ミカベネ物語  ツウィッタウン事件簿 (ミ景)
しおりを挟む

第一部 設立編
ファイル1、出会いは塵にまみれて


 Twitterで勢いで書くことになった作品です。
 はっきり言って駄作です。
 ですが、約束とは守るためにあると思うので書きます。


持論ではあるが、無駄のない動きや仕事をこなしてこそプロフェッショナルというが、そうでもない気がする。

人間、もっと言えば生物である以上『無駄』というものは必ず出てくるものだし、それを無くすためにまた『無駄』をするものだ。

だから、そう思うからこそワイは無駄をする度に生きているとも実感出来ることもあると考えている──

 

「というわけで、大家さんもう少し家賃待って貰えませんか?」

はぁ……と大きな溜息を一つ漏らした目の前の中年の──麗しい女性へと頭を下げるワイに向けられる視線は怒りを通り越した呆れや憐れみのものになっていた。

「アンタの話は小難しくてわかんない私も馬鹿かもしれないけどさ、少なくともどっちが悪いかくらいはわかるつもりよ? ねえ?」

「仰る通りです、はい」

徐々に姿勢を低くしながら、頷く。

「先月とかならまだ待つけどさ、せめて先々月の分くらいは、ねえ?」

「はい、ごもっとも!」

床掃除をサボっていた汚れがスーツを汚すが気にせず片膝を付く。

「……ところでアンタは何をやってんの?」

「Japanese DOGEZA です」

両膝付いて、大家を見上げる状態のワイにまたため息を吐いた彼女は、見苦しいから立てとジェスチャー。

「悪いけど、その天下の宝刀も二度三度繰り返されると錆びちまったよ」

「それじゃ、HARAKIRIのほうがいいですか?」

「部屋が汚れるからなし」

「じゃあ、どうしろってんですか!?」

「逆ギレするんじゃないよ!? 今すぐ追い出すよ!?」

 すいませんでした! と勢いよく土下座体勢にシフトするのはもう慣れた。

 その様子にいい加減ウンザリしたのか、大家は本日三度目の深い溜息のあとにもういいわ、と切り出した。

「――1週間よ、1週間以内に先月、先々月の家賃を払わないと出て行ってもらうからね!!」

 そこからは口を挿む暇なく、大家は退場し一人部屋に取り残されたワイは少し考えると思ったことを言葉で紡いだ。

「結構――やばいな、これ」

 その時、夕暮れの日差しがいつもより眩しく感じられた。

 

 

「うーん、どうするか……」

 闇金なんかは論外。 そんなものは余計事態を悪化させるだけと知っている。

 正直あてがないわけでもないが、手をつけたくないものもあるというものだ。

「さて、どうしたものか……」

 何度目か分らない思考を巡らせている間に、日はどっぷり暮れていた。

 明かりもつけずにただ暗闇に身を委ねるというのも悪くない──なんて思考放棄しそうなところで思いとどまり、ワイは部屋を出ることにした。

 そりゃこんなオンボロ──いや、味のある建物に長時間引きこもれば誰だってノスタルジックになるというものだ。

 だいたい、この町ですらこれ程の古い建物はそうないはずだ……。

「まあ、何回か整形してるもんな、お前は」

 階段の踊り場で壁を撫でながらそう呟く。

 所々ヒビなんて見受けられるが、初めて見た頃はそういうのは気にしないタイプだったりもしたが、やはりどんどんコンクリートジャングル化が進む現代においては時代に置いて行かれている感じがして少しだけ寂しく感じたりもする。

 そして、ワイは四階建てのオンボロマンションの一室を借りて、探偵事務所なんて営んでいます。

 まあ、お察しの通り売れ行きは芳しくないのですがね……。

 

 そんなことを考えているうちに一階に到着したワイは大通りではなく、路地裏へ足を進める。

 あまり人も通らず、薄暗い……考え事をするには最適の道なのだ。

 途中のゴミ捨て場の腐臭やらなんやらが混ざった匂いがたまに傷だが、息を止めれば問題ないのでこちらを歩く。

 家賃をどうするか考えていると鼻につく、ツンとした匂い。

 薄暗い中でもゴミ捨て場に近づいているのがわかると自然と息を止めていた。

 その悪臭を元凶の横を通りかかった時────異変を感じた。

 いつもとは違うそれは……音……気配、どこから? 答えは悪臭のそれから感じ取れる。

 ワイは警戒しながら、ゴミ捨て場の積まれた袋を取り除くと『それ』は出てきた。

 幸い、暗闇に目が慣れてきたため、すぐにわかった。

「──男?」

 息遣いがあるため生きてはいるだろうが、寝ているとはまた違う呼吸音に不審に思ったため、男に触れてすぐにわかった。

 暗闇でもヌルッとする感触と、ゴミの腐臭とは違う鉄臭さが鼻につく。

変な話こういうのに慣れててよかったとワイは思いつつ、男を背負う。

「アンタ、重い、な」

 この男は本当にラッキーな奴だなって思うよ。

 誰も通らない、時間帯の薄暗い裏路地で、偶然にもすぐ近くに事務所を構える探偵が通りかかるなんてさ。

「ああ、神様がいるならさぁ、その幸運をワイにも分けてくださいよぉ!」

 

 

 もちろん、誰も返事なんてしてくれない。

 

 

 




駄文で申し訳ない。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ファイル1-2

この調子で頑張りたいです


 幾分と老朽が見られるマンション『たそがれ』――その四階の一室にて探偵事務所を開く青年【御景】は作業を終え、一息ついているところだ。

 探偵にとっていつもと何ら変わりない日々の一コマに過ぎない。

 そう、裏路地で流血した男が倒れていただけだ。 こういう場合、普通なら救急車か警察辺りに連絡をするものだろうが――彼はそれをしなかった。

 これも経験からくる勘なのか、それとも男の風貌から堅気でないことをわかったからなのだろうか……。

 何はともあれ男の傷口に適切な処理を施し、ソファーに寝かせたところだ。

 時間を潰すために情報を収集するのも仕事の内だと新聞紙を広げる。 日付は三日前のものだが気にしてはいけない。

 文字に視線を走らせていると、ふとある場所で止まった。 見出しではデカデカ『怪人』と打たれているが、読んでみると内容は確証のない都市伝説のようなものだ。

 世間のニュースが特に書かれていないのを不審に思うと、どうやらそれは先日やって来た記者が置いていったものと思い出す。

 ないはずのものを探していたという徒労感をため息で誤魔化し、珈琲でも入れようとソファーを横切った瞬間――殺気。

 ソファーから飛びかかってきた男を避ける際に映り込んできた一瞬の閃き。 風切り音と左頬が熱くなったのは同時で何かが床へと滴る。

 男の右手にいつの間にか握られたナイフの切っ先には赤い液体がヌラりと光って見えた。

「ちゃんとボディーチェックはしたはずなんだが?」

 左甲で血を拭いながら、軽口を叩く御景を見ると男は鼻で笑った。

「──テメェがト―シロなだけだろうがよ!」 

 そう言うや否やナイフで切りかかってきた男に御景は近くのクッションを盾として応戦。

 無論、鋭い刃に瞬く間に引き裂かれ羽毛が飛び出すが、御景はすかさず壁に立てかけておいた『それ』へ手を伸ばす。

「おいおい、そんなもんで勝てると思うのか?」

 男は嘲笑した。 無理もない目の前で対峙する若者の手にあるのはどこにでもある持ち手の付いた杖なのだから。

 だが、御景も笑い返しながら杖の持ち手を捻る。 そして、杖を引っ張ると抜き身の刃が姿を現した。

 男の表情から先程までの笑みは消え、仕込み杖とナイフを交互に見比べる。

「き、汚ねえぞ!!」

「うるせえ! そもそも助けてやったのに襲ってきたお前に言われたくないんだよ!!」

 男の叫びに御景も声を荒げる。

 助けたという言葉に男は首を傾げた。

「……お前、『奴ら』の手先じゃねえのか?」

「──は?」

 警戒を解かずに考える御景を他所に、男の方は身体を見渡すと自身が放つ異臭にも気づいたらしい。

 緊迫した空気は霧散したが、徐々に別な方向で面倒なことになっていくのでは────そう、直感が告げていたが考えることを放棄した探偵は現状を伝えることにした。

「アンタが裏路地のゴミ捨て場で血塗れで倒れてるのを見つけたから、ここに運んで治療したんだよ」

「……ゴミ捨て場?」

 そう言うと男は匂いの正体にも納得したようで何故か安堵したようにも見えた。

「じゃあ、テメェが『組織』の人間じゃねえって証拠は?」

「────ないな。 まあ、わざわざ治療なんかせず、煮るなり焼くなりは出来る時間は十分にあったな」

 しばらく、二人の間に沈黙が流れる。

 だが、その言葉を信じたのか男はナイフの構えを解いた。

「…………悪かったな、その、なんだ……俺の勘違いだったみたいでな」

 折り畳み式のナイフをしまいながら紡がれる不器用な謝罪は彼なりの誠意の表れなのかもしれない。

「……まあ、取り返しのつく間でよかったよ」

 御景が右手を差し出す。 それを男は差し出された手と青年の顔を交互に見て、理解。

 和解の意味と奇妙な出会いを兼ねの握手を交わしながら、互いに挨拶をする。

「ワイは御景。 この事務所で私立探偵なんかをやっている者だ」

「俺はベネット。 職業は────トレジャーハンターだ」

 

 

 御景が噴き出したことにより、そのまま殴り合いの喧嘩にシフトするのは数秒後のことだった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ファイル1-3

 現在、御景は病院の待合室で呼ばれるのを待っていた。

というのも、殴り合いの喧嘩をしたことによりべネットの怪我が悪化してしまったからである。 

探偵という職業柄『訳アリ』でも通える場所はいくつか把握しているつもりだ。

 ここは繁華街の近くにある病院で人の出入りも比較的多いが時間が時間だけに空いてはいたのが救いでもあった。

 肝心のベネットは先に治療中で、比較的軽傷の御景は渡された氷嚢で腫れている箇所を冷やす。

 暇な待ち時間を辺りを観察することで潰そうか試みた。

 最初は気にしなかったが、待合室にいる人間の中で少女がポツンと長椅子に座っていた。

 ……親が診察中なのだろうか、少女の視線は足元を見つめてその雰囲気はどこか哀愁が漂って見える。

 次に椅子には座らず壁にもたれフードを被った人物。 直接顔が見えたわけではないが体つきから男と判断できる。

 ナイフを右手で器用に弄ぶながら暇を潰しているようだ。

 最後に長椅子の背に両手を広げ、顔に雑誌を乗せて男が寝ていた。

 こちらにも聞こえるいびきを聞いてみたところ快眠のようだなとなんて思っていると、診察室のドアが開く。

 中から出てきたのは車椅子に座った老人とそれを押す少女の姿だった。

 その二人が出てくると同時に壁にもたれていた男の雰囲気が張り詰めるのを背中からヒシヒシと感じる。

 老人の恰好は高価そうなローブで全身を包んでおり、何やら不思議な紋章が刻まれている。

 だが、立派な服装とは裏腹に老人からは生気が感じられず、まるで幽鬼のように蒼白な顔色が印象深かった。

 一方、少女の服装はドレスに似たような造りで老人に比べ簡易な作りではあるが、それでも一般人からすれば十分なものであると推測できた。

 加えて、少女は独特な雰囲気と紫の色素をした髪。 顔の造形などからしてかなりの美人というのもそう感じた要因なのかもしれない。

 恐らく、どこかの要人が体調不良になったが立場の関係上、人目が付かないこういう場所を選んだのだろう……。

 青年はそうありきたりな答えを脳内の好奇心へと叩きつける。

 仕事以外で詮索するとろくなことにならないのは以前の経験で学んでいるのだ。

 そう考えていると名前が呼ばれたために診察室へ向かう──そのすれ違いざまに車椅子を押している少女と目があったような気がするが意識を前へと縫い付けた。

 そうでもしないとまるで吸い込まれてしまうような錯覚に陥ったからだ。

 

 

  

 

「いやぁ、久しぶりだね御景君」

 診察室で出迎えてくれた男性はここで病院を開いている闇医師【Dr.シスタゲット】

 御景との邂逅は割愛するが、彼もまた依頼でこの探偵を頼ったことがあるのだ。

「今日はお友達の怪我と……君のものもあるね」

 喧嘩でもしたのかい? と優しい声音で聞いてきた医師の質問を濁しすかなかった。

「……まあ、そんなところです」

「若さだろうけど、ダメだよ……あんまり危ないことしちゃさ」

 ……その言葉に御景は苦笑いをする。 自分と大差ない年代の言葉とは思えないものだったからだ。

「ところでドクター、待合室の女の子ってどうしたんだい? ほら、小学生ぐらいの」

 絆創膏や消毒液を取り出しながら乗り気でない返事が返ってくる。

「……彼女のご両親がこの間通り魔に襲われて亡くなったらしくてね。彼女もその場に居合わせたらしんだよ。 だから、ほら、ここも表向きは普通の病院だからさ」

「医師の診断を受けるように診断された、と」

 悲しそうな表情で頷くシスタゲットの表情を見て、御景もまた何か想いを巡らせる。

 その感傷浸りも数秒後に響く野郎の叫び声で現実に引き戻されるのだった。

 

 

「それじゃあ、彼は大事を見て今晩は預かるからね」

 シスタゲットと看護婦二人から玄関までの見送り受けた。

 見送りながら手を振ってくれた看護婦の腕には上腕から不自然な切れ目が見える。

 二人の看護婦はそれぞれ両腕と両脚に障害を持っていたために幼少期に捨てられたらしく、それを訳あってあの医師が引き取り育てたとのこと。

 現在は二人とも高性能の義肢を身に着け、あの病院で働いているようだ。

「家族、ねえ?」

 その単語に一瞬の温かみと押し寄せた虚無感。

 探偵は繁華街を歩きながら町を照らしているネオンの看板たちを見つめると自然と目を細める。

 今夜は特に眩しいさを感じながら、帰路に着いた御景だった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ファイル1-4

人にとって順序は別かもしれないが、ワイ的に邪魔をされると許せないことは3つある。

一つ、書類作成中

二つ、瞑想中

三つ、睡眠中

特に三つ目はアラームより前だと許せなくなる。

何せ人間の三大欲求なのだからしょうがないとは思うし、察しては欲しい。

だから、意味もない起こし方をした目の前の男にはとてつもない殺意が沸くのもしょうがないはずなのだ。

「なんだよ、俺の顔になにか付いてるか?」

別に理由があって出来るだけ優しく起こされるのは構わないのだが、借金取りばりのノックやチャイム連打は今の事情的にも勘違いする人がいるかもしれない。

いや、殆ど入居者がいないからその心配もなかったな。

「朝っぱらから何の用だ?」

ワイは目覚めきれてない状態を解消するために珈琲をいれようしていた。

「朝ってもう昼前だぞ? あ、俺にも珈琲頼むぜ」

近くにある毒でも盛ってやろうかと思ったがあえて塩だけで済ましておいた。

ほらよ、とカップを間違えないようにべネットに珈琲を渡すと、自分の分を飲んだ。

「おう、すまえねぇな」

礼を言うものの珈琲には手は付けずに話し出した彼に内心舌打ちしつつ、話を聞くことにした。

「昨日のことに関しては改めて礼を言うぜ、あの医者が言うにはお前の応急措置が良かったらしい」

「あとは見つけるのが比較的早かったってことと、お前が自分で止血しようと試みたのもあるな」

自分のカップを傾けながら昨晩の状況を思い出す。

「それで? アンタのようなやつ人がお礼をいうだけのために訪れるとは考えられないのだが?」

その追及にべネットは肩を竦めると、やっぱりそうなるか? と呟いた。

「でも、まあ、なんだ……感謝をしてるのは本当なんだぜ?」

ワイはその言葉が嘘ではないことはすぐにわかった。

「疑ってないはないから、本題に入れ」

「おう、実はある組織から狙われててよ」

「いきなり過ぎる」

「数ヶ月前に俺はある男に──」

「長そうだな」

「……ある日、ある男にある物を、ある組織に渡されるように言われたある」

「なるほど」

確かにわかりやすい。

「お前、俺で遊んでないか?」

「そんなことないある。 情報というのは的確に手短に第三者に伝えることが重要あるよ」

べネットの額の血管ががピクピク動くが気にせず話を進める。

「それで、物を渡すはずの組織とは別の組織に命を狙われてると?」

「まあ、そんなところだな」

その軽い返事にはまるで命を軽い何かと勘違いさせるかもしれない。

だが、ワイを含めたやつらにもそういうのはゴロゴロいるものだ。

「それで昨日は組織の刺客とやらにやられたのか?」

「いや、それが違うんだよ、あの手の奴らって普通は群れで行動するから撒いたら分かるんだけどよ、昨日の奴はなんというか──TSUZIGI?」

辻斬り? 突拍子もない単語に反応に困るが昨日の状況を思い出した。

「なんで、辻斬りだったんだ?」

「いや、通り魔とかってより、そんなイメージあったんだよ。 得物はKATANAだったしよ、あれだけの腕前なら殺し損ねるなんてあるかね?」

刀を使い、新月の人通りが少ない場所による犯行。

「あー、少し待ってくれ」

昨日読んでいた、胡散臭い記事を机の上に広げる。

「……あったな」

文字の海を指で追いかけて数秒後にそれらしい単語に辿り着く。

【怪人、辻斬り】

「名前まんまじゃねえか!?」

べネットのもっともらしい突っ込みには同意するが、襲われた状況や何やらを照らし合わせるとこれが合致するのだ。

「組織じゃない奴から襲われ、早期発見で助かること不幸なのか幸運なのか、改めてわからんなアンタって人は……」

「うるせぇ」

とりあえず、確証もない都市伝説と思いきやこれは今後役に立つ資料になるこもしれないな……。

「まあ、少しはHOTしたぜ、コーヒーは少し冷めてるけどよ」

ようやく珈琲に手を伸ばしたべネットを見て何かを忘れていることに気づく。

数秒後、中年男の口に含まれた茶色の液体が机の上の記事に撒き散らされるまで忘れられていた塩入り珈琲の存在。

 

互いが目の前の惨状に沈黙。

そして、最初に出た言葉は同時だった。

「何やってんだ、テメェ!?」

二人の怒声が重なりあった瞬間に時刻は昼を回っていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ファイル1-5

 珈琲については本当は納得などはしていないが二人は前へ進むために流すことにしたところから始まる。

「あー、どこまで話したっけ?」

 ベネットが淹れ直した珈琲を飲みながら、そう切り出した。

「アンタが怪人”辻斬り”と思われる奴から襲われたってとこ」

 御景は過去の資料を漁りながら、適当に返す。

「まあ、経緯を話すと俺はある場所へ向かう途中で──」

 そこまで話したところで、待てと探偵は制止を掛ける。

「目的はなんだ? 情報をワイに提示する必要性が見いだせないが?」

「おいおい、お前は探偵で俺が情報を提示するなんて一つしかないだろ?」

 沈黙を挿んだあとに御景が口を開く。

「……中年の愚痴?」

「……やめろ。 あれだ、察しろ」

「話し相手もろくにいないせいで、孤独な時間を紛らわすために少し仲良くなった行きつけの店員に馴れ馴れしく話しかけちゃ───」

「あああああ!! やめろ、生々し過ぎだ!? 依頼だよ、依頼してやろうって言ってんだよ!?」

 ベネットは頭を抱えながら机に突っ伏す。

「……だから、最初からわかりやすく言えとあれほど」

 白々しい口調で御景は対面の椅子に腰かけ自分の珈琲を口に運んだ。

「ったくよぉ、お前が苦労してそうだから少しは手を貸してやろうと思ったてのに」

 髭を蓄えた中年男性が恨めしそうに睨んでくるのを流しながら気になった単語を拾う。

「なんで、ワイが苦労してると思った?」

「簡単な話だ、お前の状況やらこの事務所を見る感じ明らかに儲かってそうには見えねぇ。 付け加えるなら、お前の顔色の悪さもそれに入るかもな」

 ほっとけ、と珈琲を啜って誤魔化す探偵へ見透かしたような口調でベネットは続ける。

「こりゃあ、大家か不動産あたりに追い出されるのも遠くねえな」

「──それでお客様、本日のご依頼はどのようなもので?」

 営業スマイルで対応を行う御景とそれを苦笑いで見るベネットなのであった。

 

 

「で、話を戻すが、俺は今から『ブツ』が入った場所まで行かなきゃならないわけなんだが……お前には同行してもらうつもりだ」

「一応、確認しておきますがその『ブツ』ってやつがどんなものか把握してるので?」

 御景の口調もすっかり営業モードだが、ベネットは続ける。

「俺はこれでもトレジャー……、まあ、把握はしてるから心配はするな」

 そうですか、と探偵は手帳に情報を書き込む。

「それで場所は?」

「駅前のコインロッカーなんだが……お前のその口調どうにかならねえのか? むず痒くてしょうがねえ」

「……わかった」

 細かい打ち合わせを済ませた二人は事務所から駅へ向かうのだったが、事務所から歩いて数分後。

 

「いたぞぉおおおおお!!」

 黒服の集団に追いかけられるという状況になっていた。

「おい、どうにかしろ!? 探偵ならなんか秘密道具でもねえのか!?」

「うるせぇ! 現実を見ろ!? ピンチならBGMにインディー・ジョーンズのテーマでも流してりゃいいだろうが!?」

 路地や裏道を駆使しながら逃走を続ける御景とベネット。

 さあ、一体どうなってしまうのか!?



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ファイル1-6

黒服たちから逃げるために路地裏へ身を隠した二人は息を切らしながら現状の整理をすることにした。

「クライアント様よ、これからどうするんだ?」

「お前が出ていって犠牲になれ」

「わぁお、名案。 ワイのも聞いとくか?」

ゴミ箱の影から外を伺う二人は声は小さいながら孕む殺意が飛び交う。

「……真面目な話。 今回は数が多いな」

べネットの舌打ち。 御景もまた舌打ち。

「二人仲良く捕まるってのも嫌だし、この中年と仲良いと思われるのも嫌だしな」

「なんだ、喧嘩してぇのか?」

御景はべネットを無視して、策を練ること数秒。

「真面目な話。 陽動作戦で行くのありかもな」

結局、長期戦こそ不利なのだ、なら速攻で勝負を決めるのが吉とも考えた。

「……そりゃあ、いいけど作戦は?」

「ワイは家に帰って、アンタが走るか、アンタが走ったら、ワイはホームインするかだな」

期待した俺が馬鹿だったよ、と御景を見ることなく返す。

「それか、二人同時に真逆の方向に走り出すとかどうだ?」

単純だが要は少しでも黒服を分散させることは可能だろう。

「捕まったらどうするんだ?」

当然の疑問に探偵は答えた。

「恨みっこなしで。 このまま二人とも捕まるのは癪だしな。 あと、アンタこういうギャンブル要素好きそうだし」

その答えに満足したのか、べネットがニタリと笑みを浮かべる。

「いいぜぇ、ならやってやろうじゃねぇか」

作戦は決まったあとはタイミングを合わせるだけだ──

 

「ワイの腕時計を30秒にセット。 それと同時に走り出す。 OK?」

「お前が『右』で、俺が『左』だな。 OK?」

「OK、じゃあ息整えろよ、恨みっこなしだ」

「……お前との時間楽しかったぜ」

「……ワイもだよ」

 

それを言うと二人は呼吸を整える。 全身の筋肉を緊張させる。 そう、ここで失敗すれば意味がなくなるのだ。

 

3秒前、目の前に意識を向ける。

2秒前、自分が進むべきルートを脳内に描く。

1秒前、足の筋肉に力を注ぐ。

 

0。 アラームがなると同時に二人は路地裏から飛び出した。

その走り出し、加速は目を見張るものがあるものだが欠点があった。

二人とも『同じ』方向へ走り出したことだ。

「はぁ!?」

並走する二人は驚愕の声が上がる。

「お前なんで、こっち来るんだよ!?」

「アンタこそなんで、『右』に来てたんだよ!?」

「はぁ? こっちは左だろうが!?」

悲しいことに二人には認識の差があった。

御景は相手から見た方向。 べネットは自分から見た方向。

ベタではあるが致命的なミスだ。

「もういい、このまま走り抜けるぞ!!」

「言われなくても!!」

幸いにも二人が選んだほうは黒服たちが少ないルートであったために遭遇することなく、無事駅前に到着。

交通機関を利用する人の波に乗じて、コインロッカー前にもついた。

「……それで……どのロッカーなんだ?」

「…………【269】だ」

ぜえぜえと肩で息をする男がロッカーを漁るとは何とも不審者ではあるが、気にしてられない。

べネットが懐から鍵を取りだし、お目当てのロッカーを開ける。

鍵の開閉音と開かれる瞬間、緊張が走ったが予想外のものがあった。

中にあったのはUSBカードと思わしきものと、メモが一つ。

メモにはまた【269】の数字とどこかのロゴのようなものが刻まれ、住所が記されていた。

「おい、これがお目当てのものか?」

「いや、そんなはずねえ……」

御景の問いにべネットも反応に困っている様子だった。

「まあ、少なくとも手掛かりはある。 事務所に戻って調べればいいだろう」

あぁ、と生返事のべネットを置いて歩きだす御景にも引っ掛かるものはあった。

「あの住所とロゴって確か……」

御景にとっても退けない状態となっていた。

 

 

 

「ターゲット、第一クリア。 どうしますか?」

様子を見ていた黒服の一人が誰かに連絡を取っていた。

連絡先である上司の指示を待つ。

「……はっ……はっ、ではそのように……失礼します」

通話先に見えないはずなのに御辞儀をペコペコしながら切るあたり彼の社畜精神が窺えた。

ふう、と一息着くとそのまま次の連絡先へプッシュ。

「ああ、俺だ……作戦は次に移行だ。 ああ、泳がせることにするらしい……皆今日は解散でいい。 俺は駅前にいるから頼む……ああ、それじゃ」

黒服も人間なのだ。 特にスーツ姿で追いかけっこは疲れるものだし、陽射しが強いと熱を持ってしょうがない。 中には熱中症で倒れるものもいる。

しかし、だからこそ仕事上がりの酒が染みるというものだ。

 

だから、お疲れ様──黒服。




最後は余計ってハッキリわかんだね


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ファイル、1-7

 あの黒服との追いかけっこから翌日の朝。

 二人は改めて、状況を把握すべく一度事務所に集まった。

 ベネットはガムを咀嚼しているようだが、御景は気にせず話を切り出す。

「昨日、どっかの誰かさんの言うこと信じて駅前まで走ったあの時間は何だったんですかねぇ」

「うるせえな、俺だってあれは誤算だったんだよ」

 皮肉に負けないとでも言うようにクチャクチャと相変わらずの咀嚼音をさせながら文句を垂れ流す中年の男を無視し、探偵は机の上にあるものを見やる。

 それは小型のデータ記録媒体と住所の書かれたメモ。 

 そして、メモに入ったロゴと謎の三桁の数字【269】。

 コインロッカーに入っていたものはたったこれだけ。 

「……さぁて、どうするか」

 頭の後ろに腕を組みながら、思考に耽るまったく手掛かりがないわけでもないがこれが罠でもないという保証はない。

 それよりも、ロッカーに辿り着いて以降からまるで黒服たちの姿を見かけなくなったことに違和感。

 というよりもあれほど執拗に追ってきた奴らが急に姿を現れなくなったのだ、感じるなというのが無理な話でもあるが。

「それで? お前はどうするんだ?」

 ベネットの問いに御景は手に取ったUSBを観察しながら、答えた。

「もちろん、やるさ」

 USBも持ったまま拳を握る。 その結んだ手の力は無意識に強くなっていった。

 

 

 話し合った結果、やはりこの住所を先に当たることにしたのだが……

 書かれていた住所は確かに実在はしていた。

 そこは【ロックキャットバンク】。 このツウィッタウンでも指折りで知られる銀行だ。

 別名、【虎の門】とも呼ばれている厳重なセキュリティーで知られる場所。

「慌てるな、まだここって確定したわけじゃ───」

 自身に言い聞かせ視線を動かした御景が言葉を止める。 気になって視線を追ったベネットは納得。

 手がかりとして見ていたロゴが銀行名の隣にデカデカと描かれていたからだ。

 思わず、項垂れる御景。

「……これなんて無理難題?」

「いや、銀行だろ? 忍び込めば……」

 軽く提案をするベネットを探偵は制す。

「無理だ、以前依頼でここのセキュリティーシステムに関して知る機会があったんだが──」

 ブルリッと思い出して身震いする探偵を見て察し。

「とりあえず、少しは進展した……そう捉えるしかねえだろ?」

 まあな、と返すと残り一つの手がかりであるUSBを調べるために二人はその場をあとにする。

 

 

 生憎、現在は事務所にパソコンがないため休憩も兼ねて二人はインターネットカフェに入っていた。

 ある程度手慣れた手つきで次々とデータを引き出していく探偵を他所に後ろの席で鼻唄混じりにナイフの手入れをするベネット。

 しかし、ある地点でピタッと御景の手が止まる。

 液晶画面に映し出されたのは入力する空欄と、要約すると『パスワードを入力してください』という文字の羅列。

 無論、ある程度こうなるのは予想は出来ていたし当然である。

「おい、ベネット! アンタに依頼した奴ってどんなのだ?」

 んー、と間延びした呑気な声音。

「どんなって言ってもな……あれだ、用心深い」

「そんな分りきったことじゃなくてだな、もっと個人的なのだ」

 少し考え込むが、彼はハッキリと答えた。

「わからん!」とそうキッパリ言いきられたら返す言葉は思い浮かばなかった。

「急に頼まれたし、お互い急いでたってのもあってだなぁ。 そいつ顔を隠してて良く覚えてねえんだ」

 ベネットの回想を流して、頭を抱える御景。

 経験からすればこの手のパスワードには回数が決まっている。

 そう、失敗が出来る回数がだ。 それもこの厳重さからすれば、一回でアウトなんてのも驚かない。

 恐らく、ベネットに依頼したのも足が付かないことを考えてかもしれないのだ。

「……やっぱり、プロに頼むしかない、か」

 しかし、御景は悩んだ。 彼の脳裏に思い浮かんだ人物とは少しだけ複雑な大人の事情というか、なんというのか。

 一言では言い合わらせない関係なのだ。

「ん? プロの俺を呼んだか?」

「お前じゃねえ、座ってろ」

 

 結局、殆ど前に進めず、二人はまた移動することにした。

 次なる場所は住宅街。 目的のアパートは事務所といい勝負のボロ──味わいを感じさせる。

 その前まで来ると探偵のいつも張り付いている営業スマイルが余計酷くなるのをベネットは見てとった。

「これから行くやつってどんな奴なんだ?」

 インターネットカフェでのお返しとは言わないがベネットの質問に御景は言葉を濁す。

「あー、あれだ。 昔の依頼での付き合い」

 ピクピクと頬が引き攣るのを見て察してそれ以上は追及しなかった。

 その人物が住んでるのは三階で、ドアにぶら提げてあるアヒルのプレートが印象的だ。

「ここか?」

 ベネットが聞くと、御景は言葉は発さず首を縦に振る。

 確認すると彼はドアスコープの死角に身を潜めた。

 咳ばらいを一つすると、呼び鈴を押す。

 少し待って返事がないため、ノックをしながら呼びかける。

「ファット───いや、フランクリン? "俺だ"、御景だ! 悪いが手を貸してほしいんだ」

 そうして、呼びかけること数分後、ドアの前で人の気配とガチャガチャと金属音が聞こえた。

 しかし、扉が開かないことに不審に思った御景はそっとドアノブに手を掛ける。

 扉は────開いた。 そのままゆっくり部屋に踏み入り、進んでいくとリビングに到着。

 悪臭と汚さで袖で鼻を覆う。 仕切られたカーテンと散乱するスナック菓子の袋や麦酒の空き缶。

 ゴミ屋敷とも呼べるその中でも異常に見えたのは中央に位置する巨大な液晶テレビの姿。

 画面には可愛らしい女の子が変身して戦う魔法少女もののアニメが映されていた。

「あ、このシリーズまだ続いていたのか……」

 少し懐かしい気持ちからか場違いの発言に気が緩む。

 その一瞬、何かが後ろに迫る気配を感じた。

 まるで熊のような巨躯をした黒人の男が得物を振りかざし、襲い掛かって来る。

 間一髪のところでそれを躱すが、すぐさま横薙ぎでぶん回された次の一撃も身を低めて回避。

 その一撃は壁に掛けてあった写真立てを見事に粉砕。

「がぁああああ!!」

 獣のような叫びで再び大きく振り上げたところで───静止。

 急に全身の力が抜けたようにこちらに倒れてきた巨漢から慌てて逃げる。

 ドスンッとアパート全体を揺らすんじゃないかという振動が足から伝わった。

「ったく、世話の焼ける探偵だぜ」

 巨漢の背後にいたベネットの右手にはどこから持ってきたのか、角材が握られていた。

「あ、ああ……感謝する」

「……素直に言われるのも調子狂うな。 ところでそいつが例の?」

 ベネットがつま先で巨漢を小突きながら聞く。

「そうだ、【フランクリン】……巷では【ファットマン】で通ってた有名な男だ」

 当の本人はノビているが、二人はこの男に頼るしかないと理解はしていたのだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ファイル、1-8

少しペース落ちてましてすいません


 【ファットマン】らしき人物を気絶させ、奴を椅子に縛りつけると御景は少し買い出しに出かけると言って部屋から出て行った。

 ごみ屋敷に一人取り残された俺は部屋を散策しようと思うが、辺りの惨状を見て大人しく待つことを決める。

 流し目で見た薄型大型テレビで垂れ流しにされている児童向けと思われるアニメーション。

 内容は小中学生ぐらいの女子が異能の力を纏って、異世界からやってきた怪物や組織と戦うという、一部の層には定番で人気もあるものだ。

「……」

 理解できない珍世界というか、奇妙なものを眺めている気分になる。

「謎や財宝相手に戦うトレジャーハンターがこれとは……複雑な世界だぜ」

 まあ、単純な好みの問題も出てくるだろう、何せ俺たちトレジャーハンターの中にだって専門はあるし、専門外のはゴミに見えるなんてしょっちゅうある。

 そう考えているうちにアニメの映像は主人公と思われるキャラクターとその他が走る映像と、スタッフロールが流れていた。

 別に俺はアニメとか自分に興味がないことを蔑む気はねえし、世間のいうアニメなんかが悪影響を子供に与えるとも思わねえ……ただ───

 気配が気になり、後ろを振り向く。

「……ふー……ふー……」

 いつの間にか目を覚まして、ギラギラと血走った眼でアニメを視聴する『大きなお友達』って奴が俺は怖くてしょうがねえ。

 エンディングが流れ終わって、主人公&その他キャラクターの集合絵で右下に『来週もお楽しみに』と定番の文字が並んでいる。

「……相変わらず、いいいエンディングだった」

 本人は満足らしく、頬に涙が伝ってる辺りが相当な感情移入をしているようだ。

「……そんなにいいもんかね?」

 悪気はない、ただ純粋な好奇心からの一言だ。 それがファットマンの逆鱗に触れたらしい。

「あん? テメエ馬鹿にしてんのか? ふざけんじゃねえぞ!!」

「どうどう、落ち着けよファットマン」

 『ファットマン』──その呼び名も気に食わないらしくあからさまに声を荒げる。

「俺をそう呼ぶのはいつだって俺を利用する奴だけだ!? テメエもそうなんだろ!?」

 まあ、あながち間違いではないので、答えに窮する。

「おまけにあの野郎だなんて最悪だぜ!」

 自室にも関わらず唾を吐き捨てるファットマン。

 俺は気になったことを聞くことにした。

「お前って御景とどういう関係だったんだ?」

 その質問に怪訝な表情になるが、どこか納得する巨漢。

「ははーん、アンタさては何も聞かされずにここに連れて来られたんだな?」

「どういう意味だ?」

 得意気に語る黒豚野郎の答えを待つ。

「俺は奴と組んだことあるけどよ、止めといたほうがいいぜ? アイツは裏切るからよ」

 裏切り……聞き捨てならない単語に嫌な記憶がちらついた。

 無意識に険しい顔にでもなっていたのか、ファットマンから小さい悲鳴が漏れる。

「……で、どうするんだよ?」

 震えるような声で問いが投げられるが、自然と俺は思ったことを口にした。

「裏切り者は殺るしかねえだろうな……一応、話くらいは聞いてやるつもりだがね」

 まあ、聞くと言っても楽しい愉しい【質問タイム】になるだろうな……。

「あ、アンタってその……裏社会の人間なのか?」

 先程とは少し違い、恐怖の中に輝かせたような目で見てくる豚野郎の視線に気持ち悪さを感じながらも律儀に答えた。

「いや……俺はこの町に最近やって来た──トレジャーハンターだ」

 沈黙。 それを破ったのはファットマンの堪えきれなくて噴き出した笑い声。

 俺は既視感に襲われ、反射的に両手の関節を鳴らす。

 【質問タイム】をやってもいいかもな……ナイフ一本あればこと足りるしなぁ。

 そこで部屋の前に人の気配。

「いやー、お待たせ」

 呑気な探偵野郎のお帰りだ……得物に手を伸ばしかけた手を戻して、俺は奴が買ってきた物を物色する。

 袋の中には棒アイスのファミリーサイズとお買い得のステーキ肉、そして片手で使えるバーナーなど用途が不明なものが多い。

「お前、これなんに使うんだ?」

 俺の問いに御景は肩を竦めながら、何やら準備を進めるだけで答えはしなかった。

「……」

 特に不満もない俺は手頃な椅子に腰掛けると、また流れ出した先程のとはアニメを眺めることにした。

「おい、クソ探偵! よくも俺の前にまた姿を現せたな!?」

 喚き立てるファットマンの怒声と、冷静に対応する御景のやり取りをBGMに俺は目の前の映像に集中する。

 内容としては、時代は近未来で人型の巨大ロボットを駆って、それを取り巻く世界の情勢やらなんやらで振り回される少年が主人公のようだ。

「おいおい、フランクリン……何度もいうが俺は──ワイはお前のためを思ってやったことなんだよ」

 なるほどな、十数メートルの人型ロボットがあんな激しい動きをするなんていう現実離れした設定はともかく、人間関係や思春期ならではの考え方、また主人公の中に眠った才能やらも鍵を握っているのか……。

「はあ!? んなもんで俺が納得すると思ったのかよ?」

「ワイはお前の母親に頼まれたからやったんだ、いい加減認めろ!!」

「ふざけんじゃねえ!!」

 ほー、中々戦闘描写も熱いじゃねえか……。 こりゃあ、ハマっちまうかもしれねえな……。

「……俺はそれでもお前と一緒に続けたかったんだよ!」

「──フランクリン、わかったよ」

 気づけば、エンディングまで魅入っちまったな。 それとどうやら二人の間も少しわだかまりも解消されたらしい。

「それで仕事頼めるか、フランクリン」

「おう。 とりあえず、どこ狙ってるんだ?」

「【虎の門】」

「嫌だ」

 その一瞬で温まった空気が壊れた。

 御景の視線から俺は肩を竦めると、買い物袋から使えそうなものを選ぶと行動に移す。

「お、おい。 やめろよ……なあ!?」

「ようこそ、フラン──いやファットマン。 これがお前の憧れた裏社会だ」

「はぁああ! お前らふざ──っ」

 俺は煩い奴の口をボールギャグで塞ぎ、視界に黒い布で覆う。

「へえ、結構手慣れてるんだな」

 御景の軽口に軽く殺意を抱く。 正直あんまり触れられてねえ部分だからだろうな。

「うるせえ、昔の癖みたいなもんだ」

 そうかい、と御景は興味なさげに返したあと、皿に載せたステーキ肉を運んできた。

すると、片手にガスバーナーと棒アイス一本を持って話し出した。

「よし、お話の時間だ。 煩くされるのも面倒だから、塞がせもらったが悪く思わないでくれよ。 返事はイエスが縦に、ノーは横で首を振ればいい……OK?」

 その言葉に首を縦に振るファットマン。

「よし、じゃあ続きだ。 お前はワイたちに協力してあの【ロックキャットバンク】へハッキングをしてもらうつもりだ……OK?」

 そこで答えを渋る奴に御景は溜息。 近くで一度バーナーを噴かすと、ビクッと巨体が揺れた。

「知ってるか、超高熱で炙られると火傷の痛みは熱さよりも神経が焼き切れて冷たく感じるらしい……なあ?」

 ファットマンの呼吸が荒くなる、俺は御景の目を見て考えていることが透けて見えた。

「嘘と思うなら試してみるか? なに、良い医者は知ってるから紹介してやるさ」

 ゴオォと勢い良く吹かし続ける炎の音を聞いて、身体を揺らし、声にならない叫びはボールギャグの穴から飛び散る涎でファットマンの必死さを察した。

「どうする?」

 御景の問いに答える余裕はないのか、返事をする気配はない。

 ふぅと息を吐くと御景は躊躇いなく、肉を焼いた。 肉が焦げる嫌な臭いが瞬時に部屋を包む。

 飛び上がって叫ぶファットマンを見て、俺は笑いを堪えるのが必死だった。

 何せ、御景が焼いたのは近くにあるステーキ肉で、ファットマンが飛び上がったのは片手にあったアイス棒を腕に当てたからだ。

「どうだ、冷静になったか?」

 その問いに探偵の本気さを悟ったのか、巨躯な男が必死に頷くの見るとまた笑いそうになる。

「じゃあ、もう一度聞くぞ──ワイらに協力するか?」

 今度の返事も少し躊躇った素振りは見えたがすぐに縦に首を振った。

「よし、ベネット頼む」

 案外呆気ないなと思いながらボールギャグを外すと、意外な言葉が飛び出す。

「お、俺が悪かった……だから、もうやめてくれ頼むよ、な?」

 身体はデカいが精神面は並みのものらしい、噛みながらも早口で言葉を吐き出すファットマンの口に御景は溶けかけのアイスを突っ込む。

 視覚がない状態でそれの正体を判断するのに時間は掛かったが、どうやら心当たりが浮かんだようで咀嚼するとあっという間に棒だけの状態になった。

 目隠しも取ってやると、状況を理解したのか顔を紅潮させ暴言が溢れてきたので俺はまたボールギャグを咥えさせる。

 暴れるファットマンを他所に御景はバーナーで焼いた肉をフライパンで調理し直すことにしたらしい。

 そして、俺はまたテレビを見ることにした。

 今度は復讐に燃える男の話のようだが、あまりにも美化されたその内容はあんまり好きにはなれそうにない。

 今日だけで俺のアニメへの認識は変わりつつあるが、同じく譲れないものや重ねてしまうものがあるということだ。

 「おーい、ベネット! 皿を頼む!」

 キッチンから聞こえる探偵の声が聞こえた。

 この後、縛られた部屋の住人と不法侵入者二人が一緒に食卓を囲むのはまた別の話である。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ファイル?、11議席

 ツウィッタウンのとあるビルの一室。

 調度品はほとんどなくガランとした室内には巨大な長机。 それを囲むように十一つの椅子が用意されそこを埋める六つの人影。

 その集団はツウィッタウンを統括するとされる組織【11議席】と呼ばれる者たちで、今日はメンバーが集まる定例会議であった。

 小刻みに秒針の音が嫌に室内に響くほど静かで、その懐中時計の持ち主は眠たそうに伸びをした。

 見るからにだらしのないジャージを上下に着て、ボサボサの髪を掻きながら男は時刻を確認する。

「まだ時間じゃあねえが──新人の【11th】、欠席安定の【1st】、遅刻魔の【2nd】ならいざ知らず、【4th】と【5th】が代理人も立てずにってのは珍しいんじゃねえか?」

 男はこの組織の7番目の席に座る【7th】──【ウォッチマン】

 対面に座り髑髏を催したであろう仮面を被りうっとおしそうに口を開いたのは【8th】の【ウムブラ=シーカリウス】

「時間じゃないなら黙っていればいいだろう? なんならそのまま呼吸も止めてもらえれば嬉しいんだが」

「あん? 突っかかってくるなよ──殺すぞ?」

 室内の空気が圧迫されるが誰もが涼しい顔でいる。

「まぁまぁ、落ち着いて……ヤるなら外でお願いしますね」

 和服装束で身を包み、両目を閉ざしニコニコと笑いながら物騒なことをいう人物は【9th】こと【燐火 崇正】

「……原則として『メンバー同士』での殺し合いはご法度のはずだろ、なあ【6th】?」

 そういったのは目深くストレートキャップを被り、傍らに竹刀袋を置いている【10th】こと【路路有楽 魑祀】

「ああ。 まあ『表』ではな」

 そう答えたのはウサギのマスクで顔を覆う人物【ラビット=ビット】 彼は議席では6番目の席に着いている。

「…………」

 一人知らぬ存ぜぬと言うように隅の席に座る【3rd】、【クオーレ=ビャンコフ】は眼鏡を掛けた中性的な顔立ちでいつも通りにヘッドホンを装着し自身の世界に籠っていた。

「ったく、暇でしょうがねえ……お前の『眼』でなんか見えねえのか?」

 ウォッチマンが隣に座る燐火へそう問いかけると少し反応に困った様子だ。

「見えないことはないだろうけど、あくまで少し『先』が視えるだけだしね」

「お得意の【天眼通】ってやつか?」

鼻で笑うウムブラに対して不快さも出さず燐火は返す。

「そんな大したものじゃないですよ、僕のは二手三手先読めて便利ってだけですし、片目だけですから持続も効きませんし」

「やめとけよ、その類いのには皮肉は通じん。 恐らく、天然ってやつだ」

魑祀の助言に8thは舌打ち。

「まあ、仮に残りの面子が来なくても構わん程度の内容の予定だ。 あとで俺の方からコンタクトは取るだけだしな」

半ば諦めた声でラビットはフォローを入れておく。

「おいおい、【BIG5】が多めだからって贔屓してんだろウサ公!」

ウォッチマンは机を乗り出して、斜め前のラビットへ抗議。

「興奮するんじゃあない7th、発情期か?」

「テメェには言ってねぇんだよ、ドクロ野郎」

火花というより、既に懐の得物に手を掛けるウムブラと拳を固めるウォッチマン。

「新調したスーツは汚したくなかったんだがな」

「言ってろ、テメェの血で汚すだけだろ」

互いが臨戦態勢を取るなかで制止を掛けたのは9thだった。

「あー、盛り上がってるところ悪いけど──来るよ?」

燐火の閉ざされていた右目は開かれ、瞳は淡い赤で輝いていた。

二人の殺気は霧散、舌打ちと共に着席。

それと同時にドアが開かれた。

「ハロハロー、久々に遅刻せずにボク到着しましたよー!」

スーツを着た美男子だが、そのテンションの高さからかうんざりしたような視線で迎え入れられたのは【2nd】、【狂咲 定二】。

「あれ? 反応薄いな」

その後ろからも人影が続く。

「──……」

枯れきったような老人を乗せた車椅子と、それを押す少女。

この老人が議席4番目の位置にいる【U=2】

「……」

その後ろに着いて来たのは白衣を羽織り、顔にはペスト医師を彷彿とさせる仮面を被る人物。

最近入れ替わった【11th】、【マスターc3】

そして、最後に部屋に入ってきたのは影を切り取ったかのような黒衣で全身を包み顔は白い菱形の面を着けている。体型、性別、年齢も判別つかないそれは【1st】こと【プリーズ=ジング】

1stの登場に違った意味で緊張感が走る。

「いやぁ、ちょうどそこで合流してさ、折角だしみんなで行こうってなったんだよ」

席に着きながらそう言う2ndを殆どが無視するなか、あと一席空いていることを魑祀が指摘。

「5thはどうした?」

「──彼なら脱退した」

響いた合成音声の主は1st。

「へぇ、あのオッサン抜けたのか」

頬杖をつけながら呑気に言う7th。

「…………」

頭を抱えるラビット。

「通りで全員集合というわけか」

どこか納得する8th。

「いやぁ、これはビックリ。彼ほどの人材を失うのは惜しいなぁ」

白々しい2nd。

各々反応は様々だが、ラビットの視線は1stの元へ向けられる。

「どうなされるんで?」

その問いに室内の視線が1stに向けられる。

温度差はあるが誰もが言葉を待っていた。

「──彼に関しては既に解決している。 それに次なる候補者も目処はついている」

その言葉に納得するもの、口には出さないが不満に感じたものだが、今は違う問題に着手することにする。

「候補者はどんな奴なんですか?」

滅多に口を開かないクオーレの問いに1stは手で制す。

「今回の『御題』は候補の人物を見つけてもらうというものだ」

最近、組織に入った数人の頭には疑問符が浮かび上がる。

逆に古参メンバーは御題というワードを聞いて複雑な空気を漂わせた。

「なんだそれ?」

ウォッチマンの質問を狂咲が答える。

「あー、簡単に言うと『クリアすればご褒美貰える』っていう1stなんかが定期的にやるシステムなのさ」

「やるやらないも自由だが、やれば恩恵も貰えるわけだし、俺たちの目的達成には確実に繋がるわけだ」

付け加えたラビットの発言に新規メンバーも納得。

「──詳しい情報はあとで送る、私からは以上だ」

それを伝えると1stは沈黙。

後を引き継ぐ形でラビットが会議の進行を続けていく。

 

 

 

 

しばらく、話し合いが進む中で最後の議題に移った。

「皆も知ってると思うがここ最近は【怪人】なるものたちの行動が活発化してきたわけだが」

興味なさげに話を流していたメンバーもその話題には食い付く。

「中でもここ最近注目するのは【首なしライダー】、【辻斬り】、【肥大する頭】って奴らだ」

報告するラビットが資料を壁に映し出す。

「肥大の方は俺の担当地区らしいから、任せてもらうぜ」

釘を刺すように言うウォッチマン。

「辻斬りさんはボクとチーちゃんの担当地区と被るみたいだけどどうする?」

「……俺はどっちでもいい、見つけたら殺るだけだ」

2ndと10thはお互い打ち合わせる。

「首なしは──僕と四番さんみたいですね、よろしくお願いします」

老人は直接ではなく、耳を近づけた傍らの少女が代わりに答えた。

「──……、えぇ。 教祖様もよろしく頼むとのことです」

意外にすぐに話がついたところでラビットは話を変える。

「今回の件に対策をするためにも新たなる拠点が必要と考えているのだが、俺的に【霊峰山】にあるとある道場の立地がいいと思うんだが……」

そのワードに7thの顔が曇る。

「……それってどこの道場だ?」

「ん? 詳しくはまだ調べてないが【モーセ神拳】って流派の奴らしいが、お前辺りに出向いて貰おうと──」

「パス」

即答。

「俺の宗教上、今そこで殺りあうってなると面倒なんだよ。 私情は抜きでな」

「あ、ちなみに僕も同業の人とはヤりづらいんでパスでお願いします」

武道派二人の棄権に困惑する6th。

「怖じ気づいたのか?」

ウムブラの煽りにウォッチマンは鼻で笑う。

「悪いが法師との約束があるんでな、テメェの安い挑発に乗るわけねぇんだよ」

「……なら順当にいけば、8th、10thになるな」

「了解した」

「俺も参加ってことでいいのか?」

魑祀の質問にウムブラは「好きにしろ」と答える。

「あー、悪いが10thは8thのサポートってことで付いてもらえるか?」

「……わかった」

断ろうと思った瞬間、マスクの下にある6thの表情を考えると魑祀は言葉を飲み込んだ。

 

 

そう話しているうちに会議は終了し、各々解散となる。

「おい、10th」

呼び止めたのは7th。

二人の仲は悪いわけでもないが良好でもない──そんな間柄だ

「どうした?」

「今度の作戦で道場行く時、もし師範代が女なら弟子を狙え、野郎ならそのまま殺れ」

ウォッチマンの言葉に理解が出来ず、は? と聞き返す。

「俺の知ってる女なら下手するとお前が死ぬってやつと、そっちのほうが楽できるって話だよ」

それだけ伝えると彼はそのまま部屋を後にする。

魑祀は少なくともこの組織のメンバーは実力者が集まってることは把握しているつもりだが、同じ武術を嗜む7thと9thに関してはまだ未知数であった。

そんな奴がわざわざ警戒するほどの存在が待っているかもしれない……。

自然と得物を握る手に力が籠った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ファイル、1-9

投稿は頑張って続けるつもりですので良ければ読んでくだちい



「それで計画ってどうなってんだ?」

 食事を終えて一段落した空間。

 ファットマンの言葉に御景は持っていたUSBを差し出す。

「恐らくだがこれが鍵を握っていると思う」

 渡されたブツと失礼な来客二人の顔を見比べるファットマンはその真剣さに負けたのか、それとも早くこの関係を打ち切りたいのか作業を開始することにした。

 ごみ屋敷のリビングとは異なって少し先の作業部屋はデスクトップ型のPCだけでなく、ノート型なども数台備えられている本格的なものである。

「たくっ、神聖な俺の仕事場に野郎が押し掛けてくるなんてな」

「よく言うよ、ワイと組んでた時はどうなるんだよ」

 ノーカウント! と悲痛な叫びと共にキーボードを叩く。

 指が弾かれる度に画面上に展開される情報をファットマンは次々と処理を施し、問題のパスワードもあっという間に突破していた。

 ベネットは感心したように口笛を吹く。

「また腕を上げてたのか?」

 御景も少し驚いた素振りを見せる。

「当然、俺もただ部屋に籠るだけじゃねえのさ」

 自信満々の答えに茶々を入れるような真似はしない。

 少なくとも今は……。

 数分もしないうちに解凍されたデータを見る。

「こりゃ……見取り図か?」

 覗きこんだベネットが言う通り施設全体の地図とその上に引かれた線や書き込まれた文字が見えた。

「恐らく、計画書だ」

 御景の推測に『何の?』などという無粋なことを聞く者はいない。

「それで、これからどうする?」

 ベネットの問いは御景に向けられていたのか……それとも、いつの間にか喉元にナイフを突き付けているファットマンへのものなのか。

 一瞬の思考に言葉を詰まらせた探偵はハッカーに言った。

「観念しろ、フランクリン」

「俺はやっぱりお前らが嫌いだ」

 目に涙を溜めて、彼は了承した。

 

 

 それから二日後。

 

 

 三人は準備と計画を整え、作戦を決行する。

 現在は銀行近くに停車させたバンの中で最終確認を行っている。

 作戦は大胆に銀行が閉まった後の深夜に守衛の交代が裏口から入るらしく、その守衛とすり替わって堂々と中に侵入。

 だが、セキュリティは厳重で監視カメラはもちろん、虹彩認証や指紋認証が必要らしく、そこで用意した偽造信号を読み込ませ、一時的に誤魔化すというものだ。

 カメラなどの設備はファットマンの合図が送られてきて数分間ハッキングにより、麻痺させるとのこと。

 無事侵入してからは目的の金庫まで『ブツ』を取りに行って、あとは速やかに退去。

 これが作戦の全容である。

「俺は車から降りねえからな!!」

 ファットマンの怒声が車内に響き渡る。

 目元の下の隈が彼の疲労を感じさせた。

「それはわかってるが、本当にこのデータは信用できるのか?」

「あと、エンジン掛けとけよ! それと、勝手に逃げんなよ!?」

 二人の問いにウンザリするような声で後部座席の巨漢が答える。

「あのな、俺もここまで来ればプロだしなぁ──徹夜で仕上げてやったんだ──そこらへんは──信用しろ」

 欠伸を噛み殺しながら言葉を紡ぐハッカーの姿はなんとも緊張感にも欠けたものである。

 制服姿に着替えた御景とベネットは顔を見合わせると、肩を竦めそのまま車から降りた。

 速足で裏口を目指す中で御景は一度振り向く。

 運転席に座り直したファットマンは早速舟を漕ぎ出していた。

 

 

 そこから計画は順調に進んだ。

 守衛二人を捕まえ、失神させると人目の着かないところまで運び終えたと同時に携帯に合図のメールを受信。

 裏口へ向かい、用意していたコードを端末に差し込み難なくロックを解除。

 現在、廊下を歩く二人の表情は腑に落ちないといったもので、それは余りにも順調すぎるということから来ている。

 しかし、不測な事態でもない現状は少しでも速く金庫に辿り着くことを優先している二人は黙って廊下を進んだ。

 

 

 薄暗く地下に位置する金庫室前に到着して重苦しい空気を感じ取った。 二人は懐の拳銃に手を掛けると、同時に突入。

 その時、視界に飛び込んできたのは金庫室とは言い難い冷たく暗い部屋。

 壁はコンクリートで覆われ、天井に吊るされたいくつかの豆電球が隙間風に揺られているのか部屋の陰が動く。

 だが、そんなことよりも視線を釘付けにしたのは目深く帽子を被り血塗れの両刃剣を持つ青年と、頭に紙袋を被せられ床に広がる赤の海に沈んでいる人物だ。

 予想だにしない光景に行動が遅れた御景とベネットは拳銃を取り出そうとする──が。

「止めとけよ、撃てば殺すしかなくなる」

 青年の声は殺人を行ったものとしては静かなものだ。

 否、慣れているからこそ出せる声なのかもしれない。

 少なくとも二人はそのまま動きを止めた、反撃の隙はない。

「よし、余計な手間が省けたな。 あとはそのチャカを俺に渡しな」

 歩いてくる声に従うかどうか、アイコンタクトで決める。

 答えは即決。 静止こそが最良。 環境と力量差を見極める程度の実力も判断力も二人にはあった。

 しかし、青年は少し意外そうに拳銃を受けとる。

「へぇ、抵抗しないのか?」

 無言で不満というか、感心さを含んだ様子で二人の間を通り過ぎる瞬間。

 首元に衝撃。 ぐらりと歪んだ意識はすぐさま暗転し、床に倒れた。

「……2ndが俺に頼んでくるからどんな奴らかと思えば……いや、深入りはやめるか……どうせロクなことじゃないし俺は報酬さえもらえればな」

 そう言って、青年──路路有楽 魑祀は部屋を後にした。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ファイル、1-10

グロいシーンがあるかもしれませんかご注意を


 俺は薄暗い部屋の中で目を覚ました。

 まず思い浮かぶのは”今度はどんなヘマをやらかした?”だ。

 首元の痛みで記憶が蘇る。 そうここは金庫室──いや、金庫室の”はず”だった場所だ。

「痛ってぇな」

 立ち上がる俺は首元を摩りながら辺りを見渡すと、倒れる前には分らなかったことが見えた。

 壁に掛けられているデカいモニターと入ってきた扉とは別にもう一つ扉があって、そっちはやたらと錆びて汚れているということだ。

 すると、足元の探偵様が阿保みたいに口を開けて仰向けに寝ているのを見て、無意識に身体が反応。 横腹を蹴とばしていた。

「フゴッ!?」

 と無様な声を上げて、御景の奴が飛び起きた。

「よお、生きてたのか? 死んでると思ってたからよ、反射的に蹴っちまったよ」

「そうかい、生存確認ご苦労様!」

 必死に笑顔を繕う表情筋がピクピク痙攣しているが追及は止めといた。

「ワイじゃなくて、そこの仏さんでも蹴ればいいだろ?」

 御景の指した方向には斬り殺されたであろう男の死体があった。

 なんて、罰当たりなこと言ってんだ? コイツ日本人か?

「んなこと出来るか、死んだら閻魔様に裁かれるんだぞ?」

 その言葉のどこに野郎が反応したかわかんねえが噴き出す。

「何がおかしいんだ?」

「いや、すまん。 だいたいアンタからその単語が出てくるとは全くの予想外でな」

 ……コイツもしかして輪廻転生とかそういうのも信じてねえのか? いや、無神論者もいることだし、この手の話題は藪蛇だ──止めとくか。

「で、これからどうするんだ、トレジャーハンタ―さんよ」

 起き上がって身体の埃やらを払う御景の質問に俺は素直に答えた。

「相手の出方を待つしかねえな」

 その答えに御景も納得したのか、特に文句は言わずに辺りを観察しだした。

 物分かりが良いのか悪いのか、分からないが少なくともコイツは馬鹿じゃねえってのは分かってる。 ネジが抜けているところもあるがな。

 

 そうして、しばらく経つと入口に人の気配。

 開けられた扉から入ってきたのは見知った奴──ファットマンが黒服に連れられて来たのだ。

 騒ぎ立てる男の声が地下室に反響する。

「お前らなんて、ハックじゃなねえ、ファックしてやるよクソ野郎!!」

 男たちが罵倒にウンザリしているのはサングラスで隠した表情でも判断ついた。

 部屋にファットマンを離すとそのまま黒服たちは退出。

 取り残され俺たちだけになるとデカいモニターが起動。 白黒の砂嵐が画面に映し出されると隣の巨漢の身体がビクッと跳ねる。

 その直後に映像は切り替わりピンクを基調とした背景を映し出され、謎のBGMが流れ出した。

「はいはーい、侵入者&犯罪者の皆さん、こんばんは&ご苦労様でーす!」

 スピーカーから吐き出された音声はどこか電子音で混じりで性別の判断を難しくしているようだが、俺には直感的に女とわかった。

「おい、テメェら相手が誰だろうと口割るなよ!」

 小声で御景と俺にそう言ってきたファットマン。

 ビビりからその言葉が出ると思わず内心驚いたが、御景は気にした様子なく画面から視線を離さない。

「本来なら、三人とも即『お仕置き』なんですが、ある方のご厚意で『一人だけ』見逃すとのことでした」

 ……音声の言葉を鵜呑みにすると、要は俺たちに仲間を売れと言ってるらしい。

 まあ、こういうのは結局情報ばらした時点で全員オジャンだ。 

 こういう時は少しでも相手のカードを見るのが最適──。

「コイツらだ! この二人が俺に無理矢理手伝わせたんだ! 俺も被害者なんだ!!」

「野郎!」

 反射的に豚野郎の胸倉をつかんでいた。

「止めろ、ベネット」

「なんで止めやがる!?」

 何故か、仲介に入る御景に声を荒げる。

「フランクリンは確かに腕はあるが、経験も少ないしこの手の脅しにも弱い──こうなった以上もうコイツはいいだろ?」

 その言葉に少しだけ冷静さが戻る。

「ああ、そうだな……俺たちはプロだ。 尻拭いくらいは俺らがやらねえとな」

 まあ、コイツの面とうるせえ悲鳴を聞かなくて済むならマシだとも思えたしな。

「えーっと、それじゃあ、その人で決まりでいいんですね?」

 御景の視線。 思わず出た溜息の後に俺は頷いてみせる。

「ああ、ファットマン──いや、フランクリン=カーターをワイたちは選ぶ」

「あ、そうですか。 それでは、そちらのドアに入ってください」

 音声の案内は入口とは別のドアを指しているようだった。 こちらからは開かないようで徐々に開放される重い鉄の音が反響する。

 ついに開かれたドアの先は暗くこちらからも見えない闇が広がって不気味さすら感じた。

 しかし、裏切ったという雰囲気に耐えかねていたのかいそいそとファットマンが部屋に入って行くのを俺は黙って見送る。

 奴が部屋に入る直前に御景は思うことがあったのか声を掛けた。

「じゃあな、フランクリン」

 今まで聞いたことないような優し気な声音。

 ファットマンも何かを言おうとしたところで閉まる金属音が遮られる。

「あらー、残念時間切れです」

 ワザとだな。 本当にいい性格してやがるぜ、このクソアマ。

「でも、私は優しいので出血大サービス」

 そう言うとモニターの映像が切り替わる。

 映し出されたのは室内全体が白い小部屋の中央に立つファットマン。

 映像は部屋に設置されている監視カメラからだろう。

 カメラの前で話す奴が必死に何かを話しているが、音が拾いきれていないのか聞き取りづらい。

「悪かった、頑張る、許してほしい」

 御景の呟きに疑問符が浮かぶ。

俺の視線に気づいたのかモニターから視線を離さず、説明が入る。

「……読唇術だ。 探偵なんてやってると結構便利だからな──どうやら、言ってる内容は謝罪とこれからはワイらの代わりに生きていくだとさ」

「……はっ、誰のせいで──いや巻き込んだのは俺らだったな」

 因果応報。 裏切り者は裏切りで死ぬ、か。 俺らしい最後だ。

 死んだら、地獄行きだろうなぁ。

 そんなことを考えていると、部屋全体を揺らすような振動。

「おい! べネット!!」

 御景の声でモニターを見て、驚愕。

 ファットマンがデカくなって──否、白い部屋が小さくなっていると判断。

 徐々に壁自体が狭まっていく光景に俺は錆びた鉄扉に駆け寄っていた。

「クソが!! マジでノブすらねえのかよ!?」

「どけ!!」

 御景はどこから持ちだしたか分らない木製の椅子を扉に叩きつける。

 当然ビクともしない扉に古びた椅子は砕け散った。

「おい、なんかねえのか!」

「そこの死体じゃダメなのか!?」

「真面目に考えろクソ探偵!?」

 二人で扉にタックルするも重い扉には効果がない。

「おい、モニター女! 聞いてんだろ!! ドアを開けろ!?」

 慌てて画面を見るともう動ける隙間はなくなっていき、設置されたカメラにぶつかったのか、ついには映像も途切れた。

「畜生が!」

 ドアを蹴るも殴るも俺の身体が傷つくだけ、御景も同様だ。

 そうしていると、ついに振動は止んだ。

 どこからかグチャ! と潰れた音が耳に入る。

 鉄扉の下から流れてきた赤い液体。

 俺は傍らに落ちていた椅子の足をモニターに思いっきり叩きつけた。

 ヒビが入り、破片が飛び散る。

 思いのままに何度か叩きつけていると後ろから誰かが掴んでくる。

 御景だ。 俺はそのまま椅子の足を離すと、その場に膝から崩れ落ちた。

「あー! 折角のモニター壊しましたね!! これで器物損壊も罪状に追加です!」

「うるせえな! テメエこそ俺らを騙しやがって!!」

 俺の声にモニターは意外そうな声で答える。

「は? え、わかってましたよね。 だって私は一度も部屋に入れば助かるなんて言ってませんよ?」

「なっ!?」

 その言葉に記憶を探る──確かにそうだと理解した、が。

「あんな言い草でそう思わねえ奴なんて少数だろ!?」

「えー、今更言われましても……それにそこの探偵さんは気付いていたと思いますよ……でしょう?」

 俺の視線の先にいる御景は平然としているのが映る。

 その態度が俺は何故か気に食わなかった。

「おい、どうなんだよ?」

「落ち着け、相手の口車に乗るな。 少し冷静になれワイとお前はあくまで同じ状況なはずだろ」

 内心舌打ち。 だが、コイツの言う事はもっともだ。 あくまで敵は音声の女だ。

「ちぇっ、詰まんないですね。 これで仲間割れしてくれると楽しかったんですけどね」

 暴露した音声は気を取り直すように続けた。

「先程の人のことは忘れて次に進みましょう!」

 どこかのB級イベントのMCのように話すことにもう狂気すら感じられる。

 すると、入口から数人の黒服が入ってきた。

 一人はドームカバーが乗った配膳カートを押しており、あとは銃を所持してこちらに向けている。

 構えから素人が混じっているのはまるわかりだった。

「まるで、案山子だな」

 その言葉が聞こえたのか、明らかにスピーカー先の声でくぐもった声でブツブツと呟いているようだった。

「ゴホン、それでは改めてご紹介します。 私は可愛い司会進行役を務めさせていただきます【BB】ちゃんです!」

 自分で可愛いとか言うのは自意識過剰か、マジもんの可愛い奴のどっちかなんだろうな。

 まあ、仮に後者としても中身が腐ってそうだよなぁ。

「それではお二人にはこれから簡単なゲームをしてもらます」

 そうBBが言うと俺と御景の間にカートを持ってきた黒服が銀色のドームカバーを外すと、そこには二丁の拳銃が入っていた。

 そのあとに黒服たちは速やかに部屋から退出する。

 まるで演劇の黒子だなくだらん感想は捨て置きBBに問いかけた。

「何だよこれ」

「はい、それは『M1911A1』で通称は『コルト・ガバメント』で知られる──」

「んなことは知ってる」

 今更そんな解説や蘊蓄はいらねえ。

「これでどうしろっていうんだ?」

 御景の核心めいた質問。

「はい、すっごく簡単なルールなんです──その拳銃で殺し合ってください」

 直後に俺たちは同時にカート上の拳銃を掴み、構える。

 互いに眉間を狙っているようで装備されている赤いレーザーポインターが額を照らしていた。

「迷いがねえな」

「当たり前田のクラッカー」

 つまんねえ冗談はともかく、俺を射殺さんばかりの真っ直ぐな目をしている御景の本気さに自然と笑みが零れる。

 

 

 

 

 そうやって対峙して数分後、乾いた銃声が三発。地下の部屋に反響した。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

アナザーファイル、1-10.5《血祭祭司と呼ばれる男》

 戦闘描写ありますが読みづらかったらすいません


 時刻は真夜中を差し掛かった頃だろうか……。

 人気の少ない廃工場地域を歩く男。

 ストレートキャップを目深く被り、少し長めに伸ばした金髪は後ろで一本に結われ歩く度に左右に揺れた。

 青を基調にしたジャケットには黄色い線が所々走った模様が施されており、下はカジュアルなジーパンを履いている。

 片手にコンビニのロゴが入った袋を携え、もう片方には肩に竹刀袋を提げていた。

 規則的な音色を鼻唄で奏でながら歩く姿を見るに少しご機嫌なのが窺える。

 だが、やはり如何にも治安の悪そうな場所にはあまりにも似合付かない情景でもあった。

 かつては栄えた工場地帯の名残はなく、潰れた廃工場をねぐらにする浮浪者やゴロツキの溜まり場でもあり、新月というのも手伝い不気味さが増していた。

 歩く人影の前に誰かが行く手を遮る。

「いい加減テメェにはウンザリするぜ、クソ野郎」

 その脂ぎった声は歩いて人物へ向けられていたものだった。

「またか? お前こそいい加減セリフのバリエーション増やしたらどうだ?」

 歩みを止めた男は面倒そうに声の主へと顔を向けた。

 予想した通り、派手な白いスーツに身を固め、中年の一歩手前といった男──デリックが目の前に立っている。

 【狂犬のデリック】というのが彼の二つ名で気に食わないやつには噛みついて回る生粋のトラブル・メイカーだ。

「テメエのせいで俺は【11議席】に入れなかったんだ、それだけじゃいざ知らず、なんでテメェみたいのが入れるんだよ!?」

 芋虫のように太い指で指してくるデリックを興味なさそうにあしらう男。

「知らねえよ、少なくともお前のような器の奴には向かねえよアレは」

 デリックがその返しが余程気に食わなかったのか、地団駄を踏みながら癇癪を起す。

「クソッタレめ! あの組織の恩恵に預かりたいと思ってるがどれだけいると思ってるんだ!?」

「……いや、俺は別に恩恵とか受けてねえし、仕事して報酬もらうだけだぞ? そもそもお前の何かをしてもらおうって精神が悪いんじゃねえか?」

 グッと痛いところを突かれたのか、言葉を詰まらせるがまた狂犬らしく喚き散らす。

「もうそんなこと知ったことじゃねえ!? とにかく今日がテメエの命日ってことだ!?」

 デリックが合図を送ると、男を取り囲むように建物の陰や瓦礫からびっしりと物騒な人影が出てきた。

 金を払えば殺しも厭わない、そういう連中が掃いては捨てるほどいるご時世なのだ。

「へへへ、俺の兵隊は20人だ。しかも全員軍隊から横流ししてもらったグリーズ・ガンを武装済みときたもんだ」

「……」

「どうだ、怖くて声も出ねえだろ! 今夜、この血塗れ横丁に新しい犠牲者の名前が刻まれるわけだ!!」

 チャキッと乾いた金属音は安全装置が外された音だ。

 ただでさえ静寂に包まれる時間帯だというのに、この一帯はそれに輪を掛けたように静寂さが支配をしている感覚に陥る。

 素人なら耐えかねて悲鳴を上げてしまいそうな強烈な緊張感。

「誰が犠牲者だって?」

 その静寂と緊張感を破ったのは場違いな男の言葉。

 20の銃口が向けられているとは思えない態度は正気を疑いたいレベルである。

「その余裕の態度が気に食わねえって言ってんだろうが!」

「うるせえな、ほら俺のアイス分けてやるからこれで頭冷やせよ」

「ほざけ、死ねや!」

 言うが早いかデリックは一気に引き金を引き絞る。

 ほぼ、同時に兵隊たちも引き金を引いた。

 銃弾の雨が殺到し、汚泥まみれの地面が茶色い霧を噴き上げ、男の姿はかき消されるようにその向こうへ見えなくなる。

 カートリッジ一つをフルオートであっという間に撃ち尽くしたデリックは満足げな笑みを浮かべた。

 同じく弾を撃ち尽くした兵隊たちも次々と銃口を下ろす。

 生身の身体がこの雨を耐えられるはずがないと勝利を確信。

 だが、硝煙と土煙の向こうから有り得ない返事が返ってきた。

「視界が確保できないくらいに銃ぶっ放す阿保がいるかよ」

 そして、光が疾った。

 デリックにとっては不愉快でしかない『ブォン』という独特な風切り音。 

「う、わわッ!」

 カートリッジを入れ替えようとした兵士が不自然な姿勢で吹き飛ばされた。

 その隣の兵士が悲鳴を上げながら銃を取り落とし、さらに数名がその場で崩れ落ちる。

「な、なにやってやがる! 給料分ぐらいは働きやがれ!?」

 デリックはグリーズ・ガンを投げ捨てると腰に吊ったモーゼルに手を伸ばす。

 弾倉を交換している時間はないと本能的に感じ取っていたのだ。

 焦りと恐怖が汗となり、デリックの背中を伝う。

 彼は今、目の前で起きている現象を理解しようとしていた。

 青い閃光が闇と茶色の霧を彩ると同時にデリックの兵隊たちは無様に叩き伏せられている。

 その度にブォン、ブォンとあの音が聞こえてきた。

 20名のうち既に半数以上がやられているが、相手の場所が知れない状況での同士討ちを恐れて満足に反撃が出来ない状況だ。

 デリックはがむしゃらに引き金を引く。

 不愉快な音の聞こえる方にただひたすらに銃口を向けた。

 汗の量が増え、額を流れ落ちる。

 目に染みてたまらなく痛い。

 だが、それでも汗を拭うことをせず撃ち続けたのは恐怖ゆえだ。

 この得体のしれない恐怖感──それに打ち勝ちたいために懲りずにデリックは彼に挑み続けているのだ。

 その時、汗で歪んだ視界の片隅で金色の影が躍る。

 見間違えるはずもなく、それは奴の金髪に違いなかった。

「見つけたぜぇ!!」

 恐怖は一瞬で歓喜に変わった。

 冷や汗が止まり、焦りが吹き飛ぶ。

 残弾を気にしつつ、続けて三回引き金を引いた。 髪が見えた位置から計算して頭、胸、腹の位置とセオリーに則ったものだ。

 モーゼルのカートリッジは空となり、後はチャンバー内にある一発だけを残すのみ。

 デリックは確かな手ごたえを感じていた。 これまでの努力が報われただと。

 それでも焦る気持ちを抑え静かに待った。 

 ゆるゆると風が次第に硝煙と霧を流していくのも銃口を下げることなく待つ。

 ジリジリと汗が乾く音が聞こえる気がしながらも猛烈な喉の渇きを出ない唾をかき集め誤魔化した。

 次第に晴れていく視界の中で倒れているのは未だに兵隊たちしか見つからない。

 奴の死体を見たら、冷えた麦酒でこの渇きを潤そうと決めると自然と頬の筋肉が持ち上がる、

 しかし、次の瞬間デリックの表情は一変した、同時に僅かに残った兵士は違った表情を浮かべた。

 男は五体満足傷らしい傷は負わずに生きていた。 違いと言えば銃撃する前にはなかった剣を持ち、帽子が取れその素顔が明るみになったくらいのものだ。

 生きていることに口をパクパクさせる依頼主を他所に兵隊の一人が叫ぶ。

「あ、アンタは【路路有楽 魑祀】!」

 その名前を聞いた途端、意識のある兵隊のほとんどがギョッとする。

 それは、このツウィッタウンの生ける伝説の名前であった。

 【ロジウラ チマツリ】。

 またの名を【殺刃鬼】、【血祭祭司】など物騒な二つ名で通っている人物なのだ。

 多くの兵士がその場から蜘蛛の子を散らすように逃げていく。

「……」

 その反応を見ても特に気にした様子もなく魑祀は落ちていた帽子を拾った。

「て、テメエもしかして避けたのか……その剣で!?」

「狙いは良かったぞ──流石、百戦錬磨ってところか?」

「うるせぇ!!」

 魑祀の皮肉に再び、闘志を燃え上がらせたデリックは反射的に銃口を跳ね上げる。

「まだ、弾は残ってんだぜ?」

「へえ、やるじゃねえか」

 興味なさげに答える態度を見て、デリックの表情に険しさが増す。

 怒りが恐怖を完全に抑えていた。

 狙うならここしかない────銃声と共に飛び出した弾丸は魑祀の眉間へ向かう、そこまでは把握できた。

 しかし、気づけば喉元に剣の切っ先が皮膚に食い込むか、食い込まないかの絶妙な力加減で押し付けられていたのだ。

「お前の負けだな、狂犬の───いや、負け犬のデリック」

 その言葉が聞こえると同時にパサッと魑祀の後ろで弾痕の開いた帽子が落ちたのが見えた。 

  

 

「へっくしょん!」

 ありきたりなクシャミの音を立てながら、デリックは夜の街を歩いていた。

 あのあと、帽子の弁償やアイスのファミリーサイズを奢らせられるなど散々だが、こうして首が繋がっているだけ儲けかもしれない。

「……負け犬、か」

 11議席という体制が出来てから商売がやりづらくなり迎合するか、潰されるか、撤退……色々な選択を迫られるようになった。

 デリックもその体制が出来るまではそこそこ楽に商売をし、一財産築いたのだ。

 しかし、時の流れとは残酷なもので金は減る一方で部下からも愛想を尽かされる始末。

「こりゃ、本当に名前が変わる日は近いなぁ」

 気分を紛らわすために行きつけの店への近道を通ろうとした時に何かの気配を感じた。

「誰だ!?」

 ホルスターへ手を伸ばすが生憎、あの後魑祀に銃は奪われたのを思い出す。

 誰でもいいから知り合いがいて欲しいとデリックは思った。

 情けない話、今ならあの【血祭祭司】でももろ手を挙げて喜んだに違いない。

 

 

 最後にデリックが見た光景は自分に振り下ろされた鋭い刃の切っ先であった。

 それが首筋に深々と食い込んだ瞬間、彼はすべての視界を奪われていた。

 そして、『何か』が次々と自分の身体に喰らいつき、喰いちぎり、咀嚼される感覚に襲われてもなお、その意識は決して途絶えることはなかった────。

 その日から狂犬のデリックを見たものは誰もいない。

 

 

 忘れてはならない、この町には謎と恐怖が潜んでいることを――――

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ファイル、1‐11

茶番要素ありますが流してくだちい


 御景はベネットではなく、銃口を死体に向け三発発砲した。 着弾の度に死体は飛び跳ね、火薬の匂いと赤い液体をぶちまける。

 ベネットの方は手元の銃を手慣れた手つきで分解していき、ある程度で止めた。

「おい、これ見ろよ」

 そうやって見せるのは弾丸が入るはずのカートリッジが空であることや構造も本来とは違い、恐らく高性能で本物に近いモデルガンの類ということ。

 御景の方も死体『から』漂う硝煙の匂いや、不自然な血糊の飛び散り方を指摘するとおもむろにベネットは死体らしきものに近づく。

「さあて、死人のフリはやめていいぞ、と」

 踵が俯せの身体に振り落とされる。

 普通なら聞こえないであろう小さな悲鳴も、この静けさが仇となったのか確かに聞き取れた。

 そのまま、足を載せるベネットが下へ向けて顎をしゃくる。

 その指示に従い、御景は紙袋を外すと顔が露わになった。

「ど、どうもー」

 呑気な挨拶をしてきた男に苛立ったベネットは靴裏で頭を踏む。

「あのーこれ結構痛いしさ、ボクそんな趣味は持ち合わせていないんだよね」

「うるせえ」

 先程より足に力を籠める。

「それでテメエはどこのどいつで、何の目的でここにいた?」

「おい、ベネット足を退かせ。 アンタが潰してるせいで喋れないみたいだ」

 その通りとでも言うように右手で親指を立ててきた男を無視して、御景は足を退けるように促す。

 隠す気のない舌打ちで少し離れるが、視線と片手に握られた椅子の残骸が警戒心の高さを窺わせ、きっと妙な動きを見せた瞬間、迷いなく殺す気なのだろう。

「それでベネットの質問に答える気はあるか?」

 男は少し考える素振りの後に。

「黙秘権ってある?」

「それを物理的に教えるのと、文明的に口頭で教えるのどちらがいい? ちなみに限定的に選ぶ権利はあるよ?」

「うーん、ボクは文明人だから口頭でお願い」

「そんなものないよ」

 マジか、と真顔になる男を流し目にベネットへ視線を向けると。

 片手で得物持つ腕を押さえていた。 その表情から別の意味で時間の問題が迫っていることを御景は理解。

「とりあえず、要点だけ伝えるとワイらの質問に答えないとお前は死ぬ。 恐らく死因は撲殺。 協力すれば手荒な真似はしない、OK?」

「わかった!!!」

 真剣さを汲み取ったのかわからない場違いの笑顔と返事で我慢しきれないベネットは椅子の足を床に叩きつける。

「もういいから、笑うな」

「えー、質問する上に注文多くない?」

 ……秒読みで御景の堪忍袋が切れそうなその時だ。

「君たちってさ、なんで銃が本物じゃないって気付いたのさ? 結構早く構えたみたいだけど、普通撃つまで時間掛けたり撃てなくて自殺しようとする奴までいるのに」

 意外な質問。 少なくと数瞬前のやり取りをしていた人物との会話とは思えない内容だ。

「…………重さだ」

 ベネットの口が答えを吐き出す。

「何度かこの手の銃を使う機会はあったが妙に軽すぎたってのが切っ掛け、そう思ったらそいつがお前を撃ってから確信してよ」

「……ワイはお前から流れ出た血糊で気になったのさ、時間経過の割に乾いてないとかな」

 御景は男の近くに広がっている赤の海に着けた靴のつま先をそのまま引きずると赤い線を構築。

「まあ、一番は蝿どころか腐臭すらしないってのも引っかかってたよ」

 地下という事を考えれば、蝿はともかく一時間以上死体と密閉された空間にいれば匂いが充満するはずなのだ。

「あちゃー、結構初歩的なとこで躓いたのか!」

「まあ、あんな状況だと大抵が動転しすぎて気にならねえだろうがな」

 なるほど、と呑気に頷く男の顔に蹴りを叩きこもうとするベネットを御景が制止。

「おい! なんでまた──」

「顔はやめろ。 喋れないと面倒だ」

「──かしこまっ!」

 意味を理解したベネットの蹴りが男の横腹に突き刺さる。

「モルスァ!」

 謎の叫び声と共に転がる男は壁に激突。 

「クソが、ファットマンの分だ!」

 まだ足りないと言いたげな表情だが、幾分かマシになったように見えた。

「痛てて、暴力反対だよぉ」

 足をフラつかせながら壁を支えに立ち上がろうとする男。

「脳震盪か?」

「恐らく長時間死体に化けるための筋肉弛緩剤やら、麻酔の類の症状だろう」

「いや、わかってるなら助けて欲しいんだけど!?」

 男の悲鳴を無視して、改めて質問を投げかける。

「お前の名は──」

「はいはい、ボクの名は──」

 そこで入口が勢いよく開け放たれる。

「はーい、アナウンス放棄して助けに来ました、可愛い秘書のBBちゃんです!」

 紫色のロングヘヤーに黒いコートを羽織り、右手には指揮棒のようなものを左手にはタブレット端末を携えていた。

 顔立ちは悔しいがベネット的に素直に可愛いと思える容姿で美少女である。

 その後ろからぞろぞろと完全武装の兵隊が両脇から展開。

「さあて、大人しくその人を返してくれるか、抵抗して可哀想な豚さんにみたいになるか選んでくださいね」

 電子音越しとは別に語尾にハートでもついてそうな口調とは裏腹にビシッと指揮棒とその眼からは殺意が垣間見れた。

 指揮棒に従いいくつもの銃口が二人に向けられる。

 恐らく、比喩ではなく本当に挽肉にされるのが容易に想像できた。

「テメエ、豚ってファットマンのことか!?」

「ベネット、ステイ!」

「ファットマンのことかああああ!?」

 その怒声と殺意に一瞬部屋にいる全員が震えるが。

「うるせぇ、バカ!」

 御景のアッパーカットが正確に彼の顎を捉え、床に沈める。

「コノ通りワイラニ抵抗ノ意思ハナイヨ、ユルシテ?」

 必死に取り繕う探偵。 

「いや、説得力皆無なんですが……まあ、いいでしょう。 兵隊さんは二人を連行してくださいね」

 BBの指示に従い、兵士たちは御景とベネットを連れて金庫室だったはずの場所から退室していく。

 最後は男と彼女だけが残るだけとなった。

「それで試験はどうでした?」

「ん? ああ、二人とも合格でいいとも思うよ。 君は?」

「はい、私も同じ意見です。そ・れ・にー」

 BBはタブレット端末を操作。

「面白いことも分かったんですよ」

 映し出された画面にはAとBと打たれたピストルのイラストが二つと4と1の異なる数字。

「探偵さんが持っていたのはAの『4』発。 オジサンが持っていたのはBの『1』発なんですよ」

 それを聞くと男は白々しく首を傾げる。

「あれー、ボクの記憶違いかな。 探偵君がボクに撃ちこんだ反応は『3』発でトレジャーハンターさんは『0』発のはずだよねぇ」

 男に仕掛けられた血糊チョッキのようにセンサーが仕掛けられた場所にレーザーポインターを照射して引き金を引くと仕込んだ火薬が爆発する仕掛けとなっている。

 これは仮に何かで試し撃ちをする時に銃の正体がモデルガンで本来なら殺傷能力は皆無という真実から遠ざけるためのもの。

 すぐばれるのではないか? これが意外とばれない。 何せこれを行わせるのは大抵が『仲良し』の二人組で行われ、銃を取ることすら時間が掛かる場合があるのだ。

 仮にすぐに取ったとしても補充の効かない弾薬を遊びで消化するわけにいかない。 自分が弾ギレとなれば『相手』が圧倒的に有利。

 食糧も無く、暗くて狭い地下の密室で行われるデスゲーム。生き残れるのは一人だけということや、相手を殺すだけというシンプルなルールはいつしか、同僚が友人が恋人が家族が──敵に見えるようになり、疑心暗鬼へ落とし込む罠。

 そうやって壊れていく人間関係を見て楽しむそれがこのゲームの醍醐味なのだ。

「そうですねぇ、銃を構えたのは向かい合った数分間だけでそのあとは先程の流れですからねー、一体『何時』撃ったんですかね」

 それを聞くと問題が解けた子供のように男は破顔させた。

「つまり、あの二人はお互いを『相手を殺す事に躊躇いがない』ってことなんだね!」

「ええ、本当に面白いですよね」

 男とBBは顔を見合わせて笑い出す。

 地下室は愚か、施設全体に響きそうな高らかな笑い声。

「あははははは、痛っ! 痛ぁぁい!!」

 横腹を押さえて男の笑い声は止んだ。

「もう、薬の副作用で感覚が鈍くなってただけなのに調子乗った罰ですよ」

 ツンツンと患部をつつくと代わりに男の絶叫が響き渡るのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ファイル、1-12

 それから二人は何とも……表現に困る悪趣味な部屋に連行もとい招待されたのだが。

「なんだ、この内装」

 部屋を見渡した御景の一言。

 虎や羊の剥製や妙な形状をしたナイフに怪しく輝く宝石などの装飾品。 並んで座るソファーも座っていて落ち着かない感触だ。

 一見、統一性のないそれらを見た御景は首を傾げたがベネットは何故か顔を引き攣らせていた。

 気にはなったが追及せずに待っていると扉が開かれる。

「お・ま・た・せ」

 詫びれもない台詞と共に机を挟んで、対面のソファーに腰掛けたのは地下室で死体に化けていた男。

 違いは先程の血糊や埃で汚れた服ではなく、小奇麗なスーツで身を包み、身だしなみを整えた姿である。

「いやぁ、先程はどうもね。 お蔭さまで楽しめたよ」

 ニコニコと人懐っこい笑顔を張り付けながら礼を述べてくる男にベネットは鼻で笑う。

「はっ、なんだまた踏みつけて欲しいのかよ?」

 辛辣な言葉にも態度は崩さず、むしろ先程よりも口角が上がる。

 その様子に流石のベネットも口を閉ざした。

「本当に君たちのような存在は貴重だよ──本当にね」

 二人に対してではなく、何か言い聞かせるように呟く男は目をスッと細めた。

「ところでワイらをわざわざこんなところに引き留める訳はなんだ?」

 御景の問いに男の顔に笑顔が戻る。

「うんうん、そうだよね。 その前に自己紹介するとしようボクは【狂咲 定二】。 親しい人はジョージって呼ぶよ!」

 両手で親指を立てる所謂サムズアップで強調する辺りに必死さを感じる。

 その姿にどこか悲しさを覚えるベネットを他所に御景の顔が険しいものになった。

「アンタがあの”七光り”?」

 そのワードにピクッと定二の片眉が痙攣。

「ふふ、やっぱりそっちの方が有名なのかぁ、ふーん」

 黒い笑みを浮かべる男が気になり、ベネットは耳打ち。

「なんだよ、それ?」

「ワイらが侵入した【虎の門】を始めとした多くの企業を治める【ロックカンパニー】の現社長。 だが、その若さから多くが祖父──先代の【狂咲零定】のコネでその地位に着いたと噂されているのがこの男だ」

「祖父ってならコイツの親父とかが相続するもんじゃねえのか?」

「知らんよ、少なくともそれほどの大企業の跡取りを決めるのに揉めなかったわけもないし、ワイ的にはその中から地位に上り詰め、現在もその規模を維持するどころか、拡大しているんだ……先代の判断は正解だとは思うぞ」 

 しかし、世間からの彼の評価はあくまで七光りと落ち着いた。

 それは何とも理不尽で同情しそうになるが──。

「まあ、他人の評価なんてこの際どうでもいいんだけどね!」

 耳を穿りながらそういう目の前の男がその話題の人物と同一人物とは思えないベネットだった。

「それで本題は?」

「ああ、話が逸れたね……うん、なんで君たちを捕まえのか……まずボクの参加しているサークルみたいなもので、あるゲームが行われていてね」

「おい! いい加減に──」

 机に身を乗り出しそうなベネットを御景は制す。 それは定二の目からは笑っていたものでなく、真剣な雰囲気が感じられたからであろう。

「それで、内容は名前も顔をわからない人物……【ミスターX】なるものを探すって奴でさぁ。 いやぁ、大変だったよ唯一のヒントは『外からやって来た者』だけで本当に出題者の頭を疑うよ。 それでボクは人海戦術で怪しい人物を尾行させてた訳さ。 何回か外れたけど、そのうちやたらと撒こうとする人がいたってことで目を付けてたんだけど──」

「おい、待て」

 定二の言葉を止めたのはまたもやベネットだ。 額に手を当て、何かを願うような声音で問う。

「人海戦術って……もしかして黒服の集団のことか?」

「そうだよ」

 その即答に探偵は反射的に隣の男の頭を叩く。

「なーにが、『他の組織に狙われてんだ』! テメェの勘違いじゃねえか!!」

「仕方ねえだろ!? そもそもあんな大勢の黒服に追いかけられたら逃げるわ!?」

「ま、どういう経緯か分らないけど、気づいたら君たちはボクの銀行に侵入する計画を立てていて、現在に至ると」

 コホンと話を戻す定二。

「それでボクは君たちに提案をしたいんだ──引き受けてチャラにするか、断って刑務所行きか……選ぶ権利はあるもんねえ?」

 口元は笑っているが目は笑っていない上に限りない脅しだった。

「あー、もしかして、恨んでます? 所さん?」

「ううん、恨んでないよ? ボクはジョージだよ?」

 完全にイっている目で返答を求める若社長に困る御景。

 しかし、ベネットは吐き捨てるように言った。

「信用できねえな、コイツはファットマンを殺した奴だぜ? 確かにアイツはクソで裏切りもんで俺がこの手で殺してやりかったし拷問にかけて生まれきたこと後悔させてやりたかったが、テメェみたいに騙すような奴はもっと嫌いだぜ」

「え、色々突っ込みどころ多くないかい? というか彼結果的に死んだ方が良かったみたいになってるよ!?」

 困惑した声音の定二にすかさず御景がフォローする。

「大丈夫だ」

「ごめん、どこら辺が大丈夫か分らないんだけど?」

「とりあえず、落ち着けよ。 ファックマンのことは許せねえけど、それ以上に許せないのがお前なんだよ」

「待って待って、どうしたの。 何が君をそこまで駆り立ててるの? ファックマンになってるよ!?」

 笑顔が本格的に消えかかっているので御景が通訳を入れる。

「たぶん、『俺が騙すのはいいけど、他人に騙されるのがマジ許せぇ』って感じだと思う」

「うわ、なにそれ質悪い」

 その時、ドアからノック音が響く。

 部屋の主である定二が促すと扉が少し開かれ、誰かが顔を覗かせた。

「あのぉ、そろそろいいですか?」

 彼の秘書であるBBが何かを伝えに来たらしい。

 大企業の社長たるものスケジュールはびっしりなはずなのだから当然なのだろう……。

「ああ、うん、そうだね」

 どこか疲れた様子で促すとバン! と扉が勢いよく開かれる。

「サプライズ!」

 パーティー用のクラッカーを鳴らす、黒服数人と、BB。 そして、死んだはずのファットマンがそこにはいた。

 全員が陽気な笑顔で三角帽子を被り、入室するも部屋との温度差で静まり返る。

 顔を覆い天井を仰ぐ定二。 何かを察して黙る御景。 理解の追いついていないベネット。 口笛を吹きながら退出するBB。 焦るファットマン。 空気に徹する黒服。 

 部屋は沈黙で支配された。

 

「野郎、ぶっ殺してやるぅうううう!!!」

 理解したベネットが叫び声と共にファットマンに飛びかかるのは数秒後のことだった。

 

 さぁ、パーティーの始まりだ。




茶番劇になってしましましたが、緩急をつけるためにこうなりました。

恐らく、今後ともこういう風にギャグぽい回とシリアス回を合わせていこうと思ってます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ファイル?、怪人???

グロい描写ありますのでご注意を


 陽はとっくに沈んだ夜の下で広がる歓楽街。

 有機照明で模した赤や桃色、紫のネオンが灯る。

 通りでは人々が行き交い、欲望に輝く男たちを呼び込む声が重なる。

 店先には半裸の女性が客を誘っていた。

 そんな中、冴えない青年がたまたまガラの悪い三人組にぶつかり、恐喝されるなんて日常茶飯事だ。

「す、すいません!」

 通りではなく、一目が付かない路地に連れられ壁に押さえつけられる黒髪の青年。

 三人組の中で一番の浅黒い巨漢が胸倉を掴み、身長差で青年で足元が浮いていた。

 眼鏡を掛け、ダボダボのパーカーに細身で大人しそうな印象、怯えた様子が余計に加虐心を掻き立てるのだろう。

「あぁん!? すいませんで済んだらよぉ、警察はいらねえんだよぉ!」

 サングラスを掛けた男が唾を飛ばしながら、怒鳴り声を上げる。

「つーかさぁ、警察とか機能してねえだろ?」

 青年の荷物を漁る金髪の男がそう言うと、三人組はどっと笑いだした。

 まるで意味が分かってない青年に巨漢が問う。

「お前、まさか11議席のこと知らねえのか?」

「11……議席……?」

 青年の反応で三人が顔を見合わせると、また笑い出した。

「お前、俺らが誰だか知らねえのか?」

「あの議席、七席の”ウォッチマン”の配下なんだぜ」

「ボスに連れて行けばお前なんか瞬殺、わかるか? 死ぬんだぜ?」

 青年は念を押すようにもう一度聞く。

「ほ、本当にそんな凄い人の部下何です……か?」

「あぁん、だからそういって──」

 ストンと青年は何事もなかったかのように着地する。 直後、上腕から切断された二本の腕も地面に落ちた。

「あ、ああああああ!! なんじゃこりゃぁああ!!!」

 消失された腕を見ながら巨漢は絶叫。 そして、青年の左の貫手が走り、揃えられた五指は右目から脳へと貫通。

 引き抜くと膝から崩れ落ちた巨漢から血が噴き出した。

「は? え?」

 状況を呑み込めない二人は青年と絶命した巨漢を見比べる。

「あぁ、本当にこの作戦は面倒だわ……だが、効率を思えば……そうだな、『黒月』には悪いけど手っ取り早い……」

 ブツブツ呟いたかと思えば青年に異変。

 細身の肉体は四肢の筋肉が一房増えたように全身が膨らみ、猫背だった背筋が伸びた。

 黒髪は赤髪に変わり、徐々に長さが伸びていく。

 その様子をゴロツキの二人は黙って見るしかなかった。

 そして、変化が終わると先程とは全くの別人が立っているのだ。

 男は深く息を吸い込むと。

「はぁあああ! 久々の『表』! 娑婆の空気は美味いなぁ」

 うっとりしたように路地から吹き抜ける夜空を見上げる。

「な、何なんだよ! オメエはよぉ!!」

 訳も分からず叫ぶ金髪に、赤髪の男は少し考え込むと、近づきながら答えた。

「確かに、俺は『誰か』と聞かれれば答えに困るな……俺は俺であって、アイツらはアイツらだ」

 つまり──と言葉を切る赤髪。

 

「お前は死んでいいぞ」

 

 その答えと共に右足の蹴りが金髪の頭を捉える。

 どれほどの脚力があればそうなるのか、頭蓋は割れ、血液と脳獎が壁を濡らし、顔面はグチャグチャで首は皮一枚で繋がっていた。

 無論、即死である。

「ひっひぃいいい!」

 尻餅をついて後ずさるサングラス。 あまりの恐怖で失禁し、水溜りが出来上がっている。

「あ、いっけねぇ。 難しいこと聞くから反射的に殺っちまったな……まあ、一人生きてる結果オーライだよな」

 歩いてくる赤髪から遠ざかろうとするも身体が動かず、震えるばかりだ。

「おいおい、そんなにビビるなよ。 『黒月』を虐めといてそれはねえだろ……いや、そういう作戦だったけどな」

 ついに眼前まで迫ったそれに為す術もなく、半泣きで固まるサングラスに腰を屈め、優し気な声音で赤髪は語り掛ける。

「まあ、水に流そうぜ。 俺は『朱雀』っていうんだけどよ、良ければお前のボスの所まで案内してくれねえ?」

 サングラスは朱雀の目的を察したが、震える身体を必死に動かし首を横に振った。

「お、ボスは裏切れねえってか? 意外にやるねえ!」

 ニコニコ笑うが目は笑ってない。

「ち、ち違う! お俺たちは勝手にッさ傘下を名乗ってただけだ……本当に知らねえ」

 そう、案内しないのではない。 できないのだ。

「ふぅん、そっか……ところでさ。怪人【獣憑き】って知ってるか?」

 知らない単語にサングラスは首をブンブン振って必死に否定する。

「そっか」

 その瞬間、朱雀の顔が男に近づいたと思ったら男の顔に激痛が走った。

あまりの痛さと、何が起きたかわからないという混乱に顔を押さえてのたうち回る。

 パリンとサングラスが砕ける音とクチャクチャと何かを咀嚼する音。

「うへえ、やっぱまずい!」

 口の周りは赤く染まり、ペッと吐き出したのは顔の肉片と皮だった。

「ああ、ちなみに知らないのも無理はねえから教えとくと俺が──俺たちが怪人【獣憑き】で、広まらない理由は不要に正体知ってるやつを殺してるからなんだよ」

 絶叫をまき散らす男にはそれどころではないらしく、半月の軌跡が喉元を切り裂いた。

 それはナイフによる一閃で、持ち主はいつ間にか現れた人影だ。

「まったくぅ、困りますよぉ。 私がいつも気を使って記事を書いてるというのにぃ……」

「あー、すまん」

 人影は全身をコートで身を包み、手先には手袋。

 目深くハンチング帽を被って、口元にはマスクで覆っており、露出という露出を避けている奇妙な人物だ。

「すいません、『今の』貴方は鳥頭でしたね」

 この人物は怪人に関しての記事を書く記者で名を【如愚侘 手記狩】という。

 明らかなペンネームだが、気にしたことはない。 何せ本名など些細な事なのだから。

「はいはい、それじゃ他の奴に変わろうか?」

「いえいえぇ、本日は別件で近くを通りかかっただけですのでぇ……ではぁ」

 そういうと如愚侘は瞬く間に姿を消した。 まるでそこに居なかったかのように……。

 ちなみに三人の死体もいつの間にか消えていたのだが、記者に言われたように朱雀は気にした様子なく膝を曲げた。

 そして、勢いよく足のバネを開放すると驚異的な跳躍力で近場のビルを昇っていく。

 

 

 ビルの屋上から夜の街を照らす人工の光を見て、朱雀は息を吐く。

 獣憑きと呼ばれる彼らは誰が本名なのか、誰が本当の自分なのかはわからない。

 それでもこの闇夜に呑まれるような錯覚に陥っても大丈夫なのだろう。

 確かに、一人ではあるが、独りではない。

 そう言えるだけの確信も自信もある。

 難しいことを考えるのは他の奴に任せよう。

 赤髪を手早く束ねると、彼はまた夜の街へ飛び込んでいくのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ファイル、1-13

今回でファイル1は終わり次からファイル2に移ろうかなと思ってます。


 ベネットとファットマンは黒服たちの活躍によって取り押さえられ部屋から退出。

 静まり返った部屋にはワイと定二の二人だけとなっていた。

「それで何を言おうとしたんだ?」

 ワイの切り出しに若社長は咳払いと共に話し出す。

「ボクからの条件は君たち──正確にはトレジャーハンター君に注目している間にボクのコレクションの一つが盗まれてさ」

「それを取り返せと?」

 肩を竦めて、席から立ち上がると棚にある資料ファイルを持ってきた。

「君たちに取り返してもらいたいのはこれ」

 ファイルが机に広げられ、指が示した場所を渋々読み上げる。

「何々……【狂気のキャッツアイ】?」

「詳細はカッツ合いでお願い。 さて、やってもらいたいけどどうする?」

 俺は裏を探るように質問を返す。

「対象に関しては了解したが、その時の状況や犯人の手がかりがないわけじゃないよな?」

 もちろん、と懐から取り出した携帯端末を操作すると画面をワイに見せる。

 

 

 若干乱れた映像は監視カメラによるものだろう。

 アングルは上からのもので角に突き当たる廊下を映し、最新の赤外線カメラは暗闇であるはずの世界でも映像を成立させている。

 しかし、数秒後……時刻にして真夜中を過ぎたあたりに動きがあった。

 丁度死角から現れた2人の警備員らしき影。

 間隔の短い発砲音と閃光が暗闇を照らすのはサブマシンガンの射撃によるものだ。

 しかし、ズドンという轟音と共に1人の頭が消し飛ぶ。

 生き残ったほうは慌てて弾倉を入れ替えようとするが上手くいかず取り落とす。

 そこで見えなかったものが現れた。

 黒い革のジャケットを羽織っていても分かる筋肉隆々の男で髪は角刈りで顔にはサングラスを掛けている。

 右に抱えているのは恐らく、定二の言うコレクションなのだろう。

 左手に持っていたソードオフショットガンを投げ捨てると、そのままを警備員の首掴んだ。

 壁に押さえつけられた警備員は足が宙に浮く状態でバタバタと振るい、サブマシンガンを床に落とし、両手で開こうと抵抗するも万力のように強固なそれには無駄となる。

 その様子を不思議そうに見ていた男は次の瞬間、警備員の首をへし折った。

 二つの亡骸には目を向けず、そのままサブマシンガンの弾倉を拾い、ぎこちない動きで装填。

 銃口はこちらに──カメラに向けられまま発砲。

 

 そこで映像は途切れていた。

「それで……この男に心当たりは?」

 端末をしまう定二は考える素振りを見せるがそれも一瞬で終わり。

「ないね、というか逆に多いから違う意味では心当たりはあるけどね」

 ニコニコそれを言う辺り本当にそうなのだろうと溜息で返すワイに期待の目で返答を待つ定二の手にはいつも間にか持ち出したかわからない拳銃が握られている。

「オーケー。 とりあえずそれを下ろしてくれ。 ワイがその程度で死ぬなんて思ってないだろうが、痛いのは嫌なんだ」

「じゃあ、受けてくれるかい?」

 答えは決まってはいるが、ワイは改めて質問を返す。

「それはワイだけの条件か? それとも──」

「無論、トレジャーハンター君とセットさ」

 黒い笑みは何を含んでいるのか計れないが、揺れた銃口が代わりに真剣さを教えてくれる。

「わかった。 最低限の資料と準備はしてくれるんだろう?」

「うん、資料は後日送るし、支援も構わないよ、結果さえ残してくれればね。 失敗すれば……わかってるよね?」

 右人差し指で自らの首を横切るジェスチャー。

「ちなみにそのコレクションがこの町を出ている可能性は?」

「それはない」

 一瞬だが真顔で答えた定二に違和感を覚えるが。

「そうか、ならやるよ」

 深入りはしない、以前の依頼でそれは経験しているのでワイはこの依頼──ではなく契約執行に集中する。

「頼んだよ。 この筋肉もりもりのマッチョな変態さんを倒してちょうだい」

 はいはい、と流して部屋から退出。

 部屋を出て早速立っている黒服が案内をしてくれるようで、黙ってそれに従う。

 改めて見ると廊下の内装も少し変わって見えて表現に困るが万人受けはしないだろうなと評価。

 そう考えていると目的の場所に到着。

 室内には酒気を漂わせるベネットと潰れたファットマンと顔を赤くした社長秘書BBがいた。

 傍には黒服が何人か立っているが気にせずワイはベネットの腕を引く。

「ほら、仕事だ。 行くぞ酔っぱらい!」

「おいおい、仕事は終わったはずだろ! 俺らは騙されてたんだからなぁ!」

 若干、呂律の回らない口調で話す中年に舌打ち。

「まあまあ、お酒も入ってます今晩くらいはここで泊まって頂いても構いませんよ?」

「お、BBちゃん! 太っ腹!!」

「太ってませんよぉ!」

 と秘書の一撃がベネット鳩尾を抉ると、悶絶することなく中年は意識を失う。

 ああ、これはいい一撃だなと音で判断したワイは後は任せて部屋から出た。

 

 

 施設から出るとワイは夜の街を歩き、帰路に着く。

 以前もこんなことがあったなと既視感を覚えたがちょうどベネットを病院へ連れて行ったあの晩と重ねた。

「ひとりはなれたつもりなんだが、またコンビ、か」

 ワイの独り言も街の喧騒が呑み込んでしまう。

 きっと、誰かの声もそうやって消えて行くのだろうか。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ファイル2、灯台下暗し、頭上に注意(+)

章自体はまだ始まりのほうですが、一区切りということでファイルは更新された。

その章の進行度でファイルも更新って感じで書こうと思います。


 目覚めは訪問を知らせるチャイム音だった。

 訪問者は速達を持った宅配業者で受け取りのサインをするとすぐに退散する。

 ワイは差出人を確認。

 ロックカンパニーと銘打ったロゴ入りの封筒で察した。

 有言実行とはよく言ったものだと、封を切りながら溜息が漏れる。

 中にはいくつかの資料と連絡を取るためであろう最新の携帯端末が同封されていた。

 無視しようにも届いたら連絡するようにと指示が明記された資料を見た後だとそうもいかない。

 端末を操作して、登録されていた連絡先も一つでそれが誰なのかも見当はつく。

 ダイヤルを発信して耳に当てた端末から聞こえたコール音は一回。

「もすもす、ひねもす! 早速掛けてくれたん──」

 寝起きのテンションでは受け付けない温度差に反射的に通話を切る。

 すぐにあちらから掛かるリダイヤルに嫌々出ると

「待ってよ、掛けておいてそれはないよね!?」

「あー、すいません。 寝起きなものでして、つい」

「なんだいなんだい、こちとら徹夜明けのハイテンションなんだよ!!」

 なるほど。 それは必然的に差が出来るわけだ。

「まあ、その番号で掛かってきたということは無事に速達は届いたんだね」

「ああ、ワイはこれから仕事に取り掛かるわけで……それでここからは相談なんだが、集めた情報次第では資金援助……なんてのは駄目だろうか?」

「んー、要は君の家賃滞納で部屋から追い出されるまでのタイムリミットが近いせいで捜査に集中出来ないからそこをまず解決したいと?」

 ここまで自分の状態を把握されていると思うと気持ち悪さというか改めて相手の強大さを思い知る。

「あ、気持ち悪いって思った? ごめんね、こっちも相手の手の内は知っておかないとねぇ……まあ、御褒美ということでなら少しだけ考えてあげるよ」

「そうか、そうして貰えるなら助かる」

「そうだとしてもそれなりの進展ないとねえ。 まあ、君たちになら先行投資くらいは考えてもいいけどね」

 期待はされているらしいが、応えられなかった時が怖くなるな……。

「……善処しますよ」

「そうしてちょーだい! んじゃ、眠いから寝るよ、お休み!!」

 通話はそこで途切れる。

「……もしかして、電話来るの待ってた……とかないよな」

 それは考え過ぎだと乾いた笑いで誤魔化し、ワイは資料へざっと目を通す。

 襲撃にあったのは山一つ越えた先の田舎の銀行らしい。

 確かにこういう場所ならまさか大手企業の社長が貴重なコレクションを保管してるとは思わないだろう。

 交通機関はないこともないが、自由の利く足が欲しいし、準備も整えるという意味でもワイは自身の携帯電話に手を伸ばす。

 折り畳み式の画面を開き、ボタンを操作。 登録した連絡先は少なくすぐに相手を見つけることが出来た。

 まず一人目に連絡すると、相変わらずマメな性格らしくすぐに出た。

「──なんだ」

「やぁ、久々だね瀬内先生!」

「先生はやめろ! なんだ、金ならないぞ?」

 開幕からそれとはワイの経営難はそんなに知れ渡っているのか?

「ワイが君からにお金借りたことあったか?」

「いいや、ただアンタのやり方知ってるとそういう風に思われてもしかたないさ」

 一応、冗談のつもりらしいが正直笑えない。

 通話先の【瀬内 夏影】は同じ私立探偵をしている同業者だがワイのようなところは大違いで先代から続く二代目で職員もそこそこいる。

 色々あったが今では若いのに事務所を運営しているようだ。

「ところで、わざわざ電話なんて珍しいな」

「別に深い意味はないさ。 まあ、用と言えば一つ頼まれてくれないか?」

「構わんよ、アンタには世話になったしな」

 ワイはそこで用件を伝えると、夏影からは疑問が返ってくる。

「そんなこといったい何に──おい、また変なのに首突っ込んでるのか?」

 勘が鋭くなっていることに感心。

「根拠は?」

「いつもそうだろ、大体──……いや、止めとく。 爺ちゃんみたいに説教臭くなりそうで怖え」

「血は争えないな」

 瀬内事務所の先代所長【瀬内 庵理】のことを思い出す。

「……まあ、湿っぽい話はなしだ。 とりあえず、了解した。 結果はメールで送ればいいか?」

「ああ、頼む」

 通話を切り、次の相手に連絡した。

 

 

 

 砂塵の舞う辺境の道を旧型の四輪自動車が疾駆する。

 ベネットは恐らく二日酔いにでもなって戦力外だろうし、そもそも連絡先を知らないので自然と今回の調査には除外していた。

 道路は荒野のを横断するかのように作られて、大海原を切り開いたどこかの聖人の逸話を思い出す。

 ハンドルを握るワイは整備されていた愛車との遠出に少しご機嫌だった、が。

「風景が変わらないのも飽きてきたな」

 煙草は吸わないが雰囲気を味わうためにココアシガレットを口に咥え、晴天の日光を遮光眼鏡で遮っている。

 カーステレオからはラジオが最新のトレンド音楽を流していた。

 あまり好みではないが他の局では似たようなニュースしか流れていないのでこれで妥協。

 開けていた窓から吹き込んでくる風が心地よかった。

 少しだけ思考を追いやっていると地平線に何かが見えて来る。

 近づいて行くとそれは一台のパトカーと警官でこちらに止まるようにとのことだった。

「どうかされたんですか?」

 脇に寄せて停車させたワイは窓から警官に問いかける。

「はい、先日ここいらで強盗事件が発生して、許せないことに死傷者も出た上に犯人は未だに逃亡中なんです」

 若い警察官だ。

 物腰の低さや真面目そうな雰囲気からして色んな意味で若さを感じ取れる。

「はあ、こんなところで検問ですか? ご苦労様です」

 とりあえず、疑問に思いながら社交辞令を言うと、警官のほうは少し困ったように頬を掻いた。

「いや、実は……パトロール中に……そのガス欠で……」

 どんどん語気が小さく、最後は顔を真っ赤に言葉を紡いでいた。

「はあ……」

 まあ、こんなところで立ち往生とは気の毒な話だ。

「その申し訳ないのですが、この先の町にある署に本官がここにいるということをお伝いしてもらえませんでしょうか? 無線は調子が悪いみたいで使えない状況で」

「えっと、お名前は?」

「ああ、申し訳ない。 私は【江戸門 妙窟】というものです」

 別にやましいこともないので警察署に行くのは問題ないが、このような場所で長時間待っていると思うと少し気重くなってしまう。

「あの良ければ、ワイの積んでる予備のガソリン使います?」

 その言葉に一瞬目を輝かせるが、すぐに首を振り申し出を拒否。

「いや、有り難いのですが流石にそこまでして頂くのは……」

 少し大げさに前方と後方を見た後にワイは言った。

「えっと、今まで街から走って来たんですが、車って通りました?」

「……いいえ」

「それってワイがもし警察署に行かなかったら結構マズいって思わなかったんですか?」

「で、ですが元はと言えば、本官が──」

 前に進まない押し問答に嫌気がさしたワイは車から降りるとトランクから携帯式の燃料タンクとペットボトルの水を道路脇に置くと運転席に戻る。

 その様子を見ていた江戸門は呆気に取られていた。

「ワイはあれ捨てたからな! 捨てたもんがどうなろうが知ったことじゃねえ! 拾わねぇと勿体ねぇな! ついでに喉が渇いてるなら水分補給しねえと干上がっちまう!」

 棒読みでわざとらしく阿保みたいなことを大声で叫ぶ。

 その言葉で意味を察した警官が何かを言い出す前にアクセルを一気に踏んだ。

 バックミラーに映り込んだ江戸門が何かを叫んでいる様子だったが、無視してそのまま町へ向かう。

 その場所はツウィッタウン西部に位置する辺境の入谷区だった。




・後書きコーナー【第一回 カルロとMrコルドのナゼナニ】

カルロ「本日から始まりましたこのコーナーを担当させて頂きます。私、カルロと──」

Mrコルド「小生、とあるギャング団の長をしています。 Mrコルドです……テロップのMrは抜かしてもいいですよ」

カルロ「いやぁ、まさか我々が抜擢されるなんて思いもしませんでしたよ」

コルド「小生もビックリです。 まあ、籤というか投票なので仕方ないんですがね」

カルロ「ちなみに落選したお二人の声は──」



如愚侘「残念ですが、クォれは仕方ないですねぇ……それでは取材に行きますね」

ラビット「正直、仕事が減ってほっとしている」



コルド「んー、小生たちって貧乏籤引きました?」

カルロ「まあ、後書きですし気楽にやっていきましょう……それでは記念すべき一つの質問は……」

Q.【主人公の御景ってなんて読むんですか?」

カルロ「彼の名前は作中上【ミカゲ】という読みでいいらしいです。 作者が何故そう混乱を招くような形で書いているのかは不明です」

コルド「あー、B級映画などにありがちな『一工夫』って奴ですかな?」

カルロ「はあ、そんなことだからあの探偵事務所だって────」






 し ば ら く お 待 ち く だ さ い 




(続く?)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ファイル、2-2(+)

遅くなって申し訳ありません


 町に着いたワイは早速現場に足を延ばした。

 田舎でもデカい銀行とあって人の出入りは予想より多く、それは強盗が入ったにも関わらず普通通りに営業するのも精神にでも感心すればいいのか。

 反応に困りつつ、ワイは停車させるとミラーで今回のために久々に出したスーツの身嗜みを確認。

 片手にアタッシュケースを持って、銀行の正面玄関へ向かう。

「すいません!」

 玄関を跨ごうとした時、呼び止められる。

 青い制服と御揃いの帽子に腰にぶら下がった自動拳銃。

 左の胸ポケットに納まる無線機などから警察官というのは一目で分かった。

「なんでしょう?」

 遮光眼鏡越しで見えた姿は強面で体格の良い警官だ。

「申し訳ありませんがボディチェックと荷物の中身を改めさせてもらってもよろしいでしょうか? いえ、貴方が怪しいという訳ではなく全員にしていることなのです!!」

 慌てて訂正し、ビシッと敬礼するのは本人の気質から来るものだろう。

 協力はしてやりたいが、こちらも仕事だ。

「私は今回の事件で調査を担当することになった者ですが、本部から連絡は受けていないですかね?」

 懐から取り出した偽造のバッジを警官に見せる。

「え、存じ上げてませんが……?」

 目をパチクリさせながらそう答えた。

 俺はわざとらしく溜息をすると、狂咲から渡された端末を操作。

 コール音が鳴りだしたのを確認後、警官に端末を渡す。

「え? え?」

 困惑しながらも繋がった通話音へと慌てて応対。

「はい、はい……こちら入谷区の……はい──」

 ワイはその様子を見て、そのまま中へ入る。

 内装はシンプルで受付が四つでATMも確認。

 強盗が入ったのは数日前と言っても荒らされた形跡もなく、綺麗なものだった。

 受付の一つへ行き、本社から来たことを伝えると話が通っているらしくそのまま奥へ案内される。

 待合室にて用意されたお茶が運び込まれて数分後。

「いやぁ、わざわざこんな所まで申し訳ない!」

 頭部は禿上がり脂ぎった肥満体の中年、どうやら支店長の登場だ。

 席に座った後も片手にハンカチを持って、執拗に汗を拭うのは決して暑さから来るものではないだろう。

 男の目には恐怖が垣間見れ、それは如何にこの企業の教育が行き渡っているのかを証明している。

「そ、それで……調査とは銀行強盗のことで?」

 探るような気配に悪戯心が芽吹く。

「さあ、横領問題の調査かもしれませんね?」

 ワイの出鱈目にあからさまに顔を青くする銀行員。

「ままま、まさか!!」

 ダンッと机を叩いて身を乗り出す男を制す。

「今のは冗談ですがその反応だと変な噂が立つからやめとくのが賢明かと」

 その言葉にバツが悪そうに紅潮していく顔をハンカチで拭う。

「いやぁ、お人が悪い……それで……御用件は?」

「先日の強盗の件の詳細と良ければ現場検証を」

 明らかに安堵した表情に別の意味で心配するワイだった。

 

 

 

 現場の検証は支店長の立ち合いの元、速やかに行われた。

 当然、既に警察が捜査し終わったあとで目ぼしいものはない。

 しかし、報告書の通り現金や金品には手を付けた痕跡は見られず、『狂咲 定二』のコレクションのみが対象のようで殺された警備員も本社からその警護に回されてきた者たちらしい。

「銀行が閉まった後も警備はしていたんですか?」

「ええ、それも上からの指示で……あの警備員たちは我々とは違った管轄だったようで……死んだ人にこう言ってはなんですが、あまり愛想も良くなかったですしね」

 思い出すように語る支店長の横顔は苦笑。

 ワイはそれを無視して、破壊された形跡のあるカメラの場所を見てみるもカメラは既に新しいものへ変わっており、所々の弾痕がなければまるで何もなかったかのように思えるかもしれない。

 そこで質問。

「そういえば、何が預けられていたか知っています?」

 その問いに銀行員は首をブンブンと横に振る。

「滅相もございません! 若社長の趣味なんて!! それを見て狂った者なんて──」

 あ。 と慌てて口を手で覆う、支店長に笑みを向ける。

「知っていますね?」

 目を逸らす中年男の前でワザとらしく、懐から取り出した携帯電話を操作。

「だぁああああ、お願いしますよ!! 話しますから社長にはご勘弁を!!」

 足に泣きついてきた支店長を引き剥がすと、ワイは続きを促すした。

 辺りをキョロキョロと見渡し、カメラの存在が気になったのか映らない蔭に誘導すると、小さな声で話し出す。

「じ、実は──私自身が見たわけではないのですが、それを見たいう人物がこの近くに住んでらしいのですよ!」

 まるで怪談だなと思うがそのまま黙って聞く。

「その人物はどうやら先代の社長から知古の人物らしく、各施設の防犯強化を兼ねて視察していたらしいのですが、どうやら好奇心でその……見てしまったとか……それから幻聴や幻覚を始め、様々な奇行に走る姿も目撃されるようになったそうです」

 沈黙。 やり切ったような顔から終わりだと察するが肝心な情報を引き出せていない。

「で、その人物の名前と中身については?」

「……はい?」

 オロオロと困惑する中年を蹴り上げたくなる衝動をグッと抑えると、廊下の角から誰かがやってくる気配。

「お、ここにおられましたか!」

 姿を現したのは先程玄関であった警官で、歩くのも背筋を伸ばして軍隊の行進を見ているようだ。

「そ、それではこれで!」

 そう立ち去る支店長とすれ違う警官の目に疑問。

 同時に気まずそうな表情。

「も、もしかして捜査の邪魔でしたか?」

 見かけとは打って変わって小動物のような雰囲気に苦笑。

「いえ、ある意味ナイスタイミングです」

「ならよかったです! それと先程はご無礼を『警部』殿!」

 ニコニコと強面の顔で笑み浮かべ、手に持っていた端末を両手で差し出してくる。

 これはこれで威圧感があったがワイはそのまま受け取った。

「いえいえ、情報の行き違いのようですし……それで部長はなんと?」

 御景警部としての演技を続ける。

「はい、出来る範囲で協力してやってくれとのことでした」

 どうやら、狂咲は余計なことは言ってないようで安堵。

「しかし、本官は──あ、自分は【小暮 順一】と申します! 階級が巡査部長です」

 ご丁寧なお辞儀に返礼。

「本官はこのままボディチェックの担当から離れるわけにも行かず、それだと……あ」

 また思い出したのか、言葉を止める。

「どうしたんですか?」

「いえ、実はパトロールに出かけている者が一人いまして……」

 脳裏に心当たりが過り、受け取った端末が振動。

 液晶の画面はただ一人の連絡相手を映し出され、通話に応じようとする際に小暮と視線が合った。

 こちらの視線の意味を悟ると。

「あ、それでは玄関で待っているであります!」

 早口で敬礼。そのまま玄関へ向かった背中を見送ると近くの壁に寄りかかり通話ボタンを押した。

「やぁ、進展はどうだい?」

 呑気な声には黒い気配。

「なんだ、怒っているのか?」

「いいや、怒ってないよ? 寝起きからアドリブの演技させられて怒る人なんてそういないよ!?」

「ワイなら、怒るけどな……それで進展だったか? 順調──とは言えないな」

 へえ。 と興味深そうな返事。

「そう言えばアンタのコレクションってどんなのなんだ? 噂なら耳にしたんだが」

「どんな噂?」

 脳内で簡潔に整理。

「見たら狂って幻覚幻聴の症状が現れるってやつだ」

 電話先では鼻で笑った嘲笑。

「まあ、現物見てない人がそう思ってもしょうがないかもねぇ。 あ、どんなやつかって質問だったね……凄く綺麗な宝石みたいなもんだよ」

 そういうのにこそ曰く付きってあるんじゃ──という感想は呑み込み、先に進める。

「それでアンタの先代──狂咲零定の知り合いがその犠牲の一人だったらしいが──」

「あのさぁ。 そんなくだらない噂の真相掴むために君と条件交わしたわけじゃあないんだよね! それに、仮に! 仮にだよ? 二度もミスを犯した警備会社をボクが残しておくと思うのかい?」

 狂咲の口調に威圧感。 そのまま口を閉ざす。

「まあ、もう少し頑張ってねえ! 君たちには期待してるんだからさ」

 結局、そのまま通話は切られ、ワイは端末を懐にしまうとアタッシュケースを持って玄関へ向かった。

 

 

 

 玄関には小暮ともう一人の警官が立っている。

「あ、先程はどうも!」

 それは来る途中に出会った江戸門だった。

「警部は『先輩』と知り合いだったのですか?」

 小暮の口から出た単語にワイと江戸門が反応。

「先輩?」

「警部?」

 互いに顔を見合わせるワイと若手警官。

「ええ、警部。 この人は江戸門 妙窟『警部補』、自分の上司になります! 先輩! この人は本部から捜査にいらした御景警部です!」

 小暮が交互に紹介するとぎこちない礼でお互いに挨拶。

「それよりもなんか……意外ですね」

 ワイの率直な感想に小暮はがははと笑いながら答える。

「自分は確かに先輩より長くこの仕事に務めていますが、何分先輩は先日まで本部に務めておられたキャリア組なのですよ!」

 まるで自分のように鼻息を荒く語る小暮だが、それだと……

「そんな大層なもんじゃないですよ……逆を言えば今は左遷された落ちこぼれなんですから」

 影を落とす江戸門に悪意はなかった小暮が慌ててフォローする。

 そんなやり取りを見ていて、そういうのもいるだろうなとワイは留めておいた車へ向かった。

「あ、そうだ!!」

 大音量の声が背後から響く。

「先輩が警部の捜査を協力するというのはどうでしょうか?」

 江戸門の顔には当然の疑問。

 ワイは小暮とのやり取りを思い出すと、溜息。

 車に乗り込み、エンジンを掛けると二人の視線……主に巨漢の子犬のような視線が向けられていることに気付いた。

 エンジンを掛けるとクラクションを鳴らし、親指で助手席を指す。

 走り寄って来た江戸門が車に勢いよく乗り込むとワイはアクセルを踏み込んだ。

「よろしくお願いします警部!」

 隣の警部補の声にハンドルを握っていない片手で返事。

 バックミラーから手を振る巡査部長の姿を見て苦笑する。

 その心境は江戸門も同じようで、その光景はこちらが角を曲がるまで続いていた。

 

 決まった行先へと走らせながらワイは助手席を流し目で見る。

 車内での江戸門は少し落ち着きがなかった。

「あ、あの警部は捜査の為にこんな場所にいらしたんですよね?」

 その声音や視線には疑っている様子は見られない。

「潜入捜査ということもので……あまり正体をバラすわけにもいかないから先程の対応はすまなかった」

 ワイの言葉に大袈裟に首を振る江戸門。

「いいえ、とんでもないですよ! 自分、嬉しいんですよ……その、まだ本部にも事件の捜査に取り組む人がいるってことが──」

 なんとも真面目で熱心なのだろうか……何故この青年が左遷された理由も見当がついた。

「それは違うな……ワイはただの仕事だ。 君のように正義感やなんかで動く人間は少数で貴重だ」

 そうあの町では特に。

 江戸門の顔に影が落ちるとワイは懐のココアシガレットを取り出す。

「だが──」

 一本口に咥えながら、箱先を江戸門に差し出す。

「君のような青年は嫌いではないし、仕事だからこそキチンとはやるつもりだ」

 青年はおずおずと受けとり、それが煙草でないとわかると口に咥えた。

「それと君と私はしばらくは一緒にいるのだし、警部と呼ばれるのは個人的に少々堅苦しいし、もう少し砕けてもいいとは思うんだが?」

 察した江戸門は躊躇うように言葉を吐き出す。

「……御景さん」

「上出来だ、妙窟警部補」

「はい! それと自分は妙窟でいいですよ」

 空気は変わったが江戸門に落ち着きがないのは変わらなかった。

 

 

 

 実はまともに手掛かりがないことを伝え、支店長から聞いた狂った人物について話したのだが意外な答えが返ってきた。。

「……荒野の魔女」

「は?」

「いえ、自分の友人の友人が精神疾患で悩んでいたのを治療してもらったとか……」

 ワイは疑問をねじ込む。

「それで、その友人に会ったのか?」

「いえ……ただ、自分がこの入谷区に配属される以前からそういった噂はあったらしく、その魔女と呼ばれる老女もずっと昔から郊外のあばら家に住んでいるとか」

 ありきたりなFOAF……都市伝説の類だなと片付ける思考を先日読んだ『怪人』たちの記事を思い出す。

「行くぞ……」

「え?」

 江戸門の反応は最もかもしれないがワイは割り切りそこへ向かうことにした。

「それで本当に『魔女』の家に?」

 ウンザリした声で返答。

「ああ……手掛かりがない以上はな。 胡散臭い所ってそこともう一つくらいのものなんだろう?」

 もう一ヶ所は何でも『変態』が住んでいるらしい……極力関わらない方が吉と勘が告げているので魔女を優先したのだ。

 

 

 到着したワイら一行の前には今にも崩れそうなほど老朽化したコテージが立っていた。

 辺りには当然民家などはなく、何も無い場所だ。

 家の前には安楽椅子に座った一人の影。見るからに魔女といった容貌の枯れ木のような老婆のものだった。

 その脇で老婆に何かを囁く、黒人の長身痩躯の奇妙な男が立っている。

 不気味な雰囲気に困惑する江戸門を置いてワイは車から降りると、慌てて付いてきた。

「あのー、申し訳ありませんが貴女が【荒野の魔女】さんで?」

 話しかけると老婆は何も言わずに黒い男に少し待っていろと身振りで示す。

 そうすると黒い男は空気のように存在感をなくし、日陰に溶け込んで押し黙った。

 そうしてから、こちらに魔女の顔が向き直る。

「……何だいアンタたちは? そうともアタシが荒野の魔女さね。 最近は客が多いねえ、ヒッヒッヒ」

「おや、私たち以外にも来客があったんですか?」

 魔女はしわがれた声で肯定。

「ああ、そうともさ。 可愛らしいお嬢さんたちや狂っちまった中年なんかがね……どっちも、もう出て行ったがね」

「自分たちはその狂った人物の情報を探しているんですよ! 何か話してはいませんでしたか!?」

「まあまあ、立ち話も何だ。 中へお入り……」

 鼻息を荒くした江戸門の問いに魔女は笑いながら室内へ促す。

 腰の曲がった老婆はヨロヨロと家の中に入って行き、それに続く江戸門の腕を引きとめた。

「ワイは少し外を見てくる……それまで聞きこみは出来るか?」

 黙って力強く青年を見て、ワイは満足げにその背中を見送った。

 




 【第二回】

カルロ「あー、前回はこちらの不都合で中断してしまい申し訳ありませんでした。 あ、この青あざはお気になさらず……えー僕が担当しているのはこの物語に登場する出演者へのインタビューです……それでは今日のゲストは──」


【御景】

カルロ「……はい、良くいらっしゃいました」

御景「お、怪我してるけど大丈夫ですか?……というか生きてたのかよ」

カルロ「うーん、聞きたくな言葉聞こえましたが幻聴でしょう! それでは質問に移らせてもらいます!」

Q、何故、探偵事務所を営んでいるんですか?

御景「あー、ノリかな……正確には楽で便利と思ったから」

Q、なんで探偵続けるんですか? 収入は?

御景「本編では語れないところで収入あるんだよ(威圧)」

Q、定職に就く気は?

御景「今はない」

Q、戦闘技術とかあるんですか?

御景「あんな町で活動してたから嗜んではいるよ」

Q、冒涜的な神話生物に勝てます?

御景「マイダイスある? ワイの貸そうか?」


Q、11議席ってどう思ってます? あれ、下手すれば目立ってますよね?

御景「いや、ワイ的には特に何もないかな? でも、目立つのはしょうがないと思うよ、町仕切ってるわけでしょう? むしろ、探偵事務所なんていくらでもあるしさ。 しょうがないさ!」


カルロ「おっと、今日はここまで! 意外とまともな時間でしたね!」

御景「引っかかるし、質問偏っていた気がする……まあ、いいや! ギャラ振り込んでね!」

カルロ「あ、はい」




簡単な質問から複雑な質問まで受け付けております

よろしくお願いいたします!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ファイル、2-3(+)

 更新遅れてすいませんでした



 江戸門が家に入ると強い海の匂いを感じた。

 それはキッチンから漂ってきて、まるで海藻や海水を煮立てているようだ。

 思わず、うっと込み上げてくる吐き気を呑み込むと、嬉しそうに台所に立つ魔女の声。

「こんな孤独なババアのとこに、人が来てくれるなんて嬉しいねえ……今日は新鮮な肉が採れたんだ。 美味しいミートパイを馳走してあげようねぇ。 ヒーッヒッヒッヒッ!」

 そうして、配膳盆に載せて深い海色をしたパイが運ばれてくると先程より濃厚な匂いが鼻腔を貫く。

 目の前に鎮座するパイの配色はお世辞にも食欲をそそるものではないし、吐き気が止めを刺した。

「い、いえ……来る前に食事は済ませたので……」

 老婆は江戸門の嘘を信じたのかあっさり片付ける。

 そのチラリと見えた悲しそうな横顔に胸を痛める刑事だったが、次の瞬間には自分のパイをムシャムシャと頬張る姿を映り何とも言えない感情が。

「それで……聞きたいことはあの変わった男についてだったかね?」

「ええ、お願いします!」

 口元をナプキンで拭うと

 ふう、と息を吐くと魔女はこう告げた。

「あの男には自分が変わっていくのが止められないかって聞かれてね……しかしアタシは魔女ではあるが、神様じゃあないんだ。 治す手段はない、変わるのが自然と教えといたさ」

「その……彼に何があったんですか?」

 ん? と首を傾げた魔女。

「……アンタは組織の奴らじゃないのかい?」

「…………組織? なんのことです?」

 沈黙が空間を支配し、老婆が何かを察した表情を浮かべた瞬間その顔が崩壊。

 体は痙攣し、眼球が四方八方へ動き、口からは涎が滴り、どこから出ているのかわからない叫び声が室内を震わせた。

 江戸門が驚いて椅子から跳び退くと、老婆の彷徨っていた焦点が静止し、痙攣もピタッと止まる。

 ゆっくりと向けてくる目は白く濁っていた老婆のものではない赤い瞳へと変化。

 そこには別の意思が宿っているのを感じた江戸門は唾を嚥下し、額に浮かんだ汗を拭おうとした時自身の身体が金縛りのよう動けないこと、加えて声も出せないことにも気が付いた。

 唯一動かせる視線で目の前の魔女を追いかけるしかない。

 彼女は席を立つと先程まで歩くのもやっとだったようには思えない足取りで棚へ向かい、そこの一角へ手を伸ばした。

 帰って来た彼女の細腕には古い小物入れが抱えられており、その様子から大切なものが収められていると察することは出来る。

 机の上にそれを置くと、江戸門の身体に圧し掛かっていた気配が消えるのを感じ体重を預けるように椅子に座り込んだ。

 代わりにやって来た疲労感に肩で息をする青年に小物入れから取り出した『それ』を老婆は差し出す。

 銀の小さい輪に翡翠色の石が填め込まれいるそれはどう見ても指輪で……当然のように困惑する江戸門は動きが止まる。

 それをじれったく感じた皺だらけの両手が刑事の腕を手繰り寄せ、強引に握らせた。

「いいかい、これは誰にも、見せず教えず処分するんだよ? アンタを信用するからね」

 赤い眼が真っ直ぐ覗いてくるのを江戸門は逸らすことなく、指輪を受けとると首は自然と縦に振っていた。

 確かに不気味に感じたが、決してその眼は邪悪ではないとも思えたのだ……。

 現代に溢れる汚い嘘や欺瞞などを裁くために、困っている人々の助ける為に警察官を目指した青年には既に目の前の老婆も救済の対象に入っている。

 そのどれもが江戸門 妙窟という男を表しているのかもしれない……それがこの世界ではどのような結果になるかは火を見るよりも明らかだが……。

 それでも……両目を閉じ、椅子にもたれ掛る老婆の安堵にも似た表情を見て、後悔は消えた……そういう男なのだろう。

 魔女の皺で刻まれた口元が動く……もぞもぞと何かを呟いた彼女の声は江戸門には届かなかったが、その直後に閉ざされていた瞼が持ち上がった。

「……アタ、シはいまま、でなにを?」

 赤い瞳ではなく、白濁した瞳は力なく揺れており、危なげに椅子から立ち上がろうした彼女が倒れそうになるのを江戸門は素早く駆け寄り支えた。

「ああ……すまない、ねぇ」

 口調もどこか弱弱しく、明らかに衰弱している。

「……今日はもう休みましょう」

 老婆は返事をしない……しかし、僅かに聞こえる呼吸音が彼女が生きていると証明してくれた。

 

 

 

 魔女と呼ばれた老婆をベッドに寝かしつけると、起こしてはマズいと江戸門はお礼と後日また伺うことをメモで書置きしておくことにした。

 託された指輪を上着のポケットにしまうと、家から出ようとドアを開いた時に何かにぶつけた衝撃。

「イデッ!」

 声に慌てて、外へ出ると額を押さえた臨時の上司、御景警部がそこにはいた。

「す、すいません御景さん!?」

 駆け寄る江戸門に手で制す御景の恰好は上着は着ておらず、ズボンは泥で汚れ、白いシャツは所々赤い染みで塗れているという……家に入る前とは随分と変わっていた。

 その視線に気づいたのか言葉を濁しながら、語りだした。

「あー、裏を散策してる時に……どうやら古井戸があったらしくてな……辺りも老朽化してるのか陥没したんだ……それで危うく落ちかけたのを慌てて掴んだんだが……両手の爪何枚かと仕事道具を落としてしまって……な」

 見てみると彼の両手は白い包帯が覆っており、先端は薄く赤で染まっている。

「だ、大丈夫なんですか!? 速く病院へ行かないと!?」

「おいおい、慌てるな……こういうのは慣れてるんだ」

 怪我した本人よりも取り乱す江戸門に御景は笑う。

「ところで、お前の方は聞き込みはどうだった?」

 上司の質問に反射的に答えようとした瞬間、老婆との約束を思い出す。

 そう彼は嘘をつかれるよりも嘘をつくことを嫌う人種であり、このケースを失念していた。

 誰にも見せず教えず……その約束は自然と御景にも適応されるのではないか?

 老婆の言葉を回想……彼女は『アンタら』ではなく、『アンタ』と言った。

 しかし、この指輪が捜査の進展に関わっていないと言えない状況……それに結局あの老婆はからはろくな情報を聞き出せないままこの状態だ。

 黙っている江戸門に御景は怪訝な表情。

 自身の嫌いな嘘をつくか、約束を守るか……その選択を迫られていた。

「じ、実は……」

 言葉をギリギリまで濁す、脳内で必死に紡ぐべき単語が行きかう。

「実は?」

「じ、実は──」

 江戸門は決めた。

「──お昼を御馳走してもらい……ました」

 その答えにポカンとする上司に俯いて視線を逸らす。

 それは嘘をついた罪悪感か、嘘を繕うためのものか……

「そっか……それで?」

「え?」

「お昼をご馳走になっただけ?」

「……はい、そのあとは荒野の魔女はご老体ですのでお休みに……」

 そうか……と納得するように頷く御景は車に向かう。

 慌てるようにその後に続く江戸門。

「ど、どうされましたか?」

「いや、私は両手怪我してるしさ、江戸門警部補がお昼食べたなら私もお昼休憩をね」

 内心で安堵の息を吐く刑事を運転席に座らせると、御景は助手席に座る。

「安くて美味くて速いところを頼むよ」

「……任せてください」

 そうやって車を発進させると遠のいて行くあばら家をミラーが映して行くと無意識的にポケットに押し込んだ指輪を弄っていた……。

 

 

 街中の簡易的なレストランで食事を終えたあと、御景は本部に連絡をするとのことで席を外していた。

 江戸門もこの入谷区に派遣されてしばらく……すっかり住人の顔を覚えていたし、また住人からも覚えられていたので少し遅めなランチにやって来た客のほとんどが彼に手を振ったり、声を掛けてくる。

 ポケットから出さずに指輪を触りながら、あの老婆──荒野の魔女について考えた。

 変貌したも言える赤眼の状態……あれこそが魔女と呼ばれる本質なのではないだろうか?

 若干なオカルト好きということもあってか江戸門妙窟はそういうことには否定的ではなかった。

 だからこそ、本部からやって来た者に提案することが出来たのだ……まさか、採用されるとは思ってはなかったが。

「しかし、変わっているよな……」

 対面に鎮座する食べ終えた食器を見る。

 両手を包帯でグルグル巻きにしながら、器用にフォークとナイフで食事をする光景は奇妙ではあったし、田舎の些細な料理を美味しそうに食べていたのだ。

 都会の刑事なら余程いいものを食べられるだろうというのに……いや、と考えを訂正。

「俺も、そうだったな」

 こちらに来て食事を楽しむ余裕も出来たのだ。

 本部での勤務では食事よりも仕事を優先としていて味なんて覚えていないし、金も使い道なんてなかった。

 それに真面目に働けば働くほど、叩き上げの上司なんかには因縁をつけられたのも思い出す。

 そうして見ると余計に今はいない警部が奇妙に見えてきた。

 自分と大して歳も変わらないであろうに威張ることなく、真面目に仕事をこなしながら冗談が通じないわけでもない。

 こんな人もあそこにはいたのか……それが締めくくる感想だ。

 時刻は昼を過ぎて、温かい陽光を浴びて気分をリラックスさせると気分を切り替えた。

「……とりあえず、難しいことや今後のことは警部が帰って来てからだ」

 ウトウトする中で遠くにサイレンの音が聞こえた気がしたが、意識はそのまま沈んでいった。

 

 

 そのまま、陽がだいぶ傾き掛けるまで寝ていた江戸門を起こしたのは店のウェイトレスだった。

 なんでも、連れの男が「死ぬほど疲れているから眠らせてやってくれ」と言ったらしい。

 代金は支払われており、代わりに江戸門は書置きにされていたメモを読んでいた。

 要は電話先の上司の都合で本部へ帰ることになったことと、案内への感謝なんかだったのが……。

「そんなこと直接言ってくれればいいのに」

 自然と零れた笑みを浮かべ、店を出ると少し騒がしいことに気付いた。

 近くの男性に声を掛けると。

「荒野の魔女の家が消えたんだとよ!?」

 その近くの主婦が訂正。

「違うわよ! 下から火が噴きあがったのよ!?」

 憶測に似た答えが飛び交うだけで、真相を知るために江戸門は警察署へ走った。

 警察署へ辿り着くと小暮がパトカーに乗り込んだところで、駆け寄る警部補に気付いき手を振ってくる。

「先輩!」

「小暮さん、荒野の魔女で何が!?」

 息を切らせながら問う江戸門に運転席で首を横に振る小暮。

「急ぎましょう!」

「押忍!」

 いつもは法定速度を遵守するが今回は例外でサイレンを響かせながら駆けて行く。

 

 

「これは……どういう……」

 現場に辿り着いた江戸門が唖然。

 つい数時間前に訪れたあばら家は跡形もなく、消えていた。

 火災や爆発とは違う……言うなれば埋まっていたとでもいうのか……。

 周りに民家はないが誰か巻き込まれていないか捜索ヘリなどが空を行き交う。

 恐らく、地盤の陥没だと予想されているが、原因の検証も後日行われるらしい。

 そこで、ハッ……と思い出した江戸門は小暮に言った。

「このことは警部の耳に入っているんですか?」

「…………」 

 警部という単語に思考を巡らせたようで数瞬の間が空き、そこで何故だか小暮の顔が青くなった。

 江戸門は疑問を覚える。 経験上、彼がこうなるのはオカルトや怪奇現象などの類だ……自分の発言を思い返してもそれはない。

 そう考えていると目の前の巨躯からとは思えない震えた声で言葉が絞り出される。

「あ、あの……先輩。 つかぬことお伺いしますが……それは『御景警部』のことであります、か?」

 語尾になるにつれて小さくなる声。

「ええ、そうですが……それがなにか?」

 珍しくふざけているのかと思うが、彼の表情からそれはないと削除。

「あ、あの実はあの後本部の者に問い合わせてみたのですが、そのような人物はいない……と」

「…………え?」

 思考がフリーズ。 情報の理解と処理が噛み合わず立ち尽くす。

「我々は騙されていたか……じ、実はあの人は……ゆ、幽霊と、か?」

 小暮の言葉を処理する余裕は江戸門にはなく、自分が半日過ごした人物の正体や老婆とのやり取り……全ては白昼夢だったのでは? という答えはポケットの指輪が否定した。

 次から次へと降りかかった出来事は純粋でもあり、誠実さに溢れた青年に襲い掛かったが、ただ一つ分かることがある。

 

 

 入谷区の『荒野の魔女』はその日から消えたということだ

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

アナザーファイル、2-3.5『夜の商店街』上

 

  月明かりが照らす商店街には人の気配は少なかった。

 それは夜だからというわけではなく、殆どの店は跡を継ぐものが離れたり、最近出来たショッピングモールや若者受けする建物が増えたことも起因するかもしれない。

 その場所に訪れる者は昔から馴染みのある者か帰路への近道に利用する者くらいだろう。

 しかし、そこを通る一人の少年は何とも風変りであった。

 髪は全体が白髪で若干伸ばされた揉み上げは黒で染まり、服も無地の白シャツの下に見えた半袖は白地に所々黒い稲妻のような模様。

 顔立ちは整っておりだが、身長はやや小柄で学生といった印象でその片手には紙袋が握られていた。

 しかし、そんな彼は昔から商店街に通っているようにも見えず、近道として利用してるには歩みは遅く、時々足を止めている。

「……ったく、携帯くらいには出ろよ」

 溜息と共に吐き出された愚痴の後に、ガシガシと頭を掻く。

 どうやら、誰かを探しているらしく、面倒臭さが全身から滲み出ていた。

 焦りはないが、急いでいるのようで歩みは早めた瞬間。

「おい、そこのお前」

 背後から突然掛けられた声にビクッと少年が跳ねる。

 振り向けば、竹刀袋を肩にストレートキャップを目深く被った男が立っていた。

「あー、俺のことですか?」

「ああ」

 短い肯定には会話続けることへの拒否感。

「えっと……俺って何か気に食わないことしました?」

 少年の顔には恐怖感などはないが、自然と身体は身構えてしまう。

 その様子を見て、男は訂正を入れた。

「いや、ここいらはもうじき危険になる……帰るならとっとと帰れってことだ」

 それだけ言うと男は踵を返す。

「……んだよ、それ」

 少年は男の忠告染みた口調を鼻で笑った。

「俺だって好きでこんな所来ねえよ」

 愚痴を言いながら少年はまた何かの捜索へ戻った。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 商店街の付近に待機している車内で男は煙草を一服していた。

 彼は日常的に喫煙はするが、その一本はまた違う意味を含んでいる。

 その仕事前に吸うそれは下手をすれば、もう二度と会うことが出来ない恋人への接吻のような心境で行われていたのだ。

 精神を安定させ、高める……功績を求めるよりも生き残ることへ渇望こそが今日まで男を生かしている。

 これはそういった儀式なのだ。

 携帯端末の着信音と振動で男は煙草を灰皿で揉み消すと、通話を開始する。

 相手は今回組むことになった者からだった。

「大方、見回りはしたが住民や近辺の人間はいなかったぞ」

「そうか……悪いな、使いパシリみたい扱いして」

 通話先の声が笑う。

「アンタこそ元々は管轄外だったのに災難だよな」

「……言うな、少なくとも後半は俺の意思だ。 アイツの──2ndと言い争ってもメリットが無いしな」

 同意と肯定の声が短く返ってくる。

 その後、互いに報告を終え通話切ると男は運転席に身体を預けた。

「……本当に、なんで俺はこんなことしてるんだろうな」

 仕事前に高めた精神は直前になるとやはり気持ちのほうが落ち込んでくる。

 出勤前の憂鬱さと、もしもの時の恐怖が全身に駆け巡りブルッと震えたが、これも儀式の一環だ。

 死というものを意識し、畏れることこそに本来のこの儀式。

 怖いがそれを制御し、活かし、そして自身を生かす……それがプロだというのが男の持論だ。

 助手席に置いてあったそれを男は手に取り、慣れた手つきで頭に被せる。

 車のバックミラーには男の顔ではなく、兎の顔が映り込んでいた。

「よし……いくか……」

 重い身体を意思が制御し、ドアを開けて地に足を着けた時には身体の重さも消失。

 その時から男は11議席の第6席、ラビット=ビットになるのだ。

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 通話を終えた路路有楽 魑祀はふぅと息を吐く。

 見上げた瞳は夜空に輝く月を捉えた。

 そのまま瞼を閉じ、彼なりの精神統一。

 数秒の沈黙の後に再び開かれた瞳はもう月は映っていなかった。

 これから行われるであろう戦いへ矛先は向かっている。

 本来なら2nd──狂咲 定二と行われるはずの仕事は6thと代わっていたが関係はないと思考は破棄していた。

 相手は怪人【辻斬り】と予想され、2ndであろうが、6thであろうが援護止まりであることには変わりないのだから……。

 高速で振り下ろされた竹刀袋には殺意と闘気に溢れている。

 そこには【血祭祭司】と呼ばれる者が立っていた。

 そうして、予定通りの時刻となり、魑祀(ちまつり)は人気が消えた商店街を歩く。

 狙う標的は情報通りなら怪人”辻斬り”……夜な夜な人を斬るというわかりやすいものだ。

 犠牲者の数は比較的少数。 正確にはこの怪人の犯行と断定できる人数ということでだが。

 議席メンバーにも向き不向きは当然ある。

 現在、その10番目の席に座る路路有楽(ろじうら)魑祀(ちまつり)は言わば『実動』という分類に入っており、本人もそれを望んでいたし、実戦こそが自身を活かす場だと自覚していたのだ。

 そんな彼の足取りは一定で、迷いはなく、路地へ入ってみると、ビルとビルの間に出来た渓谷の闇に月の光が照らしていた。

 入り組んだ迷路を思わせる道をある程度進んだところで、今までにない気配を察知。

 そこへ向かうほどその気配も濃度を増す。

 自然と歩みが速くなった。

 最後には疾走とも思えた彼の足が止まったのは、視界が開けた瞬間だ。

 路地を抜けた先には、少しばかりの空き地とそこに鎮座する古びた雑貨ビルが見えた。

 魑祀が懐から取り出した端末で待機していたラビットへ位置情報を伝えた時に前方から気配。

 顔を上げれば、ビルの入り口に人影が立っていた。

「へえ……」

 その声の主は顔に白い虎を催した面を被る少年。 その服の白黒模様や気配に覚えがあり、直ぐに思い出した。

「お前、商店街を歩いてた奴だよな?」

「……さあ、何のことで?」

(とぼ)けるな。 お前はあれだ、気配とか足音気にして消しすぎたんだよ。 癖か知らんがあんな場所でやるもんじゃない、嫌でも堅気じゃねえってわかるぞ」

 皮肉なことに少年の見た目とは似合わない技量が返って自身の首を絞めた事実を魑祀は告げた。

「なるほど、それで? 俺とやるのか?」

 武術の心得でもあるのか、構える少年。

 背中に揺れていた竹刀袋を手に持ち直す魑祀。

 剣士の姿がいよいよ近づき、少年の中で緊張感がピークに達しようとした瞬間。

 その姿が自身の横を通り過ぎるのを見て、唖然。

 殺意も害意もなく、横切った魑祀に声を荒げる。

「おい、俺は無視かよ!?」

 立ち止まることなく、背中越しで青年は答える。

「標的……用ある奴以外は相手しないようにしてんだよ。 それに相手が欲しいなら俺より適任がもうすぐ到着するだろうしな」

 そのまま、魑祀の背中がビルの中で消えて行くのを見て、その場に腰を下ろした少年は……一人呟く。

「あぁ、いったな……いや、そこまではバレてないと思うが……あ? 馬鹿か? お前の速度が上がりきる前に俺らの首が跳ぶんだよ!?」

 ある程度呟いていると満足したのか、脱力感を滲ませた溜息を吐く。

「まあ、フォックスが相手なら大丈夫だとは思うがよぉ……あのインテリ、変なところで恰好つけるからなぁ。 教授から預かった品は届けてるから、なんとかなるとは────ん?」

 ぞろぞろと聞こえてくる足音に耳を澄ませる。

 どれも殺気立って仕方ないという気配も乗せてきていた。

「はあ、人間平和的に話し合いで解決! っての無理なのかね? ……無理? ああ、知ってた」

 立ち上がった少年は気を引き締め、路地を見据える。

その瞳には獣が宿っていた。

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 魑祀(ちまつり)は古びた五階建てのビル進む。

 階段は所々崩れている部分もあり、昇るためには迂回しなければならない部分もあったが、大した足止めを食らう事なく順調に階を上がっていく。

 その歩みが遅くなったのは四階の階段を上がり切る前だろうか。

 確かな気配が感じ取った魑祀は一段一段と噛みしめるように昇ると、四階と階段を仕切る扉もなく、開放された室内の様子を確認。

 放置されて幾分かの時間が流れていた室内には乾いた空気と剥き出しのコンクリートが包み込んでいた。

 清潔さは当然皆無の埃と瓦礫と不要となったのか置かれている鉄材に角材が鎮座しており、所々に落ちている食料品の包装紙などのゴミが散乱。

 誰かがしばらく住んでいた形跡が見られるような空間の中で、異質な人物が出迎える。

 糊がパリッと張った藍色のスーツに革靴、身体つきから男とわかるその顔には東洋の狐を模した白い仮面が覆っており、キチンと整えられた黒髪が仮面の後ろに流れていた。

 その片手には鞘に収まった日本刀が握られており、前述の特徴と相まって相当な危険人物にしか見えない。

「随分と素敵な住まいだな」

 魑祀の皮肉に無反応の男は狐面を通して来訪者を見据えていた。

 緊迫した空気の中、魑祀はまだ軽口を続ける。

(ちまた)じゃ、そこそこ名前が流れるようにはなったみたいだが、それが返って仇になったみたいだな」

「……」

 薄暗い闇の中で白い面が揺れていた。

 僅かな震えの正体は(わら)い声。

「くだらない」

 嗤い終えた後に掃き捨てた言葉が、男の第一声であった。

「そちらは11議席の、第十席……”血祭祭司(ちまつりさいし)”とお見受けしたつもりであったが……どうやら、人違いだっだようだ」

「あ?」

 男の含みある発言に一歩踏み出す魑祀。

「私が聞いた人物は、かつてあの”剣聖”に師事を受けた誇りを持つ者と聞き及んでいたが、これは……」

 値踏みするような視線が魑祀の頭頂から爪先の先まで這う。

「貴様があの【越湖 聖華(こしのうみ せいか)】の弟子とはきっと何かの間違いなのだろう」

 その名前が出た途端に魑祀の影が男に肉薄。

 いつの間にか剥ぎ取られた竹刀袋からは両刃の剣が顔を出していた。

 振り下ろされた凶刃を迎え撃ったのは、男が抜き放った白々とした僅かに湾曲した刃。

「わかったか? 舌戦(ぜつせん)とは、挑発とはこうやるものだ」

 拮抗した刃のぶつかり合いの中、魑祀は叫ぶ。

「テメエ、あのババアのことを知っているのか!?」

 いつもの冷静さはどこへやらと言わんばかりの荒げた声音と共に、刃の間に火花が散る。

 その勢いを受けきれず左へ逃げた男に、魑祀の追撃。

 円弧を描いた刃の軌跡の下に男は潜っていた。

 地を這うように放たれた下段からの突きを、半身ほど捩りそれを回避。

 床を蹴って後ろへ退避した魑祀へと斬撃が舞う。

 空中で幾度か金属がぶつかる音が響き渡った。

 その一瞬で合計三回の斬撃を放つの狐面男も異常だが、それらの軌道を正確に見抜いて刃で同等の速度で打ち返した魑祀もまた異常である。

「それで、確かあの(おうな)のことを知っているか、だったか?」

 今度こそ距離を広がった二人の牽制領域には言葉のやり取りが生まれた。

「ああ、そうだ」

「知っているさ。 少なくとも”ここ(ツウィッタウン)”で剣を嗜んでいた者なら嫌でも耳に入ったはずだ」

「…………」

「忌まわしい”七人殺し”……当時剣客集う【鬼笠会(きりゅうかい)】、十人の長たちが一晩で七人も殺されたのだ。 たった一人に、なぁ!」

 言葉を乗せて、男が斬撃を描く。

 それに魑祀も応えながら、言葉を紡いだ。

「それ、が! あのババアって、ことかよ!」

 向かってくる刃が肯定の意と解釈。

 刃の嵐となっている両者の間に紛れたコンクリート片らが粉微塵となる。

 加速していく刃の応酬は既に数十のものに達し、火花と金属音が散っていく。

 横へと走る二人の間には両刃の剣と日本刀が生み出す二条の銀光が窓から差し込む月光を反射。

 互いの剣先が上方に上昇と同時に動く。

 狐面男の革靴が一歩踏み込み、凄まじい速度の刃が放たれた。

 重々しい金属音。 渾身の振り下ろしを魑祀は自身の得物で受け止める。

「ほう、意外にやるようだな」

 男の声には、感情の揺らぎはない。

「だが、まだ予想の範疇(はんちゅう)内だ。 大したことはない」

 あくまで、その声音は平坦な事実を述べる冷静な分析だ。

 対して、魑祀の顔には苦痛の表情。

 先程の剣戟でいつの間にか斬りつけられた左肩には薄く血が滲んているのが見えた。

「……ああ、そのよう、だなっ!」

 魑祀は踏ん張りを利かせていた片足を瞬時に開放し、そのまま腹部を蹴り上げた。

 男が衝撃に仮面の中で苦悶の息を漏らした瞬間、その隙をついて魑祀は距離を置くために後方へ跳んだ。

「今ので斬りかかれば良かったものを」

「良く言う。 明らかに誘っていただろうが」

 魑祀は肩の具合を確認。

 稼働範囲や、戦闘には支障はないと判断し、行動へ移す。

「確かに俺の実力はババアや、シンにはまだ敵わねえかもしれん……だからこそ俺は強くなりたい。 いや、ならなきゃいけない」

 先程まで握っていた両刃の剣を右手、左手と交互に持ち替えてみせる。

「……諦めろ。 お前はここで死ぬ。 今まで運が良かったのやもしれん……様々な意味で」

「うるせえ、お前には聞きたいことがあるんだ。 ……首だけになっても話してもらうぞ、怪人さんよ」

 ピタリと、剣を持ち替えていた動きを止める。

「さぁて、ここからは皆には内緒だぞ、と」

 その時、魑祀は自身の得物を真上に掲げた。

 警戒した狐面の男はその様子を注視。

 変化は剣に起こった。 切っ先から中央に亀裂が走り、それは刃だけでなく、鍔に柄にも達していた。

 遂には左右に分かれてしまい、そこには二本の片刃の剣が現れる。

 この光景を見て、苦し紛れや血迷ったと思い、魑祀を茶化す者は定期的にいた。

 だが、現在対峙している者は違う。

 この状態になってから、魑祀の雰囲気がガラリと変わったのは明白であったからだ。  

 改めて引き締まっていく空気の中で、静寂。

 

 その沈黙を破ったのは二本の剣を交差させて構えた剣士であった。

 

 

「流派【双条流星剣(そうじょうりゅうせいけん)】、路路有楽(ろじうら)魑祀(ちまつり)────推して参る!!」

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 それは路路有楽(ろじうら)魑祀(ちまつり)と、狐面の男が戦う前の30分程前に遡る。

 

 

 

 

 商店街近くの打ち捨てられた雑貨ビル。

 その四階には一人の男が立っていた。

 藍色の小奇麗なスーツと、キッチリと整った七三分けの黒髪の下には東洋系中年の蒼白したやつれ顔が浮かんでいた。

 その右手には白の狐面を掴み、左手には鞘に収まる日本刀が握られているが、その下には赤い水溜りが構築されていた。

 割れた窓ガラスを通して、光で溢れる街並みへ目を向けている……だが、その視線はもっと遠くの何かを見ているようだった。

「よぉ、元気か」

 声を掛けてもワザとらしく歩いて来ても反応を示さない男に、苛立った足音で近づくのは少年の影。

「おい、無視するなよ【フォックス】!!」

 白と黒の模様の服と髪が隣で揺れていた。

 隣で喚く少年を見ることなく、男は面を被る。

 窓から離れる歩みに、自然と少年も合わせた。

「何の用だ、【ビースト】」

 少年の方は見ずに話しかける男の声に疲労感が滲んでいた。

「用も何も俺は教授から”これ”を渡すよう頼まれてたんだよ」 

 少年が掲げたそれは紙袋で、中に入っているものがカチャカチャと音を立てる。

 そこで初めて男の視線が横へ流れた。

「……【ライダー】はどうした?」

「さぁな、追いかけっこじゃね?」

 あくまで呑気な口調で答える彼に説教でもしようと思うが、男の震えた右手は紙袋を引っ手繰(ひったく)る。

 中身を確認すると同時に、中にあった錠剤とアンプル剤を取り出す。

 顔から狐面を剥ぐと、それぞれの封を開封。

 口に放り込んだ錠剤を奥歯で噛み砕き、親指で折ったガラス容器の中身を口に流し込み嚥下。

 喉が隆起し、それぞれが食道を下っていくのを実感すると変化。

 心臓が高鳴り、全身が熱を帯び、視界が揺れる。

 思わず片膝をついて、両手で自らの肩を掴んで痙攣。

 喉から震えた声が溢れ、瞳孔は定まっていない。

 そういった症状を間近で見ながら少年は動じた様子はなかった。

 むしろ、見逃しがないように観察をしているようにも思える視線である。

 そうして、しばらくたち男の様子が収まった。

 ぎこちない左手が取り落とした刀を拾い、それを杖代わりに立ち上がる。

 無論、少年が手助けしようとするもそれを拒否する男の視線を尊重。

 笑う膝で何とか立ち上がった男は近くのコンクリート柱に背を預けた。

「へえ、結構マシになってんじゃん」

「…………」

「一回目は、意識トんでの心肺停止。 二回目は失禁込みの──」

「黙れ」

 脂汗で濡れた男の顔。

 しかし、その顔には色気が戻り、生者のものであった。

「ま、それを実感してるのは当の本人だよな。 おめでとう…………あー、オブライエン?」

「その名で呼ぶな。 活動中であることと、加えてそれは本名ではないという意味で」

「だいたい、お前の名前って死ぬほど呼びづらいんだけど、ホントに本名か?」

「貴様とて大概だろ。 獣憑きが」

「あ? 今の俺には”白虎(びゃっこ)”って名前があるんだが?」

 男が鼻で笑う。

「私は貴様らの中でもお前が一番嫌いだからな。 名を呼びたくないから代名詞で充分だ」

 理由を考えて導き出した答えに白虎は舌打ち。

「…………ああ、そういうことね。 ガキかよ」

 その言葉を流して、咳き込む男────尾武雷(おたけみかづち)(ほむら)…………オブライエンは再び面を付けた。

 同時に、少年の肩がピクリと跳ねる。

「客人か?」

 オブライエンの問いに、白虎は苦笑いで肯定。

「ああ、結構面倒な奴だな」

「議席か?」

「御名答。 この感じだと玄武をやったDQN野郎じゃねえ……消去法で、”6”、”8”、”10”……ってところか」

 その答えにグッと身体を立たせるオブライエン。

「無理するなよ、まだ時間はある……逃げるか?」

「笑止。 向かってくる以上殺しておくのが後々の為だ」

「あ、そ」

 白虎は両手を頭の後ろに組んで歩き出す。

「貴様は邪魔だ、去れ」

「笑える。 さっきまで死にかけだったくせによ」

 少年の高い声で呵々(かか)と笑って、部屋の出口で止まる。

「まあ、あれだな。 ちょいと暇潰しでもやってくるわ」

 背中越しでそう語る少年にオブライエンは呟く。

「…………これは独り言だが、仮に貴様でも面倒と思う奴なら、相手せずこちらに回せ」

「そうだなぁ。 ま、【怪人同盟】の(よし)みだ、面白いのは譲ってやるかな。 せいぜい愉しめよ……あ、今のは独り言だからな!」

 白虎の影が部屋を飛び出して階段を駆け下りる音を聞きながら、男の筋肉が僅かに弛緩。

 再び、柱に背を預けたオブライエンは瞼を閉ざし、呟いた。

 

「私らしくない? いや、たまにはこういうのも乙というものさ……ああ、そうだね……まだいけそうにないけど……悪いね」

 

 優しい声音が声帯を震わせた。

 誰に対して言ったのかわからず、彼はそのままゆっくり意識を手放していく……。  

 

 ◇◆◇

 

 

 二つの影が月に照らされたビルの上を駆けていた。

 一つは半裸とでも思える程に肌を露出させている薄着の女で、大昔に極東の地で活躍していた”(しのび)”を彷彿をとさせ、後ろに流れる長い黒髪の額には八方に広がる図形を模した飾りが留められていた。

 もう一つは男で、首から下は外套を羽織り、時折腰に革製のホルスターを巻き付けているのが見えた。 頭にはテンガロンハットを載せているその姿はまさに西部劇に出てくるカウボーイである。

「少し遅くないですか?」

 並走する男に声を掛ける女の声は見た目より高かった。

「は? 何言ってんだ、俺様まだ本気じゃねえし!」

 明らかに少し息が上がっているカウボーイの答えにくノ一は、溜息で返す。

 二人が向かっているのは……商店街近くを指し示した場所であった。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 魑祀たちが戦闘を開始してすぐ……雑貨ビルに到着したのは奇妙な集団であった。

 4名ほどの集まりで、(みな)が頭には人の顔でなく動物の頭が乗っかっており、その視線のどれもが入口へ向けられている。

「どうした? まだ行かねえのか?」

 そう声を上げたのは豚の面を被る小太りの男。

 最近チームに参入した【ミスター・ポルコ】だ。

 その手には火器が握られており、目は血に飢えたような光を灯している。

「そう慌てなさんな。 俺たちはリーダー様の命令に従わなきゃならんからな」

 制止したのは首から上に間抜けな馬の顔を生やした男の声で、肩には採掘用のスコップを担いでいる【ホール・ホース】。

「しかしだな、俺は久々に怪人どもを狩れるって聞いてワクワクしてんだぜ!」

「くだらんな」

 ポルコの言葉を灰色狼のマスクが否定する。

 上着には腕を通さず肩で羽織り、腕を組んだ人物は【ヴォルフ・スミス】。 

「あ? 牙を抜かれたイヌッコロがなんか言ったか?」

「万年発情して見境ない豚よりはマシっていうのは話したか?」

「おいおいやめろって! 喧嘩なんてしたらボスの胃が今度こそ死んじゃうぞ!?」

 二人の間を割って入ったその人物は、長身のヴォルフと比べても頭一つは高い2メートルあろう近い場所から発声されたものは高音で柔らかさを持った女の声だ。

 上下赤色のスウェットジャージの上からでもわかるガッチリとした体型と顔を覆う熊のマスクだけでは、恐らく性別を当てるのは無理なのではないか? と思わせる彼女の名前は【メッドヴェージ】。

「なあ、喧嘩はやめようぜ!!」

 声音はともかく見下ろされいる威圧感に圧倒されてか、ポルコが口を閉ざすとヴォルフはその場から離れる。 

「はっ! なんだよ、お前スッカリ丸くなっちゃって、兎に尻でも貸したか?」

 ケラケラと笑うホール・ホースの声に、ヴォルフは無言の圧力。

「はいはい、あれでしょ。 掘られたことは掘り返すな……みたいな!」

 だはは、と一人爆笑する彼を見向きもせず、ヴォルフは視線はただ誰もいないビルの入り口を捉える。

 それはまるで怪物の口を彷彿させるものがあり、ジリジリと緊張感が首から上に昇ってくることを感じていた。

「お、やっと到着か」

 ホール・ホースの声に従って、ヴォルフを含む全員が路地の方へ向きなおれば、その場の全員と同様に動物マスクを被り、スーツを着こなす人物が立っていた。

 闇に浮かび上がる白い兎の面が落ち着いた足取りで近づいてくる。

「状況はどうなっている?」

 冷静的に分析するような兎の声音に返答したのは、ヴォルフだ。

「アンタの指示通り俺たちの部下は辺りの様子を探らせてるところだ」

「そうか、何か連絡はあったか?」

「定時報告は厳守させているが……アンタが遅れてきたのに関係あるのか?」

 ヴォルフの問いに兎の男……ラビット=ビットは言葉を濁した。

「あー、それでボス。 アタシらはどうすればいいんだ?」

 メッドヴェージの言葉に触発されてか、ポルコがラビットに詰め寄る。

「おいおい、大将さんよ! どうして怪人(えもの)を10席の若造に譲ったんだよ!? 相手の手の内わかんねえなら、下っ端を使えば────」

 それ以上ポルコが言葉を紡ごうとするのを誰かが止めようとしたかもしれない……だが、それよりも先に発砲音が鳴り響く。

 銃口からは硝煙が吐き出されている輪胴拳銃を構えているのはラビットで、その弾痕は空き地の壁に形成され、軌道の間にあった豚マスクの耳が削られていた。

 銃を取り出すどころか、発砲までの一連の動作も見えなかったポルコは思わず尻餅をつく。

「俺は昔言われたよ。 ”部下を上手く利用(つかう)のが有能で、犠牲を出すのも勇気のうち”なんだってな」

 銃をクルクルと指先で回転させるラビットは言葉を続ける。

「だけどな、俺は思うよ。 部下を生きて返してこそのプロじゃねえのかって……部下が犠牲になる前提の作戦も出来ないのが無能で臆病者って意味になるなら俺は喜んでそれになるつもりだ」

 尻餅をついたポルコに視線の高さを合わせる。

 ガンスピンを止めた銃口を豚の鼻に押し付けた。

「いいか、俺の……【ラビッ党】の傘下に入ったんならお前の部下は俺の部下でもあるんだ……無下に扱うなよ?」

 ポルコもそれなりの修羅場を潜って来たつもりだが、目の前にいる人物を心底恐ろしく思えた。

 恐らくだが、先程の弾丸は本来なら自分の脳天を貫いてた……はずだ。

 それがどういうわけか銃口が直前でずれたように見えた。

 少なくとも怒らせない方がいい人物と再認識したポルコはゆっくり首を縦に振り、肯定の意を示す。

 霧散していく殺意と共に銃口が鼻から離れて行った。

 それを見守るメッドヴェージはホッと胸を撫で下ろし、ホール・ホースは肩を竦める。

 ヴォルフは何も言わず立っていると奇妙な音を聞き取った。

 パチ……パチ……と生気の籠っていない何かを打ち付ける音。

 それが生気の籠っていない拍手と気付いたのは発信源を見たからだ。

 その人物はビルの入り口にもたれ掛かり、東洋の龍を形どった面を被りながらも気だるげなそうな雰囲気は隠せていなかった。。

 全身至る所に活気が行き渡っていないのか、だらりと垂れた色素の薄い青髪をうっとおしそうに撫で上げる。

 服装は髪色より濃い青の生地で、龍が舞う模様が描かれている長袖の中華服を着ていた。

「誰だ……アンタ?」

 拍手を止めた男はヴォルフに答えた。

「立ち聞きしたようで悪いが、銃声が聞こえたので目が覚めてしまった……ので様子を見に来た」

「だってよ。 ボス、謝ったほうがええんでない?」

 ホール・ホースの茶化しを無視して、全員が戦闘態勢。

「待て、私に争う気はない。 少なくとも警告も兼ねて門番を業務に起こされただけだからな」

 マスクで隠されながらも、全員の表情には怪訝なものが浮かんでいるだろう。

「私は必要以上の労働を嫌う。 君たちがそれ以上近づかなければ私は何もしない」

「信用できる要素が見当たらないな?」

「その問いは当然だ。 しかし、私をここに引き留めることが君らの目的に最も理想的であるとは思われるが?」

「…………」

「対象を討伐するまでの援護が目的とするなら……今ここで私を足止めし、上階での戦いへと介入させないのが適切のはずだ。 そして、私は君たちがそれ以上こちらに近づかなければ動かないと約束しよう。 ほら、そうすれば私は立っているだけ、君たちも無駄に痛い目をしなくて済む……理想的だ」

 話終わって疲れたのか、再び壁にもたれ掛かる男。

「どうする、ボス?」

 メッドヴェージの疑問はメンバーの意思を代弁していた。

「……悔しいが、奴の言っていることにも一理ある」

 ラビットの声音はあくまで冷静さを保っている……が、それもどこまで持つかはわからない。

「構わん、俺はアンタがやると言えばいつでも行くぞ」

 ヴォルフの言葉に、メッドヴェージの巨体が大きく頷き、ポルコも手に収まる銃を抱え直した。

「はあ、オタクら熱いねぇ。 ある意味”ホッと”するよ」

 ホール・ホースはくだらないギャグを呟きながら、スコップを肩から下して、柄を掴んで素振りを始めた。

 ラビットは自身のリボルバーの装弾数を確認し、瞬く間に再装填(リロード)すると入口に立つ男を見据える。

「お前らの覚悟はわかった。 だが、現状……奴に対する情報がない以上悪戯に部下の命を危険に晒せないってのは理解してくれ」

 一歩、ラビットは前に踏み出した。

「だから、俺が少しでも情報を集めることにする」

「…………賢い方とも思っていたんだが、計算違いか」

「そうか、悪かったな」

「いや……対して宛てにはしていなかった」

「そうか」

 同時に2回乾いた音が響き、弾丸は男の立っていた場所に着弾するも、その時には男は動いていた。

 ラビットは冷静に接近してくる男の動きを読み、発砲。

 今度の弾丸は男の肩を掠めるも対した傷にはならず、弾道を脳内で修正。

 肉薄した男が振るう銀光を避ける。

 それはどこから飛び出したかわからない湾曲した刃。

 半月のように反った片刃剣の軌跡が月の光に反射され、美しく舞った。

 刃が間近で風切り音を鳴らす中で、隙を見たラビットの銃撃が鳴り響かせる。

 ビルの死闘に少し遅れて地上でも愉快な殺陣(たて)が始まったのだった。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 

 二条の刃が軌跡を描く魑祀(ちまつり)の斬撃を、狐面の男……オブライエンは冷静に返すもその手数は単純に二倍、それ以上にそれを放つ速度が跳ね上がっていく。

 常人ならば目で追うのにも限界を迎える領域の刃の応酬に対して、オブライエンは経験と技量でそれを退けさせることを可能にしていた。

 月光以外には光源がないとされた空間で光が灯しだされる。

 それは錯覚ではなく、文字通りに魑祀の持つ二振りの剣は淡い青の光を纏っていた。

 暗闇に残像を残すその軌跡は場違いとも思える美しさを魅せる。

 しかし、その美には死が欠かせずに二つの光は獲物を狩る肉食獣のようにオブライエンに襲い掛かっていた。

 振るわれる度にブォンと音を発する斬撃の嵐に、狐の面に傷が入るもその刃を掻い潜って放たれた刺突が魑祀の右脇腹を掠めた。

 鮮血を散らしながら後方へ跳んだ剣士へオブライエンは追撃はしない。

 (ひび)の入った仮面を気にしつつ、その呼吸は僅かに荒れていた。

 対して、魑祀もまた肩を激しく上下させて腹の傷を見て軽傷と判断したのか、すぐに構え直す。

「その両刀の青い光は飾りではないな。 恐らく、貴様の呼吸の乱れと深く関わりあるようだが?」

 冷静に分析した男の声がコンクリートの壁に反響する。

 魑祀の目には一瞬の驚愕と、警戒の色。

「それで? だったらどうする?」

「いや、剣筋は乱れてはいるが決して付け焼き刃というわけではない……しかし、謎だ。 貴様の師であるはずのあの(おうな)は二刀流でもなければ、双条流星剣(そうじょうりゅうせいけん)ともやらでもないはず……どこでその剣を学んだ?」

「知る必要ねえだろ……!」

 言葉を乗せた先程よりも一層と光を増した刃が振るわれる。

 だが、あくまで単純な軌道をオブライエンは同じく刃で受け流した。

 そこから再開された激しい金属音と火花と、時折飛び散る血糊が暗闇の世界を描く。

 幾度と重なり合う剣戟の中で、互いに何か限界を迎えつつあった。

 オブライエンは激しさを増した斬撃を掠めてスーツは所々破れ、、魑祀もまた受けた傷よりも荒れた呼吸が目立った。

「やはり、な」

 確信めいたオブライエンの言葉。

「貴様の、その剣の発光は身体機能の上昇を促すと共に、体内の熱量を奪う……長期戦には不向きな代物」

「……」

 その推理を黙って聞く魑祀を見て、男は続けた。

「だから、こそ、貴様は内心焦り剣が荒れている。 自身の手の内を晒しても仕留めきれないという事実。 どれほどのものを屠ったかは知らんが、一手早い判断であったな」

 オブライエンの刃が静かに動く、それは今までとはまた違うもので、言葉で表すなら……優雅というべきであろうか。

 魑祀はその様子を激しい呼吸音の中、注視する。

「それ故に、貴様には私なりの儀を通してみようと思った」

 その言葉と共に鮮血が舞い、鉄の匂いが充満する。

 魑祀は思わず目を見開いた。

 何故なら、対峙した男の構えた日本刀は流れるように自身の腹に吸い込まれていったのだから。

 背中からも刃を生やしたオブライエンはゆっくりと前に倒れていく。

 赤い海が構築されていく様を魑祀は呆然と見つめるしかなかった……。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

アナザーファイル、2‐3.5『夜の商店街』下

 

 雑貨ビル入り口では議席のラビット=ビットと、自称門番の男が戦いを繰り広げていた。

 弾丸と中華刀がそれぞれ交錯する二人の戦場の外には、ラビットが治めるラビッ党の幹部たちがそれを見ている。

 元から戦いに興味がない馬のマスクを被るホール・ホースは手元にある携帯端末に目線を下していた。

 目の前で繰り広げられる戦いにミスター・ポルコは豚の面に相応しい肥満体を揺らして震えるばかりだ。

 対して、今にもその戦火に身を投じようとしているヴォルフとメッドヴェージの二名は、それぞれの狼と熊のマスクから唸り声を上げる。

「ったく、これじゃ童話の音楽隊も真っ青な光景だよな」

 ホール・ホースが呑気に画面に指を走らせる。

 

 

 ◇◆◇

 

 

 その光景を見ていた中華服を纏う男が、鼻で笑った。

上司(ボス)が戦っているというのに手も貸さないとは随分と部下に恵まれているな、兎氏」

 舞とも思わせる身のこなしで刃を躍らせる男の攻撃を、ラビットは冷静に身体を捩って躱す。

 同時に空になった弾倉から薬莢を放出し、次々と繰り出される凶刃を避けていた。

「残念ながら俺はそうは思わない」

 いつの間にか再装填し終えたリボルバーを構えたラビットはその皮肉に対して、真摯に答えた。

「俺が死んでも代わりがいる。 託せる奴らがいる……そう思えるだけで少しは楽になるんだよ」

 言葉に乗せた放たれた弾丸は男を捉えるが、それらを避けるのではなく中華刀で両断するという離れ業を披露するという結果になった。

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

「俺は何を見てるんだ?」

 ポルコの呟きに、ホール・ホースが答えた。

「夢だよ……それもトンでもねえ悪夢……お前さんが(トン)だけにな」

 くだらない冗句(ジョーク)に誰も反応しないが、本人は気にした様子もなく、言葉を紡ぐ。

「しっかし、この茶番はいつまで続くんだ?」

 ウンザリした口調にメッドヴェージが反応。

「お前、ボスが戦っているのになんてこと言うんだ!?」

 女と知りつつも二メートル近い巨体が詰め寄ってきたら流石に気圧されたようだが、馬のマスクの下で返答が返される。

「お、おいおい俺だけが叱られるってのは不公平だぜ……なあ、ヴォルフ?」

 メッドヴェージとポルコの視線が灰色狼の面に集まる。

「お前が今にも飛びかかりそうなのはテメエが戦闘狂である以上に、目の前の光景がお遊戯に見えてしょうがねえからだよな」

「あ? どういう意味だよ」

 ポルコの疑問にヴァルフが答えた。

「ボスは……ラビットの奴は出し惜しみしている」

「あれが全力じゃねえのか?」

 ポルコの驚きが含まれた声に、ホール・ホースは肩を竦めた。

 メッドヴェージもまた理解が追いついて、表情を窺えないマスクを通しても困惑した雰囲気を隠せていない。

 ヴォルフはラビットに対しては絶対の信頼を寄せてはいるが、普段では行わないはずの行動とその真意を測ろうとするもどうしても結びつけない答えに苛立ちが募るばかりであった。

「まあ、ラビット()のことだから何かあるんだろうがよ。 どうも、キナくせえし俺は全員であの野郎をとっ捕まえるのも手だと思うんだが、どうよ?」

 その提案者であるホール・ホースの顔が他の三名を見渡す。

「俺はそれでいい」

「アタシもだ」

「……無論だ」

 ボスからの待機命令を違反して突撃を掛けることに賛同した部下たちはそれぞれが得物とその体勢を構える。

 今から飛び出そうとした瞬間だ。

「全員、横に跳べ!」

 ヴォルフの叫びに他の者は反応し、跳んだ。

 それに僅かに遅れて、何かが四人のいた場所に着弾。

 地面に突き刺さっているのは鉄製の両刃の刃物で、それは昔東洋の忍びが使用していた暗器の一つ、苦無に見えた。

「おいおい、飛び道具を使う俺が言うのもなんだが、もう少し戦い方があるんじゃねえか? 不意を狙うなんて卑怯だぜ?」

 その声が聞こえた方角と、苦無が投擲されたであろう場所は自然と同じものであった。

「残念ながら、私は暗殺を得意とする立場ですし、正々堂々というものが本来はおかしいのではないのかと思います」

 その方角を辿ると、付近のビルの上に二つの影が立っていた。

 声からして男女の二人組とは思われるのだが、その風貌は普通ではない。

 紫色をベースにした金属の装甲は全体的に丸みを帯び、顔にある緑色の複眼がギョロリと下を見つめ、もう片方は装甲を青色ベースとしたもので、全体的に武骨な仕上がりとなっており、右手には巨大な拳銃が握られ、顔にはバイザー式の目が付いていた。

「どういうつもりだ」

 その言葉を投げたのは、ラビットと戦っていた中華男で、顔を龍の面で隠しているが気だるげなものではない怒気を孕んだものである。

 新手の登場に二人ともその場から離れ戦闘は中断したのだ。

「どうしたもこうしたもねえよ」

 青い装甲を纏う男の言葉を引き継いだのは、隣に立つ人物で。

「我々も使命に準じようと思いましたが、何やら不穏な気配を感じとり、勝手ながら参上いたしました」

 女の声と共に顔にある複眼が点滅する。

「お前こそ、相方はどうした?」

 中華男は親指で後方のビルを指し示した。

「なるほどな、それよりもこれからどうするんだ? コイツら皆殺しでいいのか?」

 ビルの上から挑発的なコメントをする男の声にラビッ党の面々の気配に好戦的なものが宿っていく。

「お前は私の邪魔をしに来たのか、手助けに来たのか?」

 ため息混じりに男は、その手に持つ中華刀を構え直した。

「無論、手を出しに来た」

 ビルの上から跳躍して、二人組は龍の面を被る男の前に着地。

 雑貨ビルを背中に三人が並び、それを迎え撃つのがラビッ党の面々であった。 

「どうするんだ、ボス?」

「相手は未知数だ……情けないが全員で対処するぞ」

 ラビットの命令と共に、全員の空気が引き締まった。

 先程とは比べものにはならないであろう、緊張感が両軍共に高まっていく。

 それが限界を迎えようとした時だ。

 どこからか湧き出した黒い気配と、何かが砕け散る音が鳴り響く。

 その音源は雑貨ビルのいくつもの窓ガラスが割れたことによるもので、場所は五階。

 降り注ぐガラスの雨を物ともせずに、その破砕音を合図にまた別の戦いが始まったのだ。

 中華服の男はそこで誰かに聞こえるとも分からない音量で何かを呟いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 命の色が床を満たしていくのを路路有楽(ろじうら)魑祀(ちまつり)はただただ眺めていた。

 そのような光景を見るのは決して初めてという訳ではない。

 むしろ、その手を真っ赤に染まるくらいには戦いを繰り返して、生きてきたのだ。

 その途中には、相手に敗北するよりも自ら命を絶つ者もいたし、敵わないとわかりつつも一矢報いようと突貫を仕掛けるが無残な結果で果てる者もいた。

 彼は過去にそのような者たちと相見える機会があり、先述のような結果に終わることがほとんどである。

 そのことに関して魑祀自身は責任や罪悪感を感じることはないし、持ち合わせていなかった。

 それは決して冷血漢というわけではない。

 そういうものだと教えられたし、知っているからだ。

 そこで、ふと昔読んだ本の内容を思い出した。

 敵に殺されることも、自身で死を選ぶ権利も、一見個人に()ねられているように見えるが、それはきっとどこかで”そうせざる得ない”ということや、その理不尽な舞台(せかい)の中で生きるしかないと人間は本能的に理解しているのだと説いていくものだ。

 後半からはあまりにも電波を放つ内容で魑祀は読破を断念したが、興味深いとは思えた。

 題名は『悲観なる淑女』で、著者は確か……【夏影(なつかげ)庵理(あんり)】という人物である。

 どうして、今それを思い出したのか。

 恐らく、魑祀にとって今の状況は決して運命や宿命という言葉で片付けたくもなく、何よりも誰かによって導き出されたものであるということを信じたくないからかもしれない。

 目の前で血の海に沈んでいる男は決して追い込まれていたわけでもなく、むしろ優位な状況であった。

 それなのに自らの腹部に刃を突き立てるなど、異常でしかない。

 これらも全部誰かの、そう仮に神とやらにでも決められたシナリオによるものなら、彼の人生はすべてが偽りになるのだ。

 とてつもなく耐えがたいことだと、内心吐き捨てる。 

 そうしているうちに魑祀が思考の片隅で数えていた時刻が過ぎた。

 見れば赤黒い液体が随分と広がっており、常人であれば出血多量で死んでいるだろう。

 雑貨ビルの死闘はあまりにもあっけない終わりを迎えたのだった。

 二刀に分かれた剣を連結させようとして、魑祀はこれまでにない違和感の正体に気付く。

 気配だ。

 それはドス黒く、ドロドロとしたものだ。

 当然死体からそんなものを感じるわけはずはない。

 それも徐々に薄くなり霧散していくならまだしも、それに気づいてから気配は”増して”いく一方だった。

 魑祀は過去に似たようなものを感じた心当たりはあるが、その道の専門家という訳でもなく断定は出来ない。

 それでも、否、だからこそ確信を持つ前に彼は決断した。

 一歩、死体に近づくと赤い海が泡立ったように見えたが、暗闇の錯覚とも取れる。

 それを気のせいとは取らず、それぞれ両手に握る刃に青い光を纏わせて疾走。

 狙いは死体……いや、男の首を取ることにあった。

 それは魑祀の足が血溜まりを踏もうとした瞬間である。

 赤い液体が”動いた”。

 それも重力を無視して、まるで意志を持つかのように魑祀に襲い掛かる。

 直撃する前に、驚異的な反射神経で床を蹴って後方へ跳んだ。

 追撃は仕掛けてこずに血液は再び、液体に戻る。

「おい、いい加減下手な芝居はやめろ」

 魑祀の呼びかけに反応したのか倒れていた狐面の男がゆっくり立ち上がる。

「それで、お前が言っていた”儀”ってのはくだらねえ騙し討ちと、死に真似ってことか?」

「慌てるな、それはこれからだ」

それはまるで寒さに凍えるような震えた声だった。

 ゆらり、と男が一歩足を進めるとそれに応じて血溜まりが道を開けた。

「貴様が札を賭けてきたのであれば、私もそれに応じてやるのも一興……乙というものだ」

 くくく、と漏れた笑い声が聞こえてくる。

「さて、これから見せるのはあくまでも私の奥の手だ」

 その言葉に偽りはないのだろう。 

 確かな自信が乗せられていた。

 男が刀を一振りすれば、床に広がっていた赤い海に動きが生まれる。

 まるで楽隊の指揮者のように、幾度か刃を振るい終わると何時しか血液たちは姿を消していた。

 いや、正確には日本刀の刃に収束し、一体化していたのだ。

 白々としていた歪曲した刃は、赤黒く禍々しい刀身へ変貌。

 しかし、そこに違和感などはなく、まるで初めからそうであったかのような存在感である。

「では、貴様の例に(のっと)るとしよう」

 男は今までもとは違う構えを取った瞬間、空気の圧迫感が増した。

「我が名は…………怪人。 最早、名乗る名は持ち合わせてはいない。  代わりに我が愛刀【百狐(びゃっこ)】と、計都狐悼流(けいとことうりゅう)が妙技……その身に刻んで逝くがいい」

 

 第2ラウンドの火蓋が切られたのだ。

 

 

 

 

 

 血を纏わせた百孤(びゃっこ)の刃を、魑祀(ちまつり)の二刀が受け止める。

 少し前よりも増えた質量と勢いに押され、踵が床を削り静止。

 止まった刃を片方の剣で払いのけて、魑祀が一気に肉薄。

 オブライエンは慌てた様子もなく、手首を回転させる。

 その途端に長刀を構築していた赤い刃に変化。

 速攻で放つ魑祀の斬撃を赤い線が遮る。

 それは枝分かれした血液の刃だった。

 舌打ちして離脱するのと同時に、赤黒い刃が彼のいた場所を貫く。

 後方へ着地した魑祀の視線が前方で蠢く刃と、自身の二刀が纏う青い光を比較。

「案外粘るな……いや、逆に剣速が速くなったと感じるほどだ」

 冷静な声音を相手せずに、魑祀は走ると勢いよく床を蹴った。

 加速したまま跳んだ足が天井を捉える。

 収縮した筋肉のバネを解き放って、一直線に突き進む弾丸となった。

 当然、オブライエンは仮面の下で怪訝な表情を浮かべるも、柄を握る手に力を込める。

 向かってくる軌道を読んで、振るわれた刃が再び朱の線を構築。

 自然とそれに飛び込んでくる魑祀とぶつかることになる───はずだった。

 二刀を構えた剣士と、血液の刃が一瞬拮抗したかと思えば、刃が弾けて床や壁に飛散。

 そのまま、百孤の白刃が受け止める。

 そう、計算通りなら刃が迎え撃つのに問題はないはずだったが、それを上回る速度で魑祀が飛び込んできたのだ。

「貴様……身体に科学燃料でも仕込んでいるのか!」

「知るか!」

 爆発的な加速の理屈も、理由も魑祀自身にすら不明である。 

 だが、そんなことは些細なことだ、と本人は闘気を載せた刃を振るった。

 対するオブライエンも冷静さを失うようなことはなく、刃で応える。

 火花と金属音が鳴り響き、両者は円弧を描くように刃の応酬と、回避を続けた。

 オブライエンの剣と血の軌跡が舞い、魑祀は刃の弾幕を防御に変化させる。

 再び、攻勢に出た魑祀の刃を、オブライエンは柔らかく受けた。

 その時、左手が跳ねて、剣を握る魑祀の右手を下へと叩き落す。

 同時に刀身が下がり、オブライエンの刀が無防備な空間を進んでいく。

 首筋を狙う鋭利な閃きを、加速した反射力で迎えたもう一太刀が防ぐと赤い花が咲いた。

 下にある右手と、防御で構えて交差した両腕を魑祀は反転させる。

 まるで巨大な鋏のように迫る刃たちを、オブライエンは後退して回避。

 それと並んで、下から上へと振り上げられた百孤の刀身に遅れて、赤い刃が続く。

 伸ばされた血液の軌跡を、魑祀もまた後退して逃れた。

 液体に戻るそれに注視する。

 両者緊迫する空気の中で、笑っていた。

 正確にそれを見ているわけではない。

 しかし、どこか似通っている二人はそれが分かった。

「些か不調とはいえ、百孤の赤翅(あかばね)で押しきれぬとはな……」

 いつの間にか呼吸が荒れていない魑祀は肩を竦めた。

「敵相手に体調不良を(ほの)めかすって、それ言い訳のつもりか?」

「まさか」

 軽い口調の否定と裏腹に、刃が再び動く。

 白刃が次に裂いたのは、彼の右腕であった。

 スーツごと切り裂いた傷口から、命の水が溢れていく。

「テメエ、あれか。 自傷行為しないと落ち着かない性癖(たち)なのか?」

 既に戦いの性質を知っているが、いくら何でも無茶を通り越した自殺行為の領域。

 それを間近に見ている魑祀の鼻腔には鉄の匂いが充満していた。

「ああ…………仮に、それでこの、身が軽くなるなら……いくらでも吐き出そう、差し出そう、掻き出そう」

 しかし、そこで魑祀はこれまた違った空気に気付く。

 血液は刀身でなく、男の傷口に集まっていた。

「……叶わぬ、戯言を、語ったな。 続いては……奥義が一つ、朱振(しゅしん)を、御覧にいれよう」

 肩を上下させる以前に、息も絶え絶えのオブライエンの右腕は変貌。

 それは赤黒い血液が構築した巨大な腕であった。

「……今キャンセルしたら、払い戻しはあるか?」

 引き攣った頬を靡いた風圧の正体は、振りかぶられた巨大な拳である。

「だよな」

 肉薄した影にどうしたものかと思う魑祀であったが、身体が反応。

 横に跳んだと同時に、疾走した彼は腕を切断しようと斬りかかるも手応えは無い。

 代わりに飛び跳ねた血液が棘に変化し、危うく右目へ突き刺さるところであった。

 刀の絶技に、血液の刃。

 そして、血液で構築された四肢を振るうときた。

 

 

「お前、辻斬りって名前改名しろよ!」

 

 

 彼の心からの叫びが自然と零れていた。

 魑祀(ちまつり)の叫びが届いたかはわからないが、巨大な右腕は彼を目掛けて振るわれた。

 血液を媒介に肥大化したそれを魑祀は避ける。

 受け止めようにも質量の違いがそれを許すわけもなく、その代わりに直撃したことによって砕かれたコンクリートの破片がそれを物語っていた。

 当然、振るい終わった瞬間の隙を狙おうと接近しても、腕から変質した血液の刃らが生えてそれを拒む。

 それらを踏まえて、決定的な好機を逃がすまいと動き回って機会を伺う魑祀に痺れを切らしたのか、それとも計画的なものなのかオブライエンは右腕を前に突き出した。

 それも見た魑祀の背中には悪寒が走り、加速した両足が逃走の一手を選んで疾走。

 その時、後方から何かが泡立つような音。

 肩越しに魑祀の視線が捉えたのは赤黒い五指の先から弾丸────否、血液の刃が機関銃のように撃ち出される光景である。

 部屋の外へ出てもなおコンクリートの壁を貫通してくる攻撃の嵐を避ける為に、彼は階段を駆け昇った。

 下への逃走を避けたのは、恐らくだが控えているはずのラビット(6th)たちを巻き込みかねないかねないというものである。

 最上階の五階は他の階よりも埃と淀んだ空気が部屋に充満していた。

 意外にも下の階にいる怪人の追ってくる気配はなく、魑祀は息を吐く。

 疲労と妙な満足感……それは強敵との戦いというよりも久々の”殺し合い”にだろうか。

 両刀に纏わせていた青い光を払って消すと、同時に一気にのし掛かる身体の重みに思わず膝をつく。

 高めた運動機能の反動と急激に消耗した熱量の代償によるものだろう。

 だが、それは今回の戦いを通して大いに変化を遂げているのも確かなのだ。

 通常なら当の昔に倒れていたはずの継続時間の更新。

 それどころか、今までよりも遥かに強化に関しての感覚を掴めていた。

「はっ……戦いを通じてこその成長っていうやつか? だったら、あの狐面には感謝だな」

 その言葉が終わると同時に激震。

 すぐに対応出来るようにと部屋の出入り口付近で構えていた魑祀の眼前の床が隆起。

 その直後には赤黒の巨大な腕が姿を見せる。

「少しは休ませろ……ってのは無理だよな」

 再び、二振りの刃に青の光が宿らせると、本体であるオブライエンも床に空けた穴を通して上がってくる。

 対峙した二人はお互いに限界が近いことを察していた。

 しかし、これは命を懸けた戦い。

 真剣勝負はどちらが倒れるまでは終われないのだ。

 先ほどよりも小さくなった右腕を構え、突進するオブライエン。

 それに応えるようにと、魑祀は両刃を重ねるようにして疾走。

 二つの力が正面からぶつかる。

 轟音と衝撃破で辺りの窓ガラスが吹き飛んだ。

 オブライエンの質量による攻撃と魑祀の加速させた刃。

 残りあと数回打てるもわからない互いの一撃。

 全力のぶつかり合いは、気合と意地と単純な殺意の表れであった。

 血液を掃射したことで一回り小さくなったことせいなのか、魑祀は吹き飛ばされずに済んだが、それでも軋んだ身体を今はただただ前に進めることに集中した。

 オブライエンはこのままいけば、恐らくただでは済まないと知っていても、先ほど新たに打ち込んだ薬の力を身体に噴出させる。

 体内で生み出されていく血液の熱と、急な造血による吐き気と駆け巡る苦痛を今は気力で抑え込む。

 増えていく右腕の密度と質量を実感しつつ、オブライエンはこの戦いが終わりに近いことを確信した。

 窓から差し込まれていた月の光に照らされて、赤黒い右腕と青い光を纏う刃が互いの主の意思を通じて軋んで火花を唸らせる。

 拮抗したそれの終わりは意外にもあっけないものでもあった。

 魑祀の刃が血液の腕を斬り裂いたのだ。

 刃と同様に硬化させた血液の腕を半ばまで斬り、急激に加速した剣士の姿が宙を舞う。

 それはオブライエンの血の刃での防御を突破した際の計算外の加速に似ていた。

 右腕を中心に集まる血液の解除と百孤(びゃっこ)を構えようとするも、跳んだ魑祀の影はオブライエンの直上。

 重力に従って振るわれた刃が二条の銀光を煌めかせる。

 刃たちがオブライエンの左肩と胸を切りつけると、藍色のスーツが刻まれ、その傷口から鮮血を噴出。

「見事」

 右手に握る得物を振るうことなく、オブライエンはそのまま自らの血の海に倒れこんだ。

「お前には……聞きたいことは……あるが、一回……死んどけ」

 疲弊しきった魑祀も同様に倒れそうになるも、両刀を支えに立っていた。

 今度こそ決着はついたのだという、彼の確信。

 しかし、限界まで酷使した身体と消耗しすぎた熱量のせいで意識が途切れそうになるのをなんとか留める。

「連絡、しねえとな」

 相手は無論、今回の仕事仲間……ラビット=ビットだ。

 携帯端末を操作する指の感覚もおぼつかない状態であるが、なんとかして相手先への発信を行う。

 だが、そこで違和感。

「……あ?」

端末に耳を当てていた魑祀が画面へと視線を落とす。

画面の端で示す電波状況を確認すると、圏外の文字があった。

 明らかな異常に、魑祀は舌打ち。

 二人の剣士が死闘を繰り広げたその場に異変が起きた。

 辛うじて立っている魑祀(ちまつり)の視線が気配を辿る。

 下から上げていき、水平に戻した時にそれを見つけた。

 そこには確かに人間の影である。

 縦縞のスーツに身を包み、陽気に身体を揺らしながら、それは暗闇から一歩ずつ近づいてきた。

 そこで影の顔が奇妙なことに気付いたのだ。

 その人影の顔は白い包帯が巻かれており、その白い生地には六つの瞳が描かれている。

 額、右頬、左顎、口、左目、右側頭部と大きさもバラバラな不規則な目が存在。

 黒い線で構築された目は顔だけでなく、影の両手に巻かれた包帯にも同様に構築されていた。

「ふんふんふーん!」

 と、軽く鼻唄混じりに右手で旋回させる杖の手元には、銀色に輝く女性の頭があった。

 魑祀はその人影に警戒するも、殆ど抵抗する体力は残っていない。

 傍らに倒れる狐面の怪人────オブライエンも同様で、呼吸音だけが生きていることを証明していた。

 そんな警戒している彼の気持ちを露知らず、その人物は話しかけてくる。

「やぁやぁ、こんばんは。 いや、正確にはもうじき日付も変わるであろうから、おはようございます、というのも悪くはないかもしれないが、そもそも朝と夜は太陽の有無なんかで判断しやすいが、夕方や昼とか結構曖昧で挨拶の言葉選びに苦労した記憶はないかい? それはそうと、諸君らは(それがし)のことはご存知かな? 知らないなら一応名乗るつもりだが、初めてであるなら尚のこと挨拶は重要だと思うのだよ。 それにしても君たちは息も絶え絶えでそれどころではないと思うが、やはり挨拶は大事だ。 おはようございますから、おやすみなさいまで一日を締めくくる重要なことだ。 それにしても顔色が悪いな君たち、ちゃんと栄養は採っているのかね? 近頃は体型維持や体重の減量と称して、食事を抜きにする輩が増えているそうだが……ん? 体重を減らすために食事を採らない者が増えている……これは何とも笑えない黒い冗句(ブラックジョーク)というやつだな。 おっと、話を戻そう。 そう、挨拶は大事なのである」

 捲し立てるような男が紡いだ言葉の乱射。

 魑祀は可能なら、既に斬り殺しているレベルで苛立っていた。

「おっと、失礼。 そうだな、名乗るならまず自分からだというのは常識であったな。 某は夜母(やぼ)教団、【十指徒(じゅっしと)】が一人! ”右薬指”の【アイザック=スタンスターン】である!」

 魑祀は聞き覚えのある単語を拾う。

「……やぼ……教団? 4thのところのか?」

 その言葉にすかさず、アイザックが反応。

「おやおや、その様子ではあの腐れ教祖────失敬、教祖殿をご存知で?」

「……まあ、顔見知り程度だ」

「はあ、良かった。 あのド腐れと親しい間柄の人間なんかと同じ空間で過ごすとか、一回死んでもいいくらいですからね」

「お前……アイツの部下じゃねえのか?」

「まさか!」

 大袈裟に手を振って否定。

「某の心と身体は全て! (うるわ)しの夜母(やぼ)様のもの!!」

 魑祀たちに背を向けて、自身の両肩を自分の両手で包む姿が見えた。

 うっとりと、恍惚した声音はまるで恋する乙女のような仕草……だったが。

「気色悪っ!」

 小声であるが魑祀は反射的に口に出していた。

 それと同時にアイザックの身体が反転。

 怒気を隠そうともせずに六つの落書きの瞳が意思を宿すような視線を飛ばした。

 杖の先端銀の女性の頭を魑祀に差す。

「それを貴様ぁ! あの糞蛆にも引けを取らない、駄教祖の部下だとぉ! 笑えぬ冗句は”左中指”のやつだけにしてもらおう!」

 魑祀の顔に怪訝な表情を読み取ってか、アイザックが語りだす。

「そう、某らは確かに夜母(やぼ)様を信仰する教団であるが、同時に夜母(やぼ)様は複数存在するのだ、加えて────」

 さっきまでの怒りはどこへやら、長々と説明に入ったアイザックに今度こそ魑祀は言った。

「4thの下っ端のお前が何しに来たんだ?」

「────────」

 時が止まったかのようにアイザックは喋るのを止めた。

「…………」

 魑祀もまたそれを見守り、オブライエンは……消えていた。

 いつの間にか、百孤(びゃっこ)を握った狐面の影が刃を振るう。

 その矛先はアイザックの首筋のみ。

 手負いながらも完璧な軌跡は、最短最速で目標へ向かう。

 しかし、それを阻むの他でもない六目の男の杖であった。

 火花を散らしながら拮抗する両者。

 しかし、既に限界のオブライエンには動きに覇気は感じられず、先程の不意打ちが最後の力だったのであろう。

 アイザックが手首を翻し、百孤の刃は独り宙を彷徨(さまよ)った。

 その崩れた体勢にアイザックの蹴りが舞う。

 革靴が見事にオブライエンの鳩尾を抉り、吹き飛ばした。

 もはや、ろくに受け身も取れない彼は咳き込みながら、愛刀を支えに立ち上がろうとするもそれも危うい。

「……ちっ」

 その姿を見て、魑祀は何故出たかわからない舌打ちに苛立ちが増した。

「全く、躾の悪い……いや、生まれが悪いと言うべきか。 困った人だ」

 ふぅと息を吐いて、アイザックは魑祀に向き直った。

「それで、某が何故ここにいるか、だが」

 それまでにはない黒い気配が男から溢れる。

「ああ、某は教祖”様”の(めい)を受けてきたのだ」

 アイザックが杖を振るえば、それは無数の刃に分かれた鞭となった。

「怪人を殺せ、と」

「おい、待てよ!」

 魑祀は思わず、声を荒げた。

「そいつは俺の───俺と6thの標的だろうが!」

 ん? と首を傾げたアイザックの頭には疑問府が浮き出てそうな錯覚を覚える。

「だから、怪人”辻斬り”は────」

「ああ、なるほど!」

 そこで合点がいったような声と、両手をポンと打ち付けた。

「それは勘違いだと思われる」

「あ?」

「そこに這いつくばっているのは、怪人”狐狩り”だ」

「……は?」

 魑祀は言葉の理解に思考が追いつかずに止まる。

「まあ、特徴は似ている。 現在、某の……同胞というのは個人的に非常に許せないので、あれだ。 知人で馬鹿だけど、腕は立つ”左人差し指”と頭は冴えるが雑魚の”左親指”が追跡している。 この情報は……あれ? これ非公開指定だったかな?」

「……こいつは怪人”辻斬り”じゃねえと?」 

「その通り、具体的に見分けの特徴はその面だ」

 指で示したひび割れた狐面。

「なるほどな、ありがとうよ」

「なあに、礼には及ばん。 すぐに終わる、そこで見ておけ……えーっと、そちらは」

 思考の横顔で振るわれた刃の鞭がオブライエンへ向かっていく……が。

 

 

 

 その鞭とオブライエンの間には魑祀が立っていた。

 二刀の刃がその鞭を弾き落とす。

「どういうつもりだ?」

「……こんな俺にも方針(ポリシー)ってのがあってな」

「ほう、興味深い。 是非ともお聞かせ願おう!」

 何故か、ノリ気のアイザックは鞭を下して、話を聞いた。

「1つ、獲物は横取りさせない」

「まあ、確かに今回は手違い合ってもここまで追い詰めたのはそちらであるので面白くないのは当然だ」

「2つ、標的以外は斬らねえ」

「ふむふむ、ならばその狐狩りを対象から外すのは当然だ!」

「…………3つ、俺以上にウルサイ奴は遠慮なく斬る」

「……OH、まあ某には関係ないが、よくわからないな。 一体どこがそちらの気に障ったのか。 そうだ、やはり栄養が足りていないのではないか? 今度良ければうちの支部に来たまえよ、無口だが仕事も早く優秀なコックでもある”右親指”が作る料理も食べればすぐに機嫌も良くなる。 それと挨拶の重要性については語ったかな? まだなら、この機会に────────」

 

 

 

「うるせぇ! テメエ! 今すぐ叩ッ斬ってやる!!」

 

「こらこら、そう怒鳴るもんじゃない! やはり、カルシウムと挨拶が足りていないのだろうな、本当に最近の若者はなっていないなぁ」

「お前が黙れば済むんだよ!」

 風切り音と、ぶつかり合う鉄の音が鳴り響く。

 火花と割れた窓から注がれる月光が二人の姿を闇から切り取った。

 縞模様のスーツを着た謎の多い奇人、アイザック=スタンスターンが右手の杖を振るえば、それは鞭が如く伸び、刃を剥き出しに対象へと襲い掛かる。

 決して軌道が複雑とは言えないまでも、それを楽観できるかと言えば別であった。

 避ける度にぶつかるコンクリートを削るほどの威力で、向かってくるそれは人体で想像すれば如何に恐ろしいことか。

 魑祀が振るわれた鞭状の刃の波を躱していくも、すぐさまアイザックは器用にその軌道をを修正。

 両手に握られた剣が弾き返すも、それに対して焦りなど微塵も感じられない。

 徐々に獲物を追いつめていく狩りを楽しんでいるとすら見える。

 恐らく、誰から見ても長期戦は圧倒的に分が悪いというのは明らか、故に魑祀は─────

 

「いい加減に──」

 

 ───勝負に出た。

 

「───しろ!」

 

 先程、オブライエンとの戦いで見せた驚異的な加速で直進。

 既に剣に灯る輝きはその一瞬しか見えなかったが、問題は無い。

 最短距離での突撃と、急激的な加速は鞭の迎撃圏を掻い潜る。

 矛先はアイザックを捉え、切っ先があと僅かで貫こうとした瞬間。

 

 

 爆音。

 

 

 

 それが聞こえたかと思えば、衝撃と共に魑祀が見ている世界が揺れた。

 徐々に静止した視界が天井を映しているのが分かると、同時に腹部に鈍痛と胸に何かが圧し掛かる感触。

 目で追えばそれは革靴を履いた右足。

 更に上を見れば、六つの目を描いた包帯頭が魑祀を見下ろしていた。

「まったく、挨拶を蔑ろにするくせに後先考えないとは……『終礼良ければ、全て良し』という言葉があるが、これは許容出来ないな」

 相変わらず意味不明な言葉を紡ぐ不審者の表情は読めない。

「ふむ、何が起こったか理解しきれていない……そんな顔しているな」

 そう言うとアイザックは左腕を前に突き出す。

「君があの場で突撃してくるのは、様々な意味で誤算ではあるが、こちらもそういった対策をしていない訳ではない」

 よく見れば、彼の左手には銀色の拳銃が握られていた。

「殺傷力はほぼ皆無、射程距離もお世辞にも優れているとは言えない。 そんな威嚇程度の代物が役立つとは……」

 胸部へと圧しかかる力が増す。

 魑祀が起き上がろうと抵抗しようにも、既に身体は言うことを利かず、視界すらぼやけ寒気すら覚えた。

 まあ、仮に万全であったとしてもこの変質者が大人しく抵抗を許すとも思えないが。

 アイザックは右手に握っている鞭の手元にある銀色に装飾された女の頭を捻る。

 すると、鞭は収縮し、杖へと形を変えた。

 刃を納めた杖先が魑祀の顔へ近づき、慎重に彼のトレードマークでもあるストレートキャップをズラしていく。

 月光に照らされた金髪や碧眼が、露わになった。

 眼前で止まっていた杖は、ゆっくりと額へと昇り、次に頬や口へと移動する。

 どこを潰すか、刻むかを品定めをしているかのようだ、と自身の未来を他人事のように思う剣士とは裏腹に絶対的な優位に立つはずの男の雰囲気は変わった。

「世の中、わからないものだな」

 今までとは違う声音。

 杖は魑祀から離れ、本来の役割へと戻るように床へと立てられていた。

「そういえば、君の名前はまだ聞いていなかったな……名は何というのだ?」

 アイザックの問いかけに疑問符が脳内で反復する。

 疲労や熱量不足による思考低下もあるが、男の質問に対する疑問で溢れていた。

「…………」

「君の剣はどこで学んだ?」

「………………」

「君の出身は?」

「……………………」

「……君は自身の両親、それか父か母のことについては知っているか?」 

「………………………」

 どの問いにもまともに返事がないことを知っていたのか、気にした様子もない。

「ふむ、某の仮説が正しいならかなりヤり辛いな……どうしたものか」

 ……そうだ! と数秒の間を置いて閃いた。

「まずは予定通りに”狐狩り”を始末してからにしよう」

 倒れ伏しているはずの怪人へと目を向けるも、そこには誰もいなかった。

 血痕は階段付近に穿たれた穴に続いており、そこから逃走したのだと容易に想像はついた。

「……また逃げる、か。 こんなことがいつまで続くのやら」

 やれやれと肩を竦めて、首を振るアイザック。

「ちなみに、その敵を助けて、自分は絶体絶命の挙句に見捨てられるとはどんな気分ですか?」

「くだらねえ、殺るなら殺れ」

「……まあ、事実の確認なら後日でもいいだろう」

 アイザックは杖先を再び掲げ。

「後で悔いるのはもう慣れている」

 それを勢いよく振り下ろすと、床にまた赤い模様が咲いた。

 振り下ろされた凶器は俺へ触れることはなく、代わりに何かが降り注いでいた。

 アイザックの背中から胸部へかけて黒い刃が生え、白い包帯で覆われた口元は吐血で赤く染まっていく。

 即死であるはずの一撃であっても奴はその執念からか、相手を確認しようと肩越しに後ろを見ると、そこにはの奇妙な面が浮いていた。

 額は白とも思える肌色をしているが、それより下は真っ赤に染まっており、怒りで表した剥き出しの歯と瞳は黄金色。 それはガキの頃に見た東洋にある能面でいうところの、”橋姫”の面に似ている。 

「────貴様、か」

 酸素を供給する器官を破壊され、残った横隔膜に残る空気だけで濁った言葉を紡ぐと、刃が一気に引き抜かれた。

 アイザックがずれたことでそれの全貌が分かる。

 全身を黒装束で纏い、首から上には橋姫の面を被った人物であった。

 面の位置から男なら小柄、女なら平均と思える背丈である

 アイザックは自身から零れていく命の水に構うことなく、最後の足掻きとばかりに身を捻り左腕に握る拳銃を掲げる。

 しかし、発砲することなく銃は舞った。

 同時に、切り落とされた左腕と共に。

 左腕と致命傷となる胸から出血し、今度こそアイザックは倒れていく。

 文字通り血の海に沈む変質者を横目で見ながら、自分もその生暖かい雨や海に浸されたているのだと俺は認識。

 血で汚れる嫌悪感よりも、凍えるように寒くなってきた身体には湯船に浸かるような心地良く思える感覚すらあった。

 ぼやける景色のなかでは、こちらを見据える面が映っている。

 自然と恐怖はなく、その視線は人よりも動物染みていると思えた。

 殺意や害意ではなく、こちらに対しての興味や憐れみのような……俺自身でもよく分かっていない気配であるが、それが不思議と不快とは思えない。

 そう思考するとは別に気にした様子もなく、面がこちらに近寄ってきた。

 ザッザッと擦るようなそれが草鞋のものとわかり、今度はピチャピチャと濡れる音。

 血塗れの床に構わず踏み込み、それはすぐ傍に来た。

 ゆっくりと、こちらを覗き込んで。

 じぃいと穴が開くくらいと言わんばかりに。

 俺は逸らす気力すらなかったのか、それともそうしたかったのかその視線を見つめ返していた。

 そいつが横になる俺を覗き込む体勢なのだから、自然と影になって良くは見えないが、覗き穴から何かが零れ落ちてきたような錯覚を覚えた。

 薄れた感覚と視界ではそれが正しいとはわからない。

 すると、今度は面が近づいてくる……というよりも、そいつに抱き起されていた。

 どこから取り出したかわからない瓢箪を口元へ持ってくると、俺の意思とは関係なく、それを飲ませる。

 中身が分からないものに抵抗はあるが、抗うことなくそれを嚥下していく。

 味は……不味くはないが、別段美味いとも言えないものだが、砂漠に垂らした水のように身体にそれが染み込んでいき、飲み終えた後は先程の寒さが嘘のように消え、身体の芯から熱が戻っていくのが実感できた。

 それでも身体が満足に動くことは出来ずに、単純に疲労によるものと判断。

 そうしているうちに、うとうとと、眠気が訪れる。

 今度こそ途切れそうな意識の中で、俺はどこか懐かしい声と匂いを思い出した。

 実際に体験したかは別としても何とも甘い夢である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は病院で目覚めた後、この顛末を6th(ラビット)から聞いた。

 少なくとも俺を回収する時には、血痕を除いて他には誰もおらず、死体すらない。

 あとで調べようにも、ラビットの口から聞くよりもテレビから流れる雑貨ビル崩壊のニュースで調査は不可能と判断させた。 

 俺はラビットに怪人違いであることを報告し、同時に奴からもその仲間らしき奴らの撤退を許してしまったことを聞いた。

 どちらにしろ仕事をしくじったという事実が場の空気を重くしたの言うまでもない。

 それに俺はあの橋姫のことと、アイザック=スタンスターンのことは伏せておいた。

 話す義務はないし、それ以上に6th(ラビット)も何か隠していることは明白である。

 それがどう転ぶかはわからないが、俺はまだ強くならなければならない。

 それが改めてこの街で生きていくことに、必要なのだと思い知らされた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ファイル、2-4(+)

 夜が更けだし、人々の歩みが様々な路に着く頃。

 地下にあるバー『紅蓮獄』のカウンター席に腰を下ろした男の顔には包帯が巻かれ、左腕はギプスで留められており、その衣服の下からも包帯が覗いていた。

 男が注文するとバーテンは複雑な表情で見つめ返す。

 しかし、何かを振り切るように頷くと、冷蔵庫から取り出したいくつかの瓶の栓を捻り、各種液体を注ぎ混ぜていった。

 完璧な動作で、バーテンは頼まれた珍妙な飲み物を差し出してくる。

 ガラスの表面には、早くも水滴が生まれていた。

 冷えた液体を杯の中で傾けながら、視線は酒樽の上に設置された画面に向ける。

 内容は昨晩の入谷区で起こった落盤事故についてだ。

 口内の傷に染みた痛みを我慢しつつ、怪我の男──御景はカウンターへ空になった杯を掲げる。

「ねえ、ちょっと──」

 御景は視線を水平移動させると、少し紫ががった髪を頭頂で束ね、白いドレスにも似た格好をした一人の少女が立っていた。

「お隣、構わないかしら?」

 御景は辺りを見渡し、もう一度少女へ戻す。

「席……ここくらいしか空いていないのよ」

 確かに、時間帯的に店が混みだす頃でもあった。

「ええ、どうぞ」

 御景は右手で隣の席を促す。

 ありがとう、そう言って彼女は席へ着いた。

「いつものお願い出来る?」

 少女の言葉に頷いたバーテンが一度店の奥に引っ込むと再び戻ってくる。

「……よくここには来るのかい?」

 探偵の声音には感心しないという感情が込められているが少女は気にした様子はなく。

「ええ……といっても最近は無理だけれどね」

 そう言いながら、紫水晶色をした猫のような瞳が御景を捉える。

「ここは暴力愛好家の紳士たちがよく集まる場所とはご存知なのかね?」

 どこか教師ように説教臭く語るも少女は聞いていない。

 その関心が手元の杯に注がれていることに気付くと、御景は自分と少女の分をバーテンに頼んだ。

 二回目ともなると、あっという間に用意する辺り流石プロだなと感心しつつ、差し出されたドリンクを受けとる。

「なにかしら、これ」

 目の前に鎮座する薄紫の液体に、最もな意見。

「葡萄ジュースと牛乳の炭酸水割り……君のにはサクランボを添えて」

 探偵は中身を即答すると、再び自身の杯を傾けながらバーテンに視線を向ける。

 視線に気付いた男は肩を竦め、その無表情と思われた顔の口角が僅かに上がっていた。

 隣では両手でグラスを掴み、グイッと傾ける。

 少女は喉を隆起させ、液体を流し込むと杯をカウンターに置いた。

「まあまあ、ね」

「そそ、マズくなく美味過ぎずってのがいいんだよ」

「……おかしな人」

 クスリと少女が口元を抑え笑う。

 それを流し目で見ながら、また杯を傾け、御景は切り出した。

「そう言えば、ワイと最後にあったのは何時だったかな?」

「……さぁ、どうだったか……それって口説いているのかしら?」

 思わず吹き出しそうになるのを堪えると御景は訂正。

「……この間、病院ですれ違ったじゃないか? ほら、ドクターシスタゲットの」

 沈黙。 少女の横顔は思考する表情で、思い出すように言葉を吐き出す。

「あぁ……それはきっと双子の妹よ。 名前は『ミミアリ―・カベニ―』って言うの」

東洋の諺を思わせる名前に探偵も合わせる。

「じゃあ、君はきっと『メアリー・ショウジニ―』かな?」

「あら、それだと家名が違うわよ?」

 少女の指摘に探偵は笑いながら答えた。

「生き別れの兄弟なんて珍しくないさ。 それに名前だけが兄弟の証じゃないしね」

「……そうね。 あぁ、そういえば──」

 少女はグラスからサクランボを摘んだ。

「ドクター……シスタゲットさんだったかしら? あの人、亡くなったそうよ」

 口に一房の果実を放り込む。

「なんでも、治療した患者に殺されちゃったみたいよ……逃走への足が付かないようにね」

 口内で転がしながら、呑気に言う少女は隣の探偵を見た。

「……そうか」

 目立った反応は特にない。

 強いて言うなら、先程までより辺りの空気が冷たくなったことだろうか。

「覚悟はあったはずさ……」

 その言葉は少女に対してへの返答なのか……それとも誰でもない虚空へ消えるだけのものなのか……。

 御景の視線はグラスの中へ注がれていた。

 そう言っていると少女が頼んだ品が店の奥から現れる。

 それは白の陶器皿に鎮座し、熱々の湯気を立てた肉の塊だった。

 持ってきたバーテンの片手には銀のソースポット。

「当店自慢の特製ハンバーグでございます」

 バーでハンバーグとは……恐らく常連でもあまりお目に掛かれない裏メニューというものだろう。

「あら、相変わらず美味しそうね」

 待ってましたと言わんばかりと迎える少女の姿は今までで一番見た目相応の反応に思えた。

ソースポッドを傾けると、中から赤黒いソースがハンバーグを始め、白い皿を染めていく。

少女の手に握られたナイフとフォークが赤黒い海を切り裂き、肉の山を解体していくと、中から肉汁が溢れた。

一口だいに切り分けたハンバーグを頬張ると、満足したのか、その時だけにしか見せないような表情。

思わず綻んだ頬を片手で支えるのは、味わって咀嚼することに意思とは別の無意識的行動とも取れるだろう。

嚥下するまでのその一部始終はなんとも蠱惑的でバーテンや御景も奇妙な話……見入っていた。

二口、三口目と続き四口目に入ろうとした時、彼女は視線に気付いたのか、コホンと咳払い。

「人の食事を観察するなんて感心出来ないのだけれど?」

その言葉にバーテンは我に返ったかのように自らの作業に戻る。

御景は肩を竦めて、視線を手元の杯に落とした。

 

 

 

「それじゃあ、探偵さんドリンクご馳走様」

食事を終えた少女はそう言って店を後にすると、御景はまた一人カウンターでドリンクを飲んでいた。

彼がこのバーにいるのはとある人物との待ち合わせをしている為だった。

決して、相手は遅れている訳ではない。

探偵の仕事柄上早めに来ているのだ。

「いやぁ、お待たせぇ……? しましたぁ?」

またも隣から声が聞こえた。

「待ったのはワイの勝手だ、気にするな」

視線だけ隣へ向け、右手で合図。

声の主は全身から素肌の露出を避けている男性。

「それは助かりますよぉ、だって私はキッチリカッチリクッキリと時間は守ってますからねぇ」

席に着いた男の名は『如愚佗 手記狩』。

以前、事務所に怪人の記事を置いていった記者である。

「注文はですねぇ、私はぁ……そうですねぇ……彼と同じものをお願いしますかねぇ」

バーテンに注文すると僅かに表情がひきつった笑みで応える彼に同情に似た感情で御景もお代わりを頼んだ。

「それでぇ、お怪我はどうなされたんでぇ?」

「……事故っただけだ。 それで車は大破して、クライアントと友人から叱られた……それだけだ」

「……はぁ、それは災難でしたねぇ」

届いたドリンクを二人が受け取り、如愚佗が杯を掲げると、御景を見た。

「とりあえずぅ、乾杯でもどうですぅ?」

「……ああ」

カチンと互いのグラスを合わせ、打ち鳴らす。

中の液体を飲むと、如愚佗はうーんと、首を捻った。

「味はいいんですがぁ、炭酸はぁ……苦手なんですよねぇ」

「それは残念だな」

くくくと、意地の悪い笑みが御景の口から漏れた。

「ぁぁ、意地悪な人ですねぇ。……そういえば、貴方の新しい相方はお元気でぇ?」

「知らんな、少なくとも昨日今日は見てない」

御景は野良犬でも追い払うようにグラスを置いた右手を振るう。

「いやぁ、本日彼を二度ほど見かけたものですから、てっきりお仕事かと」

ん? と探偵は食らいつく。

「何時、何処でだ?」

「昼頃に大通り。 夕方に郊外近くで」

それを聞くと御景は深い溜め息のあとに、一気に杯の中を飲み干し、 引ったくるように荷物を取った。

「あれれぇ? お出かけですかぁ?」

財布からお代をカウンターに置いて、如愚佗に答える。

「悪いが話はまた今度だ」

その言葉のあとに探偵は店を出た。

 

 

 

「……悪い癖が出ないといいんですがね」

空になったグラスをバーテンに返すと、記者は珈琲を頼んでいた。

「お酒に溺れるにはまだ早いですし、私もまだ酔えないですしね」

誰に言っているかわからない言葉を溢すと、懐から手帳を取り出した。

手袋がはめられながらも器用に指先でページを捲ると、独特なデザインのペンで何かを書き殴る。

「次の取材は彼らでもいいかもですね……ぁあ」

コホンと、咳払い。

「いいかもですねぇ」

 

この街の夜はまだ更けそうであった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ファイル、2-1(-)

ベネット視点での2-1です。


 

 

俺は夢を見ていた。

 それがなんで分かるのか……もう何度も見た光景で、その夢も何度目か忘れちまったくらいにだ。

 

 

 蒸気パイプで囲まれた地下室で俺は『奴』と対峙する。

「娘を放せ!」

 俺の手には『奴』の娘と、銃が握られている。

 不意を突いて、『奴』の片腕を撃ち抜いてやったがナイフ片手に出てきやがった。。

 安易な挑発をペラペラと喋り続ける姿が何とも女々しく思えたが……。

 胸の奥で何かがくすぶっているのを感じた。

「……どうした、怖いのか?」

 その言葉を聞いて……俺は──

 

 

 そこで夢は覚める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 今朝の目覚めはお世辞にもいいとは言えない。

 深酒したせいか頭は勿論、床で寝てたせいか背中も痛い。

 傍で寝ていたファットマンと黒服のいびきの合唱でどうにかなりそうだった。

 倒れていたコップに水差しから水を注いで飲むと幾分か気分はマシになる。

 そして、何故か腹部に鈍痛。

 感覚的には酒に酔って喧嘩した時に似ている……しかし、何時だ?

 辺りを見渡すが、ファットマンや黒服たちにその形跡は見られない……。

 俺が一方的にKOされたってことか?

 候補が何人か脳内に閃き、その最有力候補がいないことに気付く。

「あの野郎……どこ行きやがった」

 俺は重い足取りで部屋を出た……この部屋に響く合唱団から逃げたいってのもあったが、きっと他にも理由がある。

 だが、頭痛が考えるのを阻害。

 生まれて数少なく二日酔いに感謝した瞬間だった。

 

 

 

 部屋を出た俺は取りあえずロビーへ向かうことにしたが、廊下の途中で黒服に呼び止められる。

 なんでも、俺が来たら渡すようにと言われた茶封筒。

 中身は御景が引き受けた仕事の案件らしく、出来れば内密で見て欲しいとのこと。

 それと、肝心の探偵野郎は昨晩のうちに家に帰ったらしい。

 俺は確かに受け取ったと合図をしてその場を後にする。

 外は随分とご機嫌な天気で、歩道には人が、車道には車が波を形成。

 変わらない都会の風景がそこにはあった。

 俺は躊躇うことなく、波に流れる。

 進路方向を最寄りのタクシー乗り場で合わせ、あとは歩調を合わせるだけだ。

 思考を半ば放棄した歩みの波が止まる。

 視線を上げれば、横断歩道手前の信号は赤。

 目の前を車の川が流れて行く。

「いやぁ、それにしてもツイていないなぁ」

 声は右隣から。 流し目で確認すると、だらしなくスーツを着込んだ白髪交じりの初老の男が整った髭を指先で弄りながら話していた。

 「……そもそも貴方が寝坊しなければこうはならないのでは?」

 相手はその隣に立つ東洋人。 年齢は中年で、七三分けに黒縁眼鏡。 ビシッと糊の張ったスーツを着ている。

「そんなことは言ってもね、オブライエン君! 私、ここのところ徹夜続けで大変だったんだよ!?」

 喚く男に、東洋人はキッパリ両断。

「知りません、元はといえば教授が勝手に始めたことでしょう? それと私は【尾武雷 焔】ですので」

「いやいや、改名しなよ『オタケミカヅチ ホムラ』とかより、みんなオブライエンのほうが親しみあるって」

 はあ、と深い溜息には侮蔑と呆れ。

 そんなこと露知らずと教授が続ける。

「ああ、それと今日は私、知人に会いに行くから気を付けてね」

「……本当にお一人で?」

 勿論、と肯定には絶対の意思。

「オブライエン君は心配性だなぁ……ジュウゲツ君やロォグ君たちを見習いなよ」

「……他のはともかくあの獣臭い奴は勘弁です」

「そこら辺は本人の意思を尊重するよ……まあ、あっちには娘もいるし、大丈夫さ」

 そこで中年の顔に安堵の色が見えると、同時に信号は緑に変わる。

「確かに……あの姉妹がいるなら……大丈夫ですね」

「でしょ? とりあえず、私は明日には戻るし、留守の間は頼んだよ」

 対岸へ渡ると、俺とは別方向へ歩いていく二人組。 人混みの喧騒さはすぐにその声も気配も呑み込んでいった。

 

 

 

 

 ある程度の記憶を頼りに俺は御景のマンションの特徴なんかを運転手に告げると、わかったらしくそのまま走り出した。

 しばらくすると、見覚えのある風景に差し掛かり、タクシーを降りる。

 歩いて行くとそこら一角だけ取り残されたように古びたマンションが見えてきた。

 名前はコーポ『たそがれ』。 覚えやすい名前と見た目だ。

 アイツの部屋があったのは四階で、エレベーターもないから仕方なく階段で向かう。

 四階へ辿り着くと、通路には中年の女が立っていた。

 そいつは俺に気付いてくると問い詰められる。

「アンタ、ここの探偵と知り合いかい!?」

 今にも胸倉を掴んできそうな勢いに気圧される。

「お、おう……一応な」

「ふぅうん」

 まるで、品定めするかのように見てくる婆の視線。

「まあ、アンタでいいや。 じゃあ、ハイこれ」

 そう言って渡してきたのは、コンビニ袋と鍵だ。

「あん? なんだよ、これ」

「ああ、悪かったね……アタシはココの大家をやってる【大谷】ってもんだよ……実はそこの探偵──御景に家賃を一週間以内に払わないと追い出すって言っちまってね……今回が初めてじゃないんだけど、アタシもカッとなってつい、ね?」

 頬を掻きながら、恥ずかしいそうに言ってくる姿は婆じゃなきゃ良かったなと思う。

「それでアイツ、どうせ飯もろくに食ってないんじゃないかって……思ってさ」

 手渡されたコンビニ袋にはおにぎりやサンドイッチなどが入っている。

「まあ、アンタも用事があったんだろ? ここは一つ頼むよ……ね?」

 確かに一理あるので、了承すると、鍵は閉ってたら開けて、中を確認してくれとのことだ。

 確認って聞いても大谷はそのまま去って行く。

「おいおい、まさか俺に死体発見者にするつもりか?」

 だとしたら、とんでもねえクソ婆じゃねえか!?

「ま、アイツがそんなタマじゃねえってわかってんだろうがな」

 ドアを捻っても開かないので、貰った鍵で開錠。

 鍵がなくてもピッキングで開けるつもりだったので問題ないが、手間が省けて良かったとは思う。

 ドアを開けても人の気配がまるでないことから既に留守ということは把握。

 俺は靴を脱いで上がると、カーテンの引かれた居間のソファーに座り込んだ。

 大谷から預かった袋から遠慮なくサンドイッチの包みを取り出し、開封。

 これは腐らせるよりはマシという判断だ。

 一切れ口に頬張ると、俺は茶封筒の存在を思い出し、懐から取り出す。

 サンドイッチを口に咥えたまま、封を破るといくつかの書類と写真らしきものが数枚。

 書類には詳しいことは御景に伝えていることと、狂咲への連作先が記されていた。

 興味ない俺は写真に意識を向ける。

 パサついた卵サンドは口の水分を奪うのを無視しながら、見た写真はどうやら監視カメラのものらしい。

 遮光カーテンで遮られた光源では難しいと判断した俺は窓際に向かい、カーテンを払いのけ日光を取り入れる。

 注視した写真はどうやら、強盗の一部始終を録ったものらしいが、ある場所を見て俺の意識は全てそこに集中した。

 それは強盗の実行犯と思われる人物で……それは────

 

 

 俺は無意識的に流しへ走る。

 流しに胃の中の物を吐き出した、不幸にも先程食べた卵サンドがそのまま放出。

 ある程度吐いた後も、強烈な嘔吐感に襲われ、呼吸も安定せず、珠の汗が全身から噴き出した。

 限りある理性の鎖が状況の整理と最善の手を導き出す。

 俺は同封されていた資料から、情報を目で追い、携帯に入力。

 耳に当てた端末からコール音。

 六回目のコール音に差し掛かった頃に相手が出た。

「ふぁい、もしもし──」

「狂咲か!?」

 相手は昨日会った大手企業の若社長で、仕事の依頼主でもある。

「どったの? なんか、お宝でも見つけたの?」

 寝ぼけた声が演技ではなく、寝起きによるものだと理解は出来るが、俺にそこまで配慮する余裕はない。

「こ、この写真の男はどこにいる!?」

「写真……ああ、君には写真を送ったんだったね」

「それで、知ってるのか!?」

 沈黙。

「──いや、知らない」

 俺は舌打ちするが、おかげで僅かに冷静になった思考が働くそもそも詳細を知っていたらこんなまどろこっしい真似はしないだろうと推測。

「……え、もしかして……トレジャーハンターさんはそれが誰か知ってるのかい?」

 通話先の質問に答えるか迷った……だが、俺は肯定した。

「……ああ……コイツは、この男の名前は【ジョン・メイトリクス】。 階級は大佐。 元特殊部隊『コマンド―』の隊長だった男だ。 そして───」

 

 

 否定することは俺自身が許してくれなかった。

 

 

「────俺が殺した男だ」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ファイル、2-2(-)

 俺はその晩、バーに来ていた。

 事務所で夜まで待ったが御景の野郎は返ってくる気配はなかったのもある。

 店の名前は『紅蓮獄』と銘打っているが、内装は結構普通で俺はカウンター席に座ってグラスを傾けていた。

 俺がこのバーに来たのは情報屋に会うためでソイツを待つためにこうして暇を潰している。

 懐から取り出した煙草を一本口に咥えると、バーテンがライターを差し出してきた。

 俺はそれを片手で制すと、バーテンは一瞬怪訝な表情になるが、流石プロでその瞬間も俺じゃなきゃ見逃してただろう。

 そう思っていると隣に気配。

「……アンタがベネットか?」

 声の主は赤いフードを被った男。

 歳は20代前後。 通常なら門前払いする奴もいるかもしれないが、俺は腕が良ければ気にしない。

 片手を上げて、肯定。

 それを確認すると男は席に着く。

「それで、情報の方は?」

「……」

 男がカウンターに載せてきたのは一つの茶封筒。

「……急だったからな、期待はしないで欲しい」

 前置きを聞き流し、俺は封を切って中身を確認。

 それはここ数日間でのとある男の動向だ。

「──その割にはキチンとこなしてるじゃねえか」

 満足のいく内容に素直に感嘆。

「……当然だ、それに俺たちはこの道で食っているプロだ。 ……まあ、その分料金も上乗せさせてもらっているが」

 男がライターを差し出してくる。

 視線の先には俺が咥えている火が灯していない煙草。

「いや、いい。 禁煙中なんだよ」

 そういうと、関心もないようで男は懐にライターを戻す。

「……まあ、俺よりも部下たちのほうが頑張った結果だがな」

 男は自嘲染みた笑いを浮かべた口元に運ばれたドリンクを傾ける。

「別にいいんじゃねえか? 何かあれば部下の尻拭いだってするんだ……お前だって完全にノーリスクじゃねえんだろ?」

 男は無言。 僅かにフードから覗けた瞳は覚悟に染まっている者の目だ。

「人には人の。 プロにはプロの悩みがあるんだよ。 そう上に立つやつが悲観的だとせっかくの部下たちの功績も無駄になるぞ」

 咥えた煙草を綺麗な灰皿の上に置いた。

 俺が杯を傾けると、それに合わせるように男もグラスを傾ける。

「……アンタみたいな人に言われると、少しだけそう思えるよ」

「……そうかよ」

 少しだけってのが余計だ、バカ。

 自然と笑みが口元を歪めた。

 らしくもない感傷的になっているなと判断。

 やけに染みる酒を活力に変える。

 

 

 そうやって、しばらく情報屋と談笑。

 くだらないやり取りで、職業や趣味も別だが酒は自然と互いの口を滑らかにしてくれた。

 時間は経ち俺たちはバーを出ることにする。

 

 

「……情報屋【B&K】。 またのご利用お待ちしています」

 律儀な挨拶に俺は皮肉を込めた冗談で返す……いや、半分は本音か。

「だったら、もう少し代金に手心加えてくれよ」

 一瞬の無言。

「…………善処します」

 その間で改めてこの男が根は真面目と理解。

 堪えた笑いに肩が震える。

 こんなくだらないことで笑えるとはつくづく感傷的で、甘くなったな。

 これから自分がやろうとしていることや、過去を振り返るととても結びつかない。

 人は変わる……。 昔、どっかの誰かにそう言われた気がしたが忘れた。

 

 

「じゃあな」

 俺は踵を返す。 

 背中で聞こえた男の返事を俺は片手答えた。

 この後はどうするか……とりあえず、事務所に戻るか……アイツ帰ってるかもしれねえしな。

 まあ、帰ってこないなら寝床に使わせてもらうが。

 狂咲の依頼の件で強制的に組むことになった俺たちはある意味共犯者で一蓮托生なのだ。

「本当に面倒になってきたな」

 俺の独り言は夜の町に吸い込まれていった。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ファイル、2-3(-)

 翌朝。 結局、部屋の主は帰ってこなかったようだ。

 俺は特に気にした様子もなく、優雅にテレビを見ながら朝食を摘む。

 ワイドショーは昨晩、寂びれた商店街付近の雑貨ビルが崩壊についてを報道。

 現在は立ち入りが規制され、近隣住民にも避難指示が出ているらしい。

 なんでも老朽化によるものと報道されているようだ。

 一瞬、俺の視線が今いる部屋を巡り、このオンボロのマンションの全体像を報道と重ねるが、肩を竦めて思考を止める。

 朝食をインスタントコーヒーで流し、俺は映像を切った。

 片手には茶封筒を握り、俺は部屋を後にする。

 行先も決まっているので、足取りにも迷いはなかった。

 

 

 

 

 大通りに面した西区ビルの一角。

 八階建ての貸しビルの五階に男はいた。

 その部屋の主の娯楽用にか、巨大なモニターが壁に掛けられ、見覚えのある児童向けの映像が映し出されていた。

「よお、久しぶりだな」

 俺は愛用の銃をソファーに座る男の後頭部に押し当てているが、相手は怯んでいる様子でも、慌てているようでもない。

「部下はどうした?」

 日常の一コマのような声音で返ってくる。

「まるで案山子だ。 あんなト―シロ―ばかりよく集めたもんだな」

 俺の言葉に男は違いねえ、と喉で笑う。

 俺も釣られて笑いが漏れた。

 自然と銃口を離すと、男が切り出した。

「それで、この『黒髭』に改めて何の用だ? ベネット」

 映像を切らないまま、顔をこちらに向けられる。

 蓄えられた黒い髭に、ギラリとした目。

 顔には無数の傷があった。

 男の名前は【ハディオ=クラフトフ】。

 有名な海賊、『エドワード・ティーチ』を尊敬して止まないコイツの二つ名はいつしか同じく『黒髭』と呼ばれるようになっている。

「なぁに、用ってことでもねえが……お前がここ最近で『運んだ』奴のことを教えろ」

 その言葉にハディオの太い眉がつりあがる。

「お前、俺に客を売れって言ってんのか?」

「……ま、そうなるな」

 黒髭の再来と呼ばれているが、コイツが海賊モドキのことをしていたのはそれこそ昔で、今は造船企業で一稼ぎしてるようだ。

しかし、たまに小遣い稼ぎで『運び屋』もやっている。

 陸路と空路はクライアントの狂咲が把握してるとなると、俺個人のネットワークで海路のほうを潰すことにした。

 ここいら一帯ではコイツが情報を握っているはずだろうから僅かでも手に入れておきたいのだ。

 渋っているハディオに俺はカードを切ることにした。

「まあ、俺も面倒で仕方ないけどよ、ロックカンパニーが関わってるからな」

 その企業の名前を出すと隠しているようだが、僅かにハディオの気配に変化。

「テメエと、あの大手企業がか?」

 疑いの視線を懐の茶封筒。

 ロックカンパニーのロゴ入りのそれを見て、納得したようだ。

「ちっ……面倒だな」

 実はハディオの会社は最近ロックカンパニーと企業契約をしたことも事前に調べておいたのだ。

 あくまでも揺さぶり程度になればと思っていたが、結構効いているようだ。

「クソが、わかったよ」

 アニメの映像を一旦止め、ハディオは別室に消えると、すぐに戻って来た。

「ほら、これだ」

 一冊のファイルが机の上に投げられる。

「ちなみに、お前の後は三人しか運んでねえからな」

 中身を確認すると、確かに名簿には俺の後に三名分しか更新されていない。

「どんな奴らだったか覚えてるか?」

「……そうだなぁ」

 黒髭の横顔には思考が巡っている。

「一人目の【レッドクイーン】ってのは、名前通り奇抜で真っ赤な服を着た女だな。 明らかに偽名だが、金払いは良かったし、それも絶世の美女って感じで断る理由はなかった。 まあ、船乗りの俺は直感的にやべえって思ったから近づかなかったけどよ」

 再びの思考で間が開く。

「二人目の【ニルス・ペトラー】は褐色肌の男でいつもニコニコしてて、どうにも胡散臭い奴だったなぁ」

 最後の間が一番長かった。

「三人目の【カルガスルガイ】ってのは東洋人……だったか? いや、あの彫りの深さは……」

 また間が空く。

「忘れた。 ほら、同窓会とかで『あれ、お前居たっけ?』ってやついるだろ……そんな感じの顔で特徴もな──いや、片言で話してたな」

「OK、お前の努力は認めてやるよ」

 肩を竦めたハディオは再びアニメ鑑賞に戻ろうとしたが、俺は疑問を一つ聞くことにした。

「しかし、お前ほどの奴が企業一つでそうも態度変わるもんなのか?」

ハディオはこちらを見ることなく話し出す。

「俺も前まではそう思ってぜ? ロックカンパニーってのも名前だけデカいとこで手を組むまでもないってな。 しかし、あの爺さんから若社長に変わってからその印象も改めたぜ。 あの若い奴は話してみたら意外に話が分かる奴でな、気付いたら契約することになってたんだ」

 当時を思い出すように声には楽しそうなものだったが徐々にトーンが落ちて行く。

「だけどよ、あの若社長は前の爺さんとは違った意味での怖さを覚えたんだ。 あれは本物だぜ?」

 一部界隈では恐怖の対象である男の目には畏怖。

 俺も自然と唾を呑み込み、喉を隆起させる。

「とりあえず、今のロックカンパニーは味方のうちは点数稼ぎも大切なんだよ。 ああ、あの類と如何に敵に回さないかが重要だからな」

 恐らく、個人ではなく一企業の長としての判断もあるのだろう。

「そうか、テメエも苦労してだな」

「まあな……。 そういえば、お前は『お宝』どうだったんだ?」

 グッ。 と痛いところを突かれ、返答に困る。

「……まあまあ、だな」

「…………あー」

 ハディオが何やら察したような声を出す。

「頑張れよ」

 男の憐みの声が余計に辛くした。

 

 

 

 

 

 

 俺は目的も果たしたことで、ビルを後にする。

 退室する時に、クライアントに協力したことを伝えるように再三ハディオに言い渡されたのも思い出し端末で手に入れた情報と状況をメールで狂咲に送りつけ、街を歩き出した。

 少なくとも海路ではあの亡霊……いや、メイトリクス『らしき』奴は移動していない。

 陸路も空路もないなら、奴はこの街にまだいるとことだろう。

 捜査は確実に前に進んでいた。

「こりゃ、俺が探偵に転職するのも近いか?」

 今頃、何しているかわからない某探偵を思い浮かべ、俺はそう呟いた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ファイル? 、らびってゐ

更新頑張ります


 昼時の町は今日もランチを求める会社員や、の目的地に足を運ぶ。

 この男もその一人だ。

 黒を基調としたジャージを上下にその背中には、一輪の白い蓮の花がプリントされていた。

 その歩調はどこか荒く、苛立ちが全身から滲み出ている。

 男とすれ違う者はその表情や雰囲気に気圧され、路を開けた。

 そうして、彼の歩みが止まったのは一件の店の前。

 店の看板には、ひらがなで『らびってゐ』と記されていた。

 男は扉を潜り、店内を見渡す。

 内装は基本的なものだが、若干和風寄りで壁には屏風掛けられ、仕切りには竹垣が置いてあった。

「い、いらっしゃいませ!」

 震えた声で応対するのは給仕の制服を着た少女。

 年齢は恐らく、14~5歳といったくらいだろうか。

 彼女は視線を逸らしそうになるのを必死に耐えているようだ。

 その様子を見て男は纏う空気を霧散させると、内心舌打ち。

 それは少女に対してではなく、自身に対するものだ。

 昼時でもあったが丁度空いていたらしくすぐに席を案内される。

 男はドカッと品のいい席に座ると、懐から煙草を取り出し一本口に咥えた。

 すると、横から咳払い。

 見ると、先程とは違う給仕の女性が二コニコした笑顔を浮かべ立っていた。

 女性の指先を追えば、全席禁煙と書かれたプレート。

 男は煙草をしまうのを確認すると給仕の仕事を開始された。

「それで……ご注文は?」

 女性の胸元には『雉沼』と記されており、男はそれを見て込み上げた笑いを一度抑え、注文する。

「そうだなぁ、熱いコーヒーと……”ウサギ”だ」

 女性は隠す気のない溜息のあとに注文の確認もせず、店の奥に消えた。

 しばらくして戻って来た彼女は、ついて来いというジェスチャー。

 黙ってそれに従う男は、女の後に続く。

 案内されたのは二階の事務所で扉の前には『オーナー』と書かれたプレートがぶら下がっていた。

「それじゃ、アタシはこれで」

「おう、またな」

 軽いやり取りをして女性が去るのを確認すると、男は紳士らしく扉をノックを──することなく、蹴破るような勢いで突撃。

 入室と同時に正面の机ではなく、右から気配を察知すると同時に右腕を鞭のように振るう。

 捉えたのは銃を構えた背広を着た人物の側頭部。

 ジャージ男は当たる直前に寸止めで拳は静止。 同じく、背広男も銃口を向けている。

 互いに殺傷圏であると威嚇。

「よう……こうして会うのは久々だな。 【因幡莱兎】」

 切り出したのはジャージ男の言葉。

 それに対して、皮肉交じりの言葉が紡がれる。

「はっ、旧交を温めるにしては随分と派手な歓迎だな『7th』」

 警戒を解かないまま、話を続けるようだ。

「おいおい、堅苦しいのは無しにしようぜ……ここは会議室じゃねえんだ」

「お前は良いだろうな気楽そうで……何しに来た? 俺たちの失敗を笑いに来たのか?」

 埒が明かないと7th……ウォッチマンは拳を下ろす。

「俺がそんなに暇そうに見えるのか?」

「見える」

 即答に舌打ち。

「まあ、お前がそのままならそれでもいいが……あれだ。 そういうこともあるだろ」

「……慰めてるつもりか?」

 肩を竦めてウォッチマンが近くのソファーに腰を下ろす。

「しかし、お前も良くやってるとは思うぜ? あの社長様と急遽交代したんだろ?」

 いい加減毒気を抜かれたのか、銃をしまうと対面のソファーに腰掛ける。

「報告によれば、人……怪人違いだったんだろ?」

「それでも、仕留めるべきだった……」

 両手を組んで、深刻そうに顔を歪ませる莱兎を見て、ウォッチマンは話題を変える。

「だが、予想外なのはあの爺さん……4thと燐火が仕留めそこなったってのがな」

「首なしは基本的に大型二輪での移動と聞く……逃げに徹すれば分はあるだろう」

 その言葉に7thは異を唱えた。

「いや、燐火の野郎はそこらの自動車も追い抜けるぜ? 何回か組んだことあるが人間じゃねえぞあれ」

「そういえば、お前は殺されかけてるしな」

「…………それは関係ねえだろ」

 そこで今度こそのノック音。

 莱兎が応答すると珈琲と紅茶が運ばれてきた。

 それを受けとると給仕のものも速やかに立ち去る。

「しかし、あの『雉』をよく雇ってくれたよ、感謝する」

 器を傾けるとズズズと珈琲を啜る音。

「美味いな、これ」

「…………あ、ああ。 良いやつだからな。 本当に彼女は上手くやってくれている。 そういえばお前の所の弟子さん……乾さんだったか? 元気か?」

「あー、『犬』ねぇ……それが最近入って来た新人がやたらとセンスがあってな。 それに触発されてか修行付けてくれって煩いんだよ」

「なるほど……それで少しやつれてんのか?」

 確かに普段より顔色は良くなさそうで、頬も少し痩けている。

「まあ、うちの基礎は『渇き』から始まるからな、何ならお前もやるか?」

「結構だ」

 互いの近辺報告を終えると、そういえばとウォッチマンが話を切り出した。

「報告書では俺が【肥大する頭】をやったってあるが、あれ実は訂正するところがあってよ……途中邪魔が入った」

「なに?」

 莱兎の表情が曇る。

「正確には、それのお蔭で助かったんだが……何分相性が悪い怪物だったぜ」

「……何故、会議の際にそれを言わなかった?」

「……【BIG5】」

 その単語で莱兎は納得。

「なんかキナ臭くてな……敢えて黙っておいたわけだ。 大体タイミングがおかしいだろ」

その言葉に間が空いた。

無言の同意である。

「──ああ、我々の行動が読まれて……いや、それ以上に筒抜けな部分があったのは確かだ」

「それに俺たちみたいな新参はどうしてもやりづらい部分もあるんだよなぁ……で、これは提案だがよ、やっぱりお前が5番に──」

 その言葉の続きを莱兎は制止させる。

「悪いが俺は今以上にあの集団とは関わりたくない、お前を引き入れた身としては勝手と思うがわかって欲しい」

「──了解した」

 ウォッチマンはそういうと席から立ち上がった。

「このことを報告するかどうかはお前が決めろ。 んじゃ、これから待ち合わせもあるんでな、頑張れよ『ラビット=ビット』」

 そう言って男は部屋を立ち去った。

「……軽く言ってくれる」

 その独り言だけが部屋に響いた。

 

 

 

「御会計、3000円です」

「こ、珈琲一杯で……? ぼったくりやろ」

 ニコニコとレジに立つ女性──雉沼は早く出せよと目で指示。

 ウォッチマンはしぶしぶ財布から三枚の紙幣を抜き取ると、瞬く間にそれを引ったくられ、レジに吸い込まれていくのだった。

「またのご来店お待ちしてます!」

 店を出る時に背中で聞いたお決まりの挨拶を流しつつ、渡されたレシートを確認するとキッチリ表示された料金。

 どうやら、本当にいいものを使っているようだった。

「あーあ、これ見たらアイツ怒るだろうなぁ」

 もう自棄になった言葉が昼間の喧騒さに呑まれていった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ファイル、2-4(-)

更新遅くなりまして申し訳ありません。

ファンファン編なども書いてたりして、リアルも中々忙しくて……

頑張ります!!


 トレジャーハンターなんてやってると大抵の奴が金が欲しいのかって聞かれるが実はそんなことはない。

 

 いや、金はあって困るもんでもねえし、あればあるほどいい。

 

 だが、俺は一昔前にそれなりに稼いでたお蔭か今は金に困ってねえ。

 

 金目当てじゃないなら、古代のお宝や謎に興味があるのかって?

 

 ……どうだろうな、多分それはないと思う。

 

 俺はきっと無くしちまった何か探してんだろうよ。

 

 

 

 

 

 俺は自分で言うのもおかしいが昔に比べて丸くなったと思う。

 赤の他人がいくら道端の真ん中で餓死しかけても見ぬふりして通り過ぎてたろうよ、下手すれば追剥もしたこともあった。

 それが今じゃ、行き倒れのガキに近場の店で飯をご馳走してやるなんて……俺も老いたな。

 対面の席で運ばれた料理を次々とかき込んでいくガキを見ながら、俺は食後の口欲しさを湯気が立つ珈琲で誤魔化す。

 舌に残る安っぽい苦さがいい塩梅だ。

 すると、目の前のガキは自身の食事を終えたのか満足気な表情。

 予めに注文しておいた食後のお茶が運ばれ、それを飲むとホッと息を吐いた。

 俺の視線に気づいたのか、少し悪そうに顔を下に向ける。

「あ、あの……ありがとうございます」

 倒れてたガキ……いや、少女はそう言うと先程までの姿とは一転して大人しくなる。

「俺が飯を食うついでだ」

 珈琲を飲み干すと問いかけた。

「それで、なんで行き倒れになってたんだ?」

 少女の見た目は俺の推測からして14~16歳前後。

 恐らく、中学生か高校生の未成年。

 その歳でこの状況になるということは家出か、虐待の類……と考えるのが有力なんどろうが。

 俺の質問に狼狽える彼女が振り絞った答えは──

「じ、実は修行の一環で……断食したあとだったので……その……」

 予想外の答えに返答に詰まるが、俺は別の質問をすることにした。

「お前さん、保護者はどうした?」

「えっと、母は私が幼い頃に事故で亡くして、父は病で床に伏しておりまして……」

「あー、それとお前の修行って関係あるのか?」

「はい、詳しく話すと長くなるのですが、我が家の流派を継ぐためのものというか、下積み……と言えばいいのでしょうか?」

 どうやら、確かに入り組んだ事情があるようだ。

「そうかい、とりあえず頑張れよ」

 俺は深く他人の事情に入り込むとろくなことにはならないと知っているからな。

「代金は俺が払ってやるから今度から行き倒れには気をつけろよ」

 急いで席を立とうとした時だ。

「まあ、待ちなよ」

 両肩に力がのしかかる。

 振り向いた先には上下黒ジャージの男。

「あ、”御坊”」

 御坊……坊さんなのか? こんな見た目で?

「ったく、犬も歩けばなんとやらって言うが、お前の場合は他人に集るかよ」

 そう言って男はガキの隣に座る。

 席に座ると見た目とは裏腹にビシッとした姿勢でこちらを見据え、話し出した。

「この度は家の者がお世話になりました。 私は『物教・蓮の一派』の頭目を務めております【間計 トキ】と申します」

 丁寧に礼を述べ、頭を下げる。

 それに合わせ隣の少女も礼を述べる。

「私は『物教・蓮の一派』所属の【涼蔵 乾】と申します。 改めてお礼を申し上げます」

 俺は二人に頭を上げさせると、軽く自己紹介をした。

「あー、俺はベネットだ。 職業は──想像に任せる」

 経験からしてトレジャーハンターは駄目だと察した。

「そういえば、ブッキョウって言ったが真言宗とかの類じゃねのか?」

 俺の質問に間計は解説。

「ああ、やはりそう勘違いなさいますよね。 確かに読みは一緒ですが、こちらは物質の物に教えと書いて、物教です。 あちらは御仏の教えですがこちらは太古に眠る大いなる意思に準ずるもの……いえ、簡単に言えば別物ということです」

「それは面白そうだな、良ければ今度話を聞かせてもらうかな」

 純粋な興味は湧いてきた。

「おお、それは是非。 皆喜びますよ。 それに貴方には──」

 こちらを品定めような視線。

「中々の素質がありそうですからね」

「そうかい、ありがとうよ」

 俺は世辞を受け流し、今度こそ席を立つことにした。

 それに二人ともついてくると、俺は会計を済ませ仕事に戻ろうとしたが、手掛かりがないことも同時に思い出す。

「そういえば、お仕事っていうのは何かを探すというものであったりしますか?」

 間計の問いに俺は殺気を纏わせるが、それも一瞬で霧散。

「……だったらどうした?」

「いえ、それだと私の知り合いに打ってつけの相談相手がいましてね、普段なら時間と料金も掛かりますがこの紹介状があれば、それも問題ないと思います」

 簡易的な封筒を差し出してきた間計の表情は微笑んでいるが慣れていないのか、頬が僅かに痙攣しているのは無視。

「何が目的だ?」

「お礼ですよ、私の戒律でもあるので『受けたものは返せ』とね」

 俺はとりあえず受け取ると、間計から住所を聞く。

「それじゃあ、お嬢さんも修行とやら頑張れよ」

「はい!! ありがとうございます!!!」 

 お互い反対方向へ向かいながら、こちらに手を振る彼女と、その先を歩く間計のジャージの背中には白い蓮が描かれていた。

 傍から見れば兄弟にも見える二人組と別れると早速、その場所へ向かうことにした。

「さあて、神様に縋りにいきますかね」

 封筒の端に書かれた文字には『御目代』とあったがこれが目的地の手掛かりらしい。

 

 

 

 

「本当にお前は何やってんだよ、犬!」

「だって、御坊が私を置いてどっかに行っちゃうからじゃないですか!」

 ベネットと別れた間計と乾は歩道を歩きながら、他愛のない会話を続ける。

「そもそも、お前の修行が長引いたせいだろうが! 意地張って一週間断食に付き合わされた俺の身にもなれよ!!」

「だって御坊が──」

 後半は聞き取れないが間計は先を歩く。

「それより、用事は済んだんですか?」

「ああ、まあな。 あっちも悲惨だったようだな……はあ、宣伝目当てとはいえ組織に入るっての失敗だったか?」

「まあ、最近家の門下生増えましたからね……お蔭であのクソ猫が入ってきましたが」

 純真そうな表情が一瞬暗くなるが、すぐに戻る。

「流れてきた門下生には覚えがあるが、しょうがないとも思えるんだよな……姐さんも何やってんだか」

「というか、さっきの御坊の話し方ってやはり慣れませんね」

 乾は何とも複雑な表情で浮かべる。

「あ? うるせえな。 あれは演技って言うより俺なりの割切りなんだよ。 お前が入門する前から一応ああなんだ!」

 はあ、と疑問符を浮かべる彼女を無視して間計は歩き続ける。

「法師との約束もあるしな」

 

 

 二人組はそのまま昼過ぎの街中に消えて行った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ファイル、2-5(+)

久々の更新です


 ワイはバーを出てから如愚侘が言っていた郊外地域に向かった。

 そこは既に寂びれた工場地域で今では浮浪者や犯罪者なんかが隠れるには持って来いだ。

 しがない探偵がそんなことを知ってるのに警察は動かないのかって? 

 みんな命が惜しいのさ。

 いや、それよりも腐敗した上層部から差し止められてるのかもしれない。

 ワイは今は関係ないことを頭から追い出し、掴んだ情報を元に踏み込んだ。

 

 

「ここか」

 そこは元は自動車部品を製造していた工場で、当然今は稼働していない。

 取り壊そうにも金が掛かるし、元々の持ち主は蒸発なり、なんなりと行方が分からない状況が多い。

 それにこんな場所を買い取ろうなんて物好きもいないときた。

 自然とろくでなしの溜まり場になるわけだ。

「……まあ、ワイもそのうちここら辺に引っ越すことになるかもな」

 そう、家賃が払えず追い出されれば愉快な路上生活のスタートである。

「こりゃ、下見と考えれば一石二鳥かね?」

 腰と背中の得物を確認して、中へ入って行く。

 

 

 まず、感じたのが埃と錆びと油が混じった匂い。

 ……正直、我が事務所と大差ないという悲しさと、今度掃除しようと決意。

 工場と事務所が一緒になっているようで、正面の両開きの鉄扉と、左手には階段が見え事務所に繋がっているようだ。

 しかし、階段は封鎖されているようで、埃跡を見るにしばらくの間は誰も上がっていないようなのでワイはそのまま扉へ向かう。

 濁った窓を覗き見るも上手く確認出来ず、恐る恐る扉を開く。

 四人ほど入れるスペースで、両側の壁には規則正しく並んだ12個の穴。

 どうやら、ここはエアシャワー室のようでその先に工場内部に繋がっているらしい。

 早速、正面の扉に手を掛けるがノブは回らず、部屋を観察。

 扉の上部には赤く光るランプ。

「なるほど、腐っても衛生管理しましょうってか?」

 後方の扉を閉めて、左のボタンを押し、ワイは口元を右手で覆う。

 毒ガスなどを警戒したが、生温くカビの匂いを見き散らす風だけが全身へ向けられただけだ。

 杞憂に終わってよかったと、内心思うと腰の銃を引き抜き抜いた。

 準備が整うと、左肘でノブを下し、肩で扉を押し開く。

 そこで意表を突かれたのが音だ。

 今までほぼ無音だった世界に高速で回るタービンの回転音と、鉄を溶接、叩きつけるような轟音が鳴り響く。

「ああ、くそが!」

 頭を振るって、耳鳴りを追い出す。

 工場内は熱気に包まれ、コートを羽織ってきたことを後悔。

 額から零れる汗を拭いながら、ワイは先へ進む。

 警戒度を最大に進んでいたが、ふと違和感を感じた。

 それは工場内に置かれた空中通路を歩いて確信。

「もしかして、無人か?」

 これでも経験はあるほうだと自負している。

 潜んでいるのか、いないかくらいは気配を感じて分かる程度には。

 それでも、これはあまりに人気がなさ過ぎた。

<おやおや、また侵入者ですか?>

 機械から放たれた男の声。

 その声は工場内のスピーカーから発せられており、複数の声が輪唱する。

 聞き覚えのある声に反応。

「……その声は」

 ワイに気付いたのか、スピーカーの男は間を空ける。

<──ああ、昨晩の>

 そう、この声は昨日ワイを襲ってきた一味の一人だ。

「まさか、こんなに早く再会するとはな」

<──あれだけの傷を負っていたというのに、もう動けるのですか?>

「あんなの掠り傷だろ」

 いや、本当は結構痛かったし、今でも少し痛む。

<これは掠り傷の定義を見直さなければ……それはそうと何しにここへ? まさか、先日の男と知り合いですか?>

「さあな、とりあえずワイはお前らが盗んだものを取り返しに来ただけだ」

<……なんのことやら、むしろ我々も探し物があるので貴方には用はないのですが>

「じゃあ、テメエらにやられた分を返しに来たってことでもいい」

 男は再びを間を空けると、何を思ってか笑い出した。

<なるほど、情報通り貴方は仕返しにくるという訳ですね>

「あ?」

 男の笑い声と、意味不明な言葉に困惑。

<おやおや、本人が忘れているとは……いやむしろ本人だからこそ忘れたいのかもしれませんね>

 一人納得するような声で話す男。

「……」

 ワイはとりあえず、無言のままそれを聞くことにする。

 

 

 

 

 

 

 昔々、とある田舎町に住む少年【ジョン=アキッド】はただの少年でした。 普通の両親や友人にも囲まれ、学生時代には恋人も出来、将来は結婚も約束しました。

 

 

 しかし、悲劇は突然訪れます。 いつもの学校の帰り道、ジョン何者かに攫われてしまいます。

 

 

 そして、何日か監禁されたのちに彼の前には親しい間柄の人間が次々と連れてこられました。

 

 

 彼と同様監禁かと思いきや、犯人は次々と人々も拷問に掛け、殺していきます。

 

 

 中でも、壮絶だったのが恋人だったらしく、生きたまま解体されたようで彼女の死体は少年ジョンの前に置いて何日も放置したのだとか。

 

 

 犯人は逃走し、無事保護されたジョン。

 

 

 しかし、彼の周りには親しい人間は誰もいなくなり、施設に預けられたそうで、成人した彼はどこぞへ消えてしまった。

 

 

 そして、その悲劇を引き起こした容疑者は五年ほど前にとあるアパートの一室でジョンの恋人に行った凶行と同じような死に方をしていたそうだ。

 

 

 その残虐な行いを知っている者はこの世でもう一人しかおらず、その犯人を殺害したのはきっと──

 

 

 

 

 

「うるせぇ」

 

 

 そこで乾いた銃声。

 一発でスピーカーを撃ち落とすと、ワイは歩き出した。

「テメエが人様の過去を詮索してるんじゃねえよ」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ファイル、2‐5(-)

 俺は間計から教わった住所に足を運んだわけだが……

「んだよ、これ」

 目の前に広がるのは巨大な長屋門。

 その開け放たれた門には人々が往来し、列を作っている。

 近くには旗が立てられ、御目代教と銘打っていた。

 見覚えのある文字に手元の封筒を見ると、同様のものが記されている。

 ここで間違いないようだな……。

 俺は早速門を潜ろうと思っていたが。

「待たれよ、そこな南蛮の御仁」

 呼び止めた声へ視線を向けると、背丈が小さめの爺さん……袈裟を着ている辺り坊主……いや、住職だろうか?

「儂はただの小間使いじゃよ」

 俺の心を読んだかのような言葉。

「”目は口ほどに物を言う”……なぁに長生きしていると自然とわかるもんじゃよ」

 掃いていた箒を立てかけて、俺に近づいてきた。

「大方、お館様に視てもらう為に来たのじゃろうが、今日の分は既に──ん?」

 爺さんが何かを見つけたようで視線を追うと、俺の手元……茶封筒だ。

「お主、これをどこで?」

 その言葉と共の後に、ぬぅと湿った気配。

 夕日が近くなり、ここのところ晴天続きだったカラっとした空気が一変。

 反射的にナイフへ手を掛けるが、身体が硬直。

 見られている──この爺さん以外の誰か──トンでもねえ殺気──いや、呪術の類か!?

 動く──否、静止──合。

 脳内の電卓で必死に計算して出た結果が身体を支配。

 石のように固まるも生理現象は止めれず、汗が噴き出す。

 どうやら、爺さんは俺ほどでもなくても動けないらしい。

「───ッ!」

 モゴモゴと爺さんの口元が動くが聞き取れないし、こんな時に読唇術に心ある馬鹿でもいればなぁ、なんてのは思わない。

「……爺。 何をやっているんだい?」

 その声が聞こえるとフッと身体が軽くなる。

 現れたのは和服装束を纏って、黒い長髪を一本結い、錫杖を持ったなんというかTHE・NIPPONって感じの男だ。(Japanではないのが重要)

「お、お館様! ご、ご無事で!?」

 そう駆け寄る爺さんは息をぜぇぜぇと息を切らしている。

 無理するとその恰好で棺桶入るぞと、内心毒づく俺も押し寄せてきた疲労感で足元がふら付いた。

「無事も何も……僕はいつも通りに過ごしていたけれど、何かあったのかい?」

「はっ……実は──」

 身振り手振りで何かを話し、俺を指さす爺さん。

 その話を聞いてか、男の顔がこちらを捉える……が。

 そこで俺は初めて気づいたが男の両目は固く閉ざされていた。

「ふむ、なるほど……一先ず彼を中へお通ししてくれるかい?」

 ははーっと、また俺の方に走ってきたが本当にコイツ大丈夫か?

「──おや、かた、様のご厚意……、その茶封筒を渡した者に感謝するのだ、ぞ」

 ……軽口を叩こうとしたが、俺は取りあえずそのままこの爺さんについて行くことにした。

 

 

 そのまま案内されたのはお堂ような場所で、そこからは俺とさっきのお館様とやらの二人きりらしい。

「これは仕来りでの、仕方のないことじゃ」

 爺さんは心配した様子なく、そのまま廊下を引返した。

「……俺が刺客とかだったどうすんだよ」

 なんといか、厳かしいようで抜けているというか……。

 まあ、俺としてはそっちの方が聞きやすいこともあるし、好都合か。

 襖で仕切られていた室内にはお館……さっきの男が正座をして待っていた。

「来ましたか」

 こちらを振り向くことなく、背中で声を掛けて来たことに内心驚きつつも、悟られぬように無言で、用意されていたであろう向かい合うように敷かれた座布団へ腰掛ける。

 そうすると、くるりと向きを変え男が頭を下げ、挨拶。

「この度は御目代教本部へおいでいただきありがとうございます、僕は燐火 崇正と申します」

 俺もつられて会釈と軽い自己紹介で返した。

「なんでも、ななば──いや、間計さんが”オンガエシ”で寄こすくらいだからね、僕も張り切って力になりますよ」

 「オンガエシ?」

 読みからすると恐らく、恩返しだろう。

「あれ、聞いてません?」

「ああ」

 詳しい話なんて一つも聞かされちゃいねえからな。

 その反応にうーん、うねるが。

「まあ、いいか。 なら、説明すればいいだけの話ですしね」

 懐から男は何かを取り出す。

 それは俺が持ってきた茶封筒……と似たもので、よく見れば記された文字も違う。

 燐火が渡してきたものには『物教』と書かれていた。

「僕たちってとある組合……みたいなものに所属していましてね。 そこでお互いに御題なんかを出し合って攻略したりするんですが、そこで僕と間計さんは罰ゲームみたいのを実施してまして。 恩は恩で返すというか、貸し借りなしにするって意味で失敗した方にお願いを書いた茶封筒を渡して聞いてももらうってものなんだけど……それを貴方にわざわざ使ったってことなんですよね?」

 

 

 ”受けた恩は返すのが戒律でな”

 

 なるほどな。

「それで、アンタはどんなことが出来るんだ? なんでも探し物が得意なんだって?」

 これで少しは手掛かりが掴める……かもな。

 ぶっちゃけると、そこまで信じても期待もしちゃいない。

 だが、ここにやって来たのは紹介した間計の面子を立てるという意味もあるのだ。

「ええ、まあ、本来は違う使い方をしますが──」

 そう言うと燐火の閉ざされていた右目がスッと開く。

 その瞳をよく見ればガラス玉のように綺麗で虚ろ、じんわり淡く光る赤を灯している。

「さぁて、何が知りたいんですか?」

 

 

 俺は────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目的を果たした俺は御目代教を後にする。

 記憶が曖昧だが肝心な部分はしっかりと覚えていた。

 時刻はすっかり夕暮れで足取りは急いでいる。

 何故かは知らないが身体が無意識的にここから離れようとしている……そう思えた。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ファイル、2-6

 忌々しいスピーカーを撃ち落とした後、御景は工場内を進んだ。

 警戒は怠らず銃を片手で構えるが、音に集中しようとしても周りの駆動音がそれを阻害。

 おまけにギプスで固定された左腕が不便で仕方ないのか、眉間には色んなものが重なってか皺が寄っている。

 相手に動きがないことや、それどころか【人】の気配が相変わらず感じ取れずにいることに、探偵はうなじ辺りから焦燥感が伝わってくるのを感じた。

 脳内で様々な仮定を描いてはそのロジックを埋めていくが、これといった納得のいくものはない。

 思考の切り替えを行うと、廊下を天井からぶら下がる掲示板に案内が記されているのを見つけた。

 その一つにはモニタールームとある。

 背中の荷物を背負い直し、彼の足取りはそちらへ向けた。

 

 

 

 

 

 

 現在は”モニタールーム”とプレートを掲げた鉄扉を前に御景は立っている。

 歩いた距離はそうないはずだが、妙に息切れをしていた。

 意を決したようにドアノブに手を掛けて捻る。

 ……何も問題なく、取っ手は回った。

 それと同時に彼は足を使い、蹴りやぶるかのような勢いで室内へ侵入。

 瞬時に正面へ銃口を向けると、その先には縦2つ、横6つの計12のモニターがあるが先程壊したカメラもその一つに繋がっていたようで一番右下の画面には砂嵐が映っていた。

 その他には放送に使われそうな音声機器が置かれている。

 そして、それらの前で無駄な装飾を彩った椅子に腰掛ける影。

「ズイブンと、モぉタついテいたようですねェ」

 こちらを振り向くことなく発せられた男の音声は、何とも奇妙……というか音と発声がズレており、電子音が混ざっていた。

「おっト、シツれー」

 そう言って咳払いの後に、もう一度声が掛かる。

「……ぁAアあー……随分とモタついていたようですね」

 御景は銃口を向けたままで返事はしない。

「……すいませんね、何分直接発声するのは久々でして、呼吸と使い分けるのを忘れてしまいそうですよ」

「なら、そのまま窒息して死んでろ」

 その時、ヒューヒューと何かノズルが詰まったような音が響いた。

 探偵は一瞬だけ辺りに目線を巡らせてみると、目の前の椅子が僅かに揺れていることに気づく。

 椅子に座るそれは不快な音を上げて、不気味に笑っていた。

 パンと乾いた音が鳴ったのと、モニターの一つが壊れたのは同時だ。

「今鉛玉で死ぬか、話して死ぬか選べ」

 御景の問いは理不尽だが、狂咲に行ったような冗談めいた口調などではなく真剣なものだ。

「……余裕のない旧人種ですね。 ここにエイリーンや”左腕”がいれば一曲くらいは披露出来たんですが残念です」

 そう言ってこちらを向き直った人物は小柄な男で、椅子と同じく着飾られ一昔の西洋貴族の格好をし、口元から首元に掛けて、何かの機械が覆っていた。

「なんかのコスプレか?」

 怪訝な表情と声音の御景に対して、機械を優しく撫でながら男は恍惚な表情で答えた。

「これは証ですよ……ミコルオム様に選定された使徒である、ね」

「あっそ」

 2回続けて発砲。

 男は微動だにしないまま、弾丸の軌跡は後ろのモニターを破壊する。

「……報告より怪我は治っているみたいですが……もしかして、銃の腕前は元々下手なんてことありませんよね?」

「だったら、試してみろ」

 もう一度の発砲と同時に男は動いた。

 御景が見えたのは口元を覆う機械が開いた所までで、次の瞬間には背中に襲撃が走ったかと思うと、視界が低くなりぺたりと床に座り込んだいうことがわかった。

 何かにぶつかったのだ、とフラ付いた頭でそう理解した、その正体は自身が先程入って来た鉄製の扉だ。

「おやおや、また外れのようですね」

 男の言う通り弾丸はまたモニターへ着弾していた。

 口元は既に機械が覆っているが男の目元を見て、笑って───嗤っているのだと判断。

 探偵はめげることなく、こちらに近づいてくる男の方向へ発砲する。

 1発。一瞬、肩の痛みで狙いがぶれた。

 2発。男のすぐ横を通り過ぎる。

 3発。男の顔を霞めた。

 最初のスピーカーへの銃撃もカウントして全弾を撃ち尽くした頃、男の表情は違う意味で歪んでいた。

「……もしかして、私って舐められいるのですか?」

 近づいた男の額には青筋が浮き出ていた。

 それはそうだろう、意気揚々と撃ってきた相手の攻撃はお粗末で全部外れているのだ。

 せっかく、待ち構えていたのにこれでは肩透かしもいいところである。

「……これでは”右腕”のほうが余程楽しめたのでは…………いや、ここは私の持ち場でもあるのだし、使命を愉しむなど……いや、悦びがあるのも事実だが……」

 一人ブツブツ呟く男に探偵は提案した。

「やっぱり、体調悪いから後日やり直しとか駄目?」

「却下です」

 返答を言うが早いか座り込んだ御景の視界には男の靴裏が飛び込んできた。

 慌てて身体を捻り、それを回避。

 轟音。

 男の踏み付けはあろうことか鉄扉を吹き飛ばし、通路に倒れる。

 仮に今の一撃を避けなければ探偵の頭は無く、代わりに素敵な模様が彩っていただろう。

 そこからの反応は素早く、御景モニタールームから飛び出した。

 空の弾倉を投げ捨て、後ろを振り向くことなく、全速力で通路を走る。

 しばらくしても、追ってくる気配は感じられないことに疑問を感じたが、走り続けた。

 走っているうちに警報が工場内に響き渡り、そこで彼は足を止めた────否、止めざる負えなかったのだ。

 出入口を繋ぐ通路はシャッターが下され、通れそうになかった。

 そこで男がすぐに来なかったのか合点がつく。

 追いかけないんじゃなく、追いかける必要がないからなのだと。

 舌打ちの後にシャッターを蹴った。 

 それで少し落ち着きを取り戻したようで頭をバリバリと掻くと叫ぶように言い放つ。

 

「この歳で隠れ鬼ごっこをやる嵌めになるなんてな!」

 

 誰かに言っているのか、自身に言い聞かせているのか。

 少なくともそれでスイッチを切り替えたようだ。

 拳銃の弾倉を詰めて、通路を引き返した。

 計算外が多少あっても、あくまで仕事を全うするのが彼なりのプロと思っている。

 

 

 果たして、どこまでが計算外なのかはきっと本人か神しか知らないのだろう。

  

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ファイル、2-7

 ここは地下に位置する数あるバーの一つ。 名は『紅蓮獄』という。

 既に夜は更け、店の活気もそこそこ。

 男女のカップルに友人とやって来た者たち、何故か二人組が多く見られる中でカウンターに座る人物は一人であった。

 その格好は肌の露出を一切許さないと言わんばかりの恰好で、奇妙ながらも空間とは謎の一体感を生み出している。

「おや、貴公が一人とは珍しいな」

 声の方を見てみれば、これまたこの場には似合わない西洋の羽根つき帽子を目深く被り、首から下も同様に派手な衣装を身につけ両脚にはゴテゴテした無骨なブーツが嵌められている。

 帽子の下から覗かせる顔は整っており、その上で全身外套で纏う姿を見れば、まるで古きお伽噺の騎士とでもいうような雰囲気……もしくは、イキ過ぎたコスプレイヤーに見えるだろう。

「……いえいえぇ、先程まで友人がいたんですがぁ、急用が出来たらしくってねぇ。 貴方も一人とは珍しいですね────”爪先”さん」

 湯気の出る珈琲にふうふうと息を吹きかけていた人物、如愚侘手記狩はそう言ってカップを啜る。

「む、作法がなっていないのではないか?」

「生憎ぅ、これが私なりの作法なのですよぉ」

 そうか、と反論することなく如愚侘の出鱈目に流される騎士は隣に座り、ウェイターに注文。

「店主、私には熱く、いや、適温、そう冷たい紅茶をホットで頼む」

 ウェイターは一瞬動きを止めたが、すぐに行動を再開。

「…………紅茶の、ホットですね?」

「ああ、適温に冷ましたホットだ」

 かしこまりました、とそう言った店員の表情は何故か疲れ果てていたが、騎士は気にしないし、如愚侘も助け舟を出す気はない。

「それで、何故私が一人と思ったのだ、記者殿」

 品が出るまで、騎士は話を振ることにした。

「そうですねぇ、……勘、ですかねぇ?」

「そうか」

 会話もそこで終わり、店内のガヤ声などが嫌に響く。

「それでぇ、本日はどんなご用件でぇ?」

 何故か、今度はたまらなくなった如愚侘が話を振ることにした。

「……使命から外されて、暇を貰った」

「つまり、クビ……と」

「いや、そこまでは……そこまではないと思うが……代わりに今はラライアンとボルカスが請け負っている」

 しんみりとした空気が流れる中、品が運ばれてきた。

「こちらがご注文の品でございます」

 そうウェイターが運んできたのは、JAPANESE湯呑であった。

「ご苦労だ、店主」

 そう言って何の躊躇いなく湯呑を引っ手繰ると、ごっごっと中身を飲み干す。

「うむ、苦いな! やはり、所詮は葉を一度は乾燥させ、再び湯につけて戻すという飲料だけのことはある。 味覚を残した私でなければ気付かなかったな」

 緑茶と紅茶。 まったく違う品を持って来られたのに文句を言わず受け入れる。

 その様子にウェイターの目が死んでいたし、隣の如愚侘も自分の珈琲を相手にするのが忙しいようだった。

「それで知人が通っているという店を探していたところに、貴公がいたのだ」

「はぁ……」

 如愚侘は空のカップを置いて、立ち上がろうとするが隣の騎士がそれを袖を引っ張ることで阻止。

「まあ、待つのだ。 ほら、何か一品奢るからもう少し私と一緒に居てくれ! な?」

「いや、こっちも暇じゃな────暇じゃないんですよぉ!」

「頼む、最近シナンナも、ザガザエル、テスも相手してくれなくなったんだ! これでは私は寂しさで死んでしまう、このサダナーン様が頼んでいるんだぞ!?」

 泣きついてくる騎士に困る如愚侘。

 視線を上げれば、肩を竦めるウェイターが見えていた。

 

 

 

「やはり、持つべきものは友だな」

 うんうんと、独り頷くサダナーンはお替わりの紅茶:真を飲んでいた。

 奢るとのことで記者は同じく紅茶(真)を頂いている。

「うむ、同じ紅茶でもこうも味わいが変わると侮っていたな」

 そりゃ、そうだろうと言いたい空気を堪えつつ、長く続きそうな会話を選ぶ。

「そういえばぁ、最近の使命って何なんですか?」

「ふむ、それは多くが神父によって与えられるものだが、ここいらは暗殺が主だな」

 その解答に見られるはずのない表情をグッと堪える如愚侘。

「まあ、私はその一つに失敗し、現在は処罰保留中と訳なんだが……聞いてくれ! そもそもターゲット一人ならまだなんとか───ああ、この半身が無くなる覚悟でなら殺せる範囲だったんだ! それが────」

 わなわなと震えるサダナーン。

「あの忌々しい槍使いめ!! あと一歩、否、あと半歩というところまで来ていたのだ!! それを邪魔しよって!!」

「……それで今の状況に陥った原因だということでぇ?」

「当然! もし、次の機会があれば首だけになろうとも使命は果たす所存」

「次があれば、の話ですよねぇ?」

 グッと言葉に詰まる騎士を他所に如愚侘は紅茶を飲む。

 その時だ、ピタリと空気が変わったと思えば、右手で耳を抑えサダナーンは急に叫びだした。

「ああ、私だ───ほう、わかった。 やはり、私の力が───何? 一番近かったから、だと!? ええい! それが使命であるならつべこべ言ってられるか!!」

 そこまで言い終わると、ガタリと席を立つ。

「すまんな記者殿、どうやらボルカスがやられたようだ……まったく中年相手とはいえ油断するからこうなるのだ……それで私はこれから現場で奴の様子を見てくることになったので失礼する」

 一礼したかと思えば、店内では風が舞い上がり、そのまま店場違いな騎士は消えた。

 【爪先のサダナーン】。

 本当に嵐のような人物だと記録した如愚侘にウェイターが声を掛ける。

「あの……お代は?」

「…………いくらでしょうか───あ、いくらでしょうかぁ?」

 

 

 

 更けた夜でも、やがて朝が来る。

 それは誰でも当て嵌まることなのだろうか?

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ファイル、2-8

時間軸は分かりづらかったら遠慮なく、聞いてください。




 通路を引き返すことになった御景だが内心は穏やかという訳でもないが、意外に冷静さを持っていた。

 シャッターが閉じられるのも、詳細不明な敵が現れるのも予想は付いていたのだが……。

 実は一つだけ誤算があり、しかもそれが吉と出るか、凶と出るかもわからない状況なのである。

 と、まぁ頭を振って現状を把握することにしたが、後手に回ったことには変わりはない。

「ワイの計算だと、そろそろなんだが……」

「何がそろそろ何でしょうか?」

 声は右隣。 機材の影から聞こえ、ぬっと人影が現れる。

「おいおい、見つけるの早いんじゃないか? せっかく小細工したのにさ」

 その言葉を聞いて男の目には爛々と目を光らせていた。

「いやはや、外していたと思いきやモニター狙いで全弾で撃ち尽くすとは……騙されましたよ」

「まあ、ワイも考えなしには弾は使わねぇよ。 ただでさえ経営難でカツカツなんだから」

 男の輝いていた瞳に変化。

「なるほど、あの子煩い馬鹿がしくじるわけだ……ふふふ、ここで私も失敗すれば奴と同類か……それ以下」

 ブツブツと呟く男の瞳に徐々に光が失われていくのが見えた御景は危険を察知。

「使命の失敗は……百歩譲れるが、あ、ああああアイツと同類など、許せるわけない!! よって、殺す! 貴様を!!」

 男の影が床を踏み割り跳躍。 それは人の脚力では考えられない高さまで達すると、壁を蹴って狙いを探偵へ定めて飛ぶ。

 御景は銃も持ち上げるとするが、身体は反射的に回避へ専念。

 後方へ跳ぶと同時に影が立っていた場所に衝突し、僅かなクレーターを生成。

「ワイがそこまでの殺意を向けられる心当たりなんて………………結構ある、ね」

「私個人は貴様に恨みはないが、これも使命。 そして、私自身の為だ」

 クレーターの中心で話す男は、少しだけ哀れむような声音に聞こえた。

「それって、結構理不尽だけど仕方ない、人間だもの」

 銃口を向けて、躊躇いなく発砲。 立て続けてに三回乾いた音が鳴り響き、全ての弾丸は男に被弾。

 それぞれが額、喉、心臓と中心を狙ったが男が防いだのは、喉のみで他の二発は命中していた。

 しかし、男は平然と立っているし、額の弾は逆に潰れているくらいで恐らく心臓に空いた穴も衣服だけで留まっているだろう。

 それでも喉を……あの機械が位置する部位を守ったことに意味はあるのか、と思った御景の代わりに男が答えた。

「これは先程も言ったように我らが技神ミコルオム様から授かった証であると、即ちこれらは我が命より重く尊いものなのだ」

「そんな大切なもの身に着けて、露出させてる時点で馬鹿丸出しなんじゃないか?」

 御景の言葉に明らかに不機嫌になった男は指を向けて、改めて宣言する。

「貴様に恨みがないと言ったが訂正する、私個人には貴様を殺す理由が出来た。 よってこの【喉笛のラライアン】が貴様を屠ろう」

 その瞬間、ラライアンが疾走。

 殴りかかって来た影を辛うじて御景は半身で避け、がら明きとなった頭部に零距離発砲。

 命中はするも効果は薄いようで、御景は距離を置こうとするも再びラライアンが迫る。

 今度は掴みかかってきた彼を御景は冷静に対処し、勢いを活かし彼を投げ飛ばした。

 倒れたラライアンの顔には疑問の表情。

「なぜだ、貴様! 旧人種の探偵風情に後れを取る!?」

 筋力や俊敏さ多くの要素で優っているはずの状況で仕留められないことを叫ぶ彼に御景は容赦なく発砲。

 肩や足など部位を変えて、撃つ様はまるで実験をしているようだ。

 その様子や現在の状況に僅かに恐怖を抱いたラライアンの耳からノイズ。

 

 彼らのシステムで搭載されている通信端末によるものだ。

 相手は……爪先の……出たくもないが、体感僅か数瞬で済むであろうということと、目の前の探偵が弾倉を入れ替えてるのを考慮して通信を許可。

 

 

 

 どうした?

<ようやく、繋がったか! 着信拒否されているのではないかと心配したぞ!?>

 ……用件を述べろ

<ああ、そうであったな。 ボルカスがやられた>

 …………。 それだけか?

<それだけ? とはいってもターゲットがまだ─────>

 私は忙しい。 切るぞ

 

 

 

 問答無用でラライアンは脳内通信を切ると、自身の置かれた状況を整理。

 ボルカスがやられたこと、任務失敗をして処罰保留中の”爪先”から連絡が来たということは少なくとも自身にとっても好ましくない状況ということである。

 下手をすれば、まだ仕留めきれていないことで上からの御咎めや下手をすれば降格すら有り得るのだ。

 

 

 ……もう手段は選べない。

 

 

 弾倉の装填を終え、動かない標的への射撃を再開しようとした御景は、ゆらりと上がるラライアンの雰囲気が変わったことに気付いた。

 

「”喉笛”の限定解除」

 

 その様子に呆気に取られた御景に危機感が走り、発砲はするも遅かった。

 モニタールームで見た時同様にラライアンの喉を覆う機械が開閉したと思えば、先程とは比にならない衝撃が全身を襲おう。

 どれほど飛ばされたかわからず、気付けば御景は床を転がっていた。

 銃も同じく吹き飛ばされ、背中に背負っていた荷物も何処かへ無くなっている。

 酷い耳鳴りと上手く動かない身体を必死に這いずり、銃の元へ向かいあと一歩の所で右腕を踏みつけられたのだ。

 喉も開閉したラライアンの足は御景の腕を踏みつけながら、銃を拾い上げる。

 耳鳴りで鈍くなった思考の中で、先程の衝撃と自身を縛っている力の正体に御景は気付いた。

 

 音だ。

 

 現在、不可視の力によって苦しめられている探偵には為す術がなく、その瞼を閉じるだけだった。

 呆気ないものだと思うラライアンは銃口を御景の頭部へと向ける。

 

 指で引き金を引くだけで決着がつくのだと、安堵した彼の表情を飾る笑みは残念なことに口がないため表現できないが、その瞳が物語っていた。

 

 ラライアンは自身の中でカウントダウンを始めた。

 3。 これが終わればボルカスの後始末をしよう。

 2。 そして、雑用は爪先に当てよう。

 1。 それで自身は相棒のエイリーンと舞台でも見に行こう。

 0。 そこで異変が起こった。

 

 

 辺りは闇で包まれ、機械も止まり無音の世界が訪れた。

 普段なら、停電なのだと判断する思考は冷静ではなく、その為か一瞬だけ”喉笛”を維持する意識が途切れてしまったのだ。

 その一瞬の間にラライアンの耳と目は何かを捉える。

 暗闇で無音の世界で火花が散り、聞いたことも無いほどの爆音が聴覚器官を揺らがした。

 それが彼の意識が途切れた瞬間である。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ファイル、2‐9

 稼働していた機械も止まり、照明も落ちた漆黒の世界に荒い呼吸音だけが聞こえる。

 そう経たないうちに、光が再び工場内を照らした。

 そこに広がった光景は壁にもたれ掛かる御景と、首とその下が分断されたラライアンの姿である。

 探偵の左腕にはギプスが無くなり、代わりに腕輪のようなものと、ひしゃげた鉄杭が落ちていた。

 左腕がだらりと力なく垂れ、荒い呼吸で肩を揺らしながら御景は天井を見つめていると気配が近づいてくるのが感じ取る。

 反射的に右腕は銃を握ると、その気配へと銃口を向けていた。

「おいおい、ついにボケたのか? 俺だぜ?」

 現れたのは自称トレジャーハンターの男……ベネットだ。

「……遅かったな」

「うるせぇ、俺だって戦ってたんだよ! だいたい、俺が気を利かして電源を落としてきたんだからな」

 言われてみればベネットの顔は埃や泥で汚れて、衣服も所々破れたりしている。

「……はっ、そんな恰好でカメラの前を平然と通って来るもんだからな……てっきり化粧でもキメてるかと思ったよ」

 御景がモニターを破壊した本当の理由は、この男が来訪したのを隠す為であった。

 監視カメラを意識して避けて通るかと思いきや、その殆どを通って来た為に内心焦りまくったのはここだけの話である。

「へいへい、そうだな。 なんなら奴さんの血でもオイルでも塗ってくりゃよかったか?」

 そこで軽口を叩いていたベネットの口が止まる。

 その瞳には近場に倒れ、無残な刺客だったものが映り込んでいた。

「……お前がやったんだよな?」

 ベネットの問いに御景は顎をしゃくり傍らに落ちていた鉄杭などを指す。

「あん? なんだよこれ」

「以前に……似たような奴と戦う機会があってな……それ対策として作ってた秘密兵器だ」

 壁にもたれて立ち上がりながら御景は続けた。

「構造は単純で鉄杭を火薬で押し出す……早い話小型のパイルバンカーだよ……不意打ち狙う目にギプスで隠すってまでは良かったが、衝撃をモロに受けて左肩が外れたってとこだ」

 そうかい、と深く追及する気はない様子のベネット。

「ところで、お困りの私立探偵様の肩を治す手助けをしてやろうと思うんだが……どうだ?」

「……お前に任せて平気か?」

「もちろんです、プロですから」

 

 

 ベネットが御景の左肩の付け根などの位置を確認し、両手で掴む。

「行くぞ?」

「ちょっと、タンマ!? やっぱ、自分でやるわ!?」

 探偵の怯えた声に中年男は無視。

「大丈夫だ、リラックスしろ。 5秒待つ……4……」

 3。 と同時に一気に押し込まれた骨が鈍い音を立てる。

「─────────────っ!!??」

 左肩を抑えながら、のたうち回る御景は声にならない絶叫を上げる。

「おう、それだけ動けるなら大丈夫そうだな」

「お前は、数字すら忘れたのか?」

「あ? 脱力時のほうが上手く嵌まるんだよ、もう行けんだろ?」

 溜息のあとに御景は立ち上がり、左肩を旋回。

 問題は無いようで、右手、左手と持っていた銃を交互に構え直して動作を確認。

「それじゃあ、行くか」

 そう言ってベネットが差し出してきたのは、ラライアンの攻撃で吹き飛ばされた御景の荷物だ。

「こりゃどうも、トレジャーハンターよりワイの助手にならないか?」

「いいや、結構。 それよりお前が俺の手下になるんだな」

「クソ詰まらねえ冗談だな、センスないよお前」

「あぁん?」

 何故か定番になりつつあるやり取りをしながら通路を進もうとした瞬間。

 

 

「待 た れ よ ! !」

 

 工場内に響き渡るような大音量。

 振り向けば、照明を逆光に高所に立つ人影。

 そして、人影は二人の視線を確認すると。

「とう!」

 と声を出して飛び降りた。

 その人物は目深く羽根の付いた帽子を被り、古き西洋文化を彷彿させるような格好で見を包み、それには似合わない機械仕掛けの無骨なブーツを履いた”騎士”であった。

「我が名は爪先のサァ───ッ!!」

 パン、と乾いた銃声は騎士の眉間を撃ち抜くと騎士は倒れる。

 相手の名乗り途中で御景は躊躇いなく、引き金を引いていた。

「まあ、当然だな」

 ベネットもプロだ。 明らかに敵の前で隙を見せて撃つなというのが可笑しいのだ。

「……ダァ……ナァァァンッ!!」

 再び名乗りを上げて、跳ね起きるこの存在にはきっとそんなことは通じないだろうと二人は察した。

 ベネットはある種の恐怖。

 御景の方は明らかにゲンナリしていた。

「貴公らぁ! 名乗りの途中で攻撃するなど無礼だろ! 失礼だろ!! あんまりだろ!!!」

 装飾を施した帽子には見事に穴が開き、露わになった中性的な顔の額は赤くなっていた。

 痛かったのか、それともお気に入りの帽子がダメになったせいか若干涙目でもある。

「やっぱり、コイツらの頑強さは洒落にならんな……」

 ベネットも銃を構えて戦闘態勢。

 御景も荷物から愛用のショットガンを取り出す。

 その様子を見て、サダナーンも流石に空気を察した。

「先程も言ったが、待たれよ。 私に貴公らと戦う意思はない」

「……関係ないな」

「ああ、俺たちは散々やられたんだからよぉ。 今更そんなこと信じられるかよ!」

 ふむ、顎に手を当て何かを考える刺客を見て、二人は顔を見合わせる。

「しかし、ほぼ万全な私と満身創痍な貴公ら二人……どちらが優勢かは明白と思うが?」

 挑発とも取れる言動だが、先程とは明らかに違う声音と雰囲気は事実を告げている者のものだ。

「そちらの探偵殿なら把握していると思われるがどうかな?」

「…………」

 御景の眼光は今にも引き金を引こうとする勢いだ。

「……それじゃあよ、何が望みなんだ?」

 それを遮るように御景の銃口を下げさせるベネット。

「話がわかる中年殿で助かる。 ボルカスをやっただけはあるな……。 私の願いはただ一つ……友であるラライアンの回収だけだ。 いや、テレビジョンで放送されていた勇者の変身ベルトと、JAPANESE、RYOKUTYAというものも所望する」

「おい、後ろの2つは消しとけ」

「そうか……残念だ」

 本当に残念そうな声音だ。

 御景は反射的に銃口を上げていたが、ベネットも同じく上げそうになっていたので責められないでいた。

「…………いいから早く、それを持って、消えろ」

「そうか! それは有り難い!!」

 絞り出すような御景の言葉に嬉しそうに返事をするサダナーン。

 早速とばかりに首と身体に分かれたラライアンへ近づく、騎士は運び方に悩んでいるようで、うんうん唸っていた。

 何故かわからないがことの顛末が気になる二人はそれを見守る。

「─────これだ」

 サダナーンが導き出した答えは、身体は右脚を掴んで引き摺り、首は髪を掴んで運ぶという……なんというか、こう……違うよなぁ? と二人は思った。

 流石にベネットが呼び止めた。

「おい、待てよ」

「どうした、中年殿」

「それ友達なんだよな?」

「そうだが?」

「さっきから身体の方思いっきり床に擦ってるぞ?」

「そうだが?」

「え、何も感じないのか?」

「え、何を感じるのだ? 快感か?」

「え、いや、友達の身体引きずって傷だらけにしてて、罪悪感とか感じないのか?」

「いや、私はそういうの勉強不足で……それに少し急いでいるし、抱えたらさっきから溢れてる変な液で服汚れそうだし……」

「お前ら本当に友達だったのか!?」

「ほら、『友達はボール』と云うではないか。 つまり、ボールを引きずることに何を抵抗する必要があるのだ?」

「……あっ、そっかぁ!」

「それじゃあ、私は本当に急いでいるので」

 

 それだけ言うとサダナーンは変わらず、ラライアンの身体を引き摺り、髪を引っ掴んで頭を運び出す。

 

 何故か、白目向いて口から涎が垂らして放心するベネット。

 その会話を聞いていて、正気度チェック入りそうな表情の御景はしばらくサダナーンを見送っていると。

 急に騎士が何かを思い出したかのようにこちらへ帰って来た。

 遂には引き摺るのも面倒になったのか身体は放置して、首だけブンブン振り回して走ってくる様はスプラッターホラーである。

「あー、一つ質問したかったのだがいいか?」

「……」

「……」

「貴公らは”押すな”と書かれた赤いボタンが暗闇で光っていたら押してしまうよな? 私は押したぞ! それだけだ」

 回れ右で来た道を変える騎士の後姿は造形の整った肉体や、その顔などが揃えば確かに様になるが、髪が引き千切れんばかりに振り回して、凄い勢いで身体を引きずる姿が全てを台無しにしているような気がした二人組は……なにか引っかかっていた。

 はっ! と我に返ったベネットが叫ぶ。

「質問答えてねえぇよ!?」

「そっちじゃねえよ!」

 そう、もっとなにか重要なこと……。

 

 その時、けたましい警告音とアナウンスが鳴り響く。

 

<施設内のスタッフに告げます。 自爆スイッチが正式に承認されました─────これは訓練ではありません─────繰り返します…………>

 

「あー、そうそうこんな感じ」

「押すなの赤いボタンなんて、これがベタだよなぁ……」

「…………」 

「……………」

 

 

 

 

 

「逃げろぉオオオおお!!」

「おい、証拠とかそういうのはどうすんだ!?」

「命あっての物種だ!!」

「クソッタレめ!! 今度会ったら容赦しねえ! 野郎ぶっ殺してやるうぅううう!?」

 

 怒声。 

 悲鳴。

 とにかく叫んで、火が噴き、爆発する施設を走りまくる二人の運命はどうなるのか……。

 

 

「もう、廃工場なんてコリゴリだぁああああああ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  完……?

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ファイル、2-10

 終わりと言ったな
 あれは、嘘だ。



 これは始まりに過ぎない。


「おぉい、探偵さんよぉ」

 隣のベネットが脱力感に満ちた声で御景へ呼びかける。

「何だ、ワイは今忙しいんだ」

 ベッドに腰掛ける御景はペンを口に咥えながら、片手のクロスワードパズルを解いていた。

 残り二文字といったところで言葉が思いつかないのだ。

「なぁんで、俺たちってこんなところにいるんだったか?」

 暴れるせいか職員に麻酔を打ちこまれ思考が鈍くなった中年の問いに、御景は対応。

「あの後、ワイらはなんとか廃工場の外へ出ることには成功したが……まあ、事情聴取やら色々あって現在は検査入院と名目で拘束されているんだよ」

「あ? ポリ公にか?」

「ちげえよ、そもそも普通だったらワイら留置場で有罪判決待ちだよ。 おまけに滞納分の家賃も払えそうになくて、住む場所もなくなりそうだってのによ」

 それはそうだ。 廃工場とは私有地に不法侵入、加えて爆発事件が起こったのだ。

 荒れ果てた区画でも流石にお騒がせ過ぎる。

「…………じゃあ、誰が俺たちをここに縛り付けているんだ?」

「そりゃ、あれだ。 ロッ────」

 その時、ドアノックと共に。 まさに同時に人影が侵入してきた。

「はーい! 元気かい、僕だよロックカンパニーの現社長、狂咲……ジョージ!!」

 ハイテンションで叫ぶ彼を無視する御景と麻酔で意識が朦朧としているベネットの反応は皆無。

 そして、彼の後ろでわざとらしく咳払いをする女性の看護師。

「あ、ごめんなさい」

 しゅんと項垂れる定二に呆れたような溜息をして、彼女は別室へ向かってしまった。

 ドアが閉じると、肩を竦めてそれを誤魔化すように若社長はベッド近くのソファに腰掛ける。

「おいおい、大企業のトップがそんなことしてていいのか?」

 手元のクロスワードから視線を上げた御景の質問に、定二はキョトンとした表情を浮かべた。

 すぐさま、察して答えを紡ぐ。

「僕はこの町で誰よりも”変革”を求める自覚はあるけど、それでも自身に非がある場合は素直に謝るし、常識というかマナーは守るつもりだよ……ははは、少なくとも”人”相手にはさ」

 笑いながらも彼の目は笑っていない。

 御景はそれを生返事で返して再び手元へ視線を戻した。

「さっきの人は、なんというか……僕にとっては母親代わりのような人で……いや、君にはこの話をしてもしょうがないね」

「……早く本題へ移れ」

 すっぱり切り捨てるような発言の探偵に気にした様子なく、若き社長は続けた。

「君たちに課した仕事の進展、若しくは結果を聞きに来たんだよ」

 その言葉に御景は息を吐く。

 隣を見ればベネットは既に夢の世界に旅立って────いないと探偵は経験から判断。

 しかし、現在の状況を察すればこの中年を起こすだけ無駄だろうと判断し、御景は話し出した。

「まずは仕事の件で確認したいんだが、この報告が納得に行くものだった場合はどうなるんだ?」

 定二はうーん、と腕を組んで考える。

 そして、出た答えは────

「報酬は出そう。 そして、君たちの罪状も帳消しにするように取り入ろう」

 ただし───と一拍置いて、彼の口元が三日月に歪む。

「もし、満足いかないようなものだったら……わ か る よ ね?」

 対して、御景は涼しそうにそれを受け止める。

「そう脅かさないでくれるな、アンタだってわざわざ俺たちに監視を用意するくらいだ。 ワイらが……ワイが何かを掴んでるくらいは御見通しなんだろ?」

「ははは、何のことか僕わからないや!」

 白々しい定二はケラケラと笑う。

「まあいいさ。 ワイの情報を纏めると、だ」

 クロスワードパズルとペンを置くと、探偵は自身の集めた情報を脳内で繋ぎ合わせていく。

「アンタが探してるキャッツアイだが──────」

「狂気の」

「え?」

「”狂気”のキャッツアイ」

 間が開くと、探偵はコホンと咳払い。

「あー、”狂気”の! キャッツアイだが……違和感を感じたのは、ベネットやワイに気を取られてコレクションを盗まれたってところだ」

「それは最初に言ったように人員を割いていたからさ」

「いや、それは違うな。 あの派遣されていた警備員たちは銀行に所属された人員とは違い、本社から呼ばれている者だ。 少なくともあの襲撃が起こるまではいつもと同様で面子は変わっていなかった……職員に顔を覚えられる程度には……」

「OK。 それじゃあ、犯人の目星はついたのかい?」

「ああ。 恐らく、襲撃者と黒幕は別だろう」

「うんうん、それで?」

 頷きながら、顎を摩る定二に御景は話を続ける。

「それでまた疑問に思ったことなんだが、アンタがワイに見せたカメラの映像についてだ」

「あー、あれね。 上手く撮れていたようで助かったよ、他のは全部データ飛んでたみたいだし」

「そこだよ」

 ん? と首を傾げる若社長へ切り出す。

「あのカメラは映してる映像を随時本社に送信しているはずだ。 防犯も兼ねた監視カメラって感じでだな。 その記録された映像にアクセスできる人間も一握りのはず。 それなのに残っているのは僅か一台分の映像だけだったのかって」

 支店長のカメラへの怯え方で探偵はピンと来たのだ。

「……そりゃあ、相手に凄腕のハッカーがいるんだろうさ」

「それはいい。 ただ、ワイが言いたいのは何故そこまで出来るのにあの映像だけ残したかってことだ。 それもワザと実行犯を特定させるようにか?」

「黒幕は犯人像をこちらに植え付ける為に残したってことかい?」

 御景は黙って頷き、懐からココアシガレットを取り出す。

「……おーけー。 それじゃあ、黒幕は誰で、コレクションはどこにあるんだい?」

 探偵は咥えた砂糖菓子を噛み砕いて、嚥下。

「……お前だろ」

「え、なんのことだい?」

「犯人と、コレクションを所持しているのだよ」

 定二の目が見開かれるのを見て、御景は続ける。

「下手な芝居はやめろ。 そもそもだ……お前みたいな奴が”他人”に自分のものを任せるわけねえだろう」

「証拠はあるのかい?」

 無表情の問いに御景は落ち着いて答える。

「これはワイが信用する情報筋からだが……少し前にあの銀行から何かが運び出されたみたいだな」

「それじゃ証拠不十分じゃないかな?」

「そうだよな、それで他に何かないか嗅ぎまわって探してたんだが……何もなかったそうだ」

 フッと鼻で笑うと、定二はソファーに全身を預ける。

「それじゃあ、流石にね……なにもないってことで僕が疑われるんじゃ……」

「だからこそだろ」

 は? と声を漏らす若社長を無視して、御景は再びココアシガレットを口へ運ぶ。

「そもそも他の破損したカメラはあの時刻より前に録画が止まってたんだよ……強制的じゃなく、任意的な操作でだ。 驚くべきことにハッキングされた形跡もない真っ白。 それほどのアクセス権限持っている人物は少ないだろうし、聞けばあの銀行はお前が社長就任する前から管理任されたそうじゃないか……色々と小細工もしやすかっただろう?」

 そこまで言い終わると、それを聞かされた本人は今までの言葉を吟味するように瞼を閉じ、腕を組んでいた。

 どれくらいの間が開いたのだろう……。 静まった病室には空調の駆動音と、ベネットの鼾が響く。

 最初に沈黙を破ったのは定二の溜息だった。

「なるほどね! 確かに色々と荒が多かったのは認めざる得なかったね……うんうん、おおむねは合っているし、合格でいいよ」

 ニコニコと笑うのはいつも見せてくる軽い笑顔。

「それで襲撃者はお前が雇った役者か?」

「いや、それは本物」

 御景の軽い冗談を真顔で返られ、思わず拍子で砕けた駄菓子が気管に入る。

 盛大に咽る探偵を他所に定二は話を続けた。

「その日、そこを襲撃するって情報が入ったからゲームに利用しようと思ってね。 いやぁ、こっちもプロは用意してたんだけど、まさかこうもあっさりとは本当に困るよ」

 要は人の命を駒として利用したという告白。

 それも大した理由もなく。

「それじゃあ、君たちにご褒美として口座にいくらか振り込んでおくよ。 あ、それとは別にあの大家さんには滞納分の家賃は払っておいたからね……僕って太っ腹!」

 反応しようにもベネットは眠り、咳き込む御景はそれどころではない。

「そ・れ・と! 襲撃者の方は僕の方でケリは着けるつもりだからね。 ほら、泥塗られたままは終われないでしょ?」

 黒い笑みと笑っていない目を浮かべるが、それを話している相手が本格的にヤバいことに反応してあげて欲しい。

「ああ、そうだ! 君たちうちの専属探偵にでもならないかい? ロックカンパニーがスポンサーになって君たちに出資してあげるし、新しくて広い好条件な事務所だって用意するしさ! どうだい?」

 

 

 

 要約、『僕と契約しておもちゃになってよ!』

 

 

 探偵は自身の喉やら胸を殴りつけ、なんと破片を吐き出して事なきを得た。

「それで、どうするの?」

 お前は何を見ていたんだ? とばかりに睨みつけるも効果がないと判断した御景はその選択に答えることにした。

 そんなもの答えは決まっている。

 

 

 それは───────。

 

 

 

 

 

 

 

 第一部。 設立編 完 

 




 一体、何が始まるんです?



 大惨事 事務所活動編だ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ファイル?、 BIG5 

 薄暗い部屋。

 窓もなく、出入り口も扉一つだけの空間で、天井の垂らされた一つの電球が揺れていた。

 その下には黒く反射する円卓とそれを囲む人影らを切り取る。

 一人はニコニコと笑顔を貼りつかせて席に着く青年、狂咲(くるいさき)定二(じょうじ)

 その傍らには彼の秘書、BBが立っていた。

 定二の右隣には、ヘッドホンを首にぶら下げ、サイズの合っていない服をだらしなく着たクオーレ=ビャンコフが座っている。

 指先だけ覗かせる丈の長い袖を揺らして、目の前に置かれている杯を持ち上げた。

 口元に運んだ紅茶を嚥下させると、クオーレの視線は眼鏡越しに右隣へ向けられる。

 車椅子に座る老人と近くに控える少女が見えた。

 11議席、第4席に位置する、U=2とその侍女だ。

 最後に視線が送られていくのは老人の右隣で、定二の左隣になる人物。

 それはそもそもが人間と言っても良いともわからない気配を纏う黒い”影”。

 漆黒の全身の顔に位置する部分には、何もない白い菱形が嵌められていた。

 その影にも当然名前は存在した。

 知っている者はそれを"プリーズ・ジング"と呼んでいる。

 ぐるりと白い面が円卓を見渡した。

「それではメンバーも揃ったようなので始めるが構わないか?」

 男とも女ともとれない奇妙な声が室内に木霊する。

 合意の頷きを見せた定二の隣で、クオーレが挙手。

「どうした、3rd」

 挙がっていた左腕がそのまま下ろされ、指先は右を向いていた。

「どうして部外者がこの場にいるのですか?」

 クオーレの言葉には敵意に似たものが含まれていた。

「……4thからの要望により、問題ないと判断したので私が許可を出した」

 ジングがそう言うと、ぺこりと侍女が頭を下げる。

 何か言いたげなクオーレに対し、定二がケラケラと笑いながら声を掛けた。 

「まあ、いいんじゃない? 何かあれば四番さんの責任なんだしさ」

 それに────。

 青年の唇が言葉を紡ぐ。

「君も連れてくればいいじゃないか。 心許せる人物を、さ」

 それを言うとクオーレの絶対零度の瞳と、定二の笑っていない目がぶつかる。

「悪いがそこまでにしてくれないか」

 不気味な声音が二人を威圧。

「ははは! いやぁ、ごめんごめん! 緊張しちゃってさぁ!」

 定二の乾いた笑い声を無視して、クオーレは眼鏡の位置を戻した。

 それらのやり取りを見ていたBBの顔にはどう表現したものかと、苦笑いが浮かんでいる。

 対して、その向かいに座る老人はいつもと変わらない幽鬼のような顔を浮かべていた。

「それでは改めて、【BIG5】の会合を始める」

 

 

 

 

 

 大まかな話し合いも終わりだした頃だ。

「そう言えば最近、例の”探偵”に近づいているそうですね」

 クオーレの言葉は誰に言ったのかは分からない。

「……さぁあ、誰のことでしょうねぇ」

 ワザとらしく口笛を吹く定二。

「風の噂なのですが、彼を議席に座らせたいとか」

 その先を引継いだのは、老人の言葉を代弁する侍女の言葉。

「……本人が乗り気ならそれも考えた、が」

 ジングは空中で小さく指を回して、円を形成。

 回転を止めて渦巻いた黒い軌跡は、やがて消えた。

「謹んで辞退する、とのことだ」

「あらら、振られたちゃったのね」

 定二が残念そうに言うと、クオーレが鼻で笑う。

「貴方も、色々とアプローチ掛けてたみたいだけど外したものね」

「…………ホント、君っていい性格してるよね」

「社長!」

 後ろで控えていたBBの声に青年は浮き上がりそうな腰を下ろした。

「それと6thからの報告だが、つい先日に5thと────元5thと遭遇したらしい」

「元……っていうと、御手洗(みたらい)さんでいいのかな?」

「ああ。 何でも別件で出くわしたようだ」

 部屋には沈黙が流れた。

「僕が言うのも何だけど、彼って結構用心深いタイプだったよね? それがバッタリって嘘臭くないかい?」

「それでも、報告をしてきた以上無視も出来ませんものね」

「その通りだ。 クオーレに聞き出して欲しいところだが、私に伝えてきたということはそれなりのリスクと覚悟があったはずだ」

「信頼関係バッチリ! 1stを相手に選ぶとは兎さんってわかってるね」

 その言葉に3rdが静かに頷く。

「……その意味は後日ゆっくり聞くとして……先日取り逃がした怪人”首なしライダー”、”狐狩り”なるものらの情報も探すように、各々(おのおの)の組織での連絡を頼む」

「それで結局、”辻斬り”は?」

「どうやら、あれは人ならぬ。 怪人違いだったようだ」

「なるほどねえ……僕だけじゃなく、9thたちも町から引き離してからの戦闘ねえ。 そりゃあ、筒抜けにもなるよねえ」

 定二は溜息混じりに背伸びをした。

 クオーレの浮かべる表情にも重いものがある。

 U=2は相変わらずだが、心なしか顔色に青みが増したように見えた。

 そして、プリーズ・ジングは事実を吐き出す。

 

 

 

「ああ、元11議席メンバー。 第五席【御手洗(みたらい) 手拭(てぬぐい)】は我々を裏切り、怪人たちと繋がっていた」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二部 活動編
ファイル番外:私の職場


これから二部:事務所活動編へと移ります。

よろしくお願いします。

設立編終了から、時間は経過しています。


 最近の俺の朝は早い。

 いや、親っさんの所で下宿してた頃も早かったけど、最近はよく眠れないのだ。

 なんというか、朝が来るのが早いと感じてしまう。

 欠伸を噛み殺して、着替えを終わらせるとキッチンへ向かい、簡単な朝食の準備を行う。

 トースターで食パンを焼きながら、フライパンで卵を焼いていく。

 程よく焼けた目玉焼きを、茶色に焦げ目がついた食パンに乗せる。

 それを皿に盛りつけ、コップに注いだ牛乳と共に机へ置く。

 我ながら手抜き満載の食事に苦笑しながら、テレビを点けるとニュースが流れていた。

 内容は、最近起こっている怪奇事件に関するものだ。

「…………」

 特に代わり映えのしないそれを聞き流しながら、食パンを齧る。

 そういえば、この間の仕事ってどうなったんだ?

 俺は脳内で先日のやり取り回想をしながら、食事を終わらせた。

 

 

 

 

 出勤する為に部屋を出て、少し気温が寒くなってと実感。

 季節は秋を迎えようとしていた。

 もう少し厚着がよかったか? いや、それでも午後からは暑くなるだろうしな……。

 朝のヒンヤリとした空気の中、俺は職場へ向かう。

 職場はここから歩いて、20分程で軽い食後の運動と思い、今日は歩くことにした。

 辺りは住宅街ということもあり、朝は学生なんかの通学路とも重なる。

 信号待ちの時に対面の歩道を歩く、女子小学生が目に映った。

 彼女は小学校高等部でその綺麗な黒髪と、日本人には異質に映える青い目をしている。

 そんな俺の視線に気づいたのか、笑いながらこちらに手を振って来たので振り返しておく。

 そのまま彼女は学友であろう少女たち共に道を歩いて行った。

 信号も青に変わり、俺は歩道を渡っていく……。

 

 

 

 

 

 あと、少しで職場に着くというところで子供の泣き声が聞こえた。

 そちらを見れば、少年の持っていた風船が木に引っかかってしまったようだ。

 母親は代わりの風船を買ってあげると提案しているようだが、子供は頑なにあの風船がいいと泣いているようだった。

 何でも、今日オープンした店の店頭先で貰ったようなのだが、子供がひっきりなしに「殺される! 風船を無くしたら殺される!」と叫んでる辺りただ事ではないと感じた。

 木を見て登れないこともないと判断。

 親子に声を掛けようとした時に、一陣の風が通り過ぎる。

 その時には、上下青ジャージを着た女性が跳んでいた。

 おおよそ、4、5メートルはあろう高さにある枝に引っかかった風船を難なく掴むと、それを少年へ手渡す。

 先程までジョギングをしていたのか、その整った顔には汗を浮かべ、長い白銀の髪は一本に結われている。

「ははは、泣くな、少年! これで殺されることはないのだろう!!」

 辺りに響かせるように演技がかった物言いをする人物は俺が知っている中で一人しかいなかった。

「私が誰かって? 通りすがりの真田さんだ! 真実の真に、田んぼの田で、真田だ!」

 少し引き気味の親子の前で高笑いをする彼女に見つからないように俺はその場を後にする。

 

 

 

「ジョッシュか、おはようさん」

 職場に付いて声を掛けてきたのは職員の一、獣月六調さんだ。

 全体的な白髪に揉み上げ辺りは黒色の髪で染まっており、着ている半袖は白地に黒の稲妻が走っているような服装だ。

「おはようございます、先生たちはいらっしゃらいないんですか?」

 事務所内を見渡して、他には誰にもいないことを指摘。

「あぁ、ミ―ちゃんたちは裏手で組手でもやってんじゃない? 変なところでマメだよなぁ」

 そう言いながら彼は呑気にソファーに寝ころびながら、手塚治虫のどろろを読んでいる。

「あぁ、そう言えば真田さんと、メルティちゃんとも会いましたよ」

「雅と会うとはツイてねえが、メルティで相殺か」

 そう雑談をしながら、持ってきた荷物を適当に置いて、俺は取りあえず、掃除から取り掛かることにした。

 

 

 

 しばらくすると、事務所のドアが開く音。

「ぬわぁあああん、疲れたもぉん!」

 そう言って、入って来たのは先程見かけた女性……真田雅さんだ。

「おお! おはよう助手殿! 早速だが麦酒は冷えてるか?」

「冷えてても飲んだらダメですよ?」

「??? 当然だろ? 私は適度に冷えている麦茶のホットを所望する!!」

「……はいはい」

 俺は可能な限り要望に近いものを用意する。

「いや、毎回思うけどよ、お前って結局その注文治せないのか? お蔭でお前と外食する度に店員から睨まれるし、ムッコロスフェイスされるんだけど?」

 獣月さんの指摘に首を傾げる真田さん。

「何故だ? 私は要望をしているだけだが?」

 本当に不思議そうに言うものだから、獣月さんも何かを察したようだ。

「はい、これでいいですか?」

 正直、適当に用意した麦茶だが、彼女はそれを美味しそうに飲む。

「うん、美味い! 流石だ助手殿! 可能なら私の伴侶にでもしたいくらいだぞ!」

 麦茶くらいで美人にそう言ってもらえると、悪い気はしない。

「騙されるなよジョッシュ。 そいつそういうこと平気で言うからな。 てか、下手するとセクハラだぞ」

「むむむ、聞き捨てならんな。 私がいつそんなセクシャルハラスメントを働いた?」

「無神経に下ネタ発言したせいでこの間の茶の間凍らせた奴がなに言ってんだか」

 ……そうだった、この人見た目と中身が半比例していたことを思い出した。

「そんなことあったか? なぁ、助手殿?」

「とりあえず、シャワーで汗でも流してきたらどうです?」

 助け船は無視することにした。

「そうだな、少々気持ち悪かったところだ。 お言葉に甘えて使わせてもらおう!」

 そう言って彼女はその場を後にする。

 ため息混じりに掃除を再開しようとすると、視線に気づく。

「獣月さん、どうかしました?」

「いや、お前も成長してんだなって」

「はい?」

 それ以上は何も言わず、彼はまた読書に戻る。

 その言葉の意味を自分の中で探してみるも、見つからなかった。

 

 

「あれはやはり俺の方が上だった」

「なんだまだ起ききれてねえのか? あれはワイの勝ちだ」

 再び、事務所の戸が開かれると、喧嘩をしながら二人組の男が入って来た。

「あ、先生、ベネットさん! おはようございます!」

 青年は御景さん、中年男性はベネットさんで二人でこの事務所を営んでいる。

「おい、助手聞いてくれよ! コイツ負けを認めねえんだ!」

「はっ! テメエの泣き言なんて聞かせる必要ねえだろ」

「なんだと!?」

 二人が取っ組み合いになりそうになる。

「おいおい、んなことより二人ともシャワーでも浴びて頭冷やせよ」

 獣月さんの言葉で二人はしょうがねえな、と一旦離れる。

 次にどちらが先に入るか、ジャンケンを始める辺りを見て本当は仲良いんじゃないかなって思う。

「っしゃぁあ!」

 どうやらベネットさんが勝ったみたいで、喜ぶ彼と舌打ちする御景さん。

「んじゃ、俺はプロだからな、お先に失礼するぜ探偵様よ」

「うっせぇな、早く行け! つか、プロってなんのだよ!?」

 あれ、っていうか今って確か……。

 次の瞬間、ベネットさんが脱衣所を仕切る扉ごと吹き飛ばされてきた。

 同時に御景さんも巻き込んで二人は壁に激突する。

「あらら、こりゃラッキースケベとならず、か」

 対して、反応も薄く漫画読み続ける獣月さんはきっと確信犯だろう。

「ふむ、叫ぶ暇がなかったがこれが王道の展開なのだろう?」

 バスタオルを巻いて出てきた真田さんは一人うんうんと納得する。

 俺はそういう知識はないが、少なくとも風呂場で出くわして壁に激突する勢いで蹴る人はそういないと思う。

 少なくとも白目向いて倒れる二人と、吹き飛んだ扉を見て俺は仕事が増えたと肩を落とした。

 

 

 

 

「お前なぁ! どこをどうしたら、あんな勢いで蹴るんだよ! 死ぬよ、なぁ俺らじゃない人だったら死んでたぞ?」

 目を覚まして汗を流した二人の説教を真田さんは聞き流す。

「てか、ビィ! お前もお前だ。 どうして、コイツ入ってるの知っててあの提案したよ!?」

 ビィ……二人は獣月さんをそう呼ぶ傾向がある。

「さぁな、少なくとも俺は提案しただけだぜ? 確認しないお前らも悪いだろ」

「そうだよ」

 それに便乗するような発言の真田さん。

「ってか、ベネットいいのか?」

「あん? 何がだよ?」

「お前、事故でも女の覗きしたことになるだろ? それをあの子が聞いたらどうなる?」

 あの子……ベネットさんには実は娘さんがいる。

「ははは、流石にコイツがそんな脅しに乗るわけ───」

 御景さんが笑いながら隣を見ると、ベネットさんは土下座をしていた。

「真田さん、いえ、真田様! すいませんでした!!」

 そう、強面なこの人も弱みはあるのだ。

「ははは、よいよい! それより少し火照った身体には冷たく適温の牛乳が欲しくなるなぁ」

 ははぁ! とキッチンへ走るベネットさんは急いで準備をする。

 先程まで立場が逆転である。

「ん? 探偵殿は何もしないのか?」

「いや、ワイは何も見てないし、むしろ被害者な」

「そうであったか、なら、ここで見るか?」

 遠慮する、と懐からココアシガレットを取り出すも中身が残り少ないことに気付いたようで、一本咥えるとくしゃりと箱を潰す。

「しゃあない……買い出し行くか」

「じゃあ、俺も行きますよ」

 俺は御景さんに同行を志願。

「お、じゃあポテチ買って来てくれよ」

「私は午後の紅茶だ」

「俺はアイス饅頭だ、抹茶な」

 各々が要望を言いだすのを見て苦笑。

「あのなぁ、一応ワイはここの所長なんだが?」

「うっせ、なら給料をもう少し寄こせ」

 ソファーから顔を出した獣月さんの言葉に、反応に困る御景さんはそれ以上は言わず、事務所を後にした。

 

 

「はあ、ワイの選択は間違えてたのか?」

 階段を降りながららしくない愚痴をこぼす御景さん。

「いや、そんなことはないと思いますよ」

 俺の言葉は気休めかもしれないが本心でもある。

「あの時、ロックカンパニーとの契約を蹴らなければワイらはもう少し良い生活出来たんだがな」

「でも、それだと今の事務所もなかったんですよね」

「ああ、たぶんな」

「だったら、俺はその選択は間違いなんかじゃないと思いますよ?」

「…………そうか」

 彼はそういうと、俺より先を歩いた。

「お前、成長したな」

「え……ありがとう、ございます?」

 本日二回目の言葉に俺は困惑。

 嬉しい反面、疑問が頭を反復する。

「あ、ジョッシュさん!」

 思考の霧を晴らしたのは、聞き覚えある声。

 その姿は今朝見かけた小学生、メルティ=ジョーンズ……ベネットさんの娘さんだ。

「あれ、学校はどうしたんだい?」

「今日は昼前で下校なんですよ、なんでも最近の事件で職員会議があるって」

 なるほど、こんな所まで影響してるのか……

「それで、ジョッシュさんは今暇なんですか?」

「いや、俺は今先生と買い物で」

 ワザとらしく咳払いする御景さん。

「ああ、いらしたんですか探偵さん」

「ああ、いたぞ。 君のその狭い視野じゃ見れないようだがな」

「…………」

「…………」

 どういう訳か、二人はあまり仲が良くない。

「今なら事務所にみんないるから先に帰っててくれるかい?」

「え、お父さんいるんですか!?」

 もちろん、と伝えると踵を返して彼女は走り出した。

 一度こちらへ振り返ると、ぺこりとお辞儀をして、再び疾走。

 見た目は大人びても中身は年相応であるようで少し微笑ましく思えた。

「…………おとうさん、ね」

「本当に意外ですよ、ベネットさんが結婚なさってただなんて」

「……そうだな」

 

 

 それから買い出しを終え、事務所に戻るとどういう訳か勘違いをしたメルティちゃんとベネットさんで一悶着起きたらしい。

 依頼がない日でも何かが起きる……それがこの”ミカベネ”探偵事務所、俺の職場である。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ファイル番外:田舎にゴウ! in 燐火崇正

ルビを振ることを覚えた作者です。

感想などくれると嬉しいです!


 生い茂る草の"緑"と剥き出しの地面の"茶"に、"赤"が追加されるのを燐火 崇正(りんか たかまさ)は虚ろな()でみていた。

 視線を上げれば、空に舞うのは一本の腕。

 噴出する血飛沫から漂う濃厚な鉄の香りを肺に採り入れながら、彼はふと思った。

 なんで、自分はここにいるのだろう……。

 それでもまだ彼の瞳は空を映していた。

 

 

 

 

 

 

 時刻は昼過ぎ。 

 都市部から離れ、田園広がるのどかな田舎風景に佇む一件の武家屋敷。

 屋敷はコの字型の形状で中庭に設けられた池には鹿威(ししおど)しが規則正しく音を響かせている。

 その光景が見える縁側の廊下を歩く二人の人物。

 和服装束を着込んで、瞼を閉ざしている青年、燐火崇正。

 歩みと共に片手に握った杖を突く音が聞こえた。

 隣にはその場において異質に映る白衣を纏い、頭にはシルクハットを、顔には(くちばし)を強調した白い仮面を被った長身の人物、マスターc3(シーキューブ)が一歩一歩と廊下を進む度に床を軋ませる。

 その二人が歩みを止め、襖を開ければ既にその場所を指定した本人が待っていた。

 普段の車椅子ではなく、安楽椅子に腰掛ける老人、U=2。

 その傍らには紫色の髪を結い上げた少女と、感情を顔から削ぎ落としたような東洋人が立っていた。

 安楽椅子に座るU=2は旅館などで着るような浴衣姿で、両脇の二人は共に派手さのなく仕立てられたドレスとスーツを着ている。

 老人の唇が僅かに動くと少女が耳を近づけた。

「本日はお集まりいただきありがとうございます……と教祖様は仰られています」

 少女がそう言った視線の先に映る二人は、長机を挟むように用意されていた座布団へ腰を下ろした。

 帽子の位置を直すと、早速とばかりにマスターc3(シーキューブ)が切り出す。

「それで本日はどのような用件なのかね?」

 仮面の内から聞こえたのは、肉声ではない変換された電子音。

「ええ、その前にとりあえずお茶でも如何でしょうか?」

 少女の提案に燐火は緑茶。 マスターc3(シーキューブ)は遠慮すると、片手で制す。

 注文を承った東洋人が立ち去り、話は進む。

「ええ、教祖様が仰るには……本格的に教団へ入信へはご興味ないか? とのことです」

 U=2が教祖として管理している組織……夜母教団はツウィッタウンでも例を挙げる巨大組織であり、現在も勢力拡大中である。

 そんな直球の勧誘にその場は沈黙。

「……僕は遠慮しておきます」

「右に同じく」

 二人ともが誘いを断る。

 その回答は予想の範囲らしく老人は反応を示さない。

「……理由をお聞かせ願いますか?」

 耳打ちされた少女は老人の代わりに質問を行う。

 その疑問にまず電子音が答えた。

「単純に価値観の相違だよ。 我輩は人を愛すが、君たちのやり方にはそれを感じられない」

「あら、そうでしょうか?」

「人身売買、麻薬取引、食人行為、児童の拉致監禁、非人道的な薬物投与、黒魔術……etc. まあ、これらはまだいいが我輩としては人体改造はいただけない。 それも機械を取り付けるなんて無粋なものはね」

 人工的ながら、残念そうな声音が響く。

「……そう……ですか」

 独り頷く、マスターc3(シーキューブ)から視線は燐火へ移っていた。

 それを感じとったのか彼も答える。

「その前に……不躾なようで申し訳ないのですが、四番さんたち教団の目的とは一体何でしょうか?」

 少女の顔は何も示さず、横に座る主人の答えを介するだけであった。

 耳打ちで言葉を受け取り終わった少女は二人に向き直る。

「私たちの目的は────」

 その言葉を遮るように襖が開かれる。

 見れば、先程注文を取った男で、盆に載っているのは湯気の立っている湯呑と、グラスには薄紫色の液体が注がれており、中では気泡が揺れていた。

 男は燐火の前に湯呑を置き、少女へグラスを手渡した。

 そのドリンクを少女は老人へと飲ませていく。

「……なんだね、その珍妙な飲料物は?」

「葡萄ジュースと牛乳の炭酸割りです」

 杯を傾けながら、弾ける気泡の音と彼女の声が重なった。

 少女の回答に、マスターc3(シーキューブ)は無言になり、燐火は猫舌なのか息を吹きかけ冷ましている。

 時折、老人の()せるような声が聞こえた気がしたが、誰も気に留めなかった。

 

 

 

 

 

 老人がドリンクを飲み終えたくらいだろうか。

 男が何かを少女へ耳打ち。

 それを聞いた少女はU=2へ何かを囁いた後、老人から何かを聞き取る。

「申し訳ないのですが、教祖様は少しお休みになられるということなので、席を外させていただきます」

「ああ、構わないさ。 むしろ、ご老体は敬うべきだ」

 そう言ってマスターは机に肘をついて顎を組んだ両手の上に載せていた。

「ええ、構いませんよ」

 燐火もそう言ってくなったお茶を啜った。

 快く了解を得た後に男はU=2を抱える。

 座っていたから分かりずらかったが、老人はその枯れ木のような身体を伸ばせば恐らく190cmはありそうな長身であった。

 男たちは部屋を後にしたが……。

「君は……行かないのかね?」

 少女は二人にはついて行かず部屋に残っていた。

「あら、お邪魔だったかしら?」

「まさか! それにこれは我輩の予想だが、ご老体からの”言伝”(メッセージ)は預かっているのだろう?」

 その言葉に少女の視線が鋭くなったような気がしたが、それも一瞬で霧散した気配の為に真相は不明。

「それで先程の崇正様への回答ですが……私たちの目的はいずれ来るであろう日の為です」

「それは……現在、貴方たちが行っていることと関わりがあるのですか?」

「いえ、別段そういう訳ではないでしょう」

 少女の否定的な即答に燐火、マスターc3(シーキューブ)も呆気に取られた。

「正確に言うと……そうですね。 大いなる意思が目覚める間の余興と言うべきかしらね」

「なるほど、目的はあれど君たちは肥大化した組織を管理しきれていない、そういうことか?」

「それは少し違うと思いますよ11番さん」

 燐火は静かに意見を訂正。

「恐らく、本当に統率が出来ていないわけじゃない。 きっと、そこまで管理する必要性がないんだと思います」

「じゃあ、何かね……敢えて教団は放し飼いをしているとでもいうのかね」

「私たちもいつまでもそうする訳ではありません。 少なくとも”今”はこの状態でもいいのではと思っているのです」

 その言葉を聞いたマスターc3(シーキューブ)の、清潔さを表すような白い手袋を嵌めた右手が、宙を彷徨(さまよ)う。

「我輩も大概と思うが、貴殿らと話すと疲れるな」

 そう言って、右手の着地場所に落ち着いた仮面の嘴をなぞった。

「あら、自覚はあったのですね」

 クスリと笑う少女は上品に口元を抑える。

「ふふふ、君が彼のお気に入りでなければ我輩も存分に解剖が出来るというのに残念だ」

 顔は見えないが、隠しきれない感情の波を電子音で発声。

 そんな二人の様子を見て、燐火は一人お茶を啜る。

 今日も平和だな、と。

 

 

 しばらく、とりとめもない雑談を行った。

 そこでふと、マスターc3(シーキューブ)がこう切り出す。

「ところで、教祖殿は勧誘の為にこんな田舎へと我々を招待したのかね?」

 電子音の問いに少女は首を傾げる。

 その横顔には僅かに思考する表情が刻まれた。

「いえ、この辺りの村で祭りが行われるそうなので是非ご覧になってみては、とお誘いがありまして」

「ああ、それって確か【虫競(むしおい)祭り】でしたっけ?」

 燐火が答えると少女はコクリと頷く。

「なるほど、その誘いは非常にありがたいが、我輩の趣味ではないし、興味もない、くだらない。 と結論づけて謹んで辞退しよう」

「そうですか、教祖様には伝えておきます」

「ああ、そうしてくれたまえ」

 これは互いに無駄な感情が入っていない直球の会話(キャッチボール)

 興味がないものはない、と効率的なものだ。

 一方で……。

「それで崇正様は如何なさいますか?」

 少女の問いに彼は困ったように口を閉ざす。

 行きたくない訳でもないが、必要性も無い。

 興味がないわけでもないが、行きたい訳でもない。

 行動を決める天秤が揺れ動いていた。

 それにジッと見ている少女の視線を感じて尚更、唇が鈍くなり、舌が絡まる。

 一瞬だけ振り切ったNO(断る)という選択肢を告げようとした瞬間。

 電子音の声が遮った。

「いいじゃない。 君とご老体も宗教絡みの付き合いがあるやもしれんのならば、見てくればいい。 それに9th、きっと君に見えないものが映るかもしれないぞ」

 意味深めいた言葉を聞いて……というわけではないと思うが、燐火の中で答えは決まった。

「それじゃあ、お願いします」

 彼の天秤は他人で揺れ動く。

 

 

 

 

 

 

「あぁ。 そうだったね」

 所々、破れた自身の服に関してや目の前の状況を始めとした記憶などが一気に結合していくのがわかった。

 視界は空から地を這う”それ”に燐火崇正(9th)は近づく。

 先程回収した得物に付着した血液がテラテラと木漏れ日に反射し、鈍い光沢を見せた。

 得物は彼の立てた右人差し指で回っており、鋭い風切り音は静けさの中で確かにその存在を強調させる。

 それは片手ほどの大きさをした円形で、真ん中に穴の開いた金属製の円盤外周には刃が付いており、俗に言う戦輪(チャクラム)と呼ばれる投擲武器に似ていた。

 彼は何かを口ずさむ。

 決して上機嫌だからではない。 しかし、よくわからない旋律は鼻腔から排出される空気と共に構築されていった。

 損失した右腕の出血が大地に尾を描き、砕けた両脚を引き摺り”それ”は必死に這いずる。

 体格からして男だった。 しかし、明らかに人とは逸脱したそれは最早同情を必要とするものではない。

 何より先に襲われた自分には正当防衛であるのだと、彼の中で合理性を構築。

 追う側として走ることはないと、燐火の中で結論が出ていたが、知っているメロディーはもうすぐ終わると謎の焦りが生まれた。

 追跡の途中で大地に突き刺さっていたもう一つの得物を回収。

 細長い影は六角形の金棒で身の丈程あるそれを軽々しく左手で抜き、片手に持つ。

 逃走を続けるそれに遂に辿り着いた時には旋律は終わっていた。

 観念したのか燐火を見上げる者の顔には畏怖と、困惑。

「きき聞いてないい。 そそその目のことははは、ひひ瞳のことはははは!」

 紡がれた言葉の羅列は発声が上手くいかず、音声は二重に割れたものが流れた。

「……」

 その問いには答える必要はない、と珍しく彼の中で決定していた。

 嫌に響いていた風切り音が止まる。

 金属の輪は静止し、金棒が振り上げられ、鈍器の位置が頂点で止まると同時に振り下ろされた。

 その一撃は吸い込まれるように頭部へと向かう。

 直撃したそれは標的ごと大地を穿ち、クレーターを生み出した。

 そして、粉々にひしゃげた”それ”を確認することなく、燐火はその場を後にする。

 

 彼は一刻早く離れたかったかもしれない。 忘れたかったかもしれない。

 

 見てしまった。 見えてしまった。

 

 頭を潰す完全に無音の世界で燐火は”それ”の瞳を通して。

 

 固く閉ざされた淡い青色を灯した自身の左目を。

 

 再び、暗闇に覆われた世界を歩き出す彼の耳に独特ながら、規則正しい太鼓と鐘の音が聞こえてきた。

 

 

 

 

 

 祭りが始まったのだ。 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ファイル1、休日の在り方

誰にだって停まる場所が必要だ。

それが停滞であれ、休息であれ。

いずれ、オチツク場所があるのだから。


 平日の午後。

 ランチタイムも終わり人気も落ち着いた喫茶店『ラビッてゐ』にて、男が一人カップを傾けていた。

 中身の珈琲は既に温くなっており、火傷の心配もないと香りを楽しみながら優雅に一口含む。

 男は杯を置いて、羽織ったトレンチコートの襟を直す。

 本来は休みとしてあるが、本日は急遽仕事の依頼が入ったのだ。

 彼の仕事は”私立探偵”であり、この町『ツウィッタウン』ではいくつも同業者が事務所を並べていることで自然とその競争率が高い世界である。

 まあ、最もこの男のもとに来る依頼が”普通”であった試しは無かったのだが……。

 手元の携帯端末を見れば、予定の時刻よりもまだ早かった。

 焦ることはないと自身に言い聞かせながら、再びカップを持ち上げ珈琲を一口飲み込む。

 そして、視界の片隅でこちらを窺う店員の視線を無視。

 珈琲一杯でずっと居座る客に対して、怪訝な表情。

 男は見栄よりも金欠ということを自覚した現実的な選択をしていた。

「あの……先程電話した探偵事務所さんでよろしいでしょうか?」

 声の方へ視線をずらせば、一人の少女が立っていた。

「ええ、貴女が依頼主であるならね」

 その答えに満足したのか、彼女はそのまま目の前の席に座る。

「ええっと、ここに来てくださったということは依頼の件は───」

 早口で言葉を紡ぎ出そうとした女の声を、男が片手で制す。

「その前に何か注文なんてどうですか?」

 待っていましたとばかりに、ニコニコと笑う店員がやって来た。

「…………よく冷えた……お水を」

 女性の答えに、笑顔を貼りつけたままウェイトレスは厨房に引っ込んだ。

 それを確認した男が、苦笑いで話を再開させた。

「それでは折角ですし、簡単な自己紹介をしましょう。 私はミカベネ探偵事務所代表を務めている、御景です」

 慣れた営業スマイルを浮かべて、そのまま相手に促せる。

「私はつい最近この町にやって来た、【サイシャ】と申します」

 ぎこちない話し方は何か言いづらそうだった。

「それで依頼の件はどういった内容でしょうか? 通話では”助けてくれ”とありましたが」

「……」

 無言の間はまるで御景が詰問しているようにも見える。

 水を運んできた店員からは絶対零度の視線を受け流しながら、探偵はただ待った。

「……受けてくれるんですよね?」

 その問いの意味を脳内で反復。

「……ええ、まあ、そのつもりでここには来ていますが」

「お、お金ならあります!」

「……ですから、依頼内容の方をですね──」

 少女の目じりには涙が溜まっていた。

 御景は溜息を漏らし、とにかく話を進めることに専念する。

「では、こうしましょう。 受ける前提でお話は聞きますが、こちらに不都合がないことをはっきりと確認するまではこちらも首を縦に振るわけにもいきません。 ですから、サイシャさんもお話してください」

 あくまでも、下手で話を聞き出そうとする探偵。

 彼の思いが伝わったのか少女は注文した水をがぶ飲みすると、ようやく話し出した。

 

「実は、私……命を狙われているんです」

 

 経験上、ろくなことがないワードを聞いて前言撤回したくなった探偵であった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ファイル1‐2

 少女の話を聞いて御景はとりあえず、何故自分のような私立探偵を頼ったか理解した。

「なるほど。 命は狙われている……それは確かだが、何に狙われているのかは不明、と」

 空のカップを突っつきながら探偵は整理する。

「はい、事件が起きてからでないと警察などは相手をしてくれませんし……」

「無理もない。 それにこの町では例え事件が起こっても場合によっては揉み消されるだろうし」

 残酷だが、隠しようのない現実を突きつける。

「それで情報を集めようと嗅ぎ回ってはみたものの最近来たばかりでコネもアテもない。 そんな君は手当たり次第聞きまわったりしていたんじゃないか?」

 探偵は俯くサイシャの背景を推理。

「まあ、結果としてワイのような事務所に行きついた時点でお察しってところ……どうやって知ったのか差支えなければ教えてもらえるかな?」

 いつの間にか普段の口調に戻っていた御景の視線は改めて、少女を観察。

「……知らない、男の人に」

「具体的には?」

 口籠る少女は淡々と言葉を吐き出す。

「よく、わかりません……ただ、顔も肌も全身を衣服で隠していたというか……語尾も変な感じで、意識して伸ばすみたいな……変な話し方をしていました」

 話し終えてこちらを窺う視線と目が合う。

 その特徴だけを聞けば、怪しさ全開でしかない。

 だが……。

「ああ……。 恐らく、そいつはワイの知り合いだ」

 思い当たる人物の妙に間延びした声が脳内で反響。

「まあ、嘘みたいだがそいつの紹介ならある程度は信用できるし……」

 不安そうな少女の瞳。

 ここに来るまでに多くの事務所に断られたのは想像出来た。

 このツウィッタウンでは、一歩間違えば厄介事しかない。

 そんな環境で、正体不明な存在と争うことになるかもしれないなど、藪蛇にもほどがあるのだ。

 それにメリットが薄そうな子供の依頼を受けるはずもない。

 ……余程の物好きか、悪意にまみれた者でもない限り。

「それで、具体的に何をすればいいんだ?」

「……え?」

 サイシャの意外そうな声と表情に、御景は肩を竦めた。

「おいおい、依頼を受けて欲しかったんだろ」

「受けてくれるんですか?」

「……如愚侘(にょぐた)の紹介というのもあるが、個人的に興味も湧いたからね」

 少女の顔に笑顔が浮かぶ。

「あ、ありがとうございます!」

 嬉しそうに頭を下げるサイシャ。

「まあ、それとさっき言っていたが依頼料は払えるみたいだからというのもある。 ワイも慈善団体というわけじゃないし」

 その言葉を聞いて彼女は置いていたバッグから、一枚の紙切れを取り出した。

「これに必要な額を書いてください」

 躊躇いなく渡してきたそれは一枚の小切手だった。

「…………」

「どうかなさいましたか?」

 手渡された小切手と、ニコニコと笑う少女の顔を見比べて、胡散臭さが加速していった。

 

 とりあえず、ここの珈琲代くらいは書いておこう。

 そう思った御景は面倒な思考を脳の片隅に追いやった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ファイル1‐3

 日が傾いて間もない時刻。

 地下にあるバー”紅蓮獄”のカウンター席に腰掛けていた御景は透明の杯を傾ける。

 そのグラスの中で揺れる液体は不可解な色で染まり、気泡がプスプスと弾けていた。

「……相変わらず趣味が悪いな」

 その声に振り向けば、くたびれたシャツと脱いだ上着を肩に引っ掛けている青年。

 年齢の割に童顔だった表情には疲労が見え、眼鏡越しから見える目元の下にうっすらと隈が出来ていた。

「遅かったじゃないか、瀬内(せうち)先生」

 誰か確認するとまたも自分のドリンクを飲み出した御景に対して、青年───瀬内(せうち)夏影(なつかげ)はその隣に座る。

「アンタってあれか、この店しか知らないんじゃないのか? あ、いつもので」

「そう言いつつも、常連客アピールする上級テクニックとか笑えない」

「うるさい」

 運び込まれてきたのはグラスには氷が入った茶色い液体。

 夏影はそれを口内へと一気に流し込む。

 喉を隆起させ、嚥下させると満足気に息を吐き出した。

「…………」

 懐から煙草とライターを取り出す際に、御景の視線に気づいたようだ。

「どうした?」

「いやぁ、お前さんも大きくなったんだってな」

「……くだらねえ。 そういえば、最近メルティは元気か?」

 その返答に顎を摩って言葉を濁らせる探偵。

「まあ、元気じゃないかな。 少なくともワイに向かっては相変わらずに」

「……そうか」

「気になる?」

 今度は夏影が言葉を詰まらせた。

 チビチビとお代わりしたグラスを飲む。

「まあ、あれだ。 こうして聞くと瀬内先生がアイツの父親とも取れるね」

「…………その計算だと、俺がガキの時にメルティを仕込んだことになるんだが?」

「なるほど! だから、母親は自らの性犯罪が表に出ない為にも父親を言えなかったわけだな!」

「…………」

 互いが無言になる。

「……マジ?」

「んなわけないだろうが! それよりも用件も言え」

 夏影の突っ込みに満足していた御景の表情に変化。

「今日受けた依頼で少々気になったことがあって」

「……またキナ臭いの受けたのか?」

「まあ、成り行き。 下手すれば、【呼んではいけないモノ(ノットコールマン)】が関わってくるみたいだし」

「……あのくだらない都市伝説がか?」

「そそ、そのくだらない矛盾したノット”イコール”マンの話だ」

 そうか、と興味無さそうに装っているが青年の僅かに強張った表情筋が心情を物語っている。

「興味湧いたか、夏影?」

 ウンザリしたような声音で返す。

「”好奇心は猫をも殺す”と教えたのはアンタだったろ」

「そうだったか? 悪いな。 最近記憶力が悪くなる一方で」

 空になった杯をバーテンに掲げ、夏影の視線が水平に移動。

「その依頼……断れないのか?」

 肩を竦めた探偵は苦笑い。

「なあ、お前の事務所────瀬内探偵事務所には何故職員が多いかわかるか?」

 突然の質問に、青年の横顔に思考が巡る。

「爺ちゃん……先代に対しての信頼、恩義……とか?」

 その回答に首を捻った御景はグラスを掲げた。

 (だいだい)に濁った先は見えない。

「それもあるだろうが、古参は嫌味な副局長に付いて行ったから……もっと単純だろ」

 気泡の立つ中身を一気に飲み干し、御景は言い切った。

「お前の事務所は給料をキチンと支払い出来ているからだ」

「…………お前は出来ていないのか?」

 困惑した夏影の声に自信たっぷりと答えた。

「自慢じゃないが、不定期だ」

「早く畳め! そんなクソ事務所」

「おいおい、ワイはともかく職員を路頭に迷わせるのはちょっと……」

 鼻で笑う夏影は三杯目の酒杯を傾ける。

「そんなこと微塵も思ってない癖にな。 まあ……ジョッシュ君とメルティに関してはこちらで面倒見ないこともないが、他のは自分でなんとかするだろ」

「え、ワイは?」

「脳天ぶち抜くぞ」

 ははは、と笑う御景の手が青年の頭を撫でる。

「……俺はもう子供(ガキ)じゃねえぞ」

「オレからすればいつまでもガキみたいなもんだけどな」

 夏影は手を払いのけて、カウンターに置いていた煙草を咥えて火を灯す。

 吐き出した紫煙に言葉を絡ませた。

「うっせえ、師匠面すんな」

「はいはい、そうですね。 それにワイも断ろうにも前金貰ってるから無理なんだよね」

「そうかよ。 どうせアンタのことだ、普通に帰って来るんだろうな」

「そりゃあ、ワイにもやらないといけないことあるわけだしね。 それにこれからまた依頼主と会う予定と意外に多忙になってきたわけ」

 吸い終った煙草を灰皿に押し付けて、夏影はグラスの残りを(あお)った。

「まあ、なんかあったら任せろ」

 お代を置いてから御景が立ち上がる。

「期待している」

 そう言って彼は店を後にした。

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ファイル1‐4

 瀬内(せうち)夏影(なつかげ)と別れた御景が向かうのは依頼主……サイシャが泊まるビジネスホテルであった。

 古過ぎず、新し過ぎない。 加えて、少しの金を握らせれば面倒事でも目を瞑るような場所であるのが探偵が選んだポイントでもある。

 受付に立つ強面の男に御景が部屋の番号を告げると、男はニッコリと満面の笑みを浮かべて、領収書の紙切れを渡してきた。

 それは彼なりの営業スマイルであるとすぐに把握しても、元々の怖さが前面に出てきて逆効果で不気味さが増すだけであるが、それは結局乗り込んだエレベーターの扉が閉まるまでは、その笑みが御景に向けられたままであった。

 

「世の中って不公平だよな」

 

 そう、探偵は狭い空間で一人呟いた。

 

 

 

 そこは五階の一番北端の部屋で、非常階段やら逃走経路が取りやすい位置取りだ。

 ドアをノックすれば直ぐに開閉される。

「あ、来て下さったんですね」

 出迎えた少女は僅かに濡れた髪と肌をタオルで拭っていた。

「タイミングが悪かったかな」

「い、いえ、私も……その、せっかくだから綺麗にしておこうかな……なんて」

 照れるようにモジモジと顔を俯かせるサイシャは震えていた。

「……とりあえず、中に入れてもらえるかな」

「は、はい……寒くなりましたものね」

 御景が部屋に入ると、入浴で使ったと思われる洗髪剤や石鹸の甘い残り香が鼻孔を(くすぐ)る。

「ごめんなさい! すぐに片付けますね!」

 下着の上に軽く上着を羽織るような格好で室内を動き回る彼女を他所に、探偵は辺りを観察。

「あ、あんまりジロジロと見ないでくださいよぉ!」

 キャリーケースに広げていた荷物を押し込めながら、少女は主張。

「すまない。 職業病みたいなものでね」

 御景は近場の椅子に座り、懐からココアシガレットの箱を取り出して、一本口に咥えた。

 そのまま、少女が片づけを終えるまでのんびりと砂糖菓子を齧っていく。

 

 

「それで、依頼に関しての手掛かり……私を狙っているモノの正体は分かったんですか?」

 少女の瞳を受け止めた探偵が口を開く。

「まあ、普通の田舎から出てきた少女を付け狙いそうな奴らなら仮説というか候補ならいくらでもある。 怪しいカルト集団に、人間を捕まえては改造手術を施す奴ら、はたまた退屈しのぎ(おもちゃ)にしようとする奴ら……こんな感じにいくらでもね」

 サイシャの顔に悲痛な表情が浮かび上がる。

「そんな、それじゃあ……どうすれば」

 彼女の様子を見て御景は溜息を吐く。

 遠慮をした迂遠(うえん)なやり取りに嫌気が刺していたのだ。

 普段の口調に戻して、サイシャの正体を告げる。

「それで、機械人形がワイにわざわざ何のようだ?」

「……気付いていたんですか?」

 平坦な声音で少女が答える。

「しかし、私は一般少女の人格を完璧に模倣されてるはずだったのですが」

「お前は完璧すぎるんだよ」

 御景は懐から領収書を取り出した。

 折り畳まれた紙を広げ、署名の欄を見せる。

「どこの人間が、大きさも癖も一ミクロンすら変わらない文字を連続で書ける」

 書類の末尾には、機械印刷されたように正確無比な【サイシャ=クロフスキー】の文字が並んでいた。

「表情も少し大仰過ぎるしな」

 少女の表情には納得の色。

「完璧でも揺らぎを設定しても難しいようですね。 次からは改善に善処します」

 サイシャの顔から、不自然な感情が消えた。

 贔屓目(ひいきめ)に見れば、無表情な人間といったところだ。

 実は御景の発言は鎌を掛けたもので、情報屋に身元照会させて、引っかからないところを大雑把に予想しただけだがそれは言わないことにした。

「では、本題に入りますが私は命を狙われています」

否定をする必要もないので、相槌を打つ。

「まあ、そうだろうな。 それで、お前を狙う犯人とらやらの心当たりは本当にないのか?」

「ありません。 ですが、困ったことがあれば貴方を頼れと言われてました」

「誰にだ?」

 御景の瞳に興味の火が灯る。

「Dr.シスタゲットです」

微妙な間が空いて探偵は言葉を紡ぐ。

「……ドクターは元気か?」

「はい、とても元気です」

「……そうか」

 

 御景は再び、ココアシガレットを咥えた。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ファイル、??? 【夜会】

 その建物は明らかに古かった。

 壁には(ひび)が入り、蔦が絡まっている教会のような建造物だ。

 しかし、長い間放置されているわけでもないようで庭先には手を加えられており、管理は行き届いているようにも見える。

 古びた木製の扉を開ければ、石造りの空間が広がっており、長椅子が左右に十二列に並べられて配置されていた。

 中央には青紫の絨毯が最前列の先に配置された教壇まで続いており、その近くには古びた長方形の木箱が横たわっている。

 その背後を彩るステンドグラスに月光が差し込み、その装飾に描かれた女性の姿と、傍らにいる奇怪な生物を照らしていた。

 その講堂内には人影が二つ。

「良い加減にしてほしいものだな」

 心底ウンザリしたような男の声。

 その風貌は汚れ一つない純白な背広に、金髪の髪を靡かせている整った顔。 しかし、その右半分には醜く爛れた老人の面が填められており、腰には禍々しい鎖の束がぶら下がっていた。

「私も貴様らのようなやつらと顔を合わせるのはこれが最後であってほしいものだ」

 それを返す女の声は蛇蝎(だかつ)の如くに嫌うようなものであるが、その主は見当たらない。

「まったく”喧嘩する仲は畜生も腹を下す”とはよく言ったものであり、(それがし)も納得と疑問を浮かばずにはいられない」

 その人物は縦縞のスーツを着て、首から上は白い包帯に覆われ、その生地には不規則な六つの目が描かれていた。

「……君のその(ことわざ)は相変わらず下品だな」

「しかも間違えているぞ」

「なんと!? 先日、夜母(やぼ)様にお話してしまったいうのにか!?」

 一人その場で崩れ落ちるようにオイオイと泣き出す男、アイザック=スタンスターン。

「本当に馬鹿ばかりだな」

「それは君自身も入っていると思っていいのか?」

「殺すぞ、糞魔羅野郎」

 荒げた声の主は姿はないが、気配は確かに存在した。 

 青年がアイザックに近寄り、片膝をついて視線を落とす。

 片手を泣きわめく男の肩に置いて、優しく語り掛けた。

「……君こそ、いい加減泣き止め。 夜母(やも)様はそんなことは気になさらない。 あの方は大いなる野生の……我々の未来の希望なのだ」

「は? 何言ってんのか某よくわからないのですがそれは」

 キョトンとした声音のアイザックに、青年は続けて話す。

「いいかい、夜母(やも)様はこれより先の人類を導いてくれるお方なんだ。 そんな方が君みたいな下賤(げせん)なプランクトン風情の言葉なんて気にするわけなだろう?」

「あれ、慰めてもらうどころか、さり気無く(それがし)馬鹿にされてない? というかこの人頭大丈夫?」

「安心しろ、貴様も似たようなものだ」

 辛辣な女の声が講堂内で響いた。

 

 

そうしばらくして、残りのメンバーも集まり速やかに"夜会"が始まった。

「それで本日の議題だが……ん、どうした、”右小指”?」

 教壇の前に立ち、集まった者たちを青年──"右人差し指"の【アインツェフ】の視線は右最前列の椅子に座る少女を捉えている。

「いえ、あの"右薬指"さんの顔があらぬ方向を向いているのですが……」

 申し訳ないように小さく手を挙げていた彼女の視線を辿れば、左最前列に項垂れるような姿勢で腰掛けるアイザックの姿が映る。

 身体は正面を向いているが、目が描かれた顔の向きが天井を眺めていると不気味な状態であるが。

「…………」

「心配することはない。 どうせ、死んではないからな」

「はあ……」

 呆気に取れながらも少女は意識を会議に戻す。

「”右親指”……”沈黙の御人”は欠席か」

 アインツェフはその場に出席している自身を含めた、四人……正確には三人と一つを把握。

「まあ、彼は"右小指"が新規メンバーになって……いや、指輪が欠けているから正式ではないか……それでも就任式には出席しているから文句はないつもりだ」

「……私としてはこの夜会に無粋な姿で出席する君に不満があるのだが”右中指”?」

「おい、言葉には気を付けろ、”右人差し指”。 これは私にとっては正装なのだ」

 声の主は相変わらずに見当たらない。

 代わりに教壇近くに配置されていた長方形の木箱が壁に立てかけられていた。

「どこの世界に木箱に入ってくるものを正装と捉える文化があるのだ」

 そうこの場に集いし者……物。

 木箱の正体は"右中指"の【ラランフェイ】であった。

「我々、夜母(よぼ)の一派は貴様らのような者たちに素肌を見せるのは好まないの知っているだろうに。それにこれは棺だ。 ただの木箱などでは断じてない!」

「……戒律や認識の差でこうなるとは誰が予想しようか」

「……棺なんだ、あれ」

 ラランフェイが拾わない程度の音量で呟く二人。

 ゴホンと咳払いを一つして、アインツェフが続ける。

「それで本日の議題だが……今後の方針について、だ」

「いつも通りに各自派閥の傾向に則ったものではいけないのか?」

 ラランフェイの疑問を少女が首を横に振る。

「やはり、最近の怪人や別組織の動きも気になりますし、そろそろの動くべき時が来たということでしょう」

「鋭いな。 流石、古参派の夜母(よるのはは)の一派に選ばれた時期指徒(しと)というだけはある」

 アインツェフは淡々と言葉を紡ぎ、自身の意見を述べる。

「私個人としても、動くべき時が来たと思う。 "左手"の者共は随分前から派手にやってはいたこともあって、我々は比較的に穏便に済ませてきたが、教祖の号令が掛かるというこの時こそ我らが────」

「く、くく」

 笑い声、にも聞こえなくはない音。

 それは顔の向きが百八十度、反対へと向けられていたアイザックから聞こえていた。

「教……祖? 随分と、おかしいことを言う」

「……文句でもあるのか?」

 俯いていた影が立ち上がる。

 顔へ巻かれていた包帯の向きは歪んではいるが六つの目はアインツェフを捉えていた。

「我々は一体いつから、教祖"様"の命令で動くようになったのだ?」

「……少なくとも教団の発展に関しては功績者に他あるまい」

「そのせいか、訳も分からぬ俗物共が新たな派閥を作り、我らが神聖なる存在を穢す結果になっていたとしてもか?」

「おい、それくらいにしておけ。 少なくとも私たちに組織としての決定権はない。 所詮は”指”止まりだからな」

 ラランフェイの言葉でアイザックも口を閉ざした。

「今宵、参加していない”右親指”も恐らくは教祖の命で動いているのだろう」

「……どんな手を使ったかは知らんがやはり奴は糞蛞蝓以下の存在であることには違いない」

「まあ、あの馬鹿もこの組織に入っているだけあって色々と覚悟と考えはあるだろうさ」

「…………」

 教壇から身を離して、背後のステンドグラスを見上げるアインツェフ。

 揺れる鎖の音が寂しげに響いて、彼は片膝をついて両手を組んだ。

「どうか、大いなる夜母(やも)様……我々をお導きください」

 それに続くように各々が祈りを捧げる。

 

 

「そう……我々、指徒は夜母(やぼ)様にこそ忠誠を誓う存在。 断じて、狂信者に捧げる者ではない」

 アイザックの誓いと祈りが講堂内に木霊していった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ファイル1‐5

 ビジネスホテルの一室で向かい合う御景とサイシャの両名の間には沈黙が流れていた。

「……ドクターがワイの所に……ねぇ」

 沈黙を破った探偵の口元は引き攣っていた。

「はい、Dr.シスタゲットは貴方にお願いするのが一番だという御言葉を受けておりました。 その点に関して何か不都合でも?」

 見た目は少女だが、中身は機械という精巧に人間を模した存在は自然と首を傾げていた。

「そのことで困るなんてことはないが……よりにもよってワイを頼りにするとは」

「はて、貴方と彼の関係は良好だと判断出来ましたが、間違いでしょうか?」

 サイシャの問いに空になったココアシガレットの箱を片手で潰しながら御景は言葉を紡ぐ。

「いや、別に悪いなんてことはないが特別仲が良いってわけでもない。 少なくともワイはそう思っている」

「なるほど。 これが人間関係における考えの不一致。 そうして何時しか自身とは規格が合わない存在を排除などを行っていくことで自らの生きやすい環境を整えていくといわけですね」

 彼女の答えに探偵は眉を(ひそ)めるが否定はしなかった。

「まあ、生きてる人間の数だけ思考や思想やらがあるわけだろうし、面倒なのが絡まるのは当然だろう。 それは避けれないし……加えて言うなら万全と思っていても望んだ通りに物事が運ぶとも限らないしな」

「なるほど、とても参考になります」

 皮肉が一切含まれていない声音。

 相手が機械だからではなく、そういうものに慣れて培った御景の経験からくるものであった。

「それで……ドクターはワイに頼れ、としか言っていないのか?」

「はい。 既に何度もお伝えしたように私自身が狙われる要素に心当たりがありません」

 何とも引っかかる言い方に探偵は指摘した。

「まるで他の要因が絡めば別とでも言いたいのか?」

「もちろんです。 私たち"姉妹"はロックカンパ──」

 片手で御景がそれを制すとサイシャの表情に怪訝なものが浮かぶ。

「その件の話には突っ込みたくはない」

「……了解しました」

 サイシャはそう言うと口を閉ざし、視線は真っ直ぐに探偵を捉える。

「……ワイの顔に何か付いているのか?」

「ええ、一般的な男性についている顔の部位が付いていますし、どれも平均的です。 強いて言うなら少し鼻が高いということでしょうか」

「……そりゃどうも」

「それに御言葉を返すようですが、貴方自身に何か物申したいとお見受けしますが?」

 サッと視線を逸らした御景にサイシャは追撃。

「私の胸元や太腿に何度か視線を感じたことと関係あるのでしょうか?」

「ほっておけ」

「よろしければ、私が性欲解消のお手伝いをしましょうか?」

 淡々と羽織った上着をはだけさせ、下着姿が露わになる。

 発育途中と思わせるような僅かに膨らんだ胸と、細すぎずに程よい太さをした手足にシミ一つない綺麗に透き通った肌、そして少女の秘部を隠す薄い水色の下着が映り、幼く見えるサイシャの唇の隙間から覗かせる舌先は挑戦的に誘っていた。

「……くだらないことしてないで、いいから服を着ろ」

 その誘惑に一切惑わされることなく、スッパリと切り捨てた御景に不服そうな反応を示したサイシャ。

「ふむ、情報ではこれでイチコロとあったのですが……」

「情報元は気になるが、ワイに言わせてもらえば機械相手に欲情するか」

「はぁ……確かに先程の行動をする前と直後に向けられた視線を比較しますと別のものでありました」

 その結果に耳を傾けている御景はバツが悪そうだが止める気はないようだ。

「そうですね、一言で表すなら……"敵意"の有無でしょうか。 私の"オイロケ"行動前のものがほぼ0%のだったものが、行動直後では80%ほどにまで上昇しています。 私の記憶(データベース)で照会する限り"殺意"に近いものと思われます」

 分析結果を述べながら、着衣をこなしていく少女。

「お前が思えばそうなんじゃないか?」

 皮肉たっぷりの言葉に感心したように頷くサイシャに溜息を漏らした探偵は違う話題を振る。

「この小切手もドクターから預かったものか?」

「いえ、正確に述べますと、本来ならDr.シスタゲットに渡るはずであった権利が私に譲渡されたということになります」

「……あー、ドクターにこれを渡したのは誰かわかるか?」

「いいえ。 しかし、渡そうとしていた人物は知っています」

「…………またアイツに会うのか」

「……?」

「当ててやるよ、渡そうとした奴の名前」

 懐から取り出した小切手の隅には忌々しくも映る大手企業のロゴマーク。

狂咲(くるいさき)……いや、ロックカンパニーだろ」

「はい」

 探偵はサイシャの即答に、話が早くて助かると前向きに考えるようにした。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ファイル1‐6

 椅子に腰掛けて少女の顔を眺めながら、探偵は何本目かわからない砂糖菓子を噛み砕く。

「失礼ですが、短時間に糖分を摂取しすぎではありませんか?」

 すっかり正体を現し、出会った頃とは違う冷静な声音で少女は話かけてくる。

「ほっとけ」

 御景は気にした様子もなく、箱から次のココアシガレットを取り出す。

 互いに会話もなく、室内は空調の音だけが嫌に耳に届き、光景としても砂糖菓子を食う男の姿を傍らで擬視する少女の姿とシュールなものでどこか気まずさすらある。

 その沈黙を破ったのはサイシャであった。

「貴方の言動からはロックカンパニーに関して激しい敵意を感じますが、それ以外にも私のような存在がお嫌いなのでしょうか?」

「好きじゃないってだけだ、特にロックカンパニーなんて奴らはな」

 即答で吐き捨てた言葉に、少女は相槌を打つ。

「なるほど。 ドクターもあまり快くは思っていなかったようですからお気持ちはお察しします」

「確かに”愛”やらを原動力に動いていたドクターならそうだろうさ……そんなのだから足元すくわれてるんだろうよ」

 僅かに探偵の瞳はどこか遠くを映すもすぐに戻ってくる。

「それで……本当に心当たりはないんだな?」

「はい、貴方が突発的な記憶障害を発症していない限りはそう言っていますが」

 探偵の中で先ほどのお色気やその煽り文句が原因なのではと思考が過るが言葉を飲み込んだ。

「私の言動に何か御不満でも?」

「…………なんでもないです」

 指摘しても無駄だと判断して、本来の話題を切り出す。

「依頼としては護衛……と受けたが、それは敵の調査も含まれているのか?」

「いえ、私個人の判断では速やかにこの地を離れることが安全に繋がるとは考えましたが────」

「ドクターの言葉を優先したわけか」

 サイシャが頷いてみせると、探偵はため息を漏らす。

 それだけ信頼されていたのか、いいように利用されたのかどうか考えるか迷うところだが……もう選択肢は既に消えていることを察していた。

「出るぞ」

「問題発生ですか?」

「起こる前に移動するのが理想だ」

 椅子から立ち上がり、手を引いて部屋を出ようとする御景をサイシャが制止。

「せめて荷物を纏めるまで待ってください」

「悠長なこと言うな、むしろそんな調子でなんで死ななかった!?」

 御景は少女が荷物に駆け寄る間に、懐から拳銃を取り出す。

「わかりません、貴方へ辿り着くまで何度か襲われて警戒もしていましたが、それが急に気配を感じなくなりました」

「……前後の出来事としては何もなかったのか?」

 サイシャは纏めた荷物を確認しながら答えた。

「貴方が言う如愚侘(にょぐた)という人物に会ってからです」

「……なら、余計に急ぐぞ」

 扉を僅かに開けて、隙間から様子を伺う。

「問題はありません、少なくとも貴方と私しかこの階にはいません」

「……ああ、そうかい。 そりゃあ便利だな」

 それでも警戒を解かずに慎重に御景は廊下へ出た。

 確かに自分たちしかいないと確認すると、サイシャを促す。

「それで下へはどう向かうつもりなのですか?」

「……それは姫のお好きなように」

 肩を竦めて答えた男の隣を通ってサイシャの足取りはエレベーターの方へ向かっていく。

 その後を御景は追った。

 一階からエレベーターが上がってくるのを待ちながら、二人の肩が並ぶ。

「それで……なんでさっきは誰もいないってわかったんだ?」

 素朴な疑問を投げかけると、サイシャは淡々と答えた。

「赤外線視力ですよ、温度を感知して判断しました」

「そうか……それでそれの精度はどれくらいのものなんだ?」

 御景が指し示したのは目の前にあるエレベーターの扉である。

「こういう鉄の扉を挟んでも視えるのか?」

「さあ、どうでしょうね」

 ランプは3階を過ぎた。

「意外といい加減なんだな」

「こういう反応が人間らしさに該当すると判断したものですから」

 4階を通り過ぎた。

「まあ、誰かがこれに乗っているのは確かでしょうね」

 彼女の呟きと光の動きが止まったのは同時だった。

 5階に着いたエレベーターの扉が開閉すると探偵は室内に向けて発砲。

 弾丸は載せてきた男の脳天を貫き、後頭部にかけて脳漿をぶちまけた。

 あっけなく死んだ男の手にはナイフが握られており、その強面の顔は先ほど見かけたフロントの男だと思い出した。

「それで……ワイは流石に脳味噌ぶちまけたエレベーターは遠慮したいところだけど」

「あら、そんな悠長なこと言ってよく生きてこれましたね」

 言い返そうとしたがその代わりと御景は男の死体を移動させ、ちょうど出入り口を跨ぐように置いてから来た道を引き返す。

「少なくともこれであのエレベーターはあの死体を退かさないと動かないだろうよ」

「……やっぱり貴方の考えることはよくわからないわ」

 冷静ながらも困惑した声音のサイシャに御景は切り捨てる。

「お前程度に理解できるようならこんな事してないよ」 

 その言葉をどう捉えたのか、一瞬少女の瞳に鋭さが宿るもすぐに霧散する。

「それよりも早くエスコートでもしてくださる?」

「……はいはい」

 

 二人は非常階段を降りて、無事ホテルを抜け出したのだった。

 そして、夜はどんどん更けていく……。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ファイル1‐7

 みすぼらしいトレンチコートを着た私立探偵が、キャリーバッグを持つ少女を連れている光景は何とも犯罪臭を漂わせているがこの夜の街では些細なことであった。

 大通りや繁華街ならまだしも、深夜に近い時間帯ではすっかり人気はない。

 点々と設置されている街灯もいくつかは電球が切れそうなのか、それとも設備不良なのか、チカチカと点滅を繰り返していた。

「移動手段が徒歩というのには理由があるのでしょうか?」

 疲れを感じたような素振りは見られない彼女の言葉。

「御不満か?」

「いえ、ただこのような環境と貴方の職種を踏まえると交通機関とは別に個人で扱う車輌を所持していても不思議ではないと考えられたので」

 御景は後ろからついてくる彼女を見ることなく答える。

「あるにはあるが、現在貸し出し中だ」

 彼の脳内では休暇中の事務所メンバーが過った。

「なるほど、局長の貴方は一人寂しく過ごしていると」

「知ってたか、今の流行りは無口で余計なことを喋らない女の子だ。 それにワイだって休暇中だったんだが?」

「……」

 言いつけを守ったのか、それとも会話する気も失せているのか返事は帰って来ない。

「まあ、一応依頼主だからな……文句が無ければこのままついて来てもらうが」

「…………」

 そこで初めて探偵は後ろを振り向く。

 そこに少女の姿は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女(サイシャ)が目を覚まして、初めて見たのは金色の輪であった。

 それがこちらを覗き込んでいる瞳で、その人物の鼻息が掛かるほどの至近距離でもあるということに気付くのに少し時間を要したのも仕方がないことと思える。

「あら、おはよう……誰かさんの真似というわけでもないけど、挨拶は大事だよねん」

 生暖かい息遣いと、甘さを滲ませたような女の声音が耳元から離れていく。

 薄暗い室内を隔てる扉の隙間や覗き窓から洩れてくる光でその人物が像が浮かび上がる。

 全身的に黒を基調とした衣服、一本に結った髪を横に流していた。

 闇に溶け込むような身なりとは正反対に、比喩でなく鈍い金色に光る二つの瞳が異様である。

 そこで初めて自身が椅子に縛り付けられ、動けないことに気が付いた。

 身じろぐ度に金属音が軋む音が鳴り響く。

「ヤめといた方がいいわよん。 外しても碌なことにならないし」

 シルエットで表情は完全に読み取れなくとも、細くなった瞳から笑っているのだと把握。

「目的はなんですか?」

 単刀直入に切り出す。

 生憎、ドラマや創作物の人物のように咄嗟に冗句や皮肉を出せるような記憶は持ち合わせていなかった。

 少なくともこの状況を打破する為にも相手を知る必要があるとサイシャは判断。

 だが、結果はあっけない答えであった。

「さあ」

 それだけである。

「……」

 会話を持続させるための情報を記憶から引き出そうとするも、不適切なものと判断しては、検索し直すという処理が行われる。

 無言の静寂が続くと思われた時に、それは起こった。

「ぎゃああああああああ!!!」

 見るからに老朽化している扉は防音効果に欠けているらしく、男の叫び声が響き渡る、

 それは明らかに痛みに対してのものであると想像がつく。

 それを聞いて女は一つ溜息を吐いた後、軽く舌打ち。

「あの馬鹿、少しは我慢できんのか」

 先程までの雰囲気と打って変わって、冷たさに溢れた声である。

 女はサイシャに近づくと、手に持っていた布を彼女の顔に巻き付けた。

 目隠しされ、今度こそ闇で塗りつぶされた視界が広がる。

「私は行くけど、上に行ってはダメだからね……じゃないと、死ぬよ」

 耳元に囁かれた声に嘘はないと、分析で判断。

「それじゃあね」

 遠ざかる気配はそのまま離れ、重い鉄扉の開閉音が鳴り、規則正しい靴音が遠ざかっていくのが聞こえた。

 サイシャは先程の警告を無視するか、このまま待つか迷った。

 少なくとも、このまま待てば先程の声の主と同じ運命をたどる可能性が比較的に高いと容易に想像は出来る。

 しかし、今の武装でここを突破するのは難しい。

 そうやって何度の思考を繰り返し、彼女は結論に達した。

 両腕に力を込めると、金属音に混ざって異音。

 少し緩め、次の瞬間に一気に負荷を掛け、それを破砕。

 自身を縛っていた鎖を解いたサイシャは椅子から立ち上がり、駆動部位に異常がないこと、薬物などによる肉体への影響等もないことを確認する。

 扉へと近づき、可能な限り赤外線視力や集音機能を集中させ、気配を探った。

「……」

 扉を僅かに開く。

 赤外線視力を止め、目視で誰もいないことを確認し、部屋を出る。

 左右に続く廊下には割れた窓ガラスや瓦礫が散乱しており。今こそ荒れているが以前はそれなりの場所であったのだろうと思える。

 窓の外を覗き込めば、向かいにも同じ通路らしきものが見え、階数を数えれば全五階立てで現在は四階に位置していた。

 また、この下には中庭らしきものが広がり、施設はそれを囲むように出来ているのだと把握。

 人工の灯りはないが、月光のお蔭で充分に光源は確保出来ていたのが幸いだろう。

 女が向かった方向が右側であったのを思い出し、サイシャは左へと向かった。

 足音を殺しながら慎重に進みながら、改めて現状を整理。

 御景の後に従っていたまでは覚えているが、そこで意識と記憶が欠落している。

 抵抗しなかったというより、する暇もなかった。

 しかし、その手段。 何よりも目的が不明である。

 導き出せるのは解決ではなく、新たな疑問だけであった。

 このような状況を俗に言う、”神隠し”というものではないかと判断。

 そうしていくうちに、突き当りの階段を発見。

 上と下へ続く階段を見比べるも、すぐに下へ向かう。

 先程の女の発言を信じたというよりも、彼女の言葉が嘘ではないと判断出来たならば、上へ行くという選択肢は消えた。

 下の階層には窓もないのか、深淵が広がるような闇が広がっている。

 赤外線視力を起動させようにも、そこで異変に気付いた。

 視界は切り替わらず、代わりにノイズが走るだけである。

 下の階層へ到達したものの、思った通りの闇だけが広がっており、進行は困難であった。

 再び、上へ戻ろうかと考えるもあの女が戻ってくる可能を考慮すればこのまま進むほうが良いと決断。

 視界がまともに確保できない現状で唯一の情報源は集中させた集音機能である。

 壁伝いに進む中で、近づいて来るものが居ないか警戒。

 しばらく、そうやって進んでいくうちに、奇妙な音を拾う。

 

 

 

  通りゃんせ 通りゃんせ

  

  ここはどこの 細道じゃ

 

  ──さまの 細道じゃ

 

 

 

 記憶では東洋に伝わる童謡の一部と照合は出来るが、問題はそれが肉声であったというもの。

 即ち、近くに誰かがいるということに他ならない。

 退くか進むか。 その判断に迷いが生まれた。

 

 

  行きはよいよい 帰りはこわい

 

  こわいながらも

 

  通りゃんせ 通りゃんせ

 

 

 

 集音機能を使うまでもなく、その声の主がどこにいるか判明した。

 その位置は彼女の真上であったからである。

 サイシャが暗闇の中で天井を見上げた瞬間と、再び意識が途切れるのは同時であった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ファイル1‐8

 最初に視界へ広がったのは古めかしい石造りの天井であった。

 彼女は何度も瞼を開閉させ、自身の意識が覚醒していると確認する。

「ここは……?」

 そう呟き、次第に少女は自身が置かれている状態を理解していく。

 自分はベッドに寝かされており、ナイトテーブルに置かれた蝋燭立てには半ば溶けかかった蝋が静かに火を灯していた。

 窓もなく、唯一の光源が照らした部屋内には調度品は皆無で、ベッド付近に置かれた一脚の椅子だけが古びた石壁に影を浮き上がらせている。

 だが、少女にとっては、自身がそこに寝かされている事実だけでなく、その状況を認識していること自体が信じがたいことであった。

「私は、あの暗闇で──────」

 意識を失う前に彼女は自身の存在の損失……生命体でいうところの死というものを感じた。

 少女……サイシャは腰から起き上がり、自身の開かれた両手に視線を落とし、顔や胸部、腰や脚部へとゆっくり手を這わせていく。

 衣服を纏わない生まれたままの姿であったが彼女は気にした様子はなく、触診を終えてから一つ息を吐いた。

 落ち着かせてわかったが、それがより今の異常性を理解させる。

「どうして、私は……どうなって、いるの?」

 振り絞ってように出した声は震えていた。

「どうなっているかというよりは、なるべくしてなった。 そう考えてみるのも一興かもしれませんねぇ」

 帰ってくるはずの無い返事があった。

 見れば、先程の椅子には人影が腰掛けている。

 肌の露出を嫌うように徹底した衣服の着こなしは、この空間においても異彩を放っていた。

「こう考えればいい、悪い夢なのだとぉ。 まあ、貴方からすればどちらが悪夢かは知りませんがねぇ」

 ケラケラと笑う男の声と共に壁の影が揺れる。

「どうして、お前がここにいる……如愚侘(にょぐた)手記狩(しゅきがる)

 一度会えば、記憶に残るその存在感。

 探偵事務所を訪れる前にあった記憶が蘇る。

「まぁまぁ、少なくとも危害を加える気はありませんのでお気になさらずにぃ……少なくとも私はですがぁ」

 サイシャは悠長に腰掛ける如愚侘に殴りかかろうとするも、身体が思うように動かない。

「あー、聞いてもらえるかはわかりませんが止めといた方がいいですよぉ? まあ、少なくとも以前のように動けたり、無理が出来るとは思いませんのでぇ」

 その言葉で改めて現状を認識。

「貴様! 何故、私が"人間"になっている!?」

 声帯を振るわせて荒げたその叫びは事実を受け入れたということでもあった。

「さぁ? 強いて言うなら"奇蹟"というものじゃないんですかぁ?」

 肩を竦めて適当に返す如愚侘。

中途半端な人形(ピノキオ)が人間になれたんですから良かったじゃあないですか」

 明らかな挑発にサイシャは睨みつけるが、それを涼しく流して続ける。

「今の貴方は見た目通りの少女、頭脳や知識などは置いておいたとしても、この街では所詮は無力でしょうぅ。 暴漢の慰めモノになるか、狂人の玩具か餌になるのが関の山でしょうなぁ」

 がたん、と大きく音を立てて椅子から立ち上がり、如愚侘はベッドへ近づく。

「そこで私が提案できる素敵なプランがいくつかありますぅ」

 黒革手袋に包まれた右拳が彼女の眼前に掲げられる。

 人差し指が上がる。

「貴方は先程述べたような結末を辿り、この街の名も無い犠牲者になってもらうことぉ」

 中指が上がる。

「貴方をこのまま飼い殺しにする。 一生この部屋もしくは別室で過ごしてもらいます。 食事も用意しているのでご安心をぉ」

 薬指が上がる。

「……これは私としては不本意ですが、貴方が選んだ薬を飲んでもらい、そこから貴方に今後を選んでいただくというものですぅ」

 親指が上がる。

「貴方に試練を受けてもらい、それに合格すれば貴方の願いを聞くというもので、以上のこの四つが現在のプランでございますぅ。 あー、ちなみに質問は一つとさせていただきますねぇ」

 小指を下げた奇妙な形で右手が掲げられている。

 サイシャは僅かに考えるも、消去法であるが人差し指と親指の候補は消える。

 少なくとも中指と、薬指で進言された条件がまだ魅力に映った。

 やはり選ぶべきなのは────

「その、薬指のプランというのは……死に至る毒薬などもも含まれているの?」

 少女の質問に、男の肩が震える。

 如愚侘は笑っていた。

「さぁ? この提案を出した者は私なんて足元に及ばぬほどに狂っていますので、なんとも……ですが約束は守るのでそこだけは安心してもらえれば、と思いますねぇ」

 彼女の不安を掻き立てるように語る。

「それで、貴方の選ぶプランとはぁ?」

「……薬指のものをお願いします」

「本当にぃ?」

「……ええ」

 その確認を終え、踵を返すとそのまま部屋を繋ぐ木製のドアへ真っ直ぐ向かう。

 取っ手に手を掛けたところで、動きが停止。

 肩越しで如愚侘は問いかける。

「結局、貴方にとっては目覚める前と後、どちらが悪夢と思いますか?」

 雰囲気を変えたその問いに、サイシャは静かに応える。

「それはわからない、私は今まで夢を見たことがない。 悪夢というものをどう受け取るべきなのか、例え今生身だとしても私では感覚ですら把握できない」

 その答えをどう解釈したのか、如愚侘はため息を漏らした。

「では、お礼という訳ではございませんが、次来る予定の訪問者についての注意事項を一つ……舌を噛み切らないように」

 それだけを言うと、彼の背中はドアの向こうへと消えた。

 意味不明の忠告を残して。

 だが、その意味はすぐに分かることになる。

 

 しばらくしてドアを叩く規則正しいノック音が三回聞こえた。

 軋むドアの開閉音にと共に現れたのは灰色の生地に縦縞の模様が入ったスーツと、その首から上には全体を包帯で巻かれた頭が乗っている。

 白い包帯には黒い線で構成された大小バラバラに配置された六つの目があった。

 部屋に踏み込んできたそれはこう語り掛ける。

「やぁやぁ、御機嫌よう! (それがし)の名はアイザック=スタンスターン!! 君が(それがし)の計画を選んでくれたんだろう? これを機会に是非とも挨拶の大切さについて一つ伝授しようではないか! なぁに、時間はまだある慌てることはないさ、それより君のお蔭で連中の悔しがる顔が見れたというものだ! いやぁ、礼を言おう! そのせいか今日はいつもより口数が多くなってしまっているよ、これも何かの縁と思い、共に親交を深めようではないか!」

 

 

 サイシャには悪夢はわからない。

 だが、常人ならこれがそう認識出来るものなのか? 頭の片隅でそう思考を巡らせた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ファイル番外:田舎にゴウ! in 瀬内 夏影 1

 私立探偵というのは楽なものでも、ドラマや小説のような楽し気なものでもない。

 相手は主に人間ということもあり、見たくもないものを多く見てきた。

 当然、瀬内(せうち)夏影(なつかげ)もまた人の抱える闇というものを垣間見て、時には直に触れることもあった。

 それでも彼がその職から離れないのには理由がある。

 それは──────。

 

 

 

 

「あ? なんだって?」

 話があると呼び出しに応じて、バーを訪れた夏影は隣に座る人物へ聞き返した。

「だから、メルティの世話を任せるって話」

「断る」

 幻聴ではない確認を済ませた青年の返答に、御景もまた杯に入った薄紫の液体を飲み干してから答えた。

「仕方ないだろ。 ワイとベネットどころか、事務所の奴ら全員”用事”が入ってんだとよ」

「んなこと知るか。 アンタの人望の無さもあるんだろうよ」

 バーテンに注文を済ませた夏影の視線が御景を、正確には懐から取り出した封筒を捉えた。

「もちろん、タダでとは言わない。 これは仕事として頼んでると思ってくれてもいい」

 少し考えて、夏影はそれを受け取った。

 中身を確認するような無粋な真似はしない。

「今回だけだぞ」

 バーテンが差し出してきた杯を受け取り、夏影はそれを呷った。

 予想通りにキツめの度数が喉を焼く。

 咽た青年を見て小さく笑う御景。

「ははは、相変わらず飲み方が下手だな」

 それを見て笑っていた涙目で睨まれ、御景も一旦黙るがすぐに言葉を紡いだ。

「まあ、いつもみたいに面倒見てくれればいい。 力の使い方含めて教えてやってくれ」

「……そう言うならアンタが見てやればいいだろうがよ」

「あー、電話でも言ったかもしれないがワイには外せないとても大事な、大事な! お仕事が入っているので無理。 ベネットのやつも最初は連れて行く気満々だったみたいだが……真面目な助手を持つと苦労するんだなって」

「ジョッシュ君は怒ると怖そうだしな」

「まあ、消去法で瀬内先生に白羽の矢が立ったというわけ」

「そうか」

 バーテンにお替わりを注文していた夏影は静かにそれを返した。

「ドライなのは15年前から変わらないのな」

「……むしろ、もうそんなに経つのか」

「当時中学生が怪奇事件に首突っ込んだんだよねえ」

 杯を傾ける青年の顔には影が落ちていた。

「そういえば、なんでお前に頼んだかもう一つ理由がある」

 御景はココアシガレット齧りながら、続けた。

「【川内 ユリカ】は生きてるらしい」

 その言葉を吐き出すと、同時に店内の空気が変わった。

 正確には隣に座る夏影の気配が夥しいものに変貌したのだ。

「詳しく、聞かせろ」

 握られているガラス杯には、罅とは違う不自然な亀裂が走っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おお、正解だ。 流石メルティちゃん。 もう地理はバッ”チリ”ってか!」

 場所はどこにでもあるチェーン店のファミレス。

 灼熱の地獄とも言えるコンクリートジャングルの外界とは違い、店内には行き届いた空調で

 六人掛けの席で窓際に座っていた夏影の意識はテーブルを挟んだ二人へと移る。

 一人は長身の青年。

 目付きが悪い三白眼で口元はニタニタと笑みを浮かべ、頭髪は茶色に染められたツーブロックで、耳たぶには金色の蹄鉄を思わせるデザインのピアスがぶら下がっていた。

 男の隣には肩まで伸ばされた黒髪と蒼い瞳が特徴的な少女、メルティ=ジョーンズが手元へと視線を落としていた。

 テーブルの上に広げられた冊子には印刷された資料や問題が記載され、彼女はそれを真剣な眼差しと共に答えを書き込んでいく。

 それを隣に座る青年は相変わらずの不気味な笑みを浮かべて、少女へ助言を送っていた。

 かれこれそんな光景が一時間近く続いているわけであるが、俺は手元の空になったグラスを覗いてみる。

 溶けかけた氷が二つ、半透明の世界に鎮座していた。

 軽くグラスを持ち上げて、傾けてみれば氷たちもそれに従って移動する。

 何故そうなるのか? と聞かれれば、科学的な原理なんかの説明をするよりも結局は『そういうもの』だと答えてしまうだろう。

 そのまま氷たちを口に流し込み、残り僅かといえたそれらを奥歯で噛み砕いた。

 感傷に浸っていたせいか、口内に冷たさが良く染みる。

「そういえばさぁ、ナッチーは学生時代どんなやつだったんだ?」

 話掛けてきた青年……兼掘(かねほり) 孔馬(あなば)はひょんなことでうちの事務所に居座っている奴で、便利だから俺の助手、という名目で連れている。

「メルティはどうした?」

 目の前には兼掘しかいないことに気付くと、彼女の行方を聞いた。

「慌てなくても、勉強の小休憩がてらにドリンクバーに行ったところだ」

 青年の指が俺の握るコップを示す。

「ドリンクバー付けてるのに、お冷一杯でで小一時間潰して、険しい表情で目の前座られるこっちの身にもなれよ」

 どうやら顔に出ていたようだ。

「すまない。 子供にまで気を使わせてしまったみたいだな」

 兼掘は気にした様子なく、肩を竦めていつものヘラヘラした雰囲気に戻る。

「ま、オレには構わねえけど、オンニャの子にはあんまり苦労掛けさせるなよ」

 コイツに正論言われていることが何故か癪に障る。

「あの、お待たせしました」

 戻ってきた少女の両手にはグラスが握られており、一つは緑色の液体で気泡が弾けている。 もう一つには黒の液体が揺れていた。

「孔馬さんは大丈夫とおっしゃっていたので、私の分と夏影さんのはアイスコーヒーを持ってきました」

 丁寧に置かれた珈琲には氷が並々と入っているし、グラスの表面に浮かぶ水滴から察してもキンキンに冷えていることだろう。

「それと以前、甘めのコーヒーもお好きと聞いていたので、砂糖も少し入れてきてます」

「いくつだ?」

「えっと……二つ、ほど?」

 理想的だ。 自分では気づいていないところで水分を欲していたのか、自然と喉が鳴った。

「くう、流石メルティちゃん! きゃわわな上に気遣いも出来る。 加えて美人できゃわわ。 大事なことなので二回言いました」

 時々思う兼掘の言動は謎だが、ひとまずそれは置いていただくことにしよう。

 グラスを持ち上げようとした時に通路側に気配。

 そこには巨大な影が立っていた。

「ぐっふぅ、この俺にここまで歩かせるんだなんてオマエら頭おかしいんじゃないか?」

 黒い肌の肥満体を包んだTシャツには可愛らしい少女がプリントされており、普通なら男に合わせて伸びきってしまうそれも見れる程度に抑えられいるところを考えるとサイズも特注なのだろう。

「お前が遅せえから、こちとら待ってたんだぞ、ファットマン」

「だぁあ、その名前で呼ぶなよ!」

 恒例のやり取りになりつつある二人のやり取りをクスクスと笑うメルティ。

「んで、どうして遅れたんだ?」

 俺の問いにファットマン─────フランクリンは答えた。

「そ、そりゃアンタ……昨日からワクワクして、というか緊張してというか……」

「中々寝付けなくて魔法少女アニメマラソンしてたら、寝落ちかまして気づいたら寝坊してました、と」

 ゴニョゴニョと後半聞き取れない言葉を代わりに兼掘が推理。

「あ? それは流石にないだろ、なあ?」

 その時、空調が効いてる店内で止まったはずの汗が再び噴き出しているのをフランクリンを見て、答えはハッキリしていた。

「す、スマン! 理由はどうであれ! 合法的にきゃわわなオンニャの子と一緒に過ごせると思うとやっぱり慣れなくて!!」

「おい、お前何言ってんだ?」

 俺の声を無視して、両膝を地に着けて、床に額を擦りつけるように頭を下げる。所謂Japanese DOGEZAの体勢をするフランクリン。

 それを他の客なんかは……気に留めた様子はない。

 まるで日常風景のような感覚である。

「まあ、オレも気持ちわかるからなぁ」

 うんうん、と一人頷く兼掘。

「……フランクリンさんにとって今日は遠足みたいな日だったんですね」

 メルティが何故か擁護しようとしているのが逆に痛々しさを感じる。

「お、俺自身が! その時間を減らしたと思うと、悔しくて悔しくて!!」

「だから、何言ってんだお前?」 

「わかりみ、本当はリアルタイムで見れたのに、『録画しているからいいや』って楽しみにしていた番組を録画したつもりでなっていて、見る直前になって気付いたくらいの自業自得だから辛いよな」

 兼掘、いい加減戻ってきて俺の通訳になれ。

「うぅぅ、それ辛いですよね」

 何故か半泣きのメルティに俺も思考が追いついて行かない。

「だから、遅れてすまなかった!!」

 『だから』って、どこに繋がるんだ?

 パズルは嫌いじゃないが、なんだこのクロスワードパズルかと思ったら落ちモノ系のパズルになったみたいな感覚。

「……」

「……」

 先程からチラチラとこっちを伺うメルティと兼掘の視線があるのは、偶然だろうか?

 …………うん、考えるのはもうやめよう。

 

「あー、フランクリン、次からは気を付けろよ?」

「ああ、そうするぜ!」

 ケロッと起き上がるフランクリンと、それを見合わせて笑う兼掘たちを見て、改めてどうでも良くなり、冷えたアイスコーヒーを口に含むと、程よい甘さと苦さが口一杯に広がっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ファイル番外:田舎にゴウ! in 瀬内 夏影 2

「それで、ナッチーの学生時代はどんな感じだったんだ?」

 フランクリンの昼食も兼ねて滞在が決定したファミレスで兼掘(かねほり)の質問が再開された。

対面に座っていたメルティは俺の隣に来て、兼掘とフランクリンは対面で並んで座っている。

「俺の? 普通だよ、どこにでもいる真面目なやつ」

「えー、嘘だぁ。 アンタが真面目ならオレとか超が付く真面目じゃん」

 ケラケラと喉で笑う兼掘の横で、フランクリンはフンっと鼻で笑う。

「俺はワルだったぜ! それもそこそこのな」

 そういうのは自慢することではないと思うが、まあ言わせておけばいいだろう。

「マ? オレお前のダチ辞めるわ、つかメルティちゃんに近づくなよ」

「だぁあ、お前のその口調の方がよっぽど悪影響だわ! 将来そんな話方したら絶対ベネットに殺されるぞ!?」

「んなこと言われてもすぐには直せねえというか、ベネットさんに殺されるならある意味本望だしな?」

「お前ら、子供の前でそういう単語出す方がいけねえと思うが」

 俺の一言で二人が言葉を詰まらせるとは中々に笑えるが、メルティからすれば面白いとは言えない状況だろう。

「いいんです、私だって何が良くないか、悪いかくらい選んで学べると思ってますし、気にせず話してください」

 小学上級生でここまでの考えもしているとなるとこれもまた怖さもある。

「逆に私が知らないお父さんのお話が聞けると嬉しいかも、なんて思ったりもしちゃったり……」

 複雑な環境が垣間見れた気もしたが、誰も触れずに自然と会話弾ませていった。

 俺は何度も聞かされた兼掘によるベネットに関する武勇伝、恐らく誇張もあり。

 フランクリンは某事務所に関わった際のエピソードをチラホラと。

 メルティは最近の近況について、勉強に関してや学友の関係。

 俺は……殆ど振られた話を返していくだけだった。

「そういえば、お前らの言っていた力って結局どんなやつなんだ?」

 話すネタが無くなりかけた時、唐突なフランクリンの問いに俺は唸った。

「口では説明しずらいな。 何せ、俺たちにも説明は付かない部分が多い」

 兼掘が引き継ぐ形で続ける。

「それはあるよなぁ、単純なものから複雑なものまでその力が発動するまでの条件みたいなものがあったりするしなぁ」

 こんな話を堂々としていいのかって?

 気にする必要はない。

 例え聞かれたところで信じる者はそういないし、この街ではこういう話をする奴は結構いるというのを俺は知っている。

「少し前まで俺だってにわかに信じられんかったが、実物が目の前に居るんじゃなぁ」

 そう言うとフランクリンは冷えたフライドポテトの束を口に放り込んだ。

「まあ、こんなのあったって碌なことにはならんがな」

 俺の言葉にメルティと兼掘の表情に、一瞬影が落ちる。

「ああ、それと安心してくれよ、このことは誰にも話してねえし、話すつもりもねえ…………どうせこんな厨二病染みた話なんて誰も信じねえだろうし」

 奴はボソボソになったポテトを頬張りながらダイエットコーラを流し込んだ。

「あー、そういえば思い出したんだが、みんなは”キミナミ”の最新刊読んだ?」

 気まずい空気の中、急な話題転換。

「んだよ急に、まあ読んでるけど」

「私も読んでます、サイガ先生が描く世界観って大好きです」

 兼掘が話題に挙げたのは通称”キミナミ”と呼ばれている漫画作品のことだ。

 正式名称は『君の涙は宝石のように』で、作者は【斎賀(さいが) 鱗央(りお)】。

 あまりよく知らないが、特異体質の少女と普通の少年の出会いを始まりとし、少女を狙う謎の組織との対決を描いた物語だ。

 タイトルにあるように宝石を題材にした魅力的なキャラクターが多く、よくは知らないが個人的に推しているのは準ヒロインに位置する『ペリドット』だが、巷では緑髪ということで負けヒロイン……として扱いを受けている。

 ヒロインキャラとしての登場は五番目だが、それはあくまで登場順であってレギュラー枠としてならばほぼ序盤で確定しているし、登場回数も下手をすればメインヒロインの『真珠』より多い可能性もありえる。

 ”キミナミ”についてはよく知らないが、とにかく巷での推しの扱いには業を煮やしている俺であった。

「話もいいけど、キャラデザとか設定が普通に良いからなぁ。 女の子から大きいお友達層までカバー出来てるのも凄いよなぁ」

「だなぁ、斎賀センセー様様ってやつだな。 ちなみに俺はラピス推しな」

 ラピスは正式には『ラピス・ラズリ』というキャラクターで登場順は六番目で登場数的には準レギュラーというところだが、彼女はヒロインの中でも重い過去を持つクールキャラ……なのだが一度でも心を開けばあっという間にデレデレになるタイプの所謂(いわゆる)クーデレである。

 一部の二次創作では彼女を題材にしたいい意味での二コマ即堕ちで溢れているとか、いないとか……よく知らないが。

「はぇー流石フランクリン、良いセンスしてんね。 オレは断然リリィちゃんだけど」

 リリィは『金剛リリィ』のことで準ヒロインの一人でもある。

 金剛とあるようにダイヤモンドを象徴としているキャラで色々と根強い人気があり、キャラの濃さや安定した活躍などもあり人気投票でも常に上位に居座っている。

 ちなみにペリドットは常に最下位か、ブービーを争いにいるが……これは彼女に魅力がないのではなく、他のキャラが強すぎるだけなのだ。

「やっぱり、お前は王道をいくか」

「私は……」

 流れでメルティも推しを言う流れになるが、何故か言葉を止めた。

「あー、確かメルティちゃん推しってカイトだっけ?」

「いいじゃん、カッコいいよね……ほら、見た目とか」

 顔を見合わせて、うんうんと頷く男二人。

 カイトこと、『シャッタカイト』は黙っていればイケメンの男装の美女……なのだが、喋ったり行動しようとすると裏目に出るという残念属性を持っている。

 設定的には相当に強いはず何に最近ではその設定はどこへやら、噛ませ犬と成り果てているなど、ネタキャラ扱いされることも多い。

 その見た目で惚れた人も、実態を見れば離れていくものも少なくないが逆に、私が護ってあげないと……庇護欲を擽られたり、ギャップ萌えするという界隈も存在するらしい。まあ、よく知らないが。

 ちなみに、彼女の名前から”キミナミ”にわかファンへの蔑称として『シッタカイト』と呼ばれているそうだ。

「んで、ナッチーの推しって誰よ?」

 やはりか。

 だが、俺の回答など決まっていた。

「兼掘、前置きはいいから早く本題へ移れ」

 なにやらニヤニヤしている兼掘を急かすと、バッグから何かを取り出す。

「実はちょいと訳あって、こんなのが手に入りましてよぉ」

 それは”キミナミ”の最新刊を含めた四冊だ。

「おいおい、見るからに何の変哲でもねえ単行本広げてどうするんだ? ファン同士これ順番に読んでいこうってやつか」

「まぁまぁ、とりあえずこれでも読んでみろよ」

 ニヤニヤと笑いながら、フランクリンに一冊を押し付け、メルティにも一冊渡す。

「特装版ってわけでもねえし、いったいなんだって──ふぁ!!??」

 頁を捲って思わず声を出した巨漢に、店内の視線が向けられる。

 隣を見れば、本を開いたままメルティは固まっていた。

 俺はその開いてある箇所を覗き見ると、表紙を開いて現る白紙の見返しに何やら書かれているのが見える。

「お前……これって」

 汗が頬を伝う。

「御察しの通り」

 兼掘は今日一番のニヤニヤした顔と共に単行本を一冊手渡してきた。

 内心震える手を押さえてそれを受け取った。

 思った通り見返しの場所には、黒いペンで斎賀鱗央の名前と、俺の名前が刻まれている。

「本人の直筆サインだ。 オレのこの目でしっかりと見たからな、安心しろ」

 自身の分のサインを見せながら、奴はそう言った。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ファイル1‐9

 私が規則正しく揺れる振動と音を感じて瞼を開けば、流れ去って行く田舎の田園風景が映る。

 隣には男が座り、本を片手で開いて頬杖をついていた。

 本を捲りながら、男は口を開く。

「おはよう、よく眠れたかね?」

「……そうですね、あまり良い気分ではありません」

 私の口が勝手に告げる。

 続ける言葉を見つけられずに、列車は揺れていた。

 男は答えない。

 私は独白を続けた。

「懐かしいようで、それでいて幸福感を感じることもない……言葉では形容しづらいものでした」

 男は小さく欠伸をする。

 そして、普段は見せてない素顔の唇を開いた。

「夢というのは君の中で、何かを感じたが故に見えたのであろう……悪夢なら現実ではなかったと安堵すればいい。 ただ、それだけだ」

 その意見に否定も肯定も出来なかった。

 それでも私はくだらない推測をやめられない。

「それにしても、君が……夢を、ねぇ」

 どこが面白かったのか、彼は口元を抑え僅かに震えている。

 私はそれを無視して、窓の外へと視線を戻した。

 窓に映る不機嫌な自分と睨めっこしていると、肩を叩かれた。

 そちらを向くのと、何かを口に押し込まれるのは同時で、私は抵抗する間もなくそれを受け入れるしかなかった。

「疲れた時は甘いものがいいというからね」

 それは細く棒状の形をしており、口に広がるのは葡萄系の香りと、甘味料の甘さ。

 突っ込まれたものを吐き出すのではなく、噛み砕いた。

 ポリポリと砕いた砂糖菓子がいい音を響かせる。

「おいおい、それは限定品なんだ。 もう少し味わいたまえよ」

 悪意はないが、宥める気はないと伝わる行為である。

 男も自身の口にそれを咥えると、視線を本へと戻した。

「そういえば、私たちはどこへ向かっているのでしょうか?」

 私の問いに男は少し間を空けて答える。

「……イエダ村。 特に何もない辺鄙な田舎さ」

「なら尚更、何故そこに」

「さぁ? 某は本当なら休日に入ってるので何とも……ブラック企業もビックリな休日出勤具合だよ」

「なら、断ればいいのでは?」

「それは負けた気がするから嫌なのだ」

 本当にこの人の思考はよくわからない。

「真面目な話、某が断っても代理人がまともな奴がいないからだ」

 口に咥えた砂糖菓子を噛み砕きながら、言葉を紡いでいく。

「何より、これ以上左手の阿保共に活動理由を与えたくない、機会があれば皆殺しにしてやるさ」

 相変わらずの熱量である。

「それに君は今回抜擢されたのだから、少しは励みたまえよ……"右小指"殿」

 そう言われると緊張感が増す。

「そもそも、貴方の夜母(やぼ)の一派の戒律や決まりが不明なのですが」

「それはそうだ、我々は同胞にあたるかもしれないが、同門に非ず、むしろ、外部よりも厄介な敵同士なのだよ。 だからこそ、こちらの教えを教える必要はない! あ。ここで派閥を乗り換えるなら特別に───」

「結構です」

 話が長くなりそうなので即答で切り落とす。

「そうか、残念ではないが仕方ない」

 私は何故かドッと疲れた体を席に沈めた。

 そこで、ふと湧いた疑問を投げかける。

「どうして、今日はいつもと恰好が違うのですか?」

「それは、某の素晴らしい姿に恋をしたと───」

「違います」

「そうか。 答えは単純だ。 自由を愛する時代になろうと、決まりはある。 決まりがあるからこそ自由も成り立つのだ。 あの服装は某にとっては夜の装束なのだ。 昼間は別の顔をして過ごしていると言ってもいい」

 また、そこで疑問が浮かぶ。

「なら、どちらが本当の貴方になるのですか? アイザック殿」

 本を閉じ、溜息を一つ。

 男は静かに語る。

「観測者の所感は、そのどちらを垣間見たかに過ぎないが、君のように某の表裏を知っている者の考えか……ふむ、それは面白い」

 顎に手を当て、ブツブツと呟く姿は何とも言えない不気味さを放っている。

「これだけ言えるのは、それらの要素が集まり現在に行きついている。 つまり、人格を形成している以上は他人が知らないこと、自分では知りえないことそういうものがあるのだよ。 もちろん、君にもあるのだよクロフスキー殿」

 ニコリと笑いかけくる顔を見て、私は──

「黙らないと顔面に拳を飛ばしますよ」

「おー、怖い恐い。 夜母(よるのはは)の一派はなんと暴力的だ」

 おどける様に言うと、彼は再び本へと視線を戻していく、本のタイトルはもう擦れて読むことは出来ないが、見えた文字から解析すると誰かの手記を記録したもののようだ。

 ここだけの話、私には過去というものがない。

 恐らく、あるのだろうが私はそれを知らないようだ。

 彼が言った私が知らずに、他人が知っているというのはそこにあるのかもしれない。

 しかし、私はそれを不思議と知りたいとは思わないのだ。

 夜母教団で活動して、しばらく経つようで今では、指徒(しと)の一人としてここにいる。

 記憶はないが、何故か今に私は充実感を感じているのだ。

 この列車が向かう先に何があるかはわからないが、使命を果たせるように務める。

 それだけが今の私に出来ることではないだろうか。

 そう言い聞かせていくと、夢のことはすっかりと抜け落ちていく。

 相変わらず、読み耽っているアイザック殿を一瞥していると、通路向かいに座っている客が見えた。

 黒髪の男性と、赤い長髪をした女性の二人組である。

 男性のほうは30代でどこか疲れているように見え、女性の方は若く20代前半から10代後半と感じられた。

「ねぇねぇ、シーちゃん。 どして、あーしらはこんなド田舎に行ってんのさ?」

「……他の客に迷惑になる、静かにしろ」

 何とも温度差のある二人で、恋仲という印象はないが、女性のほうは男性の腕に自らの腕を絡ませている。

「……」 

「あれれ、いつも以上に無口になってんじゃん、なにそれきゃわわ!」

 一方的なアプローチでどこからか舌打ちまで聞こえてきた。

「……あまり、ジロジロ見るものではないぞサイシャ殿」

 視線はこちらに向けずに声だけでも、どこか不機嫌さを漂わせるアイザック殿。

 ……もしかして、嫉妬しているのだろうか?

 などというくだらない思考していると、急に全てがどうでもよくなり、少し眠ることにする。

「おそらく、忙しくなる。 今のうちに休んでおくといい」

 その言葉に従い、私は目を閉じた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ファイル番外:田舎へゴウ! in ベネット編

 ガラリと空いた電車に揺られて、俺はため息を吐いた。

 代わり映えのない和かな田園風景を窓で眺めながら俺は売店で買った酒を呷る。

 当初の予定から二転三転と変わり、俺は暇を持て遊んでいた。

 急遽入った仕事に加えて、事務所の奴らもメルティを除いて用があるらしく、ならばと愛しい娘を誘おうと思えば、局長と助手二人に駄目と言われたので俺は寂しく遠出の依頼へと足を運んだが……。

「入れ違いで仕事が終わるってありかよ」

 いざ、現場へ到着してみれば、既に依頼は完了しており、無駄足になったのだ。

 先方の好意で僅かにだが謝礼は入ったが、二、三日泊まり込み覚悟の依頼を日帰りするのももったいないという気持ちもあり、俺は少しぶらつくことにした。

 メルティのことは心配だが、瀬内の奴がついているなら安心も出来るし、ここ数年こういう風景をのんびり眺める機会なんてなかったから、悪くないと俺は一人納得させる。

「そういや、あの住職の嬢ちゃんは少し行った先に祭りがあるとか言ってたな」

 元々の依頼主たる相手はまだ若そうな尼さんで、寺を田舎に身寄りのない子供なんかを預かる施設として開いていた。

 今回の依頼はなんでも寺の保全やら何やらの人手として要請されたみたいだが、探偵事務所にそういうのを回すのは筋違いと……おっと話が逸れちまった。

 とにかく、謝礼を渡すついでとそういう耳寄りな情報も貰った俺は有り難くそこへ向かうのである。

「しかし、こんな田舎でもあの宗教の名前を見ることになるなんてな」

 寺の信仰は物教であった。

 御仏の道とは違う教えを説く集団。

 そこで思い出したのは一人の人物。

 蓮が描かれたジャージを着た男───間計 トキ。

 会った回数は数えるくらいだが、悪いやつではない。

 むしろ、あの街ではマシとも言える存在である。

「関わりたくねえのは違いねえけどよ」

 俺はそこでまた酒瓶を傾ける。

「あのぉ、すいませぇん」

 声のする方向を見れば、全身をコートで包み、目深く被るハンチング帽と口を覆うマスク。 人相は見えないが声質からして男と推測。

 まだ夏だというのに異常なほどに露出を許さない恰好はまさしく不審者である。

「……なんだ?」

 俺は悟られないように得物へと指を伸ばしていく。

「いえいえぇ、ただ良ければお迎えの席に座っても? と思いましてぇ」

 コイツを視線から外さないように少し辺りを見渡す。

「わざわざここに座る意味はねえだろ、こんだけ空いてるのによ」

 俺の言葉を聞いて、ふむと考えるように顎に手を添える。

 ……ご丁寧に手袋も填めている。

「大した意味はございません、私も暇、貴方も暇……ならばお互いに有意義な時間にしたいと思っただけですぅ」

「そうか、なら他所へ行きな」

 俺は奴を無視して、摘みで買ったスナックを口に放り込んだ。

「そうですかぁ、なら失礼しますぅ」

 奴は堂々と目の前に座る。

 真っ直ぐこっちへ向けてくる視線を感じながら、俺は酒へ手を伸ばす。

「貴方、ベネットさんですよね? トレジャーハンターの」

「だったら、どうした?」

 顏は見えないが奴が笑っているのは分かった。

「いえいえぇ、同じく隠された秘密や謎へ興味を持つ者として他人事は思えなくてですねぇ! 私、こういうものでして」

 そう取り出されたのは、一枚の名刺。

 俺はその文字の羅列を読んだ。

 

 

【奇喜快怪愉鬱出版 如愚侘(にょぐた) 手記狩(しゅきがる)

 

 

 なんとも嘘臭い名前である。

 片手で受け取るのを拒否するも、如愚侘は特に気にした様子なく仕舞う

「別に詐欺など働く気もありませんので信じるかはどうかはお任せしますぅ」

 ケラケラと喉を震わせている奴の眉間に鉛玉を撃ち込みたいが、俺は問いかけた。

「それでその出版社の人間がどうしてこんな田舎に来たんだ?」

「仕事ですよぉ、それもお金にはならないやつのぉ」

「……そのくせ、随分と楽しそうだな」

「ええ、まぁ、古い知人と会えるというのもありますが、楽しいイベントがあるのでぇ」

 そうか、と適当に返して俺は会話を切る。

「あー、そういえば祭りもありますねぇ、この先にあるイエダ村には」

 一人喋る如愚侘。

「まあ、祭りと言ってもおめでたいものではありませんしねぇ。 むしろ、殆どが自己満足の現れですしぃ」

「大抵の祭りってのは感謝とか祀るってことから来てるからな、地方なら多少血生臭いことあっても不思議じゃねえさ」

「流石、ならそういう伝統に関しても多少は理解はあると?」

 変に食いついて来たが俺は自身の意見は述べておくことにした。

「理解というよりは、完全な否定はしねえよ。 俺は残されたもんで仮説や考察して、その遺物の価値なんかを見出したりするだけだ。 過去があるから今があるそれだけだ」

 その答えを聞いて、納得したような気配。

「実に面白いですねぇ。 あの人が選んだのもわかる気がします」

「あ?」

「最後に、一つ。 祭りを見るなら止めませんが、五体満足で帰りたいなら早急に帰ることをお勧めします?」

「理由は?」

 そこで視界が暗くなる。

 どうやら、トンネルを通過しているらしい。

 ものの数秒間暗転した後に、また陽が差し込むと……如愚侘は消えていた。

「…………」

 俺は目を細めて、酒瓶のラベルを読んでから窓際のテーブルに置いた。

「やっぱり、安酒は駄目だな……うん、変な酔い方しちまう」   

 窓の景色を眺めながらそう呟いた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ファイル番外:田舎へゴウ! in ベネット編 2

 電車が目的の駅に停車したのは夕暮れ時である。

 空調が利いていた車内から出ると、熱気と湿気に襲われ、同時に目の前に和な田園風景と、蝉の大合唱に出迎えられる。

 駅を見渡してみると俺以外に降りた乗客は、二、三人程でその中には先程の自称記者の姿は見られなかった。

「……」

 俺は頭を振って、思考を切り替えて駅から出た。

 近くには駐車スペースがあり、そこには三台の車が停まっているのが見える。

 駅を境に道は三つに分かれているが、一方はアスファルトで舗装された道が続いており、自動車が二台は通れそうな幅もあり、最近出来たかのような綺麗なものだ。

 もう一つが地元民が使うような田畑に挟まれた歩道が続いている。

 そして、最後の道は明らかに荒れており、辛うじて残っているような道で奥は山へと消えていた。

 流石に夕暮れ時から山へ登るような馬鹿な真似はしないので除外して、俺は行先を決めて足先は歩道へ向けて歩き出す。

 田舎特有の空気を感じながら俺は散歩を兼ねて、この道を選んだのはあるが、あわよくば地元民から話を聞き出せるだろうという考えだ。

鼻唄に合わせながら俺は歩いた。 歩いた。……歩いた。 …………歩いた。

 俺はもう鼻唄を唄うことを止めていた。

 人間との出会いがなく、俺は引き返すことを決めようと思っていた頃。

 道端に地蔵様が三尊並んでいた。

 雨風を凌ぐために建てられているであろう屋根はその機能を果たしているのか分からないくらいボロボロである。

 俺の目を引いたのはそれ以外にも、その屋根の隣にある高さ四メートルほどありそうな樹木は黄色い花を咲かせていた。

 何より問題なのはその下で木に寄りかかるように眠りこけている男がいることなのだ。

 呑気な鼾が聞こえるのが妙にイライラさを加速させる。

 日除け用の帽子や、汚れた腕カバーなんかの恰好に傍らに立て掛けられていた桑を見るに、この男は農作業をした後なのだろう。

 しかし、通りすがりの俺が怒るのも変な話ではあるが……。

「おい、もう陽が沈むぞ。 起きろ」

 肩を揺らして、声を掛ける。

 気付けば俺は起こしていた。

「あ……あと五分」

 定番の台詞を吐いた男。

「ちっ」 

 舌打ちして、男から離れる。 夏の暑さも手伝ってから、一瞬殺意が沸き上がってしまう。

 ほって置いてもいいだろうが……このままだと何かあった時に俺の夢見も悪い。

「一発くらいは叩いてもいいか」

 そう呟いた時だ。

 頭上から殺気。

 ほんの一瞬ではあったが長年染みついた経験が、身体を無意識に動かした。

 横に跳んだ俺は真横から重い音が落ちるのを聞いた。

 それは巨大な直刀……それが垂直に落下して、地面に深々しく突き刺さっている。

 上へとゆっくり視線を向けると、そこには誰も、何もなく、夕暮れに染まる空を見ながら、背中は冷や汗でびっしょりと濡れていた。

 俺の後ろから物音が聞こえ、そちらを見れば、欠伸と伸びをしている男の姿が映る。

「あー、起こしてくれたのアンタか?」

 ボリボリと頬を掻いて、その問い掛けてきた男に適当に返事しつつ、俺は警戒してた。

「なあ、この地域じゃ雨の代わりに刃物でも降るのか?」

「さあな、どうせ降るなら金であってほしいものだが、何故だ?」

 気だる気に立ち上がる男の気配。

「ああ、実はさっき───」

 俺の視線は突き刺さっていた直刀に向けられていた、が。

 消えていた。

 跡形もなく、その痕跡も見られなかった。

「どうした、何か落ちているのか?」

 俺の肩から覗き込むように男が俺の視線を追う。

「いや、何でもねえ」

 俺はそれから逸らすように、男を見る。

「ワイの名前は……キノエだ。 起こしてくれ助かった」

 左手を差し出しながら、そういう奴の顔と手を交互に見る。

 一人称でワイというので、一瞬変な顔になったかもしれないが、そのまま流すように握手に応じた。

「俺はベネットだ」

「そうか、部熱湯さんか! よろしくな。 しかし、こんな田舎になんか用事でもあるのか?」

 名前のイントネーションに違和感を覚えつつも、俺は質問に答える。

「ちょっとした観光でな、そういやここら辺で民宿とか宿泊施設はあるか?」

 そこでキノエが何か考え込んだような表情をして、口を開いた。

「……悪いがこの近くにはないな、あるなら電車で駅一つ跨いだ所とかにはあったはずだ」

「そ、そうか……じゃあ、駅まで戻ることにするぜ」

「おいおい、もしかして知らないのか?」

 何が? という前に答えはわかっている自分がいた。

「多分もう今日電車は来ないぜ」

「……」

「それにもうじき暗くなるしな、良かったら家に来るか?」

「い、いいのか?」

 キノエが自身の胸をポンッと叩いて笑ってみせた。

「起こしてもらわなきゃ、散々な目に合っていただろうしな、これくらいお安い御用さ」

 田舎の温かさを感じる瞬間でもある。

「ま、まあ、こういっちゃなんだが、口裏を合わせてくれると助かる」

 その言葉でなんだか察しは付いた。

「カミさんにドヤされるのか?」

「いやぁ、そういうんじゃないが、まあ取りあえず頼んだぞ。 それじゃあ、帰り支度するから待っててくれ」

 そう言ってキノエは近くの田畑に歩いて行った。

「一時はどうなるかと思ったが、一件落着ってところか?」

 俺はひとまず近くの地蔵に手を合わせることにした。

 これも何かのお導きかもしれないとな。

 目を閉じていると、蝉の音が嫌に響いた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ファイル1‐10

 しばらくして、電車は停車。

 アナウンスは目的地のイエダ村であることを教えてくれた。

「……」

 私たち二人に遅れて、隣のカップルも立ち上がった。

 どうやら同じ駅で降りるらしく、私たちの後に続く。

 そのまま、車掌に切符を見せて降りるところに来たところで、前を歩くアイザック殿から声が掛かる。

「レディファーストだ」

 なんの意味もないが、彼なりの戒律だの拘りなどがあるのだろうと、思考を停止させて、私は車両を降りた。

 次に降りてきたのはどうやらカップルの女性で、男性の後ろを歩いていたはずの彼女が先に降りたということは彼も謎の拘りでも持ち合わせているのだろうか?

 その次はカップルの片割れであった。

「もー、遅いぞー!」

 僅か十数秒ほどの別れでもこれとは、中々なものなのではないか?

 いや、私の基準ではそうでも世間ではむしろ普通なのか?

 腕をブンブンと振り回して、文句を言う彼女に片手を上げて制止する男性。

「大袈裟だ、それに公然の前で大声も出すな」

 彼女は注意には反応を示さずに、そのまま彼の右腕に抱き着いた。

「こんな田舎に人を連れてきておいてさぁ~、それはないよねぇ」

 豊満な二つの山が腕に合わせて形を変える。

 私は思わずゴクリと息を呑んでいた。

 衣服の上からでもわかる大きさはきっと男性には毒であるというのは容易に想像がつき、私は無意識かすら定かではないが、掌が自身の胸部に伸びているのに気付く。

 あるはずの場所に感触がない。

 目の前の山と比べて空振る我が両手を見下ろしていると、前から視線を感じる。

 私の視線と彼女の視線が交差。

 その視線が徐々に下へ向かい、その表情が勝ち誇ったものになった。

 その時に私の表情が平静を保てていたかはわからない。

 いったーい! という声が遠くに行きかけた私の意識を戻した。

「ちょっと! ナニするのさ!?」

 わざとらしく両手で頭頂部を摩る女性が抗議するのは先程まで抱き着いていた男。

「無いのはお前の常識と品性だ。 特に同性に対するものがだ」

 男性はこちらを見て、頭を下げる。

 地団駄を踏みながら何やら抗議するがそれを相手することなく、男はやれやれと頭を振りながら、溜息を吐く。

 そのまま、彼女の手を引いてカップルは駅から出て行った。

 何か置いてきぼりされたような空気が包む中で、ようやくアイザック殿が下車する。

「おまたせした……ん? どうかしたのか、サイシャ殿?」

 こちらの気配を察したのだろうという問いに私は言葉を濁した。

「……それより随分と遅かったですね」

「ああ、それはだね……っと」

 懐から一冊の本を取り出す。

「某としたことが愛読本を忘れてしまうとは、危ない所だったよ」

「はぁ?」

 もしかして……。

「もしかして、先程のレディ・ファーストって」

 拳を作って、自身の頭にコツンと叩くアイザック。

「てへぺろ」

 私の拳が彼の腹部を抉った。

 

 

──────────────

 

 

 駅から出ると目の前には平和的な田園風景と、空から降り注ぐ日差しが出迎えてくれた。

「相変わらず……というには些か早急であるか」

 辺りを見渡すアイザックには、どこかまだ不機嫌なサイシャ。

 時刻は昼過ぎ頃で太陽はまだ高く、立っているだけで少女の顔には汗が噴き出していた。

 そんな中で、スーツで決めているアイザックの顔は涼しいものであり、しばらくして遠くへ向けていた視線を隣のサイシャへと戻した。

「恐らくだが、我々が向かうべき場所はあちらだ」

 そう言って指を差したのは舗装された車道である。

 他にも道が二つあるが、どうも迷わずに済みそうであった。

「ところでサイシャ殿」

 どこか優し気な声音。

 彼女にはそれが嫌な予感でしかないことがすぐに分かった。

「どうしましたか?」

「某はどうしても外せない用があるので、ここは一度解散して自由行動とは如何かな?」

 サイシャは意外にまともな提案に虚を衝かれた。

「どうかな? 指徒しての活動は明日からで本日はあくまで移動時間だ。 それに某は折角の休日を潰されているわけで、そこ踏まえて少しは融通を利かせていただいても構うまいな?」

 そこで少し思考した後にサイシャは、それを肯定した。

「ええ、構わないと思いますよ。 私も貴方を拘束する気はありませんし、それ以上に出来ないと思うので……宿泊場所で合流するということでよろしいでしょうか?」

「ああ、構わないとも。 それでは挨拶だ。 では、また会う時まで御機嫌ようサイシャ殿」

 恒例の挨拶を済ませると、くるりと少女に背を向けて歩き出した。

 サイシャも示された舗装道路を進路に捉えて歩き出す。

 ここまで来れば何の変哲もないだろうが、敢えて奇妙な点を挙げるとすれば、スーツ姿の男が向こうのが荒れた山道であるということだろうか……。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ファイル1‐11

 夏の日差しはどこに行っても変わらない。

 そのことを私は改めて実感した。

 街と変わったのはビルやコンクリートジャングルから豊かな田園風景になったということと、人々や文明から生まれる喧騒はなく、遠くで鳴く蝉や上空を飛ぶ鳥の囀りである。

 既にそこそこ……小一時間は歩いているが中々に変わらない風景に嫌気がしてきたのは恐らく私のせいではないと思いたい。

 動きやすい服装ということでそれなりの軽装で来たわけだが、今ではわずかながそれを主張するように露出した肌から汗が浮き上がっては流れ落ちていくのがわかる。

 ゴロゴロと荷の入ったキャリーケースを運ぶもその足取りが徐々に重くなり、息も切れてきた。

 歪む視界は焼けたアスファルトと重なり、蜃気楼となっていく。

 歩道を進む中でぼんやりと言葉が浮かんだ。

「ナニ……やっているんだろう、か……わたしは」

 乾いて絡まる舌が

 徐々に足元がおぼつかずに、ふらつく。

 道路を挟んで対岸の歩道に人の気配。

 足音から察するにランニングでもしてるであろう人物を三人ほど確認。

 気のせいか、一名の足音が消失。

 それを気にせずに歩いていると、脳が揺れるような吐き気が襲い、思わず口を押さえる。

 寒気と共に嫌な汗が額から噴き出し、膝を付く。

 キャリーバックが倒れる音と、私が倒れ込んだの同時だったかもしれない。

 その正確な判定をするだけの余裕を残されていなかった。

 高熱のアスファルトが頬を焼いていく感覚と、閉ざされながらも相も変わらず肌を照らしているのはわかり、意識が遠のいていくのがわかる。

 どこかで私を呼ぶ声が聞こえた気がした。

 そんなわけないのに……。

 

 

 

 

 

 

▼△▼

 

 

 鬱蒼とした木々が立ち並ぶ森の中を歩くにはあまりには不釣り合いのスーツ姿が歩いていた。

 特に気にした様子も迷う気配もなく、するすると歩みを進め、まるで己の庭と言わんばかりと、軽い足取りが草木に覆われた地を踏みしめ、足跡を残していく。

 一見鼻唄でも奏でそうな勢いの歩みではあるが、それとは裏腹に男の表情に余裕は見られない。

 進むごとに額に汗が浮かんでいく、スーツ姿であの炎天下を涼し気に立っていた男とは同一人物とは思えない差であった。

 身体的から来るものではなく、精神的にくる発汗であり、自然と緊迫とした空気が漂い出す。

 男は傾斜を上り始めた時に、足元に違和感を感じた。

 乾いた何かを踏み砕くような音。

 視線の端には白い破片が散乱していた。

 それは形状からして骨ということを推測。 それも人骨で、細かく言うならば足の骨である。

「……ふっ」

 男は鼻で笑っていた。

 その中に少しばかりの安堵感すら感じられる不気味な笑みである。

 そのまましばらく傾斜を上ると、開けた場所に出た。 

 更に少し進めば、二本の大木が見え、その間に一本の注連縄が渡されており、その先をにはまだ道が続いているようである。

 だが、男の視線は違う場所に向けられており、その歩みもそちらへ向かう。

 開けた場所の端で申し訳ない程度に建てられた祠であり、雨露を凌ぐ屋根はあるも随分と昔のようで既にボロボロで辛うじてその役割を果たしているようであった。

 その祠も手入れをする者がいないのか、荒れているようで、閉ざされている戸に申し訳ない程度に札が数枚貼られているだけであったが何故か神秘性を帯びているように思えた。

 男はその前まで近づくと、作法通りの挨拶を行い、礼を終えるとそのまま右手を祠に近づけるもバチンと激しい音が辺りに響き渡る。

 見れば、アイザックの右手は大きく仰け反り、触れようとしていた人差し指の爪は弾け飛び、中指に至っては肉ごと削ぎ落ちていた。

 傷口を観察して、一つ深い息を吐いた。その瞬間───アイザックの右手は鋭い貫手となって祠を急襲。

 衝撃音と火花が散るような音が響き、水音が撒き散らされ、辺りに赤い花弁が咲き誇る。

 触れる寸前の所で、右手は何かに阻まれており、その防壁がアイザックの肉と血と骨を削っていた。

 だが、確実に勢いは弱まっていき、形を失いながら右手は距離を詰めていく。

 そうして、それは零になり、脂汗を浮かべた男の顔に笑みが刻まれた。

 祠に貼られた札に右手の傷口が触れ、それを滑らせると赤い線が走り抜け、元の文字が塗りつぶされていく。

 それが三枚目の札に差し掛かった頃、右手に掛かっていた負荷が消えた。

 倒れ込むように祠にもたれ掛かり、腐った木が折れる音と屋根が崩壊するのは同時である。

 辛うじて、身体を反らしてその崩壊に埋もれるのは防ぎ、左手で身体を支え、跳ぶことで体勢を戻した。

 次に映り込んできたのは、腐った木材による廃材の芸術品が生まれた瞬間でそこには神秘性の欠片も残ってはいるはずもない。

 少しだけがバツが悪そうに左手でポリポリと頬を掻くも、ついでとばかりに右手に視線を落とせば、親指を除いた指は欠損しており、グチャグチャとなった断面からは脈拍に合わせて鮮血が噴き出しているのが見えた。

「……唾でも付けば治るだろう」と明らかな現実逃避に近い言動を呟くと、懐からハンカチで傷口を覆って結ぶ。

 処置を終えると、元々祠があった場所に腰を落とし、アイザックは何かを探す。

 木材を退かしながら、男の口から音色が漏れた。 

 どこかの民謡のようで独特なリズムであり、どこか落ち着くことが出来るものである。

 しかし、それも不意に止んだ。

 廃材を退かし終えたそこには石造りの板があり、それが蓋であるということは察せられ、両手を隙間に挟めようとするも右手の負傷を思い出し、何を思ったのかハンカチを邪魔だと言わんばかりに無造作に外す。

 それは奇妙な光景であり、所謂奇術に近く、見る者が見れば奇蹟と云うのだろう。

 消失したはずの右手の指は──あった。 まるで何もなかったかのように存在し、彼はそれを当然のように使用し、当の本人は気にした様子もなく作業を続けている。

 そうして、退かされた蓋の中を見てみれば、厳重に封がされた長方形の桐箱が姿を見せた。

 アイザックはそれを丁寧に取り出すと、左脇に抱えて立ち上がる。

 その表情はどこか満足気でもあり、その場から離れ、次なる目的地へ向かう。

 その為には大木の間を通らなくてはならないでようで、一度その前で立ち止まり、息を吐いた。

 彼の中でまた一つ覚悟が決まったようで、歩み出した一歩は力強いものであった。

 だが、宙に渡された注連縄を潜ると、空気が一変。

 辺りの気配は粘り気のあるものに、自然の中で感じられた爽やかな空気は獣臭さを纏う臭気に変貌した。

 僅かにアイザックは咳き込むもすぐに呼吸を整える。

「だから、嫌いなんだよ、ここは」

 しかし、言葉とは裏腹に彼の口角は持ちあがっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ファイル番外:事務所

 コンクリートジャングルが広がる街中の昼下がりで古びたマンション、コーポ『たそがれ』。

 その一室で我らが私立探偵、御景は口元に咥えた砂糖菓子を前歯で削りながら、事務机に頬杖を付いて前方を眺めていた。

 その前の応接机に広げた用紙に齧りつくように何かを書き込んでは消している少女の姿が映り込み、傍にある応接用のソファーには中年の男が腰を落ち着けて雑誌を読んでいる……ように見せかけているが、その視線は少女を案じるようにチラチラと向けられてり、少女の筆が進む度に、小さくガッツポーズを決めているのは何ともシュールで、何なら雑誌も逆さまになっている。

 呆れつつ、御景は視線を別に向けた。

 型落ちの薄型テレビに繋がれているのは、年代物の機器であり、それから伸びたケーブルの先にある端末は二人の男女が握っている。

 画面には横長の広場を移動や攻撃を駆使し、縦横無尽に動き回るゴリラと、ミサイルやビームを撃つ強化スーツを着用している女が戦っていた。

 勝敗は相手を場外に出すか、落とすなりすればいいらしい。

 単純ながら、だからこそ接戦しているようで、本来は子供向けのはずのゲームで近年では大人も対象になりつつあるとか……。

「あははは! 今回も私の勝ちだな!」

「ほざけ、ソーゴー的には俺の勝ちだっての!」

 それを証明するように遊んでいる二人がいたからだ。

 

「先生、珈琲入りましたよ」

 視線を横にずらしてみると、その声の主、ジョッシュが持つ盆の上からカップを一つ差し出す。

「ああ、ありがとう」

 受け取る前に齧っていたココアシガレットを急いで噛み砕き、早速とばかりに珈琲を流し込む。

「そんなに慌てて飲まなくてもいいんじゃないですか?」

 その問いに御景は意外そうに返した。

「なんだ知らないのかジョッシュ、珈琲とココアシガレットを同時に口内に入れると爆発するんだぞ」

「はいはい、そうですねー。 じゃあ、先生の胃は何度爆発しているんですかね」

「そりゃあもう数えきれないくらいにはしてるな」

「……最近暇だからって脳細胞が死滅でもしてるんですかね」

 盆を事務机に置いて、近場の椅子を引いて座る彼に御景は問いかける。

「なあ、どっちが勝つと思う?」

 一瞬、首を傾げたがすぐに意図を理解したのか、何がです? という返しはなかった。

「選択キャラと、ソフトの世代が初期ということから、獣月さんと思いますけど……残機的に余裕っていうのと最近は真田さんも中々上手くなってきてると思いますし正直六分四分かな、と」

「そうか……ワイは真田が有利と思う」

 そう言いきった理由を聞こうとして、ジョッシュは言葉を止める。

 仮にも自分は探偵助手という立場……これは先生から与えられた試験なのでは? とそう行きついたのだった。

 顎に手を当てて思考に耽るジョッシュを他所に御景はまた珈琲を啜り、机の紙箱から砂糖菓子を一本咥えた。

「さぁて、そろそろかね」

 その呟きと共に試合に動きがあった。

 拮抗と思われた展開は強化スーツの女が溜め射撃がゴリラを撃ち抜いたことでその残機差を縮めたのである。

「所詮、テメェはモンキーなんだよミヤビぃ!」

 フッ飛ばした余韻を浸ることなく、再びチャージを始める獣月。

「ぐっ、確かに溜めパンチが避けられたのも、あとやられたのも痛いな」

 上空から降りて、点滅している無敵状態の間に腕を高速回転させるゴリラ。

「だが、数的有利には変わりない。 王道的な逆転劇は無いと断言させてもらうぞ!」

 ここで初めて御景は真田=ゴリラ、獣月=強化スーツ女だと知ることになる。

 顔には出さないようにしているが、思わず力が入ったようで、パキンと軽い音を立てて、ココアシガレットが割れた。

「ほう……」

 意味深な言葉と共に、手で口元を覆う御景を見て、皆はどう思うだろうか?

 少なくとも隣の助手には、ただ事には聞こえなかった。

 先程の真田のセリフと、彼が断言しきった根拠。

 そこにはどんな答えがあるのか……ジョッシュは再び思考を巡らせる。

 それを遮るように獣月は叫ぶ。

「そんなキャラでなぁ、勝てるわきゃねぇだろ!」

 猛攻に相応しく、攻撃を確実に当ててダメージを蓄積させてゴリラをフッ飛ばしていた。

「まだまだぁ!」

 だが、真田も負けじと技を駆使して、復帰してはカウンターで攻撃を当てていく。

 気付けば、御景は真田が復帰成功する度に、声が漏れそうになったのを苦く熱い珈琲で流し込む。

 対してジョッシュはあれでもない、これでもないという根拠の手掛かりを画面内や操作する様子から探そうとしていた。

 一見くだらない遊戯は蓋を開けてみれば、もう一つの闘いを生んでいたのだ。

 そうこうして戦いは佳境となり、獣月は残機──1、真田は残機──2と真田有利のまま進んだ。

 一進一退の攻防が続き、コントローラーを握る二人にも疲れが見え始めている。

 先程からはお互いにチャージ完了を示す光の点滅をしているが、牽制ばかりで放つ素振りはない。

 それはそうだろう、それを外せばやられるという他ならない。

 次動きを止めれば、射程圏内に入れば─────そう外野は考えるも当人たちは単純なものである。

 ただ勝ちたい────それだけなのだから。

「いい加減落ちろよぉ!」

 遂に痺れを切らしたのは獣月だった。

 放たれたビームキャノンはゴリラを捉えていた。

 普通ならそこで避けることを考えるだろう、だが真田は違う。

 逆に近づいた!

「な、なにぃ!?」

 直撃すればほぼ死ぬのが分かっているはずだ。

 それを何故……その答えはすぐに分かった。

 当たる直前にゴリラの周りに球体が包み込む。

 球体は限りなく小さくなるも、ゴリラは健在。

「あ、そっか、シールドかぁ~」

 呑気に呟いた獣月は自身が操作するキャラクターの眼前に迫るゴリラを見ていた。

 否、見ているしかなかったのだ。

 動かないのではなく、動けない。

 撃った直後の硬直時間を利用した見事なカウンターである。

 次の瞬間にはゴリラのストレートで場外に叩きだされる姿が映るだろうと、獣月だけでなく、外野もそう思っていた。

 だが、そうはならなかったのだ。

「私は思う」

 話しながら、操作する真田。

「拳というものは固めてばかりでは相手と分かり合えないと」

 その横顔は対戦者へ向けた敬意に溢れていた。

「だからこそ、人と分かり合うためにはまずその拳を開くことから始めるべきであると」

 その横顔に悪意など微塵もなかった。

「しかし。これは戦いだ勝敗を付けなけば終わることはない」

 真田は操作を終えて、コントローラーを手放した。

 そこにはゴリラが、獣月のキャラクターを持ち上げたまま、ステージ外から共に落ちていく映像が流れている。

「あ、あれは”黒い手”」

「し、知っているんですか先生!?」

「自身にかなりのダメージが溜まっている時や、相手の残機が残り1の時に、無理矢理有利な状況もしくは勝利へ持ち込むという禁じ手! まさか、会得しているとは……」

「そ、そうか、だから先生は真田さんが有利と言っていたんですね!」

「お、そうだな」

 液晶画面の向こうでは真田が使っていたゴリラがアップになって勝利を喜んでいる映像が流れていた。

「ふう、これが王道的な勝利というものか! あはははははは!!」

「いやぁ、お前余計にタチ悪ィぞ?」

 満足気な真田と、遠い目をしていた獣月の言葉が届いていたのか分からない。

「テメェら、さっきからうるせぇぞ! メルティが勉強に集中出来ねえだろうが!!」

 これ以降、事務所で対戦ゲームは控えられるようになったとか、なっていないとか

 

 

 時刻は過ぎて夕陽が差し込みだした頃。

「あ、そういえば先生! さっき郵便受け覗いたらハガキが届いてましたよ」

 手渡されたそれを見て、探偵は軽く身支度を済ませる。

「……ワイは今から出かけてくるから、お前も作業が一段落着いたら帰っていいぞ」

「また、ココアシガレットですか? それでしたら俺待っておきましょうか?」

 助手の気遣いに片手で制す。

「いや、今回のは少し遅めになりそうでな、ベネットとかにも連絡はしておくからいいぞ」

「はぁ……わかりました。 鍵はいつもの所に置いておけばいいですか?」

「ああ、頼む。 それじゃあ、お疲れ様。 そして、いってきますよっと」

 古びて嫌な金属音を立てる扉の開閉音に遮られて、ジョッシュの返事が聞こえたかどうかはともかくこれが事務所での日常でもある。

 

「挨拶は大事だよなぁ」

 薄暗くなった道を歩きながら、探偵は呟いた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ファイル番外:とある警官

 ツウィッタウン、第四地区の雑貨ビルが並ぶ通りには、夜だというのに灯りが絶えていた。

「妙に静かだな」

 遠くに聞こえるサイレン音がなければ、この世の住人が自分だけだと疑ってしまいそうだ。

 そういえば、こちらへ向かう途中に擦れ違いざまにパトカーや消防車などが多く見られたが近くで事件でもあったのだろうか……。

 警戒しながら夜道を歩く男は、警察官の制服を身に着けており、まだ汚れが殆どない綺麗なものであり、彼が配属されて日が浅いことを想像するのは難しくない。

 

 

 

 

 事の始まりは普段なら無線だけで済ませてくる上司から、珍しくオフィスに呼び出しを受けたことだった。

 いつも偉そうにデスクにふんぞり返る姿とは打って変わり、どこか怯えたように震えて、額には珠のような汗が浮かばせていた小太りの中年男の姿が記憶に新しい。

 同時に、それを見て噴き出しそうになったことも思い出し、その場で口角が自然に上がってしまう。

 上司からは早い話、指定の時刻にとある場所に向かってほしいとことで、要するに言伝を行うものが欲しいということだった。

 なんでも、本来頼む予定の者がいたが急遽来れなくなったとのことなのだが、それが新人に回されてくるものなのか……上司の様子から見ても只事ではないというのは明らかである。

 こちらが思案に耽っていると、座っている中年男がデスクの上置いていたそれをこちら側に滑らせてきた。

 それは指定の場所が書かれたメモ書きと、盛り上がった茶封筒。

 答えを聞くこともなく、上司は早口でいくつかの注意事項らしきものを捲し立てた。

 ・その茶封筒の中は好きに使ってもいい

 ・相手には決して失礼のないように

 ・当然、今回のことは他言無用

 ・挨拶は決して欠かさないように

 

 という風に他にもいくつか言われたが、大したことはないだろうと踏んでいる。

 ここまで来れば汚職の片棒を担いだのだと思うが、やはりそれでは引っかかってしまい、釈然とはしない。

 あの怯えた様子は汚職などというよりも、脅迫などの類ではないかと頭を過るが、とにかく今は時刻に従って行動することを優先させた。

 

 一見無人に見えても、キチンと人がいた痕跡は残っており、それもいなくなってからそう長くない時間と想像できた。

 窓から覗ける範囲で見ても、荒らされたというよりは急いで荷造りしたような印象を受ける。

 それも何かから逃げるように。

「……」

 自分が思っている以上にことは重大なのではないか?

 わざわざ、住民が逃げ出すようなことがここで起きていることなのだろう……。

 男の歩みは早足になっていた。

 一刻もその住所へと向かうために。

 

 

 

 結果として目的の場所にはたどり着いたとは思う。

 しかし、目の前に広がるのは廃墟であり、ほとんど焼け落ちた残骸ばかりが広がっていた。

 付近には安全を配慮して用意されたであろうフェンスを跨いで辺りを見てみるも、それらしいものはない。

 指定された場所を間違えたか……?

 立ち尽くす警官は再び辺りを見渡すも、他にそれらしいものがないか探す。

 だが、指定された場所は間違いなく合っていた。

 脳内で疑問符が反復する。

 騙された、所謂ドッキリなのか──むしろ、ここまでくるとそれが濃厚であった。

 深い溜息と共に、住所の書かれたメモ書きをクシャリと握りつぶすと、瓦礫の中に頬り込もうと振りかぶる。

 

「いやぁ、感心しないなぁ」

 その声は背後から聞こえた。

 思わず振り向きざまに腰に提げていたホルスターから拳銃を引き抜いて、構える。

 西部劇のカウボーイに憧れて磨いた早抜きは意外な形で役にたった瞬間であった。

 しかし、警官は視線の先には奇妙なものが映るそれを見て、思わずたじろぐ。

 縦縞のスーツに身を包んで、包帯で頭を覆い、白い布地に黒い目の模様が不規則に六つある人物がフェンスに腰掛けていた。

 その人物の視線は警官には向けられておらずに、手元の透明の容器にある。

 中身は薄茶色の液体の下に沈殿する黒い球体があり、その人物は鼻唄混じりにストローを刺し込んでいるところであった。

「う、動くな!」

 実弾が入った凶器を人に向けるのは当然初めてで、自分の指に人の命が乗る可能性があるということを警官は自覚していた。

 だが、それに反してその奇怪な人物は気にした様子はなく、手元のドリンクを楽しもうとしている。

「止まってあげたいのは山々なんですが、折角買ってきたんだからすぐに楽しみたいというの欲が優っているのですまないが待っていてくれ」

 声音からして人物は男であるのは間違いなかった。

 それも不審者を通り越して、狂人染みたことを言っている。

「命とタピオカミルクティー、どっちが大切なんだ!?」

 最終通告とばかりに声を振り絞るも、男は我関さずという様子である。

「某は何もしていないのだから、凶器を振り回しているそちらに非があると考えはないので?」

 もぞもぞと、男が包帯の位置を調整する。

 そして、その男の言葉に警官も冷静さを僅かに取り戻し、緊張の糸を和らげるために生唾を一度呑み込んで、銃口を下げた。

「理解ある人物で良かったよ、あのまま行けば恐らく君は死んでいただろうからね」 

 乾杯、と容器を掲げる男はそのままストローを咥えた。

 さり気無く、恐ろしいことを言われたことに冷や汗が流れるも、気の抜けるようなズゾゾゾゾゾッ、という音のせいで何とも言えない顔になる。

「んー、不味くはないが正直並ぶほどじゃないな……」

 そう言いながら再び彼はストローを吸い上げる。

 それが数分間続いた。

 

 

「おおっと、本日オフということに気を抜いて、某としたことが大切なことを忘れていた ! 某の名前はアイザック=スタンスターン!! 以後お見知りおき」

 挨拶をした本人からすれば大切なことであったとしても、警官の中で変質者の名前が更新されただけであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ファイル番外:とある通りで

 夜が迫るツウィッタウンの街を女が歩く。

 長い金髪と整った顔立ち、そして女性にしては長身と雑誌から抜き出てきたような雰囲気の女である。

 ただ、服装には違和感があった。

 首から下に体型が分からないほど大きく纏った純白の外套が靡けば、赤い模様が覗かせ、足元の最高級の革靴はテラテラと濡れたような光沢に街の光を宿していた。

 しかし、この街では奇妙な信仰家か、コスプレイヤー程度にも見えるその姿は誰の目も引いていない。

 薄く開かれた女の青く氷のような瞳が、街を眺めた。

 夜の街角を軋るタイヤの音と怒鳴り声。

 交通事故になりかけた乗用車同士の運転手が窓から怒声で声を上げている。

「この街は良い街ですね」

 女の爽やかな声音がそう呟き、ですが、と続いた。

「もっといい街にする必要があります」

 心底楽しそうに女の声は弾ませながら、女は人並みの中を歩いて行く。

 颯爽と進んでいく姿は自信に満ちていた。

 彼女が進むと、道を行く人々が減っていき、路地を曲がると、人通りは完全に消えていた。

 両側にビルが並ぶが、商店などは存在せず、街灯が明減するばかりの薄暗い通りが広がっている。

 街路に通りかかった歩行者たちも、慌てて来た道を引き返し、車すら女が進む通りを迂回していく。

 この通りだけ他の喧騒から隔絶されていた。

 女は無人の通りの中央を進む。

 革靴がアスファルトの上で止まり、左を向いた。

 前方には灰色のビルが立ち、五階立ての建造物の足下は周囲を拒絶するかのように壁に囲まれ、正面には大層な門まで設置されている。

 威圧するような鋼鉄の門扉の右手には【ラーハノッシ興業 第6支社】という控えめな看板があった。

 門の左右に置かれた簡易椅子には、それぞれ男が座っている。 

 左には遮光眼鏡の男が座し、手斧を刺青が描かれた右手で器用に回転させていた。

 右には禿頭の男が座り、鞘に入っている短刀を脇に置いている。

 間に挟んだ机に広げて、札遊びをしていた二人組の手が止まった。

 二人の視線は門の前方、道路に立つ奇妙な女を眺める。

 ブカブカの外套に包まれて、全貌は分からないが、顔立ちや佇まいから漂う優雅さや優美さは荒涼した街並みに反していた。

 優雅な女は門扉へ歩みを進めると、門番二人の視線が険しさを増していく。

 即座に禿頭の男が立ちあがり、短刀を構え、遮光眼鏡の男は手斧を肩に担いでいた。

「お嬢さん、なんか用か?」

 禿頭の男は敵意寸前の声音で続けた。

「観光客なら知らねえかもしれねえが、このビルは観光地じゃねえ。 ラーハノッシ一家の支社でこえぇお兄さんたちがいるんだぜ」

「それか”売り”がやりたいんなら、他あたりな」

 遮光眼鏡の男が腰を浮かして続ける。

「悪いことは言わない。 回れ右して帰るんだ」

 女はその歩みを止めない。

「テメエ、どこの組織のもんだ!」

「刺客?」

 外套の女は端正な顔に苦笑を浮かべる。

「そのような無粋な職に就くわけありませんよ」

 広げた女の手は無手。

 翻った外套の下には白の基調に赤黒い模様が並ぶ服装で、革靴の表面も濡れていた。

 それらの正体は変色した返り血であった。

 女は両腰に提げていた金属棒を瞬く間に連結させると、それらは身の丈ほどになる。

  怒声と共に禿頭の男は、敵意に切り替えて突進。

 それに続くように遮光眼鏡の男も斧を振りかぶって走り出す。

 その様子を見て、女の端正な顔に収まる唇が歪む。

 背中に棒を回し、軽い金属音。

 眼前に男たちの姿が迫っても女は態度を変えなかった。

 

 瞬間。

 

 その間を突風が薙ぎ、轟音が鳴り響いたかとと思えば、迫っていた二つの影は全部で五つに分かたれ、地面に転がる。

 男たちは何が起こったかわからないまま、絶命した。

 路面に転がる男たちだった肉塊と、上から下へ振り抜いた体勢になっていた女の手には握られた金属棒の先には、血と肉片と脂肪に塗れながらも、輝きを失わない白銀の半月が生え、アスファルトを砕いていた。

 顔に付着した血を右の掌で拭い、大鎌を振るい血糊を飛ばす。

 鎌の刃に反射して映る自身の口元が、人工の光の下であっても、歪んだ半月の笑みになっていることにどこか女は満足気になっていた。

 得物を構え直し、表情をいつもの優雅さに戻していく。

「それでは……」

 後ろに何か布を引き摺るような音と気配が聞こえるも彼女は振り替えることなく、続ける。

「さあ、始めるとしましょう」

 通りを爆音と悲鳴が吹き荒れた。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ファイル番外:とある警官2

 俺は隣に立つ奇妙な男……アイザック=スタンスターンなる人物に思考を巡らせた。

 この人物こそが上司の言っていた相手なのかと。

 上手くストローで呑み切れなかったタピオカをどう処置しようか悩んでいるこの人物に対して失礼のないようにと釘を刺してきたのか……顔に出さないように徹する。

 そんな俺の視線に気づいたのか、アイザックは透明のカップを雲の隙間から洩れる月明かりに翳しながら話し出した。

「そんなに喉が渇いているならいります?」

「結構です」

 俺の即答を気にした様子はなく、続ける。

「こんな時間にパトロールとはお巡りさんも大変ですねぇ」

「……仕事ですので」

 少なくとも嘘ではない。

 上司からの命令である以上は、これも仕事ではあるのだ。

「あー、もういいか」

 そう言うとアイザックは透明のカップから視線を下す。

 俺の疑問符が脳で一往復する、一呼吸、瞬きの暗闇と同時に動く気配。

 気付けば、静止しているはずの落書きの六つの目たちがこちらを見据えるような錯覚と共に、こちらを覗き込んでいた。

 白い肌のように覆う包帯の向こうにあるはずの瞳がこちらを射殺さんとする威圧感が背筋を突き刺す。

「こちらも無駄な時間を取るつもりはありません。 要点だけを話すから、よく覚えておくように」

 それらの言葉はあくまで児童に語り掛けるように思えた。

 

 

 

【先に手を出したのは貴方たちだ。 我々は対価を刈り取る。 再調整を終えるまでは続く】

 

 

 正直、それが正確な言葉かは自信はない。

 しかし、先の文面は妙に頭にこびり付いた。

「長く抽象的で意味不明な元々のメッセージよりは幾分か噛み砕いたが、大丈夫かね?」

 威圧感を消してそう聞いて来た彼が先程と同一人物なのか疑わしく思えたが、俺は首を縦に振るうしか出来なかった。

「某もこんなのは電子メールなり、文通でもいいと思うんだがね、何せ教祖、さ・ま! やらの意向でね」

 肩を竦めてやれやれとジェスチャーするアイザック。

 少し落ち着いて来た俺は、言葉を絞り出す。

「貴方は何者なん……ですか?」

「先程も言ったが、アイザック=スタンスターンだ。 挨拶の大切さを語り、愛殺によって相殺(あいさつ)を行う全うな者だ」

「……」

 やはり、変質者には違いない。

「まあ、付け加えるなら教団の正当な想いを継ぐ右手の薬指の使徒だ」

「使徒?」

 聞き慣れない単語に思わずオウム返しになる。

「そう、夜母様に仕える使徒! その指先の使徒、もとい【指徒】として我らは活動しているのだ! そう全ては夜母様の為、ここ重要!」

 なんというか、触れてはいけないのだとは理解した。

「な、なるほど……それじゃあ、その夜母様の為にもこれからも挨拶を頑張ってください」

 そそくさとその場を後にしようとした瞬間に首に衝撃。

 ぐぇっ、と情けない声が漏れたのは後ろから襟首を掴まれたせいである。

「まあまあまあまあ、そう急がなくともいいではないですか、夜道は危険だ、送りますよ。 ついでに挨拶の大切さと夜母様についてもお話したいですし」

 とんでもない提案に俺の中で警報が鳴り響く。

「いえいえ、そんな大層なお方の時間を割くわけにもいきませんし、これからの仕事も残っていますし……」

「随分と真面目ですね。 いやぁ、真面目過ぎませんか? うちの連中にも見習わせたいものだ」

 襟首の圧迫感が消える。

「まあ、冗談はともかく帰るにしても色々と危険ですし、貴方を安全に返すのも某の仕事なんですよ」

「……え?」

「いやぁ、本来なら某じゃなく違う者が担当だったんですが、他に手が空いてないらしく、某が急遽呼ばれた次第で───まったくこれもかれも腐れ教祖とクチモトのせいだ」

 ぼそぼそと後半は何を言っているかわからないが、どうやら訳アリのようだ。

「危険って具体的には何が?」

 治安が良いとは言いきれないにしても、こうも物騒な言い方をされれば気になる。

「うーむ、例えるなら生きた災害、というかそれらを殺す者か」

 余計に混乱を招く返答にへの反応に困っている次の瞬間俺の世界が動いた。

 正確には俺が動いているということ、その原因が俺を投げ飛ばした姿勢で映るアイザックであると理解した。

 暴言を吐こうとした時、俺の目の前に赤の壁が現れる。

 アイザックが赤の暴風の中で黒い影になり、俺はそのまま熱風の勢いで後方へ吹き飛ばされた。

 アイザックがいた、正確には俺たちがいた場所を吹き抜けたのは赤い炎。

 吹き荒れたと思った時には、消失し、熱波が過ぎ去った夜の街が現れる。

 俺は放射される熱気に耐えた。

 放射の瞬間に口を開いていれば、気管から肺まで焼かれていたところだろう。

 アスファルトの大地ではまだ燃え盛る炎が赤い小鬼となって踊っていた。

 高熱の為、アスファルトの一部は黒いタール状になり、黒い海へと変貌し、人体が燃えて炭化した臭いと油臭が混ざったもので咽かえるように溢れ、残り火と月光が照らす世界には、陽炎が揺らめいていた。

 そんな揺らめく世界で響くのは、金属がアスファルトを叩く規則音。

 発生源は金属が踏み鳴らす歩行音。

 夜の陽炎から現れたのは、鮮やかな朱塗りの甲冑。

 全身を包む甲冑から見て、男にしては小柄である。

 ただ、異常に映るのはその肩に担いでいる物体で、柄から先端になるに連れて鋭く細長い円錐状となり、恐らく俺の身の丈を軽く超えるそれは本来ならば騎乗して扱うような巨槍であった。

 目の前に広がる世界はまさに創作物のような異質さで、吹き飛ばされた衝撃や、放たれている熱波が無ければきっと夢と思えるものである。

 むしろ、そうあってほしいと願っていた。

 俺の願いは虚しく甲冑の人物は語る。

「素敵な夜の炎は、楽しんでくれたかな?」

 そいつは、本当に楽しそうに語り掛けていた。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ファイル番外:とある警官3

 俺の目の前に広がるのは最早地獄の光景と言っても差し支えはないだろう。

 ほんの少しまで静寂だった世界には、炎と破壊された世界が映り込んでいた。

 俺を庇うような形で消えた男の安否は絶望的であるのは、深く考えるまでもない。

 というよりも状況はそれを許さないものであった。

 目の前にはこちらへ向かってくる人影。

 溶解したアスファルトを気にした様子もなく、歩いてくる朱色の甲冑の姿。

 信じられないがそれこそがこの現状を生み出した張本人に違いないと、頭ではなく、本能が告げており、そして、逃げるべきであるということも、生存本能が叫んでいた。

 俺はまだ言うことを聞かない身体に鞭を打つ。

 右手で地面を掴むように、拳を握りしめた。

 指が白くなり、骨が軋む感触。

 左手も同様に握力を込めて、動くことを確認する。

 両足も筋肉、細胞に呼びかけ、肉体を起き上がらせた。

 荒れた呼吸を整えるほんの僅かに、脳内で状況を整理。

 俺が生き残る術を打ち出すが、少なくとも戦うという選択肢は一瞬で削除。

 全てを集中させ、打開策を思案。 そして、結論を導く。

 一つ深呼吸。

 息を吐いたと同時に、行動へ!

 

 背を向けて思いっきり走り出す。

 その後?

 そんなものはなかった。

 逃げる以外の選択肢などあるはずもなく、俺のような男には無様でもこうするしかないのだ。

 チラリと、背中越しの景色を覗けば、後方から追いかけてくる気配はない。

 それならそれで好都合だ。

 俺はこのまま死ぬ気で走れば───

 

 

 そこで俺の思考が急停止した。

 

 

 正確に言えば、後方にいたはずの甲冑が目の前に降って来たのだ。

 衝撃と共に地面は陥没し、俺はまた吹っ飛び、壁に叩きつけられる。

 一体何が起こっているのか理解が追いつかない。

 というよりも、既に理解するのを脳と常識が拒絶しているのだ。

 この甲冑は俺が全力で開いた距離を跳躍で先回りしてきたのだということを。

 最早、恐怖というものは越えていた。

 壁にもたれ掛かるようにしている俺に、朱色の影が近づいて来る。

「死にぞこないの(ゴミ)の分際で、逃げれると思うとは……笑えるな」

 改めて聞くと、高く若い声が甲冑から響く。

 襲撃者の手には巨槍ではなく、両刃の剣が握られていた。

 頭を打ったのか、もう力も入らないどころか、意識も朦朧とし、危機感よりも諦念感が優っている。

「まともに話せる最後の機会だ。 言い残すことは?」

 定番な台詞への返答に俺は、ありとあらゆる感情を込めて、言うことにした。

「くた、ば、れ」

「……あの塵が生かした命だ。 出来るだけ嬲ってから誰のせいでこうなったか理解させて殺そうと思ったが……」

 月光に照らされた影は振り上げた剣のシルエットも忠実に切り取っていた。

「死ね」

 俺にとってのギロチンの刃が振り下ろされた。

 

 

 

 その瞬間。

 

 目の前から甲冑の奴は消えた。

 もっと、言うならとんでもない衝撃と、轟音と共に甲冑は横へ吹き飛ばされたのだ。

 何が起こったのか、俺は辛うじて開いている瞼の隙間からそれを機械的に認識する。

 軽く俺の背丈を超える洋鐘が静かに立っていた。

 一見すればそう見えてしまう頭頂部には、頭と思わしき部位と顔と思える形状があり、鐘と思えたシルエットは左右に割れており、その隙間からは手と足と思わしきものがあることも確認した。

 そう、それもまた人が纏う巨大な甲冑なのだと、俺は理解。

 ふと、誰かの声が響く。

 それは笑い声で、今夜だけで甲冑に殺されかけ、また甲冑に救われたのかと、無意識に変な笑いが自身の喉から零れていたのだと、気付いた所で意識が黒塗りになっていくのを感じた。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ファイル番外:指徒

 目の前で気を失う警官の姿を見下ろしていた巨大な影──ザガザエルは、特に興味も示すこともない。

 少なくとも死んではいないことと、命に別状もない。

 それだけで十分であったのだ。

 向きを変え、男から通り過ぎる。

 巨体とその身なりの割に、重さを感じさせない程の軽い歩みで進む。

 頭の位置にある兜らしきものの形状は、鳥の嘴のように円錐状に突き出ており、表面には数の穴が開けられていた。

 体当たりを直撃した朱色の甲冑はビルの壁を突き破って消えており、それに合わせて歩みは進んでいる。

 

 

 

 静かな通りには、金属が擦れる音が規則的に聞こえるだけ。

 穴の前に差し掛かるころ、上から降り立つ朱色の影。

 それは、落下と合わせて自身の総重量を載せた一撃であった。

 瞬きでもすれば決着が付いている。

 その一撃はまさに気配を感じさせない見事な急襲と言わざる得ないだろう。

 しかし異変が起こった。

 そう、通常であるならば、兜を貫くであろう、その時だ。

 切っ先が僅かに触れる寸前で、鋭い閃光が奔り、鈍器で殴られたような衝撃に襲われ、金属がぶつかり合う衝撃音。

 完璧とも言える不意打ちは失敗に終わり、襲撃者───デルフェニウムは宙を舞う。

 

 

 

 それを迎撃したのは他でもない、右肩振り上げた姿勢のザガザエルである。

 洋鐘を彷彿とさせていたそれらは既になく、前方で縦に割れ、観音開きのようになっていた。

 それらは鎧というよりも盾としての側面が強く思わせられる姿である。

 状況からして、攻撃が触れる瞬間に信じられない程の超反射であの盾で殴打したのであろう。

 軽く二メートルはあるであろう人物を包む強固なそれで全力で殴り付けられれば一溜まりもない。

 それでも、デルフェニウムは宙で身を捩り、体勢を立て直すと、着地。

 僅かに痛みと衝撃で揺れた視界は地面へ落ちる。

 それでも一瞬だけのことですぐさまに標的へと視線を戻した。

 見上げた世界に巨影は消えており、すぐ背中に悪寒が走る。

 いつの間にか、月明かりが自身に差し込んでおらず、通りの真ん中に影が生まれ遮っているという事実。

 目で確かめることなく、前転したと同時にアスファルトが砕ける轟音。

 素早く立ち上がり、正体を確かめると、予想通りの様子でザガザエルはいた。

 自分を殴りつけた盾が大地を軽々と穿っているという状況が改めて危機感を促す。

「クソが! どうしてあの警官を庇う!」

 高い声音に載せられた荒い呼吸と共に言葉吐き出されるも、そこに余裕はない。

「……」

 答える様子もなく、盾を構え直すザガザエル。

「聞いた話じゃあ、テメェがいた組織は潰れたみてぇじゃねえか。 心臓の使徒なんざ名前貰ってたとか」

 デルフェニウムも剣を構えながら続ける。

「んで、組織潰れて落ち武者になったからこっちに鞍替えして、今じゃ我らと同じく指先の徒になりましたってか、ムカつくぜ、己の信仰心の足らない塵が!!」

 整えていく呼吸と裏腹に声に変化。

「テメエらみたいな塵と蛆虫共がいるから、我らのような者が必要なんだ、教祖様を蔑ろにする愚か者共が!!」

 既に隠す気のない怒気を孕んだ声と共に、デルフェニウムの刃に炎が宿る。

「燃やしてやろう!」

 振るわれた炎の軌跡が闇夜に残像を作り出し、獲物を補足。

 ザガザエルは盾を再び結合し、洋鐘へとなり、それを防ぐ。

「相変わらず否定もせず、反論も意見も示さず! それで信仰家を名乗るか右手の者よ!!」

 炎の勢いは増し、既にザガザエルを包むように覆っていた。

「貴様らのような人以下の奴隷はここで殺す!!」

 それでもザガザエルは沈黙していた。

 いくら強固な鎧と盾であろうと、焼き殺さんばかりの炎に包まれていれば時間の問題である────それでも沈黙であった。

「声一つ上げぬとは、やはり人の言葉は理解できぬか」

 哀れむように、それでも炎の勢いは変わらない。

「蒸し焼きで死ぬがいい」

 そう呟いた瞬間である。

 眩い光と、衝撃と爆風がデルフェニウムを襲い、遅れて轟音がやって来たのだった。

 その正体は目の前で炎に焼かれていた人物に起こった。

 ザガザエルに落雷が直撃したのだ。

 雨空ではない夜空に浮かぶ雲が頭上を漂うばかりである。

 自然現象で起こしたものではなく、人為的なものであった。

「……」

 何事も無いようにザガザエルは吹き飛ばされたデルフェニウムへ歩み寄る。

 先程の勢いはどこへいったのか、朱色の甲冑は俯せに倒れ込んでいた。

 落雷や炎のせいで、表面が僅かに焼け焦げた自身の甲冑や盾を見て、指先でなぞる。

 静かになった通りでザガザエルは月を見上げ、一人立っていた。

 ザガザエル───右手親指の使徒はただただ沈黙しているだけだった。

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。