、ご丁寧に1から説明されなくとも察しがつく。そこまでハリーも己の立場がよくわからない無知な子供ではなかった。

 今自分がすべきことはただ一つ、フィールと一緒に逃げることだ。ムーディやシリウスは数々の戦闘を経験し生き残った豪傑なのだ。そう簡単にやられるような人達ではない。

 彼等の無事と武運を祈って、ハリーは頷く。

 彼が首肯したのを確認したフィールは、1年時に創作した『空間移動(バンデルン・エスパシオ)』でロビーまで一気に瞬間移動しようと杖を床に向けたが―――ここでまさかのアクシデントが生起した。

 

「えっ………ウソだろ」

 

 なんと、『空間移動』が発動しなかったのだ。

 この魔法は繊細なセンスを求められるので、それで上手くいなかったのかと思い、もう一度試しにやってみる。が、その試行も虚しく、本来現れるはずの黒い穴は一向に姿を見せなかった。ありったけの力を込めたつもりだったのに出現しなくて、フィールの顔に困惑と焦燥が滲む。

 皆一様に当惑する中、ふと、あることを思い出したシリウスが呟いた。

 

「もしかしたら、膨大な魔力を使ってまだ完全に身体が癒えてないんじゃないか? ベラトリックスと戦って力を使い果たしたハーマイオニーもそうだったが、あの娘も暫くは魔法を使えない状態に陥った。恐らく今のフィールは、それと同じ状態だろう」

 

 シリウスが言うには、一時期ハーマイオニーが魔法を使おうにも使えなくなったらしい。

 応援が来るまでベラトリックスと単身で挑んだ彼女はあの一戦で持てる全魔力を消費し、魔力枯渇や精神疲労で暫く寝込んだとか。

 大きな魔力を使えば使うほど、自分では大丈夫なつもりでも、身体は極限の大ダメージを受けている。これらから推測するに、回復し切っていない時にはどれだけ頑張って魔法を出そうともしても無理なのだろう。

 暫く身体を休めて完全復活を図らなければいつまでも魔力は応えてくれないのかと、フィールは苦々しい表情を浮かべる。

 あの日、ホグワーツ特急の車両でクラウチJr.の呪いをモロに受けたフィールは意識を失う前、肉体のダメージを軽減しようと無意識の内に残り少ない魔力を全神経に送り込んだ。それで消耗し尽くしたのだろう。

 次に目覚めたのは今から3日前………その間自分は死線を彷徨っていたと、目を覚ました際に涙ぐんでいたライリーとクリミアから言われたのを思い出す。

 死の淵に臨んだ己の脆弱さに改めて腹立たしくなったが、今はそんなこと考えてる場合ではないと気持ちを切り替える。

 

「そうとわかれば、長居は無用だ。わしらでベルンカステルとポッターを屋外まで護送するぞ!」

 

 フィールが戦えないと判断すると、ムーディ達も思考を一転し、死喰い人と戦闘を交えながら彼女とハリーを護衛すると即座に決めたら、4人は2人を促し、病室を後にしてロビーを目標地点に疾駆した。

 本音を言うと、あの場で『姿現し』出来たらどれ程よかっただろうかと強く思うが………大抵の建物には『姿現し』を無効化させる術が掛かっており、この聖マンゴも例に漏れずのことから内部での『姿現し』は不可能だ。そのため『姿現し』とは別物の瞬間移動の魔法を身に付けたフィールの『空間移動』で1階まで行けたらかなり有利だったのだが、病み上がりの彼女の容態を考えたら文句は言えない。

 全速力で廊下を駆けながら、シリウス達は不気味な仮面を被った黒い魔法使いを片っ端から倒していく。その後も果敢に死喰い人に立ち向かう癒者に加勢したりなどして順調に撃破したが、暫くして何処からかゾッとするような冷気を感じた。

 謎の悪寒が全員の背筋を走り、吐く息が白くなる。

 

「この感覚は………まさか―――」

 

 その時、視界の奥で大量の黒い塊が現れた。

 マントを着た、大きな黒い影のような存在。

 元は魔法省と手を組んでアズカバンの看守をしていた闇の生物だが、ヴォルデモート復活と同時に闇の陣営に寝返った、現状ではある意味最大最悪の敵。

 

「―――吸魂鬼(ディメンター)だと!? くそっ、ヤツらまで居るのか!」

 

 立ち止まり、ストレス発散するかのように杖を床に一突きしたムーディは大声で叫ぶ。

 そう、アレは紛れもなく吸魂鬼だった。

 吸魂鬼は手当たり次第襲い掛かるつもりなのか散り散りになった。よりにもよって散開され、状況が悪化していくばかりの悪循環に舌打ちの連続だ。そんなムーディを他所に、ライリーとクリミアが吸魂鬼に対応するべく、真っ先にその場から飛び出す。もし、抵抗する術が無い患者の居る病室に侵入され、襲われでもしたら………逃げ場の無い密室だ。十中八九、手遅れになってしまうだろう。

 もう、誰かが廃人となった姿は見たくない。

 何もかも空っぽになった魂の脱け殻状態の人間など、これ以上生み出したくなかった。

 大切な人の廃人姿を見たことのある2人同様にシリウスとムーディは応援に行こうとしたが、此処には吸魂鬼の影響力が人一倍酷いハリーとフィールが居るのを思い出し、思い止まる。するとその心中を察したのか、ハリーがこう言った。

 

「2人は援護に向かって! 万が一吸魂鬼が襲撃したら僕が追い払うよ! 聖マンゴの外に出たらフィールを連れて隠れ穴に『付き添い姿現し』して先に戻るから!」

 

 死喰い人と吸魂鬼の両方を相手する癒者側は当然苦戦を強いられることになる。特に吸魂鬼は厄介者だ。そこに居るだけで精神攻撃が出来るし、守護霊で撃退しても消滅はしないので根本的な解決にはならない。加えて『守護霊の呪文』―――出来れば有体守護霊―――が創り出せる癒者や見舞い客が何人居るかもわからないのだから、このままでは甚大な被害が及ぶ。

 有体守護霊を創出可能で、且つ死喰い人と互角に渡り合えるだけの実力が備わっているシリウスとムーディは、形成不利なこの局面打開に必須の存在だ。この2人が援軍に来ただけでも、勝機はまだあると死喰い人に対抗する者達は僅かながらでも希望が持てるだろう。

 2人は少々渋っていたが、ハリーの言わんとすることをなんとなく察したのと、その彼の覚悟を無駄にすることは出来ないと、

 

「何かあったら、すぐに助けを呼べよ」

 

 と言って、味方の援護に向かった。

 2人の背中を見届けたフィールは「ごめん」と自身が戦闘不可能なせいで皆に手を煩わせてしまっていることを詫びる。謝罪してきたフィールにハリーは首を横に振った。

 

「謝らなくていいから、早く行こう!」

 

 そう言うと、ハリーはフィールの手首を掴んで通路を駆けた。フィールが戦えない以上、戦線離脱するまで何としてでも死喰い人や吸魂鬼の魔手から彼女を全力で護るしかない。これまで彼女に助けられてきた分、今度は自分が彼女を助ける番だと、移動しながらハリーは視界に入った死喰い人を次々と『失神呪文』や『全身金縛り呪文』で一発ノックアウトさせる。途中何体か遭遇した吸魂鬼はハリーが牡鹿の守護霊を呼び出して駆逐した。そうして、5階から1階に来たハリーとフィールは階段を降りてる最中に信じられない景色が眼に飛び込んできて、驚愕に顔が凍り付く。

 1階のフロアが冷たい霧で包まれていたのだ。

 凄まじい冷気を感じる濃霧は時間経過と共にどんどん深くなっていく。この謎の現象の正体は恐らく吸魂鬼だ。此処に来て最大の難関に直面したハリーとフィールは悔しげに唇を噛み締める。視認不可能なまでの空間をどう切り抜けようかとフィールが思考を回転させてると、

 

「こうなったら、この霧を撒き散らす吸魂鬼を纏めて一掃させるしかない。それで晴れてくれたら嬉しいんだけど………考えても仕方がない。まずはやってみる。エクスペクト・パトローナム(守護霊よ来たれ)!」

 

 じっと考えるよりもこういうのは行動で解決しようと、ハリーは『守護霊の呪文』を唱えた。力強く飛び出してきた白銀の牡鹿は怒涛の勢いで濃霧を切り裂き、この階に存在する吸魂鬼を車が人間を撥ねるかのように吹き飛ばしていく。やがて全吸魂鬼が退散したのか、少しずつ霧が晴れてきた。眼を凝らせば屋内の様子が確認可能なくらいになってきたところで、問題は解決したと微笑したハリーは再び走り出す。それに釣られて走りながら、フィールはある違和感を覚えた。

 

(変だな………死喰い人が1人も居ないなんて)

 

 先程の冷気と濃霧から間違いないなく吸魂鬼は居たと思われるのに、何故か死喰い人の姿は見当たらない。

 1人や2人くらい、エントランス付近に配置されてもおかしくはないはずだ。それとも総勢で1階以外のフロアを奇襲したのだろうか? 

 結論の出ない思考にフィールが囚われている間にも等間隔で視界に入る世界は流れていき、程無くして、急に足を止めたハリーが指を指しながら歓喜に満ちた声でフィールに話し掛けた。

 

「フィール、出口だよ!」

「え? あ、ああ………」

「やった、これでようやく出られる―――」

 

 と、その時だ。

 フィールの視界の隅に、確かに今まで居なかったはずの人影が映ったのは。

 そいつは杖先を、すっかり気が緩んでしまっているハリーに向けて標準を合わせている。

 

「―――ッ!? ハリー、避けろ!」

「え―――っ?」

 

 フィールが鋭い叫び声を発するのとほぼ同時、シルエットの杖先から閃光が迸った。現在魔法が使えないフィールは反応が遅れて反撃が間に合わないハリーをドンッと突き飛ばす。おかげでハリーは難を逃れたが、これが思わぬ展開に発展する。

 

「あっ………!」

 

 何とも最悪なタイミングで、フィールが首に下げている母・クラミーの魂が宿ったロケットの鎖が閃光で切れてしまったのだ。

 此処に来るまでフィールが無事だったのも、ハリーが護ってくれた理由の他にクラミーが『盾の呪文』を展開してサポートしてくれたからだ。

 今のフィールにとって、ロケットの護りが失われると言うことは無防備になるのを意味する。

 急いでロケットを拾おうと咄嗟にフィールは身を屈めたが、そんなフィールにシルエットがまた攻撃を放った。フィールの身体は軽々と吹き飛ばされ、冷たい床に叩き付けられる。

 尻餅ついたハリーはハッとして立ち上がりフィールの元へ向かおうとしたが、フードを被った魔法使いが頑丈な鎖で彼を拘束し、続いて『沈黙呪文』を掛けて発声を禁じた。

 足を取られて引き倒されたハリーは身を捩ってはみたものの、身体は完全に縛り上げられ、両腕が使えないようにされている。

 床に転がされるままのハリーを一瞥した後、素顔が隠された魔法使いは人の魂が宿っていることを知った上で、ロケットを思いっきり蹴り飛ばした。ついでに強力な超音波を出して強制的に眠らせ、シャットダウンさせる。

 

「! 止めろ!」

 

 大事なロケットを眼前で傷付けられ、ロケットに宿った母の意識が闇に沈んでいくのを感知したフィールは怒りで眼をギラつかせる。傷付けた張本人はロケットを取り戻そうと必死になっているフィールを面白そうに見ると、何度も何度も攻撃系の魔法を叩き込んで、死なない程度に彼女をいたぶった。

 強力な闇魔法で即死させれば早い話なのに、敢えてそうしない。すぐには致命傷にならないようわざと威力を落とした攻撃を続ける。弄んでいるのだ。

 

「うっ………ぐっ………」

「君がたかがロケット一つに必死になる姿は愉快だな」

 

 身を包む服はズタズタに切り裂かれ、痛め付けられた全身はボロボロで、頭や口からは真っ赤な血が溢れ出て。

 それでも尚、懸命にロケットの方へ手を伸ばすフィールは死喰い人にとって、実に滑稽な姿に映っていた。

 

「はぁ………はぁ………」

 

 何度目かわからない斜めになった霞んだ視界の中、だんだんと意識が朦朧としていくフィールはこちらを見下ろす冷たい瞳が、やけに鮮明に眼に焼き付けられた。

 

「エルシー・ベルンカステルの孫であり、闇の陣営に対抗する切り札として世間からは名高い魔法戦士様が這いつくばる姿は見物だ」

 

 やがて起き上がれなくなったフィールを見て、謎の魔法使いはゆったりとした足取りで近付く。

 そして『エレクト』でフィールを無理矢理立たせると壁に背中を押し付けて動きを封じた。

 

「お前………クラウチか………」

 

 鋭い目付きでフィールは忌々しそうに呟く。

 フードの下でニタリと嗤った魔法使いは被っていたそれを外して素顔を露にする。案の定、正体は数週間前に一戦を交えたクラウチだった。彼は思わずゾッとするほど歪な、歪んだ邪悪な笑みを貼り付かせている。

 

「惨めだねえ。君にとって、あのロケットはそんなに大事な物なのかい? 何処にでもあるようなちっぽけなアクセサリーが」

「ふ………ざける………な………」

「おー怖い怖い、そんな怖い顔で睨まれちゃ、下手に手出しが出来なくなるじゃないか」

 

 言葉とは裏腹に、余裕綽々な様子のクラウチの顔は愉悦の表情を維持したままだ。

 

「あ、そうか、手出しが出来ないのは君の方だったか」

「………………っ」

「黙ってたってムダだよ、顔に書いてある」

 

 悔しげな顔をするしかなく、その表情を真っ正面から直視されたくなくてフイッと反らすフィールを冷ややかに見つつ、クラウチは屈辱に打ちひしがれる彼女の顔を仰向けにさせると、顎に片手を添えて軽く持ち上げた。

 ニヤニヤと意地の悪い笑みでキッと睨んでくるフィールを涼しい顔で受け流しながら、観察するようにグッと顔を近付けて覗き込む。

 脱力感に見舞われ、息が荒くなっていく様は元々の美貌と相まって中々に艶かしい姿だった。

 

「へえ………あまり意識してこなかったけど、よくよく見てみると、かなりの美形なんだな。ま、それも今は鮮血で彩られてるし、服もボロボロだから、せっかくの端麗さが台無しだけど」

 

 そう言うクラウチが傷物にしたのだが、それを棚に上げてせせら笑う彼は舌なめずりすると、フィールの首筋に触れた。男にしては細長い指が白い肌の上を這い、なぞるようにしてゆっくりと撫でる。

 

「んぁっ………」

 

 小さな喘ぎ声が唇の隙間から漏れ出た。

 クラウチの指先が触れる度、フィールの身体は跳ね上がる。彼は期待以上の反応を見せてくれた彼女にニヤリと嗤ってみせると、犯罪にならない程度に華奢な肉体を自由に弄んだ。

 

「ッ……、くっ…はぁっ……や…、めろ………」

 

 敵の男にいい様に身体を弄られ、意思とは裏腹に正直に反応してしまう自分にフィールは嫌気が差す。

 プライドはもうズタズタだった。

 暴れたくても暴れられないのがとにかく絶望的で、ならば極力声は出さないようにと、此処には同級生の男子が居て見られている恥ずかしさもあり、歯を食い縛って耐える。

 しかし、どうしても時折「んっ」「あぁ」と声が漏れてしまうのだけは抑えられなかった。

 ほんのりと頬を紅潮させ、額に汗を滲ませながら涙を浮かべた眼を強く瞑って我慢する美少女の姿に男は悪人だけが浮かべる酷薄な笑顔を刷く。

 

「本当は、もう少し君の面白い反応を見てからにしようかと思ったけど………時間も無いし、そろそろ終わりにしようか」

 

 そしてクラウチはフィールの顎に掛けている手とは別の手に握られている杖を胸に突き付け、

 

クルーシオ(苦しめ)

 

 対人使用が禁止されている『磔の呪文』を何の躊躇いも無く詠唱した。

 

「ッ!? うっ、あぁあ………ッ………、ああぁあぁあぁああああああぁあぁあああああッ!!」

 

 眼は半開きで放心状態のフィールは不意打ちで『磔の呪文』を掛けられ、突然のことに身構えることが出来なかった彼女は全身と精神を駆け巡るあまりの激痛に泣き叫んだ。これまで受けてきた磔の呪いを遥かに上回る痛みに涙が溢れる。

 叫ぶ度に真っ赤な血が吐き出されるフィールの絶叫は静寂なフロアに響き渡り、ハリーは普段からは想像がつかないほどもがき苦しんで悲鳴を上げる親友と、クラウチがその彼女に苦痛を与えることを楽しんで『磔の呪文』を続ける姿に嫌悪感を丸出しにし、見るに堪えられない凄惨な光景に眼を逸らしたくなった。

 

「ああぁぁ………ッ、やだってばぁ………!!」

 

 首を左右に振って痛みに屈し哀願するフィールは成す術無く叫びに叫んだせいで声は掠れ、長時間に渡って極度に追い詰められたせいで、フィールの精神はおかしくなり始める。

 

 そんな彼女に対し、現実は非情だった。

 

「おや、どうやら戻って来たようだ」

 

 クラウチの視線の先には―――つい先程ハリーが遥か彼方まで追い払った、1体の吸魂鬼。

 魂と言う極上の餌に餓えた吸魂鬼が、本能の赴くままにまた此処に戻って来たのだ。

 それを見て、クラウチは口角を歪める。

 彼が今何を考えているのか、その邪悪な表情で容易に察しがついたフィールはおぞましさが背中を走った。それは当然、ハリーもそうで。

 彼はクラウチの目的に、激しい怒りを抱いた。

 コイツは………よりにもよって、吸魂鬼にフィールの魂を葬らせようとするつもりなのか! 死よりも惨い姿に変えさせる気なのか!

 廃人と言うものがどれだけ恐ろしいのか、どれだけ酷い姿なのか、この眼でハッキリと見ているハリーにとって、過去に吸魂鬼によって母親を廃人に変えられ、更には双子の姉が吸魂鬼に成り果て今も魔法界を彷徨っているフィールに同じ末路を辿らせようとするクラウチの行為に、憎悪を募らせずにはいられない。

 呪文の効果が切れたら即叫び出しそうな勢いのハリーは拘束する鎖から逃れてクラウチに掴み掛かりたい一心で激しく身を捩る。

 しかし、依然として鎖は解けず、焦燥感だけが強まる一方だった。

 そのハリーの焦りを嘲るように、クラウチがようやく顎から手を離す。戒めが解けたフィールは支えを失い、床にどさりと倒れた。

 床に倒れたまま身動ぎ一つしないフィールを軽蔑の眼差しで見下ろすその瞳は、ある意味ヴォルデモートよりも冷たいかもしれない。

 

「ポッターはそこで見てるといい。実際に吸魂鬼が獲物の魂に食らい付く光景は貴重だぞ」

 

 そう言って、ぐったりとうつ伏せで倒れるフィールの身体を仰向けにさせたクラウチはその場から離れた。今のフィールに逃げる余力は残されていなく、意識を手放さないようにすることで精一杯だった。

 動けないフィールに、吸魂鬼が覆い被さる。

 霞んだ視界の中、吸魂鬼のおぞましい顔がすぐ目の前にあるのを捉えた。すっぽり頭巾で覆われたその顔に、眼球は無い。あっ、と思った時には既に遅く、吸魂鬼に片手で首を締め付けられる。

 拘束した吸魂鬼は最悪の武器『吸魂鬼の接吻(ディメンター・キス)』を実行しようと、魂を吸い取るため、首を絞めてる方とは別の手でフィールの頭を持ってグッと押さえ込み、口を自分の上下の顎で挟もうとした。

 

「やっ………」

 

 吸魂鬼の顔が近付いてくると、フィールの胸中は言い様の無い嫌悪感で満たされた。魂を吸われ命を脅かされることよりも、穢らわしい口腔が触れることに対する生理的嫌悪感で胸の中はいっぱいだった。

 

「うっ………ああぁぁ………んん………!」

 

 なんとか顔だけ反らして吸魂鬼の拘束から逃れようとするが、一度捕らえた獲物は逃すまいと言わんばかりの強い力で押さえ付けてくるので、身動きが取れない。もがけばもがくほど一層力を込めてくるので、尚更無理だった。しかも吸魂鬼特有の幸福の感情を吸収する能力のせいで、身体中から急激に力が抜け出ていく。脳内でフラッシュバックする辛い過去の情景に、直前に磔の呪いを受けたこともあって、いよいよフィールは身体的にも精神的にも限界が近付いてきた。

 

「うぅ………あっ………」

 

 吸魂鬼の顎が口元に触れたのを感じ、ビクッと身体が震える。そして、確実に仕留めるべく首を掴む力が増した。このままでは、絞殺されるか魂を奪われるかのどちらかだ。既に呼吸すらままならないフィールには、打つ手が無い。脳に酸素が供給されず頭痛が起き、何も出来ない己に無力感が広がる。

 

(ヤバい………気がおかしくなりそう………)

 

 全身に襲い掛かる倦怠感と疲労感、二重の恐怖を前に精神が参っていく。首を締め付ける冷たい手を引き離そうと掴んでいた手の力が緩み、力無く振り下ろされた。

 最早押し退けたいと思う気力も抗う余力も失われ、絶望しか残されていない。フィールの強靭な心は徐々に軋み、ひび割れていく。

 

「………けて………誰か………助けて………」

 

 今の助けは意識なのかそれとも無意識なのか。

 それすらわからず、声を振り絞ったフィールがか細く呟いた直後―――。

 

 首を絞めてた吸魂鬼の手の力が、一瞬緩んだ。

 

(…………え………………?)

「──────ッ─────」

 

 幾分か呼吸が楽になり、口元に触れていた冷たい物が僅かに離れたフィールは少しだけ意識を取り戻し、糧である魂を補食する直前で見せた吸魂鬼の謎の行動と、微かに聞こえたような気がする声に眼を見張った直後―――

 

エクスペクト・パトローナム(守護霊よ来たれ)!」

 

 『守護霊の呪文』を唱える男の鋭い声が、不意に耳に入った。声の持ち主が創ったと思われる大きな犬は吸魂鬼に向かって突進し、撃退する。

 

「フィール、ハリー、大丈夫か!?」

 

 こちら側に走ってきたのはシリウスだ。

 彼の他にもムーディやライリーが居る。

 1階以外の全フロアに出現した死喰い人や吸魂鬼を全滅させた直後、フィールの悲鳴が聞こえてきて、それで急いで駆け付けてきたのだ。

 頼もしい救世主の登場に、2人は安心する。

 対し、クラウチはチッと舌打ちした。

 あともう少しのところで、またもや任務が失敗したからだ。百戦錬磨の魔法使い・魔女を一度に相手するのは分が悪い賭けだと、クラウチはやむを得ず戦線離脱を選ぶ。

 

「運が良かったな、ベルンカステル。そいつらが来なかったら、今頃君は『吸魂鬼の接吻』を受けてただろう。前回は君が勝ったが、今回は僕の勝ちだ。決着をつけるのは次に会った時にしよう」

 

 その言葉を最後に、クラウチは踵を返して施設外に出ると『姿現し』をして姿を消した。

 ムーディはクラウチを追い掛けようとしたが、悔しそうに舌打ちし、まずはフィールとハリーの対応に当たるのが先決だと、今回ばかりは見逃すことに決める。

 シリウスは拘束されているハリーに自由を取り戻させ、ライリーは遠くに飛ばされていたロケットを拾い上げる。そしてクリミアは真っ先にフィールの元へ駆け寄り、傷だらけの彼女を抱き上げた。

 

「―――フィール! しっかりしなさい!」

 

 苦痛と脱力感で朦朧となった意識の中、ぼんやりとした声が聞こえてくる。

 眼の焦点が合わないフィールにクリミアは必死に呼び掛けるのが、フィールの意識が繋ぎ止められたのもそこまでで、彼女は姉の悲痛な叫びをどこか遠くのように聞きながら、思考が真っ黒に染まって視界が暗転した。

 

♦️

 

 ホグワーツ特急に引き続き聖マンゴでも死喰い人とそれにプラス吸魂鬼に奇襲された後、ムーディとシリウスは大至急ハリーとフィールを隠れ穴に送り届け、仕事がまだ残っているクリミアとライリーは生存した癒者仲間と共に後者の指揮の元、休む暇も無く奔走した。

 隠れ穴でハリー達の帰りを待っていたウィーズリー夫妻や兄弟、ハーマイオニーは辛くも生還してきた彼等から一連の出来事を聞き及ぶと、驚愕と同時に一層警戒心を強め、それから学生組は昏睡状態のフィールの傍で彼女の目覚めを待った。

 ムーディとシリウスはこの事を総司令官のアルバス・ダンブルドアを初めとする騎士団全体に報告するため、現在は本拠地のブラック邸に行っている。

 フィールはジニーの私室で寝かされていた。

 去年の夏季休暇でハーマイオニーとフィールが隠れ穴で寝泊まる際、ウィーズリー家で唯一の女の子であるジニーの部屋を借りたのだ。

 皆、心配そうに一向に目が覚める気配がしないフィールをじっと見つめる。

 

「大丈夫………よね?」

 

 ふと、ハーマイオニーが誰にともなく尋ねる。

 フィールの頭には包帯が巻かれていて、ボロボロになった服の代わりに、新しく綺麗な服に身を包んでいた。包帯さえなければ、疲れ果てて眠った子供のように穏やかな寝顔である。

 

「大丈夫よ、きっと」

 

 ハーマイオニーの問いに、隣に居たジニーが安心させるように背中をさすりながら言う。兄のロンも頷き、トントンと優しく肩を叩いた。

 ウィーズリー兄妹の励ましにハーマイオニーは少し笑顔を取り戻すと、タイミングよく、フィールが微かに呻いて、うっすらと眼を開けた。

 

「フィール、気が付いたの?」

 

 ハリーの声にフィールはハッキリと眼を開け、首を動かして周りを見る。

 皆はフィールの意識が戻って安堵の息を吐いたが………当の本人は、まるで知らない人や知らない部屋を見て戸惑っているような様子で、落ち着きがない。

 

「………此処は………?」

「此処は隠れ穴で、ジニーの部屋だ。覚えてるかい? 僕達、聖マンゴでクラウチや吸魂鬼に襲われて―――」

 

 次の瞬間。

 目覚めたばかりで状況が上手く把握出来てないだろうフィールに詳しい説明をしようとしたハリーの言葉を遮った彼女の口から、衝撃的な発言が飛び出した。

 

 

 

 

 

「ごめんなさい………貴方達は誰なんですか?」

 

 

 

 

 




【ハリー・ポッター移送作戦没】
当初の予定は原作通り進行するつもりだったが、ホグワーツ特急襲撃事件後にやるのもなあ、と思って最終的にはナシに。その代わり作中では聖マンゴ襲撃が導入されました。

【死喰い人&吸魂鬼襲来in聖マンゴ】
特急に引き続き今度は病院が戦場に。
毎回思うのだが、毎度お騒がせなトラブルメーカーことハリー・ポッターはトラブル引き寄せる磁石でも食べたのだろうか?
あ、それを言うなら二次創作ではオリ主にも言えるのか。

【クラウチJr.】
前回に引き続き登場。
時間軸としては特急から数週間経過だが、どうしても読者からすると「コイツ早くも出てきたぞ」と思うかもしれない。だが彼は生存ルートになったにも関わらず前回まで全く登場しなかったんだ。どうか温かい目で見守ってくれたら嬉しい。

【年頃の女の子を攻める中年のおっさん】
犯罪にならない程度ではない、犯罪だ。

【フィール】
詳細は次回。

【まとめ】
今回は初っぱなからオリジナル展開のバトルの回でした。そしていきなりオリ主さん、絶体絶命のピンチに陥って危うく突然最終回になりそうだったと言う。ギリギリピンチは回避しましたが、ラスト、まさかの衝撃的展開に。
それでは次回、またお会いしましょう。
あ、お気軽に感想ください。


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#104.記憶喪失【中編】

暫くスケジュールが一杯で更新遅延になるかもです。

※5/29、サブタイトル変更。


「──────え?」

 

 開口一番、フィールが発した衝撃的な発言にこの場に居た全員が自分の耳を疑った。

 一瞬、ハリー達はまだ意識が覚醒したばかりで寝惚けた彼女が冗談を言っているのかと思った。

 否、思ったかじゃない。

 そう思いたかったのだ。

 まさか………まさか、フィールは―――。

 信じられない面持ちで、4人は不思議そうに小首を傾げるフィールを凝視する。

 

「え? ………え? フィ、フィール? 君、なんでそんな………冗談を言うんだい?」

 

 誰もが言葉を失い絶句する中、いち早く停止した思考が再起動して口を開いたのは、ハリーだった。

 彼は無理矢理作った引き攣った笑顔で、どうかその通りであって欲しいと切実に願いながらフィールに笑い掛ける。

 しかし、最初から答えがわかりきっているハリーの望みは、僅か1秒で粉々に砕け散った。

 

「冗談じゃ、ありません………。本当に、貴方達は一体誰なんですか………?」

 

 その返答に、ハリーは心臓を鷲掴みにされたような、そんな錯覚に陥った。心が裂けそうな痛みが走り、傍から見ても血の気が引いていくのがわかる。

 疑問に満ちたフィールの言葉で、ハリー達は否が応でもこれが事実だと、現実の壁を以てして突き付けられた。

 

 フィールは………聖マンゴ襲撃事件のショックで記憶喪失になってしまったのだ。

 

「ね、ねえ………フィール………」

「『フィール』………? ………それが私の名前ですか?」

 

 震える声でハーマイオニーがそっと話し掛けると、自分の名と思われる『フィール』に蒼い眼を細めながら、彼女が訊いてきた。

 瞬間、室内の空気がまたもや凍り付く。

 自分の名前さえも思い出せなくなっていたフィールにハーマイオニーは泣き出し、ハリーとウィーズリー兄妹は絶望した顔になる。フィールは突然泣いたハーマイオニーにあたふたした。

 

「あ、えっと………ごめん、なさい………」

 

 今にも消え入りそうなか細い声でフィールが謝ると、ハッとしたハーマイオニーが涙を拭って、弛く首を振る。

 自分は誰なのか、彼女らは誰なのか、そして自身はどうして此処に居るのかと言いたげなフィールの瞳に、何かを耐えるような表情でハーマイオニーは口を開いた。

 

「………貴女はフィール・ベルンカステル。私達は貴女の………親友、よ」

「………………そう、ですか」

 

 ハーマイオニーの言葉を聞いたフィールはイマイチ納得がいかなくて、翳りが差した暗い顔になる。

 友人だと言われても、今のフィールにとっては『見知らぬ他人』なのだから。

 いくら思い出そうとしても、頭の中の引き出しは空っぽだった。どんなに開けても中はすっからかんで、誰の名前も出てこない。こうなると、考えるだけ無駄だ。

 

「………っ」

 

 身体を起こそうと思ったフィールは、顔をしかめて頭に手を当てた。包帯が巻かれているので、何らかの理由で負傷したと察する。

 しかし、それ以前に手足に力が入らず、起き上がれない。

 

「まだ無理しない方がいいわ。貴女は襲撃から帰ってきたばかりなのだから」

「襲撃………?」

 

 何故、自分はそのような目に遭ったのか。

 記憶を失くしたフィールに、事情を理解出来るはずもなかった。

 

「………僕、フィールが目覚めたって、ウィーズリーおばさん達に知らせてくる」

「じゃあ、僕も………」

 

 ハリーとロンは階下に知らせに行く。

 女の子同士の方が色々不安なフィールも少しは安心するだろうと、ハーマイオニーとジニーは2人の然り気無い気遣いに感謝しつつ、記憶喪失寸前まで一緒に居たハリーにとって、今のフィールを目の当たりにするのは精神的にキツいのだろうと思い、2人は顔を見合わせて深いため息を吐いた。

 

 ハリーとロンが1階に降りると、いつの間にかシリウスとムーディが帰っていた。キッチンではモリーが沢山のサンドイッチを作っていて、アーサーがそれを手伝っている。

 クリミアとライリーはまだ事後処理中なのだろう、姿が見当たらない。

 そしてハリーは、現状で今最も会いたくない人物を認めてしまった。

 フィールの叔父・ライアンである。

 彼の隣には、リーマス・ルーピンも居た。

 シリウスとムーディから聖マンゴで起きた詳しい事情を聞いて、それで駆け付けてきたのだ。

 ライアンを見て、ハリーは顔を歪めた。

 彼に………姪のフィールがどうなったか、なんと説明すればいいのだろう。

 実の娘みたいに可愛がっているフィールが記憶喪失になったと聞いたら………長年、父親代わりとして面倒見てきたライアンはきっと………。

 合わせる顔がないハリーはその場で硬直し、その彼を心配してロンが立ち止まっていると、2人が降りてきたのに気が付いた大人組が視線をこちらに向けてきた。

 

「君達が降りてきたってことは、目を覚ましたのか?」

 

 飲み物が入ったグラスを片手に、シリウスが問い掛けてくる。

 俯きがちに、ハリーとロンは小さく頷いた。

 その仕草にシリウス達は安堵の笑みを浮かべたが………男子2人が何やら嬉しそうじゃない様子を感じ取って、今度は疑問符を浮かべた。

 

「2人共、どうしたんだい? 君達の事だから、あの娘が目を覚ましたのを喜ばない訳がないと思うのだが………」

 

 ルーピンの問い掛けに、一度眼を合わせたハリーとロンは意を決して顔を上げると、大人の男性陣―――特にライアンの方へ向き合った。覚悟を決めたようなその顔色には、隠し切れない苦痛が滲んでいる。

 ライアン達は怪訝な顔付きになった。

 

「………実は―――」

 

 ハリーは努めて落ち着いた口調で、意識が戻ったフィールが記憶喪失になったことを話した。ハリーの口から語られた予想外過ぎる衝撃的な報告に、大人達は驚いて眼を剥く。台所に居たモリーとアーサーも、耳に入ってきた驚愕の話に作業の手を止めて振り向いた。

 

「フィールが記憶喪失になったって………本当なのか?」

 

 信じられないと言うような相形で、ライアンは確認を取る。

 どうか嘘であって欲しい………そんな、現実逃避したくなるライアンの気持ちを聞かずとも理解しているハリーとロンは何も言えず、返事をする代わりに弱々しく項垂れた。

 ………本当は、わかっている。

 この2人がこんな冗談を言う子じゃないことは十分わかっていた。

 わかっているからこそ………能天気に笑い飛ばせないライアンは放心状態になってしまった。

 金色の瞳から、徐々に光が失われていく。

 力無く椅子に座った彼に、覇気は感じられなかった。

 居たたまれなくなったハリーは、ライアンから視線を逸らす。

 こうなることは予測していたが………どうしても、やるせない思いは募るばかりだった。

 嫌な沈黙が流れる重苦しい空気だけが漂い、誰もが言葉を発することが出来ずにいると、タイミングがいいのか悪いのか、ようやく仕事が終わったクリミアとライリーが現れた。

 女性2人はやっと一息つけると思った矢先、新たな問題が発生したのだろう家中にのし掛かる物凄く重くて暗い雰囲気に、眼を見張る。

 

「えっと………皆、どうしたのかしら?」

「なんかどんよりした雰囲気なのだけど………何かあったの?」

 

 とりあえず何か深刻な事態が発生したのはなんとなく察知したが、来たばかりで状況が掴めないクリミアとライリーがそっと尋ねると、先程と同じくハリーが代表して、簡単に説明した。

 ライアンやシリウス同様、すぐには上手く意味が飲み込めない2人は揃って瞠目する。数分か数十分か、事情を整理しようと黙りに黙っていた女性2人は一つ深呼吸した。

 過去に一部の記憶を失った状態のフィールとずっと関わってきたクリミアと、長年多種多様の患者を相手にしてきてそれ相応の心構えを得ているライリーは、家族のことになるとデリケートなライアンのように放心状態にはならなかった。無論内心は、自分の名前さえも思い出せなくなるほどの重症なフィールにかなりのショックを受けているが………。

 

「………とりあえず、フィールが以前のような軽度の記憶喪失とは違って重度だってことは理解したわ。話を聞き及んだ今でも、全く持って信じられないけど………」

「………ところで、フィールちゃんの様子はどうなの?」

「落ち着いてはいるけど………まだ混乱しているみたい、です」

 

 ハリーがそう答えると、アーサーが彼と息子にジュースの入ったグラスを手渡した。

 

「まずはこれでも飲んで落ち着きなさい」

「………ありがとうございます」

 

 礼を言って、ハリーはグラスに口をつける。

 続いてアーサーはクリミアとライリーにもグラスを渡し、動きっぱなしで喉が渇いていた彼女らは一気に飲む。そうして、全員が少し落ち着いてきたところで、ハリーはライリーに尋ねた。

 

「あの………ライリーさん。記憶喪失になった人間は………」

「………残念だけれど、こればかりは魔法でどうにか出来る類いのものではないわ。確かに魔法傷や普通の病気は、余程でない限り治療可能よ。でも心因性記憶障害は別。あれは精神的なストレス等によって記憶が失われる障害だから、肉体的な症状に対し癒術や魔法薬で治療に当たる私達癒者でも、不可能なのよ」

 

 心因性記憶障害は、大きな精神的ストレスや心的外傷が原因となって発症する。そのため、いくら魔法界の素晴らしい医療技術を以てしてでも、記憶喪失の人間の失われた記憶を戻すことはどう足掻いても無理なのだ。

 

「事情が事情だし、魔法的手段による解決法が無い以上、なるべく早く記憶が取り戻せるようにも私達の間で解決策を探り出すしかないわ」

 

 もう少し時間が経ったら、後で診察してみるとライリーは言い、ハリー達は「よろしくお願いします」と頭を下げる。

 こうなった以上、ライリーの言う通り、自分達で最善だと思われる解決案を見つける他はない。

 闇の陣営にこの事がバレない内にも、出来るだけ早く記憶が取り戻せるようにしなければ。

 万が一、ヴォルデモートや死喰い人にフィールが記憶喪失になったと知られたら………ヤツらのことだ。邪魔者である彼女の記憶が戻る前に排除しようと乗り込んでくるに違いない。

 そうなったら十中八九、一貫の終わりだ。

 

「それじゃ、早速どうするかだけど………現時点で確定事項なのは、フィールちゃんが記憶喪失になった理由は、高確率で聖マンゴの襲撃事件で受けたショックと言うこと。もっと言えば、危うく『吸魂鬼の接吻』を受けそうになったことだと思われるわ」

 

 ライリーの言葉にハリーは「あっ………」と今になって、脳内であの光景が甦る。

 あの時………出口が近付いて気が緩んでしまった自分は、周囲への注意が散漫になって密かに潜んでいた敵の存在に全く気付かなかった。

 その結果、魔法を使えなかったフィールは己の身を投じて庇い………クラウチや吸魂鬼に対し抵抗する術がなかった彼女は身体的にも精神的にも追い詰められ、そして記憶が失われた。

 フィールが記憶喪失になった一因は迂闊だった自分にもあることに今更ながら知ったハリーは、次第に頭の芯が痺れてくる。胸の奥で、ドロドロしたものが渦巻いて………何かに心を締め上げられるような、そんな痛みが走った。

 

「フィールちゃんは過去にも吸魂鬼に魂を吸収されそうになった経験を持っている。その他にも、目の前でお母さんのクラミーが『吸魂鬼の接吻』を受けているのを見たり、お姉さんのラシェルちゃんが廃人になって新たな吸魂鬼に成り果てたりしたから………それと同じように、危険な目に遭ってとても怖い思いをしたせいで、無意識の内に自分を守るため"閉ざした"のでしょうね。ラシェルちゃんの時みたいに」

 

 淡々とした口調で推測するライリーの言葉が、次々とハリーの胸にグサグサと突き刺さる。自分の不注意でこのような由々しい事態を生み出したことを遠回りに咎められているような、そんな気がして、此処に居ることすら耐えられなかった。

 

「何か名案があるといいのだけれどね………」

 

 ライリーは考え込むように腕を組む。

 罪悪感に苛まれるハリー以外の皆も同じように思案した。

 

「それは確かに悩むが………フィールとハリーが狙われていると言う事実は変わらない。何かあったら、我々が命に代えてでも全力で護るぞ」

 

 不安や心配を拭い去るように、シリウスが力強く言う。とても頼もしい反面、大事な名付け親にこのような発言を言わせていることに、ハリーはまた心が痛んだ。

 と、そこへモリーから声が掛かった。

 

「ひとまず、このくらい作ったわ。皆、お腹空いたでしょう? まだまだ作るから、好きなだけ食べてちょうだい」

 

 モリーなりに沈んだ空気を払拭しようと思ったのだろう。サンドイッチを持った大皿をテーブルに置きながら、敢えて明るい声音で言う。そんなモリーのおかげで幾分か空気は和み、2階に居るハーマイオニー達の所にも持っていこうと、ハリー達は階段を上がった。

 ノックして2階にあるジニーの部屋に入室すると、ハーマイオニーかジニーの手を借りて、フィールが身を起こしていた。だが、フィールは扉が開いても、そちらを見ようとしない。ハリーとロンが下に降りている間、一通りの説明は済んだようだが、色々と混乱し切っているせいで、気持ちが整理がつかないのだろう。

 

「モリーおばさんが作ってくれたサンドイッチを持ってきた。とりあえず、食べようか」

 

 ぎこちなく笑いながら、ハリーは机にサンドイッチが載った大皿を置いた。ロンは女子3人にジュースが入ったグラスをそれぞれ手渡す。そうして、気まずい雰囲気が拭えないまま、皆はサンドイッチを頬張った。フィールは誰の眼を見ようともせず、顔を伏せたまま受け取ったサンドイッチを黙々と食べ続ける。

 粗方食べ終えたところで、そろそろ頃合いかなとタイミングを見計らったライリーがノックして部屋に入ってきた。

 大人が現れて、なんとなく顔を上げてみたフィールは若干怯えた眼になる。色んな意味で緊張しているフィールにとって、大人は落ち着かない存在だった。

 

「この人はライリーさん。聖マンゴで働く癒者でさっき私達が言ったクシェルのお母さんよ」

 

 ハーマイオニーが簡潔に紹介すると、ベッドに腰掛けたライリーはフィールに目線の高さを合わせて、優しく微笑み掛ける。温厚な顔立ちが形作る柔和な笑顔に、どこか安心感を得るフィールの瞳から次第に警戒心が薄れていく。

 

「ねえ、フィールちゃん。ちょっとの間だけでいいから、私と2人きりになっても大丈夫?」

「………………はい」

 

 ライリーがフィールに2人きりにならないかと提案したのは、周りに人が居ない方が診察のための質問等に答えやすいかもしれない、と言う配慮もあってのことだろう。その事を察したハリー達は空いた皿と空になったグラスを持ってすぐに退室した。

 1階に降りてシンクに食器類を運び、運ばれてきたそれをモリーが洗い、ハリー達はライリーが診察し終えるのを待機する。

 それから数十分後―――2階からライリーが降りてきた。居間にやって来た彼女は、どうだったと一斉に視線を向けてきた皆の顔を見回しながら診査の結果を伝える。

 

「………予想してた通りよ。フィールちゃんは『逆行性健忘』だったわ」

 

 逆行性健忘―――。

 聞き慣れない単語に、ウィーズリー親子やシリウス達は首を傾げるが、マグル出身でマグルの知識に関しても豊富なハーマイオニーだけは「やっぱり………」と呟く。

 

「えーっと、それってどういう………?」

 

 言葉の意味を知らないロンが首を傾げると、代わりにハーマイオニーが簡単に説明した。

 

「『逆行性健忘』は簡単に言うと、過去のことを思い出せなくなってしまう記憶障害のことよ。強い精神的ストレスや心的外傷が主な原因で発症するわ」

「へえ………ってことは、前にフィールが一部の記憶を失くしてたのもそれが原因ってことか?」

「………恐らくそうでしょうね」

 

 ハーマイオニーのわかりやすい説明のおかげで納得した顔のロン達の前で、ライリーは続ける。

 

「逆行性健忘は全て忘れる訳じゃなく、一般的知識はそのまま保たれるから必然的に自分が魔女であることは()()理解してるみたいよ。でも………肝心な魔法の使い方は忘れてしまってるみたいで本当に自分が魔女なのか、半信半疑って様子ね」

 

 ライリーがそこまで言ったところで、ハーマイオニーは何かを思い出したように尋ねる。

 

「そういえば………フィール、1人にして大丈夫なんですか? 1人だったら心細いでしょうし、誰か一緒に居た方が………」

「それなら大丈夫よ。フィールちゃん、疲れて部屋で寝ちゃってるから。色んなことがあって心も身体も疲れ切ってるのでしょうね。アーサー、モリー。今夜は此処であの娘を泊まらせて貰ってもいいかしら?」

「ええ、私達は構わないわ」

 

 ウィーズリー夫妻は快く承諾する。

 暫くは静養に専念した方が回復も早くなるし、今日はもう遅いので、対策については明日から練ろうとライリー達は引き上げることにした。

 一人前の癒者になるべく現在ライリーの家で下宿しているクリミアは彼女と一緒にベイカー家に帰り、シリウスとルーピンとムーディも幾つか騎士団の仕事が残っているので『姿現し』で何処かに消えた。

 皆が居なくなった後、モリーはハリー達に今日はもう寝るよう促し、彼等は素直に頷いた。

 

「フィール、大丈夫かしら………」

「ハーマイオニーやライリーさんから話は聞いたし、少しは気が楽になったんじゃないか」

「だといいんだけど………」

「ま、その内慣れるってか、時間が解決するさ」

「………それもそうね」

 

 ロンが言うと、本当に大丈夫だと思えるから不思議だ。彼をムードメーカーとしてどれだけ心強く思っているか、改めて感じ入るハーマイオニーである。

 

「こういうのは焦っても仕方ないし、時間を掛けて少しずつ思い出していけば、いずれフィールも記憶が完全に戻ると思う。と言うか、絶対戻るって僕達が信じなきゃ、誰が信じるのさ」

 

 続けてロンが言った言葉に、ハーマイオニー達は表情を緩め、大きく頷く。

 だが、未だに自責の念に駆られているハリーは暗い顔のまま、無言で部屋に戻った。

 

♦️

 

 最上階の自室で寝ていたロンは、寝返りを打った途端、パチリと目を覚ました。すぐに目を瞑り直したが、困ったことに眠気が吹っ飛んでしまった。

 そうなると、ベッドの中でじっとしているのが嫌になってきて―――ロンは気晴らしにちょっと外出することにした。念のため、杖は所持する。

 正確な時間はわからないけれど、外の暗さと静けさから、まだ真夜中らしい。家の中はすっかり寝静まっている。

 静かに部屋を出、足音を立てないように階段を降りようとして、下の階段―――階段の上がり口に誰かが座っている背中が見えた。

 一瞬驚いたロンだったが、シルエットですぐに誰なのか思い当たり、階段を降りながら、そっと声を掛ける。

 

「フィール?」

「……………」

 

 振り向くフィールに「眠れないのか?」とロンは尋ねた。フィールは寝間着の上に薄手のカーディガンを羽織っている。

 

「………いや、寝てたんですけど、一度目が覚めたら寝れなくなって………」

「そっか、僕も同じだ。なんとなく起きちゃったんだけど、一回起きたら、中々寝付けなくなるんだよなあ」

 

 ロンは階段を降り、フィールの隣に座る。

 

「………すいません、急に泊めて貰って」

「いやいや、そんなこと、気にしなくていいよ。去年の夏休みも泊まりに来てたんだしさ」

「そうなんですか?」

「皆で魔法の練習したり、箒に乗ってクィディッチしたりして、スゴい楽しかったんだよな。そういえば、3年前はブライトンに行って海水浴したり、バーベキューしたりもした。こうして思い返すと、また皆で遊びたくなるなあ」

「……………」

 

 楽しそうに語りながら天井を仰ぎ見るロンをフィールは無言で見つめる。その夏の想い出には自分も居たのだろうが、頭の中にその時の記憶はなくて、どう返せばいいかに困ってしまう。

 黙り込んでしまったフィールにロンは慌てて取り繕った。

 

「あ、そうだ、此処で話すのもアレだし、居間に行ってアイスティーでも飲もうぜ。フィールはソファーにでも座って、少し待っててくれ」

 

 と言って、立ち上がったロンは早速台所に向かい、食器棚からグラスを2つ取り出して、アイスティーを作る。言葉を噤んだ自分に気を遣わせてしまって、フィールが申し訳なく思いながらロンに言われた通りソファーに座って待っていると、淹れ終えたロンが渡してきてくれた。

 キッチン付近の照明だけが灯された家中は、そこだけスポットライトが当たったようにうっすらと浮かび上がっている。

 ロンはフィールと並んで座ると、アイスティーを一口飲んだ。フィールもグラスに口をつけ、喉に通す。氷を入れているので、通常よりも冷たくて透明感が増していた。グラスに注ぐ前、砂糖を少し入れたのか、ほんのり甘く味付けしてある。

 夏にはピッタリのアイスティーを少量飲み、短時間ではあるがこの時期特有の暑さを忘れると、フィールはグラスを包み込むように握り、見るとはなしに目の前に広がる光景を眺めた。

 

「そういえば………僕達のことや魔法界のことはハーマイオニーとジニーから聞いたんだよな?」

「………はい。と言っても、この世界のことや情勢に関しては、ちゃんと覚えてます」

 

 診察したライリーによると、フィールはマグルの世界でも存在する、発症以前の過去の出来事に関する記憶を思い出せない『逆行性健忘』との診断だ。これは不快な体験や出来事、特定の人物を思い出せなくなるのが多いとされている。

 しかし、全て忘れる訳ではなく一般的な知識は保たれるので、日常生活にはあまり支障はないが自分が誰だがわからない人も居るとのことで、まさにフィールはピッタリ当て嵌まっていた。

 

「………ハーマイオニーさんとジニーさんが言ってたのですが、私、『闇の帝王』と呼ばれる魔法使いやその部下の『死喰い人』に命を狙われてるんですよね」

「ああ、うん………君の実力もそうだけど、君のお祖母さんが『例のあの人』に一番最初に反発した先駆者だから………それでアイツら、昔から君の一族に脅威を感じてるんだ」

「私の祖母が? 凄い人物ですね………」

「エルシー・ベルンカステルも確かに凄いけど、君も負けず劣らず凄いよ。何度もホグワーツの危機を救って、僕達を護ってきてくれた。2年の時は秘密の部屋でトム・リドル―――『例のあの人』が学生時代だった頃の姿が実体化したヤツをたった一人で倒しちゃったし、4年の時は最年少で三大魔法学校対抗試合(トライウィザードトーナメント)のホグワーツ代表選手に選ばれたり。僕達にとって、君はヒーローみたいな存在だよ」

 

 記憶を失う前の自分の人物像を聞かされ、フィールは眼を丸くする。まさか自分自身がそのような人物だとは、周囲の人間同様魔法を扱える魔女以外の情報は何も覚えていない今のフィールにとっては、全く想像がつかないのだろう。

 フィールは俯き、掌を見つめながらポツリと呟く。

 

「私、全部思い出せるでしょうか………自分のことも、皆のことも」

「勿論!」

 

 絶対思い出せる、とロンは励ますように頷いてみせる。

 彼がそう断言出来るのは、前例があるからだ。

 経緯がどうであれ、フィールは以前、失われていた一部の記憶を取り戻した。

 だから、今回も必ず取り戻せる。

 一片の迷いも無く笑顔で明言したロンに、フィールは不思議と心がほっこりしてきて、記憶喪失後、初めて笑みを浮かべてみせた。

 

 

 先程まで2人が座っていた下の階段で、ハリーは息を殺して佇んでいた。

 ふと目が覚めた時、なんだか下の方で話し声が聞こえ、物音立てずに退室してみると、何やらフィールとロンが居間に居て会話をしていて、中断させるのも悪いと遠慮している内に立ち聞きしてしまって………。

 和やかな2人の談話が胸に刺さって、ズキズキと痛む。

 自分がもっとしっかりしていれば、こんな風に友人が心配することもなかったし、フィールだって何も思い出せないと言う苦しい体験をしなくて済んだのだ。

 こんなことが起きなければ、今頃は―――。

 

「ごめん、フィール………」

 

 謝罪の言葉が溢れてくるけれど、それを届ける勇気が今のハリーにはなくて。

 ふいっと顔を逸らしたハリーは来た階段を戻り―――逃げるように2人から離れてしまった。




【フィール】
サブタイトルの通り。

【ライリー】
一応この人半純血の癒者なのでマグルの医療用語とか心得てます。

【ロン】
原作と比較したら随分成長した。


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#105.記憶喪失【後編】

フィール「さあ、始まるざますよ(´・ω・`)」
ハリー「行くでガンス(*´ω`*)」
ロン「フンガー!(・`ω´・ )」
ハー子&ジニー「(久し振りの更新なんだから)まともに始めなさいよっ(*`Д´)ノ!!!」

はい、本当に皆さん超お久し振りです。そして更新メッチャ遅れて申し訳ございません。立て続けの多忙スケジュールオンパレードが終了して少し落ち着いた矢先、今度は体調崩して身体が倦怠感に見舞われる日々に………。
皆さんも季節の変わり目や気温の寒暖差には気を付けてください。
何はともあれ、更新を再開します。


 ハリーは1人、杖を振るっていた。

 ヴォルデモート卿と同じ不死鳥の尾羽根が芯に使われている柊の杖を何度も何度も。

 余計なことは一切考えず、己を苦しめる葛藤を振り切るよう、一心不乱に同じ動作を繰り返す。

 どのくらい時間をそうして過ごしていたのか、腕が振り抜かれる度に眩い閃光が迸り、それと同時に汗も飛び散る。

 それでもハリーの腕は止まらない。

 心の中に生じた自責の念を振り切るまで、その腕は止まることはないようだった。

 

『私、全部思い出せるでしょうか………自分のことも、皆のことも』

 

 数日前耳にしたフィールの悲しげな、胸の内に抱えてくる不安が否応無しに伝わってくる声が木霊する。

 あの声が、言葉が、頭から離れない。

 全ては不甲斐ない自分のせいで彼女は………名前も友人も家族も思い出せないほどの記憶喪失になってしまったのだから。

 あの日、自分を庇い重傷を負ったフィール。

 それに続くよう脳内に浮かび上がるのは、吸魂鬼が彼女の魂に食らい付こうと、おぞましい顔を彼女の顔に近付けていく光景―――

 

「―――くそっ………!」

 

 浮上した情景を断ち切るように頭を振り、忌々しそうに舌打ちし、ブンッ! と思い切り杖を振り下ろす。

 術者の心情をそのまま反映するかのよう、今までは線香花火みたいに小さくて細かった閃光から杭みたいに太くて大きい奔流が放出された。

 激しい火花を散らしながら草が刈り取られ、夜風に吹かれて散っていくのを見送ったハリーの右手に握られている杖の柄に、汗が伝って地面にポタポタと落ちる。それに気付いて、ハリーはようやく動きを止めた。

 

 1つ気付けば他にも気付く。

 纏った服が吸収された汗でずっしりと重い。

 それだけ長い間、ハリーは動き続けていたと言う意味だ。

 額に吸い付く前髪から滴る汗を鬱陶しいと言わんばかりの不機嫌な面持ちで邪魔そうに掻き上げながら、奥歯をギリッと噛み締める。

 腸が煮えたぎるこの思いは、この苛立ちは、全て迂闊だった自分自身への怒りだった。

 まるで追い打ちを掛けてくるかのように、クラウチに容赦無い『磔の呪文』を掛けられた時の絶叫が耳の奥で鮮明に甦り、怒り心頭に達するハリーは思わず手に持っている杖を地面に叩き付けたい衝動に駆られた。

 眼を閉じれば………いや、閉じなくとも、ふとした拍子に思い返せば、網膜に再びあの胸を抉るような残酷な光景が去来し、どんな名剣よりも鋭い切れ味でハリーの心を一刀両断する。

 少しでも気を緩めれば、活動写真を繰り返し見るかの如く、まざまざと脳裏に映し出されてしまうのである。

 

 これは危険だ。

 幾度となく繰り返しても、これは完全に致命傷だった。

 この傷は決して癒えることがなく、繰り返す度に深く抉られていく。

 頭を抱えてその場にしゃがみ込みそうになる自分自身を奮い立たせるべく、ハリーは両手で頬をパチンと叩くと、肩を軽く上げて服の袖でこめかみを伝う汗を拭い、ふーっ、と息をついた。

 友人が『吸魂鬼の接吻』を受けようとしている瞬間にただ見ていることしか出来なかった場景は今も脳裏に焼き付き、頭の奥に巣食ったまま遠ざからない。

 元凶たるハリーに己の不注意で引き起こした事の重大さを思い知らせているようにも思えなくもない。

 直接的にフィールを極限状態まで追い詰めたのはクラウチと吸魂鬼だ。だが………その要因は、そうなるきっかけを作ったのは、他ならぬ自分自身。

 

 その事実が、ハリーをここまで責め立てる。

 どう足掻いたって、間接的にフィールを激しく傷付け、記憶喪失になるほどの辛い目に遭わせたのは自分であることに変わりはない。

 他の皆だって、きっとそう思っているに違いない。ハッキリとは口には出してはいないが………それは記憶を失ったフィールや友人関係の自分の手前、敢えてそういうことは何も言わないように気を遣っているだけだ。本音と建前は十中八九真逆と思われる。

 

 特に身内のライアンやクリミアは憎んでいるだろう。と言うか、憎んでなかったらかえっておかしい。

 大事な家族をこんなにも傷付けられ、心中穏やかでいられる家族は普通居ない。

 今はまだ責めたりしてくることはなく、むしろ励ましの言葉を送ったりして慰めてくるが、内心では自分のことを激しく嫌い、そして気が済むまで罵りたい気持ちで一杯のはずだ。

 このままフィールが失われた記憶を取り戻すことなく長い人生を歩む羽目になったら、いくら優し過ぎるライアン達と言えども確実に罵倒してくるだろう。

 

 否、本来であればとっくの昔に然るべき処置を行うべきのはずだ。

 なのにそうしない。

 それが逆にハリーを追い込む。

 とは言うものの、彼等からするとハリーを責めたところでフィールが記憶を取り戻したり、今の状況が好転する訳じゃないのはわかっているし、彼だけに非があるかと言えば、それは違うと言える。

 

 何故ならば、細かく言えばあの時のハリーの提案を拒否して皆で固まって行動していれば良かったのに、戦えない患者の救済や戦い慣れてない癒者の援護を優先するあまり彼とフィールを2人きりにさせたシリウスやムーディ、クリミアやライリーの判断が間違いだったとも言えるからだ。

 もっと言えば、聖マンゴまで付き添った護衛役がたったの2人だけだった、と言うことがある。

 あと4~5人居れば、もう少し上手い立ち回りが出来たかもしれないと思う。あの時は間一髪のところで駆け付けられたから、ハリーとフィールを助けることが出来たが―――。

 もし、間に合わなかったら………そう考えるとゾッとする。

 

「―――もうその辺にしとけ、ハリー」

 

 暗がりの中から聞き慣れた声が耳を打つ。

 ハッと振り返ってみると、そこには案の定ロンとハーマイオニーが立っていた。2人共寝間着の上にカーディガンを羽織っている。

 

「………いつから其処に居たんだ?」

「結構前よ。中々寝付けなくて、それでふと外を見たら貴方が出て行くのが見えて、後を尾いて行こうと下に降りたら―――」

「―――同じように外から僕が出て行くのを見て追い掛けようとしたロンと遭遇して、2人で尾いてきたってことか」

 

 2人は小さく頷く。

 ハリーは深いため息をついた。

 口振りからして随分前から居たそうだが、それに全然気付かなかった自分が腹立たしい。それだけ一点に集中してたのか、あるいは2人が気配を隠すのが上手いだけなのか………どちらにしろ、これが実戦だったら確実に背中を取られていたに違いない。

 そう考えるハリーに、ハーマイオニーがそっと声を掛ける。

 

「………ハリー、貴方、最近なんだか変よ」

「は? 変? 僕が?」

「ええ。ロンもそう思うでしょ?」

「ああ。ハリー、確かに君は最近おかしい。自分でそう思わないのか?」

「何が?」

 

 ハリーは首を傾げながら2人に尋ねる。

 しらばっくれている訳でも嘘をついてる様子でもないハリーの質問に、ロンとハーマイオニーは顔を見合わせると、彼の眼を真っ直ぐ見ながら回答した。

 

「一言で言うと、まさにトランス状態って言葉がピッタリだ。君は現在、以前にも増して気性が荒くなってる。君がさっきまで杖を振ってるのを見てて思ったんだけど、動作もあからさまに荒々しくなっている」

「それだけじゃないわハリー。貴方は自覚してないかもしれないけど、あの襲撃事件以来、目付きも明らかに変わってる。今もそうよ」

 

 ロンとハーマイオニーが見つめるハリーの眼。

 アーモンド状の形をした緑のそれは、まるで荒ぶる獅子のような獰猛な輝きを以て自分達を鋭く見据えている。

 前のハリーはこんな眼差しをしていなかった。

 優しくて穏やかな、見る者に元気と勇気を与えてくれるような………そんな瞳だった。

 なのにこの変わり様、豹変ぶり………。

 ハリーは今、危険地帯(デンジャラスゾーン)に入っていた。

 

「それはそうさ。全部僕のせいなんだから。僕がちゃんとしていれば、フィールが記憶喪失になることも、クラウチを逃すこともなかった。このツケは必ず払う。次に会った時、僕はこの手でアイツを倒すと決めた。勿論、ヴォルデモートもだ。もう誰も傷付けやさせない。誰の手も借りる必要が無いくらい強くなって、アイツらの野望を打ち砕いてやる」

「おい、ハリー」

「いや………もうここまで来て、『倒す』なんて手緩い真似はダメだな。『仕留める』くらいの覚悟で行かなきゃ、今度は―――」

「ハリー、少し黙れ!」

 

 尚も物騒な言葉を次々と紡ぐハリーを遮り、ロンが声を上げる。ハリーは「なんだ?」と不機嫌この上ない顔でロンを睨んだ。

 その視線に怯まず、ロンは睨み返す。

 

「なあ、ハリー。君はいつからこんな人格者になったんだ? そりゃ、フィールがあんな風に自分や僕らのことを全く思い出せなくなって誰よりも君が一番辛い気持ちなのは、バカな僕でもよくわかる。でも、クラウチや闇の帝王を1人だけで倒そうなんてただの命知らずのバカがやることだ。その杖が泣くぞ!」

 

 ロンはビシッとハリーの右手にある柊の杖を指差す。

 長年共に学び、共に戦ってきた運命共同体とも呼べる己の杖を一瞥後、ハリーはすぐにロンに視線を戻した。

 

「君の言いたいことはわかった。だけどこれは、普通の魔法使いに出来うる役目じゃない。僕だけが、ヴォルデモートを唯一倒せる『選ばれし者』なんだ。世界を救う者として見定められ、そして宿命に導かれた者として必要とあらば―――己の身に降り掛かってくるありとあらゆる責任を背負うのも、自らの運命を受け入れ1人で巨悪に立ち向かうことも厭わないと言うか、それが僕に与えられた使命なんだ」

「―――『自分は選ばれし者』と連呼するようになったら終わりだろ! そうやってすっかりその気になって得意になっているのが、真に闇の帝王を打ち倒すヤツとして選ばれた魔法使いか!?」

 

 フィールが記憶喪失前に受けた出来事にショックを受けて自分やハーマイオニー達のことを忘れてしまったように、ハリーもまた、自責の念に駆られるあまり『自分はヴォルデモートを唯一倒せる選ばれし者』と言う逃げ道を作って己を見失い掛けている。

 だからこそ、ハリーの心の芯の部分に声が届いて本来の純粋さを取り戻せたらいいと思い、ロンは叫んだ。

 

「僕達の知るハリー・ポッターは、そんなヤツじゃなかったはずだ! 言い方は悪いが、今の君は親の権力やコネを顔の前にぶら下げて得意満面になるようなマルフォイと何も変わらないぞ! 目を覚ませ!」

「煩い! 本当は僕の気持ちなんか何も知らないクセに! 君は見たのか? 吸魂鬼がどうやって人間の魂を吸おうとしてたのかを。人を痛め付けることに快感を覚え愉しそうに嗤うヤツの恐ろしさを、君は嫌と言うほど思い知らされたか? 僕はあの日、目の前でフィールが苦しむ光景を見せ付けられて嫌になるくらい思い知らされた。このままクラウチやヴォルデモートを放っといたら被害は拡大する一方だ。そうなる前に、早くアイツらを捜索して見付け次第討伐する。それのどこが間違ってると言うんだ?」

 

 すると、それまで黙って事の成り行きを見守っていたハーマイオニーが口を開いた。

 

「確かにハリーの言っていることは正しいと思うし、それも一理ある。でもねハリー。貴方は急いで敵を倒したいと強く考え込み過ぎてるせいで、一番大切なことを忘れてるわ。貴方を含め、私達が今やるべきことは、フィールの傍に居てあげることよ」

「悪いけどハーマイオニー、僕にはフィールの傍に居る資格は無い。何故なら―――」

「―――『何故なら自分のせいでフィールは記憶喪失になったから』、と言いたいの? ハリー、それは違うわ」

「何が違うって言うんだ? 僕が言ったことは全て本当のことだろ? 何もかも僕のせいだ。僕が元凶だ。そんなヤツが近くに居たら、また周囲の人達を傷付けてしまう」

 

 それに、と………だんだんと自暴自棄になっていくハリーはこんなセリフを口走ってしまった。

 

「僕を気に掛けたり、心配する素振りは止してくれよ。君達だけじゃない。他の皆もだ。建前上は慰めていても、本音は僕のことを忌み嫌って疎ましいヤツと思ってるんだろ? 見え透いた芝居に付き合うのはもう疲れたんだ。僕が邪魔者なら、殺したいほど憎んで然るべき存在なら、早く突き放してくれよ。そうしてくれた方が、気分がすっきりする。君達は親切心からそうしてるのだろうけど、その場しのぎの優しさなんて、僕にとってはまさしく拷問だ」

「何を言ってるの!? ハリー、私達が貴方を忌み嫌う訳ないじゃない!」

「そうだぜハリー! 僕らが君を嫌うなんて、どうしてそう思うんだよ!」

「………………」

 

 ハーマイオニーとロンは愕然とした様子で口々にハリーに向かって叫ぶ。

 が、ハリーは冷たい光を宿した両眼を細めただけで、何も言ってこない。

 その眼光はまるで、昔のフィールとそっくり。

 記憶の中にある少女の眼と目前に立っている少年の眼がオーバーラップしたロンは、無言のまま背を向けた友人に腹を立て、

 

「―――いい加減にしやがれ!!」

 

 と、肩を掴んで強引にこちらに向かせると、ロンは拳を握り締めてハリーを渾身の力で殴り飛ばした。

 

「ぐぁっ………!」

 

 左頬を一発ぶん殴られたハリーは吹っ飛び、もんどり打って倒れた。殴られたせいで口の端が切れ、そこから血が滲む。ハリーは顔を上げてロンに文句を言おうとしたが、そのロンが上になって押さえ付けてくる。

 

「おいハリー。もう一度訊くぞ。さっきのはどういう意味だ?」

「………………」

「黙ってないで、何とか言えよ」

「………………」

 

 黙りを決め込むハリーに、ロンの語気が荒くなる。

 

「おい! 黙ってないでちゃんと言え! 言わなきゃわかんないだろ!?」

 

 ロンは胸ぐらを掴んで激しく問い詰めたが、ハリーは顔を背ける。頑なに答えようとしないハリーを見て、それまで唖然としていたハーマイオニーが、珍しく怖い顔で見下ろした。

 

「ねえ、ハリー。正直に言わせて貰うわ。今の貴方の有り様は私達から見ても相当酷いものよ。身を挺してまで貴方を護ったあの娘が報われない。見てるこっちが心苦しくなるくらいだわ」

「………………何を言いたいんだ?」

 

 やっとのことで喋ったハリーは、こちらを見下ろしてくるハーマイオニーに問い掛けた。ハリーの問いに対し、ハーマイオニーはこう答える。

 

「過去の出来事にいつまでも縋ってうじうじ考える暇があるなら、どうすればフィールを護れるか考えなさい、って言ってるのよ! ハリー、貴方はこれまで何度もフィールに助けられてきたわよね? その時フィールは、貴方を責めたりとかしたかしら? 『お前のせいで私は大怪我を負ったんだ』とか、そんなこと、一言でも言われた記憶があるかしら? 少なくとも私は知らないわ。それにエミリーさんの時だってそうよ! 墓参りに行った時、フィールは私にこう言ったわ! 『あの人が命を賭してでもアンタ達を生かしたなら、その気持ちを無駄にするな』って! そう言ったフィールは前言を撤回しなかった。それがフィールの本心だからよ。あの言葉は決して嘘偽りじゃなかったと私は断言するわ!」

 

 一気に捲し立てたハーマイオニーははあはあと肩を上下させ、深呼吸してから、再度口を開いて言葉を続ける。

 

「エミリーさんが私達の前で死んだの、今でもハッキリと思い出せる。全身に浴びた血の生暖かい感触や辺り一面に充満した鉄の匂いだって、鮮明にね。………あの時のエミリーさんは、私達を庇って死ぬ直前だったのに、それでも笑顔を絶やさなかった。そして私達に言ったのよ。『ありがとう』と。だから私は決めたわ。エミリーさんの遺志を、誇りを傷付けるようなことはしない。あの人の死を無かったことにはしない、けれど今の世を足掻いてでも生き延びることは忘れないと。エミリーさんの最期の言葉と励ましてくれたフィールの言葉が、自責の念に囚われていた私を教え導いてくれた」

 

 静かだが重みのある声音でキッパリと言い放ったハーマイオニーに続いて、ロンが言う。

 

「ハーマイオニーの言う通りだぜ、ハリー。過ぎ去ったことは今更悔やんでも仕方がない。なら、今をどうするべきか、それを考え行動するのが大事だろ。僕達に立ち止まってる暇なんかない。何が起きても前へ進むしかないんだよ。過去に囚われて振り返んな、いつものようにひたすら前だけを見て猪突猛進して見せろ。試行錯誤し続けながらも尚諦めずに我を貫き通す。それが僕らの知るハリー・ポッターその人だ」

 

 だが、そんな2人の言葉も、ハリーの耳には届かない。ハリーは2人の言ってる意味が理解出来ないと言わんばかりの表情を浮かべる。

 

「………その様子じゃ、今何を言っても無駄なようだな」

「ええ………そうみたいね」

 

 再び顔を見合わせたロンとハーマイオニーは揃って肩を竦める。そうしてロンはハリーから離れると、彼の肩をドンッと突き飛ばした。

 

「君が本来の自分を取り戻すまで、僕達は君と口を利かない。1人になってよく考えろ」

 

 それだけ言って、ロンは踵を返す。

 ハリーは相変わらず、そっぽを向いて口を閉じていたが………その彼の頭に、突然バサッと何かが降ってきた。

 手に取ってみると、それは今しがたまで羽織っていたロンのカーディガンだった。

 どういうつもりだ? とロンの方に目線を上げたハリーに、当の本人はチラッと振り返る。ぶっきらぼうに言う。

 

「丘の上はこの時期でも夜は冷えるからな。さっさと隠れ穴に戻ってシャワー浴びて寝ろ」

「僕とは口利くんじゃなかったのかい?」

 

 嫌味たらしく、ハリーは挑発的に言う。

 以前のロンであったら、ここでカッと頭に血が上って躍起になっていただろう。

 しかし、ロンの反応は至って落ち着いてて、生意気なハリーの態度に眼を吊り上げることなく冷静に、それでもってぶっきらぼうに言い返した。

 

「君が倒れたりしたら、アイツが心配するだろ。記憶失くして不安で一杯なアイツに余計な心労は掛けようとすんなよ」

 

 そう言うと、今度こそロンは歩き去った。

 ハーマイオニーはハリーを一度見てから、ロンの後を追い掛けて行く。

 1人取り残されたハリーは暫く2人が消え去った空間を眺めていたが、やがて仰向けに地面に寝転がった。

 満天の星空が視界を埋め尽くす。

 丘陵を渡って吹いてきた夜風が、ハリーの髪を優しく揺らした。

 左手の甲で目元を覆いながら、ハリーは先程のロンの言葉を思い返す。

 

『君が本来の自分を取り戻すまで、僕達は君と口を利かない。1人になってよく考えろ』

 

(………ロンやハーマイオニーは僕に一体何を伝えたかったんだ? 1人になってよく考えろって言ってたけど―――僕が言った言葉に間違いがあるのか?)

 

 ハリーは1つ1つ、ホグワーツ入学から今日に至るまでの経緯を辿っていく。

 ここまでの道のりは決して平坦ではなかった。

 魔法界とマグル界の文化や常識の相違、魔法族とマグルがそれぞれ持つ差別主義や思想傾向、切っても切れない寮同士の因縁―――。

 長年苦楽を共にした今だからこそ、グリフィンドールとスリザリンと言う犬猿の仲同士の寮の壁を越えて友情を育んだハリー達だったが、入学した当初は丸っきり違った。

 スリザリンと言うだけでフィールを初め他大勢のスリザリン生に対し嫌悪感を抱いていたロン。

 無口無表情で無愛想な性格からライバル心を燃やしつつもどこか忌避していたハーマイオニー。

 最初の時点でフィールに敵意と言う感情を持ってなかったハリーとは異なり、ロンやハーマイオニーの場合、誤解や偏見を乗り越え、辿り着いたからこそ深まった絆が存在する。

 

 自分達は茨の道を歩いて成長してきた。

 そして復活したヴォルデモートを筆頭とする闇の陣営に打ち勝ち、魔法界に失われた光を取り戻すと言う目的意識の基、これまで幾度にも渡って戦い続けてきた。

 そして闇の陣営のラスボス・ヴォルデモートを倒せるのはこの世でただ1人。

 そう、この自分ハリー・ポッターだけだ。

 彼等にとってもそれは望みであるはずだ。

 自分達はここからだろう。

 ここからが本格的な正念場と言うこんな時に何故行ってしまうのか。

 己の何が気に入らない?

 いつになったら己と本気で向き合う?

 ………これも運命の1つか。

 己がクラウチを、そしてヴォルデモートを討てば彼等も理解するだろう。

 

 そこまで考え、ハリーはハッとした。

 何故そう思うのだ。

 この闘争心は何処からやって来る?

 ヴォルデモート達を打ち破る………そう考えるとすぐにでも杖を交えたくなった。

 これはどういうことだろう?

 普通であれば、戦いたいどころか泣いて怯えるところではないか?

 ………わからない。

 自分自身でもわからない。

 どういう訳か、心が、魂が、精神が、強く引っ張られる。

 己の身に起きていることに思考が追い付いていかない。

 

 ………………。

 ………………………………。

 …………………………………………………。

 落ち着け。

 大丈夫だ。

 ちょっと混乱しただけだ。

 己はちゃんと前を向いて歩いている。

 これも1つの宿命であるならば、じっと堪えるのだ。

 

『一方が生きる限り、他方は生きられぬ』

 

 ハリー・ポッターとヴォルデモート卿、ひいては魔法界の命運が握られた、ホグワーツで『占い学』を担当するシビル・トレローニーの予言。

 

 全てはこの予言から始まった。

 彼女がヴォルデモートに関する予言をした時、当時はまだ死喰い人だったセブルス・スネイプはすぐさまヴォルデモートに報告した。

 予言に当て嵌まる男の子は2人居たが、スネイプは予言の最初の部分しか聞いてなかったため、もっと予言の内容がハッキリわかるまで待機する方が賢明と言うことや、どちらかの男の子はヴォルデモートの知らない力―――すなわち『愛』の力―――を持つであろうと言うこと、またどちらかを襲うことでその子に魔力を移してしまう危険性があることを、当時のヴォルデモートに警告することが出来なかった。

 その結果、将来の敵となる候補者の選択を委ねられたヴォルデモートは自分と同じ半純血の男の子―――ハリー・ポッターに脅威を感じ、殺害することに決め、後は皆の知ってる通りだ。

 

 左手の甲の下でハリーは眼を閉じる。

 ハリーが『生き残った男の子』として魔法界全土から崇められる代償として、彼を押し上げる犠牲者となったポッター夫妻。

 命を捨てて己を護ってくれた両親の仇が、暗闇の中で浮かび上がる。

 余裕綽々な笑みを浮かべるヴォルデモートの顔に、ハリーは決意を固める。

 今に見ていろ、ヴォルデモート。

 『選ばれし者』の名に賭けて、お前を必ず打ち倒してみせる。

 

 運命の導きに従い、使命を全うする。

 それでいい。

 導かれるままに進むんだ。

 そこにきっと………己が求める答えがある。




【まとめ】
今回は原作メインキャラ3人だけの登場でした。何気にオリ主が登場しない#ってこれが初のような気がします。
さて、皆さんお察しの通りハリーが徐々に豹変。ロンとハーマイオニーも手に負えないと半ば絶交気味。所謂『紙一重』状態のハリーの言動が今後どう影響するのか。
#107に続きます。
また見てね、バイバイ。


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#106.本音と建前

世代、年齢、所属or出身寮、そして原作とオリの壁を取り払って様々な場面で関わりや絆を持つ作中の原作キャラとオリキャラですが、本作で唯一原作とオリのポジションを区別・隔離し絶対的な一線を引いたものがあります。
それはズバリ、恋愛事情です。

※9/16、一部修正


 夢を見ている気がする。

 あれは確か数ヵ月前、前学期で起きた出来事だった。

 暫くの間、グリフィンドール生のケイティ・ベルが瀕死の重態に陥り聖マンゴに入院したこと以外、ホグワーツは平穏無事な学校生活が続いた。

 そんな何事も無く時間だけがただ刻一刻と過ぎていく退屈な日々も、今シーズン最後のクィディッチ戦及び決勝戦当日を迎えれば、一度城内を覆う雰囲気はガラリと激変する。

 

 その日、クィディッチ競技場は未だかつてないほどの異様な空気と熱気に溢れ返っていた。

 レイブンクロー戦とハッフルパフ戦で快進撃を続けてきた、グリフィンドールとスリザリンの決着が再びつけられる時が来たからだ。

 特に初戦で激しい屈辱を受けたグリフィンドールは長らく入院してようやく帰ってきた優秀なチェイサーであるケイティの復帰も相まって、皆一様にやる気満々で熱意にみなぎっている。

 無論スリザリン側も、この試合で必ずや勝利し優勝杯を手に入れると言う強い目的意識でこの日を迎える前から闘志を燃やしていた。

 本来であればトーナメント戦ではなくリーグ戦で、今シーズンラストの幕を飾るのはグリフィンドールVSレイブンクローだった。

 

 ………のだが、今年だけは変則的にリーグ戦からトーナメント戦に変更したので、こうして因縁の対決が再度叶ったのである。

 ダンブルドア曰く、「そちらの方がより盛り上がると思ったから」だ。

 英国魔法界に住む住民全員が薄々感付いているだろうが、現状からしてそう遠くない内に、いよいよ全ての命運を分けた第二次魔法戦争が勃発する可能性が非常に高い。

 

 そうなれば授業のみならず、クィディッチさえプレー出来なくなる。なら、停戦期間中の今の内に思いっきり楽しもうと、今回だけは特別にルール変更したに違いない。事実、今年のクィディッチ戦はトーナメント戦と聞いたホグワーツ生は例年よりハイテンションになった。

 ひとまずは「生徒達を活気付かせる」と言う目標は達成したので、教師陣としては上手くいったとホッとしたことだろう。

 

「先輩、頑張ってくださいね!」

「ベルンカステル、今回も絶対にポッターより先にスニッチ取ってくれよ!」

「何てったって、お前は俺達スリザリンの勝利の女神なんだからな!」

 

 ロッカールームでユニフォームに着替え終えたフィールは集合場所のコートに向かう途中、スリザリンのギャラリーから黄色い声援や野太い声援を沢山貰った。行く手を遮られたフィールは嫌な顔1つせず微笑して相槌を打つが、その微笑みの裏では緊張感が益々高まっていく。こうして応援されるのは純粋に嬉しいが………やはり、少なからずのプレッシャーは与えられた。

 後輩や先輩、同級生がニコニコしながら応援席に登っていくのを見送り、さあそろそろ行くかとフッと1つ息を吐いた直後、

 

「―――フィー!」

 

 と、背後から誰かに呼び掛けられた。

 声がした方向にフィールは振り返る。

 相当急いで走ってきたのか、茶色い髪はいつになく乱れており、息も上がっていた。

 見紛うことはない。フィールに声を掛けたのは応援席に居たはずのクシェルだった。

 彼女の片手には、何かが握られている。

 

「………クシェルか。なんだ?」

「ハァ、ハァ………良かった、間に合った」

「間に合ったって?」

「これを渡しに来たんだよ」

 

 そう言って、クシェルはある物を差し出した。

 それは―――

 

「………ピアス?」

 

 光の当たる角度によって色が3色に変わる特性を持つパワーストーン・アイオライトのピアスだった。

 アイオライトは、かつてその特性を活かしてバイキングが航海の際に羅針盤代わりに使用し、太陽に翳して最も青色が鮮明に見える方向に船を進めたと言う伝承が残っている。

 その事からアイオライトは持つ人の人生において望みや目的地への導き手となる石―――つまり羅針盤のような役割を果たすパワーストーンと信じられてきた。

 静かな青色が美しく、ウォーターサファイアとも呼ばれるアイオライトはその色が示す印象のように『鎮める』エネルギーを持つ。

 何が正しいのか悩んだり、人生における迷いが生じた時、正しい方向を指し示し心身に溜まった不要なものや不純物を洗浄しスッキリとさせてくれるアイオライトの効果は、イライラや不安など蓄積されたネガティブな感情を洗い流しクリアな気持ちで心に安心感をもたらしてくれると言われているのだ。

 何故このような物を? と戸惑いつつも、フィールは右手を出す。

 ピアスを受け取った瞬間、軽く、互いの指先が触れた。

 

「その………大事な試合前で集中してる時に、ホントごめん。でも、どうしても今貴女に渡したくて………ピアスなら、ネックレスとかブレスレットとかと違って気が散らないだろうし、フィーがいつも付けてるイヤーカフとも一緒に付けられると思ったから………」

 

 俯きがちのクシェルは珍しく口ごもる。

 そんなクシェルに、彼女が他の人とは違ったやり方で自分を励ましてくれたのが嬉しいフィールは柔らかく微笑んだ。

 それに………ピアスに触れる前も、その色を見ているだけで、なんだか身体がフワッと軽くなったような気がした。

 いや、身体だけじゃない。心の中にあった重いもの―――不安やイライラみたいなものが、スッと消えた気分であった。

 アイオライトのヒーリング効果の1つに、過剰な期待に応えなければならないと言うプレッシャーを和らげてくれるものがある。

 恐らく彼女は言葉による励ましよりも、こうして物による励ましで自分に要らぬ心労を掛けないようにしてくれたのだろう。

 不安を取り除き、楽な気持ちで前進出来る心境へと導いてくれるきっかけを作ってくれたクシェルに、

 

「ありがとな、クシェル。………私、これできっと、大丈夫だ」

 

 と、心からの感謝の言葉を伝えた。

 顔を上げたクシェルは、普段滅多に見ることのないフィールの爽やかな笑顔に一瞬眼を見張った後、目元を和らげて頷いた。

 そうして、フィールは背を向けて歩き始める。

 歩きながら杖を抜き出したフィールは一振りさせると、魔法で耳朶の穴を貫通させ、そして一瞬でその穴に通してピアスを付けた。

 その後ろ姿を見送ったクシェルは「頑張って」とフィールの手前、プレッシャーを掛けないよう口には出さないでおいた応援の言葉を呟き、観客席へと戻って行った。

 

 クシェルからピアスをプレゼントされ、早速それを身に付けたフィールは「遅いぞ」と既にコートに集合していたメンバーに叱責され、「遅れて悪かった」と贈り物を渡されて遅れたことは黙って素直に謝る。

 

「ったく………まあいい。とにかくこれで全員が集まったな。あともう少しで試合が始まる。終了するまで決して気を緩ませるなよ。そんなことすれば、後でタダではおかないからな」

 

 腕組みし厳しい顔でチームメイトの顔を見回したキャプテンのウルクハートは、遅れてやって来たフィールに視線を向ける。

 

「特にベルンカステル。勝利の鍵はお前に掛かっているのだからな。今回も頼むぞ」

 

 ウルクハートから要らぬプレッシャーを加えるような発言をかまされ、フィールは一瞬眼を細めたが、すぐにグッと引き締めた表情で小さく頷いた。

 それを見て、ウルクハートは満足そうに笑う。

 

「さあ、いよいよ決勝戦だ! 絶対に勝って、優勝杯を持ち帰るぞ!」

 

 ウルクハートの鼓舞にチームは鬨の声を上げ、改めて一致団結する。

 皆「絶対に勝つぞ!」と意気込んだ時、タイミング良く伝令が来た為、フィールはファイアボルトを、その他6人はニンバス2001を片手を取り出し、跨がった。

 そして颯爽と飛び上がったスリザリンのクィディッチチームは、選手入場した瞬間にワアッと天を衝く勢いで上がった力強い声援を受けながら、それぞれのポジションに就く。

 敵チームのグリフィンドールの選手も各自配置に就き、空中でスリザリンの選手と向き合った。

 今この場に居る14人が、目の前の敵を睨み付けている。

 中でもハリーの気迫は凄まじかった。

 2度に渡り因縁のライバルに破れてきた彼は今日この日まで、チームの誰よりも猛特訓に励んできた。

 その彼の目標はただ1つ。

 

 3度目の正直で次こそフィール・ベルンカステルに打ち勝ち、グリフィンドールに優勝をもたらすことだ。

 

 キャプテン2人が握手を交わし、手を離した次の瞬間、開戦を告げ知らせるホイッスルが高らかに鳴り響く。

 クアッフルが空高く放たれ、ブラッジャーが無差別に飛び回り、そして金のスニッチが何処かに飛び去る。

 選手は各々の役割を全うするべく一斉に動き出し、応援席に居るギャラリーもまた、喉が潰れるんじゃないかと思うくらいの声を出して、選手達の士気を高めた。

 試合はほぼ互角の展開が繰り広げられている。

 グリフィンドールは初戦の雪辱を必ず晴らす為にストイックに練習に励んだ為か、前回とは比べ物にならない目覚ましい成長を遂げていた。

 シーカー2人は豪速球で飛んでくるブラッジャーを避けながら、スタジアム全体をくまなく注視しながらスニッチを捜索する。

 

「もう2度と負けるものか。今日こそ僕は君に勝つ! 絶対に勝つ! その為にも今まで練習してきた!」

「それはこっちのセリフだ。今回も勝利は私達スリザリンのものにする。ここまで来て負けて堪るか」

 

 互いに言葉を交わし時折肩を衝突させながら、ハリーとフィールは己の目的を口にする。

 空中を飛び回る2人のシーカーの姿に生徒達の視線は釘付けになり、どちらが先にスニッチを取るのかとハラハラしっぱなしであった。

 

 そして試合がスタートしてから数十分後。

 一進一退のシーソーゲームを繰り返していた一戦は、遂に終わりを迎えることとなる。

 お互い離れた場所でスニッチを探し続けていたフィールとハリーは、ほぼ同時に青い空を背景に浮かぶ金色の小さな光を上空で見付けた。

 

(! アレは―――)

(金のスニッチだ!)

 

 考えるよりも早く、2人は風になりスニッチに向かって飛び出した。

 唐突に空高く舞い上がったシーカーに歓声が一際大きくなる。

 その2人目掛け、両チームのビーターがブラッジャーを思い切り叩き込んだ。

 

 物凄いスピードで飛んで行くブラッジャー。

 

 それをクルリと1回転して回避する黒髪の少年少女。

 

 先に崩れた体勢を立て直したのは―――

 

 

 

 ―――ハリーの方であった。

 

 

 

「―――!」

 

 顔を上げたハッとフィールは息を呑む。

 その彼女に、再びもう1つのブラッジャーが飛んできた。

 一瞬身体が硬直したフィールは慌てて避け、全力でスニッチを追い掛けると、必死に手を伸ばした。

 だが………。

 

 ファイアボルトの特性を発揮し全力で上昇し直したフィールの眼に飛び込んできたもの。

 

 それは。

 

 一直線にスニッチとの距離を詰めたハリーが。

 

 フィールの指先が僅かな差で触れる寸前で、金のスニッチを掴み取った腕を高々と突き上げた姿だった。

 

♦️

 

 ハリーがスニッチを取った後、一切の音が何も無くなった。

 拍手も、歓声も無くて………自分の心臓の音さえ聞こえなくなったみたいに。

 とても長い間だったように思えた沈黙だったけど、その数秒後に、スリザリンを除く3寮から嵐のような大歓声と大拍手が沸き起こった。

 競技場全体が揺れたかと思うくらい勢いよく、グリフィンドール生、ハッフルパフ生、レイブンクロー生が立ち上がり、爆発したのだ。

 

 歓喜に包まれるグリフィンドールはグラウンドに雪崩れ込んできた生徒も含め全員で地面に降り立ったハリーを胴上げする。ハリーは満面の笑顔を浮かべており、胴上げが終わった彼は自分と同じくらい嬉しそうな笑顔で駆け寄りそして抱き付いてきたハーマイオニーを抱き上げ―――約1000人近くもの視線が注がれているのも構わず、彼女にキスした。

 ハリーがハーマイオニーにキスしたシーンに、場はシンと静まり返る。時間としてはそこまで経っていなかったのだが、2人にとっては永遠とも思えた時間の中で口付けを交わしたハリーはハーマイオニーに優しく笑い掛ける。その彼の微笑みに、ハーマイオニーは思わず嬉し泣きした。

 今この瞬間誕生したばかりの初々しいカップルに、何人かが冷やかしの口笛を吹き、あちこちで勝利を喜ぶ歓声とはまた違う歓声を上げた。

 ハリーが手荒い祝福を受ける一方で、ハーマイオニーは温かく祝福される。

 

 その何とも微笑ましい光景を、失意に暮れるスリザリン生はどこか遠い眼で眺めていた。その眼には、あと一歩でスニッチを掴めなかったシーカーに対する苛立ちや負けたことへの悔しさが滲んでいる。

 暫く突っ立っていたフィールは背中に突き刺さる厳しい視線を感じつつも、潔く敗北を認めてゆっくりとハリーの元へ歩み寄る。それに気付いたハリーもフィールへ近付いた。

 再び試合会場は静けさが訪れ、グラウンドのど真ん中で向き合うフィールとハリーの姿に、3年前の光景がピッタリリンクする。

 

「………3年前、アンタが私に言った通りだったな。アンタは私に勝った。そして私はアンタに負けた。………潔く、負けを認めるよ」

 

 フィールは、グローブを嵌めた右手を差し出した。それをハリーは黙って掴み返す。

 最後に握手したら、フィールは暗緑のローブを翻し、踵を返した。

 

 背を向けた瞬間、頬に悔し涙を流して。

 

 そして決勝戦を終えた翌日から。

 

 身も心も苛む地獄の日々が始まった。

 

♦️

 

 クィディッチチームのピンチヒッター。

 寮の救世主とも言える助っ人を懇願され、それを引き受けたフィールにスリザリン生は大きな期待を寄せた。

 宿敵・グリフィンドールは勿論の事、ハリー・ポッターに唯一勝てるシーカーとしてスリザリンに所属する一団が注目していることを知っていたフィールは、正式な選手でないにしろ、全力を尽くして皆の期待に応えようと、彼女なりに熱意を注いで意気込んでいた。

 しかし、シーズンラストで肝心な決勝戦、僅かな差でスニッチに手が届かなかったフィールはハリーに負けた。

 

 重要なファイナルでの無様な敗北。

 期待を裏切ったピンチヒッターに、周囲の眼は厳しかった。

 向けられる眼差しは称賛と期待から嘲笑と落胆へと一転し、雪辱を果たしたグリフィンドールを初めとする3寮には侮辱され愚弄された。

 何処に行っても、フィールは笑い者にされた。

 フィールを見掛ける度、殺意にも似た憎しみの視線を送っていたホグワーツ生達は、今度は蔑みの瞳で見るようになり、わざと彼女に聞こえる声で悪意に満ちた言葉を叩くようになったのだ。

 3年前の時みたいに優勝と勝利の奪還を願っていたスリザリン生の殆どはフィールに厳しい眼を向け、フィールのせいでスリザリンは惜敗したと彼女を激しく責め立てた。大半の魔法使い共通のクィディッチの事になると頭に血が上りやすい性格も手伝い、その口調は厳しいものだった。

 

 フィールは最初、自分に非があることなので謝った。皆が己にスリザリンの勝利を託し信じていたのを裏切ってしまったことへの罪悪感を感じていたので黙って非難の言葉を受け止めていたが、それがあまりにも長く、加えて激しかったので、収まる気配を感じなくなってきたフィールは次第に「こんなことになるならピンチヒッターなんてやらなければ良かった」とチームのピンチヒッターを務めたことに対し後悔するようになった。

 クシェルやグリーングラス姉妹は彼女に非難の集中砲火を浴びせる同寮の生徒達に「いくらなんでも責め過ぎだ」と窘めたが、やはりと言うかなんと言うか、一向にクールダウンする兆しは見せず、むしろヒートアップしていく一方で、どれだけ彼女を励ましても、どこか暗くて虚ろな瞳の彼女は、何も反応してはくれなかった。

 

 応援していたはずのスリザリン生達からフィールが買ったのは失望。とんだ期待外れのピンチヒッターだったと、かつてフィールを英雄視して称賛の言葉を述べていたとは到底信じられない程の掌返しだった。

 後悔と屈辱に満ちた日々の中、今日もフィールは濁った眼で廊下を歩く。ニヤニヤと下卑た笑みや軽蔑の視線を送られているのを嫌になるくらい感じながら、隣で慰めてくるクシェルを横目に授業が行われる教室へ向かおうとしたが―――

 

「………ごめん、クシェル。今日の授業は欠席するって教師に伝えてくれないか?」

「え? うん、別にいいけど………」

 

 フィールからの頼みに少々ビックリしながらもクシェルが頷いた直後、フィールはすぐに何処かに立ち去った。

 フィールが来た場所はホグワーツ城で最も高い天文台の塔だった。此処に着いて気持ちの張りが解けたフィールは、はぁ、と深いため息を吐き、床に座り込んで壁に背を預ける。

 そうして、体育座りして両手で膝を抱えながら俯いていると―――

 

「やっぱり、此処に居た」

 

 頭上から声が降り掛かった。

 えっ………と思いながらフィールが顔を上げると、そこにはクシェルと―――意外や意外、ドラコが立っていた。

 教師のマクゴナガルにフィールは欠席する旨を伝えた後、やっぱり彼女の事が心配で探しに行こうと、どういう訳か珍しく早退したクシェルにドラコもついてきたのだ。

 

「………何しに来たんだ」

「フィーが心配だったから、それで」

「まだ授業続いてるだろ。今からでも戻れよ」

「親友が苦しそうにしているのに放っとけって言うの? 悪いけどフィー。私はフィーが辛そうなのを知ってて知らないフリは出来ないから」

 

 頑なに突き放そうとするフィールにクシェルが肩を竦めると、ドラコが口を開いた。

 

「………お前の事だから、負けたのは自分のせいって思って、悩んでるだろ。表面上は無表情貫いて気丈に振る舞ってるけど、こういう時は………無理するなよ」

 

 フィールは眼を大きく見張る。

 あのドラコがこんな事を言うなんて、昔では全然信じられなかったからだ。

 なんとなくだが、彼と彼の母親を助けて以来、態度が幾分か穏やかになった気がするなとフィールが思っていると、

 

「放課後、僕の方からもスリザリンのヤツらに何か一言言っとく。あの様子じゃ当分収まらないだろうが、ひとまずはやってみる」

 

 そう言って、ドラコは踵を返した。

 フィールは未だに唖然としている。

 すると、クシェルがニッコリとドラコに向かって笑い掛け、

 

「………ドラコ、少しは変わった?」

「は? 何がだ?」

「だって、前のドラコだったら、あの人達と同じようにフィーを笑い者にしたり、責めたりしたでしょ? ドラコも成長したんだね、偉い偉い」

 

 からかい半分にドラコを誉めると、ドラコはフンと顔を逸らして、

 

「言っとくけど、僕は別にベルンカステルの為にやる訳じゃないからな。勘違いするなよ」

 

 と言い返し、今度こそ立ち去ってしまった。

 クシェルは「もしかして………ドラコって案外ツンデレ?」と笑みを溢しつつ、フィールと向き合う。

 

「さっき、ドラコも言ってたけど………こういう時は無理しなくていいんだからね。フィーには頼れる人が一杯居るって事、忘れないでよ。何かあったら相談して。私達に話してスッキリするならいくらでも聞くから」

 

 クシェルの、真摯な気持ちに溢れた………温かい言葉。

 それは、とても嬉しいけれど………今のフィールには素直に受け取ることが出来なくて。

 フィールの口から突いて出たのは、

 

「別にそんな………無理なんか、してない」

 

 と言う言葉だった。

 本音と建前は全く真逆のことを言ってしまい、暗い影が落ちる。

 クシェルやドラコの気持ちは嬉しい。

 正直、このまま胸に飛び込んで、泣きじゃくってしまえたら―――と思う。

 けれど、甘えたところで、心は決して軽くはずはない。

 なのに―――

 

「そういう所が無理してるって言ってんの」

 

 苦々しそうに言ったクシェルは、両手でフィールの頬をパチンッと挟んだ。

 

「フィーはホント、変なところで頑固だよね。フツー、皆から一方的に責められたら誰かに話してストレス発散したくなるものだよ? いつも言ってるでしょ、独りだけで何でも抱えないで、少しくらい、私を頼ってって」

 

 その言葉に。

 堪えていたフィールの気持ちが、抑え切れないくらいに大きく膨れ上がった。

 そんな風に言われたら、我慢出来ない。

 悔しい。苦しい。辛い………辛い………。

 ずっと我慢していた激しい感情が一気に大波のように押し寄せてきて、気付いた時には、涙が一筋頬を伝った。

 

「………ごめん、クシェル。今だけは………後ろを向いてくれる?」

 

 言われた通り、クシェルが後ろを向くと………背中に何かが当たる感触がした。

 そっと肩越しに見てみると、タガが外れたらしいフィールが額をクシェルの背中に押し付けて静かに涙する姿があった。




【ロマンス<フレンドシップ】
本作の原作キャラとオリキャラの絡みは恋愛要素より友情面を重視。
そして先の展開を見通すとどうしても恋愛絡みは到底無理だったので恋愛面のみ原作キャラとオリキャラは越えてはならないラインを引いた関係。
ただし例外として原作では割りとあっさり初恋叶ったセドリックとフラーはそれぞれオリキャラに片思い&失恋と言う経験は挟んだ。
逆に色恋沙汰を比重に置いたらここまでの交友関係築けなかった可能性がデカいような気がする。

【天然石・パワーストーンアクセサリー】
最近はカクテル言葉だけでなく石言葉にもどハマり。その他星言葉や花言葉にもめっちゃ興味沸いてます。よかったら色々調べてみてください。

【フォイのレベルがちょっとアップしたフォイ】
恩を仇で返すほどフォイフォイもイヤなヤツではない………はずだよね?


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#107.約束【前編】

もうすぐ夏休みですが、その前に避けては通れぬ道(難関)であるテストあったり他にも用事が多々あったりと、8月入るまでは立て続けにハードスケジュールで殆ど埋め尽くされて更新めっちゃ遅延します。
8月入ったら出来るだけ早く更新出来るように頑張りますので、どうかご了承ください。

※11/18、一部セリフ修正。


 パッと目を開けると、見慣れない天井が視界に映った。

 目を覚ましたフィールは朧気な瞳でボーッとそれを見つめていたが、暫くしてハッと半身を起こし、周囲を見回す。

 読書している最中に寝てしまったせいか、指に本が掛かった状態であった。

 この部屋の所有者がクィディッチマニアの為か室内の至る所にクィディッチに関係する雑誌類やグッズ、アイテムがズラリと並べられており、壁にはペナント、飾り棚の上にはプロのクィディッチ選手のフィギュア等が置かれている。

 それらを見て、記憶を辿ったフィールはやっと思い出した。自分は今、ベイカー家の2階に在るクシェルの私室に居るのだ。前まではハーマイオニー同様、隠れ穴に居たのだが………。

 

 最近ハーマイオニーとロンがハリーとは一切口を利かなくなり、ハリーもまた、2人のことを露骨に無視する嫌な雰囲気が漂い始め、「記憶喪失になった自分のせいで仲が悪くなったのでは?」と申し訳ない気持ちと居心地の悪さの板挟みになったフィールを気遣い、気分転換も兼ねてクリミアが連れて来てくれたのだ。

 今頃クリミアは1階のリビングに居るだろう。

 家族や知人、現在の時勢については既にクリミアを初めとする多くの人間から聞き及んでいる。

 それだけじゃなく、少しでも記憶を取り戻すきっかけになればと、実際に顔を合わせさせたり、想い出深い場所に連れて行ったりしてくれた。

 しかし、記憶が戻る兆候は今のところなく、フィールもフィールで一向に何も思い出せない自分自身に対し、焦燥感ばかりが日に日に募るばかりだった。

 フィールは額に手を当てて、ため息をつく。

 その時、今更ながら頬を伝う温かい何かに気付いた。

 

「………涙………………?」

 

 自分は何故涙を流しているのか?

 それだけ嫌な夢を見ていたのか?

 訳がわからず1人混乱していると、

 

「フィー? 起きたの?」

 

 元気よくピョコンと跳ねた明るい茶髪がトレードマークの翠眼の少女が、扉を開けて部屋に入ってきた。

 フィールの友人、クシェル・ベイカーだ。

 クシェルの手にはグラスが握られている。

 中身はアイスコーヒーのようで、氷も入っている。相変わらず気が利く娘だ。だが、フィールはクシェルの声に反応しなかった。

 

「…………………」

「………フィー?」

 

 フィールの様子が変だと気付いたクシェルはアイスコーヒーが入ったグラスを机に置き、彼女の顔を覗き込む。フィールの頬に涙が伝っているのを見て、眼を丸くした。クシェルの顔がグッと近付き、ようやくフィールは我に返る。

 

「泣いてたの?」

「! ………あ、えっと………目が覚めたら、なんか、泣いてたみたいで………」

「どんな夢だったか、覚えてる?」

「………………いえ」

 

 フィールは弛く首を振る。

 クシェルに問われる前からどんな夢の内容だったか思い出そうとしても、ぼんやりと断片的な情景しか思い浮かばず、ハッキリとはわからない。

 ただ、そんな不明瞭な中で何か引っ掛かっている事は―――

 

「私………何か辛い気持ちを抑え切れなくて、誰かの背中で泣いてた気がする………そんな感じがします………」

 

 フィールの呟きに、クシェルは考え込む。

 1つ1つ、それらしき出来事を思い返していき―――ふと、顔を上げたクシェルはフィールの白い耳朶で一際目立つ青いピアスが眼に入り、それを見て「あ………もしかして………」とある可能性に思い至った。

 

(私の部屋、クィディッチに関係するアイテムばっか置いてるもんね………。単なる偶然かもしれないけど、今のフィーにとっては無意識に辛い記憶を呼び覚ます誘因になってもおかしくないか)

 

 自分の意志では、夢の内容までコントロール出来ない。精神的に無防備な状態になるから、起きている時よりもより心を圧迫されるのだろう。

 トーナメント戦に変更したクィディッチ決勝戦でスリザリンが敗れ、その後待ち受けていた展開にフィールが大きなダメージを負った事は記憶に新しい。

 その事を思い出し、鬱屈そうに1つ息を吐いたクシェルはフィールを見つめる。

 

(やっぱりフィー、記憶失ってるんだ………)

 

 先程の言葉から改めて目の前の親友が記憶喪失なのを突き付けられたクシェルは悲しそうに眼を細める。

 クシェルはフィールのことが大好きだった。

 友達として、もしくは別の意味で………ホグワーツに入学した時から、あるいはそれ以前から。

 だから、尚更その大好きな人が記憶を失くしている事が辛かった。

 

 ―――ところでクシェル。もしフィールが男の子だったら、貴女はあの娘を『友達』としてじゃなく、『異性』として好きだったのかしら?

 

 以前、談話室で開かれた祝勝会の際にダフネ・グリーングラスに言われた言葉が甦る。

 からかい半分の不意打ち気味にダフネにそう質問され、何の心構えもなく問われたクシェルは回答出来ずにあたふたしたが………。

 心が落ち着いてきた今なら、仮にフィールが異性だったとしても自分は好きになっていたに違いない、と思う。そう断言出来る。

 と言うか、そもそもそんなもの、関係無い。

 正直、異性とか同性とか、性別の壁など、今となっては気にもならなかった。

 自分はフィールを好きと思った。ならばそこに男も女も関係あるだろうか?

 否、断じて無い。

 一度好きになってしまえば、他の何も関係無くなる。

 それが今のクシェルの本心だった。

 

「………クシェルさん? どうしたんですか?」

 

 さっきからじっとこちらを見つめて黙っているクシェルに涙を拭いながらフィールが問うと、クシェルは何故か笑って、真っ直ぐな眼でフィールの蒼い瞳を見た。

 

「………フィー」

「なんですか?」

 

 名前を呼ばれたフィールは小首を傾げる。その仕草が何とも愛くるしくて、クシェルは思わず淡い笑みを溢す。

 

「………私はフィーのことが好き。凄く大好き。それはこれから先も、きっと変わらない。仮に貴女が異性だったとしても、そんなもの関係無い。どっちにしたって、私が貴女の事を好きであることに変わりはないから」

「え? あ、あの、クシェルさん………?」

 

 突然の告白にフィールは戸惑う。その慌てふためく様子にクシェルは可愛いらしいと思う反面、未だにさん付けで呼ばれて胸がチクリと痛んだ。

 

「クシェルさん、じゃなくて、いつも通りクシェルって呼んで欲しいな。あと敬語もナシで話してよ」

「でも………」

「記憶失くしてるからって遠慮しなくていいよ。むしろ変に気を遣われる方が嫌だし」

「………………」

「ハァ~、もう………ホント、変な所でフィーって頑固だよね………」

 

 それなら、とついでに悪戯心が芽生えたクシェルは困惑するフィールの脇腹に手を伸ばし、不意打ちで擽り始めた。すっかり無防備な状態で突然擽られたフィールは身体が飛び跳ねる。

 

「ひゃっ………!? く、クシェルさん!? い、いきなり、何するんですか………!?」

「え? 普通にこちょこちょしただけだよ? フィー、相変わらず弱いんだね」

「そ、そうじゃなくて………んんっ………な、なんで急にこんな事………」

「だってフィー、ずっと私の事『クシェルさん』って呼ぶんだもん。言っとくけどフィーが私の事を『クシェル』って呼ぶまで、私はこちょこちょするの止めないからね?」

「そ、そんなの………ッ………、んぅ………ず、ズルい………です………!」

「ほら、止めて欲しいなら早く呼んで?」

「うぅ~………。わ、わかり………、まし………たよ………ッ」

「あれ? 敬語はナシって私言わなかった?」

「ッ! わ………わかった………よ………ちゃんと………名前で………呼ぶから………! 一旦擽るの止めて………!」

 

 ジタバタしながら暴れるフィールに涙声で懇願されたが、クシェルはそれを受け入れなかった。

 

「ダメ。止めたらフィー、逃げるでしょ?」

「! そ………、そんな訳…………」

「とにかくダメ。嫌なら頑張って早く呼んで? 長引くともっと他の場所擽るよ?」

 

 無慈悲な発言を受け、今度は別の意味で目尻に涙を溜める。フィールは必死になってクシェルを押し退けようとするが、擽り続けられてるせいで力が入らない。クシェルは動きを弱める事なくフィールをこちょこちょし、意地の悪い笑顔を浮かべる。

 

「あ、今、逃げようとしたね? そういう事する娘はもっとお仕置きしないといけないなあ」

 

 言って、クシェルは左手でフィールの右腕を掴み、グイッと自分の方へ引き寄せると、反対側の首筋に右手の指先を滑らせた。

 

「ッッ! ぁ……ッ……ちょっ、止めッ………」

「フィーはホントに昔から擽られるの苦手だよねえ。いつもはポーカーフェイス崩さなくて動揺しないけど、これなら確実に崩せるし」

 

 白い肌の上をゆっくりと撫でるような動きになったかと思えば、不意に爪を立てて素早く動く。

 緩急を使い分けたクシェルの弄りに、フィールは全身から急激に力が抜けていった。

 

「ふぁっ………んっ、くっ………待って………もう止めて………ク………、シェ………ル………」

 

 息も絶え絶えに最早これまでと言った表情で拙くもクシェルの名前を呼んだフィールに、

 

「はい、よく出来ました」

 

 と、意地の悪い笑顔から一変、目元を和らげて優しく微笑んだクシェルはようやく手を止めた。

 

「………ぁ……ハァ……ハァ………もう………ダメ………ッ………」

 

 擽り地獄から解放されたフィールは押し寄せてきた脱力感に耐えきれず、グラリと身体を傾かせる。咄嗟に支えたのは、今しがたまでフィールを弄くり回していたクシェルだった。

 

「ちょっとやり過ぎちゃった?」

「………ちょっとの………レベルじゃ………ないわよ………もう………………」

 

 敬語で話してまたこうなるのはゴメンだと、フィールは敬語を取り払った口調で呟く。クシェルはニッコリと笑った。どうして笑うのかわからないフィールは訊こうとした矢先、疲労感に押し負けてクシェルにもたれ掛かる。クシェルは「ゴメンゴメン」と背中を擦ると、フィールをベッドに寝かせた。

 

「………ッ」

 

 半ば放心状態でフィールはぐったりとベッドに横たわる。クシェルは「もう少し手加減すればよかったかな?」と反省して、頭を優しく撫でる。

 暫くはずっとそうして過ごしていると、大分気分が落ち着いてきたのか、何かを思い出したようにフィールがクシェルを見上げながら質問を投げ掛けた。

 

「あのさ、クシェ………ル。私、貴女に1つ質問したい事があるんだけど………いい?」

「ん? なに?」

「………クシェルは………私が貴女より先に死んだら、自分の命と引き換えに私を生き返らせて欲しいと、神様に頼める?」

 

 いきなり何を言い出すのだろう、とクシェルは戸惑ったけれど、フィールの隣にある本の表紙を見て、ギリシャ神話の双子座の話を指しているのだと気付いた。

 この話の内容の主要人物は、ギリシャ神話に出てくる双子の兄弟・カストルとポルックス。

 スパルタ王テュンダレスの妃・レダが産み落とした卵の中から誕生した双子のカストルとポルックスだったが、父親である天空神・ゼウスの血を引いているポルックスだけが不死の存在だった。

 とある事情でイトコの双子達と争った時、カストルが矢を受けて死んでしまうのだけれど、仲の良かったポルックスはゼウスに不死である自分の命と引き換えにカストルを生き返らせて欲しいと嘆願する。

 ゼウスは自分の血を引いていないカストルを生き返らせることは出来ないが、2人が1日毎に天界と下界で暮らすので良いのであれば、認めてもいいと言う。

 ポルックスはその条件を飲み、2人は天界と下界を交互に暮らしていった。

 その後2人は双子座になって夜空に輝くことになった―――と言う、確かそんな内容だった気がする。

 

「………本当に生き返らせることが出来るなら、私は神様に拝み倒してでも『自分の命と引き換えにフィーを生き返らせて』って頼むよ。フィーは私にとって、大事な人だから」

 

 当然とばかりに答えるクシェルを、フィールは不思議そうな瞳で見つめる。

 

「フィーはまだ記憶を取り戻していないから、ピンと来ないかもしれないけど………素直じゃなかったフィーは不器用ながらも私の事を凄く大切に思ってくれていたし、さっきも言ったと思うけど私もフィーの事今でも大好きだよ」

「………じゃあ、記憶失くす前の私は、貴女が死んだら私の命と引き換えに生き返らせてって頼めるほど、貴女の事が大好きだった―――ってこと?」

「直接訊いたことはないからわからないけど、多分ね」

 

 よくよく考えてみると、めっちゃ恥ずかしい会話をしていることに気付いて、クシェルは頬が紅くなる。

 

(何だかんだ言って出会った時から私の事を護ってくれたフィーの事だから、きっとそう言ってくれたと思うけど………)

 

 慌てたクシェルは話をはぐらかそうと、他愛もない話題で場を切り抜けようとしたが、

 

「………クシェル」

「え? な、なに?」

「………私も、貴女の事、大好き。例え記憶失ってたとしても、貴女が好きである事は………きっと変わらない」

「ッ!?」

 

 クシェルは翠の眼を大きく見開かせる。

 身を起こしたフィールがふわりと笑った満面の笑顔に、思考がショート寸前に陥った。

 

 ―――私は………アンタの事、大好き。

 

 かつてフィールがそう言ってくれた言葉が、今の言葉と重なる。

 あれは確か、4年の時だったか。

 その時クシェルは喜びのあまり、公の場であるにも関わらずフィールを押し倒してしまった。

 勢いそのままに公衆の面前で彼女を押し倒した自分の黒歴史に羞恥心が沸き上がってきたが、それよりも、爆発しそうになった脳内を何とかして鎮静化させる。

 そんなクシェルを見て、フィールはフッと口角を微かに上げた。

 頭の中に記憶は失くても、心の奥ではちゃんとクシェルの存在を感じていたのだ。

 とても温かくて、心地よくて………自然と気持ちがほっこりしてくる。

 不思議と懐かしさが込み上げてきて、フィールは昏い影が差す。

 

(早く思い出したい………自分の事も、クシェルさんの事も)

 

 心の中でついさん付けしてしまったフィールはハッとして慌てる。クシェルは「?」と不思議そうな眼を向けた。

 

「どしたのフィー?」

「あ、いや、えっと………何でも、ない」

「何でもない、って言う割りには随分慌ててるけど?」

「そ、それは誤解ですっ………―――あ」

「フィー………今、敬語使ったね?」

「いや、あの、待ってくださ………」

 

 が、フィールの制止に構わず、クシェルは彼女が逃げられないようベッドに押し倒し、両足を抉じ開けるように、膝を彼女の太腿の間に捩じ込んだ。

 抵抗しても逆効果だとさっき思い知ったフィールはこれから来るだろうクシェルの擽り攻撃に身構えたが、フィールの予想とは違って、クシェルはいつまで経っても擽ってこなかった。

 

「………?」

 

 疑問に感じたフィールは恐る恐る瞼を開いてみる。苦痛に満ちたクシェルの顔が、眼に飛び込んできた。驚くフィールの耳元にクシェルは苦し気な顔を埋める。

 

「………………クシェルさん………?」

「あのさ………敬語は使わないでって、私言ったじゃん。さん付けされるのも、他人行儀みたいで嫌なんだよ」

 

 苛立ちと苦しさで織ったような声だった。

 そこでようやくフィールは、クシェルの前で敬語やさん付けは止めようと心に決める。

 

「………………ごめん」

 

 後悔と罪悪感が滲んだフィールの声が落ちる。

 耳元から顔を離したクシェルはどこか酷く傷付いた瞳でフィールを見つめると、彼女の両肩に手を添えてベッドに押し付け、ゆっくりと顔を近付けた。

 突然の事に戸惑うフィールは身体が固まる。

 何故クシェルがいきなりこのような事をするのかわからないフィールは再びギュッと眼を閉じ、クシェルの体温と息遣いを感じながら身を硬くしていると、

 

「―――前にも言ったでしょ、こうした形で貴女のファーストキスは奪ったりしないって」

 

 と言う言葉と共に、頬に何か柔らかい物が押し当てられる感触を覚えた。頭が混乱するフィールはチークキスされたのを理解するのに少々時間が掛かってしまったが、理解した途端、当惑と同時に頬が紅潮する。

 顔に籠ったフィールの熱を感じ取ったクシェルは唇を離すと、ニヤリと笑ってみせた。

 

「フィー、今、唇にキスされると思った?」

「………ッ! べ、別に………思ってない」

「ふ~ん? その割りには顔紅くない?」

「………室内温度が高過ぎるせいでしょ」

「此処、冷えない程度に冷房効いてるけど?」

 

 嘘が下手なフィールにクシェルは畳み掛ける。

 フィールは悔しさと恥ずかしさが入り交じった面持ちだった。

 

「あ~あ………事情が事情だし、今となっては無い物ねだりだから仕方無いとは言え、もしもこんな世の中じゃなかったりしたら今頃は本人の同意を得た上でフィーの全て、奪いたかったなあ。いや、でもやっぱりそういうのはきちんと卒業した後にするべきかな? 何事にも責任は付き物だし。ま、どっちにしろ今は終戦しない限り『将来の人生の伴侶』としてフィーをゲットするのは無理な話だから、全ての決着がついてフィーが闇の陣営に狙われる心配が消えて危惧する必要がなくなった後に本人と話し合えばいいか」

「ッ!?」

 

 やれやれ、と肩を竦めながら呟いたクシェルの爆弾発言に、フィールは顔だけでなく全身が熱くなる。己に対しそういう感情を抱いていた彼女に、脳内は混乱の極みだった。

 

「だからさフィー。この戦いが終わったらフィーの本心、ちゃんと聞かせてよ? フィーがどういう選択をしようと私は受け入れるから。もしフィーが今のままの関係を望むなら無理強いはしないし、このまま『生涯の親友』として貴女の傍に居る。現世で私を人生の伴侶に選んでも選ばなくても私が来世も、来世以降も、何度生まれ変わっても自分の家族や貴女の家族に、そして何より貴女に認めて貰えるよう頑張るのはいつの世も変わらない」

 

 それまでの態度から一変、真剣な眼差しを向けてきたクシェルにフィールはドキッとする。

 今までのクシェルの発言がどれも嘘だとはフィールにとってそうは思えないし、輪廻転生で何か別の形で蘇った際にもクシェルは有言実行で両家公認の仲になれるよう努力するだろう。もしかすると、自分と彼女は前世の時点で何らかの縁があったのかもしれない。

 そう考えると、如何にクシェルの存在が自分の中でどのくらい大きいかがよくわかる。どうやらクシェルは己にとって精神的支柱らしい。未だに記憶は戻らないが、それだけは明確だった。

 

「………………私も」

「?」

「記憶を取り戻した後の私が現世でどんな選択をしても………死後の世界では必ず、自分や貴女の家族は勿論の事、他の誰よりも生涯の伴侶として貴女に認めて貰えるよう努力するから。その時は………私の事、貰ってください」

 

 貰ってください、の所で思わず爆発しそうになった衝動に駆られたクシェルは必死に心の中で抑え込み、目尻を下げて小さく頷いた。

 

「………うん、わかった。約束だよ?」

「勿論。ちゃんと約束するよ―――」

 

 眼を細めてフィールが首を縦に振った、次の瞬間。

 

 ドクン―――とフィールの心臓が高鳴った。

 

「―――ッ!?」

 

 直後、クシェルを押し退けたフィールはガバッと勢いよく跳ね起きた。

 ドクドクと、早鐘を打つように早まる鼓動。

 胸の奥でガンガン鳴り続ける警報に、本能的な既視感を覚えたフィールは何か不吉な予感を告げ知らせる情動のままに、ビックリするクシェルを尻目に荒々しく部屋を退室した。

 

「えっ、ちょっ、フィー!? どうしたの!?」

 

 慌ててクシェルは部屋を出るが、その時にはもうフィールは階段を駆け下りているところであった。突然階下に駆け下りてきたフィールにリビングに居たベイカー夫妻とクリミアは揃って眼を見張る。

 

「フィールちゃん、どうしたの? そんなに焦って」

「もしかして、何か思い出したのか?」

 

 フィールの顔色の悪さに気付いたライリーとイーサンは落ち着かせるように声を掛けるが、フィールはそれには答えず、飛び出すようにしてベイカー家を後にした。

 

「フィー、待って!」

「フィール、待ちなさい!」

 

 真っ先に思考が再起動したクリミアは、今しがた下りてきたクシェルと共にフィールの後を追い掛ける。ライリーとイーサンも、尋常じゃないフィールの様子にただ事ではないと察し、彼女を追尾した。

 ベイカー家を飛び出したフィールは勝手に動く身体に従って一心不乱に走り続ける。疾走する度に、心の奥で絶えず打ち鳴らす警鐘が徐々に大きくなっていく。

 フィールを見失わないように疾駆する4人の内心当たりがあるクリミアは「まさか………」と次第にある予感を抱いた。やがて彼女らは、ある場所に辿り着く。

 

 

 人気があまり無い、マグル界の一角。

 其処にフィール達は居た。

 肩で息をするフィールの視線の先には、黒い物体が銀髪の女の子に近付いていく光景があった。

 それを見た瞬間、脳裏にいきなりフラッシュバックが起こった。

 降り注ぐ冷たい雨で歪んだ視界の中で。

 あの忌々しい闇の生物により魂を喰われ廃人となった少年少女達の酷い有り様を、そして自分と瓜二つの少女が力無く座り込んでいる場面を。

 この眼にハッキリと、焼き付けられた。

 

 

 

 

「──────お姉ちゃん!!」

 

 

 

 

 

 悲鳴に近いフィールの叫び声が響き渡る。

 『姉』を救いたいと言う切実な想いが勇気となり、そして魔法の使い方を思い出させる引き金にもなって、ヒップホルスターに収納されたアカシアの杖を抜き出したフィールの口から、ある呪文が唱えられた。




【クシェル】
最終章突入してやっと登場。
あ、でも前回最後ら辺でちょっと出てたか。

【一度好きだと思ってしまえばそこに性別の壁など関係無い】
クシェルがフィールに対する気持ちは友情と百合の中間地点。
最終的には(友)愛と言う名の理性が勝りましたけどね。
友情≧百合と表せばもっと分かりやすいかもしれない。

【原作キャラとオリキャラの恋愛】
本作本編では書けませんでしたが実はこれでも結構あるんですよね、原作キャラとオリキャラの恋愛絡みのIFストーリー。交際するキャラによってどういうカップルになるかは全然違いますが。
ここだけの話、実は一部のカップリングは十中八九R指定入るレベルの展開がありました。

【原作キャラが一切出てこなかった回】
時と場合によってはどうしても原作キャラだけが登場したりその逆が起きたりしてしまうんですよね。現に#106はハリー達一行しか出てきませんでしたし。

【アンケート調査の結果】
第1位:銀髪/12票
第2位:黒髪/7票
第3位:金髪/4票
第4位:その他/3票
第5位:茶髪/1票

投票してくださった読者の皆さん、ありがとうございます。

【約束①】※7/13、追記
クシェル「来世は絶対私を嫁にしろ」
フィール「来世は私を貰って下さい」


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#108.約束【中編】

 その場に居た誰もが、眼前に広がる光景に我が眼を疑った。

 

エスティルパメント・パトローナム(守護霊よ滅ぼせ)!」

 

 フィールの口から、何世紀にも渡って不可能と言われてきた吸魂鬼(ディメンター)を破滅へと導く彼女自作の魔法―――『破滅(アグレッシブ)守護霊』が鋭く唱えられる。

 従来よりも一段と光輝く銀色の光にその身を包んだ巨躯の狼が力強く飛び出して来た。

 白銀の光を纏った狼はまさに獅子奮迅の勢いで黒い物体に食らい付く。

 その漆黒の生物―――吸魂鬼は誰の眼にも明らかである程、光の中で激しく身悶えする。

 フィールは歯を喰い縛り、柄を掴む手に力を込め、更に魔力を守護霊の狼に送り込む。

 突進した狼は力を増し、鋭い牙を突き立てて噛み付いたりなどして、やがて出せない悲鳴を上げてもがき苦しむ吸魂鬼の身体を貫通した。

 まるで水道管が破裂したように全身が内破した吸魂鬼の千切れ千切れになった黒い物質が、羽根のように虚無の空中に漂う。

 突発的な破壊の衝撃で仰け反って倒れたクリミア達は身構える事も出来ずに強かに地面に叩き付けられ、痛みに呻くも、急いで立ち上がる。

 起き上がった彼女らは、視界に飛び込んできたある光景にまたしても瞠目した。

 

 ついさっきまで爆裂した吸魂鬼が居た中心地。

 

 そこに、淡く銀白色に輝く小さな光がふわふわと宙に浮かんでいたのだ。それは物体とも気体ともつかない不思議な物質の球体で、なんだか曖昧な存在感である。

 言葉を失い驚愕に表情が凍り付いていると、

 

《フィール………遂に、やったわね》

 

 フィールの首に下げられているロケットに宿ったクラミーの声が、不意に耳朶を打った。

 同時、ロケットからフィール達が釘付けとなっている銀色に煌めく光と同じ光彩を放つ球体が出てくる。

 フィールの魂と融合しているクラミーの魂だ。

 現れた小さな魂へ、守護霊の狼は近寄る。

 まるで、その瞬間(とき)を待っていたみたいに。

 こうなることを、待ち望んでいたように。

 発光する魂に狼が触れた直後、狼の姿から20代半ばくらいの麗しい女性の姿へと変わった。

 女性―――クラミーは驚きを露にするフィールへ称賛するような、でもどこか淋しそうな、そんな微笑みを向ける。

 『破滅守護霊』を使った事により、フィールは失われていた記憶を取り戻した。先程、頭がズキッと痛み………時間経過と共に痛みが引き、気付いた時には、全て戻っていた。

 

《貴女がわたしとラシェルの魂を吸収した吸魂鬼を滅ぼした事で、吸魂鬼の中に取り込まれていたわたし達の魂は救われたわ。これでようやく「向こう」へ行ける》

 

 そう、クラミーの言う通り、運命の悪戯か単なる偶然か、12年前にクラミーの魂を吸い取った吸魂鬼は、10年前ラシェルの魂を奪った吸魂鬼張本人だった。

 だからこそフィールはあの日、

 

『………けて。フィール………助けて………』

 

 ラシェルの声を捉える事が出来たのだ。

 大半が吸魂鬼の中にある、自分の魂と融合した母の魂の一部を通して―――。

 同じ吸魂鬼に魂を奪取された姉の声を、感じ取る事が出来た。

 そして今この瞬間、姉を救い出せた。

 かつて交わした『約束』通りに―――。

 

《本音を言えば、最後まで貴女と一緒に戦えなくて残念だけど………死に行くわたしはラシェルと一緒に、両親やエミリー達が待っている場所で見守るわ。ライリー、イーサン………フィールやクリミアの事、お願いね》

「………ええ、任せなさい」

「―――おうよ、任せとけ」

《それからクシェルちゃん。いつもフィールの事気に掛けてくれて、ありがとう。これからもフィールの親友として、傍に居て支えてあげてちょうだい》

「―――はい」

 

 ベイカー一家は揃って大きく頷く。

 クラミーは満足げに笑うと、愛娘2人へ話し掛けた。

 

《フィール、クリミア。短い間だったけど、貴女達と一緒に過ごしてきた想い出と、今までの冒険は忘れない。そして―――死んでもわたしは、貴女達を心から愛してるわ》

「お母さん………私達の方こそ、今まで、本当にありがとう」

「お母さんは………例え死んだとしても、ずっと私達の傍に居るわよね?」

《勿論よ。言ったでしょ? 死んでもわたしは貴女達を愛してるって。わたしだけじゃない。父も母も、ジャックもエミリーも………皆貴女達が大好きで、傍に居て見守ってる。その想いは絶対に忘れないでちょうだい》

 

 最後まで優しい笑みを絶やさずにそう言ったクラミーの言葉に、フィールとクリミアは微笑み返す。クラミーは紫眼を細め、後ろに振り返って己の魂と娘の魂を抱き寄せる。

 

《それじゃあ、そろそろわたしはフィールの魂から分離して、取り戻せた魂と合流するわ。じゃないと、二度と分離出来なくなってしまう。そうなってしまえば、フィール。貴女は自分自身の魂を消滅させない限り、ラシェルは永遠に生死の境界線を彷徨う羽目となる。そんなのは誰も望まないわ。特にわたしがね。貴女には、まだやるべき事が残っているでしょう? 娘には、自分のやりたい事全部やり終えてから死後の世界に来て欲しいもの。母親であるわたしのせいでそれが全て台無しになったら、一生あの世へ行けなくなってしまうわ》

 

 そうして、クラミーは歩み始める。

 

《さようなら。―――あなた達の武運を祈ってるわよ》

 

 別れの言葉を最期に、ラシェルの魂を胸に抱いたクラミーはフィールの身体を通り抜ける。

 同時、融合していたフィールの魂から己の魂の一部を分離し、それまで分け与えられていた娘の魂の破片を本体に返戻すると、白い残像を残しながら、吹き抜けてきた風と共にこの世から消え去った。

 

 

 母親との繋がりが完全に断たれたのを感じ取ったフィールは、胸に右手を当てる。

 生きているとも死んでいるとも言えない、曖昧な存在で長年この世を彷徨いていた姉の心は、果たして救われたのだろうか。それは、母と一緒にこの世を去った本人にしか、わからない。

 だけれど、きっと彼女は救われただろう。

 何故なら、人の魂を喰らう生き物の内側で永遠にこの世界に留まるのなんて、忌み嫌っていたと思うから。

 この日をずっと、待っていたと思うから。

 

「お母さん………お姉ちゃん………」

 

 小声で呟いたフィールは、ハッと今まで忘れていた事を急速に思い出す。

 そうだ、あの銀髪の少女は無事だろうか!?

 冷気と絶望が去った今も尚怯えたように座り込みながら恐怖でガクガク震え、眼を閉じている幼い女の子に視線を向けたフィールは走り出した。

 それを見て、クリミア達も慌てて駆け寄る。

 

「おい、大丈夫か!?」

 

 フィールは大声で声を掛ける。

 どうかあの日みたいに………姉の時みたいに、手遅れになっているなんて事にはならないでくれと祈りながら冷たくなった身体を必死に揺さぶっていると、銀髪の少女が恐る恐るゆっくりと眼を開けた。その眼差しは恐怖の色で染まっている。

 

「………お姉ちゃん、誰………………?」

 

 掠れた声で訊いてきた少女に、フィール達はホッと胸を撫で下ろす。特にフィールは誰よりも安堵の表情を浮かべていた。

 

「良かった………無事、だったんだな」

 

 だが、その言葉に対し、少女はこう言う。

 

「………………私の………妹は………?」

「妹?」

「………少し前まで、双子の妹と一緒に居たんだけど………男の人に連れ去られて………」

「なんですって? それは本当なの?」

 

 フィールの隣に膝をついたクリミアは思わず訊き返した。事件が解決したと思った矢先に新たな問題が発生し、一同はもどかしさを募らせつつも今すぐ探しに飛び出したい気持ちを押さえ、気を取り直す。

 

「その男、どんなヤツだったか覚えてるか?」

 

 どのような状況でも冷静さを失わないように心掛けているフィールは、落ち着いた口調で質問する。少女は暫く虚ろな視線を漂わせて考えた後、静かに口を開いた。

 

「………茶色い髪の、怖い眼をした人だった。あと………右手に、何か細長い棒みたいな物を持ってた気がする………」

(細長い棒みたいな物? それって―――)

 

 マグルの人間の手前、声には出さず心の中でフィール達の考えが一致した瞬間、少女はフッと瞼を下ろして気を失ってしまった。

 フィール達が駆け付けてきた時には、危うく吸魂鬼に魂を吸われそうになっていた直前だったのだ。

 得体の知れないモノに迫られて、とても怖い思いをしていた少女が疲労と緊張のピークに達して気絶してしまうのは無理も無い。

 

「私はさっきこの娘が言ってた妹を探して来る。その間、ライリーさん達は介抱を頼んだ」

「待ちなさい、フィール。探すにしても、手掛かりが無いんじゃどうしようも………」

 

 難色を示したクリミアに、フィールは首を横に振った。

 

「私の記憶違いでなければ、この娘とその妹は3年前、ブライトンに居た姉妹だ。ほら、私達も海水浴しにブライトンに行った事あるだろ? あの時、私は見たんだ。銀髪の少女を『お姉ちゃん』と呼んでる黒髪の女の子を。その姉妹の1人は、この少女と似てる気がする」

「でも、仮にそうだったとしても、何処に誘拐されたかまでは―――」

 

 割り出せない、と険しい顔付きで言い掛けたクリミアだったが、突如、動物もどき(アニメーガス)の黒狼に変身したフィールに遮られる。

 狼になったフィール―――ウルフフィールは、雲1つ無い夏の晴れ空を見上げた。

 

「今日は雨が降らない快晴だ。妹ちゃんが魔法使いの男に誘拐されるまで姉妹一緒に此処ら辺に居たんなら、まだ何処か近くに匂いが濃く残されているはずだ」

「そっか。フィーは犬の仲間の狼に変身出来るから、人間の倍以上の嗅覚能力が得られるもんね」

「要は警察犬みたいに匂いを追跡する事が可能になったって事か」

「おいコラ、人を犬呼ばわりするな」

「あ、ごめんごめん」

「せめて狼と言え」

「いやそっちかよ」

「ちょっと皆! コントやってないで早くそれぞれ役割分担決めて行くわよ!」

 

 ライリーの一声でウルフフィール達は「そうだった」と現状を思い出してキリッと表情を引き締め、すぐに誰がこれからどう行動するか、役割の割り振りを決めた。

 

♦️

 

 時間は少し遡り―――。

 隠れ穴から遠く離れた場所の、池がある庭園にハリーは居た。畔に座り、見るとはなしに眺めている湖面は荒んだ心のハリーとは対照的に穏やかである。

 ロンとハーマイオニーと仲違いしてから、ここ数日、ハリーは1人になってあれこれ物思いに耽られるこの庭園を訪れていた。

 親友と彼女の2人に非難の言葉を受け、気にする必要は無いと自分に言い聞かせつつも、やはり頭の片隅ではちらつき………隠れ穴に居ると否が応でも顔を合わせなくちゃいけないのに嫌気が差し、それで人目を避けてさ迷う内に、ハリーが見付けたのが、此処だった。

 最近は何かと物騒になってきているせいか、人気が無い。その為、1人になりたいハリーにとって此処は絶好の場所だった。

 

(………あれから、どのくらいロンとハーマイオニーと話してないんだろ………)

 

 本来であればいつも一緒に居たはずだが、現状はそうもいかなくて。2人も、自分とは口を利くつもりは無さそうだし………。

 

(今頃、フィールはベイカー家でどうしてるのかな………クシェルやイーサンと会って、何か思い出すきっかけでもあっただろうか………)

 

 脳裏に思い浮かぶ、黒髪の女の子の顔。

 ハーマイオニーには、済んだ事をいつまでも引き摺ってウジウジする暇があるならどうすれば護れるか考えろと言われたが。

 

(皆は、夢にも思わないだろうな………僕が、フィールの記憶が戻らなければいいと願ってるなんて………そんなの、誰が考え付くだろ)

 

 記憶が戻って―――もし、絶交だなんて言われたら。戦犯を見るような冷めた眼差しで、鬱陶しそうな顔をされたら。

 そこまで考えたハリーは、醜い感情を振り払うように頭を振る。でも、全然スッキリなんかしなくて、ただただ嫌な感情が心の端っこに引っ掛かったままだ。

 

(僕はなんて最低なヤツだ………心のどこかでそんな酷いことを願うなんて………僕のせいでフィールもその他大勢の人達も苦痛を味わっているっていうのに………)

「ごめん、フィール………こんな僕、本当に最低だよな」

 

 ギュッと唇を噛むと、涙が一筋頬を伝った。

 フィールには大怪我を負わせ、更には記憶喪失にまでさせてしまった。この最悪の事態を、ハリーはどう償えばいいか分からない。

 昔のフィールも当時はこんな気持ちだったのだろうかと、今なら彼女が過去に抱懐していた罪悪感や自責の念が痛いくらいによく分かるとハリーが思った、次の瞬間。

 

「こんな所に居たんだな、ポッター」

 

 その声にハリーが勢いよく振り返ると、案の定そこにはクラウチが立っていた。その片腕には、黒髪の小さな女の子を抱えている。

 クラウチの顔を見たハリーは憎しみにも似た敵意―――否、『殺意』が一気に膨れ上がり、同時に驚愕して、手の甲で涙を拭うと、すぐさま立ち上がった。

 

「お前………その娘は」

 

 ハリーは知らないが、それはフィールが助けた銀髪の少女の妹だった。

 意識を失っているらしく、眼を閉じてぐったりとしている。

 

「ああ、このチビッ子? 見れば分かる通り、さっき連れ去って来たんだよ。もう1人居たんだけど、流石に2人はキツいからね。今頃あの娘は、近くに居た吸魂鬼の餌食になってるんじゃないかな」

「なんだと!?」

 

 吸魂鬼の餌食と聞き声を荒げたハリーに、クラウチは軽く肩を竦める。

 

「そんな怖い顔しないでくれよ。君の友人がそうなった訳じゃないんだし。あ、そういえば1人、もうちょっとのところで『吸魂鬼の接吻(ディメンター・キス)』されそうになった事あったね。あの後は一体どうしたんだい?」

 

 暗にフィールの事を指しているのを察したハリーはそれには答えず、

 

「ふざけんな! 今すぐその娘を離せ! 魔法使いでも何でもない、ただの一般人(マグル)なんだ!」

「ああ、こんな子供、僕は別に要らないよ。今からでも、この池に投げ捨ててもいいんだし」

「なっ………!」

 

 ハリーは緑眼を剥いた。

 そんなハリーを面白そうに見ながら、クラウチは言葉を続ける。

 

「君が大人しく僕と一緒にあのお方の元へ来てくれるなら、止めてあげてもいいよ?」

 

 そういう事か、とハリーは歯噛みする。

 クラウチはハリーと戦って彼を生け捕りにすると言うリスクを冒さず、もっと簡単に連れて行こうと企んだのだ。

 

「誰がお前の言う通りにするものか!」

「僕と戦うのかい? それは止めておいた方が身の為だよ。だって、ベルンカステルやダンブルドアに護って貰わなければとっくの昔に死んでたような君が、御主人様直々に手解きを受けた僕に敵う訳が無いんだから。それともなんだい? 君の危機を察知した救世主が駆け付けてくれるまで、無謀にも時間稼ぎしようとでも言うのかい?」

「舐めんな………僕はもう、昔のような弱いヤツじゃないぞ!」

 

 素早くヒップホルスターから柊の杖を抜き出したハリーは、前学期『魔法薬学』で主に役立った『半純血のプリンス蔵書』に書き記されていたあの呪文を詠唱する。

 

セクタムセンプラ(切り裂け)!」

 

 半純血のプリンスことセブルス・スネイプが開発した闇魔術に分類される『斬撃呪文』が、クラウチに向かって一直線に迸った。

 が、少女に当たらないよう、足下を狙って放った一撃は、軽く飛びすさったクラウチにあっさり躱わされてしまった。

 

「せっかく、忠告してやったのに………僕が本気じゃないと思ったのか?」

 

 怒ったクラウチは、本当に少女を池に向かって思い切り投げた。

 

「止めろ―――っ!」

 

 次の瞬間、少女の身体は派手な水飛沫を上げて池に落ちた。緊急事態に頭がパニクり、魔法を用いると言う手段が頭から抜け落ちてしまったハリーは反射的に池の中に飛び込もうとしたが、それよりも早く、ぐぐぐ、と池の水面に起きた波が少女の身体をさらい、掬い上げたまま反対側の岸に打ち寄せられた。

 

「ポッター、無事か!?」

 

 声のした方向に顔を向けると、此処ら一角を徘徊していた騎士団の一員が多数、こちら側に近付いてきた。

 1人を望んでいたハリーには気付かれぬよう、こっそり護衛として彼の周囲に居たのだ。

 

「遂に姿を現したな!」

 

 そう叫ぶと、先程少女を救った騎士団の男はクラウチを睨め付けた。他の魔法使い達も、ハリーを護るように杖を一斉に向ける。しかし、今回はいつもと違って戦線離脱する気配は感じられなかった。

 

「ざっと数えて大体15人か。まあ、どいつもコイツも僕の敵ではないけどね。並みの魔法使いよりはそれなりに強いんだろうけど、所詮は中の上だ。あのお方の御指導の元、レベルアップした僕に勝ち目などない。今の内だ。死にたくないなければ、大人しくポッターを渡してくれるかな?」

「馬鹿言ってんじゃねえ! 誰が大人しく退避するものか! 不死鳥の騎士団の名に懸けて、此処でお前を始末してやる!」

 

 その言葉が合図で、団員15名は一斉にクラウチに襲い掛かった。

 だが、クラウチは次々と撃ってくる魔法を強力な『盾の呪文』で全て弾き飛ばしたら、遊びの最中に邪魔が入っては興醒めだと、この庭園の辺り一面を濃い霧で覆う。

 以前、吸魂鬼が聖マンゴで吐き出した冷気による濃霧とは違うが、それでも霧の向こう側を視認することが不可能なのは変わらない。

 周囲を覆う濃い霧を作り出した人物を男達は凄まじい形相で攻撃する隙を与えぬよう次々と魔法を撃ち続けるが、クラウチは相変わらず嫌味なくらい悠然な笑みを崩さない。相手の攻撃に応じて銀の盾と壁を使い分け、その攻撃を完璧に防ぐ。

 反撃することが出来ず防戦一方であるにも関わらず、クラウチは余裕綽々の態度だった。

 

「しつこいハエ共だな………所詮君らは半端な魔法使いだ。僕に勝てると思うなよ!」

 

 『盾の呪文』を解除したクラウチは、杖の切っ先を池に向ける。

 

シュヴェンメン・カタストロフ(殃禍の氾濫よ)!」

 

 『悪霊の火』同様の深い闇魔術の一種『怨霊の水』が唱えられた時、

 

 バシャ──────………………ン!!!

 

 術者に応えた巨大な水柱が出現し、その直後、豪雨のように大量の水が降ってきた。

 

「―――ッ!?」

 

 クラウチを除くこの場に居た全員はモロに水を被り、ずぶ濡れになってしまった。この真夏日、冷たい水を浴びて暑さを忘れられたのは有り難いが、それが目的でクラウチがこのような不可解な行動を取るハズがない。

 皆警戒した眼でクラウチを注視していると、彼がニヤリと笑ってパチンと指を鳴らした。

 次の瞬間、ハリーの全身に締め付けられるような激痛が走った。

 

「くっ………、ああっ………!」

 

 あまりの激痛に立っていられなくなったハリーはその場に崩れ落ちた。雨に打たれた草の滴が痛みに呻くハリーの身体を冷やす。

 

「貴様! ポッターに何をした!?」

「あれ、君達もしかして『怨霊の水』を知らないの? これだから凡人は困るなあ。こんなにも使い勝手がいい闇魔術なんて、然う然う無いのに。皆は甘く見てるけど、水の力って案外スゴいんだよ? 水は火や雷とは異なり、自ら形を持たない流動性の象徴。そしてそれは、『怨霊の水』も例外ではない。『悪霊の火』や『亡霊の風』とは一味違って腕を磨けば磨くほど、自由自在に、術者の思いのままに駆使出来る。例えば、今僕の目の前に居る君達の服に染み込んでいるのもね」

 

 クラウチはハリーの服に含まれた水分―――闇の魔力が含有された水気―――を使い、身体を締め上げているのだ。

 先程庭園に広がる池の水を利用して水柱を上げたのは、『怨霊の水』を発現させる補助的役割を果たす為である。

 わざわざあのようなド派手な演出をせずともコントロールする力さえあれば『怨霊の水』は扱えるが、池や湖など水が豊富に満たされた環境下であるならば、ああした方が楽に発動出来る。

 掛かる負担が大きい難易度が高い魔術を使用する際、出来るだけ体力の消耗を軽減する為の工夫だ。

 

「さて、馬鹿な君達もこれを聞いたんなら、僕が何をやろうとしているか、もう想像がついている事だろう? この至近距離で、そんなにもびしょ濡れになっているんだから………今しがたポッターが味わった以上の苦しみを味わうだろうさ」

 

 意地の悪い、邪悪な意志を孕んだ笑みを貼り付けながら、クラウチは口の端を歪める。

 

「さあて、果たして君らはどこまで耐えられるかな?」

 

 再びクラウチの指が鳴った。

 それを合図に、団員達の服に染み込んだ水が一斉に動き出し、ロープのように全身に巻き付き、ギリギリと容赦無く締め上げる。

 

「ぐぅ………くそっ、かはっ………!」

 

 痛みに耐え、彼等は膝をついた。

 濡れた服さえ乾かせば―――と杖を強く握り締めつつも、絶え間無く続く痛覚に集中力が途切れてしまう。

 やがて、全身を駆け巡る激痛に堪えきれず、辛うじて展開していた防壁も消滅してしまった。

 

「なぁんだ、まだたったの数十秒しか経ってないじゃん。やっぱり、弱者は弱者だな。そんなんでよくポッターの護衛が務まったもんだ。聞いて呆れるよ」

 

 つまらなそうにやれやれと肩を竦めたクラウチは、スッと杖を握った腕をまずは一番左端の男に伸ばす。

 

「さようなら。―――そして死ね」

 

 クラウチは水面から激しく吹き出た水流の槍を放つ。

 遮る物は何もない。

 一直線に進んだそれは、男の腹部を完全に貫いた。

 

「………………ぐはっ!」

 

 まるで糸が切れた操り人形のように、男の身体が崩れ落ちた。大きく開いた傷口からは大量の血が流れ出し、赤い水溜まりを作る。その光景を、ハリーと護衛隊14人は見ていることしか出来なかった。茫然自失となる彼等に、悲しむ時間は与えられない。一気に形勢が逆転したクラウチは次から次へと槍やら剣やらを創造して恐怖に顔が染まった騎士団員を1人1人確実に仕留めていき、その度に見える世界が一面真っ赤な紅の場景へと染まっていく。そして、遂にはハリーを護るように立ち塞がる魔法使いだけになってしまった。あれだけ居たハリーのガーディアンが、たった1人の魔法使いによって殺害されてしまったのだ。

 

「待たせたね。仲間が殺されていく瞬間を眼に焼き付けられて、今どんな気分だい?」

「コイツ………!」

「そんな怖い顔で睨まないでくれよ。ほら、もっと笑って笑って。これから君も、死んだ仲間の所へ行くんだから」

 

 なんて、残酷な事をさらりと言えるのだろう、この男は。

 

「お前………お前には分からないのか? 仲間が殺されていくヤツの気持ちが、お前には―――」

「ああ、分からないね。分かる必要も無いさ。仲間や家族を殺されて復讐するのは君達特有の考え方だ。例え100人の仲間を殺られたとしても、僕は何とも思わないからね。あの方の右腕は僕1人だけでいい。その為ならば、同じ死喰い人のメンバーだって易々と裏切れるよ。………と言うかさ君、自分の事は棚に上げて人に物をエラソーに言える立場じゃないだろ?」

「どういう意味だ?」

 

 その問いに、クラウチは冷笑を持って答えた。

 

「どうやら君、散々ベルンカステルを『役立たず』だの『クズ』だのボロクソにあの娘の悪口言ってきたそうじゃないか。正直、どっちが役立たずなんだって思うよ。15人も束になって掛かってきてるのに、敵に傷1つ負わせられないような連中に見下されるベルンカステルが哀れで仕方ないよ。しかもベルンカステルは聖マンゴの襲撃以来記憶喪失状態なんだって? 記憶失うくらいの事が起こるほど追い詰められたベルンカステルを陰で悪口叩いていたヤツが、そんなセリフを吐く資格なんてあるのかな?」

「ぐっ………」

 

 『開心術』を用いての心理攻撃に、反論出来ない騎士団の男は押し黙る。

 クラウチの言う通りだった。

 自分は陰でフィールの悪口を叩いていた。

 どう言い訳しようと、若くして騎士団に従順だった彼女をストレス発散のやり場として、感情の捌け口にしてきたのに変わりはない。

 確かにフィールに対する仲間意識は皆無だったかもしれないし、それこそ前まではハリーを、まだ年端も行かぬ10代の子供が本当にヴォルデモート卿を打ち破れるのか疑問が残る『選ばれし者』の護衛も、嫌々だったかもしれない。

 でも、今は違う。

 

(ポッター達を………魔法界の最後の希望であるコイツらを、俺は命に代えても護ってやりたいんだ)

 

 激痛を堪えて、騎士団の男は立ち上がる。

 こんな事をしたところで、もう無駄な抵抗だ。

 自分にはもう、魔法を撃つ余力さえない。

 だが、曲がりなりにも不死鳥の騎士団として、その一員として戦ってきた意地がある。誇りがある。

 それに賭けて、屈する訳にはいかないのだ。

 

「………俺はお前の言葉通り、ベルンカステルを陰で傷付けてきた。その事は否定しない。だけど今は違う。俺は………この未曾有の危機に瀕した魔法界を救う唯一の希望の、ポッター達を護りたい。コイツらなら………俺達の生まれ育った故郷を救ってくれる。そう信じてる。その為ならば、この身が朽ち果てようとも………俺は構わん」

「へえ………見上げた自己犠牲精神だねえ。ま、それも直無駄に終わるけど」

 

 クラウチが突き出した杖の先に、再び闇の水が集う。

 受けたダメージのせいで、もう逃げる事は不可能だ。

 あれを喰らったら、自分は死ぬ………。

 その考えが過った時、肩越しに振り返った騎士団の男は、

 

「頼む、ポッター………この世界を………俺達の故郷を、救ってくれ」

 

 と言う最期の願いを託し―――ハリーの目の前で、クラウチが放った槍に身体を貫通された彼は血飛沫を上げて、命を落とした。

 最後のガーディアンが殺され、その男の返り血を浴びたハリーは、自分を護る為に彼等が殺されていく事態に、精神が耐えられなかった。

 

(戦わないと! 皆の為にも、戦わないと!)

 

 そう思うけど、身体は言うことを聞いてくれない。涙が溢れ、口からは嗚咽しか漏れない。戦う気力が、今ので完全にへし折れてしまったのだ。

 そんなハリーの正面に、クラウチが立つ。

 

「あーあ、可哀想に………君を護る為に騎士団の人間達ははこんな目に遭ってしまって………。じゃあ、そろそろ終わりにしようか」

 

 勝ち誇った顔でクラウチは、杖を持った腕をハリーに向かって振り下ろした。

 ザアッと、ハリーの耳元で水音が聞こえる。

 

(………!?)

 

 『怨霊の水』で生み出された水の檻。

 あっという間に、ハリーはその中に閉じ込められてしまった。

 

(うっ………)

 

 苦しい、苦しい、息が出来ない………。

 ここで絶対に倒れる訳にはいかないのに。

 大切な仲間を―――仲間達を。

 もう二度と………失いたくない、傷付けられたくないのに―――!

 なのに、意志とは裏腹に身体は思うように動いてくれない。

 必死にもがいても、クラウチは水の膜の向こうそれを眺めているだけだ。

 

「最後のトドメは我が主の役目だからね。部下である僕が君の身体に傷を付ける訳にはいかない。大人しくしていれば、すぐに済むよ?」

 

 ごぼり。

 水の中で浮いたハリーの唇から、小さな泡が浮かんでは消える。

 手足は冷たく凍えて………力が入らない。

 絶望に心を打ちのめされ、無力感を味わいながら、薄れゆく意識の中―――息苦しさに霞むハリーの眼が、僅かに見開かれた。

 

「な………!? な、何故だ!? 何故居場所がバレた………!?」

 

 くぐもったクラウチの焦った声が耳朶を打つ。

 ハリーが見たもの、それは。

 

 この公園を覆う濃霧を切り裂いて、大きな黒い狼が咆哮を上げながら現れた光景だった。

 

 予想外の展開に身体が硬直したクラウチに、狼が高く跳躍して襲い掛かる。鋭い牙で噛み付いた黒狼の攻撃に、クラウチは痛みに呻いた。集中力が途切れ、発動していた水牢がただの数多の滴となって地面に滴り落ちる。ぬかるんだ地面に叩き付けられたハリーを中心に、大きな染みが周辺に作り出された。

 直後、庇い護るようにぐったりと横たわるハリーの前に降り立った黒狼は、驚きを露にするクラウチを鼻面に皺を寄せ、牙を剥き出しにしながら低く唸り声を上げて威嚇する。

 

「ハリー! 大丈夫かしら!?」

 

 霧が掛かったみたいにぼ朧気な視界の中、神秘的な光を帯びた紫の瞳がハッキリと捉えられる。

 空気を吸い込んだハリーは激しく咳き込みながらも、声を掛けてきた人物を見上げた。

 

「ク………リミア………?」

 

 特徴的な水色の髪に紫眼の女性は、紛れもなくクリミア・メモリアルだ。

 焦りと安堵が入り交じった複雑な表情を浮かべていたクリミアはホッとしつつ、杖を一振りしてびしょ濡れになったハリーの服を乾かしたり、冷えた身体を温めたりした。

 ハリーは顔だけを動かして、見覚えのあるイヤーカフとピアスを付けた黒狼に視線を送る。

 次の瞬間、黒狼はロング丈の黒いカットソーに身を包んだ少女の姿に変わった。

 いや、この場合は『戻った』と言う表現が正しいかもしれない。

 ハリーは眼を大きく見張る。

 まるで『全身金縛り呪文』に掛かったかのように、彼は瞬きもせず、見慣れた『彼女』の後ろ姿を凝視した。

 

「間一髪、と言ったところか。さて―――」

 

 肩越しに一瞬チラリと振り返った少女は、すぐに目の前の敵を鋭い蒼瞳で射抜く。

 クラウチは信じられないと言う顔で眼前の少女を見つめていた。

 何故だ? 何故、この少女が………記憶を失ってたはずの彼女が、何故今此処に居るのだ!?

 愕然とし言葉を失う男へ、少女は口を開く。

 

「―――ハリーや騎士団の仲間に危害を与えた行為は許しがたい罪だぞ、クラウチ。それ相応の覚悟は出来てるだろうな?」

 

 低くて冷たい、それでいて聞く者全ての心に響く、威厳溢れる声。

 その声の持ち主―――フィール・ベルンカステルは、驚愕するクラウチと対峙しながら彼から眼を離そうとはせず、アカシアの杖を構え直した。




【約束②】
やっとラシェルを救済しましたベルンカステル母子。同時にクラミーさんも、これにてフェードアウトとなります。
さようなら、クラミーさん。
#39の意外な形で初登場以来、本当にお疲れ様でした(ここまで長かったぁ………)。

【ウルフフィール再び】
スッゴい久々に登場。
確か#92以来だった気が………。

【怨霊の水】
やっと登場しました悪霊の火の水バージョン。終盤になってようやく出てきたので、今回は槍や檻など形らしい形を持たない特質を利用してバンバン活躍させました。

【名も無き男の最期】
最期だけはカッコいい場面を見せてくれました、最期だけは。

【間一髪でやって来ましたフィール達】
救世主とは、遅れてやって来るものなんですよ。

【次回予告】
フィールとクラウチの一騎討ち。


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#109.約束【後編】

待ちに待った夏休み真っ只中。
更新速度アップ目指して頑張ります。


「ど、どういう事だ!? き、君は記憶を失ってたはずじゃ………」

「ああ、失ってたよ。此処に来る前、過去の記憶と眼前の出来事がピッタリとオーバーラップするまでは、な。『破滅守護霊』を使って、ようやく全部思い出せたよ。自分の事も皆の事も。そして―――クラウチ、お前の事もな」

 

 さっきまで見せていた余裕は何処へやら、激しく動揺するクラウチへ、フィールは淡々とした口調で答える。

 『開心術』を使って得た情報の基、ハリーを生け捕りにした後奇襲を掛けてフィールを抹殺しようと企てていたが故に、予想外の展開に思考が追い付いていなかった。

 

「ハリー、私達が此処に来る前に何があったかは大体把握した。嘆きたい気持ちは充分分かるが、嘆くのは後にしておけ」

 

 驚愕に顔が凍り付くクラウチを余所にいつでも発射出来るようアカシアの杖を構えたまま、チラリと肩越しに対岸を見やったフィールは眼を丸くするハリーに言う。

 此処に来る前、『吸魂鬼の接吻』を受け掛けた銀髪の少女と瓜二つの黒髪の少女をちょうどイーサンが抱き抱え、出来るだけ池から離れた場所へと避難させていたところだった。

 フィールは内心ホッとしたものの、足元に転がる死体の数々と真っ赤な血の海と化した庭園の凄惨な殺人現場に、鋭い目付きでクラウチを睨み付ける。

 

「あの銀髪の女の子が言ってた通りだな。茶色い髪に怖い眼をした、右手に細長い棒みたいな物を持ってた人………薄々感付いてたけど、やっぱりお前だったか。聞くまでもないだろうが、騎士団のヤツらを虐殺したのも全部お前の仕業か?」

「………ああ、そうさ。身の程知らずのバカな連中は、この手で1人残らず血祭りに上げてやったよ。あれは中々楽しい時間だったな」

 

 徐々にある程度の落ち着きを取り戻したクラウチは心の余裕を保つ為にも、わざと意地の悪い邪悪な笑みを浮かべる。言葉の端々に銀髪の少女が吸魂鬼の餌食にならなかった事も同時に知り、残念な気持ちになった。

 

「君達はいつも余計な時に現れる。もう少しでポッターを捕らえられたのに、また台無しだ。全くいつになれば抵抗せず素直に従ってくれるんだ」

「悪いけどそれは無理な要望だな。『他人』だと見捨てて命の危機を見過ごしてしまうには、コイツらの存在は私の中でデカくなり過ぎた。命掛かってる状況で見殺しにするなど、最早出来ない」

「仮にポッター達とは赤の他人だったとしても、君の性格の事だから助けられる状況であれば迷わず身を挺しそうだけどね。―――何故だ? 何故君はそこまでして戦う? 君だけじゃない。ポッターの為に死んでいった連中もその他大勢のヤツらも、どうして自分を犠牲にしてまで他人の為に戦える?」

「答えは単純明快、自分と自分が護りたいと思うものの為だ」

「そんなくだらない理由で、わざわざ自分の身体張ってまで戦うのかい?」

「………くだらなくなんかない。むしろそれだけで戦う理由は充分だ」

「そんなのは周りの人間に刷り込まれただけだ、君自身で決めた事じゃない! 君がポッターを護るのも、所詮は不死鳥の騎士団とやらに属する者としての義務感からだ。『魔法界を救う唯一の希望』とか言ってポッターに命を捧げて結局は無駄死となる男もそうだ。所詮君らは『選ばれし者』と言う幻想に盲目のピエロに洗脳されたマリオネット。糸が切れれば、糸を操る人間が居なくなれば、忽ち役立たずとして簡単に使い潰されるただの捨て駒(オモチャ)だ」

 

 かつてクシェルに言われた時と似たような言葉が、フィールの胸に突き刺さる。

 スッと蒼い光を帯びた双眸を細めたフィールはゆっくりと眼を閉じ―――再び開かれた時には、一ミリの迷いも無い決然とした面構えを見せてくれた。

 

「―――『不死鳥の騎士団』や『選ばれし者』の事は、確かに他人に教えられた事とは言え、今こうして戦っているのは、他ならぬ私自身が自分で決めた事だ。他人じゃない。私は己の意志で選んだ道を突き進んだ、ただそれだけの事だ!」

 

 キッパリと明言したフィールに、クラウチは眼を丸くして呆気に取られてしまう。

 あの時は、戸惑いと迷いが混在してたせいで自分の本心が何なのか、自分でもよく分からなかった。

 でも、今なら分かる。ハッキリと言える。

 己が戦っているのは、護っているのは、全て自分自身が己の意志で決めた事。

 そこに一切の嘘は無い。虚飾で固められた決意であれば、ずっと前に崩れ去っている。

 

「………なるほど。全て自分で決めた事だからポッターや仲間の為に犠牲になるのも厭わないって訳か。僕があの御方に命を懸けて仕えるように、君もまた、命を懸けてポッター達を護る。そういう意味だろう?」

「………確かにお前の言う通り、私は仲間や家族を命を懸けて護りたい。そう思ってるのは否定しない。スリザリンに属する私とかつてスリザリン生だったお前。所詮は似た者同士の、互いに映し鏡の存在だ。考える事だってホントはそう違わない。目的遂行の為ならば、どんなにデカいリスクだろうと汚れ仕事だろうと、それら全てを引き受けて実行する覚悟だってある」

 

 そこで一旦言葉を区切り、ふぅ、と一息入れたフィールは再び言葉を紡ぐ。

 

「だけど………私とお前には、2つの大きな違いがある。ある意味その2つが、共通項が多い私達を決定的に分けたものかもしれない」

「ほう? では聞かせて貰おうじゃないか。その『2つの大きな違い』とやらを」

 

 そう促され、フィールは強い眼差しで射抜きながら、己が考える『クラウチと自分の相違点』を述べる。

 

「1つ目の大きな違いは―――お前は自分1人の野望の為ならば仲間さえも簡単に裏切れるが、私はこの7年間苦楽を共にしてきた仲間を、切り捨てる事が出来ないんだよ」

 

 そして、と。

 1度深呼吸したフィールは、真っ正面から2つ目の事項を伝えた。

 

「2つ目の大きな違いは―――お前には()()()()()()()()御主人様は居ても、()()()()()()()()()()仲間は誰1人として居ない事だ」

「へえ………随分面白い事を言うじゃないか。その口振りからして、命を懸ける云々についてはともかく、他人に命を預けるだと? それも自分よりずっと弱くて使えない無能のヤツに? おいおい笑わせないでくれよ。自分と同レベルの相手ならまだしも、低レベルの人間を命運を共にする存在に選ぶなど、馬鹿も休み休み言え―――」

「―――お前がそう言えるのは、それだけの信頼関係を築けた仲間と出会えなかったからだ。正直哀れとしか言い様が無いよ。クラウチ、お前は可哀想なヤツだ」

 

 クラウチが最後まで言い切る前に冷たい声音で遮ったフィールは、哀れむような瞳で彼を見る。

 「もしかしたらクラウチはヴォルデモート以上に悲しい人なのかもしれない」とでも言うようにフィールがクラウチを見る冷たくも悲しげな双眼は、ある意味フィールだからこそ向けられる憐憫の眼差しだった。

 同情を禁じ得ないような眼を向けられたクラウチはチッと忌々しそうに舌打ちし、杖を握る手に力に込める。

 

「………1つだけ聞かせてくれ。どうして君は、ポッター達に命を預けられる?」

「………―――ッ」

 

 問われたフィールは突然口を閉じる。

 その表情は何だか言いにくそうだった。

 何故か教えるのを躊躇っていたフィールはやがて小さなため息と共に、静かに口を開く。

 

「………彼等なら、仮に私が死んだとしても約束を果たしてくれると、そう見込んだからだ。それは逆もまた然り。最悪仲間に何かあっても、彼等と共有した意志がある限り、私は最後までやり遂げられると胸張って堂々と言えるから、彼等に命を託した」

「―――君の言い分はよく分かった。だが、所詮は死んだら忘れられて終わるだけの無意味な事、最後は僕達闇の陣営とあの御方の圧倒的力の差を前に雑魚は呆気無く屈し、そして死ぬ。勿論君もだ、ベルンカステル。そうやって強がっていられるのも今の内だ。その内僕らに泣いて助けを求めるようになる。必ずな!」

「それはきっと、お前らの方だ、クラウチ。今の言葉、そっくりそのまま返すぞ。―――最後に敗けるのはお前らの方だ。お前らが逆に私達に泣いて助けを求める。必ず、な」

 

 間髪入れずにブーメラン返ししたフィール。

 どこか生意気とも言えるその態度に、クラウチは遂に我慢の限界を迎えた。

 

「さっきから黙って聞いてりゃ、いい気になりやがって………。大体お前は最初から気に食わなかった。お前が調子に乗って何度も何度も邪魔してこなければ全て計算通りだったと言うのに、何もかも全部お前のせいでメチャクチャだ、ベルンカステル。もう俺は我慢出来ん! お遊びは終わりだ! 今度こそ俺はお前をブッ殺す! 最期の瞬間まで哭き喚け、そして無様に死んで奈落の底に堕ちろ!」

 

 一人称が『僕』から『俺』に、二人称も『君』から『お前』に変わったクラウチは度重なる妨害の連続に遂に激昂して凄まじい形相で叫ぶ。

 これまでの軽い口調から一転、荒々しい言葉遣いになり鼓膜が痛くなる程の大声を上げたクラウチの剣幕にハリー達は思わずビクッとし、ビックリした表情になるが、唯一フィールだけは別段驚いたりもしなければ、怯えたりもしない。

 この程度の怒鳴り声にビビっていたら、逆に今まで泣き腫らしてこなかった方がかえっておかしいのだから。

 怒号を飛ばしてきたクラウチを嘲笑うかのように、フィールは闘志を宿した双眸で鋭く縛り付ける。

 消え失せる事を知らないかのような闘志を感じられる蒼い眼と凛々しい顔付きに、クラウチは更に苛立ちを覚える。

 

「ああ、本っ当にイライラする………どうして哭き喚こうとしない! 助けてくれとも殺してくれとも言わない! さっさと絶望してみせろ! 膝をつき俺達に降参の言葉を聞かせろ!」

 

 苛立ちが頂点に達したクラウチは、凄まじい形相で吼える。

 

「誰がお前らなんかに屈するか! お前らに屈服する事だけは、死んでもやらない!」

 

 が、フィールの言葉をクラウチは「黙れ!」と即座に一蹴する。

 

「諦めろ! お前達に勝ち目は無い! 悪いがベルンカステル、お前には今日こそ死んで貰うぞ!お前の死は、光の陣営敗北の口火を切るのだ! そうすれば、勝利は我々の掌にあるのも同然。闇の陣営はお祭り騒ぎだ。何と言ったって『蒼黒の魔法戦士』様たる御方が戦死したとなれば、光の陣営にとっては大打撃。まさに敗色濃厚を物語るって訳だ」

 

 ニヤリと下卑た笑みを浮かべ、闇の陣営の勝利と光の陣営の敗北を宣言するクラウチ。

 しかし、その彼にハッキリと異を唱える者が、目の前に居た。

 

「いいやその逆だ。私の死は、お前らに勝利を齎すんじゃない。お前らに敗北を与える」

「………は? 何が言いたいんだ?」

「なんだ、聞いてなかったのか? お前らがよしんば私を殺したとしても、私の死は、私の意志を受け継ぐ誰かの糧となる。どんなにお前らが束になって引き離そうとしても、お前ら如きに引き離す事は絶対に出来ない。そう言ったんだ」

 

 怪訝な顔で首を傾げるクラウチへ、フィールは力強く言い放つ。

 

「たとえ………命が尽き果て、身体は朽ち果てたとしても。私の意志を継ぐ者がこの世界に居る限り、私の魂は、想いは、その者の中で生き続け、そして―――何度でも立ち上がる!」

 

 それは、どんな大敵を前にしても絶対に屈しない、不屈の精神を持った勇者の咆哮だった。

 枯れない闘志を胸に秘めた、勇ましい戦士の叫び声。

 その毅然たる態度と確言は、絶望に打ちのめされていたハリーの心の奥底に忘れ掛けていた勇気の灯りを灯す。

 

「舌戦はこの辺にして、そろそろ戦うとするか。お前だって早く戦いたいだろ? だけど此処では思うように戦えない。場所を変えさせて貰うぞ」

「好きにしろ。どのみち結果は変わらない」

 

 真剣味を帯びた声音で、だけど粗暴な口調でクラウチは吐き捨てるような口調で了承する。

 フィールは軽く頷くと、何処かへ『姿現し』した。クラウチもその後を追って高速で『姿現し』する。

 2人が現れた場所は、先程まで居た庭園とはずっと遠距離に位置する岬だった。

 此処ならば、誰にも邪魔されずに思う存分戦える。フィールもクラウチも、今回は本気で互いに殺す気で掛かるつもりでいた。

 

「お前には幾つか借りがある。これで返上だ」

「充分だ。俺の方もお前には借りがあるのだからな」

「そうか。―――さてクラウチ、いつかの約束の勝負、やるか」

「ああ、そうするとしよう。しかしベルンカステル、記憶が戻ったとは言え、約1ヶ月間のブランクがあるだろう? 本調子じゃない状態で、御主人様直々に手解きを受けて更に強くなった俺に勝てるとでも思うのか?」

 

 口の端を歪め、杖をクルクルと弄びながらクラウチは挑発的な発言をフィールへかます。戦闘開始前の煽動は常套手段だ。神経を逆撫でする言葉で敵に隙を作らせるよう触発する。

 これがハリーであったら十中八九まんまと乗せられていただろう。彼はあからさまな挑発行為に過敏に反応する煽り耐性0の人間だ。まず間違い無く隙を露呈していたに違いない。

 だが相手はフィール・ベルンカステル。

 あの手この手の戦略を心得ている彼女に、その手の揺さぶりなど利かない。

 

「なら、その1ヶ月間のブランクはお前との決着で埋めさせて貰うとしよう」

 

 バッサリと切り捨てたフィールは杖を構え、臨戦態勢に入る。明示的な挑発にはやはり乗らなかったかと、初めから分かっていたとは言え、ハリーのように冷静さを欠かす気配は感じられないフィールに苛立ちを募らせたクラウチも諦めて気持ちを切り替え、迎撃態勢を取った。

 互いに眼を離さず、攻撃するタイミングを見計らっていた2人の内、先手を切ったのはクラウチの方だった。

 

「あのホグワーツ特急でグレンジャー共にトドメを刺せなかったベラトリックスのように、これ以上邪魔者のお前を見逃すなんて失態は犯してなるものか。今日こそこの手で屠ってやる! 死ね、アバダ・ケダブラ(息絶えよ)!」

 

 クラウチは杖先をフィールの心臓に定め、『死の呪文』を叩き込む。

 並みの魔法使いとは比べ物にならない速度で放たれる緑色の光線。

 それをフィールは同じ最強呪文で迎え撃ち、相殺する。

 今のフィールにハリーのような『死の呪文』を無効化させる術はもう残されていない。

 故にあの呪文を直撃したら最期、フィールは確実に死ぬ。去年の神秘部の戦いで起きたような奇跡は、2度と訪れない。

 ならばそうならないよう全力で戦うしか、身体が鈍っているフィールに勝算は無い。先程クラウチが言った通り、記憶喪失になって1ヶ月間魔法の鍛練をしてこなかったフィールと違い、その期間クラウチは御主人ことヴォルデモート卿直々に指導を受けているのだ。

 単純な魔法の技能で言えばハンデを背負ってもフィールの方が上だが、クラウチにはそれを補う経験値がある。曲がりなりにもフィールより倍以上の人生経験・実戦経験を積んできてるのだ。そう簡単にあっさりとやられるほどクラウチもヤワではない。

 力と力、意地と意地、そして実力と経験。

 これは全くと言っていい程互角の勝負だ。

 勝敗を決するのは、どちらが一撃を決めた時。

 両者の内、1人だけが殺られて死んだ時だ。

 

「わおっ、初っ端から『死の呪文』か。あ、でも私もアイツに対して開戦一番撃ってたか」

 

 もう1度放たれた緑色の閃光を今度は持ち前の運動神経を活かしてヒラリと躱わしたフィールは軽口を叩きつつ、右腕を突き出してブンッと勢いよく振る。次の瞬間、太く長いロープ状の火が杖から出現した。

 フィールはクラウチ目掛けて火の鞭を一閃させる。クラウチは後方に飛び退き、回避した際に感じた灼熱の熱波に、アレをまともに喰らったら一溜まりも無いなと、額に若干冷や汗が流れた。

 

「そんな奇異の技を持ってるとは、君も中々変わったヤツだな」

「そうか? 杖に鞭や刃を宿すくらい、別にそんな変わった気はしないけど」

 

 続けてフィールは火の弾丸を発射した。真っ赤な火の火球はクラウチの頬を掠めたように見えたが、

 

「危ねッ!」

 

 クラウチは咄嗟に身体を反らし、フィールの攻撃を間一髪のところで避けてしまった。2発、3発、4発と続けて撃ち込むが、

 

シュヴェンメン・カタストロフ(殃禍の氾濫よ)!」

 

 海面から噴き上がり渦を巻いた水流が多くの魔法使いに見掛けられるローブを形取ってクラウチの全身を覆い、フィールの放った火炎の砲弾は全て水の衣の表面に触れて蒸発した。

 『怨霊の水』は使い勝手が非常に良い。

 ある時は人を苦しめる縄となり、ある時は敵を殺す凶器にもなり、そしてある時は………己の身を護る鎧にもなる。

 同じ闇魔術の一種でも攻撃手段にのみ特化した『悪霊の火』や『亡霊の風』とは違って万能型の魔法だ。それはフィールが編み出した『破滅守護霊』と『破魔守護霊』にかなり近い。同類の呪文でも流儀次第では様々な場面で活用出来る。

 

「『怨霊の水』か………なるほど。それを使って騎士団の男達を惨殺したのか」

「御名答、その通りだ。そら、今度はこっちから攻めるぞ!」

 

 クラウチは杖を海に向けて大きく振るい、反撃に転じた。

 再びド派手な音を立てながら出現した海水の水柱が大量の水流の槍となり、まるで放たれた矢のような速さでフィールを狙って突き進む。

 

プロテゴ・ホリビリス(恐ろしきものから守れ)!」

 

 杖を前に突き出しながら、フィールが叫ぶ。

 その言葉に応じ、フィールの目の前に青色に輝くバリアが現れた。

 濁流のように押し寄せる闇の水槍を、青の障壁がことごとくブロックする。幾つかの水槍は跳ね返され、海に消えたり凸凹の地面に穴を穿つ。

 

アバタ・ケダブラ(息絶えよ)!」

 

 水槍を防ぐフィールに再度緑の閃光が迸る。

 防ぎようが無い殺人魔法の一条の光が高速に飛んで来て、フィールは防壁を消失するのと同時に固い地面を転がり、『死の呪文』と水槍から身を躱す事に成功した。

 突如目標を失った水流の槍は今しがたまでフィールが立っていた地面に激突、強大な威力が秘められた突槍がぶつかったせいで地面は見るも無惨に深く抉れていた。

 ちなみに遮る物が無かった『死の呪文』はそのまま一直線に進み、フィールのずっと後ろにあった崖の岩肌に直撃して、命中した部分が破壊され炎上した。

 その後2人は時折隙を見て『死の呪文』を撃ちつつ、強力な呪文や魔法を用いての一進一退を繰り返す。激しいバトルを続けるクラウチは暫くしてある違和感を覚えた。

 

(さっきから薄々変だなと思ってたんだが………アイツ、『死の呪文』が当たらないように全部避けてないか?)

 

 フィールにはロケットに宿る母・クラミーによって分霊箱の一種に近い半不死性の力がある。

 それがある限り、フィールは『死の呪文』を受けても死なないハズ。しかも戦闘が開始されて以来、クラミーが『盾の呪文』を展開させた事は一度も無い。

 1対1の真剣勝負だから、敢えて母の助力は不必要としているだけかもしれないが………。

 

(そういえばアイツ、こんな事言ってたよな。えーっと、何だったっけな。確か『破滅守護霊』を使ってどうとか………。『守護霊』って名前が付いてるから『守護霊の呪文』の類いの物なんだろうけど………一体なんなんだ? それは)

 

 杖を交えながら思考を回転させるクラウチ。

 やがて彼は「あっ」と心の中で声を上げ、閃いた。

 

(もしかして、『悪霊の火』を貫通したと言う例の守護霊か!)

 

 去年の6月頃、神秘部内部で行われた一戦。

 ムーディの『死の呪文』を受け『魂の境界線』に送り込まれたフィールは真相を聞かされた後に復活、ヴォルデモートと交戦し、彼が放った『悪霊の火』を狼の守護霊で貫通し、驚愕させた。

 その話は当然クラウチの耳にも入っている。

 

(その守護霊がどのような特性を持っているかは分からないが………少なくとも『悪霊の火』を穿通させるだけの特殊能力があるのは間違いない。あくまで仮説だが、もし、その技があの吸魂鬼相手にも通用するなら―――)

 

 それは殺傷不可能と言われている吸魂鬼さえも破滅可能なのではないだろうか?

 しかし、仮にこれが本当だとしても、庭園にやって来るまでの間、マグルの少女を救った彼女の身に果たして一体何があったのか。

 

(分からない事が多過ぎる。だが今は、それを考えてる場合じゃない。事実はともかく………今のアイツにあの厄介な護りは無い可能性が高い事だけは言える!)

 

 フィールには気付かれぬよう密かに歓喜したクラウチは1つの可能性に賭ける事にし、勢いに乗って激しい攻撃を続けた。呪文が一気に苛烈になったクラウチに劣勢に立たされたフィールは徐々に押されていく。

 

スポンジファイ(衰えよ)!」

 

 防戦一方になってきたフィールは対象物を弱化させる『柔軟化呪文』を背中越しに行使し、背後の固い地面をクッションのように柔らかくさせると後方にジャンプして飛び乗った。普段より高く跳んだフィールは後方宙返りして崖に着地する。

 クラウチもその後を追い、フィールの背後を見やりながら挑発的に言った。

 

「また場所を移動したのか? そんな事しても無意味だと思うけど? しかもベルンカステル、お前の背後は断崖絶壁じゃないか。追い詰められたら一巻の終わりだぜ?」

「無駄口叩く暇があるなら、さっさと掛かって来いよ」

「虚勢を張るのもいいところだな。お前、もう『死の呪文』喰らったらアウトな身だろ?」

「…………………………」

「黙ってたってムダだ。その黙りが何よりの証明なんだからな」

 

 確信を持てたクラウチが先手を切った事により戦いが再開された。

 色とりどりの光が飛び交う呪文の応酬。

 互いに一歩も譲らず互角の勝負を繰り広げていたが―――

 

「どうだ? もうその辺が限界だろう? 腕が錆び付いてる状態でいきなりハードな太刀打ちしたんだから、疲労度は相当のハズだ」

「ぐっ………」

 

 クラウチの言葉にフィールは悔しげに呻く。

 クラウチの言う通り、フィールの身体はかなり疲労していた。実戦の勘は徐々に取り戻せてきたとは言うものの、この1ヶ月の間で体力と戦闘力は大分低下してしまった。完全に元通りの力と感覚を戻すには、まだまだ時間が掛かる。

 パワーダウンしてる状態で逆にパワーアップしたクラウチと互角に渡り合えるのも、もう限界だった。足元はフラついており、立っているのもやっとだ。

 憎々しげに睨むフィールに、クラウチは嘲笑を浴びせる。

 

「さて、そろそろ終わりにしようか。弱くなったお前にしてはよくやったと思うぞ」

 

 そう言うと、クラウチは杖をフィールに向かって突き出した。ハッとしたフィールが動くよりも早く、

 

エクスペリアームス(武器よ去れ)! エクスパルソ(爆破)!」

 

 『武装解除呪文』の真紅の閃光によってアカシアの杖を吹き飛ばされ、渾身の『爆破呪文』がフィールの右腕にモロ直撃し、ロング丈の黒いカットソーに覆われた肩からその先の部分が爆音と共に吹き飛び、おびただしい量の血飛沫が周囲を紅に染め上げた。

 

「ぐっ………、あああぁ………ッ………!!」

 

 右腕を爆破され、あまりの激痛にフィールは呻き声を上げた。

 片膝をつき、大量の紅い血が溢れ出す右腕があった部分を残された左手で押さえる。傷口からは今も尚血液が流れており、その光景はまさに流血淋漓と言う言葉が相応しい。

 綺麗に弧を描いて飛んできた杖をパシッと掴み取ったクラウチはゆっくりとした足取りで断崖に追いやられたフィールに近寄る。足元で蹲るライバルの姿に勝利を確信したクラウチは酷薄な笑みを貼り付け、声を立てて嗤った。

 

「ククク………敵を前に抵抗出来ないとはいいザマだな、ベルンカステル。目の前に居る俺が憎くないのか? 疲労困憊のお前にとって俺を倒すのなら、今をおいて他に無いのにな」

「うっ………くっ…………」

 

 全身を駆け巡る激痛に意識が失われないよう歯を食い縛って耐える事が精一杯のフィールに、冷笑を持って発せられるクラウチの言葉は屈辱感に見舞われる心を嬲るには十分過ぎる威力だった。

 

「その口が動く内に最後に訊いておこうか。どうしてお前は、こんな世界の為なんかに俺達と対敵するのだ?」

「そんなの………この世界が好きだからに………決まってるだろ」

 

 話す度に口から血が吐き出されながらも、フィールは色褪せない戦士の眼差しを以て、訳が分からないと言う面持ちをするクラウチを見上げる。

 

「確かに魔法界は様々な問題を抱えてる。正直、『こんな世界の為なんかに戦う意味や守る価値なんてあるのか?』って疑問は、無いと言えば嘘になる。………それでも私は、私達は、此処が好きなんだ。何だかんだ言っても、結局は生まれ育った故郷を捨てる真似は出来ない。そして何より、この世で巡り会った―――真っ暗だった私の世界の色を変えてくれた数多くの人達の存在が、自分の命懸けるのに値する戦う意味と守る価値を私自身の中に見出だしてくれる」

 

 フィールの脳裏に、ホグワーツで出会った個性豊かな仲間達の顔が思い浮かぶ。

 ハリー、ハーマイオニー、ロン、ジニー、ネビル、ルーナ………。現在は卒業してしまって直接会う事は無いけれど、初めて己に対し告白してくれ、今でも時々連絡を取り合ってるセドリック・ディゴリーもそうだ。それは妹みたいに可愛がってくれた先輩のソフィア・アクロイドやアリア・ヴァイオレットにも同じ事が言える。

 

(クシェル………)

 

 数々の仲間が脳内に浮かぶ中、幼馴染みの女の子の笑った顔が去来する。クシェルの顔が胸を過った時、早くコイツを倒して彼女に会いたいと言う気持ちがフィールの中で膨れ上がった。

 クシェルに会いたい………。仲間や家族に、記憶が戻ったと自分の口から報せたい。

 その為にも―――私はここでコイツを倒さなければならない。

 

「もしもアイツらと出会わなかったら、心が荒んでた私は喜んでお前らの仲間入りを果たし、ヴォルデモートの腹心になってただろう。異常な程闇の帝王に執着してるお前みたいにな。だけど現実は違う。………私がそうならなかったのは他でもない、どんな境遇であっても離れず支えてくれる仲間が居たからだ。でもお前には居なかった。居なかったから今みたいな人格が出来上がってる。ただそれだけの事だ。その僅かな差異が、私とお前をそれぞれ別のゴールに繋がる道に導いた。そしてその結果がこれだ。今、私とお前はこうして敵対してる。行き着く先が正反対同士なんだ。もしかするとこうなる事は運命、ひいては前世からの因縁だったのかもな」

「だったら今こそその因縁にケリをつけようじゃないか、ベルンカステル」

「ああ………そうするとしよう。いい加減お前との間にある紲を断ち切りたいしな。それに早いとこお前倒して、クシェル達に会いたいし」

 

 どんな状況下でも軽口叩ける神経の図太さと決して希望を捨てないポジティブさ、己の中で掲げるブレない信条がフィールの強さだ。今にも殺されそうになっているのに、こうして不敵な笑みを絶やさないのが何よりの証拠である。

 

「お前はバカか? もうすぐ殺されるって言うのに―――ッ!?」

 

 次の瞬間、クラウチの言葉が途切れ。

 信じられないと言う表情で、自分の胸元に視線を落とした。

 

「な………なに………ッ?」

 

 いつの間に出していたのか、左手に強く握り締めた予備の杖に宿した刃でクラウチの胸元を斜め一直線にグッサリと深く斬り裂いたのだ。それもただの刃ではない。強力な呪いを宿した、魔法のブレードだった。

 

「接近戦では魔法による射撃より、得物による斬撃が有利だ。言っただろ? 杖に鞭や刃を宿すくらい、変わった気はしないと。杖そのものを『変身術』で長剣に変化させられるんだ。杖先を切っ先にするくらい、何もおかしくない」

「ぐ………あ………お、お前………まさか、わざと『爆破呪文』を喰らって………」

「いや………今回は違う。お前の言う通り、本当に体力的に限界で、ワンテンポ遅れた。正直、もうダメかとヒヤヒヤしたよ。獲物を捕食する直前まで追い詰めておきながら、さっさとトドメを刺さなかったお前のその慢心さに、皮肉にも命拾いしたんだからな。獲物を前に舌舐めずりするのはバカのやる事だ。御主人様にそう教わらなかったのか?」

 

 フィールの声がどんどん遠ざかっていく。

 クラウチは盛大に血の塊を吐き出した。

 身体が傾き、顔から血の気が引いていく。

 

「もしも………命を預け預かる事が出来る関係を築ける程の仲間に恵まれなかったら―――私もお前みたいに、文字通り地に堕ちた人間になってたのかもしれないな」

 

 力を失った両手から己の杖とフィールの杖が滑り落ち、地面に落ちる。

 

「こんな事なら、さっさとトドメを刺しとくんだった………」

 

 よろめいたクラウチは血塗れの胸を押さえ、フィールから距離を取ろうとした。しかし、ふらついた拍子に断崖の縁から足を踏み外し、

 

「あ―――ッ!?」

「消えろ。奈落の底に堕ちて、二度とその面見せるな」

 

 落下する寸前、最後の力を振り絞ったフィールに魔法を叩き込まれ、クラウチは姿を消す。

 死闘の末、勝利を勝ち取ったのはフィールの方であった。

 

 

「………はぁ………はぁ………ッ………」

 

 一か八かの賭けに成功したフィールはクラウチの姿が見えなくなった途端、喀血した。

 クラウチに気付かれぬよう慎重に杖を抜き出したので、あの時、予備杖の存在がバレていたらと思うと………ゾッとする。

 深傷を負ったフィールはなんとかして取り返した自分の杖をヒップホルスターに収納すると、『両面鏡』でクリミアに迎えに来て貰おうとしたが―――

 

(もう………限界………………)

 

 遂に力尽きたフィールはぐらりと身体を傾かせ―――そのまままっ逆さまに海へと落下した。




【フィールとクラウチ】
原作で言うところのハリーやヴォルデモート、スネイプのように「共通項は多いけど何らかの要素が最終的に切り分けた」似た者同士。
本文中でもありましたが、フィールにとってクラウチとはハリーとは別の方面で鏡の存在。

【命を懸ける・預ける】
クラウチ→懸ける>預ける
フィール→懸ける≦預ける

【フィールVSクラウチ】
紆余曲折を経てようやく一騎討ちの展開に。
ダンブルドア、シリウス、ムーディ等々原作では死亡したハリーsideにおける猛者が結構な数で生存ルートになってるので、ヴォルさんsideにもせめて「原作じゃ死亡したけど存命してたらそれなりに活躍してただろう」敵キャラ導入しなければ闇の陣営(笑)になってしまう。
あ、でもここまで来てしまったら今更か。

【我が家のクラウチ】
ヴォルさん率いる闇の陣営って強者集いとか言われてますけど、正直イマイチなんですよね。
ルシウスは保身に走りがちでまとめ役に向いてない、ベラさんは感情のルーズコントロールが激しい、団員もただ単に暴れたいだけのチンピラとかいる。
本作ではこの問題だらけの闇の陣営をどうにかしようと抜擢したのが、皆さんご存知のクラウチ。

我が家のクラウチは「ハチ公にも劣らぬ忠犬」「主さえ良ければ他はどうでもいい」「主のご命令であればたとえ火の中水の中草の中etc.」「(デスイーター内では)お前がナンバーワンだ」等、『ヴォルさんにとって「これぞまさしく理想の腹心だ」と言える右腕』『(悪の)エリートの中のエリート』を目指して上記の要素をブチ込みました。

【炎のフィール第3弾】
炎の鞭。
杖先に鞭の先端を発現させる。

ちなみに第1弾は魔法で出した狼に炎を吸収させた『紅蓮の狼』。
第2弾は守護霊に吸収させた『炎の守護霊(ファイア・パトローナス)』。
後者に関しては#95にてハーマイオニーが土壇場で『水の守護霊(ウォーター・パトローナス)』を披露してくれたようにバリエーション豊富。

【炎のフィール第4弾】
炎の弾丸(砲弾)。
そのまんまの意味通り火の火球を発射。

余談ですが、フィールは炎系の魔法属性(エレメント)が突出して得意と言う裏設定があります。

【まとめ】
今回はフィールとクラウチの一騎討ちの回でお送りしました。ここ最近めっきり活躍が激減したフィール、今般でやっとそのツケを払ってくれました。何気に最終章初のド派手なシーン連発の話だったような気がします。
さて本文中でも出てきた通り、フィールとクラウチはかなりの似た者同士です。クラウチの「主さえ良ければ他はどうでもいい」点、実はフィールにもそれっぽい点があると捉えられてもおかしく無い場面があります。

それが序盤の「嘆くのは後にしておけ」発言。
もし死んだのがハーマイオニーやクシェルだったらそんな事言わなそうなフィールのこのセリフ。ハリー達以外の事だと切り替えが驚くほど早いと思われても仕方ないですね(´・ω・`)。

ま、フィールがどういうキャラに見えるかは読者にお任せします。一応フィールのコンセプトは「カッコいい女」「ヒーローらしいヒーロー」「主人公属性兼ね備えたクーデレキャラ」等々ですが、皆さんにはどのように見えますか?
子供にとって優しいヒーロー、仲間に慕われ頼りにされるリーダー………そんな感じのオリ主に見えていたら嬉しいですね。


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#110.過去の断ち切り

今日はハリー・ポッターの誕生日。
今年もハリーの誕生日に更新する事が出来て良かったです(*´ω`*)。


 血の色が混ざった青い海の水が、冷たい。

 海水に濡れた服は全身に纏わり付いた錘のように重かった。

 脱力感と疲労感に見舞われる華奢な身体が、どんどん海の底へと落ちていく。

 右腕を爆破された右肩からは血液が多量に出血し、体内から体外へと流出する。

 生死を賭けた激闘を制し、海に落ちたフィールは襲い掛かる倦怠感を押してもがいていた。沈みゆく海の中で、残された左腕を必死に伸ばす。

 

(助けて………誰か助けて………!)

 

 溺れる者は藁をも掴む、と言う東洋の故事ことわざがあるように、フィールは今、何でもいいから縋れる物は無いかと、胸中は祈る気持ちで一杯だった。

 水を掻く度、ゴボゴボと口から空気が漏れる。

 手足は冷たく凍え、力が入らない。

 息苦しさに意識が薄れていく………。

 

(ヤバい………もう息が保たない………)

 

 辛うじて持ち堪えた息も、そろそろ限界。

 その事を察したフィールは、諦めたようにもがくのをパタリと止めてしまった。

 このまま何もしなければ、死んでしまう。

 分かっているけれど、心身共に疲れてしまった為か、もがく気にはなれなかった。

 

(最後に………皆に伝えておけばよかった)

 

 後悔に駆られるフィールの躯体が音も無く静かに沈降する。

 そうして、死を覚悟して辛うじて繋ぎ止めていた意識を手放そうとした、次の瞬間。

 

 海にダイビングし潜水した誰かに下降していた身躯を救い出され、救助に駆け付けた人物の『浮上呪文』でド派手に海面上昇した。

 

♦️

 

 海底へ沈下していく身体が急速に海面へと引っ張り上げられる感覚に似た体感と共に、失われていたフィールの意識は覚醒した。

 視界に広がりゆく室内の照明に、フィールは開き掛けていた瞼を僅かに眩しそうに細める。

 その明かりを遮るように翳した手は、幼少期の頃の小さなそれではなく、年齢不相応の艶かしい掌だ。

 

「………………」

 

 そこでようやく自分は夢を見ていたのだとフィールは気付いた。

 夢と現実の境で微睡みながらも、次第に意識が明瞭になるにつれ、少しずつ己の置かれた現状を把握していく。

 此処はベイカー家2階のクシェルの部屋だ。

 自分は確か、岬でクラウチと戦い、死闘の末に辛勝したが、力尽きて海に落ちて………。

 

「………!」

 

 直後、フィールは弾かれたように上体を起こすと、いきなり動かしたせいで全身が悲鳴を上げその痛みに顔をしかめつつも、慌ててクラウチに爆破された右腕部分を確認した。

 幾重にも渡って白い包帯が巻かれているが、そこには失われたはずの右腕が確かにあった。大方癒術で再生されたのだろう。

 安堵のタメ息と共に緊張の糸が切れて全身からどっと力が抜けたフィールは、ベッドの上―――ちょうど太腿の辺りに頭を乗せて、静かな寝息を立てて居眠りをしているハリーを認めた。

 熟睡中のハリーの頬には、幾筋かの涙の跡が見える。室内に時計はあるが、日付までは確認のしようがない。一体どれだけの長い時間、意識を失っていたのだろうかとフィールが首を捻った時、

 

「―――フィール!?」

 

 扉を開けて入ってきた人の大声が耳を打った。

 入室したのはハーマイオニー達だった。

 何故此処に彼女らが居るのか? と眼を丸くするフィールに先程発声したハーマイオニーが真っ先に駆け寄り、勢いそのままに抱きつく。ウィーズリー兄妹もその後に続き、フィールの意識が戻った事を喜んだ。

 

「フィール! 良かった、目を覚ましたのね!」

「あう………ま、まだ痛いから、もうちょっと手加減して………」

「あ、ごめんなさい………」

 

 申し訳なさそうな表情で謝ったハーマイオニーはハグする腕の力を緩める。

 

「でも、本当に安心したわ………貴女が無事に目覚めて」

「ハーマイオニーの言う通りだぜ。僕達は直接見てないけど、何でも君、右腕が無い状態で運ばれたらしいから………」

「その事を聞かされた時は、ヒヤッとしたわよ」

 

 ロンとジニーの言葉に、フィールは改めて1度右腕を喪失した事を認識し、嫌な思い出だと心に重くのし掛かった。しかしそれも、命を失う事に比べれば軽い物だと割り切る。

 

「ところでフィール。今更訊くけど………記憶が戻ったって本当?」

 

 身体を離し、真剣な面持ちで尋ねてきたハーマイオニーに、フィールは微笑して肯定する。

 

「勿論。ちゃんと戻ったよ」

「なら………私の事、分かる?」

「当然。アンタの名前はハーマイオニー・グレンジャー、学年次席のガリ勉優等生で私の親友、だろ?」

 

 本人の口から直接聞くまでは流石に不安だったのだろう。

 記憶喪失時の不安げな表情や敬語口調が取り払われたフィールの微笑みに、別の意味で歓喜したハーマイオニーは号泣してまた懐抱した。

 

「フィー………意識が戻ったんだね」

 

 ハーマイオニー達の騒ぎを聞き付けてダッシュで駆け上がってきたのか、絶体絶命のピンチでフィールが1番会いたいと強く思った人物―――この部屋の所有者であるクシェルが、肩で息をしながら現れた。その翠眼には涙が光っている。

 

「………クシェル」

 

 長年、世界中を探し回った末に再会を待ち焦がれていた人を見付けたように呟くと、それまで気怠かった身体がみるみる内に回復したフィールはベッドから下りて、自らクシェルを抱き寄せた。

 

「………………貴女に会いたかった」

「うん………私もフィーとおんなじ」

 

 フィールの細い腕に収まるクシェルは両腕を背中に回し、病み上がりの彼女を気遣って力加減しながら抱擁し返す。いつものクシェルのぬくもりと香りに包まれて、フィールは安心したように眼を閉じて身を委ねた。

 

「………クシェル。あの双子の姉妹は?」

「2人共無事だよ。………クラウチや魔法の関与を否定する為の記憶改竄はちょっとしたけどね」

 

 クシェルによると、フィールがクラウチと決闘する為に場所を変更した後、クリミアとイーサンは銀髪の少女をベイカー家に連れて、黒髪の少女と同じくクシェルとライリーが介抱したらしい。

 どちらも命に別状は無く、気を失っている間に幾つか記憶改竄を施し―――2人が目覚めたら、親御さんの所まで無事送り届け、多少の嘘が交じった事情説明をしたとか。

 

「あの娘達の両親には、誘拐犯に姉妹が攫われそうになったところを偶然出会した私達が飛び掛かってレスキューした、ってシナリオかな。それに合わせて姉妹の記憶も改竄したよ。………お父さんが言ってたんだけど、どうやらその親子は海外に引っ越したみたい。ここ最近イギリス国内全土が何かと物騒になってきたところにあんな事が起きたんだから、気が気じゃなかったんだろうね。どちらにしても、あの女の子達が心に深い傷を負うのは避けられないし」

「それでよかったんじゃないか? 常にビクビクしながら生活するよりかは、遠く離れた国で心機一転して平和に過ごす方が、まだマシだろ」

 

 そうは言うが、フィールの表情は冴えない。

 何の関わりも持たないマグルの人間だったが、同族のせいで姉妹やその家族の人生が変わってしまった事に、謝りたい気持ちで一杯だった。

 暗い面差しで皆が黙り込み、場の空気が重苦しいものになると―――

 

「………ん」

 

 爆睡していたハリーが目を覚ました。

 クリミアとイーサンに銀髪の少女共々ベイカー家に連れて行かれて数十分後、瀕死の重態を負い右腕を爆砕されたフィールが運ばれて来て、彼女の容体ばかりが気掛かりで心配だったハリーは、周囲の反対を押し切って片時も離れずにずっと付き添った。

 途中、ライリーが持ってきてくれた飲み物を飲んだのは覚えている。そこで張り詰めていた緊張の糸が切れて、睡眠不足で溜まった疲れを一気に身体が思い出したのかもしれなかった。

 本当は、周りの人間がいくら休むよう言い聞かせてもロクに睡眠も食事も取らずに付きっきりでフィールの傍に居るハリーの神経が参る前に、やむを得ず効果を希薄させた『生ける屍の水薬』で休養させたのだが。

 強めの魔法薬を使ってでも休ませないと、ハリーの精神が崩壊してしまう恐れがあるのを危惧したライリーの判断は正しかった。

 

「あれ………フィール!? いつの間に起きてたの!?」

 

 眠そうな瞼を擦っていたハリーはベッドにフィールが居ないのを見て残存していた眠気が吹き飛び、怠さも何処かへ消し飛んで慌てて立ち上がり周囲を見回したと思いきや、両足でしっかりと立っているフィールの姿が眼に入って喫驚した。

 

「ついさっきだ。ハリー、心配を掛けて―――」

 

 悪かった、と言おうとしたフィールだったが、覚束無い足取りで自分の方へ倒れ込んだハリーを急いで抱き止めたので、言いそびれてしまった。

 本来であれば喪われたはずのフィールの右肩へとハリーは恐る恐る手を伸ばすと、その震える指先でそっと触れた。

 何重にも重なって巻かれた包帯の上からではあったが、一般人より痩身のようでいて意外と筋肉質な体躯は、確かにフィールのものだ。

 ハリーは更に確認するようにもう片方の手を伸ばすと、フィールの細い腕や白い手にも触れていく。

 あれだけ失血していたのに、傷は何処にも見当たらない。フィールの右手を握ったまま大きく息を吐くと、ハリーの瞳から大粒の涙が溢れた。俯いたまま泣きじゃくるハリーに、フィールはちょっと困ったような笑みを浮かべる。

 

「全く………泣くなよハリー。私はまだこうして生きてるんだから、泣く必要無いだろ」

「うぅ………ごめん。フィールが生きてるのが嬉しくて、つい」

 

 ごしごしと袖で涙を拭ったハリーは、フィールに小声で謝罪する。

 

「………ホントごめん。僕のせいでフィールは記憶喪失になったり、怪我をしたり―――」

 

 と、そこで何故かハリーは急に口を噤んだ。

 その先の言葉を紡ぐのに躊躇うハリーに、フィールは怪訝な顔になる。

 いつまで経っても話そうとしないハリーの様子に埒が明かなくなったフィールは、『開心術』を使ってハリーの頭の中を覗く事にした。

 ハリーはフィールが『開心術』を使っているのに直感的に気付くと動転して視線を逸らそうとしたが、時既に遅し。

 フィールはハリーがロンとハーマイオニーと大喧嘩して口を一切利かなくなった理由や、記憶が戻ったら絶交宣言されるのを恐れてどこか記憶が戻らなければいいと密かに願っていた………と言うハリーの秘密を知り、眉を顰めた。

 

「は? アンタまさか、そんなくだらない事考えてたのか?」

「え、あ、いや、その………」

「あのなぁ………たかがそれしきの事で絶交するくらいなら、とっくの昔に私はアンタと友人関係止めてるっての。私、前に言わなかったか? 『ちょっとやそっとのことで友人を突き放すなんて、そんなの友情の欠片も無い』って」

 

 叱咤したフィールはハリーの頬をつねる。

 

「イタタタタ! ちょっ、痛い痛い痛い!」

「あんな考え持ってた罰だ、バカ野郎」

 

 つねられた頬をさすりながら涙眼で訴えるハリーに軽く肩を竦めたフィールは、フィールの意外な行動に驚倒していた4人の内、ハーマイオニーとロンの2人に視線を向けた。

 

「アンタらがなんで険悪だったのか、悪いが『開心術』でハリーの脳内覗かせて貰って知ったぞ。私はちゃんと記憶を取り戻したし、クラウチも倒した。だったらこれ以上3人がいがみ合う必要は無いはずだ。………それとハリー。アンタは騎士団のヤツらが殺されて自責の念に駆られてるようだが、気に病む事は無い。彼等がアンタに希望を託して死んだんなら、その犠牲を全て無駄にするか貢献させるかはアンタ次第だ。その為にもまずは過去を忘れろ。過去に囚われていたらいつまでも経っても進めないし、進んだとしてもお先真っ暗だ。そんなのはアンタらしくない。どこまでも向こう見ずで無鉄砲で、それでいて何があっても自我を貫き通そうとするのが私の知るハリー・ポッターその人だ」

 

 かつてロンやハーマイオニーに言われたのと同じ言葉が、ハリーの胸にスッと入り込む。

 あの時は自暴自棄になっていって心が理解するのを拒んでいたが………今なら、2人の言ってた意味がよく分かる。

 

『たとえ………命が尽き果て、身体は朽ち果てたとしても。私の意志を継ぐ者がこの世界に居る限り、私の魂は、想いは、その者の中で生き続け、そして―――何度でも立ち上がる!』

 

 絶望に打ちのめされ、暗闇の中で見失い掛けていた己に勇気の灯りを灯したフィールの勇ましい咆哮が、ハリーの脳裏に響き渡った。

 例え誰かが死んだとしてもその誰かの意志を受け継ぐ者が居る限り、その者の中で死んだ人間の魂と想いは生き続け、そして消えない。

 その言葉に再び励まされたハリーは、フィールの蒼い眼を真っ直ぐ見ながら大きく頷く。

 満足そうにフッと微笑んだフィールは、

 

「ロンとハーマイオニーと関係を修復するなら、私はチャラにしてやる」

 

 と、チラッと2人を見やりながら言った。

 ハリーはフィールから離れ、2人の元へ歩く。

 

「その………ごめん、2人共。僕、君達の言ってくれた事を蔑ろにして」

 

 ハリーが頭を下げて謝ると、2人は首を横に振り、

 

「僕らこそ………言い過ぎた面もある。ごめん」

「ええ………ごめんなさい、ハリー」

 

 と、2人も頭を下げてハリーに詫びた。

 いつまでもドロドロと引っ張るのではなく、互いに潔く謝った姿にあの日の夜、実はこっそり物陰で一部始終をバッチリ目撃していたジニーは「よかった………」とホッと胸を撫で下ろし、フィールとクシェルも、安堵の息を吐いた。

 

「………そろそろいいかしら?」

 

 温かい雰囲気に包まれたクシェルの部屋に、第三者の声が不意に下ろされた。

 全員がそちらを見てみると、いつの間に居たのか、クリミアが腕組みしながら立っていた。

 その顔には、静かな怒りが滲んでいる。

 皆、クリミアの心情が読み取れず小首を傾げると、腕組みを解いたクリミアはゆっくりと、フィールに歩み寄った。

 

「クリミア………」

 

 今、彼女が物凄く怒っているのを長年一緒に過ごしてきて1番理解しているフィールが珍しく恐る恐るといった感じに声を掛けると、

 

 

 

「フィールの………バカ!!!!!!」

 

 

 

 溜めに溜め込んだ感情を吐露するように、クリミアは自分が出せる限りの最大音量で大声を発した。

 クリミアの怒鳴り声が、室内に大きく響く。

 ビクッとしたフィールは勿論の事、普段は大人しいクリミアが大声を上げたのが意外過ぎて、ハリー達も信じられないと言う表情で珍しく怒気を露にしたクリミアを見る。

 

「どうしてあの時、身体動かすの止めたのよ! 助けが来なかったら、冗談抜きで本当に死んでたのよ!? 分かる!?」

「え、あ………私を助けてくれたの、クリミアだったのか?」

「当たり前よ! 貴女にはバレないよう、恐らくクラウチが戦闘中に掛けたんでしょうけど………暫くの間貴女の魔力が感知出来なくて、あちこちイギリス中探し回ったわ。いざ感知出来るようになったと思ったら、右腕が丸っきり失われた状態で海に落ちてたんだから………今までの人生の中で1番、今度こそ貴女を失ったと心臓が止まったわよ! 死んだのかと………あともう少し救助が早かったらって………」

 

 フィールに対する怒りやら喜びやら、色んな感情がごちゃ混ぜになったクリミアの綺麗な顔は心底苦しそうに歪んでいた。

 息継ぎ無しに大声で一気に話し続けたせいでハアハアと肩で息をし、普段の優しげな目元には不釣り合いな、キッと吊り上がった紫眼の目尻に溜まった涙が一筋色白の頬を伝った瞬間、まるでそれが合図になったかのように、

 

「あー………本当、生きてて良かった………」

 

 涙でぐちゃぐちゃになった顔を覆い隠すよう、ポスッと頭をフィールの右肩に乗せた。嗚咽を堪えて震えるクリミアに「ごめん」と謝罪の言葉を言おうとしたフィールはすんでのところで飲み込み、

 

「………ありがとう。そして、ただいま」

 

 と心からの感謝を込めて呟き、再生された右手で背中を優しくさすった。

 クリミアは我慢し切れず、わあっと小さな子供のように泣き出し、両腕を回してフィールをギュッと強く強く抱き締める。

 その光景を、クリミアの本心を知りようやく先程の怒った表情に合点がいったハリー達は黙って温かい眼で見守っていた。

 幼い頃よりずっと一緒に居たクリミアは誰よりも心配していたのだろう。

 実際に血の繋がりは無いと言っても、その絆は血の繋がった家族に負けず劣らず、あるいはそれ以上の強さと固さで結ばれていると、この場に居た人間全員が改めてそう認識した瞬間だった。

 

♦️

 

 それから数日後。

 フィールとハリーは2人で一緒に歩いていた。

 正確に言えば、前者が後者をある場所へ案内している、だが。

 7月31日の今日はハリーの誕生日だ。

 この日を以て、ハリーの身体に施されていた母親の護りの魔法は綺麗さっぱり消失した。

 未成年魔法使いに掛けられている『臭い』が消え晴れて成人したのと同時、ヴォルデモートを筆頭に闇の陣営が攻め込んでくる可能性が飛躍的に上がった日でもある。

 それでも皆は今日くらい嫌な事は忘れ、暗い話題も一切NGにしてハリーの17歳の誕生日を目一杯祝おうと、朝起きて彼と顔を合わせたら口々に「おめでとう」と言い、用意したプレゼントも渡した。

 ハリーもハリーで、純粋に誕生日を仲間達に祝って貰えた事が嬉しかった他に、これで『臭い消しチョーカー』を身に付けなくても自由に魔法が使用出来る事実に暫し有頂天になった。

 時間経過と共にほとぼりが冷め、大分落ち着いた頃、「ちょっといいか?」とフィールが改まった感じで声を掛けてきて、その声音に少し緊張しつつも用件を聞くと「一緒に行きたい所がある」と言ったのだ。

 フィールからの頼み事は珍しいし、ヴォルデモートや死喰い人がいつ奇襲してくるか定かでない現状に敢えて出掛けたいと言う事は何かあるのだろうかと、ハリーはビックリした。

 当然驚いていたのはハリーだけじゃなく、誰が何度何処に行くのかと質問しても、フィールは珍しく口を固く結んで教えてはくれなかった。

 フィール曰く、「其処に行くまでハリーにも他の人にも教えたくない」だ。

 大人達はフィールの返答に少々渋っていたが、

 

「そんなに遅くならないつもりだし、何かあったらすぐに連絡する」

 

 と言ったので、それならと了承すると、「気を付けて行って来い」と2人を送り出して―――現在に至る、と言う訳だ。フィールの事だから危険な場所には連れて行かないだろうし、万が一危ない目に遭ったとしてもすぐに連絡するだろうと、何かハリーにサプライズしたいと思われるフィール個人の意思を尊重したのだ。

 念のためハーマイオニーに一言断っておき、許可を得て早速目的地に向かうフィールの後をハリーは「何処に行くんだろ?」と皆目見当がつかず首を捻りつつも、大人しくついていく。

 が、やがてハリーは見覚えのある光景に「もしかして………?」とある予感がし、自身を何処かへ誘導する黒髪の少女の背中を、微かに眼を大きく見張りながらじっと見つめた。

 隠れ穴から出発し、徒歩で目的地を目指してフィールがハリーを連れて辿り着いた場所は、2年前の今頃、ドローレス・アンブリッジが派遣した吸魂鬼に襲われる前に立ち寄ったマグル界の公園であった。

 どうして此処に? と予想が見事的中したハリーが人気の無い公園と親友の姿を見たり来たりしていると、

 

「2年前は、私も気付かなかった。時間が時間だったし、状況がアレだったから、思い出す暇も無かったんだけど………此処がまさか、10年くらい前に偶然通り掛かった公園だったとはな。やっぱり、世の中何処でいつ何が起きるか分かったもんじゃない」

 

 と、懐かしさを滲ませた瞳で公園内に設備されたブランコに視線を一点集中させながら呟いた。

 過去の想い出に浸るフィールに、ハリーはそっと問い掛ける。

 

「フィール………なんで僕を此処に連れて来たんだい?」

「………その様子だと、まだダメか。此処に来たら少しは思い出すかと思って期待したんだけど、そう上手くはいかないか。ま、私もつい最近思い出したから、あまり強くは言えないけど」

 

 微塵の変化も感じられないハリーの様子に軽く肩を竦めたフィールは、疑問符を浮かべる彼の前方に立ち、真っ正面から向き合う。

 対向したフィールは瞼を閉じ―――フッと息を吐きながらゆっくりと開くと、意を決したようにズバリ言った。

 

「率直に言うぞ。―――私とアンタは昔、一度出会った事がある。今日此処に来て貰ったのは、ちょうどアンタの誕生日に邂逅したこの場所でその事を思い出して欲しかったからだ」

 

 フィールの口から告げられる衝撃的な発言に、意想外過ぎたハリーはこれ以上ないくらいに瞠目した。頭が混乱したハリーは思考が追い付かず、声を詰まらせる。

 

「なんて、急に言われても困るよな。でも、今言った事は本当だ。なあハリー。アンタは昔、この公園で従兄やその取り巻きに暴力を受け掛けた覚えはないか?」

 

 そう訊かれたハリーは「あ………」とフィールに言われて何か思い当たるのか、ピクッと反応を示した。

 

「………言われてみれば、確かに………。そこのブランコに座って1人考え事してたら、アイツらがやって来たんだ。それで僕、慌てて逃げようとして………それから―――」

 

 曖昧な記憶が少しずつ鮮明になっていき、そこまで考えたハリーはハッと息を呑む。

 ―――そうだ………ダドリーに殴られる寸前、『誰か』の声が割り込んで、それで殴られずに済んだんだった。

 その声の主は、確か………。

 

 足元に目線を落とし黙考していたハリーはゆっくりと伏せていた顔を上げる。

 記憶が戻った日と同じ、ロング丈の黒いカットソーに身を包んでいるフィールと眼が合った。

 視線が交錯したフィールは、両眼を細める。

 ハリーが俯いていた間に抜き取っていたのか、その右手には杖が握られていた。よく見てみると杖の先には刃が宿されている。

 

「フィール? 何をするんだ?」

「こうすれば、多分アンタは高確率で確実に思い出してくれるだろうし、それに―――自分の中にある過去を断ち今と未来を生きる為にも、私は捨て去る」

 

 グッと、後ろで長い髪をフィールは左手で掴んだ。

 そして。

 あっ、とハリーが声を上げるよりも早く。

 バッサリと、刃を宿した杖で首筋辺りまで髪を切った。

 

 

 

 

 

 ―――全部言っちまえ。アンタ、他人に弱音を吐きたくても吐けない環境だったんだろ。最後まで聞いてやるから、こういう時くらい、全部吐き出せばどうだ? ………まあ、ついさっき出会ったばっかの女が、こんなこと言ってもどうしようもないだろうけど………こうして私とアンタが此処で出会ったのも、きっと何かの縁だろうし。

 

 ―――こうしてアンタと出会ったんなら、また何処かでアンタと出会えるかもしれない。世界は広いからな。この世に生き続ける限り、意外な場所で巡り会うってことも、もしかしたら有り得るんじゃないか?

 

 

 

 

 

 耳の奥でやけに鮮明に響くそれらの言葉は、今まで記憶が断片的だったハリーの脳裏にある少女の輪郭を描く切っ掛けとなる。

 吹き抜けてきた風に散っていく切られた髪を横目に目の前に居る断髪した親友の姿と、記憶の中の少女の姿形がピッタリリンクした。

 その過去を映した瞳のまま、ハリーは目元を和らげて笑むフィールを見つめた。

 

 狼を思わせる、丸っこくて柔らかそうなウルフカットを施した短めの黒髪。

 眼光炯々という言葉がまさにピッタリな、蒼色の獣っぽい鋭い瞳。

 

 精悍な印象を受ける凛々しい顔付きは、叔父のライアンの面影を感じさせた。

 あの日、あの時………自分を助けてくれた少女がこの7年間、同じ学舎で過ごしてきた親友だったのだと、断髪したフィールを見てハリーはようやく思い出した。

 

「その顔………やっと思い出してくれたか」

「ほ、本当に………? あの女の子は………フィールだったの?」

「嘘だと思うなら………証拠付ける物があるぞ。ハリー、ちょっと後ろを向け」

「え?」

「いいから早く」

 

 急かされたハリーが慌てて後ろを向き、言われた通り動かずに居ると、

 

「わっ………!」

 

 頬に冷たい何かを当てられた。

 振り返って見てみると、そこには何処からか取り出したコーラ缶を手に微かに口角を上げてフィールが笑っていた。

 

「驚いたか?」

 

 再び重なる、過去と現在の言葉。

 フィールの微笑みとその手に持つコーラ缶に、半信半疑だったハリーはこれで確信を持つ。

 

「遅れたけど………誕生日おめでとう」

 

 祝いの言葉と一緒にフィールはハリーにコーラ缶を差し出す。

 ハリーは「ありがとう」と言って受け取ろうとしたが………最後に何かを思い出したのか、寸前で手を引っ込めた。

 

「あ、待ってフィール。渡すのは後にしてくれないか?」

「は? なんでだ?」

 

 首を傾げたフィールに、今度はハリーが言う。

 

「約束しただろ? 今度会ったら、僕が君にコーラを奢らせてくれって」

 

 ハリーの言葉に、記憶を辿ったフィールは納得した表情になる。

 

「ああ………そういや、そんな約束したな」

 

 と言う事で、公園を出た2人は近くにあった自販機に寄り、ハリーはボタンを押してコーラを購入する。ゴトンと音を立てて落ちてきた赤い缶を自販機から取り出したハリーはフィールと交換すると、プルタブを開け、

 

「「乾杯」」

 

 と缶を軽く当て、笑い合いながら口をつけた。

 炭酸特有のシュワシュワが口内で広がり、冷たくて甘い味が喉の奥で爽快に弾ける。

 よく冷えたコーラを喉に流しながら、ハリーはフィールの笑った顔を見て、やっと曖昧だった記憶を思い出せたと、同時に約束も果たせて胸中は満足感に満ちた。




【激怒&号泣クリミア】
よくよく考えてみればクリミアがあそこまで怒った事や泣いた回数って結構少ない?

【断髪したフィール】
この日の為にずっと前から温めておいた瞬間、遂に迎える事が出来ました。

【ハリーの誕生日と更新日時】
まさか7月31日にちょうどハリーの誕生日を祝う回にもなるとは少々ビックリ。

【まとめ】
今回はフィールさん断髪するの回でした。
女性が過去を断つのに髪を切ると言うのをどっかで見掛けて、断髪する事でハリーにプロローグの事を思い出させるのと同時にそういう意味合いも込められるなと、作者としては好都合だらけです。
いつかキャラの誰かを思い切って断髪させようと企てていた事項が叶って大満足です(*´ω`*)。
さっぱりとフィール、決意を新たにしたハリーが今後どのように活躍するのか。
#112に続きます。
また見てね、バイバイ。


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#111.追走劇

【アンケート調査の結果】
第1位:スリザリン(30票)
第2位:レイブンクロー(17票)
第3位:グリフィンドール(16票)
第4位:ハッフルパフ(6票)

毎度の事ながら投票してくださった読者の皆様、ありがとうございます(*´ω`*)。


 魔法大臣ルーファス・スクリムジョール死亡。

 魔法法執行部部長パイアス・シックネス、魔法大臣に就任。

 そして―――イギリス魔法省陥落。

 

 絶望的としか言い様が無いこれ等の凶報は、イギリス魔法界がヴォルデモートの手に堕ちたと言っても最早過言ではない。

 遂に英国魔法界に住む住民全員が恐れていた最悪のシナリオが完成してしまったのだ。これで絶望視するなと言う方が無理な話である。

 公式には辞任とされたスクリムジョールの後任シックネスは魔法省陥落前に死喰い人のヤックスリーに『服従の呪文』を掛けられ、ハリー・ポッターの指名手配やマグル生まれ登録委員会を設立するなど、今でもヴォルデモートの傀儡に利用されていた。

 ヴォルデモートを筆頭に闇の陣営がイギリス魔法省を掌握して以降、事態は以前にも増して猖獗を極める一方だ。

 

 街の至る所に死喰い人や吸魂鬼、人攫いがうじゃうじゃと蔓延り、今日も何処かで恐怖に凍てつく悲鳴と血飛沫が上がる。

 人攫いとは、マグル生まれの魔法使いを捕らえて魔法省に差し出し報酬を受け取る更生不可能な輩達の事だ。これまで人攫いに身柄を確保されたマグル生まれの者達は皆「魔法使いではなく、魔法使いから杖を奪うなどした人々」と言う実際とは食い違う意味不明なレッテルを貼られ、理不尽過ぎる不当な裁判を受けて最後には吸魂鬼の餌食にされる末路を辿ったり、場合によってはアズカバンに投獄された。

 その負の連鎖は連日連夜延々と続き、留まる事をまるで知らないかのようだ。

 

 平和と安寧からの闇と死と恐怖のドン底。

 あちこちで発生する惨殺事件に拉致。

 心休まる時間は1分1秒も与えられない。

 安全な場所はもう何処も存在しない。

 情勢が刻一刻と変化していく度、日に日にストレスばかりが解消も発散もされず蓄積していく人々の一部、特にホグワーツに通う子供を持つ保護者はどうしようもない不条理への怒りをぶつけるように、今年の下校中、愛する我が子が乗っていた特急が奇襲される要因となった2人―――ハリー・ポッターとフィール・ベルンカステルに対し敵意を抱くようになった。

 

 この2人さえ居なければ、乗っていなければ、自分の大切な子供はあんな目に遭う必要はなかったのに。怪我をして聖マンゴに入院する事も、またそのせいで再び襲撃される事もなかったのに。

 全てアイツらのせいで、我が子は………!

 自分の子供が第一な親にとって、その子供が襲われる原因となった元凶を許せるはずがない。

 

 例えそれが、この未曾有の脅威に脅かされている魔法界を救う希望だったとしても。

 親の立場に立つ彼等からすると『生き残った男の子』や『蒼黒の魔法戦士』より子宝こそが、他に代え難い一条の光なのだ。

 周りが何と言おうと、我が子が1番である事に変わりはない。

 これ以上2人の存在が無関係の我々に危害を及ぼすと言うのなら、どんな手段を使ってでも取っ捕まえて闇の陣営か魔法省に引き渡し、自分達には一切手を出さないよう約束して貰おう。

 四六時中戦慄する日々なんて、もう沢山だ。

 度を越した恐怖や不安のあまり助けを熱望する住人は1人、また1人と、盲目から来る狂気に頭も心も染まっていく。

 闇の帝王打倒に意気込む少年少女の身に、乱心者の牙が人知れず剥こうとしていた。

 

♦️

 

 数多の吸魂鬼が吐き出す冷気によって充満した冷たい濃霧に覆われる市街。

 暗雲が立ち込める高層ビルの屋上に、1人の魔女が立っていた。

 つい最近までロングだった黒髪はさっぱりとした印象のショートカットになっており、女の子であると言われなければワイルドな少年と見間違えそうになる容姿だ。

 彼女は白いワイシャツの上に黒のジャケットを羽織っていて、ジャケットと同色のスカートを着用し、黒のネクタイを絞めていた。靴は移動しやすいキャンバスシューズを履いている。

 猛々しい叔父の面影を感じさせる精悍な顔付きと目付きをした黒髪蒼眼の魔女―――フィール・ベルンカステルは眼下に広がる凄惨な光景に嘆息し、どんよりとした空模様を仰ぎ見た。

 

(これで、一体何人目なんだ………?)

 

 マグル生まれ狩りを楽しむ人攫いを成敗したのは。

 もう両手の指では数えられない程征伐した。それこそ両足の指も含めて、マグル生まれや純血じゃない魔法使いを連行・殺戮する闇の魔法使い達を撃攘してきた。

 しかし、ムーディ達はこれ以上に敵を打ち倒してきたのだろう。

 終わりが見えない『逆狩り』に、フィールはどうしてコイツらはこんな目先の欲望の為だけに同じ人間を平気で苦しめられるのかと、この世界に失望したかのような瞳で灰色の空に問う。

 クラウチとの激戦で負った深傷は完治した。

 記憶喪失の影響で一時期魔法を一切使用してこなかったフィールは錆び付いた腕を元通りにするべく、時折ライアンやシリウスが組み手に付き合ってくれた事もあり、猛スピードで鍛え直した彼女は思ったよりも早く主戦力として現在大活躍していた。

 それでもまだまだ全盛期の力や感覚は完全には回復していないと本人は猛省し、実戦の勘を1日でも早く取り戻す為にも、こうして自ら戦場に出て危険と隣り合わせな争闘を繰り広げ、レスキューを続けている。

 が、被害は一向に収まらない。むしろ拡大していくばかりだ。

 いつになれば世界は平穏無事になるのだろうとフィールが半ば疑心を抱いた時、

 

「? なんだ?」

 

 スカートのポケットの中に仕舞っている『両面鏡』が相手からの連絡を報知して反応した。

 フィールはポケットから両面鏡を取り出す。

 切羽詰まった様子のクリミアの顔が鏡に映り、フィールは怪訝な表情を浮かべた。

 

「クリミア? どうしたんだ?」

『手短に言うわ。フィール、ハリーを匿っていた隠れ穴が襲撃されたのよ』

「なんだって!? それで、ハリー達は無事なのか!?」

『ええ、ちょうど私の近くに居たから、襲撃者を撃退しつつベルンカステル城まで「付き添い姿現し」して避難させたわ。勿論、ハーマイオニー達も無事よ。今は鎮圧し終えて後片付けに取り掛かっているらしいわ』

「そうか………で、襲撃してきた死喰い人の連中はどうしたんだ?」

『………………』

「………クリミア?」

『………フィール。残念な報告だけれど、今回襲撃してきたのは死喰い人じゃないわ』

「は? 死喰い人じゃない? じゃあ誰が? まさかヴォルデモートか?」

『いえ………ヴォルデモートでもないわ』

 

 益々フィールは訳が分からない表情になる。

 隠れ穴を奇襲したのは死喰い人でもなくヴォルデモートでもない? じゃあ他に一体誰が襲来したと言うのか?

 謎が謎を呼ぶ今回の襲撃事件の犯人は誰なのかとフィールが問うと、「落ち着いて聞きなさい」と前置きして、クリミアは答えた。

 

『イギリスに住む魔法使いの集団よ。誰かがこんな事を叫んでたわ。「ハリー・ポッターとフィール・ベルンカステルは何処だ? 居たら取っ捕まえて魔法省か闇の陣営に受け渡してやる! そうすれば俺達は安全だ!」と。連中は頭のネジが外れて錯乱した様子だったわ。フィール、今すぐ任務は中断して城に戻って来なさい。アイツらに捕まったら何されるか分かったものじゃないわ』

「………分かった。今からそっちに向かうから、もう少し待っててくれ―――ッ!?」

 

 予想の斜め上に飛んだ衝撃的な返答に思考が停止し掛けたフィールは混乱しつつも即座に状況を把握し、ベルンカステル城に帰還しようとした直後、背後から感じた魔法の気配にサッと伏せる。

 塔屋に穴が幾つもの穿たれ、破壊された破片が頭やジャケットの背中のに降り掛かってきた。顔を上げたフィールは閃光の発進場所に眼を走らせる。

 知らぬ間にビルの屋上に居た数人の魔法使いが凄まじい形相で杖先をこちらに向けているのが見えた。まるで長年追い求めた犯罪者を前にした警察のような相貌で、フィールを睨め付ける。

 

「見ず知らずの他人に魔法を撃ってくるなんて何のつもりだ?」

 

 コイツらがクリミアの言ってたグループかとフィールは警戒しながら、確認の為杖を前に構えながら不意討ちを狙った彼等に訊く。

 

「貴様は俺達の事を知らないだろうが、俺達は知っている。フィール・ベルンカステルだろ?」

「だったら何だって言うんだ? お前らが私を知っていようがその逆だろうが、こんな真似する意味が分からないんだけど」

「白々しい事を! 貴様らのせいで俺達は毎日地獄を味わってるのだぞ!」

「は? それこそ意味分かんないんだけど。私がいつ、お前らを苦しめたって言うんだ?」

「今年ホグワーツ特急が死喰い人に襲撃されたのは知ってるよな? その汽車の中には俺達の子供も乗っていたんだぞ! 万が一殺されたらどう責任を取るつもりだ!」

 

 鼓膜を震わせる程の大声で糾弾する男にフィールは「ああ、そういう事か………」と自分やハリーに執着する理由をなんとなく察した。しかし、理解したところでこのような行為を許容出来るかと言われれば、言うまでもなくNOだ。

 

「お前らの言いたい事は大体分かった。だけど、だからと言って私やハリーをアイツらに受け渡す理由にはならないと思うけど? 私達のゴールは同じ、ヴォルデモートと闇の陣営の撲滅だ。目先の事に囚われて討つべき敵を見誤らないで貰いたい」

 

 フィールはなるべく穏便に済ませようと努めて物腰柔らかく言ったが、悲しいかな、激昂する男達の耳には全く届かない。

 

「貴様の忠告など興味無い! 貴様は我々の討つべき敵だ!」

 

 その言葉が合図で、男達の攻撃が開始した。

 

アバダ・ケダブラ(息絶えよ)!」

クルーシオ(苦しめ)!」

 

 ヒトに対して使用が禁じられている『死の呪文』と『磔の呪文』がフィールに襲い掛かる。

 アズカバンで終身刑を受ける事になる―――現状を考えれば投獄したところで最早無意味に終わるだけだが―――許されざる呪文を何の躊躇も無く唱えてきたヤツらに話し合いは到底無理だと判断したフィールは、咄嗟に黒ジャケットを翻して避けた。

 ジャケットの裏面に穴が開き、それを投げ捨てたフィールはスカートのポケットからインスタント煙幕を出してそれを投げ付けると、ダッシュしてビルから飛び降り、高速で『姿現し』して次から次へと建物の屋上を飛び移る。

 

「くそっ! ………クリミア、言ってる傍からこっちも奇襲された! 今は全力で逃走してる!」

『なんですって!? それは本当なの!?』

「ああ、マジだ。クリミアはこの事をダンブルドアに報告してくれ! こればかりは私も手に負えない! あの人が収拾を図ってくれなきゃ、甚大な内戦が勃発する!」

『分かったわ! どうにかして貰えないか、ダンブルドア校長に相談してみるわ! 貴女は気を付けて、早く戻って来なさいよ!』

「言われなくても分かってる!」

 

 両面鏡をポケットに仕舞ったフィールはチラッと背後を振り返り、煙幕の効果が切れた途端、ハイスピードで『姿現し』を繰り返し絶え間無く呪文を発射しながら接近してくる襲撃犯共に舌打ちする。気持ちを切り替えたフィールは片流れ屋根の傾斜を利用して身体を滑らせ、宙に放り投げ出された瞬間、即座に魔法を用いて巧みに躱わし翻弄させる。

 それでも追跡は止まらない。

 身体に触れるか触れないかギリギリなところで呪いを帯びた光線がスレスレで飛来して来る。

 煮えを切らしたフィールはイラッと振り向き、背面に気を配りながら杖を振るって追っ手を次々と撃ち落とした。

 念のため墜落していく魔法使いが死亡しないよう『クッション呪文』を落下地点に掛けてやる。

 最後の1人を撃墜させたフィールはニヤリと笑い、他に追っ手が居ない事を確認するとすぐさま『姿現し』でベルンカステル城に生還した。

 城内のリビングにダイレクトに現れた為、クリミアと一緒に避難したハリー達は少々ビックリしたが、現れたのがフィールだと知ると、ホッと胸を撫で下ろした。

 

「………どうやら皆無事みたいだな」

「貴女の方も、見た感じ無傷ね」

「結構危なかったけどな………」

 

 ソファーに腰掛けたフィールは背もたれに身体を預け、眼を閉じる。

 すると、彼女の前のテーブルにミルクティーが入ったグラスが置かれた。クリミアが淹れてくれたものだ。

 瞼を開いたフィールは「ありがとう」と言い、ミルクティーを一口飲んで一息つくと、先程の追走劇を語り始めた。

 一連の出来事を聞き及んだハリー達はしかめっ面になる。

 

「フィールに言われた通り、ダンブルドア校長には全て伝えといたわ」

「校長はなんて言ってたんだ?」

「分かった、ではこちらの方で対処するから、ハリーとフィールは下手に外には出ず城で待機してろ―――って応答が来たわ。ダンブルドア校長の指示に従って、貴女とハリーは暫く此処に居なさい。いいわね?」

 

 フィールとハリーは素直に頷く。今回の2件の襲撃が2人を確保する事であるならば、下手に街をうろちょろする訳にはいかない。それだけ捕まるリスクが高くなるし、その分騎士団の負担が大きくなるからだ。

 

「全く………正直、襲撃してきたヤツらが死喰い人だったら、迷う事無く殺ったけど、相手がそうじゃないんじゃ、殺ろうにも殺れないな。後々批判受けんのもヤダし。ま、次襲撃してきたらでいいか、ヤツらの息の根を止めるのは」

「フィールって、たまに物騒な事さらっと言うよね………」

「本音を言って何が悪い。言っとくけど私は相手が先に手を出してきたら一切の遠慮はしないタイプだからな。あっちが最初に殺そうとしたんだ。だったらそうなる前に殺る。そうでもしないと今のご時世生き残れるかっての」

 

 肩を竦めたフィールは何て事無さげに言う。

 なんだろう、最近フィールがだんだん容赦と言うものを覚えなくなってきたと感じるのは。

 とてもではないが、入学当初では言わなそうなセリフが飛び出してくるのが当たり前になっている気がする。

 それだけ現状が厳しいと言う意味だろうか?

 どちららにしろ、あまりフィールらしいとは思えないなと本人の手前、口には出さなかったがハリー達の思考が見事にシンクロした時、

 

「まあ………そういう荒々しい気分も、アンタ達の顔見てたら自然と鎮静化されるのだけどね。ありがとう」

 

 フィールがふわりと笑った。

 ついさっきまでの不機嫌そうだった面持ちからは想像がつかない程の穏やかな微笑みで、口調もそれに合わせて柔らかくなっている。

 ハリー達はその変わり様に眼を点にしたが、程無くして、「前言撤回」と心の中で呟き、やっぱりフィールはフィールだったと、これまた見事に意見がシンクロしたのだった。

 

 その後は暇潰しと気分転換を兼ねて、皆で遊ぶ事にした。フィールが居ない間に粗方敷地内の案内や説明は済んでいたらしく、最初こそ驚嘆していたハリー達だったが、今はそれほど一驚せず、自家用庭園に完備されているプールやクィディッチコートで遊興に耽る。

 一定の範囲内には紫外線防止の結界やありとあらゆる強力な防衛呪文・安全対策が幾重にも重なって張られており、更には現当主であるフィールが秘密の守人で追加の保護策を講じている。

 よってフィールとその彼女に認められて尚且つ居場所を教えて貰った者以外、位置探知は不可能で立ち入りも一切出来ない。ハリー達が此処に居るのもフィールが出入りを許可している人物の1人であるクリミアだから連れて来られたのだ。フィール自身が認めているのもあり、今日からハリー達も新たにこの城の訪問を容認された。

 暫くは皆で遊び呆けていると、不意に今にも雨が降り出しそうな空の彼方に僅かな光が見えた。

 よく見るとそれはペガサスで、イーサンの守護霊は物凄い速さで近付き、城の周囲を覆う防護魔法を通り抜けると、ペガサスはフィール達の周囲に降り立ち、伝言を伝える。

 伝言の内容は隠れ穴の後片付けが終了したとの事だった。襲撃前と何ら変わらず普通に生活出来るくらい建て直したと言ったので、ウィーズリー兄妹は特に安堵した様子だ。

 伝言を伝え終えたペガサスはフッと消える。

 白い残像を残しながら消滅した守護霊に、ハリーはふと、フィールに訊いた。

 

「あのさ、フィール。フィール達は『守護霊の呪文』で連絡を取り合ってるんだよね?」

「ああ、そうだが」

 

 不死鳥の騎士団のメンバーは守護霊を用いて連絡を取り合っており、このような使い方を知っているのは彼等だけだ。守護霊を使う理由は、闇の魔法使いの影響に対する抵抗力が強い事、物理的な防壁に邪魔されない事、そしてそれぞれの守護霊は他の守護霊とは全く異なっているので、騎士団の誰が送ってきたのか一目で分かり、しかも他人の守護霊を召喚する事は誰にも出来ないので、メンバー間に偽りのメッセージが紛れ込む心配が無いからだ。

 術者によって形状が相違する高位呪文だからこそ可能なこのコンタクトの取り方は、大いに役立っている。

 上記の通り創り出す魔法使い次第で守護霊のフォームはまちまちで、ダンブルドアは不死鳥、弟のアバーフォース・ダンブルドアは山羊、ミネルバ・マクゴナガルは動物もどきと同じ眼の周りが縞模様の猫、セブルス・スネイプは雌鹿、キングズリー・シャックボルトはオオヤマネコ、シリウスはマクゴナガル同様自身の動物もどきと同じ大きな犬、ルーピンは狼、アーサーはイタチ、モリーは馬だ。補足として、『守護霊の呪文』は精神的な動揺や強い衝撃で形が変わる事がある為、ルーピンを愛したニンファドーラ・トンクスの守護霊はジャックウサギから彼と同じ狼に変化した。

 

「前にフィールが熟練者になれば伝言の伝達も可能だって言ってたのを思い出してさ。僕達と同い年のフィールがあの人達とそこまで出来るのは、やっぱりスゴいなって。それにさ、フィールは『守護霊の呪文』のアレンジも編み出したんでしょ? えーと、確か『破滅(アグレッシブ)守護霊』だっけ? 吸魂鬼も殺傷してしまうって言う」

「あと『破魔(ディフェンシブ)守護霊』があるのも忘れるなよ」

「『破魔守護霊』は守護霊が衣になってありとあらゆる攻撃から身を護ってくれるんだっけ?」

「ああ、そうだよ。『破魔守護霊』は『破滅守護霊』と違って身体に掛かる負担が激減するから、通常時のバトルではこっちの方が便利で有利かもな。『破滅守護霊』はここぞと言う時の隠し球として取っておいた方がいいと開発者の私はそう考えてる」

「じゃあさ、身体に掛かる負担って軽くする事は出来ないの?」

「更々無い訳ではない。誰でも負担を軽くする方法は死ぬ程鍛練して身体が慣れる事だな。地味で時間も掛かるが、まあこれも1つの手だ。でも1番最善なのは、魔力を上げる事かもな」

「魔力を上げる?」

「そうだ。魔力の量や質は上がれば上がる程、その分高度な魔法も容易に扱える。ヴォルデモートやダンブルドアを見れば一目瞭然だろ?」

「で、でもあの2人は特別なんだ。平凡な僕達には、とても無理だよ………」

「ところがどっこい、それが可能なんだよな」

 

 ニヤッと笑って見せたフィールは、「どういう事?」と首を傾げるハリーに説明した。

 

「世の中には患者に気を送り込んで治療する気功師が存在する。それと同じ原理で、私達魔法使いも人から人に魔力を送り込む事が出来るんだ。そうすれば、例え平凡な魔力の持ち主であっても強大な力を瞬時に得られる。とは言え、説明するよりかは実際にやって実感した方がアンタも分かりやすいだろ」

 

 そう言ってフィールは杖をハリーに向けると、ハリーに自分の魔力を送り込んだ。

 瞬間、ハリーは自分の中に流れ込んでくるパワーを感じ取る。身体中に力がみなぎり、充実感と満足感に全身が満たされた。

 

「こういう事だ。分かっただろ?」

「うん。なんと言うか、こう、今の杖を初めて手に取った時と似た感覚だった」

 

 頷いたハリーは、閃いたようた顔になる。

 

「あれ? でもさフィール、だったらなんで、皆はあまりやらないの?」

「アンタも送る側になれば分かるけど………これがかなり疲れるんだよ。魔力を他者に送り込むのは送る側の人間が体力や気力をそれだけ消耗するからな。代償は当然ある。それにいくら絶大な威力を誇る力を得たとしても、その力をコントロール出来なければ意味は無いし、下手すると周囲を破壊し尽くしかねない。だから、束になって掛かっても勝てない時やどうしようもない時にのみ、1人の魔法使いに他の魔法使いが魔力を託し、その一撃に全てを賭ける―――と、私は考えてる。人間何事もムダで終わらせたくはないからな。そう考えるのも仕方ないかもしれないけど、まあどう思うかは好きにしてくれ。人の価値観なんて押し付けられないからな」

 

 ハリーの肩に手を置いたフィールは彼の横を通り過ぎる。

 手を置かれた感触とその重みに思わず左肩に触れたハリーは後ろに振り向く。

 『守護霊の呪文』を唱えたフィールが白銀の狼とじゃれ合う、年相応の面を覗かせる姿がハリーの視界に映った。




【没シーン:皆でかくれんぼ】
クリミア(鬼)「フィール見付けた」
フィール「うっそもう見付かったの!?」
クリミア(鬼)「あ、ハリーも見っけ」
ハリー「見付けるの早くない!?」
クリミア(鬼)「そりゃこの城に住んでるんだもの、城内は全て把握してるわ」
ハリー「さ、流石クリミア………」
ハーミー&ウィーズリー兄妹(((なんかスゴい盛り上がってるな………)))

【我が子の為ならば魔法界の希望も敵と見なす】
それが逆に自分達をDeadに導くとは知らない。

【許されざる呪文】
魔法省が陥落した今そんな法律は成立してない。

【魔法使いの戦闘】
早い話シューティングゲーム。

【追跡者全員撃墜】
フィール「フッ(笑)」

【自発的には手を出さないタイプ】
フィールは基本自分から暴力はしない。
相手が先制攻撃してきたところを倍返しする。
これぞまさしく『正当防衛』。

【シリウスの守護霊】
シリウスの守護霊は明記されてませんが、まあ優秀なシリウスなら守護霊くらい有体で創れるだろうと彼の守護霊は動物もどきと同じ大きな犬。
そういえば1回さらっと出しましたね。確か7章1話目で。

【魔力を他者に送り込む】
この世界なら普通に出来るんじゃないかな。


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#112.決戦前夜

※9/16、一部修正


 1997年9月1日、午後。

 その日、英国魔法界に住む魔法使い・魔女は大人も子供も関係無しにホグワーツ魔法魔術学校の大広間に集っていた。その全てが、秩序の役割を失った魔法省の役人による拉致やヴォルデモート卿率いる闇の陣営からの殺害を運良く逃れて辛うじて生き残った者達の集団だ。その中には母校の危機を聞き付けて駆け付けてきた卒業生も多数含まれている。

 ホグワーツに在校する生徒を持つ保護者は、この場に居る黒髪の少年少女―――ハリー・ポッターとフィール・ベルンカステルを憎々しげに睨み付けている。

 一部集団で2人を捕らえて魔法省か闇の陣営に引き渡そうと企てていた彼等の陰謀はアルバス・ダンブルドアと言う今世紀で最も偉大な魔法使いによって鳴りを潜め、ハリーとフィールは追われる立場が最近になって解消された。

 しかし、それでもやはり2人に対する憎悪や殺意は未だに燻ったままなのだろう。火に油を注ぐように、彼等の拭い去れない負の感情の爆発を促進させるかのように、突如ヴォルデモートの声が大広間中に響き渡った。

 

『―――お前達が戦う準備をしているのは分かっている。何をしようが無駄な事だ。俺様には敵わぬ。可能であれば、俺様はお前達をなるべくは殺したくはない。俺様はお前達に、ホグワーツの教師に多大な尊敬を払っているのだ。魔法族の血を流したくはない』

 

 甲高くて冷たい、それでいて聞く者の心を恐怖で震わせる声。何処から聞こえてくるのか分からないその声に生徒は勿論大人さえも悲鳴を上げ、何人かは互いにすがりつきながら、声の出所は何処かと怯えて周囲を見回す。

 するとダンブルドアが全員に聞こえるように声を張り上げて皆落ち着くよう呼び掛け、この世で最も頼もしい魔法使いの存在を思い出した彼等はハッと一斉に静まり返った。

 奇妙な静寂に覆われるホグワーツの大広間。

 しかしまたしてもヴォルデモートの声が、落ち着きを取り戻していった魔法使いの耳朶を打つ。

 

『ハリー・ポッターを差し出せ。そうすれば、誰も傷付けはせぬ。大人しく引き渡せば、学校には手を出さぬ。もう一度言うぞ。ハリー・ポッターを俺様に差し出せ。そうすれば、お前達は報われる。―――明日の午前0時まで待ってやる。俺様は寛大だからな。この俺様に無謀にも歯向かおうとする者は誰であれ命が無いと思え』

 

 最終通告及び正真正銘これが最後の猶予期間が宣告された瞬間、何万何十万と言う視線がハリーに注がれた。

 ギラギラとした目線が、彼をその場に釘付けにする。やがて誰かが震える腕を上げ、ハリーを指差しながら甲高いキーキー声で喚いた。フィールやクシェルの同級生パンジー・パーキンソンだ。

 

「何してるの? 早く誰かポッターを捕まえなさいよ!」

 

 パンジーの訴えに、彼女の親族や同意の大人達はハリーを取り押さえようとワッと動き出す。

 が、ハリーを護るかのように、誰よりも早く真っ先に彼の前に立ち塞がった少女が居た。

 フィール・ベルンカステルである。

 フィールは鋭い目付きでハリーに近付いてくる魔法使い・魔女を縛り付けた。色白の両手には、杖が2本握られている。

 

「彼を捕まえようとするのであれば、私はそいつを敵と見なす。死にたいヤツから前に出ろ」

 

 まるで女版ヴォルデモートを前にしたかのような、威光が孕んだ低音ボイスと彼女の全身からぶっ放される濃厚な殺気に、急停止した一団は冷や汗がダラダラと流れる。

 フィールの姿に感化されたのか、クシェルやハーマイオニー、ロン、ジニーなど、ハリーの仲間やシリウス、ルーピンを初めとする不死鳥の騎士団の団員、闇祓い達が次から次へと彼を捕獲しようとした同族に向かって立ちはだかった。

 ハリーは感激し、厳粛な思いに打たれる。

 まさに一触即発。

 だがそれは、マクゴナガルの声が振り下ろされた事で打ち破られた。

 

「どうも、ミス・パーキンソン。貴女はフィルチと一緒にこの大広間から最初に出て行きなさい。無論、彼女に賛同した者もです。他のスリザリン生は、その後に続いて出てください」

 

 マクゴナガルの指示に、管理人のアーガス・フィルチはパンジーを連れて1番最初に大広間を後にし、それに続いて彼女の意見に同感だった親族や大人、スリザリン生の殆どが出て行く。後に非戦闘員やヴォルデモートに対抗して死にたくない生徒が全て居なくなった時、大広間に残ったホグワーツ生はある驚異的な場面に眼を大きく見張った。

 なんと、フィールとクシェルを除いて全員が立ち去ったと思っていたスリザリン生が大広間に残っていたのだ。

 グリフィンドール、ハッフルパフ、レイブンクローに属する生徒に比べたら断然少数だが、それでも数十人、此処に残留していたのだ。

 信じられないと言う表情で、眼差しを恐怖の色に滲ませ、しかしそれでも逃げなかったスリザリン生数十人を見つめる。

 だがハリー達は分かっていた。

 このスリザリン生達が、一体誰なのかを。

 フィール・ベルンカステルの指導の元、来るべき日に備えて密かにヴォルデモートに反抗する力を付けてきた、勇敢なる戦士達である事を。

 

「………やっぱり、アンタ達に防衛術を教えたのは間違いじゃなかったな」

 

 目元を和らげ、微笑んだフィールは歩み寄る。

 クシェルも隣で頷き、一緒に歩みを進めた。

 2年前結成した秘密結社―――『SS(スリザリン戦隊)』を設立したダフネ・グリーングラスとその妹のアステリアの隣にフィールとクシェルは立ち、彼女達の周りに離脱しなかったスリザリン生総員が整列する。

 そしてハリー達以外何も知らなかったDA(ダンブルドア軍団)メンバーへと振り返ったフィールは、驚愕し呆然とする彼等に向かって声高らかに宣言した。

 

 

 

「私達はスリザリン。どの寮よりも結束力が強い寮に属する志を共にした同志の集い―――それが我らが『SS』だ」

 

 

 

♦️

 

 SSのリーダー・フィールからの宣言が終わった後、ホグワーツ城及び本拠地防衛の為、ダンブルドアを筆頭に教師陣や腕利き闇祓い、騎士団のメンバーが総勢で防御魔法を展開した。

 最強にして唯一の砦を覆う数多の護りの魔法。

 これがヴォルデモートの前では精々時間を稼ぐ事しか出来ないのは全員が重々承知している。

 しかし、何もしないよりかはマシだろう。

 元・ホグワーツ生でハッフルパフ出身のクリミア・メモリアルとソフィア・アクロイド、スリザリン出身のアリア・ヴァイオレットもまた、ホグワーツの防御魔法の強固の為、城中を駆け回って防護呪文を何重も張って強化していた。そのおかげで護りはかなり頑丈に仕上がる。

 決戦に備えて力をセーブするべく一息ついたクリミアとアリアは、ふと今居る場所が何処なのかを思い出し、顔を見合わせて苦笑いした。ソフィアは「?」と首を捻る。

 

「2人共、どうしたの急に」

「あ、いや………そういえば、此処で1回死に掛けた事あるなって思い出して、それで」

「ええ、本当………」

 

 クリミアとアリアは遠い眼で廊下を眺める。

 過去の映像を映した瞳で、2人は全く同じ事を回想した。

 

♦️

 

 それは今から9年前の1988年、クィディッチ初戦終了後に起きた出来事。

 当時まだホグワーツに入学したばかりの新1年生だったクリミア・メモリアルとアリア・ヴァイオレットは2人で広大な城内を散歩していた。ちなみにもう1人の親友ソフィア・アクロイドは寮の談話室で課題消化に励んでいた為、一緒には居なかった。

 入学した次の日の初日の授業・妖精の魔法で知り合い後に友人となったクリミアとアリア。

 しかし、スリザリンに所属するアリアは当時、ハッフルパフに所属するクリミアと友人関係を持つ事に一抹の不安を感じていた。

 方や学校中の人気者、方や学校中の嫌われ者。

 所属寮の相違や他寮からの評判、風当たり等が違う者同士、この頃はまだ現在みたいに『頼れる先輩』ではなく気弱でヘタレだったアリアはスリザリン生である自分と一緒に居る事でクリミアの名声に傷を付けないか、常に懸念していたのだ。

 

 そしてその危惧は最悪な形で的中した。

 

 ちょうどこの時、グリフィンドール生の殆どが酷く不機嫌だった。その理由は、今年も迎えたクィディッチシーズン初戦、グリフィンドールVSスリザリンにある。

 当時2年生で新米キーパー、オリバー・ウッドが頭にブラッジャーを喰らい医務室で寝た切りの状態になり、勝敗もスリザリンの圧勝で呆気無くゲームは終了。

 ルーキーにブラッジャーを当てて大怪我を負わせたスリザリンのクィディッチチームに、グリフィンドールのクィディッチチームは勿論の事、試合結果も加わってグリフィンドールに属する生徒は皆激しい怒りと憎しみに燃えていた。

 そのレベルは凄まじく、廊下でスリザリン生とすれ違う度に呪いを掛けんと言わんばかりの殺気の籠った視線を送り、遂にはオリバーと同学年の下級生にさえキツい眼を向けるようになったくらいで、鬼気迫る表情に無関係の彼等は寮に帰るまでは四六時中ビクビクした。何とも不憫である。

 チーム関係無しに『スリザリン寮生』に対し憎悪の念を抱いていたグリフィンドール生。

 ただでさえ機嫌が悪かった彼等はあろう事か、その厭悪の対象となるスリザリン生と一緒に居たクリミアに怒りの矛先を変え、遂に攻撃を開始したのだ。

 劣等生が多いハッフルパフ生のクセに、と並みの1年生を遥かに凌ぐ優等生だったクリミアが気に食わなかったレイブンクローの女生徒と手を組んで。

 

 放課後の自由時間を満喫していたクリミアとアリア。

 その楽しい時間は、突然別れを告げる。

 2人を包囲するかのように彼女達が来た方向以外の全方向の行く手を遮った5年のグリフィンドール男子生徒とレイブンクロー女子生徒。

 それぞれ見覚えのある顔にアリアは怯えた表情を浮かべ、クリミアは震える彼女を庇い護るように後ろに回し、背中に隠す。

 

「皆さんどうしたんですか? そのような怖い顔で私達を取り囲んで」

「メモリアル………どうしてお前、スリザリン生なんかと一緒に居るんだ? お前がオリバーを助けたのは、ただの点数稼ぎの為だったのか!?」

「そんな訳無いじゃないです―――」

「煩い黙れ! 今となっては過ぎた事だが、あの日お前をグリフィンドールに勧誘した事を激しく後悔したぞ!」

 

 そっちから訊いといて黙れとは何事か。

 そう憤慨したクリミアだったが、尋常じゃない様子に危機感を覚える。

 ちなみに彼が言う『あの日』とは、9月1日にホグワーツ特急でオリバー・ウッドとマーカス・フリントが喧嘩していたのをクリミアが仲裁し、結果『お手柄新入生』として入学前から一躍脚光を浴びた出来事を指しているのだろう。

 それはさておき―――。

 5年の男女グループが一斉に懐から杖を抜き出し、切っ先を向けてきた。

 

「スリザリンに入り損ねたハッフルパフ生め! 今此処で俺達が成敗してくれる!!」

 

 その言葉が合図で、上級生数十人による一方的な暴力が始まった。

 

「「「「「「ステューピファイ(麻痺せよ)!」」」」」」

 

 そこそこのスピードで飛んで来る数多の『失神呪文』。予想以上に早かった不意打ちに『盾の呪文』を唱える余裕が無かったクリミアは、

 

「伏せなさい!」

 

 と鋭い声で叫び、アリアの頭を抱えて間一髪のところで回避した。

 頭上で衝突し、激しい火花を散らしながら消滅する真紅の閃光。

 同時、アリアの悲鳴がそれまで静寂だった城の内部に響き渡る。

 

「避けるんじゃねえ! この異常者が!」

 

 激昂した男子は反撃する隙を与えぬようむやみやたらに呪文を撃ち続ける。他の男子生徒も同様に、杖を振るって闇雲に魔法を連射した。

 

プロテゴ・ホリビリス(恐ろしきものから守れ)!」

 

 クリミアは素早く杖を出し、『防衛呪文』を詠唱、目の前に青色の光輝を放つバリアが出現し、自身とアリアの身を護ると、背中越しにアリアに向かって叫ぶ。

 

「アリア! 貴女は早く逃げなさい!」

「で、でも、貴女を置いて1人だけで逃げるなんて出来ないよ!」

「バカ言わないでちょうだい! 此処にいつまでも居たら最悪の場合殺されるわよ! その事が理解出来ない貴女ではないでしょう!」

 

 連中の眼差しは狂気の色で染まっている。

 狂乱している彼等はまず間違いないなくこちらを容赦無く仕留めに掛かってくるだろう。

 ならば、応戦するしかない。

 アリアを護りながら戦うのは不利過ぎる。

 だからこそ、アリアには逃げて貰わねばならない。下手すると彼女までもが殺される可能性が非常に高い、と言うか殺気立つアイツらはどう見ても十中八九殺す気で攻撃を仕掛けてくる。

 

「今から私が目眩まし用の日光を発するわ。連中は突然の強い発光に怯むと思うから、その隙にアリアは逃げて応援を呼んでちょうだい。それまでは何とかして私が時間を稼ぐ。質問は受け付けない。分かったら早く走る準備をしなさい!」

 

 アリアはまだ少し躊躇っていたが、クリミアの必死さに押され、小さく頷く。その間にも、男子生徒達は狂ったように呪文をバリアに叩き込んでいた。

 

「くそっ、くそっ! どうして当たらねえ!」

「アンタ達落ち着きなさい! 闇雲に撃ったところで無駄に体力消耗するだけよ! ここは一箇所に狙いを絞って皆で破壊するわよ!」

 

 流石はレイブンクロー生。

 頭の回転が早く、そして賢い。

 尤も、こんなイジメをする時点で手放しには称賛出来ないのだが。

 女子学生に窘められた男子達は軽く頷き、一旦攻撃の手を止める。

 アリアは来るべき日光に備え、クリミアには背を向ける形で眼を瞑っていた。

 

「行くわよ!」

「「「「「「「エクスパルソ(爆破)!」」」」」」」

ルーマス・ソレム・マキシマ(強き日光よ)!」

 

 最上級生には及ばないものの、5年と言う上級生組の名に相応しい絶大な威力で、クリミアが造ったバリアを破壊した。同時、クリミアは目眩ましの強烈な日光を発する。

 

「うおっ!?」

 

 案の定連中は突然の強い発光に目元を覆い、無防備な状態となった為、

 

「クリミア、絶対に死なないでよ!」

 

 とアリアは言って、クリミアの覚悟を無駄にしてはいけないと、全力でその場を後にした。

 アリアの足音が徐々に遠ざかっていく。

 完全に聞こえなくなると、大分視力が回復したのか、凄まじい形相で5年の男女はゾンビのように次々と呪文を撃ちながら接近してきた。

 いや、これならまだゾンビの方がマシだ。

 1年を相手に襲撃してきたあちら側はこちらを傷付けるのに遠慮は要らないが、優しいクリミアはとても傷付けづらいのだ。

 

「貴方達、もう止めなさい! 無益な戦いからは何も生まれないわよ!」

 

 半透明の障壁を展開しながらクリミアはどうにかして正気を戻そうと呼び掛ける。

 躊躇するアリアの手前、先程はあのような事を言ったが、本当は生徒同士で殺し合いなどしたくない。

 あっちが加害者でこっちは被害者とは言え、争い事を好まぬ性格のクリミアは同じ学舎に通う仲間をなるべくは傷付けたくなどなかった。

 しかし、クリミアの訴えも、我を忘れている先輩方の耳には届かない。

 

「うるせえキチガイ野郎が! 大人しくボコられろ!」

 

 どっちがキチガイ野郎なんだか。

 もしも第三者が此処に居たらきっとそう言っただろう。

 話し合いによる解決は最早不可能と判断したクリミアはやむを得ず、応戦する事を今度こそ決意し、迷いを振り切る。

 

インペディメンタ(妨害せよ)!」

 

 バリアを解除したクリミアは『妨害呪文』を放ち、真っ正面の大柄な生徒を吹き飛ばす。後ろに居た生徒は不運にも巻き込まれ、下敷きになってしまった。

 難を逃れた者をクリミアはバリアを上手く使いながら冷静に片っ端から片付けていく。

 暫くは呪文の応酬が続いたが、至近距離になると趣向が変わり、格闘術も交えての接近戦となった。

 男子生徒の右フックが飛んで来る。

 威力、精度、スピード、どれを取っても脅威に値するそれを落ち着いてはたき落とすと、次は右ストレートが顔面に放れた。

 が、咄嗟に身体を屈め、躱す。

 この流れからアッパーが来たらマズい。

 背後に飛びすさろうとしたクリミアだったが、その彼女目掛けて男子生徒はタックルした。

 尻餅をつき、マウントポジションを取られたクリミアの左頬に彼は一発拳を叩き込む。

 

「かはっ………!」

 

 頬を殴打され、口の端が切れて血が滲んだ。

 痛みに顔をしかめる彼女に、男子生徒は更なる暴行を加えようとする。

 

「もう一発―――」

 

 が、クリミアは俊敏な動きで膝蹴りを鳩尾にかました。まさかこの状態で反撃されると思わなかったのか、油断し切っていた男子生徒は軽く吹っ飛ぶ。殴られた頬を押さえながらクリミアは立ち上がろうとしたが、

 

エレクト(立て)!」

 

 自力で起き上がる前に別の生徒に無理矢理立たされ、

 

デパルソ(退け)!」

 

 『呼び寄せ呪文:アクシオ』の対極呪文で吹き飛ばされた。後ろにブッ飛んだクリミアは城壁に身体が強かに叩き付けられる。その衝撃で息が詰まり、意識が一瞬遠退いたクリミアは前のめりに倒れ掛かった。

 

レダクト(粉々)!」

インセンディオ(燃えよ)!」

 

 追い打ちを掛けるよう、『粉々呪文』と『燃焼呪文』が炸裂する。あばら骨と肋骨を砕かれ、右手に火傷を負わされたクリミアは『磔の呪文』と匹敵するであろうそれだけの激痛に感覚が狂い、床に倒れ込んで喀血した。

 

(…………ラ………シェ…ル………………)

 

 脳裏に浮かび上がる、見慣れた少女と瓜二つの銀髪紫眼の少女。

 彼女もまた、奇襲してきた多数の吸魂鬼を相手に友を護るべく孤軍奮闘した。

 しかし、年端も行かぬ童女だった彼女は存在するだけで精神攻撃が可能な闇の生物を前に敗れ、敗北の証として魂を喰われてしまった。

 抵抗出来ず、ただ魂を吸われていくだけの身になった時、果たして彼女はどんな気分だったのだろうか。

 悲しかったのだろうか。

 悔しかったのだろうか。

 今となっては………それを知る術は残されていない。

 意識が、薄れていく………。

 このままでは………自分は死ぬ。

 もう2度と、友人達や家族と会えなくなってしまう。

 そんなのは………絶対にイヤだ。

 でも、身体は言う事を聞かない。

 ダメージを負い過ぎたせいで、力が入らない。

 己の無力さをクリミアは呪う。

 そうして、身動きが取れなくなった彼女にトドメが刺されそうになった、次の瞬間。

 

 

 

「お前ら、そこで一体何してるんだ!」

 

 

 

 駆け寄ってくる2つの足音と別の男の声がこの場に割り込んできた。

 5年のグループは全員が声のした方向を向き、サッと顔面蒼白する。

 現れたのはチャーリー・ウィーズリーとニンファドーラ・トンクスだった。偶然居合わせ2人は将来の夢について語り合っていた時、アリアの悲鳴と戦闘の音が何処からか聞こえてきて、それで駆け付けてきたのである。

 2人は一瞬にして状況を把握すると、オロオロする同級生達に向かって怒気を露にした。

 

「これはどういう事だ!? 上級生が寄って集って下級生をイジめるなど、先輩の名を名乗るな!恥を知れ!」

「う、煩い! 見られた以上は問答無用だ!」

 

 先程までの余裕は何処へやら、これはヤバいと顔を引き攣らせる一党は『失神呪文』や『全身金縛り呪文』などを放つが、チャーリーとトンクスは左右に分かれて飛び、素早く避ける。

 流石、グリフィンドールのクィディッチチームのキャプテン兼シーカーを務める監督生と将来は闇祓い局に勤めるハッフルパフの優等生だ。運動神経抜群である。

 2人は進行の邪魔になる者をひとまず倒すと、大怪我をして動けないクリミアの元まで走り寄った。

 

「おい、大丈夫か!?」

「クリミア、しっかりして!」

「……ッ、大丈夫………です……」

 

 あばら骨と肋骨を砕破されて激痛に身を苛まれながらも、クリミアは声を振り絞る。

 

「わ、私は一足先にとんずらするわよ!」

 

 チャーリーとトンクスの登場に分が悪いと感じた1人の女子学生が逃走を図ろうとしたが、

 

「逃がさないわよ!」

 

 ダッシュで追い掛けたトンクスが一気に距離を詰め、

 

「とうっ!」

 

 無防備な背中に一発飛び蹴りをお見舞いした。

 ニヤリと笑ったトンクスはサムズアップする。

 すると、攻撃の対象がクリミアからトンクスに変更された。標的にされたトンクスは慌てず騒がず、チャーリーがクリミアを何処か安全地帯へ運んでくれると願って時間を稼ごうとしたが、この後、トンクスの予想を大いに覆す展開が待ち受けていた。

 

「うっ……チャーリー…………さん…………トンクス…先輩を……呼んでください…………」

 

 慕っている先輩が襲われているのを見て、激痛を押してクリミアはチャーリーのローブを掴みながら頼んだ。だが、チャーリーは怪訝な顔で首を傾げる。

 

「どうするつもりだ?」

「説明は……後です………トンクス先輩が………来たら…すぐに伏せ……て…ください…………」

 

 訳が分からなかった。

 しかし、チャーリーはクリミアの頼みを引き受け、多勢に無勢のトンクスを呼び出す。

 

「トンクス! こっちに来い!」

「なんで!? そっちは………!」

「そんなもん分かってる! いいから早く俺達の所に来い!」

 

 トンクスは混乱したが、言われた通りにした。

 スライディングして飛び交う閃光を避け、全速力で2人の元に疾駆する。トンクスが辿り着いたら、

 

「2人共、伏せてください………!」

 

 と、クリミアは掠れた声で叫んだ。

 チャーリーは到着したばかりのトンクスの頭を抱え、伏臥位を取る。

 クリミアは両手を天に突き出した。

 杖は先程身体を城壁に叩き付けられた弾みで何処かに飛ばされてしまったし、予備の杖を抜こうにも時間が無い。

 故に杖の非所持で魔法の行使に挑んだ。

 持てる全魔力を両手に総結集させる。

 額や首筋に冷や汗が流れ、コントロールの制御が難しいせいで今すぐにでも暴走しそうになる魔力の塊を、チャーリーとトンクスをこれ以上は巻き込めないと言う気持ちで歯を喰い縛りながら、クリミアは呪文を発動、放出した。

 

ヴェンタス・マキシマ(強き風よ)!」

 

 次の瞬間、荒れ狂う暴風がクリミアの両手に生まれた。本来であれば対象に向かって(対象の人間が押し戻されるほどの)強風を吹かせる事が出来、その周辺に居る人間及び物には効果が無いのだが、何分今は半ば正常に作動していない為か、魔法の風が表面に触れる度、廊下の天井や壁が削られていく。

 

「のわぁああああああああああああああッ!!」

「きゃあぁあああああああああああああッ!!」

 

 床から天井まで、通路全体を覆い尽くす大きさの暴風に背を向けて逃げようとしていた男子生徒と女子生徒の悲鳴が上がる。彼等の身体は宙に高く舞い、そして最後は固い廊下と熱い接吻をして気を失った。ちなみに最初から気絶していた生徒は更なる被害を受けてしまった。

 

「はあッ………はあッ……もう…限界…………」

 

 暴風が収まり、力尽きたクリミアは視界が暗転して意識を失う。

 伏せてたおかげでストームの餌食にならなかったチャーリーとトンクスは顔を上げ、眼に飛び込んできた地獄絵図の凄惨な光景に息を呑む。

 が、2人は後輩を襲撃した同級生には眼もくれず、眼を閉じてぐったりと横たわるクリミアに何度も声を掛けた。

 

「こ、これは一体………」

「何があったと言うのですか………!?」

 

 辺り一面とんでもない場景に、アリアに呼ばれて研究室から飛び出してきたスネイプと偶然出会し彼女の切羽詰まった様子に何事かとついてきたマクゴナガルは驚愕で厳格な顔を凍り付かせた。

 

♦️

 

「あの時は本気で死ぬかと思ったわ………。チャーリー先輩とトンクス先輩が助けに来てくれなかったらと思うと、今でもゾッとする」

「と言うか、あれだけ攻撃されて生き延びるクリミアもある意味化け物クラスだけどね。普通だったら死んでてもおかしくない訳だし」

「ベルンカステル城で鍛えといたおかげね。多分鍛えてなかったらあの世に直行してたわ」

 

 いや、仮に鍛えていてもあの世に直行しそうな気がするのだけれど。

 と心の中で突っ込んだアリアとソフィアだったが、敢えて本人の前では突っ込まなかった。

 アリアはクリミアの肩をポンポンと叩く。

 

「クリミア。あの時は、本当にありがとう。貴女が護ってくれなかったら、今頃私は此処には居ないわ。あの出来事がきっかけで私は強くなる事を決意し、そして今はこうして貴女やソフィアと肩を並べて立つ事が出来るのだから」

「ふふっ、それは頼もしい限りね」

 

 アリアの言葉にクリミアは優しく微笑む。

 その2人を、ソフィアはギュッと抱き締めた。

 

「わっ、ソフィア………?」

「クリミア、アリア。この戦いが終わったら、また3人で雪合戦したり、遊びに出掛けましょ」

「………ええ。約束よ」

「なら、絶対死ねないわね。そもそも死ぬつもりなんて更々ないけど」

 

 ホグワーツに入学した時からずっと一緒に過ごしてきた旧友3人は抱き合い、そして笑い合う。

 その笑顔は、必ず3人全員でホグワーツ決戦を生還しようと言う固い約束で溌剌としていた。

 

♦️

 

 ホグワーツで最も高い位置に在る天文台の塔。

 其処に、1つの人影がうっすらと浮かび上がっていた。人影は小型望遠鏡の単眼鏡で、ホグワーツ敷地外を遠目から観察している。

 レンズには、一目見ただけでも半端じゃない数の闇の魔法使い・魔女や巨人、人狼などの大軍が嫌に鮮明に映っていた。

 そしてその先頭にはヴォルデモート卿が居る。

 初めから分かっていたとは言え、予想以上に量も質もあちらが圧倒的に上だと、一瞬、勝機が薄れた気がした人影は単眼鏡から片目を離して、険しい顔付きになった。

 大方敵陣の勢力を察した人影―――フィールは黒いローブのポケットに単眼鏡を仕舞い、少しでも頭を保護するべく、フードを目深に被り直す。

 身を包んでいるのはホグワーツの制服だ。

 今年最高学年の7年生になったフィールは想い出深い学舎の制服で戦いたいと、動きやすい私服ではなく敢えて制服を着込んだ。………それに、不吉ではあるが、もしかするとこれが自分の命日になるかもしれないのだ。

 ならばせめて最後はホグワーツの生徒として命が尽きたら本望と、出来れば迎えたくない結果の事も頭に入れているフィールは、不安な気持ちを振り払うよう頭を振る。

 そうして、ホグワーツ陣営の指導官の1人・ダンブルドアに報告しに行こうと、階段を早足で駆け下りようとしたところで、

 

「フィー」

 

 と、いつの間に来ていたのか、クシェルが呼び掛けてきた。フードを外したフィールは「どうした?」と首を傾げる。

 

「………いよいよ、始まるんだね。第二次魔法戦争」

「………ああ、そうだな」

「フィーは、その………勝てると思う? この戦い」

「思うかじゃなくて、勝つしかないだろ。負けたら何もかも終わるんだし」

「そうだよね………」

 

 色々な事に対する恐れや心配などはやはり完全には払拭し切れないのか、いつもならハキハキしているクシェルも今回ばかりは勝機を見出だせるか不安と言う表情だった。

 するとそんなクシェルを励まそうと思ったのだろう。

 いつしか此処でクシェルがフィールにしたみたいに、フィールがクシェルの頬をパチンッと両手で挟んだ。

 

「へっ?」

 

 思わず、すっとんきょうな声を上げると、フィールは開戦前だと言うのに………いや、こんな時だからこそか、滅多に見せない笑顔を浮かべていた。

 

「絶対大丈夫だから、そんな顔するなっての。闇の陣営ぶっ倒して、世界の平和を取り戻す。そんでもって、皆で生き延びてホグワーツを卒業するって約束しただろ?」

 

 フィールの満面の笑みにどこか救われた気持ちのクシェルは、彼女の手の甲に己の掌を重ねて目元を和らげる。

 

「………そうだね。そうだったよね。私、どうかしてた。ありがとう、フィー。フィーのおかげでなんか吹っ切れたよ」

 

 クシェルの恐れや不安が振り払われた面持ちと強い瞳にフィールは軽く頷き、「そろそろ行くぞ」と彼女の手を取って階段を下りる。

 

 

 第二次魔法戦争及びホグワーツの戦いはもう間も無く始まろうとしていた。

 

 




【没シーン:奇襲されたのがフィールの場合】
フィール「悪霊の火よ」
生徒1「ぎゃああああああああ! コイツ普通に『悪霊の火』使ったぞ!?」
生徒2「一般生徒が使うもんじゃねえ!?」
フィール「そりゃ私一般生徒じゃないですもの。こうなりますわ~」
クリミア「だからあれほど言ったじゃない………フィールに手を出すのは止めといた方がいいと」

オリ主さん、学校で躊躇い無く悪霊の火を使う。

【SS】
この瞬間をずっと待ち望んでいた。

【超久々に登場、ソフィアリ】
4章番外編以来のご登場。

【飛び蹴り】
またの名をライダーキック。

【まとめ】
今回はちょっと駆け足でホグワーツ決戦前と(以前外伝で更新、現在は削除した)#99で出てきたエピソードの回でした。なんでしょう、ハリポタ二次創作に1作品1回は生徒による襲撃事件があるのは気のせいでしょうか? と言うかこれで退学処分にならないとか………多分これが日本の魔法学校だったら即刻除名されそうな気が。
さて、それはさておき。
次回、遂にホグワーツ決戦を迎えます。
果たして何人が生還するのか?
最終決戦、いよいよ開幕!


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#113.ホグワーツ決戦

 刻一刻と、怖いくらい静かに、そして音も無く迫って来る、魔法界の命運を分けた最終決戦開幕の刻限。

 大広間の一件で一悶着があったパンジー・パーキンソンや彼女に賛同した魔法使い、非戦闘員の下級生など、この戦争に不参加の者は最上階に在る必要の部屋に匿われ、それ以外の者は各自配置に就き、戦端の火蓋が切られるのをじっと待つ。

 最期の瞬間までヴォルデモートに屈服しない。

 かつて誰もが恐れる闇の帝王に恐れず立ち向かった魔女のように、勇敢に戦い抜いた末に命が尽き果てるのならば本望と、これから此処に押し寄せて来る大軍の猛攻をいつでも迎撃出来るよう、武器をしっかり握って神経を研ぎ澄ませる。

 緊張感が高まる中、ハリーとフィールは2人きりで周りには誰も居ない場所に居た。後者が敵勢力の報告が光の陣営の総司令官・ダンブルドアに完了した後、前者が急に「頼みたい事がある」と言って呼び出したのだ。

 

「………それでなんだ? 頼みたい事って」

「その前に、1つ確認したい事があるんだ」

「確認したい事?」

「うん。賢い君の事だから、多分前々から気付いてたたかもしれないけど………さっき、ダンブルドアに言われて確信したんだ」

 

 複雑な気持ちを露にしながら、ハリーは悲壮な面持ちで、全てを見透かしてるような眼で黙っているフィールに、彼女が天文台の塔に行ってる間にダンブルドアに告げられた己の秘密を伝えた。

 

 

 

「やっぱり僕、分霊箱の1つだったんだな………ヴォルデモートの」

 

 

 

「………いつから感付いてた?」

「クラミーさんの存在が発覚した辺りから………かな。クラミーさんは魂を通じて君の思考や精神状態を把握していたし、ダンブルドアや君もその繋がりはまるで分霊箱みたいだって言ってたし。………だから僕、気付いたんだ。どうして、ヴォルデモートとの間に絆があるのか、ナギニの視点で遠く離れた場所で起きた事態を見る事が出来たのか。その答えは、僕自身がヴォルデモートの分霊箱で、ナギニも僕と同じ分霊箱だからなんだって、君と君のお母さんを見て、察した」

「………………」

「フィールはさっき、『いつから感付いてた?』って言ったよね? 逆に訊くけど、フィールはどの辺から気付いたの? 僕が分霊箱だって」

「結構前から………かもな。ほぼ確信したのは、アンタが感付いたって言う時くらいだけど」

「………そっか」

 

 一言そう言って一瞬視線を足元に落としたハリーは、すぐに逸らした目線をフィールと合わせ、

 

「折り入って頼みがある。フィール、今此処で、破壊してくれないか? 僕の中にある、アイツの魂を」

 

 と、分霊箱を破壊する力を持つ彼女に頼んだ。

 が、フィールは腕組みしたまま、姿勢を崩さない。

 

「………そこまで教えられたのか」

「うん………ヴォルデモートは肉体を復活させる際、復活に必要な材料(敵の血)として僕の血を使った。その関係でアイツは僕の血に宿る母さんの護りの魔法も取り入れた。結果、僕はアイツの肉体が生きている限り死ななくり、分霊箱の破壊が可能な手段で殺害しようとしても、僕の中にあるアイツの魂だけが破壊される―――ってダンブルドアに言われたんだ。あと、僕の杖がヴォルデモートの杖の資質の一部を吸収した事も」

 

 ハリーとヴォルデモートの杖は両者共に全く同じ芯が使われた兄弟杖。相対すると互いに正常に作用しなくなる、謂わば天敵同士。

 2年前、墓場でハリーと復活したヴォルデモートの杖が繋がった際、杖がハリーにとってヴォルデモートこそが最大の敵であると認識した上に、ヴォルデモートの力の断片を吸収した。

 その為、『ヴォルデモートにのみ異常に強力な杖』と進化を遂げたのだ。

 

「なあハリー。どうしてこのタイミングで、しかも自ら破壊してくれと頼むんだ? アンタの中にあるヴォルデモートの魂の一部が残存する限り私達に勝利は無いけど、逆を言ってしまえばアンタが分霊箱じゃなくなるまではヴォルデモートもアンタを殺害する事は出来ないし、同一条件で闇の陣営にも勝利は訪れない。アンタを除いて最後の分霊箱たるナギニを破壊した後や死喰い人を粗方始末してからじゃなくていいのか?」

 

 フィールやダンブルドアが考えているように、ハリーが分霊箱である状態を逆手に取って戦況を有利に展開させる手段も一理あるだろう。だがハリーは、フィールの蒼い眼を見ながら笑顔で首肯した。

 

「僕には命を預け預かる事が出来る程の全幅の信頼を置いている仲間が傍に居るんだ。だから僕は大丈夫。例え分霊箱じゃなくなっても、その仲間は身体を張って僕を護ってくれる。そして僕は、その仲間の覚悟を無駄にしないよう必ずヴォルデモートを倒すんだ」

「………………」

 

 一欠片の迷いも無くキッパリと明言したハリーにフィールは呆気に取られる。しかし、ハリーの言葉の意味を理解すると、微笑とは言えないが苦笑でもない、ちょっと困ったような笑みを浮かべた。

 

「全く………ポジティブなヤツだな」

「君の影響を受けたせいかもね」

「私はそんな楽観的な人間か?」

「うん」

「おいコラ」

「君はどんな状況であっても絶対に屈しない。何があっても最後は必ず勝つと信じて戦うから、周りの人間はそれに感化されて戦意を喪失しない。最期までヴォルデモートに立ち向かった君のお祖母さんもそうだ。どれだけ相手が自分より強くても、背を向けて逃げやしなかった。その気概と勇気を君は受け継いだから今の君が此処に居ると、僕は思うよ」

「………やれやれ、随分大層なお言葉を頂くな、私は」

 

 軽く肩を竦めたフィールに、ハリーは微笑みを絶やさない。ハリーの発言は本心から来るものだと容易に理解出来る。

 基本的にハリーは嘘を吐かないし、とフィールが心の中で付け加えたら、

 

「そこから動くなよハリー。『悪霊の火』で、アンタの魂に引っ掛かっているヴォルデモートの魂の欠片を取り除く」

 

 と杖を構え、ハリーは言われた通りにする。

 そして、

 

インフェルノ・フェニス(終焉の業火よ)!」

 

 深い闇魔術の一種『悪霊の火』を唱えた。

 ドラゴンの形に構成された火炎はハリーの全身を飲み込む。が、闇の炎に包み込まれたにも関わらず、炎が収まり姿が顕著になったハリーの細い身体に火傷の跡は何処にも無い。

 今しがたまでハリーが分霊箱だったと言う何よりの証拠であった。

 これで分霊箱は残り1つ、ナギニだ。

 ナギニを破壊し、ヴォルデモートが肉体的破滅を迎えた時、英国魔法界に平和が訪れる。

 と、その直後、窓外から夜空を埋め尽くす幾筋もの閃光がホグワーツ城目掛けて飛来して来るのが見えた。

 2人がそちらを見てみると、遂に闇の陣営が始動したらしい。腕時計を見てみると、針は9月2日の午前0時を指している。

 

「………いよいよだな」

「うん………そうだね」

 

 死喰い人数百人が総勢で総攻撃を仕掛けるが、堅牢なホグワーツの防御魔法はちっとも貫通出来ない。焦燥する闇の魔法使い達は猛ラッシュを繰り返すが、牙城を覆う強力な防壁は依然として無傷のままであった。

 すると、いつまで経っても敵陣の防塞を突破出来ぬ大勢の部下に煮え切らなくなったのだろう。

 苛立ったヴォルデモート卿が自ら1歩前に踏み出し、桁外れの超弩級の力でバリケードの破壊を試みたのだ。

 流石にダンブルドアとその他多勢の豪傑魔法使い・魔女によって構築されただけあって一撃では破砕されなかったが、2発、3発くらい撃ち込まれた瞬間、ピシリ、と言う亀裂音が走り、5発目で遂に防護壁がクラッシュされてしまった。

 夜風に吹かれて舞う砕け散った巨大なバリアの破片。

 障壁が貫通されたその瞬間、ヴォルデモート陣営が雄叫びを上げながら一斉にホグワーツの陣地に流れ込んできた。牆壁を破壊し戦争勃発のトリガーとなった張本人のヴォルデモートは最終決戦の場には突入せず、ニヤリと口の端を歪めて嗤うと『姿現し』して何処かに消え去る。

 襲撃してきたヴォルデモートの配下をダンブルドア陣営に属する者は努めて冷静さを欠かさず、標準を合わせて的確に呪文や呪いを発射して迎え撃つ。ものの数秒間で屋外・屋内は色とりどりの光線が至る所で絶え間無く飛び交う危険な戦場へと遂げた。もう既に何人かが死の呪いを受けたり巨人に踏み潰されたりなどして絶命している。

 

「私らも行くぞ、ハリー」

「ああ、行こう!」

 

 グータッチしたフィールとハリーは顔を見合わせる。そして頷き合うと、時間短縮の為に眼前の窓を突き破って、安全地帯など存在しない地獄と化した戦陣に臨んだ。

 

♦️

 

「思ったより早く突破されたわね………」

 

 手を眼の上に翳して遠方を見ながら、アリアは小声で呟く。ホグワーツの敷地内に雪崩れ込んできた死喰い人や亡者、巨人は眼に入ったダンブルドア陣営の魔法使いを片っ端から撃ち殺したり叩き潰したりしていた。此処に攻めて来られるのも時間の問題、と言うか、早くも死喰い人が5~6人現れた。雷速で魔法を叩き込みあっさりと戦闘不能にした美女3人は、戦況を確認する。

 

「私達の想像以上に、敵は強大って事ね」

 

 杖を振るいながらまた1人敵を倒したソフィアの言葉に、『盾の呪文』で自分達の身を護ったクリミアとアリアは頷く。

 

「それを知ってる上で戦うなんて、ある意味私達も結構な物好きよね」

「いいじゃない。私は案外物好きな人好きよ? それに戦っても戦わなくても、闇の陣営が壊滅しなかったらどのみち全員死ぬんだし、そこまで大差無いわよ」

「それもそうね。ま、要はルールの無い大乱闘って考えればいいのかしら?」

「その考えで言えば、私達は数多く居るファイターの1人ね。面白いじゃない、ならここはチームを組んで1発ド派手にやりましょうか」

「いいけど、あんまりハメを外し過ぎてフレンドリーファイアになるのは禁止よ?」

 

 分かってるわよ、と不敵な笑みを見せるソフィアの注意に2人は同じように笑い掛ける。

 此処に居る時点で戦死は覚悟している。

 そうでなければ、そもそも最初から戦場に立ってすらいないのだから。

 だから、全力で戦い続けるのだ。

 終戦の刻を迎える、その瞬間まで。

 

「先手必勝、行くわよ!」

 

 自分と親友を奮い立たせるようにクリミアが腹の底から叫び、それに応えたソフィアとアリアと一緒に混戦の真っ只中に飛び込み、参戦した。

 

♦️

 

「シリウス、リーマス。聞くまでもないがアレってどう見ても亡者だよな?」

「「ああ、そうだな」」

 

 ライアン、シリウス、ルーピンの同期3人組の視線の先にはゾロゾロと殺到する亡者の集団。

 青白い肌の、かつては命を持って活動していた生きる屍達は降霊術と呼ばれる闇の魔術で操り人形のように動かされている。

 それを聞くと可哀想に見えてくるが、だからと言って抵抗しなかったらこっちが死の世界に引き摺り込まれる。哀れみの心による躊躇は言語道断だ。

 

「なあ2人共。僕達はいつの間にホラー映画に出演してたんだ? 流石にこれはビビるな」

「ホラー映画なら化け物倒して美女とハッピーエンドと行きたいところか?」

「残念ながら君の言う美女は何処にも居ないよ、シリウス」

「言うなよリーマス。せっかくやる気スイッチオンの為に自分を鼓舞したってのに、ド直球に言われたんじゃ全てパーだ」

「だったら別の事でやる気スイッチオンするんだな。そのくらい君なら出来るだろ?」

「お喋りはここまでのようだ。行くぞ!」

 

 ライアンの一声にシリウスとルーピンは気を引き締め、それまで軽口叩き合って互いに緊張を解した男3人は、亡者の大軍目指して突撃した。

 

♦️

 

 亡者と激闘する3人から離れた場所で、ベイカー夫妻とライアンの妻・セシリアは、ウィーズリー夫妻とその息子2人―――ビルとチャーリーと手を組んで人狼の大群と死闘していた。

 双子はパーシーと、末弟・妹はハーマイオニーとクシェルと一緒に居る為、此処には居ない。

 離れた場所に居る我が子の安否情報が気になるが、今は自分達の事で精一杯だ。今誰か1人でも抜け出したら、確実に被害が出てしまう。そうなった後では手遅れだ。

 

「くそっ、どんだけ涌き出てくるんだよ!」

「流石にこの量は骨が折れるわね………」

 

 イーサンとライリーは人狼の数に呻くが、呻いたところで何かが変わる訳でもない。ウィーズリー一家も同じ事を考えているのがその表情から安易に読み取れる。

 

「苦しい戦いだが、私達でやるしかない。ここで私達が食い止めなければ、人狼は必死に戦っている子供達に近付き更なる混乱とパニックを引き起こしてしまうだろう。絶対に噛み付かせる訳にはいかない」

 

 メンバーの中でも年長者で沢山の子供を持つ父親であるアーサーの言葉に、子持ちの大人達はハッとする。

 そうだ、噛み付くだけで新たな人狼を生み出すコイツらを子供達に接近させてはならない。

 愛する子供にこんなヤツらと戦わせたくない。

 それは勿論、かつて自分達が通っていた学舎に通う生徒達にも言える。

 

「そうね………そうよね、その通りよね。子供があんなに頑張って戦ってるのに、私達大人が弱音を吐いてなどいられないわよね」

 

 杖を薙ぎ、銀の槍を出現させ、貫通させる。

 グッサリと腹部を貫かれ命を奪われた人狼の屍を飛び越え、ライリーは現存する狼人間の中で最も残酷と言われるフェンリール・グレイバックと対立する。

 フェンリールはルーピンが幼少期の頃、彼を噛んで人狼に変えた張本人だ。

 

「アンタが親玉ね………私がコイツを殺るわ。他の皆はそれ以外の人狼を倒してちょうだい!」

 

 ライリーは全身に『盾の呪文(プロテゴ)』を張り、スッと深呼吸する。

 そしてキッと睨み付け………彼女は牙と爪を武器にする狼人間の親玉に向かって駆け出した。

 

♦️

 

「おいおい、マジかよ………こりゃとんでもねえ数だな………」

「少ない訳は無いと思ってたけど、まさかここまでとはね………」

 

 父親の生まれ育った故郷の危機に両親の母校に馳せ参じたベルンカステルツインズ・ルークとシレンはとりあえず襲い掛かってきた死喰い人と相手しつつ、敵と自分達の人数の差に圧倒されていた。

 2人の近くには1歳上の先輩フラー・デラクールと、三大魔法学校対抗試合でダームストラング専門学校の代表選手として出場したビクトール・クラムも居る。2人共両親の制止を振り切り他国から駆け付けてきてくれたのだ。

 クラムは英語を猛勉強したらしく、さっき会話してみたら、以前あった鈍りや辿々しさは消え去っていた。クラム曰く、国際的なクィディッチプレイヤーとしての義務と、3年前再会したら英語でも談話しようとフィールと交わした約束を守る為らしい。クラムはちゃんと覚えていたのだ。

 

「別に平気よ。こちらにやって来る連中をただ普通に返り討ちにしてやればいいんだし、私達にはあのダンブルドアが居るのよ?」

 

 クラム同様英語をかなり勉強したらしいフラーがチラッと、教師陣の中心で指揮を執り洗練された杖捌きでヴォルデモート陣営の魔法使いを次から次へと討伐していくダンブルドアを見やる。

 アントニン・ドロホフ、ワルデン・マクネア、オーガスタス・ルックウッド、マルシベール、ヤックスリー、トラバース、ソーフィン・ロウル、アミカス・カロー、その妹のアレクト、ロドルファス・レストレンジ、その弟のラバスタンなど、死喰い人の中でも特に強者揃いの連中が総勢で教師陣と死闘を繰り広げるが、やはりダンブルドアの前では敵わない。

 ダンブルドアの実力は化け物クラスだ。

 あのヴォルデモートが唯一恐れる人物、それがアルバス・ダンブルドアなのだ。

 たかが並みの魔法使いよりちょっと強いだけの死喰い人が彼を殺せるはずがない。

 ダンブルドアの足元にも及ばぬ平凡な魔法使いなど、彼にとっては敵ではなかった。

 

「油断は禁物だぞフラー。上には上が居る事を忘れるな。どれだけ歴戦の猛者が味方についていたとしても、相手側の戦略や人材次第ではいくらでも戦況を覆せる」

「分かってるわよ。それに自分が死んだら意味無いし、人に頼ってばっかなのは止めるわ。最後に生き残れるかどうかは、自分の実力の他に運にも掛かってる訳だし」

 

 慢心していると捉えたクラムに釘を刺されたフラーは軽く肩を竦める。ルークとシレンは苦笑しながらもキリッと表情を引き締め、2人同時に放った強力な魔法で棍棒を振り上げたトロールを吹き飛ばす。吹き飛ばされたトロールに下敷きにされた死喰い人はその重みで死亡、ズドンッと言う衝撃が辺りに走り、地面が振動した。

 

「しっかし、中々減らないわね………これじゃキリがないわ」

 

 数え切れない敵人にフラーは舌打ちする。

 フラーの言う通り、確かにこのままでは埒が明かない。無駄に体力を消耗するだけだ。

 せめて無力化させるだけでも出来ないのか。

 それを言ったら、ルークが何か閃いた顔になった。

 

「だったら、こうすればいいだろ!」

 

 言うと、ルークはエネルギーを集約し、

 

「お前ら、伏せてろ!」

 

 と叫び、プロのクィディッチ選手であるクラムは持ち前の反射神経を活かしてすぐに伏せた。

 シレンは双子の兄が何を考えているか察すると「え?」と硬直するフラーの頭を抱えて急いで身を屈める。

 仲間が身を低くしているのを確認すると、ルークは強烈な衝撃波を発生し、周囲の敵手を1度に纏めて跳ね飛ばした。そのおかげで周辺の敵兵は粗方片付いたが、今の1発でかなりのエネルギーを消耗した為、ルークは肩で息をする。

 

「やっぱりそうしたわね。助かったけど、その場凌ぎの為だけにエネルギーを使い過ぎよ。今度からは長期戦における持久力の事も頭に入れて力はセーブしなさい」

 

 シレンは1つ息を吐くと、栄養補給の為の魔法薬を手渡す。

 受け取ったルークは一気に中身を飲み干し、空になった瓶を杖を一振りして消し去る。

 

「仕方ない、気合いでこの難局を乗り切るぞ!」

「気合いだけでどうにかなるとは思えないけど、まあ気合いは大事よね」

「絶好調の時は勢いに身を任せる。それがクィディッチと人生の鉄則だ」

「クラム、微妙に話ズレてるわよ。てか言うても貴方そこまで人生経験積んでないでしょ。私と同い年なのに」

 

 他愛ない会話で連帯感を高めた4人は、まさに『ガンガン行こうぜ』精神で終わりの見えない征野に身を投げ出した。

 

♦️

 

 大半が残留した3寮の生徒が随所で散開して善戦するのに対し、少数グループで構成されたスリザリンの学生組織・SSは寮監のスネイプを指揮者に団体で奮闘していた。

 二重スパイだったスネイプはフィールがマルフォイ母子を救済したのを皮切りに完全にヴォルデモートを裏切り、こちら側にやって来た。

 もう少しスパイとして機能していたらそれはそれで別の手を尽くせただろうが、あのような事が起きた以上、下手にヴォルデモートの近くに居て殺されればシャレにならない。

 その為スパイである事が露呈した以上、せめて今は亡き愛する者の忘れ形見を命と引き換えに護ろうとスネイプは決意したのだが………。

 

 ―――理由は何であれ、ハリーを護ろうとした貴方の想い(意志)は、私が引き継ぎます。

 ―――私はスネイプ先生を見す見す死なせるような真似はしたくありませんので。

 

 戦争が始まる前、味方として最後まで庇ってくれたかつての先輩の遺児の声が耳の奥で響く。

 あの少女の言葉は、まるで己とダンブルドアだけの秘密を知っているような口振りだった。

 いや、実際本当に知っているのだろう。

 でなければ、あんな事を言う訳が無い。

 「誰にも話さないで欲しい」とダンブルドアには口止めしたのに、とスネイプは最初憤ったが、フィールが「この事は誰にも話しませんよ。勿論ハリーにも。貴方自身が彼にカミングアウトするまで貴方の秘密は私の中だけに仕舞っておきますから」と言ったので、スネイプは口が固い彼女の言う事を信じる事にした。

 リリーの一人息子・ハリーを護る。

 それが元・死喰い人だったスネイプの存在意義だった。

 幼き頃から恋い焦がれ、例え決別しようと、別の男を愛そうと、この世に居なかろうと、この想いは変わらないし、消えない。

 彼女を死に至らしめてしまった唯一の償い。

 それが彼女の息子を命に代えてでも護り抜く事だった。

 だから危険と承知の上で死と隣り合わせの二重スパイになる事さえ厭わなかったし、汚れ仕事も自ら引き受けた。

 全てはリリーの為。

 彼女の遺志を受け継いで、己の生涯を『リリーの息子を護る』事に捧げてきた。

 そしてその意志を、自身が受け持つ寮の生徒が引き継ぐと言った。

 最初は、当然躊躇いがあった。

 だが―――

 

「例え戦争が終結したとしても、彼の大事な人が全員死んでしまったら、意味無いでしょう? だから先生は、そうならないようにしてください。先生が居る事で救われる命があるんですから」

 

 そう言われてしまえば、断ろうにも断れない。

 確かにそうだ。例えハリーを護り抜いても、彼の仲間が殺されてしまえば、全て水の泡になってしまう。無意味に終わらせる事だけは、絶対にしたくない。

 だからこそ―――

 

「どうあってもヤツらは倒す! 我々光の陣営が負ければ、この世は終わりだ!」

 

 今はスリザリン生と共に奮戦するのだ。

 大丈夫だ、ハリーとフィールなら。

 2人なら、きっと生きて帰って来られる。

 スネイプがそう思えるのも、フィールなら有言実行でハリーを護ってくれると信じてるからだ。

 それに………ハリーはジェームズの、憎き男の息子でもあるのだ。

 父親に似て傲慢で、生意気で、規則破りの目立ちたがり屋で、それでいてどんな大敵を前にしても恐れ知らずに立ち向かえるヤツが、そう易々と殺られるはずがない。散々手を焼いてきたハリーが、名前を言ってはいけないと言われている闇の帝王の名を口にするのに抵抗感が無い彼が、泣いて命乞いをする訳が無い。

 だから、勇敢とも自信過剰とも言える彼の生還を信じよう。

 スネイプの力強い宣告に、先が見えない乱戦に挫けそうだったSSの面々は奮起する。

 

「見せてやるのだ、諸君らの底力を。我々スリザリンの名に懸けて、これより先に敵は1人として通らせるな。必ず仕留めろ!」

 

 気持ちのスイッチを切り替えた寮監からの指示にSSメンバーは吠え哮る事で承知し、士気を鼓舞して果敢に進撃した。

 

♦️

 

 ありとあらゆる効果を帯びた閃光が行き交い、阿鼻叫喚と化するホグワーツの大広間。

 その一角で、2人の魔女が対峙していた。

 1人は茶髪の少女、1人は黒髪の女性。

 身長も年齢も経験も差がある2人だが、その眼力だけは対等だった。

 互いに強い目付きで睨み合う彼女達に立ち寄る者は1人も居ない。前者に加勢したい者は居るがそれは彼女が断った。

 コイツは私が相手になり、そして倒す。

 今日こそこの手で討つのだ。

 前回逃がした獲物を再び狩る時が来たチャンスを逃したりはしない。

 今逃したら、恐らく2度とチャンスは来ない。

 珍しく意見が一致した2人―――ハーマイオニーとベラトリックス・レストレンジは、円を描くようにお互いに回り込んで攻撃する隙を狙っていた。ウィーズリー兄妹とクシェルはハーマイオニーの安否を心配しつつも自分の成すべき事は忘れないで杖を振るい、近くに居る敵を倒していく。

 

「この日をどれ程待ち望んだ事か………ベラトリックス、今日こそ私は貴女を逃がさないわ」

「それはこっちのセリフだグレンジャー。私の方こそお前だけは逃がさない。この手で葬る」

 

 ホグワーツ特急でハーマイオニーと対峙し押された事が余程屈辱的だったのか、ベラトリックスの瞳に目の前の敵を侮る色は浮かんでいない。口調もかつてない威圧感と冷静さを感じられる。

 

「グレンジャー。マグル生まれのお前がこの私を退けた事、認めたくはないが称賛してやろう。だが所詮マグル生まれはマグル生まれ。穢れた血が我々純血の魔法使いに敵う事はない」

「そう。だったら分からず屋の貴女に教えてやるわ。本当にマグル生まれは貴女の言う純血の魔法使いに敵わないのかどうかを」

 

 ベラトリックスとハーマイオニーのやり取りもここまでだ。

 どちらからともなく、歩みを止める。

 互いに互いを目線でその場に縛り付けていた2人は杖を上げ、今度こそ決着をつけるべく、手加減は一切禁止で双方共殺す気で掛かった。

 

♦️

 

 仲間や家族がそれぞれ交戦する中、ハリーと一緒に敵と応戦していたフィールは信じられないと言う表情で顔が凍り付いていた。

 つい先程、死角からの狙撃を狙った死喰い人や邪魔者が誰かに殺害された。

 不意打ちとは言え、寸分狂いもなく的確に心臓を狙い撃ちしたのは誰なのかとフィールとハリーが辺りを見渡して探した時、2人の前にある人物が現れたのだ。

 

 薄茶色の髪にソバカスのある顔、蛇のような執念深さと舌舐めずりが特徴の『あの男』が。

 

「コイツは俺の獲物だ。お前達のじゃない」

 

 そう、そのまさかだ。

 フィールに討たれたはずのバーテミウス・クラウチ・ジュニアが、ギラついた眼でそこに居たのだった。




【随分前から真実に気付いてたハリー】
なんか本作に出てくる原作キャラって随分頭のキレが鋭いような気がするのは気のせいだろうか?

【強力なバリケードをクラッシュした闇の帝王】
映画と違って一撃ではなかったとは言え、ダンブルドアも加わって構築された防壁を破壊したヴォルデモートは端的に言ってスゴい。

【メンバー組み合わせ】
★ダブル主人公
★姉世代
★悪戯仕掛人withライアン
★ウィーズリー一家with親世代3人
★教師陣
★他国組
★SSwithスネイプ
★進化組withクシェル

【クラウチ、まさかまさかの再登場】
あの時クラウチはギリギリ生き延びてました。

【まとめ】
今回は豪華オールスターズがそれぞれのポジションでそれぞれのやり取りを交わしながら戦場に身を投じる回でした。
本作史上、レギュラーの原作・オリキャラが集結した#113、恐らく全#の中でも最も多くの登場人物数じゃないでしょうか?

4章番外編が当時の現役学生オリキャラが大集合したのに対し、今回は最高学年となったクシェフィル、OGの姉世代、ベルンカステルツインズ、そして親世代のオリキャラが最終章ならではの大集合☆。
原作キャラも他校の卒業生フラー&クラムも含めて主要キャラ達が多数登場、ほぼオールスターキャスト勢揃いの回は多分もう無いですね。

と言うか、あともう少しで長かったこの物語も完結しますし。基本本作のカメラワークは1個でオリ主のフィールを視点にどんどん進めてるので、多分5話もしないで最終話を迎えてその次にエピローグで終了するかなと思います。ですので画面外で他の皆さんは頑張ってるんだなって思ってください(´・ω・`)。

あんまり多く入れ過ぎると次の展開に中々進まなくて「はよ次進めや!」になっちゃいますし。あ、でも何人かはチラッと出てくるかもしれません。あくまで予定ですが。
なんか1年以上続けてきただけあっていざ終わりが近付くと寂しいですね。
実は当初の予定とは大分変更してここまで長くなったのは作者の私も予想外だったり。


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#114.極夜

読者の皆様、超お久し振りです。
夏休み明け以降、何かと忙しくて執筆する余裕が中々取れなかったりとてつもない残暑に見舞われてダウンしたりと、更新がまた遅延してしまいました。今年は季節の変わり目にやられる事多くて困ってます。
最初に報告しますが、次回が最終話、その次がエピローグで本作は完結を迎える予定です。
いよいよ、この作品も完結する時が近付いてきました。どうか最後まで付き合ってくれたら嬉しいです。
そして本作の全登場人物に祝福と冥福を。
それでは最終話直前の#114をどうぞ。


「お前………生きてたのか」

「流石にあればかりは俺自身もマジで死んだと思ったがな。お前があの時絶不調じゃなかったら、まず間違いないなく死んでた」

 

 ギリッ、と悔しげに歯軋りするフィールを嘲笑うかのように、クラウチは小さな子供みたいに喜色満面の笑みで言った。チッと舌打ちしたフィールは片腕を広げ、ハリーを庇う。

 

「ハリー、コイツは私が相手になる。次は必ず仕留めるから、アンタは何処かに隠れてろ」

「だ、だけど………」

「クラウチは私の獲物だ。私1人でやる。1対1の真剣勝負に身勝手にも割り込むヤツは例え仲間でも許さないぞ。無論アンタもだ。例外は無い。これでも私は、コイツとの一戦はフェアにしたいと思ってる。………それにヴォルデモートと対戦する前に、アンタをここでスタミナ切れにさせる訳にはいかない。アンタの宿敵は、私の宿敵以上にずっと化け物染みてるんだからな」

 

 そう、ハリーが倒すべき敵はフィールの眼前に居るヤツとは比べ物にならない程強大なのだ。

 ハリーにはハリーの、フィールにはフィールの成すべき事がそれぞれある。

 クラウチを討つ役割を担うのはフィールだ。

 ハリーではない。

 

「分かったら早く離れろ。此処に留まってたら巻き込まれて死ぬぞ」

 

 低音ボイスで威圧するように言ったフィールに渋っていたハリーは躊躇いながらも向かい合った2人から距離を取り、身を潜める。ハリーが隠れたのを確認したフィールは杖を構え、射抜くような瞳でクラウチの眼を見た。

 

「前回お前を討てなかった失態はこの戦いで埋め合わせとする。クラウチ、もう1度私と勝負だ」

「元よりそれが望み。今日は絶対に逃さん。何処までも追い掛け、そして必ず地獄へ屠ってやる」

 

 両者が宣戦布告し終えた瞬間、フィールとクラウチの一騎討ちが再び開始された。

 

♦️

 

 その頃―――。

 戦況はホグワーツ陣営の方が若干優勢に立っていた。やはりそこは最強の魔法使いと謳われるダンブルドアの存在とヴォルデモートの不在が主な理由か、ほぼ互角だった両陣営の勢力にだんだんと差がついてきた。

 しかし、全てが全て良かった訳でもない。

 開戦してから数十分、多くの犠牲者がヴォルデモート陣営は勿論の事、ホグワーツ陣営にも出ていた。

 今も何処かで戦死する者が後を絶たない。

 遂には、現在クラウチと死闘を繰り広げているフィールの親しい人達もその中に含まれる事になった。

 

「ああもう! 倒しても倒しても敵は湧き出てくる! いい加減鬱陶しくなってきたわ!」

「右に同じ、でも、形振り構わなければまだまだ行けると思いなさい!」

 

 乱戦模様の真っ只中、この場に居る人間の気持ちを代弁したソフィアと、その彼女を鼓舞したアリア。

 2人は事ある毎に周囲で闘争する味方の耳にも行き渡る声で愚痴ったり激励したりした。

 本当であれば喋る余裕すらない状況だ。

 しかし、2人が戦闘中によく喋っているのは、自分達の内部に抱える恐怖や恐れを和らげたりするのと同時、味方の精神が極度のストレスにやられるのを未然に防いだり、いつ終戦するか分からない心理的負荷を少しでも軽減する為であった。

 コメディアン魂で気が遠退きそうになる苦境に立つ仲間の心が折れないよう鼓吹する2人。

 その内1人が、ある光景を視界の端に捉えた。

 

「―――ッ! フレッド危ない!」

 

 偶々近くに居た後輩のフレッドに向かって緑色の閃光が飛来するのを見掛けたソフィアは反射的に飛び出し、ドンッとフレッドを突き飛ばす。突き飛ばされたフレッドが尻餅をついたのと同時、彼の目の前でソフィアの身体が緑の光に包まれ、遠くに吹き飛んだ。

 

「―――ソフィア!!」

 

 悲鳴に近いクリミアの声が辺りに響き渡る。

 指1本すら、そして閉じた瞼すら動かさず、ぐったりと横たわる旧友の事切れた遺体に、あまりにも突然過ぎる出来事に頭が追い付かないクリミアは勿論、それまで兄のパーシーと弟のジョージとジョークを飛ばし合いながら戦っていたフレッドも顔面蒼白して、ピクリとも動かないかつての他寮の先輩の倒れた姿に釘付けとなった。

 

「ボサッとすんなフレッド! 早く立て!」

 

 ショックで硬直するフレッドを駆け寄ったジョージが腕を掴み、半ば無理矢理立たせる。

 が、いつもは溌剌としているフレッドの表情からは覇気が感じられない。

 呆然とする双子の兄に、ジョージは一発パンチを左頬にお見舞いして、胸ぐらを掴む。

 

「悲しんだり嘆いたりするのは後にしろ! 今は生き延びる事だけを考えて他は一切考えんな! 身体張ってお前を護った先輩の犠牲を無駄にする気か!?」

 

 ジョージからの叱咤激励に、ハッとしたフレッドは奥歯を噛み締め………数秒後、何かを耐えるような表情で頷くと、ジョージとパーシーと一緒に再び混戦の中に身を投じた。

 だけれど、頭が真っ白になったクリミアはその場に立ち竦んだままであった。いつまでも突っ立ってはいけないと頭では分かっているのに、足はまるで何かに縫い止められたように1歩も動かせない。

 永遠に思えた時間の中、今度は鋭い声が耳朶を打つ。

 

「クリミア! 伏せなさい!」

「―――………え?」

 

 反応が遅れたクリミアが声のした方向に視線を向けるよりも早く、発声した張本人であるアリアは友人を失った衝撃で気が抜けたクリミアの元へ駆け出す。疾駆したアリアがクリミアの所に到着した瞬間、クリミアを狙って放たれた呪いがアリアの背中に突き刺さった。

 

「アリア………!?」

 

 紫の眼を大きく見開くクリミアは構わず、アリアは呪いが飛んできた方向に最後の力を振り絞って光線を撃つ。直後、死喰い人の呻き声が微かに聞こえたが、そんな事はどうでもいい。

 

「アリア! アリア!」

 

 自分の腕の中で崩れ落ちたもう1人の親友を抱き抱えたクリミアは涙声で友の名を叫ぶ。

 大粒の涙を流すクリミアに、彼女の代わりに強力な呪いをモロに受けたアリアは死期が迫っているにも関わらず、微笑みを崩さなかった。

 

「ク…リミア………ごめ……ん……なさい……生き…延びたら……また遊ぼうって約束…………守れなくて…………これで………9年前の……借りは………返した…わよ…………」

 

 その言葉を最期に、アリアを眼を閉じて息を引き取る。

 続け様に友を失ったクリミアは耐え切れずにわあっと泣き出し、今しがたまで生きていたアリアの胸に顔を埋め、心臓の鼓動が聞こえず本当に死亡している事実を突き付けられてまた絶望した。

 そんな無防備な状態を晒すクリミアに、隙を見た死喰い人が杖を向けるが、呪文が放たれるよりも早く、別の閃光が死喰い人を貫いた。

 

「クリミア、大丈夫!?」

 

 間一髪クリミアを助けたのはトンクスだった。

 だが、クリミアはトンクスの呼び掛けに応えない。

 トンクスは一瞬にして状況を把握すると、学生時代仲の良かった後輩の遺体に身を引き裂かれる思いを抱きつつ、しかし今成すべき事は忘れずに放心状態のクリミアの腕を引っ張り上げようとしたが、乱暴に振り払われた。

 

「………クリミア。辛い気持ちはよく分かるけど今は―――」

「分かる? 今来たばかりの貴女に、私の一体何が分かるんですか?」

 

 それは、酷く冷たい無感情な声音だった。

 アリアから離れ、肩越しに見上げたクリミアの綺麗な顔は涙でぐちゃぐちゃに汚れており、その瞳には狂気と絶望が織り交ざっている。

 不穏なオーラを敏感に感じ取ったトンクスは背筋に悪寒が走った。

 が、決して逃げたりはせず、しゃがみ込んだトンクスは殺伐とした雰囲気を醸し出すクリミアを後ろから優しく抱き締める。

 

「………分かるわよ。私だって、此処に辿り着くまでの間、多くの大切な人を失った。ホグワーツに入学してから卒業するまでの7年間、同じ学舎で青春時代を過ごした同級生、先輩、後輩………この戦争が勃発する前にも、知り合いが闇の陣営に属する輩に沢山殺された。その時抱いた気持ちは今の貴女とおんなじよ。分からない訳が………ないじゃない」

「…………………………」

 

 涙を流したまま耳を傾けていたクリミアを包み込むようにして抱擁するトンクスは、抱き締める腕に更なる力を加える。

 

「苦しい思いは充分理解している………。でも、今は戦わないと。お友達が貴女を命懸けで護ったのならば、その犠牲を無駄にしては絶対ダメよ」

 

 先程、自分と同じく深い悲しみを味わっていたフレッドに掛けたジョージの言葉が、トンクスの言葉と重なる。

 クリミアは瞼をゆっくりと下ろした。

 網膜の裏側に、学生時代、苦楽を共にした親友2人との数々の想い出が走馬灯のように駆け巡り―――

 

「………ソフィア、アリア。私………貴女達の分まで生きるから。………今まで、本当にありがとう」

 

 未練を断ち切るように、重い瞼を開いたクリミアは心からの感謝を込めて呟くと、涙を拭い、決然とした表情で立ち上がった。面構えが変わった後輩にトンクスは安心した笑顔を浮かべ、ポンポンと頭を軽く叩く。

 

「ここから先は私と組みましょう。しっかり者の貴女と違ってちゃらんぽらんな人間だけど、これでも闇祓いの一員だからね。可愛い後輩の為にも先導としてしっかり先導するわ」

 

 そう言って、クリミアの背後を見やったトンクスは無言でサッと杖を振るい、奇襲しようとした亡者を思い切り吹き飛ばす。

 

「ざっとこんな感じよ。ま、1年で5年の集団ブッ飛ばした貴女からすると、私じゃない誰かの方が先導者に相応しいって思うかもしれないけど」

「………そんな事ありません。むしろ私は………トンクス先輩の事とても頼りになる人だと思ってますよ」

「そう? ならいいけど」

 

 トンクスとの他愛ないやり取りのおかげで、少しずつクリミアは元気を取り戻していく。無論内心は、やはりまだ拭い切れないソフィアとアリアを失くした喪失感で一杯だが………。

 クリミアはじっとトンクスを見つめる。

 初めて彼女と出会った時からずっと「元気一杯で落ち着きが無い先輩だ」と少し世話の焼ける気持ちで思っていた。

 4つ年上と言う事と兄弟姉妹がいなく一人っ子だった事もあり、年下ばかりの兄弟姉妹を持っていたクリミアを妹のように可愛がってお姉さんらしく振る舞ってたけど、タイプが正反対のクリミアにはお姉さんはお姉さんでも手の掛かる『ダメなお姉さん』と言う印象が強かった。

 けれど、9年前、チャーリーと一緒に絶体絶命のピンチを救い出してくれてからは、最初の頃と比べて頼もしく感じる事が多くあって、それで自分の中で先輩に対する意識が少しずつ変わっていった。

 

「クリミア? どうかした?」

 

 クリミアの視線に気が付いたトンクスが首を傾げると、

 

「いえ………何でもありません」

 

 と首を振り、なんとか笑って誤魔化した。

 今は無駄話をしてる暇は無い。

 終戦してからまたゆっくり話せばいい。

 気持ちを入れ換えたクリミアは一度振り返る。

 ソフィアとアリアの遺体を何処か安全な場所に運びたいが、何分こんな現状では厳しい。

 辛いが、ここは置いていくしかなかった。

 

(後で必ず戻って来るから………それまでは、どうか許して)

 

 心の中で謝罪したクリミアは空を見上げる。

 月が雲に隠れてしまった暗い夜空に、一筋も光は差さない。

 ただ、極夜のように太陽が昇らない暗黒に包まれた世界だけがそこに果てしなく拡がっていた。

 

♦️

 

 寮生と一緒に食事を摂る時や学年末パーティーを楽しむ際、4つの寮に分かれて所属するホグワーツ生と教師が全員が集合する大広間。

 色彩豊かな閃光が幾度となくスレ違うその一隅で、ホグワーツの生徒としてはトップクラスに君臨する学年次席と、死喰い人の中でも屈指の実力を誇る猛者の激戦が繰り広げられていた。

 マグル生まれでありながら非常に優秀な成績を維持し続け、更には戦闘のエキスパートから指導を受け腕を磨いたハーマイオニー。

 英国魔法界を震撼させる闇の王者として名を轟かせるヴォルデモートに手解きを受け、特別視されているベラトリックス。

 どちらも並大抵の魔法使いではまず敵わない強豪魔女だ。

 しかし、開戦してから終始優勢を保っているのはベラトリックスであった。

 どうしようもなく悔しい事だが、実戦経験はベラトリックスの方が上だ。どんなに強くとも11歳の頃に魔法を学んだハーマイオニーは、千軍万馬の古者であるベラトリックスの倍以下の戦闘経験しか積んできていない。

 互角と思われていた一戦も時間経過と共に徐々に劣勢へと押され始めてきた。

 

フリペンド・マキシマ(撃ちまくれ)!」

ステューピファイ(麻痺せよ)!」

ペトリフィカス・トタルス(石になれ)!」

ボンバーダ・マキシマ(完全粉砕せよ)!」

クルーシオ(苦しめ)!」

エクスパルソ(爆破)!」

 

 休む暇も無く続けられる呪文の応酬。

 威力、スピード、どれもまともに喰らったらマズい脅威に値するレベルだが、今のところは2人共上手く躱わしている。

 だが、戦闘が始まってからお互い継続して呪文を発射、しかも避けたり追い掛けたりとずっと動き回ってきたせいか、それまで気にも留めなかった疲労を感じ取るようになってきた。

 そろそろ体力勝負になりそうだと、2人は予め心構えしておく。

 本日2度目の思考がシンクロした両者は荒く呼吸を繰り返し、しかし視線だけは互いに外さないで一旦攻撃の手を休める。

 

「はあっ……はあっ……ま、まさかここまで粘るとはな………やはり貴様は………あの時、さっさと始末…しておくべきだった」

 

 一言毎に息を入れながらベラトリックスが口を開く。肩を軽く上げて額に吹き出た汗を拭うと、深く息をついた。

 

「そう易々と殺られる程………私も弱くないわ。悪いけど、負けられない以上はこっちだって手を抜いて挑む訳にはいかないのよ!」

 

 だんだんと呼吸が落ち着き流暢に勇ましく吼えたハーマイオニーは血の混じった唾をペッと吐き捨て、口元を拭いながら杖を構え直す。

 身構えたハーマイオニーに向かってほんの数十秒間休んでいたベラトリックスが先手を打って光線を放つが、

 

プロテゴ(護れ)! スポンジファイ(衰えよ)!」

 

 サッと避けたハーマイオニーは眼前に銀色に輝く防壁を出現させ、続け様に自分の足元をスプリング状態にさせるとそれに飛び乗って高く跳躍、展開したバリアを足で蹴って飛び越え、ベラトリックス目掛けて突っ走った。

 

「なにッ!?」

 

 まさかベラトリックスもハーマイオニーが障壁を乗り越えて攻めて来るとは予想外だったのか、驚愕して両眼を剥き挙動が停止した。

 そのチャンスを見逃す程ハーマイオニーも甘くはない。

 硬直したベラトリックスに『身体強化魔法・俊足』を用いて一直線で加速し、

 

「終わりよ、ベラトリックス!」

 

 トドメの一撃を決めようとした。

 次の瞬間。

 一瞬硬直したもののすぐに体勢を立て直したベラトリックスは、視界の隅に映った赤毛の少女にニヤリと口の端を歪め、

 

アバダ・ケダブラ(息絶えよ)!」

 

 接近してくるハーマイオニーではなく、標的を変更したその人物に『死の呪文』を射出した。

 

「なっ………!?」

 

 ハーマイオニーは急いでベラトリックスが死の呪いを放った方向に眼を向ける。

 その先には―――死喰い人と奮闘し己の身に迫る一条の光に気付いていないジニーの姿。

 瞬時に思考を切り替えたハーマイオニーは高速で『姿現し』をする。

 そうして、ベラトリックスが撃った呪文よりも早く転移したハーマイオニーはそこでようやく気付いたらしいジニーを『アクシオの対極呪文:デパルソ』で吹き飛ばす。

 ハーマイオニーがジニーを庇ったのと同じくして、ハーマイオニーの全身に緑色の閃光に叩き付けられた。

 

(あ………)

 

 『死の呪文』を受けた途端、意識が闇に侵食されるのを身を以て感じた。

 徐々に目の前が真っ暗になっていく中、慟哭するジニーが何か叫んでいるのを認める。

 ジニーだけじゃない。彼女と一緒に居たロンとクシェルも叫喚していた。

 こちらを見つめて涙する3人を見て、ハーマイオニーはベラトリックスの意図を察して悔しさやら怒りやら、色んな感情がごちゃ混ぜになりながら………身体を傾かせ、地面に倒れ込む。

 

(エミリーさん…………ごめんなさい………私、結局敵討ち出来なかった………)

 

 頬に当たる冷たい地面の感触。

 失われていく身体の五感。

 脳内に浮かんだ女性の顔を最後に、ハーマイオニーの意識はそこで途絶えた。

 

♦️

 

 森閑とした世界のど真ん中に、ハーマイオニーはうつ伏せになって倒れていた。

 まるで甘い酒を何杯も飲んだみたいに、ふわふわといい気分に心も身体も満たされている。

 例えで言うなれば雲の中に居るみたいだ。ずっとこのままで居られたら、どんなに幸せだろう。

 ハーマイオニーは不思議な微睡みの中、そのような甘い誘惑に浸っていた。

 この心地よさをいつまでも味わえるなら、一生眠ったままでもいい………。

 ………けれど、何かがおかしい。何か変だ。

 でも………このままいつまでも眠っていたい。

 そんな考えが脳裏を過った直後、ハッと目を見開いたハーマイオニーは強引に睡魔をはね除け、勢いよく起き上がると、純白と言う言葉がまさにピッタリな真白い世界が褐色の眼に飛び込んできた。

 起き抜けの、掠れ声が漏れる。

 

「………………え」

 

 此処は何処?

 状況が掴めなくて、頭の中に沢山の「?」が飛んでしまった。

 とにかく、周りを確認しよう。

 『そこにちゃんと存在している感覚』を忘れ、ハーマイオニーは地平線の彼方まで真っ白な空間の周囲を見渡す。

 自分は確か、ベラトリックスの『死の呪文』を受けて死んだはず。

 しかし、それならば何故?

 何故、死んだ気がしないのだろうか?

 疑問を胸に、立ち上がったハーマイオニーはブドウの杖を片手にいつでも対応出来るようゆっくりと歩き進める。

 何もかもが白いベールで覆われた不思議な世界だった。初めて此処に来たのに、不思議とこの空気感が身体にとても馴染み、快然たる気持ちが満ち足りる。今更ながら、あれだけ疲れていた全身が癒えていて、傷も治っているのに気が付いた。

 

「此処は一体………」

 

 何処なの?

 と言おうとしたハーマイオニーだったが、それよりも早く、まるで物陰から見計らっていたかのような絶妙なタイミングで、疑問に応える声が背後から上がった。

 

「此処は生と死の狭間よ。今の貴女は仮死状態で生死の境目に立っているわ」

 

 バッと勢いよく振り返ったハーマイオニーは、これ以上は無いと言うくらい眼を丸くして、ついさっきまで居なかったはずの場所に立つ、今は亡き人物の姿に食い入るように見つめた。

 

 親友と瓜二つの容姿の、黒髪金眼の女性。

 

 紛れもなく―――エミリー・ベルンカステルその人であった。

 1年前、神秘部にて戦死した命の恩人が、今目の前に居る。

 気付けば両眼からは涙が溢れていた。

 涙でぼやけた視界の中、エミリーは最期の瞬間まで絶やさなかった柔和な笑みでこちらを見つめている。

 

「また会えたわね、ハーマイオニーちゃん。前とは比べ物にならない程成長していて、自分の事のように嬉しいわ」

「エミリーさん……ですよね? これ、夢じゃ、ないんですよね………?」

「ええ、勿論。これは夢じゃなく現実よ。寝起きの影響で寝惚けてるのかしら?」

 

 冗談めかしてエミリーはフッと笑う。

 悪戯っ子みたいな笑みは人をからかったりするのが得意なエミリーの最大の特徴だ。

 生前と何ら変わらないその笑顔に、ハーマイオニーは自然と早足になって近付き、エミリーの胸に飛び込む。

 

「エミリーさん! エミリーさん! 私、もう一度、貴女に会って………一緒に、話したかった。また貴女と会えて、私……本当に嬉しい、です」

「私もよ。こうしてハーマイオニーちゃんとまた会えて、とても嬉しいわ」

「………エミリーさん。あの時、私達を命懸けで護ってくれて………ありがとうございました」

 

 以前のハーマイオニーであれば、感謝の言葉よりも先に謝罪の言葉が出ていたに違いない。

 そうしなかったのは、ここでその事を謝ったら大事な人達を護る為に命を投げ出したエミリーの誇りを傷付けてしまう事を知っていたからだ。

 全力を尽くして戦った事。

 それはエミリーにとって誇れる事なのだから、謝罪なんて以ての他。

 それを理解するのに、ハーマイオニーは無駄な時間を費やしてしまった事を猛省している。

 礼を言ってきたハーマイオニーの頭を撫で、微笑んだエミリーは「さ、行くわよ」と彼女の手を取って歩き出した。

 最初の頃の警戒心が大分薄れ、暫くはキョロキョロと興味深そうに辺り一面を四望していたハーマイオニーはエミリーを見上げてそっと問い掛ける。

 

「あの………エミリーさん。さっき、エミリーさんは生死の境目だって言ってましたけど………本当にそうなんですか?」

「ええ、私が言った事は全部事実よ。貴女はジニーちゃんを庇ってベラトリックス・レストレンジの『死の呪文』を喰らい、そして今こうして私の隣に立っている。それの何処に間違いや偽りがあるのかしら?」

「そ、そうですよね………」

「まあ、いくら賢い貴女でも、この状況をすぐに飲み込むのは難しいし無理もないわ。でも、こう説明したら分かるんじゃない? 1年前、神秘部で死喰い人一味と戦った際、私はハーマイオニーちゃん達3人を―――もっと言えば、3人の内最も最前線に居た貴女を護る為に命を差し出した。そしてそれが原因で、かつてのハリー君みたいに護りの魔法が発動した、と」

 

 護りの魔法―――。

 過去にハリー・ポッターの母親が己の命を犠牲にする事で息子を護る為に遺した『犠牲の印』の事だ。

 その事は勿論本人から直接聞き及んでいる。

 それだけで頭の回転が早いハーマイオニーを納得させるには充分であった。

 

「………要約すると、私はまだ死んでいない、と言う意味ですか?」

「それを決めるのは貴女次第よ。このまま死を選び私と共に『あの世(向こう)』へ行くか、『この世(あちら)』に戻るかの主導権は全て貴女が握っている。貴女が選んだ道は貴女の運命、貴女が望む事が貴女の道、そして貴女が決めた事は貴女自身の答えなのだから。私は口出ししないわ。でも、どちらにしても悔いが残るような選択はしないでちょうだいね」

 

 エミリーからの注意にハーマイオニーは眼を閉じて沈思黙考する。

 エミリーと共にあの世へ行くか否か。

 ここがきっと、人生最大の分岐点だろう。

 ここでの選択が、今後の命運を分ける。

 どちらが正解でどちらが不正解なのか。

 すると、そんなハーマイオニーの胸中を見透かしたように、エミリーがこう言った。

 

「言っておくけど、これは貴女のみに許された権利なのだから、正解不正解なんて無いわ。ただ、貴女の下した選択こそ、貴女が本心から望んだ判断と言うだけよ」

 

 ハッと、ハーマイオニーは眼を開けてエミリーを見上げる。

 いつも通りの優しい眼差しでこちらを見下ろす彼女の柔らかい笑みを見ていると、不思議と気持ちが軽くなった気がし、そして目前の女性と瓜二つの親友の姿を垣間見た。

 ………ああ、なるほど。クールとチアフルと言う相違はあるが、やはり血を分けた姪と叔母か。

 理屈など関係無しに何故か不思議と人を安心させてくれる優しさは、2人揃って共通だった。

 

「………貴女は、やっぱりフィールの叔母なんですね。どこまでも彼女に似ている………」

 

 1人納得したように呟いたハーマイオニーは、口角を上げて1つの答えを示す。

 

「私、あっちに戻ります。戻って、ジニー達と一緒にこの戦争を終わらせます」

「そう………私の予想通りだったわね。貴女はきっと、あちらへ戻ると」

「………そういえばエミリーさん。戻る前に2つ程訊いてもいいですか?」

「ん? 何かしら?」

「エミリーさんは、この白い空間が何に見えるんですか?」

「逆に訊くわ。貴女は何に見える?」

 

 反対に質問され、ハーマイオニーは改めて周辺をゆっくりと見渡す。

 自分達のすぐ近くに何処までも果てしなく拡がる大海原が存在しており、ふと足元に視線を落としてみれば、サラサラとした砂浜の上に立っていた。

 この景色には見覚えがある。

 

「………ブライトン?」

「へえ………貴女にはそう見えるのね」

 

 人影は1つも見当たらないが、そこはかつて皆で海水浴しに訪れたブライトンであった。

 そう理解すると、濃かった霧が幾分か晴れて全貌がより鮮明になった感じがする。

 もしかすると、人によって見える世界は異なるのだろうか?

 

「で、もう1つ訊きたい事って?」

 

 思考の海に沈みそうになったハーマイオニーは「そうだった」と意識と言う名の錨が急速に引き上げられ、最後に質問したかった事を尋ねる。

 

「………エミリーさんは、例え死んだとしても、私達の傍に居てくれますよね?」

「勿論よ。貴女達が私の事を覚えていてくれる限り、貴女達の中で私の魂は生き続ける。そして私自身が貴女を護りたいと思う限り、アイツらは誰1人として貴女に触れる事は出来ないわ」

「え? それってどういう………」

「直分かるわ。さ、お喋りはこのくらいにして、貴女は早くあの子達の元へ帰りなさい。皆、貴女の帰りを待ってるわよ」

 

 エミリーが腕を振るうと、それまでの景色が一変、ホグワーツ魔法魔術学校へと変わった。

 どうやらここでお別れのようだ。

 短い間だったが、エミリーと出会えて本当に嬉しかった。

 そう言って最後にエミリーとハグしたら、

 

「私………行ってきます」

 

 と、別れの言葉を告げ、エミリーの方も別れの言葉を返してくれた。

 

「ええ、行ってらっしゃい。―――貴女達の武運を祈ってるわよ」

 

 ハーマイオニーは小さく頷き、ローブを翻す。

 その肩をエミリーが軽く押すと、ハーマイオニーは1度も振り返らず、背を向けたまま、歩みを進めた。

 ハーマイオニーが仲間の元へ帰って行く後ろ姿を最後まで見送るエミリーに、何処からか現れた人影が歩み寄る。

 エミリーとそっくりな顔立ちをした、紫色の瞳を持つ女性―――クラミーであった。

 

「あら? 姉さん、いつの間に来てたの?」

「いつから貴女はわたしを『姉さん』と呼ぶようになったのかしら?」

「え? じゃあ何? 前みたいに『お姉ちゃん』と呼ばれたいの?」

「どの口がそんな事言うのかしら?」

「まあまあ、そう怒らないでよ。せっかく久々に会ったんだから、もうちょっと優しくしてくれてもいいじゃない」

「………ったく、言ってなさい」

 

 やれやれと肩を竦めつつ、クラミーの表情はどこか柔らかい。何年も会ってなかった妹と会えて嬉しいのが滲み出ていた。

 

「………ハーマイオニーちゃん、相変わらず元気そうで良かったわ」

「ええ………私も安心したわ」

 

 クラミーの言葉にエミリーは同意して目元を和らげる。優しい眼差しで今頃は夢から醒めたであろう娘の親友が消えた空間を眺めながら、クラミーは妹に問い掛けた。

 

「………エミリーはフィールの―――いえ、訂正するわ。年の離れた友達を自分の命を差し出してでも護った事、どう思ってる?」

「私は―――あの子達を護り抜けた事、誇りに思ってるわよ。お姉ちゃんがフィールを命懸けで護った気持ち、今なら凄く分かるわ」

 

 そう言って想い出に浸るように眼を閉じたエミリーの顔は満足感に溢れていた。

 それを見てクラミーはフッと笑い、クシャクシャと妹の頭を雑に撫でる。

 

「わたしも………貴女みたいな妹を持った事、誇りに思ってるわよ」

 

 姉からの称賛の言葉を受け、エミリーは金眼をぱちくりとさせていたが、程無くして、プイッと顔を逸らした。

 

「………何よ、急に。さっきまでの雰囲気とはまるで違い過ぎて何なのよ」

「姉が妹を誉め称えちゃダメかしら? 言っとくけど今のは本心よ。わたしは貴女と言う妹を持って誇りに思ってる。ま、それを嘘と取るか真と取るかは貴女の好きにしてくれて構わないわ」

 

 言って、エミリーの頭から手を離したクラミーは元来た道を戻って行く。

 

「もう行くの?」

「ええ。わたしは貴女の顔を見に立ち寄っただけだし。偶然だったけど、元気そうなハーマイオニーちゃんの姿を見れてホッとしたわ」

 

 肩越しにチラッとだけ振り返ったクラミーはそのまま姿を眩ます。相変わらずな姉の様子にエミリーは笑い、彼女もまた、白い霧に紛れて姿を消した。

 

♦️

 

「………マイオニー! ハーマイオニー!」

 

 自分の名を叫ぶ少女の声で、ハーマイオニーは夢から醒めた。

 瞼を開ければ、真っ暗だった世界に世界の色が戻り、涙でソバカスだらけの顔をぐちゃぐちゃに汚したジニーの顔が瞳に映る。その両脇にはロンとクシェルが安堵した顔で覗き込んでいた。

 

「ハーマイオニー………! よかった、目を覚まして。私、貴女が死んでしまったかと………」

 

 わあっと泣き出し抱きついてきたジニーに、上半身を起こしたハーマイオニーは死の呪いを受けた部分に痛みが走って顔を歪めながらも、よしよしと優しく背中を撫でた。

 

「なあハーマイオニー。一体何がどうなってるんだ? 確かに君に当たったはずの『死の呪文』、どういう訳か撃った張本人のベラトリックスに跳ね返ったんだ。2年の時、杖が折れた状態で唱えた僕の呪文が自分に逆噴射したみたいに………」

 

 不思議そうな顔でハーマイオニーから別の方向に眼を向けるロンの視線の先を辿っていけば、ベラトリックスの右上半身が何かに焼かれて喪われたように焼失していた。利き腕が右の為か、今のベラトリックスに杖はない。

 

「ば、バカな………。こ、こんな事が………グレンジャー、貴様………何をした!?」

 

 完全に混乱しパニックになっているベラトリックスは鬼のような形相でハーマイオニーを怒鳴り付ける。先程までの残忍な笑みは何処へやら、もう余裕ぶる事も強がる事も封じられてしまったその顔は困惑と恐怖で彩られていた。

 

「何をした、ね………別に私は何もしていないけれど。強いて言えば、貴女のした行為がそのまま綺麗に自分に返ってきた、自業自得って言ったところかしら」

 

 息巻くベラトリックスに軽く肩を竦めたハーマイオニーはスッと立ち上がる。武器を無くしたベラトリックスは何故か1歩も動かなかった。敵に対し背を向けるのは敗北した事を相手に表す為それはプライドが許さないのか、もしくは金縛りにあったみたいに動かそうにも動かせないのか。

 どちららにしても、チャンスである事に変わりはない。

 こちらに歩み寄ってきたハーマイオニーに、ベラトリックスはせめて気持ちは強く持とうと、杖が無い彼女は少女の細い首に残された左手を掛ける。

 

 それが大きな間違いだった。

 

 ベラトリックスがハーマイオニーの肌に触れた瞬間、かつてクィリナス・クィレルがハリーに触れて消滅したように、絞殺しようとしたベラトリックスの手がたちまち火傷を負ったように焼け焦げていった。

 

「………ッ!!?」

 

 ベラトリックスの眼が、大きく見開かれる。

 ハーマイオニーに触れた箇所が乾いた地面にようにひび割れ、ボロボロと焼け崩れていく。

 これがエミリーの言ってた『私自身が貴女を護りたいと思う限り、アイツらは誰1人として貴女に触れる事は出来ない』かと思いながら、ハーマイオニーは手を伸ばしてベラトリックスの顔などに触れた。

 ハーマイオニーが触れる度、ベラトリックスの身体は着々と滅んでいく。

 やがて苦しみ悶えていたベラトリックスがこの世から消滅する寸前、

 

「因果応報とは、まさにこの事ね………ベラトリックス。貴女にはお似合いの最期だわ」

 

 怨敵の小さな呟きが耳に入り、そして、かつてこの手が葬った女の姿が垣間見た気がして………その思考を最期に、ベラトリックスの肉体は滅び散った。

 皮肉にも、自分の行った行為が最終的に己を死に至らしめる結果となったのだ。

 

♦️

 

 第二魔法戦争が勃発してからどのくらい時間が経ったかは分からないが、気付けば闇の陣営は壊滅していた。

 あちこちに居た死喰い人や人狼は勿論の事、最強の副官・ベラトリックスも倒され、残すは闇の陣営トップ・ヴォルデモートのみだろう。

 しかし、そこに辿り着くまでに多大な犠牲を払うのは避けては通れなかった。

 現在、大広間には最期まで勇敢に戦った戦士達の遺体が運び込まれているところだった。粗方運び終えると、皆は戦死した者に対する嘆きや悲しみに暮れたり、慰めたりする姿があちこちで見られる。

 重苦しい空気が漂う大広間の片隅で、トンクスが親友2人を失った喪失感を我慢して戦闘を続けた後輩を励ます光景があった。その後輩―――クリミアは虚ろな瞳で、『家族』の遺体を眺めている。

 婚約者のルークが双子の妹・シレンの遺体に泣いて縋り、その彼の傍には共に戦ったクラムやフラー、母のセシリアが寄り添っていた。その近くには父・ライアンの遺体が横たわっている。

 彼が死ぬ瞬間まで一緒に居たシリウスとルーピンはショックを受けている様子であり、人狼グループとの一戦を潜り抜けて勝利したベイカー夫妻も大切な人達を亡くした苦痛を感じつつ、いつまで経っても現れないハリーとフィールの安否も気にしていた。

 と、その時だ―――。

 

「―――フィール!?」

 

 誰かの一声が静まり返った大広間に反響する。

 全員が広間の入り口に眼を向けてみれば、確かにそこにはフィール・ベルンカステルが居た。

 どうやら、無事だったらしい。

 皆はホッと胸を撫で下ろしたが………何か違和感を感じたのか、警戒心を帯びた瞳でフィールを見つめていたダンブルドアが、突然ニワトコの杖を彼女に定め、物凄いスピードで魔法を撃った。

 え………?

 と、この場に居た誰もが眼を丸くした、次の瞬間。

 

 

 

「ちっ………そう簡単に貴様を欺く事はやはり無理だったか、ダンブルドア」

 

 

 

 『姿現し』してダンブルドアの攻撃を回避したフィールが、ニヤリと普段の笑顔からはかけ離れた邪悪な笑顔で嗤って見せる。

 ダンブルドアを除く全ての人間が愕然とする中―――彼女の蒼い瞳が、一瞬だけ紅く光った気がした。




【護りの魔法】
はい、皆さん気付いていたと思いますが、実はハーマイオニーには護りの魔法が遺されていました。で、結果はベラトリックスの敗北と言う、まさに自業自得な結末に。
あと久々にエミリーさんとクラミーさんがご登場してくれました。

【戦死したオリキャラ】
ソフィア・アクロイド
アリア・ヴァイオレット
シレン・ベルンカステル
ライアン・ベルンカステル

余談ではありますが、2章ラストに初登場したシレンを除く3人は#1~3の1章の時から登場した古参メンバーでございます。

【大事な御知らせ】
実は当初の予定ではウクライナ・アイアンベリーを闇の陣営側の生物として参戦させるつもりだったのですが、諸事情により本作での御登場はナシとなりました。
#56で「アイアンベリーは最終章で登場するでしょう」とか言ってたのに申し訳ございませんm(_ _)m。

【まとめ】
今回はベラトリックスを初めとする闇の陣営が壊滅しましたの回でした。
だがしかし、そう簡単に終わるはずもなく、ラスト、まさかの展開に。
最後に現れた『フィール』の詳しい描写は次回明かされますのでお待ちを。
そして次回、遂にVSラスボスを迎えます。
1年以上続いた物語ですが、ようやく終わりの光が見えてきました。
果たして次回、どのような結末が待ち受けているのか。
FIN(最終話)に続きます。
また見てね、バイバイ。


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FIN.果て無き戦いに終止符を

 時間は少し遡り―――。

 ハリーはフィールとクラウチが一進一退の激戦を繰り広げているのをハラハラしながら陰で静観していた。

 どちらも相手を殺す気が掛かっている一戦だ。

 2人の真剣勝負に横槍を入れるなんて真似をすればどうなるかは容易に想像がつく為、ハリーは大人しく成り行きを見守る事にしている。

 

 そして、長きに渡って続いた対決は遂に結末を迎えた。

 

エクスパルソ(爆破)!」

 

 ありったけの魔力を込めて唱えられた『爆破呪文』が炸裂する。

 あっ、とハリーが声を上げるまでもなく、クラウチの『爆破呪文』はフィールの全身を木っ端微塵にしたかのように思えたが―――

 

「な、なにィ………!?」

 

 現実は違った。

 先刻、肉体を粉砕されたように見えたフィールの華奢な身体が、白銀に輝く美しい衣に包まれている。

 それは、『破滅守護霊』とは相対する『破魔守護霊』であった。

 守護霊の狼が身を護る衣となり、クラウチが放った『爆破呪文』を無効化したのだ。

 勝利を確信した直後に起きた想定外の事態に完全にクラウチは意表を突かれてしまい、挙動が停止する。

 

 それがクラウチ最大の命取りとなった。

 

「終わりだ、クラウチ! アバダ・ケダブラ(息絶えよ)!」

 

 手を伸ばせば届きそうな程の距離まで接近されたクラウチの顔は驚愕で固まっていた。

 この距離なら、外さない。

 アカシアの杖から緑色の閃光が迸る。

 死の光に包まれたクラウチの身体は吹き飛び、強かに地面に叩き付けられた。

 

「はぁ………っ……はぁ………っ………、か、勝った…………」

 

 ソバカスがある顔は驚いた表情で固定され、見開かれた瞳は虚で何も映していない。

 ピクリとも動かないクラウチが今度こそ死亡したのを確認したフィールは張り詰めていた緊張の糸がプツンと切れ、役目を果たし終えた守護霊の衣がフッと消滅した途端、安堵の微笑みを浮かべながらへたり込んだ。

 激闘から押し寄せてくるとてつもない疲労感にボロボロの身躯が見舞われ、肩で息をする。可能であれば意識を手放してしまいたいが、まだ戦争は終戦を迎えていないので、唇を強く噛み肉体的痛みでどうにか保つ。

 

「ハリー………」

 

 身を潜める必要が無くなったハリーがこちらに近付いてくるのを眺めていた、その時、第三者の声が辺りに響いた。

 身体の芯が凍り付く程に甲高くて冷たいあの声が。

 

「―――どいつもコイツも、口先ばかりのヤツらだけだ。この俺様の期待に応えず、無様に死んでいくとは………ヴォルデモート卿自らがこうして赴かねばならんとは、何とも嘆かわしい」

 

 ハッと、声のした方向に顔を向けてみれば、1度見たら忘れられないインパクト大の外見をした男が酷薄な笑みを湛えていた。

 見る者に恐怖を植え付ける真っ赤な瞳、無理矢理切り込みを入れたように潰れた鼻、不健康な程に青白い肌をした、蛇のような男。

 

「ヴォルデモート………!」

 

 闇の帝王ことヴォルデモート卿が居た。

 彼の足元には最後の分霊箱である雌蛇のナギニが獲物を狙う眼で2人をじっと見つめている。

 

「久方ぶり、とでも言っておこうか? ベルンカステル、ポッター」

 

 ヴォルデモートは焦りや不安を微塵たりとも感じさせない余裕綽々な態度でハリーの杖とは兄弟杖ではない別の杖をクルクルと弄びながら、2人に紅い視線を送っていた。

 ハリーはフラフラと立ち上がったフィールを庇うように彼女の前に立ち、ヴォルデモートを睨み付ける。

 

「どうやらお前を探す手間が省けたようだ。ヴォルデモート、今此処で倒してやる!」

「くだらん戯れ言を。お前みたいな小童がどうやって俺様を倒そうと言うのだ?」

 

 ハリーの鋭い視線をモロともせず、ヴォルデモートは嘲笑う。カチンときたハリーはバカにされた悔しさに思わず頭に血が上りそうになったが、挑発に乗っては相手の思うツボだと抑制し、スルーした。

 

「………2人纏めて殺しに来たのか?」

「勿論だ。だが、すぐには殺さん。俺様は貴様らに散々辛酸を舐められてきた。貴様らが俺様に泣いて命乞いをする無様な姿をこの眼に焼き付けるまでは、じっくりと痛め付けてやるつもりだ」

 

 口の端を歪めながらそう言ったヴォルデモートの言葉。

 誰がそんな真似を、と言おうとしたハリーよりも早く、フィールが即座に一蹴した。

 

「―――笑止千万。誰がお前に泣いて命乞いなどするか。そんな無様な姿を晒すくらいなら、蛇に噛まれて死んだ方がまだマシだ」

 

 強い眼差しでキッパリと明言したフィール。

 疲れているはずなのに疲労を感じさせない凛とした佇まいに、ヴォルデモートはニヤリと嗤ってみせ、愉悦そうに嗤い声を上げた。

 

「くくくっ………あっはははははははははは!」

「何がおかしい?」

「ふふっ………安心したぞベルンカステル。劣勢の立場でありながら俺様に歯向かう不屈の精神、今も健在のようだな。流石はエルシーの孫と言ったところか。あの女に似て、実に素晴らしい」

 

 

 

「それでこそ、この俺様が身体を乗っ取るのに相応しい協力者(うつわ)だ」

 

 

 

 それは、まさに刹那で起きた出来事だった。

 万全の状態であれば、本来フィールは並外れた運動神経で避ける事が出来たはず。

 しかし、今はクラウチとの死闘を終えた後。

 全力出さないと勝てなかった戦闘後にもう1度奮戦するのは不可能で………目の前に居たヴォルデモートが突如消えたと思いきや、フィールが頭を押さえて苦しみ出したのだ。

 

「うっ………ああぁあああ…………ッ!」

「フィール!? 大丈夫!?」

 

 眼を剥いたハリーはフィールの両肩に手を置き激しく揺さぶり、何度も呼び掛ける。が、フィールはそれに応えず、額に脂汗を滲ませ、苦悶の表情を浮かべながらも、口を開いた。

 

「ハリー………私の事は………気にするなよ」

「え………?」

「もし……私が………完全に乗っ取られたら……その時は、容赦無く倒せ」

「フィール、何言って―――」

 

 どういう事だ、と訳が分からずハリーが眼を見張っていると、フィールの身体から、黒い霧のようなものが立ち上ってきて―――茫然と見ていたハリーは軽く吹っ飛ばされた。

 尻餅ついたハリーは顔を顰めながらも急いで立ち上がると、次の瞬間にはもう何事も無かったように落ち着いた、それでいて邪悪な意志を孕んだ面持ちのフィールがそこに立っていた。

 

「フィール………?」

 

 警戒しつつもハリーがそっと問い掛けると、

 

「思った通りだ………コイツは住み心地がいい。過去に憑依してきた人間共よりもずっと、意識を乗っ取って思うがままに操れる」

 

 零れ出た言葉に含まれた歓喜の声音。

 発せられたその声は眼前の少女のそれなのに、何かが全く決定的に違う。

 見慣れた友人の顔をしたそれに、なんとなくではあるが、次第に意味不明だった言葉の意味を飲み込めるようになったハリーは「まさか………」と物凄く嫌な予感がした。

 

「フィール、君まさか、ヴォルデモートに取り憑かれてるのか!?」

 

 先程のセリフからして、それしか考えられないが。

 

(こういう時、どうすればいいんだ!? クィレルの時みたいに、何らかの方法でアイツを引き剥がせるのか!?)

 

 かつて肉体を失いゴーストにも劣る生命体となったヴォルデモートが魔法使いに取り憑いていたのをハリーはこの眼で見ている。

 だけど、あの時はクィレルがヴォルデモート側の人間で、且つ母が遺してくれた『護りの魔法』のおかげでヴォルデモート自身がやむを得ず離れただけであり、今とは全く異なる状況だ。

 血の護りは今年の誕生日を迎えた時点で消失したし、それ以前に憑依された人物は自分達側の人間であり親友。

 彼女からヴォルデモートを引き離すとなれば、それは宿主の肉体が使い物にならなくなるまで傷付けなければいけないのを意味するだろう。

 そんな事―――

 

(出来る訳が無いじゃないか!)

 

 彼女を………この7年間、苦楽を共に過ごし何度も修羅場を潜り抜けてきた戦友を、殺さないまでも酷く傷付けなければいけないなんて、そんなのは断じてイヤだ。

 

「―――ハリー? そんなに怖い顔して、どうしたんだ?」

 

 いつの間に移動したのか―――。

 ハッとハリーが我に返ると、眼前には、妖艶な笑みを浮かべて小首を傾げるフィールが目と鼻の先に居た。

 近い。

 ほんのりと湿った淡い桜色の唇から漏れ出る息遣いが感じ取れる程に近い。

 長い睫毛に縁取られた蒼い瞳は控えめに伏せられ、雪のように白い艶かしい手が、ハリーの頬に触れる。

 甘いシャンプーの香りが鼻腔を擽り、細くしなやかな指が顎を持ち上げる形になった時―――ドンッとハリーは、反射的にフィールを突き飛ばした。

 

「………どうして突き飛ばしたりしたんだ?」

「よくもそんな白々しい事を言えたな。フィールの顔で僕を誘惑しようたってそうはいかない。今すぐフィールから離れろ、ヴォルデモート! 彼女がこんな真似をする人じゃないのは僕がよく知ってる!」

「………あ~あ、なんでこうも上手くいかないかなあ。普通の人間であれば、例え演技だと分かってても色仕掛けの罠にまんまと嵌まるのに」

 

 ちょっと悲しそうだった表情から一変、スッと眼を細めたフィール―――否、ヴォルデモートはガラリと雰囲気を変え、ガッカリしたように肩を竦める。

 

「………まあ、それはいいとして。やはりまだ身体が馴染まないな。乗っ取った直後だから、仕方ないと言えば仕方ないが………。流石はベルンカステルか。あの小娘、まだ意識が残ってる」

 

 独り言のように呟いたヴォルデモートの最後の部分に、ハリーはピクッと反応する。

 

「だが、コイツは好都合だな。ベルンカステルの精神が死に完全にヤツの存在を奪うまでの間、アイツの自由意志は全て俺様―――いや、()のものだ。『闇の陣営に対抗するフィール・ベルンカステル』としての意識を保たせた状態で私の陣営に協力させるとなれば、抑え付けられているアイツの意識は死よりも耐え難い苦しみを味わうであろう」

「ヴォルデモート、貴様!」

 

 聞き捨てならないヴォルデモートのとんでもない発言に、今までに無いくらいのあらん限りの憎悪の炎を燃やしたハリーは声を荒げる。

 

「フィール! フィール! 僕の声、聞こえてるだろ? お願いだから、出てき―――」

「煩い黙れ! コンフリンゴ(爆発せよ)!」

 

 完全に居なくなってる訳じゃないフィールにハリーは必死に呼び掛けるが、その彼の喚起を遮断させるかのように、蒼い瞳が一瞬紅くなったヴォルデモートが『爆発呪文』を詠唱した。

 直後、ハリーの足元が爆発し、衝撃で身体がブッ飛んだハリーは近くにあった建物の壁に背中を強打する。

 

「あぐっ………!」

 

 骨折したと思うような激痛が満身に走り、地面に落ちたハリーは海老のように丸くなり痛みに呻き声を上げる。

 たった一撃なのに何故か肩を上下させるヴォルデモートはこめかみを伝う汗を拭うと、ハリーに背を向け、

 

「くそっ………余計な真似はするなベルンカステル! お前の身体はもう俺の物だ。大人しくしてろ!」

 

 自らを怒鳴り付ける言葉を吐き捨てながら、ナギニを連れて何処かへ立ち去った。

 ひとまずは殺されずに済んだハリーだが、しかしここで安心してる場合ではない。

 恐らくヴォルデモートは生き延びた人達が皆集まっている場所―――大広間に向かった。

 ならば早く皆に伝えに行かねば。

 そうは思うが、身体が言う事を聞かない。

 奥歯を噛み締め、ハリーはグッと気合いを入れる。

 地面に身体を縫い止めているような何かを引き剥がすように身を捩り、肘をつき、膝をつき、なんとか立ち上がると、

 

(さっきのあのヴォルデモートの様子………あれはきっと、フィールが抵抗してるからだ………)

 

 と、身体は支配されたが精神はまだ支配されていない友人の必死の抵抗を信じ………戒めが急に解けたハリーは、全速力でヴォルデモートの後を追い掛けた。

 

♦️

 

 一方―――。

 

「トム! お主は何と言う事を!」

 

 案の定生存者が集結していた大広間に辿り着いたヴォルデモートは、直感で『フィール』の中身を見抜いたダンブルドアの怒りの言葉をさらりと受け流し笑みを深めた。此処に到着する間にフィールの意識の大半を抑え込むのに成功したのか、動揺した素振りは無い。広間に居たダンブルドアを除く大衆は未だ混乱しており、訳が分からないと言う表情で視線を黒髪の少女に集中させる。

 

「くくっ………実に面白い顔をするじゃないか、ダンブルドア。そんなにベルンカステルの事が心配か? 以前は密かにベルンカステル抹殺を頭に入れていた貴様が」

「フィールは? フィールは、一体どうしたのじゃ!?」

「そんなに怖い顔をしなくてもいい。まだ此処に居る」

 

 フィールの顔をしたヴォルデモートは自分の胸を指し、フィールの声でこう続けた。

 

「ベルンカステルの意識は俺―――いや、()と言えばいいか? 私の胸の奥に辛うじて引っ掛かって留まっている程度だ。アイツの意識は私の圧倒的な意識によって捩じ伏せられている。どんなにもがいても無駄だと言うのに、アイツは今も抗っているのだから、滑稽な話だ」

 

 言葉の端々からフィールの魂が完全にヴォルデモートに喰われていないと知り、また身体は支配されたが意識はある程度残ってて今も抵抗していると分かって、ダンブルドアはホッとしたが、それも束の間。

 これは状況的に最悪でこちらにとっては圧倒的に不利でしかない事に内心で舌打ちする。

 ヴォルデモートは何の懸念も無くこちらを痛め付けられるが、こちらはフィールの身体だから攻撃しづらいのだ。

 しかもフィールは身体を乗っ取られてるだけで完全に存在は奪われていない。

 取り憑いたまま宿主が死んだ場合、確証は無いが、恐らく宿主に憑依していた者も同時に絶命するだろう。

 だが………それは出来ない。

 何故ならば、ヴォルデモートにはまだ最後の分霊箱が残っているからだ。

 ダンブルドアはヴォルデモートの足元を這う大蛇を見て僅かに顔を歪める。

 分霊箱が全て破壊されていないこの現状では、例えフィールの肉体ごと消滅させたとしても、ヴォルデモートは倒せない。

 つまり………今、このタイミングでフィールを殺したら。

 それは無意味な殺生となってしまう。

 それどころか、逆にヴォルデモートにとっては邪魔者が排除されて有利なだけだ。

 ならばこの戦況でダンブルドア達ホグワーツ陣営が取れる最善策であり唯一の手段はただ1つ。

 フィールの肉体からヴォルデモートを引き剥がす事、それだけだ。

 

「厄介じゃ………フィールの身体を傷付ける訳にはいかん」

「アルバス、一体どういう意味ですか?」

 

 流石のマクゴナガルもこの事態をすんなりと理解するのは難しいのだろう。珍しく頭の中がごちゃごちゃになっているマクゴナガルの問いに険しい顔付きのダンブルドアが答えようとした時、此処まで疾走してきたハリーが現れた。

 休み無しで走り続けたハリーは身体全体からどっと汗が噴き出し肩で激しく息をしたが、深呼吸して乱れた呼吸を整えると、肩越しに振り返るフィールの見掛けをしたヴォルデモートを見据えながら、

 

「皆、落ち着いて聞いてくれ! フィールはヴォルデモートに身体を乗っ取られて操られてるだけなんだ!」

 

 と色めき立つ群衆に向かって必死に説明した。

 それを聞いたダンブルドアは「やはり」と改めて内心舌打ちし、大衆は「そういう事か」とようやく意味が分かってどよめいた。

 生徒を、それもハリー・ポッターと並んで魔法界の希望と象徴されていた少女の身体をヴォルデモートに乗っ取られ、牽制され、行動するのに躊躇うダンブルドア達。

 誰もがどうにかしなければと言う焦燥感に駆らながらも思うように動けないでいた、その時。

 人々の群れから1人の少年が飛び出し、幾重ものロープを出現させて、ヴォルデモートを捕らえようとした。

 

 倒せないならば、捕まえればいい。

 単純にそう考えた訳だが、現状では1番の方法だ。

 そしてその先駆者は―――なんとネビル・ロングボトムであった。

 しかしながら、ヴォルデモートを相手に当然そう易々と上手くいくはずもない。

 ヴォルデモートはチラッと見ただけで飛来してきたロープを無言呪文で全て消し去り、続け様に『武装解除呪文』でネビルを吹き飛ばすと、奪ったネビルの杖を投げ捨て、ハッと鼻で嗤った。

 

「ほう………この期に及んで、まだ抵抗する勇気と気概があるとは。お前は確か、ネビル・ロングボトムだったか? お前は高貴な血統の者だ。新たな死喰い人になれるだろう。私の元へ来い。その勇敢さを讃え、我が腹心として迎えよう」

 

 軽蔑しているのか勧誘しているのか、よく分からないヴォルデモートの言葉に、力強く立ち上がったネビルは射抜くような瞳で見据える。

 

「地獄の釜の火が凍ったら、仲間になってやる」

 

 そして、敵味方の戦場の境界線で、武器も持たずにネビルは勇ましく宣言した。

 

「僕達はダンブルドアの軍団だ!」

 

 ネビルの勇ましい叫び声に、一瞬、大広間はシンと静まり返った。

 人声も物音も一切無い無音の空間。

 とても長い間だったように思えた静寂は、その数秒後に嵐のような猛々しい叫び声によって突き破られた。

 そのあまりの煩さに普段のフィールからは似ても似つかぬ醜い形相で顔を顰めたヴォルデモートは苛立ったように呟く。

 

「分からず屋の馬鹿めが………よかろう。そんなに死にたいのであれば、今すぐ―――」

 

 が、そこでヴォルデモートの言葉は途切れた。

 杖先をネビルに向け、標準を合わせていた腕が振り下ろされる。

 

「なっ!? くそっ、まだそんな力が………!」

 

 頭を押さえ、ヴォルデモートが何やら喚く。

 ついさっきまで見せていた様子が一変し、何事かと身構えていると―――

 

「………めろ。止めろ………! 私を操るのは止めてくれ………!」

 

 地面に両膝をついたフィールがそう呟く声が耳に入った。

 先刻のネビルの勇気ある叫びが、危うくヴォルデモートの意識に飲み込まれ闇に沈められそうになったフィールの魂に届いたのだ。

 

「! フィール! まさか意識が戻って………」

 

 固唾を呑んで皆が見守っていると、ヴォルデモートに気力が勝ったフィールが無言で『呼び寄せ呪文』で呼び寄せたのだろう、彼女が杖を振るった直後、破れた城の窓の1つからある物が飛び出してきた。

 それはホグワーツに入学した者全員が1度は必ず被った事のある組分け帽子だった。

 呼び寄せたそれをフィールはネビルに向かって放り投げ、声を振り絞る。

 

「ネビル、グリフィンドールの剣だ………! その帽子の中に、真のグリフィンドール生のみが抜けるゴドリック・グリフィンドールの遺産が入ってる………! 今のアンタなら抜けるはずだ。それでナギニを………最後の分霊箱を、破壊してくれ!」

 

 言い終えると、フィールはナギニが何処かへ逃亡しないよう素早くこの場を離れようとしていたナギニを魔法で拘束した。

 今ここでナギニを逃してしまったら、2度とチャンスは訪れない。

 一心込めて、フィールはナギニを捕らえる。

 彼女の決死の覚悟を無駄にしてはいけない。

 駆けながら、ネビルは帽子の中に手を突っ込み抜き放つ。

 彼の手には、白銀に輝く剣が握られていた。

 かつて秘密の部屋にてハリーがバジリスクを討伐した際、バジリスクの毒を刀身に吸収して強化されたグリフィンドールの剣だ。

 組分け帽子を投げ捨てたネビルはルビーが嵌め込まれた銀の剣を振りかぶり、勢いそのままに斬り付ける。

 ナギニの首が斬り飛ばされた瞬間、ナギニの巨大な蛇体は砕け、消滅した。

 これで、ヴォルデモートの分霊箱は全部破壊された。

 ナギニの全身が砕け散ったのを見届け、気が緩んでしまったフィールは、唯一愛情に近しい感情を抱いていたペットを殺害された事から来る激しい怒りを覚えたヴォルデモートに再び身体の主導権を握られ、支配される。

 

「おのれ………貴様だけは絶対許さんぞ、ロングボトム!!」

 

 激昂したフィール―――否、ヴォルデモートがナギニを殺害したネビルに杖を向け『死の呪文』を放つが、咄嗟にダンブルドアがネビルを自分側に引き寄せた事により、難を逃れた。

 

「ロングボトム。貴様のした事は万死に値する。ナギニを殺した貴様は必ずやこの手で葬ってやろう。だが、その前に―――ハリー・ポッター、まずは貴様を始末してからだ」

 

 蒼い瞳が血のように真っ赤な色に塗り変わり、激情に駆られるヴォルデモートは近くに投げ捨てられていた組分け帽子に移動キーを作成する『ポータス』を掛ける。

 

「ポッター、ベルンカステルを助けたくばお前1人だけで秘密の部屋へ来い。1人で来なければ、俺は問答無用でコイツの身体を破壊する。どちらのアドバンテージが高いか、分からぬお前ではないだろう? お前との因縁はそこでつけてやる。1対1の真剣勝負に邪魔者は必要無い。もし警告を破ってポッターについてきた愚か者はヴォルデモート自らが手を掛けてやろう」

 

 言うだけ言って、ヴォルデモートは姿を眩ました。

 先に秘密の部屋に行って、ハリーが来るのを待っているだろう。

 ハリーは移動キー化した組分け帽子をじっと見つめる。

 分霊箱は全て破壊されたとは言え………ヴォルデモートに憑依されたフィールとの勝負に勝機はあるのだろうか?

 そんな考えが、ハリーの頭にちらついた。

 

「待ちなさいハリー。貴方、まさかとは思うけどその状態でヴォルデモートと対峙するつもりなのかしら?」

 

 不意に声を掛けられ、ハリーはビクッとする。

 声の主はクリミアだった。

 クリミアは組分け帽子を一瞥後、ハリーに視線を定める。

 

「正直に言うけど、貴方の技量ではヴォルデモートはおろか、フィールにさえ敵わないのよ? それなのにどうやって勝つつもり? 勝てないのに後を追い掛けたって無駄死にするだけよ」

「じゃあどうしろって言うんだクリミア! ヴォルデモートも言ってただろう!? 僕1人で行かなければフィールは確実に殺される! クリミアはそれでもいいのか―――」

「話は最後まで聞きなさいハリー! 私は、貴方に一縷の望みを託すつもりでいたのに無謀にもすぐ行こうとした貴方を引き留めたのよ!」

「………一縷の望み?」

「ええ。………ヴォルデモートがフィールの身体を支配したのは貴方の話で分かった。確かにそれでは下手に手出しは出来ないし、フィールの精神がヤツに喰われてしまうのも時間の問題。かといって部外者の私がついて行けば彼女が殺害されるのを早めるだけ。………だから私は決めた。一か八か、残り少ない私の魔力全て、最後の希望である貴方に託そうと」

 

 そこで一息入れたクリミアは、自分に注目する全ての人間の顔を見渡す。

 

「―――年がら年中『生き残った男の子』に泣き縋って何でもかんでも当てにするなんて情けない話だわ。たまには『選ばれし者』を労い、これまで彼が何年にも渡って背負ってきた重責や苦労、重荷を少しは肩代わりしましょう。それが今まで彼に幾度となく救われてきた私達住民に出来る唯一の恩返しじゃないかしら?」

 

 終始ハリー・ポッターだけに魔法界の命運を任せるのは無責任で恩知らずの人間がする事。

 危機に陥れば英雄の少年に助けて貰う事が当たり前ではない。

 時には運命に選ばれたが故に問答無用で負い続けなければなかった負荷を自分達も背負って、彼が味わってきた苦しみや辛さを身代わりしよう。

 

 そんなクリミアの気持ちを読み取ったのか、まず最初にハーマイオニー達が1歩前に進み出て、

 

「クリミアの言う通りだわ。ハリー、貴方だけに重荷は背負わせたりしない」

「絶対勝って皆で卒業するって約束したもんな。僕らも君に協力するぜ」

 

 と、各自杖をハリーに向け、自分が持てる魔力の全てをハリーに送り込んだ。身体中に流れ込んで来る強力な魔力に、ハリーは力がみなぎるのを感じる。1番初めに言い出したクリミアも魔力を総結集させてハリーに注ぎ込むと、彼女らの一連の動作を見ていた住民や教師陣、卒業生や在校生も真似して自分が持つパワーを彼に託した。

 次から次へと自分に流れてくるマジックパワーにハリーはいつしかのフィールとの会話を思い出していた。

 

『魔力を他者に送り込むのは送る側の人間が体力や気力をそれだけ消耗するからな。代償は当然ある』

『それにいくら絶大な威力を誇る力を得たとしても、その力をコントロール出来なければ意味は無いし、下手すると周囲を破壊し尽くしかねない』

『だから、束になって掛かっても勝てない時やどうしようもない時にのみ、1人の魔法使いに他の魔法使いが魔力を託し、その一撃に全てを賭ける―――と、私は考えてる』

 

 あの時のフィールの言葉はこういう事かと、今なら当時そう語ってくれたフィールの心情が分かる気がして………ハリーは、改めてヴォルデモート討滅とフィール救出の決意を固めた。

 

「ヴォルデモートは魂を7度も引き裂いた。分霊箱が全て破壊された今、ヤツの魂は最早端くれ同然でしかない。となれば、大本の魂は限界に近いはずよ。今ならヤツの魂()()を消滅出来ると思うわ。フィールが編み出した『破滅守護霊』であれば、憑依している彼女の身体が滅ぶ前にきっと。だからハリー、どうかフィールを―――私達の故郷を、救ってちょうだい」

 

 クリミアからの頼みに、ハリーは大きく頷く。

 全員がハリーに魔力を送り終えると、ダンブルドアはいつも通りのキラキラした淡いブルーの瞳でハリーの前に歩み寄り、

 

「運命が選びし子に、神の御加護があらん事を」

 

 と短く激励した。

 たった一言なのに、その力強い言葉はこれから最終対決に向かうハリーを奮起させる。

 沢山の人達の想いを胸に、大きく息を吸って吐いたハリーは彼等に向かって小さく首を縦に振ると、決然とした顔で組分け帽子に触れた。

 瞬間、身体が引っ張られる感覚と共に景色が変わる。

 かつて来た事がある、得体の知れない不気味な雰囲気が漂う通路に心臓が高鳴ったハリーは無意識の内に沸き上がってくる恐怖心を強靭な精神力で抑え込み、歩みを進める。

 左右一体となって等間隔に並ぶ蛇の柱。

 その柱の最後を越えた先には―――

 

「来たかポッター。待っていたぞ」

 

 巨大な石像に背を向ける形で、残酷で余裕ある笑みを浮かべてこちらを見据える黒髪の少女の姿をした宿敵が居た。

 冷や汗を首筋に流しながら、ハリーは柊の杖をギュッと強く握り締める。

 

「俺が言った通り、ちゃんと1人で来たようだなポッター。まあ、どのみち他者がついて来ようとも来なくても結果は変わらん。所詮雑魚は雑魚。雑魚の力を幾ら束ねようと、このヴォルデモート卿の敵ではない!」

「本当にそうだと断じて言えるか? ヴォルデモート」

 

 ヴォルデモートと睨み合い、どちらからともなく互いに距離を保ったまま円を描いて動き出したハリーはいつでも呪文を発動出来るよう身構えながら、質問する。

 

「お前はそうやって何度破れた? 何度お前の言う『雑魚』に退散を余儀無くされた? お前の言葉は最早妄言に過ぎない! お前は今日、此処で再び打ち破られる! 16年前のように不完全ではなく、今度こそ完全にだ! お前と僕の縁を結び付けるこの杖が、お前を倒したがっている!」

 

 ビシッ、とハリーは不死鳥の杖を翳した。

 堂々としたその雄姿に、かつてこの手で葬った勇猛果敢な夫妻の顔が脳裏を過る。

 1度己を打ち負かしたマグルの女の顔が浮かび上がった瞬間、ヴォルデモートは激昂し、蒼い双眸が紅く変色した。

 

「この………虫ケラの分際めが!! 灰になってこの世から跡形も無く消え去るがいい! ―――インフェルノ・フィニス(終焉の業火よ)!」

エスティルパメント・パトローナム(守護霊よ滅ぼせ)!」

 

 ヴォルデモートは『悪霊の火』を、ハリーは『破滅守護霊』を詠唱する。

 それぞれの杖から飛び出した炎の大蛇と銀の牡鹿は中央で激突した。両者は自分が持てる力全てを蛇と牡鹿に送り込む。最初は力任せに全魔力をぶつけてきたヴォルデモートの方がハリーの威力を上回りハリーは力負けしていたが、

 

(頼む、どうか耐えてくれ! フィール!)

「終わりだ! ヴォルデモート!」

 

 ここで必ず果て無き戦いに終止符を打つと心に決めたハリーは勝利宣言をかまし、ダンブルドアを初めとする多くの魔法使いから託された渾身のフルパワーを1発叩き込む。

 世界を、そしてフィールを救うと言うハリーの想いが守護霊にも影響を与えたのか、牡鹿の逞しい身体を纏う銀白色の輝きが増し―――

 

「ば、馬鹿な………有り得ん………この俺が、ヴォルデモート卿が、たかが1人の小僧に圧されるとは………」

 

 ヴォルデモートが眼を剥いた、次の瞬間。

 徐々に弱まっていったバジリスクの形を模した炎を貫いて、守護霊の牡鹿がフィールの肉体目掛けて突進した。

 フィールの身体を乗っ取っていた魂の端くれたるヴォルデモートが想像を絶する痛みに苦痛の叫びを上げる。

 中身はヴォルデモートであると分かっていてもハリーの眼にはフィールが苦しみ悶えているように映り、思わず中断しそうになるが、奥歯を噛み締める事で思い留まる。

 

「俺1人だけで終わってなるものか………貴様らも地獄の道連れにして…や……る………」

 

 その言葉を最期に、分霊箱を製作する度にすり減らしていった魂が消滅する寸前―――ヴォルデモートは最大出力の魔法を高過ぎる天井に叩き込んで粉砕、凄まじい轟音が秘密の部屋内に轟いた刹那、彼の存在は完全に消失した。

 すぐには直視出来ない眩い輝きに眼を閉じていたハリーが瞼を開くと、ヴォルデモートに無理矢理肉体を操作され更には破滅守護霊の威力を生身でまともに受けたフィールが地面に倒れ込んでいるのが視界に飛び込んだ。

 

「フィール! 大丈夫!?」

 

 急いで駆け寄ったハリーはフィールを助け起こす。心身共に疲労困憊のフィールは眼を閉じてぐったりとしており、気を失っていたが、程無くして、ゆっくりと瞼を開いた。

 

「……………ハリー、私………」

「全て終わったよフィール。ヴォルデモートは倒された。僕達の勝ちだ」

 

 操られていたとは言え、結果的にハリー達に迷惑を掛け足を引っ張ってしまった事を謝ろうとしたフィールに、無事で良かったと笑顔を向けたハリーは早口で遮る。が、悠長な事は言ってられない。最後の悪足掻きとばかりにヴォルデモートが秘密の部屋を全壊し生き埋めにしようと目論んだせいで、急ぎ此処から脱出せねばならないのだ。

 満身創痍のフィールに肩を貸したハリーはどうやって脱出しようかと思考をフル回転させていると、薄れそうな意識を繋ぎ止めていたフィールが神経を集中させて意識を研ぎ澄ませ、ギュッと杖を強く握った手を翳した。

 

 直後、翳した先の空間に真っ黒な穴が開く。

 フィールが開発した『空間移動』の穴だ。

 ハリーはパアッと顔が輝くが、同時に疲れ切った状態での魔法の行使に心配の念も抱く。

 しかし、今はその事を話してる場合ではない。

 フィールが脱出経路を作ってくれた以上は、1分1秒たりとも無駄には出来ないとハリーはなんとかして黒い穴の元まで歩みを進める。

 

 だから彼は気付かなかった。

 ヴォルデモートに身体を支配され限界以上の力を発揮された影響で、自分はもう長くは保たないと死期が迫っているのを悟ったフィールがせめて()()()()()()脱出させようと考えている事に。

 今頃は大広間で自分達が帰還するのを待っているだろう仲間達への伝言をハリーに頼もうとしている事に、2人で一緒に脱出する事で頭が一杯の彼は気が付かなかった。

 

「フィール、しっかり掴まってて。今から穴に飛び込―――」

 

 が、まるでハリーの言葉を拒絶するかのように彼を振りほどき自分の足で立ったフィールは、自分の首もとに手をやった。

 

「フィール? 何をしてるんだ? 早く此処から出よう!」

 

 ハリーの急かす声を無視し、フィールは真ん中に嵌め込まれている魔法陣が描かれた青い石に亀裂の入ったロケットを外して、続いて左手の指に嵌めていたリングを外す。

 そして最後に、羽織っている黒ローブの左胸に施されたある物を右手で取り外したフィールは、彼女の行動に戸惑っているハリーの手にそれらを託し―――

 

「ハリー………あっちに帰ったら、皆にも伝えてくれ。………私は―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

「あなた達と出会えて………本当に、よかった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハリーの眼を真っ直ぐ見ながら別れの言葉を告げ、伝言を託したフィールは、ドンッと彼を大広間に繋がっている黒い穴へ思い切り突き飛ばす。

 

「フィール!? 何で!? フィール!! フィールッッッ!!!」

 

 訳も分からず、空いた手で必死に腕を伸ばしフィールの名を叫ぶハリーが完全に穴が閉じる前に見た光景は、崩れ行く秘密の部屋と運命を共にする友の凛々しい姿だった。

 

♦️

 

 最大最悪の宿敵・ヴォルデモートを討滅したにも関わらず、ハリーの胸中は何もかもが信じられない気持ちで満たされていた。

 崩壊する秘密の部屋から大広間に転移するまでの間、ただひたすらフィールに向かって千切れんばかりに手を伸ばしていたハリー。

 因縁の決着をつけたハリーは身体だけでなく、心もボロボロだった。

 大切な仲間や生き延びた住民が待機していたホグワーツ城のホールにいつの間にか帰還していたのを茫然自失の彼が気が付いたのは、一瞬衝撃が漂った空気を劈く人々の喚声が耳にガンガン響いた時だ。

 しかし、今のハリーに誰が何を言っているのか一言も聞き取れない。

 さっきから無言のハリーに代わって勝利の雄叫びを上げたり拍手喝采して英雄の凱旋を祝う彼等を他所に、その救い主は夜が明け新しい朝が徐々に近付いてきた大空に向かって泣き叫んだ。

 

「フィ─────────────ル!!!!」

 

 光と歓喜で輝いていた大広間の隅々まで、涙混じりのハリーの叫び声が虚しく響き渡る。

 いくら叫んでも、それに応えてくれる『彼女』はもうこの世界の何処にも居なくて―――。

 地面を両の拳で叩き慟哭する彼の姿に、それまで割れんばかりの歓声を上げていた群衆の興奮は一気に冷め………大広間は先刻の喧騒が嘘のように静まり返った。

 

「う………う………わああああぁぁ──────っ!」

 

 滅茶苦茶に叫びながら何度も何度も拳を地面に叩き込んでいると、

 

「ハリー、大丈夫!?」

 

 真っ先にハーマイオニー達が駆け寄ってきた。

 彼女らはハリー・ポッターの生還を喜ぶ万人とは違い何故かハリー1人だけが戻ってきた事に驚き、そしてハリーの叫喚する姿に最悪な予感を覚えていた。

 

「ハー………マイオニー………………」

 

 ハリーの顔は涙でぐちゃぐちゃだった。

 彼女や仲間の顔を見て少しは安心した反面、フィールの事を考えると、彼等に合わせる顔が無いような気がして、胸が痛む。

 

「何があったの? フィールはどうしたの?」

「うぐっ……うぁっ…………僕………僕………わああああぁぁ!」

 

 肩を揺さぶられながらハーマイオニーにそう問われ、言葉が詰まってすぐには答えられないハリーは代わりに大声を上げて泣く。

 手の甲で溢れる涙を拭っても拭っても勝手に溢れ出てきて、始末に負えない。

 ハーマイオニー達が困った表情でハリーを見守っていると―――ふと、ハリーの手元を見たクシェルは、彼の手に何かが握られているのを見て、それらを取り出す。

 手に取ったのは、フィールがいつも身に付けていたヒビの入ったロケットと裏側に名前が刻印されたリング。

 そして―――フィールの物と思われる、血が滲んだスリザリン寮のワッペン。

 

「…………………フィー……………」

 

 どこか遠い眼でフィールの『遺品』を見つめていたクシェルは小声で呟く。その顔と瞳から、クシェルの感情は読み取れない。フィールの名がクシェルの口から飛び出してきてビクッとしたハリーに、発声した張本人は静かに尋ねる。

 

「………ねえ、ハリー。―――フィーは最期の瞬間まで、フィール・ベルンカステルとしての使命を全うした?」

 

 最期、と言う単語を含んだクシェルの言葉が、ハリーの胸に重くのし掛かる。

 ハーマイオニー達もフィールがどうなったか、おおよその察しはついていたが、今クシェルが手に持っているアクセサリーとワッペンを見て、言葉を失っていた。

 その他大衆はハリー達を囲むようにして呆然と立ち竦み、あるいは絶句し、哀悼する。

 親友2人や家族に続いて長年ずっと一緒に暮らしてきた妹さえも喪ってしまったクリミアに至っては堪え切れずに泣き崩れており、涙する彼女を同じく頬に涙を流していたルークやセシリア、トンクスが背中をさする等して慰めていた。

 

「…………すまないクシェル。僕を護ってくれたばかりにフィールは―――」

「いや………謝らないでよ」

「でも―――」

「謝らないでって、言ってるでしょ!?」

 

 クシェルが急に声を荒げたので、ハリーは勿論の事周りに居た人達もビックリした。

 こんなに激しい感情をぶつけてくるクシェルは珍しい。

 

「私はハリーに、フィーが死んだ事を詫びて欲しいとは一言も言ってないし、責めるつもりも殊更ない! ただ………フィーは死ぬ時も立派だったのか………堂々とした最期だったのかを私は訊いてるの!」

 

 見れば、金切り声を上げたクシェルの眼には大粒の涙が浮かんでいた。

 最期の最期までフィールが自分達の親友として誇れる人物だったのか否か。

 その事を確認したいクシェルに、ようやく話せる状態になってきたハリーは拙くも語り始める。

 

「フィールは………クシェルの言った通り、最期の瞬間まで………立派だった。フィールに憑依していたヴォルデモートと戦って勝った僕にフィールは………遺品と伝言を託して僕だけを崩壊する秘密の部屋から脱出させた。その時の姿は………今もこの眼に焼き付いてる」

「………………伝言?」

 

 ハリーは一度、ゆっくりと周りに居る仲間達の顔を見回して………それから、口を開いた。

 

「―――『あなた達と出会えて………本当に、よかった』。………それがフィールが最期に言った言葉だ」

 

 ハリーがフィールからの伝言を伝え終えた直後、それまで黙って聞いていた皆は顔を伏せた。

 俯いているせいか、その表情はよく見えない。

 でも、皆がフィールとの死別を嘆いている事だけは確かで………。

 

「…………………そっか…………」

 

 暫く奇妙な静寂に包まれたこの場の重苦しい空気を最初に切り裂いたのはクシェルだった。

 色白の頬を透明な、熱い雫で化粧するクシェルはいつもの溌剌とした笑顔とは違う悲壮感漂う笑みを浮かべている。

 

「全く、フィーは………昔から全然変わらない。どんな時でも、フィーは………自分の事ほったらかしで………。だから、眼が離せなかった。なのに………なのに………。もう、フィーは………この世に………―――私達を置いて、先に逝っちゃったんだね………」

 

 胸が痛みで締め付けられる、悲しい声だった。

 涙で顔を汚すクシェルはゆっくりと太陽が昇る夜明けの空を仰ぎ見、問い掛ける。

 

「なんで………どうして………? フィー………前に私に言ったでしょ? 『黙って私の前から居なくなるなよ』って。なのに………なんで………なんで………なんで、私にそう言った貴女が黙って私の前から居なくなるの!! こんなのおかしいでしょ! どうして貴女はいつも私に何も言わず何処かへ消えるの! これじゃ『貴女を捉えて離さない』って豪語したのに面目は丸潰れ………どんな犠牲を払っても離したりしないと誓ったのに、その約束を私は果たせなかった………」

 

 地面に手をつき俯くクシェルの手の甲に溢れた涙が垂れ落ちる。

 もうこの手には、何も残っていない。

 大好きでやまなかった人のぬくもりも、柔らかかった肌の感触も。

 その本人が本当の意味でこの世から居なくなってしまった今、ショックに打ちのめされるクシェルの手に『彼女』に関する何かが残されているはずもなかった。

 と、その時―――。

 

「―――『たとえ………命が尽き果て、身体は朽ち果てたとしても。私の意志を継ぐ者がこの世界に居る限り、私の魂は、想いは、その者の中で生き続け、そして―――何度でも立ち上がる!』」

「………え………………?」

 

 突然のハリーの謎の発言に、クシェルは顔を上げてきょとんとする。他の人達も揃って首を傾げる中、今しがたハリーが発した言葉に聞き覚えがあるクリミアとイーサンはハッと息を呑む。先程までの涙で濡れた苦悶の表情が嘘みたいに消えたハリーは、脳裏に反響する生前フィールが遺してくれたあらゆる言葉によって、徐々に立ち直っていった。

 

「………以前、記憶喪失だったフィールが記憶を取り戻して僕を助けてくれた際、彼女がクラウチに向かってそう言ったんだ。その言葉は今も僕の心に深く刻み込まれている。………フィールは死んでいない。正確に言えば、彼女の魂は僕らが彼女の事を覚えてる限り、彼女と過ごした想い出は僕らの中で生き続ける。だからフィールは………僕らに『命を預けて共に戦える』と、そう、全幅の信頼を置いてくれた。例え、最悪自分の身に何か起きても、その意志を僕らが受け継いでくれると信じて………彼女はこの世を旅立ったんだ」

「………………」

「………死んだ人は、いくら『生き返ってもう一度帰ってきて欲しい』って願っても蘇らないし、起きてしまった事はもう取り返しがつかない」

「そんなの、分かってるよ、本当は………。仮に『私の命と引き換えにフィーを生き返らせて』って神様に頼めたとしても、それはただ、自分の成すべき事をやり遂げて命を散らしたフィーの尊厳を傷付けるだけだって………。そう、頭では理解してるよ。でも………」

「だからこそ生き延びた僕達に出来る事は、フィールを含め亡くなった人達の事を忘れないでいる事じゃないかな。いつかまた、彼女達に会う日まで。………前に僕が吸魂鬼対策のレッスン休憩中に吸魂鬼についてリーマスとフィールに質問した時、彼女はこう言った。『世界は拡い。何処までも行ける。私達はこの世界の彷徨いの旅人も同然だ。魂だってそうだ。その人と共に彷徨い、共に死に、そしてそこからまた別の形で廻り巡る』。嘘は吐かないフィールがそう言ったんだ。きっとまた何処かで彼女と会えるよ」

 

 涙を拭ったハリーは眼を真っ赤に充血させながらもそう言って微笑んだ。

 その彼の微笑みをクシェルは無言で見つめていると―――不意に誰かの手が肩に置かれた。

 ゆっくりとクシェルが見上げると、そこにはハリーの言葉に同意するかのように静かに微笑み掛けるダンブルドアが優しい眼差しで見下ろしていた。

 

「…………ダンブルドア………先生…………」

 

 今のは無意識なのかそうではないのか。

 クシェル自身もよく分からず、久方ぶりに先生を付けてダンブルドアの名前を呼んだ途端、それまで抱いていた敵意が何故かスッと消え去った気分に疑問を感じていると、小さく頷いたダンブルドアは皆の前に歩み出て、ニワトコの杖を天に掲げ花火を1発高く打ち上げた。

 それはまるで、ホグワーツ陣営の勝利をこの戦争で戦死した者達に告げ報せるかのように、そして冥福を祈るかのように、朝日が昇る拡い空を見上げたハリー達にはそう見えた。




【フィールVSクラウチの勝敗の行方】
残念ながら戦闘場面はカットォォォ!となりました。ま、前回の最後から結果は明白だったのも同然でしたが。

【ヴォルデモートの一人称】
正直言うと「俺様」って一人称はなんか小物感半端じゃないと言うか何と言うか、せっかく強いのに台無しと言うか。
私としては「俺」か「私」の方がより強者に見える気がします。と言うかハリポタに出てくるキャラってダンブルドアの「わし」やスネイプの「我輩」等を除いて基本「僕」か「私」がメインでしたね。

【最後の戦死者・フィール】
お辞儀野郎ことヴォルデモートのせいで寿命が一気に縮まってしまい、ハリーと一緒に生還しても早くに死ぬと悟って遺品と伝言をハリーに託し、自身は崩壊していく秘密の部屋と運命を共にした。

【フィールが遺した伝言】
あらすじにある冒頭のセリフは、最終話にて回収されました。ここまで長かったですね。

【まとめ】
と言う事で、今回遂に最終話を迎えました。
ヴォルさんに憑依されたフィールとハリーのダブル主人公による一騎討ち、最終的にはホグワーツ陣営の勝利で終止符が打たれましたが、結果は御覧の通り所謂『ビターエンド』に。
どっかの#でフィール本人が宣言した通り、大団円の代償として最後に犠牲を払ったのはなんと本作のオリ主と言う結末になりました。この展開を決定したの、実は結構ギリギリだったり。
まあ、このラストをハッピーと捉えるかバッドと捉えるか上記のビターと捉えるかは読者にお任せします。
オリ主(フィール)は最期までこの物語の主人公として使命を全うしてくれたので、作者の私は何も言う事はありませんからね。
オリ主のフィールさん、今まで本当にお疲れ様でした。そしてありがとう。
それではエピローグでまたお会いしましょう。


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エピローグ.19年後

 2016年9月1日。

 その年の秋は、例年よりも寒い時期だった。

 行き交う人々の吐き出す息は皆白く、冷たい空気の中でクモの巣のように輝いている。

 黄金色に彩られた朝の空の下、1つの家族がガヤガヤした人混みの中を器用にすり抜け、キングス・クロス駅に向かって歩みを進めていた。

 丸メガネを掛け、クシャクシャな黒髪に額にある稲妻型の傷が特徴的な緑眼の父親と、ゆるふわウェーブが掛かった栗色の豊かな髪を持つ綺麗な母親。

 その2人の娘が押すカートの上ではヘドウィグジュニアのシロフクロウが怒ったようにホーホーと鳴き、母親似の容姿と栗色の髪を持つ緑眼の少女は苦笑いした。

 

「父さん、この子、早く外に出たくてこんな風に鳴いてるのかな」

「ははっ、そうかもしれないな。ホント、母親にそっくりなヤツだ。コイツの母親も籠の中にずっと閉じ込められた時は外に出たくて鳴いてたよ」

 

 父―――ハリー・ポッターは一人娘のリリーの言葉に娘同様苦笑した。その隣では妻のハーマイオニーも笑っている。

 駅に到着すると、既に何人かの魔法使い・魔女がマグルの視界から完全に外れているのを確認してから9番線と10番線の間にある柵に向かって走りその先に消えているのが見えた。

 ポッター家も1度辺りを見渡してから、柵目掛けて一気に走り抜ける。

 鉄のアーチを潜り抜けた瞬間、先程とは違うプラットホームが広がり、11時出発の紅色の蒸気機関車が停車していた。ホームの上に書かれた『ホグワーツ行特急11時発』の文字を見上げたリリーは、ホグワーツ入学への期待や不安に胸を踊らせる。

 魔法使いのプラットホームは在校生や新入生のペットと思われる色とりどりのフクロウや猫、見送りに来た家族や保護者でごった返ししていた。

 ホグワーツ特急がもくもくと吐き出す濃い白煙で辺りが霧に包まれたようにぼんやりとする霞の中を、なるべくはぐれないように前進したポッター家の3人は濃い蒸気の向こう側に見慣れた知人がこちらに手を振っているのが見えてホッと胸を撫で下ろした。

 

「よっ、ハリー、ハーマイオニー。君達の所の娘も今年入学するんだったな」

「私達の娘も今年からホグワーツだから、よろしくね」

 

 声を掛けてきたのはロンとパーバティのウィーズリー夫妻だ。2人のすぐ近くにはロンそっくりな男の子が居る。

 2人の視線の先にはパーバティとそっくりな容姿の女の子が荷物を手に汽車に乗り込もうとしていたところで、振り返って自分と同い年らしいポッター夫妻の娘を見ると、嬉しそうに微笑んだ。

 リリーがウィーズリー夫妻の娘―――ローズ・ウィーズリーに微笑み返した時、何処からか組分けの事で話をする声が聞こえてきて、そちらへ振り向いてみる。

 リーマスとニンファドーラのルーピン夫妻やルークとクリミアのベルンカステル夫妻がそれぞれ息子や娘と別れの言葉を交わしている中、向こう側のプラットホームにドラコとアステリアのマルフォイ夫妻が父親似の息子と抱き合ってる光景が見えた。

 ふと、視線に気付いたのかこちらを見たその少年と眼が合う。男の子は微笑すると、トランクを持って汽車に乗車した。

 

「………ねえ、父さん、母さん。父さんと母さんは、私がスリザリンに入ったとしても受け入れてくれる?」

 

 突然の娘の質問に、ハリーとハーマイオニーは顔を見合わせる。

 そしてニッコリ笑うと、娘と同じ目線の高さに合わせたハリーが優しく頭を撫でながら語り始めた。

 

「―――リリー・フィール・ポッター。お前は父さんを命懸けで護ってくれた勇敢な魔女から名前を貰っている。その内の1人はスリザリン生で、父さんだけじゃなく、母さんや知人を何度も危機から救ってくれた。スリザリンに属する事を恥じる事は無い。お前は自分が入りたいと思う寮を自分の意志で選ぶんだ。父さん達は、お前がどの寮に所属しても何も文句は言わないよ」

 

 どの寮に所属するかは、別に重要じゃない。

 その寮で何を学び、何を重んじるか。

 それが何よりも大事な事だと父親は語る。

 

「さ、行っておいで。皆待ってるよ」

「………うん! 行ってきます!」

 

 迷いや不安が吹っ切れた満面の笑顔で、リリーは最後に両親とハグする。

 そうして、あちこちで閉まり始めた扉に急いで列車に飛び乗ると、その後ろからハーマイオニーが扉を閉めた。

 直後、汽車がホグワーツに向けて発車する。

 曲がり角に差し掛かっても手を振り続けて別れを告げていたハリーは何だか子供の頃の自分達を見ているようで懐かしい気持ちになった。

 蒸気の最後の名残が秋の空に消え、無意識に額の稲妻型の傷に触れたハリーは眼を細める。

 傷はこの19年間1度も傷まなかった。

 全てが平和なのだと再認識した彼は、19年前のホグワーツの戦いの記憶を遡らせる。

 

 結果的にホグワーツ陣営の勝利で終結したあの戦いで命を落とした者は数え切れないくらいに多い。

 中にはハリーが知る者も帰らぬ人となり、彼等とはもう二度と会えない現実に胸が痛む。

 その中でも、特に心に深く刻まれている人物の死は………やはり、戦友のフィール・ベルンカステルだ。

 終戦後、崩壊した秘密の部屋に赴いたダンブルドア達教師陣は身元の判別が不可能な遺体となって発見されたフィールを回収し、最後の戦死者でもある彼女は先祖や両親が眠っているベルンカステル家の墓地に埋葬された。

 

 今頃彼女はどうしているのだろう………。

 幼くして両親と死別した彼女の事だ。

 自分の使命を全うした末に命が果てた彼女はきっとあっちで一族の皆に誉め称えられ、家族と幸せに暮らしているに違いない。

 どうか死後の世界でも元気でいてくれたらいいなと思いながら、今年ホグワーツに入学する娘を無事見送ったハリーとハーマイオニーは再度顔を見合わせて笑い合い、キングス・クロス駅を後にする。

 マグルの世界に戻ってきたポッター夫妻は家路につこうとしたが………ふと、何処からか視線みたいなのを感じキョロキョロ見回したハリーは、視界の端に『それ』を捉えた。

 

(え―――?)

 

 斜向かいの家の屋根に片膝を上げて座っている自分達と同じ年くらいの女性。

 長い黒髪を風に揺らし、フッと微笑む『彼女』の瞳が一瞬蒼色に輝いた気がして―――ハッと顔を上に向けたハリーは、眼をぱちくりさせた。

 

「あれ………?」

 

 女性の姿が消えていたのだ。

 瞬きするぐらいのほんの一瞬だったのに、一体何処へ………?

 

「見間違い………か? 今の」

「ハリー? さっきからどうしたのよ? 何か見付けたの?」

 

 いきなり不審な動きをしたと思いきや今度は独り言かと、ハーマイオニーが怪訝な顔をしながら首を傾げた夫に問うと、ハリーはつい今しがたまで女性が座っていたように見えた屋根の方向を指差した。

 

「今そこに、誰かが座ってた気がするんだ。黒い髪の………女の人が」

「え………嘘、それって…………」

 

 眼を見開いたハーマイオニーはハリーが指差す先を見つめ、息を呑む。

 まさか………まさかとは思うが、その女の人とは―――。

 ハーマイオニーの言わんとする事を察したのだろう。

 と言うか、全く同じ考えを持つハリーは、穏やかな顔でこう提案した。

 

「1日早いけど………彼処に行こうか、ハーマイオニー」

 

 

 真っ直ぐ家には帰らず寄り道した2人の来た場所は、ロンドン郊外に在る人気の無い古びた教会の墓地だ。

 相変わらず年季の入った教会をバックに緑豊かな地面に突き立てられた数多の墓には、『ベルンカステル』と言う文字が色褪せる事無く刻み込まれている。

 19年前の第二次魔法戦争以来、明日の9月2日には必ず墓参りに来るようになったベルンカステル家のセメタリーエリアだ。

 近くの花屋で花束を購入したハリーとハーマイオニーは目的地に向かい―――そこで自分達より先に訪れていた人と偶然にも遭遇した。

 

「あ………」

「………………」

 

 学生時代、元気よくピョンピョン跳ねていたトレードマークのショートカット………ではなく母親と同じくらい伸ばした明るい茶髪の女性―――クシェル・ベイカーであった。

 自分しか居なかった墓地に生まれた人の気配を感じ、振り返ったクシェルは翠の瞳を少しだけ驚きで瞠目させている。

 2人は軽く手を上げ会釈すると、胸に抱えていた花束を、

 

 Feel(フィール)()Bernkastel(ベルンカステル)〈1980~1997〉

 

 と刻まれた、一際真新しい墓石の前に花束を供え、手を合わせて眼を閉じる。

 瞼をゆっくりと開いたハリーは隣に居るクシェルにそっと話し掛けた。

 

「………君も来てたんだね、クシェル」

「今日は非番だったから、それで。………そういうハリー達も来たんだね、1日早く」

「………実はさっき、屋根の上で女の人を見掛けたんだ。僕の見間違いかもしれないけど。その女の人は、僕達と同じ年くらいの………大人になったフィールみたいに見えたんだ」

「………!」

「だから此処に来たんだ。もしかしたら………死んだフィールが生まれ変わって、僕達の前に姿を現したんじゃないかって思って、それで」

「………………」

 

 ハリーの衝撃的な言葉に眼を丸くしたまま固まるクシェルを横目に、ハリーは服の下に下げている亀裂が入った銀のロケットを取り出す。

 これは生前フィールが大事に身に付けていた母親の形見で、ハリーに託した遺品の1つだ。

 最初は全て親族のベルンカステル家に渡されたのだが………後にロケットはハリーに、ワッペンはクシェルに形見分けされた。

 クリミア曰く、「これは私達ではなくあなた達に持って貰う方がフィールもきっと嬉しいから」だ。

 ハリーはロケット上部の小さな摘まみを回す。

 フタを開くと、中には2枚の写真が左右両面で入っていた。

 1枚目は、昔家族と一緒に撮ったのであろうまだ幼かったフィールが母親の膝の上で無邪気に笑ってるのが特徴の家族写真。

 そして2枚目は―――決戦前、ハリー達仲間と寄り添い共に笑い合いながら撮った記念写真だ。

 どこか遠くを見るような眼で写真の中の黒髪の少女の微笑みを見ていたハリーは視線を横にずらしてみると、クシェルが上着の内側ポケットからスリザリン寮のワッペンを取り出していた。

 

「クシェルもそれ、いつも持ってるの?」

「まあね。どっかに失くしたくはないし、此処に来る時はこれを持つようにしてる」

 

 ギュッ、とフィールの物である寮章を握ったクシェルは空いてる手でひんやりした感触の墓石に触れ、刻印された名前を指でなぞる。

 

「………さっきの話に戻るけどさ。ハリーの言った通り、もしかしたらフィーは生まれ変わって貴方の前に現れたのかもね。もしくは一時的だけどゴーストになってこっちに一瞬戻ったりとか。確かハリーとハーマイオニーの子供、ミドルネームが『フィール』だったよね? 親友の子供の名前に自分の名前が入ってるのを知ったフィーは嬉しくてあなた達の娘の見送りに来たのかもよ。で、その直後にハリーは偶々見掛けたのかもね、そのフィーの姿を」

「なるほど………言われてみれば、確かにそうかもしれない。クシェルの言葉が本当なら、フィールは僕らの娘がホグワーツに向かったのを一緒に見送ってくれたのかな」

 

 それだったら嬉しいと、ハリーは微笑む。

 フィールの性格の事だから、もしかしたら本当に彼女は我が子の出発を見届けてくれたのかもしれない。

 自分の事のように歓喜に満ちた表情を浮かべたハリーの耳の奥で、不意にフィールの最期の言葉が鮮明に甦った。

 

 ―――あなた達と出会えて………本当に、よかった。

 

 あの時の………崩れ行く秘密の部屋と運命を共にしたフィールの姿は今も忘れない。

 この眼にハッキリと焼き付いている。

 脳内でフィールが己に託した伝言がリフレインした時、ハリーは思わずこめかみに手を当てた。

 

「ハリー? 大丈夫?」

 

 ハーマイオニーとクシェルが心配そうな顔で覗き込み、ハリーが「大丈夫」と笑顔で頷くと、こめかみから手を離して立ち上がった。

 

「そろそろ帰ろっか。また時間に余裕が出来たら墓参りに来るよ。クシェルも無理はしないで仕事頑張ってね」

「うん、ハリーとハーマイオニーもね」

 

 笑って頷いたハリーはロケットを服の下に戻し分かれ道でクシェルと別れると、ハーマイオニーと一緒に今度こそ帰路に就く。

 帰る道すがら、脳裏で亡き親友の微笑みを思い浮かべたハリーは心の中で思う。

 

 

 

 ―――僕も………君と出会えて、本当によかった。

 

 

 




と言うことで、去年の春頃に連載をスタートし今日に至るまで全118話に渡ってお送りした【ハリー・ポッターと蒼黒の魔法戦士】、これにて完結です!
ここまで読んでくださった読者の皆様、本当にありがとうございます!
オリキャラ多数、原作改変等の滅茶苦茶賛否両論な要素が含有した二次創作でしたが、それらを引っ括めた上で最初から最後まで付き合ってくれた多くの皆さんには感謝の気持ちで一杯です。

実は完結出来た事は作者の自分が1番驚いてたり笑。
何はともあれ、紆余曲折を経ながらも未完になること無く完結と言う名のゴールに辿り着けて達成感に満たされてます。
以下、簡単且つ簡潔な各原作・オリキャラ達のその後です。あ、ハリーの所にある冒頭の補足説明はほとんどのキャラが共通なのでハーマイオニー以降はカットします。


○主要人物とその仲間達
【ハリー・ポッター】
決戦後、仲間達と一緒に崩壊したホグワーツを建て直したりするのに奔走。
翌年、無事卒業した後は闇祓いとなり26歳の若さで局長に就任、原作と違ってジニーではなくハーマイオニーと結婚、一児(娘)を授かる。
名前は亡くなった母親と親友から貰い、緑瞳(※11/22変更)と運動神経と強運が主として遺伝。性格は妻ハーマイオニーとハリーを足して2で割った感じに。
亡き親友の遺品の1つ・ロケットを現在所有。

【ハーマイオニー・ポッター】
旧姓グレンジャー。
卒業後は魔法省に就職し、ハリーと結婚。両親の記憶も元に戻して再会を果たす。
髪色(※11/22変更)と頭脳と容姿が主として娘に遺伝。
自他共に認める類い稀なる才知を評価され、近い将来次期魔法大臣にと周囲から絶大な支持を得てる。ちなみに現在の大臣はキングズリー・シャックルボルト。

【ロン・ウィーズリー】
魔法省に就任、闇祓いの一員として仕事に励む。
原作と違ってハーマイオニーではなく同級生のパーバティ・パチルと結婚、二児(娘と息子)を授かる。たまに双子の店を手伝いに行ってる。

【ジニー・ウィーズリー】
プロのクィディッチ選手として大活躍中。独身。

【ネビル・ロングボトム】
原作同様ホグワーツで薬草学の教師となり、ルーナと結婚する。
え? ハンナ・アボットはどうしたのかって?
知らん誰そいつ。

【ルーナ・ロングボトム】
旧姓ラブグッド。
原作同様魔法動物学者となり、夫が仕事の関係上休暇以外はほとんど家に居ないのもあって珍しい魔法生物を求め世界中を旅する。
え? ロルフ・スキャマンダーはどうしたのかって?
知らん誰そいつ(2回目)。

【ドラコ・マルフォイ】
決戦後、癒者となり多くの患者を治療してる。
様々な出来事を経て性格は昔と変わっていいヤツになり、原作同様アステリア・グリーングラスと結婚、一児(息子)を授かる。
クシェルとは同僚で、コンビを組む事が多い。

【ウィーズリーツインズ】
今も昔も変わらず大繁盛の店を更に盛り上げる。
フレッドはアンジェリーナ・ジョンソンと、ジョージはアリシア・スピネットと結婚した。
両方共妻はプロのクィディッチ選手で学友のケイティ・ベルやジニーと同じチームに所属。

【セドリック・ディゴリー】
プロのクィディッチ選手。
良きライバルのクラム同様クィディッチファン、そして女性にはモテモテだが、当の本人は今のところ交際したり婚活に励む気は更々無い。
別に未練が残ってる訳ではないが、亡くなった元好きな人より好きだと思える女性が現れない限り付き合いたいとは思わないのが本音。

【ビクトール・クラム】
今も現役プロとして活動。セドリック同様独身。

【フラー・デラクール】
色々あったがビル・ウィーズリーと結婚して幸せな家庭を築いてる模様。


○教師陣
【アルバス・ダンブルドア】
最終話以降もホグワーツの校長を続行。
ただし年齢的にそろそろ寿命も終わりが近いので近い将来、副校長のミネルバ・マクゴナガルとバトンタッチしようと考えてる。
引退後は死ぬ前に過去に断念せざるを得なかった世界旅行に出掛けようとただいま準備中。
余談だがクシェルとは幾分か関係が良好になったらしい。

【ミネルバ・マクゴナガル】
変わらずホグワーツの副校長兼グリフィンドールの寮監、変身術の教師を務める。
現校長のダンブルドアが年齢的に限界なので次期校長になる予定。クィディッチに関すると熱くなり過ぎてた欠点は、スリザリンが時代の流れと共に他寮との決裂が改善され緩和した事により直された。

【セブルス・スネイプ】
魔法薬学の教授だったスラグホーンが復帰し、またヴォルデモートの死後は1年しか同じ教授が持てないジンクスは無くなったので、そのまま闇の魔術に対する防衛術を担当。
マクゴナガル同様、グリフィンドールいびりやスリザリン贔屓は幾分か改善され少しはマシな教師になった。

【その他の教師達】
相変わらずな人も入れば先を見越して後任を探したりと各自事情は異なるが、とりあえず生き延びた皆さんはバリバリ元気にしてる。


○不死鳥の騎士団
【シリウス・ブラック】
決戦後、ハリーがハーマイオニーと結婚するまでは一緒に暮らした。ハリーの娘(親友の孫)を祖父になった気分でとても可愛がり、誕生日には高品質で高級な物をプレゼントしたりと溺愛する様子が見られる。

【リーマス・ルーピン】
原作同様トンクスと結婚、母親の遺伝子を受け継いだ一人息子を授かる。
昔に比べて狼人間でも就職にはあまり困らない社会になったおかげで今はシリウスやハリーと同じ闇祓いに就職してる。こちらも親友の孫を可愛がってる。めっちゃ溺愛のシリウスよりはマシだが。

【マッドアイ・ムーディ】
性格は特に変化無し。
口癖も相変わらず「油断大敵!」
原作と違って生存したので闇祓い局内では生ける伝説として崇められている。

【その他の団員】
生き残ったメンバーは各自平和に生活。


○生存オリキャラ`s
【クリミア・ベルンカステル】
旧姓メモリアル。
決戦後、ルークと結婚し二児(娘)を授かる。名前は夫の亡き妹と従妹、自身の亡き親友2人にちなんで名付けた。
義妹の遺品の1つ・リングを現在所有。
現聖マンゴ副院長。

【ルーク・ベルンカステル】
現ベルンカステル家の当主。
故人の父と同じ仕事に所属。
決戦で血の繋がった家族をほとんど失ってしまったショックから明朗快活だった人格に変化が訪れ、物静かな性格となる。でも本来の優しさと面倒見の良さは失われておらず、またエンジョイする時は前みたいに明るくなってエンジョイする。

【セシリア・ベルンカステル】
息子のルークが結婚と同時に妻の自宅で生活し始めたので現在はフランスにある邸宅で一人暮らし。

【クシェル・ベイカー】
卒業後、聖マンゴに就職。
期待の若手癒者、次期院長として活躍中。
同僚のドラコとコンビを組む事が多い。
親友の遺品の1つ・ワッペンを現在所有。
結婚する気は無いので一生独身を貫く気でいる。
見た目も多少変わって髪を伸ばし、母親似の容姿になった。

【ライリー・ベイカー】
聖マンゴの院長として今も現役活動。

【イーサン・ベイカー】
決戦後も現役闇祓いとして活動。
中でもトップクラスの実力者として有名であり、新米の教育係も務めてる。ルーキーの頃のハリーやロンの師匠の1人でもあった。


とまあ、大体こんな感じですかね。
今後の展開はぶっちゃけ何も決めてないので後は各自読者の想像にお任せします。
改めて自分がここまで来れたことに心底驚いています。完結するまでやり続けた価値、ありましたね。
完結する瞬間を見届けてくださった皆様に今一度最大級の感謝を。
それでは今まで本当にありがとうございました!


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FINcontd.アカシア


皆さんどうもこんにちは。気紛れ作者ことSurvivorです。
今回はタイトルが示す通り最終話の続き……フィールがハリーを大広間に帰した後のちょっとしたエピソードです。
短い話ではありますが、どうか最後までお読みになって頂けたら幸いです。
サブタイトルの「アカシア」はフィールの杖の木材でもあるのですが……以前、何と無く花言葉を調べたらこれ以上ないくらいにフィールにピッタリでビックリした事を思い出し、これに採用しました(花言葉は後書きにて記載してます)。
それではどうぞ。
※11/16、一部文章修正&追加。


 最後の力を振り絞り、ハリーを無事に皆が待つ大広間へ送り届けたのを見送ったフィールは「空間移動」の黒い穴が消えた直後、堪らず膝をついて喀血した。

 

「ごほっ、ごほっ……!! ッッはぁ!! はぁ…はぁ……はぁ………はぁ……ッ!!」

 

 両手で口元を押さえ、激しく咳き込む。

 咳き込む度、口から赤黒い血が溢れ、白い手を濡らした。

 ヴォルデモートに身体を乗っ取られ無理矢理操られただけでも相当なのに、短時間とは言え「破滅守護霊」の攻撃を生身で受け、更には限界以上の力を引き摺り出されてしまえば、人より心身が頑丈なフィールとて無事では済まない。

 フィールの肉体は既に限界を超えており、喀血する度、時間が経つ度、彼女の命の灯火は消えようとしていた。

 

(あの顔面核兵器野郎め……!! どこまでもムカつくヤツだな本っっっっ当に……!! アイツだけは……地獄の果てまで追い掛けてでも絶対ブッ飛ばしてやる……!!)

 

 心の中で何度もヴォルデモートに対する恨み言を吐きつつ、何とか咳を止めようとするが、止まらない。止められない。

 先刻よりも濃く強く感じる嫌と言うほど経験してきた血の匂いと感触に吐き気がしてくる。

 

(ああ、もう……何でだよ。何でなのよ。せっかくヴォルデモートを倒したって言うのにこんな形で終わるとか……。結局、生きてホグワーツを卒業しようって約束、破っちゃったし………皆…)

「…ご…めん……本……当に……ごめ…ん…なさ……」

 

 直後、いよいよ支え切れなくなったフィールの身体がぐらっと傾き、地面に倒れてしまった。

 ひんやりとした冷たい感触を全身を包むが、それより前から刻一刻と身体から熱が抜けていってるせいか、そこまで大差はなかった。

 

(ハリーに伝言を託したとは言え……どうせ死ぬなら直接私の口から伝えたかった……。いや、それよりももっと……皆と一緒に寿命で死ぬまで生きたかった。これからも沢山、想い出を作りたかった。なのに……そんな単純な願い事さえ、私は……叶える事が出来なかった……)

 

 悔しさや悲しさ、辛さがごちゃ混ぜになったフィールの両眼から熱い涙が溢れ、目の前の視界が歪んでいく。

 

(クシェルやハリー達と会う前は……いっそのこと死ねたらどんなに楽だろうかって考えてたのに……お父さんやお母さんの居る所に行けたらどんなに良いだろうかって思ってたのに……)

 

 今は、大好きな人達と一緒に生きたかったと、心から強く望んでいる。

 それは昔の自分では到底考えられない考えであり、望みであり、願いであり、想いであった。

 でもそれは、もう叶わない。

 どんなに強く望んでも。

 皆の元へは帰れないし、直接は伝えられない。

 ならば、せめて……せめて死ぬ前に、それぞれ伝えたかった想いを言葉にしよう。

 此処からでもいい。皆の耳に届かなくても構わない。

 此処には居ない彼等の魂に自身の想いを届けられたら……それで十分だ。

 

 

(セドリック。男の人で初めて私の事を女として本気で好きになってくれた事は今でも忘れてないわ。事情が事情だから仕方無かったとは言え、貴方からの告白は断ってしまったけど……4年の時ダンスパーティーのパートナーに誘ってくれた事、真っ直ぐな気持ちをぶつけて告白してくれた事、本当に嬉しかったよ)

 

 でも……幼い頃の記憶を取り戻した今はクシェルと同じ気持ちで何度生まれ変わってもクシェルと一緒になりたいって気持ちが私の心を占めているし、クシェルとも以前「私の事を貰ってください」って約束しちゃったから。

 もしも来世以降、現世と同じ事が起きたら多分と言うか絶対また断るから予め謝罪しておくわ。……ごめんなさい。そしてありがとう。私の事を好きになってくれて。

 

(ダフネ、アステリア。スリザリンではクシェルやアリア先輩以外で私と友達になってくれて、仲良くしてくれてありがとう。特にダフネとは打倒クシェルを目標にクシェルには内緒で秘密の特訓をした事もあったわよね。あと、貴女の案でアンブリッジにバレないよう秘密結社のSSをこっそり立ち上げた事もあったっけか)

 

 最初は私が大人数を相手に先生役を務めるのは正直戸惑ったし、途中で音を上げたりしないか心配だったけど……こうして魔法界の為に、誰かを守る為に最後まで戦った貴女方の事、指導官として、親友として誇りに思うわよ。

 

(ハーマイオニー、ロン、ジニー。あなた方はクシェルとハリーを除けば一番関わりが深かった私の親友よ。第二次魔法戦争が始まる前、ベルンカステル城で一緒に過ごしたのもそう。皆でクィディッチしたりかくれんぼして遊んだりしたわね。凄く楽しかったわよ)

 

 本当だったらこれからも一緒に遊んだり仕事したりワイワイしてたはずなのにね。この戦いが終わったら皆で遊園地に行ったり、また海水浴しにブライトンに行きたかった。……約束を守れなかった事、本当に後悔してる。

 

(ソフィア、アリア先輩。在学中はクリミアと一緒に私を妹のように可愛がってくれて、気に掛けてくれて、ありがとうございました。私にとって貴女達2人は第二・第三の姉です。来世でも先輩方とは家族のような親しい関係になれたら嬉しいなあ……)

 

 そしたら、また初めてのホグワーツ特急では同席してお昼ご飯を食べたり、初めてのホグズミード週末にはホグズミードを見て回ったりとかしたいと願うのは……ダメですか?

 

(クリミア、ライアン叔父さん、セシリア叔母さん、ルーク、シレン、ライリーさん、イーサン。生まれた時から私の面倒を見てくれた事、今まで私を支えてくれた事、何てお礼を言えばいいか、私には分からないわ。誰よりも一緒に長く過ごしてきたあなた方には沢山、『ありがとう』って感謝の気持ちを面と向かって言いたかった。伝えたかった)

 

 そして……「ごめん」って気持ちも同じくらい言いたかった。伝えたかった。あなた方には何度も心配を掛けてきた。心配を掛けさせた。自分勝手で迷惑ばかり掛けてきた私の事をそれでも見限らず傍に居てくれた家族に恵まれて、私は幸せ者だったよ。

 

(ハリー。貴方とはこれまで幾度と無く修羅場を潜り抜けてきたわね。クィレルから賢者の石を守ったり、秘密の部屋に行ってバジリスクとトム・リドルを倒したり、復活直後のヴォルデモートと一戦交えたり……。貴方は私の最高の相棒であり戦友よ。今まで一緒に戦ってくれてありがとう)

 

 思えば10年程前、貴方と最初に会った時から私達の運命は歯車を回したのでしょうね、きっと。長く繰り広げられた戦いに終止符が打たれた瞬間も……私の人生の最後に関わった人物も貴方なんて、運命的な因果を感じるわよね。でも……同時に辛い役目を貴方に押し付けてしまった事は本当に申し訳無く思うわ。……最期までごめんね。

 

(クシェル。貴女には感謝してもし切れないわ。貴女が居てくれたから……私は今日まで生きる事が出来た。誰かの為に生きたいと思えるようになった。貴女が居てくれたから……私は『クラミー・ベルンカステル』としてではなく『フィール・ベルンカステル』として存在してもいいのだと思う事が出来た。叶う事なら……共に生きるのも死ぬのも貴女が良かった)

 

 その願いはもう叶わぬものとなってしまったけど……最後に私が貴女に、貴女達に願うとするなら、どうか現世で幸せに生きて。皆とはまた何処かで必ず逢えるから。何度生まれ変わっても皆に逢いに行くから。

 だから、生きて幸せになって。死んでも私は貴女の傍に、貴女達の傍に居るから。貴女達が私を想ってくれる限り貴女達の中で私の魂は、想い出は、永遠に輝き生き続けるから。

 

 

 この場に響き渡る轟音がより一層強くなり、秘密の部屋が遂に完全崩壊する寸前―――走馬灯のように数々の想い出や記憶が脳裏を駆け巡ったフィールは静かに眼を閉じて微笑み……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――ありがとう皆。……愛してるわ。永遠に」

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこで、意識は途切れ、全てが終わった。

 

 

 

 

 

✡️

 

 

 

 

 

 気付いた時、フィールは見渡す限りの真っ白な世界に立っていた。

 身に纏う制服は新品同様に綺麗で疲れや痛みを感じなければ苦しさもいつの間にか消えている。

 魂の境界線と似たような場所でまだ少しぼんやりとした頭のフィールが行く当てもなくふらふらと歩き続け……ふと、その先に人影を複数捉えた。

 眼を凝らして見てみれば、そこには既に死に別れた家族や先輩2人、ハリーの両親と思わしき男女がこちらを見ながら立っていて、フィールの視線に気付いた彼等は、優しく微笑みつつもどこか哀しそうな表情を浮かべる。

 彼等を見たフィールは「ああ……本当に自分は死んだんだな」と改めて認識しつつ、長年ずっと会いたかった家族と再会出来たにも関わらずどこか素直に喜べないでいたり、ヴォルデモートに憑依されていた影響で自身と同じく戦死したとは思ってもみなかった人達との意外な場所での再会にショックを受けたりと、色々複雑な心境だった。

 

「……まさか、こんなに早く此処に来るなんてね。流石に予想外だったわ」

「……私も。お母さん達と会えたのは確かに嬉しいけど……でも……出来ればお母さん達と会うのはもっとずっと先……最低でも100年後が良かった」

 

 それはフィールとクラミーのみならず皆が同じ思いだった。

 会いたい気持ちは確かにどちらもある。

 が……此処で会うのは天寿を全うした後でも遅くはなかったはずだ。

 互いに望まない形での再会はあまり嬉しいものではない。

 

「……フィールちゃん。今まで私達の息子を……ハリーを守ってくれてありがとう。貴女には本当に感謝しているわ」

「いえ、そんな……。私の方こそハリーには守られ救われましたので。……あの、一応確認しますが貴女と貴女の隣に居る男性はハリーの……?」

「ええ。母のリリー・ポッターよ。貴女のご両親の1個下の後輩。で、こっちが―――」

「ハリーの父のジェームズ・ポッターだ。息子が世話になったな。シリウスやリーマスも元気にしてるようで何よりだ。しっかし本当に君、眼の色を除けば母親のクラミーとマジでそっくりだなあ」

「それを言うならジェームズさんの方こそ。あなた方の知人が話してた通り、本当にハリーは貴方の生き写しなんですね。眼はリリーさんと全く同じですが」

「おっ、そうか? 良かったなリリー。僕達の息子は僕に似てイケメンとフィールからもちゃんとお墨付き貰えたぞ」

「私としてはハリーが学生時代の貴方に似なくて心底良かったと思うけどね」

 

 ポッター夫妻のお陰で少しだけ場の空気が和み、全員がフッと笑ったところでフィールは叔母のエミリーに視線を移す。

 

「エミリー叔母さん。神秘部でハーマイオニー達を守ってくれてありがとね」

「貴女にとっても私にとっても大事な友達よ? 守るに決まってるじゃない。そういえば、一度ハーマイオニーちゃんがベラトリックスの『死の呪文』を受けて生死の境目に来た時、また会ったわ」

「どうだった? 成長した私の自慢の親友は」

「自分の事のようにとても誇らしかったわ」

「なら良かった」

 

 次にフィールが眼を向けたのは知らない間に戦死していた4人……叔父のライアンと従姉のシレン、そしてクリミアの親友のソフィアとアリアだ。

 

「……欲を言えば、あなた達には生きていて欲しかったな」

「貴女もね。クリミアより先に……姉を置いて死ぬなんてさ。本当、クリミアの妹としてどうかしてるわよ」

「……ごもっともです」

「まあ、でも……生き延びたらまた遊ぼうって約束したのにその親友を置いて死んじゃった私達も、クリミアの親友としてどうかしてるけどね」

「……ごもっともだわ」

 

 フィールは4人の気持ちを代表して言ったソフィアからの言葉に、ソフィアは親友のアリアからの言葉に何も反論出来ず、それしか言えなかった。

 

「……フィール」

 

 俯くフィールに声を掛けたのはそれまで黙ってやり取りを見ていた双子の姉のラシェルで、歩み寄ったラシェルは妹を強く抱き締め、娘達を纏めて抱き締めたのが、父のジャックと母のクラミーだった。

 

「……………おかえり、フィール」

「おかえりなさい」

「………ただいま。お姉ちゃん。お母さん。お父さん……っ、……うっ、ぁ…ああああああぁぁぁぁぁ……!!」

 

 家族全員……否、クリミアも含めての全員だから、家族4人で集まったのはこれが12年ぶりで、家族のぬくもりと香りに包まれて一気に涙腺が緩くなったフィールはこれまで溜め込んでいた感情が爆発して、堪え切れずまた涙が溢れ子供のように泣き出した。

 こうして家族に会えた事の嬉しさと、クシェルやハリー達とはもう会えない事の悲しさや淋しさで胸が一杯になり、何が理由で大泣きしているのか自分では分からなくなった彼女を抱擁しながら、この場に居る全員が同じ事を思う。

 

 

 

 本当に……最期まで見事な生き様でした、と。

 

 

 




【アカシアの花言葉】
「愛情」「友情」「魂の不死」


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IF番外編.フィール生存ルート

読者の皆様、大変ご無沙汰しております。気紛れ作者ことSurvivorです。
拙作【ハリー・ポッターと蒼黒の魔法戦士】が完結してから早いものでもうすぐ3年が経とうとしていますが、皆さん体調にお変わりありませんか。
今回は多少なりともコロナ禍にいる皆さんの息抜きになればと思い、執筆活動のリハビリも含めてかねてより検討していた【蒼黒】IF番外編をサプライズで投稿しました。
久方ぶりの執筆故、稚拙な文章で本文自体も短いですが少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
※後半と後書きはほぼネタ回みたいなものです。予めご了承ください。


「それでは師範! 今日もよろしくお願いします!」

「ああ、こっちこそよろしくな」

 

 ベルンカステル城に設備されている訓練場。

 そこで一定の距離を取り向かい合わせで対峙するのは城の所有者(あるじ)であり前当主のフィール・ベルンカステルと、その彼女の旧友の一人娘であるリリー・ポッターだ。

 夏季休暇ももうすぐ終わり、新学期が迫ったこの日、リリーが此処に居るのは闇祓い局の副局長を務めるフィールの下、泊まり込みで闇の魔術に対する防衛術の稽古をする為だった。

 両親のハリーとハーマイオニーからは許可を貰っており、現在2人は親友のロン・ウィーズリーとクシェルと共に夕食の買い出しに出掛けていた。

 皆普段は仕事で忙しく、今日と明日、明後日の3日間は久方ぶりに連休が取れた5人とリリーの6人でゆっくり過ごす予定で、一足先に此処に泊まりに来ていたリリーは留守番も兼ねてフィールと今日も稽古に取り組んでいたのだ。

 

 リリーは油断無くフィールを見据え、フィールもまたリリーを真っ直ぐ見返す。

 広大な訓練場に障害物は一切置かれていない。

 変身術で何らかの障害物を生み出さない限りはほぼ真っ向勝負だ。

 正対するフィールに気圧されぬようリリーは己を鼓舞する。

 相変わらず彼女の圧は凄まじい。

 見据えるその蒼い眼は狼のように鋭く、今は癒者として聖マンゴに勤めるほんわか雰囲気のクシェルとは対照的でクシェル以上に隙が一切見受けられなかった。

 

「先手は譲ってやる。さあ、掛かって来い」

「では、お言葉に甘えて遠慮無く!」

 

 一度眼を閉じて深呼吸したリリーは再度心を奮い立たせ、「はっ!」と力強く掛け声を発する。

 そして杖を軽く振ると訓練場全体に濃霧を生み出しフィールからは姿が見えないようにした。

 

(? あんな如何にも『突撃するぞー!』って予告するような掛け声発しといてその実思わせ振りってか? ……それはさておき、地上にリリーの魔力(すがた)が見当たらないって事は―――)

 

 魔力を眼に集中して視力を強化したフィールはサッと前後左右見回したが何処にもリリーの魔力がなかった為、顔を上げると、

 

(ビンゴ。やっぱり上か)

 

 「霧の呪文(ネビュラス)」発動と同時に即座に「柔軟化呪文(スポンジファイ)」を足元に掛けそこに飛び乗り高くジャンプしたリリーの魔力(すがた)がそこにはあった。

 リリーが空中で杖を縦横斜めに振るった瞬間、連続で振るわれた杖の軌跡に沿って回転ノコギリのように旋転する殺傷能力が付与された風魔法の刃が物凄いスピードでフィールに襲い掛かった。

 通常の状態では不可視だが、所謂「魔力視」発動状態のフィールの眼には風刃に纏われた魔力が見えているので慌てず落ち着いて「盾の呪文(プロテゴ)」で全ての攻撃を防ぐ。

 見えないバリアに受け止められた風刃は暫く回転を続けていたが、程無くして完全に消滅し……その直後、地面へ落下してきたリリーが身体を縦に一回転させ剣に変えた杖で斬りかかってきた。

 落下による加速度と回転した勢いが重なりかなりの威力が発揮されたが、それでもフィールの強固な防壁は破壊出来ない。

 しかしそれも予測していたのか、リリーは自分とフィールの間に展開された「盾の呪文」の範囲外……フィールの側方に蹴りを入れ込み、強烈なキックを受けたフィールは蹴りと同時に「衝撃呪文(フリペンド)」が発動されるようになっていた事と相まって身体が横に大きく吹き飛ばされた。

 地面を転がるフィールはマジかと思ったがすぐに体勢を立て直して素早く立ち上がり、杖を構える。

 見れば剣に変身していた杖が元通りになっていたが、しかし息吐く暇も無く一気に距離を詰められ、大量の礫が顔面に向かって放出された。

 それを顔をズラす事で躱したフィールは「衝撃呪文」を放ち、リリーを後方へと吹き飛ばす。

 吹き飛ばされたリリーは咄嗟に後方宙をし、倒れないように両足でどうにか踏ん張り堪えた。

 

「流石だなリリー。幼少期と比べてスピードもパワーも格段に上がったぞ。特にスピードは目を見張るものがある」

 

 今年6年生になるリリーは2年時から嘗ての父と同様、寮のクィディッチ・チームの花形シーカーを務めている。

 そして先日届けられたホグワーツの手紙にキャプテン・バッジが同封されていた事から分かるように、身軽でフットワークが軽いリリーは父親譲りの反射神経が生まれつき優れていた。

 

「よく言いますねえ! 至近距離からの顔面礫攻撃を避けてみせたクセに! 全くもう、闇祓い局局長の娘としても私個人としても悔しさばかりが募りますよ!」

「悔しかったら卒業後スピード出世して正式な決闘で私に勝って副局長の座を引き摺り下ろしてみろ! まあ殉職するか定年退職以外で譲る気は今のところないけどな!」

 

 ハハハハハ、と子供みたいに無邪気に笑って見せたフィールはわざとリリーを煽り、やる気を出させる。

 挑発されたリリーは杖を握る手に一層力を加え、魔法に込める魔力量を増やした。

 

「殉職なんて師範がする訳ないでしょうに! 仮に師範が殉職したら私、泣きますよ! 大泣きしますよ! と言うか師範を殺せるようなクソ野郎が現れたら逆にお目に掛かりたいものだ! そしたら私が原形留まらなくなるくらいボッコボコにしますけど!」

「そいつは嬉しいねえ。あとリリー、大分アンタも口悪くなってきたな」

「すいませんねえ! 私の口の悪さは師範譲りですので!」

「やれやれ、アンタのお父様が聞いたら私に苦情が来そうだなあ」

 

 リリーの言葉にフィールはわざとらしく肩を竦める。

 そんな何て事無いやり取りをしながら魔法の応酬を繰り広げる2人の表情はとても楽しそうだった。

 どちらかが攻撃魔法を撃てば一方は避けるか防御するかして攻撃を凌ぎ、時には魔法と体術を組み合わせた技で攻める。

 基礎体力と身体能力が一般人より遥かに高く接近戦にも強い2人だからこそ可能な戦法だった。

 

「ところで師範! もしも私がホグワーツ在学中に一度でも師範に勝利したら一つだけ何でも願いを叶えてくれませんか!」

「何だ? 何か欲しい物とかあるのか?」

「いいえ! 特に何も考えてません! ただちょっととしたワガママです!」

「いや何も考えてないんかい。……まあいいや。分かった、じゃあホグワーツを卒業するまでの残り2年間、決闘で私から杖を奪うか失神させられたら叶えられる範囲内で一つだけ何でも願いを叶えてやる。奪う手段は特に問わない」

「本当ですか!? ありがとうございます! 叶えられる範囲内って、世界一周の旅とかでもいいんですか!?」

「夏休みか卒業後なら考えなくもないぞ」

「世界一周の旅がOKならスピード出世の約束もOKですか!?」

「そいつは闇祓いに受かる為の試験を合格した後次第だが学生で『闇祓い副局長(わたし)に勝った』功績は世間一般からすればかなりのものだからな。闇祓いを志望するなら就職に有利になるのはほぼ間違いないと思うぞ」

「マジですか!? よっしゃ俄然モチベーション上がった! 私、絶対に師範に勝ちます! 願い事は勝った後で考えてまずは師範に勝って師範を越えて見せます!」

「その心意気は買うが私はそう簡単には追い越させないし、越えるんだったら私だけじゃなくアンタのお父様も含めた闇祓い全員に勝って見せろよ?」

「勿論! 私の目標の一つは師範や父さん、そして闇祓い全員に勝つ事ですので! まあ最終目標は師範と肩を並べて背中合わせで戦えるくらい強くなる事ですけどね!」

「……私とか?」

「はい! 20年以上前、ヴォルデモートとその部下が猛威を振るった中、師範が父さんや母さんを命懸けで守ってくれたから私はこうして無事に生まれてくる事が出来ました。だから私も貴女のような強い人に、誰かにとってのカッコいいヒーローになりたいと思ったんです。これは誰かに強要されて闇祓いを志望した訳ではありません。私自身が自分の意志で決めた事です! だから私は師範に勝ちます! 勝って師範に背中を預けるのに相応しい存在だとお世辞抜きで私の実力を認めて貰いたいです!」

 

 互いに一度立ち止まって戦闘を中断し、距離を取って向かい合ったリリーは真っ直ぐな眼で敬愛する師範の眼を見ながら力強く宣言する。

 思わぬ言葉に初耳のフィールは暫し唖然としていたが、軈て面白そうに、どこか期待するように大笑いした。

 

「くくくっ! 生まれたばかりの頃はあんなにちっちゃかったリリーも一丁前に言うようになったなあ。私と肩を並べる、か……。それなら尚更、そう簡単には負けられないな。あっさり負けてしまうような副局長(しはん)なんて、越えるべき存在として君臨するにはあまりにも期待はずれだしな」

 

 くつくつと喉を鳴らしながら笑っていたフィールはリリーの決意に応えるよう魔力を極限まで研ぎ澄ませ、一直線に真っ直ぐ見返す。

 ビリビリと肌で感じる異常なまでの魔力の高さと強さに一瞬怯みそうになったリリーも負けじとフィールを見据えた。

 

「お喋りはこのくらいにしてそろそろ再開と行くぞ。さあ、掛かって来い」

「はい!」

 

 不敵な笑みを見せるフィールにリリーは元気良く返事し、果敢に攻めた。

 再戦の末、勝ったのはフィールの方だった。

 

✡️

 

「うぅ~……また負けた……」

 

 今日の稽古が終わり、シャワーを浴びてさっぱりしたリリーは未だに悔しそうな表情で落ち込んでいた。

 そんなリリーに冷たいジュースが入ったグラスを持ってきたフィールは「稽古を重ねる度、着実に成長してるぞリリーは」と励ます。

 その言葉を受けてリリーは少し元気を取り戻し、受け取ったグラスを傾けて一気に飲み干した。

 フィールもジュースを飲んで一息吐いた時、ふと何かを思い出したように「あっ」と声を出した為、リリーは首を傾げた。

 

「どうかしましたか?」

「ああいや、そういえば、今の今まですっかり忘れてた事を思い出しただけだ」

 

 ちょっと待ってろ、と言って一旦リビングを出たフィールが程無くして戻って来た時、出て行った時にはなかった綺麗にラッピングされた小さな箱が握られていた。

 

「何ですかそれは?」

「見ての通りプレゼント箱だ」

「プレゼント?」

 

 意外な言葉にリリーが聞き返した時、どこか申し訳なさそうに笑ったフィールはプレゼント箱を彼女に差し出した。

 

「少し遅れたが、私からリリーにキャプテンに就任した祝いの品だ」

「ええっ!? そうなんですか!? ありがとうございます! と言うかそれならもっと早く渡してくださいよ~!」

「本当はもっと早く渡すつもりだったんだが、忙しさのあまりつい忘れちゃってな。ごめん」

「それより、開けてみてもいいですか?」

「ああ、いいぞ」

 

 フィールが軽く頷いたのを確認し、リリーは丁寧にラッピングを外して蓋を開ける。

 箱の中身は別名「勝利の石」とも呼ばれるルビーとガーネットのスタッドピアスだった。

 途端にリリーはパアッと瞳を輝かせ、「大切にします! 早速付けてもいいですか!?」と嬉しそうにギュッと抱き付いた。

 ハイハイ、といつもの事なので頭を軽くポンポンしたフィールは杖を一振りし、一瞬の早業でリリーの耳朶に真紅のピアスを付けた。

 

「似合ってますか?」

「勿論」

 

 手鏡でリリーの顔を映し、ピアスを付けた己を見てリリーは笑顔になってはしゃいだ。

 予想以上に喜んで貰えてホッと安心したフィールは「渡す物も渡したし、昼寝でもするか」とソファーに横になったのだが……。

 やはりと言うか、くっつき虫みたいにリリーがのし掛かる形で身体の上に載ってきたので、困ったように微笑した。

 

「やっぱりアンタは人を枕代わりにすんだな」

「人と言うよりは師範限定ですよ私は」

「やれやれ、こんな可愛いくっつき虫にモテる人気者はつらいねえ」

「いいじゃないですか。別に減るもんじゃないですし」

 

 むーっ、と頬を膨らませたリリーの癖毛の茶髪をフィールはわしゃわしゃと雑に撫で、懐かしそうに眼を細める。

 

「その膨れっ面、アンタの母さんにそっくりだな。どんどん母親に似てきてる」

「母さん似の美人になってきてるって意味(こと)ですか?」

「なってきてるんじゃなくて、アンタは最初(もと)から美人だっつーの」

 

 フィールがそう言えば、眼に分かるくらいリリーはキャッキャッと喜んだ。

 歓喜する姿もハーマイオニーと似ていてやっぱり親子だな、とフィールは再認識する。

 暫くフィールがリリーの髪を撫でているとだんだん疲れが噴き出して眠くなってきたのか、リリーの表情が眠たげになっていく。

 

「眠いのか?」

「ん~……師範」

「何だ?」

「……明日は何処か遊びに行きませんか?」

「ああ。じゃあ明日の稽古はお休みにして何処か遊びに行くか。ほらもう眼瞑れ」

「う……ん……」

 

 うとうとしていたリリーは完全に眼を閉じてからあまり間を置かず規則正しい寝息を立てる。

 すやすやと己の胸を枕にして熟睡するリリーの気持ち良さそうな寝顔にフィールは「全く……本当によく寝てんなあ……」と相変わらずな愛弟子に呆れつつ、いつもの事なのでこのまま寝かせておく。

 

「……私のような人になりたい、か。……アンタは両親や知人と同じように私をヒーローにもしてくれるのか」

 

 名乗るだけでいいのであれば誰だって自称「ヒーロー」になれる。

 だが、それでは本当の意味で人はヒーローになれない。

 フィールにとってのリリーやハリーのような「ヒーローにしてくれる存在」が居てこそ、人は初めて「本物のヒーロー」になれる。

 

「……ありがとなリリー。アンタ達のお陰で私は生きてる。これからもよろしくな」

 

 ソファーの背もたれに掛けていた薄手のブランケットを広げてリリーの身体に掛けたフィールは最後に「おやすみ」とリリーを起こさないように小声で呟き、眼を瞑って一緒にお昼寝タイムに入った。

 

 その後は買い出しから帰って来たハリー達に寝顔の写真を撮られて2人揃って赤面したり、嫉妬したクシェルがいつかの学生時代の時みたいにフィールに抱き付いて押し倒してリリーと子供みたいにギャーギャー騒いだりと、その日のベルンカステル城のリビングは明るく温かい空気に包まれたのだった。

 

 

✡️

 

 

 一方、天国に居る親世代はと言うと。

 

「何でクラミーの娘に僕の可愛い孫が奪われるんだ(orz」

 

 ハリーの父でリリー2世の祖父・ジェームズが学生時代、自身が唯一勝てなかった憎きライバルことクラミーの娘に可愛い孫が滅茶苦茶なついていて悔しさのあまりガックリと両手・両膝をついて嘆いていた。

 クラミーが此処にやって来た時、妻と共に先に天国に来ていたジェームズは再会早々、開口一番に「学生時代以来の真剣勝負(けっとう)だ!」とか何だとか言って喧嘩を売ったのだが、やはりと言うべきか結局勝つ事は出来なかった。

 

「「ジェームズ……ドンマイ」」

 

 絶望するジェームズを妻のリリー1世とフィールの父・ジャックが苦笑いで励ますのに対し、クラミーは、

 

「残念だったわねジェームズ。貴方の可愛いお孫さんはどうやら私の愛娘に盗られたようだわ」

 

 効果音が付きそうな程のドヤ顔で腕組みしながら勝ち誇った笑みを浮かべていた。

 因みにベルンカステル兄妹とラシェル、シレンは此処には居らず、別の場所で現在マグル界で売られている人気のゲーム機・Switchのゲームソフトでワイワイキャッキャしていた。

 

「チックショー!! クラミー、僕と勝負だ!! 君の娘と決闘が出来ないならせめて母親の君に勝って間接的にフィールに勝ぁつ!!」

「いやどんな因果関係よ。フィールと決闘したいなら彼女が此処に来てからにしなさいジェームズ。ま、わたしの娘と決闘するにはまだまだ先の話になるけど」

「言われるまでもない! 100年後、フィールが死んで此処に来たら僕はあの娘に勝つまで何度でも何処でも決闘を申し込む予定だ!」

「……それ、一歩間違えればただの変態ストーカーじゃないの?」

 

 リリーから冷静なツッコミが入ったがジェームズはそれを無視してビシッ! と杖をクラミーに突き付ける。

 

「まずは魔法決闘! その次はス○ブラとマリ○カート8で勝負だ!」

「つくづく思うのだけれど、本当にジェームズって懲りない男よね。学生時代も含めて何回目よそのセリフ」

「数えてないから分からんが多分1000回は越えてる!」

「マジで懲りないヤツだな。常人ならとっくの昔に諦めてるぞ」

「と言うか1000回以上申し込んで尚一度も勝てないとか……流石はクラミー。歴代最高の才能の持ち主ね。ジェームズ、いい加減諦めた方がいいんじゃないの?」

「だまらっしゃい! 僕は絶対クラミーに勝って無敵の女王の座をこの手で引き摺り下ろしてやると決めたんだ! 男に二言は無い! あといつかリリーの眼に僕の勇姿を焼き付けると自分と君に約束したんだ!」

「あーハイハイ、頑張ってねジェームズ。せめてハリー達が来る100年後には最低でも1回は勝てるように一応応援してるわよ、一応はね」

「俺も一応は応援しておくぞ。一応だけどな」

 

 と、このようにリリーとジャックに半ば哀れみの眼差しを向けられながら応援されたジェームズはグサッと心に来た。

 

「2人揃って二度も言わんでよろしい! 流石の僕でも傷付くよ!? 傷付いちゃうよ!? お願いだからそんな達観したような眼で見ないでえええぇぇぇ!」

「そんな事より勝負したいなら早くしましょう。そろそろ待ちくたびれたわ。それとも今日は諦めて止める?」

 

 クラミーが挑発するようにそう言えば闘志に火がついたジェームズは間髪入れずに言い返した。

 

「ふっざけんなこの野郎! 『諦めたらそこで試合終了ですよ』ってセリフを知らないのか君は!? 人は戦う事をやめた時に初めて敗北する! 戦い続ける限りはまだ負けてないぞ僕は!」

「何かそのセリフも何処かで聞いた事あるわね」

「クラミーに片膝すらつけられず1000回も惨敗している現実を果たして負けていないと言えるのかしら?」

「まあ、ジェームズにも男のプライドってヤツがあるんだよきっと。そこは大目に見てやってもいいんじゃないのか?」

「……それもそうね。それじゃあジャック、私達はお菓子とジュースを用意してゲームの準備でもしましょう」

「そうだな。先にスタンバっとくか」

 

 とまあ、そんな感じにワイワイギャーギャー騒ぎつつも親世代もまた皆平和(?)に仲良く暮らしながら、今よりずっと先の未来で愛する我が子と再会する日を楽しみにしているのだった。

 

 因みに勝負の行方はと言うと、

 

「また負けたああああぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 10分も足らずに最早お決まり中のお決まりでジェームズが惨敗して再びorzし、クラミーは勝利の笑顔でジェームズを見下ろし、リリーとジャックはまたまた苦笑して「ジェームズがクラミーに勝つ日は来るのやら……」と互いに顔を見合わせてやれやれと肩を竦めていたのだった。




【IF世界のフィール】
 ・終戦後は暫く昏睡状態だったが奇跡的に復活
 ・ベルンカステル家の当主は卒業後、クリミアと結婚したルークとバトンタッチ
 ・終戦&卒業後は荷が下りてリラックスした為以前より明るくなった
 ・ホグワーツを旅立った後はハリーやロンと同じく闇祓いに就職、ハリーが局長に就任したのと同時に副局長に就任
 ・ハリーとハーマイオニーの娘リリーとは師弟関係(分かりやすく例えるならドラゴンボールのピッコロと孫悟飯)
 ・呼び方はそれぞれ「リリー」と「師範」
 ・リリーからフィールへの印象評価は「師範好き! 大好き! 超大好き!」、フィールからリリーへの印象評価は「可愛い一番弟子。将来が楽しみ。何かデシャブを感じる(=クシェルそっくり)」
 ・リリーが師範ラブ過ぎてシリウス(と天国に居るジェームズ)とクシェルからはメチャクチャ嫉妬されている

【その後の親世代によるバイオ6プレイ①】
~レオン編~
ジェームズ「お、お前、まさかそんな……も、モブAぇえええええええ!!」
リリー「モブAなの!?せめて名前で呼んであげて!?」
ジェームズ「じゃあクラミー」
クラミー「何でわたしなのよ!そこはヴォルデモートでいいでしょう!」
ジャック「いやいやここは我が君だろ」
ジェームズ「おっ、いいなそれ!じゃあ今度は我が君でテイク2と行くか!」

~テイク2~
ジェームズ「お、お前、まさかそんな……わ、我が君ぃいいいいいいい!!」
我が君「勝手に人を殺すなぁあああああ!!」
リリー「いや実際死んだでしょうが!!」
ジェームズ「て言うか何でお前が此処に居んだよさっさと帰れ!!」
ジャック「そうだそうだ!!自分の事は棚に上げといて勝手に人を殺すなとか言うんじゃねえ!!」
クラミー「バカ!アホ!ボケ!マヌケ!死ね!奈落の底の底まで堕ちて二度とその面見せるんじゃないわよこの虫けらが!!」
親世代's「此処で会ったが100年目!!!歯ァ食い縛れや!!!」
我が君「イ゛ェアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」チーン
ベラ&Jr.「ご主人様ぁあああああああああああああ!!?」

【その後の親世代によるバイオ6プレイ②】
レオン編クリア後、続けてクリス編・ジェイク編をプレイした親世代はクリス編のラストにて画面内のクリスと共に、

「ピアーーーーーーーズ!!!!泣」

と叫び、その後のジェイク編では終盤のとあるムービーでピアーズに銃を向けられ、ジェイクを操作していたジェームズはムービー終了後、

ジェームズ「てめえさっきはよくもこの僕に銃を向けてくれたな!!この積年の恨み籠ったパンチで100倍返しだああああぁぁーーーッッ!!(ジェームズ、体術でピアーズをブッ飛ばす)」
リリー「落ち着いてジェームズゥウウウウウウウウウウウ!!」
ジェームズ「これはさっきの仕返しだ!これもさっきの仕返しだ!!こっちもさっきの仕返しだ!!!そしてこれがさっきの仕返しだあああああああーーーーッッ!!!!(ジェームズ、体術の連続攻撃をピアーズに浴びせる)」
リリー「もうやめてあげてぇええええ!!ピアーズのライフはゼロよおおおおお!!」
クラミー「さっきの感動の涙を返しなさいいいいいいい!!」
ジャック「ジェームズそろそろ止めないと全国のピアーズファンにアバダ・ケダブラかクルーシオされるぞ!?」


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IF番外編.千夜一夜の夢を紡いで

リクエスト回②後編で少しだけ描写のあった女子会の補完エピソード。
時系列はホグワーツの戦い終戦後とリクエスト回②の間。
後編に合わせて編集したので矛盾は恐らくそこまで無い……と思われます。
短い話ではありますが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*)。


 ある日の事。

 連休を取って数日前からハーマイオニーの自宅に初めて泊まりで遊びに来たフィールとクシェルは現在、寝室の所有者であるハーマイオニーも含めて三人で、マグル界では幅広い世代から絶大な人気を誇るアニメーション映画のシリーズをマラソン鑑賞した後の女子会を満喫していた。

 

「久し振りに皆で映画観たけどやっぱりどの作品も面白いね! あ~あ、魔法界でもテレビが普及すれば絶対良いのに」

「それに関しては全面的に同意するわ。正直な話、魔法界は文化面に関してはマグル界より遥かに劣ってるからもう少し新しいモノを取り入れる努力をして欲しいわね、割りと本気で」

「私的には魔法界出身の貴女方がマグルのアニメ映画を知っている他テレビを見た事がある事自体、少しビックリしてるわ。でも、逆に魔法界出身の人間で一緒にマグルの映画を観て楽しんでくれる友達がいて私は嬉しいわよ」

 

 プライマリースクールに通ってた頃は主に性格の問題から友達らしい友達が一人もいなかった分、数少ない同性の親友……それも二人とアニメ映画を観る日が来るなど、当時は夢にも思ってみなかったから尚更だ。

 

「ところでクシェルとフィールは今回観た映画の中でも何の作品が一番好きなの?」

「私は勿論『ピーター・パン』! 昔から大のお気に入りだし、何回観ても夢と希望を与えてくれる不朽の名作だからね! 私の中ではダントツ! 不動の1位! ハーマイオニーは?」

「そうねえ……。女の子なら誰もが一度は憧れる『シンデレラ』も好きだけど、一番は『美女と野獣』ね。世界中で愛されているファンタジーの最高傑作にして『種族を越えた愛』を描いたラブストーリーの金字塔、そして何より、主人公のベルがプリンセスの中で個人的に最も好きなのよね。最初に観た時から『読書が好きな変わり者』って所に親近感が湧いたと言うか、『プリンセスになるとしたらベルになりたい』と思うくらいベルには深い思い入れがあるわ」

 

 特に美女と野獣を語る上では欠かせない中盤のダンスシーンは映画史に残る名場面中の名場面だから、あのシーンは本当に何度も繰り返し観る程今も昔も大好きよ―――とハーマイオニーが笑顔で言えば、確かに、とハーマイオニーの言葉に異議が無いフィールとクシェルは大きく頷く。

 

「美女と野獣のベルとハーマイオニーって結構そっくりよね。どちらも読書が趣味で本をこよなく愛するちょっぴり変わった美人だし、髪の色も同じだし」

「演劇や実写映画にするならベル役はハーマイオニーが適役だね! 出演が決まったら観に行くよ!」

「お世辞でも褒めてくれるのは嬉しいけど私は女優じゃないわよクシェル」

 

 苦笑しつつも冷静にツッコミを入れたハーマイオニーはフィールに視線を移し、「話が脱線したけど、フィールは何が好きなの?」と再び問い掛ける。

 

「ん~……色々あって迷うけど二つ挙げるとするならサバンナを舞台にしたあのミュージカル映画と、千夜一夜物語(アラビアン・ナイト)で最も有名な話を基にしたヤツね。ストーリー性やキャラ性は勿論の事、歌がまた良い。とりわけそれぞれの主題歌はメインテーマなだけあってどちらも印象的。後者は魔法の絨毯に乗って互いに寄り添いながら一緒に歌うアラジンと王女様の空中デートシーンがロマンチックで素敵なのよね……って。何でそんな驚いた表情で私を見るのよ二人共」

 

 何故か両眼を大きく見開かせてこちらを凝視するハーマイオニーとクシェルのビックリした面持ちにふと気付いたフィールが訝しい眼差しを向ければ、二人はハッと我に返った。

 

「ああ、ごめんなさい……。まさか貴女の口から『ロマンチックで素敵』なんて言葉が出てくるとは予想外だったからつい」

「右に同じく」

「よろしい。ならば決闘だ。今すぐ表に出てお辞儀をするのだ」

「待って待って待って! 別に悪い意味で言った訳じゃないわよ! 単にそういうのに興味無さそうな貴女も中身はやっぱり私達と同じ年頃の女の子で見た目とオーラのギャップが可愛いなって思って言っただけだから! ていうか何で最後の最後にいい歳して厨ニ病の末期拗らせるような何処かの死の飛翔(笑)の真似をするのよ! 貴女のせいで休み明けの仕事の最中に今のセリフ思い出して吹いちゃうパターン入っちゃったじゃない! 思い出し笑いで仕事どころの話じゃなくなるわ!」

「それならそうと早く言いなさいよバカ。あとさっきの厨ニ病云々の発言でふと思ったのだけれど、あの顔面核兵器野郎、ただでさえ一度見たら忘れられないインパクト大の面白い顔してたのに怒りで血圧上がり過ぎて顔どころか全身茹でタコになったら間違いなく抱腹絶倒は避けて通れないわよね」

「ちょっとフィー! せっかくハーマイオニーの爆笑発言で思いっ切り吹き出すの必死に堪えてたのにあんまり笑わせないでよ! 私笑い死にするじゃん!」

「こういう時は堪えないで存分に笑っときなさい」

「そうよこういうのは笑った者勝ちよ。元はと言えば一人称『俺様』のせいで小物感半端じゃない事に一切気付かなかった死の飛翔(笑)が原因なんだから」

「それもそうだね!」

 

 HAHAHAHAHAHAHA、といい歳して厨ニ病の末期拗らせるような死の飛翔(笑)こと何処かの顔面核兵器野郎をネタに好き放題言い合った三人は暫くの間、それぞれの気が済むまで爆笑した。

 一頻り笑った後、気持ちが落ち着いたハーマイオニーがふと「ところで二人はもし、自分がプリンセスになれるとしたら誰になりたい?」とこんな質問を投げ掛ける。

 

「難しい質問ね……と言うより、私はまず自分が物語のお姫様になるって事自体、全然想像出来ないわ」

「まあ実際フィーの場合はプリンセスよりも寧ろプリンセスを助けるプリンスやナイトの方がピッタリだよね」

「言われてみればそうね。ゲームや漫画の如く本物のドラゴンを単騎で討伐出来るフィールなら大半のヴィランなんてコテンパンに倒しそうだわ」

「実写映画や舞台に出演するなら目立つのはあんまり好きじゃないから其処らに居るモブAで十分だけどね」

「貴女みたいなモブAがいたら物語崩壊もいいところだわ」

「王子様が登場するより前に物語が完結しちゃって話が成り立たなくなるよ」

「酷い言い種ねえちょっと。流石の私でも傷付くわよ」

 

 ハーマイオニーとクシェルが二人揃って無邪気に笑えば、再び弄られて口を尖らせたフィールも怒る気力が失せてしまい、肩を竦めるだけに留めた。

 

「それで、私らはさっきまで何の話をしていたんだったかしら?」

「プリンセスになれるなら誰になるか、よ。でも質問の難易度が高かったから少し内容を変えるわ。フィールだったらどのプリンセスがクシェルのイメージだったりする?」

「そうねえ……こっちはこっちで難儀な質問だけど、強いて言えば私の好きな作品でヒロインを務める王女様とお転婆幼馴染みちゃんかしら? 好奇心旺盛で勝ち気、活発で行動力がある、自分の意志を持っていて堅苦しい事が嫌いなのはクシェルにも当て嵌まってる事だし」

「あっ、貴女もそう思うのね。流石フィール、ナイスセレクトよ。やっぱり誰よりもクシェルに詳しい人は違うわ。良かったわねクシェル。ちゃんとフィールは貴女の事をよく見てるわよ」

「うん! ありがとねフィー!」

「……………」

 

 ハーマイオニーからは褒め言葉を、クシェルからは感謝の言葉を貰ったフィールは無言で顔を逸らし、照れ隠しからか髪を耳に掛ける。

 フィールとは長い付き合い故、色白の頬と耳がほんのり紅くなっているのを見逃さなかった二人はニヤニヤ笑った。

 

「あれれ? もしかしてフィー、照れてるの?」

「……別に照れてないけど?」

「じゃあ何でこっち見ないの?」

「ノーコメントでよろしく」

「会話噛み合ってないわよ」

「いいのよ噛み合ってなくても」

「いやいや良くないでしょ」

「細かい事は気にしない気にしない」

「いや気にするわよ」

 

 律儀にコントのようなやり取りには乗ってくれるものの、変に意地を張る子供みたいに頑なに顔と視線は合わせようとしないフィールなりの抵抗に可愛いなと思った二人は一瞬アイコンタクトするとそっと近寄り、

 

「じゃあ、私らの方から行く~」

 

 と、両サイドからフィールを挟み込む形でギュッと抱き付いた。

 突然ハグサンドされたフィールは「ッ!?」となりジタバタしたが、軈て諦めたのか暴れるのを止めて大人しくなった。

 

「ふふっ……昔と比べて大分丸くなったわねフィールも。学生時代はクールな優等生だった貴女もこういう赤面した所を見ると何だかんだ言ってもやっぱり年相応の女の子ねって思うわ」

「あら、それを言うならハーマイオニーだってそうじゃなくて?」

「貴女程じゃないわよ」

「そうかしら? ハーマイオニーは私以上に色んな意味で石頭の優等生ちゃんだったし、今でも普段はルールに五月蝿い堅物のキャリアウーマンでも中身は年頃の女の子らしく乙女なのは私を始め、所謂ギャップを感じる人も多いんじゃないの?」

「ちょっとフィール! 色んな意味で石頭ってどういう意味よ! 私の頭部はオリハルコンで出来てるとでも言いたい訳!?」

「え、違うの?」

「違うわよ!?」

「てっきり私はハーマイオニーの頭はオリハルコンや鉄筋コンクリートで出来てるのかと思ってたわ……」

 

 本心なのか冗談なのかは分からないが小声でフィールがそう呟いた瞬間。

 眼を三角にしていたハーマイオニーは何故かニコニコと怖い笑顔を浮かべ……身の危険を感じたフィールが逃げるよりも早く、ドンッとクシェルの方へ突き飛ばした。

 アイコンタクトでハーマイオニーの意図をすぐに察したクシェルは倒れ込んできたフィールをしっかりと受け止める。

 

「なるほど。よぉく。分かったわ。どうやら貴女にはキツ~いお仕置きをしないといけないようね。クシェル。悪いけど暫くの間、フィールを押さえてくれるかしら?」

「OK~」

「ちょっと!?」

「覚悟しなさいフィール! これから1時間、貴女には二度とそのふざけた口が利けないよう私がみっちり躾けてやるわ!」

「悪かったわよハーマイオニー! ちゃんと謝るから! どうか許して―――」

「言い訳無用!」 

 

 ハーマイオニーの命令に従ってクシェルにがっちりホールドされて押さえ込まれたフィールはその後、必死の謝罪も虚しくハーマイオニーによる擽り地獄を味わう羽目になり、「助けてクリミアーーー!!」と此処には居ない姉に助けを求めて泣き叫ぶのだった。

 

✡️

 

 1時間後、ハーマイオニーの気が済んでフィールが擽り地獄から解放された後は皆でお風呂に入った。

 全員が濡れた髪を乾かし、ハーマイオニーの部屋へと戻って来たら早々に電気を消して三人で一つのベッドに潜り込み、川の字になる。

 因みに今日はフィールが真ん中だ。

 就寝時間にはなったがまだ眠気は襲っては来てないので、眠くなるまで三人は会話を続ける。

 

「今日も楽しかったね」

「そうね。あとはフィールの意外な一面が見られて大満足したわ。擽られて顔を真っ赤にさせて涙眼になってたのは本当に可愛かったわね」

「うぅ……お願いだからその話は止めて……」

「はいはい。それじゃあ貴女のお望み通りこの話は止めて女子会の続きでもする?」

「そうねそうしましょう。え~と……今日観た映画はシリーズの中でもトップクラスの人気を誇るだけあって面白かったからまた観たいわね。勿論他の作品も」

「貴女の好きな作品限定にするならフィール的にはどのシーンが特に印象的だったかしら?」

「ダントツでアラジンと王女様の空中デート」

「やっぱり。フィールならきっとそう答えると思ったわ。私も魔法の絨毯に乗って空を旅するあの場面は一番好きなシーンよ」

 

 フィールとハーマイオニーが共通の話題で盛り上がれば、それまで黙って聞いていたクシェルは「二人の話を聞いてたら本当に魔法の絨毯で空の散歩したくなってきたよ」と言い、クシェルの言葉を受けたフィールは少し考え込んだ末、

 

「じゃあ、行ってみる?」

 

 と、至って普通に尋ねた。

 

「え?」

「クシェルの要望に応えて明後日の夜、魔法の絨毯に乗って空の旅へ出掛ける?」

「マジで!? 本当に行けるの!?」

「ええ。行くとなれば明日はちょっと準備したい事があるから明後日になるけど……」

「全然大丈夫だよ! だから気にしないで! と言うかその絨毯って一度に三人も乗れるの?」

「問題無いわ。私達はスリムだし絨毯も大きめだから三人乗っても平気よ」

「やった! うわあ、明後日が楽しみ過ぎて待ち遠しいよ!」

「でもフィール。確か空飛ぶ絨毯の輸入はイギリス魔法省では禁止されてるんじゃなかったかしら?」

 

 興奮した様子でクシェルが瞳をキラキラ輝かせたのに対し、賢いハーマイオニーが冷静に法律を指摘すれば、何故かフィールはフッと笑った。

 

「ところがどっこい。昔、何故だか知らないけど城の倉庫に空飛ぶ絨毯が保管されてたのを見付けてね。家にあるのよこれが。多分、先祖の誰かが輸入禁止前にアジア魔法界に旅行に行った記念に買ったヤツでしょうけど……どう? せっかくの機会だし皆で出掛けない? 勿論、マグルや魔法使い……特に魔法省勤務の人間には目撃されないよう認識阻害の魔法や落下防止の魔法は施すから心配要らないわよ」

「……バレたら法律違反じゃないのそれ?」

「昔、匂い消しチョーカーをフル利用して叔父と特訓に励んでた人が今更何を言ってるのよ。それに空飛ぶ絨毯の輸入禁止が法律違反なら将来キャリアアップしたハーマイオニーが後々ルールを変えればいい話でしょ。第一絨毯が『魔法を掛けてはいけないマグルの製品』としてダメなら箒だってアウトじゃない。箒もマグルの製品として存在する訳なんだし、何が違うって言うのかしら?」

 

 グッと言葉に詰まったハーマイオニーは逡巡した末、「……せっかくだから三人で行きましょうか」と結局のところは自分も空飛ぶ絨毯に乗りたい誘惑に負けてポツリと呟く。

 ハーマイオニーはハーマイオニーで昔と比べて随分丸くなったのを再認識したフィールとクシェルは「じゃあ決まりね(だね)」と視線を交わして笑った。

 

✡️

 

 そして迎えた翌々日の夜。

 ベルンカステル城にやって来たクシェルとハーマイオニーはバルコニーにてフィールが来るのを待っていた。

 何故かは知らないが彼女から此処で待つよう言われたのだ。

 今日は天気も良く風も穏やかで満月と星が彩る綺麗な夜空だから、夜の空中散歩にはこれ以上無いくらいの好条件で欄干にもたれ掛かりながら二人でまだかなーと顔を見合わせた時、

 

「舞台は砂漠に囲まれた神秘と魅惑の王国。その下町にアラジンと言う貧しくもその心はダイヤの原石のように清らかで心優しい青年が暮らしていました。ある日、アラジンはひょんな事から城を抜け出した王女様と出会い、二人は恋に落ちます。その後、紆余曲折を経て王女様の前に現れたのはどんな願いも3つ叶えてくれるランプの魔人の力を借りて王子に扮したアリ王子ことアラジンでした。再会と別れの末、見事王国の支配を目論む邪悪な魔法使いを砂漠の彼方へ封印し王国の危機を救ったアラジンは、彼の勇敢で誠実な姿に感動した国王に王女様との結婚を認められ、二人は無事結ばれましたとさ―――」

 

 何処からか、簡単且つ簡潔にストーリーを淡々と語るフィールの声が耳朶を打った。

 えっ? と思わず眼を丸くした二人の目の前に現れたのは、空飛ぶ絨毯に乗ってアリ王子に扮した際のアラジンと全く同じ格好をしたフィールであった。

 ポカーン、とするクシェルとハーマイオニーにサプライズ成功と言わんばかりに笑い掛けたフィールは彼女らにシーツを被せて「3……2……1……」とカウントを始め、0になった瞬間、フィールが勢い良くシーツを取れば、いつの間にか二人は、髪飾りやピアス等のアクセサリーも含めて王女様が身に纏っていたあの色鮮やかなパウダーブルーのドレスに着替えていた。

 

「これって……」

「気に入って貰えた?」

 

 驚きの連続に思考が追い付かない二人に手を差し伸べたフィールは優しく微笑む。

 

「さあ、魔法の絨毯に乗って夜の空の旅へ出掛けよう王女様。今宵は私、アリ王子ことアラジンが貴女方をきらめき輝く自由で素敵な世界へ連れて行きます」

「……貴女ってそんなキャラだったかしら? さながら架空の王子に変装したアラジンのようにポリジュース薬飲んでフィールに成り代わった偽者じゃないでしょうね?」

「ハーマイオニーはいい加減事ある毎にポリ偽疑惑掛ける事から離れなさいよ、全く。たまにはこういうのも悪くはないでしょう?」

「あ、唐突に素に戻った」

「と言うか一昨日貴女が言ってた準備って……もしかしてこれの事なの?」

「そうだと言ったら?」

「とても意外ではあるけどとてもロマンチックだと思うわ。まさか現実であの有名なシーンを再現するなんて……夢じゃない夢を実際に体験出来るなんて思ってもみなかったから」

 

 見事な不意打ちを食らったハーマイオニーがそう笑えば、偽者ではないかと疑われて頬を膨らませていたフィールも少し目元を和らげた。

 

「フィー、ハーマイオニー。そろそろ行こうよ。私、待ちくたびれたよ」

「ああ、そうだったわね。ごめんなさい。それじゃあ―――良ければ一緒に乗って飛んでみないか? 宮殿(しろ)を抜け出して。世の中を見るんだ」

 

 一部言葉は異なるが、魔法の絨毯に乗って宮殿に訪れたアラジンが王女様を空中デートに誘う際のセリフを真似たフィールに一度顔を見合わせたクシェルとハーマイオニーが、

 

「「平気なの?」」

 

 と、わざと少し不安そうな表情で言えば、

 

「私を信じろ」

 

 再び手を差し伸べたフィールが最後に決め台詞を決め、二人を絨毯に乗せて一夜限りの空の旅へと出掛けた。

 

✡️

 

「凄い……箒で空を飛ぶのとは全然違うわ」

 

 ベルンカステル城から空高く飛び立ち、フィールにしがみついていたハーマイオニーは映画で観た時と同じ星空の光景が今、己の目の前に広がっているのを見て本当に王女様になったような、そんな気分を味わい改めて信じられないと言う表情を浮かべた。

 

「箒と絨毯、どっちがお好みで?」

「断然後者よ。……私、最初に映画を観た時から憧れていたのよね。魔法の絨毯に乗って空を飛ぶの」

「へぇ……これはまた夢見る乙女ね。やっぱり貴女の方が私より女の子じゃないの」

「夢が叶って良かったねハーマイオニー! フィー、今日は本当にありがとう!」

「私からもありがとうフィール。夢を叶えさせてくれた貴女にはとっても感謝しているわ」

「感謝するなら私ではなく絨毯を購入した私のご先祖様に言ってね」

「それでもフィーが提案してくれなかったら空中散歩なんて出来なかったし、絨毯も特に出番無くいつかは燃やされてたり捨てられたりしたかもしれないでしょ? だからフィーには本当に感謝してるんだ!」

「……そう。正直、ここまで喜んで貰えるとは思ってなかったから私も嬉しいわよ。こちらこそありがとう」

 

 星が煌めく満月の夜、眼下に広がる光溢れる街並みを見下ろす三人の少女は気心知れた者同士、溌剌と笑い合った。

 

「クシェル、ハーマイオニー」

「ん?」

「何?」

「今日の記念に受け取ってくれるかしら?」

 

 フィールの手にはいつの間にか白色のジャスミンの花が2輪握られており、微笑した彼女は1輪ずつ二人に手渡した。

 「そういえば映画でもアラジンが王女様にジャスミンと思われる白い花を渡していたような……」と記憶を辿った二人は礼を述べて受け取る。

 

「貴女、どこまでも映画の内容を忠実に再現するつもりなのね」

「流石に全部とまではいかないけどね。アラジンと性別が違えば王女も一人から二人になってるし」

「因みにフィーだったら私とハーマイオニー、どっちを選ぶの?」

「クシェル一択」

「間髪入れずに二人の女を一ミリも迷う事無く片方選んだわよこの人」

「ここでハーマイオニーと答えたら堂々と二股宣言してるのと大差無いでしょ。ハーマイオニーには既にハリーがいるんだし、親友の彼女を奪うなんてゲスな趣味、私にはないからね」

「それもそうね」

「確かにフィーがハーマイオニーと回答したら私はフィーをここから突き落としてたよ」

「そうなったら私達もタダでは済まされないのだけれど?」

「その時はその時」

 

 さらっととんでもない事を言ってのけたクシェルにフィールとハーマイオニーは苦笑する。

 緩やかな風に乗ってジャスミンの花から漂う甘く濃厚な香りが鼻腔を擽った時、

 

「余談だけど『夜の女王』の異名を持つジャスミンの香りはあの彼の有名なクレオパトラも気に入ってたらしいわよ。媚薬としても使われるエキゾチックで甘美な香りから『官能的』や『好色』と言った花言葉がついたとか」

「ジャスミンの名前はペルシャ語で『神からの贈り物』と言う意味を持つ『ヤースミン』が由来なんだよね」

 

 と、フィールに続いてクシェルもジャスミンの花の豆知識を紹介してハーマイオニーが「何で二人共そんなに詳しいの!?」と驚きの声を上げたりしながらも、まだ始まったばかりの空中デートならぬ空中散歩(ドライブ)を彼女達は心の底から楽しんだ。

 

 夢は紡がれる。

 千と一の夜の空の旅と共に。




【ジャスミンの花言葉】
「温和」「愛敬」「愛らしさ」「優美」「官能的」「清純」「無垢」「無邪気」「素直」「可憐」「温情」「愛嬌」「愛想のよい」「気立ての良さ」「あなたは私のもの」「私はあなたに付いて行く」


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リクエスト①.キャロル(この想いを君に捧げる)【前編】

ミニットマン1994様から頂いたリクエスト回第1弾。
リクエスト内容は「フィールを巡って繰り広げられるクシェルとリリーの正々堂々真剣勝負」。
思ったより話が長くなりそうだった事と、キリの良いところで区切りたかった事から前編と後編に分ける事にしました。
あ、それと今回の話を機にとっっっても今更ですが必須タグに「ガールズラブ」を追加しました。
その訳は中身をご覧頂ければお分かりになられるかと思われます。そういった描写が苦手な方は予めご注意ください。

※11/22、サブタイトル変更。カクテル言葉がサブタイトルになったのは#91のラモンジンフィズ以来……実に約2年半ぶりです。


「ッッィィィイイイヨッシャアアアァァァ!! 勝ったアアアアァァァァ!!」

「負けたアアアアアァァァ!! あァァァァァァんまりだァァァアァァァ!!」

 

 その日、ベルンカステル城には2つの叫び声が城中に響き渡っていた。

 一つは歓喜による勝利の雄叫び、もう一つは絶望による敗北の悲鳴。

 前者は眩しいくらいの超笑顔でガッツポーズしているのに対し、後者はその前で絶望のあまりガックリと両手・両膝をついて所謂orz状態だった。

 そして、遠くから2人を静かに見守る複数の影は「どうしてこうなった……」と困惑気味な顔を見合わせるのだった。

 

✡️

 

 経緯は遡ること数十分前。

 この日、リリーとクシェルはベルンカステル城の訓練場で午前中から互いに一歩も譲らぬ舌戦と決闘を繰り広げていた。

 理由は明日のデートの取り合い。

 デートのお相手は勿論、2人が大好きなフィールである。

 寧ろ彼女以外の人間でこの2人が大規模な賭け事をする事はないと言っても過言ではなかった。

 

「いい加減諦めたらどうですかクシェルさん! 明日師範とデートするのは私なんですから、恥をかく前にさっさと降参した方が身の為ですよ!」

「それはこっちのセリフだよリリー! 明日フィーとデートするのは私なんだから、子供は大人しく昼近くまでねんねしたらどう!?」

「イヤで~す! 貴女の言う事は聞きませ~ん!」

「子供か!」

「子供です! 正確には子供と大人の中間ですけどね!」

「都合の良い時だけ子供になって!」

「そう言う貴女こそ大人気ないクセに!」

「大人気なくて結構で~す!」

 

 何なんだ、この低レベルな口喧嘩は。

 と、さっきから観客席で見守るフィール達は額に手を当ててタメ息の連続だった。

 

「そもそもリリーは何で私のフィーを奪おうとするんだ! フィーと私はリリーが生まれるずっと前から『人生の伴侶になろう』って約束してようやくその約束が叶った仲なのに!」

「欲しいものは全力で手に入れて見せる! それが私のポリシーなんで! 現在師範とクシェルさんが結婚していようが師範はいつか必ず私が落としてやりますし、仮に今世で手に入れられなくても来世以降クシェルさんより先に師範と会って師範と結婚すれば万事解決なんで! 今の内に印象付けて死後の世界で最終的に師範とゴールイン! これこそがハッピーエンドでしょう!」

「私からすればバッドエンドもいいところなんだけどぉ!? 主人公とヒロインが結ばれないラブストーリーなんてだぁれも望んじゃいないと思いますけどそこん所どうなんですか?!」

「クシェルさんが物語の主人公なら私はそのライバルキャラですか! それはそれでアリですねえ! ライバルにお目当てのヒロインを奪われる主人公……ふふっ、考えただけでも優越感半端じゃないですね! 今世では貴女の手によって乱されていた師範が―――普段は大人の余裕たっぷりのフィールさんが私に組み敷かれて歪む様と、貴女以上に快楽に濡れた表情と眼差しを私に見せる淫らな姿……。想像しただけでテンション爆上がりですよ!」

「野郎ブッ殺してやるぁぁぁぁぁぁ!!!」

「やめろぉぉぉぉぉぉ!! それ以上言うなぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 激昂したクシェルと赤面したフィールの叫びが同時に発せられる。

 怒りで眼を剥き完全に殺す気満々で呪いを撃とうとしたクシェルと、冷静さを欠かしたクシェルの隙を突いて一撃を狙おうとしたリリーの間に超高速「姿現し」で割り込んだフィールは杖無しで「盾の呪文」を発動、2人はそれぞれ見えないバリアに逆方向で吹き飛ばされた。

 

「イタタタ……フィー、何するのさ!」

「師範! 何で中断させるんですか!」

「当たり前だ! あのまま続けさせたらお前ら絶対殺し合いに発展してただろ! 私はそうならないよう未然に防いだまでだ! 今日の決闘はこれで終わりだ! 守らないならどっちとも明日は出掛けないぞ!」

 

 その言葉にグッと押し黙ったクシェルとリリーは暫く互いに視殺する勢いで睨み合っていたが、軈てチッと舌打ちして大人しく杖を仕舞い、互いに腕組みして顔を背けた。

 

「全く……フィールが止めていなかったら今頃どうなっていたか……」

 

 観客席からやって来たハーマイオニーは安堵の表情を浮かべ、ハリーとロンも「右に同じく」と苦笑していた。

 

「もういっそのこと、明日はフィールが言ったようにどっちとも出掛けないで別の日に出掛けるでいいんじゃないかな?」

「断る!」

「NO!」

 

 ハリーは出来るだけ穏便に済ませられるようダメ元で提案してみたが、やはりと言うべきか、クシェルとリリーは一言で一蹴した。

 

「午前中からずっと思ってたけど……明日のお出掛けのお相手を決めるだけでどうしてここまで好戦的になれるのか、私には理解し難いわ。お願いだから普通の方法で決めてちょうだい」

「普通の方法って言われてもねえ。私には思い付かないよ」

「それについては珍しく同意見だよワトソン君」

「誰がワトソン君・ベイカーだ!」

「そこまで言ってませんよ~っだ!」

「クシェルとクシェルJr.! 口喧嘩は止めろ!」

「「ハイ……」」

 

 鶴の一声とはまさにこの事か、とフィールの言葉一つで再び喧嘩腰になった2人がシュンと大人しくなったのを見て、グリフィンドール出身者3人は心の中でシンクロする。

 

「普通の方法ならジャンケンとかはどうだ? 一番手っ取り早いし尚且つ公平に決められるんじゃないか?」

「そう思うだろ? これがまさかのダメだったんだよなあ」

「はあ? どういう意味だよそれ?」

「この2人、ロンの言うように一度はジャンケンで公平且つ手っ取り早く決めようとしたんだけどな。どっちも動体視力良過ぎてお互い本気出したら何とあいこが100回連続で出てさ。結局ジャンケンでは決着つけられなかったから『やっぱり決闘で勝負だ!』と言う事になった訳」

「ああ……なるほどそういう事か。てかスゴいな100回連続あいこって」

「私もそう思う。それはさておき……ジャンケン以外で公平な決め方を挙げるとするなら……あっ、じゃあくじ引きはどうだ?」

 

 閃いたフィールがくじ引きと言うアイディアを出せば、それを聞いたクシェルとリリーは同時に雷に打たれたような衝撃が走り、

 

「「それだーーーーーっ!!」」

 

 と同時に叫んだ。

 その様子はようやく解決法が見付かったと言わんばかりで、「えぇ……?」と提案者のフィールは当然としてハリーとハーマイオニーとロンも「何で思い付かなかったんだろ……?」とこっちはこっちで衝撃を受けていた。

 

 何はともあれ、そういう訳で早速アタリとハズレのクジを2つ作り、それぞれ手に取ったクジを同時に開いた2人は一瞬の沈黙の後、

 

「ッッィィィイイイヨッシャアアアァァァ!! 勝ったアアアアァァァァ!!」

「負けたアアアアアァァァ!! あァァァァァァんまりだァァァアァァァ!!」

 

 クジによる公平な決定でアタリを引いた一人が歓喜の叫びを、ハズレを引いたもう一人が絶望の叫びを上げる事となったのだった。

 因みに今回、アタリを引いたのは―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クシェルJr.ことリリー・ポッターであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

✡️

 

「と言う事で師範! 師範が提案したくじ引きの結果、明日はアタリを当てた私とデートのお相手、よろしくお願いします!」

「それに関してはOKだが……デートって言い方はちょっと止めてくれ。その言い方だと浮気してるみたいになるから」

「何を今更な事言ってるんですか。呼び方変えたところでデートである事は変わらないんですし、今回は私とクシェルさん、どちらも互いに納得した上で決まった事なんですから」

「……それもそう……なのか……?」

 

 疑問系ではあったが一応はリリーの説得に納得(?)したフィールは「もう何だか考えるのめんどくなってきた」と思考放棄する事にした。

 因みに2人は現在、フィールが割り当てたベルンカステル城に於けるリリーの寝室に来ており、負けたクシェルは放心状態で誰が何を言っても上の空の為、暫くそっとしておこうとの事で訓練場の隅っこで踞っていた。

 

「それともう一つ、師範にはお願いがあります!」

「お願い? 何だ?」

 

 フィールが首を傾げれば、リリーはどこから手に入れたのか怪しさ120%の見た目カプセル剤の魔法薬を掌に載せて見せた。

 

「せっかくの貴重な2人きりのデート、ただ普通に出掛けるだけでは面白くありませんので……師範、今からこれを飲んでください!」

「ちょっと待て。何だその如何にも怪しそうな薬は」

「これは飲んだ者の性別を24時間だけ逆転……要は性転換させる薬です!」

「……………………つまり?」

「師範! 明日1日だけ男性として私とデートしてください! お願いします!」

「そんなの飲めるかああぁぁぁ! ふっざけんな何でそれ聞いて私飲むと思ったのねえ!?」

「え? 別にいいじゃないですか減るもんじゃないですし。私、一度でいいから男体化した師範を見てみたいんですよ!」

「いやいやいやいやいやいや。それだったらリリーが飲めばいい話だろ何で私に飲ませようとしてるんだよ」

「だから私は師範が男性になった姿を一目見てみたいんですよ!」

「嫌だわ! 私は絶対飲まんぞ!」

「そこを何とかお願いしますよ!」

「却下だ!」

 

 カプセル剤の正体が性転換の薬と聞いたフィールは当たり前と言うべきか両手を胸の前で振って必死に断るが、「ハイそうですか」とすんなり言う事を聞くようなタイプではないリリーも負けじと食い下がる。

 何度懇願しても拒否し続けるフィールに次第に強引になり始めたリリーは遂に痺れを切らしたのか、

 

「あーっ、もう! 強情っ張りですね! それなら強行手段に出ますよ!」

 

 と、何を思ったのか突然、フィールの目の前で薬を自身の口に含んだ。

 直後、は? と一驚するあまり瞠目したフィールをリリーは力一杯ベッドに突き飛ばす。

 

「おい、いきなり何する―――」

 

 しかし、フィールが言い切るより先にフィールを組み敷いたリリーは彼女の頬を両手で包んで固定し―――。

 

 自身の唇を彼女のそれに重ね、薬を移し入れた。

 

「──────ッッッ!!!?」

 

 俗に言う「口移し」をされたフィールはこれ以上ないくらいに蒼眼を大きく見開かせる。

 あまりにも突然の事だった為、普段は明晰な頭脳も理解が追い付かず、自分の上に乗っ掛かるリリーを押し退けようにも押し退けられなかった。

 

「ん……、んんん……っ!」

(思いの外粘るなあ……。だったらこうするか)

 

 それでも何とか性転換の魔法薬を飲まないよう必死に堪えていたフィールだったが、このままでは拉致が明かないと判断したリリーが髪に隠れて見えなかった耳に指を掛けた瞬間、ビクッと電流が走ったように身体が震え、一瞬全身の力が抜けてしまった。

 その隙を見逃す程リリーも甘くはなく、舌先を一気に押し込んで己の唾液と共に魔法薬を流し込む事に成功する。

 

「んっふふ……相変わらず耳が弱いんですね師範。いや、師範は確か耳に限らずどこも弱いんでしたっけ? 人より気配察知に長けていて人より感覚が鋭敏な分、こういう刺激にも人一倍身体が敏感に反応しちゃうのは師範の数少ない弱味の一つですからね」

「はあっ…………はあっ…………り、リリー……お前…っ!!」

 

 リリーの強行手段に負けて薬を飲んでしまったフィールは最後に唇を舐めてゆっくりと顔を離したリリーをキッと睨み付ける。その顔は非常に真っ赤であった。

 リリーはイタズラが成功した子供みたいにニヤリと口角を上げて無邪気に笑う。

 

「嫌なら遠慮せず突き飛ばせば良かったじゃないですか。私より師範の方が体格も腕力も勝っているんですし。突然口移しされたから、は言い訳になりませんよ? 不意打ちなんて実戦では常。私が口移ししたのは性転換の薬だったから死にはしませんが、これが毒薬だった場合、流石の師範でも今頃は毒に苦しんで死んでたんですから。今回は対処し切れずに飲んでしまった師範の負けですよ? 尤も、師範を口移し毒殺した輩が現れたら私がその倍の毒薬を飲ませてやりますけどね。ああ勿論、普通にですよ」

「何上手く言い包めようとしてんだ。然り気無くマウント取りやがって」

「何と言えばいいですよーっだ。もう飲んでしまった以上、大人しく効果が切れるのを待つしかないんですし、約束通り、明日は男性として私とデートしてくださいね?」

「……お前、マジで後で覚えとけよ」

「はいはーい、仕返しは薬の効果が切れた24時間後、好きにしてください。ハードトレーニングでも大食いでもベッドインでも何でもやってやりますよ」

「それリリーからすれば全然仕返しにならないだろ。つーか最後に至っては下心丸出しじゃないか」

「まあまあ、細かい事は気にしない気にしない」

「全然細かくねーよ。…………うっ」

「師範?」

「か……身体が……熱い……」

 

 あの薬は即効性ではなく時間差で効力が発揮されるものだったのか、飲んでから少し時間が経った今になって身体が熱を帯び始めてきた。

 効能が現れ始め、リリーは一旦フィールから離れて少し距離を取って待つ。

 それから程無くして、ポンッと軽く音を立ててフィールの身体から白い煙が現れ……彼女の周囲を包んでいた煙が払われた時、そこには居たのは―――。

 

 男体化の影響で元々高かった身長が更に高く、髪も長髪から短髪に変わり、顔付きも女性の時以上に精悍になって従来のクールさとワイルドさ、そして大人の色気のバランスが絶妙に混ざり合った超絶イケメンのフィールであった。

 

「……………………………………………………」

「……本当に……性転換するんだな、これ。しかも性別逆転に伴って見た目も多少変化するとか、流石は魔法薬、か……って、リリー?」

「……………………………師範」

「……何だ?」

 

 さっきから黙ったままのリリーの様子がおかしい事に気付いたフィールが怪訝そうに眉を顰めた、まさにその時。

 

 

 

「今、すぐに!!!! 私を抱いてください!!!!!」

 

 

 

 勝利の歓声を上げた時以上の馬鹿デカい大声でそう叫び、無駄にキラッキラした瞳で勢いよく抱き付いて再び押し倒してきた。

 

「バッカそんな大声出すな!! 恥ずかしいだろ!!」

「何でですか!? 師範は男性になってもメチャクチャカッコいいんだろうなとは前々から思ってましたけど、私の想像以上にカッコ良過ぎて頭も心もステューピファイ状態なんだから仕方無いじゃないですか!! ああもうっ、とにかく今すぐ抱いてくださいお願いします!!」

「先に確認するがそれはどっちの意味での『抱いて欲しい』だ!? 返答次第では明日の予定は全部キャンセルにするぞ!!」

「そりゃあ勿論、どっちもに決まってるじゃあないですか!! 焦らしてるんですかこのこの~」

「せめてハグにしろやバカ野郎!! そっちの意味では絶っっっ対抱かないぞ私は!! 親友の娘にそんな真似出来るか!! 私にも既にクシェルがいる訳だし!! て言うか今更だけど私はアンタの両親と同い年だぞ!? 何で躊躇無く口移し出来るんだよお前はよおおぉぉぉ!!」

「そんなの、師範が超大好きだから以外に他の何があるとでも言うんですか! 言っときますが私は本気ですよ! 師範にはクシェルさんと言う最愛の女性(ひと)がいるのは重々承知してますけど! 貴女が好きな気持ちは自分の意思では抑えられないんですよ! 私欲張りなんで! 人生欲張った者勝ちなんで!」

 

 学生時代、いつかのハーマイオニーとの会話時に自身が彼女に掛けた言葉とリリーの言葉がダブり、「ああ……まさかこんな形で特大ブーメランが来るなんてなあ……」と染々と感じた、その時だ。

 

 ポンッ、とリリーの肩に誰かの手が置かれた。

 

 振り返った先に立っていたのは、いつの間に放心状態から回復したのか、いつからそこに居たのか、とてもとても素晴らしい笑顔で、しかしこめかみに青筋を立てる程に怒りのオーラが身体中から滲み出て亀裂が入りそうなくらい杖の柄を強く握り締めるクシェルであった。

 

「は~い。リリー? フィー? ノックもせず突然お邪魔しちゃって悪いね? リリーのとにかくバカみたいにデカい声が遠く離れた訓練場の隅っこまで聞こえてきたものだから、何事かと思って駆け付ければ……これは一体どういう状況なのかな? まあ? 2人の会話は嫌でも耳に入ったから? 何でこうなったのかは聞かなくても何と無~く分かるけどさ? 念のためどっちか説明してくんない? 私やハリー達が分かりやすいように……ねえ? いいでしょう?」

 

 見れば、部屋の外には愛娘が戦友をベッドに押し倒している光景に複雑な心境のポッター夫妻とロンが顔を紅くして立っていた。

 クシェルの登場にサッと顔面蒼白したフィールは親友達にこの状況を見られた恥ずかしさから再び赤面したのに対し、リリーは不敵な笑みを浮かべながら杖を抜き出す。

 

「別に大した事じゃないですよ。2分の1で引き当てたせっかくのデート、ただ普通に出掛けるのはつまらないと思いまして。そこで師範には私が以前開発した24時間限定の性転換の薬を飲んで頂き、明日は男女カップルさながらのデートを満喫する事に決めました」

「ふぅん……そうなんだ。……じゃあ訊くけど、何でリリーはフィーをベッドに押し倒してるのかな? フィーが自ら飲んだんならこんな事になるはずがないもの。リリー。貴女は一体どうやってフィーにその薬を飲ませたのかな?」

 

 答えなどとっくに分かり切っている問い。

 それをリリーに投げ掛けるクシェルが言葉を紡ぐ度、殺気と魔力が高まっていくのをフィール達は肌でビシバシと感じていた。

 しかし最も濃厚にぶつけられているリリーは一切臆する事無く自身と同じ色をしたクシェルの鋭い眼を真っ直ぐ見返しながら平然と言ってのける。

 

 

「何度頼んでも返事はNOだったので最終的に口移しで飲ませましたがそれが何か?」

 

 

 ブチッ!! と何かが確実に切れる音がクシェルから聞こえた気がした。

 否、訂正しよう。

 これはきっと比喩でも何でもない。

 今のは紛れもなくマジでキレた音だ。

 

「へえ……口移しで、ねえ……」

 

 ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい。

 フィールと元・獅子寮トリオは先程以上に青ざめ、後者は前者の「ヘルプミー!」と助けを求めるような視線が合った瞬間、

 

「早く逃げた方が身の為だぞ! 今のクシェルは大変お冠だからな! そして自分達は巻き添え食らう前に逃げるんだよォ!」

 

 と眼だけで訴えたら、フィールには申し訳無いと思いながらも、血管が浮かび上がるくらい憤激しているクシェルとこんな状況でも好戦的な態度を崩さないリリーの殺し合いは最早自分達では引き留められない事と、単純に背に腹は代えられない事から彼女を見捨てて猛ダッシュで逃げ去った。

 

「おい待てえええぇぇぇ!! 私を置いて行くなアアアア!! この裏切り者共ォォォォォ!!」

 

 見捨てられたフィールは「畜生め!」と内心でも悲痛な叫び声を上げたが、それよりも早く自分も逃げなければと瞬時に頭を切り替える。

 ……が、フィールがベッドから起き上がろうとした瞬間、

 

 

「野郎ブッ殺してやるああああああああぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

 

 怒り心頭に発し我を忘れたクシェルが今度こそ完全にブッ殺す満々で今日一番の怒声を腹の底から出し、

 

「殺せるものなら殺してみてくださ~い! HAHAHAそれじゃあねバイバイキ~ン!」

 

 わざと煽って光の速さで窓から飛び降りたリリーを呪いを撃ちまくりながら追い掛け回した。

 鼓膜が破れるんじゃないかと思うレベルの怒鳴り声に思わず耳を塞いで顔を顰めていたフィールは「マズいぞこれは!」とこのままではマジで死者が出かねない為、急いで跳ね起きると両面鏡で至急クリミアとルークを呼び、逃走したハリー達にも応援を要請する。

 呼ばれた彼等は正直気が進まなかったが、ここまでの緊急事態になっても尚フィールだけに厄介事を押し付けるのは家族や親友としてどうかしているので、どうにかして皆で力を合わせて絶賛ご乱心中のクシェルを引き留める為にその日は忘れられない大騒ぎになったのであった。

 

 因みにその後、皆の協力もありクシェルの大暴走を止めるのに成功し改めて性転換したフィールを見たハリー達の反応はと言うと、

 

「うわあああぁぁぁまさかのフィールに身長抜かれたあああぁぁぁ!! あともう10㎝伸びろ僕の背ぇえええええええ!!」

「気持ちは分かるがもう無理だハリー。残念ながら僕らの成長期はとっくに過ぎ去ったさ」

「いやまだ分からないぞ! ゲームの中には初代より背が4㎝以上伸びたキャラがいるんだ! 僕だってトレーニングすればきっとまだ伸びるさ!」

「そこはゲームだから突っ込んじゃダメよ」

 

 本来の性別では自分より背が低かったフィールが性転換した瞬間自分より背が高くなってショックを受けたハリーは頭を抱えて嘆き、その彼にロンとハーマイオニーが冷静なツッコミを入れたのに対し、フランスから遥々やって来たベルンカステル夫妻は嘗てホグワーツの戦いで戦死した亡き父・ライアンの面影を意外な形で感じられて思わず涙ぐんでいた。

 

「父さんそっくりの超イケメンになったもんだなフィール! 何だか父さんが帰って来たみたいで俺は嬉しいぞ! やっぱり血の繋がった叔父と姪だな!」

「フィールを男性にしたらライアン叔父さんみたいな感じだろうなとは思ってたけど、本当にそうだったわね。せっかくだから写真撮ってお義母さん達に見せましょ」

 

 そう言うや否や、早速写真を撮って実家で待つ母のセシリアと子供達の元へ早々に帰って来た2人はベルンカステル城での出来事を一から説明した。

 クリミア達曰く、事情を聞いたセシリア達は一頻り笑っていたが、添付された写真を見た後は懐かしさと想い出が甦って嬉し涙を流していたとの事である。




【IF世界でのクシェフィル】
フィール生存ルートでは書き忘れてましたが、本編と違ってこちらでは本編の望み通り「人生の伴侶」として生きてます(当然、左手の薬指にはあれがついてますよ~)。
ただしこちらの世界線ではクシェルJr.ことリリー2世と言う最大のライバルが存在するので、クシェルはリリーにフィールを奪われないよう顔を合わせる度にリリーとギャーギャー騒いでますが笑。

【クシェルJr.】
リリーのアダ名の一つ。
そしてこのアダ名が思い付いた際、私はふとある事に気付きました。
「あれ? リリーの今の容姿(黒髪×褐色眼)を逆にすれば栗色髪(茶髪)×緑眼……クシェルと同じ髪色と虹彩になってよりクシェルJr.っぽくなるんじゃ?!」と。
そんなこんなで現在リリーの容姿は一部変更して「髪色は母親譲り、虹彩は父親譲り」にしました(エピローグの後書きでも修正してます)。

【最近になって多少変更された本編の内容】
以前#94でハーマイオニーとの会話中にフィールはセドリックの事を「好きになりかけていた」と話してましたが、その事について今更ながらよくよく思い返したら、

「本作ではクシェルと言う大本命がいるのにそれってどうなのだろうか……(意訳)」

と、当時の自分をぶん殴りたい気持ちになったと言いますか、

「原作と違ってセドリックがフィールの事を好きになってもフィールが好きな人はクシェルただ一人だけにしよう」
「やっぱりフィールにはクシェルが一番だよね」

と言う結論に至り、セドリックには申し訳ないですが、フィールが彼を好きになりかけてた事は「なかった」事にし、それに伴い幾つかの#の会話文や地の文は所々で一部修正しました。セドリックにはマジでごめんとしか言えませんね。
ですが今はもう、フィールにはクシェルだけを見つめていて欲しいと言う気持ちが私の心を占めていますし、これこそが多分一番理想的ですのでこれに関しては今後変更される事はないと思ってください。
とは言ったものの、上述したようにIF世界ではリリー2世と言う最大のライバルが存在する関係上、クシェルにとっては毎日が愛の戦場ですけどね笑。まあ、クシェルにはこれくらいのレベルじゃないとライバルとは呼べないので良いのかもしれませんが。

【性転換フィール】
フィールが性転換(=男体化)した場合、身長は185~190㎝辺りで本来の性別では172~175㎝(クシェルも同じ)、リリーの最終的な身長は170㎝が私のイメージです。
因みに原作ハリー達の身長はどのくらいなのか正確には分かりませんが、私的にはハリーが現在のイギリス人男性の平均身長(約178㎝)より少し高めの180㎝、ハーマイオニーが彼女を演じた女優さんと同じ現在のイギリス人女性の平均身長(約164㎝)より約1㎝高めの165㎝、ロンが185~188㎝、ジニーが168㎝、シリウスやセドリック、ビル等の公式長身組が180㎝後半~190㎝台が私のイメージだったり。

【次回(後編)予告】
リリーとフィールのデート回。


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リクエスト①.キャロル(この想いを君に捧げる)【後編】

皆様、大変ご無沙汰しております。気紛れ作者ことSurvivorです。
暫くの間、色々多忙で執筆する時間や余裕が中々持てない日々がずっと続き、前回のリクエスト回①前編からかなりの期間が空いてしまいました(ミニットマン1994様、大変申し訳ございませんでしたm(_ _)m)。
それではリクエスト回後編をどうぞ。
あ、今回は割りとネタを多く取り入れました。


 デート翌日。

 リリーの希望で遊園地にやって来たフィールはルークから男物のデート服を借りてばっちりオシャレしてきたリリーと一緒に入園ゲートを潜ったのだが、その表情は少し曇っていた。

 此処に来るまでもそうなのだが、さっきから主に若い女性達から滅茶苦茶熱い視線……と、それに混じって何処からかリリーに対するとんでもない殺気の籠った視線を感じるせいでどうしても気持ちが落ち着かない。

 後者はまあ……言わずとも分かるだろう。

 昨夜、男体化した影響で身体の違和感がまだ拭えない事もあるが一番の理由はやはりこれだ。

 本来であればとっくに来襲されているところなのだがそうならないのはハリー達のお陰だ。

 ハリー達には今度それぞれ好きな物を何でも一つ奢る事と引き換えに今日1日絶賛ご乱心中のクシェルのストッパー役を務めて貰っている。

 彼等が居なければ今頃平和なこの遊園地、もっと言えば此処に至るまでの道中は血の雨を通り越して血のゲリラ豪雨が降り注いでいただろうと思うと頭が痛かった。

 

「フィールさん、めっちゃ注目されてますね」

「誰のせいだと思ってんだよ……」

「口移しされて素直に飲んだフィールさん」

「然り気無く嘘を混ぜんなコラ」

「嘘を吐く時は本当の事も混ぜる。これ、上手い嘘の吐き方のコツであり常識」

「つくづく思うんだがその辺はアンタの父さん母さんとは全っ然似てないよなあ」

 

 フィールが頭を抱えているのはクシェルの事だけではない。

 元々マグルより長寿の魔法族である事を差し引いても実年齢より見た目が若々しかったのは性転換しても変わらず、外見年齢は女性の時と同じ20代でしかも超絶美形となれば注目を浴びるのは必然。

 故に上述した通り、先程からず~~~っと若い女の子達から熱の籠った眼差しを向けられるのは何とも言えず心中穏やかではなかった。

 

「ま、せっかく遊園地に来たんですし今日は思いっ切り楽しみましょうよ」

「そうしたいのは山々なんだが楽しめば楽しむ程、後でクシェルに何をされるか分かったもんじゃないから怖いんだけど……」

「大丈夫ですよ。流石のクシェルさんもマグル界でバカスカ魔法撃つ程バカではない筈です」

「バカ野郎、人間狂戦士(バーサーカー)状態(モード)になったら何を仕出かすか分かんないぞ。魔法じゃなくてもリアルマリ○カートの如く無敵(スター)状態みたいにトラック乗って突っ込んできたらどうするんだ」

「それはフィールさんとロンさんでしょう。世界中何処を見渡してもリアルマリ○カートを実践した人なんてあなた方だけですよ」

「ああ……あれは今思い返してもただの黒歴史だな。あの時はロンと一緒に『穴があったら入りたいよね……』ってお互い恥ずかしい気持ちを共有しながらやってたけど懐かしいなあ……」

 

 以前、フィールはハリー達と一緒に自動車免許を取りに自動車学校に通ったのだが、ロンと同じく生粋の魔法族で生粋の魔法界生まれ故、流石にマグル界の自動車事情については知識不足だった為にフィールとロンはゲーセンやゲームの影響から、

 

「マグル界ではバナナの皮や亀の甲羅を投げたりとかするんだなあ」

 

 と見事に勘違いした結果、技能教習初日にしてマリ○カートに出てくるアイテムを模したバナナやミドリ甲羅をマジで投げて当たり前と言うべきか、教習所の教官に「現実はマ○カーと全然違うからな!?」と滅茶苦茶怒鳴られた事があった。

 その後、話を聞いたマグル出身のハリーとハーマイオニー、母親が魔法族とマグル生まれのハーフの関係でフィールとロンよりマグルの知識を持っているクシェルからも「マ○カーみたいにアイテム使うのはゲームの中だけの話だからね!? 現実はマ○カーと全然違うからそこん所勘違いしたらダメだよ!?」と注意され、

 

「全然違うの!? バナナとか甲羅とか投げたりしないの!?」

 

 とフィールとロンがビックリして訊き返したら、

 

「投げないよ!? ただの不法投棄だよ!?」

 

 と二人以上に驚愕してそう回答されたので、

 

「だから免許学校でバナナや甲羅を投げたら注意されたのか……」

 

 と二人は衝撃の事実に一驚しながらもそれ以降はアイテムを投げる事はしなくなったと言う、何とも嘘のような本当のエピソードがある。

 因みにそれを初めて聞いた時、リリーやクリミア達は大爆笑して暫くの間弄られ、フィールとロンは「やっぱり穴があったら一緒に掘って掘って掘りまくって地球の裏側にまで行こっか……」と更に羞恥心を感じて謎の同盟を結んだのはまた別の話だ。

 

「それはそうと最初は何処で遊びましょうか。もう此処まで来たんですから楽しまなきゃ損ですよ。それに昨日も言いましたが今日のデートはフェアに勝負した結果、相手が私になった話なんですし。勝てば官軍、負ければ賊軍と言う諺があるように勝負の世界では勝者こそが正義なんですから、敗者のクシェルさんが何を言ったってムダですよ」

「……いや多分クシェルが怒ってるのはデートと言うより昨日のアレが原因だと思うぞ」

「ああなんだ、昨夜の口移しにクシェルさんは怒り狂ってるんですね。てっきりデートそのものに怒ってるのかと思ったのですが、私の思い違いだったようで良かった良かった」

 

 HAHAHAHAHAHAHA、とリリーが笑えば、何処かで隠れながら尾けているクシェルのリリーへ向けた殺意の眼差しが一層強くなった気がして「……お前、マジで後でクシェルにぶっ殺されるぞ」と思わずフィールは呟く。

 それに対し当の本人は「何の事ですか?」とわざとらしく笑うものだから、最早そのタフな精神力には脱帽せざるを得なかった。

 

「さ、今だけは全てを忘れてエンジョイしましょう。クシェルさんに関しては私が後で何とかしますので、何も心配しないでください」

「……………その言葉、今だけは信じるぞ」

「ええ、信じてください。偉大なる我が祖先イグノタス・ペベレルの名において、フィールさんには一切の害をなさないようにすると誓いましょう」

 

 ここでリリーがイグノタス・ペベレルの名を出すのは、分かりやすく例えるならヴォルデモート卿がサラザール・スリザリンに誓うようなものだ。

 不安要素はまだ残るがどのみち今回ばかりはリリーを信じるしかない。

 「どうか何も悪い事は起きませんように」と祈りながらフィールはリリーとのお出掛けもとい今日限りのデートを楽しむ事にした。

 

 

 一方、今回のお出掛けは絶対邪魔しない約束(ほぼ無意味だが)でハリー達に抑えられながら連れて来られたクシェルはと言うと、

 

「アァアアアアアア!! リリーめ!! リリーめ!! リリーめぇええええ!!!」

「落ち着きなさいクシェル!! 日本の某ジャンプ漫画に出てくる年号鬼の真似事してるんじゃないわよ!!」

「これが落ち着いていられるかあ!!!」

 

 やはりと言うべきか絶賛ご乱心中で、さっきから何度も我を忘れて飛び出そうとするのをハーマイオニーが必死に羽交い締めにしてハリーとロンが「頼むから大人しくしてくれ~っ!」とクシェルの口を塞いで叫んで暴れるのを3人掛かりで抑止していたのであった。

 

✡️

 

「何か今クシェル達の声が聞こえなかったか?」

「気のせいじゃないですか?」

「そうだといいんだが……」

「年号鬼の真似をしている方とクシェルさんは別人ですよきっと」

「バリバリ年号鬼の真似=クシェルがやったと気付いてんじゃねえかよ」

「さあ? 何の事やら。ところでフィールさんは鬼○隊に入ったら何の呼吸の使い手になりたいですか?」

「私か? そうだな……。臨機応変に対応したいなら水だけど炎も捨て難いな。元々炎属性は得意だし何より技がめっちゃカッコいいし」

「確かにフィールさんの恵まれた筋力や体格を考えれば身軽で変幻自在の水よりも攻撃重視型の炎か風が一番相性良さそうですね。フィールさんは水面のように静かな心よりも熱く心を燃やす事でレベルアップするタイプですし、貴女の場合は守るべきものがあってこそ限界を超えて強くなれる人間ですので」

「その逆を言えばクシェル達が居なかった場合は炎よりも水との相性が良さそうだな。リリーの言う通り、私はクシェル達が居るから限界突破出来るけど居なかったら何も喪うものがないから、今以上に弱くなる事はなくても強くなる事もないと思う」

「ああなるほど。心を燃やす燃料となるべき存在(もの)がなければわざわざ心を燃やす必要は無いから、水鏡のように静かに穏やかに、何事にもそう簡単には波立たない凪の心で黙々と鬼を斬り殺せばいいと、そういう事になる訳ですね?」

「要はそういう意味になるな。……っと、そんな話をしてたらいつの間にかホラーハウスの前までやって来たな」

「じゃあまずは此処のホラーハウスに入りましょうか。少し並んでますけどそこまで待たないでしょうし」

「そうだな」

 

 と言う事で二人はゾンビを始め洋風と和風、両方の様々な怪物やお化けが続々出てくるまさにバラエティー満載のホラーハウスから入ってみる事にした。

 ホラーハウスの中からは小さな子供から付き添いの大人まで恐怖の悲鳴を上げているのがこちらにも聞こえてくるので並んで待っているだけでも雰囲気が盛り上がってくる。

 暫く並んでいると順番が回って来て「二名様ですか?」と係員のお姉さんに訊かれ、「はい」と答えて二人分の回数券を払ったリリーは「じゃ、行きましょうか」とナチュラルにフィールの手を握って中に入った。

 二人の後ろで扉が閉まると中は真っ暗だ。

 おまけに通路が狭いので並んで歩くと自然と距離が近くなる設計になっている辺り、まさにカップル打ってつけのアトラクションと言えよう。

 

「思ったより結構暗いですね。眼が慣れるまでちょっと時間が掛かりそうです」

「ん~まあ歩いてたら直に慣れるだろ。それより怖くないか?」

「大丈夫ですよ。フィールさんが居ますし。いざとなればぶん殴るなり蹴るなりして撃退するので」

「やめろやめろ。アンタが本気で対処しようなら絶対シャレになんないし次に来たお客さんが別の意味で大パニックになるわ」

「それはそれで新しいホラーの誕生ですね!」

「そんなキラキラした瞳で言うなよ全く……」

「やだな~、ジョーダンですよジョーダン」

「リリーが言うと冗談に聞こえんわ」

「私の信用度どんだけ低いんですか」

 

 そんな会話をしながら先へ進んでいくと、狂科学者の様々な実験の犠牲者が苦悶の表情を浮かべて電気椅子で責められたり、手術台の上で切り刻まれている様子が効果音付きで並べられていた。

 その他にも横たわっていた作り物のゾンビが急に起き上がったり、棺桶が開いて吸血鬼が眼を見開いたり、あの和風ホラーアクションゲームの名作を思わせるような、怨霊を筆頭とした西洋のホラーとはまた違う怖さで有名なジャパニーズホラー特有の湿っぽい恐怖感を掻き立てる演出でこちらを脅かしに来たりと、客を飽きさせない多種多様の恐怖要素がぎっしり詰め込まれて中々面白いものだった。

 

「こうして見てみると全て作り物とは思えない素晴らしい出来ですね。しかし、もしも本当に現実世界でゾンビとかが現れたらこんな感じになるんでしょうかね?」

「某カプコン不動の名作に出てくるような本物のゾンビがマグル界に出現したらそれこそ大パニック間違い無しだな。ゲームや映画のキャラ達は主人公補正でウィルスに対する抗体を持っているのと、職業柄対ゾンビの特殊訓練を受けているから生き延びれる訳であって、対抗する術やサバイバル能力を殆ど身に付けてない一般市民は大抵ゾンビに噛まれて新たなゾンビになるか、そのまま喰い殺されるか、他者を犠牲にしてでもどうにかして逃げ回るかのどれかだもんな。定期的にバイオテロが発生するなら定期的にゾンビ対策の講座を行えばいいのに」

 

 ゲームである事をつい忘れて闇祓い副局長らしくフィールが思わずと言った感じにそう言えば、「普通に考えて定期的にバイオテロが発生する時点で最早完全アウトなんですけどね」とリリーは苦笑いしながら肩を竦めた。

 

「そもそも一般市民の日常生活を守る事が主人公ズの役目ですし。と言うか、何度解決してもまた新たにバイオテロが発生するのは味方陣営から敵陣営に寝返る人間も中には出てくる事も一因なのかもしれませんね」

「あ~そういえばいたな。パートナーへの強いコンプレックスから寄生虫に手を出したにも関わらず嘗ての相方には一勝も出来ないまま終わり、最期の最期でトドメを刺された際に『タイプじゃない』とまで言われた哀しき元エージェントが」

「何かそれ以上言うとク○ウザーさんが可哀想なのでもう止めてあげてください。彼のライフはゼロですよ」

「それもそうだな。悪い悪い。ところで……真面目な話、実際に大量のゾンビが蔓延る終末世界に突然様変わりしたらリリーはどうするつもりだ? 魔法とか抜きにしたらの話だけど」

「私ですか? ん~……とりあえず急いで必要最低限の物、例えば食料とか水とか衣服とかをリュックに詰めて武器になりそうな物を探し、ゾンビとエンカウントしたら慌てず騒がず落ち着いて頭部か足を撃ち抜いて文字通り足止めしますかね」

 

 それでもダメだった場合は出来る事なら椅子や消火器を投げ付けた後に全力で逃げるのみです。普通に逃げたところで逃げ切れる確率は極めて低いですので―――とリリーが続ければ、「それが妥当だな」とフィールは首肯する。

 

「今のフィールさんなら頑張ればベンチ投げ付けられるんじゃないですか?」

「流石にそこまでの腕力は無いぞ私は。魔法で強化すれば別だけどな」

「フィールさんは身支度を整えたらまず何処へ避難しますか?」

「ん~……最も籠城に優れている場所と言えばホームセンターだからまずはそこかな? 彼処なら食料、アウトドアグッズ、武器になりそうな物が完備されてるし。ああでも、考える事は皆同じだろうから多分他の生存者達も一気に集まるだろうな。でもってそういう時はゾンビも気配に釣られて集まるのがお決まりパターンだし、あんまり人が多くなり過ぎると極限状態と相まって内輪割れして最悪人間同士の殺し合いに発展するのがオチだろうから長居は恐らく無理だと思う。さっさと武器やら食料やらを拝借したらなるべくゾンビと人間両方が少ない場所を探すのが無難だな」

 

 確かに、とリリーは大きく頷く。

 

「一番恐ろしいのはゾンビよりも恐怖に思考が染まって正常な判断が出来なくなった人間の方とも言いますしね。それも逃げ場の無い密室空間になればなるほど人間の知能(あたま)はゾンビと大差無いくらい低下しちゃいますし。状況が状況なだけに仕方無いと言えば仕方無いんですけどね。誰だって我が身が可愛いのは当然であって何もおかしい事ではありませんので」

「そういやそんな映画があったな。列車内でゾンビのパンデミックが起きるヤツ」

「そうそう。あれは最後がとにかく涙無しでは観られませんでしたよね」

「そうなんだよ。主人公が最初はゾンビ映画あるあるのめっちゃ嫌なヤツの典型例だったのに、他者に娘を助けられた事を機に少しずつ人間的にも父親的にも成長して、娘と娘の命の恩人の奥さんを命懸けで守った末に最期は愛娘が産まれた時の幸せな想い出に微笑みながら機関車から飛び降りたシーンは、もう何回見ても涙腺崩壊して号泣必至なんだよなあ……」

「フィールさん、あれ観る度に闇祓い副局長とはにわかには信じ難いくらいメチャクチャ泣きますよね」

「あれは泣くしかないだろ……。ああ、思い出したらまた涙が出てきそうになるからこの話は一旦やめるか」

「そうですね。泣き腫らした眼のままデートとなれば要らぬ誤解招いて何処かの誰かさんが無関係のお客さんを殺しかねませんし」

「それに関しては全面的に同意するわ」

 

 そんな会話を交わしている内に気付いたら出口前まで到着した二人が真っ暗なホラーハウスから出れば、陽射しがとても眩しかった。

 

「あ~、思ったよりも結構楽しかったな」

「また遊びに来たいですね。今度は父さん達も連れて皆で来ましょう」

「それはいい提案だがアンタの母さん大丈夫か? 前に皆でホラゲーやった時凄い叫んで危うく失神しかけただろ」

「そういえばそんな事もありましたっけ。確か父さん、ロンさん、クシェルさんも初見でプレイした時は物凄い悲鳴上げてましたよね。まあ私達もそうでしたけど」

「少しは慣れてきた今でもやっぱりまだビクッとするからなあのゲームは。そのお陰なのかホラーハウスでは悲鳴上げずに済んだけど」

「思えばその時初めて魔法界のゴーストと怨霊は似て非なるものなんだなって身を以て学びましたよね」

「そういや、リリーは仮にああいう恐怖の屋敷から死に物狂いで脱出した後はやっぱり真っ直ぐ自宅に帰るのか?」

「う~んまずは最寄りのスーパーに行きますかね。日本だったらそれこそコンビニ……出来れば24時間営業の所に寄るかと思います」

「へえ、それはまた意外だな。でも何でだ?」

「明るいし基本的に一人か二人は必ず誰かが居ますからね。あとはジュースやサンドイッチとか買ってまずはそこで一旦落ち着きたいですし」

「あ~その心理は分かる気がする。恐怖から解放された直後って見知らぬ他人であっても人の顔を見たら少しは安心するし、飲み物にしろ食べ物にしろ何か口にすればホッとするよな」

「まあでも大概そういうのって一難去ってまた一難の可能性(パターン)もあるから完全には気を抜けませんけどね」

「天国から地獄的なヤツか」

 

 ホラーハウスから出た後も暫くはホラー関連の話題で盛り上がりつつ、入園の際に案内所で貰ったパンフレットを広げて次は何処に遊びに行こうか考えていたら、「フィールさん、あれ」とリリーがいきなり立ち止まって服の裾を軽く引っ張ってきた。

 突然足を止めた事、そしてその緊張を孕んだ声音からただ事ではない事を瞬時に察し「どうした?」と怪訝な顔になったフィールがリリーの指差す先を辿って見れば、離れた場所で高校生か大学生くらいの若い女性二人組が如何にも柄の悪そうな男達に絡まれている光景が眼に映った。

 それを見ていた周囲の人々は心配そうな視線を送りつつもナンパ男達に関わる事で自分達が面倒事に巻き込まれるのはゴメンなのか、チラッと見ただけですたすたと早足で立ち去っていく。

 女性組の様子を見るに嫌がっている事は一目瞭然なのだが、ナンパに夢中な男達は一向に引く気配がない。

 それどころか「離してください!」と頑なな態度を取り続ける女性に痺れを切らしたのか、遂に男の一人が女性の手を握って無理矢理連れて行こうとしていた。

 刹那、フィールとリリーは目配せをする。

 そして以心伝心。

 二人はすぐさま駆け寄り、女の時よりもパワーアップした握力でフィールが一瞬で男の手首を掴み上げ、その隙にリリーが「こっち!」と女性二人を素早く連れてその場から離れた。

 

「嫌がってる女性を無理矢理連れて行こうとするとはいい度胸してんなあお前。男として恥ずかしくないのかよ」

「あ!? ダメだてめえ!?」

「通りすがりの入場者だ」

 

 フィールに手首を掴まれ、更にはリリーが女性を連れて逃げたせいでナンパが失敗した男はそれまでの一見爽やか、その実下卑た笑顔を浮かべていた男と連れの男はギッと鋭くフィールを睨み上げる。

 が、見下ろすフィールのナイフとアイスを織り交ぜたような鋭く冷たい眼差しに不覚にもゾクッと、背筋に悪寒が走り冷や汗が流れた。

 

「遠慮無くハッキリ言わせて貰うがお前らは眼が悪いのか? どう見たってあの女性達はお前らのナンパを拒絶してただろ。にも関わらず素直に応じなければ強引に連れて行こうとするとはどういう了見だ? 欲しいオモチャを買って貰えなくてデパートの前で転げ回る駄々っ子かよ。知ってるか? そういう男の大半は逆上した途端に本性現して暴行に働こうとするんだぜ? ―――女性に対する礼儀もマナーも満足に出来ないようなクソ野郎に彼女なんて作れる訳がねーだろ。分かったらとっとと帰って良い男の心得の一つや二つでも勉強し直す事だな」

「るせえ!! 何なんだよてめえはよォ!! 部外者が余計な口を挟むんじゃねえ!! ブッ殺すぞ!!」

「はっ、笑わせんなよ。そういう所が女性にモテないダメポイントだってまだ分かんないか? ああそうか、分かんないからそう言えるんだか。悪いね、すぐに理解してやれなくて。いやー本当に申し訳無い」

「この野郎……!!」

 

 手首を掴まれている方の男が殴り掛かるより先に連れの男の拳が顔面目掛けて迫ってきたが、それを最小限の動きだけで避けたらフィールはもう片方の手で、いつかの学生時代の時と同じように右ストレートを思い切り捻り上げた。

 

「がああぁあああぁぁああぁッッ………!!?」

 

 凄まじいパワーで捻り上げられた男は骨折するんじゃないかと思う程の膂力に堪らず「離してくれェ!!」と情けない声を上げる。

 11歳時点の、それも女の状態で相手を秒殺可能なら大人の男の場合はもっと早い。文字通りの瞬殺だ。

 骨を折ったら面倒なのでフィールが無表情でパッと両方の手を離した直後、殴り掛かってきた男は涙眼で痛む腕を摩りながらその場に踞り、解放されたもう一人の男は鬼のような形相で睨め付ける。存外懲りないヤツだ。

 

「今更だろうが一応忠告するぞ? こちとら曲がりなりにもその道のプロでね。序でに言えば一番上から二番目の立場だからお前ら程度のチンピラなんざそもそも相手にすらならないんだわ。分かったらさっさと立ち去れ。俺の気が変わらない内にな。お前らのせいでせっかくの楽しい時間をぶち壊しにされた身として、これ以上目障りな行為をするつもりならこっちも黙っちゃいないんだわ」

 

 大分男体化に慣れたせいか、それとも状況が状況だからか、或いはその両方かすっかり男役になり切り一人称も「私」から「俺」に変えたフィールが低音ボイスで忠告すれば、

 

「お、おい……もう帰ろうぜ……。帰って一緒にコーラでも飲みながら映画鑑賞した方がいいって絶対……」

 

 寸前で骨折する恐怖と激痛を覚えた男がフラフラと立ち上がり、ガクガクブルブルの萎縮した様子で相方に早期帰宅を促したが「てめえはすっ込んでろ!!」と完全に頭に血が上ってイライラが頂点にまで達した男は両者の忠告を無視して「死ねやオラァ!!」とフィールに襲い掛かった。

 それを見たフィールはやれやれと深いタメ息を吐きながら肩を竦め、

 

「ハァ……これだから嫌なんだよなあ、どっかの顔面核兵器野郎みたいに知能がミトコンドリアレベルの馬鹿な輩は」

 

 ドスッ! と男の腹部に一発強烈なパンチを入れた瞬間、見事な背負い投げを決めて男を力一杯投げ飛ばした。

 

「ぐあああああああああぁあぁぁぁッッ!!!」

 

 男は腹部の痛みと投げ飛ばされた痛みで地面を激しくのたうち回る。

 そんなナンパ男に静かに歩み寄ったフィールは冷酷な表情と冷え切った瞳で見下ろし、

 

「これでもまだやるか?」

 

 と問い掛け、これ以上フィールを刺激すれば冗談抜きで命に関わると思った連れの男が「お、おい! 早く帰るぞ! お前殺されたいのか!?」と慌てて男を助け起こし、「失礼しましたぁ!」と何度もペコペコ頭を下げてこの場を後にした。

 ナンパ男コンビの背中が完全に見えなくなった途端、それまで固唾を呑んで見守っていた入場者達は全員拍手喝采した。

 皆あのしつこい男達を追っ払ってくれたフィールには大層感謝しており、「さっきの背負い投げメチャクチャカッコ良かったです!」や「ファンになっちゃいました!」等、主に10代から20代の女性を中心にキャーキャーと黄色いを上げ、しかもその騒ぎを聞き付けた警備員や遊園地の関係者まで登場する始末なものだから良くも悪くも目立ってしまった。

 大勢に囲まれ困った表情を浮かべたフィールは「すみません、連れを待たせているので失礼します」と頭を下げるとダッシュでそこから離れ、ひとまずは物陰に隠れて「ふぅ」と一息吐く。

 

「全く……何で人助け一つでこんな事態に発展するんだか。私にはよく分からん。別にそんな大した真似をした訳でもないだろうに。……それより早くリリー達の所へ行くか」

 

 ポケットに仕舞っていたパンフレットを取り出したフィールは今自分が居る場所とリリー達が居ると思われるエリアを確認し、程無くして物陰から出て迷う事無くそこを目指す。

 

 まさか直前にリリーの言ってた言葉が30秒どころか10秒も足らずにフラグ回収の如く物凄い速さで実現するとは夢にも思ってみなかった。

 

✡️

 

 フィールがやって来たのは気軽に食べ歩けるおやつやドリンクから軽食まで様々なフードメニューが一通り揃ったフードコートだ。

 リリーの言葉を信じるなら此処の何処かに彼女達はきっと居るだろう。

 フィールがキョロキョロ見回していると「フィールさん、こっちこっち」と呼び掛ける聞き慣れた声が耳に入り、声のした方向へ向かえば、案の定リリーがあのナンパ野郎共にナンパされていた女性組と共にテラス席に腰掛けていた。

 テーブルの上にはドリンクカップとスイーツが並べられている。

 ちびちび食べているのを見る限り、多少は彼女らも気持ちが落ち着いているのが分かった。

 

「やっぱり此処に居るって分かったんですね」

「幽霊屋敷脱出後はスーパーかコンビニに寄ってまずは一旦気持ちを落ち着かせるって直前に明言してたからな。すぐに分かったよ」

「流石ですね。恐らく貴女ならこっちから連絡せずとも居場所(ここ)に気付いてくれるだろうと思って四人席を確保して正解でしたよ。あ、勿論フィールさんの分のドリンクとスイーツは買ってるのでご安心を」

「それならわた……俺もアンタを信じて良かったわ。ありがとな」

「どういたしまして。……フィールさんが此処に来たと言う事は―――」

「ああ、安心しな。あのナンパ野郎共は俺がブッ飛ばしといた。一人はまだ賢いヤツだったから残りのバカを連れて仲良く帰ってったよ。だからもう心配しなくていい。怖がらずに残りの時間を楽しめ」

 

 フィールが微笑すれば不安がまだ拭えてなかった女性二人は「本当ですか……?」と尋ね、「本当だ」と安心させるように二人の頭を優しく撫でれば彼女らはようやく緊張感が解けた笑顔で「ありがとうございます……!」とフィールとリリーに深々と頭を下げて礼を述べた。

 

「お二人のお陰で本当に助かりました。あなた方には何とお礼を申し上げれば良いか……」

「いや、その気持ちだけで十分だ」

「そうそう。私達は偶々通り掛かったただの通行人に過ぎないから気にしなくていいよ。それよりせっかく遊園地に遊びに来たんだから楽しまなきゃ損だよ」

 

 ポンポン、とリリーが人懐っこい笑顔で女性達の頭を軽く叩いてギュ~とハグすれば彼女らは恥ずかしそうにしつつも満更でもない様子だ。

 フッと微笑んだフィールはその間にスイーツを食べてドリンクを飲み、お腹を満たしたら「そろそろ次のアトラクションに行くか」とリリーに声を掛ける。

 

「あ、そうですね。それじゃ、私達はこれで失礼します」

「あの、せめてお金だけでも……」

「いいからいいから。恩義を感じてるって言うならお家に帰るまでの間、さっきの嫌な事は忘れて私達と別れた後は二人で仲良く楽しんでくれたらそれが対価になるから。ね?」

 

 最後にリリーが「短い間だったけど付き合ってくれてありがとね」と笑い掛け、フィールが「元気でな」と目元を和らげれば、女性達はもう一度「ありがとうございました!」と感謝の言葉を述べて頭を深く下げ、軽く頷いた二人は手を振って颯爽と立ち去るのであった。

 

 

 因みにあのナンパ男コンビはその後どうなったかと言うと、

 

「私のフィーに殴り掛かるとかお前マジでふざけんなよこのゴミクズクソ野郎が。死ぬ覚悟は出来てるんだろうな?」

「ヒィィィィィィィ?!! い、命だけはどうかお助けくださいぃぃぃぃぃ……!!」

「あ゛? 嫌なこった。フィーの警告を無視するような底無しのマヌケの命乞いなんて一ミリも聞く価値ないんでね。ちょうどいいお前らにはストレス発散のサンドバッグも兼ねて罪を償って貰うからさっさと歯ァ喰い縛れ!!! その腐った根性私が叩き直してやる!!! 二度とフィーに近付くなよこの下衆野郎が!!! 次にフィーに手を出したら私が直々に死刑を下してやるから覚悟しろ!!!!」

「だ、誰か助けてくれええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

 一難去ってまた一難とはまさにこの事を言うのであろう。

 断末魔の叫びを上げる彼等は一時的に尾行を中断し遊園地から遠く離れた場所で阿修羅の如く猛烈に怒り狂ったクシェルにボッコボッコに制裁され、「触らぬ神に祟り無し」と言う暗黙の了解からハリー達はそれを瀕死の状態になるまでは黙って見守るだけは救いの手は一切差し伸べなかったのであった。

 自業自得とは言え、御愁傷様である。

 そしてその時ハリー達は思い出した。

 改めて頭に胸に心に魂に深く刻み込んだ。

 

 自分達の知る限り、この世で最も怒らせてはいけない存在ランキングトップ10に間違いなくクシェルは含まれているんだろう……と。

 

✡️

 

 ナンパ事件解決後、フィールとリリーは遊園地の人気アトラクションの一つ・ジェットコースターを始めとした幾つかの絶叫マシン系を楽しんだところで建物の中のゲームコーナーにやって来た。

 此処は外のアトラクションとは違い回数券ではなくコインを入れて遊ぶゲームがズラリと並べられている。

 様々な武器を駆使してクリーチャーを倒しながらステージを進んでいくガンシューティングゲームからプレイし始めると、その後もバスケのゲームでは華麗にシュートをバンバン決め、音楽に合わせて光る床を足で踏むリズムゲームでは満点を叩き出したりと、運動神経抜群の二人は気付けば沢山の戦利品を獲得し、それら全ては物欲しそうにしていた子供達にあげた。

 そして戦利品のオモチャを譲った事がきっかけでチビッ子達と親しくなった彼女らは暫しキッズスペースでチビッ子達の遊び相手を務める事になった。

 制裁タイムが終了したら即座に遊園地に戻って尾行を再開したクシェルに付き添い物陰に隠れていたハリー達は、リリーはともかく笑顔で子供の面倒を見るフィールに新たな一面を見たような気分を味わいつつも微笑ましそうに見守る。

 これにはクシェルも少しは鎮静化したのだが、一人のませた女の子がリリーと交互に見ながらフィールに「彼女なの?」と訊いた時は伴侶の自分を差し置いての発言にブチッと切れ、思わず壁にヒビが入る程の握力を発揮し「相手は子供で何も知らないんだからムキにならないの!」とハーマイオニーが慌てて宥めた。

 半日以上ドロドロした不穏なオーラととてつもない殺気を間近で当てられているハリーとロンは「早くお家帰りたい……」と疲れた顔を見合わせつつ、誰か一人でも欠けたら爆発寸前のオブスキュリアル状態のクシェルの大暴走は絶対に阻止出来なくなるので、否応無しに諦めるしかなかった。

 

✡️

 

 遊園地に来て数時間、最後にリリーの希望で観覧車に乗ったフィールはリリーとは反対側の座席に腰掛けて眼下に広がる光景を眺めていた。

 日はすっかり沈み、観覧車は既にライトアップされている。夜景に浮かび上がる観覧車の中は温かな光に満ちており、この中に居れば誰でも楽しく笑い合う事が出来るだろう。

 

「今日は付き合って頂きありがとうございましたフィールさん。とても楽しかったです」

「私の方こそ今日は楽しかったよ。まあ、男体化の影響で何故かメチャクチャ注目浴びたのは居心地悪かったけど……悪い事ばかりではなかったな。この身体のお陰であのナンパ野郎共を早く追い払えたし」

「…………………………」

「……リリー?」

「……フィールさん」

 

 向かい側の席に座っていたリリーは眼を細め、フィールの前まで来ると顔をグッと近付けた。

 昨夜の出来事を思い出したフィールはリリーの両肩を掴み、引き留める。

 

「悪いけど二度目はダメだ」

「あはは、今回は油断しませんでしたか」

「そんな風に分かりやすく接近してくれば流石に察知するわ」

「ん~つまらないなあ」

 

 わざとおちゃらけてみせたリリーは残念そうにコテンと首を傾げたが、すぐに真剣な面持ちでフィールを真っ直ぐ見つめる。

 

「……一応訊きますけど、フィールさんは今のところクシェルさん以外の人間に目移りする気、ありますか?」

「ある訳無いだろ。私の伴侶はクシェルだけだ。それだけは死んでも絶対変わらない」

 

 間髪入れずにフィールが答えれば、数秒間黙って見据えていたリリーは何を思ったのか、安心したように笑った。

 

「……何で笑うんだ?」

「いや……フィールさんは本当にクシェルさんの事が大好きなんだなって。貴女の心の中は常にクシェルさんで一杯なんだなって。でもこれで……改めて安心して正々堂々と戦えますよ」

「……どういう意味だ?」

「私、昨日言いましたよね? 貴女にクシェルさんと言う伴侶がいる事は理解しているけど私は貴女が好きだって。だから―――最初で最後にクシェルさんじゃない誰かに目移りするなら、私以外認めませんので。クシェルさん以外の人を好きになった貴女を手に入れたところでそれは正々堂々とは言えませんし、何より私自身嬉しくもなければそんなのは絶対嫌なので。貴女を手に入れるんならクシェルさんに真っ正面から挑んだ上で堂々と奪ってみせますので」

 

 それがリリーなりの「正々堂々」なのだろう。

 なるほど、実に目的の為なら手段を選ばないスリザリンと不正は許さないグリフィンドールの2つの要素をフィフティーフィフティーに持ち合わせた娘らしいなとフィールは思った。

 

「私の中で貴女が好きな気持ちが少しでも残っているなら……どうか完全に消えるまではこのまま好きでいさせてください。だって未練ダラダラ引き摺ってる状態で、自暴自棄になって、投げ遣りな気持ちのままさして愛情も抱いていない人と付き合う……。そんなのは相手に失礼極まりないでしょう? もし貴女以上に好きだと思う人が現れたら、その時は潔く諦めますので。だからせめて、貴女の事が好きな内は好きでいさせてください。私の想いを貴女に捧げさせてください」

 

 それこそがリリーの……嘘偽り無いフィールへ対する譲りたくない感情(おもい)だった。

 

✡️

 

 観覧車から下り、比較的人通りが少ない所まで歩いたフィールとリリーだったがこれまた唐突に後者が立ち止まり「出て来てください。デートの時間はもう終わりましたので」と声を張り上げれば、物陰から静かに姿を現したのはクシェル達四人だった。

 バレてたのか、とハリーとロンが決まり悪そうな顔になったのに対し、察しの良いフィールとリリーの事だからきっとクシェルの殺人光線に感付いているだろうと薄々思っていたハーマイオニーはやっぱりと肩を竦める。

 

「そんなに睨まずとも、今日は十分満足したので貴女の大事な大事な伴侶さんはちゃんとお返ししますよ」

「……そう。それなら遠慮無く返して貰うよ」

 

 何か言いたげだったのか、少しの間を置いてクシェルはフィールを連れ戻そうとしたが、

 

「改めて宣戦布告します。私、リリー・フィール・ポッターはフィールさんじゃない誰かを好きになるその時まで、クシェルさんに勝負を挑み続けると。正々堂々、真っ正面からぶつかった上でフィールさんは手に入れてみせますのでくれぐれもご注意を。油断していたら略奪されかねませんよ? 何せフィールさんは変な所でガードが緩いお方なので……。例えば今みたいな時とか、ね」

 

 その直後、リリーはクシェルの目の前でフィールの腕を掴んでグイッと引っ張り……背伸びして彼女の唇に自身のそれと重ね合わせた。

 

「んんっ……!!」

「―――ッッッ!!!!!!」

「はあっ!?」

「えっ!?」

 

 一瞬何が起きたのか、思考が停止したハリー達は理解出来なかったがすぐにリリーがフィールにキスしたのだと分かるが否や、眼前の光景に赤面するのと同時にハッとクシェルの方を見る。

 昨夜の口移しの件以上にクシェルの殺気とオーラがとんでもない事になっていて、「頼むからこれ以上クシェルを刺激しないでくれよォォ!!」とリリーに非難の眼を向けるが、当の本人は澄まし顔で、

 

「ホント、フィールさんは腕っぷしこそバカみたいに強いのに変な所で隙だらけですよね。そんなんだから私みたいな人間に狙われるんですよ? それではいつかクシェルさんじゃない別の人間にメチャクチャにされてもおかしくないので、少しはガードを固めてくださいね? それじゃ、私は一足先に帰ります。父さん、母さん、ロンさん、今日はクシェルさんのストッパー役ありがとうございました。ああそうそう、クシェルさん。―――これで今夜はフィールさんと過ごす明確な理由が出来たんですから、楽しまなきゃ……損ですよ?」

 

 「余所見してたら掻っ攫いますからね」と結局のところは応援しているのかそれとも略奪を示唆しているのか、イマイチよく分からないが最後はクシェルだけに聞こえる声で耳打ちすると彼女がルーズコントロールするより前に道化師のように笑ってみせて、幸せなムードで賑わう遊園地を後にした。

 

 

 ―――私の伴侶はクシェルだけだ。それだけは死んでも絶対変わらない。

 

 

「あーあ……ホント、悔しいなあ……。どんなに頑張っても努力しても……私じゃフィールさんを振り向かせられないって分かってる筈なのに。それなのに……そう簡単に未練を断ち切れるならここまで好きになる訳、ないんだよなあ……」

 

 フィールのあの言葉が脳裏で反響し、クシェルに対する悔しさと羨ましさから悔し涙が込み上げ、しかしそれでも立ち止まる事はしなかった。

 

 そうすれば、自分を悩ませる数多の感情を振り切れると信じているかのように。

 

 温かい涙で頬濡らしながらリリーは泣き笑いをして延々と走り続けた。




【リアルマリオカート】
フィール&ロン「えっ!?マグル界ではマリカーみたいにバナナ投げたり虹色に輝いたりキラーに変身して体当たりしないの!?」
ハーマイオニー「しないわよ!?逆に何でそんな事が可能だと思ったの!?」
フィール&ロン「だってマリカーがそうだったもん」
ハーマイオニー「マリカーがそうだったもん!?」

【号泣必至のゾンビ映画涙腺崩壊シーン】
フィール「お父さん……何で……グスッ」
ハーマイオニー「まーた泣いちゃってるわよこの子」
フィール「だってこんなの感動するしかないじゃん!てかハーマイオニーだってこっそり泣いてたの知ってるからな!」
ハーマイオニー「ギクッ」

【零だよ!全員集合!(没ネタ)】
ハーマイオニー「ギャアアアアアアアアアア!!(パタン)」
フィール「大変だハー子が息してないぞ!こんな事は初めてだ!」
クシェル&Jr.「な、何だってーーーーっ!!?」
ハリー「何ーーーーっ!?通常の気絶とは違うのかい!?お、おい!急いで心臓マッサージだ!」
ロン「君達は原作1巻のハーマイオニーかい!?僕らは魔法使いなんだから魔法を使えば一発で解決するだろ!?」
全員「やっべ忘れてた!」
ロン「忘れないで!?」

【ナンパ男コンビ】
死に掛けるまで制裁された後、魔法に関する記憶はオブリビエイトされたけど何かとんでもないトラウマを植え付けられた気がして(実際にその通り)ガクガクブルブル((( ;゚Д゚)))。

【鬼殺隊士IF】
フィールはクシェル達が居る世界なら炎の呼吸、不在の場合は水の呼吸、フィールが前者の使い手だったら水がクシェルで風がリリーが私のイメージだったり。
因みにIF番外編として本編で戦死したフィールが鬼滅の世界に転生して鬼殺隊士になる話は考えていても実際に執筆となれば多分最後まで書き切れない可能性が高くて執筆する覚悟が持てません……。

【後日談】
薬の効果が切れて無事に元の性別に戻りました。
え? 結局クシェルとはあの後どうしたのかって?
描写はカットとなりましたが読者様のお察しの通りで合っているかと思いますよ~。その辺りについては各自読者様のご想像で補完お願いします。


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リクエスト②.ノックアウト(悩殺)【前編】

新谷奏様から頂いたリクエスト回第2弾(新谷奏様、リクエストを頂いてから更新するまで数ヵ月も遅延してしまい申し訳ございませんでしたm(_ _)m)。
リクエスト内容は「クシェフィルのイチャコラ」。
時系列としてはホグワーツの戦い終戦後の闇祓い副局長になった時代で年齢は26~27歳の時。
そして今回はサブタイトル(マジでこのカクテル名とカクテル言葉考えた人天才です)が示すように描写が過去最高にそっち方面でかなりアレです。
簡単且つ簡潔に表現するならば「R-15以上R-18未満」ですね(一応は子供向けファンタジーである原作だったら即アウトの領域に今回片足を突っ込んでしまいました……)。

しかも前編ではイチャコラ話は無く後編でのイチャコラ話に至るまでの「過程」と言う(その分次回はイチャイチャさせるのでご安心を)。
そしてその過程……つまり今回の話ではフィールがエライ目に。
正直自分でも「どうしてこうなった……」と思ってます(読了後、フィールファンの読者様は皆「何であんな目に遭わせたんだ?!」となりそう……)。
それでは気になる続きは本編で。
ただし苦手な方はブラウザバックを推奨します。


 ―――最悪だ。

 今のフィールの状況と心情を一言で表すならこの言葉がまさしくピッタリだろう。

 ホグワーツの戦いが終戦してから現在に至るまでの人生の中では間違い無く一番の厄日と断言出来る程に「最悪」と言う二文字が悪い意味でベストマッチしていた。

 

「―――っ、っふ……! ぁっ…んんっ……!」

 

 固く閉ざした筈の唇の隙間から色と熱を含んだ声が漏れ出る。

 両手首を頭の上でギチギチとキツく縛られ、身動きが取れないフィールは何度も自由を取り戻そうと奮闘するがその努力も虚しく、足掻く度に目の前の男達の色と欲に濡れた眼がギラつく。

 端整な顔を真っ赤にさせ、うっすらと涙が滲んだ眼で目の前の男達を睨み付けてもそれはほんの一瞬の事で、すぐに眼を固く瞑り唇を噛み締める。

 

(何で……こんな事に……)

 

 常人ならとっくに発狂していてもおかしくない、理性を保つ事さえ極めて困難な状況の中、ギリギリ精神崩壊を回避しているフィールは涙を溢しながら藁にも縋る思いで、心の中で延々と助けを求める。

 頭と心に思い浮かべるのは最愛の伴侶。

 フィールがこの世で最も大切に想い、死後も永遠に愛すると誓った人。

 

(ク……シェ…ル………助け…て………―――)

 

✡️

 

 事の始まりは少し遡って十数分前。

 この日、フィールを始めとした闇祓い達とハーマイオニー達魔法法執行部は現在魔法省が指名手配している危険魔法薬密輸班逮捕の為、2日前に突き止めたアジトに潜入していた。

 如何にヴォルデモートが滅び平和な時代になろうと大なり小なり犯罪は何処かしらで必ず起きるもの。

 今回は闇祓い局長のハリーや副局長のフィールなどが戦闘部隊として1チーム4~6人程に分かれて密輸グループと密輸品の魔法薬の確保に専念し、ハーマイオニー達執行部が事後処理部隊として裏方仕事をこなしていた。

 フィールは副局長と言う立場もありチームのリーダーとして部下の男達と共にアジトの最奥に来て、結果的に抵抗する密輸グループの抑圧に成功したのだが……逮捕する直前の戦闘中にまさかのアクシデントが発生した。

 多勢に無勢で自棄になったのかそれとも最後の悪足掻きなのか、密輸組織のリーダー格と思わしき男が不意を突いて懐に忍ばせていた怪しい魔法薬を近くに居た部下の一人に投げ付け、「盾の呪文」を展開する暇がなかったフィールが反射的に身を挺して部下を庇い、代わりに魔法薬を被ってしまったのだ。

 

「副局長!?」

「―――っ!」

 

 効果不明の魔法薬をモロに喰らったフィールだがするべき事は見失わず、杖を三度振るって「武装解除呪文」「縄縛り呪文」「失神呪文」を同時に撃つ。

 密輸グループのリーダーは杖を奪われた際に生まれた衝撃で吹き飛ばされて壁に叩き付けられ、脳震盪で気絶する寸前、

 

「しっかり浴びたな! くくくっ……! 体内を巡る疼きに女のお前は果たして明日の朝まで耐えられるかな!? 精々もがき苦しめよ! ハハハハハッ!」

 

 と訳の分からない事を叫んで気絶し、何本もの太いロープで縛り上げられたそいつは最後に「失神呪文」でトドメを刺され、失神した仲間と一緒に執行部に連行された。

 これで一件落着、と言いたいところだが……。

 

 先刻フィールが謎の魔法薬を被った出来事(アクシデント)

 これこそがまさしく冒頭の……「最悪な事態」のトリガーであった。

 

「副局長! 大丈夫ですか!?」

 

 フィールのお陰で難を逃れた部下の男が心配して声を掛ければ、

 

「アンタの方こそ大丈夫か?」

 

 と濡れた前髪を鬱陶しそうに掻き上げながら安否を確認してきた。

 濡れた姿と相まって色気が半端じゃない。

 不覚にもドキッとした部下達は「その言葉、そっくりそのまま返しますぅ!」と胸の高鳴りを誤魔化すように大声を上げる。

 

「俺達が油断したせいですみませんでした!」

「お身体に異常はありませんか!?」

「今のところは問題無い……が、濡れ鼠にされたのは不愉快極まりないな。しかし……最後のアイツの言葉は一体どういう意味なんだ? 連行前に聞き出すべきだったな……迂闊だ」

 

 もう一度杖を振るい、濡れた服と髪を乾かしたフィールは「いや……詰問したところで素直に答える訳ないか。まあその時は『開心術』使えば良かった話か……」と呟き、「後の処理は俺達に任せて、副局長は聖マンゴに行って癒者に診て貰ってください」とこちらを気遣ってそう言ってくれた部下達を見る。

 

「そうか、ありがとう。じゃあ悪いが後は頼んでもいいか? 私らの相手が密輸グループの一軍なら二軍が相手の残りの全隊は今頃片付いてるだろうから、念のためハリー局長達に断ってから聖マンゴに――」

 

 行って来る、とフィールが言おうとした、まさにその時。

 

「―――ッ!!?」

 

 ガクッ、とフィールは両膝から崩れ落ちた。

 思わず掌から杖が溢れ、カラン、と音を立てて床に転がる。

 

(えっ……は? 嘘だろ? な、何だ突然……。もしかしてさっきの魔法薬のせいか? 身体が……あ、熱い……)

 

 そう、今のフィールは身体が物凄く熱かった。

 原因は十中八九あの怪しい魔法薬だろう。

 どうやら即効性タイプではなく時間差で現れるタイプだったようで、フィールの全身は急速に熱が広がっていき、呼吸が段々と乱れていく。

 ドクドクと早鐘を打つように心臓の鼓動が早くなり、息苦しさに見舞われた。

 

「はぁっ……はぁっ……」

 

 とにかく熱い。苦しい。熱い……熱い……。

 熱くて苦しい筈なのに、何故か身体の奥底は新たな熱を求めていて……混乱する。

 片手を地面について身体を支え、もう片方の手を胸に当てて苦しそうに息をしていたら、

 

「やっぱり何か異変が……。大丈夫ですか!? 副局長!」

 

 部下達が心配して声を掛けてきたので、肩越しに振り返ったフィールは「大丈夫だ……っ」と荒い息遣いのまま答え……しっかりしてください、と言い掛けた部下達はその艶かしい姿に先程以上にドキッと胸が高鳴り、同時にゾクッとした。

 乱れた呼吸、紅潮した頬、熱っぽい瞳……見る者を悩殺させる様は、まさに扇情的で官能的で。

 性欲を掻き立てられた若い男達はゴクリと生唾を飲み込む。

 

「すまないが……お前達が先に戻って来れ。今は一人にさせて……」

 

 が、次の瞬間。

 突然視界が反転し……魔法薬から身を挺して守った部下に押し倒された事を理解するのにフィールは数秒、時間を要した。

 

「副局長……そんな事は仰らずに―――『後の処理』は俺達にお任せください」

 

 押し倒してきた部下の眼差しはよく見ればフィールとは別の意味で熱っぽかった。

 いや、彼だけでない。

 視線を左右に動かせば、周りの部下達も色と欲に塗れた瞳と興奮で荒くなった息遣いで迫り寄って来ていて……背筋に悪寒が走ったフィールは「やめろ!」と力を振り絞って鳩尾に蹴りをお見舞いさせると、不意打ち喰らって怯んでる隙に咄嗟に杖を拾って目の前の部下を突き放した。

 

「痛っ……!」

「―――っ…!」

(普段通りに集中出来ないせいで威力の調整が上手くやれない……。今の状態じゃ大ケガを負わせかねないから下手な抵抗は控えるべきか……? でも……そうすれば今度はこっちの身が……)

 

 動く事さえ億劫なフィールは正直なところ立っている事さえやっとで普段は明晰な頭脳もいつも通りに働かず、最善策を思い付けない。

 フィールが逡巡していると、チャンスと言わんばかりに部下の一人が背後から杖を奪い取ってがっちりホールドし……捕まったフィールは何とか抜け出そうと暴れるが、何分今は思うように力が入らないせいで自分より身長にも体格にも優れている男の腕力には敵わなかった。

 

「痛いじゃないですか副局長。万が一眼に当たって失明したりとかしたらどうするんですか」

「お前らは魔法薬の効果に当てられてるだけだ! でなければこんな真似はしない筈……! 早く目を覚ませ……!」

「すみません副局長。俺ら今、身体が言う事を聞かなくて……媾う事で頭が一杯ですので……」

「貴女様もそうでしょう? 闇祓いNo.2なら俺達部下を助けてくださいよ副局長様……!」

「……―――っ!」

 

 本能が警鐘を鳴らす。

 危険だ、逃げろと。

 しかし、逃げたくても逃げられないのが現実で。

 羽織っていたローブを無理矢理脱がされただけには留まらず、ジャケットも剥ぎ取られ、その下の白ワイシャツの胸元をはだけさせられ。

 これから何をされるのか、嫌でも察してしまったフィールはサッと顔色が悪くなった。

 

「ま、待って……お前ら本当にやめ―――」

 

 だが、次の瞬間。

 

「んんんんんっ……!」

 

 部下の男が露になった首筋にキスして舌を這わせてきた。

 それだけでビクビクッと、薬の影響なのか通常の数倍反応したフィールは辛うじて両足で地面に立っていた力が一気に抜け、膝立ちになる。

 

「はっ……はぁっ……」

(嘘………でしょ……? たった…これだけの事で……立ち上がれ…ない……)

「ご安心ください副局長。痛くないように優しくしますから……貴女は何も考えずに俺らに身も心も任せてください」

「ふざ…けんな……っ、誰が……お前らなんかに…………っ」

「流石は副局長。心も強いですね……。ですが、そう言ってられるのも今の内だけですよ?」

 

 再びフィールを押し倒した男は締めていたネクタイを緩ませ、自然な動作でピアスとイヤーカフを付けた耳を優しく摩る。

 

「ひっ……! い、いやっ……! やめて……っ!」

 

 今のフィールに首と並んでウィークポイントの一つである耳への刺激は到底我慢出来るものではなく、無意識に男性口調から女性口調に戻ってしまう。

 一瞬で真っ赤になる程に弱い、若くして歴戦の猛者として有名な副局長の意外で最大の弱点を二つ発見した男達は獲物を見付けた猛獣のような眼に輝きが増していき、笑みを深めた。

 

 

「さあ……存分に楽しみましょうよ副局長様。お互いの利益の為と思って……ね?」

 

 

✡️

 

 

「―――ッ!!」

 

 同時期……フィール達が居るアジトとは遠く離れた場所に位置する聖マンゴ魔法疾患傷害病院、通称「聖マンゴ」の休憩室で母のライリーと先輩のクリミアとコーヒーを飲んで一息吐いていたクシェルは、不意に手の力が抜けてマグカップを落としてしまった。

 バシャン、と派手な音を立ててコーヒーが床に溢れ、チョコレート色の液体とほろ苦く香ばしい香りが辺りに充満する。

 残念ながらマグカップは落下の衝撃で粉々に破損し、残骸がコーヒーの上で飛散した。

 

「クシェル!? 大丈夫!?」

「貧血? それとも眩暈?」

 

 突然の出来事にライリーとクリミアは眼を見開きつつも心配の声を掛けるが、この胸騒ぎには嫌と言う程覚えがあるクシェルは返事はせず、形振り構わない様子でポケットから両面鏡を取り出した。

 

「フィー! 聞こえる!? お願い、応答して!」

 

 クシェルが手にしたのはフィールと対になっている両面鏡。

 「守護霊の呪文」やフクロウ便よりも素早く連絡が可能な事から以前購入した物だ。

 しかし、いくらクシェルが呼び掛けてもフィールからの応答は無し。それどころか一切の反応も見せない。

 クシェルの口から出た人物の名前にライリーとクリミアも緊張した面持ちになり「まさか……」と胸騒ぎを覚える。

 

「こうなったら……!」

 

 次にクシェルが取り出したのはハリーと対になっている両面鏡だ。

 今日のフィール達の任務内容を熟知しているクシェルは鏡に向かって何度も呼び掛け……程無くしてハリーの顔が映った。

 仕事中であるにも関わらず連絡を寄越してきたクシェルの切羽詰まった様子に鏡越しのハリーもこれはただ事ではないと察する。

 

『クシェル? どうしたんだい?』

「ハリー! フィーは今どうしてる!?」

 

 クシェルの問い掛けに一瞬ハリーは言葉に詰まったが、変に誤魔化したりはしないで正直に答えた。

 

『それが……フィールと一緒に任務に当たったメンバーも含めてまだ誰も戻って来ないんだ。フィール達を除いて僕らは全員アジトの外で集合してて彼女達が来るのを待っているんだけど……相手になったのが密輸班のリーダー格で且つ根城の最奥だし、まだ何か怪しい物はないか探し回っているから戻って来るのが遅くなってるんじゃないかって―――』

「―――今すぐフィーの所に行って!! フィーが帰って来ないのは任務のせいじゃない!! 絶対に!!」

『! ……分かった! 僕はロンとハーマイオニーを連れてすぐ向かうから、クシェルは万が一に備えて準備しておいて!』

「言われなくても! 頼んだよ!」

『任せろ!』

 

 その言葉を最後に通話を切ったクシェルは二人の会話から本当にフィールに何かあったのだと確信したライリーとクリミアと共に休憩室を飛び出し、準備を始めた。

 

 一方、薄々抱いていた嫌な予感がハッキリと断言したクシェルのお陰で的中したハリー達の方もアジトの最奥を目指して全速力で疾走していた。

 殊にフィールが絡んだ時のクシェルの言葉に嘘は少しも混ざっていない事くらい、長年の付き合いであるハリー達は十二分に理解しているから「それは本当か?」とわざわざ問い掛ける必要は無かった。

 

「頼む……どうか無事でいてくれ、フィール!」

 

 これが希望的観測である事は重々承知の上でハリー達はフィールの無事を祈る。

 しかし……こんな時に限って無事ではないのが残酷な現実と言うものであり、現在完全に自由を奪われているフィールは冒頭の状況にまで至っていた。

 

✡️

 

「ぁっ……、っん…、ぅ………」

 

 アジトの最奥、薄暗い空間の中央。

 逮捕直前、密輸組織の首領が投擲した謎の魔法薬を部下の身代わりとなって受けたフィールは助けた部下を始め、今回の任務に当たったメンバーの男達に襲われていた。

 恐らくあの魔法薬は媚薬や興奮剤の一種なのだろう。

 悩ましい表情に相応しい悩ましい声が男達の鼓膜を震わせ、情欲を更にそそる。

 ワイシャツはボタンを全部外されて前が全開となっており、余分な脂肪が一切無く適度に筋肉質ながらも華奢な身体が晒け出され、色白な肌が熱を帯びて紅く染まっていた。

 なけなしの力を振り絞って必死にネクタイで拘束された両手首と足をばたつかせても無意味で、それどころか抵抗する度に男達は益々煽られ、その度に口角を上げる。

 

「それで抵抗してるおつもりですか? それとも無意識に俺達を気遣ってくださってるのか……どちらにせよ煽っているだけなの分かってます?」

「うっ……! ……っ!」

 

 スリスリと指先で耳を弄られ、耳が弱いフィールはそれだけで擽ったさとゾクゾク感に襲われながらも声は漏らさまいと白ワイシャツを強く噛んで必死に堪える。

 が、悲しいかな、火照った身体は正直なもので。

 下唇を強く噛み締め、どんなに声を押し殺そうと努力してもまるで全て「無駄」「無意味」と嘲笑うかのように、意思に反して声が勝手に漏れ出てしまう。

 

「くぅっ……んぅ……!」

「副局長の喘ぎ声を耳元で聞こえるなんて……もう最高ですよ!」

「や…だ………耳はやめ……っ!」

 

 背後の男に耳元で話され、言葉を紡ぐ度に熱い吐息が耳に掛かり熱を帯びて紅みが増すそれを刺激される悪循環に神経が狂いそうになる。

 快感に耐え逆らおうとする心とは裏腹に肉体はそれを求め疼き、全身を襲う快楽の渦に飲み込まれそうになるフィールはギリッと奥歯を食い縛った。

 

「嫌だと言う割りには気持ち良さそうじゃないですか」

「ちがっ……」

「強がんないでくださいよぉ。気持ち良いなら気持ち良いって素直に言ってください」

「っぁ……!」

「弱いって事は感じるって意味ですよ?」

「なっ…に、言って………っん、ぅっ……!」

「動揺するって事は図星なんですね?」

 

 耳元で少し囁かれただけでビクンと過剰に反応するフィールの感じやすさに、副局長は本当に耳が苦手なんだなあ……と心の中でシンクロする男達に、最早闇の魔法使いから命を賭して魔法界の平和と市民の安全を守る闇祓いの面影はない。

 如何に闇祓いと言えど彼等も立派な獣。

 只でさえ学生時代……特に最高学年時は魔法界最難関の職業に就くべく学業に力を入れ、自主練に励み、色恋沙汰に現を抜かしている暇などなかったのだ。

 色んな意味で遊び盛りの年頃の全盛期にいる男達はここ数年間訓練やら勉強やらで真面目に過ごし過ぎた反動と相まって、自分達の手と舌によって目の前の若い女性の乱れた姿を見る事で頭が一杯だった。

 今の彼等は、普段はクールな態度を崩さない強者副局長の澄まし顔をもっと崩してやりたい、性的に屈服させてやりたいと言う若さ故に獣じみた男の本能に忠実な、獣欲の奴隷。

 

「ッ!? はっ……ぅっ…、ぁぁっ………!!」

 

 耳責めに気が抜けていたフィールは何の前触れも無しに後ろから手を回されて豊満な胸を蹂躙され、身体を捻って振り解こうとするが当然逃げられはしなかった。

 

「ああ……憧れの副局長様の胸……! この女性特有の柔らかい感触、触り心地の良い弾力あるすべすべの肌……ヤベぇ、もう最っ高過ぎて堪んねぇな……!」

 

 ゴツゴツした男の大きな手は下着越しにフィールの胸を揉み拉き、先端を指先でくるりとなぞり、撫で、摘まむ。

 

「ぅっ……、あっ……あっ……、はぁ……っ…、んんんんんっ……!」

 

 クシェルの時ですら未だに恥ずかしい気持ちが強いフィールはクシェルじゃない人間……それも年下の男に胸を弄ばれた事に羞恥心で死にそうだった。

 いや、男達に襲われた時点で心は既に半分以上死んだと言ってもいいだろう。

 フィールは少しずつ己の精神が崩壊していくのを感じながら、本人でも知らず知らずの内に男に対する恐怖が植え付けられていった。

 

「ん~……副局長の真っ赤になった耳とうなじ、スッゴいそそる……」

 

 別の男は長い黒髪を掻き上げ、紅くなった耳から口付けを落とし始め、徐々に下の方……綺麗な首筋へと下ろしていき、最大の弱点を責められて震える肌に再び舌を這わせる。

 耳から首に向かって分厚い舌で舐め伝い、その生暖かく気持ち悪い感触と、複数の男に身体中を同時にまさぐられ脊髄を這い上がってくる不快感と嫌悪感と共に身体の奥底で疼く情欲が全身を駆け巡った。

 

「い……やだぁ………離し…て………」

 

 耳を、首を、胸を、そして全身を同時に責める男達の唇と舌、自由を奪われた身体を愛撫する男特有のゴツゴツした大きな手からの刺激が全身の性感帯に同時に作用する。

 相乗効果による倍の快感と、得体の知れない虫が大量に這って来るような感覚に似た悍ましさに全身の肌が粟立ち、不快感が齎され、媚薬のせいで只でさえ鋭敏になっている性感帯の感度も極限に達していく。

 相反する様々な感覚に心身が支配され、自分でも訳が分からなくて、それが嫌で嫌で堪らないフィールは涙が溢れてふるふると首を弱々しく振る。

 嘗て三度程敵対した死喰い人・クラウチJr.ですらここまでの事はしなかったと言うのに、同じ闇祓いの部下達にそれ以上の事をされた現実は目の前の男達に対する恐怖を抱くのと同時に仲間に裏切られた絶望感に胸を締め付けられた。

 

「あ~あ……泣いちゃいました? 泣き顔もそそりますねえ……」

 

 貴重なフィールの泣き顔を見て性的興奮を覚えた男は耳を唇で挟むと、痛くないように優しく甘噛みして口内でチロチロと舌先で転がす。

 

「~~~~~ッッッ!!!」

 

 瞬間、フィールは声にならない悲鳴を上げた。

 が、それ以上に大切な物を穢された怒りが沸々と込み上げ……この時だけは憤怒と言う名の精神力が自由の利かない肉体の主導権を一時的に取り返し、男の鳩尾を思い切り蹴り上げる事に成功した。

 

「……っ、このピアスとイヤーカフは……!! 私の大切な人から貰った大切な贈り物であり、形見でもあるんだ……!! だからそれを穢すのは誰であろうと許さない……!!」

 

 息を切らしながらフィールが怒鳴り付ければ、驚きで眼を見開いていた男達はここまでされても尚、理性が勝るフィールの副局長としての強さを目の当たりにし……。

 最後にギリギリ残っている理性の力を根刮ぎ奪い取ってやりたい、と言う劣情の大波が一気に押し寄せてきた彼等は口元を歪め、下卑た笑みを浮かべた。

 

「副局長……俺、もう我慢出来ません……」

 

 そう言って目の前の男は己もローブと服を脱ぎ捨てると、スラックスのベルトを外し……嫌でも視界に飛び込んでくる隆起した雄の象徴に、フィールはその後の恐怖が脳裏に思い浮かんで今日一番顔色が酷く、真っ青になった。

 

「―――っぁ……、そんな、まさか……っ、ま、待って……っ、お願い、それだけは止め……っ」

 

 しかし、フィールの懇願も彼女を犯す事で脳内が埋め尽くされている男の耳には届かない。

 

「ずっとこうしたかった……!! 貴女と媾える日が来るとは夢みたいだ……!!」

 

 欲しいオモチャを買って貰った子供みたいに無邪気な、それでいて熱に冒された瞳で男はスカートの中に手を滑り込ませ、黒いストッキングに覆われた太腿を優しく撫でてビリビリと裂き……。

 男の大きな手と指先が太腿の内側に触れた瞬間、遂にフィールは自分の中で何かが弾け飛んで悲鳴を上げた。

 

「嫌だあああああああぁぁぁぁぁッ……!!!」

 

 堪らずフィールが泣き叫んだ直後、彼女は頭の中は真っ白、目の前は真っ黒になって意識が朦朧とし深い闇に堕ちていくのを感じた。

 

(あ………もう…無理………意識が……―――)

 

 精神の限界を迎え、プツンと意識が完全に途絶えたフィールの全体重が後ろにいた男にのし掛かる。

 

「あっ、気絶した」

「起きてくださいよ副局長様。お楽しみはこれから始まるんですから」

「ま、意識なくても止めないけどな。もう病み付きになったし」

「続ければ起きるんじゃね?」

「うわっ、下衆!」

「おい、早くしようぜ」

 

 任務は終わったが今もまだ仕事中である事が頭から完全に抜け、肉欲に溺れる男達は発情期の肉食動物の如く楽しそうに笑いながら気を失ったフィールのスカートを下ろそうとした、まさにその時。

 真紅の閃光が数本男達に直撃し、失神効果を帯びたそれをモロに喰らった彼等は何が起きたのか分からないままバタバタと折り重なるようにして次々と倒れた。

 

「―――安心しなさい。『失神呪文』よ」

 

 現れたのはクシェルからの緊急連絡を受けてダッシュで駆け付けたハリー、ロン、ハーマイオニーの三人だった。

 間一髪間に合った彼等は此処まで休む事無く走り続けたせいで息が上がっている。

 少しの間肩で息をしていた三人は可及的速やかに呼吸を整えると急いでフィールの元まで駆け寄り、

 

「フィール! 大丈夫!? フィー―――」

 

 彼女の上で失神している一際身体の大きい男を退かしながら声を張り上げ……退かし終えた三人は衝撃的な光景に絶句した。

 

「─────フィー……ル……?」

 

 羽織っていた仕事用のローブとジャケットは脱がされ。

 ワイシャツは無理矢理はだけさせられて白い肌と胸を露出させられ。

 脚を覆っている黒ストッキングはビリビリに裂かれ。

 両手首はネクタイでキツく拘束され。

 長い黒髪はぐちゃぐちゃに乱れ。

 端整な顔が涙でぐしゃぐしゃに汚れたフィールの有り得ない姿と、チラッと視界の隅に映った部下の男の象徴に三人は不本意ながら此処で何が起きたのか一瞬で察し……サッと顔面蒼白した。

 

(何て酷い……!!)

 

 想像しただけでゾッとしたハーマイオニーは思わず杖を取り落として両手で口元を押さえた。

 同じ女としてフィールが受けた恐怖や嫌悪感を意思に関係無く本能で理解を強制されてしまい、吐き気を催したのだ。

 この出来事は間違い無く物知りなハーマイオニーが人生で一番物事を理解したくないと思った瞬間だろう。

 ハリーとロンの男コンビもまた、あまりにも惨過ぎる場景に「嘘だろ……」と全身を震わせていたが、それよりも、何よりも。

 

「フィール! 起きて! 起きなさい! フィール!!」

 

 咄嗟にハーマイオニーは己が羽織っていたローブを上に被せると両手首の拘束を解いて涙眼で、涙声で必死に意識の無いフィールの身体を揺すった。

 

「しっかりしろフィール! 君を襲ってたヤツ等は僕達が無力化した! もう大丈夫だ!」

「早く目を覚ませ! 我らがハリー局長の命令が聞こえないのか! それでも闇祓いNo.2か!」

 

 ハリーとロンも今にも泣きそうな表情で何度も呼び掛け……彼等の必死の声が届いたのか、意識を取り戻したフィールはゆっくりと、重い瞼を開いて焦点の合っていない傷付いた瞳でハーマイオニー達の泣き顔をぼんやりと捉えた。

 

「―――ハー……マイ…オニー………?」

「フィール……! ああ良かった、貴女が目を覚まして、本当に良かった……!」

 

 堪らずハーマイオニーはワアッと泣き出して安心したようにフィールに抱き付き、強く優しく抱き締める。

 いつもなら心から信頼している親友のぬくもりと香りに包まれて安心するところなのだが、何分今は魔法薬の影響からか落ち着くどころか寧ろハーマイオニーの腕の中で身悶えた。

 

「あう……あああぁ…っ、あ、ん……っ、ごめんハーマイオニー……っ、今の私に触らないで……っ」

「えっ……フィール……?」

「っん、ぁ…あぁあ……っ! だ、ダメぇ……、耳元で喋らないで……っ、お願い、早く私から離れてっ……、あなた達まで巻き込みたくない……っ」

 

 言葉を紡ぐハーマイオニーの吐息が耳に掛かるだけで再び熱が帯び、余韻が冷め止まない身体が沸き上がる淫情で火照り始める。

 言われた通りハーマイオニーがそっと身体を離せば、フィールはハーマイオニーのローブを引き寄せて熱い身体を隠し、恥ずかしそうに太腿を擦り合わせて紅潮した顔を背けた。

 荒く乱れた呼吸にさえも危険な熱と色を孕んでおり、初めて見る親友の淫らな姿にハーマイオニー達はこちらまで身体が熱くなるのを感じた。

 

(これは……まさに文字通りの目の毒だわ……)

 

 同性で且つ堅物のハーマイオニーですらそう思うのだ。

 年頃の若い男達が欲を刺激され歯止めが利かなくなるのも無理はないだろう。

 お互い独身だった場合、今頃は此処に来た目的を忘れてどう見ても誘ってるようにしか思えないフィールを押し倒して、今度は己が彼女をメチャクチャにしていたかもしれない……。

 そんな恐ろしい考えを一瞬抱いてしまう程に今のフィールは見る者にとって文字通り「目の毒」の体現化……もっと直接的な表現をするならば「猥褻物の権化」と言っても過言ではなかった。

 

 と、その時、唐突にフィールが「うっ……」と気持ち悪そうに口元を押さえた。

 視界に己を襲った部下達が入ったからだ。

 いくら気絶しているとは言え、この短時間でトラウマの存在になってしまった彼等を見るだけで気絶前の思い出したくない記憶がフラッシュバックし……吐き気に襲われる。

 するといち早くそれを察したハーマイオニーが「フィール、吐きそうなら我慢しないで全部吐いた方がいいわ」と言い、軽く頷いたフィールはすぐに嘔吐した。

 

「おえっ……ゲホッ、ゴホッ……、はぁっ……はぁっ……ぁぁ……」

「よく出来たわね。偉いわよ」

 

 本当だったらすぐにでも背中を摩ってあげたいのだが、そうすれば逆効果になる為、少し離れた位置から褒めて安心させるように微笑む。

 

「ハリー、ロン。悪いけれど二人はこの人達を拘束してフィールの視界に入らない場所まで移動させて貰える?」

「分かった。こういう時は女性同士の方がフィールも安心するだろうし、フィールにはハーマイオニーが寄り添ってあげて」

「よっしゃ任せろ。コイツ等は僕とハリーが離れた場所まで退かすから、ハーマイオニーはフィールの介抱をよろしく頼むぜ」

「ええ、お願いね」

 

 ハーマイオニーの指示を受けたハリーとロンは現在失神中の部下達が万が一起きても大丈夫なように全員分の杖を予め奪っておき、それから縄で縛り上げると一箇所に纏めて遠く離れた場所まで移動させ、牡鹿の有体守護霊を生み出して外で待機している闇祓い達と執行部へ伝言を託す。

 その間、一人の部下のポケットにフィールの杖が仕舞われているのに気付いたロンはテリアの有体守護霊に彼女の杖を託して届けさせ、ありがとう、と言う意味で会釈してきたフィールに微笑しながら手を軽く振った。

 杖が戻って来てホッとしたのも束の間、またもや嘔吐感に見舞われ「ごめん……まだ気持ち悪い……」と近くに居るハーマイオニーに謝罪する。

 

「謝らなくていいわ。とにかく今は気持ち悪さが抜けるまで全部吐き出しちゃいなさい」

「あり……が…とう……」

 

 言われた通りフィールは吐くもの全てを吐き出し終えたら水魔法で口の中を灌ぎ、吐瀉物を消失してその場を除菌消毒する。

 それからタイミングを見計らってハーマイオニーが魔法薬の入った小瓶を2本フィールの前に置いた。

 

「安らぎの水薬と一般の解毒剤よ。貴女の様子からしてこれでも精々、気休め程度にしかならないでしょうけれど……飲まないよりはマシだと思うわ」

 

 しかし、フィールは小瓶を手にする気配がない。

 いや、どうにかして飲みたい気持ちはあるのだろうが、魔法薬を浴びたせいでこのような目に遭った為か、身体が手に取るのを拒否していた。

 

「……もしかして抵抗ある感じかしら?」

「……っ、うん……」

「やっぱり……。多分と言うか九分九厘そうでしょうけど、貴女が部下達に襲われたのも魔法薬のせいね?」

「正解……。密輸班のボスが交戦中、隙を突いて部下に向かって魔法薬を投げ付けたんだ。至近距離だったから私も他の部下達も『盾の呪文』で防ぐ余裕が無くて……」

「なるほど……得体の知れない魔法薬を被りそうになった部下を守る為に貴女が代わりに魔法薬を喰らった結果、浴びたのが媚薬の一種だったせいでこんな事態に発展したのね?」

 

 良くも悪くも理解力の高いハーマイオニーが確認すれば、フィールは暗い表情で小瓶に視線を落とした。

 それはイコール、その通りと言う意味で。

 詳細を把握したハーマイオニーはさてどうするかと顎に手を当て……軈て躊躇いがちにフィールにある提案をする。

 

「……………口移し―――」

「……!」

「―――で、私が貴女に薬を飲ませるのはどうかしら? 嫌だったら無理にとは言わないけど……聖マンゴに行くまで今の状態のままはかなり辛くない? まあ、その時は貴女を1回眠らせてから連れて行く方法もあるけど……フィールはどうしたい? 事後報告にはなるけどハリーとクシェルには勿論後でちゃんと説明するわ。と言うか二人共この緊急時、口移しで薬を飲ませても怒らないわよ」

「……………」

 

 ハーマイオニーの提案に数秒間黙考したフィールだったが、程無くして結論が出たのか、

 

「……………お願いします……」

 

 と、小声でポツリと呟いた。

 それを聞いたハーマイオニーは「分かったわ」と頷き、「失礼するわね」と断りを入れてから安らぎの水薬と解毒剤の両方を口に含むと、フィールの頬を両手で挟み込んで固定し、彼女の唇に己のそれを重ね合わせる。

 

「んっ……、んんん……っ」

 

 コクン……と少しずつ薬が喉の奥へと流し込まれる。

 薬の効果が効き始まるまでの間、フィールは眼を閉じて何かに必死に耐えるように身体をプルプル震わせ、無意識にハーマイオニーの袖を掴んで引き離そうとしたら、

 

「ダメよ……もう少しだけ我慢して」

 

 と言葉にする事が出来ない代わりに「んっ」とジト眼でフィールを見、それでも口移しを中断させようと身体が勝手に動く彼女をハーマイオニーもまた、無意識にゆっくりと優しく押し倒して彼女に不利な体勢を作らせた。

 

「ん、ぐ……っ!」

 

 横になった事で薬が一気に流し込まれ、眼を見張ったフィールは思わず緩く首を振ってハーマイオニーを押し退けようとしたが、ハーマイオニーでさえ突き放せない程弱っている今のフィールには無理な話だった。

 

「ぅ、ん、ん……!」

「んっ!」

 

 大人しくしなさい! と叱責するようなハーマイオニーのジト眼を認めたのと同時、やっと薬の効果が効き始めたのか、段々とフィールは大人しくなり……ハーマイオニーの口移しを普通に受け入れられるようになった。

 

「ん……ん……」

 

 目元を和らげ、穏やかに微笑んだハーマイオニーは「偉い偉い」と褒めるようにフィールの頭を優しく撫で、乱れた黒髪を手櫛で整える。

 優しい手付きで髪を梳かれる心地よい感触にようやく心身が少しは落ち着いてきたフィールは伏し目がちになって「んん……」と擽ったそうに身を捩った。

 そうしてフィールが薬を全て飲み込んだのを確認したハーマイオニーはゆっくりと唇を離す。

 二人の間には銀の糸が引いていて、口の端から少し零れたのを腕で拭うと彼女達は深呼吸した。

 

「ぷはっ……、はぁっ……はぁっ……」

「……っ、フィール……ちょっとは落ち着いたかしら?」

「…………落ち着いたには落ち着いたけど……別の意味でドキドキが止まらない……」

「奇遇ね、私もよ。……試しに触れてもいい?」

「ん……」

 

 ハーマイオニーはそっとフィールの肩に触れる。

 思った通り、一時的に媚薬の効果を薄めるだけであって完全な解毒は不可能みたいでフィールは少しビクッとしたが、それでも飲む前に比べれば全然マシだった。

 その後、優しくフィールを助け起こしたハーマイオニーはワイシャツのボタンを閉め、自身のローブをそのまま羽織らせて部下達の唾液で濡れた耳や首、アクセサリーを「払拭呪文(テルジオ)」で綺麗にしたら、もう一度彼女を抱き締めて背中を優しく摩った。

 

「フィール……さっきも言ったけれどギリギリの状況だったとは言え、貴女が無事で本当に良かったわ。でも……まさか、こんな事が起きるなんて……。ごめんなさい、もっと早くに助けてあげられなくて。貴女も凄く怖かったわよね……」

「ハー……マイ、オニー……」

 

 ウェーブがかったふわふわの栗色の髪がふさふさと頬を擽る。

 心底信頼している親友からの抱擁にようやく不安が和らいで心の底から安心し、媚薬に冒されていた身体も多少なりとも受け入れられるようになったフィールはそれだけで嬉しくて涙ぐんだ。

 疲れ果てた身体と精神を全てハーマイオニーに委ね、己を抱き締める彼女の背中に腕を回し、ギュッと抱き締め返す。

 

「ありがとう……私を………助けてくれて……」

「! ……当たり前よ! 私達は親友でしょう? 貴女に何かあれば絶対助けるし、どんなに遠くに居ても必ず駆け付けるわ! ああもうっ、とにかく無事で本当に良かった! クシェルから連絡を受けなかったら今頃どうなっていたかなんて考えたくもないわ……」

「クシェルが……?」

「ええ。貴女方が帰って来るのを外で待っていたら突然クシェルからハリーの両面鏡に緊急連絡が来てね。『貴女(フィー)が帰還しないのは任務のせいじゃないからすぐに向かって』って切羽詰まった様子でそう断言したのよ。私達も薄々貴女に何かあったんじゃないかとは思ってたけど……。戻って来るのが遅いのは何か他に怪しい密輸品は無いか、念入りに調査しているせいだからなんじゃないかと勝手に思い込んでしまって、もう少しだけ待ってみましょうって事になって……。だから現在(いま)、貴女を助けられたのはクシェルのお陰なのよ」

 

 それから間も無くして、フィールの身に危険が迫った胸騒ぎを覚えたクシェルから連絡が入り、現在に至る……とハーマイオニーは逐一説明してくれた。

 話を聞き終えたフィールはじんわりと胸が温かくなり、「クシェル……ありがとう……」と此処には居ない最愛の恩人に感謝の言葉を述べる。

 

「……クシェルに連絡するわね」

「ええ、そうした方がいいわ。クシェルも今頃は貴女の安否が心配で気が気じゃないと思うわよ」

 

 ハーマイオニーの言葉に首肯したフィールはスカートのポケットから両面鏡を取り出し、鏡に向かってクシェルの名前を呼んだらすぐに応答してくれた。

 

『フィー!! 良かった、やっと連絡来て!! 死ぬ程心配したよ!! てか何か顔色悪いけど大丈夫!? もしかして部下の男共に何かされた!?』

「うっ……相変わらず鋭い……」

『その表情(かお)はやっぱり何かされたんだね!? よくも私のフィーに汚い手を出して……!! 絶っっっ対許さない!!!』

「クシェル……心配してくれる気持ちは凄く嬉しいけどまずは話を聞いてくれる?」

 

 おねだりするように首を傾げながらフィールが言えば、「うっ……」と可愛らしい仕草に胸がズッキュンされたクシェルは途端にしおらしくなる。

 クシェルが静かになったらフィールはまず先程ハーマイオニーに伝えた内容をクシェルにも伝え、「私が浴びた薬はどうやら薬を受けた対象の熱を昂らせる他、周囲の者も巻き込む類いの物みたい」と補足すると、

 

「今回の件は私の不注意が招いた結果でもある。だから……どうか彼等を責めないでやって欲しい」

 

 とも付け加え、これには鏡越しのクシェルは勿論の事、ハーマイオニーも予想外の言葉にビックリしてフィールを凝視した。

 

「でも……いくら魔法薬のせいとは言え、彼等は貴女にあんな酷い事を……」

「いいんだ。確かに身体を男に弄ばれた事は嫌だったし、トラウマになったけど……こうなったのは全て魔法薬の効果のせいよ。こればかりはギリギリ抗える『服従の呪文』と違って完全な不可抗力……。私を襲った事については責めないであげて。お願い」

「……分かったわ」

『……………まあ、当事者のフィーがそこまで言うなら部外者である私は何も言えないから責めるのはやめとくけど……。フィー、とにかく今は聖マンゴに来て。お母さんもクリミアも凄く心配しているから。フィーが浴びた魔法薬の分析もしないといけないし。あと……恐怖心を煽って本当に申し訳無いけど、フィーの薬に当てられたって言う部下の人達も連れて来て。彼等も診察する』

「分かったわ。……あ、あとクシェル」

『ん?』

「ハーマイオニーから聞いたんだけど……クシェルがハリーに私の危機を伝えてくれたから助かったのよね。ハーマイオニー達が私を助けてくれるのに間に合ったのはクシェルのお陰よ。ありがとう。……今はハーマイオニーが飲ませてくれた安らぎの水薬と一般的な解毒剤の効果で身体の熱はある程度鎮まってるけど、それも一時的なものであって完全ではないから。記憶の塗り替えの為にもクシェルが嫌でなければ今夜……『治療』をお願いしてもいいかしら?」

『!! ……勿論。喜んで。と言うかそうしなきゃ私の気が済まないから。今回は特別にフィーの慈悲深い心に免じて部下の男共を責めない代わりに私はフィーの心身を癒すのに専念するよ』

「ふふっ……ありがとう、楽しみにしてるわ。それじゃあ今からそっちに向かうから少し待ってて。……愛してるわクシェル。大好きよ」

 

 妖艶に微笑んだフィールは最後に唇を寄せ、チュッと両面鏡の向こう側に居るクシェルに最大級の愛情と感謝を込めた口付けを落とした。

 鏡越しのキスだと言うのに何とも色気が半端じゃない。

 一発ノックアウトされたクシェルはボンッと頭が沸騰しあわや卒倒し掛ける寸前まで追いやられたが「気絶するのは今じゃない……!」と謎の鼓舞でどうにか踏ん張る。

 一連の流れを黙って見守っていたハーマイオニーは見て聞いているこっちが恥ずかしくなりつつ、ようやくいつものフィールが少しずつ戻って来てくれて「良かった……」と安堵の息を吐き、ただ今絶賛空気中のハリーとロンも顔を見合わせてホッと胸を撫で下ろすのだった。




クシェル「ん? あれそういえばさっきフィーが言ってた『ハーマイオニーが薬を飲ませてくれた』ってどういう意味なんだろ? ……後で詳しく話を聞こうか」
クリミア「あの~、ライリーさんライリーさん」
ライリー「はいどうしましたかメモリアルさん」
クリミア「これ後でヤバい事になりませんかね?」
ライリー「大丈夫よ今回は緊急事態だったしきっと大丈夫よ(大事な事なので二回言いました)」

【副局長様、受け体質アクセル全開】
フィールが受け体質なのはここまでお読みになってきた読者の皆さんなら周知の事実ですが、ここまで受け体質になったのは今回が初めて。

【前リクエスト回とは色々対照的な展開】
リクエスト①前後編では性転換する魔法薬をリリーに口移しで飲まされて男体化してパワーアップしてナンパモブ男を撃退したのに対し、今回は強力な媚薬のせいでパワーダウンして部下のモブ達に好き勝手される羽目に。
魔法薬一つでこうも変わるとは恐ろしい。

【クラウチJr.ですらここまでの事はしなかったのに】
変な所で何故か評価が上がる変態デスイーター。

【ハー子、フィールに口移しする】
娘が娘なら母親も母親だった。

【ただ今絶賛空気中のハリー&ロン】
ハリー「尊い……」
ロン「キマシタワー」

【次回(後編)予告】
ファンの皆様お待ちかねクシェフィルのイチャコラ回。


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リクエスト②.ノックアウト(悩殺)【中編】

まずは新谷奏様、そして全ての読者の皆様、大変申し訳ございません。
皆さん待望のクシェフィルイチャコラ回は文字数の関係上、次回までのお預けとなり今回は前回の事件の決着編となりました。
最初はそのまま結合しようかとも考えましたが思いの外、話が長くなってしまいまして……急遽「中編」を追加する事に。
中編は内容が内容なだけに後編では純粋にクシェフィルのイチャコラを楽しんで頂けたら良いなと言う思いもあって話を区切る事にしました。
次回こそは正真正銘クシェフィルのイチャコラ回をギュッと凝縮してお書きしますので、もう暫くお待ち頂ければ幸いですm(_ _)m。

あ、予め前置きしますが物語中盤、描写するとなればガチのR-18展開になってしまう場面があるのですが、残念ながらそこだけは全カットォォォ!となりました。
期待されていた読者様がいましたらすみませんm(_ _)m。頑張っても前回までの描写が限界でそれ以上の領域に両足を踏み入れる勇気と自信を私はまだ持ち合わせていません……。
ですので描写を全カットされた場面のみ、読者の皆様が各自脳内再生で補完をお願いします。


 聖マンゴ1階ロビー。

 そこでクシェルはさっきから忙しなく歩き回っていた。

 落ち着き無いクシェルの心情を表すようにライムグリーンのローブがはためき、その顔には「早くフィーに会いたい」と言う気持ちが分かりやすいくらいに書かれている。

 フィールから直接両面鏡による連絡が来たのでひとまず安心はしたが、任務中にフィールが被った魔法薬のせいで部下の男共に襲われたと聞いた時は一瞬息が詰まって心臓が止まるかと思ったし、怒りさえ沸いた。

 フィール曰く部下達が襲って来たのは「魔法薬の影響によるもの」らしく、被害者の彼女からは「彼等を責めないでやって欲しい」と言われているが……。

 

「―――フィー!!!」

 

 クシェルの馬鹿デカい大声がロビーに響き渡り、ロビーに居た者達は揃ってビクッと肩を揺らし、何事かと視線が一箇所に集まる。

 グッドタイミングでやって来たライリーとクリミア……と、三人から簡単に話を聞き及んだドラコは、

 

「気持ちは分かるけどもう少し声のボリュームを下げなさい! 他の人達に迷惑でしょう!」

「全く君は! ベルンカステル絡みになるとすぐ暴走して! 少しは抑制しろ、抑制を!」

 

 と窘めながらも、内心ではクシェル同様フィールの事が心配だったので、ハーマイオニーとニンファドーラの肩を貸して貰って此処まで来たフィールを見て安堵の表情を浮かべていた。

 三人に指摘され、注目を浴びたクシェルは慌てて皆へ頭を下げると、脇目も振らずに走り寄り人目も憚らないでフィールをギュッと強く抱き締めたのだが、

 

「!! ぁっ……、はう、うっ……あ、ん…あぁあ……っ」

 

 そろそろ解毒剤の効果も弱まってきているのか、それともクシェルが相手だからか、はたまたその両方か、ハーマイオニーに抱擁された時よりも身悶えて全身の力が一気に抜け、クシェルに凭れ掛かりながらペタンと座り込んでしまった。

 再び身体中を巡る疼きに一度は収まった熱と情欲がぶり返し、呼吸が乱れ始める。

 

「これは……かなり重症だね」

 

 少しの間だけ我慢出来る? と尋ね、フィールが小さく頷いたのを確認してからヒョイと抱き上げたクシェルは「ところで部下の男共は?」と無意識に声のトーンを低くしてハーマイオニーとニンファドーラに訊き、

 

「彼等は後でハリー達が連れて来るわ。同時に運んだら傷口に塩を塗るでしょう?」

 

 賢明な判断で何より、と大きく頷く。

 それからいつまでも此処に居たら他の患者や癒者の迷惑なので、クシェルはフィールを横抱きのまま予め準備していた病室へと連れて行き、ハーマイオニーとニンファドーラも癒者カルテットの後を追い掛ける。

 辿り着いたのは魔法薬関係の患者が多く集まっている4階突き当たりの入院個室。

 中はそれなりに広く、浴室も備わっているので診察が終わったら一旦身体を洗ってさっぱりしなさい、と言うライリー達の心遣いから湯張りはもう出来ている。

 フィールがライリーとクリミアに診察されている間、病室の外で待機中のクシェルとドラコは改めてハーマイオニーからフィールに教えられた話を詳しく聞いていた。

 四人の手にはドラコが購入してきたコーヒー缶が握られている。

 

「全く……ベルンカステルは底無しのアホだな。いくら部下を守る為とは言え、何の効果を持つかも分からない魔法薬を自ら被るなんて。しかもそのせいで助けた部下に……その、犯されそうになったとか、愚行にも程があるだろ」

 

 やれやれと呆れた表情で肩を竦めながらドラコは多少の嫌味を言い、コーヒー缶を傾ける。

 今回ばかりはドラコの言葉も一理あるので、強く否定はしなかった。

 実際、今回の薬は媚薬だったからまだ良かったものの、これがもし硫酸などの魔法薬だったらどうなっていた事か……。

 

「……皆。かなりマズい事になったわ」

 

 暫くして診察を終えたライリーが険しい顔と硬い声音でそう告げた時、何がと訊くよりも早く、クシェル達は急いで病室に入った。

 解毒剤の他に睡眠薬でも飲んだのかベッドに横たわるフィールは眼を瞑って眠っておる。

 

「ライリー、何がかなりヤバいの?」

 

 いつもは陽気なニンファドーラが珍しく神妙な顔付きで固く言葉を発する。

 問われたライリーは顔を顰め、重苦しいタメ息を吐く。

 

「皆が察してる通り、フィールちゃんが浴びたのは媚薬の一種よ。それも数ある種類の中でもトップクラスで厄介な、ね」

 

 成分分析した結果、フィールが受けた謎の魔法薬の正体は案の定媚薬の一種で、その効果は「最大で一晩だけ対象の熱が昂る」と言うものだ。

 これだけ聞くとあまり大した事無いように聞こえるが、一度喰らったらこの媚薬に対する解毒剤以外……それこそ大抵の毒の解毒剤になるベゾアール石数個であっても完全には治せないらしい。

 精々短時間だけ抑制効果や中和効果が働く程度のものでしか役に立たず、しかも時間が経てば経つ程、一般の解毒剤の効果は効きにくくなる。

 昔は裏社会でよく出回っていたが最近では効果が強過ぎて誰も手を出さなくなった代物だそうだ。

 

 そりゃそうだろう。

 この媚薬、大概は燻る熱に耐えられないのが殆どで薬が切れる夜明け前に腹上死、運良く朝まで生き残ったとしても媚薬に含まれている中毒性や依存性が強い場合、後遺症で身体が媚薬に侵されていた時の熱を覚えてしまい、快楽を求めて色に狂う廃人になったり発狂する……要はマグル界でも問題とされている「薬物依存」のケースが非常に多い。

 この媚薬に対するちゃんとした解毒剤自体、調合は脱狼薬や真実薬と並んで複雑で高難易度、しかも効力を十分に発揮するにはどちらにしろ粗方媚薬を抜いて中毒性や依存性を中和しなければ、飲んでも時間差で体内を巡る疼きが再び蘇り、同じように悶え苦しんで上述の末路を辿る羽目になる……。

 一度この薬を使ってしまえばやるのも地獄、やらないのも地獄。

 元の生活に戻れるかどうかは最後は対象者の運にもよる―――との事だ。

 

「何っっっっって物を密輸したのよ、あの密輸組織は!!!」

 

 全員の心の叫びをハーマイオニーが代表して代弁する。

 危険魔法薬密輸班と言うだけあってとんでもない物を密輸していたヤツ等だ。

 非常に恐ろしい。恐ろし過ぎる。

 脱狼薬と同等に普通の魔法薬と比べて特殊だけれどそれ相応の解毒剤が存在しても尚これだけの効果を発揮するのだから、これなら誰も手を出さなくなるのは当然の話であった。

 

「娘に、それも人前でこんな事を言うのは母親としてアレだけど……そういう訳だからクシェル。私達が解毒剤を調薬している間、貴女はとにかく今晩だけはフィールちゃんを死なない程度に抱き続けなさい。抱いてる間はとりあえず狂わないし、その分薬も抜ける。それに……身体の方は例え一晩で治っても今回負った心の傷までは治せないから。少しでも癒してあげなさい」

 

 その言葉に業腹だったハーマイオニーは気絶から目覚めた際のフィールの傷付いた蒼い瞳が脳裏を掠め……ほとぼりが一瞬で冷める。

 殊に自分の事になると鈍感な本人は無自覚かもしれないが、いきなり部下に、それも己が助けた直後に性的に襲われたとなればフィールとて怖くて堪らなかった筈だ。

 と―――そこまで考えたハーマイオニーはふと、さっきからずっと胸の内で引っ掛かっていた違和感の正体に気付き、「ん?」とある疑問を抱く。

 

「あの……ライリーさん。一つ訊きたい事があるのですが」

「どうしたの?」

「フィールが浴びた例の媚薬。アレに周囲の人間も巻き込む効果は含まれてるんですか?」

「? いいえ、調べたところ純度の高い物だったからか副作用や二次効果含めてそういうのは同定されなかったわよ。対象者の熱が一晩だけ燻るだけのものであって周りの人達が薬に当てられる事は―――」

 

 そこでライリーは、ハーマイオニーの言わんとする事に気付いてハッとした。

 どうやら他の皆も気付いたようで、室内は自然と重苦しく、殺気が籠っていく。

 最初はつい当事者(フィール)の証言から全員が周囲にもと思い込んでしまった。

 ……が、よくよく考えれば、本当に部下達が薬の影響を受けてフィールを襲ったとしたらすぐ近くに居たハーマイオニーやハリー、ロンも今頃は薬に当てられていた筈なのだ。

 それに……。

 

「此処に運ぶまでの応急処置でフィールに口移しで安らぎの水薬と解毒剤を飲ませた身として率直な感想を述べるけれど……。媚薬のせいで色っぽさは半端ではないと思いこそすれ、身体が言う事を利かなくなる等の媚薬の影響は受けていないわ。だから恐らく……部下の男性達が我を失ったのは魔法薬のせいではないわね」

 

 ハーマイオニーの言葉を聞いたライリーとクリミアが「現に体感した貴女が言うのなら間違いないと見ていいでしょうね」と首肯した一方で、クシェルは「……口移し?」と彼女的に聞き捨てならない発言に別方向で首を傾げていた。

 

「ごめんなさいクシェル。フィール、魔法薬を浴びた結果このような目に遭ったせいで自ら薬を飲むのには抵抗があったようでね。緊急事態だったし、事後報告を前提に私が『口移しで飲ませましょうか?』って提案したのよ。だから……貴女には申し訳けれど、今回だけはどうか怒らないでくれるかしら?」

「……………まあ、ハーマイオニーの言うように今回は事情が事情だし、フィーを助けてくれたのもハーマイオニー達だから口移しの件については怒らないよ。でも―――部下のクズ野郎共がフィーにした行為は絶対許さない。許してなるものか」

 

 低く抑え込んだ声でクシェルは手を固く握り締める。

 今、クシェルは猛烈に怒り狂っているだろう。

 否、憤怒を通り越して最早憎悪や殺意の域に達しているが、今のハーマイオニー達はクシェルと全く同じ気持ちなので「抑えろ」とは言わなかった。

 本当に魔法薬の影響だったのならばフィールの擁護に免じて責めるのは控えようと考えていたが、そうでないのであれば遠慮は要らない。

 もうじきハリー達も例の部下達を連れてやって来る筈だ。

 丁度良い。その時に魔法薬で直接本人達に真相を聞くとしよう。

 彼等の証言と診察の結果がピッタリ一致すればそれが決定的な証拠になる。

 だがそこで、意外な事にクシェルから「待った」が掛かった。

 

「フィーを襲ったクズ共に問い詰めるのは明日の朝にお願い出来ない? 今はクズ共に構ってる時間が勿体無いし、自白させるにも真実薬を使うとなれば魔法省に掛け合わないといけないだろうし……。何より今行けば私、歯止めが利かなくなってマジで殺しかねない」

「そうね……。どのみち今回の件はキングズリー―――シャックルボルト大臣にも報告しなければならないし、分かったわ。私達の方から大臣には話をしておくから、クシェル、貴女はひとまずフィールを第一優先にしなさい。ライリーさん、クリミア、ドラコは解毒剤の調合と例の部下達の診察をお願いします」

「ええ、任せておきなさい。シャックルボルト大臣にはハーマイオニーちゃん達の方からよろしく頼むわね」

「解毒剤の方は明日の朝までに絶対完成させるから心配はしないでちょうだい」

「ベルンカステルには前にマルフォイ家を保護して貰った借りがあるからな。こんなチャンス滅多に無いし、何なら倍にして恩を売ってやるさ」

「と言うか今更だけど……ドラコ。貴方も心配して来てくれたのね」

「心配? はっ、馬鹿言え。助けて自分が部下に襲われるなんてダサいヘマをするようなベルンカステルの失態は後で良い弄りネタになるからな。僕はいつもお高くとまってるベルンカステルの情けない姿を拝みに来ただけだ」

「とか何だとか言ってクシェルから話を聞いた時は『フィールは無事なのか!?』って柄にも無く取り乱したくらい、本当は凄い心配してる癖に素直じゃないわねえ」

「いつもお高くとまってるのは寧ろドラコの方じゃないかしら?」

「自分の事はさらっと棚に上げる辺りドラコらしいや」

「よっ、ツンデレの極み!」

「五月蝿いぞお前らっ! 僕はコイツが元通りにならなきゃアステリアとスコーピウスが悲しむからであって、別に心配なんかしてないからな! 勘違いするなよ!」

 

 女性癒者トリオとニンファドーラがニヤニヤすれば、ドラコは顔を真っ赤にさせて怒鳴る。

 そのお陰で殺伐とした空気も少しは和らいだのだが、別の癒者が「院長。ポッター局長達が来ました。彼等が運んで来た者達は別室に集めています」と伝えに来た瞬間、瞬く間に室内はピリッと緊張が走った。

 

「……分かったわ。もう少ししたら診察しに行くからそれまでは様子見をお願いするわね」

 

 分かりました、と頷いた癒者は「失礼します」と頭を下げて早々と退室する。

 癒者に案内されたハリーとロン、そしてイーサン、シリウス、ルーピンはクシェル達から漂う殺気を敏感に感じており、表情が強張っていた。

 

「……ライリーさん。フィールはどうしてますか?」

「ハーマイオニーちゃんが飲ませてくれた物より強力な解毒剤と睡眠薬を飲ませて寝かせているわ。……媚薬が媚薬なだけに効き目はそう長続きしないけど」

 

 ハア、と深く重いタメ息を吐いたライリーは今来たばかりの五人に簡単に説明する。

 話を聞いた彼等は暫く「は?」と衝撃の事実に驚愕と憤りで眼を大きく見開かせ、ライリーの顔を見つめていたが……。

 軈て頭の整理がある程度が出来ると、ハリーは突然両膝を突き始め、

 

「フィールのご家族の皆さん。此度は僕の判断ミスによりこのような事態を引き起こしてしまい、大変申し訳ございませんでした」

 

 と、局長としても親友としても不甲斐無さを改めて痛感したハリーは何と土下座した。

 その場に居た者達は揃って瞠目し、地面に頭を付けて謝罪したハリーを凝視する。あのドラコでさえもだ。

 

「あの時……いつもならすぐ帰還するフィールが中々戻って来なくておかしいと感じた時点で連絡するなり様子を見に行くなりしていれば、フィールはあんな思いをせずに済みました。僕の誤判断で大切な娘さんを危険な目に遭わせてしまい……そして全ての関係者に多大なる迷惑を掛けてしま―――」

「―――そいつは違うぞハリー……。皆に迷惑を掛けたのは私だ。アンタじゃない……」

 

 ハリーの言葉を遮ったのは今しがたまで眠っていたフィールだった。

 目を覚ましたフィールにクシェルは「触れても大丈夫?」と訊き、「今はまだ大丈夫」と返答を貰ってから助け起こす。

 

「……防御魔法を展開しても部下を助けるには間に合わない状況だったとは言え、効果不明の魔法薬をモロに喰らったのは私自身の責任だ。あの時……もっと注意していれば、或いは防御は間に合わずとも部下を軽く吹き飛ばして避けさせれば魔法薬を喰らわずに済んだ。助けた部下に襲われずに……犯されそうにならずに済んだ。闇祓い副局長としてこんな醜態を晒さずに済んだ。……これは私の不注意と未熟が招いた結果だ。だからこうして皆に迷惑を掛けてしまっている。副局長失格だな」

 

 ……襲われたのは魔法薬の影響ではなく部下達自身の意思だったのは流石にショックを隠せないけど、とポツリと呟き、フィールは顔を伏せる。

 寝ていた筈のフィールがその事を知っていると言う事は、もしかして少し前から目覚めていたのだろうか……?

 

「……フィー。いつから起きてたの?」

「クシェル以上に馬鹿デカかったハーマイオニーの大声で半分覚醒した」

 

 あっ、とハーマイオニーは今更ながら恥ずかしくなって「ごめんなさい、私のせいで起こしちゃって」と謝る。

 フィールは「いや……私が起きてからアンタ達が説明する手間が省けたんだから気にしなくていい。遅かれ早かれ知る事が少し早まっただけだ」と何て事無さげに言うが、その声音はどこか暗かった。

 気まずい沈黙が流れる中、一番始めに口を開いたのは意外にもドラコだった。

 

「ベルンカステルにポッター。この際だから言っておくが……曲がりなりにも闇祓いのツートップなら自分の役目と立場ってものを勘違いするなよ。今後も副局長と局長を務めるならお前らの行動や判断一つで自分のみならず周囲にも影響を与えるって事をもう少し自覚しろ。今回の件、一番悪いのは仕事中に助けて貰った恩を仇で返す欲に飢えたバカ共だが、お前らにもそれぞれ非があるからな。まあ、何処かのおバカな誰かさん達みたいに助けて自分が襲われるなんてダサいヘマや、判断を間違えて自身の地位も危うくなりかけるなんてダッサいヘマ、僕なら絶対しないけどな」

 

 最後は何ともドラコらしい小馬鹿にしたような言い分だったが、言い返す言葉が無いフィールとハリーは「……ごもっともです」と素直に受け止めた。

 

「ドラコの言う通りだな……。これからはもっと気を付けるようにするよ。無鉄砲な行動も反省する。それと……帰ったらアステリアにも言っておいてくれ。今度有名スイーツ店に私の奢りで連れて行くから楽しみにしててくれって。……色々ありがとなドラコ」

 

 微笑したフィールが礼を述べれば、ほんのり赤面したドラコはプイッと顔を逸らした。

 

「ふ、ふん。僕はただお前が死んだりすればお前になついてるアステリアとスコーピウスが悲しむからであって―――」

「あ、それはさっきも聞いたからいいぞ」

「ここまで来たら最後まで言わせろ!」

「ははっ、ごめんごめん」

「全く君ってヤツは……。それはそうとさっきの約束、忘れるなよ。約束破って『死因:媚薬』なんて不名誉なレッテル貼られたら存分に笑ってやるからな。早いところ治して有名スイーツ店に僕らを連れてけ。そして好きなだけアステリアとスコーピウスに食べさせろ。そうすればチャラにしてやる」

「ああ、約束する」

 

 皆にも今度高級レストランのディナーをご馳走するから楽しみにしててくれ、と言ったフィールの表情はドラコのお陰で多少なりとも明るさを取り戻していた。

 ようやくフィールの微笑みを見れた皆はやっと少しは安心感を抱き、見事なタイミングで「ドラコ、ナイス~!」とドラコを褒め讃える心の叫びが見事にシンクロするのだった。

 ただ一人、クシェルを除いて。

 

✡️

 

 その後、クシェルを除く癒者組は解毒剤の調合と例の部下達の診察の為に病室を後にし、ハリー達はキングズリーへの報告と真実薬の使用許可を貰いに魔法省へと向かった。

 事情が事情なので、防音魔法や無関係者の立ち入りは不可能な防衛魔法が掛けられた病室でフィールと二人きりになったクシェルが「まずはお風呂に入る?」と振り返った瞬間、フィールがベッドから転げ落ちそうになった為、慌てて抱き止めた。

 

「フィー、大丈夫!?」

「はぁっ……はっ……、…っ、ごめん……そろそろ中和効果が消え掛かってるみたい……」

 

 息苦しいのか、浅い呼吸を繰り返し、悩ましげに眉を寄せ、時折何かに耐えるように熱い身体を小さく震わせる姿は文字通り「目の毒」の一言に尽きた。

 クシェルはライリー達が用意してくれた気休め程度の解毒剤の小瓶を一つ手に取り、

 

「フィー、飲ませるよ」

 

 と断りを入れてからハーマイオニーと同じく唇を重ね合わせ、口移しで解毒剤を飲ませる。

 

「……んっ……くっ」

 

 一度口移しで飲ませて貰ってるからか、身体も慣れたようで大人しく受け入れられるようになったフィールは解毒剤を素直に飲み込む。

 そうしてフィールが解毒剤を全て飲み終わったらクシェルはそのまま彼女を抱き上げて脱衣室へと向かった。

 

「えっ……? ちょっ、ちょっと待って……。もしかして一緒に入るの?」

「そうだけど? だっていつまた中和効果が切れるかも分からないし……。フィーが浴びた媚薬は時間経過と共に解毒剤の効果が効きにくくなるから、今の内にお風呂入っちゃわないと後が大変だよ? 話を聞いていたんなら分かってるだろうけど、貴女が助かるには粗方媚薬を抜いた状態でちゃんとした解毒剤を飲まないといけない。そしてその為には今夜はノンストップで続けなきゃいけないから、当然精神的にも肉体的にもかなりキツくなる。……心の準備は出来てる?」

「出来てるも何も……それしか他に助かる方法は無いんだからやるしかないでしょう? ……ごめんなさいクシェル。貴女にも大きな負担を掛ける事になって」

「そう思うなら少しは身体を盾にする悪癖を治すよう努力して。今回はまだ媚薬だったから明日の朝まで抱けば何とかなるけど、これがもし硫酸系の魔法薬だったらどうなってたと思う?」

「うっ……考えたくないわね」

 

 硫酸によって身体の皮膚が溶けていく姿は想像するだけでもゾッとするので、フィールは顔が青くなった。

 

「でしょう? だから今後そういった事が起きないようにする為にも反射的に身を挺するのは控えて。そもそもフィーはすぐに庇う癖があるんだから。……その年齢で副局長と言う偉い立場になって、重責やら責務やらその他諸々を背負って気を張って気を配って。部下が大ケガしないよう身体張って守る。それは確かに立派な行いではあると思うよ。でもねフィー」

 

 フィールをゆっくりと下ろし、ハーマイオニーが貸してくれたローブを脱がしてワイシャツのボタンを外す。

 

「知ってる? フィーが仕事に行く度……危険な任務に向かう度、いつか私の所に帰って来ないんじゃないかって私がいつも心配しているの。フィーは確かに強いよ。それは学生時代の頃からよく知ってるし、そう簡単にやられる程ヤワな人じゃない事も分かってる。分かってるけどさ……。強いからこそ『フィールなら大丈夫』って自然と皆がそう思い込んで、知らず知らずの内にフィーに対する心配の念があまり向けられない事も知ってるんだよ」

 

 だから6年に進級する前の夏、実際に多忙な身で仕方無かったとは言え、不死鳥の騎士団員達はフィールにハリーの護衛を全面的に押し付けるばかりで彼女に労いの言葉は掛けようとしなかった。

 

副局長(フィー)だって一人の人間なんだよ。どんなに心身共に強くても無理を続ければいずれ限界が来てパンクする。何度も言うけど私の前では無理しなくていいんだからね。寧ろ頼ってくれなきゃこっちが悲しいから。副局長として部下や仲間に弱音を吐きづらいなら、一個人フィール・ベルンカステルとしてなら遠慮せず弱音を吐けるでしょう?」

 

 自身の前では副局長としている必要は無い。己に対してまで強い人で在ろうと苦しい気持ちを圧し殺す必要は無い。

 

「フィーは無意識の内に皆の前ではなるべく平静を装ってたけどさ……本当は今すぐにでも泣きたいんじゃないの? 思い出せば震えるくらい怖い思いを抱いてるんじゃないの? さっきは一見すると明るく笑ってたけど眼は今も相変わらず傷だらけだよ? それってつまり、フィーの心もボロボロに傷付いているって意味なんじゃないの? それなら人の心配してる場合じゃないでしょ?」

 

 矢継ぎ早に問われたフィールは「……?」となっていたが、気付けばいつの間にか身体が小刻みに震えていた。

 今がクシェルしか居なくて皆に気を遣う必要が無くなったせいなのか、無自覚で張り詰めていた最後の緊張の糸がプツンと切れたせいなのか。

 理由はどうあれ、クシェルに問われた事でフィールはようやく自分自身が心の奥底ではどう思っていたのかをハッキリと自覚した。

 

「そう……なのか。私は……怖かったのか……」

 

 意識した途端、部下達に襲われた記憶がフラッシュバックする。

 突然押し倒してきた男の腕力の強さと獣じみた眼差し。ゴツゴツした大きな手と分厚く気持ち悪い舌に身体中を弄ばれた嫌な感触。そして極め付きは……。

 

「あっ……、あっ、ああっ……あああああああああぁぁああああああああッッッ……!!」

 

 ハーマイオニー達が間一髪駆け付けるのに間に合わなければ犯されそうになった瞬間の出来事が嫌でも脳内再生され、あの時の恐怖が一気に蘇ったフィールは泣き叫んでクシェルにしがみついた。

 そんなフィールを強く優しく抱き締め返したクシェルは困ったようにタメ息を吐きつつ、ようやく彼女がちゃんと泣いてくれて安心し頻りに背中や頭を撫でる。

 

「もう……本っっっ当にフィーはつくづく自覚するのが遅いんだから。生まれてこの方、フィー以上に不器用な子を私は見た事無いよ。今はとにかく、落ち着くまで存分に泣いて全部吐き出しちゃって。……フィーが生きて帰って来てくれて本当に良かった。言っておくけどフィーが死んだら私も後を追って死ぬからね。フィーが居ない世界で生きたところで最早生きた屍も同然だから。私を死なさせたくないと思う気持ちがあるならもっと自分を大事にしてよ。フィーの身体は自分一人だけのものじゃないんだから」

 

 クシェルの言葉を聞いたフィールは泣きじゃくりながらも首を縦に振り、そして言った。

 

 ―――クシェルが死んだら私も死ぬわ、と。

 

✡️

 

 泣きに泣いてようやく気持ちが落ち着いたフィールが泣き止んだ後、ピアスとイヤーカフを一旦外して丁寧に洗ってからお互い服を脱いだフィールとクシェルは浴室に足を踏み入れた。

 先に身体と髪を念入りに洗い、高めに結って湯船に浸かる。

 チラリと隣に居るフィールを見ればカモミールとラベンダーの入浴剤の香りも相乗効果としてあるのか、大分リラックスしている様子にクシェルはホッと胸を撫で下ろした。

 

「フィー、今のところ気分は?」

「さっき沢山泣いたから落ち着いてるけど……最愛の人がすぐ隣に居ると思うと、そういう意味では媚薬関係無しにドキドキしてるわよ」

 

 ……本当にこの人は何故こういう時だけはこうも恥ずかしいセリフを平然と言えるのだろうか。

 お湯に濡れた姿と相まってクシェルは少しずつ理性が崩れていくのを感じる。

 何気無く視線を顔から下に移せば、過去にフィールの右上半身と首筋に刻まれた痛々しい傷が眼に入り……本来であれば(家族を除いて)自分のみが知っているフィールの裸も艶かしい姿も声も、他人に、それもあんなクズ共に見られ聞かれたのかと思うと、腹立たしい気持ちが再び沸々と沸き上がった。

 

「く、クシェル……?」

 

 気付いたらクシェルはその場に縫い止めるようにフィールの背中を壁に押し付け、両手首を掴んで固定していた。

 戸惑ったフィールの声を無視してクシェルは無言のまま真っ直ぐな眼でフィールの蒼い瞳をじっと見つめ……不意に唇を押し付けて舌を入れた。

 

「んっ……」

 

 舌を絡め合う深いキス。

 その行為自体は慣れている筈なのに、事情が事情だからか普段以上に身体が熱くなる。

 入浴中でお互い裸なのも原因かもしれない。

 そんな事を考えながらクシェルはひたすらフィールの口内を掻き乱す。

 薄目でフィールの様子を窺えば、恥ずかしさから頬を紅潮させながらもクシェルからのキスを抵抗する事無く受け入れ応えている。

 胸の形が変わるくらい裸の状態で密着している状況もまたクシェルの理性を焼く一因であった。

 

(ハァ~……。本当、フィーから『私を襲った部下を殺して』って頼まれたら今すぐ喜んでナメック星爆発の5分よりも早く全員血祭りに上げてやるのに……。まあ、私らがわざわざ殺らなくても多分と言うか絶対フィーのお母さんお父さん達が夢の中で代わりに殺っといてくれるだろうから、現実世界で例のゴミクズクソ野郎共を殺すのは明日の警告を無視したらでいいか)

 

 何て物騒な事を考えつつ、クシェルは唇を離すとピアスとイヤーカフを付けていないフィールの耳に口付けし、吸い付き、キスマークを付ける。

 

「っん……、あ、はぁぁ……んっ」

 

 甘く掠れたフィールの声がクシェルの鼓膜を震わせる。

 頭の芯が痺れ、もっとその声を聞きたい、啼かせたいと強く思い、口に含んで優しく甘噛みし、チロチロと舌先で舐めて口内で転がす。

 

「ぁ、ん…っ……、クシェ………ル……っ」

 

 ギュッ、とフィールの方から抱き付いてくる。

 服の上からとは全然違う、赤みを帯びた色白の素肌の柔らかい感触と熱い身体の熱が己の体温と混ざり合い、片腕で抱き締め返したクシェルはもう片方の手でフィールの太腿を焦らすように撫で、耳から首筋に向かって舌を這わせた。

 

「ぁっ……ぁっ……、は、ぅ…、んん………っ」

 

 吐息混じりのフィールの喘ぎ声が湯煙が立ち籠めた浴室内に響く。

 部下にされた時のような不快感と言う不純物が一切混ざっていない純粋な快感は媚薬の効果と相まって凄まじい。

 ピアスとイヤーカフのしていない耳を責められる度、舌先でうなじをなぞられる度、一つ、また一つと男達に植え付けられたトラウマが上書きされていく。

 目の前に居る相手が身も心も許した最愛の伴侶であるからか、普段は狼のような鋭さを持つ蒼い瞳も今はトロンと快楽に溺れていた。

 

(ああ……。もう、無理、限界……)

 

 元々クシェルは独占欲が強い方だ。

 モノと言う表現があまり宜しくないのは重々承知だが、完全に恍惚とした表情でこちらを見つめるフィールのエロい顔と嬌声が悪いんだ、と一人で勝手に責任転嫁し……。

 

 「フィールは自分のモノ」と言う証や実感が無性に欲しくなったクシェルは、彼女の綺麗な首筋に歯を立てて強く噛み付いた。

 

「痛ッ……! んんんっ……!」

 

 気が抜けていたところに不意打ちで思い切り噛まれたフィールの全身がビクビクッと強張る。

 それからゆっくりと力を抜き一度は皮膚に埋もれた歯が完全に首筋から離れれば、見るからに鮮やかな歯形がくっきりと現れていた。

 それを見たクシェルは自分のモノと言う証が出来たようで愛おしく思うのと同時に痛い思いをさせてしまった申し訳無さを感じ、痕を癒すように優しく舌を這わせる。

 

「っ……、クシェル……」

 

 強張りが解けると全身の力が抜け切ってしまったのか、フィールは脱力した様子でクシェルに凭れ掛かり、膝から崩れ落ちる。

 骨抜きにされるとはまさにこの事だった。

 

「……擽ったいから止めて……」

「ごめん、フィー……痛かったよね」

「ん……確かに痛かったけど……怒ってはないわよ」

「? どうして?」

「だって……こうすれば、私はクシェルのモノだって周囲にハッキリと認識させられるでしょう?」

「……虫除け的なヤツ?」

「それもあるけど……」

「けど?」

「どうせ支配されるんだったら……この世で唯一、いや、死んでもクシェル以外認めたくないわ。クシェルになら……例え支配されても構わないし、クシェルは『私のモノ』だって迷う事無くハッキリ言えるもの……」

 

 息も絶え絶えに拙く言葉を紡ぎながら一瞬だけフッと微笑んだフィールは真っ直ぐにクシェルの翠の眼を見つめ、背中に両腕を回して肩に顎を載せる。

 

「お願い……。今日の嫌な出来事は……全部貴女の記憶(いろ)で塗り替えて忘れさせて。……私を、助けて」

 

 懇願するフィールの声は微かに震えていた。

 明日の朝、今頃はライリー達が調合しているであろう解毒剤を飲んで身体が元通りになるまで生き残れるかはフィール自身の運にも掛かっている。

 仕事で危険な任務に向かう時とは別の恐怖が少なからずあるのだろう。

 クシェルはフィールを抱擁し、安心させるようにふわりと柔らかく笑む。

 

「勿論。フィーは私が、私達がちゃんと助けるから心配しないで。……今宵は私以外考えられなくなるくらい朝まで抱き尽くすから覚悟してね?」

「ふふっ……優しくお手柔らかにお願いするわ」

 

 クシェルの微笑みを見て少しは不安が和らいだフィールは微笑み返し、クシェルに身も心も委ねる。

 フィールは絶対に死なせない。死なせて堪るか。

 改めてそう決意したクシェルはフィールの濡れた唇に三度目の口付けを落とし、のぼせる寸前になるまで夢中で濃厚なキスを堪能するのだった。

 

✡️

 

 翌朝、昨日の入浴後から夜明けの現在に至るまでノンストップで肌を重ねた二人の顔は互いに隠し切れない疲労と眠気が見て取れた。

 定期的に眠気覚ましの薬も服用してどうにか耐え凌いだとは言え、流石にこの持久走はキツ過ぎた。

 しかしその甲斐あってフィールの身体からは粗方媚薬が抜けた為、今の状態であればライリー達が作ってくれた解毒剤を飲んでも後遺症……体内を巡る疼きは再発しないだろう。

 ライリーとクリミアによる念入りな診察の末、彼女らが調合してくれた解毒剤を全て飲んだフィールは自身の身体から完全に媚薬が浄化されたのを感じ、この時ばかりは疲労と眠気を忘れて歓喜した。

 喜色満面な様子のフィールに女性癒者トリオも満面の笑顔を浮かべる。

 

「その様子……もう大丈夫みたいだね」

「ええ……。ありがとう皆。私を助けてくれて。貴女方には感謝してもし切れないわ。勿論、此処には居ないドラコにも」

 

 フィールが最大級の感謝を込めて礼を述べれば、三人は堪らずフィールをギュッと抱き締めた。

 媚薬に侵されていた時はビクッと震えていた身体も今はそのような反応は一切起きない。

 

「フィー! フィー! 良かった、本当に! 本当に……!」

「昨日からずっと気掛かりで仕方無かったけど、これでやっと心の底から安心したわ。フィールもクシェルも……昨夜はよく頑張ったわね」

「一時はどうなることかと思ったけど……無事乗り越えられて私達も本当に嬉しいわ。今日の夜は二人の好きな物、沢山作るから楽しみにしてなさい。勿論ハリー君達も一緒にね」

「やった! お母さんが作る手料理! ベイカー家の三ツ星!」

「お義母さん……何から何までありがとうございます」

「娘を心配するのは母親として当然よ。フィールちゃんも私の大事な愛娘なんだから、こういう時は素直に甘えなさい」

「はい……」

 

 ライリーの優しい言葉がフィールの胸に染み渡り涙ぐむ。

 頭を優しく撫でたライリーは「二人共、着替えを持ってきているからまずはシャワーを浴びてさっぱりして来なさい。皆には私達から伝えておくから」と言い、頷いたフィールとクシェルは自然と手を繋いで脱衣室へと向かった。

 二人の後ろ姿が消えるのを見届けたライリーとクリミアは「良かった良かった」と顔を見合わせ、病室を後にする。

 病室の外では解毒剤の調合者の一人であるドラコが壁に背を預けて腕組みしていた。

 

「……どうやらベルンカステルは無事生き延びれたみたいだな」

「ええ。今はちゃんと解毒剤が効いて元気を取り戻してたわ」

「……そうか」

「ドラコ君も長時間作業を手伝ってくれてありがとう。フィールちゃん、凄く喜んでいたわよ」

「……………そうですか」

 

 ライリーから感謝の言葉を受けたドラコはフイッとほんのり紅く染まった顔を背ける。

 いつまで経っても素直じゃないドラコにフッと穏やかに笑ったライリーは彼の頭を優しく撫で、「子供扱いしないでくださいっ」と恥ずかしそうに慌てた時、タイミングが良いのか悪いのか、ハリー達がキングズリーも連れて此処へやって来た。

 ハリー達はニヤニヤ笑ってドラコを弄り、ドラコはドラコでキッと鋭い目付きで彼等を睨む。

 

「ライリー。フィールとクシェルは?」

「今は二人共シャワーを浴びに行ってるわ。勿論フィールちゃんは無事よ。媚薬は完全に解毒されたわ」

 

 ライリーからの朗報にその言葉が聞きたかったハリー達は揃って安堵の笑みを浮かべ、胸のつかえが取れてホッとした。

 特に昨日のフィールの酷い有り様を実際に自分の眼で見、同じ女として彼女が受けた恐怖や嫌悪感を本能で理解していたハーマイオニーは誰よりも心配していた為、フィールの無事を聞けただけでも嬉し涙が溢れた。

 それから暫くしてフィールとクシェルが病室から出て来た。シャワーを浴びて着替えを済ませた二人はさっぱりしていて、ハーマイオニー達を見るなり顔を綻ばせる。

 

「フィール……!」

 

 自分の眼で確認するまでは流石に不安だったのだろう。

 フィールを眼にするなり、ハーマイオニーは真っ先に彼女に抱き付いた。

 身体がキツいフィールを気遣い、力加減はしている。

 

「フィール。その……僕達は君にハグしても平気かい?」

 

 襲ってきた対象が「闇祓いの男」だからか、ハーマイオニーみたいに衝動的に抱き付けないハリーとロンは不安げな表情を浮かべていた。

 あのような出来事が起きれば例え親友であっても抱擁するのに抵抗があるかもしれない、と言う二人の心遣いに目元を和らげたフィールは察したハーマイオニーが身体を離したら自ら歩み寄り、二人に抱き付く。

 

「ハリー達なら大丈夫よ。……昨日は言えなかったけど二人も私を助けてくれてありがとう。貴方達が助けに来てくれなかったらどうなっていたか……」

「! ……ごめん、フィール。僕が判断ミスしなければあんな思いをさせなくて済んだのに、本当にごめん……」

「もう気にしないで。私も悪かったし。今後はもっと気を付けるから。……私の方こそ心配掛けてごめんなさい」

「ま、何はともあれ、君がこうして無事元通りになって良かったぜ」

 

 ハリーとロンは嬉しそうに笑って自分達より華奢な身体を擁き、フィールも自分より大きな背中にそれぞれ腕を回す。

 同じ闇祓いの男でもハリーとロンの手はとても優しかった。

 その様子を温かく見守っていたハーマイオニーはクシェルにそっと近寄り、「ありがとう、フィールを助けてくれて。クシェルもお疲れ様」と感謝と労いの言葉を掛ける。

 

「ライリーさんも言ってたけど……身体は一晩で治っても傷付いた心は治らないから。私達の前では無意識に気を遣ってかなるべく普段通りに振る舞っていたのが気掛かりだったけど、あの様子ではちゃんと泣けたようで心底安心したわ。クシェルが居なかったらどうなってた事か……」

「ハーマイオニーも。昨日は私のフィーをハリー達と一緒に例のクズ共から救ってくれてありがとね」

「どういたしまして。……親友の身に危険が迫ればどんなに遠くに居ても助けるのは親友として当然の事でしょう?」

 

 クシェルとハーマイオニーのやり取りを黙って聞いていたライリーとクリミアは「フィールは本当に良い友達に恵まれてるのね」と眼と眼で会話した後、ハリーとロンとハグしているフィールをじっと見つめているドラコの視線に気付いて声を掛ける。

 

「ドラコ君はフィールちゃんにハグして来ないのかしら?」

「はっ? 何で僕がベルンカステルを……」

「だって貴方、暇さえあればずっと『フィールが無事生き延びれますように』ってお祈りしてたじゃな……」

「あああああっ! 言うな言うな!」

「それなら、ほら」

「行って来なさい」

 

 クリミアとライリーはトンッ、とフィールの方に軽くドラコの肩を押す。

 振り返ったフィールを前にしたドラコは暫し躊躇していたが、前後から突き刺さる「早くしちゃえよー」と言う視線やクシェルが何も言ってこない事から軈て意を決したのか、もうどうにでもなれ、と言う破れかぶれに近い気持ちでドラコは力加減を忘れてフィールを強く強く抱き締めた。

 

「ちょっ……ドラコ、痛い……」

「痛くて結構だ。この底抜けのあほんだらが。いっそのことこのまま窒息死させてやろうか? 敵対してる筈の人間さえも身体張って命懸けで守るようなお人好し大バカ野郎が同じスリザリンの同級生だったなんて笑い話もいいところだ」

「……私、野郎じゃないんだけど」

「黙れ。コイツ、僕の気も知らないで……」

 

 ギュッと抱き締める腕に更に力を加え、呼吸がしづらいフィールの耳元にドラコは唇を寄せる。

 

「……お前に何かあれば悲しむヤツ等がいるって事、いい加減自覚しろ。昨夜だってアステリアにスイーツ店の伝言を伝えたら、守秘義務からお前が任務中に部下に襲われた事は教えてないにも関わらず『突然そんな事を言うって事は何かあったのか?』って感付いてたんだぞ。頼むから無謀な行動は止めてくれ」

 

 何かを押し殺すようなそんな声だった。

 心做しか震えているようにも感じる。

 

「あの、ドラコ……心配してくれてるのは凄く嬉しいんだけど、耳、弱いから……っ」

 

 フィールにだけ聞こえる声で、耳のすぐ近くで囁いたせいで彼女のそれは昨日の事もあり今まで以上に敏感になって真っ赤に染まっていた。

 本当にコイツ、底抜けに耳が苦手なんだな……とドラコは意地悪そうにくつくつと笑う。

 

「副局長様とあろう者がこんな微弱な刺激に我慢出来ないなんてなあ。それでも本当に闇祓いNo.2か?」

「ぁ……ダメ、ホントにやめて……っ…」

「くくくっ……」

 

 喉を鳴らして笑うドラコに改めて皆の前で弱点を暴露されて「うぅ……」と羞恥心で涙眼になるフィールだったが、そこでふと、いつの間にかドラコが腕の力を緩めて優しく背中を撫でているのに気付き、

 

「まだ言ってなかったけど……ドラコも夜遅くまで解毒剤を作ってくれて、そして心配してくれて、本当にありがとう」

 

 いつもの男性口調から一変、柔らかい口調になって破顔した。

 背中を摩っていた手がピタッと止まったドラコは軽く眼を丸くし、反射的に否定し掛けたものの「……ふん」とお得意の澄まし顔をするだけで言い消す事はしなかった。

 ドラコとのハグを終え、他にも心配してくれた人達全員にフィールが感謝と謝罪の言葉を伝え終わったタイミングを見計らって「ライリー、例の部下共は今何処に?」とキングズリーが問い掛ける。

 

「此処から離れた病室に一人残らず集めているわ。……診察の結果、彼等から媚薬の成分は一切検出されなかった。診察時、彼等は『媚薬の影響を受けて身体が言う事を利かなくなり副局長様を襲ってしまった』と証言したけれど、もしも本当に薬に当てられていたのなら多少なりとも成分が検出されているわ。だから最後に真相を確かめるべく真実薬の入った飲み物を今から飲ませに行く。その上で本人達に直接問い詰めて昨日の証言と一致しなければ……彼等はハーマイオニーちゃんの言うように、フィールちゃんを襲ったのは媚薬のせいではないと言う何よりの証明になるわ」

 

 ライリーの言葉を聞き、改めて全員の胸に抑え切れない怒りの炎が燃え上がる。

 

「……ねえ、フィー。私も含めて今から皆で例のクズ共の所に行って来るけど嫌だったら先に寝てていいんだよ。私は一言警告したらすぐ戻るから……」

「いや……何度も言うけれど今回の件は私にも責任があるから。副局長としてけじめを付ける為にも伝言としてではなく私の口から直接部下達に言って最後にしたい」

「……分かった。フィーがそう言うなら私はフィーの意思を尊重するよ。でも辛くなったらすぐに言ってね?」

「ええ……そうするわ」

 

 フィールが頷いたのを見て、「ああ、それと」とライリーは皆の顔を見回す。

 

「彼等の病室には私達以外の人間には話し声も物音も一切聞こえないよう防音魔法を施して、他の癒者達にも暫く立ち入りを禁止しているから。安心して大声出しても問題無いわよ。さあ参りましょうか。もうじき睡眠薬も切れる頃よ。……皆、くれぐれも殺さないようにね。彼等は殺すだけでは償いにならないのだから」

 

✡️

 

 と言う事で例の部下(クズ)達が集められている病室の前までやって来たライリーは皆に軽く頷くと、ノックして病室の中へと消えて行った。

 ライリーの思った通り、彼等は少し前から目覚めていたようで今すぐ呪いを掛けてやりたい衝動を必死に抑え込んでライリーは至って普通に話し掛ける。

 

『おはよう。気分はどうかしら?』

『あ、レイラインさん。おはようございます』

『十分睡眠を取ったので調子が良いです』

『そう……それなら良かったわ』

 

 本当は全くそう思っていないのだが、表情と声音には出さないで表面上は出来るだけ穏やかに笑み、しかしその実眼の奥は全く笑わないで一言二言会話を交わした後、ライリーは持ってきたグラスを彼等に手渡した。

 まさかその中身に真実薬が入っているとは微塵も思っていない彼等は素直に受け取ってすぐに飲み込む。

 ライリーは密かに薄ら笑いを浮かべた。

 

『あ、そうそう。私、貴方達に二つ程確認したい事があるのだけれどいいかしら?』

『何ですか?』

『貴方達は本当に媚薬の影響を受けてフィールちゃ―――副局長様を襲ったのかしら?』

『―――ッ?!!』

『昨日は敢えて黙ってたけど分析の結果、あの媚薬は対象者の熱を一晩だけ燻らせるものであり、周囲にまで悪影響を与える効果は判明されなかったのよ。つまり……貴方達は故意に行ったのよね? 「媚薬のせい」と言う虚言を吐くにはこれ以上無い名目を盾にして副局長様を襲ったのは』

 

 何の前置きも無く切り出されて動揺していた彼等は一瞬答えに詰まり、「違います」と否定しようとして……出来なかった。

 

 

『―――ええ、その通りですよ。俺等は媚薬の影響を受けてません。副局長を襲ったのは俺等自身の意思です』

 

 

 これで決定だ。

 彼等は媚薬の影響など受けていなかった。

 言い逃れ出来ない返答を聞けた以上、彼等を罰するのに躊躇う必要は無い。

 一方、どういう訳か口が勝手に動いて意思とは反対にペラペラと秘密を打ち明けてしまった彼等はサーッと顔面蒼白していた。

 何故? と分かりやすいくらい?マークが顔に表れている彼等にライリーはあっさりネタバレする。

 

『貴方達がさっき飲んだ飲み物には真実薬が入っていてね。だから自ら暴露したのよ。勿論、シャックルボルト大臣から正式に使用許可を貰った上で使用してるから抵触はしてないわ』

『なっ……ぁ……』

『もう一つ訊くわ。何故貴方達は上司である副局長様を襲ったの? 返答次第では……分かっているわよね?』

 

 穏やかな声から辛うじて激しい怒りを抑圧する低音ボイスに変わったライリーが問い質せば、自暴自棄になったのか真実薬の効果が強過ぎたのか、高揚した彼等は包み隠さず全てを告白する。

 

『そんなの、憧れの副局長様を堂々と襲える千載一遇のチャンスだったからに決まってるじゃないですか! 魔法薬のせいと言う事にすれば俺等は不可抗力って事で無罪放免、悪くても数週間の謹慎処分……こんなまたとない機会、俺等が見逃す訳が無いでしょう?』

 

 ブチリ。

 と、ライリーを含め病室の外に居る皆は自分達の中で何かが確実にキレる音がした。

 それでも興奮した彼等の暴走は止まらない。止められない。

 

『いやぁ……それにしてもまさかあの副局長様を好き勝手出来る日が来るとは夢にも思わなかったな……!』

『副局長最っ高だった……!』

『あのエロい表情(かお)、喘ぎ声、しなやかな身体……もう思い出すだけで滾るわぁ……!』

『超激レアな副局長の泣き顔も見られたし、あの端整な顔が俺達の手で乱れてぐしゃぐしゃになる様はそそったなあ……』

『にしても副局長ってやっぱスゲーよなぁ……。あんな状態でも男の俺等より強かったし』

『でもそっからこっちがケガしないようにって本気の抵抗しなくなったのはスッゲー可愛くって萌えたよな!』

 

 次の瞬間。

 愛娘に汚い手を出した目の前の男共に対する殺意と憎悪が頂点に達したライリーが杖を抜くよりも早く、我慢の限界を迎えて力任せに勢いよくドアを開けた人物がつかつかと歩み寄り、

 

 バチンッッッ!!!

 

 と、最早そのまま殴り殺す勢いで彼等の頬に一発平手打ちを食らわせた。

 

「―――ふざけた事を抜かすのも大概にしなさい!!! 貴方達の身勝手な行為のせいで一人の女性の心に一生癒えない傷を負わせた事がまだ分からないの!!? 曲がりなりにも魔法界の平和を守る闇祓いの一員でしょう!!? どうしてそんな人達が女性を、それも自分達の上司である副局長を傷付けてそんな風に悪びれもせず平然と笑っていられるのよ!!! 闇祓いが聞いて呆れるわ!!! 闇の魔術や魔法使いに対抗するには仲間の存在が何よりも大切だと習わなかったのかしら!!!?」

 

 大の男が痛みと衝撃で床に倒れる程の強烈なビンタをお見舞いしたのはハーマイオニーであった。

 阿修羅と表現しても大袈裟ではない鬼のような形相で怒鳴り付けたハーマイオニーの怒鳴り声はビリビリと室内に響き渡り、一瞬で興奮から冷めた男達は思わず身を寄せ合ってガクガクブルブル震える。

 もう、いいだろう。

 ハーマイオニーの突撃を機に部屋の外で待機していたハリー達はゾロゾロと入室し……凄まじい怒りの表情や「ないわー」と言うドン引きした表情、能面のような顔で冷たく静かに見下ろす自分達の上司と、今しがたまで話題となっていた副局長の姿を認めた男達はこの世の終わりと言わんばかりの表情になった。

 

「だ、大臣……局長……副局長……」

「やあ、お前達。今の気分はどうだい?」

 

 言葉だけ見ると一見穏やかそうだが、その実ハリーの眼は一っっっ切笑っていなかった。

 まあ、それは他の皆もそうなのだが、一番はやはりクシェルだろう。

 気付けば何かを通り越して無表情のクシェルの瞳は絶対零度と言う言葉すら生温いレベルで酷く冷え切っていた。

 

「本当に魔法薬のせいだったのなら被害者のフィールの擁護に免じて精々1~2週間の自宅謹慎処分で済ませるつもりだったが……そうじゃないならそれ以上の罰を考え直さないといけないな」

「闇祓いの一員とあろう者が既婚女性を襲っただけには留まらず? あまつさえ魔法薬のせいだとデタラメを吐き散らして? 何食わぬ顔で元通りの生活を送るつもりだったとか、過去に『服従の呪文』で操られていたと嘘八百を並べてのうのうと生きてた死喰い人と大差無いな。クズにも程があんだろ」

 

 何も映していない視線を部下達に向けるハリーのロンの顔に時に優しく時に厳しく指導してきた上司の面影はもう見られない。

 あるのはただ、度が過ぎる程の最低(ゲス)な犯罪者を見据える時と同じ凍てついた眼差しだけだ。

 

「……アンタ達」

 

 他の面々が口を開くより先にゆっくりと近寄ったフィールはしゃがんで目線の高さを合わせ、少し離れた場所でこちらを見つめる嘗ての部下達を見つめ返す。

 

「……理由はどうあれ魔法薬を浴びたのは私の自己責任だし、私が無謀な行動をしなければアンタ達に襲われずに済んだのも事実だから、()()アンタ達を責めるつもりはない。媚薬の影響の有無関係無くな。だけど……それでも……媚薬のせいではなくアンタ達自身の意思によって襲われ、挙げ句の果てに犯されそうになった事だけは……どうしても許せないし、アンタ達を信じる事ももう出来ないんだ。同じ闇祓いの仲間として信頼していた部下(ヤツ)に裏切られた事実もまた変わらないから」

「……ッ!!」

「もしもアンタ達が私に対し申し訳無さを感じているなら……もう二度と、私の前に現れないでくれ。関わらないでくれ。触れないでくれ。……それがアンタ達に課す私からの最後の上司命令だ」

 

 苦しみと哀しみを織り混ぜたような声音で、辛さの滲んだ面持ちで最後の「上司命令」を言い渡したフィールは苦しい表情を隠すように顔を伏せる。

 初めて見る副局長(フィール)の弱々しい姿に嘗ての部下達はようやく自分達が何を仕出かしたのか、本当の意味で理解し……冷水を内蔵にぶちまけられたような、そんな感覚に襲われた。

 

「フィー、そろそろ戻ろう」

「……うん」

 

 クシェルの手を借りて立ち上がったフィールは見上げる男達の視線から逃れるように背を向ける。

 男達はその悲壮感漂う後ろ姿に思わず声を掛けようとしたが、クシェルの鋭い目付きに牽制され、息を飲んだ。

 

「まどろっこしい言い方は嫌いだから単刀直入に言わせて貰う。これは最初で最後の警告だ。よく聞け。―――二度とその面見せるなよ。フィーの前にも私の前にも一っっっ切現れるな。次に警告を無視してお前等の姿がちょっとでも視界に入ったら……一人残らずブッ殺す」

 

 とんでもない殺意の籠った眼差しと全身から溢れ出る殺気中の殺気。

 それを全面的に当てられた男達は一度は白眼を剥いて失神したが、間髪入れずにライリーとクリミアが蘇生魔法を掛けた為、自分達が気絶した事に恐怖と言う色で頭も心も魂も染まっている彼等は気付かなかった。

 最後に舌打ちを残してクシェルはフィールを連れて病室から出て行く。

 後悔に打ちひしがれる男達はそれを黙って見送る事しか出来なかった。

 

「お前達」

 

 今更ながらの謝罪すら許されない、そんな男達を「自業自得だな」と肩を竦めながら自責の念に押し潰される彼等にハリーが一言、代表して冷たく言い放つ。

 

「僕は心底失望した」

 

 その時の彼等の表情は今も、そして後に闇祓い局ひいては魔法省から姿を眩ませてからも分からないままだ。

 

✡️

 

 完全なる決別を言い渡して昨夜使用した病室へと戻って来たフィールとクシェルは一直線にベッドに向かって身を投げ出した。

 お互い心身共に疲れ果てて眠気がピークに達している。

 

「フィー……よく頑張ったね。偉かったよ」

「クシェル……ありがとう。最後まで私を支えてくれて。私の事、助けてくれて。……本当に、お疲れ様でした」

「うん。フィーもお疲れ様。……今日はもう、夕方まで寝ちゃおっか」

「ん……そうね」

 

 寒くならないように掛け布団を被り、お互い抱き付く形で眼を閉じる。

 

「……おやすみ、フィー。良い夢見てね」

「おや、すみ……クシェ、ル……」

 

 すやすやとフィールは深い眠りに落ちていく。

 安心し切った穏やかな寝顔を薄目を開けて見たクシェルは柔らかく微笑んでフィールの黒髪を優しく撫でると、再び瞼を下ろして自身も彼女と共に夢の世界へと旅立った。




【ドラコ】
通称「ツンデレの王子様」。
そしてある意味では今回の影の功労者とも言う。

【やっっっと唇でキスしたクシェフィル】
IF含めて本編でもクシェフィルが作中で唇キスしたのはこれが初めてとか……本当に長かった。

【ハーマイ鬼ー】
その姿、まごうことなき阿修羅。

【モブ部下'sの末路】
その後、ハリー達にキツ~いお仕置きをされて最終的に強制退職になった。まあ、当然ですね。
そしてその日の夜は夢の中で死んだ親世代と姉世代に魔法的にも物理的にも死ぬ程クルーシオされて最後はアバダされた瞬間に起きると言う人生最大の最悪の目覚めを経験した。


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リクエスト②.ノックアウト(悩殺)【後編】

全てのクシェフィルファンの読者の皆様、そして新谷奏様、大変お待たせしました。
皆さんお待ちかね、クシェフィルイチャコラの回でございます。
本来であればもう少し本編は長く書く予定だったのですが、ラストが思いの外綺麗に終わってしまったせいで「これは最後の最後で台無しにしたくないな……」と言う気持ちが強くなり、急遽予定変更して予想以上に長話となった中編に比べてかなり短くなってしまいました。
後日談については後書きの方にて補足しましたので、申し訳ございませんがどうかご勘弁くださいm(_ _)m。
それではリクエスト回第2弾の最終話をどうぞ。
最後に新谷奏様、この度はIF番外編リクエストを誠にありがとうございました(*´ω`*)。


 目覚めて最初に見たのは最愛の人の寝顔だった。

 寝起き直後でぼんやりした視界と思考の中、フィールは目の前ほんの数㎝の距離にあるクシェルのあどけない無防備な寝顔を見つめる。

 規則正しい穏やかな寝息を立て、まるで「二度と離さない」と意思表示するかのようにギュッと抱き枕の如く己を抱き締める彼女は本当に幸せそうだ。

 肌で感じるクシェルの体温と服に染みた甘く優しい香りに心が安らいだフィールは目尻を下げる。

 フィールにとってクシェルはリラックス効果の権化。

 故に何もせずともただそこに居てくれるだけで自然と身も心も癒されるので、クシェルの背中に回す腕に力を入れたフィールは自身の気が済むまで温かさを感じた。

 

「ん……あれ? フィー、起きたの?」

 

 パチリ、と眼を開けたクシェルは自分より先に起きてたフィールを見て寝惚け眼を擦る代わりに「もう大丈夫?」と背中を撫でながら尋ねる。

 寝起き直後であってもこうして気遣ってくれるクシェルの優しさに笑みを溢したフィールは「平気よ」と返答した。

 

「昨日の嫌な出来事(きおく)はクシェルのお陰で和らいだし、充分過ぎるくらい寝たから逆に今日の夜、寝れるかが心配ね」

「じゃあさ、夕食食べたら一緒に映画でも観ない?」

「いいわね」

 

 夕食後の楽しみを約束して笑い合った二人は上半身を起こし、軽く肩や首を回して解す。

 

「クシェル」

「ん?」

 

 何? と言うよりも早くフィールはクシェルの唇に自身のそれを重ねる。

 不意打ちでキスされたクシェルはフリーズし、顔を離したフィールがイタズラっ子のような笑顔を浮かべた瞬間、顔を真っ赤にさせた。

 

「ちょっとフィー! 何の予告も無しにいきなりキスしないでよ! ビックリして危うく心臓止まるところだったじゃん!」

「あら? 不意打ちで私にキスするのはクシェルの得意技じゃない。それにまだちゃんとクシェルにお礼のキスしてなかったし……。ダメだったかしら?」

 

 耳と尻尾がついていたらペタンと垂れ下がっているような様子でフィールが小首を傾げれば、クシェルは「うっ……」と来てそれからジト眼でフィールを見つめた。

 

「……フィー、わざとやってる?」

「? 何の事?」

「ハァ~……改めて思ったけどフィーの無自覚ぶりは恐ろしいよ、本当に」

「???」

 

 深いタメ息を吐いたクシェルは眼で見て分かる通りに「?」が一杯のフィールに仕返ししたい気持ちが芽生え……フィールの両肩に手を置いて前方に体重を掛けた。

 押し倒され再びベッドに横たわったフィールが逃げに転じられぬよう今度はクシェルが唇にキスして口内を舌で侵す。

 

「んぅ……!」

 

 押し退けようにも上手く力が入らないどころか急激に力が抜けていく。

 濃密且つ過激に責められるせいで呼吸すらままならない。

 

「離して……!」

「ダメ、煽ったのはフィーの方なんだから」

 

 離したのも束の間、完全にスイッチが入ってしまったクシェルに再び唇を奪い取られる。

 身動ぎ出来ず、ろくに息も出来ず。

 ただただ、芯まで身体が熱い。

 狂おしい程に愛おしい熱に頭も心も魂もじりじりと炙られる。

 

「……………」

 

 トロン、とすっかり熱に侵され堕ちた蒼い瞳が己の眼を捉えた瞬間、フィールから散々酸素を奪って満足していたクシェルの理性が瞬時に焼かれた。

 そのままクシェルは白い肌とコントラストになる黒い髪を掻き上げ、耳を露にする。

 昨夜の入浴中に出来た紅い痕……キスマークが然り気無く主張するそれを触れるか触れないかのギリギリのラインで優しくゆっくりとなぞり、フッと息を吹き掛け、口付けを落とし、甘噛みして舌先で優しく舐めれば、

 

「ふぁっ……」

 

 やはりと言うべきか、擽ったさとゾクゾク感が交ざった感覚に襲われ電流が走ったようにフィールの全身がビクンと反応し、クシェルはくつくつと喉を鳴らして愉しそうに笑った。

 

「相変わらず耳が弱いねえフィーは。いつまで経っても全然慣れる気がしないよ。ああでも、人一倍耳が苦手なフィーに克服しろって言うのも無理な話かな?」

「五月蝿いわ……っ…、私だって好きで弱くなった訳じゃないもの……。あと、お願いだから耳元で喋らないで……っ」

「ふふっ、や~だよ。だって元はと言えばフィーが悪いんだし」

「んぁっ……」

「そういう訳だから頑張って我慢してね? お耳が滅法弱い闇祓い副局長様?」

「うっ……あ、あぁ……、はぁぁ…ん……っ」

 

 頭を緩く振り、逃れようとしても結局は全て無意味で。

 そもそも体勢からして圧倒的に有利なのはクシェルの方なのだから、不利な状態のフィールが敵う筈もなく、言葉を発する度にクシェルの温かい息が濡れてより一層敏感になった耳を刺激し、悪寒と快感が背筋を、身体中を駆け巡る。

 

「クシェ……ルの…イジワル…………変態……」

「イジワルで結構。その変態にいいようにされてるのは何処の誰かな?」

「うぅ……」

「ところで今思ったんだけどさ、フィーが耳弱いのはフィーのお母さん譲りなんじゃないの? クラミーさんも生前は耳が凄い苦手だったって前にお母さんとお父さんが話してたし。ま、そうでなくてもフィーは多分今と同じように弱かったと思うけどね」

 

 クシェルは結局フォローしたいのかそうじゃないのか……と心の中でツッコミを入れたフィールはムダな努力と理解しつつも極力声を出さぬよう歯を食い縛るが、意思に反して弄ばれる身体は正直で堪らず喘ぐ。

 

「…っん、くぅっ……あぁぁ…んんぅ……、ま、待って……これ以上はやめ…っ」

「やめて? 嫌がってるフリして本当は気持ちいいクセに?」

「違っ……」

「ねえフィー? 今どんな感じ? 擽ったい? 気持ちいい? 或いは両方?」

「嫌よ…っ、答えたくないわ……」

「ふ~ん……意地っ張りだねえフィーは。どうせ今更頑なに黙ったところで私にはお見通しなのにね」

「なら……わざわざ訊く必要は無いでしょ……」

「フィーの口から直接聞きたいから私は訊いてるんだよ? それでフィー、どうなの?」

「返事はノーよ……。何で分かり切った事を答えなきゃいけな……ひゃあっ!?」

 

 普段であれば絶対に聞けないフィールの可愛らしい悲鳴が病室に響く。

 いつの間にか服の隙間から侵入していたクシェルの手に胸を揉み拉かれ、余った片手で首筋を擽られたからだ。

 

「ぁ、あぁああっ…、やぁ……っ! ああぁっ! んんっ! だ、ダメっ……! 待って、もうやめてっ! ふぁっ……あぁんっ……!」

 

 耳と首と胸を同時に責められ、押し寄せる強烈な快感に身を捩ってもクシェルの魔の手と舌からは逃れられない。

 荒い息遣いのまま頬を紅潮させ、眼にうっすら涙を浮かべてブンブン首を横に振る姿はクシェルの嗜虐心を余計に刺激し、意地悪そうな笑みでニヤリと口角を上げる。

 

「フィーが素直に質問に答えてくれるなら止めてあげてもいいよ? それとも……このまま続ける?」

「っん……!」

「ねえ? 早く答えて? フィーはどうしたいの? 若しくはどうされたいの?」

 

 耳元で低く囁くクシェルの声が鼓膜を、そして熱い身体を震わせる。

 ツツー……と鎖骨に指先を滑らせる度、ビクビクッと身悶えし口元を覆い隠す手も小刻みに震えた。

 

「…ぁっ………んん……ッ」

 

 必死に声を我慢しても我慢出来ず淫らに喘いでしまう自分が恥ずかしい。けれど声を堪えるのはどうしても無理な話で。

 自分でも気付かぬ内にギュッと固く眼を瞑っていたらやんわりと手を解かれ、無防備に晒された唇に三度目の口付けをされた。

 

「ん、くっ……」

 

 先程されたような激しいキスではなかったものの暫くの間唇を押し付けられ、度重なる責めに身心が疲弊してぐったりしているフィールは抵抗する事無くそれを受け入れる。

 いつの間にか首と胸を好き勝手弄んでいた手は止まっていた。

 軈てキスが終わったらクシェルは穏やかに微笑して優しく頭を撫でてくる。

 

「流石にイジワルし過ぎたかな?」

「……………そう、ね。もう……疲れたわ……」

 

 こんな時だけ優しくしてズルい……とフィールはジト眼になったが、クシェルに髪を梳かれる感触が心地よくて怒る気が失せてしまい、そしてそんな自分にフィールは自嘲気味に薄く笑う。

 何だかんだでクシェルに甘いのは昔から変わらなかった。

 

「じゃあさ、一旦イタズラは止めるからもう一度訊いていい? フィーはいつもどんな感じなの? 擽ったいの? 気持ちいいの?」

 

 顔を逸らせぬよう両手で頬を挟み込んで固定した状態でクシェルが再び質問してくる。

 恐らくここで素直に返答しなければ、今度こそクシェルは問答無用で気絶するまでノンストップでイタズラを続行するだろう。

 それはそれで恥ずかしいのだが……天秤に掛けて散々悩んだ末、観念したフィールはポツリと小さな声で呟く。

 

「…………………………どちらも、よ」

 

 含羞の色を帯びた眼差しで、耳まで真っ赤にさせながらもきちんと答えたフィールにくすりと笑ったクシェルは「よく出来ました」と頑張ったご褒美として寝起き後四度目のキスをする。

 

「っん……、……このキス魔、何回やれば気が済むのよ」

「でも嫌いではないでしょ?」

「……………」

「黙ったってムダだよ。顔に書いてある。て言うか仕事終わりや休日には甘えん坊さんモードになってキスやハグを求めてくるフィーだって人の事言えないでしょ」

「それとこれとは話は別よ。はぁ……もう、寝起き早々クシェルに身も心もぐちゃぐちゃにされて大変だわ。私、もう一度シャワー浴びて来るから、クシェルも浴びるなら私が上がった後でお願いね」

「何で!? 一緒に入れば早いじゃん!」

「だって貴女、今のまま浴室行ったらまたスイッチ入って襲って来るでしょ?」

「ギクッ……べ、別に襲ったりしないよ!」

「ウソつき。眼が泳いでるわよ」

「うぐぐっ……だって仕方無いじゃん。フィーが可愛過ぎるのがいけないんだもん」

「私に責任転嫁するんじゃないわよ、全く」

 

 身体を起こし、乱れた服を整えたフィールは肩を竦める。

 

「……夜まで我慢すると約束するなら一緒に入ってもいいわよ。ただし破ったら今夜は映画は観ないし、同じベッドで一緒に寝たりもしない。いいわね?」

「! うん! 約束する!」

 

 ありがとフィー! と途端に無邪気な笑顔を浮かべたクシェルは嬉しそうにフィールに抱き付く。

 抱き付いてきたクシェルの背中をポンポンと軽く叩いたフィールは「こういう所は相変わらず何歳になっても変わらないわね……」と子供みたいに喜ぶ伴侶にちょっと困ったような笑みを溢した。

 と、その時。

 

 コンコン、と壁をノックする音がフィールとクシェルの耳に入った。

 

「―――お熱いところ申し訳無いのだけれどそろそろいいかしら?」

 

 声を掛けてきたのはライリーであった。

 隣にはクリミアも立っており、何故か二人共意味深に眼を細めてこちらをじっと見つめている。

 心做しか若干頬が紅く染まっているような気がして、(フィールと言うかクシェルが)熱中するあまりいつの間にか母親と姉が入室していた事に全く気付かなかったフィールとクシェルは二人揃って思考停止に陥った。

 

「……………………………………………………」

「……………………………………………………」

 

 室内に奇妙な沈黙が流れる。

 それもその筈で互いに何と声を掛ければいいか分からない様子で互いを凝視し、シン……と嫌に静まり返った空間の中、一番最初に静寂を破ったのはフィールであった。

 

「…………………………いつから、そこに?」

 

 その問い掛けに対し一瞬顔を見合わせたライリーとクリミアは非常に言いにくそうに「……フィールがクシェルにキスした辺りから」と非常に小さな声で答える。

 それはつまり、割りと最初から居たと言う意味(わけ)で。

 キスした後からライリーに声を掛けられるまでの出来事が次々と脳内再生された二人は更にフリーズする。

 

「…………………………何で、ノック、しなかったの?」

「いや……………その、もしもまだ寝ていたらせっかくぐっすり眠っているのに起こしちゃっても可哀想と言うか、正直な話、そもそも防音魔法掛けているからノックしたところでどのみち変わらなかったと言うか……………」

「これだったらもう少し後で来れば良かったと私達も後悔しているわ……。ごめんなさいクシェル、フィールちゃん。お邪魔しちゃって―――」

 

 バツが悪そうにライリーが謝罪した次の瞬間。

 

 

「うわああああぁぁあああああぁぁぁぁぁああああああぁぁあっっっ!!! 穴があったら入りたいいいいぃいいいぃぃぃぃぃぃっっっ!!!」

 

 

 羞恥心が限界突破し赤面したフィールが泣き叫んでベッドから跳ね起きたと思うと、何とそのまま窓から飛び降りてしまった。

 

「フィー此処4階ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」

「待てえええぇぇぇぇぇ!! 早まるなあああぁぁぁぁ!!」

 

 慌ててクシェル達が窓の外を見るが時既に遅し。

 病み上がりだった事もあり衝動的に身を投げ出したフィールは着地をミスって「足首を挫きましたァ!」となった。

 時間短縮の為にこちらも窓から飛び降りたクシェル達は魔法を用いて上手く着地すると急いで患部を治療し、すぐさま病室へと戻る。

 文字通りの身投げをしたフィールはその後、1時間近く正座の状態で三人からこれでもかと言う程こってりと説教された上、フィールが窓から飛び降りたと言う話を聞き及んだハーマイオニー達にもめっちゃ叱られて夕食の時間になるまで意気消沈したとか。

 

✡️

 

 色々あったものの夕食の時間帯となりベイカー家で食事を終え、クシェルの部屋に来たフィールは約束通りマグル界では子供から大人まで大人気のアニメーション映画をクシェルと共に鑑賞し、今は二人だけの女子会を満喫していた。

 

「久々に観たけどやっぱりマグル界のアニメ映画は変わらず面白いね! こうしてのんびり観たのは前にハーマイオニーの家に泊まりで遊びに行った時以来かな」

「ああ、そういえば以前ハーマイオニーと三人で映画のマラソン鑑賞した事あったわね」

「そうそう、お泊まり会楽しかったよね。また今度都合がついたら皆で観よっか」

「その時もクシェルは決まってピーター・パンを観るのよね」

「勿論! だってピーター・パンは昔から大のお気に入りだもん! 何回観ても夢と希望を与えてくれるこの不朽の名作は私の中で不動の1位だからね! そりゃ観ない訳にはいかないよ!」

 

 ピーター・パンは戯曲及び小説を原作とし、1953年にアメリカで公開されたマグル界では有名な長編アニメ映画だ。

 イギリス・ロンドンを舞台に大人にならない永遠の少年ピーター・パンと共に妖精ティンカー・ベルの空を飛べる魔法の粉を浴びたダーリング姉弟……ウェンディ、マイケル、ジョンが子供の国「ネバーランド」を冒険するこの物語は今でも高い人気を誇る有名な作品であり、クシェルの大のお気に入りでもある。

 興奮冷めやらぬ状態でクシェルが熱弁を振るえばフィールは「ふふっ……」と柔らかい笑みを湛えた。

 

「クシェルは相変わらずピーター・パンが大好きなのね」

「そう言うフィーはミュージカル映画が特に好きで、ハーマイオニーが美女と野獣が一番のお気に入りだって話してたよね。あとはシンデレラも好きなんだっけか。やっぱ女の子なら誰もが一度はプリンセスに憧れるものなんだね」

「私の場合はお姫様を救うプリンスやナイトの方が相応しいってクシェルとハーマイオニーは言ってたけどね。ま、私も物語のキャラになるならお姫様よりも寧ろ姫を救う王子か騎士がいいけど」

「ドラゴンキーパーですら悪戦苦闘するドラゴンを、それも数あるドラゴンの中で一番狂暴なハンガリー・ホーンテールを14歳時点でフツーに討伐出来ちゃうフィーなら大抵のヴィランもコテンパンにやっつけられそうだしね。……もし私が攫われたらフィーは助けに来てくれる?」

「何を当たり前な事を。クシェルは私の存在意義にして世界の中心……貴女を無事救い出すまでは何処へでも、それこそ地の果てまで追い掛ける事さえ厭わないわよ」

「ありがとうフィー。じゃあ、もし万が一フィーが誰かに連れ去られた時は私がフィーを助けに行くから心配しないでね」

「闇祓い副局長として普通はそんな事、あってはならないけどね。でも、一体いつ何処で何が起きるか分からないこの世の中、本当にそうなった時はお願いするわ」

「任せといて! フィーは私がちゃんと助けるし守るから! フィーが皆の頼れるヒーローなら、私はフィーにとっての頼れるヒーローになるからね」

「なるんじゃなくて、貴女は最初(もと)から私を支えてくれる最高の伴侶(ヒーロー)よ」

 

 フィールがそう言えばクシェルは嬉しそうに笑った。

 実際、クシェルが居なければフィールはとっくの昔に道を踏み外してヴォルデモートやクラウチJr.のような闇の魔法使いに堕ちていただろう。

 そうならずに済んだ最大のファクターは他でもないクシェルだ。

 自分の人生を振り返ったフィールは染々とした気持ちで眼を細めて目の前の恩人を見つめ……ふと思い立ったように立ち上がると、迷う事無く窓際まで歩いて天候を確認した。

 

「フィー? どしたの?」

 

 突然窓外の景色を眺め始めたフィールの不審な行動にクシェルが首を傾げれば、「クシェル、まだ寝る気はない?」と尋ねてきた。

 

「え? うん、昼間に沢山寝たからまだ睡魔は全然襲って来ないよ。でも何で?」

「クシェルが嫌じゃなかったら今から一緒に夜の空中散歩(デート)に出掛けないかなって」

「えっ、本当!? 行く行く! 今すぐ空中散歩行きたい!」

 

 フィールから素敵なお誘いを受けたクシェルは即座にOKを出し、満足そうに微笑したフィールは指をパチンと鳴らして愛用箒・ファイアボルトを召喚する。

 念のため、1階に居るライリーとイーサンが自分達が不在な事に気付いても心配しないよう「二人で夜の空中散歩に出掛けて来ます」と言う置き手紙を机に残しておき、暖かい服装に身を包む。

 最後にマフラーを首に巻き、窓を開けて窓枠を飛び越えファイアボルトに跨がったフィールは振り返り、こう言った。

 

「―――良ければ一緒に飛んでみないか? 宮殿(いえ)を抜け出して。世の中を見るんだ」

 

 魔法の絨毯に乗って宮殿に訪れたアラジンが王女様を空中デートに誘う際のセリフを真似たフィールに「そういえば前にもこんな事あったなあ……」と懐かしい気持ちになったクシェルが、

 

「平気なの?」

 

 と、わざと少し不安そうな表情で返せば、

 

「私を信じろ」

 

 満月と星々が彩る美しい夜空を背景に力強く手を差し伸べたフィールが最後に決め台詞を決め、微笑みを以て誘いを受け入れたクシェルを抱き寄せて二人だけの夜の空の旅へと出掛けた。

 

✡️

 

「クシェル、結構高い所まで来たけど平気? 寒くない?」

「大丈夫! フィーにくっついてるから寒くないし寧ろ温かいよ!」

「そう、なら良かったわ」

 

 いつかの女子会でハーマイオニーも入れて三人で魔法の絨毯に乗って空中散歩に出掛けた日と同じ、星が煌めく満月の夜。

 クシェルを乗せて空高く飛び上がったフィールは眼下に広がる光溢れる街並みを見下ろしながら上手いこと速度を調整し程良いスピードで飛び進めていた。

 フィールの腰に両手を回し、背中にしがみつくクシェルは適度に筋肉質ではあるものの全体的に細い彼女の身体の細さをより強く感じ……思わず掴まる手にグッと力を込める。

 

 何も知らない人間視点で見れば精々何かのスポーツに打ち込んでいるから体格が良いだけであとは何処にでも居るような普通の女性に思えるだろう。

 まさかこんな細身の彼女が闇祓い副局長と言うこの魔法界で最難関職業のNo.2だなんて誰が信じられるだろうか。

 同じ女だから忘れがちだが、杖と言う名の剣を握り締め、幾度と無くホグワーツを……そして英国魔法界を救ってきたその手だって、同い年で異性のハリーやロン達と比べれば小さい。

 

 それでいて周りに居る男達が自分達より長身且つ大柄な者が多いせいか、同性と比較すればイギリス人女性の平均身長(=約164㎝)を10㎝近く上回るフィールも彼等と比較すれば当たり前と言えば当たり前ではあるが、高身長の部類に入る事が頭から抜けそうになるし、言い方は悪いがか弱そうにも見えてしまう。

 実際は伊達に闇祓い副局長を務めていないだけあって魔法界でも指折りの実力者なのだが、彼女の実績を知らなければ、或いは直接その高い戦闘の腕前を見なければ、多くの者は見た目で判断し騙されてしまうところだ。

 

(フィーは本当に……ちっちゃい時から背負いきれない程の重荷をずーっと抱えて生きてきたんだよね……)

 

 家族のクリミア達を除けば誰よりも一番近くでフィールを見てきたクシェルは知っていた。

 

 彼女の身体には心と同じくらい、眼には見えない幾多の傷も刻まれている事を。

 嘗てこの華奢な背中には、人の身にはあまりにも重過ぎる宿命を背負っていた事を。

 

 物語に出てくるような英雄が必要なのは物語だけで十分なのに、この世界は世界を救う英雄を必要とし、求めた。

 そしてあろうことかその英雄の一人に、不運にも選ばれてしまったのがフィールと言う訳だ。

 それがクシェルにはどうしても腹立たしい。

 何故運命は、神は、彼女にそのような責務を背負わせたのだろうか。

 

 彼女だけでない。

 ハリーも魔法界の英雄の一人になる事を定められた身として生を受けた代償で結果的に両親を喪う羽目になったのだから、もしこれでヴォルデモートを倒せなかったら彼女らは何の為に散々苦労したのか、何の為にあそこまで苦しむ事になったのか、それすら意味不明のまま運命に玩弄されるだけの理不尽な人生に幕を下ろしていただろう。

 ……否、もしかしたらそちらの方がIFの世界の彼女らにとってはある意味で救いなのかもしれない。

 何故なら死ねば死に別れた最愛の家族と再会出来るからだ。

 生そのものがただの拷問でしかなく、運命と言う鎖に縛られ続ける現実が地獄の世の中だとしたら、死によって重責から解放されるしか他に幸せになれないような世界であったら。

 彼女らはきっと……迷う事無く「死」を手に取っていたに違いないとクシェルは思う。

 

「……ねえ、フィー」

「何?」

「……もう二度と、私の前から消えるなんて真似は絶対にしないで、何があっても最後は必ず私の所に帰って来てね。……独りだけで何でも抱え込んだりはしないでよ」

「……どうしたのクシェル? 突然そんな事言って」

「いや……学生時代、フィーはハリーと同じように物語の中に登場する勇者みたいに魔法界の希望の英雄(ひかり)として、一般市民とは比べ物にならない程の何百倍、何千倍もの重責を背負ってきたし、その分辛い思いや苦しい思いも沢山してきたでしょ? フィーは放棄する事無く最後までやり遂げたけどさ、普通だったら途中で投げ出してもおかしくないし、私からすればこんな細い身体をした女の子に何度も何度も危険に晒す運命や神と言った存在が憎くて堪らなかった」

 

 このようにクシェルが吐露すれば、暫しフィールは無言となり……軈て口を開いた。

 

「―――クシェルは知ってる? 東京タワーで偶然出会った三人の女子中学生が突然異世界に召喚され、そこで伝説の魔法騎士(マジックナイト)として異世界を救う旅に出るファンタジー作品を」

「……………え……?」

 

 思ってもみなかった質問にクシェルは眼をぱちくりさせたが、すぐに「あの日本で絶大な人気を誇る有名な異世界ファンタジーものの?」と問い返し、「そうそう」とフィールは頷いて夜空にかかる満月を見上げる。

 その物語は、東京タワーでの社会見学中に異世界の「柱」を務める者により異世界に召喚された三人の女子中学生が、そこで出会った導師の導きを受けて「魔法騎士」に隠された残酷で悲しい真実を知らぬまま魔法騎士として異世界を救う旅に出ると言う話で、その斬新な設定と世界観から多くの読者に衝撃を与え今尚高い人気を誇る作品だ。

 フィールもクシェルも初めて見た時は第一部終盤で明かされる衝撃の事実に非常にビックリした事を覚えている。

 

「異世界にとって『柱』とはその世界に生きる全ての命の幸せを祈る以外は何も、それこそ自分自身の幸せを祈る事すら許されない存在。そして『魔法騎士』とは柱が世界に害なす存在になった時に住民に代わって柱を殺す為に呼び出される異世界の人間の事だから、柱と魔法騎士の内、当時のイギリス魔法界にとって私やハリーは前者に近い存在だったと言えばいいのかしら」

 

 魔法界の為に命を尽くし、ヴォルデモートを完全に倒すまでは何度も何度も何度でも戦いに身を投じ、死地へ赴く事が義務付けられた存在……それが学生の頃のフィールとハリーだ。

 しかし、ヴォルデモート率いる闇の陣営が滅ぼされた今、良い意味でお役御免となった二人は貴重な青春時代の大半を犠牲にし普通の日常生活を送れなかった分だけ家族や親友達と楽しく平和に過ごしている。

 そういう意味では物語の話と言えど異世界の柱を務めてきた歴代の人間達よりも恵まれていると言えるだろう。

 

「魔法界の英雄(はしら)で在り続ける責務から解放された以上、今も含めこれから先は好きなように人生を送るわ。無論、闇祓いである限り魔法界・マグル界の平和と一般市民の安全は今後も守っていくけど、それ以上に私は私と私の大切な人達の幸せを優先する。私もハリーも使命は十分全うしたし、それぞれ伴侶を得ている現在、愛する人を第一に考えて何が悪いと言うのよ? そんな事も分からないような愚者(バカ)がいたら私が一人残らずブッ飛ばしてやるわ。だからクシェルは何も心配しなくていい。誰に何と言われようと私は愛する人(クシェル)の隣で今を未来を生きるし、何度生まれ変わってもクシェルの伴侶になってクシェルと一緒(とも)に生きる」

 

 だってそれこそが私の……フィール・ベルンカステルの―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――譲れない願い……なのだから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 静かだけれど聞く者の心に、魂に響くフィールの言葉(こえ)

 気付けばクシェルは安心感と幸福感から心の底から微笑み、寄り添う彼女の背中に頬を寄せて眼を閉じていた。

 

「フィー……約束、忘れないでね?」

「忘れないわよ。他でもない貴女に誓ってね」

「もし約束破って忘れたりしたら死ぬまで擽り倒すから覚悟してよ」

「それは遠慮したいわ。……じゃあクシェル。ピーター・パンファンの貴女に因んでアレにも誓っておきましょうか? そうすれば少しは安心するでしょう?」

「アレって?」

「ピーター・パンファンならば聖地として訪れたい場所であり、我が母国が世界に誇るロンドンの象徴(シンボル)―――と言えば、貴女ならもう分かるでしょう?」

「ま、まさか……」

「ええ、そのまさかよ」

 

 自然と心臓の鼓動が早くなったクシェルがゆっくりと瞼を開けば、そこには我が母国が世界に誇るロンドンの象徴(シンボル)であり、ピーター・パンの舞台(モデル)にもなった超有名な時計塔―――ビッグ・ベンが目の前に存在していた。

 

「―――世界一有名な時計塔、ビッグ・ベンよ」

「うわあぁっ……!! えっ!? マジで!? こんな間近でビッグ・ベン見たの初めてなんだけど!! フィー、いつの間に此処まで来てたの!?」

「いつの間にと言うかそもそも今回の空中散歩(デート)自体、クシェルにピーター・パン気分を味わって貰いたいのと私を救ってくれたお礼も兼ねてビッグ・ベンの周辺を飛ぶ事が目的だったから」

「そうだったの!? フィー、ありがと!! 大好き!!」

 

 危うく箒から落下しそうになるんじゃないかとヒヤヒヤするくらい歓喜するクシェルを見てフィールも破顔しつつ、彼女が誤って落ちぬよう「危ないわよ」と然り気無く腰を引き寄せる。

 ハッとしたクシェルは少し冷静さを取り戻し、頬を染めて「ご、ごめん……」としおらしく謝りギュッとフィールの身体に抱き付く。

 当初の予定通りビッグ・ベンの周辺を旋回し、両者共に満足したらそのまま帰る……のではなく、イギリスでトップクラスの絶景を誇るロンドン夜景スポット定番、真下のロンドン・テムズ川に架かる「ウェストミンスター(ブリッジ)」に降り立った。

 テムズ川に煌めく街の光を背景にフィールとクシェルは今日一番の笑顔を浮かべる。

 

「今日は本当にありがとねフィー。あんなすぐ近くでビッグ・ベンを見たのは初めてだったし、今夜のデートの事は忘れないよ、絶対」

「一生の想い出になった?」

「勿論! これで一生の想い出にならない方がおかしいレベルでスッゴい楽しかったよ」

「そこまで喜んでくれるとは思ってもみなかったから私も嬉しいわ。サプライズした甲斐があったわね。……ねえクシェル」

「何?」

「せっかく此処に来たのだから……最後にもう一つ、『一生の想い出』を作ってから帰らない?」

「奇遇だね。私もおんなじ事考えてた」

「そしてそれが何なのかも……多分貴女と同じだと思うわ」

「………………」

「………………」

 

 互いに真っ直ぐな眼差しで二人は互いの顔を見つめ合う。

 永遠にも思えた時間の間、フィールの蒼の瞳とクシェルの翠の瞳が交差し―――フィールはクシェルの、クシェルはフィールの口元近くまで覆っているマフラーを同時に少し下ろす。

 吐き出す白い息が互いの吐息と混ざり合い……それぞれの瞳に吸い寄せられるようにどちらからともなく顔を寄せ、唇を重ねた。

 星の煌めく満月の夜、ライトアップされたビッグ・ベンの下、目の前の相手しか頭にない二人は時間を忘れて深いキスを堪能し、軈て名残惜しそうにゆっくりと唇を離す。

 

「……クシェル」

「……フィー」

 

 キスだけでは物足りない……。

 全く同じ気持ちで、熱い眼差しで眼前に居る最愛の人と己の熱の籠った視線が再び交差した瞬間、二人は強く抱き合った。

 

「……好き。大好き。スッゴく大好き。もう言葉では言い表せないくらい愛してるし、死んでも私だけを想って欲しい」

「……私も。貴女だけは何が何でも手離したくないし、誰にも絶対渡したくない」

 

 その言葉通り、二人は「いつの世も他の人間には渡さないし譲らない」と身体全体で意思表示するかのように互いを抱き締める腕に力を込め、身も心も魂も相手に己の全てを委ねる。

 

 ビッグ・ベンだけが彼女らを最後まで優しく見守っていた。




【後日談】
流石にあんな事が起きた後では元通りに仕事出来る筈もないので療養と言う形で長期休暇を貰い、クシェル達の献身的なサポートもあって2週間くらい経った後で仕事復帰。
フィールが仕事復帰してから暫く、闇祓い達の間では牽制と警告も兼ねて彼女の耳と首に付けられたキスマークと歯形が眼に入る度、

今度(つぎ)フィーに汚い手を出したら全員ブッ殺す」

と言う2つの印に最早怨念の如く込められたクシェルの本気の殺意を敏感に感じ取り、

「あ……これ絶対アカンやつや……」

と、本能的に身の危険を覚えて「死にたくなかったら副局長様への接触は必要最低限にする事」と言う暗黙のルールが僅か1日で決められた。
余談だがこの一件からクシェルに付けられたアダ名が「見えない死刑執行人(=処刑人)」やら「進撃の死神」やらでとにかく物騒。
いつクシェルの逆鱗に触れて後頭部より下、うなじを掛けてを掻っ切られたりズタズタに掻っ捌かれたりしないかと同僚達がビクビクする中、そんな事は露知らず(或いは敢えてスルー)のフィールは今日もクシェルにべったりの甘えん坊さんモードになってイチャコラつきながら休日を満喫する……。

簡単且つ簡潔にエピローグを纏めるならざっとこんな感じでしょうか。
結論:死にたくなかったらクシェルを怒らせるな関わるな近寄るな

【異世界ファンタジー】
またまた出ましたジャパニーズサブカル。
実は私が最初に知ったのはゲームの実況動画でプレイは勿論マンガも読んだ事はまだありません。今はGoogle先生とかで知識補完ですが機会があれば読んでみたいですね。
もしも将来Switchで移植されたら多分買います。
あとは今めっちゃ欲しいゲームの一つでもあるNieR:AutomataもSwitch版で販売されたら買います。
ネタバレ防止の為にちょこっとだけ主人公の2Bの声を聞きましたが、相変わらずドンピシャ過ぎるボイスに惚れ惚れ。
そして相変わらず強さと美貌を兼ね備えたキャラとボイスがマッチしてて益々好きになります(ミカサ然り、ヴァイオレット然り、エンプラ然り)。

【お客様がお望みなら、どこでも駆けつけます。自動歩兵人形サービス、エンタープライズ・アッカーマンです】
多分と言うかこれはもう絶対に勝てない。

【ピーター・パン】
クシェル大のお気に入りの作品。
因みにフィールはミュージカル映画がお気に入りで特に主題歌が好き(私も大好きです)、我が家のハー子はシンデレラを押さえて美女と野獣が一番のお気に入りです。 
何故美女と野獣なのかは、ハリポタ及びエマさんファンの皆様ならばもうお分かりですよね?

【やって来ました!ビッグ・ベン!】
終盤にして本作最大の見所。
我等が副局長様、序盤で母親と姉にクシェルとの一部始終を見られた恥ずかしさから「穴があったら入りたいぃぃぃぃ!」と叫んで窓から飛び降り「アシクビヲクジキマシター!」やった人とは思えないくらいにロマンチストな一面を見せてくれました。やる時はやる御方です。
余談ですが、色々思い返せば前編・中編の内容がアレなだけに今回だけ物凄い別の話感があった気がします。これ本当に後編なんでしょうか?(←お前が書いたんだろうがと突っ込んでくれて構いません寧ろ突っ込んでください)。


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リクエスト③.シェリー(今夜はあなたに全てを捧げます)

Xepher様から頂いたリクエスト回第3弾。
リクエスト内容は「セドリック・ルート」。
今回は【蒼黒】本編や過去に投稿してきたフィール生存世界とはまた違う、5章分岐&生存ルートで発生したパラレルワールドのIFストーリー、です。
時系列としてはホグワーツの戦いから数年後。
それぞれ闇祓いとプロのクィディッチ選手の道に進んだ二人が久々に再会し貴重な休日デートを満喫する、そんな話です(因みに今回はスペシャルゲストであの人達も登場しますよ~)。

ここだけの話、実は(更新した事はありませんが)過去に一度だけセドリックと付き合うIF展開を書いた事があり、まさかこうして再び書く日が来るとは夢にも思っていませんでしたが……同時にそういえばその時からフィールはかなりの受け体質だった事も思い出しました。
あの時は確か、天文台の塔で一度は告白を断られたセドリックが(IF世界線で生きる)フィールの本心を聞いて「押してダメなら更に押せ」精神で柄にもなく狼になって半分手を出し彼女を堕としてからの恋人関係にステップアップと言う、そんな内容だったような……。

本編や別世界で生きるクシェルとリリーが知ったら確実に「野郎、ぶっ殺してやる」精神で次元越えて今度こそバーサーカー・クシェル&クシェルJr.による死者が出ていた事はまず間違いないです(遠い眼)。


 ある日のイギリス・ロンドンの街中。

 ウェストミンスターに在るトラファルガー広場にフィールは居た。

 此処は市内中心部に位置するロンドンで一番有名な公共広場で、周辺にはバッキンガム宮殿やビッグ・ベン、ナショナル・ギャラリーなど、ロンドン主要観光地の中心でもあるこの名所は今日も沢山の観光客で賑わっている。

 派手過ぎず地味過ぎず、シンプルだけどオシャレな服装に身を包んだフィールは噴水周りに腰を下ろし、時折腕時計に視線を落としたり、周囲をキョロキョロ見回した。

 此処に居る理由は他でもない恋人・セドリックとのデートの待ち合わせ。

 現在セドリックはプロのクィディッチ選手として世界大会で大活躍する程の有名人になり、フィールもまた、ホグワーツ卒業後は期待の若手闇祓いとして激務に追われる生活を送る関係上、直接会うのは凄く久し振りだ。

 たまに両面鏡で連絡は取り合うものの、お互い多忙な身で普段は仕事やトレーニング、海外遠征や大会などで1日の大半を費やしている二人は疲労の蓄積度合いがとにかく半端じゃないから、会話もそこまで弾まない。

 故に今日と明日の貴重なオフの日くらい、仕事の事は忘れて楽しく過ごしてもいいだろう。

 特にフィールはセドリックと再会出来るこの2日間は何としてでも連休が取りたくて周囲を心配させる程に根を詰めて奔走した結果、無理が祟って1回マジでぶっ倒れてクシェル達に泣きながら叱られたのは内緒だ。

 

「ねえ、お姉さん一人?」

「スッゴい美人だよね。良かったら俺らと遊ばない?」

 

 内心ソワソワしながら待っていたら見知らぬ男達に声を掛けられた。

 何ともまあベタな展開なのと、此処に来るまでも色んな人間から注目される疲れからフィールは深いタメ息を吐く。

 

「悪いけど先約があるから。なかったとしてもアンタ等には一ミリも興味無いから。ナンパするなら他を当たって」

「まあまあ、そんな事言わずに……」

「そうそう、俺らと遊ぶ方が絶対楽しいって」

 

 軽く手を振ってあしらっても無粋な輩は一向に立ち去ろうとしない。

 ならばこっちが立ち去るかとめんどくさそうに肩を竦めて立ち上がったら、男の一人が無遠慮にも腕を掴んで引き留めてきて、イラッとしたフィールが「野郎、ぶっ飛ばしてやる」と片方の手で拳を作った時、

 

 

「俺の彼女に触るな」

 

 

 パシッ、と男の手を振り払う者が颯爽と現れた。

 聞き覚えのあるその声は、フィールが再会を待ち焦がれていた相手のそれ。

 セドリック・ディゴリーが彼女の肩を抱いて牽制するようにナンパ男達を睨み付けた。

 自分達より背の高いずば抜けたハンサムの鋭い視線と不機嫌オーラ、弾かれた手の痛みに彼らはダラダラと冷や汗が流れる。

 反対にフィールは先程まで吊り上げていた目元を和らげた。

 

「人様の女性に気安く触るのは失礼じゃないのか」

「うぐっ……」

「俺も手荒な真似はしたくない。分かったら早く行ってくれ。今、すぐに」

「ちっ……」

「くそっ……」

 

 低音ボイスでセドリックが忠告すれば、ナンパ男コンビは悔しそうに舌打ちしながらも急いで立ち去った。

 体格面で勝る他、そこいらに居る一般人とは訳が違うであろう強い男に無謀にも立ち向かう程、彼らもバカではなかったし、公衆の面前で騒ぎを起こす程非常識でもない。

 物分かりの良いモブでなければ、どちらにしろ痛い目に遭っていたのは間違いないだろう。

 セドリックがもう少し早く来なければフィールによってぶっ飛ばされ、例えフィールがぶっ飛ばさなくても彼女を愛するセドリックに逆らえば今度はこっちから制裁を喰らっていたのだから。

 

「ありがとうセドリック。助かったわ」

「掴まれた腕は?」

「痛くないわよ」

「それなら良いんだ」

 

 他の男に掴まれていた彼女の腕を摩ったセドリックは安心したように笑む。

 ホグワーツ卒業後、プロ・クィディッチ選手のシーカーになった彼は以前より少年らしさが抜けた精悍な顔立ちをしていた。

 身長もまた少し伸び、体つきも学生時代より良くなった為か、ハンサムぶりに磨きが掛かっている。

 

「改めて……久し振りねセドリック。元気にしてた?」

「元気にしてたよ。君も元気そうで良かった」

 

 ふわりと柔らかく微笑んだフィールはセドリックの胸に頬を寄せ、幸せそうに眼を閉じる。

 それだけで理性がインセンディオされたがここでは我慢と全集中でレパロし、ギュッと抱き締めたセドリックは代わりに久しく触れていなかった最愛の恋人のぬくもりと香りを己の気が済むまで堪能した。

 

「闇祓いの生活にはもう慣れたかい?」

「正式に闇祓いに就任する前から闇の魔法使いとは何度も戦闘してきたから、仕事そのものはそこまで苦じゃないわよ。強いて言えば私やハリー、ロン以外の若手が中々育たないから、その皺寄せが来て休みが滅多に取れないのが嫌ね」

 

 如何にヴォルデモートが滅び平和が訪れようと、犯罪を犯す闇の魔法使いが一人もいなくなる訳ではない。

 フィール達の代は甚大な人材不足の影響から入社希望者は全員受け入れ、闇祓いになる為の試験を課したのだが、純粋な気持ちだけで乗り越えられる程、魔法界最難関職業は甘くなく、彼女やハリー除く最終的な合格者は非常に少なかった。

 その後、闇祓い局に入ってきた後輩達も初めて目の当たりにする闇祓いの厳しい現実に心がバッキバキに折れ、泣きながら退職する者が後を絶たないのが現実だ。

 その一方でフィールとハリーは本人の資質もそうだが、何より実戦経験や死と隣り合わせの経験を一般人よりも多く積んでいた為、闇祓いはまさに天職であった。

 ロンは天賦の才を持つ彼女らに比べたら才能面では劣るものの、他ならぬ努力と根性で歯を食い縛って訓練についていき、親友二人と共に一発で試験を乗り越え、今も辞めずに働き続けている。

 

「だから、貴重な休日の今日と明日は目一杯楽しみましょう。その為にもこの1ヶ月はいつもの倍働いてきたから」

「そうだね。僕も君に会える日をずっと楽しみにしてから、予定通り今日はこうしてデートに行けて嬉しいよ」

「ふふっ……それじゃあ、出掛けましょうか」

 

 仲良く手を繋いだフィールとセドリックは歩き始める。

 二人が向かった先はオックスフォードストリート。

 年間2億人以上が訪れるヨーロッパで最も人通りが多いストリートであり、全長約2㎞の大通りにデパートやブランドショップ、レストラン、カフェなど300以上の店舗が連なる世界的に有名なショッピング街だ。

 ロンドン観光には切っても切れないオススメの人気スポット故、こちらもまた買い物客や観光客で賑わいを見せている。

 ただ歩くだけでも楽しい二人はすれ違う人達の嫉妬や羨望が混ざった熱い視線を受けながらも、此処に居る間は何処にでも居る普通のカップルとして、魔法や仕事絡みの事は一切忘れて恋人との時間(デート)を満喫する事にした。

 

「フィールは何処か行きたい所とかある?」

「特に考えてはいなかったわ。此処は色んな店舗があるから買う物には困らないし、見て回るだけでも普通に楽しいし。強いて言うなら帰る前にスーパー寄って今日と明日の分の食材を纏め買いしたいから、その時は荷物持ち手伝ってくれると嬉しいわ」

「勿論だよ。でも明日はともかく今日はデートした後に作るのは疲れない? 只でさえ最近は忙しかったのに大丈夫?」

「別に平気よ。滅多に取れない二人きりの時間を長く過ごせるんだから。せっかくなら久し振りに私の手作り料理を食べて欲しいわ」

「それなら僕も手伝うよ。二人で一緒に作って一緒に食べよう」

「ん、ありがとう」

「それじゃ、今はとりあえず適当に歩き回って気になったらその都度入店する感じでいいかな?」

 

 このようにセドリックが提案すれば、彼と同じ事を考えていたフィールは「そうしましょうか」と笑って賛成した。

 フィールが頷いたのを確認したセドリックは頬を緩ませる。

 

 

 そんな―――幸せオーラ全開でデートを始めた美男美女カップルを遠くから見守っている三つの人影があった。

 

「良い雰囲気じゃない」

「いやあ、甘いわねえ」

「まさに砂糖天国だわ」

 

 クリミア、ソフィア、アリアの姉世代トリオである。

 彼女らも今日は全員が休日で最初は三人で遊びに出掛けていたのだが、その途中、偶然にもフィールをトラファルガー広場で見掛け……。

 現在は先程のナンパ男コンビのような邪魔者を発見次第、即排除出来るよう1日限りのセドフィル見守り隊を結成し、自分達も二人の邪魔はしないよう、絶妙な距離感を保ってデートの様子を見守っていた。

 

「何だかコーヒーが欲しくなってきたわね」

「そこのカフェでコーヒー買ってきましょうか?」

「よろしく」

「当分甘い物は要らないわね」

「糖分なだけに?」

「……………」

「……………」

「ちょっと二人共! 急にシ~ンとなって真顔で黙り込むのやめてくれない!? スベったみたいで何か悲しいんだけど!?」

「あ~、え~っと……そんな事無いわ。普通に面白かったわよ、ねえクリミア?」

「え、ええ勿論。あ、アリア。コーヒー買うなら私はホットでお願いするわ」

「あら奇遇ね、私も丁度ホット買うつもりだったわ。温か……美味しいわよねホットコーヒー」

「今慌てて言い直したけど要は思いっ切りスベってるんじゃない! ハア~ごめんなさいねえ、私の寒いダジャレのせいで寒い思いさせてしまって! あ~もうっ、序でに私のもホットで注文頼むわ!」

「サイズは?」

「レギュラーで」

「ソフィアは?」

「同じヤツで!」

「かしこまり~」

 

 そんなやり取りをしつつ、テイクアウトでアリアが購入してくれたホットコーヒーを片手に三人は話し合う。

 

「私の中のシスコン本能が告げてきた私には分かる。あのナンパ男達の他にもちょっかいを出してくる連中(バカ)は今後も出てくると。だから見付け次第、迅速に対処するわよ」

「貴女がそこまで断言するのなら間違いないわね」

「最早自分はシスコンですって堂々と明言してるけど敢えてスルーするわ。事実だから」

「ソフィア、アリア。くれぐれも二人には気付かれないようにね」

「貴女にだけは言われたくないわ」

「そうそう。詰まるところこの三人の中で一番ヤバくて危なっかしいのはクリミアなんだから。現にさっきももう少しセドリックが来るの遅れていたら危うく飛び出すところだったんだし」

「私達が抑えていなかったらフィールがボコる以上に酷い目に遭ってたわよ、あの二人組」

「ボーイフレンドでも何でもない不逞な輩が私の妹に気安く触るのが悪いのよ」

 

 いつもならここら辺で「善処するわ」と言いそうなのだが、「あのナンパ男達が悪い」とバッサリ切り捨てたクリミアの眼が据わった顔に「あ~……」とソフィアとアリアは苦笑する。

 

「クリミアの眼……完全に年頃の娘を持つ父親のそれね」

「ぶっちゃけクリミアって、彼女を家族として愛してるのかそれとも別の意味で愛してるのか、たまに分からなくなるわ」

「或いはその両方だったりして」

「……何か私、パラレルワールドのクリミアが犯罪者レベルのヤバい人間になっていないか、そろそろ本気で心配になってきたわ」

「そんな事……ないとは言い切れないわね」

「フィールと過ごした時間が一番長い且つ、フィールのご両親とお姉さんが亡くなってから数年前まで基本的に二人暮らしだったから、距離感が近過ぎて無意識に愛情の境界線があやふやになってるのかもね」

「所謂ヤンデレと言うヤツかしら?」

「またの名をクシェル化現象とも言う」

「いや寧ろその逆でクシェルはクリミアの妹ラブ(ウィルス)に感染してああなったんじゃ……?」

「何そのゾンビに噛まれたら新たなゾンビになるゾンビ映画あるあるの展開は」

「私達もその内感染してクシェル並みにあの子にメロメロになったりして」

「今でも十分妹のように可愛がってるのにあのクシェルと同レベになったらどうするのよ」

「その時はクリミアに責任転嫁と言う事で」

 

 このように違う世界線のクリミアが妹ラブ過ぎて危険人物になっていないかなど、つい心配になってしまったソフィアとアリアがヒソヒソと冗談混じりに会話していたら、

 

「そこ二人! 聞こえてるわよ!」

 

 親友二人からの散々な言われように平時は優しい目元を吊り上げ、色んな意味で顔を真っ赤にさせたクリミアによる強烈なデコピンを喰らった。

 

「幾らシスコンでも私があの子に手を出す訳ないでしょう!?」

「てか妹ラブ菌って何!? 人をゾンビ呼ばわりしてるんじゃないわよ?!」

 

 器用に小声で怒鳴るちょっとした離れ業を披露した彼女をソフィアとアリアは痛む額を摩りつつ、「ごめんごめん」と半ばからかうように笑いながら軽い感じで謝る。

 その二人もまた、この人混みの中+デート中とは言え、気配察知に長けたフィールでさえ気付かない程に己の気配を周囲と上手く同化させた上でコントしながら適度な距離感をキープし続けると言う、地味に凄い芸当をさらっとやってのけていた。

 

「お喋りはこの辺にして……二人共。早速獲物を見付けたわよ」

 

 見れば、少し離れた先に広場でフィールに声を掛けたナンパ男コンビとは違う男二人組が彼女を熱い眼差しで見つめていた。

 

「なあ、あの黒髪の女の人、めっちゃ美人じゃね? モデルかスターかな?」

「でもあんな人、雑誌やテレビで見た事ないぜ。せっかくの美貌なのに勿体無いよな」

「俺、思い切ってアタックしてこようかな」

「でも隣のハンサムなヤツ、絶対彼氏だろ? やめといた方が身の為じゃないか?」

「いや、ワンチャン兄妹の可能性もあるからここは勇気を出して―――」

 

 二人の内、一人が一縷の望みを掛けて一歩を踏み出した瞬間。

 

 

「は~い、そこのイケてるお兄さん。何処へ行くつもりかしら?」

 

 

 ガシッ、と肩を掴まれ、振り向けばそこにはとてもとても素晴らしい笑顔を浮かべ、しかしその実眼は完全にハンターのそれになっているクリミアが高速移動で男達の背後に立っていた。

 その両脇にはソフィアとアリアが居て、何故かは知らないが本能的に危機感を覚えた男達が固まっていると、スン……と急に真顔になったクリミアが口を開く。

 

「見て分からない? あの子、今デート中なのよ。久し振りに再会した恋人と滅多に無い楽しい時間を過ごしてるのに、そこへ貴方達部外者が割り込んで邪魔しようなら許さないわよ」

「な、何なんだよお前はっ」

「通りすがりのあの子の姉よ」

「でもって私達は姉2と3」

「悪い事は言わないわ。お連れの方が言ってたようにあの子にナンパするのはやめといた方が身の為よ」

「私達も出来れば大事にはしたくないのよね。だからナンパは諦めて大人しく何処かへ行くのなら何もしないわ。ただしノーと答えれば……分かるわよね?」

 

 スッと細められたクリミアの暗殺者のような眼光を捉えた瞬間、何故かは知らないが男達はデジャブを感じ、本能が逆らったら絶対アカンヤツだと、早く逃げろと心身に警鐘が鳴らされた。

 

「理解したのなら3秒以内にハイかイエスで答えなさい」

 

 それ、どっちも拒否権なくない?

 と、ソフィアとアリアが心の中でツッコミを入れた瞬間、

 

「は、はいいいいぃぃぃぃッ!!」

 

 地獄へのカウントダウンを言い渡された男達は形振り構わずダッシュで逃げ去った。

 男達には分かる。

 ノーと返答したら確実に三人……特に真ん中の女性からボッコボコにされていたと、危機本能中の危機本能が全力でそう告げてきた。

 だからこそ全速力で逃げる。生き延びる為に。

 

 観光客や買い物客が何事かと混乱した様子で疾走する男達の背中を見送る中、クリミアは効果音が付きそうな程のドヤ顔で腕組みしながら勝ち誇った笑みを浮かべ、そんな彼女の満足そうな表情にマブ二人は顔を見合わせ、

 

「クリミアのあの笑顔……まさしくヴィランね」

「これがマグル界なら今頃は主人公(ヒーロー)より人気が高い女性悪役に定評のある女優(スター)になってそう」

「何か今、セクシーな衣装に身を包んだクリミアが四つん這いになった人間椅子の背中に足を組んで座って『女王様とお呼び!』と鞭を片手に決めセリフ言ったり、ボロボロになって完全敗北した勇者を前に蠱惑的な笑顔で見下す様が脳内映像で頭に流れてきたんだけど」

「何その過激描写が売りのSM映画に出てきそうな際どい演出は」

「おっとりした癒し系に見せ掛けてその実裏では夜のクラブのお姉さんの顔を持つ隠れドSの女王様ね」

「あれ今ならクリミア、それ系の映画に出演すれば大ヒットして今より儲かるんじゃないのかしら?」

 

 シスコンゾンビからのヴィラン女王にシフトチェンジして冗談を交えた話題で盛り上がっていたら、

 

「だからそこ二人! 聞こえてるわよ!」

 

 本日二度目の強烈なデコピンを受けた。

 

「貴女達、さっきから黙って聞いてればゾンビだのヴィランだの女王様だの好き勝手言いまくって……。そこまで言うのなら後でお望み通り、ゾンビになり切って首筋に噛み付くか、女王様(ヴィラン)を演じて鞭で打ってあげてもよろしくてよ?」

 

 半分は冗談、もう半分は割りと本気でクリミアはとびきりの笑顔を浮かべて見せる。

 しかしその実二人を見据える眼は8割方マジのヤツだった。

 

「だからそれ、どっちも拒否権なくない?」

「悪かった、からかい過ぎたのは謝るから」

「問答無用。どうせまた後で弄ってくるのは分かってるのよ」

「「あっ、やっぱりバレた?」」

「よし貴女達、帰ったら覚悟しなさい。躊躇い無く『女王様』と言えるくらいみっちり躾てあげるから。ああ、お望みなら貴女方の好みに合わせた衣装に着替えた上で心身に叩き込んでもいいわよ?」

 

 誰よ学生時代彼女を温厚篤実な寮(ハッフルパフ)に送り込んだバカは。

 そいつのせいで10年程前のハッフルパフ寮は彼女によって制圧され、全員が調教済みで「女王様!」「もっと叩いてください!」と恍惚とした表情で崇める、そんな正しく忠実なハッフルパフのハの字も掠めない光景が目に浮かんだ二人は、例えそれが想像であっても「ハハッ……」と乾いた笑みを浮かべる。

 とは言えクリミアをとことん弄り倒すのはこれからもやめないのがソフィアとアリアで、柄にもなくクリミアがこうした冗談にノリ良く付き合うのも、フィール達家族でさえ知らない素の一面を見せられるのも、気心知れた彼女達が相手だからこそだ。

 

 今も昔もクリミアが姉や模範生としてではなく一個人として本音でバカ言い合えるマブはただ二人、ソフィアとアリアだけである。

 

✡️

 

 一方、姉世代トリオが陰で邪魔者達を排除してくれている事は露程も知らないフィールとセドリックは彼女らの努力の甲斐もあってデートを満喫した。

 はぐれないように手は握ったまま、色んな店でショッピングを楽しんだり、昼にはカフェのテラス席で一息ついたり、普段滅多に会えない分、貴重なお出掛け時間を大事にして過ごしていたのだが、何処に行ってもやっかみを受けてしまうのは美形の恋人を持つ身としての宿命で。

 

「ちょっとあんた、いいかしら?」

 

 現在、最後にスーパーに寄って帰る前に化粧室に来ていたフィールは同い年くらいの女性数人に引き留められていた。

 全員が流行りの服に身を包んで髪型も服装と同じくオシャレにセットし、バッチリ化粧も決めている。

 顔立ちも決して悪くないのだが、偉そうに腕組みし、威圧感を出してこちらを睨んでくるせいか、せっかくの可愛らしさが台無しであった。

 そんな彼女らが何を言ってくるのか、粗方予想がついてるフィールは眼を細める。

 

「……何の用?」

「あんた、さっきまで一緒に居たハンサムとはどういう関係なの?」

「訊いたところでどうするの? 初対面の貴女方には関係無くない?」

 

 質問に対する質問での返答。

 女性達は集団でも一切動じないフィールの態度にカチンと来た。

 

「正直に答えない。彼とはどういう関係なのよ。家族? それとも恋人?」

 

 本当にめんどくさいヤツ等だな、とタメ息を吐いたフィールが「恋人だと言ったらどうなのよ?」と若干イラついたトーンで問い掛ければ、

 

「私達、あんたに彼のガールフレンドは似合わないと思うのよね」

 

 真ん中に居たリーダー格と思わしき女性がズバリそう言った。

 他の女性達も「そうよね」「どう考えたって不釣り合いだし」とウンウンと頷く。

 またか、とフィールは何度目か分からない手合いに肩を竦めた。

 彼女はその容姿から異性にナンパされる程だが、同時に同性からはセドリックと言うハイスペック彼氏を持ってる事と相まって妬み嫉みを買いやすい為、こうしたやっかみを受ける事も屡々だ。これが初めてではない。

 

「悪いけど、その手の話には一切興味ないのよね。私は私の事を大切に想ってくれる素敵で誠実な男の恋人で幸せだから。見ず知らずの人間にどうこう言われて悩んだりする程、私も今は後ろ向きじゃないし、惚れた男を手放す気は更々無い。てか、いつも思うのだけれど……わざわざ追い掛けてまでそんなくだらない事を言ってくるなんて、よっぽどの暇人なのね、貴女方や歴代のストーカーズは」

 

 じゃ、またね、と言いたい事だけ言ってさっさと歩き出したフィールは、最早慣れた様子で女性達には目もくれずに後ろ向きで手を振りながら化粧室を後にし、購入したショップ袋を持って待ってくれていたセドリックの元へ行く。

 

「ごめんなさいセドリック。遅れてしまって」

「僕は全然大丈夫だけど……何かあったのかい?」

「別に大した事じゃないわ。少し混んでただけだから」

 

 微笑して適当に誤魔化したフィールは「持っててくれてありがとう」と自分の荷物を受け取る。

 眼を細めたセドリックは「そうか」と頷いて特に詮索はしなかったが、彼女の言葉が嘘である事くらい彼にはお見通しだった。

 しかしここでそれを口にしてしまえば、楽しい気分のままデートを終えたいと言う彼女の気遣いを無駄にしてしまう。

 その事を理解しているからこそ、セドリックは敢えて今は何も言わずに彼女の嘘に付き合った。

 

 

 その頃、悪口言われても全く気にしない様子で颯爽と立ち去ったフィールに女性達は地団駄を踏んでいた。

 

「何よ、何よ。あの女、ちょっと顔が良いからって調子乗って……」

「こうなったら何としてでもあの女から奪ってや―――」

 

 故に気付かない。気付いていない。

 彼女らの背後に、獲物を見付けた肉食動物の如く獰猛な輝きを以て見据える女が立っている事にも気付かずに。

 

 

「は~い、そこの綺麗なお姉さん達。面白い話をしてるわねえ。その話、私も混ぜてもっと詳しく聞かせてくれないかしら?」

 

 

 ビクゥッ! と女性達は揃って全身を震わせた。

 聞く者の芯まで凍り付かせる、そんな響きを孕んだ冷たい声音。

 本当は振り向きたくないが、振り向かなければ却って何をされるか分からない。

 油の効いていないブリキ人形のようにぎこちない首の動かし方で恐る恐る振り返って見れば、紛う事無き姉世代トリオ……もっと言えばクリミアがうっすらとこめかみに青筋を立ててとても素晴らしい怖い笑顔で見下ろしていた。

 

「迂闊だったわ。まさか帰る直前になってあの子に絡む連中が現れるなんて……。デート中にナンパを仕掛けようとするバカがいるなら、化粧室に追い掛けてまで突っ掛かるバカがいる事も頭に入れておくべきだったわね。ああもうっ、タイムターナーがあったら今すぐ数分前に戻って過去の自分をぶん殴りたいわ」

「さあそろそろ私達も帰りましょうかって時に急にクリミアがUターンするものだからビックリしたけど……貴女さては人間ではないわね?」

「1マイル先のあの子の悪口を聞き逃さない私の聴力を舐めるんじゃないわよ」

「貴女は何処の伝説騎士団団長ですか?」

 

 冗談を交わす彼女らの顔は笑っているのにその眼は一切笑っていない。

 それが恐ろしくて女性達は冷や汗ダラダラ、身体はガクガクブルブルの人間バイブレーター状態に陥っていた。

 何処ぞのクローゼットの中に隠れてガタガタ震えてガタガタ言っているマナーモード人間と良い勝負である。

 

「さぁて、お姉さん方。今私、何処かの誰かさん達のせいでスッッッゴく気が昂っているのよねえ。だから……どうか鎮めさせてくれるかしら?」

 

 ―――あ、これ終わったな。

 本日最後にして最大のクリミアの暗殺者の如きマジの視線を見た瞬間、ソフィアとアリア、そして女性達が遠い眼になったのと同じタイミングで彼女の笑顔にヴィラン味が更に増した。

 

✡️

 

 デートを終え、ベルンカステル城に帰って来たフィールとセドリックは二人で作った夕食を食べて入浴を済ませると前者の自室で寛いでいた。

 

「今日はありがとう。予定通りデートも出来て、一緒に夕食も作ったりしてとても楽しかったわ」

「僕も久し振りにフィールと出掛けられて凄い楽しかったよ」

 

 正確にはベッドに座った状態で後ろから包み込まれる形でセドリックに抱き締められ、フィールは己の体重を預ける形でもたれ掛かっていた。

 二人は暫く今日のデートの話題で花を咲かせていたのだが、「あのさ」とタイミングを見計らってセドリックが気になってた事を尋ねる。

 

「帰る前に寄った化粧室で戻って来るのが遅かった理由……本当は混雑していたからじゃないだろ?」

「あ~……やっぱりバレた?」

「まあね。あの時はデート中だったから敢えて口には出さなかったけど……今回は何を言われた?」

「いつもと大して変わらないわ。私にセドリックの恋人は似合わないとか不釣り合いとか、そういうセリフばっかり」

「その人達には何か言い返したのか?」

「勿論。『私は私の事を大切に想ってくれる素敵で誠実な男の恋人で幸せ』だってね。あとは『惚れた男を手放す気は更々無い』とも」

 

 その言葉にセドリックは嬉しそうにフィールを抱き締める腕に力を加える。尻尾が付いていたらブンブン振ってそうな様子に彼女は笑った。

 

「……フィールがそう言ってくれるようになって本当に嬉しいよ」

「昔の私であればここらで自虐的な事を言ってただろうから?」

「否定はしない……かな。まあ、昔と今では状況が全然違うけどさ」

「今となってはこうしてヴォルデモートの脅威に怯える必要が無くなって、平穏な生活を送れるとは思ってもいなかったしね。当時はセドリックとの交際もセドリックのご家族……もっと言えばエイモスさんには物凄い反対されたし、ヴォルデモート陣営が壊滅した後も私が闇祓いになると聞いた時はあまり良い顔はしなかったし」

 

 セドリックの父・エイモスは良くも悪くも息子を溺愛する子煩悩な親だ。

 故にヴォルデモートが猛威を振るっていた時期はフィールとの交際を猛反対したのだが、当時フィールはハリーと並んで闇陣営から狙われていた身。

 その彼女の恋人ともなれば無関係の息子まで目を付けられるのではないかと心配するのは親として当然だから無理もなかった。

 ヴォルデモートが滅んだ後は以前のように全面的に否定はしないものの、今は職業柄、犯罪者から恨みを買いやすい立場にいるから、それはそれで息子にまで危害が及ぶのではないかと懸念している。

 母親の方は「息子が選んだ女性ならそれ相応の人なんでしよう」と当初から夫程反対はせず後押ししてくれたが、エイモスの方は今でもアスリートである息子の恋人ならそれに相応しい女性として付き合って欲しい、と自身が理想とする「自慢の息子のパートナー」を望んでいるのは否定出来ない。

 その内心では、殉職率が高い闇祓いに就いているフィールが明日にでも任務で死んでしまってセドリックに悲しい思いはさせて欲しくない、彼女自身殉職とまでは行かずとも後遺症が残る身体になって欲しくない、と言うエイモスなりの心配の念があるのだが、何分今まで猛反対していた負い目もあって素直に伝えられずにいた。

 

「フィールは今後も闇祓いを続けるのかい?」

「若手ベテラン含めた闇祓いが数少ない以上、現時点ではそう簡単に辞められないからもう暫くは続けるつもり。主戦力となる魔法使いの殆どは前の戦いで死んでしまったし、今は私達がこの国の秩序と平和を守らないとダメだから」

 

 でもある程度人数が増えたら国際スポーツ大会を主としたイベント警備に部署異動して、そういう意味でセドリックのサポートに専念したいと考えてるわ、とフィールは言う。

 

「そっちの方が今より会う機会も増えるし、何より大好きな恋人が活躍している大会を陰ながら支えているのだと思うと……何かあった時にはすぐ駆け付けられて傍で守れるのだと思うと、これ以上無いくらいに遣り甲斐を感じられ―――」

 

 そこでフィールの言葉は途切れた。

 彼女の言葉が嬉しいあまり、喜びが抑え切れなくなったセドリックが不意打ちで口付けをしてきたからだ。

 一瞬眼を見開いたフィールだったが、すぐに眼を閉じキスを受け入れる。

 軈て気が済んだセドリックはゆっくりと唇を離すと改めて愛する彼女を優しく抱擁した。

 

「……ありがとうフィール。フィールの恋人になれて心の底から良かったって思うよ。もう絶対幸せにするから。何があっても手離さないから」

「今でも十分過ぎるくらい幸せだし、そういうのはどちらか一方だけがするんじゃなくてお互いに築いていくものでしょう? 私はあなたと共に幸せになりたいのよ、セドリック」

 

 あれ僕は今夢を見てるのかな?

 と、思わず錯覚する程にふわふわとした幸福感に満たされたセドリックの気の抜けた隙に、体勢を変えたフィールは前に全体重を掛けて自分より大きく逞しい身体を押し倒す。

 

「……フィール……?」

 

 ギシッ……とスプリングの軋む音が静かに響き、ベッドに身体が深く沈む。

 驚きでセドリックが眼を見張ると、先程のキスで熱くなった頬を更に紅くさせたフィールのトロンと熱で潤んだ蒼い瞳が、穏やかで落ち着いた色合いのグレーの瞳を捉えた。

 

「……先に仕掛けてきたのはそっちだし、私自身、もうそろそろ我慢出来ないから。たまには……私の方から、あなたを愛し尽くしてもいいでしょう?」

 

 その分、後で私の事も同じくらい愛し尽くしてくれたら嬉しい……とフィールが恥ずかしそうにしながらもそうお願いすれば、愛くるしい彼女の悩ましげな表情や甘く掠れた声にセドリックは今日一番理性がボンバーダ・マキシマされた。

 

「今夜はあなたに全てを捧げるから。あなたの望むもの、全部あげるから。私にあなたを感じさせて。……私の事、最後まで愛し尽くして」

「勿論。……愛してる、フィール」

「……私もよ、セドリック」

 

 互いに愛の言葉を交わし、服を脱いだ二人は再び唇を重ね、手始めに深いキスを堪能する。

 

 愛する人から受けるぬくもりと愛情は、これ以上無いくらいに互いの身も心も幸せな気分で満たしてくれた。

 

✡️

 

 その頃、フィールに絡んでいたマグルの女性達はあの後どうなったかと言うと、

 

「待ちなさいっ、あの子の幸せをぶち壊しにするような輩は許さないわよ!! 逃げようたってそうはいかないんだから観念して大人しくやられなさい!!!」

「いやぁああああああああああああッ!! ご、ごめんなさぃいいいいいいいいいいいッ!!」

「あ~あ……おマヌケさん達、完全に怒らせてはいけない人を怒らせてしまったわねえ」

「これ端から見たらまさしく補食対象の新鮮な肉を求めて追い掛けるゾンビじゃない?」

「ねえソフィア、私達いつの間にゾンビ映画に出演してたのかしら。何処かその辺にカメラマンでもいた?」

「いやカメラマンはきっと私達の走るスピードについていけなくてへばってるに違いないわ」

「あら残念、どうせなら後でギャラ貰いたかったのに。それにしてもついてない子達よね。他人のイケメン彼氏を奪おうと目論んだらリアル鬼ごっこを体験する羽目になったんだから。ま、自業自得ね」

「超ド級の妹ラブなシスコンゾンビさんにターゲットロックオンされたからには彼女の視界から消えない限りどこまでも追い掛けてくるから、死にたくなければ全力で逃げなさ~い」

 

 ある者は怒り、ある者は呆れ、またある者は笑いながらゾンビの如く執拗に迫る姉世代トリオの猛追から泣き叫んで死ぬ気で逃げ回っていた。




【別世界のクシェルとリリーの反応】
クシェル「アァアアアアアア!! ディゴリーめ!! ディゴリーめ!! ディゴリーめぇええええ!!!」
リリー「クシェルさん!! 今すぐ全ての次元のセドリック・ディゴリーを一人残らず駆逐しに行きますよ!!」
クシェル「言われなくても分かってるわボケぇ!! 何処ぞのシューティングスターの如く全員撃ち堕としてくれるわ!!」
ハーミー「ギャアアアアア!! マズいわ今世紀最恐のコンビが最悪のタッグを組んでしまったわよ!!」
ロン「もうダメだぁ! この世の終わりだぁ!」
ハリー「セドリック逃げて! 超逃げて! ウルトラスーパーベリベリ逃げて!」

【姉世代トリオ大集合】
さらっと登場したけど本編では戦死したソフィアとアリアもこの世界では存命。
IF世界線とは言え生きてる状態で三人揃って登場したのは#114以来……実に約3年ぶりです。

【クリミア「女王様とお呼び!」】
この時私の頭に浮かんでいたヴィラン・クリミアのイメージはゼルダ無双のシア。

【エイモス・ディゴリー】
個人的にセドリックと交際、結婚となればセドリック本人に問題は無くても破談したり離婚するタイプで、その原因は姑より舅となりそう。
セドリックとお付き合いとなればあの息子溺愛系父親に認められないといけないのは避けては通れない道だろうし、息子が変な女に騙されてないかちょ~~~厳しく審査してきそうだし。
セドリックが味方になってくれたらいいけど良くも悪くも優しいから強く反発は出来ないだろうし、最初は認めて貰う為に努力を重ねても何かと理由付けてはダメ出し喰らってその内頑張る事に疲れてしまうと言うか、認めて貰う事そのものに意味を成さなくなって「何かもう、いっかなって」となりそう。

【今夜はあなたに全てを捧げます】
たまにはフィールの方が攻め体質で積極的な所を書きたいと思い、最終的に落ち着いたカクテル言葉もといサブタイトルとなったカクテルがシェリー。
クシェルの時とはまた違うフィールを魅せる事が出来たら嬉しい限りです。


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リクエスト④.ブラッディ・メアリー(断固として勝つ)

ライト様から頂いたリクエスト回第4弾。
リクエスト内容は「姉世代トリオの雪合戦」。
ここ最近色々あって昨日のクリスマスまでに更新間に合いませんでした……すみません。
それでは1日遅れましたが、Survivorサンタからのクリスマスプレゼント、どうぞお受け取りください。
読者の皆様、ハッピーメリークリスマス!


 雪合戦。

 そう聞けばシンプルに雪を丸めて投げ合うのを想像するのが一般的……なのだが、これに魔法が絡めば最早マグル式とは程遠いガチのバトルになるのが決闘大好き魔法族のあるあるで。

 

「っしゃー! 気合い入れていくわよ!」

「試合前の運動部のティーンズみたいな掛け声ね」

「これが運動会だったら学ラン着て応援団の団長務めてそうだわ」

 

 よく晴れた空の下、きっちり防寒具を着込んだ姉世代トリオは辺り一面白銀の世界となっている森の中に居た。

 ウォーミングアップを終え、身体を解した三人は不敵な笑顔を浮かべて見せる。

 今日は前々から約束していた雪合戦の為に集まっていた。

 

「それじゃあ、最後にルール確認よ」

 

 今回は2対1のターゲットとハンターに分かれた追走劇形式の対戦でソフィアとアリアは逃げる者、クリミアが二人を狩る者だ。

 前者の勝利条件は制限時間(=1時間)までにどちらか一人でも逃げ切るorハンターを2回攻撃する事、敗北条件は制限時間以内に両者が脱落する事。

 後者の勝利条件は制限時間以内にターゲット二名にそれぞれ一撃を与える事、敗北条件は二人を撃破出来ずに制限時間を超過or2回攻撃を喰らう事。

 使用して良い魔法及び攻撃手段は雪合戦の名目に従って雪や氷に関係するものだけであり、ルールを破った場合、その時点で違反者の反則負けとする。

 

「―――とまあ、大体こんな感じかしら。何か他に気になる事はある?」

「気になる事ねえ……。あ、そういえば私達の内、撃破された人は戦闘不能って扱いになるの?」

「いや、あくまで制限時間までにどちらか一人でも生き残れば貴女達の勝ちだから、相方が生き延びてる限りは攻撃するなり逃走するなり自由にしなさい」

「なるほど。相方の役に立つべくハンターを撃破するか、若しくは相方の盾になるかはその時の自分の判断次第って事ね」

「それともう一つ。私達が両面鏡で連絡を取り合うのはダメかしら?」

「いいわよ。私の方も撃破次第連絡するから」

「分かったわ。あと他に訊きたい事はないわね?」

「ええ、ないわ」

「よし。それじゃ、今から10分後に雪合戦スタートよ!」

「私達ターゲットが逃げ切るか、ハンター・クリミアがターゲットを狩るのが先か、見物ね」

「ではまた会いましょう」

「「「散開!」」」

 

 その言葉を最後に三人はそれぞれ別方向へ姿を眩まし……クリミアとアリアと別れたソフィアは集合場所から遠く離れた場所、一際大きい樹木の下に背を預け、早速両面鏡を取り出した。

 

「あ~こちらソフィア。応答お願いします」

『はいはーい、聞こえてるわよ~』

 

 アリアと対の両面鏡に向かって呼び掛ければ、彼女はすぐに応答してくれた。

 

「単刀直入に訊くけど、アリアは今のところこの雪合戦どう乗り切る予定?」

『制限時間まで逃げ延びるか、クリミアに2回攻撃を与えれば勝ちなんでしょう? 後者はともかく前者に徹すれば案外勝ち目はあるんじゃない?』

「う~ん、果たしてそう上手くいくかしら……」

『敵対する方がよっぽど勝ち目は薄くない? 1回くらいならタッグを組めばワンチャンあったけど、正直2回以上は厳しいわよ。何せ相手は元女子首席(ヘッドガール)で私達のお師匠様なのよ? だったらここは逃げるが勝ちよ』

 

 学生時代、クシェルやダフネを鍛え上げたのがフィールであるように、ソフィアとアリアを魔改造したのはクリミアだ。

 今でこそ足手纏いにならないくらいに決闘の腕は上がったものの、成人した今も三人の中で一番強いのはクリミアである事に変わりはない。

 

「もしエンカウントしたらどうするの?」

『その時は全速力で逃げるわ。下手に対峙する方が無謀だもの。一番ベストなのは一度も見つからずに制限時間が過ぎて勝利する事だけど……逆にソフィアはどうするつもりなの?』

「私? 私は貴女が嫌でなければ互いの死角をカバーする形で一緒に行動するのもアリかな~と考えているわ。その分見つかったら一気にやられるリスクも高いけど」

『そうなのよねえ……。二人で行動すればどちらか一人が片方を逃がす事に専念出来るけど、その前に二人同時にやられる可能性大なのよね』

「どうするアリア? 最初は別行動で少しでもクリミアを疲弊させる作戦で行く?」

『そうね……。二人で行動するのはどちらかが攻撃を受けた時にして、今はそれぞれ単独でどうにか頑張りましょうか』

「了解。じゃ、またね。健闘を祈るわ」

『ソフィアもね』

 

 アリアとの連絡を切り、両面鏡を仕舞ったソフィアは一つ息を吐く。

 クリミアの強さは何度も彼女と杖を交えた事のあるソフィアがよく知っている。

 だからこそ一番確実な勝利方法は逃走で、勝つなら不利な戦闘は極力控えるべきと言う理性とは別に、1回でいいからクリミアに一撃を与えたいと言う個人の感情が入り雑じり、複雑な心境であった。

 

(ま、今はアリアとチームを組んでるし……私だけ撃破されたら、その時は何も気にせずクリミアと対戦すればいいわよね。どうせ逃げたところでその頃には既に無意味だし)

 

 自分の中でそう結論付けたソフィアが腕時計を見れば、もうすぐ10分が経過しようとしていた。

 とりあえず暫くは此処で過ごそう、と決めた彼女は無意識に杖を握り締める手に力を加えるのだった。

 

❄️

 

「10分経過……さて、狩りの時間ね」

 

 散開してから10分後、魔法界式雪合戦がスタートした。

 ハンター役のクリミアは杖を振るって氷魔法の応用で妹の守護霊と同じ姿をした大きな狼を作り出し、その背中に跨がる。

 氷の狼はクリミアを背に乗せると雪で覆われた森の中を駆け出した。

 普通に移動するよりも早いスピードで景色が変わっていき、冷たい空気が頬を撫でる。

 広い森の中を隈無く探索したクリミアは軈て視界の隅に人影を発見して狼にストップを掛け、身体ごとそっちに向けて見れば、ソフィアが眼を丸くしてこちらを凝視していた。

 

「はーい、獲物一人発見~」

「だぁーっ! そんなのアリ!? ズルくない!?」

「ズルくないわよ。氷魔法で作った狼なんだから」

「ハイハイ分かってますよ!」

 

 まさかこんなにも早く見付かるとは思わなかったソフィアは一瞬「ガッデム!」と内心叫びつつ、油断無く杖を構えてクリミアを見据える。

 狼から飛び降りたクリミアもすぐには手出しせず、しかしソフィアから視線は外さずにジリジリと迫り……。

 ドスンッ、と何処からか木の枝に積もっていた雪が落ちる音が聞こえた瞬間、最初にクリミアが雪玉や氷弾をソフィア目掛けて撃ちまくり、先手を打たれた彼女も慌てず落ち着いて樹木の裏に回り込み、難を逃れた。

 

(ハア~……参ったわねえ。このまま逃げ出しても狼に乗ったクリミアに追い付かれてやられるのがオチだし……流石にこんな早くに一撃喰らったらアリアに迷惑よね。ここはどうにかして耐え凌ぐしかないわ)

 

 ベストなのはクリミアに一発お見舞いするか、若しくは逃げ切る事だが現状を考えればどちらも難しい。

 ならば少しでも長い間、クリミアを此処に食い止めて時間を稼ぐ。

 それが今の自分に出来る最大限の行動だと決心したソフィアは気持ちを切り替え、周辺の雪を利用してアナグマや鹿、キツネなどの動物を大量量産する。

 

「行きなさい!」

 

 ソフィアの命を受けた雪アナグマ達は一斉に飛び出し、クリミアに襲い掛かった。

 その間にもソフィアはクリミアの周辺に生えている木に積もった雪を氷柱に変え、反撃のチャンスを与えないよう奮闘する。

 隙を見て逃げるかと思いきや、陽動作戦なのか数多の動物達が牙を剥いて集団襲撃してきて、更には氷柱が降り注いでくるものだから、意表を突かれたクリミアは「これは予想外」と呟きつつ、横っ飛びで地面を転がって氷柱を上手く回避し、口笛を吹いて狼を呼ぶ。

 そして走り寄ってきた狼に急いで飛び乗ると、器用に残りの氷柱を避けながら狩人よろしく氷の矢や槍で雪アナグマ達を次々と仕留め、粉砕していった。

 

「貴女その気になれば自給自足の生活出来るんじゃないの?」

「それはどうも。あ、今ので思い付いたのだけれど、夏になったら今度は無人島でサバイバルゲームしましょうか?」

「遠慮しておくわ」

「あら、つれないわね」

「おあいにく様、ジャングルでサバイブする自信が無いのよ私は。どう考えても無理ゲーでしょ」

 

 軽口を叩き合いながらも両者は杖を振るうのを止めない。

 これが一般の魔法使いであればとっくに決着が付いていたが、未だに一撃を貰わずに粘り続けられるのは嘗て学年首席と次席に相応しい優秀な成績を修め、且つ互いに互いの技量を熟知しているからこそだ。

 あとは此処が森と言うのも一つの理由だろう。

 これが視界を遮り合戦の妨げにも防塞にもなる物が何も無い平坦な地だった場合、今より軍配が上がっていたのはクリミアだったから圧倒的に彼女が有利だったのは言うまでもない。

 その後も二人は腕時計を見る暇も無く攻防と逃走と追走を繰り返し、時間だけがどんどん過ぎていく。

 

「それにしてもソフィアも強くなったわよね」

「嫌味のつもりかしら?」

「失礼ね、純粋に褒めてるわよ」

 

 どれだけ信用無いのよ私、とわざとらしく肩を竦めるクリミアの氷狼に対抗するべく生み出したソフィアの雪ライオンが一人と一匹に向かって突進する。

 臆する事無く真っ直ぐ見据えたクリミアは衝突寸前、ジャストタイミングで高くジャンプ、身体を縦に一回転させるのと同時に氷の剣を生成し、斬りかかった。

 落下による加速度と回転の勢いが重なった剣の凄まじい衝撃を、ソフィアは同じく空気中の水分を凝固させて早業で作った氷の剣で受け止める。

 

「頑張れ私、負けるな私……!」

 

 身を屈め、片膝をつき、どうにか踏ん張ったソフィアは己を鼓舞する。

 フッと微笑んだクリミアはがら空きになっている彼女の側面に強烈な蹴りを入れ、ろくに受け身を取れなかったソフィアはボスッと音を立てて身体が雪の中に埋まった。

 

「しまった―――!」

「貰った」

 

 時既に遅し。

 ソフィアが体勢を立て直した頃には目の鼻の先にいたクリミアがニヤリと笑っていて、雪玉を顔面に押し付けられた。

 ハンター・クリミアの先制点だ。

 

「ふぅ……やっと一人倒せたわ。思ったより時間が掛かってしまったけど、残り時間はまだあるし、まあ何とかなるでしょ―――」

 

 

 

 

 

「はーいそのセリフはフラグよクリミア~」

 

 

 

 

 

 何処からかアリアの声がクリミアとソフィアの耳に入る。

 二人がハッとした時、ドスンッッッッッ!!! と物凄い音が辺りに響き渡った。

 音の正体は、クリミアとソフィアの頭上から飛び降りてきたアリアによって大量の雪が雪崩のように地面に激しく叩き付けられるものであった。

 ホワイトアウトに見舞われ、身の危険を感じて反射的に回避したクリミアは視界が遮られた事と休み無しにずっと動き回った疲労感から硬直し……。

 着地後、すぐに走り出したアリアはポケットに忍ばせていた雪玉を彼女の身体に思い切り叩き付けた。

 

「!!」

「知らない? 狩りは獲物を狩った瞬間が一番危険なのよ、ハンターさん?」

「ああもう……すっかり油断したわ」

 

 少しずつホワイトアウトが収まり、暫くして視界がクリアになる。

 アリアの背後で眼を見開くソフィアの視線の先には、クリミアの防寒着に雪玉が叩き付けられた事を証明する白い跡が付着していた。

 疲れたようにタメ息を吐き苦笑したクリミアは「一旦タイムアウトにしましょう」と言って冷たく白い地面に寝転がる。

 頷いたアリアは振り返り、人差し指を立てた。

 

「貸し一つよソフィア。これで私達も1ポイントゲットでリーチになったんだから」

「ハア~……マッジでありがとうアリア。と言うかずっと木の上にいたの?」

「まあね。貴女達の追走劇はバッチリ観戦させて貰ったわ。楽しかったわよ」

「それなら助けてくれても良かったじゃん……」

「最初はそうするつもりだったわ。でも二人の白熱とした雪合戦にギャラリーの私が割り込む隙はなかったし……。だからもしソフィアが撃破されたらその直後を狙う気で観戦しつつスタンバっていた訳。その方が確実でしょう?」

「なるほど……つまりはクリミアから一本取る為の生け贄になったって事ね」

「ま、要はそういう意味だわ」

 

 笑った二人はハイタッチし、それからクリミアを挟み込む形で彼女の両脇にゴロンと横たわる。

 

「いや~、前半戦はいつかの決闘を思わせる元学年首席と次席のガチバトルを観れてこっちもハラハラドキドキだったわ」

「後半戦はどうするアリア?」

「最初は不利な戦闘は避けて逃げ延びる予定だったけど……気が変わったわ。クリミアが一人で一人前なら私達は二人で一人前。ソフィア、ここは弟子コンビでお師匠様を打ち負かしてやらない?」

「奇遇ね、私もそう思ってたところよ。何かもう、ここまで来たら勝ち逃げじゃなくて堂々と勝ってやりたいって気持ちになるのが人間の性よね」

「あら、逃げなくていいの?」

「クリミアの方こそ。こっちは二人でそっちは一人、そして互いに1ポイント取られてるからもう後は無いわよ? 時間もそんなに残っている訳じゃないのに、あと一発喰らわないよう気を付けつつ私を撃破出来るの?」

「やってやるわよ。言うでしょう? 戦わなければ勝てないって」

「それでこそ元学年首席様ね。安心したわ。もしこれで自信無さげに言い切らなかったら興醒めだったわよ」

 

 休戦中の三人は今だけは敵と味方である事を忘れて寄り添い、笑い合う。

 休憩を取り、即席で作ったホットココアを飲んで身体を暖めた後は二人と一人に分かれ、中距離から杖を構えて対峙した。

 

「さて、十分な休憩も取ったところで……第二ラウンド開始よ」

「よしっ、ドンと掛かって来なさい!」

「スタートの合図はどうするの?」

「私がコインを投げるから、地面に落ちた瞬間に再開でいいかしら?」

「「はーい」」

「それじゃ、投げるわよ~」

 

 ピンッ、と弾かれたコインがクルクル回転しながら落下する。

 地面に埋もれたコインの煌めきが消えた瞬間、クリミアは数的不利を補う為に氷で出来た騎馬に跨がる西洋甲冑の騎士を作り出す。

 騎兵は主人を守るかのようにソフィアとアリアの前に立ち塞がった。

 

「だからさあクリミア、それ、ズルくない?」

「相変わらず見事ねえ」

「感心してる場合じゃないわよアリア。只でさえクリミアだけでも厄介なのに更に厄介な敵が増えたのよ。貴女がやられたら私達の負けなんだから、何が何でも自分の身は死守する事。分かった?」

「ハイハイ、分かってるわよ。で、どうするのソフィア。RPGよろしくラスボスの元まで辿り着くにはまず目の前の騎兵を突破しないといけないわよ」

「それについては問題無いわ。さっきのアリアの発言からヒントを貰ったから」

「あら、何か作戦でもあるの?」

「目には目を。歯には歯をって言葉があるでしょ? だから……騎兵には騎兵で対抗させるのが一番だと思わない?」

「ああなるほど……貴女の言いたい事が分かったわソフィア」

 

 

「「クリミアが一人で一人前なら私達は二人で一人前!! さあ勝ちに行くわよ相棒!!」」

 

 

 以心伝心。

 不敵な笑みと共にアイコンタクトし、グータッチして士気を高めた二人は同時に杖を翳し、一人が騎馬を、もう一人が騎士を作り出した。

 二人の氷魔法によって誕生した氷の騎兵は目の前の騎兵を真っ直ぐ見据える。

 相手もまた、自身と全く同じ姿形をした敵を睨み付け……。

 同じタイミングで嘶いた騎馬が前足を上げた瞬間、文字通りの騎馬戦の火蓋が切られ、両者は激突した。

 ガキンッ! と剣と騎馬がぶつかり合う固い音が中央で発生される。

 力と力で押し合い、両者一歩も譲らず、それぞれの主人の為に戦いに身を晒す二体の騎兵。

 闘争の末、互いの剣が互いの胸を突き刺し、相討ちとなった騎兵は氷の破片となって砕け散った。

 しかしまだ終わらない。

 氷の結晶のように宙を舞っていたそれは瞬く間に長槍へと様変わりし、ソフィアの手に収まる。

 

「私がアタッカーとなるからアリアは後方からの援護をお願い。隙を見てクリミアを撃破するわよ」

「要はゴリ押し戦法ね。分かったわ」

「私はアリアを完全に信じているから、後ろは見ないで猪突猛進するわ」

「ソフィアを信じているから主な攻撃は貴女に任せてサポートに回るわ」

 

 お互いに攻撃と援護を任せた二人は一度深呼吸する。

 再度気合いを入れて「はっ!」と力強く掛け声を上げると、ソフィアは氷の槍を構え、脚に力を入れてその場から駆け出した。

 

(クリミアの遠距離攻撃パターンで厄介なのは氷狼や騎兵と言ったサポート要員の存在。距離を取って戦われればその分勝算は薄くなる)

 

 ならば、その前にこちらから近付いて接近戦に持ち込む。

 クリミアに勝つ方法はそれしかない。

 

(流石に今の体力で二人同時に相手するのはキツいわね……。長引くとこっちが負けるわ)

 

 一方のクリミアも、一切の回避を捨てて直線軌道に走り抜けてくるソフィアと、疾走する彼女を誤射しないよう上手いこと援護射撃するアリアの意図を察していた。

 休戦中にある程度体力は回復させたとは言え、第一ラウンド程本調子ではない今のコンディションでは残り時間の少なさも相まってスピード勝負だ。

 

(まずは目の前のソフィアを戦闘不能にさせる! そして続け様にアリアを撃破する!)

 

 そうと決めればクリミアの行動は早い。

 片膝をつき、杖を地面に勢いよく突き立てる。

 直後、巨大な雪の腕が出現し、握り拳を作るとソフィアに襲い掛かった。

 それでもソフィアは脚を止めない。

 ソフィアに向かって殴り掛かった雪拳はもう一つ現れた雪腕の大きな手によって受け止められ、勢いを殺す事無く棒高跳びの要領で槍をポール代わりにして高く跳んだ彼女は雪腕の上を走行して強行突破した。

 クリミアの懐に入り込んだソフィアはクリミア目掛けて槍を投げたら空中で身体を捻り、四方八方に氷魔法と雪魔法を放出した。

 飛来してくる槍と氷雪魔法の無差別攻撃コンボを見極めて避けるのは困難と判断したクリミアは包囲型の氷バリアを展開する。

 これで全ての攻撃は防げる―――そう思ったクリミアだったのだが。

 

 

「うおりゃぁあああああああああああああーーーーーッッッ!!! ブッ壊れろぉおおおおおおおおおーーーーーッッッ!!!」

 

 

 腹の底から大声を上げたソフィアは今日一番魔力を込めた巨大な氷剣を生成し……第一ラウンドのクリミア同様、身体を縦に一回転させ、技の勢いに落下の加速度が合わさった強烈な一撃で氷の防壁を粉々に破壊した。

 

「な―――ッ!?」

 

 まさかの展開に眼を大きく見開いたクリミアは思わずフリーズする。

 それが今回の雪合戦で彼女が見せた一番の大きな隙であり、命取りであった。

 

「アリアーーーーーッッッ!!」

「分かってるわ!!!」

 

 粉砕の反動で身体が吹き飛び地面を転がるソフィアの叫びに、勝利する絶好のチャンスを見逃さないで駆け出していたアリアが呼応する。

 

「マズい……!」

 

 慌てたクリミアは杖を構えようとするも、ずっと一人で二人を相手にして限界が来た身体は意思に反して思うように動かず……。

 

「クリミア覚悟!!!」

 

 その言葉と共にアリアは袈裟斬りの形で杖を振り下ろした。

 杖の軌跡を表すように、クリミアの肩から脇腹に掛けてアリアの杖から放たれた雪が斜め一直線にその存在を白く示す。

 

 結果は、ソフィアとアリアの勝利だ。

 

「っっぃぃいいいよっしゃあああああああ!! 勝ったあああああああ!!」

「最初の内はどうなるかと思ったけど……意外とどうにかなったわね」

「ハア~……負けちゃったわね」

 

 勝利の雄叫びを上げるソフィアと勝利の笑顔を浮かべるアリアを見て悔しそうに、でも晴れやかに微笑んだクリミアはゴーグルを外して横たわった。

 

「疲れて暫く動けそうにないわ……」

「右に同じ。私達も疲れたわ」

「休んだら帰って皆でお風呂に入りましょう」

 

 クリミアの傍に座り込んだソフィアとアリアもゴーグルを外して一つ息を吐き、それから休戦中の時と同じく彼女の両脇に寝転がる。

 

「今回の勝負は私達の勝ちね」

「個人戦だったらクリミアが勝ってたかもしれないけどね」

「それはまあ、そうかもしれないけど。それでも勝ちは勝ちよ。そういうルールだったんだし」

「ソフィアの言う通りよ。今回は完敗だわ。……今日の夜、三人でバーに飲みに行かない? 負けた私が奢るわ」

「やった! クリミアの奢り!」

「じゃあ、私達からはお疲れ様のキスをプレゼントするわ」

「ええ、クリミア、お疲れ様でした!」

「機会があればまた三人で遊びましょう」

「遊びと言うか最早氷雪魔法限定の決闘とも言うべき雪合戦だったけどね。でもとても楽しかったわよ。二人の成長も感じられたし」

 

 両頬にキスを貰ったクリミアは自身が鍛えた弟子コンビの成長を嬉しく思いながら目元を優しく和らげ、二人をギュッと抱き寄せる。

 打倒お師匠様を達成し、褒められたソフィアとアリアは無邪気に笑って両サイドからクリミアをハグし返す。

 

 ホグワーツ卒業後も彼女達の友情と信頼は永遠に変わる事はなかった。



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リクエスト②seq1.マンハッタン(敬愛)

皆様、大変ご無沙汰しております。気紛れ作者ことSurvivorです。
今回はタイのとあるGLドラマを観た影響で一度は諦めたとあるカクテルのサブタイトルを冠したクシェフィル回の執筆意欲が再熱した事によるクシェフィル回……の数時間前の話、この回の基盤となったリクエスト②の後日談前編です(因みにサブタイトルのseqは後日談を意味するsequel(シークエル)の略称です)。
最初は前半と後半に分けて1話に纏めて更新する予定だったのですが、これまた過程が長かったのと、前半部分だけで一つの話が出来た事から例の如く前編と後編で区切る事に。
但し、クシェフィル回のサブタイトルは次回まで取っておきたかったのでseq1と2でサブタイトルは異なるものにしました。
seq2はまだ一部加筆修正があるのでもう少し時間が掛かりますが、どうかお楽しみにお待ち頂ければ幸いです。


「あの……副局長。失礼とは存じますが、少々お尋ねしてもよろしいでしょうか?」

 

 闇祓い局が危険魔法薬密輸班を逮捕して数週間が経過したある日のこと。

 午前の特訓を終え、ピークを過ぎた魔法省社員食堂へ向かっている最中、隣を歩くのは緊張するのかそれとも遠慮しているのか、一歩下がって歩いていた新米(ルーキー)の子が恐る恐ると言った感じに声を掛けてきた。

 肩越しに振り返ったフィールは「ん、何だ?」と首を傾げる。

 勤務中に発生したハプニングから2週間程の療養休暇を経て仕事復帰した彼女は現在、局長ハリーの計らいで最前線での任務は控え、闇祓い見習いから今年に入って正式配属されたルーキーの教育係を担当していた。

 学生時代にクシェルやダフネを魔改造した時を除けば、直属でメンターを務めたのは今回が初めての経験である。

 相手は現役引退後、訓練教官として後進育成に力を入れているムーディの熾烈な訓練を3年耐え抜き、訓練生を無事卒業した少数且つ今年唯一の女性ルーキー。

 男社会の部署且つ男だらけの同期に囲まれてた影響かそれとも元来の性格なのか、良くも悪くも癖の強い面々が多い闇祓い局では珍しく物静かな子だ。

 大人しいけれど周囲への気配りが上手で優しい彼女は、今のフィールが仕事絡みでハリー達以外の同僚と行動を共にするにはピッタリな人材とムーディからも太鼓判を押された為、暫くの間は彼女の教育係として仕事するようにと任命されている。

 と言うのも、数週間前のハプニングの後遺症でハリーやロン、シリウス等の身内を除く男……特に男性闇祓いに対しては未だに恐怖心(トラウマ)が根強く残り心身が拒絶している為、以前のように普通に接するにはまだまだ時間が掛かるからだ。

 

 クシェル達の献身的なサポートの甲斐あってある程度は何とか持ち直したものの一度心に刻まれたトラウマは一生の深い傷として残り続ける。癒す事は出来ても完全には治らない。

 単独任務であれば問題無く最前線でも仕事は可能だろうが、クシェルから「単独でも今はまだ危険な任務に就かせないで欲しい。男と組むのもそうだけど一人にさせるのは危ないから」とドクターストップならぬヒーラーストップされている事もあり、暫くはリハビリも兼ねて女性新米の教育担当を任せる事にしたのだ。

 尤も、男性闇祓い達は局長(ハリー)直々に釘を刺されずともクシェルのマーキングの効果や父・イーサンが目を光らせている事もあり、フィールへの不用意な接触は今のところ無いので大丈夫だとは思うが。

 何せフィールが仕事復帰する前に牽制と警告の意味合いも込めて彼女の耳と首に付けられたキスマークと歯形から、

 

今度(つぎ)フィーに汚い手を出したら全員ブッ殺す」

 

 と言うクシェルの凄まじい怨念と本気の殺意を感じ取り、本能的に身の危険と死の予感を覚えた闇祓い局……主に男達の間では「死にたくなかったら副局長様への接触は必要最低限にする事」と暗黙のルールが僅か1日で決められる程なのだから。

 いつクシェルの逆鱗に触れないかビクビクしながら仕事に励む彼ら、別の部署からそれでも手を出すバカが現れぬよう裏で注意喚起し、そして何処かの誰かさん達みたいに理性の一線を越えない限りは闇祓い局に血の雨が降る事はないだろう。

 若くして魔法界最難関職業の副局長(No.2)を務める強さと美貌を兼ね備えた英雄の一人、更には聖マンゴ勤めの可愛い癒者で同性の伴侶持ち……となれば、よからぬ妄想や劣情を抱く者もいるわけで。

 どうやらその度合いが強ければ強い程、感じる殺気も比例して強くなるらしく、中には何処ぞのスタ○ドよろしくフィールの後ろに強力な背後霊及び、黒いローブを羽織り死神の大鎌を持ったクシェルの幻影が見えた者さえいたらしい。

 余談だが、これ以上馬鹿な妄想を抱き続けていつか見えない処刑人やら進撃の死神やらに魂を持っていかれてあの世へさあ逝くぞはしたくない者達は、

 

「何か俺、死んだじっちゃんがラスベガスのカジノみたいな場所でギャンブルやってる姿が一瞬見えたんだけど気のせいかな?」

「お前それ三途の川に片足突っ込んでるどころか下半身まで浸かってね? 大丈夫? 言うて俺も三途の川渡り掛けたんだけど。俺達ちゃんと生きてるよね?」

「自信無くなってきたけど多分まだ生きてる筈だぞ」

 

 と言うやり取りと共に、今は魔法省を去って行方知らずの元闇祓い達が皮肉にも犠牲になってくれたお陰で踏み留まって良かったと心底感謝しながら、よからぬ思考はターゲットロックオンされる前に全て捨て去ったとの事である。

 それを知った者は揃ってこう言うのだ。

 ―――賢明な判断で何より、と。

 

 さて、それはさておき。

 彼女の教育係を務めて間もない頃は控え目な性格と相まってガチガチで、休憩中でも碌に話し掛けてこなかった事を考えれば、彼女の方から話を振るようになっただけ少しは打ち解けてくれたのだろうか。

 と、フィールが内心嬉しく思っていると、

 

「その……副局長はクシェルさんのどういう所が具体的にはお好きなんですか?」

 

 意外な質問内容にキョトンとしたフィールは眼をぱちくりさせた。

 

「……珍しく話し掛けてきたと思えば、随分プライベートな事を尋ねてくるんだな」

「も、申し訳ございません! ご不愉快な思いをさせてしまい……」

「いや、別に怒ってる訳じゃない。ただちょっと意外でビックリはしたけど……あんたは純粋に気になって訊いてきただけだろ?」

「……はい」

 

 ルーキーの子は小さく首を縦に振る。

 クシェルと結婚している事は特に隠している訳でもないので訊かれれば誤魔化さず普通に答えるが、逆に言ってしまえば訊いてもいない事をわざわざ話す必要も無い為、普段はカミングアウトする事もない。

 闇祓い局間では非番の時にクシェルが差し入れを持ってくる事もあるから訓練生も含めて周知の事実なので当然彼女も知っている。

 故に彼女はずっと気になっていた事を思い切って尋ねてみた。

 伴侶持ち、と知っている上でどんなイケメンから告白されても一切目移りしなければ一見すると仕事一筋に見える我らが副局長は果たしてクシェルのどこに惹かれたのか、と。

 

「惹かれた理由や好きな所は一応答えられるけど、そんなのは結局のところ後付けだからな。仮に言葉で説明しようにも語彙力0になるのが目に見えるから自分でも困る」

「……では、敢えて言うなれば、それこそ言葉に出来ない。言葉で言い表せない。でも好き。好きになったら理由なんて説明出来ない……。そんな感じでしょうか?」

「そうだな。あんたの言う通りだ。私のクシェルに対する好きの気持ちや愛してる気持ちは言葉と言う枠で収まるようなレベルじゃないから。『私はこの人の事が本気で好きで心底愛してる』。シンプルだけどこの一言に自分の気持ち全てが込められてるなら、それだけで十分過ぎる答えだと思わないか?」

 

 臆面も無くキッパリと、清々しいくらいに最後まで言い切ったフィールにルーキーは「そうですね……」と俯きがちにコクリと頷く。

 自分から訊いといてあれだが、聞いているこっちが恥ずかしくなる程、フィールはクシェルにぞっこん惚れ込んでいるのを改めて思い知り、頬が紅くなる。

 

(……クシェルさんが副局長を相当愛しているのはわざと見える所にキスマークと歯形を付ける前から分かってたけど……。副局長は副局長で本当にクシェルさんの事が大大大大好きなんだなあ)

 

 自分とフィールは5~6歳違い。

 学生時代からハリー・ポッターと並んで良くも悪くもホグワーツでは有名人だった故、こちらは彼女の人物像を一方的に知ってはいた。

 ……が、自身が入学したての当時(ころ)は学年が離れ過ぎていた事や第二次魔法戦争真っ只中だった都合上、本格的に彼女と先輩後輩として関わりを持ったのは闇祓い局に入局してからだ。

 訓練中や仕事中に見るイケイケ女副局長としての姿はもう何度も目にしているが、プライベートな一面はまだちゃんと見た事がないからか、クールな彼女がパートナーの魅力の虜囚になっている姿は想像がつかない。

 しかし、仮に公務外の側面を見る機会に恵まれたとしても、真に彼女が一個人フィール・ベルンカステルとしての素の自分を晒け出せる相手は、家族と言う例外中の例外を除いてただ一人……クシェルに他ならないのだろう。

 

 そう考えると、心から羨ましいと思った。

 お互いを心の底から信頼し、愛し合う二人の強い絆で結ばれた仲の良さと深い関係が。

 つい先程、此処には居ない彼女を頭に思い浮かべながら言ったのであろう「私はこの人(クシェル)の事が本気で好きで心底愛してる」の言葉と同時にチラッと見えた、伴侶が愛しくて仕方が無いと言うような愛情駄々漏れの眼差しと優しい微笑み。

 実家で両親が互いによく向けていたものと全く同じそれを、今頃は遠く離れた職場で仕事に励んでいると思われる相手へ届けている。

 それだけでも十二分に彼女のプライベートの顔を見れたな、とルーキーの子が謎の満足感を得るのと同時に、他に気になっていた事を問い掛ける。

 

「……副局長はもし、いつかまた闇の帝王に匹敵する巨悪が再び現れ、世界を救うかそれとも愛する人を守るかで選択を迫られた場合は……世界や両方とは言わずにやはり迷う事無くクシェルさんを選ぶのですか?」

「え? 何言ってるんだ。そんなの当たり前だろ。私にとってクシェルとは存在意義そのもの。クシェルがこの地球上の何処にも存在しない世界なんて、命を賭けてまで守る価値も無ければ生きる意味すら無いんだから、迷う必要は一切無いよ」

 

 世界は世界でもクシェルと言う名の名の世界を第一に救う。それがフィール・ベルンカステルと言う人間の決してブレない信念であった。

 

「闇祓い副局長である以上、市民の安全と治安は()()()()()守っていくけど、それ以上に一番大切で私が何よりも誰よりも守りたいと思うのはクシェルだから。これから先の未来で仮に第二第三のヴォルデモートが現れたとしても私はクシェルを最優先する。英雄としての責務はとうの昔に全うした。守るべき最愛の人も出来た。だから今後そういった事態が起きて過去の私を求められても私はお断りだぞ。昔の私は皆の英雄(ヒーロー)だったかもしれないけど、今の私はクシェルただ一人だけの騎士(ナイト)だからな」

 

 今のフィールはもう、魔法界一の英雄(ハリー・ポッター)守護者(ガーディアン)も兼ねた闇陣営への切り札と言う、因縁と意思が錯綜した責務と宿命を背負って世界の平和と、死喰い人の手から人々を守る為に血飛沫が舞い散る戦場に身を投じた昔のフィールではない。

 闇陣営が滅んだ今、彼女が一生を添い遂げる伴侶に選び、次は絶対に黙って傍から離れない、消えない、そして手放さないと彼我に誓い、何があっても必ず守り抜くと決めた相手はクシェルだ。

 世界でも人々でもない。クシェルだけだ。

 

「……例えそれで副局長が今まで命懸けで救ってきた民衆が『何で自分達(せかい)よりもただ一人を第一に考えて生かそうとするんだ!』って掌返しで非難したり、果ては世界を敵に回してでも、ですか?」

「ああ、勿論。ハリー局長やあんたにも言える事だけど、私達闇祓いだって一般市民と同じように意思や感情を持った生きてる人間で、物言わぬ駒でも都合の良いペットでもないんだから。いくら人々や治安を守る職に就いていても、生きてれば世界や職責より大事なものがあったり出来たりしても何もおかしくないだろ」

 

 少なくとも私は、もしも世界と大切なものを天秤に掛けた時、どちらか選べと言われたら、私らにも選ぶ権利はあると思ってるぞ。 

 フィールのその言葉にルーキーの女の子は眼を見張った。

 

「どうした? そんなに驚いた顔して。闇祓いたるもの、いつ如何なる時でも民衆(せかい)を第一に考え、命を賭して守るのが自分達の務め。一身上の都合や私情を挟むのは禁じられてる……なんて、クシェル至上主義の私が自分の事は棚に上げて部下にそんな事を言うとでも思ったか?」

 

 フィールとて人間と言う自分勝手で矛盾を孕んだ生き物の一人。

 一般的観点からすると普段であれば仕事に私情を持ち込むのは確かに宜しくないと理解はしている……が。

 

「愛する人を永遠に喪うかもしれない緊急時に職責や私情がどうとか、そんなくだらないこと言ってられるか。仕事の代わりは幾らいても大切な人の代わりは何処にもいる訳がないだろう。だからもし、仕事中にあんたの大切な人……例えば家族やパートナーが何らかの事情で命が危ぶまれるような事があれば、その時はすぐに向かえ。仕事の代理は仲間に任せていい。仮に他のヤツ等が断っても私が引き受けるから安心しろ。例え魔法省(せけん)が認めずとも私が認める」

 

 それは、常に死と隣り合わせの危険な世界で生き延びる代償として幾度と無く悲惨な目に遭い、大切な人と永遠に死に別れる辛い経験を何度も味わってきたフィールだからこそ言えた言葉であった。

 ハリーもそうだがフィール自身、己の命を盾にしてでも我が子の為に身体を張って守り生かしてくれた大事な家族を喪う苦しみや悲しみを知り尽くしている身だからこそ、部下達に自分と同じ思いは出来る事ならして欲しくないと常々思っている。

 

「副局長のお言葉は大変嬉しく存じますが……そのような事、私に仰ってもよろしいのですか? だって……私は闇祓いに正式配属されて間もない新人ですよ? にも関わらずもしもの時には仕事よりも家族を優先してもいいなど……。副局長は闇祓いとして市民を闇の魔法使いの魔の手から守る使命よりも、私たち一人一人の個人の感情や自己都合を尊重するのですか?」

「ああ、その通りだ。職責として無辜の民を命懸けで守るのは別に間違っていないし、立派な事だぞ」

 

 だけど、と。

 そこで一旦言葉を区切り、歩を進めていた足を止めてルーキーに振り向いたフィールはポンッと彼女の頭に手を置き、少し屈んで目線を合わせてから再度口を開いた。

 

「家族でもパートナーでも誰でもいい。あんたにも『何があってもこの人だけは絶対に死なせたくない』と心の奥底から強く想う大切な人がいるなら。いつ来るか分からないもしもの時に備えて、守る命の順序は自分の中でハッキリ決めておけよ。何度も言うけれど、私達闇祓いだって意思や感情を持った立派な人間なんだから。物語に出てくる主人公みたいに一般市民が理想像として求める完全無欠の完璧な正義のヒーローじゃないんだから。『闇祓いとしての自分』の肩書きをかなぐり捨てて『一個人としての自分』が民衆(せかい)よりも大事で守りたいと想う誰かを最優先したって全然いいんだ。そこに新人もベテランも関係無い」

 

 いざという時、一体誰を最優先すべきか曖昧にした状態のまま中途半端に全てを守ろうとすれば、結局は何一つ守れずに全てを喪うだけで終わる。

 何の犠牲も無しに両方を、全てを救えるだけの能力が人間に備わっているなら、そもそも最初から二者択一の状況になどなっていない。

 確実に守るのであればどちらか一方しか選べないから所謂「究極の選択」になる。

 それがフィールの持論であった。

 

「自分より大切な人が自分を置いて先立った世界ほど……どんなに探し回って『会いたい』と切望しても、もうこの世の何処にも居ない現実を嫌でも受け入れて生きねばならなくなった時ほど、死ぬより苦しくて生きてるのが辛く感じる事は無いぞ。……私の場合は、家族の死を越えて生きる為の道標や精神的支柱になってくれた人が傍に居て変わらず寄り添ってくれたから良かったものの、誰もがそうとは限らないから。自分と自分を愛してくれる大切な人の事は大事にしろよ。それが何よりの恩返しになるから」

 

 シビル・トレローニーが予言した「7月末、闇の帝王に三度抗った両親の元に産まれる赤ん坊が彼を滅ぼす男の子」候補の一人としてネビルと紙一重の運命にあったハリーと違い、フィールは産まれた時から後の魔法界全体の明暗を分ける宿命(さだめ)を背負うのと同時に、ヴォルデモートと言う厄災を祓うその時まで、無条件に命を狙われる立場になるのはほぼ決定事項であった。

 理由は単純明快、エルシーの孫だから。

 ハリーとネビルの内、ヴォルデモートが前者を選ぶ決定打になったのが「自分と同じ半純血だから」と言う、ただそれだけの簡単な理由で人生を狂わされたのと同じ理屈だ。

 ダンブルドアと同レベルで敵視していた彼女の血縁者で更にはハリーと同い年の戦友。

 よしんばフィール自身が何のアクションを起こさなかったとしても、闇陣営にとって最大級の邪魔者で障害に成り得る不安要素(そんざい)をあのヴォルデモートが見逃すとは到底思えないのは、火を見るよりも明らかだったのは想像に難くない。

 幸い、文字通り身体を張ってハリー達を守り、光陣営に属する者の一人として闇陣営に対抗する事を決意したのは紛れもなくフィール本人だったから、彼女の気持ち的には何の強制でもなかったが、いずれにせよフィールはフィールでハリーとはまた別に己の定めからは逃げられなかったであろう。彼女の意思に関係無く。

 

 極端な話、エルシーさえヴォルデモートの目の敵にされるような真似をしていなければ、ハリーはともかくフィールまでもがヴォルデモートに目を付けられる事はなかった筈なのだ。

 エルシーの孫として、ベルンカステルと言う特殊な一族の子として生を享けてなかったら、今頃フィールはごく普通の女の子として比較的平穏に暮らせていただろう。

 しかし、良くも悪くも「偉大な御方だ」と崇められた身内の名声は、結果的にフィールの人生に悪影響を及ぼし、ハリー以上に運命、否、宿命付けられたと言っても過言ではない。

 その事は今日に至るまでの軌跡が如実に表している。

 ジャックとクラミー……フィールの両親もエルシー同様闇陣営に対抗していたが、何もそれはベルンカステル夫妻に限った話ではない。

 ハリーやネビルの両親もそうだったから、フィールの場合は二人のように両親がファクターでヴォルデモートにロックオンされる事はなかった一方で、別の形でフィールに多大な影響を与えた。

 奇しくもハリーと同じ「家族の死」と言う壮絶な経験と代償こそが、過去のフィールをハリーの守護者兼魔法界の英雄に仕立て上げる基盤となったのだ。

 

 運命の悪戯か単なる偶然か、ハリーと寮の垣根を越えて友情を育み、彼と親しくなろうがならまいが、エルシーの孫である以上、彼とは別のベクトルでヴォルデモートと因縁があった当時のフィールに闇陣営と最前線で戦うこと以外、どちらにせよ他に選択肢はなかったのが実情で。

 同じ「魔法界の英雄」でもハリーが完全に運命付けられたなら、フィールは完全に義務付けられたと言ったところか。

 それが偶然に偶然が幾つも重なった末、身内を通じて受け継がれた因縁による己に課せられた責務と言う名の血の宿命を、「あくまで自分の意思で決めた事だから」と半ば巻き込まれた身のフィールがあまり抵抗感無く受け入れたのはまさに奇跡と呼んでも大袈裟ではない。

 

 何とも皮肉な話だが、幼少期に大好きだった両親を目の前で喪ったトラウマがなければ、結果として当時のフィールはハリー達が無謀にも危険に首を突っ込むのを黙って見過ごせず、死は覚悟の上で自ら彼らに付き添おうと言う気にはならなかっただろう。

 今から思えば自分でもらしくない行動だったと思う学生時代の自身の原動力は、非力故に大切な家族を救えなかった過去のトラウマが生み出す「親しくなった人をまた喪いたくない」と言う恐怖心からか。

 それともクシェルに二度も頬を打たれ、泣きながら指摘された無自覚の自己否定意識由来の潜在的な自殺願望の反映だったのか。

 

 何にせよ、祖父母が殺された時はハリー同様まだ赤ん坊だったから、祖父母の死の経緯を聞かされても、両親や叔父、叔母と違って「大切な人を亡くす」と言う事に対し、5歳になるまで今一つ実感を持てなかったのは事実で。

 フィール自身、物心つく前に死んだ祖父母の記憶は皆無に等しいから、祖父母を知る者からの話を聞いて知識として知っているに過ぎなかった事もあり、あの惨劇を体験するまでは復讐心も喪失感も絶望心も無力感も芽生える事はなかった。

 そんな自分がホグワーツに入学してから突然、ハリーとの関係は抜きにしてでも闇の帝王の息の掛かった者達に命を狙われ続け、否応無しに死線を潜る羽目になり、こちらの意思に反して世のため人のためと命懸けの戦いを強いられたら?

 どんなに嫌だと、こんなのは理不尽だと、抗い、泣き叫んでも、いつ訪れるかも分からない、真にヴォルデモートが討ち滅ぼされるその日まで、産まれた時からずっと義務化された辛い役目からは逃れられず、何処までも追ってくる重圧に押し潰されてたら?

 

(ああ……だからこそ、か)

 

 誰が一番最初に時を越えて連鎖する悲劇を引き起こしたのかは定かではない。

 しかし、これだけはハッキリと言える。

 自分は家族の死と言う大きな代償と引き換えに今の幸せを手に入れたのだと。

 家族がその身を以て自身に大切な人との死別の痛みや苦しみを教えてくれたからこそ、あの時の自分はどんなに辛く苦い思いをしても、時に躓き泣いて踞っても、義務感以上に自分自身の意思で最後まで最前線に立ち、何があっても絶対に守ると決めたクシェル達の為に生きて戦い続けられたのだと、フィールは改めて確信する。

 

「それともう一つ。あんまり自分を卑下したり、他人と比較し過ぎるんじゃないぞ。謙虚も過ぎれば卑屈になる。逆も然りで自信も過ぎれば傲慢になるけど、少しくらい自分の事を褒めてやってもいいんじゃないのか?」

「……! えっ、な、何で……」

「私がリハビリ兼ねてあんたの教育係を任されたのは訓練教官(ムーディ)からのある依頼もあってな。突出して得意な分野はないが苦手な分野も特に無い、何事もそつなくオールマイティーにこなせて更には冷静に周囲の状況をよく見てる逸材なのに、自信に欠けた内気な性格が非常に勿体無い。だから少しでもあんたの短所を克服する力になって欲しい、とな」

 

 初耳のルーキーは驚いたように眼を丸くする。

 それに構わず、「私もこの数週間、教育係としてあんたを見てきたけど、ムーディの評価は間違っていなかったぞ。あんたの訓練教官はあんたをよく見てたんだな」と首肯したフィールは言葉を続けた。

 

「一人も新人闇祓いが現れない年が数年続くのもザラなのが闇祓いのシビアな現実を物語っているだろ。訓練生として入局する者だけでもほんの一握りの上、その後に待ち受ける過酷な訓練や任務に耐え切れず人によっては1年どころか半年も持たないのに。だから心身共にキツい、短いようで長い3年間の訓練期間を耐え抜いた末に、合格率が極めて低いこの最難関職業の新米(ルーキー)として今日(ここ)に至るまで頑張ってきた自分を誇りに思え。あんたはもう、立派な闇祓いの一員であり、闇祓い局のファミリーなんだから」

「副、局長……」

 

 憧れの人からの最上級の褒め言葉に、感極まってポロポロ涙を流した彼女は両手で泣き顔を覆った。

 

「私……これからも副局長について行きます。早く副局長みたいなベテラン闇祓いになって、仕事中に同僚やその家族……何より、副局長と副局長の大切な人に何かあった時には安心して残りの仕事を任せられる、そんな人になります」

「……あんたって案外物好きなヤツなんだな。闇祓いの鑑とも言うべきベテラン闇祓いだったシャックルボルト大臣みたいではなく、私みたいになりたいと明言するなんて」

「副局長にカリスマ性があり過ぎるのがいけないんですよ。ついて行きたいってこんなにも思わせてダメと言われたら流石に傷付きます。仮にダメと言われてもついて行きますからね。元々副局長は私のロールモデルで闇祓いを志すきっかけでもありますので」

 

 彼女の言葉を受け、「そう言ってくれるのは嬉しいけどな……」と困ったように微苦笑したと思えば、ふと真剣な目付きで真っ直ぐ見据えてくる。

 彼女は瞬く間に緊張で身体も表情も強張った。

 

「間違ってもこんな副局長(わたし)をロールモデルにはするんじゃない。魔法による対応が間に合わないなら平気で生身の身体を盾にしてきた私みたいに、いつ何時でも我が身を顧みなくなったら本当に早死にするぞ。私達闇祓いとて魔力がなければ只の脆弱な人間……。『死の呪文』を受けたら即死するし、危険な魔法薬を浴びれば当然命に関わる。今回の一件で敢行と無謀は別物だと知ったなら寧ろ私を反面教師にするべき。私より年下のあんたには私より先に殉職して欲しくない」

 

 今回の一件。

 つまりはフィールが自身の教育係を務めるきっかけとなった例の事件の事だろう。

 同僚である以上、仔細は嫌でも耳にしているからすぐに分かったルーキーは一瞬、言葉に詰まったが……。

 

「……それでも、どんな凶悪犯が相手でも怯まず立ち向かう勇気やそれに見合った強さ。誰かが命の危険に晒されていれば迷わず助け守るその優しさは……私を始め多くの闇祓いが尊敬し、模範とし、目標としている事を忘れないでください」

 

 まさかそのような返答をされるとは予想外だったのか、瞠目するフィール。

 そんな彼女にルーキーは少しだけ笑った。

 

「以前と比べれば幾分か平和な世の中になったとは言え、いつ何が起きるか分からないですから。闇祓い局に就いている以上、殉職や後遺症の可能性は大なり小なり皆さん覚悟の上でこの職業(みち)を選んだ筈です」

 

 職業柄致し方無いとは言え、場合によっては無条件に国や市民の為に命を捧げねばならない場面に直面するのが闇祓いの避けては通れない道。

 それは先の戦いや第一次魔法戦争で散っていった闇祓い達の数がこの職業の過酷さや危険性の度合いをよく表している。

 

「ですが副局長は、私達にも職責や世界より大事なものを第一に考える権利はあると言ってくださいました。部下の人権を決して無下に扱わず、もしもの時にはその人を慮って必ず筋を通してくれる。そういう所に私はどうしようもなく惹かれます。……こんな事、申し上げていいか存じませんが……副局長が私の教育係になってくださり、誠にありがとうございます。……貴女が私達の副局長で本当に良かったです」

 

 自身の教育係を務めたきっかけがあれなだけに、やや遠慮がちな面持ちで感謝の気持ちを伝えてきたルーキー。

 最初の数秒間はポカンとしたフィールだったが、彼女の言葉を反芻する内にうっすらと、目尻に嬉し涙が滲み……誤魔化すようにわしゃわしゃと雑に髪を撫でた。

 

「わわっ、ちょっ、副局長……?」

「教育係になった頃は緊張でまともに会話のキャッチボールも出来てなかったヤツが、今じゃこんなに饒舌に……自分から積極的に気持ちを伝えられるまでに成長するとはなあ。あれか、一度胸襟開いたらとことん打ち明けてくれるタイプか」

 

 まるで独り言のように言うフィールは仕事モード時には滅多に見せない満面の笑みを湛え、誰が見ても分かりやすいくらいに喜びを噛み締めていた。

 

「あんたは私にありがとうって言ってたけど、礼を言いたいのは寧ろこっちだな。……闇祓いになって初めて教育係(メンター)を担当したのがあんたで良かった。ありがとな。こんな闇祓い副局長とは到底思えないような副局長を慕って付いて来てくれて」

 

 己の不注意と無謀な行動で助けた部下に襲われ未熟さや無鉄砲ぶりを痛感して以来、「このまま私が副局長を続けてもいいのだろうか」と今後も闇祓い局のNo.2として在り続ける事に対し、ずっと苦悩していた。

 部下の手前、要らぬ心配は掛けぬよう勤務中はおくびにも出さなかったが、密かに不安や重圧を感じていたフィールにとって、今度は逆に目の前のルーキーから貰った最上級の褒め言葉は、迷いを吹っ切るには十分過ぎるくらいこの上無く嬉しかった。

 

「他の方がどうなのかは分かりませんが……。少なくとも私は『社員(ぶか)はただの捨て駒だ』と人を人とも思わない残酷な上司よりも、副局長のように一人一人を大事に扱ってくださる上司の方が断然良いです」

「全く……本当、自分には勿体無いくらいに良い部下を持ったな、私は」

 

 副局長冥利に尽きる、と染々と呟いたフィールは明るい声音でルーキーにある伝言を託す。

 

「他のヤツ等にも急いで伝えてこい。今日の昼食は副局長(わたし)が奢るから好きなものを注文しろ、支払いは後で全員分纏めて済ませるから気にするな、ってな」

「えぇっ!? い、いやそれは、いくらなんでも申し訳無いですよ……!」

 

 闇祓い全員分、となれば相当な金額になるのは明白。

 故にルーキーは首を激しく横に振ったが、

 

「闇祓いの将来を背負う若者達へ期待を込めて、私からあんた達へ日々の厳しい鍛練や業務(ハードスケジュール)を頑張ってる褒美や、体力作りだと思えばいい。上司の好意は素直に受け取るもんだぞ。最難関職業の闇祓いは登竜門の見習いになるだけでも大変だって事は、つい最近まで見習いだったあんたが今一番よく知ってるだろ」

「身体が資本のこの職業、休める時は休んで、食べれる時に食べて英気を養わないといざって時、燃料切れを起こしてやられるぞ。あんたにも帰りを待ってる大事な家族(ひと)がいるんだから、そんなくだらない理由で親御さんや私より先に死んだら許さないからな。健康は第一の富である、と言う言葉があるように一つしかない身体(いのち)は他でもない自分が一番大事にして生きろよ」

 

 と言われてしまっては、素直に頷くしかない。

 変に遠慮して断り続けるのは彼女の厚意を踏み躙る行為そのもの。却って失礼だからだ。

 

「……すみません、副局長」

「? そこは『すみません』じゃないぞ。私がやりたくて言ってる事なんだから」

「す……いえ。ありがとうございます、副局長。それでは、お言葉に甘えさせて頂きます」

 

 反射的にまた「すみません」と言い掛けたが、慌てて言い直した彼女は「皆さんへ伝言をお届けに参ります」と頭を深く下げてから走って行く。

 

(……あんな素敵な人に伴侶として愛されて、クシェルさんは本当に羨ましいなあ)

 

 改めて感じる我が副局長の心の器の大きさに、フィールが自分の教育係になってくれて……必死に努力した末に闇祓い局に入社して良かったと心底思いながら、彼女は笑顔で長い通路を駆けていく。

 

 それから約20年後、局長の一人娘の教育係に彼女が任命されるのをこの時はまだ誰も知らない。

 

✡️

 

 パタパタ……と駆ける足音が遠ざかっていく。

 闇祓いの将来をその背に負う若いルーキーの後ろ姿が見えなくなるまで見送っていたフィールの元へ、今度はコツコツと近寄る足音が彼女の耳に入った。

 

「フィール」

 

 声のした方向へ顔を向ければ、そこには所属部署を一目で示す仕事用のローブを羽織ったハーマイオニーが立っていた。

 手には保温魔法が付与されたホットミルクティーの缶が握られている。

 

「ハーマイオニーも今から昼休憩?」

「まあね。密輸組織班を逮捕して落ち着いた今は急ぎの案件も無いし、ピーク時に行ってもごった返しで落ち着いて休めるものも休めないから。貴女の方は? ルーキーちゃんと少しは打ち解けたのかしら? 見た感じ前よりも会話してたけど」

「うん、大分打ち解けてくれたよ」

 

 此処に居るのはフィールとハーマイオニーの二人だけで、且つ気心が知れた親友が相手だから口調も多少柔らかくなったフィールの笑みを見て、「そうなのね」とハーマイオニーも目元を和らげる。

 しかしそれもほんの一瞬の事で……細めた眼をフィールの蒼いそれと合わせながらゆっくりと口を開いた。

 

「……正直、私達もずっと気掛かりだったのよ」

「え?」

「あんな目に遭ったにも関わらず、2週間程度の療養休暇で仕事復帰するってなった時は」

 

 二人の間に沈黙が流れる。

 静寂に包まれた空気を先に破ったのは、ルーキーが走っていった方向をチラッと見やったハーマイオニーであった。

 

「いくらクシェルやご家族のサポートがあって、職場には私やハリー、ロンが居るとしても。同じ職場で一緒に働いていた部下に裏切られたショックや失望感はそう簡単に消えるものではないから。本当に大丈夫だろうかっていつもハリー達と心配してたのよ」

 

 でも、と。

 再び柔らかく微笑んだハーマイオニーは腕を伸ばし、ポンポン、とフィールの頭を軽く叩いた。

 

「彼女のような部下がいてくれて、私もようやく安心する事が出来たわ。……あの子が貴女の担当する初めての新人闇祓いで本当に良かった」

「……それは私も心底そう思うよ」

 

 つい先程まで交わしていたルーキーとの会話の内容を簡単に教えれば、ハーマイオニーは満足気な様子で嬉しそうに何度も相槌を打った。

 

「休憩時間とは言え、仕事中に貴女が満面の笑顔を浮かべて見せるのはまず滅多に無いから。心からの貴女の笑顔を見れてホッとしたわ。あの子には感謝してもし切れないわね。クシェルもきっと喜ぶわよ」

 

 今度お礼の品でも届けて来ようかしら、と言ったハーマイオニーはミルクティーの缶をフィールに手渡す。

 

「今はトレーニングと変装術や隠密追跡術の向上を図ったパトロールがメインとは言え、いつ何処で要請が掛かるか分からないから。適度に緊張感を持つのは良いけどピリピリし過ぎても却って神経が参るから、そうならないよう気を付けつつ、どんな状況になっても絶対に無茶ぶりはしない事。何かあったら必ず誰かに助けを求める事。いいわね?」

「それはもう、あの一件で嫌になるくらい身を以て学んだから大丈夫。次は怠らない。でも心配してくれてありがとう」

「親友だもの。親友を気に掛けるのは当然の事よ。……あと数時間、無理の無い程度に頑張ってね」

「ハーマイオニーこそ。差し入れのミルクティーもありがとう」

「どういたしまして。それじゃ、そろそろ食堂へ向かいましょう。あの子も今頃、貴女が来るのを待ってるわよ」

「それもそうね」

 

 缶を大事そうにポケットに仕舞ったフィールはローブを翻し、己を敬愛しこれからも付いて行くとハッキリ意思表示してきたルーキー含める可愛い部下達が待つ食堂へと歩を進める。

 フィールの隣に並んで歩いたハーマイオニーは優しい笑みを溢している彼女の横顔を見て、改めて心の底から安心するのであった。




【フィールの一番弟子コンビ】
今回登場したルーキーちゃんは学生時代に魔改造したクシェル達を除外すれば、リハビリ兼ねて一時期新米の教育係を務めた闇祓いフィールの一番弟子。
そしてフィール生存ルートに於けるリリーは、クシェルやダフネ含むフィールに師事した歴代弟子ズの中で最強の実力と資質を誇る一番の優秀者(学生時代が被ってたらリリーはクシェル含めたSSメンバー全員に勝ってました)。
フィールの一番弟子が、後に一番弟子の教育係になると言う不思議な縁を物語った運命的な出来事。

【世界もとい民衆よりもクシェルが大事】
フィール「クシェルのいない世界なんて、守ってもしょうがないじゃない」

【今昔のフィールの比較】
分かりやすく例えるなら、過去及び本編のフィールが煉獄さんに近いタイプなら、現在及び生存IFのフィールは宇随さんに近いタイプ。要はヒーローかナイトかの違い。
命の順序も後者のフィールはクシェルが一番。これは絶対不動。
その次がハーマイオニーやクリミアたち親友・家族含めた身内全員で、三番目がルーキーちゃん含めた同僚・部下。そして最後に自分(もっと正確にするなら三番≒四番)。
大体こんな感じでしょうか。
本編フィールが命の順序に終始自分を含めていなかった事を考えればIF世界線と言えどフィールはこれでもかなり成長した方です。

【別世界線のIFフィール】
執筆最中、「本編では幼少期に両親と姉との死別を経験して『大切な人を亡くす』実感を持ってたフィールがもしも、家族が生きてる世界線で幸せな生活を送った上で本編みたいなトラブルに強制的に巻き込まれたら?」と言うIF話が頭の中でずっと展開してました。
本編とは真逆に喪うものが何もなかったフィールがホグワーツに入学してから突然死と隣り合わせの学校生活を強いられればどうなるのかを考えたら、その世界線のIFフィールは本編フィールよりも精神的にウルトラスーパーベリベリハードモードな人生を送る羽目になってた可能性が高くて。
そうなれば本編以上にバッドなエンドしか待っていない気がして何かもう、私自身フィールには申し訳無い気持ちで一杯だったりもします。
ある意味では原作ハリーのIFですね。
若しくは呪いの子のセドリックに近い末路でしょうか。

【結論:どちらにしろフィールは命の危険に晒される】
クシェル「よし分かった。全員纏めて血祭りにしてやる」

【次回サブタイトルのヒント】
毎度の如くカクテル及びカクテル言葉。
大分前からいつかこのサブタイトルを冠したクシェフィル回を書きたいとは思ってましたが、書いてしまったら本当にこれ以上のクシェフィル回はこの先きっと書けないような気がして、ずっと書けませんでした。
ですが前書きでも述べたように、日本でも話題となったタイのとあるGLドラマの影響で再熱し、執筆完了はあともう一歩のところまで現在来てます(ご存知の方は今回のルーキーちゃんとフィールの関係とストーリーをご覧になってピンと来られたのではないでしょうか?)。
最後の更新から実に約1年半ぶりの更新でしたが、楽しんで頂けたのであれば嬉しい限りです(*´ω`*)。
そしてそして、昨年度リクエスト回第2弾を頂きました新谷奏 様、改めまして本当にありがとうございます。
今回のエピソードと次回のクシェフィル回のベースとなるストーリーを綴った昨年度のリクエストがなければ、しっくりくる展開が中々思い付かず、執筆途中でまた挫折し諦めていたかもしれません。


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リクエスト②seq2.XYZ(永遠にあなたのもの)

皆様こんばんは。
リクエスト②後日談後編、及びクシェフィル回です。
2~3日掛かるかと思いきや1日で加筆修正が終わったので私自身もビックリ。ですが一度は本気で諦めた今回のサブタイトルを冠するクシェフィル回を無事に書き切り更新する事が出来てひと安心です。
三部構成に分かれたリクエスト②後編の更新当時は「これ以上のクシェフィル回はもう書けない」と思いましたが、今回はそれを上回るクシェフィル回に。
そして、予めご了承ください。
真に今回のクシェフィル回を越えるクシェフィル回はこの先二度と書けないと思われますので、皆様も今回以上のクシェフィル回はもう見れないと覚悟しました上でお進みください。


 その日の夜。勤めを終えて帰宅したフィールはいつも通り、愛しい人が待っているリビングへと迷う事無く向かった。

 長い廊下を足早に通り抜け、ドアを開ける。

 

「ただいま、クシェル」

 

 目的地(リビング)に来て早々、一直線にクシェルの元へ歩み寄ったフィールはギュッと抱き付き、スリスリと飼い主に甘える仔猫のように頬擦りする。

 

「おかえり、フィー」

 

 仕事終わりのフィールがこうして甘えてくるのは最早日常茶飯事。

 そうでなくとも休日はクシェルにべったりの甘えん坊さんモードになる為、勤務中は誰にも見せない、そして誰も知らない甘えたな彼女の素顔に笑みを溢したクシェルはしっかりと抱き留め、温かく迎える。

 その笑顔は職場では「見えない処刑人」やら「進撃の死神」やらとにかく物騒なアダ名を付けられている張本人とは思えない程に柔和であった。

 

「何かいつもより機嫌良さそうだけど、良い事でもあったの?」

 

 数年の時を経て入学後のホグワーツで再会して以来、伊達に長く一緒に居る訳ではない。

 一時期大喧嘩して互いに距離を置いた時もあったが、それでも今日までほぼ毎日共に過ごしてきたから表情や眼差し、雰囲気の些細な違いで何も言わなくても察したクシェルが尋ねれば、フィールは笑顔で首を縦に振った。

 それはイコール、イエスと言う意味で。

 気になったクシェルは「立ち話もあれだからソファーに行こう」とフィールの手を握ってソファーまで行き、腰掛ける。

 フィールの頭を抱いてゴロンと膝の上に横たわらせれば、クシェルに膝枕して貰った彼女は誰が見ても嬉しそうに寛いだ。

 

「相変わらずクシェルの膝枕は癒されるわ。尤も、クシェルにして貰う事はまず何でも好きだけど」

「いつにも増して甘えん坊さんだねえ。それで、今日は何があったの?」

 

 頭を撫でながらクシェルが改めて質問すれば、フィールは嬉々として今日あった出来事を話し始める。

 詳しく話を聞いたクシェルはハーマイオニー同様、仕事で悩んでいたフィールを元気付け、迷いを吹っ切るきっかけとなってくれた新人の女性闇祓いに心から感謝した。

 

「副局長としてフィーを敬愛して付いて行くって言ったその子には本当に感謝だね。純粋にフィーを慕ってくれる後輩ちゃんなら私も嬉しいよ。そのルーキーちゃん、立派な闇祓いに成長すると良いね。次の非番の時、お礼の品でも持って直接会いに行こうかな。ああでも、今私が行ったら怖がっちゃうかな? 何か噂じゃ闇祓い局内で変なアダ名付けられてるみたいだし」

 

 ま、裏を返せば虫除け効果は抜群だから良いんだけどね、と言って笑うクシェルはまさにヴィランのそれだったので、フィールは苦笑するしかなかった。

 

「他の同僚はそうかもしれないけど……。少なくともあの子はクシェルを恐れていなかったから会っても大丈夫だと思うわよ」

「そう? なら良いんだけど。闇祓いになってフィーが初めて教育係を担当するその新米ちゃんは学生時代、フィーに師事した私にとっては妹弟子にあたるから。怖がらないでいてくれるのは有り難いよ」

「言われてみれば確かにそうなるわね」

「とりあえず休み明けの仕事でその子に会ったらよろしく言っといてくれる?」

「ええ、分かったわ」

 

 フィールが了承すれば、クシェルは「お願いね」と表情を緩ませる。

 

「それにしても、まさかそこまでキスマークと歯形の虫除け効果が効いてるとはね」

「お陰で今ではあの子とハリー達以外の同僚は必要以外接近も接触もして来ないから精神的に落ち着いて仕事出来るわ。その分、クシェルは独占欲と執着心がとても強い人だって日に日に他部署でも色んな人達に認識されるようになったのだけれど……」

「実際、愛情表現とは別に独占欲や執着心が強いのは自分でも否定しないよ。ま、それ以外にも理由はあるんだけどね」

「理由?」

「うん。もう二度とフィーを死なせたくない、私の元から離れて欲しくないって言う独占欲に近いけど独占欲とはまた別……多分一番近いのは束縛かな? ほら、首筋って重要な血管が幾本も通ってて傷付ければ簡単に命を奪える程、生き物にとっては繊細且つとても大事な部分でしょ? そんな生命を繋ぐ部位に愛情表現の一種であるキスは愛情で以てその人を繋ぎ止めたい、と言う気持ちの顕れだと思わない?」

 

 見方によってはその人の全て、生命(いのち)さえも独占してしまいたいと言う強い欲求の体現化。

 それこそが首筋へのキスは独占欲や執着心を意味する所以ではないだろうか。

 

「……もしかしてクシェルが6年の新学期初日に首にキスしたのって、一度ムーディからの『死の呪文』を受けて生死の境……正確には魂の境界線を彷徨った私をこの世に繋ぎ止めたいって言う気持ちからだったりするのかしら?」

「まあ、そうだね。あの時は半ば衝動的な行動だったけど……当時は私と言う鎖で束縛してでもフィーを手放したくないって気持ちで胸中は一杯だったかな。だってそうでもしないとまた何処か遠くに行っちゃいそうだったし。正直、これ以上自分の元から離れようなら割りと本気で何処か安全な場所に閉じ込めてしまいたいとさえ思ってたかも」

 

 「それ、要は軟禁よね?」とフィールが突っ込めば、クシェルはけろっとした顔で「そうとも言うかもね」と至って普通に返答したので、フィールはまた苦笑いを浮かべる。

 

「だけどまあ……そんなクシェルを心から大好きで彼女(あなた)になら支配されても構わないと思う私も、第三者からすれば狂ってるように見えるのでしょうね」

「周りの意見なんてどうだっていいじゃん。それだけ自分の色に染まってくれてるなら寧ろ本望だし、そんなの今更でしょ」

 

 と、そこまで言ったクシェルは一度、言葉を切って眼を閉じ……再び瞼を開いたら、ゆっくりと口を開いた。

 

「……ねえ、フィー」

 

 静かな声で名前を呼ぶ。ただそれだけ。

 ただそれだけの事なのに、一瞬でクシェルが纏う雰囲気と周りの空気が変わり……自然と上半身を起こしたフィールはクシェルの隣に座って姿勢を正した。

 

「しつこいかもしれないけど、私もフィーの事は言葉で言い表せないくらい大好きだし、愛してるよ。だから……これから先の未来で闇祓いで在り続ける事に疲れたり、最前線に立つ事が怖くなったらいつでも辞めていいからね。例え闇祓いじゃなくても、戦えなくなっても。ただ私の傍で生きてくれたらそれだけで私は嬉しいから。幸せだから。フィーと同じように私だってフィーが居ない世界ほど、私の人生で無価値なものも無いから」

 

 こんな事、せっかくルーキーちゃんのお陰で迷いを吹っ切れたフィーに言っていいのか分からないけどね、と申し訳無さそうにしつつ、先刻までのほんわかとした空気から一変、真剣な表情と真っ直ぐな眼差しでクシェルはどストレートに告白する。

 

「私の人生はフィーが隣に居て初めて輝く。ハッキリ言ってフィーより大好きで大切な人は世界中何処を見渡しても他にいないよ。だってこれ以上無いくらいに愛情と熱情を抱く人物なんて、一生どころか前世でも来世でも現れないと断言出来るくらいフィーは私の唯一無二で特別な存在だからね」

 

 こういう時のクシェル程、どこまでも真っ直ぐに愛の言葉を伝えられる人は他にいない。

 常々そう思うフィールは改めて自身がどれだけクシェルに愛されているかを実感し、内心歓喜すると同時に恥ずかしさから頬に熱がこもるのを感じた。

 

「……私もクシェルとは死んでからもずっと一緒に居たいし、死ぬ時は一緒に死にたいわ」

「え? 何言ってんの。そんなの当たり前じゃん。フィーだけが死んで私は生きるなんて事は絶対ないし、逆も然りでしょ? 万が一フィーが死んでしまうような事があれば私も一緒に逝くし、反対に私が死ぬってなった時は一緒に連れて逝くよ」

 

 どっちにしたって独りにはさせないから安心して、とクシェルが言えば、微笑したフィールはコクリと頷く。

 大切な人に先立たれる苦痛を誰よりも知り尽くしているフィールにこれ以上の重荷は背負わせたくないし、彼女が自分を置いて先に死んだ後の残りの人生を生きるのは文字通りの生き地獄でしかない。

 互いにとって何が一番辛いか、それを痛いくらいに理解しているからこそ「生きるのも死ぬのも一緒」と二人は迷わず言い切れるのだ。

 

「物語では愛する人の為に自ら犠牲になる道を選んで、自分じゃない誰かと幸せになって欲しいと願うのはよくあるパターンだけど、私はそんなのまっぴらゴメンだからね。だって両想いなら、お互いに愛し合ってるなら。自分以外の人間が愛する人の隣に居てキスしてる光景(すがた)なんて想像するだけでも吐き気がする。呪い殺してやりたくなる」

 

 自分達じゃないカップルがそのような物語のテンプレに直面した時にどんな選択をするのかは知らない。

 が、そうするくらいなら命果てるその時まで一時も離れず運命を共にする。

 この選択肢を一ミリも迷う事無く取れる程には互いが互いに依存していて、相手がいなければ生きていけない……否、生きる意欲も意味も価値もないと思う程には互いに互いを想っていた。

 

「別にね、愛する人に限らず人を幸せにするのは何も自分でなくても誰にだって出来るし、それこそ何だって可能だから、そういう些細な問題は大して重要じゃないんだよね。ハッピーな気分にさせるのが目的なら誕生日やクリスマスにプレゼントを渡すなり、皆を呼んでパーティーを開くなりするだけで十分OKだから」

「だけど隣に立つのは違う。愛する人の隣は相思相愛の関係にある人のみに許されたただ一つの特等席……。その特権を自ら他人に譲るなんて馬鹿な真似は死んでもやらない。少なくとも私はね」

 

 己の持論を語る度、愛情と熱情に裏付けられた強い欲求が身体の奥底から沸き上がり、その衝迫がクシェルを衝き動かす。

 気付けば無意識にフィールの身体をソファーの背凭れに押し付け、縫い止めるように両肩に手を置くと太腿の間に膝を捩じ込んだ。

 

「こんな体勢で言う事じゃないけど……まずは今日まで休んだお仕事、お疲れ様。……ルーキーちゃん達にご褒美あげたなら、お仕事頑張ったご褒美、私にも頂戴?」

 

 その言葉に隠されたクシェルの意図を瞬時に読み取ったフィールはアイオライトの()を細め……微かに口角を上げる。

 

「どうぞ召し上がれ。プレゼントならぬご褒美は私、だから、貴女の好きにして……っんぅ」

 

 花が咲くようにふわりと、でも妖艶に微笑みながら言われた言葉に堪らず、最後まで言い切らない内に両手で頬を挟みながらクシェルは深く口付けた。

 触れ合う柔らかな熱が両者の思考を朦朧とさせる。

 若しくは知らない間に既に稀薄していたのかもしれないが、そんな細かい事はこの際どうでもいい。

 その時々で異なるキスを幾度と無く繰り返す内に酸欠で息苦しくなったのか、フィールが軽く肩を叩いてきたのでクシェルは一旦唇を離す。

 息継ぎもままならないまま、クシェルに散々酸素を奪われたせいで肩で息をするフィールは顔全体を真っ赤にさせ、目尻にはうっすらと涙が浮かんでいた。

 半開きの視線は定まっておらず、口の端からは混ざり合った二人の唾液が溢れていて、満足げにフッと笑ったクシェルは頬から細い首のラインをなぞるようにゆっくりと手を下ろしていく。

 ローブを脱がし、緩めた黒いネクタイをしゅるっと抜き取り、第二ボタンまで開いて色気を感じさせる首筋と鎖骨を露にしたら後はもう、押し寄せる本能的感情の奔流に身を任せるのみだ。

 

「んっ……はぁ……っ」

 

 今は大分消え掛かっているキスマークを新しく付け直すよう、薄い柔肌に唇を吸い付かせば、相変わらず頭を痺れさせる吐息混じりの甘く掠れた声が脳に響く。

 何度聞いても飽きないどころかもっと聞きたい、啼かせたいと思う自分に呆れながらも唇をしっかりと押し当て、ミルクを啜る猫のようにちろちろと舌先で愛撫する。

 

「ふっ……んん……っ」

 

 奥の方から感じるのは微かな脈動。

 生きる者全てが内側に持つ生命の証。

 彼女が今此処に生きている事を証明する何よりの証拠。

 

「ぁ…んっ……ダメ………気持ちいいッ……」

 

 プツン、とクシェルの中で何かが切れる。

 「気持ちいい」と言う、たった五文字の短い一言に彼女を求めてやまない獣染みた欲望がいとも簡単に理性を押し退けた。

 首筋に舌を這わせるクシェルにしがみついて快感に喘ぐフィールが逃げられないよう片手で腰をがっちりホールドし、もう片方の手を背中に回す。

 パチン、とワイシャツ越しにブラジャーのホックが外れる小さな音が耳に入り、突然の事に「ぇ……っ!?」と焦るフィールを他所に今度は慣れた手付きで第二ボタンより下のボタンを一つ一つ丁寧に外していく。

 最後に肩紐も含めて肘元までワイシャツを半分脱がせば、クシェルの手によって役割を果たせなくなったブラジャーが完全にずり落ち、二つの膨らみが露になった。

 どんな高級織物の絹でも敵わない、きめ細かく滑らかな手触りを誇る白い柔肌の上半身で一際目を引く、豊かに実った果実を思わせるそれ。

 いつ見ても非の打ち所が無い、愛しい人の完璧なプロポーションにタメ息を吐いたクシェルは沸き上がる情欲に従い、花の芳香に誘われ甘い蜜を求める蜜蜂や蝶のようにゆっくりと顔を寄せていく。

 

「んっ……、あぁあ……っ」

 

 口に含んだ胸の先端にある薄紅の突起を舌で転がすように、唾液を塗り込んでいくように舐め回す。

 時折吸ったり甘噛みするなどして刺激を変え、じっくりと味わえば、頭上からの嬌声がより一層脳を鼓膜を震わせた。

 その間、空いてる手でもう片方の乳房を愛撫するのも忘れない。

 掌全体で包んだと思えば下から掬い上げるようにして揉み、白い胸の上で存在を主張する少し固くなったそれを摘まみ、こりこりと刺激する。

 時折強めに指を弾ませれば甘美な鋭さを伴った快感が脳髄まで一気に突き抜け、只でさえ敏感な感覚は一連の動作を繰り返される度に一層鋭敏になった。

 

「ぁ……ッ…………! っん、うぅ……! はぁっ………、っあ…………クシェ、ル……ッ」

 

 快感のボルテージが頂点に達しそうになる寸前、あからさまに見計らったタイミングでわざと中断させ、程無くしてまた再開する。

 この砂糖漬けならぬ快楽漬けルーティンにより、以前にも増して熱く疼く肉体は弥増しに快感と刺激をひたすら求めた。

 最早本能だけでなく理性までもが底無しの快楽の海に溺れ、沈み、全身を覆うもどかしさと気持ちよさに自分でも訳が分からないフィールは涙眼になる。

 上り詰めても何処にも行き場の無い熱に真っ白に染まりつつある意識が狂いそうで、思わず破けそうになる程の強い力で服を握り締めた。

 

「もぅ…無理……ッ……、我慢出来ない……ッ」

 

 そんなの、わざわざ教えられずともこれまで何度も彼女を抱いてきたクシェルには全て分かっていた。

 腕の力加減と声音からいつもは強靭な精神力も今では快楽と欲望に屈服している事も。本人は無自覚かもしれないが、焦らされた分だけ熱に冒された身体は限界の先を越える瞬間を今か今かと待ち焦がれ、官能に打ち震わせている事も。

 だが、それでもやはり「我慢出来ない」と甘く掠れた声で懇願されれば、クシェルの中で燃え盛る情欲の炎に更なる興奮材料(ガソリン)が投下され、こちらまで我慢出来なくなる。それが何とも堪らない。

 首筋に熱い吐息を感じながらクシェルがそんな事を考えてる間にも、彼女を気遣う余裕が一切持てないフィールからの抱擁は益々強くなる一方であった。

 痛いくらいに抱き締められ、服越しからでも背中に爪が食い入るように突き刺さるが、その痛みも爪痕も、気持ちいい以外に何も考えられないくらい感じ入ってくれていると思えば、それら全てが幸福感と愛おしさに変わる。

 上目遣いでフィールの様子や反応を窺っていたクシェルは、無意味な我慢もプライドも全てをかなぐり捨てて渇望する彼女からの懇願に応えるべく、今しがたまで胸を攻めていた手で黒い髪を掻き上げる。

 そして、熱を帯びて紅く染まった耳朶にそっと唇を寄せ―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「堕ちて─────フィール」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 普段はまず滅多に呼ばない、愛称ではなく本名を低く熱い声で耳元で囁いた瞬間。

 

「っは、ぅ……、ぁんっ………、~~~~~ッッッッッ!!!」

 

 瞬く間に張り詰めていた強烈な快感が一気に弾け飛び、今日一番の強い力でクシェルに縋り付きながら身体を大きく仰け反らせ、痙攣した。

 

「…ぁ…………はっ……はぁ………っ……」

 

 暫くは肉体を覆う快感の余韻に身体を震わせていたが軈て力尽きたのか、全身の筋肉が弛緩した途端、ぐったりと背凭れにもたれ掛かる。

 それでもクシェルは腕に抱いたまま、決して手放そうとはしなかった。

 蒼い瞳はトロンと熱で溶けており、荒い息遣いなのにどこか満足げな吐息を漏らす様は色っぽい表情と相まって最高に艶かしい。

 相も変わらずペッティングだけで極致に至れる彼女の感度の良さに、極上の満足感を噛み締めたクシェルはいっそのことこのまま「最後」まで突き進みたい衝動に駆られる。

 が、そうすれば今度こそ彼女は気を失ってしまう可能性が極めて高い。

 本人は大丈夫と思っても身体は連日出勤で相当疲労が溜まっている筈だから、休憩無しで続行するには些か負担が大き過ぎる。

 それにまだ食事の支度も入浴も済ませていないのだ。流石にそのような状態でアクセル全開のままノンストップで次のステップへ突入する訳にはいかない。

 幸いにも明日と明後日は二連休だ。

 時間は持て余す程あるので続きは夜からでも遅くはないだろう。

 だからと言ってこれで終わるには感情の昂りも早々に鎮められないところまで来てしまった。

 自身の欲の強さとブレーキの効きの悪さに微苦笑しつつ、本当の楽しみは夜まで取っておこうと自分に言い聞かせながら、クシェルは疲れ果ててぐったりとするフィールを優しく抱き締める。

 クシェルから抱擁を受ければ放心状態でもフィールはふにゃりと笑う。

 その表情はマシュマロを入れたホットチョコレートのように甘やかだった。

 

「……続きは夜にするけど、その前に一回だけこうさせて」

 

 フィールの返事を待たずにクシェルは胸元に唇を寄せる。

 左胸の近く、頂よりやや中央寄りの、心臓の丁度真上。

 柔らかな膨らみの間で激しく脈打つ、呼吸の乱れぶりをそのまま反映する鼓動が響くそこへ口付けを落とし、そのまま強く吸い付く。

 胸へのキスは首筋と同じ意味。相手に対する独占欲や所有欲を孕んだ愛情。

 その事実を踏まえた上で生命の象徴とも言うべき心臓を内側に宿す箇所へキスするのは、「彼女の心臓(すべて)は自分だけのもの」と言う、言葉には出さないクシェルの独占欲の本気度を明確に表していた。

 

「ぁっ……っん…………ぅ……」

 

 チクリとした痛みさえ快感に変換され、甘美な痺れとなって全身の神経を駆け巡ったフィールは弛く腰を振る。

 どんなに声を圧し殺しても結局は堪え切れず、押し寄せる快楽の渦に飲み込まれて顔を真っ赤にさせながらよがる姿。

 それは只でさえ気分が高揚していたクシェルにとっては先程の懇願と同等に最上級の興奮材料であり、熱い胸の高鳴りを抑えられなかった。

 ……同時に、あの事件以来ずっと自分の中で抑圧してきた代償で澱み、燻り続けてきたドス黒い感情が少しずつ顔を出し始める。

 

「……何もかも全部私のせいとは言え……ほんと、何でそんなにエッチくなっちゃったかな」

「んっ……………()だった……?」

 

 ぼんやりとだが困ったように、でもどこか嫌そうにも見える難しい表情で深く息を吐いたクシェルを見て、不安になったフィールはシュンとした仔犬のように眉を下げ、涙眼で問う。

 そんなフィールを安心させるように首を横に振り、目元を和らげて微笑むクシェルだが、その笑顔に違和感を覚えたフィールは尚更不安の念が拭えなかった。

 

()じゃないよ……。ただフィーが可愛過ぎて自分でも困ってるだけだから」

 

 そして、それ故に。

 自分だけが知っていればいいフィールの顔も声も全部見て聞いて、汚い手で身体にも心にも触れて穢したあの元部下の男達に対する怒りが、憎しみが、未だに胸の奥で燻り続け、抑制すればする程、腸が煮えくり返る思いは膨張の一途を辿っていた。

 

(あー……マジであのクズ野郎共、許すまじだわ)

 

 ふとした拍子に一度思い出せば止め処無く激情に駆られ、その衝動でフィールを傷付けてしまわぬよう必死に抑え付け、全力で圧し殺す度。胸中では解消不可能な憎悪や殺意が爆発寸前まで膨れ上がり、解放を求めて暴れ回る。

 

 この終わりの見えない不可避の負の無限ループはゆっくりと、でも確実にクシェルの傷付いた心を蝕んだ。

 

 フィールが媚薬に侵されていた当時はとにかく彼女を助けるのに必死で、事件翌日は解毒剤が効いて無事元通りになった事への安心感から、彼女の元部下達の許し難い愚行は、警告しに一度だけ訪問した時を除いてなるべく考えないようにしていた。

 考えれば考える程、言い様の無い憤りと殺意に身体と思考の主導権を握られそうになると、辛うじて保っている理性が本能で察していたからだ。

 しかしクシェルは、今更ながらそれが却っていけなかった事なのだと、頭の片隅で気付き……否、認めざるを得なくなる。

 素直にフィールに己の葛藤を打ち明ければ良かったものの、彼ら絡みの話題を蒸し返す事でトラウマを抉りたくなかったとか、余計な心労を掛けたくなかったとか……。

 それらしい理由を付けて自身の不安定な精神状態から眼を背け、問題と向き合う事から逃げた結果、完全に裏目に出てしまった。

 

「……ッ、……」

 

 グッと両肩に添えていた手に思わず力が籠る。

 自分じゃない人間が身勝手にもフィールを穢した事へショックを受けたあの日からずっと、彼女の心にはヒビが入っていた。

 その亀裂は日増しに広がり、そこから入り込んだ負の感情がインクのように浸透し濃さを増せば増す程、漠然とだが自分が自分でないような感覚に陥るのを確かに感じ……怖くて誰にも言えなかった。

 縁起でもない事を言ってしまえば本当にその通りになってしまいそうな、そんな気がしたからだ。

 

「……クシェル?」

 

 放心状態から完全に抜け切らなくても、肩に置かれた両の掌から伝わる強さと重みの変化を感じればすぐに反応するのがフィールだ。

 朧気な視界の中、フィールはどこか苦し気な表情で何かを必死に堪えるクシェルの昏く、重く、冷たい眼差しの奥に秘められた様々な負の感情を捉える。

 一見自身を見据えていながら、その実心ここに在らずと言った様子のクシェルにほとぼりが冷めたフィールは、経験に基づく直感から彼女の心理状態を的確に見抜く。

 今の彼女は十中八九、昔の自分と同じ状態……否、昔の自分そのものだ。

 

「―――クシェル」

 

 もう一度、フィールは呼び掛ける。

 先程のようなぼんやりとした声音ではなく、今度はしっかりした声音で。余韻に浸って焦点の合っていなかった眼も今はクシェルにピントを合わせながら、彼女のたおやかな頬に両手を添え優しく包み込む。

 少し力を入れ、グッと頭を引き寄せるとそのまま口付けし……霧がかかった夜の闇の中を彷徨うように心が完全に迷走していたクシェルはハッと我に返った。

 時間にすると僅か数秒だったかもしれないが、体感的には1時間程そうしていたような気がするクシェルの大きな眼を、唇を離したフィールは至近距離から一直線に見据える。

 

「今の貴女にはハッキリ言った方が良いと思うから敢えて強く言うわ。―――余所見しないでこっちに集中して。私だけを見なさい」

 

 前置きした通り、敢えて命令形で言明したフィールのたった二言のメッセージでクシェルの視線は、意識は、心は一瞬にして全て彼女の方へと注がれた。

 

「単刀直入に訊くわ。貴女、さっきまで自分が自分でなくなっていくような感覚に見舞われていたでしょう?」

「! それは……」

 

 図星を突かれ、動揺したクシェルは反射的に視線を逸らしてしまったが、すぐに「こっちを見なさい」の一言で目線を戻される。

 何故かは知らないが、フィールの声には頭で考えるより先に身体がその通りに動く不思議な何かがあった。

 

「その反応は肯定と見なすわよ。念のため言っておくけど、よしんば誤魔化そうとしても同じ体験をした事がある私には効かないから。故に経験者として言わせて貰うわ。―――最後まで受け止めるから、こういう時は変に遠慮して自分の心に蓋をしたり要らない嘘を吐くよりも、ちゃんと話して。今の貴女は昔の私だから。私にとっても他人事じゃない大事な事なら尚更、クシェル本人の口から直接聞かせて欲しい。……誰にも苦悩を打ち明けず独りで抱え続ければどうなるか、貴女ならよく知っている筈よ」

 

 言外に10年程前の神秘部での戦いの出来事を指している事を察したクシェルは過去を振り返り、顔を歪める。

 脳裏を過るのは、記憶の奥底に封印していたトラウマを思わぬ形で半ば強制的に思い出されたフィールの喀血した姿。

 フラッシュバックによる突然の心の負荷に耐え切れず、意識を失い、目が醒めた後の彼女は記憶を完全に取り戻した反動と相まって長年抑制し続けたストレスが爆発した結果、闇堕ちバーサーカー状態となり……。

 そこから先は思い出したくすらないので、クシェルは頭を振って脳内映像を打ち消す。校長以上にあの男の事は今でも許せないからだ。

 忌まわしい記憶を振り払ったクシェルはフッと一つ息を吐き……改めてフィールと向き合う。

 

「まさか、あんなに意地っ張りで頑なに悩みを話そうとしなかったフィーから『誤魔化さないでちゃんと話して』って言われる日が来るなんて、思ってもみなかったよ」

「奇遇ね。私自身ビックリよ。でも私がこうして言えるようになったのはクシェルのお陰だから。

……当時の貴女と同じ立場になってみて、どれだけ自分が貴女や周りに心配や迷惑を掛けてきたかを痛感した分、今更だけど本当に皆には申し訳無い事をしたと思うわ」

「……っ、ヤバい、マジで泣きそうなんだけど。ついこの間まで自分を顧みない行動ばかりしてたフィーの口からまさかそんな言葉が出てくるなんて……」

 

 「フィーも随分成長したんだね」とクシェルは涙ぐんで笑いながら頭を撫でれば、少し照れたように赤面した彼女は「そんなに泣く?」と照れ隠しも兼ねて尋ねる。

 その質問にクシェルは「当たり前じゃん」と大きく頷いて見せた。

 

「いつだったか二回くらい本気で平手打ちした事もあった私の努力が長い年月を経てやっと報われて、これを嬉しいと思わずして何と思えばいいの? ちっちゃい時からフィーをずっと見てきて支えてきたクリミア達だって、さっきの言葉を聞いたら私と同じようにフィーの成長が嬉しくて泣くよ、きっと」

「そういえばそんな事もあったわね……。あのビンタは中々強烈だったわ」

 

 不意に嘗てクシェルから本気で張り飛ばされた頬の痛みと衝撃を鮮明に思い出したフィールは無意識に摩りつつ、今となっては何度も彼女を悪い意味で泣かせた自分が憎くて、タイムターナーがあったらすぐにでも過去の自分をブン殴りたいとタメ息を吐く。

 するとそんなフィールの心中を読み取ったのか、

 

「安心して、これで次に危ない真似をしたら今度こそ平手打ち(パー)じゃなくて(グー)で分からせるつもりだったから。ま、今はその必要も無くなって良かったと思うけどね」

 

 と、笑顔でさらっとクシェルが言ってきたので「嫌な安心もあったものだわ」とフィールは苦笑する。

 少しばかり話は脱線したが一連の会話のお陰で大分肩の力が抜けたのか、険しい表情だったクシェルも穏やかな面持ちになっていた。

 それから意を決したように「フィーに言われた通り、今からちゃんと話すよ」と切り出せば、苦笑いから一変、圧迫面接の如く要らぬプレッシャーは掛けない程度にフィールも真剣な顔付きへと変わる。

 そんな彼女の配慮に感謝しつつ、クシェルは一度眼を閉じ、二度三度深呼吸して話す順序を頭の中で多少整理してから、胸の内を素直に吐露した。

 あの日からずっと、時間が経てば経つほど彼らに対する憎悪は薄れるどころかどんどん濃くなっていった事。

 万が一衝動に駆られた場合、思いがけずフィールを傷付けたくない一心でどうにか抑制する度、思考や精神が憎しみの色に染まっていき、意識が何処か別の場所へ持っていかれるような、そんな錯覚に陥っていた事。

 口にすれば本当にその言葉が現実になってしまいそうで、恐怖心から今まで誰にも言えなかった事等々……。

 フィールはクシェルが言い終えるまで一度でも話を遮ったりはせず、時折相槌を打つ等して話しやすい環境をキープし続け、軈て彼女が苦悩もストレスも全て吐き出したのを確認したら、

 

「最後まで全部話してくれてありがとう。そしてお疲れ様」

 

 と労いの言葉を掛け、優しく微笑みながら頭をポンポンと軽く叩いた。

 

「私こそ、最後まで聞いてくれてありがとう。お陰で心に積もり溜まってた澱を吐き出せて気持ちが楽になったよ。……何て言うか、話していてずっと感じてたけど、私も過去のフィーと同じ立場になってみて、あの時のフィーはこんな気持ちだったんだなって、初めて本当の意味で分かった気がする。言葉にして直接想いを伝えるのって実は凄く……凄く、勇気の要る事なんだね」

 

 どんなに相手と仲が良かったとしても、誰にだって徹底して何も話したくない事の一つや二つがあるのは当然だから、必ずしも自身のプライベートを全て晒す必要は無い。

 でも、だからこそその言いにくい秘密を他者へ打ち明ける時は、信じられないくらいに勇気が必要なのだとクシェルは痛切に感じていた。

 

「貴女とは長い付き合いだから、現在は以心伝心する事も多いけど……想いはやっぱりこうして言葉で直接伝える方が相手の心にきちんと届くし、以心伝心だけでは伝わり切らない事も聞けたり、解釈違いを起こしてないかを確認出来るわよね」

「何も言わなくても相手が察してくれる事に慣れちゃうと、却って知らない間にスレ違ってるなんて事も有り得るからね。普段から距離が近い分、お互いに言葉に出さなくても分かってる筈だって、頭や心の何処かでちょっと過信しちゃってた部分もあるのかもね。どんなに好きでも、愛し合ってても、それぞれ独立した人格の持ち主だから、考えてる事全てが正確に伝わる訳じゃないのに……」

「そういう意味では私ももっと早くに言うべきだったわ。クシェルは大体、思ってる事はすぐ伝えてくる方だから……。これからも何か言いたい事があればその都度言ってくるだろうって無意識に思い込んだ結果、今日までずっとストレスを溜め込ませてしまって本当に申し訳無いわ。……ごめんなさい」

 

 今から思えば、以前クシェルに自身が仕事へ行く度に不安な気持ちに駆られていると本音を打ち明けられた時点で、あれはクシェルなりの無意識のSOSのサインだったかもしれない、と気付けば良かったと後悔する。

 

「今後は私ももっと自分の気持ちを伝えるようにするから。愛してるやありがとうのポジティブ感情だけじゃない、不安や悩みと言ったネガティブ感情も含めてお互いに言いたい事を何でも言い合えるように。例えケンカしたとしてもそんなので心から相手を嫌いになったり、縁が切れるような関係じゃないでしょう私達は」

「それは勿論。何があってもフィーの事はいつまでも大好きだし、フィーも私の事を永遠に愛してくれるって信じてるよ。お互いに本気で嫌いになるなんてそれこそ天地が引っくり返っても、世界が滅んでも絶対有り得ないから」

 

 クシェルの返答に微笑しつつ、彼女が今回の一件で不安や苦しみを独りだけで背負い込んだのは、頑なに悩みを打ち明けようとしなかった自身の悪癖に感化されてしまったからではないか、と言う罪悪感と申し訳無さでフィールは胸が一杯になる。

 その気持ちは表情(かお)にも出ていたのか、「フィー、暗い顔してどうしたの?」とクシェルが心配そうに尋ねてきたので、素直に自責の念を吐露して謝罪すれば、「じゃあ、今まで悩み事を相談する機会を蹴ってきた分だけ、これからはちゃんと言うようにして」と返してきた。

 

「相談相手は私でも家族でも仲間でもいい。フィーには頼れる人が周りに沢山いること、辛い時、苦しい時は必ず誰かに助けを求める事を忘れないで。フィーだって私やハリー達がピンチの時にはどんなに遠くに居ても駆け付けてくれるでしょ? 逆も然りで私達もフィーが困ってたら支えたいし助けたいんだよ。だからこれを機に今後は独りだけで思い悩んだり殻に閉じ籠るのは改めてお互いNGって約束。いいね?」

 

 身体が自分一人のものでなければ、心もまた自分一人のものではない。

 辛い事や苦しい思いを「相手に迷惑掛けたくない」と言う要らぬ配慮から隠し続けるのは、自分を大切に想ってくれるのと同時に心配してくれる相手への裏切り行為であり、そういう考えこそが互いにとって逆に迷惑だ。

 

「そうね。何とも皮肉な話だけれど今回の一件で私と貴女、どちらも相手と同じ目線に立つ機会に恵まれて真に互いの理解者になれた訳だし……。結果的にこうして相互理解を深められて前より心情を吐露しやすくなった上での約束なら、ちゃんと守ってよ?」

「それはこっちのセリフ。これで次に反故したら罰としてグーパンチ+24時間擽り地獄か1週間軟禁生活のどっちかを選んで貰うからね?」

「だったら私は1ヶ月間スキンシップ禁止にしようかしら」

「せめて2週間にして!? いや2週間でも嫌だし地獄だけど! 1ヶ月間フィーに触れられないとか絶対ムリ! 精神クルーシオされて死ぬ!」

 

 まるで冤罪なのに死刑宣告を受けた人間のようにあたふたするクシェルの必死な様子にフィールはイタズラっぽく笑う。

 一頻り笑った後、少し落ち着いた彼女は一度深く息を吸って吐き、静かに言葉を発した。

 

「―――クシェルが彼らへの憎しみや殺意を綺麗さっぱりには消せないように、私も信じてた仲間(ぶか)に襲われ、裏切られたトラウマとショックはこれからも残り続けるでしょう。辛い記憶や苦い過去は忘れたくても忘れられない程の深い傷となって心に一生刻まれるものだって痛いくらい知ってるから、『いつまで過去を引き摺るの』とは私は言わないし、思わないわ。貴女に対しても、自分に対しても」

 

 直後、それまで慌てふためいていたクシェルは耳に入ったフィールの言葉(こえ)にピタッと一瞬で冷静さを取り戻し、全神経を彼女へ集中させる。

 瞬く間に口を閉じ黙って耳を傾けたクシェルとは逆にフィールは口を開いて言葉を継いだ。

 

「それでも私には、大切な家族や親友……何より最愛の人(クシェル)が傍に居るから。苦痛を和らげ、癒してくれて、私の事を心から愛して本気で想ってくれて、物理的にも精神的にも寄り添ってくれる人が居るから。自分を認識してくれる人を通じて自分と言う存在をハッキリと自覚出来るから。今と未来の私は昔の自分のようにはならないし、なる事もないのよ」

 

 仮にこれから先の人生で嘗てのように……セルフコントロール出来なくなる程に過去のトラウマや負の感情に身も心も完全に支配され、何もかも全て破壊するつもりで暴走する事があるとすれば、それはクシェルが殺された時だ。

 

「私に自分を愛してくれる愛しい人が(そば)に居ると言う幸福感と安心感を教えてくれたのは。理性のタガが外れて感情も魔力も自我も失った私を帰るべき場所へと連れ戻してくれたのは。他でもない貴女でしょう? だからもし、何かの拍子に思い出してマイナス感情にまた押し潰されそうになったり、自分を見失いそうになったら。そうなる前に私を頼って。貴女が私にそうしてくれたように不安も苦しみも憎しみも全部受け止めるし、例え迷子になったとしても何度だって連れ戻す」

 

 私の道標が貴女であるように、私も貴女の道標でありたいのよ―――と、嘗てのフィールからは想像もつかない言葉の数々に、何度目か分からない衝撃を受けたクシェルは驚きを隠せず眼を大きく見開く。

 しかしそれも、頭の中で反芻する内に様々な感情が胸の内から溢れ返り、思わず嬉し涙を流した。

 彼女の熱さ、優しさ、温かさに溢れた言葉が自身の固く冷たくなっていた氷の心に灯りを灯し、雪解けのように解けていくのを感じる。

 どんなにあの一件から時間が経過しても、一回でもフィールに汚い手を出した彼らの顔は、犯した罪は、一生忘れないし記憶から抹消する事はとてもではないが不可能だ。

 しかし、フィールはそれでも構わないと言ってくれた。

 経験者で理解者だからこそ自身のマイナスな一面を認めた上で全てを受け止めてくれた事、何よりあんなに自分を大事にしなかったフィールが自身を通じて明確に自尊感情を持ってくれた事が、クシェルにとってはこれ以上無いくらいに嬉しかった。

 

「……っ、あぁ、もう……っ。今の今まで私は一体、何を迷っていたんだろうね。一時的でもフィーを前にしてアイツ等に対する憎しみに心くらむとか、マジでどうかしてた。……ごめん、本当に」

「誰にでもそういう時はあるから。それに、クシェルがそうなるのは私の(とき)だけでしょう?」

 

 だから気にしないで、と柔和な笑顔でキスしてきたフィールの優しさと温かさに満ちた言葉がクシェルの蝕まれていた心に沁み渡り癒していく。

 涙を拭い、「ありがとう、フィー。大好き」と感謝と愛の言葉と共に抱き付いてきたクシェルは気持ちが吹っ切れたのか、憑き物が落ちたように曇り一つ無い晴れやかな笑顔を浮かべ、眼には失われていた光が戻っていた。

 ようやくいつもの彼女が帰って来てくれて、ホッとしたフィールが「……クシェル」と己が最も大切に想う人の名を呼べば、彼女は「何?」と首を傾げながら応えてくれる。

 そんなクシェルへの愛おしさをフィールは止められない。止められる筈がない。

 一度素直になってしまえば彼女に対する抑え切れないほど溢れ出る愛情は、強く求めたいと思う欲求は、倍加していく一方だった。

 

「好きよ」

「堪らないほど愛してる」

 

 一旦顔を離し、クシェルの眼を真っ直ぐ見つめながら改めて自身の想いを率直に伝えたフィールは角度を変え、再度唇を彼女の柔らかいそれに押し当てる。

 上気した頬を包む手に力を入れ、固定し直すのも忘れない。

 口を開くより先に唇を塞がれたクシェルは言葉を返せなかったが、伝えるのは後からでもいいだろう。

 熱を帯びた唇と両頬から伝わる二つの柔らかい感触とぬくもりに溺れるように、心地良さそうに眼を細めていたクシェルは静かに瞼を下ろす。

 言葉で愛を伝える代わりにギュッと抱き締める事で無言の愛を返せば、密着する身体から感じる熱が、両者の体温が混ざり合ったそれを通して心に溶け合う。

 今はただ、目の前に居る最愛の人と触れ合っていたい。より一層深い所まで、何処までも堕ちていきたい。自身が与えるだけじゃない、彼女がくれるもの全てが欲しくて堪らない……。

 何も言わずとも、言葉を交わさずとも、身も心も魂も深く強く繋がっている二人が考える事は一緒だった。

 

 

 ―――(あなた)は永遠にあなた()のもの。

 

 

 他者から見ればあまりにも重過ぎる関係かもしれない。

 しかし、それでいい。

 誰が何と言おうが、これが自分達の愛の在り方なのだから。

 他者に理解されずとも自分達が理解していれば十分だと、大声で主張出来るくらいには深く想い合っているのだから。

 これから先幾度と無く愛の言葉を伝えても、何度死んで何度生まれ変わっても、これ以上無いくらい、自分達は互いに互いを愛し続ける。

 それだけ分かっていれば、他に言う事は何もあるまい。

 お互いを死にそうなくらいに大好きなおバカさんである事は、他でもない彼女達が一番よく知っていた。




【物語のテンプレは真っ正面からボンバーダ】
分かりやすく例えるなら、映画タイタニック終盤でローズに「君は生きて沢山の子供を産んで最期は温かいベッドで死ぬんだ。いいね?(要約)」と自分の命と引き換えに長生きする事を約束付けたジャックとは真っ向から対立して真逆の選択をするのがクシェルです。
フィールの隣は自分だけであり、それ以外の人間が彼女の伴侶になるのは断じて許さない。許せない。自分じゃない誰かとの幸せを願うくらいならあの世で愛を育む。
フィールの方もクシェルだけが死んで自分だけが生き延びる道を選ぶくらいなら一緒に死ぬのが本望と考えるタイプだからこそ、クシェルの愛を受け止められるのはフィールだけと言うまさに相互依存の関係が成立してます。
クシェルがタイタニックに出演したらまず間違いなく賛否両論になってたのは明白ですね。
皆様はタイタニック終盤のような場面に直面した場合、どちらを選びますか?

【初期と現在でキャラが激変したクシェル】
いや本当、改めて読み返すと当初は天真爛漫だったクシェルがいつの間にかフィールへクソデカ激重愛情を抱く人間になってしまったのが作者の私自身も超ビックリ。
#4で友達なんて要らないと言ってた初期フィールに「じゃあ要らないって思わなくなるまで話し掛けるからね!」とポジティブに返してた頃の無邪気なクシェルが懐かしい……。
多分これ、クシェルじゃなかったら読者の皆様も「まあクシェルだしな……(納得)」になってなかったと思われます。
ここまで独占欲やら執着心やらが強いキャラになっても尚変わらずクシェフィルを推してくださる皆様には感謝しかありません。

【クシェフィルのバランス関係】
二人の内、基本的に一方をリードするのは皆さんご存知の通りクシェルで、IF世界線のみならず本編でもリード率はクシェルが上。
だけどもしもの時に相方を引っ張っていくのはクシェルではなく実はフィールの方。
そんな二人だからこそ、バランスの良い関係を保っていられるのです。

【サブタイトルのXYZ】
「これ以上良いものは作れない究極のカクテル」「XYZより美味しいカクテルを作る事は出来ない」と言われる所以から「これ以上はない」「究極」「最後」等の意味を持つ究極のカクテル。そしてカクテル言葉は「永遠にあなたのもの」と非常にロマンチック。
個人的に数あるカクテル及びカクテル言葉の中でもこれ以上ない程に「クシェフィル」を最もよく表しているので、IF番外編を書き始めた前後の2年程前から「いつかXYZをサブタイトルにしたクシェフィル回を書きたい」とは思いつつもいざ執筆となれば納得のいく話が思い付かず、気付けば今年までお蔵入りに。
それから約2年、こうして執筆&更新が出来て私も嬉しかったです(*´꒳`*)。
ここに至るまで付いて来てくださった皆様、本当にありがとうございます。
皆様はXYZ(永遠にあなたのもの)以外でクシェフィルにピッタリなカクテル及びカクテル言葉はございますか?
因みに私はコープス・リバイバー(死んでもあなたと)もクシェフィルを形容するのにマッチしてて、実はこの話を本格的に執筆する前は一時期このサブタイトルのクシェフィル回を執筆してたのですが、途中で挫折してしまったのはここだけの秘密です。


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