ハイスクールS×S  蒼天に羽ばたく翼 (バルバトス諸島)
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特別編 コード・スペシャル
登場人物紹介(キャラクター編)


主に主人公などのオリキャラ、飛鳥などのZ/Xキャラを載せます。

初公開の設定も色々と。


更新ログ

2018/8/18 公開

2020/9/7 色々追記 ウリエル、ラファエル、ガルドラボーク、レーヴァテイン、アルル、アルギス、クレプス追加


紀伊国 悠(憑依転生)〔きのくに ゆう〕

 

True Name:深海 悠河

 

CV.佐藤拓也

 

AGE:16歳(享年18歳)

 

SIZE:168㎝

 

BIRTHDAY:12月1日

 

ZODIAC:射手座

 

JOB:駒王学園 高等部第二学年 オカルト研究部部員 『レジスタンス』構成員

 

本作の主人公。電車の脱線事故に巻き込まれて死亡した後青髪の女神に拾われて、仮面ライダースペクターの力を授かって『ハイスクールD×D』の世界に転生する。

 

原作知識はなく中途半端なファンタジー知識と詳しいライダー知識を持っている。黒髪黒目でどこにでもいそうな平凡な少年。基本的に優しく荒事を避けたいと思っているが誰かに仕組まれてそうすることが出来ないヘタレ。また憑依転生した肉体が目にダメージを受けているので特注の眼鏡がなければ何も見えない。転生してからの一人暮らしで家事をこなせるようになった。好物は大豆であるが納豆は苦手。

 

転生当初にミッテルトを殺したことで自分の力と行いに怯えていたが、様々な人物と出会い、多くの出来事を経験する中で自分の力と向き合い自分の大切な者と居場所を守るために力を使うことを決心した。転生の際届かなかった英雄眼魂を探している。最近は同居人のゼノヴィアに手を焼いている。

 

実は女神が余計な混乱を招かないようにと誕生日や身長が同じの人物へと憑依転生するようにしたのだが、その代わりに眼魂をうっかりばらまいたり年齢がずれていたりと肝心な部分が抜けている。

 

 

凛〔りん〕

 

CV.沼倉愛美

 

AGE:享年14歳

 

SIZE:159㎝

 

BIRTHDAY:4月4日

 

ZODIAC:牡羊座

 

主人公の元居た世界での妹。勉強もできて快活な性格でクラスの人気者だった。悠が死ぬ二年前、ひき逃げに遭って死亡した。

 

 

紀伊国 悠(転生前)

 

CV.佐藤拓也

 

AGE:16歳

 

SIZE:168㎝

 

BIRTHDAY:12月1日

 

ZODIAC:射手座

 

JOB:駒王学園 高等部第二学年

 

主人公が憑依転生した男。

 

一誠と幼馴染で引っ込み思案が激しく、真面目で優しいがあまり融通が利かない。名前にコンプレックスを抱いており一度名前を馬鹿にされると激怒する。

 

家族とのドライブ中に横を走っていたトラックの横転に巻き込まれて両親は死亡、自身は重傷を負って生死の境を彷徨い意識不明の重体に陥ったところを主人公が憑依転生することで一命をとりとめるが未だ意識は戻らない。

 

 

天王寺 飛鳥〔てんのうじ あすか〕

 

CV.下野紘

 

AGE:16

 

SIZE:175㎝

 

BIRTHDAY:2月14日

 

ZODIAC:水瓶座

 

JOB:駒王学園 高等部第二学年

 

悠の幼馴染のイケメン。灰桜色の髪をした明るく優しいクラスの人気者で、モテるかと思いきや女子からは「友達でいた方が楽しそう」という評価を受けている。家事全般、そして何より土下座が得意で誰にでも明るく分け隔てなく接する。

 

大阪生まれで父の仕事の関係で小学2年生の頃に駒王町に引っ越してきた。父を亡くし、働きづめで倒れた母の代わりに駅の近くのカフェでバイトしている。

 

アイドルユニット「シャイニングエンジェル」の弓弦羽ミサキの大ファン。眼鏡と巨乳が弱点。ストライクゾーンは後輩か同い年。持ちギャグの数は100万個らしい。変態3人組とも仲がいい。嫌いなものは納豆、好物はお好み焼き。

 

 

天王寺 大和〔てんのうじ やまと〕

 

CV.谷山紀章

 

AGE:22

 

SIZE:181㎝

 

BIRTHDAY:11月23日

 

ZODIAC:射手座

 

JOB:フランス外人部隊→禍の団 旧魔王派

 

SACRED・GEAR:漆黒の弾丸(ナイト・ペネトレイター)

 

飛鳥の兄。弟ラブが凄まじく、銀髪で重度の中二病を患っているが面倒見がいい。お茶目な一面があるがそれを隠して硬派なイメージを周りに持たせようとする。

 

悠や綾瀬、一誠とも交友を持ちかつて荒れた高校時代を送っていたが、家族を養おうと身を粉にして働く母の姿を見て家族には商社に勤めていると偽ってフランス外人部隊に入隊。視力は両目とも5.0でそれを活かした狙撃の腕はかなりのもの。コードネームは『ル・シエル』を名乗っている。それで得た多額の報酬の大半を家族に送っている。

 

しかしクレプスから家族を人質に取っている(実際には取っていないが巧みにそうであると見せている)と脅され、外人部隊を離れ禍の団旧魔王派に所属することになる。その際、異形の技術を用いて作られた『穿つ悪魔《ディアブル・ポルテ》』と名付けたスナイパーライフルを支給された。

 

フランス語と英語をマスターしており、普段は標準語だが追い詰められると関西弁になる。持ちギャグの数は1000万個らしい。兄弟そろってたこ焼きづくりの腕は達人級で好物はカレー。硬派な割には肝試しが苦手。

 

 

上柚木 綾瀬〔かみゆぎ あやせ〕

 

CV.沢城みゆき

 

AGE:16

 

SIZE:160㎝

 

BIRTHDAY:10月31日

 

ZODIAC:蠍座

 

JOB:駒王学園 高等部第二学年

 

悠と飛鳥の幼馴染。神奈川出身で考古学者の日本人の父とドイツ人の母を持つハーフ。母譲りの長いブロンドヘアーと翠眼をしている。真面目な優等生気質かつかなりの美少女でクラスの人気も高い。

 

虫が大の苦手で大好物はシュークリーム。料理の腕は絶望的。密かに飛鳥に思いを寄せている。そしてツンデレ。八千代とさくらと言う従姉妹、ズィーガーという愛猫がいる。

 

 

レジスタンス

 

神域に潜む神、ディンギルに対抗するためにポラリスが結成した組織。四大セラフ、創星六華閃からの支援と協力を得て、次元の狭間を航行する次元航行母艦『NOAH』を拠点に活動する。様々な異世界の文明を研究して作られた兵器を多数保持しており、その中核となるスーパーコンピューター『スキエンティア』には膨大なデータが保存されている。

 

 

ポラリス

 

CV.明坂聡美

 

AGE:?

 

SIZE:162㎝

 

BIRTHDAY:3月13日

 

ZODIAC:魚座

 

JOB:『レジスタンス』リーダー 

 

謎に包まれた少女。長く伸ばした銀髪と血のように深く赤い目をしている。その性格は飄々としたものでつかみどころがない、が誰よりも人間を愛しその可能性を信じている熱い一面を持っている。しかし目的のためであれば如何なるものも切り捨てる冷徹な決断力も併せ持っている。

 

ディンギルを追い異世界を巡って様々な人物と出会い、その世界の情報、技術を研究し己のものにしてきた。悠が異世界から来たことを知っておりその他諸々の特典を付けて彼を味方に引き入れた。家事全般をこなす。

 

普段は表に出てこないが、イレギュラーの発生など非常時にはネビュラスチームガンを用いてヘルブロスの姿で外の世界で活動する。戦闘能力は非常に高く、異世界の魔法も完璧に使いこなす。

 

また自分の目的とは別にウリエルの依頼で神祖の仮面と呼ばれるものを捜索している。実はライダーオタクである。

 

 

Type.XI "Ze31Po"(イレブン)〔タイプ.イレブン”ゼットイーサーティワンピーオー”〕

 

CV.高橋李依

 

AGE:?

 

SIZE:160㎝

 

BIRTHDAY:8月11日

 

ZODIAC:獅子座

 

JOB:『レジスタンス』構成員

 

ポラリスの部下兼ボディーガード。短く切った水色の髪と赤い目をしている。頭部に機械を付けたりサイバースーツを着用しているなどかなりサイバーチック。物静かな性格で普段はポラリスの命を受けて外に出て情報収集している。

 

剣の腕は達人級で、ビット兵器と組み合わせて繰り出される変幻自在、疾風迅雷の彼女の剣技はあらゆるものを切り刻む。

 

 

 

二代目ウリエル

 

CV.下野紘

 

AGE:?

 

SIZE:178㎝

 

BIRTHDAY:?

 

ZODIAC:?

 

JOB:天界 セラフ レジスタンス協力者

 

時空間操作能力を持つ最強のセラフとして名高い天使であり灰桜色の髪が特徴の美男。初代ベルフェゴールとの一騎打ちなど大戦で多大な武勲を上げ、空白だった四大セラフの座を埋めるべく就任した。

 

セラフたちの中でも軍備増強を推し進めるなど強硬派として知られているが、一方で評判は本人の分け隔てないお人好しそのものな人柄から非常に良い。天王寺飛鳥や大和、悠、さらに神祖の仮面に度々気をかける。

 

 

二代目ラファエル

 

CV.沢城みゆき

 

AGE:?

 

SIZE:172㎝

 

BIRTHDAY:?

 

ZODIAC:?

 

JOB:天界 セラフ レジスタンス協力者

 

天界一の美女と言われるガブリエルと並ぶほどのブロンドヘアーの美女。物腰の低さと柔和な笑みから男女問わず天使の間で人気が高い。

 

その癒しの能力と堅牢な結界で大戦時には天使の戦線意地に大きく貢献し、その功績を以てラファエルの名を襲名し、セラフの座に登り詰めた。ウリエルと同じく天王寺兄弟や悠、神祖の仮面に気をかけている。

 

 

ガルドラボーク・ジャフリール

 

CV.松風雅也

 

AGE:31

 

SIZE:180㎝

 

BIRTHDAY:9月30日

 

ZODIAC:天秤座

 

JOB:創星六華閃 ジャフリール家当主 レジスタンス協力者

 

魔導書作りの名門ジャフリール家の当主。短い赤髪で赤い顎髭を少し生やした若干粗野ながらも知性ある顔つきをしている。

 

表向きは物腰は低いが、ディンギル討伐という忘れ去られた六華閃の真の使命を完遂することに執念を燃やしており、そのためなら如何なる犠牲も厭わない。右目に創星六華閃の当主の証であるカラーレンズ『蒼青鏡』をつけている。

 

 

 

レーヴァテイン・レイド

 

CV.藤原夏海

 

AGE:28

 

SIZE:177㎝

 

BIRTHDAY:10月25日

 

ZODIAC:蠍座

 

JOB:創星六華閃 レイド家当主 レジスタンス協力者

 

剣の鍛冶職人の名門レイド家の当主。赤い長髪に抜群なボディが目を引く。左目に蒼青鏡をつけている。性格はさっぱりとしているが、戦いには熱い情熱と闘志を燃やすバトルジャンキー。ガルドラボーク同様、ディンギルの討伐のためレジスタンスに協力している。

 

 

 

アルル(深海凛)

 

CV.沼倉愛美

 

AGE:?

 

SIZE:?

 

BIRTHDAY:?

 

ZODIAC:?

 

JOB:上級ディンギル

 

時空を超えた領域である神域に住まう不滅の神々、ディンギルの『創造』の二つ名を冠する上位神。性格は無味淡白、あるいは冷徹であり如何なる状況でも能面のような無表情を崩さない。ハイスクールD×Dの世界に転生した深海凛の体と特典だったネクロムの力を乗っ取り、この世界、竜域で暗躍している。

 

その権能は文字通り『創造』。魔力への耐性を持った土人形や眼魂のエネルギーからガンマイザーを生み出す。しかし竜域での活動は大きく制限されており、その力の多くを失っている。

 

人類滅亡という目的のため、様々な計画を張り巡らせ本来存在しないイレギュラーである悠を不穏分子として付け狙い、特異点である一誠たちの前に立ちふさがる。

 

 

アルギス・アンドロマリウス

 

CV.山下誠一郎

 

AGE:?

 

SIZE:177㎝

 

BIRTHDAY:4月16日

 

ZODIAC:牡羊座

 

JOB:叶えし者 アルルの側近

 

アルルに使える元七十二柱のアンドロマリウス家の悪魔。ふわふわした茶髪と吸いこまれるように美しい紫色の瞳を持つ。眼鏡属性。上級悪魔なため、近接戦魔力共に適性が高く、眼魂から召喚したガンマイザーや自身の家の特性として様々な性質を持った蛇を操る。旧魔王派を騙りながら各地でテロを起こす傍ら、主のために情報を収集している。

 

 

 

クレプス

 

CV.牧野由依

 

AGE:?

 

SIZE:175㎝

 

BIRTHDAY:?

 

ZODIAC:?

 

JOB:禍の団 旧魔王派

 

旧魔王派に神祖の仮面の情報を提供し、加入した謎の美女。宵闇のような長い黒髪と悪魔の女性らしく魅惑的な体が特徴。その性格は冷酷そのもの。天王寺大和を脅迫し、彼と共に神祖の仮面を捜索している。

 

 




飛鳥の誕生日がゼノヴィアと同じですが特に深い意味はありません。


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登場人物紹介(ライダー編)

更新ログ

2018/8/18 公開

2020/9/7 ガンガンセイバー、キャプテンゴースト、ガジェット三体、ベートーベン、ゴエモン、リョウマ魂、プライムスペクター、プライムトリガー追加。


仮面ライダースペクター

 

体表を覆う黒いスーツ『インビジブルスーツ』とそれを防護する装甲『アーマーインビジブル』は透明化が出来、両腕両脚にはそれを防御しその力を強化、変身者の運動能力を超人の域に高める『リヴァイヴァーアーム』『リヴァイヴァーレッグ』が装着されている。さらに全身の装甲にはドライバーが眼魂から抽出した霊力を各部に伝達する青い心電図のようなライン『エナジーベッセル』が走る。そして胸部の装甲に刻まれた黄色い目の紋様『ブレストクレスト』は変身者の意志を霊力に変換し、意志の強さによっては時に遥か格上の相手に並ぶほどの力を発揮する。

 

頭部の2本のアンテナ『ウィスプホーン』による頭突きは強烈で、視覚センサー兼フェイスシールドである『ヴァリアスバイザー』は顔全体を目とした広い視野を持つことが出来、使用する眼魂によって様々な模様が浮かび上がる。パーカーを着ていない状態は『トランジェント』と呼ばれ、ヴァリアスバイザーが銀色に染まったのっぺらぼうのような様相をしている。

 

英雄眼魂を使うことによってその間、その眼魂に秘められた英雄が生前磨いてきた技術を習得、己がものとして自由に使うことが出来る。

 

 

 

 

スペクター魂

 

パンチ力:6t

キック力:10.5t

走力:100mを5.6秒

備考:数値は基本スペックであり変身者の意志によって数値は増減する。

 

〔カイガン!スペクター!レディゴー!覚悟!ド・キ・ド・キ・ゴースト!〕

 

紀伊国悠がゴーストドライバーにスペクター眼魂を入れて変身した姿。近接戦に優れた基本フォーム。

 

パーカーのフード部の『エフェクトフード』は残像を発生させて敵を撹乱することが出来る。肩部の『バーサークショルダー』は周囲のエネルギーの流れを読み取ることが出来、パーカー布地の『バーサークコート』は物理攻撃による衝撃を軽減する。頭部のヴァリアスバイザーには青色の地に黒い心電図のような模様『フェイスバーサーク』が浮かび上がっている。

 

必殺技は青い霊力を込めた一撃『オメガドライブ スペクター』。

 

 

ガンガンハンド

 

スペクターが使用する武器。オレンジ色の装填装置『フォアエンドコンプレッサー』をスライドすることで銃モード、ロッドモードに切り替えることが出来る。目の紋様が刻まれた『エナジーアイクレスト』をドライバーにかざすことでエネルギーの送受信『アイコンタクト』を行い必殺技を発動する。

 

ロッドモード時は『オメガスマッシュ』、銃モード時は『オメガスパーク』。手のひら部分にあたる箇所にコネクターが存在し、コブラケータイと合体『シェイクハンド』することで鎌モードへと移行する。

 

 

ガンガンセイバー

 

スペクターが使用する武器。グリップを曲げたりガジェットとの接続によって最大7つの形態に変形できる。ガンガンハンド同様『エナジーアイクレスト』をドライバーにかざすことで『アイコンタクト』を行い必殺技を発動する。

 

必殺技はブレードモード時は『オメガブレイク』、ガンモード時は『オメガシュート』、ナギナタモードでは『オメガストリーム』、二刀流モードでは『オメガスラッシュ』。ガジェットとの合体で移行するアローモードでは『オメガストライク』、ライフルモードでは『オメガインパクト』、ハンマーモードでは『オメガボンバー』。現状は特定の英雄フォームかプライムスペクターに変身した状態でなければ使用はできない。

 

 

 

マシンフーディー

 

スペクター専用のバイク。キャプテンゴーストと合体してイグアナゴーストライカ―になる。悠がバイクの運転免許を持っていないため現状使用不可。

 

 

コブラケータイ

 

スペクターをサポートするコブラ型ガジェット。

 

アニマルモードはコブラの形をしておりその牙には強力な神経毒が仕込まれておりパソコンに噛みつけばコンピューターウイルスを流し込める。

 

ケータイモードは通話やメールはもちろん記録映像の自動補正、断片から全体像への復元、映像の空中投影、ジャミングや逆探知、通信傍受、ハッキングなど非常に多機能。悠のスマホに入ったアプリにはコブラケータイが捉えた映像を中継したり、ガジェットの位置を特定する機能がある。

 

悠は『相棒』と呼んでかわいがっている。

 

 

キャプテンゴースト/イグアナゴーストライカー

 

コブラケータイに『1907』の数字を入力することで呼び出せる全長3mの幽霊船。

 

キャプテンゴースト時には主砲、ゴーストライカ―時には尻尾に収納されているセイリングキャノンは霊力を高速で連射できる。任意の方向に重力を発生させ、ボロボロの白い帆が周辺の気流やエネルギーをコントロールすることで自在に空を航行する。船体から生える二本の腕に備わった爪は分厚い鉄板すら容易に切り裂く。

 

マシンフーディーと合体することで幽霊船モードから変形するイグアナゴーストライカーでは鼻から煙幕を放って敵を撹乱し、鋭い牙を生やす顎で敵をかみ砕く。また幽霊船モードでの重力制御機能を利用して垂直な壁を走ることもできる。

 

 

コンドルデンワー

 

スペクターをサポートするコンドル型ガジェット。

 

アニマルモード時には周囲の風を偏向・増幅することで飛行でき、さらには脚部の『ヴァルチャーレッグ』で40㎏までの物体なら運べる。

 

黒電話を模したガジェットモードは使用者の意識を読み取り適切な相手との通話や逆探知、傍受などが可能である。

 

ロビン魂変身時にはガンガンセイバーと合体してガンガンセイバーアローモードに変形する。

 

 

バットクロック

 

スペクターをサポートするコウモリ型ガジェット。

 

アニマルモード時には超音波を利用した索敵や敵の内部への攻撃ができ、さらにはセンサーに収めた映像や映像を記録、他のガジェットに共有することが出来る。

 

ガジェットモードでは記録した映像を空中に投影できる。さらには4つのガジェットの中では唯一単体で武器への変形も可能になっている。ガンモードでは内部で生成した霊力弾を打ち出し、超音波を利用して自動で照準を調整することもできる。

 

ビリーザキッド魂変身時にはガンガンセイバーと合体してガンガンセイバーライフルモードに変形する。

 

 

クモランタン

 

スペクターをサポートするクモ型ガジェット。

 

アニマルモード時には頭部のセンサーが敵の内部構造や索敵探知を行う。内部で生成した『アブゾーブワイヤー』は対象を強力に捕縛し、さらにはエネルギーを徐々に吸収して弱らせる。

 

ガジェットモードでは内部のエネルギーを燃焼させて特殊な光を放ち、不可視の存在や結界を暴くことが可能。

 

ベンケイ魂変身時にはガンガンセイバーと合体してガンガンセイバーハンマーモードに変形する。

 

 

 

ムサシ魂

パンチ力:6.4t

キック力:11.3t

走力:100mを5.5秒

 

〔カイガン!ムサシ!決闘!ズバッと!超剣豪!〕

 

紀伊国悠がゴーストドライバーに赤いムサシ眼魂を入れて変身した姿。ガンガンセイバー二刀流モードによる神速の剣技を得意とする。

 

肩部を保護する強化フレーム『ハガネノタスキ』の適度な締め付けが神速の斬撃を可能にし、パーカーの赤い布地『カタギヌコート』は二刀流を戦闘スタイルにするこのフォームにおいて重要な接近戦における優れた防刃性と物理攻撃への防御力を持っている。フード部の『ニテンノフード』は空気の流れ、殺気を読み取り敵の動作を予測する。死角からの攻撃は肩部に装着された二本の刀『ゴーストブレイド』が自動で防御し、変身者の意識でコントロールして最大四本の刃での同時攻撃が可能。

 

また特徴的なちょんまげにも見える後頭部に装着された『ゴリンノマゲガタナ』は眼魂のベースとなった剣豪、宮本武蔵の剣術のデータから戦術を作成提案する機能を持っている。額の『セツナノハチマキ』は敵の攻撃の見切りを可能にし、顔の『ヴァリアスバイザー』には赤い二本の刀の模様『フェイスデュアルウィード』が浮かび上がっている。

 

必殺技は二刀流モードによる神速、怒涛の斬撃『オメガスラッシュ』。

 

 

ロビン魂

 

パンチ力:6.2t

キック力:11.0t

走力:100mを4.4秒

 

〔カイガン!ロビンフッド!ハロー!アロー!森で会おう!〕

 

紀伊国悠がゴーストドライバーに緑色のロビン眼魂を入れて変身した姿。コンドルデンワーと合体したガンガンセイバーアローモードによる狙撃を得意とする。

 

各部に黄色い羽飾りのついた緑色のパーカーの布地『フォレストコート』はステルス機能を備え、肩部の伸縮自在の帯『シャーウッドバンド』は伸縮自在で木に巻き付けてトリッキーな動きを可能にする。『ヴァーダントフード』は特殊フィールドを発生させることで分身を生み出し飾り羽の『クレアボヤンスフェザー』は洞察力を高める。顔には緑色の弓矢の模様『フェイスシュートアロー』が浮かび上がっている。

 

必殺技はアローモードで圧縮した霊力を矢の形状にして放つ『オメガストライク』。

 

 

ニュートン魂

 

パンチ力:6.8t

キック力:11.5t

走力:100mを6.9秒

 

〔カイガン!ニュートン!リンゴが落下!引き寄せまっか!〕

 

紀伊国悠がゴーストドライバーに青色のニュートン眼魂を入れて変身した姿。

 

青いパーカーの布地『グラビテーションコート』に搭載された重力制御装置は自身や周囲の物体にかかる重力をコントロールし、腕部の装置『フォースアンプリファー』は両腕の球状のグローブに『フォースフィールド』の形成に必要なエネルギーを供給する。右手の『リパルショングローブ』は斥力のフォースフィールドを、左手の『アトラクショングローブ』は引力のフォースフィールドを生成する。

 

『ディスカバリーフード』は重力、エネルギーの変化を観測し、顔の『ヴァリアスバイザー』には落下するリンゴの模様『フェイスフォールアップル』が浮かび上がっている。

 

必殺技は増大した霊力を使ってより大きく強力なフォースフィールドを発生させる『オメガドライブ ニュートン』。

 

 

ビリーザキッド魂

 

パンチ力:6.3t

キック力:10.9t

走力:100mを4.5秒

 

〔カイガン!ビリーザキッド!百発百中!ズキューン!バキューン!〕

 

紀伊国悠がゴーストドライバーに茶色のビリーザキッド眼魂を入れて変身した姿。ガンガンセイバーガンモードとバットクロックの二丁拳銃による早撃ちと射撃を組み合わせたインファイトに優れる。

 

茶色のパーカーの布地『ファンニングコート』は軽量かつ防弾性に優れ二の腕や脇には『ライトニングビュレット』が巻かれ武器にエネルギーを転送してリロードする。

 

フード部の『ガンショットフード』は特殊な波動で迅速なターゲット捕捉と正確な射撃を可能にしフードに装着されたウェスタン調の帽子『クイックドロウハット』にはビリー・ザ・キッドの戦闘記録が保存されている。『ヴァリアスバイザー』にはリボルバーとマズルフラッシュの模様『フェイスリボルバー』が浮かび上がる。

 

必殺技はバットクロックと合体したガンガンセイバーライフルモードによる銃撃『オメガインパクト』。またはガンガンセイバー銃モードとバットクロックによる連射『オメガシュート』。

 

 

ベートーベン魂

 

パンチ力:5.4t

キック力:10.4t

走力:100mを4.4秒

 

〔カイガン!ベートーベン!曲名?運命!ジャジャジャジャーン!〕

 

紀伊国悠がゴーストドライバーに灰色のベートーベン眼魂を入れて変身した姿。音符の形をした特殊なエネルギー波をコンサートの指揮者の如く演奏し、操る戦闘スタイルを持つ。

 

衿部にピアノの紋様があしらわれている『コンチェルトコート』には小型の音響装置が内蔵されており、そこから霊力を変換して物質を分解する特殊なエネルギー波をピアノの音に乗せて放つ。放出された振動波は『シンフォニーフード』の機能により、指向性を持って指揮者のイメージや指の動作により自由自在にコントロールされる。

 

頭部のヴァリアスバイザーには灰色の楽譜の模様『フェイスミュージックスコア』が浮かびあがっている。

 

必殺技は増幅した音波を敵にぶつける『オメガドライブ ベートーベン』。

 

 

 

ベンケイ魂

 

パンチ力:10.49t

キック力:11.6t

走力:100mを6.2秒

 

〔カイガン!ベンケイ!兄貴ムキムキ!仁王立ち!〕

 

紀伊国悠がゴーストドライバーに白色のベンケイ眼魂を入れて変身した姿。クモランタンと合体したガンガンセイバーハンマーモードによる近接戦闘を得意とする。

 

白いパーカーの布地たる『スズカケコート』は受けた衝撃をエネルギーに変換し、ダメージを受ければ受けるほど防御力は増していき、肩部には球体『マイティネンジュ』が取り付けられている。ネンジュにはエネルギーが蓄えられており消費することで一時

的にパワーを増大する。

 

またフード部分の『ソウシュウフード』は変身者の忍耐能力を向上させ、その上には小型の帽子『チュウギノトキン』、これは近くにいる仲間を特殊なフィールドで覆い、受けたダメージを自分に転送することが出来る。顔には弁慶の七つ道具を模した模様『フェイスセブンアームズ』が浮かび上がっている。

 

必殺技は弁慶の七つ道具の形状をした霊力をぶつける『オメガボンバー』。

 

 

 

ゴエモン魂

 

パンチ力:7.5t

キック力:12t

走力:100mを4秒

 

〔カイガン!ゴエモン!歌舞伎ウキウキ!乱れ咲き!〕

 

紀伊国悠がゴーストドライバーに蛍光イエローのベンケイ眼魂を入れて変身した姿。ガンガンセイバーソードモードやナギナタモードを扱い、自身の能力による高速戦闘を得意とする。

 

蛍光イエローの長丈の着物にはダイヤモンド状のカッティングが走り、その縁は中央に穴の開いた銭がずらりと並んだ装飾で飾られている。肩部から伸びて背で結ばれた帯『ニオウノタスキ』は霊力増幅機能を備えており怪力を発揮させることも可能。

 

特徴的な頭部の歌舞伎のかつらの一種である大百日をイメージさせる『ダイビャクヘッド』と、顔面部のヴぁりあヴァリアスバイザーに浮かび上がる歌舞伎役者の隈取のような模様『フェイスクマドリ』が目を引く。

 

このフォームの特筆すべき点は高速移動能力である。一説では忍者とも呼ばれる石川五右衛門の伝承を反映し、全身に霊力を行き渡らせることで動作を高速化させ目にも止まらぬ速度で連撃を繰り出すことが出来る。

 

必殺技は高速移動能力を発動させて、連続で敵にキックを見舞う『オメガドライブ ゴエモン』。

 

 

リョウマ魂

 

パンチ力:6.1t

キック力:11.9t

走力:100mを5.5秒

 

〔カイガン!リョウマ!目覚めよ日本!夜明けぜよ!〕

 

紀伊国悠がゴーストドライバーに藍色のリョウマ眼魂を入れて変身した姿。

 

このフォームのシルエットに置いて一際目を引く肩部に備わった黒船型のアーマー、『バトルシップショルダー』は堅牢な防御力を誇る。顔面の『ヴァリアスバイザー』に浮かび上がるのは東洋の龍を模した『ペルソナドリーマー』で、フード部の『ゴウカイフード』は変身者の精神力を強化し、度胸をつける波動を放つ。

 

また精神に影響を及ぼす有害な電波や物質はフードに取り付けられた黄金の角『イシンホーン』の波動で無効にできるなど、変身者の精神に大きく作用する能力を秘めたフォームであると同時にガンガンセイバーのブレードモードとガンモードを使いこなせるなど遠近中の戦闘にも優れたフォームでもある。

 

必殺技は青い霊力を纏ったガンガンセイバーブレードモードで敵を切り裂く『オメガブレイク』。

 

 

ツタンカーメン魂

 

パンチ力:5.9t

キック力:10.6t

走力:100mを4.4秒

 

〔カイガン!ツタンカーメン!ピラミッドは三角!王家の資格!〕

 

紀伊国悠がゴーストドライバーにターコイズブルーのツタンカーメン眼魂を入れて変身した姿。コブラケータイと合体したガンガンハンド鎌モードによる近接戦闘を得意とする。

 

ターコイズブルーの布地『メジャドコート』は磁力によって全身の動作を高速化し、頭部と胸部の黄金に輝く装甲『サンアメンライト』には特殊粒子がコーティングされており太陽光に匹敵する光を放って目くらましができる。肩部装甲の『エンシェントショルダー』は空間のゆがみを生み出す力がある。

 

ヴァリアスバイザーには黒色の二本の鎌の模様『フェイスデュアルサイス』が浮かび上がる。金と青の縞模様の『ネメスフード』は上下エジプトを表し王のオーラを放って敵の動きを一時的に止めることが可能。

 

必殺技はガンガンハンド鎌モードでピラミッド型のエネルギーを生成し、そこに開けた次元の歪みに敵を吸い込んだのち爆破する『オメガファング』。

 

 

ノブナガ魂

 

パンチ力:6.1t

キック力:10.8t

走力:100mを5.8秒

 

〔カイガン!ノブナガ!我の生き様!桶狭間!〕

 

紀伊国悠がゴーストドライバーに紫色のノブナガ眼魂を入れて変身した姿。ガンガンハンド銃モードによる銃撃を得意とする。

 

紫色のパーカーのフード部分である『テンマフード』は特殊な振動で変身者の戦意を昂揚させる。肩部装甲の『テンカフォースショルダー』は装備している武器をコピーする機能があり両腕部を覆う『バテレントコート』は死角からの攻撃を自動で防ぐ。

 

ヴァリアスバイザーに浮かび上がるのは紫色の二挺の火縄銃の模様『フェイスデュアルアーキバス』。頭部に装着された通信装置『ヒナワファイアヘッド』は日本のヘアスタイル、ちょんまげさながらの形状で周囲の味方に通信できる。

 

必殺技は能力でコピーをずらりと並べたガンガンハンド銃モードによる銃撃『オメガスパーク』。

 

 

フーディーニ魂

 

パンチ力:8.7t

キック力:12.8t

走力:100mを5.5秒

 

〔カイガン!フーディーニ!マジいいじゃん!すげえマジシャン!〕

 

紀伊国悠がゴーストドライバーに群青色のフーディーニ眼魂を入れて変身した姿。バイク・マシンフーディーとその内に収められたパーカーゴーストごと合体する。

 

このフォームが使う特殊な鎖『タイトゥンチェーン』は最長500mまで伸ばすことができ、群青色のパーカーの布地『レビテーションコート』にも編み込まれ防御力を高めている。

 

今までのゴーストチェンジと大きく異なるシルエットを持つこのフォームの最大の特徴は背部のユニットによる飛行能力である。飛行ユニットを背から分離してグライダーモードにすることも可能であり、マシンフーディーのホイールは回転翼『シュトゥルムローター』になりこの中心部にはタイトゥンチェーンを生成し射出する装置が組み込まれている、またホイールの表面から円盤状のエネルギーブレードを発生させてすれ違いざまに敵を切り裂くことも可能。

 

フード部の『サイキックハンターフード』が放つ波動は変身者の意識と感覚に作用し、物事の本質を見抜く力を高める。また頭部に備えられた飛行ユニット管理装置『ラズリアビオニクス』は回転翼の出力バランスを自動調節し、分離した飛行ユニットの遠隔操作する機能を持っている。バイクそのものと合体しているため非常に重く動きにくいので地上戦ではユニットを分離して戦う。

 

必殺技は背部のユニットから鎖を射出して敵を拘束した後に放つ霊力を纏ったキック『オメガドライブ フーディーニ』。

 

 

仮面ライダープライムスペクター

 

パンチ力:?t

キック力:?t

走力:100mを?秒

 

〔ゼンカイガン!プライムスペクター!運命!革命!黎明!英雄!友情!最上!アウェイクニング・ザ・ヒーロー!〕

 

仮面ライダースペクターが???から授かった強化デバイス『プライムトリガー』をドライバーに差し込んで進化を遂げた姿。その姿は仮面ライダーゴースト グレイトフル魂をより刺々しく金色を銀色にし、各部の紋章の位置が一部異なったもの。

 

右脚にゴエモンとロビンとサンゾウ、左脚にヒミコとリョウマとグリム。

 

左腰にベンケイ、右腰にニュートン。

 

右腕にエジソンとムサシ、左腕にビリーザキッドとベートーベン。

 

左肩にフーディーニ、右肩にツタンカーメン。胸部にノブナガ。

 

グレイトフル魂とは異なり15の眼魂が揃っていなくとも、最低8個の眼魂さえあれば変身可能。そのスペックは変身時に取り込んだ15の英雄眼魂の数によって変動し、眼魂の数が多ければ多いほどすさまじい力を発揮できるがその分変身者にかかる負担は大きくなる。特に15個全て揃った時の力はすさまじいが、1つ眼魂が欠けただけでも大幅にスペックは低下してしまう。

 

取り込んだ複数の英雄眼魂の能力を同時に発動できるなどその攻撃法は実に多彩で、行使する能力や使用する武器も従来の物から大幅に強化され、特に武器には金色の装甲が装着される。

 

必殺技は複数の眼魂の力を共鳴、増幅させ生み出したエネルギーを集約して相手にぶつけるキック『ハイパーオメガドライブ プライムスペクター』。

 

プライムトリガー

 

???が生み出した青と銀色の強化デバイス。これをゴーストドライバー左部に差し込み、スペクター眼魂をドライバーに挿入することでプライムスペクターへの変身を行える。未だ使用者本人の悠本人も知らぬ未知の機能が隠されている。

 

 

・フェイタル・グリップ

 

プライムトリガー左サイドの銀色のグリップ。

 

 

・プライムアクチュエーター

 

フェイタル・グリップ上部の青いスイッチ。これを押すことで『ソウル・レゾナンス』の音声と共にトリガーのシステムは起動する。プライムスペクター変身後に押した場合には『プライムチャージ』が発動し内部で生成したエネルギーを一気に倍増させる。ドライバー本体のオメガドライブを同時に起動させることで通常のオメガドライブの10倍以上の威力を秘めた『ハイパーオメガドライブ』を発動させることが出来る。

 

 

・プライム・スペック

 

プライムトリガー内部に仕組まれた回路。内部で生成されたエネルギーやシステムを効率的に制御する。その深奥には未知のシステムが隠されている。

 

 

・ハイパー・ジェネレーター

 

トリガー中央部のエネルギー生成装置。ここで取り込んだ英雄眼魂の霊力を共鳴、増幅させてプライムスペクターに凄まじい霊力を供給する。外部装甲には金色のスペクターの紋章が印されている。

 

 

・ソウル・イグナイター

 

トリガー本体の上部の赤いスイッチ。ここを押すことで取り込んだ英雄の力を解放する。

 

 

・エクステンデッド・コネクター

 

プライムトリガー右部のゴーストドライバー左部に差し込む銀色の端子。これによりドライバーと接続し、システムの連動、強化を行う。

 

 

 

 

 

 

 



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登場人物紹介(ライダー編 その2)

2020/9/9 投稿


仮面ライダーネクロム ネクロム魂

 

キック力:15.1t

パンチ力:17.4t

走力:100mを3.7秒

備考:上記の数値は基礎スペックであり、変身者の意志により変化する。

 

〔CRASH THE INVADOR!〕

 

深海凛が変身ブレス『メガウルオウダー』にネクロム眼魂を装填することで変身した姿。

 

全身を覆う見惚れるような純白のスーツ『エクスティンガースーツ』と各部を覆う白い装甲『アーマーエクスティンガー』は特殊な液体金属クアンタムリキッドで構成されており、全身や体の一部を液状化することが可能。さらに腕部と脚部に装着された装甲『エンフォーサーアーム』『エンフォーサーレッグ』は変身者の身体能力を異形と互角以上に渡り合える超人の域に至らしめ、手首や足首に装着された銀色のリング『ストレージシャックル』は霊力を大量に貯蔵して全身に流れる霊力のバランスを調整し、攻撃の際には貯蔵したエネルギーを解放し拳や脚部に集中させることが出来る。さらに全身に走る黒と緑のエネルギー供給ライン『ベイパーベッセル』は隙間から霊力を放出して全身を覆う強化フィールドを発生させる。胸部の一つ目の紋章『ブレストクレスト』は変身者の強い意志を霊力というエネルギーに変換する。

 

纏うパーカーの肩部『ストレージショルダー』は生成した霊力を貯蔵するタンクとそれを全身に送るポンプの役割を持つ。額には一本のアンテナ『スゥイープホーン』が突き出し、また顔面部は緑色の視覚センサー『ヴァリアスゴーグル』とそれを囲む銀色の円形防御フレーム『モノキュラーガード』が装着されており、それらは使用する眼魂によって色と形状が変化する。

 

必殺技は充填したエネルギーを一か所に集中し、相手に叩き込む『ネクロム デストロイ』。

 

 

ガンガンキャッチャー

 

ネクロムが使用する武器。

 

銃身の装置『フォアエンドコンプレッサー』をスライドすることで銃モード、ロッドモードのニ形態に変形できる。外観や機能はスペクターが使うガンガンハンドの色を緑と白に変えただけでほぼ同じだが、最大の違いは先端の掌を模した部位のガジェットと接続するコネクターとゴーストドライバーにかざすことでエネルギーの送受信をする『アイコンタクト』機能が排され、代わりに必殺技用に眼魂を装填するソケットが搭載されたこと。

 

これにより英雄ゴーストにチェンジしている際にはメガウルオウダーの『オメガウルオウド』とキャッチャーの『ダイカイガン』を併用することで2つの英雄眼魂の力を組み合わせた攻撃が可能となる。

 

眼魂を装填して発動する必殺技は銃モード時は『オメガフィニッシュ』、ロッドモード時は『オメガクラッシュ』。

 

 

ムサシ魂

 

キック力:15.5t

パンチ力:18.2t

走力:100mを3.6秒

 

〔GORINN BLADER!〕

 

ムサシ眼魂を用いたゴーストチェンジ。

 

スペクターが使用した時と能力、パーカーゴーストの形状は変わらず。顔面には刀の鍔の一種、木瓜形の形をした防護フレーム『モノキュラーガードTS』が装着される。

 

相手の動きを読む見切りと生前に宮本武蔵が体得した二刀流の剣技で敵を瞬く間に切り伏せる。

 

 

エジソン魂

 

キック力:14.8t

パンチ力:17.2t

走力:100mを4.1秒

 

〔KING OF INVENTION〕

 

エジソン眼魂を用いたゴーストチェンジ。

 

銀色の布地に黄色で縁取られた『グリッターコート』はあらゆる電気エネルギーを吸収することが可能で、肩部の黄色い電球を模した装甲『フリッカーショルダー』は吸収した電気エネルギーを全身の各部や武器に流し込める。

 

フード部の『スパーキングフード』は電気刺激を脳に与えることで思考を活性化させ、状況を打破する様々な手をひらめく一助をする。またフードから突き出た2本のアンテナの『フィラメントシャフト』は貯蔵した電気エネルギーを一気に放電させ、広範囲を攻撃することができる。顔面部の防護フレームは電球の形をした『モノキュラーガードET』へと変わる。

 

 

ニュートン魂

 

キック力:15.9t

パンチ力:18.4t

走力:100mを5.0秒

 

〔GRAVITY ELUCIDATOR!〕

 

ニュートン眼魂を用いたゴーストチェンジ。

 

スペクター使用時と能力とパーカーゴーストの形状は変わらないが顔面部の防護フレームがリンゴの形の『モノキュラーガードAP』と変じる。

 

左手の『アトラクショングローブ』から引力を、右手の『リパルショングローブ』から斥力を放つ。そのパワーはすさまじく、ギャスパーを彼方に吹っ飛ばした。

 

 

ゴエモン魂

 

キック力:16.6t

パンチ力:18.9t

走力:100mを2.1秒

 

〔SINOBI THIEF!〕

 

ゴエモン眼魂を用いたゴーストチェンジ。

 

スペクターが使用した時と能力やパーカーの形状は同じだが、顔面部の防護フレームが小判の形状をした『モノキュラーガードKB』に変化する。

 

ガンガンセイバーブレードモードを武器に、高速移動能力で敵を翻弄しつつ切り伏せる戦法を得意とする。

 

 

ノブナガ魂

 

キック力:15.2t

パンチ力:17.7t

走力:100mを3.9秒

 

〔TENKA WARLOAD!〕

 

ノブナガ眼魂を用いたゴーストチェンジ。

 

スペクター使用時の能力とパーカーの形状をそのままに顔面部の防護フレームが軍配の形の『モノキュラーガードGB』に変化している。

 

所持する武器の実態ある幻影を複数生み出す能力を持ち、ガンガンキャッチャー銃モードの実態ある幻影を無数に生み出して一斉射撃を行う。

 

 

グリム魂

 

キック力:15.4t

パンチ力:17.2t

走力:100mを3.9秒

 

〔FIGHTING PEN!〕

 

グリム眼魂を用いたゴーストチェンジ。

 

肩部の万年筆の形状をした『ニブショルダー』は射出して意のままに操り、敵を突いたり、拘束したりするなど多様な使い方ができる。深緑色のパーカーの布地である『リテラチュアコート』は交戦した敵の攻撃、会話などあらゆる情報を記録することが可能で集めた情報は胸部の本状のパーツに保存される。

 

パーカーを縁取る白い装甲の『ファンシーヘッドガード』は変身者の想像力を霊力に変換し、思うが儘の形に変化させ相手にぶつけることができかつそれを補佐するために『メルヒェンフード』は変身者の感受性に作用し、豊かにする。顔面の防護フレームは開いた本の形をした『モノキュラーガードBK』に変化し、視覚センサーは深緑色に変色する。

 

 

 

サンゾウ魂

 

キック力:15.7t

パンチ力:17.8t

走力:100mを4.1秒

 

〔SAIYU RODE!〕

 

15ある英雄眼魂のラストナンバー、サンゾウ眼魂を用いたゴーストチェンジ。

 

背部に装着された金色のリング『ゴコウリン』は取り外して投擲することができ、表面から光の刃を発生させて高速回転しながら敵を追尾する。またサイズを自由に調整し敵の拘束に使うことも可能になっている。薄橙色の地に金で縁取られたパーカーの『サイユウコート』は呪いなど邪悪な力に抗力を持ち、両肩部の赤い孫悟空、オレンジ色の猪八戒、背部の緑色の沙悟浄のレリーフからそれぞれのレリーフにちなんだ三蔵法師の従者であった彼らを実体化させて召喚できる。

 

パーカーにつけられた装甲の『テンジクヘッドガード』は変身者の徳の高さを防御力とエネルギーに変換し、ある程度徳が高まれば思念波を発して敵の負の感情を鎮め、戦意を喪失させることすら可能になる。顔面部の防護フレームは輝かしい日輪を模した『モノキュラーガードNR』へと変化し、視覚センサーも眼魂と同じ薄橙に変色している。また、神通力や筋斗雲の召喚などの能力も備えており能力の多彩さは他の英雄眼魂とは一線を画している。

 

 

 

 



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登場人物紹介(その他編) 

2021/11/09 公開




ステラギア

 

ポラリスが開発した歯車型のシステムデバイス。それぞれの能力や特性にちなんだ恒星の名称がつけられ、大きく2種類に分かれており、ベースとなるバトルドレスのデータを内包し界装に必要なベースステラギア、バトルドレスに特殊武装や能力を付与するアームズステラギアが存在する。

 

 

 

ゼクスドライバーオリジン

 

これまでの異界を巡る旅でスーパーコンピューター『スキエンティア』に蓄積した膨大なデータと物資をもとにポラリスが開発した究極のドライバー。ステラギアを装填することで強化パワードスーツ、バトルドレスを展開し装着することができる。ドライバーごとに使用者の生体データを事前登録する必要があり、それ以外の人物には使用することができない。外装は全体的に白く、中央に青いコアが埋め込まれている。ベルト帯は銀色。

 

 

 

ステラ・スロット

 

ドライバーの左右に二つ存在し、右側にベース・ステラギアを、左側にアームズ・ステラギアを装填する。界装時に中央に押し込むことで内部機構と連動して、ステラギア内のデータを読み取りバトルドレスシステムを起動する。

 

 

 

ステラ・リベレイター

 

ドライバー左上部にある青いスイッチ。ここを押すことで中央に押し込んだステラ・スロットが左右に突出する。

 

 

 

ステラ・イグナイター

 

ドライバー中央上部にある赤いスイッチ。ステラ・リベレイターを押してからここを押すことで、再びスロットを中央部に押し込むことで高められたエネルギーを解放する必殺技、『イグニッションドライブ』が発動する。

 

また、ステラ・リベレイターを押さずにここだけを押した後、音声認証することでドライバーとスペリオールライン内の高濃度圧縮粒子を全面開放し、身体能力・バトルドレスのスペックを一定時間、三倍に

引き上げることができる。

 

 

 

エクストラ・ポート

 

ドライバー右上部にある拡張デバイスの差込口。

 

 

 

ゲート・オブ・スキエンティア

 

NOAHが秘匿しているデータベース、スキエンティアにアクセスして戦闘中にありとあらゆるデータを引き出しバトルドレスシステムに反映、戦闘に役立てることができる。

 

 

 

ゼクスドライブ・コア

 

ドライバーの中央の青いコアはドライバーの心臓部となるシステム。バトルドレスとそのシステム、周囲のあらゆる状況のデータをリアルタイムで収集・制御・管理する。元来ソフトウェア方面の知識に長けたポラリスにより、50種のファイアウォールが搭載されているためシステムのハッキングはほぼ不可能。

 

 

 

ステラノヴァ・リアクター

 

ドライバー内部に搭載された反応炉。表面に数十の特殊な魔方陣が刻み込まれており、PGNドライブで生成されたGN粒子の光に反応して魔方陣が起動、魔方陣が起こす魔法の連鎖反応で魔力に似た特殊なエネルギーを生成する。魔方陣はGN粒子の光で反応し続ける限り発動し続けるので半永久的に活動することができる。

 

 

 

PGNドライヴ

 

ガンダムOOの世界より、ポラリスが入手した太陽炉に魔法技術を組み込んだ発展型の超小型GNドライヴ。様々な世界の技術を組み合わせることで極限まで小型化に成功しており、瞬間的な粒子製造量が爆発的に増加している。また、元来のオリジナルGNドライブの一度稼働すると半永久的に稼働し、停止できない欠点も解消している。ゼクスドライバーに内蔵され、ステラギアを装填することでバトルドレスシステムと共に起動する。

 

 

 

ステラ・フュージョナー

 

ドライバー内部に搭載された融合炉。ステラノヴァ・リアクターで生成された特殊エネルギーとGN粒子を反応、融合させることで特殊粒子、Z/X粒子を生み出す。この粒子はGN粒子の特性をそのまま引き継いでいるだけでなく、ドライバー装着者の体に作用し空間認識力や身体能力を極限まで引き上げる効果を持っている。

従来のGN粒子のように人々を変革させ、イノベイターへの進化を促す力まであるかは不明。粒子の色は使用するステラギアによって異なる。

 

ステラノヴァ・リアクターとPGNドライブ、そしてこのステラ・フュージョナーにより大出力を実現することができた。また、これらの3つはドライバーが試作型ということもあり、今後、ドレイクの戦闘データやドライバーの稼働データをもとに改良することが予定されている。

 

 

 

アダマンティアX

 

ポラリスがスキエンティアに蓄積したデータと各世界の特殊金属を合成して作り上げた合金。バトルドレスの装甲やドライバーの外装パーツに使われている。ドライバーが生成するZ/X粒子の効果で重量は大きく軽減されると同時に強度も高められているうえに魔法効果の相乗で耐熱・耐寒・耐衝・防水・強度に優れかつ軽重量というまさしく万能の装甲となる。その硬度は超越者クラスの実力を持つ天使であるウリエルの全力の攻撃にも耐えうるほど。ただし、技術の進歩したレジスタンスをもってすらその製造にはおおよそ10年はかかるという生産性において大きな欠点を抱えている。それに伴い、ゼクスドライバーのごく数本が予定されている以外は量産の目途が立っていない。

 

 

 

以下の2つは生産が予定されている全てのゼクスドライバーのバトルドレスの共通装備。

 

バトルドレス・スーツ・OD

 

首から下を覆う強化ボディスーツ。この上にバトルドレスの装甲が装着される。

全身に不快感なくぴっちりと密着すると同時に、優れた耐衝性や防刃性で体を保護し高い機動力を発揮した時にかかるgを大きく軽減することができる。また全身を特殊な遮断フィールドが覆い、宇宙空間や次元の狭間などの特殊・過酷な環境でも活動が可能。色はステラギアによって異なる。

 

 

スペリオール・ライン

 

ゼクスドライバーオリジンを中心に全身各部に伸びる赤いライン。このラインを通してZ/X粒子を体内に浸透させ、身体能力を極限まで向上させる。また、ドライバーから生成されたZ/X粒子を瞬時に全身あるいは状況に応じた部位に送り込むことができるため、GNドライヴ搭載型のモビルスーツに使用されていた、粒子を貯蔵するためのGNコンデンサーが不要になっている。色はステラギアによって異なる。

 

 

 

SG-PB01 ELTANIN プロト・エルタニン・ステラギア

 

スーツカラー:白

ラインカラー:赤

粒子の色:赤

 

赤龍帝ドライグの力を内包したプロト・ベース・ステラギア。ポラリスが最初に開発したステラギアでもある。エルタニンとは龍座の最輝星の名称。これとゼクスドライバーを用いることでバトルドレスを装着できる。

 

界装した際の姿は赤龍帝の力を解析し、それを内包したステラギアを使用しているため全体的なフォルムが赤龍帝の鎧に近いが、鎧の面積が全身を覆っていた元来の赤龍帝よりも少なく、色が灰色になりよりすらっとしたフォルムになっている。

 

赤龍帝の倍加の能力が回数制限付きではあるが使用可能で、高い身体能力に倍加の力を使って高めた攻撃を放つことができる。倍加の能力と高い身体能力、そして装甲を付けた見た目に反した軽い身のこなしを生かした格闘戦を得意とする。また、ブースター付のウィングを展開して、空中での高機動戦闘にも対応できる。武器としてGNアサルト・バスターライフルとGNビームサーベルを2本搭載している。

 

まだまだ試作型なので出力が安定しないことも多く長時間の運用は危険とみなされ、禁止されている。

 

必殺技は増幅した赤いエネルギーを敵に叩きこむ「イグニッションドライブ」。

 

 

 

GNアサルト・バスターライフル

 

アサルトライフル型の銃。Z/X粒子を圧縮してビームにし、放出する。連射モードや通常射撃モード、高出力モードなど状況に応じて様々なモードに切り替えることができる。

 

銃身にはステラギアをはめ込むためのスロットもつけられているので、ギアを装填することで高出力のビームを放つ「イグニッションブレイク」を発動できる。

 

 

 

 

 

 

 

 

英雄眼魂

 

本作の仮面ライダーが使用する目玉型のデバイス。内部に秘められた英雄の意志が霊力を無限に生成する。内包された意志とは残留思念からなるごく微弱な魂のようなものなので、自立して思考、行動することはない。

 

ムサシからサンゾウまでの転生特典として贈られた英雄眼魂はオリジナルと呼ばれる。

 

16番台以降の眼魂はゴーストドライバーや眼魂のデータをもとにアルルが編み出した秘術により生み出された眼魂である。アルルが英雄派にもその秘術を提供したため、大量に作られることとなる。規格はオリジナルと同様のため、メガウルオウダーやアルギスのゴーストドライバーはもちろん、悠のゴーストドライバーでも使用可能。ただし、プライムスペクターの変身に使用できるのはオリジナルのみのため、15の英雄のうち欠けた眼魂を16番以降の眼魂で埋め合わせることはできない。

 

ちなみに16番以降の英雄の選定基準は以下の通り。全部メタな話。

仮面ライダーゴーストの夏映画で登場した100の英雄眼魂の中から一部。

既に玩具化されかつ上記の夏映画の英雄眼魂にカウントされたもの。

Z/Xでブレイバーとして登場した英雄。

FGOに登場した実在する人間の偉人。

D×D世界で関連性のあるキャラが登場し、本世界で実在したと思われる偉人。

 

D×D世界では神話や叙事詩が実在するため、それらに登場する英雄の眼魂も作成可能。ただし、純粋な神や半人半神は不可。

 

オリジナルの15個

1.ムサシ           

2.エジソン      

3.ロビンフッド    

4.ニュートン     

5.ビリーザキッド   

6.ベートーベン    

7.ベンケイ      

8.ゴエモン      

9.リョウマ      

10.ヒミコ      

11.ツタンカーメン

12.ノブナガ

13.フーディーニ

14.グリム

15.サンゾウ

 

16.ナポレオン

17.ダーウィン

18.ピタゴラス

19.カメハメハ

20.シェイクスピア

21.ガリレオ

22.ダヴィンチ

23.コロンブス

24.ナイチンゲ―ル

25.サンタ

26.一休

27.ジェロニモ

28.ロダン

29.ガウディ

30.ゴッホ

31.ライト兄弟

32.ラファエロ

33.シーザー (ライオンハート編の外伝終了時点)

34.ファーブル

35.佐々木小次郎(コジロウ)

36.徳川家康(イエヤス)

37.豊臣秀吉(ヒデヨシ)

38.武田信玄(シンゲン)

39.上杉謙信(ケンシン)

40.???

41.シグルド

42.真田幸村(ユキムラ)

43.ゲオルク

44.伊達政宗(マサムネ)

45.服部半蔵(ハンゾウ)

46.ノーベル

47.アリストテレス

48.プトレマイオス

49.曹操

50.???(ウロボロス編終了時点)

 

 

 



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レディゴー!覚悟!ド・キ・ド・キ・レディオ! 第一回

本編とつながってるわけではないのでかるーい気持ちで見てください。


激闘の末、廃墟と化した駒王町。グレモリー眷属は皆、事切れておりこの場に立っているのは悠とこの惨劇を引き起こした下手人たるポラリスだけだった。

 

ポラリス「さあどうする?グレモリー眷属の復讐を果たすか、妾に忠誠を誓うか」

 

(ポラリスが聖魔剣をポンと投げ渡す音)

 

悠「ッ……!!」

 

悠「……」

 

悠「…ふふっ、ハァーハハハハハ!!ならばァ、答えは一つだ!!」

 

(膝に聖魔剣を叩きつける音)

 

悠「いっつ…!折れない…ええい!」

 

(適当に聖魔剣を投げ捨てる音)

 

悠「あなたにィ…忠誠をぉ…誓おおおおおおおう!!」

 

ポ「ハハハッ!だから人間は面白い!」

 

ポ「この世界を滅ぼすのは止めたァ!ハハハ!!」

 

 

 

 

 

 

〈BGM:BLAVING!(遊戯王ゼアル)〉

 

悠「始まりました、第一回 レディゴー!覚悟!ド・キ・ド・キ・レディオ!パーソナリティは俺、紀伊国悠と」

 

ポラリス(以下:ポ)「ポラリスでお送りする」

 

悠「お聞きいただいているのは戦士胎動編のテーマ曲、遊戯王ゼアルより『BLAVING!』」

 

ポ「作者は歌詞で選んだそうじゃのう」

 

悠「いい曲だけどテーマ曲と言う割には一回しか使われなかったな」

 

ポ「テーマ曲は犠牲になったのじゃ…作者の挿入歌好き、その犠牲にな」

 

悠「えー、この企画はUA10000突破記念と戦士胎動編完結記念を兼ねてスタートしました」

 

ポ「UA10000突破記念なんてやるのが遅すぎるじゃろう」

 

ポ「のう悠」

 

悠「何だ?」

 

ポ「お便りを集めないラジオというのはラジオとしていかがなものかと思うのじゃが」

 

悠「それは…確かにな」

 

ポ「一話放送前にスタートのアニメのラジオでもお便りを集めるぞ、なのにここときたら…」

 

悠「そこでカンペめくってる作者に訊いてみるか?」

 

ポ「そうじゃの」

 

作者『最初は質問コーナーやろうかなと思っていたけどなんかお便りが集まりそうにない気がしたので奇をてらうつもりでやらなかった』

 

悠「嘘つけ、ホントはタイミング逃したからだろ」

 

ポ「全く、度し難いのう」

 

作者「こうなったのは私の責任だ、だが私は謝らない」

 

ポ「そうか、…夜道に気を付けるといいぞ」

 

作者「マジすみませんでした」

 

ポ「わかればよろしい…さて、茶番はこのくらいにして始めるとするかの」

 

悠「それでは行きましょう、ドキレディ!」

 

悠「このラジオはご覧のスポンサーの提供でお送りします」

 

   サーゼクスホテル

 

  いつもあなたのすぐそばに

   神の子を見張る者

 

  主はあなたを見守っています

   教会 ヴァチカン本部

 

 

 

 

 ▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

悠「まず最初はこのコーナー!」

 

悠・ポ「「蒼天のハイライト!」」

 

悠「このコーナーでは今までの回の振り返り、そして補足・解説を加えていきます!」

 

ポ「今回はプロローグから戦士胎動編第三章までを振り返るぞ、まだ本編を読んでいない人にはブラウザバックを推奨する」

 

悠「それでは最初はプロローグから振り返っていきましょう!」

 

 

 

 

〈BGM:命燃やすぜ!(仮面ライダーゴースト)〉

 

ポ「どこにでもいる少年の主人公はある日突然、電車の脱線事故に巻き込まれ命を落とす」

 

悠「しかし少年の魂は女神に拾われ、土下座で自分のミスを黙ってほしいと頼まれる」

 

ポ「女神が土下座か…上司が余程怖いのかのう」

 

悠「神の世界も上下関係厳しそうだな」

 

ポ「ちなみにどんな女神だったのじゃ?」

 

悠「なんか青髪でCV雨宮ですごい丁寧な感じだったけどポンコツ感を隠しきれてなかったな」

 

ポ「ポンコツキャラはどんなに取り繕ってもボロが出るものじゃよ」

 

悠「えーそして主人公は女神から仮面ライダースペクターの力という特典付きで異世界に転生するのであった!」

 

ポ「仮面ライダースペクターの力か、具体的に言うとおぬしは何をイメージしたのじゃ?」

 

悠「スペクターといって俺がイメージしたのはドライバーとスペクター、ディープスペクター、シンスペクター、あと英雄眼魂とそれ関連のガジェットかな」

 

ポ「イグアナは考えてなかったのじゃな」

 

悠「そうだな、だから三章で呼べたときはびっくりしたよ。それに原作でも影薄かったし…」

 

ポ「さて話を戻そうか、主人公は同じく事故に遭い生死の境を彷徨う少年、紀伊国悠に憑依転生する。憑依転生の影響か肉体は徐々に回復していき無事に退院し、悠は幼馴染、天王寺飛鳥と上柚木綾瀬と出会う。転生のことを言えないため自分が記憶喪失であると告げ、ショックを受ける二人じゃが飛鳥はそれを早くも受け入れなくした分の思い出をこれから作ればいいと言い悠の異世界最初の友となる。二人の案内もあって無事に帰宅した悠。そこで特典がスペクター眼魂しか届いてないことに気付く」

 

ポ「おぬしは特注の眼鏡をかけているんじゃったな」

 

悠「ああ、事故のせいで目がほとんど見えなくてね。眼鏡がないとホントに大変だよ」

 

ポ「風呂の時はどうしてるのじゃ?眼鏡をかけていると曇ったりするじゃろう?」

 

悠「そのときはちゃんと風呂用の眼鏡をかけてるな。防曇コーティングがしてあってねじも使ってないし熱に強いんだ」

 

ポ「ねじを使ってない、というのは錆びたりするのを防ぐためか」

 

悠「そ、あと眼鏡は熱に弱いらしい。レンズのコーティングは剥げるしプラスチック製のフレームなら変形する。ドライヤーやサウナの温度なら最悪レンズにヒビが入ることもあるんだとさ」

 

ポ「ずいぶん詳しいな。まるで眼鏡博士じゃな」

 

悠「博士まではいかないけど、兎に角これを読んでる人も気を付けてくれ」

 

ポ「さて、天王寺飛鳥と上柚木綾瀬じゃが…」

 

悠「あいつらホントいい奴すぎて思わず泣いたよ。…俺はあの二人に救われた」

 

ポ「大事な友なら己の手でしっかり守ってみせるのじゃぞ」

 

悠「もちのろんだ」

 

ポ「眼魂しかないと言うのはビックリしたか」

 

悠「あのときはホント驚いたしムカついた。あの女神はちゃんと仕事してるのか?」

 

ポ「それもポンコツというところじゃろう」

 

悠「翌日、俺は駒王学園に通い三人目の幼馴染、兵藤一誠と出会う。そして放課後、俺は偶然にも堕天使と遭遇し命を狙われる。やられる間際、女神が送ったゴーストドライバーが届き、仮面ライダースペクターへと初変身する!その力でミッテルトを返り討ちにするが戦いの後、自分の行いに気付き恐ろしくなった俺はその場を逃げるように後にした」

 

悠「兵藤はな…変態なところを抜きにすればマジで友達思いで熱いいいやつなんだよな。エロすぎる所を直してくれれば…」

 

ポ「対象が何であれひたむきな思いに神器は応える。彼が赤龍帝の力を引き出していくのも当然じゃな。あのエロさこそがあやつの強さの源だと妾は考えておる」

 

悠「それでも…もういいや」

 

ポ「それにしても仕方なかったとはいえ転生二日目で命を殺めるとはの」

 

悠「あの時はもう相手を倒すことだけに夢中になってた。躊躇いもせず終わった後にはもう遅かった。その場に流されるままに俺は殺してしまった」

 

ポ「戦場で躊躇えばその代償として払うことになるのは自分の命。仕方ないと言えば仕方ないのじゃ」

 

悠「それに気づくのは三章だな。それまでずっと俺は苦悩し続けてきた」

 

 

 

 

 

悠「ここから戦士胎動編に突入。俺は心に自分の力と行いへの恐怖を抑えながらもなんとか日常に戻ろうとしていた。そんなある日、俺は家の庭で英雄眼魂を拾う。そして兵藤が堕天使に狙われているという謎のメモ紙を見て公園に向かうとそこにいたのは既に息絶えた兵藤だった。激情に駆られるまま仇である兵藤の彼女・堕天使レイナーレとの戦闘に突入するも歯が立たない。しかしノブナガ魂にゴーストチェンジしたところで部長さんことリアス・グレモリーが登場。レイナーレはその前に逃げ出すが兵藤殺しの誤解を受けた俺は部長さんの攻撃を受けるもなんとかやり過ごし、友の命を奪いあげく侮辱したレイナーレへの復讐を誓った」

 

ポ「見つかった眼魂はノブナガとツタンカーメン。他の眼魂の多くは駒王町に散らばっているようじゃの」

 

悠「俺が転生した場所ってのもあるんだろうな。全くあの女神はなんでこんないらないことをするんだか…!!」

 

ポ「まあ落ち着け、どーせ向こうの間抜けなミスじゃろ」

 

悠「…あのメモ紙のとこの描写、絶対イレブンさんとあんただよな?」

 

ポ「さて何のことじゃろうな」

 

悠「とぼけるな、頭にローマ字で11って書かれた奴なんてイレブンさんしかいないだろ」

 

ポ「…このことを本編で悠が知るのは当分先の話じゃ」

 

悠「おい話を勝手にきるなよ!」

 

ポ「妾はこれ以上変なことは言えん。妾がこの番組からBANされかねないからのう」

 

悠「そうだった…」

 

ポ「それと妾が思うにレイナーレに勝てなかったのはただ経験と力の差だけではないと思うな」

 

悠「どういうことだ?」

 

ポ「おぬしはミッテルトとの戦いを経て怒りにかられながらも無意識に力をセーブしていたのではないか?また同じ過ちを繰り返すことを恐れてな。おぬしのその思いを神器がくみ取ってしまったがために力があまり出せなくなってしまった。レイナーレ戦でもあのパワーが出せていればすぐに勝てたと妾は思うぞ」

 

悠「確かに…」

 

ポ「そういえばおぬしはなぜ射撃が苦手だったのじゃ?」

 

悠「慣れないってのが大きいな。戦闘中ってずっと動くし狙いをちゃんとつける間がないから撃っても全然当たらなかった」

 

ポ「ほう、なるほどな。如何にも素人と言った感じじゃな」

 

悠「だって素人だし…」

 

ポ「そういえばおぬしが撤退したとき閃光弾を使っていたな、他に何を撃てるのじゃ?」

 

悠「ガス弾に照明弾、ドラゴンブレス弾だな…ドラゴンブレス弾って何?」

 

ポ「ドラゴンブレス弾は焼夷弾の一種じゃ。詳しくはおぬしたちが今その手に持っている端末で調べてみるといい」

 

(動画視聴後)

 

悠「これも威嚇に使えそうだな」

 

ポ「では続きじゃな。実は悪魔の駒で兵藤一誠は悪魔に転生し、翌日何事もなかったかのように学校にいた。驚く悠だったが友の侮辱に許せず復讐の炎はまだ消えなかった。復讐に備えて己を鍛える中、コブラケータイを入手しその機能を駆使して敵のアジトを特定、オカルト研究部と戦っていたレイナーレと再び対峙する。レイナーレを追い詰めたところで部長さんが登場、誤解して攻撃したことを謝罪する。そしてさらに兵藤の身に宿る神器が神滅具の一つ、赤龍帝の籠手であることが判明、逃げ場をなくしたレイナーレは兵藤に命乞いをするも見捨てられ俺にとどめを刺される」

 

悠「思えばここから俺の復讐はおかしくなっていたんだな。奪われたことへの怒りと悲しみが復讐に突き動かしたのに奪われた者があっさりと帰ってきたんだからな」

 

ポ「ほぼほぼ復讐する意味はなくなったのじゃが友への侮辱という恨みでおぬしは復讐心をかろうじて持たせることができた、とな」

 

悠「そうだな、…あの時の俺はそうでもしないと何で戦わないと決めたはずなのに戦ったのかわからなくなってしまうからな」

 

ポ「迷いながらも先の見えない道を進もうとするその若い心もおぬしの魅力だと妾は思うよ」

 

悠「…その台詞をあんたが言うとちょっと怖いな」

 

ポ「本心なのじゃが、人の相互理解は難しいのう」

 

悠「そしてついにレイナーレと再び対峙する…」

 

ポ「設定にもあったがコブラケータイはホントに便利じゃのう。妾も欲しい位じゃ」

 

悠「いややらないぞ。あんたの技術ならそれくらい簡単に作れるだろう」

 

ポ「なんじゃケチじゃのう。ケチは嫌われるぞ」

 

悠「やかましい…」

 

ポ「ところでおぬしどれほど鍛えたのじゃ?」

 

悠「腕立て伏せ、ランニング、ダンベルも買って使ってたな。とにかく入院して貧弱になったこの体をなんとかしなくちゃ、って思ってがむしゃらに思いついたものを片っ端からやったよ。滅茶苦茶きつかったけど」

 

ポ「ほう」

 

悠「まあいい、神滅具ってほかにどんなのがあるんだ?」

 

ポ「相手の力を半減して吸収したり、天候を操作するものなどがあるぞ」

 

悠「前者はダリべ、後者は変態医者じゃないか」

 

ポ「後に神滅具の数は増えるのじゃがな…さて、追い詰められたレイナーレは騙していた兵藤に命乞いをするが見捨てられ、ツタンカーメン魂のオメガファングによって散り、変身解除によって正体がバレた悠は翌日、オカルト研究部の面々に事情を説明する。全てを聞いたリアス・グレモリーは己の眷属にならないかと誘うが虚無感に囚われた悠はそれを断る…これで一章は終わりじゃな」

 

悠「もうマジでコブラケータイで覗きしません」

 

ポ「うむ、そういうのは敵の居場所を探るのに使うのが一番じゃ」

 

悠「…あの時はもうすべてが嫌だったんだ。兵藤が戻った時点で俺の復讐はほぼ意味を成さないものになった。なのに侮辱を許せなくて無理やり達成してしまった結果がこれだ。再び自分の手を血に染め心がぐちゃぐちゃになって自分でも何が何だかわからなくなってしまった」

 

ポ「誰かおぬしの苦悩を知り、止める者がいれば変わったやもしれぬな」

 

悠「でも誰もいなかったからな。あの時部長さんには攻撃されてるし、天王寺たちなんてもってのほかだからな」

 

ポ「まあ過ぎたことを悔やんでも仕方あるまい」

 

悠「だな」

 

〈BGM終了〉

 

 

 

 

〈BGM:攻勢(仮面ライダーゴースト)〉

 

悠「ここからは二章に突入だ。心に深い傷を負い立ち直れないまま日常に戻った俺の前にある日、ポラリスさんが現れる。彼女はゲームを通じて俺に一生懸命に取り組むことの大切さと意味を教えた。その翌日、兵藤が俺にライザー・フェニックスとのレーティングゲームの助っ人になるよう頼み込み、俺はそれを承諾しオカルト研究部と共に10日間の強化合宿を経てレーティングゲームに臨む」

 

ポ「やっと妾の登場シーンか。あのときはまだかまだかとドキドキしておったわい」

 

悠「なあ、なんであの時一生懸命云々を教えたんだ?」

 

ポ「一生懸命ゲームをやった時、おぬしは勝って鞄を取り返す以外の何かを考えたか?」

 

悠「…いや、そのことだけで頭がいっぱいだった」

 

ポ「悩みを忘れてのリフレッシュができたじゃろう?それに戦闘も似たようなことが言えるのじゃ。妾のスカウト計画は既に始まっていったのじゃよ」

 

悠「全部あんたの掌の上かよ…」

 

ポ「ま、戦闘に限った話ではないよ。ひたむきに何かに取り組むことは人生に活力と潤いをもたらす。よく覚えておくといい」

 

悠「肝に銘じておくよ」

 

ポ「それにしても兵藤一誠の頼みを引き受けるとはのう…戦いたくないと思ってるくせにおぬしもお人よしじゃのう」

 

悠「だって友達の頼みを断ったら後味悪いし…」

 

ポ「それをお人よしと言うのじゃ。そういえばおぬしは合宿で具体的に何をしたのじゃ?」

 

悠「筋トレはもちろん、塔城さんとの組手、木場と木剣を使っての模擬戦、姫島先輩との鬼ごっこ、射撃の練習だな。あと借りた眼魂の試用もした」

 

ポ「10日間毎日か?」

 

悠「ああ、何度逃げたいと思ったことか…。でも今はいい思い出だな。みんなとの仲も深まったし戦うことを決めた今ではほんとに行ってよかったと思ってる」

 

ポ「そうか」

 

悠「えっと、ゲームが開始し眼魂を駆使しながら俺はライザーの眷属を撃破していき敵本陣に接近する。作戦は部長さんたちがライザーを弱らせたところで俺がオメガファングで異空間に閉じ込め自分からリタイアするように仕掛けるというもの、だったが部長さんの滅びの力を以てしても奴には届かず駆け付けた兵藤も痛めつけられ殺されそうになったところを俺が横槍を入れて止める。ライザーの女王を撃破しライザーとの一騎打ちに臨むがあと一歩のところでライザーの反撃を許し俺はリタイア。その後『王』である部長さんも破れ初のレーティングゲームは敗北と言う結果に終わってしまう…」

 

ポ「いきなり不死相手とはのう…おぬしも難儀であったの。よくあんな作戦を思いついたのう」

 

悠「ああ、流石にあいつの不死に対抗するには現状それくらいの手しかなかったからな。太陽とか宇宙に吹っ飛ばすほどのパワーもないし」

 

ポ「それほどのパワーでまだ無意識にパワーを抑えている段階であればおぬしはコカビエルを瞬殺しておるよ」

 

悠「マジですか…」

 

ポ「おぬしは眼魂を駆使した戦いが得意じゃのう」

 

悠「経験で差があるなら、能力を存分に生かして差を埋めてやろうと思ってね」

 

ポ「じゃがあまり英雄眼魂に頼りすぎるのもいかんぞ。最後に物を言うのは己自身の力量なのじゃからな」

 

悠「ああ、肝に銘じておく」

 

ポ「ゲーム終了後、悠はグレモリー家のメイド、グレイフィアの手引きでリアス・グレモリーの兄である魔王サーゼクス・ルシファーと出会う。彼は悠が己の力に怯えていることを見抜き、悠はその出会いを経て己の力と向き合うことを決心するのであった」

 

悠「サーゼクスさんな…この世界のお兄さんキャラって大和さんといいいい人ばかりだよな」

 

ポ「人格は問題ないが、やや政治的な面では頼りない部分もあるのう。老獪共に飲まれぬといいのじゃが…」

 

悠「兵藤がライザーと部長さんを賭けた決闘に勝ったのはいいけど左腕がドラゴンになったんだよな…俺はちょっと心配だな」

 

ポ「じわじわと体全体を侵食するものでもない、安心せい」

 

悠「…それのおかげで聖水とか十字架が使えたんだよな。だとしても俺はあいつの今後が心配になる」

 

ポ「誰かを大事に思えば思うほど、自己犠牲の精神は強くなる。あやつは禁手に至る代償を承知で戦いに臨んだのじゃ、覚悟を決めた男にそれ以上口出しするのは野暮と言うものじゃぞ」

 

悠「…ああ」

 

 

 

 

 

 

悠「そして第三章。俺はひょんなことから強奪された聖剣エクスカリバーを巡る事件に巻き込まれ、木場のエクスカリバーと教会の闇につながる過去を知る」

 

ポ「紫藤イリナとゼノヴィアとの出会いがここか。最初、どんな印象を受けた?」

 

悠「紫藤さんは変な人だけど誰とでも打ち解けそうな人だと思った。ゼノヴィアは普通にクールキャラだと思ったけどな…追放されて張り詰めた気が抜けたのか一緒に暮らしていて世間知らずな感じが強く出てきたな」

 

ポ「同じ屋根の下で暮らすと相手の今まで気づかなかった一面が見えてくるものじゃ」

 

悠「俺もそう強く実感したよ」

 

ポ「そして聖剣計画…人間の業も深いのう」

 

悠「技術発展のための犠牲はやむを得ないところがある…そうだとわかっていても素直にそうだと言い切れないな」

 

ポ「光があれば影があると誰か言っていたのう、大事なのは闇から逃げて隠すのではなくちゃんと向き合うことだと妾は思うぞ」

 

悠「あんたが言うとすごく重く感じるな」

 

ポ「伊達に何百年も生きていないのでのう、やがて駒王学園に事件の黒幕、コカビエルが出現し悠はオカルト研究部と教会から派遣された聖剣使い、ゼノヴィアと共に立ち向かう。コカビエルの部下であるフリードとの対決は覚醒した木場の聖魔剣とゼノヴィアの奥の手であるデュランダルによって統合されたエクスカリバーを破壊し悠たちの勝利に終わった。しかしそれらを含めた俺たちの力を以てしてもコカビエルを倒すには至らず悠は恐怖のあまり戦場から逃げ出してしまう」

 

悠「コカビエルはホントにやばい奴だと思ったな。転生して2か月でこれってハードモード過ぎやしないかって」

 

ポ「ドラゴンは力を呼ぶ。ある意味必然とも言えよう」

 

悠「それってスタンド使いは惹かれあう的な物か」

 

ポ「ああ。強者は強者を求め、研鑽する。異形の世界で生き抜くには強くなるしかないのじゃ」

 

悠「うっへぇ、厳しいな」

 

ポ「ま、おぬしにはまだ見つかっていない眼魂もあるし妾がしっかり鍛え上げるから安心せい」

 

悠「そうだな…所でエクスカリバーって7本あるんだろ?俺が知ってるのは擬態と天閃ぐらいだけど他にどんなのがあるんだ?」

 

ポ「統合された4本は天閃と擬態、夢幻と透明じゃ。ゼノヴィアが使っていたのは攻撃力に特化した『破壊』、教会に残ったのは『祝福』、行方不明になったのが『支配』じゃ」

 

悠「あいつそんなものを使ってたのか…『祝福』と『支配』はどんな効果が?」

 

ポ「『祝福』は聖水や聖歌などの聖なる力を増幅する能力、『支配』は相手の攻撃や動きを文字通り支配する能力を秘めておる」

 

悠「へー、『支配』も統合されてたらかなりまずかったな」

 

ポ「じゃが扱いが難しい能力らしくての、流石のフリードでも使いこなせなかったじゃろう」

 

悠「…そういえば俺のオオメダマがコカビエルに効かなかったんだよな。それも俺が無意識に云々だからか」

 

ポ「それに加えて恐怖に駆られて戦意の低下もあると思うぞ。強い意志の代表格とも呼べるものが戦意じゃからな」

 

悠「もし、覚悟を決めた状態で同じことをしていれば倒せただろうか」

 

ポ「間違いなくな、彼奴を一撃で塵にできたと思うぞ」

 

悠「…さて、逃げ出した俺はポラリスさんの激励を受けて戦う覚悟を決め戦場に戻りコカビエルを撃破する。敗れたコカビエルとフリードは突如現れた神滅具使い、白龍皇によって回収される。戦いの後俺はオカルト研究部とグレモリー眷属への加入を頼み込む。悪魔への転生はできなかったが晴れて俺はオカルト研究部員になり、悪魔となって帰ってきたゼノヴィアが俺の家にホームステイするところでこの戦士胎動編は終わる…」

 

ポ「妾最大の見せ場じゃな!」

 

悠「俺もだろ…でもまあ、あんたの言葉は俺の心にしっかりと響いたよ」

 

ポ「そう言ってくれると、妾もそうした甲斐があるというものじゃ」

 

悠「なあ、なんで表舞台に出たくないと言いながらわざわざ表に出て俺を励ましたりしたんだ?」

 

ポ「スカウト計画を立てた時、イレブンにやらせる案もあった。じゃがスカウトするうえで妾が直接出向いた方が効果的だと思うてな。妾の存在を知られるリスクを承知で臨んだが…幸い誰にも知られることなく成功して万々歳じゃ」

 

悠「そうかよ…それとなんで俺は悪魔に転生できないんだろうな」

 

ポ「作者がカンペをめくっておるぞ」

 

作者『番組宛てに手紙が届いている』

 

悠「ん?これか」

 

(手紙をめくる音)

 

『ちょっとあんた!折角私が転生させてあげたのになに悪魔に転生しようとしてるのよ!トイレの水が流れなくなる天罰喰らわすわよ!それと私への感謝の気持ちを込めてアクシズ教団のPRもきっちりしなさい!とにかく、悪魔なんて連中とつるんじゃダメなんだからね!』

 

悠「やっぱお前かあああああ!!」

 

ビリッ!(手紙を勢いよく破る音)

 

ポ「ハァ…器の小さい奴じゃのう」

 

悠「はぁ…はぁ…やっぱ駄女神じゃないか!!」

 

ポ「んん!…この戦士胎動編を経ておぬしの悩みは失せ、厳しくも友や仲間との絆にあふれた道が開けたという訳じゃ」

 

悠「ああ、俺はもう逃げない。そう決めた」

 

ポ「おぬしの今後の活躍に期待しておるよ」

 

悠「期待されている分にはしっかり応えるさ」

 

〈BGM終了〉

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

ポ「続いてはこのコーナー」

 

悠・ポ「蒼天のNG集!」

 

ポ「このコーナーは様々なキャラのNGシーンを流すだけのコーナーじゃ」

 

悠「ほかに言い方ないのかよ」

 

ポ「実際映像を流すだけなのじゃろう?それ以外に言いようはないよ」

 

悠「…まあいいや、それではNGシーン集をどうぞ!」

 

 

 

 

第二話:変身シーン

 

悠「遅いんだよ…!」

 

〔ゴーストドライバー!〕

 

(ゴーストドライバーに眼魂を入れる音)

 

〔アーイ!〕

 

〔コッチヲミロー!コッチヲミロー!〕

 

悠「だ違う!」

 

作者「カット!音響さんふざけないで!」

 

吉影「すみません…」

 

 

 

第三話:スペクターが空飛ぶミッテルトにしがみつき、引きずりおろすシーン

 

悠「おら!」

 

ミッテルト「ちょ、お前!離すっす!!しかも掴んでるの…!!」

 

悠「お前、飛んでばっかで卑怯なんだよ!下りて戦え…ッ!?」

 

ビリビリッ(掴んだスカートがちぎれる音)

 

ミッテルト「きゃああああああ!!」

 

悠「ぎゃああああ!!」

 

ドテーン!(悠が落下する音)

 

作者「はいカット!衣装さん予備の服用意して!」

 

悠「イっテテテ…ミッテルトさんごめ」

 

(上を見上げる)

 

ミッテルト「…!!私のパンツ、見たっすね!!?」

 

悠「…こうなったのは私の責任だ、だが私は謝らない」

 

ミッテルト「ばかああああああ!!」

 

ギュン!(特大の槍を投げつける音)

 

悠「ぎゃああああああ!!」

 

 

 

第4話:ラストシーン

 

〔レディゴー!覚悟!ド・キ・ド・キ・ゴースト!〕

 

悠「お前だけは絶対に許さない…!」

 

???「ぜってぇ許さねぇ!」

 

???「ゆ”る”さ”ん”!!」

 

レイナーレ「ヒッ!」

 

作者「カット!部外者は立ち入らないでください!」

 

紘太「わりぃ、なんか呼ばれた気がして」

 

南光太郎「すまない…」

 

 

第7話:ラストシーン

 

レイナーレ「このガキ、以前よりパワーアップを…!?」

 

悠「この…!」

 

レイナーレ「ヒィ!」

 

悠「パケ放題!」

 

作者「はいカット!」

 

悠「一番いいところで噛んでしまった…!」

 

レイナーレ「滑舌を良くするには早口言葉を練習するといいわ」

 

悠「あ、ありがとうございます…」

 

 

 

 

第10話:ゲーム対決

 

ポ「ふふふ、楽しいのう」(1着)

 

悠「くそっ!」

 

ポ「さて次はどこのステージじゃ?」

 

悠「…」

 

ポ(無言集中モードに入った…)

 

 

第12話:子猫との組手

 

悠「だぁぁぁぁぁ!!」

 

子猫「ふん」

 

(膝撃ちが股間にヒットする音)

 

悠「い”っ!!!?」

 

子猫「あっ」

 

作者「カット!アルジェントさん急いで!」

 

アーシア「大丈夫ですか!?」

 

悠「もうだめだ…おしまいだぁ…」

 

 

 

第22話:ポラリスが悠に説教するシーン

 

ポ「…まだ立てぬか」

 

悠「……」

 

ポ「…ハァ、おぬしがコカビエルと戦わないのは勝手じゃ、だがそうなった場合誰が代わりに戦うと思う?」

 

悠(まさか万j)

 

ポ「南光太郎じゃ」

 

悠「!?」

 

???「駒王町はこの俺、仮面ライダーBLACKRXが守るッ!!」

 

作者「はいカット!ポラリスさんふざけないで!あとコカビエルさんも乗らないで!」

 

ポ「すまんすまん」

 

コカビエル「悪かった」

 

 

 

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

〈BGM:GIANT STEP(仮面ライダーフォーゼ)〉

 

悠「さて、本編は次回から新章、死霊強襲編に突入します!」

 

ポ「予定としては原作4から6巻までの内容じゃな」

 

悠「戦士胎動編は俺が転生して戦う覚悟を決めるというのをメインにしてるけどこの章は…」

 

ポ「まあそのまま読んで死霊が強襲するということじゃろうな」

 

悠「スペクターに死霊って意味があるんだけどつまりは俺が大暴れする章になるのか?」

 

ポ「さてのう、いずれにせよ話が進めばきっとわかるじゃろうな」

 

悠「あとこのラジオの略称、ドキレディって思いついたんだけどどう?」

 

ポ「ドキレディか、なかなかいい略称だと思うぞ」

 

悠「いちいちフルで言うのも面倒だからな、フルで言うのは最初のタイトルコールだけでいいだろ」

 

悠「…それではお別れの時間が近づいてきました。最後に何か一言」

 

ポ「たまにはこういう企画も悪くないじゃろう、この回を機にまた戦士胎動編を見直してみるのもアリじゃな。第二回も是非出させてもらいたいものじゃ」

 

悠「ポラリスさん作者に念入りに釘刺されてたもんな、あんたネタバレの塊だから絶対変なこと言わないでくれって」

 

ポ「そうじゃな、折角だし爪痕を残して終わるとするかの」

 

悠「わーわー!えーと、初めてラジオ番組なんて初めてでトークとかすごく大変だったけど色々な裏話も喋れて満足したな」

 

ポ「チッ」

 

悠「おいやめろ、あんたホントに降板させられてイレブンさんが次からくるぞ」

 

ポ「む、それは不本意じゃな。…仕方ない、今後は大人しくするとしよう」

 

悠「次回のドキレディは死霊強襲編終了後、この更新ペースなら年末になるかもです」

 

ポ「次回はゲストも呼んで楽しくトークするぞ」

 

悠「それでは皆さん」

 

悠・ポ「「さようなら!」」

 

〈BGM終了〉

 




次回からは新章、死霊強襲編です。お楽しみに!


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プロローグ
第1話 「こんなはずじゃなかったさ……!」


第1話です、操作に慣れないながらも書き上げました。


「ぱぇ………?」

 

この間抜けた音が、俺のこの世界での第一声である。

 

なにも好き好んでこのセリフを第一声に選んだ訳ではない。折角の転生なら俺もカッコいい台詞を第一声にしたかった。

 

「こんなはずじゃなかったさ……!」と、どこぞの姫様にフラれた黒い獅子のパイロットの声が幻聴として聞こえてくるようなこないような。

 

これは予想外の出来事に対して思わず発せられた声でもある。

その予想外の出来事というのは………

 

(目の前が真っ暗なんですけど)

 

目を開けても真っ暗、一瞬光の存在しない無の世界に飛ばされたのかと思ったが、その考えはすぐに消えた。

 

消毒液の匂い、手足が感じる布団に似た触感、そして隣から聞こえてくる電子機器の音。

 

ここは病院なのだと理解した。そしておそらく、今入院している。

 

しかし何故自分が病院にいるのか、何故目を開けても真っ暗なままなのかと考えようとした矢先、

 

 

 

 

 

 

「か、鏡先生っ!紀伊国君が!紀伊国君が起きましたっ!!」

 

「お、おおお落ち着け、医者たるものこういう状況こそ冷静に対処するべきだ」

 

「鏡先生も落ち着いてください」

 

 

 

 

 

 

 

 

……ファンタジーな要素もあるって聞かされたけど本当にあるの?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

 

 

 

 

春の暖かな風が吹き、道に咲く桜の花びらが舞うなか、

俺は病院で聞かされた情報をもとに住宅街を歩く。

ここは『駒王町』と呼ばれる地方都市。

 

俺の名前は『紀伊国 悠《きのくに ゆう》』。

正確に言えばこの名前はこの世界で俺が転生した人物の名前である。なので以前生きていた世界での名前もあるが、それはおいておく。

 

先から何度も話に出ている通り、俺は俗に言う『転生者』である。

 

テンプレの如くトラックにひかれたわけでもなく、前世での死は、

電車の脱線事故に巻き込まれてのものだった。

 

そうして死んだ矢先、俺の魂は青髪の女神に拾われ……

 

 

 

 

「あなたを他の世界に[特典]を付けて転生させるので、誰にもあなたが死んだということを言わないでください」

 

 

と、雨宮ボイスで惚れ惚れするほど綺麗な土下座で頼まれてしまった。

どうやら向こうのミスで俺の人生は予定よりも早く終えてしまったらしい。

 

その事に何とも思わない訳ではないが、転生という言葉に心が踊り、その案を受け入れた。

 

『特典』は何でもいい、ファンタジーな世界に転生させると聞き、俺はその特典に『仮面ライダースペクターの力』を選んだ。

 

その答えに至るまでの過程で俺は悩みに悩んだ。クウガ、オーズ、ブレイドと数あるライダーの中でスペクターを選んだ理由はやはり、最終形態のシンスペクターの存在である。

 

六枚の翼、七つの大罪をモチーフにした必殺技は俺の琴線に大いに触れた。

悩みに悩んだ末に答え、俺はこの世界に送られた。

 

 

 

 

そして同時期に車の事故に巻き込まれて両親を失い、大怪我を負い1週間寝たきりだった『紀伊国 悠』の体は他世界から来た魂が入ることで奇跡的な回復を遂げた。

 

しかし、奇跡的とはいっても完全なる回復ではなかった。

 

事故の影響で両目の視力を落としてしまったのだ。

 

目を開けても真っ暗という状況は頭に巻かれた包帯によるものだった。専用のメガネを作るために数日待たなければならず、早く外の世界に出たいと悶々とベッドの上で過ごしていたのは記憶に新しい。

 

担当の鏡先生は名前を聞いた時、「まさか」と思ったけど本当にそのまさかだった。ガシャットもバグスターもない(と思われる)世界だけど初期の様に患者とは必要以上に関わらないということも、「お前の存在はノーサンキューだ」と言われることもなかった。

 

ただ、やはりショートケーキが好きな模様。

 

そうして数日を経てメガネを受け取り、友達から送られたという荷物をバッグに詰め込み俺は退院した。

 

見たい見たいと切に願っていた外の世界だが、やはりファンタジーの欠片もない以前住んでいた世界と何一つ変わらない文明レベルだった。

 

その事実に肩透かしを食らいながらも歩きだし、今に至る。

 

現状知っていることはこの世界は以前の世界とほぼ変わらないものだということと、先の車の事故のことだけである。

 

両親を失い、頼れるものは病院で聞いた自分の家の情報とこの荷物という状況、先行きに大きな不安を感じざるを得ない。

 

歩くうちに本当にこの道であっているのか不安になり、一応近くの道を歩くおそらく自分と同年代であろう男女二人組に聞くことにした。

 

整った顔立ちをした青年と、ハーフめいた顔立ちのブロンドヘアーの少女。こういうところにはここが異世界であると思わされる。

 

「あの、すみませんけど…」

 

俺の声を聞き、顔を見た二人組の男女は予想外の反応を見せた。

 

「悠くん……?ホンマに悠くんなんか!?」

 

「あなたいつの間に退院したの!?こっちがどれだけ心配したか知りもせずに……!」

 

どうやら自分を知っている人間なようだ。しかし俺にその『悠』の記憶はないので

 

「ごめん、実は事故で記憶が無くなったんだ」

 

と、誤魔化すことにした。

 

すると二人は「そうなのね……」「そうなんか……」とショックを受けてしまった。

 

二人には申し訳ないことをしてしまったと心の中に罪悪感が生じる。

 

この暗い雰囲気のなか会話を続けても記憶のない自分では二人にまたショックを与えてしまうだろうと思い、このまま道を聞いて会話を終えようとしたとき、

 

「なら、僕らでまたたくさん思い出をつくればええんや!」

 

青年はこの事実を前向きにとらえた。

 

そのポジティブさ加減に少女もあきれた様子だ。

 

「あなた、彼が今どういう状況か本当に解っているの?」

 

「わかってる」

 

青年はまぶしい笑顔を向けて話す。

 

「記憶がなくなっても悠くんは悠くんや、死んだわけやない、大事なのは今、前を向いて生きることや!」

 

何このイケメン、見た目だけじゃなく中身もイケメンだった。

 

「……あなた、泣いてるわよ」

 

「えっ…」

 

言われて初めて目から涙が流れていることに気づいた。

どうやら自分でも知らないうちに頼れる者のいない状況に大きく寂しさを感じていたらしい。

 

親身に自分と向き合ってくれたこの青年に感動してしまう位に。

 

「ぼ、僕そんな泣かせるようなこと言ったかいな…!?」

 

「いやちょっと感動しただけだ、親身になってくれてありがとう」

 

「ならよかった!」

 

藪から棒に青年が言い出す。

 

「せや、僕と綾瀬ちゃんが最初の友達になったる!記憶がないんなら僕と綾瀬ちゃんが最初になるんやろ?」

 

「まぁ、そうかな…」

 

「ほな、決まりな!」

 

「私はまだなるとは言ってないわよ」

 

「まぁそう言わずに、綾瀬ちゃんと僕の仲やろ?」

 

押しに押された綾瀬という少女も微笑を浮かべて「仕方ないわね…いいわ、私もあなたの友達になるわよ」と返す。

 

言葉の割には楽しげな様子だ。

 

「フフ……」

 

「どうしたの?」

 

友達ができた嬉しさからか思わず笑いが出てしまった。

 

「いいやなんでもない、じゃ改めて自己紹介から、俺は『紀伊国 悠』」

 

「僕は『天王寺 飛鳥』!よろしゅうな!」

 

関西弁の青年が手を差し出し、握手で応じる。

 

「『上柚木 綾瀬』、よろしく」

 

続けて差し出された少女の手にも、同様に応じる。向こうは照れくさいようで、顔を少し赤らめていた。

 

……ツンデレの片鱗が見えた気がする。

 

「そう言えば、俺は最初自分の家の道を聞こうとしたんだった」

 

「なら一緒に行こか!友達を助けるのも友達やで!」

 

「私も付き合ってあげるわ」

 

これが俺の異世界での最初の友達、真のイケメンこと『天王寺 飛鳥』とツンデレ美少女『上柚木 綾瀬』の出会いだった。

 

俺は彼らの優しさと明るさに救われた。心寂しい異世界生活で彼らの存在はとても大きい。

 

これから始まる彼らとの日常を守りたいと、密かに願うのだった。

 

 

 

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

 

 

「ここがあなたの家よ」

 

数分後、二人の案内を受けて家にたどり着いた。

その道中、彼らの知る紀伊国悠がどんな人物だったか、彼らの通う『駒王学園』という学校について聞いた。

 

紀伊国悠は二人の幼なじみで内気ではあるが、優しい人物だったと語ってくれた。もし傍若無人だとか、慇懃無礼な人物だったとか言われたらどうしようかと思った。いきなり見ず知らずの他人に身に覚えのない因縁をぶり返されたらたまったもんじゃない。

 

『駒王学園』は駒王町にある元々は女学校で近年共学になった学校と聞いた。

 

学年が上に行くほど女子の比率が高く二大お姉さまとか変態三人組などの有名人がいるとも。しかもその三人組と自分たち三人は同じクラスらしい。

賑やかな学校生活になりそうだなー(遠い目)。

 

「はぁ…はぁ…ほどけた靴紐を直すくらい待ってくれてもええやろ……はぁ…」

 

息も絶え絶えに天王寺が走ってくる。

 

「いや俺は待とうとしたけれど上柚木が…」

 

「これで昨日の件についてはチャラよ」

 

「あ、あれは不可抗力や!冤罪や!」

 

…一体あいつは何をやらかしたのだろうか。

 

一応聞いてみたら「言わせないでよ、恥ずかしい……」とうやむやにされてしまった。深追いしたらどうなるかわからないので止めておこう。

 

あれ?もしかしてコイツら主人公とヒロインなんじゃないか?

二人の容姿にしても関係にしてもピッタリだと思うんですけど。

いやまさかな……

 

「とにかく、明日の朝私と飛鳥がまた来るわ、それまでに学校にいく準備をしておくことね」

 

上柚木の言葉に了解の意を示す。

 

「ほな、また明日な!」

 

「おう」

 

家の前から去り行く二人を見送り、鍵を開けて家に入る。

 

外観も中もザ・普通の家といった感じだ。ただ、妙に気になるのは床や家の物がホコリを被っていないことだ。

 

事故から一週間が経っている。一週間この家に誰も居なかったのならホコリを少しでも被ってる方が自然だ。

 

もしかして数日前に天王寺か上柚木が掃除でもしてくれたのだろうか。あまり考えたくはないが空き巣狙いという可能性も捨てきれない。

 

「……」

 

荷物の整理がてら家の探索をしたがやはり綺麗に掃除されている。それどころか父母の部屋の物は完全に撤去されている。

 

……まさかあの青い女神の使いがやったのか?いや向こう側の手違いで死んだとはいえそこまでやる理由はない。

 

考えてもきりがないので早々に片付けをすませ、リビングに降り確認するべき物を確認する。

 

「とりあえず試してみるか」

 

女神からもらった『仮面ライダースペクターの力』という『特典』。

 

動作確認は大事だ。不良品が送られていていざというとき使えないなんてことのないように念入りにしておく。

 

まずは眼魂《アイコン》。

スペクターは数多く存在するこの眼魂《アイコン》をベルトにはめることで様々な力を発揮する。

 

念じてみると右手に青のグラフィックのついた黒い眼魂《アイコン》が出現した。

 

「これが……」

 

スペクター眼魂《アイコン》。間違いなく、希望した通りだ。

スイッチを押すと変化した瞳のグラフィック、Sの文字が浮かび上がる。

 

……他の眼魂《アイコン》はいくら念じても出てこないのが気になるところだが。

 

そして次に変身ベルトたるゴーストドライバー。

はめられた眼魂《アイコン》の力を解放する道具。

 

ゴーストドライバーはブレイバックルやダブルドライバーのように、本体を腰にあてると勝手にベルトが巻き付くタイプではなくクウガのアークルのように最初から腰に巻かれた状態で出現するタイプなので早速念じてみるが……

 

 

 

 

 

 

「…あれ、出ない……?」

 

何度も念じるが一向に出現する気配がない。

 

「嘘だろ……」

 

嘘だと言ってよ、バーニィ!

 

とりあえずお決まりのあのセリフを言うことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ウゾダドンドコドーン!!」

 

こんな調子で俺の異世界生活が始まってしまうのであった。

 




Q.そんな装備で大丈夫か?
A.大丈夫じゃない、大問題だ。

鏡先生は多分今後一切出てきません。
???「ソレイジョウイウナー!」

飛鳥の関西弁難しい……
これに関しては時間をかけて慣れていくしかありません。

最後はあんな調子でしたが、次回、初変身です。


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第2話 「俺の!変身!」

お待たせしました、第二話です。
サブタイの元ネタはクウガのあの名言。

やることを詰め込んでいざ書いてみたら長くなってしまった。
後悔はしてないけど反省はちょっとしてる、
だが私は謝らな(殴


 

次の日の朝、新しい制服に袖を通しネクタイを手に取る。

 

あの後も何度か試したが結局、ドライバーが現れることはなかった。

というか眼魂《アイコン》だけでどう戦えと?

某筋肉バカみたいに眼魂《アイコン》を振って戦えってか?

それともモ○スター○ールみたいに投げて使えってか?

 

駄目だ、考えれば考えるだけあの女神への愚痴が思い浮かんでくる。

今度からあれのことは駄女神と呼んでやろう。

 

備え付けられたドアホンのチャイム音が鳴る。

 

『悠くん、来たで!』

 

「はーい」

 

朝から元気のいい友達の声が聞こえてきた。

 

ネクタイを結んで鞄を持ち、玄関のドアを開ける。朝の心地いい日差しが眩しい。

 

「うっす、おはよう」

 

「おはよう!」

 

「おはよう」

 

昨日の私服姿と違い学生服に身を包む天王寺と上柚木。

俺と天王寺は黒のズボン、白のワイシャツの上に黒のブレザー。

 

なんというか、凄くオシャレに見える。あのシンプルな学ランが恋しい。

 

上柚木はアニメや漫画にありそうな初めて見るタイプの制服。

スカートの赤紫以外は男子用と同じく黒と白がメインのカラーリング。

 

「……何よ、じろじろ見ないでよ」

 

「それ改造してるの?」

 

「してないわよ、ちゃんと学校指定の物よ」

 

「さいですか…」

 

まあ元から改造してるように見えるデザインだからこれ以上何をどうしろという話だが。

 

「話はそれぐらいにして、ほな行こか!」

 

こうして俺たちは学園への往路を歩く。

 

 

 

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「着いたで、ここが『駒王学園』や!」

 

俺は二人の案内を受けて学園にたどり着いた。

 

正面から見える校舎は西洋風の建築。ずっと見ていると外国に行ったような錯覚を覚えそうだ。グラウンドでは運動部の人たちが各々の練習に励んでいる。

 

校舎内に入り通路を歩きながら天王寺に尋ねる。

 

「俺のことはクラスの皆に連絡はいってるのか?」

 

「ばっちりやで!」

 

サムズアップで答える天王寺。

 

「クラス変えの後やけど皆、ほんまに悠くんのこと心配してた

で?」

 

「……そっか…」

 

うつむき気味に心情を吐露する。

 

「自分のことを心配してくれる人のことを忘れるなんて、薄情だよな……」

 

「悠くん……」

 

「……いちいち記憶喪失を気にしてんじゃないわよ」

 

……まさか上柚木から励まされるとは。

 

そうだ、大事なのは前を向いて生きることだと天王寺に言われた。

 

「…そうだな」

 

歩くうちに着いた教室の扉を開ける。

 

外観に反してそこまで西洋の感じはない空間で、いかにも教室という感じがある。

 

「紀伊国君大丈夫なの!?」

 

「って紀伊国君メガネかけてる!?」

 

「記憶喪失ってホント?」

 

入って早々にクラスメイトから質問攻めを受ける。俺は聖徳太子じゃないから一気に聞かれたらパンクする。

 

「あの、記憶喪失はホントだけどそれと視力以外は大丈夫だから……」

 

そう言うとみんなは安心したようで「わからないことがあったら聞いてね」と言ってそれぞれの仲がいい人との会話に戻っていった。

 

向こうが親切なのかそれとも『紀伊国 悠』の人望が厚いのかはわからないが、とにかく親切な人の多いクラスで安心した。

 

天王寺に「席は向こうやで!」と言われ、指された席に鞄を下ろす。

 

「よっ、久しぶりだな紀伊国…ってそっか、記憶がないんだっけな…」

 

「うん、悪いね」

 

後ろの席の男子から声を掛けられる。

 

制服を着崩し、中の赤いシャツが見える茶髪の男子。

 

今の声ってあの人だよね?「お前はバカ丸出しだッ!」とか言うあの人だよね?

 

「俺は兵藤一誠!覚えてないだろうけど、実はお前の幼なじみでもあるんだぜ?」

 

「本当か?そういえば近所に『兵藤』の表札が掛けられた家があったような……」

 

「そう、それ!」

 

本当幼なじみが多いな。前世には一人もそんなのいなかったのに。

 

今度は坊主頭と俺と同じく眼鏡をかけた男子から声を掛けられる。

 

「紀伊国氏、紀伊国氏、入院生活で色んなものが溜まっているのであろう!?」

 

「退院祝いだ、受け取ってくれ!」

 

そういって鞄から取り出したDVDを握らせられる。一体なんだろうと思ってタイトルを見ると……

 

「バカっ、お前なんでこんなもん学校に持ってきたんだよ!?」

 

パッケージに書かれた卑猥なタイトル、俗に言うAVと呼ばれる物だった。二人はニヤニヤとサムズアップをしている。いやいや、良くねぇよ!

 

「キャッ、紀伊国君が穢される!」

 

「あの三バカ……!」

 

「松田、元浜、兵藤死ね!」

 

女子から続々と非難の声が上がる。三バカと言うことはこの三人が例の変態三人組か?(おそらく)松田と元浜が「うっせー!」「紀伊国だって男だ!」と反論する。

 

確かに俺も男だけど流石にこれは……。そう俺が内心ひいている中、キンコンカンコンとチャイムの音が教室に鳴り響いた。みんなが席に戻り始めるなか坊主頭の手を掴み、渡されたDVDを無理矢理返して席に戻らせる。

 

いよいよ第二の学園生活が始まる、期待に胸が躍った。

 

 

 

 

 

 

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「──そして最後に、ここが旧校舎やで!」

 

昼休みの時間を使って俺は二人の案内を受けながら学園内を回った。グラウンドにテニスコート、プールや体育館など普通の学校にも見られる施設があるのは分かるが旧校舎が残っているのは意外だ。

 

旧校舎も本校舎と同じように西洋風の建築ではあるが周囲には木々が生い茂り外壁にはツタが伸びている。

 

「こんな所何に使うんだ?」

 

「ここは今、オカルト研究部が使っているのよ」

 

「オカルト研究部?また珍妙な部活があるもんだな」

 

初めて聞く部活の名前に興味が湧く。

 

入りたいとは思わないが。

 

「なんでも、怪奇現象とかを調査しているらしいわ、部員は少ないけど学園の有名人ばかりよ」

 

「へぇー」

 

「例えば────」

 

会話の途中で足音が聞こえてきた。

 

聞こえてくるほうをみると美男美女が揃って歩いてくる。

黒髪ポニーテールの美女はこちらの視線に「あらあらうふふ」とにこやかな笑みを返す。

 

優しげな顔立ちの金髪の美男子は「やぁ」と手をあげて先ほどの美女と同じようににこやかな笑みを向けた。

 

物静かな白髪の小柄な少女はこちらに一瞬視線を向けると再び旧校舎の方を向いた。

そしてそのまま旧校舎へと入っていった。

 

「入っていった順に二大お姉さまの一人、三年の姫島朱乃先輩と、二年の木場祐斗君、そして─」

 

「我らが学園のマスコット、一年の塔城小猫ちゃんや!……って痛い!?」

 

「……全く、すぐに鼻を伸ばして……」

 

上柚木が天王寺の耳を引っ張る。

 

……心なしか少し不機嫌そうに見える。もしかして上柚木は天王寺のことが……。

 

「上柚木ってもしかして……」

 

「な に か し ら ?」

 

「いえいえ!なんでもございません!!」

 

凄みがかった笑みで返されてしまった。しかしその目は決して笑っていない。

 

こうして二人の案内による学園探索は終わりを告げた。

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

放課後、俺と天王寺は学園の近くのコンビニに寄っていた。

 

買い食いは学生ならではの楽しみだと俺は思う。

なら人生二度目の学園生活でもこれを楽しまない手はない。

 

コンビニの目玉商品、ファムチキを食べ終える。

 

「あーうまかった!ごちそーさま!」

 

「ごちそーさん!」

 

入院生活で病院食を食べる中でどうやらおいしいと判断するレベルが下がっていたらしくチキンが異様に美味しく感じた。昨夜、家にあったカップラーメンを夕飯に食べたときは思わず「ウンまああ~いっ!!」と叫んでしまうぐらいに。

 

「んじゃ、俺は帰る」

 

「うん、また明日な!」

 

天王寺と別れ帰路に着く。

 

……本当にアイツは太陽みたいなヤツだ。アイツと喋っていると後ろを向き気味な自分がアホらしくなる。まるで水晶のかがy……ゲフンゲフン!

 

そう思いながら帰り道の途中にある廃工場の前に差し掛かった時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────この世のありとあらゆる音が消えた。

 

鳥の鳴き声も、風の音も、人の声も。

音だけではない、生き物の気配すら消えている。

 

「なんだ、これ…………?」

 

「ぎゃあ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

「っ!?」

 

悲鳴が突然聞こえた。

 

おそらく子供の声、そして初めて聞く断末魔の。

 

反射的に敷地の塀に身を隠し、ボロボロになって空いた小さな穴から様子を窺う。

 

───中学生くらいの子どもが、胸に光る槍状の物を突き立てられて倒れている。そしてその槍状の物を握っているのが───

 

「あーめんどくさっ、レイナーレ様も人使い、じゃなくて堕天使使いが悪いっすねぇ」

 

ゴスロリ風の衣装を身に纏う背に黒い翼を生やした少女だった。

 

(堕天使……?この世界には堕天使がいるのか!?)

 

こんな状況でようやくファンタジー感が出てきた。

 

堕天使少女は光の槍を胸から引き抜く。

 

「ごふっ…………」

 

子どもは血を吐き出すとそれっきり動かなくなってしまった。

 

……前世も含めて初めて人が目の前で死ぬのを見た。

 

「う゛っ…」

 

吐き気が込み上げてくる。無理やりそれを我慢し息を殺す。

 

今見つかるわけにはいかない。ひたすらにあの堕天使少女がこの場から消えてくれるのを願った。だが───

 

「そこでなにをコソコソしてるっすか?」

 

「ッ!!」

 

その願いは叶わなかった。

 

気づかれるやいなや全速力で走りだし廃工場から離れる。

 

「ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいッ!!」

 

変身できない自分にあの堕天使を太刀打ちできるとは到底思えない。

 

一週間寝たきり、昨日まで入院生活を送ってろくに運動していないこの体の体力なんて

たかが知れてる。だからと言って諦める訳にはいかない。

 

不意に黒い物がヒラヒラと緩やかに落ちてくるのが視界に入る。

 

一瞬だけ目をそちらに向けるとそれは黒い羽根だった。

 

だが堕天使にとってその一瞬で十分だった。

 

「どこに行くっすかぁ?」

 

再び目を前方に向けると既にニヤニヤと笑みを浮かべる堕天使の姿があった。

 

腕を捕まれ、宙に投げられる。

 

一瞬風を感じ、俺の身体は廃工場内の砂地の地面に叩きつけられた。

 

「ガハッ…………!?」

 

肺の中の空気が一気に吐き出される。全身に激痛が走り、立つことさえままならない。

 

「はぁ…はぁ…クソっ、逃げないと……!」

 

何度も立ち上がり逃げようとするがその度に激痛によって倒れこむ。

 

その間にも堕天使少女は自分に向けて歩を進める。

 

「キャハっ、あんた軽すぎっしょ、ひょろっひょろのモヤシ野郎じゃないっすか?」

 

間近に迫った堕天使少女はその手に光の槍を生成する。

 

「一応逃げらんないようにっと」

 

その槍を俺の右太股に突き立てた。

 

「がぁぁっ!?、ァァァァァァァァっ!!」

 

血が吹き出し止めどなく溢れてくる。槍は完全に骨をも貫通し風穴を空けた。

 

喉から今まで発したことのない絶叫が迸る。

 

「痛い痛い痛い痛い痛いっ!!」

 

あまりの激痛に涙が溢れてくる。もう駄目かもしれない。

 

「大声で叫んでも無駄っすよ?ここ一帯には人払いの結界がはられてるっすから」

 

槍を引き抜き、転がっているもう一つの死体を指し示す。

 

「あの死体の仲間入りがあんたの運命っすからね!」

 

「くっそぉ…………」

 

「レイナーレ様に危険な神器《セイクリッド・ギア》使いを始末するよう言われてるっすけど、この結界に入れる以上あんたも神器《セイクリッド・ギア》使いだし見られた以上始末するしかないっすからねぇ?」

 

光の槍を俺の心臓に狙いを定め、振り上げる。

 

折角異世界に転生したのに一週間足らずで俺の第二の人生は終わりを告げるのか?

 

まだやりたいことだってたくさんあるのに、天王寺や上柚木、兵藤ともっと話したいのに、もっと学園生活だって楽しみたいのに、まだ変身もしてないのに!

 

「嫌…だ…こんなの…」

 

「あっれ、もしかして泣いてるっすか?キャハハハっ!ダッサ!」

 

涙が止まらない。だが痛みに流れる涙じゃない、悔しさに流れる涙だ。

 

「んじゃ、死ね!」

 

堕天使が槍を降り下ろす。

 

「くっそぉぉぉぉぉぉっ!!」

 

誰でもいい、誰か助けてくれ!堕天使がいるなら天使だっているはずだ。なんだったら悪魔だっていい!

 

まだ死にたくない!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───────そんな俺の願いを天は見放さなかった。

 

天から青い一筋の光が降ってくる。

 

それは流星のような速さで廃工場に落ち、屋根を易々と突き破り工場の中に侵入すると

槍を降り下ろそうとする堕天使に激突し、吹っ飛ばした。

 

「きゃっ!?」

 

青く輝く小さな光の球体は俺の目の前で静止し、宙に浮いている。

球体が放つ暖かな光を受けた俺の体から痛みが消えていく。

 

「痛くない……?」

 

緩やかに立ち上がり、右太股を見ると槍に貫かれてできたはずの傷が完全にふさがっている。

 

球体に恐る恐る手を伸ばす。指が触れると光が弾け……

 

「やっと来たのか……タイミングが良すぎるんだよ!」

 

散々駄女神にケチをつける要因となった『特典』、ゴーストドライバーが現れた。

 

これの使い方はわかっている。

そしてこれを使って成すべきことも。

 

〈BGM 命燃やすぜ!(仮面ライダーゴースト) 〉

 

ドライバーを持ち腰にあてると自動でベルトが巻かれる。

 

〔ゴーストドライバー!〕

 

手にスペクター眼魂《アイコン》を出現させスイッチを押して起動させる。

 

そしてそれをカバーを開いたドライバーのアイコンスローンにセットし、カバーを閉じる。

 

〔アーイ!〕

 

ドライバーから青いラインの入った黒いパーカーの様なものが飛び出し、周囲を自由自在に舞い始める。

 

〔バッチリミロー!バッチリミロー!〕

 

「変身!」

 

ドライバー右部にあるデトネイトリガーを引くと、それに連動してドライバーが“瞬き”をし眼魂の力を解放する。

 

〔カイガン!スペクター!〕

 

解放されたエネルギー、霊力が黒いスーツの形状に変化し俺の身を包んだ。

 

顔の前面に展開するヴァリアスバイザーは銀一色ののっぺらぼうの様な『トランジェント』と呼ばれる形態。

 

そして宙を舞っていたパーカーゴーストを身に纏い、ヴァリアスバイザーが青地に黒い心電図の様なフェイスバーサークと呼ばれる模様が浮かび上がり、二本角《ウィスプホーン》が起き上がることで変身は完了した。

 

〔レディゴー!覚悟!ド・キ・ド・キゴースト!〕

 

「これが……俺の変身……!」

 

これが後に世界にその名を轟かせることになる人間の戦士、『スペクター』の誕生である。

 

そしてその初陣が今、始まる─────

 

 

 

 

 




Q.悠の怪我が治ったのはなぜ?
A.青い光に駄女神お得意の治癒魔法が仕込んであったから。

折角スペクターを題材にした小説を書くので、
本編未使用、未登場のフォームや技も出したい。
スペクター版ムサシとか、ディープスペクター版フーディーニとか。オオメダマも。

次回、初戦闘です、お楽しみに。


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第3話 「後悔」

お待たせしました、第三話です。

霊力は今作でスペクターが使うエネルギーのことです。独自設定です。

あと、スペクターの浮遊能力は無かったことにしてます。
あのフォームの出番を奪いかねないので……


「これが、俺……」

 

頭部を覆う装甲『バーサークリフレクター』をさらにその上から覆う『エフェクターフード』を取り払う。

 

そして変身した自分の体を眺める。

 

体表を覆うスーツ『インビジブルスーツ』とそれを防護する装甲『インビジブルアーマー』、両腕両脚にはそれを防御しその力を強化、変身者の運動能力を超人の域に高める『リヴァイヴァーアーム』『リヴァイヴァーレッグ』が装着されている。

さらに全身の装甲にはドライバーが眼魂から抽出した霊力を各部に伝達する青い心電図のようなライン『エナジーベッセル』が走る。

 

そして胸部の装甲に刻まれた黄色い目の紋様『ブレストクレスト』は変身者の意志を霊力に変換する。

 

全身に力がみなぎってくる。これなら戦える!

 

〈BGM 攻勢 (仮面ライダーゴースト)〉

 

「まさか神器が覚醒した……!?」

 

いつの間にかに先程吹っ飛ばされた堕天使が立ち上がっていた。

その表情は今までの余裕に満ちたものではなく、畏怖の色に染まっていた。

 

「でも所詮、戦ったことのない人間が扱ったところで堕天使に勝てるわけないっすよ!!」

 

その手に生成した光の槍を投擲する。

 

人間を越えた腕力で投げられた槍は人間が反応できる速度などとうに越えている。

今までの俺なら反応する間もなく貫かれていただろう。

だが──

 

「見える!」

 

体を横に反らし回避する。

 

かわされた槍はそのまま壁に突き刺さり、消失した。

 

「そんな……!?」 

 

「今度はこっちが攻める番だっ!」

 

槍をかわしてすぐに堕天使に向かって走り出す。既にその速度は常人を逸している。

 

拳を握り、動揺で隙だらけの腹に叩き込む。

 

「がはっ……!?」

 

快音を響かせて吹っ飛び、何度かバウンドして倒れた。

 

殴られた腹を押さえながらもゆっくりと起き上がり俺を睨み付けてくる。

 

(この人間は危険……!何としてもここで始末してやるっす……!!)

 

堕天使がその背の黒翼を広げ飛翔する。

 

工場内の狭い空間ではあまり意味のない行為に見えるが……

 

「翼のない人間が、ウチに攻撃を当てられるっすかぁ!?」

 

今度は上空から槍を投擲してきた。この姿を見て恐らく翼や飛行能力はないと判断したのだろう。

 

「だっ!クソッ!近づけねぇ!」

 

雨のように降ってくる槍をかわすばかりで攻められない。

 

「なら……出てこい!」

 

その時ドライバーから青い火縄銃が召喚された。先端部は人の手を模した形状をしている。その武器の名はガンガンハンド。スライド操作によりロッドモード、銃モードの二種に変形できる。

 

〔ガンガンハンド!〕

 

銃口を飛翔する黒翼の堕天使に向け、トリガーを引き霊力弾を放つ。しかし弾は標的から大きくズレた所に着弾し、壁に小さな穴を開けた。

 

その後も何度もトリガーを引き銃撃するが……

 

(全然当たらねぇ……!!)

 

しっかりと狙いをつけて撃った筈でもかすりもしないどころか、的から大きく外れた場所に着弾する。たまに当たりかけるときもあるがそんなときは体を捻るなどされて全てかわされてしまい結果としてただの一度も命中することはなかった。

 

……槍をかわすために動きながら撃っているからだと思いたい。断じて射撃がドが付くほど下手だからではないはず。

 

「だったら……!」

 

半ば自棄になり銃モードからロッドモードに変形させ、お返しと言わんばかりにこちらも投擲する。

 

「なっ……!?」

 

予想外の行動に堕天使も呆気にとられ、右脚への直撃を許してしまう。その隙にその超人的な脚力をもって跳躍し堕天使の左脚にしがみつく。

 

「ちょっ、こっこの!!離すっす!!」

 

「飛んでばっかで卑怯なんだよ!降りて戦えってんだよ!!」

 

抵抗する堕天使の蹴りを何度も食らうがダメージは入っていない。

 

蹴りとこちらの頭突きの応酬は続きその間にも飛翔している堕天使は大きくふらついた。

 

「い、痛っ!ちょっ、お、落ちるっすー!!」

 

ふらつくままに堕天使とそれにしがみつく俺は地面に不時着した。

 

「ぎゃん!?」

 

「ぶへいっ!?」

 

砂煙を巻き上げ転がる両者。

 

「ラァッ!!」

 

すぐさま立ち上がり胸ぐらを掴みあげ、殴りとばした。黒いグローブが、堕天使が吐き出した血に濡れた。

 

「ぐほっ……!?」

 

黒い羽根と土煙を巻き上げながら転がっていく。

 

「はぁ…はぁ…これでとどめだ!」

 

ドライバーのトリガーを引っ張り必殺待機状態に入る。全身を流れる霊力が活性化し、エナジーベッセルとブレストクレストが輝き始める。増大する霊力は大きな目の紋様が中央に刻まれた青い魔方陣を形成し、背後に浮かび上がる。

 

それを見て慌てた堕天使は……

 

「まっ待つっす!ウチが悪かったす!あんたには二度と手を出さないっす!もう二度と人を殺さないっす!!だからもう……!」

 

必死に命乞いを始めた。……一体何を言っているんだコイツは?

 

「……俺を殺そうとしたことはさっきのパンチで許してやる、だが…」

 

物言わぬ死体となった子どもに一瞥し堕天使に語る。

 

「お前がさっき殺した子どもにだって、帰りを待つ親がいるはずだ。明日の予定だってあったし、友達だっているはずだ。それをお前は一方的な理由でコイツの人生を踏みにじった……!」

 

青い魔方陣が霊力へと形を変えて、右脚に収束していく。

 

「お前を許さない理由はそれで十分だ!」

 

トリガーをドライバーに押し込み、力強く踏み込み跳躍する。

 

〔ダイカイガン!スペクター!〕

 

「いっ、いやぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

堕天使が逃げ出そうとするがもう遅い。青く輝く右脚で飛び蹴りを放つ。

 

〔オメガドライブ!〕

 

「でぃやぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

「がはぁっ……!?」

 

強大な霊力を纏った蹴りが腹に打ち込まれる。もう一方の足で腹を蹴り後ろに跳ぶ。

 

堕天使は大きく吹き飛ばされ、よろめいた。

 

「ア、アッ、アァァァァァァァァッ!!」

 

断末魔の悲鳴をあげると内部に叩き込まれた霊力がドンッ!と爆発を起こし、堕天使の体はその身に纏ったゴスロリ風の衣服ごと粉々に弾け飛んだ。

 

爆炎の放つ光の眩しさに一瞬目が眩む。

 

〈BGM終了〉

 

 

 

「……」

 

爆発の跡をぼうっと眺める。火はまだ小さくだが燃え、弾け飛んだ堕天使の羽根がヒラヒラと降ってくる。

 

ドライバーにセットされた眼魂を引き抜きカバーを閉じると同時に俺の体を覆っていたスーツも青いもやとなって霧散した。

 

〔オヤスミー〕

 

「うっ……」

 

その身体能力を超人の域に引き上げる補正が消え、反動で一瞬よろめいた。戦闘でヒートアップしていた頭のなかも急速に冷めていった。

 

そうして初めて、自分がしたことの意味を理解した。

 

「あ…ああっ……!」

 

思わず後ずさり、尻餅を着く。

 

理解した。自分が、この手を血に染めてしまったことを。

 

「……殺してしまった…俺が……」

 

じわじわと自分の行いへの恐怖、後悔が頭の中を支配していく。

 

自分を殺そうとした相手とはいえ、命を殺めてしまった。脳裏に必殺技を叩き込まれ、死に怯える堕天使の、あの恐怖に染まりきった顔、断末魔の悲鳴がよぎる。その表情が、悲鳴が、記憶が鉛のように俺の心にのしかかる。

 

「あ…ああっ…そんな……俺が…!」

 

恐怖が、後悔が思考をかき乱し冷静さを失わせる。

 

汗が止まらない。心臓の鼓動が早まる。涙が流れる。

 

「ハァ…ハァ…ハァ…うぶっ…おえっ……!」

 

かき乱されにかき乱され、込み上げたものを辺りにぶちまけた。

 

それでも汗も、この身をぐちゃぐちゃにされる不快感は収まらない。

 

違う、こんなはずじゃない。

 

何も考えていなかった。

 

ただ憧れた仮面ライダーの力を貰えるということに喜ぶばかりで、戦いを画面で見ていた俺は、命をやり取りすることが、戦って敵を殺すということがどういうものなのか何も知らなかったし考えもしなかった。

 

そうして今、自分がしたことの付けが回っている。だが、そうしなければあの断末魔の悲鳴をあげ、死んでいたのは自分だということもまた事実。

 

殺すことなく平和的に解決することも出来たのではないか?胸が後悔の念と罪悪感に溢れる。こんなに何かを後悔したのは初めてだった。

 

早くこの場を離れたい。そうしなければこの罪悪感に押し潰されてしまう。

 

そう思い足早に日も落ちすっかり暗くなってしまった工場の外へと走る。嗚咽を漏らしながらめちゃくちゃになった心のままに叫ぶ。

 

「…ああっ…アアアアアア!」

 

異世界生活一週間にして、俺は心にえぐり取られたような傷を刻み付けられた。

 

 

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

先の戦いから数分後、すっかり日も暮れ夜の闇が支配する廃工場内に赤い魔方陣が浮かび上がり、光が弾けた。

 

そこに現れたのは学生服に身を包んだ二人の美少女。片や紅色の長髪、片や黒のポニーテール。

 

「ここで間違いないのね?」

 

「えぇ、確かにここからあの力を感知できましたわ」

 

二人は暗い工場内を探索し始める。

 

暗闇でも目がきく『悪魔』である二人には、一般人には真っ暗な工場内も明るく見える。

 

「これは……」

 

二人は工場内の光景に驚く。

 

胸に風穴を空けられ息絶えた子どもの死体と血だまり、大量に散った黒い羽根、無数に穴が空いた壁、そして焦げた臭い。

 

黒髪の美女が羽根を拾い上げ見つめる。

 

「……部長、これは堕天使の羽根ですわ」

 

「やはりこれは何者かが堕天使と戦った跡なのね」

 

部長と呼ばれた紅髪の少女は死体を一瞥する。

 

「……この子が堕天使と戦ったのかしら?それにしては傷が少なすぎるわね」

 

死体から視線を泳がせ、工場内の細かい所にも目を向ける。

すると……

 

「……朱乃、これを見て頂戴」

 

「?」

 

朱乃と呼ばれた黒髪の少女が駆け寄る。

 

指差す方向には足跡があった。

 

ただの足跡なら気にも留めなかっただろう。だがその足跡に刻まれた目のような紋様が二人の目を引いた。

 

「一応、写真を撮っておきますわ」

 

ポケットから携帯電話を取り出し、フラッシュで足跡を写真に収める。

 

探索を一通り終えて工場を出ると、紅髪を撫でながら月を物憂げに見つめる。

 

「この町に一体何が起きるというのかしら……?」

 

 

 

 




Q.悠は射撃が下手?

A.はい、これに関しては後の話でなんとかなります。

これでプロローグは終了です。次話から原作に突入です。
悠はこれから自分の戦う意味と理由を見つけていきます。
戦いたくないとか言ってますけど、後にいやでも戦うことになります。








次章予告

「俺は戦わない」

「俺、彼女ができたんだ!」

「敵討ちをさせてもらうっ!」

「彼を殺したのはあなたかしら?」

「この…!化け物がぁっ!!」



戦士胎動編《コード:ムーブメント》第一章

旧校舎のディアボロス


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戦士胎動編《コード・ムーブメント》 第一章 旧校舎のディアボロス
第4話 「怒り」


第4話です。

遅くなりましたがアニメ4期始まりましたね。
ちなみに作者のお気に入りのキャラは曹操です。
英雄派と英雄の力を使って戦うスペクターとの絡みも、いずれ。

Count The Eyecon!
現在スペクターの使える眼魂は……

S.スペクター


「あー、クソッ、この問題わかんねえ」

 

テキストに書いた答えを消し、もう一度別の解き方を考える。

 

初めての変身から一週間。あの戦いは嘘だったかのように平穏に時は過ぎていった。

 

天王寺や上柚木と勉強会をしたり、兵藤とゲームセンターで遊んだりした。あいつらと遊んでいると、楽しいと思うと同時に不思議と懐かしい感じがした。あいつらと遊んだりしたのは初めてだというのに。

 

もしかして『紀伊国 悠』は俺の中でまだ……?

 

あれ以来ドライバーや眼魂は一切触れていない。そうすることであの記憶を忘れようとした。

 

だが、そう思えば思うほど忘れられなくなってしまった。

今でも夢にあの堕天使が現れ、自分に億千の呪詛を投げ掛けてくる。お前が死ねばよかった、自分を忘れるなと。

 

それでも俺は忘れたかった。戦いなんて忘れて、新しい世界で新しい友達と幸せな日常を送りたい。その思いは日に日に強くなっていた。

 

「この問題はこうして……」

 

天王寺が丁寧に問題を解説し始める。

 

こいつの家は母子家庭だが、一年前母が体を壊して以前俺も入院していた病院に運び込まれた。最近は回復の兆しを見せているようだが今でも放課後には町のカフェでアルバイトをして生活をしている。兄の方は外国の企業に勤めていると聞いた。

 

高校生の段階でバイトと学業を両立させるとは、と話を聞いたときは舌を巻いたものだ。

 

「なるほど、そうするのか」

 

問題を解き終え、テキストを閉じる。

 

「助かったよ、ありがとな」

 

「いやいや、僕も昨日色々教えてもらったからそのお返しや、気にせんでええで」

 

机の上でシャープペンシルを転がしながら話しかけてくる。

 

「最近ごっつ暗い顔するから心配してたで?」

 

「あぁ、それか、それは……」

 

まさか普段の学校生活でも顔に表れていたとは。だが本当のことを話したところで信じられるはずもない。せいぜい悪い夢でも見たと思われるのが関の山だろう。

 

とはいえ、あの件に友達を巻き込むわけにはいかない。

 

「…あの家で一人暮らししてると、すごい寂しくなるんだよ」

 

「あー、せやなぁ僕もおかんが入院してからはそうだったからわかるで」

 

この答えは本当のことだ。学生が一人暮らしするには、一軒家は広すぎる。

特に夜になると音がよく響いて夜の闇の不気味さを際立たせる。

 

だが悪いことばかりではない。洗濯、掃除と毎日を過ごすうちに俺の家事スキルは磨かれていった。まだ食事に関してはカップ麺だが、いずれは自炊もできるようにならねば。

 

「でも暗い顔ばっかしてたら、幸せが逃げてまうで?」

 

「そうだな、『笑う門には福来る』なんて言うしな」

 

「悠くんももっと笑った方がええで!後ろの一誠くんみたいに」

 

後ろを振り返り、当の兵藤本人を見ると……

 

「エヘヘヘヘ……」

 

口元も目もにやけており、嬉しさにとろけきった表情を浮かべている。教室に入ってこいつを見たときからずっとこんな感じだ。

 

「おい兵藤、さっきからずっとそんな調子だがそんなに嬉しいことでもあったのか?」

 

「お、紀伊国、気になる?気になるか!?」

 

「えっ、あぁ、まあ気になるかと言われれば気になるな…」

 

いかにも自分の話を聞いてほしいという反応を見せてきた。

 

「実はな!俺、彼女ができたんだ!!」

 

そして満面の笑みでそう答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何…だと……!?」

 

「なんやて一誠くん、それはホンマか!?」

 

予想の斜め上をいく答えに俺と天王寺は二人揃って唖然とした。

友達の悪口を言うつもりはないが、兵藤といえば坊主頭の松田、エロメガネの元浜と共にこの学校では変態三人組で名を知られている。

 

話に聞く限りだと、女子更衣室の覗きなど女子からの評判は最悪である。それなのに彼女ができたということは…

 

「マジだって!天野夕麻ちゃんって言うんだけどさ!昨日の帰り道でいきなり声をかけられて、『好きです、付き合ってください!』ってさ!」

 

「…そいつは物好きもいいところだな」

 

「もしかして他の学校の生徒ちゃうんか?」

 

「あ、多分そうだ!そういえば違う制服を着てた!」

 

なるほど、それなら納得がいく。流石に他校にまではコイツの評判は行き渡っていないようだ。

 

「でもなんで違う学校の生徒がお前を知ってるんだ?」

 

「前に俺を見かけてさ、一目惚れだったんだって!!」

 

へ、へぇ……。今時一目惚れなんてあるんだな……

 

「ま、まぁ、とにかくおめでとう」

 

「いいなー!僕もいつか彼女が…」

 

「うぅ…素直に祝ってくれたのはお前らだけだよ……松田と元浜なんて二人揃って『死ね!』って言われてさ……」

 

まぁ兎にも角にも兵藤は新二年生としていいスタートをきれたようだ。

 

べ、別に羨ましくなんてない。……正直に言うとほんのちょっぴり羨ましい。

一度目の人生も含めて俺は今までそういう色恋沙汰とは無縁の人生を送ってきた。今までもそうだったし、これからもきっとそうだろう。

 

でもちょっとくらい、異世界転生なんてしたのだから夢を見たい。

 

朝のチャイムが鳴り始めた。転生だとか、堕天使だとかそんなことは忘れて俺はただこの世界で一学生として生きてき、平穏を享受する。そう決めた。

 

だがそんな決意を許すほど運命は甘くないということをまだ俺は知らなかった────

 

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

日曜日の正午を過ぎてもうすぐ夕暮れどきに入ろうかという頃、俺は家の庭の手入れに精を出していた。二週間ほど人の手が入らず放置されていたこの庭は雑草が伸び放題になってしまっていた。

 

「あー、腰痛い……」

 

思った以上に長時間の作業になってしまった。

 

雑草を引っこ抜き、袋に入れる。こんな単純な作業でも何度も繰り返すと疲れる。

雑草の中にもしっかりと根を張っているものもあるため腕の力も使いさらに疲労は倍になった。

 

「ん?」

 

作業を続けていると手が雑草以外の何かに当たった。コツッという音を出して転がっていくのが一瞬見えた。感触からして石でもなければ虫でもない。

 

興味が沸き、転がっていった方の雑草を引き抜き、その正体を明らかにする。そこに現れたのは──

 

「これって…英雄眼魂!」

 

変身に使うスペクター眼魂とは違う色の眼魂が二つ転がっていた。

15存在する英雄眼魂の内のふたつ。一つは紫色のノブナガ眼魂。

もう一つはターコイズブルーのツタンカーメン眼魂。

 

おそらく俺が転生したときに一緒にこの世界に来たのだろう。しかし残る13の英雄眼魂は見当たらない。

 

どうせ戦うこともないので、無用の長物だがそこらに転がしておくのも悪い気がするので拾うことにした。

 

 

 

 

 

そろそろ引き上げるべきかと思い、引き抜いた雑草を入れたごみ袋を持って立ち上がる。夕日の光が顔に当たり、眩しさに目を細めた。

 

(あいつはまだデートをしてるんだろうか)

 

昨日突然兵藤から電話がかかり、遊びに誘うつもりだろうかと思っていたら……

 

『明日夕麻ちゃんとデートするんだけどさ、何かいいアイデアある?』

 

と、アドバイスを求められてしまった。

 

前世も入れてそんな経験ないのに…と思いながらも

 

「とりあえず一緒に服屋にでも行ったらいいんじゃね?」

 

やや適当に返すといたく喜んだ。何となく噂の彼女がどんな人か気になったので写メでもくれと言ったら電話を切って十秒も経たないうちに送ってきた。黒髪のロングなんて美少女の典型とも呼ぶべき顔だった。

 

(あいつ本当いい彼女ゲットしたんだな…)

 

クソっ、多分気づいてないだけで天王寺は上柚木から好意を寄せられてる。なんで俺だけ……

 

その後、「どうせ俺なんか…」とやややさぐれた気分になってしまった。

 

「あぁ…疲れたぁ……」

 

リビングに入り、ソファーの上でごろごろしようとした矢先、

 

「なんだあれ…?」

 

テーブルの上に覚えのないメモ書きが無造作に置かれている。

気になってメモの内容を確認した。

 

 

 

『兵藤一誠が堕天使に狙われている。町の噴水のある公園に急げ』

 

 

 

なかなか物騒な内容が書かれていた。

 

「馬鹿馬鹿しい……なんでアイツが狙われんだよ……」

 

メモ書きを握ってゴミ箱に放り投げる。しゃっという音を聞いて無事にゴミ箱に入ったことを確認し、ソファーの上で疲れを癒そうと横になる。

 

(……)

 

やはり気になる。あのメモ書きを見てから、胸がざわつく。

もしあの内容が本当だったら……

 

「……行くだけ行ってみるか」

 

重い腰を上げて、上着を羽織って家を出る。

 

アイツがデートするところを見るのも面白そうだし気分転換に調度いいだろう。

 

この選択が俺の運命を左右する大きな出来事だったと気づくのはさらに後のことである。

 

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

観察対象が玄関の扉を開けて家を飛び出すのを二階の窓からその赤い双眸で見届ける。

 

青い髪を切り揃え、ショートカットにし近未来的なサイバースーツを纏った少女。額に装着された機械のグラフィックにはⅩⅠの文字が浮かび上がっている。

 

虚空に小さなスクリーンを展開し通信を始める。

 

「──様、指示通り彼を指定の場所へと向かわせました」

 

『─────────』

 

「了解」

 

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

「は?」

 

メモに記された通り公園に向かった俺はこの世界で二度目のすっとんきょうな声を上げることになった。

 

中央にある噴水が夕日に映えて独特の美しさを見せている。

何事もなかったのなら噴水の美しさを堪能することができただろう。

 

しかし工場の時と同じように公園には気配も音も失せている。

そして────

 

「……」

 

そこに倒れているのはつい数日前まで笑いながら彼女とのデートを心待ちにしていた兵藤。派手に血を流しており、その両眼は虚空を向いたままである。

 

「……おい、嘘だろ…兵藤……!」

 

すぐさま駆け寄り、体を揺する。

 

「しっかりしろ、兵藤!おい、返事してくれよ!おい!」

 

何度も揺すり声をかけるが、全く反応を示さない。

だが触れてわかった。

 

冷たい。

既に体温も脈も失われている。

 

つまりこれが意味することは一つしかない。

死だ。

 

「そんな……なんで……」

 

その時、声を投げられる。

 

「あら、もう一人入ってくるとはね」

 

俺と兵藤を冷笑を浮かべて見下ろすのはボンテージ衣装の女。

雰囲気こそ違うがその顔は間違いなく兵藤の彼女、天野夕麻その人である。

その背には堕天使であることの証明である黒翼がある。

 

「お前がやったのか……!」

 

「ええ、そうよ」

 

悪びれる様子もなく答える。

 

「なんで殺した!お前は兵藤の彼女なんじゃないのか!?」

 

「それは彼が神器を宿していたからよ」

 

またそれか……!何なんだよ……!セイクリッドギアなんて物を持ってるだけで殺されるのか!

 

「セイクリッドギアなんて物を持っていたとしても、あいつはあいつだった……!なんでそんなもののためにアイツが死ななきゃならないんだよ!?」

 

「それは彼が危険因子だからよ、恨むなら神器を宿させた神を恨んでほしいわね」

 

コイツ……自分は悪くないとでも言うのか……!!

 

やつがあくびをすると、今まで浮かべていた冷笑が一転、嘲笑に変わる。

 

「ぷふっ、思い出すだけでも笑えてくるわねぇ!あのバカの浮かれた顔!」

 

「……」

 

……今度はあいつを侮辱するのか。

 

「気持ちいいくらい思い通りに動いてくれたわ、バカは考える頭もないのね、おかげでいちいち細かく作戦をたてる手間が省けたわぁ」

 

今度はおどけた調子で身ぶり手振りを混ぜて語る。

 

「『その服、似合ってるよ!』、『大丈夫?夕麻ちゃん』、ぶふっ!ごっこ遊びにしては傑作だったわ!!」

 

怒りがこみ上げ、拳を強く握りしめる。

 

「本当に大変だったわ、うまく騙すために清楚な女子高生を演じて」

 

「黙れ…」

 

「帰り道には欠伸がでそうな退屈な話を聞かされて」

 

「黙れ……!」

 

「そして最後になんの捻りもないクソつまらないデートに付き合わされて!」

 

「黙れェ!!」

 

今まで感じたことのない程の怒りが燃え上がる。熱い。強く握りしめた拳が真っ赤になっている。

 

「俺は今までこんなにも誰かを憎いと思ったことはないっ!!」

 

「だったらどうするのかしら?まさかここまで来て無事に帰れるなんて思ってないわよねぇ?」

 

その手に光の槍を生成する。以前会った堕天使のものよりもその輝きは強い。

 

本当は使いたくなかった。

一生使わないことで忘れるつもりだった。

 

でも、目の前で友達を殺されて、侮辱されるのを黙って見ていることなんてできない!

 

「お前はここでぶっ潰すッ!!」

 

腰にゴーストドライバーが出現する。眼魂を起動しセット、カバーを閉じる。

 

〔アーイ!バッチリミロー!バッチリミロー!〕

 

「変身ッ!」

 

トリガーを引き力を解放する。

 

〔カイガン!スペクター!〕

 

全身を黒いスーツが覆い、さらにパーカーゴーストを纏う。

 

〔レディゴー!覚悟!ド・キ・ド・キゴースト!〕

 

二度目の変身を果たした俺は、見下ろし嘲笑う堕天使を指差す。

 

「お前だけは絶対許さない……!!」

 

 

 




Q.「コード」って何?

A.原作一巻を一章としてそれをさらに大きくくくったものです。

更新が遅れてすみませんでした。リアルが忙しかったもので…

次回は戦闘回です。一応ヒロインは決めてあります。まだ秘密ですが。


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第5話 「グレモリー」

第5話です。

予告に登場したエボル、なかなかかっこいいですね。
動くところが早く見たいです。ドライバーの声は誰なんでしょうかね。


Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は……

S.スペクター
11.ツタンカーメン(+)
12.ノブナガ(+)


「まさか神器を使える人間だったとは思わなかったわ……」

 

忌々しそうに堕天使は呟き、手に持った槍をくるくると回す。

 

「ますます放って置けなくなったわねぇ」

 

先手を打ったのは堕天使。急降下し弾丸のような速さで突撃してくる。

 

「あなたもお友達のもとへ送ってあげるわ!」

 

鋭く槍を突きだす。

 

「ッ!」

 

紙一重のところでかわし、後ろに跳んで距離を置く。

 

「速いな…」

 

速い。明らかに前に戦った堕天使と格が違う。あの槍にしてもそうだ。以前の堕天使が使っていたものと比べて鋭さも輝きも上だ。

 

〔ガンガンハンド!〕

 

ガンガンハンドを召喚し、構える。目には目を、武器には武器を。

 

駆け出す俺と、突撃する堕天使。

互いの武器がぶつかり合い火花を散らす。

 

「ぬぅぅ…!」

 

「ハァッ!」

 

がら空きになった俺の腹に、鋭い蹴りが入る。

 

「うっ!」

 

さらに槍の払いも続けて受けてしまう。

 

「がっ…!」

 

堪らず倒れる。苛立ちをぶつけるように地面を殴る。

 

「ハァ、ハァ、ならっ!」

 

今度はポンプアクションで銃モードに変形させたガンガンハンドの銃撃を放つ。が、撃てども撃てども銃弾は虚空を切るのみ。

 

「……一体どこを狙ってるのかしら?」

 

当たらない。最初に戦った時と同じだ。狙いをつけて撃ったつもりでも銃弾はかすりもしない。

 

……ここまでくると認めるしかない。俺は銃が下手くそなようだ。他の人が同じ距離ですれば必ず当たる、そんな距離で銃撃をはずしている。

 

屈辱だ。その事実がギリギリ保っていた僅かな冷静さをついに失わせた。

 

「くそったれがぁ!!」

 

ガンガンハンドを投げ捨て、自棄気味に殴りかかる。

 

「アアアアアアアッ!!」

 

感情の昂りに反応してか全身のエナジーベッセルが光だし、パンチを放つ右手に青いオーラが宿る。

 

「ラァッ!!」

 

怒り、力、憎悪の乗った渾身の一撃。しかし、横に体を素早くひねって回避され、空を切った右腕が捕まれる。

 

「ッ!」

 

「腰の入ってないただ力任せなだけのパンチ……やはりずぶの素人ね!」

 

ニヤリと笑うと足払いをかけて転ばされる。堕天使は翼を広げて飛翔し、槍を一つ、投擲した。槍は地に刺さると光が弾け衝撃波を発し地を這いつくばる俺を大きく吹き飛ばした。

 

「がはぁっ……!」

 

地を何度もごろごろと転がる。

 

「さっきのパンチもまともに当たればひとたまりもないでしょうけど……どんなに強力な神器でも使う人間が無能ならここまで弱くなるものなのね」

 

余裕だからと今度は俺まで馬鹿にするのか。

 

攻撃が全く当たらない。やはり経験の差が物をいうのか。それとも俺自身のスペックが低すぎるために力を引き出しきれていないのか。

 

(どうしたんだ俺は……!アイツをぶっ潰すんじゃなかったのか!?)

 

「くそっ……ん?」

 

苛立ちを拳にのせて地面を叩く。その時ビチャという音が叩いた右手から聞こえ、思わず目を音の聞こえた方に向けた。

 

物言わぬ骸になった兵藤。俺の右手が、胸に空いた風穴から流れ出た血に濡れている。

 

「兵藤……」

 

アイツはあの堕天使に騙され、そして殺された。きっとこの日のデートを心待ちにしていただろう。初めてのデート。楽しくないわけがない。

 

『実はな!俺、彼女ができたんだ!』

 

脳裏にあいつの笑顔がよぎっては消えていく。まだまだあいつと遊びたかったのに、あいつと喋りたかったのに。だが、その願いが叶うことはもうない。

 

……そうだ、俺はあいつの仇を討つために今戦っている。

どうせ敵は神器関係で俺を殺すつもりでいる。諦めるなんて選択肢は最初からなかった。

 

あれだけ好き放題に言われたんだ。かすり傷の一つでもつけなければ気が済まない!

 

「……」

 

ゆっくりと起き上がり、堕天使を仮面の下から睨む。

 

「あら、まだ戦うというの?大人しくすれば楽に殺してあげるというのに」

 

「……お前には絶対に屈しない」

 

眼魂を一つ、取り出して見せる。

 

「…それは」

 

「こんな弱っちい俺にも意地がある!」

 

眼魂のスイッチを押すと12の数字が浮かび上がり、ドライバーから既にセットされたスペクター眼魂を抜き取る。今まで纏っていたパーカーが消え、トランジェント態に戻る。

 

そして起動した眼魂を入れ替えるようにドライバーに差し込み、カバーを閉じる。

 

〔アーイ!〕

 

現れたのは新たなパーカーゴースト。紫色に金の装飾がその豪華さを際立たせる。

 

〔バッチリミロー!バッチリミロー!〕

 

周囲を旋回しながら先程投げ捨てたガンガンハンドを拾い、こちらに投げた。それを掴み、ドライバーのトリガーを引く。

 

〔カイガン!ノブナガ!〕

 

新たなパーカーゴーストを纏い新たなフォームへと変身する。

 

〔我の生き様!桶狭間!〕

 

仮面ライダースペクター ノブナガ魂。

両腕を布上のシールド『バテレントコート』が覆い、パーカーのフード部分である『テンマフード』は特殊な振動で変身者の戦意を昂揚させる。ヴァリアスバイザーに浮かび上がるのは紫色の二挺の火縄銃の模様『フェイスデュアルアーキバス』。頭部に装着された通信装置『ヒナワファイアヘッド』は日本のヘアスタイル、ちょんまげさながらの形状だ。

 

「…状況に応じて姿を変える、それがあなたの神器の能力というわけね……!」

 

「ああ、今度は今までのようにはいかない」

 

ガンガンハンドの銃口を堕天使に向け、撃つ。

堕天使はどうせ外すだろうとたかをくくったのか動く気配もない、が──

 

「うっ…!?」

 

銃弾は太股をしっかりと撃ち抜いた。傷口から血が流れる。

 

やはり、思ったとおりだ。銃を撃つとき、何かが俺の射撃をアシストしてくれるのを感じた。今なら──

 

「確実に銃弾を当てられる!」

 

「銃の腕はあんなに下手くそだったのにこんな……!」

 

明らかに動揺している。そうだ、その顔が見たかった。お前の度肝を抜かれたその顔が!

 

「反撃の時間だ!」

 

気を改め、攻勢に出ようとしたその時。

 

「この光は……!」

 

突然兵藤のポケットから紙が飛び出したと思うと、次の瞬間、紙から紅い光が漏れだした。その光は紙に描かれた紋様から放たれている。

 

「グレモリーか!」

 

堕天使はその紋様を見たとたん、戦闘体勢を解いた。

 

「悪いけどあんたと遊んでる場合じゃなくなったわ、命拾いしたわね!」

 

「ッ!待て!」

 

出し抜けに翼を広げ、夕焼けの空へと飛んでいった。

 

結局逃げられてしまった。この場で仇を討つことは叶わなかった。

 

「俺は…弱い……!」

 

唇を噛み、己の非力さを呪った。一体何のための力だ、何のための決意だ、何のための戦いだったんだ。

 

そう思っていた矢先、先の紅い光が魔方陣を形成し、一際強い光が溢れた。光が止むと……

 

「……なかなか面白い状況になってるわね」

 

見慣れた駒王学園の女子用の制服を着た紅髮の少女。その凛とした瞳を俺に向けている。

 

(この人は……)

 

話に聞き、何度か学園生活の中でも見かけたことがある。

3年のリアス・グレモリー先輩。駒王学園二大お姉様の一人だったか。

 

俺を捉えていた瞳が今度は兵藤の死体に向く。死体を見ても驚かないあたり、既にこういう世界に踏みいっているのだろうか。

 

「彼を殺したのはあなたかしら?」

 

…まさかそう言われるとは思わなかった。

 

「違う、それは……」

 

「だとしたら、その手に付いた血はどう説明するのかしらね?」

 

「!!」

 

しまった、そこを突かれるとは。

 

たまたま、と言ってもこの場では信用してもらえないだろう。

 

「あなたにはこの件も含めて聞きたいことが色々あるの」

 

両手を突きだし、紅いオーラが収束する。今まで見てきた堕天使の光とは全く毛色の違う力。

 

「少し大人しくしてもらうわ」

 

紅いオーラが嘶き、食らいつかんとばかりに放たれる。

 

「ッ!ヤバっ!」

 

本能が訴える。あの攻撃は危険だと。

 

即座に横に跳んで回避する。俺という獲物を見失ったオーラはさっきまでいた俺のいた石畳に食らいついた。

 

「嘘だろ……!」

 

紅いオーラに触れた箇所がごっそりとなくなっている。俺の代わりに食らいつかれた全てがきれいに抉られている。

 

さっきの堕天使といい、本当に今日はツイてない。

こんな恐ろしい攻撃をする相手とも戦うことになるなんて。

 

「ハッ!」

 

俺を休ませまいと、その手から凶暴なオーラを次々と放ってくる。

 

俺もかわすばかりでなく、ときに銃撃を放つが銃弾は全てあのオーラに飲み込まれて消失していった。

 

「ハァ、ハァ、きついな……」

 

俺の圧倒的不利は明白だ。さっきの戦いもあってこれ以上は体力がもたない。向こうはさっき来たばかりで体力も、攻撃力も大きく上回っている。

 

「さて、どうするのかしら?」

 

両手に紅いオーラをたぎらせたリアス・グレモリーが聞いてくる。

 

これ以上の戦闘は危険、向こうもあまりこちらに対していい感情を抱いてないようだし捕まれば何をされるかわからない。

 

なら、打つ手は一つ。

 

「こうするんだよ!」

 

ガンガンハンドを構え、銃撃する。

 

「っ!」

 

向こうはオーラを放たんと手を突きだす。

残念だが、狙いはあんたじゃない。というよりは何かに当たりさえすればどれでもいい。

 

銃弾はリアス・グレモリーではなく、石畳の地面に当たった。

瞬間、眩い光が弾ける。

 

「くっ、目眩まし……!」

 

どうやら目眩まし程度にはなったようだ。

 

「今のうちに──!」

 

打つ手は一つ、逃げるんだよォォォーーーーーッ!

 

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

「……逃げられた」

 

謎の戦士が放った光が止んだとき、公園には先程まで戦っていた謎の戦士の姿はなかった。

 

ようやく掴んだ手掛かり。あの戦士の胸に描かれた紋章と先週廃工場で見た足跡の紋章は同じだった。廃工場の出来事とあの戦士が絡んでいるのは間違いない。だが、今ここに来ることができたのは……

 

「…あなたが私を呼んだのね?」

 

死体を一瞥し、紅いチェスの駒を取り出す。幾度か旧校舎の近くでたむろしていたのを見たことがある。

 

兵藤一誠。

 

「どうせなら、私が拾ってあげるわ」

 

チェスの駒が輝き始める───

 

 

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

リアス・グレモリーが魔方陣を展開して公園を去った一分後。

何もない虚空から突如としてその姿は現れる。

 

「行ったか……」

 

スペクター。俺は閃光弾を放って目眩まししている間に逃げたのではなく木に隠れ、スペクターの能力の一つである透明化を使ってやり過ごしていた。

 

「兵藤の死体がない……」

 

つい先まで確かにあったはずの死体が消えている。それだけでなく血だまりもそもそもそんなものはなかったかのように消え公園は元の美しい景観を取り戻している。

 

今までやり過ごすのに必死でその間リアス・グレモリーが何をしていたか窺う余裕はなかった。おそらくその間に死体は持ち去られたのだろう。

 

変身を解除し、地を強く踏む。

 

「クソっ、なんで……」

 

友達を殺されること。これは罰か。

 

命を殺めた罪から逃げて、挙げ句忘れようとさえしたことへの罰か。やはり力を手にした以上平穏な日常を手にいれることは出来ないというのか。

 

「だったら……俺は」

 

拳を握り、決心する。どうせこんな目に遇うくらいなら、俺は。

 

「アイツに復讐してやる」

 

どうせ戦わないといけないというのなら、友達の心を弄び、殺したアイツに報復するために戦う。

 

どす黒い炎が燃え上がる。憎悪と悲しみを糧に燃える復讐の炎。復讐せんがために、再びこの力を使う。そう誓った俺はこの場を去った。

 




Q.主人公が弱すぎるんだけど?

A.戦闘経験が無いのと本人のスペックの低さが原因です。
 話が進んで戦闘経験を積めば強くなる(はず)。


次回、あのガジェットが登場です。


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第6話 「コブラ」

第6話です、サブタイはサイコガンを撃つあの人や、裏切りに定評のあるあの人とは関係ありません。


Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は……

S.スペクター
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ





「えっ」

 

あ、ありのまま今起こったことを話すぜ!

朝起きて学校に来たら昨日死んだ友達が普通に生きてて席に座っていた。

何を言ってるのかわからねーと思うがおれも何が起こったのかわからなかった……

 

「は、ちょ、これどういうこと?」

 

今の俺は友人の無事への喜びより驚きの方が勝っている。

誰だって目の前で死んでいた人が次の日になると生きてたなんてことが起きれば驚くだろう。

 

おかしい。

 

確かに昨日公園にいたときには死んでいた。

あの出血量で死んでないはずがない。呼吸もしてなかった。なのに今のあいつときたら普通にピンピンしてる。若干気怠そうな顔をしているが。どういうことだ?

 

もしかして今流行りのタイムループってやつか?

腕時計を確認するが日付は確かに昨日から進んでいる。

 

(その線はないか)

 

なら俺が公園を去った後に何らかの方法で生き返った?多分そうだろう。

可能性があるとしたらリアス・グレモリーだ。

 

俺が隠れている間にリアス・グレモリーがこいつに何かの術をかけて生き返らせた。

一番有力なのはこの説だろう。

 

あれこれ思案しているとこっちの存在に気付いた兵藤が話しかけてきた。

 

「なぁ紀伊国、お前夕麻ちゃんのこと覚えてるか?」

 

奇妙な出来事の中心である人物が奇妙なことを質問してきた。

 

「えっ、あ、ま、まぁ覚えてるけどそれがどうかしたか?」

 

「ほらやっぱりな!おい松田、元浜!確かに夕麻ちゃんはいたんだよ!」

 

「紀伊国はいいやつだからお前の妄想に付き合ってやってるだけだって」

 

「紀伊国氏もわざわざそんなこと言わなくてもいいんだぞ?」

 

ん……?

 

「兵藤、これどうなってんだ?」

 

「俺にもわかんねぇ、学校に行ったらみんな夕麻ちゃんのこと覚えてないって言うんだよ」

 

「天王寺は覚えてるか?」

 

「んー、夕麻ちゃんって人の名前は初めて聞いたで」

 

今日は次から次へとおかしな出来事が起こっているな。

まあこれに関してはあの堕天使が証拠隠滅で自分と関わった人間の記憶を消したんだろうが。

 

「俺の携帯にも写真が残ってないんだよ」

 

堕天使って機械にも通じてるのか?

 

「ってか、正直言って俺も記憶が曖昧なんだ」

 

「と言うと?」

 

「昨日のデートで夕麻ちゃんと別れたときのことが思い出せないんだ」

 

……殺された時の記憶を消されている。

 

言わない方がいいだろう。幸せなデートだったという記憶で済ませた方がいい。彼女に殺されたとか言ったところで信じられるはずもない。知らない方が幸せなことだってある。

 

「そういえば、なんで紀伊国だけ夕麻ちゃんのことを覚えてるんだ?」

 

「えっ、あ、あぁなんでだろうな?」

 

話が終わろうとしたとき、チャイムが鳴り出した。

 

何はともあれ兵藤の無事は喜ぶべきだ。だが……

 

『バカは考える頭もないのね』

 

『ごっこ遊びにしては傑作だったわ!』

 

あの堕天使は許すべきじゃない。殺したことを抜きにしても俺の目の前でさんざんコイツを馬鹿にした。俺の復讐の火は、まだ消えそうにない。

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

「きゅ…う……じゅ……う…!」

 

腕立て伏せを目標の10回をこなし、床にそのまま倒れる。

 

「ハァ、ハァ、疲れた……」

 

10回だけで息切れするほど疲れる、この事実が入院生活で相当体力が落ちたことを痛感させる。

 

帰宅した俺は早速トレーニングに励んでいた。昨日、堕天使に勝てなかった理由は二つ。

 

一つ、変身する俺の筋力やら脚力やらが低すぎること。解決法は単純明快、鍛えることだ。

 

スペクターに変身して身体能力が向上してもベースになる俺の身体能力が紙ならあまり意味が無い。鍛えて筋力、スタミナを向上させれば変身時のパワーとスピードも自然と上がるはず。

 

そして二つ、戦闘経験の不足。

 

これは早々に解決できるものではない。まずは戦う相手を探さないといけない。それも俺が変身して戦う相手だ。英雄眼魂を使いこなすのも課題の一つだ。

 

だが、そこらへんに堕天使がいるわけでもないし向こうからの接触を待つしかない。会おうと思って会える連中でもないのは確かだ。ネットで調べたが一般人には堕天使という存在は聖書とかに登場する架空の物程度の認識で実在することはみんな知らないようだ。

 

「今は鍛えるしかないのか……」

 

こなせるかもわからないトレーニングメニューをあれこれ考え始めた矢先、

 

「シャーッ!」

 

どこからかそんな音が聞こえた。いや、鳴き声というべきか。

 

「なんだ今の音?」

 

音の発生源を探し始める。たしかテーブルの方から聞こえたような……

 

「あっ」

 

いた。テーブルの上にいたコブラ。正確に言えばコブラのような物だ。どこか機械的なフォルムをしたそれは、その丸く黄色い目で俺をじっと見つめている。

 

……不覚にも首を傾げる動作が可愛く見えた。

 

「コブラケータイ」

 

それがそのコブラの形を持つガジェットの名前。その名の通り携帯電話の機能も合わせ持っている。そしてテーブルに無造作に置かれた俺のスマホに忍び寄り噛みついた。

 

「っておい!まて噛むな!」

 

急いでスマホを引き離し無事を確認する。電源は……ついた。

画面には……

 

「…なんだこれ」

 

何かのアプリをダウンロードしていることを示す画面が表示された。丁度終わったようだ。気になるアプリを起動し内容を確認した。

 

スペクターの紋章がそのままアイコンになっている。

 

機能は大まかに言えばコブラケータイとの連動。

コブラケータイが捉えた映像をリアルタイムで中継でき、その位置情報も確認できる。

 

「おぉ、すげぇ便利だ!これなら…」

 

学校生活の間、こいつを町に忍ばせて、堕天使の捜索ができる。

小柄なこいつなら俺が直接探しに行くよりも細かく、広い範囲をサーチできる。

希望が見えた。

 

「よし、今日は外食に行くか!」

 

少しは気分の入れ換えが必要だ。最近は辛い出来事が多すぎた。精神的にも肉体的にもボロボロ。リフレッシュしたいと思っていた頃だ。コブラケータイは明日から早速使ってみるか。

 

「シャーッ!」

 

「これからよろしくな、相棒」

 

新しい同居人(?)の登場に歓喜した夕方だった。

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

「じーっ」

 

教室に入ってくる兵藤が一斉にクラスのみんなの視線をあびる。かく言う俺も視線を浴びせるクラスメイトの一人なのだが。

 

なぜこうなったかと言うと兵藤がリアス・グレモリーと共に登校してきたからである。

学園の人気者と嫌われ者の組み合わせはみんなの注目を大いに集めた。

 

昨日の間に一体何があったというのだろうか。最近驚きすぎて逆に驚くことに慣れてしまいそうだ。二人の間にどういう関係が……

 

「えらく目立ってんな、兵藤」

 

「グレモリー先輩とどういう関係なんや!?」

 

兵藤はドヤ顔でふっと笑みを浮かべると

 

「お前らは生乳を見たことがあるか?」

 

俺と天王寺に雷に打たれたかのような衝撃が走った。

 

「何だと!?」

 

「何やて!?」

 

いつの間にそういう関係を結んだんだこいつは!?

今までの出来事と比べればまだ日常味はあるがまさかこいつもう……!?

 

「聞いたか紀伊国、天王寺!あいつは俺たちモテない軍団を裏切ったんだ!」

 

「憧れのリアス・グレモリー先輩を手籠めにするとは……おのれ……!」

 

血涙を絞る松田と元浜。

 

てか俺もモテないことには自覚はあるがストレートに言われると流石に傷つく。

本当にそれだけの関係なのか?これもまた調べる必要があるな…って相棒は今、堕天使を捜索中だった。

 

早速相棒には動いてもらってる。結果が出たらいいのだが。

今は学校生活を楽しむべきだ。勉強はイマイチだが。

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

「んじゃ、またな天王寺、上柚木」

 

「気いつけてな!」

 

「ええ、気をつけて」

 

放課後の帰り道、天王寺と上柚木と別れる。天王寺はカフェのバイトへ、上柚木は自宅へ。

 

上柚木はドイツ人の母と日本人の父とのハーフなんだそうだ。

時々考古学者の父が外国の遺跡の調査に出て、お土産にと持って帰ってくる物の中には貴重な品もあるとかないとか。

 

「さてと、収穫はあったのかな」

 

花壇に視線をやると、するすると相棒が現れる。

相棒は頷くと、体をくねらせて案内を始めた。

 

「はてさて、鬼が出るか蛇が出るか……」

 

まあ、案内してるのはコブラなんだがな。

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

「ここは……」

 

案内されてたどり着いた場所は忘れもしないあの廃工場だった。

俺が初めて変身して戦った場所。初めて命を殺めた場所。

 

相棒は工場の中に入っていき、俺もついていく。

 

「!」

 

一瞬脳裏にあの光景がよぎる。

断末魔の悲鳴、死への恐怖に染まり切った顔。

頭を振り、かき消す。今回来た目的は自分の傷をえぐることではない。

 

ここで相棒が何かを見つけて、その何かを探しに来たのだ。

 

そこにいたのは男だ。

黒コートに黒い帽子を被った男が、献花している。

この場所に献花をしているということは……

 

「…あんた、堕天使か」

 

俺が投げた声を聞いてようやく俺の存在に気付いたらしい。

 

「ほぅ、我らのことを知っている人間か」

 

声からして中年だろうか。堕天使が人と同じ様に老いていくものなのかは知らないが。

男の足元には白百合の花束。

 

「我らの仲間、ミッテルトは人間に殺された」

 

「……」

 

「そうレイナーレ様は言っていた、あの方が先日戦った人間の紋章とここで同じものが見つかったから間違いない、とな」

 

どこか哀愁を感じさせる静かな声で男は語る。

 

…レイナーレ、それがあの堕天使の名前。そしてミッテルト、それが俺が殺した堕天使の名前か。

 

「……もし、そいつを殺したのは俺だと言ったら?」

 

「……ほぅ、そうかお前がその人間か」

 

黒翼を生やし、光の槍を生み出す。

こちらもドライバーと眼魂を出現、起動させる。

 

「ならば敵討ちをさせてもらうっ!」

 

〔アーイ!バッチリミロー!バッチリミロー!〕

 

突撃してきた堕天使の攻撃をパーカーゴーストが防御する。

 

「変身!」

 

〔カイガン!スペクター!〕

 

〔レディゴー!覚悟!ド・キ・ド・キゴースト!〕

 

変身し、お返しにとパンチを見舞うがかわされる。

 

今回の目的は戦闘経験を積むことと、無力化して情報を聞き出すこと。前者はまだしも後者は逆にこっちが追い詰められて無力化と言ってられなくなる可能性がある。

 

その時はまた、命を奪う覚悟をしなければならない。

 

「チッ!」

 

〔ガンガンハンド!〕

 

ガンガンハンドを召喚し、連続して突きを入れるが、槍を以ていなされる。向こうは手慣れた様子だ。

 

「なるほど、素人か、厄介になる前に今の段階で始末すべきだな」

 

今までと違って俺をあまり侮っていないみたいだ。これは厳しい戦いになりそうだ。

 

まだ鍛え始めたばかりでスタミナはあまりない。よって短期決戦を狙いに行かせてもらう!

 

「はぁぁぁ!!」

 

裂帛の叫びとともにロッドを振るい、光の槍と打ち合う。

ガッ、ガッと音を立てて一合、二合、三合。四合目で鍔迫り合う。

 

「くぅぅ!」

 

「ぐぬぬ……!!」

 

拮抗しているように見えたが次第に俺のロッドが押し始めた。

ここは性能で押し切る!

 

「パワーなら俺の方が……!」

 

ジリジリと押し込み……

 

「上だっ!」

 

相手の胸の位置まで押し込み、ガンガンハンドを銃モードにする。

 

「何!?」

 

初見でこの機能は見抜けまい。迷わず引き金を引き銃弾を撃ち込む。

 

「ぐはっ!?」

 

よろめき、後ずさる。ついでに蹴りも見舞って大きく吹っ飛ばす。

流石の俺でもゼロ距離なら当たるか。

 

「よし!」

 

この隙にゴーストチェンジする。

 

〔カイガン!ノブナガ!〕

 

紫色のパーカーゴーストを纏う。

 

〔我の生き様!桶狭間!〕

 

チェンジしてすかさず連射する。

 

「オオオッ!!」

 

向こうは負けじと槍で弾く。が、その息は荒い。

先の攻撃の当たりどころが悪かったのだろう。

 

「なら、これはどうだ!」

 

肩の『テンカフォースショルダー』の機能を発動させ、ガンガンハンドを大量に生成する。これこそ、ノブナガ魂の最大の特徴。

 

元々火縄銃に寄せたデザインだったガンガンハンドが大量に並ぶその様は見るものに長篠の戦いの三段撃ちを想起させる。

 

「なんだと…!」

 

「ファイア!」

 

引き金を引き、一斉に銃撃が放たれる。ドドドと銃撃の雨が降り注ぐ。大きく土煙が上がり堕天使の姿を隠してしまった。

 

「やり過ぎたかな…」

 

目的はあくまで戦闘と無力化した堕天使から情報を聞き出すこと。殺してしまっては意味がない。戦闘になるとついカっとなってしまうのは悪い癖だ。

 

だがその心配も杞憂に終わった。

 

「無事か、ドーナシーク」

 

土煙が晴れたそこには堕天使の姿はなかった。

が、いつの間にか現れた新たな堕天使が、ドーナシークと呼ばれた先ほどまで戦っていた堕天使に肩を貸して飛んでいる。オシャレに着こなしていた黒コートも先の銃撃を何発か受けたのかボロボロになっていた。

 

「カラワーナか、俺は平気だそれより……」

 

二人の目線が見下ろす形で俺を捉える。二対一か、まずいことになったな。

どこぞの虫の王の如く「二対一は卑怯だろ」と言いたい気分だがそれを言うと本当に二人で仕掛けてきそうだ。

 

「加勢が必要か?」

 

「いや、ここは引こう、この人間を侮るな」

 

必ず同胞の敵は討つ、と言って二人とも飛び去ってしまった。

 

「ふぅ……」

 

変身を解除し、額の汗を拭う。

 

危なかった。ミイラ取りがミイラになるところだった。

やはり安易に戦うべきじゃないのか。だが、戦わなければ俺の復讐は達成できない。

 

とはいえある程度の情報を得ることができた。敵は少なくとも三人。ドーナシークとカラワーナというさっきの女堕天使。そして兵藤の仇であるレイナーレ。火中の栗を拾いに行った甲斐はあった。そして…

 

「…ミッテルトって言うのか、あんた」

 

白ユリの花束のもとへ歩を進め、かがむ。

殺した相手の名前も知った。

 

「……」

 

瞑目し、手を合わせる。

 

こんなことをしても許されないのはわかっている。だが、罪を悔やみ、殺した相手の冥福を祈る。それぐらいのことは許されるはずだ。堕天使が死んだらどうなるのかは知らないが。

 

俺がしたことの取り返しはつかないが、こうして手を合わせることで、少しはあの後悔から解放された気がする。

 

「さて、帰ろうかな」

 

腰を上げて鞄を持ち帰路に着こうとすると、シャーっと自分も忘れるなと言わんばかりに相棒が声を上げる。

 

「わかったわかった!今日はお疲れさん」

 

そっと頭をなでてやると嬉しそうな鳴き声を出す。

 

かわいい、やっぱりかわいい。

捜索担当のみならず癒し担当になるとは。

これからもたくさん相棒に助けられそうだ。

 

どこかスッキリとした気持ちで、初めて来た時とは反対の気持ちで俺は工場を後にしたのだった。

 

 




Q.コブラケータイがヒロインですか?

A.いいえ、癒し担当です。


気づいたらドーナシークがイケメンになってた。


次回、いよいよ決戦。


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第7話 「復讐の刻」

第7話です。

DⅩD HERO最新話。
遂に曹操来たァァァ!!
と、画面の前ではしゃいでしまいました。

後半は、お好みでEGO~eyes glazing overを流しながら楽しんでいってください。


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「で、オカルト研究部はどうだ?」

 

帰り道、俺は兵藤に尋ねる。

 

「あぁ、まあ大変だよ色々と……」

 

いかにも苦労しているといった顔で返事する。

 

ドーナシークとの戦いから数日が経った。

あれ以来収穫はなし。その間俺は鍛え続けた。レイナーレとの戦いに備えて。変化があったとすれば兵藤がリアス・グレモリーのオカルト研究部に入ったことぐらいだ。

 

時々探索に出た相棒が夜の住宅街を兵藤が自転車で駆ける姿を見かける。あれもオカルト研究部の活動の一環だろうか。

 

「学校の人気者と一緒の部活なんてよかったじゃないか」

 

「活動は大変だけどな……」

 

そういえば、

 

「お前最近朝になると顔色悪いけど大丈夫か?ちゃんと寝てるのか?」

 

「ん?ああちゃんと寝てるし大丈夫だよ」

 

思えば生き返った(?)後からコイツは毎朝少し気だるそうな顔をしていた。生き返る代わりに朝が苦手になる術とかか?いや、生き返る代償に朝が苦手になるなんて代償としてはおかしすぎる。

 

そもそも完全な蘇生というものは存在するのだろうか。アニメや漫画で大切な人を亡くして生き返らせるために良からぬことをするキャラもいるが、結果としては何かしら大きな代償を背負うことになったり、不完全な状態での蘇生というのが大半だ。

 

…俺の場合はどうなんだろう。魂だけの蘇生というべきだろうか。

前世の体じゃないわけだし。そうなれば俺も不完全な蘇生なのだろうか。完全な蘇生というのは神の力をもってしても叶わないというのか。

 

「──!?」

 

突然、後ろから悲鳴が聞こえた。

何事かと思い振り向くと、シスター服の少女が転んでいた。

 

「…おい」

 

「君、大丈夫?」

 

俺と兵藤は駆け寄った。兵藤が手を差し出し起き上がらせる。

 

「────────────」

 

……ん?今なんて言ったんだ?日本語じゃなかったし、英語でも無さそうだ。困ったな。

 

いきなり風が舞うと、シスターの顔を隠していたベールがさらわれていった。

 

ブロンドの髪と翠眼が夕焼けの光に輝く。上柚木もなかなかだがこの人も綺麗だ。

美少女とはこの人のことを言うのだろうか。

 

「……」

 

「─────?」

 

兵藤がボーっとしてる。まあ、気持ちはわからんでもない。

いきなりこんな美少女と会えばな。

 

「え、あ、ああゴメン……もしかして旅行かい?」

 

「──────────」

 

ん?え、いやいやちょっと待って。このシスターさん、日本語通じるの!?

試しに俺も聞いてみるか。

 

「君、どこから来たの?」

 

「───?」

 

だめだ、通じてない。なんで俺はだめで兵藤は通じるんだ?

 

「なあお前、このシスターさんの言ってることわかるのか?」

 

「え、まあわかるけど……」

 

わ か る け ど 。

この五文字が俺を絶句させた。

 

なんだと……!?

コイツこんなにグローバルな奴だったのか…!?

 

そういえば英語の授業でこいつがさされたときすごいペラペラだった。

もうこの世界に来て何度こいつに驚かされただろう。

 

「お、お前すごいな!!通訳してくれよ!!」

 

「お、おう…」

 

驚く俺の前でシスターさんが困惑してる。

 

「───────────────」

 

何か言ってるが全く俺にはわからない。なのに──

 

「教会か…そういえば町の外れにあったな」

 

こいつにはわかる。って、教会?

 

「どういうこと?」

 

「この町に赴任してきたばかりで言葉も通じなくて困ってたんだってさ」

 

赴任か。案外シスターの世界も社会人とそう変わらないものなのだろうか。

 

「案内しようか?」

 

「!」

 

兵藤がそう言うと涙を浮かべながら喜んでいた。

 

……天王寺もそうだが、お前もお人好しだな。

 

 

 

 

 

公園に差し掛かると、子供の泣き声が聞こえてきた。

 

「うわあああん!」

 

それに気づいたシスターさんが子供に駆け寄る。俺達もそれに続く。

足を擦りむいているようだ。皮が少しだが剥け、血が滲んでいる。

 

「──────」

 

シスターさんが優しげな声で子供に語りかける。

そして、患部に手を当てた。

 

「い!?」

 

次の瞬間、シスターさんの手から仄かな緑色の光が放たれ、怪我が消えていった。

 

なんだ今の!?子供も兵藤も驚いている。

 

「──────」

 

「あ、ありがとう姉ちゃん!」

 

子供が笑顔で礼を言うと、母親のもとへ駆けていった。

 

「ありがとう姉ちゃん、だってさ!」

 

「──!」

 

兵藤がさっきの礼を通訳(?)して言うとシスターさんも喜んだ。

 

魔法みたいだった。やはりこの世界の人間は魔法を使えるのか?

でも日常に魔法の存在が感じられるものはない。ますますわからん。謎は深まるばかりだ。

 

あれこれ考えても仕方ないので案内を続けるのだった。

 

 

 

 

 

「ここだよ」

 

数十分後、俺達は目的の教会にたどり着いた。

やや古ぼけた感じだが、壁に壊されたりヒビが入っている様子はない。

 

「────────、───────?」

 

笑顔でシスターさんが何か言ってる。

多分礼を言っているのだろう。

 

「え、い、いや大丈夫だよそこまでしなくても!」

 

言葉が通じている兵藤は何かを拒否する。心なしかその顔色は悪い。汗もかいている。

 

「俺は兵藤一誠!みんなからはイッセーって呼ばれてる」

 

なにやら自己紹介を始めた。俺も一応言っとくか。

 

「俺は紀伊国悠。なんか役に立てなくてごめんね」

 

兵藤が通訳してそれをシスターさんに伝える。

 

「──────、────────!」

 

「うん!じゃあまた会おうな!シスター・アーシア!」

 

どうやら別れるようだ。笑顔でシスターさんが手を振ってくる。

 

たまには人助けも悪くない。

そう思いながら、兵藤と他愛もない話をしながら再び帰路に着いた。

 

 

 

 

 

……あれ、今回俺いらなくね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

数日後、俺は再び相棒を探索に送った。

 

今日の学校に兵藤は来なかった。なんでも足を怪我したとか。まさか骨折してないだろうな、あいつ。学校に行っている間干していた洗濯物をたたんでいたところ、スマホから通知音に似た音が鳴りだした。

 

確認してみると、相棒の方に何かがあったらしく、連絡してきたようだ。アプリを起動するとリアルタイムで相棒が捉えている映像が中継された。

 

『──行けば確実に殺されるわ、それが分かってて言っているの?』

 

どうやらオカルト研究部の様子を映しているようだ。ソファにカーペットと、旧校舎の外観も西洋風だが部室もそうだったのか。

 

兵藤とリアス・グレモリーが声を荒げて言い争いをしている。

ん?

 

「兵藤?あいつなんで学校にいるんだ?」

 

怪我をしてる様子もない。あいつズル休みしたのか!

 

『あなたの勝手な行動が皆に迷惑をかけるの!自分がグレモリー眷族の悪魔であることを自覚しなさい!!』

 

……ん?グレモリー眷族の悪魔?コイツらは人間じゃなくて悪魔なのか?

堕天使がいるくらいだから悪魔も当然いるか。それよりもやっぱり兵藤は……

 

『それでも俺はアーシアを助けたいんです!俺はアーシアと友達になった、友達を見捨てられない!!』

 

『いい、イッセー?彼女は私達悪魔と敵対する神側の人間なの、友達という理由でどうにかできるほど堕天使と悪魔の関係は簡単じゃないわ!』

 

『アーシアは敵じゃありません!!』

 

そこまで言ったとき、今まで見守っていた姫島先輩がリアス・グレモリーに何か耳打ちする。

 

『…急用ができたわ、私と朱乃はこれから外出する』

 

『そ、そんな…!まだ話は終わっ…』

 

『イッセー、あなたの『兵士』の駒には『プロモーション』という力があるわ』

 

…兵士の駒?プロモーション?兵士《ポーン》という言葉は聞いたことがある。確かチェスの駒の一つだったはずだ。

 

『『プロモーション』というのはチェスで『兵士』の駒が敵陣地に入ったとき『王』以外の全ての駒に昇格できるというルールですわ』

 

俺と同じ様にわからないといった顔をしている兵藤に姫島先輩が説明する。…チェスとかやったことないからわからなかった。

 

『そのプロモーションという能力を部長が敵陣地と認めた場所に入れば、実際に使えるんだよ』

 

別のクラスの木場君がそれに続けて説明した。そういえばこいつもオカルト研究部だったな。

 

『それから、あなたの神器の力を強く引き出すのは想いの強さよ、あなたの想いが神器を強くする』

 

『最後に、兵士でも王を取れるというのはチェスの基本よ』

 

そう言ってリアス・グレモリーと姫島先輩は魔方陣を展開し、その光に消えていった。

 

『一人で教会に行くつもりかい?』

 

部室を早足で出ようとする兵藤を、木場君が呼び止める。

 

『止めるなよ木場、俺は一人でもレイナーレをぶっ飛ばしてアーシアを』

 

『僕も行こう』

 

えっ。ってなんで俺が驚くんだろう?

 

『君一人にして放っておけない。友達を助けるんだろう?それに堕天使や神父は嫌いでね』

 

『木場…お前……』

 

『私も行きます』

 

今までソファに座って駄菓子を食べてた塔城さんが立ち上がる。

 

『…私も二人を放っておけません』

 

『……!』

 

塔城さんの言葉に兵藤がニッと笑う。

 

『よし!じゃあ行こうぜ!待ってろ、アーシア!』

 

そのまま三人が部室を出た所で中継が終わった。

 

……なんというか、すごい熱いシーンを見た。

いつのまにか手汗を握っていた。

 

それよりもあいつらは教会に行くのか。悪魔が教会に行くというのも変な話ではあるが。

 

レイナーレをぶっ飛ばしてアーシアを助けるとか言ってたな。

つまり教会にあいつがいる。ようやく掴んだ。敵の本拠地。

 

決戦の時は近い。

 

「…俺も覚悟を、決めないとな」

 

急いで準備を始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

「わざわざガジェットを遠隔操作した甲斐があればいいのじゃがな」

 

既に日が落ちた外にいる誰かの呟きは、風に消えた。

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

「……」

 

やや湿った土を踏みしめ、夜の林のなかを歩く。

 

目的の教会は、この林を抜けた先にある。

以前会ったシスターさんを送った町外れの教会。

教会に行くだけなら同じ道を通ればいい。

 

わざわざ林を歩いて行こうとしているのは、作戦のためである。作戦といっても、教会に裏から侵入し、タイミングを見計らって戦いに乱入、レイナーレを倒すという至ってシンプルなもの。

 

夜の闇が林に静寂をもたらし、不気味さを際立たせる。だが、今の自分には夜風の涼しさとこの静寂はありがたかった。おかげで落ち着いて集中できる、目的を達成することに。

 

「っ!?」

 

突如として静寂を破るようにガラスの割れる音が響く。

向こうで動きがあったか。

 

「急ぐか…!」

 

歩きから走りに変える。

 

間に合ってくれたらいいのだが、いや間に合ってくれないと困る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

林の中を走る。時に生い茂る草をかき分け、つまずいて転びかけたこともあった。

 

木々の間から教会が見え始めた。裏から見ると随分と寂れている。

先日見たのは表口だけだったから気づかなかった。

 

そして、声が聞こえた。

 

「ハァ、ハァ、クソッ……あの下級悪魔のクソガキにあんな……!」

 

荒立った女の声。忘れるはずもないあの女の声だ。

林を抜けると同時にその姿も見ることになる。

 

ボンテージ姿には変わりないが無数の細かい切り傷と痣がある。

さっきのガラスの割れる音はこいつが吹っ飛ばされた時のものか。

体を強く打ち付け、ガラスの破片で切り傷を負った。大方そういったところだろう。

 

「っ!お前は!」

 

こちらの存在に気付いた。

まさかここで会うとは思っていなかったらしく驚いている。

 

「無様な姿をさらしている私を笑いに来たのかしら?」

 

「……」

 

こいつが…

こいつが兵藤を……!

 

復讐の炎が再燃し、自然と拳を強く握っていた。

 

『我らの仲間、ミッテルトは人間に殺された』

 

ふとドーナシークの言葉を思い出した。

誰かが死ねば、それを悲しむ人がいる。

 

俺が兵藤の死を悲しんだように、ドーナシークはミッテルトの死を悲しんだ。それは人間だろうと堕天使だろうと変わらないことだった。コイツを殺せば、誰かが悲しむのだろうか。俺はまた、同じことを繰り返すのか。そのとき俺は、ミッテルトの時と同じ様に殺したことを後悔するのだろうか。

 

そこまで思い至ったとき、身を焦がしていたはずの復讐の炎が冷めていくのを感じた。

 

「…れ」

 

「は?」

 

それでもなお滾る心を抑えながらも言葉を紡ぐ。

 

「兵藤を侮辱したことをこの場で謝れ、そうすれば見逃してもいい」

 

なんて俺は甘いのだろう。

自分の甘さを自嘲する。

あれだけ憎んだはずなのに、いざというときになって、非常に徹しきれないなんて。

 

「ふふっ、あははは!馬鹿にしないで頂戴!どうして堕天使が人間風情に謝罪なんてしなければならないの?」

 

……あぁ、そうか。

 

再び、復讐の火は燃え上がる。

 

「そうだ!今ここであなたの神器を奪えば、あのクソガキ達に復讐できる力が手に入る!『聖母の微笑《トワイライト・ヒーリング》』だってまだある、ここは再起を」

 

「もういい」

 

続く言葉を俺が遮る。

 

こいつはチャンスを捨てた。

 

結局、どこまでも自分のことしか考えない奴だった。こんなに外道な奴がこの世にいたのか。ただ悪意のままに、自分の欲望のためならどこまでも他者を踏みにじることができる女だった。

 

もう、情けをかける必要もない。

こんな奴に情けをかけようとした俺が馬鹿だった。

 

これで思う存分、復讐の炎に身を焦がせる。

 

「……お前、死にたいんだってな……!」

 

今まで出したことのないドスの効いた声で相手の下した選択を、それが俺にとっていかなるものか告げる。

 

「!?」

 

レイナーレは一瞬動揺するが、すぐに悪意に歪んだ表情を見せた。

 

「ふっ、だったらどうしたって言うの?人間風情に私が…」

 

「お前は折角のチャンスをドブに捨てた」

 

たぎる心の叫びが、喉を振るわせ発せられる。

 

「望み通りにしてやるッ!!」

 

ドライバーが腰に現れ、眼魂がSの記号を浮かべながら起動する。

 

〔アーイ!バッチリミロー!バッチリミロー!〕

 

「変身っ!」

 

トリガーを引き、眼魂に秘められた霊力が解放される。

 

〔カイガン!スペクター!レディゴー!覚悟!ド・キ・ド・キゴースト!〕

 

スペクターに変身する。夜の闇に全身のエナジーベッセルの青い輝きが映える。心なしか、以前よりも力の上昇を強く感じる。

 

「このガキ…以前よりもかなりパワーアップを……!」

 

俺のパワーアップを見て、ダメージを負った状態で戦うのは危険だと判断したのか、ジリジリと後ずさる。

 

お前の情報を得るまでの間に俺はひたすらに鍛えた。走り込み、腕立て、腹筋、スクワットその他諸々出来ることはすべてした。これくらいのパワーアップは当然だ。そうでなければ、困る。

 

「この……!」

 

たぎる思いを、溜めに溜めた憎しみをこの拳に込める。

 

「ひっ…!!」

 

己の危機を察したレイナーレは真っ青な顔飛び去ろうとするが、飛び去るよりも速く、瞬間的に、爆発的に強化された脚力で詰めより、渾身の一撃を叩き込む。

 

逃がすか。ようやく掴んだ尻尾を、離すものか!

 

「化け物がァ!!」

 

 

 




Q.フリードのイベントは?

A.色々悩んだ結果、絡ませないことにしました。
 考えて見てください。
 悠が例の一軒家に行く。

 グレモリー眷族とともに魔方陣で撤退できない。
    ↓
 フリードとバトる。仲間の堕天使たちが到着。
    ↓
 悠vsフリード&レイナーレ&ドーナシーク&カラワーナ。
 まず勝てない。
    ↓
 抹殺される\(^o^)/

仮に逃げたとしても住居への不法侵入と、残った家主の遺体で殺人容疑がかかる。
    ↓
社会的に抹殺される\(^o^)/

悠は鍛えたと言っていましたが、そもそも入院して相当体力筋力が落ちてるので帰宅部と運動部の中間くらいです。
期間は短かったけどそれでもかなりパワーアップしました。

悠は臆病かつ優しすぎる性格です。
その性格故に、例え自分を襲った相手だろうと殺しを恐れ、後悔する。戦う覚悟を決められない。
そんな彼が如何に自分の力と向き合い、戦士としての覚悟を決めるか。それまでの心の動き《ムーブメント》がこの戦士胎動編です。

次回、決着です。


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第8話 「ツタンカーメン」

第8話です。

フェニックスボトルがお気に入りの幻徳マジ不死鳥おじさん



Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は……

S.スペクター
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ






「ハァ、ハァ、やった……」

 

神器の新たな力に覚醒し、レイナーレを殴り飛ばした兵藤一誠は疲労のあまりその場にへたりこみかける。が、途中で誰かがその肩を支える。

 

「お疲れさま、イッセーくん」

 

木場が優しい笑みを浮かべて、支えてくれた。

 

「おう、小猫ちゃんは?」

 

「向こうにいるよ」

 

木場が地下の祭壇につながる隠し階段に目を向けると、小猫が上がってきた。服はやや汚れているが、目立った傷はない。

 

「まさか、堕天使を倒しちゃうなんてね」

 

「あぁ、でもアーシアは……」

 

レイナーレによって神器『聖母の微笑』を抜かれたアーシアは死んだ。神器所有者は神器を抜かれれば死ぬ。優しく微笑むように眠るアーシアは、二度と目を覚ますことはない。

 

「俺が…俺がもっと強かったら……」

 

己の無力を嘆く。レイナーレを倒してもアーシアは帰ってこない。幾千の後悔が心を焼く。

 

あの時フリードから無理やりにでも引き離していたら、レイナーレに連れ去られた時、レイナーレに勝っていたら。こんな結末にはならなかったかもしれない。

 

 

 

 

 

 

「ぐふっ……!!」

 

しんみりとした雰囲気を破るように、突如として轟音が聖堂に響いた。

 

先程自分が殴り飛ばしたレイナーレが壁を破壊しながら吹っ飛ばされてきたのだ。

 

「なっ、レイナーレ!?なんで……!?」

 

そして破壊された聖堂の壁の穴からもう一人現れる。全身に青く光るラインが走る、パーカーを着た戦士────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

「……」

 

殴り飛ばしたレイナーレを追って、月明かりが差し込む聖堂の中にずかずかと踏み込む。

 

まるで投げ飛ばされたように祭壇に突き刺さった長椅子、頭部を破壊された彫刻はこの聖堂で戦闘が行われたことを語る。

 

先制攻撃は成功した。向こうは既に消耗している。勝てる確率は一回目の時よりも大きく上がっているだろう。

 

「…!」

 

ふとこちらに視線を浴びせる存在に気付く。

 

別のクラスの木場君、一年の塔城さん、そして片足の太腿に痛々しい傷がある兵藤。

三人ともに驚きの中に微かに警戒の色が混ざった表情をしている。

 

「あれはたしかあの時の…」

 

そして長椅子に横たわるあの時会ったシスターさん。寝ているにしては顔に血の気がない。

 

「…死んでいるのか?」

 

「……ああ、アーシアは死んだっ…!」

 

俺の問いに悔しさのにじみ出るような声で答えたのは兵藤だった。

 

「…そうか、これもお前がやったのか…!」

 

「ハァ…ぐっ、そうよ!その子の癒しの力が私には必要なのよ!」

 

決意はさらに固まった。

何としてでも、こいつだけは倒す!

 

「っ!」

 

聖堂内を、走る。一瞬の内に堕天使の間近にまで迫り…

 

「フン!」

 

「ぎっ…!?」

 

立ち上がりかけたレイナーレに拳を叩き込む。

よろめき、再び倒れそうになるが…

 

「ほら立てよ…!」

 

レイナーレを掴み無理やり立ち上がらせ、腹パンの連打を叩き込む。

 

「ぐっ…がっ…!」

 

「オラァ!」

 

アッパーを叩き込み、レイナーレが宙を舞う。空中に弧を描き落下し、再び地に倒れ伏した。

 

「ハァ…ハァ…」

 

後先を考えない全力の攻撃のラッシュに早くから息切れし始める。

 

まだだ。こんなことで俺の溜めに溜めた怒りは消えやしない。

 

眼魂を入れ換え、新たなパーカーゴーストが出現する。

ターコイズブルーの袖の無いタイプのパーカーゴースト。

 

〔カイガン!ツタンカーメン!〕

 

〔ピラミッドは三角!王家の資格!〕

 

新たなパーカーゴーストを纏い変身するは、仮面ライダースペクター ツタンカーメン魂。

ターコイズブルーの布地『メジャドコート』は磁力によって全身の動作を高速化し、頭部と胸部の黄金に輝く装甲『サンアメンライト』には特殊粒子がコーティングされている。ヴァリアスバイザーには黒色の二本の鎌の模様『フェイスデュアルサイス』が浮かび上がる。金と青の縞模様の『ネメスフード』は上下エジプトを表す。

 

「あいつの姿が変わった!?」

 

「変わるのは俺だけじゃないさ」

 

「シャー!」

 

物陰から様子を伺っていた相棒が飛び出す。

 

ガンガンハンドを召喚すると、その上を相棒が這い、手のひらに当たる部分に至ると短刀のような形状に変形、連結『シェイクハンド』して、鎌モードが完成する。

 

構え、刹那の溜めの後、走る。

 

「らぁぁぁぁ!!」

 

「人間風情がぁぁぁぁ!!」

 

互いの意地が咆哮となって聖堂内を震わせ、刃がぶつかり合う。

何度か打ち合い、膠着状態に入った。

 

「ぐぅぅぅ!!」

 

「フッ、甘いのよ!」

 

膠着の最中、レイナーレが一瞬槍を握る手を両手から片手に変え、もう片方の手で光の短剣を作りつばぜり合いに注意の向いた俺の胸に突き立てる。凶刃を突き立てられた装甲が火花と光を散らしながらも内にある俺の生身を防御する。

 

「固い…!!」

 

「だぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

つばぜり合いと短剣の両方に意識を向けるレイナーレを押し切るのは容易かった。鎌を振り切って槍を飛ばし、鎌を思いきり振り上げ、振り下ろす。黒い羽根が、舞った。

 

「がっ、ギャアァァァァァァァァァ!!」

 

片翼を刈られ、想像を絶する痛みにのたうち回り、身をよじる。耳をつんざくような悲鳴が身を駆け回る痛みの程度を語る。

 

この様子を見るにもう戦えそうにない。

 

「はぁ…はぁ…勝負あったな……」

 

仮面の下の額は汗だくで、頭がくらくらする。

あいつがのたうち回っている間、回復に努めるか。

 

 

 

 

 

 

「ハァ…ハァ…」

 

翼の痛みもある程度落ち着いたのか、絶叫をやめ、肩で息をするレイナーレの首元に鎌の刃をそっと添える。

 

「最後に言い残すことはあるか」

 

きっとはたから見る三人には俺の姿が刑の執行を待つ処刑人に見えるだろう。

 

そうだ、今の俺は罪人を断罪する処刑人。罪人に情けなんていらない。

 

「ッ!!」

 

睨み殺さんとばかりに俺を睨んでくる。堕天使の象徴たる黒翼を刈られたことが余程気に触れたのだろう。

 

が、口角をニヤリと上げ兵藤の方へ突然振り向くと

 

「イッセーくん助けて!こいつに殺される!!」

 

「…夕麻ちゃん……!」

 

兵藤に助けを乞い始めた。

 

「お願いイッセーくん、本当にあなたを愛しているの!だから一緒にこいつを倒しましょう!」

 

「っ!お前はどこまで……!」

 

「私の下僕をたぶらかそうなんて良い度胸ね」

 

聖堂に第三者の声が響き渡り、この場にいる全員の注目を集める。

 

「部長!」

 

この場に現れたのは二人の少女、リアス・グレモリーと姫島先輩。

 

「ごきげんよう、堕ちた天使さん、私はリアス・グレモリー」

 

「グレモリー…魔王の一族か!」

 

グレモリーの名を聞き、忌々しそうに吐き捨てるレイナーレ。

 

リアス・グレモリーは出し抜けに視線を俺に向けた。

 

「イッセーを殺したのはレイナーレだったのね、あの時はいきなり攻撃して申し訳なかったわ」

 

リアス・グレモリーは頭を軽く下げ、謝罪を述べた。

 

……いきなり謝罪されるとは思わなかった。あの一件でリアス・グレモリーが敵か味方か判断しかねるようになってしまっていた。もうその心配をする必要は無さそうだ。

 

「イッセーもよくやったわね、その赤い籠手、龍の紋章…成る程、そういうことね」

 

「?」

 

グレモリー先輩が兵藤の腕についた赤い籠手を見て何か得心したようだ。

 

…あれ、あいついつの間にあんなものを着けてたんだ?戦いに夢中で全然気づかなかった。

 

グレモリー先輩はレイナーレに向き直り、告げる。

 

「レイナーレ、イッセーの神器は神をも滅ぼす十三ある神器、『神滅具』の一つ、使用者の力を一定時間ごとに倍加させる『赤龍帝の籠手《ブーステッド・ギア》』よ」

 

「なんですって!?」

 

「ええ!?これがですか!?」

 

神をも滅ぼす神器、神滅具か。

 

お前そんな凄い物騒なものを持ってたのかよ…

言われた本人も驚いている。

 

「残念だけど、あなたの計画もここまでよ」

 

グレモリー先輩は相手の詰みを無慈悲に宣言した。

 

「…ふっ、これで終わったとでも思ったのかしら?私の他にも計画に賛同した堕天使達が」

 

「彼らならさっき"消した"わ」

 

「!!」

 

「ドーナシーク、カラワーナ…二人は冥土の土産にと色んなことを喋ってくれたわ、冥土に行ったのは向こうだったけどね」

 

グレモリー先輩の言葉に、今度こそレイナーレは絶句した。その証拠にと姫島先輩が羽根を二つ取り出して見せる。

 

ドーナシークって前に俺が戦った堕天使だよね?そうか、死んだのか…

いい人そうだったんだけどな…

 

「さて、他に策はあるのかしら?」

 

「ッ…!!イッセーくん助けて!」

 

「だそうだが?」

 

再びレイナーレは兵藤に助けを求める。

 

曲がりなりにもこいつは兵藤の元カノだ。

殺された兵藤にも色々思うことがあるだろう。

一応の意思確認はしておきたい。

 

「……もう、限界だ、やってくれ、頼む」

 

処刑執行のGOサインは出た。

 

「お前は人の恨みを買いすぎた」

 

レイナーレの首下から鎌を離し、ガンガンハンドの眼の紋章が描かれた部分であるエネルギー受信装置『エナジーアイクレスト』をドライバーにかざし、エネルギーの送受信『アイコンタクト』が行われる。

 

〔ダイカイガン!ガンガンミロー!ガンガンミロー!〕

 

青い霊力を刃が纏い始め、増大する。

 

「あの世でたっぷり後悔しろ!!」

 

「ひっ、ヒイッ!イヤァァァァァァ!!」

 

脇目も振らず逃げ出すが、もう遅い。飛んで逃げようとするが片翼だけでバランスを取れず、すぐに落下した。

 

「いやだ!私はこの力をアザゼル様とシェムハザ様に…!!」

 

「ハァッ!!」

 

鎌を振るい、三角形の霊力が放たれる。

放たれた霊力はレイナーレを追い抜き、ピラミッドの形に変化した。そして…

 

「あ、か、体が!吸い込まれる!!」

 

ピラミッドにぽっかりと空いた穴がレイナーレを吸い込み始める。

槍を床に突き刺し耐えようとするが、強烈な吸引力に耐えきれずあえなく吸い込まれてしまった。ピラミッドの中の無窮の闇を漂う。

 

「…さよならだ」

 

〔オメガファング!〕

 

トリガーを引くと同時に、レイナーレもろともピラミッドが爆発した。堕天使の黒羽がこの空間をヒラヒラと舞う。

 

 

 

 

 

 

……終わった。

 

そう思った瞬間、鎌を握る手の力が一気に抜けた。ガンガンハンドが重力に従い、床に落ちた。

 

おもむろにドライバーから眼魂を取りだし、変身を解除する。

 

〔オヤスミー〕

 

戦士としての姿は消え、生身の俺が姿を現す。

 

「き、紀伊国!?お前だったのか!!?」

 

兵藤のひどく驚いた声が聞こえる。

 

「彼と知り合いなのかい?」

 

「知り合いもなにも俺と同じクラスの友達だよ!」

 

「イッセー先輩と友達…」

 

気の抜けてゆっくりとした足取りでこの場を去ろうとしたとき、

 

「待ちなさい」

 

グレモリー先輩に呼び止められた。

 

「レイナーレの一件を抜きにしても聞きたいことがたくさんあるわ」

 

「…明日じゃだめですか?どうせ明日学校だし」

 

気の抜けた声で返答する。戦いが終わってから、やる気というやる気が無くなってしまった。

 

疲労のせいでもあるんだろうが、全てがどうでもよくなってしまった気がする。

 

「わかったわ、イッセー」

 

「は、はい部長!」

 

背筋を伸ばし、敬礼のポーズをとって反応する。

 

「明日の放課後、彼を部室に連れて行って頂戴」

 

「わかりました!!」

 

俺とは正反対に、はきはきとした声で返事をする。

 

あいつ、まだ元気なのか…

 

「さっき言った通り明日の放課後、部室で待ってるわ」

「…ああ」

 

今度こそ、正面の扉を破壊された聖堂を後にする。

 

明日の事情説明が終われば、今度こそ俺は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「紀伊国悠…彼は本当に私たちの希望になりうるのでしょうか」

 

木の陰に身を潜める誰かはそっと青髪をなで、呟いた。

 

 

 

 

 

 




Q.最後に登場したキャラは誰?

A.この作品のキーパーソンです。今はまだ裏でこそこそしてます。


活動報告でアンケートやってます。
気が向いたら見ていってください。


次回、第一章最終回です。


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第9話 「旧校舎のディアボロス」

作者の555の三原好きが悠に反映されてる気がする。
戦いたくないところとかナヨナヨした所とか。

ちなみに作者の好きなビルドのハザードフォームは海賊レッシャーハザードです。海賊という要素に黒という色がベストマッチです。


Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は……

S.スペクター
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ





「はじめまして、アーシア・アルジェントといいます」

 

んんー?

翌日の朝、俺はまたも奇妙な出来事に遭った。

 

昨日死んでた人が次の日になったら生き返っている。

前回は兵藤がその人だった訳だが。

それに加えて今度は流暢に日本語を話した。

最初に会ったときは全然喋れなかったのに今はまるで今までずっと話してきたかのように喋っている。

 

必死に日本語を勉強したのか?だがそれにしては流暢すぎる。

 

授業の始まる前、転校生が来たと先生が告げて、その人は入ってきた。

 

以前とは違い、駒王学園の制服に身を包むシスターさんもとい、アーシア・アルジェントさん。ブロンドの長髪とどこか幼さも残る綺麗な顔立ちにクラスの男子たちはメロメロだ。

 

「なんだあの子!?」

 

「すげぇかわいい…」

 

「アルジェントさん綺麗……」

 

男子生徒だけでなく女子もメロメロのようだ。

 

「おい兵藤、これはどういうことだ?」

 

後ろの席にいる兵藤に小声で尋ねた。

 

「それも含めて部長が説明するってさ」

 

向こうも小声で返す。

 

「アルジェントさんの席は……兵藤の隣だ」

 

先生が兵藤の隣の席を指さし、アルジェントさんが席に着く。

 

「よっ、アーシア!」

 

「イッセーさん!よろしくです!」

 

兵藤とアルジェントさんのやり取りを見て、クラスの皆がざわつき始める。

 

「あいつアルジェントさんと知り合いなのか!?」

 

「リアス先輩に続いてなんであいつばかり…!」

 

「おいお前ら、静かにしろ!授業を始めるぞ!」

 

先生が騒ぐ生徒たちを黙らせ、授業が始まる。

本当にこの世界は人がよく生き返るな。ザオリクを使える奴でもいるのか?

 

あれこれ考えるのはさておき、授業に集中することにしよう。

勉学は学生の本分だからな。そう自分に暗示をかけるように言い聞かせる。

 

だが何だろう。

昨日から続くこのどうしようもない虚無感は…

 

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

「…に、…のくに、紀伊国!」

 

「……ん、ああお前か」

 

全ての授業が終わった放課後、俺は兵藤に揺らされ思案の海から浮上する。

思案というよりはただボーッとしていただけだが。

 

昨日からずっとそうだ。

ドーナシークとの戦いから、悪夢を見なくなったと思えば今度はレイナーレを倒したあとボーッとすることが多くなった。

 

おまけになんだかやる気も沸かない。おかげで授業の内容もろくに頭の中に入っていない。

 

「放課後部長の所に行くって約束、忘れたのか?」

 

「…ああ、そうだな」

 

席から立ち上がり、荷物を鞄に詰めて手に下げる。

 

「んじゃ、行くか」

 

兵藤と並んで歩き出す。

 

説明するのは面倒だが、それをせずにさらなる厄介事になるのはもっと面倒だ。

そこはしっかり説明して、今後トラブルにならないようにしなければならない。

 

 

 

 

 

 

 ▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

「ここか」

 

兵藤の案内を受けて俺はオカルト研究部の部室の扉の前に着いた。

ツタが所々に伸びている旧校舎の少しぼろい外観に反して中は綺麗に掃除されていた。

若干の薄暗さは否めなかったが。

 

途中で進入禁止のラベルが貼られた扉も道中で見かけた。

興味が沸いて兵藤に聞いてみたが普段旧校舎を使っているあいつですらわからないらしい。恐ろしいものが封印されていそうだ。

 

「部長、連れてきました」

 

扉を開けながら兵藤が言った。

 

「ご苦労、イッセー」

 

古めかしい本を閉じ、紅髪を揺らしながらグレモリー先輩が椅子から立ち上がる。

同時に中でくつろいでいた部員たちも立ち上がり、視線が一斉にこちらに注がれる。その中にはアルジェントさんもいた。

 

そして兵藤もその中に並ぶ。

 

「紀伊国悠君、ようこそオカルト研究部へ」

 

グレモリー先輩の言葉と共に部員たちの背から黒い翼が生える。

堕天使のカラスのような翼と違い、コウモリのような翼。

 

「悪魔……」

 

「あら、驚かないということは私たちが悪魔だということを知っていたのかしら?」

 

「…それについても後で説明します」

 

「そう、取り合えずソファに腰を掛けるといいわ」

 

言葉に甘えてソファにゆっくりと腰を掛ける。

姫島先輩が紅茶の入ったティーカップをテーブルに並べる。

 

「あ、ありがとうございます」

 

姫島先輩は時々校内で見かけたときのにこやかな笑みで返した。

向かいにグレモリー先輩が腰を下ろす。

 

「さて、まず事の発端は約2週間前に遡るわ」

 

「2週間?」

 

この堕天使の一件ってそんなに前から始まっていたのか?

 

「ええ、私が縄張りにしているこの駒王町で大きな力の波動を感知したの」

 

「力の波動?」

 

「突然かつ大きすぎて発信源がどこかはわからなかったけど確かに感じたわ、天使の光に似た、悪魔に仇なす力をね」

 

大きな力の波動……。

もしかするとあの女神が俺をこの世界に転生させたときのことかもしれない。だが悪魔に仇なすというのはどういうことだろう?

 

「そして数日後、それは再び感知された、今度は発信源をバッチリ捉えたわ、町中の廃工場よ」

 

廃工場。

俺が初めて戦った場所だ。

 

「確かに、俺はそこで初めて変身して堕天使と戦いました」

 

「やはりそうだったのね」

 

「…?やはり、とは?」

 

まるで最初から検討がついていたかのような物言いに首を傾げた。

 

「あなたの神器の紋章と廃工場で発見された足跡が一致したの」

 

「…そうか!」

 

確かに足の裏にも紋章は描かれている。まさかそこからバレるとは…

 

「2週間前の波動もあなたの物なのかしら?」

 

「いえ、それに関してはわかりません…」

 

流石に転生に関することは伏せておくべきだろう。

 

一応死んだことは黙っててくれと頼まれてこの世界に来たのだから。約束は守る。

 

「そう、話を進めるわ」

 

先輩は紅茶をすすり、話を続ける。

 

「1週間後、イッセーがレイナーレに目を付けられ殺されたわ」

 

ふと兵藤に目線をやると兵藤が苦い顔をしている。

 

「そしてその現場にあなたは居合わせた、これは偶然かしら?」

 

「…いえ、偶然じゃありません」

 

「!?」

 

思わぬ返答に先輩が驚いている。

 

「家のテーブルにメモがあったんです、『兵藤が堕天使に狙われている、急いで公園に

行け』と」

 

「メモ……堕天使がわざわざ手を回したのかしら…それとも別の何者かが…」

 

腕を組み顎に手を当てながらあれこれ思案し始めた。これは本当に俺もわからない。あの女神がここまで手を回すとは思えないが…

 

「そのメモはまだ残ってるかしら?」

 

「すみません、その後急いで家を出て帰ったらその時には無くなってました」

 

「…本当なのね?」

 

「はい、本当です」

 

真っ直ぐな目で告げる。

 

何も間違ったことは言ってない。メモを処分してはない。家に帰ったら無くなってたのでごみ箱を漁ったりもしたがそんなものはなかったかのように出ることはなかった。

 

「それから2日後、俺は再び堕天使と戦いました」

 

「堕天使と?どうして?」

 

「その時俺は決めてたんです、俺の友達を殺した堕天使に復讐してやるって」

 

思えば俺が戦おうと思ったのは復讐が理由だった。それが終わった今はもう…

 

「紀伊国、お前そんなにレイナーレを憎んでたのか……」

 

「復讐、ね……」

 

何やら木場君が小さい声で呟いている。まさか木場君も復讐したい相手がいるのか?

 

「なあ木場君」

 

「っ!?なんだい?」

 

いきなり声をかけられ思案の海から引っ張りあげられてビックリしているようだ。

 

「復讐ってさ、終わるまでは相手のことが憎くて憎くてたまらないんだ、でも終わった後になると一気に冷めて、満足感の欠片も得られない」

 

「……」

 

「まあ何があったのかは知らないけどそれだけはみんなも覚えていてほしい、経験者は語るってやつだ」

 

木場君だけでなく部員全員が俺の言葉に頷く。

 

もう、こんな思いをするのはこれで最後にしたいし別の誰かに味わって欲しくもない。

 

「…すみません、話が脱線しました」

 

「いえ、いいわ。私もさっきの話は肝に銘じておくわ」

 

今度は俺が紅茶をすする。話が進むなかで丁度いい熱さになっていた。

 

「えっと、そして昨日、俺の相棒が相手の拠点の情報を掴んだんです」

 

「相棒?」

 

「あ、しまった」

 

相棒といっても流石にわからないか。早速相棒を呼び出し皆に見せる。テーブルの上でとぐろを巻く。

 

「コブラケータイ、俺の相棒です」

 

「シャアッ!」

 

お前いつもその鳴き声だけどそのうち赤くなって三倍のスピードで動いたりしないよね?

 

「使い魔みたいなものかしら?」

 

「まあそんな感じです」

 

「…触ってもいいですか?」

 

アルジェントさんに相棒を託す。

 

…すごい。もう相棒が気を許してる。アルジェントさんに撫でられる相棒。見てるとすごく気が和む。

 

「あの、すみません!相棒がここの様子を覗いてたらしくて…」

 

「っ!?そうだったの?全然気付かなかったわ…」

 

「でも覗いてたのは昨日だけです。そこで俺は教会のことと悪魔だということを知ったんです」

 

「…わかったわ。今後は二度としちゃだめよ?下手したら警察沙汰よ」

 

「はい……」

 

二度と人のプライベートな空間は覗かない。そう心の中で固く誓った。

 

「後は教会の裏口から奇襲をかけようとしたらレイナーレがいたので殴り飛ばした、その後は皆が見た通りです」

 

「これがこの一件の全てね」

 

「はい」

 

漸く説明が一段落ついた。

 

「そういえば兵藤とアルジェントさんはどうやって生き返ったんですか?」

 

これを聞くのを忘れていた。一番聞きたかったことだ。

 

「二人は私が悪魔として転生させたの」

 

「転生?人が悪魔に?」

 

「ええ、そういうアイテムが悪魔にはあるの」

 

人が悪魔に……。俺とは似ているようで違うのか。

 

「あと神器ってなんです?なんで兵藤がそんなすごいものを持ってるんですか?」

 

聞きたかったことその2。堕天使達がその所有者を狩り、アルジェントさんに求めたもの。

 

「…神器とは聖書の神、キリスト教の神と言えばいいかしら、それが人間に与えた物よ。それを持ってる人間は世界中にたくさんいるわ」

 

「せ、世界中にたくさん!?」

 

神器ってそんなにたくさんあるのか……。

 

「能力や力はピンキリだけど、有名なスポーツ選手、歴史上の偉人も持っているとされるわ」

 

「歴史上の偉人……」

 

英雄眼魂に選ばれた偉人達もこの世界では神器を持っていたのだろうか。一応、ゴーストドライバーも聖書の神ではないけど女神から貰ったものだから神器にカテゴライズするべきか。

 

「最後にあなたの神器について聞かせてくれるかしら?」

 

「…わかりました」

 

俺はソファから立ち上がり、腰にドライバーを出現させる。右手には眼魂を握る。

 

「これはゴーストドライバーと言って、この眼魂というアイテムに秘められた力を使うことができるんです」

 

興味深そうにみんなの視線が俺の腰に集中する。やましい意味はない。決して。

 

「変わった神器だね」

 

「初めて見るタイプの神器ですわ」

 

「…眼魂、なるほど続けて頂戴」

 

頷き、今度は変身プロセスを見せる。

 

「まず眼魂をカバーを開いたらドライバーに入れる、そして閉じる」

 

〔アーイ!バッチリミロー!バッチリミロー!〕

 

音声がなると同時にパーカーゴーストが飛び出し、部室内の空間を漂い踊る。流石にこれには驚いたらしく…

 

「ベルトが喋った!?」

 

「イッセー先輩の赤龍帝の籠手みたいです…」

 

「パーカーの幽霊?」

 

「歌って踊る神器なんて楽しそうですね!」

 

アルジェントさんは楽しそうに目を輝かせる。なんというか、アルジェントさんはピュアの塊のような人だ。

 

今度はドライバーのレバーを引く。

 

「変身」

 

〔カイガン!スペクター!レディゴー!覚悟!ド・キ・ド・キゴースト!〕

 

霊力でできたスーツが展開し踊るパーカーゴーストを纏い変身が完了する。

 

「す、すげぇ!!かっけぇ!!」

 

「お、兵藤お前わかるかこの良さが!」

 

「ああ!昔見てたヒーローみたいだ!」

 

えらく兵藤が食いついてくる。やっぱり誉められるとうれしい。

 

「パーカーを着るなんて随分とお洒落ですわねぇ」

 

「やはり近接戦に長けた神器でしょうか」

 

姫島先輩は俺本体よりパーカーに注目し、塔城さんはお菓子を頬張りながら感想をつぶやく。

 

「後は、入れる眼魂で姿や能力が変わるくらいです」

 

眼魂を抜き、変身を解除して再びソファに腰掛ける。

 

「…なるほど、気に入ったわ」

 

グレモリー先輩は顎に手を当て、間を置くと思いもよらぬ事を言った。

 

「ねぇあなた、私の眷族にならない?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっ」

 

「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」

 

俺よりも先に驚愕の叫びを上げたのは兵藤だった。

 

「ってなんでお前が驚くんだよ」

 

「いや、え、えぇ!?部長!?」

 

驚く兵藤の姿にグレモリー先輩は手を口に当てながら苦笑する。

 

「ふふっ、いいじゃない。神器も強そうだし私は賑やかな方が好きだわ」

 

先輩は俺に向き直り言う。

 

「悪魔になれば色んな特典があるわ、言語、寿命、魔力、その他諸々ね」

 

「…言語?言語ってどういうことですか?それにどうやって人間から悪魔に?」

 

寿命と魔力はなんとなくわかるが言語というのはイマイチわからない。

 

「そうね、悪魔になれば音声言語は全てあなたが一番慣れ親しんだ言語として認識でき、あなたの発する言葉は世界中の人全てに通じると言えばわかるかしら」

 

「わかりました」

 

「ってわかったのかよ!」

 

これで兵藤が急に英語の授業で英文をスラスラ読めるようになったのも、アルジェントさんが日本語を喋れるようになったのも納得がいく。後は肝心の……

 

「あと、悪魔への転生にはこのアイテムを使うわ」

 

先輩はソファから立ち上がると、俺が部室に入ってきたときに座っていた椅子のある机の引き出しを開けて何かを取りだす。

 

それは赤く輝くチェスの駒だった。

俺にはただの赤いチェスの駒にしか見えないが。

 

「それは…」

 

「悪魔の駒《イーヴィル・ピース》、私達悪魔はこれを使って人間を悪魔に転生させるの」

 

チェスの駒か。そう言えば相棒が中継した映像のなかで兵士がどうたらと言っていたな。

 

「これを使えば例え人間じゃない別の種族だろうと、死者だろうと悪魔として転生させられるわ」

 

「死んだ人でも…」

 

兵藤やアルジェントさんが生き返ったのもそれか。

 

「ちなみにそれは何の駒ですか?」

 

「『戦車』の駒ね。特性は攻撃力と防御力の強化」

 

先輩は駒を机上に置き、再び引き出しを開ける。

 

「なんなら、これを付けてもいいわ」

 

そう言って引き出しから取りだし、机上に置いた物は……

 

「っ!これって……!!」

 

「そう、あなたがさっき言っていた眼魂よ」

 

先輩は机上に4つの眼魂を並べる。間違いない、全て英雄眼魂だ。

 

「これをどこで?」

 

「2つは波動の調査中に拾ったもの、もう2つは昨日教会から回収したわ」

 

教会から?レイナーレ達も集めていたのか。どうやら英雄眼魂はドラゴンボールみたくこの町に散らばっているようだ。

 

「どうかしら?これだけの特典、あなたの得になるようなモノしかないと思うのだけれど」

 

「……」

 

眼魂、悪魔としての長寿、言語能力、魔力どれもが魅力的だ。

これが悪魔の囁きというやつか。

 

でも俺は……

それでも俺は……

 

「…誘ってくれるのはありがたいんですけど、遠慮しときます」

 

俺はその誘いを断った。

先輩は断られると思っていなかったらしく驚いている。

 

「一応、理由を聞いておこうかしら?」

 

「…もう嫌なんですよ」

 

立ち上がり、一呼吸置きながらうつむき気味に答える。

 

「誰かを傷つけ、傷つけられるのはもう嫌なんです。俺はもう誰かが死ぬのを見たくない」

 

「紀伊国、お前…」

 

天井を仰ぎ、今にも消えそうな弱々しい声で続ける。

 

「結局、戦いなんて虚しさ以外の、悲しさ以外の何者でもないんです」

 

「私が持ってる眼魂はどうするつもり?」

 

「…兵藤がいるなら大丈夫でしょう。悪評は色々ありますけどいいやつですから」

 

先輩達を背に一歩歩き出したとき、兵藤に呼び止められる。

 

「おい紀伊国!お前は本当にそれでいいのか!?」

 

「……」

 

振り返らず、扉まで歩き出す。

 

「すみません、もう俺を巻き込まないでください」

 

「待って、あなた…」

 

返答を待たずに退室する。

 

これでいいんだ。堕天使はもうこの町にはいない。俺はようやく戦いから解放された。

切に願っていた平和な日常を享受できる。一体何を悩み、後悔することがあるだろうか。

 

なのに…

 

「…っ……」

 

なのになんで俺は今泣いているんだろう?

一体何が俺を泣かせるのだろう。

 

解放されて幸せな日常に戻れるのにちっとも嬉しくない。むしろ後悔や恐怖さえ感じている。さらには虚しささえ。どうして嬉しくないんだ。考えても答えは出ず、それどころか涙はより流れていくばかりだ。

 

わからない。もう、自分で自分の気持ちがわからない。

ありとあらゆる感情を混ぜた闇鍋のようにごった返した感情。

 

鉛のようなやるせなさを胸に抱えながら、すっかり日も暮れて夜の闇に支配された旧校舎の中を歩き、後にした。

 

 

 

 

 

 




悠は心に重いものを抱えてしまいました。これから色んな人と出会いそれを軽くしていきます。

次章は作者がやりたかったことその1、ゴーストチェンジ祭りです。







次章予告


「おーおー、ひどい顔をしておるのう」

「頼む!俺たちに、オカ研に力を貸してくれ!」

「あなたが勝利のカギよ」

「ライザー・フェニックス、お前の不死を攻略する!」


戦士胎動編 第2章 戦闘校舎のフェニックス




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戦士胎動編《コード・ムーブメント》 第二章 戦闘校舎のフェニックス
第10話 「ゲームセンター」


UAが5000を突破しました!
まだ全体的なストーリーとしては1割しか進んでいないのに…と驚く思いです。
人気所と比べればまだまだですが、これからも応援よろしくお願いします!

10000になる頃にはそこそこ話も進んでると思うのでその時は特別企画でもやろうかなと思います。



Count the eyecon!

現在、スペクターの使える眼魂は……

S.スペクター
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ






「……」

 

桜の花が散り葉桜になる5月。

授業が終わりクラスメイト達が談笑する声が聞こえてくる。

 

「悠君、悠君!」

 

「……今日も放っておいてくれよ」

 

「今日もダメみたいね」

 

事情説明以来、戦いで心に深い傷を受けた俺は日に日に気力を失い、今ではただの置物にも等しい状態になってしまった。ミッテルトを殺した際にも大きくえぐられたようなダメージを受け、レイナーレを殺したことでついにそれは決定的となった。

 

元々ビビリでヘタレな自分に殺しなどできるはずもなかったのだ。状況に、感情に流されるままになった結果、今こうして自分がしたことへの後悔と自責の念、虚しさに押しつぶされている。

 

「なんでこないなってもうたんや…」

 

「…もしかして、記憶が戻りかけてるとか?」

 

天王寺と上柚木が会話している。露骨にどんよりとしたオーラを出す俺に近づくのはこの二人か兵藤ぐらいの者だ。

 

「どういうことや?」

 

「あくまで予想だけど、記憶が戻りかけているけど脳が情報についていけず混乱してるんじゃないかしら」

 

「え!?ほんまか!?」

 

「……」

 

「予想って言ったじゃない」

 

残念ながらそうじゃない。

 

本当の理由をどう説明できようか。ましてや俺が殺しをしたなんて言えるはずもない。

真実を話したところで信じられるはずもないし、信じたとしても俺を見る目が180度変わってしまうかもしれない。

 

そうなればもう友達という関係ではいられなくなる。あんなに親切にしてくれた人を俺は失いたくない。

 

「…」

 

授業開始のチャイムが鳴り響く。こうして今日も、無意味で退屈な一日が続くのだ。

一体どこで道を違えたのだろうか。その問いに答える者は誰もいない。

 

 

 

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

「……はぁ」

 

放課後、夕陽に照らされた歩道を歩く。

最近は黙っているかため息をつくかのどっちかだ。

 

「っ!?」

 

途中、足が何かに引っ掛かり躓きかける。何事かと思い足下を見ると、片足の靴紐がほどけていた。さっきのはきっとほどけた靴紐を踏んでしまった結果だろう。

 

近くの公園のベンチを見つけて座り、靴紐を結び直す。

 

「……はぁ」

 

またもため息。

何度ついても、この胸中のもやは消えそうにない。

 

「おーおー、ひどい顔をしておるのう」

 

突然かけられた声に反射的に聞こえた方へ向く。

 

そこにいたのは赤い双眸を持つ銀髪の少女。

黒服とミニスカートの組み合わせはどこか上流階級の家の令嬢を思わせる。そして先の老成した口調と相反した美貌をも兼ね備えている。

 

「ほれ」

 

缶コーヒーを投げ渡され、それを気だるげに掴む。

 

「失礼する」

 

そう言って俺の隣に座った。

 

「……あんた誰だよ」

 

突然現れて親切にしてくれる謎の人物の登場に疑念を隠せない。

やや低い声で尋ねた。

 

「妾はただの通りすがりじゃよ、こうしているのもただの気紛れよ」

 

俺の問いに対して澄まし顔で答える。

 

妾か…。変な人に絡まれてしまったな。

 

「どれ、話してみい。悩むのはいいが一人で抱え込んでもいいことはないぞ?」

 

「……俺の悩みなんて話せるわけない」

 

謎の少女の言葉を突っぱねる。

なんで見ず知らずの他人に悩みを打ち明けなければならないんだ。

 

「なんじゃ、妾が信用ならんのか?口の堅さには自信があるのじゃがのう」

 

「……信用っていうか、もうとにかく放っておいてくれよ」

 

「そう言われると逆に放っておけなくなるのう」

 

トゲのある言葉を投げても、飄々とした笑みを浮かべるだけだった。てこでも動くつもりはないらしい。どうしたものか……。

 

「話してみたら少しは気が楽になるかもしれんぞ?」

 

「……わかったよ、喋るから終わったら早く行け」

 

折れたのは俺だった。変ではあるが悪い人って訳でもなさそうだ。

缶コーヒーのプルトップを開けて、意を決して胸の内を吐露する。

 

「…俺にはある目標があったんだ」

 

「ほう」

 

「でもその目標は俺がしたくないことでもあった。もしそうすれば絶対に後悔するから」

 

淡々と語る。少女は先の飄々としたものではなく真剣な表情で聞いてくれている。

 

「その目標を達成するために努力した。そして俺は状況と感情に流されるままその目標を達成してしまったんだ」

 

語るにつれて内に抑え込んでいた感情が溢れ出し始める。次第に喉が苦しくなってきた。

 

自分でもわかる。今、俺は泣きかけてる。溜まりに溜まったものを吐き出そうとしている。

 

「達成したのに…やり遂げたのに…全然嬉しくも…満足もしなかった…!ただただ…虚しさしかなかったんだ……!」

 

「…そうか」

 

「俺はどうしたらいいんだ……!もう、一生この気持ちに縛られたまま生きていかなきゃいけないのか…!?」

 

「もう…嫌なんだ……」

 

「……」

 

溢れ出す感情のままに、顔を真っ赤にして涙する。涙も鼻水も止まらない。みっともない顔をした俺を少女はなじらなかった。何も言わずそっと抱きしめてくれた。

 

「…なんでそんなに優しくしてくれるんだ」

 

「おぬしが苦しそうにしているのを見ていると放っておけなくなった、たったそれだけじゃよ」

 

優しげな笑みを浮かべて俺の問いに答えた。

 

「今は、泣くといい。涙が渇れるまで、心のもやが晴れるまで存分に泣くといい」

 

「…うっ……ぐ…」

 

その言葉が契機となった。

心を抑えるものがなくなり、いつまでも泣いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「落ち着いたかの?」

 

「……ああ」

 

泣き止んだというか泣きつかれた俺はプルトップを開けたままにしていた缶コーヒーをあおった。喋ったり泣くことに頭がいっぱいで、すっかりコーヒーのことを忘れていた。

 

「……苦っ」

 

「同感じゃな、実は妾はコーヒーよりも紅茶派じゃ」

 

「じゃあなんで買ってきたんだよ」

 

「コーヒーの方が雰囲気に合うと思うてな」

 

「雰囲気で買うなよ……」

 

泣いたことを半ば忘れてしょうもないやり取りを紡ぐ。

 

「おぬしは目標を達成しても達成感がなかったと言ったな」

 

「…ああ」

 

おもむろに少女が立ち上がる。

 

「そもそもの話、目標というものが達成すれば全て満足感を得られるものではないのじゃよ」

 

「……」

 

「過程と結果が釣り合って初めて満足感というものが生まれるのじゃ」

 

「過程と結果が釣り合う?」

 

頭にクエスチョンマークを浮かべる。

 

「例えば何の努力もせずに己の才能のみでスポーツの大会に優勝したとしたらどうじゃ?」

 

「そりゃ嬉しいけど達成感というのは違うな」

 

「そうじゃ、結果と釣り合わない過程は慢心を招く。なら逆に寝る間も惜しんで練習したが優勝できなかったとしたら?」

 

「…悔しいな、それかへこむだろうな」

 

「そう、悔しさを感じるか、落ち込み、燃え尽き症候群になることもありうるじゃろうな」

 

飲み終えた缶コーヒーを、手首のスナップをきかせ離れたゴミ箱を見ずに投げ入れる。

…普通にすごいと感心した。

 

「まあおぬしの場合は違うがな」

 

「そうだな」

 

俺は結果に見合う努力をし、達成したが達成感の代わりに俺が得たものは後悔と虚しさだった。

 

「なら、一回悩みを忘れてみるというのはどうじゃ?」

 

「は?」

 

突拍子もない発言に驚く。

 

少女は鞄を手に……え?

 

「…っ!?」

 

いつの間にか俺の鞄が取られている。飄々とした表情で鞄を見せびらかしてくる。

 

「返せっ!」

 

すぐさま立ち上がり飛び出す。

 

その鞄には教科書だけじゃなく俺の財布も入っているんだぞ!

 

伸ばした手は鞄で弾かれてしまった。

 

「くそ!」

 

「妾はこの鞄を返さないとは言っておらんよ」

 

後ろに跳んで距離を置いた少女が言った。

 

「返してほしいなら一つ条件がある」

 

「条件だと…?」

 

少女の言葉に眉を潜める。

 

「そう、妾にゲームで勝てば返そう。ゲームならおぬしも好きじゃろう?」

 

「……否定はしないが」

 

ゲームか。先月兵藤とゲーセンで遊んだのを思い出す。

ゲームで勝つことならすぐに取り返せそうだ。

 

「…わかった、その勝負乗せられてやるよ」

 

「ふふっ、決まりじゃな」

 

不敵な笑みを浮かべる両者。火花がバチバチ散っていそうだ。

 

親切にされたからと油断した。

人の物を取ったことを絶対に後悔させてやる!

 

 

 

 

 

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

 

「……ゲームってこれかよ」

 

「何か不満でも?」

 

「いや、ちょっと意外だなと……」

 

少女に連れられた俺はゲーセンに来ていた。

兵藤と遊びに来たこともある。そして俺の目の前にあるのは…

 

「アーケード版マルコカートで勝負じゃ」

 

そう、この世界でのマ○オカートである。

以前このアーケード版を兵藤とプレイしたが、アーケードオリジナルの要素もあれば最新の据え置き版の要素もあった。

 

「…それでいいんだな?」

 

内心ほくそ笑みながら最終確認をする。生憎だがそのゲームは大得意だ。

兵藤に完勝したことは今でも覚えている。

 

「ああ、これでいい」

 

銀髪を揺らしながら筐体に備え付けられたシートに座る。

俺もそれに続く。

 

「…って、金がないんだけど」

 

「おっとそうじゃった、ほれ」

 

隣の少女が小銭を手渡す。そしてそれを筐体に投入する。

 

「ステージはランダムで選ばせてもらおう」

 

ルーレットが回転し、最初のステージを決定する。

 

「ヴォルカニック・キャッスルか」

 

最初のステージはヴォルカニック・キャッスルに決まった。

そのステージはマグマの海の上にできた城の中を走るものだ。

当然、柵の無い道も存在しそこから落ちればマグマの海に身を投げることとなる。

 

ローディングが終了し、レース開始のカウントダウンが始まる。

ハンドルを握り、スタートダッシュに備える。

 

3…2…1…ゴー!

 

「なっ速い!?」

 

「妾を甘く見るでない」

 

スタートダッシュを切ったのは両者同時だというのにあっという間に差をつけられてしまった。

 

(こいつ…相当やりこんでるな)

 

相手の運転テクニックに舌を巻く。

 

だが負けるわけにはいかない。財布を取られた時点で俺に諦めるといった選択肢はないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2回戦

 

 

「よっしゃ!取り敢えず抜いた!」

 

「赤こうらぽーん」

 

「いでぇ!?」

 

 

 

 

3戦目は

 

「おっしゃやっと見えてき」

 

「緑こうらはお好きかのう?」

 

「痛ああい!!?」

 

 

4戦目

 

「やっと一位になっ」

 

「青こうらが来とるぞ」

 

「ぎゃあああああ!!」

 

5戦目

 

「ゴールは目の前!俺のか」

 

「ショートカットじゃ」

 

「なんでだあああああああ!!」

 

 

 

 

 

「はぁ…はぁ…はぁ…」

 

「リアクションが面白くていじるのが楽しくなってきたのう」

 

その後も一方的に俺の敗北が続いた。

息を切らす俺と対照に余裕を見せる謎の少女。

 

上手すぎる。そして強すぎる。

とにかく俺が抱いた感想はそれだ。

緑こうらですらこの人が使えば百発百中の凶弾と化す。

 

「……次だ」

 

「ふふっ、何度でもかかってくるといい」

 

次のステージをランダムに決めるルーレットが止まる。

次のステージは……

 

「ギャラクシーロード!俺の一番得意なステージ…!」

 

ハンドルを握る。

そしてレース開始のカウントダウンが始まる。

 

3…2…1…

 

「ゴー!」

 

両者同時にスタートダッシュを決める。

このステージで勝負を決める!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レースは終盤に入り、ファイナルラップ。

1位の少女を追いかける形で俺は2位を走っていた。

 

「最後のアイテムボックス…!」

 

直線に入ると同時にアイテムボックスが見えてきた。

この状況を覆すには、ここに賭けるしかない。

このアイテムで、勝負の結果は決まる。

 

「アイテムは…」

 

アイテムルーレットが止まる。

最後のアイテムは…。

 

「3連緑こうら!」

 

「残念じゃったの、妾は3連バナナじゃ」

 

ボタンを押すと同時にカートの回りにアイテムが出現する。

 

ここで勝つには一発でもこうらを命中させるしかない。

かわされるか、バナナで防がれるか、バナナの隙間を縫って命中するか。ここが正念場。

 

「まず一発目!」

 

狙いをすましてこうらを放つ。

蛇行運転でかわされ、少女の向こう側へと滑り去る。

 

「二発目!」

 

放たれたこうらは、相手のカートの周囲を回るバナナの一つとぶつかりそれを道連れに消えた。

 

「ラストッ!」

 

最後の一発。こうらを放つ。

吸い込まれるように真っ直ぐ相手のカートへ進む。

 

そして……

 

バナナの僅かな隙間を縫って本体にヒットした。

 

「なんじゃと!?」

 

ダメージを受けたカートの動きが止まる。

その横を走り去り、ついにゴールする。

 

「よっしゃぁぁぁぁぁ!!」

 

心からの喜び、達成感が喉を振るわせ声となる。

隣でプレイしていた少女が額の汗をぬぐい、話しかけてきた。

 

「ふぅ、ナイスドライブじゃったの」

 

「ああ」

 

差し出された手に握手で応じる。互いに手汗で濡れていた。

 

「どうじゃ、悩みは忘れられたか?」

 

「あっ」

 

そうだ、今の今まですっかりゲームに夢中になっていて悩みのことなんて頭から抜け落ちていた。もしかしてこれを狙っていたのか?

 

「ふふ、今のおぬしは最高にいい顔をしておる」

 

少女は微笑みながら、立ち上がる。

 

「今おぬしが感じているものこそ、目標を達成したことへの喜び、充足感じゃよ」

 

「充足感…」

 

あの時、得られなかったもの。

 

「何かに一生懸命になることは素晴らしい、目標を達成できなかったり充足感を得られなかったとしてもおぬしの努力という轍は無駄にはならん。それは次の目標を達成するための糧になるのじゃ」

 

「……」

 

そうだ、俺は復讐という目標を達成するために己を鍛えた。その結果手にした体力は、今回のゲームで存分に生かされた。その体力がなければここまでもっていなかっただろう。

 

「泣いた分も合わせてかなり気が晴れたじゃろう?それっ」

 

今まで奪われていた鞄が投げられ、宙に弧を描いて俺のもとに飛んでくる。

 

「おわっと!」

 

「約束通りそれは返す」

 

満足気に笑うと少女は踵を返した。

 

「おぬしはまだ若い。悩み苦しみ、夢中に、一生懸命になれる何かを見つけ、明るい明日を歩めよ」

 

そのまま出入り口へと歩き始めた。

それを慌てて呼び止める。

 

「ま、待ってくれ!あんたの名前を」

 

「じゃあの、紀伊国悠……いや、スペクター」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ん?今俺のことをスペクターと…

 

「あんた俺のことを知ってたのか!?」

 

「さて、どうじゃろうな。それとおぬしが泣いておる間は人退けの結界を張らせてもらった。おぬしの醜態を見たものは妾しかおらんよ、安心せい」

 

少女は振り返らずに答える。

直接顔を伺うことはできないが、意味深な笑みを浮かべていることは容易に想像できた。

 

「おぬしが戦士としての覚悟を決めたなら、その時は茶でも振る舞おう」

 

それだけ言い残してゲームセンターの外の闇に消えていった。

 

結局あの人自身のことは何一つわからなかった。

そもそも人間かどうかすら怪しい。人退けの結界なんてものを張れるのだから。……いや、そうでもない。

 

「俺にかまうなんて、余程の暇人か世話焼きなんだろうな」

 

鞄も取り戻したしそろそろ帰ろうか。

そういえばやけに外が暗いような…

 

「ってもうこんな時間かよ!?」

 

ゲームに熱中しているうちにすっかり日が暮れてしまった。

こんな遅くにゲームセンターに行ったり、外を出歩いていたら警察に補導されてしまう。

 

「やべぇ、急がないと!」

 

泡を食ったようにゲームセンターから飛び出す。

飛び出すと同時に涼しい夜風が吹き付けた。街灯もつき始めている。

 

ふと、夜空を見上げる。

 

「…きれいだ」

 

生憎雲で所々隠れてはいるが、明星がいくつか瞬いていた。

夜になればいつでも見られる光景が、その時の俺にはとても心に染み入るように美しく見えた。

 

ゲームに熱中していていつの間にか、自分が何に悩んでいたか忘れていた。あの星に比べれば自分の悩みなんてどれほどちっぽけなことか。

 

「ははっ」

 

思いがけず笑いが込み上げてきた。

あれほどどんよりしていた心は今、澄み渡るように晴れている。

 

何かに一生懸命になること、か……。

俺にその何かを見つけられるだろうか。

 

いや、見つけられる。

きっと、必ず見つかる。

俺のしたことは変わらないし消えることはない。だがいつまでも過去のことを引っ張ってられない。俺にはまだ俺の身を案じてくれる素晴らしい友人達がいるのだから。その友人達を心配させるわけにはいかない。

 

心機一転して、帰路を駆ける。

触れる夜風の涼しさはゲームで汗をかいた俺には気持ちよく感じた。

 

止まっていた俺の時間は、ようやく少しずつだが動き始めた。

ここからが、俺のスタートだ。

 

 

 

 

 

 

 

 




Q.あの少女はダリナンダイッタイ

A.いずれわかるさ、いずれな……


せっかく次の章に入ったので楽しい物も入れてみました。今までが暗かったので……。

悠が泣いたのは、多分ホームシック的なものもあるのでしょう。
彼も色々溜まってるみたいです。


次回、多分土下座します。



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第11話 「再起」

悠「ふ っ き れ た」
内海「ふ っ き れ た」


Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は……

S.スペクター
11.ツタンカーメン
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「よっ、天王寺」

 

教室に入って早々、天王寺に挨拶する。

 

「悠くん!なんか今までよりもいい顔しとるで?」

「そうか?まあ、色々と吹っ切れたところはあるけどな」

 

昨日の一件以来、俺の心はかなり軽くなった。あれほど沈み込んでいたのが嘘のようだ。まだ完全に、とは言えないが。

 

「悠、あなた頬にパンくずがついてるわよ」

 

「おっと」

 

上柚木の指摘を受けて頬に着いたパンくずをペロリと舐める。

 

「ふふっ、上柚木に母さんみたいなことを言われたよ」

 

「確かにさっきの綾瀬ちゃんはオカンみたいやな」

 

「二人とも……!」

 

恥ずかしさに上柚木が顔を赤くする。

 

色々曲がりくねった道を歩いてきたがようやく待ち望んだ日常に戻ってきた。

それだけでも頬が緩む。

 

「紀伊国、紀伊国」

 

そんな中、兵藤が小声でそっと耳打ちしてきた。

 

「今日の放課後、体育館裏に来てくれないか?大事な話があるんだ」

 

珍しく真面目な顔で話す。

 

「……わかった」

 

返事をすると兵藤はアルジェントさんとおしゃべりに行った。

 

「何を話していたの?」

 

「いや、何でもないよ」

 

上柚木の質問を微笑みながら誤魔化す。

 

「せや、兄ちゃんから来月に帰ってくるって連絡があったで」

 

「大和さんが?」

 

「今フランスで仕事してるっていう?」

 

俺たちの質問に天王寺は頷いて返事する。

フランスか。料理とか文化とか色んな事を聞いてみたいな。

 

「ほらお前達、席に着け」

 

先生の声を聞いて皆が席に着き始める。

 

今日は一体、どんな1日になるのだろうか。

そう期待に胸を踊らせた。

 

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

 

放課後、兵藤の呼び出しを受けた俺は体育館裏にいた。

 

俺を呼びつけた本人は真っ直ぐな目で、真剣な表情で見つめてくる。

……いやいや、まさか女に飽き足らず遂に男にまで手を出すようになったのか?

 

(いやまさかな)

 

友達を疑うような考えを忘却の彼方へ追いやる。

 

「…で、こんなところに呼び出してなんの話をするんだ?」

 

「……紀伊国」

 

兵藤の目と表情の真剣味が増す。

そして……

 

体を曲げ、俺に深々と頭を下げた。

 

「──頼む、お前の力を貸してくれ」

 

「……!」

 

予想外の頼みに驚いた。

こんなに真剣な兵藤の声を聞いたのは初めてだ。

 

「…この場で言う俺の力ってのは、スペクターのことか?」

 

「ああ」

 

頭を下げたまま返事をする。

前に俺はオカルト研究部に言ったはずなんだけどな。

 

「俺は戦いたくないって言ったけど」

 

「わかってる、でもどうしてもお前の力が必要なんだ……!」

 

……どうやら本当に本気らしいな。

 

兵藤の手を見ると、強く握りしめて真っ赤になっている。

そこまで来ると突き放せない。

 

「ハァ、取り敢えず頭を上げろ」

 

まずは、事情聴取からだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──というわけなんだ」

 

「えぇ……」

 

こいつの話を纏めるとこうだ。

グレモリー先輩が家や種族の都合で政略結婚させられそう。

    ↓

グレモリー先輩は当然嫌がる。好きな相手と結婚したい。

結婚相手は名家のホストみたいなチャラ男。

さらに嫌がる。体をすりすり触られて最悪な気分。

嫌なら自分達の眷族を使ったゲームで勝負だ!

圧倒的にこちらが力と経験不足かつ人数も心もとない。

今ここ。

 

…あえてもう一度言おう。

 

「えぇ……」

 

「いや二回言わなくてもいいだろ!?」

 

「なんでこんな面倒な話を俺にふってきたんだよ……」

 

正直にいって面倒すぎる。

種族とか、家の都合とか完全に部外者の俺が首を突っ込んだところでどうこうできるレベルの話じゃない。それに……

 

「相手はフェニックスだっけ?元七十二柱の」

 

「ああ、お前も知ってるだろうけど不死身らしい」

 

「えぇ……」

 

「またか!」

 

不死身ですってよ奥さん。そんなの太陽にまで吹っ飛ばさなきゃ無理ですわ。てか、フェニックスって悪魔にもいたのな。七十二柱なんてグレモリーとバアル、キマリスとかグシオン、バルバトス位しかわからない。……あれ、悪魔って意外といるくね?

 

「種族の都合ってなんなんだ?悪魔の駒とやらで悪魔って増やせるんじゃないの?」

 

「悪魔の数は増えていても純血の悪魔が減ってきてそれが危機視されてるんだってさ」

 

「純血?」

 

「書いて字の通り、生まれたときからの悪魔ってことだよ、貴族社会な悪魔の世界ではとても大切なんだとよ」

 

「へえ」

 

悪魔社会って貴族社会でもあるのか。昔から続く高い位の家が純血の悪魔ってことだろうか。

 

「で、レーティングゲームってのに向こうは頭合わせて16人、こっちは6人が参加すると」

 

「ああ、こっちはとにかく人手が足りないんだ」

 

「人手っていうか悪魔手だろ?」

 

「え、ああ、そうだな…」

 

相手は16人、オカルト研究部は6人か。

その戦力差は2倍以上。

 

そしてレーティングゲームは互いの眷属を戦わせる悪魔社会で人気のゲームで色々なルールがあるらしい。チェスの駒を模した悪魔の駒とも連動しているとか。

 

「正直に言って俺が参加してもどうにもならないだろ」

 

敵の人数は俺を入れても2倍以上、しかも敵の頭は不死身ときた。

元々戦う気は薄いが、それを聞いてその薄い気がさらになくなっていく思いだ。

 

「でも、俺はアイツに部長を渡したくないんだ!」

 

「……その目だよ」

 

頼み込んで来たときと同じ、俺を捉えて離さない真っ直ぐな目。

 

「なんなんだ、何がお前をそこまでさせるんだ!?」

 

「…俺は部長が好きだ」

 

またこいつはいきなりそんなことを……。

ほんと、こいつは俺を驚かせることに関しては天才か?

 

「好きだからこそ、あんなホスト野郎に部長を渡したくない。昨日アイツが来た時、部長はすげえアイツのこと嫌がってた」

 

「……」

 

「悪魔社会とか、貴族とかわかんねえけど、でも勝手な都合で嫌な相手と一緒にさせられる部長を俺は放っておけないんだ!!」

 

……遂に言ったか。

お前の本音。きっと昨日の俺も同じような顔をしてたんだろうな。

 

こいつを見てやっとわかったよ。一生懸命ってどういうことなのか。自分がそうなるだけじゃわからなかった。でも一生懸命になるやつを見て初めてわかった。一生懸命になるやつって、こんな顔をするんだな。そして……

 

「…それがお前が一生懸命になる理由か」

 

「ああそうだ!だから頼む!俺に、俺達オカ研に力を貸してくれッ!!」

 

そいつを見ると、周りにいるヤツは応援したくなるんだ。その熱意は人の心を熱くさせ、動かす。どうやら放っておけない性分は、俺も同じらしい。

 

再び兵藤が貫くような視線を俺に向け、答えを待つ。

そして俺は頭をポリポリ掻きながら答えを出した。

 

「……わかったよ、今回だけだ」

 

「…ッ!!やったぁぁ!!」

 

目の前で兵藤が跳び跳ねて喜ぶ。

まだ勝てると決まったわけじゃないのに、全く。

 

「一応聞いておくけどグレモリー先輩に話を通してあるよな?」

 

「あっ」

 

その反応で全てを察した。

また事情説明かよ……。

 

 

 

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

「部長、ただいま戻りましたー」

 

兵藤が扉を開け入るのについていく。

 

「ええ、イッセーと……え!?」

 

部室の奥の机に座り、資料を読んでいた先輩が勢いよく立ち上がる。えらく驚いている様子だ。

 

「紀伊国君…!?なんで君がここに……」

 

「あ、どうも」

 

頭を掻きながら挨拶する。

 

正直に言って気まずい。

先月、勧誘を断るのみならず一方的に話をぶっちぎって出ていったものだからなおさら。

 

「俺がゲームの助っ人になってもらうよう頼んだんです」

 

「っ!?あなたが!?」

 

「バカな俺でもこのままじゃ勝てないってのはわかってます」

 

こいつの目が変わった。俺に頼み込んできた時と同じだ。

 

「イッセー、これはグレモリー家とフェニックス家の問題なの、部外者たる彼を巻き込むなんてもってのほかよ!!」

 

「でも!!…じゃあ部長は負けてもいいっていうんですか?」

 

「!」

 

声を荒げての互いの意見の応酬。

 

おーおー。

目の前で言い争いが始まった。

ピリピリした空気の漂うこの場に居合わせる俺の気まずさがどんどん強くなっていく。

 

「俺は嫌です。負けたら部長だけじゃない、俺たち皆だってきっと後悔する!」

 

「……」

 

「俺は部長の悲しむ姿を見たくない!」

 

「イッセー……」

 

再びまっすぐな思いをぶつける兵藤。

 

今日のこいつかっこよすぎないか?

ワームが擬態した別人だと言われても俺は信じるぞ。

普段変態だのバカだの言われてるとは思えない兵藤の姿がそこにはあった。

 

一呼吸置き、先輩が告げる。

 

「…わかったわ。紀伊国君、あなたの意志はどうなのかしら?」

 

ピリピリとした雰囲気が緩和された矢先、俺に話が振られた。

 

「…俺は戦いたくない、その意思は変わりません。でも」

 

兵藤に視線を一瞬向け言葉を続ける。

 

「一生懸命になってるやつの頼みなら別です。こんなまっすぐな目をしたやつの頼みを無下になんてできませんよ」

 

拳を握り、勇気を出して宣言する。

 

「だから俺は、もう一度だけ戦いの場に戻ります」

 

「…決まりね」

 

紅髪を撫でフッと笑う。

 

「私は今から朱乃と共に冥界へ向かい、姉さまとフェニックス家に話を通してくるわ」

 

先輩が俺に向かって歩を進める。

 

「一時的だけどよろしくね、紀伊国君」

 

微笑む先輩が手を差し出す。

 

「はい」

 

その手をしっかりと握り握手する。

前回は一方的に話を切り上げて帰ってしまったが、今回は違った。

また一つ胸のモヤモヤが晴れていった。

 

「あ、言い忘れてたわ」

 

「?」

 

先輩が何かを思い出したらしい。

……嫌な予感がするのはただの思い違いだと思いたい。

 

「明日からオカルト研究部はレーティングゲームに向けて10日間の強化合宿に行くわ。あなたも参加していきなさい」

 

「えっ」

 

自然と片足が後ずさる。そこへ兵藤がポンと俺の方に手を置き笑顔で告げる。

 

「乗り掛かった舟っていうだろ?一緒に頑張ろうぜ!」

 

もう、どうにでもなれ。

 

 

 

 

 

 




今回はちょっと短めでした。

カウント・ザ・アイコンが今まで全く変わりませんでしたが、そろそろ動きがあります。それも含めて次回の楽しみに。

次回、特訓します。


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第12話 「鍛える合宿」

サブタイトルは響鬼リスペクトですね。

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晴れ渡る空、鳥のさえずり。爽やかな風に揺れる草花。

ピクニックにはもってこいの環境。

 

そんな山道を俺は今……

 

「ぜぇ…ぜぇ…まだか……」

 

リュックを背負い、疲れて悲鳴を上げる脚に鞭を打って歩いていた。

俺の少し前を兵藤が巨大なリュックサック、さらにグレモリー先輩と姫島先輩のものも背負い歩く。

 

さらにその向こうには巨大なリュックサックを背負う木場君と、それ以上に巨大なリュックサックを背負う塔城さん。

 

それを見たときは「何なんだあのサイズは!?」と度肝を抜かれた。

 

そしてその向こうで休憩しているのがお姉さま組。

つまりは俺がこの列の尻尾。

 

「くっそ、まだ遠いな…ん?」

 

前方でバランスを崩した兵藤がリュックサックを背負ったまま転がってくる。

「あああああ!!」と悲鳴を上げながら勢いよく。

 

回避しようにももう限界に達した俺の脚は俺の意志と関係なくひたすら前へと歩みを続けるだけのマシーンと化している。つまり…

 

「来るなぁぁぁぁっ!!」

 

悲鳴を上げるも無残に転がる兵藤に巻き込まれ、二人仲良く転がっていくのであった。

 

「ぎゃああああああっ!!」

 

 

 

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

「着いたわね」

 

たどり着いた目的地はグレモリー家が所有するという山奥の別荘。木造の建築が山奥という要素とベストマッチして落ち着いた雰囲気を出している。俺達は10日間、この別荘を拠点に強化合宿をする。

 

俺達は早速中に入り、着替えのためにそれぞれ散っていく。

 

「俺は…どこで着替えようかな」

 

浴室には木場君が行ったのでどの部屋を使おうかと廊下をウロウロし始める。

そうして後ろを振り返ったとき。

 

「よう」

 

「のわっ!?」

 

突然の出現に驚いた。

 

一昨日、俺が立ち直る切っ掛けを与えてくれた銀髪の少女。

その身に纏うセーラー服のような黒服が相も変わらずのミステリアスな雰囲気を放っている。

 

全く足音も気配もなく現れたそれに心臓がビクンとはねた。

 

「随分とマシな面構えになったのう」

 

「おかげさまでな……てかあんたどこから入ってきたんだよ?」

 

「玄関からに決まっておろう。妾は不審者などではない」

 

「いやどう見ても怪しい雰囲気しかないぞ…」

 

後は赤いスカーフとサングラス、デュエルディスクがあれば完璧だな。この神出鬼没な少女は一体何者なのだろうか。

 

「まあいい、ところで、戦う覚悟は決めたか?」

 

「…いいや、俺は今でも戦いたくない。殺すのも殺されるのも嫌だ、けど…」

 

間を置き、少女の赤い双眸を真っ直ぐに捉えて自分の意思を言葉として紡ぐ。

 

「この合宿とゲームが、俺を変える何かが見つかる切っ掛けになるんじゃないかなと思ってる」

 

「…ほう」

 

「だから今は、この合宿に一生懸命になってみる」

 

それが今の俺の答え。今、俺のやるべきこと。

その答えに、少女はいつもの澄まし顔ではなく、どこか満足気な表情を見せた。

 

「…そうか、今はそれでいい」

 

背を向けると、廊下が向こうへ歩き始めた。

俺はそれを慌てて呼び止めた。

 

「待て、俺はあんたに聞きたいことが山程あるんだ!あんたは何者だ?どうして俺に構う?」

 

俺の言葉に、少女はため息をついて答えた。

 

「…折角じゃ、おぬしの思いに免じて答えてやろう」

 

「……」

 

息を呑んで答えを待つ。

 

「妾がおぬしに構う理由、端的に言うとおぬしを強くしてこちら側に引き入れることじゃ」

 

銀髪を撫でての答えにさらに疑問符が浮かび上がった。

 

「要はスカウトってことか、何のためにだ?」

 

「それは……おっと、ここから先はおぬしが戦う覚悟を決めたときに話そう」

 

「何でだよ、ついでに全部吐いちまえよ」

 

「口の堅さには自信がある、と言ったじゃろう?」

 

またいつもの飄々とした表情でうやむやにされてしまった。

 

「そしてもう一つの質問、妾が何者か…だったかのう」

 

「……」

 

「妾は───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───おぬしと同類じゃよ」

 

「!?」

 

予想外の答えに動揺する。

俺とこの少女が同類……?

 

「おい待て、それってどういう──!?」

 

「紀伊国さん、誰とお話しているんですか?」

 

背後からかけられた声に反応し振り向くとそこにはアルジェントさんがいた。すでに着替えを済ませたらしくジャージ姿でこちらの様子を伺っている。

 

「え、いや、今ここに──!?」

 

再び振り返るがそこには先までいたはずの少女の姿はなかった。

 

「確かに今……」

 

「早くしないと集合に遅れますよ?」

 

「っ!そうだった!」

 

今の今まですっかり着替えのことを忘れていた。

慌てて近くの客間の扉を開け、ジャージに着替える。

 

同類。

 

この言葉が一体何を意味するのか。

今はあれこれ想像するしかなかった。

 

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

別荘近くの林、そこでは塔城さんによる近接戦闘、中でも格闘の特訓が行われていた。そこには当然俺も参加しており……

 

「だぁぁぁっ!!」

 

自らを鼓舞するように叫びながら殴りかかる。

 

「…ふんっ」

 

塔城さんは腰を落として拳を回避、がら空きになった腹にカウンターを叩き込む。

 

「がっ……!?」

 

痛みに耐えきれず空気を吐き出し、その場にうずくまる。

 

「……弱っ」

 

辛辣な一言は俺の心に突き刺さった。

 

「正直に言ってイッセー先輩よりも弱いです、堕天使に勝てたのが不思議なくらいです」

 

「……はぁ…そりゃ、能力と性能でごり押ししてたからね……」

 

力を手にしたものの戦いのイロハを知らずそれを教える人もいなかった。スペクターの力が無ければ俺はただの脆い人間でしかない。

 

スペクターの能力。

ミッテルトやレイナーレとの戦いで気付いたことがある。

俺がヒートアップすればするほどパンチやキックなど、さらにスペックが上がっていくのだ。

 

最初はただ力任せになっているだけかと思っていたが、そうではない。

感情が昂れば昂るほど、スペクターの能力は引き上げられる。

分かりやすく言えば、ブレイドの融合係数のようなものだろうか。

そんな能力が確かに備わっている。

 

「先輩はイッセー先輩とよく似てます」

 

「…俺があいつと?」

 

いつもは無表情な塔城さんが心なしか少し笑っている。

 

「弱っちいのに一生懸命になって挑もうとするところです」

 

「そうか…そうだな」

 

フッと笑い、続ける。

 

「俺はようやく前に進めそうなんだ。そのためには何か一生懸命になれるものが必要だ。そのためなら何事にだって全力でぶつかるさ」

 

痛みも引いてきた。そろそろ特訓を続けなければ。

 

「はぁ…はぁ…」

 

息を整えながら立ち上がる。

 

「もう一発!!」

 

不意打ち気味に放った一撃も片手で受け止められる。

 

「…先輩」

 

「なんだ…」

 

塔城さんは俺の拳を放すと、どくよう手で合図する。

それを見て、俺は横に移動して道を開けた。

 

すると塔城さんは腰を軽く落として真っすぐに正拳突きを放った。

ゴウッと空気が揺れる音がはっきりと聞こえた。

 

「パンチは腰を落として相手の体の中心を狙って、深く的確に打つんです」

 

「…」

 

思いがけない行動と助言に思わず呆けてしまう。が、すぐに正気に戻りにっと笑う。

 

「…はい!師匠!」

 

「…師匠はやめてください」

 

「じゃあ先生!」

 

「それもやめて」

 

「小猫様!」

 

「ふん!」

 

「げばらっ!?」

 

三度目のおふざけで渾身の腹パンを叩き込まれてしまった。

仏の顔も三度。どうやら塔城さんは仏だったらしい。

 

こんな感じで塔城さんとの特訓は続いていったとさ。

 

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

木剣同士がぶつかり、ガッガッと音をたてる。

近接格闘戦の特訓の次は剣の特訓だった。

 

「…だんだん剣の扱いに慣れてきたね、イッセー君よりも落ち着いていていい感じだよ」

 

後ろに跳び退いた木場君から褒め言葉をもらう。

 

「そりゃどうもっ!」

 

事実、ガンガンハンドでの近接戦もしてきたわけだしな。

ドーナシークの光の槍と打ち合ったこともあった。

そう思い出に耽りかける間に木場君が剣を構え直す。

 

「動きはいい、けど……」

 

「!!」

 

木場君が真っ直ぐに跳び一気に距離を詰め、剣を振るう。

反射的に木剣でそれを防ぐ。が、じりじりとつばぜり合う木剣が眉間に迫る。

 

「パワーとスタミナが足りない!」

 

「ぐぐぐっ……!!」

 

言われた通り、俺にはオカルト研究部の面子と比べれば、圧倒的にパワーもスタミナもない。さらには人間と悪魔という種族間の身体能力の差もある。今の俺は神器の力なしでは戦うこともできない。

 

「お…らぁ!」

 

力任せに木剣を横に流し、態勢が崩れた木場君に一撃を入れようとする。

 

「甘いね!」

 

木場君は猛スピードで振り向き様に剣を受け止め、弾く。

俺の木剣が宙を舞い地面に刺さった。

 

「なんだ今の……」

 

「体力が無くなればそれに連動してパワーも自然と出なくなる。テクニックやスピード、パワーも大事だけど戦闘における一番の要はスタミナなんだ」

 

「!」

 

確かに、言われてみればかなり疲労が溜まっていた。

呼吸も荒く、額は汗に濡れていた。

さっきのは俺の体力が減ってパワーが落ちたからいとも容易く剣を弾かれてしまったのか。

 

「それを差し引いても君はいい動きをするよ。もうちょっとしごいてみたくなったよ」

 

「…んじゃ、俺ももうちょっとがんばってみるかな!」

 

再び剣を拾って握り、構える。

この後も、剣を打ち合っては弾かれ、また打ち合った。

 

だが、なんだか悪くない気もした。

戦うことに関わることであっても、こうやって一生懸命に何かと向き合うことが。

 

 

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

「はぁー……ぎもぢいい……」

 

湯気がもくもくと沸き立つ湯槽に浸かり、疲労が声とともに出ていく。

夕飯の後は別荘にある露天風呂で疲れを癒していた。

 

ちなみに夕飯は木場君が道中で採った山菜、近くの川で釣り上げた魚をふんだんに使った料理だった。妙にジャガイモが多かったのが気になったが、満足した。

夜間も特訓があるのでそれに備えて疲れを落とし、栄養を蓄えなければならない。

 

「紀伊国君、おっさんみたいなことを言うね」

 

「俺はおっさんじゃねえ」

 

「ふふっ、ただの比喩だよ」

 

隣で湯に浸かる木場君と語らう。兵藤は……

 

「…でへへ……」

 

覗きの真っ最中だ。男湯と女湯を隔てる壁に耳をあて、声だけでもと一生懸命女湯の様子を伺っている。

 

「イッセー君、やめたほうがいいんじゃ……」

 

「バカヤロウ木場ぁ!そこに女湯があるんなら覗きに行くのが男ってもんだろう!?」

 

「無駄だよ木場君、あいつはああなったら止まらないから」

 

「……そうだね」

 

まあバレたらバレたで塔城さんにぶん殴られるだろう。俺は知らない。てか、風呂に入る前に止めたぞ。それでもやめなかったあいつが悪い。

 

「紀伊国君、折角だし木場君じゃなくて木場でいいよ」

 

「そっか、じゃあこれから木場って呼ぶ」

 

「そんな感じでいいよ、裸の付き合いまでしたんだしね」

 

「そうだなぁ……!」

 

よりリラックスして天井を仰ぐ。

 

「嬉しそうな顔だね」

 

「……今まで一人暮らしだったからな」

 

「…そっか」

 

今まで一人暮らしをしてきたため誰かと夜まで過ごすということがなかった。

なんだか妙に暗い雰囲気になってしまった。一転するために話題を変える。

 

「木場は料理とかできる?」

 

「僕も一人暮らしだから自炊してるよ」

 

「マジか!?今度料理教えてくれよ!」

 

実はこの合宿までの食事をカップ麺がその大半を占めていた。

この成長期にそんな不健康な食生活を続けるのは、健康上非常によくない。

 

次の特訓までの間、楽し気な時間が過ぎていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




一章が暗かったので今回は楽しい感じにしています。

次回は合宿の続きです。


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第13話 「決戦前」

エボル族のトさんじゃなかった。
もしエボルドライバーに他のベストマッチのボトルを挿したらどんな姿になるんでしょうね?

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11.ツタンカーメン
12.ノブナガ





2日目の日が昇りかける早朝、俺は別荘周辺でランニングをしていた。

これもグレモリー先輩から言い渡されたトレーニングメニューの一つである。

 

昨日の夜は本当に大変だった。

 

夜になると悪魔は身体能力がさらに向上するらしく、トレーニングの量が昼と比べて倍以上になった。俺は神器の使用許可がもらえたのでなんとかそれでついていけたのだが。

 

木場のスピードも上がるわ、塔城さんのパワーも上がるわ。

一日目から山場が来たのかと思った。

 

「はぁ…はぁ…」

 

「あら紀伊国君、お疲れ様ですわ」

 

「あ、姫島先輩」

 

背後からの声に止まり、振り向くとそこにはジャージ姿の姫島先輩がいた。

その手には水の入ったボトルが握られている。

 

「どうぞ」

 

「ありがとうございます」

 

ボトルを手渡され、早速水分補給にとあおる。

 

「紀伊国君」

 

「はい?」

 

「実はリアスから紀伊国君の新しいトレーニングメニューに付き合うよう頼まれたの」

 

「新しいトレーニングメニュー?」

 

合宿が始まったのはつい昨日だというのに、なにか修正すべき点でもあったのだろうか。

 

「ええ」

 

出し抜けに姫島先輩が背に悪魔の翼を展開し、飛ぶ。

 

そして、指を天に向けると雷を帯び始める。

そうする先輩の表情は心底楽しそうだ。

 

「うふふふっ」

 

突如として雷が落ち、俺のすぐ隣の地面を焼く。

 

「うぇっ?あの、先輩!?」

 

「私が落とす雷から逃げながらのランニングですわ」

 

今度は目前に雷が落ちた。

そうしてようやく状況を理解した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

逃げねば。

 

「ぎゃああああああっ!!」

 

「さあ、鬼ごっこのはじまりですわ!!」

 

わき目も降らず一目散に先輩に背を向けて走る。

 

ドゴン、ドゴン!と次々に降る雷が森に轟音を轟かす。

雷が響かせる轟音に混じって先輩の楽しそうな笑い声が聞こえる。

 

そういえば合宿に出発する前に兵藤が言ってたな。

 

『朱乃さんはああ見えてドSなんだ』

 

その時はまさかなと軽い気持ちで聞いていたが、まさかこんなところでその一面に出くわすとは。

 

もしかして先輩のガス抜きも兼ねてのトレーニングか?

 

「動きが少し鈍いですわよ!」

 

「ヒィィ!」

 

雷が俺のすぐ背後を焼く。

若干ジャージの背面が熱く、やや焦げ臭いにおいがする。

 

「ご勘弁をぉぉぉぉっ!!」

 

絶叫と轟音と笑い声が、森にこだました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「今日はイッセーとアーシアに悪魔について教えるわ、折角だし紀伊国君も聞いていきなさい」

 

ランニング(地獄の逃走)を終えて別荘に戻ってきた俺は勉強会に参加することになった。疲れたので休憩になるだろうと思い参加した次第である。

 

既にリビングには全員集まり、椅子に腰かけていた。そこに俺も加わる。

 

「まず、私たちが属する神話体系は大きく3つの勢力に別れているわ」

 

ホワイトボードにそれぞれ色が異なる3つの大きな丸が書き込まれる。赤、黒、そして青。

 

「赤が悪魔、黒が堕天使、青が天使ね。これら3つを三大勢力と言うわ。私達悪魔は人間と契約し、欲深い人間の願いを叶え、その代価を貰うわ」

 

やっぱり天使もいるのな。

赤丸の中にさらに4つの赤丸を書き込む。

 

「悪魔は4人の強力な悪魔、四大魔王を頂点にした貴族社会を形成しているわ。他にも私のような七十二柱という家の悪魔も存在するわ」

 

四大魔王、七十二柱か。

いよいよファンタジーっぽくなってきたな。

 

「四大魔王はルシファー様、ベルゼブブ様、レヴィアタン様、アスモデウス様のことよ。これだけは絶対覚えておきなさい」

 

どれも聞いたことのある名前だ。

 

兵藤とアルジェントさんは持参してきたノートに先輩が話したことを必死に書いている。先輩は次に黒丸を棒で指す。

 

「次に堕天使。彼らは元々天使だったのだけれど欲を抱いたがために堕天してしまったの。悪魔を天使よりも敵視する彼らは神の子を見張る者《グリゴリ》という組織を作り、神器を研究してその所有者を監視しているの」

 

欲を抱いた天使か。

 

脳裏にレイナーレの姿が思い浮かぶ。ああいう奴なら堕天しても仕方ない。

あのドーナシークという天使も何かしらの欲があったのだろうか。

 

「グリゴリは総督のアザゼルをリーダーに多数の幹部とその部下の堕天使達で構成されてるわ」

 

幹部の多いと来たら冥府神やホロスコープスを思い出す。あれは両方とも12人だった。

 

「主な幹部の名前は副総督シェムハザ、コカビエル、バラキエル、サハリエル、アルマロス、ベネムエよ」

 

多いし名前も元は天使なのに○○エルじゃないのもいるな。

今度は青丸を指した。

 

「そして最後に天使ね。聖書に記されし神に仕える者達。彼らはキリスト教を通じて世界中に信仰を広めているわ。そして悪魔祓い《エクソシスト》に光の力を与えているの」

 

「悪魔祓い……フリードの野郎か!」

 

「フリードって誰だ?」

 

突然兵藤の口から出た聞き覚えの無い名前について訊ねる。

 

「ん?そっか、あの時はお前いなかったもんな。レイナーレの手下だった銀髪のイカれたエクソシストだよ」

 

「イカれたエクソシストとか絶対会いたくねえな」

 

そして大きな青丸の中に4つの青丸が書きこまれる。

 

「そんな彼らを率いるのが熾天使《セラフ》。そしてそのうちの4人の強大な天使は四大セラフと呼ばれているわ」

 

四大セラフ。

まあ一時期中二病をこじらせた時期のあった俺も聞いたことがある。

 

「四大セラフとは天使長ミカエル、ガブリエル、ウリエル、ラファエルのことよ」

 

アルジェントさんと兵藤がノートに書きこむ。

 

「この三大勢力は過去二度の大戦を起こし、疲弊する結果になったわ」

 

二度の大戦か。第一次、二次世界大戦みたいな感じか?

 

「でも一度目の大戦については全く記録が残っていないの。学者の中にはそもそも二度も大戦は起きていなかったなんて言う人もいるくらいだわ」

 

記録に残らない戦争か。それぞれの勢力にとって隠さなければならない事実でもあるのか?

 

「そして二度目の大戦。この大戦が三大勢力の疲弊を決定的なものにしたの。四大魔王は全滅、四大セラフもうち二名が戦死、堕天使は幹部の多くを失いながら真っ先に戦いから引いていった」

 

赤丸の中の赤丸4つと、青丸野中の青丸2つにバツ印をつけた。

 

「疲弊した三大勢力は休戦し、勢力の回復に努めているけど各地で今も小規模の小競り合いは起こっているの」

 

小競り合い。先月の堕天使との一件のようなものか。

実際はあれよりもっと大人数で血生臭いものになるんだろうな。

 

「以上が軽い悪魔史ね。」

 

ホワイトボードに書かれた図を消していく。

すると今度はアルジェントさんに視線を向ける。

 

「次はアーシア、あなたのエクソシストの知識について教えて頂戴」

 

「はい」

 

皆の視線を集めながらアルジェントさんが席を立ち、前に出る。

 

「それでは私、アーシア・アルジェントが悪魔祓い、エクソシストについてお教えします」

 

パチパチと皆が拍手を鳴らす。緊張しているのかアルジェントさんの動きが硬い。

 

「えっと、エクソシストには二つあって一つはテレビや映画でもあるように神父様が聖書と聖水で人の体に入り込んだ悪魔を追い払うものです」

 

大体エクソシストと言えばそのイメージが強い。いわば表としてのイメージか。

 

「そしてもう一つが天使様の力を借りて悪魔を狩るというものです」

 

そして裏のイメージ。さっきのフリードとか言うのはこの後者に属すると言うわけか。

 

「次に聖書と聖水についてお教えします」

 

アルジェントさんがバッグから水の入った瓶と古めかしい本を取りだす。皆微妙にだが顔をしかめてそれらを見る。俺にはただの水の入った瓶と本にしか見えないが。

 

瓶を手に持ち解説を始める。

 

「まずは聖水ですが、悪魔が触れると大変なことになるので皆さん注意してくださいね」

 

ふと感じた疑問を投げてみる。

 

「それって元シスターのアルジェントさんでも触れないの?」

 

「あっ」

 

悲しげな表情で瓶を見つめ始める。

 

「そうでした……もう聖水に触れません……うぅ……」

 

瓶をテーブルにおき今度は聖書を手に持つ。

 

「んんっ、では気を取り直して、次は聖書です。悪魔になってからは読むだけで頭痛がします……」

 

元シスターであっても悪魔になるとダメになってしまうのか。

 

その後勉強会は午前中ずっと続いた。どうやらアルジェントさんのスイッチが入ったらしく楽しそうに解説してくれた。元々好きなものというのもあるだろう。

 

 

 

「朱乃と紀伊国君は残って頂戴。作戦会議をしたいの」

 

「はい部長」

 

「わかりました」

 

勉強会の終わった後、俺と姫島先輩はそのままリビングに残り作戦会議に突入した。

 

「紀伊国君、おさきに」

 

「待ってるぜ!」

 

「後でたっぷりしごきます」

 

その他のメンバーは各自のトレーニングへと外に出ていった。

もう少しで木場に一撃入れられそうなのに、早く勝負したいと歯噛みする思いだ。

 

「それじゃ、作戦会議を始めるわ」

 

 

 

 

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「はぁ、やっと終わった…」

 

別荘裏の森を眼魂を宙に投げてはキャッチしながら歩く。

 

2時間かけて先輩達との作戦会議が終わり、レーティングゲームで借りることになった4つの眼魂を試してみることにした。

 

改めて借りた4つの眼魂を確認する。

緑色のロビン眼魂、青色のニュートン眼魂、茶色のビリーザキッド眼魂、白色のベンケイ眼魂。

 

ロビンとビリーはオカルト研究部が拾い、ニュートンとベンケイはレイナーレ達が使っていた教会で回収した物だという。

 

「ここら辺でいいかな」

 

森の開けたところで止まり、

腰にゴーストドライバーを出現させ、眼魂を挿入する。

 

〔バッチリミロー!バッチリミロー!]

 

「変身」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

塔城さんとの組手、木場との模擬戦、姫島先輩との地獄のランニング。

 

兵藤は新技を完成させ、俺は作戦に備えて各英雄眼魂を使いこなせるようにしていった。

 

こうして修行は順調に進み、10日間はあっという間に過ぎていった。

 

 

 

 

 

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深夜のもうすぐ日をまたぐ時刻。

俺はオカルト研究部の部室でゲームに備えて待機していた。

それぞれが優雅に紅茶を飲んだり、読書しながら時間を潰している。

 

アルジェントさん以外は皆いつもの学生服を着ていた。

アルジェントさんは初めて会った時に着ていたシスター服だ。

本人曰く、これが一番落ち着くとのこと。

 

木場も塔城さんも、戦闘に備えて脛あてなどを装備している。

ちなみに俺は特に装備しているものはない。

なぜならゲーム中はずっと変身しっぱなしになるからだ。

 

 

 

 

 

ふと二日目の作戦会議を思い出す。

 

『以上が今ゲームの作戦ね、他に意見はないかしら』

 

俺と姫島先輩が首を横に振り、否定の意を示す。

 

この作戦会議で俺はスペクターと英雄眼魂のスペック、能力のすべてを明かした。

びっしりと戦術が書き込まれたノートを片付けながらグレモリー先輩が言う。

 

『紀伊国君、最後にこれだけは言っておくわ』

 

凛とした瞳が俺を捉える。

 

『あなたが勝利のカギよ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(責任重大だなぁ)

 

ソファに座り、相棒ことコブラケータイを撫でながら思う。

相棒は俺の緊張をつゆ知らず嬉しそうにのどを鳴らす。

 

俺の生存に勝利がかかっている。

兵藤の思いに応えるためにも何としてでも作戦を成功させる。

 

決意を固めていると、部屋に描かれた魔方陣が輝き、銀髪のメイドさんが現れる。

グレモリー先輩と同じ様に凛とした雰囲気を放っている。

 

「開始十分前になりました。準備はよろしいですか?」

 

俺も含めて皆が頷く。

するとメイドさんは今度は俺の方を見た。

 

「あなたが助っ人の紀伊国悠さんですね?」

 

「え、あ、はい」

 

歩み寄り、その手に小型の魔方陣を展開した。

 

「これはレーティングゲームでリタイヤ時に発動する転移魔方陣です。これがあれば正式な眷属でなくともゲームに参加できリタイヤ時には医務室に転移されます」

 

俺の手に重ねると、手のひらに吸い込まれるように消えた。

メイドさんは再び皆に向き直った。

 

「時間になると転移魔方陣からゲーム専用のフィールドに転移されます。異空間に作られた使い捨ての戦闘用の空間なので派手に暴れても構いません」

 

空間を作れるのか!?と内心驚く。

悪魔の技術、恐るべしだな。

 

「またフェニックス、グレモリー両家の皆様、さらには魔王ルシファー様も別の場所から中継でゲームをご覧になります」

 

それって俺の顔が悪魔社会に晒されるということだよね?そう思うとより緊張感が増してきた。

ん?ルシファー!?

 

「ちょちょっと待ってください!?俺とんでもないゲームに参加しようとしてるの!?」

 

「まあそうなるわね」

 

グレモリー家ってことは多分グレモリー先輩の両親はもちろんのことさらには伝説の魔王ルシファーまでもが観戦するゲームに出るってのか!?俺聞いてない!

 

「ちなみに部長のお兄さんが魔王ルシファー様だよ」

 

「「はぁぁぁぁぁぁっ!?」」

 

木場ァ!ただでさえ狼狽えてるってときにニコニコ顔でさらに衝撃の事実をカミングアウトするな!てか兵藤も知らなかったのかよ!

 

「ってあれ?先輩のお兄さんがルシファーってことは先輩の本名はリアス・ルシファー・グレモリー?つまりグレモリー家=ルシファー?あれ?」

 

だんだん自分の頭から煙が上がり始める。

兵藤に至っては頭がパンクしたのかもう目を回している。

 

「はぁ…部長のお兄さん、サーゼクス・ルシファー様は亡くなられた四大魔王の役職を継いだ4人の悪魔の一人なんです」

 

ため息を混じりに塔城さんが説明してくれた。

それを聞いてようやく俺と兵藤の頭から上がる煙が消えていった。

 

「「ああ、そういうことか…」」

 

「イッセーさんと紀伊国さんは本当に仲が良いんですね」

 

アルジェントさんが微笑みながら感想を述べる。

 

確かに俺と兵藤の仲はいい。だが俺はバカではない。多分な。

 

その時、「んんっ!」とメイドさんが咳払いする。

 

「時間です、魔方陣に移動してください」

 

気持ちを入れ換え、皆と共にあらかじめ床に描かれた魔方陣に足を踏み入れる。

 

「それでは皆様の健闘を祈ります」

 

その言葉と同時に魔方陣が輝き始める。一瞬宙に浮くようなフワッとした感覚が襲った。

 

ついにここまで来た。

今までの特訓の成果を存分に生かし、必ずオカルト研究部を勝利に導く。それが今の俺が、全力ですべきこと。

 

「───っ」

 

視界が閃光に飲まれる。

いよいよゲームが始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




謎の少女、死んだ四大セラフ、二度の大戦。続々と謎を増やしていくスタイル。今後に向けての伏線も増やしていきます。

アンケートもまだまだやってますので覗いてみてくださいね。

次回、いよいよレーティングゲーム開戦。









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第14話 「森の狙撃手と仁王立ちする豪傑」

 
詰め込んだら長くなりました。
ついに9000文字突破。


Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は……

S.スペクター
3.ロビン(借)
4.ニュートン(借)
5.ビリー・ザ・キッド(借)
7.ベンケイ(借)
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ



「──ん?あれ?」

 

俺は転移した先で首を傾げた。

どう見ても転移した先が部室と同じだったからだ。

 

「まさか転移に失敗した?」

 

正式な眷属でない俺がいたから魔方陣がうまく作動しなかったのか?

兵藤も俺と同じように困惑している。

 

「いえ、外を見てみなさい」

 

言われて俺と兵藤は窓を開け外の様子を伺った。

 

そこには見慣れた駒王学園の姿があった。体育館もグラウンドも全てが同じ。違う点があるとすれば空にはオーロラのような輝くもやがかかっていること、そして学校の敷地が森と山で囲まれていることだ。

 

「悪魔の技術ってすげえな……」

 

「同感だ」

 

二人で驚いていると放送機器から音声が流れ始めた。

 

『皆様、この度は今ゲームの審判役を担うことになりましたグレイフィアでございます』

 

さっきのメイドさんの声だ。……審判役になるなんて本当にただのメイドなのか?

 

『今ゲームのバトルフィールドは異空間に再現された『駒王学園のレプリカ』です』

 

「異空間に作ったレプリカ…」

 

これも魔法の力か。本当に悪魔の力には驚かされる。

 

『両陣営転移された先、リアス様は旧校舎のオカルト研究部部室、ライザー様は本校舎の生徒会室が本陣となります。『昇格』はそれぞれ校舎に足を踏み入れた時点で使用可能になります』

 

生徒会室か。何度か生徒会のメンバーが並んでぞろぞろと校舎内を歩いているのを見たことがあったな。

 

『制限時間は人間界の夜明けまで、それではゲームを開始致します』

 

宣言とともに聞き慣れたチャイムが鳴り響いた。チャイムまで再現してるのかよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まずは体育館を落としましょう」

 

テーブルに広げられた学校全体の地図、それにペンで赤丸をつける。

 

「旧校舎と本校舎、両方に隣接するここを先に落として本校舎への足場にするわ」

 

ここでは魔方陣による転移はリタイヤ時しかできないらしい。

 

移動手段は自分の足か翼。校庭からでも本校舎には行けるが校庭は本校舎から丸見えになっている。ここで一気に校庭を突っ切るのは危険だ。

 

校舎裏の運動場は当然警戒されるだろう。何人かそちらに回されるのは間違いない。

レーティングゲームは戦場をより把握し利用する方が優位に立つ、と先輩は言っていた。

 

「祐斗と小猫は旧校舎付近の森にトラップを、朱乃は霧と幻術をかけて頂戴」

 

「はい部長」

 

3人とも両手に小型の魔方陣を展開すると何かが現れた。

 

塔城さんは猫、木場は小鳥、姫島先輩は2体の小鬼。どれも可愛らしい見た目をしている。

 

「可愛い」

 

思わず声に出してしまった。

 

「使い魔って言うんだ。今度触ってみるかい?」

 

「喜んで!」

 

「即答かよ…」

 

そりゃこんな可愛い生き物とふれ合わない手はないだろう?

 

先輩の視線が俺に向く。

 

「紀伊国君はフィールドを囲む森を経由して大きく迂回しながら本校舎に侵入して頂戴、後は作戦通りよ」

 

「わかりました」

 

学校の敷地の外、町は再現されていない代わりに森で囲まれている。

 

フィールドの端を移動しながらか。距離も相当なものだ。このために地獄のランニングがあったのだろうか。

 

「じゃ行くか」

 

4人で部室をあとにしようとしたとき。

 

「紀伊国!頑張れよ!」

 

「ああ」

 

友達の声援を受けた。

 

(こりゃ頑張るしかないな)

 

そう思いながら部室をあとにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ではここで別れましょう」

 

旧校舎を出てすぐ姫島先輩が言った。

 

「紀伊国君、頑張ってね」

 

「勝ったら打ち上げに来てください」

 

「もちのろんだ」

 

そう返事すると二人は森の中へと歩いて行った。

姫島先輩も小鬼を森に放して幻術をかけに行こうとしたとき、ふと足を止めた。

 

「紀伊国君」

 

「はい」

 

先輩はうふふっと笑って言った。

 

「健闘を祈りますわ」

 

そういって先の二人と同じ様に森の中に消えていった。

 

皆に期待されている。

その分責任も重く緊張するけど、なんだかそのことがたまらなく嬉しかった。

 

「さてと」

 

軽くストレッチして、ドライバーを出現させた。

 

今回の戦いは命の奪い合いじゃない。

あくまでゲームだ。死ぬわけじゃない。

 

そう自分に言い聞かせ、スペクター眼魂を起動させる。

ドライバーに差し込み、カバーを閉じる。

 

〔アーイ!バッチリミロー!バッチリミロー!〕

 

「変身!」

 

レバーを引き、スーツを展開してパーカーゴーストを纏う。

 

〔カイガン!スペクター!レディゴー!覚悟!ド・キ・ド・キ・ゴースト!〕

 

肩を軽く回し、静かに宣言する。

 

「ミッション、開始」

 

 

 

 

 

 

 

 

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「……」

 

森の中は静寂に支配されていた。

校舎の再現度はかなりのものだが森の中で生きる虫やさえずる鳥までは再現されていないため少し違和感を感じる。

 

レーティングゲームは悪魔社会で熱狂的な人気を誇るゲームのこと。上級悪魔が各々の眷属を集め、戦わせる。大体どのゲームも相手の『王』を倒せば勝利となる。それはこのゲームも同じ。そしてそのシステムには『悪魔の駒』が密接に関わっている。

 

『悪魔の駒』の種類は元となったチェスの駒と同じ6つでそれぞれが異なる力を持っている。

 

兵藤の『兵士』は敵陣に踏み込めば『昇格』という力で『王』以外の任意の駒に昇格できその力を発揮できる。

 

アルジェントさんの『僧侶』はその悪魔の魔力を強化する謂わばサポート役。アルジェントさんの持つ神器『聖母の微笑』の回復能力にピッタリだ。

 

木場の『騎士』はスピード強化。さらに木場は自分の意のままに魔剣を作れる神器『魔剣創造《ソード・バース》』を使い様々な状況で立ち回ることができる。

 

塔城さんの『戦車』は攻撃力と防御力を強化する。塔城さんは格闘技だけでなく寝技なども得意としこの駒の特性とベストマッチしている。

 

姫島先輩の『女王』はそれら4つの駒の特性全てを兼ね備えている。

そして皆を率いるグレモリー先輩の『王』。これだけは駒が存在しないらしい。

 

今回のゲームでは助っ人の俺は『戦車』という扱いになる。

まあ『僧侶』よりは自分に合っているだろう。

『兵士』は兵藤を転生させるのに8つの駒をすべて使い切ったらしい。

 

「…あいつ実は相当すごいってことだよな」

 

転生させる対象によっては必要となる駒の数が増えたりするらしい。

兵藤の場合はその身に宿す神滅具がその理由だろう。

 

「……」

 

誰かが来る。足音がゆっくりとだが前方から近づいて来る。

 

霧のなかから姿を現したのはメイド服を着た茶髪の女性。

さっそくお出ましか。駒は一体なんだ?

 

「あなたが噂の助っ人ね?」

 

向こうが訊ねる。

 

「Exactly(その通りでございます)」

 

こちらもガンガンハンドを召喚し、構える。

 

「……」

 

空気がピリピリし始める。訓練ではない、本気でぶつかり合う久しぶりの感覚。

 

「先手必勝!」

 

先に動いたのは向こうだった。手のひらから炎の魔力を射出する。

こちらは銃モードの射撃で難なく相殺する。

 

合宿の中で射撃の練習もしたのだ。

もうとんでもない方向に外したりはしない。

 

「っ!」

 

女が走り出し、俺もその後に続く。

徐々に距離を詰め並走する形になる。

 

「くらえ!」

 

そこから魔力と銃撃の打ち合いが始まる。

 

魔力を打ち落とし、撃ち漏らしたものは体を軽くひねって躱す。

銃撃は魔力で相殺され、突破してきた銃撃は軽やかなジャンプで躱される。

躱された魔力と銃撃は木を穿った。

 

このままでは埒が明かない。

 

ガンガンハンドの『エナジーアイクレスト』をドライバーにかざす。

 

〔ダイカイガン!ガンガンミロー!ガンガンミロー!〕

 

砲口に青い霊力が収束する。

 

「もらった!」

 

動作の隙を狙って放たれた魔力が俺を襲う。

 

ガンガンハンドを盾にして防ぐ。

直後、爆発の衝撃と熱が襲った。

 

「いっつ!でも!」

 

ガンガンハンドを構える。

 

狙いは相手じゃない。相手の数歩前!

 

トリガーを引き、収束した霊力が放たれる。

 

〔オメガスパーク!〕

 

「何!?」

 

俺の狙いに気付いた女は慌てて引き返そうとするがもう遅い。

霊力が着弾した瞬間爆発を起こし、地を吹き飛ばした。

 

「きゃあ!!」

 

衝撃に巻き込まれ、女は転がった。

 

「これで次は外さない」

 

ドライバーから眼魂を引き抜き、緑色の眼魂を起動させ差し込む。

 

〔アーイ!バッチリミロー!バッチリミロー!〕

 

現れたのはフード部分に飾り羽をつけた緑色のパーカーゴースト。

レバーを引きパーカーゴーストを纏う。

 

〔カイガン!ロビンフッド!ハロー!アロー!森で会おう!〕

 

仮面ライダースペクター ロビン魂。

各部に黄色い羽飾りのついた緑色のパーカーの布地『フォレストコート』はステルス機能を備え、肩部の伸縮自在の帯『シャーウッドバンド』は木に巻き付けてトリッキーな動きを可能にする。

 

『ヴァーダントフード』は特殊フィールドを発生させることで分身を生み出し飾り羽の『クレアボヤンスフェザー』は洞察力を高める。顔には緑色の弓矢の模様『フェイスシュートアロー』が浮かび上がっている。

ドライバーから全体的に黒く、刃が青みがかった金属体『クァンタム・ソリッド』で構成された剣、『ガンガンセイバー』を召喚し、折り曲げる。

 

『キィー!』

 

森の闇からコンドル型ガジェット『コンドルデンワー』が飛来し変形してガンガンセイバーと合体する。

翼部は弓に、首は矢のような形となったガンガンセイバー アローモード。

 

「ここは一旦退いて…!」

 

「いいや、ここで終わる」

 

ガンガンセイバーの『エナジーアイクレスト』をドライバーにかざし『アイコンタクト』を行う。

 

〔ダイカイガン!ガンガンミナー!ガンガンミナー!〕

 

緑色の魔方陣が浮かび上がり、弓部に光の弦が出現する。

 

弦の重なる部分に手を添え、力強く引くと同時に魔方陣が霊力となってアローの先端部に宿る。

 

「っ!」

 

相手は逃げ出そうとするがもう遅い。

 

「次は外さないと言った!」

 

〔オメガストライク!〕

 

トリガーを引くとチャージされた霊力が矢となって一直線に標的に向かう。

空を切り、女の腹を射抜いた。

 

「きゃあぁぁぁ!!」

 

倒れざまに光に包まれるとその姿を消した。

 

『ライザー様の『兵士』、リタイヤ』

 

アナウンスが戦場に響いた。

 

「よし」

 

まずは一人。相手は『兵士』だったか。

本陣に入って昇格する前に倒せてよかった。

 

レーティングゲームでは戦闘不能になると強制的に医務室に転移され、治療が行われる。

 

余程のことがない限り死にはしないがもしもの時は事故として扱われる。

そのとき遠くから轟音が鳴り響いた。

 

『ライザー様の『兵士』3名、『戦車』、リタイヤ』

 

どうやら向こうも作戦が成功したようだ。

 

移動時に魔法で体育館を落とす作戦についての連絡を受けていた。

兵藤と塔城さんが敵を何人か誘き寄せ、その間姫島先輩が魔力をチャージする。チャージが終われば二人が体育館から脱出したのを見計らって姫島先輩得意の雷で相手ごと体育館を吹き飛ばす。

 

なんて大胆な作戦だと思った。

『兵士』を一気に3人も落とせた。これはでかい。

アナウンスは続いた。

 

『リアス様の『戦車』、リタイヤ』

 

「まさか塔城さん!?」

 

予想外のアナウンスに衝撃を受ける。

作戦が成功して気の緩んだ所を狙われたか。

 

「…先に進もう」

 

あれこれ考えていても仕方ない。

 

『フォレストコート』の力、ステルス能力を発動する。

自身の姿、エネルギー反応を周囲の物体と同化させる能力である。

この森という環境、そして作戦の内容といいロビン魂のために用意したのかと思うほどピッタリだ。

 

敵討ちのための闘志を静かに燃やした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「やっべ、いるじゃん……」

 

横を見れば木々の隙間からグラウンドが見えるようになった頃、

俺は茂みに隠れていた。外からは派手な剣撃や打撃の音と足音が聞こえてくる。

茂みの隙間から様子を伺う。

 

大剣を背負ったポニーテールの女性が歩いている。

おそらくは『騎士』か。

キョロキョロ辺りを見渡している。

 

(…まさか俺を探しているのか?)

 

未だ姿を現さない助っ人の俺を警戒しているかもしれない。

なら、やることは一つ。

 

(不意打ちの一撃で沈める!)

 

この遠距離狙撃を得意とするロビンフッド魂では接近戦は圧倒的に不利だ。相手が気づいてない内に狙撃で倒す。

 

再びガンガンセイバー アローモードを召喚し、狙撃体勢に移ろうとしたとき……

 

ガサッ

 

「あっ」

 

コンドルデンワーの首『コンバージェンスネック』が茂みに当り、音を立ててしまう。

それと同時に俺も思わず声を漏らしてしまった。

このステルス機能は姿を見えなくするだけであって姿を消すという能力ではない。

 

や ら か し た !

 

「そこかっ!!」

 

気づかない筈もなく女剣士が猛スピードでこちらに突っ込み、振り上げた大剣を叩きつける。

 

俺は咄嗟に後ろに跳び回避する。

さっきまで俺が隠れていた茂みが轟音と共に吹き飛ぶ。

 

(なんてドジだくそ!)

 

内心毒づきながらも跳び退きざまにアローの連射を浴びせる。

連射といっても狙撃向けのアローモードでは大した連射速度ではない。

 

「ぬんっ!」

 

大剣で弾き、そのまま跳び俺を追撃するかに見えた。が

跳ぶことなく真っ直ぐに走っていった。

 

「って着地狩りかよ!?」

 

『騎士』のスピードを生かして俺が着地する場所にいち早く回り込んだのだ。

 

「はぁぁ!」

 

そのまま腕力に物を言わせて大剣を振るい、なすすべもなく俺はバットに打たれたボールのように軽々と吹っ飛ばされた。

 

「がはぁっ!」

 

一気に森を抜けてグラウンドに出たところで土煙を上げながらバウンドして倒れる。

 

「いっててて……」

 

「紀伊国君!?」

 

「紀伊国お前どこにいたんだよ!?」

 

心配してくれる友の声が聞こえた。

 

起き上がってみると向こうも戦闘中のようだ。

ただし、戦況は6対2と圧倒的にこちらが不利。

今しがた7対3になったが。

 

「…よっ」

 

軽く手を振り無事を伝える。森の中から女剣士が姿を現した。

『騎士』の駒はスピード特化だと聞いていたがどうにもこいつはパワー重視の戦闘スタイルを持っているな。なら…

 

「パワーにはパワーだな」

 

ロビン眼魂を取りだし、新たな眼魂を差し込む。

 

〔アーイ!バッチリミロー!バッチリミロー!〕

 

ドライバーから出現したのは白いパーカーゴースト。

レバーを引き、霊力を解放する。

 

〔カイガン!ベンケイ!〕

 

漂う白いパーカーゴーストを纏う。

 

〔兄貴ムキムキ!仁王立ち!〕

 

仮面ライダースペクター ベンケイ魂。

白いパーカーの布地たる『スズカケコート』は受けた衝撃をエネルギーに変換し、ダメージを受ければ受けるほど防御力は増していき、肩部には球体『マイティネンジュ』が取り付けられている。

 

またフード部分の『ソウシュウフード』は変身者の忍耐能力を向上させ、その上には小型の帽子『チュウギノトキン』、顔には弁慶の七つ道具を模した模様『フェイスセブンアームズ』が浮かび上がっている。

 

右手をつきだし、ガンガンセイバー ナギナタモードが召喚される。続いて地面から蜘蛛型のガジェット『クモランタン』が飛び出しナギナタの先端部と合体、ガンガンセイバーをハンマーモードに変形させた。

 

ハンマーを振り回し構える。

 

「さぁ、こい!」

 

俺の言葉を皮切りに、女剣士が真っ直ぐ突撃してくる。

ハンマーで大剣を防御する。それぞれの武器に込められた霊力と魔力が火花となって散る。

 

「ぬぐぐ…はぁっ!」

 

格段に強化されたパワーを以て、拮抗していたハンマーを振り抜き相手の態勢を大きく崩す。

 

「っ!?」

 

「ふん!」

 

一気呵成にハンマーのラッシュを叩き込む。上、右、そして最後に下から。

 

「ぐぁっ!!」

 

放物線を描きながらグラウンドに落下する。

 

「フィニッシュだ」

 

〔ダイカイガン!ガンガンミナー!ガンガンミナー!〕

 

ガンガンセイバーの『エナジークレスト』をドライバーにかざし、

必殺待機状態に入る。白い魔方陣が浮かび上がり、霊力となってハンマーに宿る。

 

ハンマーをぐるぐる回し大きく振り上げ……

 

「はぁぁぁっ!!」

 

〔オメガボンバー!〕

 

一気に振り下ろし、地面に叩きつける。

インパクトと同時に解放された強大な霊力が地を割り、女剣士目掛けて迸る。

 

「あっ……あ…がぁぁぁぁぁっ!!」

 

迸る霊力に飲まれた女剣士は、再び大きく宙を舞った。

間もなく光が女剣士を覆い、その姿を消した。

 

『ライザー様の『騎士』、リタイヤ』

 

戦場にアナウンスが鳴り響いた。

 

「えっと、後はいち、にい、さん……」

 

「シーリス!」

 

「よくも!」

 

残る人数を数えていると、猫耳の二人組、おそらく双子の姉妹か、が飛びかかってきた。

 

「ふんっ!」

 

「きゃあ!」

 

ハンマーを豪快に振るい、その衝撃波で二人を吹き飛ばした。

 

〔Boost!Boost!Boost!〕

 

横で仮面を被った女性と戦闘を繰り広げる兵藤の籠手から音声が鳴り響く。

聞き覚えのあるこの懐かしい声…合宿の時も聞いてまさかとは思っていたがやはり!!

 

「おい兵藤!その声やっぱり立木さんか!?」

 

「立木さんって誰だよ!?ちょっと黙ってろよ!!」

 

兵藤が赤い籠手を突き出し、掌にごく小さな魔力の塊を作り出す。

この流れは強化合宿でも見たことがある。

 

「ドラゴン・ショットォォォ!!!」

 

再び赤い籠手を突き出して魔力の塊を放つ。

一瞬にして、雀の涙ほどだった魔力は膨大な波動と化した。

 

「何!?ぐぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

あっという間に仮面の女性は飲まれ、リタイヤの光に消えた。

波動は止まらずそのまた先の大地、森すら大きく消し飛ばした。

合宿の時は山一つ消し飛ばしかけたが。

 

これが兵藤の編み出した必殺技、ドラゴン・ショット。

手のひらに生み出した魔力の塊を神器の力で倍加させそれを相手にぶつけるという至ってシンプルだが恐ろしい威力を誇る技だ。

 

『ライザー様の『戦車』、リタイヤ』

 

「イザベラまで…」

 

「何なのあの火力!」

 

先の一撃にフェニックス眷属たちは絶句している。

今のうちに森に隠れて作戦を……

 

「逃がすか!」

 

先ほど吹っ飛ばした姉妹の片割れが俺に向かってくる。

これ以上ちんたらすると作戦に支障が出そうだ。

 

「兵藤、木場!あとは任せた!」

 

「わかった!」

 

「おい!もうちょっとここで戦ってくれよ!?」

 

素早くレバーを引き、オメガドライブの力と肩部の『マイティネンジュ』に蓄えられたパワーを拳に集中させる。

 

〔ダイカイガン!ベンケイ!オメガドライブ!〕

 

「チャオ!」

 

拳を地面に叩きつけ、ドゴンと強大な衝撃波とともに大きく土煙が舞い上がる。

 

「きゃぁっ!」

 

距離を詰めかけていた片割れは風にあおられ飛ばされていった。

土煙が晴れる頃には俺の姿はなかった。

 

 

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

「やっとここまで来た……」

 

ロビン魂に再変身しステルス能力を使いながら本校舎の裏手の森を歩く。

グラウンドではまだ戦いの音が聞こえるというのに相も変わらず森は静寂に支配されている。

 

『ライザー様の『兵士』2名、『僧侶』、『騎士』、リタイヤ』

 

おおっ、あいつらやったのか!

だが俺の喜びは次のアナウンスで簡単に打ち砕かれた。

 

『リアス様の『女王』、リタイヤ』

 

グレモリー先輩の女王って……あの姫島先輩が!?

アナウンスはさらに続いた。

 

『リアス様の『騎士』、リタイヤ』

 

今度は木場が……。

 

「くそっ!」

 

悔しさに地面を踏みつける。

 

これで残るメンバーはグレモリー先輩、アルジェントさん、兵藤、そして俺。

敵討ちをしたいという気持ちもある。だがここで俺が作戦を台無しにすれば彼らの思いを無駄にしてしまう。

 

ここは気持ちを抑え、作戦の遂行に徹するのが一番だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここらで待機だな……」

 

身をかがめ、茂みに身を隠す。

 

作戦の第一段階、相手本陣の裏手に侵入はこれで終了。

続く第二段階はグレモリー先輩たちが相手の『王』、ライザーと戦い弱らせるというもの。

 

そして最終段階は弱ったライザーに俺が不意打ちでツタンカーメンの『オメガファング』で奴をピラミッド内の異空間に閉じ込め、相手が音を上げてリザインするのを待つ。どうせ倒せないのなら相手が降参するようにすればいい。

 

相手が不死身で倒せないとしても、やりようはいくらでもある。

例えば宇宙に放逐したり、太陽に吹っ飛ばして死と再生を繰り返させたり。

 

……なんで宇宙関連のアイデアばっかり出るんだろ。本当によく不死身の相手に勝てたよな。某波紋使いも魔法使いも。

 

丁度今、校舎の屋根の上、グレモリー先輩がアルジェントさんを連れてライザーと戦っている。その様子を蝙蝠型ガジェット『バットクロック』が捉えた映像をコブラケータイに送って見る。

 

先輩は既にボロボロで得意の滅びの力を以てしてもやつには及ばない。削りとられた顔が炎を上げて再生する。

 

『部長!兵藤一誠、ただいま参上しました!』

 

屋根裏の窓から元気よく兵藤が現れる。それと同時に先輩とアルジェントさんの歓喜の声も聞こえた。

 

〔Boost!Boost!〕

 

籠手の宝玉が光り、力が倍加する。

 

『部長、俺はバカだから詰みとかわかりません。それでも諦めません。最後の時まで戦い抜いて見せます!』

 

『イッセー!』

 

兵藤が駆け出し、拳をライザーにぶつけようとした瞬間。

 

〔Burst〕

 

聞きなれない音声が鳴ると同時に血反吐を吐きながら兵藤が倒れた。

 

「一体何が……?」

 

『力を倍にする能力なんて負担がそんじょそこらの神器の比じゃないことぐらいわかっていただろうに、バカが!』

 

倒れる兵藤が蹴り飛ばされる。

 

『イッセー!』

 

『イッセーさん!』

 

駆け寄るアルジェントさんの足元に魔方陣が展開した。

直後アルジェントさんが動かなくなった。

 

『アーシア!?』

 

『悪いが回復は封じさせてもらった』

 

ライザーの傍らに杖を持ったローブ姿の女性が妖艶な笑みを浮かべて佇む。

残った『女王』か『僧侶』か。

 

『……まだだ』

 

それでも起き上がり、ライザーに向かう。

ひょろひょろのパンチを放つが、膝蹴りの後、胸ぐらを掴まれ顔面に一発喰らう。

 

『ぐっ……ま…だ』

 

パンチを放つ直前に鋭い拳が兵藤の腹をえぐった。

さらに血反吐を吐き、うずくまる。

 

『かは………ま……だ』

 

その後も何度も立ち上がり続けた。どんなに殴られようと、蹴られようと、血を吐こうと。

 

グレモリー先輩はライザーを止めようと何度も滅びの力を放つがそのたびに何事もなかったかのように再生してしまう。今は兵藤の傷ついた姿にとめどなく涙を流していた。

 

助けたい。

 

そう思う気持ちが増していくのがわかる。だが今ライザーが弱っていない状態で出れば作戦が失敗してしまうかもしれない。そうなればリタイヤしていった皆の思いが浮かばれない。今まで積み重ねたすべてが無駄になる。歯噛みしながら堪える。

 

『貴様!』

 

何度も向かってくるその姿についにライザーの怒りが爆発した。

 

『何なんだ貴様は!?どうして俺にそこまでして歯向かう!?』

 

ライザーの問いに虚ろな目をして答えた。

 

『部…長の……た……め…』

 

『イッセーもういいの!!やめて!!!』

 

「兵藤…!!」

 

ここまで傷ついて、こんな状況に追い詰められてなお先輩のために戦うというのか。

たまらず涙が込み上げてきそうになる。

 

『…もういい。レーティングゲーム中の死は事故として処理される』

 

『まさか!ライザー!』

 

ライザーの拳に今までの攻撃になかった炎が宿る。

 

『そんなに俺の攻撃が好きなら特大のをくれてやる』

 

『やめてライザー!!』

 

ゆっくりと近づくライザー。悲痛な叫びがこだまする。兵藤にもう攻撃をよけるだけの力は残されていなかった。

 

ライザーの拳が上がる。

 

『死ねぇい!!赤龍帝!!!』

 

『イッセー!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

プチン。

 

俺の中で何かが弾けた。

違う。今の俺のすべきことは作戦を成功させることじゃない。

あいつを助けることだ。一体何を我慢する必要があったのか。

 

木場達がいればきっと言うだろう。

「イッセー君を助けよう」と。

 

そこからの俺の行動は自分でも驚くほど早かった。

ガンガンセイバーをドライバーにかざす。

 

〔ダイカイガン!ガンガンミナー!ガンガンミナー!〕

 

アローの先端に緑色の霊力が収束し、手を添えるとコンドルデンワーの翼部に光の弦が出現する。狙いも今までよりも倍以上早く定まった。トリガーを引き、添えた手を離す。

 

〔オメガストライク!〕

 

放たれた矢は空を切り、拳が兵藤にヒットするよりも速くライザーの顔に直撃し爆発を起こした。爆発に巻き込まれた屋根の表面が一部吹き飛ぶ。

 

爆炎が揺らめき、中から不死鳥は現れた。

 

「ぐうぅ!誰だァ!!」

 

不意打ちにご立腹のようだ。おじることなく茂みから姿を現す。

奴もそれに気づいた。

 

すみません、と心の中で先輩に謝る。でも友達がこんなにボロボロになっているのに放っておかない奴はいない!

繰り返させない。俺の目の前で二度もそいつを殺させない!

 

敢然と屋根から見下ろす敵を睨み付ける。

 

「俺の目の前で、それ以上はやらせない!」

 

 

 

 

 




悠の「よっ」は龍騎終盤のライダー達とガゼール軍団の乱戦でファイナルベントに失敗した北岡先生イメージです。

これがしたかった……!スペクターが本編未登場のゴーストチェンジをしまくるその戦闘が!(ブレン風)

極端な話、予算なんてないのでガタキリバやアンダーワールド戦もクロックアップもやりたい放題ですからね。



次回、決着。


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第15話 「荒野のガンマンと重力の究明者」

今作のスペクターのゴーストチェンジは全て二本角、英雄眼魂もスペクター仕様(瞳の色が青みがかっている、二本角)です。
ジーニアスにゴリラモンドと同じ即死機能がついてる……。


Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は……
S.スペクター
3.ロビン(借)
4.ニュートン(借)
5.ビリー・ザ・キッド(借)
7.ベンケイ(借)
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ


「……」

 

俺は見上げる、向こうは見下ろす形で両者がにらみ合う。

 

もう覚悟を決めた。

先輩が追い詰められ、アルジェントさんを封じられた時点で敗色は濃厚となった。

こうなった以上、俺一人で作成を完遂するしかない。

 

成功できる自信はない。

だがここでやらなければ兵藤に顔向けできない。

 

「貴様が助っ人か」

 

「ああ」

 

距離的には校舎裏の森、本校舎の屋根の上と大きく隔たりがあるが側頭部の『フランジクリスタル』のセンサー、向こうは悪魔の聴力でなんとか会話が成り立っている。

 

ライザーはフンと鼻を鳴らし続けた。

 

「こんな状況になって出てくるとは馬鹿だな、大人しくしていれば痛い目に合わずに済んだものを」

 

「そうだな、俺はバカだ」

 

友達がこんなになってから助けに入るなんて最低だ。

 

「でも、お前はもっとバカだよ」

 

「何?」

 

ばっと指指し言う。

 

「頭に来た状態の俺を最後まで残してしまったんだからな!!」

 

再びアローのグリップを握り、射る。

放たれた矢は途中火炎弾に打ち落とされた。

 

「ライザー様、ここは私に任せて『王』を」

 

今まで後ろに控えていたローブ姿の魔法使いがライザーに進言する。

 

「いや、今の状態のリアスのならいつでも倒せる。お前があの人間を倒してからでも遅くはないさ」

 

ライザーがそういって屋根の端に座り、足を組む。

 

「御意」

 

<BGM:闇の戦(仮面ライダーW)>

 

そのセリフを皮切りに魔法使いが悪魔の翼を広げ、前に出る。

杖を向け、火炎弾を放つ。

 

「っ!」

 

慌てて回避する。

ドゴンと音を立てて俺がさっきまでいた森が爆発で吹き飛んだ。

そのまま休む間も与えまいと火炎弾を連射する。

 

「ちぃ!」

 

降り注ぐ火炎弾を躱しながら運動場を駆ける。

 

着弾した火炎弾が爆炎を上げ、グラウンドに穴をあける。

『ヴァーダントフード』の効果で炎に紛れながら分身を生成する。

 

分身で撹乱しながら轟音と爆炎の中、ひたすら本校舎を目指して走る。

 

「うふふふっ!」

 

俺という獲物を狩る妖艶な笑い声が聞こえた。

 

一人、また一人と分身が爆発に消えていく。

時折こちらもアローで火炎弾を打ち落とす。

だが連射性に劣るアローモードでは全てを打ち落としきれず、近くに落ちた火炎弾の炎を浴びる。

 

「あちぃ!」

 

一瞬迎撃の手が緩み、直撃コースの火炎弾の接近を許してしまう。

 

「しまっ!」

 

直後、直撃を受ける。

 

「あああぁぁ!!」

 

衝撃と、高熱がスーツ越しに俺に凶暴なまでに食らいつく。

痛い、熱い。たまらず倒れこむ。

 

「はぁ…はぁ…それでもっ!!」

 

地を踏みしめ立ち上がる。

あいつは最後のその時まで戦い抜くと言った。

なら……

 

「俺が諦めていいわけないよなぁ!」

 

<BGM終了>

 

さらなる眼魂をドライバーに差し込む。

爆炎の中からパーカーゴーストが飛び出す。

 

「何っ!?」

 

相手の驚愕の声が聞こえた。

 

〔アーイ!バッチリミロー!バッチリミロー!〕

 

現れたパーカーゴーストの色は牛革の茶色。

レバーを引きパーカーゴーストを纏う。

 

〔カイガン!ビリー・ザ・キッド!百発百中!ズキューン!バキューン!〕

 

爆炎が霊力の余波に吹き飛ぶ。

 

中から姿を現したのは西洋のガンマンを思わせるシルエットを持つ仮面ライダースペクター ビリー・ザ・キッド魂。

パーカーの布地『ファンニングコート』は軽量かつ防弾性に優れ二の腕や脇には『ライトニングビュレット』が巻かれている。フード部の『ガンショットフード』は特殊な波動で迅速なターゲット捕捉と正確な射撃を可能にしフードに装着されたウェスタン調の帽子『クイックドロウハット』にはビリー・ザ・キッドの戦闘記録が保存されている。『ヴァリアスバイザー』にはリボルバーとマズルフラッシュの模様『フェイスリボルバー』が浮かび上がる。

 

<BGM:英雄(仮面ライダークウガ)>

 

ドライバーからガンガンセイバー ガンモードが召喚される。

さらに『バットクロック』が飛来し、『エアスライサーウィング』を閉じてガンモードに変形すると俺の手に収まる。

 

「乱れ打つぜ」

 

「はぁ!」

 

再び火炎弾を見舞う魔法使い。

 

数は9個か。

 

降り注ぐ火炎弾を俺は二丁の銃をクルクル回し…

 

「はっ!」

 

一発、二発、三発、四発、五発。

神速の早撃ちで放たれた銃弾が宙を駆け、火炎弾に飛び込む。

 

ドドドドドン!!

 

最小限の早撃ちだけですべて爆破せしめる。

弾丸がヒットしなかった火炎弾は誘爆した。

 

爆風で牛革のパーカーがなびいた。

 

「そんな!?」

 

「すげぇ……」

 

我ながら自分のスゴ技が信じられなかった。合宿で使った時は軽くしか使わなかったのでこのレベルの芸当ができるとは思わなかったからだ。

 

ロビンフッドの時も強く感じたが、ビリー・ザ・キッドのゴーストチェンジが一番強く自分の技量の向上を感じた。

 

ゴーストチェンジをするとき、頭に二種類の情報が流れる。

 

一つはそのフォームのスペックや能力に関する情報。

これは別のフォームにチェンジしたり変身解除しても頭の中に残る。

 

もう一つはそのフォームで使う武器や技に関する情報。

英雄達が生前磨き上げてきた武器の扱い方、技術等を一瞬にして習得し、己の物として思うが儘に使うことが出来る。

 

ただしこの情報が頭に残るのはそのフォームでいる間だけ。

例えばスペクターの状態でさっきのようなビリー・ザ・キッドの早撃ちはできない。

 

「くっ…まだ!」

 

魔法使いの杖がきらめき、火種が生まれ再び魔法が放たれようとした瞬間。

 

「ふっ!」

 

その火種を打ち抜く。

魔法は不発に終わり、暴発する。

暴発した魔法の爆発が魔法使いを飲み込んだ。

 

爆炎が晴れ中からこげて黒ずんだ魔法使いが姿を現した。

 

「が…は……!」

 

「最後の一撃をお見舞いしてやる」

 

バットクロックをガンガンセイバーと合体、銃口『ハイブラストバレル』がせり出しガンガンセイバー ライフルモードが完成する。

そのままドライバーにかざす。

 

〔ダイカイガン!ガンガンミナーガンガンミナー!〕

 

砲口に茶色の霊力が集まっていく。

 

さらにコウモリをイメージした形状のグラフィックが出現。

照準が敵に定まる。

 

「くっ、ライザー様の前で負けられない!」

 

向こうも負けじと杖を掲げ、特大の火炎弾を作り出す。

 

「なら、ここはひとつ勝負と洒落こむか」

 

霊力がフルチャージしたのを見て、トリガーを引く。

 

〔オメガインパクト!]

 

チャージされた霊力が大きな光弾となって発射される。

それと同時に向こうも魔力を込めて大きくした火炎弾を放った。

 

「っ!」

 

発射の反動でやや後ろにじりじりと下がった。

 

轟音を立てて光弾と火炎弾がぶつかり合う。

最初は拮抗しているように見えたがすぐに火炎弾が押され始めた。

そのまま一気に火炎弾を押し返し、光弾は一直線に魔法使いへと突き進んでいった。

 

「…申し訳ありません…ライザー様」

 

光弾は真っすぐ魔法使いへと激突し、大爆発を引き起こした。

 

『ライザー様の『女王』、リタイヤ』

 

「ふぃー」

 

<BGM終了>

 

勝利をおさめ、安堵の息をついたとき。

燃え盛る炎が俺に向かって飛来する。

 

「おっと!」

 

慌ててライフルの銃撃でそれを迎撃する。

 

「まさか、ユーベルーナに勝つとはな」

 

烈火の翼をはためかせ、不死鳥が運動場に舞い降りる。

崩れた前髪を払い、続ける。

 

「人間とは言え助っ人に呼ばれるだけの力はあるようだな」

 

「そりゃどうも」

 

俺が戦っている間に落ち着きを取り戻したらしくさっきのような烈火のごとき怒りは感じられない。

 

「ならばこちらも全力で行かせてもらおうかッ!!」

 

ゴウっと音を立て炎が爆ぜた。

ライザーの翼だけでなく全身が赤々と滾る炎に包まれた。

 

「行くぞ、人間っ!」

 

炎が眼前に迫る。

 

顔面に向けて突き出された拳を右腕で殴ってそらし、すかさず左手に持つバットクロックの銃撃を浴びせる。腹に穴が開くが燃え盛る炎が穴を埋め、元の状態に戻す。

 

「だめか!」

 

一瞬触れただけでもスーツ越しに感じる熱。

生身であればただでは済まなかったのは明らかだ。

 

左手で振り払うようにライザーの顔面を殴りつける。

よろめきながらもライザーは左手に蓄えた炎を炸裂させる。

 

「がはっ!?」

 

吹き飛ばされ転び、仮面の下で血を吐く。

 

至近距離の炎の一撃。胸が熱い。おそらくやけどしたのだろう。

スーツ越しにやけどさせる炎に舌を巻いた。

 

これがフェニックス。

不死身だけが彼の取り柄ではない。

 

「はぁ…はぁ…」

 

「さっきの一撃は中々力を込めたのだがな」

 

ふらふらしながらもなんとか立ち上がる。

向こうはまだ余力を残しているらしく首をこきこきと鳴らしていた。

 

ふと奴の顔を見て鼻血が流れているのを認めた。

 

(鼻血?)

 

不死身なのに鼻血。

そうか。

 

(ダメージは一応通っているのか!)

 

少しばかりだが希望は見えた。

一撃一撃を入れていくだけではすぐに帳消しにされてしまう。なら。

 

咄嗟に思いついたライザーを弱らせる作戦、その1。

ガンガンセイバーをドライバーにかざし、霊力をチャージし始める。

 

〔ダイカイガン!〕

 

同様にバットクロックもチャージを開始する。

くるくると二丁の銃を構え、トリガーを引く。

 

まずは再生する暇も与えない連続攻撃!

 

〔オメガシュート!〕

 

<BGM:FIGHT(機動戦士ガンダムOO)>

 

銃口に滾る霊力が高速で連射される。

 

空を切る無数の弾丸が凄まじい勢いでライザーに無数の穴をあけ爆発を起こす。

ドドドドと爆音が大気を揺らす。

 

「無駄だと学習しないのか?」

 

炎の中から声が聞こえた。

 

「そんなことは承知の上っ!」

 

爆発が消えるよりも素早く眼魂を変えゴーストチェンジする。

 

〔カイガン!ノブナガ!我の生き様!桶狭間!〕

 

紫色を基に金色を差し色に使ったノブナガ魂。

召喚されたガンガンハンドを先と同じ様にドライバーにかざす。

 

〔ダイカイガン!ガンガンミロー!ガンガンミロー!〕

 

周囲にガンモードの幻影が大量に顕現する。

ずらりと規則正しく並び、そのどれもが銃口に霊力の光をともしている。

 

「Fire!」

 

〔オメガスパーク!〕

 

引き金を引いた瞬間、銃撃が一斉に放たれる。

晴れぬ爆発の上にさらに銃撃が飛び込み、爆発を起こした。

今度は大気だけでなく地面も揺れた。

 

「何度言ったらわかるのだ!貴様の攻撃はフェニックスの不死の前には無力!!」

 

奴の言葉に耳を貸さず次の段階へ移る。

 

新たに取り出した眼魂を差し込み、青いダウンジャケットのパーカーゴーストが出現した。

 

素早くレバーを引き、パーカーゴーストを着る。

 

〔カイガン!ニュートン!リンゴが落下!引き寄せまっか!〕

 

仮面ライダースペクター ニュートン魂。

青いパーカーの布地『グラビテーションコート』に搭載された重力制御装置は自身や周囲の物体にかかる重力をコントロールし、腕部の装置『フォースアンプリファー』は両腕の球状のグローブに『フォースフィールド』の形成に必要なエネルギーを供給する。

 

『ディスカバリーフード』は重力、エネルギーの変化を観測し、顔の『ヴァリアスバイザー』には落下するリンゴの模様『フェイスフォールアップル』が浮かび上がっている。

 

おもむろに左手を突きだし、球状のグローブ『アトラクショングローブ』を起動させる。瞬間、『フォースフィールド』が形成。

引力をつかさどるフィールドが、爆発を消し中にいたライザーを俺に向けて引き寄せ始める。

 

「な、なんだこれは…引き寄せられて!?」

 

そうはさせまいと踏ん張るライザー。

しかし抵抗もむなしく一瞬フワッと浮くと真っすぐに勢いよく引き寄せられてしまう。

 

今度は左手を引っ込め右手を突き出す。『リパルショングローブ』が起動し斥力をつかさどる『フォースフィールド』が形成される。

 

「それっ」

 

「ぬあっ!!」

 

勢いよく引き寄せられていたライザーが勢いよく吹っ飛ばされた。

校舎の壁に叩きつけられる。

 

「まだまだぁ!」

 

「ぐあっ!」

 

再び引き寄せ、吹っ飛ばす。

初撃では大きくヒビが入っただけだった壁が今度こそガラガラと音を立てて破壊された。

 

まだ終わらない。

 

引き寄せ、飛ばし、引き寄せ、飛ばし、引き寄せ飛ばす。

 

「ぐっ…がっ!」

 

何度も校舎内の扉やら壁に叩きつけられついに血反吐を吐いた。

間違いなく効いている。

 

「先輩!兵藤を連れて校舎から離れてください!!」

 

大声でそう指示し、ドライバーのレバーを引く。

 

〔ダイカイガン!ニュートン!〕

 

全身の霊力が一気に増幅し両手のグローブに集中する。

先輩が翼を広げて退避したのを見計らって右手を地面に当てる。

 

ゴゴゴゴ…

 

大地が突然震動し始める。

 

すると、校舎がガラガラと音を立ててゆっくりと浮き始めた。

振動に窓ガラスが割れていくのが見えた。

 

「何だと!?」

 

ライザーもあまりの光景にただ驚愕の声を出すほかなかった。

そのまま校舎を宙に静止させると、運動場に倒れるライザーに斥力の右手を向けた。

 

〔オメガドライブ!〕

 

斥力を一気に解放し今まで以上の猛烈なスピードでライザーが吹っ飛んだ。

同時に宙に浮かせていた校舎が斥力を失い落下を始める。

 

「ぶっ潰れろぉ!」

 

「!!」

 

自分の周囲が突然暗くなったことに気付いたライザーが上空を見上げた瞬間にはすでに校舎が眼前に迫り、

 

ドォーーーン!!

 

激突しとてつもない爆音と爆風を巻き上げた。猛烈な風がすぐさま襲いかかった。

 

「ぐぅぅ……!!」

 

立っているのがやっとの状態。視界は舞い上がった土煙で完全に塞がれた。

それをこらえること暫し。

 

〈BGM終了〉

 

 

 

 

 

「……これはひどい」

 

眼前に広がる光景。

レプリカとは言え普段通う学舎が大きな瓦礫の山と化していた。

 

自分で言うのもなんだがこれはひどい。

 

「紀伊国君!」

 

先輩が紅髪を揺らしながら隣に着地する。

 

…兵藤がお姫様抱っこされてる。普通は逆だろう。だが状況が状況だし背に背負っていたら飛ぶのに邪魔になる。

 

「イッセーを助けてくれてありがとう。あなた本当にすごいわね」

 

「いいんです。俺はもっと早く助けに入るべきだった」

 

もっと早く介入すれば兵藤をこんな目に合わせることはなかった。

その後悔が俺の胸中に渦を巻く。

 

「…それより、ライザーはどこです?アナウンスが流れないということはまだ……」

 

「そうね。不死身とはいえここまでされたら流石のライザーもただでは済まないでしょうね」

 

先輩が兵藤を横たわらせ、ライザーの捜索を開始する。

ガジェット達も総動員させてことに当たる。

 

「…俺を見くびった結果がこれか、ざまあないな」

 

呟くと突然瓦礫の山の一点が動いた。

その中から現れたのは……

 

「はぁ……はぁ……貴様……」

 

ライザー・フェニックス。

金髪はボサボサになり、勇ましい顔立ちが苦痛に歪み、整った服はボロボロ。

全身血塗れの状態だった。

 

そんな状態で立ち上がるが、すぐに膝をついた。

 

「ライザー…!」

 

「先輩、例の作戦を完遂します。念のため足止めをお願いします」

 

「わかったわ」

 

先輩が両手に紅い魔力を滾らせる。

が、しぼむ風船の如く小さくなっていき、しまいには消えてしまった。

 

「魔力切れ…!」

 

〔カイガン!ツタンカーメン!ピラミッドは三角!王家の資格!〕

 

その間にツタンカーメン魂にゴーストチェンジし鎌をドライバーにかざす。

 

〔ダイカイガン!ガンガンミロー!ガンガンミロー!〕

 

きらめく刃が青い霊力を纏う。

 

「これで終わりだぁぁ!!」

 

鎌を振るうその瞬間。

空から何かが飛来する。

 

「兄様にこれ以上手出しはさせません!!」

 

「レイヴェル!」

 

炎の翼を生やした金髪のドレス姿の少女が立ちはだかる。

おそらく残りの『僧侶』か。

 

それを見た一瞬、今はもう思い出の中にしか存在しない人物と顔が被って見えた。

 

「凛……」

 

昂っていた戦意が一瞬鈍った。

 

「どけレイヴェル!!」

 

「きゃあっ!」

 

少女の後ろで片膝をついていたライザーが出し抜けに立ち上がり、少女をはねのけた。

 

「レイヴェルに…」

 

燃え盛る拳を構え、真っすぐに突き出した。

 

「手出しはさせんっ!!」

 

「ッ……!!」

 

拳打が俺の腹に深く突き刺さる。えぐるような激痛と灼熱が腹に食らいついた。

衝撃に視界と意識がぐらつく。

 

「ぬうっ!!」

 

炎の拳を振りぬき、真っすぐに吹っ飛ばされる。

何度かバウンドしたのち大の字になって倒れこんだ。

 

意識が、遠のく。

そして視界が暗くなって……

 

「か…ぁ……」

 

〔オヤスミー〕

 

『リアス様の『戦車』、リタイヤ』

 

最後に聞いたのは自身の敗北を伝えるアナウンスだった。

 

 

 

 




ニュートンマジやべぇ(語彙力)

レーティングゲーム、原作を見直したりアニメを見直したりスペクターの設定を見直したりと大変でしたが書いててすごく楽しかったです。
国際大会編までやってみたいですね。
その時はどんなメンバーになるのか。

次回、第二章最終回。











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第16話 「戦闘校舎のフェニックス」

ついに第二章最終回です。


Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は……
S.スペクター
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ

その他眼魂は返却。


「…負けた」

 

何度目になるだろうか。夜の自室に呟いた声が響く。

 

あの後俺は医務室に転移され治療を受けた。

そうして目を覚ましたら、同じく治療を受けていた塔城さんにゲームの敗北を知らされた。

 

あの時こうしていたらと幾つものIFが脳内に浮かび上がる。

あの時こうしていたら、もっと優位に立ち回れたかもしれない、リタイヤする仲間の数を減らせたかもしれない。

 

何度そう思えど結果は変わらない。だが無駄だとわかっていてもそうしてしまう。

それほど後悔は根強いものだった。

 

ベッドに横になり、両手を組んでその上に頭をのせる俺は無意味に天井を眺める。

今頃先輩はライザーとの婚約パーティーにいるのだろう。

 

望まぬ結果、望まぬ結婚。

 

兵藤は今、何を思っているだろうか。

きっと俺以上に己の無力さと後悔に苛まれているに違いない。

あいつが一番先輩の身を心配していたから。

 

その時、部屋の隅に魔方陣が展開する。

光が弾け、そこに現れたのは意外な人物。

 

「夜分遅くに失礼いたします」

 

恭しく頭を下げる、メイドのグレイフィアさんだった。

 

「…確か、先輩の家のメイドさんなんですよね?こんなところにいていいんですか?」

 

ゲームも終わり、俺と関わる理由はないと思っていたのだが。

 

「ここに来ているのはもっと上の方からの命令です」

 

「上?」

 

思わぬ返答に質問を重ねる。

 

「ええ、魔王様です」

 

「え」

 

さらに続く思わぬ返答に今度はガタっと音を立ててベッドから立ち上がる。

 

「魔王ルシファー様があなたと直接お話がしたいので連れて来てほしい、という命令です」

 

 

 

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲

 

 

 

 

「ここです」

 

自室から魔方陣で転移した先は西洋調の大きな建物、その中にある扉の前だった。

近くに窓がなく外観は見ていないが廊下の内装、天井の高さ、そして広さからしてそうなのだと推測した。

 

グレイフィアさんが扉をノックすると中から「入りたまえ」という声が聞こえ、それからゆっくりドアを開けた。

 

そこはベランダ付きの豪華な部屋。いかにも高価な絨毯、ソファ、絵画などのインテリアがここはVIP待遇の者のための部屋であることを思わせる。

そんな部屋の奥の窓から外を眺める人物がこっちへ振り向く。

 

荘厳なローブを身に纏う紅髪の男。整った顔立ちとあいまって悪魔的な魅力を放つ。

あの髪と同じ色をした髪の持ち主を俺は知っている。

 

「初めましてだね、紀伊国悠君。私はサーゼクス・ルシファー。魔王をやっている」

 

こちらに歩み寄り、手を差し出した。向こうは穏やかな笑みを浮かべる。俺はそれに緊張しながらも握手で応じる。

 

「ど、どうも……」

 

「ははっ、そう緊張しなくてもいい。とりあえずはそこのソファに腰掛けてくれ」

 

言葉に甘えて、目をぱちくりさせながら座る。

 

……なんか俺が思ってたイメージと全然違うぞ。ちょっと変な態度とるだけで直ぐ首をはねるようなめちゃくちゃ怖い人だと思っていたのだが。あと声があの人じゃないか。「バグルアップ!」とか「今こそ時は極まれり!」とかいう人だ。

 

「まずは一言、礼を言わせてくれ」

 

「礼、ですか」

 

グレイフィアさんがソーサーに乗せたカップを持ってくる。

ルシファーさんはカップに入った紅茶を口につけて続ける。

 

「ああ、先の一戦観させて貰ったよ。リアスを助けてくれてありがとう」

 

「…いえ、結果的には負けてしまいましたし、助けたというにはとても……」

 

こちらも紅茶を飲み、緊張で渇いた喉を潤す。

本当に先輩の兄さんって魔王だったんだな。

 

俺の謙遜にルシファーさんは疑問をぶつける。

 

「リアスの結婚の事を気にしているのかい?」

 

「はい、俺以上に兵藤がショックを受けるでしょうし……」

 

俺以上に先輩の身を案じていた兵藤だ。あいつのショックは計り知れない。

 

「ふふ、その事については心配ない。直に楽しいことが起こる」

 

「…?」

 

楽しいこと?

 

それについて聞こうとする前に話題は変えられた。

 

「もしよければリアスの眷属になってはくれないだろうか?これからも君の力を役立ててほしい」

 

魔王からの頼み。俺は慎重に言葉を選び否の意志を示す。

 

「あ、あの…ゲームの時はああでしたけど、本当は戦いたくないんです。俺の力が人を傷つけ、あまつさえ殺してしまう。命の責任を俺はもう背負いきれません」

 

魔王の前で戦いたくないとか何言ってるんだと言われそうだが、下手に嘘をついたらそれこそ大変な目に合いそうだ。だから俺は本心を話すことにした。

 

「力、か」

 

一呼吸置いてルシファーさんは俺に訊ねる。

 

「紀伊国君、君は自分の力と向き合ったことはあるか?」

 

「力と向き合う……」

 

その質問に俺はすぐ答えを返すことが出来なかった。

 

「そうだ、力にはそれ相応の責任というものが伴う。私は生まれ持った強大な力の責任を感じ、それを戦うだけでなく皆の役にたてようと思い魔王になった」

 

それを語るルシファーさんの声には重みがあった。魔王としての責任と覚悟という他者には推し量ることのできないほど深く、強い重さ。

 

「力そのものに善悪はない。大事なのはそれをどう使うかだ。私には君が自分の力に怯えているように見える」

 

「俺が怯えている?」

 

ルシファーさんの言葉に疑問で返してしまう。

 

俺が怯えている、か。言われてみればそうだったかもしれない。憧れた力で敵を殺し、それが自分にとって過ぎたものではないかと思うようになってしまった。俺は自分の力に怯えて逃げていたのだ。

 

「…そっか、ようやくわかりました」

 

「…」

 

「…俺は怖かったんです。この力で相手を傷つければ傷つけるほど大切な物を失うような気がして、大好きな日常からどんどん遠ざかっていくような気がしてたんです」

 

「そうか…」

 

うつむき気味に弱々しく、胸のつっかえを吐き出すような声で自分の思いを紡いだ。

 

「大丈夫だ。君が君の意志をしっかり持っている限り、君の大切なものは失われない。君の優しさもね」

 

俺の吐露をルシファーさんは優しく包み込むような声で受け止めてくれた。

 

「君の力は壊すだけじゃない。君の大切なものを守るためにも使えるはずだ。そのことをよく覚えておいてほしい」

 

守るための力。俺にそのために力を使うことが出来るだろうか。

 

「…ふふっ」

 

「何かおかしなことでもあったかい?」

 

思わず出てしまった笑いの訳をルシファーさんが訊ねた。

 

「いや、イメージと全然違う本当に優しい魔王さんだなと思って」

 

「ハハハ!よくそう言われるよ。優しいと言われて悪い気はしないね」

 

朗らかに笑って見せるルシファーさん。

 

「ありがとうございます。色々とためになりました」

 

「ああ。じっくり考えて、君だけの『答え』を見つけてくれ」

 

話が一段落した所で耳に小型の魔方陣を展開し、何かの連絡を受けたグレイフィアさんがルシファーさんに報告する。

 

「サーゼクス様、パーティー会場で動きがあったそうです」

 

「そうか」

 

ルシファーさんが立ち上がると、俺に言葉を投げ掛けた。

 

「折角だ、君もついてくるといい」

 

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

コツコツという足音が廊下に響く。

 

(やべぇ……魔王と一緒に歩いてるよ…)

 

こんなことになるなんて前世では考えたこともなかった。

というか誰が考えつくだろうか。

 

一際豪華な装飾の施された扉の前で立ち止まった。獣の彫り物が目を引く扉だ。

扉越しに金属がぶつかり合う音や打撃音、叫び声が聞こえてくる。

 

……悪魔のパーティー、怖すぎる。

 

そんな音を気にすることなく堂々とルシファーさんが開ける。

 

パーティー会場の様子は着飾った大勢の悪魔が談笑…ではなく鎧を着た衛兵が誰かと戦い、貴族の集まるであろうこの場には似合わぬ学生服を着た兵藤が会場の注目を集めているというものだった。

 

よく見れば衛兵と戦ってるのって姫島先輩達だ。

 

荒れた会場にいるざわつく貴族たちの視線は今度はルシファーさんに向けられた。

 

「サ、サーゼクス様!今すぐ彼を追い出しますので」

 

「彼は私が余興に呼んだのですよ」

 

「サーゼクス様!?」

 

驚く貴族たちの視線は次に俺に向けられる。

 

「な、何故人間がサーゼクス様と!?」

 

「…どうも」

 

貴族たちに軽く会釈する。

 

皆が俺を見てる。兵藤と同レベルに場違い感がすごい。早く帰りたい…。

 

「紀伊国ぃ!?お前も来たのかよ!!」

 

「おう兵藤。お前と同じでルシファーさんに呼ばれたんだよ」

 

「何だと!?」

 

兵藤に軽く手を振り反応を返す。

俺の言葉に驚いたのは兵藤だけでなく貴族たちもだった。

 

「サーゼクス様!なぜこのような者たちを!!」

 

「リアスの助っ人をしてくれた紀伊国君とは話をしてみたくて、兵藤一誠君にはドラゴンの力を見せてほしくて呼んだのですよ」

 

ルシファーさんは皆に問うた。

 

「婚約パーティーに参加の皆様、ここはひとつ余興としてドラゴン対フェニックスの戦いを行うというのはどうだろうか?」

 

再び貴族たちがざわつき始め、眉をひそめたライザーが前に出る。

以前のようなスーツ姿ではなくタキシード姿だ。

 

「もしやサーゼクス様は先のゲームに不満がおありで?」

 

「いやいや、先のゲームは素晴らしいものだったよ。ゲーム経験の豊富な君を相手にするリアスには少しハンデがあったとは思うがね」

 

赤いドレスに身を包むグレモリー先輩に視線をやり、続ける。

 

「私はかわいい妹の晴れ舞台を素晴らしいものにしたい。それを盛り上げるのに伝説の生物同士の戦いに勝るものはないと思うのだよ」

 

ルシファーさんが皆を見渡す。

 

「何か異議のあるものはいるかね?」

 

皆が静まり返る。誰も提案に反対するものはいなかった。

 

「皆の了承は得た。あとは君たち次第だ」

 

「…わかりました。このライザーが身を固める前の最後の炎をお見せするとしましょう!」

 

戦意を滾らせるライザー。ルシファーさんが兵藤に向き直る。

 

「兵藤一誠君。君が勝てば望むものをあげよう。大金、美女、爵位…なんでもいい。君は何を望む?」

 

迷うことなく、兵藤は答えた。

 

「部長を、リアス・グレモリー様を返してください」

 

「決まりだね。グレイフィア、転移の準備を」

 

「はい」

 

兵藤の正直な答えにルシファーさんは満足げに口角を上げた。

 

今まで隣に控えていたグレイフィアさんが前に出て魔方陣を展開する。

会場の中央に用意された魔方陣に両者が足を踏み入れる。

 

兵藤が先輩の方へ振り向いた。

 

「部長!必ず勝ってきます!」

 

そういって、転移の光に消えていった。

 

 

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

「今日は夜分遅くに呼び出してすまなかったね」

 

夜風に髪をなびかせながらルシファーさんが言った。

パーティー会場のある建物のベランダ。そこで俺はグレイフィアさんの帰りの転移用魔方陣の完成を待っていた。

 

決闘は兵藤の勝利に終わった。

 

開幕に兵藤がかましたのは神器の極致、『禁手』だった。

歴史上でもそれに目覚めた者はほとんどいないという、神器をパワーアップさせるシステム。神器でも強力な神滅具の禁手は脅威となるだろう。

 

だが目覚めて1か月ちょっとの兵藤がその力を振るえるのは10秒間だけ。しかも籠手に宿る伝説のドラゴンに左腕を差し出してだ。

 

その間ライザーと互角に渡り合い、悪魔でなくドラゴンの腕となった左手に聖水と十字架の効果を合わせての打撃。不死鳥といえども悪魔である以上、聖なる力には抗えずそれが決定打となり、不死鳥を沈める結果に至った。

 

「君は冥界は初めてかい?」

 

「冥界?……あ、そっか」

 

先輩は悪魔と堕天使は冥界に住んでいると言っていた。だとすれば悪魔の名家の婚約パーティーが行われるこの場所が冥界でないはずがない。

 

改めてベランダから外の景色を見渡す。夜なので暗いが、ポツポツと街につく明かりが照らす様相は中世ヨーロッパのような煉瓦造りの街だった。

 

「こういうのを見るの、すごい新鮮に感じます」

 

「冥界は魔法や魔力があるぶん人間ほど機械の技術は使われていないからね」

 

ルシファーさんが手元に小型の魔方陣を展開し、何かを召喚する。

 

「紀伊国君、これは土産だ」

 

そう言って手渡されたのは見慣れたシルエットを持つ群青色のアイテム。

 

「英雄眼魂…」

 

「君の『答え』に役立ててくれると嬉しいよ」

 

優しく微笑むルシファーさん。もうこの人には頭が上がらないな。

 

「転移の準備が整いました」

 

「そうか、お別れの時間だね」

 

魔方陣へと歩を進め、ルシファーさんとグレイフィアさんに向き直る。

そして深々と頭を下げた。

 

「今日はありがとうございました。ルシファーさんの言う『答え』、きっと見つけてみせます」

 

精一杯の感謝の言葉。それにルシファーさんとグレイフィアさんは優しく微笑んだ。

 

「次に会うときは、ルシファーさんではなくサーゼクスさんと呼んでくれ」

 

「はい!」

 

宙にフワッと浮く感覚。視界が白く染まり、俺は冥界から姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

視界から白が消えるとそこには変わらぬ自室の光景があった。

綺麗に本が収められた本棚、解きかけの教材が置かれた勉強机。

外からは虫の声が聞こえてくる。

 

ふと兵藤の決闘を見ていたときのことを思い出した。

 

 

 

 

 

『ゲームの最後の時も、このパーティーの時もお前は部長を泣かせた!!お前を殴る理由はそれで十分だッ!!!』

 

『禁手』の効果が切れ、元の制服姿を晒す兵藤が拳を構える。

 

十字架を握る籠手に聖水をかけて能力を発動して聖なる力を倍増させる。

ライザーは戦いの最中、兵藤が籠手の力で倍増させた聖水をかけられ大ダメージを受けていた。

 

息も絶え絶えのライザーに渾身の拳打を打ち込んだ。

 

『紀伊国君、今の彼の姿こそ何かを守りたいという思いだ』

 

『守る…』

 

どれほど炎に焼かれようとも、殴られようとも一歩も引かなかったその姿。

その姿に会場の誰もが目を奪われている。

 

『ああ。ある意味、君が求める『答え』の一つかもしれない。その目に焼き付けておくといい』

 

 

 

 

 

 

「俺もあいつみたいに守れるのかな」

 

大切なものを、あいつのように一生懸命に守ることができるだろうか。

 

少しだが、俺はあいつの一生懸命な姿に憧れた。変態でバカなのにあいつは愚直で諦めない奴だ。俺もあいつのようにこの日常を…

 

「…喉が渇いたな」

 

そう言って扉を開けて、廊下に出る。

たまたま窓から外を眺めると家の駐車場に見知らぬ影を見かける。

 

「…なんだあれ」

 

気になる俺は階段を急いで下り、玄関を開けて確認しに駐車場に向かう。

涼し気な夜風が吹き付ける。

 

街灯が駐車場を照らし出し、その正体を明らかにした。

 

そこで見かけた影の正体は群青色のバイクだった。

フロントカウルには二本の角と随所に散りばめられた鎖の装飾。

 

俺はこのバイクを知っている。

 

「マシンフーディー……!」

 

それがこのバイクの名前。

特撮ドラマ『仮面ライダーゴースト』にて仮面ライダースペクターの愛車だったバイク。

 

「やっぱかっこいいな!」

 

ライダーのバイクなんて生で初めて見た。

その感動に夜なのに興奮した。

 

ちょっと乗ってみるかと思いバイクに跨がる。

 

「あ」

 

その時気づいてしまったのだ。自分が今大事なものを持っていないということに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺、バイクの免許持ってない……」

 

 

 

 

 

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

ここは悠達が暮らす世界から限りなく遠く限りなく近い空間にポツンと存在する部屋。

 

内装は一見ただの庶民的な家の物と変わらないように見えるが随所にはオーバーテクノロジーが使われており、その中に存在する部屋のいくつかは近未来的な内装を持っている。

 

そしてその部屋の一つに通ずるドアをサイバースーツを身にまとう青髪の少女が開ける。

 

「──様、只今帰還しました」

 

「──か、ご苦労じゃったな」

 

コンピューターと向き合って作業していた銀髪の少女が作業を中断し、顔を青髪の少女へと向ける。

 

「して、収穫は?」

 

「ありませんでした。申し訳ありません、私の力が及ばないばかりに……」

 

心苦しい表情で青髪の少女が詫びる。

 

「気にするな。悪いのはハズレの情報を掴んだ妾じゃ。元より簡単に見つかる代物ではないことくらい分かっておる」

 

立ち上がると部屋の中央にあるテーブルに移動し腰かける。

顎に手を当てて呟く。

 

「七枚全て、最低『憤怒』の一枚は破壊することがあやつの協力の条件……」

 

ティーポットを手に取りカップに紅茶を注ぎ、口をつける。

 

「全く、一体何処に隠したのじゃ。面倒なものを作ってくれたのう。旧魔王達め」

 

忌々し気に吐く。

 

「それにしても最近のあやつはどうにも急いている節があるな。まあ残り1年を切って1枚も見つからないのだから当然か」

 

ため息をついて続ける。

 

「じゃが妾達が真に仇なすべき敵はそれではないということを改めて教えるべきじゃな」

 

もうひとつのカップに少女が紅茶を注ぎ、それを青髪の少女が静かに口に運ぶ。

 

「──様、今日の夕飯は何ですか?」

 

「今日はパエリアじゃ、既にできておるから皿に盛りつけるといい」

 

そう言われた青髪の少女はややうれしそうな足取りでキッチンへと歩いていく。

 

「さて……」

 

残った銀髪の少女は宙にスクリーンを出現させ、操作するとある映像が流れる。

 

『カイガン!ニュートン!リンゴが落下!引き寄せまっか!』

 

『それっ』

 

『ぶっ潰れろォ!』

 

先日行われたグレモリー対フェニックスの一戦。

それを見ながら呟いた。

 

「紀伊国悠、おぬしはもう戦いから逃げることはできん。運命が、否が応でもおぬしを戦いへと誘うのじゃからな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




サーゼクスを書いているとだんだん穏やかな気分になってくる。
サーゼクスが渡した眼魂は一体何でしょうね?(棒)

ライザーとイッセーの戦いはカット。
特に介入するわけでもないので。

次回から第三章に入ります。
お待たせしました、戦士胎動編の最終章です。
悠の「答え」やヒロインを明かしたりと内容がてんこ盛りの章になっています。
お楽しみに!




「君は確か…」

メガネ使いは惹かれあう。

「僕はエクスカリバーを許さない」

騎士の復讐が始まる。

「戦え!紀伊国悠ッ!!」

少女の叱咤。
そして青年の覚悟。

「俺は…『仮面ライダースペクター』だ!!」

戦士胎動編 第三章 月光校庭のエクスカリバー



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戦士胎動編《コード・ムーブメント》 第三章 月光校庭のエクスカリバー
第17話 「生徒会」


ついに…ついにここまで来たァー!!(エボルト並感)
戦士胎動編最終章の幕開けです。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は……
S.スペクター
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
13.フーディーニ(+)


 

「~♪~♪~♪」

 

鼻唄を歌いながら学校の廊下を歩く。

 

曲名は「GIANT STEP」、数ある好きな曲の中からこの曲を選んだ理由は一つ。

ただの気まぐれである。しいて言うならフォーゼの舞台が高校であり俺が今いるここも高校だからか。

 

この世界では『仮面ライダー』は昭和期で終わっている。

故に数々の名曲や玩具も存在しない。玩具売り場を見に行ってもライダー関連の物がないのを見たときは少し寂しく感じたものだった。

 

ふと廊下の曲がり角に突き当たったときだった。

 

「きゃっ!」

 

「のわっ!」

 

曲がり角の向こう側から歩いてきた誰かとぶつかり、その誰かが持っていたであろう書類が辺りに散らばった。

 

「す、すみません!」

 

慌てて腰を落として書類を拾い集める。内容は見ない。というか焦って見る余裕がない。

 

「いえ、こちらの不注意が……」

 

ふと、同じく書類を拾っている人と目が合った。

 

眼鏡をかけ黒髪を短く切り揃えた女子生徒。

落ち着いた雰囲気を持つその生徒に見覚えがある。確か…。

 

すると。

 

「君はたしか……」

 

どうやら向こうもこちらに見覚えがあるらしく俺の顔をまじまじと見始めた。

書類を集めながら記憶の引き出しを探る。

 

俺の知り合いか?

会話したことがあればすぐ思い出せるはずだしそうじゃないということは直接の面識はないということだ。

 

でもどこかで…どこかで見たような…。

 

「「あっ」」

 

同時に互いの脳内検索に引っ掛かり、上げた声が重なる。

思い出した。

 

この人、この学校の生徒会長さんだ。

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

「まさか、こんなタイミングで会うことになるなんて思いませんでした」

 

「いえいえ、俺もまさか生徒会長さんとこうして喋ることになるなんて思いもしませんでしたよ」

 

書類を集め終えた俺は詫びのつもりで会長さんの代わりに書類を運ぶことにした。

そうして今、会長さんと一緒に生徒会室へと向かっている。

 

俺の隣を歩くこの人こそ駒王学園の第三学年、生徒会長の支取蒼那先輩。

以前集会の時に前に出て話をしていたのを俺は思い出したのだ。こういう集会の話は大概聞き流すから道理で思い出せなかったわけだ。

 

そしてさっき書類を拾い終えたタイミングでこの人は自分に悪魔であると耳打ちしてきた。

 

「まさか会長さんも悪魔だったとは。俺のことはグレモリー先輩経由で?」

 

「堕天使の一件でリアスがあなたの事を話してました。実はリアスとは幼馴染ですよ」

 

「え!先輩と!?」

 

会長さんは頷く。

先輩で生徒会長で悪魔でグレモリー先輩の幼馴染か。

 

「ん?グレモリー家の人と幼馴染?」

 

悪魔の中でも名家とされるグレモリー家の先輩と幼馴染ということは…。

 

「もしかして先輩も上流階級の出ですか?」

 

「ええ。こう見えても旧七十二柱のシトリー家次期当主です」

 

「し、シトリー……?」

 

悪魔の名前はよくわからないが一つ分かったことがある。

 

「あ!だから支取なんですね」

 

「ええ。単なるもじりです」

 

最近は魔王といいフェニックスといいとんでもない悪魔とよく会うな。

 

そうこうしているうちに生徒会室へと到着した。

ガラガラとドアを開けて中に入る。

 

「失礼しまーす」

 

辺りを見回すと部屋の中は会議用の長机とホワイトボード、書類をとじたファイルがずらりと並んだ本棚が置かれていた。無駄なものが一切なく真面目そうな会長さんの性格を表したかのようだ。

 

「あ、会長!ってそいつは!」

 

長机に座り仕事を終えてくつろいでいたらしい男子生徒が立ち上がる。

会長さんが俺を男子生徒に紹介する。

 

「紀伊国悠君です。あなたもレーティングゲームで見たでしょう?」

 

「は、はい…」

 

ここでレーティングゲームという単語が出たということはこいつも悪魔か?おそらく会長さんの眷属か。

 

「匙、あなたも自己紹介しなさい」

 

「は、はい!」

 

前に出てドンと胸を張り、誇らしげに自己紹介する。

 

「俺は匙元士郎。会長の『兵士』だ!匙って呼んでくれ」

 

「紀伊国悠だ。ま、よろしくな匙・クロスロード」

 

「誰だよそれ…」

 

互いに握手をする。俺の中で匙って言ったらスプーンかそれしかないんだよ。

 

折角なので話題をふってみる。

 

「試合を観たのか?」

 

「ああ、お前ホント強いな!」

 

奥にある会長用の卓に座りながら会長さんが言う。

 

「あなたはもう一部の悪魔の間では有名人ですよ?あのライザー・フェニックスをあと一歩のところまで追い詰めた人間。有名にならないはずがありません」

 

「そこまで言われると照れますね…」

 

頭をかきながら目線をそらす。

 

「ただ、有名になるということはそれだけ狙うものも増えるということです」

 

「…どういうことです?」

 

会長さんの言葉に首をかしげる。

ゲームとはいえ貴族をぶっ飛ばすことはまずいのだろうか。

 

「『悪魔の駒』とレーティングゲームの導入によって優秀な眷属集めが流行っています。皆が私やリアスのように穏当に眷属を集めているわけではありません。中には強引な方法で眷属を集める貴族もいます」

 

「なるほど」

 

悪魔が皆、グレモリー先輩のように優しくないってことか。ま、悪魔だしな。案外悪魔にとってはそれが普通なのかもしれない。

 

「もしそのような輩に遭ったときはすぐに私かリアスに連絡してくださいね」

 

「了解です」

 

軽く敬礼して返答する。

 

最初見たとき厳しい人かなとも思ったけど実は優しい?

と思っていたら匙がそっと耳打ちしてきた。

 

「会長、お前がゲームで校舎をぶっ壊したときめっちゃ怒ってたぜ?」

 

「い!?」

 

あの時のことか…。

知らなかったとはいえ生徒会長も見てる試合でそれは流石にまずかったか。

 

「匙?何を話しているのですか?」

 

「か、会長!?これはですね!」

 

「い、いやーあの時は……」

 

バレてる…。会長さんがニコニコしてる。が、その目は決して笑っていない。

 

「ふふっ、もう過ぎたことです。あなたもあの攻撃が最善だと思ってああしたのでしょう?」

 

「は、はい!」

 

俺もあの時はこれくらいすれば不死でもダメージが入るだろうと思っていた。あの時は最善というか必死でやってたな。

 

「ですがレプリカとはいえ校舎が瓦礫の山と化すのはこの学園を愛する生徒会長としては心が痛みました」

 

悲しげな声で語る会長さん。…さすがに俺もやり過ぎたなとその時は思った。

 

「今後は気をつけます……」

 

「そうしてくれると助かります」

 

俺の反省の言葉に会長さんはフッと微笑んで返した。

今度は矢庭に会長さんが質問してきた。

 

「紀伊国君はリアスの眷属にならないんですか?」

 

やっぱり眷属持ちの悪魔として気になるところではあるか。

 

「…誘われたんですけど断りました。あの時は戦いから逃げたくて」

 

あの時、俺は自分でもわからないくらいにぐちゃぐちゃになった虚しさと辛さ、悲しさに押しつぶされ、流されるままに誘いを断ってしまった。

 

でも兵藤の頼みやサーゼクスさんとの出会いを経て少しずつ俺の中で何かが変わろうとしている。それが何かはわからない。ただ、きっといい方向に進んでいるんだと俺は思う。その答えを得るために。

 

「でも今は自分の力と向き合ってみたいと思っています」

 

「…そうですか」

 

俺の毅然とした態度に会長さんはまんざらでもないという笑みを浮かべた。

会長さんが話題を変える。

 

「もしよかったらリアスでなく私のところにきませんか?あなた、真面目でしょう?」

 

「え、なんでそう思うんです?」

 

「ぶつかったときの行動を見て分かりました。あなたならきっと生徒会も眷属の仕事もきっちりこなせそうです」

 

流石は会長を務めるだけあって人は見る目はあるな。

俺が真面目かどうかはさておきあまりバカなことはしたいと思わないしな。

 

匙が口角を上げながらこそっと告げる。

 

「会長は厳しいぞ?」

 

「匙、次の書類です」

 

「は、はい!」

 

会長さんから書類を渡され、匙が慌ただしく処理に手を動かす。

そろそろ向こうも仕事を始めるようだ。長居はいけないな。

 

「それじゃ、失礼しました」

 

そう言ってドアをガラガラと閉めて生徒会室を去った。

この学園は悪魔が多いな。でも、皆いい悪魔だ。

 

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

二日後、この学校の伝統行事、球技大会が行われていた。

 

球技と言うだけあり一つの種目のみならず様々な種類の球技が行われるこの行事はクラス対抗、部活動対抗の二種が存在する。

 

クラス対抗では2位と言う結果に終わった俺は天王寺や上柚木と共に兵藤の所属するオカルト研究部対野球部のドッジボールの試合を見に行くことにした。

 

「流石の人だかりね」

「学園の人気者はすごいっちゅうことやな」

 

学校の人気者が多く集まるオカルト研究部なだけあって既に大勢の生徒達が注目し集まっていた。試合はまだ始まったばかりで大きな動きはない。が……。

 

「ぎゃぁぁぁ!」

 

何故か兵藤だけが狙われている。クラス対抗の疲労がまだ残っているのか既に汗だくになった兵藤は投げられたボールを跳んで回避する。野球部と言うだけあり流石の球速だ。

 

「イッセー死ねぇぇぇ!!」

 

「兵藤を倒してアーシアたんを守るんだ!!」

 

「お姉様たちが兵藤に汚される前に!!」

 

ギャラリーから沸き起こる兵藤への敵意をむき出しにした怒声。

皆殺意に目をぎらつかせている。

 

「なんでイッセー君だけ狙われるんや!?」

 

「ハァ……学校の人気者に当てたらそれこそ皆から恨まれるわよ」

 

ため息をつきながら上柚木が答える。

 

「確かになぁ…」

 

学園でもトップクラスの美貌と人気を持つグレモリー先輩と姫島先輩を当てればから全学年から狙われ、マスコット的人気を持つ塔城さんは当てたらかわいそうなので無理、幼気なアルジェントさんを狙うことはできず同学年やの女子生徒の人気が高い木場を当てれば女子生徒が敵になる。

 

結果、消去法で兵藤を狙うしかないというわけだ。ギャラリーの怒声に負けず俺も声を張り上げる。

 

「兵藤ォ!逃げルォ!」

 

「イッセーくん頑張れ!!」

 

兎に角精一杯の応援(?)を送り、アウェー状態の兵藤を鼓舞する。

 

その際、木場が視界に入った。皆が盛り上がっている状況にそぐわないその表情が気になった。

 

「木場の奴どうしたんだ…?」

 

「木場君がどうかしたの?」

 

「いやさっきから何というか、ボーっとしてるような気がして」

 

どうにも木場の動きが微妙に鈍い。その表情はどこか心ここにあらずと言った感じだ。

 

その木場の様子に気付いた野球部のメンバーが木場に狙いを定めた。

 

「イケメンも死ねぇ!!」

 

それにいち早く気付いたのは兵藤だった。

「木場ァ!ボーッすんな!」

 

庇うように兵藤が前に躍り出る。

その時、痛々しいことが起こった。

 

「はうっ!?」

 

野球部渾身の剛速球があろうことか兵藤の股間にダイレクトアタックしたのだ。

兵藤はたまらずのたうち回る。悪魔に転生して頑丈になってもそこはやっぱり駄目なのな。

 

「イッセー君!?」

 

「イッセーさん!?」

 

オカルト研究部の皆が慌てて兵藤に駆け寄る。

集まって何か話をしたあとアルジェントさんが兵藤を連れてどこかに走っていった。

 

(なるほど、神器で回復するのか)

 

得心した俺は観戦を続けた。

 

その後、兵藤を失った怒りに燃えるオカルト研究部の逆襲が始まり、あっという間に野球部を全滅させた。その様は逆鱗に触れられた龍のようだった。

 

どんどんボールがカーブするわ、着弾したボールがエグい音を立てるわ。

 

でも、逆にそれだけ兵藤がオカルト研究部に大切にされてるとも思った。

あいつはいい仲間に恵まれたなぁ。

俺にはそれが羨ましく見えた。

 

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

その夜、どしゃ降りの雨が降った。

地を打ちつける雨の音がざあざあと壁越しでも聞こえる。

絶えることなく音をたてる雨の様子をリビングの窓から頬杖を突きながらを眺める。

 

「……凛」

 

この世界には存在しない実の妹の名を呟く。

 

ふと先月のフェニックスの一戦を思い返す。

ライザーに最後の一撃を決める間際、ライザーの妹、レイヴェルフェニックスに邪魔され反撃を許してしまった。

 

その時、レイヴェルフェニックスの顔に一瞬凛の顔がダブって見えた。

 

「…いやまさかな」

 

俺の妹はこの世界にも元居た世界にも存在しない。

俺が死ぬ2年前にあいつは轢き逃げに遭いその命を落とした。

轢き逃げした車の運転手はパニック状態に陥ったのか立て続けに近くの建物にその車を激突させ死亡した。

 

当時の俺にやり場のない怒りと悲しみをその事故は植え付けた。

 

フェニックス戦の時は単にレイヴェル・フェニックスがライザーの妹だったからそう見えただけだろう。

 

「……」

 

俺の声が無くなればこの家はとても静かだ。

 

今は雨の音がその静寂を紛らわせている。この家に住んでいるのは俺とペットの相棒だけ。今になって家族のありがたみをしみじみと実感した。家事は全部俺がしないといけないし、孤独を紛らわせる相手でもあったのだ。孤独と暗い天気が自然と気分を下げる。ふと思ったことをそのまま口に出す。

 

「同居人とかできないかなぁ……」

 

 

 

 

 

 




ちょっとリアルが忙しくて更新が遅れました。もしかすると今月いっぱいは遅くなるかもしれませんがなるべく週一を目指していきたいと思います。
…決して今後の展開に悩んでるとかではありません。むしろ20巻辺りまで既に決まってるくらいです。はやく○○○○編まで書きたい。




次回、教会からあの二人がやってきます。









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第18話 「聖剣使いとの邂逅」

今までの話の会話文を見やすいようにちょっと編集しました。
第3、9話も一部変更を加えました。ストーリーの流れに変更はありませんが。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は……
S.スペクター
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
13.フーディー二




「じゃあ来週末にお前の兄さんは来るんだな」

 

「せやで、お兄ちゃんはたこ焼き作るのがごっつうまいで」

 

放課後、俺は天王寺と一緒に雑談をしていた。

夕日の眩しさに目を細めながら天王寺が手をポンと叩き、思いついたことをそのまま喋る。

 

「せや!折角やから綾瀬ちゃんも誘ってタコパしよか!」

 

「いいなそれ!楽しみが増えた」

 

一日を埋めた楽しみな予定に心踊らせる。

 

「そろそろバイトの時間や、ほなまたな!」

 

鞄を持ち、教室から去っていく天王寺。

 

「おう、頑張れよ」

 

その様子を軽く手を挙げて見送る。

 

「さて俺も帰ろ…ん?」

 

ズボンの裾を引っ張られる感覚に足元を見下ろすと。

 

「シャー!」

 

相棒がいた。首を何度か振り、廊下の向こうへ滑るように這っていく。

 

「…ついて来いってことか」

 

何か異変でもあったのだろうか。取り敢えず相棒を追うことにした。

 

 

 

 ▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

相棒を追ってたどり着いた先は旧校舎を囲む森だった。

 

「前に除きはしませんって言ったんだけどな…」

 

もし相棒が覗きをして何か異変を察知したのであれば最悪また謝らなければならないことになる。

 

進んでいき、森を出る一歩で立ち止まった。

剣撃の音、叫び声。聞こえてきたこれらの音で察する。

 

「戦ってるのか?」

 

歩のスピードを早め、やがて旧校舎が見えてきた。

森を抜けて開けた旧校舎の裏手に出る間際、慌てて歩を止めて近くの木に身を隠す。

 

そこにいたのは見慣れたオカルト研究部のメンバーと黒いアンダースーツのような衣装に身を包む見知らぬ二人。どちらもピッチリとした衣装によって身体の線がはっきりと浮き出ている。胸の膨らみからして女か。

 

一人は日本刀をもつ栗毛色のツインテールの女。朗らかに笑うと日本刀は仄かに一瞬光を帯びると紐に形を変えた。一体どうなってんだ?

 

そして長剣を地面に突き立てる緑のメッシュが入った青髪のショートカットの女。

鋭い目付きがその気性を表しているように見える。てか地面に小さなクレーターができてるぞ。まさかこいつがやったのか?

 

よく見ると二人に対峙するような形で兵藤と木場が膝をついている。

 

先の音はこの四人が戦う音だったのか。そしてこの二人の敗北に終わったと。

他の部員はどうやら手を出していな……。

 

「い!?」

 

思わず声を上げてしまい一斉にこの場にいる全員の視線を浴びてしまう。

 

何故か知らないがアルジェントさんと塔城さんが生まれたままの姿なのだ。

大切なところは手で隠しているが。

 

「────?」

 

青髪の少女がこちらに長剣と警戒の視線を向け、何かを問うように話しかけてくる。

バレた以上仕方ないので勘弁したように前に出る。

 

(んー、何て言ってるのか分からない……)

 

少なくとも英語ではないな。アルジェントさんと初めて会ったときもそうだった。

 

「彼は紀伊国悠。ここの生徒よ。ここに入れたのは多分神器所有者だからかしら」

 

「──────」

 

「ええ、彼は悪魔じゃないわ」

 

グレモリー先輩が事情を話し、青髪の少女の警戒を解いた。

こういうときに便利だよな、その言語能力は。

 

「──────」

 

今までまじまじと俺の顔を見ていたツインテールの少女が「あ!」と声を上げ、栗毛色の髪を揺らしながらこちらに駆け寄ってくる。

 

「やっほー、久しぶりね紀伊国君!大きくなって、眼鏡も掛けてたし分からなかったわ」

 

「ええ、ど、どうも…」

 

フレンドリーに話しかけてくるこの少女に戸惑いを隠せない。

てかそっちは普通に日本語喋れるのかよ。

 

「私は紫藤イリナ!あなたの幼馴染みよ、覚えてない?」

 

……おー、また幼馴染みか。

 

てかこの身体の主は豊富な交遊関係を持っているんだな。兵藤に天王寺、上柚木、そして紫藤さん。案外活発な性格の持ち主だったのかもな。

 

戸惑いぎみに返答をする。

 

「いやあの、俺実は事故で記憶がなくて……」

 

「そうだったの!?それは大変だったわね……」

 

残念そうな表情を浮かべた。

 

相手には悪いが記憶がないので仕方ない。いや、俺は『紀伊国悠』ではなくその身体に憑依した別世界の人間だ。記憶がなくて当然だ。こいつが意識も戻らない、いつ死んでもおかしくない状態に俺は憑依した。

 

だが時々、天王寺や兵藤たちと一緒にいると変な気分になる。何か懐かしいような、手が届きそうなのに届かないような……。

 

もしかしたら、『紀伊国悠』はまだ俺の中で生きているかもしれない。だとすれば俺は自分の力だけでなく『紀伊国悠』という人間と向き合わなければならないときが来るかもしれない。その時俺は一体どうなってしまうのか……。

 

思考の海に沈みかけていると突然、目の前で紫藤さんが膝をつき、両手を握って天を仰いだ。

 

「ああ、主よ!この者に惜しみ無き慈悲を!」

 

(なんなんだこいつは……)

 

突然の行動に思わず顔がひきつる。

 

もしかしてアルジェントさんと同じ教会出身なのだろうか。合宿中アルジェントさんが同じようなことをして頭痛に悩まされる場面を度々見た。とにかく、俺に同情しているのはわかった。

 

話題を変えて、多分彼女も知っているであろう人物の名前を出す。

 

「ま、まあ折角だし上柚木や天王寺にも会ってきたらどう?」

 

「綾瀬ちゃんに飛鳥くん、懐かしいわねー…。よく遊んだものね」

 

思い出に浸りかけたところを相方の青髪の少女が肩を叩き何か言う。

 

「─────」

 

「─────」

 

会話を終えると再び向き直り、別れを告げた。この人はバイリンガルなのか。

 

「じゃあね、紀伊国君。また会えるといいわね!」

 

踵を返して青髪の少女と一緒にこの場を去っていった。

手を軽く振りそれを見送る。

 

「くそっ!」

 

俺もこの場を去る前に見た、木場の心底悔しそうな顔が忘れられなかった。

その目の奥に以前の俺と似たようなものを見た。

 

 

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

「で、この面子はなんだ?」

 

休日、兵藤にメールで大事な話があると駅前に呼び出された俺は目の前の状況に困惑していた。

 

「紀伊国、お前もこいつに呼び出されたのか?」

 

「まあね」

 

気だるげな表情を浮かべる会長さんの『兵士』、匙と…。

 

「イッセー先輩、何をするつもりですか?」

 

うろんな目で兵藤を見つめる塔城さん。兵藤とこの二人の繋がりはといえば悪魔だということぐらいか。なかなか見ない組み合わせだ。

 

「塔城さんも呼ばれたの?」

「いえ、私はたまたま見かけただけです」

 

どうやら駅前で二人が集まっているところを見かけて、監視の意味も込めてこの面子に混ざっているらしい。

 

「で、用件はなんだ?」

 

本題に入り、呼び出した理由を兵藤に訊ねる。

ヤツは至って真剣な表情でこう言った。

 

「ああ、今からエクスカリバーの破壊許可を紫藤イリナとゼノヴィアからもらいにいく」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……は?」

 

エクスカリバー?あのゲームとかでよく出てくるメジャーなキング・オブ・剣と言っても過言ではないあのエクスカリバー?

 

「…話が全く読めないんだが」

 

なんでそんなものを破壊する許可をもらいに紫藤さんのとこに行くんだ?

あとゼノヴィアってのは昨日の青髪の方か?

尽きない疑問に首を傾げる。

 

「嫌だぁぁぁぁ!!なんでそんな面倒事に巻き込むんだよおおおお!!」

 

早速匙がべそをかきだし顔を真っ青にして逃走を図るも。

 

「祐斗先輩のことですよね?私も協力します」

 

すんなりと協力を決めた塔城さんの怪力によってあっさりと捕まり逃げられなくされてしまった。

 

「離してくれぇぇ!おい兵藤!お前のとこの部長は厳しくも優しいんだろうけどよ、俺のとこの会長は厳しくて厳しいんだぞ!!そんなことばれたら殺される!!」

 

涙ながらに文句を言う匙。その様子から会長さんの怖さが伺える。

 

「でも頼れるのがお前しかいないんだよ、頼む!」

 

手を合わせて協力をお願いする兵藤。

 

「あの二人はエクスカリバーを堕天使から破壊してでも取り返したい。木場はエクスカリバーを破壊して仲間の復讐を果たしたい。目的は違ってもやることは同じだ」

 

木場?堕天使?復讐?話は複雑になっていく一方だ。

 

てか、また堕天使絡みの事件か?あまり堕天使にはいい思い出がないんだけどな。

そろそろ進む話に追い付きたくて口を開く。

 

「おい兵藤。話を進めるのは良いけどお前らが新幹線並の速さで話を進めるせいで俺が遥か後ろにおいてけぼりにされてるんだが」

 

「あ」と声を出し思い出したように

 

「あーそうだったな……わかった。エクスカリバーの話は二人を探しながらするけど木場の話は……」

 

「本人に直接話してもらった方がいいですね。他人が語っていいものでもないですし」

 

「そうか」

 

取りあえずは木場もなにかしら重いものを抱えているということはわかった。

 

「問題は二人が俺達悪魔の話を聞いてくれるかだよな……」

 

兵藤が悩ましげに言葉を絞り出す。

 

「二人は悪魔嫌いなのか?」

 

「いえ、二人は悪魔と敵対する教会から派遣された戦士です」

 

「悪魔と敵対……なるほどね」

 

だからそれで悩んでるんだな。一つ納得。

 

「最悪、話が拗れて関係が悪化するかもしれないし部長たちには黙ってた方がいいよな……小猫ちゃんは降りてもいいんだよ?」

 

「おい兵藤!俺も降りていいよな!いいよな!?」

 

匙の懇願に兵藤はニッと笑い、サムズアップして答えた。

 

「匙、同じ『兵士』として一緒に頑張ろうぜ?もしかしたら交渉が成功するかもだろ?」

 

「なんでだぁぁ!」

 

(哀れだなぁ)

 

目の前の二人のやり取りを眺める。

 

「私は降りません」

 

毅然として自分の意思を告げる塔城さん。どこか優しげに次の言葉を紡いだ。

 

「だってイッセー先輩も祐斗先輩も、大事な仲間ですから」

 

…この人も、強いんだな。

 

「紀伊国、お前も降りていいんだぜ?先月はゲームで迷惑をかけたし…」

 

「いや、気にするな。今回は自分の意思で参加するよ」

 

「でもお前戦いたくないんじゃ…」

 

「色々あったんだよ、色々」

 

「そ、そうか……」

 

それ以上は兵藤も追及しなかった。

 

俺の力と向き合い、『答え』を出す。その一助になるのではと思って俺はこの誘いに乗った。

 

ポンポンと匙の肩を叩く。

 

「さっさと二人を探しに行くぞ。ほら立て匙」

 

「やめてくれぇぇ!」

 

その後、泣き出す匙をなだめて教会から派遣されたという二人を探しに俺達は町に繰り出した。

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

「────────」

 

「どうか、哀れな私たちに慈悲をぉぉぉ!」

 

「えっと、どこから突っ込めばいいのか」

 

二人の捜索はそう時間をかけることなく終わった。昨日の黒衣装ではなく白いローブを纏う二人がなにやら路頭で道行く人に物乞いしている。道行く人はそんな二人に奇異の目線を向ける。

 

「ええ…」

 

「なあ兵藤、本当にこの二人なのか…?」

 

「ああ…」

 

匙と兵藤はドン引きしている。昨日とイメージが全然違う。特に青髪のゼノヴィアさんは。

 

「────────!」

 

「───────────」

 

「─────────!?」

 

「───────!!」

 

物乞いの次は喧嘩を始めた。立てかけていた絵画を紫藤さんが持ち青髪のゼノヴィアさんと言い争っている。ついには顔をぶつけ合わせた。

 

貧相な格好をしたおっさんとその周囲にラッパを吹く天使の描かれた絵。芸術のわからない俺が見ても下手だなぁと思う絵だ。これだけで何があったかすぐに想像がついた。

 

大方騙されてこの下手な絵を買ってしまい、路銀を使い果たしてしまったとかそんなところだろう。さすがにエクスカリバーは売らなかったようだが。

 

二人を見つける前、町を歩きながら今回の事のあらましを聞いた。

 

聖剣エクスカリバー。

魔に属するものに必殺の効果を持つそれはかつての大戦で砕け散ってしまった。

教会は砕けたかけらを基に形、能力がそれぞれ違う七つの聖剣エクスカリバーを作り上げてプロテスタント、カトリック、正教会がそれぞれ2本ずつ、残り一本は行方不明という形で今に至った。

 

だが最近それが堕天使の幹部コカビエルによって三つの宗派から一本ずつが奪われてしまい当のコカビエルはこの駒王町に潜伏した。奪われた聖剣の奪還のために今目の前にいる二人が残った聖剣の内二本を携えてこの町にやってきた。

 

事前に町に派遣された神父も既に何者かに殺害されている。昨日この二人が旧校舎にいたのはその件で手出しをしないようグレモリー先輩に話を通しに来たからだそうだ。

 

「─────────!!」

 

「───────!!」

 

まだ目の前で言い争いを繰り広げる二人。昨日会っていなければ多分二人が教会の戦士だと信じなかった。本当にこの二人で大丈夫か?

 

ぎゅるるるる…。

 

「「…」」

 

腹の虫が音を立てた瞬間、二人は喧嘩をやめた。そしてその場に崩れ落ちた。

 

「…取り敢えず、何か食べる?」

 

兵藤の提案に教会の聖剣使い達は二つ返事で頷いたのであった。

 

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

「─────────」

 

「──────────」

 

一心不乱に美味しそうに料理を食べる教会から来た二人。

よほど腹が減っていたらしいな。

 

あの後近くのファミレスに足を運び、交渉の前に相手の腹をいっぱいにすることにした。

 

交渉相手が空腹で倒れましたなんてことになったら話にならない。

二人は最後まで何やらぶつぶつといっていたが俺には全く分からなかった。

 

ちなみに代金は俺たち4人の割り勘になった。二人が食べている間塔城さんたちもパフェを注文して食べるなりして時間をつぶしている。

 

かく言う俺はメロンソーダで喉を潤した。レモンソーダやピーチソーダもありどれにするか悩んだがやはり呉島主任が一番だろうと思いこれにした。

 

俺はメロンソーダはソーダ系の飲み物の定番だと思っている。

 

「…うまっ、流石呉島主任だ」

 

「呉島主任って誰だよ」

 

「知らないのか?メロンニーサンだよ」

 

「いや知らねえ…」

 

逆に知っていたら俺の同類確定だが。異世界から来たという点で。

 

「アニメのキャラクターですか?私は聞いたことがありませんが」

 

「まあ、ある意味そうかもね」

 

眼鏡をクイッと直しながら答える。

合宿中、塔城さんはかなり多趣味な人だと兵藤から聞いた。

アニメにも理解があるらしい。

 

「────────」

 

どうやら二人の食事もひと段落着いたらしくスプーンとフォークを置いた。

 

「──────!」

 

紫藤さんが何か言いながら胸で十字を切ると兵藤たちが頭を抱えだした。

 

「おいどうした?」

 

「悪魔は十字に弱いんだよ…」

 

「──────────?」

 

布巾で口元を拭ったゼノヴィアさんが問う。雰囲気からして話の本題に入るつもりだ。

 

「エクスカリバーの破壊に協力したい」

 

答えたのは兵藤だった。二人は目を丸くして驚いていた。

 

「─────────────────」

 

「なんて言ったんだ?」

 

「破壊できるなら一本任せたいけどこっちが上に悪魔と協力しているとばれないようにしてくれ、だとよ」

 

「本当か?よかった…」

 

紫藤さんとゼノヴィアさんが真面目に話し合っている中、匙が答えてくれた。

その結果にホッと胸をなでおろす。

 

早くも交渉成立か。心配していた反面案外あっさり終わったものだな。

 

「─────────?」

 

と思ったら今度は俺に何か質問してきた。

 

「神器持ちの人間だと聞いたが君は戦えるのか?、だって」

 

「ん、ああもちのろんだ。それはこの二人が保証してくれるよ」

 

兵藤の翻訳を通してやり取りする。

 

「────────」

 

ゼノヴィアさんが口元を緩めて手を差し出す。つまりよろしく、と言ったのか。

 

「ああ、こちらこそ」

 

何となく相手の言ったことを察して握手で返す。最初言葉通じないし怖い人かなと思ったけど案外そうでもない?

 

「……紀伊国に対する態度が俺達と比べて明らかに違うよな」

 

「あわよくば教会側に引き抜くことも考えてるかもしれないです」

 

兵藤と塔城さんがこそこそ話しているが知らん。態度が違うのは俺が悪魔じゃなくて人間だからかもな。今度は兵藤がゼノヴィアさんに話しかけられた。

 

「────────────?」

 

「ああ、俺もドラゴンの力を存分に貸すよ。そうだ、もう一人呼んでいいか?」

 

少々の会話の後、兵藤が携帯でメールを打ち始める。

 

(もう一人?)

 

 

 

 

 

 

 

 

「…なるほど、状況は把握したよ」

 

木場が口につけた珈琲の注がれたカップをそっとソーサーに乗せる。

 

もう一人とは木場のことだった。

 

兵藤の連絡を受けてここに来たあいつが教会組を見たときゾッとするような雰囲気を一瞬放っていた。どうやらあいつの抱えるエクスカリバーに対する憎しみは相当なもののようだ。

 

「ねえ木場君、やっぱり聖剣計画のことで恨んでるのよね?」

 

「ああ」

 

紫藤さんの問いに木場は敵意を隠すことなく答えた。また新たなワードが出てきたな。

 

「でもあの計画のおかげで聖剣の研究は大いに発展したの。私のように聖剣の因子を持たない人も聖剣を使えるようにできるくらいにね」

 

「だから研究のための犠牲を容認しろって言うのかい?」

 

まだいつものマイルドな言い方ではあるが木場が目を鋭くし低い声で反論する。

 

…まずい、非常にまずい。木場の放つ敵意が一層色濃くなった。このままだと下手すれば成立した交渉が決裂してしまいそうだ。

 

「そうは言わないわ。この計画は教会の中でも忌避されている事柄よ。当時の責任者も追放されたわ」

 

「────────」

 

「その責任者の名は?」

 

「バルパー・ガリレイ。『皆殺しの大司教』と呼ばれた男よ」

 

物騒な二つ名に兵藤と匙が息を飲む。

 

堕天使の幹部コカビエルと3本のエクスカリバー、そして皆殺しの大司教か。どうやらとんでもない事件に俺は首を突っ込んでしまったらしい。

 

「バルパー・ガリレイ…堕天使を追えばたどり着けるかな」

 

木場が確かめるようにその人物の名を呟く。そいつが今堕天使とつるんでるってわけか。

 

珈琲を飲んで一息つくと話を続けた。

 

「…わかった、僕も情報を提供しよう。ここ最近の神父殺しの犯人と遭遇した」

 

「「!」」

 

神父殺しって…。この町は堕天使といい物騒すぎやしないか?

 

「彼はエクスカリバーを持っていた。名はフリード・セルゼンだ」

 

フリード…。確か合宿の時兵藤が言っていたレイナーレの部下だったというエクソシストか。イカれているとも言われていたな。会いたくないなと思っていたんだが。

 

「フリードってマジかよ…」

 

「────────」

 

「彼は元ヴァチカン法皇直属のエクソシストで13歳でエクソシストになった天才よ。でも度の過ぎた戦闘への執着と殺意で異端にされるのも時間の問題だったわ」

 

教会組はそいつのことを知っているみたいだ。天才だけどイカれているか。天才ってのはどこの世界も頭がどこかおかしいものなのか?

 

「元ヴァチカン法皇直属って…お前らそんなとんでもないやつと戦ったのか?」

 

「多分、あのときは手を抜いていた可能性が高いよ。先日戦った時の方が手ごたえがあったからね」

 

当時のことを振り返る木場。その表情から悔しさが滲み出ている。

 

「──────────」

 

「────────」

 

席を立ち出口へと向かう二人。これで話し合いは終わりか。紫藤さんは兵藤にウィンクしているし。

 

ふと気になったことを訊ねる。

 

「そういえばどうやって連絡を取るんだ?」

 

「心配ないわ。イッセーのおばさまから電話番号を教えてもらったからね」

 

「な!?いつの間に…!」

 

「紀伊国君もまたね!一緒に頑張りましょ!」

 

「了解だ」

 

軽く敬礼して返事をする。交渉は無事成功に終わった。後は木場に昔のことでも聞いてみるか。エクスカリバー木場の因縁。図々しいだろうが、今回の事件に関わる以上知らないといけない、俺はそう思う。

 

 

 

 




小猫「そういえば先輩、昨日私の裸見ましたよね?」
悠「え、い、いや遠くてあんまり見えなかったなー…」
小猫「…」(疑う視線)
悠「嘘ですバッチリ見ましたすみません」

長くなるのでスパークルカット。

ヒロインのヒントは今回から小出ししていきます。鋭い人はもう気付いてるかも?

イリナはバイリンガルになりました……というかイッセーの母と普通に話してたし大丈夫なはず。

次回、イカれたエクソシストの登場です。


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第19話 「天閃の聖剣」

待たせた分、かなり長めです。ついに一万字突破。

アニメDⅩD終わりましたね。
思えばハーデスや帝釈天、曹操と今後の重要キャラがたくさん出てきた巻のアニメ化でした。

過去の仮面ラジレンジャーにビルドの挿入歌の一部が流れてたみたいですね。「Evolution」早くFullで聞きたいなぁ…。

本作はなるべくアンチなしでやるつもりです。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は……

S.スペクター
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
13.フーディーニ


交渉を無事に終え一息つく俺たち。今までのピリピリした空気にかいた汗を拭い、ドリンクバーで入れてきたレモンソーダをすすった。

 

「イッセー君、どうして?」

 

木場が今までの俺たちの行動の理由を訊ねる。それに答えたのは兵藤だった。

 

「俺たち仲間だし、今までお前には助けられっぱなしだからな。借りを返すわけじゃないけど力を貸してやりたいと思ってさ」

 

「…部長のこともあるんだろう?」

 

「ああ、でもお前が勝手に動いて「はぐれ」になったら部長だけじゃない、皆が悲しむ。小猫ちゃんだってお前のこと心配してたんだぜ?」

 

『はぐれ』か。おもに主を失うか、力に溺れ主を殺した悪魔はそう呼ばれる。時々この町にも出没し『大公アガレス家』の命令で先輩たちが討伐するらしい。

 

「私は裕斗先輩がいなくなるのは寂しいです…だから、どこにも行かないで」

 

儚げに木場に訴える塔城さん。

 

「そこまで言われたら仕方ないね」

 

苦笑すると一瞬目を瞑り、その目を決意あるものへと変えた。

 

「…わかった、皆の好意に甘えさせてもらうよ。でも、エクスカリバーは何としてでも破壊する!」

 

「そう来なくっちゃな!よし、エクスカリバー破壊団の結成だ!」

 

「おー!」と高く手を掲げる兵藤。塔城さんも小さくだが手を掲げていた。オカルト研究部の三人が盛り上がる中、匙と俺は…。

 

「なあ、俺たち蚊帳の外だよな」

 

「同感だ、そろそろ木場とエクスカリバーの関係について教えてくれよ。嫌なら嫌で無理に言わなくてもいいぞ?」

 

俺と匙はこの事件の情報については知らされているが木場とエクスカリバーの関係についてはからっきしだ。おかげで今までの話が断片的にしか理解できなかった。

 

「そうだね…少し話そうか」

 

珈琲を飲み、一息ついてから木場は語りだした。

 

 

 

 

 

『聖剣計画』。聖剣に適応し、使いこなせる者を養成するための計画がカトリックで行われていた。

 

それを研究するための施設に剣に関する才能や神器を持つ少年少女が集められ、木場もそこにいた。

 

来る日も来る日も過酷な実験が行われ、次第に仲間たちもやせ細り、一人、また一人と消えていった。それでも耐えた。彼らには夢があり、神に愛されていると思わされていた。聖歌を口ずさみ、いつの日か聖剣に適応し、仕えるべき主の剣になる日が来ると信じて。

 

だが苦痛に呻く日々はある日、終わりを迎えた。

 

ある日、聖剣に適応にできる能力値の平均以下しか満たないと判断されたがために『処分』の命が下され毒ガスが仲間たちのいる部屋に巻かれた。

 

毒ガスの有害物質に呻き、涙を流し、吐血し、薄紫色のガスは瞬く間に夢を語り合い、支えあった仲間の命を奪っていった。

 

命辛々逃げ出した彼は雪の降る森の中を彷徨った。だが毒ガスにむしばまれた体は言うことを聞かず、死を待つばかりの体となってしまった。

 

そんな彼を見つけ、手を差し伸べたのがイタリアに視察中だったグレモリー先輩だった。果たして木場は『悪魔の駒』で転生を遂げ、グレモリー眷属の『騎士』となった。

 

「うう…ひぐっ…」

 

語り終えた時、匙は隠すことなく嗚咽を漏らしていた。木場の肩をがっしり掴み上ずった声で言った。

 

「木場ァ!つらかっただろう!苦しかったろう!最低だぜエクスカリバーも教会の指導者たちも!」

 

うんうんと匙が頷き、続ける。

 

「俺は今までイケメンのお前がいけ好かなかったが話は別だ!一緒にエクスカリバーを破壊しよう!お前の無念を晴らすためなら会長の仕置きだってなんだって受けてやる!でもお前は生きてくれ!!」

 

…なんていうか匙っていいやつだな。先輩のとこも会長さんとこも『兵士』は揃っていいやつだ。

 

「俺も匙と同感だよ。今ので教会のイメージがガラッと変わった」

 

俺が今まで教会に抱いていた清らかなイメージと遠くかけ離れた出来事が語られた。…多分、教会の闇を探ればこれ以上のことだって出てくるんだろうな。

 

「まあ、物をぶっ壊す復讐ならいくらでも手伝うさ」

 

今回の目的は『エクスカリバーの破壊』だ。俺は伝説の聖剣を破壊することに集中すればいい。また手を血に染めることもないはずだ。

 

「…ありがとう」

 

木場は絞り出すように感謝の言葉を告げた。

 

「折角だ、俺の話も聞いてくれよ!俺の夢は会長とできちゃった婚することだ!」

 

雰囲気を変えようと匙が語りだした。木場と同じ真剣味があるがシリアスにではなく明るく語った。

 

「モテない奴からしたら夢のまた夢かもしれない…でも、俺はいつか、絶対に夢を叶えて見せる!」

 

「モテない奴ね…」

 

確かに夢の夢かもしれない。できちゃう相手がいないわけだし。現に俺だってフラグがある相手がいないわけだし…。

 

でも匙の姿に兵藤と同じ熱血で真っすぐなところを垣間見た。もしかしたらそのうち本当に叶えるかもな。

 

「…ッ!聞け匙!俺の目標は部長の乳を揉み吸うことだ!!」

 

匙に触発された兵藤も語りだした。

 

…乳を揉むとか、できちゃった婚とかお前ら二人そろって主をなんだと思っているんだ。

 

「ッ!…お前はわかっているのか?俺たち下僕にとって主のおっぱいがどれほど遠いものかを」

 

「わかってる。でも届かないものじゃない。できる。俺たちならきっとできる!事実、俺は部長の乳を触ったことがある!」

 

「そんなことが…!?」

 

触ったことあるのかよ!お前もう卒業してしまったのか…!?俺や天王寺と遠く離れた世界に行ってしまったのか!?

 

「ああ、俺たちはダメな『兵士』かもしれない。でも二人ならできる、二人なら夢を叶えられる!一緒に頑張ろうぜ!!」

 

「うう…兵藤!」

 

再び涙を流す匙が兵藤の手をがしっと掴み握手した。『兵士』たちの結束も深まったようだ。

 

大声での会話に奇異の視線を向ける客の視線が痛いが。

 

「あははは…」

 

「最低です」

 

「馬鹿なのか、お前ら揃って馬鹿なのか!?」

 

だが、木場の放つ雰囲気が少し和らいだ気がする。…腹を割って話すことも、時に大切だな。

 

 

 

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

「次の休みの日、楽しみだな」

 

数日後の学校、頬図絵を突きながら天王寺と談笑していた。

 

「せやね、小猫ちゃんも来るとは思わんかったな。今回は意外なメンバーやなぁ」

 

今週末、俺は天王寺たちとカラオケやボーリングに行く約束をしている。

そのメンツは俺、天王寺、上柚木、兵藤、アルジェントさん、木場、松田、元浜、そして同じクラスの桐生さん。

 

かなりの大所だと話を聞いた時はたまげたものだった。だが一つ問題がある。

 

「木場はちょっと雲行きが怪しいけどな…」

 

「何かあったんか?」

 

「いや、最近体調が悪いんだと」

 

「へぇー」

 

本当のことを言えないので適当に誤魔化す。今週末までにエクスカリバーの一件を終わらせられるといいのだが…。

 

ふと近くで集まって雑談している女子グループに目をやる。

 

 

 

「アーシアは何を歌うの?」

 

「私は讃美歌を歌おうかと…」

 

「讃美歌ってカラオケに入っているのかしら」

 

机を囲って話をしているのはアルジェントさんと上柚木、橙色の髪を三つ編みにして眼鏡をかけた女子、桐生さんの三人だ。アルジェントさんの転校初日、桐生さんは持ち前の積極性を活かしてアルジェントさんに話しかけてそう時間をかけずに友達になった。

 

上柚木は家がキリスト教を信仰していることもあってかなりアルジェントさんと話が合うみたいだ。休み時間は大体この三人でグループを作って雑談している。

 

こちらの視線に気づいた桐生さんがじろりと一瞥した。

 

「…何じろじろ見てんのよ、天王寺はそんなに綾瀬っちのことが気になるの?」

 

頭をかいて天王寺は笑って答えを誤魔化した。

 

「い、いやぁまさか!」

 

その答えに上柚木がちょっと寂しそうな表情を浮かべた。

 

「…」

 

「あ、でもちょっと気になるかなー!」

 

天王寺の訂正にどこか満足したように上柚木は薄っすらと笑みを浮かべた。

 

やっぱ上柚木って天王寺のこと好きだよね?あれ?なんで同じ幼馴染の兵藤や天王寺にはフラグがたっているのに俺だけないんだ…。そう考えると悲しくなってきた。このことはいったん忘れよう…。

 

今度は桐生さんが天王寺の股間を一瞥し、ニヤニヤと笑い始めた。

 

「へぇ…まあお似合いだと思うわよ、あんたはサイズもそこそこあるしきっと満足するわ」

 

「ちょっ!桐生さん!?」

 

顔を赤くした上柚木が桐生さんを止めに入った。さらりと下ネタをぶっこんできたな今。

 

桐生さんはズボン越しでも男なら誰もが持つエクスカリバーのサイズを見ただけで測れるのだとか。大きくなった方も。やはり桐生さんは変態三人組寄りの存在なのでは…?

 

そう言われた当人は…。

 

「へ?サイズ?お似合い?何の話?」

 

全く話の意味を理解してないらしい。

 

「あぁ…これは手ごわいわね。綾瀬っち、諦めないで」

 

桐生さんはため息をつき、上柚木の肩をポンポンと叩き励ました。

 

「二人は何の話をしとるんや?」

 

「…まあ、サイズが何を指しているのかは教えよう」

 

そっと耳打ちし、この鈍感野郎に何のサイズか真実を教えてやった。

 

「え!?ああ、そう言えば!悠くんは先月10日くらい休んでたよね!!?」

 

こいつ無理やり話をずらしやがった…!

 

「ん、まあ前にも言ったと思うけど検査で病院に行っててな」

 

一応合宿期間中の欠席は表向きの理由は検査入院ということになっている。学園の上と通じているグレモリー先輩がでっち上げたんだとか。いい口実を考えたものだ。

 

「ホンマに病院に行ってたんか?なんか前と比べて体つきがえらいようなってたで?イッセー君もおんなじやで?」

 

「ギクッ」

 

「あ!今ギクッって言いおった!やっぱ嘘やな!?」

 

天王寺がここぞとばかりに追及し始めた。こいつ上柚木のことになると鈍感なのにどうしてこういうときは鋭いんだよ!

 

「ええいわかったわかった!正直に話すから耳貸せ」

 

本日二度目の耳打ちをする。

 

「実はオカルト研究部に誘われて合宿に行ってたんだよ」

 

「ええっ!?あのグレモリーせんぱ…」

 

驚いて大声を出そうとした天王寺の口を慌てて塞ぐ。

 

「バカッ!大声で言うな!」

 

「うぐもぐぐ……」

 

ある程度塞いでから解放した後、三度目の耳打ちで釘を刺す。

 

「兎に角、これは誰にも言うなよ。イイネ?」

 

「サー・イエッサー…」

 

どすの効かせた声に小さな声が返ってきた。…こんな感じで上柚木の思いに気付いてやればいいのに。

 

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

放課後、町の公園に集合した俺たちエクスカリバー破壊団は公園に集まると神父服を制服の上から纏い町をうろつき始めた。俺には関係ないがこの神父服は悪魔の力を抑える力があり、向こうに悪魔だと悟られにくいようになっている。

 

今まで人気のない箇所を中心に回っているが収穫はない。今日は町はずれの寂れた教会に来ている。レイナーレが使っていた教会と比べると幾分か小さい。

 

「やっぱこれかっこいいな」

 

自分の神父服を見下ろしながら呟く。

 

「いやー、一度はこういうの着てみたかったんだよね」

 

前世ではコスプレしたいと思ったことはなかったが異世界に来た以上、こういったかっこいい衣装に身を包んでみたいという気持ちがあった。まさかこういう形で叶うとは。

 

「僕はあまり神父服は好きじゃないんだけどね」

 

複雑そうな顔で感想を述べる木場。やっぱり昔のことで神父を恨んでるよな。

 

「ああ、ごめん木場。そういう気はなくて」

 

謝罪を述べたその時だった。皆が一斉に歩みを止め、警戒の態勢に入った。

俺もドライバーを出現させ、攻撃に備える。

 

「…皆」

 

目をせわしなく動かし気配の出所を探る。宙に跳び出した影を最初に見つけたのは匙だった。

 

「上だ!」

 

一斉に視線が上に向く。

 

〈BGM:APPROACH(機動戦士ガンダムOO)〉

 

「──────!」

 

神父服を纏う銀髪の少年が目をぎらつかせながら凶刃を振り下ろしてきた。

散開して俺たちは初撃を躱した。跳び退きざまに眼魂をセットしレバーを引く。

 

「変身!」

 

〔カイガン!スペクター!レディゴー!覚悟!ド・キ・ド・キ・ゴースト!]

 

スーツが展開し、纏ったパーカーのフードを払い変身完了する。

 

饒舌に銀髪の少年がしゃべりだした。その手には銀が煌めく美しい剣が握られていた。

 

「フリードか!」

 

「おんやぁ?これはこれはイッセーくんではあーりませんか!ひっさしぶりだねぇ…嬉しいねぇ…殺したいねぇっ!!」

 

…スターバーストストリームしそうな声だな。こいつがフリード・セルゼンか。話に聞いた通りのイカレ具合だな。

 

最初のおどけた調子が一転、狂気の笑い声を上げながら兵藤に向かう。

 

それを風を纏う魔剣が止めた。肉を切る音でなく、金属同士のぶつかる甲高い音が響いた。

 

「悪いけど、君の相手は僕だ」

 

我らが『騎士』木場が刃を止めたのだ。

 

「イケメンナイト君も久しぶりでございますなぁ!!おや、見ない顔もいるねぇ、新しいお仲間さんかな!?」

 

なめるようにフリードが俺と匙を見る。木場とつばぜり合うなかでそれをするとはまだまだ余裕があるのか。

 

「よそ見する余裕があるのかな!」

 

木場が振り払うようにつばぜり合いを止め、次々に剣技を振るう。それを何ら苦にすることなくフリードは躱していった。時に切り結び、魔剣と聖剣が甲高い音を立てる。

 

速い。木場の速さはよく知っているがフリードはそれを上回る速さだ。これが元ヴァチカン法王直属のエクソシストの力なのか。なら奴の注意が木場に向いている間に策は打たせてもらおうか。

 

「おい兵藤、紫藤さんたちを呼べ!」

 

「わかった!」

 

俺の指示を受けて慌ただしく兵藤が携帯を操作する。

 

「俺も!」

 

ガンガンハンドを召喚し、フリードの足元を狙って銃撃する。切り結びながらもステップを踏んで躱された。

 

相手の動きを見て分かった。今の俺じゃこいつには勝てない。接近戦に持ち込んでもこいつの剣技に圧倒され聖剣にぶった切られるだけ。遠距離からの攻撃はあの神速ですべて躱され相手の間合いに入れられてしまう。今ある眼魂で奴に対応できるものはない。

 

ムサシがあれば話は別だが。この場で真正面からやりあってあいつに勝てる望みがあるのは木場くらいだろう。だが木場だけの力では勝利には届かないだろう。速さと武器のレベルはフリードが上。俺たちがいかにあいつをサポートし、この差を埋めるかに全てがかかっている。

 

だから今の俺にできるのは、フリードの体力を少しでも削ること!

 

「伸びろライン!」

 

隣で匙が腕に黒いトカゲのようなフォルムの籠手を出現させる。トカゲの口から長い舌がまっすぐフリードの左手に向かって伸びると、巻き付いた。

 

すぐさまフリードは腕に巻き付いたラインと呼ばれた舌を聖剣で切り落とそうとする。が、一向に切れなかった。

 

「チィ!なんだこいつ切れねぇ!」

 

毒付きながらも木場の剣技を聖剣で弾く。

 

「こいつは神器、『黒い龍脈《アブゾーブション・ライン》』だ。一応ドラゴン系の神器さ!これでお前は逃げられない!」

 

兵藤と同じドラゴン系の神器。兵藤の神器にはその昔、神と魔王に喧嘩を売りバラバラにされてしまった『二天龍』と呼ばれるドラゴンの一匹が封印されているという。あの籠手にもすごいドラゴンが封印されているのだろうか。

 

「ハァッ!」

 

木場が今までよりも一層のスピードを伴って剣を振るう。

 

「チッ!」

 

フリードは跳躍し、教会の屋根に乗ると翼を生やし追撃せんと上がってきた木場と再び切り結び始めた。

 

激しく剣がぶつかり合う中、フリードが語り掛ける。

 

「おやおやぁ、ぎんぎらぎんにぎらっぎらな目をしてるねぇ!そんなにエクスカリバーが憎いかい!?ええそうかい!?」

 

「黙れ…!」

 

まだまだ余裕の表情を見せるフリードと対象に焦りを見せ始めた木場。

 

不意にフリードが力強く聖剣を振るい、魔剣に叩きつけた。

 

「ほぅらぁ!!」

 

魔剣がガシャンと音を立てて砕けた。木場は己の剣が破壊されたことに目を見開き驚いた。

 

「なっ!」

 

「そんなパチモンの魔剣にエクスカリバーの相手は務まりませんぜ?」

 

「ッ…!」

 

残った魔剣の柄を投げつけるが、フリードは聖剣を軽く振りぬき弾かれてしまう。

その間に地面から魔剣が突き出し、それを引き抜いて再び打ち合い始めた。

 

「木場!」

 

銃撃で援護しようとするが、狙いのフリードの動きに変化が現れる。

 

木場と打ち合う中でじりじりと向きを変え、俺から見てフリードの姿が木場の背に隠れる形になってしまったのだ。これでは間違って木場を撃ってしまいかねない。

 

「こうなったら…!」

 

懐から群青色の眼魂を取り出し、スイッチを押す。

しかしいつものように起動する様子を見せなかった。

 

「っ!?ダメなのか…!?」

 

俺がまだ『答え』を見つけてないからか?打つ手なしの現状に歯噛みする思いだ。

 

「裕斗先輩を頼みます!」

 

突然、隣の塔城さんが兵頭を持ち上げ、投げる態勢に入った。

 

そのままブンと投げると、勢いよく兵藤が木場に向かって飛んで行った。

 

「木場ァァァ!受け取れェェェ!!」

 

飛んでいきながらも、籠手をつけた手を伸ばす。

 

「イッセーくん!?」

 

〔Transfer!〕

 

投げ飛ばされた兵藤が木場に触れると、聞きなれぬ音声が籠手から鳴った。

同時に木場のオーラがドッと増した。

 

「ありがたく使わせてもらうよ!行け!『魔剣創造』ッ!!」

 

木場の咆哮と共にありとあらゆる種の魔剣が地面から突き出す。徐々に魔剣の領域は広まり始めた。

 

「ヒャァッ!無駄無駄!俺様の剣は『天閃の聖剣《エクスカリバー・ラピッドリィ》』!これの使い手の動きはソーラピッドさ!!」

 

フリードは焦る様子もなく嬉々として次々と突き出した魔剣を砕き、徐々に距離を詰める。

 

今までの神速は聖剣の特性だったのか。奴の剣技が全く見えない。それほどまでに奴のスピードは聖剣の力により増していた。

 

「くそっ!木場!」

 

足を止めようとフリードに向けて銃撃するが奴の神速の剣技によって軽々と弾かれてしまう。

 

「死んねぇぇ!!」

 

勢いよくエクスカリバーを振り上げ、一気に下ろそうとした瞬間。

突如としてフリードの態勢がぐらりと崩れた。

 

「うっ…!力が…!?」

 

奴自身も自分の体の変化の理由がわかっていないようだ。

 

間一髪だった。あのまま行けば間違いなく木場はやられていた。しかしこれは…?

 

内心の疑問に答えたのは匙だった。

 

「俺の神器はラインを繋いだ相手の力も吸い取れるのさ!それっ!」

 

力一杯に腕を振るうと、ブォンと音を立ててラインに繋がれたフリードが宙に飛び出し地面にその体を強く打ち付けた。

 

「のわっ!」

 

「木場!こいつは危険だ、エクスカリバーより先にそいつからやってしまえ!!」

 

「そうさせてもらうっ!」

 

木場はとどめの一撃を与えんと徐々に距離を詰める。

 

「おっと、俺っちを倒してもいいのかい!?奪った聖剣の使い手の中で最強は俺様なんだぜ?俺を殺せばもう満足な聖剣使いとのバトルはできなくなっちゃうよー!?」

 

「君の軽口に付き合う暇はないよ!」

 

木場が追撃を加えようとしたその時。

 

〈BGM終了〉

 

「『魔剣創造』か、使い手の技量に応じて無類の力を発揮する神器だな」

 

突如として第三者の声がこの場に響く。皆の注意は一斉にその第三者へと向けられた。

姿を現したのは神父服を纏う初老の男。

 

「…バルパーのじいさんか」

 

フリードのつぶやきに皆の表情が驚愕の色に彩られる。

 

あいつがバルパー・ガリレイ。『皆殺しの大司教』と呼ばれた男か。

その男により激しい敵意を持って木場が問う。

 

「お前がバルパー・ガリレイか!!」

 

「そうだ」

 

問いにバルパーは肯定の意を示した。

今度はフリードがイライラの感情を込めながら問うた。

 

「おいおいじいさん!このトカゲのベロが切れなくてチョーうざいんすけど!」

 

「体に流れる聖剣の因子を剣に込めろ。自ずと切れ味は増す」

 

「へいよ!」

 

フリードの持つ聖剣の輝きが増し、それを振るうと今まで全く切れる様子の無かったラインがいともたやすく切られてしまった。

 

「なっ!」

 

引っ張っていたラインが切られ、匙がよろめく。フリードは解放された腕を確かめるとニヤリと笑った。

 

まずい、このままじゃ逃げられる!

 

「んじゃ、あばよ!」

 

意気揚々とポケットに手を突っ込んだ瞬間。

 

「ハァッ!」

 

周囲を囲む森の闇から矢庭に閃光が煌めき、装飾の施された長剣を振るった。銀髪のエクソシストはそれに素早く反応し己が聖剣でそれを防いだ。

 

「逃がさんぞ!フリード・セルゼン、バルパー・ガリレイ!」

 

「おおっとぉ!聖剣使いの乱入だぁ!」

 

乱入したのはゼノヴィアさん。歯を食いしばりながらゆっくりと長剣を押し込んでいく。

 

やつは不意打ちを鬱陶しく思うどころかむしろ喜んでさえいた。

 

「…ん?あれ?」

 

俺はさっきの出来事と同時にある変化にようやく気付いた。

俺の様子の変化に気付いた兵藤が問いかける。

 

「どうした紀伊国!?」

 

「…わかった」

 

「?何がだ?」

 

「ゼノヴィアさんの言葉だよ!あの人が何言ってるのかはっきりわかった!」

 

今まで微塵も理解できなかったゼノヴィアさんの言葉がはっきり日本語として聞こえた。

 

思えばあのフリードも流暢な日本語で喋っていたのにまるで気が付かなかった。本当はあのフリードも俺の知らない外国語をペラペラ喋っていたのだろう。ゼノヴィアさんが来て初めて気付いた事実だ。

 

恐らくは神器の力か。こんな便利な翻訳機能も付けてくれたのかあの駄女神は。眼魂はばら撒いたくせに変なところに気を使うな…。

 

「イッセーくん、紀伊国君、おまたせ!」

 

「イリナ!」

 

更なる応援も駆け付けた。形勢が逆転し始めた。

 

「貴様ら反逆の徒はまとめて私が断罪してくれるッ!」

 

長剣を向け、堂々と宣言すると疾風のごとき速さで一気に銀髪のエクソシストへと突っ込んでいった。

 

フリードは再び剣を構え…。

 

「戦うと見せかけてのバイなら!」

 

「…っ!」

 

蛇のごときスピードでポケットから小さな球を取り出し地面に叩きつけた。

すると眩い光が辺り一面を照らし、俺たちの視界を一気につぶした。

 

光が晴れるころには狂人と大司教の姿はとうに失せていた。

 

「逃げられた!」

 

「まだだ、追うぞイリナ!」

 

紫藤さんが頷き、ゼノヴィアさんとともに教会の向こうへと馳せていった。

 

「僕も!」

 

木場もその後に続いた。

 

「俺たちもお」

 

意を決し俺たちも駆けださんとしたその時。

 

「これはどういうことかしらイッセー?」

 

「力の流れがおかしくなっている思ったら…説明してもらいましょうか、匙」

 

静かに怒りをにじませた声が俺たちの足を止めた。

声の主は言うまでもなく、グレモリー先輩と会長さん。

 

「ぶ、ぶぶぶぶ部長!?」

 

慌てふためく兵藤。塔城さんはバツが悪そうに顔をやや伏せた。

 

「終わった……」

 

匙に至ってはうなだれ絶望のオーラを放ち始めた。…そんなに怖いか。

 

だがまあ、俺にはあのお二方と主従関係はない。この場から退散しようと歩を一歩進めるが。

 

「紀伊国君、あなたからもじっくり聞かせてもらうわ」

 

「Oh…」

 

有無を言わせぬ声色で止められてしまった。そううまくは行かせてくれないらしい。

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

「はぁ…あなた達ね」

 

教会を離れた俺たちは町の公園で正座と事情説明をさせられていた。。

 

匙、俺、兵藤、塔城さんの順に並んでいる。グレモリー先輩と会長さんの表情には怒りと呆れの色が混ざっている。

 

「匙、あなたは本当に困った子ですね」

 

「「「「すみません…」」」」

 

揃って謝罪の言葉を述べる。申し開きのしようもない。

 

「裕斗はゼノヴィアやイリナと共にバルパーを追っていったのね?」

 

「はい…多分あいつは連絡を寄こさないでしょうね…」

 

恨みに恨んできたエクスカリバーを目前にした木場は今復讐の権化と化しているだろう。きっと俺らより自身の復讐を優先するはずだ。先輩が塔城さんに問いかける。

 

「…小猫、どうしてこんなことを?」

 

「裕斗先輩がいなくなるのは寂しいです…」

 

寂し気に顔をうつむかせる塔城さん。それを見たグレモリー先輩はため息をついた。

 

「あなたたち、自分のしたことの重大さを理解しなさい。下手すれば悪魔と教会の関係を大きく揺るがすことなのよ」

 

「「ハイ、すみませんでした部長…」」

 

「…馬鹿ね、あなたたち」

 

グレモリー先輩は二人を優しく包み込むようにそっと抱き寄せた。

 

やっぱり先輩って母性があるなーと思った合宿期間と今日。数秒その状態を続けた後、今度は俺に問いかけた。

 

「あなたは何故彼らに協力したのかしら?」

 

「俺は自分の力と向き合いたくて…」

 

俺の返答に先輩は呆れの混じったため息をついた。

 

「ハァ、それなら他にも方法はあったでしょうに…」

 

突然、隣から匙の悲鳴が聞こえた。

 

「イタァイッ!」

 

「悪い子にはお仕置きです!」

 

「ぎゃああっ!すみませんでした会長!ですから許してぇ!」

 

隣で会長さんに尻を突き出した匙が猛烈なビンタを尻に受けている。叩く会長さんの手にはほのかな青い光が宿っている。その威力は匙の悲鳴が物語っていた。

 

…まさか魔力を込めたビンタ!?

 

「…さて、あなたたちにも一発入れておこうかしら。イッセー、勝手な行動をした罰よ」

 

グレモリー先輩が片手に淡い赤い光を宿した。その目は兵藤だけを向いていた。

怯えた声を出し、兵藤が問うた。

 

「ひぃっ!ぶ、部長!木場はどうするんですか!?」

 

「使い魔を捜索に出したわ、発見次第皆で迎えに行きましょう。さあ、イッセー尻を出しなさい!尻たたき百回よ!」

 

「ちょっ!部長!?」

 

塔城さんに目を向けると今度は俺に縋るような目線を送ってきた。それに俺は笑顔で答えた。

 

「ほら兵藤、早くやれよ。痛みは一瞬だぞ?」

 

「紀伊国ィ!俺を売ったのか!?」

 

こいつはときどき女子剣道部の覗きとかやってるみたいだから日頃の悪行の罰も兼ねて受けた方がいいと思う。

 

「何を言っているの?あなたも尻を出しなさい」

 

…は?

 

「え、な、何故にですか!?」

 

俺はこいつの行動に付き合いこそした。だが同じ塔城さんは罰の対象になっていない。匙は主たる会長さんが許さなかったみたいだが。思い当たる理由は全くない。

 

「私の下僕の裸は高くつくわよ?」

 

「あっ」

 

言われて思い出した。先日見た塔城さんとアルジェントさんの裸。後になぜこうなったか塔城さんに尋ねたら兵藤が紫藤さんに放った『ドレスブレイク』なる女性の衣服のみを弾けさせる技がフレンドリーファイアしてしまって結果だと言った。

 

「って兵藤ォォォ!!お前のせいじゃないかァァァ!!」

 

「紀伊国先輩も反省した方がいいと思います」

 

救いはなかった。当の兵藤は宙に目を泳がせて下手な口笛を吹いていた。

 

「いや、ちょ!魔力を込めた尻たたき百回なんて悪魔はともかく人間の俺がそんなことされたら死にますよ!ね、そうですよね!?」

 

「安心しなさい、その点を考慮して加減はするわ」

 

「ぎゃああああっ!会長オオオオオ!!」

 

近くから聞こえる匙の悲鳴がより一層俺の恐怖を煽る。会長さん容赦ないな…。

 

「加減してもダメなものはダメでしょう!?」

 

恐怖をこらえながらも必死に抵抗を続ける。

 

「勘弁なさい。あなたもさっき言ったじゃないの、痛みは一瞬だ、てね」

 

俺の台詞を利用されてしまった。もう俺には罰を受ける選択肢しかないのか。

 

「ウウ…ハイ…」

 

渋々尻を突き出す。俺の隣で兵藤が爽やかな笑顔とサムズアップで語りかけてきた。

 

「紀伊国!俺と一緒に地獄に落ちようぜ!」

 

クソォ!尻を叩かれるのはお前だけじゃないのかよ!ナズェダ!ナズェ!!

 

「兵藤ォォォォォ!!」

 

「さあ、始めるわよ!!」

 

その後、悲痛な叫び声が夜の公園に響き渡ることになった。

 

 

 




レーティングゲームで大暴れしたからか今回の悠は大人しいです。
まあまた大暴れしますけど。




次回、いよいよ決戦。


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第20話 「地獄の番犬デカm…ケルベロス」

遂にUAが10000を突破しました!
こんな拙作を読んでいただきありがとうございます。
今後の予定としては三章最終話→ヒロインの絡みと新キャラ紹介も兼ねた外伝→設定→特別企画になっています。
これからも『ハイスクールS×S  蒼天に羽ばたく翼』をよろしくお願いします!
真DxD読みました。今後が楽しみな展開ですね。本戦は第4、5、7試合が見たいなと思っています。DXでやらないかな。

ついに黒白パンドラパネルとロストボトルのセットが…。ブラッドの再現は大変になる
なぁ…。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
13.フーディーニ


「お兄ちゃん、テストの結果はどうだったの?」

 

ショートカットにした黒髪を持つ俺の妹、凛が頬図絵を突きながら先日のテストの話題を振ってきた。

 

コップの麦茶をあおって、記憶の引き出しを引っ張りながら質問に答える。

 

「あー、まあイマイチってところかな」

 

俺の返事にむすっと頬を膨らませて

 

「もうお兄ちゃんったら、いっつもテストの結果をそうやって誤魔化すんだから!」

 

その様子に我ながらかわいい自慢の妹だなと思う。俺よりも勉強ができて、頭もいい。

クラスの隅にいる俺と違って凛はクラスの人気者だ。

 

「いや誤魔化すっていうか本当にそうなんだが」

 

「本当にー?」

 

「本当だよ」

 

「そういえば」と話題を変える。

 

「お前、時間は大丈夫なのか?待ち合わせに間に合わなくなるんじゃないのか?」

 

今日は確か凛が友達と遊ぶ予定を入れていたはず。俺の言葉にハッとした凛が壁掛け時計を見る。

 

「あっ、もうこんな時間!」

 

ガタっと椅子から立ち上がってバッグを肩にかけ、玄関に向かった。

 

テーブルに凛のスマホが無造作に置かれているのを認めた俺は慌ててそれを手に取り玄関にいる凛の下へ駆け寄った。

 

「ほら、携帯忘れてるぞ」

 

スマホを手渡すと「ありがと!」と礼を返した。

靴を履き終えて玄関を開けると外に出ていった。

 

「それじゃ、行ってきまーす!」

 

「行ってらっしゃい」

 

優しく笑いながら笑顔で手を振ってくる妹を見送った。

 

これは俺が妹と過ごした最後の記憶。それから一時間後、悲劇のニュースが俺の下に舞い込んだ。

 

 

 

 

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「……」

 

罰ゲームを終えて帰宅した俺は一通り家事を済ませた後、テーブルに頭をのせて舟を漕いでいた。疲れもたまって、風呂に上がってすぐに眠気に襲われてしまったのだ。

 

「シャー!」

 

「……」

 

「シャー!」

 

「!!?」

 

右耳の鋭い痛みが俺の意識を強制的に覚醒させ、一気に俺の瞼を持ち上げた。

 

「痛った!何するんだ!?」

 

視界に移ったおそらく噛みついたであろう相棒を追及せんとするが、当の相棒はインターホンのある方向へと首をブンブンとふった。

 

「あ?」

 

インターホンから音が鳴っている。あれに出ろということか。確か今日は配達物はなかったと思うしこんな夜に誰が来たというのだろうか。

 

「痛っつ…尻が痛い…」

 

今だ痛みがうずく尻を抑える。手加減してくれると言ってたけど容赦なかったな…あの人。

 

インターホンのスクリーンを確認するとそこには見知った顔が映りこんでいた。

 

「兵藤?」

 

通話ボタンを押す。今の俺は尻を叩かれ、夢見を邪魔されて機嫌が悪い。

そのためいつもより低い声で応じてしまった。

 

「何だ、エクスカリバー破壊団は解散したんじゃなかったのか?」

 

『話は後だ、急いで学校に来てくれ!』

 

真に迫った兵藤の声にびっくりしながらもなんとか返事をする。

 

「は、はぁ…」

 

急かされるままに俺は制服に着替えると、玄関を出て学校に向かった。

 

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

「で、一体何の用ですか?」

 

急いで学校に駆けつけてみると校門の前に見慣れたオカルト研究部メンバーと会長さんと匙たちが集まっていた。

 

初めて見る人も数名いた。一体誰だろう?質問に答えたのはグレモリー先輩だった。

 

「この学校全体を、生徒会のメンバーが結界で覆ってるわ」

 

「結界?」

 

改めて学校を見るが特に変わったところはない。多分人間には見えないけど悪魔には見えるようになっているんだろう。神器がなければ俺はただの人間だからな。

 

生徒会のメンバーって、もしかして会長さんと話している人たちだろうか。匙や会長さん以外のメンバーを見るのは初めてだ。

 

「どうしてそんなことを?」

 

俺は結界の理由を先輩に訊いた。

 

「コカビエルが現れたのよ。フリードとバルパー、奪われた聖剣も全て一緒よ」

 

「コカビエル…!」

 

確か堕天使の組織、グリゴリの幹部だったか。そしてこの一連の事件の黒幕でもある。バルパーやフリードと一緒に表に姿を現したということは何かを起こそうとしているということだろう。

 

「コカビエルが本気を出せばこの町なんて簡単に消し飛ぶわ。彼は神や魔王と戦い生き残った強者よ。これは少しでも被害を抑えるための処置よ」

 

…ここでコカビエルが暴れるということか。そしてここにいるオカルト研究部の面子で戦う。つまりは決戦だ。

 

この場にいないメンバーを思い出し、その行方を兵藤に尋ねた。

 

「おい兵藤、木場達はどこにいるんだ?」

 

「わからない、でもイリナがフリードにやられてエクスカリバーを奪われてしまったんだ」

 

「紫藤さんが!?」

 

フリードとの戦いの後、木場とゼノヴィアさん、紫藤さんは3人で逃亡したフリード達の行方を追っていった。

 

まさかこんなことになるなんて…。残る二人の安否も確認したいところだ。記憶はないが幼馴染という人物の負傷に心が痛んだ。

 

「幸い、アーシアのおかげで一命は取り留めた。今は会長さんの家で安静にしている」

 

無事を知り取り敢えず安心した。

 

「そうか。エクスカリバーって…あの日本刀がか?」

 

旧校舎の裏で二人を見た時、紫藤さんが使っていたのは紐に変化した日本刀。ヨーロッパのエクスカリバーがこの極東の国の刀と同じ形状をしているとは考えにくいが。

 

兵藤とは違う静かな声が俺の疑問に答えてくれた。

 

「あのエクスカリバーは『擬態の聖剣《エクスカリバー・ミミック》』。どんなものにも形を変えられます」

 

隣を見ると会長さんがいた。眼鏡をクイッと上げて続ける。

 

「話は変わりますが私たち生徒会は結界の維持に努めます。…ですが学園に被害が出るのは避けられないでしょうね」

 

会長さんは学校の方へと目を向けた。忌々し気な視線は恐らくあの中にいるコカビエルに向けたものか。

 

…会長さんはそれだけこの学校が心配なんだな。なるべく校舎を壊さないように戦えないものか。

 

「私たちオカルト研究部は結界の中でコカビエル達と戦うわ」

 

先輩の言葉にオカルト研究部の皆が頷く。その様子を見ていた会長さんが心配そうな声色で先輩に提案した。

 

「…リアス。あまり言いたくはないのだけど勝ち目はほとんどないわ。今からでもルシファー様に」

 

「それなら既に打診していますわ。加勢の到着は一時間後ですわ」

 

「朱乃!」

 

姫島先輩の報告に先輩が声を上げた。サーゼクスさんが来るのか!魔王が加勢に来てくれるなんてこれほど心強いものはない。

 

「リアス、先月のお家騒動はイッセー君のおかげでどうにかなったけどこれはもうあなた個人で解決できるレベルを超えているわ。魔王様の力を借りましょう」

 

姫島先輩がいつものニコニコした顔ではなく、真に迫った表情で先輩に詰め寄った。

 

ライザーとの先輩の婚約は先月の婚約パーティーでサーゼクスさんの許しを得た兵藤とライザーの決闘の結果、破談になった。

 

姫島先輩の説得に先輩は渋々首を縦に振った。

 

「…わかったわ。生徒会はディフェンス、私たちはオフェンスよ。加勢が到着するまでの間、コカビエルの注意を引き付ける。これはゲームじゃない、死戦よ。それでも、皆生きて帰りましょう!!」

 

「「「はい!!」」」

 

声を揃えてオカ研の皆が答えた。

 

気合は十分みたいだ。…ゲームではなく死戦か。ゲームのように負けても転移されて治療を受けられるのではなく、実戦は本当に死んでしまう。そう思うと緊張に顔がこわばった。

 

このタイミングでオカルト研究部にも生徒会にも属さない俺の役割を訊く。

 

「あのー、俺はどうすれば?」

 

「あなたももちろんオフェンスよ」

 

先輩がさも当然というように答えた。

 

「デスヨネー…」

 

ふと先輩が手元に小型の魔方陣を展開し、見慣れた形状のアイテムを取り出した。

 

「忘れていたわ、これを使って頂戴」

 

手渡されたのは合宿の時に借りた4つの眼魂。

 

ありがたい。この4つの眼魂があればかなり戦いやすくなる。

 

「わかりました、やってみます…そういえば」

 

「何かしら?」

 

もう一つ、一番気になっていたことを先輩に訊いてみた。

 

「コカビエルって何でこの事件を起こしたんですかね?大戦で種の危機に陥ったのに何で勢力間の関係を悪化させるようなことを…」

 

先の大戦を経て、悪魔は魔王を、天使側は四大セラフを2人も失い、元々天使が堕天することで生まれるために勢力が他二つと比べて小さい堕天使は真っ先に手を引いていった。

 

エクスカリバーを強奪すれば天使側との関係悪化は免れないし、サーゼクスさんの妹の町で暴れたら優しくて妹思いのサーゼクスは黙っていないだろう。

これ以上の戦争は種の危機もあって誰も望まないはず。

 

「それこそが奴の目的なのよ、奴は戦争を起こすつもりよ」

 

「戦争を…!?」

 

部長の返答は予想を裏切るものだった。

 

「教会からエクスカリバーを強奪して天使側の関係を悪化、魔王様の妹たる私の町で暴れてお兄様を引きずり出すつもりなの」

 

「サーゼクスさんを引きずり出す…」

 

まさか戦争目的でこんなことをするとは。

 

…もしかしたら俺たちがサーゼクスさんを呼ぶように仕向けたのかもな。そうするしかなかったとはいえ奴の思惑通りになってしまったという訳だ。

 

「奴が言うには先の大戦が中断されて不完全燃焼ということらしいわ…迷惑な話よね、個人の欲のために世界を巻き込もうだなんて」

 

先輩が物憂げな視線を学校に送る。

 

…戦争狂の堕天使幹部か。ホント、恐ろしい奴がこの町に来たものだ。

 

「紀伊国君、改めてお願いするわ…奴の企みを止め、戦争を起こさせないためにあなたの力を貸して頂戴」

 

先輩がそっと俺の手を両手で握る。真っすぐな視線が俺を捉えて離さない。

 

…ここまで来て、引き下がれるかよ。

 

「…俺なんかがどこまで皆の役に立つかはわかりませんけど、頼まれたからにはやってみます」

 

「…ありがとう」

 

安堵の息を漏らしながら先輩が礼を言った。

 

「紀伊国」

 

後ろから声をかけられ、振り返ると匙がいた。

 

「俺は一緒に行けないけど、頑張れよ。後は任せた」

 

匙が肩をポンと叩く。俺は微笑みながら自分の尻を指さしながら返事をした。

 

「ああ。…そうだ、尻を労れよ」

 

「それはこっちのセリフだっての」

 

決戦前の他愛もないやり取り。でもこの軽口で幾分かは緊張がほぐれた。

いよいよ、このエクスカリバーを巡る事件もクライマックスだ。

 

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

正門から学校に侵入した俺たちは異様な光が見える校庭へと走った。

 

校庭にたどり着くとそこには異様な光景があった。

校庭一面に魔方陣が描かれており、その中央には4本の剣が宙に浮いている。

うち2本は見覚えがある。日本刀の形をしたものは紫藤さんが使っていた『擬態の聖剣』だ。そしてもう一本はフリードの『天閃の聖剣』。ということはあそこにあるのは全部エクスカリバーか!

 

その近くに、バルパーの姿もあった。

 

「…あいつ、一体何を…?」

 

「四つのエクスカリバーを一つにするのだ」

 

〈BGM:時空竜 召喚(遊戯王ZEXAL)〉

 

兵藤の呟きに応えたのは天からの声。皆がそろって空を見上げた。

 

宙に浮く玉座に座る鋭い目つきと厳めしい顔つきを持つ堕天使の男。

装飾の施されたローブを纏い、その背には10枚の黒翼がある。それだけで奴がどれほどの格か理解できた。

 

「あれがコカビエル…」

 

堕天使幹部にして、この事件の黒幕。

奴がバルパーに声をかけた。

 

「バルパー、作業はどのくらいで終わる?」

 

「五分もかからんよ」

 

「そうか」

 

奴の視線がバルパーから俺たちに向いた。

 

それだけの動作にゾッとした。威圧感、プレッシャー。奴の持つそれがひしひしと感じられた。奴はがっかりと言った調子で話した。

 

「なんだ、魔王の妹君か。サーゼクスかセラフォルーのどっちか楽しみにしてたんだが」

 

「あなたの相手は私たちよ!」

 

その言葉の直後、何かが空を切った。

 

ヒュン!という音の後聞こえたのはドォォォン!という爆音。聞こえたのは体育館のある方角。

 

「ッ…!!そんな…」

 

爆発の跡には何も残らなかった。いや、その中心に先ほど投げられた槍が刺さっている。そのサイズはレイナーレやミッテルトが使っていたものとは比べ物にならないほど大きい。ただの一撃で、一瞬にして俺たちの体育館は消え失せてしまった。

 

これが堕天使幹部の力。過去の大戦で神や魔王と戦った猛者。次元が、桁が違いすぎる。今ので理解してしまった。今の俺たちが戦える相手じゃない。ライザーとは訳が違うやつとゲームではなく本当に命を懸けた実戦で戦わなければならない。本当に勝てるのか俺たちは?

 

そのバカげた力のスケールに足がすくむ。じりじりと後ずさる。呼吸が荒くなり始める。やつの一撃は、圧倒的な力の差を知らしめ俺の心に恐怖の楔を打ち込むには十分過ぎた。

 

…いや、一時間だ。それまで凌げば後はサーゼクスさんが何とかしてくれる!そう思って尻ごむ心を何とか立ち直らせる。

 

「つまらんな…まあいい」

 

コカビエルがパチンと指を鳴らす。

 

「どれ、まずは俺のかわいいペットたちと遊んでいけ」

 

地面にひときわ大きな魔方陣が展開すると、そこから何かが這い出てきた。

 

殺戮に飢えたぎらつく赤い目、黒い毛の生えた巨体、そして何よりも目を引くのは3本の犬の首。

 

3つ首の犬なんて俺の知る限り一つしかない。化け物が吼える。

 

「GRRRRR!!」

 

「首が三つある犬!?」

 

「地獄の番犬ケルベロス…!地獄から持ち出したというの!?」

 

ゲームでもお馴染みの地獄の番犬ケルベロス。それがゲームではなく現実に俺たちの目の前に現れたのだ。

 

「よくわかんないけどやばいってのはわかりました!」

 

「皆、行くわよ!」

 

「行くぜ、ブーステッド・ギア!」

 

〔Boost!〕

 

皆が戦闘態勢に入る。俺もそれに応じてドライバーを出現させる。

 

〈BGM終了〉

 

「イッセー、あなたは「譲渡」の力でサポートして頂戴。それと譲渡は何回使えるかしら?」

 

尻たたきの後に聞いたが兵藤はレーティングゲームの際、『譲渡』という力に目覚めたという。籠手の能力で倍加した力を対象に『譲渡』し、パワーアップさせる効果。

 

「俺のパワーアップも合わせると持って3、4回です」

 

「無駄撃ちはできないわね…わかったわ」

 

「GAR!」

 

3つ首は片やじっと様子を伺い、片や低くうなり、片や凶暴に吼える。

 

〈BGM:乱戦エクストリーム(仮面ライダーW)〉

 

〔アーイ!バッチリミロー!バッチリミロー!〕

 

スペクター眼魂を挿し、パーカーゴーストを出現させて変身待機状態に入る。

 

「変身!」

 

レバーを引いて、眼魂に秘められた霊力を解放する。

 

〔カイガン!スペクター!レディゴー!覚悟!ド・キ・ド・キ・ゴースト!〕

 

〔ガンガンハンド!〕

 

スーツとパーカーゴーストを纏って、フードを取り払うと早速ガンガンハンド 銃モードを呼び出して銃撃を開始する。

 

「GAW!」

 

命中した箇所から肉が爆ぜた様子はない。…硬いな。

 

「食らいなさい!」

 

「消し飛べ!」

 

雷と滅びの力の連撃を受けるがまだピンピンしている。かなりの頑丈さも備えているようだ。

 

「隙あり」

 

先の攻撃で先輩達に注意を向けたケルベロスに塔城さんがアッパーをかます。

ケルベロスの巨体がぐらつき、態勢を崩した。これを機に一気に攻め込もうとした矢先。

 

「フン」

 

パチン!とコカビエルが指を鳴らすと次々に魔方陣が地面に浮かび上がった。

そこから影が現れた。

 

「おいおい…」

 

さっき見たのと同じシルエット、唸り声、そして巨体。

 

「GAOOOOOO!!」

 

「GRRRRRR…」

 

「GAW!!」

 

現れたのは三匹のケルベロス。うち一匹は他の三匹よりも一際大きい。

一匹は兵藤とアルジェントさんの方向へと走っていき、もう二匹はこちらへと向かってくる。

 

…戦力を分散させて倒す気だ。ここはゴーストチェンジを駆使して抑えるしかないか!

 

「先輩!二匹とも俺がなんとか抑えるんでその間に他の二匹を倒してください!!」

 

「わかったわ!」

 

ガンガンハンドでこっちに向かってくるケルベロスの顔を狙って撃つ。

あまりダメージは通っていないようだが狙い通り注意が俺一人に向いた。

 

「こっちだ!」

 

先輩達から離れながらも銃撃を続け、こっちへとおびき寄せる。

先輩達が他の二匹を倒すまで持ちこたえるか、倒しさえすればいい。が…。

 

「GAW!!」

 

ケルベロスたちは容赦なく豪炎を吐く。回避に努めながらも舌打ちする。

 

「くそ…流石にこれは分が悪すぎ…ん?」

 

〈BGM終了〉

 

突然聞き覚えのある軽快な音楽が鳴りだした。音楽に聞き覚えのある俺は何事かと思い懐からコブラケータイを取り出し画面を開く。

 

するとスクリーンにある数字が映し出されていた。『1987』。見覚えのない番号だ。しかしこの軽快な音楽はメール受信の音。ということは。

 

「…これを入力しろってか」

 

画面が指示する通りの番号を入力する。

 

「のわっ!」

 

ケルベロスたちが待ってくれるはずもなく、鋭利な爪を振るい俺の命を刈り取らんとする。

 

最後の数字を入力して数秒の後だった。視界に暗い影が映りこんだ。その形は人の物でもケルベロスの物でもない。それは俺の後ろからケルベロスの方へとゆっくり進んでいく。影の正体を確かめようと空を見上げる。

 

そこにあったのは舟だった。ボロボロの白い帆『ミラージュマスト』を掲げ、船首には主砲『セイリングキャノン』を備えており船体の左右からはトカゲのような腕『レプティルアーム』が生えた異形のシルエット。

 

「あれは…キャプテンゴースト!」

 

〈BGM:ブレイヴ!(バトルスピリッツ ブレイヴ)〉

 

船は宙を航行しながら変形を開始し、フードを被ったイグアナにも似た姿『イグアナゴーストライカー』になった。重力に従って落下し、ドスン!と砂煙と轟音を立てると初陣を喜んでいるかのように吼えた。

 

「ガオオオ!!」

 

背を見ると、本来の『マシンゴーストライカ―』の代わりにマシンフーディーが搭載されている。

 

…折角のバイクなのに免許がないせいで完全に置物と化していたこいつがこんなところで活躍するとは。

 

「GRR!GAW!!」

 

それに呼応したこの場にいる4匹の中で一番大きなケルベロスがイグアナに向かって走り始めた。

 

「頼んだぞ、イグアナ!」

 

「ギャウギャウ!」

 

ポンポンと叩くと嬉しそうに唸り、自分に敵意を向けるケルベロスへと駆けだした。

 

「GAW!」

 

俺を忘れるなと言わんばかりにさっきまで相手をしていたケルベロスが爪を振るう。

間一髪、転がりながらもそれを回避する。

 

「うわっと!こいつでどうだ!」

 

早速借りた眼魂を使わせてもらおう。青い眼魂でライザーを圧倒したフォームに変身する。

 

〔カイガン!ニュートン!リンゴが落下!引き寄せまっか!〕

 

「GAW!」

 

ケルベロスが炎を吐く。冷静に斥力を操る右手を向け、フォースフィールドを発生させる。

 

「無駄」

 

斥力が豪炎を打ち消す。今度は左手の引力で校庭の砂を一気に引き寄せる。

 

「そいや!」

 

集めた砂を斥力で飛ばし、ケルベロスに浴びせる。目に入ったのか鋭利な爪で自分の目を掻き始めた。

 

その隙にケルベロスの腹下に滑り込むように入り、ドライバーのレバーを引く。

 

〔ダイカイガン!ニュートン!オメガドライブ!〕

 

増大した霊力が斥力となってケルベロスの腹にぶつかり、巨体が弾かれたボールのように空へと飛んで行った。

 

「GAW!?」

 

「打ち上げケルベロス、上から見るか下から見るか」

 

まだまだ遠のくケルベロスを見上げながら、ビリーザキッド魂へとゴーストチェンジする。

 

〔カイガン!ビリーザキッド!百発百中!ズキューン!バキューン!〕

 

「俺は下から撃つ」

 

召喚されたガンガンセイバー ガンモードがバットクロックと合体して銃口がせり出し、ライフルモードになる。

 

落下を始めたケルベロスが吐き出した炎を砲撃で相殺し、そのままドライバーにかざし、霊力を蓄え始めた。

 

〔ダイカイガン!ガンガンミナー!ガンガンミナー!〕

 

コウモリ型のグラフィックが出現し、標的をロックオンした。

それを見て、トリガーを引いた。

 

〔オメガインパクト!〕

 

あふれんばかりの茶色の霊力がケルベロス目掛けて真っすぐに放たれた。着弾すると大きく爆炎を上げた。

 

しかし、爆炎から腹に大きく傷を負ったケルベロスが姿を現した。なおも敵意をぎらつかせるケルベロスは落下を続ける。

 

「ッ!まだなのか!」

 

急いで眼魂を抜き取り、ノブナガ魂にゴーストチェンジする。

 

〔カイガン!ノブナガ!我の生き様!桶狭間!〕

 

〔ダイカイガン!ガンガンミロー!ガンガンミロー!]

 

素早くガンガンハンドをドライバーにかざし追撃の準備をする。

周囲にガンガンハンドの幻影が出現し、俺の初撃を待つ。

殲滅の合図となるトリガーを引いた。

 

〔オメガスパーク!〕

 

本体の銃撃を機に一斉に幻影も銃口から霊力の火を噴いた。

命中した個所からドドドド!と連鎖的に爆音を上げる。

 

「GAAAAAW!!!」

 

連射を受け続けたケルベロスはついに大きな爆炎を上げて弾けた。流石のケルベロスもダイカイガン二連発には耐えられなかったか。

 

「ふう…皆は!?」

 

仲間の安否が気になり、周囲を見渡すとけたたましい轟音が鳴った。

 

その方を見ると特大の滅びの力と雷に飲まれたケルベロスが消滅したところだった。そして今までこの場にいなかった二人の剣士の存在に気付いた。

 

「木場にゼノヴィアさんも来てくれたのか!」

 

向こうにケルベロスがいない。どうやらあちら側はひと段落ついたようだ。

 

「ガルッ!」

 

獣のごとき声が聞こえた方へ目を向けるとイグアナが一番大きいケルベロス──ボスべロスとでも言おうか──とキャットファイトを繰り広げていた。両者ともに所々爪痕があり、ボスべロスには噛みつかれて真っ赤に血に染まった箇所もあった。

 

「まだ手こずってるようだな」

 

銃を構え、ボスべロスへと突撃する。

 

「はぁぁぁ!!」

 

銃撃して少しでもボスべロスの気をそらそうとするがこの程度の銃撃を奴は意にも介さなかった。

 

「ガウ!ガウ!」

 

「GAAW!!」

 

イグアナがボスべロスの首元に食らいつくがその間に残りの2つの首がイグアナに牙を立てる。

 

イグアナが痛みに呻いた。その時、赤い魔力と雷が宙を走り、ケルベロスの首元を焼いた。イグアナに食らいついていた首がイグアナを離した。

 

「私たちも加勢するわ!」

 

「躾がなってませんわね!」

 

「横やりを入れます」

 

向こうで二匹のケルベロスを討伐し終えたオカルト研究部のメンバーが駆け付けたのだ。

 

流れが変わった。元のスペクターの姿へゴーストチェンジし直す。

 

〔カイガン!スペクター!レディゴー!覚悟!ド・キ・ド・キ・ゴースト!〕

 

「塔城さん、同時に仕掛けて足を崩そう」

 

塔城さんがこくりと頷き、拳に魔力を込め始める。

その間、ガンガンハンドをロッドモードに変形させてドライバーにかざした。

 

〔ダイカイガン!ガンガンミロー!ガンガンミロー!〕

 

「はぁぁぁ…ふっ!」

 

「はっ」

 

アイコンタクトの後、一斉に馳せる。俺は右、塔城さんは左。

 

ボスべロスが炎を吐き出さんとするが、口に炎を蓄えた段階で雷と滅びの力を叩き込まれ妨害される。

 

その間にも奴の前足の元に接近する。トリガーを引き、纏わせたエネルギーを解放する。

 

「らぁぁぁ!!」

 

〔オメガスマッシュ!〕

 

「はっ!!」

 

各々の一撃を叩き込んだのは同時だった。霊力を纏った一撃が、魔力を宿した拳打が前足の快音を響かせながら前足の関節に命中した。バランスを崩したボスべロスは一気に前のめりに倒れこんでしまった。

 

「GAW!?」

 

「雷よ!」

 

「食らっておきなさい!」

 

「はぁ!」

 

雷が、滅びの力が、魔剣の剣山が3つの首を同時に命中し抵抗せんと唸るボスべロスを黙らせた。

 

「とどめは任せろ!!」

 

宙に躍り出たのはゼノヴィアさん。落下の勢いを合わせて長剣を力強く振り下ろした。

 

「はぁぁぁぁ!!」

 

聖剣がボスべロスの皮膚を深々と裂いた。傷口から煙がシューシューと上がり、断末魔の悲鳴を上げたボスべロスは間もなく塵も残さず消滅した。

 

「…ふう、一狩り終了ってな」

 

〈BGM終了〉

 

ガンガンハンドを肩に乗せ、安堵の息をつく。

 

…あれが聖剣の退魔の力か。悪魔や魔物に効果抜群という。堕天使に効果は…多分ないだろうな。もし効果抜群だとしたら連中もエクスカリバーを破壊するだろうし。

 

「紀伊国!あのトカゲはなんだ?お前が呼んだのか?」

 

兵藤がイグアナに一瞥すると問いかけてきた。先輩達も気になるようで俺の答えを待っている。

 

アルジェントさんは恐れることなくイグアナを撫で、イグアナもそれに喜んでいる。

 

「ああ、『イグアナゴーストライカー』…ま、俺の使い魔二号みたいな感じか?」

 

「使い魔にしては魔の気配を感じないが」

 

ゼノヴィアさんの指摘を受ける。

 

「…まあ、あくまで使い魔みたいなもの、ってことで」

 

しかしゼノヴィアさんはまだ納得した様子を見せず、さらなる質問をぶつけてきた。

 

「君は、私の言葉が通じないんじゃなかったのか?」

 

「今は神器の効果で通じるようになってるんだよ」

 

「…そうか」

 

俺の返答に一応の納得した様子を見せた。不意にグレモリー先輩が赤い魔力を滾らせ、空へと放った。

 

「消し飛べ!コカビエル!」

 

空に座するコカビエルへと放たれた魔力。食らいつかれる間際でもコカビエルは慌てることもなく翼をはためかせると一瞬に全てを消滅させる魔力は消滅させられてしまった。

 

…先輩の滅びの力は効かないのか。

 

コカビエルの視線が攻撃を放った先輩にではなく俺に向いた。

 

「…なるほど、貴様が報告にあった人間の戦士か。変わった神器を使うというのは本当のようだ」

 

「ガルルルル!」

 

イグアナが威嚇するようにコカビエルを見上げて低く唸る。

ヒュッと隣で風切り音が聞こえた。反射的にそちらを向くと。

 

「ガ…ウ……」

 

「イグアナ!!」

 

大きな光の槍に頭を貫かれ、ぐったりと倒れるイグアナの姿。ぴくりとも動かずその目は閉じられている。

 

「そんな…おい…」

 

何度も叩くがピクリとも動かない。頭が急速に冷えていく。見上げるとコカビエルはニヤニヤとその様子を見ているだけだった。

 

…いつでもお前たちをこうすることが出来るんだぞとでも言うのか。

 

ふと視界の端に眩い光が差し込んだ。

 

「──完成した」

 

続くバルパーの声。その声は感動からか震えていた。

 

校庭の中央にある四本のエクスカリバーが一際眩しい光を放つ。余りの眩しさに手で目を抑えた。光が収まり、目から手を離すと校庭の中央にあったはずの聖剣は姿を消し、代わりに濃厚なまでの神聖なオーラを放つ一本の剣があった。

 

あれが統合したエクスカリバー。黄金に輝く刀身は仄かに青白い光も放っていた。

 

突然校庭に描かれた魔方陣がカッと輝くと消えてしまった。

 

「エクスカリバーの統合で発生した力で魔方陣も完成した。二十分後、この町は消し飛ぶ」

 

「なっ…!?」

 

突然の宣告に皆が声を上げて驚いた。

 

あの魔方陣は町を吹っ飛ばすための物だったのか!今から二十分。加勢が来る頃にはとうにこの町が吹き飛んだあと。頭にすうっと冷たいものが這う。

 

(そんな…嘘だ…)

 

確かに先輩はその気になればこの町も吹き飛ばせる奴だとも言った。その言葉が現実味を帯びてきた今、実力差への恐怖心はさらに油を注がれた。

 

…20分であの堕天使幹部を倒せるのだろうか。

 

天から見下ろすコカビエルが言う。

 

「解除するには俺を倒すしかないという訳だ。フリード!」

 

「はいよ!」

 

「あいつはフリード!」

 

奴の呼び声にどこからともなくあのイカれたエクソシストが姿を現した。

 

「最後の余興だ。統合されたエクスカリバーを使って戦って見せろ」

 

「了解しやしたぜ、ボス!」

 

軽い足取りで陣の中央へと向かい、黄金の聖剣を手に取った。

 

「さてさてぇ、このスゥープァーでスペシャルなエクスカリバーちゃんで因縁のクソ悪魔たちを首ちょんぱしちゃいますかね!!」

 

狂人の悪意が始まる。

 

 




コブラケータイの電話受信音は電王ロッドフォーム待機音。
メール受信音は仮面ライダークロニクルの起動音。なお気分でよく変える模様。


次回、大技炸裂。


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第21話 「聖魔剣覚醒」

なるべく早く次話を投稿したいな…。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は……
S.スペクター
3.ロビン(借)
4.ニュートン(借)
5.ビリーザキッド(借)
7.ベンケイ(借)
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
13.フーディーニ


「んじゃーまずは、準備運動からァ!!」

 

狂喜の笑みに彩られた顔をしたフリードが馳せる。

俺たちは今、前方をコカビエル、そして大きく離れた後ろにフリードとバルパーに挟まれた状態で校庭にいる。

 

「ッ!」

 

フリードに応じて、ゼノヴィアさんも聖剣を持って駆けた。俺たちもゼノヴィアさんの後に続いた。先輩組は翼を広げて飛び立つとコカビエルに攻撃を放って牽制し始めた。

 

「んんー?ヒャァ!!」

 

二人が各々の聖剣でぶつかり合う。打ち合うたびにフリードの剣は加速を見せた。

夕方戦った時より明らかに速い。ほかのエクスカリバーと統合した影響だろうか。

 

「『天閃』の神速!そして!」

 

フリードが飛び退き、剣をゼノヴィアさんに向けると刀身が伸び、幾重にも枝分かれした。

 

ゼノヴィアさんが対処せんと構えるがゼノヴィアさんに向かう途中で刃が周囲の背景に溶けるように消えた。

 

「『擬態』の変化と『透明』の力!」

 

ゼノヴィアさんはじりじりと下がりながら消えた刃をさばく。

 

「最後は『夢幻』の幻影でございまーす!」

 

フリードの姿が一瞬霞むと、一人、二人、三人とどんどん増えていく。

一斉に飛び出し、次々とその聖剣を血に染めんとゼノヴィアさんに剣技を振るった。ゼノヴィアさんは険しい顔をしながらもなんとか防ぎ切る。

 

最後の剣戟を防御した瞬間、ゼノヴィアさんの聖剣から衝撃波が放たれフリードはそれを後ろに跳躍して回避した。

 

「…これは私一人の手に余るな」

 

額の汗を拭ってゼノヴィアさんが言った。

 

確かに、これは厄介だな。フリードが備える剣のセンスと統合されてさらに強化されたエクスカリバーの4つの能力。武器のレベルも折れた聖剣の一本と、他の四本を一つにしたものといえばどちらが上かは言うまでもない。

 

ゼノヴィアさんが木場に声をかけた。

 

「木場裕斗、まだ協力関係が生きているなら協力してエクスカリバーを破壊しようじゃないか」

 

「…いいのかい?」

 

「我々の任務は聖剣の奪還、最低でも聖剣の基になっている『かけら』を回収できればいい。──剣は使い手を映す鏡だ。あれはもはや聖剣ではない」

 

ゼノヴィアさんは、どこか憐れむような目でフリードのエクスカリバーを見た。伝説の聖剣もあんな狂人につかわれては可哀そうだ。早いところフリードを倒して奴から解放したいものだ。

 

「それから紀伊国悠」

 

「ん?」

 

今度は俺の方を見た。

 

「フリードを追う際拾ったものだが、使えそうか?」

 

ゼノヴィアさんが手渡したのは赤い眼魂。赤い英雄眼魂と言えば一つしかない。

 

「…ああ、この状況でこの眼魂。タイミングが良すぎて震えるよ」

 

早速手渡された眼魂を起動させ、ドライバーにはめ込む。

 

〔アーイ!バッチリミロー!バッチリミロー!〕

 

ドライバーから出現したのは銀のフレームが巻かれた赤いパーカーゴースト。

レバーを引き、パーカーゴーストを身にまとう。

 

〔カイガン!ムサシ!決闘!ズバッと!超剣豪!〕

 

仮面ライダースペクター ムサシ魂。

肩部を保護する強化フレーム『ハガネノタスキ』の適度な締め付けが神速の斬撃を可能にし、パーカーの赤い布地『カタギヌコート』は二刀流を戦闘スタイルにするこのフォームにおいて重要な接近戦における優れた防刃性と物理攻撃への防御力を持っている。

 

フード部の『ニテンノフード』は空気の流れ、殺気を読み取り敵の動作を予測する。また特徴的なちょんまげにも見える後頭部に装着された『ゴリンノマゲガタナ』は眼魂のベースとなった剣豪、宮本武蔵の剣術のデータから戦術を作成提案する機能を持っている。額の『セツナノハチマキ』は敵の攻撃の見切りを可能にし、顔の『ヴァリアスバイザー』には赤い二本の刀の模様『フェイスデュアルウィード』が浮かび上がっている。

 

ドライバーからガンガンセイバーを召喚、片方の刃を分離し新たなグリップを展開しガンガンセイバー 二刀流モードにする。

 

「おおん?ちょんまげと刀。これがサムライってやつですかい?」

 

なめるように俺を見たフリードが感想を言う。まあ、時代区分としては間違ってないな。

 

「これが噂に聞くジャパニーズサムライか…!」

 

心なしかゼノヴィアさんがわくわくして輝く目でこちらを見つめてくる。外国人ってのは皆サムライが好きなのかね。

 

一歩前に出て、二刀流の構えを取りながら言う。

 

「木場!俺たちがフリードを抑えておくから先にバルパーからやってしまえ!」

 

「っ!わかった!」

 

木場がバルパーの下へ駆け出す。それと同時にフリードも動いた。

 

「させねえってんだよ!」

 

木場に向けて振るわれた凶刃を二振りの刀で受け止める。

 

「それはこっちのセリフだ!」

 

俺とフリード、両者同時に後ろへ飛ぶとフリードが聖剣を『擬態』の効果で伸ばし枝分かれさせた。さらに刃は透明になって消えた。またあのコンボか!

 

「さすがのサムライさんもこのエクスカリバーの前には!!」

 

キィン!突然響いたのは甲高い金属の音。俺が聖剣の攻撃を刀で弾いたのだ。見えないはずの攻撃を防ぐことが出来た理由はこのフォーム特有の見切り能力。透明であっても空気の流れで動きを察知することはできる。

 

さらに片腕を動かし、再度迫る殺気を弾く。弾く、弾く、弾く!

 

「ならもう一段ギアをアゲアゲで行くぜぇぇ!!」

 

見えない殺気が一段と増えた。今までは前方からだったが今度は360度全てからだ。深呼吸をしてその時を待つ。

 

ヒュン!

 

(来た)

 

剣閃を煌めかせ防御する。せわしなく手を動かし、剣と剣がぶつかる火花が散る前にまた新たな火花が生まれていった。自分の腕でカバーできない死角、主に背後からの攻撃は全て肩部に装着された二本の刀『ゴーストブレイド』が自動で防御していた。

 

剣を振るいに振るって、傍から見れば何もない俺の周囲の虚空に火花に彩られた世界を作った。

 

「これがジャパニーズサムライの力…!」

 

「紀伊国、あいつすげぇ…」

 

「イッセー先輩と同じ赤でもこっちのほうがイケイケです」

 

「ぐはっ!小猫ちゃん、それは言わないで…」

 

「大丈夫です、イッセーさんもカッコイイ赤です!」

 

…お前ら、少しは動け!

 

「嘘だろ…てめえ全部見えてやがんのか!!?」

 

「いや、見えないさ」

 

剣をさばきながら奴の言葉に否定の意を突きつける。

 

「はぁ!?なら何で」

 

「空気の流れの変化、後はお前のバレバレな殺気で全部攻撃は読める!」

 

「…ちい、マジかよ…!」

 

こいつホントわかりやすいんだよな。後は表情の変化もとかかな。こいつのイカレ具合を利用する時が来るなんてな。これも全部、英雄眼魂の力だ。素の俺じゃこんな芸当は到底できない。ムサシやビリーザキッドのような何かの技術に特化した眼魂を使っているとその凄さや恐ろしさをひしひしと感じる。

 

こいつの攻撃を全部防げるのはいい。だが問題は…。

 

「…数が多すぎんだよ!」

 

数の多さと速さ。おかげで俺は一歩も奴に近づけない。透明化を解除したらきっと俺は黄金の刃の檻に閉じ込められているように見えるんだろうな。

 

「はぁ!」

 

ゼノヴィアさんが手薄になったフリード本体に向かって飛び出した。

 

「クソが!」

 

伸ばしていた剣を引っ込めて、元の形状で戦い始めた。

 

 

 

 

 

「バルパー・ガリレイ。僕はあなたの『聖剣計画』の犠牲者だ。今は悪魔として、この場にいる」

 

そのころ向こうでは木場とバルパーが対峙していた。険しい顔つきで木場がバルパーに詰め寄る。

 

「ほう、これはこれは。こんな極東の国で出会うとは奇妙な縁だな」

 

バルパーはいつものように汚い笑みを浮かべると、ひと息をつき語り始めた。

 

「─私はね、幼いころから聖剣が大好きだった。聖剣のことについて書かれた絵本を読み、物語を聞いては心躍らせ、聖剣を使うものに憧れた。だからこそ、私に聖剣を使う素質がないと知った時の衝撃は大きかった」

 

どこか遠くを見るような目で、懐かしむような声色で大司教は語る。

 

「憧れは消えず、やがて私は聖剣を使うものを人工的に生み出す研究を始めた。そしてそれは完成した」

 

「なに?完成だと?」

 

怪訝な表情を見せる木場。

 

「そう。研究の中で私は思いついたのだ。聖剣の適性を数値化し、基準値に達するものがいないなら『満たなかったものから因子だけを抜き取ることはできないか?』とね」

 

因子だけを抜き取る…。そうか、低い数値の因子でもそれを集めれば適正値に達する因子を作れるということか!

 

「そうか、聖剣使いが祝福を受けるとき体内に入れられるものは…」

 

ゼノヴィアさんは何か思い当たりがあるようだ。

 

「そうだ、その成果がこれだ」

 

バルパーが取り出したのは透き通るような青い結晶。見る者の心を惹くように青く煌めいていた。

 

「君の同胞を殺し、因子を抜き取り結晶化したものがこれだ。4つあるうち三つはフリードに使ってしまったがね」

 

「俺以外にいた奴らは因子に体が追い付かなくなって死んじまったんだぜ!俺ってすごいでしょー!?」

 

「知るか!」

 

フリードが聖剣で鋭い突きを放つ。見切りの効果で避けながら、避けられないものは刀で弾いた。一撃一撃が『天閃』の効果で速度が底上げされておりムサシの見切りがなければとっくに串刺しにされていたであろう。

 

バルパーが木場の下に結晶を投げ、転がした。

 

「そんなに欲しけりゃくれてやる。環境があれば既に量産できるのでな。聖剣使いの軍団を作り、私を排除したヴァチカンとミカエルに復讐してやるのだ!」

 

それがバルパーの目的か。…こいつもまた、復讐に囚われている。

 

木場は結晶を拾い、そっと抱きしめた。

 

「きゃあっ!!」

 

後ろで声が聞こえた。コカビエルと戦っていた先輩たちがダメージを追い、地面に叩きつけられたのだ。

 

「先輩!」

 

「ふん」

 

玉座に頬図絵を突きながらコカビエルが片手で槍を生成、木場に向かって飛ばした。

 

「木場!危ない!!」

 

「!」

 

結晶に気をとられた木場の反応が遅れた。空を切って迫る槍は地面に突き刺さると衝撃波を放った。ゴウっという音が鳴り、砂煙が上がった。

 

「余所見すんなよ!!」

 

「くそっ、邪魔だ!」

 

時折ゼノヴィアさんと入れ替わりながら攻めるがそれでもフリードは軽口を叩けるレベルの余力を残していた。

 

巻き起こった煙が晴れると、倒れる木場の周りにぽうっと淡い光が浮かび上がった。

一つ、また一つと光は増え、やがてそれは人の形を成した。その光景にフリードすらも動きを止めて見入っていた。

 

「これは…」

 

「戦場に満ちる力が、あの結晶のうちに眠るものを解き放ったのでしょう」

 

姫島先輩がそうつぶやいた。結晶に眠るものということはこの人たちが木場の同士か。皆、同じような服を着ており、同じ様に無表情をしている。

 

「皆…」

 

それを見た木場の頬に一筋の涙がこぼれた。

 

「僕は…ずっと思っていたんだ。僕だけが生きていいのかって。僕よりも夢を見て、希望を抱いていた子がいたのに…僕だけ平穏な暮らしをしていいのかって…」

 

嗚咽を漏らしながら語る。それを聞く魂たちは無表情だった。もう、笑ったり泣いたりする気力すら失ってしまったのか。

 

そんな中、一人の魂が何かを訴え始めた。耳では聞き取れないが、神器の力かハッキリと何を言っているのか脳内ではっきりと理解できた。

 

『僕たちのことはいいんだ。だから、僕たちの分まで生きて』

 

「…!!」

 

木場が目を見開く。すると魂が何かを口ずさんだ。

 

これは歌だ。他の魂も共に歌い始めた。戦場に静かに、優しく響き渡る歌声。その歌には友を思う温かみが込められていた。聴く者の心を鎮める歌にあのフリードやバルパーの表情からも笑みが失せていた。

 

「歌?」

 

それを歌う魂たちの表情は今までの無ではなく笑顔だった。木場もみなと共に歌い始めた。

 

「──これは聖歌です」

 

アルジェントさんはこの歌を知っているようだ。悪魔は聖歌でもダメージを受けるらしいが兵藤たちにダメージを受けて苦しんでいる様子はない。魂の一人が言った。

 

『僕一人では聖剣を使えなかった』

 

それに他の魂も続く。

 

『でも、皆の力が集まればきっと』

 

魂たちが木場の手にそっと触れる。

 

『聖剣を恐れないで』

 

『僕たちはいつだって君と共にある』

 

『僕たちはいつだって』

 

「一つだ」

 

木場の言葉と同時に蛍火のような光が、次第に強まりやがてこの場一帯を覆いつくす眩い光になった。

 

 

 

光が収まると、その中心にいた木場の手に新たな剣が握られていた。

 

「な、なんだその剣は…!?魔と聖が入り混じった力だと…!?」

 

バルパーの顔に初めて驚きの表情が浮かんだ。今まで下品な笑みを浮かべるばかりだったが、今は目の前で起こった予想外の現象に驚きを隠せないでいる。

 

「禁手『双覇の聖魔剣《ソード・オブ・ビトレイヤー》』。同朋の思いを受けて、今至った」

 

赤い紋様が描かれた黒い刀身に白い刃。迸る神々しい光と禍々しい闇。

 

これが木場のバランス・ブレイカーか!おそらく兵藤のように代償を払って発動する不完全なものでなく、本物のバランス・ブレイカー。

 

「馬鹿な…聖魔剣だと言うのか!?ありえん!!フリード!!」

 

「ほいさぁ!」

 

嬉々として新しいおもちゃを得た子供のようにフリードが躍り出る。

 

木場の神速とフリードの聖剣による神速が戦場を駆ける。目にも止まらぬ速度で両者は剣を打ち合い、遂に聖魔剣の刃がフリードの頬をそって撫で、細い傷を作った。

 

「スーパーエクスカリバーを凌駕すんのかよ!?」

 

「真のエクスカリバーなら勝てなかっただろうね…でもその剣で僕たちの思いを断てやしない!!」

 

「クソが!!」

 

今度はエクスカリバーを伸ばして、例の『擬態』と『透明』のコンボを繰り出した。

木場はなんら動じることなく不可視の殺気を捌く。

 

「何で何で何でだよ!!最強の聖剣様が何でクソ悪魔に傷一つ付けられねぇ!?」

 

「君の殺気はわかりやすいからね!」

 

「…何だよ、またそれかよ…!」

 

苛立つフリードの表情は屈辱にまみれていた。するとゼノヴィアさんが一歩前に出た。

 

「…ペトロ、バシレイオス、ディオニュシウス、聖母マリアよ。我が声に耳を傾けたまえ」

 

厳かに呪文を唱えると、虚空に光が生じ始めた。

 

「刃に宿りしセイントの御名において、我は解放す。──デュランダル!」

 

虚空に空いた穴から、鎖が巻かれた青い聖剣が現れた。ゼノヴィアさんが柄を握ると鎖がはじけ飛び聖なる力が解放された。

 

デュランダルって…確か伝説の剣の一つだったな。ゲームでも時々見かけたことがある。

 

「デュランダルだと…!?貴様エクスカリバー使いではなかったのか!?」

 

バルパーが驚愕の声を上げる。それにゼノヴィアさんはにやりと口角を上げて答えた。

 

「私は天然物の聖剣使いだ。真の相棒はデュランダル。エクスカリバーは兼任していたに過ぎない」

 

「馬鹿な…。天然でデュランダルを扱えるに足る因子を持つ聖剣使いだと…!」

 

ゼノヴィアさんの言葉にバルパーは絶句するばかりだった。

 

ゼノヴィアさんがデュランダルを両手で構える。刃がはっきりと見える程濃厚な聖なる力を纏い始める。これはフリードのエクスカリバーを超えるレベルだ。

 

「デュランダルは想像を超えた暴君でね。異空間に閉じ込めておかないと触れたものはなんでも切り刻む暴れ馬さ。伝説の聖剣同士の決戦。初撃で死んでくれるなよ!!」

 

「黙れこのクソビッチがぁ!!」

 

フリードがゼノヴィアさんに殺気を向けた次の瞬間、ガシャン!と虚空に姿を隠しながら伸びていたエクスカリバーが出現し砕けた。

 

ゼノヴィアさんがデュランダルを振るい、攻撃を防いだのだ。たったそれだけでエクスカリバーを砕き、力の余波で地面がえぐれた。

 

「はぁ…!?」

 

フリードはその光景に絶句していた。

 

なんて威力だよあの聖剣!今までこんなものを隠していたのか!

 

呆気にとられたフリードに木場が迫る。エクスカリバーを破壊された事実に気を取られたフリードは反応が遅れてしまった。

 

「はぁ!」

 

木場が渾身の力で聖魔剣を残ったエクスカリバーの本体に振るう。ぶつかった瞬間、エクスカリバーは脆く砕け散り、返す刃でフリードの胸を深々と切り裂いた。

 

「がは…あ……」

 

傷口から血が噴き出し、後ろにどっと倒れこんだ。

 

「やったよ、皆。僕たちはエクスカリバーを超えた…!」

 

木場は聖魔剣をそっと撫でた。

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

「さあ、覚悟を決めてもらおうか」

 

木場が聖魔剣をバルパーに向けた。

 

「馬鹿な…聖と魔、反発しあう二つの力が交じり合うなど…!」

 

念願のエクスカリバーを目の前で完膚なきまでに折られ、バルパーは動揺を隠せなかった。

 

汗をたらし、じりじりと後ろに下がる。

 

「魔を司る魔王が死んだからか?いやそれだけではこの現象は…そうか!先の戦争で死んだのは魔王だけではなく…!」

 

何かをぼそぼそと呟いたその時だった。天から光の槍がバルパー目掛けて落下しその腹を深々と貫いた。

 

「が…あ?」

 

夥しい量の血を吐き、皆殺しの大司教は絶命した。

 

「バルパー、お前はよくやったよ。もう、俺一人で十分だ」

 

自分で自分の仲間を殺したのか…!

 

「さて…」

 

コカビエルの目が兵藤へと動いた。

 

「赤龍帝、限界まで力を高めて誰かに『譲渡』しろ」

 

まさかの要求…いや命令然とした言葉に皆が驚いた。

 

「ふざけているの!?」

 

「勘違いするな。どうせ貴様らでは俺に勝てないとわかっているからチャンスを与えているのだ。より俺を楽しませるチャンスをな」

 

要は舐めプかよ…。この場にいる全員を一人で相手にして勝てる自信があるというのか。

 

「…イッセー、私に譲渡しなさい。あの余裕に満ちた面を消し飛ばすわ」

 

先輩が前に出る。兵藤もそれに続き籠手の力を発動させた。

 

〔Boost!Boost!Boost!〕

 

籠手から音声が鳴るたびに兵藤の力が高まっていく。皆、微動だにせずその様子を見守った。

 

きっと皆俺と同じことを考えているんだろう。うかつにコカビエルに攻撃するより与えられたチャンスを活かして最大の攻撃を叩き込む。どっちが奴を倒せる可能性があるかなんて言うまでもない。

 

〔Boost!〕

 

「来ました」

 

数分後、最後の音声が鳴った。籠手が装着された手で、先輩と手を繋いだ。

 

〔Transfer!〕

 

音声と共に烈風が起こった。先輩を中心にして起こるそれは溢れ出んばかりの魔力が起こした現象だ。今まで見たどの攻撃をも凌駕する圧倒的な魔力。

 

砂埃が舞い、びゅうびゅうと風が鳴く。それを見たコカビエルは喜びに打ち震えた。

 

「…!いいぞ…!!やはり貴様は魔王の妹だ!魔王クラスに届くやもしれぬこの波動!!」

 

先輩の両手に絶大なまでに高められた魔力が顕現する。

 

「消し飛びなさい!!コカビエルッ!!」

 

両手を合わせて天から見下ろすコカビエルに向けると、一気に解放した。

獲物に絶対なる滅びを与えんとする魔力は獣の如くけたたましい叫びを上げた。

 

「来いッ!」

 

嬉々としてコカビエルはそれを黒翼を閉じて防御した。ドオンというすさまじい轟音を上げて黒翼と赤い魔力が衝突する。

 

永遠にも感じる長い均衡の後、消えたのは魔力の方だった。

 

「な…」

 

先輩が絶句した。先輩だけじゃない、この場にいるコカビエル以外の皆がこの結果に驚きを隠せないでいた。

 

…あの一撃でも倒せないのか…!

 

コカビエルも額の汗を拭い、ローブの埃を払った。

 

「ふふふ…なかなかの攻撃だった。しかし、それでも俺を倒すには足りないな」

 

「雷よ!」

 

コカビエルが余韻に浸る前に、放たれた雷が一つ。

それもコカビエルは難なく翼で防いでしまった。

 

「この波動はバラキエルのものか!そうか貴様が!!」

 

「それ以上言うな!!」

 

姫島先輩が珍しく怒りの表情を見せ、追撃を加える。それも払うと、翼を開いて羽根手裏剣を飛ばして空を飛ぶ姫島先輩に攻撃した。

 

弾丸の速度で迫る羽根に先輩は対応できず切り裂かれ、空から落ちてしまった。

 

「朱乃さん!」

 

兵藤が跳躍し、それを受け止めた。すぐさまアルジェントさんが駆け寄り回復を始めた。

 

「ハハハハハ!!赤龍帝に聖魔剣、悪魔に堕ちたバラキエルの娘!兄と並んでとんだゲテモノ好きのようだな!」

 

「兄への侮辱は…なにより私の下僕への侮辱は断じて許さないわ!!」

 

「ならば来い!貴様らの宿敵たる堕天使の幹部を討つチャンス!これを逃せば貴様らの程度が知れるというものだ!!」

 

奴が吼え、両手に光の剣を生成する。

 

いよいよか、聖書に記されし堕天使の幹部との決戦。仮面の裏で一筋の汗が流れる。自分の心臓の鼓動がはっきりと聞こえる。

 

最初に飛び出したのは木場とゼノヴィアさん。同時に飛び出し、木場は聖魔剣、ゼノヴィアさんはエクスカリバーとデュランダルの二刀流でコカビエルとの距離を詰める。

 

「聖剣デュランダル!一度は折れたエクスカリバーとは違いその輝きは本物か!しかし!!」

 

コカビエルは先に繰り出されたゼノヴィアさんの攻撃を受け止め、腹を蹴り上げる。ゼノヴィアさんは宙を舞いながらも態勢を整え、着地した。

 

「貴様のような小娘にそんな代物を使いこなせるはずもない!先代の使い手、ヴァスコ・ストラーダはそれはそれは常軌を逸した化け物だったぞ!!」

 

ゼノヴィアさんは負けじと再び駆けだし、今度は木場と同時に剣戟を放った。

 

「この聖魔剣であなたを討つ!」

 

拮抗する聖魔剣とデュランダル、そして光の剣。

 

「聖魔剣と聖剣の同時攻撃か!だが覚醒したての聖魔剣は力がまだ安定してないようだな!!ぬぅん!!」

 

奴の掛け声と共に光力が衝撃波となって放たれた。

 

「ぐっ!」

 

「がっ!」

 

二人は吹き飛ばされ、地面をザザザと滑った。

 

その時、塔城さんがコカビエルの背後から飛び出した。ゼノヴィアさんと木場とやりあっているうちに懐に忍び込んだのだ。

 

「隙をついたつもりか?」

 

刃物のごとき鋭さを持った翼で薙ぎ払い、小柄な体をやすやすと吹き飛ばしてしまう。

 

「きゃっ!」

 

「小猫ちゃん!」

 

兵藤が飛ばされる塔城さんを受け止めアルジェントさんのもとに運んだ。

 

「グ…う…」

 

後ろから獣の唸り声が聞こえた。

 

振り返るとふらふらとイグアナが這っていたのだ。顎を貫いていたはずの槍は消えていた。時間経過によるものだろう。

 

「イグアナ…!無理はするな!!」

 

力を振り絞り、起き上がるとコカビエルに飛びかかった。

 

「ギャウウウウ!!」

 

「チィ!」

 

舌打ちしながらも翼で突撃を受け流すと、右手にためた光力をイグアナの腹にぶつけてコカビエルの遥か後方に吹っ飛ばしてしまった。

 

「…くそ!」

 

皆の攻撃がやつに届かない。どんな攻撃も武器も決定だにはならなかった。デュランダルや聖魔剣をもってしても奴との実力差は埋まらない。皆この状況に焦りを見せていた。

 

俺もそうだ。でも今やつを倒さないとこの町は滅ぶ。それだけは何としてでも避けないといけない。

 

「まだだ!」

 

「今度は俺も!」

 

諦めずに木場が再び突撃し、今度は俺も追随する。

木場の剣が光の剣とぶつかった瞬間、バキン!と音を立てて壊れてしまった。

 

「なっ…!?」

 

「どうした聖魔剣使い!?仲間がやられて集中が乱れたか!?」

 

「はぁぁぁぁ!!」

 

今度は俺が木場の前に出て、コカビエルに剣技を放つ。上段、下段、袈裟。あらゆる剣技を放ち、攻め立てる。

 

「…違う、何かが違うな」

 

コカビエルはじりじりと下がりながらも全て捌く。奴は木場やゼノヴィアさんに見せた戦いに興奮した表情ではなくどこか俺の攻撃に胡乱な表情を見せた。

 

…剣の腕もむこうが勝つのか!

 

「ふん!」

 

不意に奴が放つ膝撃ちを腹に受けた。

 

「ぐっ!?」

 

攻撃の手が止み、その隙にやつは片手に溜めた光力を一気に炸裂させた。

 

「がぁぁ!!」

 

マスクの裏で血反吐を吐きながら紙のように吹っ飛ぶ。

 

「『魔剣創造』!!」

 

木場が吼える。直後、コカビエルの周囲に聖魔剣が突きだしコカビエルを串刺しにせんとするが翼で身をおおい、防御。勢い良く翼を広げてそれを砕いた。

 

「目くらましにもならんわ!!」

 

剣の破片が煌めく中に木場が突撃、コカビエルと剣を合わせるが。

 

「ふん!」

 

「何!?」

 

二撃目で木場の聖魔剣はさっきと同じ様に砕かれてしまった。

 

「ぐあ!」

 

今度は直接拳で木場を殴りつけた。ドゴッという鈍い音を放ちながら真っすぐこちらに飛ばされた。

 

「…こんなものか」

 

コカビエルはつまらなそうに吐き捨てた。皆、顔に疲弊の色が浮かび大半が片膝をついている。

 

「ぐ…う」

 

絶望的状況。勝てないという言葉が色濃く俺の脳裏に浮かび始めた。この状況を覆す、あるいはかもしれない手はないか?

 

現在の手持ちの眼魂で最も火力があるのは…ベンケイか。ツタンカーメンのオメガファングは恐らく槍で簡単に破壊されてしまうだろうし既にニュートンはケルベロス戦で能力を見せてしまっている。その対策を考えている可能性は高い。恐らくベンケイを超える火力を持つフーディーニは何故か起動しない。

 

ならベンケイでどうやって倒すか。オメガボンバー?オメガドライブ?…いや、先輩の譲渡込みの滅びの力で倒せなかった奴だ。間違いなくこの二つを重ねがけしたとしても押し切れない可能性は高い。兵藤の『譲渡』もさっきので使い切っただろうしな。

 

…いや、もう一つある。ベンケイ、いや全てのフォームが備える必殺技がまだあった。今まで使ったこともないしテレビでも一度しか使われてなかったからすっかり俺の脳からその存在が消えてしまっていた。それとボンバーの重ね掛けならあるいは…!

 

そう思ってからの行動は早かった。今はこれにかけるしかない。息を整えながら立ち上がり、ベンケイ魂へとゴーストした。

 

〔カイガン!ベンケイ!兄貴ムキムキ!仁王立ち!〕

 

召喚したガンガンセイバー ハンマーモードをドライバーにかざす。

 

〔ダイカイガン!ガンガンミナー!ガンガンミナー!〕

 

ハンマーをぶんぶんと振り回し、刀身が増大した白い霊力を纏い始める。

コカビエルはその様子に呆れたように息をついた。

 

「まだ戦うか。だがその攻撃では俺を倒せんよ」

 

…わかってるよ。この攻撃が先輩の譲渡を合わせた攻撃にも届かないってことぐらい。

だから、奥の手を切る。

 

意を決し、ドライバーのレバーを引く。その動作を繰り返すこと、4回。動作が終わると音声が鳴り始めた。

 

〔ダイカイガン!ベンケイ!〕

 

ドライバーからかつてない量の霊力があふれる。それは俺の眼前に集まりだすと眼魂のような形をした球体の形になった。

 

「あの技…初めて見た」

 

兵藤がぼそりと呟く。そうだろうな、何せ俺も初めて使う技だからな!

 

〔オオメダマ!〕

 

眼魂の全エネルギーを消費して放つ大技。野球選手のようにハンマーを構え、裂帛の叫びをほとばしらせ力強くスイングし球体にぶつける。

 

「ああああああっ!」

 

力強くスイングしそれを球体にぶつける。インパクトの瞬間トリガーを引き刀身の霊力を解放した。

 

〔オメガボンバー!〕

 

ドゴン!!と爆音を響かせ、球体は真っすぐに地をえぐりながらコカビエルへと向かった。

 

「何っ!?」

 

続く爆音。今までと比べものにならないほどの爆破音と烈風を巻き起こしごうごうと燃え盛る爆炎を上げた。

 

「はぁ…はぁ…」

 

肩で息をしてまだもくもくと煙を上げるさっきまでコカビエルが立っていた場所を見る。

 

今の俺が思いつく最大火力。もし、これで倒せなかったら…。

 

突然ドライバーのカバーが開くと勢いよく眼魂が排出された。同時に変身も解除されてしまった。

 

「変身が…」

 

オオメダマは変身に使うエネルギーも消費するのか。本当に、これは最後の切り札的な技だったんだな。

 

再び爆心地に視線をやる。未だ煙は晴れず沈黙に包まれている。兵藤がぼそりと声を漏らした。

 

「倒し…た…?」

 

「ククク…」

 

黒煙の中から笑い声が聞こえた。直後、一陣の風が煙を払った。

翼の表面がボロボロになったコカビエルが姿を現す。

 

「軽いな」

 

首をこきこき鳴らしながら言った。

服がところどころ裂けてはいるが本体にあまりダメージ通っていないようだった。

 

「そんな…ッ!?」

 

もう勝てない。

 

そう思った直後、眼前にコカビエルが迫る。すぐさま首もとに締め付けられるような圧迫感を感じた。

 

「がっ…あ…」

 

コカビエルが俺の首を締め、片手で持ち上げる。

俺の瞳を一瞬覗き込むような視線を送ると、光の短刀を俺の首に向ける。

 

「!!い…やだ…!」

 

間近に迫った、死。歯の根が合わなくなるくらいガタガタと震える。俺の命は今コカビエルの掌の上だ。

 

同じような思いをしたことがある。ミッテルトと遭遇し、殺されかけたあの時。

死ぬのがいやでいやで、生きたくてたまらなくなるこの感じ。今回は奴の放つプレッシャーも相まって前回と比べ物にならないレベルだ。

 

「そうか、攻撃が軽いと思えば道理で…」

 

コカビエルがぼそりと呟き、続ける。

 

「恐怖心が貴様の神器の力を落としているようだな。貴様の目は死を覚悟して戦う者の目ではない」

 

短刀を消し、俺を勢いよく地面に叩きつけた。

 

「があっ!!」

 

頭が痛む。呼吸を阻まれていた首が解放され、体が空気を求める。

それを見下ろすコカビエルの目は凍てつくような冷たさを持っていた。

 

「…興が冷めた。死ぬ覚悟もない者が戦場に足を踏み入れるなど…!」

 

コカビエルが人外の力を以てじりじりと擦り付けるように俺の頭を踏みつけた。

頭が押しつぶされるような痛みに喉が裂けんばかりの絶叫が迸った。

 

「がっ…あっ…あああああ!」

 

「紀伊国君!!」

 

「やめろ!紀伊国から離れろ!!」

 

その光景を見たグレモリー先輩と兵藤が飛び出すが、コカビエルが羽根手裏剣を飛ばし足止めしてしまう。

 

「…フン」

 

つまらなそうに鼻を鳴らすと、腹に鋭い蹴りを入れて俺を転がした。

 

「ぐ…うう…」

 

「とっとと失せろ。ウジ虫が」

 

どすの効いた声と睨み付けるような視線。濃厚なまでの肌を突きさす殺気。もはや奴の姿も声も動作全てが俺の燃え盛る恐怖心の炎に油を注ぐものになっていた。

 

「はぁ…ぐ…あ…ひっ…!」

 

ぎんぎんに痛む頭を押さえながらふらふらと立ち上がる。

ふらつく足で踵を返すと、コカビエルに背を向けて一気に走り出した。

 

「おい紀伊国!?」

 

「ああああああっ!」

 

死への恐怖心に煽られるまま、俺は無様に敵前逃亡してしまった。




恐怖心 俺の心に 恐怖心

ボスキャラを目に逃亡する悠マジ琢磨くん。
ムサシは使い勝手がいいですね。…このままだとツタンカーメンの出番が減りそうな。

今回のボンバー+オオメダマのイメージはエンペラーキバのドッガフィーバー。

次回、運命の岐路、辿り着いた答え。


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第22話 「RESOLUTION BLUE」

お待たせしました。待ちに待った覚醒回です!

「Be the one」観てきました。戦兎と万丈最高のコンビかよと盛り上がりながらもブレないヒゲとポテトで安心しました(笑)。

眼魂もだいぶ増えましたね。残りの英雄眼魂やディープスペクター眼魂は何処に。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
1.ムサシ(+)
3.ロビン(借)
4.ニュートン(借)
5.ビリーザキッド(借)
7.ベンケイ(借)
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
13.フーディーニ


「そんな…」

 

「紀伊国君…」

 

まさかの展開に驚くしかなかった。悪化する戦況の最中で仲間の逃亡。ただでさえ下がりつつある士気の低下は免れない。

 

「ククク…ハーハハハハハ!!」

 

戦場にコカビエルの高笑いがこだまする。頭を押さえて心底おかしそうに笑った。

 

「何て情けない、とんだ腰抜けがいたものだ!!ハハハハハ!!」

 

皆、悔しそうに歯噛みする。コカビエルが不利な戦況に顔を歪めるリアス達を見据えて言い放つ。

 

「もう奴が戻ってくることはないさ。一度戦場を投げ出した者が帰ってきたためしはない」

 

「…私たちだけでもやるしかないのか」

 

ゆっくりとデュランダルの柄を握り、ゼノヴィアが構えなおす。一人仲間が減りこそしたが戦意は尽きていない。

 

この町は10分も経たないうちに滅びる。それを回避するには眼前で笑うコカビエルを倒すほかない。それゆえ彼らには既に諦めるという選択肢はない。

 

それを見たコカビエルも光剣を握り、いつでも来いと言わんばかりに不敵に構えた。

 

「さぁ、戦いを続けよう。もっと俺を楽しませてくれ」

 

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

「はぁ…はぁ…はぁ…」

 

走る、走る、走る。

 

息を荒げながらも走る俺は正門を目指していた。先の戦闘で受けた傷が痛むが休む暇なんてない。直にこの町は吹っ飛んでしまうからだ。

 

もう嫌だ。あんな目に合うのは二度とごめんだ。俺は逃げる!走りながら俺はこの町から脱出する方法を走りながらも考えていた。

 

まずは急いで家に帰って財布を回収、そして自転車で駅に直行。快速に乗れば5分もかけずにこの町から出られるはずだ。そうすればあの堕天使とも二度と会うことはない。そして俺は平穏に一生を過ごせる。喉から手が出るほど渇望した物がようやく手に入る。

 

「ははっ…!」

 

そう思うと自然に笑いが出た。俺は生きたいんだ。折角手に入れた第二の人生をあんな連中に壊されてたまるか!

 

「がっ!」

 

途中で足がもつれて勢いよく転んだ。顔を打ち付け、切れた唇から血が滲み出る。

 

「痛ってて…」

 

ふと一瞬振り返った時だった。

 

「ッ!!?」

 

俺の脚を掴み、這いよる二つの影があった。

 

ボロボロの服から見える痛々しい傷だらけの体。片方だけの黒翼、それらは片や金髪、片や黒髪の堕天使の女。両者ともに眼球があった場所に無窮の闇をたたえており、そこからとめどなく血が流れ出ていた。口から洩れるのは言葉にすらなっていない億千もの呪詛。

 

俺はこの二人を知っている。忘れるはずもない。なぜならこの二人は俺が殺した者だから。

 

それが今、亡霊となって俺を地獄に引きずり込もうと現れたのだ。

 

「あああああああ!来るなっ!触るなぁぁ!!」

 

絶叫を上げ、何度も手で振り払うように動かすが手ごたえはない。

 

「来るなあぁァぁァぁァ!!」

 

こんなもの見たくないと言わんばかりに地面に何度も顔を打ち付ける。どんなに痛くても、皮膚が擦り切れて血が流れようと止めなかった。

 

「はぁ…はぁ…」

 

絶叫に喉が痛み、せき込んだ後再び振り返ると影は跡形もなく消えていた。

 

…さっきのはただの幻か。そのときこっ、こっという足音と共にこの場に現れる少女がいた。

 

「おーおー、酷い顔をしておるのう」

 

幻と入れ替わるようにこの場に現れた銀髪の少女。相変わらずのミステリアスな雰囲気を放ち俺を見下ろしている。

 

「あ、あんたは…」

 

「ふふっ、一か月ぶりじゃな」

 

最後に会ったのは合宿の初日だったか。いや、今はそんなことを考えている場合じゃない。立ち上がって少女に告げる。

 

「…話してる暇はない、ここは危険だ。今すぐ逃げ」

 

「妾が何も知らないとでも思うたか?」

 

「!」

 

責めるような声色で話を途中で遮られた。

 

「…何故逃げた?」

 

今度は少女が咎めるような視線を送る。突き刺すような視線が、俺の擦り切れそうな精神を爆破させた。

 

「…そんなの、勝てるわけないからに決まってるだろ!!神と魔王と戦って生き残った堕天使の幹部?あんな桁違いの奴にどうやったら勝てるんだよ!?ライザーとは訳が違う!魔王の妹も、伝説の聖剣も全然あいつに通用しなかった!俺の全力も全くダメだった!そんなのどうすりゃいい!?」

 

身振り手振りも大げさに叫ぶようにして答える。きっと今の俺を鏡で見たらとんでもなく酷い顔をしているだろう。そんな俺の無茶苦茶な感情の爆発を少女は受け止めた。

 

「…」

 

「逃げるしかないだろ!?俺はまだ死にたくない…!やりたいことだってたくさんある!こんなところで死んでたまるか!!」」

 

「…」

 

「…何だよ、その目…」

 

俺の言葉を顔色一つ変えずに少女は聞いていた。その咎めるような視線をそのままに。

 

「おぬしは自分が何をしたのか本当にわかっておるのか?」

 

さきの責めるような声色もそのままに訊ねてきた。

 

「…ああわかってるよ、命惜しさに仲間を置いて逃げたんだ!もう戦うなんてうんざりだ!戦って、傷つけて、殺したって悲しいだけだ、つらいだけだ、痛いだけだ…。いいことなんて何一つないんだよ…!」

 

拳を握りしめ、震える声で答える。

 

思い返せばいつもそうだった。ミッテルトを殺した時、戦いがどういうものなのかを知り、殺しを為し得た自分の力への恐怖に怯えた。レイナーレの時は復讐を遂げ、満足するはずだった。なのに俺の心に残ったのは虚しさと悲しさだけ。

 

ライザーとのレーティングゲームでは友が傷つくのを黙って見ていただけ、飛び出したのは傷つききった後。その後、奮戦しても一瞬の隙を突かれて逆転され結果チームを敗北へと導いてしまった。

 

過程がどうであれ結果的に俺は傷つくばかりだった。

 

「…フフフッ」

 

少女は俺の言葉をおかしそうに笑った。

 

「…なんだよ、何がおかしい…!」

 

そして呆れの混じった声色で言い放った。

 

「おぬしは本当に憶病で、自分勝手じゃのう」

 

瞬間、俺の心が砕けた。目を見開き固まった。

 

どこまでも的を得た言葉。だからこそ深く俺の心に刺さった。

 

「自分勝手を重ねた先に、おぬしの求めるものは何一つないぞ」

 

「あ…ああ」

 

どっと両膝を地面につきうなだれる。顔をくしゃっと歪め、ぽろぽろと涙がこぼれ始めた。

 

「…何だよ…どうしてなんだよ…友達と他愛もないことで笑って平穏な日常を送りたいって願うことの何がいけないんだ…」

 

どうして?どうして皆が普通に欲しいと思うものを俺は欲しがってはいけないんだ。何でそれを邪魔するんだ。幾千の何故、どうしてが脳裏に浮かび上がる。

 

恐怖で心が擦り切れてしまう前に、俺の心は打ち砕かれてしまった。力なくうなだれる俺の姿を見る少女は静かに語り始めた。

 

「おぬしが恐れる戦とは命のやり取りじゃ。互いに譲れぬ物を背負いそれを守るために他者の命を奪い合う。その行為そのものに正しいも間違いもない。兵藤一誠と木場裕斗は既に多くの譲れぬ物を背負っておるぞ。奴らはそれを守るために今、命懸けで戦っておる」

 

少女は俺の後ろにある校庭を見据える。時々聞こえる爆音が俺たちに戦いが続いていることを知らせる。

 

「レイナーレ、ミッテルト…。お前の今までの殺しは間違っておらんよ。おぬしは自分の命と友の復讐というものを背負って戦った。そうでなければもっと多くの罪なき神器所有者が殺されていたことだろうよ。お前の行いはより多くの命を救ったのじゃ」

 

その言葉にはどこか慰め、諭すような色合いがあった。

 

「…なら、俺の行いは正しいことだったのか?」

 

「いや、一概にそうは言えぬ。どんな理由であれ命を奪ったことには変わりはない。じゃが戦は殺生と切っても切れぬ縁を持っておる。仕方のないことじゃ。が、戦いの中で人を人たらしめる心を捨てた者は醜い獣じゃ。殺しに飲まれれば堕ちる。大切なのは心を強く持つことじゃ」

 

「心を…強く持つ…」

 

「心を、優しさを持ち続ける限り、おぬしのものは失われない。おぬしは戦いはつらいだけのものと言ったのう。じゃが、戦いは失うだけのものではない、そこから得られるものもある。戦いに飲まれず、優しさを持つおぬしはまだ堕ちてはいない。おぬしは自身の力と戦いを、他者を傷つけるものではなく前へと進む原動力にできるはずじゃ」

 

…今まで俺は戦いで何かを失うばかりだった。傷つくばかりだった。それでも戦いには得られるものがあるというのか。戦いこそが俺を前進させるというのか。

 

少女の言葉は俺の心にしっかりと響いていた。それでもまだ、俺は立ち上がれずにいた。奴の、コカビエルと死の恐怖に打ち勝てずにいた。砕け散った心は立ち直れずにいた。

 

「…まだ立てぬか。ならおぬしの選択が導く未来を教えてやろう」

 

少女は追い打ちと言わんばかりに語り始める。

 

「おぬしが置いて逃げたオカルト研究部とゼノヴィアはその後も命懸けでコカビエルと戦うじゃろう。じゃが奴らのレベルでは到底かなわず、一人、また一人と殺される」

 

「…!」

 

少女が語る未来の様が俺の脳裏にありありと浮かび上がった。血をまき散らして倒れ伏し、亡骸と化した皆が転がる校庭でコカビエルの笑い声が高らかに響き渡る。

 

…嫌だ。

 

「兵藤一誠はリアス・グレモリーを守るためならと『赤い龍』に代価を差し出して『禁手』になるじゃろう。今度の代償は右腕か、それとも全身かのう?じゃが今のあやつでは莫大な力を制御できない結果、自爆して終わりじゃろうよ」

 

「…やめろ」

 

俺の言葉に少女は耳を貸さない。

 

「仮に生き延びたとしても魔方陣の起動によってすべてが消し飛ぶ。誰も生き残ることはできんよ」

 

「…やめろ!」

 

声を荒げても言葉を続けた。

 

「こうしておぬしは居場所も、仲間も、友も全てを失う。妾の力があればおぬしを逃がすことが出来るじゃろうが、おぬしはその途方もない後悔を一生背負い、苦しむことになる。それがおぬしのみら」

 

それ以上は聞きたくない。その一心が俺を動かし、立ち上がり少女の胸倉を掴み大声で声をかき消した。

 

「やめろ!!」

 

フーフーと息を荒げ、睨み付ける。その様子を見ても少女は表情一つ変えることなく俺に問いかけた。

 

「この運命を変えたいか?」

 

「…ああ、変えたいよ。そんなクソみたいな運命…!でも俺なんかじゃ…勝てねえよ…あいつに…」

 

胸ぐらを掴む手の力が緩み、やがて離す。仲間を置いて逃げ出した俺なんかに…。

 

そう思った矢先、今度は少女が勢いよく俺の胸倉を掴み上げた。

 

「いつまでくよくよしておる!!甘えるな!その自分の弱さが、甘さこそがおぬしの大切なものを危機にさらすのじゃ!!」

 

「!!」

 

お返しだと言わんばかりに今度は向こうが声を張り上げて語る。

 

俺が皆を危機にさらしている…?俺の心に衝撃が走った。その衝撃がさっきまで俺の心に滾っていた怒りをかき消した。

 

「おぬしは『どうせ』という言葉で理由付けをして逃げてるだけじゃ!自分から、自分の力から、自分の運命からもな。逃げるのは簡単で、とても楽じゃろう。じゃがな、逃げを選ぶことは運命を変えることを願う権利を捨てることに他ならないのじゃ。運命を変える権利を得られるのは立ち向かい、抗う選択をしたものだけなのじゃ!」

 

「運命を…変える…」

 

…そうだ。全部こいつの言うとおりだ。いつだって俺は逃げてばかりだった。前世だって楽な方に流されるばかりの人生だった。現状を嫌だと思ったことは多々あった。

 

でも、俺はちっとも現状を変えようと立ち向かったことは一度だってなかった。そんな俺にハナから運命を変えようと願う資格などなかったのだ。

 

「これから敵は、世界の悪意はおぬしの大事なものを奪おうと何度でも牙をむくぞ。おぬしは奪われるままに奪われ、傷つくだけでいいのか?おぬしの大事なものを守れるのはおぬしの力と意志だけじゃ!」

 

俺の大切なものが奪われる…?

 

…嫌だ。そんなの嫌だ。大切なものを失ってまで俺は…生きたいとは思わない。あの時のように喪失感を抱えてまで俺は生きたくない!

 

でもそれを守るのが…俺自身の力なんて、今まで誰かを傷つけるばかりだった俺の力で守れるなんて、本当にそうだろうか。

 

「おぬしはまだ真に自分の力と向き合っていないじゃろう?本当はちっとも考えようとせず、状況に流されるばかりでそのうち答えが出るだろうと思考停止していただけなのではないか?」

 

「!!」

 

…そうだ。全部こいつが考える通りだ。力と向き合うと言っておきながら俺は何一つそれについて考えていない。

 

今回の件に首を突っ込んだのは俺の力と向き合うためと言った。でもフリードやケルベロスと戦って力を使ったが、その力について何も考えていなかった。それこそ思考停止して状況に流されるだけだった。

 

「おぬしは問題を先送りしていただけなのじゃな。─今がその時じゃ。逃げるな。己の力と向き合い、その責任を果たして見せろ!その先に道は必ずある!大切なものを捨てて逃げた先にあるのは後悔という地獄じゃ…!!」

 

決断を、選択を迫られた。ここでも決断を先送りにして醜く生き延びるか、己の力と向き合い、絶対的破滅に抗うため立ち向かうかの二択を。

 

力の責任ならサーゼクスさんにも同じことを言われた。責任。それが何のことなのか俺は未だわからずにいた。

 

「おぬしには大切なものがあるのじゃろう?愛おしく、守りたいものがあるのじゃろう!?おぬしはそれを失いたくないのじゃろう!?」

 

「ッ…!」

 

でもその言葉で気付かされた。今まで自分の命惜しさにすっかり忘れていた。

 

…そうだ。俺には大切なものがあった。関西弁のイケメン、クラス屈指の優等生な美少女、どうしようもないくらいに変態だけど情に厚くてどこまでも真っすぐなバカ。合宿で共に過ごしたオカルト研究部の皆。あいつらと過ごすのが俺は楽しかった、嬉しかった、最高だった。

 

なんでこんなことに今まで気づかなかったんだ…!どうしてあいつらを見捨てることができるんだ…!俺は皆を失いたくない。皆が笑って過ごせる日常を失いたくないんだ!!

 

「大切なものを守りたいのなら、『仮面ライダー』の力を持つ者なら!戦え!紀伊国悠!!」

 

「…!!」

 

そこまで言って、ようやく少女が俺の胸倉から手を離した。

少女は伺う。俺の言葉を待っている。

 

もし、本当にできるのなら。

 

こんな仲間を見捨ててしまった俺でも、どうしようもなくヘタレな俺でも本当に皆を守れるのなら。

 

燃えカスになった俺の心に小さな希望の火の粉がついた気がした。

 

「…俺はあいつに勝てるか?」

 

もし、コカビエルに勝てるなら。

 

「それはおぬしの力次第じゃ。おぬしの力は心の力、意思そのものじゃ。おぬしに強い意思があればおのずと力もそれに応える」

 

俺の力は心の力。今までそうではないかと思ったことは何度かあった。レイナーレ戦やライザー戦の時感情の高ぶりに応じて俺の力が跳ね上がっていくような感じがした。

 

「本当に運命を変えられるか?」

 

もし、立ち向かうという選択で皆の破滅の運命を変えられるのなら。

 

「それはおぬしの意思次第じゃ。──願え。大切なものを守りたいと。すでに運命の扉を開けるカギはおぬしの中にある」

 

運命を変えるカギ。

 

…そうか、そうだったのか。今まで、俺の意志と力がずれていたんだ。誰も傷つけたくない意思と、誰かを傷つけるために振るわれる力。そのズレこそが俺が今まで悩み苦しんだ原因、そしてそのズレなく重なり合った俺の意志と力こそが運命を変えるカギだったんだ。

 

それは俺の心に絡みついた迷いと恐怖の鎖につけられた錠を外すカギでもある。

 

「……」

 

…決めた。今まで俺は平穏を追い求めるあまり停滞していた。

 

でもこれからは大切なものを守りたいという意思と力を重ね合わせて、原動力にして前に進む。もう振り返らない。恐れない。

 

今までのような思いをしないためにも、今後の脅威から皆を守るためにも俺の力を使う。この誓いこそが俺が導き出した『答え』だ。曲がりくねった道を歩いてようやくたどり着いた。

 

〈挿入歌:BLAVING!(遊戯王ZEXAL)〉

 

「…最悪だ。こんなに逃げたいのに、逃げずに立ち向かえだなんて」

 

思わず笑いを漏らしてしまった。

 

「あんた、ほんとにどこまで知ってるんだ?」

 

俺の力を仮面ライダーという単語を使って呼ぶなんてまさか…。俺の問いに少女はいたずらっぽく笑って誤魔化した。

 

「ふふっ、それはコカビエル討伐の報酬じゃ。いつかのゲームのようにな。…今度こそ、全てを話そう」

 

いつかのゲームか。あの時も同じようにひょっこりと現れ、俺を立ち直らせたんだっけな。

 

「…決めた。俺の思いが、力が皆を守れるなら俺は迷わず使う。大切なものは何一つ離さない、奪わせたりしない!!これが俺の『答え』だ、力の責任の取り方だ!!」

 

俺にはこの世界で得た大切なものがたくさんある。オカルト研究部の皆、天王寺、上柚木、クラスの皆。

 

もしそれを壊そうというのなら、俺は守るために戦う。誰かを守る意思と、誰かを守るために振るう力。それが運命を変える、俺だけの答え、俺だけのカギだ。俺の心に決意と希望の炎が燃え盛る。

 

いつもと違う青い燐光を放ちながらドライバーが腰に現れた。これから踏み出すのは大きな第一歩だ。

 

「見ててくれ、俺の…変身!」

 

戦士『仮面ライダースペクター』としての最初の一歩。

 

スペクター眼魂を取り出し起動する。ドライバーのスイッチを押してカバーを開き、眼魂をセットした。

 

そして両腕を右に振るいながらドライバーのカバーを閉じる。

 

〔アーイ!バッチリミロー!バッチリミロー!〕

 

ドライバーの目のような部分から青い光と共に黒と青のパーカーゴーストが出現し宙を自在に飛びまわる。俺は右手の拳を力強く握り、引き寄せる。

 

そして堂々と力強く言い放つ。ある意味宣言とも言えるだろう。自分を変えて、新たな自分になるための言葉。

 

「変身ッ!」

 

ドライバーのオレンジ色のレバーをしっかり握り、引いた。

 

〔カイガン!スペクター!〕

 

ドライバーから迸った霊力が俺の体に纏わりついてスーツとなる。

 

〔レディゴー!覚悟!ド・キ・ド・キ・ゴースト!〕

 

パーカーゴーストが上から覆いかぶさるようにウィスプホーンが起き上がって完了した。

 

源泉から水が湧き出るように力が溢れる。今までの比ではないくらいに。おもむろに少女へと向き直り、礼を告げる。

 

「…ありがとう、行ってくる」

 

「ああ、おぬしの仲間たちを救ってこい」

 

少女は満足げに頷き、俺の肩を叩いた。さっと振り返り、逃げてきた戦場を睨めつける。

 

俺の心に今までの恐怖は微塵もない。颯爽と先ほどまで恐怖を感じていた戦場へと駆けだした。

 

「見せてもらおうかの…おぬしが本当に『特異点』かどうかをな」

 

〈BGM終了〉

 

 

 

 

 ▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

「くっ……」

 

傷だらけの剣を支えにして膝を突く。既に裕斗の剣は先ほど覚醒した禁手の聖魔剣ではなく、元の魔剣に戻っていた。禁手による体力の消耗と激しい戦闘による消耗が重なったからだ。

 

この場でまだ膝を突かずに立っているものはアーシアとコカビエルの二人のみである。回復要員であるアーシアは自らの神器で仲間の回復に尽力していた。

 

圧倒的実力を持つコカビエルを相手に何度も攻撃を仕掛けたグレモリー眷属とゼノヴィアであったが、どんな攻撃や連携も神や魔王と戦った堕天使幹部に膝を突かせることすらできなかった。

 

皆、苦痛と体力の消耗に顔を歪めながらもその目は死んでいなかった。何度でも彼らは喰らいついた。町を破壊せんとする宿敵を倒すために。しかし破滅へのカウントダウンは無慈悲にも刻一刻と迫り、既に7分を切っていた。

 

「…まだだ」

 

剣を支えにして裕斗がふらふらと立ち上がる。それに応じて皆も立ち上がった。

 

「これ以上僕は、大切なものを失う訳にはいかないんだッ!」

 

皆が再び各々の戦闘の構えに入る。その目は絶対にあきらめないという強い意志と覚悟を宿し、燦々と輝いていた。

 

それを見たコカビエルはあざけるように笑った。

 

「…フン、しかし、教会の者は仕える主を失ってよく戦えるな」

 

コカビエルの意味深な言葉にリアスが追及した。

 

「何だと…?」

 

「どういうこと!?」

 

「なんだ、知らないのか。なら冥土の土産に教えてやろう!」

 

堂々と声を張り上げ、真実を暴露する。

 

「先の大戦で四大魔王だけじゃなく、聖書の神も死んだのさ!!」

 

彼のカミングアウトに、この場にいる皆が絶句した。

 

「な…!?」

 

「そんな…!!」

 

「う…嘘だ…」

 

主への信仰心のあるゼノヴィアとアーシアは大きく目を見開き、衝撃にわなわなと身を震わせた。

 

「知らないのも当然だな。先の大戦で三大勢力は大いに疲弊し、種の存続の危機に陥った。純粋な天使は増えることが出来なくなり、悪魔は人間を『悪魔の駒』で転生悪魔にする。どの種族も頼る人間に頼り、その人間も神がいなくては満足に生きられないからな。そんな中神の不在が知れ渡ればどうなる?勢力の均衡は崩れ、事実の露呈は人間界にも他神話にも多大な影響をもたらす」

 

「この事実は三大勢力でもトップの一部しか知らないものだ。この現状で戦争など誰も起こそうとしないさ」

 

「あ…ああ……」

 

あまりの衝撃に狼狽していたゼノヴィアがへたりとうなだれる。

 

「どの勢力も戦争で泣きを見た。神や魔王を失った悪魔と天界はまだしもアザゼルはこれ以上の戦闘は無意味と引き上げやがった!!一度上げた拳を引っ込めろだと!?耐え難い…耐え難いんだよッ!あのまま戦っていれば勝てたかもしれないのだ!!」

 

話しながらヒートアップしていき、拳を握り声を荒げた。

 

「主は…本当に主はいないのですか?なら…私たちが授かる主の愛は…」

 

おぼつかない足取りと声でアーシアが訊ねる。その姿は今にも脆く壊れてしまいそうなガラスの印象を与えた。

 

「そんなもの、最初からなかったのさ。貴様たちが主の愛だのと呼ぶものは天界にある神が残した『システム』によるものだ。神がいなくてもシステムさえ機能すればある程度の悪魔祓いや奇跡は起こせるからな。セラフ共はよくやってるよ」

 

「そんな……」

 

ぷつりと糸が切れたようにアーシアが倒れこむ。信仰心の深い彼女にとってそれほどまでに主の不在は衝撃的な事実だった。

 

「おいアーシア!?しっかりしろ!アーシア!!」

 

駆け寄った一誠が肩を揺らし、懸命に呼びかけるも何の反応も示さなかった。コカビエルの視線が裕斗へと移る。

 

「小僧、貴様の聖魔剣も神の不在の証拠だ。神と魔王が死んだことで聖と魔のバランスが崩れたからこその現象だろうよ」

 

今度は手を広げ、天を仰ぎ高らかに宣言した。

 

「俺はこれを機に戦争を起こす。貴様らグレモリー眷属の首を橋頭堡にし、サーゼクスやミカエルに我ら堕天使の力を思い知らせてやるのだ!!」

 

皆が彼に気圧されて息を飲む中、彼の宣言に果敢にも食いついたのは一誠だった。 

 

「ッ!ふざけんな!戦争だかなんだか知らねえけど、テメエの都合で俺の仲間を、部長を、この町を壊させてたまるかよ!!」

 

「だったらどうする?神や魔王に喧嘩を売った赤龍帝といえども貴様のような貧弱な使い手では俺を屠れんよ」

 

「くっ…!」

 

コカビエルの言葉に一誠が歯噛みする。

 

如何に強力といわれる神器を持っていたとしても使い手の力量によっては宝の持ち腐れになってしまうということは一誠が一番理解し、悩むところでもあったからだ。

 

天を仰ぐコカビエルが天に向けて伸ばした拳を握る。

 

「この町を滅ぼしたのち、まずは天界から攻撃する!俺の背に古傷を残したウリエルにお礼参りをしなければならないからな!!」

 

天を向いていたコカビエルの目線が再び皆に向いた。

 

「だがまずは」

 

おもむろにコカビエルの目線がゼノヴィアへと動いた。

 

「俺を一番がっかりさせてくれたデュランダル使い、貴様からだ。デュランダルの使い手と知り期待したが…とんだ期待外れだったな」

 

嘆息しながらも宙を撫でるように手を動かし、光槍を生成する。その穂先がうなだれる教会の剣士へと向けられる。それを見た一誠が声を張り上げる。

 

「ゼノヴィア!逃げろ!!」

 

「…」

 

それをゼノヴィアは意に介さなかった。いや、今まで仕えてきたはずの主の不在を知り、信念も、熱意も全て打ち砕かれた彼女にはそんな余裕などなかった。

 

「もういい…主なき世界なんて私は…」

 

それこそ、禁忌とされてきた自殺を望むほどに。好機といわんばかりに光槍が空を切り、ゼノヴィアに迫る。

 

「ゼノヴィア…!!」

 

裕斗が彼女を抱えて回避せんと走ろうとするが、消耗しきった体は言うことを聞かない。その間にも槍は距離を詰める。

 

「主よ…私もあなたのもとへ…」

 

槍との距離が5歩分になった時、剣士と槍の間に割り込む影が現れた。

影はロッド型の武器で光槍を防いだ。

 

「お前は……」

 

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

 

校庭にたどり着いた俺は力なくうなだれるゼノヴィアさんがコカビエルの攻撃を受ける光景を目にした。

 

それを見てもなおゼノヴィアさんは全く回避する様子も見せない。うなだれたままだ。俺が校庭から逃げ出した間に何があったのだろうか。

 

「何やってるんだ…!」

 

毒づきながらも地面を蹴り、放たれた槍とゼノヴィアさんの間に割り込み、ガンガンハンドで防御する。

 

「ぐ…ううううう!!」

 

槍とロッドが激しく火花を散らす。堕天使幹部の槍なだけあり、とんでもない威力だ。凄まじいパワーに押されないように足腰にも力を入れて踏ん張る。

 

「うう…らぁっ!!」

 

腕を振り切り、槍を明後日の方向に吹っ飛ばした。数秒の後、遠くで爆発音が聞こえた。

 

「…」

 

〈BGM:貫く信念(遊戯王ZEXAL)〉

 

仮面の裏から、毅然とした目でコカビエルを見据える。

 

「紀伊国!?」

 

「先輩…!」

 

「紀伊国君!」

 

「君は…なんで…」

 

皆が俺の登場に驚く中、うなだれていたゼノヴィアさんが顔を上げて弱々しい表情で訊ねた。それに俺は答えた。

 

「一度は協力した仲だ、なら仲間だろう?」

 

変身中は通じるが普段は言葉が通じなくて会話も数えるほどしかなかった。それでも俺はゼノヴィアさんとこの戦場で志を共にし、背中を預けあって戦った。もう仲間といってもいいだろう。

 

「仲間なら、もう誰も俺の目の前で死なせない。だから命を投げ出すな、生きろ」

 

「…!」

 

俺の言葉に、まだ弱々しいながらもハッとした表情を見せた。後でなんであんなことをしようとしたか聞かないといけないからな。

 

「馬鹿か、拾った命を捨てに来たか!」

 

嘲笑をしながらコカビエルが俺に言った。

 

「…いや、死ぬつもりはないさ。でもな」

 

周りで俺を見つめる皆を一瞥する。

 

「どれだけ相手が格上だろうと立ち向かっていくこいつらの馬鹿が移ってしまったみたいだ」

 

こいつらはライザーの時だってそうだった。自分達より格上だとわかっていながらも「それでも」と現実に立ち向かっていった。そして、閉ざされた運命の道を切り開いた。

 

今回だってそうだ。ライザーの時とは規模も違うのにこいつらは諦めずにコカビエルに立ち向かった。そんなこいつらを見ていて俺もそんなことができるようになりたいなと思った。

 

だから、今度は俺が閉ざされた運命の扉を開けるカギになる。ふと、サーゼクスさんと話した時のことを思い出した。

 

 

 

『…俺は怖かったんです。この力で相手を傷つければ傷つけるほど大切な物を失うような気がして、大好きな日常からどんどん遠ざかっていくような気がしてたんです』

 

 

 

 

憧れて得た力で命を殺め、その力が自分に御せるものじゃないと怯え、逃げていた。

 

でもそうじゃない。がむしゃらに恐れを抱えながら力を振るうだけの今までと違い、今の俺には明確な『答え』がある。力を使うことへの覚悟と勇気がある。

 

「大切なものが遠ざかっていくとか、なくなっていくとか…その逆だ」

 

恐れて逃げるのではない。向き合い、現実に立ち向かう。そのための力。

 

「大切なものをなくさないために、奪わせないために、『守る』ために戦うと、そう決めた!!」

 

フーディーニ眼魂を取り出し、握る。

 

今までは使えなかった眼魂。だが、今になってその理由が分かった気がする。

葛藤、後悔、恐怖という鎖に縛られた俺の心を脱出王は見抜いていたのだ。その鎖から解き放たれて、前に進む覚悟を持った今なら使える。その確信がある。

 

「…俺に、力を貸してくれ!」

 

〈BGM終了〉

 

意を決してスイッチを押す。13の数字が浮かび上がり、すかさずドライバーに装填した。

 

〔アーイ!バッチリミロー!バッチリミロー!〕

 

スペクターのパーカーゴーストが消え、顔が銀色ののっぺらぼう状態のトランジェント態に戻る。ドライバーから音声が流れるが、一向に変化は訪れない。

 

その様子を見てコカビエルがおかしそうに笑った。

 

「くっ…ハハハハハ!!なんだただのハッタリか!!」

 

一転して、怒気をはらんだ声を放った。

 

「俺を侮辱するのも大概にしろ」

 

その一言に今まで以上のプレッシャーが込められていた。それに俺ははぐらかすように答えた。

 

「さて、それはどうかな」

 

「なんだと?」

 

ブロロロロロ…

やがて低く唸るエンジンの音が聞こえ始めた。

 

「…何だ、何の音だ?」

 

「これは…バイクの音?」

 

発信源はコカビエルの遥か後方。誰もがそこに視線を注いだ。

 

次第に音は大きくなっていき、ついにその姿も見え始めた。

 

鎖をあしらった青いバイク、マシンフーディー。それが運転する者なくひとりでにこちらに走ってくる。

 

「何だあのバイク!?」

 

兵藤が困惑の声を上げ、コカビエルは顔色一つ変えず羽根手裏剣で弾幕を張る。

 

羽根手裏剣の嵐の中、フーディーはするすると糸を縫うように弾幕の隙間を進む。やがてコカビエルとの距離が数歩分に迫る。

 

「ふん!」

 

瞬時に生成した槍を突きだす。しかしフーディーはウィリーの態勢に入り、易々とコカビエルを飛び越えてしまった。

 

そのまま飛び越えてきたフーディーがこちらに向かい、旋回して俺の隣に止まる。

 

するとガコンという音を鳴らしながらフーディーが真っ二つに割れ、中からバイクと同じカラーのパーカーゴーストが姿を現した。

 

「バイクが変形した!?」

 

こいつらさっきから驚いてばっかだな。まあ流石にバイクが無人で動いたり真っ二つに割れるのを見て驚くなと言うのが無理な話か。

 

レバーを引いて眼魂の霊力を解放する。

 

〔カイガン!フーディーニ!〕

 

バイクを背負った群青色のパーカーゴーストが上から覆いかぶさるようにして身にまとう。

 

〔マジいいじゃん!すげぇマジシャン!〕

 

顔のヴァリアスバイザーに群青色のカギ付きの鎖の模様『フェイスリストレイント』が浮かび上がり、いつものウィスプホーンより大型の『ストライカーホーン』が起き上がり変身完了する。

 

「俺の生き様…見せてやる」

 

その言葉に、内に滾る決意の炎を乗せた。

 

 

 




遂に悠が戦う覚悟を決めました。
友達からの頼みでもなく、復讐という達成してしまえば終わるものでもなく、自分自身の意思で。
ここまで長かったですね。

ある意味、戦士胎動編はこの回と次の戦闘のためにあるようなものです。後は今後に向けて伏線をばらまくこと。



次回、決着!…多分、ヒロインも明かします。


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第23話 「仮面ライダースペクター」

もう一万字を超えることになんとも思わなくなってきたこの頃。

D×Dのメモリアルブックが出るそうですね。しかもDVDの特典だったEXもついてくるという。未公開の設定も合わせてとても楽しみです。…今作のEXの内容、どうしよう。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
1.ムサシ
3.ロビン(借)
4.ニュートン(借)
5.ビリーザキッド(借)
7.ベンケイ(借)
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
13.フーディーニ


聖書に記されし堕天使と対峙するのは群青色のパーカーを纏い、その背に真っ二つに割れたバイクのようなユニットを背負う異形のシルエットを持つ戦士。戦士の全身に走る青いラインは今までにないほどの強い輝きを放っている。それは覚悟を決めた俺の意志の具現である。

 

仮面ライダースペクター フーディー二魂。

このフォームが使う特殊な鎖『タイトゥンチェーン』は最長500mまで伸ばすことができ、パーカーの布地『レビテーションコート』にも編み込まれ防御力を高めている。

 

今までのゴーストチェンジと大きく異なるシルエットを持つこのフォームの最大の特徴は背部のユニットによる飛行能力である。飛行ユニットを背から分離してグライダーモードにすることも可能であり、マシンフーディーのホイールは回転翼『シュトゥルムローター』になりこの中心部にはタイトゥンチェーンを生成し射出する装置が組み込まれている。

 

フード部の『サイキックハンターフード』が放つ波動は変身者の意識と感覚に作用し、物事の本質を見抜く力を高める。また頭部に備えられた飛行ユニット管理装置『ラズリアビオニクス』は回転翼の出力バランスを自動調節し、分離した飛行ユニットの遠隔操作する機能を持っている。

 

〈挿入歌:GIANT STEP(仮面ライダーフォーゼ)〉

 

背中のユニットを分離すると、俺とコカビエルの上空を旋回し始めた。地上での接近戦なら背中のユニットは邪魔になるからだ。

 

大地を踏みしめ、拳を強く握る。奴は俺の攻撃に剣を構えて備えている。

刹那、蹴る、馳せる、右拳を突きだす。

 

「がっ!!?」

 

奴は俺の動きに全く反応できずに攻撃を受けた。火が付いた俺の戦意、覚悟は今まで届きもしなかった格上の相手の領域に一時的に届くレベルの強さを俺に与えてくれた。

奴は何が起こったか全くわからないといった表情をしている。

 

「はぁっ!」

 

「ぐっ!」

 

今度は左拳の拳打。迸る霊力が宙に青い線を描き、真っすぐコカビエルの腹に打ち込む。心地よい快音が空気を揺るがした。衝撃によろめくコカビエルに追撃を加える。

 

「せやっ!!」

 

「がああっ!!」

 

右足の蹴り。真っすぐコカビエルの腹に叩き込み、ザザザとコカビエルが後ずさる。

 

「何だこいつ…!さっきとは比べ物にならない程パワーもスピードも上がっている…!」

 

ぷっと血を吐き捨て、口元を拭う。やつは信じられないといった顔をしていた。

挨拶代わりのつもりだったが、十分すぎるくらいだったみたいだ。

 

「本当に、俺の心に応えているのか」

 

拳を握り、己の力の上昇を改めて実感する。

いける。これならコカビエルに勝てる!

 

「お前は今、この場で俺が倒す!!」

 

相手を指さしての宣言。奴の表情が憤怒の色に染まった。

 

「やれるものならやってみろォ!!」

 

今度は奴から動いた。両手に光剣を携えて間合いを一気に消し飛ばして来る。

 

「!」

 

一歩分の間合い、コカビエルが双剣を振るう。奴の怒りを現すように苛烈な剣技が迸る。

 

ステップを踏み、後退し上体をそらす、体を横に捻る。暴力的なまでの剣技の嵐を俺は全て躱し続ける。

 

右左下、下段から振り上げ、袈裟、薙ぎ、突き、交差、平行線を描く薙ぎ、斜め下、斜め上、中心を狙う突き。

 

奴の戦意、殺意の乗った熟練の剣技。全て躱す。俺も奴の剣技と同等のスピードで。

 

奴の攻撃は普段の俺なら目に収めることも出来ずに細切れにされるレベルの速さであることはわかっている。そもそも普段の俺がこんな達人めいた芸当を出来るはずもない。

 

だが見える。はっきりと奴の動きが。

 

奴の剣筋、剣閃。奴が剣を振り上げ、振り下ろすまでの一連の動作がコンマ一秒にも満たない時間の間に脳が理解し、回避行動に移す。

 

全身に走る青い光は俺の身体能力を超人的、いやさらに上の域へと押し上げている。身体能力だけでなく反射神経、集中力さえも。

極限まで高まった集中力と身体能力によって俺はこの妙技を為し得たのだ。

 

「くそ、何故だ!?何故俺の攻撃が当たらない!?」

 

ふと、奴の動きに焦りが混じった。同時に動きに乱れが生じる。

 

「…ッ!!」

 

その隙を狙って、前進。糸を縫うように拳を腹にぶち込む。ドゴン!と快音を響かせ、コカビエルの動きが止まる。

 

「ぐふぅ!?」

 

「おおおおお!!」

 

続けて血を口の隙間から垂れ流すコカビエルの顔面に渾身の力を込めたパンチを真正面からぶちかます。手ごたえあり。メキッという音が一瞬聞こえ、木っ端の如く大きく後ろに飛んで行った。

 

奴は何度か地面をバウンドした後、ザザザと砂煙を巻き上げて横転してようやく止まった。

 

確かな手ごたえを感じた。…だがそれでも、終わらない。

 

「…く、そがァ!!」

 

向こう側、咆哮と共に立ち上がる。乱れた長髪を振り回すと奴のボロボロになった顔が露わになった。鼻は折れ曲がり、片眼は真っ赤だ。それでも尽きることの、衰えることのないギラギラとした戦意に満ちた目をもって俺を刺殺さんばかりの勢いで睨み付けてくる。

 

まだ終わりそうにないか。

俺は滾る力をそのままに地を踏みしめる。その時。

 

「…地上戦では貴様に分があるようだが、空中からの攻撃はどうだ!?」

 

コカビエルが10枚の翼を広げ、空へと飛んだ。

 

やつは俺が飛べないと思っているらしいな。なら、ここはひとつマジシャンとしてその名を轟かせたこのフォームらしく奴を驚かせてみるとするか。

 

「来い、フーディー!」

 

俺の呼びかけに応じて今まで空で旋回していたユニットが俺に向かって飛んできて再び背中に合体した。助走をつけて地面を蹴ると4枚の回転翼が回転し、俺を空へと舞い上がらせる。

 

初めての飛行だが眼魂側からのサポートを受けているような感覚があった。向こうが俺のイメージ通りの飛行を可能にしてくれる。だが初めての飛行に感動している余裕はない。

 

ドン!と霊力を解放して加速し、天で待ち構えるコカビエルに近づく。

 

「その神器は飛行能力も持っているのか…!」

 

毒づきながら広げた翼から鋭利な羽根を射出する。無数の黒い弾丸が俺に迫る。すぐさま旋回、迫る弾丸は虚空を切り校庭に降り注ぐ。

 

再び加速して近づこうとするが奴は即座に羽根手裏剣を飛ばす。丁度羽根の間を縫って行けない程の羽根間の狭さ、速度もかなりのもので本体に近づけず回避に精一杯。俺はたちまち攻めあぐねるようになってしまった。

 

「遠距離戦が望みなら!」

 

〔ガンガンハンド!〕

 

ドライバーからガンガンハンド銃モードを召喚。

 

加速、同時に羽根手裏剣が飛んでくる。俺はそれに追いつかれないようにぶっ飛ばしながらコカビエルの周囲を旋回する。そうしながら俺はガンガンハンドを片手で持ち、コカビエルに銃口を向けると同時にトリガーを引く。

 

「ぐっ!?」

 

腕から血が噴き出す。殺到する銃撃が次々に命中していく。

 

「がっ、ぐが!おのれぇ!」

 

コンパスが円を描くように俺は羽根手裏剣から逃げつつ空に大きな円を描きながらコカビエルという円の中心を銃撃している。

 

「…ちまちまとした攻撃では埒が明かないか!」

 

羽根手裏剣の射出をやめ、奴がバッと両手を天に掲げる。そして宙に光槍が生成される。そのまま投げつけるかと思いきや、奴はそうせずに手を掲げ続け、槍はドンドン大きくなっていく。やがて身の丈の何倍はあるだろうサイズにまで大きくなった。

 

「…マジか」

 

「消し飛べェェェ!!」

 

奴が投げつけるように腕を振るい、同時に巨大な槍が俺目掛けて放たれた。

 

「流石にあれはまずいな…!」

 

槍は羽根手裏剣に比べると速さは劣るものの圧倒的な大きさによる攻撃範囲の広さでは大きく勝っている。ゴウッと風を切る音も同時に迫り、今いる所から離れようと急いで回避運動を取り、すれすれで回避に成功した。

 

「油断したな!!」

 

槍を躱した次の瞬間、コカビエルが開いた拳をグッと握る。すると躱した槍が一際眩しい光を放ち、ただでさえ巨大な槍の大きさの二倍はある大爆発を起こした。

 

「っ!」

 

避けようのない規模の爆発。光と炎が俺を飲み込まんと迫ってくる。回避運動を取る間もなく俺はあえなく光と炎に飲まれた。

 

 

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

 

「紀伊国!」

 

「そんな…」

 

校庭で戦いを見守るオカルト研究部の皆から悲嘆の声が上がる。

 

「クククッ…」

 

空を飛ぶコカビエルの口からは小さな笑い声が漏れる。

 

「ハーハハハハ!!」

 

そして抑えることなく、天にコカビエルの笑い声が高らかに響き渡る。

 

「突然のパワーアップには驚いたが…所詮は人間。俺に勝てるはずもない!」

 

「誰がお前に勝てないって?」

 

突然、虚空から声が聞こえてきた。その声とはもちろん、俺だ。

 

「…貴様、生きているのか!?どこにいる!?」

 

コカビエルは俺を探そうとせわしなくあたりを見回し、声の出所を探る。

 

ポン!

 

マジックで使われるような音がコカビエルの背後に鳴り、先ほど爆発に飲まれたはずの俺が現れる。

 

「爆発からの脱出マジック成功、ってな」

 

フーディーニは脱出マジックで名をはせた偉人。当然その魂を宿すこのフーディーニ魂もそれにちなんだ緊急脱出能力、というよりはちょっとした瞬間移動ができる。

 

「ッ!なんだと…!!」

 

俺の声で存在に気付いた奴が振り向き距離を取ろうとするももう遅い。既にチャージは完了しているしこの距離なら外しようもない!

 

青い輝きを放つロッドを力強く突きだす。

 

〔オメガスマッシュ!〕

 

「ぐぅぅぅッ!?」

 

霊力のこもった一撃がコカビエルの背に炸裂する。コカビエルが今まで一番大きな苦痛の声を上げた。

 

背中が弱点だったのか?それとも当たり所がよかっただけか?痛みに耐えかねたコカビエルの動きが完全に宙で停止した。肩で息をして翼の動きもぎこちない。奇貨居くべしと俺は天を向いて、さらに上空へと飛行した。

 

風を切る、より高く飛ぶ。高く高く高く。もっと高く。

 

やがてこの学園を覆う球状の結界の頂点が見えてきた。そこでユニットを分離してグライダーモードにし、ユニットに足を乗せる。

 

「幕切れだ」

 

レバーを勢い良く引き、必殺技を発動させる。

 

〔ダイカイガン!フーディー二!〕

 

回転翼から勢いよく鎖が射出され、真下にいるコカビエルを絡めとる。刃のごとき鋭さを持つ翼ですら鎖に巻き付かれ断つことはできなかった。翼、両腕両脚を完全に封じられたコカビエルが吼えた。

 

「俺を追い詰める人間……!貴様は一体、何なんだ!?」

 

俺が一体何者か、か。

 

「俺は…」

 

今までの俺は仮面ライダーの力を持っただけのただのヘタレな高校生だった。

 

「俺は…!」

 

でも守る覚悟を、戦う勇気を持った今なら、胸を張って言える。

 

「『仮面ライダースペクター』だァッ!!」

 

グライダーから飛び降り、落下の勢いを利用して跳び蹴りの態勢に入る。

足が眩い群青色の霊力を纏い、落下の最中俺は体をひねり回転を加えた。

 

〔オメガドライブ!〕

 

「ハァァァァァァァァ!!!」

 

烈叫が迸り、キックが深々とコカビエルの腹に突き刺さり、ドッという鈍い音が空を叩く。奴は鎖で動きを封じられていたため抵抗もできず、真正面から全力の攻撃を受けた。

 

「ガハァァッ!!」

 

盛大に血反吐を吐き、目を見開く。インパクトと同時に回転翼が鎖を巻き取りコカビエルを鎖から解放した。

 

すると重力に従い、キックの威力も相まって流星と見まがうほどの速さで奴は地面に落下した。

 

ドォォォォォン!!

 

地面に叩きつけられると同時にキックと同時に叩き込んだ霊力が炸裂し大爆発を起こした。爆発が地をえぐり、烈風と砂煙が巻き起こり大地と大気を揺るがした。

 

「おおっ!?」

 

風にあおられながら俺も地面に落下するかと思いきや、颯爽と飛んできたグライダーに足を乗せ、事なきを得た。

 

そのままゆっくりとした速度で高度を落とし、校庭に降り立った。

 

〈BGM終了〉

 

「紀伊国!」

 

「紀伊国君!」

 

「先輩」

 

校庭に降り立った俺にオカルト研究部の皆が駆け寄ってきた。さっきまでボロボロで立つのがやっとな感じだったのにそんなものを微塵も感じさせないくらいに皆の顔は嬉しさに満ちていた。

 

「お前、勝手に逃げるなよ!」

 

「一時はどうなるかと思ったわ…」

 

「よく帰ってきましたわね」

 

各々、安堵の声を上げるなど様々な反応を見せる。でも共通しているのは俺の帰還を喜んでいるということだ。

 

皆に話したいことがたくさんある。だがそれを話す前にまずは言わなくてはいけないことがある。

 

「…本当に、ごめんなさい!」

 

バッと深々と頭を下げて謝る。皆、突然の謝罪に驚いていた。

 

「俺は自分の命惜しさに皆を置いて逃げてしまった…!許してもらえなくて当然のことをした…!だから俺を」

 

「でも、あなたは戻ってきた」

 

気のすむまで殴ってくれ。その言葉をグレモリー先輩が途中で遮った。俺は思わず顔を上げてしまった。

 

「私たちを助けたくて戻ってきたのでしょう?もうそれで十分よ。現にコカビエルも倒しちゃったしこれ以上あなたを責める理由なんて何一つないわ。──あなたは、今の行いを誇ればいい」

 

「そうだぜ。…今のお前は、最高にかっこいいよ」

 

「…!本当に、すみませんでしたッ…!!」

 

兵藤の言葉に塔城さんや木場、姫島先輩もうんうんと頷いた。

グレモリー先輩やみんなの度量の広さに思わず仮面の裏で涙がこぼれた。

 

こんなどうしようもない俺を、皆は笑って許してくれた。これからは恩を返すという意味でも、大切なものを守るという意味でも皆に尽くせるようにしていきたいと強く思った。

 

 

 

 

 

涙が落ち着いた頃、気になることを訊ねた。

 

「アルジェントさんはどうしたんだ?」

 

塔城さんに背負われ、ぐったりとしているアルジェントさん。傷は全くと言っていいほどないのに目を覚ます様子はない。俺の疑問に木場が答えた。

 

「実は、先の大戦でアーシアさんが信じる聖書の神も死んでいたんだ。今まで上層部の秘密になっていたけどコカビエルがそれをバラしてそのことにショックを受けて…」

 

「そうか、聖書の神も死んだのか…」

 

思った以上に先の戦争で失ったものは大きいみたいだ。天界側は4大セラフ二人に加えて主導者たる神も失っていたなんて。キリスト教は文明が発達した今でも人々の生活に強く影響を与えている。上層部が秘密にしていたというのは恐らくそれを考慮しての判断か。

 

今まで信じてやまなかったものが最初からなかったというのは、誰よりも純粋で優しいアルジェントさんにはかなり応えるものだっただろう。ゼノヴィアさんも同じなのだろうか。アルジェントさんと同じ様に主の不在を知りそのショックでああなってしまった。敬虔な信徒ほどそのショックは大きいようだ。

 

「僕だってショックだったよ。僕たちの犠牲は何だったんだって…」

 

「…そうか、でもお前は」

 

「はぁ…はぁ…!」

 

俺の言葉を遮ったのは息も絶え絶えな男の声。声の源は小さなクレーターの中だった。皆、浅いクレーターに近づき中の様子に驚く。

 

そこにいたのはコカビエルだった。腹の肉は思わず目を背けるほどにむごたらしく潰れ、傷だらけの全身から血を流している。兵藤が驚愕の声を上げた。

 

「あいつ、まだ生きてたのか!?」

 

皆の前に出ていつでも攻撃できるように構える。

 

傷が多少痛むが、向こうと違ってまだ余力は十分ある。もう一度オメガドライブを叩き込めば今度こそ…。

 

コカビエルが息も絶え絶えにゆっくりと歩を進めた。

 

「ふざけるな…!俺が人間に負けるだと…!あり得ん!認めん!俺は必ず戦争を……!?」

 

刹那、空が割れた。パリンと音を立ててガラスのように。いや、違う。

この学園を覆う結界が壊されたのだ。

 

「結界が…!?」

 

空を見上げる俺たちの視界に白い輝きが映る。一際明るく輝く星と見まがうほどの美しい輝きにこの場にいる誰もが息を飲み、魅了された。

 

その輝きを放つのは鎧だ。鎧を着た何者かが暗黒の夜空のもと雄大に構えている。各部に宝玉が埋め込まれた穢れなき白の鎧、空に広げる青い8枚の光翼。俺と同じ様に鎧は全身を覆っていて顔を伺うことはできない。鎧の形状は以前見た兵藤の禁手で発現した鎧にそっくりだ。

 

だが背に生えた光翼と放たれている圧倒的なまでの力という点で異なっている。彼の者が放つ静かな緊張感がこの場を飲み込んだ。

 

「『白い龍《バニシング・ドラゴン》』…白龍皇か!」

 

それを見て最初に声を上げたのはコカビエル。

『白い龍』ってまさか、兵藤に宿る『赤い龍』と対を為すというあのドラゴンか!

 

「神滅具『白龍皇の光翼《ディバイン・ディバイディング》』、その禁手『白龍皇の鎧《ディバイン・ディバイディング・スケイルメイル》』…。赤に惹かれたか…!」

 

あれも兵藤の籠手と同じ神滅具の一つなのか。しかも禁手に至ったもの。一体どんな能力を…?

 

その時、光が瞬いた。一瞬の内に空で構えていた白龍皇が消えたのだ。

 

「ぐあっ…!?」

 

次に聞こえたのはコカビエルの悲鳴。いつの間にかにコカビエルの背後を取った白龍皇がコカビエルの翼をちぎり取ったのだ。

 

速すぎる。今何が起こったのか全く分からなかった。

 

「…汚いな。アザゼルの羽は夜の常闇のような美しい黒だったぞ」

 

初めて白龍皇が喋った。声の低さからして男か。

 

ちぎった羽根を適当に放り投げた。その言葉と行動がコカビエルの癇に触れた。

 

「ッ!貴様!」

 

すかさず槍を生成して反撃するが、するりと避けられてしまった。カウンターに白龍皇が拳を傷ついた腹に叩き込んだ。

 

「うっ…!うっ……」

 

衝撃にコカビエルの体が一瞬ビクンとはねるが、それっきり動かなくなってしまった。

 

…あの堕天使幹部を気絶させたのか。

 

ぐったりとなったコカビエルを白龍皇が抱えた。

 

それと同時に校庭に巨大な魔方陣が出現し、一際強く光ると魔方陣の紋様が端から徐々に光の粒子となって消えていった。

 

「魔方陣が…!」

 

「助かったのか、俺たち…」

 

魔方陣に蓄えられていた力は蛍火のような光の粒となって天に立ち上っていく。月光と相まって神秘的な光景を生み出していた。

 

「あのフリードとかいう男も回収しなければな」

 

白龍皇はそんな光景を気にも留めずに倒れ伏すフリードを抱えていった。そして光翼を広げ空に飛び立とうとしたその時。

 

『無視か、白いの』

 

聞きなれない男の声が聞こえた。いや、俺は何度かこの声を聞いている。兵藤のブーステッド・ギアの音声と同じ声だ。兵藤の方を向くと籠手の宝玉が光っていた。いつも音声だけだと思ってたけど普通に喋れるのかよ。

 

『久しいな、赤いの。起きていたか』

 

今度は白龍皇の宝玉が声に合わせて光りだした。中々渋いいい声してるな。

 

『ああ、折角会ったというのにこの状況ではな』

 

『そう気に病まずとも我々は再び出会うさ。そういう運命にあるのだからな』

 

『そうだな。…今の段階ではお前と満足のいく戦いはできないしな』

 

『そうか。なら次に会うときは満足のいく戦いができるレベルの強さになっていることを願おう。ではな、ドライグ』

 

『ああ、じゃあなアルビオン』

 

それっきり会話は止まり宝玉の光も消えてしまった。赤龍帝はドライグ、白龍皇はアルビオンっていうのか。神器の名前ではなくそれに封じられているドラゴンの名前。

 

「っておいおい!意味がわかんねえよ!お前は一体何者で、何をやってんだよ!?」

 

話を飲み込めない兵藤が白龍皇に訊ねる。

 

まあ俺もさっきの会話からドラゴンの名前と二匹の龍が戦いたがっていることぐらいしか分からなかったぞ。

 

「フッ」

 

白龍皇はキザったらしく笑う。どこか小馬鹿にした感じだ。

 

「全てを理解するには力が必要だ。強くなれよ、俺の宿敵くん」

 

それだけを言い残してコカビエルとフリードを担ぐ彼は白い閃光となって空へ飛んでしまった。

 

戦場に静けさが残った。

 

〔オヤスミー〕

 

眼魂を抜き取り、変身を解除する。

 

終わったのか。

 

緊張の糸が切れると同時に深く息をつき、月光に美しく照らされる夜空を仰ぐ。これでこの町は救われた。俺たちの明日は、いつもと変わらず巡ってくる。

 

後ろで兵藤が木場に声をかけた。振り返りその様子を見る。視界の端にアルジェントさんが目を覚ましたのが映った。

 

「取り敢えず木場!エクスカリバーの破壊、やったじゃねぇか!!」

 

笑顔の兵藤が木場の背を叩く。叩かれた木場はどこか浮かない顔をしている。

 

「イッセー君、僕は…」

 

「まあそう言うなって!とにかくお前の仲間のことも聖剣のことも一旦終わりってことでいいじゃねえか」

 

「…うん」

 

兵藤の言葉に微笑みながら頷いた。

 

あいつのエクスカリバーをめぐる因縁も終わりを迎えた。前に進めるのは俺だけじゃないみたいだな。

 

「裕斗」

 

木場に歩み寄るグレモリー先輩。その表情は穏やかなものだった。

 

「…よく戻ってきたわ。禁手なんて誇らしい限りよ」

 

その言葉を聞いて木場がうつむきがちに自分の思いを紡ぎ始める。

 

「…部長!僕は皆に散々迷惑をかけて、悲しませてしまいました…。一度命を救ってくれたあなたを裏切ってしまいました…。もう、どう詫びればいいか…」

 

深い後悔と猛省の混じった声色。後半は声が上ずりながらのものだった。そんな木場に歩み寄り、先輩はそっと優しく一筋の涙が走った頬を撫でた。

 

「あなたは無事に戻ってきた。詫びなんていらない、それだけで十分よ」

 

その言葉が涙を堪えてきた木場の涙腺を壊した。木場はとめどなく溢れる涙を流しながらも声高に、宣言した。

 

「…部長。僕は今ここに、生涯あなたの『騎士』として生涯あなたの剣であり続け、仲間を守り抜くことを誓います!」

 

「…ありがとう、裕斗」

 

感動的な雰囲気に包まれる中、兵藤が嫉妬のまなざしで木場を睨みつけてきた。

 

「おい木場!俺だって部長の『騎士』になりたかったんだからな!でも、お前じゃないと部長の『騎士』は務まらねえし、その…しっかりがんばれよ!!」

 

照れくさそうに応援の言葉を付け加え、プイっと木場から顔を背けた。

 

…イケメンイケメンって嫉妬してないであいつも素直になったらいいのにな。

 

木場の話が済んだところでグレモリー先輩に近づき、話を切り出す。

 

「…グレモリー先輩」

 

真面目な表情の俺に先輩がきょとんとした顔を見せた。そして次の瞬間その表情は引きつったものに変わった。

 

「き、紀伊国君…その顔は……」

 

何故か先輩が俺を見てドン引きしている。同じく俺の顔を見た兵藤も顔を引きつらせながら言った。

 

「お前…!顔がとんでもないことになってるぞ!!?」

 

「は?」

 

兵藤の指摘を受けて何ごとかと顔をぺたぺた触るとぬめりとしたものに触れた。触れた手を見ると手が真っ赤な血に濡れていた。

 

「あ…」

 

思い出した。俺が逃げてるとき滅茶苦茶に顔を地面に叩きつけたんだった。

 

木場も、アルジェントさんも、塔城さんも、姫島先輩も。俺を見る皆の顔が引いている。

 

そんなに俺の顔って今酷いことになってる?そんな反応をされたら逆に鏡で見たくなるじゃないか。

 

「誰か鏡持ってない?」

 

「いやいや見なくていいって!!そうだアーシア、早くあいつの顔を回復させてやれ!!」

 

「は、はい…紀伊国さん、大丈夫ですか?」

 

アルジェントさんが心配そうな顔で俺の顔に手を当てて神器で治療を始める。今まで全く痛みを感じなかった顔の傷が徐々に消えていくのを感じる。戦いでアドレナリンが出すぎて痛みが吹っ飛んでいたか。

 

治療が終わって、改まって先輩の方を向く。

コカビエルに勝ったら言おうと決めていたことだ。

 

「…俺を、オカルト研究部、グレモリー眷属に入れてください!」

 

再び頭を下げて頼み込む。

 

俺は一度、勧誘を蹴った身。そしてさらに今回、許してもらったとはいえ断られても仕方ないこともした。どの面下げて言っているのかと言われても仕方ない。

 

でも俺は今回の一件で前に進むことを決めた。オカルト研究部に、グレモリー眷属に入ることが前に進むために必要なことだと強く感じた。断られるとしても何も言わないよりは言うだけ言ってからの方がいい。

 

頭を下げたまま先輩の返事を待つ。「ふふっ」と笑いながら先輩は返事を口にした。

 

「勿論よ。今更言わなくても、あなたはもう私たちの立派な仲間じゃない」

 

俺の頼みを先輩は快諾してくれた。「顔を上げて頂戴」と言われ、俺は顔を上げた。

 

「歓迎するわ、紀伊国悠君。オカルト研究部にようこそ」

 

「よっしゃあ!!木場も戻ってきたし新入部員もできた!ハッピーエンドだよな!」

 

「可愛い後輩が新しく出来て嬉しいですわ」

 

「今度は悪魔の先輩としてみっちりしごきますね」

 

「いつかはこうなるかも、って思ってたよ」

 

「これからはもっと仲良くしていきたいです!」

 

皆、笑顔で俺を迎え入れてくれた。それを見て込み上げてくるものがある。

 

「取り敢えず、あなたの駒はゲームと同じ様に『戦車』にするわ」

 

部長さんが魔方陣で小箱を呼び出し、中から赤い『悪魔の駒』を取り出す。

 

戦車か。特性は攻撃力と防御力の上昇だっけか。まあ遠中近全部で立ち回れる俺には一番合う駒だと思うな。

 

部長さんが駒を手に持ち、俺に近づける。駒が赤い輝きを放ち始めた。

 

その時だった。俺を覆うように青い魔方陣が出現し、バチバチと青いスパークを起こしながら駒を弾いてしまったのだ。

 

「きゃっ!!?」

 

部長さんの手を離れた駒が宙を舞って地面に転がった。

 

「は?え?何で…?」

 

魔方陣は次第に光を失い、焼失した。

 

「これは…」

 

「…2か月前の波動と同じものを感じましたわ」

 

二か月前ってことは、俺が転生した時期だ。この魔方陣、まさかあの駄女神が仕込んだものか?だとしたら何で…。部長さんが駒を小箱にしまい、姫島先輩が顎に手を当てて推察する。

 

「この場にいるのは私たちだけ…つまり、さっきの魔方陣は何者かが発動させたものではなく彼に元々仕込まれていたもの、ということになりますわ」

 

「何か心当たりは?」

 

怪訝な顔で部長さんが訊ねる。

 

「…いえ、ありません」

 

あの駄女神が仕込んだと直接本人に聞かない限り100%断言できないし、眼魂をばらまくような奴でも俺を転生させてくれた大恩がある。俺が転生したことを黙っておくという約束もあるし転生云々、そしてあの駄女神に関することは皆には悪いが…伏せておくことにする。

 

「…まあ、できないというのなら仕方ないわね。悪魔じゃなくてもあなたは私たちオカルト研究部の部員よ。これからもよろしくね?」

 

こんな秘密を抱えた俺を、部長は優しく微笑んで受け入れてくれた。

 

「…っ!はい!」

 

入部ができたことに俺は嬉しくなって二っと笑って声高に返事する。嬉しさの反面、真実を言えない申し訳なさもあった。

 

俺には真実を言えない約束がある。…でもいつか、真実を打ち明けられる日が来たらいいなと思う。今だって皆は俺の大切な仲間だ。でも本当のことを全て話し、受け入れてもらえた時こそ心の底から仲間だと、そう言える気がする。

 

 

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

「……」

 

校庭の端から、勝利に沸くグレモリー眷属を眺める。

愛剣のデュランダルは既に異空間にしまい、与えられた『破壊の聖剣《エクスカリバー・デストラクション》』は布に包んで背負っている。

 

「私は…」

 

今まで人生の全てを捧げてきた主。主の教えを信じ、主に仇なす堕天使や悪魔、吸血鬼を討ち滅ぼすことこそが教会の戦士の戦士たる自身の生きる意味だと思っていた。だが、今回の戦いで信じるべき主の不在を知ってしまった。確たる証拠も聖魔剣という形でこの場に存在している。私は一瞬で全てを失ってしまった。

 

…これから先、どうすればいいかわからない。自身の信念、生きる意味、今まで信仰にと費やしてきたもの全てを失ってしまった。この虚しさを抱えて生きるくらいならいっそ死んでしまいたい。自殺は主の教えで禁じられている。でも、それを禁じた主は既にこの世に存在しない。

 

なら、あのままコカビエルの手にかかれば主のもとへ行けるのではないか?そう思って私はコカビエルの攻撃を避けなかった。槍に貫かれ、絶命して主のもとへ旅立とうとした。主のいない世界なんて私は生きたくない。

 

しかしその願いが叶うことはなかった。あの紀伊国悠という男が自分を庇い、捨てるはずだった私の命を救ってしまった。一度は戦場を命惜しさに逃げ出した男は、今までになかった戦士の覚悟を持って戻ってきたのだ。逃げ出した時は心底軽蔑した男がまるで別人のように見えた。

 

私はその男を今すぐにでも斬りたかった。責めたかった。何故、拾った命を捨ててまで私の願いを邪魔するのだ、と。でもそれはできなかった。喪失感でそんなことをする気力も湧かなかったのだ。だから代わりに訊ねた。なぜ、私を守った?と。

 

すると男は、「仲間だから助けた。仲間なら死なせない。だから命を投げ出すな、生きろ」と。なんともひどい奴だと思った。この喪失感を抱えたまま生きろというなんて。

 

そのまま男は今までの倍以上に跳ね上がった力で真正面からコカビエルを打ち倒してしまった。この町を吹き飛ばすはずだった魔方陣も解除され、私は捨てるはずの命を救われてしまった。あの男はたった一人でこの絶望的状況をひっくり返してしまったのだ。

 

あの男の背中を見て私は初めて他の戦士をカッコイイと思ったのだ。今まで上司や先輩戦士に憧れ、私もこうありたいと思ったことは何度かあった。でも、カッコイイと思ったのは始めてだった。信じてきたものを失った私の心にあの男の背中と言葉は鮮明に残った。

 

「…生きろ、か」

 

主を信じて生きてきた私には主の不在を知った今、どうすればいいかわからない。どう生きていけばいいかわからない。

 

だがとにかく今は与えられた任務を果たそう。強奪されたエクスカリバーの奪還、あるいは破壊。既に統合されたエクスカリバーは聖魔剣と私のデュランダルによって破壊された。あとは4本の聖剣の芯となっていた『かけら』を回収するのみ。そして負傷したイリナと共に帰還しよう。

 

身の振りは後で考えればいい。上層部しか知り得ない秘密を知ってしまった以上、ろくなことにはならないだろうが。

 

だがもし、あの男のように新たな志を得ることが出来たなら。私も新たな道を歩めるだろうか。失ってしまった生きる意味と信念の代わりになるものを手に入れられるだろうか。そうであればいいなと思う。

 

瞑目して私はこの場を後にした。




という訳で、ヒロインはゼノヴィアです。何でかって?それは特別企画の時に話しましょう…。タグの追加は次回の更新時にします。

スペクターの戦闘時挿入歌は「GIANT STEP」です。歌詞的にもタイトル的にもこれがあってるなと思ったので。ゴーストは挿入歌がないので自分で考えるしかないんですよ…。でもその分好きな曲を使えるのでいいんですけどね。ディープスペクターの時にも新しく考えます。


次回、戦士胎動編最終回。


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第24話 「月光校庭のエクスカリバー」

いよいよ戦士胎動編最終回です。遂にあの人の謎に迫ります。

それと最近パソコンで書いてることが多いので「スマホ投稿」のタグを消すことにしました。

今日のビルドやばかった(語彙力)

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
1.ムサシ
3.ロビン(+)
4.ニュートン(+)
5.ビリーザキッド(+)
7.ベンケイ(+)
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
13.フーディーニ

貸し出されていた4つの眼魂は入部に伴い正式に譲渡。



決戦を終えた次の日の朝、俺はいつものように学校へ行く準備をしていた。

欠伸を噛み殺しながら靴紐を結ぶ。

 

昨日の戦いは体育館が吹っ飛んだり俺が最後の一撃で軽いクレーターを作ったりとやりたい放題だったがあの後駆け付けたサーゼクスさん率いる加勢と会長さんたちが修復にあたった。異空間にレプリカを作れるくらいだし一晩で修復するなんてどうってことないか。

 

靴紐を結び終え、朝日が隙間から洩れこむ玄関のドアを開けた。

 

「ん?」

 

ドアを開けると、また廊下だった。廊下ではあるが明らかに俺の家の廊下とはフローリングも壁の白さも違う。建てられてからそれなりに使われた感じがある俺の家の廊下と違い、この廊下はまるで建てられたばかりのような真新しさがある。

 

「…俺、確かに玄関を出たよな」

 

玄関を開けて外に出るはずが見ず知らずの廊下に出たという出来事に戸惑いを隠せない。

 

「…」

 

廊下の向こうには鉄でできているらしく鈍い金属光沢を放つドアがある。これも真新しさを感じるが、庶民的な家のような廊下にはそぐわないドアだ。

 

取り敢えず進んでみようと俺はドアの前まで足を運ぶ。ドアノブの付近には何やら数字を入力する機械が取り付けられている。試しにドアノブを捻るが一向に開きそうにない。

 

「…パスワードを入れろってか」

 

そんなもの、当然知るはずもなく諦めて踵を返そうとした時だった。ピーという音が機械から鳴り、ガチャンという音がドアから聞こえた。

 

「…開いたのか」

 

再びドアノブを握り、何があるかわからないドアの先を警戒しながらゆっくりと開ける。

 

が、ドアの先にいた人物を見て少し安心感を覚えた。

 

「お、来たか」

 

そこにいたのは背の高い質素なテーブルに着き優雅にくつろぐ、いつもの名も知らない銀髪の少女だった。

 

いつもと変わらない服装だが、赤ぶちの眼鏡をかけている点ではいつもと異なっている。…結構似合ってるな。

 

「あんたは…」

 

「すまんの、ドアのロック解除を忘れておったわい。まあ取り敢えず、椅子に座るといい」

 

「はあ…」

 

俺は勧められた通り、椅子に腰かける。

 

さっきの廊下とは打って変わって基盤の模様が入った部屋の床や壁、天井には青い光のラインが走り、庶民的な物とはかけ離れた近未来的なインテリアが置かれている。まるで機械が高度に発達した未来の世界を描いた映画のようだ。

 

すると今度は青、というよりは水色の髪をショートカットにした少女がそっとソーサーに乗ったティーカップを俺の前に置いた。

 

少女はピチッした白とマゼンタのサイバースーツを着ており側頭部にはそれを囲む三角形の機械、額にはXIと表示された小さな円形のスクリーン付きの機械が取り付けられていた。まるでロボット、いやサイボーグのようだ。

 

「どうぞ」

 

「あ、どうも」

 

カップを手に取り、中に注がれた紅茶を啜る。熱くもなければ冷めてもいない丁度いい温度でとても飲みやすいものだった。カップをソーサーに戻し目の前でじっと俺の様子を伺っていた銀髪の少女に話しかける。

 

「あの、俺今から学校があるしあんたにかまってる暇はないんだけど」

 

間違いなく向こうから俺を呼んだのだろうが今日は休日ではないので俺は学校に行かなくてはならない。あまりもたもたしていると遅刻するし、何より先生に怒られたり目を付けられるのは勘弁だ。俺はあくまで静かに、穏やかに過ごしたいのだ。

 

少女はやや棘のある俺の言い方に動じることなく言葉を返す。

 

「そこは心配しなくてよいぞ、この空間の時間の流れはおぬしの住む世界より早くての。向こうの一分がここでは一時間なのじゃ」

 

「まじか…」

 

要は精神と時の部屋みたいな物ってか。

 

「…というか、ここはどこなんだ?」

 

俺の家の玄関からたどり着いたこの部屋。当然俺の家にこんな近未来的な部屋はないしこの世界はこんなものができる程ここまで技術が発達しているわけでもない。

 

「ここは次元の狭間に存在する妾の家兼秘密基地じゃ。家の玄関のドアをこの部屋の入口とリンクさせそこからおぬしはここに来たのじゃ」

 

「次元の狭間!?」

 

さらっと放たれた衝撃の事実に驚く俺に少女がもう一言付け加える。

 

「もっとわかりやすく言うならフォーゼのラビットハッチのようなものじゃな」

 

「あ!なるほど…」

 

何となく仕組みはわかった。

 

ラビットハッチとは仮面ライダーフォーゼに登場する、月面にある仮面ライダー部の秘密基地。仮面ライダー部は彼らが通う高校のゲートスイッチなるものによって空間が繋がったロッカーからそこに行けるのだ。

 

例えるならさっきの場合、家の玄関がロッカーでこの部屋がラビットハッチということか。少女は指を立てて更なる説明を加える。

 

「この部屋の入口は世界中の扉、あるいはそれに近い機能を持つものと直接繋がることができる。おぬしが思う妾の神出鬼没性はこの機能によるものじゃ」

 

「そういうことだったのか…」

 

結界の中だろうと部長さんの別荘だろうとどこに行っても現れるのはその中のドアとここを繋げていったからか。

 

つまりは世界中のどこからでも行けるラビットハッチ。逆に言えばここから世界中の

どこにでも行ける。とんでもない機能だな。その気になれば一国の大統領の私室にあっという間に侵入して暗殺したり、飛行機代なしで世界旅行すら容易に可能になるというもの。

 

便利でもあり、用途を違えれば恐ろしくもある機能だ。目の前の少女が話は終わったと一旦目を瞑り、また新たな話を切り出す。

 

「…さて、おぬしは先日、見事コカビエル討伐を成し遂げたな。厳密に言うとヴァーリが漁夫の利を掻っ攫う形で終わったが」

 

「まあな…ん?」

 

昨日の戦い。俺はオカルト研究部の皆と共にエクスカリバーの使い手・フリードや堕天使幹部コカビエルと戦い、一度は逃げ出すもこの少女の説得を受けて戦場に戻りコカビエルに打ち勝った。だが…。

 

「ヴァーリ…?もしかして白龍皇のことか?」

 

初めて聞く単語に疑問符を浮かべる。

 

漁夫の利を攫ったというのは突然現れた白龍皇が倒し損ねたコカビエルを回収したことを指しているのだろう。だとすると恐らく白龍皇=アルビオン=ヴァーリということだろうか?

 

「おっと、口が滑ったのう。まあいい」

 

両の手を組み、いつものように飄々としたものでなく真面目な表情に切り替わった。

 

「約束通り、全てを話そう。じゃがその前に一つ約束をしてほしいのじゃ」

 

「…なんだ」

 

まさか全部話し終わったら記憶を消させてもらうとかじゃないよね?

 

「妾に関することは一切、他言無用で頼む」

 

彼女は至って真剣に話している。これから知られたらまずいことも喋るということか。

 

「まあそれくらいなら…」

 

それくらいならどうってことはないし今まで助けられてきた恩がある。それくらいならどうってことはないと約束を受け入れると少女はフッと笑み、話し始める。

 

「よし、ならばまずは自己紹介からじゃの」

 

…やっと、この人のことを知れる。何度も現れては俺を助けては風のように消え、その行動の理由も自分のことも何一つ語らなかったこの人。

 

すこしドキドキするがそれを悟られまいと努めて平気な表情をする。

 

「妾の名は『ポラリス』。『レジスタンス』という組織のリーダーを務めておる者じゃ」

 

「ポラリス…」

 

それが今までふらりと俺の前に現れては俺に道を指し示した人の名前か。でもその名前は…。

 

「って偽名かよ!俺が知らないとでも思ったか!?それって星の名前だろ!!」

 

ポラリスはこぐま座を形作る星の名前だ。世間一般には北極星という名で広く知れ渡っている。当のポラリスさんは違う違うとかぶりを振る。

 

「いやいや、偽名ではない。ハンドルネームじゃ」

 

「は?コードネームじゃなくてか?」

 

ハンドルネームは確かSNSやゲームなどで使うネット上の名前のことだ。ポラリスという名前が偽名でもコードネームでもないというのは一体どういうことだろうか…?

 

「うむ。…どうせ、今更真名を名乗ったところで意味はないのでな」

 

ポラリスさんは首を縦に振ると、どこか遠い目をして小さく呟いた。

 

「?」

 

意味深な言葉に首を傾ける。「話が逸れたな」とポラリスさんは今度は隣にいるさっきの水色のショートカットの少女の方へ向いた。少女は寒色系の色の髪のようにクールな雰囲気を放ち、どこか眠たそうな表情をしている。

 

「そして隣にいるのが妾の部下、『Type.XI “Ze31Po”』。まあ、サイボーグじゃ」

 

この人本当にサイボーグだったのか!近未来感はあるけどまさかサイボーグだとは思わなかった。

 

「初めまして、気軽にイレブンと呼んでください」

 

イレブンさんはぺこりと丁寧にお辞儀をする。

 

「はい、よろしく」

 

俺も軽く会釈して返す。今度は俺から話を始める。

 

「で、あんたは悪魔なのか?」

 

どうみても顔立ちは外国人ぽいし日本語もペラペラ、さらには人よけの結界も使える。悪魔は長生きだと聞くしそれならあの老成した口調とそれに相反する若い外見も説明がつく。

 

しかしポラリスさんは俺の問いに否と返す。

 

「いや、妾は一応人間じゃ。ちっと長生きではあるがな」

 

「マジか」

 

本人はそう言うけど本当に人間か?まだまだ秘密はありそうだ。今度はポラリスさんから喋りだす。

 

「そうそう、おぬしが気になっているであろう『何故妾がおぬしの力が仮面ライダーであることを知っているのか』についてじゃが…」

 

いきなりそれか、確かに気になるな。唾をごくりと飲んで答えを待つ。

 

そしてポラリスさんは思いもよらない答えを返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「簡単な話、妾も異世界から来たから、じゃ」

 

「!!?」

 

驚きのあまり思わずガタっと立ち上がる。異世界から来た…つまり俺と同じ転生者か!?

 

ポラリスさんは「まあ落ち着け」と言って椅子に座ることを勧め、俺もティーカップの紅茶を呷って落ち着くと再び椅子に腰かけた。

 

「妾たちレジスタンスはある連中を追っていての、その中で様々な異世界を巡り、仮面ライダーについて知ったのじゃ」

 

「異世界を旅してるのか…」

 

「ああ、それもこの基地の機能の一つじゃ」

 

世界中どこにでも行けて、異世界にも行ける、この基地はとんでも機能の塊か。そしてさっきこの人は気になる言い方もした。『妾”も”異世界から来た』と。つまりそれは…。

 

「それより、俺が異世界から来たことを知ってるのか」

 

「ああ。この世界にスペクターなる仮面ライダーは存在しないしのう。それにおぬしの介入は正史にはないものじゃ」

 

ポラリスさんはビシッと俺を指さした。

 

「だとすれば、おぬしは異世界から来た者だと断言せざるを得ない」

 

「…同類ってのはそういうことか」

 

合宿で会った時の言葉はこういう意味だったのか。正史と言う言葉が引っかかるがそれより。

 

「で、俺が異世界から来たと知ってるのなら俺をどうするつもりだ?」

 

よくあるパターンは『お前は世界の異物だ』とか言って排除されるもの。…いやだよ?そんなことばら撒かれて皆から敵意や殺意の目で見られるのは。そんな千翼みたいな目に合うのはマジで勘弁。

 

ポラリスさんは俺の疑いの視線に肩をすくめながら返事した。

 

「以前にも言ったはずじゃ。妾はおぬしを強くしてスカウトするつもりじゃとな」

 

そしてポラリスさんは真っすぐに俺を見据えて話した。

 

「のうおぬし、『レジスタンス』に入る気はないか?」

 

…それが目的で俺に関わってきたのか。確かにこの人には大きな恩がある。でもそれでも…。

 

「俺はオカルト研究部のメンバーだ。仲間を裏切るつもりはない」

 

目を細くして俺は誘いを蹴った。

 

俺には一度守ると決めたものがある。一度覚悟を決めた以上、投げだす気は毛頭ない。

 

ポラリスさんは俺の拒否に動じることなく返した。

 

「まあそうなるじゃろうな。じゃがおぬしにとって悪い話ではない。おぬしに戦闘用フィールドを貸し出して妾たちが稽古を付けることもできる。妾たちはコカビエルなんて比じゃないレベルの戦闘経験を積んでおるからのう、きっとおぬしを強くできるぞ」

 

「修行ならあいつらとすれば十分だ」

 

「彼らとの模擬戦だけではおぬしの力をより伸ばすことはできんぞ。…それに、本当に妾の誘いを断っていいのか?」

 

意味深な言葉と笑み。ポラリスさんはまだ余裕のある話し方をしている。まだまだ手はあるってのか。

 

「…どういう意味だ」

 

「おぬしが入院して家を留守にしていた間、誰が家の管理と維持をしていたと思う?」

 

「…?」

 

確かに言われてみれば事故で両親を亡くし、俺もその事故に巻き込まれて入院していたはずなのに家や両親の遺品、財産の話など一切耳に入っていなかった。転生当初は生きていくのに必死ですっかり忘れていた。それを今、この人がこの場で切り出すということはまさか。

 

「…まさか」

 

「不審に思わなかったのか?ずっと手つかずのはずの家が何故、綺麗に掃除されていたのかも」

 

ポラリスさんはニヤリと笑い、自身を指さした。

 

「全部あんたの仕業かよ!」

 

俺の言葉に悪びれもせずポラリスさんはうんうんと首を縦に振った。

 

「そうじゃ、今でも妾が家計を援助しておるぞ。家の管理、金の管理。妾の誘いを蹴ればその瞬間全て無くなるぞ?それでもいいというなら止めはせんがな」

 

「そういうのはスカウトじゃなく脅しって言うんだよ…!」

 

クソッ、すごく断りにくくなった。金のことまで向こうの手の中ってこの人の誘いを断れば俺は生きていけないじゃないか。とんでもない弱みを握られさらには半分というよりはほぼ脅しに近いことまでされてしまった。オカ研の皆、俺は一体どうすればいいんだ…!?

 

そんな俺にポラリスさんは更なる追い打ちをかける。

 

「今なら、妾が今までの旅で収集した情報を記録したデータベースへのアクセス権も付けよう。気になるじゃろう?おぬしがこの世界に来たあとの仮面ライダーがどんなものなのかを」

 

「ッ!!!」

 

ある意味、一番心がぐらついたのはこれかもしれない。この世界には平成ライダー作品がないから好きな音楽もなく非常に困っていたところであった。

 

「ビルドの続きが…」

 

思わず心の声を漏らす。俺が死んだときは確か西都との代表戦が決着したところだった。まだビルドの最強フォームも見てないしそう言われると非常に気になるところだが…。

 

ポラリスさんは再びニヤニヤしながら話を続ける。

 

「ふふふっ…そうか、おぬしはビルドで止まっておるのか。よかったのう、妾につけばビルドの続きも好きなライダー作品も見放題じゃ。特訓、家計の管理と援助、見放題。断る理由なんてないじゃろう?」

 

「くっ…!!!」

 

無料で見放題だと…!?ア○○ンプライムなんて目じゃないほどの魅力的な特典。心がさらに揺らぐ。これが悪魔のささやきか…!!

 

ポラリスさんはふとニヤニヤ顔をやめて、今度はなだめるような声音で話す。

 

「それに安心せい、妾はグレモリー眷属に敵対するつもりは毛頭ない。彼らも連中に対抗するために必要な戦力、決して失う訳にはいかんからのう。今は表立って支援できないが、時が来れば表舞台に立ち彼らと共に戦うつもりじゃ」

 

「それならそうと最初に言えばいいのに…」

 

俺はてっきりスパイみたいな事をしろって言うことかと思ったぞ。俺はチーム鎧武とユグドラシルに板挟みにされて心がスクラップブレイクしたミッチーみたいにはなりたくない。

 

取り敢えず安堵の息を漏らし、気になっていたことを訊ねる。

 

「そもそも、あんたが言う敵って誰なんだ?」

 

この人が率いる『レジスタンス』が異世界を巡ってまで追っているという敵。一体どのような連中なのか俺は気になった。

 

「奴らの名を今出すことはできん。どこに奴らと通じているものがおるかわからんのでな。それに今下手に知ればおぬしの身が危険にさらされる可能性がある」

 

ええ…。それってもう既にこの世界にいるってことじゃないか。話を聞くにそこそこ勢力の規模もありそうだ。一体何を相手にしているというんだこの人は。

 

「そいつらってもうこの世界にいるのか?」

 

「いや、奴らの手下はいるというだけじゃ。奴らはおそらくこの世界の存在にも気づいておるじゃろう。奴らの力は強大じゃ、いずれ必ずこの世界を滅ぼしにやってくる」

 

「…?」

 

手下だけいて本体はいない…?つまり斥候か?

 

いや待て、今世界を滅ぼすって言ったな!?そんなことができるって神クラスのやつじゃないか!何てものに俺を巻き込もうとしてるんだこの人は…!

 

ポラリスさんは俺の内心の動揺なんてつゆ知らずに話を続ける。

 

「奴らが来るまで妾は戦いに備えるつもりじゃ。まあ、他にも何らかのイレギュラーがあれば妾もこっそりと介入する気じゃがな」

 

「イレギュラー?」

 

「おぬしの介入が原因で起こりうるかもしれんのじゃ。良いイレギュラーがあれば悪いイレギュラーも当然ある」

 

「…そうか」

 

元々いないはずの俺がいるからその影響でおかしなことになるってか。…もし、それで仲間が傷つくって言うなら俺はそれに立ち向かうつもりだ。自分が引き起こしたことのケジメは自分でつける。それこそ、昨日のコカビエル戦のように。

 

話が一通り終わり、ポラリスさんの表情がさらに真に迫ったものになる。

 

「…妾の身勝手な願いなのはわかっておる。じゃが妾はこの世界を守りたい。妾は多くの異世界を巡り人の醜さも知ったが、人のぬくもりも知った。それはどんな世界に行っても何ら変わりないものだったのじゃ。奴等はその温かさを無慈悲に嘲笑いながら壊す。妾はそれが許せん」

 

「…」

 

「正史に登場しないイレギュラーな存在であるおぬしこそ奴らがもたらす滅びの運命を変えるファクターになると信じておる」

 

ポラリスさんはそっと優しく俺の手を握った。

 

「頼む、妾たちに力を貸してくれ」

 

そして真剣な声色、表情で頭を下げた。

 

俺はこの人の言葉に覚悟と重みを感じた。それが何なのかはよくわからないが、ポラリスさんには目的を絶対に達成するというダイアモンドの意志がある、だからこそこんなことをあんな表情で言えるのだろうし、俺に厳しい言葉をかけれたのだろう。

 

「…ハァ、最悪だ。いきなり世界を滅ぼそうとする連中と一緒に戦ってくれと言われるなんてな」

 

「顔を上げてくれ」と言ってポラリスさんの顔を上げさせる。答えは既に決まっている。

 

「ポラリスさん、あんたには何度も助けられた。俺がくじけた時に必ずあんたは現れて叱ってくれた、励ましてくれた」

 

初めて会ったのは先月、俺がレイナーレの件で心に深い傷を負い公園で落ち込んでいた時だった。この人は見ず知らずの俺に易々と話しかけ俺を立ち直らせた。

 

昨日会った時は俺が死への恐怖に怯えていた時だ。俺を咎め、俺の感情を爆発させてそれを受け止めたうえでこの人は俺に戦士としての覚悟を決めさせた。この人がいなかったら今の俺もないだろう。

 

「…だから俺はその恩に報いたい。あんたと一緒に戦うよ」

 

まだ話してくれなかったことも色々ある。

 

でも俺は決めた、この人を助ける。俺は守りたいと思う大切な物の中にこの人も入れることにした。

 

「…決まりじゃな」

 

フッとポラリスさんが笑みを浮かべ、立ち上がった。

 

「紀伊国悠、今日からおぬしは妾たちレジスタンスの仲間じゃ。これからもよろしく頼むぞ」

 

「ああ」

 

俺も立ち上がって差し出された手にしっかりと握手で応じる。いつかは、もっといろんなことを話してくれるよな。

 

「では早速、おぬしに任務をやろう」

 

「…」

 

真剣な気構えでポラリスさんの指示する任務の内容を待つ。ポラリスさんはニヤリと笑みを浮かべ、口を開いた。

 

「ま言われなくともするじゃろうが、おぬしの大切な物をしっかり守るのじゃ。絶対に死なせるなよ」

 

「わかってるよそのくらい!」

 

当たり前すぎる内容だった。そのくらい言わなくてもいいのにな。

 

「では早速新入りの歓迎会をせねばな!イレブン、用意していたケーキを持ってくるのじゃ!」

 

ポラリスさんは俺が開けたドアとは別のドアを指さし、嬉しそうにイレブンさんに指示を飛ばす。

 

「今すぐに」

 

イレブンさんは早足にこの部屋から去っていった。

 

「いや流石にちょっと、朝からケーキは…」

 

「いいのじゃいいのじゃ。しっかり食わんと大きくなれんぞ?」

 

この後、腹いっぱいケーキを食べて昼飯が入らなくなった。

 

 

 

 ▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

数日後の放課後、俺と兵藤はオカルト研究部の部室に行くとこの場にいるはずのない人物の存在に驚いた。

 

「やあ赤龍帝、紀伊国悠」

 

緑のメッシュを入れた青髪の少女、ゼノヴィアさんがソファーに座りゆっくりとくつろいでいる。向こうはまるで何でもないかのように挨拶してきた。

 

「「って、なんでお前がここに!!?」」

 

コカビエルとの戦いが終わって以来全く見かけなかったし、エクスカリバーの任務が終わったからてっきり帰ったものだと思っていたが…。

 

バサッ

 

その時、ゼノヴィアさんの背に黒い悪魔の翼が現れた。…うそん。

 

「ええええ!!?」

 

「ゼノヴィアさん、悪魔になったのか…!?」

 

ゼノヴィアさんいつの間に!?てか教会の戦士が悪魔に転生していいのか!?

その理由がわからない。まさかの展開に俺の頭が追い付いていない。

 

「ああ、神の不在を知り半ばやけくそで悪魔に転生してね。駒は『騎士』一つ分だよ。すごいのはデュランダルで私自身はそうでもないみたいだ」

 

まじか…。やけくそで悪魔になるとかそんなんでいいのかよデュランダル使い。

 

「部長、ほんとにいいんですか?」

 

「デュランダル使いなんて戦力として破格よ。これで『騎士』が二人そろったわ」

 

そう語る部長さんは楽しそうだ。確かにあんなに強いデュランダルを使える剣士なんて味方にいたら頼もしいな。

 

「で、その制服は…」

 

今のゼノヴィアさんは先日のようにピチッとした戦闘において動きやすさ重視の黒スーツではなく見慣れた駒王学園の女子制服を着ている。今までの黒スーツに慣れていてちょっと違和感を感じる。

 

「それから、今日からこの学園に編入することになったんだ。駒王学園高等部2年、オカルト研究部所属。君たちと同じクラスだそうだ。よろしくね♡」

 

「真顔でかわいい声出すのやめろ…」

 

真顔に似合わないかわいい声。兵藤が若干引き気味にツッコミを入れる。

 

「うーん、イリナのようにはいかないか…」

 

ゼノヴィアさんはうーんと額に手を当てて「どうすれば…」と言いながら色々思案し始めた。ゼノヴィアさんと言えばもう一人相方がいたが…。

 

「そういえば紫藤さんは?」

 

俺が最後に遭ったのはフリードと戦った時に加勢に来た時だ。その後、フリードを追う際中に奴の返り討ちに遭い会長さんの家に運ばれたとは聞いている。ゼノヴィアさんは「イリナか」と言って答えた。

 

「イリナは私の物も含めた5本のエクスカリバー…内、統合されていた4本は芯となっていた『かけら』の状態とバルパーの遺体を持って本部に帰還した。かけらさえあれば錬金術で再び聖剣を作り直せるからね、一応任務は完遂したという訳だ」

 

本部に帰還したか。エクスカリバーも木場が派手にぶっ壊したからもうダメかと思っていたけど芯が無事ならまた作り直せるのか。伝説の聖剣を何度でも復活させられるって言うのは安心する反面ちょっと貴重さが落ちるような気もするが…。

 

「で、何でお前だけここにいるんだ?」

 

一緒に紫藤さんと帰還したはずなのに、何で悪魔に転生してここに来たのか。まだそこの話が語られていない。

 

ゼノヴィアさんはやや落ち込んだように語りだす。

 

「…主の不在を知った私は異端とされ追放されてしまった。イリナは戦線離脱していたから運よく知らずに済んだが…。教会は異端者を酷く嫌う。たとえそれがデュランダル使いであってもだ。こうして私はアーシア・アルジェントと同じ様に切り捨てられ、途方に暮れていたところを部長に拾われたわけだ」

 

主の不在を知っただけで追放か。俺が軽く考えてるだけで実際この事実は相当大変な物かもな。主の愛だ恵みだと教えを広めている教会も、聖剣計画のことも然り、話を聞けば内情はかなり厳しいものなんだな。

 

「そうか…折角のエクスカリバーを返してもよかったのか?」

 

「デュランダルがあるから大丈夫だ。因子のレベルの関係で私ぐらいしか使い手がいないデュランダルと違ってエクスカリバーは他にも使い手を見繕えるからね、それに返さないとそれはそれで新たな問題になる」

 

フリードのように因子の結晶があれば人工的な聖剣使いを生み出せるってか。それよりデュランダルは持ち出しOKなのか。俺の隣で話を聞いていた兵藤がふと質問をした。

 

「なあそういえば、悪魔が聖剣を使って大丈夫なのか?」

 

「言われてみればそうだな…」

 

聖剣は悪魔に必殺の効果がある。触れるだけでも危ないという代物を悪魔が使って本当に影響が出ないのだろうか?読書をしていた木場がそれに答えた。

 

「多分、聖剣使いの因子があれば大丈夫だと思うよ。事実、聖剣の効果も持っている聖魔剣を悪魔の僕が使えてるしね。流石に斬られるのはまずいと思うけど」

 

「あ!確かに!」

 

それなら納得がいくな。あの時は流れで何とも思っていなかったけど光の力も持っている聖魔剣をこいつは事も無げに使いこなしていた。

 

ゼノヴィアさんが声のトーンを落として話す。

 

「イリナは私が悪魔になったことを残念がっていた。理由を言えないし、つらい別れだったよ。…いずれ、悪魔と教会の戦士として相まみえる時が来るかもね」

 

かつての友との戦いか。…なるべくそんな悲しいことにならないよう願うばかりだ。

 

今度は部屋の奥の卓に付いていた部長さんが話を始めた。

 

「今回の一件、堕天使総督のアザゼルがこの事件はコカビエルの独断によるもの、捕らえたコカビエルは地獄の最下層、コキュートスで永久冷凍の刑が執行されたと公表したわ」

 

あれはコカビエルの独断だったのか。逆にそうじゃなかったらもっと大変なことになってたな。加勢に来たサーゼクスさんと真の黒幕の総督アザゼルが駒王町の残骸で鉢合わせになり、それこそ戦争が起こる。

 

「そして近いうちにセラフ、魔王、アザゼルが集まって会談を開くそうよ。教会側もバルパーの件で非があるとの謝罪もあるしアザゼルも何やら言いたいことがあるらしいわ」

 

へぇ、首脳会談ってか。コカビエルの上司だった総督アザゼルはもちろん教会も聖剣計画なんて無茶苦茶なことをしてこっちに迷惑をかけたんだから謝罪の一言くらいは欲しいしな。

 

「事件に関わった私たちも会談に参加するよう要請が来たわ。事の顛末を首脳陣の前で説明するの」

 

「マジっすか!?」

 

堕天使幹部との戦いの次は各勢力のトップが集まる首脳会談に参加か。ポラリスさんのこともそうだが最近気付いたらとんでもないことに巻き込まれていることが多いような…。

 

ふとゼノヴィアさんがアルジェントさんの方を向いた。

 

「…アーシア・アルジェント。君を『魔女』と呼んですまなかった。主がいなければ愛も救いもなかったわけだからね…。本当に悪いことをした」

 

ゼノヴィアさんが深々と頭を下げて謝罪した。

 

…そこらへんの話は初耳なんだけど。一体どういう流れでそんなことになったの?

 

「ゼノヴィアさん、私は悪魔になってたくさんの大切な人に出会えました。そんな人たちとの出会いと生活があれば…それだけで十分です」

 

本当に優しいんだなアルジェントさんは。天使の方が絶対似合ってるよ。

 

顔を上げてその言葉を聞いたゼノヴィアさんはより申し訳なさそうに顔をしかめた。

 

「そうだね…私は主の不在を知り、異端とされ追放された。その時の上層部の人たちの目が忘れられないよ。もう君を断罪しようなんて言えないな」

 

ふと部長さんがゼノヴィアさんに声をかけた。

 

「…そういえばゼノヴィア。彼に話は通したかしら?」

 

「おっと、忘れる所だった」

 

ゼノヴィアさんが俺の方を向く。

 

…俺?

 

「部長とアーシア・アルジェントは赤龍帝の家にホームステイというものをしていると聞いた。部長にアパートの一室を用意してもらったが…よければ、君の家にホームステイさせてもらえないだろうか?」

 

「え?」

 

思いもよらぬ申し出、声が漏れた。

 

「「えええええええ!!?」」

 

旧校舎中に俺と兵藤の叫びが響いた。ってお前は関係ないだろ!!

 

「私はコカビエルを倒したただの神器持ちの人間である君をもっと知りたいと思っている。それに…主の不在を知って心のバランスを崩し、死を望んだ私を守り『生きろ』と言ったんだ。…その責任は取ってもらおう」

 

こいつそんなことを考えていたのか…。自殺なんて穏やかじゃないな。でも主の教えを基に生きるという生き方しか知らなかったゼノヴィアさんには相当ショックだったのだろう。そうしようと考えられなくなるのも当然だろうな。

 

責任ね。俺が望んで得た力の責任を取ると決めたらすぐこれか…。

 

自分の頭をわしゃわしゃと掻きながら返事する。

 

「…だーっ!わかったよ!その責任もきっちり取る!」

 

それに静かな家に同居人ができるのは嬉しい。ゼノヴィアさんが俺の返事にニコッと笑い告げる。

 

「というわけで、今日から君の家で世話になる。よろしくね、紀伊国君♡」

 

「無理しなくていいぞ」

 

無理に紫藤さんの真似する必要はないぞ…。…ちょっとだけ、今の表情を見て可愛いと思ってしまった。

 

「ふふっ…さあ、部活動を始めるわよ!」

 

「「「はいっ!!」」」

 

部長さんが手を叩き、掛け声に皆が元気よく返事する。

その後、俺とゼノヴィアさんを加えた新オカルト研究部の皆と談笑したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 ▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

「~♪~♪~♪~♪」

 

週末の休日、俺は天王寺や上柚木、桐生さん、いつもの三バカ、アルジェントさん、塔城さんと木場と一緒にカラオケをしていた。今しがた歌い終えたのは俺の十八番『儚くも永久のカナシ』。ま、仮面ライダーはなくてもガンダムならあるからな。『ダンガム』と言う風にちょっとだけ名前が違うが。

 

ホームステイ中のゼノヴィアは部長さんや姫島先輩と一緒にショッピングに出かけた。主に服の調達を目的に二人に誘われたんだと。あいつ持ってる服が戦闘用の黒スーツと制服しかなかったからな…。今までオシャレに気を使わなかったというのもあるんだろう。

 

ちなみに今までのようにさん付けしないのはホームステイ生活一日目で「折角同じ屋根の下で暮らすんだから他人行儀な呼び方はやめてくれ」と言われたからだ。そしてこっちも「じゃあ俺をフルネーム呼びするのはやめてくれ」と言ったら向こうは下の名前で俺を呼び始めた。

 

…なんかくすぐったい感じがした。

 

モニターにカラオケの採点の結果が表示される。点数は何と…92!?

 

「92点!?悠くんごっつ上手いな!」

 

「紀伊国さっすがぁ!」

 

天王寺と松田がはやし立てる。そう言われると照れるじゃないか…。

 

「次は私が歌うわ!」

 

「よっ!待ってました!」

 

元浜が盛り上げ、俺の斜め前に座る桐生さんが意気揚々とマイクを握る。ちなみに桐生さんの隣では上柚木がアルジェントさんのためにと聖歌のカラオケを探している。…おいおい、悪魔なのに聖歌を歌って大丈夫なのか?

 

ちなみに現在の最高得点は94点をたたき出した塔城さんの『OH MY シュガーフィーリング!!』。普段の物静かな雰囲気とは打って変わってはきはきと明るく歌う様に皆肝を抜かした。

 

俺の隣に座っていた木場がトントンと俺の肩を叩いた。

 

「ん?どうした?」

 

「ちょっとついてきてくれるかい?」

 

「まあ別にいいけど…」

 

頷くと木場が立ち上がりドアを開けて店の廊下へ出ていき、俺もその後に続く。

ついていくとやがてトイレの前に来た。丁度、トイレに行っていた兵藤が入口から出てきた所だった。

 

俺たちに気付いた兵藤が声をかけてきた。

 

「お、木場、紀伊国」

 

すると木場は俺と兵藤に向き直った。そして神妙な表情で話す。

 

「イッセー君、紀伊国君、二人に言いたかったことがあるんだ―――ありがとう」

 

木場の奴、それを言うためだけに俺たちを集めたのか…。

 

兵藤が明るく笑って木場の肩をポンと叩いた。

 

「木場、お前の同士も部長も皆許してくれた。それでいいじゃねえか」

 

「今更言葉にしなくたっていいよ、俺たちは過去のことじゃなく今と明日のことを考えればいいんだよ」

 

「イッセー君、紀伊国君…」

 

木場が瞳を潤ませながら俺たちを見る。俺たちに救われたんだな、こいつは。

 

そんな中、兵藤が新たな話を切り出す。

 

「そうだ木場、次デュエットやろうぜ」

 

「いいね、何を歌う?」

 

「俺の十八番、『ドラグソボール』だ!」

 

話を聞いた俺はニヤニヤと二人の方を向いて言う。

 

「へぇ、お前らのデュエット楽しみにしておくか」

 

「あまりハードルを上げないで…」

 

「ハハッ!わかってるよ」

 

こうして俺たちは喉が嗄れるまで歌いつくした。

 

でも楽しかった。俺が力と向き合って選んだ道がこんなに笑顔溢れる未来へと続いている。

 

なら俺はこの他愛のない、皆が笑って過ごせる日常を守るために一生懸命になって戦おう。逃げて現状に甘んじるのではなくよりよくしようと立ち向かう。それこそがたどり着いた俺だけの『答え』だ。

 

そう再び、固く俺は誓った。

 

 

 




この戦士胎動編も今回で最終回です。
この作品が始まってから約4か月。長かったですね。悠が覚悟を決めるまでこんなくよくよした主人公の作品、きっと飽きられるよな…、すぐ切られるよな…と思いながらもめげずに書き続け23話、覚悟を決める回まで来てからはもう書くのが楽しくて楽しくて仕方なかったです。こんなヘタレなキャラが主人公の作品に付き合ってくださった皆様、本当にありがとうございました。

こんなことを書いていますがこの作品はまだまだ終わりません。今回は戦士胎動編という一区切りがついただけです。戦う覚悟を決めた悠がこれから先どんな道を歩むのか?残る眼魂のありかは?ポラリスの言う敵とは?これからも「あ!」とか「おお!」と言わせるような展開を予定しているので楽しみにしていてください!


次回はゆるりとした日常で外伝をします。一話完結ですが内容は実質24.5話です。
次章予告もそっちでやります。


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外伝 「フランス帰りのブラザー」

初の外伝です。

先日、ビルドのプレミアイベントに行ってきました。生キャスト、トーク、ハイタッチ、全てが最高でした。カシラとげんとくんとハイタッチが出来てテンションが上がり過ぎて死ぬかと思いました(笑)。待ち時間は「Ready Go!」をフルで聞けてハイパー大満足。


「んん…この”しんにょう”というのは難しいな…」

 

「まあそれは慣れだな、後たまに上のちょんが二つになるときもあるから気を付けろ」

 

「なんだと…」

 

月末の休日、俺は外に出る準備をした後リビングでゼノヴィアの勉強に付き合っていた。漢字ドリルと向き合うゼノヴィアがうーんと唸る。

 

悪魔に転生したことであらゆる言語を自分が理解できるようになったゼノヴィアだがそれは音声言語に限ってのみ。文字までは認識できないのだ。そのためゼノヴィアはひらがな、カタカナ、そして漢字の練習に励むことになった。

 

ひらがなやカタカナは難なく理解できたが漢字が難しいというので俺が見繕って買ってきた漢字ドリルを毎日一生懸命解いている。真面目だから毎日しっかりやってる姿を見ると感心する。

 

今日、俺は天王寺の兄さんがフランスから帰ってくるので折角だから顔を合わせようということで天王寺の家に行く予定がある。そろそろ家を出ようかと思っていたのだが漢字の練習をするゼノヴィアを放っておけず今こうして時間ぎりぎりまでわからないところを教えてやっていた。だがそれももう限界のようだ。

 

「ゼノヴィア、悪いけどそろそろ時間だ。一人で大丈夫か?」

 

「ああ、そうだったな…」

 

ちょっと残念そうに言うゼノヴィア。約束の時間は10時、壁掛け時計の針は9時50分を指している。

 

立ち上がって玄関に向かおうとすると「ちょっと待ってくれ」と呼び止められた。

 

「悠、私もついて行っていいか?」

 

「ん?いいけど、急にどうした?」

 

振り返って理由を訊ねる。

 

「いや折角だからクラスメイトと交流を深めたいと思ってね」

 

学園に入ってからというもの誰にでも優しくするアルジェントさんと違ってゼノヴィアはやや近寄りがたい雰囲気があってなかなかうまくいっていない様子があった。

 

俺や兵藤、アルジェントさんでフォローしてなんとかうまくいくようにはしている。美少女ということもあって悪く思われるどころか人気もあるみたいだが…。

 

「それに私は『タコパ』というものが気になる」

 

タコパか。そういえば俺が天王寺たちと話しているのを聞いて訊ねてきたことがあったな。天王寺がタコパとたこ焼きについて教えると「たこ焼きか…」と興味深いといった表情をしていたが。

 

「…お前本当はたこ焼きが食べたいだけだろ」

 

「い、いや違う!交流を深めたいのも本心だ!」

 

俺が訊くとちょっとだけ動揺した。…かまをかけてみるか。

 

「でも本当は?」

 

「たこ焼きが食べたい…はっ、しまった!」

 

はっと口元を抑えるゼノヴィア。

 

…最初、クールでかっこいい人だなという印象だったけど一緒に生活し始めて実はバカなんじゃないか説が俺の中で唱えられ始め、それは日に日に確信に近づいている。

 

戦士として生きてきたが故の浮世離れと真面目で一直線な性格が相まってより馬鹿に見えるのだろう。まあ変態な方向に熱意を向ける兵藤と違って真面目なことにだけ一生懸命に取り組むからいいのだが。

 

俺との生活の中で彼女は驚いたり楽しそうだったり色んな表情を見せる。しかし時折見せる浮かない顔は一体なんだろうか。まあ今ここでそれを問う暇はないしあまりもたもたしていると天王寺や上柚木を待たせてしまう。そう思い頭の隅に追いやる。

 

「そんなことだろうと思ったよ…早く着替えて出発するぞ」

 

「よし」

 

ばたばたとゼノヴィアが自室のある二階への階段を駆け上がった。ちなみに空いていた両親の部屋をそのままゼノヴィアに提供して使ってもらっている。棚以外全てポラリスさんが処分してしまったから今度ミトリにベッドやら家具を買いに行かないとな。

 

ゼノヴィアは部屋にまだベッドがないので夜はリビングのソファで寝ているのもあってあまり自室を使っていないようだが。数分後、急いで着替えてきたゼノヴィアと一緒に俺はこの家を出た。

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

「おい天王寺、来たぞ」

 

『はーい、ちょいまち!』

 

インターホンを通じて声をかけるといつも通り元気のいい天王寺の声が返ってきた。

数秒後、玄関が開き、顔を出したのは上柚木だった。先に来ていたか。

 

「さっさとは…ってゼノヴィアさん!?」

 

「やあ、タコパしに来たぞ」

 

「まあそういう訳でこいつも来ることになった」

 

もうたこ焼き食べたいって隠す気ないだろ。

 

ちなみに上柚木とゼノヴィアはアルジェントさんと同じ様にキリスト教徒ということもあって話が通じるみたいだ。休み時間は上柚木、アルジェントさん、ゼノヴィア、そして桐生さんで固まっていることが多い。

 

「え、ええ取り敢えず家に入って…」

 

言葉に甘えて家に入る。「お邪魔しまーす」と言って靴を脱ぎ上がる。見た感じちゃんと掃除されているな。

 

「これが天王寺の家か…」

 

廊下を進んでドアを開けリビングに入る。キッチン側にはダイニングテーブル、その反対のテレビ側には背の低いテーブルが置かれており中々小綺麗な内装だ。

 

「おっ、来たね!ゼノヴィアちゃんも一緒か!」

 

リビングに入ってきょろきょろ見渡す俺に天王寺が明るく声をかける。

 

「よっ天王寺、お前のお兄さんは?」

 

「そろそろ来るはずや、取り敢えず茶を出すわ」

 

天王寺が器用にマグカップの持ち手に指を引っ掛けて4人分用意する。

 

俺とゼノヴィア、上柚木が腰を下ろして背の低いテーブルを囲むと、更にポットとマグカップを持ってきて麦茶を注いだ。ゼノヴィアがカップに注がれたものをまじまじと覗き込んだ。

 

「これは麦茶か」

 

「せやで、ゼノヴィアちゃんは初めてか?」

 

「いや、毎日悠の家で飲んでいるからね」

 

「へぇー」

 

まあ俺が好きで毎日飲んでるからな、俺は今まで一度も麦茶を切らしたことはない。それにゼノヴィアも気に入ってくれたようで単純計算で毎日の消費量が二倍になった。おかげでポットをもう一つ用意してストックを作らなければならなくなった。

 

ゼノヴィアのホームステイ初日、あいつは家中の物をまじまじと見ていたな。家電、食べ物などを見ては「これが経済大国か…!」と驚いていた。俗にいうカルチャーショックというものだ。

 

何日か経ってそれもかなり落ち着き今度は色んなものを知りたいと桐生さんや上柚木、オカルト研究部の皆に色々聞いたりしていた。教会から追放されて悪魔になって新しい人生を歩み始めたあいつの今はとても充実してるようだ。時々お祈りをしては頭痛に悩まされるが。

 

しばらく談笑していると玄関のある方からガチャっとドアの開く音が聞こえた。続いて足音が聞こえ徐々に近づき今度はリビングのドアが開いた。

 

「ただいま」

 

黒いスーツの下に白いシャツを着た男が入ってきた。

 

キャリーバッグを壁に立てかけるとサングラスを外してその下の黒い目がさらされる。

短く切った銀髪、精悍な顔立ち、逞しい体つき。

 

この人が天王寺のお兄さんか…。どことなく硬派な雰囲気だ。天王寺が嬉しそうに駆け寄った。

 

「兄ちゃん、お帰り!」

 

「お、飛鳥!久しぶりだな!それに綾瀬も」

 

わしゃわしゃと天王寺を撫でるお兄さん、上柚木が頭を軽く下げ会釈する。

 

「お久しぶりです」

 

「ああ、綾瀬も元気にしてるみたいだな」

 

今度は俺の方に視線が移った。

 

「紀伊国君も久しぶり…ってそうか、記憶がないんだったな」

 

やや申し訳なさそうに言う。俺のことは天王寺から聞いてるみたいだな。

 

「あ、すみませんね…」

 

「いやいいさ。両親も亡くしてつらい目に遭ったと聞くが元気そうでよかった」

 

安堵して笑みを浮かべるお兄さん。それを見て俺の緊張も少しほぐれた。

 

ちょっと怖かったけどいい人そうでよかった。お兄さんの視線がゼノヴィアに移った。

 

「君は?」

 

「ゼノヴィアだ。悠の家にホームステイしている」

 

「ホームステイ…そうか、天王寺大和だ。よろしく頼む」

 

「ああ」

 

ゼノヴィアは豪胆な面もあるから年上でも堂々とした立ち振る舞いをする。時々学校で先輩と話すときヒヤッとする場面がいくつかあったが相手は皆、外国から来た美少女という認識もあってあまり気にしていないようだ。

 

じっと大和さんを見ていたらこちらの視線に気づかれてしまった。

 

「俺の顔に何かついているか?」

 

「いや、天王寺のお兄さんって思ったよりイメージ違うなと思って、逞しいし関西弁喋らないから…」

 

もっと関西弁バリバリかもと思っていたが実際は標準語だし何かすごい体つきもいい。イメージ的には天王寺を白とするならお兄さんの方は黒という感じがする。まあそれは服の色によるところが大きいが。

 

「はは!そうか、まあ商社に勤めている以上はな。働くためにフランス語や英語も相当勉強したさ」

 

「フランス語!?」

 

この人トリリンガルなのか!俺は素直に感心した。

 

「話してなかったか?フランスの商社で働いているんだ。そういえばゼノヴィア君は日本語がかなり上手だな」

 

「…まあね」

 

横目に答えるゼノヴィア。本当は喋る方では何も勉強してないけど悪魔だからなんて言えないからな。

 

天王寺が話に割り込んだ。

 

「ちなみにうちのお兄ちゃんはたこ焼き作るのがごっつうまいで」

 

「…!」

 

その言葉に分かりやすく反応するゼノヴィア。食い意地張ってるな。

 

「あなたもかなり上手いじゃない」

 

「でも兄ちゃんに比べたらまだまだや」

 

俺はこいつの腕を知らないからな。でも周りに言われるくらいだから今回のタコパは期待しても良さそうだ。

 

大和さんが俺の肩にポンと手を乗せた。

 

「紀伊国君も天王寺のお兄さんじゃなくて前のように大和兄ちゃんって呼んでくれてもいいんだぞ?」

 

ハハハ!と気さくに笑うお兄さん。

 

大和お兄ちゃんって、かなり仲が良かったのはわかったけど流石にいきなりは…。

 

「いやー!流石にそれは…大和さん、じゃ駄目ですか?」

 

「むむ…まあいいだろう」

 

大和さんが渋々ながら頷く。そしてゆっくりと腰を下ろしたのを見て俺たちも腰を下ろした。

 

天王寺が残る大和さんのマグカップに麦茶を注ぐ。麦茶を呷り話し出した。

 

「逞しいってのは多分、俺が高校時代荒れていた時の名残だろうな」

 

「え?荒れてたんですか?」

 

トリリンガルかつ海外で働いてると聞いてこの人きっと真面目で勉強もできる人なんだろうなと思っていたけど…。

 

「ああ、昔は名の知れた不良だったよ。馬鹿で、自慢できるのはかわいい弟と腕っぷしぐらいだった」

 

俯きがちに握った自分の拳を見ながら語る大和さん。

 

「あの時の大和さんは怖かったわ…」

 

「毎日喧嘩に明け暮れてたもんな」

 

マジか…。ゲームのタイトルじゃなくて本物の喧嘩番長かよ。

 

「でも父さんを亡くして一人で家族を養おうと頑張る母さんを見て変わったんだ。これからは俺が家族を守るってな。高校を卒業した後、すぐに就活して入った会社で知識や経験を培って今の会社に流れ着いたってわけだ」

 

「へぇー」

 

何というか、すごい。天王寺はこんなに立派なお兄さんを持っていたんだな。

 

…それに比べると俺はどうだったろうか。凛がいた前世では家族任せでろくに家事をしなかったおかげで転生したての頃苦労したし、正直言って今も昔もあまり勉強してない。兄としては二流、いや三流もいいところだ。

 

兄としても人としてもこの人を見習いたい、俺はそう強く思った。

 

「僕が駒王学園に行けたのは兄ちゃんのおかげなんや。だからいい大学出て兄ちゃんに恩返ししたいって思うてる」

 

天王寺がいつものように明るい表情ではなく真剣な表情で語った。ずいぶんと仲のいい兄弟だ、見ていて微笑ましい。

 

「ふふっ、ホントいい弟を持ったよ俺は」

 

大和さんもまんざらではないという風に呟いた。

 

その後、持ちネタが1000万という大和さんと100万個の天王寺によるギャグ合戦が始まったが関西人のノリをイマイチ理解できなかったゼノヴィアを落とすのに二人は難儀した。

 

 

話もそこそこに上柚木が提案した。

 

「折角大和さんも来たことだし記憶喪失の前の悠の事について色々語るのはどうかしら」

 

なるほど、昔の俺を知る人がたくさん集まってるからこの場で色々話して記憶を取り戻す一助にしようということか。

 

残念だが俺は『紀伊国悠』ではない…が、俺も少しはこの体の主がどんな人物だったのかは気になるな。

 

「せやな、色々語ったるで!」

 

「記憶喪失?どういうことだ?」

 

話についていけないと言わんばかりにゼノヴィアが俺に訊いてきた。

 

「ああ…そういえば言うの忘れてたな」

 

たまに自分でも周りには記憶喪失で通していることを忘れることがある。ゼノヴィアに俺が過去に事故で両親と自身の記憶を亡くしたことを教える。

 

すると「そうだったのか…」と言って大和さんが顎に手を当てて首をひねる。

 

「昔の紀伊国君か…俺は今の紀伊国君がどういう人柄なのかがよくわからないな」

 

それもそのはず、俺は今まで大和さんに遭ったこともないからな。…ちょっとふざけてみるか。

 

「This is I!(これが俺だ!)」

 

「なるほどかなり変わったな」

 

「ええ!?」

 

ちょっとふざけただけで即断された。昔と比べてそんなに大きく変わったのだろうか。

 

「…昔の俺と比べてどう?」

 

恐る恐るほかの二人に訊ねる。

 

「昔と比べるとかなり明るくなったわね、あとかなり融通が利くようになったわ」

 

「僕と同じ様に自分のこと僕って言ってたな」

 

一人称が僕…かなり明るくなった…。なるほどかなり控えめな性格だったのか。

 

「でも真面目ってところは変わらへんな!」

 

真面目ではあるんだな。俺は自分の性格は他人が評価するものだと思っているから自分はああ言う性格だとは言わない。だが少なくとも真面目だとは思われているようだ。

 

「そうね、昔は引っ込み思案が激しくて怒ることなんてまずなかった、砂場の隅で一人で遊んでるタイプだったわ」

 

「俺ってそんなにヒッキーだったのか」

 

すると思いついたように大和さんが話し始めた。

 

「そういえばたった一度だけ怒ったことがあったな、確か今は別の町に引っ越した近所の悪ガキに名前を馬鹿にされたときだったか…」

 

「あ、思い出した!僕あの時ホンマにびっくりしたわ…」

 

天王寺もそうだったとしみじみと言う。

 

「名前?」

 

今の俺の名前が変なところでもあるのだろうか。特に苗字とかは変わってるなと思ったことはある。

 

「あなたの名前が女の子みたいだって言ったのよ、昔は自分の名前にコンプレックスを抱いてたようね」

 

「俺の名前が…?」

 

「せや、それで女の子みたいって言われた瞬間、大声でこう言い返したんや」

 

天王寺が子供を意識した高めの声で言った。

 

『ゆうがおとこのなまえでなにがわるい!』

 

「そう言ってその男の子にマウント取ってタコ殴りにしたんや」

 

「あの時は俺も驚いたな…」

 

大和さんも腕組みしながらうんうんと言った。

 

いやなんだよそれ、どこのZなガンダムの主人公だよ。ただ、普段大人しい人ほど怒ったら怖いとは聞くな。

 

その後も思い出話は続いた。一人で砂場で遊んでいるところを天王寺が一緒に遊ぼと誘った出会い、天王寺兄弟と

上柚木、兵藤との肝試し。皆俺の記憶を取り戻すという当初の目的も忘れて楽しそうに思い出話に花を咲かせた。

 

ゼノヴィアもふむふむと興味深そうに話を聞き、時に深いところを質問したりした。ついていけなくなって大丈夫だろうかと心配もしたがうまく話しに混ざっていて安心した。

 

 

 

時計の針が1時を指した頃、矢庭に大和さんが呟いた。

 

「…そろそろ昼飯時だな」

 

「せやな、んじゃタコパするか!」

 

天王寺兄弟が腰を上げ、キッチンに向かう。

 

「おお!」

 

隣でゼノヴィアが嬉しそうな声を上げる。ゼノヴィアが準備を間近で見たいとキッチンへと足早に向かい、それに俺も続く。丁度大和さんが冷蔵庫からスーパーで買ったのだろうタコ足を取り出していた。

 

「俺がタコを捌こう、飛鳥、お前は生地を頼む」

 

「オッケー!」

 

指示を受けた天王寺が棚からたこ焼き粉の入った袋とボウルを取り出して、ボウルに水

を注ぎこんだ。

 

その様子を見ていた俺は大和さんに声をかけた。

 

「折角だから俺も手伝いましょうか?」

 

「いや、ここは俺たちに任せろ。兄弟のコンビネーションをとくと見るがいいッ!!」

 

その言葉の後、無言でタコを捌き始めた。慣れた手つきで素早くタコ足を切っていく。

その隣で天王寺が卵と水、たこ焼き粉をシャカシャカとかき混ぜる。

 

「悠」

 

「何だ、ゼノヴィア」

 

兄弟の作業を見ていると小声でゼノヴィアが囁いてきた。

 

「あの手さばきはナイフの使い方に似ている」

 

「は?何で大和さんがナイフの使い方なんか…」

 

いくら大和さんが元喧嘩番長だからといってもナイフまでは使わないだろ。喧嘩は素手で殴ったり蹴ったりしかしなかったと言ってたし。向こうの暮らしを考えれば、もしかしたら果物用のナイフかもしれないが。

 

「…ま、見てるだけじゃなく俺らも出来ることをするか」

 

居間に戻り、壁に立てかけてた箱からたこ焼き機を取り出してテーブルの上に置きプラグをコンセントに繋ぎ、電源を入れる。

 

数分後、大和さんと天王寺がボウルとタコ足の乗った皿を手に戻ってきた。プレートにキッチンペーパーを巻き付けた箸で油をさっと塗り最初に生地を取って流し込んだのは大和さんだった。

 

「俺がフワッフワのカリッカリにしてやろう!」

 

プレートの丸い凹みに生地を注ぎ込む。ゼノヴィアはその様子を瞬き一つせず懸命に見ている。

 

「僕も負けへんで!」

 

ポンポンと天王寺がタコ足を乗せていく。乗せたところをプレート全体に生地を流し焼きあがるのを待つ。

 

「まだか?」

 

「大和さんのたこ焼きなんて何年ぶりかしら」

 

「ちょ、僕の方にも注目してや!?」

 

大和さんやたこ焼きの方に気が向く俺たちに天王寺が抗議の声を上げる。

 

「安心しろ飛鳥、お兄ちゃんがしっかりお前のたこ焼きを食べてやるからな!」

 

「恥ずかしいこと言わんといてや!」

 

二人は軽口をたたきながらも竹串でくるくると軽快に焼けてきたたこ焼きを回す。その動きはまるで熟練の職人のようだ。

 

すっかり焼けて丸く出来上がるとプレートから取り出し、湯気が立ち上るアツアツのたこ焼きを皿に盛り付ける。

 

「いただきます」

 

先陣を切ったのはゼノヴィア。箸でたこ焼きをつまみ口に運ぶ。ハフハフと言いながら咀嚼し…。

 

「な、何だこれは!?」

 

ガタっとゼノヴィアが立ち上がり目を見開いた。もしかして口に合わなかったか…?

 

「うまい…うますぎるッ!!」

 

「おおきに!」

 

ゼノヴィアの反応を受けて天王寺が嬉しそうに笑った。木場から色々教えてもらった俺の料理じゃそこまでの反応はなかったからちょっと悔しい。

 

「懐かしい味ね…美味しいわ」

 

上柚木も頬張りながらその美味しさに頬を緩ます。

 

「どれ俺も一つ」

 

箸で皿の上に並んだたこ焼きをつまみ頬張る。まだ残る熱が舌を刺激した。

 

「ほ…ほぉぉぉ…」

 

「どうした?熱いか?」

 

熱さにハフハフと言いながらも咀嚼して飲み込み、大和さんの声に答える。

 

「それもあるけど…美味しい…こんなたこ焼きは初めてです」

 

グルメリポーターではないから上手くは言い表せないが、形容するならまさしくカリフワトロだろう。完璧な焼き加減、丁度いいタコの大きさ。食べる側のことを考えつくされた一品だ。

 

「そうかそうか!生地ならまだまだある、トッピングもな。我が家秘伝のソース、餅、チーズ…好きなものを試せ」

 

大和さんがドンと様々な具材が乗った皿をテーブルに置く。餅やチーズなどのオーソドックスなもののほかにもエビ、ソーセージなど意外なものなどずらりと皿の上に並んでいる。

 

「私はチーズを試すぞ!」

 

「コーンを試してみようかしら」

 

「僕はソーセージや!」

 

「俺はチーズと餅で行く」

 

一気呵成に皿の具材が掻っ攫われていく。プレートに注がれた生地の上に続々と具材を乗せ

 

ゼノヴィアにとっても俺にとっても初めてのタコパ。談笑しあい、自分の組み合わせを勧めて「おいしい」を共有する笑顔が絶えないものになった。

 

 

 

 

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すっかり日が暮れた帰り道、俺はゼノヴィアと一緒に家への帰路についていた。

俺の手には大和さんからもらったフランスのお土産が入った袋を引っ提げている。

 

「初めてたこ焼きを食べたが…とてもおいしかった」

 

ゼノヴィアが口元を緩ませながら言った。

 

「確かにあれはうまかったな…」

 

普通に店で食べるたこ焼きよりおいしかった。具材は至ってシンプルだがあの兄弟が卓越した技術を持っているということだろう。

 

「なあ、家にあれを焼く機械はないか?」

 

「んー、いやないな」

 

「そうか…」

 

残念そうに返すゼノヴィア。

 

そんなに気にいったか。それなら今度ポラリスさんにお金出してもらえるようお願いしてみようかな…。

 

ゼノヴィアがふと話を切り出した。

 

「…なあ、あの大和という男は…」

 

公園に差し掛かったその時、世界から音が消えた。辺りの景色は変わらないが音と言う音が消え失せている。

 

俺はこの現象を過去に二度経験している。

 

「堕天使か」

 

「いや、この気配は悪魔だな」

 

「悪魔…」

 

今までこの手の結界を張っていたのは堕天使だったから少し新鮮に感じる。悪魔とか堕天使ってのは人よけの結界を張ってから奇襲するのが好きなのか?恐らくなるべく静かにやりたいというのが本心なのだろうが。

 

「正解ですよ、人間」

 

物陰から男が姿を現した。夜の闇に紛れ込むような黒のローブを纏い、目を凝らすと紫の紋様も入っている。フワフワした茶髪、そして紫色の瞳をした眼鏡の男。首には変わった十字架のネックレスをかけている。悪魔って十字架もダメなんじゃなかったか?

 

奴は俺に視線を向けて話す。

 

「単刀直入に言うとね。人間、君を始末しに来たんだよ」

 

「俺狙いかよ…!」

 

もしかしてこれがポラリスさんの言うイレギュラーってやつか?奴の言葉を聞いてゼノヴィアが俺の前に出る。

 

「ここは我が主、リアス・グレモリーの縄張りだ」

 

「件のデュランダル使いか…ああ知っているとも。だがこの国には『バレなきゃ犯罪じゃない』という言葉があるのでしょう?」

 

悪びれもせずに奴は言うが…。

 

「いや俺たちの前に出てきた時点でバレてるだろ」

 

「だがここで君たちを消せば問題ない」

 

「日本にはそんな言葉があるのか…恐ろしいな」

 

「いや真に受けるなよ!」

 

そういう言葉は覚えなくていいんだよゼノヴィア!「んん!」と目の前の男が咳払いした。

 

「まあ御託はいい、私としてもあまりのんびりとしてられないので」

 

男の手に魔力の輝きが宿る。黄色い輝きを放つ手を俺たちにそっと向けた。

 

「始末させてもらうッ!!」

 

男の手から魔力の弾が放たれた。ごうっと風切り向かう弾丸をゼノヴィアは素早く召喚したデュランダルで切り裂いた。ぶつかってから切り裂くまで数秒、刃と魔力が拮抗したのが見えた。

 

「…悠、間違いなく奴は上級悪魔クラスだ」

 

「みたいだな」

 

デュランダルはたいていの攻撃ならすぐにぶった切れるんだけどな。数秒でも持ったってことは向こうはやり手だな。

 

男はそれを見てもうろたえるどころか逆に嬉しそうに笑った。

 

「ほう、思ったよりはやるなデュランダル使いッ!?」

 

その時、銃声と共に男の右肩から血が噴き出した。

 

「ぐっ…がっ…!?」

 

続く銃声、左肩、右足に開けられた穴から飛び散る血。俺たちは何が起こったのか分からなかった。

 

更に第三者の声がこの場に響いた。

 

「そこまでだ」

 

「大和さん!?」

 

悪魔の後ろに立っていたのは大和さん。黒コートをはためかせ、夜のような黒の銃を握っている。その雰囲気は天王寺の家で会話した時とはまるで別人のように冷たいものだった。

 

底冷えするような声が大和さんの口から放たれる。

 

「これは警告だ、次は心臓を撃つ」

 

銃口と鋭い眼光がしっかりとはぐれ悪魔を捉えた。

 

「二人から離れろ」

 

ドスの効いた声。放たれる背が震えあがるほどの殺気。一瞬にして大和さんはこの場を支配してしまった。

 

「ッ…!!」

 

大和さんの殺気に震え上がった悪魔は慌てて魔方陣を展開し、転移の光に飲まれた。

 

同時に一帯に張られていた結界も消滅し夜に鳴く虫の声が聞こえるようになった。銃を下した大和さんが一息つく。

 

「…ふぅ、大丈夫か?」

 

大和さんが心配そうな顔で駆け寄る。

 

「は、はい…」

 

「さっきのは悪魔か…どうやらお前たちも面倒ごとに首を突っ込んでいるようだな」

 

「大和さんは悪魔のことを知っているんですか!?」

 

さらっと放たれた発言に驚きながらも訊ねる。

 

「ああ、小学校ぐらいのころは神話とか天使とかそういったファンタジー系の本を読み漁った。本物に遭うのはこれで二度目さ」

 

二度目…。大和さんはもうすでにこちら側の人間なのか…。

 

すると大和さんの視線がゼノヴィアが持つデュランダルに向いた。

 

「ところで君が持っているその剣は何だ?」

 

しまった、デュランダルを直すのを忘れていたか。ゼノヴィアもやらかしたというような表情を一瞬浮かべたがすぐにいつもの凛とした表情に切り替えた。

 

「これは聖剣デュランダル、私の愛剣だ」

 

「何だと!?本物なのか!?」

 

「ああ」

 

「すごい…これが彼の英雄・ローランが使っていたという伝説の剣デュランダル…!」

 

大和さんが食い気味にデュランダルを様々な角度から見始める。デュランダルを見るその目は興奮してキラキラしている。

 

「…」

 

俺とゼノヴィアがやや引き気味にその様子を見る。

 

大和さんってもしかしなくても中二病だよね。家で話していて思ったがときどきそれっぽい言い回しをするからそう思った。

大和さんが俺たちの視線に気づくと「おっと失礼」と言ってきりっとした表情に戻った。

 

「お前、もしかして戦士か?」

 

ゼノヴィアが鋭く問い詰める。もしかしなくても結界には入れたりあんな殺気放てる時点で普通の人じゃないだろう。

 

「戦士…あながち間違いではないな。それにもう隠せそうにないか」

 

フッと笑う大和さんが黒い銃をくるくると回し、告げる。

 

「俺はフランス外人部隊のスナイパー…コードネームはル・シエルだ」

 

「!?」

 

「ああ、俺は家族に商社に勤めていると嘘をついてフランス外人部隊に入隊していたのさ」

 

寂し気な表情で語る大和さん。俺は突然のカミングアウトに驚きを隠せなかった。

 

でも軍隊に入っていたのならガタイの良さも説明がつく。ナイフの使い方も訓練で学んだのだろう。

 

「その銃はただの銃ではないな」

 

ゼノヴィアの目線が大和さんが持っている銃に注がれる。よく見ると形状は銃そのものだが細かい装飾が施されていてただならぬ雰囲気を放っていた。

 

「これか?俺は昔、敵の作戦で仲間とはぐれてしまったとき悪魔に襲われてな、それ以来念じれば自由に出せるようになった。手入れも銃弾の装填もしなくていい便利な銃さ」

 

念じれば自由に出せるってつまり…。俺はゼノヴィアと顔を見合わせた。

 

「なあゼノヴィア、あれって神器だよな?」

 

「ああ、だが銃の神器と言うのは初めて聞くな」

 

神器って言うから木場のような剣とか籠手とか遥か昔からあるようなものをベースにしたものしかないと思っていたがどうやらそうでもないらしい。

 

「二人とも何をこそこそ喋っているんだ?」

 

大和さんが訝し気な目で問い詰めてきたが「なんでもないです」と言いなんとか誤魔化す。俺は一番気になることを訊ねる。

 

「大和さんは何で外人部隊に…」

 

俺は大和さんのような気さくで優しい人がどうして軍隊に入るのか分からなかった。すると大和さんは俯きがちにフッと弱々しく笑い、語り始めた。

 

「就活も頑張ったんだが、俺みたいな半端者を取ってくれるとこはどこにもなくてな。俺みたいな元喧嘩番長が家族を養っていけるだけの金を稼ぐには命を懸けるか、裏の世界に行くしかなかった。元からミリタリーには興味があったし、俺はこの職を知ったときはすぐにこれにしよう!と決めた」

 

天を仰ぎ、遠い目で大和さんは語る。

 

「最初は大変だったな。言葉の間違いで何度も教官に殴られたし訓練もきつかった、でもこれも家族のためと思えばいくらでも耐えられたさ。おかげで視力を活かして凄腕のスナイパーとして仲間に頼りにされるくらいにはなった」

 

話し終えるとふと俺の肩を掴み、真っすぐな目で頼んできた。

 

「このことは絶対に飛鳥に言わないでくれ。言えば必ず俺を止めるだろう」

 

「でも他の方法だって…!」

 

高給とは言わないまでももっと真っ当に金を稼ぐことだってできたはず。言葉を言い終える前に遮られた。

 

「もう俺は引き返せないのさ。それに俺は生粋の喧嘩番長だ。俺一人が戦って解決するならそれで充分」

 

拳を握り、決意に燃える瞳で語る。

 

「…母さんが倒れたと聞いて俺はより覚悟を決めた。俺が飛鳥を、家族を守るんだとな」

 

大和さんは崩れた前髪を払い、咳払いして「すまない」と言う。

 

「兎に角、無事でよかった。何なら一緒に家までついていこうか?」

 

「いや心配ない。家のすぐ近くだしな」

 

ゼノヴィアが提案をきっぱりと断る。仮に襲ってきたら今度こそスペクターとデュランダルで返り討ちにすればいいだけだからな。

 

「そうか…一応気を付けていくんだぞ?」

 

「ありがとうございました、大和さん」

 

「礼には及ばない。また何かあったらいつでも連絡してくれ」

 

大和さんはそう言って踵を返し、「じゃあな」と手を振って帰っていった。

 

「…かっこよかったな」

 

ふと感想を漏らす。

 

方法は真っ当ではないが大和さんは家族を守るという信念をもって行動していた。ああいう人は尊敬にも信頼するにも足る。でもいつかは家族を守ることだけでなく自分の幸せも考えてほしい。そう願わずにはいられなかった。

 

「そうか?あの時のお前の方がかっこよかったぞ」

 

「!?」

 

思わずばっとゼノヴィアの方を向くと「どうした?」と何事もなかったかのように問いかけてきた。

 

「い、いやなんでもない…」

 

いきなりすごいことを言うな彼女は。年頃の男子にそうやって勘違いするようなことを言うのはやめてくれよ…。

 

何気ない会話を交わした後、俺たちは再び帰路に着いた。

帰宅後、ポラリスさんにせびったらイレブンさんの反応が良かったので買ってもらえることになった。

 

今度はオカルト研究部の皆とタコパするのもいいかなとあれこれ考えながらその日、眠りについたのであった。

 

 




作者はタコパしたこともたこ焼きを作ったこともありません。誰か教えてくれると今後の参考になるかもしれない(ボソッ)

大和の神器ですが見た目は今どきの自動拳銃です。銃と剣で1セットの神滅具とか出るぐらいなのでありだろうと思って出しました。

次回の更新は登場人物の設定集です。初出しの設定もあるかも?さらに次は特別企画です。内容は戦士胎動編の補足解説も込めた振り返り、NGシーン集などです。

次章予告



新章、始動――

「悠、君に折り入って頼みがある」

悪魔として新たな道を歩みだしたゼノヴィアの頼みとは。

「久しぶりだね、紀伊国君」

魔王との再会。

「君が噂の『スペクター』ですね?」

天使長は突然に。

「横槍を叩き込ませてもらうッ!!」

世界の悪意が牙をむく。

 死霊強襲編(コード・アサルト) 第一章 停止教室のヴァンパイア



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死霊強襲編 《コード・アサルト》 第一章 停止教室のヴァンパイア
第25話 「魔王との再会」


お待たせしました、新章突入です。

明日はビルド最終回…
???「嫌だ…やだァ!やだァァァ!!」

ビルドダイバーズ、サラが千翼みたいだと言われてるけどそれならビルドダイバーズは長瀬軍団に…。チャンピオンとかも集まってそのうちNGS48でも結成しそう。
運営「お前を殺しに来た」
「「「「「サラァ!逃げルォ!」」」」」」


Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
1.ムサシ
3.ロビン
4.ニュートン
5.ビリーザキッド
7.ベンケイ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
13.フーディーニ



「私と付き合ってくれ」

 

「えっ」

 

寝起き早々に俺は思わぬ爆弾発言の爆撃を受けた。

こんなことを言うのは一人しかいない。先月から我が家にホームステイしている同居人、ゼノヴィア。俺はまだパジャマ姿でベッドに転がっていたというのに彼女は既にジャージ姿に着替えている。

 

「聞こえなかったか?もう一度言うぞ、私と」

 

「いやいや聞こえたから!バッチリ聞こえたからいいって!」

 

寝起きで重い瞼を持ち上げ体を起こす。俺の脳は既に先の発言でWake up burning!している。しかし俺の脳はまだこの急展開に追い付いていない。

 

「とにかく、すぐに支度しろ」

 

「え!?いきなり!?」

 

「ああ、こういうのは早い方がいいし早朝にするときっと気持ちいいだろうからな。先に外で待ってるから動きやすい服装で来てくれ」

 

「お、おう…」

 

そう言ってゼノヴィアは俺の部屋を後にした。それを見てすぐにベッドから下り部屋のタンスをあけ、言われたとおりに動きやすい服装に着替える。

 

気持ちいい…動きやすい…付き合ってくれ…このワードから導き出される結論は一つ。

 

「ついに…ついに来たァー!」

 

やはり来てしまったのか、我が世の春!いやでもホームステイから一か月も経ってないのに早すぎる気が…これにつながる前兆とかフラグもなかったし、単に俺が気付かなかっただけか?

 

それにまだ朝の6時だぞ。24時間のコンビニとかなら開いてるだろうが…それに今日は学校もあるし。

 

でもいきなり気持ちいいって…あいつは男女の関係というものを何段飛ばしで進めようとしているんだ?こっちは少し気恥しいが、でも向こうがそうしたいというのならやぶさかではない。

 

「悠、早くしろー」

 

「すぐ行きまーす!」

 

外から聞こえた呼び声に応じて、机の上の財布を鞄に詰めてドタバタと部屋のドアを開けて階段を駆け下り、玄関を飛び出す。

 

「お待たせ!」

 

「ん?お前どこかに寄るつもりか?」

 

外で腰を落として屈伸していたゼノヴィアが不思議そうな顔で俺が手に引っ提げてる鞄を見つめる。

 

「え?」

 

自分でも顔が若干引きつったのを感じた。

 

…まさか、あの誘いはそういう意味じゃないのか?

 

「気がはやって言うのを忘れていたよ」

 

屈伸を一通り終えたゼノヴィアが、告げた。

 

「これから毎朝、私と”ランニングに”付き合ってくれないか?」

 

刹那、頭の中が真っ白になった。

 

 

 

 

 

 ▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

 

小鳥のさえずりが聞こえる早朝、俺はゼノヴィアと共に団地をランニングしていた。

もうすぐ一周に差し掛かるところである。

 

「いやー早朝のランニングは気持ちいいな!…どうした悠?」

 

隣で額の汗を拭いゼノヴィアが笑う。

 

「…べっつにー」

 

別に我が世の春が来たと喜んでたわけじゃないし。早とちりして卑しいこと考えてた俺が悪うござんした。

 

そもそもあの言い方がよくないだろ。あの場合は私”に”付き合ってくれが正解だろ。でも俺の早とちりも悪いか。一つ、教訓になったと思えばいい。これからは気を付けよう。

 

「しかしなんでいきなりランニングを…」

 

「思いついたことを即実行に移すのは私のポリシーの一つだ。日本には思い立ったが大吉と言う言葉があると聞いたぞ」

 

「大吉じゃなくて吉日な」

 

俺がツッコミを入れるとゼノヴィアは「そうなのか?」と言って訂正した。思いついたことをすぐ実行に移す、か。…こいつが悪魔になったのもそれが理由なんだろうな。

 

「…そういえばお前、部長さんと何を話していたんだ?」

 

昨日、旧校舎の掃除を終えて部室に戻ってくると悪魔の仕事で兵藤たちが留守にしている部室でゼノヴィアと部長さんが二人で何かを話し合っている所を見た。二人とも神妙な表情だったので俺がいたら邪魔だろうと思い、ドアを開けてその様子を見た瞬間すぐに引き返したが。

 

「私のこれからの生き方についてちょっとね。今まで主の教えを信じて生きてきたから悪魔に転生した今、どうすればいいか分からなかったんだ」

 

ゼノヴィアは複雑な表情で答えた。

 

きっとそれには自身の変化だけでなく環境の変化もあるのだろう。教会に尽くす戦士からそれに仇なす悪魔への転身、教会での質素な暮らしから経済大国と謳われる日本の暮らし。今まではその変化に戸惑うばかりであまりこれからのことについて考える余裕がなかったのだろう。

 

「ふーん。で、どうするんだ?」

 

「今も考えているが、もう少しで答えが出そうだ」

 

おー、俺の時と違って随分と答えを出すのが早いじゃないか。いや、俺が逆に遅すぎただけなのか…?

 

「なら、その時は聞かせてもらおうかな」

 

「ああ、お前の前で堂々と宣言しよう」

 

他愛もない談笑の後、再びランニングに集中する。三周してようやく終了したころには汗びっしょりだったが息はそれほど上がっていなかった。これも強化合宿のおかげだろうと思いながら俺たちは自宅の玄関を開けた。

 

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

「冗談じゃないわ…!」

 

ある日の放課後、オカルト研究部の部室で怒りをあらわにするのは我らが部長さん、リアス・グレモリー先輩。どういう流れかは知らないが兵藤を膝枕しながら怒りに身をプルプル震わせている。

 

俺が部室に入った時には既に部長さんがお冠状態だったので何事かと木場に訊ねると、どうやら堕天使総督のアザゼルが素性を隠して兵藤の悪魔としての営業の相手として接触したのだという。

 

「いくら会談がこの学園で行われるとはいえ、まさか堕天使総督が断りもなく縄張りに侵入していたなんて…」

 

先月のコカビエルとの一件を受けて三大勢力のトップがこの駒王学園に集まり、会談を行うことが決まった。グレモリー眷属と会長さん率いるシトリー眷属は事件の説明、そうではない俺は事件の関係者として会談に参加することが決まった。

 

サーゼクスさんはまだしも天使や堕天使のトップがいる中に参加するって緊張で俺の胃がリミットブレイクしそう。粗相のないようにしないと最悪俺の首が飛びかねない。

 

「ぶ、部長…」

 

「安心なさいイッセー、あなたは私がしっかり守り抜くわ」

 

部長さんは子供をあやすように兵藤をなでなでする。やはり部長さんは母性の塊か…。

 

「…それにしても何でアザゼルってのはこのタイミングで兵藤を狙ったんですかね」

 

疑問に思ったことをふと漏らした。

 

今じゃなくても俺たちは会談に参加するのだからその時に十分接触を図れるはずだ。わざわざ素性を隠してまで兵藤とコンタクトを取りたい理由でもあるのだろうか。

 

「イッセー君が赤龍帝って言うのもあると思うけど、アザゼル自身が神器マニアだというところが大きいと思うね」

 

俺の疑問に木場が答えた。

 

「神器マニア?」

 

「うん、アザゼル率いる『神の子を見張る者』は神器を研究し、優秀な神器所有者を引き入れているそうなんだ」

 

優秀な神器所有者…代表格は神滅具使いか。それなら納得がいくな。大方兵藤の神器に興味を惹かれて気がはやったと言ったところだろう。神滅具と聞くと先月姿を現した白龍皇を思い出す。そういえばあいつ、アザゼルの羽はどうたらと言っていたがもしかして既に白龍皇は堕天使側についている…?

 

あれこれ考えていると木場が膝枕されている兵藤に歩み寄り、その手を取った。

 

「イッセー君、君は僕が守るから安心して。僕の聖魔剣と赤龍帝の力、紀伊国君の力を合わせればどんな脅威も打ち破れるさ」

 

「うおい、俺もか」

 

さらっと俺を入れたな今。…オカルト研究部の男子部員三人か。今度からオカ研三銃士とか名乗ってみるのも面白そうだ。

 

「木場…気持ちはありがたいけど中々キモイこと言ってるぞ」

 

「ええっ!?そんな…」

 

兵藤が顔を引きつらせながら言うと、木場がショックを受けてしょげた。

 

「まあまあ!お前も兵藤に助けられたし、『騎士』としての誇りがある。だよな?」

 

兵藤の言葉に同感だが流石に本心で言っているであろう木場がかわいそうなのでフォローを入れる。

 

「うん。…あの事件以来、君といると心構えが緩くなって胸が熱くなるんだ。でも嫌な感じじゃない、これは…」

 

ぼそぼそ呟き、瞳を潤ませながら自分の胸に手を当てる木場。

 

「……」

 

うーん、いつもは変なことしてドン引きさせる立場の兵藤が真顔でドン引きしている。

 

木場…お前本当にどうしたんだ。あの事件の後、憑き物が落ちて今までよりも笑うようになった一方でこんな風に変化していたとは…。

 

「それにしてもどう動くべきか…下手すれば会談前に悪魔と堕天使の関係悪化につながりかねないわ…」

 

頭を抱えてあれこれ思案し始める部長さん。以前は堕天使幹部だったのに今度は総督とか、俺らでなんとかできるレベルをとっくに超えている。

 

「アザゼルは昔からああいう男だよ」

 

部室に響く第三者の声。皆が一斉に声の聞こえた方へ向いた。

 

「やあ」

 

「お、お兄様!」

 

そこにいたのは以前会った部長さんの兄である紅髪の魔王、サーゼクス・ルシファー。その隣で控えているのはグレモリー家のメイド、グレイフィアさん。

 

部長さんたちが存在を認めると慌ててその場で跪いた。兵藤とアルジェントさん、俺だけが対応に困ってあたふたしていた。ゼノヴィアに至っては不思議そうに眼前の魔王を見ていた。

 

「彼はコカビエルのようなことはしないだろう、しかし予定よりも早い来日だな」

 

良かった…総督まであんな戦争狂だったら俺の胃は潰れていたかもしれない。でも、欲を抱いて堕ちた天使だからまだ油断はできない。

 

…正直に言うと俺はあまり堕天使にいい印象を持っていない。先月は町を吹っ飛ばそうとするわ、一度は兵藤を殺すわ、そして俺の命を狙ってくるわでろくな思い出がない。

 

「ああ、今日はプライベートで来ているからそう気構えずにくつろいでくれたまえ」

 

サーゼクスさんが手を挙げてそう促すと皆立ち上がった。

 

「お兄様、どうしてここに…?」

 

最初に疑問をぶつけたのは部長さん。その様子を見る限り全く心当たりがないようだ。

 

「どうしてもなにも、授業参観があるのだろう?兄として妹が勉学に励む姿を見に行くのは当然じゃないか」

 

サーゼクスさんはさも当然と言った顔で答えた。…もしかしてこの人は大和さんと同類ではないだろうか。

 

部長さんははっと思いついた表情の後、呟いた。

 

「グレイフィア義姉様ね…」

 

「はい、学園からの報告は私の下へ行きます。当然我が主への報告もしっかりとさせていただきました」

 

グレイフィアさんの変わらず丁寧な物言い。部長さんはそれを聞いて苦い顔をした。

 

ひょっとして俺らの年頃にありがちな授業参観とか親に来てほしくないって奴か。母性の塊だと思っていた部長さんもそういう年頃の少女な一面もあるんだな。

 

「当日は父上も来られる。それに、会談の会場の下見を兼ねているので魔王の職務としても問題ない」

 

え、サーゼクスさんのお父さんということは部長さんのお父さんが!?サーゼクスさんのお父さんと言うことはもしかしてサーゼクスさんよりも強かったりして…?

 

「本当にこの学校で会談が…」

 

「ああ、私の妹、赤龍帝、魔王レヴィアタンの妹、聖魔剣使い、デュランダル使いが所属し、先月の一件ではコカビエルにエクスカリバー、白龍皇までもが現れたんだ。どうにもこの学園は強者を引き寄せるらしい。その中心にいるのが兵藤一誠君、君だと私は思うよ」

 

サーゼクスさんが兵藤を一瞥し、今度は俺の方へ視線を向けた。

 

「紀伊国君、久しぶりだね」

 

穏やかに挨拶するサーゼクスさん。

 

「どうも…」

 

久しぶりに会う魔王を前に緊張して声のボリュームが小さくなってしまう。俺も最後に会ったのはライザー戦の後。それが5月の半ばだから大体1か月半と言ったところか。

 

サーゼクスさんは俺の顔を見ると嬉しそうに言った。

 

「初めて会った時と比べてずいぶん逞しくなったね。どうやら答えを見つけ出せたようだ」

 

「はい、おかげさまで。ありがとうございました、サーゼクスさん」

 

俺は感謝の念を込めて深々と頭を下げた。

 

俺が答えを見つけ出せたのはポラリスさんのおかげだがそもそも『答え』を探すというきっかけを与えてくれたのはサーゼクスさんだ。この人なくして今の俺はなかった。あ、人じゃなくて魔王か。

 

「ハハハ!約束も守ってくれて嬉しいよ!」

 

心底嬉しそうに笑うサーゼクスさん。

 

人柄の良さ100点、容姿100点のスーパーイケメンがここにいます。サーゼクスさん魔王じゃなくて天使でいいだろ、というか天使だろ。セラフにだってなれるよ。なんであんたみたいな人が魔王なんだ。

 

「初めまして、魔王ルシファー。私はデュランダル使いのゼノヴィアと言う者だ」

 

皆の前に進み出て物怖じせずに挨拶するのはゼノヴィア。相手が魔王でも堂々とした立ち振る舞いを崩さないのは流石と言ったところだ。

 

「ごきげんよう、ゼノヴィア。君のことはリアスから報告を受けているよ。伝説のデュランダルを扱えるものが悪魔に転生し妹の眷属になったと聞いた時は耳を疑ったよ」

 

サーゼクスさんも穏やかに返した。

 

普通聖剣使いって聖剣の特性上、悪魔と敵対している印象がある。それが伝説のデュランダルときたらなおさらだろう。

 

「私も今まで敵対してきた悪魔に転生することになるとは思ってもみなかった。…しかし私は何故悪魔に?あのときはやけくそで…うーん、本当に良かったのだろうか…」

 

額に手を当て悩み始めるゼノヴィア。思いついたことを即実行はするけど後のことはあまり考えないタイプのようだ。

 

「はは、ゼノヴィア、まだ勝手はわからないだろうけどこれからリアスをしっかり支えてほしい。よろしく頼むよ」

 

「ああ、伝説の魔王に頼まれた以上はしっかりとやらせてもらおう」

 

「ありがとう」

 

サーゼクスさんが朗らかに笑って礼を言うとゼノヴィアは恥ずかしそうに顔を背けた。

サーゼクスさんの魔性のイケメンフェイスから放たれる笑顔に照れてしまったのだろうか。

 

「さて、どうしたものかな…こんな夜中に宿泊施設は開いているだろうか?」

 

顎に手を当て、悩むサーゼクスさん。悪魔の仕事は基本的に夜になるのでこうなるのも致し方ないところではある。

 

「あ、それならウチに泊まっていきますか…?」

 

兵藤の提案にサーゼクスさんが目をぱちくりさせた。内心、俺もびっくりしている。魔王に自分の家に泊まっていけと言う奴なんて今まで見たことがない。ド〇クエの宿屋もびっくりだよ。

 

サーゼクスさんは逡巡の後、「わかった、厚意に甘えるとしよう」といい快諾した。

俺の近所に魔王が泊まるのか…!

 

この後、俺とサーゼクスさんとの関係について部長さんたちに根掘り葉掘り聞かれた。

 

 

 

 




今までが長すぎただけで本当は一話これくらいの長さにしたい。

次回、「新たな夢」


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第26話 「新たな夢」

ビルド終わってしまった…。自分が一番うれしかったのは本物のマスター(エボルトじゃない)を見られたことですかね。前川さんも楽しんで演技していたように見えました。この一年間、ビルドにたくさんの思い出を貰いました、感謝。

丁度ファイズを見返しているタイミングでジオウにたっくんと草加が出演決定とは…。
二人が仲良くクリーニングで働いていたら多分笑いが止まらなくて死ぬ。

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「日曜日も学校に行くのは辛いな…」

 

「そうか?私はそうは思わないが」

 

日曜日の朝、俺たちは兵藤の家へと向かう道中ゼノヴィアとだべっていた。

 

何故、日曜日の朝に俺たちが制服と鞄を持って兵藤の家に向かうのか。その答えはただ一つ。

 

今年の学園のプール開きを前に、オカルト研究部が生徒会にプール掃除を任されたのだ。

 

無論ただで休日を使ってプール掃除しろという訳ではない。部長さんはプールを一番に使うことを条件に引き受けた。そして今、俺たちは兵藤たちと合流するために家に向かっているということだ。

 

「だって部活に入ってる奴ならまだしも天王寺とかいないんだぞ?」

 

「あ、そうだった…」

 

残念そうにするゼノヴィア。そうするうちに兵藤家の前に着いた。兵藤の家は俺の家から4件ほど離れた先に建っている。近所と言えば近所なのだが。

 

「さて、着いたな」

 

早速インターホンを押し、来訪を知らせる。

 

『はい…あ、紀伊国さん!』

 

この声だけでも伝わる優しさの持ち主はアルジェントさん。アルジェントさんはレイナーレの一件から兵藤の家にホームステイしている。あまり詳しくは知らないが元々身寄りのない人だというし、そう言った面でも兵藤に救われただろう。

 

「アルジェントさんか、そっちは準備できてる?」

 

『はい、こっちももう出られます』

 

「了解」

 

問答から1分後、兵藤とアルジェントさん、そして部長さんが玄関から姿を現した。

 

「おはよう、兵藤。部長さんもおはようございます」

 

「おう、おはよう!」

 

「ええ、おはよう」

 

「ゼノヴィアさん、おはようございます!」

 

「やあアーシア」

 

そうして五人で学校への往路に着いた。その間俺たちはそれぞれの話題で談笑する。

 

「アーシア、宿題は済ませたか?」

 

「はい、イッセーさんが教えてくれたおかげでなんとか…ゼノヴィアさんは?」

 

アルジェントさんとゼノヴィアは同じ信徒と言うだけあって仲がいいようだ。初対面の時いろいろあったと聞いたが今はこうして良好な関係を築けているようで何よりだ。

 

「私も悠が教えてくれたおかげでなんとか乗り切ったよ。やはり漢字が難しいな、経済対策の恐ろしさをかいむ見たよ…」

 

「かいむじゃなくて垣間な」

 

「おっとそうだった。やはり難しいな…」

 

こういったゼノヴィアの言葉の間違いを訂正するやり取りも慣れてきた。

 

兵藤は掃除の後のプールで部長さんが披露する水着に興味津々のようだ。ゼノヴィアは先月の部長さんたちとのショッピングで水着を買ったらしいが頑なに見せてはくれなかった。その時は恥ずかしくて見せなかったのだと思っていたが今になって納得した。彼女はこのタイミングで披露するつもりなのだ。

 

ちなみに俺は普通に青いサーフパンツを持ってきた。今までおしゃれに興味がなかったし転生してからは家事に追われていたのもあって更に目がいかなくなっていた。

今度からはもっと目を向けてみようかな…?

 

「悠、鼻にご飯粒がついているぞ」

 

「げっ、本当だ」

 

指摘を受けて人差し指で鼻をつつき、引っ付いた米粒をペロリと舐める。

こんな風にしょうもない談笑を続けながら俺たちは学校に向かった。

 

 

 ▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

「それでは掃除を始めるわよ」

 

水を抜いて一面緑だらけになったプールを背に部長が宣言する。

皆はジャージ姿に着替えその手にはデッキブラシ、あるいはホースが握られている。

 

アルジェントさんがホースで水を撒いて一面緑のプールの隅に綺麗な青の底面が姿を現す。そこに兵藤たちが下りていき、デッキブラシで底を擦り始める。

 

改めて見ると底にあったのは藻、落ち葉、泥、更にはヤゴなど。ゼノヴィアはヤゴを拾っては興味深そうに観察していた。

 

…この汚れに汚れたプールの底を見た時からから心が疼く。

 

ダメだ、もう我慢できない!

 

口角を上げ、この疼きを叫びにして飛ばす。

 

「行くぜぇぇぇぇ!!」

 

「紀伊国!?」

 

デッキブラシを握り、擦りながらプールの底を駆け巡る。俺は昔から掃除をしていると何だか心が滾るのだ。

 

こういう汚れた床、窓、テーブルを見ると無性に綺麗にしたい、しよう、しなければという衝動に駆られ気が付いたら掃除道具を握っている時もある。今日のようなここまで汚れた物を見た時には凄まじい衝動が来るのだ。

 

誰もが爪が伸びるのを止められないように、俺はこの衝動を止められない。

 

鍛えられた腕力が可能にする猛烈な擦りのラッシュが底にこびりついた泥、落ち葉を一瞬にしてはがしていく。

 

「アルジェントさん、こっちに水くれェ!」

 

「は、はい!」

 

アルジェントさんがこちらに駆け付け、ホースで水を撒く。そして撒かれた部分を重点的に擦る。

 

「紀伊国先輩、まるで別人みたいです」

 

「…なんかあいつ、記憶を無くす前とはまるで別人だよな」

 

後ろで何か言われているような気がするが俺は知らん!

 

「俺はただ、掃除をするだけだァァァァ!!」

 

この後、調子に乗り過ぎて足を滑らせて顔面を強打した。ぶつけた瞬間、あまりの痛さに悶絶し記憶が曖昧になったがとにかく痛かったことだけは覚えている。

 

 

 

 

 ▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

「あぁ…気持ちいい…」

 

プール掃除の後、オカルト研究部の自由時間が始まった。

 

俺は足湯の如くプールに足だけ浸かりながら黄昏ている。決して泳げないからこうしているわけじゃない。掃除で疲れたから今はこうしてくつろぐだけに留めているのだ。

 

視線の先では兵藤は塔城さんに泳ぎを教え、木場は一人で泳いでいる。部長さんと朱乃さんはパラソルや椅子を立てて優雅にくつろぎ、グラスに注がれたジュースをストローで吸っていた。アルジェントさんは俺の後ろで日光浴をするなど各々好きな方法でこの自由時間を満喫していた。

 

「紀伊国さん」

 

不意に後ろからアルジェントさんに声をかけられた。ちなみにアルジェントさんの水着は胸にあーしあと書かれた詩集の入ったスクール水着だ。どこか幼さの残る雰囲気のアルジェントさんとべすとまっちしている。

 

「ん?どうした?」

 

「あの、今まであまりお話したことがなかったのでお話してみようかなと…」

 

「あーそういえばそうだね。クラスも同じなのにほとんど話したことなかったな」

 

言われてみれば確かにアルジェントさんとはあまり会話したことがなかった。

 

木場、塔城さん、朱乃さん――入部してそう呼ぶように言われた――とは合宿の時に一緒に特訓に励んだし、兵藤は今更言う必要もないだろう、部長さんとは部活のことで色々話したりする。それなのにアルジェントさんとは合宿で一緒に過ごすこともほとんどなかった。

 

最初に遭った時はまだアルジェントさんが悪魔じゃなかったから言葉も分からなかった。

 

「紀伊国さんはイッセーさんと友達なんですよね?」

 

「うん、あいつには今まで何度も振り回されてきたけどそれもいい思い出だな」

 

あいつには学校でもそれ以外でも振り回された。その中で一番と言っていいのがやはりレーティングゲームだろう。最初は義理として引き受けたがそこからのサーゼクスさんとの出会いは俺を大きく変えた。

 

「アルジェントさんにとって兵藤はどんな奴なんだ?」

 

今度は俺の方から聞いてみた。俺はまだ入部したばかりということもあってあまりアルジェントさんのことを知らない。アルジェントさんは瞑目して祈るように手を握って言った。

 

「…私にとってイッセーさんは初めての友達なんです。でも今はそれ以上に大切な人だと思っています」

 

「初めての友達…?」

 

アルジェントさんのような誰にでも笑顔と優しさをふりまけるような人に友達がいなかったとは意外だ。

 

「はい、私は幼い頃小さな教会に拾われてそこでシスターをしていたんです。神器の力で皆の傷を治す毎日、皆優しくしてくれて私も自分の力が役に立つのが嬉しかったんです」

 

初めて知るアルジェントさんの過去。神器使いは兵藤のように脅威とみなされて始末される者もいれば逆に力を認められて祭り上げられる者もいる。アルジェントさんは後者だったということか。

 

「でもある日、私は怪我をした悪魔と出会ってしまったんです。私はその人を放っておけなくて神器の力で治したんですけどそれを理由に教会を追放されてしまいました」

 

「!」

 

悪魔を癒して追放された…。コカビエル戦の時、俺はアルジェントさんが神器の力で仲間の回復に努める様子を何度も見た。今まで何とも思わなかった行為が実は教会側にとって大問題だったのか。

 

ゼノヴィアは確か、教会は些細な異端でも嫌うと言っていた。教会と敵対する悪魔も癒せる力が、異端の対象となってしまったということか。

 

「そうしてレイナーレ様に拾われて日本に来たところでイッセーさんと紀伊国さんに会ったんです」

 

「あの時か…ごめん、あの時何もしてやれなくて」

 

あの時はアルジェントさんの言葉を理解できず結果的に半ば兵藤に丸投げするような形になってしまった。

 

実は未だに気にしていたことでもあった。もしかするとそれで引け目を感じて今までアルジェントさんと会話できなかったかもしれない。

 

「いえ、あの時は仕方ないですよ。気にしないでください」

 

アルジェントさんは俺の謝罪を笑って受け入れてくれた。

 

「実はあの後、偶然またイッセーさんと会ったんです。その時は互いの立場を知った後だったんですけどそれでもイッセーさんは悪魔や教会に関係なく私の友達になると言ってくれました」

 

「そっか…ふふっ」

 

「どうかしましたか?」

 

「いや、あいつはとんだお人好しだなと思ってね。ホント、互いにいい友達を持ったよ」

 

「はい、…本当にイッセーさんはお人好しです」

 

互いにふふっとおかしそうに笑う。馬鹿で、変態で、お人好しの友達。最高じゃないか。変態であることを除けば。

 

話が終わると、今度はアルジェントさんが一瞬ためらうような表情を見せた後口を開いた。

 

「あの、紀伊国さんは記憶喪失だと聞きました」

 

「うん、事故で家族や視力と一緒に無くしてね」

 

ちなみに今は度の入ったゴーグルをつけている。頭を締め付ける感覚が少し不愉快ではあるが眼鏡なしと比べればましだ。

 

「やはり記憶を取り戻したいと思ったりするんですか?記憶喪失を辛いと思うことがあるんですか?」

 

アルジェントさんは言いづらそうな表情で恐る恐る訊ねた。

 

記憶喪失がつらい、か。そもそも俺は紀伊国悠とは別人だから記憶喪失ではないのだが転生の事を言えず記憶喪失で通している以上こうした話題は避けられない。

 

プールの水を手ですくい、被って答えた。水の冷たさが日差しの暑さを少しばかり和らげた。

 

「…正直なところ、天王寺や上柚木には悪いけど俺はあまり無くした記憶にこだわっていないし取り戻そうという気持ちは薄い」

 

「どうしてですか?」

 

アルジェントさんは不思議そうに再び問いかけた。

 

「それは今が幸せだからだよ。オカルト研究部の皆や天王寺たちと笑って過ごせる今が最高に楽しい。ゼノヴィアには振り回されっぱなしだけどそれでも一人暮らしだった時と比べると断然家が賑やかになった。記憶喪失のことなんて気にする間もないくらいどたばたして楽しい今を俺は生きている。無くした思い出の分、いやそれ以上にたくさんの思い出をもらっているんだ」

 

「…!」

 

そう答える俺の表情は自然と笑んでいた。これは紛れもない俺の本心だ。苦悩して、逃げて、立ち向かってたどり着いた未来。それはこんなにも楽しくて笑顔溢れるものだった。

 

「アルジェントさんは兵藤たちといる今は幸せ?」

 

「はい!イッセーさんだけではありません、部長さんにもイッセーさんのお父さまやお母さまにもよくしてもらっています。悪魔に転生して知った家族の温かさに生きていける今が、本当に大好きです」

 

満面の笑みで答えるアルジェントさん。この純粋さと可愛さ…やはり天使か。

 

「ならそれでいいんだ。過去に気を取られて後ろばかり見ていたら、隣や前にある身近な幸せには気づけない」

 

エクスカリバー事件のときの木場がそうだったからな。あの時のあいつは復讐に囚われて頼れる仲間に頼ることを忘れていた。兵藤が手を差し伸べたおかげで今はより他の部員たちとも交流しているようだ。

 

「そうですね…あれ?そういえばゼノヴィアさん、まだ来ませんね」

 

「あ、ホントだ」

 

確かにどこを見てもゼノヴィアの姿が見当たらない。もしかするとまだ着替えに手間取っているのか?

 

「ちょっと様子を見てくる」

 

プールに突っ込んでいた足を出して立ち上がり、おそらくいるであろう女子更衣室に向かった。

 

「おーいゼノヴィア、大丈夫か?」

 

俺は女子更衣室のドアをノックし、中にいるであろう人物に呼びかける。

 

別に覗きという卑しいことを目的にこのようなことをしているのではない。単にいつまでたっても姿を現さないゼノヴィアを心配しての行動というちゃんとした理由がある。

 

するとガチャっとドアが開き、ゼノヴィアが顔を出した。

 

「悠か」

 

「…ッ!」

 

おもむろにゼノヴィアが更衣室から姿を現した。戦士らしく筋肉も適度についた引き締まった体つきだ。それに出る所もしっかり出ている。そんじょそこらのグラビアアイドルよりもかなりスタイルがいい。

 

水着は部長さんや朱乃さんほどではないがそこそこ露出のあるビキニだ。年頃の男子には中々目のやり場に困るものではあるが。

 

「こういうのは初めてで慣れなくてね、時間がかかってしまった」

 

「そっか」

 

信仰一筋だったゼノヴィアはこういった水着を着るのも初めてか。

ふとゼノヴィアが息をつくと、真剣な表情に切り替わった。

 

「悠…私はついに答え…いや夢を見つけたぞ」

 

「答え…?ああ、あの話か」

 

昨日話していた自分の生き方についてか。まさかこんなところでその話を振ってくるとは思わなかった。

 

「少し私についてきてくれるか」

 

「…?ああ」

 

返事をした俺はゼノヴィアの後に続いて、近くの用具室に入っていった。部屋の中は薄暗く小さな窓から仄かに日が差し込んでいた。何だってこんなところで話をするんだ…?

 

「…じゃあ聞かせてもらおうかな」

 

「ああ。私は信仰のために封じてきたものを解き放ち、堪能することにした」

 

「おー」

 

それはつまり、信仰一筋だったゼノヴィアがより年相応のJKに変わるということか。

肩の力を抜いて、環境の変化を受け入れ楽しむ。彼女がそう思ったのならそれでいい。

 

「その上で君に折り入って頼みがあるんだ」

 

ゼノヴィアの瞳が俺を真っすぐに捉えた。そしてこう言った。

 

「私と子作りしないか?」

 

 




アーシアとの絡みが全くなかったのでここでがっつりやっておきました。これからも原作キャラとの絡みはしっかり意識してやるつもりです。

ドキレディで書くつもりだったゼノヴィアをヒロインに抜擢した理由をここで書いておきます。
・単なる作者の好み
・イチャイチャだけでなくおバカキャラで日常編も楽しく書けそうだと思ったから。
・一誠の赤に対抗する青
イッセー(赤龍帝)とリアス(紅髪)の赤
悠(スペクター)とゼノヴィア(青髪とデュランダル)の青
X×Xの神崎光也とはそのうち青VS蒼なんてやるかもしれません。でもあれとやりあえるチートなんて一体…。

次回、「白龍皇襲来」

予告する。次話は9月1日0時00分に投稿だ。


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第27話 「白龍皇襲来」

原作があれなので仕方ないとはいえ今回はちょっとえっちぃです。B地区はR-15においてアウトか否か…。

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「えっ」

 

その衝撃に一瞬、俺の脳と心臓が活動を停止した。

 

…今、何て言った?

私 と 子 作 り ? 

 

「聞こえなかったか?もう一度言うぞ、私と」

 

「いやいや聞こえたから!バッチリ聞こえたからいいって!」

 

あれ、この流れつい昨日もあったような…?それに俺はまだ心の準備が出来ていない。今は突然の発言にすごく混乱している。俺はその混乱を少しでも鎮めようと息を深く吐いた。

 

「ちなみに理由を聞いてもいいか…?」

 

俺は突然の頼みのわけを恐る恐る尋ねた。

 

「うん、私は子供のころから夢や目標と言ったものが全て信仰が絡んだものだったんだ。だから主を失ったことを知ったと同時にそれらも全て潰えてしまった」

 

「うん」

 

「悪魔になった今どうすればいいかわからなくなった私は部長に訊ねたんだ」

 

 

 

『悪魔は欲を持ち、欲を叶え、欲に生きる存在。難しく考えることはないわ、あなたの好きに生きていいのよ』

 

 

 

「だから私は今まで信仰のためにと封じてきたものを解き放ち、味わいたいと思っている」

 

「うん…?」

 

「そうだ、私は女の喜びを解き放ち、知り、子供を産む!それが私の答えだ!」

 

「ええええええ!!?」

 

思わず叫んでしまった俺の口を咄嗟にゼノヴィアが手でふさぎ、自身の口に人差し指をそっと立てた。取り敢えず落ち着いた俺は手をのけて話を続ける。

 

「いや待て話が飛躍しすぎだろう!封じてきたものなら他にもあるんじゃないのか!?」

 

「そうだ、オシャレ、娯楽、その他ごろごろ…。今までは宗教上の貞操観念があってできなかったがやはり女として生まれた以上、女にしかできないことをしたいんだ」

 

うん、ごろごろじゃなくて諸々な。雷雲を出してどうするんだ。

 

しかし困ったな。まさかそういう方面に答えを出してしまうとは。やはり彼女の浮世離れした思考は俺には予測不可能なものなのか…?

 

「しかし何で俺と…?」

 

子作りしたいのならパッとしない俺ではなくルックスも中身もバッチグーな木場とやればいいと俺は思うのだが。

 

「暮らしを共にしてわかった、君は信頼できる人間だ。掃除もできるし料理もおいしい、私が困っているとすぐに駆け付けて助けになってくれる。…それにあのコカビエルを真正面から打倒した男だ。やはり戦士として相手にそれなりの実力を私は求める」

 

「うーん…そこまで言われると嬉しいけど…」

 

そんなに褒められると照れるな…。それにちゃんと俺の日頃の生活態度を見ていたのか。

ゼノヴィアがそっと自分の胸に手を当てた。

 

「不服か?これでもスタイルには自信があるんだ。部長ほどではないがアーシアよりは胸はあるぞ」

 

指を滑らかに動かし、谷間もできるサイズの胸が弾力に揺れる。

 

「う…」

 

確かに俺も思った。部長さんの胸は制服越しにでもわかる大きさだ。すなわち、デカい。ゼノヴィアも部長さんほどではないがそれでも制服越しにでも思うほどの大きさはある。

 

「いや!俺だってそういうことをしてみたいなーと思う年頃ではあるけど子供は…」

 

「大丈夫だ、基本的に私が育てる。だが父の愛情を子が望んだ時はしっかり注いでやってほしい」

 

それって下手すると俺が子供に嫌われるよね?俺も平成ライダー恒例のクソ親父の一人に数えられるのは嫌だ!俺は人に嫌われるのが一番嫌いなんだよ!

 

「悪魔の出生については調べてある。なかなか子供が出来ないそうだが私は転生悪魔で君は人間、生まれる確率は純血よりも遥かに高いはずだ。思春期の性欲があればかなりのペースで行為ができるだろうな。そうすれば最低でも10年以内に一人はできる」

 

そうなのか…?悪魔の出生事情なんて初めて聞いた。寿命が長い分、子供が出来ないのか。道理で純血の悪魔が貴重とされているわけだ。

 

そう言ってゼノヴィアは自分のブラジャーに手をかけ、外した。俺は咄嗟に手を目で覆い隠した。

 

「ちょ…!」

 

「こういったことをするのは初めてだが手順をしっかり踏んでくれれば好きにしてくれてかまわない、さあ」

 

ゼノヴィアがそっと顔に当てた俺の手を取り自身の体に寄せる。その何でもない動作が今の俺にはとてつもなく艶やかに見えた。

 

待ってくれ、いや待ってください。俺もこういったことをするのは前世も含めて初めてなんだ。そもそもこういう状況に置かれること自体が初めてだから緊張とドキドキが合わさって何をしたらいいのかわからないよ…。

 

「私を抱いてくれ」

 

「――ッ!」

 

俺を見つめる彼女の瞳は期待に輝いている。本当にこんなところで初体験を迎えてもいいのか…!?

 

今、俺の眼前に男なら誰もが望むような光景がある。

薄暗い用具室に年頃の男女が二人、シチュエーションとしては最高だ。

 

今、俺の中にあるこの気持ちは葛藤。

今までのように状況に流されるばかりでは取り返しのつかないことになるという良心とでもいうべきものとこのまま若い衝動に身を任せてしまえばいいという悪魔の囁き。あ、そういえばゼノヴィアは悪魔だった。

 

最初は拮抗していた良心と悪魔の激突もゼノヴィアの話を聞いていくうちに悪魔がじりじりと押し始め、ゼノヴィアがその豊満な胸を露わにしたことで悪魔の勝利は確定したと言っていいほどになった。

 

「……」

 

微かに残る葛藤を抱えながらも俺の手が自然とゼノヴィアの胸に伸びる。ゆっくりとだが少しずつ距離を詰めていく。ゆっくり、ゆっくり、ゆっくり。…ちょっと触るくらいなら…。

 

良心の叫びが小さくなり衝動に飲まれかけたその時、外からどたどたと慌ただしい音が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひー、危なかったぜ…?」

 

ガタン!と音を立てながらドアを開けて入ってきたのは兵藤。額に流れる汗を拭ってこちらを一瞥した。

 

「あ」

 

三人の目が合う。この時点で俺の弱まった理性は戻ってきていた。兵藤は無言でこっそりと踵を返しドアノブに手をかけた。

 

「…えっと、お邪魔しましたー…」

 

「いや待て待て!ゼノヴィアを止めてくれ!!」

 

慌てて用具室から出ようとする兵藤を呼び止める。

 

俺は何をしようとしていたんだ!?そうだ、無計画に事を起こすのは互いによくない。それにゼノヴィアは同居人だ、下手をすれば関係が悪化して今後の生活にも響く。それをわかっていながら俺は…!

 

「どうした悠?私と子作りしよう」

 

「お前は空気を読めェ!」

 

ゼノヴィアは何もなかったかのように行為の再開を促した。頼むからお前は場を読む力を養ってくれよ!

 

すると更なる第三者の声が近づいてきた。

 

「ここはイッセー君に直接決めてもらった方がいいですわ」

 

「ちょっとイッセー!私と朱乃どっちが……」

 

用具室に姿を現したのは部長さんと朱乃さん。入って来るや否やすぐに兵藤に詰め寄る。そして兵藤が視線を向ける方に二人が視線を向けるのも時間の問題だった。部長さんは目を見開いて驚いた。

 

「ゼゼゼゼノヴィア!?あなた紀伊国君と何を!?」

 

「子作りだが?」

 

「こづっ!?」

 

「あらあら、ゼノヴィアちゃんを食べようなんて紀伊国君も大胆ですわ」

 

朱乃さんはこの様子を見てもいつものようにニコニコとした笑顔を崩さなかった。

 

部長さんはため息をつき瞑目するとすぐにいつもの表情、いやいつもと少し厳しい表情で言った。

 

「…ちょっとあなたに訊きたいことがあるわ。ついてきなさい」

 

「はい…」

 

渋々ながらも部長さんについていき用具室を後にする。

歩きながらちらりとゼノヴィアを一瞥すると彼女はこう言った。

 

「私はいつでも仕掛けるからな」

 

マジですか…。

 

そして連行されてから事情説明の後、部長さんにしこたま説教された。

正座で足がしびれながらの説教だったがその様子を眺める塔城さんがゴミを見るような顔をしていた。きっと兵藤はああいう顔にさせるようなことをたくさんしてきたんだろうな…。

 

 

 ▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

「あー怖かった…」

 

鞄を手に引っ提げてプールを後にする。

 

連行された後、プールサイドに正座させられて説教された。

 

言われてみれば年頃の男女二人だけで暮らすのってあまりよくないよな…。二人しかいないということは若さゆえの過ちと言うものを止める人がいないということでもあるから。

 

…俺は今のゼノヴィアとの二人暮らしが楽しい。今まで学校が終わればずっと家で一人で過ごしてきた。家事をこなせるようにはなったけど学校の楽しかったことを話す相手がいない。相棒がいるけど喋れないから話し相手にはならない。その時はまだ自分の力について悩んでいたしそれもあって暗く、退屈で寂しい日々が続いていた。

 

でもそんなとき、あいつがやってきて全てが変わった。毎日毎日、あいつの破天荒なところに振り回されて苦労しているけどそんな日常がたまらなく好きだ。互いに学校であった他愛もない出来事を話しては笑い、俺の作った料理を本当に美味しそうに食べてくれる。これも全部ゼノヴィアのおかげだ。

 

用具室の時躊躇したのはもちろん、ゼノヴィアが嫌いだからという訳ではない。あいつも俺が嫌いだったら今日みたいなことはしないだろうし俺もあいつが嫌いだったらすぐに拒絶していただろう。でも、俺はあの先に行って関係が変わるのが怖いんだ。もしかするともう楽しい日常に戻れなくなってしまうかもしれない。折角手に入れた幸せを俺は手放したくない。

 

「…俺はどうすればいいんだよ」

 

あいつは兵藤と同じ真っすぐなタイプだから何度も俺にアタックをかけるだろう。きっといずれは応じなければならなくなるかもしれない。逆に俺の方が我慢できずに襲ってしまうこともあるやもしれない。

 

無論、俺も年頃の男子だからそれなりに性欲はあるしそういうことをしてみたいという願望もある。でも、それ以上に今の幸せを保ちたいという願いが強い。たくさん苦労してたどり着いた今の日常。

 

俺はそれを何としてでも守る。

 

「家に帰ったらあいつに何て言おうかな」

 

家に帰った後のことをあれこれ考えていると校門を出た。そして俺はその先の光景を見て足を止めた。

 

校門を出た先には木場とゼノヴィアが各々の剣を見知らぬ銀髪の少年に突き付ける光景があった。険しい表情を浮かべる二人の剣士の剣を握る手は心なしか震えていた。

 

一歩間違えれば首が即座に飛ぶ状況にあっても銀髪の少年は余裕の表情を崩さず兵藤に指を突き付けている。

 

「おいおいどうした、白昼堂々と穏やかじゃないな」

 

昼間から喧嘩…いや、喧嘩にしては派手だな。ゼノヴィアが視線を銀髪の少年から外すことなく俺の言葉に答えた。

 

「悠、こいつは白龍皇だ」

 

「!?」

 

驚きながらも即座に戦闘態勢に入った。こいつがあの時コカビエルとフリードを回収していった『白い龍』…!あの時見た純白の鎧の美しさと鎧から放たれる圧倒的なプレッシャーは今でも鮮明に覚えている。

 

少年がふとこちらに振り向いた。鋭い眼差し、端正な顔立ち、世間一般で言うイケメンと言う奴だ。

 

「誰だ君は?見たところ悪魔ではないようだが」

 

白龍皇が問いかける。

 

「紀伊国悠。こいつらの仲間だ」

 

「そうか」

 

白龍皇は生返事で返した。伝説の聖剣使いでも神滅具使いでもない俺はお呼びでないらしい。

 

「―兵藤一誠、君は世界で何番目に強いと思う?」

 

「は?」

 

俺たちは突然の問いに困惑した。

 

「不完全な禁手状態だと上から数えて4桁…といったところか」

 

「何が言いたいんだよ」

 

兵藤がやや不満げに食って掛かった。

 

「この世界は強者が多くいるということだ。魔王やセラフのように広く名を知られている者もいれば名もなき強者もいる。例えるなら先月コカビエルを打倒したあの戦士か…いずれ手合わせ願いたいものだ」

 

(マジヤベーイ)

 

白龍皇は不敵に笑う。

 

いつの間にか白龍皇にロックオンされているよ…。さっきの自己紹介で余計なことを言わないでよかった…!

 

「だがどんなに強者が増えたとしても一位は変わらない。彼、いや彼女と言うべきか…不動の一位がね」

 

「もったいぶらずに早く言え」

 

こいつもポラリスさんと同じで言い方が周りくどい奴だな。

 

「いずれわかるさ。…兵藤一誠は貴重な存在だ。しっかり育てた方がいい――そうだろう、リアス・グレモリー」

 

不意に白龍皇の視線が俺、いやその後ろに向いた。

 

「…」

 

振り返るとそこに部長さんや朱乃さん、塔城さんとアルジェントさんがいた。アルジェントさんは心配そうな表情を浮かべ他の三人はいつでも戦えるように構えている。奴はふっと笑い兵藤に突き付けた指を下ろし、言った。

 

「何、今日は戦いに来たわけじゃない。この町にはアザゼルの付き添いで来ていてね、これはただの暇つぶしさ」

 

「やはり堕天使と…」

 

奴の言葉を受けてゆっくりと木場とゼノヴィアが各々の得物を引っ込める。武器を引っ込めはしたが顔には警戒の色がまだ残っている。後ろの三人もまた警戒を少しだが解いた。

 

…本当に白龍皇は堕天使側だったのか。赤龍帝が属する悪魔サイドに敵対する堕天使サイドに白龍皇。これもいずれ戦うことになるという赤と白の龍の運命なのか。

 

「過去、二天龍に関わった者はろくな生き方をしていない。…あなたはどうだろうな、リアス・グレモリー」

 

奴の言葉に部長さんは眉をひそめた。…あれ、その言い方だと俺もろくな生き方をしてないってことになるのでは?俺一回死んでるし…。

 

「フ、じゃあなグレモリー眷属。次は会談で会おう」

 

白龍皇は踵を返すと、手を軽く振ってそのまま去ってしまった。

 

(あいつ、これだけの面子を前にしても余裕だったな)

 

額に一筋の汗が走った。

 

神に喧嘩を売ったという『二天龍』の片割れが宿り、禁手にも至った神滅具使い。

力を行使せずとも俺たちは力の差と言うものを知らしめられた。

 

…このままじゃ、仲間を守れない。こいつより強い奴なんてざらにいるだろう。もしそんな奴が脅威になることがあれば間違いなく敗れる。

 

コカビエルを倒したことで俺は少し浮かれていたのかもしれない。このままの強さでも十分脅威を太刀打ちできると。でもそうじゃない、俺は所詮井の中の蛙だった。

 

(…もっと強くならないと)

 

拳を握り、密かに決意を固めた。

 

 

 




正宗、蛮野、仁、笛木「待ってるよ」
悠「嫌だ!」

大和「俺たち」
ポラリス、ヴァーリ、大和「銀髪三銃士!」
どこかのヴァルキリー「私だっていますよぉ!ひっく!」
グレイフィア「…ハァ」



次回、「魔王は魔法少女」


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第28話 「魔王は魔法少女」

ジオウ始まりましたね。ゲイツの人の顔が秋山蓮をかわいくした感じっていう意見を見た時は笑いました。

遂にビルドソングコレクション発売ッ!今年の挿入歌も最高でした!

ファイズ見返し中。草加いらないこと言うなよと思いつつも草加の存在がいいスパイスになって人間関係やストーリーが面白いことになってるなと思うこの頃。CSMデルタギアまだかな。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
1.ムサシ
3.ロビン
4.ニュートン
5.ビリーザキッド
7.ベンケイ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
13.フーディーニ



翌日の朝、学校は公開授業の日であり生徒だけでなくその親御さんたちが来る日であった。更には親御さんだけでなく中等部の生徒やその親御さんの見学もOKということで更に多くの人が集まる。

 

大勢の人が集まるのは少し苦手だから緊張する。しかし今の俺にはそれ以上に悩ませるものがあった。

 

結局昨日は家に帰ってから、ゼノヴィアとほとんど口を利くことはなかった。こちらとしてもあんなことがあったものだから話しかけにくいし、向こうも何となく雰囲気を察したのかあまり話しかけてくることはなく気まずい雰囲気が流れた。

 

こんなこと初めてだからどうすればいいのかわからないというのが現状だった。一体どうすれば元の関係に戻れるだろうか…。

 

「久しぶりに沈んだ顔をしてるわね」

 

声をかけてきたのは上柚木。相も変わらずのツンツンした表情で俺の顔を伺っている。

 

「…ああ、ちょっとゼノヴィアとトラブってな」

 

ずれた眼鏡をくいっと上げながら答える。

 

「あら、同居人とトラブルを起こすなんて大変ね」

 

「すこぶる居心地悪くなるぞ、これが同居人が出来ることのデメリットだなって思ったよ」

 

家族など複数人で暮らすならまだしも二人暮らしだとそういった関係の変化をもろに受ける。よい方向への変化なら問題ないのだが一度悪い方向へ変化するとたちまち二人でいることさえ気まずくなってしまう。

 

「そういえばお前の親は来るのか?」

 

公開授業となれば当然気になる事柄。俺は早速上柚木に訊ねた。

 

「ええ、パパは来れないみたいだけどママが来るわ。あなたは…そうだったわね、ごめんなさい」

 

うかつだったと申し訳なさそうに謝罪する上柚木。

 

「いやいいさ、気にするな」

 

変なところで気を使わせてしまったようだ。…そのことは転生したときからわかっていたことだ。俺は二度と両親に会うことはない。それでも俺は異世界で生きることを決めたんだ。

 

「悠」

 

不意に後ろから声をかけられ振り向く。するとそこには俺の目をじっと見つめるゼノヴィアがいた。

 

「ゼノヴィア…どうした?」

 

まさか何の前触れもなくいきなり向こうから話しかけてくるとは…。

 

「昨日は済まなかった」

 

ゼノヴィアは申し訳なさそうに頭を下げて謝罪の言葉を告げた。

 

「昨日は君のことを考えずに先走ってしまった。やはりいきなりは難しいだろう」

 

昨日のことを向こうも悩んでいたのか。一応、ヘタレなせいで向こうの期待に応えてやらなかったこっちも悪いのかも…いや、それでも無計画にそういうことをするのはよくない。

 

俺は少しでも彼女を元気づけようと笑って謝罪を受け入れることにした。

 

「あ、ああまあ気にするな!そう、だからな、ちゃんとした関係を結びそこからより親しくなっていくという手順をだな…」

 

うんうんと頷いていると、ゼノヴィアが目の前でおもむろにポケットから何かを取り出した。

 

「だから、まずはこれを使って練習しよう」

 

取り出したのは0.01mmと書かれた小さな袋。丸い輪のような隆起があるそれは紛れもなく、コンドームであった。

 

「あー……」

 

死んだ。社会的に死んだ。クラスの皆が俺とゼノヴィアを目を見開き、あんぐりと口を開けて見ている。

 

ああ、そうだ。もしオリジナルのオルフェノクに覚醒したらスマートブレインに養ってもらおう。うんそうしよう、それがいい。

 

……

 

「ってちょっと待てぇぇぇぇぇぇ!!お前なんてことをしてくれるんだぁぁぁぁぁ!!」

 

ガタっと立ち上がってゼノヴィアに抗議する。俺の心で発生したツッコミが烈叫となって喉から迸る。

 

何でこんなことするの!?何でお前はいつも予測不可能な方向に爆走するの!?何で謝罪で話を終わらせずに新たな爆弾を投げてくるの!?もっとTPOをわきまえろよ!人前で出すものじゃないだろうそれは!!

 

「紀伊国貴様ァァァ!お前もモテない軍団を裏切るのか!?」

 

「お前ならきっとわかってくれると思っていたのに…!!」

 

血涙を流しながら叫ぶ松田と元浜。知らねえよ、俺はそんな軍団に入った覚えもないしわかるつもりもないよ!

 

「あなたね…」

 

やめろ上柚木!ごみを見るような目で俺を見るな!そういうのは天王寺や兵藤に向けろ!

 

「悠君に先を越されてもうた…!」

 

上柚木の隣で悔しそうに拳を握る天王寺。お前はすぐ隣にいる人の好意に気付け!

 

「おやおやー?紀伊国君とゼノヴィアっちはいつの間にそういう関係になったんですかね…!」

 

眼鏡をくいっと持ち上げながらニヤニヤした笑みを浮かべた桐生さんが歩み寄る。ダメだ、皆に完全に誤解されている。

 

「いやいや、俺は何もしてない!信じてくれよ!」

 

手を大きく振って身の潔白を訴える。しかしそれでも桐生さんはにやにやをやめない。

 

「まあゼノヴィアっちはスタイルがいいからねー、二人っきりで一緒に暮らしていれば食べたいって思っても仕方ないよね」

 

「あいつのスタイルがいいのは認めるが何もないんだよ!」

 

俺は何もアクションを起こしていない、起こしたのは向こうなんだ!…ゼノヴィアとそういうことをするのはやぶさかではないけれども!

 

「あの、ゼノヴィアさんが持っているものは何なんですか?それにゼノヴィアさんを食べるとは一体…」

 

この場にいる皆の中でアルジェントさんだけは状況を理解できず困惑した表情を浮かべている。

 

そこに桐生さんがすかさず耳打ちをする。

耳打ちの途中、アルジェントさんが次第に顔を真っ赤にした。

 

「うぅ……!」

 

快活に笑う桐生さんがポンポンとアルジェントさんの肩を叩く。

 

「アーシアもゼノヴィアっちみたいに積極的に攻めていくべきよ!ただでさえ兵藤の周りには強敵ばかりなんだからさ、ここらで大胆な手を打ったらどう?そうしないとあいつ、取られちゃうわよ?」

 

「それは嫌です!」

 

「だったらなおさらよ、清楚な雰囲気もいいけどやるときにはやらないとね!」

 

「う、うーん…」

 

桐生さんの押しにまごつくアルジェントさん。二人は兵藤を落とす作戦を練っているのか?確かに部長さんとも暮らしているあいつを落とすのは難しいだろうな。

 

血涙を流す松田と元浜が俺の胸倉を掴み上げる。

 

「おい紀伊国!毎日家で一体ゼノヴィアちゃんと何をしているんだ!?」

 

「お前もイッセーのように美少女と…おのれぇぇ!」

 

「何もしてねえよ!」

 

普通に勉強して、ご飯食べて、風呂入って、寝てるだけだよ!何もいかがわしいことはない。そうだ、俺は何も悪くない!それでも空気を読めないゼノヴィアが話しかけてくる。

 

「それで性交の予定だが…」

 

「もうやめルォ!!」

 

興奮しすぎて途中、ショットガンで親友を助ける後の脱獄犯のような口調になってしまった。

 

ざわざわ…ざわざわ…

 

ダメだ、教室がざわついている。教室にいる皆が俺たちを見てひそひそと何かを話している。見るな、そんな目で俺を見るな!!これ以上は俺の心が死ぬ!

 

この日、俺は三度目の死(今度は社会的な)への恐怖を味わった。

 

 

 

 ▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

騒ぎは授業を担当する先生が来たことであっという間に鎮静化し、そのまま授業が始まった。

 

公開授業が行われるのは英語の授業。悪魔の言語能力を持つ兵藤やアルジェントさん、ゼノヴィアの独擅場になるだろうなぁ。

 

教室の後ろや外から親御さんたちや中等部の生徒たちが俺たちの授業を受ける様子をじっと見ている。そして机に座って授業を受ける俺たちが何をやっているかと言うと。

 

「今日は配られた紙粘土で好きなものを作ってください。自分たちの脳裏に浮かんだものをありのまま表現してください…そういう英会話もあるんです」

 

ねぇよ。恐らく俺と同じ様なことを皆思っただろう。海外旅行で粘土を使って相手に自分の意志を伝える状況ってどうやったらそんな風になるんだよ。

 

(何を作ろうかな)

 

ちぎった粘土を手のひらに乗せ、転がしながら考える。

 

案は既にいくつかある。眼魂、スペクターのマスク、葛城巧が作った禁断のアイテム…。どれも面白そうとは思うのだがこれだ!というところまではいかない。

 

(ゼノヴィアは一体何を…)

 

ちらりと隣の席で黙々と手を動かすゼノヴィアを見る。何やら二つにちぎった粘土を長く伸ばしているみたいだ。

 

すると今度は伸ばした粘土を平たくし、先端に向けて細くさせ始めた。…もしかしてあれは剣か?

 

…ああ、何となくわかった。

 

(あいつデュランダルを作るのか…)

 

多分、残った方でエクスカリバーも作るつもりだろう。ゼノヴィアらしいと言えばゼノヴィアらしいチョイスだ。

 

そうだ、いっそ夏っぽいものを作るのはどうだろうか。

夏と言えば、海、スイカ、セミ、カブトムシ…。

 

カブトムシ?

 

(そうだ、それにしよう)

 

思いついてすぐにイメージを現実の形にするべく作業を開始する。

 

 

 

 

数分後、俺の机に鎮座しているのは粘土製、カブトゼクター。

 

必殺技を起動するボタンのついた脚や大振りな角、背のデティールなど思い出せる限りのものをしっかり再現した。角が自重に耐え切れずやや垂れ下がっているのは愛嬌だ。だがやはりあのカブトを代表するあの赤色でないと物足りない感じがする。

 

一息ついて喜びの声を漏らす。

 

「よっし、でき…」

 

「ひょ、兵藤くん…?」

 

遮るように後ろで聞こえた先生の声。それにつられて皆の視線が俺の後ろの兵藤…いや、その作品に集まっていた。俺も何事かと振り返ってすぐ後ろの兵藤の作品を見た。

 

兵藤の机上で完成されたのは粘土製の部長さん像。

揺らめく髪、表情、女性らしさを強調する体の滑らかな曲線、艶やかな動作のついた手足。

 

本物の部長さんと遜色ない素晴らしい出来栄えだ。

それを見た俺の内心にはただただ恐ろしい出来栄えを持つこの作品への驚きと称賛の気持ちしかなかった。

 

(凄い…一体何をどうしたらこんなものを作れるんだ!?)

 

「「おおお!!」」

 

「素晴らしい…君にこんな才能が眠っていたなんて…!先生は感激しているっ!!」

 

教室で見学していた親御さんや生徒達もこの場にいる皆が感嘆の声を上げた。

先生は全身を震わせ、感激の表情で兵藤の作品を褒めたたえた。…あんた英語の先生じゃないのか?

 

「う、嘘よ!リアスお姉さまがあんな野獣に…!」

 

「わ、私にそれを頂戴!5千円出すわ!」

 

「いいや俺は7530円だ!」

 

「8000!俺が今夜のお供にするんだ!」

 

やがて生徒のみならず親御さんたちからも声が上がり始める。公開授業が行われているはずの教室はいつの間にかオークション会場と化した。

 

誰がこの事態を収拾するんだ…。

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

公開授業が終わり昼休みになった。

俺は天王寺と上柚木、ゼノヴィアと共に公開授業で多くの来校者で賑わう学校を見て回ることにした。

 

親御さんたちを見回していた上柚木は突然、一点を見つめるとそのまま嬉しそうにその方向へ走っていった。

 

「パパ!?」

 

その先にいたのは中年の男。上柚木に気付いた男も嬉しそうな表情で迎え入れる。

 

「パパ、シンガポールに行ってたはずじゃ…!」

 

「やあ綾瀬、公開授業と聞いてシンガポールから飛んできたんだ。愛娘が勉学に励む姿を見に行かないわけがないだろう?」

 

そのまま二人は俺たちの存在を忘れて談笑し始めた。

…上柚木の家族か?どことなく上柚木と似ている気がする。

 

「あの人って上柚木のお父さんか?」

 

「せやで、最近シンガポールで遺跡発掘してるって聞いたけど来てくれたんやな」

 

…ふーん。

 

俺は口角をニヤッと上げて天王寺に言った。

 

「…天王寺、俺はゼノヴィアと学校を回っていくからお前は未来のお義父さんに今から挨拶しに行ってこい」

 

「ええ!?そんなこと言わなくても挨拶するつもりやけど…」

 

疎い奴だな。天王寺の肩をポンポンと叩き、一気に押し出す。

 

「じゃ、行ってこーい!」

 

「おわっ!?」

 

押し出された天王寺がふらふらと上柚木親子の下へ近づいて行った。

 

俺は天王寺を押し出してすぐにゼノヴィアの方へ駆け寄る。

 

「…私のために無理をさせたか?」

 

「いいや、あいつはいちいちこういうことを気にしないさ」

 

ゼノヴィアが辺りを見回す。そこにいるのは家族と談笑する同級生たち。俺にとっては見慣れた光景であり、今まで当たり前だった光景だった。しかし、俺は二度とああすることはできない。

 

「これが家族、か」

 

ふとゼノヴィアが思ったことを漏らした。

 

…そういえば、こいつの昔のことは教会の戦士だったということしか知らないな。

 

「…お前は親の顔とか知ってるか?」

 

折角だからこの際、訊ねてみることにした。

 

「いや、物心ついた時から教会の施設で育てられたから見たことはないね」

 

被りを振って答えるゼノヴィア。

 

「そっか」

 

こいつも戦士やシスターという方向は違えどアルジェントさんと同じ道を歩んできたということか。家族の温もりを知らない彼女にとってそれに相当するものと言えばやはり主だったのだろうか。それを失った今の彼女は…。

 

校内を歩くうちに体育館に着いた。

賑わっている校内と違って少しは閑散としているかと思いきや思いのほか人が集まっていた。

 

そしてその大半はステージに集まっている。何やらカメラのシャッターを切る音がたくさん聞こえてくるが。

 

「悠、あれはなんだ?」

 

ステージを指さすゼノヴィア。ステージ上にいるのは黒髪をツインテールにした快活な雰囲気を放つ美少女。

 

可愛らしいステッキを持って身にまとう衣装は魔法少女とかそういった系のアニメに出そうな物、つまりコスプレだ。黒髪と赤紫色の瞳という組み合わせにどこか既視感を覚える。同じものを持つ人物が身近にいたような…?

 

「あれは撮影会か…?」

 

首をひねりながらも質問に答える。

その時、見知った顔が体育館に現れた。

 

「おらおら解散だ解散!」

 

声を上げて人だかりに突っ込むのは匙。人だかりは次第に散っていき体育館にいる人は俺とゼノヴィア、匙、そして例の少女のみとなった。匙も仕事してるな。

 

ステージ上で匙が少女に抗議する。

 

「ここでそんなことをされたら困る。公開授業だからとそこまでフリーダムなことをやっていいわけないだろ?それにもしかして親御さんか?もしそうならちゃんとした正装で来てくださいよね」

 

「えー、これが私の正装だもん!」

 

「おいおい…」

 

匙の言葉に反省の色を見せない少女にやれやれとため息を吐く匙。…どうしたものか、一応助け舟を出すか。

 

そう思って一歩踏み出した時。

 

「どうしたの?」

 

体育館に響く第三者の声。現れたのは兵藤を引き連れた部長さんだ。

 

「あ、リアス先輩!ちょうど今魔王様と先輩のお父さんを案内していたところですよ」

 

すると体育館入口から紅髪の男性が二人、姿を現した。一人は見知った顔だ。その二人を先導するような形で我らが生徒会長、ソーナ・シトリー先輩がいる。

 

「何事ですか匙?…あ」

 

ステージに立つ少女の姿を見た瞬間、気まずそうな表情のまま会長さんが固まった。

そしてそれを見た少女の表情は対照的に喜びの色に染まった。

 

「あ、ソーナちゃん!見ーつけた!」

 

…ソーナちゃん?親し気な呼び方はもしかして知り合いか?

 

「やあセラフォルー、君も来ていたんだね」

 

そしていつの間にか近づいたサーゼクスさんも親し気に少女に声をかける。

サーゼクスさんの隣にいる同じ紅髪をしたダンディーな男性はもしや…。

 

「部長、あの人は一体…?」

 

兵藤が部長さんに訊ねる。サーゼクスさんとも知り合いのあの少女は一体…?

 

「あの方は四大魔王の一人、セラフォルー・レヴィアタン様。ソーナの姉よ」

 

それを聞いた時、俺の顔が固まった。

え。魔王?この人が?サーゼクスさんと同じ?それでいてあの会長さんの姉?

 

「ええええええええええええ!!?」

 

体育館に兵藤の絶叫が響き渡った。

 

そうしたいのは俺もだよ…!まさかこの日にもう一人の魔王に会うことになるとは思わなかった…!しかもよりによって会長さんのお姉さんか!

 

「あら、リアスちゃん!元気にしてた?」

 

フランクに部長さんに話しかけるレヴィアタンさん。

 

部長さんとも知り合いなのか。でもおかしいことではないだろう。部長さんと会長さんは友達だというし姉や兄が同じ魔王である者同士だ。

 

部長さんはやや驚きながらも返す。

 

「はい、今日は公開授業で?」

 

「そうよそうよ!でもソーナちゃんったらそのことを黙ってたのよ!もうショックでショックで…天界に攻め込むところだったわ♪」

 

にっこりした表情と裏腹に恐ろしいことを言うレヴィアタンさん。

 

何となくわかった。この人もサーゼクスさんや大和さんと同類だ。兄弟愛、いや姉妹愛が溢れ出るタイプの人だ…。何で俺の周りにはそういう人が多いんだろう。それにしても冷静沈着な会長さんとは正反対の人物だ。会長さんを「静」とするならレヴィアタンさんは「動」といったところか。

 

そっとサーゼクスさんが兵藤に歩み寄った。

 

「セラフォルー、彼が兵藤一誠、リアスの『兵士』であり今代の『赤龍帝』だよ」

 

「ど、どうも初めまして!」

 

兵藤はおどおどしながら挨拶をする。あいつもまさかここでもう一人の魔王と出くわすとは思っていなかっただろう。

 

「初めまして!私のことは気軽にレヴィアたんって呼んでね♪」

 

きゃぴきゃぴとしながらウィンクして挨拶を返すレヴィアタンさん。

 

「そっちの二人は?」

 

今度は俺たちの方へ視線が向いた。魔王と向かい合う緊張を咳払いで誤魔化して自己紹介する。

 

「紀伊国悠、先月の一件に首を突っ込んだ人間です」

 

「ゼノヴィアだ。リアス・グレモリーの『騎士』をやっている」

 

ゼノヴィアはいつものように堂々たる態度を崩さず言った。魔王相手にも動じないお前の度胸が羨ましいよ全く。

 

「あら、それは大変だったわね。ゼノヴィアちゃんもリアスちゃんを今後ともよろしくね!」

 

そう言ってルンルンと手に持つステッキを振り回し始めた。

 

「本当にこの人も魔王なのか…」

 

思わず心の声を漏らしてしまった。

 

「そうよ♪んー、立場的には同格だけど戦闘で言ったら流石にサーゼクスちゃんやアジュカちゃん達『超越者』と言われてる二人にはかなわないわ」

 

「超越者…?アジュカ…?」

 

新たなワードに首をひねる。

 

「超越者とはここにいるサーゼクスや魔王アジュカ・ベルゼブブ様のような悪魔にして悪魔と言う枠から外れる程の実力を持つ者のことだよ」

 

親切に答えてくれたのはサーゼクスさんの傍らにいる紅髪のダンディーな男性。見た目にふさわしいダンディーなボイスに俺はちょっとばかり震えた。

 

そんなに強いのかサーゼクスさんは…。そのアジュカって人も同格か。一体どんな人なんだろうか。レヴィアタンさんのようなぶっ飛んだ人でないことを願おう。

 

「セラフォルー殿、久しぶりでございますな。中々奇抜な衣装ですが…」

 

「あらおじさま、これが今の人間界の流行りの衣装ですのよ?」

 

「そうなのですか?」

 

「父上、信じてはなりませんよ」

 

話に流されるダンディーな男性を諫めるサーゼクスさん。

父上って言い方はやっぱりあの人はサーゼクスさんや部長さんのお父さんだったんだな。

 

その様子から何か言いたげな表情をしている兵藤を見て部長さんが小声で言った。

 

「…あまり言いたくはないのだけれど、プライベートの魔王様達は非常に軽いのよ…」

 

げんなりとした表情で言う部長さん。その表情からいかにも苦労している様が読み取れる。

 

まだ見ぬ二人の魔王もあんなタイプだったら悪魔社会を心配するぞ…。

 

「お姉さま…」

 

顔を真っ赤にして姉と対峙する会長さん。人前に出た今の姉の姿や言動がとても恥ずかしいのだろう。いつもは涼しい顔をした会長さんがここまで動揺した顔をするのを初めて見た。

 

レヴィアタンさんは体育館のステージを降りて会長さんに駆け寄るとその真っ赤にした顔を覗き込んだ。

 

「もうソーナちゃん、お顔を真っ赤にしてどうしたの?姉妹の再会なんだからもっと喜んでもいいのよ?抱き合いながら喜ぶ百合百合な展開も大歓迎よ!!」

 

その言葉に狼狽の色が濃くなった会長さんが震える声で返す。心なしか目元が引きつっている。

 

「こ、ここは学び舎です。その生徒会長としてお姉さまの行動を容認するわけには…」

 

「そーんな堅苦しいことはいいのよ!ね、再会のハグをしましょうよ♪ソーナちゃん!ねー!」

 

レヴィアタンさんは両腕を大きく広げてハグを待つ。凄まじくぶっ飛んでるな…。本人の快活な性格も相まって更に妹ラブが天元突破しているように見える。

 

涙で目を潤ませた会長の表情が次第に崩れていった。

 

「う、うう…!!もう私耐えられない!!」

 

我慢できないと言わんばかりにレヴィアタンさんに背を向けて走り出す会長さん。

 

「ま、待って!ソーナちゃぁぁぁん!」

 

そして会長さんの名前を叫びながら後を追うレヴィアタンさん。

二人が体育館を離れても、止まらない愛の叫びは聞こえた。

 

「ついてこないでくださいお姉さま!!」

 

「いやよぉぉ!!私を一人にしないでソーたん!!!」

 

「たん付けは止めてくださいとあれほど!!」

 

声は次第に遠ざかっていき、やがて消えた。

 

「…素晴らしい姉妹愛だ。ああいう愛の形もあるのだな」

 

「…うん」

 

ゼノヴィア、何事もちょうどいいところってものがあるんだ。あれはそのちょうどいいを100段位越しているものだよ。

 

二人目の魔王と遭遇した公開授業の日は、この後は何事もなく進んでいった。こんなハチャメチャな出来事がそう何度も一日に起きても困るが。

 

 

 




活動報告にこの作品の裏話をたっぷり書いてます。気になる人は是非。

次回、「もう一人の『僧侶』」


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第29話 「もう一人の『僧侶』」

ファイズ完走。最後まで人間関係や葛藤がしっかり描かれていてすごく面白かった。
三原デルタは決して弱いんじゃなくていつも相手が悪い…だけだよね?

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
1.ムサシ
3.ロビン
4.ニュートン
5.ビリーザキッド
7.ベンケイ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
13.フーディーニ



「…」

 

放課後、俺たちオカルト研究部の部員全員がある扉の前に立っていた。

それは旧校舎の一室、厳重に『KEEP OUT』のテープが張られ立ち入り禁止、開かずの間とされてきた部屋だ。

 

何度かこの部屋の近くを通り、そのたびに一体中に何があるのだろうと思った。今までこれといった説明もなくただただ謎の部屋とされてきたこの部屋の全貌が今日、遂に明らかになるというのだ。

 

「本当に、ここにその『僧侶』がいるんですか?」

 

予め聞いた話によるとこの部屋には更なる部員、眷属がいるとのことだ。

 

駒の種類はアルジェントさんと同じ『僧侶』。話を聞いた時は驚いたものだった。兵藤とアルジェントさんは話は何度か聞いていたが面識はないらしく、完全に情報がなかったのは最近入ったばかりの俺とゼノヴィアだけだった。

 

「ええ、さっきも話したけど今までは彼の能力が危険視されて封印するように上から指示されていたの」

 

「でも今回、レーティングゲームやコカビエルとの一戦を経て部長が評価されたことでようやく解禁されたのよ」

 

部長さんと朱乃さんが続けて説明する。長年敵対してきたという堕天使の幹部とやりあえば否が応でも評価は上がるだろうな。それに封印されていたというならライザー戦に姿を現さなかったのも納得がいく。しかし上に封印されるほどの能力とは一体…?

 

部長さんがドアをそっと撫でる。

 

「普段は一日中この部屋にいて、深夜だけは術が解けて出られるようになるのだけれどどうにも本人に出る気がないみたいなの」

 

「…つまりはヒッキーか」

 

謎の『僧侶』は引きこもりか。どうやら性格に難ありなようだ。

 

「でも、悪魔稼業では私たちの中では一番の稼ぎ頭よ。パソコンを介して人間と契約を取る特殊なスタイルでね」

 

パソコンで契約を取る悪魔って、悪魔も進んでるんだな…。試しに塔城さんにその部員のことについて訊ねてみた。

 

「…塔城さんはその人のこと知ってる?」

 

「はい、裕斗先輩も何度か会ったことがあります」

 

つまりは兵藤が入る前に眷属になり、封印されたということか。

 

「さて…」

 

部長さんがドアに手を当て魔力を込める。

するとドアに幾重にも施された魔方陣が浮かび上がり、パキン!と音を立てて消滅した。

 

今度はドアノブを握り、ゆっくりとドアを開けた。真っ暗闇の部屋に外の黄昏時の黄金の日差しが差し込み中を照らし出そうとしたその時、耳をつんざく悲鳴が闇の中から聞こえた。

 

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

「だぁぁ!!びっくりしたァ!!!」

 

「ひぃぃぃぃぃぃぃぃ!!?」

 

悲鳴に驚いたこちらも思わず大声を上げるとさらに同じくらいの声量で悲鳴が帰ってきた。「ふふっ」と笑い声が聞こえ、周りを見ると他の部員たちが俺の様子をおかしそうに笑っていた。

 

「お前ら笑うなよ…」

 

こっちはホントにびっくりしたんだよ。殺人事件か何かかと思ったよ。

 

兵藤が部屋の中の闇を目を凝らして見る。

 

「…棺桶?」

 

兵藤がふと言葉を漏らした。何かが見えたようだが。

 

「は?俺には真っ暗闇しか見えないぞ…ってお前らは悪魔だから暗視できるのか」

 

悪魔は夜などの暗がりではその身体能力が増す。暗がりでなくとも普段から闇を見通す能力を備えているのだ。

 

「大丈夫ですよギャスパー君。封印が解けて外に出られるようになったのですよ、さあ一緒に外に出ましょう」

 

「…」

 

中にいるという『僧侶』…ギャスパーというのか、は部長さんの呼びかけに応じずただ沈黙を貫いた。

 

部長さんはため息を吐き、部屋の中へと入っていき俺たちも後に続く。

 

歩を進めるたびに年数がたっているのか木造特有のギィときしむような音が聞こえる。次第に暗闇に目が慣れていくと部屋の内装はまるで女子部屋のようにかわいらしいものであることがわかった。カーテンは閉め切られ、棚にはぬいぐるみがずらりと並んでいる。不気味なくらいの静けさと闇がここは閉じられた空間であることを認識させた。

 

ギャスパー君を探そうと闇に目を泳がせると不気味な部屋の雰囲気には合い、しかし可愛らしい部屋の内装にはそぐわない物が中央に存在しているのを発見した。

 

棺桶である。古めかしい装飾が施され、しかし最近まで使われたのか埃をかぶっていない棺桶が横たわっている。

 

そしてその棺桶に背を預け、体操座りでうずくまる影がいた。

 

「女の子だ!しかも外国の!」

 

いち早く反応したのは兵藤。

俺も暗闇の中で目を凝らし、影の姿をよく見る。

 

微かにドアから差し込む光に反射する髪の色は金、震える体は細く小さく見慣れた駒王学園の女子制服を纏い怯える眼差しを持つ顔立ちは間違いなく少女のものである。

彼女がグレモリー眷属二人目の『僧侶』、ギャスパーか。

 

「…」

 

喜ぶ兵藤とは対照に胡乱な視線を送るゼノヴィア。

 

「どうしたゼノヴィア?」

 

「…もしや彼女は」

 

「イッセー、ゼノヴィア。この子は男の子よ」

 

ゼノヴィアの言葉を遮って部長さんが思わぬ事実を指摘する。

 

「「えっ」」

 

兵藤とゼノヴィアは声を漏らした。

 

内心俺も同じように驚いている。嘘だ…。俺を騙そうとしている…。だってこんな…こんなに声も高くて可愛らしい格好と目つきをした奴が男なわけは…。

 

「彼は女装趣味があるの」

 

「ええええええ!!?」

 

追い打ちをかけるように明かされた事実に兵藤が声を張り上げて驚く。こんな男がいるなんて世界は広いんだな…。

 

「ひぃぃぃぃぃ!!ごめんなさいぃぃぃ!!」

 

絶叫に震え上がるギャスパー君は半泣きで半ば叫ぶようにして謝罪する。

予想外の展開に打ちひしがれた兵藤は両膝を突き、その場にうなだれた。

 

「そんなっ…見た目は完璧に美少女なのに…こんなっ…!こんな残酷なことがあるなんて…!金髪のダブル『僧侶』だって嬉しかったのにッ!」

 

…おう。いつだってエロが迸る兵藤はブレない。言われてみればアルジェントさんも金髪だし、『僧侶』は二人そろって金髪ってことになるな。

 

「しかし何だって引きこもりなのに女装癖を…」

 

普通、女装と言うのはコスプレ然りそれを見せる誰かがいてこそ成り立つものだと思うのだが。

 

ギャスパー君はもじもじしながら答えた。

 

「だってこっちのほうが可愛いもん…」

 

「が…は……」

 

ギャスパー君の返事を聞いてショックからか床にめり込む兵藤。

 

「人の夢と書いて、儚い」

 

追い打ちをかける塔城さんの呟きによって完全に沈黙する兵藤。…哀れ。

 

「あ、あの…この人たちは…?」

 

おどおどしながら俺たちに目をやるギャスパー君。俺たちが初対面なように向こうにとっても初対面だし当然の反応だ。部長さんがアルジェントさんに手を向ける。

 

「紹介するわ、彼女はあなたと同じ『僧侶』のアーシア」

 

「はい、よろしくお願いします!」

 

「ひっ!」

 

元気のいいアルジェントさんの声にすらびくつくギャスパー君。かなりの重症だなこれは…。

 

「そしてここで倒れているのが『兵士』のイッセー」

 

「…」

 

まだショックから立ち直れずに倒れる兵藤の頭を突っついてやる。

 

「おい起きろ」

 

「う、うぅ…何だ紀伊国か…」

 

かすれるような声が返ってきてゆっくりとだが起き上がった。

 

「彼は紀伊国悠。眷属ではないのだけれど私たちの仲間よ」

 

「えっと、ギャスパー君でいいかな?よろしく」

 

なるべく不安を和らげるように声のボリュームも落として笑顔で挨拶する。

 

「…」

 

今までビビらせすぎたのか恐怖値がMAXハザードオンして反応すらしてくれなかった。少しは反応してくれよォ!と突っ込みたいが返って逆効果になりかねないので言わない。

 

「私は『騎士』のゼノヴィア。…お前、吸血鬼だな?」

 

彼女は鋭く、ギャスパー君に問い詰めた。ギャスパー君はその質問にビクッと体を震わせた。

 

「こいつが吸血鬼?」

 

「小さいころから何度か吸血鬼とはやりあっていてね、奴らは悪魔以上に光に弱い。後は僅かに人間と異なる歯の形でわかる」

 

なるほど、それならこの日光を入れない部屋の暗さも納得がいく。歯に関しては暗くてそこまで確認することはできないが。

 

「その通り、彼はギャスパー・ヴラディ。ギャスパー君は転生悪魔であり人間と吸血鬼のハーフなの」

 

「え!?」

 

俺と兵藤たち新参組が揃って驚く。ゼノヴィアはやはりと言った表情で話を聞いた。

 

悪魔に転生した人間と吸血鬼のハーフ…これはつまり紅渡か!彼も人間と吸血鬼がモデルになったファンガイアのハーフだった。

 

「ギャスパー、お願いだから外に出ましょう?」

 

「嫌ですぅぅ!!どうせ出ていったってみんなに迷惑をかけるだけなんですよぉ!!」

 

ギャスパー君は一向に部長さんたちの説得に応じようとしない。骨が折れそうだこれは。何か外を怖がる要因になった出来事が過去にあったのだろうか。

 

ついにギャスパー君の態度にしびれを切らした兵藤が前に出た。

 

「…ハァ、おい部長が出ようって言ってるんだから一緒に」

 

兵藤がずかずかとギャスパー君に歩み寄り華奢な腕を掴んだ。

 

するとその瞬間、消えてしまったのだ。ギャスパー君の姿が。何の前触れもなく、忽然と。

 

「ん?」

 

「…何が起こった?」

 

ゼノヴィア達も何が起こったかわかっていないみたいだ。部長さんや朱乃さん、木場と塔城さんは驚くこともなく「あれだね」と言っている。4人はあれが何なのか知っている?

 

「あいつどこに行った?」

 

あっちを向いてはこっちを向き消えたギャスパーの姿を探す。

 

目をあちこちにやる最中、棚の陰からこちらの様子を伺うギャスパー君と目線が合った。

 

「ひっ」

 

声を漏らすと今度は完全に棚の陰に引っ込んだ。状況を飲めない兵藤が何事かと朱乃さんに訊ねた。

 

「あのこれは一体…?」

 

「彼の神器は興奮すると、視界に移る全ての物体の時間を一定時間停止させる能力を持っています」

 

…えっ?時間停止?

 

「ええええ!!?」

 

「彼はその能力を制御できないがためにここに封印されていたの」

 

「…繋がった」

 

全てを理解した。彼はただ外が怖いのではない。自分の制御できない力に怯えて外に出ることを拒んだのだ。

 

異世界生活3か月目にしていきなり登場した身内のチート能力に、俺は驚くしかなかった。

 

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

部室に戻った俺たちは部長さんの説明を受けながらくつろいでいた。

朱乃さんが運んだ紅茶を啜り、一息つく。

 

「『停止世界の邪眼《フォービトゥン・バロール・ビュー》』…」

 

単語を舌先で味わうようにつぶやく。それがギャスパー君に秘められた神器の名称。

 

「時間を止める能力って反則じゃないですか。よくそんな奴を眷属にできましたね…」

 

「『悪魔の駒』には『変異の駒』という特殊な駒があって本来複数の駒を必要とする転生を一つの駒で済ませることが出来るものがあるんだ。彼はそれを使って悪魔に転生したんだ」

 

木場が紅茶を啜り、丁寧に解説してくれた。

 

変異の駒、ミューテーション・ピース…。それを使えば駒を8つ消費して転生した赤龍帝の兵藤でもこれだけで済ませることが出来るのか。

 

「彼はハーフとはいえ由緒ある家の出。吸血鬼の力、人間の血で手に入れた神器、そして優れた魔術の素養。とても駒一つで済むレベルじゃないわ」

 

生まれながらにして様々な力に恵まれた者、か。スペクターの力以外には何も持たない俺とは大違いだ。

 

「おまけに彼の神器の力は日に日に高まっている。…近い将来、『禁手』に至る可能性もあるわね」

 

顎に手をやりながら部長さんは神妙な面持ちで解説を続けた。

 

「時間停止能力のバランス・ブレイカー…」

 

一体どんな能力に変化するのだろうか。時間停止のみならずクロックアップできたり、時間遡行できたりするようになるのだろうか?もしそうなったらこれほど心強い味方はいない。

 

「僕の話なんてしてほしくないのにぃ…」

 

部室の隅からくぐもった声が聞こえた。目を向けた先にあるのは段ボール箱。

 

あの後中々部屋から出ようとしなかったので無理やり段ボールに詰めて部室に運んだのだが詰められた本人が気に入ってくれたようで今のところ大人しくしてくれている。

 

「箱入りヴァンパイア君はいつになったら出てくれるか…」

 

解禁されたのはいいが本人がこれじゃあな…。

 

「部長、そういえば吸血鬼って光がダメなんですよね?それなのに外に出すって」

 

兵藤が部長さんに訊ねる。

 

創作ではよく夜の支配者たる吸血鬼は光に弱く、太陽の光を浴びればすぐ消滅する存在として描かれている。

 

「吸血鬼の中には『デイウォーカー』という太陽が昇る時間帯でも活動できる者がいるわ。彼がそうなの」

 

へー、日中でも動ける吸血鬼。人間界に溶け込むには便利な特性を持つ吸血鬼もいるんだな。

 

「…あの」

 

今度はアルジェントさんが挙手した。逡巡の後、恐る恐る口を開いた。

 

「吸血鬼は人の血を吸うと聞きました。彼もそうなんですか?」

 

吸血は吸血鬼の名にもある通り、吸血鬼の代名詞と言っても過言ではない行為だ。彼を運用するのに俺たちの血を吸う必要がなるなら少し考え物だ。

 

正直に言って蚊ならまだしもそれよりももっと大きな生物に噛まれて血を吸われるのは少し怖い。きっと吸われる量も多いだろうしな。戦いの際中貧血で倒れましたなんてなったら話にならない。

 

「ハーフではあるけど彼もその例外じゃないわ。でも本人はあまり直接人から吸うのは好んでないし10日に一度輸血用の血液を飲めば問題ないわ」

 

吸血が嫌いで輸血用の血液を飲む吸血鬼…。吸われないのはよかったけどそれは吸血鬼としてどうなんだろう。初めて出会う吸血鬼がこんなのでよかったのか?

 

「…なあ君」

 

部室の隅へと歩を進め段ボールの蓋をちょっとばかり開けて隙間から縮こまるギャスパー君を覗き込む。

 

「!?」

 

目と目が合う。そして俺は口元を笑ませて、低い声で言った。

これを俗に、草加スマイルと言うだろう。

 

「いつになったら出てきてくれるのかなぁ…?」

 

「ひぃぃぃぃぃ!!」

 

刹那、段ボールが跳ね上がって俺の顔面を強打した。

 

「うごっ!?」

 

顔面を走る激痛に床をごろごろのたうち回る。

 

痛い…!鋭い痛みがやってくるっ!

 

ふふっと部長さんが苦笑すると立ち上がった。

 

「…これから私と朱乃、裕斗はトップ会談の打ち合わせに行くわ。その間、皆でギャスパーをお願いね」

 

そう言って朱乃さんと木場を連れて部室を後にした。

 

 

 

 

 

「…さて、まずはどうやってこいつを引きずり出すか」

 

特に痛みが残る鼻を抑えて腰を上げ、箱を見下ろしながら思案する。

 

「悠、私はこいつを鍛えるべきだと思うぞ。健全な精神は健全な肉体に宿るというしな」

 

ゼノヴィアが前に進み出た。その手には綺麗に澄んだ水の入った瓶が握られていた。

 

「おい吸血鬼、早くその段ボールから出ないと中に聖水とにんにく、それから十字架を放り込むぞ」

 

「!!?」

 

彼女の言葉に驚いたのか、びくっと段ボールが震えた。それ聖水だったのかよ!

 

「「うわぁぁ…」」

 

俺は兵藤と声を揃えてドン引きした。

 

ゼノヴィア、元教会の戦士なだけあって吸血鬼には容赦ないな…。

 

「良かれと思って持ってきました」

 

塔城さんがいつの間にかにんにくを手に持っていた。もしかしてそっちもノリノリなのか!?

 

「さぁどうする?にんにくまみれになるか…?聖水まみれになるか?」

 

聖水のゼノヴィア、にんにくの塔城さん。二人とも実に楽しそうな表情を浮かべながらゆったりと段ボールに近づく。近づくたびに段ボールの震えは激しくなり。

 

「いやぁぁぁ!にんにくらめぇぇぇ!!」

 

ついに耐えかねたのか勢いよく段ボールからギャスパー君が飛び出し、逃げるようにして部室を走って出ていった。

 

「待て!」

 

ギャスパーを追おうと部室を飛び出すゼノヴィア。その手に握るのは聖剣デュランダルだ。

 

「デュランダルもらめぇぇぇぇ!!!」

 

恐怖に怯える彼の悲鳴が旧校舎にこだました。

 

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

夕日が空を焼くように輝く時間帯、旧校舎の周りでゼノヴィアと塔城さんによるチェイスが続いていた。

 

「ほら走れ!さもなくばデュランダルの錆になるぞ!!」

 

「ギャー君、にんにくを食べれば元気になるよ」

 

「どっちも嫌だぁぁぁ!!」

 

ギャスパー君は半泣きで逃げているが追う側の塔城さんとゼノヴィアは実に楽しそうにしている。

 

「そもそも何で教会の聖剣使いが悪魔にぃぃ!!?」

 

「…!」

 

ギャスパー君の悲鳴を聞いたゼノヴィアが不意に足を止めた。

 

複雑そうな表情を浮かべること数秒、すぐに足を走らせいつもの表情に戻った。

あれは一体…?

 

「おーおーやってるな」

 

そう言いながら歩み寄ってきたのは黄金色の日の光に目を細める匙。

 

「匙か、どうした?」

 

「解禁されたっていう噂の『僧侶』を見に来たんだが…あれか?」

 

絶賛逃走中のギャスパー君を指さす匙。兵藤が頷き問いに肯定の意を示した。

 

「ああ、あいつを見てどう思う?」

 

「どうって…すげえ可愛い美少女だと思うぜ」

 

「どころがどっこい、実は女装趣味の男なんだぜこれが」

 

「嘘だろ…てか引きこもりで女装趣味って矛盾してないか?女装って誰かに見せるためにするもんだろ?」

 

匙はげんなりとした表情で指摘する。

 

「だな、それにしても女装がよく似合ってるよなあいつ」

 

あいつの女々しい性格、顔立ちと言った要素が女装によく合っている。

 

「これで男なのがホントに残念だ…」

 

心底残念そうに兵藤がため息交じりに呟いた。

 

「へぇー、中々楽しそうじゃねえか」

 

聞き覚えのない男の声。振り向くといたのは深淵に渦巻くような昏い紫色の浴衣を来た男。顎髭を生やし、黒髪が光る悪そうな風貌だ。

 

振り向いてその男を見た兵藤の顔に驚きと警戒の色が浮かんだ。

 

「ッ!」

 

すかさず『赤龍帝の籠手』を展開し、構える兵藤。男は両手を上げて敵意がないことを示す。

 

「おっとおっと、今日は喧嘩しに来たわけじゃねえよ、どうせお前らが束になったって勝てねえのはわかってるだろ?散歩がてらに様子を見に来ただけだ」

 

束になっても勝てないというワードに場の雰囲気が一瞬ピリッとした。…異形の世界の関係者か?

 

「知り合いか?」

 

訊ねる匙、答える兵藤。

 

「あいつがアザゼル、堕天使総督だ」

 

「!!?」

 

場の雰囲気が弾かれたように張り詰めたものと化す。俺はゴーストドライバーを出現させ眼魂を握る。ゼノヴィア達も足を止めデュランダルを構えるなどして戦闘態勢に入った。戦闘要員でないアルジェントさんとギャスパー君は近くに隠れた。

 

「こいつがアザゼル…!」

 

聖書に書かれし地に堕ちた天使たちの長。その実力は先月襲来したコカビエルよりも間違いなく格上だろう。

 

いつ戦いが始まってもおかしくない雰囲気にあっても堕天使の長は悠然とした態度を崩さない。

 

「そうかっかするなって、ほら構えを解け。さっきも言ったが俺は様子を見に来ただけだ」

 

「…」

 

恐る恐る俺たちは構えを解く。神器の展開までは解かずいつでも戦う準備だけは崩さなかった。

 

眼前のアザゼルはきょろきょろと辺りを見回す。

 

「聖魔剣使いはどこだ?」

 

「木場ならいねえよ!どうせ木場の神器を狙ってきたんだろ!」

 

するとアザゼルはがっかりそうに息を吐いて肩を落とした。

 

「なんだいねえのかよ…そういや、コカビエルを倒したっていう戦士はどこだ?」

 

コカビエルを倒した…回収したのは白龍皇…後から兵藤から名前を聞いたがヴァーリだしそうなると俺になるのか?

 

すると一斉にアザゼルを除く皆の視線が俺に向いた。

…っておいっ!

 

「ちょ、バカ!なんで俺を見るんだよ!?」

 

「おーお前さんか!って人間か。ならお前さん、神器持ちか?」

 

アザゼルは興味深そうに俺を見る。その眼差しに敵意の類はなかった。

 

「そ、そうだけど…」

 

「コカビエルに勝てるほどの神器持ち…なるほど。お前さん、うちにこないか?」

 

「!?」

 

突然のオファーに目を見開いて驚いた。今まで敵対してきた堕天使、その長直々の勧誘。驚かないはずもなかった。

 

「お前のとこの堕天使が俺たちに散々迷惑かけといて聞くと思ってんのか!?」

 

兵藤が声を張り上げて抗議する。堕天使に己も仲間も殺された身としては当然の反応だ。

 

「そういうたぁ思ったよ。ま、当然と言えば当然だな。わりぃ、忘れろ」

 

ポリポリと頭を掻き、軽口で謝罪する。

 

…どうにも軽いな。これが堕天使の長か。天使と言えば真面目で厳かなイメージがあるのだが堕がつくと一気に変わるようだ。軽く、自由、豪胆。それの長ともなれば当然か。

 

「そこに隠れているヴァンパイア」

 

茂みの一角ががさっと揺れる。そこに隠れていたギャスパーにアザゼルが近寄ると、膝をついてまじまじと怯える目を覗き込んだ。揺れる茂みとかお前はポケモンか。

 

「『停止世界の邪眼』の持ち主なんだろ?五感で発動する神器は持ち主が未熟だととても危険な代物だから何か補助具で補ってやればいいが…手っ取り早いのは赤龍帝を宿す者の血を飲むことだな」

 

興味深そうにギャスパーを覗き込む目が今度は匙の方へ向いた。

 

「それは『黒い龍脈』だな。丁度いい、そいつをヴァンパイアに接続して余分なエネルギーを吸い取ってやれ。そうすれば暴走を抑えられるはずだ」

 

おもむろに立ち上がり、匙の腕に着いたトカゲのような籠手を指さす。黒いトカゲのような形状をした籠手は尾の部分が腕に巻き付くように伸びており目の部分は暗く赤い宝玉のようになっている。

 

「ついでにそいつには五大龍王の一匹、『黒邪の龍王《プリズン・ドラゴン》』ヴリトラの力が宿っている。そいつはあらゆる物体に接続できて力を吸い取ったり散らせたり、ラインを離して他の者同士を接続することもできる。成長すりゃラインの持続時間も本数も出力も増えるさ」

 

「マジか…」

 

驚きながらも匙は己の神器をじっと見つめる。

 

…俺も驚いた。元々匙の神器についてはフリード戦以来話を聞くことがなかったし、それがまさか堕天使総督直々に解説されるとは。反応を見るに所有者たる匙ですら知らない情報もあったようだし神器マニアという話は本当のようだ。

 

「ざっとこんなところか。…そうだ、うちのヴァーリがびっくりさせて悪かったな。あいつは変わり者だが、すぐにでも赤白の決着をつけようとは思ってないだろうよ」

 

兵藤を一瞥しそれだけ言い残すと、奴は踵を返して帰っていった。

 

「…よかったな匙、五大龍王だってよ。お前兵藤に負けないくらいすごいもの持ってるじゃないか」

 

「あ、ああ…取り敢えず、あいつが言ったとおりにやってみるか。でも練習の内容はどうする?」

 

練習か…。ギャスパー君の時間停止能力を上手く利用できる練習法…。

 

ふと天を仰ぎ見ると、黄金色の空を鳥が駆けていくのが見えた。

その時、俺の脳裏に電撃が駆け巡ったような気がした。

 

「…俺たちがボールを投げて、それを止めるってのはどうだ?」

 

咄嗟に思いついたアイデアを提案すると匙は「いいなそれ」と言って快諾した。

 

「俺、ボールを持ってくる!」

 

俺の提案を聞いた兵藤が体育館のある方へ駆け出していった。

 

 

 

 

 

数分後、兵藤が持ってきたボールの一つを手に取り、遠くで待つギャスパー君を見据える。

 

ギャスパー君の手には匙の神器から伸びる黒いラインが繋がれていた。ラインで余分なエネルギーを吸い取りつつ神器の安定した発動を目指そうということだ。

 

「じゃ、投げるぞ」

 

「は、はい!」

 

合図を出すと準備万端を示す返事が返ってきた。

 

「ソウラァ!」

 

掛け声とは対照的にゆるーくボールを投げる。緩やかな弧を描いて飛ぶボール。真っすぐギャスパー君の視線がボールを捉えた時、ボールは石のように固まり動きは宙で止まった。

 

「止まった!」

 

「やるじゃねぇかギャスパー!」

 

ギャスパー君の隣で様子を見ていた兵藤が嬉しそうに彼の頭を掻き撫でる。

ギャスパー君もこの結果に驚きつつもはにかみながら笑った。

 

「じゃ、このまま続けるぞ」

 

その後練習は夜まで続いた。何度か失敗して俺が止められることもあったが回数を重ねていくごとに失敗の数も減っていった。そして練習の中でギャスパー君の神器の特性がだんだんわかってきた。

 

彼の神器は視界に映る者全ての時間を数分間だけ停止させる。その範囲が広ければ広いほど停止時間は短く、狭いほど停止時間は長い。現状、視界に入った特定のものだけを停止させるのは無理なようだ。

 

練習を終えて帰るとき、匙は疲れた表情をしているかと思いきや満足そうな表情をしていた。アザゼルのアドバイスで自分の神器の新たな可能性が見えたからだろう。あの堕天使総督はちょっとのアドバイスでギャスパー君と匙、二人の神器の可能性を大きく切り開いた。ああいった神器に詳しい人が味方にいればいいのだが…

 

え?ポラリスさん?

あの人はあまり神器に興味はないみたいで別のものを研究しているようだ。それに…

 

『神器のことは神の子を見張る者に任せておけばよい。研究のために不用意に神器所有者と接触を図ればこちらの存在が公になりかねんからのう』

 

と言っていた。あの人の真意は俺の手の届かない深淵にある。

 

あの人は俺を鍛えてくれたり困ったことがあればすぐに相談に乗ってくれるが自分自身のことはまるで話に出さない。特に昔のことを聞こうとするとすぐにはぐらかす。その時も飄々とした態度を崩さない。

 

あの人の過去には何かある。そしてそれはレジスタンスの目的と密接に繋がっている。そんな気がする。

 

 




ギャスパーは書いてて楽しいキャラだなぁ。

悠「行け!ギャスパー!」

ギャスパー「が…がおお!!」

悠「ギャスパー、きゅうけつ!」

ギャスパー「生臭いの嫌ですぅぅ!!」



次回、「自分の生き方」


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第30話 「自分の生き方」

こういう誰かを励ます回になると筆が乗る自分。

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ある日の放課後、ギャスパー君は再び旧校舎の封印がかけられていた一室に閉じこもってしまった。俺も何故彼が再び引きこもってしまったのかよくわからない。

 

だが、話を聞く限り兵藤が悪魔の仕事でギャスパー君を連れて行き、相手の時間を止めてしまったことが原因らしい。兵藤やギャスパー君に悪意はなく、人慣れさせるための行動だという。

 

…彼が抱える問題は思った以上に深刻なようだ。 

 

ギャスパー君は純血の吸血鬼たる父と妾の母の間に生まれた。純血を悪魔以上に尊ぶ貴族社会の中でギャスパー君は家族、兄弟にすら疎まれ、その制御できない時間停止能力を恐れられた。

 

やがて家から追い出され、路頭に暮れるギャスパー君はヴァンパイアハンターに狙われて命を落としたところを部長に拾われたのだ。

 

何かにつけて怯える性格も納得の境遇を、彼は生きてきた。

 

今、ギャスパー君が閉じこもっている部屋の前で兵藤が呼びかけているらしい。呼びかけの効果は薄いかもしれないが一応、ギャスパー君が心配な俺も様子を見に行こうと思って一室に足を運んでいる最中だ。

 

廊下を歩き例の部屋がある曲がり角に突き当たろうというとき、兵藤の声が聞こえた。

 

だが呼びかけらしい声ではない、何かを語るような静かな声だった。気になった俺は邪魔をしてはいけないと足を止めて曲がり角でこっそり話を聞くことにした。

 

「…ドラゴンの力を使うたびに自分が自分でなくなっていくような気がして怖いんだ。悪魔もドラゴンも分からないことだらけだけど、それでも俺は前に進もうと思う」

 

「……」

 

兵藤は自分の左腕を厳しい表情で見つめる。その左腕は一見何の異常もない普通の手に見えるがライザー戦の不完全な禁手の代償としてドラゴンと化している。

 

今は定期的に朱乃さんが龍の気を抜くことで人の形を取っているが、それがなければすぐに龍の手に戻るそうだ。

 

しかし兵藤の声ははっきり聞こえるがギャスパー君の声はドア越しということもあって聞き取れないな。

 

もうちょっと近づいて耳を澄ませる。

 

「レーティングゲームの時、俺たちは負けたんだ。仲間が皆、目の前で散っていって俺と紀伊国、部長だけ残ってその紀伊国もやられてしまった。仲間が倒れる中無力に俺だけ残って…その時、部長が泣いていたんだ。俺はもうあんな悔しい思いをしたくない、部長の涙を見たくないだから…前に進むんだ」

 

(…あいつ、そんなことを考えていたのか)

 

あいつの目には悔しさと決意が宿っていた。

 

ライザー戦、俺も勝利は目前と言うあの時隙を突かれてやられてしまった。あの試合で負けたのはあいつの責任じゃない、俺の責任だ。あいつが悔やむことは何一つない、責めるべきは兵藤自身ではなく俺だ。

 

前にそう言ったことがあるのにあいつはなお自分を責め、そして悔しさを前に進む原動力にしたのだ。

 

「…僕はその時いませんでした…僕がいても、迷惑をかけるだけです。引きこもりで、人見知りで、神器をろくに使えないし…皆嫌がるだけです」

 

ギィと言う音を立ててドアが少しばかり開かれ、その隙間からギャスパー君の顔が見えた。その顔は涙を堪えるものだった。

 

「そうか、でも俺はお前のことを怖がらねえし、逆にお前が何かに怖がるんなら俺がそれをドラゴンの力でぶっ飛ばしてやる!悪魔ではお前の方が先輩だけど、年で言ったら俺の方が先輩だ。だからずっと面倒を見てやる」

 

ニッと笑う兵藤は微かに開いたドアの隙間の奥にいるギャスパー君に見せるように腕を伸ばした。

 

「何なら俺の血を飲むか?アザゼルも言ってたろ、俺の血を飲めば補助が出来るって」

 

兵藤は自分の腕をトントンと叩く。しかしギャスパー君は迷う表情を見せて首を横に振った。

 

「…嫌なんです、直接人から血を吸うのが…それにこれ以上力が高まったらどうなるか…」

 

「…高まるのが怖いか。でもなギャスパー、正直に言って俺はお前の能力は羨ましいぜ。だって時間を止められるんだろ?その間に好きなことやりたい放題じゃないか!最高だぜ!!」

 

ウキウキで自分が時間停止能力を使えたらという話を始める兵藤。やれスカートの中を覗くだ、おっぱいに触るだの妄想を滝のように垂れ流す。その様子にギャスパー君は呆れている…いや、心底驚いている様子だ。

 

…お前はホントにブレないな。でもその明るさとバカ加減で木場やアルジェントさんを救ってきたんだな。

 

ギャスパー君が不意に微笑んだ。

 

「…イッセー先輩はすごいですね。今までこの力が羨ましいなんて言われたこと、ありませんでした。それにそんな方法まで思いついてしまうなんて…先輩は煩悩と勇気、夢に溢れてます。…ちょっとだけ、希望が湧いてきました」

 

そう話す声は涙を堪えるようなものではなく、どこか嬉しそうなものだった。

 

…本当にお前はいい奴だ、すごい奴だよ。あれほど震え上がっていたギャスパー君ですら勇気づけてしまうお前の前向きさに心の中で俺は敬意を表した。…しかしだ。

 

 

 

…何故だ。

何故なんだ。

何故このタイミングで鼻がむずむずする!?

 

「…ひっ……」

 

くしゃみしてむずむずから解き放たれたいという気持ちと話の邪魔をしてはいけないという思いがせめぎ合う。

 

せめぎ合う間にもむずむずは高まるばかり。

拮抗が崩れ、爆発するのにそう時間はかからなかった。

 

「…ひっ…くしゃんッ!」

 

爆発、そして爆音。音が廊下に響き渡った。

 

「ぎゃっ!?」

 

曲がり角の奥で小さな悲鳴が上がった。俺は観念して二人の前に姿を現した。

 

「ああ…失礼、続けてくれ」

 

「いや、俺はあらかた話すことは終わったぜ」

 

ドアの前に腰を下ろしていた兵藤が言う。

 

「そうか…なら、俺もちょっと喋ろうかな」

 

ギャスパー君がいる部屋のドアへと歩を進め、兵藤の隣で腰を下ろしてドアに背を預けた。

 

一息ついて、静かに語り始める。

 

「俺も君みたいに怯えていたころがある」

 

突然の告白に驚いたらしくドアの隙間から反応が返ってきた。

 

「紀伊国先輩もですか…?」

 

「え、お前もかよ!?」

 

ギャスパー君だけでなく兵藤も俺の告白に驚いていた。そう言えば兵藤にもこの話は詳しくしてなかったか。

 

「まあ聞け…ある日突然力を手に入れて、堕天使を殺した…戦う覚悟もないような奴がいきなりそれをやってしまったらどうなると思う?」

 

「…自分の行いが怖くなる…?」

 

ドアの隙間からギャスパー君の声が返ってきた。

 

「そう、堕天使だって言葉を解し、心がある。それって人と同じなんだ。だから人を殺したように思えて…それで俺は殺しが出来てしまう自分の力と自分のしたことが怖くなって戦わない道を選んだ」

 

思い出すのはかつての俺の弱さ。自分の取り返しのつかないことをしたという恐怖に囚われていたあの頃。あの時の俺は無責任に逃げていた。

 

「…でもコカビエル戦を経て気付かされたんだ。自分の大切な者を失わない、守るためには戦うしかないんだって、破滅の運命を変えるのは立ち向かう選択をした者だけなんだって。そして俺にはそれが出来る力がある、だから辛いものだとわかっているけど戦う道を選んだ」

 

「…」

 

俺はポラリスさんの叱咤でそれを知らされた、思い知らされた、そして覚悟した。自分の力の責任から逃げていた俺は、大切な者を守るために戦うという責任の取り方を選んだ。

 

…俺はもう、兵藤がレイナーレに殺されたように大切な者を失いたくないから。あんな喪失感を味わいたくないから。やや年季の入った天井を仰ぎ見る。

 

「…結局力は全部使い方次第なんだ。人を傷つけることも出来れば役に立つ使い方だってある。こいつみたいに悪魔と皆が恐れる赤龍帝の力を変態なことに使う奴だっているしな」

 

「そこは言わなくていいだろ…」

 

げんなりとした表情で兵藤が突っ込む。赤龍帝の力をそんなことに使うのは後にも先にもお前ひとりだと思うぞ。

 

「だからお前の力もちゃんと向き合って制御できるようになれば、皆の役に立つ使い方が出来る。お前が踏ん張った先にはきっとあの時ああしてよかったって言える未来が待ってるんだ」

 

「…でも、僕は紀伊国先輩のようには…」

 

そう返すギャスパー君の声はまだおどおどした物だった。まだ彼は力への恐怖に囚われ勇気を振り絞れずにいる。

 

「いや俺もお前と同じだよ。ヘタレでお前の悲鳴にびっくりするビビり野郎さ。…でも同じだからこそお前にだって出来る。俺は何度でも助けるからさ、一歩踏み出してみろ。お前のなけなしでも勇気ある一歩を」

 

俺が思いつく精一杯の言葉で呼びかける。口下手だけど彼を勇気づけたいという思いを乗せた言葉。返事はすぐには返ってこなかった。

 

…彼に、届いただろうか?

 

「…イッセー先輩、紀伊国先輩。僕にも勇気ある一歩を踏み出せますか?先輩のように強くなれますか?」

 

扉がさらに開きそこからギャスパー君がはっきりと顔を出す。その表情は何かを期待するような表情だった。…ああ、やっぱり俺と同じだ。

 

「ああ、やってみろギャスパー!失敗しても俺たちが何度でも支えてやるからさ!」

 

「お前がそうありたいと思って立ち向かえば必ずなれる。俺が保証するよ」

 

ポンポンとギャスパー君の頭を撫でてやる。まるで昔の自分を見ているようだ。だからこそ、俺も彼が気になったんだろう。そして彼を支えてやりたいと切に思っている。

 

その後、ギャスパー君が部屋を開放してその中で話をすることにした。兵藤が「俺の左手はドラゴンが宿る手、俺の右手は部長のおっぱいに触れた手だ!」としょうもないことを言ってはギャスパー君は楽しそうに笑った。

 

俺もゼノヴィアとの生活で面白いことを語った。ギャスパー君はゼノヴィアの知らない一面を知って驚いたし兵藤は楽しそうだなと笑ってくれた。

 

談笑の途中、さらなる影が部屋に現れた。

 

「…取り込み中だったかい?」

 

ドアからこちらの様子を見るのは木場。

 

「いや、いいところに来た!俺たち男子組で最高の戦術が出来そうだ」

 

兵藤が手招きして木場を呼んだ。

 

「最高の戦術?」

 

「いいね、聞かせてくれ」

 

木場は興味深そうに集まりに足を運んだ。兵藤が思いついた男子組でできる最高の戦術とは一体…?

 

「まずギャスパーが敵の動きを止める。その間俺は力をためてドレスブレイクを仕込む。以上だ」

 

「それ俺たちいらなくね?」

 

自分でもびっくりするほど鋭く冷静なツッコミが出た。

木場に至っては軽く言葉を失っている。

 

てかやっぱり時間停止能力でさえそういう使い方を思いついてしまうのか…。ギャスパー君が悩む能力をそんな方向に考えてしまうとは、ここまでくるととんだポジティブ変態馬鹿だな…。

 

「馬鹿!俺が溜めてる最中に敵が襲ってくるかもしれないだろ!?木場の禁手とお前の力で守るんだよ!ギャスパーが止めて、俺が溜めて、お前たちは守る。完璧な布陣だ!」

 

拳をグッと握り、力説しながら俺たちを次々と指さす。

 

「…ねえイッセー君、一度真剣に自分の力の使い方について考えようよ。ドライグが泣くよ?」

 

「…うん、俺も英雄の力をそんな風に使おうとは思わないぞ」

 

俺と木場、二人そろって憐憫に満ちた眼差しを送る。

逆にどうすれば英雄の力をそう言った方面に使えるか…フーディーニの飛行能力で風を起こしてスカートめくりとか?

 

…いやいや、俺は何を考えているんだ!?こいつの話を聞いているうちにエロが移ってしまったのか!?

 

「おいお前ら、そんな目で俺を見るな!…よし、折角オカ研男子が集まったんだ。こうなったら男同士腹を割って話そうじゃないか!第一回『女の子のこんなところが好きだ選手権』!俺はおっぱいと脚だ!」

 

抗議する兵藤がパンと手を叩いていきなり話を切り出した。

 

「なんでそうなる…」

 

仲を深めたいという気持ちは分かったがなぜそれを主題に選んだ?兵藤が意気揚々とおっぱいの魅力を語り始める。

 

木場とギャスパー君は嫌がってはなく、普通に楽しそうに苦笑している。…まあ、ギャスパー君が嫌じゃないって言うなら俺もそうではないが。でも、苦笑するギャスパー君の手は震えている。

 

やはりそう簡単には恐怖から抜け出せないか。話の途中でギャスパー君が申し訳なさそうな声色で提案した。

 

「すみません、段ボールの中でもいいですか?この中にいた方が落ち着くんで…」

 

「いいぞギャスパー!そうだ、これも被ってみろ!」

 

提案を快諾した兵藤が手に持った紙袋に穴を二つ開けて、それをギャスパー君にかぶせた。

 

すると袋を被ったギャスパー君の完成だ。開いた二つの黒々とした穴から赤い瞳がキラッと光る。…中々、インパクトが強いな。女装に加えて頭には紙袋、普通の人が見たら軽くビビりそうだ。

 

「お、おおお…これいいですね…!似合いますか!?」

 

「おうバッチリだ!」

 

歓喜に震えるギャスパー君をサムズアップして褒める兵藤。

そうしてギャスパー君は部屋の奥から段ボールを持ってきて中に入った。

 

「やっぱり、段ボールの中は落ち着きますねぇ……」

 

段ボールの中から安堵の声が聞こえた。部屋に引きこもるならまだしも、どこにでも持っていける段ボールならいいか!なんだかまともな感覚がマヒしている気がする。でも、こうしてオカ研男子で談笑するのは楽しい。

 

こうして夜通し、オカ研男子の猥談が始まった。

意外にも木場はスケベだった。調子にのって俺のフェチを語ったら皆意外だという風に笑った。

 

何でだよ、誰にだってフェチはあるだろ!

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

次の休日、夕飯を食べ終えて一人俺は皿洗いに取り掛かっていた。洗剤を付けたスポンジでパスタ皿を洗う。

 

今日の夕飯はカルボナーラ。皿にこびりついた白いソースと蛇口から流れ出る水が混ざり合いシンクは薄い乳白色の水に濡れていた。カウンターの向こうのテーブルで頬図絵をつくゼノヴィアの表情は浮かない。

 

最近、どうにもゼノヴィアの様子がおかしい。何かと思いつめた表情をして俺が何事かと尋ねては何でもないとはぐらかされてしまう。

 

何か、学校で困ったことがあったのだろうか。しかしゼノヴィアは学校で起こったことをすぐに話したがるタイプだ。その線は薄いか。

 

「…ゼノヴィア、そろそろ話したらどうだ?一体何があったんだ?」

 

「…悠」

 

「どうした」

 

俯き気味に彼女は語り始めた。

 

彼女が口を開くまでに色んな感情が浮かんでは消えた。迷い、決心、後悔、そして悲しみ。

 

「…私は前からずっと考えてきたんだ、本当に悪魔に転生してよかったのかと」

 

「…ほう」

 

語りだしたゼノヴィアの目は俺ではなくピカピカのテーブルに映る自分を見ている。

 

「私は今までの信仰を裏切って今の生活を手に入れた。もう祈ることも聖書を読むことも十字架を握ることもできない。施設の仲間や同僚、先輩にも合わせる顔がない…それにいずれは親友と剣を交えることにもなるかもしれない」

 

「…」

 

俺はゼノヴィアの告白を黙って聞いた。今まで聖剣使いの誇りがあるがゆえに誰にも言えず内にため込んでいた弱音、後悔。それをせき止めていたダムが今、彼女自身の決意によって開かれた。

 

親友とは紫藤さんのことをさしているのだろう。所属する勢力が敵対している以上、仕方のないことではある。

 

二人の間にどんな絆があろうとも、敵対しあう勢力関係はその絆を裂く。俺は二人はどういう関係なのかは詳しくは知らない。でもこの様子を見る限り互いを信頼しあう仲間であったのは確かだ。

 

「もちろん信仰を捨てる気はない…でも、今の私は主に仇成す悪魔だ。アーシアを悪く言うつもりはないが悪魔が信仰を抱き生きるなんて滑稽な話だ。幼いころから主に信仰を捧げることを胸に生きてきた私は時々、悪魔であるは故に信仰を捧げられないことが酷く辛く感じる。それで時々思うんだ、そうなるくらいなら私は教会に残って罰を受けた方が良かったのかもしれない、と…ふっ、破れかぶれで信仰に背いて悪魔になったクリスチャンにはふさわしい罰だね」

 

弱々しく自嘲するゼノヴィア。その姿にいつも見る豪快さは微塵もない。悩みを抱え苦しむ年相応の儚い少女の姿だった。

 

それは叫びだった。彼女の心に生まれた新しい環境、自身の変化に適応する過程で生じたひずみ。今までと今の間に生じた亀裂。今までは何とか新しい環境への好奇心で誤魔化し気丈に振る舞ってきたが今の生活になれたところで誤魔化しきれなくなったひずみは限界を超えこうして彼女の心を痛めつけている。

 

急激な変化に心が追い付くはずもなかったのだ。今まで誤魔化してきた分、一気に来た。ひずみに苦しむ彼女は失ったものに囚われ今を肯定しきれないでいるのだ。

 

洗い終えた皿を食器乾燥機の中に入れてスイッチを押して、言う。

 

「…お前は今の生活をどう思っている?」

 

「えっ」

 

弾かれたようにテーブルに映る自分から俺の方へと向いた。

思いもよらぬ答えだったのだろう。鳩が豆鉄砲を食ったような表情を浮かべている。

 

「俺が作った美味しいごはんを食べて、桐生さんやオカルト研究部の皆とだべって、学園で勉強して、あったかい布団で寝る今の生活をどう思っているんだ?」

 

「それは…毎日が楽しい。知らないことだらけだけど、皆が親切に色んなことを教えてくれるし私によくしてくれる」

 

「じゃあそれでいいじゃないか。幸せに感じるなら悪魔に転生するというお前の選択は間違ってないってことだ。悪魔に転生しなかったらお前は食べるものもない、安心して寝られる場所もない、助けてくれる者もいないもっとつらい日々を送ってたかもな」

 

「…!」

 

彼女は俺の言葉にはっとした表情を見せた。

 

主の不在を知り異端とされた彼女は教会を追放された。部長さんが拾わなければ今でも孤独に生きていただろう。そんな彼女が今の生活を幸せに思っている。昔がどうであれ、今が幸せならそれでいいじゃないか。

 

「悪魔になってお祈りができなくなったけど、出来なくなったことの代わりにたくさん楽しいことが出来るようになった。悪魔が主を信仰しちゃいけないなんてルールがあるか?部長さんが言ったんだろ?悪魔は欲のままに生きるもんだって、だったらお前は主を信仰したいっていう欲に生きていいんだよ」

 

「悠…」

 

悪魔は聖書だったり聖水といった祝福をかけられたものがダメではあるが、アルジェントさんのようにそういった心を抱くことにはダメージはない。なら、信仰の心を持ち続けることは出来るはずだ。

 

「それに案外紫藤さんのこともなんとかなるかもしれない。悪い”もしも”が起こることを考えるよりいい”もしも”を考える方がいいだろう?」

 

「いい…”もしも”…?」

 

「例えば、悪魔でもお祈りが出来るようになるかもしれないとか、紫藤さんも悪魔に転生したから戦わなくてもいいようになるかもしれないとかさ」

 

「本当にそんなことがあるのか!?」

 

「いやわからない。でもお前が悪魔に転生したように人生何が起こるかわからないもんだよ。もしもの可能性はゼロじゃない、起こるかもしれないってことだ」

 

そう、俺が異世界に仮面ライダーの力を持って転生したように。前世の時はまさか今俺がこうしているなんて思いもしなかった。

 

人生塞翁が馬とはよく言ったものだ。誰も運命の行く末を予測し完璧に当てることなんてできない。でも行く末を少しでも良くしようと足掻くことはできる。

 

「それに、こんなどうしようもなくヘタレな俺の家で過ごしてくれるんだ。俺はお前の面倒をしっかり見るし、わからないところがあれば教える。悩みがあればこんな風に何でも言ってほしい」

 

今まで俺は一人暮らしでずっと苦労してきた。家事は全部ひとりで回さないといけないし、夕飯、朝飯を作っても一緒に食べる人は誰もいない。

 

でもこいつが来て全てが変わった。リビングでその日起こったことを楽しそうに話してくれるし、食事中のリアクションもしっかりしてくれる。料理を作った身としては食べる側が美味しいと言ってくれると嬉しいしモチベーションも上がる。元々ゼノヴィアは質素な食事をしてきたので味に関しては事細かに指摘せず、多分何を食べてもおいしいというだろう。

 

勉強だって彼女にとっては大変かもしれないが、教える側としては受け手と会話もできるから楽しい。

 

「お前のおかげなんだ、俺がこうして楽しい毎日を送れるのは。…だから恩返しと言ってはなんだけど俺はお前が楽しい日本暮らしが出来るように色々計画を立てて実行に移すさ」

 

俺は生活を通して彼女に日本の暮らし、文化を楽しく教えるつもりだ。初詣だったり日本の食べ物だったり豆まきだったり。彼女の浮世離れに振り回されてばかりいるが、そんな日常も悪くない。

 

俺は自分の胸をドンと叩く。

 

「だから、自分の選択に胸を張れ。もしできないなら、将来あの時の選択は間違ってなかったって笑って言えるようにこれから俺が全力でお前の生活を楽しくしてやる。お前が無くした物の分、しっかり埋め合わせしてやる」

 

ここに来るまでに彼女は多くのものを失った。それは彼女の生き方の指針だったり、心を支える者だった。でもここにきてそれに負けないくらい多くのものを得た。そしてそれは今の彼女の生活を支え、彩っている。

 

無くした物はしょうがない、だからそれ以上にたくさんの物で埋め合わせる。それが今、俺が彼女にしてやれることだ。

 

「う…うぅ…!」

 

その時、彼女の顔がくしゃっと歪んだ。目から涙が流れ顔は真っ赤になっていく。

 

「ちょ、ゼノヴィア!?」

 

「うわあああああん!!!」

 

そしてガタっと椅子から立ち上がると泣きながら俺に抱き着いてきた。俺の体をがしりと抱き服が涙に濡れ、布越しに柔らかい何かが押し付けられる感触がする。

 

「おいおいマジか…」

 

今にして思えば凄く恥ずかしいことを言ってしまった。もう後には引けない。

 

…でもあれは紛れもない俺の本心だ。そして決意でもある。俺の日常を明るくしてくれた彼女へ精一杯の感謝と礼の気持ちを持って尽くすこと。

 

また一つ、俺の生きる目的が増えた。

 

 

 

 

 

「落ち着いたか?」

 

それから10分は泣き続け、ようやく落ち着きを取り戻したゼノヴィアは泣き止んだ。

 

「ああ、済まないね。見苦しいところを見せてしまった」

 

頬に涙の跡が薄っすらと残るが赤々とした顔も元の色に戻り、完全にいつものゼノヴィアに戻った。いや、いつもよりスッキリした顔をしている。

 

「…君の言うとおりだ。私はもっと、あの時の選択に胸を張るべきなんだ。そうでなければ皆に失礼だ」

 

そう悟った彼女の口元は笑んでいる。

 

「それに、後ろを向くより前を向いていい”もしも”を考えた方が良さそうだ」

 

輝くような笑顔で彼女は言った。一切の憑き物の取れた表情。澄み渡る青空のようだ。

 

「い、いいさ…こんな俺の言葉が響いてくれたなら何よりだ」

 

彼女の笑顔に俺は少しドキッとして目線をそらした。

 

いつも俺を振り回してばかりいるのに何だって笑顔はこんなにも…。この笑顔だけで、俺が頑張って言葉を振り絞った甲斐はあった。

 

元々気の利いた言葉は苦手だが、心に響いたのなら俺も相談に乗った甲斐がある。

お茶でも出すかと思い、キッチンに足を運ぼうとした時。

 

ピンポーン!

 

来客を告げるインターホンの音が鳴った。

 

もう夜は9時を過ぎているんだが、こんな時間に一体誰が…?

 

「私が出よう」

 

ゼノヴィアがすたすたとリビングと廊下を繋ぐドアのすぐ隣の壁に取り付けられたドアホンへと向かい応対した。

 

「はい……なっ!?…はい、少しおまちを」

 

途中、酷く狼狽した声を上げて通話を切った。

 

「誰が来たんだ?」

 

ゼノヴィアが驚く人物って誰だ?まさか噂をすれば影が差す、で紫藤さんが来たとか?

 

彼女がゆっくりとこちらを向いた。汗をたらして、目を見開きながら。

 

「ミカエル様が来た」

 

予想の遥か斜め上を突き抜け、今までの人生の中で一番の大物が我が家にやってきた。

 




ゼノヴィアをヒロインとして扱う上で避けては通れない話だと思って書きました。

ドキレディでも語りましたが、悠はミッテルト戦を経てスペクターの力に内心恐怖を抱いていたため無意識に力を抑えていました。レイナーレに苦戦していた原因の一つです。コカビエル戦で吹っ切れてからはそんなリミッターもなくなりました。

次回、「天使長がインターホン押してやってくる」


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第31話 「天使長がインターホン押してやってくる」

AGE見てないけどAGE2マグナムSVかっこいい。プラモ化待ってます。

もしかすると23話の戦闘シーンに色々書き加えるかもしれません。戦士胎動編のクライマックスの戦いなのに物足りない気がするので。

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「いやー、夜分遅くにすみませんね」

 

眼前で椅子に腰かけ、にこにこと笑うのは輝くような金髪の青年。

荘厳な白いローブを身に纏い、端正な顔立ちをしている。頭上には光輪が光る。

 

「…どうぞ」

 

緊張で声が震えるゼノヴィアがテーブルにカップを並べる。カップの中には澄んだ紅茶が注がれている。

 

…そんなに緊張するのか。でも、元居たところのトップと言えば当然の反応か。

 

青年が目を瞑ってカップを手に取り啜る。何気ない所作でさえ、この青年が行えば華があるように思える。

 

数瞬の後、カップを口から離しテーブルに戻した。

 

「…やはり、高級品よりも素朴な味わいの方が私は好みですね」

 

深い森の奥、人の手の届かない神秘的な泉のように澄んだ美声が青年の口から発せられる。

 

「あ、ありがとうございます」

 

よかったー!気に入ってくれた…!この人を不機嫌にさせたら一体どうなることやらとひやひやしたよ…!

 

「では改めて自己紹介を。私は天界陣営の四大セラフが一人、天使長を務めるミカエルです」

 

そう、俺たちが今応接しているこの人こそ天界のトップ、天使長ミカエルさんである。

これで俺は会談に参加する三大勢力トップに全員会うことになる。

 

「よ、よろしくお願いします…」

 

深々と頭を下げて挨拶する。何だろう、何もしていなくてもこの人から神々しいオーラが放たれている気がする。これが天使長…!

 

ゼノヴィアはややバツが悪そうな表情をしてそそくさとこの部屋から去っていった。

 

「彼女はデュランダル使いのゼノヴィアですか?どうかしたんですか?」

 

「はい。あの、『ようやく悪魔であることを受け入れたとはいえ、いきなりミカエル様と会うのはきつい』…とのことで」

 

そう、ミカエルさんが家に入る前彼女が耳打ちしたのだ。さっきの話で泣きつかれてもいるしまだ心が落ち着いていないだろうと思い俺は了承し、一人で応対することにした。

 

「そうですか…こんなことを言えた立場ではありませんが、彼女には大変酷いことをしてしまいました。信徒を救えないで、何が天使長ですか…」

 

ミカエルさんは残念そうに深々とため息を吐いた。あの人もあの人なりに思うところがあるようだ。

 

「今日は会談前にあなたとお会いしたくて来ました」

 

さっと切り替えたミカエルさんが穏やかな声色で話を切り出した。

 

「お、俺ですか?」

 

「ええ。あなたがコカビエルを倒した戦士なのでしょう?」

 

もうバレてるー!?何でだ?天界陣営には誰がばらした?紫藤さんは…いや、コカビエル戦の前に離脱したからコカビエルが倒されたことは知っていても俺がやったとまでは知らない。

 

なら、会談の打ち合わせで誰かが言ったのか?考えられる限り、その線が濃いな。

 

「ふふ、そう固くならずに。今後、否が応でもあなたの名は広まりますよ」

 

マジか…。有名になったらきっと大和さんが来た時の悪魔みたいなやつが増えるんだろうなぁ…。良くないな、こういうのは…。

 

「そういえばあなたはグレモリー眷属と共に行動していると聞いたのですが…あなたは何故悪魔に転生しないのですか?」

 

続くミカエルさんの問い。そこを聞くのか。確かに俺がグレモリー眷属と共に行動する人間と聞けばそう思うだろうな。何故悪魔に転生しないのかを。

 

「…いや、実は『しない』じゃなくて『できない』んです」

 

「できない、とは?」

 

俺の答えを聞き不思議そうに尋ねてくる。

 

「一度転生しそうなとき、魔方陣がいきなり起動して駒を弾いてしまったんです」

 

思い出されるのはあの夜、白龍皇が去った後のこと。『悪魔の駒』が起動しかけた時、俺を取り囲むように魔方陣が現れ駒を弾き飛ばしてしまった。その後もこの件に関しては進展はない。

 

「転生を…ふむ。そのような魔法は聞いたことがありませんね」

 

俺の説明に、顎に手を当てて思考の後にかぶりを振った。

 

知らないのも無理はないだろう。多分、あの駄女神が仕組んだものだろうから。もしそうだとしたらどうにかして解除するよう言えないものか…。

 

「…実は今日は一つ、あなたに話があってきたのです」

 

話の話題が切り替わる。刹那、ミカエルさんの目が真っすぐに俺を捉えた。

 

「もしよければ我々天界陣営に加わりませんか?」

 

「…勧誘ですか」

 

組織の勧誘はこれで5回目だ。部長さん、サーゼクスさん、ポラリスさん、そしてアザゼルに続いてミカエルさん。そんなにどこも俺が欲しいのだろうか。

 

漏らした言葉に頷くミカエルさん。

 

「ええ、今のあなたは『協力者』という非常に曖昧な立場。あなたほどの力を持つ者は今度の会談に向けて立場をはっきりさせておく必要があると私は思うのですよ」

 

「…そうですよね」

 

ミカエルさんの話を聞いて得心した。

 

俺は実際、『レジスタンス』に所属しているわけだがそれは裏の話だ。その長たるポラリスさんは三大勢力と敵対する気はさらさらない(むしろ時が来れば協力する意思がある)らしく自分たちのことを内緒にしてくれるならどこの組織に掛け持ちしていいと言っていた。

 

表向き、今の俺はただの『協力者』。その気になればいつでも抜けられるある種フリーターであり、フリーターよりも立場が自由な存在だ。そんな立場の者が堕天使幹部とやりあえる存在というのは他の勢力から見て怖く見えるだろう。

 

敵対しているとも味方しているとも付かない存在。それなら敵か味方か立場をはっきりさせておきたいし出来ることならしっかり自分の手元に置いておきたいと思うはずだ。

 

「…これはもしかしたらの話ですが、今回の会談、三大勢力間で和平を結べるかもしれません」

 

数瞬の逡巡の後にミカエルさんが小声で話した。

 

「!?本当ですか…!?」

 

突如もたらされた衝撃的な情報に驚く俺にミカエルさんはにこやかに笑い話を続ける。

 

「ええ、その証拠にこちらは悪魔側から聖魔剣を数本頂きましたし、こちらからは赤龍帝に聖剣アスカロンを送りました。この会談は無駄な争いを無くす大きなチャンスです。先の大戦で多くの仲間を失い種の存亡の危機に陥った我々は争うべきでない、手を取り合うべきなのです。和平を結べたら天界陣営に加わってもグレモリー眷属と敵対することはありませんよ」

 

「うーん…」

 

ミカエルさんの話に言葉が詰まり、首を更に捻る。

 

それより兵藤は聖剣をもらったのか。アスカロン…アスカロン…ダメだ。アリオスガンダムアスカロンしか頭に出てこない。メジャーどころぐらいしかファンタジーは知らないんだよな。ともかく不完全な禁手しか使えない今のあいつにとってこれは大きいだろうな。

 

しかし和平が出来ればこっちにきても問題ない、か…。

 

「私も今、無理にとは言いません。答えは会談の後で聞くことにします。じっくり考えて答えを出してくださいね」

 

悩む俺を見てミカエルさんが猶予を与えてくれた。…ミカエルさんの言う通りこういう身の振りに関わることはしっかり考えてから返答したい。

 

「…あの、俺からも一つ聞いていいですか?」

 

恐る恐る俺は天使長に訊ねる。

 

「何でしょう?」

 

ミカエルさんはそれに快く応じてくれた。

折角天界のトップが来てくれたんだ。この際、聞いてしまおう。

 

「どうして神の不在を知ったゼノヴィアを追放したんですか?」

 

ゼノヴィアは偶然にも聖書の神の不在を知ったことで教会を追放され悪魔になり、その人生が大きく変わった。

 

だが信仰のない俺には聖書の神の不在がどれほど重要なことなのかイマイチわからない。そして事実を知る者を追放することにどういう意味があるのかも。

 

「あなたは天界にある『システム』をご存知ですか?」

 

「『システム』…?いえ、初耳です」

 

初めて聞く単語だ。天界にはそのような機械じみた名称の物が存在するのか?

 

「『システム』は神が作ったもので、信徒に奇跡や加護を与えたり神器に関連する機能を持っています。神が不在の今、我々四大セラフを筆頭に『熾天使』で何とか起動できるもののその機能は大きく低下してしまいました」

 

「そんなものが…」

 

神器や奇跡ときたらそれは世界規模に効果を与えるものではないか。異形の技術と言うのは時に人の叡智が届かない境地の物を作り上げてしまう。魔法、魔力など神秘の力の凄さの一端を感じた。

 

ミカエルさんの話は続く。

 

「神の不在を知る者や一部の神器はシステム、信仰に更なる悪影響を及ぼしてしまうために教会から遠ざける必要があったのです」

 

「だからゼノヴィアを…」

 

ようやくわかった。ただ単に異端と見なして追放したのではない。そうしなければただでさえ危ういシステムによって維持される秩序が崩れる可能性があったから。

 

「ええ。『システム』を守るためとはいえ、彼女には大変悪いことをしてしまいました」

 

俯きがちに申し訳なさそうに言うミカエルさん。

 

俺は正直言って100%納得はしていない。秩序を維持するために仕方のないことだとわかってはいる、だが追放された者はどうなる?追放された者が皆ゼノヴィアのように今の幸せな生活にたどり着けるとは限らない。むしろ教会に恨みつらみを抱いて路頭を彷徨う者がほとんどだろう。

 

「…俺はその処置に納得したわけではありません。…でも少なくとも彼女は今の生活を楽しんでいますし、彼女のことに関してはそう気に病む必要はありませんよ」

 

追放された彼女は新しい仲間と出会い、新しい日常を手に入れた。それを楽しむゼノヴィアの件に関してはもうミカエルさんが思い悩む必要はないと俺は思う。

 

「そうですか…そういうことなら私も安心できるというものです。本当なら彼女に直接謝罪したかったのですが…」

 

ミカエルさんも追放された人のことを気にはしているみたいで安堵の息を吐いた。

 

今日はダメでも明日には会談がある。今度はゼノヴィアも参加するしその時にいくらでも機会があるだろう。

 

「…あのー、四大セラフって言ってましたけど、今は二人じゃないんですか?」

 

今一度気になることを訊ねる。四大セラフは先の大戦で二名戦死したらしいから今は二人なのでは?

 

「二人?…ああ、先の大戦のことを言っているのですね」

 

ミカエルさんは俺の質問に首を傾げるがすぐに思い至ったようだ。

 

「実は我々天界陣営は四大セラフの穴を埋めるために先の大戦で多大な功績を上げた二人の天使をその一員に加えることにしたのです。彼らは戦死したウリエル、ラファエルの名を襲名しました」

 

それはつまり悪魔の現魔王と同じということか。サーゼクスさん達も旧魔王が死んだあと、魔王の名を役職として受け継いで魔王の座に就いた。天界側は死んだのがウリエルとラファエルだけだから、全員新しくではなく新しく就いたのが二人で済んだのか。

 

「当初は彼らの襲名に反対する声もありましたが、功績だけでなく彼らの人柄も次第に認められて今ではその名に恥じない立派な天使になりましたよ」

 

にこやかに語るミカエルさん。

 

きっとすごい人たち…いや天使たちなんだろうな。流石に天使のトップたちもプライベートが破天荒だったら俺の胃が死ぬ。間違いなく、死ぬ。

 

ふと壁掛け時計を見たミカエルさんが立ち上がった。

 

「…そろそろ時間のようです。元々びっしり詰め込まれたスケジュールの僅かな隙間でここに来たのですから」

 

「そうだったんですか。わざわざ自分なんかのためにすみませんね…」

 

「いえ、いいんです。やはり赤龍帝やあなたのような若い人は希望と力に満ちています」

 

俺の顔を見て明るい笑顔を見せた。ニコニコフェイスじゃない、これが天使長の笑顔…!めでたい感じがするな。

 

リビングを出て玄関までついていき、別れる天使長を見送る。

 

「では、明日の会談でお会いしましょう」

 

玄関を開けたミカエルさんは微笑むと、夜の闇の中に消えていった。

 

 

 

 ▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

深夜のゼノヴィアが寝静まる頃、俺はレジスタンスの基地の一室、広大なバトルルームでイレブンさんと模擬戦をしていた。青く金属光沢を放ち近未来の様相を見せるこの部屋は本来、どこもかしこも真っ白であった。しかしあらゆる環境を再現できるというこれまたトンデモ機能で今はこの内装になっている。

 

レジスタンスに加入してからだいたい週に3日、俺はゼノヴィアが寝静まったの見て基地とつながった自室の扉から模擬戦に行っている。何故訓練でなく模擬戦なのかと言うと訓練で色々覚えさせるよりも経験値が遥かの上の自分達と戦った方が自然とレベルが上がるというポラリスさんの考えだ。

 

模擬戦でイレブンさんもかなり手を抜いているとはいえ普通に剣も銃も当ててくるので当然、厳しさは普通の訓練の比ではない。

 

〈BGM:攻勢(仮面ライダーゴースト)〉

 

〔カイガン!ツタンカーメン!ピラミッドは三角!王家の資格!〕

 

鎌を振るい、煌めく剣戟を弾く。

矢継ぎ早にイレブンさんのビームソードが宙に赤い光の線を描き、剣技を繰り出す。

惚れ惚れするような動きに俺が生まれるより遥か昔から培ってきた経験が見え隠れする。

 

次々と剣技を繰り出し、それを受け止めては刃を返し、刃と刃がぶつかり合い拮抗するエネルギーと霊力が火花となって散る。下段からの切り上げを飛び退って回避する。

 

「防御に徹するだけでは敵を倒せませんよ」

 

悠々たる佇まいのイレブンさんから発せられるのは注意の言葉。何度も模擬戦で戦っているがこの人に剣での勝負で一発でも当てるあるいはかすらせたことはただの一度としてない。それだけの経験に裏打ちされた技術、実力を彼女は持っている。

 

「わかってますよっ!」

 

踏み込み、猛進。鎌を振り上げ、一気に振り下ろす。纏う霊力が空にターコイズブルーの軌跡を描く。

 

イレブンさんは渾身の一撃をビームソードで軽々といなし、反撃と言わんばかりに鋭く突きを繰り出す。

 

咄嗟にガンガンハンドのオレンジ色のグリップ部で受け止める。ごり押しで突きを振り払い、下段からの斬り上げを見舞う。即応し後ろに引くイレブンさん。

 

「次は格闘戦です」

 

ビームソードをデータ化して電脳空間にあるという彼女専用の武器倉庫、ウェポンクラウドに収納する。

 

拳を握り疾走、一気に間合いを詰めた。俺も即座に鎌を投げ捨て応戦する。

顔面に向かって伸びる右ストレートを上腕で弾き腹に掌底を入れる。

 

「ぐ…!」

 

揺らぐ体に切り裂くような後ろ回し蹴りで追い打つ。一閃、衝撃の後にイレブンさんは何度かバウンドして態勢を整え立ち上がる。あの攻撃を受けてなお顔や体、スーツには傷一つついていない。それだけ頑丈ということか。

 

「…他と比べると格闘の伸びが良いです。才能がありそうですね」

 

「才能じゃない、師匠の教えがいいものでな」

 

俺の格闘技術の根底にあるのは強化合宿での塔城さんとの組手地獄だ。俺は10日間であらゆる蹴りや拳打を教わり、組手で何度も飽きるくらい食らい続けた。そうされて技術の一つも盗めないようでは助っ人の意味がない。そう思って夜に自室でこっそり練習もした。

 

「では、問題のビット攻撃に移りましょうか」

 

言葉と同時に大きく後ろへ跳ぶ。追い打ちをかけんとイレブンさんが無線式兵器、ビットを複数飛ばす。形状は薄い板のようで、先端には黒々とした砲口、後方部にはスラスターとなる穴がいくつか存在している。後方の穴から小さな青い火を噴きギュンと言う音を立てて縦横無尽に宙を駆け巡り殺到する。

 

接近するビットの数は6。近接戦を得意とするツタンカーメン魂ではビットによるリーチの届かない距離を保ちながらのオールレンジは苦手なので、眼魂を入れ替えて新たなフォームに変身する。

 

〔カイガン!ロビンフッド!ハロー!アロー!森で会おう!〕

 

そうはさせまいとビットからビームが放たれる。空を焼き進む青い光条を出現したパーカーゴーストが防ぎ、それを纏うことで無事に変身完了する。それと同時に固まって動いていたビットも散開した。

 

すかさずガンガンセイバー アローモードを召喚、応射する。

 

トリガーを引いて緑色の光矢を放ち、一機一機確実に打ち落とす。射抜かれたビットは小さく爆発を起こし、燃え尽きずに残った残骸は地にガシャンと音を立てて落下した。

真正面、右、一射許してからの左。光矢とすれ違う光線が腹に直撃、爆ぜる。

 

「ぐぅ…!」

 

衝撃にぐらっとよろめくも踏み堪える。これで残るは3機。

 

斜め後ろから迫る光線が肩部をかすめる。即応し、振り向きざまにトリガーを引き一機落とす。

 

今度は左右からの同時攻撃。ビットがビームを剣状に展開、弾丸の如く猛進する。右足に霊力を収束、踏み込みと同時に爆発させ一気に跳躍する。獲物を見失った2つの牙を悠々と上から打ち抜いて爆散せしめた。

 

爆散の後、重力に従って落下。態勢を崩すことなく綺麗に着地して息を吐く。

 

「そこまでじゃ」

 

終了を告げる声がこの空間に響き渡る。

 

〈BGM終了〉

 

「ふぅー…」

 

〔オヤスミー〕

 

眼魂を引き抜き、音声と同時に物質化された霊力のスーツが霧散した。

 

「お疲れ様です」

 

先ほどまでとは違って緊張もほぐれた表情のイレブンさんが水の入ったボトルを差し出す。

 

「ありがとうございます」

 

キャップを捻り中身を呷る。模擬戦で熱くなった体が内から冷えていくのを感じた。

 

不意に視界の隅にこの戦闘用空間とモニタールームを繋ぐドアが開くのが見えた。

 

こちらに歩いてくるのは黒い貴族服に身を包んだ銀髪の少女、俺たちレジスタンスの唯一のメカニックにしてリーダー、ポラリス。

 

「少しはマシな動きをするようになってきたのう…じゃが何度かビームを食らったのはマイナスポイントじゃ。ビームを撃たれる前に全機撃墜するかビームをきっちり全て躱して全機撃墜せい」

 

「いや普通ビームを反射神経だけで躱すのは無理だって。変身込みでも」

 

辛口な評価に汗を拭って抗議する。イレブンさんは模擬戦時かなり手を抜いているとは言っていたがポラリスさんもイレブンさんもかなりスパルタだ。

 

最初の模擬戦はビット攻撃に翻弄されまくってビームを浴びに浴びて戦闘不能になったっけか。アニメや漫画を見ていると簡単そうに思えるがそんなことはない。無理、速すぎて躱せない。

 

イレブンさんが模擬戦で使うビットの大きさは大体前腕部よりちょっと小さいくらいの大きさ。砲口も小さいので角度で予測するとかもほぼ無理。なので俺はやられる前にやってしまえ戦法で臨んでいる。

 

そうして回を重ねるごとに慣れていき、今では落ち着いてしっかり対処できるようになった。

 

…でもビット攻撃に対処できるようになったで少しマシになった、か。この人は一体どんなレベルに行けばパーフェクトと言うのだろう。

 

「不可能を可能にするぐらいでないとこれからの戦いにはついていけんぞ。特訓あるのみじゃ」

 

「…そうだな」

 

先月コカビエルを倒せたのは俺の戦意に神器が応え爆発的に力が増したところが大きい。今後、敵と渡り合うにはそれに頼るばかりでは決して乗り越えられない。もっと俺自身の戦闘能力、技術も、パワーも磨いていかなければならないのだ。

 

「そうじゃ、一応言っておくが、戦場で敵を殺めることを迷うなよ。おぬしの迷いがおぬしを殺し、おぬしがとどめを刺さなかった者がおぬしの仲間を殺すやもしれぬからの」

 

矢庭に話し出すポラリスさん。ルビーのような双眸に憂惧の色が乗っていた。

 

「…わかってるよ、急に釘を刺すなんてどうした?」

 

戦う以上、相手を傷つけることは避けられない。相手の命を奪うことも。それはこの道を進む上で覚悟したことでもある。

 

「おぬしはまだ若い、それに優しいのでな。これからも心が揺れる時があるだろうと思うてな」

 

細い手で汗ばんだ俺の顎を手に取るように撫で、赤い瞳が俺の顔を映す。その視線はさながら細剣で貫くようだ。

 

「おぬしの選んだ守るために戦うという道はいばらの道じゃ。一度選んだ以上、おぬしはもう前に進むしかない。非情に徹さねば進めぬ時もある。よく覚えておけ」

 

「…ああ、しかと肝に銘じておくよ」

 

ポラリスさんの言葉を内心反芻して心に刻み付ける。非情に徹する覚悟。

 

…そうだ、戦いに優しさなんていらない。俺は死ぬ気はないし仲間を失うなんてもってのほかだ。自分の優しさにこだわって大切な者をなくすくらいなら俺は…。

 

 

 

 ▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

次の日の深夜、俺は月明かりが窓から差し込む学校の廊下を歩く。

 

いつもは生徒で賑わうこの廊下も今は静けさに支配されている。こんな深夜に学校ですれ違うものなどいない。最も、今は結界が張られているのでごく一部の者以外学校の敷地に侵入することも出来ないが。窓からこの学校を取り囲む天使や悪魔、堕天使の姿がちらほらと見えた。

 

こんな時間に新校舎にいる理由はただ一つ。今日、この場で直に首脳会談が行われるからだ。俺は先月のコカビエル事件の関係者としてそれに呼ばれた。

 

ちなみに俺がオカルト研究部と一緒でない理由は俺は今グレモリー眷属の「協力者」と言う扱いで一応どこの組織にも属していないことになっているからだ。そういう立場だからこそアザゼルやミカエルさんからの勧誘が来たのだろう。

 

「…失礼します」

 

ドアをガチャリと開けて職員会議室の中に恐る恐る入る。

 

すると中では既に卓を囲む形で首脳陣が座っていた。この場にいるのはサーゼクスさんとレヴィアタンさん、そしてサーゼクスさんの後ろで控える給仕係のグレイフィアさんと会長さん、最後に黒髪を長く伸ばし眼鏡をかけた鋭い目つきの副会長さんの悪魔陣営、頬図絵を突くアザゼルとその後ろで壁に背を預け腕を組む白龍皇ヴァーリの堕天使陣営。最後にミカエルさんと護衛らしき見知らぬ女性天使の天界陣営。

 

場の空気は静かなもので、首脳陣はそれぞれの勢力を表す色…天使は白、堕天使は黒、悪魔は深い赤(レヴィアタンさんは深い藍色)のローブを身にまとい皆が真剣な面持ちで会談の始まる時を待っている。

 

俺の入室に反応して一斉に視線が俺に集められた。

 

「よく来たね、そこに座りたまえ」

 

サーゼクスさんが用意された椅子を指さし、俺はそこに腰かけた。位置的にはミカエルさんの真正面にいる。

 

「…君だったのか、あの時の戦士は」

 

声をかけてきたのはこちらを品定めするような目で伺う白龍皇。口元の不敵な笑みを隠しきれていない。会談の後で喧嘩を吹っかけてこないことを祈るばかりだ。

 

コンコンというノックの音の後、聞きなれた声を耳にする。

 

「失礼します」

 

ドアが開けられぞろぞろと入ってくるのはオカルト研究部。部長さんを先頭に神妙な面持ちで部屋に足を踏み入れる。ギャスパー君だけいないのは能力を制御できていないことを考慮して参加は見送られたからだ。

 

「私の妹、リアス・グレモリーとその眷属だ。コカビエルの一件で活躍してくれた」

 

「報告は受けています、改めてお礼を申し上げます」

 

ミカエルさんの謝辞に会釈で返す部長さん。

 

「うちのコカビエルが迷惑かけて悪かったな」

 

頬図絵をそのままに詫びるアザゼル。豪胆な人物とは聞いているがその通りの態度だ。

 

「そこに座りなさい」

 

その言葉に応じて部長さんたちが会長さんの隣にずらりと並んだ椅子に腰かけた。

 

「揃ったところで確認したいことがある。この場にいる者は全員、『聖書の神の不在』を認知している。間違いないな?」

 

サーゼクスさんの問いに皆そろって頷く。あの場に居合わせなかった会長さんも知っているというのは初耳だな。会談に参加するうえで後から聞かされたか。

 

それを確認したサーゼクスさんが「うむ」と言って幕開けの宣言を行う。

 

「それでは、三大勢力首脳会談を始める」

 




現ウリエルとラファエル、いずれ彼らも登場します。

ちなみにイレブンは装備も含めて本気ではありません。

次回、「駒王会談」


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第32話 「駒王会談」

遂に評価バーがオレンジになりました!応援、そして評価ありがとうございます!これからも今作をよろしくお願いします!

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
1.ムサシ
3.ロビン
4.ニュートン
5.ビリーザキッド
7.ベンケイ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
13.フーディーニ



「…ハァ」

 

自然と漏れ出たため息が早朝のやや薄暗さが残る空に消えていく。

 

首脳会談開始から遡ること17時間前、つまりは早朝。旧校舎の裏手に集まった兵藤、ギャスパー君、そしてアルジェントさんと俺はギャスパー君の神器を制御する特訓に励んでいた。

 

「い、イッセー先輩…疲れましたよう……」

 

「まだだギャスパー!俺たちには叶えなくちゃいけない夢があるはずだ!!」

 

ギャスパー君の弱音を気にせずに兵藤がボールを放り投げる。宙に放たれたボールをギャスパー君の目が捉えた瞬間、宙に浮いたまま静止してしまった。

 

この地道な練習を繰り返してきた結果、20回に一回は成功するようにはなってきた。ああして弱音を吐いているがこの特訓や俺たちの話を聞いて少しは自信も湧いてきたことだろう。

 

しかしギャスパー君と兵藤の夢とは一体なんだろうか。兵藤があんなに熱意をもって取り組んでるって時点で怪しさしかないが…。

 

「イッセーさん、ボールです!」

 

「ありがとうアーシア!行くぞ!」

 

投げられたボールは神器の発動に失敗してそのまま地に落ちて転がるか、あるいはうまいこと発動した神器によって停止させられる。転がったボールを俺が回収してアルジェントさんに投げ渡し、それを兵藤に回す。これを延々と繰り返す。

 

神器の制御に役立つと言われる赤龍帝の血を飲むことをギャスパー君が拒んだ以上、これしかできる訓練はない。

 

「おい紀伊国!そろそろ代わってくれ!」

 

「……」

 

結局、昨日はミカエルさんが帰った後も誘いに乗るか乗らないかをずっと考えたが一向に答えは出なかった。

 

俺は本当に今の立場でいいんだろうか。悪魔に転生できなかった俺は人間として、グレモリー眷属の『協力者』というポジションになし崩し的に落ち着いた。俺はあいつらを仲間だと思っている。

 

だがあいつらにとって、周りの人から見て俺は本当にグレモリー眷属の仲間なのだろうか?やはり異形の世界に足を踏み入れた以上どこかの組織に正式に所属しておいた方がよいのではないか?

 

「おーい、紀伊国?」

 

自問を繰り返す思考の海にどっぷりと沈んだ俺は、兵藤の声によって一気に引き上げられた。

 

「…ん、ああ!わかってる」

 

無理やり笑顔を作り、先ほどまで浮かべていただろう影のある無表情を誤魔化した。

だがその心中を見透かしていたのか、兵藤は心配そうな表情で問い詰める。

 

「お前どうしたんだ?またゼノヴィアと何かあったのか?」

 

「いや…」

 

少なくともゼノヴィアとの間でトラブルは何一つ起こっていない。この返事に関しては真実だ。

 

「…兵藤、お前ミカエルさんと会ったんだよな」

 

「ああ。アスカロンをもらったし、アーシアが追放された理由も聞いた…それがどうかしたか?」

 

「アルジェントさんが追放された理由?」

 

「なんでも天界にある『システム』っていうのにアーシアの悪魔も癒せる神器が悪影響を及ぼすから、だってさ」

 

「なるほど…」

 

そういえば昨日システムに悪影響なのは主の不在を知る者だけでなく一部の神器もそうだと言っていた。悪魔も癒せるという点がシステムの維持に必要な信仰に害をなしてしまう…か。

 

俺は意を決して、昨日のことを打ち明けることにした。

 

「…実は俺も昨日ミカエルさんと会って、天使側につかないかって言われたんだ」

 

「天使側に!?」

 

驚く兵藤。当然の反応だろう、悪魔である兵藤にとって天使は敵。自分の友達が天使側に誘いをかけられたと知れば嫌でも驚き、そして警戒する。

 

「ああ、会談で和平を結べたらお前らと敵対することはないし、お前ほどの力を持つ者なら『協力者』なんて曖昧な立場じゃなくこの際立場をはっきりさせておいた方がいいって…」

 

俺は頷いて話を続けた。話を聞いた兵藤は驚きこそしたが責めるような表情はしなかった。

 

「…そうか、お前はどうするんだ?天使側に行くのか?」

 

「…わからない、わからないんだ」

 

苦悩を表すように自然と俺は両手で頭を押さえていた。

 

「天使側に行けば、和平を結ばなかった場合俺はお前たちの敵になる。和平を結んだときはお前たちと敵対はしないけどもしかすると俺を手元に置きたい勢力が取り合いを始めるかもしれない、下手すれば俺の存在が問題になりかねない」

 

「…」

 

兵藤は黙って、真剣に俺の話を聞いてくれた。その姿に学園で変態だと罵られるような要素は微塵も存在しなかった。

 

「…お前は、今の俺の立場をどう思っている?」

 

俺は恐る恐る兵藤に訊ねた。

 

兵藤の返答次第では、俺の答えは大きく変わるだろう。兵藤はうーんと唸り、言葉を返した。

 

「…俺はあんまり難しいことはわかんないけどさ、お前は俺たちの仲間でいたいんだろ?」

 

「ああ、それはもちろんだ…でも、俺はグレモリー眷属じゃない、お前たちと同じ悪魔じゃない…俺は本当にお前たちの仲間なのか?」

 

ミカエルさんの話を聞いて己の立場について深く考え始めた結果、俺は自身の今の立場すら見失いかけている。

 

以前なら肯定できたはずの問いにさえ今の俺は満足に答えられない。

兵藤はさっきほど難しい表情をせずに問いに答えた。

 

「うーん、もしお前がそれで悩んでいるんだったら、お前がグレモリー眷属じゃないから仲間じゃないなんてことはないよ。レーティングゲームも、コカビエル戦も俺たちは一緒に命懸けで戦い抜いた!そんな奴をどうして仲間じゃないなんて言えるんだ?」

 

「!」

 

俺はその言葉にハッとした。

 

奴の言う通り今まで俺はグレモリー眷属と共に戦場を駆け抜け、命懸けで戦い抜いてきた。ともに強敵と戦い勝利をおさめ、その喜びを分かち合った。あいつらを信頼し、信頼される。

 

そんなことが出来たのはそれこそ俺があいつらの仲間だからだ。

 

「おーいアーシア!ギャスパー!」

 

兵藤は声を上げて向こうで特訓の続きを待つ二人へと呼びかけた。

声に反応した二人がさっさっと土を踏んで、俺たちの下に駆け寄った。

 

「どうしたんですかイッセー先輩?」

 

「何でしょう?」

 

「二人は紀伊国を仲間だと思うか?」

 

二人に問いかける兵藤。問いかけられた二人は特に難しそうな表情をすることなく答えた。

 

「えっと…まだイッセー先輩たちと同じで付き合いも長くないんですけど、それでもこうやってどうしようもない僕と向き合ってくれるいい人…同じオカ研の仲間だと思います」

 

「私は合宿やレーティングゲーム、先月の戦いで、紀伊国さんが皆さんと一緒に頑張る姿をたくさん見ました。同じグレモリー眷属じゃなくても、私は紀伊国さんを大切な仲間だと思っていますよ」

 

二人は迷いに揺れる俺の目を見てそう言った。他意のない純粋な気持ち。それを聞いた時俺の胸が深く打たれたような気がした。

 

「だってさ。お前の立場がどうかなんて関係ない、大切なのは…その、何て言うのかな…あ、絆だ!!」

 

兵藤がエロに溢れてそれ以外の物があまりなさそうな頭を振り絞り言葉を紡ぐ。

 

「俺たちオカ研と絆で結ばれている限り、お前も俺たちオカ研、グレモリー眷属の立派な仲間だ!」

 

そして俺の胸にコツっと拳を当て、燦々と輝く太陽のような笑顔と聞く者に希望と勇気を与えるような明るい声で言い放った。

 

その言葉で、俺の迷いは霧散した。流れる雲に覆われて隠れてしまった俺の蒼天は元の澄み渡る青い空へとその姿を取り戻した。

 

…そうだ、俺は何を迷う必要があったのだろうか。

 

「…はっ、はははっ!はははははは!!」

 

込み上げた笑いを抑えきれず、盛大に解放してしまった。

 

「ど、どうした…?もしかしてさっきの言葉変だったか?」

 

「いや、お前の話を聞いていると立場がどうのこうので悩んでた俺が馬鹿らしくなったよ。…ありがとう、兵藤」

 

「いいってことよ!」

 

俺の礼に屈託のない笑顔で返した。

 

…木場やアルジェントさん、部長さんたちがあいつに夢中になるのも分かる気がする。いや、俺はそういう趣味はないしそっちの道を歩むつもりはないからな!?

 

「答えは出た…じゃ、特訓を続けるぞ!兵藤、交代だ。次は俺が投げる」

 

俺は気持ちを入れ替えながらも気分の高揚をそのままに特訓に戻ろうとする。その言葉を聞いてアルジェントさんたちも元居た位置に戻っていった。

 

「おう!任せたぜ紀伊国!」

 

兵藤からボールを受け取り、特訓を再開する。

 

「行くぞギャスパー!」

 

元気よく向こうでボールを待つギャスパー君に声をかける。

 

「は、はい!お手柔らかにお願いしますぅ!!」

 

「ギャスパー君、頑張ってください!」

 

へとへとだったギャスパー君もアルジェントさんの声援を受けて奮い立つ。

 

ああ、やっぱり俺たちは仲間なんだ。改めてそれが確認できたことに今の俺はとても嬉しかった。

 

答えは得た。あとはそれをミカエルさんに告げるだけだ。

 

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

「…以上が私、リアス・グレモリーとその眷属悪魔が関与した事件の報告です」

 

首脳陣の前で話すという極度の緊張に手が震えながらも部長さんが締めの言葉を紡ぐ。

 

宙に浮かび上がっていた映像が消え、それと同時に事件の顛末の報告も終わった。報告を受けたこの場にいる者達は様々な表情を見せた。顔をしかめたり、嘆息したり、あるいは笑ったり。

 

会談は順調に進んでいった。時々アザゼルの発言が場をヒヤリとさせたが当人はそれを楽しんでいるように見える。

 

こういった異形の世界の政治の話を聞くのは初めてだ。しかも各勢力の首脳陣の会談に参加するとか一生に一度あるかないかの貴重な経験だ。興味深いな、なるべく頭に入れておこうと思う反面初めて聞くワードも多々出てきて少し混乱した。政治の面も含めて俺は改めて人間と異形の違いと言うものを感じた。

 

「ありがとね、リアスちゃん♪」

 

レヴィアタンさんが部長さんにウィンクをやり、少し戸惑った表情で部長さんも会釈した。あの人のテンションに普通についていける人ってこの中にいるのだろうか…?

 

「ご苦労、座ってくれたまえ」

 

サーゼクスさんの言葉に頷き、再び部長さんが椅子に腰を下ろした。

 

「さて、この件への堕天使側の意見を一つ聞きたい」

 

サーゼクスさんの発言、皆の視線が図太く構える堕天使総督、アザゼルに注がれる。

当人は不敵に笑って発言を始めた。

 

「送った書類に書いてある通り、事件はコカビエルの独断。『白龍皇』が回収した後、奴は軍法会議にかけられ地獄の最下層『コキュートス』にて永久凍獄の刑に処された…それが全てだ」

 

「説明としては最低の部類ですね…」

 

「んだよ全く、相変わらず堅苦しい野郎だなオイ」

 

呆れて嘆息するミカエルさんに面白くねえなと言わんばかりに言葉を放り投げるアザゼル。

 

そういう面でも堕天使と言う種族は欲に生きる悪魔以上にある意味自由な種族であることを感じさせる。体質の面では悪魔と違って聖書のような祝福されたものを気にしなくていいらしいしな。

 

さらにサーゼクスさんがアザゼルに問う。

 

「…アザゼル、一つ訊きたいことがある。この数十年間、神器所有者を集めている目的は何だ?最初は戦力増強の後に戦争を仕掛ける気かと思っていたが…」

 

「あなたはいつになっても仕掛けてこなかった。そこにいる白龍皇など神滅具使いを引き入れたと聞いた時は強く警戒しました」

 

サーゼクスさんに続くミカエルさんの発言。

 

アザゼルが神器所有者を引き入れている理由か。アザゼル本人が神器マニアだし、引き入れるのは研究の面でも戦力の面でもプラスになる。その行動に何か裏があるのか…?

 

「はー、やれやれ。俺の信用は三大勢力中最低かよ…」

 

アザゼルが二人の話にうんざり気にため息を吐いた。

 

「そうだな」

 

「そうですね」

 

「そうね♪」

 

「好き放題言いやがってこの…!」

 

漏らした言葉に、首脳陣の肯定の言葉が続いた。…ちょっとだけ、アザゼルがかわいそうに見えた。

 

震える声を静めて、アザゼルが問いへの返答をする。

 

「…神器の研究だよ。研究資料をお前らに送ってもいいぞ?それに俺は戦争になんか興味ねえよ。部下にも『人間界の政治に強く干渉するな』ってきつく言ってるし余所に影響を及ぼす気は殊更ねえ。俺は今の世界に満足してるのさ」

 

フッと笑みをこぼしたアザゼルの目線がミカエルさんへと移った。

 

「そういうあんたの所のウリエルだって、何やら戦士育成や世界各地の遺跡の調査に勤しんでるみたいじゃねえか。大戦で失われた武器でも掘り起こして育てた戦士に使わせて戦争でもしようってんじゃねえだろうな?」

 

アザゼルの言葉にミカエルさんはかぶりを振り静かに応じた。

 

「…いえ、しかし彼は『戦い』に備えているのですよ」

 

「『戦い』だ?戦争じゃないと来たら…あの連中か?」

 

「ええ、あなたの想像しているもので概ね間違いはありません」

 

…何だか話が二人だけで進んでいるぞ。サーゼクスさん達の方を見ると、レヴィアタンさんと揃って怪訝な表情を浮かべている。二人以外に心当たりがある者はいないようだ。

 

しかし話に出てきたウリエルとアザゼルが警戒している連中がいる…。もしかしてポラリスさんが言う『敵』と同じ連中か?

 

「そうかよ…ま、御託はこのくらいでいいだろ。とっとと和平を結ぼうぜ。お前らもそのつもりなんだろ?」

 

その言葉で室内に衝撃が走った。ミカエルさんやサーゼクスさんからならまだしもまさか堕天使側から和平を切り出されるとは誰も思っていなかっただろう。ミカエルさん達ですらこうなると思っていなかったらしく驚いていた。

 

驚いていたミカエルさんはすぐに切り替え、微笑みながら同意を示した。

 

「…ええ、もとよりそのつもりで会談に臨んでいました。このまま三すくみの関係を維持しても何の得にもなりません」

 

「私も同意する。神や魔王がなくとも我々は生きていかねばならないのだ。次に戦争が起これば間違いなく、悪魔は滅んでしまう」

 

同意を示し頷く首脳陣たち。俺は思わず息を呑んだ。

 

…すごい、俺は今歴史的瞬間に立ち会っている。きっと異形の世界の教科書があれば今後載るんだろうな。

 

前世ではこんなイベントに参加するなんて思ってもみなかった。というか転生3か月目にしてこの濃さってすごくない?俺が死ぬ頃には人生が超々特濃ミルクになったりするのか?

 

「そうさ、戦争を起こせば俺たちは共倒れ、人間界にも多大な影響を及ぼす。俺たちは戦争を起こすわけにはいかない」

 

アザゼルが以前のような飄々とした態度でなく真剣な表情と声色で言葉を紡ぎ始める。

 

「神がいない世界が間違っていると思うか?衰退すると思うか?現実はそうじゃなかった。俺たち皆、こうして生きている」

 

アザゼルが両腕を広げ、天井を仰ぎ見る。その目に移っているのは天井ではなくその先にある空…その彼方にいる者だろう。

 

「神がいなくとも世界は回るのさ」

 

静かに室内に響いたその言葉が、深く心に刻まれたような気がした。聖書の神がいなくてもその神話体系に属する異形や人間たちは変わらず生きている。豪胆で自由、エゴの塊とも呼ばれた堕天使総督の言葉はどこまでも的確にこの世界を表していた。

 

 

 

 

 

その後、各勢力の持つ戦力について協議がなされた。

 

「ざっと、こんなところか」

 

アザゼルの言葉で一応の終わりを見せ、緊張が少しほぐれたのか首脳陣が息を吐いた。

 

「話がひと段落ついたところで、『二天龍』と呼ばれる者達の意見を聞いてみましょう」

 

その中でミカエルさんがいつものように微笑みながら話を切り出した。

 

「お、俺ですか!?」

 

突然話題を振られたことに兵藤も驚いている…というか戸惑っている。

 

「そうだな。お前は世界を動かすほどの力を秘めている。ちゃんと意思を確認しておかなきゃ俺たちトップは動きづらいんだよ…ヴァーリ、お前はどうだ?」

 

アザゼルが後ろで相も変わらず腕を組んで控えている白龍皇ヴァーリに訊ねる。

 

「俺は強者と戦えればそれでいいさ」

 

不敵な笑み、だがどこか冷めた目で白龍皇は答えた。

 

「全く、この場でヒヤッとさせる発言を放り込むなよ…で、赤龍帝。お前の意思を訊こうか」

 

アザゼルの言葉を聞いて誰もが思っただろう、俺も思った。…お前が言うな。

 

「…俺は正直言ってよくわかりません。後輩悪魔の面倒を見るので精一杯で世界のこととか小難しい話はよく…」

 

兵藤は困惑の面持ちでそう答えた。

 

そうだろうな、仕事と生活両方でアルジェントさん、悪魔の仕事でゼノヴィア、そして悪魔としては向こうが先輩だがギャスパー君の面倒も見ている。自分の仕事も入れると世界のことなど考える間もない位大変だろう。

 

話を聞いたアザゼルがニヤッと笑んだ。

 

「じゃ、わかりやすく言おう。兵藤一誠、戦争になればお前は嫌でも表舞台に立たなければならない、戦うためにな。だが、和平を結べば戦争はなく、俺たちは種の存続問題に取り掛からなければならない…つまり、リアス・グレモリーと子作りし放題だ」

 

「ッ!!!」

 

返答に悩んでいた兵藤に雷に打たれたかのような衝撃の表情が宿る。

 

「どうだ、わかったか?」

 

「和平でお願いします!!是非!是が非でも和平で!!部長とエッチしたいです!!」

 

場の雰囲気を忘れ声を上げて和平万歳!と叫ぶ兵藤。お前はほんっとブレないし、わかりやすいよなぁ…。

 

「イッセー…」

 

恥ずかしさに顔を真っ赤にさせる部長さん。そりゃ兄の前であんなこと言われたらそうなるよな…。

 

「イッセー君、サーゼクス様の目の前だよ?」

 

「あ”」

 

調子に乗っていたあいつの顔がやれやれと苦笑する木場の注意で一瞬にして気まずい表情に変わった。

 

アザゼルに至っては心底楽しそうに馬鹿笑いしている。

厳格だったはずの会談が一気に賑やかな雰囲気に変わった。

 

「んじゃついでに、折角会談に呼んだんだしそこの人間の話でも聞いてみるか。このまま何も喋らずに終わるのも可哀そうだしな」

 

賑やかな感じが落ち着いた頃、豪胆たるアザゼルの目線が今度は俺に移った…って俺か!?

 

「そうですね、このタイミングで昨日の答えを聞かせてもらいましょうか」

 

「昨日の答え?何の話だミカエル?」

 

サーゼクスさんがミカエルさんに訊く。

 

「彼に天界陣営に加わる気はないかと勧誘をかけたのですよ。立場をはっきりさせておいた方がいいかと思いまして」

 

「オイオイマジかよ。俺も勧誘かけたんだが蹴られちまったんだぜ?こいつは神器に詳しい俺ですら知らない神器を持ってるんだ、そんなもん興味が沸かないはずがないし俺のとこに来てほしい位なんだが」

 

実に残念そうに言うアザゼル。

 

たしか最初に会った時「うちにこねぇ?」みたいに言っていたけど兵藤に反発されて引き下げたっけか。兵藤は元カノの堕天使に殺されたのもあるし、正直に言って俺も堕天使にはあまりいいイメージも思い出もなくてなぁ…。

 

「リアスから彼は『悪魔の駒』での転生に対して何らかの力が働き弾いてしまうと聞いている。…悪魔陣営に正式に加わるのは無理だろうな」

 

どこか残念そうにサーゼクスさんが言った。ま、妹である部長さんたちと仲もいいし実力もあるからちゃんと眷属悪魔になってほしいのが本音だろう。

 

「そりゃマジかよ…おい坊主、はっきり言ってこの場にいる全員の中で一番得体の知れないのはお前さんだ。コカビエルを打倒せる未知の神器、さらに『悪魔の駒』を使えねえときた。…お前は何者だ?俺たちをどう思っている?そしてこの世界をどうしたい?」

 

アザゼルが先程まで見せていた軽い態度でなく、真剣な表情で俺に問うた。この場にいる皆が俺を見ている。

 

俺は即座に理解した。…この返答次第で俺の人生は大きく変わり、立ち位置が定まる。そう思うと緊張で胸がバクバクする。額に汗が走る。それらを鎮めるために一つ、大きく息を吐いた。そして、答えを紡ぐ。

 

「…俺はただの人間です。どこにでもいるヘタレでビビりな高校生。ちょっと色んなごたごたに巻き込まれて力を手に入れただけの人間です」

 

首脳陣たちの手前、慎重に言葉を選びながらやや震える声で話をする。

 

「俺は平穏を切に願っています。友達と談笑して、同居人に振り回されながらも笑顔でいる日常が大好きです。それを壊す者となら誰とでも俺は戦います。でも戦いが好きってわけではありません、だから和平を結ぶことで戦いを未然に防げるのなら、俺は皆さんを支持したい」

 

語るのは嘘偽りのない俺の本心、俺の願い。

そして今度は真正面に座るミカエルさんの目をしっかり見る。

 

「…ミカエルさん。あなたは昨日、俺に立場をはっきりさせておくべきだと言いました」

 

この厳格な雰囲気の中、天使長と一対一で向かい合う。一瞬押し殺したはずの緊張が高まるが拳をぎゅっと握り再び押し殺した。努めて静かな声で話す。

 

「でも、俺は気付かされたんです。仲間であるのに立場がはっきりしているかしてないかなんて関係ありません。そこにいるリアス・グレモリーとその眷属悪魔達は俺が人間で、眷属悪魔でないことに関係なく、俺を一人の友達だと、大切な仲間だと思っています」

 

サーゼクスさんの後ろにいるグレモリー眷属を一瞥する。

 

その答えを示したのは兵藤だ。奴のおかげで俺は自分の置かれた立場を再確認し、答えにたどり着いた。

 

「仲間かどうかなんて立場だけで決まるものじゃない。その人と絆で結ばれているどうかだと俺は思います。種族がどうであれ俺はグレモリー眷属の仲間です…だから、俺は今のままグレモリー眷属の仲間、『協力者』でいます。それが俺の答えです」

 

語るうちに緊張を忘れて毅然とした態度で答えを告げる。

 

「…そうですか、わかりました。私はあなたの意思を尊重します」

 

ミカエルさんは俺の答えを聞き、瞑目しながらも頷き受け入れた。

 

何とか言えた、そしてミカエルさんもそれに納得してくれた。折角の天使長直々のオファーを蹴るのは心苦しいが致し方ない。俺には既に信頼し、信頼される仲間がいるのだから。

 

「ま、いいんじゃねえのか?和平を支持するリアス・グレモリーの協力者ってことは言い方を変えれば和平を支持する俺たちの協力者ってことにもなる。下手に立場を決めてしまうよりも今後、かなり動きやすいいいポジションだと俺は思うぜ」

 

この会談のために用意されたという豪勢な椅子の肘掛けで頬図絵を突くアザゼルが発言する。

 

「私もアザゼルに同意だ。立場が曖昧な分、組織による縛りがあまりない。非常時に臨機応変に対応できる者が一人でもいた方が重宝されるだろう。…そうだ、いっそのこと何か彼に三大勢力間で特別な肩書を与えるというのはどうだろうか?それならある程度指揮系統などの問題を回避できるはずだ」

 

アザゼルに続くサーゼクスさんの発言と提案。

 

って俺に三大勢力間での特別な肩書!?俺とんでもないことになってないか!?声に出しそうになったが何とか抑えて驚いた。

 

「私も賛成します。肩書に関しては和平を結んだあとで話し合いましょう。…アザゼルならさぞ素晴らしい名称の肩書を考えてくれるでしょう」

 

ミカエルさんも頷いて承認した。しかし後半をニコニコしながら言ったのにはどういう意味が…?

 

「オイオイ、昔のことでいじるのはやめろよ…。まあ俺も賛成だ。さて、んじゃ和平を…」

 

うんざり気な表情を浮かべたアザゼルが和平を結ぶ書類にペンを走らせようとしたその時、ここ最近何度か味わった奇怪な感覚に襲われた。

全てを飲み込み、停止させんとする力。

 

間違いなく、ギャスパー君の力によるものだ。

 

 




『停止教室のヴァンパイア』編も折り返し地点に来ました。

最近書きたい話が多くて困る。大和とイッセーの絡みも兼ねたギャグ回とか、ネタに突っ走るレジスタンス組の日常回とか。掘り下げというのもこの作品において重視している要素です。

次回、「横槍を叩き込む」


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第33話 「戦う覚悟」

思った以上に長くなったので分割することにしました。


評価バーオレンジに続いてUAが20000を突破しました。有難い限りです。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
1.ムサシ
3.ロビン(停止)
4.ニュートン(停止)
5.ビリーザキッド
7.ベンケイ(停止)
11.ツタンカーメン(停止)
12.ノブナガ
13.フーディーニ



「…何だ?」

 

気が付くと、室内の様子は変わっていた。腕を組むアザゼルと真剣な表情で話し合うミカエルさん、グレイフィアさんと何やら話し合っているサーゼクスさん、そして瞑目し壁に背を預け静かにたたずむ白龍皇。

 

不意にコトコトッと何かが近くに落ちる音がした。何かと思い下を向くと。

 

「眼魂が…!」

 

所持している眼魂がいくつか床に転がっていた。そのどれもが時間停止させられたものと同じ様なモノクロカラーになっている。他の眼魂はと思い取り出すと明るく仄かな光を放っていた。…俺を守ったのか?

 

「あら、紀伊国君も気が付いたわね」

 

投げかけられた声の方を向くとレヴィアタンさんがいた。

 

部員たちはどうなったのかと思い辺りを見渡すと兵藤と部長さん、そして木場とゼノヴィアが集まっているのが見えた。それを見るや否や集まりに駆け寄る。向こうも俺に気づいた。

 

「紀伊国君、君も無事だったんだね」

 

安堵の表情を見せる木場。しかしその色は弱い。

 

「他の仲間は全員止められてしまったようだ」

 

ゼノヴィアが目をやる方向には椅子に座ったまま停止したアルジェントさんと朱乃さん、塔城さんや会長さんの姿があった。現状動いているのは俺を含めたオカルト研究部の一部と首脳陣、白龍皇とミカエルさんの護衛だけだ。

 

っていうかこの中に混じっているってことはあの護衛さんもすごい人なのか?

 

「イッセーは赤龍帝の力、裕斗はイレギュラーな聖魔剣の力があったから無事なのかしら、ゼノヴィアはデュランダルで防いだのね」

 

「時間停止の対処法は体で覚えた。力をぶつけられる前にデュランダルのオーラで防げばいい」

 

何気なく凄いことを言ってくれる。豪快な所は変わらずだな。

 

「紀伊国はどうして動けるんだ?」

 

「多分、眼魂に守られた。そうとしか言いようがない」

 

取り出した眼魂を見せる。モノクロカラーに変色した物と変わらず仄かな光を放つ物。

それを見て兵藤は首を捻った。

 

「…なあ、そもそも眼魂っていったい何なんだ?」

 

「さあな…ぶっちゃけ俺にもどういう物なのかよくわからない」

 

俺は兵藤の問いに明確な答えを返せなかった。

 

一応皆にはゴーストドライバーという神器は眼魂と呼ばれるアイテムの力を引き出し扱える能力を持っているという話で通しているが正直に言うと俺自身、特典として得た英雄眼魂が一体どういう物になっているのかよくわかっていない。あくまでただのフォームチェンジのアイテムなのか、それとも本当に偉人の魂や意思が宿っているのか。

 

フーディーニ眼魂が一時期起動しなかったという点を鑑みれば、後者になるのか。いずれにせよ、後で調べておいた方が良さそうだ。

 

「それにしても部長、これは一体…」

 

「テロだよ」

 

続く木場の問いに答えたのはアザゼルだった。言葉の後、彼は顔を窓の方に向ける。

 

「外を見てみろ」

 

窓に駆け寄り外の様子を見る。外では上空に大きな魔方陣が浮かび上がり、その下で展開した夥しい数の小さな魔方陣から黒いローブに身を包み、フードを目深にかぶる怪しげな集団が次々に現れていた。

 

怪しげな集団が一つ、魔方陣を展開させるとそこから勢いよく光弾が飛び出した。

校舎へと真っすぐ向かいぶつかる寸前、より大きな魔方陣が校舎に展開して防ぎ事なきを得た。爆音と多少の揺れはあったが。

 

「何だあいつら?」

 

「魔法使い…伝説の魔術師『マーリン・アンブロシウス』が悪魔の魔力を分析して人間にも扱えるように再構築して編み出した『魔法』を操る連中さ。んでもって今はそいつらに攻撃を受けてる。いつの世も和平を邪魔する連中はいるもんだな」

 

アザゼルが外の連中について解説する。俺は特に驚くことなく外の様子を眺めた。悪魔や天使がいるくらいだし魔法使いくらいいて当然かと思ったからだ。

 

「時間が止まっているのは…まさか」

 

「そうだ、お前らのとこのハーフヴァンパイアが捕まって、魔術か神器の力で強制的に禁手状態にさせられたんだろうな。そして今もその力は高まっている」

 

俺の言葉にアザゼルが肯定の意を示す。

 

やはりこの現象はギャスパー君か…。まさかこのタイミングで敵に捕まり能力を利用されるとは思わなかった。

 

「今は我々が障壁結界を張って被害が出ないようにしていますが、このまま力が増大すれば我々も止められてしまうでしょうね。敵の狙いは魔術師たちをぶつけて我々を足止め、時間停止の力が増大して我々全員が停止したところを一網打尽にすると言ったところでしょうか」

 

ミカエルさんが険しい表情で話す。ギャスパー君の能力は首脳陣が停止するレベルにまで行くのか…!

 

首脳陣が止められる頃には俺らも全員停止してるだろうな。そうなれば向こうのやりたい放題、つまり無抵抗のままに簡単に殺されてしまう。改めて俺は自分が置かれている状況の危険度を理解し、眉をひそめた。

 

近くで部長さんが顎に手を当てながら思案している。

 

「敵はギャスパーの情報を知っている…一体どこから得たのかしら?でも今は私の眷属をテロに利用したその事実が許せないわ…!!」

 

そう呟く部長さんの目には憤怒の炎が宿っていた。悪魔の中でも情に深いと言われるグレモリー家。その血を引く部長さんも例外ではなかった。眷属であるギャスパー君を利用し、危険に晒すものに怒りの炎を燃やしている。

 

「ちなみに警護に当たってた天使、堕天使、悪魔は全員停止させられている…そらよ」

 

アザゼルが窓にそっと手を向ける。すると窓際の外に無数の光の槍が出現、一斉に魔術師たちが我が物にする空に放たれ次々と魔術師たちを刺し貫き命を瞬く間に刈り取っていった。

 

「ッ!!?」

 

余りの光景に目を見開いて驚いた。

 

あの数を一瞬で…!!これが堕天使総督の力か…!

 

絶命した魔術師たちは続々と雨のように校庭に降り注ぎ、骸の山を作り上げた。しかし上空から新たな魔方陣が無数に展開し、そこからまた魔術師たちが現れ始めた。

 

「また敵が…」

 

「何度やってもこれさ。全く、テロのやり方と言いタイミングと言い上手く出来すぎだ。誰かが情報を流したんだろうな」

 

アザゼルは訝し気に呟いた。

 

この中に裏切り者がいるなんてあまり考えたくはないな。折角の和平、それを乱す輩が和平を結ぶための会談に参加した皆の中にいるなんて。

 

「ここから脱出はできないんですか?」

 

「脱出には結界を解く必要がある。だがそうすれば外に被害が出てしまう、だからそれはできない…が、ちゃんと打開策はある」

 

「それはなんですか!?」

 

兵藤がアザゼルの言葉に食いつくように訊いた。それに答えるのはサーゼクスさん。

 

「旧校舎にいるギャスパー君の奪還。彼を解放すればこの状況はひっくり返る。…我々は結界の維持と籠城戦でしびれを切らした黒幕が現れるのを待つ。我々が前に出ればそれこそ敵の思うつぼだろうからね」

 

「兄様、私が救出に行きます」

 

名を挙げたのは部長さん。毅然とした姿、その目に決意の光が燦々と輝いている。

 

「私の眷属をこれ以上ひどい目に遭わせるわけにはいきません」

 

その言葉に秘めたるは仲間を利用した憤怒だけではない。仲間を守るという愛情もあった。

 

サーゼクスさんは部長さんの決意を訊いて渋々ながらも頷いた。その表情に状況を打開したいという思いとかわいい妹を危険に晒したくないという思いのせめぎ合いが垣間見えた。

 

「わかった。しかし相手は魔術師だ。当然転移魔法の対策はしてあるだろうし旧校舎まで魔法の嵐を通り抜けるのは至難の業だが…」

 

「それに関しては旧校舎に保管してある未使用の『戦車』の駒でキャスリングを使います」

 

キャスリング…?そのワードを訊いた俺は内心首を傾げた。よくはわからないが、俺が転生できなかったことが役に立ったということだろうか。

 

「キャスリングは王と戦車の位置を入れ替えるチェスのルールのことだよ」

 

「へぇー、そんなルールがあるのか!」

 

木場が隣でちんぷんかんぷんだと言わんばかりの顔をしていた兵藤に分かりやすく教えていた。

 

なるほど、ありがとう木場。ボードゲームは滅多にしないしやっても勝率が悪すぎるから俺もちんぷんかんぷんだったよ。カードゲームはやるのにな。

 

「なるほど、だが一人では無謀だ。グレイフィア、私の魔力方式でキャスリングで転移できる人数を増やせないか?」

 

「この場であれば簡易式ならできそうです。しかし簡易式ではせいぜい一人増えるぐらいが限界かと」

 

「それで十分だ。もう一人は…」

 

「サーゼクス様、俺に行かせてください」

 

兵藤がサーゼクスさんの前に進み出た。その目に部長さんと負けず劣らずの決意の光が宿っていた。

 

一瞬驚くが、瞑目してサーゼクスさんはそれを了承した。

 

「…わかった、リアスとギャスパー君を頼む」

 

「ありがとうございます」

 

「…兵藤、しっかりギャスパー君を救ってこいよ。叶えたい夢があるんだろう?」

 

「ああ、俺に任せろ!」

 

互いに約束の証として拳をぶつけ合う。ぶつかったあいつの拳は内に秘める決意の熱さを表すかのように熱を持っていた。

 

…こんなことをするなんて、あいつの熱さが移ってしまったのかな。俺もギャスパー君救出に加わりたかったが二人までしか転移できない以上、役目を信頼できる友達に託して我慢するしかない。

 

「そうだ。おい赤龍帝、こいつをもってけ」

 

アザゼルが急に何かを放り投げ、慌てて兵藤がキャッチした。

 

よく見るとそれは小さな宝玉が埋め込まれた綺麗な腕輪だった。表面には難しそうな小さい文字が描かれている。

 

「そいつは神器のパワーを制御するアイテムだ。一つはハーフヴァンパイアにつけろ。神器の力を抑えて暴走を止められるはずだ。もう一つはお前が禁手を使うときに使え、一定時間代償なしで禁手が使える。体力の消費まではどうにもならないけどな」

 

アザゼルの真面目な話は続く。

 

「よく聞け、神器を使いこなせないお前は人間に毛が生えた程度のモンだ。如何に強力な神器と言えど使いこなせなければ意味がない。使いこなせない状態で戦いに臨めば、いずれ死ぬぞ」

 

「……」

 

神器マニアであり研究者でもある彼の忠告を兵藤も真剣な面持ちで深く頷いた。

 

あいつは神器を使いこなせない自分の弱さを身に染みて理解している。レーティングゲームでも、コカビエル戦でもそれを強く感じ、己の無力を恨んだはずだ。そしてそれを奴は受け入れ、前に進む原動力にしている。

 

アザゼルの話の間、部長さんはグレイフィアさんから額に何か特殊な魔方陣を施されていた。さっき話に出たキャスリングの転移を二人まで可能にする方法だろう。

 

アザゼルが壁際にいる白龍皇へと振り向いた。

 

「ヴァーリ、お前は外で暴れて敵の注意を引け。奴らもキャスリングで転移するのは想定外だろうしそれを含めて作戦を乱せるだろうさ」

 

「こそこそやるよりもハーフヴァンパイアを旧校舎とやらごと吹き飛ばせばいいんじゃないか?」

 

「テメェ…!」

 

白龍皇の提案に兵藤が怒る。

 

俺も奴の案に色々と言いたいことはある。でもあまり彼を責められない。部外者からすれば今のギャスパー君は俺たちを危機にさらしている大きな要因の一つに過ぎないのだから。

 

「和平を結ぼうって時にそんなことするわけにはいかねえよ。そりゃ最終手段にしとけ」

 

「…フッ、わかったよ」

 

嘆息しながら窓際に移動する。するとその背に青い光翼が現れた。

 

手を広げ、眼前の窓ガラスを割るとそこからサッと巨大な魔方陣が展開する空へと舞い上がった。

 

…会長さんが今の見たら怒るだろうな。もしやと思い会長さんの方を振り向くが停止したままだった。停止しててよかった。

 

〔Vanishing Dragon Balance Braker!〕

 

力強い音声と同時に白龍皇の体がカッと光り、眩い純白の鎧を纏う。

 

あの時見た、圧倒的なオーラとプレッシャーを漂わせる存在。それが再び、あの時と同じ場所に姿を現した。

 

奴は禁手化して早々に白い閃光となって縦横無尽に空を駆け巡った。空というキャンバスに麗しい一筋の白の閃光が描かれ、行く手を阻むキャンパスの汚点たる魔術師たちを消し去る。

 

その様を眺めていると窓際に立つサーゼクスさんがアザゼルに近づいた。

 

「アザゼル、さっきの話の続きだ」

 

「あ?あーたしか神器所有者を集める理由、だったか?」

 

「そうだ」

 

サーゼクスさんが頷く。それを見たアザゼルは真面目な表情で話し始めた。

 

「備えていたのさ…『禍の団《カオス・ブリゲード》』にな」

 

「『禍の団』?聞いたことがないな」

 

サーゼクスさんは訝し気に首を傾げる。

 

話を又聞きした俺も頭の中の知識の引き出しを開け始める。ブリゲードとは旅団のこと。つまりは混沌の旅団…まったく意味が分からん。

 

「最近うちの副総督、シェムハザが確認した各勢力の反乱分子やならず者たちの集まりさ。神器使いの人間も加わり神滅具使いも何名かいる。そしてそのトップは『無限の龍神《ウロボロス・ドラゴン》オーフィス』」

 

「!?」

 

「オーフィス!?まさか、神をも恐れたあの龍神が動くとは…!」

 

アザゼルの解説に首脳陣が皆、衝撃を受けた。その様からオーフィスと言うドラゴンの持つ影響力がうかがい知れた。

 

「目的はなんなの?」

 

「単純明快…破壊と混乱さ。ま、テロリストだな」

 

レヴィアタンさんの問いにアザゼルが答える。

 

首脳陣がびっくりするほどの多分神より強いとんでもドラゴンがさらに強い連中を集めて徒党を組み目的が単純に破壊と混沌って相当やばくない?向こうの神滅具もその名に恥じない恐ろしい能力を持っているだろうしきっと、今後いやでも俺たちと戦うことになるだろう。強き力を集めるという赤龍帝の力。既にデュランダルや聖魔剣がその下に集っている。案外、それも時間の問題かもしれない。

 

…ポラリスさんはこのことを見越して『戦わないと大切な者は守れない』と言ったのだろうか。あの人が一体どこまで先を読んでいるのか、今の俺にはわからない。

 

そのままサーゼクスさんがアザゼルとミカエルさんに位置的に挟まれる形でその脅威について話し合いを始めた。

 

「…ッ」

 

話が始まって数分の後、突如としてミカエルさんの隣で控えていた護衛の女性天使が、アザゼルと話しこんでいてミカエルさんに背を向ける形になっていたサーゼクスさんに向かって鬼気迫る表情で駆け出す。その手には光力で作り出したであろう光輝くナイフが握られている。

 

「!」

 

それにいち早く気付いた俺は反射的にガンガンハンドを召喚した。生身でもガンガンハンドを呼び出せることに気付いたのは最近のことだ。

 

何かがおかしい、危険だ。俺の本能がそう訴えている。

 

「ッ!やめなさい!!」

 

「死ねぇ!」

 

部下の奇行に気づいたミカエルの制止の声も聞かず、女性天使がナイフを鋭く突きだす。

 

サーゼクスさんと一歩分の間合いに入ったところ、室内に銃声が響いた。

 

「ガッ!?」

 

瞬時に打たれた腕を庇い立ち止まる女性天使。引き金を絞り銃弾が放たれたガンガンハンドの銃口から小さな煙が上がっている。ひるんだところ間髪入れずに駆け寄って女性天使を取り押さえた。

 

「何の真似だ…!?」

 

「離せッ!!」

 

荒々しく取り押さえられた女性天使が声を荒げてジタバタと足掻く。

 

その際服が乱れそこから覗く肌、胸のあたりには奇妙な十字架の紋様が浮かんでいたのが見えた。

 

「これは…?」

 

「ッ!!!」

 

十字架を見られたことに激しい反応を見せた護衛は一瞬苦悶の表情を浮かべた後、ぐったりとなった。

 

「何が起こった!?」

 

アザゼルが駆け寄り護衛の様子を見る。外傷が撃ち抜いた腕以外にないことを確認し、次第により強くなった血の匂いに「まさか」と呟き口を開かせると、口内は真っ赤な血で染まりきっていた。

 

「こいつ、舌を噛み切りやがった…!」

 

アザゼルは何をしたのかすぐに気づいたようだ。もう一度胸のあたりに目をやると紋様はすっかり消えていた。

 

…さっきの紋様、見たことがある。以前俺を襲ってきた悪魔が同じ様な十字架のネックレスをしていた。悪魔は十字架に触れるとダメージを受けるはず。ならやはり、今回の件と言いあの十字架には何か特別なものがある…?

 

「私を狙ったのか…このタイミング、恐らく敵のスパイか」

 

グレイフィアさんと部長さんが転移の準備に取り掛かり首脳陣は話し込んでいる、この危機的な状況に気を取られ自分に気を配れるものが少なくなったタイミングで仕掛けてくるか。護衛に忍ばせておくなんてことができるとは、天界の上層部にも『禍の団』に通じている者がいるのかもしれないな。

 

「おいミカエル、お前の護衛だろう?これはどういうことだ?」

 

「わかりません…彼女はこのようなことをする者では決してなかったのですが…」

 

ミカエルさんは沈痛な面持ちを浮かべる。

 

「…敵対しているとはいえ天使長でクソ真面目なお前が嘘を吐けるとは思えないしな。和平を結ぼうって時だ。今度からは護衛の人選はしっかりしろよ」

 

「彼女の件については謝罪します。この状況を切り抜けた後、彼女については調査を行います」

 

ミカエルさんはそっと遺体を壁に寄り掛からせると祈るような面持ちで瞑目した。きっと裏切られたのがショックだったんだろう。

 

その時だった。何の前触れもなく、冥福を祈る間も与えまいと部屋の隅に見知らぬ魔方陣が浮かび上がった。

 

部長さんやサーゼクスさん、空に浮かんでいる魔方陣とも違う新しい魔方陣。

 

「…!グレイフィア、急げ!」

 

それを見たサーゼクスさんが鬼気迫る表情で転移の準備をしていたグレイフィアさんに声を飛ばした。

 

グレイフィアさんは一瞬驚いた表情をするもすぐに頷き魔方陣を展開させ始めた。

 

「ちょ、グレイフィア!?」

 

「お嬢様、ご武運を!」

 

突然の展開についていけないまま、二人は転移の光に飲まれていった。

 

…頼んだぞ、兵藤。部長さん。心の中で作戦の成功と無事を祈る言葉を送った。

 

「ヴァチカンの書物で見たことがある。…あれは旧レヴィアタンの魔方陣だ」

 

ゼノヴィアが魔方陣を目を凝らして見て冷静に言う。旧レヴィアタン…?現レヴィアタンならここにいるが何故このタイミングで…?

 

すると魔方陣がカッと眩い光を放つ。

 

光が晴れた時、そこに立っていたのは褐色肌の眼鏡をかけた女性だった。露出のある衣装、細い三つ編みにした亜麻色の髪。見た目を操作できるため年齢に寄らず若い美女が多いという悪魔の女性の例に漏れない美女だ。

 

「ごきげんよう、三大勢力の首脳陣達」

 

女性が不敵な笑みを浮かべながら身振りも大仰に挨拶する。

 

「先代レヴィアタンの血を引く者、カテレア・レヴィアタン…何用かな?」

 

「我々旧魔王派の大半が『禍の団』への協力を決定しました」

 

旧魔王派。先の大戦で4人の魔王を失った悪魔陣営は戦争の継続を望む魔王の血族を中心とした旧魔王派と戦争の休止を求め、新政権を樹立せんとするサーゼクスさんを中心としたクーデター派に分かれた。

 

結果、クーデター派が勝利を収めて新政権を樹立。旧魔王の血族は冥界の隅に追いやられた…。そう、合宿の勉強会で聞いた。まさか、テロリストに加担するという形で他の勢力にまで大大的に敵対するようになるとは。

 

「君たちだったのか…何故だ?」

 

「我々はあなた達と逆の結論に達したのですよ。神と魔王がいないこの世界を一度滅ぼし、新世界を作り上げればいい…オーフィスはあくまで強者を集めるための旗印に過ぎません。新世界は我々が取り仕切る!」

 

「ほぉー、現魔王と旧魔王との確執が本格的になってきたってわけだ」

 

アザゼルが面白そうに呟く。大戦が終わり種の存続という新たな問題を抱え、それに取り組まなければならない今でも現魔王と旧魔王の対立は依然として変わらずあるようだ。

 

「カテレアちゃん!どうしてなの!?」

 

「貴様…セラフォルー!貴様たちが我々から魔王の座を奪わなければこんなことにはならなかったのです!大体魔王レヴィアタンと名乗る者が貴様のようなふざけた者であること自体が真なるレヴィアタンの血筋にとって耐え難い苦痛なのですよッ!!」

 

レヴィアタンさんの言葉にカテレアが怒りを露わにして吼え散らす。彼女がレヴィアタンと言う名に誇りを持っているからこそ魔法少女好きの現レヴィアタンさんが許せないのだろう。

 

…後半に関しては、確かにイラつくだろうな。あのキャラで世間での厳格で高名な魔王レヴィアタンのイメージが大きく揺らいだだろうし、本家レヴィアタンの人からすればたまったものじゃないだろう。ちょっとだけ彼女に同情した。

 

「そんな…カテレアちゃん、私は…」

 

「フッ…安心なさい。この場であなたを殺してようやく私は真の、唯一無二の魔王レヴィアタンとなる!新世界を作り上げ、オーフィスは新世界の神…いやただの象徴であればいい。法と秩序は我々が構築する。ミカエル、サーゼクス、アザゼル、そしてセラフォルー。貴様らの首は新世界実現への橋頭堡となるのです!!」

 

魔王の血族としての意地、そしてプライドに塗れた講釈を垂れる。奴の演説じみた話にサーゼクスさんもミカエルさんも眉をひそめた。

 

「ク…ハハハハハッ!!」

 

そんな中、彼だけ違った。堪えきれないと言わんばかりにアザゼルが突如として大笑いを始める。カテレアはその様子を見て青筋を立てた。

 

「オイオイそりゃあ何年前のアニメの悪役のセリフだよ?そんなもん今更はやらねえぞ?そんなセリフを意気揚々とべらべら喋るなんざ小物かよ」

 

「言わせておけば…!!」

 

カテレアの整った顔が激しい怒りに歪む。アザゼルはそれを見ても気にしなかった。それどころか、戦意を放ち始めた。同時に室内の雰囲気がさらにピリピリした物と化す。何か起これば、すぐに弾けてしまいそうだ。

 

「サーゼクス、ミカエル。こいつは俺が仕留める」

 

「…最後に訊く。カテレア、降るつもりはないのだな?」

 

「ええ、サーゼクス。あなたはいい魔王ではありましたが、最高の魔王ではなかった」

 

「残念だ」

 

ガシャァァァァァン!!

 

サーゼクスさんの言葉と同時に室内の窓ガラスが大きな音を立て一瞬にして粉々に砕け散った。

 

対峙する両者が各々の翼を広げて、まだ白い閃光が走る空へと舞い上がる。

 

「さあ、旧レヴィアタンの末裔、カテレア・レヴィアタン!いっちょハルマゲドンと洒落こもうぜ!」

 

「堕ちた天使の総督が!」

 

アザゼルの啖呵を皮切りに、三大勢力でも上に位置する力と名を持つ者同士が激突した。

 

魔王の血筋が放つ圧倒的な魔力と聖書に記されし堕天使の長が放つ膨大な光。それらが激しくぶつかり合い、喰らい合い、潰し合う。苛烈な激闘に誰も割って入る者はいなかった。

 

白龍皇の陽動で激しい爆音が起きていたが、両者の戦いによってさらに苛烈な爆音が聞こえ始めた。

 

…次元が違い過ぎて圧倒されてしまった。あの二人の戦いが凄すぎて自分のできることが何もないように思えてくる。このままここに残って二人の戦いを眺めるべきか、それともあの中を突っ切って兵藤たちの助けに入るか…。

 

苦慮していた時、サーゼクスさんが残った部員たちに声をかけた。

 

「木場裕斗君、ゼノヴィア君。私たちはあの二人の戦いに備えて結界の強化と維持に努める。グレイフィアが魔術師の転移術式の解析を終えるまでの間、外の魔術師を始末してくれないか?」

 

「はい。魔王直々の勅命…光栄の極みです!」

 

「了解した。…木場、奴らに我々グレモリー眷属の『騎士』というものを、身をもって教えてやろうか!」

 

歯切れよく返事する木場と、不敵に笑うゼノヴィア。

 

二人は戦意を滾らせ、得物を握ると颯爽と窓から飛び降り魔術師たちが跋扈する戦場と化した校庭へと躍り出た。数秒後、派手な爆音が聞こえ始めた。…まあ間違いなくデュランダルを解放したんだろうな。

 

二人が動くのなら俺も黙ってこの場にいるつもりはないとサーゼクスさんに声をかける。

 

「サーゼクスさん、俺も行きます。陽動は多い方がいいでしょう?」

 

「ああ、頼んだ」

 

了承を得て腰にゴーストドライバーを出現させる。結界を張るミカエルさんはこちらに目をやっていた。

 

気に留めずスペクター眼魂を取り出し、起動。Sの文字が浮かび上がる。

 

半透明なカバーを開いて、眼魂をアイコンスローンに押し込んだ。

 

〔アーイ!バッチリミロー!バッチリミロー!〕

 

両腕を振り上げつつカバーを閉じると同時、ドライバーから黒と青のパーカーゴーストが出現し室内を飛んで踊りまわる。振り上げた右手を握り締め、力強く引き寄せる。

 

「変身!」

 

素早くレバーを引き、霊力を展開、物質化してスーツになった霊力を身に纏う。

 

〔カイガン!スペクター!レディゴー!覚悟!ド・キ・ド・キ・ゴースト!〕

 

パーカーゴーストを着こんで、二本のウィスプホーンが起き上がり変身完了する。

 

サーゼクスさんとミカエルさんはそれを興味深そうな目で見ていた。

 

「映像にもあったが、それはスペクターというのかい?」

 

「はい…ここを頼みます」

 

話もほどほどに、粉々にガラスの砕け散った窓から飛び降りる。

 

魔術師たちが俺の存在に気付き、一斉に敵意を向け始める。

 

一旦落ち着こうと一呼吸置き、パン!と自分の拳を手に当てる。

 

「片っ端からぶちのめす…それでいいな!」

 

俺の言葉が戦闘開始の合図となった。先手を取らんと魔術師たちが一斉に魔法を放つ。

 

「ハァ!」

 

掛け声と同時に土を力強く踏み、馳せる。

超人的な身体能力によって放たれた魔法を躱し、あるいは置き去りにして一気に間合いを詰め、一瞬にして眼前を魔術師の驚愕に染まった表情が埋め尽くす。

 

 

 

戦いとは誰かを傷つけること。無論その中で相手の命を奪い、奪われることもあるだろう。戦いは双方に憎しみと悲しみをまき散らし、その悲しみや憎しみが更なる戦いにつながる連鎖を生み出す。

 

だがその中に身を投じる俺は殺しを肯定するつもりはないし、出来ることなら戦いを未然に防ぎたい。俺は平穏が好きだ。だから今回の和平に賛成した。

 

しかし、この異形の世界にはそんな甘い考えは通用しない。俺がいかに死にたくないと願っていてもいつかは死ぬ、あるいは殺される。俺を殺すのはもしかしたら俺が戦いで生み出してしまった悲しみと憎しみを背負った誰かかもしれない。

 

どんな悪人だって生まれたからには幸せになりたいと願う。俺はその誰かの幸せを奪ってしまったのだから俺はそうされて、憎まれて当然だ。俺だってその立場になれば同じようなことを思う。

 

でも俺にだって幸せを願う権利はある、そのために決めた道がある。世の中というのは幸せになりたいという願いのぶつかり合いで成り立っていると俺は思う。誰かが幸せになるためには誰かの幸せを踏みにじらなければならない。世界は幸せが競争し合う戦場と言ってもいい。

 

この異形の世界で己の大切な者を守るには意思を通す力と覚悟が必要だ。覚悟とは、どんなにつらいことや苦しいことがあっても耐え忍び、己が決めた目標に向かって道を突き進む心構え。俺の場合、自分の愛おしい日常と大切な人たちを守るためにそれを壊さんとする連中を打倒する、あるいは殺す覚悟だ。

 

相手を傷つけても全く心が痛まないような冷たい心を俺は持っていない。相手の苦痛に歪む顔を見ると俺の心も痛む。それでも俺は進まなければならない、進むしかない。咎ならいくらでも受ける、憎まれる覚悟はある。俺は既にそうされるだけのことをした。

 

でもそれは俺のやりたいことを完遂した後でだ。それまで俺は死ねない、死ぬわけにはいかない。だから今は…。

 

 

 

「ハッ!!」

 

大切な者を守るために、目の前の敵を打ち倒す!

 

 




最近は戦闘シーンを考えているのが一番楽しいです。次回はしっかりと暴れさせます。

覚悟って難しいですよね…。でも戦士胎動編で悩み苦しんだ彼だからこそたどり着いたと思います。

次回、今度こそ「横槍を叩き込む」


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第34話 「横槍を叩き込む」

メモリアルブック読みました。E×Eヤバすぎるのでは?もしかするとシンスペクターの上を作るかも。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
1.ムサシ
3.ロビン(停止)
4.ニュートン(停止)
5.ビリーザキッド
7.ベンケイ(停止)
11.ツタンカーメン(停止)
12.ノブナガ
13.フーディーニ



〈BGM:GIANT STEP(仮面ライダーフォーゼ)〉

 

空を切り、突きだす拳を魔術師の鼻っ柱に叩きつける。

ドッと言う音を響かせて魔術師が木っ端のように吹っ飛び他の魔術師を巻き込みながら倒れていった。

 

矢継ぎ早に跳躍して魔術師の群れのど真ん中に飛び込む。跳躍からの落下の際、魔術師が魔法の炎や氷を飛ばし迎撃するがガンガンハンド銃モードを即座に召喚し、落下しながらも打ち落としていく。途中撃ち漏らした魔法が何度かかすったが気に留めずに攻撃を続ける。

 

着地と同時にロッドモードに変形、ブンと自分の周囲360度に薙ぎをかける。

後方に飛び退って回避に成功する魔術師もいればわずかに遅れ薙ぎを腹に叩き込まれる者もいた。

 

「ぐへっ!」

 

薙ぎを受けて倒れた魔術師の一人の頭を踏み抜き、銃撃を食らわせて黙らせる。

再び跳躍、薙ぎを躱して飛び退った魔術師に迫りボレーキックで頭を的確に蹴り飛ばす。

 

ズザザと砂を巻き上げて倒れる魔術師に目もくれず隣にいた魔術師には後ろ回し蹴りを喰らわせた。

 

後ろ回し蹴りの際背後から手に魔方陣を輝かせる存在に気付き、蹴りの後流れるようにガンガンハンドを変形させ構え、銃撃と共に放たれた魔法がぶつかり相殺する。俺はモクモクと生まれた煙に臆することなく突っ込み、その先にいた魔術師に出会い頭に拳打を見舞った。

 

やはり弱い。奴ら魔術師は遠中距離戦では魔法で攻撃できるが接近戦になれば素人に等しい。故にこうして接近戦に持ち込めばあっという間に蹂躙できてしまう。こうして実戦でしっかりと動けるのはイレブンさんとの模擬戦のおかげだな。

 

素早く別の眼魂を握り起動、ドライバーに差し込んでゴーストチェンジする。

 

〔カイガン!ノブナガ!我の生き様!桶狭間!〕

 

差し色の金が豪華なノブナガ魂に変身した俺はガンガンハンドを構え、辺りにいる魔術師たちに銃撃を浴びせる。もちろんただの銃撃ではなく肩部の『テンカフォースショルダー』でコピーしたガンガンハンドも本体のトリガーを引くと同時に一斉に火を噴き広い範囲で敵を撃ち倒していった。

 

距離を取った魔術師の魔法はバテレントコートが意思を持つかのように動き防御する。

 

何人か固まった魔術師たちが魔法の準備をするのを見て先んじて一斉砲火を浴びせ、吹き飛ばした。

 

〔ダイカイガン!ガンガンミロー!ガンガンミロー!〕

 

待機音と同時に銃口が紫色に輝く霊力を蓄え始める。

引き金を絞った。

 

〔オメガスパーク!〕

 

寸分違わず放たれた苛烈な霊力弾の嵐が魔術師たちを巻き込み、撃ち抜いていく。ドドドドドドドド!!とド派手な爆音と衝撃を響かせて地面を抉り、魔術師たちは爆炎に飲まれていった。

 

隙ありと背後から迫り至近距離で魔法を喰らわそうとする輩は振り向きざまに掌底を打ち据え黙らせる。

 

更なる眼魂を起動し、ドライバーに装填する。

 

〔アーイ!バッチリミロー!バッチリミロー!〕

 

トランジェント態になり装備が手薄になった俺を見て魔術師たちが好機を逃さんとばかりに一斉に魔法を放つ。

 

しかし宙に躍り出た赤いパーカーゴーストが全て斬り裂いた。

 

〔カイガン!ムサシ!決闘!ズバッと!超剣豪!〕

 

レバーを引きパーカーを纏ってムサシ魂にチェンジする。

ガンガンセイバーを召喚、刀身を分離させ展開。もう一本の剣に変えガンガンセイバー二刀流モードに移行する。

 

腰を落とし二振りの刃を構える。その間に発動し打ち出された魔法の数々を切り裂きながら走り、距離を詰め接近戦に持ち込む。

 

一人、袈裟切りにて切り伏せる。左にいる魔術師を薙ぎで切り払い、翻る剣光。背後の敵をたたき切る。

 

魔術師の群れの奥へと突き進む。最中、すれ違う魔術師を有無を言わせずに切り裂く。右、左、右斜め前、左斜め前。眼前に立ちふさがる敵を全て展開する魔方陣ごとぶった斬り血華を咲かせる。一騎当千の暴れっぷり、冴えわたる剣豪の絶技。誰も止められるものはいなかった。

 

猛進し群れを突き抜けたところでセイバーをドライバーにかざし『アイコンタクト』する。

 

〔ダイカイガン!ガンガンミナー!ガンガンミナー!〕

 

刃から赤い霊力が迸り輝いた。

 

〔オメガスラッシュ!〕

 

トリガーを引くと同時に滾る霊力が解放、刀を大きく振るいX状の斬撃にして飛ばす。

 

斬撃は真っすぐ突き進み進路にいた魔術師たちを喰らい、ある程度進んだところで派手に爆発を起こしさらに魔術師たちを吹き飛ばした。

 

「中々派手に暴れているな!」

 

魔術師たちを愛剣たるデュランダルで豪快に切り伏せながらゼノヴィアが現れた。

 

「派手に暴れたらこっちに目を引けると思ってね」

 

「ハッ!…君のその姿は剣術が得意なのかい?」

 

今度は木場が現れた。軽快に聖魔剣を振るい確実に敵を倒してきている。

 

「ああ。今の俺は彼の剣豪、宮本武蔵の力を借りている」

 

「へえ、あの宮本武蔵か。今度手合わせしたいものだね」

 

「待て、私も手合わせしたいぞ」

 

「おいおい今喧嘩するなよ、後でじゃんけんで決めろ」

 

ゼノヴィアを宥め、戦いに戻ろうとしたその時だった。ドゴンという爆音が空から聞こえ上を見上げた。

 

すると空中でカテレアと激闘を繰り広げていたアザゼルが背に白い波動を受け、大きく吹っ飛ばされたのだ。対峙していたカテレアは先ほどと違い絶大な黒いオーラを纏っていた。

 

「おい、あれはなんだ!?」

 

ゼノヴィアがその光景を指さす。空で派手に暴れていたはずの白龍皇ヴァーリが敵であるはずのカテレアに近づき、何か会話をすると一緒にアザゼルが飛ばされた方へと飛んで行ってしまったのだ。

 

「…まさか、白龍皇が裏切ったのか!?」

 

ここにきてまさかの、よりによって白龍皇の裏切り。俺は驚きを隠せなかった。

 

「奴らが向かったのは旧校舎の方だ…!」

 

ゼノヴィアが忌々し気に呟く。

 

旧校舎には兵藤と部長さん、さらにギャスパー君がいる。堕天使総督といえど旧魔王の血筋と神滅具使いを一人で御するのは至難の業だろう。最悪、兵藤たちが強者三人の激闘に巻き込まれるかもしれない。

 

「紀伊国君!君は白龍皇を追ってくれ!」

 

「でもお前ら…」

 

「私たちなら平気だ!先に行け!」

 

二人の言葉を受けて渋々頷いた。

 

「…わかった!」

 

眼魂を入れ替えフーディーニ眼魂をドライバーに装填する。

 

〔アーイ!バッチリミロー!バッチリミロー!〕

 

近くの地面に突然ドッと穴が開き、そこからマシンフーディーが飛び出しパーカーゴーストへと変形した。

 

「何でそこから出てくるんだよ…」

 

〔カイガン!フーディーニ!マジいいじゃん!すげぇマジシャン!〕

 

ツッコミを入れながらレバーを引き、パーカーゴーストを纏いフーディーニ魂へと変身する。

するとゼノヴィアがデュランダルを構え、前に進み出た。

 

「道を開くッ!!」

 

刃に輝く聖なる力を纏わせ豪快に振りぬく。ドッ!という音と共に前方にいた100はいる魔術師たちが聖なる波動によって吹き飛ばされ、あるいはぶった切られて文字通り、大きく道を切り開いた。

 

それを見て飛行ユニットを起動、空へと飛び立つ。

 

「あとは任せた!」

 

「行け、悠!」

 

頼もしい聖剣使いの声を背に、俺は大急ぎで旧校舎に向かった。

 

〈BGM終了〉

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

「先輩、手は大丈夫ですか?」

 

一誠の血が滲む手を見て訊ねるギャスパー。その腕にはアザゼル特性のリングが装着されている。

 

キャスリングにて旧校舎に転移した一誠とリアス。二人は旧校舎を占拠する魔術師たちを打倒し、ギャスパーの奪還に成功した。校舎の一室で今、リアスは魔術師たちを専用魔方陣にて冥界の役所に転送している。魔術師たちは皆、一誠の必殺技ドレスブレイクを受けて一糸まとわぬ姿になっていた。

 

「平気さ。堕天使に腹に風穴開けられたことに比べたらな!」

 

一誠は元気よく軽く自分の腹をポンポンと叩いた。

 

一誠は天使長ミカエルから受け取った聖剣アスカロンで己の手に切り傷を作り、刃に付着した血をギャスパーに飛ばして摂取させることで神器の力を安定、吸血鬼の力を覚醒させ不利な状況を一変させた。

 

「先輩…そんなにバイオレンスな経験を…!」

 

「全員転移させたわ。戻るわよ!」

 

「「はい!」」

 

リアスの声に二人は返事をして頷き、急ぎ旧校舎を出た。

 

「血を飲んでどうだ?」

 

「一時的に力が増しましたけど、今は元に戻っています」

 

現在は元の人型の姿に戻っているが一誠の血を飲んだギャスパーは本来の力を解放しコウモリの姿に変化し、己が影を自在に操って見せたのだ。

 

その時、不意に辺りが暗くなった。

 

「な、なんだ!?」

 

突然流星のように空から何かが降ってきた。轟音を響かせ土煙を巻き上げる。

 

「…まさかお前が反旗を翻すとはな、ヴァーリ」

 

土煙が晴れ、そこにいたのはアザゼルだった。服はやや土煙に汚れているがアザゼル自身は特に目立った外傷はなかった。

 

「そうだよ、アザゼル。コカビエルを本部に連行する際、オファーを受けたのさ。こっちの方が強者と戦えそうなので飲んだ」

 

答える声と同時に降ってきたのは白龍皇ヴァーリ。その隣にはカテレアもいる。

 

「そういうことです。…フッ、その姿、堕ちた天使には相応しい様ね」

 

髪を撫で、地に倒れるアザゼルの姿をプッと嘲笑するカテレア。当のアザゼルは気にも留めずに空を見上げた。

 

「さてと…もう一人来るみたいだな」

 

キィィィンと甲高い音を響かせて、空の向こうから高速で何かが飛んでくる。

 

数瞬の後、その姿がはっきりと目に移った。バイクを真っ二つにしたような機械を背負う異形の者。それが真っすぐこちらに向かってくる。

 

「横槍を叩き込ませてもらうッ!」

 

戦意を滾らせる青い流星が、飛来する。

 

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

全速力で旧校舎へと向かい、ようやく兵藤たちの姿が見えてきた俺。

途中すれ違う魔術師は回転翼が発生させるエネルギーブレードで切り裂き、空を飛んできた。

 

白龍皇とカテレアの姿を認めるなり、ドライバーのレバーを引き霊力を解放する。

 

〔ダイカイガン!フーディーニ!〕

 

ユニットを分離してグライダーモードに移行、一旦グライダーに乗りヴァーリに向かって飛び降りキックをする。

 

「ハァァ!!」

 

足に霊力の光が宿る。グライダーも追随し真後ろで俺を大きく覆うように鎖を射出すると鎖がドリル状に渦巻き回転を始めた。イメージは仮面ライダーナイトのファイナルベント『飛翔斬』。

 

〔オメガドライブ!〕

 

「ほう…!」

 

鎖も霊力の輝きを放ち、高速で空から白龍皇に迫る。奴の目から見れば群青色に輝く大きなドリルが自分に向かって突っ込んでいるように見えるだろうか。迎撃せんと打ち出された白い魔力の波動も易々と貫いて間合いを一瞬で消し去った。

 

激突の間際、光翼と同じ青い丸い障壁が展開し防がれた。ドリルと激突する障壁がインパクトと同時にキィィィンと甲高い音を上げ始める。

 

「ぬぅぅぅ…!!」

 

障壁を展開する白龍皇が苦悶の声を上げる。障壁が徐々に削られ激しい火花と青い光の粒をまき散らす。

 

そして徐々に、ヒビが入り始めた。

 

「ハァァァァ!!」

 

烈叫と同時にドリルの勢いを上げ、ついにヒビが大きく拡大。ガシャアアアンと音を立て粉々に砕いた。

 

しかし受ける寸でのところで白龍皇はさらりと受け流し、横合いから痛烈な打撃で俺を吹っ飛ばした。

 

「ガッ…!?」

 

鎖が引っ込みながら地面を横転する。

 

「中々いい一撃だ」

 

その様を見る白龍皇が殴ったであろう右手をスナップを利かせて言う。

 

先制一発は失敗に終わったか…。少しばかり残念に感じた。

 

するとどたどたと兵藤たちが駆け寄ってきた。

 

「大丈夫ですか先輩!」

 

「お前、来てくれたのか!」

 

「…ああ、そっちが気になって文字通り飛んできた。無事助け出せたみたいで何よりだ。それより…」

 

よろよろと立ち上がりながら兵藤たちの声に頷き、白龍皇の方を見据える。

 

「お前…強者と戦いたいとか言ってた時からおかしいなと思っていたが本当にそうだったとはな」

 

「そうだ。向こうからオファーが来たんだよ。『アースガルズ』と戦ってみないか…とね。強者との戦いを求める俺が飲まないはずがないだろう?」

 

奴は悪びれる様子もなく、むしろ楽しそうに答えた。

 

アースガルズが何だか知らないが和平を求める俺らとは反りが合わなかったということだ。

 

俺の近くで地に尻をつくアザゼルがヴァーリに言う。

 

「…ヴァーリ、俺は強くなれとは言ったが『世界を滅ぼす要因を作れ』とは言っていないぞ」

 

「関係ない…俺は永遠に戦えればそれでいい」

 

「そうかよ…今まで育ててきたもんとして、本当に残念だ」

 

アザゼルはどこか寂しげな様子で最後の言葉を呟いた。二人の間には上司と部下と言う関係だけではないものがあったのだろう。

 

…しかし、コカビエルもそうだがこいつも戦闘狂って奴か。相手にするこちらとしては勘弁してほしいものだ。

 

「今回の情報提供と下準備はヴァーリのおかげです。和平が決まった瞬間に拉致したハーフヴァンパイアの神器を暴走させ、頃合いを見て私とヴァーリが暴れる。首脳陣の首を一人でも取れたら儲けもの、つまり会談を壊せれば何でもよかったのです。…しかし、今回の一件はあなたの落ち度ですよ。彼の本質を理解しておきながら手元に置いてきたあなたのね」

 

アザゼルの様を見て嘲笑うカテレア。…全部あいつが仕組んだってことかよ。

 

白龍皇が自分の胸にそっと手を当てた。

 

「俺の真の名はヴァーリ…ヴァーリ・ルシファーだ」

 

突然奴が自己紹介を始め…ルシファー?

 

「何ですって!?」

 

「ルシファー!?」

 

「そう、俺はルシファーの血筋であり白龍皇なのさ。人間と悪魔のハーフ、人間の血があったからこそ白龍皇の力を手にできた…奇跡の存在」

 

マジかよ…俺は内心、戦慄した。

 

旧ルシファー…つまり本当のルシファーの血を引いていているのか。まさか、この学園に旧現レヴィアタンとルシファー両方が鉢合わせることになるなんてな。サーゼクスさんがこれを知ったら肝を抜かすだろう。それにしてもギャスパー君といいこの世界のハーフは強すぎないか?

 

「冗談が過ぎるな…」

 

「あいつこそ冗談の様な存在さ…あいつは過去未来全ての白龍皇の中で最強の白龍皇になるだろう」

 

最強の白龍皇ね。やはり俺の異世界生活は開始三か月でハードモードに移行してしまったのか?

 

堕天使幹部に続いて今度はルシファー+神滅具ってマジかよ。一年経つ頃には一体どんなレベルになっているのだろうか。

 

「さて、覚悟を決めてもらいましょうかアザゼル。今の私には世界最強のオーフィスの力を受け、あなたに並ぶほどの力を手にした。勝てるとは思わないことですね」

 

カテレアが軽快に回した杖をアザゼルに向ける。

 

レヴィアタン+ウロボロスのオーフィスってか。さっきの異様なオーラはオーフィスの力か。堕天使総督と言えどもこれは勝ち目あるのか?

 

「そうかい…なら、俺もとっておきを披露するとしますかね」

 

アザゼルが腰を上げて、手元に小型の魔方陣を展開する。そこから現れたのは小さな黄金の槍だった。石突には紫の宝玉が嵌められている。

 

「それは…」

 

「神器マニアが過ぎてな、自分で神器を作ってしまったのさ。こんなとんでもないものを数え切れないほど作った聖書の神は本当にすげえよ。俺が唯一奴を尊敬するところだ。だが神滅具という世界の均衡を揺るがすバグを残して死んじまったがな。でもだからこそ、神器は面白い」

 

話もそこそこにアザゼルが槍を握り、力強く言葉を紡いだ。

 

「禁手化…!」

 

「そんな…まさか…!」

 

宝玉がくるめく光を放ち溢れるオーラがアザゼルに纏わりつくと、それは黄金の鎧へと変化していく。金をメインにして黒のラインが入る鎧、形状はどこか白龍皇の鎧に似ている。最後に顔を覆うとその背に12枚の黒い翼が現れた。

 

見る者を圧倒し、魅了する金と黒のオーラを漂わせる全身に鎧を纏う戦士。それが今ここに誕生した。

 

「五大龍王の一匹『黄金龍君《ギガンティス・ドラゴン》ファーブニル』を封印して作り出した人工神器『堕天龍の閃光槍《ダウン・フォール・ドラゴン・スピア》』、そして二天龍を参考に完成させた疑似禁手『堕天龍の鎧《ダウン・フォール・ドラゴン・アナザー・アーマー》』…現時点では成功といったところだな」

 

「五大龍王だと…!?」

 

人工神器ってそんなものも作れるのか…!しかもドラゴンを宿した!

 

確か、匙君の神器にもヴリトラとかいう龍王が宿っているんだったか。ていうか堕天使の長+龍王も反則じゃないのか?最近、ポンポン強いもの+強いものが出てきてかなわないよ。こちとら特典をまだ揃えていないというのに。

 

「そうだ…我ながらかっこいいな。どうだ、すごいだろ?天才だろ?最っ高だろう!?」

 

自分の鎧を見て子供のようにはしゃぎ自画自賛するアザゼル。

…ま、俺もカッコいいとは思う。

 

「ハハハ!!やはりすごいな、アザゼル!」

 

ヴァーリはアザゼルの圧倒的なプレッシャーを見ても緊張どころかむしろ楽しんでさえいた。それは新しいおもちゃを得た子供のようだった。

 

「てめえとも相手してやりたいところだが、まあ赤龍帝と遊んでくれや」

 

「ふん、遊び相手にしてはつまらないな。…そうだ、そこの君」

 

「何だ」

 

マスクを被ったヴァーリの顔が俺に向く。

 

「アザゼルがカテレアと遊んでいる間、俺の相手をしてくれ。君とは一度戦いたいと思っていたところだ。コカビエルとやりあった君の実力を存分に見せてくれよ」

 

不敵にそう告げるヴァーリ。悠々とした口調の中には燃え盛る戦意に満ちていた。

 

やっぱりこうなるんだな。喧嘩売られたくないなと思っていたが世の中そう上手くはいかないみたいで。

 

「…そうかい、なら」

 

ザッと一歩前に踏み出す。拳を握り、呼吸する。

 

…間違いなく、向こうの方が格上だろう。でもこちらには譲れないものがある。そのためには戦うしかない。

 

「貴様を葬り、新世界創造の第一歩にするッ!!」

 

ヴァーリの隣で魔力を滾らせるカテレアが吼える。

 

「来いよ」

 

俺の隣で巨大な光槍を生成し、金と黒が混ざり合ったオーラを静かに放ち不敵に構える堕天使総督。

 

「期待に応えるッ!!」

 

俺の声を皮切りに聖書にしるされし異形達と、白と青の戦士がぶつかり合った。、

 

 




次回、「天龍激闘」


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第35話 「天龍激闘」

久しぶりの坂本監督回。フォームチェンジ祭りは楽しいですね。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
1.ムサシ
3.ロビン
4.ニュートン
5.ビリーザキッド
7.ベンケイ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
13.フーディーニ

時間停止解除により一部眼魂が復活。



拳を構え、意識を集中する。

 

相手は白龍皇ヴァーリ・ルシファー。魔王の血筋から得た圧倒的なまでの魔力に加えて『白龍皇の光翼』の能力も兼ね備えている。

 

神滅具の能力は触れた相手の能力を10秒ごとに半分にし己の力に変える『半減』。故に能力を発動させないためには遠中距離からの攻撃が定石となる。だが生半可な攻撃ではさっきのように障壁を張られ防がれてしまう。

ならここは…。

 

霊力を込めた足で踏み込み、真っすぐ駆け出す。

 

相手の攻撃を受けないようにしながらインファイトを仕掛ける!

 

〔アーイ!バッチリミロー!バッチリミロー!〕

 

新たな眼魂を装填し、パーカーゴーストを先行させる。

 

白龍皇、ヴァーリに纏わりつくように周囲を飛んで牽制させる。ヴァーリは歯牙にもかけず全身から白いオーラを放ち吹き払った。その間にも距離を詰める。

 

〔カイガン!ビリーザキッド!百発百中!ズキューン!バキューン!〕

 

数歩分の距離になったところでパーカーゴーストを纏い、飛来したバットクロックとガンガンセイバーガンモードでの同時攻撃を走りながら仕掛ける。

 

トリガーを連続して引き射撃を浴びせるが奴は躱す動作を一切見せずにすべて受け切った。銃撃を浴びた鎧にヒビは微塵も入っていない。

 

「チィ!」

 

やはり硬いか。流石は二天龍の鎧!

 

舌打ちする間にもヴァーリの拳がゴウッと音を立てて迫る。気付けば迫っていた。速い。

 

既の所で拳をガンガンセイバーを握る手で叩きそらす。反対の手でヴァーリの顔面目掛けて打撃を放つ。ガツンと硬い音を立ててぐらついた。

 

すると下から突き上げるように白い波動を放つ手が伸びる。スウェーバックじみた動きで回避、続けて至近距離での膝打ち。腹に突き刺さるように放たれ鎧を砕くまではいかないがよろめかせた。

 

さらに猛然と回し蹴りを放つ。よろめくヴァーリの兜を纏う頭にヒット、さらによろめく。

 

「出血大サービスだ!」

 

最後にバットクロックとガンガンセイバーを合体、二つの砲口がせり出すライフルモードへと変形する。

 

銃口を頭部に押し当て、引き金を絞る。

 

ドカァァァン!!

 

容赦なく連射を浴びせ放たれた霊力が一瞬光り、小さく爆発を起こした。爆炎に白龍皇の姿が一瞬隠れた次の瞬間、爆炎の中から猛然と白い鎧を纏った手が迫る。

 

「!!」

 

今にも掴みかからんとする手。急ぎ飛び退って躱した。爆炎が晴れ、ヴァーリが変わらず白い鎧を纏う姿を現した。

 

ただ向こうも無傷ではないようだ。兜がひび割れ、パキンと音を立て一部が割れてその中の額から血を流す端正な顔を晒した。そこから覗く目には痛みも疲れもなく、ただただ戦いに飢えた男の目があった。

 

「どうした、もう終わりか?」

 

さらにまだ余裕のある声。割れた兜は一瞬光るとすぐに元の完全な形へと戻った。

 

…全然効いてないな。鎧も、奴を戦闘不能にしない限り何度でも元通りになるだけか。

 

「…まだだ!」

 

ビリーザキッド眼魂を引き抜き、別の眼魂を装填する。

 

スペクターの特徴は眼魂を入れ替えてフォームチェンジすることで多彩な戦い方、攻撃が可能になるという点。それを最大限に生かし、奴の実力に迫る!

 

〔カイガン!ニュートン!リンゴが落下!引き寄せまっか!〕

 

「はっ!」

 

ニュートン魂に変身して右手を地面に向け、斥力を発生。弾かれるように勢い良く俺は吹っ飛び空へと飛びあがる。

 

弧を描くように飛び、ヴァーリを飛び越えるその瞬間、レバーを引く。

 

〔ダイカイガン!ニュートン!オメガドライブ!〕

 

「こいつでどうだ!」

 

音声と同時に殴るように右手を真下に突きだす。すると増幅された斥力のフォースフィールドがヴァーリの真上から放たれた。

 

ゴゴゴゴゴゴと音を立てながら地面が悲鳴を上げる。さらにメキッと地面に小さく浅い円状のクレーターがヴァーリを中心として作られた。

 

「グ…ウゥ…!」

 

フォースフィールドを雨を浴びるようにして受けるヴァーリは勢いよく地に片膝をついた。唸りながらも必死に斥力に耐える。俺は斥力に支えられるかたちでヴァーリの真上に静止した状態だ。

 

斥力に抵抗しながら奴がゆっくりと宙を見上げた。俺とマスク越しに目が合う。その時、奴がにやりと笑った気がした。

 

「ヌッ!」

 

突然ヴァーリが右手を勢いよく地面に押し当てる。

 

刹那、白い波動が地面を走るヒビから迸り、けたたましい爆音を伴った大きな爆発を起こした。猛然と爆風と土煙が舞い上がり俺を襲った。斥力で何とか支えているが全く前が見えず動きが取れない。

 

不意に土煙の中で影が揺らめいた。

 

「一瞬集中が途切れたな、おかげで君の攻撃から抜け出せたよ」

 

声と共に眼前を埋め尽くす土煙から現れたのはヴァーリ。刹那、腹に重い衝撃、激痛。

 

「グハッ…!」

 

鋭いアッパーカットが俺の腹に打ち込まれ、さらに打ち上がる。追い打ちをかけるように目にも止まらぬスピードで打ち上がった先にも現れ、握りしめた両手を振り上げて力強く叩きつけられた。俺は木っ端のように軽々と吹っ飛ばされ地面に激突した。

 

「先輩!」

 

「あ…が…!」

 

視界がぐらぐらする、口の中は血の味がする、衝撃で息が吐きだされた体が激しく空気を求める。

 

痛い痛い痛い。それでもおもむろに膝を掴み、それを支えにゆっくりと立ち上がる。

 

まだ戦いは終わっていない。後ろには部長さんたちがいる、後には引けない。

 

「フー…フー…」

 

〔Divide!〕

 

「っ!?」

 

無慈悲な音声がヴァーリの光翼から発せられる。その瞬間、力が一気に抜けたのを感じた。

 

…殴られた時か!俺の力が弱まるのと反対に奴の光翼の輝きが増した。

 

「…存外君もあまり大したことはないな、俺を相手にするには色々なものが足りない」

 

奴が手首のスナップを利かせながら言う。その声には落胆の色が宿っていた。

その言葉が精神的にショックを与えた。

 

「くそ…!」

 

滲み出る悔しさで拳を強く握り、歯を食いしばる。無力感が次第に俺の心を苛んだ。

 

奴は強い。血統、センス、経験、技術。全てにおいて俺を上回っている。まるで生まれながらにして戦に愛されたかのようだ。どの点においても俺が勝てる要素は微塵もなかった。

 

…俺はまだ弱い。この先、間違いなく和平を嫌う禍の団との戦いが始まる。きっとヴァーリクラスかそれ以上の敵とも出くわすだろう。そいつらと戦うことになれば今のままじゃ俺も、皆も殺されてしまう。大切な者を何一つ守れぬまま奪われる。己の命さえも。

 

でも諦めるわけにはいかない。あの時のように命惜しさに逃げ出せば、俺は死ぬほど後悔する。俺は何も失いたくない、だから戦う。内に秘めたる闘志と意地を燃やして、敵を砕く。

 

それが俺の決めた道、紀伊国悠、仮面ライダースペクターの道だ。既にこの手を血に染めた俺は道を引き返すことは出来ないし、下りることも出来ない。ひたすら前進するのみ。諦めるという選択肢ははなっから存在しない。

 

「……」

 

闘志を燃やし、拳を握る。今度は悔しさでなく闘志によってだ。赤々と燃え滾る闘志。たとえ勝てなくても奴を退かせるまでにはいきたい。

 

「…ほう」

 

奴も俺の戦意が再び燃え上がったのを感じ取ったのか、再び構えを取った。

 

せめて奴に一矢報いる。ヘタレな俺にも意地と言うものがある、譲れないものがある。そのために俺はもう一度力を振るう!

 

 

 

 

ドゴォォォォン!!

 

突然、けたたましい爆音が上がった。聞こえてきたのは近くでカテレアと戦うアザゼルの方からだ。

 

近くで戦うアザゼルが巨大な槍で一閃した。それはカテレアの体に大きな傷を与えるだけでなくその衝撃の余波で遥か後方の地まで裂いたのだ。

 

「ただでは終わらせない!!」

 

膝を突き、血を吐きながらもカテレアが叫ぶ。

 

突き出した彼女の腕が触手の形状に変化してアザゼルへと伸び、黄金の鎧を纏う腕へとさながらつる植物のように絡みついた。さらに触手に怪しげな紋様が一瞬浮かび上がった。

 

「自爆の術式…!死なばもろともってか!」

 

巻き付かれた本人は忌々し気に言う。舌打ちしながら空いた手で光槍を生み出し、カテレアに向けた。

 

カテレアはそれを見て、さらににたりと笑みを深めた。

 

「無駄ですよ、今の私を殺せば強力な呪術が発動しあなたも死ぬ!」

 

「…」

 

「二人とも離れるわよ!アザゼルなら一人でも何とかするわ!!」

 

部長さんの言葉を受けて、兵藤とギャスパー君が一斉にアザゼルから距離を取り始める。俺と相対するヴァーリは光翼を広げ、空へと退避する。

 

「マジか…!」

 

〔カイガン!フーディーニ!マジいいじゃん!すげえマジシャン!〕

 

急ぎフーディーニ魂に変身、飛行ユニットを起動して飛翔する。空から見下ろすと、アザゼルが槍で触手を断ち切ろうとするが切断できずにいた。

 

「その触手は私の命を削って生み出した特別製です。如何にあなたと言えども切れはしない!」

 

カテレアはしてやったりと言わんばかりの笑みを浮かべる表情で言った。

 

それを聞いたアザゼルは大きくため息を吐くと、諦めたように肩をすくめた。

 

 

 

 

その時、アザゼルが思いもよらない行動に出た。

触手が絡みつく腕を、なんと自身の光の槍で切断したのだ。

 

「なっ!?」

 

俺も驚いた。堕天使総督が自ら腕を切り落とすとは…。

 

「腕の一本くらいくれてやるよ。ついでにこいつも持っていけ」

 

切断に使用した槍をすぐさま投擲した。

 

まさかの行動に呆気にとられたカテレアは、反応に遅れた。そしてあっけなく光の槍に貫かれてしまった。

 

「ぐ……!!」

 

深々と刺さった腹からジュワッという音を立てて一気に煙が上がる。

 

悪魔にとって光は猛毒。それは魔王の血族とて例外ではない。やがてカテレアの体は霞むように消えいき、最後まで驚愕の表情を浮かべたまま断末魔の悲鳴も残すことなく塵と化して消滅した。

 

旧魔王レヴィアタンの血を引く者、カテレア・レヴィアタンは己が血への意地とプライドを抱えたまま戦場で果てた。

 

光にやられた悪魔はああやって消滅するのか…。兵藤たちがああいう目に合わないよう俺も頑張らないとな。

 

俺は彼女の死に様を戒めとしてしっかり脳裏に刻み込んだ。

 

彼女の消滅の後、アザゼルの纏う鎧がカッと光った。同時に黄金の鎧が消え元の堕天使総督アザゼルの姿を外に晒した。

 

「人口神器の限界か…まだまだ改良しなくちゃあな。もうちょい付き合ってもらうぜ、ファーブニル」

 

アザゼルは労るような声色で手に持つ黄金の槍を優しく撫でた。

 

カテレアは打ち取られた。後は…。

 

空から様子を見ていたヴァーリがゆっくりと降下し、さっきまで旧魔王の血筋の仲間が踏んでいた地を踏んだ。

 

「さてどうするヴァーリ?俺は片腕だけでもやれるぞ、今度は俺と紀伊国悠との二対一だ」

 

アザゼルが隻腕で槍をヴァーリに向ける。俺もそれに応じて降下し、再び戦闘態勢に入る。

 

それに対してヴァーリはただただ深く、息を吐いてみせた。

 

「…しかし、運命とは残酷なものだ」

 

「何だ、諦めたのか?」

 

突然の呟きにアザゼルは茶化すように返した。それを聞いて奴はかぶりを振った。

 

「違う、俺のように魔王+伝説のドラゴンという冗談のような存在がいれば、そこの赤龍帝のように何もないただのごく平凡な人間に伝説のドラゴンが憑くこともある。俺たち宿命のライバルの間にある溝はあまりにも深く、そして広い」

 

…自分の宿命のライバルがつまらない奴だと文句を言ってるのか?神器の性質上、仕方ないことだと俺は思うのだが戦いを好む奴にとっては我慢できないことらしい。

 

神器は普通、人間かその血を引く異形に生まれながらに宿り所有者が死ぬとまたランダムに別の者に宿る。神器は同じものが複数存在するが神滅具は例外、同じ時代に二つと存在しない。

 

つまり兵藤は現在、唯一無二の赤龍帝なのだ。神滅具を宿すことはあいつが望んだわけでも籠手に宿るドラゴンがあいつを選んだわけでもない。無論、ヴァーリもそうなのだが。

 

ヴァーリの目線が兵藤に向いた。

 

「兵藤一誠。君のことは調べさせてもらったよ。父はサラリーマン、母は専業主婦、両者の血縁、先祖には異形に関わる物は何もない。そして君にはブーステッド・ギアのほかに何もない」

 

突然兵藤の身の上を奴はべらべらと語りだした。

 

プライバシーの侵害って言葉を知らないのか?先祖まで調べ上げるとは俺もびっくりだが。

 

奴の声色に、憐れみと嘲笑の色が宿った。

 

「それを知った時、呆れと失望を通り越して笑いが出たよ。親が魔術師か神器持ちであれば少しは変わっただろうが…ああ、そうだ。こういうのはどうだ?君は復讐者になるんだ」

 

「…は?」

 

ヴァーリの突然の提案に声を漏らす兵藤。顔を見るに全く奴が何を言ってるのかわからないようだ。

 

俺も奴の言っていることが分からなかった。だが、何となく嫌な予感がする。

 

「今から俺が君の両親を殺しに行く。両親の人生もただ老いて死ぬよりも俺のような貴重な存在に殺されれば華になるだろう。そして君は復讐者として重厚な運命に身を委ねられる。どうだ?これで少しはマシになるだろう?な?」

 

身振り手振りも大げさにヴァーリは語る。

 

提案は残酷、その理由はあまりに自分勝手。口から紡がれる言葉、そして実力ともにまさしく傲慢の悪魔とも呼ばれるルシファーの名に相応しいものだった。

 

ちらりと兵藤の表情を伺う。俯きがちになり、影が出来てどんな表情をしているか分からなかったが弾かれたように顔を上げヴァーリを睨んだ。

 

その時のあいつは、見たこともないほど憤怒に染まり切った表情をしていた。

 

「ヴァァァァリィィィッ!!!」

 

その時、兵藤が赤く爆ぜた。

 

爆発にも似た咆哮とオーラの解放が大気を殴り、地面を砕く。ゴウゴウと風は泣き叫

び、大地は悲鳴を上げる。

 

籠手の宝玉からくるめく光が溢れ出す。それに呼応してアザゼル特製のリングに嵌められた小さな宝玉も光り始めた。

 

「ふざけるなよ…!!テメエにとってはつまらない親だろうけど、俺にとっては今まで育ててくれた最高の親なんだ!!テメエなんかに殺されてたまるかァァァッ!!!」

 

〔Welsh Dragon Over Booster!〕

 

籠手から力に満ちた音声が流れる。一瞬、カっと赤い光を放つと兵藤の全身をごてごてとした竜の鱗にも似た赤い鎧が覆っていた。胸や膝には籠手と同じ翡翠の宝玉が埋まっている。

 

不完全ながらも赤龍帝の籠手の禁手『赤龍帝の鎧《ブーステッド・ギア・スケイルメイル》』。赤い力の化身が、今現れた。

 

ライザーと決闘した時と同じ姿だ。あの時は宝玉に10という数字が描かれていて10秒間だけしかその状態を維持できなかったが今回は14と表示されている。だがあの時と文字の色が違う。おそらくは14秒でなく14分ということだろう。

 

あのリングの補助でここまで時間が伸びるとは、グリゴリの技術はすごいな。俺は内心感嘆の声を上げた。

 

「テメエだけは絶対にぶっ潰す…!!」

 

怒りに満ちた言葉を吐く兵藤。

 

「紀伊国、絶対に手を出すなよ。あいつだけはぶん殴らねえと気が済まない…!」

 

「…!あ、ああ」

 

俺を一瞥し、凄味がかった声で告げた。あいつが纏う濃密な龍のオーラに一瞬気圧された。

 

映像越しではなく生身で初めて見る赤龍帝の禁手、その圧倒的な力。これで不完全とは到底思えないレベルの迫力だ。これがもし完全な物になり、あいつが完璧に扱えるようになればこれほど頼もしい者はいないだろう。

 

それに相対する奴はビビるどころかむしろ歓喜に打ち震えていた。

 

「怒りで力が増大したか…!!」

 

『強い感情はさらなるドラゴンの力を引き出す。彼はお前以上にドラゴンの力を引き出すのが上手いかもしれないな』

 

「それだけに君が平凡でバカなのが残念でならないよ!」

 

ヴァーリと彼の内に宿る者との会話の後、赤い鎧の背面に備わったバーニアに似た噴出口から赤いオーラが噴き出す。一気にヴァーリとの距離を詰めて殴りかかる。

 

ブーステッド・ギア…ブースト。まさしくその名の通りだ。10秒ごとに力を倍にする『倍加』の能力だけでなくそんなことも出来るなんてな。

 

「平凡で悪いかクソバカァ!!」

 

「だから君はバカなんだ!」

 

悠々とそれを躱すヴァーリ。攻撃を躱された兵藤は崩れる態勢を何とか立て直して再びヴァーリに向かって行った。

 

突撃の際、左の籠手から星光を受けキラリと光る刃が伸びた。その刃にはエクスカリバーやデュランダルにも似た聖なる光が宿っていた。

 

「あれがアスカロンか…?」

 

兵藤がミカエルさんから受け取ったという聖剣。

 

「ああ、ゲオルギウスが振るったという龍殺しの聖剣『アスカロン』だ。エクスカリバーより悪魔への特効効果は弱いが代わりにドラゴンに大ダメージを与える『龍殺し』効果がある。上手く使えてないみたいだがな」

 

俺の疑問をアザゼルが回収してくれた。ホントなんでも知ってるなこの人。

 

今度は殴りかかるのではなくそれをむやみやたらに振り回すように攻撃をする。素人丸出しの剣戟など当然歴代最強の白龍皇とうたわれる彼に通じるはずもなく全て回避されてしまう。

 

「いかに龍殺しの聖剣と言えど当たらなければどうということはない!!」

 

「両者の禁手は能力を使うたびに体力か魔力を消費する。だがヴァーリのスタミナなら能力を何度も使用できるし一か月は禁手を持たせられる。…差は歴然だな」

 

「イッセー…」

 

隣で部長さんが心配そうに声を漏らした。その姿は仲間を思うものでもなくそれ以上の…。

 

刹那、兵藤の鎧が砕けた。ヴァーリの拳を引く動作が見えた。奴は胸部に神速の打撃を打ち込んだのだ。

 

「ガッ…!」

 

攻撃を受けた兵藤があまりのダメージに足をがくがく震えさせながら後ずさる。

 

「先輩!」

 

「弱い。弱すぎて欠伸が出そうだよ…どれ、もう一押し」

 

〔Divide!〕

 

光翼が音声と共に光る。兵藤の纏う赤いオーラが小さくなった。

 

〔Boost!〕

 

籠手の宝玉が音声と共に光る。小さくなったオーラが元の大きさに戻る。

 

「半減した能力は倍加の力で元に戻る…が、奴は半減した力を吸収して強化できるのさ」

 

今度はヴァーリの攻勢が始まる。両手から次々と魔力を打ち出す。所謂、グミ撃ちという技だ。

 

今だダメージにふらふらする兵藤は上手く回避することも出来ずに次々と受けてしまう。

 

「ほらほらどうした!?足が止まっているぞ!?」

 

近くに着弾した魔力の爆風に揺られ、直撃を受けては大きくのけぞる。鎧は何とか破壊されず小さな欠片が爆風で舞う程度にはなっているがその衝撃は内にある兵藤の体にしっかりとダメージを与えているはずだ。

 

「攻撃は真っすぐ突っ込むだけ、能力は使いこなせない…ライバル対決はここで終わ」

 

嘆息交じりの呟きの途中、爆炎の中から兵藤が飛び出した。噴出口から赤いオーラを噴き出し弾幕の向こうにいるヴァーリへと真っすぐに迫る。

 

途中、魔力の直撃を受けても止まらず、ただただ突き進んだ。顔面に魔力を受け、血を流しながらも闘志に燃える決死の表情を浮かべる友の顔が晒された。

 

「馬鹿の一つ覚えで!」

 

ヴァーリは俺がフーディーニで攻撃した時と同じ障壁を展開した。それを見ても突撃を止めず、兵藤が吼えた。

 

「ドライグ!アスカロンに譲渡しろォ!!」

 

〔Transfer!〕

 

ヴァーリの攻勢に変わるように攻勢。音声の後、左手で猛烈な拳打を突き出す。

 

拳が障壁にぶつかった瞬間、光翼と同じ輝きを放つ障壁はガラスが割れるようにいとも簡単に粉砕され勢いをそのままヴァーリの顔面に炸裂した。マスクの一部が割れ、ヴァーリの顔が見えた。

 

「ッ!!?」

 

奴はまさか破られるとは露程も思っていなかったらしく、驚愕の表情のまま大きく態勢をよろめかせた。

 

兵藤はそこから追撃するのではなく、光翼の付け根をがしっと掴んだ。

 

「お前の神器の能力はここで発動しているんだろ!!」

 

〔Transfer!〕

 

「吸い取る力と吐き出す力を倍加させたらどうなるんだろうなァ!!」

 

「何!?」

 

音声の後、ヴァーリの力…いや、奴が纏う鎧の力が増した。同時に各部の宝玉と光翼が赤、緑、青、黄色と不規則に目まぐるしく色を変えて発光し、光翼からは激しくスパークが散った。

 

ヴァーリ自身もガタガタと震え始めた。鎧が今危険な状態にあるのがすぐに見て取れた。

 

「そうきたか…!」

 

「アザゼル、イッセーは一体…」

 

「奴の神器『白龍皇の光翼』は触れた相手の力を10秒ごとに半減し己の力にする。吸い取った力は翼から龍市場にして放出することで限界を超えることなく力の上限を維持できるんだよ。それをあいつは『赤龍帝の籠手』で倍加させ、過剰に力を吸収させ吐き出させることでオーバードライブさせようとしている。全く、今代の赤龍帝はとんでもないことを思いつくな」

 

あいつ、よくそんなことを思いついたな。…いや、ドレスブレイクなんて技を開発するくらいだからあいつの思考は俺たちが届かない域にあるのかもしれないな。それとも、単にバカだから素朴な疑問を思いつくままに実行しただけか。いずれにせよ、あいつは意外性と言う物に満ちているかもな。

 

「イッセー先輩かっこいいです…!」

 

「さらにもう一発!」

 

再び先の障壁を破った左拳をヴァーリの腹部に放つ。するとあれだけ堅牢だった白龍皇の純白の鎧は紙のように容易く砕けてしまいそのまま露わになった腹に突き刺さるように痛烈な打撃がぶち込まれた。

 

「アスカロンの力を拳に込めたな。悪魔でありドラゴンでもあるヴァーリには効果抜群の一撃だ」

 

奴はその威力にズザザと砂を巻き上げ後ずさった。衝撃の余波か、マスクがさらに割れた。

 

額から血を流す顔を露わに、腹を抑えながら血反吐を吐き捨てた。

 

「…前言を撤回しよう。やればできるじゃないか」

 

やや楽し気に笑うと、鎧がカッと光り砕け散った鎧の箇所は完全に修復されてしまった。

 

あれでもダメか…。あの調子だと禁手の時間切れまでに倒せそうにないな。兵藤も禁手の消費と加えてかなりのダメージが蓄積しているはず。時間切れになる以前にあいつがダウンする可能性もある。

 

不意に、兵藤が己が籠手へと視線を下ろした。

 

「…ドライグ。神器は所有者の思いに応えるんだよな?…なら、俺のイメージ通りにできるか?」

 

『…相棒。面白いことを考えるな。だがリスクは大きい、死ぬかもしれないぞ。お前にはその覚悟があるか?』

 

「ああ。俺は部長の処女をまだもらってない。だからまだ死ねない、死んでたまるか。あいつをぶっ倒せるなら痛いのだって我慢してやるさ!」

 

『ハハハハハッ!いいだろう!我は力の塊と称された赤き龍の帝王!お前の見事な覚悟に賭けよう!この大博打、勝ってみせるぞ!兵藤一誠ッ!!』

 

兵藤が籠手に宿る龍と会話をし、決意を固めたような口調で拳を握った。何やら秘策があるような語り口だが…。

 

不意に兵藤は砕け散ったヴァーリの鎧の残骸の中から一つ、綺麗な宝玉を拾い上げた。

そしてそれをヴァーリに堂々と見せる。

 

「ヴァーリ!今から俺は、テメエの力で強くなる!!」

 

「何…?」

 

胡乱気なヴァーリの声をよそに突然、右腕の鎧に嵌められた宝玉を自分で叩き割る。

 

さらに宝玉を天に掲げ、さっきまで右腕の宝玉が嵌められていた穴に入れた。すると宝玉から白い光が漏れ出し、おもむろに兵藤の右半身を覆っていく。

 

…まさか、白龍皇の力を取り込む気なのか…?

 

そう思い至った刹那、凄まじい赤と白のオーラのせめぎ合いが右腕で起こった。

 

「ガアアアアアアアアアアッ!!!」

 

『グオオオオオオオオオッ!!!』

 

のけぞった兵藤の口と籠手の宝玉から、聞くも痛々しい叫びが迸る。

 

「なるほど、俺の力を取り込む気か…!」

 

『不可能事だな。相反する我の力を取り込めば死ぬぞ』

 

驚くヴァーリと冷静に目の前の光景を見る『白い龍』アルビオン。

 

『アルビオン!グッ…変わらず頭の固いお前にこいつから学んだことを一つ教えてやろう!!』

 

ドライグと呼ばれた赤い龍は苦痛に呻き、叫びながらも笑いを含んだ声でアルビオンに話しかけた。

 

『何だと…?』

 

『バカも貫き通せば、不可能も可能になるとな!!』

 

「アアアアアアアアアア!!ハァッ!!」

 

〔Vanishing Dragon Power is taken!〕

 

暴れまわるオーラを振り払い、右手を突き出す。その右手の籠手の色は全身赤の鎧の中で一際目立つ白だった。

 

形状は赤龍帝の鎧と同じだが色はヴァーリの鎧と同じ、惚れ惚れするような純白。

 

〈BGM:Just the beginning (仮面ライダーウィザード)〉

 

「バカな…白い籠手だと…!」

 

白龍皇の鎧の兜から驚きに震える声が聞こえた。兜の裏でどんな表情をしているのか見えないのが残念だ。

 

「よし…『白龍皇の籠手《ディバイディング・ギア》』ってところだな!」

 

右手を突き出し、堂々と構えた。

 

「すげぇ…」

 

俺は思わず言葉を漏らした。

 

あいつ、本当に不可能を可能にした…!

 

兵藤が右手の新しい籠手をポンポンと叩く。

 

「お前、こいつを不可能だとか言ってたな?でも可能性はあった。聖と魔のバランスが崩れた今、聖魔剣ってもんが出来たんだ。それなら、同じ相反する赤と白の力が融合してもおかしくないだろう?」

 

『代償としては、確実に寿命が縮んだことだな』

 

寿命を削ったのか。悪魔は永遠にも近い時間を生きる。恐らく、悪魔で寿命を削るという表現はそれこそ100年、いや1000年は削ってこそ使われるものだろう。

 

パチパチパチパチ!

 

「フフフハハハハハッ!面白いな、兵藤一誠!なら俺も少しは本気を出さねば失礼と言うものだ!!」

 

拍手し、嬉々とした声を上げてバッと翼を広げて飛び立つヴァーリ、光翼を目一杯広げると聞いたことのない音声が流れた。

 

〔Harf Dimension!〕

 

光翼の光が増し、腕を大きく広げる。

 

メキッ

 

どこからか軋むような音がした。

音の出所を探らんと辺りを見渡すと、見てしまった。

 

旧校舎を取り囲む木々が、文字通り半分の大きさになってしまったのだ。

 

メキメキメキッ!

 

音は続き、さらに激しくなっていく。地面に転がる小石すらさらに小さくなってしまう。

 

「周りの物が半分になっていきますぅ!!」

 

「な、何だこりゃ!?」

 

俺も含めた皆は突然の超現象に理解が追い付かず、慌てふためいていた。

 

まさかこれも『半減』の力なのか!?こんな芸当もできるなんて神滅具は恐ろしいな…。

 

「赤龍帝、お前にもわかりやすく教えてやろう」

 

アザゼルはこの現象の中にあっても冷静な態度を崩さない。強者の余裕と言う奴か。

 

「奴は半減の能力を周囲に展開してあらゆるものを半分にしている。つまり、リアス・グレモリーのバストも半分になる」

 

「…は?」

 

〈BGM一時停止〉

 

訪れたのは一瞬の静寂。兵藤の動きが完全に止まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドォォォォォォン!!

 

「ふざけんなテメェェェェェェェェェ!!テメエの力で部長のおっぱいを半分にされてたまるかァァァァァァァ!!!」

 

〔Boost!Boost!Boost!Boost!Boost!Boost!Boost!Boost!〕

 

喉が裂けるような烈叫と共に、赤い光が爆ぜた。先ほどまでとは比べ物にならない質量のオーラ。宝玉からは壊れた機械のように音声が鳴る。叫びとオーラが地を砕き、風を殴る。旧校舎の外壁にヒビが走り、窓ガラスは全て砕け散った。

 

それを見た俺は顎が外れそうになるくらい驚いた。脳がさらなる超現象を前にして理解が追い付かずにいる。

 

「ええええええええええええ!!?」

 

お前なんて理由でパワーアップしてるんだよ!?それでパワーアップできるのか!?しかも何でヴァーリが両親の殺害宣言した時よりも激しく反応してんだ!?ダメだ、ツッコミたいことが多すぎて言葉にならない。何で天下の赤龍帝ともあろう者が主のおっぱいで強くなるんだ!?

 

「こいつマジかよっ!主のおっぱいで力が増大化しやがった!!」

 

アザゼルは腹を抑えてげらげらと心底愉快そうに笑った。反対に当の部長さんはげんなりとした顔でその光景を見ていた。うん、普通はそういう反応だよな。

 

「…まさか女の乳でここまで力が増すッ!?」

 

ヴァーリの発言の途中、いつの間にかヴァーリの腹にえぐりこむような拳が撃ち込まれていた。

 

全く見えなかった。あのスピードは完全にヴァーリを上回っている。奴は全く反応できないと言った顔をしていた。

 

〈BGM再生〉

 

「これは部長の分!」

 

〔Divide!〕

 

籠手から音声が鳴る。同時に圧倒的なオーラを放つ白龍皇の力が弱まった。

 

さらにラッシュは続く、今度は顔面に拳打をぶちかました。怒りによって大きく跳ね上がった力を込めた拳はヴァーリの頭部を覆う兜を完全に破壊した。

 

「朱乃さんの分!成長途中のアーシアの分!」

 

今度は光翼を掴み、根元からもぎ取った。一瞬の出来事だ。悠々不敵に構えていた白龍皇の美しい鎧は息もつかせぬ怒りのラッシュで見るも無残な姿に変えられた。

 

そして次に、大きく頭を振りかぶった。

 

「そして最後にッ!元々小さい小猫ちゃんの分だァァ!!」

 

渾身の頭突きがヴァーリの整った顔面に炸裂した。ゴツッという痛々しい音が上がった。

 

「グハァッ!!」

 

大きく吹っ飛ばされ、土煙を上げながら横転する。

兵藤はすぐさま追撃に入るのではなく、籠手に声をかけた。

 

「ドライグ!もう一回、俺のイメージ通りにできるか!?」

 

『ほう、俺好みのいいイメージだ。いいだろう、最後まで付き合ってやるっ!!』

 

突然、赤龍帝の鎧の背面にある噴出口が激しく赤い魔力を噴いた。

ゴウッという音を立てて真っすぐ突き進むのではなく内にある莫大なオーラを放出している。

 

滝のように溢れる赤いオーラが迸り、唸り、暴れ、荒れ、やがてごつごつした鱗を備える太い手足の生えた龍の形を成した。

 

「GARRR!!」

 

怖気が走るような荒ぶる龍の咆哮。兵藤の後ろで相対する敵を威嚇する。

 

「今度は何を…」

 

「はぁぁぁ!!」

 

今度は兵藤が地を蹴り馳せる。同時に龍も追随し、次第に兵藤の足に鎧と同じ色をした燃え盛るオーラが宿る。

 

猛々しい龍を従えながら、ヴァーリに猛烈なスピードで真っすぐ迫る。

 

『ヴァーリ、あれを直接喰らうのはまずいぞ』

 

「そのようだな」

 

内に宿るドラゴンと会話するヴァーリが光翼を広げ、空に飛び立とうとする。

 

逃げる気か、そうは問屋が卸さない!

 

素早く腕からタイトゥンチェーンを射出しヴァーリの腕に巻き付け力強く引っ張る。すると鎖に引っ張られて一瞬よろめき、飛び立たんとするヴァーリの動きが止まった。

 

「!」

 

「ゼノヴィアの分ってな。…肉食った報いだ、受け取れ!!」

 

マスクの裏でニッと笑う。――行け、兵藤!

 

「だァァァァァァァッ!!!」

 

その間にも兵藤との距離が縮まる。力強く地を踏み、地から足が離れると飛び蹴りの態勢に入る。背面のブーストを吹かしさらに加速した。その様はまるで龍を伴って空を駆ける赤い流星のようだ。

 

接触の間際、動きを封じられたヴァーリの驚愕に目を見開く顔が見えたような気がした。

 

そして…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドゴンッ!!

 

「ごふぅあッ!!?」

 

快音を響かせ、赤い流星と龍がヴァーリの腹に吸いこまれるように同時に喰らいついた。

 

〈BGM終了〉

 




センス、経験共に悠は現時点のヴァーリには勝てません。常日頃からコカビエル戦程戦意が燃えていてあれくらいの力を発揮できるわけではないので。どこぞのイマジンが言ってた「戦いはノリのいい方が勝つ」というのはあながち間違っていません。

最後の攻撃のイメージはクローズのドラゴニック・フィニッシュ、あるいはNARUTOの夜ガイです。

新しいアンケートを活動報告でやってますので気になる人は是非。

次回、「和平と祈り」


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第36話 「和平と祈り」

焦った…。本来は昨日投稿する所、執筆途中でフリーズしてしまい保存されなかった部分を元に戻す作業で遅れてしまいました。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
1.ムサシ
3.ロビン
4.ニュートン
5.ビリーザキッド
7.ベンケイ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
13.フーディーニ



「ごふぅあっ!!!」

 

赤い流星の直撃を受けたヴァーリは大量の鮮血を吐き散らした。蹴りが炸裂すると同時に砕けた鎧の破片が赤いオーラの奔流に飲まれて消える。

 

ヴァーリを喰らう赤い流星は先にある森をなぎ倒しながらそのまま直進した。木々を裂き、砕き、壊し、荒らし、ついに森を抜け出る頃、蹴りが刺さる足を引き再び力強く伸ばして龍のオーラごとヴァーリを吹っ飛ばした。

 

赤い龍がド派手に破壊の跡を残しながら遠のいていく。数瞬後、破壊の跡の向こう側で爆発が起こった。轟音の後に余波が俺たちを軽く襲う。

 

「っ…」

 

両腕をクロスして踏ん張って耐える。余波に晒される地面が軽く砂煙を巻き上げた。

 

やがて余波は消え、周りの面子は元の態勢へと戻った。俺は直撃の寸前、ヴァーリへの拘束を解いた鎖をじゃらじゃらと引き戻しながら思った。

 

「…すげえ」

 

それしか言葉が出なかった。全開になったドラゴンの暴力的なまでの力。神と魔王に喧嘩を売ったという『二天龍』の絶大なオーラ。それは俺の心を圧倒し、赤龍帝という名をしかと刻み付けた。

 

「なんつー威力だよ…!乳の恨みは恐ろしいな!」

 

アザゼルが木々がなぎ倒された跡を見て言う。赤い龍が通った跡には奔流に飲まれて木が丸ごと消えていたり無残に折れて切り株のようになっているなど無茶苦茶な様相だった。

 

いやあんたもカテレアと戦った時に似たことやったろ。その人から見ても今の一撃は凄まじい物なのか。

 

「とにかく、二人を追いましょう」

 

部長さんの言葉を受けて、俺たちはなぎ倒された木々の跡を通って兵藤たちの方へ向かった。

 

森を抜けると激しい乱戦が校庭で繰り広げられているのが見えた。

 

「アーシアさん、回復を」

 

「はい!」

 

アルジェントさんの治癒を受ける腕に火傷を負った木場。

 

「雷よ!」

 

「隙だらけです」

 

天から雷を降らせる朱乃さんと、小柄な体躯を活かして戦場をかき乱す塔城さん。

 

二人は時間停止を受けていたがギャスパー君の救出に伴い能力が解除されたようだ。無論、それ以外の人も停止していた眼魂も復活している。

 

「椿、背中は任せました」

 

「はい、会長!」

 

水でできた獣を操り、魔術師たちに食らいつかせる会長さん。無防備を晒す会長さんを守るようにその近くで薙刀を振るう副会長さんこと、真羅椿さん。

 

「ルシファー様とレヴィアタン様をお守りしろォ!」

 

「邪な魔法使いどもめ、ミカエル様には指一本触れさせん!」

 

空中では復活した各勢力の警備兵たちが物量で魔術師たちを殲滅して回っている。光の槍や魔力、そして魔術師たちの魔法が飛び交い夜空を美しく彩る。

 

「時間停止も解除されて、こっちが攻める側に変わったな」

 

魔術師たちはもう心配する必要はなさそうだ。この調子ならすぐに片付くだろう。問題は…。

 

視界を乱戦が繰り広げられる空から校庭へと下ろす。

 

「ハァ…ハァ…」

 

そこで肩で息をして辛うじて立っているのがやっとという様子を見せるのは兵藤。さっきの技は相当な威力の分、かなり消耗するようだ。そんな兵藤にアザゼルが声をかけた。

 

「おい赤龍帝!俺がさっきの技を命名してやろう。『赤い龍《ウェルシュ・ドラゴン》』と共に放つ必殺の一撃…『ウェルシュ・レッド・ストライク』なんてのはどうだ?」

 

「『ウェルシュ・レッド・ストライク』…」

 

噛みしめるように言葉を繰り返す兵藤。女性の衣服を弾け飛ばすドレスブレイク、生み出した魔力の玉を籠手の力で倍加、圧倒的な質量にして打ち出すドラゴン・ショットに続く第三の技。放出した赤いオーラを龍の形にして共に蹴撃を放つ絶技。その威力のほどは、後方の森が示している。

 

『相棒、さっきの技だが今のお前のキャパシティでは完全な禁手になっても一度の戦闘につき一回が限界だろう。今だって鎧が解除されるのも時間の問題だ』

 

「マジかよ…」

 

籠手から聞こえる声に軽く気を落とした様子で答える兵藤。籠手に宿る龍、ドライグの話は続く。

 

『さっきはお前の怒りで増したパワーと白龍皇の籠手で奪った力があったからこそできた。あれはお前のレベルを数十段飛び越した技だ。使えたのは奇跡のようなものだということを覚えておけ』

 

「…わかった」

 

鎧で顔が見えないが声色からして真剣な表情で兵藤は頷く。

 

あいつのレベルを数十段飛び越した、か。それを可能にしてしまうあいつと赤龍帝の力とその相性も相当なものだと思う。真っすぐで情に厚いあいつは感情で神器の力を引き出すことに優れている。それはここまでの域に達してしまうほどの物。

 

…案外、今後禍の団とやらが来ても大丈夫なんじゃないか?乳への思いであそこまでパワーアップできるくらいだし。

 

「しっかしまあ、随分派手にぶっ飛ばしたな」

 

俺がそう考えているとアザゼルが兵藤の向こうで倒れ伏す鎧を纏った男を見て言う。

 

「……」

 

校庭に大の字で地に伏すヴァーリは大量の血をぶちまけて沈黙している。鎧は完膚なきまでに破壊しつくされ静止したままでピクリとも動かない。

 

…勝った、のか?

 

その思いを裏切るかのような調子で、その笑い声は聞こえた。

 

「…フフフ」

 

「!!」

 

間違いなく声はヴァーリの方から上がった。ゆっくりと上体を起こし、地を踏みしめて立ち上がる。

 

鎧は立ち上がる際に一瞬で修復されてしまった。

 

「あいつまだ立てるのかよ…!?」

 

戦慄に震える声を兵藤が上げる。ヴァーリもまた肩で息をしており深刻なダメージを受けたことをふらつく動きが示している。

 

これでも戦えるのか…!

 

「…兵藤一誠。君は俺の想像以上だ」

 

俺の戦慄をよそに首をコキコキと鳴らして腕を回しながら奴は言う。その言葉から感じ取れる戦意、依然衰えず。

 

「アルビオン、『覇龍』を使う。奴は俺の本気を出すにふさわしい相手だ」

 

再び奴の闘志に火がともる。

 

まだやろうっていうのか…!戦闘狂は怖いもんだな、これでも戦おうなんて言うとは。それにまだ奥の手を残してもいるようだ。向こうにも必殺技か、強化フォームのようなものがあるというのか…?

 

『ヴァーリ、そのダメージでこれ以上の戦闘は危険だ。その上『覇龍』を使おうなど…!』

 

「我目覚めるは、覇の理に―」

 

『自重しろヴァーリ!』

 

アルビオンの話に耳を貸さず、奴は呪文のような言の葉を詠唱し始める。仰々しくもどこか悲しさを感じさせるフレーズ。詠唱を始めると同時にヴァーリの鎧が仄かな光を放ち始め、大気が震え始めた。

 

危険を感じ取った俺は即座にガンガンハンドを召喚した。

 

〔ガンガンハンド!〕

 

流れる動作で銃を構え、詠唱途中のヴァーリに向ける。

 

変身途中のヒーローを邪魔してはいけないというのは暗黙のルールではあるがそうも言っていられない。このまま奴が更なる力を解放すれば今度こそ全滅するかもしれない。そうなる前に確実に仕留める!

 

引き金を指に当てた瞬間、ヴァーリの隣に黒い影が降った。

 

「よっと…迎えに来たぜぃ、ヴァーリ」

 

現れたのは中国の武将が着るような赤い鎧を纏う茶髪の青年だ。おちゃらけた雰囲気の中に確かな戦意も滲んでいる。

 

「美猴か、邪魔をするな」

 

鳴動するオーラをそのままに不機嫌そうにヴァーリが返す。二人は仲間なようだ。これはどうしたものか…。

 

「何だよ、折角遠路はるばる極東の島国に来たってのによ。本部の奴等から連絡だ。作戦が失敗したならとっとと帰って来いってさ。アース神族とやりあうってよ」

 

「…そうか」

 

返事と同時に放っていた不機嫌とオーラを鎮めた。同時に奴から感じる戦意も次第に冷めていった。

 

ひとまず、危機は去ったか。

 

そんな中、警戒の面持ちで兵藤が半歩前に出た。

 

「てめえ、何者だ?」

 

兵藤の質問に答えたのはアザゼルだった。

 

「奴は闘戦勝仏の末裔…メジャーな名前で言うなら、西遊記の孫悟空だ」

 

「ええええええ!?」

 

驚愕の表情で兵藤が声を上げた。俺も仮面の下で驚いている。

 

こいつが西遊記の孫悟空…!戦いの最後にこれまたとんでもない人物が出てきたな!

 

孫悟空…俺の世界の世界的なアニメの主人公が同じ名前だったな。アニメの孫悟空=西遊記の孫悟空ではないがアニメの方にも筋斗雲や如意棒といったオリジナルの要素はあるしもしかしたら…。

 

「おいお前、かめはめ波とか出せるのか?」

 

試しに訊いてみることにした。このパワーバランスがすごいことになってるファンタジーの世界なら逆があってもいいよね?

 

「んだよそれ?亀をハメてどうすんだよ?」

 

「じゃあ金髪になるのか?それとも赤か?青か?」

 

「…ヴァーリ、あいつ何なんだ?」

 

俺の質問のラッシュにうんざりした様子で孫悟空はヴァーリに訊ねた。

 

「紀伊国悠、奴がコカビエルを倒した人間だ」

 

「おっは、マジかよ!」

 

ヴァーリの返事を聞いた途端に嬉しそうに俺の方を見た。

 

まーた戦闘狂に目を付けられるのか…勘弁してくれよ…。

 

「…正確に言えば、あいつは孫悟空の力を継いだ猿の妖怪だ」

 

それを見かねたようなアザゼルの補足説明。それを聞いて俺はちょっとばかりがっかりした。

 

「なんだ本物じゃないのか…道理でできないわけだ」

 

折角同じ名前繋がりでいろいろできるかと思ったのにな。

 

俺の落胆を見て奴が額に軽く青筋を立てて言った。

 

「おうお前表出ろい、お前絶対俺っちをナメてるだろ、そのナメた態度を取れないようにしてやらぁ」

 

「いやもう表に出てるじゃん、ここ外だよ?」

 

「細かいことはいいんだよ!俺っちと勝負しろい!」

 

「美猴、奴のペースに乗るな。それだから黒歌にバカ猿呼ばわりされるんだ」

 

「やかましいわ!ってかあいつ陰でそんなこと言ってたのかよ!」

 

…あいつらにはまだ黒歌っていう仲間がいるのか。ヴァーリ一人でこれなのに孫悟空のほかにもまだいるってのか。それにしてもあいつ見ていて楽しいな。俺ももう少しいじってみるか。

 

そう思いつつボソッと呟く。

 

「…バカ猿」

 

「お前まで言うなってんだよ!やっぱテメエはここでぶっ倒してやらァ!ウッキィーッ!!」

 

かなり小声で言ったがちゃんと耳に届いたらしく怒髪天を衝く勢いで動きを大きくして声を上げる。

 

ウッキーって、やっぱり猿じゃん。バカ猿ってあだ名まんまじゃないか。

 

そんな様子のバカ猿をヴァーリが冷静に宥めた。

 

「おい、奴と戦ってどうする。本部に帰るんじゃなかったのか?」

 

「アアン!?…ああ、そういやそうだな」

 

奴の言葉を聞いて一応の落ち着きを取り戻したらしく渋々ながらも怒りを鎮めた。。

 

「ま、俺っちは初代と違って自由気ままに生きるのさ。俺は美猴ってんだ。初めまして、赤龍帝」

 

バカ猿…美猴は気安い調子で挨拶すると、耳に手を当てて耳穴から棒を出現させる。手慣れた動きでくるくる回すと地面に突き立てる。

 

すると突いた箇所から、じわじわと黒い霧のようなものが溢れ出てきた。同時にその中にいる二人は地面に沈み込もうとしていた。

 

「逃げる気か!」

 

「ッ!待て!」

 

兵藤が半歩踏み出した瞬間、纏っていた鎧が赤い光となって消えた。同時に大きくふらりとよろめいた。

 

倒れる体を無理やり踏み込み堪える。腕に目をやれば、禁手を補助していたリングが灰となってサァーという音を立てて飛んで行った。

 

やっぱりもう限界だったか。とどめまで行かなかったのは残念だがあそこまで追い詰めただけでも御の字だろう。

 

「くっ…アザゼル!あのリングはないのか!?」

 

兵藤が弾かれたようにアザゼルの方へと振り向いた。アザゼルは渋い顔でかぶりを振った。

 

「無理だ、あれはあくまで緊急用だ。あれを一つ作るのに恐ろしく長い時間がかかる。量産は無理だし多用すれば完全な禁手に至る可能性も消える」

 

「くそ…!」

 

アザゼルの返事に苦虫を嚙み潰したような表情で闇に消えゆくヴァーリを睨みつける。

闇に沈みゆく中、奴は言った。

 

「兵藤一誠、俺には他に戦いたい連中が山ほどいる。君はその中の一人になった。今度戦うときのためにもっと強くなれよ、俺のライバル」

 

「お前今度会ったら棍で殴り倒してやるからな!覚えとけよ!!」

 

「今度会ったら棍で殴り倒すって、暑くなるこの時期に涼しいダジャレをありがとうな」

 

「ムッキィーッ!!」

 

その言葉だけ残して、奴はこの場から消え去った。二人が消えたと同時に闇も霧散し後には何も残さなかった。

 

…バカ猿の最後のセリフ、明らかに俺に向けて言ってたよね?

 

 

 

 ▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

ヴァーリが去ってすぐに校庭の魔術師たちとの戦闘も終わり、死体の片付けや生き残りを冥界や天界の役所へと転移する作業が始まった。

 

勢力ごとに異なる色の遺体収納袋に魔術師たちの死体を詰め、悪態をつく生き残りたちと一緒に役所に転送される。それを横目に俺は…。

 

「…はー、アルジェントさんの治癒は落ち着くなー」

 

地に尻をつけて、アルジェントさんの治癒を受けていた。

 

腹に両手が当てられ、仄かな緑色の光が漏れ出る。戦闘で受けた傷の痛みが引いていくのと同時に心に安らぐような安心感が広がる。ある程度治癒をかけたところでアルジェントさんが神器の指輪を嵌めた手を引いた。

 

「応急処置なのであまり激しく動かないでくださいね」

 

「了解、ありがとう」

 

まだ心配そうな顔をしているアルジェントさんに礼を言って立ち上がる。まだ他にけがをしている仲間や兵士がいるので自分一人だけゆっくりという訳にはいかないのだ。

 

それにしてもアルジェントさんは本当に優しいな。事情を知っているとはいえ、こんなにいい人なのに追放してしまうなんて教会はひどいものだと思う。

 

同じ一年の塔城さんと一緒にいたギャスパー君の下へ歩みを進める。

 

「あ、紀伊国先輩」

 

「ギャスパー君も無事でよかったよ。ただでさえビビりなのに敵に捕まるなんてさぞ怖い思いをしたろうに」

 

その時のことを思い出したのか、少し暗い顔をしたがすぐに明るい顔に切り替わった。

 

「…はい、でもイッセー先輩と部長が助けてくれたんです。どうしようもない僕を絶対に見捨てない、だから恐れるな、前を向いて進め!って言ってくれました」

 

「へぇ、バカみたいに真っすぐなあいつらしい言葉だ」

 

嬉しそうな表情でギャスパー君は語る。

 

俺らみたいなヘタレはそういう言葉に弱いんだよな。俺も先月そんな感じの言葉をかけられたからその気持ちがよくわかる。

 

ギャスパー君がさらに付け加える。

 

「あとキ〇タマついてるならお前も男を見せてみろとも言ってくれました」

 

「あー…」

 

…まあ、それも兵藤らしいと言えばらしいセリフだな。

 

その後もギャスパー君と塔城さんと話をしていると、視界の隅にミカエルさんと木場が何かを話しているのが映った。

 

「ミカエル様、聖剣使いの件、お願いします」

 

「ええ。聖剣研究の件に関しては今後、一切の犠牲を出さないことをあなたからいただいた聖魔剣に誓いましょう」

 

木場の言葉にミカエルさんが深々と頷く。

 

なるほど、今後自分が遭ったような目に遭う者を出さないようミカエルさんに直訴したのか。聖剣計画も首謀者のバルパーは死に、計画も潰れたとはいえ研究自体は人工的に聖剣使いとなった紫藤さんを見て分かるように続いている。聖剣研究に人生を狂わされた木場はそれが気が気でないのだろう。

 

木場と話を終えたミカエルさんの前に兵藤が歩み寄った。

 

「あの!ミカエルさん、アーシアがお祈りでダメージを受けるのはシステムのせいなんですよね?」

 

悪魔が聖書の神に祈りを捧げると軽い頭痛のようなものが走るという。信徒でない兵藤たちは関係ない話だが教会で暮らしてきたアルジェントさんやゼノヴィアはその習慣が抜けずに度々お祈りをしてはダメージを受けてきた。

 

学校でも、家でもいろんなところで俺はその光景を目にしてきた。そのたびに彼女は寂し気な目をしていたのだ。

 

突然の質問に一瞬驚いた表情を見せたが、すぐにいつもの微笑をたたえた表情で答えた。

 

「はい、これは神が健在の時でもそうだったのですがシステムが祈りをささげた悪魔や堕天使に軽いダメージを与えるようになっています」

 

「!」

 

その話を聞いた瞬間、俺の脳裏に一つの可能性がよぎった。

 

祈りをささげた悪魔や堕天使がダメージを受けるのは悪魔が元来持つどうにもできない体質ではなく、システムによるもの。そのシステムは神なき今、『熾天使』たちが動かしている。…つまり、ミカエルさん達は困難ではあるがシステムにある程度干渉する術を持っている。

 

そこまで思考がたどり着いた時、俺は弾かれたようにミカエルさんの方を向いた。

 

「なら、一つだけお願いがあります」

 

思考の途中、兵藤がミカエルさんに更なる話を持ち掛けようとした。

 

「っ!ミカエルさん、俺もどうしてもお願いしたいことが!」

 

あいつの話が終わっていないにもかかわらず、はやる気持ちを抑えられない俺は慌てて駆け寄り、会話に割り込む。

 

もし俺の考えが正しければ…!

 

「…ふふっ、では二人同時に言ってみてください」

 

急に話に割り込んできた俺を咎めることもせず、何かを察したようにミカエルさんは微笑んだ。

 

俺たちは一度互いの顔を見合わせてから、口を開いた。

 

「「ゼノヴィア(アーシア)が祈る分のダメージをなしにできませんか?」」

 

「!」

 

同時に発せられる言葉、そして思わず再び互いの顔を見合わせる。

 

互いに同じ様なことを考えていたなんてな…。

 

ミカエルさんは俺たちの様子を見て楽しそうに苦笑した。

 

「わかりました、なんとかシステムを調整してみましょう。二人位、祈ってもダメージを受けない悪魔がいてもいいでしょう」

 

「やった…!」

 

ミカエルさんの快諾を受け、歓喜の声を兵藤が上げた。俺も安堵の息を漏らして口元を緩ませた。

 

よかった…ミカエルさんが話の通じる人、というよりは天使でよかった!オファーを断ったのにこんな頼みごとを引き受けてくれるなんてミカエルさんは本当にお人好しだなぁ!俺はミカエルさんの厚意がありがたくてうれしくてたまらなかった。

 

ミカエルさんの視線がゼノヴィアと彼女を治癒するアルジェントさんへと移った。

 

「アーシアさん、ゼノヴィアさん。あなた達に一つ問います。神は不在です、聖書は読めず十字架を握ることも出来ません。それでも神に祈りを捧げますか?」

 

ミカエルさんは真剣な表情で問うている。

 

キリスト教の教えの根幹をなす聖書の神、その不在を知り、悪魔に転生して主の祝福を受ける物から遠ざかってしまった今でも変わらず二人は信仰心を抱いているのかを。

 

二人はそれに迷うことなく答えた。

 

「はい、できることなら私は今までと変わらず主に祈りを捧げたいです」

 

アルジェントさんは両の手を合わせ、祈るように瞑目する。

 

「私も。主への感謝と、ミカエル様の感謝を込めて」

 

「…!」

 

ゼノヴィアの言葉にミカエルさんがはっとした表情を浮かべる。それはすぐ、悔いに満ちた物となった。

 

「…あなた達を異端にしてしまい申し訳ありません。あなた達のような敬虔な信徒が悪魔に転生し、苦しんでしまったこと。それはこちらの罪で…」

 

そしてなんと、頭まで下げ始めた。天使長直々の謝罪に二人とも、いや俺たちも驚き戸惑っている。

 

そんなミカエルさんをゼノヴィアは落ち着いて諫めた。

 

「いえ、謝らないでください。悪魔に転生したことを後悔した時期もありましたが、代わりに色んな物に触れ、頼れる仲間を得ました。悪魔に転生することはただ大切なものを失うだけじゃなかった。教会にいたころにはできなかったこと、知らなかったことが今の私の日常を彩っています」

 

話に間を置いたゼノヴィアが俺を一瞥した。

 

「彼に教えられたんです、『自分の選択に胸を張れ、じゃないとお前を大切に思ってくれる人達に失礼だ』と。その言葉で私は後悔から解放されました。今は胸を張って言えます、私は今の生活が大好きです」

 

「…!」

 

昨日はあれだけ苦悩に満ちた表情をしていたゼノヴィアが、天使長の前で今の生活が好きだとはっきり言えた。

 

俺はそれを見て胸のすく思いだった。

 

「私も今の生活に満足しています。イッセーさんのお母様が作ってくれる温かい料理、私を支えてくれる、助けてくれる皆さんの温かい心。失ったものの代わりにたくさんの大切なものを得ました。今更ミカエル様が気にする必要はありません」

 

アルジェントさんも優しく微笑をたたえた表情で語る。

 

アルジェントさんも兵藤の家族に良くしてもらって暖かい生活を送れているようだ。教会から追放され、堕天使に利用され死んだ彼女が手にした当たり前の温もり。それはどれほど彼女の心を救ったことだろうか。

 

二人の思いを聞いたミカエルさんの悔いに満ちた表情が少し和らいだ。

 

「…あなた達の寛大な心に感謝します。ゼノヴィア、デュランダルはあなたに任せます。あなたが扱うなら心配することはないでしょう」

 

「はい、先代の使い手たちに恥じない剣士になってみせます」

 

ゼノヴィアはミカエルさんの言葉に気を引き締めた表情で返した。

 

…取り敢えず、ここで話は終わったか。

 

「…よっしゃ!!やったなアーシア!これからは好きなだけ祈っていいぞ!!」

 

「はい!イッセーさん!」

 

話が終わったのを見て、兵藤が嬉しそうな顔でアルジェントさんの肩を叩く。アルジェントさんも満面の笑みで返した。

 

「悠…私は」

 

すこし気恥ずかしそうに視線を泳がせるゼノヴィア。

 

いつもは堂々としている彼女がこんな様子を見せるなんて珍しい。俺の前でミカエルさんに話したことが恥ずかしかったのだろうか。俺は笑顔でそんな彼女を受け入れた。

 

「よかったなゼノヴィア。俺が言ったとおりだっただろ?いい”もしも”を考えた方がいいって」

 

悪魔になった今でもこうして再びお祈りすることができるようになった。

 

和平も実現した今、紫藤さんと戦うこともきっとないだろう。人生塞翁が馬とはよく言ったものだ。…本当に。

 

「…そうだな、ありがとう。悠」

 

口元を笑ませ、まだ気恥ずかしさに頬を赤らめた表情で言った。

 

…そんなに恥ずかしいか?

 

喜びに満ちる俺たちの様子を温かい目で見守るミカエルさんに、アザゼルが歩み寄った。

 

「ミカエル、ヴァラハラと須弥山への報告は任せたぞ。魔王や堕天使が報告しても胡散臭いようにしか見えないだろうからな」

 

「ええ、『神』への報告は任せてください」

 

アザゼルの頼みに頷くと、ミカエルさんは待機していた天使の軍勢に合図を出して、軍勢と共に夜空へと飛び立っていった。

 

続くように堕天使の軍勢も校庭に魔方陣を開き、転移の光に飲まれて消えていく。

 

「後始末はサーゼクスに任せる。俺は帰って寝るわ」

 

アザゼルはそう言い残して踵を後にする。数歩歩いた後、矢庭にこちら側に振りむいた。

 

「そうだ、赤龍帝。俺は当分この町に滞在する予定だから『僧侶』共々神器に関して色々アドバイスしてやるよ。折角のレアな神器、制御できてないままなのはもったいないからな」

 

そう言って兵藤たちを指さしたのち、今度は俺の方へと目線が移る。

 

「あとついでに紀伊国悠、お前の神器もじっくり調べさせてもらうからな!」

 

ビシッと俺を指さして好奇心に溢れて抑えきれないといったようなワクワクした目で俺を見てくる。

 

…この数時間で、この人が本当に神器が大好きだってことを強く実感したな。調べてもらうついでに俺も神器のことを色々聞いてみようかな。

 

「じゃ、また会おうぜ」

 

手を軽く振って豪胆、エゴの塊とも称された堕天使総督は軽い足取りで会場となった校舎を後にした。

 

「…さて、俺たちも帰るか」

 

アザゼルが帰っていくのを見送った後、振り返る。

 

振り返った先のゼノヴィアはうんと頷いた。そして楽し気な表情で笑いかけた。

 

「折角だ、帰ったら一緒に風呂に入らないか?一緒に疲れを落とそうじゃないか」

 

「えっ!?喜んで…じゃない!いやいや!勘弁してくれよ!」

 

二人で風呂に入るなんてそりゃちょっと恥ずかしいよ…。俺だってそういうことをしてみたいとは思うけど、俺の場合緊張とかドキドキの方が勝ってできない。そういうところを含めて、自分がヘタレなのだとつくづく実感する。

 

「ふふっ、冗談だよ。今日はお祈りができるようになっただけで十分だ。私が先に風呂に入ってもいいか?」

 

「あ、ああ。それならどうぞどうぞ…」

 

彼女にしては珍しく、悪戯っぽく笑った。またお祈りができるようになったから嬉しくてテンションが上がったんだろうな。

 

…さて、和平は結ばれたけど明日からは変わらず学校だ。それまでに修復が終わっているといいけど。

 

仲間のために力を尽くして戦って生き残った先には楽しい明日が待ってるもんだ。

 

 

 

20○○年、7月。魔王サーゼクス・ルシファーと堕天使総督アザゼル、そして天使長ミカエル率いる三大勢力間で和平協定が調印。会談が行われた会場となった町の名を取り、本協定は『駒王協定』と呼ばれることになる。

 

 

そして、聖剣エクスカリバーを強奪し戦争を企てたコカビエル討伐の功績をたたえて三大勢力首脳陣はグレモリー眷属協力者、紀伊国悠を『駒王和平協定推進大使』に任命した。そして彼は、所有する神器から流れる音声から『スペクター』と呼ばれるようになる。

 

 

「おめでとう、紀伊国君」

 

「よくやった、紀伊国悠」

 

「そう気負わなくても大丈夫ですよ」

 

「いや、家に突撃して任命式やりますか普通!?」

 

次の日の夜、クラッカーを鳴らした後笑顔で拍手するフリーダム過ぎるトップたちに俺はついていけなかった。

 

 

 

 

 ▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

「あーあ、結局和平は成立か」

 

校舎の屋上に腰かけ、戦闘の後始末に精を出す悪魔たちを俯瞰する男はつまらなそうに自身のふわふわした茶髪をいじる。如何にも高価なブーツを履いた脚を宙に投げ出し、一定のリズムで揺らす。

 

「カリエルもへまをやらかしたようだし、あの方にどう報告すればいいか」

 

面倒気に男は息を吐く。

 

彼の仲間である天使カリエルは天使長ミカエルの護衛として会談に参加し、禍の団が事を起こした後タイミングを見計らって魔王サーゼクス・ルシファーを一刺しし、和平を結ぼうとする三大勢力間の関係にヒビを入れる任務を受けていた。

 

しかし現実は以前自身が任された任務のターゲットとなっていたイレギュラー、紀伊国悠によって阻まれカリエルはせめて真実を闇に葬ろうと自害した。サーゼクスは今校庭で首脳陣と会話を交わしている。

 

おもむろに腰を上げ、魔方陣を開く。

 

「やはり、運命を動かせるのは『特異点』だけということかな」

 

あの方から聞いた、世界の運命を左右する類まれなる運命力を持つ者達。歴史に残る有名人の多くは『特異点』だという。この世界の運命を変えられるのは『特異点』と神だけ。

 

なら、そうでない自分にできることはあの方の都合がいいように事が運ぶよう自分なりにお膳立てすることだ。

 

一瞬、天使長ミカエルと会話する兵藤一誠と紀伊国悠を睨んでからおもむろに夜空を見上げると、白く光る月が見えた。それはすぐ、流れる雲に隠れてしまう。

 

「…和平を結んだからといって、すぐに平和な時代になるとは思わないことですね」

 

物事には反動がある。この和平を機に、各勢力の反乱分子が大きく動くことだろう。

その最たる例が『禍の団』のテロだ。旧魔王の血筋が率いる旧魔王派、『黄昏の聖槍』の曹操が率いる英雄派。そしていずれは…。

 

魔方陣が光を放ち始めたところで思考をやめる。

 

いずれにせよ、既にこの世界は破滅の未来へと歩みを始めた。三大勢力の和平など、世界の滅亡など自分には関係ない、あの方たちの前では何の意味もなさない。

 

あの方に出会い、救っていただいたあの日からあの方のために全てを捧げ、尽力すると決めた。そのためにあの方にとって都合が悪い存在は抹消しなければならない。

 

いずれ来たる、『解放』の日のために。

 

 

 

 

 

 

 




イッセーが新技をゲット。そのうち悠とダブルキックなんてことも…?

ゼノヴィアが祈りでダメージを受けるシーンがない?…こちらには外伝という手があります。

次回、「停止教室のヴァンパイア」

停止教室のヴァンパイア編最終回、ついに…。


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第37話 「停止教室のヴァンパイア」

今後の展開のキーを握るキャラが続々と登場します。

ジョジョ5部が某チートバグ動画のせいでまともな目で見れなインザミラァー!

…最近、感想がなくて読者の反応がイマイチ読みづらい。皆さんどうですか?

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
1.ムサシ
3.ロビン
4.ニュートン
5.ビリーザキッド
7.ベンケイ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
13.フーディーニ



数日後の放課後、このオカ研の部室にいるはずのない男が一人、椅子に堂々と腰かけていた。

 

「よーしお前ら、今日からオカルト研究部の顧問を務めることになったアザゼルだ。アザゼル先生、総督…好きに呼べ。よろしくな」

 

窓から差し込む夕陽を浴びるその男こそ、今まで敵対してきた堕天使総督アザゼル。

着崩したスーツを纏うアザゼルは何事もないかのようにこの場に居座っている。

 

それを見る皆の反応は様々だ。困惑、驚き、そして警戒。俺の場合は困惑寄りの驚きと言ったところか。

 

…どうしてこうなった?和平は結ばれているから敵対しているわけでも特に問題があるわけでもないのだが。

 

俺、いや皆の気持ちを代弁するかのように部長さんが問うた。

 

「どうしてあなたがここにいるのかしら?」

 

「あの時言っただろ、当分この町に滞在する予定だって。それでセラフォルーの妹に頼み込んだらこれだ」

 

自身のスーツをポンポンと叩きながら言う。

 

しかしよりによって学園の先生か。一般の人は事情知らないから何とも思わないだろうけど知ってる俺たちからすれば堕天使トップの授業を受けるのはすごいと思う反面緊張する。

 

ふとアザゼルの左腕に目が留まった。カテレア戦で自爆に巻き込まれるのを避けるために自ら切り落としたはずの腕があるのだ。俺の視線に気づいたアザゼルが説明する。

 

「ああ、これか?この左腕は神器研究の過程で生み出した万能アームだ。ビームにミサイル…男のロマンを詰め込んだ夢の義手さ」

 

ドヤ顔を浮かべながらも手を前に突きだすと機械的な音を立ててガチャガチャと変形、五指の生えた手が一瞬でビーム砲へと変わった。

 

それを見て表情にはあまり出さなかったが内心カッコいいと思った。すげぇ、NARUTOの修羅道かよ。

 

またビーム砲へと変形した腕を変じさせ元の腕に戻した。そして後ろで組んだ手に頭を乗せ、背もたれに深く背を預けて言う。

 

「俺はお前らグレモリー眷属の所有する神器を正しく成長させることを条件にこの学園に滞在している。将来的な禍の団への抑止力を成長させることも兼ねてな。ま、赤龍帝がいるから中でも対『白い龍』の意味合いが強いだろうが、奴も強者を数名率いているそうだ」

 

「あのバカ猿のほかにもですか?」

 

「ああ、今のところ判明しているのは希少な妖怪『猫魈』と聖王剣コールブランドの使い手ぐらいだな。…お前らも災難だなぁ、そんな奴らの抑止力に名を挙げられるんだから」

 

アザゼル先生は心底同情するように言った。

 

うっへぇー、聖王剣コールブランドとかデュランダルやエクスカリバー以上に強そうな剣の名前が出てきた。

 

妖怪の方はわからないがきっとヴァーリの仲間と言うからにはアホみたいに強いんだろうな。

 

「だがまあ安心しろ、奴等は天界や冥界で暴れるだろうからこの町には攻めてこないさ。戦争と言うよりはせいぜい小競り合い程度だがそれでもお前らが巻き込まれない保証はない。だから俺が責任を持ってお前らを鍛えてやるよ」

 

堕天使総督直々に鍛えてくれるのか。この人は神器に関して相当な知識を持っているしそれ以外でも戦闘経験豊富そうだからすごく頼もしいな。

 

…わざわざこの町に滞在してまでそうしてくれるなんて、もしかしてこの人は面倒見のいい人なのでは?

 

「あと紀伊国悠。お前も肩書きを貰った以上、いろんな場所での戦いに駆り出されるだろうからその名に恥じないレベルに鍛え上げてやる。これといった仕事のない名ばかりの肩書だからと気を抜くんじゃねえぞ」

 

楽観視し始めた俺の心中を見透かすようにアザゼル先生が言った。

 

「了解ですっ」

 

俺は敬礼を取るようなポーズで返す。

 

数日前にサーゼクスさんたちが家に突入して俺は『駒王和平協定推進大使』の称号をもらった。一応の仕事は和平を崩さんと企む連中の鎮圧…この時世でいえば、対禍の団の色が強い。

 

そして和平会談の会場として重要な場所になるこの町を守ること。事実、コカビエルがサーゼクスさんの妹である部長さんを狙ったこともあるわけだしこの町を襲う輩がいないわけではない。俺としても家があったり友達が住む町だから異存はないわけだ。

 

「まあいきなりこんなこと言われてもあまり実感が湧かないだろうからちょちょいとアドバイスしてやるか。まず赤龍帝」

 

アザゼルは顎に手をやって兵藤を指名した。

 

「…先生なんだから赤龍帝じゃなくて兵藤一誠って呼んでくれません?」

 

「じゃ兵藤一誠。はっきり言ってやる、お前がヴァーリを退けられたのはアスカロンの『龍殺し』と奴が舐めプしていたのが大きい。相手がドラゴンと悪魔でない同レベルの強者だったら間違いなくお前は殺されていた」

 

厳しい表情で厳しい言葉を告げるアザゼル先生。

 

厳しいけど確かな事実だ。あの時のヴァーリの動きや態度には余裕を感じた。一か月は禁手を保てるヴァーリと補助ありで10分程度しか不完全な禁手を使えない兵藤。どちらが強いかなんて馬鹿でもわかる、差は歴然だ。

 

それこそアザゼルが言うように弱点を付けるアイテムと相手が舐めプしてなきゃ退けるなんてことはできない。ある意味、運が良かったから勝てたと言っても過言ではないだろう。

 

そしてアザゼル先生の視線が木場へ移る。

 

「んじゃ次、聖魔剣の。お前はどれだけ禁手を使える?」

 

「現状一時間ですね」

 

「話にならん。最低三日は持たせるようにしろ」

 

短い問答、バッサリと斬るようにアザゼル先生は返す。木場は動じることなく表情を引き締め、「はい」と返事をした。

 

「木場でもダメなのか」

 

「お前は論外オブ論外だ、一から鍛えなおす必要がある、覚悟しとけよ?」

 

ふと漏らした兵藤の言葉にしっかり反応を返すアザゼル先生。

 

「次はお前だ」

 

「…」

 

次にアザゼル先生の視線が向けられたのは朱乃さん。当の朱乃さんはいつものにこやかな表情と打って変わり不機嫌そのもの、敵意すら感じさせる真逆の表情だ。

 

和平を結んだから今までの怨恨を忘れてすぐに仲良しってわけじゃないからな。朱乃さんの気持ちにはそういう所もあるんだろう。事実、コカビエルやらレイナーレやら、俺たちが戦ってきた町を襲撃した強敵のほとんどは堕天使だった。俺だってまだ堕天使の悪いイメージを拭ったわけではない。

 

「まだ堕天使が憎いか?」

 

「当然です、私から母を奪ったのはあの人なのですから」

 

朱乃さんはきっぱりと言い切った。

 

…どうやら、俺が知らない複雑な事情があるようだ。

 

「そうか、でもグレモリー眷属に入ったのは正解だと思うぜ。それ以外の所だったらバラキエルもどうしていたかな」

 

「…」

 

アザゼル先生の言葉に朱乃さんは押し黙った。その表情に愛憎、悲嘆、様々な色が浮かんでは消えた。

 

真剣な表情をふと切り替えてアザゼル先生はさっと前髪を払う。

 

「まあ、目立ってアドバイスする必要があるのはこのくらいか…そうだ、兵藤一誠…いや、イッセーでいいか?」

 

「はい…?」

 

また厳しい言葉を告げられると思ったのか兵藤はややうんざり気な顔で返事を返した。

 

「お前が変態三人組だと呼ばれているのを聞いたんだが…お前、女が好きか?」

 

「は、はいっ!!」

 

予想外の問いに驚いた表情を見せるもすぐに元気よく返事をした。

 

その答えに満足げに、どこかいやらし気な笑みを浮かべてさらにアザゼル先生が訊いた。

 

「おー、ならハーレムに興味はあるか?」

 

「ッ!!」

 

更なる問いにさっき以上の衝撃が兵藤に走った。一瞬目を瞑ってから返事を紡ぎだす。

 

「先生、俺には悪魔になった時からできた夢があるんです。――ハーレム王。俺は上級悪魔になってハーレム王になりたいんです」

 

そう語るあいつの目はどこまでも真っすぐなものだ。内容はツッコミどころ満載なのにあいつはそれを絵空事じゃなく必ず本気で叶えると言った風に語るのだ。

 

アザゼル先生はまるで気の合う友人を見つけたように嬉しそうな反応を返した。

 

「おー!いいじゃねえか、ハーレム王!なら俺がハーレムを教えてやろうか?俺は過去何度もハーレムを形成した男だ、話を聞いて損はないと思うぜ?」

 

「マジっすか!?」

 

「おうとも、俺やグリゴリの幹部たちは女の乳を揉んで堕天した身だ。だがそれを後悔したことはないぜ?男なら欲望のままに生きろ!女を喰らえ!」

 

「おおおお!!流石アザゼル先生!なんか急に堕天使に親近感が湧いてきた!」

 

さっきまで警戒の色を浮かべていた兵藤の表情は女の話に入るなりあっという間に機嫌のいいものに変わった。

 

周りで部長さんはげんなりとした表情を浮かべている。

 

「そうだ、今度童貞卒業ツアーにでも行くか?部下の美少女堕天使達を呼んでな。この年なら女の一つや二つ知っておいた方がいいだろう」

 

「ッ…俺、一生アンタについていきます!アザゼル先生ッ…!!」

 

遂には感極まった表情で天井を仰いだ。

 

なんか思った以上に相性良さそうだこの二人。てかあんた先生だろ。教育者として大丈夫なのかそれは?

 

その言葉に異議を唱える者がいた。

 

「ちょっとイッセー!あなた私の処女は俺の物だと言っておきながらどういうつもりかしら!?」

 

プンプンといった擬音が聞こえてきそうな様子の部長さんの言葉に他の皆も追随する。

 

「あらあら、ツアーに行ってしまったら寂しくなりますわ」

 

「イッセーさん、どこか遠くへ行ってしまうのですか…?」

 

「…イッセー先輩、最低です」

 

「あまり僕のことを悪く言えなくなってきたね」

 

「イッセー先輩大胆ですぅ…!」

 

うん、木場の言う通りあいつも木場がやれクソイケメンだと言えなくなったな。部長さんに朱乃さん、さらにアルジェントさん。この三人に好意を寄せられてるなんてもうハーレムできてるんじゃね?

 

「悠、お前も行ってきたらどうだ?子作りの練習になると思うぞ」

 

予想外の方向からの攻撃。ゼノヴィアの突然の提案に弾かれたように振り向いた。

 

「ちょっ!そこで言わなくていいだろ!?」

 

「紀伊国先輩も最低です」

 

「ぐはっ!」

 

塔城さんの痛烈な呟きがグサリと俺の心に突き刺さった。

 

俺は何もやってないんだよ!信じてくれよ!

 

「ハハハ!面白えじゃねえかお前ら!どうやらハーレムも俺が教えるまでもなさそうだな!」

 

アザゼル先生はそんな俺たちの様子を見て豪快に、それでいて楽しそうに笑った。

 

浮世離れした教会出身者とかドSなお姉さまとか女装癖とかとにかく個性的な面子が揃っているからな。…あれ、まともなのって俺と木場ぐらいじゃね?

 

楽し気な雰囲気もそこそこにアザゼルが話題を変える。

 

「さて、近日中…夏休みの間に有望な若手悪魔の会合、顔合わせがあるんだったな。一応そこで強化合宿とレーティングゲーム形式の試合をセッティングするつもりだ。お前らに直接神器の使い方と戦い方をみっちり仕込んでやるよ」

 

強化合宿とレーティングゲーム…ライザーのときを思い出すな。ゲーム経験のないグレモリー眷属、助っ人として呼び出された俺は10日間の強化合宿を経てからライザーとのレーティングゲームに臨んだ。

 

今回はあの時と状況が違うから俺は試合に参加できないだろう。それでも強化合宿くらいは参加するつもりだ。

 

ヴァーリ戦で俺は自分の弱さを思い知った。禍の団との戦いに備えるために俺はもっと強くならなければならない。

 

「…最近テロで物騒なのにそんなことして大丈夫なんですかね?」

 

兵藤が不意に問いを漏らした。

 

「だからこそさ、豊富なバトルフィールドに神器持ちや他種族からの多種多様な転生悪魔、戦闘経験を積むにはレーティングゲームはピッタリだ。むしろ良すぎて堕天使にないのが羨ましい位さ。俺もゲームのファンでこっそりチャンピオンの試合を見に行ったこともあるくらいだ」

 

言われてみればそうだな。レーティングゲームは普通に戦うだけじゃなく様々なルールもあるという。悪魔社会で人気を集めるというレーティングゲームは今後も競技の参加者を増やしていくことだろう。

 

…悪魔しか参加できないという縛りがなければ俺だって参加してみたい。もしかすると俺と同じ様なことをアザゼル先生たち堕天使や天使も思ってたりして。

 

「というわけでこの夏休みは冥界に行って修行と会合、そして試合だ。兎にも角にもイッセー、お前の禁手は何としてでも完全なものにする。お前らも夏休みだからと浮かれてんじゃねえぞ?」

 

「「「はい!」」」

 

部室に気合の入った声が響く。満足げにアザゼル先生は頷いた。

 

「んじゃ、オカ研の活動を始めるとすっか」

 

「ちょっとアザゼル!それは私のセリフよ!」

 

「いいじゃねえか、たまにはこういうときもあっていいだろ?」

 

食って掛かる部長さんをアザゼル先生は機嫌よく笑ってあしらう。

 

こうしてまた一人、個性的なオカルト研究部の仲間が増えたのだった。

 

…そのうち、木場や俺みたいなまともな奴が来ないかな。

 

 

 

 

 ▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

レジスタンス基地の応接間、床や壁に青い光のラインが走る近未来的な様相を見せるこの部屋の卓に腰かけて二人の存在が向かい合う。

 

一人は腕を組み悠々とした様子で相手を見据えるレジスタンスリーダー、ポラリス。

 

そしてもう一人は近未来的な内装を持つこの部屋には不釣り合いな荘厳なローブで身を包んだ特徴的な灰桜色の髪をした青年。その頭上に輝く眩い光輪は彼が天使であることの証左である。

 

その青年と向かい合うポラリスが口を開く。

 

「さて、何の用じゃ?ウリエル」

 

天界陣営のトップ、四大セラフの一角…ウリエルと呼ばれた青年天使が嘆息交じりに返す。

 

「言わずとも大体察しはついているんじゃないのか?」

 

「ほう」

 

それに対してポラリスは相も変わらずの飄々とした態度を貫く。

 

それを見てウリエルが話の口火を切った。小型の魔方陣…悪魔が使用するものとは全くの別物を展開し、そこから幾つかの書類を取り出し、卓上に投げ出す。その書類に共通している点は一つ、ある男の写真が載せられていることである。

 

「紀伊国悠の件についてだ」

 

ポラリスは書類を一枚摘み上げ、書面をさらりと読み込む。

 

「ああ、あやつか。確か和平推進大使に就任したんじゃったな」

 

「そうだ。彼は4月の事故以来、正史と大きく違う道を歩んでいる。本来は事故に遭うこともなく、両親を亡くすこともなく平穏を享受するはずだった。そして何よりあの神器だ。彼は本来神器持ちではなかったはずだが…」

 

ウリエルの話を聞きながら書類に目を通していくポラリス。そして…。

 

「…ふふふ」

 

突如意味深に笑いだす。それはどこか愉快気であり、皮肉的な面を持っていた。

 

向かい合うウリエルはその様に目を細くする。

 

「…?何が可笑しい?」

 

「いやはや面白いのう。一番あ奴のことを知っているはずのおぬしが今のあ奴について何も知らないとはな」

 

「私が何も知らないだと…?」

 

冷静だったウリエルの言葉に熱が乗った。それを受けてさらに面白げに笑みを深めて手に持つ書類を卓上に戻した。

 

「ああそうじゃ、一応今の彼の事情はこれらの書類で知っておるじゃろう?妾が言っておるのは書類に書かれていない、この世界で片手で数えるほどしか知る者はいない…裏の話じゃよ」

 

そう言って彼女は虚空を指でなぞり青いスクリーンを展開する。いくつかの操作の後、スクリーンに浮かび上がったのは履歴書じみた紀伊国悠の情報が書かれたページだ。

 

「彼は妾達レジスタンスのメンバーじゃ。堕天使レイナーレの事件のころからアプローチを何度かかけてこちら側に引き込んだ」

 

「!?」

 

突然のカミングアウト。ウリエルの顔に衝撃が走る。

 

「どういうつもりだ…!?まさか君が彼を戦いに巻き込んだというのか!?」

 

半ば声を荒げながらウリエルがポラリスを問い詰めた。そうされてなおポラリスは飄々とした態度と表情を崩さない。

 

「巻き込んだとは心外じゃな、彼は彼の意志で戦うことを選んだのじゃ。優しく友達思いのあ奴が兵藤一誠たちと行動を共にし、戦いで彼らが傷つく姿を見れば否応にもあんな目に遭わせたくない、なら自分が皆を守らなきゃと思うじゃろう?」

 

「…その言い方はつまり、彼が戦う意思を固めるように君が色々仕組んだと捉えていいんだな?」

 

「それは想像にお任せするかの。何でもかんでも喋ってしまうと面白くないじゃろう?」

 

ウリエルの唸るような低い声での問いをさらりと流す。

 

元来直情型の性格であるウリエルは実に正直、誠実な態度を取る。それゆえ誰にでも立場を超えて分け隔てなく接し多くの天使から信頼を得ている。

 

「…ああ、ついでに言うと彼はスパイではない。基本的にあ奴の立場はグレモリー眷属の協力者。妾はあくまで彼が厳しい異形の世界を生き抜くために援助しているだけじゃ」

 

思い出したかのようにポラリスが話を付け加える。あくまで自分は悪いことは何一つしていないといった態度だ。

 

「何故彼を戦わせる!?私が今どういう思いをしているか君が知らないはずがないだろう!」

 

ヒートアップしていくウリエル。そんな彼の顔面にポラリスはさっと指を突き付ける。

 

突然の行動にウリエルは言葉を止めた。ポラリスはおもむろに突き付けた指をもう一つ増やす。

 

「おぬしは二つ、勘違いをしておるようじゃな」

 

「勘違いだと…?」

 

その言葉にウリエルは爆発寸前の怒りを見せていく。それを気にせずポラリスは指摘を始める。

 

「妾がおぬしに頼まれたのは『神祖の仮面』の捜索と破壊、そして彼の者達の討伐への協力であって天王寺兄弟と上柚木家、そして紀伊国悠を戦いに巻き込まないようにするということではない」

 

「っ…!しかし!」

 

ポラリスの指摘を受けそれでもと食って掛かるウリエル。そこから先の言葉を続けさせまいと言わんばかりにポラリスが話を続ける。

 

「そしておぬしは大事なことを忘れておる。我々の真に打倒すべき敵は神祖の魔王ではない。おぬしの経験上、仮面が気になって仕方ないのは知っておるがそれは二の次じゃ」

 

更なる指摘を受けてウリエルは苦い顔をした。

 

ウリエルは自身の本当の目的を心得ている。そして『神祖の仮面』は極めて自分の私情から成る目的であることも。そしてそれは本当の目的と比べれば優先順位は下に落ちてしまう。

 

そうだとわかっていても彼は気にせずにはいられなかった。

 

「そして二つ目の勘違い…あれは紀伊国悠であって紀伊国悠ではない」

 

「なに…?」

 

予想外過ぎる指摘にウリエルが怪訝な声を上げる。

 

「おぬしも知っておろう、本来の紀伊国悠はあの力を持っていないこと、そして本来あるはずのない事故によって紀伊国悠が意識不明の重体に陥ったこと、そして意識が戻る寸前に観測された未知の力の波動」

 

「…」

 

ウリエルは黙って彼女の話を聞く。

 

今並び立てられた話は全て彼の耳に入っている。未知の力の波動を除けばこれらは自身の介入によるイレギュラー…負のイレギュラーだと思っていた。それでも事故の件につい

て知った時は大いに衝撃を受けたものだった。

 

「紀伊国悠は意識を取り戻してから性格が大きく変わった…つまり、妾の見立てではあれは異世界から来た者の魂が紀伊国悠に乗り移っておるのじゃ」

 

予想外の指摘、予想外の結論にウリエルは目を見開いた。

 

「異世界だと…!?E×Eのことか?それとも…」

 

「いいや、話を聞いてみたが異形の存在はさておきこの世界とほぼ同じ世界のようじゃな。特に変わった点のない普通の人間じゃよ、彼は」

 

「なら、本来の紀伊国悠は今どうなっている?死んだということか?」

 

ウリエルの問いにポラリスは難しい表情で唸る。

 

「うーむ、そこは妾もよく把握はしておらんがおそらく生きてはおると思うがの。とはいえ事故で意識不明の重体に陥ったから意識の深い部分で眠りについておるのではないか?」

 

「そうか…」

 

一応の確認を取れたことに安堵の息を漏らすウリエル。

 

ポラリスはおもむろに卓に肘を突いて両手を組む。

 

「ウリエル、いずれにせよ妾達には彼が必要なのじゃ。この世界の行く末にある『滅び』の運命を変えるためにこの世界に本来ないはずの力、因子がな。あの者達の想像を超えるジョーカーは多いに越したことはない」

 

「本来この世界にないはずのものなら君だってそうだ。君の持つ異世界の技術と力は十分奴らに対抗しうるものだと思うが」

 

「じゃがそれだけでは奴等には勝てん。一度面識のある我々と違い、彼は彼奴等にとって完全に想定外の存在となる。…いずれにせよ、この戦いはおぬしとラファエル、レジスタンスがどれだけ戦に備えられるかがキーとなる。なに、彼を悪いようにはせんよ。あまり説得度はないじゃろうが妾は彼が間違った道を歩まぬよう裏方で導くつもりじゃ。表方ではグレモリー眷属がいいようにしてくれるじゃろう。だからおぬしは安心して表方で戦に備えるといい」

 

ポラリスはいつもの飄々とした態度の色を薄め、それが本心だと言わんばかりの切実な様子でウリエルに語り掛けた。

 

彼女は自身がしてきたことの意味を理解している。戦いを望まぬ者に戦いを強いるようなやり方。時に心を痛めたこともあった。それでも彼女はそうするしかなかった。それこそが己の長年の悲願の達成に繋がると信じて。

 

「…信じていいのだな?」

 

胡乱気なウリエルの問いに瞑目して、銀色の髪を持つ頭で深々と頷いた。

 

「ああ、もし彼が妾達あるいはこの世界に牙を剥く存在となった時は大人しくおぬしの咎を受けよう」

 

数秒、視線が交錯する。本心だと訴える赤い目とその奥にある心中を窺う灰桜色の目。

 

やがてウリエルの方が目を瞑り、深々と息を吐いた。

 

「ハァ…わかった、君を信じよう。今は我々がいがみ合っている場合ではない。協力こそが生き残るための道だ」

 

「うむ…本当にな」

 

過去の体験による実感を伴う返事。

 

話がひと段落付きウリエルが再び魔方陣を開いて書類を戻したのを見届けてから、ポラリスはさらに話を切り出す。

 

「さて、和平を結んだということは『御使い』の制度が導入されるのじゃな」

 

「ああ、すでに私とラファエルで制度の骨組みを作っている。ある程度候補も見繕って後は札の完成を待つだけだ」

 

「早いのう、してヴァスコ・ストラーダをAにするつもりかの?」

 

「いいや、ネロにするつもりだ。あの人は人のまま生を全うするつもりなのは知っているからな」

 

落ち着きを取り戻したウリエルはポラリスの問いにかぶりを振った。そして今度はウリエルの方から質問をぶつけた。より一層の真剣な表情で。

 

「それはさておきだ。我々の作戦の要…例の魔道具に関してはどうなっている?」

 

その質問にふぅーとため息を吐きながらポラリスは答えた。その動作から深い苦労が伺えた。

 

「うむ、エネルギーの制御に思った以上に難航しておるよ。『蛇』の入手からしばらくするが、今だに完成できずにおるわい。実験を重ねてある程度の形にはなったが完璧には至らない。やはり兵藤一誠の生体データが必要じゃ」

 

「一誠の…それは”今の”ではないのだろう?」

 

「勿論じゃよ、あの事件が起こるまで待たねばなるまい。それまではなるべく正史、あるいはそれに準ずる結果を辿るようイレギュラーに対処せねばな」

 

そう返すポラリスの表情にはどこか厳しさが宿っていた。

 

歴史を変えるのは簡単なことではない。それを為し得るのは『特異点』によってのみ。如何に自分が異世界の者と言っても運命力を持たねばこの世界の運命を変えようもない。異世界からの使者、紀伊国悠は彼を取り巻く環境があってこそ『特異点』になり得たのだ。ポラリスは過去のある出来事によって自身が『特異点』でないことを自覚している。だからこそ求めた。『特異点』の彼を。

 

ウリエルはポラリスの回答を聞き、この場にいない者に同情するような目で呟く。

 

「…一誠の仲間になった悠には酷な仕打ちだな」

 

「致し方あるまい。…あれが完成しなければこの世界も終わるのじゃからな、それに比べれば些末事じゃ」

 

そう言って何もない宙にスクリーンを展開し、指を走らせると映像が浮かび上がる。

 

そこにあったのは透明なケースに入れられた無窮の闇のような体色をした細い『蛇』だった。

 

その後も話し合いを続ける二人の目には遥か未来への憂慮が映っていた。二人の記憶に刻まれた過去の風景、それこそが彼らの行動の原動力である。

 

 

 

 

――もう二度と、あの光景を繰り返したくない。

 

だから絶対に、傲岸不遜たるあの者たちを許さない。

 

 

 

 

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冥界のこじんまりとした田舎町、そこに構える小さな館は旧魔王時代から続く名家の別荘である。

 

かつかつと靴音を立てて廊下を歩くのはふわふわとした茶髪の青年悪魔。整った身なりから彼が名家の出であることがうかがえる。

 

青年は客室の前に足を止めると軽くノックする。部屋の中から「入れ」という声が聞こえた。

 

それを確認してドアノブを捻りドアを開ける。

 

「失礼します」

 

足を踏み入れた客室の壁には名のある芸術家の澄み渡る空と花々の中に佇む神殿が描かれた絵画が飾られ、床にはいかにも高級なカーペットが敷かれている。ここが身分の高い者を招き入れるための部屋であることは一目瞭然だ。

 

「アルギスか」

 

透き通るような声が、先に客室で待機していた者から放たれる。

 

来室者へと振り向くのは白を基調に薄緑と金色のラインが入ったローブに身を包む少女。フードを目深にかぶっているためその表情は伺えない。少女は装飾の施された古椅子に腰かけ、どこか退屈そうにラメの入った深緑色の球状のアイテムを手慰んでいる。

 

アルギスと呼ばれた青年悪魔は恭しく礼をした。

 

「はい。…報告があります」

 

「話せ」

 

少女は手短に返す。

 

「三大勢力が正式に和平を結びました。紀伊国悠は駒王和平協定推進大使に就任したそうです」

 

「そうか。…和平は妨害できれば儲けもの程度のものだ、そこまで気にするものではない。だが問題は…」

 

アルギスの報告を聞いた少女は表情一つ変えずに話し始める。

 

少女の言葉に続くようにアルギスは警戒の色を交えた表情で話す。

 

「紀伊国悠ですが、やはり彼は歴史に大きく干渉しています。イレギュラーを超え、特異点と言っても過言ではないでしょう。あの時私があの者を抹殺できていれば…」

 

後半の言葉には申し訳なさそうな声色が乗っていた。『もしも』の話に踏み込み始める前に少女はかぶりを振った。

 

「Y.Tの介入があった以上仕方ない。…だが明らかに奴は仮面ライダースペクターの力を得て本来の道から大きく外れている。この世界に存在しないはずの仮面ライダーの力、そして力の波動。あれは間違いなく紀伊国悠ではなく異世界からの使者だ。危険度は兵藤一誠を超えるやもしれん」

 

手慰んでいたアイテムを近くの棚の上に置き静かに話を続ける。その目に憂慮の色を乗せて。

 

「スペクター、神器所有者となったY.T、そして現ウリエルとラファエル…既にイレギュラーは歴史の表舞台に出始めている。ウリエルとラファエルの抹殺は確定事項だがスペクターという不確定要素も残しておけば後々面倒になりそうだ」

 

綺麗なローブを揺らしておもむろに少女が腰を上げる。

 

「危険因子は早めに摘んでおいた方がいい」

 

少女がローブの内ポケットから取り出したのは人の眼球を思わせるような形状、しかし機械が融合したようなデティールとフォルムの中央に緑色の瞳が映るアイテムだった。

 

そして両端に突きだした黒いスイッチを押し込む。

 

〔STAND-BY〕

 

 

 




遂に初登場、現ウリエル、そしてようやく名だしした青年悪魔アルギスの言う『あの方』。
ウリエルの本格的な出番は当分先ですが『あの方』は次章から暴れます。


次回は外伝、「ラブハンター ル・シエル」
次章予告もありますのでお楽しみに。


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外伝 「ラブハンター ル・シエル」

時系列は「フランス帰りのブラザー」の3日後です。







「あなた、一体何者?」

 

暗い廃工場内に凛とした声が響く。

 

ある日の夜、リアスと朱乃は書類仕事を終えて帰路に着く途中怪しげな魔力を感知して急ぎ現場に駆け付けたところ、奇妙な光景を目にした。

 

咎った耳が特徴的な中年男性の悪魔が黒いマントをなびかせ洒落た仮面を着けたガタイのいい謎めいた男に銃を突きつけられている。悪魔の方はリアスの顔を見るや否や二人の介入に気を取られた男の隙をついて強制転移魔方陣で消えたのだ。

 

そして今、残された男とうら若き二人の美少女は穴の開いて月光が差し込む工場で対峙している。

 

数秒の沈黙の後、男が静かに口を開いた。

 

「俺の名は…ラブハンター」

 

「ラブ…ハンター…?」

 

容姿に似合わぬ可笑しなフレーズに朱乃は首を傾げた。

 

「そう!俺の名はラブハンター ル・シエル!闇夜に紛れ悪を討つ狩人!ではさらば!」

 

男は頷き、高らかに名乗りを上げると黒いマントを翻して走り去っていく。

 

「ちょっ、待ちなさい!」

 

リアスの制止も聞かずに男は工場の裏口を抜けていってしまう。

 

「…一体、なんだったのかしら…?」

 

リアスの呟きは、夜闇に溶けるように消えた。

 

 

 

 

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「――ということがあったのよ」

 

一息置いて部長さんが事の顛末を話し終える。

 

時は6月の月末の放課後、俺たちオカ研の部員が集まったところで部長さんと姫島先輩が昨夜あったという出来事について語りだしたのだ。

 

それにしても変な人もいるもんだ。でも何でもありな異形の世界だからそういうのがあってもおかしくないというのがな。

 

「そして今朝、大公アガレス家からはぐれ悪魔討伐の依頼が来たわ。標的はこの男。昨夜見た悪魔と一致した」

 

そう言って部長さんは一枚の書類を見せた。貼られた写真には中年男性の悪魔の顔写真が写っている。

 

ちなみに大公アガレス家は名門悪魔から成る元七十二柱の第二位の家だそうだ。現魔王派、旧魔王派、そして第一位のバアル家を筆頭とする大王派の仲立ちをしているらしい。所謂、中間管理職だ。

 

「この男は魔術師の家の出で元は慎ましい性格だったのだけれど、悪魔に転生してからは増大した自身の力に溺れて次第に性格が粗暴な物に変わっていったらしいわ」

 

力に溺れた、か。もしかすると俺もこのスペクターの力を得てそうなる可能性もあったのかもしれない。いや、あったではなく今もあるのかもれない。

 

いずれにせよ力にはそれ相応の責任が伴う。過ぎた力は人を変える、謙虚であることの大事さというものを感じた。

 

「既に幾つもの町で騒ぎを起こしているようです、これ以上放っておくわけにはいきませんわ」

 

姫島先輩が厳しい目で言う。

 

「片方ははぐれ悪魔だと判明しましたけどもう一人の方は…」

 

木場が顎に手を当てて唸る。そう、部長さんたちが遭遇したのははぐれ悪魔だけではない、もう一人いる。はぐれ悪魔を追い詰めていたという謎の男。

 

「問題はそこよ。オーラの感じからして神器持ちの人間のようね。そして、あの状況から察するに異形と互角以上に渡り合える身体能力の持ち主…本当に何者なのかしら」

 

書類を机に置き、部長さんは思案の海に浸かり始めた。

 

「ルシエルか…」

 

最近聞いたワードだ。天王寺の兄、大和さんがフランス外人部隊で使っているというコードネーム。

 

俺の脳裏に一つの可能性がよぎったが…いや、まさかな。家族を第一に思うあの人がわざわざ向こうからこっちの事情に突っ込む理由が思いつかない。

 

「…」

 

皆がそれぞれ男の正体の推察を始め、黄昏時の部室を沈黙が支配した。

それから数分した時だった。

 

「…バキューン」

 

「!!?」

 

突然、塔城さんがぼそりと呟いた言葉に心底驚いた。物静かな塔城さんの口からそんな派手な言葉が出るとは思わなかったのだ。

 

驚く俺に気付いた塔城さん。

 

「一昔前、ラブハンター ルシエルっていうアニメがあったんです。多分それと関係しているんじゃないかと思って」

 

「小猫ちゃんそんなことまで知ってるのか…」

 

塔城さんは音楽やファッション、アニメなど幅広い分野の知識を持っている。塔城さんが学園のマスコットと持て囃されるのはその容姿だけでなく知識もあっての物だろう。

 

「とにかく、今夜の活動は休止。二人一組ではぐれ悪魔の捜索に出るわ。いいわね?」

 

「「はい!」」

 

俺たちは揃って威勢のいい声を上げる。

 

 

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「いやー夜は涼しいなー」

 

その日の夜、夜の町を俺と姫島先輩の二人で歩く。計画は予め目を付けた潜伏場所になりそうな箇所を2人1組の4ペアで回るというものだ。

 

ペアはくじ引きで決まった。…というのも部長さんたちが兵藤を巡ってピリピリし始めたからだ。俺と木場で何とか場を鎮めながら兵藤は木場と同行する、そのほかの組み合わせはくじ引きで決めるよう流れを導いた。

 

渋々ながら兵藤ガールズは納得しその結果、俺と姫島先輩、部長さんと塔城さん、アルジェントさんとゼノヴィアという組み合わせが誕生した。他にも各々の使い魔やガジェットを動員して捜索にあたらせている。

 

「…嫌味じゃないですけどもしかして、俺じゃなくて兵藤と町を歩きたかったですか?」

 

俺は何気なく隣を歩く姫島先輩にそう訊ねてみた。兵藤を巡る争いに姫島先輩も参加していたからだ。

 

「…そうね、本当はそうだけど紀伊国君が妥協案を出してくれてよかったわ。いらない気苦労をかけてしまってごめんね」

 

姫島先輩はやや寂し気な表情ながらもそう返す。

 

「いえいえ、いいんですよ」

 

あいつは色んな人に好かれているな。…確か前の昼休みにハーレム王になりたいとか言ってた。多分アルジェントさんはレイナーレの一件で既にあいつに好意を持って、部長さんはライザーとの一件であいつに特別な感情を抱いたはずだ。

 

事実、時折アルジェントさんと二人で兵藤の取り合いをしていることがある。まあなんというか、傍から見れば好きな男の取り合いと言うか。それでも間柄は恋人関係ではないという。

 

…あいつ、普通にあの二人に告白すればすんなりと行くんじゃね?なんでそういう関係に発展しないんだ?あいつの方も間違いなく二人に好意を抱いているはずだ。

 

だって少なくとも部長さんに関してはあいつ、助っ人を頼みに来た時はっきり俺の目の前で「部長さんが好きだ」とか言ってたし婚約パーティーの時だって「処女は俺のモンだ」とか「部長を返せ」と公言してた。

 

…これどう見ても両想いって奴だよね?あいつはハーレム王になるとか言うくらいだし積極的に攻めるタイプだと思うけどな。どうしてあいつは告白とかそういった恋愛寄りのことをしないんだろうか?

 

「…私は今まで男に何て興味はなかったの」

 

そうこう考えているうちに俺の話で切り出しやすくなったのか、姫島先輩は語り始めた。

 

「そうなんですか?」

 

男に興味がないってことはそれつまり…ゲフンゲフン、おっといかん。そういう妄想は兵藤の専売特許だ。

 

「ええ、でも一誠君がみんなのためにがむしゃらに頑張っていく姿を見て私の心が少しずつ変わっていったわ。決定打はコカビエルとの戦いの時、一誠君が落ちる私を受け止めてくれたことかしら」

 

コカビエル戦の時、そんなこともあったな。あいつにとっては何も考えずやったことだろうがあれがきっかけになるなんて、人の心はわからないものだ。

 

「あれですか…姫島先輩も乙女なんですね」

 

「お姉さまなんて言われるけど、私は年相応の少女だってことかしらね」

 

「うふふ」と楽し気に姫島先輩は笑う。

 

「ゼノヴィアちゃんとの暮らしはどう?困ったことはないかしら?」

 

「あいつなかなか浮世離れしてますね。新鮮な反応が面白い反面、色々振り回されてます」

 

俺は苦笑交じりに嘆息する。

 

実は昨日、二人で庭の草むしりをしていたら雑草の多さに業を煮やしたゼノヴィアがデュランダルでまとめて切ろうとしたのだ。そんなことをすれば庭どころか俺の家がぶった切られかねないので冷汗たらしながら慌てて止めたが。

 

「でも、あいつが来て毎日が楽しくなりましたね。今まで一人暮らしだったていうのもあるんでしょうけど、あいつが来てくれて本当に良かったです」

 

一人暮らしの時と比べ、同居人が増えたことで断然賑やかになりそして安心できるようになった。一緒に住む人がいることで自分の家をより帰る場所と思えるようになったのだ。

 

「うふふ、紀伊国君も隅に置けないわね」

 

何か含みを持たせたような笑いを姫島先輩がした。…俺何か変なことを言っただろうか。

ひとしきり姫島先輩が笑った後、両者の間に沈黙が戻ってきた。

 

ふとコカビエル戦の話で思い出したことがある。姫島先輩がコカビエルに攻撃した時、奴は「この波動はバラキエルのものか」と言っていた。そしてその言葉に反応してか姫島先輩は激昂したように続く言葉を遮ったのだ。

 

姫島先輩はその苛烈な雷攻撃から「雷の巫女」と呼ばれている。奴はその雷を見てバラキエルの名を出した。話に出てきたバラキエルと姫島先輩に何か関係があるのだろうか?

 

「…あの、姫島先輩」

 

気になる事柄であるが姫島先輩のあの反応から見てデリケートな問題なのかもしれない。でももしかしたら良好な雰囲気に任せて聞きだせるのではないだろうかと言う一縷の望みをかけて、意を決して訊ねた。

 

すると俺の様子を見て何やらおかしそうに姫島先輩は笑ったのだ。

 

「うふふ、紀伊国君もオカルト研究部の部員なんだから『朱乃さん』と呼んでいいのよ?」

 

「えっ、朱乃さん、ですか…?」

 

俺は突然の話に戸惑った。

 

思えばオカ研の皆は姫島先輩のことを朱乃さんと呼んでいる、年下の木場や兵藤でさえだ。ゼノヴィアは副部長と呼ぶこともあるが姫島先輩呼びしているのは自分だけ。

 

「女の子を名前呼びはちょっと緊張します…」

 

「同じ戦場を戦った者同士、今更そんなことを気にする間柄ではなくて?」

 

「…そうですね」

 

姫島先輩の言うことも一理あるし、本人が望んでいるというのなら…。

 

「あの、あ、朱乃さんはバラ…」

 

その時、誰もが聞いたことのあるクラシックのメロディーに似た音楽が鳴りだす。コブラケータイの着信音だ。

 

すぐにポケットに入れていたコブラケータイを取り出して通話を始める。

 

俺は普段オカ研やら天王寺たちとのやり取りはスマホで、レジスタンスや異形絡み、魔方陣を介しての通話はコブラケータイを使うという風にしている。

 

「もしもし」

 

返事するかのように通話している向こう側からドゴ!という何かが砕けるような音が聞こえた。

数秒後、聞こえてきたのは部長さんの声だった。

 

『潜伏場所を特定できたわ、場所はポイント6の廃ビルよ。既に交戦しているから急いで頂戴!』

 

有無を言わせない勢いで通話は切られた。

 

「…はぐれ悪魔の位置を捕捉したそうです、行きましょう」

 

俺の話に朱乃さんはうんと頷いた。談笑していた和やかな雰囲気を即座に切り替えて俺たちははぐれ悪魔が潜伏しているという場所に向かって、夜の町を駆けだした。

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

連絡を受けた俺と朱乃さんはもうすぐ取り壊しになるという町の廃ビルに駆け付けた。ビルの壁や柱には随所にヒビが走っており、人気も備品もなく夜の暗闇と相まって不気味な雰囲気を醸し出してるが生憎そんなものに構っている状況ではない。

 

俺たちは二人一組で、ビルの中を逃げるはぐれ悪魔を追撃するように攻撃を仕掛けようやく追い詰めた。そして今、塔城さんが魔法攻撃の合間を縫って接近戦に持ち込んでいた。

 

「えいっ」

 

「ぐあっ!」

 

空を切る塔城さんの拳がはぐれ悪魔の顔面に突き刺さる。

『戦車』の駒の特性により増したパワーで大きく後ろに吹っ飛んでいく。

 

悪魔は何度か横転した後、強く柱に体を打ち付けた。

 

「はあ…はぁ…」

 

戦闘のダメージに息を荒げる悪魔。よく見ると体のあちこちに切り傷が出来ている。俺が来るまでの間、木場の攻撃を受けたのだろう。受けていたのがゼノヴィアの攻撃ならデュランダルの聖なる力で既に消滅しているはずだ。

 

「諦めなさい、あなたは詰んだのよ」

 

はぐれ悪魔を見下ろし悠然と告げる部長さん。その手には既に赤い滅びの力を滾らせている。それを見たはぐれ悪魔は悔しそうにぎりぎりと歯を食いしばった。

 

「く…だったらよぉ!」

 

はぐれ悪魔は咄嗟に両腕を突き出して光…いや、魔力で作った鋭い先端を持つ触手を伸ばす。触手の一つが部長さんに猛進するが木場がその間に割り込んで即座に切り裂いた。

 

その間、もう一つの触手がアルジェントさんの腕に絡みつく。

 

「きゃっ!」

 

「へへっ!」

 

か細い悲鳴を上げるアルジェントさんを悪魔はにたりと笑って触手で引っ張り強引に自分の胸に寄せる。

 

「テメエ、アーシアを!」

 

「どうした、攻撃しないのか!?」

 

男はゆっくりと立ち上がり下卑た笑みを浮かべてアルジェントさんを抑える。俺たちは心のゆるみを突かれた結果アルジェントさんを人質に取られ、たたらを踏むことになってしまった。部長さんは「くっ…!」と言いながら滅びの力を収めた。

 

なんて無様なことだ…、俺たちにはコカビエルと戦い生き残ったという自負から心のゆるみがあったのかもしれない。コカビエルクラスじゃないから楽に倒せるだろう。その慢心が今の事態を生んでしまった。

 

恐怖に怯えるアルジェントさんの目にうっすらと涙が見え始めた。悪魔はじりじりと窓際に後ずさる。

 

「へっへ…魔王の妹だの言われてるオメエらに俺が唯一勝ってるものは何だと思う?」

 

「卑怯よ…!」

 

悪魔は満足げに笑みを深めて俺たちに問いかけた。部長さんは心底悔しそうに、そして苛烈な怒りを滾らせた目ではぐれ悪魔を睨む。

 

「場数だよ…!俺はてめえらみてえなガキンチョよりもよっぽど戦術や引き時ってもんを心得てんのさ!!情に厚いと言われるグレモリーの悪魔はてめえの眷属ごと俺に攻撃でき…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その時、窓に黒い影が映りこんだ。

 

ガシャアアアアン!!

 

「ぐえっ!?」

 

ガラスの割れる音と男の苦痛に呻く声が聞こえたのはほぼ同時だった。矢庭にはぐれ悪魔の背後の窓に現れた何者かが窓を蹴破り、勢いをそのままに無防備を晒すその背に蹴りを叩き込んだのだ。

 

死角からの思わぬ攻撃、手が緩んでアルジェントさんが解放される。突然の解放によろめくアルジェントさんに兵藤が駆け寄り、彼女を守るように前に出た。一方の悪魔はそのまま倒れこみ、強く顔面を打ち付けた。

 

その男は黒だった。その身に纏う黒スーツ、風になびく黒マント、そしてこの場を支配する夜の闇がその印象を強く際立たせる。ガタイのいい男の顔は洒落た仮面に隠れておりまるでドラマに出てくる怪盗と言った風貌だ。

 

「くそ…がっ!」

 

地に伏す悪魔が急いで起き上がろうとしたところに続いて銃声、黒マントの男が無言で倒れたはぐれ悪魔の両脚に銃弾をぶち込んだのだ。はぐれ悪魔は再び痛みに呻いて起き上がりかけた上半身を地につけた。逆転の機会を掴もうとしたはぐれ悪魔は再び地面を舐めることになった。

 

「これで貴様はチェックメイトだ」

 

見覚えのある黒い銃をくるくると回しながら男は宣言した。

 

…声も聞き覚えがある。まさか大和さんなのか?

 

突然の乱入者に驚きながらも俺たちは警戒の色を残しながら男を見据える。

 

「あなたは…」

 

「また会ったな、紅髪の少女よ。そして他の者は初めましてだ、俺の名はラブハンター ル・シエル!」

 

キザったらしい口調で男はハットの唾を撫でる。

 

こいつがラブハンタール・シエル…キャラがぶっ飛び過ぎててあの硬派で優しい感じの大和さんと大きくかけ離れているが、あの銃は間違いなく大和さんの神器と同じものだ。それにハットから僅かに銀髪がはみ出している。キャラを除けば神器、ガタイの良さ、声、そして髪の色、全てが一致する。間違いなく彼は…。

 

「…あんた大和さんでしょ」

 

「ッ!?や、大和とは一体誰の事かな…?」

 

俺の問いかけに男は一瞬動揺したのか声を跳ね上げた。それに続く声は微かに震えている。

 

図星かー…。追い打ちをかけるように俺はその思考に至った根拠を並べ立てる。

 

「声と体格でバレバレだしその銃大和さんが使ってるのと同じ物だし」

 

「ギクッ」

 

あ、今ギクッって言ったぞ。

 

「なあ、大和さんって…まさか天王寺のお兄さんのことか?」

 

俺のやり取りを見て警戒心を薄めたのか兵藤が訊ねてきた。

 

「ああ…ってお前知ってるのか?」

 

「そりゃ俺も小さい頃は大和さんと遊んだりもしてたぞ、あの人昔から変わってたなー」

 

兵藤は昔を懐かしむような声色で答えた。そう言えば、昔肝試ししたとか大和さんが語ってたな。

 

「…あなた、彼と知り合いなのかしら?」

 

今度は驚いた感じで部長さんが訊ねてきた。

 

「はい、まあクラスメイトのお兄さんです。あ、大和さん。天王寺がカレーにちくわを入れるのやめてほしいって言ってましたよ」

 

「な…飛鳥が…!?そんな…あれはカレーの新しい境地を拓くための試みが…いいいや!俺は飛鳥なる人物は知らない!」

 

俺の言葉に男はさらなる動揺を見せる。

 

今飛鳥って言ったぞ。俺は天王寺としか言っていないのに。天王寺からちくわの話を聞いた時はマジかと軽く驚いたものだ。もっとましなものを入れられなかったのか?レンコンとか。

 

「頑固だなぁ…もういい加減諦めたらどうです?天王寺大和さん」

 

俺ははっきり名前を言ってやった。

 

「…はあ、紀伊国君。こういうヒーローの正体を詮索するのは野暮と言うものだぞ」

 

黒マントの男は大きく息を吐いて、洒落たマスクを外した。マスクの裏の短い銀髪を垂らす勇ましい顔が、割れた窓から侵入する月光に照らされた。そしてそれは、つい最近見た顔でもあった。

 

「初めましてだな、俺は天王寺大和。駒王学園2年の天王寺飛鳥の兄だ」

 

「ほ、本当に大和さんだ…」

 

「お、一誠君か。何年ぶりだ?大きくなったな」

 

「ははは!」と兵藤の顔を見て愉快そうに笑う大和さん。正体を明かしてからのその様子からか他の部員達の警戒の色が薄れていった。

 

「部長さん、一応あの人は悪魔の存在を知っていますよ」

 

もっと話しやすくなるよう、俺は部長さんに教えた。一応あの銃を神器だと認識しているようだし薄々感づいているかもしれないが。

 

「なら、一々気にする必要もないわね…私はリアス・グレモリー。彼らグレモリー眷属を率いる上級悪魔よ」

 

部長さんは堂々と自己紹介した。

 

「なに、上級悪魔だと…!?一誠君も悪魔なのか?」

 

「ええ…まあ色々あって」

 

「男子三日会わざれば刮目して見よとはいうが…数年になれば人間でなくなるのか」

 

大和さんは驚愕の吐息をこぼす。多分そうなるのはほんの一部だと思う、うん。

 

「…まて、グレモリーといえばあのソロモン七十二柱の第56位の公爵か!?」

 

今度はどこかキラキラした目で部長さんに訊ねてきた。そう言えばこの人はファンタジーものが好きなんだったな…。

 

「え、ええ。そうよ…」

 

部長さんは突然の豹変に不意を突かれて狼狽した様子で答える。

 

「マジか!伝承通りの赤髪、まさかこんな有名な悪魔と出会うことになるとは…」

 

肯定の返事を受け、悪魔を恐れるどころか感動したといった様子だ。

この場にいる人の中で一番最年長のはずなのに一番子供っぽい反応をしてる…。

 

感動に浸りかける大和さんの前に、ゼノヴィアが一歩進み出た。

 

「天王寺大和、あなたは何故この事件に?」

 

おっとそうだった、この人のペースに乗せられてすっかり聞くのを忘れる所だった。

 

「…そうだな、事の発端は二日前だ」

 

一瞬で子供みたいなわくわくした表情が真面目で硬派な表情に切り替わった。

窓から見える夜天、その高くに輝く月を一瞥して大和さんは話し始める。

 

「俺がコンビニでカレールゥを買いに行った帰りに怪しげな男…こいつを見かけた。」

 

大和さんはそう言って地に這いつくばるはぐれ悪魔に目をやる。視線に気づいた悪魔が唸り声を上げるが大和さんは意に介さない。

 

というか、コンビニで何を買ったかまで言わなくていいだろ。カレールゥってもしかしてまたちくわカレーを…。

 

「あんなクオリティの高いファンタジーチックなローブを纏う男に俺は興味が沸いた…いや、心躍った。あわよくばどこでそれを売っているのか聞こうと思ってな。そう思って話しかけたら魔法で攻撃されたよ」

 

大和さんは話を止めて懐から煙草を取り出そうとしたが「おっと失敬」と言って再びポケットの中に入れ直した。

 

大和さんは喫煙者でもある。…別にタバコが好きという訳ではなく大和さんのことだから単にカッコつけたくてタバコ吸ってる可能性もありそうだ。

 

ファンタジーチックなローブに興味が沸いたかー…。もし中二病が迸る大和さんが異形の世界にどっぷりと足を突っ込んだら一体どんなことになるだろう。魔王であるサーゼクスさんに会うだけで狂喜乱舞するのではないだろうか。

 

「どうにかやり過ごした俺は空に輝く月を見て思った。…闇に潜む悪を討つには俺も闇に紛れる戦士になるしかない、とな」

 

「は?」

 

今、真っすぐ進んでいた電車がガタンと音を立ててレールを分岐した、そんな音が聞こえたような気がした。

 

…何か、流れ変わったな。

 

「あの中二心くすぐるローブを見たからだろうな。俺はその心の赴くままに闇に紛れる戦士の設定を、衣装を考えた!それがこれだ!」

 

ヒートアップしていく大和さんの言葉に熱が乗り、動きには激しさが宿る。遂にはバサっと大きくマントを見せるように広げた。

 

「闇に紛れるための漆黒のマント!素顔を隠しミステリアスな雰囲気を醸し出すための仮面!…ああ、ちなみに名前は一昔前の俺そっくりな主人公が出ていたアニメからとった。初めて見た時は度肝を抜かれたな」

 

「…確かに、本物そっくりというより本物」

 

本物を知る塔城さんがそこまで言うってことは相当そっくりなんだろうな。

そして遂にテンション・フォルティッシモと言わんばかりの高ぶりで言った。

 

「そうして改良を積み重ね、誕生したのがこの俺!ラブハンター ル・シエルだ!!」

 

俺は素で思った。もうこの人はダメかもしれない。

知識とそれを実現してしまう行動力と身体能力を兼ね備えてしまった中二病、それが大和さんだ。

 

この場にいる皆の顔が引きつってるもん、あの優しいアルジェントさんでさえ困惑してる。はぐれ悪魔だって「こいつ頭がおかしいんじゃねえか」みたいな顔になってるし。

 

こんなぶっ飛んだやつが実は外人部隊やってますなんて誰が思うだろうか。いや思わない。

 

「…んん!ちなみにさっきのダイナミックな侵入方はどうやって?」

 

驚きを咳払いして振り払い、兵藤が訊ねた。

 

「ああ、あれは上階の柱にロープを巻き付けて窓から下りた。下で戦闘が行われているのは音でわかるからな。後は音の移動で位置を探り当ててタイミングを見計らって突入した、といった感じだ」

 

大和さんはそう言って自分の腰に巻かれたロープを見せる。その後、ガラスの鋭い破片を一つ拾うとさっとロープを切り裂いた。

 

「ざっと話はこんなものか」

 

「あなた本当に何者なの…?」

 

「…おっと、もうこんな時間だ。あまり帰りが遅いと飛鳥が心配するのでな、ここらでお暇するとしよう」

 

部長さんの問いをはぐらかすように大和さんは腕時計を見て言った。

その問いに答えると自分が天王寺に隠していることをばらしてしまう訳だから答えられるはずもない。

 

「…一誠君、紀伊国君。俺の可愛い弟をこれからも頼む」

 

「大和さん…」

 

どこか憂いを帯びた表情で言うその姿は俺たちを騒がせたラブハンターではなく、弟思いの優しい兄のものだった。俺たちが言葉を返す間もなく大和さんは乱れたハットをくいっと直し、マントをばさりと広げ駆け出した。

 

「では、Au revoir(さようなら)!」

 

大和さんは颯爽と俺たちの間を横切り、この階を後にした。後ろから「ハーハッハッハ!!」と高らかな笑い声が聞こえてくる。やがてその声も聞こえなくなり、夜の静寂だけがこの場に残された。

 

「…嵐のように現れ、そして去って行ったわね」

 

「本当にそうですね…」

 

俺はこの日、大和さんがぶっ飛んだキャラの持ち主であることを再認識した。

あの人の超個性的な立ち振る舞いは俺だけでなく、初対面であるオカ研の皆の記憶に大きな爪痕を残したのだった。

 

 

 

 

その後、部長さんがあのはぐれ悪魔を滅びの魔力で消し飛ばして一件落着した。

天王寺のカレーからもちくわは消えたという。

 

 

 

「ちなみにこれが本家ラブハンターです」

 

「これ大和さんそのものじゃん」

 

 




本編がシリアス過ぎると作者の心も潰れてしまうのでたまには外伝で息抜きさせてください。こういう掘り下げとギャグを兼ねた回を書いてみたかった。

ちなみに次章での外伝はレジスタンス組を掘り下げます。

これで停止教室のヴァンパイア編は完結です。
これから動き出す物語に備えてゼノヴィアとの関係だったり悠の立場を明確にするなど色々と固めることが主な目的でした。
次章から冥界合宿のヘルキャット編。眼魂のことについて踏み込んだり、物語が動き始めます。次回更新をお楽しみに!

次章予告

「ここがグレモリー領か…!」

合宿の舞台は冥界。

「あの方の手を煩わせることなく、眼魂を回収して君を消そうか」

その裏で暗躍するのは断絶したはずの名家。

「全く、こういう催しに水を差す連中はつきものだな!」

華やかな催しに横槍を入れる者も。

「お前…なんでここに…」

再会、それは運命の悪戯。

死霊強襲編 第二章 冥界合宿のヘルキャット








「紀伊国悠、お前を抹殺する」

〔CRASH THE INVADOR!〕 


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死霊強襲編 《コード・アサルト》 第二章 冥界合宿のヘルキャット
第38話 「劇的ビ〇ォーア〇ター」


全話全てを改行したりするなど修正して文章を読みやすくしました。
特に「仮面ライダースペクター」は戦闘シーンを色々修正したり描写を追加したりしています。マジ大変だった…。

修正で昔の回を見てると今と大分書き方が違うな…としみじみ感じる。

今話からヘルキャット編スタート。オリ要素が色々表に出てきます。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
1.ムサシ
3.ロビン
4.ニュートン
5.ビリーザキッド
7.ベンケイ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
13.フーディーニ



「はー、暇ー…」

 

7月の終わりごろ、夏休みシーズンに突入した我が家は実にのんびりとしていた。朝食を食べ終え、俺はソファーに横になりながらテレビを見ている。夏休み特有の時間を持て余すゆえに起こる現象だ。恒例の宿題に関しては勉強熱心なゼノヴィアの影響もあって着実に消化できている。

 

『この夏、最高の恐怖と感動をあなたに』

 

『IF-それを攻撃したら終わり』

 

テレビでは最近話題のホラー映画のCMが流れている。ホラー映画ではあるけれど怖い意味でなく普通に感動で泣けると評判らしい。今度ゼノヴィアや天王寺を連れて見に行こうかな。

 

「ふん、ふん」

 

その後ろではゼノヴィアが最近買ったダンベルで筋トレをしている。こいつに小遣いを上げるとその結構な割合がトレーニング関係の物に消えていくのだ。なんとも彼女らしいが、折角新生活を楽しむならおしゃれとかにも気を遣ってほしい。

 

「悠、今日の昼飯は何にする?」

 

「お前さっき食べたばかりだろ…」

 

「最近は機嫌がよくてね、何でもしたい気分だ」

 

二つのダンベルを交互に持ち上げながら微笑む。

 

和平会談の一件以来、悪魔でありながら聖書の神に祈りを捧げられるようになったゼノヴィアはよく笑うようになった。その前はどこか影が差し硬かった表情がほぐれて雰囲気も柔らかくなり他のクラスメイトとも交流するようになり、俺は安心している。

 

『こうやって勉学に励むことが出来るのは主のおかげ…う!!』

 

『こんなに美味しい食事にありつけるなんて、悠と主に感謝をうっ!?』

 

『お前の言ってた教材が見つかったぞ、これも主のみちび…うっ!』

 

もはや癖と言っても過言ではないレベルで何かにつけては祈りを捧げ、そのたびにシステムが働いてダメージを受けていたのが…

 

「気持ちのいい朝だ。今日も主に感謝を…」

 

なんということでしょう。

 

なんとも満ちたりた表情で祈りを捧げているではありませんか。俺もミカエルさんに直接頼み込んだ甲斐があったというものだ。

 

ふとダイニングテーブルからガチャガチャという音が聞こえた。

 

テーブルの上では暇を持て余すガジェットたちが和気あいあいとじゃれ合っている。コブラケータイにコンドルデンワー、バットクロック、そしてクモランタン。一気にガジェットが増えたことでコブラケータイも孤独ではなくなった。

 

我が家のマスコットたちは今日も元気なようだ。時々バットクロックがゼノヴィアを起こしに行くのを見かける。

ゼノヴィアにとってあいつは目覚まし時計みたいなものになっていそうだ。

 

今日は10時ごろにオカ研の今後の予定についての説明があるので兵藤の家に来るよう言われたのだ。何故オカ研の集まりを兵藤家でやるのかというと、部室でやるのもいいけどたまには別の場所でやるのも気分転換になるだろうという理由だ。

 

それよりオカ研はアザゼル先生を含めれば10人だぞ。この人数が果たして収まりきるだろうか。

 

そう思って俺は窓から見える兵藤の家に目をやる。

 

「…あ?」

 

窓から見える景色に昨日までなかった大きな建物が増えている。しかも割と近所に。

 

…気のせいか?それともまだ頭が寝ぼけているのか?

 

俺は自分の頬を叩く。割りと力を入れて。これで夢なら覚めるはずだ。

 

しかし、幻かと思った景色は何一つ変わることはなかった。

 

「…うそん」

 

俺は弾かれたように起き上がりゼノヴィアの方へと振り向いた。

 

「おいゼノヴィア、兵藤の家が消えたぞ!」

 

「ん?…ああ、そういえば昨日、部長からイッセーの家を改築して大きくするから一緒に住まないかという誘いが来たんだ。私は現状で満足しているから断ったが」

 

俺が指さす方へと歩き、窓から景色を見るが特に驚く様子もなく彼女は答えた。

 

改築したの!?え、兵藤の家ってどこの家とも変わらない平々凡々な一軒家だったよね!?あれ遠くから見ても改築の枠を超えてると思うよ!?

 

「何故それを言わなかったの!?ていうかあれ倍以上にデカくなってるよね!?横にも縦にも!」

 

「経済大国日本の改築とはああいうものではないのか?」

 

「あんな規模の改築をぼこすかやってたら土地が足りねえよ!」

 

経済大国だからなんでもアリなんてものじゃねえぞ!?

 

ゼノヴィアの浮世離れはまだ治りそうにない。

 

 

 

 

 ▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

「…やっぱデカすぎるだろ」

 

「ああ…」

 

家を出て兵藤家に向かった俺は改築された家を前に圧倒された。外から見える壁や窓の縁は西洋風の意匠や色使いになっており、大きさからみて家を通り越して屋敷と言った感じだ。

2階建ての一軒家が一晩で3階、いやそれ以上の中くらいのマンション級の大きさになってしまった。

 

…もしかして俺は幻を見ているのだろうか。

事情を聞いていてもそう思ってしまうほどの変わりようだった。

 

そんなことを思いながら見上げていると。

 

「やあ紀伊国君、ゼノヴィア。おはよう」

 

いつもと違う私服姿の木場、そして女装姿のギャスパー君が歩み寄ってきた。

爽やかに笑って挨拶をしてきたので俺も挨拶を返す。

 

「おう、おはよう。ギャスパー君も一緒か」

 

「お、おはようございますぅ!」

 

普段とは違う私服姿でも中身は変わらずのおどおど具合。それは和平会談の一件を経ても変わらない。

 

「ところでお前らはこれのこと知ってたか?」

 

俺は眼前にそびえたつ家を指さす。

 

「話には聞いていたけどここまで大きくなるなんて僕もびっくりしているよ」

 

「むしろ初めてイッセー先輩の家を見ました…」

 

ギャスパー君は初めてか。木場は兵藤が入部した時からいたから部活外の交流があってもおかしくはないが、ギャスパー君は封印されていたのと本人の引きこもり気質があったからそうなのも仕方ないといえば仕方ない。

 

話もほどほどに、俺は表札の下のインターホンを押す。

 

『はい』

 

「すみません、兵藤君はいますか?」

 

『あら、紀伊国!ちょっと待っててね、すぐ呼んでくるわ!』

 

返ってきた元気のいい声の主は兵藤のお母さんだ。公開授業で兵藤…というよりはアルジェントさんが授業を受ける様子を一生懸命にビデオカメラに収めていたのをよく覚えている。

 

それから数分後、ガチャリと玄関のドアが開き兵藤が姿を現した。

 

「…お、来た」

 

「来たよ、おはよう」

 

「おう!おはよう!」

 

元気よく挨拶を返す兵藤。

 

「それよりこれはどうなってるんだよ?なんで一晩でこんなになってるんだ」

 

「それが部長のお父さんがモデルハウスの一環でタダでリフォームしたんだってさ、俺たちが寝てる間に」

 

「いや限度ってものがあるだろう…」

 

部長のお父さんといえば授業参観で見たあのダンディーボイスの男の人か。ていうか悪魔は建築業にまで手を伸ばしているのかよ。

 

寝てる間にここまで大きくリフォームできるのも魔法の力って奴か。ホント魔法ってのは便利なものだ。俺もいっそリフォームしてもらいたい…と言ったって二人暮らしだからどうせ大きくしたって持て余すだけになりそうだ。

 

何事も慎ましい物がいいもんだ。

 

「ま、立ち話もなんだから入ろうぜ」

 

親指でぐいぐいと玄関を指さす兵藤の言葉を受けて俺たちはぞろぞろと大きくなった兵藤の家へと足を踏み入れる。

 

「うっす、お邪魔しまーす」

 

靴を脱いで土間に並べて家に上がる。そして歩みを進めると広間に出た。

広間は吹き抜けになっておりこの一階から上の階の廊下を見上げることが出来る。また階段の他にもエレベーターまでが備えられていた。

 

…なんというか本当に、変わったのな。

 

「広すぎです…」

 

「部長の城と比べるとまだ狭いけど、それでもかなりの広さだよ」

 

木場とギャスパー君が各々の感想を漏らす。

 

部長さんは城を持ってるのかよ。今まで戦闘能力の高さでしか上級悪魔を知らなかったが社会的地位って一体どれほどの物なんだろうか?

 

「お前の母さんも父さんもびっくりしたんじゃないか?」

 

「まあそうだけど、今はデカくなった家の中をうっきうきで歩き回ってるぜ」

 

そういって兵藤はきょろきょろと階上を見上げる。すると上の階からはしゃぐような兵藤の両親の声が聞こえてきた。

 

「一誠君、この家は何階建てなんだい?」

 

「6階建てで地下は3階まであるんだとさ、トレーニングルームに室内プール、書庫、倉庫、和室に屋上には空中庭園。何でもありだよ。これでも空き部屋がたくさんあるんだぜ?」

 

「すげえ…」

 

羨ましい位に色んなものが満載じゃないか。

 

トレーニングルームね…。これなら皆も空いた時間に鍛えることができるな。週三でイレブンさんと模擬戦やってる俺と違って皆には自分を鍛える施設が今までなかった。もしかして今後の禍の団との戦いを見越して改築したとか?

 

雑談しながら広間を歩き、先頭を歩く兵藤が一室のドアノブをガチャリと回した。

 

「来たわね」

 

俺たちに声をかけたのは部長さん。既に朱乃さんや塔城さん、アルジェントさんは椅子に腰かけている。

 

「おはようございます、部長さん」

 

「ええ、おはよう」

 

部長さんの挨拶を受け、俺たちは続々と長いダイニングテーブルに着く。

リビングもかなり広くなっており、広さに見合う大きな掃き出し窓から燦々とした日差しが差し込んで、爽やかかつ明るい雰囲気をしっかりこの広い室内にもたらしていた。

 

全員が席に着いたところで部長さんが話を始める。

 

「さて、揃ったことだし今後の予定について説明するわ。いきなりだけど明後日、私は冥界に帰るわ」

 

冥界に帰る?まあ部長さんは生まれながらにグレモリー家の悪魔だから帰るといえば冥界なんだろうが…。

そういえば夏休みといえば帰省の時期でもあったな。

 

「冥界に帰る!?そ、そんな部長…俺たちを置いて……」

 

突然の宣言に兵藤は捨てられた子犬のような目をする。

 

おいおいそんなにショックなのかよ。

 

部長さんはそんな兵藤に「ふふ」と笑う。

 

「もう一誠ったら、毎年のことなのよ?それに大切なあなたを置いてどこかに行くわけないじゃない」

 

「ほ、本当ですか…?」

 

「本当よ。あなたの主、リアス・グレモリーを信じなさい」

 

部長さんは悲し気な視線を送る兵藤を優しく包み込むような表情と声色で宥める。

…やはり部長さんは主というよりも、時々見せるあの表情から母と言う感じがする。

 

「とにかく、今回は眷属全員で冥界に帰るわ。8月下旬までを冥界で過ごし、修行や試合も全て行うから準備はしっかりとしておいて頂戴」

 

部長さんの話に皆がしっかり頷いた。

 

おーう、今年の夏休みは濃密な内容になりそうだ…って。

 

「ちなみに俺は?」

 

俺は眷属悪魔ではないのだが。

 

…まさか俺だけ置いてけぼりなんてないよね?またあの家で一人寂しく過ごさないといけないなんてないよね?

そう思うと不安になったがそれが顔に出たのか部長さんは安心させる答えを返した。

 

「あなたも勿論同行よ。あなたは三大勢力の和平推進大使なのだから、これを機に冥界をしっかり見ておくといいわ」

 

「了解でっす」

 

自分の役職名を出された俺はビシッと気を引き締める。

 

役職の仕事がほとんどないとはいえ、与えられた役職に恥じないようにしなければな。

 

「この場で冥界に行くのが初めての人は…」

 

「俺と紀伊国は婚約パーティーで一回行ったからアーシアとゼノヴィアだけだな」

 

言われてみればそうだ。俺一回冥界に行ってたんだった。

外から見た景色はレンガ造りの町が印象的だったけどほぼほぼ会場のある建物で過ごしたから冥界に行ったという実感は皆無に等しい。

 

「はい!まだ生きているのに冥界に行くのはドキドキします…!」

 

「天国に行くのを目指して信仰を積んできた私が冥界に行くことになるなんてね…人生何が起こるかわからないものだ」

 

アルジェントさんは緊張の入り混じった表情で答え、ゼノヴィアはうむと頷く。

あれ、そういえば兵藤が婚約パーティーに乱入した時は会場にアルジェントさんの姿はなかったな。今まで全然気づかなかった。

 

「…海、生きたかったなぁ」

 

どこかにやついた顔で兵藤がぼそりと呟いた。

 

確かに夏と言えば海やプール、他にも花火といったイメージがある。

前世ではそう言ったものとはほとんど無縁だった。でも折角だし、ゼノヴィアや天王寺達と楽しみたいと色々計画を立てていたがそれもご破算になりそうだ。

 

「あら、冥界には海はないけど大きな湖ならあるわ。それに我が家には大きなプールもあるわよ、他にやりたいことでもあったの?」

 

「はい!それはもちろん!」

 

部長さんの問いにウキウキに返事する兵藤の表情に邪なものが混ざっている気がした。

 

何気に冥界に海はないという新情報が。海はないのかー…。

 

そしてそれは速攻で塔城さんに見抜かれてしまう。

 

「イッセー先輩、いやらしい妄想はいけません」

 

「相変わらず鋭いツッコミだぜ…」

 

ツッコミを兵藤にくれてやった塔城さんはその後、嘆息しロリロリな顔に影が差した。

それはどこか何かに落ち込んでいるように見えて…。

 

「おいおい、俺抜きで楽しくおしゃべりなんて妬けるじゃねえか」

 

「どうかした?」と訊ねようとしたその瞬間、この場にいない人物の声が聞こえた。

声が聞こえた方へ向くと、初めて会った時と同じような黒い着流しを着たアザゼル先生がいた。

 

…全く気付かなかった。俺たちがおしゃべりに集中していたのもあるんだろうが。

 

「あなた、いつの間に?」

 

他の部員達も全く気付かなかったらしく驚いている。

 

「普通に玄関から入ってきたんだが。そりゃあお前たちが修行不足ってだけだ」

 

アザゼル先生は事も無げに答える。

さいですか…。あれ、普通に玄関から入ってきたって前にも聞いたことがあるような?

 

「俺も冥界に行く。一応、表でも裏でもお前らの『先生』だからな」

 

そう言ってアザゼル先生は折りたたんだメモ紙を取り出して開いた。

 

「ざっと説明するぞ。冥界に着いたらグレモリー領でリアスの里帰り、ちょこっとグレモリー領観光の後有望若手悪魔たちの会合。そして修行だ」

 

「観光ですか!」

 

俺が一番に食いついたのは観光だった。修行するのは事前に聞いていたしもちろん新しい環境で強くなりたいという思いもあったからそこまで食いつくほどの物でもなかった。

 

遂に冥界観光か。婚約パーティーの時に見たあの中世ヨーロッパのようなレンガ造りの町を見て回ることが出来る、それを思うと俄然冥界行きが楽しみになってきた。

 

「冥界には美味しい物がたくさんあります」

 

「観光するときに色々紹介してあげますわ」

 

塔城さんと朱乃さんがそっと付け加える。

いいなぁ、グレモリー領の郷土料理とかあるのかな。

 

「そんでお前らが若手悪魔とだべってる間は俺は各勢力のトップと会合さ。あーあ、俺も観光してーなぁ…」

 

期待に胸を躍らせる俺とは対照にアザゼル先生は面倒くさげに大きくため息を吐いた。

 

トップの人はトップの人で忙しそうだな。何か労をねぎらうようなことができれば…そうだ。

 

「お土産買ってきましょうか?」

 

俺の提案にアザゼル先生は嬉しそうに食いついた。

 

「お!まじか、んじゃゴモりん饅頭2箱と紅い情熱の雫を3瓶頼むわ!」

 

ふむふむ、ゴモりん饅頭と紅い情熱の雫…。ゴモりんというのは名前の響きからしてマスコットキャラだろうか。だがもう片方の紅い情熱の雫というのは一体?瓶、そして雫と言うフレーズから飲み物と言うのはわかるが。

 

「アザゼル!紅い情熱の雫はお酒でしょう、未成年になんてことさせようとするの!」

 

アザゼル先生のオーダーに部長さんが抗議する。

 

紅い情熱の雫って酒かよ!そういえば瓶とか言ってたもんな、未成年は酒を買っちゃあだめだ。

 

「バレちまったか…、ま、饅頭や煎餅、あと酒のつまみになりそうな土産でも買ってくれ」

 

アザゼル先生はいたずらがバレてしまった子供のように「しまった」という表情を浮かべると肩をすくめた。

 

「了解しました」

 

俺は速攻で自分のスマホのメモアプリに頼まれた内容を記録する。人のことを気にするのもいいが俺も自分のお土産を考えておかないとな。部長さんに後でいいお土産でも聞いてみようか。

 

「そんでもってリアス、俺は今回悪魔側のルートで行くつもりだからそっちで予約しておいていいぞ」

 

「わかったわ」

 

アザゼル先生の指示に部長さんが頷く。

 

そんな調子で打ち合わせは進んでいった。

 

ちなみに冥界への行き方については秘密にされた。なんでも「せっかくならびっくりしてほしい」とのことだが…。やはり以前のように悪魔らしく魔方陣でひとっ飛びなのだろうか。でもそれだと驚きがないんだよな。

それも含めて楽しみにしておくか。

 

取り敢えず天王寺に「地獄に行ってくる」とでもメールしておくか。比喩でもなく、本物の地獄だが。

でも案外楽しいものになりそうだ。

 




推進大使の現状…それなりに知名度はある(ただし一般の悪魔や堕天使にはほとんど知られていない。上層部の人は顔だけじゃわからないけど「自分は推進大使だ」と言ったら「あああの人か」と言った感じ)。仕事は対禍の団と駒王町の防衛だが上が基本的に学業等を優先させてくれるし禍の団との小競り合いも各勢力の動員された戦力で大抵事足りるので駆り出されることは滅多にない。

次回、「冥界電車で行こう」


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第39話 「冥界列車で行こう」

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
1.ムサシ
3.ロビン
4.ニュートン
5.ビリーザキッド
7.ベンケイ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
13.フーディーニ



打ち合わせから二日後、俺たちが朝から集まったのは駒王町の駅だった。

俺を含めて集まった全員が見慣れた駒王学園の夏服に身を包んでいる。

 

「もう一度確認しておく、忘れ物はないな?」

 

「ああ。着替えに洗面用具、タオル、デュランダル。目覚まし時計も持ってきたぞ」

 

ゼノヴィアが手に引っ提げたボストンバッグから荷物を取り出しては俺に見せる。

最後に取り出したのは鷲掴みにしたバットクロックだった。やや苦し気に呻くような声を上げている。

 

「…それ目覚まし時計じゃなくてバットクロックだからな、ガジェットだからな、武器だからな。そういや見ないなと思ったらお前がバッグに詰め込んでたのかよ!」

 

「時計型ガジェットなら目覚まし時計でもいいだろう?」

 

「ぐっ、それはそうだが…」

 

ちなみに他のガジェットたちは人目に触れないように俺のバッグに詰め込んだ。一泊二日の旅行ならまだしも長期間家に置いていくのも可哀そうなので連れていくことにした。長く留守にすることになる家はポラリスさんが何とかしてくれるだろう。

 

「…ところで俺ら修学旅行に行くんじゃないんですよね?」

 

「もちろん、私たちは冥界に行くのよ」

 

俺の確認に部長さんは当然と言った風に頷く。

 

「それじゃ、まずはイッセーとアーシア、ゼノヴィアと紀伊国君から来て頂戴。残りのメンバーはアザゼル先生と合流した後で下りてきて」

 

部長さんの言葉と同時に俺たちは部長さんの後に続いた。

 

やがて部長さんが足を止めるとその前にあるのはごく普通のエレベーターだった。

 

「エレベーター?」

 

駅、そしてエレベーター。…まったく先が読めない。まさかエレベーターで下りた先が冥界でしたなんてことはないよね?

 

部長さんは俺の心配などつゆ知らずボタンを押し、エレベーターのドアが開く。

俺たちは続々とエレベーターの中へと歩を進める。ゼノヴィアとアルジェントさんから先に入り、次に俺と兵藤、最後に部長さんと言った具合に詰めて入っていく。

 

「これ大丈夫か…?」

 

「中々狭いわね…」

 

元々そこまで広くなく俺たち皆がバッグなど大きな荷物を持っていることもあってかなりぎゅうぎゅう詰めになっている。

 

各々、狭さへの苦悶の声を漏らす。その中で最後に入り、操作盤の近くに立つ部長さんは1、2といった階層ボタンを押すわけでもなく、ポケットからカードを取り出して備え付けの電子パネルにかざした。

 

すると突然、下に降りる感覚が俺たちを襲った。ここは一階、下の階層などないはずなのに。

 

「へ!?」

 

思わず驚愕の声を上げた。

 

最初は部長さんを除いた皆が驚いたが、次第に予期せぬ感覚に慣れたのか驚きの色は薄まっていった。

 

「この町には悪魔専用の領域がたくさん隠れているわ、この駅では今から行く地下の秘密の階層と言った具合にね」

 

「全然知りませんでした…」

 

「当然よ、悪魔専用と言ったじゃない。普通の人間はまず行けないわ」

 

…しかしだ。

 

先ほどから腕に何か柔らかい物が当たっている感触がする。この柔らかさはバッグが持つ物ではない、位置的にも『そう』としか考えられない。自分でもややバツの悪そうな表情になっていくのが分かる。

 

「…ゼノヴィア」

 

この気まずい思いを抑えられない俺は思い切って本人に言うことにした。

 

「どうした?」

 

本人は俺の思いを知らずかあっけらかんと返す。人前でこんなことを言うのは可哀そうだと思いここから先を言うべきかここで有耶無耶にするか葛藤が生じるが俺はさらに心の中で勇気の一歩を踏み出す。

 

「あ、あの、その…当たってるんだが」

 

俺の心中を知ってか知らずか彼女はふっと笑みを深めた。

 

「当たっているんじゃない…当てているんだよ」

 

「!?」

 

想定外の返答に俺は息を呑んだ。

 

そのセリフを一体どこで…!?

 

「桐生から教わったんだ。彼女は子作りというものに関しては博識でね、よく驚かされるよ」

 

桐生さんか!!休み時間あのグループは一体何を話しているんだ!?

向こうは無知な上、知識を求める二人の反応が楽しくて色々吹き込んでいるんだろうがそれがこんなことに!おのれぇ、図ったな!

 

こっちの様子を見て楽しそうに笑う部長さん。

 

「あら、随分と仲睦まじいわね。折角だから私も…」

 

部長さんが狭い空間で方向転換して兵藤の方へ向くと、そのまま豊かな胸が目を引く体を兵藤に密着させた。

 

「な!?ぶぶぶぶちょ!?」

 

俺の隣で兵藤が大声を上げる。

 

「部長さんだけずるいです!私だって!」

 

負けじとアルジェントさんも背後から部長さんやゼノヴィアと比べれば控えめな胸を押し当てる。

二人の胸にサンドイッチにされた兵藤はテレが入りながらも嬉しそうにニヤニヤしている。

 

「おいおい俺の目の前で何やってるの!?」

 

ちょっと何で俺の目の前でそんなHなことやってんの!?そういうのは人目がないとこでやれよ、今は俺とゼノヴィアという人目があるだろう!?

 

「でへへ…」

 

「おい兵藤ォ!!お前ちょっとはそのエロさを控えめにしろよ!!」

 

俺の心中を知らずに兵藤はこの状況にニヤニヤとした笑みをやめない。

 

二人を止められんのお前だけだろ!!お前がそうなったら誰が部長さんとアルジェントを止めるんだよ!!

万丈じゃないんだからさぁ!!

 

「ん…何だか、変な気分だ…」

 

俺の腕に豊満な腕を布越しに押し当てる心なしかゼノヴィアの顔が赤らむ。上げる声も色っぽくなってきた。

 

「ゼノヴィア!?お前ここで子作りしようとかやめてよね!?」

 

「なるほど、この閉ざされた空間でやるのも乙かもしれないね…」

 

俺のツッコミにいいことを思いついたように頷く。

 

しまった、かえって奴のエンジンに火をつけてしまったか…!ていうか用具室の時と言い暗くて閉じた空間が好きなのか!?

 

よくない、この雰囲気は非常によくない!!ストッパーが俺一人しかいないせいで誰も止められない。4対一だ。

ゼノヴィアはエンジンが入ったのかより強く胸を押し当て始めた。

 

本当に柔らかい。これを手で直に掴んだらどんな…ハッ!?いかん、雰囲気にのまれるところだった!

 

この雰囲気よ吹き飛べと願わんばかりに俺は声を荒げる。

 

「だぁーやめろやめろ!!こんな狭い空間をピンクな雰囲気にするな!!…あ」

 

言い終えると同時にチーン!という音が鳴り、眼前のドアが開く。

 

「…行きましょう」

 

早くも凛とした表情に切り替えた部長さんはエレベーターから出る。

取り敢えず深呼吸して落ち着いた俺たちもそれに続く。

 

…終わった。このムズムズするような雰囲気から解放された安堵か、悲しみか、何とも言えない感情が俺の胸中を支配していた。ゼノヴィアも何事もなかったような表情をしやがって。向こうから仕掛けてきたというのに。

 

そんな中、まだとろけた表情の兵藤が息を吐くかのように漏らす。

 

「ああ…幸せだった…」

 

「お前ちっとはあの切り替えの速さを見習え」

 

幸せの余韻に浸る兵藤の肩を押して歩調を速めさせる。

 

「…何か変な感じするけどあまり人間の物と変わらないな」

 

床や壁の装飾や模様はちょっと人間界の駅と違う感じがするが大体は同じだ。俺たちは部長さんを先頭に通路を進む。

 

 

 

その後下りてきた木場達とも合流し、歩き続けると駅のホームのような空間に出た。そしてそれは見えた。

 

「電車…じゃない、列車だな」

 

「かっけえな…」

 

「はああ…」

 

紅い車体に金色の装飾が全面に施された列車。随所にはグレモリーを表す紋様が刻まれている。

見慣れた電車とは派手さという面で大きく上回るそれが静かに発車の時を待っていた。

 

「グレモリー家専用車両よ、私たちはこれに乗って冥界に行くの」

 

部長さんの家は列車を持ってるのかよ…。初めて聞いたよ、列車を持っている家なんて。

聞きなれたプシューという音と共にドアが自動で開く。

 

「それじゃ、乗り込みましょう」

 

部員達が次々と列車に乗り込む。

俺もそれに続いて一歩車内へ足を踏み入れたその時、それは思い起こされた。

 

 

 

 

『痛い…痛い…痛い…』

 

粉々に割れたガラスの破片。横転した車内で雨のようにガラスの刃の雨を受けた俺。

腹に破片がいくつも刺さり、破片に左目を切り裂かれ、横転時に強く頭を打ちつけ血を流して額から流れる血でタダでさえ狭まる視界は深紅に染まりゆく。

 

『誰か…助…け』

 

助けを求める声は今にも消えそうなほどにか細く。

視界が、意識さえも遠のいて…。

 

 

 

「ッ!!」

 

前世で電車の脱線事故に巻き込まれたあの時、今わの際の確かな記憶が蘇った。

今までははっきりと思い出せずそうやって死んだ程度の認識でしかなかったものがはっきりと。

 

すぐさま俺を襲ったのは恐れ。

震える、鳥肌が立つ、汗が出る、そして息が荒くなる。

 

「…ハァ…ハァ…ハァ…」

 

自然と両手が頭に伸び、抑えていた。

 

(…俺は…俺は…!)

 

突然思い出した記憶。そこでありありと思い出し感じた痛みが、死への恐怖が俺の心中を支配していた。

 

「紀伊国先輩…?」

 

「紀伊国?おいどうした!?紀伊国!!」

 

声が聞こえたような気がした。だがそれはねっとりと恐怖に絡みつかれた俺の心を解放するに足るものではなかった。

 

そうだ、俺はあの時確かに死んで…。

 

「悠!!」

 

その時、誰かが俺の顔をやや乱暴に掴んだ。

 

そして目が合う。いや、向こうが俺の目を無理やり合わせた。

 

「ゼノヴィア…」

 

彼女の向日葵のような黄色の瞳が真っすぐ俺を捉えて離さない。心配そうに俺の顔を覗きこむそれに不思議と安心感を覚えた。

早まる鼓動も呼吸も落ち着いてきた。

 

「もう大丈夫だ…」

 

その言葉で彼女は俺の頭を掴むように抑えた手をゆっくり離した。

 

「紀伊国、お前本当にどうしたんだ?何かあったのか?」

 

「先輩がいきなり震えだしてびっくりしました…」

 

「何でもない、もう心配は無用だ」

 

仲間の追及を遮るように俺はそれだけ言って足早に車内へ足を運ぶ。

それでも納得いかなかったゼノヴィアが声を荒げる。

 

「悠!」

 

「本当に!…何でもないから」

 

これ以上は聞いてほしくない。

 

その思いに駆られ声を荒げてしまい乱雑にバッグを置き、近くのシートにどかっと腰を下ろす。

向こうの皆も何か言いたげな顔をして、その思いを渋々だが押し殺し追及をやめ、各々の荷物を車内に置き始めた。

 

(…まさかあれを思い出すなんてな)

 

さっきは突然思い出したのも相まってショックで取り乱したが今はちゃんと落ち着いていられる。

 

だがショックの余韻からか俺の気分は浮かない。

内面を表すような仏頂面のまま、列車は大きく汽笛を鳴らし出発した。

 

 

 

 ▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

様々な色が暗がりに浮かんでは混ざり合い、溶け合い、最後に消える。

混沌そのものといった世界を見せる次元の狭間を列車は走る。

 

この車両にいるのは部長さんを除いた面々。主たる部長さんはしきたりで先頭車両にいなければならないらしい。

しきたりって面倒だな。

 

ギャスパー君は段ボールにこもりながらゲームの真っ最中、塔城さんは物憂げに窓の向こうの景色を眺めている。

アザゼル先生は何やら資料を読んでいる、アルジェントさんと朱乃さん、兵藤は楽しくおしゃべり。そして残る俺を含めた面子は…。

 

「時の列車、デンライナー。次の駅は過去か、未来か」

 

「どうしたんだい?」

 

「いやなんとなく言いたくなった。さあ、お前のターンだ」

 

ふと思いついた冗談もほどほどに視線を窓の向こうの景色からゼノヴィアに移す。

 

機嫌を戻した俺とゼノヴィア、そして木場の三人で冥界に着くまでの間ババ抜きに興じることにしたのだ。

今は木場が颯爽と俺を見事に出し抜いて上がり、残り手札は俺が3枚、ジョーカーを握るゼノヴィアが2枚と言う状況で互いに睨めっこしていると言った感じだ。

 

「…むう」

 

俺の手札を右、左、真ん中と交互に目を動かし唸るゼノヴィア。硬い表情で俺の手札を一枚抜き取る。

その札を見たゼノヴィアは再び唸りながら新たな札を手札に加えた。

 

「よっし!」

 

一先ずこのターンを凌いだことに安堵する。だがすぐに俺のターンは巡ってくる。

ゼノヴィアはジョーカーの位置を悟られまいと自分の手札をシャッフルして再び構える。

 

俺のターン。俺は手をおもむろに動かし右、真ん中、左と手を札に近づけ彼女の様子を伺う。

微笑、無、無。

 

「…ゼノヴィア、お前右の時顔がすこーし緩くなってるぞ。それがジョーカーだろ」

 

「何!?」

 

俺の言葉に彼女は動揺を露わにする。

 

図星かよ。もうちょっと隠せ。

 

「というわけで左だ……っしゃあ!俺の勝ちじゃあ!!」

 

俺から見て左の札を引き、数字が揃ったのを確認して捨て札にして満面の笑みで勝利宣言する。

 

「負けたァー!!」

 

悔し気に声を上げながら頭を抱えるゼノヴィア。

 

「ゼノヴィアはもうちょっとポーカーフェイスを磨くべきだね」

 

「パワーや勢いではダメだというのか…!?」

 

「うん、もうちょっと頭というものをだな…」

 

「がーん!!」

 

さらに観戦していた木場から指摘を受けた。指摘と勝負の結果にショックを受けたらしく愕然としている。

 

木場の言う通りだぞ。話に聞けばやっぱり会談で襲撃を受けた時、飛び出して早々にデュランダルの波動をぶっぱなしたそうじゃないか。後先考えずに思い切った行動をするのは以前と変わらないな。

 

…あの後、皆が先の出来事を掘り返すことはなかった。いや、あえてしなかったのだろう。その優しさが今はありがたかった。

 

「…暇だし、もう一戦しようか」

 

「よし!!次は一番に上がってやるぞ!!」

 

「どう聞いてもフラグにしか聞こえないなー」

 

木場の提案を皮切りに意気消沈していたゼノヴィアの闘志が再び燃え上がる。我先にとカードをかき集める動きにその心がよく表れている。

 

まあ、勝つのは俺だがな!

 

俺も静かにやる気を燃え上がらせ始めた時、かつかつと靴音が近づいてくるのが聞こえた。

 

振り向くと、いくつかの書類を手にしたアザゼル先生がいた。

 

「お楽しみの所悪いが悠、取り敢えずお前の神器の解析結果が出たぞ」

 

実は数日前、俺はグリゴリの研究所でゴーストドライバーを解析してもらったのだ。

研究所と言ってもまだ機材しかないおおよそ施設とは呼べないもので、何でもつい最近和平を結んだことで関東に拠点を置きたかった先生が関東某所の人里離れた山の中に他勢力と共同で設立。まだ人事も決まっていない状態で先生が俺を研究したいが一心で機材だけを持ち込んでそこに俺を連れ込んだという訳だ。

 

「…」

 

アザゼル先生は札が散らばる卓にぞんざいに書類を乗せた。俺はその一枚一枚に目を通し始める。

 

「結論から言うとだ、それは半分セイクリッド・ギアだ」

 

「半分…ですか?」

 

「ああ、神のような力を秘めた武具という意味での神器ならそいつは紛れもなく神器だ。だが聖書の神が作り出したセイクリッド・ギアという意味でならはっきりと神器とは言えないな」

 

「?」

 

「とどのつまりだ、そいつにはセイクリッド・ギアの技術と未知の技術がふんだんに使われてるってこった。未知の技術に関しては間違いなく神クラスのもんじゃねえと出来ねえ技術もある、それも神の中でも超上位クラスのものだ…全く、調べたら逆に謎が増えることになるなんてな」

 

俺はアザゼル先生の話にますます首を傾げた。先生の話が難しく内容が分からないのではない、俺が気になるのは使われている技術のことだ。

 

まずはセイクリッド・ギアの技術。何故俺を転生させたあの女神はセイクリッド・ギアの技術を持っているのか?

 

あの女神は俺の元居た世界の神であってこの世界の神ではないはず。だから転生先のこちらの世界の存在を知ってはいてもその技術体系まで知っているのはおかしくないか?…少なくとも、俺はあの女神が技術体系何て小難しいものをマスターできるほどあまり賢いようには見えないが。

 

そもそも俺の持っているゴーストドライバーは仮面ライダーゴーストに登場したゴーストドライバーではない。

 

何故なら俺の持つドライバーはあの女神の力で作られたものであって作中世界で天空寺龍たちが作ったものではないからだ。作中に登場するゴーストドライバーの作り方や技術なんてのはまず解説されないから作中世界のゴーストドライバーがどのような技術、理論で成り立っているかは実際にその世界に行ってみないとわからないしそもそもフィクションだからそんな世界はあるはずがない。だから能力や力はどれだけ同じ様なものを再現したとしても本物とは全く別のものになる。

 

つまり、俺が使っているゴーストドライバーは見た目は同じで作中の物と全く同じように使えるがその中身や変身や眼魂関係の技術は全く別物のパチモン、あるいはレプリカと言ったものだということだ。

 

…ある意味、俺はどこまで行っても仮面ライダーにはなれないってことかもな。

 

 

そしてもう一つは未知の技術。間違いなくあの女神の物だろうが彼女は果たして先生が言うほどの上位クラスの神なのだろうか?

 

少なくとも俺に土下座するくらいだからあまり威厳なんてものはない。そして『死んだことを黙っていてほしい』と言う頼み、つまりはそれがバレたらまずい相手がいるということだ。真っ先に思い浮かぶのは上司の存在。超上位クラスなんて最高神ぐらいの物しかないだろう。

 

…もしかしたら、俺の転生には別の神が絡んでいるのではないか?あの女神じゃない、超上位クラスの神が。

 

ダメだ、考えれば考える程わからなくなってきた。連絡を取れない向こうのことに関してはわからないことが増えるばかりだ。いつかその真相を知る機会が来たらいいのだが。

 

「そんで眼魂に関してだが…これは一種の魔道具と思っていいな。ゴーストドライバーと同じ技術でできていてそれぞれが偉人に由来する能力を秘めている。ゴーストドライバーと違い微弱にだが意思のようなものもあった」

 

意思…。フーディーニを一時期使えなかったのはそれが原因か。微弱ということは関ボイスではっきりと顕現できることは恐らく無理だろう。頼もしい戦力になるかもとちょっと期待していたが残念だ。

 

「ざっとこんなもんだな。聖魔剣の次はこんな半セイクリッド・ギア…聖書の神が死んでからわけのわからないもんがどんどん出てきやがる。これだからセイクリッド・ギアは面白いのさ」

 

アザゼル先生は増える謎に対して眉を顰めるのではなくむしろ楽しそうにしていた。技術者ならではの思うことがあるのだろう。俺は機械いじりとかは全くできないからわからないが。

 

「向こうは随分と楽しそうだな」

 

アザゼル先生が前方の席に目を向ける。俺もそれに続くように目を向こうにやる。

視線の先では…。

 

「ねえイッセー君、『浮気』、してみない?」

 

「ちょっと朱乃!すぐに私の大事なものに手を出して!!」

 

「はわわ…」

 

いつの間にかこっちの車両に来た部長さんを交えた三人が兵藤の仲睦まじい取り合いを始めた。

 

人気者は辛いな。これから毎日、あいつの家であれが繰り広げられるのか。あいつの心の安息は何処に…。

 

そんな時、取り合いに夢中の部長さんに声をかける者がいた。

 

「…あのー、リアス姫?そろそろ例の手続きを…」

 

白いあごひげを蓄えた初老の男性。列車と言う乗り物にピッタリの車掌服を身に纏っている。

男の存在に気付いた部長さんが男の方へ振り向くと、恥ずかしさに顔を赤らめた。

 

「…そ、そうね。ごめんなさい…」

 

「そうお気になさらずに」

 

寛大な様子で謝罪を受け止めた男は俺たちの方へと向く。

 

「おほん!グレモリー眷属の皆様、初めましての方は初めまして。そうでない方はお久しぶりです。私、当列車の車掌を務めておりますレイナルドと言います。これより、新人眷属悪魔の方々の照合を開始します」

 

男…レイナルドさんは初めて見る機械を取り出し、兵藤の方へと歩いた。

そして機器を兵藤に向け、モニターで緊張で硬くなった顔を捉える。

 

「体内の悪魔の駒と転生時に冥界に登録されたデータを利用して照合しているらしいぜ」

 

程なくして機械からピコーンという軽快な音が流れた。

この照合をアルジェントさん、ゼノヴィアと言った順に済ませ、今度は俺の方へと歩みを進めた。

 

「次は推進大使殿です、カードはお持ちですか?」

 

カード?

 

首を捻りながらも俺は次々にバッグから思い当たるカードを取り出す。

 

えーと、スペードのK…これはトランプ。銀河眼の光子竜…これは遊戯王。光龍騎神サジット・アポロ・ドラゴン…これはバトスピ。…あ。

 

「これですか?」

 

俺は最もこの上級にそぐうであろうカードをバッグから取り出す。顔写真が載った大使任命式でもらった特別なカード。これがあればある程度色んな所に顔が利くのだとか。

 

カードと顔をモニターでチェックすると先ほどと同じ様な音が鳴った。

 

「照合完了いたしました、次はアザゼル殿」

 

「ほい」

 

アザゼル先生の顔をモニターでチェックすると再び軽快な音が鳴る。

 

「これで全員分の照合を完了しました。後は目的地までごゆっくりお過ごしください」

 

こうして思った以上にあっさりと俺たちの入国手続きは終わった。

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

『まもなくー次元の壁を突破しますー』

 

40分後、暇を持て余した俺たちがいる車内にアナウンスが流れた。それから数秒して今まで薄暗い混沌の様相を呈していた外の景色ががらっと明るいものに変わる。

 

見渡す限りの山々、木々、大地を走る川、森の中に点在する村、そしてひと際目を引くのは見慣れた青ではなくどこか禍々しさを感じる紫色に染まった空。

 

それを見た俺は思わず感嘆の声を上げる。

 

「おおー!自然いっぱい…って空が紫色だ」

 

「ハハ!スッゲエな!!」

 

「すごいです!」

 

「これが冥界か…!」

 

まるで魔王が待ち受けるラストダンジョンの城でもあるかのよう。これぞファンタジー世界と言った感じだ。

…ってここ冥界だし、悪魔いるし、果てには魔王が四人もいるし当然か。

 

初めてこの景色を見る兵藤、アルジェントさん、ゼノヴィアは今までいた世界とは全く別の新しい世界を興奮に目を輝かせて眺める。

 

「ふふふっ、グレモリー領へようこそ」

 

部長さんは俺たちの新鮮な反応を楽しむように笑って言う。

 

見渡す限りの大自然を湛えるこの大地全てがグレモリー領。部長さんが生まれ育った地か。

改めて上級悪魔グレモリーが悪魔社会においてどれほどの地位を持っているのかを実感した。

 

窓から景色を見るゼノヴィアが呟いた。

 

「ここがグレモリー領…」

 

「ええ、領土の大きさは本州と同じぐらい。まだ手付かずの森林や山、川は多いわ」

 

「本州!!?」

 

「更に言うと冥界は地球と同じくらいの面積だけど海がない分さらに土地は広いのよ。人口も冥界を悪魔と二分する堕天使やその他の種族を入れてもそれほど多くはないわ」

 

冥界ってそんなに広いのか…。それに部長さんの家の領土は本州並みの大きさってまじかよ。部長さんでこれなら魔王領は一体どれほどの広さなのか俺には想像もつかない。

 

「もう窓を開けても大丈夫ですわよ」

 

朱乃さんの勧めで俺たちは窓を持ち上げるようにして開ける。するとゴウっと音を立てて外の風が車中へと吹き込む。

 

「これが冥界の風…」

 

人間界で吹く風をさらりと言うならこの風はどこかぬめりと言った表現が合うだろう。若干の違和感を感じるが俺以外の面子は特に気にしている様子はない。俺が冥界の環境に慣れていない人間だからだろうか?多分、慣れれば問題ない範囲のものだ。

 

吹き付ける風はこれといって熱いわけでも寒いわけでもない。むしろちょうどいい位だ。その点に関しては人間界より快適だ。

 

「人間界の風と比べると変な感じがするかもしれないけど、毒が混じっているわけじゃないから大丈夫だよ」

 

「そうか」

 

俺の心中を読み取ったか木場が教えてくれた。

窓から身を乗り出し俺たちは少しでも近くで冥界の自然を味わおうとする。

首をせわしなく動かし目で大自然を楽しむ途中、俺の目にひと際目を引く物が映りこんだ。

 

「…すごい谷だ」

 

まるで大地にそれ相応のサイズのヒビが入ったような谷。

森の中にぽつんと不自然にできたように見えるそれは圧倒的な存在感を放っていた。

 

「あれは『魔烈の裂け目』。大戦でセラフと魔王クラスの悪魔が戦ってできたそうよ」

 

「悪魔があれを作れんのかよ…」

 

部長さんの解説にぼそりと驚きを漏らす兵藤。

 

冥界と天界の実力者がぶつかればこんな大規模なものが出来てしまうのか。この広大な冥界、探せば大戦の跡は山のように出てきそうだ。もしかしたらこれ以上の物もあるかもな。

 

その後も揺れる列車の中、俺たちは初めて見る冥界の景色による感動の余韻に浸った。

 

 

 

 

それから10分程で、列車はゆっくりとしたスピードに速度を落とした。その後も徐々にスピードを落とし続けついには止まった。

 

『まもなくーグレモリー本邸前ー、ご乗車ありがとうございましたー』

 

「着いたか」

 

レイナルドさんのアナウンスで皆がぞろぞろと腰を上げ始める。皆が置いた荷物をそれぞれが回収し、入口に向かう。だがその皆の中にいない者が一人いた。

 

「あれ、先生は?」

 

アザゼル先生だけは腰を上げることなく窓際で頬図絵を突いたままだった。

 

「俺はこのまま魔王領まで行ってサーゼクスやミカエルと会合さ、また後で来る」

 

「そう、お兄様によろしくね」

 

アザゼル先生は部長さんの言葉に軽く頷く。

それを見届けて、俺たちは列車の外に出た。

 

部長さんを先頭にステップを降りていく兵藤たち。その最後尾は俺。

 

「すぅー…」

 

冥界の風を目いっぱい吸いこみ、吐いた俺はゆっくりと、人生初の冥界の第一歩を踏み出した。




悠の隠し事が増えていく…。十中八九ろくな目に合わないパターン。

次回、「初めての冥界観光」


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第40話 「初めての冥界観光」

物語を面白くするうえで重要なことって『掘り下げ』だと思います。
キャラを掘り下げる、設定を掘り下げる。
物語に重厚感を出したり、キャラの魅力を出すうえで欠かせないこと。



Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
1.ムサシ
3.ロビン
4.ニュートン
5.ビリーザキッド
7.ベンケイ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
13.フーディーニ



「「「お帰りなさいませお嬢様ッ!!」」」

 

到着した駅のホームに降りた瞬間、怒号にも似た兵士たちの熱烈な歓迎の声が放たれた。

突然の出来事に俺の心臓は跳ね上がる。

 

「「ぎゃあああああ!!?」」

 

悲鳴にも似た驚愕の声がギャスパー君の声と重なる。

 

俺達の前に並ぶのは鎧で身を固めた兵士たち。続く花火、兵士たちと共に並ぶ楽隊たちの雄大な音楽、彼らはずらりと並び視覚だけでなく聴覚からも存分に歓迎の意を訴えている。

 

「もう二人ともびっくりして…」

 

「俺も声を上げる所だったぜ…」

 

兵藤も危なかったと息を吐く。

よく見ると並んでいるのは兵士たちだけではない。

 

「リアスお嬢様、おかえりなさいませ」

 

ピシッと整った燕尾服に身を包む執事やメイドたちもいる。

すると並ぶ兵士たちの中から見知った顔のメイドさんが俺たちの前に現れた。

 

「お帰りなさいませリアスお嬢様、道中無事で何よりです」

 

銀髪のメイド、グレイフィアさん。恭しく一礼すると先の道へと俺たちを促す。

 

「さあ、本邸まで馬車で移動しましょう、眷属の方々もご一緒に」

 

その言葉で俺たちは歩みを再開する。

 

歩き、駅を出るとそこで待っていたのは馬車だった。

馬車を引く馬は俺が知る馬よりも幾分か大きく、所々でフォルムに違いが見られる。

 

「何か俺の知っている馬よりかなりデカくないか?…あと眷属じゃない俺だけ徒歩なんてないですよね?」

 

「勿論、紀伊国さんもご一緒に」

 

グレイフィアさんの返事に安心を覚え、メイドさんや執事さん達に荷物を預けて馬車に乗り込む。

俺が乗り込んだのは二番目の馬車。共に乗り込んだのは木場、ギャスパー君、そして塔城さん。残りのメンバーは一番目の馬車にグレイフィアさんと一緒だ。

 

やがて御者が縄を引き緩やかに馬が歩き始める。同時にパカラッパカラッという心地いい音が耳を打つ。

馬車が進むと同時に移り行く景色を窓から眺める。

 

舗装された道、剪定された並木、中世ヨーロッパのような街並み、それらが否応なしに俺がようやくファンタジー世界に入り込んだのだと認識させてくる。

 

俺のいた世界ではありえない光景、それが俺の胸中に興奮を生んだ。

 

「すごいな…」

 

本日何度目かもわからない感想が思わず漏れる。

それを聞いた隣に座る木場がふふと笑う。

 

「多分、本邸を見たらもっと驚くよ」

 

「おおーそれは楽しみにしておくか」

 

俺もふっと微笑み返す。今度は右隣に座るギャスパー君に声をかけた。

 

「ところでギャスパー君大丈夫?」

 

駅で一緒に悲鳴を上げたり、出発前に皆を騒がせたりした俺が言うべきセリフではないと思うが。

 

「人目があり過ぎて落ち着かないです…。段ボールが恋しい…」

 

おどおどを引きずるギャスパー君。安住の地である段ボールは執事さん達に預けてしまったからな。部長さん宅に着くまでは我慢だ。

 

 

 

 

 

 

道を進む。やがて前方に巨大な城のようなものが見えてきた。まるで一国の王が構えるような壮大な城。

馬が歩みを進めるたびに俺達は少しずつそこへの距離を縮めていく。

 

俺達が向かっているのは部長さんの本邸。そしてどう見てもこの馬車はあの城へと進んでいる。

 

…規模がデカすぎてすぐには受け入れられなかった。

 

「…なあ、もしかしてこれが部長さんの家…なわけないよね?」

 

恐る恐る木場に訊ねる。

 

「そのまさかだよ。ちなみに部長の家は幾つもあってあれが本邸だよ」

 

「…もう、驚き疲れたな」

 

それだけこの数時間で新しい物を多く見て、感じてきた。

この世界には本当に驚かされてばかりだ。

 

馬車はその後も緩やかに歩みを進めた。

 

 

 

 

「着いたか」

 

馬が歩みを止めた。木場を先頭に俺達は馬車から降りていく。

 

降りた後、ここまで馬車を引っ張ってくれた馬に労いの意味を込めて、手を目いっぱい伸ばして自分よりも背丈の高い馬を撫でてやった。その行為に馬はまんざらでもないように嬉しそうに鼻を鳴らした。

 

「…先輩は動物が好きなんですね」

 

今までぼんやりしていた様子の塔城さんが不意に言った。

 

「ん?まあね、ペットを飼おうにもうちはガジェットたちで間に合ってるからなぁ」

 

エサは必要としないし従順で多機能なガジェットたちには助けられる場面も多い。だが4匹と数が増えたことで少々騒がしくし過ぎてしまう場面も出始めた。賑やかなのはいいがもうちょっと静かにしてくれたら助かるのだが。

 

ガチャっと木の音交じりの音を立てながら玄関のドアが開かれる。

開かれた城内からいの一番にと飛び出す影があった。

 

「お帰りなさい!リアスお姉さま!」

 

喜びに満ちた声で挨拶したのは部長さんと同じ紅髪の少年。

まだ幼さが残りながらも端正な顔を破顔させ、部長さんに抱き着いた。

 

「ただいま。見ないうちに大きくなったわね」

 

それを部長さんは大らかな微笑みを浮かべながら受け止めた。

 

…誰だろう、姉というワードや見たところ血のつながりがあるのは確かだ。

 

抱擁を交わした後、部長さんが俺達に向き直る。

 

「紹介するわ、この子はミリキャス・グレモリー。お兄様の子供よ」

 

「サーゼクス様の!?」

 

あの人子供がいたのか!いやでも大戦が終わって数百年は経ってるし人間からすれば相当な、万単位を生きる悪魔からすればまだまだであろう年だからいてもおかしくはないだろう。でもいざこうしてみると驚きだな。

 

「ええ、ほらミリキャス。挨拶なさい」

 

「はい、初めまして皆さん!ミリキャス・グレモリーと言います、よろしくお願いします!」

 

ミリキャス君は礼儀正しく挨拶する。

 

…俺達より年下の子がしっかりしているのを見ているともどかしさのようなものを感じる。

この子に比べたら俺は…多分サーゼクスさんの子だから大きくなったらやたらめったら強くなるんだろうな。

 

あれ、そういえばサーゼクスさんの奥さんって一体…?

 

「さあ屋敷に入りましょう」

 

そこまで考える前にグレイフィアさんが促す。

疑問を脳の片隅に置き、俺達はグレイフィアさんの先導の下屋敷の中を進む。

 

「こんなに豪華な所はヴァチカン以来だ」

 

俺と同じ様に歩きながら辺りを見回すゼノヴィアが言う。

 

「ヴァチカンってお前が以前居たっていう所だろ?」

 

「ああ。悪魔になり主の不在を知った今、あの地の土を踏めなくなってしまったけどね。猊下や先生たちは元気にしているだろうか…」

 

どこか遠い目でゼノヴィアは天井を仰いだ。

 

ゼノヴィアにも世話になった人ってのがいるんだな。俺がこうなのだからきっとその人たちは何倍も世話を焼いてきたに違いな…。

 

「む、何か失礼なことを考えなかったか?」

 

ふと刃のような視線が向けられた。

 

「お前が気にしなくていいことだよ。あと兵藤、お前いちいちメイドさんのこと気にかけてんのわかってるからな」

 

「げっ何故にばれた…」

 

兵藤はメイドさんとすれ違うたびにじろじろと目を向ける。というか性欲の権化だの言われるこいつが向けないわけがない。

 

どうせ綺麗だとかおっぱい大きいとか思ってんだろ。

 

すぐさま話を聞いた部長さんが抗議の声を上げた。

 

「イッセー!あなた私というものがありながら…!」

 

「あらリアス、帰ってきたのね」

 

突然割り込んできた声。前方を向くとそこには亜麻色の髪の少女がいた。

悪魔と言う種族の女性の例に漏れず綺麗な顔と目をしている。

 

部長さんはその人を見て狼狽を露わにしたが持ち前の切り替えの早さをすぐに発揮した。

 

「お、お母さま…!ただいま帰りましたわ」

 

…えっ。今お母さまって言った?

 

「ええ、私がリアスの母、ヴァネラナ・グレモリーです。娘が世話になってますね」

 

俺の心中を見透かしたような発言、そして自己紹介。

 

…ああそうか、悪魔は魔力を使えば見た目を変えられるんだった。だから母と言う言葉に不釣り合いな若々しい容姿をしているのか。

 

「あなたが兵藤一誠君ですね?」

 

「は、はい!」

 

弾かれたようにカチカチな動作で背筋をしっかり伸ばす兵藤。

ヴェネラナさんは相手の緊張を溶かすように優し気に微笑んだ。

 

「婚約パーティーの時より、一段とたくましくなりましたね」

 

「ありが…あっ……やべ」

 

褒め言葉に緊張が安堵の表情へと変わろうとした瞬間、兵藤の顔が固まった。

 

思い出したのだろう、婚約パーティーの大胆な公言を。

 

固まった表情は数瞬の間をおいて、慌てふためいたものへと変わった。

 

「いや、あの時はその!あのーえーっとライザーの野郎をそのー!」

 

文にもなっていないような言葉が次から次へと飛び出す。

 

親の前で娘の処女をもらうなんて発言は流石にまずいよね。俺だったら恥ずかしくて逃げてた。

 

ヴェネラナさんはそんなわたわたする兵藤の様子に楽し気に笑った。

 

「ふふっ、あの一件は私たちも急ぎ過ぎたと反省しておりますわ。気になさらず」

 

「あっはい…」

 

ヴェネラナさんの話を聞き、安堵の息を深く吐いて見せた。

 

 

 

 

 

 

 

その後、俺達は各々に割り振られた部屋へと案内された。

 

のだが…。

 

「いやなんでお前がここにいるんだよ!?」

 

「部屋が広くて寂しくなってね、君の部屋で過ごすことにした」

 

どうやら、ここでも振り回されることになりそうだ。

 

 

 

 ▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

それから数時間後、広々としたダイニングルームでグレモリー一家、眷属そして俺を交えた夕飯が始まった。

天井に吊るされ宝石が煌めくシャンデリア、一体何万するのだろうと思うような惚れ惚れするような美しい椅子とテーブル、長いダイニングテーブルの上にずらりと並んだ豪華な料理、いよいよもって俺は貴族の世界に入ったのだと思わされる。

 

俺は給仕された料理を内心緊張で震え上がりながらステーキを切り分け、ゆっくりと口に運ぶ。

 

普段は談笑し、一日の出来事を語らう楽しい夕飯。それをこんなにもピリピリした心持で食事するのは前世も含めて初めてだ。

 

何故俺がこんな気持ちになっているのか?

ピリピリする理由その一。出された食事の豪勢さ。

 

今俺の目の前には都会の高級料理店に足を運ばなければまず直に目にすることのないだろう料理がいくつも並んでいる。かぐわしい香りが漂うステーキ、それを彩るソースや適度な大きさに刻まれた野菜。中には人間界で見たことのない料理や食材もある。こういう豪華な料理を一度は食べたいなーと思ったことはあるが、実際に食べて思った。

 

やっぱり、一般の家庭料理が一番です。いや勿論高級な料理もおいしいんだけどどうしても見栄えがいいからちょっと食べるのがもったいない気がしてしまう。それを気にせず気楽に味わえるのが家庭料理。白米イズサイコー。

 

そして理由その二、この優雅な雰囲気。

この静けさ。…といっても完全に静かという訳ではなく部長さんの父さんや母さん、そして部長さんの四人が話をしながら食事が進んでいる。

 

でもこの場所の高貴な雰囲気がその場にいるに相応しい振る舞いを求めている気がする。それもあって俺は委縮してしまい彼らの楽し気な会話に耳を傾ける余裕が持てない。

 

この豪勢な場所、そしてテーブルマナーが生み出す独特の雰囲気がどうにも俺を落ち着かせない。

 

「……」

 

人は何事も真似から入るものだと言ったキャラがいたがこの状況下ではまったくもってその通りだと肯定できる。

 

(こういう場のテーブルマナーが全く分からん…)

 

ちらっとこういった場のテーブルマナーをわきまえていそうな他の部員の動きを見様見真似しながら食事を進める。ちなみに今の俺と同じ状況でいそうなのは兵藤、アルジェントさん、ゼノヴィアだけだった。

 

それ以外の部員は実に手慣れた手つきでフォークやナイフを扱う。特に隣の木場とか容姿端麗も相まってすごい様になっている。今度は料理だけじゃなくテーブルマナーも教えてもらおうかな。

 

一応後ろには執事さん達が控えている。聞けば色々と教えてくれるのだろうがそんなことをする人は誰一人として

この場にいないし、そうしてこの場にいる人に笑われたり変に思われたりしたら緊張がリミットオーバーアクセルシンクロして俺の心が死ぬ。

 

アルジェントさんはややぎこちないながらもきちんと魚を切り分けている。隣に座る朱乃さんは感心気な目で見てうんうんと頷く。なるほど、魚はそうやって食べるのか。

 

一方ゼノヴィアは魚を大胆に切り分けた。大振りに切った魚を豪快に頬張る。その様子を何か言いたげな目で見るギャスパー君。…それやっちゃダメだったのね。てか骨大丈夫か?

 

残る兵藤はあまり食事に手がついていないようだ。緊張からか顔が引きつっている。

 

…だが俺が一番気になるのはこの三人ではない、塔城さんだ。

伏し気味の顔に暗い影が差し、あまり食事が進んでいない。よくお菓子を食べている姿を見るし食欲旺盛な人かと思っていたが今の姿にはそんな要素など見る影もなかった。

 

どうにも最近の塔城さんはおかしい。

元々感情をあまり表に出す人ではないのだが最近はずっと物憂げな顔をしている。冥界への道中、話しかけてみたりもしたが今まで以上に薄い反応しか返ってこなかった。

 

一体何が彼女を悩ませているのだろう?

 

「そんなに僕の料理が気になるかい?」

 

そんなことを考えていたら木場が不意に話しかけてきた。

 

流石にやり過ぎたか…。これを機にテーブルマナーを、いやでも部長さんの両親の手前、恥ずかしくて言えない…。

 

それでもテーブルマナーのことを恥ずかしくて言えない俺はいきなりのことで狼狽えながらも俺は下手くそなごまかしをした。

 

「え、いやあ別に?単に目が勝手に泳いだだけと言うか…」

 

「皆君が見ていることに気付いているよ」

 

「え?あ」

 

気が付けばこの会食に参加した全員の視線が俺に注がれていた。

部長さんの両親も、オカ研の皆も全て。

 

「あ…ああ…あ……」

 

途端に火口目掛けて一気に湧き上がるマグマの如く恥ずかしさが溢れ、頭が真っ白になりかけた。

 

「紀伊国君、どうかしたかな?」

 

優しく部長さんのお父さんが問いかける。

 

「い…いや、あの…」

 

緊張で自分でも何を言っているのかわからない。

 

もうここまで来た以上、素直に言ったほうがいいだろう。

 

目まぐるしく目は泳ぎ、汗を垂らしながら、我慢できずに俺は緊張の原因を吐き出した。

 

「…テーブルマナーが…わかりません」

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

翌日、兵藤を除いたオカルト研究部メンバーは観光にと街を練り歩いた。

 

何故兵藤がいないのかと言うとあいつはミリキャス君と一緒に勉強だと。

…あいつも一緒に城巡りしたかっただろうに。しかしあいつは積極的に勉強に励むような柄ではないと思うのだが。何があったのだろうか?

 

俺たちは主にグレモリー家が所有する城を見て回ったのだがこれがまたすごい。

本邸と負けず劣らずの大きさ、そして荘厳さに俺は圧倒された。人間界ならヨーロッパに行かないとまず見れないような光景をたくさん見ることが出来た。もちろん、部長さんの家の所有物なので入場料などは一切ない。

 

城巡りと言い待遇の厚さと言い部長さん様様といったところだ。この二日間で部長さんの凄さを改めて感じた。

列車持ってたり城持ってたり、人間界の富豪でもそんな奴はそうそういないだろう。

 

これだけ豪華なものを見て、豪邸で過ごしてきっと帰る頃にはちっとやそっとの金持ちの家では全く驚くこともすごいと思うこともなくなっているだろうな。この二日間で確かに自分の価値観が変わるのも感じた。

 

ちなみに城以外では…。

 

 

 

「いい乗り心地だね、アーシア」

 

「はい!ラクダさん可愛いですねー」

 

「木場、お前ラクダより馬に乗った方が絶対似合ってるぞ」

 

「イッセー君もきっと同じことを言ったと思うよ」

 

「あら、リアスは乗らなくていいの?」

 

「私がラクダがあまり好きではないのを知ってて言ってるでしょう…」

 

道中のラクダ園で乗馬…いや、乗ラクダ体験をしたりした。

乗ってみると思った以上に高く、触り心地はそこまで気持ちいい物ではなかったが貴重な経験になった。

そして冥界のラクダはミツコブだった。あと部長さんがラクダが苦手という意外な事実も判明した。

 

他にも…。

 

「アイスクリーム頭痛がする…!鋭い…痛みが…やってくる…!」

 

「こういうのを映えと言うのだろうか?」

 

「グレモリー領の名物料理はグレモリー家が紅髪の一族ということもあって赤い物が多いのよ」

 

「イッセーさんと一緒に食べたかったです…」

 

「小猫ちゃん、食べる?」

 

「……うん」

 

道中、美味しそうなスイーツショップに立ち寄っては冥界のスイーツを堪能したりもした。

ミルクやイチゴなどの赤い果実を使った素朴な味が舌、いや心にしみた。

 

 

そして今、俺達は最後の城を訪れ、バルコニーに出てそこからの眺めを堪能していた。

眼下に広がるレンガ造りの街の向こうには雄大な山々がそそり立ち、見渡す限りの緑が広がっている。

 

「風が気持ちいいね」

 

高所ということでやや強く吹く風に短い青髪をなびかせながらゼノヴィアは言う。

 

「そうだなー、冥界の風もだいぶ慣れてきたなー」

 

人間界の街並みと違って自然の残る街並みと穏やかな風からか間延びした返事になる。

 

「俺はずっと日本にいたからこういうガッツリ西洋式の建物は初めてだ」

 

「私からすればこの城もこの風景も私の故郷をもっとすごくしたものといった感じだ」

 

「…なあ、お前の出身ってどこなんだ?」

 

彼女は生活を共にしていても自分の過去のことはまず口に出さない。

もしかするとまだ教会を追放されたことが糸を引いているのかもしれないし親の顔を知らないということからあまり人に聞かせられるものではないのかもしれない。それもあって俺の方から聞くというのも避けてきた。

 

でもこの穏やかな雰囲気に任せればうまくいくかもしれない。そう思ってなるべく当たり障りのない疑問からぶつけることにした。

 

「うーん、一応イタリアの教会の施設で育ったからイタリア出身になるのかな」

 

彼女は自分なりの配慮を今まで込めてきた俺の考えに反して割とあっさり目に回答をよこした。

もしかしてそんなに暗い話でもなかったりするのか…?

 

イタリアといったらピザとかパスタだよな。一度でいいから本場の味、食べてみたいな…。

あとは「情熱」って意味の名のギャング組織がいたりしたな。

 

剣や信仰しか知らない彼女がピザやパスタを作れるはずもなく我が家の料理人は俺のみだ。

作れたらなと思ったりしたのだが。

 

「イタリアか…あ、もしかして初対面の時喋ってたのってイタリア語だったのか」

 

「そうだね。簡単なところならBuon giorno!とかCiao!なんて言った感じかな」

 

当たり前だが流暢にイタリア語を話して見せるゼノヴィア。

 

お、今チャオって言ったか。これが本場のチャオか。

 

「あ、今のやつ。チャオの方もう一回言って」

 

ビルドを見た身としてそのワードは気になる。折角だし本場のチャオを習得してみるか。

 

俺が興味を引いたのが意外だったのか一瞬目をぱちくりさせたがすぐに咳払いし、言った。

 

「Ciao!」

 

「Ciaオ!」

 

「違うぞ、Ciao!だ」

 

「Ciao!」

 

「そうだ」

 

うんうんと得意げに頷くゼノヴィア。普段は教えられる側だから逆に回ったのが楽しかったのだろう。

 

「あ、そうだゼノヴィア、今度お前の…」

 

そこから先を遮るように、音は聞こえた。

スマホではなくコブラケータイの着信音。

 

「んん?誰だ?」

 

胡乱気な声を漏らしながらも俺はショルダーバッグからケータイを取り出す。

画面を開き見ると記されていた発信元はレジスタンスだった。俺はケータイをそっと閉じてギャスパー君と談笑していた部長さんに訊ねた。

 

「…トイレどこですか?」

 

「部屋に戻って廊下に出て、そのまま直進したらあるわ」

 

「ありがとうございます」と手短に告げて俺は部長さんが言ったとおりに城内を早歩きし、トイレにたどり着く。個室のドアを開けて入り、コブラケータイを開き通話する。

 

「もしもし」

 

『おうお主、冥界を楽しんでおるか?』

 

聞こえたのはポラリスさんの声。その声色からつかみどころのない性格が窺える。

 

「…まあな、それで何の用だ?」

 

『なんじゃ、つれない奴じゃな。もっとあの料理がおいしいとか聞きたかったのじゃがのう』

 

俺の無愛想な返事にわざとらしく残念がる声が返ってきた。

 

「それなら赤い夕陽亭のナポリタンがいいぞ、結構赤かったけどな」

 

道中定食屋に立ち寄った俺は、昨夜部長さんのお父さん直伝のテーブルマナーをしっかり披露した。後で教えてくれとゼノヴィアとアルジェントさんにせがまれたりもしたが。

 

『さらっと辛い物を勧めるでない』

 

クソ、バレたか。飄々としたあの顔があの赤いナポリタンの辛さに蹂躙される様を見たかったんだけどな。

 

『内心舌打ちしているおぬしに耳寄りな情報を持ってきたぞ、ここグレモリー領で眼魂の反応が感知された』

 

話は変わり、もたらされた情報に一気に興味が沸く。

 

「何…?場所はどこだ?」

 

興味を惹かれた俺は食い気味に訊ねた。

 

散らばった眼魂の多くは駒王町にあったが残る眼魂のありかは未だに分からずじまいだった。

現在はポラリスさんの助けも借りて捜索に当たっているが一つも見つかることはなく、俺を悩ませていた。

 

フーディーニは後に聞いた話によれば魔王城の屋根に突き刺さるように転がっていたのを音を聞きつけたサーゼクスさんが拾ったのだとか。…下手したら一生回収できなかったよね?なんで冥界にも散らばってるの?

 

「そう急くな、詳しい場所は後でメールで送る。反応が感知された場所は…」

 

一拍置き、その場所の名を言った。

 

「『魔烈の裂け目』じゃ」

 

 




おまけ サブキャラの集い in cafe パート1

朝の薄暗さもすっかり消え、太陽が高く昇り始めた午前10時。
その少年は駅前のカフェを訪れた。

「いらっしゃい!って飛鳥君か」

「おはようございます、マスター!」

陽光を背にカフェに入るのは銀色混じりの灰桜色の髪を持つ少年、天王寺飛鳥。
それをニコニコと陽気な様子で迎える中年の男性はカフェの店主。頭に被ったパナマ帽は彼のトレードマークでもある。

カフェの内装は控えめに抑えられた赤や黄色、緑といった色が所々に使われ、オシャレかつカジュアルなものだ。
緩やかにカーブしたカウンター席も備えてあり、カウンターの壁に書かれた言葉はイタリア語で「誕生」という意味を持つ単語である。

「今日は休みだったね、もう君を待ってるっていう女の子が2人来てるよ」

このカフェは飛鳥がバイトしている店でもある。真面目で明るい飛鳥はバイトであるにも関わらずその接客態度から老若男女問わず常連達にもっぱら人気だ。たまーに彼目当てで訪れる客もいるとかいないとか。

「え、本当ですか!?」

「飛鳥、遅いわよ」

驚く飛鳥の背にキツイ声がかけられる。振り向く飛鳥。そこには…。



ヘルキャット編を通してまあ出番がない飛鳥や桐生たち日常組にスポットライトを当てるために始まりました。ED後のCパートみたいな物と思ってもらえば。

ちなみに活動報告で新技を募集しています。興味がある方は是非。

次回、「魔烈の裂け目」


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第41話 「魔烈の裂け目」

体調崩したり熱出したりして寝込んでました、ホントつらかった。

リアルが忙しくなるけど頑張って週一ペースを維持したい。

それよりスペクターの小説を書いてる身として嬉しすぎるニュースが…!

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
1.ムサシ
3.ロビン
4.ニュートン
5.ビリーザキッド
7.ベンケイ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
13.フーディーニ



観光ツアーを終えてすぐに帰還したグレモリー眷属+俺とグレイフィアさんは再び駅を訪れた。

グレモリー眷属はこれから有望な若手悪魔たちの会合に参加するらしく魔王領ルシファードまで列車で移動するそうだ。

 

俺は協力者であっても眷属悪魔ではないためこのグレモリー領にお留守番という訳だ。この駅にグレイフィアさんと一緒にいるのは見送りで来たからだ。

 

俺も一緒に行きたかったけどな。でも行ったら行ったでこれと言ってやることもないし、これから別の用事もあることだしな。

 

混雑を避けるためグレモリー家専用のホームから列車は出発する。そのため俺とグレイフィアさん、グレモリー眷属以外は誰もいない。昨日と比べれば随分と寂しい出発になってしまった。

 

「しかし部長さんは随分と人気者なんだな」

 

「ええ、部長は魔王様の妹。美しさもあって領民だけでなく下級、中級悪魔の憧れですわよ」

 

悠然とした振る舞いで前を歩く朱乃さんが答えた。

 

確かに部長さんは綺麗だしな。出るとこ出てるし、特にあの紅髪は本当に惚れ惚れするほどだ。…いや流石に兵藤がいるし、どうこうしようってわけじゃないからな?

 

そんな見た目よしな人が財力もしっかり…というかそれ以上に持っていてこんな手厚い待遇までしてくれるなんて俺は…。

 

「…俺、今度から部長様って呼んだ方がいいだろうか」

 

やはりこちらもそれ相応の態度を取るべきか。

 

「恥ずかしいからやめて、今まで通りでいいのよ?」

 

俺の呟きを振り返ることなく速攻で拒否する部長さん。

 

うーん、確かに急に呼び方が変わるのは変か。呼び捨てみたいにフランクにする方はともかくその逆ってあまりないからな。

 

…あれ、グレモリー先輩呼びから部長さん呼びはどっちなんだろう?

 

 

 

 

 

 

 

やがてグレモリー家専用のホームに着いた。専用というだけあり辺りは閑散としており既にホームには以前乗った列車が待機していた。

 

俺とグレイフィアさん以外の面子が続々と列車に足を運び始める。

 

いざこうしてみるとまた列車に乗りたくなってきたな。それにルシファードとか言う場所も気になるなぁ。冥界の首都リリスもあそこにあるらしいし、冥界の首都ってどんな感じなんだろう。

 

そんな思いで列車を見ていると、グレイフィアさんが恭しく部長さんに一礼した。

 

「いってらっしゃいませお嬢様」

 

「ええ、家のことは任せたわ」

 

そうだ、俺も声かけぐらいはしておくか。

 

まだ列車の入口から姿が見える兵藤に話しかける。

 

「じゃ、行ってこい兵藤。土産話を期待しているぞ」

 

あと俺たちが観光している間に何を勉強したかもな。俺達が一旦帰ってきた時えらく疲れたような顔をしていた。ここで勉強することなんて普段触れないようなことに違いない。

 

「ああ!楽しみにしてろよ!」

 

ニッと笑ってあいつは返す。

 

それからもう一人だ。

 

「あとゼノヴィア、周りに迷惑かけるなよ」

 

会合というくらいだからそれなりに人…でなく悪魔が集まるだろう。あいつが変なことを言ったりしなければいいが。

 

俺の言葉を聞き、ふふんと胸を張り言った。

 

「当たり前田のクラッカーだ」

 

「…どこでそんな言葉を覚えたんだ?」

 

そんなきょうび聞かない言葉を一体どこで…?

 

「テレビでたまたま聞いたんだが…なぜか頭に残ってね」

 

彼女はうーんと唸りながら答えを捻りだした。

 

テレビかよ。まあ暇な時間こいつはソファーの上でごろりと寝そべってテレビを見てたりするしな。

見る番組の内容としてはどうにもバラエティーは日本人と感覚がずれた彼女には受けが悪いみたいだが。むしろドラマとか見てる方が多いな。特にニチアサのヒーロー番組。「ネロを思い出す」とか言ってやや苦い顔をしながらも楽しそうに見ていた。

 

一時の別れの言葉もほどほどに皆が列車に乗り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

やがて列車が大きく汽笛を鳴らしておもむろに動き出す、最初はゆっくりだった加速もあっという間にホームとの距離を離してしまった。

 

視界から完全に消えたのを見て息を吐く。

 

「…行ったか」

 

「さて、我々は本邸に戻りましょう」

 

そういって踵を返すグレイフィアさん。

 

「あ、グレイフィアさん」

 

そんな彼女を俺は呼び止める。

 

「何でしょう?」

 

「俺、今から一人でこの辺りを観光がてら歩くので。5時までには戻ります」

 

無論、観光で歩くのではない。今から一人で魔烈の裂け目に行くための口実づくりである。

 

グレイフィアさんはやや怪訝な顔をするが、一拍置いた後頷く。

 

「…わかりました。本邸までの道はわかりますか?」

 

「コブラケータイがあるので大丈夫です」

 

そういってマップを表示した画面を見せる。コブラケータイを受け取り画面をまじまじと見るグレイフィアさん。

 

そういえばこの冥界って機械はどうなっているんだろう。観光の時には家電量販店とか携帯ショップなんて見かけなかったが…単にたまたま通ったとこの近くになかっただけか?

 

やっぱ皆スマホみたいなものを持っていたりするのだろうか?デビルのDでD-phone…なんつって。

 

「紀伊国さん、本邸に戻る時はここで留まっている馬車を利用してください」

 

グレイフィアさんが何かを入力するとマップのある個所に赤いマークが表示された。

 

おお、グレイフィアさん携帯使えるのか。ってことはある程度携帯は普及しているってことになるのかな。それか上流階級限定か。

 

「はい、わかりました。じゃ、行ってきます」

 

「では、お気をつけて」

 

グレイフィアさんの軽い見送りを背に、俺はホームを後にした。

 

 

 

 

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「ひーまーだー…」

 

グレイフィアさんと別れた後、町を出てキャプテンゴーストを呼び出して乗り込んだ俺は絶賛暇を持て余していた。

 

イグアナゴーストライカーに変形するので船としては大きさは小さい方だが一応、大の字になって寝転がるくらいのスペースはある。

 

眼魂の所在地の詳細を確認したが、徒歩で行くにもフーディーニで飛んでいくにも辛い距離だったので久しぶりに呼び出したわけだ。

 

ほら、うちのキャプテンゴーストはちゃんと活躍しているぞ!

もうおもちゃ売り場で売れ残るような悲しい奴とか言わせない!

 

え?それなら会談が襲撃された時呼べばよかったじゃないかだって?

…それは単に呼ぶまでもないかと思っただけだ、断じて忘れていたわけじゃあない。

 

どこまでも続く森の上空を行くキャプテンゴーストの甲板からの眺めは壮大だった。

甲板から森を見下ろせば見たことのない怪しげな植物が生えていたり、見るからに獰猛な獣がいたり。

時折陰に気付いた獣が上空を見上げるが、危害を加えられる高さにないのでつまらなそうに鼻を鳴らして去って行く。

 

こんな感じのちょっとした触れ合いのないサファリパーク気分だったが、これが30分も続けば流石に飽きる。

やっぱりサファリパークは動物との触れ合いがあってなんぼのモンだなとつくづく感じた。

 

「取り敢えず行ったのはいいけど、暇だな…」

 

冥界は日本のように電波が飛んでるわけじゃないからスマホはまず使えない。コブラケータイは魔法とかそういった類のものが使われているからネットはダメだがそれ以外の機能は使える。

 

…暇だから電話かけるか。

 

大の字に転がって冥界の紫空を仰ぎながら、おもむろにコブラケータイを取り出して操作する。

耳に添えて、相手が通話に出るのを待つ。

 

今頃オカ研は会合で忙しいので相手は一人しかいない。

 

そしてその相手は通話に出た。

 

「もしもし」

 

『向こうからかけてくるのは珍しいのう、何があった?』

 

そう、我らがレジスタンスリーダー、ポラリスだ。

 

「いや…単に暇だから話し相手にならないかなーって」

 

『…ハァ、妾は暇人ではないのじゃ。日々情報収集に励み、戦に備えての新兵器の開発、そして日々の鍛錬。妾は決してニートではない』

 

ポラリスさんはうんざりした調子で言う。

 

そんなことしてたの?俺が来た時は大抵デスクワークみたくずっとパソコンいじってたり駄菓子をぽりぽり食べてるだけだが。

 

「でも前行ったときはキバ見てたじゃん」

 

最後に行ったときは「キバを全話完走するのじゃ」とか言って頬図絵ついて仮面ライダーキバを見ていた。えらく熱心にイクサを見ていた気もするような。

 

『それは…たまたま休憩していただけじゃ。それにのう、妾は所謂ボスキャラ的な立場なのじゃ、そういうキャラをポンポン軽く出しては肝心な場面での盛り上がりも、威厳も無くなるじゃろう?』

 

「えっ、あんたボスキャラだったの?」

 

中々動かないから半分俺をサポートしてくれる暇人のような人だと…。

 

『そうじゃ、妾は…おっと口が滑るところだった』

 

「?」

 

またまた意味ありげな発言を途中でやめるポラリスさん。

 

ぶっちゃけいつかうっかり口を滑らせて全部言う日を楽しみにしている。

 

『例えばじゃ。仮面ライダークウガで一話からン・ダグバ・ゼバがしょっちゅう出てきて、戦闘したとしよう。そんな時おぬしはどう思う?』

 

お、話が始まった。っていきなりなんでクウガなんだよ…。

 

「んー、最初はこいつ滅茶苦茶強いなって思うけど後半になっていくにつれてボスキャラとしての威厳を感じなくなっていきそうだな。それに反比例するようにクウガは強くなるし」

 

『そうじゃ、もっと身近な例を挙げればアザゼルじゃ。初対面時や会談の時は『なんかこいつヤバそう』みたいに感じたじゃろう?それがオカルト研究部の顧問になって日常的に接するようになってからは『このオッサンなんか面白いな』程度の認識に落ち着いた、違うか?』

 

「うん、でもそれ言ったらポラリスさんだってよく会うよね?大体周三ペースで会ってるよね?」

 

自分のことを棚上げにして他のボスキャラをさげるのはよくないなぁ…。

 

『それは…あれじゃ、妾はまだおぬしに本気を見せていないじゃろう?会談でおぬしの目の前で戦ったアザゼルとは違ってまだボスキャラとしての威厳はあると思うがのう』

 

「あぁー、まあ確かにな…」

 

実力を隠しているという面では底知れなさとか、ある意味威厳のようなものはあるかな。

ポラリスさんは実力も過去も隠し事だらけで得体の知れなさというものはある。

 

「っていうかあんた戦えるのか?」

 

『もちのろんじゃ、妾は後ろでふんぞり返るタイプでなく前線に出て暴れるタイプ、自分の敵は己の手で倒す』

 

最後の言葉を聞いた時ちょっと背筋がゾッとした。なんか最後の文だけ声が低くなったような気が…。

 

『話は十分じゃな、それがわかったら気安く妾に暇つぶしで電話をかけるでない』

 

向こうは話の区切りがついたとみて通話を終わらせにかかる。

 

まずい、これが終わったらまた暇な時間に戻ってしまう。何としてでも話を繋がなければ…!

 

えっと、ボスから続く話題…えっと、えっと…。

 

「えー…だって暇だし。…あ、そうだ」

 

『なんじゃ、遂に諦める気になったか?』

 

「三大勢力のボス達がガチンコで勝負したら誰が勝つの?」

 

『切られまいとして咄嗟に思いついた話じゃろ、それ』

 

「Exactly」

 

速攻で見抜かれたか。でもこっちも暇なんだよ、一時間スマホも本もなくずーっと甲板の上だぞ?しかも今の俺財布も何もなく手ぶらだからな?景色を眺めるのに飽きたらもうゴロゴロするくらいしかやることないからな?

せめて喋り相手くらいにはなって欲しいんだよ。

 

『…ハァ、おぬしも世話が焼けるのう』

 

呆れたような声が返ってきた。ポラリスさんには悪いが俺の暇つぶしにもうしばし付き合ってもらおう。

 

『まず最初に各勢力で一番の強者を挙げようか』

 

先の呆れ気味の声でなく、いつもの平常運転な声が聞こえた。

 

「うんうん」

 

『悪魔側はサーゼクスとアジュカの『超越者』二人、堕天使はアザゼル、天界陣営は現ウリエルじゃ』

 

ほー、堕天使総督のアザゼル先生に魔王のサーゼクスさんとアジュカ…ベルゼブブだっけ?が一番強いのか。そういえば前に二人が『超越者』だって話は聞いたな。それより…。

 

「ん?ミカエルさんじゃなくてウリエル?なんで?」

 

なんで天使長のミカエルさんでなく同じ四大セラフのウリエルが最強なんだ?ていうかボスより強い幹部ってどうなの?…まあゲームにラスボスより強いボスなんて鮭の卵程いるが。

 

『ガチンコ勝負ならまずミカエルはウリエルに勝てん。何せあ奴は現にミカエルを差し置いて『最強の熾天使』とも呼ばれておる、その所以が…』

 

その時、船の航行が止まった。

 

何事かと思ってさっと起き上がり、甲板から船の下を覗くと…。

 

「あ」

 

地面に深く刻まれた裂け目がぽっかり口を開けている。

 

間違いなく、グレモリー列車で見た魔烈の裂け目だ。

 

『どうした?』

 

「いや、目的地に着いた」

 

『そうか、なら暇つぶしの必要もなくなったという訳じゃな。お土産を期待しておるぞ』

 

「あ、ちょっ!」

 

短い問答、ポラリスさんは有無を言わせぬ勢いで一方的に通話を切った。

 

ポラリスさんの話、最後まで聞きたかったな…。

 

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

「…深いな」

 

眼下に広がる広大な谷を眉をひそめながら見下ろす。谷、というよりはその名の通り裂け目と言った方が正しいだろう。

 

谷底は見えないほどに深く、黒い闇をたたえている。森の中だというのにこの裂け目の周りだけは不自然なほどに草木一本生えていない。

 

「うーん…」

 

腕を組んで眉をひそめて唸る。

 

谷底に眼魂があるのだとしたら相当骨が折れる作業になりそうだ。だが諦める気は毛頭ない。

 

最近はヴァーリといいアザゼル先生といい、強者の戦いを間近で見てきた。そして自分の力不足を強く実感した。少しでもその差を埋められるのならこんなことで諦めるわけにはいかない。

 

禍の団を相手に戦い抜くためにもなんとしても眼魂は全て回収する。

恐らくこちらに来ているであろう眼魂でまだ未回収の物は9つ。

 

エジソン、ベートーベン、ゴエモン、リョウマ、ヒミコ、グリム、サンゾウ、ディープスペクター。

そして最後にシンスペクター。

 

全てを揃えることが出来れば今後の戦いで大いに役立つことだろう…もっとも、それを使いこなせる実力がなければ意味がない。例えばシンスペクターと同スペックの相手が出てきた場合、勝利するのは実力、あるいは経験がものを言う。1の実戦に勝つために100の経験を積む。そのためにも普段から俺は訓練に励んでいる。

 

「フーディーニで下りるか」

 

こんな深い谷はフーディーニで谷底まで下りるしかない。ニュートンはそもそもフォースフィールドに収まりきる深さかわからないからな。どれほどの深さがあるかわからないがやってみないことには始まらない。

 

呟きながらゴーストドライバーを出現させたその時だった。

 

ガサガサッ

 

茂みからがさがさと音がする。反射的にそちらへと目が動いた。そして隣の森の中からその男はゆっくりと姿を現した。

 

ふわふわとした茶髪、知性を感じさせる端正な顔立ち、金の刺繍が入った優雅な黒ローブは貴族服にも似ている。

 

見覚えがはっきりとある。以前、俺とゼノヴィアを襲ってきた悪魔だ。しかし何故このタイミング、この場所で…?

 

男は眼下の裂け目に軽く目をやった。

 

「この『魔烈の裂け目』は過去の大戦で『神祖の七大罪』に名を連ねた初代ベルフェゴールが現ウリエルとの一騎打ちで叩きつけた一撃の跡だそうですよ。未だに魔力の残滓から草木一本も生えていないようですねぇ」

 

男は滑らかに辺り一帯の、話の通りに草花一つ生えていない地面を見回す。

男の目は俺に向いていないにもかかわらず俺に話しかけるような語り口だった。

 

…またウリエルか。いろんなところで耳にするな。今度、本人に会って見たいものだ。

 

そうして今度は、深く昏い紺碧の瞳を俺に向けた。

 

「いやはや、久しぶりですね。まさかこんなところで再会することになろうとは」

 

そしてふっと穏やかに笑う。

あの妙に丁寧な態度が不気味さをより際立たせている。

 

「お前…何者だ?」

 

俺は戦闘態勢に入りながら低い声で訊く。それに男は「ああ!」とおどけたようにポンと手を叩いた。

 

「おっと、そういえば自己紹介がまだでしたね。私は…」

 

仰々しく上体を傾け、頭を下げる。

 

「アルギス・アンドロマリウスと言う者です。一昔前は七十二柱だと持て囃された家の出ですよ。まああなたを殺した者の名ということで覚えておいてください」

 

こいつも部長さんや会長さんと同じ七十二柱の悪魔…。道理でゼノヴィアが上級悪魔クラスとみるわけだ。一筋縄ではいかなさそうだ。それに。

 

「へぇ…もう俺を殺した気でいるのか」

 

戦う前からあなたを殺した者だと言うあたりは随分と自信があるみたいだな。やっぱ向こうは俺狙いか。

 

それにしてもどうしてこいつは俺を狙ってくるんだ…?

 

「ええ、どう考えてもあなたに負ける要素がないので。以前は天王寺大和に邪魔されてしまいましたが今回はそううまくはいきませんよ」

 

男は恐ろしいほど笑顔で答えた。女性に見せればすぐに意中にできる、しかしこの状況ではさらに内に秘めた恐ろしさを醸し出す危険なもの。

 

(こいつ、やばいな…)

 

奴の放つ底知れないオーラに呑まれたか、額に冷汗がつうっと落ちる。

 

正直なところ俺は奴に勝てる自信があまりない。

 

おそらく奴は同じ上級悪魔の部長さん以上ヴァーリ以下のレベル。ちなみにヴァーリを挙げたのは会談の記憶が新しいからだ。あの力の差を知らされた戦いを俺は忘れるつもりはない。あの戦いで感じた物を全て原動力にして俺はさらに強くなる。

 

同じ上級悪魔であるライザーと戦った時はレーティングゲーム、やられても死ぬわけじゃないゲームの戦いだから向こうも全力ではなかったんだろうが今回は違う。

 

命を懸けた実戦、相手をぶちのめすためにお互い全力で攻撃しにかかる。俺はゲームのライザーでさえかなりダメージを受けてようやくあと一歩のところまで追い込んだレベルだ、実戦で同じ上級悪魔クラスとやりあって勝てる保証はない。

 

普段からコカビエル戦のような力を発揮できればいいんだが…あれ以来あそこまでの力を引き出したことは一度もない。あのときはなんだろう…覚悟を決めたことに呼応したからか?

 

顔を険しくする俺とは対照的に向こうは余裕さえ感じる涼しい顔だ。

 

「むしろ私と戦うのはあなたにとって得なはずですよ。例えば…」

 

アルギスは自身の懐に手を入れ、ある物を取り出した。

 

「それは!」

 

「一足先にここの眼魂はいただきました。回収するのに手間はかかりましたがね」

 

奴の手の上にあるのは蛍光イエローが目を引く英雄眼魂。それを見せびらかすように堂々と見せつけてくる。

 

あいつ谷底に落ちていた眼魂を探し当てたのか…!

 

…そうか!それなら急にここで眼魂の反応が出たのも納得がいく。

 

今までは深い谷底にあったせいで感知できなかったが、向こうが眼魂を引き上げたから感知に引っかかったんだ。

 

丁度いい、向こうが探す手間を省いてくれた。

 

「私を倒せばこの眼魂と、今いくつか持っている他の眼魂がまとめて手に入りますよ。もっとも…」

 

奴はそう言って懐から別の眼魂を取り出すと手元に小型の魔方陣を展開する。そしてそれを眼魂にかざすと同じ色をした靄が生み出された。

 

やがて靄は人型へと変じさせていき、明確な実態を持つことになる。

 

「それは…!!」

 

俺は驚きを隠せなかった。まさかこの世界で実物を見ることになるなんて一度も思わなかった。

 

大空を思わせる寒色系の体色、雲など気象をイメージした全身を走る意匠。そして何より頭部と肩部に嵌められた地球のような色と模様をした大きな球。

 

あのフォルム、見覚えがある。

 

俺はあの怪人を知っている。

 

仮面ライダーゴーストに登場したグレートアイ、それを守る15の守護者。

その一角、ガンマイザークライメット。

 

その佇まいに意思と言ったものは感じられず、ただただそこで命令を待つかのように立っているのみである。

 

「さらに…」

 

再び別の眼魂を取り出し、同じ動作を繰り返す。

今度の蛍光イエローの靄は槍の形になり、アルギスの手に収まった。

 

ガンマイザースピアー。槍の形をしていながら自律行動が可能で他のガンマイザーを強化する力を持つ武器型ガンマイザーだ。

 

「私に勝てたらの話ですがね。あの方の手を煩わせる前に、眼魂を回収して君を消そうか」

 

怪人を従え、槍の穂先と端正な顔立ちに浮かんだ陰惨な笑みを同時に俺に向けた。

 




今回のおまけはお休みします、また次回。

本格的にアルギスが登場、『あの方』と一緒に今後のストーリーをかきまわしてくれるでしょう。

次回、「ガンマイザーの猛威」

そういえば今月のホビージャパンのオラザク選手権、ここである有名なD×D小説を書いてるユーザーさんと同じ名前の人のハルート最終決戦仕様が掲載されていたのですが…。


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第42話 「ガンマイザーの猛威」

話を相当先まで考えているせいか、現時点で言えないことが多すぎる。

早く先の話を書きたい…けど一話一話しっかり話を書かないと気が済まない性分なのでなかなか更新ペースが上がらない。

来週のジオウ本当に楽しみだな…。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
1.ムサシ
3.ロビン
4.ニュートン
5.ビリーザキッド
7.ベンケイ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
13.フーディーニ



思わぬ人物との再会、そしてガンマイザーの出現。

俺はこの状況に戦慄せざるを得なかった。

 

(おいおいマジかよ、よりによってガンマイザーかよ!)

 

まだこちとらディープスペクターすら手に入っていないというのに終盤に出てくるような敵を相手にするって、先月のコカビエルやヴァーリの時もそうだがパワーインフレ速すぎない?最初っからクライマックスしてるよね?

 

内心焦りまくりだがだからといってじっとしていても状況は変わらない。どうせ向こうは俺を殺る気でいるのだ。

ならこちらとしては黙って殺されるわけにはいかない。やりたいことだってまだあるしな。

 

それに、列車での別れをあいつらとの最後の会話にする気は毛頭ない!

 

そこからの行動は早かった。流れるようにスペクター眼魂を起動。素早くドライバーに差し込み変身待機状態にする。

 

〔アーイ!バッチリミロー!バッチリミロー!〕

 

周囲を舞うパーカーゴースト。いつもの変身ポーズを取りながら内心の焦りに呑まれまいと力強く言の葉を紡ぐ。

 

「変身!」

 

レバーを引くと同時に青い霊力が全身を覆うスーツと化し、パーカーゴーストを纏って変身完了する。

 

〔カイガン!スペクター!レディゴー!覚悟!ド・キ・ド・キ・ゴースト!〕

 

〔ガンガンハンド!〕

 

「ハァ!」

 

ガンガンハンドの召喚と同時に飛び出し、幸先よく先手の突きを放つ。

が、奴は悠々と上体を捻り躱し、さらには払いでお返しと言わんばかりに攻撃してきた。

 

アーマーを切っ先で切られ、追撃にと回し蹴りも食らう。

 

「くっ!」

 

転がる俺。さらなる追撃。奴が両手で槍を握り、大きく溜めるような構えを取る。

 

するとスピアーの先に鎌のような光刃が生まれた。

 

なんかやな予感しかしないな!!

 

「ふっ!!」

 

そしてスピアーを大きく振るい、溜めた力を一気に解き放つ。

 

慌てて俺は飛び退って溜め攻撃を回避した。態勢を整えていないうちに飛んだため、飛んだ先でも派手に転がった。

 

「つっ…っ!?」

 

顔を上げ、奴の方を見ると俺と奴との間に大きな斬撃の跡が残っていた。大きく、そこそこの深さもある。

 

あれを喰らっていたら間違いなく上半身と下半身が今生の別れをしていたな。初っ端から恐ろしい攻撃をしてくれる…!

 

「ふむ」

 

斬撃の跡の向こう、アルギスは軽快にスピアをバトンのように回すと、地面に突き刺した。

 

またデカい攻撃を仕掛けてくるのか…?

 

そう思っていた俺にとって、まさに想定外の攻撃を奴は仕掛けてきた。

腰を深く落とし、構えを取った。そして駆け出し一気に俺との間合いを詰めてきた。

 

「ッ!?」

 

「ハッ!」

 

綺麗に奴は俺の顔面に拳を打ち込んできたのだ。

 

ガンマイザーを捨てて直接攻撃に臨むとは…!

 

虚を取られた俺はたまらず受けた。一瞬星が見えたような気がする。口の中には血の味が広がり始めた。

痛烈な一撃に視界と意識がぐらつく中、構うことなく奴は打撃の嵐を見舞う。

 

頬に再びの拳打、腹に突き刺すような膝蹴り、そしてオーバーヘッドキックじみた回し蹴り。

 

「ぐはっ…!」

 

あっという間に地面に強く叩きつけられた俺を動けないようにとアルギスは踏みつけて抑える。

睨み付けるようにアルギスに視線をやる。目と目が合った瞬間、昏い紺碧の双眸をニッと細めた。

 

「実は私、悪魔にしては珍しく格闘戦が得意なんですよ」

 

「…ッ!」

 

極めつけに俺をサッカーボールのように蹴り飛ばした。吹っ飛ぶ俺はそのまま地面に大きく口を開ける裂け目へと放り出された。

 

俺の体が裂け目に飛び出した瞬間、重力に従って落下を始める。あっという間に勢いもつきさっきまで戦闘を行っていた場所から遠ざかっていく。裂け目に吹く風の悲鳴にも似た轟音によって聴覚はすぐさま塗りつぶされた。

 

(やばいやばいやばい!!)

 

底がどれくらいかなんてまずわからないし、間違いなく落ちたら変身していても死は必須だ。

 

慌てて俺はフーディーニ眼魂を起動、ドライバーに差し込んだ。

 

〔アーイ!バッチリミロー!〕

 

それに呼応して空中で待機していたキャプテンゴーストがイグアナに変形し、そこからさらにマシンフーディーが飛び出し真っ二つに割れてパーカーゴーストになった。

 

レバーを引き、飛来したパーカーゴーストを落下しながら纏う。

 

〔カイガン!フーディーニ!マジいいじゃん!すげえマジシャン!〕

 

バッと手を伸ばし、タイトゥンチェーンを射出。目いっぱい伸ばし、裂け目近くの森の木に鎖を巻き付けてこちら側から鎖を勢いよく巻き上げる。

 

「ぐぅぅ…!腕が千切れる…!」

 

腕を強く引っ張られるような感覚。歯を食いしばって耐え、さっきの遠ざかっていく光景と逆に一気に裂け目から飛び出した。

 

「人をサッカーボールみたく扱うな!」

 

飛び出して早々に飛行ユニットを起動、抗議の言葉を飛ばして空を縦横無尽に飛びながらガンガンハンドの銃撃を浴びせる。

 

「チィ!」

 

惚れ惚れするほど華麗なバック転、くるくると回り斬撃の跡を大きく飛び越えて突き刺したスピアの下へ戻る。

素早く引き抜くと、ぐるぐる回して銃撃を弾いた。

 

うまいことスピアーを扱うなあいつ!

 

「だったら!」

 

〔ダイカイガン!〕

 

特大の一撃で奴の防御を崩す!

 

ハンドをドライバーにさっとかざすと銃口に群青色の霊力が収束する。

 

それに対して奴は防御をやめ片手を突きだす。そして眩い黄色の魔力が迸った。

 

相殺する気か、そううまくはいかない!

 

〔オメガスパーク!〕

 

トリガーを引くと同時に霊力の大玉が発射される。魔力と霊力が激突する寸前、黄色い魔力が突如として蛇のごとき形状へと変化した。

 

「何!?」

 

蛇は霊力をがぶりと喰らい、飲み込み、そのまま直進し宙で無防備を晒す俺に激突した。

 

「ぐあああっ!!」

 

爆炎と衝撃。

バランスを崩した俺はそのまま地面に墜落する。そこに休む暇をも与えまいとアルギスがスピアーを持って迫る。

 

急いで立ち上がって銃撃を数発見舞って牽制するも軽々と奴は接近する勢いを殺さぬままスピアーで弾いた。

 

もはや銃撃は意味なしとみてガンガンハンドをロッドモードに変形、こちらも接近戦で応じる。

 

迫るアルギスは鋭い突きのラッシュで攻撃を仕掛けてくる。

 

「お前…!悪魔のくせして十字架を着けて大丈夫なのかよ!」

 

集中して次々に繰り出される突きを躱し、いなし、時に躱しきれず身にかすりながらじりじりと引き下がる。

 

「敵の心配をするとは随分と余裕ですね、それにこれを十字架呼ばわりとはッ!」

 

俺の言葉に若干の怒りを見せたアルギスがさらに一際早く、鋭い一突きを放った。咄嗟にこちらもハンドを振るい、つばぜり合いを始める。

 

「これは私が信ずるあの方に捧げた忠誠の証!偽りの神の信徒どもが引っ提げる十字架と一緒にしないでもらいたい!!」

 

「そうかよ!それだけじゃない、お前には聞きたいことが山ほどあるんだよ!」

 

スピアとハンド、両者の得物がつばぜり合い纏うオーラがぶつかり合いスパークを起こす。

 

「ほう、何でしょうっ!?」

 

向こうは拮抗するスピアをわざと引く。それによりつばぜり合いに勝とうとかけていた力が空ぶって思わず前のめりになるようによろめいてしまい、そこを奴が見逃すはずもなく弧を描くようなスピアの払いで追撃をかけてくる。

 

「ぐうっ!?」

 

横腹に打撃を受け、ふらふらする足を意地で踏みとどまり鋭いハンドの突きで返す。

 

「ハァ!」

 

「ふっ」

 

それを奴は柄で軽々と弾く。

 

「例えばァ!」

 

素早く別の眼魂を入れ替え、ドライバーから飛び出した紫色のパーカーゴーストが牽制をかける。

アルギスはじりじりと下がりながらスピアーを振るってやり過ごす。

 

〔カイガン!ノブナガ!我の生き様!桶狭間!〕

 

その間にレバーを引き、ゴーストチェンジを完了した俺がパーカーゴーストと入れ替わるように攻勢に出る。

向こうの攻め入るスキを作らないよう苛烈な連続攻撃で畳みかける。

 

「何でお前が俺を狙うのか!」

 

「…っ」

 

怒涛のロッドでの攻撃、流石の奴も迂闊に攻撃できず勢いに押されるまま、じりじりと下がりながら険しい顔つきで俺の攻撃を防ぎ続ける。

 

「何故眼魂を集めるのか!他にも!」

 

ロッドでスピアーを抑えた直後、銃モードに変形。ガンガンハンドがスピアーの柄を掴むような形になり力づくで押し下げる。

 

ここだ!

 

ここぞとトリガーを引き、ついに俺は銃撃をアルギス本体に打ち込んだ。

 

「ぐふっ!」

 

霊力弾が貴族服を破り腹から鮮血が噴き出す。

苦悶の表情を浮かべ、腹を抑えながらよろよろと後退するアルギス。

 

「お前の裏にいる奴のこともな!お前には洗いざらい吐いてもらう!」

 

俺は指さしながらはっきりと宣言する。それに対して奴はぷっと血を吐き捨てると呆れたような顔で瞑目し、肩をすくめるだけだった。

 

「…ハァ、やれやれ。眼魂の回収に飽き足らず私から情報を抜き取ろうなどと。随分と欲張りな人だ」

 

おいおい悪魔から欲張りって言われたよ。基本的に俺は謙虚でありたいと思っているが時に欲を出すことが意外にも事態を好転させる手になるとも思っている。だが二兎を追う者は一兎をも得ずとも言う。それは状況をしっかり見てからその手を切るのが望ましい。

 

だが今回はあのアルギスとかいう野郎単体、つまり一兎だ。ここは兎ではなく一石二鳥にさせてもらう。

眼魂と情報のな。

 

「…さて」

 

瞑目していた目が開かれる。刹那、奴の纏う雰囲気が一段と鋭い物になった。

 

殺意だ。多分次はすごい攻撃が来そうだ。

 

ハンドをロッドモードにして再び構えなおし、奴の一挙一動を見逃すまいと睨むようにマスクの裏から見る。奴の動きを予測して回避、あるいは渾身の不意打ちを叩き込んでやる。

 

動いた。スピアを軽快に回し、石突を地面に突き立てた。

 

「クライメット、やれ」

 

奴の次手は攻撃ではなく指示だった。予想が外れた俺は少し面食らった。

 

そして指示と同時に今まで一寸たりとも動かなかったガンマイザーが遂にその足を一歩前に踏み出し、アルギスの前に出た。アルギスは逆に大きく後ろに飛び退った。

 

「…!」

 

ガンマイザーが一般的な男性と比べて大柄な両腕を広げる。すると奴を中心に霧の塊…いや、小さな雲がいくつも生まれた。ある雲は黒っぽい色でバチバチと帯電しており、またある雲は寒々とした青っぽい白色をしている。

奴の能力はよく知っている。クライメットの名の通り気象操作による攻撃。吹雪、竜巻、雨、雷と気象という枠で考えれば奴の技のバリエーションは相当多彩なものだ。

 

ガンガンハンドを銃モードに変え、いつでも引き金を引けるよう構える。

 

どれから来る?雷か?吹雪か?

 

…いや、向こうの出方を窺っていても仕方ない。ここは先制攻撃だ!

 

本体に向けて銃撃を放つ。迫る弾丸、しかしそれは横合いから飛んできた。大きな氷塊に阻まれ相殺される。

 

そこから向こうの攻撃は始まった。展開していた雲から一斉に氷塊が俺目掛けて放たれる。

 

広範囲の氷塊の横殴りの雨。しかも速い。すぐさま銃撃にて応戦する。ノブナガ魂の能力で銃をコピーして一度の銃撃で倍以上の数の霊力弾を生み出し、寄せ来る氷塊を次々に打ち落とす。

 

ぶつかり合う霊力弾と氷塊。互いに激突し砕け散っては空間に煌めきを生み出していく。だが一々それに感動の念を覚える暇はない。

 

「つっ!」

 

撃ち漏らした氷塊が横腹をかすめる。それに気に掛ける暇も与えないと言わんばかりに氷塊の連射は続く。

 

届かない。防戦一方で本体に銃撃を当てられない。しかも撃ち漏らしまで出てきている。向こうはこっちの銃撃の倍以上の氷塊をとめどなく打ち込んでくる。

 

「こいつマジで厄介だな…!」

 

ここは一つ、オメガドライブで増幅した銃撃でひっくり返すしか…!

 

そう思って片手をドライバーのレバーに回した瞬間。

 

ぽつ。

 

ぽつぽつ。

 

「なんだ?」

 

ぽつぽつぽつぽつ。

 

ざあああああああああああ。

 

雨が降り出した。いつの間にか向こうは氷塊攻撃をやめていた。

 

…違う、この雨。変だ。だって…。

 

 

 

 

 

 

 

俺の周りにだけ降ってる。

 

ぽつぽつとした雨はあっという間に豪雨へと変わった。

 

上を見上げると俺が立っている位置を中心に厚い雲が一定の範囲、とめどなく雨を降らせていた。

 

おかげで地面はぬかるみ、激しい雨で動きは少しだが制限される。

 

「いや、関係ないな」

 

速攻で雲の範囲を抜け出せばいい話だ。

 

気持ちを切り替えて俺は接近戦に持ち込もうと駆け出した。

 

「いいえ、関係あるんですよねぇ」

 

クライメットが片手を天、俺の上にある雲にかざした。

するとあれほど激しく降っていた雨が嘘のように止んだのだ。

 

一瞬呆気にとられた俺は上空を見上げたまま足を止めてしまった。

 

そして見てしまった。灰色のような雨雲が今度は氷をイメージさせるような寒色系の色に変わるのを。

 

同時に上空の雲から激しい吹雪がビュウビュウと勢いよく吹き付ける。スーツ越しにでも感じるほどの寒さだ。まさか夏に寒いなんて思うことになるなんてな。

 

吹雪はまるで地面に叩きつけるかのように激しく荒れていた。

 

「くっ…これは流石に動けない…!」

 

脚はまるで地面にくっついてしまったかのように動かなかった。

 

…ん?地面にくっついてしまった?

 

刹那、全身を悪寒が舐めた。咄嗟に足元を見る。

 

するとどうだろう、豪雨でびしょぬれになった足がきれいに地面に張り付くように凍り付いていた。足に軽く積もった雪の間から氷の輝きが見えた。それだけでない、雨に濡れた俺の周りの地面全てが猛吹雪によって凍結していたのだ。

 

「しまった!!」

 

そこでようやく気が付いた。

 

さっきの豪雨はこの吹雪を最大限に生かすための布石だったのだ。

 

氷塊攻撃で俺の気を本体に向け、その間に上空に雨雲を生成する。そして俺の全身を豪雨でくまなく濡らし、続く猛吹雪で完璧に凍らせる。

 

見事にはめられた。おかげで足だけでなく腕も、胴体までも凍り付いてしまい、あっという間に俺の体の自由は奪われてしまった。

 

氷を操る能力でもなく、水を操る能力でもなくその二つを総合した気象を操る能力だからこそ出来る芸当。

 

「ハハハッ!いやはや見事に引っかかってくれましたね!ちょっと考えればすぐ気づくはずなのに」

 

哄笑を上げるアルギス。奴は手を上げ、再びクライメットに合図する。

 

すると奴の周りに展開していた雲が一斉に黒く変色しバチバチと帯電し始める。

 

(まずい、狙い撃ちにする気か!!)

 

この場から離れようとする意思に反して体は全く動かない。既にほぼ全身を凍らされた俺は全く回避できない無防備な状態を晒してしまった。

 

「行け」

 

どこまでも冷徹な合図、一斉に黒雲からカッ!という稲光と共にいくつもの雷条が殺到する。

 

「があああああっ!!」

 

雷条がくまなく俺の全身を氷ごと撃ち砕き、焼く。視界と意識がちかちかする。

許容範囲を超えたダメージに変身が強制解除される。

 

「がふぅ!!」

 

血反吐を吐きそのまま前のめりに倒れる。その時2つほど眼魂がころころと転がってしまった。

 

眼魂はそのままアルギスの方へと転がっていき、奴のブーツにコツっと当たって止まった。

 

「ふむ」

 

アルギスは身をかがめて転がった眼魂を拾い集めた。

 

「一つ、二つと…まだこの他にも持っていますよねぇ?」

 

(しまった…眼魂が…!)

 

「ま、物言わぬ骸にしてから回収しましょうか」

 

ゆったりと、そして余裕からか軽い足取りで奴が近づいてくる。先のダメージで体を動かすことすらままならない俺は地面に頬をつけるばかりだ。

 

スーツとそれを覆うアーマーによって軽減はされたものの雷で負った火傷と衝撃により痛みで俺の全身は激痛に支配され切っていた。少し体を動かそうとしても鋭い痛みがそれを阻む。

 

「さあ、これで詰みです」

 

口の端を上げてスピアーの穂先を突きつけるアルギス。

 

「クソ…!」

 

鼻血を流して顔を物理的に真っ赤に染めた俺は対照に悔しさにギリッと歯を強く噛みしめる。こんなところで俺は…!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

死ねないッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドォォ!!

 

その時、俺とアルギスの間に轟音を伴う銀色の魔力が飛来、炸裂した。

 

「ッ!?」

 

アルギスは直前で素早く後ろに飛び、直撃を免れる。炸裂の後、軽い衝撃の余波が俺を襲った。

 

「うっ…何だ…!?」

 

両腕をクロスしてそれに耐える。余波が消えた後、魔力が当たったところを見ると小さな小さなクレーターが出来ていた。あのサイズとはいえ軽いクレーターを作るような攻撃をまともに受ければただでは済まないだろう。

 

しかし一体誰が…?

 

「間に合ったようですね」

 

内心の疑問に答えるようにその声は聞こえた。弾かれたように聞こえた方…上空を見上げるとそこには銀髪のメイド長、グレイフィアさんがいた。

 

「グレイフィアさん!?」

 

「クライメット!」

 

やや切迫気味のアルギスの叫びと共にクライメットが前に出る。

周囲に十数の雲を生み出し、そこから雷、氷塊、吹雪、あらゆる気象攻撃をグレイフィアさん目掛けて一斉に放った。

 

「ハァッ!!」

 

対するグレイフィアさんも片手を突きだし、気合の一声と共に手のひらから凄まじい銀色の魔力の奔流が放たれる。

 

絶大な魔力の奔流は気象攻撃と拮抗するどころか一瞬で飲み込み、さらにはクライメットごと飲み込んだ。

 

強烈な魔力を一気に浴び、やがてクライメットは跡形もなく爆散した。

 

「なッ…!?」

 

「一撃かよ…!!」

 

思考と表情が一気に驚愕の色に塗りつぶされる。

 

なんだ今の攻撃!?ガンマイザーを一撃で倒すって冥界のメイドさん、強すぎだろ!!アルギスも口をあんぐり開けてるし!

 

その間にゆっくりとグレイフィアさんが俺の隣に降り立つ。

 

「あの…どうしてここに?」

 

「観光と言う割には荷物の一つも持たずに行くのがおかしいと思ったので」

 

あっ。どうせ何もいらないだろと思って手ぶらで行ったのが仇になったか…。

いや、そのおかげで助かった。このままグレイフィアさんが割り込まなければ間違いなくやられていた。

 

突然の乱入を不快に思ったのかいつもよりトーンの低い声でアルギスが訊ねた。

 

「グレイフィア・ルキフグス…最強の『女王』、『銀髪の殲滅女王《ぎんぱつのクイーン・オブ・ディバウア》』とも呼ばれるあなたが何故私の邪魔を?」

 

「彼はグレモリー家の客人そして…お嬢様の大切な仲間。お嬢様たちの留守の間に怪我をされたとあってはお嬢様や御当主様へ申し訳が立ちません」

 

「グレイフィアさん…」

 

アルギスの疑問に凛然とグレイフィアさんは言い放った。

 

グレイフィアさんそんな物騒な二つ名があったのか…。流石、グレモリー家のメイド長は伊達じゃないな。

同時に頼もしくもある。彼女の毅然とした立ち振る舞いが俺の心に戦意の炎を再点火した。

 

「ぐ…うう…ッ!」

 

全身を走る激痛にこらえながらもなんとか立ち上がる。それを見てアルギスは「やれやれ」と肩をすくめた。

 

「ああそうですか…誰かに尽くすという点では流石、ルシファーに仕えるルキフグスの悪魔ですよ」

 

「さて、今度は私があなたの相手を務めましょうか?」

 

その言葉と同時に肌を突きさすような戦意がグレイフィアさんから滲み出る。

 

この場の空気を一瞬にして支配した。アルギスも渋い顔をして苦笑いした。

 

「…いえ、ここは引きましょう。流石にあなたを御せる自信はありませんよ」

 

槍を地面に突き立て、魔方陣を展開した。

 

逃げる気だ、だが俺には追撃するほどの余力はない。グレイフィアさんも無暗に追撃する気はないらしく戦意を鎮め始めた。

 

「紀伊国悠、あなたは直に私が仕える御方と相まみえることでしょう。その時こそ、あなたの最期です」

 

不敵にも奴はそれだけ言い残してこの場から転移で消えていった。

 

「…行ったか」

 

安堵の息と共に全身から力が抜けその場に倒れかけるところ、グレイフィアさんが肩を貸してくれた。

 

「一先ずは本邸に戻りましょう。話はそれからです」

 

「…はい」

 

疲れ果てながらも内に渦巻く悔しさが滲む返事が出た。正直に言って今にも意識が落ちそうなくらいダメージが大きい。この調子だと本邸に戻るまでに意識は持たないだろう。

 

アルギス・アンドロマリウス。ガンマイザーを操る奴の実力は相当なものだ。

 

あのガンマイザーの出現から見るに奴は使用する眼魂と対応するガンマイザーを召喚できる。クライメット以外にも厄介な能力を持つガンマイザーは数多くいる。それを召喚させないためにも向こうに眼魂を取られるわけにもいかない。

 

そしてガンマイザー抜きにしても奴の戦闘力は優れている。魔力攻撃を含めて今の俺では奴に勝つのは困難だ。

 

おまけに奴のバックに誰かいると来た。間違いなくアルギスよりも強いだろうな。こうもボコボコにされてしまった以上、これは俺一人で解決できる問題ではなさそうだ。帰ったらアザゼル先生とポラリスさんに要相談だな。

 

 

 

 

そしてここから先は俺の推測に過ぎないが、少なくとも奴はガンマイザーを召喚した時点でガンマイザーの知識をある程度持っていると思われる。もちろん俺は転生特典にガンマイザーなんて頼んでないしな、向こうに眼魂の情報は多少は渡ったとしてもガンマイザーの情報が渡る可能性はまずない。だって原作みたいに変に自我を持って反乱とか大きな騒ぎを起こされても困るし。

 

この世界に『仮面ライダーゴースト』と言う作品が存在しない以上、ガンマイザーも存在しない。

 

…つまりだ、もしかしたらだが…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アルギスは俺やポラリスさんのような異世界からの来訪者…あるいは転生者なのかもしれない。

 




おまけ サブキャラの集い in cafe パート2

飛鳥の視線の先に座る二人とは。

「ちょっと天王寺、JK二人を待たせるなんていー度胸じゃない」

頬図絵を突きながら半眼で飛鳥に視線を送る桐生藍華と。

「言い出しっぺが約束の時間に遅れるのは感心しないわね」

腕組みしながら瞑目する、日光に麗しいブロンドヘアーが煌めく上柚木綾瀬。

いつもの駒王学園の制服とは違ってカジュアルな私服姿である。藍華は明るい色を押し出した服装、綾瀬は黒をメインに据えたどこかお嬢様らしさが出る出で立ちだ。

「あーごめんな!かんにんしてや!」

二人のに両手を合わせて頭を下げる飛鳥。不機嫌な綾瀬を相手にする時、彼は頭が上がらなくなるのだ。

駒王学園に入る前から続く彼らの関係、この光景に慣れたように「ふふ」と苦笑する綾瀬は腕組みを解く。

「まあ、コーヒー奢るっていうなら許してあげないこともないけど?」

「はいよ」

言って早々、二人の前にコーヒーが並ぶ。虚空に立ち昇る湯気、そしてコーヒーの香ばしい独特な香りが二人の鼻腔をくすぐった。

急に出されたコーヒーに彼女らはぽかんとする中、コーヒーを出したマスターが頬を緩めてニッと笑った。

「あ、これサービスだから。飛鳥君の友達みたいだからね」

テーブルの近くを去るマスターと入れ替わるように飛鳥が椅子に座る。

それだけ言ってカウンターに戻ろうとした時だった。ドアから聞こえるカランカランという音が更なる来客の訪れを告げた。

「いらっしゃい!」

店の入り口から慌ただしく姿を現したのは夏の暑さに汗を流す二人の男子だった。

「わりい遅れた!」

「松田氏が探しているDVDの捜索に時間を取られてな」

坊主頭が特徴の松田、そして眼鏡をかけたいかにもオタクと言われる類の人種であると認識させる元浜。

「はあ…あなたたちね」

さらなる遅刻犯の登場に鋭い声と共に綾瀬はため息をつく。
綾瀬は優等生気質もあってこういったことには厳しいのだ。

「おや、君たちも飛鳥君の友達かい?」

「は、はい」

「ならサービスでコーヒーを出すよ。ちょっと待ってね」

慣れた手つきで作業を始めるマスター。突然マスターに声をかけられたことにやや驚きながらも二人は飛鳥達の下へ合流する。

「あのマスター随分と気前がいいわね。もっと早くこの店のことを知りたかったわ」

「あちち」と言いながらコーヒーに口を付ける藍華。

「ここでバイトしてるならもっと早くこの店の事教えてもよかったじゃない」

ふーふーと冷ましながら綾瀬はコーヒーを飲む。その動作に幾分かの優雅さも感じられ、松田と元浜は感心の眼差しを軽く送った。

「…あのマスター、実は元宇宙飛行士らしいで」

飛鳥は声のボリュームを落とし、ひそひそ声で皆に話した。

「えっ!?」

「そうなの!?」

「マジか!」

飛鳥のひそひそ声につられるように皆の驚きの声も潜めるようなものになっていた。

「ほんまほんま。他にも今は留守にしてるけど娘さんも店の手伝いをしてたりするで、怒るとごっつこわいけどかわいいで!」

「何!?なら今度是非紹介してくれ!」

飛鳥の話に松田が食いつく。

「いやー、そこまで仲いいってわけでも…」

「ぬう…なら一目見るだけでも!」

食い下がる松田。半眼で彼を見る藍華が話に割って入る。

「松田、あんた私たちには興味ないっての?ピチピチのJK二人だっていうのに?」

「上柚木はともかく俺は清楚系がいいんだよ!」

「ちょっと、私は清楚系じゃないって言うの!?」

「アーシアちゃんに楽しそうに良からぬことを吹き込む奴のどこが清楚系って言うんだよ!」

「まあまあ!とにかく二人ともコーヒーを飲んで落ち着きや」

飛鳥の介入によって渋々ながらも互いに構えた喧嘩の矛を下げる両者。

「…この話は必ず決着をつけてやるわ」

「俺と元浜はコーヒーまだなんだけどな」

「あ、もうちょっと待っててね」

カウンターからマスターの声が届く。
こんな調子で、緩く賑やかに5人の会話は続く。






ちなみにガンマイザーの強さは大体上級悪魔の中くらいと言った感じです。…まあ、あくまで本物ではなく「再現」なので。

クライメットの攻撃を書いてて改めてデュリオってチートだなと思った。井坂先生と言い気象操作能力は本当に強い。

そしてあの方あの方って一体誰なんだと思っている方、もうしばしお待ちください。

長い長いあとがきでしたが最後にこれだけは断言しておきます。

本作に登場する転生者は悠を含めたった二人だけです。(ポラリスは異世界からの来訪者であって転生者ではない)

次回、「オカ研男子 in 温泉」


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第43話 「オカ研男子 in 温泉」

めっちゃ長くなりました。

マコト兄ちゃんの久々の変身、よかったなぁ…。

久しぶりに動いたカウント・ザ・アイコン。これから動く機会が増えます。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
1.ムサシ
3.ロビン
5.ビリーザキッド
7.ベンケイ
11.ツタンカーメン
13.フーディーニ



「…ん」

 

意識の緩やかな浮上、覚醒が近づくと同時に眠りによって閉じていた目が開く。

完全に目が開くと視界に映ったのはつい最近見知った天井だった。

 

「ここは…」

 

息を吐くように自然と声が漏れ出る。ここは確か、グレモリー本邸に来た時に俺にあてがわれた部屋だ。

 

「目が覚めたか」

 

ふと声をかけられた先に目を向ける。そこにいたのは椅子に座り双眸に憂慮の色を浮かべるアザゼル先生だった。

 

「アザゼル先生…」

 

確か、昨日からサーゼクスさん達との会談で別れていたはずだったが…。それについて聞こうとした時だった。

 

「悠!」

 

どたどたとこの優雅で気品のある室内にそぐわないせわしい靴音が迫ってくる。

 

「う…つっ」

 

何事かと思い、ゆっくりと上体を起こす。すると俺が寝ていたベッドの前には安堵に頬を緩ませるオカ研の皆が揃っていた。

 

こいつらがここにいるってことは若手悪魔の会合が終わったってことか。一体どれほどの間俺は寝ていたのだろう。

 

…よく見ると俺の格好、新しい制服になってる。戦闘でボロボロになったからグレイフィアさんあたりがとっかえてくれたのだろうか。これと言った外傷も特になく。多分寝ている間にアルジェントさんが回復してくれたんだろう。若干の気怠さと少しばかりの痛みはまだ感じるが。

 

「話を聞いた時はビックリしたわ」

 

「取り敢えずは一安心ってところだぜ」

 

「紀伊国先輩が無事でよかったです…」

 

それぞれ心配と安心の言葉を口にする。随分皆に迷惑と心配をかけたみたいだ。

 

「怪我はあいつらが帰ってきて早々に呼んで、アーシアに回復させた。だが無理はするなよ。『聖母の微笑』は怪我を治すことはできても消耗した体力、魔力、そして流した血までは元に戻せないからな」

 

「はい」

 

俺達が何度も窮地を切り抜けてきた理由の一つたるアルジェントさんの神器もそこまで万能ではないってことか。

 

「一応の事情はグレイフィアから聞いているが…何があった?」

 

アザゼル先生が真面目な表情で俺に問いかけてきた。

 

「…事の発端は…確か、グレモリーの城を観光しているときです」

 

そう、俺達が観光で最後の城を巡っている時だった。ポラリスさんから連絡があって眼魂の情報を得たのだ。

 

…だがもちろん、ポラリスさんのことは『まだ』話すわけにはいかない。あの人にきつく秘匿するよう言われてるからな。だから皆に悪いが、一つ嘘を吐かせてもらう。

 

「どこからかガジェット達が眼魂の反応を拾って、俺は皆が会合に行った後の時間を使って眼魂を回収しようとして魔烈の裂け目に行きました。そこで…」

 

「謎の悪魔に出くわしたってわけか」

 

アザゼル先生が俺の話に続く。

 

ガジェットだが昔レイナーレを追っていた時に眼魂の回収も命じてたし、今でも4体に増えたガジェットを動員して街に探索に出していたりもする。…が、何度やってもスカだった。半ば回収を諦めかけたそんなときにやっとこさ入ってきた眼魂の情報、食いつかないわけがなかった。

 

ポラリスさん絡みでなくとも眼魂に食いついただろう。今後の戦いのことを考えればなおさらだ。

 

ガジェットの話はさておき、アザゼル先生の言葉に頷く。

 

「はい、奴の名はアルギス・アンドロマリウス。ゼノヴィア、そいつは前に俺達を襲ってきた悪魔だ」

 

「何!?またあいつと戦ったのか!?」

 

まさかあの時の悪魔が出てくるとは思わなかったらしい。まあそれは俺も同じだが。

 

あいつと初めて遭遇したあの時、ゼノヴィアも居合わせていた。戦闘に入ろうとしたその時、駆け付けた大和さんの介入で団地のど真ん中で戦闘を始めることなく向こうを撤退させることができた。

 

しかしだ、意外なことに驚いたのはゼノヴィアだけじゃなかった。

 

アルジェントさんと兵藤以外の面子も俺の話に驚いたといった反応を見せたのだ。

 

「…アンドロマリウス」

 

「ここでその名前を聞くなんてね…」

 

えっ、皆が知ってるってあいつそんなに有名人なのか?

 

「あなたが以前話した悪魔ね、あれ以来全く手掛かりがつかめなかったけど…アンドロマリウスだったのね」

 

「知ってるんですか部長?」

 

皆の反応についていけない兵藤が部長に訊いた。

 

「アンドロマリウスは元七十二柱の悪魔よ、大戦後の旧魔王派と新魔王派の抗戦で断絶したと聞いていたけど…血筋は絶えていなかったのね」

 

七十二柱だってのは本人が言ってたから知っていたけど、あいつ断絶した家の悪魔だったのか。

 

先の悪魔、天使、堕天使三つ巴の大戦によって各勢力は多大な犠牲を出し、一時は種族の存亡の危機にも陥った。

大戦によって悪魔サイドが失ったのは主たる四大魔王だけでなく七十二柱と呼ばれる富と力を持ち、軍団を率いる七十二の悪魔の家もその多くが激戦の中で軍団を失い果てにはその血を引く悪魔が戦死、あるいは戦火に巻き込まれる形で断絶してしまったという。

 

内心の驚愕を一旦抑え、話を続ける。

 

「…それは兎も角、奴の目的は俺の抹殺と眼魂の回収らしいです」

 

俺の話に皆がまた驚く、しかし今度は疑問符交じりの驚きだった。

 

「は?…ちなみに聞くけどそいつは『禍の団』なのか?」

 

「いや、それすらも分からない。ていうか脅威度でいったら赤龍帝のお前を抹殺した方が今後相手の得になると思うが…」

 

だって各勢力のお偉いさんがたも知ってる、そして恐れる二天龍の片割れだぞ?成長すれば間違いなく陣営を代表するレベルになるだろうしまだ禁手にも至っていない今が絶好の倒すチャンスだろう。

 

「何故奴はお前だけを狙う?何か奴と因縁があるのか?」

 

今度はゼノヴィアからの問い。アルギスに関しては俺にとって分からないがほぼ100%を占めているので転生のことのように嘘を吐く必要がないから心の底から「知らない」「わからない」が言える。

 

ていうか本当になんであいつ俺だけを狙うんだよ、全くもって意味がわからん。俺何かあいつに狙われるようなことしたか?

 

うんざりとした内心が返答に表れてしまった。

 

「それはこっちが知りたいよ。第一初対面はお前と一緒にいた時のあれだぞ…まあもしかしたら俺が記憶を無くす前に何かあったのかもしれんが…あ」

 

喋っている途中でふと思い出した。

 

「どうかしたかい?」

 

「あいつ、戦う前とか逃げる時に『あの方』とか言ってたんだ。多分そいつの命令であいつは動いてるんだと思う」

 

だとしたら俺と何か関係があるのか、それとも俺をうざったく思っているのかは知らんがアルギスが俺を抹殺しようとする理由は『あの方』にあるということになる。

 

何て言うかあいつ、多分その上司への忠誠が厚いタイプだよな。あの十字架もどきと言い。

 

アザゼル先生が髭を生やした顎に手を当てて考える。

 

「あの方、か…上司がいるってことはつまり組織で動いてるってことになるな。ならやはり『禍の団』か?」

 

「いいえ、その可能性は低いわ」

 

アザゼル先生の発言を否定したのは部長さんだった。

 

「アンドロマリウス家は抗戦時、新政府側に付いたの。『禍の団』に入る悪魔ならほぼ旧魔王派に付くだろうし、かつて敵対していた旧魔王派に味方するとは考えにくいのだけれど…」

 

「だが旧魔王派でくても各勢力のならず者も参加している。奴はその類なんじゃないか?」

 

「いえ、奴の振る舞いや発言からしてならず者といったタイプでないのは確かです」

 

戦ってみて感じたがあいつはただ暴れたいだけのならず者ではないだろう。何かしっかりとした目的があって動いている、そんな感じだ。

 

「考えれば考える程分からないな。眼魂についてはどうだ?」

 

「俺もよくわかりませんが奴は眼魂から強力な力を持った…ゴーレム?傀儡?みたいな怪人を作り出す能力を持っています」

 

奴は英雄眼魂に魔方陣をかざし、そこから何かエネルギーのような靄が発生してそれが形を変えてガンマイザーを生み出していた。

 

ぶっちゃけ今日驚いたことランキング一位はそれだ。昨日今日で散々冥界の自然、文化に驚かされたが不意打ち過ぎて軽くそれらを凌駕した。

 

すると意外にも朱乃さんがかぶりを振った。

 

「それは恐らくアンドロマリウスの力ではありませんわ。アンドロマリウスの特性は蛇と意思疎通し、操る力。それは恐らく何らかの特殊な魔法ですわね」

 

アンドロマリウスの特性って…フェニックス家でいう『不死』みたいなものか?なら部長さんの技からしてグレモリー家の特性は『滅び』ってことになるのだろうか。

 

「うーん、となると眼魂を集める目的はその怪人を量産しての戦力増強か?」

 

「…なあ、もしかしたらだけどさ」

 

会話の中に恐る恐ると言った様子で割り込んできたのは兵藤だった。

 

「お前のコブラケータイを操ってわざと呼び出した…ってあったりする?」

 

俺のコブラケータイを操る?それは一体…。

 

兵藤の発言に木場とアザゼル先生が得心がいったようにはっとした表情をした。

 

「そうか!一応コブラ…蛇の特性を持ったガジェットだからね。能力の対象にできるのかもしれない」

 

その発言を受けて兵藤の発言に疑問符を浮かべていた他のメンバーも「あっ!」と言って気付いた。

 

なるほどそういうことか!俺も分かったぞ。

 

「ガジェットを介してお前を人目のつかない場所に呼び出して抹殺、か。イッセー、お前にしちゃ良い推理をしたな」

 

…まあ本当はそうじゃないんだけど、今後奴がその手を使ってこないわけではない、ていうか使ってくるかもしれない。いい話を聞いたな。奴と相対するときはその可能性も頭に置いておくとしよう。

 

兵藤の推理が終わった後、俺の話を再開する。

 

「…一応、あいつが使役する怪人は『ガンマイザー』と呼ぶことにしてます。俺が戦った二体は槍型と気象を操る人型タイプです」

 

ガンマイザーは全部で15体。人型と武器型、そして球体型がそれぞれ5体ずつ。どれもが強力な能力を秘めており先ほど戦ったクライメット以外が相手でも苦戦は免れないだろう。

 

…でもガンマイザーのことについて詳しく喋ると逆に疑われるな。ここも黙るしかないのか。

 

 

 

…いっそ、皆に俺のすべてを打ち明けられたらと何度思ったことか。

 

でも言えない。ポラリスさんに口止めされているって言うのもある。なんでもそれが公にバレれば面倒な輩に付け狙われるぞとか脅し半分で言われた。…もうその面倒な輩に狙われている気がするが。向こうが俺のことをどこまで知っているか知らないがな。

 

それだけじゃない、俺は怖いんだ。折角掴んだ今の日常。ゼノヴィアとともに一つ屋根の下で暮らし、学校に行けばオカ研の皆と談笑し、時に敵と戦って実力と共に絆を深める毎日。もし、全てを打ち明ければそれが変わってしまうかもしれない。

 

信じてもらえないかもしれない。ポラリスさん曰くこの世界でも異世界の研究は行われているが実在は今だ確認できず空想の域を出ないものだという。人間の化学でも異形の科学でも証明できないことを話して、お人好しのあいつらでも流石に信じるはずがない。

 

それどころか俺が裏で何者かもはっきりわからないような人物と関り、挙句軽々しくその組織にまで入ったことを糾弾されるのではないか?俺が今後の皆のためと信じてやってきたことが全て、仲間であるはずの自分達よりも得体の知れない誰かを信じたという裏切りに捉えられるのではないか?

 

信頼は拒絶に変わり、異端の目で見られる俺ははじき出される。そしてポラリスさん側からも約束を守れなかったと不信の念を抱かれ、最後には居場所を失う。

 

俺はそれが嫌だ。だから俺は現状を維持することを選んだ。ポラリスさんの言う全てを打ち明ける『その日』まで待つと。

 

 

 

…おっと、話が随分と逸れた。確かガンマイザーの話だったな。

 

「気象を操るだと?煌天雷獄《ゼニス・テンペスト》かよそいつは!」

 

アザゼル先生は俺のもたらした情報に驚いた。

 

何かゼニスなんたらとかいう新しいワードが出たな。この異形の世界に出ると息を吐くように初めて聞くワードが出てくる。

 

「先生、ゼニス・テンペストって何ですか?」

 

「なんだ知らねえのかよ。そいつはお前の籠手と同じ神滅具だ。しかも13種ある神滅具の中で二番目に強いって言われてる」

 

「マジですか!?」

 

神滅具には気象を操る物もあるのか!今度先生に神滅具について詳しく聞いてみようかな。多分、あの手の人は自分の好きなことになるとめっちゃ語るタイプだろうし。自分もそうだからよくわかる。

 

「まあ神滅具はさておきだ。槍型に人型…確か、お前以前英雄眼魂は15個あるって言っていたな。なら眼魂ごとに生み出せるガンマイザーってのは違うってことになるのか」

 

「もしそうなら、残る13体も手ごわい能力を秘めていそうね」

 

まったくもってその通りです。重力、磁力、果てには時間を操る奴もいます。まあ磁力と時間に関してはまだこっちが対応する眼魂を持っているからいいんだが。特にツタンカーメンは死んでも渡せないな。

 

「そのガンマイザーっていうのに遭遇しないことを祈るばかりです…」

 

まだ見ぬ強敵の話を聞きあわあわとするギャスパー君。

 

…あれ、ギャスパー君が時間停止の神器を使いこなして禁手に至れば時間を操るガンマイザーにも対抗できるんじゃね?ギャスパー君が引きこもりを解消すれば目覚めるだろうか。少しだけど希望が湧いた気がする。

 

「ちなみにもっとその悪魔について情報はないのか?」

 

アザゼル先生がさらなるアルギスの情報を求める。

 

情報…情報か…。

 

奴との戦闘の記憶を未だ気怠さが残る脳から引っ張り出す。

 

「あー…確か格闘戦が得意ってことと…あと十字架みたいなペンダントを着けてるってことだけです」

 

あいつ十字架みたいなペンダントをつけていたな。十字の中心で二つの釘のような模様が交差している十字架。

会談でサーゼクスさんを襲ったミカエルさんの護衛も胸に同じマークがあったが…あれは組織のシンボルマークと言っていいのか?

 

「何!?」

 

突然ゼノヴィアが目を見開いて大声を上げた。

 

「悪魔が十字架だと!?羨ましいぞ!!」

 

いやそっちかよ!お前ホントに読めないな!

 

ミカエルさんがシステムをいじって悪魔のゼノヴィアとアルジェントさんでも祈れるようになったとはいえ、聖書や十字架までは触れられるようにはならなかった。流石に体質的な問題はクリアできなかったか。

 

「私もその人にきいたら十字架を触れるようになるでしょうか…!」

 

アルジェントさんもどこか期待に輝く眼差しをゼノヴィアに向けた。

 

アルジェントさんもか!?教会二人組に十字架の話はまずかった!

 

「よし!今度そいつに会ったら私とアーシアを呼べ!」

 

興奮したゼノヴィアが俺にづかづかと迫る。向日葵色の瞳が期待と希望に輝いている。

 

俺は驚きながらも冷静に返す。

 

「いや、あの十字架じゃなくてそれっぽいものだから」

 

「なんだつまらん」

 

手のひら返し速いなおい。

 

「んん!」

 

脱線しかけた話を戻し、注目を集めるためにか部長さんが咳払いする。

 

「アンドロマリウスの件はお兄様に連絡を入れておくわ。仮にも彼は貴重な元七十二柱の悪魔、雑な扱いはできない。彼の処遇に関しては政府の決定を待った方がいいわ」

 

え、倒したらだめっぽいのか?それだけ七十二柱が『元』とつくようになった今でも影響力があるってことなのか。

 

まあでもこちらとしても聞きたい情報はたくさんある。こちらとしては捕縛と言う指令になった方が都合がよさそうだ。

 

今度は朱乃さんが部長さんの話に続いた。

 

「断絶したお家の悪魔を発見したら保護するように政府が通達を出していますわ、敵対しているとはいえある程度はそのルールにのっとっておかないと」

 

「…アルギスに限った話じゃないんですね」

 

「ええ、断絶したと思われた家の血を引く者が見つかったという話は過去に何度もありましたわ。中には人間と混じって血を繋いだ家もありますのよ。…でも純血を尊ぶ貴族社会においてそうした家は元七十二柱だとしても煙たがられてしまう」

 

どこか複雑な表情で朱乃さんは語る。元七十二柱だとしても、か。純血主義の闇は深いな。

 

朱乃さんが話し終えた時だった、ギィという音を立てて自室のドアが開く。

 

「紀伊国さんもお目覚めのようですね」

 

「あ、グレイフィアさん」

 

入ってきたのはグレイフィアさんだった。まず、言わなければならないことがある。

 

「その…さっきはありがとうございました」

 

「お気になさらず。私はお嬢様方に仕える使用人として当然の行いをしたまでです」

 

グレイフィアさんはそう謙遜するが…当然の行いでガンマイザーを一撃で消し飛ばせないと思うぞ。

 

アルギスが最強の『女王』とか銀髪のクイーン・オブ・なんたらとか言ってたけどこの人、昔は相当暴れてたりしたのだろうか?

 

「さて皆様、温泉のご用意ができました」

 

そんなグレイフィアさんが用意してくれたのは、疲れ切った身にとって最高の朗報だった。

 

 

 

 

 ▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

それから後、俺達オカ研は今日一日の疲れを癒す温泉タイムに入った。

 

湯の温かさと沸き立つ仄かに白い湯気が俺の体を包み込むようにし、自然な安心感をもたらしてくれる。

 

湯に自身の体に染みついた疲れを落とさんばかりに肩までしっかりと浸かる俺は木場から会合の顛末を聞いた。

 

「といった感じだよ」

 

若手悪魔の会合。それは次代を担う名家の有望な悪魔たちの顔合わせと互いを意識しさらに高め合わせるために魔王たちが設けた場だった。

 

参加したのは6人の若手悪魔と彼ら率いる眷属。

 

元七十二柱第56位、魔王ルシファーを輩出したグレモリー家より我らが部長、リアス・グレモリー。

 

元七十二柱第12位、魔王レヴィアタンを輩出したシトリー家次期当主、会長ことソーナ・シトリー。

 

ここまでは知っている。そしてここからはまだ見ぬ強者たち。

 

元七十二柱第一位、大王バアル家次期当主のサイラオーグ・バアル。悪魔にしては珍しく魔力を使わず己の強靭な肉体で敵を打ち砕く彼は若手ナンバー1、部長さんのいとこでもあるらしい。

 

元七十二柱第二位、大公アガレス家次期当主のシーグヴァイラ・アガレス。アガレス家は俺達にはぐれ悪魔討伐の依頼を出している家だ。そんな家の未来を背負う彼女は知略に富んだ戦術が得意なのだとか。

 

元七十二柱第25位、魔王アスモデウスを輩出したグラシャラボラス家次期当主、ゼファードル・グラシャラボラス。血の気の多い彼はシーグヴァイラさんと揉め事を起こした結果、サイラオーグさんによって沈められたそうな。

 

元七十二柱第29位、『超越者』と言われる魔王ベルゼブブを輩出したアスタロト家次期当主、ディオドラ・アスタロト。会合ではほとんど関わることはなかったが優しい感じの少年だそうだ。

 

なんともそうそうたる面子。こんな中に俺がいたら場違い感が凄まじくて胃がオーバーフローしただろう。

 

湯に濡れて垂れた前髪を払う。

 

「へぇー…お前らも会長さん達も大変だな。で、会長さん達との試合に備えての修行か」

 

アザゼル先生が以前から話していたレーティングゲーム形式の試合の相手は会長さん率いるシトリー眷属だったのだ。試合までの20日間、グレモリー眷属とシトリー眷属は修行期間に入る。

 

木場が頷く。

 

「うん、明日の朝、庭に集まってアザゼル先生が具体的な修行の中身について話すらしいから遅れないようにね」

 

「当たり前田のクラッカーだ」

 

「…ゼノヴィアと仲がいいんだね」

 

ふふっと楽しそうに木場が笑う。

 

「それは当然。仲の悪い人との同居生活なんて胃がキリキリしそうなものはまっぴらごめんだ」

 

同居人は寝食を共にする人だぞ。家とは自然と安らぎをもたらしてくれる場、何故その安らぎを妨害するような人間と一緒に暮らさないといけないんだ。

 

「しかしレーティングゲームの学び舎か…」

 

会合で6人の若手悪魔たちは各々が抱く目標、夢を魔王たちの前で語った。

 

部長さんの夢はレーティングゲームに公式に参戦しタイトルを取ること。

 

次に語った会長さんの夢が意外なことに『レーティングゲームの学校を建てること』だった。

 

一応、レーティングゲームの学校は存在しているがそれはあくまで上流階級向けの物。会長さんが目指すのは階級に囚われることなく一般庶民であろうと転生悪魔であろうと通える学校だ。

 

しかし会合に居合わせた魔王を除くお偉いさんがたは彼女の夢を笑ったのだ。『転生悪魔の流入などで冥界が変わりつつあるとしても下級、転生悪魔は上級悪魔に才を見いだされ、彼らは主に仕えるのが常である。古き良き貴族社会は悪魔が悪魔たるアイデンティティーでありそれを破壊するようなものはあってはならない』と否、不可能事だと突き付けた。

 

典型的な現状主義にとらわれた政治家だという一言に尽きる。今までの歴史だって古いものの『破壊』と新しい物の『創造』の繰り返しだ、それは二度の大戦を繰り返した人間の歴史と何より旧魔王の死という『破壊』とサーゼクスさんたち新しい魔王の登場という『創造』という悪魔の歴史が証明している。

 

変化のない社会なんてものは往々にして問題を抱えている。変化を抑える力が強いだけで変化のない時の流れの中で問題は次第に膨れ上がり、やがてはちょっとしたきっかけで爆発する。どんなに強固なシステム、秩序を築き上げた社会でもこの『破壊』と『創造』の輪廻から逸脱することはできない。

 

「俺達は恵まれてるんだな」

 

この世の中、勉強のべの字も知らずその日その日を生きていくために働いたり農作物を育てたりスラム街でくすぶっている子供たちがどれほどいることか。

 

俺達が退屈に感じる日常もそんな子供たちからすれば喉から手が出る程欲しいものだ。普段あたりまえだとおもっているからこそ、本当の価値に気付けない。本当の価値に気付くにはその大切な物を失うしかない。…それが自分の家族だとしても。

 

「そうだね。…昔の同志たちに話したらきっと羨むだろうね」

 

どこか遠い目をする木場。木場も昔は恵まれた日常を知らない子供の側だったから思う所があるんだろうな。

 

「いいなぁ、お前らの会合の方がよっぽど楽しそうじゃねえか」

 

ため息交じりの声が会話に割り込んできた。振り向いた先には浴槽の縁に背を預けるアザゼル先生がいた。

 

「俺なんかずっと会談だぜ?サーゼクス達が会合に行ったら今度はミカエルとラファエルと会談さ。会談会談、ああだこうだ、大切だとわかってるけど疲れるし面白くねえ」

 

湯気と一緒に立ち昇るかのように心底つまらなさそうな顔で愚痴を垂れ流す。

 

「お疲れ様です」

 

「今のラファエルさんってどんな人…というか天使ですか?」

 

前の大戦でラファエルとウリエルは戦死、残った天使の中で多大な功績を挙げたという二人の天使がラファエルとウリエルの名を現魔王のように襲名したという。

 

現ウリエルの話はちょこちょこ聞くけど現ラファエルの話はあまり聞いたことがない。なら、本人に会ったという人に直接聞いてみるのがいいだろう。

 

「ん?現ラファエルか…あいつは先の大戦では前線に立っての戦闘より後方支援で功績をあげていた。癒しの力、そして結界。無論、戦闘に関しても相当なもんさ。あいつの防護結界は本当に硬くてな、当時は突破に相当手を焼いたもんだ」

 

アザゼル先生は昔を懐かしむような目で語ってくれた。…きっと、ラファエルだけでなく戦死したかつての仲間たちのことを思い出したのだろう。

 

なるほど、支援タイプの天使か。支援って言うのは前線でどんぱち派手にやるのと比べれば目立ちにくいがセラフクラスになれば凄まじいレベルになりそうだ。

 

「癒しの力…前ラファエルと同じですね」

 

木場も俺と同じ様に前髪を払いながらそう言う。

 

「ああ。話し出したらきりがないからここら辺で昔話はやめとくが…なによりあいつはガブリエルに匹敵する上玉だ」

 

後半の話になった瞬間、顔がややにやつきだした。

 

あ、これ兵藤と同じ顔だ。やっぱり先生と兵藤は波長が合いそうだな、エロ方面で。

 

「上玉…ってことは女性天使なんですか?」

 

「そうだ、胸のサイズに関しては負けているが本当に美人、信徒だったら速攻で拝みだすレベルさ。まったく天界は美人が多くて羨ましいぜ、いっそのことラファエルかガブリエルのどっちでもいいから堕天しねえかなぁ……」

 

アザゼル先生が先ほどとは打って変わって楽しげに語る。

 

「それミカエルさんが聞いたら怒りそうだ…」

 

セラフに向かって堕天してくださいなんて言えないだろ。てかセラフクラスが堕天使に降ったらそれこそパワーバランス崩れるぞ。

 

「ま、んなこと言ってねだったってしょうがねえわな。最近セラフたちは禍の団の対策の一方で悪魔祓いの不満を鎮めるのに手一杯だからな、あいつらもあいつらで忙しいのさ」

 

湯気に濡れた顔を手で拭う先生。丁度話が終わった時、浴場の入口の方からぺたぺたと足音が聞こえ始めた。

同時に呆れ気味な声も聞こえ始める。

 

「ギャスパーお前バスタオルで胸を隠さなくていいだろ、何がそんなに恥ずかしいんだよ!?」

 

「…でも、恥ずかしいです…」

 

兵藤とギャスパー君だ。兵藤の奴は最初は俺達と一緒に入っていたのだが、女装趣味からか裸の付き合いを躊躇して入口で何をすることなくただうろうろしているだけのギャスパー君に業を煮やして説得しに行ったのだ。

 

「やっと来たか」

 

ややうんざりげな先生の呟き。

あいつらが近づくにつれて沸き立ち充満する湯気で隠れていた二人の姿が露わになる。

 

うをう、ギャスパー君胸までバスタオルで隠してるな。女装趣味もここまでくると筋金入りだな。

 

「イッセー先輩、僕をそんな目で見ていたんですか…?」

 

「だぁーやめろ!俺を変な世界に引き込むなー!」

 

兵藤の心からの叫び、なんと豪快にもギャスパー君を抱え上げそのまま勢いよく湯船に放り投げ…た!?

 

ザッパァァァン!!

 

落下した地点に大きく音と飛沫が立つ。

 

「あちちちち!!イッセー先輩酷いですぅ!!」

 

すぐさま湯からギャスパー君が飛び出す。

 

…今のは流石に可哀そうかな。あとでフォローするか。

 

兵藤も後を追うように飛び込むように湯船に飛び込んだ。

 

「お前元気だなぁ、俺ははしゃぐ気力もないよ」

 

怪我が治ってもまだ体がだるくてかなわん。早く元気になりたい。

 

「お前はゆっくりして今日の疲れを癒せばいいんだよ、明日から修行だぞ?お前が疲れを落とせない間にお前を追い抜くからな!」

 

「随分と気合入ってるな」

 

「ああ。俺はこの修行できちんと禁手に至って…皆の役に立ちたいんだ。ライザー戦のようなことになるのは二度とごめんだ」

 

その時俺はあいつの目に熱く、固い決意が宿っているのが見えた。

 

ひたむきなお前ならきっと至れるさ。お前はルシファーの血を引いてかつ白龍皇のヴァーリをあと一歩のところまで追いつめた男だろう?お前ならきっとできる。

 

「そうだイッセー、こっち来い」

 

いきなり話に割り込むアザゼル先生がひょいひょいと手で合図を出す。

 

「お前は…リアスの胸を揉んだことがあるか?」

 

「はいっ!この手でしっかりと!!」

 

なんつー会話をしているんだこの二人は。

 

「なら乳首を押したことは?」

 

「ッ!!?」

 

兵藤にまるで雷に打たれたかのような衝撃が走る。まあ実際俺、雷に打たれたけど。

 

「そ、それは…ないです」

 

「なら押して見ろ、あれはな…ブザーだ」

 

「ブザー…ですか?」

 

「ああ…ここから先はお前の目と耳で確かめろ。きっとわかる」

 

何てあほな会話をしてるんだ、これは二人の世界に入ったな。巻き込まれないようにそーっと離れるか…。

ゆっくりと気取られないようにアザゼル先生たちから離れる。

 

「悠、お前はどうだ?ゼノヴィアに迫られたことがあったらしいじゃないか」

 

「えっ!?」

 

突然背にかけられた声にビクンとなって動きが止まった。堕天使総督の目は欺けなかったか!てか誰にそんなこと聞いたんだ!?

 

「い、いやありませんよ!?何もそんな卑しいことなんて…」

 

上ずり気味な声で返す。いやー、あの後も何度か迫られかけたことはあったけどノータッチ…何もしてないからな?

 

しかし俺の言を信じないアザゼル先生が追及する。

 

「嘘つけ!年頃の男女が一つ屋根の下で暮らしたらやることなんて一つしかねえだろ!」

 

「お前ゼノヴィアのあの調子なら絶対卒業まで持っていけるだろ!男なら獣になれ!」

 

兵藤まで…この野郎!

 

「うるせぇ!やってないつったらやってないんだよ!!それになぁ!そういうのはちゃんとした段階というものをだな…」

 

もし一回でできてしまったりしたら…そんなことになったら俺責任取り切れないぞ?向こうはそれでもOKそうだけど。

 

それでも…男だからちゃんとした恋愛とかそういうのをしてみたいって気がある。でも前世はそういうのに全く縁のない学校生活だったからまるで自信がない。

 

「…お前案外ピュアなとこもあるのか…これは意外だな」

 

アザゼル先生が意外そうな目で見てくる。案外ってなんだ、俺って普段どういうイメージを持たれてるの?

 

「じゃあお前もついでに聞いてけ、聞いて損はないさ」

 

「…わかりましたよ」

 

渋々アザゼル先生の方に寄る。

 

「いいかお前らよく聞け!おっぱいにはな…無限の可能性があるんだよ!!」

 

「無限の…可能性!」

 

アザゼル先生の言葉に兵藤は瞠目する。

 

女性の胸の可能性は…無限大だ!!

 

…ごめんなさい、二人のテンションにのせられて悪乗りが過ぎました。

 

「ああそうだ!それは『無限』と称されるオーフィスを超える!俺はそれにはまって堕ちたが…一点の後悔もないッ!!お前らも女性の胸に…無限の可能性に触れてみろ!!そこに世界の真理はある!!」

 

勢いよく立ち上がって力説する先生。その一言一句、動作にすら熱い魂が込められていた。

 

もうやだこの人。明日からの修行、この人の指示に従って大丈夫なのだろうか。

本気で心配になってきた。

 

隣で兵藤が立ち上がる。

その表情に浮かぶは感動、その頬につたうは涙。

 

「先生…俺、やります!!」

 

〔Boost!〕

 

こいつ感動してやがる!!てか温泉で神器を起動して何をする気だ!?

 

「耳に『譲渡』して向こうの女湯の声を聞く」

 

俺の心を読んだかのように的確に答えやがった。お前、なんて凛々しい声で最低なことを言うんだ…。

 

ちなみに女湯はこの男湯と壁を隔てた向こう側にある。たまに向こうの会話も聞こえたりはするが湯の流れる音にかき消されてほぼ聞こえないようなものになっている。

 

「ほう、覗きか。だがそれじゃあ三流もいいところだ」

 

「じゃ、じゃあどうすればいいんですか!?」

 

「男なら…」

 

アザゼル先生は素早く腕を掴んで…。

 

「混浴さ!!」

 

兵藤を高く放り投げた。

 

…えっ。

 

宙を舞う兵藤は綺麗に放物線を描いて男湯と女湯を隔てる壁を越え、数秒後にザッパァァァンという飛沫の音が聞こえた。

 

「兵藤…お前はいい奴だったよ…」

 

数分後には覗きに厳しい塔城さんに見るに堪えないレベルでぼっこぼこにされて送り返されるんだろうな。

 

壁の向こうにいるあいつに向けて合掌した時。

 

『折角だ、悠!』

 

「!?」

 

こっちにもはっきり聞こえるくらいの声量でのゼノヴィアの声が聞こえた。

 

俺か!?なんか嫌な予感しかしないが…。

 

『お前もこっちにこい!』

 

「いや行かねえよ!!」

 

渾身のツッコミが、広い浴場にこだました。




おまけ サブキャラの集い in cafe パート3

「なんというか、珍しい面子ね」

コーヒーカップをテーブルに置く綾瀬が卓を囲む面々を見て言う。
この場に集まったのは飛鳥、綾瀬、藍華、元浜、松田の5人だ。

普段の学校ではそれに加えて一誠、悠、アーシア、ゼノヴィアも加えて行動している場面が多い。

眼鏡をくいっと上げながら元浜が言う。

「普段はオカ研組もいるからな」

「でもやっぱりあいつらがいないと物足りない気もするな…」

「…ところで、オカ研組は何をしているの?」

話を切り出したのは藍華。周りは知らないと言わんばかりに首を横に振る。

「僕もよう知らんわ。…けど、悠くんから『地獄に行ってくる』なんてメールだけは来たなぁ」

自身のスマホを操作してそのメールを見せた。メールに書かれた言葉はたったその一言のみである。

「そういえば」と話を切り出したのは綾瀬だった。

「よく考えてみたら私たちってあまりオカルト研究部の活動内容を知らないわよね、去年の学園祭で出し物をしていたけど」

「確かにそうだな!思えば学園の人気者が集うってところばかりに気がいってたな」

皆もうむうむと頷く。

「せやな~、いっそ今度本人に訊いてみいひんか?」

「ほう、それのついでに憧れのリアスお姉さま方とお近づきになる方法も…!」

裏心ましましのにやついた表情を浮かべる元浜。

「あんたたちがお近づきになったらさらに周りの目が厳しくなりそうだからやめといた方がいいわ」

「そうね、こういうのは遠巻きに見るからこそいいのよ」

それを藍華と綾瀬が諫める。

「むう…二人がそこまで言うなら仕方ないな…」

渋々ながら引っ込む元浜。

飛鳥が更なる話題を切り出す。

「せや、折角やから本人がいない今だからこそできる話っちゅうもんをしてみいひんか?」

「お。面白そうじゃない」

「んじゃ、誰から始める?」

「まずはだな…」

楽し気な雰囲気の中、5人が話題に選んだのは…。





実はポラリスの方をオカ研より優先してしまっている悠。後に痛い目を見る原因になります。

アンドロマリウスが断絶している設定は原作者ブログの裏設定より。アンドロマリウスは七十二柱最下位の悪魔です。

D×Dって亜種の禁手に至った奴がほとんどだから逆に正規の禁手がどんな能力になるのか気になる。忘れがちだけどイッセーやヴァーリも一応正規の禁手に目覚めてから極覇龍や真・女王という異例の進化を遂げてますからね。

予告します、次回はゼノヴィアと悠のベッドシーンから始まります(ニヤリ)。

次回、「修行開始」


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第44話 「修行、開始」

ふと思いついてしまった15の英雄眼魂ではなく13の神滅具Verのグレイトフル魂。…リゼヴィムと滅茶苦茶相性悪そう。

ついに明日発売、真D×D2巻、堕天の狗神3巻。そういえばリントは誰の転生天使なんだろう。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
1.ムサシ
3.ロビン
5.ビリーザキッド
7.ベンケイ
11.ツタンカーメン
13.フーディーニ


その日の夜、ベッドに身を預けながら組んだ両手に頭を乗せる俺は何をするわけでもなく天井を眺めていた。

 

カーテンから微かに漏れる月明かりが仄かに室内を照らす。本来冥界に太陽や月はないのだが転生悪魔の登場によって政府が彼らに配慮する形で似たものを作り出し、人間界と同じ様な環境を再現したのだとか。

 

こういう所を見ると魔法技術で発展した悪魔と機械技術で発展した人間との違いがよく出ているとつくづく実感する。人間にはまだこういうのはできないからな。

 

「なあ」

 

「どうした?」

 

天井に投げた視線をそのままに隣にいる人物に話しかける。…まあ、今俺と同じ部屋にいるのなんてパジャマ姿のゼノヴィアしかいないが。

 

彼女にも専用の部屋があてがわれたが一人で使うには広すぎると言って俺の部屋に転がり込んできたのだ。

まあ俺も似たようなことを考えていたし、さっきまでトランプで遊んでいたりと楽しい夜を過ごせて気持ちのいいものだから気にするようなことではない。

 

「一つ訊いていいか?」

 

この何となくいい感じの雰囲気に任せて聞いてみるか。

 

普通、仲間とはいえ子作りしようなんて相手に言うか?それはどんなに浮世離れしたゼノヴィアと言えども流石にオープンすぎるしまずない…と思いたい。

 

オカ研のほとんどの女子が兵藤にぞっこんな中なぜゼノヴィアはそうでもないのか…。別に二人の仲が悪いってわけでもなさそうだ。部活や休み時間で二人で話してるところもよく見かけるしな。

 

それに最近、兵藤の家が大きく増築されオカ研女子は結束を高めるため兵藤の家に住むようにとサーゼクスさんから話があった。向こうに住んだ方が温泉もあったりと生活環境も快適だろうし仲のいいアルジェントさんとも暮らせる。こっちで二人で暮らすより大人数で賑やかな方が楽しいだろうに。

 

何で魔王の話を蹴ってまで俺の家にいてくれるんだ?

 

「何でも訊いてくれ、ルシファードのことか?」

 

「いや…あ、でもそれも聞きたいな」

 

冥界の魔王領といったらそれは日本で言う東京都とかそんな感じだろう?ちなみに冥界の悪魔側の中心となる都市はリリスとかいうらしい。

 

「っていうかお前、どうしてそんなに俺に…その…あ…えっと…」

 

雰囲気の力を借りても中々思うように口に出せない。

 

「何か言いにくいことでもあるのか?」

 

「えっと…あの…どうしてわざわざ俺の家に住み続けるんだ?一応、オカ研の女子が皆兵藤の家に住んだのもサーゼクスさんの話があったからなんだろう?」

 

ああダメだ、上手いこと口に出せなかった。

 

ゼノヴィアは一瞬ぽかんとした表情を浮かべる。が、すぐに持ち直して話し出した。

 

「…コカビエル戦を覚えているか?」

 

「え、ああ。そりゃもちろん」

 

あの戦いがあったからこそ今の俺がある。あれは俺の原点…といっても過言ではない。

戦う覚悟だったり、今の和平推進大使もあの戦いを経たからのものだ。

 

…しかし、いきなりなんでその話を?

 

彼女はどこか影のある表情で語る。

 

「あの時、目の前で主の不在を明かされた私は心底ショックだった。目の前が真っ暗になって自分の中の大切な何かが砕けたような気がした。…いっそこのまま死んで主のもとに行けたらいいとも思ったよ」

 

…そうだったな、俺はコカビエルがカミングアウトした時絶賛逃走中だったから人伝にしか聞いていないが。

 

てかおい、お前自殺なんてこと考えてたのかよ。確かキリスト教では自殺は禁じられている…か、そうでなくとも戒められてるんだっけか?…でも、その根幹を成す聖書の神が死んでるからそれもほぼ意味を成さなくなってしまった。

 

それもあってそのような考えに達してしまったんだろう。信徒でない俺には当時の彼女のショックは計り知れない。

 

「でも心身ともにボロボロの私をお前は守った、そして『生きろ』とまで言った。最初はお前を憎いとすら思ったね。殉教を邪魔したお前を今すぐにでもデュランダルの錆にしたいと」

 

「えっ」

 

お前あの時そんなこと考えてたのか!?俺あの時頑張ってコカビエルと戦ってた後ろでそんな怖いこと考えてたの!?流石に伝説の聖剣でぶった切られるのは勘弁だな…。

 

俺の反応を見ていたずらっぽく笑った。

 

「昔の話だよ、私はコカビエルを倒した君の姿を見て…心を奪われたのかもしれないね」

 

「いっ!!?」

 

思わず飛び跳ねる勢いで上体を起こしてしまった。

 

お前…そんなにストレートに言う!?こんな恋愛経験なんて微塵もない俺はこんなときどうすれば…!?

 

「それだけじゃない。悪魔に転生し、行き当たりばったりの中での決断に後悔を抱いた私を前向きにさせてくれた。挙句、ミカエル様に再びお祈りができるよう直談判ときた」

 

それも確か一週間ちょっと前のことだったな。

 

あの時はいつもは豪快に俺を振り回して、笑う彼女の暗い顔が見てられなかった。ミカエルさんの件は…タイミング的にもちょうどよかったしこのチャンスを逃すまじという一心でやったことだ。

 

「教会にいた時、愛とか恋とか口うるさく説いていた同僚が『誰にでも運命の人がいる』なんて言っていた。その時はくだらないとしか感じなかったが…今になって分かった気がする」

 

「?」

 

「私はお前に三度も救われた。ふふっ、これを『運命の人』と呼ばずして何という?」

 

…おいおい、こんな可愛らしい笑顔を向けられたらドキドキするじゃないか。

 

あの、もしかして、もしかしなくてもこれってゼノヴィアが俺に惚れて…。

 

あ、やばい、だめだ何か胸がドキドキしてきた。心臓がドックンドックンしてる。

 

「いや…そのお前、俺はお前に隠し事をしてるんだぞ?そんな胡散臭い奴を『運命の人』なんて…」

「お前が仲間思いな奴だってことはわかってる。もう一か月近くはお前と暮らしてるんだぞ?お前が隠し事をしてるのも、やましいことだから言えないのではなく私たちのことを思ってのことだろう?」

 

「……!」

 

なんで…なんでそんなに俺のことを信じてくれるんだよ…?

 

今まで彼女の行動が読めず度々振り回された中で、一番わからない。

『どうして』と言う疑問が俺の脳内を埋め尽くす。

 

「この際、お前が何を隠しているのかは聞かない。…でもこのままお前に助けられっぱなしなのはデュランダル使

いとして許せん」

 

おもむろに手を動かし、俺の手を取った。彼女の手の温かさが伝わってくる。

 

「だから私を信じてくれ、お前があの時の私のように壁に当たって絶望した時は私の手を迷わず取ってほしい。私は考えるのは苦手だからお前の前に立ちふさがる壁を豪快に切り倒すことしかできない。だから…」

 

狼狽に揺らめく俺の瞳を彼女の真っすぐな性格を表すように真っすぐ見てくる。

 

「お前が救った仲間を、信じろ」

 

「…ッ!」

 

その真っすぐな目と真っすぐな思いを乗せた言葉がどこまでも俺の心に突き刺さる。

 

最近の俺の行動に思う所はあるはずだ。なのにあえて聞かず、愚直なまでに俺を信じてくれる。

彼女なりの配慮が逆に俺の心を苦しめている。

 

どうしてこんなにいい仲間に隠し事なんてできる?今まで心の奥に封じ込めてきた罪悪感が疼く。

疼き、暴れ、やがて内に秘めた罪悪感は出口を求める。

 

約束も何かも忘れて、俺は衝動に駆られるまま口を開いた。

 

「…ゼノヴィア!お、俺は!」

 

意を決して打ち明けようと口を開いた瞬間、彼女は寝返りを打って背を向けた。

 

「私はもう寝る。明日は朝早い、お前も早く寝るんだぞ」

 

「えっ、あ、ああ、うん…」

 

うおい!!?折角色々話そうとしたのにそれかよ!!やっぱお前はお前だな!

 

それっきり言葉が返ってくることはなかった。呆気に取られてそのまま一分近くベッドの上でそのままの態勢で固まった。

 

…実はまた迫られるんじゃないかとちょっと期待してた自分がいたり。

 

 

 

 

 

翌朝、目覚めたらベッドの外の冷たい床で寝ていたことに気付いた。

そしてベッドの上で一人で寝ている彼女の寝相を見て察した。

 

蹴り落とされた…。

 

 

 

 ▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

来たる朝、本邸の庭に集合したオカ研。

アザゼル先生を含めた全員がジャージ姿でアザゼル先生の前に並んでいる。

 

皆、これから始まる修行に向けて気を引き締めているのがしっかり表情から窺える。

かく言う俺もその一人だが。

 

「よーし、点呼するぞ」

 

資料を手に持つアザゼル先生が点呼を始める。

 

「リアス」

 

「はい」

 

「イッセー」

 

「はいっ!」

 

「朱乃」

 

「…はい」

 

「小猫」

 

「はいっ」

 

「木場」

 

「はい」

 

「アーシア」

 

「はい!」

 

「ゼノヴィア」

 

「ん?」

 

「ギャスパー」

 

「はいですぅ!」

 

「最後に悠」

 

「はい」

 

それぞれの個性を反映した返事が返ってくる。

何か昨日一昨日とは打って変わって塔城さんの気合が入ってる。

 

結局、なんで落ち込んでたんだろうな。本人に聞こうとしても「ほっといてください」の一点張りで何もわからずじまいだった。…今は修行があるから気持ちを切り替えただけなのか?

 

「うっし、全員集合だな」

 

「…点呼する意味あったのかしら?」

 

「つれねえな、たまには俺に先生らしくさせろよ」

 

ちなみに学校ではアザゼル先生は化学担当だ。要点をきっちりとらえた授業内容とちょい悪でフランクな姿が生徒に人気だ。

 

ふっと笑みを消して、真剣な表情に切り替える。

 

「それじゃあ今からお前らのトレーニングメニューを発表する。これは試合に備えたものでもあるが将来的なものも見ている。すぐに効果の出る奴もいるがじわじわと出てくる奴もいるだろう。だが方向性を間違いさえしなければお前らは一級品のダイヤモンドになれる。俺が保証しよう」

 

おお、堕天使総督から見てもこの面子はすごいのか。まあこいつらが凄くないわけがないよな。デュランダルだったり聖魔剣だったり赤龍帝だったりグレモリーの次期当主だったり。それで凄くないっていう奴は余程の無知か、余程自分の腕に自信があるかだ。

 

「まずはリアス」

 

最初は部長さん。

 

「お前は基礎トレーニングをこなしつつ過去のあらゆるレーティングゲームのデータを頭に叩き込め。詳細はこれに書いてある」

 

そう言って早速書類を手渡した。

 

「…特別なトレーニングはないようだけれど」

 

サッと目を通した部長さん、怪訝そうな声色で漏らした。

 

「ああ。お前は魔力も才能も身体能力も高スペックの上級悪魔、だから戦闘に関しては基礎トレーニングをこなしさえすればほぼほぼ問題はない。だがお前はグレモリー眷属を率いる『王』だ」

 

「…」

 

「リーダーに求められるのはその場その場の状況を的確に分析する判断力、苦境を打破する思考力、そして機転だ。眷属の持ち味を活かすも殺すもお前次第なんだよ、だからお前はそっちを重視で鍛えなければならん。だがゲームは戦場と同じで何が起こるかわからないってのもよーく覚えておけ」

 

なるほど、レーティングゲームは実戦と違って様々なルールが適用される『ゲーム』。中にはゲームを一種のチェスだととらえる悪魔もいる。状況に応じて適した眷属を適切に動かすことが彼らを指揮する『王』には求められる。

 

今後、レーティングゲームの公式参戦も目指す部長さんにとって大きな20日間になりそうだ。

 

「次、朱乃」

 

次に呼ばれたのは朱乃さん。険しい表情はこれからの修行に気を引き締めているようにも単に不機嫌そうなだけにも見える。

 

「お前は自分に流れる血を受け入れることからだ」

 

「…!!」

 

明かされたトレーニングの内容に動揺、怒りすら感じる表情と言う反応を返した。

 

アザゼル先生が来た時の話もそうだけど、やっぱり朱乃さんって堕天使関係で何かあるのか?

 

「フェニックス戦を見たぜ。何だあの様は?堕天使の力を解放し、光の力を使っていればあの『女王』は難なく倒せたはずだ」

 

呆れ半分で語るアザゼル先生。

 

…え、もしかして朱乃さんって堕天使だったの!?

俺初耳なんだが!

 

周りを見るとびっくりしてるのは俺とゼノヴィア、アルジェントさんだけだ。…ん?あれ兵藤知ってたのか?

 

「私はっ!あの忌々しい力に頼らずとも…!!」

 

「だからお前は強くなれないんだよ、お前のそのプライドこそがお前を弱くしているんだ。これから『禍の団』との戦いは激化する。戦場はお前のつまらない意地で生き残れるような生易しい場所じゃねえぞ」

 

朱乃さんの嫌悪感に満ちた訴えをアザゼル先生は厳しく突き放す。堕天使嫌いの堕天使…いや悪魔?堕天使?朱乃さんってどっちなんだ?

 

「お前はこの20日間で『雷の巫女』から『雷光の巫女』に進化して見せろ」

 

それを最後に朱乃さんも怒りの矛を渋々ながらも鎮めたようでそれっきり喋ることはなかった。

 

「よっし、木場」

 

次は木場だ。会談の時こいつの戦いっぷりを見たが上手いことスピードを活かし、自分の間合いに持ち込んだりしていて特に問題点がなさそうに見えるが…。

 

「お前は禁手の維持時間を伸ばすことだ。まずは一日、今度は実戦形式で一日、これを繰り返してどんどん時間を伸ばす。剣術は…確かサーゼクスの『騎士』にしごいてもらうんだったな」

 

「はい、師匠に一から指導してもらいます」

 

凛々しく頷く木場。

 

禁手の維持時間…つまりどれだけ聖魔剣が使えるかってことだな。もしかしてアザゼル先生から見てもそれ以外に目立った問題点がなかったりする?

 

ていうか待て、木場に師匠がいたの!?しかもその師匠が魔王の眷属…って、眷属内で俺の知らない情報多くないか?

 

アザゼル先生の視線がゼノヴィアに移った。

 

「ゼノヴィアはデュランダルの威力向上を目指せ」

 

「威力だと?デュランダルを制御するのではないのか?」

 

「ああ、その方がお前の性にも戦闘スタイルにもあっているだろう?勿論近接戦でも問題なく扱えるようある程度制御には挑戦してもらう。禍の団には剣豪だってごろごろいる、そんな奴に剣に振り回されたまま近接戦に持ち込むのは危険だ」

 

確かに、こいつは小手先の技を使うタイプじゃないな。それに何でもぶった切るデュランダルの火力は殺さず追求する方が戦い方としてはベストだろう。

 

「聞いたか木場!?やはり私にはパワーを極めるべきなんだ!!」

 

アザゼル先生の話を聞いて木場に向かってどうだと言わんばかりにドヤ顔をし始めた。

 

…最近、木場に『騎士なんだからもうちょっとテクニカルに動いてくれ』って言われたばかりだもんな。会談の時もいきなりデュランダルを解放してたし。

 

「…ハァ」

 

木場もやれやれと頭を抱えだした。

 

「それとお前にはもう一本使ってほしい聖剣がある。それに慣れながらデュランダル使いとしてランクアップを目指せ」

 

「了解だ、聖剣使いとして腕が鳴るね」

 

そう言って彼女は自信満々に笑む。

 

「次にアーシアだが…」

 

「イッセーさんと同じ禁手ですか?」

 

あ、言われてみればアルジェントさんの神器も禁手があるはずだよな。ヴァーリや兵藤のせいで神滅具の禁手はすごい!ってのに目が行きがちだけど普通の神器だって木場の『魔剣創造』が聖魔剣になったように禁手になれるはずだ。

 

しかしアザゼル先生は首を横に振った。

 

「いや、お前の場合禁手になってもあまり意味がない」

 

「えっ、どうしてですか?」

 

「『聖母の微笑』の禁手は治癒能力の拡張だ。だがお前の神器は様々な実践を経たことで他の『聖母の微笑』使いを超えた治癒のレベル、回復速度になりつつある。つまりは禁手にならずとも十分な治癒効果を発揮しているってことだ。だから今回は治癒能力の新しい使い方を編み出すのさ」

 

「新しい使い方…」

 

「例えばだ、今までは負傷者のもとに行ってその怪我に直接治癒のオーラを当てていたわけだが…例えばゲームでヒーラーが攻撃が飛び交う前線に出るのは危険だよな?あいつらは大体後ろに下がってそこから支援魔法をかけたりしている」

 

アザゼル先生、ゲームをやらないアルジェントさんにその例えは通じないと思うぞ。でも確かに言われてみれば今のアルジェントさんの回復方法ってあまり効率が良くないな。

 

アザゼル先生の言わんとしていることにいち早く気付いたのは兵藤だった。

 

「あ!もしかして治癒のオーラを飛ばせたりするんですか!?」

 

「正解だ、一応俺達のデータでは全身から癒しのオーラを出して周囲の味方全員を回復することもできると出ているが…アーシアの場合、それをやると『優しさ』故に敵ごと回復してしまう可能性が高い。なら多少回復の力が落ちても確実に回復する方をできるようにするってことだ」

 

おお!それならアルジェントさんのカバーもある程度気にしなくて済むな。今まで前線で負傷した俺達を回復するには危険な前線まで行かなければいけなかったがこれで問題も解消だ。

 

てか全身から癒しのオーラなんてこともできるのか!そこまで調べてるなんて、流石グリゴリは神器に関しては餅は餅屋だな。

 

「ギャスパー」

 

「はいいい!!」

 

ギャスパー君はビクンと跳ね上がる勢いで返事する。

 

「お前は専用の引きこもり脱出プログラムを組んだ。この20日間で段ボール生活とおさらばしろ。折角希少な神器を持ってるってのに引きこもりで前に出ないってのは流石にもったいねえ」

 

20日間で引きこもり脱出かーい!他の面子がしっかりした内容だっただけにイマイチな内容に思えるが…でも引きこもりを引きずってると今後に響きそうだ。

 

「そして…小猫」

 

「はい」

 

静かながらも気合の入った一声。この中で一番気合が入っているとしたら間違いなく塔城さん、そう思うくらいの意思の強さと言うものを感じる。

 

「お前も朱乃と同じだ。自分の内にある力を受け入れろ」

 

「っ…」

 

さっきまでの気合が挫かれ、朱乃さんと同じ不満げな、しかし怒りではなく恐れの入り混じった表情を見せ始めた。

 

塔城さんもレアキャラだったりするのか?…というよりさっきから仲間内で隠し事や知らないことが多すぎて俺は悲しいぞ。あまり俺も言えた口ではないが。

 

「赤龍帝のイッセー、聖魔剣の木場、デュランダルのゼノヴィア。攻撃力特化の『戦車』のお前は『戦車』でない三人に大きく劣っている。自分の力を受け入れ、モノにしないと今後足手纏いになるぞ」

 

「…はい」

 

厳しい言葉に益々気合は失われていき、ついには昨日と同じくらいのテンションに戻ってしまった。

 

「大丈夫だって!小猫ちゃんなら速攻で強くなれるさ」

 

そんな彼女を元気づけようと笑って肩をたたく兵藤、しかしその手はパチンという音を立てて弾かれる。

 

「軽々しくそんなこと言わないでください…ッ!」

 

それはいつものように物静かな塔城さんの姿ではなく、悩みという壁にぶち当たり苦しむ一人の少女の姿だった。

 

…ここまで感情を露わにした塔城さんは初めて見た。

 

何というか、戦闘的な面でも精神的な面でも俺達がまだまだ問題を抱えたチームだということを強く認識させられた。今まで表に出さなくても大丈夫だったものをアザゼル先生がどんどん掘り上げていってる感じだ。でもそれを乗り越えた時、俺達はもっと強くなっているはずだ。

 

「待たせたなイッセー。次はお前だ」

 

「はいっ!」

 

指名に兵藤の表情が緊張からか硬くなる。

 

「お前にはとっておきのコーチを用意した。向こうの山でしっかり鍛えてもらい、禁手に至れ」

 

やっぱり兵藤は禁手か。会談の時みたいにグリゴリ謹製のリングがあれば一定時間至れるようだが多用すれば正式な禁手に至れなくなるらしいからな。

 

それにヴァーリ戦を考えれば禁手は必須だろう。赤白対決、しっかり赤が勝ってくれよ。

 

「は、はい…?」

 

兵藤が怪訝な声を上げる。

 

「そろそろ来るはずだが…」

 

そう言ってアザゼル先生が宙を仰いだ。

 

数秒後、俺達に向かって飛んでくる影が見え始めた。次第にそれは大きくなり…。

 

あれ、デカくないか?ていうかあのフォルムは…ドラゴン!?

 

やがてそれは緩やかに降下し、砂煙を上げて地面に着地する。

 

赤紫の鱗、頭部に生えた角のついた湾曲をした大きな角、背に生やした大きな翼、筋肉のしっかりついた逞しい人型のフォルムをした巨大なドラゴン。

 

その場にいるだけで圧倒される存在感を放つドラゴンが腕組み、俺達を舐めるように見下ろした。

 

「ド、ドラゴン!?」

 

「すごく…大きいです…」

 

…俺、この世界に来て悪魔や堕天使はたくさん見たのにちゃんとしたドラゴンは初めて見た。本当にすげえ、こんなのと対峙して戦える物語の主人公ってすごいんだなとしみじみと思う。

 

二天龍?あれは封印されてるしそこまで姿もドラゴンっぽくないしノーカンだ。

 

やがてドラゴンが獰猛な牙を蓄えた顎を開く。

 

「ここに来るのは久しいな…アザゼル、よくもまあ堕天使の頭がぬけぬけと悪魔の領域に居れるものだな」

 

「ちゃんとサーゼクスの許可を取ってるからいいんだよ。それはいいから知らない連中のために軽く自己紹介でもしてやれ」

 

ニヤリと口の端を上げフンと鼻を鳴らした巨大ドラゴンの顔が俺達に向いた。…って、普通に喋れるんかい。

 

「初めましてだ、リアス嬢の眷属たちよ。俺の名はタンニーン。元六大龍王の一角で今は最上級悪魔をやらせてもらっている」

 

堂々たる眼前にそびえる龍の姿に誰もが息を呑んだ。

 

「龍王で最上級悪魔かよ…!」

 

最上級悪魔って区分で言えば多分、魔王の次に偉い階級だろう?とんでもないコーチを連れてきたな!

 

…あれ、んん?龍なのに悪魔?それに。

 

「六大龍王…?」

 

前にヴリトラが五大龍王だという話は聞いたけど、どういうことだ?最近になってまた増えたのか?

 

「ヴリトラ達五大龍王は元々タンニーンを入れて六大龍王だったんだが、こいつが悪魔に転生して抜けたことで五大龍王になったのさ」

 

俺の内心を見透かしたがごとくアザゼル先生が解説してくれた。

 

龍王が悪魔になるって、そんなことできるのか…。それに最上級悪魔ってことは上級悪魔の部長さんより上ってことになるのか。元龍王の転生悪魔、悪魔って色々いるんだな…。

 

俺達を見下ろすタンニーンさんの視線が兵藤…の左手に向いた。

 

「む、ドライグか。久しいな」

 

『ああ、何百年ぶりだ?』

 

兵藤の左手の甲から丸い緑色の光が点滅し、親し気に会話を交わす両者。しかし天龍と龍王の会話って中々レアな光景を目にしているな。

 

「さてな、それよりまだティアマットに追いかけられているのか?」

 

『相棒の前でその話は勘弁してくれ…』

 

お、ドライグにもなにか隠したいことがあるんだな。あの天龍にそこまで言わしめるティアマットって人とどんな関係が…?

 

「『魔龍聖《ブレイズ・ミーティア・ドラゴン》』タンニーン。口から放たれる火の息は隕石の衝撃にも匹敵すると言われている。ドラゴンの修行と言えば元来より実戦あるのみだ。しっかり鍛えてやってくれ」

 

「うむ、ドライグを宿すものを鍛えるとはな…生きていれば何が起こるかわからないものだ。覚悟しておけ少年、私のしごきは優しい物じゃないぞ」

 

『ある程度加減はしてくれ、想像以上にうちの宿主は弱くてな。お前が本気を出せばあっという間にお陀仏だ』

 

兵藤…お前、死ぬんじゃないか?ブレイズ・ミーティア・ドラゴンとか元龍王とか最上級悪魔とか聞くだけでおっかない称号をたくさん持ったドラゴンに鍛えてもらえるなんて、そりゃ強くなれるだろうが結果が出る前に死ぬだろ…。しかも隕石並の攻撃力を持っていると来た。

 

軽く心の中で合掌した。もし生きて帰ってきたらミルクでも奢ったやるか。

 

話も程々にアザゼル先生の視線が俺に移った。

 

「最後に悠」

 

「はい」

 

ついに来た。緊張で胸が高鳴る。最近ヴァーリやアルギスにやられっぱなしだからな、ここらでしっかり鍛えて強くならないと。

 

一体どんなメニューが…?

 

「お前は実力以外にも知識を身につけなければならん、取り敢えずメジャーな神器や武器の名前と能力、それから各勢力の有名人の名前はあらかた言えるようにはしないとな」

 

つまり勉強か…。でも神器に関していえばヴァーリ戦で役に立つはずだ。一応推進大使なんて役職を貰ってるから有名人の顔と名前を覚えるくらいはしないとな。

 

「それで戦闘方面だが…ゲームに参加するわけでもないし、正直に言ってお前には他の連中のようにこれと言った問題点はない」

 

「え、そうですか?」

 

意外だな、今までそれぞれの問題点を突いたメニューが多かったから俺も何かしら痛いところをつつかれると思っていたが。

 

「ああ、眼魂を入れ替えて遠中近全てで立ち回れるお前さんは相当なもんだ、しかもまだ俺達に見せてない眼魂もあるときた。無理に新しい戦い方を増やす必要はないだろう」

 

…つつかれるどころか褒められたんだが。まあ確かにまだこっちの手に来たことのない眼魂が英雄眼魂だけでも7つほどあるからな。

 

「だがそれは眼魂があればの話、お前の戦い方は悪く言うなら眼魂頼みだ。今後アルギスに眼魂を奪われた時のことも想定しなければならん」

 

確かに、明確な目的はわからないが眼魂を狙う敵が現れたということは今後、手持ちの眼魂を奪われる可能性が出たということだ。最悪、全ての眼魂を奪われる可能性もある。

 

実はアザゼル先生に解析してもらったところスペクター眼魂には俺自身の魂が宿っていることが判明した。

つまりスペクター眼魂の破壊は俺の死を意味するということだ。奪取された場合は魂が抜け、多くて三日で魂と肉体のリンクが途切れ、天に召されることになる、らしい。

 

らしいというのはあくまでアザゼル先生の解析による結果で、実際はどうなるかはわからないが解析通りの結果になるだろうという見積もりが強い。まあ何が起こるかわからないから実際にやる気はないけど。

 

つまり奴の目的である眼魂の奪取と俺の抹殺はほぼイコールと言ってもいい。一体何の恨みがあってそんなことをするのだか。

 

「だから…お前にはお前自身の戦い方に更なる磨きをかけてもらう。眼魂に依存しない、お前自身の戦い方をな」

 

先生はニヤリと深い笑みを浮かべて、俺に書類を手渡したのだった。

 




おまけ サブキャラの集い in cafe パート4

「ゼノヴィアちゃんとかどや?」

「ゼノヴィアねぇー、最初はちょっと近寄りがたい雰囲気があったわね」

「あの頃はオカ研メンバーが色々フォローしてたもんな」

「最近は憑き物が落ちたみたいで柔らかくなったわね」

「せやなー、でも天然なところは変わらんな!」

「ゼノヴィアちゃんっていつもはキリっとしてるけどポンコツだよな」

「わかる!でもそこがいいのよねー、ギャップ萌えってやつ?」

「テスト期間はすごく勉強を頑張ってたみたいね。いい刺激になったわ」

「国語はイマイチだったけど他の教科はかなりの高得点だったな」

「うんうん、それでいて運動神経も抜群!ゼノヴィアちゃんが男でも惚れるわ!」

「……」

綾瀬の顔がムッとすると同時に、黒い靴を履いた足で飛鳥の足を踏みつけた。

「痛い痛い!ちょ、綾瀬ちゃん勘弁してやぁ!?」

「クソォ!天王寺め、お前も裏切り者か!」

「なぜ俺達は先に進めない…!?」

「松田君も元浜君もどうしたんや!?」

「…ねえ綾瀬っち、兵藤もそうだけどこいつも大概よね」

「…そうね」

綾瀬が飛鳥を振り向かせるのは難しそうだと実感した藍華だった。


ゼノヴィアは『運命の人』を恋愛的な意味で捉えていません。あくまで何かと縁があって頼りになり、より信頼できる仲間という風に思っています。悠、残念。

今年が終わるまでにはあと3話は上げたいなぁ…。

アザゼル先生の意味深な言葉の意味、それは次回に。

次回、「アザゼル先生のパーフェクト神器教室」


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第45話 「アザゼル先生のパーフェクト神器教室」

ついにUAが30000を突破!これからもエタらず頑張っていきます!!

そしてジオウにも挿入歌が…!!

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
1.ムサシ
3.ロビン
5.ビリーザキッド
7.ベンケイ
11.ツタンカーメン
13.フーディーニ


グレモリー領のとある山奥にある別荘にて、俺はアザゼル先生の講義を受けていた。

眼前には見慣れた教師服を着た先生と、一面にびっしりと黒板に書かれた文字。

そして机の上にはノートと先生が持ってきた神滅具に関する教材。

 

この部屋は別荘の空いた一室を改造して作ったもの。改造と言っても壁に黒板を設置し学校用の机を持ってきただけの簡素なものだ。

 

今日の授業内容は神滅具について。先生は各神滅具に関して事細かに語ってくれた。今までの授業は他の神話についてや有名な武器について扱う物で、それぞれをアザゼル先生の部下の堕天使が授業を担当していたのだが神器に関する授業は必ずアザゼル先生が担当し、予定時間を超えて長々と解説するのだ。

 

なんともそういう面がマニアらしいというか。好きなものについて細かく語りたいのは俺にもわかる。

俺だってライダーについて語りたい。でもこの世界でライダーの話ができるのはポラリスさんしかいないからすごく寂しい。なんでこの世界には平成ライダーはいないんだ…。

 

「よっし、今回の内容を軽ーく口頭試問するぞ」

 

白チョークを置き、板書を黒板消しでなく魔方陣で消してしまう先生。

 

どの授業も最初に前回の授業内容の確認テスト、最後に授業内容の口頭試問が行われる。

 

「13種の神滅具の中で『聖遺物』でもある神器を三つ挙げろ」

 

「『黄昏の聖槍《トゥルー・ロンギヌス》』と『幽世の聖杯《セフィロト・グラール》』と…あと何だったけ」

 

ああ…出ない。聖槍と聖杯と聖十字架なのは覚えている。でも肝心の神器の名前が出てこない。

10秒くらいして出なかったのを見てアザゼル先生が回答を言う。

 

「『紫炎祭主による磔台《インシネレート・アンセム》』だ。次、狼男の真祖と言われるアルカディアの王、リュカオンと最強の十束剣『天之尾羽張』を宿す独立具現型神器は?そしてその禁手の名は?」

 

「『黒刃の狗神《ケイニス・リュカオン》』、そして『夜天光の乱刃狗神《ナイト・セレスティアル・スラッシュ・ドッグズ》』」

 

神器って名前がカッコいいからつい覚えてしまうんだな。特にこのナイト・セレスティアル・スラッシュ・ドッグズはお気に入りの一つでもある。

 

この神器の所有者はグリゴリに所属しているらしい。今度、会わせてもらえないだろうか、ぶっちゃけ神器の犬ってどんなものなのか気になる。

 

「正解だ。次、『魔獣創造』の能力を答えろ」

 

「木場の『魔剣創造』みたいに自分の思うが儘に様々な特性を持った魔獣を生み出すことが出来る。禁手は『禁じられし魔獣達の饗宴《アナイアレイション・パンドラ・メーカー》』」

 

「正解。13番目の神滅具、あり得ない可能性を生み出す能力を持つ『歴史の変革器《ヒストリー・ブレイカー》』と呼ばれる神器は?」

 

ヒストリー・ブレイカー…。神器の中には聖槍やらそういった二つ名を持つ物もある。『神を騙る神器』なんて言われる程のトンデモ能力を持った神器も存在し、この授業で改めて神滅具が規格外の存在であることを強く感じた。

 

「うーん、『蒼き革新の箱庭《イノベート・クリア》』じゃなくて…ああ『究極の羯磨《テロス・カルマ》』!」

 

首を縦に振った先生が正解を教えてくれる。

 

「『黄昏の聖槍』の禁手は?」

 

「えっと…あ、『真冥白夜の聖槍《トゥルー・ロンギヌス・ゲッターデメルング》』!」

 

「正解だ。んじゃ、今日の授業はこれで終了だ。お疲れさん」

 

「はぁ…終わった…」

 

自然と気が抜けると同時に机の上に前のめりになってため息を吐く。

 

「随分と疲れてるな、もう一つの方はどうだ?」

 

「あの先生マジで厳しいですよ…」

 

この20日間の修行の本命はこの授業ではない。もう一つ、アザゼル先生がグリゴリから呼んだ堕天使の先生の下で

習うとある拳だ。その拳の名は…いや、まだ秘密にしておこう。

 

「ま、しゃあねえな。今回は一か月もないからな、その分頑張って基本の技だけでも実戦で使えるレベルには仕上げろよ」

 

「はいー…」

 

…ま、間違いなくあれは実戦で使える技だろう。まず生身であの技は絶対に喰らいたくないな、あばらが折れること間違いなしだ。

 

「他のメンバーは元気にやってますか?」

 

修行が始まって以来、アザゼル先生以外の面子と一度も会っていない。一番心配なのは元龍王がコーチを務めている兵藤だが…まさか火に巻かれて塵になったりしてないよね?

 

「イッセーは昨日見てきたがなんとか元気にやってたぜ、他の連中もまあそんな感じだ。だが問題は…」

 

先生の顔が次第に渋くなっていく。何かまずいことでもあったのか?

 

「どうかしたんですか?」

 

「小猫がオーバーワークで倒れた」

 

「!?」

 

俺は驚きを隠せなかった。

 

塔城さんが…?確かに修行前に集まった時、静かながらもやる気を見せていたがまさかそんなことになるなんて…。

 

「あいつは自分の内に眠る力を使わずに強くなろうとしている、それで自分を追い込み過ぎたのさ」

 

自分の内に眠る力、ね。俺はスペクターの力しか戦う力なんてないからな。俺の宿主がなんか特別な血筋だとか神器を持って生まれたとかもないらしいし。…そういう意味では俺って兵藤と同じか。

 

ヴァーリが言ったように神器だけの平凡な存在。神器がなければ俺は人間だから、身体能力では悪魔である兵藤にすら劣る。ある意味、兵藤以上にヴァーリの言葉が刺さる。

 

このグレモリー眷属では生まれながらに特別な力を持った人物が多い。

部長さんの『滅び』の力、朱乃さんが隠しているという堕天使の力、ギャスパー君の吸血鬼の力、ゼノヴィアの聖剣使いとしての適性、そして今まで知らなかったが塔城さんも。

 

「先生、塔城さんって何者なんですか?内に眠る力って…」

 

俺の問いに先生が眉を持ち上げた。

 

「…お前、何も聞かされてないのか?」

 

「え、そうですけど。それに朱乃さんのことも」

 

気になることは気になるが、どうやら複雑な事情があるっぽいからこちらもおいそれと聞き出せないんだよな。

朱乃さんの感情的になったり、塔城さんの沈んだ表情と言った反応もあって。

 

先生は難しそうに唸った。

 

「…朱乃のことは本人に聞いてくれ、あいつに嫌われてる俺がお前に話すのもな。小猫もまあ、こういう話を他人から話すのも悪いがこれだけは言っておくか」

 

先生は複雑な表情で返し、少し間を置いてから言った。

 

「あいつは猫の妖怪『猫又』、その中でも上の上に位置する希少な種族『猫魈』なんだよ」

 

 

 

 

 ▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

 

別荘周辺の森。冥界特有の紫色の空と生い茂る背の高い木で全体的に薄暗さが漂う世界にバキッ!!という大きな音が響いた。

 

「ふう…」

 

カランカランと綺麗に真っ二つに割れた木の板が転がる。断面には少しのささくれもない。一見剣で切られたように見えるが実はただの素手でこの木板は割られたのだ。

 

この行為を成したのは白い胴着を纏う黒髪をオールバックにした強面の男。険しい表情だけでなく何気ない所作にすら凄まじい気迫に満ちている。

 

この人こそ今回のコーチ。上級堕天使のオルトールさん。20日間、俺はアザゼル先生とともに大戦を戦い抜いたこ

の人の下でとある拳を習う。

 

今回の修行はとある拳の心構えとその拳の数ある技の中から先生が俺の戦いを見ていくつかセレクトした技を重点的に伝授してもらうというもの。そもそもこの拳法自体、会得に年単位かかるそうなので相当教えることを絞ってるそうだ。

 

それを聞いた時は心配だったが先生もスパルタながら要点要点をしっかり伝えることを心掛けて教えてくれるので少しずつでもしっかり身についてきている。

 

「…一旦休憩を入れようか」

 

「はい」

 

先生に礼をし、木の下に置いたペットボトルを手に取って木の幹に背を預け、水を呷る。

先生は近くの切り株にゆっくり腰を下ろし、タオルで汗を拭っていた。

 

ここ数日、朝起きては走り込み等の体力づくり、授業、そして夜まで先生の下での稽古、それを繰り返している。先生の指導は中々スパルタでどれほどライザー戦の強化合宿が優しい物だったかを思い知った。

 

「最初にも言った通り、私の拳は連撃より一撃を重視する。…私に言わせてみれば昨今の拳は一撃で相手を沈められぬから連撃と言う愚行に走るのだ、それは未熟さの露呈に他ならん」

 

ふと先生は不満を露わに語る。自分が懸命に努力を重ね体得したからこそ最近の『なんちゃって』が許せないらしい。

 

所謂『最近の若者は…』という奴だ。そういう所は人間らしいと思う。人間の欲を抱いて地に堕ちた天使と人間の俗欲と共に生きてきた悪魔、どっちが人間らしいんだろうな。

 

「無論、奥義には連撃も存在する。だがこの拳の神髄は一撃だ、伝承者の中には一撃で相手を打ち倒した者もいる。奥義とは基礎の積み重ねを経て到達するもの、それを忘れて我らが拳を語るなど侮辱もいいところだ」

 

己の拳を見つめ、力強く握った。

 

先生は初心、基礎を大事にする。『初心忘るべからず』と言う言葉が座右の銘だと初めて会った時の自己紹介でも言ってたくらいだ。俺もあの時決めた『大切な者を守る』という初心を忘れたことはない。

 

俺に赤い瞳を向けるといつもの固い表情が少しばかり緩んだ。

 

「君のひたむきに稽古に打ち込む姿を見ていると、若かりし頃を思い出す」

 

「…先生はどうしてこの拳を会得しようと思ったんですか?」

 

俺の質問に一拍間を開け、冥界の紫空を仰いだ。

 

「かつては私も他の堕天使と同じ様な戦闘スタイルを取っていたのだが、ある日上級悪魔の多くが魔力や『特性』を主体にした戦い方をしていることに気付いてな」

 

…言われてみれば、部長さんも先生の言う通り『滅び』の力をメインにした戦いをしている。

 

七十二柱を主に名家の悪魔は何かしら『特性』と呼ばれる能力を持っているそうだ。ライザーのフェニックス家で言えば『不死身』、部長さんの滅びは本来グレモリー家の物ではなくバアル家のものらしい。お母さんのヴェネラナさんがバアルの出らしくそこから部長さんやサーゼクスさんに遺伝したのだとか。

 

「若かりし私の考えは短絡的だった。『相手が魔力砲撃や特性に頼った戦い方をするのなら魔力攻撃をしにくい至近距離に一瞬で詰め寄り、特性を使われる前に一撃で相手を殺せばいい』と」

 

やや自嘲気味の笑いも混ぜて先生は語る。

 

うーん、失礼な言い方だがなんとも脳筋な…。先生絶対に格闘ゲームでハメ技したりするタイプだ。あれ、研究者が多いと言われるグリゴリにしては珍しい武闘派タイプなのでは?

 

いやいや!先生があの戦争狂のコカビエルと一緒にするのはダメだ。もっと敬意を持って接さないと。

 

「そこで出会ったのがこの拳だった。運命すら感じたよ。人間の伝承者に地に額をつけて教えを乞うた。無我夢中で修行し、戦場でその成果を発揮する。自身の血の力に頼り切った連中ほど私の拳はよく効いたものだ」

 

昔の暴れっぷりを思い出したか声色に楽し気な色が乗った。

 

「今の悪魔界もたいして変わらぬ風潮があるらしいではないか。一切の努力をせず、家柄と血の力だけで上級悪魔になった有象無象の跋扈する悪魔社会。それを如実に反映しているのがレーティングゲームと言えよう」

 

随分と辛辣なことを言うなぁ。ま、つい最近までは敵対していたから仕方ないといえば仕方ないな。

 

「しかしだ、最近の若手悪魔は面白い。特にサイラオーグ・バアル。大王バアル家の『滅び』を持たず、己の肉体を苛め抜いて手にした圧倒的なパワー…今まで多くのゲームを見てきた中で一番気にいった悪魔だ。今後が楽しみで仕方ない」

 

「堕天使にもゲームのファンっているんですね」

 

「アザゼル総督もそうだが、こっそり悪魔陣営の領土に忍び込んで観戦しに行く者もいる。かく言う私もその一人だがな」

 

先生はニヤリと口角を上げて見せる。堕天使がそうならもしかして、天使にもファンがいたりして。

 

ファンが他勢力にも結構いるのなら案外、レーティングゲームへの天使・堕天使の参戦もそう遠い未来の話ではなさそうだ。

 

「君の所のリアス・グレモリーやソーナ・シトリーも修行をする悪魔なのだろう?」

 

「そうですね」

 

実際ライザー戦の前は合宿をしたしな。ちなみにシトリー眷属はグリゴリ副総督のシェムハザさんとなんと濃密なスケジュールの合間を縫って四大セラフのラファエルさんがコーチをするらしい。

 

なんか俺達はアザゼル先生だけってずるくないかって思うが、こっちの戦力が赤龍帝やらデュランダルと過剰ってのとラファエルさん自身が名乗りを上げたというのが重なってこういうことになったとか。

 

これは今度の試合、一筋縄ではいかなくなりそうだ。

 

「だとしたら、間違いなく伸びる。上級悪魔は努力こそしないが素養自体はしっかりと持っているのだからな。もしかするとバアルかグレモリー、あるいはシトリーの誰かが王者に打ち勝つかもしれんな」

 

そう語る先生の表情は期待に満ちていた。古い物を尊重しながらもよりよい新しい物は受け入れていくのが先生。そこのところが会長さんの夢を虚仮にした悪魔の上役とは違う点だ。

 

思ったんだけど、総督より部下の方がよほど先生らしいのはどういうことだろうか。アザゼル先生は確かに神器の知識は凄まじいけど兵藤と同じ女好きが少し過ぎる所が難点だが…なんでこんな真面目な人が堕天使なの?

 

「君を鍛えられるのが20日間しかないというのが残念だよ…話が過ぎたな。稽古を再開するぞ」

 

「はい!」

 

リラックスしていた気を引き締め、立ち上がる。

 

 

 

 

この20日間、多くの堕天使に囲まれながら多くのことを学んだ。厳しいながらも修行に付き合ってくれたオルトール先生、そして異形について様々な知識を授けてくれた堕天使の先生たち。

 

この夏は堕天使と共に過ごしたといっても過言ではないだろう。そして彼らと言葉を交わす中で次第に内心抱いていた堕天使への敵意も消えていった。

 

今まで敵意を持っても仕方ないレベルで堕天使絡みでろくな目に遭ってなかった。だが今こうして堕天使への敵意が消えたのも和平のおかげなのだろう。世俗的な物を楽しむことはなかったがその分、俺は多くのことを学んだ有意義な夏を経験した。こんなこと、望んでできるようなものではない。

 

修行への充足感を得たその時は、予期せぬ壁が立ちはだかることになるなんて思いもしなかった。

 

 

 

 ▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

「ポラリス様、紀伊国君が言っていた十字架もどきというのは…」

 

「うむ、間違いなくあの連中の紋章。つまりアルギス・アンドロマリウスはあ奴らの眷属ということになるな」

 

「しかしなぜ彼は紀伊国君をつけ狙うのでしょうか?」

 

「奴らも紀伊国悠がイレギュラーであることに気付いてるやもしれぬ。それとも何か別の理由があるのか…あわよくば『降臨』の時を早めるつもりか」

 

「…もし降臨が早まれば、まだ対抗手段を確立できていない我々ではどうにも」

 

「ああ…紀伊国悠が現れてから間違いなく歴史は変わりつつある。戦力が増えたのは喜ばしいがそれだけでは終わらんということか」

 

「我々が表舞台に立つのは思った以上に早くなりそうですね」

 

「うむ。しかしこちらはまだ準備万端ではないのじゃ。正史通りに進めば35年後…奴らが来るまでには全ての準備を終わらせねば」

 

 




今回のおまけは休みです。最近疲れからか筆が進まなくて…。

小猫と朱乃の過去に関しては別の機会に。

この回だけで悠が何を体得しようとしてるのか分かった人…答え合わせは次々回です。

多分次が今年最後の更新になります。

次回、「第一印象は大事」


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第46話 「第一印象は大事」

今年最後の更新です。

気が向いたらオリジナル御使い募集でもやってみようかな…。

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「ついに…ついに戻ってきたァー!!」

 

やっとの思いで着いたグレモリー本邸の前で叫ぶ。

 

20日間が経ち、俺は山での修行を無事に終えることができた。

 

アザゼル先生が当初課していたものをあらかた習得することができた。ついさっきの別れの際、オルトール先生からはすごく褒められた。『よくぞ耐え抜き、自分のものにした』と、お墨付きまでもらった。俺もあの先生には感謝と尊敬の念しかない。

 

それにしてもこの20日間、本当に厳しかったな。一回利き腕が酷い筋肉痛になって数日日常生活に支障をきたすことなんてあったし。

 

…まあ修行の話はさておきだ。

 

「さて、あいつらはどこだ?」

 

既に帰ってきているだろう兵藤たちを探さないと。

門を通り、敷地内を歩き始める。

 

それから程なくしてだった。

 

「おーい、紀伊国!」

 

俺の存在に気付いたらしく兵藤の声が聞こえた。

早速声が聞こえた方へと駆け出す。

 

やがて兵藤だけでなく木場と初めて会った時と同じシスター服のアルジェントさんの姿が見えた。

仲間との再会に自然と頬が緩む。

 

近づくにつれて走るスピードを落とし、仲間たちと合流する。

 

「久しぶりだな、20日ぶりか」

 

木場と兵藤、最後に会った時と比べるとかなり筋肉がついたな。特に兵藤は逞しさすら感じるほどだ。

木場はそこまで筋肉がついたようには見えないが相当鍛えたはずだ。

 

「最後に来たのはお前だな!」

 

「君も逞しくなったね」

 

俺の登場に喜ぶ木場と兵藤。

 

しかしだ、こいつらと一緒にいる全身に包帯を巻いたこの人は一体?

包帯は土に汚れ、所々血が滲んでいる。

 

そう思っていると、俺の怪訝な視線に気づいたようだ。

 

「やあ、久しぶりだね」

 

手を軽く振って挨拶してきた。この声からしてゼノヴィアだな。

 

…でもこのまま返すのは面白くないからちょっとふざけてみるか。

 

「み、ミイラ女…!?」

 

「私だ!ゼノヴィアだ!!イッセーにも同じことを言われたぞ!」

 

そういってミイラは自分の顔に巻かれた包帯を無理やり剥いだ。

 

包帯の下にあったのは顔中に切り傷やあざのある久しぶりに見た愉快な同居人、ゼノヴィアの顔だった。

 

顔だけでなく全身に巻いた包帯の下にも似たような傷や痣があるのだろう。

 

「ゼノヴィアか、お前も随分大変だったんだな…」

 

「ああ、デュランダルの膨大なパワーの制御に失敗して何度死にかけたことか…」

 

ため息交じりに語るゼノヴィア。

切り傷が残っているのはデュランダルの制御に失敗して聖なる力が傷に残ってしまったからだろうか。

 

しかし今度は顔を明るくした。

 

「しかし、随分逞しくなったな。見違えたぞ」

 

「男子三日会わざれば刮目して見よ、というだろ」

 

それは俺だけでなく兵藤と木場もだがな。…そう言えば天王寺や松田、元浜はなにをしているだろうか。

 

「得意のことわざだな、メモを…って本邸に置き忘れたんだった」

 

「外出組は揃ったようね」

 

会話の途中、聞きなれた声が聞こえた。

 

城門から現れ、悠然と歩み寄るその声の主は我らが部長さんだ。

 

「部長!」

 

変わらないその姿を見て兵藤が心底嬉しそうな表情をし、部長さんの下へ走り出す。

部長さんも仲間との再会に目を細くする。

 

「お帰りなさい、イッセー。随分逞しくなったわね」

 

再会を喜び、しっかりと確かめるようにさらりと兵藤の頬を撫でた。

 

「さあ、本邸で報告会をしましょうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本邸の兵藤の部屋で、20日ぶりにオカルト研究部のメンバー全員が顔を合わせた。

再開に破顔し、厳しい修行を思い出話にし、それから俺達はそれぞれの修行の成果について報告を始めた。

 

「何でなんだよォォォォォ!!」

 

涙交じりの兵藤の絶叫が優美な雰囲気漂う室内に響く。

 

「何で俺だけ原始的な生活してるのォ!?俺なんて毎日オッサンに追いかけられて、兎を狩ったりイノシシを捕まえたり、水は雨水を沸騰消毒させて、挙句の果てに禁手に至れず…ああああああああ!」

 

20日間の修行、山でタンニーンさんに追いかけられまくった兵藤だが禁手に至れずじまいだった。

体力や筋力も相当付いたことを喜んではいたが、その点に関してはかなり気にしているようだ。

 

それにしても体力筋力だけじゃなく随分本格的なサバイバルスキルまで身につけたんだな。アザゼル先生もこれは想定外だったらしく、呆れ半分で驚いていた。

 

「どうしてなんだ…どうして…」

 

「かわいそうなイッセー…後で私がたっぷり慰めてあげるわね」

 

「うう…部長…」

 

見慣れたやり取りが修行から帰ってきたのだという実感をもたらす。

 

そこへ先生の咳払い。

 

「今更嘆いても仕方ねえよ、一応その可能性もあると踏んでいた。龍王と修行すれば至れるんじゃないかと思ってたんだがな…あと一か月あれば」

 

「流石にあれをもう一か月は可哀そうかと」

 

やったのは追いかけっこだけじゃないとは言っても本人が20日でああなるものをもう一か月はダメだろ。

 

「さて、ざっと目標を100%達成できたのは木場、アーシア、リアス、そして悠。50%は朱乃、ギャスパー、ゼノヴィア。残念ながら0はイッセーと…小猫か」

 

この20日間で当初の目的を果たせなかったのは塔城さんも同じだ。どうやら自分の猫又の力を恐れているらしく向き合うことなくひたすらトレーニングに励んだようだ。

 

「すみません…」

 

申し訳なさそうに俯く兵藤。それは塔城さんも同様だ。

頭をぽりぽりかきながらアザゼル先生が言う。

 

「そう悲観するな。達成できなかったとしてもお前らの努力は無駄じゃねえよ。目標を達成することだけが強くなることじゃない、そういう意味ではお前も小猫も十分やったさ」

 

龍王と20日間追いかけっこで十分じゃなかったらそれはそれで超スパルタだな。

 

「報告会はこの辺で終わりにするわね、皆明日のパーティーに備えましょう」

 

部長さんの言葉で、久しぶりに全員の顔が揃った報告会は終わった。

 

 

 

 

 

 

次の朝、やはり冷たい床で寝ていた。

 

また蹴り落とされたんだな。でもなんだか、帰って来たって感じがして嬉しかった。

 

 

 

 

 ▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

夕刻、俺達オカルト研究部と生徒会がいるのは空だ。

厳密に言えば、空を飛ぶタンニーンさんの背だが。

 

前に乗ったキャプテンゴーストよりも早く、流れるように周囲の景色は移り行く。

これだけの速さだが背にしっかりと風よけの結界が張ってあるのでその辺は気にする必要はなく、存分に雄大な景色を楽しめる。

 

何故俺がタンニーンさんの背に乗っているかというと、先日修行を終えた兵藤を本邸に送った際、タンニーンさんの方からパーティーに送ろうという申し出があったからだ。

 

生徒会ことシトリー眷属も一緒にいるのは当初部長さんは会長さんと一緒に会場入りする予定だったから。

 

タンニーンさんの背に乗っているのは俺と兵藤、匙、部長さんと会長さん。

タンニーンさんの周囲を飛ぶ大小色様々な龍はタンニーンさんの眷属。その背には他のオカ研や生徒会メンバーが。

 

龍の背に乗って飛ぶ。まさにファンタジーの王道中の王道といった事柄だ。しかもそのドラゴンは龍王と来た。

全国のファンタジー好きに自慢できる夢のような体験の中に今、俺はいる。

 

このまま景色を楽しむのもいいがそれだと面白くないので俺と同じ様に近くで景色を眺めるあいつに話しかけよう。

 

「よっ、匙」

 

匙元士郎。やはり修行を得て大きく成長したように見える彼が景色から俺の方へ意識を向ける。

 

「紀伊国か、お前も修行したんだってな」

 

「ああ、悪魔領にいるのに堕天使と過ごした時間の方が長かったな」

 

「俺も似たような感じだな」

 

「…そういえばお前らはシェムハザさんとラファエルさんがコーチに付いたんだっけか」

 

「おう、特に『僧侶』の花戒と草下がラファエルさん直々に絞られたみたいでな…相当厳しかったのか帰って早々にうれし泣きしてたぜ」

 

そう言って匙は隣を飛ぶ黄色い鱗の龍へ視線を向ける。

 

その背で、同じ『僧侶』同士会話を弾ませるギャスパー君とアルジェントさん、そして柔らかな白髪を伸ばした静かな2年の花戒さんと茶髪で明るい雰囲気を放つ草下さんの姿があった。

 

「強くなったのはお前らだけじゃねえんだ、今度の試合楽しみにしてくれよな」

 

「参加できない分、しっかり試合を見せてもらうかな」

 

四大セラフのラファエルさんとグリゴリ副総督のシェムハザさんが指導したシトリー眷属。こちらが如何に聖魔剣や赤龍帝があるとしても一筋縄ではいかない試合になりそうだ。

 

「ところで会合の話は聞いたぞ、お前も度胸あるなぁ」

 

次に俺が振ったのは若手悪魔たちが集まった会合の話。匙はフッと笑って返した。

 

「度胸じゃねえよ。俺は会長の夢を笑われたことが許せなくてカッとなっただけさ」

 

一拍間を開け、匙は真剣でいて、熱に溢れた表情を見せた。

 

「俺は会長が建てた学校で先生になりたいんだ。身分も能力の差もなく、レーティングゲームを学びたいと願う子供たちのための学校。でも今は実現するには壁が多すぎる」

 

そして部長さんやタンニーンさんと話す兵藤を一瞥した。

 

「その壁をぶち壊すために俺は赤龍帝や聖魔剣のいるグレモリー眷属に勝って、俺達が本気で夢を目指しているってことをあの上役たちに証明しなくちゃならないんだ」

 

こいつの目は本気の目だ。確かな夢を抱き、本気でそれを実現しようとする奴の目。それを今まで見るたびにホント凄いやと感心する。

 

「はは、若者たちは夢に溢れているな」

 

俺達の会話に入ってきたのはタンニーンさんだ。愉快な笑いを上げているがそこに嘲笑の色は一切ない。

 

「そこの人間も、夢や目標があるのか?」

 

俺に話を振るのか!俺の目標か…うーん。

 

「あー…俺は大切な人をしっかり守り抜くことですかね」

 

ポラリスさんの叱咤を受けて立ち上がった俺の譲れない思い、願い。

あの時俺は二度と凛を、兵藤を失った時のような悲しさ、苦しさ、喪失感を味わわないために誓った。

 

だがタンニーンさんは違うと突き返す。

 

「それはお前の行動の指針だ、俺が訊いているのはお前の将来的な夢、なりたいもののことを言っている」

 

「俺がなりたいもの…将来の夢…」

 

顎に手を当て、うーんと唸る。

 

…あれ、そういえば俺って兵藤のハーレム王や匙の先生になるみたいな将来の夢を全く持ってないな。

 

「お、何かあるか?」

 

「…いや、俺はお前みたいな大層な夢はないな」

 

考えてみれば見る程、自分が将来について何も考えていないことに気づかされる。もう高校二年生、進路のことについても考えだす時期だというのに。

 

「ないならないでいい、だがこの世界ではいつ死んでもおかしくない。考えられるうち、決められるうちに持っておいた方がいい」

 

そうだな、これから『禍の団』との戦いに駆り出されることは増えるだろう。無事に切り抜けられればいい確実にできる保証はない。だからこそ、今ある日常の時間を大事にしなければならない。

 

…この時俺は初めて気づいてしまった。俺は『仲間を守る』という今のことだけを考えていて将来と言う未来については全く考えもしなかったことに。それこそが兵藤と匙との最大の差だったのだ。

 

 

 

 

 ▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

タンニーンさんに乗ってやってきたパーティー会場は魔王領のとある高級ホテルの最上階、その大フロアにある。

 

室内を照らす豪華絢爛なシャンデリア、優美なタキシードやドレスを着こなす紳士淑女、テーブルに並んだ食欲をそそる豪勢な料理。

 

優雅ながらも賑やかなパーティー会場の喧騒に少し疲れた黒タキシード姿の俺は一人、メイン会場である大部屋の出口となる扉に歩みを進めていた。

 

このパーティーは若手悪魔のために魔王達が用意した物。だが部長さんに言わせれば若手悪魔たちの軽い交流会のようなもので、本命は部長さん達次期当主ではなくその父である現当主のお楽しみパーティーである。

 

とはいってもホテル周辺には軍が駐留している施設も存在し、会場内の警備も万全。昨今のテロでブイブイ言わせている『禍の団』対策はバッチリとのことだが…。

 

アザゼル先生やサーゼクスさん達は首脳陣の会談があるので遅れてくるとのこと。アザゼル先生はこういう催しに真っ先に行きそうなタイプだけど流石に会談の方が大事だよね。

 

…え、なんで俺がいるかだって?暇だからに決まっているだろう。そもそも6家の集まった会合ならまだしも、お楽しみパーティーだの軽い交流会と呼ばれる程度の緩いものだから部長さんやそのお父さんに「行きたい」と言ったらあっさり話が通ったのだ。

 

ちなみに俺以外の他の面子はそれぞれ色んな人に絡まれている。

 

部長さんであればそもそも魔王の妹という有名人なので将来を見越して媚を売る気か、有名人に顔を覚えてもらいたいと思っているのかはわからないがとにかく多くの人に話しかけられる。

 

そんな部長さんは朱乃さんと兵藤を連れて挨拶回りをしている。何故兵藤もというとそれは言うまでもなくあいつが赤龍帝だからだ。伝説のドラゴンが悪魔側に付いたということは悪魔界でニュースになっており、パーティーという機会を利用して人目拝みたいという人もいるんだそうだ。

 

木場はたくさん女性悪魔に話しかけられていた。イケメンのあいつは学校だろうと冥界だろうとこういうことに縁があるみたいだな。

 

ゼノヴィアはアルジェントさんやギャスパー君と一緒に行動している。ゼノヴィアは宅に並んだ料理にがっつき、アルジェントさんは時折話しかけてきた悪魔に柔和な笑みを浮かべて丁寧に対応して見せる。

 

会場中に人がいるというのに、ギャスパー君はややおどおどしてはいたが段ボールを求めることはなかった。

これも修行の成果か。実戦でなくこういう所で修行の成果が見られるとは思わなかった。

 

…俺?俺はどうだったかだって?

 

ほぼ『お前誰?』みたいな目で周りから見られてたよ。『なんで人間がここに?』とか『なんか地味だよね』なんてこそこそ言われて泣きそうだった。ショックで俺がギャスパー君と入れ替わるように段ボール生活が始まりそう。

 

極まれに『もしかして推進大使の人ですか?』と聞かれて握手を求められたりしてそれが唯一の救いだった。

認知度とかネームバリューってマジで大事なんだなとつくづく思ったな。

 

そう思いながら会場のホールを出て扉のすぐ左を曲がろうとした時だった。

曲がり角から歩いてくる誰かに気付かず、そのまま軽くぶつかってしまう。

 

「きゃっ」

 

「おっと、すいません…!?」

 

軽い謝罪の言葉を言おうと相手の方を向いた。

 

心を奪われるほどの美貌。見覚えのある形状をした荘厳な金と緑色のローブに身を包んだ美女。

額に淡いピンク色の輝きを放つ金のサークレットをつけ、腰まで伸びた煌めくブロンドの髪が目を引く。

 

どこか柔和で輝くような雰囲気を放つその人と目が合った。

 

美女は俺の謝罪に優しく微笑んだ。

 

「いえいえ、お気になさらず」

 

…なんかこの人、見覚えがあるな。確か修行中だったか…。

それにこの人のローブがすごいミカエルさんが着ていたものに似てる、同じ所属か?そしてこの如何にもすごい人ですよー、大物ですよーな雰囲気。

 

そこから俺は一つの結論に達した。

 

「…あのー、もしかしてセラフの方ですか?」

 

俺は恐る恐る訊ねた。

ミカエルさんと同格と言ったら天界で言えばセラフしかないだろう。

 

「ええ」

 

美女は頷いて肯定の意を示した。

 

やっぱりそうか…!もしかして和平や禍の団絡みでの勢力間の会談で来たのか?アザゼル先生が最近行ってたようだし。

 

俺の後ろ、パーティー会場から出口に立つこちらに近づく足音。

 

「悠、私とい…」

 

せわしなく俺の背後から現れたのは青いドレスを身に纏うゼノヴィアだ。

彼女の目が俺からセラフ?に移った瞬間。

 

「なっ!!?」

 

驚愕を露わにし、突然俺の頭を掴んで無理やり下げさせた。

 

「お前いきなり何を…!」

 

「この人はラファエル様だぞ!!」

 

切羽詰まった表情で膝を突き、俺と同様に首を深々と垂れる彼女は言った。

 

…えっ?

 

「ええええええっ!!?」

 

この人がラファエル!?ミカエルさんと並ぶセラフの中でも上の存在、四大セラフのか!?生徒会のコーチをしたっていう!?

 

あ、思い出した!授業で習った各勢力首脳陣の写真に載ってた!

 

「ああああ何かごめんなさいぃぃ!!」

 

「ふふっ、そう固くしなくても大丈夫ですよ」

 

またもラファエルさんは朗らかに笑い、俺達は応じて頭を上げる。

 

「紀伊国悠さんですね、噂は聞いてます。それに戦士ゼノヴィアも」

 

「ラファエル様に覚えていただけるとは光栄です」

 

信仰も相まってゼノヴィアは今の大ボスたる魔王よりもセラフを敬っている。サーゼクスさんと初対面の時はここまでの反応はしなかったしな。

 

「今日はパーティーに招待されて来たのです。一足早く到着したので一人会場を回りたいと思った次第ですよ」

 

「護衛とかいなくて大丈夫なんですか?」

 

「護衛は和平会談の一件でシビアになっていましてね。護衛がなくとも腕っぷしには自信がありますし、『禍の団』が攻めてきたらまとめて結界に閉じ込めてあげますよ」

 

ラファエルさんは拳を握って明るく笑う。

 

アザゼル先生が言って通りに結界が得意なんだな。この世界のお偉いさんって神だとか魔王だとか腕っぷしが強い人は多いから護衛っているのか?と真剣に思うな。

 

「ラファエル様は強気ですね…」

 

「『第一印象は大事だから最初に軽くつかんでおきなさい』とウリエルがよく言っているので。彼は初対面の部下には必ずたこ焼きを振る舞っていますよ」

 

「「四大セラフがたこ焼き!?」」

 

なんだそれ!?ウリエルって授業で顔写真を見た時はこいつ凄い真面目で厳しいんだろうなみたいなオーラがあったけどそんな一面があるのか!?たこ焼きを振る舞う四大セラフって想像しただけでもシュールすぎるぞオイ!

 

「ええ…青と青、お似合いですね。では」

 

それだけ言い残してラファエルさんは向こうの通路へと去って行く。

 

まさかの大物との遭遇、その緊張と驚愕の余韻に浸った。

 

「まさかラファエル様に会えるなんて…主に感謝を」

 

隣でゼノヴィアは両手を合わせ、祈る。

 

何というかな…なんだろう、この感覚は…。

 

「うーん…」

 

「どうした?」

 

「いや、何て言うか…俺どこかでラファエルさんに会ってるような…誰かに似てるような…」

 

話してるときは緊張と驚きであまり分からなかったが、冷静になってみると初めて会った気がしない。過去に何度もあったような気がしてならないんだが。しかもそれはつい最近にも…。

 

「悠、あれは?」

 

唸る際中、ゼノヴィアが窓を指さした。

 

その時、窓から見える木々の間を走る影が見えた。白髪を揺らすあの姿は…。

 

「塔城さん…?」

 

どうも急いでるように見えたが、どうしたんだ?

 

それから1分ほどして後を追うように走るドレス姿の部長さんとタキシード姿の兵藤が見えた。

 

「…二人ともどうしたんだ?」

 

気になる俺はロビン、ビリーザキッド、ベンケイ眼魂を起動する。するとどこからともなく対応するガジェット達が現れた。

 

「お前ら、あいつらを追ってくれるか?」

 

コンドルデンワーたちはうんと頷き廊下の向こうへと飛び去り、クモランタンは廊下の壁を這って進む。

 

なにか良からぬことが起きる予感がする。

 

その考え通りに突然、すぐ近くのドアから差し込む会場の明かりが消えた。

 

「悠」

 

「ああ」

 

すぐさま頷き、さっき出たばかりの会場に戻る。

辺りは真っ暗で何も見えない。…あ、悪魔は暗視できるからあまり意味ないのか。

 

「何だ、急に?」

 

「演出かしら?」

 

しかしながら会場中から困惑の声は上がっている。

 

その時、カッという音ともに会場のメインステージの中央が照らされる。

魔王達が到着した時のために使われる予定で誰も足を踏み入れなかったそこにただ一人、会場にいる俺たちに向かって仰々しく両腕を大きく広げる男が一人。

 

「ご機嫌よう、会場にお集まりの皆様方」

 

大仰な演出も相まって会場にいる誰もが奴に注目した。

 

忘れるはずもない、俺の屈辱の記憶。

 

「あいつ…!!」

 

アルギスだ。こんな時に出てきやがって…!!

 

奴は俺の思いをつゆ知らず、薄く笑い話を続ける。

 

「私は『禍の団』旧魔王派所属、アルギス・アンドロマリウスと言う者です。以後、お見知り置きを」

 

そういってアルギスは恭しく一礼する。

 

「『禍の団』だって!?」

 

「それにアンドロマリウスって…!」

 

会場はざわめき始める。大袈裟な演出、そして和平会談を襲撃し、最近のニュースの的になっているテロ組織『禍の団』の名はこの会場全体を動揺させるのに十分すぎるほどの効果を持っていた。

 

「紀伊国君!」

 

俺とゼノヴィアの下に木場と朱乃さん、さらにアルジェントさんとギャスパー君が駆け寄る。

 

「彼が紀伊国君の言ってた…!」

 

「はい、奴です」

 

俺の命を狙い、先の戦いでガンマイザーを操り眼魂を奪い去った者。

 

やっぱりあいつも『禍の団』だったのか!しかもこんなに人の集まる場所を狙ってくるとは、魔王も来るし最近のテロ騒ぎで警備は厳重だろうになんで警備の連中は気付かなかったんだ!?

 

「此度は優雅で賑やかなパーティー会場をさらに沸かせるべく、さらなる趣向をご用意いたしました」

 

アルギスは高く腕を掲げ、パチンと大きく指を鳴らした。

 

すると同時に石造りの床、壁、そして天井の壁が所々大きく隆起し始める。

 

「どうなってるの…?」

 

近くの女性が状況に着いて行けず言葉を漏らす。

 

石造りの隆起はやがて人型へと変じていった。角の生えた頭、背に小さな白い翼の生えた胴体、筋肉粒々としてはおらずごく普通の適度な筋肉のつき、細身のシルエットの3mはある人形と言うべきものが続々と出現していく。

 

異なる点はと言えば得物だろう。剣、鉈、盾、槍などなどそれぞれが違う武器を構えている。

 

天井から出でたものは落下し、会場に並んだテーブルと料理の盛られた皿を落下の衝撃や巨体を以て破壊せしめた。

 

出現当初は這うように動いていた人形は次第にゆっくりと立ち上がり始めた。見上げるほどの大きさだ。この会場にいる数は20体前後か。

 

「なんだこいつら…!?」

 

突如として出現したそれらに会場はさらなる混乱の様相を呈し始める。

 

「ハハハッ!…それでは皆さん、ここは冥界ですが地獄を楽しんでいってくださいませ」

 

その中でただ一人、混乱の首謀者だけは慇懃に笑った。




ギリギリになりましたがなんとか更新することが出来ました。
来年もしっかり続けていきたいと思います。

それではよいお年を!

次回、「襲撃、そして再会」


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第47話 「襲撃、そして再会」

あけましておめでとうございます!今年もよろしくお願いしますということで新年一発目の更新です!

それと前話「第一印象は大事」でパーティーシーンやラファエルのセリフを一部書き忘れていたので追加しました。あいつに触れています。

大変長らくお待たせしました、『奴』の登場です。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
1.ムサシ
3.ロビン
5.ビリーザキッド
7.ベンケイ
11.ツタンカーメン
13.フーディーニ


〈BGM:アンデッド (仮面ライダー剣)〉

 

「ぎゃあ!!」

 

「ああああ足があああ!!」

 

会場は死と混乱の嵐に飲まれていた。

 

突如としてホールに現れた人形たちがその巨躯に反して俊敏かつ身軽に動き、各々が持つ得物で会場に集まった悪魔たちに殺戮を繰り出す。

 

鮮血が舞い、首や手足が飛び、悲鳴と怒号、そして絶叫が飛び交う。

 

「なんて硬さだ!」

 

「そんな、私の魔力が…」

 

混乱からいち早く立ち直った悪魔たちが応戦するが得意の魔力はその俊敏な動作で躱され、お返しにと剣戟を受ける。

 

魔力の直撃を受ける人形もいるが、あまりダメージは通っていないようだ。せいぜい衝撃でぐらつく程度。魔力の耐性もある程度備えているのか?ここに集まっているのはほとんど悪魔だし、それと戦わせる以上は当然メタははるか。

 

オルトール先生の言う通り、上級悪魔や貴族の出の悪魔は基本的に自分の強力な魔力に頼った戦いをする。彼らは自身の力に自信を持っているが、その自信は実戦を経験していないがゆえに脆い。結果、今のように得意の魔力が効かないという無慈悲な現実を突きつけられ、中には心を折られてしまう者もいる。

 

その類ではない眷属悪魔たちが剣や斧、槍を使って攻撃するが頑丈なボディに傷一つつかない。その状況に皆が焦りを見せている。

 

「おい、何体か違うのも混ざっているぞ」

 

ゼノヴィアがある方向を指さす。釣られてその方を見ると人形たちに混ざって雷条を飛ばしたり、太い岩石の棘を飛ばす怪人たちの姿があった。人形と同じ人型ではあるがそのシルエットや体色は大きく異なる。

 

「ガンマイザーまで…!」

 

確認できる限りこの場にいるのは2体。以前戦ったクライメットと、大地を操る力を持つプラネット。

 

アルギスがいる以上、当然いるか!奪われた眼魂は二つ、ガンマイザーを見るにアルギスが所持している眼魂は3つ。5つ以上は既に向こうの手に渡っていると考えていいだろう。

 

「ガンマイザー…アンドロマリウスが操っていたという怪人だね」

 

「あのアンドロマリウスの悪魔は逃げたようですわ、混乱に乗じて上手くやったようですわね」

 

朱乃さんの言葉を受け、奴が立っていたステージの方に目をやる。そこに奴の姿はなかった。

好き放題やって逃げる時は早いな、くそ!

 

…だが、あれほど俺を狙っていたあいつが人形やガンマイザー任せにして俺に目もくれず自分は逃亡というのが引っかかる。まだ何か他に策でもあるのか?

 

気になることはあるがこれだけは言える。

 

「…敵の狙いは恐らく俺達だ、サーゼクスさん達じゃない」

 

「どうしてだい?」

 

「まだサーゼクスさん達首脳陣が到着してないことが証拠だ。奴は以前から俺を狙っている、実力者ぞろいの首脳陣が来たらそれを達成しにくいと見たんだろう…それに、あいつらが『禍の団』ってこと自体出まかせの可能性もあるな」

 

「確かに、現魔王憎しの旧魔王派なら真っ先に魔王様たちを狙うはずだからね。事情を知っている僕たちはともかく他の人は彼の話を鵜呑みにしてしまう」

 

すると会話に割って入るようにコブラケータイの着信音が鳴りだした。

 

「こんな時に…!」

 

こっちがテロに巻き込まれてる状況だというのに電話をかけるとかどういうつもりだよ…!

 

苛立ちながらも画面を開くと、電話をかけてきた相手の名前が表示された。

 

匙だ。シトリー眷属もこの会場にいるけどまさか…!

 

ボタンを押して通話する。

 

「匙、こっちはテロを受けてる真っ最中になんだ!?」

 

こっちが苛立ち交じりに出ると、向こうから切羽詰まった声が返ってきた。

 

『やっぱお前らもか!下の階の別のホールにいる俺たちも攻撃を受けてる!』

 

「マジか…!」

 

通話の音声に爆音と悲鳴が混じって聞こえてくる。向こうも相当暴れてるみたいだ。

 

『なんか3mはあるでかい人形みたいな奴と雷を出す奴だ!人形の方はこっちのホールだけじゃなく会場中に沸いてやがる!ガァッ!!』

 

「匙!?」

 

匙の苦痛の叫びと同時に通話が切れた。雷を出せる奴…ガンマイザーのことか。ガンマイザーの中で雷攻撃を放てる個体は2体。今このホール内にいるグリム魂から生み出された天空の化身、ガンマイザークライメットとエジソン魂から生み出される電気を司るガンマイザーエレクトリック。これで向こうに渡った眼魂は6個以上は確定だな。

 

ガンマイザーもいるってことは生徒会の助けは見込めないか…!

 

こんな危機的状況に居合わせない3人の顔を思い出した。

 

「くそ、こんな時に部長さんと兵藤は…!」

 

「部長がどうかしたのかい!?」

 

木場が怪訝な顔を浮かべて訊く。この様子だと他の皆も知らないようだ。部長さん達は何も言わずに突然出ていったのか。

 

「さっき兵藤と一緒に塔城さんを追いかけていって外に出たのを見た」

 

「小猫ちゃんを?」

 

「どういうわけかはしらな…」

 

俺が喋っている最中、会話に割って入るように大きな影が俺達を覆う。

 

それにいち早く反応したのはゼノヴィアと朱乃さん。すかさずゼノヴィアが亜空間からデュランダルを召喚する。

 

「デュランダルッ!!」

 

「雷よ!」

 

デュランダルの鋭利かつ強力な聖なる力を帯びた突きと朱乃さん十八番の雷が俺達を覆った影の主である人形の腹部に叩き込まれる。

 

人形はたまらず仰け反り、後ろに大きく吹っ飛んだ。

 

修行の成果が存分に発揮された一瞬のやり取りだった。皆しっかりと修行をこなしてきたようだ。

 

人形を追い払った朱乃さんが毅然と振り返る。

 

「部長が不在の今、私が眷属の指揮を執ります」

 

朱乃さんは眷属内では部長さんの次に偉い『女王』。『王』に付き従い、『王』が不在の時には代わって眷属の統率を図る存在だ。

 

「紀伊国君と私、そしてゼノヴィアちゃんは会場内に出現した敵の殲滅。アーシアちゃんは負傷者の治療、裕斗はその護衛を」

 

「はい!」

 

「朱乃さん、僕は…?」

 

「ギャスパー君はコウモリに変化、停止で敵を撹乱して頂戴」

 

緊張と恐れの入り混じった表情ながらもギャスパー君は頷く。

 

「さあ、こんな時だからこそ今までの修行の成果を存分に発揮する絶好のタイミングよ!」

 

…確かに、不謹慎だが朱乃さんの言う通り俺達が修行で得てきたものを発揮するにはこれ以上ない好機だ。

 

俺達の戦意を高揚させるように、毅然と、そして力強く言う。

 

「『禍の団』にグレモリー眷属の力を見せつけてあげましょう!」

 

「「「「「はいっ!!」」」」」

 

〈BGM終了〉

 

大きな一声の後、アルジェントさんが木場を伴って負傷者の下へ駆け出す。

ギャスパー君は吸血鬼としての力を使い、その身を無数のコウモリに変えて飛び去った。

 

(一応注意しておくべきか)

 

その場から離れようとするゼノヴィアと朱乃さんを慌てて呼び止める。

 

「ゼノヴィア、朱乃さん。あのガンマイザーは気象を操るタイプです。手ごわいので気を付けてください」

 

「気象ということは雷も使えるのね。…なら、『雷の巫女』の相手に不足はないわ」

 

そのやり取りを最後に、今度こそ散っていく。

 

「さて…」

 

気合を入れんと自分の拳をパンッと合わせる。

 

「片っ端からぶちのめす、それでいいな!」

 

俺の意志に応じてドライバーが出現、ベンケイ眼魂を起動させ装填する。

 

〔アーイ!バッチリミロー!〕

 

ドライバーからパーカーゴーストが出現し、逃げる悪魔たちを今にも切り裂かんとする人形に向かって飛び翻弄し始める。

 

「変身!」

 

レバーを引いて解放された霊力のスーツを纏い、さらにパーカーゴーストをその上に纏う。

 

〔カイガン!ベンケイ!兄貴ムキムキ!仁王立ち!〕

 

〔ガンガンセイバー!〕

 

変身してすかさずガンガンセイバーを召喚する。本来ならクモランタンと合体してハンマーモードにするはずだが今は追跡に使っているのでナギナタモードだ。

 

〈BGM:激闘(仮面ライダークウガ)〉

 

「パワーなら負けない!」

 

ぶんぶんとナギナタを振り回し、殺戮を繰り出す惨劇の元凶へと走る。

 

向かってくる俺に気付いた人形が手に持った大剣を振るう。

それをナギナタで受け止めた。すぐさまゴンっと重い衝撃が襲う。

 

「ッ!そこそこパワーもあるか…!」

 

足腰にも力を入れ、ぶった切られるというよりは潰されないようにと踏ん張る。

 

ベンケイを使って正解だった。真正面からのパワー勝負で他の眼魂を使っていれば間違いなくとうに押し負けていただろう。

 

だが、パワー勝負で負けるつもりは毛頭ない!

 

ベンケイの力で上昇したパワーを以て踏ん張り、肩部に取り付けられた宝珠『マイティネンジュ』のエネルギーを二つ分消費してさらに強化されたパワーで一気に押し返す。

 

「ぬんッ!」

 

つばぜり合いに押し負けた人形がぐらりと大きく態勢を崩した。

 

「ハァ!」

 

奇貨居くべしとすぐさま力強くナギナタの連撃を一気呵成に叩き込む。

 

まずは足。ぐらついて脆くなった体のバランスを一気に崩す。

 

狙った通り、さらに大きく態勢を崩し、尻餅をついた。

 

「ラァ!!」

 

今度は無防備に晒された腹部に渾身の突きを繰り出す。今度はパワフルにナギナタで殴りつけるように振るう。

全て、腹部を狙っての物。ベンケイのパワーを活かしてのごり押しの一点突破でこいつの硬さを攻略する!

 

「ハァァァァァァァ!!」

 

乱打に次ぐ乱打。

 

攻撃がヒットするたびにゴッ!ドッ!という轟音を響かせていく。思った通り、頑丈な腹部にヒビが入り始める。

クモランタンがいてハンマーモードにできればもっと早く出来ていたはずだがないものねだりをしてもしょうがない。

 

だが、ラッシュに集中するあまり人形が振り上げた大剣に気付かなかった。

今にも俺に反撃を繰り出そうとしたその時。

 

「させねえってんだよ!!」

 

「彼を援護しましょう!!」

 

先ほどこの人形に襲われていた悪魔たちが大剣を握る手に魔力攻撃を放つ。ダメージこそ入っていないがその衝撃で大剣が手を離れて宙を舞い、地面に刺さる。

 

「魔力が効かないなら霊力はどうだ!?」

 

〔ダイカイガン!ガンガンミナー!ガンガンミナー!〕

 

ナギナタを攻撃から引く際、ドライバーにかざす。エネルギーの送受信『アイコンタクト』が発動し、増幅された霊力を蓄えていく間にも攻撃の手を緩めず、腹部に間髪入れずに攻撃し続ける。

 

そして渾身の突きが、腹部に胸に届くほどの大きなヒビを入れた。

 

「ここだ!」

 

〔オメガストリーム!〕

 

ナギナタのトリガーを引き、蓄えた霊力を爆発的に解放。白い光を纏う刃で画竜点睛、再び突きを入れて膨大な霊力を叩き込み内部から人形を破壊、爆破させた。

 

ドォォン!!

 

会場にひときわ目立つ爆炎が起こり、破壊しきれなかった人形の欠片が辺りに散っていく。

 

〈BGM終了〉

 

「まずは一体…」

 

まだまだホール内には数多くの人形が残っている。撃破の余韻に浸る暇はない。

 

…しかし、なんか焦げ臭いような?

 

「…あ」

 

においの元を探ると、爆炎の火の粉がカーペットに燃え移っているのを見た。

やべえ、やらかした!

 

「オイオイ!あんたが誰かは知らんがここを火事にするつもりか!」

 

「でも助かったわ!」

 

逃げる悪魔たちの内何人かが炎に気付き、水の魔力で消火を始めた。よく見るとその多くはさっき俺が倒した人形に襲われてた悪魔だ。

 

この様子を見てると、多分冥界に消防士とかいないんだろうなと思う。だって皆水出せるし。いたとしても凄い暇で給料泥棒なんて呼ばれてそう。

 

「なあ教えてくれ、あんた何者なんだ?」

 

貴族服を着崩した軽い雰囲気の男が俺に訊ねた。

 

「お、俺ですか?」

 

こういうのってテレビでよく見る展開だがまさか当人になるとは。皆の視線が俺に注がれている。

 

彼らにとって俺は自分達の窮地を救った謎の戦士。…一応、推進大使とか肩書き持ちだから名乗っておこうか。

アザゼル先生たちもせっかく任命したのに知名度が低いままじゃ浮かばれないだろうしな。

 

「…一応、グレモリー眷属の協力者だったり和平協定推進大使なんて肩書きを貰ってたりしてます」

 

「推進大使?聞いたことねえな」

 

男は首を捻る。だが悪魔の一人が手を上げた。

 

「あ。私知ってるわ、人間だけどリアス姫と眷属と共にコカビエルと戦った『スペクター』っていう戦士がいるって」

 

「オイオイマジかよコカビエル!?あのリアス・グレモリーと一緒に戦った!?あんたすげえな!!」

 

男は笑いながら俺の肩をポンポン叩く。他の悪魔たちも「すごい…」や「頼りになるわ」と感嘆や喜びの声を上げていく。

 

そこまでされるとなんか照れるな…。だが悪い気はしない。

 

ドッ、ドッ、ドッ。

 

歓喜に満ち始めた雰囲気を破るように突然大きな足音が聞こえた。

 

爆炎に気付いた他の人形たちの注意がその場に居合わせた俺に一斉に向き、こっちに迫ってきている。

人形だけでなく、ゴツゴツとした岩石の化身のような姿をしたガンマイザープラネットもだ。

 

 

 

…ガンマイザー。生憎俺が負けたクライメットはどうやらゼノヴィア達が相手をしていて、そちらとのリベンジマッチの機会は得られないみたいだ。

 

だが同じガンマイザーのこいつなら俺の雪辱をある程度晴らせるだろう。こいつとタイマンに持っていけば修行の成果を十分に発揮できる。

 

そのためには、向かってくる人形どもが邪魔だ。

 

 

 

「こっちに来る、早く逃げろ!」

 

「ああ、あんたのことは忘れない!ありがとよ『スペクター』!」

 

悪魔たちが礼の言葉を残して去って行く。

 

〔カイガン!ツタンカーメン!ピラミッドは三角!王家の資格!〕

 

ツタンカーメン魂にチェンジし、唯一追跡に使わず残しておいたコブラケータイをガンガンハンドと合体させ鎌モードにする。

 

(今度は破壊力でなく鋭さだ)

 

近接戦に持ち込まず、少しの間でもこいつらを無力化する!

 

〔ダイカイガン!ガンガンミロー!ガンガンミロー!〕

 

『アイコンタクト』をし、くるくると鎌を回して腰を落とし構える。

 

「ハァッ!!」

 

〔オメガファング!〕

 

霊力の滾る鎌を振るい、三角形の斬撃を飛ばす。

ターコイズブルーの閃光が回転し、さながら手裏剣のように縦横無尽に眼前を飛び、素早く人形たちを切り裂いていく。

 

腕、脚と様々な箇所を切り裂かれた人形は派手にすっころぶ。

 

空間の歪みを生み出し、鎌で切り裂くこともできるツタンカーメン魂ならできるのではと思ったが予想以上の結果だ。

 

そして阻むものを切り裂きながら前進する斬撃がプラネットに向かう。

 

すぐさまプラネットは自身の能力を使用して地面から盛り上がるようにして防壁をいくつも作り出す。

 

斬撃はそれをものともせず、切り裂きながらガンマイザーへ直進する。

 

最後の壁が破られ、プラネットはすぐさま両腕を交差して防ぐ。堅牢な表皮と回転する斬撃がバチバチと眩いスパークを起こした。

 

じりじりと斬撃の勢いに押され、後ろに下がっていく。やがて斬撃が爆発を起こして至近距離のプラネットを吹き飛ばし、壁を派手に突き破って外に出た。最上階から一気に飛び出し、周辺の森へと落下した。

 

倒れた人形たちの間を縫うように走り、外に出たガンマイザーの後を追う。そう、ガンマイザーが開けた穴から外に飛び出してだ。

 

〔アーイ!バッチリミロー!バッチリミロー!〕

 

流石にそれなりに高さがあるホテル最上階から変身した状態で落ちるのはまずいのでフーディーニ魂に変身する。

 

ブロロロロ!

 

…いやおい、なんでホテルの外壁を走ってこっちに来てるんだよ!?マシンフーディー!ああもう壁にタイヤの跡ついたじゃん!なんか言われるよねこれ!?

 

「…あ、全部『禍の団』のせいにすればいいんだ」

 

だって俺がこんなことしてるのも元はと言えばアルギスの奴がテロ吹っかけてきたからだし、仕方ないよね!

うんそうしよう!

 

〔カイガン!フーディーニ!マジいいじゃん!すげえマジシャン!〕

 

責任を逃れる言い分を考えながらフーディーニ魂に変身し、飛行ユニットを起動させて安全にガンマイザーが落ちた森へと降り立つ。

 

会場の外は森、時刻は既に夜を回っていることもあり一層薄暗さを増している。

 

〔カイガン!スペクター!レディゴー!覚悟!ド・キ・ド・キ・ゴースト!〕

 

冥界の土を踏みしめ、マスクの裏から睨み付けて腰を落として構える。

 

「さぁ、修行の成果を見せてやるよ」

 

〈挿入歌:GIANT STEP(仮面ライダーフォーゼ)〉

 

足に霊力を集中、強化された脚力を持って前進する。修行の中で俺は霊力をコントロールする術に磨きをかけた。俺が習得したとある拳法の技の威力をより引き上げるために。

 

向こうも近接戦に応じようと駆け出した。

 

互いに距離を詰めていき、間合いに入った。至近距離。

 

一瞬の内に地面を力強く踏みしめる。

 

その動作は一般に『震脚』と呼ばれる中国武術で広く使われる物。

 

踏み込みの瞬間腰を落とし、爪先を軸に体を捻り相手に対して90度になるようにする。

 

しっかりしめた脇、そこから地面に対して水平になるように勢いよく腕を振り上げる肘撃ち。インパクトの瞬間、肘に霊力を込め、さらに威力を向上させる。

 

裡門頂肘。

 

ドゴォォン!!

 

『…!?』

 

ものの見事にプラネットの胸部にヒット。ドゴッという爆発にも似た音を響かせ木っ端の如く吹っ飛び、木に叩きつけられた。

 

そう、俺がこの20日間で学んだ拳法というのは八極拳。一撃を重視し、腕の届く範囲という至近距離での戦闘を得意とする中国発祥の拳法。リーチの短い技が多いため遠い間合いでの戦闘は不利だが、一度近接戦になればそのリスクを埋めるに十分すぎるほどの効果を発揮する。

 

先生は八極拳の技に自身の光力を乗せて凶悪な破壊力を実現した。俺はそれをスペクターの霊力に置き換えて使用する方法を編み出した。

 

「…効くなー」

 

ガンマイザーにここまで通じるとは思わなんだ。練習では木で試していたから対人戦で繰り出すとどうなるかまでは分からなかったからな。

 

…だが、これならいける!

 

よろよろと立ち上がるプラネット。地面に両手を当てる。

 

ずぷっ。

 

「っ」

 

奴の能力か、俺の足元が泥のようにぬかるみ動きを封じた。そしてそれは沼のようにじわじわと深さを増し、底なしの中へと引きずり込んでいく。

 

だが慌てる俺ではない。

 

〔ガンガンハンド!〕

 

即座にガンガンハンドを召喚。奴の近くにある木の太い枝にハンドを向けるとぐいんと一気にハンドが伸びた。

そして向こうの方から伸びたハンドを引っ込め、一気に沼から飛び出す。ついでにすれ違いざまにキックもくらわす。

 

思いもよらぬ攻撃にプラネットはもろに攻撃を受けた。だがそれでやられる奴ではなかった。

 

胸部、頭部、そして両肩の球体を輝かせオーラを蓄え始める。光は次第に輝きを増していく。

 

まさかオーラを放出して外から会場を吹っ飛ばす気か!

 

「させない!」

 

危険なほどに輝くオーラをものともせず接近し、再び震脚。

 

鋭く素早く拳を突き出す。ただ殴るのではない、これは突き技である。

 

冲捶。

 

インパクトと同時に流し込んだ霊力と衝撃が混ざり合い、ガンマイザーの体内で暴れ破壊する。

 

バチバチバチ!!と全身から火花を上げよろめき始めた。

動きがぎこちなく、内部でかなりのダメージを負ったようだ。

 

相手に霊力を流し込み、体内を攻撃する技。八極拳の寸勁や浸透勁を習得する一助になればという考えで編み出したものだ。残念ながら肝心の寸勁や浸透勁は習得できずに修行の期間が終わってしまったが。

 

おまけにとハイキックを喰らわせてガンマイザーを飛ばし、距離を開ける。

 

「渾身のピリオドを穿つ!」

 

まともに動けない敵の大きな隙を利用し、すかさずドライバーのレバーを引く。

 

〔ダイカイガン!スペクター!〕

 

ドライバーの音声と共に爆発的に増幅した霊力が青い光となって俺の右足に宿る。

 

「ふっ!」

 

そして一息にて敵に向かって跳躍、両足を交差させるようにボレーキックを放つ。

 

「ハァァァッ!!」

 

〔オメガドライブ!〕

 

薙ぐようなキックがプラネットの首に炸裂し、ドゴン!と大きな音を立て吹っ飛んだ。

 

何度も地面を横転し、木にぶつかって止まる。ダメージを大きく蓄積したプラネットは全身からバチバチと火花を上げ、まだ終わらないとぎこちない動作でおもむろに立ち上がろうとする。

 

しかし力及ばず、突然力が抜けたように地面に両膝を突き、小さな爆発を起こして跡形もなく消えた。

 

奴が立っていた後には塵さえも残らなかった。

 

やはりガンマイザーを倒しても眼魂は手に入らないか。アルギスが俺の前で見せた通り、元となる眼魂を取り返さなければ何度でもガンマイザーを生み出せてしまう。

 

微妙に違うが何度でも復活するという意味では原作と同じ不死。同じ個体を何体も同時に生み出せるかわからないが厄介な敵になることは間違いない。

 

〈BGM終了〉

 

「さて、戻るか」

 

踵を返し、急いでまだ激闘が繰り広げられているであろう会場に戻ろうとした時だった。

背後からザッ、ザッと足音が聞こえた。

 

それに反射的に反応し、振り向く。

 

「…やはり、『この』状態での傀儡とガンマイザーでは敵わんな。いや…貴様らの成長速度が著しいということか」

 

悠然と現れたのは白地に金と薄緑のラインが入ったローブを纏った謎めいた雰囲気を持つ人物。体のラインと声からして女か。フードを目深にかぶっているためその表情は伺えない。

 

「誰だ!」

 

すぐさま警戒度を上げて対応する。

先のセリフ、そして現れたタイミング。間違いなくこの襲撃の関係者だ。

 

「…『あの方』、と言えばわかるか?」

 

その言葉ですべてを察した。

 

奴こそ、アルギスに俺の抹殺指令を出し俺の命を狙うアルギスの上司。『あの方』と呼ばれる存在。

 

「お前が『あの方』ってやつか、そっちから来てくれるなら探す手間が省けた」

 

バッと相手を指さし、毅然と宣言する。

 

「お前には聞きたいことが山ほどあるからな。大人しく縄についてもらうぞ!」

 

向こうから出てきたこのチャンスを逃す手はない。奪われた眼魂も全て取り戻し、全ての謎を解き明かす。

その機会を手にした高揚感もあって戦意も増す。

 

「私を捕えようとは片腹痛い、思い上がるなよ人間風情が」

 

どこまでも冷たい感情の乗った言葉を吐きながらローブの少女がおもむろにフードに手をかける。そして取り去っ――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺はその時、何が起こったのかわからなかった。

 

あまりの衝撃、あるはずのない出来事に直面し、その衝撃が容易く思考を停止させた。

 

停止させたのは思考だけではない。一瞬だが呼吸さえもだ。

 

口が開き、顔が瞠目したまま固まる。見開いたままの目は一直線に、晒された少女の顔に注がれている。

高揚しかけた戦意などとうに忘れている。

 

この何でもありな異形の世界に身を置き始めても、微塵もこの出来事の可能性を考えた、あるいは頭によぎったことはなかった。

 

『テストの結果はどうだったの?』

 

脳裏に微かによぎる思い出の数々。

 

『それじゃ、行ってきまーす!』

 

最後だったはずの言葉。

 

 

 

 

 

「お前…まさか……」

 

あの時と何一つ変わらない…いや、見ないうちに少し大人びた顔立ちになった忘れることのない肉親の顔。

ショートカットにしていた髪は幾分か伸びた。だが以前と決定的に、全く変わってしまったものが一つだけある。

 

目。黒だったはずの瞳は赤に変わり、快活で明るさを周りに振りまいていた眩しい瞳は殺意と冷酷さを宿した絶対零度の瞳と化した。

 

衝撃に飲まれ、驚愕の激流に飲まれながらも微かに働く思考が先の言葉を紡いだ。

 

「凛…なのか…?」

 

今、俺の目の前に死んだはずの妹がいる。

 

しかし彼女は何も答えない。代わりに懐から大きな機械のついたブレスを取り出した。

黒い台座に乗った銀のフレームで覆われ、何か球状の物を入れるために開いたスロットがある本体から伸びるクリアグリーンの部位。

 

「それは…!!」

 

立て続けに襲ってくる驚きに呼吸のタイミングを見いだせない。

 

間違えるはずもない。

 

あれは仮面ライダーネクロムの使用する変身アイテム、『メガウルオウダー』だ。

 

俺の動揺、驚愕をよそにそれを左腕にあてがうと黒い装着バンドが巻かれた。

 

続けて取り出したのは眼魂。しかし俺が持っているものと比べてよりメカニカルなフォルムかつオウダーと同じ黒と緑のカラーリング。横に飛び出た起動スイッチを押し込んだ。

 

〔STAND-BY〕

 

囁くようで冷たさを感じる音声が流れ、瞳部分にあたるモニター『クアッドアイリス』が浮かび上がった。

続いて眼魂をメガウルオウダーのスロット『アイコンスローン』に差し込んだ。

 

〔YES-SIR〕

 

オウダー本体を起き上がらせ、『アイコンスローン』の横にある緑色のアクションスイッチ『デストローディングスターター』を押すとシステムが待機状態に入る。

 

〔LOADING〕

 

オウダー本体から肩部に緑色のチューブがついた黒いパーカーゴーストが顕現する。フード部の暗闇に恐ろしさすら感じる程の真っ白な目のような光がともっている。

 

それは凛の周囲を舞うように旋回していく。

 

そして凛の口からどこまでも無感情に、冷たい言葉が放たれる。

 

「変身」

 

再びスイッチを押し、オウダーに充填された霊力が解放される。

解放された霊力は随所に緑色の模様が入った純白の防護スーツ『エクスティンガースーツ』となって全身を覆っていく。

 

〔TENGAN!NECROM!MEGAULORDE!〕

 

舞っていたパーカーゴーストを身に纏い、カメラのシャッターのようでどこか人間の瞳のような模様が浮かび上がっている銀一色の顔面が目を引くマスク中央、そこに銀色の円形の防御フレーム『モノキュラーガード』に保護された視覚センサー兼フェイスシールドである緑色のレンズのような『ヴァリアスゴーグル』が装着されて変身完了する。

 

〔CRASH THE INVADOR!〕

 

完了と同時に森に屹立する木の葉のような色をしたオーラが周囲に放たれ、大気を揺らす。

 

仮面ライダーネクロム。ここに誕生。

 

「紀伊国悠、貴様を抹殺する」

 

 




サブキャラの集い in cafe パート5

「アーシアちゃんは清楚中の清楚って感じがしていいよなぁ」

「せやねぇー、2年、そしてうちらのクラスのマスコットと言えばアーシアちゃんやな!もう見るだけで癒されるわ!」

「同感ね、それにアーシアったら身近なことでもすごく楽しそうに話すの。あの純粋さを見てると自然とこっちも笑顔になるわ」

うんうんと頷き、アーシアの日頃の可愛らしい様子を思い浮かべる5人の会話が弾む。眩しいほどに純粋で優しく、明るいアーシアはすでにクラスの男女両方から絶大な人気を得ていた。

「うむうむ、しかし桐生。お前我らのマスコットともいえるアーシアちゃんになんてものを吹き込んでくれるとはどういうつもりだ?」

そんな中、くいっと眼鏡を直し、じろりと睨むような視線が元浜から藍華に刺さる。

「確かに、その点に関しては私も色々言いたいわね」

厳しい様子で同意の言葉を上げ、腕組む綾瀬。

優等生気質で生真面目な綾瀬は普段から不埒なものを学校に持ち込む松田や元浜に厳しい目を向けている。

「おお…珍しく上柚木が俺達の味方をしてくれた」

「何よ、これはたまたまよ。飛鳥はともかくあんた達にはツッコミどころしかないわ。けどアーシアを変な道に引き込むのは許されることではないわね」

「ふーん」

雰囲気がピリピリし始める中であっても、藍華は不敵な笑みを浮かべる。

「私はアーシアの手助けをしているだけよ。あのエロ魔人の兵藤を振り向かせるためにどうすればいいか、ここはエロの匠と呼ばれる私の出番じゃない」

「えっ…まさかアーシアちゃんはイッセー君のことを…?」

「なっ!?う、嘘だ…!」

「あんたそれに気づくなら綾瀬っちに気付きなさいよ」

「?」

「ハァ…ともかく、本当に私はアーシアの応援をしてるだけよ?アーシアの方が兵藤に合わせるためにエロ知識を求めてるのよ。私だって無暗にエロ知識を広めたりしないわよ、分別のないあんた達と違ってね!」

ドヤ顔で言い放つ藍華に変態二人組は返す言葉もない。

「ぎゃふん!?」

「元浜よ…紀伊国といい天王寺といい兵藤といい、どうして俺達の周りの連中は先を行ってしまうんだ…?」

藍華の言葉が刺さったのか松田は頭を抱えだした。

「あのアーシアが進んでいかがわしい知識を…ハァ…」

まともな人はこの中で私だけなのか。

そう思うとため息が止まらない綾瀬だった。


人形は特に能力がない代わりに物理特化。ガンマイザーは強力な能力があるぶん物理は人形程ではないといった感じです。

新年早々妹から殺害宣言をされる男、紀伊国悠。

次回、「ネクロム始動」


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第48話 「ネクロム始動」

グレモリー眷属とシトリー眷属の見せ場です。

ウルズハントの端白星の真名がマルコシアスらしいのでこっちでも出してみようかと思ったらマルコシアス家が断絶してるので出しにくい件。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
1.ムサシ
3.ロビン
5.ビリーザキッド
7.ベンケイ
11.ツタンカーメン
13.フーディーニ


「くそっ!」

 

ゼノヴィアは舌打ちしながらもガンマイザーの攻撃を捌いていた。

 

数ある聖剣の中でもトップクラスと名高いデュランダルの使い手、それと生まれながらにして驚異的な聖剣との適合体質を持っていた彼女はデュランダルに絶対の自信を抱いていた。

 

『どんな悪魔や吸血鬼が相手だろうとこのデュランダルがあれば葬り去れる』

 

『この絶対的な力があれば主の剣であり続けることが出来る』

 

彼女はこの自信をデュランダルに乗せて振るい、数々の吸血鬼や魔物、悪魔を葬ってきた。

 

だがコカビエルとの戦いでは自分の力量不足のためコカビエルに通じず、さらには精神的に大きなショックを受け戦うどころでなくなってしまいその自信は揺らいだ。

 

しかし、つい最近までの修行でデュランダルを見つめ直し、威力向上に重きを置いた制御に励むことで揺らいだ自信は持ち直し、デュランダル使いとして尊敬するヴァスコ・ストラーダ猊下に一歩近づいたと思っていた。

 

だがしかし、現実はそう甘くはなかった。今こうして多彩な技を放つガンマイザー、そして無駄な被害を出してしまうためあまり大技を使えないという環境で彼女の持ち味は殺されてしまった。

 

「足元は滑るし飛べば雷に打たれる…!」

 

今、ガンマイザーを中心にして床が凍り付き足元が滑るため地に足を付けての戦闘は厳しいものになっている。だからと翼を生やして空中から攻撃を仕掛けようとすれば頭上から雷が降り注ぎ、大雨が寒さで体力を奪う。

 

そして頭上に展開する雲が動きを見せた。

 

ぽつぽつ。

 

雨ではない、ましてや雪でもない。

 

テニスボール並みの大きさの氷の塊が雨のようにとめどなく降り注いできた。

 

「なんだ!?痛いっ!?」

 

氷の塊が彼女の腕に直撃する。

 

「雹ですわ!ゼノヴィアちゃん、防御して!」

 

朱乃は咄嗟に防御魔方陣を展開して降り注ぐ雹を防ぎ始める。

それに応じてすぐさまゼノヴィアもデュランダルで防御する。

 

「ッ…!イタリアでもこんな大きさの雹は降らないぞ!」

 

雹は大きさによっては車を容易にへこませ、人の頭部に直撃すれば死傷者すら出すものである。

人間と比べて頑丈な悪魔といえど連続して直撃を受ければただでは済まない。

 

「きゃっ!」

 

魔方陣の防御範囲を抜けて雹の一つが朱乃の額をかすめる。

次第に雹の降る勢いが増していき、広げた翼が大きな雹に打たれていく。

 

「つっ!」

 

「ああっ!」

 

悪魔の翼にも痛覚神経は存在する。何度も雹の直撃を受け痛みと衝撃に耐えかねついには墜落した。

 

雹はなお、降り続ける。落下して隙を見せる二人目掛けて。

 

「しまっ…!」

 

「炎の聖魔剣よ!」

 

突然、猛炎を乗せた一太刀が二人目掛けて降る雹を一斉に払い溶かす。続けて幾つもの炎の斬撃が続く雹を溶かしつくしていく。

 

「風の聖魔剣!」

 

最後に烈風の刃が雲に向かって飛んでいき、戦場を上空から支配するガンマイザーの雲を一息にて吹き払った。

 

「これは…!」

 

突然の出来事に驚く二人の前に現れる男が一人。

 

「ごめん!待たせたね」

 

やや血が滲んだ端正な顔を見せる、現状唯一無二の聖魔剣の使い手、木場裕斗。

 

「木場、『騎士』なのに遅いぞ!」

 

頼もしい仲間の登場にニヤリと笑って見せるゼノヴィア。同じくガンマイザーに苦戦していた朱乃も希望にほおを緩めた。

 

「…随分手こずってるみたいだね」

 

「ええ、敵の放つ雷は私の『雷』と互角の威力…」

 

「奴の気象攻撃が厄介で接近戦に持ち込めん」

 

それぞれ状況を整理し、このメンバーで如何に攻め込むかを考え始める。

 

「…やむを得ませんわ」

 

一人朱乃が悪魔の翼を広げて、飛び立つ。

 

「悔しいけどアザゼルの言う通りね、本当ならイッセー君の前で使おうと思っていたのに…」

 

幾度も顧問たるアザゼルから今の自分について厳しい言葉を投げられてきた。彼の言うことはもっともで、それを素直に受け入れない自分に問題があることはわかっている。だがそれでも、あの力を認めたくない。

 

しかしもし忌々しい自分の翼を受け入れてくれた彼の前でなら、こんな自分のことを好きだといい、尽くすべきだと決めた彼の前でなら鎖にがんじがらめになった今の自分でも一歩前に進めるのではないか。そう思ったからこそ、この技を編み出すことにしたのだ。

 

その言葉と同時に両手に滾らせる雷が変化を見せる。

 

「これを使う以上は、絶対に倒して見せますわ」

 

決して自分の力を受け入れたわけではない。今でもこの力に強い嫌悪感を感じる。

 

…だが、そのプライドで仲間を危機にさらすわけにはいかない。もしそれを知ればきっと彼も悲しむだろう。

だから今、ここで使う。

 

苛立ち交じりの絶対の決意に煌めく瞳がガンマイザーを射抜いた。

 

そっと手を掲げる。天を指す指がバチバチと放電し始める。いつもの雷がやや白みがかった色合いに変化した。

 

「これは雷じゃない…雷に堕天使の光が乗った雷光だ!」

 

これこそ朱乃の修行の成果、『雷光』。

自身に宿る堕天使の力…光力を十八番たる雷に乗せ、さらに威力を底上げした朱乃の新たな力。聖なる力を宿しているため悪魔や魔物には効果抜群だ。

 

「雷光よ!」

 

カッと稲光り、ガンマイザーに向かって真っすぐ雷光が伸びる。

ガンマイザーも即座に雷雲を生成し、雷条を飛ばしてぶつけた。

 

ただの『雷』とそれに上級堕天使の光力が付与された『雷光』の衝突。どちらが勝つかは明白だ。

 

雷光が一気に押し返し、ガンマイザーに直撃した。

 

バチバチガガガガガガ!!

 

流石のガンマイザーも強烈な雷の一撃に痺れ青と白の入り混じるボディが少し焦げ、動きがぎこちなくなる。

 

「攻めるなら今だね」

 

剣を構えなおす木場。そこにゼノヴィアがデュランダルを差し出す。

 

「木場、交代しようじゃないか」

 

その言葉と行動に、木場は得心のいったように笑う。

 

「…なるほど、あれを試すんだね」

 

頷く彼女、そして差し出されたデュランダルを受け取り構える。

 

木場はコカビエルが起こした反乱時、かつての仲間から抜き取り結晶化した因子を得て聖剣を扱えるようになった。聖剣の中でも高位のものであるエクスカリバーを扱えるほどのレベルに上げる因子、無論それはデュランダルも例外ではない。

 

しかしゼノヴィアが使った時ほど聖なるオーラの輝きや強さは発揮されない。その代わりにより安定性が高まった。

 

デュランダルと入れ替わるように今度はゼノヴィアの周囲にザッと二本の聖魔剣が出現する。

地面から突き出た聖魔剣の柄を握って引っこ抜き、その使い心地を確かめるように軽く振る。

 

サイズの大きいデュランダルを使う彼女に合わせて大振りなサイズの聖魔剣だ。

 

敵も何か仕掛けてくるのを察したのか周囲にいくつも雷雲、そして寒色の雲を生み出しオーラを蓄え始めた。

 

「行くよ、デュランダル・バース!!」

 

聖剣の解放とガンマイザーの攻撃はほぼ同時だった。

 

デュランダルの強大にして持ち主すら傷つけかねない程凶暴なオーラを帯びた聖魔剣が次々と、ガンマイザー目掛けて床から突き出していく。

 

ガンマイザーが生み出した雲から無数の雷撃、氷弾が放たれる。

 

聖魔剣の刃が氷弾を、雷撃を切り裂きながらもその領域を広げていく。デュランダルのオーラを付与された聖魔剣の解放を止めることはできず、ついに鋭く輝く刃がガンマイザーの胴を貫いた。

 

そこに悪魔の翼を生やしたゼノヴィアが急降下するように迫る。

 

「こいつも食らっておけ!!」

 

『騎士』の特性となるスピードを発揮し、生まれながらにして高レベルの聖剣の因子を使って聖なる力をより引き出した二振りの聖魔剣を振るい、すれ違いざまにガンマイザーを切り裂く。

 

過度のダメージを受け、胸に十字の切り傷と無数の聖魔剣に貫かれた跡を残したガンマイザーはとうとうその活動を停止し塵となって霧散した。

 

「やはり、私には二刀流が性に合うな」

 

無数に咲き乱れる聖魔剣を背に、剣に付着した血を払うように二刀の聖魔剣を軽く振るった。

 

もっとも、ガンマイザーに流れる血などないが。

 

 

 

 

 ▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

グレモリー眷属が激闘を繰り広げるホテル最上階ホール。その一つ下の階のホールに出現した迸る雷の支配者、ガンマイザーエレクトリックと相対するのは元七十二柱シトリー家次期当主、ソーナ・シトリーと彼女率いる眷属たち。

 

眷属の一人一人の力は同期のグレモリー眷属と比べれば圧倒的に派手さに欠ける。が、眷属を率いるソーナの知力を活かした戦術特化のチーム構成であり、そのため連携は抜群であった。

 

火力でなく、連携でガンマイザーと渡り合うが敵の高速移動からの強力な雷撃、そして再び高速移動と言うヒットアンドアウェイ型戦法に翻弄され、押されつつあった。

 

そしてまた、ガンマイザーがバチっという音と光の瞬きを残して消える。

 

「またかよ!」

 

この繰り返しに匙が苛立つ。既に前面に立って攻撃するメンバーのほとんどは雷撃を受けダメージを負っている。

だがそれでも一歩も引かずに敵と戦っている。

 

全身の感覚を研ぎ澄まし、次に敵が出現する位置を探る。

 

バチッ。

 

「……そこだ!」

 

匙の叫びと同時に、ガンマイザーが電撃の迸る腕を伸ばし雷撃を放った。

 

「追憶の鏡《ミラー・アリス》!」

 

椿が手を前に突きだすと、大きな縦鏡が顕現する。シトリー眷属の『女王』たる駒王学園生徒会副会長森羅椿、彼女が所有するカウンター系神器『追憶の鏡』だ。

 

雷撃が鏡に直撃し、あっけなく鏡が砕け散る。しかし同時に強烈な衝撃波が割れた鏡から放たれガンマイザーを吹き飛ばす。

 

思わぬ反撃を受けたガンマイザーがカウンターのダメージで一時的に動きを止めた。

 

「今よ!」

 

椿の声に、三人が躍り出る。

 

「たああああっ!!」

 

『騎士』の巡巴柄、彼女の握る二刀の白刃が煌めき、ガンマイザーを流れるように切り裂く。

 

彼女が振るう刀はラファエルが与えた物。熾天使が与えたということから聖剣かと思いきやそうでもない。

彼女にはゼノヴィアや裕斗のように聖剣使いの因子はない。よってこの刀は聖剣、もとい聖刀の類ではないが伝説級の武器を創作することで有名な6つの武器職人の名家、『創星六華閃』が打った業物である。

 

普通ならうん百万はくだらないであろう刀を、ラファエルは自身のコネを利用してタダでこの刀をシトリー眷属に用意したのだ。

 

それを気に入った彼女はこの刀を『天武刀』と名付けている。

 

「そりゃっ!」

 

巡に続くのは『兵士』の仁村留々子。顔面に膝蹴りをかまし、さらに回し蹴りで猛追する。

 

彼女が修行で得た技はキックボクシング。体術を得意とする由良と区別化するためにあえてラファエルは彼女にこの技を習得するよう指示した。

 

「はあっ!」

 

今度は『戦車』の由良翼紗が籠手を装着した拳で殴りつける。

 

この籠手は神の子を見張る者の人工神器研究で生まれた試作品を副総督のシェムハザが今回の修行を機に専用の調整を施し、再利用したもの。

 

内蔵された魔力増幅装置が由良が近接戦にて拳に集中させた魔力を増幅し、拳打の威力を引き上げる。使い方次第では属性を付与した攻撃も可能で両腕を交差すれば籠手の魔力を共振、増幅させて魔力のシールドも発生させることもできる。

 

「喰らいなさい」

 

ソーナが魔力で炎や風の刃を生み出し、攻撃する。

 

彼女が本来得意とする水の魔力は雷を主体とするガンマイザーと相性が悪く使えずじまいで、本領を発揮することは出来ないが魔力操作の緻密性においてはリアスを上回るレベルであり上級悪魔の強力な魔力も相まって着実にダメージを与えることができていた。

 

しかし、それでも敵を倒す決定打には至らない。グレモリー眷属程の火力持ちがいれば状況はより好ましい方へ変わっていただろうが火力より戦略性を重視するチーム構成の弱点…戦略をゴリ押しで突破できるある程度の火力持ちには対応しきれないという点が彼女らを苦しめている。

 

ソーナが後方で結界魔方陣を組む『僧侶』の二人に声をかける。

 

「憐耶、桃!完成まであと何分ですか!?」

 

「1分半です!」

 

ソーナに返事を返す『僧侶』の草下憐耶と花戒桃は二人の手を合わせて共同で捕縛魔方陣を組んでいる。

四大セラフが一人、ラファエル直伝で強力な効果をもたらす半面、まだ未熟であるが故に二人で組まなければならずある程度の時間を要する欠点を抱えていた。

 

攻撃を受けてきたガンマイザーがダメージから回復し、再び光の瞬きを残して消えた。

 

「まただ!」

 

次に現れたのはソーナの背後。

 

「させるか!」

 

反射的に動いた匙が左手の『黒い龍脈』からラインを伸ばし、攻撃を繰り出さんとしていたガンマイザーの腕に巻き付けた。

 

「へへっ捕まえたぜ…!」

 

匙がニヤリと笑む。ラインから力を吸い、接続されている間力が発動するのを妨害して高速移動できないようにした。

 

『…』

 

ガンマイザーがガッとラインを掴んだ。そして電撃を放つ。こちらが向こうによって縛られているということは

向こうもこっちを封じている間、それ以外の行動が著しく制限されるということ。

 

ラインを解除すればまた高速移動で逃げられる。結界を作る時間稼ぎをする好機が失われる。そうさせないために、匙は電撃を受けるしかなかった。

 

「ガアアアアアアッ!!」

 

電撃が匙の身を焼き、喉が裂けるような絶叫を上げる。

 

「い、今です……会長ォ!」

 

「…!」

 

匙の決死の覚悟。それを無駄にしないために、椿たちは猛攻撃を加えんとラインで動きを封じられたガンマイザーに迫る。ソーナもいくつも属性魔力を生み出し、攻撃する。

 

「はぁぁぁぁっ!!」

 

だがそれを黙って受けるガンマイザーではない。ラインでエネルギーを吸われ上手く力を発揮できないながらも無理矢理、強引に力を発動させ全身から放出する。

 

うまく制御されておらずやみくもに周囲を破壊するだけの電撃が放たれた。

 

「きゃああああっ!!」

 

焦げ跡だらけの石造りの床に倒れ伏していくシトリー眷属たち。もはや無事なのは後方で結界を作る花戒と草下だけだ。

 

「ガアアアアアア!!」

 

当然、ラインでつながる匙もこの攻撃をもろに受けることになる。ガンマイザーは次なる標的をあれだけの攻撃を受けまだ鬱陶しくもラインで動きを封じる匙一人に絞る。

 

力の制御が甘いながらも何度も電撃を放てばいやでも当たる。どれほど電撃に打たれようとも匙はラインの接続を解除しない。もし解放すれば、間違いなく後方で結界の生成で無防備を晒す『僧侶』二人組に狙いを定める。二人がやられればこいつを抑える手段がなくなり、この場でシトリー眷属は全滅する。

 

「やめなさい匙!このままではあなたが!!」

 

悲痛な叫びを上げるソーナ。それに歯を食いしばりながら匙が応えた。

 

「会長…!俺達には叶えたい夢がッ、あるじゃないですか…!」

 

ソーナが掲げる冥界に誰でも通えるレーティングゲームの学校を建てるという夢。

彼女はその夢を悪魔の上役たちを前にして堂々と言えるほどに誇りを持ち、何より叶えようという強い意志を持っている。

 

しかし貴族主義と実力主義が渦巻く今の悪魔社会ではそれを絵空事だと嘲笑う輩は多い。彼らはその学校が生まれることで自分たちの足元をすくいかねない下級悪魔、転生悪魔が育成され力をつけるのを恐れている。

 

だがもし、そんな滑稽な夢を掲げる者たちが伝説の赤龍帝、デュランダル使い、聖魔剣使いを倒したとしたら?

 

否が応でも上役たちはその実力を認めるだろう。それがきっと、夢の実現につながる第一歩になるはずだ。

 

「そのために兵藤たちを、グレモリー眷属を超えると決めた…!だったらッ…こんなところで足踏みしてなんていられない!!」

 

俺達は笑われるために夢を持ったのではない、本気で夢見てるんだ、叶えるんだ。

 

そのために、こんなところで負けるわけにはいかない!

 

同時に桃と憐耶が半ば叫ぶように言う。

 

「完成しました!」

 

「匙、離れなさい!!」

 

『僧侶』の二人が、結界魔術を放つ。匙も這う這うの体でラインを解除した。

その光がガンマイザーに触れたとたん、複雑な文字が描かれた光の縄に変化し硬く拘束した。

 

強力な結界魔術により、ガンマイザーの動きは完全に封じられた。

 

「ハァ…ハァ…」

 

息も絶え絶えに膝をつく匙にソーナがさっと駆け寄った。

 

「匙、よくやりましたね」

 

「はい…あれ、『黒い龍脈』が…」

 

匙の腕に巻かれた黒いトカゲ、神器『黒い龍脈』が今だ帯電したままでバチバチと電気を帯びているのである。

 

そうして変化は起きた。

 

突然トカゲが金色の輝きを放ち、金色の鎧のようなパーツが装着されたのだ。

バチバチとガンマイザーが放つ電撃とは比べ物にならない神々しい輝きを放っている。

 

「なんだ…!?」

 

「雷、ヴリトラ…まさか」

 

この現象に一人、ソーナだけが得心が言ったという表情をする。

 

「…この神器に封じられている龍王ヴリトラは、インド神話の神インドラのヴァジュラの雷によって焼かれたと聞きます。もしかすると、その神雷が千々に散ったヴリトラの魂に残留していたのでしょう」

 

「ヴァジュラの雷…」

 

よくはわからないが、とんでもない神の力だということは匙にも理解できた。

そして確信した。

 

…こいつをぶつければ、間違いなく奴を倒せる。

 

そう思ってからの行動は早かった。力を振り絞りゆっくりと立ち上がる。

 

「匙?」

 

「会長…こいつは俺が倒します」

 

そう言う匙の、封じられたガンマイザーを睨む双眸に決意の光が揺らめく。

 

「まさか、匙!もうここまですれば十分です。それにその力は今のあなたには大きすぎます、下手に使えばあなたの命が…!」

 

匙が考えていることを察したソーナが慌てて引き留める。

 

ヴァジュラの雷を放ったインドラ…帝釈天は全勢力の神々の中でもトップクラスの実力者。一部とはいえそんなレベルの力を一下級悪魔が放てばタダで済まない。

 

「いいや、それじゃダメなんです。ここでこいつを倒せなきゃ俺達は兵藤たちを越えられない…!」

 

それは意地だった。自分が、主が掲げる夢。それを叶えるためにいかなる障壁だろうと乗り越えていく意地。それは覚悟とも呼べるもの。

 

同期の『兵士』なのに、自分以上の力を持ち好きな主との関係も何歩も先を行く一誠の姿が匙には眩しくて、羨ましくてしょうがなかった。

 

だから、この瞬間だけでもあいつを越えたい!

 

ソーナの制止を聞かず、歩みを進め始める匙。

 

「俺たちの夢は…!」

 

匙の気迫、何よりその左腕に宿した圧倒的なまでのオーラに危険を察知したガンマイザー。

この場を離れようと抵抗を始めるが、ラファエル仕込みの捕縛結界に身動き一つ取ることすらできない。

 

そうする間にも体力を振り絞り、一歩一歩、確かに距離を詰めていく。

 

ついには手が届く距離まで詰めた。バチバチとけたたましい音と光を神器が放ち始める。

 

「お前みたいな訳の分かんねえ奴にぶっ潰される程やわなもんじゃねえんだよォォォ!!」

 

裂帛の叫び、かの龍王を滅ぼした神雷を宿した右拳を振るい抜く。

 

インパクトの瞬間、けたたましい音を立ててヴァジュラの雷が炸裂。

 

くるめく雷光が視界を真っ白に真っ白に塗りつぶす。暴力的なまでの轟音が周囲の音全てを飲み込んだ。

 

光がやむとガンマイザーが立っていた所には何も残らなかった。ただただ、床が真っ黒に焦げていた。

 

「勝った…のか」

 

「や…やった!」

 

各々が強敵に勝利したという事実に歓喜する。

 

自分達の修行は無駄ではなかった、間違いなく自分たちは強くなっている。

 

普段は物静かな椿やソーナですら安堵の息を吐き、口の端を上げている。

 

皆が勝利に震えるなか、そうでない男が一人いた。

 

「が………」

 

大量の血を吐き散らし、ドッと力なく倒れ伏すのは匙。

仲間の異常にソーナたちは慌てて駆け寄る。

 

「匙?匙!?」

 

「しっかりしてください先輩!!」

 

「元ちゃん!」

 

心配そうにするメンバーの中には泣き顔を見せ始める者もいた。

だからこそ気付かなかった。

 

あれほどの威力の攻撃、周りで暴れる人形が気付かないわけがないことに。

 

近づく人形が、巨斧をソーナ目掛けて振り下ろした。

 

「…ッ!会長、危ないッ!!」

 

「!?」

 

いち早く気付いた椿の叫びでソーナが目を見開き、咄嗟に両腕を交差して防御の姿勢を取る。

 

だがソーナの頭までわずか5㎝というところで突如として人形は完全に動きを止めた。

 

人形が、天球儀に嵌められたリングのようなものが走る光のドームに包まれていた。

 

「…この結界、まさか!」

 

その結界を見て、ある人物の姿がシトリー眷属たちの脳裏によぎる。

 

「ええ、私です」

 

「ラファエルさん!!」

 

長いブロンドの髪をなびかせる大天使が安心させるように微笑んだ。

 

「よく頑張ってくれました。階下にいた人形は全て停止させました、後は私に任せてください」

 

そう言ってさっと手を宙にかざす。

すると温かみを感じる金色の光が生まれ、ソーナたちの下へ飛んでいった。

優しい光が傷にしみわたり、一瞬にして傷の跡を消した。

 

彼女はこの驚異的な治癒能力で何百、何千という天使、悪魔祓い、信徒たちを救ってきた。その功績を以て天使長ミカエルは彼女に四大セラフ、ラファエルの座を与えたのだ。

 

「…この傀儡、『創造』のですね」

 

そして彼女の力は治癒能力だけではない。

バッと両手を掲げ、眩い光力を解き放つ。

 

「『黄道天球儀』!」

 

その一声と共に、会場で暴れる全ての人形が一瞬にして一体一体彼女の結界に囚われた。

 

一度囚われたが最後と言われる程強固な彼女の防御結界は捕縛にも転用することができ、多くの敵対する悪魔や堕天使を悩ませてきたものだった。強固故に内側からの破壊、脱出は不可能と言われている。

 

敵の捕縛を刹那の内に終えたラファエルに嗚咽を漏らすような泣き顔で仁村が懇願する。

 

「ラファエルさま!匙を…匙を助けてください!」

 

「わかっています」

 

人形たちを結界で閉じ込めて早々に倒れ伏す匙の下に駆け寄るラファエル。

匙の胸に両手を添えて、暖かな金色の光を放つ。

 

「…」

 

如何に治癒で名をはせたラファエルと言えど寿命を削るほどのダメージを追った者の治療は予断を許さない。

真に迫った表情で治癒の力を注ぎ込むラファエル。その甲斐あって匙の荒い呼吸も落ち着きを見せ始めた。

 

「あまり無茶が過ぎると、ソーナが悲しみますよ」

 

大天使が小さくそう呟いたことを知る者は誰もいない。

 

 

 

 

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「ふっ!」

 

「凛!やめろ!!」

 

俺の制止を聞かずに凛は攻撃を仕掛けてくる。

次々と繰り出される拳を後退しながらいなす。

 

いなしながらも伝わる拳の威力に顔を歪める。

 

「俺がわからないのか!?」

 

「……」

 

俺の言葉に何も返さず、攻撃の手を緩めない。

 

どうして凛がこんなことを…!?あいつはこんなことをするような奴じゃなかったのに!あいつは優しくて、まぶしくて、それで…!

 

「がっ!」

 

次から次へと続く衝撃の出来事に狼狽し、冷静さを失った俺に一発拳が入る。

その威力にずざざと後退する。

 

「…そうか、転生して体が変わったから!」

 

魂は今まで通りだが、その器はこの世界の人間の物。仮に今変身解除してもあいつにはわからないだろう。

…ここは凛を無力化するしかないのか!

 

拳を握りしめるがふと思いとどまってしまう。

 

「っ…!」

 

自分の妹に手を上げるなど、兄として最低で失格だ。

 

だがどういう理由があるのか知らないがむこうは本気で俺を殺すつもりのようだ。やらなければこっちがやられる。

 

…業が深いな、俺。

 

「痛いけど我慢してくれよ…!」

 

大人しくさせて、しっかり言い聞かせるしかないか!

 

即座に飛び出し、一気に距離を詰める。

 

しかし向こうは防御の姿勢も、回避する動作の一切を見せない。

むしろ両腕を広げて、俺の攻撃を受け入れるかのようだ。

 

そのまま俺の拳がネクロムの腹に打たれる。

 

「っ!?」

 

おかしい。

 

確かに攻撃が当たった。なのに手ごたえが全くない。

 

…違う、俺の拳があいつの腹に沈み込んでる。その周囲が、緑色の液状のようなものに変化している。

 

「『液状化』…この状態に一切の直接攻撃は通用せん」

 

そうだった…!今まで動揺していたせいで完全に忘れていた!

 

動揺する俺に構わず、膝撃ちをかました。

 

「ぐっ!」

 

続く回し蹴り、飛ばされた俺は木に叩きつけられる。

 

「が…」

 

「さて…」

 

凛は次なる一手に動く。

オウダーから俺の使うガンガンハンドを白と緑色にし、ガジェットを合体するコネクター部が眼魂を入れるソケットに変更された武器、『ガンガンキャッチャー』を召喚した。

 

(それも使えるのかよ…!)

 

原作では登場時には使えず、アランがサンゾウのお供との修行をこなすことでシステムによるロック解除されてようやく使用可能になった代物。

 

続けて俺から奪ったノブナガ眼魂をソケットに装填する。

 

〔DAIKAIGANN!〕

 

スライド変形させて銃モードにすると、砲口に紫色の光が宿り周囲に無数のガンガンキャッチャーの幻影が出現した。

 

普段は自分が使ってたからわからなかったが敵にするとこうも恐ろしいもんだな、ノブナガ眼魂!

無数の銃口が一斉に自分に向けられるのは中々迫力があるし、何よりビビる。

 

ノブナガ眼魂がない今、あの手数に対応できる眼魂は一つしかない。

 

〔カイガン!ビリーザキッド!百発百中!ズキューン!バキューン!〕

 

すぐさまビリーザキッド魂にゴーストチェンジし、飛来したバットクロックとガンガンセイバーガンモードを握り『アイコンタクト』する。

 

〔ダイカイガン!〕

 

こちらも二丁の銃に霊力を込める。

 

互いに銃口を向け、霊力の充填が完了するのを待つ。

 

トリガーを引くのは、コンマの差で凛が先だった。

 

〔OMEGA FINISH!〕

 

〔オメガシュート!〕

 

両者の銃が一斉に火を噴き、激しくぶつかり合う。

 

ノブナガの能力を発動しての一斉掃射をビリーザキッドの早撃ち、連射で迎え撃つ。

 

霊力同士でぶつかってできた閃光の中をかいくぐって、一発の霊力弾が真っすぐ飛来した。

 

「がっ…!?」

 

直撃、しかも当たり所が悪く胸に強烈な衝撃を受け心臓が苦しくなる。幸いにもそれが最後の一発だったらしくそれ以降の攻撃は来なかった。相手の眼前で思わず膝をつく。

 

…ダメか。

 

純粋な性能差か、それとも向こうの実力が上だったのか。

 

だが理由がどうあれ、今こうして地に這いつくばっているのは俺だ。

 

悔しさと悲しさで胸がいっぱいになる。

 

「終いだ」

 

残酷にもそう告げ、オウダー本体を起き上がらせ、叩くようにアクションスイッチを押した。

 

〔DESTROY!〕

 

音声が鳴り、オウダーは必殺待機状態に入る。

 

〔DAITENGAN!NECROM!〕

 

さらにスイッチを押すと同時に凄まじい量の若葉のような緑色の霊力が右脚に蓄積され始める。

その量は明らかに俺がダイカイガンで引き出す量を大幅に上回っている。

 

数々の実戦を経て鋭くなりつつある俺の勘が告げている。

 

あれを喰らえばただでは済まない。

 

「くそっ…!!」

 

拳を地面に叩きつける。

さっきの一撃を凌げなかった俺に、明らかにそれ以上の威力を持つであろうあの技を防ぐ手立てはない。

 

どうして、どうして凛が俺の命を狙おうとする?なんで俺が実の妹に殺されなければならない?あんなに仲が良かったのに。そう思っていたのは俺だけだったのか?

 

ここで俺の道は終わるのか。…いや、これが報いだ。あの時、自分に与えられた力に喜ぶばかりでいかなる理由があろうとも一つの命を消した俺の、末路。

 

そう思うと涙がこぼれてくる。俺に相応しい末路だ、あんなに俺を仲間だといい信じてくれる兵藤たちに秘密を作り、嘘をついてきた奴に相応しい。

 

もう俺の心は砕かれてしまった。力が出ない。死に別れた妹と最悪の再会を果たし、さらにはその妹こそ俺の命を狙う者だったというあまりに残酷すぎる状況、俺の心に氷の如く冷たい絶望が巣くう。

 

神器は人の思いを動力源にして駆動する。それは戦闘などで強い意志を持てば基礎スペック以上の力を発揮することだが裏を返せば精神的に大きなショックを受け、マイナスの方面に心が向いてしまった場合スペック以下の力を出してしまうことだ、最悪神器自体が発動しないこともある。

 

「運命のあるがままに、ここで果てるがいい」

 

心が折れ、うなだれる間にも凛は一息にて跳躍、強烈な霊力を纏った飛び蹴りを喰らわす。

 

〔OMEGAULORDE〕

 

躱す気力すらわかず、渾身の一撃が俺の胸に叩き込まれた。

 

「ガフゥアッ!!」

 

霊力の炸裂、爆発が大きく俺を吹き飛ばす。

何度も何度も地面を横転し、ついには木に強く頭を打ちつけた。

 

「がっ…ハァ…ハァ…ハ……」

 

〔オヤスミー〕

 

変身が解除され、自分の胸にでかでかと刻まれた傷が露出した。

目を背ける程に肉が弾け、血がどくどくと流れ止まらない。

 

失血と衝撃で意識は急速に沈みつつある。

 

「俺は…ゆう…が…だぞ……」

 

「……」

 

そう言ってもうんともすんとも言わず、凛はただただ俺を見下ろすのみ。

 

「どうし……て…り…ん……」

 

思い出に縋るような、か細い声を残して意識は完全に落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ふふっ」

 

眼下で無様にもぐったりと横たわる悠を見て、凛は小さく笑う。

 

「こんなことがあるとはな…なるほど、今回はそううまくいかないかもしれないな」

 

足元に無造作に転がる多くの眼魂。それらを一つ一つ拾い集めていく。

 

「その傷ならもう助かるまい。…だが、念には念を入れておくか」

 

その手に緑色と黄色の混ざったオーラを纏わせる。

 

体を消し飛ばし、悪魔の駒で転生できないようにする。

 

オーラを発射しようとしたまさにその瞬間。

 

〔ファンキーショット!ロケット!〕

 

「!?」

 

森の木々を合間を縫って、ロケット状のオーラが飛んできた。

反射的にオーラの標的を弾丸に変えて、迎撃する。

 

「誰だ?」

 

すぐさま辺りを見渡し、攻撃を放った敵を探す。

 

だがその敵は自ら姿を現した。

 

ゆっくりと歩を進め、近づくのは上半身の至る所に歯車が装着された戦士。

黒いアンダースーツの上を右半身に白、左にターコイズブルーの歯車がついた装甲が覆っている。

 

人間の機械技術の発展とは違うベクトルで進歩してきた文明を持つ冥界にそぐわない、機械と言う要素を全面に押し出した謎の戦士の登場に凛は警戒と驚きを隠せなかった。

 

「その男を殺されると困るのでな」

 

謎の戦士はまるで工場設備のような装飾がついた剣銃を構えなおす。

 

「それに、お前を看過しておくわけにもいかんようじゃ」

 




サブキャラの集い in cafe パート6

話題はアーシアから一誠へと移る。

「最近さ、イッセーの奴凄くねえか?」

「確かに、最近は凄いを通り越して困惑するレベルね」

5人は4月からの一誠の大きな変化を思い返す。

「英語がペラペラになるし、一年の時と比べると筋肉もついてきたし、そして何より周りに美少女が!!」

4月のある日を境に、一誠は何の前触れもなく英語をネイティブスピーカーの如く流ちょうに話すようになった。聞けば塾に通っているわけでもないし、ましてや海外に言った経験もない。この5人を含めたクラスメイトは度肝を抜かされたものだった。

ちなみに天王寺達はつい最近一誠の家が大規模に増築され、オカ研の女子たちが住むようになったことは知らない。

「三年のリアスお姉さまとアーシアちゃんがホームステイしてるって話やな、ほんまに羨ましいわぁ…」

学園中の生徒のあこがれの的であるリアス・グレモリー先輩が一誠の家にホームステイしている事実は彼らの周辺の人物にのみ知れ渡っている。もし学園中の皆が知っていたら、おそらく一誠はこの世に既に存在しなかったかもしれない。

「なあ知ってるか?あいつの最近の弁当、アーシアちゃんとリアスお姉さまが作ってるんだってよ」

「へえ、アーシアは料理スキルを磨き始めたのね。…綾瀬っちもアーシアに習ったら?」

意味ありげな目線を綾瀬に向ける藍華。ため息交じりに綾瀬は返す。

「私の前で料理の話は止めて…」

「あはは…」

二人のやり取りを見て苦笑いする飛鳥。
彼の脳裏には一年前、綾瀬の手作り弁当を口にし10分ほど意識が吹っ飛んだあの事件の光景が浮かんでいる。丁度その時居合わせた悠も試しにと口にしたところ同じような現象に見舞われ、それ以来綾瀬の手料理には気を付けようと強い忌避感を持ってしまうようになった。

「…なあ、イッセーはどうしてオカ研に入れたんだろうな?」

「別ベクトルだけど、有名人と言う意味ではオカ研のメンバーと同じだからじゃない?」

「じゃあ俺達だって入れるんじゃないか!?」

藍華の何となくな答えに松田の心に変に火がついてしまう。それは元浜にも飛び火し。

「そうだな松田、今からでも兵藤に掛け合って…」

「あんたらマジで学園中の生徒に殺されかねないからやめときなさい」

ジト目…というよりはガチめの心配そうな表情で突っ込む藍華だった。






これを書くにあたってシトリー眷属の強化案を色々考えました。
ソーナと椿は現状そこまで強化する必要がないので特にないです。

シトリー眷属は後に人工神器をもらえるのでその時に活きる強化にしたいと思いまして、仁村はキックボクシング、巡は新しい刀をゲット、僧侶二人組はラファエルに補助関係を相当しごかれました。

そして何気に匙が超強化。ただし現状は寿命を削り体力の消耗も半端なさ過ぎて一発で意識が飛ぶレベルなので当分は使い物になりません。モチーフは…電気を受けて強化したライダーと言えばわかるでしょうか。

そしてギャスパー。すまんな、うまく出番を入れられなかったよ…。

次回 「赤・龍・覚・醒」


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第49話 「赤・龍・覚・醒」

今年の目標はパンデモニウム編まで進めることです。英雄派と悠のやり取り、色々考えてます。しかしZ/Xの方で想定外すぎる展開に遭いちょーっと悩んでおります。まあ4章の終わりまでに影響はありませんが。

ヘルブロスについては外伝で掘り下げます。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター



目下『禍の団』を称する悪魔の襲撃を受ける魔王主催のパーティー会場となるホテル、その近隣の森にて二人の戦士がマスクの裏からにらみ合う。

 

片や黒いパーカーを身に纏う純白の戦士、仮面ライダーネクロム。

 

そしてもう一人は左上半身にターコイズブルー、右上半身に白の歯車を装備した奇抜なシルエットの戦士、ヘルブロス。

 

ヘルブロスが携えるは紫色の銃身に金色の歯車が嵌められた銃『ネビュラスチームガン』に赤いバルブが取り付けられ金色の刃が輝く片手剣『スチームブレード』を合体させた『ネビュラスチームガン ライフルモード』だ。

 

先に仕掛けたのはネクロム。颯爽と距離を詰める。

 

そうはさせまいとヘルブロスは銃撃で牽制するがネクロムは全ての攻撃を液状化で無効化し、攻撃をものともせず直進、近接戦を許してしまう。

 

迫る拳をスチームガンで受け止める。

 

「忘れもしない忌々しい気…貴様、『叶えし者《キラツ》』か!」

 

「…それを知っているとは、貴様どこまで我々のことを知っている?」

 

ぶつかり合い、言葉を交わす両者。ヘルブロスが発した言葉には並々ならぬ敵意が乗っていた。一方ネクロムが発する言葉には感情のない、ただただ冷静に状況を俯瞰するだけのものだ。

 

拳をスチームガンで受け止めながらライフルからブレードを分離し牽制の剣戟で反撃する。

 

「答える義理はない!」

 

「ならこちらも答える義務はないな」

 

それを液状化ですり抜け、お返しにとパンチを見舞う。

 

拳打、さらに蹴りの連撃を上手く流しつつも後退するヘルブロス、スチームガンに手のひらサイズのボトルのようなもの…フルボトルを差し込む。

 

〔フルボトル!冷蔵庫!〕

 

さらにブレードのバルブを回転させる。

 

〔エレキスチーム!〕

 

スチームガンの銃口に冷気が、ブレードの刃が電撃を帯びる。

 

「…!」

 

〔ファンキーアタック!冷蔵庫!〕

 

横薙ぐようにスチームガンをネクロムの足元目掛けて撃ち、冷気を纏った弾丸がネクロムの足を凍らせる。

地面に張り付くように足を凍らされ、液状化を発動できないネクロム。

 

「『液状化』の弱点をもう見抜くか…!」

 

「固めてしまえば液状化も使えまい!」

 

好機を逃さんと一気に馳せ、電撃を乗せたブレードでネクロムを切り裂いた。電気を帯びているため液状化ですり抜けようとすれば逆に痺れてしまう。そのため液状化を発動せず受け切るしかなかった。

 

流れるように怒涛の剣戟を放ち、最後に電気を帯びた刃をネクロムに当てる。

 

「…!」

 

刃から電気を流し込まれ、動きを鈍くするネクロム。続けてヘルブロスはスチームガンに新たなフルボトルを装填する。

 

〔フルボトル!ガトリング!〕

 

「液状化は厄介な能力だが…対処法が分かれば大したものではないな」

 

〔ファンキーアタック!ガトリング!〕

 

ためらうことなくトリガーを引き、銃口からエネルギー弾を至近距離で連射する。

 

「ぐぅぅぅっ!!」

 

エレキスチームにより液状化を封じられ、足元を凍らされたネクロムはガードすることもできず全弾をまともに受けてしまう。

 

衝撃に吹っ飛ばされ土煙を巻き上げながら地面を横転していく。

 

その中でごとごととネクロムが奪った眼魂のいくつかが転がっていく。それをヘルブロスはさっと拾い集める。

 

液状化とは文字通り自身の体を液状にすること。それにより敵の攻撃を無力化したり狭いところをすり抜けるといった芸当が可能になる。便利に見える技だが無論弱点はある。

 

それは『液体』としての弱点。一定の温度以下に達すれば凍り、一定の温度以上になれば蒸発する、さらには電気を通す(水に溶けている物質により)液体の特性をヘルブロスは突いたのだ。

 

「ちぃ…」

 

「ふん」

 

状況はヘルブロスに傾きつつある。この調子で攻めれば勝利は間違いないだろう。

 

そして何より、相手が敵の眷属であるということが何より彼女の戦意を沸き立たせていた。憎き敵に願いと魂を捧げ眷属になった愚者に負けるわけにはいかない。

 

(…いや、ここでこいつを捕えれば情報を抜き出せるのではないか?)

 

ふとヘルブロスにその考えが浮かぶ。幸いにあの世界で得た力のおかげでその手の技には困っていない。

この世界であの者達が何を企んでいるのか聞き出せば協力してもらっているあの大天使の役にも立つだろう。

 

このチャンス、逃す手はない。

 

「…ん」

 

そう考えている時視界の隅に映ったのは力なく倒れている悠。胸からとめどなく血を流し顔色は白い。

 

この出血量と傷からして事切れるまでそう長くはない。

 

「しまった」

 

それを見て一気に先までの考えが霧散した。そして久々に滾りかけた戦意が冷め、思い出す。

 

自分がこの場に介入した理由は何か、それは悠を助けるためだ。そしてその悠は重傷を負い一刻も早い治療を必要としている。

 

それに思い至った時、戦意はふっと消えた。代わりに脳裏に浮かぶのは今何を為すべきか。

 

専用の電脳空間『ウェポンクラウド』からフルボトルを一つ実体化させスチームガンに装填する。

 

〔フルボトル!ライト!〕

 

〔ライフルモード!ファンキーショット!ライト!〕

 

即座にライフルモードにし空に向け、一発放つ。

しゅるしゅると光の尾を引いて空へと昇り、一際大きな光を放って消えた。

 

突然の行動に疑問符を浮かべるネクロムだったが、すぐに敵が意図するものに気付いた。

 

「信号弾…!」

 

「さて、どうする?ここは引かねば異変に気付いたラファエルやグレモリー眷属たちが駆けつけてくるぞ?」

 

「…ちっ」

 

一瞬の逡巡を見せ、凛はノブナガ眼魂を取り出す。そっと手をかざすとバチバチと紫色の靄が生まれ、火球へと変化すると森のより奥へと飛来していった。

 

「この借りは返す」

 

手短にそれだけ告げて、刹那の内にこの場から消えた。転移魔法もその類の物の一切を使わずに。

それを見届けるとすぐにヘルブロスは木の根元で倒れる悠の下に駆け寄る。

 

「この傷は…妾の手に余るな」

 

胸に深く、大きくつけられた傷を見て言う。すぐに判断を下したヘルブロスは通信を飛ばす。

この通信機能は機械同士ではなく通信魔法とも繋ぐことができる。数秒の後、通信は繋がった。

 

「ああ、忙しいところ済まぬが大至急こっちに来てもらえんか?」

 

『――』

 

短い問答の後通信を切る。

 

「戦闘系の技ばかりを追求してきたツケか…まああの大天使に任せれば何とかなるじゃろ」

 

ため息を吐きながらも天を仰ぐ。

 

自分の無力さを悔やみ、敵を倒す力を得ようと様々な世界を巡り、その世界での技術・あるいは文明を研究し戦闘技術を得てきた。だが敵を倒す飛びぬけた力に執着するあまり回復・治癒系の突出した術に目を向けてこなかったことに気付かされた。

 

あの大天使たちと協力関係を結んでおいてよかったと心から安堵する。まだこの少年を死なせるわけにはいかない。この世界に存在しない敵と戦うなら、こちらもこの世界には存在しない力で応じるまで。

 

「さて、基地に戻って今後のことを考えるとするかな」

 

スチームガンの十八番とも呼べる黒い煙を巻き、ヘルブロスはこの場から姿を消した。

 

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

ヘルブロスとネクロムが戦いを繰り広げた森のさらに奥でもまた戦いは起こっていた。

 

相対するのは赤い龍の鎧を身に纏う兵藤一誠と、『禍の団』ヴァーリチームに所属する猫又。黒い着物を着崩し、豊満な胸を惜しむことなく強調する漆のごとき黒の髪の持ち主、名を黒歌という。

 

マスクの裏で自信に満ちた表情で彼女を睨む一誠はつい先ほど禁手に至った。

 

その方法はまさしく空前絶後、主の乳首を押すと言う物。あまりのひどさに籠手に宿るドラゴン、ドライグはほぼ涙目だ。

 

一誠の隣に立つ当のリアスは黒歌が生み出した毒の霧を吸ったことも相まって悪い顔色に気恥ずかしさも混じっていた。

 

「兵藤一誠!よくぞやった!」

 

「オイオイまじかよ、こいつピンチに覚醒するタイプか!」

 

上空で両者一歩も譲らぬ戦いを見せるのはこれまたヴァーリチームの妖怪、美猴と元龍王タンニーン。

金色の雲、『筋斗雲』に乗る美猴は小回りを活かして最上級悪魔タンニーンの猛攻に一歩も引かない。

 

2つの戦いは一誠の覚醒を機に、一気にグレモリー眷属側へと傾き始めていた。

 

しかし。

 

「なんだあれは?」

 

美猴の如意棒の打撃を防ぐタンニーンがふとこちらに向かって飛来するものを目にとめた。

 

一見それはただの等身大の燃え滾る火球に見える。しかし龍王はその火球に秘められた異質な力に感づいた。

 

それと同時に火球は人型の異形へと姿を変える。肩部と胸部、そして頭部に埋め込まれた大きな赤い宝玉が目を引く炎の化身、ガンマイザーファイヤー。

 

「あれは…」

 

「『禍の団』の援軍かしら?」

 

突然の乱入者にその場に居合わせる誰もが注意を奪われる。

 

これを機にと美猴は筋斗雲を飛ばして一気に後退して森に降り、黒歌の隣に立つ。

 

「よっと!なんだあいつ?お前知ってっか?」

 

「知らないわよあんなの」

 

黒歌は不機嫌そうに返事する。自分の言うことを素直に聞かない妹、小猫…いや、白音と、弱いくせに意地だけはいっちょ前な下級悪魔、兵藤一誠に自分が追い込まれかけている事実が彼女を苛立たせていた。

 

「私もですね、あのようなものは見たことも聞いたこともありません」

 

「そうかアーサー…ってお前いつの間に!」

 

驚く美猴の視線の先には金髪に紳士服を着こなす青年。その腰には二振りの静かに聖なるオーラが滲み出る剣が治められている。

 

眼鏡をくいっと上げ、答えた。

 

「帰りが遅いので気になって来たんですよ、黒歌だけかと思ったらあなたまで…」

 

「いやいや、天龍に龍王だぜ?これで滾らなきゃ孫悟空の子孫として名折れってもんよ!」

 

楽しそうに軽口をたたく美猴にやれやれとアーサーが肩をすくめる。

 

「あなたもヴァーリの仲間ね」

 

「ええ、名をアーサー・ペンドラゴンと言います。そう言うあなたはリアス・グレモリーですね?」

 

リアスの言葉に答えるアーサーは静かに鞘に納められた剣を握る。

 

「聖剣の頂点に立つ聖剣、『聖王剣コールブランド』の使い手としてあなたの眷属たるデュランダル使いと聖魔剣使いに是非手合わせ願いたいと伝えてください」

 

そして剣を鞘から抜き放つ。惚れ惚れするほど美しい金色の刃の輝き、芸術のような装飾が施された鍔や握り。これこそが聖剣の中で上の上に位置するデュランダル、エクスカリバーを越える聖剣、『聖王剣コールブランド』。

 

それを音もなく、それでいて素早く振り下ろすと剣閃が空間を切り裂く。ぱっくりと開き、その向こうには底なしの虚無が漂う。

 

「それでは」

 

アーサーたちヴァーリチームは恐れることなく踏み込み、その姿を消していく。

最後に黒歌が軽く、親しい友人に挨拶をするかのように笑いながら手を振る。

 

「じゃあね~白音、今度会った時はお姉ちゃんの言うことを素直に聞いてくれると嬉しいにゃん♪」

 

それに対して白音…小猫は一瞬瞑目し、開くと毅然とした態度で返す。

 

「…私にはイッセー先輩たちがいます。もうあなたを恐れません、そして…私の力を恐れません」

 

「…ふふっ」

 

その返事にまんざらでもないような笑いを浮かべ、今度こそ空間の先に消えていった。

 

「待ちなさ…きゃっ!」

 

追いかけようとしたリアスを熱波が襲う。思わず足を止め、気を取られた隙に空間の裂け目はすっかり消えてしまった。

 

〈挿入歌:Just the beginning(仮面ライダーウィザード)〉

 

熱波を放ったのはガンマイザー。今度は大きな火炎弾をいくつも地上にいる一誠に向けて放つ。

 

「うわっ、あちっ!」

 

両腕を交差し、迫る火炎弾を防御する一誠。

 

「鎧越しに伝わる熱さはライザー以上だな…!」

 

思い出すのはライザー・フェニックスとの一騎打ち。あの時、左腕をドライグに差し出して10秒間だけ禁手を発動しこの鎧を纏ったが、こちらが完全なだけあって防御性能も溢れる力も段違いだ。

 

それでも熱を感じさせるあの怪人の放つ炎には舌を巻くしかない。

 

ばさっと龍の翼をはためかせ、炎を吹き払う。そして羽ばたき、森の上空にてガンマイザーと対峙する。

 

「でも、今の俺なら!」

 

背中のバーニアを吹かし、猛進する。

真っすぐ、並の悪魔なら反応することすら困難なスピードで突進、ガンマイザーに重いパンチを喰らわそうとする。

 

しかし、攻撃が当たるどころかすれすれにガンマイザーを通り過ぎ攻撃は不発した。

慌ててブレーキをかけ、ぐいんと体が慣性の法則で前に持っていかれる。

 

「うぉぉぉ!?」

 

なんとか収まり、再びガンマイザーへと目を向ける。

 

「さっきは上手くいったけどダメか…!」

 

黒歌との戦いの最中、禁手に覚醒した一誠は妖力と仙術をミックスした攻撃をことごとく弾き、あるいは鎧で防御しながら圧倒的スピードで迫り、寸止めの拳を決めた。

 

そのスピードを活かせればと彼は思ったのだが結果は先の通り。

 

『急くな相棒、まだ至ったばかりで力の扱いになれていない。無茶をすれば禁手の維持時間が急速に減るぞ』

 

「わかったよ!」

 

籠手からの声に応答し、今度は翼の羽ばたきだけで距離を詰める。

そうはさせまいとガンマイザーが無数の火炎弾を放つ。

 

スピードはバーニアを吹かした時と比べれば格段に落ち、何度か火炎弾が鎧をかすめるが順調に距離を詰め、ついに拳打を放つ。

 

〔Boost!〕

 

「オラァ!」

 

倍増した力で真っすぐに放たれた強烈な拳がガンマイザーを仰け反らせる。

追撃に今度はキックを決めようとした瞬間、ガンマイザーはその身を火球に変え全身から猛炎と赤いオーラを放つ。

 

至近距離にいた一誠はたまらず受け、弾き飛ばされる。飛ばされながらもなんとか翼でバランスを取ったため地面に激突せずに済んだ。

 

「あちい、このままじゃ蒸し焼きになりそうだ!」

 

鎧越しに来る熱、さらに鎧の防護、密閉性も相まって鎧の中はサウナのように熱い。かといってマスクだけでも解除すればあの攻撃を浴びた際、高火力でもろに顔面を焼かれてしまう。

 

鎧の中は汗まみれ、せっかくのスーツは土に汚れその上びしょびしょ。熱中症にもなりそうだ。夏ではあるがほどよい暑さと涼しさの冥界で熱中症にはならないだろうと思っていたがそうでもない。

 

涼をとりながら敵を攻撃する方法…。

 

「あ、そうだ」

 

思いつくや否やバッと右腕を横に広げ、そのままブーストを吹かして突撃する。向かってくる風が鎧の微かな隙間から入ってきて気持ちいい。

 

「おらぁぁ!!」

 

飛び出す一誠はまたもやガンマイザーのすれすれ横を通って通り過ぎるかと思いきや、広げた腕がラリアットのようにガンマイザーに炸裂し一気に吹っ飛ばした。

 

「どうだ!」

 

『相変わらず破天荒なことを考える奴だ』

 

苦笑交じりに感想を述べるドライグ。そして一誠は次の攻撃の準備をする。

 

〔Boost!Boost!Boost!〕

 

「いっけぇドラゴンショットォ!!」

 

倍加した赤いオーラをぶっぱなし、追撃にと吹っ飛んだガンマイザーを攻撃する。向こうも宝玉を輝かせ業火のオーラで応戦するがあえなく禁手に覚醒した赤龍のオーラに押し切られ直撃を受けてしまう。

 

オーラが消えると、そこにあったのは全身から煙を上げバチバチと機械のようにスパークを起こし、片腕をもがれたガンマイザーの姿があった。

 

動きも鈍く、オーラも弱い。限界が近いのは明白だ。

一誠は籠手に宿る龍に声をかける。

 

「ドライグ、例のアレいけるか!?」

 

『ああ、相変わらず一度の戦闘につき一回の技だが負担が減るよう調整しておいたぞ』

 

「それで十分!」

 

〔Boost!Boost!Boost!Boost!Boost!〕

 

マスクの裏でニッと笑うと音声と同時に『増加』が発動、神器の力が倍以上に増していく。そして背部のバーニアが爆音にも似た音を発し絶大な赤いオーラを吐き出す。

 

ゴォォォォォ…!!

 

やがて赤々と滾るオーラは西洋の龍の形へと変じ、勇ましくも咆哮を上げる。

 

かつてヴァーリ・ルシファーに一泡吹かせた大技。不完全な禁手で放ったあの時と違い、修行を経て完全なる禁手に至った。調整したといってもその事実で威力は大幅に向上しているのは明らかだ。

 

「行くぜ」

 

それを見計らい一誠はバーニアを吹かす。猛進する一誠と龍、ガンマイザーは最後のあがきにと火炎弾を連発するがそれでも猛進は止まらない。

 

「トドメだぁぁ!!」

 

一撃目はオーラの龍の噛みつき、そして数秒後に赤い流星と見まがう一誠のキック。

 

「ハァァァァァァァ!!」

 

叫びとともに突き刺すような猛烈なキックを放ち、オーラの龍と共に凄まじい勢いで流星の如く地面と激突した。

 

轟音と豪風が森を揺らし、猛烈な破壊をもたらす。煙が晴れると一誠が立つところには小さなクレーターが出来ており、辺りの木々は軒並みなぎ倒されていた。

 

「ハァ…ハァ…」

 

一誠は足元にいる存在を見下ろす。

 

クレーターの中心で四肢をもがれボロボロになったガンマイザーが上体を起こそうとした瞬間、ついにただの塵と化しその活動を完全に停止した。

 

「か、勝った…」

 

兜を消し、荒い息を吐く一誠。籠手から機嫌の良さそうなドライグの声が鳴る。

 

〔初陣を白星で飾るとは、流石だ相棒〕

 

「ああ…でも」

 

〔どうした相棒?〕

 

「水が飲みたい…」

 

汗だらけの顔、そして疲れ切った様子で切実な思いを吐く。さっきまでのサウナ状態から解放されたのはいいがのどがからっからだ。

 

黒歌からの連戦で疲れ果ててしまったので、今は早く涼をとりながら水分補給をして休みたい。

 

〔ハハッ!乳でなければ何でもいいさ、パーティーに戻れば貰えるんじゃないか?〕

 

「そういえばパーティーのことすっかり忘れてたぜ…」

 

様子のおかしい小猫を追いかけてきてから黒歌と遭遇、そして戦闘。さらには突然乱入してきた謎の怪人との戦闘。パーティーのことなど考える余地もない濃密な時間を過ごした。

 

会場に戻ったらどうみんなに説明しようか…。

 

「イッセー!」

 

「そこにいたか兵藤一誠!」

 

「イッセー先輩!」

 

「…さ、皆の所に戻るか!」

 

笑顔で駆け寄るリアスとタンニーン、そして小猫を認めた一誠は笑顔とサムズアップで答えたのだった。

 

 

 

 

 

 ▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

 

兵藤一誠がガンマイザーと激闘を繰り広げている頃。

 

グレモリー眷属及びシトリー眷属の活躍によりガンマイザー3体は倒され、残る人形たちも会場に居合わせた若手悪魔たちにより破壊、あるいはラファエルによって停止し事件は終息を迎え始めた。

 

ホテルでは駐留の軍が駆け付け、破壊された設備の修復作業に入り、負傷者の治療および遺体の身元確認が行われている。

 

だがそんな中、本来会場にいるはずの者が3人行方をくらませていた。リアス・グレモリーとその『兵士』赤龍帝こと兵藤一誠、そして和平協定推進大使紀伊国悠である。

 

参加者の目撃証言を基にホテル周辺の森を中心にした捜索活動が即座に行われ、グレモリー眷属のメンバーも何人かが参加した。

 

「どこにいるんだ、悠…!」

 

今、翼を生やして空から3人を探すゼノヴィアもその一人。その表情には心配の色が色濃く浮かんでいる。

そしてふと、隣で共に飛ぶ人物へと顔を向ける。

 

「…しかし、本当にこちらについてきてよかったんですか、ラファエル様?」

 

「ええ、重傷の者は全て治療しましたし後はアーシア・アルジェントや病院に任せて問題ありません。ミカエル様やサーゼクス達ももう着いたようですしほぼ手持ち無沙汰です」

 

隣に並んで飛ぶ12枚の金色の翼の持ち主はラファエル。ブロンドの髪を美しくもなびかせ、ただ飛翔しているだけの姿すら一種の芸術のように思える。

 

負傷者の治癒をあらかた終えた彼女は後をアーシアに任せ、行方の知れない3人の捜索に自ら志願したのだ。

 

「それに…嫌な予感がするのです」

 

ラファエルの表情に憂いの色がのる。

 

「嫌な予感…ですか?」

 

「ええ、まあただの勘ですが。携帯は繋がりますか?」

 

「そうだ!」

 

携帯を取り出し、すぐに悠へと電話をかけるゼノヴィア。しかし一向に繋がる気配はない。

 

「ダメです」

 

首を振るゼノヴィアは携帯をしまうと、再び森へと視線を下ろす。

 

探索の途中、ラファエルが妙なものを発見した。

 

「見てください」

 

ラファエルが指さす先には戦闘が行われたのか木々が折れたポイントがあった。

 

「あれは…」

 

「あそこから微かにですがオーラの残滓を感じます。それもホテルを襲撃した怪人の…」

 

二人はすぐに木々が折れた跡に降り立つ。辺りを見渡し、何か手掛かりがないかと探り始める。

 

大気中に漂う煙の中に、濃い血の匂いがある。ここで戦いが起こったのは間違いないだろう。

 

ふと、一際強い血臭を放つ木に目を止めたゼノヴィア。目線を下ろすとそこにあったのは力なく地に倒れ伏す男。

この濃い血の匂いはこの男の胸につけられた大きな傷から発している。

 

そして、その男の顔を見たゼノヴィアは顔を真っ青にする。

 

「悠!?」

 

思わず大声を上げて倒れる悠の体を起こす。その顔は白く血の気がない。

 

「おい、しっかりしろ、悠!」

 

何度声をかけても全く反応を示さない。

後に続くラファエルが傷の具合を見て言う。

 

「…まだ微かに息はあります。しかし時間がありません」

 

「…!」

 

すぐさまラファエルは金色のあたたかな光を両手に蓄え、惨たらしい傷口に添える。

あたたかな光が傷を包み込むようにし、徐々にだが傷口が塞いでいく。

 

深刻な状態に切迫しながらも、どこか『覚悟』のようなものを感じさせる表情を浮かべながら呟いた。

 

「あなただけは…死なせない」

 

「ラファエルさま…?」

 

さっきラファエルが治癒を施した負傷者の中には彼と同じ様に瀕死の重傷を負った者も何人かいた。

当然差し迫った表情で治癒に当たるのだが、今ほどの必死さは見せなかった。

 

「生きてくれ…悠…!」

 

大天使の呟きに怪訝な表情を浮かべながらも、今のゼノヴィアには自分の恩人であり大切な仲間の無事を切に願うことしかできなかった。

 

 




サブキャラの集い in cafe パートfinal

「紀伊国ってさ、随分と変わったよね」

「せやね、記憶喪失になる前はごっつ引っ込み思案やったなぁ」

「それこそ兎みたいに大人しくて自己主張が苦手だったわ」

綾瀬と飛鳥が思い出すのは幼いころから変わらない友の姿。

公園の砂場で遊んでいる時も、自分達が声をかけなければいつも一人で遊んでいた。

「確かに、二人ほど付き合いの長くない俺達からしてもあいつは本当に大人しくて優しい奴だったな」

「前に出たがらないのは変わらないけど以前と比べたら積極的で明るくなったと思うわね…記憶を無くしたら性格までがらっと変わるものなのかしら?」

「基本的には変わらないらしいわ。記憶喪失って言ったって大抵は思い出したくないことをショックで忘れるだけですもの。でも、10年以上もの記憶を無くしたら変化はすると思うわね」

「上柚木は物知りだなー」

「これでもあいつを心配してるのよ。当然記憶を戻す方法だって調べたりしたわ」

ふんと鼻を鳴らす綾瀬。慣れないコーヒーの苦みに顔を少々しかめながら松田が言う。

「あいつって何を忘れたんだ?」

「日常生活に支障をきたすようなことは忘れていないみたい。でも家族や私たちとの思い出はアウトといったところね」

「それってまるっきり別人と言ってもいいレベルね…」

コーヒーを口に流し込みながら藍華が漏らす。

記憶を無くす前、そして後の彼と何度か会話を交わしたことのある彼女から見ても今の彼は別人のように思えたが、綾瀬の話を聞いてますますその思いは強くなった。

「実はあいつに幽霊が乗り移ってるんじゃねえの?」

「松田くんそれはアニメの見過ぎやろ」

「エロアニメのね」

「冗談だよ、幽霊なんているわけないもんな!」

冷静にツッコむ飛鳥と藍華に冗談だと言い笑い飛ばす松田。しかし一人飛鳥は浮かない表情を見せる。

「……」

「おいどうした天王寺?」

「うーん、悠くんが明るくなったのは嬉しいんやけど昔の頃の方も名残惜しい思うてな」

「なんだか、私も今の悠は変に感じるのよね。いつか、記憶が戻ってまた昔話をしたいいものだわ」

今はすっかり変わってしまった幼馴染との思い出に思いを馳せながら、綾瀬は飲み切ったコーヒーカップをコトッと卓に置く。

消極的な悠を積極的に笑いながら引っ張る飛鳥と、それをたしなめながらもやれやれと微笑む綾瀬。

それは今までの彼らの姿であり、懐かしむ思い出の一つになってしまったものである。

「…もうあの時みたいにはできひんのかな」

ふいに溢れた寂しさからそんなことを呟いてしまった。もちろん今の悠と過ごすのも楽しい。でも、今までと違うということをどうしても意識してしまう。

かつての楽しい思い出を全て忘れてしまった親友の姿を見ると、どこか遠くに行ってしまったような感覚を覚えてしまうのだ。

「しみったれた顔してるんじゃないわよ、またたくさん思い出を作っていけばいいって言ったのはあんたじゃない」

それに対し綾瀬は厳しいながらも、優しさのこもった言葉で叱咤する。
そして後に3人の言葉が続いた。

「上柚木の言う通りだ、これからも変わらず楽しくやっていけばいいんだぜ飛鳥!」

「まだ2年の折り返しにも来てないのよ?体育祭も学園祭も楽しいイベントはまだまだ盛沢山よ!」

「俺達だけじゃない、オカ研組もいるだろう?」

皆の言葉にハッとさせられる飛鳥。かつて自分が悠に言ったことをそのまま返され、自分の心の指針を思い出す。

今の自分を見ていたら、兄に笑われるだろう。人を笑顔にするのは好きだが、こんな姿で笑われるのは違う。

思い出を無くしたとしても自分たちの中には生きている。しかしそれは過去の出来事。また帰ってくることはない。なら、前を向き明るい未来のために今を生き抜く。

「…せやな、大事なのは今、前を向いて生きることや。後ろを向いてたら前に進めへん!マスター!ショートケーキ5人分!」

「はいよ!」

「僕のおごりや!皆、ありがとな!」

「流石天王寺!気前がいいわね!」

楽しく、明るく、笑顔で生きていく。それが自分の決めた心のありよう、生き方だ。
どんな困難があっても、笑顔で、皆で楽しくいられる方法を見つけて見せる。

たとえ友達が変わってしまったとしても変わらない。その友達と楽しい時間を過ごすことが今できること。

時間は皆に平等に流れるのだから、今生きるその時を少しでもいいものにしていきたい。

今までと変わらないそれを、これからも続けていきたい。







「…君は、そのままでいい」

外の窓からの呟きは、誰の耳にとまることもなかった。








ガンマイザーもネクロムも弱いじゃん!
と思っている人へ、彼らはとある理由があって本領を発揮できてません。ネクロムはそれに加えて弱点を突かれたのもあるのですが。

ヘルキャット編も今回を入れてあと3話で終わります。

次回、「取り戻すための」


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第50話 「取り戻すための」

この作品も気付けば50話…あっという間です。

ちなみに最近話題のライドウォッチ投票、自分はもちろんシンスペクターに投票しました。商品化されたら絶対綺麗だろうなぁ。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター



「…ん」

 

目を覚ますと見知らぬ天井だ。そしてこの身を包み込むような柔らかい感触は布団。気怠いながらも状況を確認しようとゆっくり上体を起こす。

 

部屋の内装はグレモリー本邸ほどではないにせよ豪華なもの。見覚えがある、俺達がさっきまでいたホテルのものだ。

 

視線を下ろして初めて気づいた。

 

「今の俺、半裸じゃん」

 

貴族やらが集まるパーティーに相応しい礼装をしてたが、病衣でもなく今まで着ていた服を上の方だけ全部脱がしたといった様相。

 

凛にやられた酷い怪我の一切はなく、完全に元の状態に戻っている。アルジェントさんが治してくれたのか?

だが血が足りてないのかまだ元気が出ない。アザゼル先生の言った通りだな。神器の治癒は怪我は治せても失った体力や血は戻らない。

 

どうやら俺はあいつにやられた後治療されてここに運ばれたらしい。しかしなんでホテルの一室に?

 

ていうかまたこれか!アルギスとかヴァーリの時もそうだけど最近俺やられ過ぎじゃないか?そもそもあいつの『液状化』はチートだろ、何のために八極拳を学んだと思っているんだ!直接攻撃が効かないとか八極拳が意味ねえじゃねえか!

 

「目が覚めましたか」

 

意識の外からかけられた声にびっくりし、反射的に向くとそこにいたのはイレブンさん。相も変わらずのサイバースーツと物静かな表情が混ざり合って奇妙な雰囲気を醸し出している。

 

「イレブンさん…」

 

「ホテルの部屋を一時的にけが人の収容に使っているようです、死亡者は多く出ましたがけが人自体は四大セラフラファエルとアーシア・アルジェントの尽力で最小限に抑えられました」

 

アルジェントさんは大分活躍したんだな、よかった。多分、けが人が少ないのはラファエルさんがいたからか?死んでいなければ大体の傷は治せるレベルの治癒能力を持っているらしいし。

 

今思い返せば、あの状況は悲惨だった。大勢の悪魔たちの集まるパーティーで魔力攻撃に耐性のある人形の襲撃。参加している悪魔の大半は貴族悪魔、そしてそのほとんどが強力な魔力攻撃を得意としている。

 

名家の悪魔と言う者は大体が自分の生まれ持った魔力に頼るばかりで修行など自分の戦闘技術を磨くようなことはあまりしない。その血に流れる強大な魔力で部長さんや会長さんは悪魔の中でも修行をする珍しいタイプだ。だがそうでない連中に魔力の効かない人形をぶつければどうなるかは言うまでもないだろう。

 

自身の誇りを、プライドの根源とも呼べる代々継がれてきた魔力が通用しないという現実に心もプライドも砕かれた悪魔は人形たちの蹂躙の格好の餌食だ。その結果がこの襲撃の惨状。

 

悪魔と言う種の痛いところを突かれたな。集まる悪魔の多くは貴族だし、貴族程自分の魔力に自信があるから修行しない。仮にそうでない悪魔でも一定のパワーがなければあの人形の固さは突破できない。

 

…凛の奴、ホントになんてことをしてくれたんだ。

 

「とにかく今回はポラリス様が今手が離せないようですので代わりに私が来ました」

 

「いつも暇してそうな感じなのにか」

 

あの人が暇こいてるところなんてよく見るぞ。最近はキバを見てたりスマ〇ラもしてたしな。

 

「ああ見えても日々情報を収集し、兵器の開発に勤しんでいます。暇と言ってはいけません、決して」

 

決しての部分を誇張するな、余計に暇人に見えるだろうが。

 

不意にイレブンさんの赤い目が俺の顔を見る。

 

「随分とくたびれた顔をしていますね」

 

「…」

 

見て分かるほどに今の俺はそうなってるか。それは当然だ、なんせ実の妹に殺されかけたんだからな。そう、仲の良かったと心から言える、自分の誇りとも呼べる実の妹に…。

 

あいつはヘタレな俺と違って何事も積極的に行動していた。さながら今で言う天王寺のように。勉強もできてクラスの上位に常に入り、いつもクラスの輪の中心にいた。俺はそんなあいつを心から誇りに思っていた。

 

なのにこのざまだ。

 

すっとイレブンさんの目が鋭くなる。

 

「それは肉体のダメージによるものでなく、精神的なダメージからきてる…違いますか?」

 

…全部お見通しってわけか。

 

そして音もなく、俺にいつの間にか出したビームソードの切っ先を突き付けた。

 

「ネクロムに変身する少女との関係を、話してもらいましょうか」

 

「…!」

 

冷たい表情でイレブンさんは迫る。普段から塔城さんのように涼しい表情で何を考えているのかわからないイレブンさんだが、今のイレブンさんにはその表情の中に存在する様々な感情は一切なく、ただただ冷たい敵意にも近い疑いの意だけが満ちている。

 

「彼女は私たちの因縁の敵、その眷属です。回答次第ではあなたに手荒な手段を使うことも辞しません」

 

さらにイレブンさんは顔をぐいっと近づける。

 

「もし仮に、あなたが敵と繋がっていたとしたら…ポラリス様の許可なしでこの場であなたを斬殺することもあり得ますよ」

 

有無を言わせぬ気迫。模擬戦でもここまでの気迫は見せなかった。兵藤やゼノヴィアが俺のことについて追及するのとは訳が違う。イレブンさんは回答次第では本気で俺を殺す気だ。

 

…ここは、大人しく言うしかないか。精神的に弱った今の俺にイレブンさんの言葉を断る気力など残っていなかった。

 

半ば諦めるように俺は語る。

 

「あいつは…俺の元居た世界での妹です。名前は深海凛。明るくて…」

 

言葉を進めるたびに思い出すのは前世でのあいつと過ごした日常。

 

ちょっとしつこく感じてしまうくらいに底抜けに明るく、でもそんなあいつと過ごす何もない、それでも優しい日常が好きだった。

 

「優しくて…」

 

『運命のあるがままに、ここで果てろ』

 

それと入り混じってよぎる、俺の心を冷たく突きさすものはさっきの戦い、変わり果てたあいつの姿。

 

『紀伊国悠、お前を抹殺する』

 

冷酷で、無感情に自分の命を狙ってくる妹の姿。

それが否応なく突き付けてくる残酷な現実に湧き出る物を堪えきれず、目からこぼれ始める。

 

「俺の自慢の妹で…!」

 

楽しかった思い出と今の息苦しい現実が俺の心の中でぐちゃぐちゃにせめぎ合う。

無茶苦茶な心をシンプルに言い表すならこの一言だろう。

 

つらい。もう、それだけしかない。

 

「あんなことを言うような、人を傷つけるような奴じゃなかったッ…!」

 

嗚咽を漏らしながら言い切る。垂れ流す鼻水と涙が白い掛布団を汚した。

 

「……」

 

イレブンさんは何も言わない。

 

「どうして?何で俺はあいつに殺されないといけないんだ…!?俺はそんなにあいつに憎まれるような兄だったのか!?」

 

泣き叫ぶような心からの慟哭が室内に響く。

 

わからないことだらけの今。だがそれに囚われた俺は苦しむ。以前、戦う決心をつける前のように深い迷いの霧に心の視界は塞がれた。

 

「なあイレブンさん、あいつが眷属ってどういうことなんだよ!?なんであいつはあんな風に変わったんだ!?」

 

イレブンさんは凛が敵の眷属だと言った。なら、何かしら今の彼女に関する持っているはずだ。今の俺にはそれだけが頼りだ。

 

荒れ狂う感情に飲まれ、イレブンさんの手を掴む。

 

「教えてくれよ!!」

 

一通り叫びきったところで無理がたたったか喉が痛み、咳き込む。

一時的な感情の昂ぶりも次第に冷めていった。

 

「ハァ…ゲホッ…あいつは、ひき逃げ事故に遭って死んだ。死んだはずだった。俺が知ってるのはそれだけです」

 

話すことは全て話した。あとは向こうがどう受け取るかだ。

全てを聞いたイレブンさんは瞑目し、息を吐いた。

 

「…わかりました。あなたの目と言葉に嘘偽りはないようです」

 

通じた、のか。

 

ややぽかんとした俺の顔を一瞥し、ビームソードをデータ化しウェポンクラウドに戻した。

 

「サイボーグの私が言うのもアレなように思うでしょうが、心眼は鍛えていますから」

 

再び椅子に腰を下ろしたイレブンさんは静かに語り始める。

 

「彼女は『叶えし者《キラツ》』です」

 

「キラツ…?」

 

「叶えし者と書いてキラツ。私たちの敵は願いを持つ者に己の力を授けて願いを叶え、眷属とします。その眷属たちの信心は眷属に力を授けた者の力となって還元され、眷属たちは己の願いを叶えてくれた者に従順なしもべのようになる」

 

…まるで電王のイマジンとオーズのヤミーを足して二で割ったような感じだな。イマジンは契約者の願いを自分なりの強引な解釈ではあるが叶え、ヤミーは親の願い、欲望を満たして溜めたセルメダルは主たるグリードに還元される。

 

「従順なしもべと言っても個人差がありますが、5つのステージの内少なくともステージ3以上は間違いないでしょ

う。ステージ3からは人格の崩壊、あるいは変異が始まりますから」

 

「人格の変異…」

 

ステージってのは病気で言う進行具合のようなものだろうか。それが人格の変異を含むのならあいつの変わりようも説明がつく。

 

「ちなみに、ステージ5に達した者の魂は与えられた力に魂が耐えきれず焼失します」

 

「!!?」

 

「この世界では死者の魂はその者の属する宗教、あるいは神話の世界に行くようですが与えられた力に耐え切れず焼失した魂はどこに行くこともありません。文字通り、消えてなくなります」

 

それって悪魔や天使のような異形のように魂が消滅するってことかよ…!

 

この世界で人間が死ぬとその魂は、属する宗教や神話体系の死後の世界…キリスト教でいえば天国や地獄に行く。しかし人間ではない人外の魂は消滅状態になるそうだ。だから、人外は悪魔の駒のような復活はできない。

 

「あいつを助ける方法はないのか!?」

 

「…正直言って厳しいでしょう。彼らの力は洗脳にも似た効果を発揮しますから、しかし魔法で洗脳されているわけではないので同じように魔法や特別な術で助けることもできません」

 

難しい顔でイレブンさんは首を横に振る。

 

「ならあいつの願いを叶えた敵を倒すというのは!?」

 

「それは現時点では不可能な話です。まず敵の本体自体がこの世界に存在しませんから」

 

敵がこの世界にいないって…。それじゃあどうすれば?

 

というより俺はレジスタンスの敵についてまだ何も知らないぞ。それってレジスタンスのメンバーとして大丈夫なのか?

 

だがこれはいい機会だ、この場で聞くとしよう。

 

「あんたらの言う敵って、何者なんだ?」

 

「それは今話すべき事柄ではありません」

 

イレブンさんは頑として口を割らない。ここまで踏み込んでも話してくれないか。

 

「俺を信用できないから話せないのか?」

 

「いえ、単に時期が早いというのとあなたのため…とポラリス様から仰せつかっています」

 

「?」

 

俺のため?何か俺にとってまずいものなのか?

 

…いやまさか魔王とかセラフ、はたまた色んな神話の神に喧嘩売る気じゃないよね?死ぬよ?俺、身も心も残らないよ?特に強者ランキング2位の破壊の神、シヴァとかランキングにたくさん食い込むような猛者揃いのインド神話とかマジで無理だからね?

 

「なら、どうすればあいつを元に戻せる?」

 

元を絶つことはできない、魔法で元に戻すことはできない。なら一体何をすれば元のあいつに戻せるのか?

 

毅然とした表情で、イレブンさんは答えた。

 

「彼女自身が、彼女の心で呪縛を断ち切ること。それ以外に方法はありません」

 

「あいつの心で…」

 

心の呪縛で闇落ちしたライダー、ね。ホント、あいつは最強とかイキってたムッキーかよ。あいつはそれと真逆で不気味なくらい静かだが。

 

…難しいな。間違いなく外部的なものによる助けが必要だろう。あいつの心に強く響くものが。

 

俺の名前を言っても反応がなかったみたいだし…あれ、そもそも俺は本当に元の名前を言ったか?意識を失う寸前だったからかそこのとこの記憶が曖昧だ。

 

だがこれだけは言える。

 

「…なら、俺は今のあいつを知らなければならないな」

 

あいつが何故、敵の眷属になったのか。何を願ったのか。俺は昔のあいつのことを知っていても今のあいつのことについては何も知らない。

 

そして今のあいつを知るには当然、また戦わなければならない。あいつにまた傷つけられようとも今のあいつと向き合わなければならないのだ。

 

「…俺は元のあいつを取り戻したい。そして、この世界で生きていられる居場所を用意してやりたい」

 

転生したての頃、俺の居場所を最初に作ってくれたのは天王寺と上柚木だった。あいつらはこの世界で最初に手を差し伸べてくれた最初の友達。今でもあいつらには感謝している。無論、こんなどうしようもない俺を受け入れてくれたオカ研にもだ。

 

きっと、凛も戻ってきたら俺のように自分の居場所に悩むだろう。だから、兄として俺は助けてやらなくちゃならない。

 

「決めた、俺はあいつと戦う。ただし今までのように敵を倒すためとは違う。取り戻し、救うための戦いをする!」

 

それは宣言だった。これからの俺の戦いの指針、そして覚悟とも呼べるもの。

 

ひとえに戦いといっても目的によってその毛色は全く異なる。ただ敵を殲滅するだけの戦い、要所を防衛するための戦いと様々だ。

 

戦う相手を救うために戦うなんて偉い人が聞けば腹を抱えておかしいと虚仮にして笑うだろう。だがこれだけは譲れない。譲れないものを胸に秘して、これからの激戦を戦い抜くのだ。

 

イレブンさんは俺の決意を固めた様子を子の成長を見守る親のように優しい表情で見てくれた。

 

「…あなたも、随分な妹思いのお兄さんですね」

 

ぼそりと呟いたイレブンさんの言葉を俺は聞き逃さなかった。

 

「それはどういう…?」

 

あなた『も』という言い方、まるで過去にも同じようなことがあったかのようだ。

 

イレブンさんはどこか懐かしむような、それでいて悲し気な表情で語りだす。

 

「ポラリス様のかつての仲間にあなたのような妹思いの方がいました。その方は妹を亡くしてから闇に堕ち、妹を生き返らせようと狂気の域にすら踏み込んで…」

 

そこまで言いかけたところで話を切った。

 

何気に初めて聞いたぞ、ポラリスさんの過去にまつわる話。あの人どうにも自分の過去について話したがらないからな、異世界巡りの話はしてくれるが自分の元居た世界についてはかたくなに話さない。

 

何かまずい物を抱えているのか知らないが、レジスタンスにいる以上いずれはあの人に話してもらうつもりだ。

 

「この話は忘れてください。あの人は自分の過去に触れられるのが嫌なようですから」

 

話が終わったのかイレブンさんは腰を上げる。

 

「ポラリス様には私から話を通しておきます。事情を知ればちゃんと動いてくれる人です」

 

そんなことは知ってるよ。じゃなきゃ眼魂の位置情報を教えてくれたり、俺を立ち直らせたりしないだろうし。眼魂の方は敵に取られてしまったが。

 

しかし眼魂が全部取られてしまったのは痛い。今手元にあるのはゴーストドライバーとスペクター眼魂、そしてコブラケータイだけだ。他のガジェットたちは帰ってこないし…もしかしたらそれもあいつに取られてしまったのかも。

 

「それと救うべき対象とはいえ敵であることを忘れないでください。容赦なくあなたにも、あなたの仲間にも攻撃を仕掛けてきます」

 

「…わかってますよ」

 

「もし彼女がグレモリー眷族たちを手にかけてしまえば、あなたといえど彼女を殺さなければならなくなってしまうかもしれない。そうなる前に彼女を解放してください」

 

厳しい言葉を交えてイレブンさんは言う。

 

もし、あいつが部長さんでもアルジェントさんでも、誰か一人でも仲間を殺したらその時はたとえようやく再会できた妹だとしても…覚悟しなければならないだろう。むしろそうしようと残された仲間たちが動くはずだ。情愛の深い部長さんが兵藤やアルジェントさんたちを殺されたら間違いなく復讐に走るだろう。そうなれば俺でもあいつを庇い切れなくなるかもしれない。

 

愛情が強ければ強いほど、反動で生まれる憎しみは深くなる。

 

だがそうはさせない。そんな最悪の結果になる前に、させないために俺があいつを救う。

 

「それと最後に見舞いの品です」

 

ウェポンクラウドから何かを実体化させ、ベッドの隣の棚に置いた。

 

眼魂だ。…あれ、今まで持ってなかった眼魂も混ざってるな。

 

「ポラリス様が奪われた眼魂の一部を取り戻しました。しかし依然として多くの眼魂が向こうに渡っています、ガンマイザーも合わせて気を付けてください」

 

それだけ言い残して踵を返し、部屋のドアから基地へと帰っていった。

 

俺は一人この部屋に残され、静けさがこの場に戻ってきた。

 

「キラツ、か」

 

レジスタンスが打倒を掲げる敵に関する初の情報。願いを叶えて眷属を増やすというなら戦いは一筋縄ではいかないみたいだ。そういうことができるなら人の心の弱みに付け込むのも上手そうだしな。

 

旧魔王派とかヴァーリとか、英雄派なんてのもいる『禍の団』のテロにもひやひやしてるのに全く。休む暇もないのかね。

 

だが一度戦うと決めた以上は、しっかり戦う。俺はもう大切な人を失いたくないからな。失って後悔しないために俺はこの力を使う。それが俺の力の責任だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

また一休みしようと横になろうと思ったその時、扉をノックする音が聞こえた。

 

「…紀伊国先輩」

 

ギイッと扉を開けイレブンさんと入れ替わるように部屋に入ってきたのは塔城さん。

どこかバツの悪そうな表情のままこちらに近づく。

 

「塔城さん、どうした?」

 

「先輩がここにいるって聞いて…あ、イッセー先輩たちは毒霧を吸ったので検査してます。裕斗先輩たちは後始末の手伝いをしてるみたいです」

 

毒霧を?まさか兵藤の方でも敵の襲撃があったのか?

 

塔城さんは一瞬棚の上の眼魂に目をやると、椅子に腰かけた。

 

「あの…私、先輩にも心配かけて悪いことを言ったりしてしまいました。ごめんなさい…」

 

申し訳なさそうに顔を俯かせて謝る塔城さん。

 

多分、修行する前にどこか冷たい態度を取ったことを言っているのだろう。どこかボーっとして、考え込むような姿が気になって声をかけると、素っ気なく冷たくあしらうようなことを言われた。

 

「いやいや、無事に帰って来たならそれで十分だよ」

 

まあ本人がそれを気にしててちゃんと謝ってくるならそれでいい。相手に悪いことをしたならちゃんと謝る。小学生でもできることだ。…でも、大人になるにつれて子供でもできることができなくなっていくのは悲しいな。それが大人になるということなのだろうか。

 

笑って返すと、塔城さんは一瞬黙り込んだ。

 

その表情に幾つもの色が見えた。躊躇い、恐怖、悲しみ、そして勇気。

 

そして塔城さんは意を決した表情で話し出した。

 

「今回はそれだけじゃなくて、先輩にも話しておこうと思って…」

 

「?」

 

それから塔城さんは自らの秘していた過去について語りだした。

 

かつて、塔城さんは白音という一匹の猫又だった。自分の姉である黒歌という猫又と仲が良く、どんなときも二人で過ごし、同じ時間を共有した。

 

ある日、両親を失った二人はある悪魔に引き取られ、姉はその眷属悪魔となった。そのおかげで二人はまた今まで通り共に暮らすことができ、両親を失いはしたが幸せな時間は続く。

 

…はずだった。

 

悪魔の駒で転生悪魔になった黒歌は眠っていた才能が目覚め、その力は日に日に増大していった。優れた妖術使いの多い種族の血を引く彼女は悪魔の魔力、さらには使い手がごく限られた『仙術』まで身に着けた彼女はとうとう力に溺れ、主を殺しはぐれ悪魔となってしまった。

 

血に濡れた姉の姿に深く恐怖を刻み付けられてしまった彼女は保護されるが、上層部は暴走した黒歌と同じ血を引く彼女を恐れた。

 

彼女も暴走する前に、処分した方がいいのでは、と。

 

しかしそこに現れたのがサーゼクスさん。妹に罪はないと必死に上層部を説得し、自分が監視するということで事を収めたのだ。

 

部長さんに引き取られた彼女は長い年月をかけてようやく落ち着いて生活ができるようになった。

 

しかし、先の襲撃が起きるほんの少し前、パーティーに黒歌が紛れ込ませた黒猫を発見した塔城さんはそれを追って森に出た。そこで『禍の団』ヴァーリチームに所属した姉と久方ぶりの再会を果たした。

 

変わらず力に溺れた姉にかつての恐怖が蘇るが、そんな自分に必死に手を差し伸べ、言葉を投げかけさらには禁手に覚醒した兵藤のおかげで絶縁を宣言し、再びこの場に戻ってこれた。

 

これがパーティー会場の襲撃の裏で塔城さん、兵藤、そして部長さんに起こった出来事のあらまし。

 

やっぱり、塔城さんも過去に重い物を抱えていたのか。力に溺れ手の届かない所に行ってしまった、優しくて仲の良かった姉…。

 

それに兵藤の奴、乳首をつついて禁手になるとか意味不明すぎるぞ。いや完全な禁手になったのはいいけどさ…。もうちょっとエロなしで危機的状況で覚醒バーン!みたいにならなかったの?ドライグはどう思ってんだろうか。そろそろストライキ起こすんじゃないか?

 

「…私、猫又の力が怖くて…あの時の姉さまみたいになるのが嫌で…それで今まで使わなかったんです。でもそうしたらイッセー先輩や裕斗先輩たちに追い抜かれて、『戦車』なのに弱い自分に焦って、それでも猫又の力を使いたくなくて…修行の時、オーバーワークで倒れてしまいました」

 

そう言えば塔城さんがオーバーワークで倒れたってアザゼル先生が言ってたな。修行の前の気合の入りようも周りの強さに焦りを感じたからか。全部つながった。

 

…自分も同じような再会を果たしたばっかりだからどうしても意識してしまうな。でもこっちは兄で、塔城さんは妹と上下関係は逆だけど。

 

思い切って、聞いてみるか。

 

「塔城さんは、自分のお姉さんをどうしたい?」

 

突然の問い。俺の意図するものが飲み込めず、塔城さんは戸惑う。

 

「それはどういう…?」

 

「もし黒歌ってのがまた部長さんたちを襲ったら…自分の姉を殺してでも止める?」

 

そう、似たようなことをついさっき経験した他人だからこそ聞けること。俺は確かめたかった。もしも最悪の結果になってしまったら、他の人ならどうするのかを。

 

難しい顔で数秒悩んでから塔城さんは答えた。

 

「私はもう、姉さまと縁を切ったようなものです。それでも、私には姉さまを殺すなんてことはできません…」

 

「…だよね」

 

自分の肉親なんてそう軽々しく殺せるものじゃないよな。絶縁宣言をした塔城さんですら躊躇するくらいだし。

 

それを聞いて確信を深めた。俺に凛は殺せない。まだ兄としての愛情を残した俺には絶対にそんなことはできない。

 

…我ながら甘々な兄だ。殺されかけても憎めないんだからな。

 

「姉さまの前ではああ言ったけど、まだ怖いのは事実です。でもこの一件で吹っ切れました」

 

塔城さんの瞳に決意の光が生まれた。深い霧の中で、進むべき道を照らし出さんとする眩い光が。

 

「まずは自分の猫又の力と向き合ってみることにします。それが今の私にできる精一杯です」

 

「…そっか」

 

塔城さんもエクスカリバーの事件の時の木場のように吹っ切れたみたいだ。己の過去と向き合い、乗り越え進む意思を手に入れた。

 

なら、俺もくよくよしてられないな。自分の迷いや恐れを断ち切り、障害をぶち破ってあいつらと一緒に道を進むなら迷ってなんていられない。

 

決意は出来た。

 

(絶対に、取り戻す)

 

大切な日常を、仲間を失わないために、そして妹を敵の魔手から解放するために俺は戦う。

 

バッドエンドなんてまっぴらごめんだ。ハッピーエンドに向かって俺は今を生きる。

 

妹との残酷な再会は俺に絶望を与えもしたが、新たな覚悟をももたらしたのだった。




ホントはポラリスに説教させようかと思ったけどイレブンの出番が少ないことに気付いて任せることにしました。

そろそろ悠がシスコン呼ばわりされそうな気がする。というか凛が戻ってきたら今までの反動でそうなるかもしれない。もしそうなったら原作キャラや本作のキャラを集めてシスコン&ブラコンの集いを外伝でする(かもしれない)。

次回、「冥界合宿のヘルキャット」


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第51話 「冥界合宿のヘルキャット」

最初にシトリーファンに謝っておきます、シトリー戦カットしてすみません。
シトリー戦はダイジェストでお送りします。


Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
8.リョウマ
11.ツタンカーメン
13.フーディーニ


次元の狭間を走るグレモリー家専用列車。冥界での予定のすべてを終え、この列車は人間界に向かっている。列車らしい緩やかな揺れを感じながら俺はギャスパー君とチェスに興じていたのだが…。

 

「チェックメイトです」

 

「ぎゃはぁ!?」

 

ギャスパー君の宣言が俺の敗北を突き付ける。

 

ギャスパー君以外ともチェスで対決したが、結果は4戦4敗。つまり全敗。もっと言えば俺はオカ研のメンバーとチェスをして今まで一度も勝ったことがない。

 

一度負け、今度こそはともう一戦すれば負け、きっと次はと思えばまた負ける。この繰り返しだ。

 

「悠、お前この中で一番チェスが弱いんじゃないか?」

 

「やめて…俺のライフはとっくに0よ…」

 

ゼノヴィアの何気ない言葉が俺の心にぐさりと突き刺さった。

 

「俺に負けるとか、言っちゃ悪いが相当だぞ…」

 

「ちーん……」

 

俺と並んでチェスの弱さに定評がある兵藤にすらこう言われる始末。俺はどうすればいい…?どこぞの敗者になりたがってたエレガントな男ではないが俺は…勝者になりたい…。

 

「まあそんなに落ち込むなよ、人には得手不得手があるもんさ。お前の場合不得手がチェスだったってだけだ」

 

落ち込んでいたら見かねたのかアザゼル先生の慰めまで飛んできた。

 

…そうだな、俺もムキにならず一歩引いてみるべきか。いっそ割り切ろう、その方が疲れなくて済む。

 

「そういえば結局、パーティー会場を襲撃したのは『禍の団』ってことになったのか」

 

近頃の冥界のニュースでは大々的に俺達が巻き込まれたテロが報道されている。アンドロマリウスの血が絶えていなかったことも一緒に報道され、今回の事件は旧魔王派とヴァーリチームの両方による襲撃ということになっている。

 

「アルギスが本当に『禍の団』所属かわからないけど、ヴァーリチームの黒歌がいたから結果的にはそうなったみたいだね」

 

…俺の中では既にアルギスが凛の部下であるということから恐らく『叶えし者』だろうとほぼ確定しているんだが、『禍の団』でないとはいえ今回の襲撃を起こしたことには変わりない。

 

「襲撃に使われた人形は捜査のためにラファエルが停止させたもんを回収しようとしたんだが突然砂になって消えちまいやがった。魔力耐性があるってもんだから解析して今後の戦いに役立てたかったんだがな」

 

証拠隠滅か。ガンマイザーといい凛を駒にしている敵といいまだまだ謎が多い。凛のことはもちろんそれも含めて今後明らかにしていきたいところだ。

 

「アーシア、お前大活躍だったんだってな!流石だぜ!」

 

「そんな、私よりもラファエル様の方が…」

 

照れながらもアルジェントさんは謙遜する。修行で身に着けた治癒のオーラを飛ばす技が早速活躍したらしい。

先の試合や襲撃では見ることがなかったから、今後の戦いでの披露に期待しよう。

 

しかしこの場にいるオカ研メンバーの中で一人、部長さんの表情は浮かない。どうにも先日の試合のことを気にしているようだ。

 

「今回のゲーム、まんまとソーナの読み通りになってしまったわ」

 

あんな襲撃もあったが、その後無事シトリーとグレモリーの試合は行われた。

 

どこからともなく匙がヴァジュラの雷に目覚めたことを聞きつけた上層部や各勢力から招いたゲストが、試合を通じて見たがっていたこともあって予定通り行われることになったのだ。

 

開始早々に偵察に出たギャスパー君が『僧侶』の二人組が張った感知結界と捕縛結界のコンボの罠にかかってリタイヤになるなど、修行でパワーアップしたシトリー眷属は凄まじかった。

 

それにはゲームの舞台が駒王町近くのデパートを模したもので、フィールドを破壊しつくしてはならないというルールがあったことで兵藤やゼノヴィアなどの大火力持ちがメインのグレモリー眷族が本領を発揮しにくいこともあった。しかしその中でも、両陣営が修行を経てパワーアップしたことを印象付ける一戦だった。

 

序盤で兵藤と塔城さんのコンビが匙と仁村さんの『兵士』コンビと遭遇し、仁村さんはキックボクシングを駆使して猫又の力を解放した塔城さんと渡り合ったが、仙術で気の流れを乱され動きが鈍くなった隙を突かれ倒された。

 

同時進行で始まった木場とゼノヴィアの『騎士』コンビと相対したのは『戦車』の由良さんと『騎士』の巡さん、そして『女王』の副会長、真羅先輩。

 

由良さんはグリゴリの試作兵器を、巡さんは『創星六華閃』の天峰家の当主、天峰天叢雲《あまがみねむらくも》が打った刀と今まで愛用していたという日本刀の二刀流でゼノヴィアと打ち合う。対するゼノヴィアも兵藤から貸してもらったアスカロンとデュランダルの二刀流で迎え撃った。

 

聖剣の共鳴で威力の倍増した二刀流で二対一ながらも互角以上の立ち回りを見せたゼノヴィア。ついに巡さんに必殺の一撃を叩き込もうとしたところを由良さんが割り込み防御された。防御を力技で破りそのまま由良さんを切り伏せたゼノヴィアだったが、その隙を突かれて二刀流の連撃を受けてリタイヤ、巡さんが勝利を収めた。

 

木場と副会長さんとの戦いでは副会長さんが薙刀とカウンター系神器『追憶の鏡』を使って木場の得意とする近接戦をなるべく避けながら戦う。

 

途中で朱乃さんが駆け付け、修行の成果である雷に堕天使の光を付与した『雷光』で強烈な一撃を巡さんに見舞った。向こうも堕天使側が開発した新しい能力『反転』でしのごうとしたが急ごしらえの練度不足もあって光の部分を反転しきれずにそのままリタイヤ。

 

巡さんを倒した朱乃さんも加わり2対1となった副会長さんとの戦い。雷光の雨を駆け抜ける副会長さんに木場がカウンターを見越して聖魔剣でなく魔剣で攻撃、カウンターを喰らいながらもゼノヴィアがリタイヤ直前に使用権を譲渡したデュランダルの波動を浴びせ、辛くも木場が勝利した。

 

本陣では部長さんとアルジェントさんに『僧侶』の二人と会長さんが対峙。会長さんと部長さんの一騎打ちが始まった。会長さんの緻密な魔力操作が生み出す水の魔力と部長さんの威力特化の滅びの魔力がぶつかり合う。

 

その途中で塔城さんが合流し、即座に草下さんに近接戦を仕掛けて完封した。そして一騎打ちの中でアルジェントさんがダメージを負った部長さんを回復しようと回復フィールドを展開した時、『僧侶』の花戒さんが『反転』を発動、強力な回復の力は凶悪なダメージへと変化しアルジェントさんをリタイヤさせた。

 

間一髪部長さんは反転した回復フィールドから逃れたがアルジェントさんのリタイヤに気を取られた一瞬の隙を突かれ、会長さんの一斉攻撃を受けてついにリタイヤしてしまい、勝負はシトリー眷属の勝利に終わった。

 

会長さんは部長さんが『王』たる自分が負ければゲームの負けになってしまうため貴重な回復要員であるアルジェントさんと一緒に本陣に向かうことを想定し、あえて部長さんとの一騎打ちに臨んだ。そしてダメージを負えば必ず献身的な性格であるアルジェントさんは治癒の力を使う。そして反転したダメージでアルジェントさんがやられたらきっと情愛の深い部長さんに隙が生まれる。

 

相手の性格を全て読んだ上で会長さんは策を編み、勝利を収めた。会合で会長さんを笑った上層部の悪魔たちはいい顔をしないだろうな。

 

最も観戦者が注目した戦いは兵藤と匙の一騎打ちだ。補助なしで禁手を30分間発動できる…ただし変身までに2分かかる兵藤に対し匙は、神器のラインを自由自在に扱い、感心するような創意工夫に満ちた使い方を見せて対抗した。

 

しかしどうやらヴァジュラの雷はその威力と引き換えに寿命を削るほどの負担を強いる物らしくあくまで匙はラインの能力を使って戦った。

 

そして戦いの中でついに兵藤の禁手が発動。強烈なパワーと猛烈なスピードで一気に形勢は兵藤に傾いた。

 

だが最後の最後で匙は使った。兵藤が最後の一撃にと顔面にパンチを見舞おうとした時、カウンターでヴァジュラの雷を纏ったパンチをクロスカウンターで叩き込んだのだ。

 

両者ともに倒れ、リタイヤ。最後まで目を離せない白熱の戦いに、夢を背負い主のために血反吐を吐いて死力を尽くして戦った二人の姿に各勢力のゲストも唸ったという。

 

俺も思わず拍手するくらいに凄かった。スタンディングオベーションというやつだ。ここまで心を動かされる試合はスポーツでも見たことがない。今でもあいつらの闘志を燃やし尽くしたあの姿は脳裏に焼き付いている。

 

試合の後、匙はサーゼクスさんから勲章を授与されたらしい。格上である天龍に龍王が引き分けに持ち込むというある意味ジャイアント・キリングを成し遂げた彼を北欧神話から招かれたゲスト・主神のオーディンも称賛の言葉を送ったようだ。

 

主にグレモリー側にいるからわかりづらいけど、シトリー側も本当に頑張ったんだな。今度会ったら祝いの言葉の一つでもかけてラーメンでも奢るか。

 

「…部長さん、眷属じゃない俺がいうのもなんですけど、次があるじゃないですか。悪魔の寿命はそれこそ一万年以上もあるんでしょ?幾らでもチャンスは巡ってきますよ。少なくとも100年しか生きられない俺以上には」

 

1万年もあればチャンスなんて腐るほどある。それに、レーティングゲームの公式参戦を目指すというなら一試合の負けなんて気にしていたら勝てる試合も勝てないだろう。

 

「…そうね。あなたの言う通りだわ」

 

俺の言葉で元気を取り戻したか、表情を明るくしながらもいつもの凛とした雰囲気が戻った。

 

「次は勝つ。今度こそソーナにぎゃふんと言わせてやりたいわ。ね、皆?」

 

冗談交じりの宣言に皆が破顔した。それでこそグレモリー眷族だ。それに、長くて楽しい旅行の終わりだから笑って終わりたいしな。

 

「しかしほんと、今年の夏休みは濃密過ぎたぜ…」

 

「得る物が多い有意義な夏休みになったと思うよ」

 

木場と兵藤の言う通りだ、異世界転生から約4か月。最初の夏休みはかくも忙しいものになるなんてつゆとも思わなかった。冥界で悪魔の文化と言うものを直に体験し、山で八極拳を学び、果てには死んだはずの妹とまさかの再会を果たした。前世でここまでカルピスの原液並みに濃密な夏休みはなかったぞ。

 

「宿題をやっておいて正解だったよ、思った以上にやる時間がなかった」

 

柔らかな触り心地の椅子に腰かけるゼノヴィアが言う。

 

「そうだなぁ…あ、今度かき氷でも食べるか?」

 

今年の夏休み、あまり夏っぽいことしてないからな。残りの夏休みはこいつと夏っぽいことして過ごすのもいいかもな。確か家にかき氷機があったはずだが…。

 

「かき氷か、いいな!」

 

「あ”!!」

 

会話の途中、いきなり兵藤が目と口を大きく開いて固まった。

 

「どうしたのイッセー?」

 

「俺まだ宿題終わってねええ!!」

 

そして頭を抱えて絶望の表情で叫んだ。

 

あー…出たな、夏休みあるある。遊び惚けすぎて宿題に全然手をつけなかった結果最後に苦労する奴。

 

俺もよくそれをしでかすタイプだったんだが、やる気を見せて宿題に取り組むゼノヴィアの姿を見て今年は頑張った。おかげで残りの休みはゆっくりできそうだ。

 

「どうしようあと一週間しかない!帰ったらすぐ取り掛からないと!」

 

顔を真っ青にして慌てだす兵藤。

 

「イッセーさん、私がお助けします!」

 

「学年が下なので私は助けになりませんが…」

 

「イッセー君の家に住んでいる以上は私もたっぷり勉強を教えて差し上げますわ」

 

次々と兵藤宅に住む兵藤ガールズが我こそはと名乗りを上げる。

 

ちなみに黒歌関係のイベントで今まで厳しい態度を取っていた塔城さんもついに落ちたようだ。今も兵藤の膝の上に座って機嫌の良さそうな顔をしている。もうあいつ十分ハーレム作れてね?

 

「まずは…保健体育から教えた方がいいかしら?」

 

朱乃さんは自分の胸をぬるりと撫で、艶やかな笑みを兵藤に向ける。

 

エロい(確信)。オカ研女子の中でエロさで言えばぶっちぎりで朱乃さんが一位だと思うね。部長さんやゼノヴィアもかなりのものだと思うが兵藤に浮気を誘う朱乃さんの大胆過ぎるエロさには…。

 

…って俺は何の話をしてるんだ?乳首ついて禁手になった兵藤の影響か?いやいや仮にも仮面ライダーの力を使う者として断じてそういう頭のぶっ飛んだパワーアップだけはしたくないぞ。

 

「はいよろこんで!!」

 

鼻の下を伸ばす兵藤は実に嬉しそうな表情だ。おい、宿題をやるんじゃないのか。

 

「ちょっと朱乃!やっぱり私のイッセーに手を出そうとするのね!?これだから私は兄様の案に…!」

 

文句を飛ばす部長さんが朱乃さんに詰め寄ろうとした時。

 

『駒王町駅に到着ー、駒王町駅に到着ー、足元にご注意くださいー』

 

車内アナウンスが鳴り、目的地の到着を告げた。窓を見るといつの間にか約一か月前に見た駒王町駅地下のホームの光景があった。

 

ついに帰って来たか、人間界に。冥界と違ってまだ暑い夏が続いてるから地上に上がったら久しぶりの暑さを感じることになるな。

 

取り敢えず、これだけは言っておこう。喉に力を込めて腹の奥から声を発する。

 

「ついに…ついに戻っt」

 

「さあ、荷物を持って家に帰るわよ」

 

「はい」

 

部長さんによる遠慮のないキャンセルを喰らった。それくらい言わせてくれよ。

 

荷物を持って続々と列車から降りる俺達。

 

やっぱ空気が違うな。冥界はぬるりとした物があるんだが慣れ親しんだ人間界はさらりというべきか。程よい温度の冥界と違って人間界の空気はより温度…暑さや寒さというものを感じる。

 

さて、家に帰ったらまずは掃除からかな。

 

「おいおいおい!お前、アーシアに何の用だ!?」

 

家に着いた後のことを考えようとしたら後ろから聞こえた兵藤の怒声に意識を引っ張られた。

 

何事かと振り向くとアルジェントさんに詰め寄ろうとしている謎の男の前に兵藤が割り込んでいる。

 

男はにこやかな表情でいかにも優し気な雰囲気を出している。

 

…誰だ?少なくともここにいる時点で異形関係者なのは間違いないが。

 

「彼がなぜここに…?」

 

俺以外のメンバーは彼に見覚えがあるようだ。

 

「…朱乃さん。あの人は?」

 

「?あ、そういえば紀伊国君は会合にいませんでしたわね」

 

会合?…あ、もしかして俺がアルギスと戦ってた間にルシファードであったっていう若手悪魔が集まった会合のことか?

 

「彼はディオドラ・アスタロト。若手悪魔の会合にも参加したアスタロト家の次期当主ですわ」

 

へぇー、アスタロト家の次期当主か。確か現魔王のアジュカ・ベルゼブブも元はアスタロトの人なんだっけ。

若手悪魔の会合は参加してないから知らなくて当然だな。

 

ディオドラは片膝を突き、優しくアルジェントさんの手を取った。さながら少女漫画のワンシーンのように。

 

「アーシア、君を迎えに来たんだ。この再会は運命だ――僕の妻になってはくれないか?」

 

そしてプロポーズを……ん?プロポーズ?

 

ディオドラが、アルジェントさんに?

 

「ええええええええええええっ!!?」

 

この場にいたアルジェントさんとディオドラ以外の全員の声が揃った絶叫。

 

一難去ってまた一難、俺達を取り巻く災難は夏休みが終わっても去りそうにない。

 

 

 

 

 ▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

冥界の人里離れた森の奥。『禍の団』旧魔王派のアジトにて激昂するものが一人いた。

 

「何なのだあのアンドロマリウスの男は!?我らの名前を使って好き放題にやりおってッ!!」

 

怒りを抑えきれないといった形相で卓に拳を叩きつける男。貴族らしい豪奢な装飾が施された服とマントを身に纏い、長い茶髪を垂らす彼はシャルバ・ベルゼブブ。彼こそが前ベルゼブブの血を引き、その血筋と圧倒的な力を以て『禍の団』旧魔王派を率いるリーダーである。

 

「無駄な騒ぎを起こしてくれたおかげで他の派閥から無断でことを起こしたとバッシングの嵐!現魔王を支持するもの共を叩けたのはいい…だが我々の名を勝手に使い好き勝手やってくれたことは気に食わんッ!!」

 

最初のパーティーの襲撃から数日、再びアンドロマリウスの男による似たような手口を使ってのテロが行われ旧魔王派にも一部混乱をもたらしている。

 

旧魔王派にとってルシファー、レヴィアタン、アスモデウス、そしてベルゼブブの名は特別な意味と重みを持つ。そんな名を持って生まれた彼らはその名と家に誇りを抱いてきた。それをどこの誰とも知らない馬の骨に使われた、この事実がシャルバには耐えがたい苦痛だった。

 

「落ち着けシャルバ。気持ちはわかる、だが…」

 

そんな彼を諫める黒髪の男はクルゼレイ・アスモデウス。シャルバと同じく前四大魔王であるアスモデウスの血筋。前レヴィアタンの血統、カテレア・レヴィアタンを失った旧魔王派においてシャルバと並ぶ実力者である。

 

「…まさか、あの事件の腹いせのつもりか?」

 

旧四大魔王の中でもベルゼブブ、アスモデウスの両家にのみ伝わる極秘事項。ふとシャルバは思い出す。

旧魔王派と新政府派の抗争、その時に起きた旧魔王派の汚点ともいえる事件を。

 

「そうとしか考えられん。それなら我々旧魔王派にこのようなことをしたのも納得がいく」

 

「馬鹿馬鹿しい。アンドロマリウスの亡霊が今更我らにたてつこうなど…!」

 

「旧魔王派の筆頭、真なるベルゼブブの血を引く者ともあろうお方が、今の激情にかられた姿を見られたら部下たちはどう思うでしょう?」

 

「「!?」」

 

突然会話に入り込んだ第三者の声にガタっと勢いよく彼らは立ち上がる。

 

弾かれたように振り向いた先にいたのは女。宵闇のように麗しい黒髪と瞳、そして黒い衣装に身を包んだまさしく黒そのものを思わせる謎めいた美女が部屋の隅にいつの間にか静かに佇んでいた。

 

「何者だ!?」

 

「誰だ、一体どうやってここに?」

 

警戒心を露わにする二人を前に、女は微塵も臆さない。それどころか女は恭しく跪いて見せた。

 

「お初にお目にかかります、真なる魔王の血を引く方々。この度、私はあなた達に危害を加えに来たのではありません」

 

両手を上げ、敵意がないことを見せる。

その様子を見て二人は警戒心を薄めた。

 

「…小娘よ。貴様の名は何という?」

 

シャルバが一歩前に出て名を訊ねる。

 

「――クレプス。『那由他の鈴』と呼んでいただいても結構です」

 

女―クレプスは丁寧な物言いで語る。

 

「それでクレプスとやら、貴様は如何なる用があって来たのだ?」

 

「あなた方旧魔王派は今、戦力に困っているのでは?」

 

単刀直入にクレプスは話を切り出した。クレプスの鋭い指摘に二人が眉をひそめた。

 

「…いきなり痛いところを突くとはな、小娘」

 

「旧魔王派の実力者はあなた方二人のみ、真なるルシファーの血を引くヴァーリ・ルシファーは誘いを蹴り強者探しの旅に現を抜かしている」

 

「もとより混じり物のルシファーなぞ、本当の悪魔たる旧魔王派に相応しくないわ」

 

吐き捨てるようにシャルバが言う。

 

旧魔王時代の体制を目指す彼らにとって悪魔とは純血の上級悪魔のことを指す。同じ四大魔王たるルシファーの血を引いているとはいえ、人間とのハーフでさらには独断行動を許されている彼の存在もまたシャルバには面白い物ではない。

 

「戦力不足、そして先日の騒動でますますあなた達は悪魔界での立場を無くしていく。『禍の団』に参加はしていないとはいえ旧魔王を尊び裏であなた方を支援する政治家たちも肩身の狭い思いをするでしょうね」

 

「何が言いたいのだ、侮辱の言のみというならこの場で消して…」

 

怒りの色を濃くした声色、シャルバはうっすら青筋を立て『禍の団』が開発した最新兵器を装着した右腕をそっとクレプスに向ける。

 

一歩間違えれば間違いなくこの世から消滅する。今彼女の命はシャルバが握っていると言ってもいい。そんな状況にあってなお彼女は顔色一つ変えず話を続けた。

 

「そう焦らないでください、今日はあなた方に窮地を突破するための吉報をお持ちしたのです」

 

クレプスは跪いたまま小型の魔方陣を展開し、そこから古ぼけて黄ばんだ紙の束を取り出し二人に差し出した。

向けた右手でそのまま受け取るシャルバは古ぼけた紙に疑問符を浮かべる。

 

「何だこれは?」

 

パラパラとめくるクルゼレイが紙の中にあるモノを見つけた。赤い厳めしい紋章のようなものが署名の上に大きく押されている。

 

「シャルバ、これは間違いない。前アスモデウスが使っていた押印だ」

 

自分の家に代々伝わる前アスモデウスが使っていたとされる金印。それの模様に酷似している。

 

「いやそれだけではない、ベルゼブブもルシファーも、レヴィアタンもあるぞ!これは…ベルフェゴールか?しかしこの紋章は今まで見たことが…」

 

「これは前魔王による公式…それも極秘の書類だ。小娘、いやクレプスよ。これをどこで手に入れた?」

 

「訳あって私は前魔王に詳しいのです。それはともかくご覧になってほしいのは書類の中身です」

 

クレプスに勧められるままに書類をパラパラとめくるシャルバとクルゼレイ。

 

二人の目線があるページでぴたりと止まった。

 

「『神祖の仮面』…だと?」

 

悪魔文字でそう書かれた言葉にクルゼレイは胡乱気な声で漏らす。

 

「はい、前魔王方が存命の時代、冥界には四大魔王を含めた七人の強力な悪魔がいました」

 

「…聞いたことがある。その七人の悪魔は人間の持つ七つの大罪になぞらえて『神祖の七大罪』と呼ばれていたと」

 

かつて悪魔が住まう冥界には7人の悪魔がいた。内4人は四大魔王として悪魔という種の頂点に君臨し、2人は72柱の家には入らなかったがそれでも魔王に並ぶほどの強大な力を持つ者として大きな影響力を持った。そして残る一人はかのルシファーにすら匹敵する実力者として天使や堕天使だけでなく同胞たる悪魔にすら恐れられた。

 

しかし、先の大戦で7人は全滅。彼らの死は悪魔社会に大きな衝撃を与えたが6人の血は今も旧魔王派、そして番外の悪魔《エキストラ・デーモン》として脈々と受け継がれている。

 

「『神祖の七大罪』は生前、自分達の支配体制を後世まで続く盤石の物にするために七つの仮面を作ったのです。そしてそれは、今の時代に残っている」

 

資料を読み進めていく二人の表情が次第に驚愕と喜びのものに変わっていく。その資料に記された内容のあまりの衝撃に震えさえした。

 

「な…これは…ッ!本当なのか!?」

 

「…なるほど、これがあれば『禍の団』だけでなく冥界に真なる魔王の威光を蘇らせることができる!!素晴らしいぞ!!」

 

拳を握り、口の端を上げ歓喜に震える。険しい状況に直面しつつある彼らの心に希望と野望の業火が燃え上がる。

そのテンションのまま、シャルバはクレプスへと顔を向ける。

 

「クレプスよ、一つ問おう。お前の目的はなんだ?」

 

「――私の願いはただ一つ。あなた方とこの仮面に相応しい者が仮面を手にし、七人の真なる魔王の力をもって腑抜けた冥界を壊すこと。それのみです」

 

そう語るクレプスの表情に浮かぶものが何か、自分達に心地いい言葉と情報を並べられた今の二人には見えなかった。

 

「…よかろう、実に気に入った!!」

 

満足げに頷くシャルバ。それと対照的に冷静なクルゼレイが問うた。

 

「仮面を探すアテはあるのか?」

 

「すでにいくつか目星はつけてあります。それに…それを探す優秀な『猟犬』も」

 

「『猟犬』…とな」

 

「ええ。彼ならきっと…全ての仮面を見つけ出してくれます」

 

そう言って笑みを深めながら新たな書類を魔方陣から取り出す。

 

先ほどの極秘書類と違って真新しく白い紙には銀髪の精悍な男の顔写真と、その経歴が記されていたのだった。

 




尺の都合でカットしたシトリー戦、かなり原作と変わりました。

というわけでヘルキャット編はこれにて終了です。アルギス、そして凛(ネクロム)の登場と物語が大きく動いた章でした。旧魔王派も怪しい動きを見せ、原作以上の災厄を引き起こすことでしょう。そして眼魂争奪戦がスタートします。オーズのグリードとのメダル争奪戦のようなの感じでできればと思っています。

次回は外伝です。レジスタンス組にスポットライトを当てます。次章予告もあるのでお見逃しなく。


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外伝 「スキエンティア」

今回はレジスタンス組について掘り下げていきます。ポラリスの巡った世界について一部触れます。割と今後の伏線がたくさんある回ですね。

活動報告に新たな裏話を上げましたのでそちらも見ていただけると本作をより楽しめるかと思います。


「だはぁー疲れたぁー…」

 

レジスタンス基地の広大なバトルフィールド、実体のあるホログラム技術によって鬱蒼と木々が生い茂る森の環境を再現されたフィールドに大の字に倒れる。

 

先ほど週3の模擬戦を終えたばかりで全身を支配する疲労のままに俺は息を吐いた。

 

それとほぼ同時にホログラムがすうっと消え、元の近未来的空間へと戻っていく。

 

「お疲れ様です」

 

そしていつもと同じ様に全く疲れた様子を見せないイレブンさんがタオルと水を持ってきてくれる。タオルで汗を拭い、水を呷る。戦闘で動き回り体温の上がった体に冷たい水が行き渡る。

 

ああ、いつもながらキンキンに冷えてやがる、ありがてぇ…!

 

「ぷはぁっ、眼魂がめっきり取られたせいでビット攻撃がキツイ…」

 

夏休みの間にアルギスや凛に眼魂をほぼ全て取られたおかげでかなり戦闘スタイルの幅は狭まってしまった。

 

近距離戦闘のツタンカーメン、遠中近全てを万能に戦えるリョウマ、そして空中戦ができるフーディーニ。

 

ガンガンハンドで遠距離を攻撃できるとはいえ銃撃特化のノブナガやビリーザキッドに比べればやはり撃ち合いになると弱い。

 

悪魔や堕天使など異形には飛行できるものが多いのでフーディーニを持っていかれなかったことは不幸中の幸いだったと言える。

 

さっきの模擬戦だと森の見通しの悪い空間もあってほぼ向こうのワンサイドゲームになっていた。ビットが木々の間を縫って飛び、どこから来るか予測するのも難しい。

 

「それだけ今まで眼魂に頼った戦闘をしていたということです。あなたの場合、近距離戦を磨くだけでは能力を存分に発揮できません。今後は生身での射撃訓練も考えましょう」

 

「あいあいさー…」

 

鬼教官だ…。修行のオルトール先生もかなり鬼だったがイレブンさんもいい勝負ができそう。

 

「お、やっとるの」

 

何気なくこの場に姿を現したのはポラリスさん。腕を組み、珍しく赤ぶち眼鏡をかけている。

 

「ご苦労イレブン。今日明日はゆっくり休むといい」

 

「かしこまりました」

 

労いの言葉をかけられると踵を返し、このバトルフィールドから出ていくイレブンさん。この場に残ったのは俺とポラリスさん一人だ。

 

疲れで乱れた息が整ってきた頃、ポラリスさんが声をかけてきた。

 

「この後用事はあるか?」

 

「いや、何も」

 

こっちに来るときは大体、オカ研が悪魔の仕事で部室を留守にしている時か家に帰ってゼノヴィアが寝た後なんだが…今回は前者だ。こっち側の時間の流れを早めているのでここでのんびり過ごしても問題はない。

 

「なら今日は我らがレジスタンス基地を散歩してみんか?」

 

 

 

 

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基地に来てバトルフィールドに行くときに何度も見た光景。

 

廊下は全て金属質な鈍い光沢を持ち、壁や足元に走る青い光のラインが流れ星のように光の尾を引いて流れる。

 

今の機械技術では到底実現不可能に思える光景、まるで今より遥かに文明の発達した世界を描いたSF映画の世界に迷い込んだかのような錯覚さえ覚える。

 

今までは特に用もないのでいつもの広間とバトルフィールドしか基地内の施設を利用していなかった。だからそれ以外の部屋に行くのは今回が初めてだ。

 

「そう言えば、ここって正式な名前ってあるのか?」

 

今まで基地とばかり言ってたが、組織の基地なのだから名前くらいあってもおかしくないのだが。

 

「あるとも、だが言うタイミングを逃してのう。いい機会だから解説でもしておくとしよう」

 

タイミング逃してたんかい。

 

「ここは妾達レジスタンスが所有する秘密基地、外次元航行母艦『NOAH』。大きさは約1km、ロールアウト当初と比べるとかなり小さくなったが主に動力を中心にかなりパワーアップ…というより魔改造されておる」

 

「1キロ!?」

 

これ1kもあるのかよ…!それでかなり小さくなったって元のサイズはどれだけなんだよ。ここ歩くだけでも随分長いってのに。それに…。

 

「ノア…っていうとあれか、『ノアの箱舟』からとったのか」

 

旧約聖書に記されたノアの洪水伝説。人類を破滅から救うため動物のつがいとともに神がその家族と共に箱舟に乗せた人間の名前。

 

「その通り。膨大なエネルギーを消費して異世界から異世界へと航行し…妾はこの機能を『アルカヌム・ヴィアトール』と呼んでおる。次の航行のためのチャージが終えるまでその異世界で過ごし、文明に触れその技術を取り込む。妾達はそのサイクルを繰り返してきた」

 

「大体次の世界に行くまで何年くらいかかるんだ?」

 

「最初は約30年かかったが技術革新で5年にまで短縮した、ちなみにこの世界に来たときは…確か、40年前じゃったか」

 

つまり時空を超える長旅を経験してきたポラリスさんは100歳以上は確定、と。いや、200歳はあるな。もしかするとアザゼル先生よりも年上の可能性も…。

 

「はっきり言って文明のない世界に来てしまったら地獄じゃぞ?未知の資源を得られたりはするが変化のない時間が万単位で続く。ずーっとイレブンと二人ぼっちじゃ。こっちは行く世界も時間軸も選べないしはずれの世界を引くほどしんどいものはない」

 

実感のこもった本当にうんざりした表情だ。…これ、何回かやらかしてるな。

 

これ、もしかしたら俺が元の世界に戻ることもできるのでは?いやでも行く世界を選べないというし、世界と言っても恐らく数えきれないほどあるだろうから天文学的な単位の確率だろうけど。

 

…いやよそう、俺はこの世界でやるべきことがある。あいつらとの縁を捨てることなんてできないし、何より凛を放っておくことなんてもってのほかだ。それに、もうあの世界での俺は死んだ人間。父さんや母さんが心配な気持ちがないわけではないが介入したところで混乱を引き起こすだけだ。

 

今やるべきことを成す。それが今の俺の最善だ。

 

「あんたが仮面ライダーとかの情報を持ってたのもそれか」

 

レジスタンスのデータベースに豊富にある仮面ライダーやらガンダムやらその他雑多なアニメのデータ。

 

アクセス権を得た俺は俺が死んだ後に放映された仮面ライダーを見たりしたのだが…。

 

「うむ、たまたまこの世界と同じ文明レベルの世界に来てな。そこの娯楽として有名じゃったの。もしかするとおぬしのいた世界かもしれんし、あるいはその平行世界やもしれん」

 

俺のいた世界の平行世界、か。凛が事故に遭わず生きている世界…なんてものもあるのだろうか。あるいは俺が事故で死ななかった世界も。

 

いや、過去のIFを考えても仕方ない。過去をどう悔やんだって戻ることはないのだから。

 

そもそも俺がいるこの世界もまた、平行世界なのかもしれない。何かのきっかけで本筋となる世界から分岐した世界。…考えれば考える程頭から煙が出そうだ。

 

「…しかし、どうして突然散歩なんて?」

 

今まで何も言わなかったのに、今日矢庭に基地を散歩しようと言い出したポラリスさん。

いつも裏の読めない表情に、今は何を隠している?

 

「紹介がまだだったと思ったのと、気晴らしにじゃ」

 

「気晴らし?」

 

「妹と再会したようじゃな、向こうは『叶えし者』になっていたと聞いたが」

 

「…ああ」

 

イレブンさんから聞いたか。レジスタンスの敵となった俺の妹。

 

「いかなる理由であれ自分の妹と戦うのは辛いじゃろう?救うためとはいえ、下手をすれば妹の命を奪いかねんか

らの」

 

「…まあそうだな」

 

正直に言うと、まだ妹に手を上げるのに躊躇がある。むしろその方がいい、兄として、それが正常なのはわかってる。だが、それではあいつを取り戻せない。あいつは遠慮なく俺を殺しにかかる、そんな感情に囚われていては取り戻す以前に自分がやられてしまう。

 

だが下手をすれば…最悪、あいつを俺自身の手で殺めてしまうことになってしまう。それは絶対に避けなければならない。俺はその取り戻すという思いと最悪の結末に至る可能性があるという不安の狭間に揺れているのだ。

 

「願いの規模によってステージ…『深度』は変わる。さらに心に強い衝撃を受けたり奴らの気に当てられるとさらに魂の汚染…病みともいうべきか、は深刻になっていく。深度3にもなればほぼ奴らの言いなりじゃ。増やした眷属を忍ばせて混乱を引き起こし、眷属とそうでない者の潰し合いを高みの見物することを奴らは楽しんでおる」

 

何ともたちの悪い連中だな。…もしかして既に悪魔の上層部や堕天使とか、あるいは人間社会にもアルギスのような『叶えし者』が潜んでいたりして。ゴキブリが一匹いれば100匹はいる、みたいな感じで。

 

いや凛をゴキブリ扱いするつもりはないんだがな。うちのかわいい妹をゴキブリと一緒にしたら罰が当たるってもんだ。

 

「妾達も『叶えし者』の呪縛を解く方法を模索したことはしたのじゃが…残念ながら見つからなんだ。すまんのう」

 

そう言うポラリスさんはいつにもなく心底申し訳なさそうだ。

 

「辛いことや今後の不安を忘れて、色々面白い物を見せてやりたいと思っての今回の散歩じゃ。楽しんでいけ」

 

口の端を上げて笑いかけるポラリスさん。それは見た目相応の少女の姿だった。

 

俺の内心を察してのポラリスさんの気遣い…俺がレイナーレ戦でへこんだ後もそうだがやっぱりポラリスさんはアザゼル先生のように面倒見がいいと言うべきか。部下の細かいフォローも忘れない、流石レジスタンスのリーダーを名乗るだけはある。

 

…だが、一つ気になっていることがある。

 

「俺を気にしているのはあんたのかつての仲間みたいになってほしくないからか?」

 

イレブンさんが語ったポラリスさんのかつての仲間のこと。ポラリスさんは妹を失ったその人と今の俺を重ねてしまっているのではないか?

 

「…どこで知った?」

 

少し低い声でポラリスさんは訊く。心なしか威圧感に近い物すら感じた。

 

「イレブンさんから、妹を亡くして狂気に堕ちた奴がいたってのをな」

 

「むう、あやつめ…いらんことを喋ってくれおって」

 

やれやれと忌々しそうに呟くポラリスさんはふっとこちらに顔を向けた。

いつものように涼しい表情でなく、どこか真に迫った表情で。

 

「妾の過去について知りたいか?」

 

「んー…まあ気になる程度には」

 

「なら聞かぬ方がいい。聞けば必ず、おぬしは後悔する」

 

俺の返答にいつになく冷たい表情でそうはっきりと断言した。

 

…逆にそう言われると益々気になるんだが。人間、やっちゃいけないと考えると逆にそっちに意識が行ってついやってしまう生き物だし。

 

「あんたも過去に色々あったって人か」

 

木場だったり塔城さんだったり、元カノに殺された兵藤だったりと俺の周りにはろくな経歴を持った奴が少ないが…あれ、もしかして俺もそれに入ったりする?友達を殺されたり、仲間を見捨てて命惜しさに敵前逃亡、妹に命を狙われる…うん、やっぱり俺もろくな経歴持ってなかった。

 

「人並み以上にはの。生半可な気持ちで知るようなものではないし知ってほしいものでもない。妾の昔話についてはそこまでじゃ」

 

廊下での会話は有無を言わせぬ一方的なポラリスさんのぶち切りによって終わった。

 

反応から察するに相当、根の深い出来事があったようだ。

 

そのうち、向こうから話してくれる時が来るだろうか。俺が全てを兵藤たちに打ち明ける時が来るように。

 

 

 

 

 

 

廊下を進んでいると踏切のような黄色と黒の警告色が縁取る扉を見つけた。

扉には『DANGER』と赤い紙まで貼られている。

 

如何にも何かありげな部屋だ。

 

「この見るからにやばそうな部屋は?」

 

「そこは高重力ルームじゃ。魔法と科学技術を組み合わせて高重力環境を再現し、高重力下でしか製造不可能なとある代物を作るために用意した」

 

「なんじゃそりゃ」

 

高重力ルームってドラゴ〇ボールかよ、カ〇セルコーポ〇ーションでベ〇ータがやってた300倍の重力室での修行でもやろうってのか?

 

死ぬよ?無理だよ俺人間やめてないし、無理な空中変形で体にとんでもない負担をかけまくったユニオンのエースだって12Gまでが限界だし流石にポラリスさんもそこまで鬼ではない…と信じたい。

 

「半永久機関…『太陽炉』と、その世界では呼ばれておったの」

 

太陽炉、俺はその言葉とそれが意味するものを知っている。

 

「え!!それってGNドライヴか!?」

 

それってガンダムOOじゃないか!ポラリスさんはガンダムOOの世界に行ったことがあるのか!?

 

やばいいきなりテンション上がって来た、テンションフォルテッシモだ!!仮面ライダーも好きだがガンダムも好きな俺にとってはたまらない物だ!テンションの代わりに語彙力が無くなってきたがな!

 

「なんじゃ知っておったのか。そう、ここは『GNドライヴ』の工場じゃよ。大半は船の動力に回っておる、こいつのおかげでこの船のエネルギー問題が一気に解決したわい」

 

やっぱGN粒子ってすごいんだな…。まあ異星人との対話だって可能にする代物だし、二個のGNドライヴを同調させてツインドライブにすれば1万Kmもの長さのビームサーベルだって作れる出力だし当然と言えば当然か。

 

「こいつを発明した男はとんでもない天才じゃ。科学に携わる者として一度会って話してみたかったのぉ」

 

ポラリスさんにそこまで言わしめるなんてイオリア・シュヘンベルグ、ガチですげえ。いや200年前から200年後に使われる技術をたくさん発明してる時点でドが100個付く天才なんだが。

 

…あれ、そう言えばダブルオーの世界でどうやってGNドライヴの情報を手に入れたんだ?あれはソレスタルビーイングのトップクラスの機密事項だったはずだが…。

 

 

 

 

 

 

再び廊下を進むことしばし。俺達は大きなドアの前で足を止めた。

 

「ここは妾でもあまり足を踏み入れぬ部屋ではあるが…レジスタンスが秘している重要なシステムがある」

 

ポラリスさんは端末にパスワードを凄まじい速さで入力し、打ち終わったかと思ったら今度は端末に顔を寄せて覗き見た。網膜認証か?

 

扉がシャッと開く。

 

と思ったらまた扉だ。再びポラリスさんはパスワードを入力し、今度は手をスクリーンに乗せた。網膜認証の次は指紋認証か、パスワードもかなりの長さだったしセキュリティが頑丈な所みたいだ。

 

ドアが開き、今度こそその部屋にあるものが姿を見せた。

 

廊下と同じく金属質の壁に囲まれた広い空間。青が、赤が、緑の光が走り世界各所の映像を映し出すスクリーンが無数にある部屋の中央に大きな機械が佇み、その中心には幾何学模様の球体が治められている。神秘的ですらある淡くも眩い光を放つそれはまるで夜空に輝く一等星のようだ。

 

「ここは…」

 

「妾達レジスタンスが保有する最重要システム…『スキエンティア』。その本体じゃ」

 

「『スキエンティア』…」

 

「スキエンティアは世界中のコンピューターと繋がりありとあらゆる情報を収集、そして解析する。妾達はあらゆる情報をこのスキエンティアに集め、他の世界の情報と組み合わせ未知の技術を生み出し来たるべき決戦に備えるため新たな兵器を開発するのじゃよ」

 

今までポラリスさんが巡って来たあらゆる世界の膨大な情報がこの眼前に大樹のようにそびえたつ機械におさめられている。一体どれほどの容量があればこんな途方のないことができるだろう。まさしくレジスタンスという組織の心臓とも呼べる場所に俺は今足を踏み入れている、そう思うと不思議と胸が高鳴る。

 

「おぬしが閲覧するレジスタンスの情報は全てこのスキエンティアのものじゃ…一部閲覧制限をかけている情報は時が来れば解除しよう。おぬし何度か無理やりアクセスしようとしたじゃろう?」

 

「バレてるのか…」

 

以前ポラリスさんがどうしても話してくれないことが多いので、それならせっかくもらったアクセス権で調べてしまえと思ったらものの見事に引っかかったことがある。その時は焦ったな、いかがわしいサイトを見ていたらウイルスに引っかかった高校生のように。

 

…俺の名誉のために言っておくが俺はそんなこと今までないからな?

 

「当然。ソフトウェアにおいてこの世界で妾に敵う者なぞおらんからのう、なんならおぬしのパソコンの検索履歴を洗いざらい割り出してやってもいいぞ?」

 

「すみませんそれだけはマジで勘弁してください」

 

(あまりない)胸を張るポラリスさんは実に楽しそうな表情だ。

 

やめて、それだけはやめて。思春期の男子のパソコンの検索履歴とベッドの下は見たらダメなんだよ!

 

「これ誰が作ったの?ポラリスさん一人か?」

 

「妾を含めたレジスタンスの仲間たちと共に、かつて妾達の世界に存在したスーパーコンピューター『シャスター』から得たノウハウを活かして開発したのじゃ」

 

「あんたって天才だったんだな」

 

スーパーコンピューターなんてものを作れる時点で相当な技術力と頭脳の持ち主であることは確定だ。しかも国でなく一組織がそれを保有できるとは…。

 

ポラリスさんは俺の言葉に「いや」とかぶりを振った。

 

「天才ではない、仲間たちの力があったからこそ為し得たのじゃ。おぬしもよく覚えておくといい、一人でできることより仲間とならできることの方が多い。窮地に陥った時差し伸べてくれる手があり、それを取ることのできる者は例外なく強いのじゃ」

 

「仲間の手を取る…」

 

つまり、レジスタンスだけでなくオカルト研究部の仲間たちの手を取れということか。

 

ネクロムの力を持つ凛の力は強大だ。…だが、その力もあいつらと一緒なら突破できるかもしれない。

ゼノヴィアに言われたことは真実だ。今度、凛と戦うことになったら、兵藤たちを頼ってみようかな。

 

「あの頃が懐かしいのう…アルタイル、カノープス、デネボラよ」

 

『スキエンティア』が放つ青い星のような光を見上げるポラリスさん。夜空に瞬く星を見上げるようなその姿にいつもの飄々とした感じはなくどこか儚げで、悲し気だった。

 

あの様々な思いが絡まり合った目の裏にあるものが何か、今の俺には分からなかった。

 

「…?」

 

「すまぬ、つい感傷に浸ってしもうたわい。ここにあるのはあれだけじゃ、次に行くぞ」

 

俺の視線に気づき、軽い咳払いをしてポラリスさんは光に背を向ける。

 

神秘的ですらある光景に背を向けるのは後髪の引かれる思いだが、ポラリスさんの言葉に従い俺達はこの場を後にした。

 

 

 

 

 

 

何でもない金属製の扉に『イレブンの部屋』と達筆で書かれた文字と可愛らしい似顔絵が描かれた木のプレートが貼られている。

 

「ここはイレブンの私室じゃな」

 

「へぇ…」

 

イレブンさんは隅から隅まできっちりしたイメージがある。一体どんな部屋なのか気にはなるが流石にプライベートの空間に土足で踏み込むような真似はよす。

 

「気になるなら覗いてみるか?」

 

ポラリスさんはニヤニヤしながらそう言って何もない空間にスクリーンを展開した。

 

床に敷き詰められた畳、和式の部屋だ。壁には『こたみか』とこれまた見事な腕前で書かれた掛け軸がかけられている。…こたみか?何のことだろう?

 

そしてみかん片手に熱心にゲームで遊ぶイレブンさんの姿があった。これって聞くまでもなく、扉の向こうの映像だよな。きっちりでなく今のイレブンさんから画面越しにゆるゆるなオーラが伝わっていた。

 

『そろそろみかんのストックが尽きますね…、明日買い物に行った方が』

 

途中で映像は途切れた。向こうが気付く様子もなかったしポラリスさんの側から切ったか。

 

「…意外と和物が好きなのな」

 

レジスタンスの仲間の意外な一面を垣間見た俺は彼女のまったりした様子に少々呆気にとられた。

 

「冬になるとこたつに入って出てこなくなる時もある。日本料理に関していえば妾よりあ奴の方が腕がいいのう」

 

何それ可愛い。こたつむりになったイレブンさんとか見てみたいぞ。

 

「ところでイレブンさんってさ…Type.XIってことは1とか5とかいるの?」

 

今まで気になっていたこと。なんとなくイレブンさんと呼んでいたが名前がタイプ・イレブンってことはその前のタイプ・テンとか最初のタイプ・ワンなんて人もいるんじゃないか?

 

ポラリスさんは俺の問いに首を縦に振った。

 

「あやつは13人のサイボーグのクローン姉妹の11女、『オリジナルXIII』じゃ。作ったのは妾ではないがの」

 

「13人姉妹!?」

 

同じクローン姉妹でもプルシリーズもびっくりの数だよ、全員が揃ったらどんな絵面になるんだろう?クローンだからみんな顔そっくりで誰が誰だかわからないなんてことになったりしてな。イレブンさんは結構美人だから残りの12人もみんな美少女に違いない。

 

「…っておいおい派手に穴が開いてるけど、修理しなくて大丈夫か?」

 

ふとイレブンさんの隣の部屋に大きな穴が開いているのが視界に映った。焦げてはいるが煙も上がっていないし熱くもない。随分前にできたように見えるが…。

 

「問題ない。これはかつての仲間が寝ぼけてレールガンをぶっぱした跡…思い出の名残じゃよ」

 

そんな思い出があってたまるか。寝相が悪いゼノヴィアだって寝起きデュランダルなんてしないぞ。

 

「あやつは元々ドジっ子で、感情制御回路を外してからはもっと拍車が…おっと、いかんのう。つい昔のことを喋ってしもうたわ」

 

苦労話を語るような、それでいてどこか楽し気に語り掛けたところを咳払いで中断した。

 

あんた昔の話をしたがらないくせに結構言いかけるよな。あれか、年食ってるからおしゃべり好き…

 

「何か言いたそうじゃな」

 

「いえ何も!」

 

バレてるぅー!?

 

それにしても今感情制御回路とかすごい物騒なワードが出てきたぞ。あんたまじで過去に何をやっていたんだよ。

 

アルタイル、カノープス、デネボラ、そして13人のクローン姉妹『オリジナルXIII』か。一体どんな人たちなんだろう?しかもカノープスとか、レジスタンスのメンバーは星の名前のコードネームをつける決まりがあるのか?

 

もしそうなら俺だったら…『レグルス』。なんてな。

 

 

 

 

 

 

 

 

備蓄倉庫や小難しい機械や鉱石だらけの研究室を見て回り、楽しい散歩も終わりを迎えようとしていた。

 

「ここで最後、保管室じゃな。今まで開発した兵器を管理しておる、まあ物置と言ってもいいわい」

 

ドアのそばに取り付けられた機械を素早く操作すると、壁に取り付けられた頑丈そうな保管庫が一斉に開いた。

 

「え…これ…あ、おおおおおおおおっ!!!」

 

一斉に俺の眼前に飛び込んできたのは様々な忘れもしないアイテムの数々。

 

ビルドドライバー、カブトゼクター、ファイズドライバー、その他諸々。名前を上げればきりがないレベルに多くのライダーアイテムが並んでいる。

 

「すげぇぇぇ!!」

 

ライダー好きの俺にとってたまらない光景がそこにあった。どれだけ俺を喜ばせれば気が済むんだよ、ポラリスさん!

 

いや待てよ、ここは開発した兵器を保管している場所ということは…!

 

「これもしかして変身できるのか!?変身して戦えるのか!?」

 

「もちのろんじゃ。趣味も兼ねてスキエンティアで編み出した技術を存分に使って開発した…ま、所詮はガワだけで中身は全く別物じゃがの」

 

軽く笑って頷き、俺の問いに是を示した。

 

ポラリスさんは無数にあるライダーアイテムの中から一つ、金色の装飾のついた紫色の銃『ネビュラスチームガン』を手に取る。

 

「ちなみにガワだけで中身はまるっきり別物なのでネビュラガスを投与しなくても変身できるぞ」

 

器用にくるくるとスチームガンを回し、白とターコイズブルーの歯車が嵌められた手のひらサイズのアイテムを差し込んだ。

 

〔デュアル・ギア!ファンキーマッチ!〕

 

「いちいちギアを抜き差しするのが面倒と思って、思い切って一つにまとめてみたのじゃ」

 

確かに、ネビュラスチームガンで変身するエンジンブロスとリモコンブロスの合体形態、ヘルブロスの変身にはいちいち変身に必要なギアを抜き差ししないといけないからな。実戦で使う分には面倒な点だ。

 

それを二つのギアを一つにすることでその欠点を解消したのか。

 

スチームガンを前方に向け、凛然と言葉を放つ。

 

「潤動」

 

〔フィーバー!〕

 

トリガーを引くと黒い煙が溢れ出し、その中に輝く白とターコイズブルーの歯車が出現する。

回転する歯車をその身に纏い、黒い装甲に歯車を装着した奇妙なシルエットの戦士が現れた。

 

〔Perfect!〕

 

「ヘルブロス、参上…なんての」

 

軽く髪を撫でるような動作をして見せるが、残念ながら変身中なのでスーツの中にすっぽり収まっている。

両の手をぐっ、ぱっと開く。

 

「性能は原作よりも大きく向上しておる。表に出て介入するときにはこれを使うようにしておるが…専用で作ったものでない以上、やはりこれでは妾の力を十全に発揮できん。しかし力を出し過ぎて大きな破壊の跡を作るのを防ぐという点では役に立つのじゃがな」

 

あくまで隠密行動をしたいわけか。そういえばヘルブロスには透明化できる機能もあったな。それに加えてフルボトルを使えばより戦略の幅は広がる。

 

こんな物をこの一時間も経たない間にたくさん見せられて心躍らない俺ではない。感動すらするほどなのだが…同時にこうも思った。

 

「思ったんだけどこんなに秘密をベラベラ喋っていいのか?」

 

先ほどからポラリスさんは散歩と称して様々なレジスタンスの情報を俺に公開している。

 

レジスタンスという組織の枠に縛り付けることなくかなり俺を自由にさせているが、そんなのできっちりした情報の管理ができているとは思えない。今回のスキエンティアもそうだが組織の核といってもいい情報を持った俺を自由にさせていいのだろうか?

 

「問題ない。おぬしは妾を裏切らないからの…いや、裏切れないと言うべきか」

 

「何でそう言い切れるんだよ」

 

「仲間思い、妹思い、その根底にあるのはおぬしの他人を思いやる優しさじゃ。無意味に他者を傷つけることができないヘタレなおぬしがグレモリー眷族たちに危害を加えるつもりが毛頭ない妾を裏切ることはないし、力に溺れて獣と化すこともない」

 

全てを見透かすような赤い目がヘルブロスのマスクの裏から俺を見る。その言葉は不気味なほどに俺の心を読み取っていた。

 

今のセリフを言えるのも、いろんな世界で色んな人を見てその人の心を知ったからだろう。いわゆる年の功というやつか。

 

「俺は兵藤たちにあんたたちのことを喋るかもしれないぞ」

 

それこそ修行前夜でゼノヴィアに喋りかけたように。グレモリー眷族とレジスタンス、仲間に秘密を作って動かなければならない俺の気持ちが俺より長生きしていろんな経験をしてきただろうあんたに分からないはずがない。

 

「その時はその時じゃ、おぬしが妾達を利用しているように妾とておぬしを利用しているのじゃからな」

 

そう言うポラリスさんは随分な余裕を感じる。秘密が漏洩しても幾らでも対処する手段はあるってことか。

 

今日の話によればスキエンティアで世界中のパソコンやら監視カメラや端末から情報を得ているようだし、さらには世界中の扉からここを繋いで現れることもできるし逃げる手段はほぼないに等しい。

 

…あれ、これって俺の性格抜きにして物理的にも裏切れないんじゃ?裏切ってどこか遠い場所に逃げても見つかって首はねられるんじゃね?俺が凛にやられた時のイレブンさんの気迫なら本当にやりかねない。

 

それとも、他意はなく俺を信じているってことなのかもしれない。何だかんだでポラリスさんはお人好しだからな。じゃなきゃ二度もへこんだだらしない俺に発破をかけたりしない。

 

もう裏切るなんて物騒なことを考えるのはよそう。今必要なのは、状況を打破するために仲間を信じ、その手を取ることだ。まだ問題は『禍の団』だったりと山積みなのだから。

 

「…そういえば、こんなに広い基地なのになんで誰ともすれ違わないんだ?ほかのメンバーはどこにいるんだ?」

 

レジスタンスという組織であるからには多くのメンバーがいるに違いない…のだが、この散歩、いや今までこの基地に顔を出す中で一度も二人以外の人間に会ったことがない。

 

「妾達しかいないのじゃから当然じゃろう」

 

そうポラリスさんはとんでも発言を……ん?

 

「……は?」

 

突然のカミングアウトに思考が驚愕の色に塗りつぶされる。

 

妾達しかいない?それは…。

 

「あ、今まで言わなかったかの?レジスタンスのメンバーは妾、イレブン、そしておぬしの3人のみじゃ」

 

「えっ」

 

たった3人?レジスタンスが?

 

「ええええええええええっ!!?」

 

たった3人しかいない船の中に、俺の絶叫が響き渡る。

 

夏の最後に、何気なくトンデモない事実を明らかにされた俺なのだった。

 

ちょっとだけ、レジスタンスに入ったことを後悔した。

 

 




ポラリスは某アガレスのガノタが見たら泣いて喜ぶものを山のように持ってます。

色々ライダーのアイテムを出しましたが基本的にはスペクター、ネクロム、ヘルブロス、そしてあともう一人のみを本作では出すつもりです。それ以外のライダーの登場予定は一切ありません。

次回からホーリー編です。それが終わったらドキレディか、あるいは活動報告にまた裏話集でも上げようかと思います。


次章予告

「イッセー君、ゼノヴィア!おっひさー!」

新たに学び舎にやっていたのはかつて行動を共にしたパートナー。

「あなたの『僧侶』をトレードしていただけませんか?」

アスタロトの坊ちゃんは魔王の妹君の地雷原に足を踏み入れる。

「堕天使に天使、果てにはオーディンか…以前の俺なら目を輝かせただろうに」

戦乱のフィールドで銀髪の狙撃手は息を吐く。

「お前は何を願った!?」

仲の良かった兄妹は争い合う。

死霊強襲編 第三章 体育館裏のホーリー


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死霊強襲編 《コード・アサルト》 第三章 体育館裏のホーリー
第52話 「帰って来た幼馴染」


今回からホーリー編です。色々あった前章と比べると内容が薄口醬油になるかも。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
8.リョウマ
11.ツタンカーメン
13.フーディーニ


8月を過ぎてなお夏の暑さが続く9月の昼間。セミの鳴き声は鳴りやむことなく、燦々と輝く太陽の光が外に照り付ける。

節電も兼ねてエアコンでなく扇風機で涼をとる俺は我が家のリビングであるスイーツづくりに励んでいた。これをスイーツと呼ぶのかはわからないが、暑い夏にもってこいの甘くて美味しい物であることには違いない。

 

ギャリギャリギャリギャリ。

 

このためにわざわざ引っ張り出してきた家庭用かき氷機。

 

小難しい機能の付いた最新式のしゃれた物でなく、手回し式の昔ながらの風情あるタイプのものだ。今まで鍛えてきた腕力に物を言わせて上部のレバーを回すたびにギャリギャリと中の氷が削れ、下に添えた椀へと落ちていく。

 

削れた氷はやがて椀の中に小さな山を形作る。人はそれを、かき氷と呼ぶ。

 

「よっし、できた」

 

完成したかき氷をまだかまだかとキラキラした目で待つゼノヴィアの前に出す。

 

「おあがりよ!シロップはお好みでどうぞ」

 

テーブルの上に並ぶ3色のシロップ。彼女はその中から自分の髪と同じ青色をしたブルーハワイ味を取り、さっとかけた。透明な氷の小山の頂上と尾根にシロップがかかり、透き通るような青色に色づく。

 

「ではいただく」

 

ゼノヴィアはスプーンを手の取り、氷の山の一角をすくい口に運んだ。

 

「んん、冷たくておいしい。暑い夏にはぴったりだ…!」

 

口の中でガリゴリと削った氷を砕く音が聞こえ、美味しそうにほおを緩めた。

 

「そうか、お気に召して何よりだ」

 

美味しいと言われれば作った側としても本望と言うもの。

 

「しかし今日は本当に暑いな。このかき氷は本当に助かるよ」

 

室内にも伝わってくる日差しの暑さに朝から汗をかきっぱなしな俺達。おかげでここ数日、ずっと室内を薄着で過ごす日々が続いている。

 

それにしても今目の前でおいしそうにかき氷を食ってるこいつ、たまーに汗でブラが透けたりして目のやり場に困るんだが…。今だってもうちょっとで服が透けそうな…。

 

卑しいことを考える俺の視線に気づいたか突然、スプーンを進めるゼノヴィアがスプーンを椀の上に置いた。

 

やべ、何か言われるのでは…。

 

「そうだ。悠、一つ勝負をしないか?」

 

「勝負?」

 

かき氷をおいしそうに食べてると思ったら矢庭に提案してきた。なんかニヤニヤしているな、何を考えている…?

 

「簡単に言うと早食い競争だ。勝った方が一つ、何でも言うことを聞かせられる!」

 

何でも、だと?随分大きく出たな。

 

だが早食い競争か、面白そうだ。その勝負、乗った。

 

「何でもか…いいだろう。ルールはどうする?」

 

こちらも不敵な笑みで返す。

 

「先にかき氷を2杯分食べ終わった方の勝ち、でどうだ?」

 

「2杯分か、OK分かった。後で泣き目を見ても知らないからな?」

 

「ふっ、泣き目を見るのはお前だよ」

 

卓上で視線がバチバチと火花が弾けるようにぶつかり合う。

 

俺の予想なら、多分ゼノヴィアの要求は子作りだ。最近は冥界に行って忙しくてタイミングがなかったからこれを機に久々に仕掛けようという魂胆なはず。

 

俺が勝ったら…そうだ、あいつが悪魔の仕事で稼いだお金でフードプロセッサーでも買ってもらおう。スムージー、アイスクリーム、その他諸々。これで色々料理の幅が広がるな。払うのはあいつだが結果的にはあいつにとっても得になるのだからいいだろう。そう考えると俄然やる気が出てきた。

 

この勝負、勝たせてもらう!

 

 

 

 

 

 

その後、勝負のためにゼノヴィアが食べかけたかき氷をつぎ足し、さらに3杯分のかき氷を新たに用意した。

 

「これで2杯分っと」

 

俺の前とゼノヴィアの前にそれぞれ2杯のかき氷が並んだ。

 

「それじゃ行くぞ」

 

「ああ」

 

スプーンを手に取り、戦闘態勢に入る。両者ともに勝負を目前にして空気が張り詰める。

 

眼前のかき氷に意識を集中させながらもカウントを始める。

 

「5…4…3…」

 

「……」

 

そうだ、ここは一つ、いたずらしてやろう。

 

心の中でほくそえみながらカウントを続ける。

 

「2…1…0で始めるからな」

 

この手のカウントにありがちな古典的な引っ掛け。良くも悪くも馬鹿正直なゼノヴィアに効くと俺は思った。

 

思ったのだが…。

 

がつがつがつ!

 

引っ掛けのつもりが真に受けたゼノヴィアは勢いよくかき氷をかきこみ始めた。

 

「おい人の話を聞け、くそっ!」

 

引っ掛けで集中力を落としてやろうと思ったのにこいつ!

 

勝負の開始宣言を忘れて負けじとこちらも慌てて俺もかき氷をかきこみ始める。

 

次から次へと、矢継ぎ早にスプーンでかき氷をすくっては口に入れていく。

 

口の中が急速に冷えていく。だがしかし、かき氷をすくう手を止めない。高速で咀嚼し、氷を砕いて喉に流し込む。

 

「キィーン!」

 

途中でゼノヴィアが目を><にして頭を押さえる。アイスクリーム頭痛が来たみたいだな。この隙に差をつけさせてもらおうか!

 

「この勝負、俺が貰った!」

 

やがて一杯分完食し二杯目に入る。現時点での差は俺が2杯目に突入、ゼノヴィアは一杯目の半分程度。この調子で行けば勝利はゆるぎない。

 

勝利の確信。それと同時に俺を襲うものがあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈BGM:スターダストクルセイダース(ジョジョの奇妙な冒険 スターダストクルセイダース)〉

 

…来た。

 

来てしまった。

 

 

 

 

 

 

 

これは…俺の腹の中で暴れだすこの感覚は…!!

 

「う…ううっ…!!」

 

苦悶の声を漏らさぬよう極力我慢しながらも思わず片方の手で腹を抑える。

 

下痢だ!

 

畜生、丁度扇風機の近くで食べていて涼しい風が薄着にダイレクトアタックしたのが仇になったか!

 

腹の中で猛烈に吹き荒れる腹痛と言う名の嵐が、俺の中で暴力的なまでにその存在を訴えてくる。

 

「いっ…ぐ…う…!!」

 

かき氷を食べるペースが明らかに落ち、やがてスプーンを持つ手が動きを止めた。

 

「どうした…?さっきまでの威勢はどこに行ったんだ!?」

 

アイスクリーム頭痛に苦しみながらも不敵に笑うゼノヴィア。向こうもペースが落ちてはいるがその手は止まっていない。こっちの苦労も知らないでこいつは…!!

 

そう思う間にも俺の腹は悲鳴を上げ続ける。さながら断末魔の悲鳴のように。

 

「うぉ…おお……」

 

下痢の痛みが俺の腹を内側からたたき、解放を訴える。

 

何度か死にかけた経験のある俺でも、やはりこの痛みは慣れないし、そして抗えない。

 

「うっ…トイレェ!!」

 

我慢の限界を迎えた俺はばっと立ち上がり、一心不乱にトイレに駆け込んだ。

 

紀伊国悠 下痢により再起不能(リタイヤ)ッ!!

 

〈BGM終了〉

 

 

 

 

長い下痢との格闘を終え勝利を収めた俺がトイレから出ると、そこにいたのはゼノヴィアだった。

 

片手に空いた椀を重ねてドやっと勝ち誇った笑みを浮かべて、トイレから出てきた俺を待ち構えていた。

 

「私の勝ちだ」

 

「…いやお前ずるいぞ、人が腹ぶっ壊してトイレ行ってる間に勝負決めるとか悪魔かよ」

 

「私は悪魔だが?」

 

「そうだった」

 

屁理屈やめろ。こっちは屁どころか大なんだよ。しかもかき氷食ったせいで割と…いやいやこの話は止めよう。

 

「勝ちは勝ちだ。何でも一つ、言うことを聞いてもらおうか」

 

そうだ…。下痢との格闘ですっかり頭から飛んでた。

 

「…あまり無茶な奴はやめてくれよ」

 

俺もついに童貞卒業かー…。嬉しいか嬉しくないかで言えばそりゃ嬉しいよ?ゼノヴィアみたいな美少女とできるのは自慢にもなるってものだし。俺もそういうことをやりたい年頃である以上はやりたい。…でも、嬉しさよりも不安の方が大きいな。

 

俺はこういうのはちゃんとした手順を踏んでからした方がいいと思う。いかに悪魔が出生率が低いと言われたってできちゃうときはできちゃうし。もしできたら今後の人生が大変になる。今どき高校生ママはきついし、俺も育児だとかで養って行ける自信なんてない。

 

ポラリスさん達からも白い目で見られそうだ。『これが若さゆえの過ちか…』とか言いそう。やっぱり一番怖いのは上柚木かなー…普段つんつんしてるあいつが怒るとホント怖いし。そんなあいつの白い目とか殺人級の威力があるだろう。

 

「無茶なのはお前だ」

 

ゼノヴィアの返答は意外なものだった。向日葵色の瞳で先のような楽し気な色は一切なく切実に俺の顔をとらえてくる。

 

「お前は最近無茶をし過ぎる、一か月で二回も重傷を負って…人の心配をするのもいいが自分の心配もしろ。お前に死なれたら私は…」

 

その言葉には心からの心配の色があった。続く言葉が曇り、悲し気に顔を伏せるゼノヴィア。いつもの堂々っぷりはなくグレモリー眷族の頼れるデュランダル使いの姿でなく、ただ一人の年相応の少女の姿だ。

 

「どうしたんだ…?」

 

俺が訊くと、首を振ってその綺麗な顔に浮かべた複雑な感情を払い、顔を上げた。

 

「い、いやなんでもない…あの時、本当に心配したんだからな。とにかく今後は無茶をするな。困ったときは必ず私を呼べ、絶対だ。それが私の望みだ」

 

「は、はい…今後は気を付け…ます」

 

グイっと近づき、勢いに押されるがままに返事をした。

 

俺は予想だにしなかった彼女の望みに呆気にとられた。

 

俺は仲間を守りたいという思いに囚われて、その仲間の思いに気付いていなかったかもしれない。あるいは目を背

けてさえいたかもしれない。だからゼノヴィアの思いを聞いて、俺はそれに気づかされ驚いた。

 

アルギスや凛だったり、俺は自分の問題を一人で抱えすぎている。だがその重みを仲間と分かち合い、減らすことができればより軽く、さらに道を一歩進めるやもしれない。

 

…何を一人で抱えることがあるだろうか。仲間を頼ることが出来ないで何が信頼できる仲間だ。決めた、今度奴らと出くわしたら、オカ研の力を借りるとしよう。一人でできないことも、仲間とならきっとだ。

 

「…何か問題でもあるのか?」

 

呆気にとられた顔のまま考え事をした俺の様子に胡乱気に疑問を投げかけてきた。

 

「いやー…お前のことだから子作りを要求するのかと」

 

俺はてっきりとそうだとばかり思っていたんだが。

 

目線を微妙にそらしながら言うと、ゼノヴィアは雷に打たれたようにハッとした。

 

「ハッ!その手があったか…!くそ!」

 

良いこと言ってくれたと思った俺の感動を返してくれ。

 

 

 

 

 

 

 ▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

 

夏休みが開け、二学期が始まった初日。

久しぶりに会うクラスメイト達が言葉を交わし合い、談笑する。

 

夏休みはどうだったとか、彼女が出来たとか他愛のない話が何もせずとも自然と耳に入ってくる。クラスメイトの何人かは夏の日差しに晒されてやけたり、髪型を変えたりとこの夏をエンジョイしたことが窺えた。中には童貞を卒業した者だっているらしい。

 

べ、別に悔しくなんかないし。たまたま機会に恵まれなかっただけだし?その気になれば俺だって…とか言ったってできないのは俺がヘタレだからだ。今の環境に満足していて、それゆえに良い方か、それとも悪い方かどっちに転ぶかわからない変化を恐れるチキンな俺の心。

 

覚悟を決めたって、変わらない者は変わらない。

 

そう思いながらも俺はいつも通りに机に座って頬図絵を突き、何でもない時間を過ごしていた。窓から外の景色を眺め、電柱や校舎の隅に足を下ろす小鳥の観察もそう悪いものではない。

 

「久しぶりね」

 

そんな俺に最初に声をかけてきたのは上柚木だった。イメチェンして夏の浮かれた気分が残るクラスメイトと違い、変わらず堂々と可憐な立ち振る舞いだ。

 

「おう、久しぶりだな。天王寺とくっついたか?」

 

「全然よ、というか流れるようにその話題を振るのは止めなさい。そういうあんたこそゼ…」

 

「何の話しとるの?」

 

会話に入らんとひょっこり顔を出してきた天王寺。若干日に焼けた感じはあるが、それ以外は特に変わった様子はない。

 

「みんなと同じ夏休みの話だよ。お前らは夏休みなにしたんだ?」

 

「松田君たちと映画とかバイト先のカフェに行ったで」

 

「随分お前らもエンジョイしてんな」

 

俺達が冥界で頑張ってる間、夏休みを満喫したみたいだ。

 

以前カラオケに行ったメンバーからオカ研組を抜いたメンバーでか。俺ももっと夏休み遊びたかったなあ。色々あったけど有意義だった夏休みの心残りと言えばそれくらいだ。

 

「あんた達が部活でどこかに行ってる間に楽しませてもらったわ…ところで、あなた達こそ何をしたの?」

 

俺達が夏休みにしたことか。

 

9割異形絡みだから何といえばいいか…あ、でもこれだけは言えるな。

 

「地獄だよ」

 

「地獄?」

 

俺の返答をそのままオウム返しするように胡乱気に天王寺は反応した。

 

山にこもって八極拳の修行、アルギスに負ける、せっかく参加したパーティーもテロに巻きこまれる、極めつけに妹に殺されかける。これだけ言えば夏休みの9割は辛いことで占められているといえる。でもグレモリー領の観光など、そうでないことだってあったけどな。

 

「なあ兵藤」

 

同意を求めるように後ろの席にいる兵藤に話を振る。

 

「…ああ、本当の地獄だったぞあれは」

 

タンニーンさんとの鬼ごっこを思い出したか、俯きながらどんよりとした顔をしながら答えた。

 

なんでかこいつだけ異様に厳しい修行だったな。兵藤は隕石級の火を吐く龍王と鬼ごっこし、無駄にサバイバルスキルを身に着けて帰って来た。俗世から離されたこいつは禁手の他にまた新しい技を手に入れたらしいが…。

 

ここまで元気のない兵藤の反応に流石の上柚木も可哀そうだと思ったらしい。

 

「こ、これ以上は聞かないでおくわ…悪かったわね」

 

普段は兵藤に厳しい態度を取ってる上柚木が引いてるくらいだぞ。事情を知らない人でもわかるくらいに落ち込んでるんだ、相当怖い思いをしたんだろうなぁ…。

 

「イッセー君も悠君もごっつたくましくなったのも地獄行ったからかいな」

 

「まあな」

 

お、わかる?わかってしまう?

 

「顔が締まったり、腕が少し太くなったわね。ワイルド味もあるわ」

 

「4月はひょろひょろやったのに、夏休み開けたらかっこよくなったね。羨ましいわー…」

 

そう言われてみれば兵藤はともかく俺は当然か。

 

1週間意識が戻らず寝たきりだったから退院したときは一時期もやしとも呼ばれていたっけか。レイナーレと戦うために筋肉をつけたり、強化合宿に参加したり夏休みの修行だったりでわりと鍛える機会はあった。この変化は当然だ。

 

「でも童貞臭いのは変わらないわね」

 

「一言余計だなおい」

 

ふんと笑いながら会話に入って来たのは桐生さん。こっちも変わらず、下ネタ好きだな。

 

「どこのクラスにも、この夏で成果を上げた男子がいるっていうのにあんた達と来たら…ところでアーシアの様子が変だけど、何か知らない?」

 

「アーシアちゃんどないしたんやろうな?」

 

心配そうな桐生さんと飛鳥の視線の先にはどこか遠い目をしたアルジェントさんの姿。

 

最近、ディオドラとかいう坊ちゃん悪魔に求婚をされていろいろ悩んでいるようだ。聞けばそいつはアルジェントさんが教会を追放されるきっかけとなった事件…そこでアルジェントさんが助け、傷を癒した悪魔だという。

 

俺達の視線に気づいたらしく、こっちを振り向くと笑顔を返した。心配をかけまいとしているようだが…。

 

「オカ研の問題だよ、皆が心配する必要はないさ。すぐにいつも通りになるよ」

 

ゼノヴィアはそういって皆の心配を和らげようとしてくれる。一番心配しているのはオカ研の中でも一番付き合いの長い兵藤だが、それに負けず劣らず友達であるゼノヴィアも彼女を心配している。

 

この問題、眷属でない俺が介入できるもんじゃないし…どうしたものか。

 

「ところでお前らは転校生が来るって知ってるか?」

 

話題を変えたのは松田君だった。周りのイメチェンして彼女持ちになった男子たちへの嫉妬のオーラが漏れてるな。まあそれもあいつらしいというか。

 

「転校生?」

 

夏休み明けと言えば区切りがいいように思えるが、こんな時期に珍しい。

 

「噂によるとすんごい美少女らしいぞ。俺達のクラスはアーシアちゃん、ゼノヴィアちゃん、上柚木ちゃんと美少女が集まって毎日眼福だ」

 

元浜が光る眼鏡をくいっと上げて言う。確かに、うちのクラスは美少女揃いだな。

 

「あら、私は美少女じゃないって言うの?」

 

「エロの匠何て呼ばれるお前が美少女なわ…おいやめろ!俺の眼鏡を勝手に取るな!」

 

こんな時期に転校生…まさか、異形絡みだったりするのか?

 

これから体育祭や学園祭、さらには修学旅行とイベント盛りだくさんな二学期が始まるわけだが、1学期のペースで行けば悪い意味でもいい意味でも波乱の二学期になりそうだ。

 

誰一人かけることなく、無事に2学期が終わればいいが。

 

 

 

 

 

 

先生が来てホームルームが始まり、最初にその人は紹介された。

 

見覚えのある顔だ。

 

今の俺の原点となった聖剣エクスカリバーを巡る事件、その時はまだ教会の戦士だったゼノヴィアと共に行動していた聖剣使い。途中でフリードの反撃にあい、得物としていた『擬態の聖剣』を奪われ重傷を負ったため戦線離脱してしまった。

 

栗毛色の長い髪をツインテールにした快活な雰囲気が眩しい少女。かつてのような白ローブや黒いぴっちりとした

戦闘服でなく、見慣れた駒王学園の女子制服に身を包んでいる。

 

「初めまして、紫藤イリナです。皆さんよろしくお願いします!」

 

思わぬ再会に、俺もゼノヴィアも驚きを隠せなかった。

 

 




書きたいシーンを書くのも楽しいけどやっぱりキャラがくだらないことでわいわい賑わう日常シーンも楽しい。

次回、「転生天使」


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第53話 「転生天使」

リアルで色々あって筆がのらなくなってしまい、遅れてしまいました。エタるつもりは毛頭ないのでご安心を。まだまだ書きたいことがたくさんあるので。

ちなみに今まで何をしていたかと言うとジョジョ3部を見たりギアスを見たりしてました。いい作品を見るのはいい刺激になりますね。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
8.リョウマ
11.ツタンカーメン
13.フーディーニ


「というわけで、今日からこの町でお世話になります、ミカエル様の遣いとして来ました紫藤イリナです!初めての方もそうでない方も今後よろしくお願いします!」 

 

その日の放課後、青い空に夕陽のオレンジが少し混じった光が窓から差し込むオカ研の部室、そこにいつものオカ研メンバーだけでなく会長さんも集まり転校してきた紫藤さんとの顔合わせが始まった。

 

皆、柔和に微笑んで拍手を送り、天界から送られてきた紫藤さんを受け入れてくれた。かつては緊急事態のため一時的な協力関係を結んだものの敵対していたが、和平を結んだ今ではこうして天使、教会側の人間と悪魔が争うことなく同じ場所で仲良くできる、これも和平の象徴と言えばそうなのだろう。

 

再会を一番喜んでいたのはゼノヴィアだ。和平を結ぶ前は一悪魔と悪魔祓いという立場として戦うことになるのではと気にかけていたのもあって一際眩しい笑顔を見せていた。

 

その様子を傍から見ていて、本当に良かったと心から思った。友であれ家族であれ、親しい人と殺し合うなんて悲しいことはあってほしくない。

 

「ええ、歓迎するわ、紫藤イリナさん」

 

かつては悪魔側の者として敵対していた部長さんも頬を緩めて紫藤さんを歓迎している。

 

紫藤さんは今回、ミカエルさんの命で天界側のスタッフとしてこの町に派遣されたのだ。紫藤さん曰くミカエルさんが三大勢力の重要な拠点とも呼べるこの場所に天界側のスタッフがいないことを以前から気にしていての今回の派遣。

 

言われてみれば、確かに和平会談の会場になった場所で堕天使や悪魔のスタッフが多くいる(らしい)のに天界側の人や天使が今までいなかったな。でも今のままでも十分機能しているみたいだし気にしたことはなかった。

 

相変わらずな底抜けの明るさを見せ、場を和ませる紫藤さんに歓迎ムードの中、アザゼル先生は一石を投じる質問を紫藤さんにした。

 

「一応聞いておくがお前さん、聖書の神の死は知っているんだろう?」

 

「先生!?」

 

「アザゼル先生、それをイリナに言ったら…!!」

 

兼ねてより危惧していた事実に兵藤やゼノヴィアたちがぎょっと目を見開く。場が静まり、暖かな雰囲気が凍り付くのを感じた。

 

以前の様子やゼノヴィアの話によればアルジェントさんに負けず劣らず信仰の厚い人だったはず。そんな人にゼノヴィアやアルジェントさんに多大なショックを与えた事実をさらりと教えていいのだろうか?

 

二人が俺と同じことをを心配していたところにアザゼル先生のあの発言、と言った具合か。

 

「和平会談の会場にもなった三大勢力の重要拠点とも呼べるここにミカエルの使いという関係者として来たってことは、それを知ってて当然だろうが」

 

「確かに…」

 

しかしアザゼル先生は冷静に、おいおいと慌てる俺達に嘆息した。

 

言われてみればそうだが…。

 

一応、現時点で『聖書の神の死』はトップシークレットとされておりそれを知るのは和平会談に参加した者や魔王、セラフ等の各勢力の上層部陣のみ。先生の発言が正しければ、この町で動いている堕天使、悪魔のスタッフにも知られているみたいだ。

 

質問された紫藤さんは悲し気に、それでいて大きく頷く。

 

「はい、安心してイッセー君、ゼノヴィア、私はもう知ってるの。でもミカエル様からそれを聞いた時は本当にショックで、悲しくて、涙が出て…一日中泣いて…一週間寝込んで本当にショックだったんですぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!うわぁぁぁぁぁぁぁん!!」

 

話が進むにつれて顔がくしゃっと歪み、涙がこぼれついには込み上げてくる感情を抑えきれずテーブルに突っ伏して大号泣を始めてしまった。

 

今は気丈に明るく振る舞ってはいるが、やはり一信徒としてそう簡単に受け入れることのできない事実のようだ。

 

「わかるぞイリナ」

 

「その気持ち、痛いくらいわかります」

 

紫藤さんの悲しみにうんうんと首を振るアルジェントさんたち教会組。この中でもキリスト教を信仰する者だけに通ずる思いがあるのだろう。

 

「ううっ…ありがとう二人とも…アーシアさんもあの時は『魔女』だなんて言って本当にごめんなさい、それだけじゃない、ゼノヴィアにだって私はひどいことを」

 

涙をぬぐい、一息ついて再び落ち着きを取り戻した。

 

お、また例の『魔女事件』か。俺がゼノヴィア達と初めて遭遇するほんの10分ほど前に起きた、木場や兵藤の怒りの火をイグニッションしたというゼノヴィアと紫藤さんの発言。

 

あの時、あの場にいたら今のゼノヴィアに対する感情も多少は変わっていただろうか。…いや、アルジェントさんももうゼノヴィアを許しているみたいだし、この件に関しては考える必要は今更ないな。

 

「いえ、もう気にしないでください。これから主を信じる人同士、仲良くできたらいいんです」

 

「アーシアの言う通りだ、あの時はやぶれかぶれで行動した私にも非があった。許してくれ、イリナ」

 

「アーシアさん、ゼノヴィア…!」

 

「「「ああ、主よ!」」」

 

…最終的にそうなる流れなのな。これからはここが一層賑やかになりそうだなぁ。

 

そんな新教会トリオを微笑ましく見て苦笑するアザゼル先生。

 

「ふっ、ミカエルの野郎、こっちはもう十分だって言ったのにな…そういえばその気配、お前さん例の『御使い《ブレイブ・セイント》』か」

 

おやおや、今月一回目の知らないワードだ。この世界に来てから毎月一回以上は知らない単語を出される。夏休みの間の勉強であらかた異形界での知らない単語はなくなったと思ったがそうは上手くいかないみたいだ。

 

「気配?…確かに、以前とは違うわね」

 

部長さん達もアザゼル先生の話を聞いて紫藤さんの気配を探ったらしく、以前とは違う気配に違和感を感じたようだ。オーラを感じるとか俺はただの人間だからわからないぞ、ドラゴンボール的なノリやめろ。

 

「…先生、ブレイブ・聖闘士《セイント》ってなんですか?」

 

話についていけなくなって置いてけぼりにされる前に聞くことにした。

 

セイントというならアテナを守る88人の戦士たちの親戚だろうか。ていうかアテナだったら神話が違うぞ。ギリシャ神話だろ。

 

ちなみにこの世界では北欧神話、インド神話などの神々は悪魔や天使が実在するように存在している。数ある神話の中には神話だけがあり、その神話にまつわる神が実在しない神話もあるらしいが…そういった神話は人間が創り出した所謂『人工神話』なんて呼ばれている。

 

その代表格がかの有名なクトゥルフ神話だ、シュメールやらメソポタミアのあたりの神話もそうらしい。昔の人も、二次創作や一次創作を書くような感覚でそういう神話を考えたりしたのだろうか。

 

「なんかセイントの字が違う気がしたが…まあいい、一言で言えば悪魔の駒による転生悪魔の天使版だ」

 

「転生天使ということですね」

 

アザゼル先生の話に木場がさらにかみ砕いて補足する。

 

なるほど転生天使か!今まで悪魔のみとされていた転生システムの天使版がついに完成したのか。

 

兵藤もなるほどと声を出して理解した。お前も分からなかったのかい。

 

「ああ、『悪魔の駒』や俺が流した人工神器の技術を組み込んで完成させたらしい。チェスをモチーフとする転生悪魔と違い、そのモデルはトランプだ」

 

「リーダーの10名のセラフ様達をKとしてそれぞれ12人のメンバーで構成するの。ポーカーでいう『役』のシステムも組み込まれて面白いのよ!」

 

トランプと来たか。悪魔と堕天使の技術で作られた転生天使のシステム、これもまた和平の象徴だな。

 

「…もしかしたら、お前やアルジェントさんが転生悪魔じゃなくて転生天使になる未来なんてのもあったかもな」

 

もしゼノヴィアがコカビエルのカミングアウトの時にあの場にいなくて教会に戻っていたなら、今紫藤さんと一緒に天使として俺達と再会する、なんてことになったかもしれない。

 

「だが私は悪魔だ。今更もしもの話をしてもしょうがない、今の道を歩むだけさ…それに、いい『もしも』は現実になったしな」

 

この通り、転生したての時は悪魔になったことに悩んでいたがこうして吹っ切れたようだ。和平が結ばれ天使との敵対関係が消え、そして今友としての再会をはたすことも出来た。気になることも聖書などの聖なるものに触れられないくらいで今までとほぼ変わらない生活を送れるようになった。

 

「で、『御使い』としてのお前さんの札はなんだ?」

 

この町にいる異形のスタッフの中でも上位にいる者が集う中でも一際落ち着いた余裕すら感じる態度を見せ。ぞんざいに足を投げ出すアザゼル先生がじろりと紫藤さんを見る。その質問に紫藤さんは口の端を上げ自慢げに笑う。

 

「ふっふっふ…私の札はスペードのAです!ミカエル様のAというだけでもー十分!これからはミカエル様のために生きるのよォォォ!!」

 

信仰心と使命感に昂る紫藤さんの背に純白の翼が生え、頭上に光輪が浮かび、さらには手の甲に赤くAの文字が浮かび上がった。まるで某キングオブハートのようだ。

 

「スペードのAね…」

 

つまりブレイドだ。職業ライダーだ、オンドゥルだ、ライトニングソニックだ。AとかJとか記号文字の札は同じ御使いでも位が高そうだ。一応、紫藤さんはエクスカリバーを使っていたしそれなりに教会の戦士の中でも上位に位置する実力者だろう。

 

ところでさっきから、今までの発言の節々にミカエルさんへのリスペクトを感じるのが気になるのだが…。

 

「もしかして、聖書の神の次はミカエル様…」

 

「ミカエル様のおかげで、私のように自分を見失わずに済んだんだな」

 

呆れも入り混じった様子で兵藤とゼノヴィアがやれやれと微笑む。

 

ゼノヴィアみたいにショックを受けたが代わりとなる者があったから自暴自棄にならずに済んだようだ。

聖書の神という生きる糧を失ったが、ミカエルさんという新しい光を得たおかげで今こうして変わらない明るさをふりまいている、といったところか。

 

「ちなみに他の天使はどんなスートが?」

 

「今はセラフのみに御使い制度が導入されていて、ウリエル様がダイヤ、ラファエル様がクラブ、ガブリエル様がハートよ。将来的には他の上級天使にも御使いの札を導入する予定らしいわ」

 

パーティーの時に会ったラファエルさんはクラブ担当か。しかしどうしてもクラブと聞くとあの最強(笑)のライダーが頭に浮かんでしょうがない。

 

「聞くところガブリエルの御使いは全員女性で構成されてるそうだな。しかも美女揃いと来た」

 

「マジっすか!?」

 

「先輩」

 

「いてて!」

 

アザゼル先生の話に食いついたのはやはり兵藤。それをジト目でつねるのは当たり前のように膝の上に乗る塔城さん。夏休みの一件で完全に落ちたな、あれは。

 

話によるとガブリエルは天界一の美女なんだそうだ。実際に会ったことはないが写真を見るだけでも相当な美女であることが伝わって来た。

 

「トランプがモチーフなら、やはりジョーカーもいるの?」

 

部長さんの疑問。どのスートにも当てはまらないがあらゆるカードになれるジョーカーの存在はトランプをモデルにしてる『御使い』のシステムにおいて避けては通れないものだろう。

 

「ジョーカーはまだ正式に決定してはいないわ。でも、最強の悪魔祓いと名高いデュリオ先輩が最有力候補らしいです」

 

「ほぉー、デュリオといやぁ例の『煌天雷獄』の所有者か」

 

ゼニス・テンペスト、13ある神を滅ぼす具現、神滅具の中で2番目に強いと言われる神器だな。それの使い手が天界陣営にいるのか。しかもそいつは最強の悪魔祓いらしい。

 

…最強と言われる神滅具、『黄昏の聖槍』の所持者はどこにいるんだろう?成り立ちが教会関係らしいから天界にいても何らおかしくはないのだが。

 

「積極的に御使い制度導入を進言したウリエル様とラファエル様は早い段階で12人全員を決めたそうです。…何と言うか、実力者ぞろいなんだけど個性的な人が多いわ」

 

そう言う紫藤さんの顔がそのキャラが濃いとされる面子が頭の中に浮かび上がったのか若干引き気味だ。

 

「「「「……」」」」

 

皆が言いたそうな顔をしてるから俺も心の中で言っておこう。

 

あ ん た が 言 う な 。

 

でもあの紫藤さんをもって個性的と言わしめるメンバーがどんな人か興味が沸くな。

 

「ゼノヴィアはネロを知ってるでしょ?彼がウリエル様のAに選ばれたのよ」

 

「あいつか、懐かしいな。少し苦手だったが…」

 

ゼノヴィアはそのウリエルのAに選ばれた人と面識があるようだ。その反応からすでにキャラの濃さが窺える。

 

「ま、ミカエルとガブリエルはどっちかというと信仰心重視、ウリエルとラファエルは実力重視の面子ってこったな」

 

アザゼル先生が年長者らしく話をまとめてくれた。

 

ミカエルさんとガブリエルたち古参組と大戦で武勲を上げて成り上がったウリエルとラファエルさん新参組。政治面でもそのスタンスの違いが表れているらしいが穏健なミカエルさんらしく対立することなくまとめ上げ上手くやっているらしい。

 

「さらに今後は、『悪魔の駒』の悪魔と『御使い』の天使でレーティングゲームをしてみたいとミカエル様はおっしゃっていました。悪魔のようにレーティングゲームで競い合い、力を高めていきたいそうです!」

 

「神が死んで純粋な天使が増えなくなったから、『御使い』制度で天使の頭数を増やして自軍の強化、さらには交流戦と題して不満の発散、代理戦争か。考えたな、ミカエル…いや、ウリエルもか」

 

楽しそうに語る紫藤さんの話にアザゼル先生は興味深いとにやりと笑む。

 

先月和平を結び、長年敵対してきた三大勢力は大戦でのダメージから将来を見据え手を取り合うことになった。しかし、当然ながら敵対してきた長い長い年月の中で生まれた憎しみといった負の感情が消えることはない。今でも和平を解消すべきと声を上げる悪魔の政治家だっている。教会にも同じことを言う信徒は多いし、堕天使だってコカビエルのような武闘派がいないとは限らない。

 

そう言う輩が暴走して、現体制憎しの旧魔王派がいる『禍の団』のような大きな組織になる前に不満を解消する機会を設けようという腹だ。教会の戦士たちに関していえばまだ和平を結んでいない吸血鬼へのヴァンパイアハントが続いているらしい。そのおかげで最悪の事態にはなっていないという。

 

ただ仲良くしようと交流をするだけでなくそういう負の面、デメリットを克服するためのシステムも未来のために必要だ。特に、和平を結び始めて時間がそう経っていない今はなおさらだ。

 

「天使もレーティングゲームに参戦ね…将来のゲーム環境が激変しそうだわ」

 

レーティングゲームの公式参戦を目標にする部長さんにとっては大きなニュース。公式戦の上位ランカーに天使が名を連ねるということも起こりそうだ。

 

会長さんや兵藤たちレーティングゲームに参加する悪魔は天使と悪魔が入り乱れて戦う未来のゲームを想像したか、口の端を上げて滾る者や興味深そうにする者などそれぞれ色んな反応を見せる。

 

まあ俺は人間だからレーティングゲームには参加できないけどな。悪魔の駒で何度か転生を試みたけど全て失敗に終わったし…もしかしたら、御使いならなれるんじゃないか?でも多分、俺には宗教に緩い日本人らしく信仰心なんてないからやっぱりダメか。

 

「ふと思ったんですけど堕天使には転生システムはないんですか?」

 

天使と悪魔にはあって堕天使にはないというのはどうだろう。頭数的には一番堕天使が少ないらしいし、技術力に優れた堕天使の長たるアザゼル先生ならすぐに完成させてしまいそうだが…。

 

「転生システムがなくたって堕天使は増えるさ。天使のようにうかつに子作りができないなんてことはないし、勝手に堕天してこっちに来る天使もいる。そんだけで十分だ」

 

そもそも作らなくても増えるから十分ってか。そもそも悪魔が転生システムを作ったのも自軍強化だけでなく単純にただでさえ増えにくい悪魔の数が減ってしまったから増やさなければならないというのもあったからだったな。

 

天使は子作りの際、一切の欲を抱いたらダメ、さらにはそれ以前にもいくつかの手順を踏まないといけないらしく相当に行為をこなすためのハードルが高いそうだ。純潔の象徴たる天使は肉欲に溺れたらその時点で堕天する。出生率が極めて低い悪魔とはまた違った理由で、天使とは増えにくい種族なのだ。

 

しかし堕天使は欲を持ったがゆえに翼を黒く染め、光輪を失った天使であるためそういうリスクはない。さらには悪魔のように光が苦手という訳でもなく、数が少ないがある意味では堕天使は他の悪魔や天使よりも優れていると言える。

 

「…話はほどほどにして、歓迎会へと移りましょう」

 

転生天使の話題からズレ始めた話を会長さんが、学校の行事の運営に携わる生徒会をまとめ上げるリーダーらしく戻してくれた。

 

そして紫藤さんは一息を吐き、改まる。この場にいる皆の視線が再び紫藤さん一人に集まった。

 

「言うまでもなく、今まで私は教会の戦士として悪魔を何人も倒してきました。しかしミカエル様の考えもそうですが、私自身皆と仲良くしたいと思ってました!私以外にも何人か『御使い』がこっちに来る予定もあるので、その人たち共々よろしくお願いします!」

 

天真爛漫に笑顔を見せる紫藤さんの言葉で顔合わせ会は終わった。

 

こうして話が終わると、今度は紫藤さんの歓迎会が始まった。運ばれてきた料理に舌鼓を打ち、会話を交わして新たな仲間との交友関係を築き始める。

 

新学期の出だしとして、好調な一日となったのであった。

 

 

 

 

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紫藤さんの転校から数日後、学校では近く行われる体育祭に備えての練習が始まった。

どこのクラスも一位を取らんとやる気を出して練習に臨んでいる。

 

「お前には負けないぞ、イリナ!」

 

「私だって!」

 

青髪をなびかせるゼノヴィアと栗毛色のツインテールが目を引く紫藤さん、対抗心をめらめらと燃やす二人がグラウンドを走って競争している。お前らは本番同じグループだろうが、競ってどうすんだ。

 

ちなみに転校してきた紫藤さんだが、本人の気質やオカ研組だけでなく上柚木や天王寺達幼馴染の存在もあってすぐにクラスになじむことができた。夏休み明けというクラスでの交友関係も固まってきたタイミングでの転校に少し心配もしたが杞憂に終わった。

 

そうしてグラウンドを爆走する二人を眺める俺は借り物競争に出ることになった。流石に理不尽なものを指定されることはないだろうが競争なので走る練習ぐらいはしておこうと、同じく借り物競争に出る紫藤さんとグラウンドを何度か走ったのだが教会の戦士らしく、おまけに天使かもあって体力は抜群で軽い汗はかいたが体力が切れた様子は全く見せなかった。

 

俺は人間だから素のスペックで言えばオカ研最弱だ。鍛えたって何年も前から教会の戦士として戦い続けてきた紫藤さんとのスペック差が埋まらないのは当然だ。同じ元一般人とはいえ兵藤だって、悪魔に転生したおかげでそのスペックの伸びは人間の俺とは段違い。

 

どこまで行ったって、俺は弱っちい人間のままだ。…だが、そのおかげで戦いの中でも心を無くさずにいられるのかもしれない。

 

「おおっ、あの女子乳揺れがいいな」

 

「彼女は確か隣のクラスの…」

 

一息つく俺の隣ではいつものエロ3人衆が女子の観察だ。高校での体育の時間、運動する女子にとって乳揺れはつきものだ。中にはそれとは無縁な人だっているが。もちろんそれが誰かとは言わない、決してだ。

 

「こいつらの目に気付いた女子からあらぬ疑いをかけられる前に離れるか…」

 

「あ、紀伊国お前逃げるのか!」

 

そっと離れようと歩を数歩進めたら兵藤に気付かれてしまった。こいつ、夏休みのサバイバルから一層感覚が鋭くなったな。相当タンニーンさんに絞られたようだ。

 

「逃げるとは人聞きの悪いな。俺は」

 

「よう兵藤、紀伊国」

 

そんな俺達に話しかけてきたのは生徒会の匙。俺らと同じ様に体操服を着ているが生徒会の仕事なのか巻き尺やらを片手に持っている。

 

「匙か」

 

「兵藤、どーせ変なこと考えてたんだろ、程々にしとけよ」

 

先のやり取りを聞いていたらしく匙は呆れ半分の声色で兵藤を窘める。

 

話に聞けば初対面は同じ『兵士』ということで敵意交じりに対抗心を燃やしていたそうだが、エクスカリバーの事件や先月の試合を経て認めたらしく敵意のない純粋な対抗心へと変化したみたいだ。

 

「そうだ匙。夏休みの試合、凄かったな」

 

この言葉に一切の世辞はない、純粋に思ったことをそのまま言葉にしただけだ。

 

今度匙と会ったら話そうと思っていたことだ。まさか禁手に目覚めた兵藤に真正面から戦って引き分けに持ち込むなんて誰も思わなかった。俺だって思わなかった。龍王と天龍、誰もが赤龍帝の勝利を確信していたところにこの結果だ、驚かないはずがない。

 

レーティングゲームを見る側になって、初めての試合。死力を尽くした両者の激闘に俺は心を奪われ、目をくぎ付けにされた。

 

「ありがとな。勝ったのはいいけどさ、後で会長にこっぴどく怒られたよ。『私が許可した時以外は絶対にヴァジュラの雷を使うな』ってさ」

 

匙も俺にはっきりそう言われて照れくさいらしく、頬をかきながら苦笑する。

 

…うん、会長さんってイメージ通り怒ったら怖い人なんだよな。エクスカリバーの事件で部長さんと同時進行で匙の尻を叩く会長さんの姿を思い出す。

 

「確か、寿命を削る技なんだっけか」

 

「ああ、アザゼル先生もびっくりしてたぜ。こんな現象を起こしたヴリトラ系神器使いは初めてだってな」

 

匙は嬉しそうに笑う。自信すら感じるその様に夏休み間での成長が垣間見える。

 

息を吐き、表情を喜びの物から真剣な表情に切り替わった。

 

「あの時はお前に勝ちたいって思いで使ったけど、今後は使わないようにするよ。使い過ぎて死んだら、会長への思いを遂げられなくなるからな」

 

そう、こいつも兵藤と同じ自分の主に恋い焦がれる『兵士』だ。できちゃった婚したいと豪語するくらいには好意を寄せているのだが…結構進んだスキンシップまで行った兵藤と違い、どうにもそっち方面には関係が全くと言っていいほど進んでいないらしい。哀れ、匙。

 

「ところでその包帯は?」

 

兵藤の目についたのが匙の左腕に巻かれた包帯。それは腕の広い範囲を覆うように巻かれている。レーティングゲームでのけがならリタイヤ後に治療されたはずだ。そうでないのにこんなに大きいケガを負うとしたら一体?

 

「これか、あんまり人に見せたくないんだけどな……」

 

苦い顔をしながら匙は包帯を取って見せた。

 

それは怪我ではない、痣だ。おどろおどろしささえ感じる黒い蛇、雷のようなバチバチとしたものを帯びた蛇のような痣が左腕に巻き付くように浮かび上がっている。

 

あまり近寄りたくない類のものだ、嫌なものがうっすらとだが俺にも感じられた。

 

…でも一般生徒が見たらこうとしか思わないだろう。

 

「タトゥーを掘ったのか…」

 

「お前、生徒会なのに…」

 

俺達二人揃って眉をひそめてひいた。

 

夏のイメチェンにしてはちょっとやり過ぎかな、いくら周りの連中がイメチェンしてるからと言ってもこれは流石に会長が怒るぞ。

 

俺たちの反応に匙は苦笑した。

 

「違ぇよ、アザゼル先生の話によると赤龍帝の覚醒やヴァジュラの発現でヴリトラの力が高まって魂が目覚めかけているんじゃねえかって話だ。それが表に出た結果がこれさ、ちょっと不気味な感じで俺は嫌なんだけどなぁ」

 

ヴァジュラの雷か、俺も人伝には聞いた。パーティー会場の襲撃、そこで現れたガンマイザーと交戦中に電撃を浴び続けた匙の身に発現したと。

 

それクウガのライジングパワーじゃんと驚いたのは記憶に新しい。俺もそろそろ朱乃さんの雷光みたいなパワーアップイベント欲しいぞ。というかマジでディープスペクター眼魂はどこにあるの?

 

「…ヴリトラの呪い、とか?」

 

もしかしてと前置いて兵藤が言う。

 

「おいやめろよ、俺が一番気にしてること言わないでくれ。ヴリトラっていい伝説を遺してないんだよ」

 

ため息交じりに匙は肩をすくめる。まあヴリトラは龍王であると同時に邪龍でもあるらしいしな。

 

「そういえば、ヴリトラの力が高まってるのならそろそろお前もバラ…」

 

「匙、油を売る暇があるならテント設営のチェックを急ぎなさい」

 

突然会話に割り込んできた厳しい声の主は会長さん。いつものように鋭い目線を飛ばしながらキラッと眼鏡を光らせる。

 

「は、はい!悪いな、話はまた今度だ」

 

会長さんの登場に先まで談笑していた匙もビクンと背筋を正し、早々に話を切り上げてしまった。

 

踵を返して仕事に戻ろうとするあいつに最後にともう一言声をかける。

 

「そうだ、そのうちいい試合を見せてくれたお礼にラーメンでも奢るよ」

 

「おっ、そうか楽しみにしとくぜ」

 

俺の言葉にニッと笑って匙は走り去っていった。

 

あいつも頑張ってるよな、生徒会の仕事やりながら悪魔の契約の仕事だってやってる、夢に向かって着実に歩みを進めている。兵藤も悪魔の仕事をこなし、多分自覚はしていないだろうけど間違いなくハーレム王という夢を猛進している。

 

…それに比べて俺はどうだ?夢と言う夢を持たず、ポラリスさんやイレブンさんと模擬戦して力をつけてはいる。つけてはいるがそれは何のためだ?

 

仲間を、大切な人たちを守るため?それもある、だがそれには将来性と言うものがない。タンニーンさんにも指摘された通り俺個人の行動の指針、願望に過ぎない。

 

俺の進む道はどこに繋がっている?そもそも今の俺は道ではなくただ道とも呼べない果てない荒野の中をただなんとなく前に進んでいるだけではないのか?

 

タンニーンさんと話して以来、あの二人を見るたびに、会長さんや部長さんを見るたびに度々そう思ってしまうのだ。

 

戦うという道を進む覚悟はできたが、それで最終的にどこを目指しているかが分からない。

 

自問自答、底の見えない闇をたたえる思考の海にひとりでに沈みかけた矢先。

 

「おい、どうしたんだぼーっとして」

 

「…あ」

 

聞きなれた友の声が耳を打ち、我に返る。

心配そうに俺の顔を見る兵藤に、誤魔化すように笑いを作り返事する。

 

「何でもない。ほら、俺に構ってないでペアのアルジェントさんと練習したらどうだ」

 

視界の隅にポツンといるアルジェントさんの方へと指さす。

 

こいつは昨日のクラスでの出場する競技決めの際にアルジェントさんと二人三脚で出ることになった。桐生さんにかまかけられてものの見事に引っかかったことでペアが成立したのだ。

 

そんな兵藤は、兵藤はどこかときょろきょろしているアルジェントさんの姿を見ると『やべっ』と言ってアルジェントさんの方へと慌てて走り出した。

 

「…やれやれ」

 

自然とため息が漏れ出た。兵藤にではない、自分に対してのだ。

 

我ながら、悩みごとの多い人生だと思う。レジスタンス然り、自分の将来然り、悩みごとのなさそうに真っすぐ道を突き進める兵藤や匙が羨ましく思えてくる。

 

だが立ち止まって考えることが出来る程今は余裕はない。『禍の団』のテロも活発になり、目的の知れない凛達『叶えし者』の存在もあっていつ戦いに駆り出されるかわからない状況では一瞬の思考の隙が命どりになりかねない。

 

「ま、まずは走って気分転換でもするかな」

 

沈みかけた気持ちを取り直すためにも、腰を落として屈伸し、もう一度準備体操から始めるのだった。

 

 

 

 

 ▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

「ここもスカね」

 

「過程に見合わない結果というのは辛いな」

 

「通信。……わかったわ」

 

「どうした、クレプス?」

 

「近々トップが直々に動くらしいから今度の戦いに参加しろ、とのことよ」

 

「…俺達の仕事は神祖の仮面とやらの捜索じゃないのか?」

 

「私は何も仕事はそれ『だけ』とは言ってないわ。いずれにせよ、あなたには参加するしないを選択する余地はないのよ」

 

「人質を取って脅して、人をいいなりにしておいてよく言うよ」

 

「あら、報酬は外人部隊の時以上に用意しているわ。家族を養いたいあなたにとって文句はないはずだけど?」

 

「ちっ!」

 

「話は終わり、拠点に戻るわよ…ル・シエル」

 




将来の夢があっても長生きできるからやりたいことを途中でやり切ってしまって虚無になる人が多い悪魔じゃないのに将来的なことが考え付かなくて虚無な悠。

次回、「お似合いのコンビ」


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第54話 「お似合いのコンビ」

今章の外伝はクレプスとル・シエルをメインにする予定です。初の、主人公が登場しない回になるかも。

間に合いませんでしたが昨日3月27日で、初投稿から一年になります。順調に、コツコツ地道に作品を続けられるのも読んでくださる皆様のおかげです。ハーメルンの物書き二年生になるバルバトス諸島を今後ともよろしくお願いします!

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
8.リョウマ
11.ツタンカーメン
13.フーディーニ


「やべぇ、寝坊した」

 

早朝の駒王学園、その体育館の更衣室。夜明けの仄暗さを残した朝日が窓から差し込む。

 

ここにいるのは、兵藤からアルジェントさんとの二人三脚の練習に協力してほしいと頼まれたゼノヴィアに「お前も来い」と半ば強引に呼ばれたからだ。

 

最近体育祭の練習で疲れが溜まってるから休ませてほしいんだが、やはり悪魔と人間の体力は違うってことなのか?

 

「しかし、まさかディオドラとあたるなんてな」

 

急いで体操着に着替える俺の脳裏に浮かび上がるのは昨日あった発表のことだ。

 

つい先日、若手悪魔同士の試合でグレモリー眷族と最近の悩みの種、ディオドラ率いるアスタロト眷族の組み合わせが発表された。

 

シトリーとの試合以降、若手悪魔の会合に参加した他の家同士でもレーティングゲーム形式の試合が行われることになり、アガレス家を打ち負かしたアスタロト家のディオドラと戦うことになったようだ。

 

どうやら最近、アルジェントさんに絶賛求婚中の奴はラブレターはもちろんお近づきのしるしにと高級レストランのディナーチケットだったり色んなものを兵藤宅に送っているらしい。中には高級店のクーポンだったり、逆にこっちが欲しい位の物も中には混ざっているが部長さんが処分している。

 

もったいないな…実にもったいない。なんて思うけど使ったら使ったであんな野郎の物を使うなと皆に怒られるからよそう。

 

着替え終わるとすぐに更衣室を飛び出し、集合場所の体育館裏へと駆け出す。

 

すでにいた兵藤やアルジェントさん、ゼノヴィアもドタバタとした俺の足音に気付いてこっちを向いた。

 

「ごめん、遅れた!」

 

…。

 

俺の登場にびっくりしたのか、微妙な沈黙が流れた。

 

「…あれ、もしかしていい感じの雰囲気だったか?」

 

話の途中で割り込んでしまったパターンだろうか。それなら悪いことをしたな。

 

「気にすんな、ディオドラのことで話してただけだ」

 

軽く笑って、兵藤は俺の心配を消してくれた。

 

それか、あの男は自分の人生が大きく変わるきっかけとなった人物だ。アルジェントさんなりに思う所はあるだろう。

 

「あんなスカした野郎のとこにアーシアを嫁には出さねえ、アーシアも嫌なら嫌だってはっきり言っていいってな」

 

兵藤はそう、決意ある表情で言った。いつもの学園の覗き魔でなく、オカ研の頼れる熱血漢としての顔だ。

 

「…アルジェントさん自身はどうなんだ?」

 

「私は…この町も、この学校も、オカ研も大好きです。イッセーさんの両親や皆と暮らせる毎日がとても幸せです。だから、元の生活に戻れるとしても私は戻りません、イッセーさんと一緒にいたいです」

 

アルジェントさんは優しい笑顔で、自分の胸に抱く思いを語った。…こんな、こんなプロポーズまがいのことを言わせるなんて本当に。

 

「…お前も罪な男だな」

 

「どういう意味だよそれ!?」

 

この鈍感野郎め。本当に、色欲に真っすぐでなければいい奴なんだがなぁ。

 

「…アーシア、私は今でも悔いているんだ。君を『魔女』だと罵ってしまったことを、こんな私が君の友達でいいのかと…私が、友達でいても…」

 

ゼノヴィアも思いつめた表情で、アルジェントさんに本音を語った。

 

魔女の一件、どうやら相当兵藤たちを怒らせたらしいからな。許しを貰ったとしてもやはり心につっかえは残り続けるだろう。友として交友を続けるのならなおさらだ。

 

「私とゼノヴィアさんは友達です、済んだことですしもう気にしてません」

 

アルジェントさんはゼノヴィアの思いを優しく受け止める。

 

「…ありがとう、ありがとうアーシア…!」

 

屈託のない笑顔と言葉についにはゼノヴィアも泣きそうになり顔をくしゃっとした。

 

オカ研の教会コンビ、これからも仲良くしろよ。

 

「それから…紀伊国さん」

 

「えっ」

 

お、俺か!?この流れで何か俺に言いたいことがあるのか!?思わず素っ頓狂な声が出てしまった!

 

「私のこと、アーシアって呼んでくれませんか?紀伊国さんだけアルジェントさんと呼ぶので、私、何か困らせるようなことをしたんじゃないかと思って…」

 

「…え、それだけ?」

 

呆気にとられた。その話をされるとは今までの流れから思いもしなかったからだ。

 

「そう言えば、お前だけアーシアの事ファミリーネームで呼んでるよな」

 

「何か理由があるのか?」

 

「あ、いや…」

 

ああ、言われてみればそうだな。

 

俺は女性に対して苗字で名を呼んでいる。別にアルジェントさんと気まずいことがあったってわけでなく、それには思春期の男子特有の気恥ずかしさというか、恋愛とかそういう訳でもなく、なんというかそう言った青い春な感情があるからだが。

 

例外は妹の凛くらいのもんだ。…あれ、ゼノヴィアのファミリーネームってなんだ?

 

朱乃さんのように、本人からそう言ってほしいというなら…。

 

「い、いや特にないんだが、それなら…アーシアさん、で」

 

「はい!」

 

恥ずかしながらもそう呼ぶと、笑顔で返事が返ってきた。やっぱり、慣れるには時間がかかるかな。

 

「ヤッホー、皆!」

 

朝から元気のいい声を発しながらこっちにやってくるのは紫藤さんだ。俺達と同じく、体操着を着ている。

 

「来たか」

 

「あれ、紫藤さんも?」

 

「ゼノヴィアに誘われたのよ、早朝の学校もいいぞってね。そしたらこんな美しい友情の一幕が見れるなんて…これも天の導きね!」

 

感動したと言った様子で、祈りを捧げる紫藤さん。

 

うん、今日も平常運転だな。

 

「そういえば紫藤さんはオカ研じゃないんだっけ」

 

異形関係者かつ俺達と同じクラスで、よく俺達とつるむことが多いからてっきりそう思いがちだが実は紫藤さん、オカ研に入部していないのだ。

 

…その割には部室によく顔を出すのだが。

 

「そう、折角だから自分でクラブを立ち上げることにしたの!名付けて、『紫藤イリナの愛の救済クラブ』!まだ会長の正式な許可は貰ってないけどね!」

 

「ダメじゃねえか」

 

なんだその胡散臭さ満点かつ自己主張の激しい部活名は。オカ研よりひどいぞ。

 

「だから一応籍はオカ研よ!リアスさんのお願いで部活対抗レースの練習をお助けするわ!」

 

「やっぱオカ研じゃねえか!」

 

女装趣味、浮世離れしたクリスチャンの悪魔、学校一の覗き魔、本当にオカ研は変人の巣窟と言うか、類は友を呼ぶというか…。

 

いや俺は変人のつもりはないからな?

 

「さあ、全員揃ったことだし練習を再開しよう」

 

ゼノヴィアの一声で、俺と紫藤さんを加えての練習が始まった。

 

途中何度も転げそうになったが、練習を重ねてようやく競歩ぐらいの速さは出るようにはなった。練習した甲斐はあったもんだ。

 

練習にひたむきに打ち込む兵藤と一緒に走るアーシアさんはとても楽しそうで、幸せそうだった。

 

…そうだ、俺は自分の大切な者を、平穏な日常を守るだけじゃない。その大切な人にも幸せだと思える平穏な日常があるのだ。

 

テロリストが相手だろうがなんだろうが、俺は皆の日常を守りたい、そしてその輪の中にいたい。

 

俺はそう、皆の日常を天から見守ってくれる太陽が昇る青空に願った。

 

 

 

 

 

 

「…お前ら四人揃って何しようとしてたの?」

 

「私はアーシアがイッセーと乳繰り合うことでよりコンビネーションを高めようと…」

 

「何でこのタイミングなんだ」

 

「ベッドでシた方が清潔よね?」

 

「一体何の話?」

 

「わた、私はい、イッセーさんと…」

 

「うんわかったわかった!無理に言わなくても…」

 

「ナニをしようとしました」

 

「お前はだぁってろ!」

 

結局、俺と紫藤さんで三人への説教タイムで早朝練習は終わった。

 

俺が片付けでちょっと目を離したすきに用具倉庫でなにやらいかがわしいことをおっぱじめようとしていたらしい。

 

なんで爽やかな雰囲気のまま終わらせてくれないの?

 

 

 

 

 

 ▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

 

その日の放課後、紫藤さんを除くオカ研部員がいつものどことなく部活の名前に恥じない不気味さを醸し出す部室に集合した。

 

今日の活動の前に、近々行われるアスタロト戦に備えての研究でアスタロト家と大公アガレス家の一戦と大王バアル家とグラシャラボラス家の一戦のビデオを見ることになった。

 

一応のオカ研部員である紫藤さんは天界側のスタッフの仕事で来ていない。なんでも、レイナーレと二度目に戦った時に来た教会を改修して拠点にするのだとか。

 

ああいう寂れたところってのははぐれ悪魔の潜伏先にはもってこいだからそうなってよかった。

 

「まずは私たちグレモリーとシトリーの試合の次に行われた、サイラオーグ・バアルとゼファードル・グラシャラボラスの一戦ね」

 

部長さんが部室に持ってこられた大画面のスクリーンが目を引く機械、それにディスクを入れた。

 

ちょっとすると画面に映像が映った。

 

映像の中で西洋の騎士のような銀の鎧を身に纏い、馬のような生き物に跨るバアルの『騎士』がゼファードルの『騎士』と打ち合う。しかしバアルの『騎士』の瞬間移動と見まがうほどのスピードにゼファードルの『騎士』は反応しきれず、鋭槍の一突きにてリタイヤさせられた。

 

他のバアル眷属たちも各々の長所を生かした攻撃で、着実にグラシャラボラス眷属を撃破していく。

 

大王バアル家の次期当主、サイラオーグ・バアルの率いる眷属、その誰もが高水準の実力を持っている。後で知ったのだが彼らは皆元七十二柱に属する悪魔の血を引いていた。

 

戦いは終盤、まるで様式美であるがごとくバアルの男、サイラオーグ・バアルとグラシャラボラス家の凶児と忌み嫌われたゼファードル・グラシャラボラス、『王』の一騎打ちが始まった。

 

どの試合も、最終的には『王』同士の一騎打ちになってしまうらしい。それが一番わかりやすく、盛り上がるってのもあるんだろうが…

 

「…強い」

 

誰かがそんな言葉を漏らした。その戦いは一方的とすら言えた。

 

服を着ても隠せないほどに筋肉粒々とした逞しい肉体を持つサイラオーグ・バアルはゼファードルの魔力攻撃の直撃を受けてなおびくともしない。

 

お返しにと返ってくるのはその剛腕から放たれる凄まじいまでのパンチ。ただの、パンチ。

 

たったそれだけのものがゼファードルの魔力をぶち破り、その拳圧が遠くの岩を容易く砕いた。

 

その様にゼファードルは冷汗を垂らし、瞠目した。焦り、そして恐怖すら覚えたゼファードルは今度はひたすらに魔力を撃ち始めた。俗に言う、グミ撃というやつだ。

 

大量に、矢継ぎ早に放たれた上級悪魔らしく強大な魔力が試合開始から堂々した振る舞いを崩さないサイラオーグに殺到し、大音量の爆発、そして破壊が起こった。

 

しかし爆炎は一息に消される。サイラオーグの放つ気合と呼ぶべきか、そのようなものによって吹き飛ばされた。

 

ゼファードルの猛攻を受けたサイラオーグだが、服がボロボロになったぐらいでサイラオーグ自身には大した、いやほとんどダメージは入っていない。そして威風堂々たる立ち姿を全く崩さない。

 

『お前の全力はそんなものか、グラシャラボラスの『凶児』よ』

 

『ひ…!』

 

ゼファードルは今度こそ、完全に絶望した。顔を真っ青にし、絶望の色に染まり切りじりじりと後ずさる。

 

「ゼファードルの奴、手も足も出ないってか」

 

「ゼファードルも弱いってわけじゃない、今回はグラシャラボラス家の前次期当主が亡くなったから代理で参加している…だが、相手が悪かったな」

 

そしてついにサイラオーグの丸太のように太い脚から放った回し蹴りを受けたゼファードルのリタイヤによって勝負は終わりを告げた。

 

映像が終わり、部室にしんとした空気が流れた。アザゼル先生以外のここにいる誰もがあの逞しい肉体が放つ圧倒的なパワーとスピード、そして堅牢さに圧倒されたのだ。

 

「サイラオーグはお前らと同じ、修行をするタイプの悪魔だ」

 

先生はその空気を破るように言った。

 

「生まれながらに持つはずだった大王の証、『滅びの魔力』を持たず、代わりに才能を持って生まれたのはリアスとサーゼクスのグレモリーの従兄妹だった。奴は悪魔として無能の烙印を押され敗北に敗北を重ね続けた。だが、それと同時にそれ以上に尋常じゃないレベルで修練を重ねたんだよ」

 

大王バアル家、現魔王に匹敵、あるいは凌駕するほどの影響力を政界で持つとされる上位の悪魔のトップ。その次期当主が貴族の華とは遠くかけ離れた人生を送って来た。

 

意外も意外。そんな男が悪魔の上流階級にいるという事実は大いに俺を驚かせた。名家に生まれた部長さんや会長さんたち上級悪魔は皆、生まれながらに強力な魔力を持ち、恵まれた環境に生きていくのだとばかり思っていた。

 

しかし血統主義の残る悪魔社会では、たとえ大王の血筋だとしても才能がなければ厳しい人生を歩まざるを得なくなってしまう実力主義の面もまた持ち合わせていたのだ。

 

ゼファードルを容易く打ち倒したあの男があのレベルに至るまでに一体どれほどの辛酸をなめ、自らを鍛え上げてきたことだろう。

 

「純血悪魔にしては希少も希少、奴は修行と言う他の上級悪魔が絶対にしない方法で己を鍛え上げてのし上がり、若手最強とすら呼ばれるようになったのさ」

 

オルトール先生が上級悪魔は才能はあるのに修行をしないもったいない連中だと言っていたのに、その上級悪魔であるサイラオーグに期待しているってのはこのことだったのか。

 

あの姿を、あの強さを俺はしかとその目に焼き付けた。悪魔らしく魔力でなく、己の肉体一つで敵を撃ち滅ぼす大王バアルの悪魔、若手最強の男、サイラオーグ・バアル。

 

「サイラオーグはあの戦いで本気を出していない、一応6家の『王』のスペックを分析したグラフではゼファードルは奴の2番目にパワーが強かったんだがそれでもあの有り様だ」

 

それだけあの男のパワーが6人の中で突き抜けているってことか。とんでもないパワータイプがいたものだ、こっちもデュランダルや赤龍帝という馬火力揃いだというのに、それでも足りないと思わされる。

 

兵藤が映像を見る中でふと何かに気付いたようだ。

 

「…あのゼファードルの目、心を折られた奴の目だ」

 

「俺を見て言うのやめてくれない?」

 

こら兵藤、コカビエル戦のあれは本当に反省してるからやめてくれ。あの時の俺はまだ青かったし…いや、変身すると青くなるな、物理的に。

 

だがゼファードルの気持ちもわかる。圧倒的な力を前にして、己を保つってのは本当に難しい。そして一度屈してしまった恐怖に打ち克つのはそれ以上に難しい。奴も以前の俺と同じ様に精神的には未熟だったということだ。

 

だがあの恐怖を乗り越えたらゼファードルもきっと俺のように強くなれるんじゃないだろうか。

 

「あいつはもうリタイヤだな、完全に心を折られちまってる。このゲーム、グラシャラボラス家が抜けて残る5家の試合になる。お前らがディオドラと戦った次はサイラオーグで決まりだ」

 

「…!」

 

「お前ら、本当に気をつけろよ。奴は魔王になるという目標を叶えるために全力で潰しにかかる。生半可な覚悟で相対できるレベルじゃない、お前らも強い覚悟と意思を持たないとゼファードルのように折られるぞ」

 

アザゼル先生の真に迫った言葉に皆は静かにうなずいた。あの男と戦う事実に、今からでも緊張している。

 

…いやー、あんなのと戦う羽目にならなくて本当によかった。あんなパンチ喰らったら変身してても一発で変身解除に追い込まれそうだ。生身なら仏になるのは確定だ。ちょっとだけグレモリー眷属になれなくてよかったと思ってしまった。

 

手ごわい相手だが逆にあれを越えることができたら、相当に強くなってるだろうな。若手最強、レーティングゲームへの公式参戦を目指す部長さんにとって避けられない壁だ。

 

部長さんはさっきまで映像を流していたモニターからメディアを取り出し、別のメディアへと入れ替えた。

 

「それじゃあ次は、アガレスとディオドラの…」

 

すると突然部室の床に魔方陣が浮かび上がった。見知らぬ紋様、サーゼクスさんのようなルシファーのものでもない。皆の視線がスクリーンから一気に突如として現れた魔方陣へと向いた。

 

「あれはアスタロトの…」

 

そして魔方陣が一際明るい光を放つと、そこにいたのはあの男だ。

 

初めて会った時と同じく、優しい笑みを浮かべ深緑の貴族服を纏う緑髪の好青年。

 

「ごきげんよう、グレモリー眷属の皆様。今日は一つ、話があってここに来ました」

 

最近のオカ研の悩みの種、ディオドラ・アスタロト本人だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「却下するわ」

 

部室に凛然とした厳しい声を響かせ、部長さんはディオドラの話に否を突き付ける。

 

「そうですか、でしたら…」

 

「そういう話じゃないの」

 

不快感を強くしてディオドラの話を遮る部長さん。

 

アポなしで訪ねてきたディオドラが申し出てきたのはなんと眷属のトレード。

 

悪魔の駒にもトレードと言うポ〇モン交換のようなシステムがあり、同じ駒同士で互いの眷属を交換できるのだ。ただしレーティングゲーム前などでは一部制限がかかることもあるらしい。

 

そして奴の狙いは言わずもがなアーシアさんだった。眷属悪魔の情報が載っているらしいカタログを取り出したところに部長さんがノーを突き付けた。

 

「私はアーシアを、眷属という関係以上に妹のように思っているの。能力とかそれ以上にアーシアに対する情がある、だから手放したくないというのはどうかしら?」

 

「部長さん…!」

 

妹と言う言葉にアーシアさんは嬉しさのあまり目を潤ませる。家族を知らないアーシアさんにとって、自分の娘のように思い、愛情を注いでくれる兵藤の両親の存在は大きいという。

 

今の言葉が、一体どれほどアーシアさんの救いになったことだろうか。

 

「それにあなた、結婚の意味を分かっているの?意中の相手をトレードで手に入れようなんて、アーシアは物じゃないのよ」

 

迫力のある笑顔で、呆れを通り越して怒りすら感じる声色で言い放った。

 

…おお、部長さんが結婚の話をすると説得力があるな。しかしどんなに言われても、ディオドラは全く笑みを崩さないままだ。まるで顔に張り付いた仮面のように。

 

「…わかりました。今日の所はここまでにしておきましょう」

 

渋々ながらもディオドラはおもむろに腰を上げる。

 

今日の所は、ってまだ諦めないつもりか。よほどアーシアさんにご執心のようだ。何度も贈り物をしてる時点でもあれだが、直談判して断られてもまだ諦めないなんていよいよだ。

 

「ですが僕は諦めるつもりはありません。アーシア、たとえ運命が僕と君の仲を裂こうとしても必ず君を僕の下に迎え入れてみせるよ」

 

そう言うとディオドラはさっとアーシアさんに跪き、綺麗な手に軽くキスしようと顔を近づける。

 

傍から見れば少女漫画のワンシーンを連想させる一場面だが、その無神経がある男の怒りを呼び覚ました。

 

「……!」

 

堪忍袋の緒がついに切れたか。憤怒の表情で兵藤が二人の間にずかずかと割り込んで、ディオドラの肩を掴み無理矢理立たせた。

 

「…その手はなんだい?薄汚いドラゴン君」

 

「テメエいい加減にしろよ、こっちが黙ってりゃ好き勝手やりやがって…!」

 

ディオドラのにこやかな目線と怒りを滾らせる兵藤の視線が交錯する。

 

まずいな、完全にスイッチが入ってる。ディオドラも余計なことを最後にしてくれたもんだ、だが今は兵藤を止めないと…。

 

しかし向こうもこのまま黙っているはずがなく、乱暴に肩を掴む手を振り払った。

 

「君のような程度の低い存在に触れられるなんて不快だね…!」

 

笑みを崩さないまま嫌悪感を露わにして服に付いた埃を払うように、さきほど兵藤が触れた部分を念入りに手ではたいた。

 

こいつ、腰の低いけどしつこい優しそうな坊ちゃんだと思っていたら本性表しやがったな!皆も俺と同じことを思ったらしくアーシアさんの件で感じていた怒りがさらに燃え上がるのが雰囲気に出た。

 

一触即発、次のディオドラの発言次第では誰かが攻撃を始めるかもしれない空気の中。

 

パシン!

 

そんなディオドラの頬に一発のビンタが放たれ、乾いた音が空を震わす。

 

突然すぎる出来事に部室内がしんと静まり返る。そんなディオドラに最初に手を上げたのは怒りに燃える兵藤でも、部長さんでもなく。

 

「イッセーさんにひどいことを言わないでください!」

 

興奮して顔を赤くしたアーシアさんだった。

 

俺はその姿に言葉をなくした。初めて見た、アーシアさんが人に手を上げるところなんて。あの誰よりも優しくて、虫すら殺せないような純粋なアーシアさんが相手を傷つけたのだ。

 

「…!」

 

部室にいる誰もが、ディオドラでさえも今のアーシアさんに驚いている。流石のディオドラもアーシアさんの方から手を上げられるとは思っていなかったらしく、今まで変化することのなかった笑みが初めて消えた。だが…。

 

「…やれやれ、嫌われてしまったかな」

 

驚いた表情をすぐにいつものように微笑の物へと切り替えて、ビンタを打たれた頬をさするディオドラ。ここまでくると不気味とすら思ってしまう。

 

だが、それである程度溜飲が下がったか皆の空気が落ち着いていくのがわかった。このまま大人しく帰ってくれたらいいのだが…という自分の考えは甘かった。

 

ふっとディオドラが視線を俺に向けた。

 

「おや、もしかして君は噂の推進大使とやらじゃないかい?」

 

今度は俺か、こっちからは特に何もしていないが…そもそも言葉を交わしたことすらないぞ。俺から向こうに思う所はあってもむこうには…。

 

「何やら推進大使だと言われているようだけど、所詮はただの人間だよね」

 

「…まあごもっともで」

 

奴はバカにした調子ではっきりそう言った。

 

そう来たか。

 

奴はただ事実を言っただけだ。俺がただの人間、そんなことは俺が一番よくわかってる。

 

だが、その言い方と言葉に含んだものには心からの侮蔑があった。

 

悪魔が皆、部長さんや兵藤のように良い奴ばかりってわけじゃない。むしろそれが少数派なのはわかっている。

 

契約のための食い物、あるいは魔力を持つ自分達に劣る下等な生き物、そう人間を認識している悪魔が、特に上流階級に多いのはアザゼル先生から聞いた。

 

「ただの人間風情が、僕たち貴族悪魔の世界に出しゃばってくるのは思い上がりも甚だしいと思うんだ。最近新聞にも載ったみたいじゃないか、『和平協定推進大使、襲撃者を撃退す』ってね」

 

あ、そういえばそうだったな。

 

丁度冥界から帰る一日前に部長さんが見せてくれた新聞、パーティー会場の襲撃が見出し一面にでかでかと取り上げられている中に、紙面の隅にひっそりと記事が載っているのを見た。多分、人形と戦っている時に助けた上級悪魔が新聞社に書いてくれなんて言ったんじゃないだろうか。

 

ちょっとだけだとしても新聞と言う大衆の目に触れるものに自分が載るのはやはり気恥ずかしい。兵藤たちにはすごいじゃないかと自分のことのように嬉しそうに言われた。

 

一応の肩書を貰った以上、仕方ないことなんだが…それでもやはり恥ずかしいと感じてしまう。

 

「あまり気持ちのいい物じゃないなぁ。華やかな貴族悪魔の世界にとって、はっきり言って君は異物なんだよ」

 

ディオドラは優し気な笑みとは正反対の悪意すら感じる笑みを俺に向けてくる。

 

流石に人の前で異物とまで言われるとくるものがあるな…こう、頭に。だがそれでこいつを殴るのは違う。何故なら…。

 

「テメエ、俺だけじゃなく紀伊国までバカにするのかよ…!!」

 

「おい兵藤!」

 

アーシアさんの行動にびっくりして、ある程度怒りの静まった兵藤だったがディオドラの発言に再び怒りの火が再燃した。

 

折角収まりそうだったのにまた兵藤の怒りの炎を点火しやがって!ダメ押ししようとするディオドラもディオドラだが!

 

それでもディオドラは余裕を見せ、むしろ煽るのを楽しむかのように愉快気にハハハと笑う。

 

「おやおや、薄汚い転生悪魔のドラゴンと貧弱で下賎な人間同士、仲がいいみたいだね。お似合いのコンビだよ」

 

「テメ!」

 

「やめとけ!」

 

怒りの炎に油を注がれ、今度こそ神器を起動させて兵藤はディオドラに殴りかかろうとする。そんな兵藤を慌てて肩をガッと掴んで制止する。

 

「あれだけ言われて悔しくねえのかよ!?」

 

「何とも思わないわけないだろ。でもその怒りは試合で本人にぶつけるまで溜めとけ、ここで問題を起こせば部長さんの顔に泥を塗ることになるぞ」

 

怒りの表情で振り向く兵藤を、ディオドラに対してふつふつと内から湧き上がるものをぐっとこらえながらも諫める。

 

あんなやつでも魔王ベルゼブブを輩出した名門アスタロト家の次期当主、それなりの身分を持っているあいつをここで攻撃して問題を起こせば兵藤の主たる部長さんにも迷惑がかかる。

 

最悪奴がそれを利用して謝罪と一緒に賠償金のようにアーシアさんを要求する可能性だってある。

 

俺だってあんなくそったれに好き勝手されて、あげく自分を虚仮にされてイラついてはいるが、怒りのままに奴を殴り飛ばすのは利口じゃない。

 

さっきからやたら煽ってくるのもそれを狙っての行動だろう。

 

「だから、今は堪えるんだよ。それが今できる最善の対処だ」

 

「…くそっ」

 

なんとか俺の話に納得し、渋々ながらも苦虫を嚙み潰したような表情で怒りを鎮めた兵藤。それを見てとりあえずは肩を掴む手を離した。

 

しかしディオドラに向ける敵意までは押し殺せず、というよりむしろ隠そうともしない。敵意交じりの視線をディオドラに睨み付けるように送り続けている。

 

涼しい表情で兵藤の視線を意に介さないディオドラは俺を見てわざとらしく感心したと言った声を上げる。

 

「へえ、そっちの赤龍帝くんと違って冷静だね」

 

「自分がちっぽけな人間なのは理解しているつもりだよ。お前、部長さん達と試合するんだろ?」

 

最近の黒星続き、天使化した紫藤さんに走りで負け続けりゃ嫌でもわかる。隣に立つ兵藤の肩を軽くたたくように掴む。

 

「兵藤はこの一件の怒りを存分に赤龍帝の力でお前にぶつける、俺は兵藤たちにボコられ無様な姿をさらすお前を見て拍手喝采、感謝感激の雨あられだ」

 

普通に力を振るって相手を攻撃すれば罪になるが、レーティングゲーム形式の試合という己の力を存分にふるうことができ、合法的に鬱憤を晴らせる機会があるのだ。それを利用しない手はない。

 

俺はその場で戦いを通じて恨みをぶつけることは出来ないが、奴の無様な姿を観戦して溜飲を下げることならできる。

 

自分でもわかる不敵な笑みというものを浮かべて、真っすぐに言い放つ。

 

「俺の怒りは、敗北したお前の姿を見て存分に発散させてもらおうか」

 

「……!」

 

手は出さない、その分兵藤たちが試合でやってくれるだろうからな。だが言葉だけならただのはったりだとしても幾らでも言える。

 

散々人を虚仮にしてくれたんだ、これくらいはさせてくれなきゃ気が済まないと言うものだ。

 

挑発返しに奴は張り付いたような笑みを崩さない。しかし完全に流せたわけではないらしく眉をひくひくさせている。

 

「ダメ押しだ、お前も何か言ってやれ」

 

「あ、おう…」

 

そう言って兵藤の背中を叩いて前に押してやる。そして、真っすぐディオドラと向かい合って一言。

 

「テメエが馬鹿にしたドラゴンの力、存分に見せてやるよ!」

 

…決まったな。

 

「…言っておくけど、僕みたいに人間でありながら悪魔の世界に位をもって踏み込もうとする君に不快感を持つ貴族は少なくない。自分の身が惜しければ過ぎた真似はしないことだね」

 

「ご忠告痛み入るよ」

 

捨て台詞めいた言葉を吐いたディオドラ。奴が転移魔方陣で帰ろうかという所にアザゼル先生が何か通信魔法で情報を受け取ったようだ。

 

「ジャストタイミングだ。リアス、ディオドラ、試合の日程が決まったぞ…5日後だ」

 

「そうですか…次の試合で、すべてを決めようじゃないか。僕が勝ったら、アーシアを渡してもらおう」

 

「上等よ、絶対に勝ちは譲らないわ」

 

両者、『王』同士の戦意に満ちた視線が一瞬交差する。その後すぐにディオドラは転移魔方陣で帰っていった。

 

今度の試合も、シトリー戦のように俺にはどうすることもできない。ただ一つ、部長さんたちグレモリー眷属の勝利を願うこと以外は。

 

 

 

「二度と来るな、あの野郎!」

 

「朱乃、塩をまきましょう」

 

「聖水も撒こうか、私も腹が煮えくり返る思いだったよ」

 

「それやったらお前にもダメージ入るだろ」

 

 

 

 

 




イリナと悠はオカ研でもグレモリー眷属でない者同士で一緒に行動する機会が多くなりそうです。例えば10巻とか。

次回、「決戦前の裏で」




1周年記念 2周年に向けての今後の予告的なもの




「ぱぇ……?」

「…殺してしまった、俺が…」

異世界に転生した少年は、戦いと言う現実を知る。


「友達と他愛のないことで笑って、平穏な日常を送りたいって願うことの何がいけないってんだよ……」

命の重さに、戦いの苦しさに心を砕かれた。


「―願え、大切な者を守りたいと。運命の扉を開けるカギは、おぬしの中にある」

「俺は、仮面ライダースペクターだ!」

しかし、立ち上がった。『力』を使うことの意味を誓いにして――


「紀伊国悠、貴様を抹殺する」

そして、世界を越えて因果は巡り合う。








ハイスクールS×S  蒼天に羽ばたく翼 一周年目

死霊《ネクロム》の強襲、その先へ――










「おぬしに極秘任務を任せよう」

「つまり、あなたの後輩です」

北極星《ポラリス》の導く道の先に。


「君はこっち側の人間なんだよ」

「貴様とは戦ってみたかった。『英雄』の力を使う者と、その『英雄』の名を継ぐもの同士でな!」

人間の高みを目指す者達が、動き出す。


「『神祖の暴食の仮面』を…我が…もとに…ぃ」

「どうやらここはアタリのようね」

旧魔王の魂を求める者達の暗躍。


「此度の一件、煩わしいグレモリー眷属を葬るには丁度いい」

「これが、私の新たな力です」

破滅の先導者たちの思惑がもたらす混沌。




意思と意思は絡み合い、生まれる因果の果てにあるモノとは――




『この世界に生きる若人たちに告ぐ』

「今から俺は…」










『汝ら、この世界を守ってはくれまいか?』


「お前らに、俺の真実を話す」









ハイスクールS×S  蒼天に羽ばたく翼 

2周年に向かって、走り続けます!よろしくお願いします!


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第55話 「微笑みの裏に潜む闇」

本当はこの回で戦闘まで行こうかと思ったんですけど、考え直してちょっと急ぎ過ぎかなと思って内容を変えました。そしてリアルの多忙が重なった結果本当に遅れてしまいました。本当に申し訳ない。

最近某番組で獅子座のレグルスが『王の星』と呼ばれてますけど、実はレグルスは『ロイヤルスター』という四つの王の星の一つでしてね…。4つの王者の星、劇場版でこのネタを使ってくるだろうか。


Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
8.リョウマ
11.ツタンカーメン
13.フーディーニ




「――ディオドラが黒?」

 

ある日の夜、俺はアザゼル先生から連絡を受けた。久しぶりに一人寂しく我が家で夕飯を食べ、丁度食器の片付けが終わった直後だ。

 

今家を留守にしているゼノヴィアを含めたグレモリー眷属は全員、なんとテレビの撮影で冥界に行っている。

 

元々魔王の身内という立場、そして麗しい美貌もあって幅広い層から人気を集めていた部長さんは冥界全土で放送されたシトリーとの試合で眷属含めさらにその知名度を上げた。そうして最近続いている若手悪魔の試合を特集する番組に呼ばれた、ということらしい。

 

その話を聞いた時、あいつらもテレビデビューするくらいの知名度を持ったのだとしみじみと思った。絶対にその番組を見なくちゃあな。あ、冥界のテレビ番組って普通のテレビじゃ映らないか。…兵藤宅にお邪魔するしかないな。

 

閑話休題。こうして番組に呼ばれていないため一人家に残った俺に突然連絡してきたアザゼル先生が話したのは、近日グレモリー眷属が対戦するディオドラについてだった。

 

『先日ヴァーリがイッセーと接触した件を受けて調査したんだが、あいつの言葉通りディオドラは旧魔王派と繋がっていた。おまけにグラシャラボラス家の前次期当主の不審死にも絡んでたことも判明していよいよ真っ黒ってわけさ』

 

あいつトレードの件で本性表したと思ったらもっと黒いもん抱えていたのかよ。あいつのセリフからして古い悪魔たち寄りの思想を持っていたのはわかっていたが、よりによってテロリストともつるんでいたとは。

 

グラシャラボラスと言えば、バアルに精神的に再起不能にされたあのヤンキーみたいな恰好したゼファードルという悪魔だ。ディオドラが元々試合に出る予定だった次期当主を殺して、その結果試合に出ることになりサイラオーグ・バアルと戦って心を折られてしまった。間接的に、ゼファードルもあいつの被害者ってことになるのか。

 

ヴァーリの件というのはつい最近の事、兵藤が悪魔の契約の仕事で夜の団地を自転車で飛ばしていたところなんと和平会談で『禍の団』に与し、アザゼル先生を裏切ったヴァーリと遭遇したというのだ。

 

戦いが好きでアザゼル先生のもとを去った奴はまた赤白対決を仕掛けに来たかと思いきや、禁手に覚醒し着々と力をつける兵藤の様子をただ見に来ただけだという。そしてその去り際、ディオドラに気をつけろと言う忠告を残した。

 

あの男が何もしてこなかったというのはにわかには信じがたいが、部長さんがサーゼクスさんやアザゼル先生にこの一件を報告し、かねてよりディオドラを怪しんでいた先生は調査に乗り出した。

 

しかし、いくらあいつの本性を知っていたとはいえ『禍の団』と繋がっていたというのは驚きだ。あいつのアスタロト家は現魔王ベルゼブブを輩出した名家。政府に近しい魔王の親戚がテロリストたる禍の団と繋がっていたという事実は下手すれば現体制を揺らがせることになりかねない。

 

…しかしどうして、古い悪魔寄りの思想を持っているにしても現体制寄りの立場を持っていて、かつ魔王の身内であることもあっていい扱いを受けてるであろう奴が旧魔王派に?それにヴァーリがわざわざ俺達に忠告しに来たことも解せない。なぜ敵に塩を送るような真似を?

 

「それ、本当ですか?」

 

『ああ、間違いない。アガレスとの試合を観た時から怪しいとは思っていたが…それもオーフィスの『蛇』を使ったとすれば筋が通る』

 

「パワーアップの効果があるという例の『蛇』ですか」

 

世界最強という無限の龍神、『禍の団』の首領たるオーフィスが生み出す『蛇』。それは使用者の能力を限界以上に引き出すという。

 

俺も居合わせた三大勢力の和平会談、そこに乱入した旧レヴィアタンの女カテレア・レヴィアタンも『蛇』と呼ばれるパワーアップ…あるいはドーピングだろうか、アイテムを使用してアザゼル先生と一戦を交えた。蛇を使ったカテレアが、ファーブニルの鎧なしとはいえ先生と互角に渡り合うほどの力を発揮したことがその効果の脅威のほどを証明している。

 

俺の言葉に「ああ」と肯定の意を返す先生。

 

『オーフィスの蛇をもらったということは旧魔王派でもそこそこの立場を持っているんだろうな』

 

そもそもアザゼル先生がディオドラに不信感を抱くきっかけとなったのはディオドラが帰った後に見たアガレスとアスタロトの試合だ。

 

試合終盤、アガレス家次期当主たるシーグヴァイラ・アガレスとディオドラが交戦する中、急にディオドラが凄まじい魔力を発揮してシーグヴァイラを追い詰め、ついには勝利した。

 

先生の持つデータからしてもあそこまでの数値は出ていなく、力を隠していたのかと疑問符を浮かべる試合の結果だった。

 

『グレモリーとアスタロトの試合、きっと奴は行動を起こす。赤龍帝や聖魔剣、ネームバリューの高い奴の出る試合だ、現魔王は勿論各勢力の要人たちも観戦に来る。旧魔王派が狙うには絶好のタイミングだ』

 

先生は厳しい声色で告げる。電話越しにでも先生が厳しい表情をしているのがありありと伝わって来た。

 

「なら、今からでも試合を中止に!」

 

テロが起きるとわかって、あいつらをその火中に送るわけにはいかないだろう。如何に俺達がコカビエルだったりテロだったりと実戦を乗り越えてきたとはいえ、戦場では何が起こるかわからないし、今度も同じように行くとは限らない。避けられる戦いなら避けるべきだ。

 

『まあ話を聞け。向こうは大々的に戦力を投入してテロってくるだろうから、こっちも魔王やセラフ、神たちと連携し、戦力を展開して一気に叩く。向こうにとってのチャンスだがこっちにとっても今後の憂いになること間違いなしのテロ組織の派閥をつぶす絶好のチャンスなんだよ』

 

焦る俺に対して先生は冷静に話を進める。通話の向こうで、先生が口の端を笑ませた表情をした気がした。

 

…なるほど、袋のネズミにされるところを逆に袋のネズミにするってことか。

 

『もちろん、リアス達を利用するからにはあいつらの安全を保障できるよう策は練る。…が、多分大人しく俺達に任せるようなたまじゃないだろう』

 

「…まあそうですね」

 

多分、あいつらの方から一緒に戦うと言って当初の予定通りディオドラをぶちのめしに行くんじゃないだろうか。

相当イラついてたみたいだし、むしろテロリストなら遠慮もいらないと戦意向上になるんじゃ…。

 

『ここまで話せばわかると思うが、お前にも今回の作戦に参加してもらいたい。既に多くのVIPに作戦を伝えたが、喜んで参加を決めてくれたよ』 

 

「…っ」

 

先生の要請に、俺は思わず唾を飲んだ。

 

こんな大事な作戦に参加を要請されるという緊張、あるいはそこまで信頼されているということに対する嬉しさだろうか。

 

先生の言うVIPって三大勢力の実力者だけじゃなく色んな神話の神も一緒に戦ってくれるということか?どれくらい参加するかは知らないが、この世界ではVIP=超実力者と言ってもいいからそんな人たちと一緒に戦えるのなら安心して戦いに臨めるな。

 

ちなみに神と言っても商業、あるいは農耕など戦に関係ない事柄を司る神の方が圧倒的に多い、だがらといって侮ってはいけない。神と言われるだけあって並の最上級悪魔を軽々と凌ぐレベルの力を持っているのだ。

 

…あれ、これってもう勝ち戦なんじゃね?旧魔王派の連中、既に詰んでるんじゃ…。むしろこれで出てきたらあいつらバカだよね?

 

そして先生は、ここぞとばかりに付け加えた。

 

『それにもしかしたら、お前にもディオドラを直接叩けるチャンスが来るかもしれないぜ?』

 

―――っ。

 

その言葉に、俺は思わず口角をにやりと釣り上げた。

 

「…いいですね。どさくさに紛れて一発ぶちかましましょう」

 

そう言われると俄然やる気が出てきた。上手いことたきつけてくるな、先生。

 

テロリストの仲間だというのならもう遠慮する必要もない。うちの仲間を困らせ、散々酷いことを吐いたツケはしっかり払ってもらおう。俺を異物だのと虚仮にしてくれたツケも高い利子をつけてな!

 

『言うまでもないがこの話は極秘事項だ。イリナにも作戦への参加を要請したが、リアス達には内緒で頼む。作戦までは通常通り試合が行われる体を装うためにな』

 

「わかりました」

 

紫藤さんと俺を除いた面々、つまりグレモリー眷属には言うなってことだな。あくまで向こうにこっちの動きを悟られてテロを中止にさせないためにか。

 

テロなんて起こらない方がいいんだが、戦力を十分すぎるくらいに整えられた大きなチャンスだ。心配な点はあるがあえてことを起こさせて、将来のためにもここで憂いを断っておくべきか。

 

通話もそろそろ終わりかと思っていたら、先生は別の話題へと話を移した。

 

『それと最後に一つだけ…お前の神器だが、今までの戦いを調べてわかったことがある』

 

「…なんです?」

 

以前神器のエキスパートであるアザゼル先生がゴーストドライバーを解析した結果、セイクリッド・ギアと未知のテクノロジーの二種類の技術が使われていることが判明した。

 

急遽取りそろえたとはいえ、神器に関しては最先端の技術を持つグリゴリですら唸らせるほどに謎を秘めていることも判明し、

 

未知のテクノロジーに関してはポラリスさんですらお手上げと言うレベル。スキエンティアにも該当、あるいは近似するデータは一切なく、普段の老成した口調らしくむうと唸って首を傾げていたのを覚えている。

 

そんな時に、先生の発見と来た。一体どんな秘密が…。

 

『他の神器と比べて、使用者の心と同調して力を増幅する機能が桁違いに強い。神滅具かそれ以上のポテンシャルを発揮している…はっきり言って異常なくらいにな』

 

「…なるほど」

 

心に呼応して力を発揮する、それは全てのセイクリッド・ギアが持っている性質だ。

 

俺はその性質が様々な力を生んだのを見てきた。兵藤がヴァーリに両親を殺すと言われて激昂した時、内に宿る龍の力は呼応し、一気に力は増大した。

 

木場が死んでいった同志たちの魂に触れ、禁手に覚醒したのを見た。人の魂と密接に繋がっているが故に、人の思いに反応し、神器が一度抜き取られると所有者は死ぬ。

 

その性質が、俺のゴーストドライバーは一際強いと先生は言った。先生の話は続く。

 

『今代の神器使いは今までにない進化を始めている者が多い中でも、お前は一際異常だ。今までの記録にもそんな神器は存在しないし、なによりその神器の中に存在する未知の技術の領域が全く分からん』

 

「…確か、先生の予想だと相当高位の神が作ったもの、なんですよね」

 

『ああ、これほどのもんを作れるのは聖書の神に並ぶ知恵を持った神、そうだとしか思えない。だが他の神話に神器《セイクリッド・ギア》ほどのとんでも技術の塊を作れる神を俺は知らねえ』

 

…言っちゃ悪いが、あのどこかアホそうな感じのある駄女神に先生にそこまで言わせるほどの物を作れるとは思えない。それに、どうして俺の元居た世界の神が作ったものにこっちの世界のものであるセイクリッド・ギアの技術が使われている?

 

謎は尽きない。俺の周りには謎を抱えた人が多いが、俺自身もまたその人に謎だと言われるような秘密を抱えている。

 

『お前の神器の未知サイドの詳細はガチガチにロックがかかっていて全く解析できなかった。多分、神器の心の強さを力に変換する機能が異常に高いのはその領域が関係しているからだと俺は睨んでいる』

 

今になって思えば、堕天使の中でも上位に位置する実力を持つコカビエルと真正面から戦って勝てる程の力を発揮するなんて神滅具でも禁手を使わなければ無理だろう。あの時から、既にその異常なまでのポテンシャルの片鱗を見せていたのだ。

 

だが、この原作とはもはや別物なゴーストドライバーがセイクリッド・ギアの性質を持っているというのなら。

 

俺はそのもしかしてという希望を抱いて、恐る恐る訊ねる。

 

「先生がこれを神器《セイクリッド・ギア》に分類しているってことは…禁手になることってできますか?」

 

全ての神器が至る究極、それが禁手《バランス・ブレイカー》。均衡を崩す力とも呼べるその力をこのゴーストドライバーも秘めているのだろうか。

 

しかし先生の返事は芳しい物ではなかった。

 

『うーん……そもそも禁手自体が元々、至る者が少なくてこっちも禁手に関するデータがあまりないから何とも言えないが、正直言って『ない』可能性の方が高い』

 

難しそうな声色で先生はそう断言した。

 

「どうしてですか?」

 

『詳しくはわかっていないが、禁手の発現のキーになるのは大まかに言えば使用者の内的な面での劇的変化。匙はともかく話を聞く限りコカビエル戦でそれを経験しているだろうお前が禁手になれないということはつまり……そういうことだ』

 

「…そうですか」

 

言葉にはあまり出さなかったが、実際は中々ショックだ。何せ、自分のパワーアップの可能性を一つ潰されたのだから。

 

自分で言うのもなんだが、コカビエル戦で俺が戦う覚悟を決めた瞬間、あれは先生の説が正しければ禁手が発動してもおかしくない精神状態だった。

 

神器、とくに禁手についてはその研究において最先端を行くグリゴリの長、アザゼル先生をもってしても不明な部分が多い。しかし現時点での神器研究の権威とも呼べる先生が言うのだから、そうなのだろう。

 

『心に反応して力が増幅する感応力が強いってことは、逆に言えばお前が大きなショックを受けると途端に使い物にならない程力が低下することでもある。上手く使いこなせればいいが、十分気を付けるんだぞ』

 

…思い当たり過ぎてぐうの音も出ない。

 

凛と会った時、俺はショックで上手く戦えなかった。精神的なものもあるだろうが、ショックで弱まった俺の戦意、意思をドライバーが強い感応力で読み取ってしまったのだろう。

 

ドライバーが生み出す霊力が一気に弱まった結果攻撃力も落ち、防御力もオメガウルオウドを喰らって生身に甚大なダメージをもたらす紙レベルにまで下がってしまった。先生の話でようやくわかった。

 

ドライバーの強い感応力がいい方向に働いたコカビエル戦、そしてそれが大きくマイナスに働いてしまった凛との戦い。この真逆とも呼べる二つの戦いは今後の戦いにおいて俺はしっかりと胸に刻んでおかなければならない。

 

『ま、お前の神器に関してはそんなところだな。話は以上だ。作戦の詳細は追って連絡する』

 

「わかりました」

 

通話が終わり、コブラケータイを閉じるとリビングに静寂が戻って来た。

 

ゼノヴィアが帰ってくるのは深夜になるだろう。流石に俺はそこまで遅くまで起きていられないからあいつには悪いが一足先に寝させてもらう。

 

「…静かだ」

 

音もなく、ぽつんとリビングの電気だけが付いた部屋。

 

(…あいつがいないと、寂しいな)

 

そう思わざるを得なかった。テレビ番組に興味を示したり、勉強を教えたり、俺の作ったご飯の感想を言ったり。

いつの間にかにあいつは俺の暮らしの大切な一部になっていたのだ。

 

慣れたはずの孤独が、今では苦痛に感じてしまう。

 

ゼノヴィアがこの家に来るまでは当たり前だった光景が、今の俺にはとても寂しいものになっていた。

 

 

 

 

 

 ▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

「ふっ、ふっ、ふっ!」

 

休日、珍しく兵藤宅を訪れた俺は地下のトレーニングルームでトレーニングに励んだ。

 

レジスタンス基地、『NOAH』でイレブンさんと模擬戦をやるのも十分なトレーニングにはなるがたまにはオカ研と一緒に鍛錬に励むのも悪くはない。

 

相も変わらずの金持ちのマンションのように団地にそびえ立つこの家には地下フロアが3階もあり、大浴場やプール、さらには映画観賞用の大スクリーンなどそこらのホテルを軽く超えるレベルの設備が整っている。もはや家じゃないだろ。流石は金持ちの名家、グレモリー家が手掛けただけはある。

 

もちろん最新鋭のトレーニングマシンも揃っており、チェストプレスを使用した俺は休憩がてら腰を下ろして、ボトルの水を呷る。

 

「ふっ、ふっ、ふっ!」

 

休憩する俺の前で練習用の木剣を振るうのはゼノヴィア。額に軽く汗を流しながらも、力強く、一定のペースを崩さず剣技を虚空に向けて放つ。

 

脳内でイメージした敵と模擬戦をやってるんだろう。もっと、オカ研にもレジスタンスのような存分に異能を発揮しても壊れないフィールドとかあったらいいんだが。

 

「…あまりやり過ぎると、オーバーワークで塔城さんみたいに倒れるぞ」

 

俺がトレーニングを始める前から、ずっとこの場で剣を振るい続けているのだ。頑張っているのは感心だが、過ぎるのが少々心配だった。

 

「そんなことはわかっている。ふん!でも私は悔しいんだ」

 

剣を振るう手を止めず、彼女は返事を寄越した。

 

「悔しい?」

 

負けず嫌いのこいつが悔しいという言葉を吐くのは変なことではない。だが普段から自信に満ちた振る舞いをする彼女の『何が』悔しいのかをわからなかった。

 

「…私は弱い」

 

剣を振るう手を止めるとふうと大きく息を吐き、額に流れる汗をさっと腕で拭って彼女は言う。その表情には不安の色が浮かんでいた。

 

「あの試合でも、パーティー会場でも木場は私よりもうまくデュランダルを使っていた。聖剣の使い手としても『騎士』としてもあいつの方が上だ」

 

…なるほど。

 

シトリー戦で、ゼノヴィアがリタイヤする直前、聖剣使いの因子を持つ木場にデュランダルを託すという一幕があった。観戦する側としてはそういう芸ができることに驚かせられたばかりで当人の側の思いに微塵も気付かなかった。

 

「『騎士』の駒の特性だって、あいつの方が私よりも速い。出会った時は私の方が強かったのに、いつの間にかにあいつは才能を伸ばし逆転してしまったよ」

 

確か、ゼノヴィアがアーシアさんを魔女呼ばわりした時にその時はまだエクスカリバーへの恨みに取りつかれていた木場とアーシアさんを侮辱されたことに怒る兵藤と手合わせしたそうだ。

 

まだ聖魔剣を使えない木場は冷静さを欠いた状態でゼノヴィアとの一騎打ちに臨み、得物の性能面でも、使い手のコンディションの両方が相まって敗れた。

 

あれから聖魔剣を得て、聖剣を扱えるようにもなったことで木場は剣士として格段にレベルアップした。そのほどはゼノヴィアが制御に苦心するデュランダルを元の使い手よりも安定して振るうくらいだ。

 

「このままだと私は皆のお荷物になる。でもそれは猊下から受け継いだデュランダルの使い手としてのプライドが許さない。私自身の誇りにもかけて、一剣士としてもっと強くならないといけないんだ」

 

刃のような鋭い目の中に、先への憂いが見える。その言葉は自分自身に言い聞かせているようにも聞こえた。

 

…どうにも焦っているな。どことなく、夏休みの合宿前の塔城さんを思い出す。

 

自分の弱さに焦りを覚え、自分をつぶしてまで必死に前に進もうと足掻いている。

 

だが猫又の力を否定し続けてきた塔城さんと違うのは、ゼノヴィアは自分の持てる全てを使い、肯定しているということだ。そしてその持てる物、つまりデュランダルに対し、肯定を越えて誇りすら抱いている。

 

どういう経緯があってその誇りがあるのかは知らない。ゼノヴィアはあまり昔話をしないからだ。ただ何か良くないことがあったと思われるポラリスさんと違って、多分本人が語る必要がないと思っているからだろうが。

 

だが最近の戦績、そして正式なデュランダル使いたる自分よりも、アプローチは違うもののより安定した使い方ができる木場を見てその誇りが揺らいでいるのだ。

 

「…ゼノヴィア、こんな異形界に足ツッコんだ歴なんて一年にも満たない俺が言うのもなんだけどこれだけは言わせてくれ」

 

「?」

 

最近の戦績から自分の弱さに焦りを覚える気持ちは痛い位わかる。事実、今だってそうだからな。

 

ヴァーリにボコられ、ガンマイザーを連れたアルギスにもボコられ、果てには自分の妹にもボコられる。

 

そろそろ自信を無くしそうだ。だが、俺とゼノヴィアには決定的な違いがある。

 

俺はおもむろに腰を上げて、言う。

 

「もうちょっと、楽になれないか?」

 

「…どういう意味だ?」

 

「お前がデュランダルを大事に思っているのはわかってる。自分が由緒ある伝説の聖剣の使い手だったら、誰だってプライドみたいなものは抱くだろう。俺だってそうする」

 

先代の使い手から継いだデュランダルに対し、彼女は強く誇りを持っている。それに対して、俺はそういうプライドは持っていない。彼女はその力の使い手として相応しくあろうとしている。それはある種の先代の使い手たちへの憧れとも呼ぶべきものだ。

 

だが俺が持っているのは力に対する責任だ。当初の力への、仮面ライダーへの憧れは命のやり取りとはどういうことなのかという現実に砕かれ、その力を持ち、行使することへのとなった。

 

この力は俺にとって俺の仲間を守る、日常を守るという誓いを達するための手段でもあり、その手段を使って誓いを達することが力を持つことの責任を取ることにもなると俺は思っている。

 

「…でも、そのプライドに潰されるのは剣士としてどうだ?剣を使うからこその剣士が、逆に剣に使われているみたいじゃないか」

 

「!」

 

その言葉に、ゼノヴィアは目を見開いてハッとした。

 

力を使う者は、逆にその力に使われてはならない。そういう点では力に溺れるのも、その力に潰されるのと同じ意味なのだろう。

 

…あまり回りくどいことを言うのはよそう。馬鹿正直な彼女と接するなら、俺もまた馬鹿正直になって見るのがいい。それが少しでも彼女の気持ちに寄り添うことなんだと俺は思う。

 

「…まあその、俺が言いたいのは気負い過ぎるなってことだ。気負うなとは言わない、悩む気持ちはわかる。ただ自分を潰すほどに気負うのは止めろ」

 

俺はそうはっきり言い放つ。

 

強くなりたい、皆の足を引っ張りたくないと思うことは問題ではない。この異形の世界にいれば、誰だってそう思うだろう。特に悪魔社会は実力主義の面が強いから『より高みへ』と言う思いを抱く者は多い。

 

だがその思いが強くなり過ぎた結果、自分の身を滅ぼすようなことになったら元も子もない。自分の身があればこそ、叶えられる思いなのだ。思いを現実のものにしつつ、その思いを現実にしたとき喜べるような余裕を持たなければならない。

 

「何事も程々ってものが一番だ。気負い過ぎれば心にも体にも毒だし、あまり楽観視しすぎるのもまた問題だな。いい匙加減、塩梅でいこう」

 

「あんばい…?」

 

「あ、いい具合とか、加減って意味だ。塩に梅と書いて塩梅だ」

 

まだこういう表現は苦手だったな。我ながら舌が乗ってそう言う配慮を忘れてしまった。

 

「ふ、塩梅か。また一つ日本語の知識が増えたぞ」

 

自慢げに彼女はふふんと鼻を鳴らす。俺の話を聞いたからか色濃く不安と焦りをたたえていた表情が少し和らいだようだ。

 

「そーいう顔だよ。そういう感じでいいんだよ、あんまり気負ってるのを表に出してアーシアさんに心配かけるなよ?」

 

「…そうだね、アーシアだってあいつのことで悩まされたんだ。また不安にさせたらだめだね」

 

「そう、最近の負け続きでしょげてるのは俺も同じだ。だから一緒に悩みながら、強くなっていこう」

 

俺の精一杯の思いを乗せた言葉で締める。

 

悩んでいるのは一人だけじゃない。思いを共有できる人がいれば一人で苦難の道を進むよりも、もっと楽に進めるはずだ。

 

「…ってカッコつけて変なこと言ってしまった…ああ」

 

…あ、なんだかこっ恥ずかしくなってきた。カッコいいこと言ったつもりだけどこういうのは後になってツケを払わされるように恥ずかしくなるものだ、そして何度経験してもこの恥ずかしさには慣れない。

 

でも、彼女はそんな俺をバカにしなかった。

 

「…ふっ、君にはかなわないよ、やっぱり」

 

ふっと目を伏せ、ゼノヴィアはやれやれとクールに微笑んだ。

 

「君の言う通りだ。聖剣使い、剣士の二つの面で木場に追い越されそうになって私は焦り過ぎたみたいだよ、でも君の話を聞いて気が楽になった」

 

言葉通り、さっきまで憂いを帯びていた彼女の表情はかなり和らいでいた。カッコつけたしょうもない俺の言葉を

彼女は馬鹿正直にも真面目にしっかり聞いてくれたのだ。

 

「何を恥ずかしがってるのかは知らないけど、君にとっては恥ずかしくても私にとっては救われた言葉なんだ。そう恥ずかしがらなくていい」

 

彼女は俺の下へ歩み寄り、俺の手を取った。

 

「ありがとう、君にはいつも救われてばかりだよ」

 

そして最後に、感謝の言葉と屈託のないとびっきりの笑顔を向けた。

 

「…!」

 

太陽のように眩しい彼女の笑顔を俺は直視できなかった。

 

…なんというか、この笑顔を見てるとすごくドキドキする。

上手く言葉にできないが、普段そこらの男よりも男らしいこいつが見せる、年相応の女の子らしさに溢れた破顔。

 

いかん、俺のハート様がデッドヒート状態になりそうだ、マックスハザードオンからのオーバーフローだ!

ドキドキが止まらない!アーシアさんもそうだが教会出身者ってこういうところでピュアなのか!?

 

この気持ち、気恥ずかしさからか、ゼノヴィアの顔を直視できず胸のドキドキを収めようとあちこちに目を泳がせる。そうしてやっと、この部屋を覗く視線に気づいた。

 

ジー…。

 

「…今、いい雰囲気でした」

 

「羨ましいですわね」

 

「全くね」

 

ドアの隙間からこっそり覗いてくる視線が3つ。上から順に部長さん、朱乃さん、そして塔城さんがこっちへじっと視線を注いでいる。

 

そして俺のそらした視線と三人の視線が合った。

 

「「「あっ」」」

 

「…いや別に変なことをしようなんて思ってませんよ?」

 

揃ってうっかり声を漏らしてしまった三人にツッコミを入れた。俺とゼノヴィアはそういうことをするような関係ではない。あくまで同居人、他のオカ研部員以上に普段の生活から苦楽を共にする仲だ。そこに決してやましいものは含まれていない。

 

「あら、バレたのね」

 

観念した部長さんが愉快にふふっと笑んで、扉の隙間からこちらを覗いていた三人がぞろぞろと部屋に入ってくる。

 

「私はてっきり、そういう仲だと思っていたわ。ゼノヴィアも紀伊国君をすごく信頼しているみたいだし、一緒に暮らしているなら…ね」

 

「ゼノヴィアちゃんって積極的だから私もそうだと思っていたのだけれど…もしかして紀伊国君の方が奥手すぎるのかしら?」

 

…あれ、俺とゼノヴィアってもう付き合ってるとかそういう風に思われていたの?

 

俺は兎も角、あいつは…どうなんだろう?教会で育ったあいつは一般の女の子と比べて多分恋愛観は…ずれまくってんだろうなぁ。というよりそういう気持ちがあったとしてもそれが恋だと気付かないタイプじゃないか?多分、俺の方からアタックしても変な風に受け取られるんじゃないだろうか。

 

いやよそう。俺の中にそういう気持ちがあるとしても…というよりないわけではないんだが、今の関係が悪いように変化してしまう可能性があるならやめておく。今の日常が心地いいからこそ、俺はあえて停滞を選ぶ。

 

「意外と悠はガードが堅いんだ」

 

「人をゲームのボスキャラみたいに言うのやめろ」

 

…ん?

 

こういうのって普通、俺がゼノヴィアを攻略する側だよね?あれ、逆になってないか?俺がヘタレで奥手すぎるせいなのか?

 

俺は男として、もうちょっとアグレッシブになった方がいいのだろうか…。こういう時は男としての人生経験豊富そうなアザゼル先生に相談を…いやでもあの人を手本にするのはな…。

 

あそうだ、せっかく集まってるし訊いてみようか。

 

「そう言えば、昨日の撮影どうでした?」

 

今日は休日だからいつものように旧校舎で集まって話を聞くことができなかったので、丁度いいと訊ねた。

 

部長さんは楽し気に微笑んで、その様子を語ってくれた。

 

「やっぱり皆緊張していたわ。私はああいう状況に慣れているからよかったけど、特にギャスパーね」

 

「ギャー君、司会に話を振られた時時間を止められたみたいにカチカチになってました」

 

その時の様子が面白かったらしく、語る塔城さんの表情が微妙に柔らかい。

 

ていうかギャスパー君、時間停止の神器使いだろ。自分が止められてどうするんだ。

 

「でも私たちが話すより、やっぱり放送を見てもらうのが一番ね」

 

「絶対に見逃すなよ、悠」

 

ゼノヴィアはビシッと俺に指さして念を押す。ほう、ここまで言われたらますます気になるじゃないか。放送日を楽しみにしておこう。

 

ふっと思い出したように、朱乃さんは言った。

 

「そう言えばイッセー君だけ、別の撮影もあったようですわ」

 

「あいつだけ?」

 

「あとで聞いても、『放送を楽しみにして』としか言わないの。一体何の撮影だったのかしら…?」

 

あいつにだけ、他の撮影か。予想がつかないな。あ、でも婚約パーティーでのちょっとアレな発言もあるからもしかして週刊誌のような有名人のスキャンダルとかゴシップを扱う番組に呼ばれたのでは…?

 

まあ赤龍帝だからネームバリュー的にも大勢の目は避けられないが…あいつの将来、どうなるんだろうな。

 

「どうやら最近、イッセーは『乳龍帝』なんて呼ばれてるらしいわ」

 

「ち、乳龍帝…?」

 

会話の中に突然出てきた奇妙なワードに、戸惑いを隠せない。

 

赤龍帝じゃなくて乳龍帝か…。性欲に真っすぐなあいつらしいと言えばあいつらしい珍妙な呼ばれ方だが、どうしてそんな呼び名が?

 

「誰かがパーティー会場襲撃で私たちがヴァーリチームを撃退した時、イッセーが私の胸をつついて禁手になったことをメディアに流したらしいの。それでどこかの誰かが言い出した名前が『乳龍帝』…一体誰なのかしらね、あの情報を流したのは」

 

不満げに部長さんは嘆息する。心なしか、怒りの色すら混ざっているように思えた。

 

自分の胸をつつかれたなんて、結果的にはいい方向に転がったからいい物を誰がそんな人のこっぱずかしい秘密をばらしたんだよ。禁手に至ったのは他の上層部にも知るところになったけどその方法に関してはオカ研の秘密になってるはずだぞ。だって方法があんまりにも酷過ぎるし。

 

これには部長さんへの同情を禁じ得ない。でもそれがあいつの知名度アップに繋がったというのだから何とも言えないところだ。

 

「冥界の子供たちには赤龍帝の鎧がウケて『おっぱいドラゴン』として人気だそうです。すでにフィギュア化の話も上がっているとか」

 

「『おっぱいドラゴン』…へえ、まあ確かにあれは子供ウケよさそうだしな」

 

部長さんの話を塔城さんが補足する。やべえ、あいつどんどん二つ名を増やしてるよ。

 

前から思っていたけど兵藤の赤龍帝の鎧ってかっこいい。何よりガンダムを知っている身として、あの背からオーラをブースターのように吐き出すギミックは一番気に入っている。

 

赤龍帝でウケるんなら多分ヴァーリの白龍皇の鎧もいけるんだろうな。あっちも光の翼とかすごく綺麗だし。あ、でもテロリストのイメージがあるから怖がるか。

 

「それと…ライザーの妹が怪しいわね」

 

「……」

 

瞬間、兵藤ガールズの3人からムッとした雰囲気が滲み出始める。三人とも目を細くして、口を膨らませる。

 

部長さん達がこういう表情を見せるのは初めてではない。だが俺はすぐにその言葉の意味を読み取れなかった。

 

「?それはどういう……あっ」

 

思い出した。部長さんがこういう顔をするのは兵藤絡みの時だ。兵藤の取り合いで、あいつが他の女子に押されているのを見て、ヤキモチしてる時の物だ。

 

しかし、ライザーの妹って確か…ああそうだ、あの顔は忘れもしないぞ。金髪のツインテールをドリルのように巻いた、気の強そうな悪魔だった。なんせ俺が助っ人で出た試合で負ける原因になった奴だからな。言い方はあれかもしれないが、別に恨んでいるわけではない。

 

そしてため息交じりに部長さんは呟いた。

 

「レイヴェル・フェニックス…何故かわからないけど、そう遠くないうちにまた相まみえる気がするわ」

 

「また一人、ライバルが増えそうです」

 

「望むところですわ」

 

三人の反応は嘆息、そして不敵に笑んだりと様々だ。

 

スタンド使いはひかれあうみたいな理屈なのか?

 

兵藤の奴、学校での評価は地の底だというのに逆にオカ研をはじめとするあいつをよく知る周辺の人物からの評価は高い。エロという印象の皮をむけば、バカで真っすぐで他人のために危険を恐れず手を差し伸べられる奴。

 

だからこそ、皆に好かれ、皆の輪の中心にいられる。しかし、レイヴェルとかいうライザーの妹、自分の兄をボコボコにした兵藤にいい印象はないはずだが…何がきっかけだ?

 

あれこれ考えているうちに、朱乃さん達はふっと表情を引き締めた。

 

「…さて、頑張ってるゼノヴィアちゃんを見てたら居ても立っても居られないわね」

 

「私たちも始めましょうか」

 

話も程々にと、部長さん達はストレッチにと体を軽く動かし始める。

 

ディオドラとの一件から、兵藤たちの試合に向けて気合がより高まったように見える。

好き放題にしてくれた腹の立つ出来事だったが、かえって意識を高めるいい出来事にもなったようだ。

 

「私は今まで役立たずだった分、もっとみんなの役に立ちたいですから」

 

塔城さんは小ぶりな拳を合わせ、二人に負けず劣らず静かながらもやる気を滾らせる。

 

姉、黒歌との再会を経て猫又の力を解放することにした塔城さん。本領発揮はこれからといったところだ。

 

「紀伊国君」

 

「はい?」

 

そんな時、部長さんが俺に声をかけた。

 

「あなたが出られない分、私がしっかりディオドラを懲らしめるから安心して。それに、あなたの存在を迷惑がる上級悪魔にちょっかいはかけさせないわ。グレモリーの名において、決してね」

 

「部長さん…」

 

優しいながらも決意のある表情で部長さんは俺に語り掛けてくれた。

 

やはり前から思っていたが、部長さんには人を安心させるオーラがあるように感じる。それは母性と呼ぶべきか。

 

時に厳しいながらも、母性を思わせる優しい性格。きっと母親譲りなのだろう。夏休みで会った部長さんのお母さん。あの人の立ち振る舞いや言動は部長さんのそれとよく似ていた。

 

「待ってくれ部長、私だって悠をバカにしたあの男と戦いたいんだ。せめて一発くらわせるだけでもいいから戦わせてくれ!」

 

部長さんの言葉に軽く心を打たれていると、ゼノヴィアがグイッと前に出て訴える。

 

アーシアさん絡みの件だからオカ研の中でもけっこうあいつに対してイライラが溜まっている方だろうな…って俺?

 

「イッセー君を薄汚いなんて言った彼はおいたが過ぎますわ」

 

「一発拳を叩き込むべきです」

 

朱乃さんと塔城さんも彼女に負けず劣らずの戦意を見せる。

 

…どうやら、前回の一件で皆から相当なヘイトを買ってしまったようだ。

 

目の前で起こっているのはいつものような兵藤の取り合いじゃなくディオドラの取り合いだ。ただし、目的は大きく異なるが。

 

ディオドラの奴、幸せ者だな。本人不在とはいえこんな美少女たちに取り合いされるような状況が生まれるのだから。まあ美少女たち全員がお前をぶっ倒すために取り合いしているんだけどな。

 

…だがしかし、喧嘩はいけない。

 

「…なら、全員でボコせばいいじゃないですか?」

 

今までの流れから言って一対一じゃないといけないルールが敷かれているわけでもないし、多対多の状況が生まれることは多分にあるだろう。それなら誰が誰と戦うか、というのをわざわざ決めなくてもいいのだが。

 

「「「「あっ」」」」

 

思いつかなかったのかよ!皆して「それだ!」みたいな顔するのか!

 

赤龍帝のドラゴン・ショット、デュランダルのオーラ、滅びの魔力、雷光…あれ、あいつ死ぬんじゃね?

オーフィスの蛇で強化されていてもこの脳筋まるだしバ火力の怒涛の一撃を喰らえば塵も残らないよね?

 

まあその中に俺も加わる予定なんだけど。…あれ、なんでだろう。すごくムカついてたはずなのにあいつがかわいそうに思えてきた。

 

 

 

 

 ▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

ここは中国、深い霧と大きな山と言う大自然に外界から閉ざされた渓谷。ここは既に人間の領域でなく、外界から身を離れた妖怪や仙人たちの住まう隠れ里との狭間の世界である。

 

そこに足を踏み入れているのは2人の男女。

 

「やはり、ここにありましたね」

 

長く、険しい山道を歩くには不向きな貴族服を纏う青年、アルギス・アンドロマリウス。値の張りそうな靴は踏みしめた土や泥に汚れていた。

 

「玄奘三蔵の力を秘めたサンゾウ眼魂…あるとしたらここだと思っていた」

 

そして彼が主と崇める女、深海凛。華奢なその手が拾い上げた物は、15ある英雄眼魂のラストナンバー、サンゾウ眼魂。

 

「金銀兄弟に目を付けられないように行動するのも大変でしたねぇ。他の叶えし者たちと協力して、霧の探知結界をすり抜ける強力なステルス魔法を組むのに費やした時間と労力が報われて本当に良かった、ええ良かったです」

 

ここまで来るための準備を思い出し、安堵と喜びにアルギスはうんうんと頷く。

 

肌をぬめりと舐めるような、この地域一帯に漂う霧はただの霧ではない。近くの隠れ里に住む仙人たちが仙術で生み出し侵入者を探知するために張った結界なのだ。

 

無策に足を踏み入れたら最後、妖怪たちに見つかり攻撃されてしまう。特にここ一帯には金角大王、銀角大王という強力な妖怪の兄弟がおり、七星剣をはじめとする宝具の数々を操る彼らと一戦を交えることになればただでは済まない。

 

そのため、霧のエリアで仙人や妖怪たちに見つからないように活動するために念入りに準備をする必要があった。

 

「紀伊国悠もこの眼魂があるならここだと考えてはいただろうが、須弥山勢力のこの場所に来るには相当な手間がかかる。回収は後回しにするに違いないと思っていたが思った通りだったな」

 

彼女がこのサンゾウ眼魂がこの渓谷にあると確信している理由はたった一つ。何せ、ここはこの世界の玄奘三蔵が隠居する場所なのだ。この世界の三蔵法師の力に呼応してこの地に飛来したとしても何ら不思議ではない。

 

「…」

 

凛は眼魂の内部を保護する透明なクリアパーツに映りこんだ自身の顔を見つめる。

 

黒だった瞳は赤く、綺麗な黒髪にはつい先日から金髪が混ざり始めた。この世界に降り立った2年前からかなり変化した。

 

ふと、思い出す。

 

今日までの2年間、ひたすらに目立たず、そして歴史の表舞台から遠ざかった場所で活動し使命のために着々と準備を進め、動いてきた。大きく制限され、弱まってしまったため力の消費を最大限抑え、蓄えてきた今まで。

 

その日々は5か月前の出来事を機に変わり始めた。

 

「…5か月前、突然世界中に出現した英雄眼魂。15あるうちの多くが、あの忌々しい『赤い龍』の運命の中心地となる駒王町にあった」

 

兵藤一誠が転生悪魔となり、運命の歯車が動き出す4月。それと期を同じくして人間界だけでなく各神話の世界にも出現したのが今、この手に握る英雄眼魂。

 

出現の理由はわからないが、ガンマイザーという上等な傀儡を生み出し、さらにはメガウルオウダーなる神器に似たシステムにも対応できるため、完全に力を取り戻す『儀式』までのつなぎには丁度いいと考えた。

 

世界各地にわずかながら残った『叶えし者』達を動かし、他神話の世界に飛んだ物もヴァルキリーたちを通じて回収してきた。そして残る3つの持ち主は…。

 

「そしてその眼魂の使い手たる紀伊国悠。あの男は間違いなく異界からの来訪者…いや、その依代になっている、と言った方が正しいか」

 

先月の件で実際に会ってみてわかった。あれはやはり、元の紀伊国悠の肉体に異界から来た魂が乗り移っている。

 

バッドエンドフラグの覚醒のための引き金程度にしか考えていなかったが、ライダーとやらの力と異界の魂を得て全く予測不可能なイレギュラーへと変化してしまった。既に兵藤一誠たち特異点と同等とみてもいいだろう。

 

「あなた様と同類、ということでしょうか?」

 

「そうでもないしそうだとも言える。だが奴が使う仮面ライダーとやらの力は少々厄介だ。赤龍帝たちに与する以上は抹殺しなければな」

 

イレギュラーと言っても、自分達に利ある存在であればよし。害なす存在であるなら消す。だが厄介なのは一つのイレギュラーはまた別のイレギュラーを連鎖的に引き起こしてしまうということ。

 

彼の場合、力を集めると言われる二天龍と繋がりがあるというのがさらに問題だ。力のある龍は強者を引き寄せ、その戦いの中でさらに力を高める。やはり力のあるドラゴンという生き物は厄介だ。

 

その代表格が赤龍帝こと兵藤一誠。ドラゴンの性質に加え『特異点』でもある彼は間違いなく最大の敵。

 

そしてその赤龍帝は近々…。

 

「…さて、『覇龍』の発動が近いのだったな」

 

「あの戦いに参加するのですか?」

 

「ああ、グレモリー眷属はもちろんだがやはりまずは紀伊国悠を始末しておきたい。後顧の憂いは早めに摘むに限る」

 

彼が兵藤一誠のように龍神クラスに成長するとは考えにくいが、やはり円滑に計画を進めるためにも彼は抹殺しておくべき。

 

「それからお前には旧魔王派の動向の調査を頼みたい。最近の妙な動きが気になる」

 

近頃、儀式に必要な遺跡を探させている叶えし者たちが調査しに訪れた遺跡で旧魔王派の悪魔と頻繁に遭遇しているという。まさか自分たちの存在に気付いたとは考えにくく、妙に引っかかりも覚えていた。

 

「仰せのままに」

 

アルギスは恭しく、頭を垂れて指示を受ける。

 

アンドロマリウスの特性、蛇を操る力を持つ彼は諜報員としても非常に優秀だ。蛇との意思疎通ができる能力を利用して、毒蛇を忍ばせての暗殺や彼にとってはお手の物。

 

純粋な戦闘力で言えば一般の上級悪魔の域を出ないが、何も駒の使い方は戦闘だけではないのだ。

 

「それと…例の策をそろそろ使ってみるか」

 

感情の色が全くないながらも、整った顔に仄かに笑みを浮かべた。

 

歴史の裏で、破滅の先導者たちは策を張り巡らせる。




ポラリス「最近妾の出番が少ない件について」

悠「ホーリー編はがっつりあんたの出番ないらしいぞ」

ポラリス「( ;∀;)」


遅くなりましたが何とか平成最後の更新にできました。次話はもっと早く上げます。




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第56話 「決戦前の裏で」

いよいよ戦闘シーンに入っていきます。ヘルキャット編の最後でさらっと手に入れているあの眼魂のお披露目もそろそろ。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
8.リョウマ
11.ツタンカーメン
13.フーディーニ




来るべくして来たレーティングゲーム決戦の夜、俺がいるのは試合専用に作られたバトルフィールド、そのすぐ近くの空間に隣接するVIP用の観戦室が存在する空間だ。

 

急ごしらえではあるがVIP用なだけあって今歩いている廊下も高級ホテルと遜色ないレベルに作られている。ゲーム用のフィールド同様に用が済めばすぐに崩されるのだが、もったいないくらいだ。

 

今頃部長さん達はオカ研の部室に集まって、試合開始と同時に起こるフィールドへの転移を待っているはずだ。

 

一応俺と紫藤さん、そして先生は一足先に観戦室に行くという話をゼノヴィアに通してある。だが、決戦を前にした緊張感と一緒に見送りがない寂しさももしかしたら感じているのかもしれない。

 

しかし実際のところ、俺がここにいるのは試合を観るためでなくディオドラと結託してテロを仕掛けてくるであろう『禍の団』の数ある派閥の中でも最大級の勢力を持つ旧魔王派の殲滅作戦に備えるためだ。

 

そして試合、あるいは向こうが攻撃を始めるまでの何もない時間を、俺は共に廊下を歩く紫藤さんとのおしゃべりに費やしていた。

 

彼女とは一緒にアザゼル先生の連絡で指定された駒王町のとあるビルに足を運び、この空間に転移してきて以来行動を共にしている。

 

「ディオドラの野郎、本当に仕掛けてくるのか?」

 

ここにきてからと言うもの、行われるであろう大規模な戦闘を前に緊張をしてもいるが、実際にあいつが仕掛けてくるかどうか不安でもある。

 

各勢力のVIP達を集めて準備しておいて、いざ試合って時に肝心の相手が何もしかけてこなかったら肩透かしもいいところだ。

 

「これだけ準備してるってことがその証拠だと思うわ。他のセラフ様と一緒に御使いも大勢集まってるの」

 

「天界も随分なこったな」

 

「でもミカエル様たちが言うのだから間違いないわ」

 

天界の実力者でもあり、権力者でもあるセラフたちがさらに教会で実力者だった戦士たちを連れて参戦か。

 

「…まあ、何も起こらないに越したことはないけど」

 

「そうね、何事も穏やかに済むのが一番だわ」

 

普通に試合が始まって、部長さん達がディオドラをぶっ飛ばして勝つのが一番いいんだけどな。

 

ふっと思い出したように紫藤さんが話を切り出した。

 

「思ったんだけど、私たちこうして会話を交わすのは初めてじゃない?」

 

…言われてみればそうだ。

 

「確かに。エクスカリバーの一件も基本的に別行動だったし、最後には離脱してたな」

 

こっちに派遣されてからでも基本的にはオカ研、あるいはクラスメイトと一緒にいたし今のように二人っきりの状況はなかった。

 

紫藤さんもエクスカリバーの事件を思い出したか、少し苦い顔を見せた。

 

「私のせいでフリードにエクスカリバーの一本が渡ってしまったことは一生の恥ね、でもあれ以来天使化もしてさらに腕を磨いたつもりよ?」

 

「じゃあ、今度の戦いでは期待していいのかな?」

 

「もちのろんよ!」

 

自信もたっぷりに笑む紫藤さん。

 

御使いの中でもQ、J、そしてAは特に実力や功績が認められた者が選ばれている。つまりは聖剣の使い手でもあった紫藤さんの実力は教会だけでなく選んだ本人、つまりミカエルさんからも評価されてるということになる。

 

天使長のA、文字通りの天界のA。その活躍のほどに期待させてもらうとしよう。

 

少しは気がほぐれた俺は、さらに会話を別の話題へと移す。

 

「そうだ、天王寺と上柚木はどうだった?」

 

今は教会の戦士である紫藤さんは幼い頃を駒王町で過ごした。その時天王寺や上柚木、とくに兵藤と仲が良くなり一緒に森や公園を駆け回ったそうだ。

 

話を聞けば、この体の主とも面識があったみたいだが…。

 

あれから随分と時が経ち、大きくなった彼らとの再会はどうだったのだろう。

 

「小さいときは仲良くなってすぐにイギリスに行ったし、先月も任務であまり話せなかったけど、今度はゆっくりと話せてよかったわ。とくに綾瀬ちゃんは同じクリスチャン同士でもっとお話ししたいわね!」

 

ほほう、クリスチャン繋がりでかなりのブランクはあったけどすぐに上柚木と打ち解けたか。これでアーシアさん、ゼノヴィア、上柚木を混ぜてクリスチャンカルテットの完成だな。

 

「飛鳥君はこれといって変わらないわね。…もしかして、綾瀬ちゃんとくっついたり?」

 

「仲は良好なんだけど鈍感野郎でなぁ……残念なことに向こうの好意に気付いてないのが現状だ」

 

長いブランクがあった紫藤さんにそう言われるってことは、本当にあいつは昔から変わってないんだろうな。

 

上柚木はあいつにツンツンした言葉や態度を取るが、それは長い付き合いで互いの勝手をわかっているうえでのものだ。一体どういう育ち方をすればあの鈍感さは身に付くのだろうか?それとも生まれ持った性か。

 

…もしかして、ずっと近くにいたからこそ思いに気付いていないとか?灯台下暗し、とも言うし。

 

「はーそれは苦労するわね…いっそ、私が恋のキューピッドになってみるのもいいかも?」

 

話を聞く紫藤さんも流石に同情するような表情を見せた。

 

「紫藤さんは恋のキューピッドどころか本物の天使じゃないか」

 

「あ、わかっちゃった?」

 

てへぺろと笑う紫藤さん。本人の天真爛漫な性格も相まって文字通りの天使のてへぺろは破壊力抜群の可愛さだ。

 

「飛鳥君が色々大変だったってことも聞いたけど…あれ、確かお兄さんがいたんだっけ?」

 

「ああ、大和さんなら今フランスで働いてるよ。お土産にくれた有名店のチョコは最高だったな」

 

例のタコパの後、俺とゼノヴィアで大和さんからもらったお土産を食べたが非常に美味だった。チョコ以外にも日本だとあまりないようなお菓子もあって凄くフランスの食に興味をそそられた。

 

「フランスなの?私も何度か行ったけどあそこの食べ物は絶品ね!私もこっちに来るとき買ってきたらよかったかしら?」

 

「うーん、まあでも今度また日本に帰ってくるときに頼むか」

 

紫藤さんも口にしたことがあるらしく、嬉しそうに表情を綻ばせる。

 

…まあ、よほどのことがない限りはちゃんとこっちに帰ってくることもまたあるだろう。あの人が向かった戦場で不運に見舞われることがないよう祈るばかりだ。

 

「ほうほう、それにしても紀伊国君はあれから随分とがっしりとした体つきになったわねー」

 

隣を歩く紫藤さんが感心気に俺の体つきを下から上へと見る。

 

夏休みの修行でがっちり鍛えたし、聖剣事件以降の時間のブランクもあって変化が目に見える形で認識されたのだろう。転生したてのひょろっひょろのもやしから、我ながらよくまあここまでしっかりした体つきに持っていけたな。

 

「そりゃ夏休みを費やせばね、でもそんなに強くはなってないさ」

 

ガンマイザー相手に白星をつけることはできたがその後すぐに凛に黒星をつけられてしまった。

 

…俺、強くなっているのか?もちろんイレブンさんとの模擬戦にせよ努力は惜しんでいない。しかしそれに合うだけの結果があまり感じられないのだ。

 

これから先、色んな面で不安だな。戦闘も然り、自分の事情然り。

 

「そんなことないわよ?私もあの新聞見たわ、すごいじゃない!」

 

「…その記事の話はちょっと恥ずかしいからやめてくれ」

 

キラキラした目で紫藤さんは俺を褒めてくれるが、大勢の目にさらされるのが苦手な自分にはあの記事は少しきつい物がある。

 

ネタを提供した悪魔たちが何をどう話したかは知らないが、どうにも記事を読んでみると話が盛られてちょっとしたヒーロー扱いされている。

 

これからの人生にこの記事がずっと付いて回るかもしれないと考えると、恥ずかしさ極まって穴に入りたくなるのだ。

 

…いや、逆に考えるんだ。ヒーロー扱いされてるだけだからまだましなのだと。兵藤みたいに人気でもおっぱいドラゴンみたいな変な通り名をつけられなかっただけましなんだ。

 

そうだ、きっとそうなんだ。と、胸中で繰り返し呟いて自分を納得させる。いっそ、立場的にメディアの露出も何度か経験してるだろう部長さんに相談してみようか?

 

そう考えているうちに何となく気付いた。

 

「…思ったんだけど天使になってもその戦闘服は変わらないんだな」

 

隣を歩く紫藤さんが身に纏う、ゼノヴィアも使っている黒いぴっちりとした戦闘服。初めて会って、共にフリードと戦った時の者と同じだ。

 

傍から見る分にはちょっと目のやり場に困るくらいに出るとこが出るようになっているが動きやすそうではある。それに戦闘服と言うからにはやはり特殊な素材が使われていそうだ。

 

「着慣れたってのもあるし、動きやすいってのもあるし…天使になっても、変わらないものはあるのよ。ゼノヴィアだって悪魔になった今でもこれを着てるんでしょ?」

 

「確かにそうだけど…」

 

多分、あいつに聞いてもまるっきり同じ答えを出しそうだ。

 

「変わらないもの、か」

 

俺も凛も、平穏な日常を送っていた頃とは環境も、色々なものが変わった。凛の場合は変わって『しまった』というべきか。

 

俺の知る凛であれば決して自分の手下に人を襲わせるようなことはしない。これも、ポラリスさんの言を信じるなら『敵』が原因なのだろう。奴が何らかの手法で凛をこっちの世界に転生させ、あまつさえ狡猾にも心に忍び寄って願いを叶える代わりに洗脳まがいの術をかけた。

 

早いところ、あいつを正気に戻してやりたい。心配とあいつにできなかった話をしたいという思いもあって、どくどくと脈打つように俺の心に焦りを生む。

 

兄として、妹が危険な連中に妙なことをされているのなら看過できない。何としてでも、あいつを助けなければ。

 

「ねえ、ところでさ。ゼノヴィアと一緒に暮らしてるんでしょ?」

 

「ああ、そうだけど」

 

いきなりあいつの話題になるとはな。教会時代によくコンビを組んだ仲だと言うしやはり気になるか。

 

かくいう紫藤さんは他のオカ研女子と同じ様に、兵藤の家に住むことになった。部屋なら有り余ってるぐらいだし、一人で暮らすより知った顔といた方が楽しいだろう。

 

興味に瞳を輝かせて、笑顔で紫藤さんはずいっと顔を寄せて迫った。

 

「ズバリ、ゼノヴィアとはどういう関係!?」

 

「なっ!?」

 

いきなりその話に行く!?まさか俺の知らない間に桐生さんがいらないことを吹き込んだのか!?

 

「あ、その…えっと」

 

当然戸惑い、俺のしどろもどろな反応がかえって紫藤さんの追及の手を激しくする。

 

ええい、別に本当にそういう関係ではないんだ!!なのになぜ戸惑う、俺!?

 

「何々?返答に困ることでもあったの!?」

 

「いやー…別にやましいことなんて何一つ」

 

「若いもんはええの、はしゃぐ元気が有り余っておるわい」

 

突然会話に割って入って来たのは男の声。年季の入って少々しわがれていることから年を召した者だとわかった。

 

誰かと振り向くと、そこにいたのは思った通り、年老いた男。長い長い白髭を顎に蓄え、左目に義眼らしきものがはめ込まれている。所作の節々に威厳を感じる白いローブを纏った老人だ。

 

この顔を見て、合宿で一通り各勢力のお偉いさんの顔と名前を覚えた俺はすぐにこの人物が何者かわかった。

 

「北欧の主神、オーディン様」

 

この人こそ、北ヨーロッパ北欧神話に登場し、神の世界『アースガルズ』に住まう神々を統べる主神、オーディン。

 

北欧神話は今まで、悪神ロキを筆頭にしてかつての日本のような鎖国政策を取っていたが三大勢力の和平を機に政策を転換し、外向きになりつつあるという。

 

アザゼル先生やサーゼクスさんと同じ、一勢力のトップを前にして今まで紫藤さんとの会話で和らいでいた心が一気に緊張する。あの人たちは特別フランクだったからよかっただけでこの人もそうだとは限らない。無礼の無いように振る舞わなければ。

 

しかし、オーディン様の次の発言はそんな硬い雰囲気とは程遠い物だった。

 

「…ほぉー、教会の女戦士のコスチュームはいつ見てもええのう」

 

…うーん、このエロじじい的発言。

 

オーディン様は顎髭を手でいじりながら、紫藤さんのぴっちりした戦闘服でくっきり浮き出る体を舐めるように見る。

 

「…オーディン様にお褒めいただき光栄です」

 

紫藤さんも主神相手に変なことは言えないから、恭しい態度を取るしかない。若干間があったぞ、内心ひいてるだろ。

 

「オーディン様、ミカエル様のAに色目を使わないでください。あなたもそんなにかしこまらなくてもいいんですよ?」

 

言動に見た目も揃ってエロ親父と呼ぶにピッタリなオーディン様だが、流石にこの状況を見かねたらしくオーディン様のお付きの女性が厳しく諫める。ルックスは長い銀髪で、仕事のできる女、と言うイメージがある中々の美人だ。

 

「ええじゃろう、そうやって身持ちが硬すぎるから男が寄ってこんのじゃろうが」

 

「な!」

 

うんざりげなオーディン様の一言。

 

何気ない悪口だが、言われた側である付き人には十分すぎるほどの衝撃を与えた。

 

付き人は一瞬ビクッとすると大きく動揺しわなわなと震え始める。

 

「そ、そんなこと言わないでください!私だって…私だってぇ!!うううう!!!」

 

綺麗な顔を真っ赤にしてくしゃっと顔を歪め、ついには嗚咽を漏らし始めてしまった。

 

「…婚期ネタが地雷なんだな」

 

「ああはなりたくないわねー…」

 

二人揃って小声で思ったことをぼそりと漏らす。

 

「ああ気にせんでよい、付きのロスヴァイセはいつもこんな調子なんじゃ…ああ、またゲンドゥルに小言を言われそうじゃのう」

 

俺達の雰囲気で何となく思ったことを察したオーディン様が言う。

 

「…苦労なさってるんですね」

 

「いやーそれがの、ロスヴァイセはこうでもかなりの美人だし、いじり甲斐もあるから案外楽しいんじゃよ」

 

ダメだ、もうこの人のイメージが北欧の一番偉い主神からただのエロじじいになってしまう!反省する気もないのかよ!

 

「二人で楽しい会話の際中にすまんかったの、わしらはこれからアザゼルたち小童どもと話をせにゃならん。じゃあの」

 

それだけ言って、オーディン様は杖をかつかつ鳴らしながら歩き去って行った。

 

「ああ、待ってくださいオーディン様ぁ!」

 

遅れてお付きのロスヴァイセさんもバタバタと慌ててオーディン様の後を走って追う。

 

その二人の後姿を、二人のペースに置いてけぼりにされたまま眺めた。

 

あれが北欧のトップか…。

 

「…どこのトップもああいうのしかいないのだろうか」

 

「少なくともミカエル様はまともよ?でもウリエル様は……」

 

その時、全身に悪寒が走った。

 

この手の感覚は前にも感じたことがある。これはそう、異形が張った結界に入った時と同じものだ。

 

目の前にいる紫藤さんも感じたようで、すぐに明るい表情から警戒のそれに切り替える。

 

「なんだ?」

 

「敵が結界を張ったわ。敵襲ね!」

 

そして矢庭に目の前にいくつか魔方陣が出現する。描かれた紋様は会談の時に見たものと同じ。

 

「早速お出ましか!」

 

直後に魔方陣からぞろぞろと出でたのはこの廊下に姿を現したのは角をはやし、斧や剣など刃に殺意の光が宿る武器を握る悪魔たち。数は3、いや4人と言ったところか。

 

このタイミング、もはや確定だ。旧魔王派の悪魔たち、本当に襲撃してきやがった!

 

「現魔王たちに与する輩は全て始末してやろう」

 

「景気づけにまずはてめえらから血祭りにあげてやらぁ!」

 

血気盛んに自分の得物を振り回しながらチンピラじみたセリフを吐く悪魔たち。ゲームでよくある三下のセリフをよくもまあはっきり言えるもんだ。

 

天真爛漫ないつもの表情から、戦う者の顔へと切り替えた紫藤さんが隣で声をかける。

 

「紀伊国君、行くわよ!」

 

「ああ!」

 

応じて即座にゴーストドライバーを召喚、スペクター眼魂を握り起動させてドライバーに叩き込むように差し込んだ。

 

〔アーイ!バッチリミロー!バッチリミロー!〕

 

「変身!」

 

〔カイガン!スペクター!レディゴー!覚悟!ドキドキゴースト!〕

 

素早くスペクターの姿へと変身し、敵対する悪魔たちとにらみ合う。隣では紫藤さんが天使の力を解放し、頭上に光輪を浮かべる。白い翼まで出さないのはここが廊下という狭い空間で邪魔になるからだろう。

 

気合入れに、拳を叩いて一声を放つ。

 

「片っ端からぶちのめす!」

 

「主に代わってお仕置きよ!」

 

俺達が発した決め台詞じみた言葉が、開戦の狼煙を上げた。

 

「調子に乗るな人間風情が!」

 

「天使の羽根で手羽先でも作ってやらぁ!」

 

チンピラのような怒声を張り上げて、武器を構えて悪魔たちが猛進してきた。

 

「ふっ!」

 

果敢に向かってくる悪魔をさらりと受け流し、後頭部に裏拳を決める。

 

続いて回し蹴り、敵の横っ腹を打ち廊下の壁に叩きつけた。

 

「せいやっ!」

 

紫藤さんは天使の力、『光力』で生み出した光の剣で応戦する。元エクスカリバー使いと言うのもあって次々に悪魔たちを切り伏せていく剣さばきは見事なものだ。

 

「この先に天界の兵士たちの詰め所があるわ、彼らと合流しましょう!」

 

「了解!」

 

そうする間にも続々と展開する魔方陣。湧いては向かってくる敵を沈めながら、紫藤さんの案内に従って廊下を駆け抜ける。

 

ここがやられてるってことはディオドラや部長さん達がいるであろうバトルフィールドもやられているはずだ。早いところ皆の無事が確認できればいいんだが…。

 

内心に不安を抱きながらも、紫藤さんと力を合わせて既に戦場と化した廊下を馳せた。

 

 

 

 

 

 ▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

 

本来行われる予定だったリアス・グレモリーとディオドラ・アスタロトのレーティングゲーム形式の試合。

 

試合専用のフィールドは冥界特有の赤紫色の空、高く突き出たごつごつとした岩々、そしてその中で一際強い存在感を放つ神殿群。それが今回のフィールドの景色だった。

 

しかし試合用に作られたフィールドで現在進行形で発生している戦いは予定された通りの試合ではない。

 

試合開始数秒前と言うときに大規模な結界が張られ、さらに転移魔方陣からぞろぞろと『禍の団』旧魔王派の悪魔たちがフィールドはもちろん観戦室にもなだれ込んできたのだ。

 

突然のハプニングにもちろん試合は急遽中止、しかしあらかじめこれを予期していたVIP達が連れてきた戦力とのぶつかり合いが始まった。

 

リタイヤ時の転移機能は結界が張られると同時に停止させられている。つまりゲームではなく、本物の命を懸けた戦いだ。おまけにVIP達が連れてきた戦力が集まって規模の大きなものとなったのも相まって、戦争の様相を呈している。

 

そして旧魔王派の軍勢と、各勢力の戦力が激突する前線から離れた場所に突き出た巨岩。

 

戦場で繰り広げられる爆音や怒声はその最前線から距離を置いたこの場所にも聞こえる。その岩陰から戦場を眺めるのは一組の男女。

 

片や黒スーツを着こなす、精悍な顔立ちの短い銀髪の男、天王寺大和。そしてミステリアスな雰囲気を醸し出す宵闇のような色合いの、一種の芸術品とも見まがう黒髪の女、クレプス。

 

今回の戦いにおいて上の指示で後方支援を命じられた二人だ。クレプスは両手の中で生まれる光…魔方陣の術式を編み、大和は双眼鏡で生まれて初めて見る、さながら戦争のような大多数の異形同士の戦闘をその目に焼き付けていた。

 

「…クレプス」

 

「何かしら」

 

大和はゆっくりと双眼鏡を下ろす。双眼鏡越しに見た光景が、大和の心をつかんで離さない。

 

「これは夢か?まるで聖書の様を描いた絵画みたいな光景じゃないか」

 

震える声で言う。その声を震えさせるものは初めて見た異形同士の大勢の戦闘…聖書や神話の一場面を描いたような光景の衝撃。外人部隊時代に何度か戦場に足を踏み入れはしたが、それとは訳が違う。

 

銃弾の代わりに飛び交うのは魔力や光の槍、そして振るわれるのは剣や斧、あるいは光の槍。兵器開発が進んで銃、あるいは戦車が主流となった人間界の戦場でこれらのものが使われる戦場など世界のどこにもありはしない。

 

「残念だけど現実よ。今日午前6時に起きて以来、あなたは一度も寝ていないわ」

 

「ほんとによく俺を監視しているよ」

 

彼の内心を知ってか知らずかクレプスはあくまでも事務的に返して来る。うんざりそうに軽く笑む。

 

「…外人部隊をやめて命のやり取りから離れたと思ったらこれか。どうやら俺は業が深いらしいな」

 

すっと大和は目を細めると、懐から煙草を一本取り出し火をつける。

 

大和が旧魔王派に依頼された仕事は一つ、『7つある神祖の仮面を探し出すこと』。だがふたを開けてみればクレプスの情報を基に世界各地をひっきりなしに飛び回り、挙句にこんな大規模な戦闘に参加する羽目にもなった。

 

一度だけ、悪魔と共に行動していることから現地の悪魔祓いに目を付けられたこともあった。外人部隊時代と比べればきつい訓練はないものの、より身近に、常日頃から命を奪われるかもしれないという危険と隣り合わせの職場環境。

 

文句なら腐るほどある。だがそれ相応の外人部隊時代よりも高額な金を積まれ、さらには『人質』を取られている彼は言いにくい立場にあった。

 

「この戦いに文句があるのならシャルバやクルゼレイに言いなさい。私としても『仮面』の捜索に参加したいのよ」

 

大和に一瞥をくれることなく、結界を組む作業に勤しむクレプスは彼の言葉を軽く流した。

 

「そんなに仮面とやらが気になるのか?」

 

「余計な詮索はNGと言ったはずだけど」

 

「はいはいわかったよ」

 

それとなく探りを入れるが、すげない返事を返されてしまう。余計な詮索はなし、まるで嫌なことを聞かれないための魔法の言葉のようだと大和は最近感じている。

 

「しかしこちらの戦力はざっとベルゼブブと数を揃えた兵士、これだけであの戦力に勝てるとは到底思えないが」

 

大和はスーツ裏のポケットからがさっと折りたたまれた紙を取り出す。

 

「オーディン、アザゼル、ルシファー、オリュンポスの神々、帝釈天、セラフ。彼らを一人でも打ち取れば多額のボーナスを支払う用意ができてるわ」

 

そこには本来このフィールドで行われるはずだったグレモリーとアスタロトの一戦を観戦しに来る各勢力の要人たちの顔写真と名前、そして金額が記されている。

 

現魔王のサーゼクス・ルシファーに掛けられた額が一番高いのは旧魔王派らしさだが、仕事に必要ではないと判断され、異形の情勢をほとんど知らされていない大和には知る由もない。

 

しかし今回の作戦に参加するにあたって旧魔王派の情報を戦力も含めてほんの一部だけ知らされた。

 

紙をさらりと目を通す大和は、眉を顰める。

 

「…ブリーフィングの時から思っていたが、天使も悪魔も神も、有名所勢揃いのオールスターじゃないか」

 

「そうね」

 

「ハッ、こんな弱っちい人間に神を倒せるとは到底思えないんだがな。遠回しに死ねと言ってるようにしか聞こえないが」

 

「私もあなたが神を討ってくれるとは期待してないわ、だからある程度働いたらさっさと戦場から引き上げるわよ。あなたには別の仕事を任せたいから」

 

「そうだろうと思ってはいたが、『期待してない』とはっきり言われるとちょっとへこむな…」

 

素っ気なく返すクレプスに、大和は軽くため息を吐く。

 

事実、渡された紙に名を連ねているのはアザゼル、ルシファー、オーディン、さらには須弥山の帝釈天と異形の世界に身を置いたり、そうでなくとも神話の知識がある人から見ると恐ろしい面子ばかりだ。

 

「…もしかしたら最後の戦場になるかもしれん。一つ聞かせろ」

 

大和はふと空を見上げる。もしかすると最後に見上げるかもしれない空は人間界の慣れ親しんだ青でない、気味悪さすらある紫色の空。

 

彼女は期を見て撤退すると言ったが、何が起こるかわからないのが戦場だ。しかも今回の戦いは多数の神も参戦しており、最悪鉢合わせる可能性だってある。この戦いを生還するか死ぬかで言ったら死のほうが高いだろう。

 

「詮索はNGと言ったはずだけど」

 

「一緒に死ぬかもしれない仲じゃないか、一つくらいいいだろう。本当は山ほどあるが」

 

「…言ってみなさい」

 

涼しい表情を渋々と言った様子でほんの少しばかり崩して了承を得たような反応をしたのを見て、大和は話す。

 

「なんでお前はこの旧魔王派とやらに入ったんだ?」

 

自分がこの場にいる理由は明確だ。仕事、そして家族を養うための金を手にするため。家族のことは大丈夫だろう、自分と言う二人を人質に取る理由がなくなる…つまり自分が死ねばきっと解放される。

 

だがそうなれば、自分の背負ってきた苦労を飛鳥一人に押し付けてしまう。それだけは避けたい、苦労するのは今まで家族に迷惑をかけてきた自分だけで十分だ。そうさせないためにも自分は死ねない。

 

だが命を落とすかもしれないこの戦場にこの女が立つ理由は何か?必要以上に語らない、物静かでミステリアスな雰囲気、それがクレプスと言う人物がいかなる者かを掴めなくしている。

 

それがかえって大和の好奇心を掻き立てた。昔から大和はそうだった。自分が興味を持ったものに対して、貪欲なまでに知識を求めてきた彼の性。それが今でも中二病を患っている原因なのだが。

 

だが少なくとも、この女が単に任務だとか組織の命令と言ったものだけで動いていないと感じた。ブリーフィングの際に会った旧魔王派の構成員とは明らかに違うモノがある。

 

彼は気になった、その端麗で、能面のような表情に何を秘めているのか。一体何が彼女を動かしているのかが。

 

「しつこい男は嫌いよ。……でも、あなたのしつこさに免じてほんの少しだけ教えてあげるわ」

 

彼女はついに折れた。

 

普段は無口で、自分の得意なギャグを披露したりそれとなく会話に混ぜてもつまらない反応しか返さなかった彼女が、初めて自分について語ってくれる。

 

そう思った大和は自然に唾を飲んだ。そして同時に見た。

 

一瞬だが自分に目をやったクレプスの表情に何か複雑な思いの色が浮かんだのを。

 

「私のやりたいことが、彼らにとっても利になると判断したからよ。忠誠なんてものはない。私と彼らの関係は悪魔らしく、『利用し、利用される』だけのもの。彼らの方も私のことをそう思っているわ」

 

「?」

 

「その関係はあなたも例外じゃないのよ。あなたは私たちが与える任務をこなし、家族を養っていくための金を手にする、私たちはあなたに仮面を探させ、それを手にする。文句はないはず、『ギブアンドテイク』でいきましょう」

 

「…お前は」

 

「ル・シエル。結界の準備が整ったわ、始めて頂戴」

 

大和の発しようとした言葉を遮るように魔方陣が完成し、すぐさまクレプスはそれを辺りに展開する。様々な文字が描かれたそれは自分達を中心に岩を覆うと、すぐにその姿を消した。

 

クレプスが展開したのは辺りの景色へカモフラージュ、またこれからの大和の攻撃で発生する音を消す特殊な結界だ。上級悪魔クラスでもこの結界の存在にはよほどその手の結界に秀でた者でなければ気付かないだろう。

 

もっとも、それに詳しい北欧のオーディンにはすぐにばれてしまうだろうが。

 

クレプスが仕事を終えたのを見て、大和は言いたいことはあるものの死ぬその先の言葉を喉奥で止める。これ以上の会話はないと理解した。

 

息を吸って、吐く。

 

そして、すぐに心持を切り替える。相手の認識の外から撃ち抜く狙撃手のものへと。

 

「…やれやれ、ブラック企業も真っ青なブラックホールな組織に入ってしまったもんだ」

 

大和はたばこの煙を吹かすと自嘲気味に笑う。

 

外人部隊に入って、それなりに死戦はくぐってきたがやはり戦場の空気には慣れない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何故フランス外人部隊に配属されていた彼が今こうして一般の人間なら一生知り得ない異形の世界に足を踏み入れているのか、それは8月の終わりごろのことだった。

 

ある日の夜、いつものように基地で心地のいい夜風に当たりながら酒を呷っていた。同じ苦労を分かち合うバカたちと賑やかに飲む酒も美味いが、ある時ふと夜空を見上げた時ふと『遠く離れても家族と同じ空を見てる』と感じたのだ。散々家族に迷惑をかけてきた自分でも、まだこうして家族とのつながりがある。それがたまらなく一人家族を思い、身を粉にする大和の心の救いになった。

 

それ以来、こうして一人で夜風に晒されながら酒を飲むようになった。

 

しかしその一人での安らぎに、静かに水を差すように悪魔は現れた。

 

『フランス外人部隊所属、コードネーム『ル・シエル』…天王寺大和ね』

 

『…誰だ?』

 

一言で言うなら美女だった。夜闇に紛れそうな黒い髪、女性らしさに満ちたスタイル、一声かけようものならどんな男もその美女に見とれてしまうだろう。

 

しかしその女は挨拶するどころか、いきなり大和自身の名前のみならず家族構成、経歴のすべてを喋りだしたのだ。

 

『…!!』

 

動揺した。同時に恐怖した。

 

突然目の前で見知らぬ女が自分のすべてを洗いざらいに話しだしたのだ。知らない人間に自分のすべてを知られている、これを恐怖と言わずして何という。

 

『そう警戒する必要はないわ。別にあなたを取って食おうというわけじゃない』

 

『…だったら、俺の警戒を解かせるためにも名を名乗ったらどうだ』

 

動揺に震えそうな声と揺らぎそうな表情を努めて抑えながら、唸るように問うた。

 

『私はクレプス。端的に言うと、悪魔ね』

 

『悪魔…リアス・グレモリーと同じ悪魔か?』

 

『ええ、その認識で間違いないわ』

 

『…お前にはリアス・グレモリーのような人間味や優しさは感じられない。俺の罪深い魂でも攫いに来たか?』

 

『いいえ、むしろあなたにもっといい仕事を紹介しに来たのだけれど』

 

『何?』

 

思わぬ返答に大和は虚を取られる。

 

『あなたに頼みたい仕事があるの。とても大事な、世界を股にかけた宝探しよ』

 

世界を股にかけた宝探し。それは大和にとってとても好奇心を揺さぶれる言葉だった。しかしそれは普段の大和の話だ。

 

今こうして得体の知れない自分の個人情報を握っている女に同じことを言われても1mも大和の心が揺さぶられることはなかった。

 

『…断ると言ったら?』

 

『あなたの可愛い弟さんも、入院中の母も揃って永久の眠りにつくことになる』

 

『…辞書を読んだことはあるか?そういうのは仕事紹介じゃなくて脅しって言うんだよ』

 

次の日の朝、突然上官から除隊を宣告されあっさりとフランス外人部隊所属のル・シエルからただの天王寺大和へと戻った。通常ならあり得ない出来事だが、恐らくあの女が裏で手を回したのだろう。

 

そうして自然に流れるように再びクレプスと出会い、半ば強引に契約を結ばされた。大和は哀れにも家族を人質に取られ、顔も知らぬ上司のために、指令のままに世界各地、時折冥界をも飛び回るようになったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全く望みもしない、予想だにしなかった状況に今彼は置かれている。だが、大和の行動には常に自分の家族への思いが、父に託された者を守り抜くという決意があった。それは今でも変わることはない。

 

「だが任されたからには仕事はきっちりこなす。それが俺の流儀だ」

 

トランクケースにしまわれた、真新しいスナイパーライフル銃を取り出して構える。

 

外観は一般に流通しているものと何ら変わらない。だがこのライフルは対異形用に設計されている。そのスペックは一般のライフル銃と比較にならないほどだ。

 

スコープ越しに覗く戦場は、戦いの炎と削り合う命を象徴する血に彩られていた。




実はクルゼレイは原作と違って作戦に参加してません。

飛鳥って人質に取られてるの?悠たちが気付くんじゃね?と思っている方。
ここがクレプスの意地悪なところです。

次回、「戦火を越える怪船」


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第57話 「戦火を越える怪船」

更新ペース落ちたなぁ。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
8.リョウマ
11.ツタンカーメン
13.フーディーニ




「おらぁ!」

 

「ぎゃはぁっ!」

 

魔法が、天使の光が、悪魔の魔力が飛び交うレーティングゲーム用フィールドの最前線。見渡す限り、どこの方向を見ても異形達が激しく命の削り合いを繰り広げる戦場の真っただ中で俺はひたすらに眼前に映る敵をぶちのめす。

 

「はぁ!」

 

キャプテンゴーストに乗って戦場を飛ぶ俺はまた一発、鋭いパンチを敵に食らわせて往く道を切り開く。

 

「一発ぶちかませッ!」

 

「ギャウ!」

 

俺の合図と同時にキャプテンゴーストが吼える。同時に船首に備わっている主砲が光を蓄え始める。

 

ドォン!

 

戦火を潜り抜けるキャプテンゴーストの主砲『セイリングキャノン』が溜めた光をエネルギー弾として発射した。光の尾を引いて飛ぶと前方から迫る悪魔たちに着弾、爆発を起こしてまとめて吹き飛ばす。

 

「怯むな!偽りの魔王に与する連中は全て打ち滅ぼすのだァ!」

 

しかし、爆炎の中から次々と敵は突撃してくる。

 

「きりがないな…!」

 

ここにきてからと言うもの、寄せては来る波のように迫る敵をガンガンハンド、そして教わった八極拳の技で打ち倒しながら前進していた。何人倒したかはもう10人を超えたくらいで数えるのをやめた。

 

戦闘、如何に目の前の敵を倒すか以外のことなんて考える余裕なんてない。それ以外の事に気を取られ隙を見せればやられる。

 

周囲の兵士たちの猛りに煽られるように、自然と闘志が湧きたつのを感じる。

この命がぶつかり合い、燃え盛り、散っていく戦場で本当の戦いとは如何なるものかをしみじみと実感していた。

 

そんなところに、キャプテンゴーストに近づく黒い12の翼を広げた男を見た。

 

あれは堕天使の翼だ。俺の知る限り、堕天使で12枚の翼を持つ男など一人しかいない。

 

「悠!」

 

俺の名を呼んで近づくその男はやはり、我らがアザゼル先生だった。

 

「先生!」

 

「ちょうどいいところにいたな、お前に頼みたいことがある!」

 

喋りながらも先生は光の槍を投擲する。飛んでいく先の敵を次々と貫いては内包された最上級堕天使の強大な効力を以て塵にしていく。

 

「つい先、リアス達と連絡が取れた!」

 

「!」

 

先生がもたらした朗報に俺は仮面の下で安堵の表情を仄かに浮かべた。

 

「観戦室からフィールドに侵入できないように張られた結界を突破するために、オーディンの爺さんを先行させてな!ついでにあいつらに通信機を渡してもらったのさ!」

 

「堕天使の長、討ち取ったりィ!」

 

会話の途中、先生の後ろから果敢に戦斧を振りかぶる悪魔の姿が視界に入り込んだ。

 

「先生!」

 

気付いた俺はすかさずガンガンハンドの銃撃で撃ち抜く。肩に弾丸を受けた敵がぐらりとよろめいた。

 

続けて振り返りざまに先生が義手を突き出す。するとドッという音と共に義手がロケットパンチみたく発射され、強烈な一撃が悪魔の顔面を砕いた。

 

腕が自動で飛び、戻って再び装着されたのを見て先生は話を再開した。

 

「あいつらは案の定、ディオドラを倒しに行ってるみたいだ。…ま、あいつらをおとりにして好きにやろうとしたのは俺らだからな。それもあって俺はあいつらの好きにさせることにした」

 

結局思った通りに動いたのな…ま、情に厚いグレモリー眷属のあいつららしいか。

 

ついでに言うとグレモリー眷属とシトリー眷属には俺と同様に、三大勢力への不穏分子に対し実力行使を許可されている。このご時世、不穏分子なんてぶっちゃけいうと大体は『禍の団』なのだが。

 

「だが問題は、アーシアがディオドラに攫われてしまったことだ」

 

「アーシアさんが!?」

 

思いもよらぬ情報に、眼を見開いた。

 

「ああ、テロが始まってまだあいつらが混乱している隙をついて攫って行ったらしい。全く、やってくれるよあいつは…!!」

 

話ながらも苦虫を嚙み潰したように眉を顰める先生。

 

「あいつにはオーフィスの蛇がある。それに最悪、追い詰められたらアーシアを人質に取ってくる可能性もなくはない」

 

…確かに、このままあいつらをディオドラにぶつけるのはまずいな。

 

「そこで、お前にはディオドラがいる神殿をリアス達と一緒に挟み撃ちする形で向かってほしい。あいつらがディオドラとにらみ合ってるところに乱入して、一気にアーシアを解放してくれ!」

 

「話は聞かせてもらったよ」

 

そのセリフと同時に視界に紅い凶悪なまでのオーラが放たれる。

 

そして姿を見せたのは、いつもの魔王のローブに身を包んだサーゼクスさんだった。他の悪魔や天使のように翼を出さずして、浮遊している。

 

「サーゼクス、お前ももうこっちに来たのか」

 

「ああ。アザゼル、さっきこのフィールドでオーフィスの目撃情報が入った」

 

「!!」

 

「何だと!?ボスも直々にお出ましか…!!」

 

サーゼクスさんがもたらした情報に、戦慄が走る。

 

オーフィスと言えば、旧魔王派の属する禍の団の首領だ。それがここに来たとなれば…先生がVIP達を呼んで正解だったな。この戦い、もっと激化しそうだ。

 

「紀伊国君。ここは一つ、私からも頼まれてはくれないだろうか。オーフィスが来ている以上、我ら首脳陣は彼を抑えるのに専念しなければならなくなりそうだ」

 

「偽物がお出ましだなぁ!」

 

話に水を差さんとする悪魔たちに一瞥もくれることなく、サーゼクスさんは片手を突き出して放ったオーラで消し去る。

 

「リアスを、私の可愛い妹たちをどうか頼む」

 

――ッ。

 

サーゼクスさんは真剣な眼差しで俺に部長さん達への心配と無事を望む思いを痛烈なまでに訴えてくる。

 

…サーゼクスさんは俺の事情を知らない。心に思ったままのことを言ったのだろう。

 

だが『妹』、そのワードを出されて今の俺が動かないはずがない。

 

「…わかりました。推進大使なんて肩書きを貰ったんですけどあまり仕事がなくてですね」

 

コカビエルに勝ちはしたが肩書きを貰ってからの活躍と言う活躍がなく、悩むところでもあった。あまり結果を出せていない、ミカエルさんの誘いを蹴ってまでサーゼクスさんとアザゼル先生がくれたこの肩書きに相応しくないのではないかと。

 

テロリストを倒し、駒王町を守る推進大使という仕事らしい仕事がないのはそのせいではないかと。

 

「こういう時だからこそ、しっかり働かせてくださいよ。期待されたからにはしっかり応えます!」

 

だからこそ、サーゼクスさん達の期待に応えたい。ただ大切な者を守るという俺の信念だけでなく、自身に与えられた名誉ある肩書きに、彼らの思いに応えうる、そんな恥じない自分であるために。

 

俺の答えに先生もサーゼクスさんも満足げに笑んだ。

 

「特別サービスだ、俺達が道を作る」

 

そう言って先生がさっと取り出したのは紫色の宝玉が収められた黄金の短槍。和平会談の時にも見た、黄金の龍王、ファーブニルの力が封じられている先生が開発した人工神器だ。

 

『禁手《バランス・ブレイク》!』

 

力強い言の葉が秘められた力を解放へと導く。

 

光と共に先生は龍王の力を秘めた眩い金色の鎧を纏う。

 

…今気づいたんだが、鎧の形状が所々兵藤やヴァーリの天龍の鎧と似ている。開発の際に、過去の所有者から得たデータを引っ張り出したのだろうか。

 

龍王の力を得た先生はばさりと12枚の黒翼を広げ、身の丈ほどもある光の槍を周囲に無数に生み出す。

 

隣に並び立つサーゼクスさんも両手に危険な輝きを放つ紅い魔力を滾らせる。

 

「俺たちからの出血大サービスを受け取れやァ!!」

 

先生の叫びと共に、無数の光槍の雨が、横殴りに降りつける。無数の槍が無数の命を散らし、運よく命中しなかった者はサーゼクスさんが放つ絶対的な滅びの魔力の牙にかかる。

 

縦横無尽、自由自在に動き回り、俊敏かつ凶悪に敵に喰らいついていくサーゼクスさんの魔力。魔力を完全にコントロールし、まるで己の手足のように扱っているようだ。

 

両者の強大な力はあっという間にぞろぞろと寄せ来る敵を一掃し、大規模な乱戦極まる戦場に、穴が生まれた。

 

「任せたぜ、しっかりあいつらを救ってこい!」

 

「さあ、行きたまえ紀伊国君!」

 

「はい!」

 

二人の言葉を受ける。短い返事の他に言葉は返さない、これ以上の気持ちは行動で見せるのみ。

 

「飛ばしていくぞ、キャプテンゴースト!!」

 

俺の意思を読み取って怪船は次第に航行する速度を上げ始め、すぐにトップスピードに入った。スピードに伴って強烈な向かい風が襲うが、両腕をクロスして両足に霊力を集中して耐え抜く。

 

「ぬううう…!」

 

猛スピードで戦場を駆けるキャプテンゴーストの前方に出て道をふさごうとする者など誰もいなかった。どうせ出たところで轢き逃げされることなんて目に見えて分かるからだ。

 

耐えること1分弱。ようやく最も両勢力の衝突が起こっている域から離脱した。

 

突き抜け、スピードをそのままに遠くに見える神殿群を目指して突き進む。

 

ふと、先生たちが気になって後ろを振り返る。

 

前線の中で紅い魔力と黄金の輝きが縦横無尽に駆けまわっているのが見える。派手に暴れて、こっちに注意が行かないようにしてくれているのか。先生たちには頭が上がらないな。

 

だが、全てが全て上手くいくわけではない。

 

前線を突破した俺に気付いた10数名ほどのの悪魔が、こちらに飛んでくる。

 

「流石に気づかれたか」

 

〔ガンガンハンド!〕

 

すぐさま銃モードで、船の背後から真っすぐこちらに向かってくる悪魔たちを迎撃する。

 

狙うは本体ではなく、翼だ。

 

ここはかなりの高度があるし、翼を撃ってバランスを崩して落としてしまえば戦闘不能にできるだろう。そうでなくとも多少の牽制にはなる。

 

こういう遠距離で迎撃するような時にこそノブナガやビリーザキッド、あるいはロビンフッドの出番なんだがな。

生憎3つ全てが凛の手元にある今、ない物ねだりをしても仕方ない。

 

一番威力のあるキャプテンゴーストの主砲で迎え撃とうにも、一度旋回して主砲を向けなければならない。その分時間をロスすることになり奴らに隙を見せることにもなる。

 

ここは一つ、自力の腕前で踏ん張るしかないようだ。

 

「生憎、その人数だと定員オーバーなんでな」

 

次々に銃撃を放ち、迫る悪魔たちを迎え撃つ。向こうは回避しながら徐々に距離を詰めてくる。

 

しかし、不運にも狙い通りに翼を撃たれた者はふらふらと墜落していく。

 

「怯むな、落ち着いて回避しろ!」

 

ほんと上手いこと回避してくれるな!結局5人くらいしか落とせなかった。距離もそこそこに、仕掛けるタイミングを見極めんと8人ほどの悪魔が扇状に広がって俺とにらみ合う。

 

「ここは一つ、新入りを使ってみるか」

 

取り出した眼魂はリョウマ眼魂。すぐに起動してドライバーに装填する。

 

〔アーイ!バッチリミロー!〕

 

ドライバーによって眼魂の力を秘めたパーカーゴーストが召喚された。袖の無い代わりに、裾が膝のあたりまで伸びたタイプのものだ。

 

〔カイガン!リョウマ!〕

 

レバーを引いて、パーカーを纏う。

 

〔目覚めよ日本!夜明けぜよ!〕

 

仮面ライダースペクター リョウマ魂。

 

このフォームのシルエットに置いて一際目を引く肩部に備わったアーマー、『バトルシップショルダー』は堅牢な防御力を誇る。顔面の『ヴァリアスバイザー』に浮かび上がるのは東洋の龍を模した『ペルソナドリーマー』、そしてフード部の『ゴウカイフード』は変身者の精神力を強化し、度胸をつける波動を放つ。それと同時に、精神に影響を及ぼす有害な電波や物質はフードに取り付けられた黄金の角『イシンホーン』の波動で無効にできる。

 

眼魂に宿る英雄、坂本龍馬を体現した能力とシルエットをこのフォームは持っているのだ。

 

〔ガンガンセイバー!〕

 

ドライバーから召喚されたガンガンセイバーを握り、激突に備えて構える。

 

「敵を討ち取れェ!」

 

「木乃伊取りを木乃伊にしてやるよ!」

 

相手の勢いに負けじとそんなセリフを吐いて早々に、一番槍にと突っ込んできた悪魔の突撃をひらりと躱しざまに切り捨てる。

 

「ぬおお!」

 

続けて向かってきた一人の悪魔が力強く怒声を上げながら太い剛腕で大斧を振り下ろす。

 

大振りな攻撃なだけあって、隙は大きい。

 

瞬時に右脚に霊力を集中、増幅した脚力を使って一気に後方に跳ぶ。すぐさま元居た場所にドゴンと音を立てて強烈な一撃が刺さった。

 

無論攻撃の回避だけでは終わらせない。滞空時間中にガンガンセイバーガンモードへと変形させて銃口を向け、距離を開けながら斧の悪魔に連続で銃撃を浴びせる。

 

大振りな攻撃の隙を突かれた悪魔は連射をもろに受け、崩れ落ちる。

 

「我らを舐めるな!」

 

続いて挑んできたのは悪魔の剣士だ。

 

刃を交え、切り結ぶ。狭い船上で幾度も打ち合い、翻る剣光。炸裂する互いの剣技を、互いの剣技で受け止める。

 

(こいつ、そこそこやるな…!)

 

向こうも訓練しているんだろうが、それはこっちだって同じだ。イレブンさんのしごきを舐めるなよ?

 

1合目、交差するように刃がぶつかる。

 

2合目、再び切り結び、今度は力づくで押し切らんと向こうは剣に力を込めて押し切ろうとする。

 

「悪手だな」

 

それと同じことをイレブンさんとの手合わせでしたらこんなことをされた、今度はそれを別の誰かに教えてやる番だ。

 

こちらも向こうの力押しに負けじと踏ん張るのではなく、力を抜く。そしてさらりと受け流すように敵の真横に出る。最後に、横合いから一閃。

 

「がふ…」

 

深手を負い、力なく悪魔の剣士は倒れ伏す。

 

残る悪魔たち、その闘志は衰えずついには一斉に襲ってくるという選択肢を取った。

 

殺意と怒声を浴びせてくる悪魔たちだが、俺も怯まずガンガンセイバーをドライバーにかざす。

 

〔ダイカイガン!〕

 

音声と同時に刀身に青い強力なオーラが宿りだす。それを見て大技が来ると踏んだ悪魔たちは警戒し、距離を取り始めた。

 

だがもう遅い。

 

〔ダイカイガン!リョウマ!オメガドライブ!〕

 

腰を落とした構えを崩さないままドライバーのレバーを引いてさらに霊力を解放。青きオーラを刀身に上乗せする。

 

「はぁぁぁぁぁっ!!」

 

剣を前方に勢いよく一閃、同時に青い輝きがカッと煌めく。

 

〔オメガブレイク!〕

 

瞬間、迸った強烈なオーラは斬撃と共に俺の周りの悪魔たちに激突する。耳を打つ大きな爆音を伴い、一斉に吹っ飛ばした。

 

「ぐあああ!!」

 

爆炎の中からひゅるひゅると悪魔たちが落下していく。船に接近した悪魔の一群は哀れにも一撃で全滅させられてしまった。

 

後ろを振り向き、さらに周囲を見渡す。こちらの存在に気付いたものは先詰めかけてきたこいつらの他にはいないようだ。

 

「しかし使いやすいな、これ」

 

剣と銃、バランスよく扱えるフォームだ。これと言ってビリーザキッド、ムサシのように一芸に突出した能力、あるいはフーディーニの飛行能力のような特殊能力はない代わりに遠中近万能に戦うことができる。

 

これを奪ってくれたというポラリスさんには感謝しかない。フーディーニとツタンカーメンだけだったら遠距離戦がかなりきつかったところだ。

 

「よし、あとはこのまま神殿に」

 

〔TENGAN!GRIM!MEGAUL-ORDE!〕

 

「!」

 

その音声に気付くと同時に、太いチューブのようなものがしゅるりと俺の首に素早く巻き付く。

 

「ぐ……う……!!」

 

突然巻き付いたチューブの色は吸いこまれるような深緑で、その先端には万年筆のような鋭利なパーツがついていた。

 

次第に締め付ける力を増していくそれを外さんとチューブを掴みながら、不意打ちをかけた者がいるであろう方向へと首を回す。

 

〔FIGHTING PEN!〕

 

「……」

 

視界に映ったのはマストの柱に悠然と立ち、その肩からこちらに真っすぐチューブを伸ばしている白い戦士。

 

以前にも見たプロテクターに守られた白いスーツの上に纏うのは縁に万年筆を思わせる白い装飾で飾られた深緑色のパーカー。胸部の白いアーマーは開いた本の形をしており、チューブが伸びる肩部のパーツは古いタイプのインク壺と昔の作家やをイメージさせる。

 

頭部のゴーグルのレンズはパーカーと同じ深緑色に染まり、それを囲むフレームも本を思わせる四角い形状。

 

そして左腕の変身ブレスレット、メガウルオウダーにおさめられている、パーカーの源たる眼魂に宿るのはかの有名なグリム童話を編集したヤーコプ・グリムとヴィルヘルム・グリムたちグリム兄弟だ。

 

そのフォームの名は仮面ライダーネクロム グリム魂。そしてその姿を持って俺の前に現れたのは…。

 

「凛…!!」

 

深海凛。俺の妹にして、戦うべき相手にして、取り戻すべき者。

 

「また会ったな、貴様を殺しに来たぞ」

 

見下ろす彼女は平淡な調子で告げる。

 

「また会ったな、お前に聞きたいことが色々あるんだよ…!!」

 

見上げる俺は苦悶に声を荒げながら言い放つ。

 

神々すら集う戦場で、兄妹は再び邂逅した。

 

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

一発の銃声が鳴るたびに、前線で命を削り合う天使か、あるいは悪魔か、はたまた別の種族の兵士かが命を刈り取られる。だが戦場で兵士たちが上げる怒号、身を裂かれ焼かれる悲鳴、武器のぶつかり合う音、魔法や魔力の攻撃の音にかき消されてしまい誰もその音を聞き取る者はいない。

 

突然の攻撃で死ぬ彼らは共通して意識の全くの外からの攻撃を受け、一撃のもとに死する。

 

隣で戦う兵士が突然倒れたことに気付いて動揺する兵士は、眼前から迫る旧魔王派の悪魔たちの攻撃を受けるため先の現象に気を割く余裕もない。

 

その現象を起こしている男は、前線から1kmは離れた先にいる。岩陰に身を潜め、地面に伏せた姿勢で銃を構える男。コードネーム『ル・シエル』を名乗る天王寺大和だ。

 

(このライフル、今まで使ってきたものとまるで違う)

 

大和は狙撃に集中しながら、自分の得物の異質性、特殊性と言うものをひしひしと実感していた。

 

そう思うのも当然、このスナイパーライフル、実は旧魔王派が開発した物ではなく『禍の団』で旧魔王派とは別に大きな力を持つ派閥、英雄派が開発した物である。

 

きっかけは英雄派が神器研究のためにベルゼブブやアスモデウスといった旧魔王の血液の提供を要請したことだった。己の研鑽に余念がない彼らは自らが有する神器を積極的に研究している。ただし、神器研究の最先端を行くグリゴリができないような、『裏』のやり方でだ。

 

しかしシャルバ達とて、神器所有者とはいえ人間に自らの力の秘密とも呼べるものをただでくれてやるのは面白くない。そんな当時、ディオドラ・アスタロトと手を組んで計画を練り始めた彼らのもとに現れたのは情報を携えて現れたクレプスと、彼女がスカウトした大和だった。

 

情報をもたらし組織に貢献した彼女の提案、仮面捜索要員たる大和も戦力として動員する可能性を考慮して、何かしらの力を与えておくべきという話を聞き入れたシャルバ達は英雄派の要請を、神滅具を動員した本作戦の協力とこの武器の提供を引き換えに了承した。

 

スコープ、銃身、そして弾丸と何から何まで英雄派が保有する魔法、そして神器の技術がくまなく使用されている。彼らがここまでしてくれたのは、彼らが大和と同じ人間だからだろう。

 

人間であり、人間であることに誇りを抱き、そして人間の限界に挑もうとする彼らが大和に対して抱いたのは自分達と同じ様に異形に運命を翻弄された者への同情か、あるいは何か別の意図が含まれているのか。

 

彼らの考えることなど、上の思惑など大和に知る由もない。大和にあるのは、こんな仕事に手を染めることになろうともせめて家族への思いを失うまい、守ってやりたいという切望。

 

(だが、これならもっとやれる)

 

一度狙撃を終え、また次の狙撃を始める。スコープを覗き、1km以上は先にいる標的に照準を合わせる。合わせると同時に内蔵された魔方陣が起動し距離、重力、風向き、そして射撃のための角度を演算し自動調整した。

 

ただでさえ一般の銃よりもはるかに高性能なこれは元来大和が持つ驚異的な視力と組み合わせることで、恐るべき射程距離を持つ武器と化す。

 

引き金を引く。

 

英雄派が保持する神器によって製造された特別製の弾丸が銃声を伴って吐き出される。

 

放たれた弾丸はただひたすら真っすぐに、異形入り乱れる最前線へと突き進む。弾丸もそれに内蔵された弾薬も、魔法と神器の力が組み合わさって人間界のものとは比較にならない相当な破壊力を秘めている。

 

どんな鎧よりも固く、どんな武器よりも硬い神器製の弾丸は不幸にも標的となった兵士が纏う鉄の鎧などそれがどうしたと言わんばかりに突き破り、鎧の下の体ごと撃ち抜いた。

 

「ぐふっ」

 

短い苦痛の声と鮮血を漏らして、ふらふらと悪魔は地に落ちていく。

 

「期待に違わぬ素晴らしい腕前ね」

 

いつの間にか持ち出したキャンプ用の折り畳み椅子に腰かけるクレプスが言う。しかし彼の腕前を褒める言葉には何の感動も乗っていない。

 

さっきから彼女がすることと言えば双眼鏡で遠くの前線をただ眺め、時折大和に監視の意味で視線を送るくらいだ。

 

「褒める暇があるならお前も戦ったらどうだ」

 

「私はあくまであなたのサポート要員よ、戦闘は期待しないで頂戴」

 

(サポート要員と言う名の監視要員だろうがクソッタレ)

 

内心毒づきながらも狙撃を続ける大和。ふと、スコープ越しにある男を見た。

 

(あの紅髪の男は…)

 

先から狙撃している一般兵のような鎧の格好ではなく、より荘厳で妖しいローブを纏い翼もなく浮遊して戦場を駆ける男。血の色よりも深い深紅の髪がふと大和の目にとまったのだ。

 

(前にも見たことがあるようなあの髪は…)

 

そう思っているとすぐにスコープがはっきりとその顔を映し出した。

 

その顔を大和は知っている。魔王サーゼクス・ルシファー。旧魔王派が第一に打倒を掲げているという男だ。

 

そしてブリーフィングで渡されたVIPのリストで最も高いが掛けられていた男。同時に相当な実力者でもあるこの男の姿に、魔王ルシファーと言う名の力に、大和は息を呑んだ。

 

だが同時にある思いが心にともる。

 

(魔王ルシファーか、飛鳥の前で魔王殺しを名乗るのも悪くないかもな)

 

『魔王殺し』。中二病を患う自分にとっては何とも甘美で、心躍るワードだろう。弟に言ったとしても何を言っているかは理解されないが兄らしく、愛する弟の前でカッコつけたいものだ。

 

だから、大和はためらわなかった。

 

(Au revoir!(さよならだ))

 

放たれた弾丸は、狙撃手のささやかな願いを乗せて飛んでいった。

 




リョウマ+スペクター。ベースの色が同じだし本編で出してもよかったんじゃ…。

次の戦闘シーン、ネクロムが色んな英雄眼魂のフォームになるかも…?

次回、「船上の激闘」


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第58話 「船上の激闘」

最近、蒸し暑いですね。こっちの内容も燃えるように熱い展開をしたいです。


Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
8.リョウマ
11.ツタンカーメン
13.フーディーニ





猛烈なスピードで向かう弾丸に、標的たるサーゼクスは気付けなかった。

 

派手に暴れて紀伊国悠を先行させるのに敵の注意を引きたいのもあったし、何より魔法や魔力、剣などが主流となっている対異形においてまさかスナイパーライフルという人間の武器を持ち込むような輩がいるとはつゆにも思わなかったからだ。

 

狙撃手たる大和もスコープ越しにその様子を見て、勝利を確信した。脳裏に魔王殺しの異名を得たことを可愛い弟に自慢する未来がよぎり、思わず口角が上がる。

 

しかしその弾丸はサーゼクスに命中する5mほど手前で突如としてその弾速を落とし始めた。

 

弾速を落としながらも弾丸は進めば進むほどにどんどん速度は落ち、ついには完全に静止した。その弾丸は静止してすぐさまその場に駆け付けた男の手に取られる。

 

「危ないところでしたね、サーゼクス様」

 

弾丸を手に取った男は言う。浅葱色の袴に身を包み、刀を握るまさしく日本の侍を体現するかのような姿、そして立ち振る舞いを見せる美男だ。

 

「沖田か」

 

サーゼクスが沖田と呼ぶその男こそ、かの新撰組の一番隊組長の沖田総司である。故あって魔王サーゼクス・ルシファーの『騎士』、転生悪魔になった彼は研鑽を重ね、人間だった頃以上の剣の腕をこの戦場で存分に振るってきたのだ。

 

そしてさらに、神々しい槍を握る老人が、純白の翼を羽ばたかせる女性を伴って沖田に次いで現れる。

 

「超越者と呼ばれようとまだまだ小童じゃな、サーゼクスよ」

 

「オーディン様」

 

北欧の主神オーディン。彼は観戦室とフィールドを隔てる結界を打破するために付き添いのヴァルキリーを置き去りにして先行し、アザゼルたちVIPや兵士たちの道を切り開いた。

 

「どうやら敵に狙撃手がいるようです、ラファエル様とも協力して狙撃手を探知しようとしたのですが結界にかからない。ラファエル様ほどの実力者が作る結界が探知できないということはまずありえないでしょう、ということは…」

 

沖田は敵を切り刻み進む中で数度、突然銃に撃たれたような動きを見せて落下していく堕天使や悪魔を見た。

 

それを見て、銃によるものだと気付いた時は驚いたものだった。そして同時に、長年の経験から培ってきた勘が主の危機を告げ至急駆け付けたのだ。

 

「結界の範囲外から狙撃をしているということですね。危機感を覚えた私たちは旧魔王派が最も狙うであろうサーゼクス様の下に至急駆け付けたというわけです」

 

沖田の言葉をゆるりとした振る舞いをする女性が付け加える。ウェーブしたブロンドヘアーを長く伸ばし、穏やかな顔つきをしている。その背には純白の翼が8枚生えており誰の目にも彼女が上の位に位置する天使であることは明白だった。

 

「君は?」

 

「あ、申し遅れました。私、ウリエル様の御使い、♦のQを務めさせていただいてます、メリィ・エルティと言いますー」

 

柔らかな笑みを浮かべて丁寧にお辞儀するメリィ。そのおっとりとした振る舞いや表情から、既にその人柄の良さが滲み出ていた。

 

そして沖田が摘まんだ弾丸に目線をやる。

 

「その弾丸は私の神器『金羊の子守歌《ゴールデン・ララバイ》』でゆーっくりにしました。神器が作るフィールドに入ったものは動きがゆっくりになっちゃいます。それとー」

 

メリィが余所に視線を泳がす。その先には、我先にとサーゼクスに挑まんとする血気盛んな悪魔が接近していた。

 

しかし近づくにつれ急に動きも活気も鈍くなり、ついには戦闘中であるにもかかわらず寝息を立て始めそのまま真っ逆さまに墜落してしまった。

 

「敵のエネルギーを奪って、ぐっすり眠らせることもできちゃいますよ」

 

「ウリエルの若造、可愛いだけじゃなく厄介な神器を持った女子を選んだようじゃの」

 

会話の途中に、再び銃弾が飛び込んできた。しかし先のように標的に命中することなく次第に速度を落とし、完全に静止してしまう。

 

「…」

 

沖田は無言で静止した弾丸に刀を振るう。気付いた時には既に振り抜かれていた、恐ろしいまでの速さを伴う鮮烈な一太刀。

 

そしてすぐに金属同士がぶつかり合うキィーンという耳をつんざく甲高い音が鳴り響いた。

 

圧倒的神速の刃を受けた弾丸は相も変わらず、傷一つつくことなくそのまま重力に従ってひゅるひゅると落下していった。

 

「私の太刀を以てしても容易に切れない硬度とは…」

 

「!」

 

流石の沖田もこの結果に軽く驚いた。しかし彼以上に驚いていたのは彼の『王』たるサーゼクスだった。

 

沖田の剣の腕は魔王の眷属なだけあって冥界随一。そんな彼の実力を一番よく知っているのは彼を眷属に選んだサーゼクス自身だ。それほどの力量を持つ彼が本気を出していないとはいえ断てなかった。

 

「叢雲殿に打ってもらった刀と私の一閃で断てない硬度の弾丸、探知結界の範囲外の距離からの狙撃…敵の中にやり手がいるようですね」

 

「じゃがサーゼクスの『騎士』よ、狙撃手のいる方角は読めたか?」

 

「はい、何度か狙撃を見たので既に方角は特定済みです」

 

沖田は先の一閃で振り抜いた刀をある方角へと切っ先を向ける。

 

「それがわかれば十分じゃ。どれ、キツイお仕置きを北欧の主神直々にプレゼントしてやろうかの」

 

にやりと笑うオーディンも、同じ方角へ得物たる神槍を向ける。見る者を圧倒する輝きとオーラに包まれたその槍の名は…。

 

「グングニル!!」

 

一声と同時に槍から、途方もない威力のオーラが迸る。空を揺るがし、焼く神の一撃は行く先の敵を飲み込みさながらビームのように真っすぐに突き進んでいく。

 

 

 

 

 

 

 

遠方から狙撃を行う大和は、魔王への狙撃に割って入った男に驚いていた。

 

「サムライだと…?しかもあの羽織は…!」

 

ファンタジーを具現化したような世界に現れた日本の武の象徴とも呼べる存在、サムライ。刀を振るい見覚えのある羽織を着て勇敢に、それでいて美しさすら感じる太刀を以て敵を切り伏せていくその姿に日本人である大和は大いに心を揺さぶられた。

 

「失敗したようね」

 

動揺する大和の意識を冷たいクレプスの声が引き戻す。

 

…いいや、まだだ。

 

大和は自身に言い聞かせ、冷静に考える。バレたとしてもこの距離まで行くには時間があるし、何よりあの場からここまで攻撃を届かせることなんてまず…。

 

不意にクレプスが少しばかり眉をひそめた。

 

「…今回はここまでみたいね」

 

唐突なクレプスの言葉に大和は疑問符を浮かべる。そしてすぐに、大気を大きく震わせる音に気付いた。

 

「!?」

 

音の鳴る方へ向けば、こちらに巨大なビームのような光が真っすぐにこっちへ向かってきているではないか。

 

あれを喰らえば死ぬ、瞬時に大和はそう理解した。

 

異形との戦いをろくすっぽ経験していない彼に、神がどれほど強大な存在かなんて推し量れるはずもなかったのだ。

 

「ここまで働けば十分でしょう、戦線離脱するわ」

 

クレプスが手のひらで魔方陣を操作する。すると足元に転移用の魔方陣が開きカッと光が二人を飲み込んだ。

 

転移の光が消えた数瞬後、大和とクレプスが潜んでいたはグングニルのオーラによって跡形もなく消し飛んだのだった。

 

 

 

 

 ▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

 

 

キャプテンゴーストが航行を続ける間にも、その船上で戦いは行われていた。

 

「う…ぐ……!」

 

首を肩から伸びるニブショルダーで強く締め上げる凛。

 

この状況を突破しようと、ガンガンセイバーを銃モードに変形して銃撃する。マストのフレームに足を乗せ、真っすぐチューブを伸ばしていて位置は俺の斜め上真正面に固定されているので簡単に狙いはつけられた。

 

「…」

 

しかしメガウルオウダーからガンガンキャッチャーを召喚し、それを盾代わりに防いだ。

 

銃撃がキャッチャーの硬いフレーム部で弾け火花を散らした。

 

「!」

 

…もしかして、今は液状化が使えないのか?もし使えるならさっきの攻撃は液状化ですり抜けたはずだ。なら、上手くいけば攻められる。

 

「き…ぬぅ…!」

 

首を絞められる苦痛を堪えながらも、ツタンカーメン眼魂を起動させる。

 

〔カイガン!ツタンカーメン!ピラミッドは三角!王家の資格!〕

 

ツタンカーメン魂に変身し召喚されたガンガンハンドにコブラケータイが這いあがって合体、鎌モードにして鋭利な刃でニブショルダーを断ち切る。

 

「不意打ちの礼はさせてもらう!」

 

間髪入れずに跳躍する。一気に凛へ距離を詰めて鎌を振るったがガンガンキャッチャーで受け止められる。

 

「礼は不要」

 

「ぐは!」

 

お返しにと腹に拳打を喰らい、再び甲板に落とされてしまった。

 

「前回は傀儡とガンマイザーに力を割いていたのもあって貴様を仕留めきれなかったが…」

 

凛もひょいと甲板に降り立つ。続けてサッと虚空を撫でると、グリムと同じ深緑色のオーラが鬼火のようにいくつもともる。

 

「今回は私一人だ、今度こそイレギュラーは排除する」

 

突然凛が起こした現象に、俺は戸惑いの声を上げた。

 

「何…?」

 

「グリムは使用者の想像力をエネルギーにして具現化できる」

 

オーラは様々な形状へと変化する。鳥、剣光きらめくナイフ、荒々しい猛牛などなど。全てが俺にその矛先を向けている。

 

「やれ」

 

凛の一声でオーラが一斉に殺到する。

 

寄せ来るオーラの群れを鎌で切り裂いていくが、鳥の形をしたオーラがするりと刃を抜けて肩に直撃した。

 

「いてっ!」

 

ダメージを受けながらもなんとか持ち直し、次々とオーラを斬る。最後のオーラを鎌を振るい抜いて切り裂き攻撃をしのぎ切った。

 

「液状化だけが私の取り柄だと思ったか?」

 

そう言って凛は新たな眼魂を取り出す。メガウルオウダーに装填し、本体部を起き上がらせた。

 

〔YES-SIR!〕

 

オウダーから出現したのはリョウマと同じ裾の長いタイプで、蛍光イエローのパーカーゴースト。

 

〔TENGAN!GOEMONN!MEGAULーORDE!〕

 

再度メガウルオウダーを操作して、パーカーゴーストを纏う。

 

蛍光イエローの長丈の着物にはダイヤモンド状のカッティングが走り、その縁は中央に穴の開いた銭がずらりと並んだ装飾で飾られている。肩部から伸びて背で結ばれた帯『ニオウノタスキ』は霊力増幅機能を備えており、特徴的な頭部の歌舞伎のかつらの一種である大百日をイメージさせる『ダイビャクヘッド』と、顔面を防護する小判の形をしたフレーム『モノキュラーガードKB』が目を引く。

 

〔SINOBI THIEF!〕

 

安土桃山時代にいたとされる大盗賊、石川五右衛門の力を宿した仮面ライダーネクロム ゴエモン魂だ。オウダーからガンガンセイバーソードモードを召喚し、逆手持ちした。

 

「ゴーストチェンジで多様な能力を使えるのはこちらも同じ」

 

そして流麗なる動作で構えを取ると、ふっとその姿を消した。

 

姿を消したと思った瞬間。

 

「うあっ!」

 

剣戟を受けた。横合いからすれ違いざまにだ。

 

「が!?」

 

また剣戟を受けた。今度は背後から。

 

そしてまた、今度は前方から袈裟切り。

 

消えたのではない、そう錯覚するレベルのスピードで動き回っているのだ。恐らく、眼魂に宿る石川五右衛門が一説で忍者であったと言われるが故の能力か。

 

「ぐ…おっ!」

 

攻撃は続く。超スピードで戦場を縦横無尽に動き回り、次々に剣技を繰り出しては離脱、そしてまた攻撃。これを何度も繰り返して来る。

 

「速…ぐっ!?」

 

攻撃を一度凌いだかと思えば、また別の方向から攻撃を仕掛けてくる。どこから来るかもわからない攻撃への防御に必死で、こちらから攻撃を仕掛ける余裕はめっきり奪われてしまった。

 

「捉えきれない…!」

 

見切れない。そして動けない。この場に釘づけにされ、スピードに対抗できずゴーストチェンジ一つでいともたやすく防戦一方に追い込まれた。

 

(何かこの状況を打開する策は…!)

 

攻撃を受けては防御しながらも頭を振り絞って打開策を考える。今の状態からゴーストチェンジは恐らく無理だ。

眼魂を出した瞬間に眼魂を奪われてしまう。

 

本当にアルギスは厄介な眼魂を奪ってくれたもんだ。タイマンで上手くはまれば相手を動けなくして、文字通り手も足も出なくさせる能力を持った眼魂か。

 

(…ん、動けなくなる?)

 

内心で呟いた言葉に、俺の何かが反応した。やがて、俺はひらめく。

 

相手の動きでペースを持っていかれるなら、逆にこっちのペースに持って行ってしまえばいい。無茶苦茶な暴論だが、今はこれがいいのだ。

 

こっちのペースに持っていくためにはまず、相手の動きを…!

 

「止めてしまえばいい!」

 

パーカーのフードと胸部に装着された金色の装甲『サンアメンライト』から、強烈に眩しい光が迸る。放たれた光は船上の空間を眩しい白一色に、塗りつぶしていく。

 

目くらまし戦術なんて、レイナーレ戦からの部長さんから逃げる時以来だ。おかげですっかりこの便利能力を忘れていた。

 

フラッシュは5秒ほど続くと、次第に弱まっていった。

 

「!」

 

光が止んだ後、俺のすぐ背後にいたのはたまらず目を抑えよろめく凛の姿があった。

 

ようやくつかんだ好機、これを逃すまい。

 

〔ダイカイガン!ツタンカーメン!〕

 

すかさずレバーを引いて右肘に増大した霊力を導く。

 

この距離なら決められる。

 

力強く、なおかつ素早く踏み込む震脚。

 

「はぁぁぁっ!!」

 

そして繰り出す技は数ある八極拳の技の中でも代表格とされる痛烈な肘撃ち『裡門頂肘』。

 

〔オメガドライブ!〕

 

 

「ぐふおっ!!」

 

渾身の、状況を打破する一撃が見事にヒット。快音を響かせて木っ端の如く吹き飛びマストの柱に体を打ちつけた。

 

かなりのダメージになったようで、すぐに立ち上がることはなかった。よろめき、うめきながらその場にうずくまった。

 

八極拳はリーチが短い反面、至近距離に置いて絶大な威力を発揮する。オメガドライブで霊力の上乗せを行えばここまでの威力を発揮するとは思わなかった。

 

「…ッ!」

 

彼女が呻き苦しむ姿に、心がずきりと痛む。それは確かに、戦場に立つ俺の戦意を弱めてしまい隙を生んだ。

 

そしてその瞬間を、変わってしまったあいつは見逃さなかった。

 

〔DAITENGAN!GOEMONN!OMEGAUL-ORDE!〕

 

うずくまりながらもメガウルオウダーを操作し、ガンガンセイバーに強大なオーラを纏わせた。

 

「!!」

 

兎のように飛びあがり、船上を馳せて距離を詰めてくる。一撃に備えようと鎌を構えた瞬間。

 

フッと忽然とその姿を消した。

 

「消え…ッ!?」

 

刹那、鋭い衝撃を背に受けた。背後に目線をやれば、いつの間にか俺の背後に回っていた凛の、蛍光イエローのオーラに輝く烈閃が俺の背を切り裂いていた。

 

突然の衝撃に飛ばされ、俺はそのままごろごろと甲板を転がっていく。

 

「意識外からの攻撃は効くだろう?」

 

先の一撃で荒くなった息を整えながら、あいつは言う。

 

今気付いた。あえて最初の接近でトップスピードを出さなかったのはこの一撃を確実に決めるためだ。最初から超スピードで決めようとしても再び俺の目くらましを喰らって同じ失敗を繰り返すのは目に見えている。

 

あえて能力を使わずに接近し、十分な距離まで近づいたら超スピードで一気に俺の後ろに回り一太刀。みごとに策にのせられた。

 

「これは貰っていく」

 

攻撃を受けた際に眼魂を落としてしまったらしい。凛は俺の下から離れていく眼魂を拾っていく。

 

ただでさえこっちは眼魂不足だってのに…!こっちの戦況は悪化するばかり、折角サーゼクスさん達に任されたというのにこれじゃ…。

 

今まで使用したもの、ガンマイザーの性質と俺から奪ったものも含めて考えると…向こうが持っている眼魂は10近くは確定か。もしかすると、もう残りの眼魂も手に入れているのかもな。

 

俺の眼魂をすべて奪えば向こうは全15種コンプリートか?笑えない話だ。

 

〔YES-SIR!〕

 

再び凛は眼魂を変える。出現したパーカーゴーストは紫色の布地に金色の装飾が施された、今まで俺が使ってきたもの…ノブナガだった。

 

〔TENGAN!NOBUNAGA!MEGAUL-ORDE!〕

 

凛がゆっくりとその体に紫色のパーカーゴーストを纏う。再びガンガンキャッチャーを銃モードで召喚し、顔面にの防御フレームは軍配のような形状をした『モノキュラーガードGB』へと変じた。

 

〔TENKA WARLOAD!〕

 

仮面ライダーネクロム ノブナガ魂。…俺から奪った眼魂も含めて丁寧に使いこなしてきやがる。あえて俺の前で使うことで、挑発のつもりか。

 

「…貴様の攻撃に躊躇いが見える。さっきの攻撃も、まともに受ければ変身不能に追い込むダメージを与えられた」

 

「……」

 

…言ってくれるな。俺がどういう気持ちで今お前と戦っているか、まさか知らないはずがないだろうに。

 

「温いな。私とは戦えないか?」

 

「…!」

 

失望すら感じさせるその一言が、俺の感情を強く刺激した。

 

「凛…!」

 

鋭い痛みをこらえながらなんとか立ち上がる。

 

「どうして冥界でのパーティーを襲撃をした!?俺の命だけを狙っているならわざわざあそこまでの騒ぎを起こしてまで俺以外に危害を加える理由はないはずだ!」

 

俺をイレギュラーと呼んで排除したがる理由はよくわからないが、俺を殺すだけならわざわざあそこまで派手に暴れる必要はないはず。適当に俺が一人の時を見計らって仕掛ければいい話だ。

 

「どうして、か」

 

ふむと一拍置いて、考えるようなそぶりを見せた。

 

「あれには陽動を任せた。アルギスも鬱憤晴らしをしたいと言うのでな」

 

「鬱憤…だと?」

 

これといった感情のない声色で、凛は答えた。何ともないような言い方だったが、最後に付け加えた鬱憤晴らしという一言が、俺には信じられなかった。

 

そんな個人的な感情であれだけの騒ぎを起こしたのか?そんなことのために、あの人たちは犠牲になってしまったのか?

 

「そう、あれは悪魔という種を憎む悪魔だ」

 

「どういうことだ…?」

 

「そこまで答える義理はない」

 

断絶していたと思われていたアンドロマリウス家の生き残り、過去に何かあったようだ。

 

「駒のガス抜きに丁度いいし、お前が皆とバラバラになればその分やり易くなる。我らの大望のために散った命などほんの些細な犠牲に過ぎん」

 

「お前は…そんな理由で…こんな…!」

 

信じられない。ここまで冷たく、残酷な言葉を何のためらいもなくすらすらと語ってのけるあいつの姿にショックを受けた。俺の記憶にあるあいつの優しさも、明るさも、容姿以外に見る影もない。

 

「お前のゴーサインでどれ程の人が傷ついたと思っている!?傷が治っても精神的に深いダメージを追った悪魔だって何人もいるんだぞ!!」

 

癒しの力に優れたラファエルさんのおかげで死傷者は最低限に抑えられた。それでも両手で数えきれないくらい多くの悪魔が犠牲になったし、中には傷が治ったとしても今回の件がトラウマになってゼファードルのようになってしまった悪魔も大勢いる。

 

彼らはきっと心に深く付けられた傷に悩み苦しみ、抱えた恐怖に眠れぬ夜を過ごすのだろう。

 

「だろうな」

 

「…ッ!」

 

意にも介さないような口ぶりに、いよいよふつふつと怒りがこみあげてくる。目の前であの惨状に巻き込まれた人達のことを思い出し、否応にもその惨状を引き起こした張本人に、それが妹であったとしてもこの態度が怒りを掻き立てる。

 

凛はほんの一かけらも犠牲者のことを気にしていないのだ。

 

「お前はこんな酷いことを平然とするような奴じゃなかった…!『叶えし者』になり手を血に汚してまで、お前が叶えようとする願いは何だ!?」

 

ここまでくるともはや別人と言ってもいい。こんなにも人間とは変わるものなのか。ポラリスさんの言う『敵』に願いを捧げて契約した者は、ここまで人格を歪められてしまうのか。

 

「ほう、『叶えし者』を知っているのか。その情報は誰から聞いた?」

 

向こうは俺が出した『叶えし者』と言うワードに、少しばかり興味を示した。

 

「質問を質問で返すな…!!」

 

「…まあいい、大方あの歯車の戦士からか。あの者もいずれは潰しておいた方が良さそうだ」

 

歯車の戦士ってのはポラリスさんが変身したヘルブロスのことを指すのだろう。あとで戦闘データを見たが特に苦戦する様子もなく、液状化の弱点を一目で見抜いていた。

 

肝心なことに、俺には電撃攻撃が出来るエジソン眼魂はなく、氷の属性攻撃が出来る術はないのだが。

 

「私の願いはたった一つだ」

 

すらりと手を前に差し出し、グッと握りつぶすような動作をした。

 

「夢幻の真龍と無限の龍神が守るこの『竜域《エネルゲイア》』を滅ぼす、ただそれだけのこと」

 

「…!!」

 

そうはっきりと言ってのけたあいつの言葉には、いつもの冷たさと相反した激しい感情があった。

 

無限の龍神とは禍の団のボスであるオーフィスのことだ。エネルゲイアという言葉が何を指しているのかは俺には分からない。そしてどうしてこのような考えを持つように至ったのかも。だが、今のあいつがとても危険な思想を持っているということは確実に理解した。

 

何としてでも、凛を止めなければならない。これは三大勢力に仇成す危険因子を排除するという推進大使としてだけでなく、兄としての責務でもある。道を踏み外し、外道に落ちようとする妹を止める。

 

今の彼女を知って、俺の覚悟はより強固に固まった。

 

「させない…お前にそんなこと、断じてさせない!!」

 

俺は叫ぶようにして宣言する。同時に戦意が再び猛りだす。

 

「いいや、私の道はこれからも続く。だが、お前の道はここで絶える」

 

しかしその覚悟は嘲笑的な声色で一蹴される。

 

「話が過ぎた。貴様が使ってきた眼魂で引導を渡してやろう」

 

向こうは話を切ると、ガンガンキャッチャーのソケットにピンク色の眼魂…ヒミコ眼魂を差し込んだ。

 

〔DAIKAIGANN!〕

 

銃口に霊力と、神秘的な色合いを見せる炎が収束していく。さらにそれだけでは終わらなかった。

 

〔DAITENGAN!NOBUNAGA!〕

 

メガウルオウダー側のノブナガ眼魂の力も解放させた。凛の周囲にガンガンキャッチャーと同じ形をしたオーラがいくつも出現する。その数は20はゆうに超えており、全てが神秘的な炎のともった銃口を俺に向けていた。

 

向けられる側になって初めてわかる、如何にノブナガ眼魂が強力だったということ。威力にしても、こうして無数の銃口を向けて相手をビビらせることに関しても一級品の眼魂だったのだ。

 

〔OMEGAUL-ORDE!OMEGA FINISH!〕

 

ガンガンキャッチャーとオーラが一斉に猛烈な銃撃を放ち、船上に破壊の嵐を巻き起こす。

 

「くそ!」

 

〔ダイカイガン!オメガファング!〕

 

刃にターコイズブルーの霊力を蓄えては、何度も斬撃を飛ばして攻撃を相殺する。しかし圧倒的に向こうは手数も、2つの眼魂の力を乗せた攻撃なためその威力も上だった。

 

すぐさま押され始め、均衡は容易に破られる。

 

ダムにせき止められていた水が溢れ出るように炎と霊力の銃撃の嵐が炸裂し、くまなく全身に食らいつく。

 

「がはぁっ!!」

 

銃撃に次ぐ銃撃に抗えるはずもなく、なすすべなく攻撃を受け続けてしまう。

 

やがて変身は解除され、その威力に吹っ飛ばされ宙に体が投げ出される。

 

「…あ!」

 

キャプテンゴーストの進路と真逆、後ろに飛ばされる。

 

いよいよ甲板を飛び出そうかというところで間一髪、甲板の端に設けられた柵を掴み落下は免れた。

 

「助かっ!?」

 

その時、大きく船は揺れた。

 

先の攻撃を受けたのは俺だけではなかった。船もその威力に揺れ、航行機能を司るマストに高威力の攻撃をぶち込まれてしまったことで一気にバランスが崩れる。船が煙を上げながらぐらんぐらんと大きく揺れては傾く。

 

「墜落するのか!!」

 

コントロールが効かない。今までのスピードをそのままに、墜落しながら付近の神殿目掛けて突っ込んでいく。

 

でもこんなことになれば凛だってただでは…。

 

そう思って向けた視線の先で、凛はメガウルオウダーを操作していた。

 

〔CRASH THE INVADOR!〕

 

基礎フォームたるネクロム魂に変身し、その体を緑色の液体へと変じさせていく。

 

液状化して落下の衝撃をやり過ごそうというはらか!畜生、本当便利だなその能力!!

 

「うおおおおおおおおおおおおっ!!!」

 

猛烈に吹き付ける風に抗いながら、手を伸ばして必死に甲板の柵にしがみつく。しかし変身が解除され既に常人の域に身体能力が戻った俺が耐えられるレベルではなかった。

 

(くっそ…もう限界が…!)

 

さらに先の戦闘で負ったダメージもあり、消耗した体に力が思うように入らない。徐々に柵を掴む力が弱くなっていく。

 

そしてじりじりと策を掴む手が風に押され、指が一本、また一本と放し始める。

 

「あっ!」

 

考える間にも神殿との距離はぐんぐん縮まる。

 

柵を放せばそのまま吹き飛ばされて落下死、逆に柵を掴んだままでいてもキャプテンゴーストが神殿に墜落。当然俺も衝突に巻き込まれ、ただでは済まない。

 

どっちみち、俺に残された道の先にあるのは同じ死というゴール。

 

「!」

 

しがみつかんとする意に反してとうとう限界を迎えた手が、掴む柵をするりと放してしまった。

 

頭が真っ白になった。どうしようもない事態に冷たい絶望が、心に忍び寄ってくる。

 

風に流されるままに体が飛び、ついさっきまで近づいていたはずの神殿が一気に遠ざかっていく。

 

遠ざかる景色の中でキャプテンゴーストが、少し遅れて神殿に突っ込んでいった。

 

怪船は、突き刺さるように、さながら隕石のように古びて荘厳な存在感を放つ神殿に墜落してしまった。




次回は一誠が活躍する、かもしれないです。

ネクロムのゴーストチェンジ祭り、まだ終わりませんよ?

次回、「力を合わせる」


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第59話 「力を合わせる」

この章は内容が薄口醬油だと言ったな。

あれは嘘だ。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
9. リョウマ
11.ツタンカーメン





キャプテンゴーストから吹き飛ばされ、重力のままに俺は落下していく。どれだけ落ちても地面が見えない高さだ。たとえ再変身しても地面に叩きつけられて即死は免れないだろう。

 

(すみません、サーゼクスさん、アザゼル先生)

 

脳裏によぎるのは俺を信頼し、道を切り開いて送り出してくれた指導者たちの姿。二人の期待に応えることができず、無様に敗れ去った自分への不甲斐なさに心が苦しい。

 

(助けてやれなくてごめんな、兵藤、ゼノヴィア、オカ研の皆)

 

それから絶えることなく記憶の中の仲間の顔が思い返される。同じ時間、同じ体験という思い出を共有したこと、血を吐きながらも肩を並べて強敵と戦ったこと。

 

もう少しであいつらのもとにたどり着くという所で、届かない。

 

(…俺、ゼノヴィアに告っておけばよかったかな)

 

こんな時になって、今までのあいつとの関係への後悔が色濃くなっていく。もうちょっとあいつに素直になっておけば、あいつの思いにこたえておけばこんなことを今になって後悔することもなかっただろうに。

 

こうして体が落下していくように、気持ちも自然と沈んでいった。

 

(……)

 

ふと視界に不思議なものがちらりと映る。何か緑色の液体のように不定形の物だ。いや、ただの気のせいだろう。

 

味方にここまで進んだものなんてオカ研以外に誰もいるはずがない。あいつらを除けばそれこそディオドラと凛ぐらいしかいないし、何より二人は敵。俺はもう助からない身だ。このまま誰にも気づかれることのないまま、俺は死ぬ。

 

瞬きを数回する。

 

…どうにも気のせいではないらしい。確かにそれは真っすぐとこっちに伸びてきている。

 

しかもそれは俺の落下する速度に負けず劣らずのスピードで迫ってくる。

 

「…!?」

 

やがて落下する俺に追いつくと、するりと俺の腕を包み込むように巻き付いた。

 

「!」

 

どうやら向こうから引っ張られているらしく、次第に落下のスピードが遅くなっていく。そして完全に停止したかと思えば、今度はギュンと引き上げられる。

 

突然の出来事に訳も分からず、為されるがままに重力に従うだけだった俺は重力に逆らって空に近づくような感覚を覚えた。

 

「うわぁっ!!?」

 

引き上げられた俺は一気に神殿の方へと引っ張られ、神殿に突っ込んだまま動かぬキャプテンゴーストの甲板へと全身を叩きつけられるように着地した。

 

「いってぇ…」

 

全身を打ちつけた痛みによる呻きを、口内の血と一緒にぷっと吐き捨てる。あのままどこまで行けばあるかもわからない地面に叩きつけられるよりは、生きられる分だけましだ。

 

数秒前まで死を待つばかりだと思っていた俺はあっという間に戻ってきたのだ。

 

未だ戦闘による痛みが走る体を起こして、立ち上がる。

 

「おわっ…戻ったのか」

 

引き上げられた俺が立ったのは半ば神殿の瓦礫に埋もれたキャプテンゴースト。船体は傾いたままで、船首から先は煙が濃密に蔓延していて神殿の中を見ることはできない。

 

周囲には誰も、いや俺以外にはたった一人しかいなかった。信じ難いが、そいつならさっきの俺を助けた液体も合点が行く。だが同時に、そんなことがあるはずがないのだ。

 

しかし、この状況を見るにそいつしかいない。

 

「まさか、お前が助けたのか?」

 

「……」

 

ネクロムの姿で、静かに立つ凛。無言ではあるが不思議と今までのような敵意は感じられない。

 

「どうして俺を……」

 

エネルゲイアを滅ぼすだの、俺を殺すだの言ったと思えば今度は俺を助けた。過激な言動と行動、そして先の過激さとは離れた突然の行動との矛盾が俺の心を戸惑わせる。

 

困惑していると、おもむろに凛が一歩踏み出す。何かを求めるように、縋るように手を伸ばしながら。

 

しかし急にその手を引っ込め、頭を押さえ始めた。

 

「う…!」

 

「どうした?」

 

急な凛の異変に、俺は心配の声をかけながら一歩近づいた。

 

頭を抱えるその様子から、何か頭痛に悩まされているように感じる。

 

うめき声を上げる凛は突然、空いた手で空を切るように横殴る。近くにいたせいで腕を胴に叩きつけられてしまった俺は神殿の中、煙の先へと飛ばされてしまう。

 

「がっ!?」

 

短い声を上げて再び宙を飛ぶ俺。心配して近づいたらこのざまか。半分気遣ったことを後悔しながら、そのまま今度こそ地面に叩きつけられるかと思いきや。

 

横合いから素早く飛び出した誰かが俺を抱きとめた。

 

落下しては引き上げられ、さらにまだ状況を飲み込めぬまま殴り飛ばされたりと状況に流されに流されまくって半ば混乱している俺はさらに混乱した。しかし、そんな矢先に心に声が聞こえた。

 

「大丈夫か、悠」

 

聞き慣れた声、それでいて安心と頼もしさを覚えるその声の主は。

 

「ゼノヴィア…?」

 

顔を上げれば、確かに走馬灯のように巡った仲間の一人、ゼノヴィアがそこにいた。軽く微笑みながら、なんと俺をお姫様抱っこしているのだ。

 

そして同時に、今の俺がどういう風になっているのかに気付いた。

 

これどう考えても逆だろ。折角助けてもらったのに彼女には悪いがなんか男として恥ずかしいし、情けない感じがする。

 

…でも、彼女の顔を見て何より心が安らいだ。戻ってこれたのだという実感がそこにはあった。

 

「出会って早々、私の胸を揉むなんて随分大胆だね」

 

まさかの再会に内心嬉しく思っていると、ふとゼノヴィアが一言付け加えた。

 

胸を揉む?

 

一瞬何を言っているのか分からなかった。

 

「え?……ん!?」

 

ゆっくりと視線を顔から下へと軽く動かす。すると何とも見事に、傷ついて爆炎にややすす汚れた手が彼女の豊かな胸を揉むように掴んでいるではないか。

 

…Oh.

 

「ああああごめんなさいごめんなさいぃぃ!!」

 

混乱も冷めぬままにこの事態、ついに軽いパニック状態に陥ってしまった。慌てて手を引っ込め、お姫様抱っこされたまま謝罪の言葉を何度も叫ぶ。

 

やばい、出会い頭に失礼にもほどがあるだろ俺!!なんて酷いことをしてしまったんだ!!彼女との関係が悪くなったら自分の家なのに居心地悪くなっちまうだろうが!

 

そんな風に絶賛パニック中の俺だが、彼女の反応は俺の予想とは違った。

 

「謝ることじゃない、むしろ奥手な君が一歩踏み出したと思うと嬉しいよ」

 

咎めたり、怒るどころかむしろ喜んでいる。

 

えぇ…。

 

内心、軽く引いた。奥手なのは自覚してるけど、これは一歩どころか50歩、いやそれ以上だ。俺達まだそういう関係じゃないし?こういうのは兵藤の専売特許だろう。

 

「でも普段からもっと大胆になってくれると、もっと嬉しいな」

 

「…善処する」

 

多分、一度でもこいつのペースに完全に乗ったらずっとそのままになるだろう。あいつは主に使えるという夢を失った反動もあって、今の女性にできることをするという夢に燃えている。なんでよりによって子作りなんだ…おしゃれとかいろいろあっただろうに。

 

それにしても、あいつは本当に子作りしたいという思いだけなのか?たまに俺に惚れてるんじゃないかと勘違いしそうになる時がある。…まあ、流石にそれはないか。こんな嘘つきでチキンの俺になんて。

 

ひたむきなのはいいことだが…やっぱり教会育ちの聖剣使いの心情はわからんなぁ。

 

会話も程々に彼女の腕から下ろしてもらう。

 

「紀伊国!」

 

そんな俺達の下に兵藤たちオカ研のメンバーが駆けつけてきた。幸い目立った傷はなく、ディオドラに攫われたアーシアさん以外誰一人欠けていない。

 

「かなり傷ついてきたのね…大丈夫?」

 

部長さんが心配そうに声をかけてくる。他の皆も嬉しさ半分、心配半分と言った表情だ。

 

何しろ今の俺は爆炎ですす汚れ、背中に喰らった一撃で肩から背にかけての切り傷から血が滲んでいる。おまけにノブナガ+ヒミコのオメガフィニッシュで全身にスーツが軽減できなかった衝撃で所々赤くなってもいる。

 

「一応大丈夫です。まだやれます」

 

強がりで言ったが嘘だ。正直に言って、しんどい。今すぐにでも休みたい気分だ。だがここまで来て何の役にも立たないというのは自分が許さない。ここで休むという行為はサーゼクスさんたちの思いへの裏切りに他ならない。

 

「そう…」

 

俺の返事に皆納得のいかない表情をしている。俺が無理して言っているのは流石にばれるか。

 

…俺、皆に心配かけっぱなしだな。無茶して、傷ついてばかりなのは重々承知だ。だが、もうちょびっとばかし、無茶をさせてもらおう。休むのはそれからでいい。

 

「お前、キャプテンゴーストをこんなにして…何があったんだよ?」

 

兵藤が動かぬキャプテンゴーストを指さして言う。確かに、あのダイナミックな突入というか墜落はその場に居合わせた皆には衝撃的だっただろう。

 

「それは…」

 

「騒がしく乱入してきたと思ったら見せつけてくれるじゃないか、紀伊国悠」

 

不機嫌も露わに会話に乱入してきたのは、神殿の奥にある玉座に腰かけ肘をつくディオドラだった。

 

もはや旧校舎に現れた時のような、優し気な雰囲気はどこにもない。既にテロに加担して、裏切りが発覚しているから本性を隠す必要もなくなったわけだ。

 

「ディオドラの奴、ここにいたのか」

 

「僕を無視して話を進めるなんて、酷く不快だよ。低俗な人間ごときが僕と言う高貴な悪魔を無視しようだなんて自惚れにもほどがあるってものだね」

 

顔を歪めて不平を垂れ流すディオドラ。そしてその隣には蛇のような装置に巻き付かれ囚われたアーシアさんの姿もあった。

 

「アーシアさんも」

 

見たところ外傷はない。だが目元が赤く腫れているし濡れている。そして何より、悲しみの色が幼さの残る顔にあった。もしかして泣いたのか?

 

「てめえ、フリードから聞いたぜ。お前の胸糞悪い『趣味』のことを!」

 

「そうかい。口の軽そうな男だと思ったけど、思った通りだったね」

 

怒りに眉を顰める兵藤は奴を指さし糾弾する。しかし本人はこれと言って気にする様子もない。

 

「趣味?というよりフリード?」

 

また俺の知らない所で話が進んでないか?

 

フリードと言えば、聖剣事件の時に戦った銀髪のエクソシストだ。教会に属するエクソシストとは思えないくらいに下品で凶暴な男だった。そして複数のエクスカリバーの能力を使いこなす強敵でもあった。

 

「聖剣事件の後、禍の団に拾われて改造されて生き延びてたんだよ」

 

「でも、裕斗先輩がやっつけました!」

 

「そうか…あいつまた俺らにちょっかいかけに来たのか」

 

木場とギャスパー君が捕捉する。

 

最初はレイナーレの部下として兵藤たちと相対し、次はコカビエルの部下、そして今度は『禍の団』の実験体か。

よほど兵藤たちと縁があったんだろうな、俺はなかったみたいだが。

 

玉座に座るディオドラはふっと笑うとおもむろに腰を上げた。

 

「そう、彼の言う通りさ。僕はね、教会の汚れを知らない敬虔なシスターを堕とすのが大好きなんだよ。純真無垢な彼女たちが僕という悪魔との関係で葛藤し、祝福された神の側から僕たち悪魔へと下り、最後に快楽に落ちていく様を見るのはたまらない快感さ、丁度彼女のようなシスターをね!!」

 

大きな身振り手振りと共に悪辣な己の趣味を奴は生き生きと語る。それはまるで、趣味を通り越して人生の生きがいとでもいうかのようだ。

 

俺は唖然とした。あの張り付いたような笑顔の裏にここまで悪意に満ちた物が隠されていたというのか。

 

俗に言う快楽堕ち、そう言うジャンルがあるのは知ってるし、それを好む人もいるのも知っている。だがそれをリアルでやってのけるのを趣味にしている奴は初めてだ。

 

断言しよう、反吐が出る。

 

その感情は単に奴の悪辣さへの怒りであるが、やはり俺の周りにアーシアさんやゼノヴィアがいるのが大きい。彼女たちの心を悪意を以て弄び、貶め、挙句の果てにかどわかして犯そうなど想像しただけでも拳が怒りに震える。

 

「下種が…!!」

 

心底嫌悪感に満ちた言葉をゼノヴィアは吐き捨てる。敬虔な信徒であり、アーシアさんの友達でもある彼女には

あいつの趣味がとても腹立たしく感じるだろう。

 

「君たちなら僕の眷属たちを突破してくるだろうし、それまでの暇つぶしにと思って彼女にも話してあげたよ。君たちに見せたかったなぁ…全部僕の掌で転がされていたことを知ったその時の彼女の顔と来たら!」

 

心底嬉しそうな表情を見せ、アーシアさんに目線をやる。

 

「あの時はわざとケガして、彼女が治療するように仕込んだんだ。悪魔を治療した聖女、その結末がどうなるかはもちろんご存知だよね?」

 

「吐き気を催す邪悪か、こいつは…!!」

 

あまりにも外道なこいつの本性に俺も思わず怒りの言葉が出た。純粋な彼女の善意すら、こいつは自分の欲望のために利用したのか。

 

あの時のアーシアさんは善意だけで奴を助けたんだろう。例え、彼女の生活の規範となる聖書に敵と記された悪魔だった奴を。疑うことを知らない純粋な彼女は夢にも思わなかったはずだ。全て結果的に自身を貶めるために、そうするよう奴に計算されたモノだと。

 

自分の善意を真正面から、よりによって本人に否定された彼女はどれほどつらかっただろうか、その心情は推し量り切れるものではない。

 

「暇つぶしでやることじゃないだろ…!」

 

「まあ、君たちが早く来ても話すつもりだったけどね」

 

睨む兵藤の声が怒りに震えている。対してディオドラはそんなものはないかのように涼しい顔で突き刺すような視線を流す。

 

「そもそもの話、本当ならもっと早くアーシアを手に入れる予定だった。レイナーレとかいう堕天使に神器を抜かれて死んだ所に僕が駒を与えて転生させるつもりだった、だったはずなのにッ!」

 

しかし喜びから一転、今度は怒りの感情を見せる。

 

レイナーレだと?

 

あいつ、そんなに前からアーシアさんに手を付けようとしていたのか。それって軽くストーカーの域なんじゃ…。

 

「君たちが邪魔をした!!ゲームの組み合わせが決まった時は喜びに震えたよ、やっと僕の趣味を邪魔した不届き者を潰せるってさァ!!」

 

ディオドラは声を荒げて俺らを指さす。

 

「もう誰にも僕の邪魔はさせない。君たちを始末して、僕は更なる高みへと登り詰めるんだ」

 

その目は歪んだ決意に満ちていた。歪んでいるが、とても強いものだ。何か、趣味に絡んだこと以外に別の理由でもあるのか?

 

ディオドラ・アスタロト。『禍の団』と通じているだけかと思いきやとんでもないクソ野郎だ。こいつは何としても倒さなければならない。

 

「…実は私、フリードに一つだけ感謝していることがあるの」

 

奴の話を聞き終え、今度は部長さんが切り出す。嵐の前の静けさを思わせるようにとても静かな一言だ。

 

「へえ、『シグルド機関』の失敗作にかい?」

 

紅髪を揺らして一歩前に出た。恐ろしい怒りと、オーラを伴って。

 

「あなたの趣味を知ったおかげで、私も本気の本気であなたを消しにかかれるわ」

 

雄然と部長さんは立つ。既に濃密なまでの紅いオーラが全身から滲み出ている。瞳にかつてない憤怒の光を輝かせ、近づく者全てがオーラで消滅しそうな荒々しさに満ちている。

 

近くの兵藤もその様子に息を呑んだ。

 

「ふっ。やれるものならやってみるがいいさ」

 

そんな彼女を前にしてもディオドラは微塵も怯えない。二人の間で、燃え滾る闘志に輝く視線が交差する。今にも破られそうな緊張感に満ちた静けさ、どちらかが1mでも動けばすぐに戦闘は始まりそうだ。

 

それを感じ取り、他の皆も表情をきっと引き締め戦闘態勢へと入っていく。

 

しかしそんな中で俺だけが、何か妙な引っかかりを覚えていた。

 

ディオドラへの怒りに気を取られて、何かを忘れているような…。

 

「悪運のいい者だな」

 

「!?」

 

緊張感に震えるこの場に横槍を入れた第三者の声。感情の読み取れないその声の方へ、弾かれたようにこの場にいる皆が一斉に振り向いた。

 

その視線の先は瓦礫に埋もれたキャプテンゴースト。瓦礫の上に立つ、その女。名を深海凛、仮面ライダーネクロム。

 

軽く跳躍するとディオドラの隣に並び、俺達の前に立ちはだかる。

 

「まさか、このタイミングで邪魔をされるとは思わなかった」

 

邪魔?

 

内心で彼女の言葉に疑問を浮かべる。邪魔も何も、俺を助けたのは彼女自身だ。何がどうなっている?

 

「なんだあいつ!?」

 

「部長、このオーラは相当な手練れですわ」

 

「みたいね」

 

つとめて冷静を保つ俺とは違って、オカ研の皆の表情に戦慄の色が浮かぶ。俺には異形や神器のオーラは変身しなければ感じることができない。しかし悪魔である故、素で感知できる皆には今のあいつが強大なオーラを放っているように見えるようだ。

 

「あいつがお前をここまで追いつめたのか?」

 

「ああ、強いぞ。前に話した『ネクロム』だ」

 

「…あれがネクロムか」

 

表情をこわばらせてゼノヴィアが呟いた。

 

パーティー会場襲撃の一件で現れた凛だが、ネクロムの情報は既に皆に共有している。液状化や、眼魂を使用できることもしっかり説明した。そのうち戦うことにもなるだろうし、その時に何の情報もないままあのレベルの強敵と戦うのは危険すぎる。

 

その正体が俺の妹であるなど、一部の情報は伏せてはいるが。

 

「何だかよくわからないけど、君は敵かな?それとも味方なのかな?」

 

「兵藤一誠たちに仇成すという意味では味方だ」

 

「そうかい、なら力を貸してもらおうかな」

 

俺達に敵対する者同士でディオドラと凛が短く言葉を交わす。オカ研VSディオドラ&凛、と言うべきか。

 

様々な眼魂を使い、液状化で攻撃を無効にできる凛とオーフィスの蛇で力を増したディオドラ。苦戦は免れないだろう。

 

「あ、あの…」

 

新たな敵の出現に一段と緊張が増す中、おずおずと挙手をしたのはなんとギャスパー君だった。俺達の視線がギャスパー君に集まる。

 

「あの敵は、女性なんですか?」

 

「ん?そうだけど」

 

質問の意図は理解できなかったが、取り敢えず答えた。

 

俺の答えにうんうんと頷くと、ギャスパー君ははっきりと言った。

 

「相手が女性なら、イッセー先輩の出番だと思います!」

 

「…へ?」

 

俺は一瞬その言葉の意味が理解できなかった。

 

だが俺以外の皆は瞬時に理解できたようで、ハッとした。

 

「ッ!そうだわ!イッセーの乳技があれば!」

 

「そうだ!よく言ったぞギャスパー!」

 

「イッセー君の技で戦闘を優位に進められる!」

 

強敵への打開策が見え、希望の色に皆の顔が明るくなる。困惑する俺一人を除いて。

 

「え、ちょ」

 

そういうことかよ!!あいつにドレスブレイクを使うつもりか!

 

いや待って、兄である俺の前で女性の衣服を弾け飛ばす技を妹に使おうっていうのか!?

 

「なるほど!よっしゃ、俺のドレスブレイクで変身解除させてやるぜ!!」

 

技の使い手である兵藤はギャスパー君の提案に意気揚々と手をわしゃわしゃさせ、既に籠手を装着した腕を突き出す。

 

女性が身に纏っているものを弾け飛ばすドレスブレイク。この理屈で行けば、ダメージを与えることなく一撃で変身を解除させることも不可能事ではないはずだ。

 

しかし、知らないとはいえ兄の前で妹をひん剥こうなんていい度胸じゃないか。俺はあいつを止めるつもりでいるが流石にそんな目に合わせるのは許容できない。

 

「いやいやちょちょちょ!!」

 

今にも飛び出しそうな兵藤、そんな彼の肩を俺は慌てて掴んでとどめた。

 

それには兄として妹を卑猥な目に遭わせまいとするだけではない、もう一つの理由がある。

 

「なんだよ、どうしたんだ?」

 

「あ…いや、あー」

 

落ち着くために一度咳払いして間を置く。

 

「いやだめだ。あいつは体を『液状化』させて直接攻撃を無効にできる。触れられないんじゃあそれは発動できないはずだ」

 

あいつの液状化は直接攻撃や銃撃を無効化する。それが自分の意志で発動するものなのか、それともオートで発動するのかは知らないがドレスブレイクが相手に直接触れるという過程を踏まなければならない以上、効果は期待できないだろう。

 

「液状化…有効打が見えたとすっかり忘れていたわ」

 

「イッセー君の技が効かない女性がいるなんて…!」

 

「ドレスブレイクは効かないのか…ドレスブレイクは」

 

兵藤も俺の情報に驚くが、すぐに意味深な笑みに表情を変えた。

 

「どうした?」

 

「直接攻撃は効かないんだな?ならもう一つの技の出番だ!」

 

…もう一つの技?

 

え、何それ。ああいう類というか、同じベクトルの技が他にもあるのか?もうドレスブレイクで十分な気がするんだが。十分と言うか、そもそもあっちゃいけないとも思うけど。

 

「さあ、行くぜ!」

 

〔Boost!〕

 

赤龍帝の籠手から音声が鳴り、その力を蓄えた。

 

〔Explodion!〕

 

更なる音声で、その力は解放され使用者たる兵藤に流れる。

 

「煩悩解放!広がれ俺の快適空間ッ!!」

 

そして増大した自身の力から、兵藤は奇妙な現象を引き起こす。

 

あいつを中心に、何かピンク色の靄のようなものが発生し瞬く間にディオドラや凛を含んだ俺達を飲み込みその領域に取り込んだのだ。

 

「なんだこれ…?」

 

自分は特に違和感は感じないし、多分女性を対象にした技なんだろうが女性陣が何らかの異変を見せる様子はない。

どういう技なのか、全く読めないぞ。

 

「『乳語翻訳《パイリンガル》』!!」

 

そして最後に、技名を叫んだ。…技名か?

 

「……」

 

ディオドラも、部長さんも、皆沈黙した。それは呆れのようでもあり、あいつの飛躍した技のアイデアへのツッコミか。

 

「ぱ、パイリンガル?」

 

パイリンガル…バイリンガルとおっぱいを掛け合わせたのだろうか。しかしよくもまあこんな頭の悪そうな技名を思いついたな。

 

「これは一体どんな効果があるんだ?」

 

「この空間は…その…あ…」

 

言葉に詰まりながらも、何かを言おうとしている。

 

…顔を赤くして恥ずかしそうだから、多分ろくでもない内容なんだろうな。

 

「女性の胸の声を聞く技なんです…」

 

「…い?」

 

あまりにふざけた答えが返って来て、思わず思考がフリーズした。

 

胸、つまりおっぱい?おっぱいの声?ナニソレドユコト?

 

「つまり相手の考えていることが読めるってことさ」

 

それって凛のお……。

 

や、やめろ!!いくら敵とはいえ兄として妹にそんな品のない技をかけることは許せん!!お兄ちゃん許しませんよ!?

 

いや待て、もしかしたら凛の本心が聞けるかもしれない。もしそうなら、俺が抱える問題の一つが大きく前進することに繋がる。

 

しかし兄として、そんな低俗な技に妹がかけられるのを見過ごしていいのか…?

 

「…仮にも伝説のドラゴンの力をそういう技に使おうなんて哀れに思うよ」

 

ディオドラにまで言われてるぞオイ!可哀そうなものを見るような目で!お前は本当にそれでいいのか!?

 

「さぁ、君の胸の内を教えてくれ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

長い沈黙が続いた。

 

「…どうだ、何か聞こえたか?」

 

恐る恐る俺は兵藤に訊ねる。

 

「おかしい」

 

「は?」

 

兵藤の返答は意外なものだった。

 

「おっぱいの声が聞こえない」

 

「はぁ!?」

 

「何ですって!?」

 

「そんな!?」

 

「何だと!?」

 

思いもよらぬ結果に、俺達は異口同音に驚愕した。

 

「もしかしてギャー君と同じじょそ…」

 

「いやいや!!いいやそれはない、あいつは確かに女だ!女だった!」

 

塔城さんの推測を、絶対にありえないという思いで否定する。

 

嘘だろ、俺の妹が転生したら弟になってましただ!?そんなことあってたまるか!!俺は泣くぞ!!

 

「反応はあるんだ、でも何というか…聞こえないんだ」

 

「はぁ?」

 

「何て言うか、その…遠いようなそうでないような…?」

 

兵藤も、兵藤自身にのみ理解できる現象を何とか説明しようと言葉を絞り出すように答える。

 

「それはどういうことなんだ!?」

 

「わかんねえよ俺にも!こんなこと初めてだ」

 

「っ…」

 

ちらりと凛を見る。何をするわけでも言う訳でもなく、ただ沈黙を貫いている。

 

「……」

 

正直に言って、今のあいつのことを知れたと思ったら逆に一気に謎が増えたぞ。エネルゲイアしかり、俺を助けたことしかり。

 

「イッセーの乳技が効かないというなら」

 

予想外の展開に困惑する俺達を背に、ざっとゼノヴィアが前に出た。

 

「私たちらしく、真っ向勝負で挑もうじゃないか」

 

雄々しく聖剣デュランダルを構え、切っ先を奴らに向ける。戦意に満ち満ちた彼女の言葉が、皆の戦闘モードのスイッチを切り替えた。

 

「そうね」

 

さっと紅髪を撫でた部長さんがディオドラを睥睨する。

 

「覚悟なさい、ディオドラ。あなたの腐りきった性根を滅ぼし潰してあげるわ」

 

叩き潰す、じゃなくて滅ぼし潰すか。滅びの力を使う部長さんらしいセリフだ。

 

「はっ!最強の存在、オーフィスの力を得た僕によくもそんな口が利けるね」

 

対するディオドラは余裕を見せる。この人数を相手にしてこの態度、相当貰った力に自信があるらしい。アガレスの時のようにうまくいくと思っているのか。

 

ディオドラには好き勝手言われたこともあって一発決めたい思いはある。だが、俺が戦うべきはその隣に立つ者だ。

 

「お前はここで、俺が止める」

 

ディオドラの横に並び、俺達と敵対している凛。

 

色々と疑問はあるが、いずれにせよ今のあいつが世界に影響を及ぼしかねない危険であることに変わりはない。

力が及ばないとしても、兄として、推進大使としてここで彼女と戦う以外に道はないのだ。

 

…もしかすると、最悪の展開も覚悟しておかなければならないかもしれない。

 

「…ドラゴンは強き力を呼び、特異点は更なる特異点を呼ぶというのか」

 

忌々し気に、凛は言う。その言葉に憎悪を感じる。

 

…特異点?

 

俺の疑問をよそに、悠然たる構えを取った。そして最後に、挑発的に言い放つ。

 

「かかってこい、貴様ら『特異点』はまとめて潰す」




今回で凛について色々ヒントを出しました。答え合わせはまだ先ですが…。

そしてやはり共闘展開はライダーとのクロスオーバーにおいて欠かせないでしょう。

次回、「『普通』の悪魔」


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第60話 「並び立つ赤と青」

色々あらすじとかタグを修正しました。アドバイスしてくださった方、ありがとうございました!

書いてたら1万字越えしたので分割しました。それでも1万字越えしましたが。悠のタイマンを書くのもいいけどやっぱり原作組との共闘も楽しい。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
9. リョウマ
11.ツタンカーメン





〔Count start〕

 

兵藤の赤龍帝の籠手から初めて聞く音声が発せられると、嵌めこまれた緑の宝玉に120の数字が浮かび上がる。

 

「禁手開始まで2分だ!」

 

兵藤は夏休み期間中の修行と黒歌との戦闘を経て、ついに補助なしでの禁手の発動が可能になった。

 

倍加を使わなければ最大30分間、禁手状態を維持できるが発動まで2分間のラグがある。しかもその最中倍加は使用できず無防備な状態を晒すことになるという中々きつい条件だ。

 

「わかった、それまで俺達が時間を稼ぐ」

 

だが多人数での戦いなら、その欠点を補うことができる。

 

一歩前に出る俺はゴーストドライバーを出現させ、スペクター眼魂を装填する。

 

「変身!」

 

〔カイガン!スペクター!レディゴー!覚悟!ド・キ・ド・キ・ゴースト!〕

 

素早く変身プロセスを完了、スペクターに変身して戦闘の準備を整えた。今のにらみ合いから、直に来る攻撃に備える。

 

「…悠、くれぐれも無茶はしないでくれよ」

 

「大丈夫だよ、それに今回は皆がいるからな」

 

ゼノヴィアが心配そうな視線を送ってくる。変身後なので表情を見せることはできないが、顔を向けて不安を和らげようとなるべく優しい声で返す。

 

今までの凛との戦いは一人だった。だが、今はそうじゃない。彼らと共に戦うことで、彼らと力を合わせることで戦術の幅は大きく広がる。

 

前にもっと自分達を頼れとゼノヴィアに言われた。今回は存分に、頼ってみようじゃないか。

 

「ギャスパー君は下がって、停止の力でフォローを」

 

「効くかはわかりませんけど…やってみます」

 

朱乃さんの指示に自信はなさげだがギャスパー君は頷いた。

 

オーフィスの蛇で強化されたというディオドラ。凛と同じく一筋縄ではいかない相手だろう。停止の邪眼は自分との差が開けた実力者相手ほど停止時間が短くなる。両者ともに長時間の停止は見込めないだろうが、僅かなりとも隙を強引に作るのには使えるはずだ。

 

ディオドラは情報によればこれといった特殊能力はない。脅威なのはオーフィスの蛇だけで、全員で一斉に袋叩きにすれば勝てない相手ではない。

 

そして凛に対しては、オカ研の皆との共闘という状況なら有効打を出せる。

 

〈BGM:牙をむく紋章獣(遊戯王ゼアル)〉

 

「雷よ!」 

 

初撃を飾ったのは朱乃さん。虚空から出でた雷条が空を焼いて真っすぐ凛へと伸びる。それを凛はさっと横に跳んで回避する。

 

「休む間は与えないよ!」

 

回避した凛の下へ、木場が二振りの聖魔剣を携えて颯爽と馳せる。

 

しかし彼女は雷を回避して以降動くそぶりを見せない。お得意の液状化を発動してそのまま攻撃を受けようとしている。

 

「!」 

 

だが数㎝と距離が縮まり木場が剣を振るったところで急に体をそらして躱した。 

 

そのまま続く剣技を回避しながら、凛は木場の持つ聖魔剣にちらりと一瞥する。

 

「雷の聖魔剣か」

 

ぽつりと呟いた。言葉の通り、聖魔剣の刀身はバチバチと弾ける雷を帯びていた。 

 

「悪いけど、君の液状化は対策済みだよ」

 

次々と二振りの聖魔剣から放たれる剣技の数々。破壊力の魔のオーラ、邪を打ち祓う聖のオーラ、そして雷の魔力の3つの力を帯び、鮮烈な剣閃を描いて振り抜かれるそれを、彼女はまるで舞を踊るかのように軽やかな動作で次々に躱していく。

 

 

 

 

 

 

ネクロムのスペックについて話した時、当然俺達はその対抗策を考えた。どうすれば厄介な液状化を突破してダメージを与えられるか。

 

いよいよ議論を始めようかというときに、兵藤は何気ない一言を放った。 

 

『水タイプなら電気タイプが効くんじゃね?』

 

『『『『……』』』』

 

その時、呆気に取られた皆の沈黙がしばし続いたのを覚えている。確かに水は電気を通す(厳密には水の中に含まれている不純物が)し、それならいっそ凍らせてみるのもどうかということで話はまとまった。

 

 

 

 

 

 

電撃攻撃に特化したエジソン眼魂を持たない俺では液状化を突破することはできない。しかし電気攻撃なら朱乃さんの専売特許だし、木場も聖魔剣に炎や雷などの属性を付与できる。俺の命を狙い、ボコボコにしてくれた妹の対策会議は数分と経たずに終わったのだ。

 

そして、兵藤の考えが正しいということはさっきの凛の雷攻撃を避ける反応が証明してくれた。

 

「液状化は無意味、なら」 

 

じりじりと後退しながら木場の剣に回避に徹する凛が一歩大きく飛び退いた。そして赤い眼魂を取り出し、起動させてメガウルオウダーに装填した。 

 

〔YES-SIR!〕 

 

メガウルオウダーから出現したのは、赤いパーカーゴースト。見間違うことなく、それはかつて奪われた眼魂、ムサシだ。

 

〔TENGAN!MUSASHI!MEGAUL-ORDE〕

 

赤いパーカーゴーストを纏い、ゴーストチェンジが完了した。顔面部の防護フレームは刀の鍔の一種、木瓜形という独特な形状をした『モノキュラーガードTS』に変化、赤く変色した複眼が輝いた。 

 

〔GORINN BLADER!〕

 

仮面ライダーネクロム ムサシ魂。メガウルオウダーからガンガンセイバー二刀流モードを召喚する。 

 

「その姿は剣に優れたフォームだね」

 

冷静に木場は相手を分析する。奪われた眼魂についても話したし、相手がゴーストチェンジしたときの対処もすでに練った。 

 

「ふ」

 

今度は凛から仕掛けてきた。ガンガンセイバーを携えると、風を切って猛進し、木場と高速で切り結ぶ。金属音をたて幾度もぶつかり合う互いの剣。聖魔剣とガンガンセイバーの剣光が煌めいては交差して弾け、息継ぐ間もなく次の剣煌を生む。

 

聖魔剣に目覚め、ライザー戦の時より剣士としては格段にレベルの上がった木場の高速の剣戟に難なく凛は対応していた。

 

木場が高速で突きのラッシュを繰り出す。それをガンガンセイバーの刃で受け、上段から切りつける。それを聖魔剣で受け切ると、至近距離にて反撃にと足元に短剣の聖魔剣を生み出して蹴り上げる。

 

向かう聖魔の刃をもう片方のガンガンセイバーで軽く弾く。すると弾ききった瞬間、刃を握る腕が動きをぴたりと止めた。

 

「ううう…!」

 

ギャスパー君がうまく停止させたのだ。しかし停止させるのに相当力を使っているのか、眼を輝かせながらも額に薄く汗を流して苦しそうに呻いてる。

 

片や受け止められ、片や停止させられた二刀流。この隙を逃すまいと木場は二振り目の聖魔剣で剣戟を繰り出す。

鮮やかに放たれたそれはネクロムの装甲を切り裂くかと思いきや。

 

「ふ!」

 

停止させられていた腕が再び動き出し、防御に走ったのだ。ギャスパー君が作った隙をついた木場の攻撃は届くことはなかった。

 

「停止時間は2秒か…!」

 

「私の時間を止められると思ったか?」

 

鍔ぜり合う両者の剣。つばぜり合いを解いてはまた交差し、何度も撃ち合う両者。

 

すると一度、二人は大きく後ろに後退して距離を開けた。

 

〔DAITENGAN!MUSASHI!OMEGAUL-ORDE!〕

 

メガウルオウダーを操作すると、眼魂に秘められた強大な霊力が刃に宿る。

 

「ッ!」

 

木場もその様子を見て警戒度を引き上げる。聖魔剣により自身の魔力と聖剣の因子を流し込み、強化させる。

その証左に、刃が輝きを放ち始めた。

 

両者がにらみ合う。虚空に穴が開きそうな勢いで集中、相手の動きを注視する。

 

「「……」」

 

そして消えた。何の前触れも、音もなく。

 

そしてぶつかった。剣と刀に宿る赤いオーラと聖なるオーラが激しく音を立てて弾ける。

 

両者ともに強大なオーラを纏った得物で目にも止まらぬスピードで切り結んでいるのだ。木場の駒はスピードに特化した『騎士』の駒だが…。

 

「僕の剣とスピードについてくるなんて…!明らかに紀伊国以上に力を発揮している!」

 

木場が敵の技量に舌を巻く。厳密に言えばその剣の腕はムサシ魂のサポート機能によるところが大きいのだが、サポートなしでの使用者の技量も増せばよりそのフォーム使用時の技量を伸ばすことも可能になっている。 

 

スピードに自信のある木場の方が徐々に押され始めている。剣士相手なら剣士ということで、ムサシ魂の相手は木場かゼノヴィアを想定していたがこちらの想像以上に眼魂の力を発揮しているようだ。

 

「ギャスパー君、さっきのように停止で!」

 

「無理です、うまく裕斗先輩の背に隠れていて停止できません…!」

 

「何!?」

 

言われて初めて気づいた。彼女は木場の剣技に追いつきながらも絶妙にギャスパー君から見て木場の背に隠れて、視界に収まらないように立ち回っているのだ。

 

…だが、俺達の策はただ木場をぶつけるだけでは終わらない。

 

「はぁぁ!!」

 

超スピードで剣を撃ち合う木場を相手にしているうちに、背後に回ったゼノヴィアが切りかかる。しかし振り下ろされた聖剣の刃を、背部のゴーストブレイドが俊敏に自動で反応し交差して受け止めた。

 

そのままなんと前方と後方、攻撃を同時に防ぎ、さらには前後両方の相手と剣を撃ち合うという凄まじい芸当を見せ始めた。

 

「これでいい」

 

自動で攻撃してくる剣を捌きながらゼノヴィアはふっと笑う。

 

そう、攻撃はまだ終わらない。

 

前後の攻撃を受け止める凛に、左右から俺と塔城さんが攻撃を仕掛ける。

 

「横槍を」 

 

「叩き込む!」 

 

二刀流と自動防御を前後からの攻撃で封じてからの左右同時の挟撃、これを防ぐ手段はもうないはずだ。

 

おまけに今の塔城さんは猫又の力を解放しており、白髪から白い猫耳と、臀部から尻尾が生えている。名前通りの猫になったわけだ。

 

猫又の力を解き放ったことで、同時に塔城さんは体内を巡る『気』に作用する仙術を使えるようになった。その効果はざっくり言えば、ゲームで言うデバフか。気を乱して相手の魔力をうまく扱えないようにしたり、魔力攻撃の耐性を低下させるといった芸当ができるのだ。

 

塔城さんの仙術を液状化が使用できないだろう今のうちに決めておけば、これからの戦いをこちらの有利に持ち込める。

 

そう思った矢先だった。

 

〈BGM終了〉

 

「っ」

 

前後同時に木場とゼノヴィアと切り結ぶ凛は、地面を軽く踏み鳴らした。

 

すると俺の前方の地面が突如として盛り上がる。そこからゆっくりと出でたのはかつて見た、パーティー会場を惨劇の様相たらしめたあの人形だった。

 

「これは!?」

 

俺の方だけでなく塔城さんの方にも不意打ち気味に床から這いあがるように出現した人形。思わぬアクションに虚を取られ、その長い腕の放つ拳打を許してしまう。

 

「きゃ」

 

「うっ」

 

幸いにも威力は控えめだったので、大きなダメージにはならずに済んだ。しかしながら詰めた距離は離されてしまった。

 

俺達への攻撃の後、人形たちはそのまま木場とゼノヴィアにも襲い掛かる。凛を抑える二人は素早くつばぜり合いをやめ、飛び退って離脱する。

 

人形はそれから何もすることなく、塵となって風に吹かれ消えた。

 

「あくまでその場しのぎってことか」

 

彼女の話が確かなら、ガンマイザーや人形の生成には力が必要になる。今回はそれらを使わない代わりにここまでの力を発揮しているらしいが…。

 

「まさかあんな手があったなんて…」

 

「少なくとも、あれはネクロムやムサシの能力じゃない」

 

「なら、魔法かしら。土人形…ゴーレムを召喚する術は存在するらしいし」

 

これに関しては、『叶えし者』としての力なのだろうか。しかし、こんな力を得るのが彼女の願いなのか?だとしたらあのエネルゲイアを滅ぼすというのは…?

 

「…一応の腕は見せてもらったことだし、僕も動くとするか」

 

一連の接近戦を静観していたディオドラ。開戦から保っていた沈黙を破り、右手に魔力を込めていよいよ動こうかという奴の前にざっと立ちはだかる者が二人いた。

 

「あなたの相手は私が引き受けるわ」

 

「お前にはアーシアを泣かせた報いを受けさせなければならない」

 

毅然とした態度で相対する部長さんとゼノヴィア。二人の言葉と意思を、奴は嘲笑で一蹴する。

 

「威勢のいいことだね、でもすぐに叩き潰してあげるよ」

 

やがて部長さんとゼノヴィアがディオドラと交戦を開始した。ディオドラの強化された魔力と部長さんの滅びの魔力、そしてデュランダルのくるめく聖なるオーラが飛び交い、神殿に破壊の跡を付ける。

 

あいつは一先ず、二人に任せよう。まずは凛の方から何とかしなければ。

 

そう思っていた矢先、凛はさらなるゴーストチェンジを行おうとしていた。

 

〔TENGAN!NEWTON!MEGAUL-ORDE!〕

 

15の英雄たちの中で唯一のダウンジャケット型のパーカーゴーストを纏う。リンゴの形状をした銀色の防護フレーム『モノキュラーガードAP』に囲まれた複眼は青色に変化した。

 

〔GRAVITY ELUCIDATOR!〕

 

仮面ライダーネクロム ニュートン魂だ。その能力は引力と斥力を操作するという中々に強力なもの。以前、自分がこれを使った時、能力を存分にふるってライザーを校舎のレプリカで押しつぶしたのが思い出される。

 

「来るぞ!」

 

すっと右手を突き出して…。

 

「ぎゃあああああああああああ!!?」

 

斥力が発動する。どうやら範囲を絞って発動させたらしく、その分斥力が増しているようだ。ギャスパー君はギャグマンガみたく、後方の彼方にあっけなく強力な斥力に吹っ飛ばされてしまった。

 

「ギャスパー君!!」

 

呆気なさすぎるリタイヤに、戦慄が走る。時間停止という強力過ぎる能力故に真っ先に狙われたわけだ。

 

「まずは一人…赤龍帝の姿が見えないな、どこに消えた?」

 

きょろきょろと目線をやって兵藤の居所を探る。

 

「余所見をする余裕があるなんてね!」

 

木場が聖魔剣を床に突き立てる。すると聖魔剣の刃が次々に凛の方へと乱れ咲いた。ギザギザした刃、厚めの刀身、反りのついた刃など形は様々なれど等しく強力な聖魔の力をたたえる刃たちは煌めく。

 

凛もこのまま何もしないわけがなく、右手から斥力を放って咲き乱れる聖魔剣にぶつける。

 

「引力と斥力は一度に両方は使えない!」

 

このフォームは引力と斥力の操作という強力な能力を持っているが、フィールドの生成に多くのエネルギーを必要とするため片方しか一度に扱えないという欠点が存在する。更に言うと、機動力も低下、両手がフィールドを生成する球状グローブで塞がれるため武器の使用も不可能になる。

 

ニュートン魂とは超強力な能力を持つ一方で、様々な欠点を抱えるフォームでもあるのだ。

 

「行きます」

 

猫のような俊敏さを以て、奴から見て左側から塔城さんが駆ける。一息に凛へと跳躍して距離を縮め、回し蹴りを喰らわせる。

 

「くっ」

 

咄嗟に凛は左腕で防御するが、すでに自身の間合いに相手を収めた塔城さんはそこから怒涛のラッシュで攻め立てる。小柄な体から想像もできないようなパワーで繰り出される多彩な拳打、蹴撃の数々。

 

凛も聖魔剣を抑える斥力フィールドを維持しなければならないので思うように塔城さんの攻めを防ぐことができない。

 

「えい」

 

そして締めに、渾身のアッパーを繰り出す。快音を響かせながら弧を描いて、凛の体が宙に舞いあがる。

 

数秒後、落下してどさりと倒れこんだ。あれだけの仙術攻撃を受けたのだ、これからの戦闘に大きく響くはず。その証拠に、中々起き上がってこない。

 

「小猫ちゃん、離れて!」

 

聖魔剣たちを食い止めていたフィールドがなくなり、再び木場は聖魔剣の力を込め、刃の花園を広げる。

 

それを一瞥し、塔城さんが離れようとした時だった。

 

「……」

 

倒れたままの凛が音もなく右手を突き出し、一瞬だけ斥力を放ったのだ。一瞬ではあるが範囲と時間を絞った分高いパワーで発動した斥力に、小柄な塔城さんは不意をつかれ木っ端のように後ろへ吹き飛んだ。

 

「きゃっ!!」

 

そして吹き飛んだ先にあるのは凛へとその領域を広げんとする聖魔剣の刃たち。

 

「小猫ちゃん!!」

 

「塔城さん!!」

 

まさかの事態に、頭が真っ白になる。

 

このままでは塔城さんが聖魔剣の剣山に貫かれてしまう。剣のダメージだけではない、聖なるオーラも全身に受け、どのような形であれ即死は免れない。

 

「これで二人目だ」

 

仙術の効果で上手く動かず、震えながらゆっくりと立ち上がる凛が抑揚の少ない声で勝利宣言を下す。猛烈なスピード、そしてこの距離ではもう誰も間に合わない。

 

仲間を失う、その凍えるような恐怖が心を侵食せんとした時だった。横合いから赤い烈風が吹き荒れた。そして数瞬後、塔城さんの姿がふっと消えた。

 

「!」

 

さらに赤い風が放つ強烈な拳が凛を吹っ飛ばす。吹き飛ばされた凛は体を上手く動かせないまま、ずざざと地に倒れこむ。

 

「俺もいるってこと、忘れんな!」

 

電撃的な攻撃を放ったのは赤龍の鎧を纏った兵藤だった。その片腕には塔城さんが抱えられている。俺達が戦っている間に2分間のカウントを終えて無事に禁手を発動したのだ。

 

今までは禁手を使えず、増加と譲渡で補助に徹してきたあいつが今、勇ましく鎧を纏って前線に立っている。その姿を見ると成長っぷりを感じて、嬉しくなる。そして同時に希望も湧きたってくる。

 

ドラゴンは力の象徴でもある、とか先生が言ってたか。

 

「イッセー先輩、そ、その…」

 

腕に抱えられ、顔を赤くしてしどろもどろに何かを言わんとする塔城さん。

 

「ああ、ごめん。ケガはない?」

 

「は、はいぃ…」

 

優しく声をかけるとゆっくりと兵藤は腕に抱えた塔城さんを下ろしてあげた。何やら塔城さんは耳の先まで真っ赤になりそうなくらい恥ずかしそうにしている。

 

戦闘中に見せつけてくれるじゃないか。周りの朱乃さんもどことなく不機嫌そうにほおを膨らませている。

 

だが相手はこの雰囲気を続けさせてはくれない。

 

「…もう少し、本気を出した方が良さそうだ」

 

刹那、この場の緊張感が増大した。重いような、圧迫される…いや、圧倒されるようなというべきか。

 

そしてゆっくりと床に倒れ伏していた凛が起き上がる。

 

「気を付けて、敵のオーラが濃くなったわ」

 

警戒心を濃くし、冷汗を垂らす朱乃さんが注意を促す。

 

変身状態の今なら見ることができる。今の彼女が濃密に纏う、底知れぬ力を秘めた黄色のオーラが。

 

…黄色?ネクロムのオーラは緑色じゃなかったか?

 

「乱した体内の気の流れが強引に戻されてます」

 

驚いたように凛を見るのは塔城さんだった。さっきの仙術ラッシュも無駄になってしまったのか。

 

「そんなことあり得るのか?」

 

「一応、できないことはないんですけどそんな荒業、相当の実力者のオーラじゃないと…」

 

「とにかく、今のあいつがやべえってのはよくわかるぜ」

 

警戒心を増した俺達は彼女の次手を逃すまいと注視する。もしかすると、さっきの塔城さんのようにあっけなくやられる可能性だってある。より一層、気が抜けなくなった。

 

「ここからが本番だ」

 

〔YES-SIR〕

 

本日何度目になるだろうか、凛は新たな眼魂を取り出すとメガウルオウダーに装填した。今回出現したのは穢れなき白の地に高貴さを感じさせる金色に縁どられたパーカーゴーストだ。

 

〔TENGAN!SANZO!MEGAUL-ORDE!〕

 

そしてゆっくりとパーカーゴーストを着て、ゴーストチェンジを完了する。

 

白と金の格子模様のパーカー『サイユウコート』は邪を払う聖なる力に満ちている。

 

何より目を引くのが、両肩に装着されたお供達のレリーフ。右肩には孫悟空を模した赤いサル、左肩には猪八戒を模したオレンジの豚。正面からは見えないが背部には沙悟浄を模した緑色の装甲もある。

 

頭部の玄奘三蔵がかぶっていたとされる僧頭巾をモチーフにした『テンジクヘッドガード』は使用者の徳に応じて防御力を増大させる。顔面の防護フレームは燃え盛る太陽をイメージさせる『モノキュラーガードNR』が装着され、複眼の色は薄い黄色へと変色した。 

 

〔SAIYU RODE!〕

 

西遊記で有名な玄奘三蔵と彼が従える3人のお供の力を宿した姿、仮面ライダーネクロム サンゾウ魂。原作でも見慣れ、テレビの画面の中で頼もしく活躍していたその姿は今の俺にとっては脅威として立ちはだかる。

 

「あれは見たことないフォームだな」

 

「サンゾウ魂、西遊記の三蔵法師とその一行の力を使うフォームだ」

 

俺が教えたのはあくまでパーティー会場時に持っていた、あるいは現れたガンマイザーから持っていると推測される眼魂の情報のみだ。まだサンゾウ眼魂の使用やそれに対応したガンマイザーの目撃情報はなかったのでまだ共有はしていなかった。

 

「こちらは数が心許ないのでな」

 

凛は素早く印を結ぶ。すると両肩のレリーフが発光し、ボフンと煙を立てて出現したのは。

 

「フガッ!」

 

「キキィー!」

 

「カカカ!」

 

サンゾウ魂のパーカーゴーストの両肩、そして背部にレリーフが存在するサンゾウの従える3人のお供。

 

孫悟空と沙悟浄、猪八戒の3体だ。サンゾウには彼らを実体化させ使役する能力もあるのだ。突然の出現に、兵藤たちは警戒の色を深める。

 

「何じゃありゃ?」

 

「サンゾウのお供だ、奴らの連携攻撃は強力だから気を付けろ」

 

そう言う間にも、お供達は戦意マシマシに一気に俺達の方へ向かってくる。

 

「そうだ、紀伊国!」

 

兵藤に声をかけられると、何かを投げ渡される。何かと思って見ればそれはちょうどキャプテンゴーストを堕とされる直前に奪われたフーディーニ眼魂だった。 

 

「これ…いつの間に?」

 

「さっき殴った時ちょろまかしといた。女のボディータッチは俺の専攻特許だからな!」

 

表情は兜で見えないながらもサムズアップを送って来た。弾む声の調子から、兜の裏で笑っているんだろう。

 

「お前…!そりゃ専売特許だ」

 

「お、そうだ、それだ」

 

「イッセー君、紀伊国君。ここは私たちが抑えますわ、その間にネクロムを」

 

朱乃さんのもとに木場と塔城さんが集まる。

 

あの3匹の相手はこっちの3人に任せた方がいいか。

 

頷くや否や、早速受け取った眼魂を挿入し、変身待機モードに入る。すると神殿の床を突き抜けて、大海をはねる魚のように元気よくマシンフーディーが飛び出してきた。

 

「何でこいついつも豪快な出現をするんだ…?」

 

〔カイガン!フーディーニ!マジいいじゃん!すげえマジシャン!〕

 

疑問はさておき、割れたバイク+群青のパーカーゴーストを着て、フーディーニ魂へとゴーストチェンジを完了する。そして前へと歩を進め、赤龍帝の鎧を纏い、雄々しく立つ兵藤の隣にざっと立つ。

 

〈BGM:COUNTER ATTACK(機動戦士ガンダムOO)〉

 

「まずはこいつから!」

 

兵藤が右手を突き出し、小さな赤い魔力の玉を生み出す。それを倍加の力を注いで大きなオーラとして打ち出すドラゴンショットをお供達、そしてその直線状の奥にいる凛に放った。

 

「!」

 

纏まって向かってきたお供たちは赤い光条をそれぞれ左右に飛んで躱し、綺麗にドラゴンショットに分断される。さらにドラゴンショットが真っすぐ向かう先にいる凛は。

 

「…」

 

背中に装着された黄金のリング『ゴコウリン』を取り出して、前面に放る。するとリングは宙に浮いて回転を始め、凛が突き出した両手から注がれるオーラを得て光の防御壁と化した。

 

ドラゴンショットが防御壁に激突した瞬間、轟音をたてながら赤い魔力を弾き、分散した魔力があちこちに飛んでは荒々しく破壊を生む。

 

「行きますわよ」

 

破壊で砕け、飛び散る瓦礫と煙をものともせず朱乃さんと木場、塔城さんが分断されたお供達へと向う。それに反応したお供達も迎撃を開始し、オカ研とサンゾウのお供達で3対3の戦いが始まった。

 

そして残された俺達は。

 

「同時に仕掛ける!」

 

「待った分、暴れてやらぁ!」

 

声を張り上げ、兵藤がブースターから赤いオーラを噴き出し、疾風のごときスピードを伴って猛進する。俺も飛行ユニットを起動させて、低空飛行でかっ飛ばしそれに追随する。

 

「来い、特異点たち」

 

宙に浮いたままのリングは再び回転する。そして意思を持つかのように凛の周囲を飛び、軽く跳躍した凛を乗せると天へと飛行した。

 

途中神殿の天井を破壊して穴を開け、紫色の空へと駆け上る。彼女が飛び立つさまを見上げる俺達はすぐさま追撃へと移る。

 

背部の飛行ユニットを起動、4つのホイールが回転し本格的な飛行を開始する。隣で兵藤はばさっと龍の翼を広げ空に向かって飛び立つ。

 

さっきまで見上げていた空がだんだん近づいていく。風を切りながら、共に空を目指す俺達。

 

「取り敢えずもらっておけ!」

 

「ドラゴンショットォ!」

 

上昇しながら俺はガンガンハンドの銃撃で既に上空で俺達を見下ろす凛を牽制する。その隣で兵藤がドラゴンショットを何度も放つ。

 

空に次々と打ちあがる赤い光線とそれに比べれば微々たる青い霊力の銃弾の弾幕を、俺達の更に上空を滑るように飛行する凛は易々と回避していく。

 

「やっぱ遠距離戦だと埒が明かねえ!」

 

「なら、近接戦で埒を開ける!」

 

牽制射撃をやめ、ドラゴンショットの次に飛び出したのは俺だ。 

 

飛行ユニットのホイールをフル稼働させてスピードを増し、ギュンと一気に上昇して距離を詰める。

 

「オオオッ!」

 

裂帛の叫びと共に拳を繰り出す。しかし彼女は俺の拳打をするりといなし、反撃の掌底打ちを放つ。凛の流水のように軽やかな動作、柔よく剛を制すとはこのことか。

 

「うぐっ!」

 

みぞおちを穿たれ、その衝撃に息が吐きだされる。

 

「まだまだぁ!」

 

矢継ぎ早に、入れ替わるようにして俺達の接近戦に入って来たのは兵藤だ。

 

背中のブースターから赤いオーラを吹かしキックしながら弾丸のように突撃する。

 

咄嗟に反応した凛は両腕をクロスして強烈なキックを防御するが、こらえきれないその衝撃で大きく後退した。

 

後退した凛を、兵藤は再び赤いオーラをブースターから放出しながら猛追する。凄まじい速度で距離が消し飛び、間合いにおさめて拳打を放った。

 

しかし彼女は上体をそらして回避、反撃に鋭いキックを腹部に叩き込む。

 

「ぐふ!?」

 

さらには聖なる光を纏った貫手を突き出してきた。

 

「させるか!」

 

そこに俺はフーディーニの鎖をいくつも伸ばして、彼女の攻撃を妨害、さらには絡め取らんとする。

 

が、とうの彼女はフーディーニのグライダーモードのように乗りこなすゴコウリンを操作し、器用に距離を取りつつ、突きを入れる鎖を弾いては絡みつこうとする鎖を躱していく。

 

だが俺の目的はそれだけじゃない。

 

「おうっ!?」

 

伸ばした鎖の一本を兵藤の腕に巻き付け、ギュンとこっちに引き寄せる。

 

「サンキュー、危なかったぜ…」

 

無事に難を逃れた兵藤が、深く緊張の解けた息を吐く。

 

「はっきり言って、あいつ滅茶苦茶強いぞ」

 

「同感だ」

 

正直に言って、想像以上だ。ここまで今の彼女が強いとは思わなかった。液状化を対処して、英雄眼魂のフォームも自分の持っている情報を活用すれば攻略できると思っていた。

 

だが甘かった。素の戦闘力が高すぎる。シンプルに今の俺達のレベルを凌駕しているのだ。

 

…実の妹を殺したくなんてないんだが、殺す気でかからないとこっちがやられる。難儀なものだ、『妹を殺さない』、『妹を倒す』。その両方をやらなくちゃいけないなんてな。

 

「今の状態とはいえ、私を貴様らと同格に見てもらっては困る」

 

〔DAITENGAN!SANZO!〕

 

凛がメガウルオウダーを操作すると、体から黄金色の靄が発生しその体を包み込む。靄はさらにその大きさを増し、雲のごとき様相を見せた。そして雲状の霊力を纏った凛はこちらに突進する。

 

猛進する黄金色の雲。サンゾウ魂の能力からして、大きな筋斗雲ともいうべきか。

 

「くらったらマズそうだな!」

 

接近するそれを兵藤はドラゴンショットを何度も放って迎撃せんとする。しかし筋斗雲は次々と来る赤い光条を巧みにかわし距離を詰めていく。

 

〔OMEGAUL-ORDE!〕

 

「くそっ!何だこうッ!?」

 

迎撃もむなしく、筋斗雲に飲まれた兵藤。内部を窺うことのできない筋斗雲の中から打撃音が何度も聞こえた。

 

最後に一際大きな音が聞こえると爆発が起き、勢いよく兵藤が吹き飛ばされながら出てきた。

 

「がふぁあ!!」

 

光を反射して赤く煌めく鎧の破片をまき散らしながら、兵藤は元居た地上の神殿へと真っ逆さまに落下する。

 

「兵藤!」

 

「隙を見せたな」

 

爆炎の中から影が揺らめき、近づく影が一つ。

 

爆炎からその姿を現したのと、攻撃を受けたのはほぼ同時だった。

 

〔OMEGA CLASH!〕

 

白い槌の形状をした霊力を纏うガンガンキャッチャー。それを掲げる凛の鮮烈かつ豪快なひと振りを受け、俺は兵藤の後を追うように神殿へ叩き落とされた。

 

〈BGM終了〉

 




ネクロムのゴーストチェンジ祭りはこれにて終了。

今回登場したのは原作でもお馴染みのグリム魂とサンゾウ魂に加え、オリジナルのゴエモン魂、ニュートン魂、ムサシ魂、そしてノブナガ魂。残りのフォームも機会があれば出すつもりです。

次話は遅くとも今週の金曜日までには投稿します。

次回こそ、「『普通』の悪魔」


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第61話 「『普通』の悪魔」

まさかの掘り下げ回、そしてディオドラに関してオリ設定があります。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
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11.ツタンカーメン
13.フーディーニ





ディオドラ・アスタロトは名門アスタロト家の次期当主だ。

 

容姿端麗、強力な魔力、そしてさわやかな笑顔と人当たりの良さもあって順当に次期当主の座を得た男。

 

だが彼は心にある闇を抱えていた。

 

それは彼の兄である魔王アジュカ・ベルゼブブの存在である。

 

アジュカは大戦後の旧魔王派と新政府派の対立、内戦で新政府軍のエースとして活躍し、戦後は魔王ベルゼブブの座を継いだ。サーゼクス・ルシファーと同じ『超越者』として名を挙げられる彼は冥界の技術開発における最高顧問だ。

 

現悪魔社会に多大な影響力を持つ『悪魔の駒』とレーティングゲームを開発し、他にも冥界のあらゆる技術を生み出しては発展させていった。もはや魔王以上に冥界になくてはならない、彼無くして今の悪魔を語れないほどの存在とも言えよう。

 

そんな彼が社会に貢献すればするほどに彼を輩出したアスタロト家の名声は上がり、アスタロト家の者やその領民からの人気も信頼度も増していく。

 

それと反比例して、ディオドラは目立たなくなっていった。元々これといって突出したモノも才能もなく、容姿の美しさも魔力の強さも、何もかもが上級悪魔にとっては平凡だった彼。

 

しかしそれとは打って変わってアジュカは才能の塊であり、冥界の五指に入ると言われるほどの実力者。それは悪魔の誰もが認める事実であり、その貢献もあって広く支持されていた。

 

アスタロトといえば?と聞かれたら誰もがアジュカと答える。その支持は彼の生まれ育ったアスタロト領では際立って大きかった。

 

そしてディオドラは、その圧倒的支持に負けたのだ。いや、その支持が大きすぎたというべきか。次期当主の座に収まった時にはすでに彼は負けていた。彼とアジュカとの差は圧倒的過ぎて、平凡な彼にはどうしようもなかった。

 

『領民に見向きもされない次期当主なんて、一体僕は何のためにいるんだろう』

 

愛すべき、尽くすべき領民からの注目も興味もアジュカに奪われた彼は次第に心に空虚を抱えるようになる。元々家を出て、技術発展に注力していたアジュカが魔王になった後に生まれたディオドラとの交流がほぼ皆無だったのも大きかった。

 

そしてディオドラに対する興味関心を無くしたのは両親も例外ではなかった。

 

アスタロト家を継ぐ次期当主となるはずの自分よりも、家を出て魔王となって活躍し、大きな実績を上げ続け間接的に実家に貢献し続ける兄の方に両親の感心は行ってしまった。親であるがゆえに二人のことをよく知っているディオドラはなおさら両親の心の変化を強く感じ取ってしまったのだ。

 

しかしそれでも民を思い、次期当主としての役目を果たし己の力でアスタロト領にさらなる発展をもたらすことを願った。

 

だがある時、たまたま街へ出た時ある領民の会話を聞いてしまった。

 

『ベルゼブブ様と比べると、ディオドラ様っていまいちぱっとしないよな』

 

その言葉に彼は心底ショックを受けた。ショックが収まった時、彼の心にある空虚は兄や領民、あらゆるものへの底なしの怒り、そしてあるものへの欲望へと変化してしまった。

 

『どうしてあいつばかり』

 

誰もかれもが自分に見向きもしない。見たとしてもそれは偉大な兄の比較対象として。それが溜まらなく、彼には苦痛だった。そんな彼の歪みは怒りと欲望と共に日に日に膨れ上がっていった。

 

だからこそ彼は求めた。自分を他の誰とも比較しない、自分だけを見てくれる存在を。そして考えた、どうすればそんな存在が手に入るかを。

 

そんなある日、彼はある本を読んだ。どこにでもある、悪魔とは何たるか、ごくありふれた常識を書いた本。子供向けといってもおかしくないレベルの内容だった。

 

単なる気まぐれでそれを読んだが、そこで彼は見た。

 

敬虔な信徒を堕落させるのは悪魔の役目だと。

 

その時彼は雷に打たれたような衝撃を受けた。そして、笑いが止まらなくなった。

 

『そうか、こうすれば手に入るんだ』

 

それが彼の『趣味』の始まりだった。

 

色んなシチュエーションを考え、女性の心を揺さぶるテクニックを学び、その手の類のあらゆる本を読み漁り研究し、実践した。

 

ものの見事に彼が狙ったシスターたちは彼のテクに引っかかってくれた。疑うことを知らない彼女たちは格好のカモだった。

 

自分と通じてしまったことで教会に追放され、途方に暮れる彼女たちに手を差し伸べる。その時、救われたと感じる彼女たちの目が大好きだった。一夜を共にし、教会にいたなら得られることのなかったであろう快楽に身をよじり喘ぐ彼女たちの目も同じくらいに。

 

それは何故か?その時の彼女たちの目には自分以外の何者も映らないからだ。

 

手間暇をかけて手に入れ、己色に染め上げた彼女たちは自分の父母以上に何より自分を大切にしてくれる、自分だけを見てくれる。

 

それが溜まらなく彼には嬉しかった、幸福だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ド派手な魔力のぶつかり合い、激しく弾けた魔力のかすが石造りの神殿の床や柱を抉っていく。

 

猛る獣のようないななきと共に宙を馳せる赤い魔力の主はグレモリー家次期当主のリアス・グレモリー。片や『禍の団』に与し、その本性をさらけ出したアスタロト家次期当主、ディオドラ・アスタロト。

 

「どうして『禍の団』に加担したの!?」

 

「和平を進める現政府側に付けば、やがて規制を受けて今までのようにシスター達を集めたりできなくなる。でもシャルバ達の側に付けば今までのようにできる」

 

二人は言葉を交わしながら、互いに魔力を撃ちあう。戦意に満ち満ちて苛烈な攻撃を加えるリアスに対し、ディオドラはあくまで余裕に満ちた表情と動きだ。

 

そしてゼノヴィアが魔力同士の衝突で発生する光に紛れて突撃する。

 

「貴様を見ていると教会時代の血が騒ぐ!」

 

友を侮辱された怒りを込められたデュランダルの大きな青刃が鮮烈かつ力強い剣閃を描く。

 

「今まで何人も悪魔を斬ってきたが貴様ほどタチの悪い悪魔は滅多にいない!!」

 

怒りが剣技のスピードをどんどんヒートアップさせる。しかし怒りはスピードとパワーを与える代わりに、彼女の動きから余裕とテクニックを奪っていった。

 

「ふっ、でも生憎君は好みじゃないね」

 

「知ったことか!私は貴様のような下衆にくれてやる操は持ち合わせていないッ!!」

 

顔面を捕えた一突き。ディオドラは顔を横にそらして躱すが、聖剣のオーラが端正な彼の頬をかすめ傷つけた。

 

「ちっ」

 

「裁きを受けろッ!!」

 

さらに踏み込んで、ゼノヴィアは悪魔にとって必殺となる聖剣の一振りを繰り出す。

 

「ハァッ!」

 

上級悪魔の苦手とする接近戦。それを得意とするゼノヴィアに追い詰められ始めたディオドラは全身から魔力を放出するという強引な手段に出る。ゼノヴィアはその衝撃を受けながらも逆に利用して、一旦引き下がる。

 

なんとかゼノヴィアから距離を離すことに成功したディオドラは、激しい動きで乱れた小綺麗な貴族服を整える。

 

そして何を思ったか、さっきまで浮かべていた邪悪さすら感じる微笑みを消し、真剣な表情を見せた。今の今までリアス達に見せることのなかった表情だ。

 

「旧魔王派に付いたのは単に『趣味』ができるからってだけじゃない。僕はアジュカを倒して、皆に認めさせたいんだ、僕と言う存在を。取り返したいんだ、アジュカに奪われた全てを!」

 

彼は思いを込めて強く言い放った。

 

それは彼のありのままの思いだった、一般に野望と言われるようなものだとしても彼の切なる願いだった。何年にもわたって胸にとどまり続けた思いを吐き散らして彼は己を鼓舞する。

 

「君だってそうだろう?魔王の血筋、魔王の妹、皆が見ているのは君の後ろにいるサーゼクスだ、誰も君をリアス・グレモリーとして見てはいない!」

 

「…」

 

悪意を含んだ笑みを再び浮かべながらディオドラはリアスを指さす。彼の言葉に動かされたか、リアスの攻撃の手が止まる。しかしディオドラはこの隙をついて攻撃することはしなかった。

 

それを好機と見て、彼は言葉を続ける。

 

「君と僕は同類さ、魔王に人生を歪められた者同士だ。奴らがいる限り、誰も君をありのままの君として見てはくれない、君はただの君として生きられないんだよ!」

 

「…ディオドラ」

 

彼の言葉から思いを理解したか、リアスは自然と心中に浮かぶ複雑な思いを映したような表情を見せる。

 

「ふふっ。それに、旧魔王派に付いた方が今後のためだよ。直にサーゼクス達の時代は終わる。紛い物の魔王ではなく、7つの『仮面』によって本物の正統たる魔王の時代が訪れる!そして僕は仮面を手にしてアジュカを潰し、魔王の座を奪い取ってやるのさ!!」

 

「7つの仮面?」

 

「おっと、口が滑ったね」

 

わざとらしくディオドラはさっきまで己の野望を饒舌に語った口を押える。

 

「君がアーシアを大人しく渡して、僕たちの側に付けば君も新時代の支配者になれると約束するよ。君は力もあるし、将来性もある。どうだい、悪い話じゃないだろう?」

 

「部長、奴の話に耳を貸すな。奴は今この場で斬らなければならない敵だ」

 

誘いの言葉をかけるディオドラ。険しい表情でゼノヴィアはリアスにそれを拒絶するよう短く声をかけた。

 

「…そうね、私の人生はある意味、お兄様に歪められたものかもしれない」

 

「部長?」

 

リアスは二つの過去を思い返した、一つは自分の兄との思い出。

 

魔王の職務をこなしながらどうにか時間を作って、サーゼクスはピアノの演奏会を観に来てくれた。だが成長するにつれ、兄の過保護っぷりに呆れの念を抱くようになってきた。今でも幼い自分の記録映像をどこかに保管し、度々それを見返すという兄のシスコンっぷりには毎度頭を悩ませられる。

 

そしてもう一つは、社交会で出会う貴族悪魔たち。名家グレモリーの娘として何度も出席した上級悪魔によるパーティー。そこで出会う彼らは、魔王であるサーゼクスと良好な仲である彼女に取り入ることで、魔王とのコネを得てより悪魔社会で影響力を持たんと接してくる。

 

彼らが見ているのは自身ではない、その後ろにいる兄だ。内心彼らは自分をのし上がっていくための道具としか見ていないだろう。

 

そんな彼らの企みが分からない彼女ではない。彼らもそれは欲を持ち欲に生きる悪魔なのだ。兄とのつながりを得て美味しい思いをしたいのは仕方のないことだ。内心に嫌悪感を寂しさを抱きながらも、下手なことをすれば迷惑をこうむるのは自分だけではない、家族や兄にまで影響が及んでしまうかもしれない。兄やグレモリーの名を傷つけまいと貴族らしい振る舞いを以て接してきた。

 

偉大な兄の存在が、自分を自分として見てくれる存在を減らしてしまった。今まで何度そんな思いをしてきたかなんて数えきれないくらいだ。

 

「でも、私はお兄様を恨んだことはない。ちょっと変な所もあるけど、優しくて、強くて、お兄様が私は好きなの」

 

だが、リアスはサーゼクスを疎んじたことは一度もなかった。立派に魔王の務めを果たす彼は、自身が受け継いだグレモリーの名と同じくらいに、彼女にとって誇れるものだった。

 

そして、自分が成長しても変わらない愛情を注いでくれる彼が大好きだ。

 

「…は?」

 

ディオドラは彼女が何を言っているか理解できなかった。彼にとって、兄である魔王は憎むべきものだったからだ。

 

「それに私を私として見てくれる人ならいるわ。みんな彼をバカにするけど、私は彼を信じてる。イッセーがいるから、私はありのままの私でいられる」

 

今、隣で赤い鎧を纏って戦っている自身の眷属の少年。己の色欲に真っすぐで、貴族社会の礼儀作法にも悪魔社会にも疎くて、知恵は足りてないくせにその欲望と直結した奇妙な技を独自で開発する。

 

年頃の女の子になり、普通の女の子のように恋愛したいと思うようになる。だが、その思いを実現させまいとしたのは自分にとって誇りであったグレモリーの名だった。

 

しかし、彼は下僕である己の立場を越えて、あの時おかしな言い方ではあるが思いを大勢の前で言い放った。そしてその思いを、自身の婚約相手を打ち負かすことで力と共に大勢に示し、兄に自分を返してくれと願った。

 

その彼の姿に、リアスはどれほど救われただろうか。

 

その愚直さに何度も救われた、何度も苦難の闇を照らす勇気をもらった。自分の不甲斐ない姿を見ても、彼は見捨てず、真っすぐな思いを貫き通した。だからこそリアスは彼を…。

 

「あなたの思いはわかるわ、でも私はあなたと同じ道を往くことはない、あなたの野望はここで終わりにさせる!」

 

そして気高く宣言する。今まさに己を誘わんとしている邪道への拒絶を。より一層、怒りという濁りが薄まり己と向き合ってより澄んだ闘志にその翠眼を輝かせる。

 

「それでこそ、私の『王』だ」

 

その凛々しい姿にゼノヴィアも満足げにフッと笑い、聖剣を構える。

 

「…そうか、結局はお前も敵だ!!」

 

拒絶への怒りに吼えるディオドラの全身からオーラが一層強く溢れる。ディオドラの怒りと憎しみを反映したような昏い色を見せる魔力はオーフィスの蛇がもたらす黒いオーラと混ざり合い、酷く濁った色へと変わる。

 

「僕の人生を奪ったアジュカから魔王の座も何もかも奪って、初めて僕の人生は輝きだす!!その邪魔はさせない!!」

 

「私はお兄様に誇れる自分であり続ける!」

 

二人の咆哮と共に、戦いは再開した。

 

己が兄に対して抱く、両者真逆の思い。そして眷属悪魔を率いる一『王』のプライドは再び激しくぶつかり合う。

 

 




ディオドラの過去に関してアジュカが兄だったり、まあありえそうかなーというオリ要素を混ぜながら考えました。

次回、「結束の一撃」


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第62話 「結束の一撃」

ネクロム戦、いよいよ終結です。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
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13.フーディーニ




気付けば、俺は天を仰いでいた。

 

辺りには瓦礫が散らばり、高貴さすら感じる神殿の床は無残にひび割れ砕けている。そして俺はそこに、かろうじて変身が解除されないまま仰向けに倒れていた。ついさっきまでの記憶が飛んでいることから、地面に叩きつけられた時意識が飛んだのだろう。

 

体はほぼ動かない、呼吸するのがやっとの状態。激闘に次ぐ激闘にとうとう限界を迎えてしまったようだ。

 

全身に激痛が走っており、少しでも動かそうものなら容赦なく痛みが全身を焼くように襲う。顔にはぬめりとしたものがびったりとついているのを感じ、口の中に濃厚すぎる程血の味が広がっている。

 

いわゆる、戦闘不能状態ってやつだ。

 

「う…」

 

何とか目だけを動かし、視線を隣にやればボロボロになった鎧を纏う兵藤が苦痛の声を漏らしながらも起き上がろうとしている。俺と違って悪魔のあいつは体も頑丈にできているからまだあいつは戦える。

 

だが…。

 

「まだ生きているのか」

 

見上げる天から降り立ったのは俺達をたった一人で圧倒し、文字通り地面に叩きのめした凛。

 

地面に倒れる俺を見て、僅かにめんどくさそうな声色で吐いた。

 

〔CRASH THE INVADOR!〕

 

そして、元のネクロム魂へと姿を戻した。

 

「向こうも存外しぶといな」

 

彼女はちらりとある方向へ一瞥する。

 

その先にいるのは軽いフットワークを生かして俊足の木場と対峙する孫悟空、水流攻撃を放つ沙悟浄に蹴りを入れる塔城さん、そして雷の直撃を受けてなお健在のタフさを見せる猪八戒に手こずる朱乃さん。

 

俺達のために足止めを志願した皆だ。

 

〔DAIKAIGAN!〕

 

それを見て凛は無言でガンガンキャッチャーのソケットにノブナガ眼魂を装填し、銃モードにスライド変形させる。ノブナガ眼魂の力で周囲に無数のガンガンキャッチャー銃モードの幻影が出現、その銃口をお供達と戦っている木場達に向けた。

 

「皆、避けろ!」

 

兵藤が怒声を張り上げてお供との戦闘を続ける皆に危機を知らせる。

 

「!」

 

兵藤のおかげで凛の動きに気付いた3人は急いで攻撃の範囲から逃れようとするが、お供達が急に組み付いてその動きを封じてしまった。

 

「これじゃ…!」

 

「離してっ…!」

 

お供達を振り切ろうと必死に足掻くが、お供達は離さない。

 

〔OMEGA FINISH!〕

 

そしてお供達が身を挺して足止めしている間に、チャージした霊力を解放して一斉砲火を放つ。暴風雨のように激しく吹き付ける紫光の嵐は容赦なく味方であるお供ごと木場達を撃ち抜いた。

 

「きゃああっ!!」

 

全身の様々な箇所を撃ち抜かれ、そこからどっと血が噴き出す。攻撃を共に受けたお供たちは木場達のように倒れることなく、ダメージでその場で霞むように消滅する。

 

「がはッ!」

 

3人とも血反吐を吐いて、銃撃で小さく抉れた跡だらけの地面にふらふらと力なく倒れる。

 

「くそぉ…テメェ…!!」

 

「…」

 

怒りに声を荒げて馳せる兵藤に凛は静かに銃口を向け、引き金を引いた。

 

兵藤は腕を交差させて防御の構えを取る。しかし彼が銃撃を受けることはなかった。

 

その銃弾を受けたのは。

 

「がふ」

 

兵藤の後ろで倒れている朱乃さんだった。凛は最初から兵藤を撃つ気はなかったのだ。

 

腹にさらなる銃撃を受けて穴を開けられ、口から血をごぼっと吐き出した。戦いですす汚れた顔から血の気が失せ始め、さらに白くなっていく。

 

「朱乃さん!!」

 

「雷を出されると面倒なのでな、念には念を入れた」

 

「テメェェェ!よくもォォ!!」

 

その行動が兵藤の烈火のごとき怒りに油を注いだ。喉が裂けんばかりの叫びを血と共に吐き出しながら背部のブースターを吹かして突撃、思いっきり拳を振りかぶった。

 

「…無駄なのがわからないのか」

 

しかし怒りを込めた一撃が凛に響くことはなかった。拳を受けた胸が透明な緑色の液体へと変化し、お得意の液状化で易々とすり抜けたのだ。

 

激昂する兵藤を見ても、その攻撃を受けても、彼女はなんら動じない。

 

「効かない…!」

 

がむしゃらに放つ拳打も、蹴りもことごとくすり抜けていく。何度も何度も攻撃を繰り返してもまるで通じない。

 

兵藤が攻撃するたびに液状化を使って、怒りと共に繰り出される攻撃を無意味にしていく。

 

そして凛が、気だるげに一言。

 

「…気が済んだか?」

 

今まで攻撃を受けるばかりで語りに徹していた彼女が顔面に繰り出されたパンチを手で弾き、お返しに兵藤の顔面にパンチを喰らわせた。

 

「うがっ!?」

 

速かった、そしてその威力はそれを受けた兵藤の様子が物語っていた。

 

軽い脳震盪を起こしたらしく、大きくのけぞってふらふらと後ろに下がる。

 

〔DESTROY!DAITENGAN!NECROM!〕

 

更に素早くメガウルオウダーを操作、緑色に輝く強大な霊力を即座に右脚に集中させる。

 

〔OMEGAUL-ORDE!〕

 

新緑の霊力を纏った突き刺すような蹴りが、鮮やかな光の軌跡を描いて兵藤の腹を真っすぐにぶち抜いた。

 

「うがぁぁっ!!」

 

その強烈な威力に腹部の鎧が粉々に砕け散る。ドンと大気を叩くような音を響かせて大きく後ろに吹き飛び、神殿を支える大きな柱に大の字に叩きつけられた。

 

「が…」

 

叩きつけられた衝撃で柱中にヒビが入る。赤いマスクの隙間から血が噴き出すのが見えた。そしてゆっくりと、細かい岩の破片と共に地面にどさりと倒れこんだ。

 

「先輩…!」

 

「イッセー君!!」

 

仲間の倒れる姿に木場達が悲痛に叫ぶ。彼らの心を照らし、希望をもたらしてきたあいつの今の姿は木場達には大層こたえるだろう。

 

「どうすればいいんだよ…一体…!」

 

深海凛、仮面ライダーネクロム。本当に厄介な相手だ。今までの戦闘を見てわかったのが、あいつの戦闘パターンは大きく分けて2つだ。

 

その二つを分かつ基準は、液状化を相手が対応できるかどうか。

 

液状化を打破できない相手なら、ネクロム魂の液状化で相手の攻撃をことごとく無効化しながらワンサイドゲーム。打破できる相手なら眼魂を使った多彩な戦術で相手を追い詰める。

 

そして何より、本人の異常なまでの戦闘力の高さだ。パワー、スピード、そしてなにより上級悪魔はゆうに超えるレベルのオーラ。この強さと眼魂、そして液状化で凛の強さは成り立っている。…内心、兄として妹の強さは誇らしくはあるが。

 

圧倒的な力の前に倒れゆく仲間たち。そんな状況下で俺の心に、徐々に濃くなりつつある文字がある。

 

全滅。

 

ただの一人で、俺達6人を一度に相手にして全滅寸前にまで追い込む今の彼女の強さは相当なものだ。レベルが違う。以前も同じように俺達とレベルが段違いの相手、コカビエルと戦ったが奴にはない多彩な能力を持つ凛はそれ以上に厄介な相手だ。

 

そんな中、さらなる凶報は舞い込んだ。

 

「きゃあっ!!」

 

「くっ…!」

 

魔力の攻撃を受けて、宙を舞う影が2つ。

 

悲鳴を上げ地面を弾んでざざざと倒れたのは部長さんとゼノヴィアだった。どちらも既にボロボロで、血が滲む顔で地に苦痛に歪む顔をつける。

 

「ゼノヴィア…!」

 

「僕をここまで手間取らせるとはね…」

 

そしてさっきまで二人を相手にしていたディオドラも貴族服もボロボロ、至る箇所に血のにじむ切り傷を作っていた。

 

デュランダルと滅びの力を以てしても、オーフィスの蛇でパワーアップした奴には届かないのか。

 

「でも、勝ったのは僕だ。やはり僕にこそ魔王の仮面は相応しいよ」

 

そして余裕たっぷりに、嘲るように血に這いつくばる俺達を見下ろした。ボロボロになって辺りに倒れる俺達の有り様にもう勝った気でいるのだ。

 

「……」

 

その中でゆっくりと兵藤へと歩みを進め始める凛。それを止められる者などもはや誰もいなかった。そして彼女は、力なく倒れる俺達に見向きもしない。

 

そして兵藤の下へたどり着いた彼女は、文字通りぼろぼろなあいつを冷たい目線で見下ろした。

 

「諦めろ特異点。赤龍帝とはいえ、今のお前では私に勝つことは不可能だ」

 

足元にいる兵藤に攻撃を加えるわけでもなく、悠然と彼女は告げた。

 

「さっきから特異点特異点って…一体何なんだよ…」

 

先の一撃でもう立てなくなってもおかしくないダメージを受けたはずなのに、それでも懸命に立ち上がろうと苦しそうに呼吸しながら動く兵藤は凛に問う。

 

俺も気になっていた、凛の言う『特異点』とは何か。数学や天文学用語にも、仮面ライダー電王にもそのようなワードは存在するが、彼女が言う特異点はまた別の物を指すのだろう。

 

「教える義理はないな」

 

「…そうかよ」

 

兵藤の問いを冷たく彼女は拒否する。

 

「グレモリー眷属の中心たるお前を潰せば、残りの心も折れる。無念を抱えて逝くがいい」

 

腕を振り上げ、手刀を掲げる。手刀にあの恐ろしさすら感じる黄色のオーラが宿り、それが必殺の一撃であることを証明する。

 

そして、処刑台に立たされた罪人の首を切り落とすギロチンのように足元にいる兵藤の首目掛けて振り下ろした。

 

「畜生…!」

 

こんな時に体が動けず、何もできない自分の無力さに涙が込み上げてくる。

 

何もできないのか。手に入れた力で、何も救えないのか。大切な日常を、仲間を、友を守るという俺の力の責任は一体何だったというのだ。

 

結局は思いだけの、口先だけのものでしかなかったというのか。

 

「イッセー君!!」

 

「いやぁっ!!」

 

皆の悲鳴が聞こえた。仲間たちの未来が、今まさに絶望に閉ざされようとしている。

 

「イッセーさん!!」

 

そして俺達を絶望に導かんとしている光景は、ディオドラに心を踏みにじられ今まで悲しみに沈んでいたアーシアさんの心を現に引き戻した。

 

涙ながらに叫ぶ彼女の声が、絶望に向かうこの場に響き渡る。

 

「!」

 

そして彼女の叫びは戦いに傷ついた兵藤の心に今一度、熱い炎をともした。

 

「…ラァ!!」

 

〔Boost!〕

 

咄嗟に兵藤の鎧に覆われ力強さを感じる拳が振り上げられる。それは振り下ろされた手刀とぶつかると強引に手刀をそらした。

 

「!?」

 

予想外の抵抗に凛は驚いた。それは俺達も同じだった。確かに、その瞬間を見たのだ。

 

今……あいつ触れなかったか?ネクロム魂の力で、液状化で触れることの敵わなかったあいつに。

 

そして彼女の眼前で息を整えながらゆっくりと兵藤は立ち上がる。

 

「今まで……本当に無敵だと思ってたんだ。でもさっき、そうじゃないってわかった。当たり前のことにやっと気づいた」

 

〔Boost!〕

 

籠手から鳴る音声、これから来るだろう悪足掻きをさせまいと繰り出される凛のパンチをあいつは真正面から同じ様にパンチをぶつけて相殺する。

 

大気が揺れ、鈍い音がした。

 

「ッ…お前、俺が攻撃するときは液状化ですり抜けるよな」

 

〔Boost!〕

 

拳を素早く引く凛は、次に白と黒のスーツに覆われた足から薙ぐような蹴撃を繰り出す。

 

「でもお前が攻撃するとき、液状化してたら俺を殴れないよなぁ!」

 

〔Explosion!〕

 

「!!」

 

赤龍帝の鎧に覆われ、倍加の力で強化されたキックが凛の蹴りと激突。倍加を重ねた力を足だけに集中させた兵藤のパワーが上回り、その余波が凛を吹っ飛ばした。

 

錐揉み回転して宙を低く舞い、地面に体をぶつける。

 

「そんな手があったのか……」

 

兵藤の掴んだ突破口に、俺は半分呆然とした。

 

今の今まで全然気が付かなかった、なぜ気付かなかった?言われてみれば当たり前のことだ。

 

こっちの攻撃をすり抜ける液状化。発動している間はこっちの攻撃をすり抜けるということは、逆に言えば向こうの直接攻撃もその間は通らないということだ。それをこの土壇場で気付くとは…。

 

「…その程度のことに気付いたくらいで、図に乗るなっ!?」

 

すぐさま立ち上がり、反撃を食らわせんと右手にオーラを蓄えようとした凛。しかしその腹を、突然飛び込んできたくるめく雷が貫いた。

 

「な…に……」

 

ネクロムの全身にバチバチと電撃が走る。間違いなく、この瞬間を以て俺達を散々苦しめてきた液状化は封じられた。

 

「私にも…根性はありますわ」

 

その攻撃を放ったのは朱乃さんだった。オメガフィニッシュを受け、追い打ちに腹に銃撃を受けてもなお戦意を見せつける彼女は弱々しくも、ふっと笑う。

 

少しずつ、流れが変わって来たのを感じる。間違いなく俺達に優位な方に。

 

だがそれをよしとしない者がいる。

 

「大人しく地に這いつくばっていればいいものを…!」

 

徐々に押され始める凛を見かねたディオドラが介入せんとする。

 

―――――!

 

その瞬間、俺の脳に届く意思があった。

 

…そうか、まだお前も行けるか!

 

それを知るや否や、すぐさま思念を変換させた脳波を飛ばし、今なお瓦礫に埋もれるアレに指示を伝達する。

 

「皆仲良く消えるといいッ!!?」

 

手に収束した魔力を撃とうとするディオドラ。しかしその攻撃が繰り出されることはなかった。ディオドラの腹部に突然光弾が撃ち込まれ爆ぜたのだ。爆炎が上がり、その衝撃にぶっ飛んだ。

 

「……!!?」

 

転がり、直撃を受けた腹を血で真っ赤に染め倒れるディオドラが目を見開いて驚愕している。

 

まだ何が起こったかわからない様子だな。それは俺以外のこの場にいる全員がそうみたいだが。

 

この一連の現象が一体何なのか、その真実にいち早くたどり着いたのは部長さんだった。

 

「キャプテンゴースト…!」

 

瓦礫の隙間から主砲を出し、この場にいる全員の意識の外にあっただろうあれは重い一発を喰らわせたのだ。

 

…毎度毎度、本当に痛い目を見てばかりいるな。申し訳ない気分になってくる。

 

「…今の段階で私をここまで追いつめるか」

 

一拍間をおいて、凛は言う。

 

「やはり特異点は侮りがたい。だが、このままお前たちの逆転を許すほど私は甘くない」

 

そう、未だ彼女のオーラは健在。液状化を封じたとはいえまだ完全なる逆転には程遠い。

ボロボロな兵藤一人だけで、弱まったとはいえまだまだ戦闘不能には遠い彼女とディオドラを相手にするには荷が重すぎる。

 

だがこれはチャンスだ。ディオドラに大ダメージを与え液状化を封じることができた、この戦況を覆す絶好の機会。折角巡って来たこの機会を倒れたままだんまりスルーするなんてことはできない。

 

「イッセー先輩…」

 

ふと視界に塔城さんが映りこんだ。今まさに反撃している兵藤の姿を瞬き一つせず見ている。

 

そんな彼女を見て、根拠の薄いながらに一つの案が浮かんだ。

 

…仙術は確か、相手の体内を巡る気に作用する技だったな。体内を巡る『気』、それは魔力でも魔法でもなく恐らく生物全てが持つ、生命の根源的なものだと思われる。

 

凛の体に打ち込んで、動きを封じることができたのならその逆もまた可なのでは?

 

試してみる価値はありそうだ。

 

「塔城さん…仙術で俺の体を動けるようにしてくれ」

 

苦痛を堪えながらも声を絞り出して呼びかける。急な頼みに驚いたように俺を見た。

 

「確かに仙術なら体を活性化させ、痛覚を一時的に飛ばせます。でも…それは一時的なもので、効果が切れたら…」

 

「悠!お前、また無茶をする気か!?」

 

俺と塔城さんの会話を聞いたゼノヴィアが声を荒げて話に入ってくる。彼女の怒りが、単なる怒りではなく心配から来る怒りなのは容易にわかった。

 

「後のことは後で考える、今やるしかないんだ…!この流れを逃したらあいつに勝てない!」

 

「バカか!?お前が死んだら私は…私は…!」

 

彼女はパーカーの衿の部分を掴み上げ、グイっと俺の顔を寄せる。近くで彼女の顔を見て分かった、向日葵色の瞳に涙がにじむくらいに必死に俺を制止しようとしているのが。

 

…バカにバカと言われるのか。そうだ、無茶ばっかりして皆に心配かけてそれでも無茶しようという俺は大馬鹿野郎だ。

 

彼女の泣きそうな顔を見て、彼女がどれだけ心配しているかがひしひしと伝わってくる。

 

「…あいつを止めるのは俺じゃなきゃダメなんだよ。それに、俺はもう身近な人を失いたくない。助けられる可能性があるのにそれを無視して何もしないのは嫌なんだ!!」

 

思い出すのはコカビエル戦。戦いの恐怖にかられて逃げ出した俺はポラリスさんに叱咤された。あのまま逃げていたら、自分だけは助かってもオカ研も天王寺達も、何もかもを町ごと消されてきっと後悔していただろう。

 

俺は今立ち上がらなければならない。大切な人達を守るために戦う、それが俺が得た力の責任。それを今、果たさなければならないのだ。

 

「ッ…」

 

懸命な説得についにゼノヴィアが押し黙る。真っすぐでどこか頑固な面もある彼女も、俺の思いにそれ以上は何も言わなかった。

 

「…後でゼノヴィア先輩にしっかり怒られてください」

 

説得は塔城さんにも通じたようで、諦めたようにそっと俺の腹に掌底を添える。そのまま塔城さんが力を込めると…。

 

「がっ!?」

 

全身を強い衝撃が駆け巡り、びくんとはね上がる。脳みそがかき回されたようにも感じた。痛みにも似たその感覚は一瞬だった。

 

「…ん?」

 

衝撃の後、さっきまでの痛みが嘘のように消えた。体が軽い、力が漲る。いつもの元気な状態と全く…いやむしろそれ以上に動ける。

 

復調し、軽い体でがばっと起き上がる。

 

「動く…これなら」

 

そのまま立ち上がり、今の状態を確かめるように手を握っては開く。

 

塔城さん曰く仙術の効果は一時的。なら、このチャンスを決定的な勝利に変えるために限りある時間で俺が繰り出すべきは最大の一撃だ。最大の一撃で、一気に勝負を決める。

 

「…ごめん」

 

彼女たちを背に短く謝罪の言葉を告げると、早速兵藤の下に駆け付ける。駆け付けた俺に気付いた兵藤が心配そうに尋ねる。

 

〈挿入歌:GIANT STEP(仮面ライダーフォーゼ)〉

 

「紀伊国!お前…本当にいけるのか?」

 

「ほんのちょっとだけな。その間に、今打てる最大の攻撃で勝利を決めようか」

 

「同感だぜ」

 

そして俺達は改めて、奴らに向き直る。俺達の後ろで部長さん達も立ち上がったのも感じた。きっとそれは兵藤と俺がこんな状態になっても戦おうというのに自分達は倒れるだけというのが許せないからだろう。

 

「まだやれるわ…!」

 

「イッセー君が立ち上がれるなら、私だって…!」

 

「僕の剣はまだ折れていないよ」

 

「悠にだけ、無茶はさせない」

 

皆、それぞれの内に燃え盛る戦意を口にする。それに頼もしさを覚え、散々に俺達を痛めつけてくれた彼女たちに、吼えるように言い放つ。

 

「肉食った報いを受けろッ!!」

 

「アーシアに手ぇ出すんじゃねえよ!!」

 

〔Boost!Boost!Boost!Boost!〕

 

禁手で発現した赤龍帝の鎧、その背部に備えられたブースターから赤いオーラが噴き出し、やがて猛々しい龍の形を成す。

 

〔ダイカイガン!フーディーニ!〕

 

ドライバーのレバーを引いて、眼魂に秘められた霊力を一気に解き放ち、中央部に眼の意匠がある魔方陣を展開する。

 

どちらも足に己の色のオーラを滾らせる。そして力を込める足で、地面を力強く踏み高く跳ぶ。俺達が跳躍したのは同時だった。

 

〔Welsh Red Strike!〕

 

〔オメガドライブ!〕

 

「「ハァァァァァァァァァァァッ!!!」」

 

兵藤は荒ぶる赤き龍のオーラを、俺は体の内から溢れる群青色のオーラを纏い、二人そろって全力の飛び蹴りを炸裂させた。

 

赤と青、二つの流星が瞬き、真っすぐにディオドラと凛の下に猛進する。

 

「そんなちんけな攻撃ぐらい防いでやるさ!」

 

そうはさせまいとディオドラが大きな防御結界を前面に展開する。それは本人の体内にある蛇のオーラを受けて黒みがかった色合いをしていた。

 

そこに凛の持つ強大なオーラもそれを強化せんと注がれ、より堅牢にする。ディオドラの魔力の色である緑色の上に、凛の黄色いオーラが重なり結界に何か記号のようなものが浮かび上がった。

 

…それが意味するモノが何なのか、今の俺には知る由もなかった。

 

やがて俺達の全力のキックと二人の防護結界がぶつかる。強力なオーラ同士がぶつかることで結界が軋み、悲鳴のような音を鳴り響かせ、双方の凄まじいオーラの激突でバチバチと眩しくスパークが弾ける。

 

そこに、立ち上がった木場達は更なる攻撃をぶち込む。

 

「貫け、聖魔剣!!」

 

「輝け、雷光よッ!!」

 

「私の意地を喰らいなさい!!」

 

「聖なる裁きを受けろォ!!」

 

聖魔剣が咲き乱れ、雷光が煌めき、赤い滅びのオーラが結界に殺到する。

 

さらにゼノヴィアはデュランダルとアスカロンを握ると2つの聖剣を共鳴、増大させたオーラを解き放って一気にぶつける。

 

そこに俺は奥の手でもう一押しする。

 

「行けェェェェェェェェェッ!!!」

 

〔ダイカイガン!フーディーニ!オオメダマ!〕

 

使用している眼魂全てのエネルギーを解放する諸刃の剣とも呼べる技。それが爆発的にオメガドライブの威力を引き上げ、その証左に眩いばかりの群青色のオーラが全身からとめどなく噴き出す。

 

しかしそれでもなお、決定的な破壊には及ばない。拮抗はまだまだ続いている。より激しい音と、スパークが発生してはいるがまだ二人には届かない。

 

その時だった。

 

結界を張るディオドラと、凛が突然動きを止めた。元々結界の維持もあって動けずにはいたがそれとは違う、まるでその場で石像になったかのように、身じろぎも瞬き一つもしなくなったのだ。

 

その間、張られていた障壁結界の維持、強化するオーラの供給もストップする。しかしその間、たった2秒。

 

「何!?」

 

2秒後、再び二人は動き出す。突然の現象にまたも理解が追い付いていないようだ。

 

「オカ研男子を…甘く見ないでください!」

 

息も絶え絶え、汗だくで女子用の制服を濡らし、顔を真っ赤にしながら神器の力で目を輝かせるギャスパー君だった。

 

自分の神器を使って二人を停止させたのだ。

 

しかし彼はあの時ニュートン魂の攻撃で場外にあっけなく吹っ飛ばされたはずだ。まるで全力疾走した後のような様子、まさか自力でここまで戻ってきたというのか。

 

「やっぱお前もオカ研男子だ…!」

 

隣でキックを放つ兵藤が、嬉しそうに言った。

 

俺も彼のタフさに内心でサムズアップする。

 

ギャスパー君の時間停止によって力の供給が途絶えた2秒。たかが2秒、されど2秒。拮抗を打ち崩すにはそれで十分だった。

 

その2秒の間で大幅にパワーダウンした結界は俺達の怒涛の攻撃を防ぐには力不足だったらしい。すぐに障壁にべきべきと今まで入らなかったヒビが入り始める。

 

己の力を注ぐことだけに集中してきたディオドラが小さくヒッと悲鳴を上げた。

 

「『時と空間の覇者《アイオーン・タイクーン》』め…!」

 

その表情を見ることはできないが、忌々し気に凛も何かを呟いた。

 

そんなことを気にする余裕はない。

 

「「ウォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!」」

 

持てる力を振り絞り、力を解放しつくす。後のことは考えない、いや考えることはできない。持てる全て、何もかもを今この瞬間に注ぎ込む。

 

やがて力を解放し続けた猛る赤き龍の力、俺の思いを具現化した青い輝きがこの空間を色濃く満たす。

 

そして、待ち望んだその時は来た。

 

べきべき、ヒビが広がる、結界中に広がる。ひと際大きな音を立てると大きなヒビはさらに全体に細かなヒビを生んだ。

 

そして砕けた。

 

俺達の全力の一撃が、ついに障壁を木っ端みじんに砕いた。割れる音はガラスが割れる時のそれとよく似ていた。

ただし、うっかり学校のガラスを割ってしまった時とは違い今のそれは達成感を伴うモノだ。

 

「そんなっ、僕は、僕はァ!!」

 

ディオドラがこの結果を受け入れられないとばかりに叫ぶ。だがもう、結果は決まったのだ。

 

龍の力、スペクターの力、聖魔剣の力、共鳴する聖剣の力、滅びの力。抑える物を失ったそれらすべての荒ぶる力は、あっという間に障壁を張っていた二人に食らいついた。オーラの光に飲まれた二人の姿が掻き消える。

 

一か所にみっちり集中した俺達の全力である強大かつ多様なオーラはやがて弾け、神殿の半分を吹っ飛ばすほどの大爆発を引き起こしたのだった。

 

〈BGM終了〉




それとなくお供と三人の戦いの様子を書きましたが、真D×Dを読んでいる人にはわかる組み合わせでしょう。

ダブルキックって燃えますよね。特撮好きとして熱い展開は大好物ですのでやりたかったことの一つです。

次回、「目覚めるは覇の理」


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第63話 「目覚めるは覇の理」

皆が気になるアレについてディオドラが喋ってくれるそうです。

それと、62、59話の書き忘れた内容を追加しました。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
9. リョウマ
11.ツタンカーメン
13.フーディーニ




オーラの爆発がおさまり、視界を暴虐的に塗りつぶすような光が消えた。そしてようやく、変わり果てた神殿が姿を見せる。

 

天井は完全に吹き飛び、今はなき天井を支える柱のいくつかは残されている。そしてその床は爆発で吹き飛んだ瓦礫とヒビだらけだ。人間界でなら、観光資源としての価値は十分にある大きく芸術的だった神殿の見る影も形もない。

 

「やった、のか?」

 

力を一気に解放した疲労感に肩で息をする兵藤が言う。

 

先ほどまで全力をぶつけ合ったネクロムとディオドラがどこにも見当たらない。

 

「…爆発の寸前、ネクロムのオーラが突然消えたのを感じました」

 

「逃げたのか」

 

今回は決着はつけられずじまいか。だがいつか、またあいつと相対するときが来る。その時こそ、決着を…。

 

〔オヤスミー〕

 

突然の音声と共に、変身が解除されてしまいドライバーが自動で開いて眼魂が飛び出すように排出される。

 

宙に飛び出た眼魂を反射的にキャッチする。掴んだフーディーニ眼魂はすっかり色が抜け落ちていた。

 

オオメダマを発動し全霊力を消費した眼魂はこうなり、再チャージまで一週間ほどを要するのだ。

 

「お疲れ様だ」

 

軽く労いの言葉をかけてやる。意思のようなものがあるとは聞いたが、それは一体どこまで明確なものなのだろう…?

 

「確認のために、探しましょう」

 

部長の一声で俺達は辺りを見渡して、まだかもしれないディオドラの捜索を始める。

 

「部長、俺はアーシアの結界を何とかしてみます」

 

「頼んだわ」

 

その中で兵藤だけはアーシアさんのもとに向かう。

 

これだけの破壊にも関わらず、結界の装置だけは健在だ。残された壁から這い出た、様々な魔法文字が浮かび上がる蛇の彫刻が彼女の手足を拘束している。相当頑丈にできているってことは、何か奴らにとって重要な意味合いが…?

 

結界のことはさておき、俺がやるべきはディオドラの捜索だ。

 

瓦礫が散らばる神殿、ふときらりと光るものが転がっているのを見つけた。

 

何かと思って拾ってみると、それは眼魂だった。近くにもいくつか転がっていたのでそれも全て拾い上げる。

 

逃げる際に落としたのだろう、あれだけの攻撃をまともに受ければただでは済まないはずだ、素早く判断をしたのだな。

 

「眼魂は返してもらうぞ」

 

これで眼魂は3つから6つだ。個数としては向こうの方が依然として多いが、今は増えたことに喜ぶべきか。

 

「いたぞ!」

 

少し離れたところでゼノヴィアが声を上げた。それを聞いてすぐさま俺達は駆け付ける。

 

ゼノヴィアの指さす場所に、確かにディオドラはいた。

 

「う…あ……」

 

ボロボロ、という言葉を体現したような状態。洒落た貴族服も無残にすすけて所々破れ、全身から血が流れて傷だらけだ。かろうじて生きてはいるが、右腕が完全に消し飛んでいる。

 

手当てをしなければ直に死ぬだろう。だが、ゼノヴィアはそれを待てないようだ。

 

「しぶといな、今私がとどめを…」

 

「待ってゼノヴィア。彼にはまだ聞きたいことがあるの」

 

冷たい表情でデュランダルを構えて、天を向いたまま仰向けのディオドラの首目掛けて降り下ろそうとするゼノヴィアを部長さんが制止した。

 

「…そういうなら」

 

しぶしぶ彼女はデュランダルを収める。明らかに納得していない様子だ。だが自分の友達をあんな目に合わせられたら当然か。

 

ドゴッと、硬い物を強く殴りつける音が聞こえた。

 

「アーシア、待ってろ。すぐ壊してやるからな!」

 

兵藤がアーシアさんを捕える結界を攻撃しているのだ。だが結界には傷一つつかない。

 

「くそ、こいつ硬ぇ…!」

 

それを見た木場も聖魔剣を作り出して攻撃に加わる。部長さんもそれに続いて滅びの魔力を枷にぶつける。しかし一向に切断される気配も、壊れる気配もない。

 

「は……はは」

 

すると今にも消えそうな弱々しい笑い声が聞こえた。その声を上げたのは、大ダメージを負い倒れたディオドラだった。口元を笑みで歪めて俺達を見ている。

 

「その結界は…壊れないさ。何せ結界系最強クラスの神滅具……『絶霧《ディメンション・ロスト》』の禁手で作られてるからね。僕や関係者の合図、僕が死ぬか、アーシアが神器を使えば…その結界は効果を発揮する」

 

「『絶霧』だと…!?」

 

先生から聞いた13ある神滅具、その中でも上位に位置するモノの一つだ。霧を使って様々な結界を生成できる神滅具だと聞いた。面倒な神器使いが『禍の団』に所属しているようだ。

 

「それで、その効果とは何なの?」

 

部長さんはつとめて冷静にディオドラに問い詰める。その言葉に一層ディオドラは笑みを深めた。

 

「結界が発動すれば彼女の強力な回復の力を増幅し『反転』させ、このフィールドにいる者全てを死滅させる仕様さ」

 

「何ですって!?」

 

ディオドラが明かした事実に、戦慄が駆け抜ける。驚くと同時に背筋をひやりとした物が駆けた。

 

今にしてやっと俺達がとんでもないことをしでかすところだったことに気付いた。あの攻撃でディオドラが死んでいたら、結界が発動して俺達はおろか離れたところで戦うサーゼクスさんやアザゼル先生たちVIPも全滅するところだったのだ。

 

「貴様ァ!!」

 

「やめろ、今のそいつを手荒に扱うな!」

 

どこまでも卑劣な行いにゼノヴィアの怒りが爆発し、倒れたディオドラの胸倉を掴み上げて無理矢理立たせた。

 

そんな彼女を咄嗟に声を荒げて止める。今のこいつを下手に刺激するわけにはいかないのだ。

 

「シトリー戦で使った『反転』の技術が流出している…堕天使内に裏切り者がいるってことね」

 

「前回の一戦も、この作戦のためにシトリーを利用した可能性も…!」

 

『反転』を開発し、シトリーに提供したのはシェムハザ副総督たちグリゴリだ。副総督が裏切り者とは考えにくい、だがシトリーの強化に携わった人員である程度犯人の候補を絞れるはず。

 

「…アーシア、先に謝っとく」

 

〔Boost!Boost!Boost!Boost!Boost!〕

 

そんな中兵藤が倍加を発動させ、力を高め始めた。でもこいつの話じゃ力づくでは破壊できないのでは…?

 

ディオドラはそれを見てかすれるような笑い声をあげ、血に汚れた顔を醜悪な笑みで歪める。

 

「はは…無駄な足掻きだ…言ったろ、壊せないって……君たちを道連れにしてやる…今、結界を」

 

「ドレスブレイク!!」

 

「いやぁっ!!」

 

結界が壊れた。彫刻のような枷が一瞬で木っ端みじんになり、それと一緒にアーシアさんの初めて会った時と同じシスター服も弾け飛ぶ。そこからアーシアさんが生まれたままの姿を晒した。

 

解放されたアーシアさんはすぐに大事なところを隠そうと、屈みこみ手で胸を隠す。

 

「あ、え?」

 

俺も、ディオドラも揃って間抜けな声を漏らした。

 

えっ……ドレスブレイク?え、倍加した力で殴り壊すんじゃないの?ちょ、どういうこと?

 

ついさっきその凶悪な仕様が明かされた結界が、神滅具の力で生み出され破壊は困難とされた結界がいともたやすく解除されたことに皆唖然とした。

 

「い、イッセー…これは?」

 

引きつった声で、部長さんは問うた。

 

「いや、アーシアの体にびったりついてたんでそれも服と認識してアーシアのすっぽんぽんを妄想すれば行けるかなと思ったんですけど…多分禁手状態と倍加を合わせて無理矢理突破できたんじゃないかなって」

 

禁手の鎧が解除され、頭をぽりぽりとかいてあいつは説明する。とりあえず、言わせてくれ。

 

「なんじゃそりゃァァァ!?」

 

結果的に助かったのはよかったけど、もうちょっとマシな方法はなかったのか!?お前ヴァーリの時もこんなノリでいっちゃったけど、本当にそれでいいのか!?

 

「あー……」

 

ディオドラだって口をポカーンと開けて唖然としているぞ!こんな解除方法向こうだって想定してないっていうかできるわけないもんな!想定外オブ想定外だろ!

 

「……取り敢えず、服をどうにかしないとね」

 

いち早く正気に戻った部長さんが魔方陣をアーシアさんに展開し光が弾けると、あっという間にいつもの制服姿に変わった。

 

よかったよかった、さすがに生まれたままの状態を続けられたら健全な男子高校生にとって股間的にきつい、うん。

 

「イッセーさん、私…信じてました、絶対に来てくれるって」

 

「そうか、でもディオドラにいろいろ言われて辛かっただろ?」

 

「はい…でも、イッセーさん達が戦う所を見ていて、自分も泣いてるだけじゃダメだって…そう思えたんです」

 

アーシアさんもこの戦いを経て成長したようだ。戦うだけが強くなる方法じゃないってことだな。

 

「アーシア!本当に、助けられてよかったなぁ…!!今度は絶対に守り抜いてやるからな!!」

 

「ゼノヴィアさんが守ってくれるなら私も心強いです」

 

涙で目をウルウルさせるゼノヴィアがアーシアさんに抱き着いた。以前は魔女呼ばわりしたぐらいだったのに、本当に仲がよくなったんだな、2人は。

 

兵藤とゼノヴィア以外の面子は俺達の中でもより喜びに震える2人とアーシアさんの様子を見守る。

 

本当に良かった、それしか言えない。険しい道のりの先にあったハッピーエンド、心からの安堵と喜びに俺も自然と微笑んだ。

 

「は…はは…」

 

それを見た近くのディオドラが乾いた笑みをこぼした。

 

途端に脱力したように、ばたりと後ろに倒れこむ。

 

「どうして…どうしてなんだ…どうして何もかも……うまくいかないんだ」

 

血まみれの奴の顔に一筋の涙が走る。とても悲し気に、奴は呟く。さっきまで悪意たっぷりの表情を浮かべていたやつとは思えない表情だ。

 

「僕はただ、僕を認めてほしかっただけなのに……」

 

それはさっきまで俺達と敵対していた『禍の団』のディオドラ・アスタロトではない。ただ一人の少年ディオドラ・アスタロトの姿だった。

 

「誰かにありのままの自分を見てもらいたい、認めてもらいたい。誰だってそう思うわ。私だって、イッセーと出会うまで強く思ってたもの」

 

凛と、そしてどこか優しさすらある声色で奴に部長さんが語りかける。

 

「でもあなたは方法を間違えた。あなたのやったことは彼女たちの心の隙に漬け込み弄んだだけの卑劣な行為よ」

 

「…わかっていたさ、そんなこと。あんなことしたって…彼女たちは本当に僕を見てくれるわけじゃないんだって。でもそうでもしないと…僕は……自分を保てなかった」

 

今にも泣き出しそうに顔を赤くしながら…というかもう血で赤いが、奴は自分の思いを吐露する。

 

「結局…僕はグラシャラボラスの次期当主を殺して、『禍の団』に下って、自分の欲望のために…周囲を振り回し続けただけだ。…こんな自分が、誰かに認めてもらえるはずなんて最初からなかったんだ」

 

溢れ出しそうな感情を抑えながら、自嘲気味に奴は笑う。

 

「本当にそうかしら?」

 

だがそれは部長さんによって一蹴された。

 

「あなたが与えたのは悲しみだけじゃないわ」

 

部長さんがアーシアさんに視線をやると、アーシアさんがディオドラの下に近づく。

 

「ディオドラさん、あなたはたくさんの人を傷つけてきました。……でも、私はあなたのおかげでイッセーさん達や、学校の友達に出会えました。何より、家族の温もりに触れることができました」

 

アーシアさんは幼少期から教会に育てられてきた。神器の力を使い人の役に立ち、感謝されるようになったが一方で彼女は親しい者のいない孤独を抱えた。

 

しかし、悪魔であるディオドラを治療した一件で教会を追放され、流れ流れて駒王町に行き、兵藤と出会ったことで彼女の人生は大きく変わった。

 

ディオドラと出会わなければ、アーシアさんは兵藤たちに出会うこともなかった。そう、皮肉なことに一番最初にアーシアさんの世界を広げたのは兵藤ではなく、悪意を持って近づいたディオドラだったのだ。

 

「それだけは、ディオドラさんに感謝しています」

 

「…!」

 

思わぬアーシアさんの感謝の言葉に、奴は目を見開いた。

 

「他の聖女たちも同じなんじゃないかしら。経緯はどうであれ、あなたのおかげで教会だけの狭かったアーシアの、彼女たちの世界は広がった。そうでなくて?」

 

「あ……うぅ…あぁぁ」

 

表情が驚愕からくしゃっと歪んで変わり、嗚咽が漏れだす。今まで何とかせき止めてきた感情の波が、溢れ出し始めたのだ。

 

「あなたの行いは決して是にはならないけど、あなたの行いで結果的に幸せになれた人もいるのも事実よ」

 

「アアアアアアアアアアアアッ!!」

 

部長さんのその言葉が契機になった。言葉にならない叫びを上げて泣きじゃくる。ただの子供のように長年積もりに積もった感情と、心に抱え続けた慟哭を解放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらくして、ディオドラは落ち着いた。泣いて泣いて泣きまくって赤く腫れた目で天を仰ぎ見ている。

 

「…僕の負けだ、殺してくれ」

 

力なく奴は言う。戦意もすっかり抜けたと判断して、一応アーシアさんが神器の力で回復はさせてある。完全に消し飛んだ右腕はどうしようもなかったが。

 

…最初にアーシアさんと会った時は悪意を持って近づいた奴が、今度は本心を打ち明け、悪意の抜け切った状態で治療されている。何か因果を感じるな。

 

勿論、特にダメージが酷かった俺と兵藤、そして朱乃さんも回復済みだ。というか今回けが人多すぎだし、その怪我の度合いも結構酷い。ホント、凛の奴滅茶苦茶強いんだな。叶えし者ってのは皆あんなバカげた力を発揮するモノなのか?

 

「あなたは殺さないわ、このまま魔王様たちに引き渡す。生きて罪を償いなさい」

 

ディオドラの言葉に部長さんはかぶりを振る。奴は部長さんの言葉にフッと笑う。

 

「…流石、サーゼクスの妹だ。君は甘いな」

 

「甘々なのは重々承知よ」

 

倒れたままの奴に、部長さんは手を差し出した。

 

「他人に誇れる自分を目指しなさい。そうすれば、おのずと周りはあなたを認めてくれるはずよ」

 

「…こんな僕を、誰が認めてくれるというんだい……?」

 

「それはあなたの今後次第よ。行動次第であなたは変われる。周囲の評価だっていずれは変えられる。そのためにも、己と向き合う所から始めなさい」

 

部長さんの言う通りだ、里に疎んじられていた少年がやがてその里の英雄になって皆の評価をひっくり返す忍者漫画だってあるくらいだからな。

 

自分の行い次第で他人の評価も自分も変えられる、か。いい話を聞いたな。

 

「…うあっ」

 

そう思った矢先、全身の力が予兆なく急に抜けていく。恐らく今まで体を動かしてきた仙術の効果が切れたのだ。

 

立つことすらできなくなり、ぐらりと視界が地面に近づいていく。

 

しかし地面と激突する寸前で誰かが腕を掴み、肩を貸してくれたおかげで事なきを得た。

 

「う…?」

 

「全く、お前はどこまで心配をかければ気が済むんだ」

 

肩を貸し、俺にやれやれと言葉をかけたのはゼノヴィアだった。今回の件で本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだ。何か、お詫びにあいつの喜ぶことができればいいが。

 

「悪い…そうだ、今日はもう動けそうにない。夕飯はお前に任せた」

 

「ペペロンチーノでいいなら夕飯を作ってもいいぞ」

 

「ペペロンチーノか、いいな。たまにはお前の作った料理が食べてみたい」

 

精いっぱい戦った後だから疲れもあるし、何より腹も減った。ここはガッツリ系の味で腹を満たしたいものだ。

 

…あれ、今動けないから夕飯までに手は動かせるようにならないとゼノヴィアにパスタを食べさせてもらう形になるのでは?

 

それって、俗にカップルがやるような…やばい、顔が赤くなってきた。

 

「…やっぱり妬けるわね」

 

「お似合いかもしれません」

 

「や、やめてくれ…」

 

茶化さないでくれ、俺達はそんな関係じゃないから…。

 

不意にネクロムにやられて落下した時に思い返したことを思い出した。

 

ちらりとゼノヴィアの横顔を見る。部長さん達の言葉にどこかまんざらでもない様子だ。

 

…もうちょっと、俺も素直になってみるか。

 

「…そう言えば、あなたに一つ訊きたいことがあったわ」

 

ふと思い出したように部長さんが、治療された今でも力なく倒れたままのディオドラに話を振る。

 

「『7つの仮面』とは何かしら?」

 

7つの仮面…?何のことだ?

 

皆の視線が、問われたディオドラに自然と集まった。

 

「…それは、アグレアスと同じ旧魔王の遺産さ。『神祖の七大罪』と呼ばれる悪魔たちが創り出した魔道具、僕たち旧魔王派の最優先事項、それが人間の抱える七つの大罪になぞらえた『神祖の仮面』だ」

 

質問に奴は淡々と答えた。

 

「『神祖の七大罪』?」

 

…初めて聞いたぞ。そんな中二感満載ワード。

 

七大罪と言えば、スペクターの最終形態『シンスペクター』を思い出す。あの眼魂もおそらくどこかに散ったと思うんだが、今は何処に…?

 

「かつて旧魔王時代に存在した7人の悪魔。四大魔王『傲慢』のルシファー、『色欲』のアスモデウス、『暴食』のベルゼブブ、『嫉妬』のレヴィアタン、さらに現番外の悪魔から『強欲』のマモン、『怠惰』のベルフェゴール。そして最後に…」

 

一拍置いて、その名を告げた。

 

「ルシファーも恐れた『那由他の災厄』と呼ばれし悪魔、『憤怒』のサタンだ」

 

「サタンだと?」

 

聞かない名だ、いや聞いたことはあるがそれは魔王を意味する言葉としてだ。悪魔の頂点に君臨する魔王、その中のトップたるルシファーすら恐れる悪魔がいたとは。

 

「今でこそ魔王を指すただの言葉だけど、過去にいたんだよ。サタンと言う名の悪魔がね。他の6人のように子孫を残すことなく、四大天使と戦って滅んだ悪魔さ。その戦いで、前ウリエルとラファエルは死んだ」

 

四大天使とやり合って2人を道連れにする強さ、そりゃルシファーも恐れるわけだ。

 

部長さんはさらに問い質す。

 

「それで、その仮面はどういう力を秘めているの?」

 

「単純な話、パワーアップアイテムさ。それを被るだけで魔王の力が手に入る。仮面に対応した魔王の能力を発揮できるらしい」

 

つまり、オーフィスの蛇のようなものか。あれは話に聞けば飲み込むことで効果を発揮するものだが、今度はかぶることで効果を発揮するのか。

 

「…でも、ただのパワーアップアイテムならオーフィスの蛇で十分では?」

 

朱乃さんの言う通りだ。魔王の作ったパワーアップアイテムと世界最強が作ったパワーアップアイテム。どっちが強いか、どっちが欲しいかなんて言うまでもなく世界最強の方を取るだろう。

 

…もしかしたら、重ね掛けして使うという考えかもしれないが。

 

「…そうだね、それだけならシャルバ達も僕もあそこまで欲しがらなかっただろう。間違いなくあれは今の悪魔社会を根底からひっくり返す。あの仮面の本当の価値は……」

 

そこまで言いかけた時、兵藤の足元がきらりと光る。足元の光はすぐに魔方陣へと変じ、その光量を増していく。

 

「イッセー離れて!」

 

それに危機を感じた部長さんが叫ぶが、一瞬反応が遅れた。

 

「イッセーさん!!」

 

アーシアさんが叫んで、寄ると兵藤をどんと突き飛ばした。次の瞬間、さっきまで兵藤がいた場所に光の柱が立ち昇り、兵藤の代わりにアーシアさんが光に飲まれる。

 

「アーシア!」

 

光が屹立すること数秒、それは消えた。飲み込まれたアーシアさんを残すことなく。

 

残された俺達はあまりにも急な出来事に呆然とする。

 

「アーシア…?」

 

「何が起こったんだ……」

 

「何…だと…」

 

「アーシア?おいアーシア!?どこに行ったんだよ!?」

 

突然すぎる出来事に衝撃を隠せない、理解が追い付かない。ハッピーエンドに向かおうとしていたこの場の雰囲気が一気に凍てついた。

 

辺りを見渡しても、どれだけ呼びかけてもアーシアさんはどこにもいないし、うんともすんとも言わない。ただ何もない静けさだけが、返ってくるのみ。

 

これは一体……どういうことなんだ?

 

「赤龍帝を消すつもりだったが、邪魔が入ったな。とはいえサプライズは上手くいったようだ。お気に召したかな、グレモリーの諸君」

 

そんなこの場に水を差すように、新たな男の声が聞こえた。

 

「誰だ!?」

 

声が聞こえた方へばっと振り向くと、宙に浮く男がいた。黒いマント、軽鎧を纏う茶髪の男の立ち振る舞いには上級悪魔らしい高貴さがあった。

 

「お初にお目にかかる。私はシャルバ・ベルゼブブ。旧魔王派を率いるリーダーにして、真なる魔王ベルゼブブの血を継ぐものだ」

 

男、シャルバは恭しく威厳のある言葉遣いで名乗る、自分がベルゼブブの血族であると。

 

「旧魔王派のリーダーだと…!」

 

「あのカテレアと同格なのは間違いないわね…」

 

ここまできて敵の大ボスのお出ましか…!レヴィアタン、ルシファーの次はベルゼブブ。戦闘は免れないだろう、だが激戦をようやく切り抜け、疲れ切った俺達の状態では…。

 

静かながらも突き刺すような敵意を秘めた視線が、部長さんを貫く。

 

「いきなりだがサーゼクスの妹君よ、貴公には死んでいただく。理由は言わずともわかるだろう」

 

「あなた…直接魔王様に決闘を挑まずこんな卑劣な手段に出るなんて、旧魔王の血族として誇りはないの!?」

 

「偉大なる前魔王が戦死されてすぐにクーデターを起こし、玉座を奪い取った盗人魔王の血族が誇りを謳うか。それに貴様らに『旧』魔王と呼ばれるのは甚だしく不快だな」

 

部長さんの言葉に背筋が凍るような恐ろしい憎悪を滾らせて奴は返す。

 

サーゼクスさん達を盗人呼ばわりか、旧魔王と現魔王の対立は相当深い物のようだ。特に旧魔王側のサーゼクスさん達に向ける憎しみは底知れない。あのカテレアも現レヴィアタンのセラフォルーさんに激しい憎悪を向けていた。

 

「それはともかくサーゼクス達は後回しだ。仮面の力を手に入れ、万全の状態で奴らを叩く。それまでに可能な限り敵の戦力を削っておきたいのだよ」

 

…仮面。こいつもディオドラが言ってた神祖の仮面とやらを狙っている。ただのパワーアップアイテムというだけでなく、どうやらそれ以上の価値がシャルバ達にはあるというが…。

 

ふと、シャルバの視線がディオドラに移る。

 

「シャルバ…」

 

「…情けない、実に情けないな、ディオドラ。魔王を目指す者が敵にほだされ涙を流すとは。おまけにいらぬことまでべらべら喋ってくれたな」

 

「…僕は、もう……」

 

「オーフィスの蛇を与え、あの娘の情報もくれてやった。なのにアガレスの試合で勝手に蛇を使い計画を狂わせ、挙句の果てにこのざまだ。貴公は勝手と無能が過ぎる」

 

深い失望を込めて、ディオドラに告げる。

 

「だが、彼奴等をここまで追いつめたことは評価しよう。お前を消した後、お前が求めた『神祖の暴食の仮面』は私が手に入れる」

 

マントを翻し、右腕をディオドラに向ける。そこには何かの装置のようなものが取り付けられていた。

 

「や、やめ…」

 

装置が光を放つ。するとディオドラの足元が光り魔方陣が出現し、そこに光の柱が高く屹立する。

 

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」

 

断末魔の悲鳴を上げ、ディオドラが光に消えていく。光がおさまると、さっきのアーシアさんと同じ様にディオドラが姿を消していた。

 

あの光、アーシアさんの時と同じ…ということはあいつが!

 

「お前…!アーシアとディオドラに何をしたんだ!!」

 

兵藤が叫ぶように問い詰める。

 

「アーシア…あの聖女か。彼女はこの装置の力で次元の狭間に飛ばした」

 

「次元の狭間…!?」

 

シャルバはさらりととんでもないことを何でもないかのように答えた。次元の狭間ってまさか、冥界に来た時に通ったあの空間か?

 

「あの空間では生物は活動できない。やがて無が彼女を飲み込み、跡形もなく消えてなくなる」

 

そして俺達に分かりやすく、もっとも聞きたくなかったことを付け加えた。

 

「つまり死んだ、ということだ」

 

「!!!」

 

残酷すぎる事実が、俺達の心に突き刺さる。激闘を征し、ようやく彼女を助け出せた俺達に訪れた唐突過ぎる、最悪の結末に心が折れそうだ。

 

「こんなこと…」

 

「そんな…」

 

突然すぎる仲間との死別に涙を抑えきれない者、奴の言葉に呆然と立ち尽くす者、反応は様々だ。

 

だが皆等しく、アーシアさんの死を悲しんでいる。俺だってそうだ、やっと名前で呼ぶようになり距離を縮めたと思った矢先にこれだ。辛いに決まっている。

 

何のために…俺は戦ってきたんだ。覚悟のを決め大切な人達を失いたくないと戦い抜いた先に、アーシアさんを失って悲嘆にくれる仲間の姿が結末として待ち受けていただなんて。今にも心がどうにかなってしまいそうだ。

 

「何、そう悲観することはない。私の力を以て貴公たちもすぐに後を追わせてやろう」

 

「お前!!」

 

怒りに震えるゼノヴィア。しかし彼女よりも先に前へ進み出たのは兵藤だった。

 

「…」

 

無言で、ややおぼつかない足取りでゆっくりとシャルバの下へ歩みを進める。

 

おかしい、不気味なほど静かだ。あいつがあんなことを聞かされたらブチぎれないはずがないのに。

 

そんな中光を発して、あいつの左腕に赤龍帝の籠手が出現した。

 

『リアス・グレモリーとその眷属たちよ、死にたくなければ今すぐこの場を去れ』

 

そこから籠手に宿る龍、ドライグの声が聞こえた。普段はシステム音声だけで俺達に話かけることは滅多にない。そんな彼が俺達に真剣な声色で、警告をした。

 

…何か、よくないことが起こるようだ。

 

そしてふと、歩みを止めた。

 

『お前はもう、超えてはならない一線を越えた』

 

刹那、赤い星が爆ぜた。超新星爆発と見まがうほどに眩く、とんでもない量の赤いオーラが兵藤の全身から迸る。

 

「あいつ…まだあんな力があったのか!?」

 

虚空に鬼火がともるように、籠手の宝玉と同じ緑色の光がぼうっと現れる。一つだけでない、あいつの周囲にいくつも、あいつを囲うように光がともった。

 

角度のせいで表情が見えない兵藤が、低い声で詠唱を開始する。

 

「我、目覚めるは―――」

 

『始まったよ』

 

『始まるのね』

 

どこからともなく声が聞こえてくる、老若男女問わず複数人の声だ。

 

声が兵藤と共に、初めて聞く詠唱を唱える。それと同時に、

 

この場にいる誰もが兵藤が起こす異様な現象に、意識を奪われている。

 

『覇の理を神より奪いし二天龍なり――』

 

『いつだってそうだ』

 

予備動作も2分間のカウントもなく、禁手の鎧が装着される。

 

『無限を嗤い、夢幻を憂う――』

 

『世界が求めるのは』

 

『世界が否定するのは』

 

赤いオーラに覆われた鎧が変化を起こし始めた。鎧がより鋭利で凶暴な形になり、より生物的な様に変わった。背部から爪のような異形の翼が大きくせり出し、そこに開けられたいくつもの空洞に周囲を漂う緑色の光が収まっていく。

 

『我、赤き龍の覇王と成りて――』

 

『いつだって力だ』

 

『いつだって愛だ』

 

胸部と両腕の籠手は肥大化し、尾と首も伸びて人の形は崩れ、よりドラゴンのフォルムに近づいた。

 

『『『『『汝を紅蓮の煉獄に沈めよう―――!!』』』』』

 

最後の詠唱は、バラバラだった声達と兵藤の声が重なって詠われた。

 

『何度でもお前たちは滅びを選択するのだな――ッ!!』

 

〔Juggernaut Drive!!〕

 

力に満ち満ちた音声、ようやくあいつの変身は完了した。

 

「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」

 

刹那、大気が爆ぜたと錯覚せんばかりに咆哮という大爆音に震える。

 

その暴虐的なまでの猛々しさは聴覚的にだけではない、爆音に大気がびりびりと震えボロボロだった神殿の床を、柱をさらに砕き物理的にも視覚的にもその荒々しさを訴えてくる。

 

「く…なんて威力なんだ!?」

 

咆哮だけで吹き飛ばされそうな衝撃に、皆が両腕を交差させて踏ん張って耐え抜く。

 

あいつが纏ういつもの澄んだ赤いオーラがどろどろとした血のような色に変色し、地を叩いて手を地面に下ろし四つん這いになった。

 

しかし、さっきのジャガーノート・ドライブと言う音声。やはり…。

 

「まさかあれが先生の言ってた『覇龍』か…!」

 

「『覇龍』…!?」

 

今の現象が何なのか、知識を持たないゼノヴィアが俺に訊く。

 

「神器には魔獣や龍が封印された、封印系神器ってのがある。神滅具にもそれに分類されるものがあって、そういう神器が使える禁手とは違う奥の手だ」

 

夏休みの合宿で学んだ、先生が研究する神器の知識。そこで俺は神滅具を中心に多くの神器について学んだ。

 

全ての神器が至るという究極の領域、『禁手《バランス・ブレイク》』。その中でもごく一部の特殊な神器が持つさらに先の領域があると先生は言った。

 

「『覇龍』…赤龍帝の籠手と白龍皇の光翼だけが使えるそいつは、使用者の命を吸って死ぬまで暴れまくる暴走状態。今までの所有者もこれを発動させては色んな勢力に被害を出したって話だ」

 

「暴走状態…」

 

「イッセー……」

 

ただの力の化身と化した今の兵藤を、部長さんは憂う。だが既に暴走状態に入った兵藤は露程も気にしない。今のあいつにあるのは内から湯水のように湧き出る怒れる龍の力と、それによる破壊衝動だけだ。

 

まさか…こんなにも早く、こんな形で発動することになろうとは。

 

「GRRRRR……GAAAAAAAAAAA!!」

 

暴走した兵藤は雄々しく咆哮する。

 

そして暴走した龍は、己が抱える力を解き放たんと眼前に浮く旧魔王の血族へと襲い掛かった。

 




カテレアやコカビエルの過去も書いてみたらよかったかな。カテレアは完全に消滅したけどコカビエルは…。

次回、「覇龍の嘆き」


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第64話 「覇龍の嘆き」

頭が痛くなる例の回です。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
5.ビリーザキッド(+)
7.ゴエモン(+)
9. リョウマ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ(+)
13.フーディーニ




猛烈な速度を伴ってシャルバに突撃する、その身を龍に近づけた兵藤。

 

「ぬうん!?」

 

奴の反応速度が一瞬兵藤のスピードに遅れた。

 

ぶちっと嫌な音を立て、両者がすれ違う。

 

「……ッ」

 

体を横にそらし、反応が遅れながらも咄嗟に兵藤の突撃を躱しきれたかに見えたシャルバだったが、ぶしゃっと音を立てて傷口から夥しい量の鮮血が噴き出す。

 

「私の左腕を…!?おのれ!!」

 

あの刹那の内に、兵藤が兜が変形して出現した龍の顎でシャルバの左腕を食いちぎったのだ。赤い鎧が、ぬめりとした血に濡れさらに妖しい光沢を放つ。

 

激痛に顔を歪め左腕を一瞬で持っていかれたことに動揺するも、すぐにシャルバは残った右腕から魔力を撃ちだし、兵藤に攻撃を加える。

 

「GRRRR…」

 

幾度も赤い鎧に魔力を撃ちこまれる。鎧が爆ぜ、爆炎と光を上げる。だがそれを歯牙にもかけず、ドスンドスンと足音を立ててゆっくりと確実にシャルバの下へ進撃する。

 

「赤龍帝の『覇龍』…だがここで退く私ではなごぎゃっ!!」

 

シャルバの言葉に興味はないと話の途中で荒々しい腕の一振りがシャルバをさらい、野球のホームランのように吹き飛ばす。

 

弾丸のように飛んでいく奴は近くに建つ、隣の神殿の屋根にドゴンと大きな音を立てて激突し、その衝撃で屋根全体にヒビを入れた。

 

「がはっ!な、何なのだこの強さは!?オーフィスの蛇でパワーアップした私が手も足も出せないだと…!?」

 

強烈なダメージ、さっきの攻撃で鋭利な爪で腹を裂かれ、腹を真っ赤にしたシャルバが血反吐を吐く。

 

「GRRRR」

 

龍と化した兵藤が、顎に咥えたシャルバの腕を地面に吐きつけ勢いよく踏みつぶす。その際にはじけ飛んだ血が俺の頬にいくつかかかった。

 

「……ッ!!」

 

ゼノヴィアも、部長さんも、皆があいつの変貌っぷりに圧倒され、恐怖した。今のあいつは完全に我を失っている。もはや誰がどう見ても、今のあいつを怪物と呼ぶだろう。

 

兵藤の怒りの攻撃はそれでは終わらない。

 

〔Divide!Divide!〕

 

羽根や鎧に埋め込まれた宝玉が白い光を発する。すると向こうで呻く、蛇で強化されたというシャルバのオーラが小さくなり逆に今の状態でさえとてつもないパワーを発揮している兵藤のオーラがさらに高まる。

 

ヴァーリとの戦いで白龍皇の鎧の宝玉を奪った時に得た力だ。使用するには命を削るうえ、自由に発動できないと聞いたがもしかして今の状態なら自由に使えるのか?

 

「半減の力まで…ヴァーリめ、どこまでも私の邪魔を!!」

 

忌々し気にヴァーリへの恨みと血を吐く。

 

「だが……いくら『覇龍』といえども次元の狭間に送り込まれれば、無に飲まれて消滅するだろう!?」

 

にやりと笑うと、アーシアさんとディオドラを次元の狭間に飛ばしたという腕の装置を起動させ、猛る兵藤に向ける。

 

だがその装置が恐るべき効果を発揮することはなかった。腕が突き出されたまま装置ごと固まってしまったのだ。

 

「う、動けん!?」

 

まさかの事態にシャルバも目を見開く。装置を起動させることはおろか、腕を上げることも、引っ込めることもかなわない。

 

腕だけではない、両足も固められている。赤龍帝に相手の動きを封じるような力はなかったはずだが……。

 

「ぼ、僕の神器とリンクしている…?」

 

ギャスパー君の目が神器発動時と同じ輝きを放っている。距離が離れていて完全にシャルバはギャスパー君の停止を使える視界の範囲に収まっていないはず。

 

そうなれば、兵藤が停止の邪眼を…!?どうしてあいつがギャスパー君の停止の力を使えているんだ!?

 

俺の疑問に答えは返ってこない。代わりにもはや怪物とも呼べる兵藤は胸部を前面に突きだす。すると胸を覆う鎧がカシャカシャと変形を始め、やがて大きな砲口の形へと変わった。

 

「あれは何だ…?」

 

赤龍帝の鎧って、あんなロボットアニメめいた変化をするのか?

 

〔Boost!Boost!Boost!Boost!Boost!Boost!Boost!Boost!Boost!Boost!〕

 

宝玉から壊れたように倍加発動を告げる音声が鳴りだす。ちかちかと何度も全身の宝玉が点滅を繰り返し、それに伴いどんどん空恐ろしいほどに胸部の砲口にオーラが収束し、圧縮に圧縮を重ねられる。

 

間違いなく、特大のやばい一撃が来る。

 

「皆、今すぐ退避よ!!」

 

これから来るだろう破壊を察知した朱乃さんの指示を出す。

 

兵藤の暴れっぷりに恐怖を覚えていた皆だったが数秒で何とか我に返り動き出した。

 

だがけがを治したとはいえ失血で指示を出した朱乃さんの足取りがおぼつかない。…こういう時こそ、あいつの出番だ。

 

「俺は飛べないが…皆を乗せる足ならある」

 

俺の言葉が合図になって、近くの瓦礫の山が内側から吹き飛ぶ。

 

「ギャウギャウ!」

 

瓦礫の山から姿を現したのは、キャプテンゴーストだった。船体から生えた怪腕で自信にかぶさる瓦礫を振り払ったのだ。

 

「皆、キャプテンゴーストに乗り込め…」

 

皆が頷き、急いでキャプテンゴーストの甲板に乗り込む。俺もゼノヴィアに肩を貸してもらいながらなんとかたどり着く。

 

「イッセー……」

 

退避に動く皆をよそに、部長さんだけはまだ呆然とした瞳で兵藤を見つめていた。アーシアさんを失い、怪物と化したあいつへのショックが大きいのはわかる。

 

「リアス!」

 

だが今は彼への思いにふけっている場合ではない。足取りが遅かった朱乃さんが手を掴み、無理やりにでもこちらに連れてくる。

 

「全員揃ったわ!」

 

「離脱する!!」

 

全員が乗ったのを確認してから船を徐々に離陸させる。そしてすぐさま船首を180度回転、船体を逆方向に向かせ一目散に離脱する。

 

〔Boost!Boost!Boost!Boost!Boost!Boost!Boost!Boost!Boost!Boost!〕

 

退避してもまだまだ音声と倍加は続いた。全身に埋め込まれた宝玉もそれに応じて点滅を繰り返す。そして繰り返されるそれは唐突に終わりを迎える。

 

〔Longuinus Smasher!〕

 

それは死刑宣告に等しかった。音声と同時に蓄えに蓄えたオーラを一挙に解放し、極太のビームのような赤いオーラを撃ちだした。とんでもない質量だ、今まで見たどの攻撃をも上回る威力なのが見て取れる。

 

大気を揺るがし、進行方向にある岩も神殿も一切合切を飲み込んで進む。

 

「おのれェェェ!!二天龍共めェェェェ!!」

 

シャルバも例外でなくそれに巻き込まれる。停止の力で動きを封じられて回避の手段を失ってしまい、あえなく凄まじい赤いオーラの奔流に飲まれた奴は絶叫を上げて、叩きつけられた神殿ごとやがてその身を消した。

 

「…倒した、の?」

 

旧魔王派のリーダー、シャルバ・ベルゼブブ。決して弱くない、むしろ強者の類に入る奴があっという間に蹂躙され、消された。そうなってしまうほどに今のあいつがとんでもないパワーを発揮している。

 

「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」

 

ロンギヌス・スマッシャーなる大技を撃ち終えたあいつは天に向かって大きく吼えた。

 

それは勝利の勝鬨でもなく、ただ強大な力を振るうだけの化け物の嘆きにも似た叫びだった。

 

「あれが、赤龍帝の奥の手か……」

 

あまりの強さに、呆然とそんな言葉が出た。

 

極めれば神をも滅ぼす具現、それが神滅具だったか。その本領を俺は今、目の当たりにしている気がする。

 

「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」

 

シャルバを打倒してなお、暴走は止まらない。力のままに、天に向かって吼え続ける。すると全身の宝玉が光を放ち、次々と光弾を辺りにまき散らすように撃ち始めた。

 

奴を中心に、次々と破壊の跡が生まれていく。

 

「…今の暴走したイッセー君とやり合うのは僕達じゃ無理だ」

 

「それ以前に、俺達じゃあいつを殺せない……殺すことなんてできない」

 

それは実力的な意味ではない。精神的な意味でだ。苦楽を共にし、笑いあった友達を殺すことなんて俺にはできない。オカ研の誰も、そんなことはできない。

 

それは俺の誓いを、力の責任を自ら否定するのと同じだ。そんなことをすれば、俺は取り返しのつかないことになってしまう。

 

「あ…しあ…あああAAAAAAAAAAA!!!」

 

やはり命を削って超パワーを生み出す覇龍の特性ゆえに、兵藤は苦しそうに吼える。だが本人には止めることができない、どうしようもないのだ。

 

そんな兵藤の様子から何かに気付いたのは、ゼノヴィアだった。

 

「今、アーシアって言ったぞ!」

 

「…やっぱりアーシア先輩の死が引き金になったんでしょうか」

 

「そうとしか考えられないな」

 

何しろ、アーシアさんは兵藤を庇う形で消えたのだ。単に彼女を失った悲しみ、怒りに加えて自分のせいでアーシアさんを死なせてしまった、レイナーレの時のようにまたアーシアさんを死なせてしまったという自責の念もあるだろう。

 

自我を失い、シャルバを倒してなお、あいつの悲しみは残ったまま終わらないのだ。

 

「あれが兵藤一誠の『覇龍』か」

 

そんな時、予兆もなく何もない宙に人一人通れそうな大きさの裂け目ができ、そこから銀髪の男が姿を現した。

 

忘れもしないその顔と声。かつてグリゴリに所属し、俺たちの目の前でアザゼル先生を裏切った二天龍の片割れ、白龍皇を持つ男。

 

「ヴァーリ…!」

 

突如としてこの場に現れたのは白龍皇ヴァーリ・ルシファーだった。皆が警戒心を露わにし、戦闘態勢に入る。もっとも今の俺では警戒はできても全く動くことはできないんだが。

 

「今戦うつもりはない。たまたま近くを寄ったので見に来ただけだ」

 

俺達の敵意を軽く流し、それだけ言って吼え続ける兵藤に視線を移す。

 

現れたのはヴァーリだけではなかった。開いたままの裂け目からさらに男たちが出でる。

 

「よぉ、推進大使さんよ。随分とボロボロじゃねえの、お?」

 

にやにやとこっちを見てくるのは猿の妖怪、孫悟空の美猴だ。

 

「…おちょくってくれるじゃないか。ケガ人は労るもんだぞ、カカロット」

 

「誰がカカロットだ!?」

 

「アーシア!?」

 

美猴とくだらないやり取りを交わしていると、ゼノヴィアが大きな声を上げて驚いた。

 

ヴァーリと美猴に追随して現れた金髪の美男子、彼が腕に抱えているのは次元の狭間に消されたはずのアーシアさんだった。

 

「次元の狭間を調査していたらたまたま見つけました。もう少しで無に飲まれ手遅れになるところでしたよ」

 

男は丁重に、ぐったりとしたアーシアさんを甲板に下ろしてやる。すぐさま部長さん達が集まってその容体を確認する。

 

「気絶してるだけで息はあるよ」

 

「よかった…アーシアぁ……」

 

安堵の表情を浮かべ、涙すら流して彼女は喜ぶ。

 

「ディオドラはどうした?」

 

アーシアさんと同様に次元の狭間に放逐された彼。恐らくこの近くの空間を漂っているとは思うんだが。

 

「ディオドラ・アスタロトですか…彼は見ませんでしたね」

 

「代わりに、巨大な鋼鉄の戦艦を見たがな」

 

「戦艦?」

 

「ああ、船体に『NOAH』と書かれた次元を航行する戦艦…ノアの箱舟か?ともかく、非常に興味深かったな」

 

ヴァーリはそう言って、深く口の端を笑ませる。

 

それって、もしかしなくてもレジスタンスの戦艦だよな。ポラリスさんたちもこの辺に来ているのか?

 

「…ていうか、あんた誰だ」

 

俺はさっきまでアーシアさんを抱えていた男に言う。美猴とヴァーリは知っているが、このイケメンは初見だ。少なくとも、塔城さんの姉である黒歌でないのは確かだが。

 

「おっと、自己紹介が遅れました。私、聖王剣コールブランドの使い手アーサー・ペンドラゴンと言います」

 

端麗な顔立ちだけでなく物腰のやわらかで丁寧さ、気品さに溢れるイケメンを絵にかいたような男だ。腰に携えている剣が聖王剣コールブランドか。まるで芸術品のような美しい装飾が施され、鞘に納められた状態でもその壮麗さが伝わってくる。

 

聖王剣と呼ばれる剣を使い、ヴァーリチームに所属するだけあって相当な手練れなのは間違いない。

 

ふとヴァーリが向こう、我を失い破壊を周囲にまき散らす兵藤に視線を戻した。

 

「オーラの禍々しさから見て完全に先代の残留思念に飲まれたな。それに、中途半端な状態で発動している。これが完全な発動で人間界や冥界で起きていれば、町の一つや二つじゃすまない被害になっていた」

 

「先代の残留思念…?」

 

「二天龍の神器には『覇龍』を発動して死んだ歴代所有者たちの思念が残っている。皆力と負の感情に溺れていて、とても手を出せるような物じゃない」

 

それって、呪いみたいなものじゃないか。使用者の生命を吸って力を発揮する『覇龍』の特性ゆえに起こった現象と言うべきか。今まで俺達の窮地を救ってきたあいつの神器に、そんな危険なものが隠されていたとは。

 

「先代たちの怨念とイッセー君のアーシアちゃんを失った悲しみと怒りが同調した、そんなところかしら」

 

「だろうな」

 

朱乃さんのヴァーリが話した情報を基にした推測にヴァーリは軽く頷いて見せた。

 

「イッセーを戻すことはできるの?」

 

真剣な表情で部長さんがヴァーリに訊いた。ヴァーリへの敵意はなく、今の彼女にあるのは純粋に兵藤を元に戻したいという思いだ。

 

「さてな。不完全な発動だから戻れる可能性はあるがこのままだと確実に命を削り切って死ぬ」

 

「なら、アーシアの無事を伝えることができれば…」

 

「無理だ、暴走した今の奴に襲われて死ぬぞ」

 

アーシアの無事を知って安堵し、希望を持ったゼノヴィアの考えは無謀だと断定される。

 

「お願い、イッセーを助けて。勝手な願いなのはわかってる」

 

「私からもお願いするわ」

 

真剣なまなざしで部長さんは覇龍を睨むヴァーリに頼み込む。そこに朱乃さんも加わる。

 

「…こいつは敵ですよ?」

 

和平会談の情報を敵に流してテロを起こし、ギャスパー君を危険な目に遭わせたのはこいつだ。挙句に兵藤の目の前で両親を殺すなんて言うような奴に助力を乞うなんて俺にはできない。

 

ヴァーリは彼女たちの思いを敵と言う理由ですぐに拒否するわけでもなく二人を無言で見つめ、一息ついて答えた。

 

「……俺も、赤白対決をしたいのでな。勝手に『覇龍』を発動して死なれては困る」

 

どこかツンデレ感あるヴァーリの返答に、皆安堵の表情を見せた。

 

……でも、俺だけは納得がいかなかった。しかし今のあいつを助けるには、それぐらいしか手がないのも分かっていた。言葉にしにくい、何とも言えない気分だ。

 

「古より、龍を沈めてきたのは『歌』だった…が、この状況では期待できないな」

 

歌、か…。俺はあいつを鎮められるような清い歌は歌えないぞ。せいぜいカラオケのノリくらいだ。仮にアーシアさんが目覚めても、彼女が歌えるのは讃美歌だし悪魔のあいつには逆にダメージになる。

 

「あるいは、何か彼の心を揺さぶるものがあればいいが」

 

「歌なら、あるわよぉぉ!!」

 

緊迫した状況に、元気のいい声が響き渡る。兵藤がいる方向とは逆方向から純白の翼をはためかせて甲板に現れたのは紫藤イリナさんだった。

 

何やら大きな機械を両手で抱えてきているが…。

 

「イリナ!」

 

「ミカエル様達も『覇龍』の発動を感じ取ったみたいで、私にこれを持っていくよう頼んだの!」

 

そう言ってどすんと甲板に機械を下ろした。確か、冥界でこれと似たような機械を見たことがある気もするが…。

 

「紫藤イリナ…ミカエルのAか」

 

「ってヴァーリ・ルシファー!?何で白龍皇がここに!?」

 

ヴァーリの存在に気付き、目を丸くする。奴は三大勢力に敵対する『禍の団』所属のテロリストだ。俺達と居合わせて、戦闘になっていないことに驚かないはずがない。

 

「今は戦うつもりはないらしいわ」

 

慌てる紫藤さんに部長さんが軽く説明を入れてあげた。

 

「そ、そう…とにかく、これは魔王ルシファー様とアザゼルさまが作った秘密兵器よ。きっと、今のイッセー君に効果抜群のはずです!」

 

「お兄様とアザゼルが?」

 

悪魔と堕天使のトップが共同開発か。特にアザゼル先生は神器に詳しい。あれだけの暴れっぷりを見せる覇龍も神器の力、きっとこの状況を打開する有効打になってくれるはずだ。

 

「リピート再生で行っちゃうね!ミュージック、スタート!」

 

快活な性格の紫藤さんらしく、腕をブンブン回してスイッチを押す。すると光を放ち、虚空に映像が投影された。

 

「……」

 

黒い画面が続くこと数秒、ふっと明るくなり映像が始まった。

 

『みーんなー!おっぱいドラゴン、はーじまーるよー!!』

 

『おっぱーい!!』

 

そこに映ったのはN〇Kの子供向け番組のようなセットで、禁手の鎧を纏って体操のお兄さんみたいなことを言う兵藤と、楽しそうな笑顔を浮かべるたくさんの子供たちの姿だった。

 

――――はい?

 

「えっ、ナニコレ?」

 

ぽかんと口を開け戸惑う俺達をよそに、いかにも幼児、子供向けの軽快な音楽が流れだす。それに合わせて映像の兵藤と子供たちも踊り始めた。

 

歌のパートに入ると、作詞作曲者を示すテロップ、歌詞も表示された。

 

えーっと、『おっぱいドラゴンのうた』。作詞、アザ☆ゼル。作曲、サーゼクス・ルシファー。ダンスの振り付け、セラフォルー・レヴィアたん。

 

なんていうタイトルだよ!!そのまんますぎるけど、おっぱいドラゴンというフレーズだけで破壊力抜群すぎるんだよ!!

 

「……いや待って、何やってんの!?アザゼル先生とサーゼクスさん、セラフォルーさんだよね!?どう見ても!!あんな個性的な名前、そうとしか思えねえよ!!先生は申し分程度に真ん中に☆を入れるな!!もうちょっと捻るか、サーゼクスさんみたいに潔くそのまんまにしろ!!」

 

「せ、先輩のツッコミが冴えわたりますね……」

 

あんたらトップの仕事ほっぽりだしてなんてもの作ってんの!?俺はこの状況にツッコまずにはいられなかった。

 

おっぱいドラゴンの歌、その歌詞は…何と言うか、作詞した人の頭がどうなっているか見てみたいと真剣に思うくらいの酷さだったとだけ、言っておく。

 

「……本当にこれが秘密兵器なのか?」

 

「わ、私はミカエル様達からはそうとしか……」

 

予想外過ぎる内容に、あのヴァーリですら戸惑っている。

 

ロンギヌス・スマッシャー、そして先から続いていた無差別破壊に崩れ去った神殿群、荒れ果てたフィールドに場違いも甚だしい明るい幼児向けの音楽と映像が流れる。

 

誰がこの光景を見てツッコミを入れずにいられるだろうか、いやいられない。

 

「お……お…ぱい」

 

「!?」

 

歌が流れてから突然咆哮と破壊をやめた兵藤が、呻きながら何かのフレーズを口にし始める。

 

「もみ…もみ……ちゅう」

 

歌詞だ。歌の歌詞を口にしながら、両手を虚空に伸ばして、何かを揉むような動作をしている。

 

「ずむずむ…いやーん……」

 

「き、効いてる…」

 

「もしかして、イッセー君の意識が戻ってきている…?」

 

本当に、あのふざけた歌があいつを呼び戻しているのか?

 

「…今だな」

 

〔Vanishing Dragon Balance Braker!〕

 

すぐさま禁手を発動させ、見惚れるような白い鎧を身にまとったヴァーリが飛び立つ。

 

それに気づいた兵藤が腕を振るって攻撃するが、歌の影響で鈍くなった動きのため易々と回避されヴァーリに軽く触れられる。

 

〔Divide!Divide!Divide!〕

 

光翼が輝きを放ち、『半減』の力が発動する。音声の度に荒ぶる兵藤のオーラが弱まっていく。

 

半減を発動させ終わると、白い光の尾を引いてすぐにこちらに戻って来た。

 

「リアス、やるなら今しかないわ。イッセー君にあなたの乳首を押させるの」

 

「!?」

 

と思っていたら、朱乃さんが真顔でとんでもないことを言いだした。

 

「はぁ!?朱乃、あなた何を!?」

 

「イッセー君はあなたの乳首を押して禁手になった、なら逆も然りよ。おっぱいを求め、おっぱいに生きるイッセー君にとってあなたのおっぱいは特別なモノのはず。白龍皇の力で弱まった今なら近づけるわ」

 

「すみません朱乃さん何言ってるかわからないです」

 

朱乃さんはぶっとんだことを確信めいた調子で語る。

 

もうだめだ、体もしんどいしこんな酷い話を聞かされて頭もしんどくなってきた。寝れるものなら寝たい、でもあいつが大爆音で鳴きまくるこんな状況で寝れるわけがない。

 

というか、もう俺みたいに朱乃さんも頭をやられてしまったかもしれない。そうか…皆、疲れているのか。

 

「私だってわからないわ、でもなぜか確信があるの。リアスの胸ならきっと…!」

 

「おっぱいって、あなたじゃダメなの…?」

 

「私じゃダメよ…悔しいけど、こういう役目ってリアスじゃなきゃ」

 

黒髪を撫でる朱乃さんがどこか悲しそうな表情で笑った。…これって朱乃さんも本当はやりたかったってことだよね?

 

というか、乳首で覇龍を解除するってどういうことだよ。まじで何をどう考えればそう言う発想に…。

 

「酷い会話ですね」

 

「やー面白すぎて腹痛ぇわー!」

 

「……」

 

やれやれと眼鏡をくいっと上げるアーサー、げらげらと面白おかしく笑う。ヴァーリに至ってはもう関わりたいといわんばかりに視線をそらしてくる。

 

誰も止めてくれない、というか止められない。みんながその作戦を進める方に話が進んでいる。

 

俺の心労を代弁するようにぎゅるると俺の腹が痛々しく唸った。

 

「ごめん塔城さん、胃が痛くなってきた…」

 

「後でバファ〇ン出しておきますね」

 

「頼んだ…」

 

やっぱ頭痛も腹痛もバ〇リンだよな…。

 

「……わかったわ、イッセーのためなら」

 

深く息を吐いて、覚悟を決めた瞳で朱乃さんの説得についに部長さんは頷いた。悪魔の翼をばさりと広げると、船を離れて兵藤の下へ飛び立つ。

 

俺達はそれをただ見守る。狂った作戦だが、今の俺達にできることは半信半疑ながらもそれに賭けることぐらいしかない。

 

翼を広げて兵藤に近づく部長さん、やがて降り立つと一歩一歩距離を縮めていく。

 

兵藤は頭を抱えて苦しそうに唸るばかりで、気付く様子もない。

 

やがて至近距離に達するとそっと、禍々しさすら感じるオーラを恐れることなく上着を脱ぎ、惜しむことなく上半身を晒す。

 

遠くで見えないが、かなり大きなマシュマロなのはわかるぞ。真正面という特等席で見れるあいつがちょっと羨ましいな。

 

ってブラジャーを脱いだ!?ピンクだ!いや、違う、本当にやるのか?

 

「戻ってきて、イッセー」

 

呻く兵藤も、眼前に現れたおっぱいに気付いた。のそりのそりとした足取りで近づき、すぐ目の前にあるおっぱいに手を伸ばした。

 

「おっぱい……ずむずむいやーん……」

 

両手から生える鋭利な爪が引っ込む。目と鼻の先までに近づいたそれを大胆に掴み、もにゅっと揉んだ。

 

「…あっ」

 

熱っぽい声を漏らす。

 

それが引き金となり、赤い光がパッと弾けた。そして光の中から元の兵藤が姿を現した。

 

前のめりに倒れる兵藤は、豊満な胸を晒す部長さんに受け止められるかたちになった。

 

「本当に戻ったァァァァ!!?」

 

眼が飛び出るくらいに、作戦が成功したことに俺は驚いた。

 

え、あ、え?本当に成功したの?あの頭のおかしい作戦が!?嘘だ、嘘だといってよバーニィ!!いいのか、本当に俺らはこれでいいのかァ!?

 

「イッセー先輩!!」

 

作戦の成功に皆が破顔し歓喜の声を上げる。

 

「…やっぱりイッセー君はおっぱいドラゴンだよ」

 

隣で呟いた木場の独り言が、妙に印象に残ってしまった。お前だけはまともだと思っていたのにィ……!!

 

「リアス・グレモリーの胸は奴の制御スイッチなのか?」

 

「制御スイッチって、そんな言い方ないだろ!」

 

まさかの解除に困惑するヴァーリの感想に、美猴は面白おかしそうに突っ込む。

 

ぶ、部長さんの胸は…制御スイッチ…あ、兵藤が戻った…まだおっぱいドラゴンの歌が鳴ってる、リピートされてる。

 

おっぱい…制御スイッチ…乳首…覇龍を解除…ずむずむいやーん…あは、あひぇ。

 

暴走が終わってもなおリピート再生されるおっぱいドラゴンの歌、耳に絶えず流れ込む強烈すぎるフレーズ、緊張が抜けた反動、視覚から飛び込んでくるぶっ飛び過ぎた怒涛の展開。

 

それらが次から次へと俺の精神に強烈な一打を残していき、とうとう耐えかねた俺の精神の何かが頭の中で吹っ飛んだような気がした。

 

「あはっ、もうどうにでなーれ!」

 

変な笑いと変な言葉が口から出た。

 

「見てよ皆。綺麗な空だ…鳥が飛んでるよ。あれ、空って紫色だったっけ?いや、青だったもんな…てことはここは地獄かなー?それとも天国かなー?いや、どっちにしたって俺は死んでるってことだよね」

 

「悠が完全に壊れたぞ!?」

 

「度重なる戦闘ダメージと追い打ちをかける精神的ダメージが…!」

 

「さすがにこれは仙術でもどうにもできませんね」

 

「うっひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!何だこの光景!面白すぎるぜェ!!わ、笑い死ぬぅ!!」

 

馬鹿笑いする美猴、別の意味で暴走を始めた俺、それを止める皆。

 

おっぱいドラゴンの歌から始まった混沌は、覇龍が解除された後もしばし続いた。




もしかしたら悠が先代白龍皇達の「赤龍帝被害者の会」に入る展開もあるかもしれない。というか今後次第では下手をすればドライグと一緒に薬+カウンセリングコース行きの可能性も…。

次回、「夢幻の真龍」


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第65話 「夢幻の真龍」

型月型月って何のことかと思っていたら、タイプムーンのことかとようやく気付いた今日この頃。

軽く今後の予定を載せておきます。

ホーリー編最終話
外伝(ル・シエル)
ラグナロク編(物語のターニングポイント、長くなる可能性大)
外伝(内容は未定)
設定集更新(大幅な更新になる予定)
新章に向けてドキレディで各勢力についておさらい



Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
5.ビリーザキッド
7.ゴエモン
9. リョウマ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
13.フーディーニ



「…はっ」

 

それは帰還だった。睡眠時に感じる闇からの帰還でもなく、気絶の時のようなものでもない。まるで魂が一時的に抜けていたかのような…言葉にし難いがそんな感じだ。

 

「悠が正気に戻った!」

 

「ちゃんと戻ってこれたんだね…」

 

俺の周りでゼノヴィア達が安堵の息を吐いている。…どういう状況だ?俺が正気に戻った?正気に戻ったのは兵藤の方じゃないのか?

 

「あれ、何か、記憶が飛んでるんだけど…」

 

兵藤のジャガーノートドライブが解除されてからさっきまでの前後の記憶がおぼつかない。特についさっきまでの記憶は完全に途切れており、思い出そうとするといやに頭痛が走る。

 

記憶が飛んでいる…つまり、時間が飛んでいる…?もしかして、これがキングクリムゾンか?

 

というかいつの間に船を降りてさっきまで兵藤が暴れていた神殿の跡地にいる。兵藤の暴走がおさまったから皆であいつの下に移動したようだ。

 

「そ、そうか…何も思い出さない方がいいぞ」

 

「きっとストレスが溜まってたんだと思います」

 

「?」

 

何やら皆、引きつった笑みで思い出すな思い出すなと言ってくるが…飛んだ記憶の中でまずいことでもあったのか?

 

「紀伊国、お前も辛かったんだなぁ……ごめんな」

 

皆に混じって涙ながらに兵藤が俺に謝罪してくる。…って、兵藤?

 

「兵藤!お前、もう大丈夫なのか?」

 

「ああ、今はこの通りピンピンしてるぜ!アーシアもな!」

 

元気さを示すように、笑顔でどんと胸を叩く。まるでさっきまで命を削って『覇龍』で暴走していたのが嘘のようだ。

 

その隣でアーシアさんがいつものように心が癒されるような笑顔をこっちに向けてくる。

 

「全員お目覚めか」

 

ヴァーリと俺の視線が合う。するとヴァーリの表情が次第に変化していく、まるで可哀そうなものを見るようなものへと。

 

…俺、そんなまずいことした?

 

「ヴァーリ…今回は世話になっちまったみたいだな」

 

「『覇龍』で勝手に死なれては困るからな…余計だったか?」

 

「いいや、そうでもねえよ」

 

二天龍と呼ばれる者同士で、兵藤とヴァーリが言葉を交わす。しかし礼を言う兵藤の表情はうかない。

 

助けられはしたが、兵藤にとっては敵だし、なにより両親の殺害を目の前で提案されたりとあまりいい感情は持っていないはずだ。

 

「それよりもだ、そろそろ来るぞ」

 

真剣な表情で、ヴァーリが向こうの空を見る。特に向こうには変わった様子は何もないが…。

 

「来る?何が?」

 

「まあ見ていろ、滅多に拝めん者だ。一生の思い出にもなるかもな」

 

その時、空に大きな裂け目が生まれる。裂け目の向こうには冥界行きの列車で見た空間と同じ世界が広がっている。間違いなくあそこに次元の狭間は通じている。ヴァーリたちが出てきたものとは比べ物にならない大きさだ。

 

そしてさらにそこから途方もない大きさの生物がゆっくりと姿を現した。

 

「ど…ドラゴン?」

 

あのトカゲらしさのあるフォルム、とげとげしい鱗は間違いなく龍だ。

 

王道を行く西洋のフォルムのドラゴン。頭には幾つものその偉大さを示す角が生えており、全身を覆う鱗は兵藤の鎧と同じ赤で、空を覆いつくさんばかりに大きな翼がある。

 

「で、でけぇ……」

 

皆が赤い巨体に圧倒され、ただただ息を呑む。タンニーンさんよりもはるかに巨大だ、こんなにデカい生物は見たことがない。

 

「この世に『赤い龍』と呼ばれるドラゴンは2匹いる。一匹はお前の神器に宿るウェールズの古の龍…赤龍帝ドライグ。そしてもう一匹があれだ」

 

「二匹の…赤い龍」

 

「『真なる赤龍神帝《アポカリュプス・ドラゴン》グレートレッド』。黙示録に記されし真龍とも呼ばれる龍の中の龍、『D×D《ドラゴン・オブ・ドラゴン》』だ。次元の狭間を住処とし、悠久の時をそこで過ごしているといわれている」

 

「グレートレッド…」

 

偉大なる赤、か。それに龍の中の龍ね。それに赤龍神帝って、まるで赤龍帝の進化版みたいな名前だな。もしかして、二天龍と同じ様に白龍神皇グレートホワイトなんて呼ばれるドラゴンもいたりするのか?

 

「次元の狭間に?何であんなとこに?」

 

「さあな。諸説あるがそれは本人に聞いてみないとわからない」

 

まああれだけの大きさの生物だ。次元の狭間ぐらいしか落ち着けるような住処はないのかもな。あそこなら誰も来ないし。列車は通るけどな、あと戦艦も。

 

「今回の俺達の目的はあれを見ることだ。シャルバの作戦はあくまでおまけでしかない」

 

おまけにしては大規模すぎるし、各勢力にかけ、あるいはかけるかもしれなかった迷惑のレベルが半端なさすぎるんだが。下手すれば俺達を含めたVIPも全滅するかもしれなかったし。

 

「俺はいつの日かあれを倒し、『真なる白龍神皇』になる。それが俺の夢だ。赤の最上位がいて、白だけないのは面白くないからな。だから、俺がなる」

 

あの宙を泳ぐ巨大な龍を、ヴァーリは真剣に見つめる。赤き偉大な龍を映す鋭い瞳には戦士としての闘志が、夢を追う者の輝きが宿っていた。

 

…こいつにも、夢があるんだな。テロリストにも、夢が。だが俺には…。

 

「グレートレッド、久しい」

 

ひとりでにネガティブな思考に沈もうとした矢先、知らない少女がヴァーリの傍らにいた。その出現は音もなく、気配もなく、誰もそれまで気づく者はいなかった。

 

長い濡れ羽色の髪を垂らすゴスロリの少女。全開にした胸の大事な所はバツ印のシール?で隠されており、今の凛のように感情に乏しいように感じる顔立ちだ。

 

「…この場にいるってことは、一般人じゃないな」

 

「彼女こそ『無限の龍神《ウロボロス・ドラゴン》オーフィス』。『禍の団』のボスであり、神をも超える世界最強の龍だよ」

 

「えええ!!?」

 

完全に不意を突かれる形で出現した俺達が敵対する組織の首領、驚かないはずがない。

 

皆驚きはしたが、流石にさっきの一連の流れで精神的にへとへとになってしまったのもあって警戒のオーラは出せなかった。

 

出したとしても、俺達が束になっても世界最強と言われるドラゴンに勝てるはずはないが。

 

しかしこいつが『禍の団』のボスか…?なんか、俺の想像してた悪の組織のボスというイメージとかけ離れていて拍子抜けした感じがするが。

 

そんな俺達を気にも留めず、雄大に宙を泳ぐグレートレッドにその小さな手で銃の形を作って向けた。

 

「我はいつか必ず、静寂を手にする」

 

…静寂だと?あんな各地でドンパチテロを起こして、静寂とは程遠い混乱を生み出す奴が?

 

そんな俺の疑問を代弁するように、兵藤が前に出た。

 

「…オーフィス。お前の目的は何なんだ?」

 

「…赤龍帝、ドライグ」

 

兵藤に目線を移すとぽつりと漏らした。同じドラゴンだからか知ってはいるのか。

 

そして再び、グレートレッドに視線を戻した。

 

「我、グレートレッドを倒す。そして次元の狭間に帰り、静寂を得る。それだけ」

 

…たった、それだけ?俺はシャルバみたいな連中を率いているからてっきり世界征服とか、そういう類のものだと思っていたが。

 

だがそれを聞いて得心したことがある。

 

「…だから、『禍の団』に入ったのか」

 

ヴァーリに視線をやる。奴はああと頷いて答えた。

 

「静寂はさておき、俺とオーフィスの目的は一致しているのでね。強者との戦いも勿論だが、俺が一番戦いたい相手があれだからな」

 

世界最強のオーフィスと神に喧嘩を売った白龍皇が手を組むか。でもあれだけの大きさで大仰な二つ名を持つ龍だ、例え白龍皇の覇龍を使っても相当骨が折れる相手だと思うが。

 

「すまん、遅くなった!」

 

黒い翼を羽ばたかせてこの場に降り立ったのはアザゼル先生。目立つ傷もなく、無事にあの混戦極まる戦場を切り抜けてここまで来たようだ。

 

「お、イッセー!無事に戻れたんだな!秘密兵器が役立ったわけだ!」

 

「はい!」

 

先生は俺達と共にいる兵藤の姿を認めると、嬉しそうに口の端を笑ませる。

 

そんな彼の出現に反応したのはヴァーリも同じだった。

 

「アザゼルか、久しいな」

 

「何だお前もいたのか…育ての親としちゃ、あまりやんちゃして欲しくないんだがなぁ」

 

「悪いが、俺は自由に生きる。それが白龍皇というドラゴンとして相応しい生き方だと思っているからな」

 

「…そうかよ」

 

悪びれる様子もなくふっと笑って腕を組むヴァーリ。そんな彼にアザゼル先生は寂しそうな表情を一瞬見せると、オーフィスと向かい合う。

 

「この場に現れた旧魔王派の連中はすべて降伏及び退却した。残る旧魔王派の勢力はアスモデウスだけ、旧魔王派は半壊したも同然だ」

 

「そう」

 

自分の仲間の状況を聞くが素っ気なく返す。反応から見るにオーフィスには奴らとの仲間意識はないようだ。

 

「我、帰る」

 

ふとオーフィスは立ち上がる。瓦礫の散らばる地面をペタペタと歩き、突然俺の方へ振り向くとまじまじと見つめてくる。

 

「…人間、懐かしい気配がする」

 

「それはどういう…?」

 

何気なく呟かれた謎めいた言葉、それに対する俺の疑問に答えることなくオーフィスは元からそこにいなかったかのようにいつの間にか姿を消した。

 

「俺達も退散するとしよう」

 

それに続くようにヴァーリチームも動く。アーサーがコールブランドを鞘から抜き放って掲げ何もない宙に振り下ろすと、現れた時と同じ様な裂け目は生まれた。

 

あの聖剣には空間を斬る能力があるのか?それとも、アーサー自身の能力か?

 

踵を返して裂け目の中へと歩みを進めようとしたヴァーリたちだったが、ふと何かを思い出したかのように歩みを止め振り返った。

 

「兵藤一誠…俺を倒したいか?」

 

唐突な問いに一瞬びっくりするが、すぐに訊かれた兵藤は返答をよこす。

 

「倒したいさ。けど…木場も、匙も、俺には越えたい奴がたくさんいる」

 

おい待て兵藤、大事な人を忘れていないか?

 

「俺は?」

 

「お前は…そうでもないかも」

 

兵藤の返答に俺はちょっぴりショックを受けた。

 

そうかよ、俺は壁じゃねえのかよ。…でも匙はレーティングゲームでぶつかることがあるし、木場は同じ眷属内でライバル意識はあるだろうな。

 

俺は…言われてみれば別にゲームで戦う訳でも、特にライバル意識を持たれるような関係ではないな。むしろ肩を並べて戦う戦友のような感じか?

 

「そうか、俺も同じだ。俺にも戦いたい強者が…知りたい世界の謎がたくさんある。おかしいな、赤龍帝と白龍皇、因縁よりも戦いたい相手、大切な目標があるなんてな」

 

「でもいつかは決着をつける」

 

「そうだ、それまでもっと強くなれよ。…赤龍帝、兵藤一誠」

 

不敵で満足げな笑みを残して、今度こそヴァーリは裂け目に消えていく。

 

「じゃーな、おっぱいドラゴン、スイッチ姫!」

 

「スイッ!?」

 

去り際のセリフに、部長さんが顔を真っ赤にする。

 

「聖魔剣の木場裕斗君、デュランダルのゼノヴィアさん。いずれあなたたちとも聖剣使いとして相まみえたいものですね」

 

爽やかではあるが、どこかヴァーリと同じ様なぎらつく笑みを見せてからアーサーは踵を返す。

 

アーサーのセリフを最後に、3人は空間の裂け目へと歩みを進めついには消えた。

 

ヴァーリチームもオーフィスも消え、この場には俺達オカ研メンバーだけが残された。

 

俺はふと思ったことをアザゼル先生にぶつけてみる。

 

「…先生、グレートレッドを何とかすれば、オーフィスは『禍の団』を解散してくれるんじゃないんですか?」

 

「馬鹿野郎。グレートレッドは戦うことはないが、実際に戦った時の戦闘力はオーフィスレベルかそれ以上と推測されている。まず俺はおろか神ですら束になってもどうしようもねえし、仮にオーフィスがあれと本気でやりあったら間違いなく世界が消えてなくなるぜ」

 

「い!?」

 

俺のアイデアを先生はため息を吐いて否定した。

 

…あれ、そんなやべぇやつだったのか。道理で世界最強と言われるオーフィスがすぐに倒さないわけだ。

 

「アザゼル…あなたいつの間にあんな歌を?」

 

俺の次に部長さんが呆れ気味にさっきの歌について訊いた。

 

あの歌…思い出しただけでもちょっと頭が痛くなってくる。歌を聞いて頭が痛くなるとか、こんなこと初めてだ。

 

「サーゼクスからオファーが来てな、ノリノリなのは俺やセラフォルーだけじゃなかったんだぜ?」

 

アザゼル先生は苦笑気味に答える。残る二人の魔王、ベルゼブブとアスモデウスはせめてまともだといいな…。

 

「それはともかく、よく生き残ってくれた。面と向かって言わせてくれ。…お前らを囮にするような真似をして本当に悪かった」

 

普段のような腹の読めない自由奔放さのない真剣な表情で先生は謝罪の言葉を告げる。

 

禍の団を一気に叩くためとはいえ、先生は部長さん達グレモリー眷属をわざわざ回避できるはずの危険に晒した。

 

それくらいは言ってもらわないと、表の日常も裏の異形界でも今後も続く俺達との関係に響くし先生自身ももやもやしたものが残るだろう。

 

部長さんも兵藤も皆、いつもとは違って至って真面目なアザゼル先生に驚きながらも、謝罪を責めることもなく素直に受け入れた。

 

「イッセー、特にお前はすげえよ。覇龍を発動して生き残った奴なんて数えるぐらいしかいないんだぜ?」

 

「ほ、本当ですか?」

 

「ああ、やっぱり今までの赤龍帝とは違う何かをお前さんは持ってる。まあ、ひと段落着いたら神器を見せてくれや。覇龍の覚醒で変化が起こってるかもしれないからな」

 

そう言う先生は楽しそうな顔をしている。あ、これは多分神器マニアとして早く兵藤の神器を調べたいんだな。

 

「お前たちは先に帰っていいぞ、後始末は大人に任せろ」

 

「私は残るわ。お兄様に報告したいことが色々あるから」

 

サーゼクスさんに報告したいことと言えば、仮面か。旧魔王派が狙っている前魔王達の遺産。もしかしたら、調べれば詳細が色々出てくるかもしれないな。

 

それに凛の言う特異点とやらもだろう。アレに関しては、兵藤がそうと呼ばれる存在以外は全く分からないし本人も全く知らない。

 

話も終わると、すぐに部長さんとアザゼル先生が翼を羽ばたかせて飛び立っていく。二人には二人の仕事がまだ残っている。

 

二人を見送るようにその後ろ姿を暫し眺めていると、兵藤が動き出した。

 

「じゃあ、帰ろう、アーシア。父さんと母さんの下に」

 

兵藤はアーシアさんに手を差し出す。今度こそ離さないと。

 

「はい!」

 

アーシアさんは今度こそ離れないと手をつなぐと、とびっきりの笑顔を見せた。

 

「さて、私たちも帰りましょう」

 

「僕はもうへとへとですぅ…」

 

「録画したアニメがやっと見れます」

 

その言葉を機に、俺達もようやく日常の雰囲気へと戻り始める。

 

アーシアさんが捕まって次元の狭間に飛ばされた、兵藤が暴走した、そして俺の記憶が飛んだ。色々大変なことがあったが、何とか無事に全員揃った。これでまた、俺達はあの日常へと戻れる。

 

帰るべき日常への帰還へと、俺達は歩み始める。

 

そして兵藤はふらりと力なく倒れた。

 

 

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

 

 

冥界の旧ベルゼブブ領に存在する旧魔王派のアジト、そこには先の戦いから転移魔方陣を使って逃れてきた旧魔王派の構成員たちが流れ込んできていた。

 

皆負傷しており、救護班をフル稼働してケガ人の対処に当たっている。その様子を、険しい顔つきでシャルバ・ベルゼブブに次ぐリーダー格であるクルゼレイ・アスモデウスは腕組んで見ていた。

 

「この様子だと、私が出ても同じ結果になっただろう…全てあの女の言う通りに事が運んだな」

 

当初の計画では、クルゼレイも参加する予定だった。しかしそこへ謎の女クレプスが神祖の仮面の情報を持ち込んだことで状況は変わった。

 

クルゼレイとシャルバは相談し、既に練られていた作戦の実行をシャルバ、そして仮面にふさわしい使い手の交渉をクルゼレイが請け負うことに決めた。

 

そして来るべくして来た作戦決行の日、その結果はこのありさまだ。大量の犠牲者を出し、アーシア・アルジェントの回復の力を逆手に取る英雄派と共同で組み上げた結界もおしゃか、シャルバとは連絡が取れない。ものの見事に作戦は失敗した。

 

「…」

 

今後についてあれこれ思案しているうちに、再び転移魔方陣が開く。また傷を負って泣き言を言う構成員かと思いきや。

 

「クレプスか。それと…シャルバ!?」

 

「シャルバ様!?」

 

両腕を失い、力なくうなだれるシャルバを肩に担ぐ黒い女、クレプスだった。

 

彼女もパートナーであるル・シエルと共に作戦に参加したが、彼女とル・シエルだけは期を見計らって自由に撤退するよう要請されていた。

 

仮面について知識を持つ彼女と、その彼女が重要視する天王寺大和ことル・シエルの存在は旧魔王派にとって特に重要なものだ。

 

彼女が担ぐシャルバの痛々しい姿に、構成員たちが驚いた。

 

「早く手当なさい、そうしないと手遅れになるわ」

 

「おい急いでシャルバ様を運べ!」

 

いち早く我に返った構成員たちがすぐに用意した担架に乗せられ、シャルバは緊急治療室に運ばれていった。運ばれていく彼をクルゼレイは心配げに見て、クレプスに話しかけた。

 

「…クレプス、お前はこの結末を見透かしていてあえて私に作戦に参加せず『仮面』の捜索に専念するよう助言したのか?」

 

「今回の作戦であなたまでやられてしまっては、誰がこの旧魔王派を指揮し前魔王の威光を冥界に取り戻すというのです?」

 

クレプスとしても、クルゼレイまで失い仮面の捜索の足掛かりにする旧魔王派が瓦解しては困る。だから前もってクルゼレイに働きかけ、シャルバと相談するように持ち込んだのだ。

 

クルゼレイをまるで世界を危機から救う勇者のように崇めるようなクレプスの耳障りの良い言い回しが彼のアスモデウスとしてのプライドをくすぐる。

 

「そうか…そうだな。だが、かなりの戦力を削られてしまった。俺のアスモデウス側の軍勢が残ってはいるが、それても今回の一件で『禍の団』での力はかなり落ちる」

 

「しかし逆に言えば、『禍の団』一の勢力を誇っていた我々の衰退を機に『英雄派』が活動を活発にします。彼らが表立って行動し始め、敵勢力の注意を引いてくれるでしょう」

 

神器持ちの人間や、歴史に名を残した者の子孫たちが集う派閥、それが『英雄派』。彼らは己の力を高めんと神器研究や異形の研究に余念がない。

 

これまでのテロ活動は旧魔王派が中心だったが、今回の弱体化を機に次第に英雄派が動きを見せ始めていくだろう。

 

「…ところで、交渉の方はいかほどに?」

 

クレプスは訊ねる。

 

シャルバ達がディオドラと手を組みアーシア・アルジェントを利用した作戦を展開している間、クルゼレイは冥界の某所を訪ねていた。

 

彼が旧魔王派に引き入れんと交渉をかけた相手はあの白龍皇の祖父、そして前ルシファーの息子という、最も前ルシファーと近しい血縁関係を持つ『超越者』の中にも含まれる男だった。

 

「ダメだな、やはり今の奴は抜け殻だ。仮面の情報を提供し、一応の興味を示したがそれでも奴を動かすには足りない」クルゼレイはその交渉の様子を思い出し、苦い顔で首を横に振った。

 

懸命にクルゼレイは仮面を得て共に前魔王の世を取り戻そうと訴えた。しかし交渉相手は気怠そうにソファーに寝転がり、行儀悪く資料を読んでふーんと声を漏らしてはまたワインを呷る。

 

そして挙句の果てに、仮面の資料をポイ捨てするような感覚でクルゼレイに投げ渡した。

 

傲慢の悪魔のあまりの怠惰っぷりに、偉大なるルシファーの血を引く者の情けなさっぷりにクルゼレイは呆れてものが言えなくなりかけたことも交渉中に何度もあった。

 

「もう奴は魔王の座に興味はない。かといって、ヴァーリに仮面の情報を与えるのも癪だ」

 

思い出すだけでも頭が痛くなる光景を思い出し、ため息を吐いてクルゼレイは首を振った。

 

「…ルシファーがいなくとも、サタンがいればどうにでもできます」

 

「サタンか…だが奴の血族はいない。誰に『神祖の憤怒の仮面』を与えるのだ?」

 

「それについては心配ご無用です」

 

「?」

 

クルゼレイの懸念に、クレプスは意味深に微笑む。

 

「…まあいい、以前から交渉を進めているマモンとベルフェゴールも乗り気でない。今回の件で交渉の難航は確実、やはり実物がなければ状況は動かないか」

 

「なら、当面は仮面の捜索に注力すべきかと」

 

「お前の言う通りだな。『禍の団』ナンバー1派閥の座、今は英雄派に預けることにしよう。交渉に使っていた人材も仮面の捜索に回しておく」

 

アスモデウスの末裔として、シャルバの負傷でこれから率いていかなければならない旧魔王派、そのリーダーとして堂々と威厳を持ってクルゼレイは告げる。

 

「クレプス、一刻も早くル・シエルと共に7つの仮面を見つけるのだ。全ては前魔王のために」

 

「はっ。仰せのままに」

 

恭しく跪き、一礼してからクレプスはこの場を後にする。

 

「……やはり、シャルバよりは使えそうね」

 

去り際、背を向けて暗闇へと消えていく彼女の冷たい呟きがクルゼレイの耳に届くことはなかった。




いよいよホーリー編も次回でラストです。

最近はガンガン筆が乗ってますので遅くとも来月の頭にはラグナロク編へいきます。

次回、「体育館裏のホーリー」


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第66話 「体育館裏のホーリー」

ホーリー編最終回です。この物語の根源にほんの少し触れます。誰があのキャラが再登場すると思っただろうか。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
5.ビリーザキッド
7.ゴエモン
9. リョウマ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
13.フーディーニ



「一誠君、来ないなぁ」

 

日差しが燦々と差す駒王学園のグラウンド、そこに多く立てられたテントの下で天王寺はぽつりと呟く。

 

いつもの面子らしく集まり、日差しを凌げるテントで涼む俺達も天王寺の言葉に同感だった。

 

ディオドラ・アスタロトが引き起こした、様々な神話や勢力のVIPを巻き込んだ旧魔王派による大規模テロから数日後、駒王学園では体育祭が開かれた。

 

生徒の親御さんたちはもちろん地元の方々も大勢集まって大盛況だ。よーく見てみると、親御さんたちの中にサーゼクスさんも混じっていたりする。

 

仙術で無理に動かせるようにし、その反動で暫し動けなくなってしまった俺の体も数日休むうちになんとか回復できた。今はこの通り、体育祭にも参加できている。

 

だが、兵藤は間に合わなかった。

 

あいつだけは覇龍の影響でかかった体の負荷が深刻で、戦いが終わってすぐにまた気を失ってから今でもまだ昏睡状態にある。

 

「あいつは本当に何をやってるのよ。ここ最近出てこないからまさかとは思ったけど、本当に今日も欠席なんて…」

 

「アーシアがどれ程この日を楽しみにしていたか、知ってのことかしら」

 

額に流れる汗をタオルで拭う桐生さんと上柚木も不満げに漏らす。彼女たちは兵藤を嫌っているわけではない、ただ仲のいいアーシアさんを一人にし、不安にさせるあいつが許せないのだ。

 

流石に彼女たちにも真実を伝えるわけにもいかず、一応まわりには体調不良で欠席ということになっている。

 

体調不良というどうしようもない理由のため、彼女たちも一方的に兵藤を責めることはできない。ましてや事情を知っている俺はもっとあいつを責められない。

 

「紳士としてAVに没頭するのはいいが、アーシアちゃんを一人ぼっちにするのは良くないなぁ」

 

「うむうむ、自家発電も程々にしなければ体を壊すというのにな」

 

オイこらそこの変態。決してそんな理由で体調を崩したわけじゃねえからな。もしそうだったら俺があいつに一発入れてるところだ。

 

「いちに、さんし!」

 

体育祭は順調に進み、今は元々あいつが出る予定だった二人三脚まで進んだ。

 

すでに二人三脚の始まり、走者たちがしのぎを削るグラウンド。白線のスタートライン上で、欠席になった兵藤の代わりのクラスメイトの男子と組むことになったアーシアさんが不安げな表情を見せている。

 

しかしそんな一方でその表情は、まるであいつを待っているかのようだった。ぎりぎりでもあいつが目覚めて駆け付けてくれるんじゃないかと、希望を捨てきっていない目だ。

 

しかし今の走者が走り終えれば、次はアンカー、アーシアさんの番だ。もう時間は残されていない、残念だがあいつの到着は絶望的だろう。

 

そんな時だった。

 

「見ろ、兵藤だ!」

 

「兵藤?本当なの?」

 

松田が突然指さし、声を上げる。それにつられて、どこだどこだと俺達は視線を泳がして兵藤の姿を探し始める。

 

「ホンマや!生徒会のテントから出てきたで!」

 

松田の次に兵藤の姿を見たのは天王寺だった。

 

天王寺の言った通り、生徒会のテントからどたばたと既に体操着に着替えた兵藤が飛び出してきた。

 

あいつ、ギリギリで目が覚めたのか!しかしなんとギリギリなタイミングで!

 

遅れて来た兵藤はそのままスタートラインで待つアーシアさんのもとに一直線に駆け付けた。

 

「待たせたな…アーシア!」

 

「イッセーさん!」

 

待ちに待った兵藤の登場に、アーシアさんは感極まったように笑顔を見せた。ヒーローは遅れて来るとはよく言ったものだ。

 

「兵藤、お前がアーシアさんと行け!しっかり逆転してこい!」

 

「ああ、ありがとうな!」

 

だがその登場をのんびりと喜ぶ暇はない。激励を送る兵藤の代わりを務めるはずだった男子からタスキを受け取ると急いで足にタスキを巻いて走る準備を完了した。

 

「行くぞ!」

 

「はい!」

 

同じグループの走者のバトンを受け取って、2人は走り出す。試合の準備の裏で練習を重ねてきただけあってそのコンビネーションは完璧だった。

 

順調に先を行くペアたちを追い抜き、一糸乱れぬ二人の走りは着実に二人の後を追うペアとの差を広げていく。そして、二人の前方を走る現在一位のペアとの差を縮めていった。

 

「頑張って、アーシア!」

 

「アーシアちゃん」

 

「兵藤も頑張れ!」

 

「アーシア!イッセー!お前たちなら行けるぞ!」

 

松田に元浜、桐生さん、上柚木、天王寺、そして俺とゼノヴィアも精一杯の声援で二人を応援する。

 

声援の甲斐あってか、次第に二人の走るスピードも上がっていく。どんどん一位のペアとの距離が縮まりついには横に並んだ。

 

「う、嘘!?この二人速いんですけど!?」

 

そのまま一位のランナーも容易く追い抜いて、彼女らの驚く顔を背にして走り抜ける。

 

そしてゴールテープを越えて、ついに走り切った。二人は無事、1位を勝ち取ることができたのだ。

 

「やったなアーシア!」

 

「私…本当にイッセーさんと走れて嬉しいです……!!」

 

二人とも、嬉しさにとびっきり破顔してハイタッチする。あの戦いで受けた彼女の苦しみ、彼女を失いかけた兵藤の悲しみを知る者としては、この光景を見て胸のすく思いだ。

 

本当によかった。月並みな言い方だが、それしか言えない。命を張って戦い抜いた先にある皆の幸せ。俺が自分の力を得た責任を果たすことで、それが守られるのなら俺はいくらでも戦える。

 

痛い思いをするのは嫌だが、心に後悔や癒えない悲しみや苦しみを抱えたまま一生を過ごすのはもっと嫌だ。誰だって大事な人達を悲しませたり、失いたくはない。それが俺の戦う理由だ。

 

「アーシアちゃん良かったなぁ…!!」

 

「うんうん…よかったわ、アーシアぁ……!!」

 

「ちょっとバカ、泣かないでよ…もらい泣きしそうになるじゃないの」

 

二人が1位でゴールし、喜ぶ様子に天王寺達もうれし泣きを始める。本当にアーシアさんと仲がいいんだな。

 

一位でゴールした達成感に浸る二人だったが、突然兵藤がぐらりと体勢を崩した。そんなあいつをアーシアさんが支えてやる。

 

「…どうしたんだ?」

 

そこに部長さんが駆け寄り、何かを指示するとそそくさとアーシアさんは兵藤を連れて、皆のようにクラスのテントに戻らずどこかへ去って行く。

 

「アーシア、兵藤を連れてどこに…?」

 

「もしかすると、まだ万全の体調じゃないのかも」

 

一連の流れを見て胡乱気に呟く上柚木、桐生さんは目を細めて推測する。

 

あり得るな、多分ついさっき昏睡状態から目覚めたばかりだろう。あれだけ派手に暴れて、数日も寝ていたのだ。本当はまだこういう催しにいきなり参加して運動するのも良くないはず。

 

「せやな、でも本当に一誠君大丈夫だったんかいな?」

 

「ま、あいつのことだから軽く休めばすぐ治るだろ」

 

「普段からおっぱいのことを考えるくらい、元気だけは有り余ってるからな」

 

心配そうにしている天王寺とは対照的に松田と元浜は楽観的だ。

 

『次のプログラムは借り物競争です、参加する生徒たちはすぐにスタート位置に並んでください』

 

「…それじゃ、行ってくる」

 

「私も行ってくるわね!」

 

あいつの心配をする間もなく、次のプログラムのアナウンスが流れる。

 

借り物競争はうちのクラスからは俺と紫藤さんを入れた4人が出ることになっている。余程変なものを指定されることはないだろう。うまいこと無難なものをくじで引ければ、すぐに突破できる。

 

土壇場になって登場したあいつのことは心配だが回復できるアーシアさんが一緒にいるから彼女に任せるとしよう。よっこらせと腰を上げて、俺と紫藤さんは移動を開始する。

 

「頑張ってね、イリナ」

 

「任せなさい!」

 

上柚木の応援にサムズアップと笑顔で答える紫藤さん。そして俺の隣にいるゼノヴィアは…。

 

「悠」

 

いきなり顔を寄せると。

 

「!!!?」

 

柔らかな唇で、俺の唇と軽く重ね合わせた。

 

…い?

 

「行ってこい、無茶はするなよ?」

 

悪戯ぽい笑みを浮かべて、肩をポンポンと叩いた。

 

「お、お前…!?」

 

いきなりのキスに俺は戸惑いと驚きを隠せなかった。

 

な、何か、最近のゼノヴィアはおかしいぞ!いや元からおかしい子と言えばおかしいが、ディオドラ戦を経てから特にそうだ!あの戦いで彼女の中に何が起こった!?

 

こんな……こんな人前で、天王寺達の前で軽めとはいえ大胆に…キスを…!!

 

「何ぃ!?」

 

「マジか!?」

 

「わお…」

 

近くでこの流れを目の当たりにした桐生さん達だけではない、同じテントにいるクラスメイト達の視線も松田たちの大声にどういうことか、何事かとだんだん俺に集まってくる。それに比例して、俺の中の恥ずかしさも高まってきた。

 

「な…ちょ…あ…ぬあああああ!!」

 

驚きと一度に集中する視線と、高まり続ける恥ずかしさに耐えられなくなった俺は顔を真っ赤にして日差しを凌ぐテントから、日差しが突き刺すように照り付ける外へばたばたと飛び出した。

 

「悠君!?どないしたんや!?」

 

「ゼノヴィア、あなた思った通り大胆ね…」

 

「ぎぃぃぃ!うらやまじいいいい!!」

 

後ろから何か聞こえてくるが知らん。恥ずかしさのままに俺は次の競技の待機列へと駆け出したのだった。

 

 

 

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

 

 

 

そこはほぼ何もない空間だった。

 

オセロのような模様が敷かれた床が果てしなく続き、そこに寂しく小洒落た椅子と小さな箪笥があるだけの空間。

 

人気のなく静寂だけが支配するこの世界で、一人の少女は大声で泣き叫ぶ。

 

「うわあああああああんん!!!」

 

少女の泣き声がどこまで広がっているか、そもそも終わりがあるかもわからない空間に響き渡る。まるで親にいたずらしたことを叱られた子供のように泣きじゃくる。

 

「うわあああああああんん!!」

 

「…アクア」

 

暗闇の中から、何かがアクアと呼ばれた少女に呼びかける。

 

「アクア」

 

「うあああん!!ひぐすっ」

 

二度目の呼びかけで彼女の後ろにいる存在に気付き、頬を膨らまして彼女はぶんと振り返る。

 

「なによ、もうほっといてよ!」

 

「そうはいかん、一先ず落ち着いて私の話を聞いてほしいのだ」

 

暗闇の中から、ゆっくりとそれは姿を現す。

 

その生物を一言で言い表すなら、トカゲに近いフォルムが一般的とされる西洋のドラゴン。凶悪そうな龍の顔つきにアメジストのような深い紫の瞳があり、全身から生える銀色の鱗は刃のように鋭く、鈍い輝きを放つ。

 

一目見れば誰もが恐怖を覚えるような容姿に構いもせず、女神は泣き続ける。

 

「うえん、もう駄目よ、私のヘマがバレていよいよ怒られるわ。後輩たちにもどやされるし…ああ、よくて左遷よぉ……!!もしかすると、私下界に堕とされるぅ……!?」

 

少女の名はアクア。つい最近、一人の少年を彼が望んだ仮面ライダースペクターの力を与えて、異世界へと送った水を司る女神だ。

 

そして今、彼女のミスを隠蔽し無断で魂を異世界に送ったことが彼女の上司にバレ、彼女は危機に瀕している。

 

狼狽も露わに頭を抱えてぶつくさ呟く彼女に、龍は再び話しかける。

 

「誠に申し訳ないが火急の事態だ。向こうの世界で動きがあった」

 

「…向こうの世界って、竜域のこと?」

 

むすっとしながら、アクアは龍の話に耳を傾ける。

 

「そうだ。奴が…『創造』が既に竜域に来ている。深海凛との繋がりが途切れ、何があったかと思えばまさかこんなことに…」

 

「深海凛って、私が最初にヘマやらかして向こうに送った人間のことよね?」

 

彼女の管轄である国、日本で生まれ育った深海凛は生と死を司る女神でもある彼女のヘマで予定よりもはやく生を終えることとなってしまった。

 

想定外の失敗、その露呈に怯える女神。そこに龍の思惑が組み合わさった。

 

竜域が滅びる未来を変えたい龍、そこに元々存在するはずのない異世界人を送り込めば人為的に特異点を生み出せるのではないか?

 

特異点の選択によって、世界は変わる。特に強い運命力を持つ兵藤一誠と存在するはずのない彼女の2人が力を合わせればバッドエンドを変えられるのではないか?

 

滅びをもたらす彼の者にすら想定外の存在となるような特異点なら、未来を変えることができるのではないか?

 

そうして龍はアクアに話を持ち掛けた。竜域に彼女を送ればミスをある程度隠蔽できると思いついた彼女と龍の考えは一致し、かくして深海凛は竜域に転生した…はずだった。

 

後に再び同じミスをやらかし、何の因果か彼女の兄も送られることになるとは2人も予想だにしなかったが。

 

「今回は何か異常だ。さらなる別世界からの来訪者に加え、早すぎるあの者達の暗躍…嫌な予感がしてならないのだ。このままだと早い段階で竜域と神域《デュナミス》が接続されてしまうやもしれぬ」

 

龍は憂う。己が知る、やがて来る絶望の未来を。

 

かの機械生命体とあの者達に蹂躙され、一切合切を破壊しつくされる未来。それだけは何としてでも避けなければならない。

 

「それで何よ、どうするわけ?もう彼には特典をあげたじゃない」

 

「当初の予定を大きく踏み倒す。来るべき時が来れば解放するようになっていたゴーストドライバーに隠していた領域を一部開放する」

 

彼とアクアが生み出したゴーストドライバー、そしてメガウルオウダーには隠された力だけでなく情報領域が存在する。それは時が来れば自動で解禁され、竜域に住まう者たちや転生者たる兄妹の大きな助力になる予定だった。

 

メガウルオウダーを託した深海凛は、転生した直後にどういうわけか自分とのリンクがぶつりと途切れ消息が途絶えてしまった。その原因を探ろうとしたが中々その足取りがつかめず頭を抱えていたところ、今しがた彼の兄が凛と戦い、戦いの最中力を行使して『あの文字』を見せたことで龍は全てを悟った。

 

「そして私のメッセージとともに、新たな力を彼に託す。すでに戦士として十分経験は積み、守りたいと願う仲間も得た。今の彼ならきっと…」

 

アメジストのような瞳を細め、暗闇の彼方を睨む。

 

ゴーストドライバーを通じて、龍は彼の戦いを見続けてきた。彼の苦悩も、決意も、全て龍は識っている。

 

勿論、彼の苦悩の一因が自分達の存在による異世界から来たという彼の特殊な来歴にあることも。

 

「アクア、大変申し訳ないが私に今一度力を貸してくれ。君の力が必要なんだ」

 

龍は真っすぐに、海のような澄んだ青い瞳に涙をためる女神を見つめた。

 

「君には命を救われた。私にできることは少ないが、君に下るだろう罰が軽くなるようできるかぎり君に協力する」

 

「…まったくもう、しょうがないわね!私がいないとゼル帝はホントにダメなんだから!!」

 

龍の言葉に手のひらを返したかのように、アクアはえっへんと胸を張ってドヤ顔を見せる。

 

「何度も言うが私はゼル帝という名では…いや、今はそれでいい」

 

初めて会った時からドラゴンの見た目のせいかゼル帝という訳のわからない名前をつけられ、呼ばれ続けている。

 

…だが、それはこの際どうでもいい。例えこの身が滅びようとも、守ると決めたものがある。

 

「私は…私が愛したあの世界を守り抜いて見せる」

 

どれほどの時が経とうと、この身がどのような形に変じようと、彼の切なる願いだけは色あせることはない。




ポラリス「…本当に出番なしにされるとは誠に遺憾である」

悠「あんたは次章でがっつり出番あるから」

これでホーリー編は終了です。元々はラグナロク編が濃くなる分本当に薄い内容になるはずでしたが大和の参戦、オカ研との共闘、ディオドラのオリ設定を途中で思いついて加えたらかなり濃い内容になりました。

外伝を一つ挟んで、死霊強襲編最終章のスタートです。今まで何度も出てきた特異点についていよいよ解説します。今回のゼノヴィアの行動についても。

次回、「ル・シエルの休息」


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外伝 「ル・シエルの休息」

Fate作品に興味があるんだがゲームはにわかに厳しいといわれるしアニメは数が多すぎてどこから手をつければいいのやら。


旧魔王派のアジト、その一角にある食堂に一人の男はふらりと現れた。

 

先日行われたディオドラ・アスタロトと旧魔王派によるテロにも参加したその男の名は天王寺大和。『禍の団』ではル・シエルというコードネームで通っている。

 

いつものように黒スーツを着こなす大和はいつも通りにカウンター席に座ると、厨房に立つ質素な白エプロンに身を包むおばちゃんに注文する。

 

「おばちゃん、いつもの」

 

「あいよ」

 

飾り気のない元気のいい返事をすると食堂のおばちゃんはせっせと皿にライスを盛り、カレーのルーをつぐ。さらにその上にちくわをトッピングし、さっとカウンターで待つ大和の前に出す。

 

「いつものだよ」

 

「Merci」

 

カレーにちくわを乗せただけのメニュー、その名もちくわカレー。おばちゃんたちと仲良くなり始めた頃に大和がリクエストし出したメニューだ。

 

大和はフォークを手に取り、熱いカレーをすくうとゆっくりと口に運ぶ。

 

「しっかしあんたも好きだねぇ。カレーとちくわの組み合わせ」

 

「弟にも布教しているんだが嫌がられてしまった。美味しいのにな」

 

「私も長年生きたけどカレーとちくわを組み合わせる人は初めて見たよ。物好きだね」

 

「よく言われるよ」

 

おばちゃんとの会話に、大和も苦笑する。

 

何度も顔を出し、このちくわカレーという珍妙な品を注文するうちに彼は食堂で働くおばちゃんたちに顔を覚えられた。旧魔王派では非常に珍しい、というよりは唯一の人間というのも覚えられた理由の一つだ。

 

「…ここも、随分と寂しくなったな」

 

さらりと食堂を見渡す大和。

 

ピーク時ではなくともいつもなら10人ぐらいは談笑したり食事をする悪魔がいるのだが、今は閑散としており食堂で舌鼓をうっているのは大和一人だ。

 

「前の戦いで結構な数が死んじまったからねぇ。死者の中に見知った顔もいたからショックだったよ」

 

「過去に何度も戦死での死別は経験してきたが、やはり慣れない」

 

「そうかい…バカな連中が多かったけど、寂しいもんだね。あんただけでも生き残って、また顔を見せてくれて嬉しいよ」

 

もう顔を見ることも、声を聞くこともなくなってしまった彼らを思い出し、おばちゃんのしわの入った顔にしんみりとした色が現れる。

 

現行の秩序を破壊し、新たな秩序を生み出すという組織柄、こういった出来事は避けようがない。すでに何度も経験し、慣れたつもりだったが最近の大きな戦いで今までの中で一番多くの犠牲が出たことで再び抑え込んできた感情が蘇ったのだ。

 

ぱくりとカレーを一口食べてから、大和は答える。

 

「俺も、明日にも死ぬかもしれないがな」

 

「縁起でもないこと言うんじゃないよ。生きて帰って、また飯を食いに来てくれる奴の顔を見るだけで私らは嬉しくなるもんさ」

 

「…なら、次の任務も生きて帰ってこなくてはな」

 

「ああ、私らはいつだって待ってるからね」

 

かっかっとあけすけにおばちゃんは笑顔を見せた。人柄の良さが滲み出ている輝くような笑顔だ。

 

生きて帰ってきてくれて嬉しい、待っている。それはクレプスに従うことを強要され、家族の命を人質に取られプレッシャーをかけられてしまい心の疲れてきた彼にとって非常に嬉しい言葉だった。

 

「一つ訊くが…あんたはどうして、テロ組織のアジトの食堂で働いているんだ?」

 

大和は一つ、思い切った質問をする。

 

テロ組織に所属している人間にこうした素性を訊ねればどんな後ろめたい事情が出てくるかわかったものではない。故に深く相手の素性を探らないのは暗黙の了解といった部分もある。

 

それでも大和が訊ねたのは彼女の人柄の良さと、何となく自分と同類であるという根拠のない確信があったからだ。

 

「単純な理由、お給料がいいからだよ。そりゃバレたらテロ組織に加担だの言われて捕まるかもしれないけど…リスクがある分給料は高いからね」

 

「……」

 

「うちも大変なんだ。夫が病に倒れて、息子たちを養っていかにゃならない。真っ当な仕事だけじゃやっていけないよ。うちみたいな貧しい家の悪魔はね」

 

やはりと思う大和はしみじみと苦労を語る彼女の話を痛いほど共感、理解できた。

 

父が死に、自分達を養おうと頑張る母も倒れてしまった天王寺一家の稼ぎ手は大和一人だ。彼も自分一人、問題を起こし続けた自分はろくな仕事に就けず、真っ当な仕事だけでは母の治療費も弟の生活費もまかなえないと考え、ミリタリーに興味があったのもあり外人部隊に入隊した。

 

持ち前のずば抜けた視力を活かしてスナイパーとして名を上げることで大金を稼いできた彼は、旧魔王派のクレプスに目を付けられてしまうことでテロ組織に身を堕とす羽目になった。

 

今でも父の今わの際の言葉を思い出す。いや、忘れられない。あの時の父の言葉が、思いが大和の立場を変え、家族に秘密を作り人には言えない仕事をしているとしても家族を思いやり、行動する原動力になっている。

 

「息子さんの歳は?」

 

「兄弟でね。兄が16、弟が11さ。兄が中々やんちゃ盛りでねぇ、働くのも大変だけどそっちも苦労しているよ」

 

「ほう、実は俺も同じくらいの歳はやんちゃこいてばかりいたよ」

 

昔の自分を思い出し、口角を上げる。

 

性格上色んな人と関わっていき目立つ反面、あまりよくない輩にも絡まれることも多かった弟の飛鳥を守ろうと片っ端から飛鳥に危害を及ぼす連中に喧嘩を売り、潰していった過去の荒れた自分。

 

若気の至りと言えばそうだろう。それなら家族に秘密で昏い仕事をしている今の自分もまた、若気の至りを引きずっていると言えるだろうか。

 

「本当かい?」

 

大和の告白におばちゃんが眉を上げる。

 

「ああ、喧嘩してばかりで親に何度も迷惑をかけたさ。弟が可愛くてな、だからこそ弟を傷つける奴らが許せなかった」

 

過去のやんちゃな自分を嘲笑うように語る。

 

何度も弟に悪意を向けんとする輩に喧嘩を吹っかけてはぶちのめし、ぶちのめされてきた。だがその痛みも、荒れた自分とは違って真っ当な道を進める可愛い弟を守るためと思えばいくらでも耐えられた。

 

「だがまぁ、それが今の自分を首絞めている要因にもなっているんだがな。人を助ければ、自分が苦しむ。世の中、世知辛いもんだ」

 

「全くだよ」

 

「「はぁ……」」

 

誰もいない食堂で、二人は盛大にため息を吐いた。

 

彼女はもちろん、今はいないが他にもいる食堂で働くおばちゃんたちはいつも「忌々しい現魔王は」だのと愚痴る構成員とは違って政治色がかなり薄い。彼と同じく今日を生きるのに必死な者同士であり、それを自らの事情を打ち明けずとも同類として自然と感じ取ったからこそこうして気兼ねなく苦労話を語り合える仲になれたのだ。

 

厳しい監視の目を向けるクレプスとの行動が基本とされている彼にとって、彼女たちとの会話は数少ないリラックスできる時間の一つだ。

 

「…あんた、彼女とかいないのかい?」

 

ふとおばちゃんはニヤリと笑んで話題を振る。

 

「彼女か…昔っから喧嘩に明け暮れてばかりでそういうのには興味はなかったな」

 

大和は天井を仰ぎ、遠い目で過去を振り返る。

 

いや、一度だけあった。

 

遠い幼稚園時代、同じ組の女子園児に恋をしていた。だが、もしフラれたらと自分の存在を否定されるかもしれないという恐怖に勝てず淡い恋心を隅に押しやりそのまま忘却した。

 

「嘘だぁ。あんたみたいなイケメン、悪魔の芸能人でもそうそういないよ」

 

精悍かつ整った顔立ち、魔力で若い容姿を維持できるそこらの悪魔よりもイケメンでスタイルのいい大和は食堂で働くおばちゃんたちからの人気が高い。

 

「ふっ、一つだけ言えるとしたら、俺より弟の方が美形だな」

 

だが大和には何よりも、自分よりも弟の方が優れているという思いがある。

 

「お、あんたの弟さんかい。あんたの弟ならさぞいい顔立ちなんだろうねぇ」

 

「あいつの良さを語ればキリがないが、俺よりあいつの方が彼女を作れそうだ。仲のいい幼馴染もいることだしな」

 

弟の話に変わり弟を褒められた瞬間、大和の喋りはイキイキと喋り調子付く。

 

人一倍弟の飛鳥に愛情を注ぐ彼は飛鳥のことになると目がないのだ。語りだすと際限なく喋りだすため、友人からウザがられることも度々あった。

 

「へぇー!」

 

「だが困ったことにあいつは中々の鈍感でな…彼女も苦労するだろう」

 

飛鳥と綾瀬の関係を思い出し、ため息を吐きつつ頭を抱える。

 

兄である大和の目から見ても、綾瀬が飛鳥に好意を抱いているのは感じ取れた。だがそれが本人に通じている感じが全くないのだ。あくまで飛鳥としては、綾瀬は付き合いの長い気の通じる幼馴染、竹馬の友といった認識らしい。

 

おばちゃんも鈍感と言うワードに、遠い過去のことを思い出した。

 

「あぁ…うちの友達にも鈍感な幼馴染にアタックしたのがいたね。結局、好意に気付かれる前にそいつは引っ越しちまって今生の別れさ」

 

「ほんと、鈍感ってのは罪だな…」

 

「そうだねぇ…」

 

大和の呟きに、しみじみとおばちゃんはうんうんと頷く。

 

「それもまた、あいつの魅力でもあるんだがな」

 

だが呟きの後に、大和はにっと笑みを浮かべた。おばちゃんは大和の弟の溺愛っぷりに心底愉快そうに豪快に笑う。

 

「ハハッ!本当に弟さんが好きなんだねぇ。あんたのようなカッコいいお兄さんに好かれる弟さんは幸せ者だよ。大金稼いでるのはいいけど弟さんを甘やかしすぎないようにしなよ?」

 

「それはない。そこそこの給料をもらって光熱費やらは出しているが、あいつの小遣いは500円にしている」

 

「500!?」

 

大和が出した数字に、思わず声を出して驚いた。

 

「遊ぶ金は自分で働いて稼ぐようにさせている。じゃないと、俺はどこまでもあいつを甘やかしてしまうからな」

 

「ははっ、そうかい」

 

溺愛っぷりを見せる一方で、大和はちゃんとそれを自覚している。本当なら遊ぶ金もしっかり用意したいところだが、それは飛鳥のためにはならないと痛む心を鬼にしているのだ。

 

それも、自分と違って飛鳥には真っ当な道を進んでほしいと願うからこそ。

 

会話もひと段落着くと、真面目な表情に切り替えて更なる話を大和は切りだした。

 

「なあ。いっそ真面目にクレプスとチェンジしてくれないか?」

 

「誰とチェンジするですって?」

 

いつの間にか大和の隣に立つ第三者。朗らかな雰囲気に突き刺さるような冷え切った声を放ったのは。

 

「く、クレプス…」

 

大和の仕事上のパートナー兼監視係、クレプス。相も変わらずの感情の読めない視線を大和に投げかけてくる。

 

「さっさと食事を済ませなさい。今後の予定について話すわ」

 

クレプスの介入で、二人の会話は終わった。

 

「すまない」と手短におばちゃんに言うと、早々にちくわカレーを平らげるのだった。

 

 

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲

 

 

 

 

かつかつと靴音を鳴らして、食事を済ませた大和とクレプスは長い廊下を歩く。

 

「何だ、チェンジしてほしいと言ったことをまだ拗ねているのか?」

 

「拗ねてなんていないわ」

 

軽口をたたく大和と、それを無感情で流すクレプス。このペアにとってこの光景は日常茶飯事だ。

 

(…本当に、バカな男)

 

隣を歩きスーツをさっと整える大和を、クレプスは冷笑する。

 

彼女は大和の家族の命を人質に取り、従属を強制している。

 

だが、それは半分嘘だ。

 

クレプスが握っているのはあくまで天王寺大和の個人情報と家族の情報だけだ。情報を握っているだけで、天王寺飛鳥やその母の近辺に彼らを監視、危害を加えるような旧魔王派の構成員は一切派遣されていない。

 

そもそもの話、あのグレモリー眷属が拠点とする駒王町に天王寺飛鳥とその母親を殺すために刺客を放つのは至難の業だ。三大勢力の和平以降、あの町は異形関係者の要所となり、グリゴリや天界の関係者も集うようになった。

 

堕天使総督のアザゼルだっているあの町に彼らの目をかいくぐって忍ばせるのは困難だ。旧魔王派の上層部が、拠点を攻めるならまだしもたかだか特定の一般人を殺すためだけに敵の拠点に人員を送ることを許すはずがない。

 

だが、この家族思いの男にはそれだけで十分。情報をしっかり握り、家族の危機をちらつかせいかにもな雰囲気を作るだけでころりと騙されてくれた。家族思いかつ直情型の性格をしている彼を騙すには、家族の情報がピッタリだ。

 

今の人間界ではSNSが発達し、より広く、より早く、より容易にあらゆる情報を得ることができるようになった。

 

住所などの個人情報はより重要性を増し、それらがSNSなどの不特定多数が見る情報の海に流出してしまう俗に言う身バレ、あるいは特定は誰もが恐れるものとなった。犯罪に携わる人間にそれらの情報が行き渡れば、身の危険に繋がるし詐欺などの犯罪にも利用されてしまうからだ。

 

家族思い、現代人が抱く個人情報流出への恐怖、それらを巧みに突くことで彼女は大和を騙すことに成功したのだ。

 

それに、もう彼は逃げることはできない。万に一つ、家族が危険に晒されていないことがバレた時や反旗を翻した時のために彼の睡眠中に手間をかけて呪印を仕込ませてもらった。

 

呪印が一度発動すればクレプスが処置を施すまで全身を麻痺させ、体の自由を奪うようになっている。当然、その発動は術者であるクレプス本人が感知できる仕様にもなっており、脱走、裏切りをできないようにしている。

 

掴んだ天王寺一家の個人情報も、いざとなれば裏組織に流すことだってできる。そうなればあの一家は犯罪組織のいいおもちゃにされるだろう。

 

脅しをかけ、厳重に裏切った時の保険もかけてはいるがクレプスは彼を殺す気は毛頭ない。彼女の目的のために彼の存在は必要不可欠なのだ。

 

いずれ来るあの時まで、彼を馬車馬のように働かせる。世の理不尽を思い知らせ、苦痛を、怒りを、絶望を与え、精神を追い詰め、そして最後に……。

 

そんな彼女の恐ろしい想像をつゆ知らず、大和は唸った。

 

「んん…お前は一体何をしたら笑ってくれるんだ?」

 

彼の身に流れるお笑い好きの関西人の血が、どうしても彼女を笑わせたいと疼く。これまで何度も温めてきたギャグを披露したり、それとなく冗談を言ったりしてきたが一度たりとも彼女が笑顔を見せたことはない。

 

「私を懐柔して家族の危機をどうにかしようというのならそれは甘い考えね」

 

冷めた会話を交わす間にも、二人は彼にあてがわれた部屋の前にたどり着く。部屋の主たる大和はドアノブを捻ってガチャリとドアを開け、部屋を進むと疲れたと言わんばかりにどかりと柔らかなベッドの上に腰を下ろした。

 

「で、クレプス。今後の予定は?」

 

クレプスは手帳を取り出すとパラパラとめくってメモに目を通す。

 

「明後日からアメリカで仮面の調査。それから10月に入ったら日本に飛んで京都で数日泊ってから最近発見されたらしい奈良の遺跡よ」

 

「いつも思うんだが人間界ばかりだな。この冥界には探しに行かないのか?」

 

「神祖の仮面は人間界に隠されたという確定情報があるわ。北米、南米、ヨーロッパ、極東アジア、東南アジア、アフリカ、そして日本…それぞれの地域に1枚ずつ隠されたと聞いてる」

 

それはクレプスが確かな筋から入手した情報だ。人間界に隠された理由には大戦の戦火から仮面を逃がすためと言われているが、実際のところ定かではない。

 

京都と言う地名を聞いて、大和が思い出すのは飛鳥のことだった。

 

「それに京都…京都か。あいつが修学旅行で行くんだったな」

 

最後に飛鳥と連絡を取った時、電話越しでもその嬉しそうな表情が伝わるくらいに自慢げに話していた。あの学園ではここ最近の修学旅行の行き先は京都に決まっているという。

 

「弟さんの顔でも見ていくかしら?」

 

「…いやよそう。折角の修学旅行だ、友達と精一杯楽しんだ方がいい。喜ぶだろうが、邪魔になりそうだ」

 

修学旅行と言えば高校生活最大の楽しいイベント。家族である自分と過ごすよりも飛鳥には、飛鳥なりに親しい友人たちと二度とない楽しい思い出を作ってほしい。それが大和の願いだ。

 

「お前には家族や親しい友はいるか?」

 

大和は修学旅行の話から、それとなく探りを入れてみる。普段から共に過ごし、危険な状況も幾度か遭遇し共に切り抜けてきた以上、やはりパートナーのプライベートは気になる。

 

「私のような悪魔に友人がいると思って?」

 

「…それもそうだな」

 

素っ気なさの極みとも言える彼女と普段から行動している大和には彼女が友人と談笑する場面が想像できない。

 

すると普段からの仏頂面が、すっと昏くなる。

 

「…家族なんていないわ。過去はとうに捨てた」

 

その言葉に秘めたるは一体何に向けての悲しみか、それとも怒りか、憎悪か。大和には想像もできない。

 

ごく小さな声での返事の後、普段も鋭いクレプスの目が一層鋭くなる。

 

「これ以上の詮索は止めて頂戴。さもなければ…」

 

「わかったよ、俺が悪かった」

 

クレプスがちらつかせる家族の命という脅しに、両手を上げて降参の意を示す。家族を引き合いに出されたら、彼にはもうどうしようもない。

 

「ところであなた、先日の戦いで神器に変化を感じたかしら?」

 

「神器に?いや、何もないが…どうしてそんなことを?」

 

クレプスの目の前で、己の神器たる黒銃を出現させる。組織に入りたての時に初めて聞いたこの神器の正式な名称は『漆黒の弾丸《ナイト・ペネトレイター》』という。

 

己の沸き立つ精神力をエネルギーに変換して撃ちだす銃。ずば抜けた破壊力もなければ、これといった特殊な能力もない。せいぜいリロードをする手間を必要としない、希少さだけが取り柄の神器だ。

 

「禁手に目覚めたかどうが聞きたかっただけ。もし禁手になれたら、利用価値が増すもの」

 

「本人の前で利用価値とか言うか…というか、禁手ってなんだ」

 

「ごく一部の神器使いが至れる神器の極みよ。神や魔王との戦いを経れば目覚めるかもとは思っていたけど思い違いだったようね」

 

「至れなくて悪かったな」

 

退屈そうに彼女が最後に付け加えた言葉に、余計な一言だとつい嫌味を漏らした。

 

それを気にすることもなく、涼しい顔でメモ帳をしまうと彼女は虚空に魔方陣を出現させる。

 

「それから、これも返って来たわよ」

 

魔方陣から横長いアタッシュケースをずいと取り出すと、がたっと木造のテーブルの上に置く。

 

「英雄派の連中もいいデータが取れたと満足していたわ。今後も前線に出る時が来るかもね」

 

アタッシュケースの中におさめられているのは、先日の戦いで大和が使用した対異形用スナイパーライフル。英雄派の研究も兼ねて神器の技術がふんだんに使われたそれは堕天使や悪魔との実戦において鎧を突き破ってそのまま本体をぶち抜くなど高い攻撃力を発揮した。

 

戦いの後、これを開発した英雄派から実戦のデータの提供とメンテナンスも兼ねてそちらへと送られていた。元々スナイパーだった大和もその使い心地を気に入っておりまた使ってみたいと返ってくるのを心待ちにしていた。

 

「できることなら勘弁してほしいが」

 

「あなたの意見は求めていない。それじゃあ失礼するわ」

 

有無を言わせない勢いで会話をぶち切り、彼女は宵闇のような美しい長髪を翻してそのまま部屋を出ていった。

 

「…面白くない女だ」

 

冗談を言っても何もなかったかのようにスルーするし、あえてぼけてもツッコミの一つも返さない。どこまでも事務的、時折悪魔らしい冷酷さを見せる彼女。

 

だが彼女はそこらの旧魔王派の構成員とは決定的な何かが違うと大和は感じていた。シャルバやクルゼレイたち上司の愚痴は言っても、彼らのように感情的に現魔王への敵意を見せたことは一度もない。

 

彼女が一体何者なのか。その好奇心は、日に日に増していった。

 

「…考えるだけ無駄か」

 

今のところ情報の少ない彼女の内心、本心を気にしていても仕方がない。大和は気分転換に何かしようと考える。

そう思って部屋を見渡して目についたのは携帯電話だった。

 

「…最近、あいつと連絡を取ってなかったな。寂しがってるか?」

 

ここ最近は仮面の捜索はもちろんディオドラ・アスタロトのテロなど、予定が立て込んでいたためゆっくり飛鳥と通話できる時間が取れなかった。

 

明後日からまた仮面の調査だ。また忙しくなり、時間が取れなくなるからここらで一回通話しておくのがいいだろう。

 

思いついて早速、スマホを手に取るが。

 

「…しまった、冥界だから電波が届かないんだった」

 

冥界では通常の携帯電話では圏外表示になってしまう。それに気づいて大きく息を吐いて手に取った携帯をテーブルの上に放り出す。

 

その次に彼の目に留まったのはクレプスが残していったアタッシュケースだった。ベッドから腰を上げて、アタッシュケースを開けると黒い銃身が窓から指す月(冥界の技術班が近年増えた転生悪魔への配慮として作ったもの)の光に妖しく光る。

 

「せっかくだから、名前でも付けてやるか」

 

以前クレプスにも名前はあるのかと聞いてみたが、決まった名称はなく英雄派でもル・シエル専用スナイパーライフルなどとガ〇ダムのシ〇ア〇クのような呼ばれ方をされていると言われた。折角自分のために作られた新しい相棒なのだから、やはり名前ぐらいはつけたい。

 

思い出すのはこの銃を始めて実戦で使った時、失敗してしまった魔王ルシファーへの狙撃。あの狙撃が決まっていれば、間違いなく『魔王殺し』と名付けていただろう。

 

「うーん…」

 

周りから中二病と呼ばれる自分の脳みそを振り絞り、一生懸命名前を考える。

 

頭の中に次々とワードが浮かんでは、違うそうじゃないと却下され消えていく。

 

破壊…狙撃…夜…。どれだけ言葉を考えても、上手くこの銃に馴染む名前が出てこない。

 

それならと大和は実際にこの銃を使用した前回の戦いの光景を思い浮かべる。するとすぐに、納得のいく名称が思いついた。

 

「『穿つ悪魔《ディアブル・ポルテ》』…」

 

その名称の元になったのは大和がスコープ越しに見た、堅牢な鎧ごと撃ち抜かれていく悪魔や堕天使達の姿。

 

如何なるものをも穿ち、葬り去る悪魔のごとき破壊力から大和はそう名付けることにした。

 

「…我ながら、いい名前を思いついた」

 

カッコいい強い銃にカッコいい名前。男児らしい中二心を強くくすぐられた大和は一人寂しい部屋で楽し気に笑んだ。

 

その夜、ニヤニヤしながら彼は床に就いたという。次の日の朝、起こしに来たクレプスがニヤついた笑みのまま寝ている彼を起こして、寝起きからかけた言葉が「気味が悪い」となったのはまた別の話だ。

 




クレプス「家族の命が惜しかったら従え(情報持ってるだけで何も手出しできない)」

大和「くっ…(ころっと騙されていやいや従う)」

契約成立後

クレプス「旧魔王派のために私の指示に従ってガンガン働いてね(気付いても時すでに遅し、呪印仕込んだしいざとなれば個人情報やばい連中にばらまくからもう逃げられないよ)」

大和「くっ…(なんでこないなってもうたんや)」

いいように利用される不憫な大和の明日はどうなる。

大和専用ライフル、あまりしっかりした名前になると禁手のアイデアが潰れるしで結構大変でした。


いよいよ次回からラグナロク編。色々てんこ盛りな内容ですのでお楽しみに。

次章予告

「今回の俺達の仕事は、この爺さんの護衛だ」

北欧の主神が、駒王の地に足を踏み入れる。

「貴様が凶行に走るというのなら、私も凶行にて対抗しようではないか…!」

禁断に手を染める悪神が、牙を剥く。

「私は怖いんだ。お前がいつか…」

青髪の聖剣使いは、仲間の未来を憂う。

「今の俺は、強いぞ」
 
新たなる輝きが、破滅の力を打ち破る。

死霊強襲編《コード・アサルト》 第四章 放課後のラグナロク

「汝ら、この世界を守ってはくれまいか?」

龍の願いは、永久に響く。


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死霊強襲編 《コード・アサルト》 第四章 放課後のラグナロク
第67話 「募る思い」


今回の話を書いてて…今までストーリー性だったり燃える要素を重視しすぎてD×Dらしいエロ要素が足りないなということに気付いてしまった。

それはともかくラグナロク編スタートです。原作でも後に重要なイベントとなったこの章が本作ではどうなるのか…。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
5.ビリーザキッド
7.ゴエモン
9. リョウマ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
13.フーディーニ



『俺は決して、貴様ら闇の軍団には負けない!禁手化!』

 

モニターに映る兵藤が、勇ましい工場を述べ赤龍帝の鎧を纏う。そしてそのまま駆け出し、いかにも悪者な格好をした敵と戦闘を始めた。

 

傍から見ればまるでヒーローものの番組のようなセリフと展開。そう、これは現実ではない。テレビ番組なのだ。

 

今冥界で放送され、大人気となったこの番組の名は、『乳龍帝おっぱいドラゴン』。俺達アザゼル先生を含めたオカ研は兵藤宅の地下で大きなモニターを使って鑑賞していた。

 

物語のあらすじは、伝説の赤いドラゴンと契約した悪魔、イッセー・グレモリーがヒーローに変身して悪魔と敵対する悪の組織と戦うというもの。

 

ドラゴンと、愛するおっぱいの力で彼はおっぱいドラゴンとなって極悪非道の敵をやっつけるのだ!

 

ちなみに番組内で主人公を演じているのは兵藤ではない。同じ背格好の役者にCGで兵藤の顔をはめ込みしたものだ。

 

『フッハハハ!どうやらおっぱいドラゴンの力もその程度だったようだな!』

 

『このままじゃやられる…!』

 

画面で繰り広げられる戦いの中、悪の軍団が新兵器を投入し主人公が窮地に陥る。

 

『助けに来たわ、おっぱいドラゴン!』

 

そこに駆け付けたのは、赤いドレスを着た部長さん…こと、ヒロインのスイッチ姫。これも主人公同様、役者に顔をはめ込み合成したものだ。

 

『君の力があれば、誰にも負けない!』

 

立ち上がった主人公がスイッチ姫の胸に触れる。するとたちまち力が溢れ出し、完全に力を取り戻すどころか、以前よりもパワーアップした。

 

いやオイオイ。俺は内心ツッコミを入れた。

 

(…え、もしかしてこの展開がデフォになるの?)

 

乳首を押して禁手に覚醒し、胸に触って覇龍を解除という言葉にすれば中々頭のおかしい状況が子供向け番組に採用されるだと…?ツッコミ足りないが、人間界なら深夜行き確定なのにこれがニチアサみたいな感じで放送されて子供にウケているというのだから驚きだ。

 

悪魔と人間の価値観ってのは、違うということなのだろうか…。環境も文化も違う訳だし、深く考えるのはよした方がいいのか。

 

こんな番組だが放送開始して間もなく視聴率は50パーセント越えという驚異の数値を叩きだし、グッズ展開も順調でおもちゃも開発中だという。著作権はもちろんグレモリー家が握っている。視聴率50パーセント越えの超人気番組の著作権だ、稼ぎは相当なものだろう。

 

ついでに言うと、どういうことかOPの歌を聞くと頭痛がした。あのぶっ飛んだフレーズを聞くと、なんだか嫌なものを思い出すような気が…。その時ドライグがやけくそ気味な笑いと共に「お前も俺の仲間だ」とか言ってきたのが記憶に残っている。

 

俺で頭痛するくらいだから、赤龍帝のドラゴン本人としては本当につらいはずだよな…あいつの神器に宿っているから、ああいう酷い展開をいつも間近に見ることになるわけだし。

 

「アザゼル、グレイフィアから聞いたわ。あなたがスイッチ姫の案をグレモリー家に送ったんでしょう!?」

 

番組を鑑賞している最中にもかかわらず部長さんが怒りに顔を赤くしてアザゼル先生にハリセンを持って詰め寄っていた。

 

え、スイッチ姫の案を出したの先生なのか!?あの名前を考えたのは美猴だし、あいつがそのあだ名を口にしたときその場にいたのは今この鑑賞会にいる面子だけだが…。

 

「ピンポーン。まあいいじゃねえか、キッズたちからの人気も急上昇したんだし、雑誌の特集だってスイッチ姫特集に急遽変更されたらしいな。すごい人気っぷりだ」

 

先生は怒る部長さんに対し、悪びれもせず答えた。

 

元々美しいルックスや魔王の妹という立場もあって人気の高かった部長さんは、この番組の影響でさらに人気を高めたようだ。だが当の部長さんはどうもスイッチ姫という名前を気にしているらしい。

 

「はぁ…もう冥界を歩けないわ」

 

アザゼル先生の話を否定できず、深くため息を吐いた。

 

美猴から付けられた不名誉なあだ名が、番組の人気もあって今や彼女を象徴するあだ名となってしまった。子供たちが皆、彼女を無邪気にスイッチ姫、スイッチ姫と呼ぶ。これを喜んでいいのか悲しむべきか、本人にとって複雑極まりない気持ちだろう。

 

「あの赤龍帝の鎧、すごくクオリティが高いね。よく作りこまれてるよ」

 

「冥界のCGもすげえな。違和感ないレベルにできてる」

 

今まで俺は異形界は魔法などの神秘の力がある分、人間が持つ近代的な機械やコンピューターの技術には疎いと思っていたんだがそうでもないらしい。映像技術は人間界のものと遜色ないレベルだ。

 

「悪魔でも人間でも、子供たちってこういうヒーローが大好きなのよね」

 

イリナさんはこのノリを受け入れていれ、一視聴者として番組を楽しんでいた。おっぱいとか天使としてちょっとどうなのと突っ込むかなとは思っていたが、すでに兵藤宅で起きている兵藤の取り合いも認知しているイリナさんにはどうということはなかったようだ。

 

「イッセー君って、昔から特撮ヒーロー好きよね。私も小さいときはヒーローごっこに付き合ってたわ」

 

「そうだったなぁ、あの頃のイリナはマジで見た目も性格も男の子っぽかった。それが今はこんなに可愛くなって、人間変わるもんだな」

 

「ちょ、私が可愛いってすぐに口説こうとするんだから!そうやってリアスさん達を堕としてきたのね!?」

 

頬を赤くして照れる紫藤さん。いつの間にか出現していた紫藤さんの白い双翼が彼女の感情に反応するかのように白から黒へ、黒から白へと点滅し出した。

 

それを見て、さらに狼狽を深める。

 

「わ、私堕天しちゃうっ!?」

 

「おっ、堕天か?いいぜ、ミカエル直属の部下ならVIP待遇で大歓迎だ」

 

目の前でミカエルさんのAという貴重な人材が堕天しようとしているのを目にして、アザゼル先生も豪快に笑う。

 

天使は邪な欲望に負けたり、悪魔に誘惑されたりすると純白の翼が黒く染まって堕天使になると聞いていたが、こうやって堕天するのか。実際に見るのは初めてだ。

 

「堕天使のトップに勧誘されるぅぅ!主よ、お助けをォォォォ!!」

 

堕天を避けようと、わたわたと慌てながらも必死に祈りを捧げ始める。

 

「しかし堕天ってこんな簡単にするのか?」

 

「これは単にイリナがピュアすぎるだけだろ」

 

ですよねー。可愛いって言われて照れるだけで堕天するんじゃ今頃もっと天使が希少な種族になっていただろう。

 

「先生、そういえば特異点の件、どうですか?」

 

アスタロトの件を受けて、凛やディオドラが語った特異点や神祖の仮面について調査が始まったのだ。

 

「あれか。全然だめだな、どこの勢力の資料を調べてもそんなもんはなかった。神祖の仮面についてもサーゼクス達が調査しているが全く手掛かりをつかめていないそうだ」

 

「旧魔王派と、彼らと通じている悪魔が隠したのかしら」

 

顎に手をやって推測する部長さん。

 

「サーゼクスもそう睨んでいるんだがな。オーフィスの蛇を持ったあいつらが欲しがる以上、単純なパワーアップアイテムってだけじゃねえだろうから少しでも情報が欲しいところだよ」

 

今のところ情報は全くなしか。旧魔王の遺産と言うからには現魔王であるサーゼクスさんたちが調べれば少しは情報が得られるかと思ったが…そんな情報を一体どうやって奴らは掴んだんだ?

 

…ポラリスさんなら、何か知っているだろうか。叶えし者とその主と戦ってきたというあの人なら、彼らの持つ知識についてもある程度知っているのでは?

 

しかし最近、NOAHに足を運んでも会うのはイレブンさんだけだ。話を聞くにはポラリスさんはここ最近開発やらで忙しすぎて数日はずっと寝ずに作業に集中しているらしい。

 

大丈夫かと心配したが、イレブンさんにあの人なら大丈夫と何でもないように返された。どんな人間でも流石に数日間寝ていないのはきついと思うが…。

 

…スキエンティアを調べれば出てくるか?ポラリスさんが様々な世界を巡って集めてきた情報を記録した無限大の容量を持つレジスタンスの所有するデータベース、スキエンティア。しかし俺のアクセス権限レベルを超えた領域にある可能性もあるしやはり直接聞いた方が早いか。

 

「ねえイッセー君、あの約束はいつにするの?」

 

不意に朱乃さんが、兵藤に話を振った。

 

「約束?」

 

「アスタロト戦の時言ってくれたじゃない。今度デートしてくれるって」

 

何!?で、デートだと!?兵藤、お前攻めたな…!

 

言い出しっぺの割には妙なことに朱乃さんの話に最初はピンときていないようで首を捻った兵藤だが、すぐに思い当たった。

 

「あっ、そういえば…」

 

「…もしかして、嘘だったの…?」

 

朱乃さんの赤紫の瞳が、悲し気に潤む。

 

「お前、いつの間にそんな約束を…」

 

また俺の知らない所で面白いことが起こってるな。

 

「ディオドラの眷属と戦ったとき、そう言えばパワーアップできるって私がアドバイスしました」

 

流れを飲み込めていない俺に塔城さんがそっと耳元で囁いた。

 

それはパワーアップするよなぁ。今まで部長さんやアーシアさんとデートしたとか聞いてないし、朱乃さん本人としては二人に対してイニシアティブを取れたと思ってさぞ嬉しかっただろう。

 

「いえいえ!もちろん行きます!行きましょう!今度の休日にでもぜひ!」

 

悲し気な双眸に見つめられた兵藤は二つ返事でうんうんと首を振って、約束の実行にOKを出す。

 

「やった!うふふっ、イッセー君とデート…!」

 

了承を貰ったことでいつも浮かべるような穏やかな微笑みではなく、子供のように心から嬉しそうにニコニコとした笑顔を見せる。

 

デートねぇ。もしかしてはっきりデートと銘打っての行動は朱乃さんが初めてなんじゃないか?

 

部長さん、アーシアさん、塔城さん、朱乃さんたち兵藤ラバーズ。兵藤宅で共に暮らす彼女たちが様々なアプローチを仕掛けているのは普段の兵藤の会話から知っている。

 

あの制服越しにでもわかる豊満な胸を惜しげもなく使って大胆に攻めてくる部長さん。

 

部長さんに影響され、エロ方面で攻めるようになったがちょっと恥ずかしさが残っているアーシアさん。

 

部長さんと負けず劣らずの巨乳と浮気と言う中々のエロワードを使って攻める朱乃さん。

 

他3人と比べればかなり奥手でどこがとは言わないが控えめな塔城さん。

 

彼女らと一緒に寝るのはもはや日課と化してきているらしい。起きたらいつの間にかいたパターンもあるようだ。

 

あのエロの化身だの呼ばれる兵藤が逆に振り回されるのだから相当だ。…もしかして兵藤ってあれか?女子にいる、下ネタを言うのが好きだけど逆に言われると苦手と言うか、照れるタイプ。

 

俺は部長さんが一気に攻めて既成事実を作り速攻で一抜けするかと思っていたが案外一抜けるのは朱乃さんになりそうだ。

 

「「……」」

 

当然、意中の相手と目の前でデートの約束を取り付けられたオカ研女性陣は穏やかな顔つきでなく…。

 

 

 

 

 

 ▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

 

仄かな白い月光が暗き空を照らす夜、オカルト研究部ことグレモリー眷属は悪魔の仕事を開始していた。

 

現在は一誠と裕斗が召喚され、女子組とギャスパーだけが部室に残されている。唯一の人間である悠は意気揚々にモップを携え、一階の広い廊下にモップ掛けに出ている。2階にある部室からでも、掃除好きの彼の興奮した奇声は聞こえた。

 

リアスは紅茶を嗜み、小猫とギャスパーは得意のゲームで対戦するなど残った者はそれぞれの時間を潰している。

 

ゼノヴィアはと言うと…。

 

「紀伊国君ってあんなキャラだったっけ?」

 

「私の知る悠はああいう奴だが」

 

イリナと一緒に、ババ抜きに興じていた。番が回って来たイリナがさっとゼノヴィアの手札を1枚抜き取る。

 

2枚のカードの数字が揃い、捨て札にする。残るカードは2枚。ハートのQと、JOKERだ。

 

「あれ、家でもやってるの?」

 

「そうだが?私も雑巾がけ対決をしているぞ」

 

「記憶喪失になってめっちゃ変わったわね…本当に大人しかったのに」

 

幼少期の彼とのイメージとの乖離にイリナは戸惑う。彼女の知る幼少期の彼はいつもおどおどしていて決してこのように感情をはっきりと表に出すタイプではなかった。

 

話している間にも、ゼノヴィアのターンが巡って来た。さっと箒を掃くようにイリナの手札を見る。

 

「こっちだ」

 

逡巡もなく、迷わずイリナの片方の札を抜き取る。辛くもハートのQを引き、手札のダイヤのQと数字を揃えたゼノヴィアは残った手札と一緒に捨て札にし勝利した。

 

「ふふ、私の勝ちだ」

 

「負けたわ…」

 

自分の勝利に得意げに笑うゼノヴィア。イリナは残るJOKERをカードの山に放る。その時、ふと山のトップにある1組のカードに目が止まった。

 

「ハートのQとダイヤのQ…あ、そういえば思い出したわ」

 

「何をだい?」

 

「ガブリエル様のQにシスター・グリゼルダが選ばれたそうよ」

 

「シスター・グリゼルダが…そうか、それはめでたいね」

 

久しぶりに聞いた恩人の名と、その活躍に懐かしに笑んだ。

 

シスター・グリゼルダ。教会の女エクソシストの中でも五指に入るほどの実力者だ。ゼノヴィアとは同じ施設の出の先輩であり、教会時代はイリナと一緒によくお世話になった人でもある。

 

「シスター・グリゼルダに連絡は取ってる?あなたを心配してたわよ?」

 

「できるわけないだろう、あの人にどの面下げて会えると言うんだ。会ったらまず殺される!」

 

シスター・グリゼルダは悪魔に転生した今のゼノヴィアが避けている人物でもある。それは決して彼女を嫌っているからではない。敬虔な信徒で大恩ある彼女に、やぶれかぶれで悪魔になったゼノヴィアは引け目を感じているからだ。敬虔な信徒が悪魔に転生した、共に培ってきた信仰を捨てたと思われても仕方ない。

 

悪魔になったことを受け入れた今でも、彼女への引け目は残っているのだ。

 

「へぇー、それはまあさておき。…ねえ、ゼノヴィア」

 

テーブルの上にばらばらに山を積み上げるトランプをまとめ上げて、イリナは好奇心に目を輝かせて問う。

 

「紀伊国君とはどういう関係?」

 

「んん”!?」

 

唐突に放たれた、核心に切り込んだ質問にびっくりしたのは訊かれたゼノヴィアではなく、飲もうとした紅茶でむせたリアスだった。

 

「大丈夫か?」

 

「げほっ、んん、え、ええゼノヴィア。大丈夫よ、ただビックリしただけよ。私にも聞かせて頂戴」

 

何度もせき込みながらも、微笑みを取り戻して落ち着くリアス。

 

「私も聞きたいわ。もしかしたらデートの参考になるかもしれませんし」

 

読書に耽っていた朱乃もこれから始まろうとする話に食いつく。デートという単語にこの場にいる何人かはムッとした表情を見せた。

 

目立つ反応を見せたリアスだけではない、部室にいる全員がゼノヴィアの答えに興味を持っていた。高校生らしく、他人の恋バナに興味津々なのだ。

 

「別に、そこまで大したものじゃないぞ?」

 

「またまたそう言って!本当はもうラブラブなんでしょ?」

 

アスタロト戦の前、悠と会話したときに同じ話題を振ったイリナ。タイミングも悪くあの時彼は明確に答えは出さなかったがその反応で何となく察してはいた。

 

となればやはり、気になるのは相手の方の気持ちだ。

 

「居候させてもらって、色々面倒を見てもらって、彼には本当に感謝してもしきれないくらいに恩があるし、何より何度も救われた。だが…」

 

言葉にする中で、彼との時間を思い出す。

 

眷属になったことでリアスにアパートの一室を提供してもらえるはずが自分勝手に悠の家に居候すると決め、それを受け入れてくれた。カルチャーショックを受け、日常生活の中で戸惑う自分を何度も助けてくれた。

 

コカビエル戦に主の不在を知り打ちひしがれた時も、悪魔になったことを悩んだ時も、己の剣士としての弱さにぶつかった時も、いつも彼がそばにいた。手を差し伸べて救ってくれた。

 

彼がいたからこそ、悪魔になって道を見失いかけた自分が今の自分でいられたのだと言っても過言ではない。

 

そんな彼女に気持ちに、最近変化が起こった。

 

「…あいつが無理をして傷つく姿を見ると、すごく心が痛くなる。そしてそれと同じかそれ以上に、あいつと一緒にいると心がとても安らぐんだ。あいつと過ごす時間が楽しいというか、何というか、ほっとするというか…ここ最近は、それを強く感じる」

 

それは夏の合宿が終わったときだろうか。今まで何となく感じていたそれが、意識するくらいに強く感じるようになった。

 

「ほぉー…」

 

「それと…アスタロト戦の時の悠の言ったことが妙に引っかかるんだ」

 

思い出すのはディオドラとネクロムとの戦いの時。

 

『…あいつを止めるのは俺じゃなきゃダメなんだよ。それに、俺はもう身近な人を失いたくない。助けられる可能性があるのにそれを無視して何もしないのは嫌なんだ!!』

 

激闘に打ちのめされ、立てなくなった彼が一人ネクロムに立ち向かおうとする一誠を見てそれでも立ち上がろうと無茶をしようとした時のセリフ。

 

「気になることは色々あるが何よりもそれを聞いた時…どういうわけか敵ながら悠に思われているんだと、悔しいが、奴に嫉妬してしまった」

 

あいつを止めるのは俺じゃなきゃダメなんだ。何故そう言ったのか、彼とネクロムとの間に何か敵対以上の関係があるのかはわからない。だがそれ以上に、彼女は女としてネクロムに嫉妬した。

 

あんなにボロボロになってまで、付き合いのある自分ではなく敵対しているはずの彼女のために立ち上がろうとしている。自分以上に大切に思われているのではないか?そう思うと、とても恨めしかった。

 

ゼノヴィアの彼に抱く思いの吐露。それを瞬き一つせず、一言一句逃すまいと彼女たちは真剣に聞いた。

 

「部長、これは…」

 

「間違いないわね」

 

そして話が終わった時、彼女たちの推測は確信へと変わった。そしてその確信を最初に笑顔たっぷりに口にしたのはイリナだった。

 

「うんうん!それって、恋よ!」

 

「これが…恋だと?」

 

「そうそう!あなたの思いは、彼が好きだからこそよ!紀伊国君だけじゃない、あなたも変わったのね…何だかときめいちゃったわ!!」

 

「ゼノヴィアさんの恋…素敵です」

 

「イッセー先輩よりも早く、カップルが誕生しそうですね」

 

話を聞いたイリナとアーシアがきらきらと目を輝かせる。そこにリアスは、思い切った提案をゼノヴィアにした。

 

「あなた、彼に告白する気はない?きっと彼もあなたの気持ちを受け入れてくれるはずよ」

 

「告白…それは、ドラマや演劇のような親しい異性に思いを打ち明けることか?」

 

彼と過ごし、思いを募らせていく中でも考えもしなかった、思わぬ提案に彼女は鳩が豆鉄砲を食ったような表情を見せた。

 

「ええ。でもただ打ち明けるだけの行為じゃない、そこからさらにお互いの距離が縮まるの。手をつないだり、デートしたり…キスしたり。より幸せな時間を二人で共有できるわ」

 

「距離が縮まる…」

 

イマイチ告白というモノにピンと来ていない教会育ちの彼女にリアスは恋愛に興味を抱く少女らしく楽しそうに語る。

 

貴族の家に生まれ、夢見る少女としてグレモリーのリアスではなく、一人のリアスとして見てくれる恋人を求めた彼女は人一倍に恋愛への興味が強い。

 

「私より先にゼノヴィアちゃんがゴールインしそうですわね」

 

「朱乃…?」

 

余計な一言だと威圧感を放つが、呼ばれた本人は知らないと言わんばかりにルンルンと笑うだけだ。

 

「うーん、告白か…私も私の夢のために、何度も子作りを誘っているんだが中々上手くいかないんだ。果たして受け入れてくれるか…」

 

リアスの提案にゼノヴィアは難しそうに首を傾ける。

 

今まで何度も、悪魔になったことで子供を産むという夢を抱いた彼女は悠に誘いかけた。

 

ベッドに忍び込んだり、裸の付き合いと称して風呂に乱入したり、その度に慌てふためく彼は我慢し、誤魔化し、有耶無耶にして今まで一線を越えられずにいた。

 

「そ、それは段階を飛ばし過ぎじゃないかしら…私が言うのもなんだけど。まずは恋人という関係から始めれば、彼も子作りにのってくれるはずよ」

 

「紀伊国先輩はイッセー先輩と違って、意外と貞操観念がしっかりしてるんですよ」

 

「それは初耳…彼って意外とピュアなのね」

 

ゲームに打ち込むギャスパーがふと言う。夏の合宿で男子たちで一緒に風呂に入った時の彼の言動で、それを知ったのだ。

 

「まずは恋人から…そうなのか?」

 

「そうよそうよ!」

 

「だが…子作り以外でどうやってアプローチしたらいい?」

 

教会で育ち、俗世間の文化をあまり知らない彼女は当然、男女の色恋事には疎い。自分の身と信仰心を信仰すべき主に捧げ、尽くしてきたのもありこういうことには興味が全くなかったし自分がこうなるとは今まで考えたことはなかった。

 

「そこは私に任せなさい!この私、ミカエルさまのA紫藤イリナが恋のキューピッドになるわ!」

 

ドンと胸を張るイリナが天使の羽根と光輪を出現させ文字通りのキューピッドとなり、自らの天使性を誇示する。

 

「あらあら、羨ましいわ。私にも恋のキューピッドが欲しいわね」

 

「あなたにはいらないでしょう…私も協力するわ。眷属の悩みを解決するのも『王』の務め。お膳立ては任せなさい」

 

「私も手伝います。家にある少女漫画を今度持ってきますね」

 

「わ、私もゼノヴィアさんにできることがあれば…!」

 

リアスに小猫、アーシア。オカ研女性陣が次々に協力の意思を見せる。

 

それは単純な善意かもしれないし、もしかすると僅かなりとも自分のライバルが増える可能性を排除しておきたかったからかもしれない。

 

「みんな…あ、ありがとう」

 

照れくさそうな笑顔で、自分を支えようという仲間たちに礼を言う。

 

だがゼノヴィアは皆が手伝ってくれることが純粋に嬉しかった。そして何より、彼ともっと距離を近づけるかもしれないということに。

 

「私が…悠に……」

 

 

 

 

 

「ふぅー、掃除完了しまし…たよ…?」

 

汗を拭いながら部室に帰った俺を待っていたのは、ニヤニヤとこっちを見てくる部長さんたちと、どこか恥ずかし気に視線を逸らすゼノヴィアだった。

 

…何があったし?

 




宝生永夢ゥ!

何故ゼノヴィアが悠に明確な恋心を抱くようになったのかァ!

何故その時期が夏休み明けなのかァ!

その答えはただ一つ…!

…ゼノヴィアの気持ちに関してはもうちょっと掘り下げます。安易なものにならないよう頑張ります。

次回、「闇夜を馳せる忍」


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第68話 「闇夜を馳せる忍」

この時の英雄派って、過去に神器関係で周囲の人間にひどい目に遭わされたから異形と戦うだけで一般人を守るっていう発想がないんだと思います。守るための力に対しての戦うためだけの力というべきか。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
5.ビリーザキッド
7.ゴエモン
9. リョウマ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
13.フーディーニ



夏のピークが過ぎ、突き刺すような暑い日差しも落ち着きを見せてきた日の昼間。

 

午前の授業を終えて一息つくクラスメイト達が談笑する昼休みの教室で、俺達いつもの面子は昼食に舌鼓を打っていた。

 

「もうすぐ修学旅行だな。初めての京都、いやー楽しみだ」

 

所狭しに色とりどりの具材が詰まった弁当を食べながら松田は言う。

 

もうちょっとで9月の下旬に入るのだが、そこに学生のビッグイベント、修学旅行があるのだ。今年の行き先は日本の古都、京都となっており、クラスの話題は今修学旅行でどこを回るか、誰と班を組むかで持ち切りだ。

 

「次の時間で班決めか、一班3、4人だから俺と松田とイッセーで組むことになりそうだな」

 

「俺ら、嫌われてるからなぁ」

 

兵藤のボヤキに、そうだなぁと二人も首を縦に振った。

 

兵藤だけは、夏休みの合宿を経て肉がついてワイルド味が増したと評判はまだ悪いままだが一部では好評らしい。

 

まあしょうがないよな、普通は覗きなんて誰だって嫌がる。だが、その煩悩に俺達は何度もピンチを救われているし、果てには命を削る覇龍という兵藤自身のピンチも救うことになったのだから…正直、突っ込みにくい。

 

あいつが煩悩を捨てて真面目になるのは良いが、かといってピンチを切り抜ける力が失われるのもなぁ…。

覇龍とか、あいつの煩悩なしでも十分戦えるぐらい強くなったとしてもどうしようもない出来事だったし。

 

「紀伊国、お前も俺達と来るか?」

 

窓の向こうに広がる空を遠い目で眺めながら考えていたら、元浜が声をかけてきた。

 

「悪いな、俺は天王寺と行く」

 

「色んな名所見て、おいしいもん食べて回るで!」

 

天王寺は心底楽しそうに笑う。一番先に一緒に行かないかと誘ってきたのはこいつだからな、しかも夏休み明けに真っ先に。相当楽しみにしているみたいだ。

 

修学旅行の予定について話そうかというところに、桐生さんと上柚木達クリスチャン組が現れる。

 

「エロ3人組、私たちの班と組まない?美少女4人組と一緒でウハウハな修学旅行になること間違いなしよ?」

 

「4人?3人の間違いだろ」

 

松田は男なら誰でも喜ぶだろう提案を鼻で笑う。

 

「ほー?誰が美少女じゃないって言うのかしら?まああんたはどうでもいいわ、それよりアーシアよ」

 

桐生さんと一緒にいたアーシアさんがニコニコな笑顔を浮かべて、兵藤に近づいた。

 

「私、イッセーさんと一緒にいたいんです。一緒に行きませんか?」

 

「OK!アーシアが望むなら、いくらでも一緒にいようぜ!」

 

「はい!」

 

兵藤も同じくらいの笑顔でアーシアさんの誘いを快諾し、喜びのままに二人は抱き合う。

 

「なーんか体育祭からあんたたち、さらに仲良くなっておまけにラブラブオーラまで出すようになったわね…」

 

「少し涼しくなってきたはずなのにアツアツだなー…」

 

二人のラブラブオーラが目に見える勢いで増したのは体育祭からだろうか。部長さんにこの話題を振ったらそうねと愉快そうに笑ってはぐらかされた。絶対何か知っているな…。

 

朱乃さんとのデートが控えてあるが、案外アーシアさんがゴールするのが先かもな。…最近この手のことを考えていると馬や車のレース感覚で考えるようになった。

 

「綾瀬っちはどうするの?」

 

「人数的にあなた達の班に加わるのは難しいし、他の人に誘われたからそっちに行くわ。私の班は飛鳥の班と行動するつもりよ」

 

最大4人だし、もう上柚木が入れる枠はないな。なら別の班に行くしかない。

 

最近上柚木の父が奈良で遺跡を発掘したらしくその調査でしばらく帰ってこれないらしい。心配をかけまいといつものように気丈に振る舞ってはいるがやはり寂しさを隠しきれていないというオーラを出している場面が時々ある。

 

「桐生、すまないが今回は綾瀬の班に入ろうと思っているんだ」

 

そんな中意外な思いを口にしたのはゼノヴィアだった。

 

「意外ね、なんで…あ、そういうこと」

 

予想外の申し出に桐生さんも最初は驚いていたが、何かを察したらしく薄く笑んだ。

 

嫌な予感がする…あれはアーシアさんにあんなことやこんなことの知識を吹き込む時のように周りをひっかき回す時の顔だ。

 

「アーシアとイリナもすまないな」

 

「いいのよいいのよ!楽しんでらっしゃい!」

 

「大丈夫ですよ、ゼノヴィアさんも良い思い出を作れるといいですね!」

 

紫藤さんもアーシアさんも友人と行動したいはずだろうに、特に残念がる様子もなくOKを出す。意外にもあっさりとした二人の反応に俺は困惑した。

 

え、二人ともあっさりOKを出しただと…?もしかして、あの3人は仲が悪いのか?女の友情ってプレパラートよりも薄いと聞くし。しかし裏表のないアーシアさんと紫藤さんだ、あの3人に限ってそれはないと信じたいが…。

 

「そういうわけで悠、一緒に京都散策を楽しもうじゃないか」

 

「えっ、お、おう」

 

ゼノヴィアが嬉しそうにこちらに微笑みかけてくる。

 

…なんか妙だ。3人の間で何かあったな?あるいは、何を企んでいる?

 

いや、ゼノヴィアが何かを企むのは考えにくい。あいつは真っすぐな性格しているから小細工を嫌うしな。だからますますこの流れが読めない。

 

「まあそんなこんなで桐生班はアーシアとイリナ、俺の班は松田と元浜」

 

「僕の班は悠君やね、後の一人は適当に誘ってみるわ」

 

「私の班にゼノヴィアと御影さんが来るわ」

 

ちなみに御影さんはうちのクラスメイトで、黒髪のツインテールが特徴のどこか幸薄そうな地味な子だ。

天王寺とバイト先が同じとも聞くが…。

 

「ところで忘れちゃならないのが、修学旅行が終わるとすぐにある学園祭だ」

 

松田の言う通り、修学旅行から2週間も経たないうちにさらに学生のビッグイベント、学園祭が開かれる。さらにその学園祭が終われば今度はテストが待ち構えている。この学園、天国からの地獄の落差が激しすぎないか?

 

学園祭か、オカ研に所属している以上何かしらの出し物はするんだろうな。有名人揃いのうちの部活は注目度は高そうだ。

 

「去年のオカ研はお化け屋敷をしてたわね、かなり本格的だって評判だったわ」

 

「私行きたかったんだけど列が長いし時間もなくて行けなかった…」

 

去年の無念を思い出して残念がる桐生さん。

 

「僕は悠君と行ったんやけど、悠君ごっつビビってたで!」

 

「…マジで?」

 

「マジよ」

 

色んなタイミングで俺の体の主について聞くが、相当ヘタレだったんだな。

 

「あの後、一時期あなたの家で不審な物音がよくするようになったわね」

 

「実はホンモノの幽霊がいたりして」

 

「桐生はんホンマにおどかしてくるのやめーや…」

 

オカ研で本物の異形と絡んでいるからマジでその説ありえそうだ。

 

…ちなみに後で部長さん達に聞いたら、手持ち無沙汰で仕事がなく困っている本物の妖怪たちに協力してもらっていたらしい。あながち間違いではなかったな、天王寺よ。

 

「ところでオカ研は今年何をやるんだ?決まってないなら是非メイド喫茶をやってくれ!」

 

「あの美女揃いの面子なら、男子に大ウケ間違いなしだ!」

 

オカ研は俺以外は有名人ばかりだからな。木場もいるから女子ウケもよさそうだ。

 

「ふっふっふ、俺に任せておけ。お前たちの夢は俺が叶える!」

 

そんな二人の要望をノリノリで受け入れたのはもちろん兵藤だ。ぶっちゃけお前は催す側より参加する側になりたいんだろ。

 

「兵藤…!」

 

「頼んだぞ!俺達の希望の星!」

 

変態二人は頼もしく実現への意思を見せる兵藤にパッと顔を希望に輝かせて、熱く、固く兵藤の手を握る。

 

「手のひらターン速いな」

 

…あれ、メイド喫茶なら俺達男子組は何をするんだ?俺、いらなくね?

 

 

 

 

 

 ▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

 

ここは町の中に静かに佇む廃工場。夜のとばりがどこか不気味な雰囲気を生み出すそこは駒王町にいくつかある廃工場の中で1番大きなところだ。

 

俺達オカ研は緊張の面持ちでそこへ赴いていた。緊張と言っても、偉い人と会う時のようなものではない。戦闘を前にした時の緊張。

 

そしてここは俺にとっては始まりの場所とも言える。初めて変身し、初めて戦って、命を殺めた場所。だが今回はあの時のように弔いに来たのではない。

 

「…来たな」

 

俺達の存在に気付き、工場内の闇の中で夜に紛れそうな黒スーツの男がゆっくりとこっちへ振り向いた。

 

「私はグレモリー家次期当主、リアス・グレモリーよ。あなた、『禍の団』の英雄派ね?」

 

男に対し、毅然とした態度で相対する。

 

ここへ来たのは、『禍の団』英雄派の構成員がこの町に侵入したとの情報が入ったからだ。ここの所、よくこんな出来事が頻発している。これで5回目だ。

 

英雄派、それは『禍の団』における現ナンバー1の勢力を誇る派閥だ。今までは旧魔王派がトップの派閥だったがアスタロトの一件で指導者たるシャルバや戦力の多くを失ったことでその活動は静まった。

 

英雄派は神器持ちの人間や歴史に名を刻んだ偉人や武を振るった英雄たちの子孫で構成されている。神器研究や昔の武器の捜索など、武の追究に余念がない武闘派だ。噂によれば、神滅具使いも所属しているらしいが…。

 

一応この町にはそこそこ強力な結界が張られているんだが、それをことごとく破ってやって来るのだ。向こうにやり手の魔法使いがいるかもしれないな。

 

「ああそうだ、俺達は貴様ら悪魔を倒すためにここに来た。だが…」

 

男は敵意を持って返事をした。そして部長さん達に敵意を向けていた視線が、俺の方に移る。

 

「紀伊国悠、だったか?お前だけは連れて帰るようリーダーに言われている。何もしなければお前には危害を加えない」

 

「何?」

 

何度も連中とは交戦してきたが、それは初耳だ。

 

ちなみに、眼鏡は最近新しくした。グリゴリの方でこれからの戦闘に耐えうる眼鏡を作ってもらったのだ。もちろん事故の影響で極端に視力が弱い俺の目にもしっかりと度は対応している。

 

…いや本当に、今までのノーマル眼鏡がもってきたのは奇跡と言っても過言ではない。何度も死に目を見てきたのに、俺よりもこの眼鏡が不死身なんじゃないか?

 

人工神器を開発しているグリゴリが作っただけあって色々な便利機能が搭載されている。悪魔と同じ言語認識能力もその一つだ。中にはしょうもない機能もあるようだがそれは別の機会に解説するとしよう。

 

閑話休題。

 

俺を殺すのではなく連れて帰る、しかも奴らのリーダーからの指令。俺、何か狙われるようなことをしたか?だが、その提案に対する答えは一つだ。

 

「…怪しい人に着いて行くなって親に教わらなかったのか?」

 

どういう理由があるかは知らないが、世間に迷惑かけるテロリストにホイホイ着いて行くつもりは毛頭ない。

 

「お前たちの下に行く気はない。和平協定推進大使の権限の下、お前たちを拘束する」

 

「…なら、力づくで連れていくだけだ」

 

闇の中からぞくぞくと隠れていた敵が姿を見せる。男の隣に二つの人影が現れた。一人はサングラスをかけたアジア系の男、もう一人は顔立ちはヨーロッパ系で民族衣装らしい装いだ。

 

さらにその後ろから這い出るようにぞろぞろと人型の何かが姿を現した。奴らをどう呼べばよいかと言えば、俺は化け物と答える。真っ黒で、明らかに人間ではない

 

奴らはいつもこういう化け物を連れてやって来る。等身大の者もいれば、人二人分のサイズの戦闘員もいる。剛腕持ちやなど多種多様だ。

 

構成員が3人から4人、そしてあの化け物が多数。今回もいつもと同じパターンか。

 

敵が戦力を見せたのに応じて、こちらも動く。

 

兵藤と木場が前に出て前衛を務める。少し離れて右サイドにゼノヴィア、左サイドに俺が移動し

 

その後ろで紫藤さんと塔城さん、そして小型のハンディカメラのような機械を持つギャスパー君が中衛になる。主に俺達が撃ち漏らした敵を潰したり、後ろからサポートしてくれる。

 

そして後衛が部長さんと朱乃さん、最後にアーシアさん。『王』の部長さんが指示を、アーシアさんは癒しのオーラを飛ばして俺達の戦闘を支える。

 

グレモリー眷属でない俺と紫藤さんを加えたこの陣形は通称オカ研フォーメーション。まるでサッカーのようだと思った、イ〇ズマイ〇ブンだな。禁手化してない兵藤が中衛に加わることもあり、その時は譲渡でこちらの攻勢を支えてくれる。

 

〔Welsh Dragon Balance Braker!〕

 

会話の間にもカウントを終えた兵藤が、赤龍帝の鎧を纏う。

 

覇龍が発動したことによって、赤龍帝の籠手に様々な変化が起こったらしい。

 

発動は一日一回の制約がなくなり、発動時間も一日に二時間から三時間は維持できる。今までは一日一回しか使えず発動に2分のカウントを要し、発動できるのも最長30分、しかも使用後もカウント中も能力を一切使えなくなるという禁手に全てをかけたような現状だったが大きく改善された。

 

生命力をかなり削ったそうだが、その甲斐あっていいこともあったようだ。

 

「今回はこいつで行く」

 

懐から取り出したのはビリーザキッド眼魂。前の戦いで凛から取り返した眼魂の一つだ。バットクロックもいつの間にか帰っていた。恐らく、ガジェットは対応するフォームの眼魂の一部のような存在ではなかろうか。

 

起動してすぐさまドライバーに装填し、レバーを引く。

 

〔アーイ!バッチリミロー!〕

 

「変身」

 

〔カイガン!ビリーザキッド!百発百中!ズキューン!バキューン!〕

 

ドライバーが引き出した霊力がスーツに変換され、夜の暗闇の中を幽霊らしく妖しく飛ぶパーカーゴーストをさらに纏って変身を遂げる。

 

ビリーザキッド魂。多数戦では二丁拳銃による早撃ち、デカブツにはガンモードとバットクロックを合体させたライフルモードで痛烈な一撃を食らわせられ、こうした遠距離攻撃を得意とするスタイルの欠点になりがちな近距離戦も立ち回れるかなり便利なフォームだ。

 

「燃え尽きろ!」

 

先手を打ったのは英雄派の方だった。ヨーロッパ系の男が両手に白い炎を纏わせ、燃え盛る火球を数発放つ。

 

「はあああっ!」

 

それと同時に兵藤が動く。赤い鎧の背部に備えられたブースターが炎のようにぼっとオーラを噴いた。

 

ブースターの推進力を得た兵藤が、直撃する火炎弾をものともせず果敢に突撃する。

 

男たちはすぐさまあちこちに跳び回避するが、反応の遅れた異形の戦闘員たちは猛烈なスピードを伴う突撃に巻き込まれ宙に巻き上げられる。

 

「赤龍帝のパワーに注意しろ!強烈だが、ここでは派手な攻撃はできないはずだ!」

 

異形の戦闘員たちもいよいよ動き出す。ぞろぞろと歩みを始め、一斉にこちらに向かってくる。いよいよ本格的な交戦が始まる。

 

「行くよ」

 

「片っ端からぶちのめす」

 

「さっさと終わらせて飯にするッ!」

 

それを見て、前衛組の俺達も前進する。

 

神速を以て木場が敵の中へ飛び込み、冴えわたる剣技で敵の群れを内側から崩していく。

 

大振りな聖剣デュランダルを軽々と振り回すゼノヴィアは、輝く剣閃で立ちふさがる敵を正面から切り裂き荒々しく突破する。

 

そしてバットクロックとガンガンセイバーガンモードの二丁拳銃で攻める俺はビリーザキッドの特性、早撃ちで次々に寄せ来る異形を撃ち抜き沈める。

 

「!」

 

大きなサイズの戦闘員がその巨腕を俺に向かって振り下ろしてくる。すかさず回避しつつ早撃ちの連射を浴びせるが耐久力がそこそこあるようで倒すには至らない。

 

「だったら!」

 

バットクロックをガンガンセイバーの銃口付近に合体させ、ライフルモードにする。合体させてすぐに構えてトリガーを引き、強力な射撃をぶつけて今度こそ沈めた。

 

戦闘に参加しているのは俺達だけではない。中衛の紫藤さんや塔城さんが戦っている俺達を抜けた戦闘員たちを残らず仕留め、後方から朱乃さんの雷が伸び、まだ俺達の手が回っていない異形の戦闘員たちを焼き貫いていく。

 

塔城さんはただ戦闘するだけではない、仙術で周囲の気を探り伏兵の存在を確認する索敵要因でもある。

 

「ミニ・ドラゴンショット!」

 

兵藤が手のひらに小さな魔力の玉を生み出し、戦闘員目掛けて打ち出す。今までのようにビームの如く打ち出す威力と範囲重視のタイプではなく、被害を抑えなければならない人間界での戦闘を意識した攻撃。

 

異形の戦闘員たちに炸裂し、まとめて吹き飛ばすかと思いきや、そこにずるりと黒い影が伸び、ドラゴンショットが触れるや否や沼のようにずぶりと飲み込まれてしまう。

 

「なに!?」

 

まさかの現象に気を取られた兵藤。わずかながら隙が生まれ、その背後から戦闘員が襲い掛かる。

 

「イッセー君!」

 

即座に木場が駆け付け、鮮やかな剣閃の下に切り伏せる。

 

「悪い、木場!」

 

「いいんだ、それより…」

 

絶えず向かってくる戦闘員たちを蹴散らしながら背を合わせる二人。

 

そこから少し離れたところで戦う俺の視界に、サングラスをかけた黒服の構成員の姿が映った。

 

さっきの影の現象を起こしたのは誰の神器だ…?少なくとも、最初に炎攻撃をしたヨーロッパ系の男でないのは確かだ。ならあいつか?

 

それを確かめるため一発喰らわせてやろうと、戦闘員たちを相手にしつつ一発銃撃して見せる。

 

光の尾を引いて進む銃弾、男を撃ち抜かんとした瞬間。男の足元の影がにゅっと伸びて銃弾を飲み込んだ。

 

そして次の瞬間。

 

「おわっ!?」

 

背に衝撃を受け、よろめく。

 

「お前が影を操っているな!」

 

「正解、自分達の攻撃で存分に苦しめ」

 

男は俺の出した答えに口角を上げる。

 

「影で飲み込んだものを別の影へ転移する能力だわ。ただ防御するのではなく受け流すタイプ…また厄介な神器使いを送り込んできたものね」

 

この事象を見て、部長さんは冷静に分析する。カウンター系神器と言えば、シトリー眷属の副会長の『追憶の鏡』を思い出す。あれは鏡を生み出して攻撃を防ぎ、鏡が割れた衝撃と一緒に受けた攻撃の威力を返す能力だった。

 

あれとは少し違うカウンターのタイプだが、厄介な能力であることには変わりない。兵藤やゼノヴィア達のような火力に振った戦闘スタイル持ちが多いオカ研にはきつい相手だ。

 

「なら、俺のドラゴンショットは…!」

 

その言葉を待っていたと言わんばかりに工場の中に積まれた木箱の山の影から、赤い光が飛び出す。

 

間違いようもなく、兵藤がさっき放ったドラゴンショットだ。そして、赤い光弾が狙う先にいるのは…。

 

「アーシア!」

 

部長さんや朱乃さんと共に後衛に控えて、癒しのオーラを飛ばして前衛、中衛組を支えるアーシアさんだった。

 

「させるか!」

 

彼女の危機にいち早く気付いた兵藤は再び素早くミニ・ドラゴンショットを打ち出して、影から飛び出たドラゴンショットにぶつけ相殺した。

 

魔力同士の激突と破裂で爆風が起こるが、同じく後衛の部長さんと朱乃さんがしっかり防御魔方陣を生み出してアーシアさんは事なきを得た。

 

「アーシアを守るのはイッセーだけじゃないのよ」

 

「アスタロトの時のような思いは…もう勘弁だわ」

 

二人の瞳には必ずアーシアさんを守るという決意の光が灯っていた。ディオドラとの一戦以来、俺達の中でアーシアさんを守らなければならないという意志は強くなった。

 

回復能力はあっても俺達のように戦闘力のないアーシアさんは敵の攻撃や悪意から自分一人で身を守る術がない。

だから、俺達が守らないといけない。

 

しかし今の攻撃、回復要員であるアーシアさんを先に潰そうという魂胆か。傷を癒せる魔法や回復能力を持つ神器使いは希少だからな。潰しておけば、向こうはカウンターを使ってより楽に戦闘を運べると踏んでいる。

 

「なっ!」

 

そう思いながら戦闘を続けていると、横合いから風切って飛んできた光る何かに弾かれて銃を一丁落としてしまった。

 

反射的に何かが飛んできた方向に目を向けると、工場のさび付いたキャットウォークでヨーロッパ系の男が光る弓に同じく青い光の矢をつがえていた。

 

「光の矢か!」

 

男は返答の代わりに力強く弓を引き、矢を射て見せた。真っすぐに放たれたそれを飛び退って回避するが矢は途中で軌道を変え、躱した先へとまた飛んでくる。

 

「くそ!」

 

バットクロックを落としてガンガンセイバーの一丁拳銃となった状態で、短く青い光の尾を引いて向かう矢を銃撃して迎え撃つ。しかし矢は変幻自在に軌道を変えことごとく銃撃を躱して来る。

 

矢の向かう方向にいたのは、戦闘員たちを相手にしていてこちらに背を向けているゼノヴィアだった。こちらの攻撃に気付く様子もない。

 

「ゼノヴィア、後ろだ!」

 

大きな声を出して、注意を呼び掛ける。しかしそれを邪魔するように戦闘員たちが攻撃を加えてくるため回避しようにも動けない。しかしそこへ別方向からさらなる光の槍がヒュンと飛んできて矢に刺さり、破壊した。

 

「光ならお任せあれ!」

 

光の槍を放ったのは、戦闘中でも変わらず快活な動きと表情を見せる紫藤さん。天使とそれに連なる堕天使特有の力、光力を紫藤さんは使える。

 

そんな彼女に内心でナイスと言ってサムズアップを送る。

 

こちらも攻撃されるばかりでは終わらない。後衛にいる朱乃さんが魔力で氷の槍をいくつか生み出し、キャットウォーク上の射手に放った。

 

しかし急に男の周囲ににゅっと伸びて出でた影が壁を作り向かう槍を飲みこみ、今度は部長さん付近の陰から飛び出した。

 

異変に気付いた部長さんは難なくこれをよける。しかし影の猛威は終わらない。

 

射手の周囲に展開した黒い影の壁が、光の矢と更には白い炎を吐きだす。空を裂いて次から次へと息つく間もなく眼下で戦う俺達に放たれる。

 

「させるか!」

 

「そいっ!」

 

これを早撃ち、光力で生成された槍、そしてミニ・ドラゴンショットで迎撃し全て相殺する。宙で派手な爆発がいくつも巻き起こった。

 

そしてこの攻撃を、ギャスパー君は例のカメラ型の機械でバッチリ映していた。

 

「ギャスパー、解析の方は?」

 

「出ました!炎の攻撃が炎系神器『白炎の双手《フレイム・シェイク》』!影がカウンター系神器『闇夜の大盾《ナイト・リフレクション》』!さっきの矢が光系神器『青光矢《スターリング・ブルー》』ですぅ!」

 

アザゼル先生が開発した、神器の能力をカメラに映すとそれを解析し、グリゴリのデータベースと照合してどんな神器なのかをしてくれるマシン。

 

何度も使ったが、今のところ全ての神器を判別できている。流石神器に関しては天下のグリゴリだ。

 

「向こうは随分とこっちを研究してるみたいだね。悪魔に対しての光攻撃、邪眼の停止対策、そして僕たちの火力を利用するカウンター神器。今までと比べてさらに手の内を読んできている」

 

英雄派の連中とは何度も交戦してきたが、最初は通じていた停止の邪眼も3戦目から戦闘員たちが発動を感知して、構成員を守るように自らを盾にする動きを取るようになった。

 

対象を視界におさめなければ停止させることはできない。戦闘員に邪魔されて肝心の構成員の盾になられては視界に入らない。停止という強力無比な能力な分、一番に対策されているようだ。恐らく今回もそうだろう。

 

だが、向こうがこちらの能力を研究し手の内を読んでくるというなら。

 

「なら、今まで使ったことのない能力を使えばいい」

 

相手が読んでくる俺達の手の内にない手の内で対抗すればいい。単純なようで難しい対処法だが、俺にはそれができる。新たなる眼魂を取り出してその手に握る。

 

「凛から取り返したこいつの出番だ」

 

眼魂左のスイッチを押すと08のグラフィックが小さく浮かび上がる。

 

〔アーイ!バッチリミロー!バッチリミロー!〕

 

ドライバーから蛍光イエローの長い丈のパーカーゴーストが出現した。

 

〔カイガン!ゴエモン!歌舞伎ウキウキ!乱れ咲き!〕

 

レバーを引いて眼魂を読み込ませ、ふわりと宙を漂うパーカーゴーストを着こむ。

 

基本的な姿は凛が使った時と変わらないが、頭部のヴァリアスバイザーにはネクロムのような銀の防護フレームではなく、歌舞伎役者の隈取模様『フェイスクマドリ』が浮かび上がる。

 

蛍光イエローの地にダイヤモンドのような模様が走り、小判の装飾が施されたパーカーゴーストを纏うその姿こそ、仮面ライダースペクター ゴエモン魂。以前は凛に使用され、窮地に追い込まれたフォームだが今は頼もしい力の一つだ。

 

召喚されたガンガンセイバー ソードモードを握り、向かってきた戦闘員を早速一体切り裂く。傷口から黒い飛沫を上げて戦闘員はどさりと倒れた。

 

このフォームに変身した瞬間から、何故かこれをやらなければならないという思いに駆られたので景気づけにやっておく。

 

「はぁっ!」

 

地面を力強く踏んで腰を据え独特の構えを取り、首を振るう。

 

「いよぉぉ~~っ!」

 

喉から鼓舞するような声を出し、振るった首をぴたりと静止させる。これは歌舞伎で言う、見得を切るという行為だ。名前は知らずとも歌舞伎ならこのポーズということで知ってる人は多いはずだ。

 

「「「「「……」」」」」

 

そして戦闘の音が消えた。戦闘員たちすら空気を読んだのか動きがぴたりと止まり、英雄派を含めた全員の何やってんだこいつと言わんばかりの視線がぐさりぐさりと突き刺さってくる。

 

…えっ、何この空気。

 

「…んん」

 

視線が耐えきれなくなったので見得をやめて、咳払いで誤魔化す。というかそうでもしないと、この空気で俺が泣くかもしれなかった。

 

もう良いだろうと戦闘員たちが動き始め、戦闘が再開した。

 

「…何をしているんだ?」

 

「あれはジャパニーズカブキよ!」

 

「カブキ…?」

 

「歌舞伎ってのは、日本の芸能文化の一つのことだよ」

 

オカ研の中でもゼノヴィアは本当に歌舞伎を知らないらしく、困惑の表情を見せていた。紫藤さんと木場の解説を受けながら、戦いを続ける。

 

「歌舞伎とそのゴエモンは何の関係が?」

 

「五右衛門が有名な歌舞伎の題材になっているからさ。彼は一説には義賊だったとも忍者だったとも言われている大盗賊だったんだ」

 

戦闘員たちを相手取りながら、木場が丁寧にゼノヴィアに解説してくれた。

 

解説どうも、よく知ってたな。でも、五右衛門もビリーザキッドも結構悪い話の絶えない過去の人だからな。過去に偉業を成し遂げた人間ってのは、いい面だけに目が行きがちだが負の面が付き物だ。

 

「ニンジャ…忍者なのね」

 

「部長、まだ戦闘中ですわよ」

 

後衛からどこか興奮気味な声と、それを諫める声が聞こえる。部長さん、もしかして忍者が好きなのか。

 

「…過去の偉人たちの力を引き出す力、曹操が欲しがるわけだ」

 

俺のこの姿を見て、ぶつぶつと影使いが何かを呟いた。

 

「何か言ったか?」

 

「いや、さっさとお前をリーダーの下へ連れて帰るって言ったのさ!」

 

影使いの前にさっと現れた炎使いの男が白炎が燃える腕を振るい、火炎弾を打ち出す。

 

豪炎の塊がゴウッと空を焦がし、我先にと俺の下へ殺到する。

 

だが俺は防御も迎撃の姿勢も取らない。

 

「フゥー…」

 

腰を低くして足に力を込め、どっと地面を蹴り馳せる。そこにゴエモン魂特有の高速移動能力を発動、今までのフォームではまず出ない圧倒的な速度で敵に突撃する。

 

向かってくる火球を速度を維持したまま躱して猛進、狙いを外した火球を俺の代わりに受けた異形の戦闘員が起こした爆発を背にし、炎使いの男との距離が一瞬で消し飛ぶ。

 

「ッ!?」

 

この速度に男は目を見開くも、反射的に白い炎の剣を生み出し、俺の剣戟を受け止めた。

 

「一撃で切り伏せるつもりだったんだが…やるな」

 

「異形の飼い犬になった貴様なんかに…!」

 

「その言葉、異形がボスのテロ組織の一員になったお前にそっくり返してやる!」

 

拮抗する互いの刃、しかしここはあえて剣を引いて、軽く後ろに下がる。そして再び高速移動を発動させて背後に回り込み、一太刀入れて蹴りを叩き込む。

 

「ぐ!?」

 

完全に俺の動きについていけていないらしく、受け身も取れないまま砂を巻き上げて派手に横転する。さっきの攻撃を受け止めたのは単なる偶然だったようだ。

 

「くそ!」

 

やけくそ気味に男は火炎弾を放ってきた。それらすべて、高速移動で回避する。

 

「やれ!あいつを潰せぇ!」

 

男の叫びにも似た指示で、前衛組の攻撃で100はいた数のほとんどを削られた戦闘員たちの一部がぞろぞろとこっちに向かって迫ってくる。その数は8と言ったところだ。

 

だがアスタロトの一件でそれをはるかに超える数を相手にする大規模戦闘に参加した俺にはそんな数なんて恐れるに足らなかった。

 

〔ダイカイガン!ゴエモン!〕

 

ドライバーのレバーを引いて、内に秘めた眼魂の力を更に解き放つ。迸る蛍光イエローの霊力が左足に収束していき、地面を踏み抜いて跳躍する。

 

「ハァァァァ!!」

 

〔オメガドライブ!〕

 

高速移動を併用して、目にも止まらぬスピードで戦闘員たちすべてにキックを叩き込んでいく。一体が爆ぜる頃にはすでに別の戦闘員にキックが炸裂していた。

 

イメージはファイズのアクセルフォームが放つアクセルクリムゾンスマッシュ。超高速移動能力を活かして複数回必殺キックを叩き込むえげつない技の元祖だ。

 

10秒もかからない間に最後の一体となり、そいつだけはボレーキックで蹴り飛ばし、立ち上がった炎使いの男にぶつけてやった。

 

「ぐほぁ!!」

 

大きなダメージを受けて限界を超えた戦闘員の爆発に巻き込まれ、男は身に纏った民族衣装をボロボロにして無残に地面に転がった。

 

「……」

 

爆発のダメージでそこそこ傷を負い、流血もあるが死んではいない。打ち所が悪かったらしく気絶しているみたいだ。だがこのダメージだ、もうこいつは戦闘不能状態、この戦いで再び起き上がることはないだろう。

 

「まずは一人だ」

 

次は厄介な能力を持っているあの影使いをどうにかしなければ。




悠のグリゴリ製眼鏡、便利なだけじゃなくアザゼルが関わってるだけあってネタ機能も満載な模様。…実は今回の外伝案件だったり。本編でがっつりシリアスをやる分、外伝はギャグでバランスを取りたい。

次回、「目覚める影」


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第69話 「目覚める影」

ちょこっとポラリスがこの世界に来た時期について曖昧だった設定を変更しました。ヴァンパイア編の外伝にあるかと。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
5.ビリーザキッド
7.ゴエモン
9. リョウマ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
13.フーディーニ



俺が炎使いと戦っている間、部長さんが影使い攻略の糸口を見つけようとしていた。

 

『イッセー、裕斗。影について試したいことがあるわ、私の指示に従って頂戴』

 

「はい!」

 

耳に仕込んだ小さな通信魔方陣から聞こえる部長さんの指示を受けて二人が動く。

 

『イッセーは戦闘員を抑えたまま、裕斗は影使いを攻撃して』

 

指示を受けるや否や、『騎士』のスピードで即座に影使いに詰め寄り刃を振るう。しかし当然の如く伸びる影に吸い込まれてしまう。

 

吸いこまれた聖魔剣の刃は、兵藤が相手にする戦闘員の足元の影から元気よく顔を出す。

 

「おっと!」

 

これを手慣れた様子で回避する。アスタロト戦以来木場との手合わせを重ねてきた兵藤には容易に剣筋が読めるようだ。

 

『聖魔剣が出た影にドラゴンショットを撃って!』

 

「は、はい!」

 

躱して間もなく飛ぶ指示。言われた通り、聖魔剣が出現した影にドラゴンショットを放つ。能力で支配された影は突っ込んできたドラゴンショットをそのまま飲み込んだ。

 

『裕斗、その影は向こうのと繋がってる。ドラゴンショットが出てくるわ、その前に影の中のドラゴンショットを切り裂いて!』

 

「!そうか」

 

何かに気付いた木場が再び剣を振るい、聖なる力と魔の力が入り混じる刃が前回と同じように影に飲まれる。

 

「ごはぁっ!?」

 

その瞬間、影使いの男が血を吐いて吹き飛んだ。見えない何かに吹き飛ばされたようで、強力だったのかサングラスが割れて腹も痛々しく鮮血に染めて地に倒れ伏している。

 

「えっ、これは…!?」

 

兵藤も俺も、まさかの現象に驚いた。あんなに厄介だった影使いがこうもあっけなく、訳の分からないまま倒されたからだ。

 

「何となく思ったことを試してみたのだけれど、影の中で攻撃同士ぶつかると威力が自分に返ってくるみたいね」

 

自身の作戦がうまく行った部長さんは不敵に笑う。

 

あの厄介な神器にそんなリスクが…。何はともあれ、この戦闘の壁は越えた。あとはあの射手と残った雑魚だけだ。

 

「コンラ!よくも…!」

 

倒れる仲間の姿を見て、俺達の敵意を増した射手が再び弓を引く。奴の思いに呼応したか、放たれた矢の速度と輝きが先ほどと比べて増している。

 

「あの神器使いは僕が!」

 

「木場君、援護は任せて頂戴な!」

 

光の剣で戦闘員たちを切り伏せる紫藤さんが協力を申し出る。

 

「お願いします!」

 

刹那、木場が射手のいるキャットウォーク目掛けて駆け出す。戦闘員たちが行く手をふさぐがすれ違いざまに切り倒し、倒れゆく戦闘員の肩を踏み台にして一気に跳躍、射手へと距離を詰める。

 

宙に躍り出て真っすぐ向かう木場にすかさず矢を放つが、木場の背後から飛んできた光の槍に相殺される。

 

がたんと音を立ててキャットウォークに着地した木場。そこに距離を詰められ、矢は無意味と悟った射手が直接殴りかかって来た。

 

慌てる様子もない木場は、握る聖魔剣の柄頭をカウンターで迫る男の頭部に叩きつけた。

 

「ごっ!?」

 

「ふっ!」

 

頭部を攻撃されぐらりと体勢を崩した男にすかさず剣光を翻し、鮮烈な一閃をあびせて今度こそ倒した。

 

これで神器使いの構成員は全員片付けた。そう思いきや、物陰からひゅんと光る矢が飛び出した。さっき沈んだ男の矢の色は青だったが、今度は緑だ。

 

「おわっ!?」

 

咄嗟に反応した兵藤、鎧にかすり傷を作りながらもなんとか回避した。

 

「まだ影の効果が残っていたのね。安全圏内にもう一人隠しながら影を利用してこちらを攻撃、そんなところかしら」

 

「これも出ました!光系神器『緑光矢《スターリング・グリーン》』ですぅ!」

 

スターリング・グリーン…さっき倒した男の神器の色違い版か?同じものは二つとない神滅具と違って、普通の神器はそれぞれ複数個存在する。木場の『魔剣創造』だって、世の中には同じ『魔剣創造』を持っている人間が山ほどいるという話だ。

 

その複数個ある神器にまた同じ種類で違う効果と色の神器があってそれも複数あって…え、神器って全部で何種類、いや何個あるんだ?

 

しかしその後、さっきのように影から矢が飛び出してくることはなかった。ダメージを受けて弱った男がついに影の能力を維持できなくなったのだろう。

 

「見つけました、一人工場裏にいます!」

 

「そっちは私が片付けよう、案内してくれ」

 

既に塔城さんが仙術で居所を掴んでいたらしく、聖剣で戦闘員を一刀両断したゼノヴィアと塔城さんが背を向けて工場を出た。

 

構成員たちが率いる戦闘員たちももう残る数は少ない。

 

「一気に殲滅するぞ」

 

「OK!」

 

戦闘を終わらせようと俺と兵藤は動き出す。

 

「そらぁ!」

 

向かってくる敵を殴り飛ばす兵藤は赤い魔力を倍加、圧縮してミニ・ドラゴンショットを打ち出し、その威力で左サイドの敵をまとめて吹き飛ばす。

 

〔ダイカイガン!ガンガンミナー!〕

 

そして俺はドライバーにガンガンセイバーをかざして、夜の闇に眩く光る蛍のような霊力の光を剣にともし高速移動で馳せる。

 

〔オメガブレイク!〕

 

残った右サイドの敵を黄色い閃光と共に瞬時に切り裂き、瞬く間に殲滅した。これで最初は100はいた戦闘員は全て片付いた。

 

戦闘員たちも全滅し、残ったのはダメージを受けて呻く影使いのみとなった。ダメージを受けてこちらを睨みつけてくる。

 

「観念なさい、大人しく縄について情報を吐けばこちらも無用な危害は加えないわ」

 

まだ瞳の奥の戦意が尽きない男に、部長さんは降伏を勧める。

 

「お…おお…」

 

しかし圧倒的不利の状況にもかかわらず、男は痛みに震えながらもゆっくりと立ち上がる。

 

「オオオオオオオオオオ!!」

 

立ち上がるや否や喉が裂けんばかりの絶叫を迸らせる。半分割れたサングラスから覗く目は強い意志で輝いていた。自爆覚悟で何かするつもりか?

 

瞬間、ぞっとする怖気にも似た何かが背筋を強く舐めた。すると男の全身から黒い靄が溢れ始める。靄は工場の闇に溶け、辺りの影が変幻自在に異様に形を変え始める。

 

明らかに異常な何かが起ころうとしている。

 

「何か仕掛けてくるわ、気を付けて!」

 

部長さんもこの異変に注意を呼びかけ、次の攻撃に備える。しかし男の足元に魔方陣が展開し、光が溢れ男を飲み込んだ。

 

「あ、あれ…」

 

光が止んだ時には男の姿は失せていた。工場内に残されたのは俺達と、ダメージを受けて倒れ伏した神器使いだけだった。

 

「撤退した…?」

 

戦いが終わり、穏やかな夜の静けさが息を取り戻した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦闘が終わり、その後始末が始まった。

 

気絶している構成員の男たちを抱えて、一か所に集める。その一方で、前線で戦った組はアーシアさんの回復を受ける。

 

「お疲れ様です」

 

「サンキュー、アーシア」

 

戦いの中で戦闘員から背に打撃を受けた兵藤の痣が消えていく。それを見つつ俺は近くのドラム缶に腰を下ろして一息を吐く。

 

「捕えてきたぞ、死んではいない」

 

ぐったりとした男を小脇に抱えてゼノヴィアと塔城さんが帰って来た。あいつが隠れていた神器使いの男か。二人に外傷はない様子から苦戦もなく無事に倒せたことが窺える。

 

地面に描いた魔方陣の上に構成員を放り込むと朱乃さんが魔方陣を起動させ、光が起こって構成員たちを転移させる。

 

転移した先は冥界だ。彼らは身柄を拘束され、しかるべき場所に送られるのだが…。

 

「今回も、収穫なしでしょうね」

 

今までもこうして倒した構成員たちを冥界に送って来たが、彼らが目を覚ますと英雄派にいた時の記憶がすっかり消されているらしい。この町でなく各勢力の拠点に送られてくる英雄派の構成員たちは皆そうで、脳に記憶消去の魔法の術式を仕込まれている。

 

記憶の復元もできず、手をこまねかざるをえないのが現状だ。旧魔王派の神祖の仮面と言い、今回の英雄派の動きと言い、『禍の団』は不穏な動きが絶えないな。

 

「…ねえ、一つ思ったんだけどいいかしら?」

 

手を挙げて俺達の注目を集めたのは紫藤さんだった。

 

「私たちを倒したいなら結界を越えられるし幹部が出てきたらいいのに、どうして下っ端の神器使いだけを送り込んでくるの?」

 

「…確かに」

 

自分で言うのもなんだが、自分含めたグレモリー眷属はそこそこの実力者だ。神滅具の赤龍帝もこれ以上強くなると厄介になるだろうし今のうちに倒した方が奴らにとっても得だろうに、なぜ敵は小競り合いだけで終わらせる?

 

「何だか、私たちを攻略しようという割には変だなーと思って」

 

「そうね、本気で攻略するなら幹部が出てきてもいいはずなのに、依然として何度も神器使いを送り込み、私たちと交戦させるだけ」

 

「2、3回目で私たちの行動パターンを把握して4回目で決戦をかけるかと思えば、戦術と厄介な神器使いを組み込みはしたけど4回目も今回も同じ。目立つ実力者もなく私たちを全力で倒そうという気は感じられない。他の所でも同じことを繰り返しているらしいし…」

 

朱乃さんが言った通り、この町だけではなく三大勢力が構える拠点で英雄派による突発的な襲撃が行われている。

 

数人の神器使いとそこそこ数を揃えた異形の戦闘員たちを送り拠点にいる戦力と交戦、返り討ちにされては拘束され、記憶が消えている。それを何度も繰り返している。

 

大物が出てこないという点も、戦力をぶつけてくる割にイマイチ俺達を倒そうという気がないと感じる理由の一つか。一見闇雲に戦力を減らすだけの行為に何の意味が…?

 

「僕たちを使って、何かの実験をしている?」

 

「実験?一体何の?」

 

木場が口にした、まだ根拠の薄い推測を得て核心に触れかけたのは兵藤だった。

 

「…最後のあの変化、まさか禁手?」

 

「…そうか!確かにあの感覚は僕が至った時と同じものだ」

 

「だよな。俺も部長の乳首を押して至った時、似たようなものを感じたんだ」

 

オカ研の神器使いの中でも禁手に至った二人には影使いが最後に起こしたあの感覚が何なのかわかるらしい。

 

というか部長さんの乳首押してあんなものを感じたの…?やっぱり神器使いは変…いや、兵藤がおかしいだけか。

 

「…見えてきたわ、奴らの思惑」

 

二人の意見を聞いて、いよいよ敵の目的にたどり着いた部長さんが顎に手を当てる。

 

「奴らの目的は神器使いを実力者が集まる拠点に送り込んで戦闘させ、禁手に至らせることよ」

 

「禁手に?」

 

…これはまた、随分と大胆な方法だな。だがこの考えなら今までの行動に合点がいく。

 

今までの襲撃事件は神器使いを各勢力の拠点に襲撃させるテロに見せかけて、本当の狙いはそこに集まる実力者たちにぶつけて、禁手に至るきっかけを生み出すことだったのか。

 

幹部が出てこないなど俺達を倒す気が感じられないのも納得できる。

 

「禁手に目覚めた、あるいは目覚めかけた神器使いだけが魔方陣で帰還できる、そういう風に細工でもして送り込んでいるんだわ」

 

それがさっきの影使いの男か。何か仕掛けてくるかと思いきや、いきなり魔方陣で転移していった。禁手に目覚めたということは、英雄派のちゃんとした戦力に加わり今後また交戦する可能性が出てきたということでもあるんだろう。

 

禁手に至る条件は所有者の劇的な変化。恐らく肉体的なものでなく精神的なものなんだろうがまだ禁手に関しては先生は未知の部分が多いと言っていた。

 

英雄派はその未知の領域に手を伸ばそうとしている。だが…。

 

「そのために何人もの神器使いを使い潰していくって言うんですか?そんな滅茶苦茶な方法…」

 

神器使いを集めるのにも苦労するだろうに、それをとっとと送り込んで使い捨てるような強引すぎるやり方、俺には理解できない。禁手に至らせたいならもっと別のやり方だってあるはずなのに。

 

「テロリストに人道なんて無意味なものよ。無能はいらない、何百人でも使い潰して、使える有力な禁手使いが生まれればいい。そう思っているのでしょう」

 

「赤龍帝、聖魔剣、デュランダル、ネームバリューのある実力者が揃ったこの町は、禁手に至るための劇的変化を起こすうってつけの場所というわけね」

 

「戦闘で仲間がやられていく様も、それを促しているかもしれない」

 

「数撃ちゃ当たるの理屈、ゲームみたいな経験値稼ぎに敵は俺達を利用している…あまりいい気はしないな」

 

俺らは倒さなくても経験値が貰える攻撃力を持ったメ〇スラか?こちとら連中の実験に付き合うつもりはさらさらないというのに。

 

己の実力を越える強敵、それになすすべなく倒されていく仲間…少年漫画の覚醒イベントみたいだ。それを疑似的に起こして禁手使いを増やそうというのか。

 

今までそういうイベントでパワーアップする側だった俺達が、今度は敵がパワーアップするために利用されている。…なるほど厄介だ。こっちのパワーアップは大歓迎だが、敵のパワーアップは願い下げだ。

 

「それも気になるが私が気になるのは、奴らが悠を狙っていたことだ」

 

ゼノヴィアの向日葵色の瞳が俺に向いた。

 

「そういえばそんなこと言ってたな…殺すんじゃなく、連れ帰るって」

 

「英雄派を名乗るくらい、彼らと同じ人間で過去の偉人の力を使う悠は興味深い存在かもしれませんわね」

 

言われてみればそうだ。俺の力は眼魂に秘められた偉人たちの力を引き出すこと。昔の英雄の子孫たちがそれに興味を持つのも無理はない。

 

もしかすると、15の眼魂に選ばれた偉人の子孫が英雄派にいたりするかもな、リーダーか、あるいは幹部クラスにそういうやつがいるから狙われているとか。

 

「ネクロムだけじゃなく、英雄派にも狙われるのか…人気者は辛いな」

 

いずれにせよ、多くの敵に狙われている俺。不安が絶えない。

 

…その不安を打ち消すためにも、奴らに負けないためにももっと強くならなければ。シャルバの時はたまたま覇龍が発動したからどうにかなったがあのままなら連戦で消耗した俺達は間違いなく全滅していた。

 

…やはり、パワーアップが必要だ。八極拳という戦闘技術だけじゃない、禁手のような劇的なパワーアップが。

 

そんな俺の不安を見透かしたかのように、ゼノヴィアが声をかけた。

 

「安心してくれ。奴らに悠は殺させないし、連れていかせない」

 

「あ、ありがとう」

 

ゼノヴィアの心遣いに、何故だか照れてしまった。

 

…ゼノヴィアって肉付きが良い割にはボーイッシュだから、こういうセリフを言うとデュランダル使いという称号も相まってすごく頼もしく感じる。事実、学園の女の子にも人気らしいし。

 

「後でアザゼルにも聞いてみましょう。彼ならもう掴んでいるだろうし、何より神器に関しては彼が一番ね」

 

そう言って部長さんが話を終わらせ帰りの魔方陣を展開しようと手を伸ばしたところ、不意にその動きが止まった。

 

「…ところで懐かしいわね、この工場」

 

「部長?」

 

「この工場で、紀伊国君の手掛かりを掴んだのよ。大きな力の波動を感知してね」

 

「そんなことありましたね」

 

部長さんが俺の存在に気付いたのは、転生した際のあの駄女神の波動を感じ取ったからだ。一度目は転生した際、二度目はこの工場でゴーストドライバーが送られた時に波動は発生した。

 

二度目の際のここでの戦闘で残った変身した俺の足跡とその後の俺の戦闘で浮かび上がった紋章が同じことでスペクターの存在に気付き、最後にレイナーレを倒した後で目の前で変身を解いたことで俺の正体が判明した。

 

それももう5か月は前のことか…時間が過ぎるのはあっという間だな。

 

「そんなことがあったのか?」

 

「そう言えば、ゼノヴィアとイリナさんは知らないのね」

 

俺が堕天使とひと悶着していた時にはまだゼノヴィアと紫藤さんは教会にいた。駒王町に来たのはそれから2か月くらい後の話だ。

 

「…話したくないことがあるなら、話さなくてもいいのよ」

 

「!」

 

ふと部長さんが言った言葉は明らかに俺に向けての物だった。彼女の澄んだ瞳が俺に向けられている。

 

「あなたが何か隠し事をしてることぐらいとっくにわかってるわ。列車の時もだけど、とても思いつめような、苦しそうな表情をしているもの」

 

…あの時か。

 

初めてグレモリーの列車に乗った時、俺は元の世界で巻き込まれた事故と今わの際の記憶を思い出し、一時的にパニック状態に陥った。当然皆を困惑させたわけだが、過去を悟られたくない俺は強がって何もなかったと無理矢理それを有耶無耶にした。

 

やっぱり、バレてしまうか。元々波動の時点で怪しさ満点だったのだ。ここの所凛の存在もあって、皆の疑念は高まっているに違いない。一緒に行動する中で、俺の気持ちに気付かないわけがないな。

 

「裕斗も、小猫も、朱乃も、うちの眷属は皆過去に色んなものを抱えている。そういう人とどう付き合っていけばいいかはわかってるつもりよ」

 

俺だけではない、皆神妙な面持ちで部長さんの話を聞いていた。その中で朱乃さんだけが一瞬、複雑そうな表情を浮かべた。

 

木場は聖剣計画で集められ、多くの同志と共に教会の悪意に利用され、最後には殺された。塔城さんは悪魔になったことで力に目覚め、主を殺して血にまみれた姉の姿にトラウマを刻まれた。朱乃さんはまだ知らないが、彼女もまた人には言えない何かを抱えている。

 

部長さんも伊達にそんな彼らと付き合ってきたわけではない。彼らと過ごすうちに、自然と苦しみを抱える彼らとの付き合い方が身についてきたのだ。

 

思えばグレモリー眷属は過去に何かしら辛い物を抱えた人たちの集まりだ。しかしそれがあるからこそ、それと向き合って乗り越えようとするからこそ強くなれるとも言える、今の強さがあるのだろう。

 

そしてそっと歩み寄ると、優しく俺の肩を叩いた。

 

「何を隠しているかは知らないけどあなたに敵意や悪意がないのはわかってるわ、私たちを仲間だと思っていることも。でないとあなたは私たちのためにあそこまで必死になって戦ったりしないでしょう?」

 

「…!」

 

「あなたのタイミングで話してくれればいいわ。あなたも私たちの立派な仲間だから、無理強いはしないわ」

 

俺の内心に抱える不安を和らげようと、笑いかけてくれた。それ以降、彼女は何も追及しなかった。他の皆も何も言わず、魔方陣の方へと歩いていく。

 

「……」

 

その中で一人、ゼノヴィアだけは不安そうな表情で見つめてくる。

 

俺が色々隠していることをわかって、それでも仲間だと認めてくれる部長さんの優しさが、返って俺には痛かった。

 

こんなに優しくしてくれるのに、俺に配慮してくれているのに、どうしてこんなにも心が痛むのか。

 

部長さんの言う通り、俺は皆に色んな隠し事をしている。だが、これは人に頼まれたりで隠さなければならないが別に隠していて皆にとって損になるようなものじゃない。ポラリスさんだって、部長さんたちと敵対する意思はないと明言している。

 

だが、今まで隠してきたことがバレた後のことが恐ろしい。

 

部長さん達は隠してきたことを責めるのではないか、そもそも異世界のことなど信じてもらえないのではないか?

俺を慕ってくれるゼノヴィアは、裏でこそこそしていたことで俺に不信を抱くのではないか?

 

秘密を隠すように頼んだポラリスさん側からは秘密の一つすら守れないのかと見限られてしまうのではないか?そもそも、自分のミスを隠すように頼んできたあの駄女神はどうなる?そして隠ぺいするために異世界に送られた俺は?もしかすると駄女神の上司が出てきて魂を消滅させられるのではないか?

 

幾つもの恐怖が湯水のように沸いては脳裏によぎる。他人に不信感を抱かれ、やがて拒絶され、捨てられ、一人になる未来。俺の胸中に渦巻く恐怖は秘密を抱え続ける中で日に日に増していった。

 

転生のこと、凛のこと、そしてポラリスさんのこと。気付けば今の俺は、色んな人との縁に雁字搦めにされていた。それはまるで、戦うことへの恐怖に囚われていたあの頃と同じ様に。

 

 

 

 

 

 

 

 

その日、俺達が自宅に帰ってこれた時にはもう12時は回っていた。戦闘でかいた汗を流すためにシャワーを済ませて、寝る前に少しくつろいでいこうとリビングのソファーに腰かける。

 

「悠、明日朱乃副部長がイッセーとデートするのは知っているな?」

 

いきなりゼノヴィアはそんな話を振ってきた。…あんなシリアスなやり取りが目の前であったのによく話しかけられるな。怒ってるわけではないが、相変わらずの彼女の肝の太さに驚いた。

 

「まあ、それは知ってるけど」

 

「ついさっき、部長から連絡が来た。明日のデートを追跡すると」

 

「えっ」

 

目の前でデートだと嬉しそうにしている朱乃さんを見て何もしないはずないと思っていたら案の定動いてきたな。

 

しかし追跡か…思い切ったことをするな。

 

「お前も明日、一緒に来い。二人のデートを見て勉強しようじゃないか」

 

「えっ、ちょ、何をべんきょ」

 

「意見は求めん、今日は遅いからさっさと寝よう。おやすみ」

 

それだけ言い残すと浮足立った足取りで、自室のある二階へと上がっていった。

 

「えっ…うそん」

 

唐突過ぎる展開に困惑したまま置いてけぼりにされた俺はしばし、その場に座ったままになった。

 

俺がどれだけ悩みを抱えていようと、あいつのゴーイングマイウェイな所は通常運転だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここはアースガルズ、北欧神話に語られる神々の世界。燦々と輝く太陽の光が降り注ぎ、数ある神の中でも特に位の高い神々が集まる領域、その一角に構えられた神殿で昏い表情で頭を抱える男がいた。

 

「オーディンめ…何故わからんのだ」

 

その男の名はロキ。北欧神話で悪神、トリックスターとして名高い神だ。

 

彼は今、己が神話の未来を深く憂いていた。三大勢力の和平を機に変わりゆく世界、そして己が神話でも始まるだろう変化の行く末を。

 

「……」

 

憂慮の最中、彼の座する間にかつかつと靴音が響いた。

 

現れたのは新緑の長髪を伸ばす女だった。ビシッと輝く鎧で身を固める彼女の表情も、鎧と同じくらいに硬い物だ。

 

「ジークルーネか」

 

ロキは暗い声で彼女の名を呼ぶ。

 

戦乙女の一族、ジークルーネ。彼女の家はヴァルキリーでも珍しくロキ直属の配下であった。彼女の家のヴァルキリーはこれまで幾度となくロキを支えてきた。

 

「オーディンが日本の駒王町へ向かった、日本神話の神々と和議を行うつもりだ。私は何度も止めたが…私の話に耳を貸さなかった」

 

堕天使、悪魔、天使の三大勢力が和平を結んだ。それ以来、各神話も和平に向けての動きが活発になりつつあった。その流れのきっかけになったのは和平だけでなく、世界最強のドラゴン、オーフィスを首魁とする『禍の団』が水面下での活動から表舞台に躍り出て脅威となったのもあるが。

 

ロキ達北欧神話も、和平の流れに乗ろうとする神話の一つだった。今まで他神話との交流を閉ざしていたオーディンも、変わりゆく世界を見て重い腰を上げたのだ。それにロキはいい思いをしなかった。

 

「これでは我らが迎えるべき黄昏が…未来が失われてしまう。残されたエインヘリヤルたちにどう顔向けすればいい?また我らは聖書陣営に与えられた屈辱の過去を繰り返すのか?」

 

彼ら北欧神話は、やがて来る『神々の黄昏』のために武に秀でた勇者や勇敢な戦士を集めてきた。ヴァルハラ神殿に集められた戦士たちは日々、殺し合い武を競い高め合う。たとえ死んでも生き返る彼らはエインヘリヤルと呼ばれている。

 

和平が進めば大きな戦が起こらなくなってしまう。人間の王たちを騙して戦争を起こしてまで集め、戦死こそ最高の誉れと信じるエインヘリヤルたちはどうすればいい?彼らの戦にかける思いはどうすればいい?

 

またロキが抱えるのは憂慮だけではなかった。それは和平に向けた動きの中心となっている三大勢力への恨みだ。

 

かつて聖書陣営、キリスト教は帝国に迫害されながらもその勢力を拡大し、その中で布教された国や地域に元々根付いていた多くの神話は信仰を奪われ、衰退の一路を辿った。信仰は神にとって己が力や影響力を示す最も重要なものであり、今でもそのことで聖書陣営に恨みを抱く神は少なくない。事実、ロキもその一人だ。

 

「……」

 

ジークルーネは彼の嘆きを黙って聞いた。彼との付き合いが長い彼女には傲慢で気まぐれな面が多々あれど、主神たるオーディンに負けず劣らずこの神話の未来を思っている彼の思いが痛いほどわかっていた。

 

「お前はもちろん、お前の一族には随分世話になった。私がヤケを起こしてしでかす前に、早くオーディンの下に下るといい」

 

その声に宿る諦観と決意も、彼女は感じ取っていた。そして彼女は、閉ざしていた口を開く。

 

「…ロキ様は、彼らのもたらす我らの破滅を変える力をお望みですか?」

 

「…お前も私の話を無視するか」

 

「我らが北欧神話に輝きを取り戻すための力を望みますか?」

 

ジークルーネは念を押すように、再び語り掛ける。ロキはうんざり気に答えた。

 

「…ああそうだな、和平派はオーディンだけではない、トールもいる。数的にも私とフェンリルたちだけでは太刀打ちできまい」

 

北欧神話の和平派だけではない、三大勢力も和平派に味方するだろう。ある意味、念願の『神々の黄昏』に近いことになるが自分たちがやられては意味がない。自分亡き後に改革を進め、他神話との交流を活発にするであろうオーディンの思い通りになるのは癪だ。

 

その答えに満足げに彼女は薄い三日月状の笑みを浮かべた。

 

「そう思って、これをお持ちしました」

 

魔方陣から彼女が取り出したのは、古ぼけた小さな木箱だった。

 

それを手のひらに乗せ、ロキに跪いて差し出す。怪訝な顔をして彼はそれを受け取るとゆっくりと木箱の蓋を開け、その中に隠されたモノを表に出した。

 

「これは…ユグドラシルの…種?」

 

ロキが目にしたのは、小さな手のひらサイズの植物の種だった。一見どこにでもあるような植物の種を大きくしただけのものに見えるが、ロキにはそれが秘める凄まじい力をしかと感じ取っていた。

 

北欧神話世界の中心となる世界樹ユグドラシル。北欧神話に属する者なら誰もが知っている叡智と神秘の決勝だ。

 

「オーディン様に叡智を授けたとされるユグドラシル、我らが対抗するにはやはりこの力が必要だと思いませんか?」

 

「…どこで手に入れた」

 

「ユグドラシルの研究班が偶然発見した物をツテを使って入手しました」

 

嘘だ。ロキにはすぐ彼女が嘘を吐いたとわかった。悪神、トリックスターと呼ばれ他者に散々嘘をついてきた彼が他者の嘘を見抜けないはずがない。だが今の彼は、すっかり彼女が差し出したものに興味を奪われていた。

 

「我々はこの神話世界の根幹に手を伸ばそうとしています。禁忌と言ってもいいでしょう。しかし、オーディン様がユグドラシルの情報を他神話との取引材料に使うのなら、北欧神話のために立ち上がろうとする我々が使っても許されると思いませんか?」

 

「…なるほどな、確かにそうだ。だがこれをどう使えば…」

 

「簡単です」

 

彼女はそっと面を上げた。彼女の綺麗な顔に浮かんだ微笑みは戦乙女と呼ばれるヴァルキリーらしからぬ妖艶で底知れぬモノに歪んでいた。

 

「その身に取り込めばいいのですよ。直接取り込めばよりダイレクトにユグドラシルの叡智を、力を行使、パワーアップできます。オーディン様も成し得なかったことをロキ様が今成すのです」

 

悪神と、その陰で戦乙女の陰謀が動き出す。

 




隠し続けてきたからこそ、かえって言えなくなってしまったといったところでしょうか。まあ悠の転生関連の話がこれだけで終わるはずがなく…。

北欧神話も不安よな。ロキ、動きます。種に関しては追々。

次回、「デート・チェイサーズ」


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第70話 「デート・チェイサーズ」

久しぶりにあのキャラが登場。ヴァンパイア編以来の登場です。

それから前話の前書きで話した設定変更はヴァンパイア編の最終回とヘルキャット編の外伝でした。すみませんでした。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
5.ビリーザキッド
7.ゴエモン
9. リョウマ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
13.フーディーニ



「揃ったわね」

 

来るべくして来た次の日の休日。朱乃さんを除く部長さん達兵藤ラバーズと木場、そしてギャスパー君が家に荷物を持って押しかけて来た。

 

デートに行った二人とアザゼル先生を除くオカ研メンバーが一堂に会し、リビングの木造の優しい色合いをしたテーブルを囲む。

 

「変装はばっちり…ちょっと、あなたたち変装はどうしたの?」

 

集まった面々を見渡す部長さんが突っ込んだのは俺と木場だった。集まった女性陣は持ち込んだサングラスや奇抜な被り物などをしている中で、俺達だけ普通の私服を着ただけだからだ。

 

「僕は近々ショーで変装と言うか衣装を着るので十分です」

 

「俺はいつも変身して衣装みたいなの着てるので十分です」

 

昨日だって変身したよ?パーカーゴースト着るのは当たり前だもんな?パーカーだから衣装だよな?

 

木場は近々冥界で行われるおっぱいドラゴンのサイン会に出るらしい。何でも、木場はおっぱいドラゴンの敵役なんだとか。そしておまけにイケメンフェイスも相まって女性の人気が高い。学園でも冥界でも女性に人気だな、木場って。

 

「あなたたち…まあいいわ」

 

断る俺達に何か言いたげだったが喉まで出かけた言葉を押し込んだ。

 

「ゼノヴィア先輩、例のモノ持ってきました」

 

「ありがとう、小猫。勉強させてもらうよ」

 

余所では塔城さんが大きめの紙袋のゼノヴィアに渡していた。袋に浮き出た形から察するに本か?あいつが読む本か、一体どんな…?

 

「そういえば、あなた色々な能力が使えるわよね。何か使えそうな能力とかあるかしら?」

 

「えっと、銃を増やす、空間を切り裂く、鎖、高速移動、早撃ち…特にないですね。まあせいぜいガジェットが使えるくらいです。ていうか実力行使するつもりですか…?」

 

「場合によっては、それも辞さないわ」

 

マジですか。おかわいそうに…いざとなったら、俺がお前の墓を作ってやるからな、兵藤。

 

「イッセー先輩の取り合いでバチバチするのは日常茶飯事です」

 

「そうですね。昨日も確か、ぼうちゅうじゅつ?の話で小猫ちゃんと…」

 

「あ、アーシア先輩、その話はやめてください…!」

 

アーシアさんが何やら昨夜に起こったという出来事を話そうとすると顔を赤くして塔城さんが制止に入った。

 

ぼうちゅうじゅつ…なんだろう、虫よけの技で防虫術か?

 

それにしてもあいつ、常日頃から取り合いに巻き込まれてるんだな。しかも取り合っている本人たち全員が同じ家に住んでいるってことはあいつが取り合いから離れて心安らげる場はもうどこにも…。

 

そう考えると、なんだかあいつが少し不憫に思えてきた。今度、何か奢ってやろうか。

 

「さて、準備は整ったわね?今イッセーと朱乃は駅前のファムリーマートに向かったわ」

 

机を軽くたたいて凛々しく声を放ち、皆の視線を一身に浴びるのは部長さんだ。

 

「って、何でそんなこと知ってるんですか」

 

「家を出る前、イッセーの部屋の前で一生懸命聞き耳を立てたのよ」

 

「ええ…」

 

あいつのプライバシーは何処へ。

 

「追跡は簡単、二人の跡をつけてよからぬことをしないか見張るだけよ。基本的には無干渉、でも朱乃のことだからきっと最後には…」

 

その先の言葉はあえて飲み込んで、凛然と作戦の開始を告げる。

 

「さあ、行くわよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日の私、変?」

 

「そ、そんなことないです!可愛いです、最高です、最高!」

 

夏の暑さも鳴りを潜め始め、徐々に木の葉が赤く色づき始める町の景色。駅前のコンビニの外で早速カップルらしいやり取りをするのは兵藤、そして朱乃さんだ。

 

兵藤は今回のデートに備えて気合を入れたようで、普段ファッションには疎いながらも長袖長ズボンを見栄えよくしっかり着こなしていた。度重なる戦闘で初めて会った時と比べてがっしりとしたものになったスタイルも相まってどこか男らしくカッコよく見える。

 

一方朱乃さんはオカ研メンバーの副部長として年上らしく落ち着きのある服装かと思いきや、ピンクと赤のワンピースといったお姉さまらしさではなく可愛らしさを押し出した感じだ。

 

「本当?じゃあ、今日はイッセーって呼んでいい?」

 

「ど、どうぞ…!」

 

見てるだけでも甘酸っぱくなるような光景を俺達追跡組はコンビニの陰から窺う。俺達追跡組の中でひときわ目立つ格好をしているのは虎のプロレスラーのような被り物をした塔城さんと、視界確保のために二つ穴を開けたがためにホラー映画のような雰囲気に仕上がったギャスパー君の二人だ。

 

追跡というのはバレないから追跡だというのにこの1年の二人は…それだけ、ノリノリということか。

 

「…いやガチじゃん」

 

しかしこの二人、どこからどう見てもカップルにしか見えないぞ。…ちょっと羨ましいような。

 

「「「……」」」

 

兵藤ラバーズはその様子を息を殺してじっと見る。若干ピリピリするようなオーラは隠しきれてないが。

 

「行きましょう!」

 

「ええ」

 

そんな視線を知ってか知らずか心の底からの笑顔で答え、朱乃さんは好意を示すように兵藤に身を寄せデートを始めた。

 

それと同時に、俺達の追跡も始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二人が町に繰り出して最初に訪れた場所はブランド物の服を取り扱うショップだ。

 

色とりどりで、値段もちょっと張る分上等なコート、ズボンなどがずらりと並ぶ店内で二人は興味をひかれた服を手に取る朱乃さんと兵藤は談笑する。

 

その様子を何食わぬ様子で距離を取りつつ店内を歩きながら目をやる俺達追跡組はと言うと…。

 

「…こんなこと言ったら部長に怒られますけど、だんだん二人がお似合いに見えてきます」

 

「うん、俺もそう思った」

 

「この服気に行ったわ」

 

「アーシア先輩、こういう服が似合いそうですよ」

 

「わ、私に合うでしょうか…」

 

参加するからにはしっかりやることはやろうとする男子組、一方女性陣は早速追跡をすっぽかして店内に並ぶ服を見て購入意欲を掻き立てられ、手に取っては試していた。

 

まあ確かに、こういう所はオシャレに気を使う人間はどうしても気になるものだが…言い出しっぺのあんたがほったらかしてどうする。あんたがこの追跡組と言う急ごしらえの船の操舵手なんだぞ、しっかりしないとすぐにこの船は遭難して……。

 

「なるほど、こういう時はああいう……」

 

しかしそんな中でただ一人、ゼノヴィアだけは二人の行動をしっかり見て聞き耳を立てて何か熱心にメモを取っていた。

 

勉強ってそういうことかい!!というか人のデートを追跡しながら熱心にメモ取って勉強する奴がいるか!言い出しっぺよりお前の方がやる気あんのかーい!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

舞台を移して、水族館では…。

 

「お魚さんがこんなにたくさん…初めて見ました…!」

 

「私もだ。見ろアーシア、あれはジンベエザメだ!コバンザメも引っ付いているぞ!」

 

「クリオネ、流氷の天使よ!」

 

「ネットでよく見るんですけど、実際に見るとメンダコって本当にかわいいですねぇ」

 

「冥界には海がないから、凶悪な魔物はいてもサメやクジラみたいな生き物はいないの」

 

皆、半分追跡を忘れて普通に楽しんでいた。特にゼノヴィアとアーシアは水槽を悠々と泳ぐ生き物たちを見て目を輝かせていた。アーシアとゼノヴィアは過去の境遇的にこういう所に行くのが初めてだというメンバーだろう。

 

水族館という普段行かないような場所なので俺も存分に楽しませてもらった。ちなみに俺のお気に入りはテッポウウオ、アーチャーフィッシュだ。まず名前がカッコいいし、あの口から水を撃ちだして虫を落として食べるという独特な生態はゼノヴィアも大いに興味を持ったようだ。まあうちのアーチャーといえるロビンフッドは今手元にないのだが。

 

追跡もしつつ水族館を楽しみ、お土産を袋に引っ提げながら水族館から出た頃、木場が俺がずっと思っていたことを見事に代弁してくれた。

 

「もう普通に僕たちだけで遊んだ方がいいんじゃ…」

 

「右に同じ」

 

だって普通に楽しんでたじゃないか。ブランドショップに行ったときだって何だかんだで女性陣は皆服を買っていったし。もういいだろ…?俺達は俺達で好きにして、あの二人も好きにさせる。それでウィンウィンじゃないか。

 

「ダメよ、朱乃がイッセーに変なことしないか見張っておかないと」

 

「不純異性交遊はダメです」

 

「私、二人のデートを見て色々勉強してみたいんです」

 

「アーシアと同じだ」

 

「私も年頃の女の子のデートがどんなものか見たいわ!」

 

しかし皆の意見は厳しく、次々に俺達の意見に否を突き付けた。

 

「5対2で提言は却下されました、畜生!」

 

皆乗り気か!というかさっきまで水族館とか買い物楽しんでたあんた達が言うな!人のデートくらい好きにさせてやれよ!…でも、こんなこと言ってるから女心が分からないとか言われるんだろうなぁ。

 

「……」

 

木場も俺の肩を叩いてもうあきらめた方がいいよと言いたそうな目をしていた。…もう、俺も諦めるか。人間時には諦めが肝心だ。

 

「は…鼻がむずむ…」

 

そんなやり取りを繰り広げている中、ギャスパー君が不穏な動きを見せていた。むずかゆそうな表情をぴくつかせ…。

 

「くしょん!!」

 

可愛らしく大きなくしゃみを放った。周りにもはっきり聞こえる声量、水族館を後にする兵藤と朱乃さんも当然、何事かとこっちを振り向いた。

 

「「あっ」」

 

その瞬間、確かに目と目が合った。一瞬の沈黙、最初に動いたのは朱乃さんだった。

 

ふっと悪戯っぽい笑みを浮かべると一目散に背を向けて走りだし、一瞬遅れて兵藤もそれにばたばたとついていく。

 

「ま、待ちなさい!」

 

逃げる二人を一足早く正気に戻った部長さんは慌てて追いかける。それに俺達も後に続いた。

 

 

 

 

 

 

 

それから10分後。入り組んだ住宅街の中にある公園で俺達は立ち尽くしていた。

 

「完全に逃したわね」

 

ため息交じりに部長さんは汗をかいた額を拭う。

 

あの後水族館から必死に追いかけ、兵藤たちはうまいこと人ごみの中に混じって姿を消した。それでもどうにか人ごみを抜けてすでに遠くに逃げゆく二人の姿を捉えて追って来たが、追った先のこの住宅街の地形を利用されたことで二人の逃走成功は決定的なものになってしまった。

 

どこを見渡しても二人の姿はない。追跡は完全に失敗だ。

 

「ゼノヴィアさん、どこに行ったんでしょうか…」

 

「いつもの彼女らしいと言えばそうだけど……」

 

おまけに俺達の中で、ゼノヴィアだけは気持ちが入り過ぎて俺達を置いて一人だけで探しに行こうと突っ走り、はぐれてしまった。

 

何ともあいつらしいというか…世話を焼かせてくれる。

 

「あいつどこに行ったんだ…そうだ」

 

妙案を思いついてすぐ鞄からコブラケータイとバットクロックたちガジェットを取り出して放ると、空中でガシャガシャと音を立てながら素早くアニマルモードへと変形する。

 

「お前ら、ゼノヴィアと兵藤たちを探してくれるか」

 

こくこくと頷くバットクロックは空へと羽ばたき、コブラケータイは近くの草木にするりと這うとそのまま姿を消した。

 

彼らが3人を発見すれば、俺のスマホにインストールされたアプリを通じて連絡が行くようになっている。後はそのまま連絡を待つだけでもいい。

 

「彼女を発見次第、合流しましょう…ちょうどいいタイミングね」

 

被っていた帽子を手に取る部長さんは不意に意味深な言葉を口にした。タイミング?何の話だ?

 

「図らずも場が整ったわね、ずばり訊くわ」

 

「?」

 

その瞳は真剣な光を宿し、がっちりと俺を捉えている。

 

「紀伊国君、ぶっちゃけゼノヴィアのことどう思う?」

 

「ん”!?」

 

そして放たれた、まさかこの場で聞かれるとはつゆにも思わなかった予想外度120%の質問に、思わず心臓が跳ね上がるほどにびっくりした。

 

「ちょ…いきなりそんな……」

 

なんでそんなこと訊くの!?もしかして俺とゼノヴィアが同居人を踏み込んだ関係に行っていると思っているのか!?あいつの夢が夢だからそう思われても仕方ないかもしれないが…。

 

「どうなんですか、紀伊国さん!」

 

「げろった方が楽になるのでは」

 

「僕も気になるかな」

 

「僕も…」

 

俺を囲う皆も真剣な表情で答えを追求する。常識人の木場も今回ばかりは助けてくれない。桐生さんにも時々聞かれるが、そんなに俺とゼノヴィアの仲が気になるか…?

 

「もちろん、恋愛的な意味で」

 

言い出しっぺの部長さんは言わずもがなと言わんばかりの言葉を目を細めて付け加える。

 

「あ…おお……ううぉ」

 

一斉に問い詰められ、雰囲気に押される俺は言葉に詰まる。

 

何度も何度も、学校でもこんなところでも皆揃って聞いてきやがって…!だが逆に、今までの積み重ねが相まって俺をとうとうやけ気味にさせた。

 

そんなに気になるというなら…みんなが一番喜ぶ、俺の本心を教えてやろうじゃあないか。

 

心の準備を済ませるために一度大きく息を吐いてから、大胆にカミングアウトする。

 

「まあ…ぶっちゃけると、好きですよ」

 

「!!」

 

これに関しては別に隠す必要もないし、以前紫藤さんにも問い質された答えをはっきり言うことにした。俺の返答を待っていた女性陣が目に見えて分かりやすく「おお!」と反応する。

 

「アホっぽいところも愛嬌と言うか…世話の焼ける奴ですけど、やっぱりあいつと暮らすうちに…俺、あいつに救われたんだなって、好きなんだなって」

 

料理はほぼできないし、今のように一人で突っ走って何かと俺を困らせるあいつだが一人暮らしをしていた時期もあって、あいつと共に家で過ごす時間が一層凄く楽しく感じる。今にして思えば、一人暮らしで家に帰ってからは一人で寂しかった俺の第二の人生は、彼女が家に来てから大きく色づいて変わった。

 

俗世から離れた生活を送って来た彼女が初めてのモノに触れるたびに見せる新鮮で、好奇心に満ちた楽しそうな表情と笑顔には何度もドキッとさせられてきた。彼女は俺に何度も救われたというが、それはこっちだって同じだ。

 

理由はそれだけではない。言わずもがな、何度もあのスタイルのいい体で誘惑してくるあいつに気を抱かないわけがない。最近はどういう理由があるかは知らないが、それも減ってきた。とはいえ恋人ではない同居人の異性の裸体を何度も拝んでいるのはどうかと思うけど。

 

「これはもう、カップル成立なのでは?」

 

「青春過ぎてドキドキが止まらないわ…!」

 

「ギャルゲーじゃない、これがリアルの恋愛ですか…」

 

ギャスパー君、ゲームとかパソコンいじってばかりの人種だからそうなんじゃないかと思っていたけどやっぱりギャルゲーやってたんだな。

 

「紀伊国君、彼女にアタックしてみたら!?きっとゼノヴィアも喜ぶわ!!」

 

俺の話に一層目をキラキラさせる紫藤さんは昂る喜びのままに思い切った提案をする。

 

告白か。高校生らしい、いかにも青春といったイベントだ。

 

「…でも、俺は……」

 

俺が彼女にこの思いを告白することはできない。いや、してはいけない。

 

「どうしたの?」

 

「俺は…」

 

何せ俺は、あんなに信じてくれる彼女に秘密を作っている嘘つきだから。俺はあんなにも自分を頼ってくれと、心配してくれる彼女の気持ちを蔑ろにして己を偽り、過去も裏のことも隠し続けた裏切り者だ。

 

もちろん、告白なんてしてしまえば彼女との関係、今の同居人としての楽しい毎日が変わってしまうのではという恐怖もある。だが何よりそんな大事なことを隠している嘘つきが、自分を偽っている奴が、彼女とこれ以上の関係を望もうなどあってはならない。

 

自分が抱える嘘が、嘘を吐いたという事実が彼女を傷つけてしまうかもしれないから。

 

抱える暗い思いがさらに言葉を詰まらせたその時、恋バナで盛り上がりかけた雰囲気を切り裂くように携帯の着信音が鳴りだす。少なくとも俺のではない。

 

「私ね」

 

自分から名乗り出て、おもむろに部長さんがバッグから携帯を取り出した。

 

「アザゼルからだわ」

 

携帯の画面に表示された相手を確認して、通話に出る。

 

「何よアザゼル、今いいところだったのに…」

 

通話して早々、通話越しのアザゼル先生に不機嫌気味な言葉を浴びせた。しかし幾つかのやり取りをしていくうちに、部長さんの表情が次第に年頃の普通の女の子のものから、真面目なグレモリーの次期当主としてのものに変わっていく。

 

「わかったわ、すぐ行く」

 

そして最後は手短に返して、電話を切った。もしかして異形絡みで何かあったのか?例えば、また英雄派の連中が来たとか。

 

「どうかしたんですか?」

 

「二人を追ってる場合じゃなくなったわ」

 

さっきまで二人の追跡を楽しんでいたのが打って変わって真面目な表情に切り替わった部長さんが告げる。

 

「至急イッセーの家に集まるわよ。北欧神話のオーディン様が、来日されたわ」

 

揺れる俺の気持ちなどお構いなしに、世界がまた動こうとしていた。

 

 

 

 

 

 ▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

 

 

人間界の澄み渡るような青空とは対照的に歪な紫色が広がる天空。そこで相対していたのは二人の男だった。

 

「いやはやー、たった一人で俺をここまで追いかけてくるなんて俺ってすっげえ人気者だねぇ!愛されてるねぇ!」

 

片やサーゼクス達魔王が纏うローブと同じデザインのローブに身を包み、挑発的な表情を浮かべる銀髪の男。

その背に広がる12枚の黒き翼が証明するのは、その男が悪魔の中でも最上級を越える魔王クラスであることだ。

 

「黙れ。今、ここでお前を倒せば世界は救われる」

 

そんな彼とにらみ合うのは特徴的な灰桜色の髪をなびかせ、神々しい鎧を纏う男。背に展開しているのは12枚の金色の翼。それは彼が最上級の天使、熾天使である証左だ。

 

にらみ合い、一歩も引かない両者。二人からにじみ出るオーラが両者の間で激しくぶつかり合い火花を咲かせる。半端者ではその場に居合わせるだけで失神すること間違いなしだ。

 

「救世主気取りかな?救世主と戦うルシファーの血を舐めないでほしいんだよねェ!!」

 

「気取りで結構、世界を守れるのならその程度の誹りは甘んじて受けようッ!!」

 

聖の極みと魔の極みの激突。悪魔と天使、両陣営トップクラスの実力者がぶつかり、天空を激しい光と暗雷が荒れ狂った。

 

 

 

 

 

 

 

 

カッと目を潰すような光が弾けた後、彼が襲われたのはぐいんと何かに引っ張られるように景色も何もかもが遠のく感覚。

 

 

 

 

 

 

 

やがて純白のベッドで横たわる彼は意識の浮上と共に目を覚ます。彼の者の名は四大セラフが一人、ウリエル。

 

「…夢、いや『超既視感』か」

 

天井を眠気の残る目で眺めながら、さっきまで見ていた夢の内容を反芻する。

 

彼の持つ能力の一つ、『超既視感』は未来に起こる出来事を夢に見ることができる。熾天使と、彼の御使いのみが知る極秘事項に指定される、所謂予知夢だ。

 

ディオドラ・アスタロトのテロも彼がそれを予知夢に見たことがアザゼルの作戦の決行と、各勢力のVIP達の参加を後押ししたのだ。

 

柔らかなベッドから身を起こして立ち上がると、耳元に通信魔方陣が展開する。

 

『おはよう、妾じゃ』

 

通信魔方陣から耳を打つ声の主は彼が熾天使としての務めを果たす裏で協力している組織、レジスタンスのリーダーポラリスだ。

 

寝起きもあって彼は気だるげに返事を寄こす。

 

「ああ、おはよう。しばらく連絡を寄こさないと思えば…何用だ」

 

『すまんの、最近は特に開発で忙しくて手が離せんじゃった』

 

「ふっ、忙しいのはお互い様か。こちらは和平交渉はミカエル様とガブリエル様に任せつつ、『禍の団』対策で働き詰めだ」

 

天使、悪魔、堕天使の三大勢力は和平を結んで以来、異形界に生まれた融和の流れの中心として様々な勢力と交渉を始めた。天界は天使たちのリーダーたるミカエルとガブリエル、時にラファエルが積極的に様々な勢力に働きかけてきた。

 

四大天使の中でもウリエルは彼らと違い各地で勃発する『禍の団』対策や戦士の育成に尽力していた。そしてその裏で、レジスタンスに様々な情報を提供しラファエル共々彼女を大きく支えている。

 

『ご苦労じゃの、それはさておき大事な話がある』

 

一拍置いて、彼女が告げる。

 

『既に『創造』がこの世界に来ている、叶えし者たちを集めて暗躍しておるようじゃ』

 

「何だと…!?それは本当か!?」

 

もたらされた情報に彼は心底衝撃を受けた。

 

『ディオドラ・アスタロトのテロの映像を見て確信した。詳しいことはわからぬが、今は紀伊国悠…妹、深海凛を名乗っておるようじゃ。悠と同じ、眼魂のシステムを使っておる』

 

最初に出現した時はただ力のある叶えし者、パーティー会場に出現した人形から『創造』の眷属かと思っていた。しかしアスタロト戦で見せた一叶えし者にしては異常なオーラと、最後に見せたあの文字が彼女に眷属ではなく、『創造』そのものだと確信させた。

 

その時彼女は大いに焦ったものだった。そして同時に最大のチャンスだとも思った。ここまで弱体化した今なら、奴を倒せるのではないかと。急いでNOAHをゲーム用のフィールドが存在する空間に飛ばしたが時すでに遅し、すでに姿を消していた。

 

その時、白龍皇ヴァーリに船の存在について気付かれてしまったことまでは認知していないが。

 

何故奴が紀伊国悠の妹の姿を取り、仮面ライダーの力を持っているかまではわからない。だが最悪、紀伊国悠に彼女を…。

 

「下級、中級ならまだしも上級が…」

 

『幸い、力はかなり落ちておるようじゃ。まだ『神域』との接続がなされておらんせいじゃろうな、本領発揮には程遠い力じゃった。そうでなければ、アスタロト戦でグレモリー眷属は全滅しておったな』

 

もし本領を発揮すれば神クラスの力を見せる奴が本来の力を使えていないのは本当に幸いだった。だからこそ、彼女は今が討つチャンスだと思ったのだ。

 

『ただの叶えし者かと思えば、とんだイレギュラーが起こったものじゃ。最悪、30年も待たずに『神域』からの侵攻が始まるやもしれぬ』

 

「まだ『禍の団』との戦いが続いている中で、それだけは何としても避けなければならないな…」

 

次々と魔方陣の通信でもたらされる重大かつ衝撃的な情報の数々に形のいい眉を顰める。

 

『そうじゃ、これは想定もしなかった最悪のイレギュラーといってもいい。よって我々は今後の活動について話し合わなければならない。近々協力者たちを招集するつもりじゃ』

 

「わかった、ラファエルにはこちらから伝えておこう」

 

『頼んだぞ。今後、イレギュラーの多発が大いに予想される。近日起こるロキの件もイレギュラーが起こる可能性は高い。場合によってはおぬしに直接対処してもらうことになる』

 

「…そちらも引き受けよう。まだ君が表舞台に立つ時ではないからな。例のシステムもまだ完成してないのだろう?」

 

『うむ、こちらもまだ準備が整ってないのでな。小さなイレギュラーは悠で対処できるのじゃが…。システムも最悪の展開を見越し、予定を大きく前倒して急ピッチで開発に取り掛かっておる。あと一か月か3週間はあれば試作型ができそうじゃが…ロキにはまず間に合わんじゃろうな」

 

警戒する存在、計画したタイミング、そして何より彼女の得てきたすべてを十全に発揮するシステムの開発など様々な理由でレジスタンスは世界との接触を控えてきた。

 

そんな彼女たちが世界を動かす地位にあるウリエルとラファエルと関係を持つことになったのは、彼女が二人のある秘密を突き止めたからだ。そこから目的が一致することを知った彼らは手を取り合うことになった。

 

「なら、表向きに大きなイレギュラーが起これば我々協力者たちで対処しよう。二つのシステムは計画の完遂に必要不可欠だ、君はシステムの完成に尽力してくれ」

 

『言われずともわかっておるわい。こっちは10日間は寝ずに作業中じゃ。おぬしが羨ましいのう、寝るだけで一の役に立てるとは』

 

10日間にわたる作業の疲れからか、通信の向こうで深々と息を吐く彼女は皮肉たっぷりに返してしまう。現実時間では10日だが、NOAHに搭載された時間加速機能も使っているため実際の作業量は数100倍にも上る。

 

特殊な体を持つ彼女でなければ、ブラック企業も真っ青を通り越して真っ黒の労働時間なぞ到底耐えきれるものではないだろう。

 

「…『超既視感』も万能ではないし、私も良い未来を見れるわけではないのだが」

 

超既視感は未来を夢見る能力。しかしその未来は必ずしもいいモノだとは限らないし、夢見たとおりになるとも限らない。悲惨な戦争が起こる未来を見ることもあれば、身近な人の死を夢見る。時に精神的負担を強いる能力でもあるのだ。

 

『冗談じゃよ。召集のタイミングとしてはロキ戦の2日後を予定しておる。詳細は追って連絡する』

 

「わかった」

 

ウリエルの返事の後、通信は切れる。

 

「…奴らの思い通りになど、させるものか」

 

誰の耳にも届かなかったウリエルの言葉には、絶対の決意が秘められていた。




悠「ところでイレブンさんはぼうちゅうじゅつって何か知ってます?」

11「そ、その言葉を一体どこで…!!?」

悠「…もしかして、何かまずいワードでした?」

11「わ、私に質問しないでください…」


ゼノヴィアが仕掛けてこなくなった理由は子作りよりも心配とその他の感情が勝ったからですね。

レジスタンスの正式メンバーは現時点で3人ですが、表で名のある協力者たちが別にいるといった感じです。その協力者たちを今章でお披露目します。

次回、「オーディン護衛任務」


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第71話 「オーディン護衛任務」

今週からZ/Xのアニメが始まるようです。ポラリスや綾瀬も出るようなので楽しみですね。自分は見れないんですけど。

それとZ/Xのゲームアプリ配信も始まったみたいですね。そっちならできるんですけど。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
5.ビリーザキッド
7.ゴエモン
9. リョウマ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
13.フーディーニ



遊び半分だった尾行はアザゼル先生からの連絡によって終わり、俺達オカ研メンバーは兵藤宅の最上階にあるVIPルームに集められた。はぐれたゼノヴィアやデートに入り浸っていた兵藤と朱乃さんがオーディン様を連れてきて、今に至る。

 

突然の来訪にやはり皆緊張を隠せない。特に朱乃さんはいつものにこやかな笑顔も失せている…というより不機嫌気味だ。折角の楽しいデートを中断してきたのだからそれも仕方ない。

 

皆の表情に張り詰めたものがあるが俺と紫藤さんは初対面ではないしあのスケベな一面を見せられたので緊張しようにもできそうにない。…あのノリ、普通にアザゼル先生と仲良さそうだ。

 

「……」

 

この部屋に集まったのは俺達やオーディン様だけではない。オーディン様と初めて会った時にもいたロスヴァイセさんと初めて見る筋肉質な偉丈夫の男、そしてフリフリの可愛らしい衣装を着たいかにも緩そうな雰囲気の金髪の少女もこの場に居合わせている。

 

初対面ではあるがあの大きな男の人は知っている、修行の時の勉強会で知った顔だからな。しかし、何故オーディン様がこの町に?

 

そんな疑問を抱く矢先、オーディン様がさっとこの部屋に集まった面々を見渡す。

 

「皆の面持ちが硬いようじゃのう。ほれ、ロスヴァイセ。挨拶ぐらいせい」

 

「は、はい…」

 

この流れからいきなり振られると思っていなかったのか、すこし驚き気味に動いた。

 

「ヴァルキリーのロスヴァイセと申します。日本に滞在する間はお世話になります。以後、お見知り置きを」

 

スーツを着こなし、背筋も綺麗に伸ばしてオーディン様のそばに控える立ち姿、それが初見の人に与えるだろうイメージに違わぬ礼節を以て、ロスヴァイセさんは初めて会う兵藤たちに丁寧に挨拶をした。

 

「彼氏いない歴=年齢のヴァルキリーじゃな」

 

「そ、そんなこと関係ないじゃないですか!!私だって好きで彼氏できないわけじゃないんですからねっ!!?私だって彼氏作ってえっちなことしたいですよォ!!」

 

しかし兵藤たちに与えただろう丁寧な印象はオーディン様の茶々によって容易く崩されてしまった。よほど彼氏がいないことを気にしているのか、即落ち二コマばりの速さで冷静な振る舞いを崩して狼狽えに狼狽える。

 

「あー……」

 

だがそのおかげで、緊張していた皆の表情が少しは緩くなった気がする。狼狽えまくるロスヴァイセさんの様子に何とも言えない視線を送っている。さてはこれを狙って、ロスヴァイセさんをいじったな?

 

「まあ、大きな戦が起こらず英雄が集まらないから最近のヴァルキリー業界は縮小されていての。儂が目をかけるまでは職場の隅に居ったのじゃ。ところでお前さんとミカエルのAは久しぶりじゃの、活躍のほどは聞いておるぞい」

 

おお、俺か!?

 

「オーディン様にお褒めいただき光栄です」

 

「ありがとうございます…」

 

主神直々に褒められるなんてな…俺もこの短期間でそんな立場になったか。

 

「しかし、サーゼクスの妹の眷属は胸が大きい娘が多いのう。ロスヴァイセも中々じゃが、眼福じゃわい」

 

そしていきなりセクハラかい、女性陣の顔がもう若干引き始めてるぞ。さっき見せた主神の威厳はどこに行った!!

 

「オーディン様!魔王ルシファー様の妹にセクハラなんて…!」

 

ロスヴァイセさんも開始早々にエンジンを吹かすオーディン様を諫める。しかし当人は意に介す様子もない。

 

「堅いのう。そんなんじゃから彼氏の一つもできないんじゃ」

 

「ちょっ、それとこれとは話が別です!!」

 

自由奔放な上司と、それに振り回される部下。…後で最近の頭痛に備えて買った頭痛薬でも渡しておこうかな。頑張れと心の中でエールを送った。

 

「今日から一週間後、爺さんは日本の神々と会談をする。ミカエルやサーゼクス、そんで俺もそこに同席し、それまで俺達は爺さんの護衛をすることになっている」

 

北欧神話の主神と日本神話の神々の会談…これはまた和平会談に次ぐビッグイベントだ。今回の任務のスケールの大きさに俺達は息を呑んだ。

 

まだこの世界に来てから5か月ぐらいで一年も経っていないというのに、どうしてこう何度も歴史に残るようなイベントに関わることになるのだろうか。エクスカリバーを巡る事件、和平会談…いや、イベントだけではない。聖剣デュランダル、聖書の神の死によって生まれたイレギュラーである聖魔剣、赤龍帝。名だたる力が集まるこの町に、今度は神がやって来た。

 

これは果たして、力を呼ぶという龍の特性だけで説明がつくのだろうか。運命の導きというのか…何かそういうもっと特別なものが俺達に働いているように思えてならない。

 

「今回の件、爺さんの護衛としてグリゴリ側からはバラキエルが付くことになった。それと天界側からはウリエルのQが来ている」

 

「グリゴリ幹部のバラキエルだ、よろしく頼む」

 

「ウリエル様のQ、メリィ・エルティですー。よろしくお願いしますねー」

 

『雷光』とも呼ばれるグリゴリの幹部で、堕天使の中でもトップクラスの実力者だ。ウリエルのQは……初めて見る人だがQという御使いの中でも高位の札をもらったというだけあって相応の実力者であるに違いない。

 

「……」

 

それにしてもいつになく朱乃さんの表情が険しい。特にあのバラキエルさんを見る目はまるで親の仇でも見るかのようだ。何か二人には関係が…。

 

普段とは毛色の違う様子を見せる朱乃さんが気になる俺をよそに、先生が話を切り出す。

 

「しかし爺さん、予定より随分と早い来訪だが…何があった?」

 

「長いこと閉鎖的な環境だったもので、大きな変化をもたらす儂のやり方に声を大にして異議を唱える輩がおってな、向こうに動かれる前にこっちから動こうというわけじゃ」

 

「ちなみにそいつは誰だ?」

 

「ロキじゃ、反対の意を示してはいる者は他にもいるが特にあやつはその筆頭格での。奴の言い分はわかるのじゃが、いつまでも昔を引きずるわけにもいくまい」

 

オーディン様の深くしわの入った顔に憂慮の色が浮かんだ。

 

周りを振り回すスケベな一面もあるが主神としてちゃんと今後のことを考えてはいるようだ。

 

「ところで最近の禍の団じゃが、禁手使いを増やしておるようじゃの。あれは稀有な現象と聞いたが」

 

「!」

 

影使いたち英雄派と交戦したばかりの俺達にはタイムリーな話題。当然、二人の話への注目度も自然と上がる。

 

「ああ、その稀有な現象を恐ろしく簡単な方法で起こせるのさ。俺も一度は思いついたが周囲から大反対をくらうこと間違いなしかつ戦争まで一直線になるからやめたんだが…英雄派のバカがやりやがったみたいだ。ここでお前らにも話しておくか」

 

高級な黒ソファに背を預ける先生が俺達に顔を向ける。

 

「リアスの報告書通りさ。まずは世界中の神器使いを拉致、そして洗脳する。そんで強者が集う各勢力の拠点に送り込んで戦わせ、禁手に至ったら魔方陣で強制転移。これを繰り返すだけ、人道なんざ顧みないテロリストだからこそできた方法だな」

 

やはり部長さんの考えた通りか。確かにこれは神器研究の進んでいるグリゴリでもできない方法だ。そもそも拉致、洗脳の時点で人道的にアウトだし、余所の勢力の拠点に攻撃させるという点で一気に緊張状態に入る。

 

よくもまあこんな強引もいいところなことをやってくれたな、英雄派め。神器使いはまだ世界中に相当な数はいるだろうし、今後もやつらはこれを続けるだろう。早いところ、厄介な禁手使いが増える前に旧魔王派同様に叩いておきたいところだ。

 

「先生、俺もそれくらい酷い方法でしごかれたんですが!」

 

深刻な話の中、ビシッと挙手して発言する兵藤。

 

グレモリーの山に連行されて龍王と鬼ごっこしながら山の自然の中でサバイバルをしたんだっけか。いつ、どう聞いても俺達の中でこいつだけ修行期間中にやったトレーニングの内容が異様なんだが。

 

「お前は悪魔で人間より頑丈だからな。それにお前は神滅具持ちの貴重な戦力だ、早いうちに至っておかないと今後の戦いが危うくなる」

 

先生はそれに悪びれる様子もなく答える。

 

思い返せば先日のネクロム戦も兵藤の禁手がなければまず無理な戦いだった。あの戦いは禁手アリでもかなり厳しかったが、逆に言えば禁手がなければもっと無理な戦いになっていた。

 

「ふむ…神滅具使いも所属しておると聞く英雄派の行動。警戒せねばな」

 

「ま、硬い話もそのくらいにしてだ。爺さんはどこか行きたいところあるか?」

 

「風俗店に行ってみたいのう、おっぱいが見たいわい」

 

長い白髭をいじりながら、オーディン様は何でもないかのように低俗なことを言ってのける。

 

ハァ…この爺さんはまた…!

 

「はっはー!流石主神殿だ!最近俺のとこの若い娘がVIP用の店を開いたんだ。そこに招待してやるぜ、上玉揃いで俺のお墨付きだ!」

 

先生も先生でノリノリでオーディン様の要望を受け入れる。

 

先生も先生で何してんの?先生の歓迎会で出した性転換光線銃といい兵藤のドッペルゲンガーを300人増やした事件といいこの人の自由さには果てがないのか!?

 

「ほっほぉー、話が早くて助かるわい!揉み放題のコースとかはないかの!?」

 

「ふっふっふ……とっておきのシークレットサービスを用意してやるよ」

 

「おおおお!!年老いた身ながら燃えてきたわい!今すぐに行くぞ、アザゼル!」

 

アザゼル先生の話に顔を輝かせるオーディン様がバッと重い腰を上げて意気揚々と立ち上がる。

 

「オーディン様、私もついていきます!」

 

「ロスヴァイセは残っていい、アザゼルがおれば問題ないじゃろ。さあゆくぞ!」

 

「じゃあ行くか!でかいおっぱいをたくさん見せてやるよ!!」

 

この場にいる面々の中で立場的にトップの二人だけで勝手に盛り上がり、ギャハハと汚い笑い声をあげながら部屋を出ていった。

 

「「「「「「……ハァ」」」」」」

 

置いてけぼりにされた俺達。自由なトップに対する心中を表すように全員のため息が寸分違わず揃って盛大に吐かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから特にすることもなく、俺は兵藤宅をぶらついていた。特に何をするわけでもないのに、ひたすら広い兵藤宅を歩き続ける俺は泳がないと呼吸ができないサメか何かだろうか。

 

紫藤さんとゼノヴィア、そしてアーシアさんはウリエルのQ、メリイさんと色々お話し中だ。ゼノヴィアが教会時代に面識があったとのことで、今頃思い出話に花を咲かせている。ウリエルのQに選ばれただけあって女エクソシストの中では相当な実力者として名が知られていたとか。

 

あれから先生からの連絡もない。お楽しみの真っ最中と言ったところか。まあ先生の事だから本当に考えなしに外に出るとは思えないが…。

 

暇だから一階のキッチンにいる兵藤を誘ってマルコカートやるか。あいつゲーセンで遊んでいただけあってゲームは中々上手いからこっちの勝率悪いんだよなぁ。負けっぱなしも癪だからそろそろ勝ちたいな。

 

「父として、彼との逢引きは認めんぞ!!」

 

ようやく暇をつぶせる案を思いついた矢先、廊下の向こうから震えるような怒声が響いた。今この家にいる人たちの中であの男らしい声が出せるとしたらバラキエルさんか?一体誰と喧嘩している?それに父としてって…。

 

「そんなこと関係ないでしょう!?私から彼を取らないで!!もうあなたなんか、私の父親じゃないのよ!!」

 

怒声に次ぐ更なる怒声は、朱乃さんの声だった。いつになく激しい感情を剥き出しにして他人をなじる声色に俺は驚いた。

 

「父親…?バラキエルさんが朱乃さんの?」

 

朱乃さんは悪魔でありながら堕天使の翼を持ち、光の力を使える。さらには以前コカビエルが言っていたセリフ…

あのバラキエルさんが朱乃さんのお父さんなのか?

 

それにしても普段は温厚な朱乃さんのあの言いよう、何があったかは知らないがバラキエルさんは過去に相当な恨みを買っているに違いない。

 

そこからまた怒声が続くことはなく、廊下はいつも通りの静けさを取り戻した。

 

しばらくしてかつかつと足音が近づいてきた。やがてさっきまで喧嘩していたバラキエルさんと出くわした。

 

「…見苦しいところを見せてしまった。済まない」

 

俺の表情でさっきのやり取りを聞かれたと察したのだろう。低い声で短い言葉を残して、バラキエルさんは俺とすれ違い、歩みを進める。

 

「…バラキエルさんは、朱乃さんのお父さんなんですか?」

 

俺は恐る恐る、核心を突く質問をした。その質問にバラキエルさんの歩みが止まる。

 

「私が語ることは何もない。…いや、私には過去を語る資格も、彼女の父親である資格もないのだ」

 

しかし振り返ることも質問の明確な答えを示すことなく、バラキエルさんは向こうへと歩き去った。

 

廊下の向こうへと遠ざかり、消えゆく大きな背中は一言では言い表せないような感情を背負っているように思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「暇ァ……」

 

ここは都内の歓楽街。夜のとばりがおり、色とりどりのネオンライトが夜の町を照らし、仕事を終えて疲れた人達は光に群がる蛾のように大人たちの欲望が渦巻く店に足を運んでいく。

 

そんな店の待合室で、オーディン様護衛任務真っ最中のはずのオカ研は暇を持て余していた。読書をする者、持ち込んだ携帯ゲーム機に熱中する者、それぞれの方法で時間を潰してはいるが、俺は夜の時間帯というのもあって眠気に軽く襲われていた。

 

「皆、わかってはいると思うけどこれは立派な任務なのよ?」

 

「それはわかってるんですけど…あの爺さん本当に仕事してるんですか?」

 

「それは……多分してるわ」

 

兵藤の問いに、部長さんは曖昧な答えしか返せなかった。

 

そう思われても仕方ない。護衛任務と言われても、実際は寿司屋に行ったり、遊園地に行ったり、たまに神社に寄ったりするなどほぼ爺さんの観光に付き合わされているだけと言っていい。

 

特に退屈なのがキャバクラやそう言った風俗店に行った時だ。未成年だからこちらもついていくわけにはいかず、外でずっと待たされることになる。

 

今はアザゼル先生とバラキエルさん、そしてロスヴァイセが成年なので3人がオーディン様について店の中に入ることができる。メリイさんはまだ未成年かつ、別件でアザゼル先生は普段別の仕事で忙しいのに、こういう所に行くときに限って居るんだよな。

 

「……」

 

最初は雑談で盛り上がっていたが、一時間半が過ぎた頃には皆だんまりするようになった。

 

「兵藤、何か面白い話はないか?」

 

沈黙と暇に耐えかねた無理くり兵藤に話を振ることにした。

 

「え、何で俺なんだ?」

 

「お前って毎日楽しそうだから面白そうな話題もあるかなと思ってな。あ、面白いといっても笑う方じゃなくて興味深いとかそういった方向でもいいぞ」

 

女性陣と屋根を同じにするこいつなら、面白い話の種をたくさん持っているだろう。とにかく、暇で暇で仕方ないから何でもいいので話を聞きたい。

 

「んー……面白いかと言えばどうかと思うけど、最近おっぱいドラゴンのイベントがあったのは知ってるよな?」

 

「サイン会だったか」

 

先日、俺と紫藤さん、アザゼル先生を除くグレモリー眷属のメンバーは冥界へ行きグレモリー家が主催する人気番組おっぱいドラゴンのイベントに参加した。

 

グレモリー眷属の中でも番組内に登場するキャラのモデルになった兵藤、部長さん、木場、塔城さんは長蛇の列が作られたサイン会で遠くの地域からも来た多くの子供たちにサインを書いて上げたそうだ。

 

なんだかあいつらもすっかり有名人になってしまったな。

 

鑑賞会で見た回には登場しなかったが、木場は敵組織の幹部『ダークネスナイト・ファング』、塔城さんは『ヘルキャットちゃん』という彼らをモチーフにしたキャラクターが登場している。これはそのうち、朱乃さんやゼノヴィア達も何らかの形で出たりするのだろうか。

 

「そうそう、俺と部長、木場と小猫ちゃんで子供たちにサインをあげたんだけどさ、その時にレイヴェルがアシスタントをしてくれたんだ」

 

「レイヴェル?……ああ、ライザーの妹だったっけ」

 

俺が異形界に踏み込んで1か月ごとの出来事。まだ戦力不足のオカ研のためにと兵藤に助っ人を頼まれた俺は部長さんとの婚約破棄をかけて婚約者たるライザー・フェニックスとレーティングゲーム形式の試合に臨んだ。

 

その時奴の『僧侶』として参加していたのが妹のレイヴェル・フェニックス。どうやら若手悪魔のパーティー以来何度か会うようになったようだ。兵藤に負けて以来兄のライザーがふさぎ込んでしまったことに恨みを抱いているわけでもなく、むしろ鼻っ柱をへし折ってくれたと感謝しているらしい。

 

「うん。時々よくわかんないことを言うけど、あいつの妹とは思えないくらいしっかりしてるよ」

 

「よくわかんないこと……」

 

その言葉に眉をぴくつかせる者たちがいた。話に入らずとも、しっかりと聞き耳を立てる部長さんたちだ。彼女たちが反応するということは、つまりはそういうことだ。

 

「あ、そういう…」

 

「あいつを見ていると、俺もかわいい妹とか欲しかったなーなんて思ったりしてな!」

 

冗談交じりに兵藤は笑う。しかしその言葉を笑うことができず、真に受けた者が一人。

 

「イッセーさん、私たちじゃ不満なんですか…?」

 

悲し気な瞳を兵藤に向けるアーシアさん。思いもよらぬ反応に兵藤は慌ててフォローする。

 

「え、い、いや!そんなことないよ!!アーシアは妹と同じ…いやもっと大切な存在だから!」

 

「ほ、本当ですか…?」

 

「そうだよ!」

 

兵藤の必死のフォローにアーシアさんは笑顔を取り戻す。

 

意外とアーシアさんって妹属性あると思う。こういう人懐っこそうで、年下ってところが如何にも。そう思うのは凛がそういう所があったからか。

 

「家族…もし私がイッセーの家族だとしたら私はかわいい弟を可愛がる姉かしら?」

 

部長さんも兵藤のフォローの言葉に面白そうだと話に乗り出す。

 

なるほど、もしも部長さんが兵藤の家族だったら…確かにこれは文句なしに姉ポジションだ。年上ってところも、普段の振る舞いからもピッタリだ。学校でも二大お姉さまなんて呼ばれているからな。

 

「あらあら、そのポジションは私に譲ってほしいものね。私ならもっとイッセー君を可愛がってあげられるわ」

 

そこに負けじともう一人の二大お姉さま、朱乃さんも会話に参加する。

 

「「……」」

 

ムッとした表情で睨む部長さんと、余裕を持った笑みで返す朱乃さん。朱乃さんの余裕は他の兵藤ラバーズが成し得なかったデートを一番先に成し遂げたことで生まれたものだ。

 

見えないながらも交錯する二人の鋭い視線がバチバチと火花を生み出しているように感じた。

 

オーディン様の護衛任務が始まった時はバラキエルさん絡みの件でピリピリしていた朱乃さんだったが、数日たったことでそれも幾分か落ち着いてきたみたいだ。

 

「妹か…」

 

兵藤が言ったワードで真っ先に脳裏に浮かぶのは凛だ。前の世界での俺の妹、今の世界では俺達と敵対する存在。

 

…今にして思うと、今のあいつには不可解な点がいくつかある。

 

あいつがこの世界にいる理由とネクロムの力を持っている理由は俺と同じ様に転生したということで説明がつく。

 

だが、改めて考えてみるとあいつの変わりようは変だ。あの優しいあいつが竜域の滅亡という物騒な思想を持つに至った理由…叶えし者になったことで、洗脳を受けたからか?だが洗脳を受けたにしては元の人格の名残がなさすぎる。

 

…いや、それに関してはイレブンさんの言う人格の崩壊で説明できるか。確か、心にショックを受けると魂の汚染が悪化すると言っていた。

 

だが人格は崩れようとも記憶は残るはずだ。俺を慕っていたあの頃の記憶。俺のことをイレギュラーと呼び、容赦なく攻撃を加えてくる今のあいつにはそれがあるのか?

 

問題はそれだけではない。以前戦った時に見せた俺達をたった一人で相手にして圧倒できるほどの驚異的な力…戦闘技術ではない、あの輝くようなオーラだ。同じ叶えし者と言われるアルギスでもあそこまでの力は見せなかった。単に本気を出していないだけかもしれないが。

 

あれが叶えし者になったことで得た力か?だが敵が願いを叶える存在だというのなら、あいつにはその力を欲する理由になる願いがあるはずだ。洗脳の前に既にネクロムの力を得ただろう優しいあいつがさらに力を欲する理由が分からない。

 

「……」

 

考えれば考える程浮き彫りになる俺の知る凛と、今の凛の乖離。それは否が応にも、あまり考えたくない一つの答えを示そうとしてくる。

 

前世では失い、この世界であの幸せだった時間を取り戻せるかもしれないチャンスを得た俺にとって、その答えが真実だったとしたらあまりに酷な話だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

あいつは本当に、凛なのか?

 

 

 

 




いよいよロキのパワーアップを披露します。そろそろ中盤にも差し掛かるので頑張って更新ペースを上げていきたい。

次回、「悪神と神喰狼と禁忌」


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第72話 「悪神、参上」

一話書く→一万字越えする→長いから二分割するか→分割したらしたで前半部がまた一万字越えする→また分割するか(今ここ)。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
5.ビリーザキッド
7.ゴエモン
9. リョウマ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
13.フーディーニ



いくつもの星の輝きに満ち、かつての人々が星の輝きをテント店を繋げるように結び星座と名付けた夜空。そこにまるで流れ星のように駆ける馬がいた。

 

その白いたてがみと尾が吹き付ける風に凛々しくなびく馬、スレイプニル。八本足と言う馬にしては異形ながらも馬元来の気高さや美しさは失っていない。

 

彼の馬が引く馬車の中に今、護衛中のオーディン様とアザゼル先生、オカ研メンバーのほとんどが乗っている。

それ以外の俺とゼノヴィア、木場、バラキエルさんとメリィさんは外で空を飛び急な襲撃に備えていた。

 

他の人は悪魔の翼や堕天使の翼で飛んでたりする中で、俺だけフーディーニ魂でホイールウィングで飛んでいるのを考えると中々に一人浮いている。

 

シンスペクターになれば青い翼が生えるのにな…。俺が転生するという手もあるが、悪魔の駒での転生はできなかったし仮に天使になったとしても敬虔な信徒じゃないからすぐに堕天するのが関の山だ。

 

そんなことを考えながら飛行を続ける俺はメリィさんと雑談をしていた。

 

「メリィさんって、教会時代のゼノヴィアを知ってるんですか?」

 

「イリナちゃんほどではないけど、たまに同期で組むこともありましたよー。戦士としては豪胆で信徒としては敬虔な子だけど、あまり融通が利かないとこがあったわねー」

 

豪胆で融通が利かないか、豪胆な所はよく見るが融通が利かないというのはアーシアさんを魔女呼ばわりしたことところがそうか?アーシアさんの人柄を知ってなお、信徒として彼女を断罪しようとした以前の彼女はそれこそ悪魔は滅ぼすべき敵だと考えていただろう。

 

とはいえ主に俺の知っているあいつが悪魔に転生して子作り関係など信仰が多少緩くなった、とでもいうべきか。その頃からのことしか知らないからあまりイメージは湧かないな。

 

「同期の中でも、メリィは神器使いで飛びぬけた奴だと話題になっていたよ。私が任務でやり過ぎて、パートナーだったメリィと一緒にあの人に怒られたこともあったな」

 

前を飛ぶゼノヴィアも俺達の話を聞いて、懐かしい思い出を振り返り苦笑いした。

 

「怒られたと言えば、ゼノヴィアがシスター・グリゼ…」

 

「め、メリィ!この話はやめよう!!」

 

メリィさんが誰かの名前を出そうとした瞬間、ゼノヴィアが急に慌てて話を遮った。

 

あいつがあんなに慌てるなんて珍しい、俺にも聞かせたくない恥ずかしい事件でもあったのか?

 

「ところでメリイさんの上司はウリエル様ですよね」

 

メリィさんの御使いとしての札はウリエル様の♦のQ。仮面ライダーだと、夏のギャグ回にたい焼きの鉄板で顔を焼かれたりした敵だったか。

 

「はい、そうですよー」

 

「最強の熾天使とか何かすごい肩書き…というか、二つ名を持ってるみたいですけど実際どんな人なんですか?」

 

軽くアザゼル先生の勉強会で聞いたが、現ウリエル様は過去の大戦で武勲を上げて空いた四大セラフの座に就任した。大戦時は一天使にしては異常な魔王に匹敵、あるいは凌駕するほどの圧倒的な戦闘力が恐れられ様々な二つ名をつけられたそうだ。

 

「そうですね、とっても優しくて、強くて、かっこよくて、何よりとっても面白い人なんですよー」

 

「お、面白い……」

 

「はい!同じウリエル様の御使いの中に日本人の元自衛隊の子がいて、よく彼女と漫才みたいなことをしてるんですよー」

 

メリィさんは実に楽しそうに、そして誇らしげに天使たちの頂点に立つ自分の上司について語る。

 

四大セラフの一角が漫才を…。漫才といいたこ焼きといい、何だか大阪チックなイメージが湧いてきたぞ。…まさか、関西弁も喋るなんてことはないよな?

 

「いつかウリエル様と会って見たくなってきたぞ」

 

「紀伊国さんならきっとウリエル様も喜びますよー。その時は皆でタコパですね!」

 

四大セラフとタコパするのか!?武勲を立てて地位に登り詰めたというからすごい武闘派なイメージがあるんだけどかなりフレンドリーな感じだな!

 

「それにしても元自衛隊員の御使いか…」

 

ウリエル様は実力重視で御使いを選んでいると聞いたが、これまた変わった経歴の人材を引き入れたようだ。

 

「よく教会の外の組織から選ばれたな」

 

「彼女はウリエル様と色々あって、実力や性格で周りからも問題ないだろうということで選ばれたんです。よくうちのA、ネロと殴り合いの勝負もしてますよー」

 

そんな変わり種が認められるくらいだから、相当性格がよくて実力が高い奴なんだな。それとそいつが脳筋だというのもわかったぞ。ついでにAも同じ脳筋だということもな。

 

しかしメリィさんの様子を見るに、かなり御使い内でも慕われる上司みたいだ。漫才を繰り広げることから、距離も近い関係だろう。

 

「しょうもないことを一つ聞くけど、御使い内でウリエル様の取り合いとかあったり…?」

 

話を聞いて窺える良い人柄からそう言う発想に至ってしまうのは、間近に取り合いの対象になっている男がいるからだろうか。

 

割と思い切った質問にメリィさんは苦笑して答えた。

 

「それはないですよー、なにせウリエル様はラファエル様ともうできてますから」

 

「「…えっ」」

 

できてる?ウリエル様がラファエルさんと?つまり、セラフ同士が恋人?

 

何気なくとんでもないことをメリィさんが言ったその瞬間、進む馬車の前方にふっと一人の男が現れた。

 

長い長い青みがかった銀髪を風になびかせ、鋭い目でこちらと相対する白服を着た男。

 

「そこの馬車、止まってもらおうか」

 

「何…!?」

 

唐突に表れた男はこちらに透き通るような声を投げかけてくる。男の登場にバラキエルさんはひどく驚き、馬車を引くスレイプニルも突然急ブレーキをかけ、馬車を大きく揺らして静止した。

 

「どうした、何があった!?」

 

外で何か異変があったと察したアザゼル先生と馬車の中で待機していたオカ研メンバーがぞろぞろと馬車から出てくる。

 

男は馬車から出てきた面子をざっと見渡すと、ばっと両手を大きく広げる。

 

「初めましてだなぁ諸君!我こそは北欧神話の悪神、ロキだ」

 

高らかな声を響かせ、男は自らの名を名乗る。

 

「ロキだと…!」

 

北欧神話の中でもかなり有名な神だったか。悪神、そんな奴が出てくるなんて嫌な予感しかしないが…!

 

「奇遇ですな、ロキ殿。しかしこの馬車にはオーディン殿が乗られている、それを承知の上での行動で?」

 

アザゼル先生はいつものように堕天使の長らしく豪胆な態度でロキを迎える。

 

「いや何、我らが主神殿が勝手に余所の神話体系と接触し、交流を持とうとしているのが看過できなくてね……北欧の未来を脅かさんとする貴殿らには消えてもらおう」

 

ロキは敵意も露わに俺達を睨みつける。底冷えするような神の敵意に、空気が緊迫する。

 

神との戦闘…まだ戦いを始めてから1年と経たない俺達にとって大きすぎ、早すぎるイベントだ。神という異形界の極みとも呼べる存在とのこれから起きるだろう戦いに、堕天使幹部と相対した以上に強くプレッシャー、死の気配、緊張を感じる。

 

…いや、今回はコカビエルの時と違う。俺達はあの時より強くなったし、コカビエルより強いグリゴリのトップクラスの実力者である先生やバラキエルさん、ウリエル様のQに選ばれたメリィさんだっている。

 

護衛の対象を戦わせるのはなんだが、ロキより上のオーディン様もいる。恐れることはない、勝てる戦いだ。

そう言い聞かせ、己が心に戦意の炎を燃やす。

 

「堂々と言ってくれるじゃねえか…!今回の行動は禍の団と繋がっているのか!?」

 

先生も突然登場したロキの見せた敵意に眉を顰める。

 

ただでさえ最高峰のドラゴンが首魁であり、神滅具使いや魔王の血筋もいるという面倒な禍の団に神が加わるのはまずい。もしかすると、ロキが加わったことでさらに現状に不満を持つ神々がこれに続く可能性だってある。

 

「あんなテロリスト共と一緒にされては困る。我は北欧神話のためにのみ動いているのだ」

 

しかしロキは先生の詰問を鼻で笑う。

 

内心ロキが奴らと手を組んでいないことにほっとしたが、禍の団絡みでなくとも神が直々に邪魔しにくるのはかなり厄介なことに変わりはない。

 

話の際中、馬車の奥からゆっくりとオーディン様が姿を現す。

 

「ほう、ロキか。わざわざ儂を追っかけてきてくれたのかの?」

 

ロキの姿を認めるなり、ロスヴァイセさんをいじる時のような冗談めいた口調でロキに語り掛けた。

 

「そうとも、貴様の愚行を止めるためにな」

 

対するロキは正反対に真剣な表情だ。

 

「ロキ様、これは明らかな越権行為です。この一件についてはしかるべき場で議論するべきです!」

 

「一ヴァルキリーが我々の会話に割って入るな。議論ならすでにした、その結果我を無視して勝手に国を出たのはそちらであろう?勝手をしているのはそちらだ」

 

ロスヴァイセさんもロキの介入に諫めるが、それを聞き入れる様子はない。そしてまだ余裕を残しているオーディン様をきっと睨みつけた。

 

「オーディン!我らが聖書陣営に受けた屈辱を、痛みを忘れたのか!?奴らが教えを広めたせいでどれほど我らの信仰が失われたと思っている!?」

 

そして声を大にして、オーディンに訴える。

 

奴の言葉で何となく事情がわかった。オーディン様が和平を進めようとする革新派なのに対し、ロキは今まで通りの閉鎖的な環境を維持する保守派だ。

 

今まで余所と交流を閉ざしていた北欧神話の二つの意見の対立にまるで日本の幕末を見ているかのような錯覚を覚える。

 

「もちろん知っておるわい、忘れたこともない」

 

「ならばなぜ奴らの手を取る!?今からでも遅くはない、我と共にアースガルズに戻れ。まだ北欧にはお前の力が必要なのだ…!!」

 

「ほう、儂をそこまで評価してくれるとは嬉しいのう」

 

ロキが差し出した手にオーディン様は笑った。ロキもただ敵意を持ってオーディン様と敵対しているのではなく、北欧のためを思って今の和平路線を推し進めるオーディン様に反対しているのだ。

 

「正直なところ、頭の固いおぬしと議論するより小童魔王やアザゼルと今後を話した方が楽しいわい。昔は嫌いじゃった異文化交流も案外楽しくてのう」

 

「そんなくだらない理由で我々の神話を破壊しようというのか…!?」

 

オーディン様の言い分に、ますます怒りの色を濃くし声を荒げ始める。それは確かに、真面目は話に気楽な要素を入れたらキレるだろうな。

 

怒りの反応にオーディン様の表情からふっと笑みが消える。しかしそれは怒りに怯えたからではない、真に大事なことを伝えようとするための表情の変化だ。

 

「…ロキよ、古き神々である儂らではいくら力を持とうともこれから育ち、次代を担っていく若者の未来は築けない。変わりゆく世界のためにも、北欧神話には新しい風が必要なのじゃ」

 

「爺さん…」

 

お気楽な調子が一転、怒りに震えるロキにしみじみと言い聞かせるように内に秘めた思いを語る。オーディン様の言葉と声色には、心からの現状への憂いと未来への希望に満ちていた。

 

オーディン様もまた、三大勢力の和平で変わった人の一人なんだろう。昔は他勢力との交流もなく、閉鎖的で田舎な環境だと言われていた北欧の未来を真剣に考え、よりよき開かれたものへ変えようとしている。

 

今までキャバクラに行ったりとただ仕事をほっぽり出して観光を満喫しているばかりだった爺さんとは到底思えない。見直したぞ、オーディン様。

 

「その風はかつて我らを苦しめた猛毒の風だ…!次代の若者にあんな苦しい思いをさせるというのか!?」

 

しかしロキの怒りが静まることも、意見が変わることもなかった。ヒートアップする怒りは怒髪冠を衝く勢いだ。

 

「儂らの苦しんだ時代とは訳が違う。いがみ合うのではなく、互いに手を取り合うようになった今の時代なら、若者たちはよりよき未来を築いていけるじゃろう」

 

「オーディン…!!何故わからんのだ…!」

 

互いの信念による意見の応酬。平行線をたどる意見のぶつかり合い。ロキにもロキの信念があり、奴は譲歩する姿勢を見せない。

 

「ハァ……」

 

オーディン様に説得の言葉をかけられるも、それでもまだ納得がいかないようでまだ言いたげそうな表情だったが、不意に静め腹の底から出すように息を深く深く吐いた。

 

「…最後にもう一度聞く。本当にはないのだな?」

 

ロキの目が再度オーディン様を捉える。覚悟のようなものの光がその瞳に宿っていた。

 

「ない。これは真に北欧の未来を思ってこその会談、和議じゃ。おぬしも未来を思うのならいつまでも過去に縛られるのはやめ、次代の者達の未来を考えよ」

 

「…そうか、賽は投げられた」

 

めき。

 

めきめき。

 

どこからか木が軋むような音が鳴り始める。

 

音の発生源はロキからだ。そのロキの顔は俯いていて表情を窺うことはできない。

 

「う…ぐぉ……!」

 

突然奴がうめき声をあげる。次の瞬間、右肩から大きく何かが白服を内側から突き破ってその姿を夜空の下に晒した。

 

木だ。太く鋭い木の根が角のように奴の肩からせり出している。

 

「な…何なの…あれ……」

 

「ぬぅぅぅ……!!」

 

肩から突き出た木の根はそのまま右腕にもシュルシュルと伸び完全に覆いつくし、異形の姿へと変える。おまけに奴の首元にも細かい木の根が伸びる。

 

「おぬし…それは……」

 

オーディン様もロキの異様な変化に声を震わせて言葉を漏らした。一方のロキは不敵な笑みを崩さないままこちらを睥睨する。

 

「お前が余所に渡そうとするユグドラシルの情報、それをこちらが使っても文句はあるまい……!」

 

「ユグドラシルを取り込んだというのか…!」

 

「何だと!?」

 

まさかの行動に先生も声を出して驚愕した。

 

「その通りだ。愚行が過ぎたな、オーディン。致し方ないが我らが神話のために、忌々しい過去を繰り返さんとする貴様を断罪してくれるッ!」

 

ロキの溜めに溜めてきた敵意が爆発し、戦いの幕が上がった。

 

 




魔改造ロキの名称はシンプルにロキ=ユグドラシル、と言ったところでしょうか。

次回は2日以内にはできるでしょう。3分割したということで短期間にガンガン投稿できそうです。

次回、「悪神と神喰狼と禁忌」


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第73話 「悪神と神喰狼と禁忌」

ロキ大暴れの回です。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
5.ビリーザキッド
7.ゴエモン
9. リョウマ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
13.フーディーニ



〈BGM:バリアンズ・フォース(遊戯王ゼアル)〉

 

敵意が弾けたと同時に天高く光の柱が立ち上る。

 

ゼノヴィアがアスカロンとデュランダル、名のある二振りの聖剣を握り共鳴、増幅させて長大な聖なるオーラを剣から発生させたのだ。

 

「先手必勝!」

 

大振りな動作と共にぶんと振り抜き、長くのびる聖なるオーラによって距離を無視した一撃を片腕を異形のモノへと変えたロキにぶつける。

 

「ふん」

 

鼻を鳴らすロキは避ける動作の一切を見せず、樹状化した右腕で受け止める。

 

豪快な一閃と共に放たれた眩いオーラは奴に直撃するや否やドゴンと爆音を立て、ビリビリとこっちにも伝わる強い衝撃が大気を震わせる。

 

大抵の悪魔なら触れただけで塵と化すことは間違いなしの凄まじい聖剣のオーラだ、神と言えども聖剣のトップクラスに立つデュランダルの一撃は多少なりとも効くはず。

 

少なくとも俺はそう思った。これまでデュランダルをと共に戦い抜いてきて、攻撃力に自信のあるゼノヴィア本人もそう思っただろう。

 

だから、次に起こった現象を予測することなんてできなかった。

 

「ふん…!」

 

ロキに直撃した光のオーラは爆ぜることも、ロキを吹き飛ばすこともなく直撃したまま静止している。

 

そして次の瞬間、異変は起こり始める。

 

「何?」

 

最初に違和感を感じたのはゼノヴィアだった。太く、大きく、遠くへ伸びる絶大な光の柱が徐々に小さくなっているのだ。

 

「聖剣のオーラが…!」

 

やがてその変化は誰が見ても一目瞭然なほどに大きくなり、どんどん小さくなっていく。

 

光が小さくなっていく中で俺は見た、ロキの世界樹の腕が触れた聖剣のオーラを吸い取っているのが。そしてとうとう、聖剣のオーラは吸収しつくされ消えてなくなった。

 

「デュランダルのオーラを吸ったのか…?」

 

「そうとも、これが世界樹の力…世界樹と合一化した我が右腕はあらゆるオーラ、魔力を吸収し我が力へと変換する。舐めるなよ、聖剣使いの小娘」

 

自信もたっぷりに能力の源となる右腕を掲げて見せるロキ。

 

「オーラと魔力を吸収するですって…!?」

 

「厄介な能力を身に着けてくれたな、ロキ…!」

 

先生は奴の披露した能力に苦々しく眉を顰める。

 

オーラ攻撃が効かないということは恐らく兵藤のドラゴンショットもだめか。うちは朱乃さんや部長さんのように魔力攻撃をメインに戦う人が多い以上、戦術が限られてくる。

 

だからと言って奴をこのまま放っておくわけにもいかない。俺達の任務はオーディン様の護衛、今ここでオーディン様に仇成す敵は対処し、身の安全を保障しなければならない。

 

故に、俺達だけ逃げ出すわけにはいかない。北欧の主神というVIPの護衛と言う大役を任された俺達の信用問題に関わる以上、奴に立ち向かうのだ。

 

「イリナさん、これを」

 

視界の端にいた木場が紫藤さんに寄り、片手剣を手渡す。その刀身に宿る輝きは木場が作る剣でも聖魔剣ではなく、むしろアスカロンやデュランダルに近い物があった。

 

紫藤さんはそれが何か、瞬時に理解できた。

 

「これって…聖剣!」

 

「はい。僕の『聖剣創造《ブレード・ブラックスミス》』で作りました。多分奴は光力も吸収するでしょう、『擬態の聖剣《エクスカリバー・ミミック》』と比べると弱いですが」

 

「なるほど!これで十分よ、サンキュー木場君!」

 

元々木場は生来持つ『魔剣創造《ソード・バース》』で魔剣を生み出すことが出来た。しかしコカビエルとの一件で同胞の魂から聖剣使いの因子を譲り受け聖魔剣に目覚めたと同時に聖剣を生み出す能力をも手にした。

 

そして創造された聖剣を、聖剣使いの因子を備えた紫藤さんは存分に扱うことができる。

 

「イリナちゃん、行きますよ!」

 

「ええ!」

 

ウリエルのQであるメリィさんとミカエルのAである紫藤さん。御使いでも高位に位置する二人の天使が動いた。

 

「同時に仕掛けます!」

 

そこに聖魔剣を携え、神速で突撃する木場も加わる。

 

「金羊の子守歌《ゴールデン・ララバイ》!」

 

メリイさんが握る黄金の杖が光を放つと、俺達とロキを金色の結界が覆った。

 

張られた結界を見上げ、見下ろし、見渡し、冷静に奴は分析する。

 

「結界…なるほど、結界内の対象のエネルギーを奪う神器か」

 

「その通りです。あなたのお邪魔をさせていただきます」

 

メリィさんの神器は補助…ゲームのように言うならデバフ特化型か。セラフのQの神器の能力なだけあって、効果は期待できる。

 

その間にも迫る紫藤さんの聖剣と木場の聖魔剣。二振りの剣が振り下ろされ、それを樹へと変じた腕で防御する。

 

「はっ!」

 

拮抗する刃と世界樹の根。これ以上の拮抗は無意味と悟り剣を一度引き、続けて二人は高速で剣技を繰り出すも、難なくロキは全て防ぎ対処して見せる。

 

「聖魔剣か、だがやはり神を相手にするには足りないな」

 

右腕だけで全ての攻撃を弾きながら退屈そうな顔をするロキ。何合目か打ち合った時、全身から瞬間的にオーラを放って二人を吹き飛ばして距離を離す。

 

「きゃ!」

 

「神との戦いは初めてか?なら我が懇切丁寧に、神に歯向かう愚かさを教えてやろう」

 

傲岸不遜に、世界樹の力を身に着けた悪神は俺達を見据える。戦場が奴の放つプレッシャーでより緊迫する。

 

〔Welsh Dragon Balance Breaker!〕

 

そんな中果敢に後方から颯爽と飛び出し、一気にロキとの距離を詰める赤い流星。後ろで禁手のカウント終了を待っていた兵藤が禁手を発動して攻撃に加わったのだ。

 

「そうだ、護衛のメンバーの中には赤龍帝がいたのだったな。どれ、今代の力が如何ほどか試していこうか!」

 

「オーラを吸うなら、直接殴る!」

 

〔Boost!〕

 

宝玉が光り、威力が高まる拳。真っすぐ、豪速で繰り出される拳を奴はがしっと受け止める。

 

「正解だ、赤龍帝。今の我を倒すには直接攻撃しかない…だが、我の取り柄がそれだけと勘違いされては困るな」

 

受け止めながらもう片方の手を向ける。そこにブンと魔方陣が展開し、次々に雷撃と氷塊が飛び出す。回避しようとする兵藤だが、突きだした拳はロキによってがっしりと掴まれているため動けなかった。

 

「がっ!?」

 

神の魔法が兵藤の腹部に叩き込まれる。強烈な威力に赤い鎧が砕け吹っ飛びはしたが、直撃の瞬間魔法を金色のオーラが包み込んで威力を落としたため、中の兵藤は浅いダメージで済んだ。

 

あれがメリィさんの神器の力か?攻撃の威力を抑える神器とは、また珍しい能力を持っているな。

 

「神と戦うにはまだまだパワーが足りないな。『覇龍』でも発動すれば面白くなるか?」

 

魔法を放った奴は退屈そうな口ぶりで、顎をさする。

 

メリィさんの能力で威力をある程度は抑えられているとはいえまさか手加減したのか?本気を出せばあいつを瞬殺するくらい容易くできたはず。

 

…力を手に入れて、調子をこくのは神も一緒だな。

 

「イッセー!よくも…!」

 

ロキの攻撃が、兵藤ラバーズのヒエラルキーの中でも上位に立つ部長さんと朱乃さんの怒りに軽く触れる。

 

怒気を含んだ赤い滅びの魔力と、痺れる雷が怒りの対象たるロキへと向かう。しかし…。

 

「その程度では牽制にもならんな」

 

朱乃さんの雷も、部長さんの滅びの魔力も全て世界樹の右腕で受け、たちまちのうちに吸いつくしてしまう。

 

「私たちじゃダメだというの…!?」

 

自分達が得意とする魔力攻撃の通用しない相手、彼女たちにはそれ以上の攻撃手段はない。無力さを感じる二人は心底悔しそうに歯噛みする。

 

〈BGM終了〉

 

その間に、後衛からアーシアさんの回復のオーラを受けた兵藤が戻ってきた。

 

「…『覇龍』は使わねえ。『覇龍』を使わずに強くなる。そしてお前を倒す!」

 

兵藤は確かに『覇龍』でとんでもない力を解放した。だがそれは寿命を引き換えにした諸刃の剣だ。残された寿命から考えて二度目の使用はないと宣告を受けたあいつはもう『覇龍』を使えない。

 

赤龍帝の籠手に存在する神器の究極、禁手を越えた究極の力。だがその道が絶たれたからとあいつは諦めなかった。

 

そこには魔力を使えない大王バアルの男、サイラオーグ・バアルの存在があるようだ。才能の持たない彼にあいつは自分自身を重ね合わせ、励みにしているのだろう。だからあいつは足りないもの、使えないものを少しでも埋め合わせようと地道な努力を重ねる道を選んだ。

 

「舐められたものだ」

 

兵藤の決意を馬鹿馬鹿しいと鼻で笑う。

 

お前にとっては取るに足らないように思える俺達にも、意地がある。例え無力だとしても象に抗う蟻の意地がな。

 

…さて、そろそろ俺も動くか。

 

腹の底から息を吐きだして、兵藤の隣に並んだ。

 

〈BGM:ハードボイルド(仮面ライダーW)〉

 

「兵藤、行けるか?」

 

神と戦う覚悟を決め、兵藤に呼びかける。

 

「まだまだ行けるぜ!」

 

まだ元気を残した様子の兵藤は応じる。壊れた鎧は瞬時に再生し、元の形を取り戻す。そして今度は肩を並べて、二人でロキに猛進する。

 

風を切り、赤と青の二人の戦士が悪神に挑む。

 

「次は噂の推進大使か、少々試させてもらおう」

 

「「ハァァ!!」」

 

二人で一斉に渾身の拳打を繰り出す。しかし余裕たっぷりの奴は両腕を動かし、器用に弾いてみせる。

 

「ふん!」

 

そして神のカウンターが来る。

 

「おあ!」

 

片や鋭い蹴りが赤龍の力を纏う兵藤を打ち抜き、軽々と吹っ飛ばす。

 

片や俺に放たれたのは変化していない左腕から繰り出されるパンチ。真っすぐに穿つ勢いで来るそれは腹に打ち据えられた。

 

「ごふっ!」

 

突き抜ける衝撃で息と一緒に血も吐き出される。しかし俺は屈しない。繰り出された拳をがっしりと掴む。

 

「何?」

 

掴んだ拳を腹で受け止めたまま放さない。流石のロキもこれにはうざったそうな表情を見せた。

 

「これでも喰らえ…!」

 

距離を保った至近距離でガンガンハンドで顔面に銃撃をぶちかます。しかしすぐさま割って入った右腕に防がれ、余すことなく吸われる。

 

別にこんな小手だましの攻撃でダメージが入るなんて思ってはいない。本命は…!

 

銃撃の防御と吸収に意識が向いた隙にブーストを吹かして戻り、身を低くして懐に詰め寄った兵藤が赤い弧を描いて回し蹴りを腹に入れる。

 

「オラァ!」

 

「ぐっ!」

 

それは俺達がこの戦闘で与えた初めてのダメージだった。くぐもった声を漏らすロキに、兵藤はさらに追撃にとパンチを打ち出す。

 

「舐めるな!」

 

しかし易々と反撃を許す神ではない。拳打を受け流して拳を掴み、大胆にも捕えた兵藤を俺に投げつけた。

 

「ごうっ!?」

 

まさかの反撃を受け、どさりと飛び込んできた兵藤を受け止めるが態勢を崩す。それと同時に隙を作ってしまった。

 

そして手のひらに青白く煌めく光を生み出し、俺達に向ける。

 

あの手のひらに末恐ろしいオーラが込められている。間違いなくとどめの一撃を撃つつもりだ。

 

こんな…ここで俺は終わるのか…?

 

〈BGM終了〉

 

「そんな…!」

 

「逃げてイッセー!紀伊国君!」

 

「死ぬな!悠!」

 

戦慄する俺達。仲間たちの悲鳴もむなしく、無慈悲にとどめの一撃は放たれる…と見せかけて、奴は生まれた光をその手でグッと握り潰した。

 

「何だと!?」

 

この場にいた全員が奴の行動に驚愕した。誰もがあの攻撃で俺と兵藤が消し飛ぶと思っただろう。奴にとっても絶好のチャンスだ。なのにこいつはそれを棒に振った。

 

「止めならいつでも刺せる。が…ちょうど今、楽しいことに気付いてね」

 

「楽しいことだと…!?」

 

完全にこいつは俺達を舐めてるな。兵藤の攻撃で手を抜いたり、今さっきも明らかに俺と兵藤を消せたのにあえて止めたり。手に入れた力を試したいから俺達にさっさととどめを刺さないのか?

 

まあ相手が相手だ、神である自分からすればユグドラシルの力も相まってゴキブリのように取るに足らない何かにしか思えないのだろう。

 

端正な奴の顔に、三日月状の薄い笑みが生まれた。

 

「推進大使の貴様、嘘つきだな」

 

「!」

 

放たれた奴の唐突な言葉に、俺は動揺してしまった。

 

最近抱える秘密に悩まされていたのもあって、動揺は強かった。奴とはたった今会ったばかりなのにどうしてそれを見抜いた…!?

 

俺の様子に図星だと思ったか、ふふっと笑った。

 

「トリックスター、悪神を名乗るだけあって嘘つきはすぐにわかる。ニオイと言うのかな…貴様からはそれが強く感じるぞ。これは罪悪感の混ざった、苦悩の濃いニオイだ」

 

悪辣じみた笑みを交えて奴は言葉を投げかけてくる。その言葉は鎖のように俺を巻き付け、動きを止めてしまった。

 

「大切な仲間たちに言えない秘密と罪悪感を抱えたまま、嘘と吐いた仲間たちと肩を並べてお前はこの場にいる…そんなところか?」

 

「お…俺は……そんな」

 

ロキの言葉が猛風のように俺の心に吹き、内に燃やす戦意の炎が強風に吹かれたように揺らめく。そして並べ立てられた核心を突く言葉の数々は霧となり、心眼を鈍らせる。

 

「紀伊国!」

 

動揺し、動きも戦意も鈍らせる俺の名を呼んだのは兵藤だった。がしっと群青色のパーカーの襟首を掴んで顔を寄せ、間近に出された大声にはっと我に返る。

 

「隠し事をしてるとしてもお前は俺達の仲間なんだろ!?トリックスターだか何だか知らないけど、お前が俺達を本当に仲間だと思うならあいつの言葉に惑わされんな!!」

 

「!」

 

「お前は俺と同じ苦しんでる仲間を放っておけないバカだけどオカ研男子で、俺達のために何度も命を懸けて一緒に戦ってきた!隠し事とかよくわかんねえけど俺はお前を信じてるし、頼れる仲間だと思ってる!お前はどうなんだ!?お前にとって俺達はなんだ!?」

 

兜の裏から覗く真っすぐで熱い眼が痛いほど突き刺さってくる。それが俺達の今までを呼び起こす。

 

「…そうだ、お前は俺の…友達で、仲間だ。それだけははっきり言える」

 

学校では変なことをやるこいつを諫め、部活動でもクラスでも共に笑い合う毎日。異形の世界では何度も格上の相手に死と隣り合わせにして立ち向かってきた。共に苦境を乗り越えて、こんな嘘つきな俺をそれでも信じてくれるこいつらをどうして仲間ではないと言える?

 

ロキの巧みな話術で心を惑わそうとしてくる霧は、兵藤の熱く力強い風で晴らされた。

 

「だったら迷ってないで、今すぐあいつをぶっ飛ばしてやろうぜ!」

 

「ああ、そうだな…!」

 

一度は消えかけた戦意の炎に、兵藤は牧をくべた。再び俺の中で熱く、煌煌と燃え上がる。

 

いつもは俺がツッコミを入れる立場なんだが、今回はまさかこいつに熱い言葉で励まされるなんてな。

 

神と戦っているっていうのに、お前がいると何だか上手く行けそうな気がしてくる。お前がいてよかったよ、兵藤。ありがとうな。

 

「一人折れると思ったが…今代の赤龍帝は力はないが面倒なタイプだな」

 

今まで手を出さず傍観に徹していたが、興冷めだと冷めた表情を浮かべるロキは切り替えも早くすぐさま苛烈な魔法の驟雨を叩き込んでくる。

 

元々接近戦を仕掛けるために距離は詰めていた。躱す時間はなく、神の攻撃を完璧に防御する術もない。

 

「ぐぁぁ!!」

 

「がっ!!」

 

なすすべなく神が為す魔法の威力に俺達はまとめて木っ端の如く吹き飛ばされ、詰めた距離が離される。

 

飛ばされながらも何とか態勢を持ち直して、ホイールウィングの稼働によって宙に踏みとどまる。兵藤の方も同様に持ち直していた。

 

「くそっ…折角反撃しようって雰囲気だったのに…!」

 

今のは明らかにそういう雰囲気だった。なのにこいつは…空気の読めない悪神だ。いや、色々かき回してきたトリックスターだからこそか。

 

「神器は心の昂りに応じる。敵のパワーアップを許すと思うか?」

 

なら当然、お前のパワーアップを俺達が許すわけがないよな?もう事後だけど。

 

「用があるのはオーディンだけだ。貴様らは我が息子たちの遊び相手になってもらおうか」

 

ロキは意味深な言葉を放つと、俺達から少し距離を取った。

 

「いでよ、神をも喰らう我が獰猛なる牙!」

 

そして大樹と一体化した右手を掲げ、高らかに詠唱する。

 

次の瞬間、虚空が歪む。まるで水面に立つ波紋のように歪むと、その歪みから一匹の雄々しき獣が出現した。

 

〈BGM:時空竜 召喚(遊戯王ゼアル)〉

 

「GRRR…」

 

その獣を一言で表すなら大きな狼だ。透き通り、見る者全ての心を吸い取るように美しい銀色の毛並み、前足の付け根からせり出す角。

 

牙を剥き出し、視線だけで生物を殺せそうなくらい獰猛な眼で威嚇する狼の唸り声に大気が冷え込む。風すらも出でたその存在に恐れをなし息を殺す。

 

「しまった…お前ら、あの狼とはやり合うな!今のお前たちじゃ絶対に無理な相手だ!!」

 

先生もロキが召喚した大狼に焦りを露わにし、真に迫った様子で声を大きくして俺達に注意を促す。

 

「先生、あの狼は…」

 

「神喰狼《フェンリル》…全勢力の実力者のトップ10にも入る最凶の魔物、ロキの息子だ。ぶっちゃけロキよりも強いし、何よりそいつの牙は神をも殺せる!」

 

「えええ!!?」

 

凶悪さの中に気高さすらあるフェンリルの情報に兵藤は絶叫じみた驚きの声を上げた。

 

魔獣という区分ならコカビエル戦でケルベロスと戦ったが、あれとはもはや階段を数100段飛ばしはくだらないだろう別格の魔獣だ。

 

フェンリルの出現がただでさえ苦戦の色濃い状況をさらに濃厚にすることは間違いない。それどころか、一気に全滅する可能性も多分に出てきた。

 

この状況、どう切り抜ける…?

 

「試したことはないが、フェンリルの牙は他の神話の神仏にも有効打となるだろう。神仏に効くなら上級悪魔やドラゴン程度どうということはない。余所者に自慢の牙を使いたくはないが…」

 

長髪を撫でるロキの目が、おもむろに部長さんへと移る。

 

「まずは魔王の血筋からだ」

 

その言葉と同時にフェンリルの姿が消える。刹那、疾風が駆け抜ける。

 

「させるかァァァァァ!!」

 

次にいち早く危機を感じ取った兵藤の叫び。背中のブースターを一気に吹かし部長さんの下へとギュンと飛んだ。

 

「オラァァァァ!!」

 

部長さんを襲わんと突撃したフェンリルの前に躍り出ると、赤き籠手を纏った拳を振り抜き神をも殺す獣を真正面から殴り飛ばした。

 

そして赤い鎧がガシャンと無残に砕け散ったのはほぼ同時だった。

 

「ごふっ」

 

胸に大穴を開けられた兵藤が部長さんの眼前で、烈華が咲くかの如く大量の血をまき散らしていく。

 

相対したのはただの一瞬だった。あのフェンリルはその一瞬に致命傷となる一撃を叩き込んだのだ。近接戦では俺を除いたグレモリー眷属内ではトップの兵藤が一瞬の内の一撃でやられた。

 

あまりにも速すぎて、衝撃的過ぎて、あっけなさすぎる展開に頭の中が恐怖や戦意すら忘れて比喩でなく真っ白になった。

 

「兵藤!!」

 

「イッセー君!!」

 

「イッセー!!」

 

「イッセー先輩!!」

 

血を流しながら崩れ落ちていくあいつの姿に、悲鳴じみた叫び声が上がった。

 

〈BGM終了〉




ロキの吸収能力はNARUTOの輪廻眼の餓鬼道のようなものと思っていただければ。ユグドラシルにそんな能力あった?と思う方もいるでしょう。そこらへんはまた後々に…。

舐めプしまくるロキ「このニオイは!嘘をついているニオイだぜっ!紀伊国悠!」

次回、「一槍報いる」


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第74話 「一槍報いる」

タイトルの槍が意味するモノとは。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
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13.フーディーニ



〈BGM:圧倒的な力(遊戯王ゼアル)〉

 

ダメージを受けてそのまま落下を始める兵藤をすかさず部長さんは受け止める。

 

胸を大きく穿たれた兵藤。鎧よりも深い赤色の鮮血がどくどくと流れ、息が次第に小さくなっていく。

 

「アーシア、すぐに回復を!!」

 

「はい!」

 

即座に部長さんは指示を出す。後方で待機するアーシアさんが手に温かな緑色の輝きをともす。夏休みの修行で身に着けた、回復のオーラを飛ばして遠くの仲間を回復する技だ。

 

今までは近くに来て直接回復のオーラを当てることしかできなかった。しかし距離がある分、回復の効果は直接当てるよりも幾分か落ちてしまう。

 

「回復の神器だな?そちらも厄介だ…が」

 

ロキの鋭い視線が兵藤に移った。

 

「フェンリルのスピードに一瞬でも追い付いた、やはり天龍は侮りがたい。万全を期して今すぐ排除しておこう」

 

ロキが手で合図すると同時にまたフェンリルのオーラが膨れ上がる。神をも殺す獣の目線が兵藤をガッチリと捉えている。

 

次の攻撃が来る。だが今の俺ではあの狼のスピードに対抗する術はない。

 

木場でも、スピード特化のゴエモンでも間違いなく強者揃いの異形界の頂に近い力を持つあの狼には敵いやしないだろう。一瞬で致命傷を負わされた兵藤の二の舞を踏むだけだ。

 

これから間違いなく兵藤が殺される。抗いようのない死が兵藤を襲う。そうなってしまえば、もはやあいつが中心になっているとも言える俺達オカ研の士気が地の底まで落ちるのは確実だ。

 

「俺にもっと力があれば、こんな…!」

 

こんな時に自分を奮い立たせてくれた仲間を助けることができない自分の無力さを血を吐きたくなるほど痛感する。

 

「そうはさせません!」

 

一番早く動いたのはメリイさんだった。杖の輝きが強まり、結界の効果が高まる。

 

「む」

 

神器の効果が作用し、ロキとフェンリルの動きが若干鈍る。しかし両者ともに全身から凄まじいオーラを瞬間的に放出し、神器の効果を力づくで消したのか元のコンディションを取り戻した。

 

「残念だったな。仮に禁手を使ったところで、私のフェンリルは止められまい」

 

「ロキィィ!!」

 

さらに矢継ぎ早に動いた先生とバラキエルさん。宙に顕現した極太の光の槍と、光力を帯びた無数の荒ぶる雷がロキへと殺到する。

 

それを周囲に魔方陣を展開し、全てを巻き込み粉砕する嵐のごとき怒涛の魔法を以て迎撃する。

 

豪炎、烈風、極氷、猛雷、閃光、ありとあらゆる属性魔法が放たれ先生たちの攻撃の尽くを相殺してしまう。

 

「ユグドラシルの力で北欧の優れた魔法はさらなる次元へと至ったのだ。堕天使ごときが世界樹の力を手にした神に敵うとでも?」

 

「だったらこちらも!」

 

今度はロスヴァイセさんがロキと同じ様に無数の魔方陣を展開し、怒涛のラッシュを本来所属も同じ、上の存在であるはずのロキに容赦なく叩き込む。

 

「一介のヴァルキリーが俺に歯向かおうなど…」

 

呆れたように嘲笑するロキがおもむろにさっと腕を振るう。

 

たったそれだけの動作で、直接触れてもいないのに全ての魔法がそもそもなかったかのように霧散した。

 

「そんな…!?」

 

「これは…!?」

 

まさかの現象にロスヴァイセさんだけでなくこの場にいる全員が愕然とする。

 

「ユグドラシルの力を得た俺は魔法の叡智も手にした。如何なる魔法も私の前では無為と帰す」

 

魔法を触れもせずに無効化する能力だと…!?インチキ能力もいい加減にしろ!

 

「…助かった、アーシア……」

 

しかし先生たちの時間稼ぎのおかげで、何とか兵藤が回復する時間は取れた。流血は収まり傷は塞がれた。だが失血による体力の流出までは戻らない。前に出て戦うのは厳しいだろう。

 

「オーディン様!?」

 

突然ロスヴァイセさんの声が聞こえた。振り向くと、馬車から離れて浮遊し前進するオーディン様の姿があった。

 

「小童たちよ、どいておれ」

 

ロスヴァイセさんに茶々を入れ、自由奔放に俺達を振り回す爺さんではなく、一神話を束ねる主神の威厳に満ちた顔つきで、ロキを睨む。

 

「爺さん…!護衛しなきゃならん相手に出てこられちゃ俺達の面子ってもんが」

 

「よい。こやつとの決着は儂がつけねばなるまい。儂が一発、お灸をすえてやる」

 

アザゼル先生の制止を振り切るオーディン様はさらりと撫でた虚空から神々しい槍を取り出す。

 

先端にルーン文字と言う魔法の紋様が彫られ、月明かりを反射して煌めく槍の名は、グングニル。

 

鋭い神槍の矛先を世界樹の力を得た悪神へと向けた。

 

「ようやく重い腰を上げたか。しかし老いた身では我を直接攻撃できまい、得意の魔法は全て我が打ち崩し、オーラは世界樹の力で吸収する。貴様は積んだのだ」

 

目下の標的たる主神の参戦に、ロキの口角が上がる。

 

「吸い取る間もなく、あるいは吸い取り切れない程途方もない量のオーラでおぬしを消し飛ばせば問題ないじゃろう?」

 

「ハッ!愚かな。なら試してみるがいい」

 

両者が浮かべるは自信に満ちた大胆不敵な笑み。フェンリルが音もなくロキの後方に下がる。

 

そしてオーディン様は動く。

 

「グングニル!!」

 

一声と同時に、槍からオーラが解放される。全てを消し飛ばさんとする極大の眩い神のオーラが空を塗りつぶしながら一直線にロキを襲う。

 

「来い!」

 

対するロキはよほど自信を置いているのか、得意の魔法を使うことなく躊躇いなしに世界樹に侵食された右腕を突き出す。

 

そして間もなく、極太のオーラがロキと激突した。

 

「ぐぅぅぅぅ…!!!」

 

その存在を跡形もなく消し飛ばさんと容赦なく身を焼き、あまりの威力に世界樹の腕もじりじりと削れ始める。しかし削られながらも確かに水を吸収するスポンジの如く眩いオーラを飲み込んでいた。

 

オーラの威力までは殺しきれず、ロキがじりじりと後ろに押される。しかしそれでもやつはオーラの吸収をやめない。

 

「おおおおおお……!!!」

 

「ぬぅぅぅぅぅぅ…!!!」

 

気の遠くなるほど神同士の力の拮抗は続き、やがてオーディン様の方が衰えによる体力の限界を迎えてしまい猛烈なオーラの照射が終わる。

 

「フゥー……」

 

オーラが止んだ後には未だ健在のロキの姿があった。とはいえ服はボロボロになり、あまりのオーラの強さに世界樹の右腕に所々抉れたような跡が残されている。

 

「これでもだめか……」

 

力を一気に解放したことによる疲労感に襲われ、オーディン様のしわの入った顔に汗がしたたる。同じ神である自分の全力の攻撃でも奴には届かない。この結果に表情が曇る。

 

「ハァ…ハァ……諦めろ、貴様らでは私とフェンリルには敵いやしない。大人しく敗北を認め、断罪を受けるがいい」

 

「儂を倒した後、おぬしは何を為すつもりじゃ…?」

 

「何を為すだと…?ふっ、知れたこと」

 

〈BGM終了〉

 

ロキがさらに浮遊し、俺達を見下ろす形になる。

 

「オーディンを断罪し、私が新たなる主神となる!屈辱と衰退の過去を運ぶ和平は、猛毒の風はいらない。世界樹と神狼の力の下、神々を束ね強き神話へと導く!」

 

そして高みから、力強い言の葉で雄然と反乱を宣言する。

 

…いよいよ大ごとになって来たぞこれは。数か月前は堕天使の反乱から、今度は神の反乱か。一神話の歴史に刻まれるような反乱の瞬間を俺は目の当たりにしている。

 

もうこれは、俺達が関わっていいレベルをとっくに超えている。護衛と言う大きな任務が、さらにまたここまで大ごとに巻き込まれるきっかけになろうとは。

 

しかし、ロキの言葉に一人屈しない者がいた。

 

「……お前がここまで頑固者じゃったとは。早いところヴィーザルに主神の座を譲ろうかと思っていたがまだまだ長生きし、主神として頑張らねばならぬようじゃ」

 

反乱という決意を宣言するロキの言葉が、オーディン様の主神としての決意を固めたのだ。

 

「イッセーさん!?」

 

「オーディン様が頑張ろうって言うんだ、若い俺達が頑張らなくてどうするんだよ…!」

 

オーディン様に続いて兵藤が根性を見せる。一番ダメージが深いはずなのにそれでも立ち上がろうというのだ。

 

この逆境においても二人だけは戦意を燃やし続ける。

 

燃える二人の意思を、高みから見下すロキは嘲笑にて一蹴する。

 

「ふっ、長生きする必要も頑張る必要もない。残念だが主神の座とおさらばするのは今日だ、今度こそ、断罪させてもら…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「随分と面白いことになってるじゃないか、俺も混ぜてもらえると嬉しいが」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ロキの声を遮って、新たな声が降ってくる。白い閃光が更なる上空から降り、俺達とロキの間で静止すると眩い白光を払いその正体を現した。

 

「お前は…!」

 

何度も出会った、突然の乱入者の登場に俺達は驚いた。

 

見惚れるほどに美しい純白の鎧、肩から生える光の翼。忘れるはずもないあの姿は。

 

「ほぅ。テロリストに堕ちた白龍皇のお出ましか」

 

「そうとも、俺は白龍皇ヴァーリ……貴殿を屠りに来た」

 

和平会談の際は俺達を裏切り敵対し、先日のアスタロトの件で兵藤が覇龍で暴走した時は手を貸してくれた男、白龍皇ヴァーリ・ルシファー。

 

神を前に何ら怖気づくことも動じることもなく、相も変わらずの挑発的な言動にロキも好戦的な笑みで返す。

 

「二天龍が揃って相手をしてくれるとはうれしッ!?」

 

攻撃に出ようとしたその瞬間、突然ロキの動きが止まり、苦しそうに目を見開き胸をがっと抑えた。その場で身悶えし、うめき声を上げる。

 

「おお……がっ……まだ馴染むには時間が必要か」

 

呼吸を荒げて脂汗をかき、さらには吐血もした。よく見ると、首元の木の根がうねうねと生き物のように蠢いていた。

 

奴のあの力は完全なものではないのか…?

 

いずれにせよ、今この瞬間が攻める絶好のチャンスなのは確かだ。しかし魔法やオーラ攻撃は効かないし、直接攻撃も生半可な威力では神である奴には通用しない。一体どうすれば…?

 

「…赤龍帝、儂に力を貸せい。一矢報いる策がある」

 

「わ、わかりました!」

 

そのチャンスを活かそうと真っ先に名乗りを上げたのはオーディン様だった。どこか覚悟を決めた様子で、もがくロキを見据える。

 

呼ばれた兵藤はオーディン様の声に応じ、籠手の倍加の力を高めながらさっと駆け付ける。

 

〔Transfer!〕

 

オーディン様の背中にそっと触れると倍加の力がオーディン様に流れ込む。ただでさえ強大な神の力が神をも滅ぼす具現の力によってさらに膨れ上がった。

 

「なるほど、これが赤龍帝の神器の力…これなら」

 

当のオーディン様もこの力の膨れ上がりように満足そうに好戦的な笑みを見せた。籠手の力で老いた身の身体能力が増したのか力強く、かつ機敏な動きと共に槍を構え、くるくると回す。

 

「後のことは知らん!」

 

そしてなんと、体を捻って大胆にも槍を投擲した。放った老体に見合わず、神の槍は凄まじい速度でロキに向かって猛進する。

 

「ごあああ!!?」

 

突然オーディン様が鶏の首を締め上げたかのような悲鳴を上げ、腰と肩をさすりながらその場にうずくまった。年老いた体で無理に大振りな動きをしたから、それが祟ったのだ。

 

何て無茶なことを…。だが、オーラ攻撃ではない直接攻撃なら…!

 

「くっ!」

 

この攻撃は大樹の力で無力化できない。まだ苦痛に呻きながらもロキは咄嗟に嵐のように激しい無数の魔法を放ち、飛来する神槍を迎撃する。

 

「この攻撃は必ず通させます!」

 

「俺も手伝うとしよう」

 

〔Harf dimension!〕

 

しかし飛んでくる魔法の弾幕は、メリィさんの神器とヴァーリの使う『半減』の能力によって圧縮されていく。

 

圧縮され、威力も二人の神器の能力で奪われた魔法は易々と槍に突破されてしまう。

 

「まだだ…!」

 

それでも諦めないロキは今度は右腕を突き出し、前面に何重もの防御魔方陣を展開し槍を防御する。

 

槍が帯びる神聖なるオーラがロキのオーラと拮抗し、激しく火花と光を散らす。

 

魔方陣にビキビキとヒビが走り、ついにはバキンと子気味のいい音を立てると粉々に砕け散った。

 

「何ィ!?」

 

魔方陣を破壊した槍は再び前進し、大樹と同一化した右肩にズシャリと抉れたような深い切り傷を入れると勢いをそのままに彼方に飛び去る。

 

「あいつにダメージを与えられたぞ!」

 

「流石爺さんだぜ!」

 

その光景に、続々と歓喜の声が上がる。俺はマスクの下で目を大きく見開いた。

 

ついに、ついにあのロキにダメージを入れた…!卓越した魔法、神の名に違わぬ戦闘力を発揮し俺達を圧倒したロキに一矢、いや一槍報いたのだ。

 

オーディン様が自らの肩と腰を犠牲にして繰り出した一撃が、苦境に立つ俺達の心に希望の光をともす。神の圧倒的な力を見せられ、今まで険しかった表情が明るくなる。

 

「グングニルも元はユグドラシルから作られた武具じゃ。ユグドラシルそのものとなったおぬしの腕を貫くにはうってつけじゃろう?」

 

オーディン様も腰と肩の痛みに声を震わせながらも満足げな笑みを見せる。やがてさっき飛び去ったばかりの槍は意思を持つかのようにこちらへと飛んでき、オーディン様の手元に戻る。

 

「やってくれたな……オーディン!貴様の企みは私が打ち砕く。会談の日が貴様の命日だ、楽しみにしているんだな」

 

忌々し気に捨て台詞を残すロキ。突然の発作のような苦痛とオーディン様のグングニルのダメージに今まで見せてきた余裕は見る影もない。

 

苦痛に息を荒げ、目を細めながらさっと周囲に転移用魔方陣を展開し、そのまま転移の光に飲まれて姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これが、この異世界での第二の人生において長く続くことになる神という存在との最初の戦闘だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦いの後、馬車は駒王町の公園に降り立った。既に真夜中で近くの家の住人たちは寝静まっていることもあって辺りを照らすのは街灯と月明かり、そして満点の夜空を彩る星光だけだ。

 

「また会ったな、バカ」

 

出会って早々言われた言葉はバカだった。それはヴァーリが連れてきたチームメンバーの美猴から発せられた言葉だった。

 

こちとらへとへとだというのにこいつは…。アスタロトの時と言い俺がふらふらな状態な時に限って現れて調子こいた発言をしてくれる。

 

舐められるのも嫌なので、ここはきついながらも強がっておくとしよう。

 

「…ここに来るまでに語彙力を無くしてきたのか?俺を罵倒したいならもっと学を積んでこい」

 

「やかましいわッ!」

 

このうるさいカカ〇ットはさておき、ヴァーリの連れの中に初めて見る顔がいるな。艶やかな髪と同じ黒い着物に身を包み、豊満な胸を隠しきれていない妖艶な魅力のある女。何より目を引くのは黒髪から飛び出す猫耳だ。

 

猫耳でヴァーリチームということはこいつが…。

 

「あら、あなたと会うのは初めてね」

 

女は俺の視線に気づくと、艶やかな笑みを返した。

 

「黒歌よ、かわいい妹がお世話になってるにゃん♪それと、バカ猿と漫才コンビ組んでって聞いたけどホントみたいね」

 

「「組んでねえよ」」

 

こいつと漫才コンビ組んだ覚えはないし、今後組むつもりもないからな。

 

というか、こいつが話に聞いていた塔城さんの姉か。悪魔に転生したことで目覚めた力に溺れ、はぐれ悪魔へと身をやつした猫又。妹と違って何ともグラマラスな…。

 

「先輩…?」

 

はっ、後方から殺気!これ以上考えるのはやめておこう…。

 

「実はあの二人仲いいだろ」

 

「さあ」

 

俺達とは別に話をしていたはずの先生とヴァーリも俺と美猴のやり取りを見ていた。

 

いや、本当に仲良しじゃないからな?

 

「それはさておきだ。会談を成功させるために、ロキの撃退は必須なのだろう?」

 

美猴とのやり取りで脱線しかけた話をヴァーリが元に戻す。対する先生は渋い顔で答える。

 

「まあな、だがパワーアップした奴とフェンリルの相手は正直このメンバーでは無理だ、増援を呼ぼうにも英雄派のテロ騒ぎでどこの勢力も警戒して戦力は割けない。特にヴァルハラはロキの独断行動でさらに混乱状態に陥るだろうさ」

 

いよいよまずい状況になって来たな。こんなに厳しい状況はコカビエル以来だ。あの時は町が吹き飛ぶ制限時間には間に合わないが増援が来るようにはなっていた。しかし今回はそれもなし、挙句に相手は堕天使幹部を越えて神だ。もうこれ、詰んだんじゃないか?

 

「イッセー!大丈夫なの!?」

 

「平気です…それより」

 

声の聞こえた方を見れば、馬車から兵藤が出てきていた。あの戦いで一番ダメージが酷かったため休んではいたが大量出血の影響でまだ足取りはおぼつかないながらも真っすぐにヴァーリの方へ向かった。

 

「ヴァーリ…お前があいつを倒すっていうのかよ?」

 

「いや、流石の俺でも奴らの相手は荷が重い」

 

ふっと笑みを交えて奴はかぶりを振る。

 

だろうな。いくら魔王と天龍の力を持っているといっても、神と異形界トップレベルの力の持ち主であるフェンリルには勝てないか。

 

「…が、二天龍が組めばどうなるだろうな?」

 

しかしヴァーリは、意味深な言葉を放つ。奴の意図を読めない兵藤の眉が上がる。

 

「…何?」

 

「今回の一戦、俺の力を貸してもいい。神と一戦交える機会は滅多にないからな」

 

禍の団の一員となった白龍皇は大胆不敵な笑みを浮かべて、俺達との共闘を提案したのだった。

 




ロキの能力をまとめると。

・本来の神としての戦闘力の高さ
・世界樹の右腕でオーラ、魔力攻撃は何でも吸い取って自身の力に変える
・世界樹に秘められた叡智でさらに高められた魔法。ヴァリエーションも増加。
・相手の魔法は触れずとも計算式を理解し、崩すことができる。

次話もそこそこ書いておいたので早い可能性大。

次回、「紅白共闘戦線」


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第75話 「紅白共闘戦線」

Count the eyecon!
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翌日、兵藤宅の地下一階にある大広間に関係者が集まった。

 

オカ研組、生徒会メンバーことシトリー眷属、そしてヴァーリチーム。ヴァーリチームと言うこの場にいるにしては異様な存在が、既に顔を合わせた俺達は兎も角生徒会組の表情を硬くさせる。

 

オーディン様とロスヴァイセさんは別室で本国にロキのこと、そしてユグドラシルのことについて連絡を取っている。向こうもロキの動向については知らなかったらしく混乱しているようだ。

 

部長さんからサーゼクスさんにも話は伝わり、三大勢力全ての上層部にこの事件の情報が伝わることとなった。そしてその上層部が出した結論が…今、バラキエルさんやロスヴァイセさんなどヴァーリチームを含めたここにいるメンバーでロキとフェンリルを退けろということだった。

 

無茶にもほどがある。上は俺達、あるいは二天龍の力を過信しているのではないだろうか。兵藤は兎も角、ヴァーリですら白龍皇の力を完全には引き出していないのだ。『覇龍』を使えばどうにかなるかもしれないが、二度目の使用になる兵藤は今度こそ生命力を使い果たして死ぬ。

 

ヴァーリは魔王の血を引いているため、膨大な魔力に代償を肩代わりさせることができるがそれでも負荷が大きくもたないとされている。前回の戦いで唯一効果的なダメージを与えることができたオーディン様は会談に参加するため参戦は不可能。いずれにせよ、数名の戦死は確実だ。

 

問題は世界樹の力を手にしたロキだけではない。フェンリルもいることだ。奴は生み出したロキはおろか、全盛期の天龍並みの力を持っている。そんな相手、二人の『覇龍』でも勝てるわけがない。

 

増援は英雄派のテロで主要機関の警戒に戦力を当てなければならないため、期待はできない。やはりこのメンバーだけで奴に挑むしかない。

 

「……」

 

話し合いは始まっているが、この八方塞がりな状況に皆の表情は険しい。俺だけではない、全員が胸中不安だらけだ。

 

「…もう一度聞くが、お前が今回俺達に協力する理由は?」

 

「ロキやフェンリルと戦ってみたい、無論アーサーや黒歌たちから了承は得ている。それだけだが不服か?」

 

壁に背を預けて腕組むヴァーリは先生の問いにさも当然の如くはっきりと断言する。

 

なんともバトルジャンキーなことで。普通神と戦うって言ったらビビるのが普通だというのに、こいつには恐怖心ってものがないのかね。

 

ヴァーリの返答に、思った通りだと半ば呆れ気味に先生は軽く笑った。ヴァーリは禍の団に下る前はグリゴリに所属していた。その付き合いで先生はヴァーリの人となりをよく知っているのだろう。

 

「…お前らしいと言えばそうだし、不服かと言えばそうだが、こっちは猫の手も借りたい状況だ。だがお前が同じ禍の団の英雄派と繋がっている可能性もある」

 

「その点に関しては一切連中との関わりはないと断言しよう。互いの邪魔にならないよう、彼らとは相互不干渉の約束を結んでいる。しかしそちらが俺の提案を蹴った場合は、そちらを巻き込んで三つ巴の戦いを演じることになるが」

 

つまりは脅しか。こちらが提案を飲もうが飲むまいが、戦いには参加すると。何とも身勝手な連中なことで。

 

「…サーゼクスも、旧ルシファーの血を引くお前の協力を無下にはできないと言ってな。本当に甘い奴だが、俺も今回限りは協力したほうがいいと思っている」

 

俺達の代表ともいえる先生は渋々ながら言うが、一部の面子、特にシトリー眷属はまだ納得がいかないと硬い表情をしていた。アーシアさんを助けてもらったあの時、居合わせていなかったシトリー眷属が奴への好感度が低いのは当たり前と言えよう。

 

正直に言うと、俺も奴との共闘には気が乗らない。

 

奴はテロリスト、更に言うと裏切り者なのだ。かつてはアザゼル先生の下で動き、あの和平会談で敵に情報を流して裏切り、強者と戦いたいがために俺達に牙を剥き被害を出した敵だ。

 

一度は人の信頼を完膚なきまでに踏みにじった相手をどうして信用することができる?アスタロトの件では確かにアーシアさんを助けてくれたし、兵藤の覇龍の解除に一役買ってくれた。特にアーシアさんに関してはあいつがたまたま次元の狭間にいなかったら間違いなく死んでいた。

 

恩があるのはわかっているが…どうしても、奴を信じることができない。

 

「…監視をつけて、妙な動きをすればいつでも刺せるようにすればいいのではないでしょうか」

 

皆の奴のへの疑心を抱えた内心を読んだように、会長さんが一つ提案する。落としどころとしてはやはりそれか。逆にこいつの監視を務められるレベルの実力者はこの面々では限られてくるが、多少は気休めにもなる。

 

「ふっ、構わんさ。無論ただで刺される気は毛頭ないがね」

 

自信を不利に追い込む提案にもかかわらず、ヴァーリは相変わらずの何を考えているか読めない笑みを浮かべるだけだった。

 

「今こいつと手を組むか組まないか議論していたらキリがない。ヴァーリのことは置いといて、肝心のロキとフェンリル対策だ。今回、奴らに詳しいとあるドラゴンに知恵を貸してもらう」

 

疑心にピリピリする空気を変えようと先生が話題を変える。

 

今回の戦いは今までのように力のゴリ押しで勝てる相手ではない。奴への有効打になる策が必要だ。この策がうまく行くかどうかが勝敗を分ける。

 

「ドラゴンって誰ですか?それに奴らに詳しいって…」

 

「五大龍王の一角、『終末の大龍《スリーピング・ドラゴン》ミドガルズオルム』だ」

 

「五大龍王かよ…!」

 

五大龍王という名にドラゴンを内に宿す兵藤と匙が息を呑む。

 

俺達が今まで会ってきた、あるいは関係がある龍王は元を含めると3体。匙の神器に魂の断片が封じられていると言われているヴリトラ、アザゼル先生が契約し、人工神器に封じているファーブニル、そして最上級悪魔となったタンニーンさん。

 

早くも4体目の龍王の登場。このペースで行けば残りの2体も年内には会えそうだ。別に全員に会ったからと言ってどうするわけでもないが。

 

「ドライグ、アルビオン、ヴリトラ、タンニーン、ファーブニル。五体の力あるドラゴンの力で竜門《ドラゴン・ゲート》を開いて奴の意識を呼び出し、対策法を聞き出す」

 

ミドガルズオルムに続いて名だたるドラゴンの名が並び、大掛かりな作戦であることを認識させてくる。奴本体ではなく意識だけを呼び出すというのが気になるが…。

 

「先生、そのドラゴンに一緒に戦ってもらうという手は?」

 

折角五大龍王と接触するのだ。今回の戦いにおいて知恵だけでなく、力も貸してもらいたいところなのだが。

 

「いや、力はあるがあいつの巨体ははっきり言って戦闘の邪魔になるし、北欧の深海の奥底で眠ってばっかりのドラゴンだ。知恵を借りる以上の期待はできん」

 

だが先生は残念そうにかぶりを振る。

 

4体目の龍王は眠ってばかりの怠け者ね。戦闘の邪魔になるレベルの巨体って…もしかしてグレートレッド並みのデカさだったりするのか?いや、流石にそれはないか。あったとしてもあれの半分ちょっと程度だろう。

 

「ヴリトラって、俺もですか…」

 

匙は若干嫌そうに言葉を漏らした。二天龍、最上級悪魔という錚々たるドラゴンたちの中で自分だけ本来の龍の力を発揮できているわけではないことに気が引けているのだ。

 

「お前もドラゴンだからな、竜門の発動のために来てもらうだけでいい。今はタンニーンとの連絡が付くまで待っていてくれ。俺は今からシェムハザと話し合ってくる。バラキエル、お前もついて来い」

 

「私は一度天界に帰ってセラフ様達に報告していきます。イリナ、何かあったらすぐ連絡してね?」

 

短く話を切り上げる先生はさっさと部屋を出ていき、バラキエルさん、メリィさんとその後に続いていく。

 

話し合いが終わり、やることがなくなった俺達の間に気まずさすらある沈黙が流れ始める。普段のように過ごそうにも、ヴァーリたちがいるから動きにくいんだろう。

 

「……」

 

「なあ赤龍帝」

 

しかしその雰囲気を破るように美猴が軽い調子で兵藤に声をかける。

 

「何だよ」

 

「暇だからどっか遊べるところねえか?この家広いからそんくらいあるだろ?」

 

お気楽な質問にペースを崩され兵藤がずっこける。

 

遊べるところって…。さっきまで真剣モードでピリピリすらしていた空気を何でもないかのような何とも能天気な様子だ。

 

「ちょっと、ここはあなたの家じゃないのよ。そもそもあなたは敵、招かれざる客人なのよ」

 

しかし部長さんは奴の勝手を許さなかった。腕を組んで、毅然と奴の前に立ちはだかる。

 

だが美猴はそんな様子を意に介さずカカと笑う。

 

「お堅いなぁ。そんなだとおっぱいまで硬くなっちまうぜ、スイッチ姫?」

 

何気ない言葉が部長さんの胸ではなく怒りのスイッチを入れた。

 

刹那の間に部長さんが動く。おちょくった美猴の頭をどこから取り出したか鋭いハリセンの一閃がスパンと快音を響かせて直撃した。

 

「いってぇぇぇぇ!!叩きやがったなこのスイッチィ!!」

 

ハリセンを受けた美猴からたまらず喉から絶叫じみた声が迸り、打たれてひりひりと痛む頭を押さえて悶える。

 

一方の部長さんは怒りにわなわなと震えてハリセンをぎゅっと握りしめる。

 

「よくも私をスイッチ姫なんて言ってくれたわね…!あなたのせいで皆からその変なあだ名で呼ばれてるのよ!?」

 

「なんで怒るんだよ!?むしろ俺が付けたあだ名のおかげでガキんちょどもに人気が出たんだから感謝しろよ!」

 

売り言葉に買い言葉、すぐに部長さんとの喧嘩が始まった。紅髪のように顔を真っ赤にして怒る部長さんに、猿の妖怪らしくウッキーと声を上げて抗議する美猴。俺とこいつの関係も大概だが、部長さんとの関係も大概だな…。

 

だが。

 

「招かれ猿、か」

 

「お前もお前で反応してんじゃねえ!!」

 

見ざる聞かざる言わざる、そして招かれざる。これは日光のサルたちの仲間入りかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数時間後の兵藤宅の地下トレーニングルーム。そこの設備として備えられたランニングマシンを稼働させ、俺はひたすらに走りこむ。

 

これから起こる戦いへの不安、敵と手を結んで肩を並べて戦うことへの不満、それらを少しでも押し殺すために何かに必死に打ち込もうと俺はここに来た。

 

初めてポラリスさんと会った時に教えてくれた方法だ。不安なこと、悩みがあれば何でもいいから必死に打ち込んでみる。

 

アザゼル先生の作戦でミドガルズオルムの召喚に成功して上手く情報を聞き出せた匙も加わり、共に走り込みの真っ最中だ。

 

「今日はとんでもない一日だったぜ…」

 

隣で走り込み、汗に顔を濡らす匙が今日の出来事を振り返り、しみじみとした調子で呟いた。

 

「いきなり北欧の神ロキとフェンリルと戦うなんてとんでもないことを聞かされて呼び出され、挙句の果てに最上級悪魔のタンニーンさんとそれを上回るとんでもないデカさのミドガルズオルムと会ったんだぜ…?」

 

「うん」

 

「うんって何だよ!?驚かねえのかよ!?」

 

「前にグレートレッドを見たし…何ならロキと戦ったし…」

 

「そうだもんな…お前らっていっつもとんでもない連中とばっか戦ってるんだもんな…。たまにグレモリー眷属じゃなくてよかったなぁって思うときがある」

 

おい匙、お前軽く引いてるだろ。俺も今までの戦いを振り返るたびに自分でも引いてるんだけどさ。

 

何か、異世界でファンタジーって言われて来たからもうちょっとのびのびとした感じだと思ったんだけどさ…普通に現代文明だし、やってくる敵が堕天使の幹部とか、神とか、さらには妹とかハードすぎないか?

 

俺、あの駄女神に恨まれるようなことしたかな…。前世、あるいは前世のさらに前世の行いが悪かったのだろうか。前世の前世は知らないが前世は悪いことした覚えはないんだが。

 

「ついでに言うとミドガルズオルムはグレートレッドよりデカいらしいぞ」

 

「あれより大きいドラゴンっていたのか…道理で先生が邪魔になるって言うわけだ」

 

さらりと匙が付け加えた。グレートレッドの大きさが確か数100mだから…史上最大のサイズのドラゴンになるのか?

 

「……」

 

会話は途切れ、沈黙が流れる。

 

ロキとの戦いが重く心にのしかかっていて、余裕が持てないのだ。だから会話もあまり弾まず、続かない。

 

この質問は匙の不安をぶり返すことになるかもしれない。だけど聞いてみたい。思い切って、俺は匙に問う。

 

「…匙、お前神と戦うのが怖いか?」

 

俺は他の人がどう思っているのか聞いてみたかった。皆、俺のように不安に襲われているのか。それとも何か別の思いを抱いているのかを。

 

やはり一度は相手にしたとは言え、圧倒的に格上の存在である神との戦いへの不安が拭えない。

 

まだこの世界に来てから1年と経たない俺にはそこまで格上と戦う力もなければ、心の準備もできていないのだ。

 

ヴァーリチームの協力を得られたとはいえ、依然として勝利の可能性は厳しい物がある。全滅の可能性を考えると不安で仕方ない。

 

俺達が負ければ、当然奴はオーディン様を殺し、三大勢力に恨みを持っているためアザゼル先生はもちろん日本の神々にもフェンリルと共に牙を剥くかもしれない。そうなれば、この国の異形界は大混乱に陥ってしまう。いや、この一件は異形の世界を揺るがす大事件として歴史に刻まれることになろう。

 

俺達は絶対に負けられないのだ。だがわずかしかない勝利の可能性と、負けが許されないプレッシャーに今にも押しつぶされそうになる。

 

「…まあ怖いな、正直言ってどうやって神に勝てるって言うんだ?一年どころか、下手しなくても一生勝てないだろ」

 

匙は俺の質問にやや表情を暗くしながらも答えた。やはり不安なのは俺だけじゃないのだ。

 

「でも、俺はやるさ。会長にカッコいい所見せたいからな。男なら好きな人の前でカッコつけたいだろ?そんで生きて帰って、俺は会長とデキ婚するって夢を叶えるんだ」

 

しかし不安に囚われるだけの俺と違って、匙はにっと笑った。

 

自分の夢のために、惚れた相手のために命懸けでかっこいいポーズを取ろうというのだ。俺は驚いた。

 

…こいつは兵藤と同じだ。好きな人のためにどこまでもがむしゃらに突き進めるタイプの人間。こういうタイプの人間を見ると羨ましく思える。俺は…思いを告白してはならないから。ポーズを取っても、その先に進むことはできないから。

 

「…お前の夢はさておき、カッコいいと思うよ。会長さんが振り向いてくれるといいな」

 

でも、こいつの応援をすることはできる。あのお堅い雰囲気の会長さんを攻略するのは大変だと思うが、その分振り向いてくれた時の嬉しさもひとしおだろう。

 

「おう、そう言うお前も頑張ってゼノヴィアさんを…」

 

「何をお話してるの?」

 

会話の途中に割り込む声。誰だと思うと、チェストプレスに使う訳でもなくただぞんざいに腰かける女、ヴァーリチームの黒歌がいた。

 

反射的に稼働するランニングマシンを止めて、さっと身構える。さっきまで喋っていた匙も同様に動いていた。

 

「お前は塔城さんの…」

 

共闘関係にあるのはわかっているが、どうしても敵対していた時の気持ちが抜けない。戦いへの不安がさらにそれを加速させているのもあった。

 

「そんな怖い顔しなくていいじゃない、ヴァーリが帰ってくるまで暇こいてただけよ?冷蔵庫のつまみ食いはしたけど悪いことはなーんにもしてないにゃん」

 

身構える俺達に対して黒歌はむしろ自分の仕掛けた悪戯の反応に面白がるように笑う。

 

ってか冷蔵庫のつまみ食いって悪いことしてるじゃねえか。夕飯前におなか空かせて冷蔵庫を漁る子供かお前は。

 

「お話し中だったみたいだし、せっかくだからお姉さんの話も聞いてかない?」

 

「…聞くだけなら」

 

こいつの口から何が飛び出すかは知らないが、今は共闘関係にある。話を聞くだけならいいだろう。

 

俺の返事に、一瞬ニヤッとした笑みが浮かんだ。

 

「いやーそれがね?赤龍帝ちんと子供作りたいから誘ったんだけど、周りのガヤのガードが固くてねぇ…」

 

「こ、子供を…」

 

子作りと言う言葉をあっけらかんと口にする彼女に俺は軽く引いた。

 

ゼノヴィアみたいなことを言うな、こいつは。うちの周りってそういう女性多くないか?アーシアさんとか塔城さんは兵藤の影響を受けてるところも多分にあるが。

 

「そそ、私、強いドラゴンの子供が欲しいの。ヴァーリにはそういうのに興味ないからって断られちゃったし、逆にそういうのが大好きだって言う赤龍帝にお願いしてるの」

 

消去法で選んだのか、一度は戦った相手にヤらせてくれなんて何て図太い神経の持ち主だ。いや、その図太さこそが種族もバラバラで自由なヴァーリチームの面々が共通して持つものかもしれない。

 

「…龍王の子もいいかもしれないわね。ヴリトラ君、私と子供作ってみない?デキたら私がちゃーんと育てるし、あんたの手はいらないからさ♪」

 

ぺろりと舌を舐めずり、匙に上目遣いで誘惑的な視線を送る。豊かな胸をこれでもかと押し上げて強調し、男の本能をくすぐる。

 

「う…い、いや!俺には会長と言うただ一人、心に決めた人がいる!お前の誘いには乗らないぞ!」

 

女らしさに満ちた女体、魅力的な誘いに唾を飲んでたじろぐも匙は屈しない。

 

匙が会長さんに抱く思いは熱く、揺るがないのだ。こいつの志に男として尊敬するぞ、俺は。

 

「ふーん。まあいいや、がんばって赤龍帝ちんを落とそ♪」

 

しかしそれでもと粘るかと思いきや、意外にもあっさりと諦めた彼女はくるりと背を向ける。

 

「いや俺には来ないのかよ」

 

彼女の素っ気ない態度に俺の口から反射的なツッコミが飛び出した。

 

兵藤、匙と来て次は俺だとこの流れは男なら少し期待してしまうだろう。俺だけ仲間はずれなのはちょっと傷つくぞ。

 

「あんたはまあ童貞だけど別にドラゴンでも何でもないフツーの人間だし、そこまで大したことないかなって」

 

「な…」

 

しかし振り返る黒歌は冷めた目でお前には興味ないと言わんばかりにあっさりと突き放す。

 

何気ない一言が、俺の心を大きく傷つけた。

 

何でもない。大したことない。

 

俺が…何でもない、大したことのない男。

 

俺が…俺が…。

 

男として、彼女の言葉に深くショックを受けてしまいずさりと両膝を突いてうなだれる。

 

「紀伊国?」

 

「兵藤だってまだ童貞なのに…匙だって童貞なのに…そこまで言わなくたっていいじゃないか……」

 

ただの人間だからって…そんな俺でも一生懸命頑張って戦ってきたし、模擬戦だってやって戦いに備えてきたんだぞ?それなのに童貞と言う条件は同じでも、種族が平凡な人間だからダメって、俺は何をしたらいいんだよ……。

 

…ていうか何で俺が童貞だってわかった?もしかして、こいつ雰囲気的にがっつかない奴だから童貞だろとでも思われた?

 

……ますますショックだ。

 

「き…紀伊国…お前は人間でもすげえ奴だから、大丈夫だって。ほら、お前にはゼノヴィアさんがいるだろう?」

 

俺のへこみようを見かねた匙が慰めの言葉をかけてくれる。慰めてくれるのは嬉しい。嬉しいけど、やっぱりそういう目で見られてあんなこと言われたらショックなんだよ…。

 

「お。でもからかいがいはありそうね♪そこは気に入ったわ、じゃあねー♪」

 

へこむ俺を見て面白いおもちゃを見つけたように嬉しそうに笑うと、今度こそ踵を返してふらりと去って行った。

 

猫又と言うだけあって、猫耳と言う見た目だけじゃなく本当に猫みたいな奴だ。いや、はぐれ悪魔だから野良猫と言うべきか。普段は気まぐれで動いて、自分の好きな時だけ人に絡む。

 

しかしどうして、ああいう奴がヴァーリと行動を共にしているんだろう。自由に、気まぐれに動く者同士類は友を呼ぶという奴なのか。

 

だとしたらヴァーリチームは野良猫の集まりだ。……あれ、この表現だとあいつらがかわいく思えてきたぞ。

 




次回、「人と堕天使の狭間で」


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第76話 「人間と堕天使の狭間で」

お待たせしました。次のロキ戦までオリ展開を含めて多くとも5話はかかりそうです。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
5.ビリーザキッド
7.ゴエモン
9. リョウマ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
13.フーディーニ



翌日の朝、またも昨日と同じ面々が同じ場所、兵藤宅の地下一階の大広間に集合した。その理由はミドガルズオルムから授かった知恵を基にした対ロキ・フェンリルの策を組み込んだ作戦の説明が行われるからだ。

 

作戦が決まったというのもあり、昨日と比べると皆の固く先行きの見えず不安だった表情は幾分か落ち着きが見られる。あとはどれだけ作戦が有効であるかどうか。

 

ちなみに今日は平日。本当ならこの時間は学校にいるが、非常事態ということで休みにしてもらっている。学校生活が好きなゼノヴィアはいたく残念がっていた。同じ教会育ちでこの町に来るまで学校生活に触れることがなく、新鮮に感じるアーシアさんもそうだが、その思いを押し殺して今この場に参加しているのだ。

 

「よし集まったな、これから作戦を説明する。が、その前に……」

 

皆をこの場に呼び集め、その注目を一身に受ける先生が話を切り出す。

 

「爺さんからのプレゼントがある。…雷神トールの戦槌、ミョルニルのレプリカだ。爺さんが隠してやがったんだ。よくミドガルズオルムは知ってたな」

 

「ほう、雷神トールの…」

 

雷神トールの名にヴァーリの表情がぴくりと動いた。その瞳にあるのは好奇の色だ。その理由は言うまでもなく雷神トールの名にある。

 

確か雷神トールはフェンリルと同じく全勢力でもトップ10に入るくらいには強いんだったか。あのバトルジャンキーがそんな強者の名前を出されて滾らないはずがない。

 

…俺には強者との戦いを求める思考はよくわからない。自分が戦うのではなく、他人が戦っているのを見るだけなら面白いとは思うんだが。

 

「これは作戦の要の一つだ。使うのはお前だ、イッセー」

 

「お、俺ですか!?」

 

「そうだ。ロスヴァイセ、渡してやれ」

 

「はい。こちらがミョルニルのレプリカになります。この度、オーディン様が赤龍帝に貸し出すとのことです、どうぞ」

 

いきなりの指名に鳩が豆鉄砲を食ったような反応をする兵藤の前にロスヴァイセさんが出ると、例の物を丁寧に差し出す。戦槌が放つ仰々しい雰囲気に呑まれ、兵藤はゆっくりと戦神の武具、ミョルニルのレプリカを受け取る。

 

「……なんかすげぇ豪華なハンマーだ」

 

見たまんまの感想を述べる兵藤、俺が内心に抱いた感想もそれと大差ない。見た目は大工が使うハンマーに金色の装飾や紋様を施したものだ。よく見ると、オーディン様のグングニルと似た紋様も刻まれている。ルーン文字の一種だろうか。

 

「レプリカと言っても本物に近い力、神の雷を秘めている。本来は神にしか使えないが、バラキエルとシェムハザの協力で一時的に悪魔でも使える仕様にした」

 

「少しオーラを流してみてください」

 

「は、はい…」

 

ロスヴァイセさんの指示に従い、ハンマーを手に持つ兵藤がふっと力を籠める。

 

「うぉ!?」

 

ただのそれだけで急にハンマーが何倍にも天井に届かんばかりに膨れ上がるように大きくなった。突然のサイズと重さの変化にびっくりした兵藤がうっかりハンマーを落とすと、柄が地を叩いてゴッという破壊音と共に床にヒビが入ってしまう。

 

間一髪、天井まであと一センチというところで巨大化は収まったのでどうにか天井をミョルニルが突き破って地上1階にこんにちはすることはなかった。

 

「でっかくなっちゃった!?」

 

いきなりの巨大化にオカ研組は度肝を抜かれた。

 

そんなに大きくなって……巨人が使うんじゃないんだぞ今回。こんなサイズのハンマー振るえるわけない。デカくなりすぎだろう。

 

「オーラを流し過ぎだ。それから無暗に振るうなよ?高エネルギーの雷で周囲一帯が灰になるからな」

 

「こ、こえぇ……」

 

先生の話に戦々恐々としながらも落としたミョルニルの柄を再度握りオーラを緩めると、巨大化した槌は元のサイズにしゅるしゅると縮んでいった。

 

レプリカでさえ周囲一帯が灰になるレベルの威力、流石は戦神の武器だ。こんなに強力な武器を貸し出してくれたオーディン様には頭が上がらない。

 

「そして、今回の戦いに備えてグングニルのレプリカも用意している。そっちは大昔に作ったのはいいが、特に使われることもなく宝物庫に埋もれているのを絶賛捜索中だ。奴が次に来る会談の日までには絶対に持ってくるとのことだ」

 

グングニルと言えば、オーディン様がロキとの戦いでダメージを与えた神槍だ。あの戦いで唯一ロキにダメージを与え、俺達に一筋の光明をもたらした槍。

 

神の武具のレプリカを2つも持ってくるとは、相当大掛かりな作戦になりそうだ。というよりロキを相手にするからにはそれくらいの備えがないと不十分…いやむしろこれでも足りないくらいだろう。

 

「グングニルのレプリカは誰が使うんですか?」

 

となるとやはり気になるのはその使い手。当然、これを任されることは今回の作戦で大役を任されると同義になる。一体この中の誰がその大役を担うのか。

 

「お前だ」

 

「…えっ」

 

先生は俺の質問に即答する。まさかそんなことはと虚を取られた俺の口から変な声が漏れ出た。

 

俺?俺があれを使うのか?

 

「グングニルはお前が使え。ただし、使用するにあたって条件が一つある」

 

先生が俺に向けた指を今度はすっと上に向ける。

 

「コカビエルとの戦いの領域まで、お前の力を極限まで高めることだ。今までの戦いのデータの中でもあの戦いが最も神器の力が発揮されていた。それができなければグングニルは発動できない…あれもまた、神の武具だからな。本来人間が使える代物じゃないし、使うにしても相応の力が求められる」

 

「う……」

 

その厳しすぎる条件に言葉が詰まった。

 

ポラリスさんの言葉で戦う意思を決め、コカビエルと対峙したあの時。今でも鮮明に覚えている。普段とは比較にならない反応速度、急激に跳ね上がった身体能力、全身のラインから迸る青い光。俺の意志に呼応してその力は極限まで高まっていた。

 

当時の実力的にもまず俺はコカビエルに勝てる可能性はただの1%もなかったはず。それがどういうわけか、倒せてしまった。後にも先にもあそこまでの力を発揮できたのはあの戦いだけ。もしかすると、凛との戦いの最後のゴリ押しは近い力は発揮できたかもしれない。

 

…自分で言うのもなんだが俺、なんであの時コカビエルを圧倒できたんだろうな。十中八九ゴーストドライバーの力のおかげだが。

 

考えられるのは先生が解析した結果判明した神器の要素と、ドライバー独自の謎の技術による相乗効果。どうにもこのドライバーにはとんでもない力が秘められているらしい。いつかこのゴーストドライバーに秘められた謎も解き明かしたいところだ。

 

だが正直に言ってあのレベルの力をまた発揮できる自信はない。あれはやろうと思ってできる類のものではないし、こんな不確定な要素に頼ろうなど、作戦としては博打のようなものだ。

 

むしろ、そんな不確定なものに頼らざるを得ないくらい厳しい条件での戦いだということか。英雄派のテロでピリピリしてるこのタイミングでよくもまあこんな面倒ごとを起こしてくれた。

 

「ヴァーリじゃダメなんですか?」

 

覇龍をコントロールできるレベルの魔力の持ち主であるヴァーリなら厳しい条件がある俺よりも上手く、確実に使ってくれそうなんだが。

 

「俺に外付けの力はいらない。天龍の力のみで、俺は神に挑む」

 

だがヴァーリは相変わらず自信満々に笑むだけだ。魔王ルシファーと二天龍の片割れの力を持つ奴は神の武具がなくとも己の力のみで何とかできると言えるほど自信があるらしい。

 

先生も奴の自信ありげな態度に思った通りだと苦笑して見せる。

 

「…だそうだ。それにこいつは『禍の団』なんでな、そんな希少なモノを渡したらコトだ。最悪の場合は任せることになるがな」

 

ですよねー。戦いが終わった後も「気が変わった」と言って借りパクされたら溜まったものじゃない。しかも神の持ち物だから文字通り罰が当たるぞ、天罰だ。

 

「では作戦の説明を始める。まずは会談の会場で奴の出現を待ち、シトリー眷属の力で奴を強制転移させる。奴の魔法を無力化できる能力に対抗できるよう、この手の結界に詳しいアジュカ・ベルゼブブとラファエルが共同で転移結界の術式を構築している。後でシトリー眷属はそれについて説明するから来てくれ」

 

「わかりました」

 

話は変わり、ようやく本題である作戦内容についての説明が始まる。

 

現ベルゼブブはサーゼクスさんと並ぶ悪魔と言う種のカテゴリーを外れたとも言われる常軌を逸した力の持ち主『超越者』の一人。パーティー会場の時に会ったラファエルさんはあらゆる傷を癒すオーラ、卓越した結界術で多くの天使を救い名を馳せた。その実力はあの最強の熾天使にも劣らないとも言われている。

 

そんな二人が組めばあるいはと希望が見えてくる。本当なら、一緒に来て戦って欲しかったが。

 

「転移した先は冥界の採掘場だ。広大で、存分に暴れられるようになっている。ロキの相手は二天龍と悠が担当する。フェンリルは残りのメンバーで対処してもらい、強化したグレイプニルの鎖で拘束する」

 

フェンリルは倒すのではなく拘束か。やはりこのメンバーでは倒すのは困難と判断しての手だ。いっそ抑えている間に全員で集中攻撃をかけて倒すというのは…いや、むしろ俺達の攻撃のせいでグレイプニルの鎖とやらが外れたら目に手も当てられなくなるな。

 

ここは犬、いや狼らしく首輪を掛けて大人しくしてもらおう。

 

「そして問題のロキだが…奴の厄介な右腕をグングニルのレプリカで破壊、あるいは切断する。それからミョルニルの一撃で奴にとどめだ」

 

「あの右腕を破壊するのね、本当にできるの?」

 

「ああ。奴の能力は前回の戦いを見るに、異能の攻撃へのアンチに特化している。オーラの吸収、魔法の無効化、そして元々備えている突出した魔法の腕前……近接戦においても世界樹の腕は聖魔剣と打ち合えるレベルの強度は持っている。付け入るスキがあるとすれば近接戦だけ。おまけに奴は神ときた、今のあいつとまともに戦える奴はかなり限られてくる」

 

魔力やオーラの吸収は中々に厄介だ。それはつまり、パーティー会場を襲撃された時のように戦闘を自身の強力な魔力に頼るほとんどの上級悪魔が封殺されることに他ならないからだ。

 

現に部長さんと朱乃は先の戦いで得意の滅びの魔力と雷を無力化されてしまった。グレモリー眷属の主戦力でもある二人を封じられるのはかなり痛いところである。

 

「だが言ってしまえば今の奴の強さのほとんどが世界樹の腕によってもたらされたものだ。あの戦闘で分かったが、決して破壊できないものじゃない。あれをどうにかできれば勝ち目は見えてくる。そしてその攻略法は爺さんのおかげで見いだせた」

 

「…そういうことですか」

 

先生の言わんとしてることを察した会長さんがくいっと眼鏡の位置を戻す。俺も話が見えてきたぞ。

 

「そうだ。奴の腕を破壊するにはおそらく、グングニルしかない」

 

そして作戦の根幹、前提とも呼べる事実をはっきりと断言した。

 

「同じユグドラシルを源にする力、爺さんのオーラ攻撃が奴の腕に吸い取られながらも多少のダメージを与えられたのは多分それだからだろうな。まったく、爺さんには感謝してもしきれないぜ」

 

聞けば聞くほど、なんともグングニル頼りな今回の作戦。それしか手がないのは承知だが正直、そのグングニルを任された人間の気にもなってほしい。

 

それにしてもまさかあの最後の攻撃が攻略の糸口になり、ここまで希望をもたらすことになろうとは。オーディン様が腰と肩を犠牲にした甲斐があった。今までエロ爺とか内心思ってしまって本当に申し訳ない気でいっぱいだ。会談が終わったら詫びのしるしに何かおいしいお土産でも渡しておこう。

 

「そして最後に匙」

 

「は、はい!」

 

先生に呼ばれた匙の背筋がビシッと正される。匙にも何か大きな役目を頼まれるのだろうか。

 

「お前のヴリトラ系神器で試したいことがある。お前も作戦で重要な役だからな」

 

先生の話に匙は一瞬話が読めないと顔をぽかんとさせた。そして動揺は遅れてやって来る。

 

「いやちょっと待ってくださいよ!俺無理ですよ!?ロキやフェンリルと戦えませんって!俺、会長たちと一緒に転移させるんじゃなかったんですか!?」

 

たたみかけるような早口で内心の動揺も露わに必死に先生に抗弁する。今までの作戦の内容から転移要員ということでロキとの戦いを避けられたと安堵してからのこれだ。本人にとっては命乞いと何ら変わりないだろう。

 

言っちゃ悪いが匙も前線で俺達と戦うのは厳しいかな…。禁手になれないのはもちろんだが、ヴァジュラの雷もオーラ攻撃だからあまりある威力で多少のダメージにはなってもユグドラシルの腕がある限りは決定打にならない。

 

そして何よりあれは寿命を削る技だ。会長さんもなるべく人生に響くような負荷を匙にかけたくはないだろう。

 

匙のてんやわんやな慌てっぷりに先生は苦笑した。

 

「何も前線で戦えって言ってるわけじゃない、ヴリトラの呪いの力で二天龍と悠のサポートだよ。そのためにちょいとトレーニングと実験をする必要があるから、今からグリゴリに直行だ」

 

「い、今からですか!?ていうか今実験って言いませんでした!?言いましたよね!?」

 

「ああ、実験だ。ソーナ、こいつを借りていくがいいか?」

 

「構いません。匙、強くなってきなさい」

 

「か、会長ぉ…」

 

匙の悲痛な訴えは無視され、会長さんから無慈悲にもゴーサインが出される。

 

実験されるのか…。先生が言うとなぜかトレーニング2、実験8の割合に思えてくるのは気のせい…だと思いたい。

 

打ちひしがれる匙はばっと振り向く。その視線の先にいた相手は。

 

「兵藤!お前ならたす…」

 

「匙、先生のしごきは地獄だ。俺は夏休みの修行で死にかけた。今度はお前の番だ」

 

助けを求める匙に返す兵藤の笑顔はすがすがしいほど晴れやかだった。

 

「よし、んじゃ行こうぜ」

 

「お前ェェ!!」

 

匙の懇願は届かず無情にも開かれる転移の魔方陣、先生と共に光に消えゆく匙が最後に見せた表情に涙が走っていた。

 

…あいつ、本当に生きて帰ってこれるんだよね?作戦に出すとは言われてるけど、この様子を見ていたら心配になって来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

 

 

 

 

説明会が終わってしばらくした後、俺は廊下を歩きVIPルームへと足を運ぶ。先ほど説明された作戦について先生に訊きたいことがある。

 

グングニルを発動できる領域まで、本番で俺がうまく力を高められる自信はない。だから手を打たなければならないのだ。より確実に、短期間で神器の力を増大させる手を。餅は餅屋ということで、先生の助言を伺いに行こうというわけだ。

 

もちろん先生が言うように最悪ヴァーリに任せる手もある。だがそれだけは避けたい。単に俺があいつを信用できないのもあるし、何よりあいつに美味しいところを持っていかせるのは納得がいかない。今は手を組んでいるとはいえ奴は本来、敵なのだから。

 

今までの行いについて謝罪の一言でもあれば多少は信用できたかもしれないが、奴がそんなことを言うようには思えない。いずれにせよ、俺はこの不信感を抱えたままロキと再戦することになる。

 

「…」

 

目的の部屋を前にして、ドアをノックしようとした時室内から声が聞こえた。

 

『…わかった。助かるぜ、ミカエル。しかし本当にいいのか?そんな大戦力をこっちに回すなんて周りの連中が納得しないんじゃないか?』

 

『―――』

 

聞こえてくるのはアザゼル先生の声だ。言葉の内容からして誰かと会話しているのは間違いない。だが会話にしては妙に相手の声が聞こえない。もしかして通信魔方陣か?今先生はミカエルさんと通信している?

 

『いいや、それで十分だ。これなら作戦の成功率、いや勝利の可能性がグッと上がる』

 

『―――』

 

『ああ、作戦も会談も必ず成功させるさ。じゃあな』

 

…会話は終わったようだ。タイミングを見て、ドアを軽くたたいてノックをする。

 

『入れ』

 

「失礼します」

 

返ってくる先生の声、ガチャリとドアを開け、VIP用と言われるだけあってソファーもインテリアも見るからに高級そうな物ばかりの室内に進むと、ソファに腰を下ろして何枚かの資料に目を通す先生の姿があった。

 

「随分と早い帰りですね」

 

「他にやることがあるんでな。匙に関してはうちの優秀な研究者たちがばっちり仕上げてくれるさ」

 

資料を確認しながら言う先生の口元には不気味な笑みが浮かんでいた。本当にあいつは大丈夫なのだろうか…。実験の影響で頭のねじが数本飛んだりしない?

 

匙のことはさておきだ。早速俺はここに来た目的、本題に入る。

 

「先生、俺の神器の力を無理やりにでも引き上げることってできますか?」

 

「無理矢理、か」

 

「例えば、オーフィスの蛇みたいなドーピング手段とか」

 

英雄派の連中は神器使いにオーフィスの蛇を仕込んで各勢力の拠点に送り込んでいた。オーフィスの蛇で神器の主に禁手に関する未知の部分を刺激し、禁手の覚醒を促していたのだ。

 

向こうにできて神器研究で最先端を行くグリゴリにできないはずがない。その手の方法についてまさか何も研究していないことはないだろう。

 

「…お前、死ぬ気か?」

 

すっとオーフィスの蛇と言う言葉に先生の眉がつり上がる。長年神器を研究してきた先生の反応は、俺がいかに危険な賭けに出ようとしているかを認識させる。

 

リスクがあるのはわかっている。だが多少のリスクを背負ってでもやらなければ勝てる相手ではない。元々数名の戦死は確実とされていたのだ、それに比べれば安いものだ。

 

「どうなんですか?」

 

「…ハァ。グリゴリの技術ならできないこともない。だが、神器は魂と密接に繋がっている。神器をバーストさせれば相当な力が出るだろうが神器がぶっ壊れて死ぬぞ。仮に死ななかったとしても心が壊れて廃人になるのは避けられん」

 

盛大にため息を吐いて、神器研究者として真剣に説明を始めた。神器研究に携わる先生だからこそ、そのリスクがどれほど危険なモノか承知しているし説明に説得力がある。

 

…やはり、死ぬほどのリスクは伴うか。まだやらなければならないこともあるし、流石に死ぬのは勘弁だ。凛と言う不安の種を残したまま死ぬことはできない。何としてもあいつとの決着は俺の手で付ける。

 

ならどうすれば神器を人為的に強化するリスクを軽減でき…あ、そうだ。

 

「兵藤が使っていた禁手補助のリングは?俺が禁手になればグングニルを使える域に…」

 

和平会談の際に先生が兵藤に渡したリング。その力で兵藤は本来は未覚醒ながらも一時的に禁手を使い、ヴァーリと戦うことができた。

 

それを使えば、一応神器に分類されるゴーストドライバーの禁手を一時的でも発動できるのではないか?今の所禁手がない可能性が高いとされるこいつにも、禁手でなくともそれに近い力を発揮させることができるのでは?

 

「前にも言ったが精製に時間がかかる、今からじゃ間に合わん。それに、お前の神器は構造も力も全てが特別だ。無理に普通の神器と同じ様に扱って禁手を発動させればどうなるかわかったもんじゃない」

 

しかし先生は険しい面持ちでかぶりを振った。

 

「…ダメですか」

 

「それにそんな実験まがいのことをすれば俺の首が飛びかねないし、リアス達も悲しむ。ゲームとは違う、仲間の死と引き換えに得られる勝利なんてあいつらが望むと思うか?色々経験を積んできた俺だって、そんなのは御免だ」

 

「……」

 

先生の諭すような言葉に押し黙るしかなかった。

 

…そうだよな、あんなに心配してくれる奴らが、俺が死んだら悲しまないわけがない。ロキに勝つことはできてもその後が問題になってしまう。俺の死で仲間が救われるどころか傷ついてしまうのなら、やはりそれは俺の望むところではない。

 

もしやという希望を持ってこの場に足を運んだが八方塞がり、やはり都合のいいパワーアップアイテムは望めない。自力で何とかしろということか。

 

「…可能性があるとすれば、やはり何かお前の中で大きな変化があったら、だな。一か八か禁手に近い力を発現できるかもしれん。そうだ、お前まだ童貞だろ?」

 

「ふ!?」

 

ど、童貞って!何でいきなりそんなことを!?シリアスムードをいきなり壊さないでくれます!?というか二日連続で童貞呼ばわりされたぞ!

 

「そうかそうか…この際ゼノヴィアを抱いたらどうだ?もしかすると劇的な変化で起きる禁手みたいな力のトリガーになるかもしれないぜ?ついでにお前も男としてレベルアップできる。悪くない話だろ?」

 

最低なことを言いながらいやらしく先生が笑みを深める。

 

ど、童貞を捨てて禁手だと…!?何て最低なパワーワードを…!

 

「せ、先生!なんてことを言うんですか!?」

 

童貞捨てて禁手なんてそんな…それ、兵藤より酷いじゃないか!流石に嫌だぞ!!兵藤みたく冥界のゴシップ誌に載ってみろ、『推進大使、女を抱いて禁手になる!?』なんて見出しでコンビニやら書店に並び、果てにはニュース番組で放送される未来。

 

…考えただけで恥ずかしさで死にそうになる。顔から火を噴きそうになる。なれるとしても、絶対に別の方法で禁手になるからな、俺は!!絶対に俺は嫌だ!!

 

「ハハハ!何てな、冗談だよ」

 

そんな内心を見透かしたか先生は俺の反応を心底面白がるようにけらけらと笑う。

 

「ハァ、冗談には見えませんでしたよ…」

 

わりと本気で言ってたようにしか思えないんだが…。実は先生、兵藤という前例があるからいけるんじゃないかと本気で思っていたんじゃないだろうな?

 

「まあお前の意見はよくわかった。俺もこの戦いは保険を用意するつもりだ。後日伝えるからお前も模擬戦なりで力を高めておけ」

 

「はい…それと先生、朱乃さんのことで訊きたいことがあるんですけど」

 

「どうした?」

 

「先生って、バラキエルさんと朱乃さんの間で何があったか知っているんですか?」

 

バラキエルさんの上司、形式的には朱乃さんの上司でもあるアザゼル先生なら何か知っているだろうと思って、俺は訊ねた。

 

「…ああ、知ってるよ。全部な」

 

先生は隠すこともなく答える。足組む先生の表情に暗い影が差した。

 

「この際、お前も知っておいた方がいいかもな」

 

そして後悔と懐かしさの入り混じった色語り始めた。

 

今から20年以上前、任務で日本にいたバラキエルさんは偶然出くわした敵との戦闘で負傷し、近隣の神社に飛来する。

 

そんな彼を発見した神社の巫女は傷を負った彼を手当てし、介抱した。その巫女の名を姫島朱璃。彼女は日本の異形界では有名な術者の名家である五大宗家の一つ、四神の朱雀を司る姫島家の者だった。

 

介抱を受けるバラキエルさんは彼女と共に暮らす中で二人は惹かれあい恋仲に落ち、遠からぬうちに子を授かる。

 

それこそが今のグレモリー眷属の『女王』の朱乃さん。彼女は堕天使幹部のバラキエルと五大宗家の姫島、優秀な二つの血を継ぐサラブレッド、堕天使と人間のハーフなのだ。

 

生まれたばかりの娘と妻を放っておけないバラキエルさんは神社の近くに家を建て、そこで家族と一緒に暮らすことにした。

 

だが彼らの関係を認めない者がいた。朱乃さんの母方の姫島家が、堕天使が血族を洗脳し手籠めにしたと思い刺客を放ってきたのだ。元々厳格な家風であり、余所者や異端を嫌う五大宗家の一つたる姫島家の攻撃は激しかった。

 

しかし送られてくる刺客たちはバラキエルさんが全て追い払った。堕天使の中でも最高峰の実力者である彼に敵う者などそうそういない。家族の平穏は彼の手で守られたが、姫島家の追撃は激しかった。

 

襲撃は度重なり、姫島家の目に付かないよう彼らは慎ましい暮らしを送らざるを得なくなった。だが彼らは3人が一緒にいられるならそれでよかった、幸せだった。そんな彼らの暮らしは平穏に続いていくはずだったのだ。

 

そんなある日、バラキエルさんは家族の元を離れてしまう。どうしても彼でなければできない任務だったのでアザゼル先生が招集をかけたのだ。

 

そんな時に限って、奴らはまた現れた。

 

今回は今までのようなただの襲撃ではなかった。何度も撃退される術者たちが策を弄し、バラキエルさんに恨みを持つ者に家族の情報を与えたのだ。

 

果たして彼らはバラキエルさんが留守にしている間に3人が住んでいた家に襲い掛かった。朱璃は敵から娘を守ろうと必死に襲撃者を相手にした。危機を察知したバラキエルさんが家に戻ってきた時に家にあったのは血まみれで物言わぬ骸となった愛する妻と、泣きじゃくる娘の姿だけだった。

 

襲撃の時、襲撃者は朱乃さんに母を殺された現実を突きつけると同時に堕天使という種族の闇を語った。血生臭い光景、目の前で母を殺されるという辛すぎる現実は幼心に奴らの話と共に深い深い傷跡を残すことになる。

 

そして、どうして母を守らなかったのかとバラキエルさんを責め立てた。優しかった家族の思いでは母の死と共に終わりを告げ、絆はずたずたに引き裂かれた。

 

そこから今に渡るまで、朱乃さんは母を失った悲しみの記憶とあの時母を守ってくれなかった父への恨みを抱えることになったのだ。

 

同時に堕天使への嫌悪感も抱くようになる。あの黒い翼は、彼女が心の奥底に押し込んだ忌々しい記憶と父を呼び覚ますモノだから。

 

「…だから朱乃さんはバラキエルさんとアザゼル先生を」

 

「そう。全部、俺が悪いんだ。あいつを任務で呼ばなければ朱乃の母親が殺されることもなかったし、あいつが自分の娘にここまで恨まれることもなかった…俺があの家族を壊したも同然なんだよ」

 

語り終えた先生は普段の豪胆さはなく、自身の行いへの後悔、悲しみに満ちた表情で俯く。俺は先生にかける言葉も見つからない。

 

結果的にバラキエルさんを呼んだ先生が悪いと言えばそうなんだろうが、一概に先生を責めることもできない。悪気があったわけではないし、ましてや襲撃を予期することもできなかった。バラキエルさんにもバラキエルさんの任務があった。

 

…言い方は悪いが、起こるべくして起こったことだ。先生も、バラキエルさんも責められない。でも朱乃さんは違違う。目の前で母を失った、幼い朱乃さんはそうでもしないと心が壊れてしまっただろう。

 

「俺が夏休みの修行であいつに雷光を習得するよう言った時、あいつはどれほど苦悩しただろうな。話を聞いたお前ならどういう気持ちだったか少しはわかるだろう?」

 

夏休みの修行で朱乃さんは自信に宿る堕天使の力を雷に付与した雷光と言う技を習得するよう指示された。あの時の朱乃さんの表情には普段の穏やかな様子からは想像もつかないような憤怒があった。

 

あの時はどうしてだろうと思っていたが今ならわかる。自分に流れる堕天使の血の力を解き放つことはすなわち、嫌いな父の力を使うことと同義だからだ。

 

「だがそれでもあいつは戦う力が欲しいと、雷光を会得した。あいつもあいつなりに、自分に流れる憎い父の血と過去と向き合っているのさ」

 

「過去と向き合う、ですか」

 

グレモリー眷属は皆何かしら重い過去を背負っている。木場も、塔城さんも、アーシアさんも今まで様々な形で過去と直面し向き合い、それを乗り越えてきた。

 

そしてその時いつも隣にいたのは兵藤だった。がむしゃらなまでに困難に立ち向かおうとする彼の姿は、震える彼らの心を奮い立たせた。木場達本人に訊ねても兵藤無くして今の自分はないと口をそろえて言うだろう。

 

もしかしたら今回もあいつなら、と思ってしまう。朱乃さんは間違いなく兵藤に対し恋情を抱いている。父と再会し肩を並べて戦うになり、嫌でも過去と向き合わなければならなくなるあの人の心を支えてやれるのはあいつだけだ。

 

…どうやら、俺は戦って皆を守ることはできても、皆の心を救うことはできないらしい。それはやはりグレモリー眷属の中心になっている兵藤、あいつにしかできない仕事だ。

 

「…もしかしたら、あいつも心のどこかで大好きだった父を許そうとしているのかもしれん。雷光を身に付けたのも、その証なのかもな」

 

二人の関係に思いを馳せ、しみじみとした調子で独り言のように呟いた。

 

父と娘、間近に両者を見てきた先生は誰よりも壊れてしまった二人の関係を悔やんでいる。

 

もし、二人の関係を修復できたら。二人だけでなくきっと先生も救われるだろうな。二人がまた親子だと言えるようになった時、先生も長年心を縛り続けてきた後悔から解放される。

 

「先生。兵藤ならあの親子を救える、俺はそんな気がします」

 

少なくとも、俺はそう確信していた。あいつならやってくれると。あの記憶と悲しみを終わらせてくれると。先生はその確信に一瞬目をぱちくりさせた。

 

「…そうだな。俺じゃできなかったことを、あいつなら成し遂げてくれそうだ」

 

一拍間を置き、先生は様々な思いを乗せてフッと笑んだ。それからすぐにまた作業に戻った。

 

(朱乃さんも、バラキエルさんも、先生も救えるのはお前だけだ、兵藤)

 

彼らが救われるその時を、俺は願ってやまなかった。




童貞捨てて禁手化したらグリゴリの神器研究史に刻まれそう。

次回はいろいろと動きがあります。頑張って早めに上げたい…!

次回、「行かないでくれ」


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第77話 「行かないでくれ」

死ぬほど忙しかった…。疲れているせいかSAOのアドミニストレータにシンセサイズされる夢を見てしまった。失敗してたけど。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
5.ビリーザキッド
7.ゴエモン
9. リョウマ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
13.フーディーニ



その日の夜、自分の家に戻った俺は浴室でシャワーを浴びていた。

 

湯煙に曇る備え付けられた鏡には濡れた黒髪を水と一緒に垂らす自分の顔が映りこんでいる。

 

「…ホント、どうすればいいんだ」

 

鏡に前のめりになるように手を当て、映る自分の顔は実に情けないものだ。

 

今の俺の頭の中を駆け巡り、悩ませるものは3つ。

 

まずはロキ戦のことだ。

 

大役を任されたというプレッシャー、それが否応にも俺の心を圧迫する。絶対に失敗できない役目を確実に遂行できる自信もなくアザゼル先生にも聞いたがいい手立てを見つけられず、その不安は増していくばかりだ。

 

そしてもう一つは変わらず自分の心に影を落とし続けている転生のこと。

 

あの戦いでロキの言い放った「嘘つき」と言う言葉が、自分の心をとらえて離さない。一時は兵藤のおかげでなんとか振り払えたが、今の不安に煽られる精神状態がそれを蘇らせた。

 

そして最後に、朱乃さんの件だ。

 

今まで本人の見せる嫌悪感から触れづらかった朱乃さんとバラキエルの関係。事情を知って謎が解けたとスッキリしたかと思いきや、むしろ逆に余計に朱乃さんに話しかけづらくなった。このやりきれないもやもやがアザゼル先生の話を聞いてから胸につっかえたままだ。

 

そして今、大嫌いな父と共闘することになり心に押し込めてきたものをぶり返している。その証拠に、バラキエルさんがいない時でもそういうとげとげした雰囲気が出ているのだ。その雰囲気が、周りを遠ざけ不安を増長する。

 

正直に言って問題とは無関係な俺ごときが口出しできる問題じゃない。この問題は家族の問題ということもありやはり本人同士の間で解決するしかないが、当然朱乃さんにその意思はないだろう。だがもし、解決の糸口になる可能性があるとすればやはり兵藤だ。

 

朱乃さんが好意を寄せるあいつの話なら、頑なに父に心を閉ざす朱乃さんも聞き入れるかもしれない。

 

3つの不安要素が絡み合って大きな不安になり、強く、深く心を蝕んでいく。それに抗うことのできない俺は胸の内を吐露できず一人で悩み続ける。

 

無理に不安を打ち明ければ、さらに皆を不安にさせかねないからだ。だからこうするしかない。

 

「悠」

 

呼びかける声に意識は不安という黒い色に染まった思考の海から引き戻される。

 

いつの間にか鏡にゼノヴィアの姿が映っていた。その姿は惜しげもなく同性からも羨ましがられるようなスタイルを惜しげもなく晒す、一糸まとわぬ裸体である。

 

当然視線を背後にやれば、鏡に映るまま生まれたままの彼女が背後に立っている。

 

声をかけられるまで全く気付けなかった。それほどまでに、深く考え事をしていたということか。

 

「…人が入ってるのに勝手に風呂に入らないでくれ」

 

「すまない、けどどうしても君のことが気になったんだ。随分思い詰めているみたいだからね」

 

彼女も次の戦いのことが心配だろうに、いらない気をかけてしまったようだ。

 

それを差し置いても流石に全裸を見られるのは嫌だぞ…と言っても、子供を産むことが夢になった彼女はまず聞いてくれないのでもうそこはほぼ諦めた。いや、諦めてしまった。

 

「…作戦のことを考えていたのか?」

 

「ああ、はっきり言って俺には過ぎた大役だ。何でこんな役を頼まれるんだろうな、気に食わないヴァーリみたいに、俺なんかより適役はいるというのに」

 

先生も、誰もかれも俺がコカビエルに勝ったことで過大評価しすぎなのだ。あれはただの偶然、まぐれでしかないのに。俺がいつでもコカビエルに勝てると思ったら大間違いだ。

 

「…そうだね。無理に君だけが苦しみを背負う必要はない。たまには逃げたっていい」

 

「は?」

 

今、何て言った?逃げていいだと?

 

俺はにわかに、彼女の口からぼそりと出た言葉を信じられなかった。

 

その一方で、彼女は改まった表情を見せる。

 

「いや…今から私はものすごく自分勝手でわがままなお願いをする。でも、真剣に聞いてほしい」

 

「…わかった」

 

このタイミングで、あのゴーイングマイウェイな彼女が自分でもわがままと思うほどのお願いとは何だろうか。

 

彼女の表情に一瞬躊躇の色が見えたがフッと掻き消えると、切実な表情でノイローゼ気味の表情を浮かべたままの俺を見据えた。

 

艶やかな口が、ゆっくりと言葉を吐き出さんと開く。

 

「今回の戦い……君には出ないでほしい」

 

「は?」

 

予想だにしなかった願いに体が固まった。暗く沈んでいた心に驚きの波紋が走る。

 

「…俺に戦うな、って言うのか?」

 

「そうだ」

 

「…どうしてだ?いつにもましてお前らしくない」

 

彼女は俺がこの世界に来る何年も前から教会の戦士として聖剣を携え、幾度も死線を潜り抜け悪魔を屠って来た。聖剣使いとして、戦士としての誇りを持つ彼女が何故同じ戦士である俺に戦うな、逃げろと言うのか。まるで理解できない。

 

「…君はいつも、ボロボロになるまで戦ってきた」

 

恐る恐る理由を問い詰めると、ふと俯いて彼女は語り始めた。

 

「ヴァーリの時も、パーティーの時も、ネクロムの時も…いつも傷ついて、死にかけて…そんな君を見て思った。『悠が死んでしまうのは嫌だ、二人で過ごす時間が無くなってしまうのは嫌だ』って。君の傷つく姿を見るたびにその思いは強くなっていった。同時に、そう思うくらい君が私にとって大切な人なんだということに気付かされたんだ」

 

「…!」

 

話が進むにつれてより彼女の顔が俯いていく。そして彼女の思いの告白に、俺はハッとした。

 

今まで…ゼノヴィアがそんなことを思っていただなんて誰よりも彼女と過ごしていながら俺は露程も予想もできなかった。

 

「今だって、君はこんなに辛い思いをして悩んでる。心も体もすり減らして…傷つくばかりじゃないか」

 

語る彼女の声が若干上ずり始めた。その表情は俯いたままで窺うことはできない。

 

「いつか…君が戦い続けて本当に死んでしまうんじゃないかと思うと、本当に、たまらなく悲しくて…寂しくて…辛いんだ」

 

彼女が風呂場のタイルを踏み一歩近づくと、温かな身を寄せてきた。密着する柔らかい肌から彼女の温もりが内に秘める思いをこれでもかと訴える程に伝わってくる。

 

「私がとんでもないことを言ってるのはわかってる。お前が戦わなかったら、作戦は成功しない。でも…それでもお前にこれ以上苦しんでほしくない、死んでほしくないんだ…!」

 

「ゼノヴィア…」

 

そして、隠してきた顔を上げ、見せた。

 

「だから…行かないでくれ」

 

溢れ出す感情が、涙と共にボロボロと流れていく。真っ赤な泣き顔で俺を真っすぐに見据えて感情のままに切なる願いを痛烈に訴えてくる。

 

いつも身近にいながら、全然気づけなかった彼女の思い。

 

戦うことで皆が守られる、救われる。力の責任を意識するあまり俺は今までそうだと、それが当然なんだとしか思っていなかった。

 

でもそうじゃなかった。俺が戦って傷つくことでこんなにも悲しむ人がすぐそばにいる。そしてその人は今俺に戦うなと言っている。

 

何て俺は罪深い人間なんだろう。自分が苦しめば、その自分の周囲にいる人間も苦しませてしまう。生きることは苦しむことなのか、これが誰しも人生は一度という生命の理を意図せず外れて、別の世界でさらなる人生を得た代償とでも言うのか。

 

…それでも、それでも俺は。

 

「…残念だけど、お前の望みを受け入れることはできない。俺は戦わなくちゃいけないんだ」

 

俺は、そんな彼女の願いを叶えることはできない。それでも俺は戦う道を選んだ。

 

こんなになってまで死んでほしくないと訴える彼女の思いを断るのは辛かった。それでも、俺は断らなければなら

ない。

 

「どうして…?どうして君はいつも…!」

 

「ロキの言う通りなんだよ」

 

理解できないとばかりの彼女の追及を自嘲気味の言葉で遮る。

 

「…俺は嘘つきだ。こんなに心配して、信じてくれる皆に一人言えない秘密を抱えて…打ち明けたら今の皆との関係が崩れてしまうんじゃないかとビビってる、俺はとんだ臆病者の嘘つき野郎だ」

 

自分の思いを打ち明けてくれた彼女に対し俺はありのまま、胸に抱える不安を打ち明ける。

 

「だからこそ俺は皆と一緒に戦わなきゃいけない、守らないといけない。お前たちが命懸けで戦って苦しんでいるのに一人だけ何もせず逃げ出したら、俺は本当に最低の嘘つき野郎になってしまう。それだけは、越えてはならない一線なんだよ」

 

もう二度と、あの時のような思いはしたくない。あんなみじめな姿は晒さない。嘘を抱えていく以上、皆のために戦うという誓いを守り続ける。それだけは決して譲れない。

 

この誓いが破られた時、俺は真に最低最悪の嘘つきになる。逃げるだけの、隠すだけのクソ野郎だ。そうなってしまえば俺があいつらと一緒にいる資格なんてない。そんなのは全く持って御免だ。

 

身を寄せる彼女の両肩をそっと掴む。

 

「頼む、俺を最低の嘘つきにしないでくれ」

 

彼女の目を真っすぐに見て、今度は俺が切なる願いを訴える。

 

視線は数秒の間静かに、しかし強く交錯する。その後返ってきたのはふっという笑みだった。

 

「本当に…人の頼みを断ったうえで人に頼みごとをするなんて酷い奴だ」

 

「…ごめん」

 

「でもだからこそ……なのかもしれないな」

 

呆れ交じりに笑う彼女は涙に濡れ、赤くなった顔を手で拭う。

 

「…わかった。一緒にロキと戦おう、私が君を最低の嘘つきにはさせない」

 

「ゼノヴィア…!」

 

話を聞いてくれたことに安堵すると、彼女が人差し指でトンと俺の胸を叩く。

 

「その代わり、絶対に死なないでくれ。皆揃って、必ず生きて帰るんだ。死んだら悪魔の寿命で1万年はずっと呪ってやるからな」

 

「…それは勘弁してくれ」

 

初代の悪魔だとか割と1万年生きている悪魔っているから、結構冗談に聞こえないぞ。死んでも恨まれ続けるのは流石に嫌だ。

 

「…悠、最後にもう一ついいか?」

 

「どうした?」

 

話が終わろうかと思った矢先に、またも彼女はさっきより一段と改まった表情を見せる。

 

「この戦いが終わったら、話したいことがあるんだ。聞いてくれるかな?」

 

「…わかった。帰ってこれた時にはきっと、な」

 

まだ精神的に弱っていながらも精一杯の笑みで彼女の言葉に答えた。

 

彼女が戦いの後に話したいということ。それを、生きて帰ってくるための道しるべとするために。

 

絶対に、生き残る。

 

こんな自分を信じてくれた彼女の思いに、俺は必ず答えて見せる。

 

 

 

 

 ▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

 

日本のとある県境にある山。人が足を踏み入れないような太い木々が空を覆いつくさんとばかりに伸ばす枝とそれに付随する葉に遮られ、日光のほとんど差さない山奥に彼はいた。

 

「ぐ…あああ……!!」

 

北欧の神、ロキは呻く。両膝を突いて、右腕を中心に全身へと広がる激痛に喉からとめどなく苦悶の声が溢れる。

 

苦痛の原因は彼が右腕に移植したユグドラシルの種にある。

 

オーディンとの一戦以降、どうにもユグドラシルの腕が疼く。ミシミシと音を立て、普段は引っ込めている世界樹の根が妖しく蠢いてその領域をじわじわと広げんとしている。それを宿すロキは今自分の身に何が起こっているのか理解していた。

 

ユグドラシルが自分の体を侵食している。間違いなくあの戦いでデュランダルやオーディンの強大なオーラを大量に吸収したからだ。それを養分に、己の体を苗床にして種は成長しようとしているのだ。

 

「凄まじい力…流石ユグドラシルだ…あああッ!!!」

 

神と言えども、一神話の根幹を成す力に抗えるはずがない。ましてやそれが内側から作用しているのであればなおさらだ。

 

全身から脂汗が噴き出し、世界樹を宿していない左手は痛みをこらえるために握りしめて真っ赤になっている。

 

「だが…飲まれるわけには…!」

 

しかしロキは耐える。この力を完全に己のものにして来たる日にオーディンを打倒し、北欧神話をあるべき姿に戻す日を信じればどれ程の苦痛だろうと関係ない。

 

必ずや完全に己のものにする。そしてこの力を、新たな北欧神話のシンボルとするのだ。

 

その一心で、ロキは持っていかれそうになる精神をひたすらにつなぐ。

 

「我は…北欧を…繁栄…させ…バンブツヲ…ヒトツニ…!」

 

力に精神を持っていかれまいと、己に言い聞かせるように吐いた言葉の途中脳裏にある光景がよぎった。

 

澄み渡る空。青々と生い茂る木々たち。不毛の地も、砂漠も、緑は存在しないと言われる場所にも植物が生い茂る。

 

しかしそこには知的生命体の築いた文明はない。文明の名残は全て植物に侵食された。あるのは人間界も冥界も天界も何もかもが植物に支配された世界だけ。

 

「!!」

 

一瞬だがその光景は脳裏にしっかりとこびりついた。

 

次の瞬間、彼を襲ったのは猛烈な嘔吐感。

 

「ごはっ!?」

 

そして込み上げてきたそれを思いっきりぶちまける。出てきたのは吐しゃ物ではない。深く、赤い、神の血。

 

だがぶちまけたおかげか、不意に今まで苦しめてきた大樹の胎動は収まってくれた。

 

「がっ…我は……今何を…?」

 

脂汗と血にまみれた両手で地に手を突き、息を整える。

 

「ハァ…ハァ…今ので侵食はかなり進んでしまったな…だが今までよりユグドラシルの力を行使できそうだ…」

 

血だまりに映る自分の姿には、今までの腕だけだった世界樹の部位がさらに増えていた。顔の右半分は樹木に飲まれ、まだその領域が広がっていないながらも左の側頭部には根が角のように伸びている。

 

「…この力を利用すれば、アレを再利用できるやもしれん」

 

苦痛の余韻が残る悪神の口元に薄い笑みが浮かんだ。

 

今自分がすべきことは足踏みではない。オーディンを打倒するための策を練ることだ。

 

あの戦いで最後に現れた白龍皇。間違いなく次の戦いにも参戦してくるだろう。奴らは神に喧嘩を売るだけの力を秘めた二天龍なのだ、如何にこちらにはフェンリルとユグドラシルの力があるとはいえ念には念を入れておかねばならない。

 

「この戦いを征すのは…我だ」

 

トリックスターなどと、表に出ず裏から周りをかき回す役目を担ってきた自分が柄にないことをしているとは思っている。

 

いや、むしろオーディンの思惑をかき乱しているという意味では今回も同じなのかもしれない。人の性質は変わらないというように、神の性質もまた何万年と経とうと変わらないもののようだ。

 

トリックスターの役目を果たし、二天龍とオーディンを倒して北欧のあるべき未来を取り戻す。

 

そう、いつだって最後に笑うのは自分だ。

 

 

 

 

 

 

 ▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

 

 

 

 

駒王町の夜。煌煌と輝く街明かりで古来よりロマンの象徴となって来た夜空の星たちの輝きは鈍る。

 

そんな光景に耽る余裕もなく、夜空と打って変わって卓上のデスクランプの明かりだけが輝く夜のVIPルームで一人、アザゼルは作業に勤しんでいた。

 

「…爺さんの話がどうにも引っかかるぜ」

 

思い返すのはつい先ほどこのVIPルームで交わしたオーディンとの会話。

 

『アザゼル。ロキが手に入れたユグドラシルの力についてなんじゃが…』

 

『なんだ?』

 

『どうにもあの世界樹の腕に違和感を感じるのじゃ。あれは本当に…ユグドラシルなのか?』

 

『…どういうことだ?あれがユグドラシルじゃないって言うのか?』

 

『いや、間違いなくあれはユグドラシルそのものじゃ。じゃが、言葉にし難いが何かが違う気がしてならん…』

 

その時、オーディンは自身の胸に小さく渦巻く違和感をうまく説明できなかったが何となく言いたいことは伝わった。

 

ロキが手にしたあれはユグドラシルと似て非なる力であることを。しかし当然、それを感じた本人が分からないものをそれをさらに人づてに聞いたものが理解できるはずもない。

 

「ま、あれが何であれ俺達にとって脅威であることに変わりないんだがな」

 

出所を探ったところで今更どうにかなるはずもない。探りを入れるのは元々ユグドラシルの管理を担うオーディン達北欧神話の仕事、餅は餅屋ということだ。

 

さっと頭からさっきの出来事を振り払ってテーブルに置いたコーヒーカップに手を付ける。

 

「…コーヒーが冷めちまった。新しく入れるか」

 

資料を読み漁り、関係各所に連絡を取ってる間に冷めてしまったらしい。

 

長時間同じ態勢を維持したせいで軋む体を動かし、立ち上がろうとした矢先。

 

『深夜までお勤めご苦労様だ』

 

「悪いな、ありが…」

 

水音と温かな湯気を立てて新しく注がれるコーヒー、差し出されたカップを受け取ろうとして初めて気づいた。

 

「!?」

 

弾かれたようにアザゼルは立ち上がり、瞬時に距離を取る。赤紫色の瞳を、突如この場に出現した謎の存在に向けながら。

 

黒いスーツの上に随所に青と白の歯車のはめ込まれた装甲で覆われた男とも女ともつかない存在が薄暗い部屋の中で佇んでいる。

 

「何者だ、どうやって侵入した!?」

 

自身の知識にない存在に対し即座に警戒の意を露わに、いつでも戦闘に入れるよう構えを取る。

 

『どうやっても何も、そこのドアから入っただけだが』

 

「結界を突破してきたのか…?だとしたら反応が出るはずだが」

 

謎の存在はこともなげに答える。

 

この町と同様、この兵藤宅にはがっちりと結界が張られている。禍の団が一般人でありながらグレモリー眷属の中核となっている兵藤一誠の両親を狙わないとは限らない。万が一に備え、結界は常に万全のものにしてある。

 

しかしこの存在は全くスタッフたちにも自分にも気取られることなく侵入してきた。その事実が、アザゼルの警戒レベルを一気に引き上げている。

 

『自分がどうやってここに来たかを知る必要はないし、そう殺気立てる必要もない。わら…んん、自分は味方だ』

 

「味方だと…?」

 

味方と言う言葉にアザゼルの眉が吊り上がる。向こうは安心させるような口ぶりだが、すぐには警戒を解かない。即座に戦闘できる体勢を維持しながら胡乱気に問い返した。

 

『ちょいとばかし話がしたい。心配なら、可愛い教え子たちを同席させても構わんよ』

 




すごいヒロインムーブだけど、絵面的にはいつでもR18に持っていきそうな場面でした。

ゼノヴィアの君、お前呼びですが普段は君、感情が昂るとお前呼びになるようにしてます。

いよいよ妾が登場、その真意とは。

次回、「巡り合う歯車」


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第78話 「巡り合う歯車」

気が付いたらもう12月…このペースだとライオンハートまで間に合わない…。

書いてたら滅茶苦茶長いかつ内容が濃くなり過ぎたので3分割しました。これで少しは更新ペースを早く出来るはず。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
5.ビリーザキッド
7.ゴエモン
9. リョウマ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
13.フーディーニ



「こんな夜更けに何の用なんだ…」

 

「同感だ。夜に強い悪魔だって疲れる時は疲れるし、寝たい時は寝たいよ」

 

内心にくすぶる苛立ちをぼそぼそと吐きながら、兵藤宅の廊下をばたばたと歩く。

 

シャワーも浴びて、ようやく床に付こうかと思った矢先にアザゼル先生から突然の連絡を受けた俺はゼノヴィアと共に再び兵藤宅の最上階、VIPルームに足を運んでいる。

 

今日は精神的にかなりボロボロだったのでやっとリフレッシュできると思った矢先のこれだ。苛立たないわけがない。一刻も早く用事を済ませて今度こそ疲れを取るために安眠に就きたいものだ。

 

歩みを進めるうちに目的の部屋の前へとたどり着き、ガチャリとドアを開けてVIPルームに足を踏み入れる。そこで俺の思考は一瞬停止した。

 

「これは…!?」

 

俺は今、ドアが開かれて目の前に飛び込んできた光景をにわかに信じられなかった。

 

どういうわけかヘルブロス…に変身したポラリスさんがこの場にいるのだ。既に到着していた兵藤たちと会長さんは柔らかなソファに悠然と腰を下ろしている彼女に静かに警戒心を向けている。

 

眼前の光景は、苛立っていた思考を一瞬にして驚愕と疑問の色に塗りつぶす。

 

何故ポラリスさんがここにいるのか、彼女は彼女の言う来たるべき時まで表舞台に出ないのではなかったか。

 

尽きぬ疑問が俺の足をその場に固める。一体、あの人は何を考えているんだ…?

 

「あれは…?」

 

「俺にもわからん。結界を誰にも気づかれず突破していつのまにかここにいた。ただ話がしたいだけらしいが…」

 

隣にいるゼノヴィアも、彼女の存在に疑問の声を上げる。

 

結界を突破…なるほど、VIPルームのドアを介してこっちに来たんだな。しかし、結界が張られていようとお構いなしか。堕天使の長など地位の高い三大勢力のスタッフが集まり、その分警備も厳重なこの地の結界を突破できるレジスタンスの驚異の技術には常々驚かされる。

 

「先生、ヴァーリは?」

 

「あの気まぐれ集団はラーメン屋台巡りの真っ最中だ。一応監視を付けてはいるが唐突過ぎるし時間もなかったから近くにいるお前らとシトリー眷属はソーナと椿しか呼べなかった」

 

ヴァーリチームがラーメン屋台巡り?あの非常時に何をやっているんだフリーダムズめ…。

 

もはや怒りを通り越して呆れの感情が湧き出てくる。あいつら余裕だな、こちとら飯もあまり進まないというのに。

 

『よし、全員揃ったか』

 

そして数名(主にヴァーリチーム)を除いて一応の全員の到着を確認したポラリスさんは俺の動揺などつゆ知らず、ゆっくりと腰を上げる。

 

『初めましてだ、グレモリーの諸君。自分の名は…ポラリスだ』

 

「ポラリス…?星の名前か」

 

『自分の名はどうでもいい、不審者でも歯車野郎でも好きに呼んでもらって構わんよ』

 

今のポラリスさんは先生たちからすればどう見ても不審者だ。ロキの件でピリピリしているのもあって行動次第ではすぐに戦闘開始、この場にいる全員から攻撃されてもおかしくないのにポラリスさんは余裕たっぷりかつ冷静に名乗る。

 

「そうか。それで不審者、お前はどこの所属だ?」

 

『所属はない、自分はフリーの者だ』

 

この世界のどの勢力にも属していない、と言う意味なら所属はないといっても嘘ではないな。

 

「フリーだと?どこにも所属せず、なおかつこの結界を突破してくるほどの実力者がいたとはな…」

 

「そのフリーのあなたが、私たちに一体何の用かしら?」

 

ポラリスさんの返答に先生は予想外だと声を漏らし、鋭い眼差しを向ける部長さんが詰問する。

 

『諸君らの状況は知っている。近々、北欧の悪神ロキと事を構えるそうだな。増援も見込めず、大変苦しい状況であると聞いているよ』

 

「……」

 

先生たちは苦い表情で押し黙る。既に俺達の状況はお見通しか。

 

しかし、俺はまだロキのことを報告はしていないのにどこから聞きつけてきた?もしかして誰かの携帯をハックして盗聴していた?考えられるとしたらやはりそれか。

 

壁に耳あり障子に目あり、あらゆるインターネットを覗くことができ、ドアを介してどこにでも行けるこの人にとって人のプライバシーや秘密などあってないようなものだ。

 

そんな俺達の様子をざっと見渡すと、奥のテーブルにひょいっと腰を下ろす。

 

『此度の一戦…自分も諸君らに力を貸したい。共に力を合わせ、討神を成そうではないか』

 

「何だと?」

 

「な!?」

 

「えぇ!?」

 

「!?」

 

そして投げかけられた驚きの提案に、彼女を知る俺を含めた全員が一様に警戒心の入り混じる驚きの表情を見せる。

 

ポラリスさんが協力…!?今まで全く表に出るそぶりを見せなかったあの人が今になって、このタイミングで?

どういうつもりなんだ?

 

解決されない疑問は増えるばかりだ。そしてそれらは解決されることなく話は進んでいく。

 

「あなたが私たちに協力するメリットは?まさかただで協力してくれるとは言わないだろうし、見返りに何を求めるというの?」

 

いち早く正気に戻り詰問する部長さんの目は懐疑の色だ。いきなり厳重な結界を突破して現れた、要注意の不審者と見なされて当然のポラリスさん。彼女が敵意なしに協力すると言っても誰も易々と信じてはくれないだろう。

 

だが、そんな部長さんの問いにポラリスさんがよこした答えはたった2文字のシンプル過ぎる答えだった。

 

『信頼』

 

「は?」

 

『自分が得られるメリット、見返りは諸君らの信頼。ただそれだけだ』

 

「…ますます怪しいです」

 

「胡散臭さが増したな」

 

「下手な訪問販売よりも怪しさ満点ですね」

 

部長さん達は眉をひそめ、口々に彼女への不信を口にする。見返りが相手の信用だけという胡散臭いにもほどがある発言にはポラリスさんの事情を知っている自分でも同じことを思う。

 

信頼…?あの人が果たしてそういうあやふやなモノのためだけに動く人だろうか。色々面倒を見てもらっているしいい人だとは思うんだが、イマイチ自分にも人を食ったような態度を度々取り、ある時は熱い一面を見せる彼女についてまだわからないことが多い。

 

今回も読めない腹の内に一体何を抱えているのか。それを少しでも見極めるために、そしてポラリスさんと繋がりがあるとボロを出さないためにも今は黙って静観に徹するとしようか。

 

『ふっ、だろうな。流石にそれだけでは諸君らの信用が得られるとは思ってはおらんよ。なら、そちらにとって利になるモノ…例えば、現在進行形で気になる、知りたい情報を提供するのはどうか?それがあれば少しは信用度は増すだろうよ』

 

そんな俺達の反応にポラリスさんも思った通りだと薄く笑う。

 

「知りたい情報といやぁ胡散臭いてめえの素性だがな」

 

『素性なら先ほど全てを話したが?』

 

「どうかな…まだ隠しているものがあるように思えてならねぇ」

 

そんなポラリスさんに食って掛かるのは先生だ。疑いの目で、歯車の装甲とスーツで隠れた裏の顔を見透かさんとばかりにじっと見つめる。

 

俺もポラリスさんの素性は気になることが色々ある、例えばレジスタンス結成の理由とか、元居た世界のこととか。特に後者は頑として語らない。

 

彼女が頑として語らない過去とは一体何なのか…今の俺には頭の中で想像することしかできない。

 

『…さて、自分の素性に関してはこれ以上語ることはないが、そうだな…特異点の情報なんてのはどうだろう?』

 

「特異点だと?」

 

特異点。そのワードに皆の注意はすぐさま向けられた。

 

「先日の戦いで聞いたな」

 

「確か、ネクロムが言ってたやつか?俺が特異点だどうだって…」

 

今の凛が固執するイレギュラーである俺、そして特異点である兵藤。彼女の口ぶりからグレモリー眷属も邪魔になっているようだが中でも俺達二人が際立って邪魔な存在になっているらしい。

 

先生がアスタロトの一件以来調査を進めてきてはいたが全く手掛かりを得られなかった。その情報を、彼女は握っている。

 

『その特異点で相違ない、自分はその全てを知っている。気にならないか?どこの組織も神話勢力も持っていない情報、それを目の前にいる自分が知っていて実質タダで見返りもなく提供してもいいと言っているんだ』

 

それぞれの反応を見て、抱える興味をより煽るような物言いでポラリスさんは言う。

 

「…聞かせてもらおうか」

 

目を瞑って数秒の逡巡の後、先生は返答する。

 

「アザゼル、奴を信じるというの?」

 

「奴の言う通り、どの勢力も特異点とやらの情報を持っていない。思いがけずようやく見えた手掛かりだ。話半分でも聞いておきたいと俺は思う」

 

「部長、俺もあいつの話を聞いてみたいです。あいつの言う特異点が何なのか、俺は知りたい」

 

ポラリスさんの話に乗る先生に兵藤も続く。それを静観する俺も内心で二人の意見に同意を示す。

 

特異点について知らないのは俺も同じだ、全員が集まったこの絶好のタイミングで特異点の情報を知っておきたい。それに、この情報の内容によってはもしかすると凛の詳細な目的に近づける手掛かりになるかもしれない。

 

だとしたら、ここで聞かない手はない。

 

「イッセーも…あなたがそう言うなら、私も聞くわ」

 

警戒している部長さんも兵藤の意思を受け、ようやく首を縦に振る。

 

話はまとまり、再び自然と注目が奥のテーブルに腰を下ろすポラリスさんに集まる。

 

『意見は揃ったようだな、よかろう。では心して聞き給え、遍く世界の真理をな』

 

仮面の裏で、意味深に彼女が笑んだ気がした。

 




ちなみに素顔を出さない、喋り方を変えているのはまだ本当の意味で腹を見せていない、協力しているわけではないことを暗に示していたり示さなかったり。

次回は解説回。物語の根本について触れます。

次回、「特異点」


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第79話 「特異点」

今回は解説回です。今回を入れて3話でロキ戦に入ります。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
5.ビリーザキッド
7.ゴエモン
9. リョウマ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
13.フーディーニ



『まず諸君らは、並行世界とバタフライエフェクトをご存知か?』

 

如何にも思わせぶりな前置きから解説が始まって早々、投げかけられた質問は全く別の単語だった。

 

「ばたふらい…?えっと…蝶の効果?遊〇王の話か?」

 

「いや違うから」

 

ここで安定の頭が足りてない様子を見せる兵藤。確かに効果のことをエフェクトと言うキャラもいたけど違うぞ。

 

「昔読んだSF作品で聞いたことがあるよ。蝶の小さな羽ばたきがやがて竜巻になる、だったかな」

 

「私も木場君と同じです」

 

「うちの部下にSFオタクがいてな、俺はそいつから聞いたぜ」

 

反対に理解を示したのは木場と会長さん、そして先生だった。

 

堕天使のSFオタクとかいるのか。だがそもそもグリゴリが欲を持って堕天した天使たちの集まりだ、そういうキャラの濃い人、マニアやオタクと呼ばれる人種がいても何らおかしくはない。事実、そのトップが神器マニアなわけだし。

 

『知っている者も数名いるようだが、説明しておこう。バタフライエフェクトとはざっと言えば些末な出来事が些細な出来事の連鎖を繰り返し、やがて大きな変化になるという事象。他世界解釈で言うとバタフライエフェクトが並行世界というあり得るかもしれない可能性の世界を生み出す、あるいは未来を大きく変えてしまうというのがSF作品の通説になっている理論だ』

 

「あり得るかもしれない可能性の世界……」

 

本題に入る前にいきなり難しい話になって来た。解説のためにこんな難しい話から始まるとは特異点とは一体どんな存在なのだろうか。

 

『そうだ。あくまで仮の話だが、並行世界を例えるなら…』

 

おもむろに立てたポラリスさんの指が紫藤さんを指す。

 

『紫藤イリナがグレモリー眷属の『騎士』に転生し、逆にゼノヴィアがミカエルのAに転生した世界』

 

次にアーシアさん。

 

『アーシア・アルジェントがディオドラ・アスタロトの計画通りに奴の眷属になった世界』

 

そして今度は兵藤へ。

 

『兵藤一誠が赤龍帝でなく白龍皇になる世界、だろうか。実際にあるかどうかはさておきだが』

 

あり得たかもしれない可能性の世界。それを示された兵藤たちの表情に複雑なものが浮かび上がる。例に挙げるポラリスさんよりも本人たちの方がより考えただろう。

 

もしも自分があの時違う選択肢を、道を歩んでいたら。IFの先にある結末が現実よりもいいものであれ悪いものであれ、誰もが一度は考えることだ。俺だって日常の些細な失敗からあの時ああしていればと考えたことは数え切れないほどある。

 

だがどれだけ過去を思い悩んだところで過去を変えることはできない。あの時に戻ることはできず、自分達にできることはただ今と言う時間を進み続けることだけなのだから。ここにいる者はそんな過去に踏ん切りをつけて、あるいはつけようとして今を進んでいる。

 

「…特異点の話をするんじゃなかったのか?」

 

『そうだ、今まさに特異点の話をしているのだよ』

 

話が見えてこないゼノヴィアは胡乱気な視線を送る。

 

『今話したバタフライエフェクトによる世界の分岐……それは間違いだ。バタフライエフェクト程度で世界は無限に分岐し、並行世界は生成されない。世界は歴史上に登場する人物のような強い運命力を持った一握りの人間の行動、選択によってのみ分岐するのだ』

 

「強い運命力…?」

 

『あくまで例えだ。自分も運命力とは如何なるものかということには辿り着いていない。その解明不能な、類まれなる運命力を持つ一握りの人間こそが特異点だ』

 

「…なるほど」

 

歴史上の人物の選択というのはつまり、歴史で例えるなら織田信長が明智光秀の裏切りに合わなかったら、だろうか。

 

信長は本能寺の変が起きた時点で天下統一へとかなり近づいていた。もし彼がまだ生きていたら、日本の歴史は自分の知るモノから大きく変わっていたに違いない。この特異点の説で行くと、信長が天下統一を果たした世界線があるということになるのか。

 

『並行世界と特異点についてわかりやすく例を挙げようか。特異点Aが特異点Yと戦ったとする、そこでどちらが勝利するかわからないタイミングで両者の運命力は世界を二つに分岐させる』

 

「…なんでAとYなんだ?」

 

何気なくツッコミを入れる兵藤。確かに普通はこういう場合だとAとBなのでは?もしかして、実在の人を指していたりするのか?

 

『特に深い意味はない。特異点Aが勝利し、Yがいなくなった世界。逆に特異点Yが勝利してAがいなくなった世界…これが並行世界だ。兵藤一誠、君も今までの戦いを通していくつもの並行世界を生み出してきたはずだ』

 

「俺が並行世界を…?」

 

兵藤が生み出した並行世界…例えば禁手に至れず黒歌に敗北したり、覇龍から戻れなかったり、あるいはそもそもの話レイナーレに目を付けられ無かったら、とか?

 

『そうだ。本来、時間の流れには強力な修正力が働く。故に大抵の運命は過程は異なれど最終的に辿る運命は変わらない。しかし特異点の運命力は時にその修正力を凌駕し、良い形であれ、悪い形であれ未来を改変する』

 

迎える運命は変えられないってつまり、漫画で死ぬと決まっているキャラはどれだけ頑張っても死の運命から逃れられないみたいなものだ。でもそれが特異点の運命力があれば、それすら変えられる、つまり生存ルートを切り開ける。

 

話を聞けば聞くほど、考えれば考えるほど特異点が主人公みたいな存在に思えてくる。道理で兵藤が今まで皆を救ってこられたわけだ。だがそれも特異点の運命力だけじゃなく本人の意思があったからこそだろうが。

 

「…まるで、究極の羯磨《テロス・カルマ》みたいだな」

 

『テロス・カルマに限らず、この世界の特異点は神滅具持ちに多いだろう。事実、兵藤一誠がそうなのだから』

 

先生がぼそりと言った神滅具の名前。13番目と忌み嫌われる神滅具、因果律を操作しあり得ない出来事を引き起こす能力を秘めた神器だ。

 

「うーん…話が難しすぎて全然わかんねえ」

 

「私も同感だ」

 

一方目下話題に上がっている兵藤、そしてゼノヴィアは難しい理屈を並べられて頭がパンクしていた。

 

眷属内でも猪突猛進でおバカキャラに定評がある彼らが話についてこれなくなるのは当然と言えば当然か。俺でも話の難解さに少し混乱しそうになっているのだから。

 

『恐ろしくかみ砕いて言うなら、ゲームや漫画の主人公のような存在だ。無論この世界はゲームでも漫画ではない。荒唐無稽な話だが、それは実際にこの世界に存在する』

 

「ゲームの主人公…なるほどわかった」

 

「漫画の主人公だな、最近読んでるからわかるぞ」

 

そんな彼らにポラリスさんは苦笑しながらも現代っ子の兵藤にはどストライクな例えをしてくれた。ゲームの主人公か、難しい話を一気に分かりやすくしてくれるいい例えだ。

 

「僕も納得です、つまり特異点はギャルゲーやエロゲーの主人公なんですね」

 

「「「……」」」

 

そんな中ギャスパー君の何気ない言葉で一瞬場が凍り付いた。停止の邪眼は一切使っていないはずなのにみんなの表情が固まる。

 

いや、いきなりあの話からギャルゲーに繋げるとは誰も思わないよ。あんな壮大過ぎて訳が分からなく話をギャルゲーやエロゲーの一言でまとめ上げてしまうのか…。

 

凍り付いた雰囲気を、んんとポラリスさんは咳払いで溶かす。

 

『……その解釈で概ね間違いない。とどのつまり、特異点とは決められた未来を改変しうる存在。世界の運命を握り、救世主にも破壊神にもなりうる存在なのだ』

 

「未来を変える存在…」

 

「俺ってそんなすごい奴だったのか……?」

 

「すごいな兵藤、お前救世主になれるんだってよ」

 

今度から我が救世主とでも呼んだ方がいいか?

 

「ちなみにだが、その情報の出所…お前はどうやってそれを知った?こんなSFじみた壮大な話、まるまる信じろと言うのは無理な話だ」

 

纏まろうとした壮大な特異点の話に待ったをかけたのは先生だった。

 

『この特異点理論は量子力学と他世界解釈を研究する北アーカム大学のカール・ワイバーン教授が提唱した学説だ。最も、その特異点の実在を証明できずただの戯言として埋もれた説だが…自分はその実在を確認した、それだけのこと』

 

「…カール・ワイバーンって誰?」

 

『詳しくはお手持ちの端末で調べるといい。異形と関わりのないただの一般人だが、中々に面白い経歴を持っている』

 

あとで調べておくとしよう。カール・ワイバーン教授、ね。中々にかっこいいファミリーネームを持っている人だ。

 

「一つ聞かせて頂戴。あなたはイッセー以外の特異点も知っているのかしら?」

 

『無論、既に10人以上の素性は割れている』

 

部長さんの質問から返って来た答えはこれまた驚愕のものだった。

 

「10人以上!?」

 

その一握りの人間を、そこまで特定していたのか!?一体どうやってそれを特定できたか気になるところだが…この質問は今聞いても答えてくれない気がするな。

 

「その名前は?」

 

『この場でいる者なら…兵藤一誠』

 

「それは知ってるわ。他は?」

 

『…リアス・グレモリー、アザゼルだな。その他にもヴァーリ・ルシファー、サイラオーグ・バアル、デュリオ・ジェズアルド、曹操、幾瀬鳶雄、神崎光也等々、といったところだ』

 

この場にいる者から、名前だけなら聞いたことのある有名人が複数人その名を連ねる。

 

サイラオーグ・バアルは既に兵藤たちは若手悪魔の会合で顔合わせ済みだったか。俺だけはそれに参加できず、ゲームの映像で見たことはあっても直接会ったことはない。

 

デュリオ・ジェズアルドは教会の最強格のエクソシスト、幾瀬鳶尾はグリゴリのエージェントらしい。どちらも神滅具使いで片や上位の神滅具を所持し、片や生まれつき禁手に至っていたという化け物だとか。

 

「私も特異点なの…?」

 

「俺とうちの鳶雄もか。なら、俺はあのネクロムに狙われる側ってことだ」

 

まさか先生と部長さんもその特異点だったとは驚きだ。あのヴァーリも…だがあいつは赤龍帝の兵藤がそうだから当然そうだろうということで納得はいく。

 

ところで何か知らない人の名前もいたんだけど。神崎光也って誰?ライダー史上最も迷惑なお兄ちゃんの親戚か?それに曹操って三国志の人、つまり故人だよね?何でそんな人の名前が挙がったんだ?

 

『そうなるな、特異点でなくとも奴らにとって君たちは邪魔な存在だからな。そしてこれだけは言っておこう、特異点は近しい者の運命に作用し、特異点でない者をさらなる特異点へと覚醒させることもある…それが結果的にいい方に繋がるかは別だが』

 

兵藤が特異点ということはつまり、他のオカ研メンバーも兵藤と同じ特異点になる可能性があるということだ。そして特異点になるということは、凛に狙われやすくなることでもある。

 

…しかし何故ポラリスさんはその特異点を重要視し、凛はそれを敵視するのだろうか?それだけが解せない。

 

特異点が未来を変える存在であり、それを求めるということはつまりポラリスさんの真の目的は未来を変えることか?だとすれば、ポラリスさんが変えたいと思う未来とは?そしてポラリスさんが特異点を利用して求める未来とは一体?

 

それだけじゃない。竜域とやらの滅亡をもくろむ凛が未来を変える存在である兵藤を排除しようとすることは…まさか。

 

「以上の話とネクロムが未来を変えうる特異点を狙っていることから推測するに、彼女には変えられるとまずい未来があるということでしょうか」

 

「そうか!なら、奴らはもしかすると未来のことを知っているのか…?」

 

いち早く情報を整理し、さらなる真実へとたどり着こうとしているのは顎に手をやり思索する会長さんだ。

 

未来のことを知っている…あ。

 

その時、俺の中で合点が行った。凛が俺をイレギュラーと呼んでいることに。元々俺は存在するはずのない存在だ、彼女が未来を知っているならその未来に特異点以上の変化を与える、そもそもいるはずのない俺を特異点ではなくイレギュラーと呼ぶのもわかる。

 

そうなるとやはり、会長さんも考えたようにこの世界の未来は彼女にとって都合のいいものに確定している…?

 

「あなたはネクロムのことについても何か知っているのかしら?」

 

『質問が多いな。答えても良いが、今我々が対処すべきなのはロキであってネクロムではない。それについては後回しにした方がよいと自分は考えている。老婆心で言うが正直な話、ここから先の話は君たちの不安を大きく煽ることになる』

 

…ポラリスさんがそこまで言うほど、今の凛は危険人物なのか?自分の妹をそう言う風には思いたくないが、最近本当に妹なのかと疑問に思うこともある。

 

しかし願わくば、どんなに変わっていたとしても自分の妹であってほしいと思う。本当に凛なら、かつての彼女を取り戻しこの世界でまた平穏な生活を送ることができる可能性が少しでもあるということでもあるのだから。

 

「それだけ奴等が危険な存在だと言うんだな?」

 

『そうだ』

 

先生の確認にこくりと頷くポラリスさん。

 

前に会った時は凛がオーフィスとグレートレッドが守るエネルゲイアとやらを滅ぼすとか言ってたな。そのエネルゲイアを滅ぼすということはつまり、ゆくゆくは守護しているというオーフィスとグレートレッドの打倒も視野に入れているのか?

 

「…そうね、ならロキを倒したその時に聞かせてもらおうかしら」

 

『わかった…ざっと特異点に関してはこれくらいだな』

 

「OK、特異点がどんなものかは十分理解できた。だが、その話が事実であるのとお前を信用するのはまた別だ。本当にお前は俺達の味方なのか?」

 

ポラリスさんの情報を受けてなお先生はまだ警戒を解かない。そんな先生にポラリスさんは頭を軽く押さえ、大きくため息を吐いた。

 

『そうか……なら仕方ない。自分を信用するに足る事実を教えてやろう。数か月前のコカビエルの反乱についてな』

 

「…何故このタイミングでその話を?」

 

『まあ聞け。堕天使幹部のコカビエルは紀伊国悠が倒したわけだが…どうやって、心が折れて一度は逃げ出した彼がまた戦場に戻ってこれたと思う?』

 

「どうって、それは……」

 

ポラリスさんの問いかけ。その答えに誰よりも早く至った…というより知っている俺の背筋にすっと冷たい物が走る。

 

まさか、あの話を自分との関係を秘密にするように言ったポラリスさん自身が暴露しようというのか。一体どういうつもりなんだ!?

 

「それは…!」

 

『その答えはただ一つ。あの時、紀伊国悠を立ち直らせ戦士としての自覚を与えたのは自分だ』

 

「何だと…?」

 

「え…!?」

 

「悠、お前あいつのことを知っていたのか!?」

 

明かされた真実によりこの場に衝撃が満ちる。当然ゼノヴィアから詰問が飛び、皆の注目が一身に注がれる。

 

…彼女が何を考えてこの場でこの事実を言ったかは知らない。今までのように有耶無耶にし、逃げるという選択肢はないようだ。

 

…ここは、話すしかない。

 

腹を決めると動揺を静め、落ち着くためにも一度瞑目し大きく息を吐く。そして、気持ちを整えてからはっきりと答えた。

 

「…ああ、事実だ。俺はあの時この人に会って助けられた。この人がいなかったら俺は立ち上がれなかった」

 

それでもなお残る内心の動揺を必死に抑えながらありのまま事実を答える。

 

「どうして今まで彼、かしら…?のことを黙っていたの?」

 

「…俺は助けられた身です。向こうが他言無用にして欲しいということだったので恩を返すつもりで黙っていました。…ごめんなさい」

 

続く部長さんの問いにも嘘偽りなく答え、本心からの謝罪の言葉を付け加えた。

 

そう、俺は何も嘘入っていない。ありのまま全てを答えた。

 

…レジスタンスのことまで踏み込んでいないのは、まだその時ではないからだと考えていいんだな、ポラリスさん?

 

『これでわかったか?自分にとって、君たちは潰れてもらっては困る存在でな…つまり、自分が諸君らを救うのは今回で二度目だ』

 

このやりとりにどこか満足そうに一度頷くと、ポラリスさんは頭部のアンテナをさらりと撫でた。

 

…もしかして、俺を助けたのはこれのためでもあるのか?グレモリー眷属の仲間である俺を過去に助けたという事実があれば皆の信用を得る助けにもなる。はてさて、一体この人はどこまで先を考えて動いているのやら。

 

「…色々思う所はあるけど、協力を受けてもいいんじゃないかしら」

 

「戦力が不足している中、猫の手も借りたいところですわ。それがどこの誰とも知れない野良猫の手だとしても」

 

「俺も信じていいと思います」

 

「…思う所はあるが、悠を助けてくれたなら信じても良さそうか」

 

このカミングアウトが功を奏したか皆もポラリスさんの力を借りるという方へ話がしっかりと向いた。グレモリー眷属の面々はほぼほぼ彼女との共闘を受け入れたようだ。

 

そんな皆の様子に少し胸がすっとした。少なくともポラリスさんが信用に足る人物であると皆が思ってくれたからだ。これなら、来たるべきその時のカミングアウトの衝撃も和らげるクッションになりそうだ。

 

「それでも、アーシアさんを助けたヴァーリと信頼度は同レベルと思いますが」

 

しかしポラリスさんのカミングアウトで彼女を信じるという方に向かいつつある中でも会長さんの評価は手厳しい。

 

この反応も仕方ない。俺を過去に助けたとはいえ、まだ得体の知れない奴と言う域を抜け出ていないのだから。

 

明確に敵対してきたテロリストのヴァーリとは過去の遺恨などはないという点で違うが、まだ腹の底が見えないというのがネックになっている。

 

「だが一先ずは信じてみることにしよう。…しかしだ、肝心の実力が分からないんじゃあこちらも上手く戦えん」

 

この中で最も立場が上で最終的な判断を下す立場にある先生もポラリスさんの参戦にOKを出すが、まだ足りないと難しい顔をする。

 

『実力なら心配無用だ。そうでなければ自分から強大な力を手にした悪神と戦おうなどとは言わんよ』

 

「…そうだな。そもそもここの結界を破って来るレベルだ、それについては聞くまでもないか」

 

そんな先生に机の上に腰を下ろす彼女は自信交じりに苦笑を漏らした。

 

ポラリスさんの実力…基本的に模擬戦はイレブンとやっていて、ポラリスさんとは片手で数えるほどしかしていない。故に、彼女の実力、戦闘スタイルに関しては未知の部分が多い、というよりほぼ未知だ。

 

一応手合わせした時は全てヘルブロスに変身していたが、様々な世界を巡ったということから身に着けただろう異世界の技や武器を戦闘で使っている所は見たことがない。さらに言えばヘルブロス以外に変身したところもだ。本人曰く、使えないことはないとのことだが…。

 

『さて…まだ自分を不審に思う者も多かろう。だが、協力するからには必ずや諸君らの信頼を得るだけの戦果を上げて見せる。夜分遅くに失礼したな』

 

突然ポラリスさんが姿を現し、突然始まった深夜の緊急会合。それがようやく終わりを迎えポラリスさんがドアへとかつかつと歩む。

 

「……」

 

皆から内に隠しているであろうモノを探るような視線を最後まで浴びながらみんなの前を堂々と横切っていくとついにはドアノブを捻り、ガチャリとドアを開けて外に出た。

 

特異点の情報、コカビエルの一件での暴露、この深夜の一時間の間に色々あり過ぎて混乱している。

 

まだまだあの人には色々聞かなければならないことがある。もう少し夜更かしすることになりそうだ。

 

 




取り敢えず今回は助けたことがあるという事実だけをカミングアウトしました。具体的な関係等についてはまた後に。スーパーポラリスタイムはもうちょっとだけ続くんじゃよ。

カール・ワイバーン教授が出る予定は今のところないです。正直に言って原作であんな感じだからストーリーに絡ませづらい。

次回、「噛み合わない青と白」


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第80話 「噛み合わない青と白」

去年最後の更新にするつもりが今年初の更新になってしまった…。こんな不甲斐ない自分ですが今年も蒼天をよろしくお願いします。3月までには頑張ってラグナロク編を終わらせます。




Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
5.ビリーザキッド
7.ゴエモン
9. リョウマ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
13.フーディーニ



彼女が姿を消してすぐオカ研+シトリー組は解散し、俺はすぐさまレジスタンスの戦艦『NOAH』に足を運んだ。

 

「まったく、どういう腹積もりで…」

 

その目的は当然、いきなり皆の前に姿を現したあの人へ今回の行動の真意を問うこと。夜もかなり更けているがこの疑問を解決せずに今寝ることはできない。

 

廊下を進むうちに一つのドアにつき当たった。ロックされており先の部屋を閉ざすドアに備え付けられた装置にパスワードを素早く入力するとセキュリティーロックが解除され、頑丈な金属製のドアがシャッと開く。

 

「む」

 

ドアが開かれた先の部屋にいたのはデスクに腰かけラップトップコンピューターを子気味よくカタカタと音を立てて操作する目的の人物、ポラリスさんだった。

 

「来ると思っておったわ」

 

作業に勤しむポラリスさんはモニターからちらりと俺に目線をやるとふふっと笑った。その表情は俺が来ると思っていたというよりむしろ来るのを待っていたと言わんばかりだ。

 

そんな彼女にずかずかと歩み寄ると、惜しげもなく内心に満ちる疑問をぶつける。

 

「聞きたいことが山ほどある。どういう風の吹き回しだ?」

 

「何、ただの気まぐれ…ではない。今回のイレギュラーは看過できぬ故な。アレをそのまま放置しておけば最悪妾達が遂行すべき究極の計画の支障になり兼ねぬ。そう言う訳で今回は動くことにした」

 

俺から再びスクリーンに視線を戻し、作業を続けながら彼女は答えた。今回の件はポラリスさんが直々に動かざるを得ないほどのイレギュラーなのか。

 

「あのロキはポラリスさんから見て異常なのか」

 

「ああ、正史のロキにはあのような力はなかった。このイレギュラーも叶えし者たちが絡んでいると妾は考えておる」

 

「…叶えし者、凛か」

 

俺が知る限りの叶えし者と言えば、凛とアルギス・アンドロマリウスしかいない。俺達を排除するために奴らがロキに力を与えたということだろうか。そのためにわざわざ神すら利用してしまうとは…いや、利用できてしまうというべきか。奴等の魔手は各勢力の深いところまで行っているということが窺える。

 

「うむ、彼女しかおるまい。今の彼女は叶えし者たちのボスと呼んで差し支えないからの」

 

「…彼女がボスって、どういうことだ?」

 

「いずれわかる。全く困ったもんじゃ、何度も正史に介入し、妾の計画を邪魔してくれおってのう」

 

気になる言葉をつぶやく彼女にその意味を問うても、キーボードを軽快に叩き意味深な笑みを返して来るばかりだった。

 

この人はいつも俺に何かを隠している。討つべき敵と言いながら、その敵、凛と深くかかわる俺でさえ叶えし者以上のことは何も教えてくれない。一体なぜ、俺も敵対している者の情報を伏せるのか。この際丁度いいから言ってしまおう。

 

「…なあ。前々から思っていたんだがあんた、色々隠し事があるな?どうして俺に隠す?俺にとって不利な情報があるからか?」

 

俺をレジスタンスに引き入れておきながら多くのことを教えないこの人は叶えし者については教えてくれたがそれを操る『敵』と呼ばれる存在、組織の明確な目的等々、聞いても口を濁すばかりだ。

 

それらのことを教えてもらえないことへの不満はある。しかし過去に助けてもらったことだけでなく模擬戦など多くの面で面倒を見てもらっているのもあってとやかくは言わないでいるものの、こうも積み重ねられると流石に気になってくる。

 

…俺に対するゼノヴィア達の気持ちも、今の俺と同じなのかもしれない。身の周り、隠し事だらけで困ったもんだ。望んで、やりたくてこうなったわけでもないのに。

 

全部カミングアウトできるものならしてとっとと楽になりたいものだ。天王寺みたいに言うなら、なんでこないなってもうたんや、かな。

 

「そう急くな。ゆくゆくはおぬしに全てを話すつもりじゃ、グレモリー眷属にもな。じゃが物事には最適なタイミングというものがある。今はその時ではないというだけの話じゃよ」

 

問うてもやはり口を割らないポラリスさんはまたも口を濁す。

 

「特に今、ロキで手一杯のおぬしらに叶えし者の全貌を話すのは酷でのう。今話して皆の不安をバイプッシュしてしまっては目に手も当てられん」

 

「…そんなにやばいのか?叶えし者とその親玉は」

 

「ああ、ヤバい奴じゃ。世界の危機じゃの」

 

…世界の危機って、一体どれほどの連中を相手取ろうとしているんだよ、この人は。なのにレジスタンスのメンバーは俺を入れて3人だけって…この人の考えが浅いのか?

 

「で、その最適なタイミングってのはいつだ」

 

「ロキ戦の後じゃ」

 

「お、ロキ戦の後……えっ?」

 

予想外にも返答されたことに思わず上ずった声が出た。今、この人、ロキ戦の後って……。

 

「どうした、不満でも?」

 

「いや…今まで話したがらなかったのに、あっさりと教えてくれたからビックリしたんだが。何故にそのタイミング?」

 

「その理由は残念ながら今教えるわけにはいかんのう。ロキ戦の後、全てが分かるとだけ言っておく」

 

いやそこは教えてくれないんかい。相変わらず思わせぶりな口ばかりな人だ。

 

「…はぁ。まあそれはさておきだ。わざわざ出てきたってことはあんたならロキを倒せると思っていいんだな?」

 

そう、この状況下において一番肝心なことを聞きだす。まだ本人の言う表舞台に立つその時ではないのにこの人は皆の前に姿を現し協力を申し出てきた。素性を隠しながらもわざわざ出張ってまで対処しようということは当然、それを打破できる策を持っていると考えていいんだろうか。

 

「100%とは言い難いが、そう思ってもらって構わんよ」

 

「100%じゃないというのは?」

 

「今後、計画を円滑に進める上での様々な制限があるということじゃ。しかしさっきも言ったが、グレモリー眷属がやられてはかなり困るのでな。今の段階で使ってもいいと判断した札は使っていくつもりじゃ」

 

作業の間に透き通るような銀髪をさらりと撫で払う彼女に表情には少し厳しい物があった。

 

ポラリスさんでもロキは厳しい相手か。だがあれだけのチート能力を持った神が相手ならそれも仕方ない。

 

「そう心配するな、妾が動くからには必ずロキは倒す。如何に兵藤一誠が特異点とはいえあそこまでのイレギュラーが起こればどうなるかはわからぬからのう。故に万難を排すためにも、今後を考えても妾が動くのじゃ」

 

「本当に信じていいんだな?」

 

「うむ、妾が必ずやお前たちを勝利へと導こう。かつて多くの船乗りたちをあるべき道へと導いた北極星、ポラリスの名の通りにな」

 

如何にも決め台詞じみた言葉を吐くと、スクリーンから俺に目線を移しにやりと笑みを見せる。そんな彼女の言葉に思わず苦笑が漏れた。

 

「ふ、なんだそれ、決め台詞か?」

 

「折角動くのじゃ、少しくらいかっこつけてもいいじゃろ?」

 

天の北極に輝くこぐま座の星、ポラリス。かの星は北極星であり夜空で唯一動かない星ということで多くの国で目印にされてきたと言われている。

 

北極星はある意味、導きの星と呼んでも過言ではない。レジスタンスのリーダーを務める彼女が冠する相応しい名とも言えよう。

 

会話しながらも続けてきた作業の手をふと止めたポラリスさんが手元のティーカップを啜る。

 

「さて、夜ももう遅い。夜分に動いて皆の睡眠時間を削って悪かったの」

 

「全くだな、俺は悪魔じゃないから夜はしんどいんだよ」

 

兵藤たち悪魔は日の光に弱い代わりに日が沈み夜になると身体能力諸々が増し、活発的になる。つまり、悪魔とは夜に強い生き物なのだ。

 

そうでない俺は主に夜での活動となるオカ研の悪魔の仕事に付き合う時にその違いを感じるときがある。皆がピンピンして依頼主からの召喚を待つ中で一人大あくびをかましたことは何度あっただろう。

 

「それは済まなかったのう、妾レベルになると昼夜関係なく24時間働けてしまうのでな」

 

「社畜オブ社畜じゃねえか」

 

「社畜で結構。計画の完遂のために必要とあらば幾らでも妾の時間は費やそう」

 

軽い談笑の後、話は終わったと今度こそポラリスさんも作業に戻りだした。

 

一通り聞きたいことも聞いたので、今度こそ自分の部屋に戻って床につこうと部屋を後にしようとした時だった。

 

「そうじゃ、すまぬ。もう一つだけ言い忘れたことがあった」

 

「?」

 

話が終わったそばから突然彼女に呼び止められたのだ。

 

もう眠気も来ているのでその言い忘れたことが長話にならないことを願いながら振り向く。

 

「北欧神話と日本神話の会談、つまりロキ戦から二日後の夜にレジスタンスの協力者たちを招集して今後の活動について会議を行う。おぬしにもそれに参加してもらいたいが、構わんか?」

 

「構わないが」

 

レジスタンスを支援しているという協力者。時折その存在をポラリスさんは口にするがそれが誰なのかは教えてくれない。

 

…あれ、俺ってレジスタンスのことそんなに知ってないのでは?むしろ遠ざけられている?信用されてない?だから俺に色々と教えていないのか?

 

でもそうだったらわざわざイレブンさんが模擬戦してくれたり諸々の面で面倒を見てもらってる理由が説明できない。ポラリスさんは一体、俺のことをどういう風に思っているのだろう。

 

「話は以上じゃ。今度こそ、おやすみ」

 

「ああ、おやすみ」

 

話がようやく終わり、今度こそ俺は部屋を出ていく。

 

対ロキの作戦決定、ポラリスさんの参戦、この一日で事態は大きく動いた。敵は依然強大であるにせよ、勝利の可能性が増えたのは確かだ。

 

「この戦い、勝つぞ…!」

 

戦いの決意に、希望の色が混ざり始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「紀伊国悠。おぬしが神を相手にどこまでやれるか試させてもらおう」

 

一人きりになった空間で、ポラリスは冷たさすら感じる笑みを浮かべる。

 

「やがて来る神々との決戦、『プロジェクト・ロンギヌス』のためにな」

 

 

 

 

 

 

 

  ▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数日間、俺達は来たるべき決戦の準備に打ち込んだ。

 

シトリー眷属は特別な結界術式の練習に取り組み、前線に出て戦う俺達オカ研は模擬戦やトレーニングなどでお互いの力を少しでも奴に近づけるようにと高め合う。

 

学生なのに本分たる勉学をおろそかにしている気はするが、そうも言ってられない。一神話の主神が討たれるようなことになれば世界情勢は大きく揺らいでしまう。何より新たに主神になろうとしているロキの思想は危険だ。奴の暴挙を何としてでも阻止しなければならない。

 

そして今日もトレーニングに励み、一通り終えて兵藤宅地下のトレーニングルームから出てきた俺はその男とばったり会った。

 

「…」

 

「……」

 

無言で二つの視線が交錯する。一方は俺の敵意マシマシの視線、もう一方は何ともないように俺を見つめてくる視線。そう、俺が今視線で敵意を訴えて向かい合う銀髪の男はヴァーリ・ルシファー。

 

ヴァーリチームは監視の意味も込めて作戦期間中は兵藤家に滞在することになっている。しかしあまり厳しい待遇にして不満を与えては連携に支障が出るのではという懸念で一応活動できる範囲は著しく制限されているが、監視付きでの外出が許可されてはいる。ポラリスさんが現れた際に屋台に行っていたのもそれだ。果たしてこの自由人たちと連携ができるかどうかは不明だが。

 

「敵意を隠しきれていないな」

 

最初に口を開き沈黙を破ったのはヴァーリだった。

 

「当たり前だ、人様に迷惑かけておいて今更味方面するのは虫が良すぎないか?俺は今回の共闘に納得したわけではないからな」

 

それに対して俺は否定することもなく堂々と肯定して見せる。

 

俺はどうにもこいつが気に入らない。過去のことをこっちが水に流したわけでもないのに太い顔をして堂々と居座るこいつが。

 

「ふっ、そう思われて当然か。だがこちらとしても神と戦える機会はそうそう得られないのでね。強さを求める者としてはこのチャンスに乗るしかない」

 

あんなおっかない奴と自分から望んで戦いたいと。本当にこいつは戦うことしか考えていないのか?

 

「君も強くなりたいのだろう?自分よりも格上の強者との戦いは己の限界を超え、力を高める手段の一つだと思わないか?そして、己よりも高みに立つ強者に打ち勝つことはどんな喜びにも代えがたい。俺は純粋に戦いが楽しいだけじゃなくそうも思っているからこそ強者との戦いを望んでいるのだが」

 

「勝利の喜びか…」

 

今回の行動には納得がいかないながらも、奴の語る戦いへの価値観には少なからず共感を覚えた。

 

俺も少なからず、今までの強敵を打破するたびに喜びを感じてきた。それはどうにかして苦境を打ち破れたという喜びだけでなく、強者に打ち勝てたという喜びでもあった。

 

リアルの戦いだけじゃなくスポーツでもゲームでも格上相手に勝つことはただの勝利よりも強い喜びを感じるし、自分はもっとやれるんだという自己肯定感の向上にもつながる。勝利の喜びとは、誰もが多くの場面で感じうる感情だ。

 

「そうだな。確かにお前の言う通り俺達の相手は格上ばかりで、その度に俺達は限界を超えてきた」

 

コカビエルも、会談の時のヴァーリも、ネクロムも、俺達の相手はいつだって強者だった。その時その時の俺達のレベルよりも上に立ち、俺達以上の強さを以て殲滅せんと武を振るう強敵だ。

 

今の俺達があるのははっきり言って奇跡といっても過言ではない。ポラリスさんの言う特異点の理論で言えば10個並行世界があればうち9個は俺達の負けルートだろう。そもそも10個の可能性の方が高いかもしれない。

 

俺達はいつもそんな強敵と戦ってきた。しかしヴァーリとは決定的な違いが一つある。

 

「でも俺達はお前みたいに自分から闘争を求めてないんだよ。俺には戦いが楽しいというお前の考えがどうにも理解できない。そのために、先生を裏切るなんてことができるってところもな」

 

俺達は楽しくて戦ってるわけじゃない。命懸けで、こいつのように戦いたいという欲望のためではなく守るべき者のために、己が内に燃え滾る信念のために戦っている。大義もないバトルジャンキーと一緒にされてもらっては困るのだ。

 

びしっと己との違いを突き付けると、ヴァーリもやれやれとため息を吐いた。

 

「…君とはどうも反りが合わないみたいだな」

 

「全くだ、ロキ絡みじゃなけりゃすぐにお縄にかけてやるところなのにな」

 

しかし、こんな気に入らないところだらけのこいつに言わなければならないことが一つだけある。

 

「…でも、アーシアさんを助けてくれたことには礼を言っておく。お前がいなかったら助からなかった」

 

アーシアさんは以前の戦いでシャルバ・ベルゼブブの装置の力で次元の狭間に飛ばされてしまった。グレートレッド以外の生命が活動できないとされる次元の狭間で一度は彼女の死を覚悟したが、どんな方法を使ったかは知らないが調査で付近の空間をうろついていたヴァーリたちがアーシアさんを発見したことで事なきを得た。

 

それだけじゃない、ヴァーリの助言と力がなければ兵藤が覇龍の闇から戻ってこれなかった。悔しいがこいつには戦うべき、討つべき敵なのに大きな恩が二つもある。

 

気に入らない所は多々ある。しかし、受けた恩に対して言うべき礼は言わねばなるまい。

 

「礼を言われる程の事じゃない。いつものように気まぐれが働いただけだ」

 

渋々ながらの感謝の言葉にも奴は涼しい顔で受けるだけだった。すると不意に口角をニッと上げる。

 

「…だが、敵意剥き出しの君に礼を言わせたのは面白かったよ。いいモノを見せてもらった礼と言ってはなんだが、これを渡そう」

 

そう言って手元に魔方陣を出現させて何かを取り出すと、ポイっと手首のスナップを利かせて投げ渡してきた。

 

すかさずキャッチし受け取る俺はヴァーリが渡してきた思いもよらぬ物に瞠目した。

 

「眼魂…これをどこで?」

 

ヴァーリが渡したのはなんと英雄眼魂の一つ、灰色に輝くベートーベン眼魂だった。

 

俺が手に入れてきた眼魂の多くは駒王町で発見された物だが、中には冥界にあったものもある。サーゼクスさんが手に入れたフーディーニ眼魂や、魔烈の裂け目で奇しくも先に回収されてしまったゴエモン眼魂。

 

凛が持っている眼魂もその後者の部類だろう。彼女の場合は叶えし者たちを動かして得た可能性が高い。それなら冥界以外の場所にあったものも回収でき、彼女が多くの眼魂を持っていることにも説明がつく。

 

「普段はチームで世界各地の謎を追っていてね、オリュンポスのアポロン神の領域に立ち寄った際に偶然だが手に入れた。少しは力になるだろう?」

 

「……」

 

ヴァーリの口にしたアポロン神の名に俺は何となく合点が行った。

 

オリュンポスのアポロン神は太陽の神であると同時に音楽の神でもある。数多のクラシック音楽の名曲を作曲し、楽聖と呼ばれた男の魂が宿るベートーベン眼魂との繋がりのようなものがあったとしても頷ける。

 

アーシアさんの時と同じだ、こいつがいなかった俺はこの眼魂を手に入れることができなかった。またしても恩が増えてしまったようだ。

 

…て、ちょっと待て。チームで世界の謎を追っているだと?

 

「お前、テロリストらしく各地でテロってるんじゃないのか」

 

俺のイメージと違うんだけど、色んな強者を追っかけて出合い頭に喧嘩吹っかけて戦闘狂やってるイメージを今まで持っていたんだがもしかして、実はそうじゃない?

 

「時々は指令を受けてやってるさ。だが、テロよりも世界の神秘や強者を調査する方が楽しい」

 

「…お前普通にどっかの勢力の研究者にでもなればよかったのに」

 

「だがそれでは強者と戦えなくなる、平穏な探求よりも闘争の中での探求の方が俺の性に合っているからな。だから俺は禍の団で自由に動く道を選んだ」

 

このバトルジャンキーめ。そんなに戦いたいなら人様に迷惑かけない組織に入ってからやれってんだ。何なら裏切らずにこっちに身を置いたまま禍の団と戦えばよかったのに。

 

「俺は戦い以上に勝利が好きだ。そして俺にとって敗北は2番目に嫌いなものでね。だからこそ、俺は全力でこの勝負は勝ちに行かせてもらう。戦力は多いに越したことはないからな」

 

「はぁ…」

 

一時的に手を結んでいるとはいえ俺達と敵対しているというのに本当にわかんない奴だ。最初は口論に突入するんじゃないかと思っていたがむしろ頭の中こいつへの疑問だらけだ。ますますヴァーリという人間が読めなくなった。もう一生かけてもこいつの考えることは理解できないんじゃないだろうか。

 

…いや。そもそも、俺とこいつとじゃ過ごした環境も立場もまるで違う。人の価値観、倫理観は生まれ育つ環境と教育によって形成されるものだ。そんな彼を理解しようとするのが不可能なのかもしれない。

 

ヴァーリが先生の元を離れてしまったのも、つまるところそうなのだろう。カテレアが先生に言った通り、長年の付き合いがあるという先生ですら今俺が読めていない奴の本質を理解できなかったから。

 

やはりヴァーリを理解できないという思いを強くしていると階段の方からかつかつと足音が聞こえてきた。

 

「ヴァーリと悠って珍しい組み合わせだな」

 

「なんじゃ、さっき剣呑な会話が聞こえたが喧嘩か?」

 

揃って現れたのは兵藤とオーディン様だ。家の住人である兵藤は兎も角、そうでないオーディン様はここの所先生と会談の打ち合わせをするためにちょこちょこ顔を出している。

 

「あまり信用されてないみたいでね。まあそんなことは気にしてないが」

 

「…こいつが変なだけだ」

 

二人の登場にもヴァーリは相変わらずすまし顔をするばかり。

 

「ほっほっ、そうつれないことを言うでない。せっかく男子3人揃ったのじゃから、また猥談でも始めようではないか」

 

「えっ」

 

和やかなオーディン様の急な提案に虚をつかれ上ずった声が出る。

 

いや待て待て、なぜそうなる。何でよりによって猥談なんだ。というかまた、だと?

 

「…猥談なら先日したはずだが」

 

「男の仲を深めるのは戦いと猥談だと相場は決まっておる。どちらも何度やっても楽しいもんじゃろう?」

 

この場に揃った男子3人を見て楽しそうにニヤニヤして提案するオーディン様にヴァーリはどこかうんざり気に目を細める。

 

先日もしたんだ…。オーディン様、神だから人間とは比べ物にならないほど歳がいってるはずなのにこういうノリが男子学生のそれそのものなんだが。

 

それに、バトルジャンキーで女に興味がなさそうなこいつがどんな猥談をしたか気になる。俺は極力混ざりたくないけど。

 

「猥談はさておき、戦いが飽きないものだというのは同意だよ」

 

『…ヴァーリ』

 

「アルビオンか、どうした」

 

ヴァーリとオーディン様の会話にこの場にいる四人以外の声が割って入る。以前聞いたことがある声だ、ヴァーリが神器に宿すドラゴン、白き龍アルビオンの声。

 

『ヴァーリ、頼むから今すぐこの場から離れてくれぇ…』

 

「お前、まだあれを引きづっているのか…」

 

必死に訴えるような調子でアルビオンは宿主たるヴァーリに語り掛けてくる。会談で戦った時の厳格な様子とは打って変わって弱々しい声色だ。

 

「一体アルビオンに何が…」

 

「それがな、ヴァーリがオーディン様に女性のどこが好きかって聞かれて尻が好みだって答えたらケツ龍皇なんてあだ名をつけられたんだ」

 

「ケツ龍皇…これまたひどい名を」

 

乳龍帝に負けず劣らず酷い名をよくもまあ思いついたものだ。それよりヴァーリって尻が好みだったんだな。ものすごくどうでもいい情報を知って…いや、これを周りに言いふらして変な評判を作れば実力では勝てないまでも奴を精神的には追い詰めることができるのでは?

 

…やめよう、敵とはいえこういうのは性に合わない。というかあのアルビオンの声を聞いたらむしろ可哀そうなまで思えてくる。

 

『宿命のライバルがこんな馬鹿馬鹿しいあだ名をつけられていると知った時の私の気持ちと来たら…こんな奴と今まで戦ってきたのかと思うと恥ずかしくて恥ずかしくて……おまけに私までこんな二つ名を……』

 

『やめろ白いの、それ以上言うな!!俺だってこんな…こんな!う…ううっ…ウォォォォォォ!』

 

悲嘆に満ちたアルビオンの嘆きに兵藤の左手の甲からドライグの声に応じてちかちかと光り、やがて二匹の龍の声にならない悲しみが迸った。もはや互いの悲しみを泣き散らす二人のやり取りにかつての誉れ高い二天龍の誇りは見る影もなかった。

 

「オーディン様、あんたのせいだろう。どうにかしてくれ」

 

「乳龍帝にケツ龍皇、いやー今代の二天龍は面白いのー!」

 

面白くて仕方ないと大笑いするオーディン様は長い白髭をさする。

 

この爺さん、最低だ…。過去に神に喧嘩売ったドラゴンがいまやこんな間抜けなあだ名をつけられて…ドライグと同様にアルビオンもショックを受けてしまったんだな。兵藤とヴァーリはロキ戦の前に相棒のメンタルケアをしてやらないといけなくなるなんて、災難だ。

 

「ほっほっほっ!!…さてさて、それでおぬしはどこが好みなんじゃ?」

 

「えっ」

 

ひとしきり笑い終えた爺さんのいやらしい視線が明らかに俺に向いた。

 

「おぬしも男じゃろう、なら女の好みの一つや二つは性癖を持って当然じゃ。最近の若いもんはフェチとも言うらしいの」

 

「お、俺のフェチ……」

 

問い詰められた俺は言葉に詰まる。

 

俺のフェチ……あれを話せと言うのか。よりによって一神話の主神に、敵もこの場に居合わせているというのに。

 

「「じーっ…」」

 

それに追い打ちをかけるように2人の野郎が好奇の視線の圧をぐいぐいとかけてくるのだ。おいそこ、何気なくその中にヴァーリも混ざるな、二人ほどの圧ではないが。

 

「……うなじ、です」

 

果たして空気に流されてしまったか、圧に耐えかねた俺は口を開き、渋々答えた。

 

「ほほう…」

 

興味深そうに顎髭を撫でるオーディン様。

 

「まあ俺は前に聞いたけどな」

 

兵藤は和平会談前にオカ研男子で集まった時に話したから知っている。あれは面白かったなぁ…木場のああいう話を聞く機会は後にも先にもこれだけなんじゃないだろうか。

 

「じゃあなぜ圧をかけた」

 

「お前を猥談に巻き込みたかった。反省も後悔もしてない」

 

「この野郎…!」

 

最低なことを言いながらサムズアップしていい笑顔を見せる兵藤の表情がちょっとムカついた。

 

「グレモリー眷属は女子が多かろう、誰のうなじが一番好みじゃ?」

 

「…朱乃さんです」

 

一度言ってしまうと楽になるもので、もうどうなってもいいやという思いになった俺はやけくそ気味に答える。

 

「朱乃と言えば、バラキエルの娘か。確かにあの娘はべっぴんじゃからのう。胸もデカいのにそっちに目が行くとは」

 

「あのポニーテールに隠れたあれがいいんですよ。でもゼノヴィアのも中々に…ってもうやめよう、これ以上は俺にとって良くない気がする」

 

しかし何でだろう、自分の内に秘めた物を話すたびに泣きたくなってくる。これ多分後でどうしてあんなことをベラベラ喋ってしまったんだろうと死ぬほど恥ずかしくなる奴だ。

 

「うなじ…ほー、おぬしもマニアックな性癖を持っておるのう」

 

「これを本人にばらしたらロキの前にあなたを神殺ししますからね」

 

もし俺がそう言う目で見たことがあるとバレたら恥ずかしくてオカ研にいられなくなる。こういう話は女子の間ではすぐに拡散するもので、ただでさえオカ研は女子の比率が高いのだ。俺にはその人数分の羞恥の感情を耐えられない。

 

「ほっほっ!そんな野暮ったいことはせんわい、こういうのは男同士で共有するからこそ楽しいんじゃよ!」

 

手を叩くオーディン様は心底楽しそうにげらげら笑う。本当にこういうノリが男子高校生だな!

 

「君も兵藤一誠と同類なんだな」

 

「いや違うから!!」

 

おいヴァーリィ!妙に傷つく追い打ちをかけるな!アルビオンが逃げろって言ってるんだからさっさと逃げろ!自分の相棒にも迷惑をかけてやんな!!

 

「むう……」

 

そんなやり取りをしているうちに突然オーディン様が難しい顔で唸り始める。

 

「どうかしました?」

 

「いや、ケツ龍皇みたいないい二つ名を思いつかなくてのう……」

 

「つけなくて結構です」

 

前の戦いで見直したから真面目な考え事してると一瞬でも思った俺が馬鹿だったよ!乳龍帝みたいなあだ名はいらない、俺にはスペクターとか推進大使で十分だ。びこうみたいに変なあだ名を付けられませんようにと神に祈るか。

 

あっ、この爺さん神だった。じゃあそれ以外の神に祈ろう。…だめだ、この爺さんとロキぐらいしか実際に会った神がいない。

 

『君もつけられたら我々の気持ちが分かるぞ』

 

『紀伊国悠、俺と白いのと一緒に地獄に落ちないか……?』

 

すると兵藤のドライグまでもが会話に参加し、片割れの白い龍と共に暗く、しみじみとした様子で俺に語り掛けてきた。不名誉なあだ名をつけられてしまった双竜の昏い嘆きが俺を同じ領域に連れ込まんと誘ってくる。

 

「ドライグがナチュラルに理解者を増やそうとしてるよ…」

 

「俺は絶対に変なあだ名つけられないからなァ!」

 

猥談はしてもいいけど、それだけは勘弁だ。

 

その後小一時間ほど野郎4人でくだらない話で喋り倒したのだった。結局俺も空気に流されるまま己のフェチを語りつくし、ヴァーリが何度か逃げようとする場面があったがオーディン様がダル絡みして引き留め、その度にアルビオンが泣いた。

 

しょうもないひと時ではあったが、不安を忘れることができた時間でもあった。

 

黄昏の日は、明日。決戦はすぐそこだ。

 




NGシーン

悠「それで、あんたならロキを倒せると思っていいんだな?」

ポ「うむ、妾がロキに勝てる確率は100…いや、1000%じゃ」

悠「神相手に1000%で勝てるってあんたインフレしすぎだろ」






ヴァーリの一番嫌いなもの、というか人が何かは原作既読者の方ならご存知でしょう。

次回からいよいよ決戦です。自分がこの作品をやる上でやりたかったことの一つがあるのでそれもお楽しみに。

次回、「迫る黄昏、集う勇者達」


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第81話 「迫る黄昏、集う勇者達」

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
5.ビリーザキッド
6.ベートーベン(NEW)
7.ゴエモン
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「やるならメイド喫茶かお化け屋敷かな」

 

授業が全て終わって放課後へと移り眩しい黄金の陽光が差し込むオカルト研究部部室でオカ研メンバーは議論を交わす。

 

いま議論しているのは学園祭に向けた出し物の件だ。オカルト研究という出し物のネタには困らないはずなのだがただ活動の結果を発表するだけではパンチが弱いということで人目を引きつけ、万人が楽しめるものということでメイド喫茶とお化け屋敷のどちらかをやろうというように話が流れていった。

 

「俺としてはただのメイド喫茶じゃなくおっぱいメイド喫茶が…」

 

「却下よ」

 

「何で!?」

 

個人的な煩悩塗れの案をつらつらと出す兵藤に部長さんは冷静に否を突き付ける。

 

「イッセーの言う通り、そういう方面で行けばポイントは稼げるでしょうね。でもそもそもの話、生徒会や先生方の許可がまず出ないわ」

 

「ガーン!」

 

夢、儚くも崩れ去る。むしろ何で通ると思ったのだろうか。

 

「なら、オカ研の女子部員の方々で人気投票をするというのはどうでしょう…?」

 

兵藤が崩れ落ちたところにギャスパー君が恐る恐る意見を口にした。

 

「人気投票!その手があったか!」

 

「うちの部員は人気があるから注目度は高くなりそうだね」

 

ギャスパー君の名案に詰まっていた話が再び動き出す。うちの部は二大お姉さまやマスコットなど有名人揃いだ。中々話題性もあり、盛り上がりそうな企画ではある。オカルトに関係あるかはさておきだが。

 

「面白そうね。まあ私の一位は揺らがないだろうけど」

 

「あらあら、本当にそうかしら?いよいよどちらが真のお姉さまか決着をつける時が来たようね」

 

「上等だわ、この際はっきりさせるのもいいわね」

 

ギャスパー君の案に関心を示す部長さん。しかし何気ない一言が朱乃さんの闘争心に火をつけてしまい、すぐに二大お姉さまの間で激しい闘争の炎が燃え上がった。

 

この人たち、いつも喧嘩しているなぁ。喧嘩するほど仲がいいというが、最近は兵藤絡みでさらにそのペースが増えたに違いないし、これからもたびたびこのような光景を目にすることだろう。

 

「わ、私も参加するんですか…?」

 

「アーシアは兎も角、イリナには負けたくないな」

 

「何ですと!?」

 

「マスコット部門なんて作れませんか…?」

 

戸惑うアーシアさんの一方でゼノヴィアは乗り気だ。塔城さん、あんた意地でも一位になりたいんだろ。

 

しかし話が出ただけで本人たちの間でこれなのだ。正式に決定し生徒たちの間で発表されようものならきっと…。

 

「いつもはあなたが『王』なのだからたまには私に一番を譲ってもいいじゃないの」

 

「そんなことは関係ないわ!あなたにだけは負けたくないのよ!」

 

「…学校中を巻き込んだ戦争になりそうだな」

 

「その前にオカ研並びにグレモリー眷属崩壊間違いなしだ」

 

「これもやめておいた方がよさそうだね」

 

止めておこう、大事な戦いを前に内部分裂しましたなんてことになったら大ごとだ。バラキエルさんやヴァーリが呆れる中で多分美猴あたりは大笑いしそうだが。

 

ヒートアップしていく部長さんと朱乃さんの口喧嘩で話し合いは流れてしまい、また後日に各自案を用意して話し合うことになった。

 

「…黄昏だな」

 

窓から注ぐ夕暮れの黄金色の輝くに対する何とない先生の呟き。さっきの話し合いには参加せず紅茶を片手に静観していた先生の他意のない呟きは盛り上がっていた部室が一気に静かになる。

 

「そう緊張するな、保険もいくつか打ってある…決戦まであと五時間後。程よく緊張し、盛り上がる時には盛り上がっていけ」

 

それから数分後、活動時間終了を告げるチャイム音が鳴る。今日の楽しい学園生活はこれで終わりだ。

 

学園生活が終わると何が始まる?

 

そう、決戦だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

決戦の時もいよいよ近づき、全員が集まったのは会談が行われる高層高級ホテルの屋上だった。

 

日がすっかり落ちて空は夜の色に染まり、月明かりと細々とした星明りが夜空を彩る。そんな夜空の下で俺達は高所故の強い風に吹かれてながらも作戦開始を待つ。

 

「…寒いな」

 

寒さに震える手で握る黄金の槍は件のグングニルのレプリカ。つい先ほど宝物庫から発見された物をロスヴァイセさんに手渡されたばかりだ。

 

本物を見たからこそ思うのだが、見た目は大差ないもののやはりレプリカというだけありイマイチ物足りないように感じる。だが神の武具というからにはその威力はお墨付き。後は俺がどれだけこいつの力を引き出せるかだ。

 

このホテル周辺の建物の屋上には先生にグリゴリ送りにされた匙以外のシトリー眷属がそれぞれ待機しており、ロキの出現を確認し次第結界を発動させる。ここからだと小さな人影が見えるくらいだが、きっと硬い表情をしていることだろう。

 

会談に参加する先生以外のオカ研や意気揚々と乱入してきたヴァーリチームはもちろんメリィさんとバラキエルさん、戦乙女らしい銀の鎧に身を固めるロスヴァイセさんもやがて来るその時を待っている。

 

龍王のタンニーンさんも快く参戦を承諾し、今ホテル上空で待機中だ。最もあの図体が目立たないはずがないので一般人に見つかって騒ぎにならぬよう術をかけて視認できないようにしている。増援は期待できない状況下で龍王が手を貸してくれるのは非常に心強い。

 

「…噂の戦士はまだ来ないのか?」

 

相も変わらず、屋上に吹く冷たい風ですら涼しいと言わんばかりの表情でヴァーリは言う。

 

そう、事前に遅れるとの連絡があった匙を除き、まだ一人この場に姿を現していない者が一人いる。

 

それは…。

 

ガチャリ。

 

『遅れて済まない、また会ったな…ヴァーリチームには初めましてか』

 

噂をすれば影が差す。開かれた屋上のドアから現れたのは左右で異なる色をした歯車を随所に装着された戦士、ヘルブロスことポラリスさんだ。そのサイバーチックな装いが否応にも皆の注目を集める。

 

ちなみに声は前回と同様ボイスチェンジャーで低く加工されている。低い声と口調も相まって皆からは男と思われているようだ。あのヘルブロスのスタイルやデザインに女性らしさはないからそう思われても仕方ない。

 

「お前が噂の不審者か」

 

『そうだ。この度はよろしく頼む』

 

初対面のポラリスさんとヴァーリは手短に言葉を交わす。それからポラリスさんはこの作戦の指揮を任されたバラキエルさんの下へ行く。去り行く彼女の背にヴァーリチームは視線を外さない。

 

「ザ・歯車って感じだな…それより仙術でもこいつの気が読めねえ」

 

「私もよ。あのスーツが遮断でもしてるんじゃないの?」

 

「この作戦に参加する以上は相応の実力の持ち主なのでしょうね」

 

「強者なら誰でも大歓迎だ。戦いで頼りになるし、何より未知の強者はワクワクする」

 

視線の意味は好奇、詮索と様々だが彼らの願うことは一つ。彼女が自分達のお眼鏡にかなうレベルの強者たることそれのみ。

 

そのうちバトルジャンキー共に喧嘩を振られないことを願っておこう。神に喧嘩売りに行く連中だぞ、探求心と闘争心の塊のようなこいつらが異世界を渡り歩いたというポラリスさんのことを知れば間違いなくろくなことにならない。

 

「…以上が作戦だ。何か質問は?」

 

『ない。私はフェンリルの陽動に回るとしよう』

 

バラキエルさんがポラリスさんに一通り作戦を説明し終えると、ふとこちらを向いた。

 

「一つ皆に知らせがある。遅くなって悪いが、そこの彼の他に急遽もう一人天界陣営から助っ人が来ることになった。作戦の途中から参戦するとのことだ。彼も多忙な中、ぎりぎりまでスケジュールを調整して作戦の参加を決めてくれた」

 

「!」

 

ポラリスさん、タンニーンさんに続く更なる助っ人の発表に決戦を控えて硬くなっていた皆の表情が明るくなる。今までの敵とは大きく格が跳ね上がって今回は神、依然として強大ではあるがその差は埋まりつつある。果たして今度は一体誰が手を貸してくれるのだろうか。

 

「多忙なスケジュール…有名人かしら」

 

異形界の有名人というのは神だったり魔王だったりと実力のある者がほとんどだ。ただし実力者であると同時に大抵は要職についているから普段は前線に立つことはない。

 

もしそういう人が来るのだとしたら、それだけ今回の件が大事件だという証明にもなる。どうしてこうも事件にばかり巻き込まれるのだろうか、俺達。

 

「ちなみにその助っ人は誰ですか?」

 

風に薄い金髪を揺らす木場が訊ねる。神と交戦するこの作戦に参加できる者はかなり限られるが一体誰なのだろう。

 

「それは本人の希望で到着まで伏せてほしいとのことだ。おそらく、知ればヴァーリが大人しくしないだろうからな」

 

「…匿名希望の助っ人ってどういうことだ」

 

何でわざわざ大事な作戦なのに隠す?ヴァーリが大人しくしない?俺はバラキエルさん、並びに助っ人の意図が全く読めなかった。

 

「ヴァーリが大人しくしないとなれば助っ人は余程の強者でしょう」

 

「ガチモンの強者だったら戦いの後で一戦頼んでみっか?」

 

「そうだな。ロキとの戦いの後で余裕はないだろうが、もしそうなら是非手合わせ願いたいところだ」

 

カカカと笑う美猴と戦意に口角を上げるヴァーリ。気に入らない点は多々あるが戦いを前に余裕を崩さないこいつらの図太さを見習いたくはある。

 

「イリナやメリィさんは何か知ってるか?」

 

「え、私何も聞かされてないわよ?初耳なんですけど」

 

「私は知ってますけど~秘密です」

 

戦いを前にしても朗らかな表情を保つメリィさんはニコニコで口に手を当てる。助っ人は天界陣営であるにもかかわらず、同じ天界組の紫藤さんには知らされずメリィさんには知らされている。これは一体どういうことなのか。

 

…いやまさかな。でももしそうなら心強いなんてレベルじゃないぞ。

 

「紀伊国君、一ついいかしら」

 

まだ見ぬ助っ人のことをあれこれ考えていると部長さんが話しかけてきた。

 

「あなた、以前ポラリスと会ったことがあるのよね?」

 

「はい、そうですけど」

 

「その時の彼はどんな感じだったの?」

 

「…何と言うか、掴みどころのないミステリアスな感じでした。でもその一方であの時の俺に容赦ない言葉を浴びせながらも熱くぶつかって立ち上がらせてくれる人物でした」

 

あの時のことを思い出しながらありのままを部長さんに伝える。

 

あの時はよくもまあ限界すれすれの俺に自分勝手な奴だと下手すれば心をぶっ壊すような発言をしてくれたものだ。でもあのやり取りがなければ今の俺はなかったとはっきり言える。

 

「そうなのね…私にはまだ彼が本当に味方なのか判断しかねるわ。本当にあのポラリスを信用していいのかしら?」

 

俺の話を聞き、まだ迷いの残る目で部長さんはさらに訊ねる。

 

仲間を助け、結果的には自分達や町の危機を救うことになったとはいえ見ず知らずの、素顔も素性もはっきり明かさない人物とこんな大事な一戦を肩を並べて戦うのに敵ではあるものの素性が割れているヴァーリ以上に大きく不安を感じているのだ。

 

「うーん、俺も彼について知らないことは多いですけれど少なくとも俺達に悪意を向けるような悪人ではないのは確かです。俺は信じてもいいと思っています」

 

俺の知らない情報を多く握り、未だに何を考えているかわからない所が多い人ではある。彼女の言う計画やいつかなど聞いてもはぐらかすばかりで疑問は日々尽きない。

 

だが彼女が俺達の敵ではないということははっきり言える。それは本人が自分から断言していることでもあるし、これまでの、そして今回の行動で証明している。もし彼女が俺達に害をなす存在ならこの危機的状況で俺達に手を差し伸べたりしないだろう。

 

そして叶えし者など今の凛を一番知っているのは彼女だ。俺は彼女を元に戻すためにポラリスさんから情報を引き出さなければならない。この状況を乗り越えるためにも、凛を取り戻すためにも、今の俺達には彼女の力が必要だ。だから今は彼女を信じるほかない。

 

「でも僕たちの敵じゃないなら、どうして僕たちに存在を隠すよう紀伊国君に頼んだんだろう?」

 

しかし木場はポラリスさんへの疑念を隠さない。確かにそこはちゃんと説明してもらわないと気になる点だ。

俺もその理由についてはイマイチよくわかっていないことの一つでもある。

 

「…それはわからない。こればかりは直接本人に聞くしか」

 

「なあポラリス…さん?」

 

『何用だ』

 

会話しているうちにいつの間にか兵藤が一人異質な存在感を放つポラリスさんに恐れることなく言葉をかけた。

 

「あんたってどうして悠に俺達に内緒にするよう頼んだんだ?」

 

「いや行動に出るのが早い!?」

 

そして誰もが異質だと思い接するのに躊躇する彼女へ臆することなく直球で疑問をぶつけた。ヴァーリたちが闘争心と好奇心の塊なら行動力の塊かこいつ!?

 

『ふふ、それは私がまだ正体を明かし、本格的に歴史の表舞台に立つ時ではないからだ。この歯車の仮面を外し、素顔を君たちに晒した時こそがその時だよ』

 

正直に訊く兵藤に思わずポラリスさんも苦笑しながら答えた。

 

この人、兵藤たちにも同じことを言ってんな。というか男だと思われてるっぽいからまず女だということにびっくりするんじゃなかろうか。

 

この場で教えてやるのは簡単だが…その反応も見てみたいからあえて黙っておこう。

 

「…お前、本当に何者だ?禍の団のスパイか?それともロキが内側から崩すために送り込んだスパイか?」

 

はぐらかす物言いにゼノヴィアは剣呑な視線を向ける。やはりと言うべきか、俺を助けたという事実があるとはいえ完全に信用しているとは言えない。

 

「どうなんだ、ヴァーリ?」

 

「俺の知る限り禍の団にそんな奴はいないしあの機械じみた武装も存在しない。むしろここまで目立つ奴が禍の団に所属していれば同じ禍の団の俺が知らないはずはないと思うがね」

 

「あのユグドラシルの力を手に入れた今のロキならスパイを送り込むまでもなく我々を全滅させられると考えるでしょうね」

 

「ム…」

 

最もらしいヴァーリとアーサーの言い分にゼノヴィアも反論できず押し黙る。

 

もし本当にポラリスさんが禍の団の構成員だったりしたら俺が社会的にも精神的にも死ぬぞ。信じた人が実はテロリストでしたなんて最近悩みの種が多い俺の心にとどめを刺す一押しになること間違いなしなんだが。

 

『焦らずともそれを知るいつかは必ず来る。だがこの戦いに敗れてはそのいつかも来ないがな』

 

「いつかいつかとは、まるで未来を知っているかのような口ぶりだな」

 

『さてね、だがいつかは必ず来るとだけ言っておくとしよう』

 

ヴァーリの挟んだ言葉もやはりいつものようにはぐらかす。今までに何度も見てきたこういう彼女らしいところが本当にポラリスさんなんだと実感させる。

 

そしてこれから初めて、ポラリスさんと肩を並べて戦う。これまでは模擬戦の相手で共闘する機会のなかった彼女の実力の一端を垣間見る時が来たのだ。神を相手にする以上、俺に見せたことのない力も使うだろう。うちのリーダーがどれ程のモノか見せてもらおうじゃないか。

 

追及しても無駄だと感じたか、それ以上誰も問い詰めることはなかった。

 

やがて作戦開始前の緊張と静寂が再び戻って来る。会話はなく、びゅうびゅうと泣くような風の音がこの場を支配する。

 

「…悠、わかっているな?」

 

静寂の中で隣にそっと身を寄せるゼノヴィアは心配そうな眼差しを向ける。

 

「もちろんだ、絶対に死なない。必ず生きて帰ろう」

 

彼女の心配を和らげ、切なる思いに応えるようにそっと手を包むように握り返す。

 

彼女を泣かせるまで心配させてしまったのだ。ここで生きて帰らねば、男が廃るというもの。必ずや生還し、彼女が話したいことを聞き遂げよう。

 

彼女との約束を果たすことが、こんな自分に寄せてくれる彼女の信頼に報いることに繋がる。

 

絶対に…生き残って見せる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バチッ。

 

刹那、ホテル上空の何もない空間に電撃を帯びた波紋が走る。突然の現象に多少は和らいでいた雰囲気は一気に緊張で張り詰める。

 

波紋は幾度となく繰り返し、空間から滲み出るように俺達のターゲットが姿を現そうとしている。

 

「来た」

 

「標的を確認、結界術式を展開しろ」

 

即座にバラキエルさんが通信魔方陣を介して別所で待機しているシトリー眷属に指示を出す。

 

数瞬の後、空に様々な複雑な文字が刻まれた術式がばっと展開する。広範囲に展開されたそれは空一面を覆いロキもその範囲に巻き込む。

 

やがて結界から放たれるかっと眩い光が視界を塗りつぶして――

 

 

 

 

 

視界を覆う光が晴れると、雲の間から月明かりが覗く夜の空の色が赤紫色に変わっていた。そして変わっていたのは空色だけでない、ビル屋上だった風景も殺風景なゴツゴツとした岩が突き出る採掘場。

 

屋上にいた全員がこの場にいる。無事、シトリー眷属が発動した結界による転移に成功したのだ。

 

「やれやれだ」

 

そんな中、ひときわ高く槍のように鋭く突き出た岩の先端に悠然と降り、ぴたりと立つ男が一人。

 

「我の力に対応できるよう特別に組まれた術式か。今の我に対抗しうるとはなかなかのやり手だよ」

 

俺達が阻止しなければならない敵、悪神ロキ。その姿は以前と違い身に取り込んだというユグドラシルの面積が増えている。

 

側頭部から木の角が生え、木に飲まれた端正な顔の右半分はもはや異形の怪物にも見える。さらにはその背に大きな木の根が六本ほど雄々しく突き出ており、さながら天使の翼のようだ、最もその翼は純白でもなければ美しさもない不格好なものだが。

 

そして木の怪物へとその身を近づけた主の傍に、フェンリルが控える。獰猛な神喰狼が従う主の敵を見下ろしてうなりを上げた。

 

「だが無駄な足掻きだ。ここで誰の邪魔も入らず貴様らを皆殺しにし、会場に戻りオーディンの首を打ち取る。オーディンの寿命が僅かながら伸びただけに過ぎん」

 

冷徹な殺意が向けられる。遥か格上の存在である神の殺意、そのすごみに世界が一瞬で凍り付いたような錯覚を覚え、圧倒されて思わず一歩後ずさる。

 

怯む俺達の中で一人、動じないバラキエルさんが奴に言葉を投げかける。

 

「貴殿の思想は危険すぎるな。なぜそこまで変化を恐れる?」

 

「何を言う、貴様らの言う変化とは我々にとって猛毒でしかない。閉ざされていた神話はオーディンによって開放され、猛毒の風が流れ始めている。猛毒によって歪められ、死にゆく北欧神話を我が主神となって正し蘇らせる。今更後に引く選択肢はない」

 

「話し合いは無意味か」

 

俺たちよりも永き時を生き、神話の変遷を見てきたが故の決断を下したロキの意思は揺らがない。短い話が終わりいよいよ決戦が始まる。戦の機運が一気に高まり、それぞれがオーラを高め、得物を構える。

 

「行くぜ」

 

「ああ」

 

「滾るな」

 

果敢にも一歩前に出る兵藤、その隣に俺と戦いに昂るヴァーリが続く。本丸を叩く役目を任命された三人だ。

 

〔Boost!〕

 

〔Divide!〕

 

〔ゴーストドライバー!〕

 

各自、神器を一斉に展開する。転移した直後から禁手のカウントを始めていた兵藤はカウントを終えており、いつでも発動できる。

 

緊張や戦意、様々なものが混ざり合って震える手で己の魂が込められたスペクター眼魂を握りスイッチを押して起動、ドライバーに差し込む。

 

〔アーイ!バッチリミロー!バッチリミロー!〕

 

ドライバーから黒と青のパーカーゴーストが出現し、神との戦いを目前にする俺達を鼓舞するように力強く周囲を舞う。

 

そして高らかに叫ぶ。戦うための掛け声、力を解き放つ詠唱、己を変えるための一声を。

 

「禁手《バランス・ブレイク》!」

 

「禁手《バランス・ブレイク》」

 

「変身!」

 

同時に光が弾け、その姿を戦うためのものに変じさせる。

 

〔Welsh Dragon Balance Breaker!〕

 

随所に翡翠の宝玉が埋め込まれた、赤き龍帝の力の具現たる勇ましい赤鎧を身に纏うは赤龍帝、兵藤一誠。

 

〔Vanishing Dragon Balance Breaker!〕

 

背に透き通るような空色の光翼を生やす、白き龍皇の力の象徴たる美しい白鎧を身に纏うは白龍皇、ヴァーリ・ルシファー。

 

〔カイガン!スペクター!レディゴー!覚悟!ド・キ・ド・キ・ゴースト〕

 

黒いスーツの上に全身に青いラインが走る、異世界より来たる戦士、仮面ライダースペクター。

 

今ここに、立場と世界を越えて赤、白、青の3人の勇士が並び立つ。

 

今こそ、決戦の時。

 

「かかってくるがいい、神に歯向かう命知らず共よ」

 

俺達を見下ろす傲岸不遜たる神は相対する実力者たちを前に不敵に笑む。

 

一神話の命運をかけた戦いの幕が、ついに切って下ろされた。

 




ということで前回言っていたやりたかったこととは3人の同時変身でした。やはり同時変身って熱いですよね。ネクロムも加わるかどうかは今後次第です。

次回、「赤と白と青の三重奏」


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第82話 「赤と白と青の三重奏」

暇ができたので更新ペースを上げます。目標としては4月が終わるまでにラグナロク編の完結ですね。

Count the eyecon!
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〈挿入歌:Just the beginning(仮面ライダーウィザード)〉

 

最初に動いたのはヴァーリだった。ロキのセリフが終わったのと同時に物凄いスピードで白光の尾を引いて空へ舞いあがり、ジクザグな軌道で突撃をかける。

 

「俺も…!」

 

遅れて兵藤も背部のブースターから赤いオーラを生み出し、それを推進力にして地上から猛スピードで追随する。

 

次第に遠ざかっていく二人の背中。戦闘開始早々、完全に出遅れてしまい俺は一人になってしまった。

 

「…まずは試してみるか」

 

二人に置いてけぼりにされた俺は手に握る槍を一瞥し、深呼吸する。

 

呼吸を整え、戦いを前に感情、闘志に揺れる精神を一度凪にすることで集中力を高めるためだ。

 

「ふっ!」

 

そして神槍に意識と全身を流れる霊力を一気に集中させる。全身のラインを伝って流れていく霊力の光に槍は次第に包まれ、その力を呼び覚ます。

 

「我の相手は二天龍…相手にとって不足なし!」

 

その間にもロキとの距離を消し飛ばす二天龍の二人に好戦的に笑うと周囲に幾つも魔方陣を生み出し、そこから緑光の帯が飛び出す。

 

攻撃を認め、すぐに軌道を変える二人。それに応じて光の帯も動き二人を追いかける。追尾性のある攻撃魔法、それもおそらく悪魔が苦手とする光属性のモノだ。

 

「初手から仕掛けてくれるな…!」

 

空を縦横無尽に駆け巡って回避しつつ、ヴァーリは魔力を放って迫りくる魔法を打ち落とす。一方兵藤は戸惑いながらも光の雨を躱していく。的を外した魔法は地面に注ぐや否や爆発を起こし土煙を巻き上げる。

 

「火中の栗を拾う…いや、火中の悪神を討ちに行くか!」

 

見ているばかりではいられない俺も降り注ぐ光の雨の中へ飛び込み、雨の間を縫って馳せる。途中でいくつかの光が俺に反応して向かってくるが、グングニルをぶつけて内包するオーラを利用し強引に軌道をそらして事なきを得る。

 

「躱してても埒が明かねぇ…なら!」

 

そんな中、しびれを切らす兵藤が不意にブースターを吹かし、ロキ一直線に猛進した。途中光の雨を受けようとお構いなしにただひたすらに進む。

 

そしてばさりと龍の翼を広げて飛び立ち、真っすぐロキに拳を放つ。

 

「ウラァァァァァ!!」

 

気合の入った一撃をロキは前面に魔方陣を展開して防いだ。互いのオーラのぶつかり合いによりバチバチとスパークが飛び散る。

 

「いい拳だ。戦士としては上々」

 

「まだまだぁ!」

 

〔Boost!Boost!Boost!Boost!Boost!Boost!〕

 

ゴリ押しせんと鳴り響く籠手の音声、高ぶる龍の力、それに耐えかねた魔方陣がガシャンとガラスが割れるような音と共に崩れ去る。

 

続けざまにロキの頭上から白い流星が降り注いだ。流星と見まがうほどの美しい光を纏うヴァーリがロキの肩口目掛けて飛び蹴りを炸裂させ、ド派手に大地に叩きつけた。

 

岩が砕け、大きく土煙が舞い上がる。もちろん奴がこのまま倒れるはずがない、俺は奴が動く前にとすぐに土煙の中心部へと突っ込む。

 

土煙に入ってすぐ、視界が悪いながらも立ち上がろうとする奴の姿は視認できた。撃つべき攻撃はただ一つ。

 

「神槍を…」

 

〔ダイカイガン!スペクター!〕

 

さらなる霊力が槍に込められ、青と金色の眩い光を放つ。

 

「!」

 

「叩き込むッ!!」

 

〔オメガドライブ!〕

 

一息にて迅雷の如くロキ…の世界樹に侵食された右腕目掛けて突き出す。

 

「ぬぅ!!」

 

世界樹とグングニルがぶつかったインパクトで一瞬にして周囲の土煙が晴れる。

 

「グングニル…いや、レプリカか!わざわざ宝物庫から引っ張り出してきたな…!」

 

俺の得物を見て、忌々し気にロキは言う。このまま攻撃を受けてくれるはずもなく、奴は全身から緑色のオーラを放ち、至近距離にいた俺はあえなく吹き飛ばされてしまった。

 

「おわっ!」

 

宙でどうにか態勢を立て直し、ずざざと軽く土煙を起こして血を滑りながら無事着地する。

 

「私の腕を破壊しようという魂胆か。腕を傷つけるには十分、だが破壊にはまだ不十分だ」

 

傷ついた箇所を撫でるロキ、その横合いから息をつかせる間も与えまいと飛び出す赤い影が一つ。

 

「おりゃぁぁ!!」

 

現れたのは今回のもう一つの秘密兵器、雷神トールの戦槌ミョルニルを掲げ、ロキ目掛けて降り被らんとする兵藤だった。ミョルニルは渡された時の大工の金づちのようなサイズではなく戦槌らしい大きさに変化している。

 

奴はその姿を認めるや否や一笑に付し、スピードはあれど一直線で動きを読みやすいその突撃をひらりと身を翻して回避した。

 

回避された兵藤は相手を失い、勢いをそのままミョルニルを何もない大地に叩きつけた。ゴっという鈍い音と共にたった一撃だけで大きなクレーターができあがった。

 

「あれ…?トールの雷が出ない?」

 

「今度はミョルニルのレプリカ…そこまでして私を止めたいということか、オーディン、トールよ」

 

「そうだ、グングニルとミョルニル。俺達三人と二つの武器でお前を止める!」

 

〈挿入歌終了〉

 

ミョルニルの攻撃に首を傾げる兵藤、ヴァーリ、そして俺。ロキの相手を任された3人でさっとロキを取り囲む。しかし一切余裕を崩さない奴は嘲笑を見せた。

 

「だが託した相手が悪かったな。その槌はただ力があれば使えるわけではない。純粋で清らかな心の持ち主こそが神の雷を発現させられるのだ、おっぱいドラゴンなどという下劣な名で呼ばれる貴様なぞに扱えるはずがない!」

 

「うぐ…そういうことかよ…」

 

正論のあまり兵藤は言葉もなかった。いっそ交換すればどうにかなるか?グングニルは使い手があのキャラだから清らかな心でなければ使えないなんて縛りはなさそうだし。でも交換したら交換したでグングニルと同じ様に俺が100%力を発揮できるわけでもない。

 

「貴様らの考えの浅い作戦に付き合うまでもないな。フェンリル、お前の出番だ」

 

どこか落胆した調子でセリフを吐いて手をさっとあげると、それに反応してフェンリルが一歩動き出す。

 

「今よ」

 

待ってましたとばかりに出されたのは部長さんの短い合図。そしてにやりと笑う黒歌がバッと両手を広げ、周囲に大きな魔方陣を展開する。

 

黒歌を中心に妖し気に輝く魔方陣、そこからズンと音を立ててルーン文字が刻まれた巨大な鎖がいくつも現れる。

 

今回対フェンリル用に用意した北欧神話に伝わる魔法の紐、グレイプニル。紐と言うよりかは見た目は完全に鎖なそれは大きさゆえに今回の戦いに備えて強化を施して送られてきた後、黒歌が魔法を使って別空間に保管していた。

 

「行くぞ!」

 

「はい!」

 

「ええ!」

 

「おうよ!」

 

戦場に現れた鎖をバラキエルさん、タンニーンさん、メリィさん、ロスヴァイセさん、ポラリスさん、そしてオカ研とヴァーリチームのメンバーたちが鎖へと近づき持ち上げると、フェンリル目掛けてぶんと放り投げる。

 

巨大なグレイプニルは宙に投げ出された瞬間、鈍い輝きを放ちまるで意思を持ったかのようにくねり、獲物目掛けて俊敏に忍び寄り食らいつく蛇のようにフェンリルの下へと殺到した。

 

「グレイプニルを強化したのか…!」

 

そう、今回のためにドワーフが作り出したグレイプニルをダークエルフの長老が強化してくれたのだ。

 

宙を走る鎖はあっという間にフェンリルの四肢、胴、首に絡みつき拘束する。脱出せんともがくフェンリルだが頑丈な拘束に容易に動くととすら敵わないようだ。

 

「GRRR!!」

 

「これにてフェンリル捕縛完了だ」

 

「効果はてきめんなようね」

 

それでもなおフェンリルが牙を剥き出しにて怒りを露わにガチャガチャともがく。一つ目の作戦の成功に皆の間に安堵の息が出た。

 

「にゃはっ、犬っころには首輪がお似合いにゃん」

 

「ロキを倒したらデュランダルの錆にしてやろう」

 

このままフェンリルを拘束しておき、ロキを片付け終わったら全員で一斉攻撃をかけて倒すのが対フェンリルの作戦。自由を奪った状態で殴るなんて…と思わないこともないが伝説の魔獣が相手ならそうも言ってられない。

 

神をも殺せるという大きな戦力を失ったロキ。奴の表情に動揺が走るかと思われたが…。

 

「ふっ、そう来ると思っていた。今の私よりもまだフェンリルが脅威度は上かつ対策を取りやすいだろうからな」

 

微塵も焦る様子もないロキはおもむろに手を振るう。するとロキの両隣の何もない空間に波紋が走る。波紋は何度も起き、その奥から何かの影が見えた。

 

あの現象は間違いない、奴が現れた時と全く同じだ。まだ奴は何か策を持っている。

 

予感は的中し、繰り返す波紋の中から勢いよく二頭の狼が飛び出した。出現した狼たちはロキの傍に降り立つと俺達に鋭い牙と殺意を向ける。

 

「GRR!」

 

ロキが召喚した二頭の狼。見た目はフェンリルをそのまま小さくしたような感じだ。美しい銀毛、雄々しい角、そしてフェンリルと遜色ないレベルの凶暴さ。

 

フェンリルとそっくりな見た目だが、もしやフェンリルのクローンだろうか。最強とも言われる魔獣のクローンが二体など冗談もいいとこだ。冗談にしては笑えないが。

 

「あれはスコルとハティ…!」

 

ロキやフェンリルと同じ神話出身のロスヴァイセさんは奴が新たに呼び出した手駒について知っているようだ。

 

「何だあれ、フェンリルの子供か!?」

 

「そうだ、神話によれば狼に変えられた巨人族の女とフェンリルの間に生まれた子らしい」

 

冷静を保つヴァーリはあの狼について話してくれた。

 

巨人を狼に変えて狼の子供を産ませるとは、悪神と言うだけあって趣味が悪い。

 

「白龍皇は赤龍帝と違って博識だな。スペックはフェンリルよりは劣るが、侮ればすぐに首の根を掻き切られるぞ?そして…」

 

突然身をかがめ、背に生える6本の木の根を空に向けるロキ。空に向けられた木の根からはメキメキと軋むような音が立つ。謎の行動に自然と全員の注目が集まった。

 

「ぬぅ!」

 

一声と共に木の根から空へと無数の小さな何かが放出される。目を凝らして見ればそれは植物の種のようなものだった。やがて種は空中でメキッ、ぐちゃと聞くに堪えない音と共に割れて膨れ上がり、変形して巨大な虫へと形を変えた。

 

「な…」

 

「なんだこのデカい虫は!?」

 

しかもそれはただの巨大昆虫ではない。体から草や花など植物が生え、刃のように鋭利になった顎や脚など通常の虫とは明らかに常軌を逸した姿なのだ。

 

「…キモイ」

 

「あまり見たくないですぅ……」

 

「ルフェイがいなくて安心しましたよ」

 

ただでさえ女性が苦手とする虫にグロテスク、化け物の要素が加わったそのフォルム、そしてそれが空中や地上に無数に出現する。

 

クワガタ、カマキリ、バッタ、クモ、などなど。数え出したらキリがない。奴の作り出した嫌がらせのような光景に女性陣はあからさまに気分の悪そうな顔をする。

 

「ユグドラシルの真理に触れかけた時手にした大樹の眷属…名を『プラセクト』。さあ、汚らわしき悪魔どもの血を啜れ」

 

ロキの指示と共に奇声を上げて前進するプラセクト達、それと共にスコルとハティも動き出す。群れて迫りくるそれらを前に、女性陣達も嫌悪感を押し殺して交戦に備える。

 

徐々に狭まる両者との間、オカ研やヴァーリチームたちの中からふと一歩進み出た者が一人いた。

 

『そろそろ自分の動く時か』

 

金色の歯車のパーツが嵌めこまれた紫色の銃にバルブのついた短剣が装着された武器、ネビュラスチームガンライフルモード。そのトリガーガード部に人差し指を通して引っ提げるのはレジスタンスのリーダー、ポラリスさん。

 

先頭に立つ彼女は皆の視線を背に受け、大胆不敵に言い放つ。

 

『諸君らに一つ、自分の力というモノを理解してもらおう』

 

 




次回は軽ーく無双的なものをやります。お初の技も色々使うかも。

次回、「星・輝・乱・舞」


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第83話 「星・輝・乱・舞」

お待たせしました、無双タイムです。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
5.ビリーザキッド
6.ベートーベン
7.ゴエモン
9. リョウマ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
13.フーディーニ



〈BGM:Extreme measures (Video helper)〉

 

『……』

 

けたたましい奇声を上げて寄せ来るプラセクト達の大群。そこにポラリス…ヘルブロスはゆっくりと歩む。

 

歩みは進むにつれてペースが上がって疾走へと変わり、ついには大地を蹴って大きく跳躍する。群れとの距離は一気に縮まり、やがて眼下に群れを捉えるまでに進むや否やネビュラスチームライフルを連射して雑魚を散らしながら群れの中へと着地する。

 

最初にヘルブロスの突入に反応したのはサボテンの形質を持ったクモ型のプラセクトだった。着地した彼女の姿を視認するとグロテスクな口を開き棘を矢継ぎ早に吐き出して、生涯最初の獲物であるヘルブロスに攻撃を仕掛ける。

 

『ふっ』

 

それを彼女は舞うようにステップを踏みながら回避、ぎらぎらと四ツ目が輝く頭部に銃撃をお見舞いして沈める。

 

起こった爆音に複数のプラセクト達が彼女の存在に気付き、排除せんとぞろぞろと動き出す。そしてあらゆる方向から凶暴性と食欲が混濁した輝きを目に宿すプラセクト達の攻撃が飛んでくる。

 

2時方向からの突撃、横っ跳びで避けて眼を狙って射撃。視界を暴力的な痛みによって潰されたプラセクトはたまらず辺りに味方がいようと構わずに暴れる。

 

続けて8時方向の上空からまるで狩りをするハヤブサの如くトンボの姿をしたプラセクトが急降下して襲い掛かって来る。彼女との距離は数秒とかからず縮まり、やがて間合いに入った。よだれに湿ったトンボの咢が彼女の体を捕えるまでわずか数㎝になったところ。

 

『ふん!』

 

その場で軽く跳んで宙で一回転、回転の勢いを加えた強烈なかかと落としを振り下ろし、食らいつこうとするトンボの頭部に叩きつけて滅茶苦茶に破壊する。衝撃の余波でごつごつした地面にもめきりとひびが入った。

 

まるで釘に金づちを打つかのような一撃にトンボは蓄えていた勢いもろとも死んだ。かかと落としを受けた頭部はへこみ、できたヒビから絶えずどろどろとした体液が流れ出る。

 

攻撃を対処したばかりの彼女の背後からハナカマキリ型のプラセクトが接近する。艶やかなピンク色の鋭い前足を振りかぶるがその前に彼女は体を横に捻って回転、振り向くと同時にその勢いを利用しての斬撃を飛ばす。それと同時にプラセクトの動きが止まって数瞬後、プラセクトの上半身と下半身が分かたれる。

 

切断された上半身がズンと音を立てて落ちた少し後で下半身も同じようにズンと倒れる。骸によって開けられたその先の光景が晒される。そこにあるのは我先に得物を捕食せんとよだれを垂らすプラセクトの更なる大群、一斉に獰猛な視線が彼女に注がれる。

 

そんな視線を受ける彼女は先ほど仕留めたトンボの死骸、砕けた頭部を軽く足蹴にして一瞥もくれることなく適当に転がした。

 

それから吐いた台詞は、戦意とそれをぶつける相手を前に高揚して震えていた。

 

『さあ、もっと自分を暴れさせておくれ』

 

バンと弾けるような音と同時に、ヘルブロスは群れの中を駆ける。

 

視界に入った虫から攻撃を浴びせ、次々に撃破する。銃声、剣戟音、打撃音がそれらの攻撃を受けた虫の断末魔の悲鳴を待たずに次から次へと絶えず鳴り響く。目を潰し、胴体を裂き、甲殻を衝突事故に遭った車のような惨状の如くひしゃげさせ、命を刈り取っていく。

 

それを行う彼女は数秒と同じ場にとどまることはなく、敵を倒すと死骸を足場にして弾丸のように跳んで移動し、次の敵へ攻撃を仕掛ける。

 

プラセクト達の動きはヘルブロスのセンサーと彼女の目で全て見切り、彼女の攻撃は主に急所を的確に叩き込まれていた。銃撃は敵の甲殻を穿ち、剣戟は敵の体を容易く両断し、打撃は虫の脚関節に打たれ態勢を容易く崩す。態勢を崩して一秒後に来る一撃は確実にプラセクト達を絶命させた。

 

まさしく四面楚歌、辺り360度をたった一人敵に囲まれた状況においても彼女は何ら怖気づくことなく淡々と、敵を殲滅しにかかる。ただただひたすら、骸の轍を刻みながら彼女は戦い続ける。

 

プラセクトの中に今の彼女を止められる者など、誰一人として存在しなかった。

 

左腕に歯車上のエネルギーを発生させてプラセクトを切り刻んだ彼女はふとドッと天高く跳躍した。これまで間近に見えていたプラセクト達の姿を置いてけぼりにして一人群れを見下ろす。

 

そして腰に装備したアタッチメントにネビュラライフルを引っ掛け、自由になった両手で印を結び始める。

 

『繋げ、秘儀糸《ドゥクトゥルス》』

 

短い詠唱の後、魔法は起動しヘルブロスの指から細い光の糸が伸びる。

 

これは彼女が夢見ざる者と人に捨てられた見果てぬ夢が戦う世界で学んだ魔法。魔法が失われた世界で唯一魔法を受け継ぎ続け世界の平和を夢見る者達の下で学び、彼女は魔法という新たな力を得た。

 

『黄泉の雷華の咎巡り、裁かれざる者ありうべからず!』

 

力強く唱えられた詠唱と共に両手の光糸は互いに繋がり、結ばれ、一つの魔方陣となる。

 

完成した魔方陣はばちばちと雷を帯び、すぐに大きな雷を吐き出す。それがぐるぐると大渦を巻いて地上に跋扈するプラセクト達を薙ぎ払い、不運にも雷に打たれた虫は灰燼に帰していった。

 

そのまま重力に従って落下していく彼女の下にハチ型のプラセクトが飛来する。獰猛な顎を開いて彼女の胴を噛みちぎらんと迫って来る。

 

『…』

 

そこに彼女はすかさずネビュラライフルを剥き出しになった口内に突っ込み引き金を引いた。発射された弾丸の威力に頭部が綺麗に丸ごと吹き飛ぶ。発生した小さな爆風に軽く煽られながらも上手く態勢を立て直して数秒後、彼女は一匹のプラセクトの背に着地した。

 

玉虫色のように美しい甲殻に覆われた背に妖しい模様が浮かぶ花が咲いている。収集家なら一かけらでもその絵にも言えない美しい甲殻を取ってコレクションに加えたいと思うだろうがあいにく今の彼女にはそのような一切の情緒は失せている。

 

間髪入れず彼女は着地の足場、クッション代わりになってくれた礼だと銃剣を突き立ててトリガーを引く。内部に侵入した銃口から銃撃が爆ぜ、内部からプラセクトを破壊した。

 

息絶えてはいるもののまだ死骸として外の形の残るプラセクトの骸に立つ彼女はそれでもまだやってくるプラセクト達を軽く睥睨すると次の攻撃に出る。

 

〔エレキスチーム!〕

 

ネビュラライフルに備わった赤いバルブを捻り、その機能を再度引き出す。そして今度は紫色の蜘蛛の意匠がついたボトルを装填する。

 

〔スパイダー!ファンキーショット!〕

 

ボトルの成分と電撃が混ざったエネルギー弾を上空に撃ちだすとエネルギー弾は弾けて元々の大きさの何倍はある雷の蜘蛛の巣へと変化して空中に残り、上空を跋扈するプラセクト達を引っ掛けてはその身を激しい雷で焼いていく。

 

上空に展開した雷の巣を一瞥してからネビュラライフルの刃の部分で地面に突き立てて、彼女は光糸を手繰って更なる魔法を繰り出す。

 

『修羅なる下天の暴雷よ、千々の槍もて降り荒べ!』

 

両手の光糸が今度は複数の魔方陣を生み出し、そこから無数の雷条を一斉に打ち出す。凶暴な雷条が群れ為すプラセクト達に食らいつき焼き焦がしていく。

 

異世界を渡り歩き、技術も魔法も武術も、戦いに使えるモノは全てを我が物にしてきた彼女は自分を技の宝物庫、あるいは闇鍋だと自負している。そんな彼女があらゆる力を求めたのはいかなる状況だろうと、如何なる技を使う敵だろうと、如何なる性質を持った敵が相手だろうと打ち倒せるようにしなければならないと彼女が考えたためだ。

 

そうしなければ彼女の悲願は果たせない、彼女の敵は倒せない。長い長い歳月を重ねて硬くなり、どんな思いよりも強く、切ない物になった思いを抱えて彼女は過酷な道を歩んできた。

 

幸いにも彼女にはそれにかかるだろう途方もない歳月に耐えられるだけの体がある。目的のためならどんなものを使い潰してでも前進する。たとえ前進に求められるものが自分の体であろうと。

 

魔法を放ってすぐに緑色のヘリコプターのレリーフが施されたボトルを手早くシャカシャカ振ってネビュラライフルのスロットに装填する。

 

〔ヘリコプター!〕

 

音声が鳴り、ボトルの成分を凝縮した緑色のエネルギーが銃口に収束され、それは背後に展開するプラセクト達に向けられる。

 

〔ファンキーショット!〕

 

引き金を引くと緑色のエネルギーは大きなプロペラの形状に変化して射出され、行く手を阻むプラセクト達を切り刻みながら飛んでいく。

 

プロペラが飛んだ先に出来上がったのは虫の骸の道。彼女の眼前で体液まみれで異臭を放つ道に新たなプラセクト達が降り立ち道をふさぐ。

 

『ネクロムとの一戦を除けば久方ぶりの実戦…アジトにこもりっきりで溜まったストレスを発散させてもらおう』

 

マスクの裏で口角を上げる彼女の、少々過激で派手な『ストレス発散』が始まる。

 

〈BGM終了〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目の前に迫るプラセクトの大群、そこに無謀にも一人で突入し鬼神のような戦いぶりを見せる彼女にリアス達は圧倒されていた。

 

「あれがポラリスの力…」

 

「あいつ無茶苦茶だな…」

 

疾風怒濤の勢いで攻め立てる彼女の姿にリアスは感嘆の声を漏らした。戦いを好むものが多いヴァーリチームのでさえも若干引いていた。

 

この戦いに加わる以上はそれ相応の実力を備えているだろうとは思っていた。だがここまでの無双を実現できるほどとは思ってはいなかった。

 

戦闘開始前の彼女の宣言通り、確かにリアス達は彼女の力量のほどを理解した。いや、これだけのものを見せられたら否応にも理解せざるを得ない。

 

『あの者の経験値が相当なものであるのは間違いないな。何より動きに迷いがない』

 

「これだけの強者が無所属とは信じ難い、この戦いが終われば正式にこちら側に迎えた方が良さそうだ」

 

この中でも年長のバラキエルやタンニーンも彼女の戦いっぷりに唸る。

 

作戦の指揮を任されたバラキエルは彼女の力に感嘆の意を抱くとともに、もし彼女が敵に回ったらという危機感もあった。無所属でこちらに協力してくれる今ならなおさら、脅威になる前に彼女を味方につけたいという思いは強い。

 

「あの人が使う魔法、今まで見たことのない体系ですね。独学にしては魔方陣が綺麗過ぎるというか…一体どこで…」

 

この中で最も魔法に詳しいロスヴァイセの注目点は皆とは少々違った。彼女の機械らしさを押し出した兵器よりも彼女が操る魔法に興味を奪われていた。

 

彼女が生み出す魔方陣に描かれる魔法文字を注視して、その魔法の出所は何かと探るがロスヴァイセが学んできた魔法知識のどこにも合致するものはない。その事実がますます彼女の放つ魔法への興味を深くしていく。

 

「…彼にばかり戦いを任せるわけにはいかない、我々も行くぞ」

 

彼女の戦いを見るメンバーの中で最初に我に返り動いたのはバラキエルだった。ばさっと背に10枚の黒翼を広げて、先に彼女が単身突撃した戦いに赴かんとする。

 

「さあ、私たちも行くわよ」

 

「はい!」

 

グレモリー眷属も『王』たるリアスの意志に彼女の眷属たちも応える。

 

「俺っちも行きますかね!」

 

「これほどの大群を前にして戦わないと言ったら嘘ですよ」

 

ヴァーリチーム達も、待っていましたと言わんばかりにそれぞれの得物を手にして戦意を滾らせた。

 

「我々がすべきことはあのプラセクトという虫、そしてスコルとハティの討伐だ。それが終わり次第、我々も兵藤一誠たちと共にロキと交戦する。行くぞ!」

 

「「「はい!」」」

 

メンバーにはっきりと為すべきことを刻み、戦意を奮わせんとする力あるバラキエルの一声の下、全員が動き出す。

 

各々が翼を広げて羽ばたき、持たざる者は颯爽と馳せ、そして果敢にも群れの中へと飛び込む。

 

「流星の業火に焼かれろッ!」

 

「雷光よ!」

 

今回の主戦力の一人とも言える龍王タンニーンと作戦の指揮をアザゼルに任されたバラキエル。彼らの放つ全てを焼き尽くす業火と光を帯びてその輝きを増した眩い雷光の群れがプラセクト達が埋め尽くす空に突き刺さっていく。

 

「悪い虫たちにはお仕置きですよー」

 

ウリエルのQ、メリィにたかる虫たちは漏れなく彼女の神器の生み出すフィールドで力を吸われ、夢の世界へと誘われる。

 

「ロキ様を止めなければ…!」

 

続く北欧の戦乙女ロスヴァイセも得意の魔法で一斉掃射をかけ虫の群れに穴を開ける。

 

「朱乃、ポラリスにいいところを持っていかせるわけにはいかないわ。こういう時にこそ、私たちの真価を発揮するときよ」

 

「ええ、存分にいたぶって差し上げますわ!」

 

各勢力の中でも突出した実力者たちに負けじとグレモリー眷属も動き出す。グレモリー眷属のツートップ、『王』と『女王』のリアスと朱乃の二人は互いに背中を預け合いリアスは地上、朱乃は上空のプラセクト達を攻撃する。

 

リアスの赤い滅びの魔力はプラセクトの硬い甲殻などお構いなしに甲殻の裏の内部ごと削り取る。

 

「…あまり長く見ていると夢に出そうなので速攻で片づけます」

 

不満げな表情を隠しもせず、小猫は虫たちの腹に滑り込むと小柄な体躯に似合わぬパワーを秘めた拳を打ち据え、豪快に吹き飛ばす。

 

「小猫、仙術でスコルとハティの気配を探ってちょうだい!」

 

「ダメです、虫の数が多くて気配を追えません!」

 

彼女が二刀の気配を捉えきれずにいたのはもあるが、スコルとハティが父親譲りの神速と父に比べると小柄な体格で密集した虫たちの間間を縫うように移動しているのが大きい。仮にその気配を捉えたとしても、無数の虫たちが行く手を阻んでしまう。

 

「傷は私が治します!」

 

「僕の目があれば…」

 

攻勢に出るメンバーを支えるのは後方で控えるアーシアとギャスパー。アーシアは夏休みの修行で身に着けた回復のオーラを飛ばす技で前線で戦うメンバーを回復させる。

 

ギャスパーは自分の体を無数のコウモリに変化させて上空からメンバーの状況を観察する。もし傷ついた者がいればすぐにアーシアに連絡を飛ばし、情報を受け取ったアーシアは回復のオーラを飛ばすという算段だ。

 

「ホントは私もドンパチしたかったにゃ」

 

「アーシアさんには触れさせないわよ!」

 

フェンリルを縛るグレイプニルの鎖に周囲の気を取り入れる仙術を利用して力を注ぐ黒歌も作業の間に魔法を飛ばして援護し、リアス達を抜けてアーシアが控える後方に進んだ虫はイリナが切り伏せる。

 

「やっぱ大勢相手は燃えるなぁ!!」

 

再び前線に戻り、ヴァーリチームの一員であるは赤い如意棒を叩きつけて硬い甲殻ごとプラセクトを粉々に砕く。大勢の敵を前に闘争を求める彼の心は煌煌と燃え滾っていた。

 

「剣士としては一対一が好ましいところですが…」

 

その隣でヴァーリチームの剣士、アーサーは冷静に目の前で獰猛に唸るプラセクトを容易く両断する。彼の得物は聖剣の頂点に君臨するとされる聖王剣コールブランド。数ある聖剣の王とされるコールブランドが雑兵たるプラセクト達を斬れない道理はない。

 

芸術品と呼んでも過言ではない聖王剣を握るアーサーの背後を狙うプラセクトが一匹いた。クワガタの姿をしたそれは見つけた得物を喰らわんと刺々しい両顎を開くが。

 

「聖王剣コールブランド、剣に恥じない腕ですね」

 

開かれた両顎は切断され、悲鳴を上げるプラセクトに片手剣が突き立てられ止めを刺す。プラセクトの亡骸の上に立つのはグレモリー眷属の『騎士』、聖魔剣使いの木場だ。

 

さらに彼に続き、その隣に聖剣デュランダルを携えるゼノヴィアも立つ。

 

「ふふ、木場裕斗君、ゼノヴィアさん。同じ聖剣使い同士でどちらが多くあの虫たちを斬れるか勝負してみませんか?」

 

「いいでしょう、いずれはあなたと戦うつもりです。その前哨戦には丁度いい」

 

「勝負なら負けないぞ」

 

了承の笑みを交わし合い、三人の聖剣使いは新たな敵を求め戦場を駆け巡り始める。

 

この戦いに参加する全員が過去に数々の戦場を駆け抜け、強敵と対峙してきた。それらの経験を通して得た力が十全に振るわれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

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向こうでプラセクトの戦いが始まったようだ。その証拠に部長さん達がいる方向から派手な爆破音や怖気のするような雷鳴が轟いている。

 

ポラリスさんも今頃その力を存分に発揮して暴れていることだろう。あの人の戦う姿、本気の一端を生で拝むことができないのは少々残念だが、今はそうも言ってられない。

 

ヴァーリの半減領域と魔力攻撃が、ロキの放つ分厚い魔法の弾幕に僅かな穴を開ける。

 

「ハァァァ!!」

 

そこを布を縫う針の如く突破する俺はロキに迫る。オメガドライブ、そして兵藤の『譲渡』を併用して力を高めたグングニルの一撃が、ロキの世界樹の右腕に突き立てられる。

 

発生した激しいスパークが視界を眩しく彩った。しかしそのスパークの出所、奴の右腕には僅かばかりの傷がつくだけで一向に決定的なダメージには至らない。

 

「これでもダメか…!」

 

この光景に俺の中での焦燥はますます膨れ上がって来る。何度槍をぶつけても奴には届かない。だがロキのパワーアップの源になっている奴の右腕を破壊できなければ勝利の可能性はない。

 

「ダメだ、そんな貴様に相応しい相手を用意してやろう」

 

攻撃を受け止めるロキは落胆、侮蔑の色の乗った言葉を返す。内心を見透かしたようなその反応が焦燥をより煽った。

 

そんな中、おそらくポラリスさんが放ったであろう大規模な魔法攻撃から逃れてきたプラセクトが一匹猛スピードでこちらに向かってくる。

 

「おわっ!」

 

焦りに意識を奪われた俺は反応が遅れ、あえなく横合いからタックルを喰らってしまった。

 

「グングニル持ちの二天龍のおまけはしばらく虫共と遊んでいろ、その間私は二天龍を捻りつぶす」

 

「紀伊国!」

 

攫うようなタックルにすっ飛ばされ、ついさっきまで交戦していたロキと兵藤の姿も声も一気に遠ざかる。

 

勢いよく地面に激突して転がる俺は勢いがおさまると視界が不意に暗くなると同時に悪寒を感じ、すぐに飛び跳ねるように起き上がりその場を離れる。その数秒後にプラセクトの緑色でとげとげとした脚が俺のさっきまでいた場所を踏みつけた。

 

そして態勢を整えた俺と真正面から相対したプラセクトが、よだれを散らして凶暴に吼えた。

 

「くそ、邪魔すんな!」

 

クワガタほどとはいかないまでも大きな顎が特徴のハンミョウ型のプラセクトは咢を開き、俺を食欲を満たす餌にせんと猛進しながら攻撃を繰り出して来る。それをグングニルでじりじりと後退しながらいなす。

 

攻防の中でハンミョウは大振りな動きを見せた。攻防を優位に持っていくための一撃を繰り出すつもりだ。

 

これは好機だと腰を落とし、今までよりもスピードを伴った一撃をかいくぐって甲殻に覆われた頭部を神槍で易々と刺し貫く。流石の大樹の眷属と言えども神の槍の力には抗えず、ぶしゃっと黄色い体液を噴き出してそのまま絶命し、ずんとその場に崩れ落ちる。

 

一体仕留めたことでまた兵藤たちの下へ戻ろうと一歩踏み出した瞬間、こちらに近づく羽音と足音が複数聞こえた。

 

どうやら足止めをさせたいというロキの意志が通じているのか、それともこちらの仲間の死に反応したのか、わらわらとプラセクトたちが寄って来る。

 

プラセクト達の展開は早く、瞬く間に俺は周囲を取り囲まれてしまう。

 

「新しい力を試してやる」

 

そう言って取り出したのはつい最近得たばかりの新たな眼魂。

 

ヴァーリからもらったベートーベン眼魂。あいつからもらったという点が癪に障るがこの状況下ではそうも言っていられない。

 

手を空かせるために神槍を地面に突き立ててから躊躇いなく眼魂を起動させ、ドライバーに差し込んだ。

 

〔アーイ!バッチリミロー!〕

 

眼魂の情報を読み取ってその力を解き放ち、解き放たれた力はパーカーゴーストとなって現世に顕現する。

 

今回新たに出現した白黒のパーカーゴーストは衿や袖の部分にピアノの鍵盤を模した模様が施されていた。パーカーゴーストは周囲を飛んで、辺りのプラセクト達を軽く牽制する。

 

ドライバーのレバーを引っ張り、押し込むとパーカーゴーストは吸い寄せられるように俺に覆いかぶさる。

 

〔カイガン!ベートーベン!曲名?運命!ジャジャジャジャーン!〕

 

頭部のヴァリアスバイザーに灰色の楽譜の模様『フェイスミュージックスコア』が浮かびあがり、変身完了する。新たなパーカーゴーストを纏って誕生したのは仮面ライダースペクター、ベートーベン魂。

 

数々の名曲を生み出し『楽聖』とも呼ばれたドイツの作曲家、ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンにちなんだ能力を秘めたフォームだ。

 

「品のない聴衆にはお仕置きが必要か」

 

聴衆にしては聞き分けのなさそうな彼らを前に、人差し指を立てた両手を力強いながらも軽やかさも備えた動作で振るい、その能力を発動させた。




最初のBGMはプトティラの初戦闘のBGMと言えばわかる人がいるでしょうか。

プラセクトの強さは大体中級悪魔から上級悪魔の中間くらいと言ったところです。力を裂けばもっと強く出来ますが今回のロキの目的はあくまで数でのゴリ押し、足止めですので。

次回、「白き覇」


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第84話 「運命のマエストロ」

結構ベートーベン魂の描写がめんどい…けど空気フォームにならないようにはします。

それと思ったより長くなったのでいつも通り分割しました。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
5.ビリーザキッド
6.ベートーベン
7.ゴエモン
9. リョウマ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
13.フーディーニ



コートのピアノの鍵盤のようなデザインをした胸部をなぞるように撫でる。するとさながら本物のピアノを弾いたかのようにメロディが発せられ、それは霊力を伴って光る音符の形となって実体化する。

 

そして、それはただの霊力の塊ではない。

 

指揮者のように両手を軽やかに振るって見せる。それに応じて浮遊する音符は宙を滑るように流れ、その動きは指揮者たる俺の思うがままに動きプラセクト達の下へ向かう。

 

「フォルテ」

 

その言葉で音符は弾け飛び、それを受けたプラセクトの甲殻もまたひしゃげた。この攻撃の前ではどんなに硬い装甲や鎧に覆われた相手だろうと、防御は意味を成さない。

 

ベートーベン魂が放つ攻撃の正体、それは特殊なエネルギー振動波である。胸部のピアノ風のデザインになっている衿には小型の音響装置が内蔵されており、そこから発せられる振動波が音楽と霊力を帯びて目に見える形になっているのだ。

 

この攻撃は振動波であるが故に敵の装甲だけでなく、内部にも攻撃を届かせることが可能になっている。また衿は振動波の出力調整の機能も備わっている。

 

放出された振動波は『シンフォニーフード』の機能により、指向性を持って指揮者のイメージや指の動作により自由自在にコントロールされ、敵を翻弄しつつ華やかなビジュアルに反した強烈な一撃を喰らわせることができるのだ。

 

続けて、旋律は再び奏でられる。五線譜に乗った音符たちが宙をうねり、視覚的にも聴覚的にも彩った。

 

それは俺の指揮の下、聴衆たるプラセクト達に届けられ。

 

「フォルテッシモ!」

 

聴衆を打ち砕く。奏でられる旋律は留まることを知らず次の聴衆へと向かう。

 

「ピアニッシモ!」

 

旋律は物理的な縄となり、数体のプラセクトを縛り上げる。

 

即興の演奏会の最中、ひときわ大きな影が降った。ずしんと砂煙と音を巻き上げて現れたのはカブトムシのようなプラセクト。ただし日本で一般的に知られるカブトムシではない、確か中米から南米に生息しているというエレファスゾウカブトに酷似している。

 

世界最重量と呼ばれるエレファスゾウカブトを模した個体なだけあって大きな図体はもちろん、甲殻も今までの個体と比べるとかなり分厚い。だがその動きは重量に引っ張られているせいで鈍い。しかしその重量が乗った一撃はさぞ脅威になるだろう。

 

このフォームの力を見るためにも、なるべく能力をフルに使うべき。そう判断した俺は被ったフードの飾り『デスティニーチューナー』を起動させる。チューナーは聞き取ることのできない超音波を発生させ敵の内部構造、そしてそこから導き出される弱点となる部位を把握できるのだ。

 

超音波を利用した解析機能によって敵の内部構造を知覚した俺は胸の鍵盤をさらりと鳴らし、旋律を生み出す。指揮棒の代わりの指を宙に走らせ指揮するとその動きに旋律は従属し、カブトムシの下へと走る。

 

「デクレッシェンド」

 

別に奏でられた旋律は俺の指揮によって次第にそのサイズを小さくしていき、カブトムシの下に着く頃にはやがて人差し指と同じくらいの大きさになった。

 

そこで再び指を滑らかに動かし、前面に押し出すような動きの後、くいっと指を上げる。旋律は指揮に導かれるまま、甲殻と内側の本体の隙間に滑り込んだ。

 

「フォルテッシモ!!」

 

その指揮で甲殻とそれに守られた本体の隙間で旋律は大きく弾ける。重いプラセクトの体がズンと揺れた。しかし内側から攻めても耐久力に優れているらしくまだ健在だ。

 

まだ届かないというなら、攻撃を延長すればいい。

 

「そしてフェルマータ」

 

次なる指揮。フォルテッシモで増幅された振動波が強い音をそのままに延々と発せられ続ける。

 

ズン、ズン、ズシン。一定のリズムを刻んで揺れ続けるプラセクト、甲殻の裏側から攻撃されやがて甲殻の隙間からブシュッと体液が噴き出す。

 

「フィーネ!」

 

それが意味する言葉は楽譜の終止。音楽は鳴りやみ、内側から攻撃を加え続けられたプラセクトは大きく弾け飛んだ。体の大半を破壊され、ようやく戦闘不能になったプラセクトの甲殻の欠片が辺りに散らばった。

 

それでもまだプラセクトは数体残っている。こちらもそろそろ終幕といこう。

 

鍵盤に指を走らせ、力強く大胆に旋律を奏でる。さらにダメ押しにとドライバーのレバーを引いて霊力を解放する。

 

〔ダイカイガン!ベートーベン!〕

 

「フォルテッシモからのスタッカート!」

 

〔オメガドライブ!〕

 

オメガドライブによって増幅し、フォルテッシモで生み出された霊力の音符がスタッカートでいくつも分離し、それらが緩やかに辺り全体に振り下ろす指の所作によって周囲を取り囲むプラセクト達をまとめて一網打尽にする。

 

取り敢えず周囲のプラセクトを一通り撃破し終えた俺は一息を吐く。

 

「雑魚散らしにはもってこいだが癖があるな…」

 

旋律を自由に奏でてそれを思うように操作して攻撃するという眼魂の中でも特に変わった能力。それを使う俺にはもちろん音楽の知識はからっきしだ。先ほどの攻撃も旋律も全て、ベートーベン魂に内包された音楽の情報とサポートがあってこそのもの。

 

普通に攻撃する分には他のフォームで十分だが、振動波という稀有な攻撃手段が必要になる、活躍できる場面は今後あるだろう。堅牢な鎧を纏い、外からの攻撃を寄せ付けない相手などには有効打になりそうだ。

 

「さて、早いとこ戻るか」

 

地面に突き立てていたグングニルを回収し、兵藤たちの下へ向かおうとしていた時だった。

 

背後でまた息を保っていたプラセクトが一匹、ボロボロになった体をのろりのろりと動かしながら接近する。そして奇妙な方向に折れ曲がった前足をゆっくりと振り上げる。

 

「!」

 

後ろでガサゴソという物音に気付いて振り返った時にはその前足は振り下ろされていた。

 

だが攻撃が届く前に本体たるプラセクトの体がずばんと真っ二つになる。プラセクトの体が分かれ、その背後から姿を現したのはデュランダルとアスカロンを携えるゼノヴィアだった。

 

突然の登場に俺はマスクの裏で目を見開く。

 

「お前、もうここまで来たのか!?」

 

「そうだ、お前一人放っておけるか!」

 

対する彼女は勇ましい笑みで返す。

 

まさかこのタイミングで合流するとは思いもしなかった。だが彼女の顔を見れたことで、あの数を相手にする激戦でも無事でいられたという事実を確認できたことに安堵と喜びの念を覚えた。

 

しかし戦場はそんな喜びに浸れるほど易いものではないし、暇を与えてはくれない。すぐに彼方から羽音と地響きを鳴らして次なるプラセクト達がやって来る。

 

それを見据える彼女は気を引き締め、二振りの聖剣を構えなおす。

 

「悠、雑魚は任せてお前はロキを!」

 

「…頼んだ!」

 

この場をゼノヴィアに任せ、目の前をふさぐプラセクトを音波攻撃で沈めて道を作って先を行く。

 

 

 

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

 

 

続くプラセクトと対フェンリル班の戦闘。数は多いながらも彼らの奮闘によって圧倒的な数はすぐに減らされ、優勢に持ち込めそうに見える。

 

しかし実際はそうでもなかった。プラセクト達の数が一向に減らないのだ。それは皆が戦ったプラセクトを仕留め損なったとかそういう訳ではない。単純な話、プラセクト達が増えている。プラセクト達はどこからともなく湧いては打倒された数を埋め合わせてさらにそれ以上の数にしている。

 

このままだとジリ貧になってすぐに数で一方的に押し込まれてしまうだろう。如何に皆が実力を持っているといえども無限の体力を持っているわけではない。魔力が尽きれば攻撃の威力は落ち、体力を消耗すれば動きは鈍くなる。

 

倒しても倒しても湧いて出てくる敵の軍勢にリアスは既に異変を感じていた。魔力攻撃でプラセクトを撃破しつつ背中合わせに戦うリアスと朱乃は言葉を交わす。

 

「朱乃、敵の数が減らないわ。きっと何か仕掛けがあるに違いないわね」

 

「ええ、でもこの数じゃこちらもまともに移動できない」

 

攻撃の合間に会話を挟む最中、耳元の通信魔方陣が起動した。

 

『聞こえるか、リアス・グレモリー。ポラリスだ』

 

「ええ、聞こえるわ」

 

通信を繋げてきた相手はあのポラリスだった。まさかあれほど暴れている彼から通信を寄こして来るとは思いもしなかったので少々驚いた。

 

『その様子だと無事だな』

 

「バラキエル?あなたもいるの?」

 

返事に続いてきた渋さが特徴の第三者の声の主の名を呼ぶ。バラキエルの名に隣で朱乃の表情が僅かに曇ったのは気付く由もない。

 

『ああ、今私とポラリス、そして君の3人で通信を繋いでいる。ポラリスがどうしても連絡しておきたいことがあると言うのでな』

 

「連絡しておきたいこと?」

 

『君たちもプラセクトの異常な数に気付いているだろう?』

 

ポラリスは早速本題に入る。ポラリス側から聞こえる音に混じる激しい銃撃音と打撃音から向こうもまた一人で激戦を繰り広げていることがわかった。

 

「そうね、倒しても倒しても埒が明かないわ」

 

『奴等の体液を採取して特性を解析したところ、自発的に増殖、あるいは再生する性質はなかった。ロキが何かしらの魔法をかけていた様子もない』

 

戦闘を行いつつポラリスは殺したプラセクトの体液を採取し、それを彼女自身の電脳武器倉庫空間『ウェポンクラウド』を利用して旗艦NOAHに送り、イレブンに解析させていた。

 

『…なら、どこかから先ほどロキが生み出した個体以外のプラセクト達が送られてきていると?』

 

『そうだ、恐らくはどこからか増援が送られていると考えていいだろう』

 

そして解析が完了し、送られてきたデータから彼女はそう結論を下すに至ったのだ。

 

「…厄介ね」

 

『我々にはあまり雑魚に構う時間も余裕もない。早急に対応するべきだ』

 

ポラリスが導き出した結論に両者とも苦い顔をする。一匹一匹は大した脅威ではない。だがそれが大量の群れを作ってやってくるとなれば話は別だ。自分がやられることはないにしてもその対処に時間も、体力も相応に削られてしまう。

 

『そうだ。そこで一つ考えがある、リアス・グレモリー』

 

「何かしら?」

 

『君の所の塔城小猫を借りたい。彼女の仙術で虫の出所を探り、私が単騎で増援の源を潰す』

 

思いもよらぬ提案に、リアスもバラキエルも目を瞬いた。

 

『君が単騎でだと?』

 

『そうだ、飛び入り参加で他のメンバーのようにこれといって決まった役目がない自分ならできる。幸いフェンリルの捕縛には成功しているからな。それにこの数だ、あまり戦力を割く余裕はないしバラキエルは作戦全体の、リアス・グレモリーはグレモリー眷属の指揮官だ。君たちが持ち場を離れて動くわけにはいくまい』

 

『なるほど、一理ある。君の力ならこのプラセクトの大群を突破するのも訳はないだろう』

 

と、納得するバラキエル。

 

『どうだ、リアス・グレモリー。この提案を受けてくれるか?』

 

そうして再び、ポラリスはリアスに了承を求める。これまでに並べられた彼の言葉はもっともであり、立場的にも、実力的にも彼が適任だ。リアスは一瞬逡巡した後、決断を返す。

 

「…いいわ。でも小猫の仙術で出所を探るなんてことができるの?」

 

『奴等は群れ為して来ている。群れの動きの流れを感知できればいけるはずだ』

 

「そういうことね、わかった。あなたと小猫に任せるわ」

 

『私も異存はない。君に任せよう』

 

『感謝する、必ずや元を絶ってみせる』

 

ポラリスの提案は二人の指揮官の迅速な決断により承諾された。しかしプラセクトの他にもリアスの懸念はあった。

 

「プラセクト対策はこれでいいとして、ロキが放ったスコルとハティの姿が見えないのも気がかりだわ」

 

『その点はギャスパー君のコウモリで探らせるべきだと私は考えている』

 

すぐに対応策を用意したのはバラキエルだった。確かにギャスパーの吸血鬼としての力、自身の体を無数のコウモリに変化させる能力は広範囲の索敵に有効だ。

 

バラキエルの提案に頷くリアスはすぐに決断する。

 

「その手があったわね、すぐに連絡するわ」

 

『よし。では、後は頼んだぞ』

 

その言葉を最後に通信は終了する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『これでよし』

 

通信が切れた後、ポラリスは溜まった疲労を一度リセットしようと息を吐く。

 

本来ならわざわざ小猫の仙術に頼らずとも自分一人で出所を探って潰すまでできる仕事だった。むしろこうしてわざわざ作戦を立案して実行に移す方が時間のロスにもなる。

 

だが彼女の目的はただ今回のユグドラシルの力を手にして強大になったロキと言うイレギュラーを潰すだけではない。それを利用してグレモリー眷属たちと協力し、今後を見越して信頼を得るのも大きな目的なのだ。

 

そのためには、自分の力を見せることはもちろん、なるべく彼らと行動を共にする方がいい。行動を共にし、力を証明するとともに警戒を緩めさせる。

 

全ては、来たるべき決戦のために。

 

『さて、塔城小猫は…』

 

ポラリスが使っているヘルブロスに搭載されているレジスタンス製のOSには予めグレモリー眷属たちやヴァーリチームなどのオーラをシステムに登録しており、混戦であろうといつでも位置を特定できるようになっている。

 

目的の塔城小猫の位置を捉え、彼女の下へ向かおうと方向転換したその時だった。

 

センサーの中に、どの反応よりも高速で動く反応が一つ不意に現れた。識別反応はグレモリー眷属の中でも随一の俊足を誇る木場裕斗ではない。フェンリルは今はまだグレイプニルの鎖に繋がれたまま。プラセクトにしては俊敏すぎる反応だ。

 

『この反応は…』

 

となれば答えは一つ。ロキが新たに呼び寄せたフェンリルの子供、今だ姿が見えないスコルとハティのどちらかだ。

 

反応は自分の周囲を囲むように動き回っている。周囲は自分が倒したプラセクトの死骸だらけで見通しは悪い。どこから来るかわからない攻撃に備えて、一段と警戒心を引き上げる。

 

そして深く息を吐き、五感を研ぎ澄ませる。音を聞く。

 

走る音が聞こえた。一定の距離を保ちつつ、一周するたびに距離を狭めてくる。

 

馳せ、狭まり、馳せ、狭まり、馳せ。

 

『そこか!』

 

その反応は刹那の内だった。

 

咄嗟に後ろに倒れるように身を伏せる。それから1秒も足らないうちに死骸と死骸の隙間から飛び出してきたスコルの鋭利な爪をやり過ごし、お返しにと無防備な腹に至近距離で銃撃を見舞う。

 

「ギャウ!?」

 

思わぬ銃撃を受けた狼は無様に砂煙を巻き上げて横転する。しかし即座に起き上がるとこちらを深追いすることはなく、また辺り一面に散らばるプラセクト達の死骸の影へと姿を消した。

 

『一撃離脱…こちらの戦力を少しづつ削る戦法か?』

 

一連の素早い行動をポラリスはそう評する。数でゴリ押してくるプラセクトも厄介だがあの二頭も厄介だ。急いで作戦を完遂しなければ。

 

その思いを強くして、彼女は走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うっ…」

 

塔城小猫は苦悶の声を漏らしながら地に伏していた。

 

戦いの最中、突如として駆け抜けたスコルにより肩を切り裂かれてしまったのだ。それはポラリスがバラキエルとリアスの二人と連絡を取っている最中の出来事だった。

 

その存在を感じ取ったのはほんの数瞬前だった。感知はできていたが、その神速に対応することは出来なかったのだ。

 

「まだ…私は」

 

ポケットを漁って洒落た小瓶を取り出す。その中に入っているのはフェニックスの涙。フェニックス家だけが生産できる、どんな傷もたちどころに癒すことができる秘薬だ。昨今のテロにより需要が跳ね上がった結果天井知らずに価値も価格も上昇したが、今回特別に作戦に参加する全員に支給された。

 

瓶のふたを捻って開けた瞬間、彼女の視界が一段明度を下げた。見上げると、そこにはカミキリムシ型のプラセクトが食事にありつこうと咢を開き、木の幹なら容易にかみ砕けるような鋭く強力なあごが彼女に迫る。

 

「!」

 

当然彼女は反応する。しかし肩に鋭く刻まれた傷の痛みが彼女の動きを鈍らせてしまった。

 

回避が可能なタイミングは失われた。そこから先にあるのは避けようのない攻撃。そして、死。

 

「イッセー先輩…」

 

彼女の口から、自分を救ってくれた者の名が出た。彼が目下悪神との戦闘中なのは知っている。だが、それでも彼の助けを望まずにはいられない。

 

どんな絶体絶命の状況でも、仲間を想って立ち上がり続けた彼の勇姿を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな彼女の願いが天に通じたか、突然数十cmまで距離を縮めたカミキリムシがまるで急ブレーキをかけたかのように静止した。

 

「…!?」

 

まさかの現象に瞠目する彼女を次に襲ったのは僅かばかりの寒さだった。

 

そしてその寒さの発生源は目の前のカミキリムシだ。後ろから前へと、パキパキとその緑色に黒いまだら模様の入った体表を氷の膜が覆っていく。氷の膜はすぐにその領域を体全体へと広げてカミキリムシの全てが凍結し、その動きを完全に止めた。

 

『兵藤一誠でなくてすまない』

 

氷像と化したカミキリムシの陰からどこか心にない声音ながらも謝罪の言葉と共にひょいと姿を現したのはヘルブロスだった。

 

一瞬、倒れている小猫の傷に視線をやった。

 

『無事…ではないか』

 

「…助かりました」

 

辞世の句になるはずだった言葉を聞かれたことに若干の羞恥の念と不快感を覚えるが、感情を表に出さないことに長けた彼女はそれを押し殺して感謝の言葉を絞り出す。

 

『例には及ばん、もしかすると逆もあり得るからな』

 

言葉を交わしながらヘルブロスは小猫の下に寄り、彼女の手に持つフェニックスの涙を取ると中身の透明な液体を傷口にかけた。大きく裂かれた傷口は見る間に小さくなっていき、ついには跡形もなく完治した。

 

『立てるか?』

 

「…はい」

 

肩を貸りながら、再び小猫は立つ。そしてポラリスはここに来た目的を単刀直入に彼女に告げる。

 

『回復して早々、君に頼みたいことがある。君の仙術でプラセクトの群れの流れを読んでほしい』

 

「プラセクトの…群れの流れ、ですか」

 

『このプラセクトの異常な数はおそらくどこからか増援が流れているからだ。そこを断てば戦況を変えられる。協力してくれるか?』

 

「…わかりました。でもまだ私は姉さまほど仙術が上手くないので時間がかかります」

 

頷き了承する小猫。彼には危ないところを助けられた、それに対して恩を返さないわけにはいかない。

 

彼方から地響きと無数の羽音が響き始める。視線の先にはまたもプラセクトの軍勢が我先にと押し寄せてきていた。

 

それはもしかするとポラリスの予想通りまた援軍が送られたからかもしれないし、仲間を大量に殺された恨みを抱いたプラセクト達が敵を討たんとポラリスを狙ったからかもしれない。

 

『それで結構、君が好きなだけ時間を稼ぐ』

 

だが彼女にはプラセクト達の事情など知ったことではない。寄せ来る敵はすべて排除するのみ。

 

そう言って、ヘルブロスは両手の光糸を紡ぎ始める。その時、彼女に再び通信が繋がった。

 

『なに、フェンリルが…?』

 

 

 

 

 

 

 

 




ほぼ書き終えた状態で後半を分けたので多分明日も更新します。

次回、「倒れゆく者達」


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第85話 「倒れゆく者達」

悠がかつてない事態に直面します。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
5.ビリーザキッド
6.ベートーベン
7.ゴエモン
9. リョウマ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
13.フーディーニ



「ふむ、力はそれほどではないにせよ面白い能力を持っているな」

 

顎を指でさすりながら、ロキは遠くから悠の戦いを観察していた。

 

プラセクト達を向かわせた先では感じたことのない魔法の力を感じ、敵の中に混じっていたあの歯車を顔にそのままくっつけたようなパワードスーツを纏った戦士の者だと気付いた。

 

前情報も全くなかったあの戦士からは今まで相対してきた何者よりも異質なものを感じる。はっきり言ってロキが今回の戦いで警戒しているのは彼くらいだ。

 

同じく異質なものを感じる男、三大勢力に和平推進大使とやらに祭り上げられた紀伊国悠と言う輩はそう大したものではない。何度かぶつかって分かったが、せいぜい今の赤龍帝と同程度か少し劣るくらいの強さだ。

 

しかし彼の使う見たこともない神器の能力に関しては歯車の戦士ほどではないにせよ警戒に値するだろう。

 

「よそ見するとは心外だ!」

 

「俺達がいるってこと忘れんな!」

 

距離を離された悠がロキの下へ向かう間にも、二天龍の二人も激しい攻撃を仕掛ける。魔力攻撃やオーラに物を言わせた攻撃はロキには通用しないので両者ともに近接戦で攻め立てる。

 

「無論忘れはしないさ」

 

世界樹の腕を掲げるロキが前面に多くの魔方陣を展開する。そして色とりどりの光を帯びたそれらは一斉に豪炎、激流、烈風などあらゆる属性の強烈な魔法を吐き出し、二天龍を飲み込まんと分厚く広範囲に押し寄せる。

 

「本体に効けば楽なんだがな」

 

〔Divid!Divid!Divid!Divid!Divid!Divid!Divid!〕

 

対するヴァーリは両手を突き出し、白龍皇の『半減』の能力を発動させる。音声と共に魔法の弾幕は範囲を徐々に狭めていき、やがて消えていく。かつて一誠や悠と和平会談で対峙した時に披露した技、ハーフディメンションの応用だ。

 

しかし半減領域を突破してきたいくつかの魔法が二人に降り注ぐ。一誠はドラゴンショットを放って撃ち落としていくが、それでも撃ち漏らしてしまう魔法に能力の行使に集中するヴァーリはいくつか被弾して鎧を破損させてしまう。

 

「くっ…」

 

「ヴァーリ!」

 

「俺に構うな、行け!」

 

魔法を受けながらも能力を発動するヴァーリは言葉で一誠の背を押す。放っておけないという表情を浮かべるがすぐにその感情を飲み込んで一誠は飛翔し、ロキへと猛進する。

 

「喰らえェェ!!」

 

再びロキを間合いにおさめた一誠は渾身の右ストレートをかます。しかしロキは間一髪で上体をそらして躱す。

 

これまでの戦いで、二人の戦い方は分かれていた。

 

一誠は荒ぶるドラゴンの力を存分に拳や蹴りに乗せて猛烈に攻撃を加える。一誠がそもそもあまり魔力攻撃に秀でておらず、接近戦を好むスタイルであるが故あまり制限も気にせず戦えていた。

 

一方のヴァーリは高速で飛び回って動きを読まれないようにしながら、一誠の攻撃に生まれる隙をカバーするようにロキを攻撃する。

 

結果、センスが光るヴァーリとの連携により一誠は息つく間もない攻撃のラッシュを咥えることが出来ていた。しかし相手は彼らよりも長い時を生きてきた神だ。生半可な攻撃で打倒されるような者ではない。

 

ロキは自身の能力により魔力攻撃が通じず、二人が遠距離攻撃を仕掛けられないのをいいことに自身の得意とする魔法攻撃を存分に行った。怒涛の魔法を突破してきたなら、ユグドラシルによって強化された身体能力で二人の攻撃を捌き、いなし、時折カウンターも織り交ぜて攻撃を凌ぐ。

 

「技の白龍皇と力の赤龍帝……そんな言葉が思いついた」

 

「そりゃどうも!」

 

赤龍の力で高まった蹴り、拳の乱打、それらをいなしつつロキはそんな言葉をこぼした。今までの二人の戦いを見てロキはそう実感していた。

 

赤龍帝がまだまだ白龍皇に比べると技量も場数も、劣る部分が多いのは理解した。だが白龍皇に勝るのは直線でのトップスピード、そしてトップスピードから繰り出される物理攻撃のパワー。あのロキも、それだけはなるべく正面から受け続けるのは避けた方がいいと判断していた。

 

対するヴァーリは戦闘の随所で元来の才能が光る動きがめざましい。追尾魔法を宙を我が物にするかのように高速で飛び続けて回避しては神がかったタイミングで魔法を打ち落とし、さらには己の注意が僅かに一誠の方に傾けばすぐに攻撃を仕掛けてくる。

 

白龍皇と魔王ルシファーの血を継ぐものとして、戦闘では名前負けしない素晴らしい才能が輝いていた。今後も自分のような強者と戦っていけば、さらなる高みへと登り詰めていくことだろう。

 

それからも押し寄せる打撃のラッシュの中で、ロキは顔面に向かって放たれた拳を受け止めてぐっと握りしめた世界樹の拳で一誠を豪快に殴り飛ばした。

 

地面と45度の角度を描いて、地面との接吻を果たそうとするも一誠はどうにか持ち直して空中に留まる。

 

振り抜いた拳を収めるロキは、兵藤とヴァーリを交互に見やった。

 

「高速で動き回る白龍皇とそれ以上の速度だが動きを読みやすい赤龍帝、どちらも厄介だが譲渡を使われては面倒だ。先に赤龍帝から始末するか」

 

見下ろす視線が動き、ロキの注意が明らかに一誠に向く。

 

「また余所見とは人の話を聞かない神だ」

 

それを待っていたと言わんばかりに背後を取った影が一つ。ロキの隙を伺うヴァーリが一気に距離を詰めたのだ。

 

「先ほど余所見をするなと言われたばかりだが…」

 

この好機を逃すまいと振るわれるヴァーリの全力の拳。それがロキの背を木っ端みじんに砕かんと迫る。

 

「かく言う貴様も、余所見には気を付けろと言っておこうか」

 

背後から攻撃が飛んでくるとわかっていてなお視線をくれてやることなく、ロキが不敵に笑む。拳がロキの背中を打つその直前、ヴァーリの姿が消えた。

 

「なっ……っ!!?」

 

それはあまりに一瞬の出来事だった。一誠の理解が追い付かない。

 

消えたヴァーリの居所はどこだとあちこちに視線をやり、見つけた。

 

ヴァーリがどこからともなく現れたフェンリルに攫われるように噛みつかれていたのだ。鎧ごとかみ砕かれ、鮮血をまき散らすヴァーリはフェンリルに咥えられたままでいた。

 

「スコルには攻撃を、ハティにはフェンリルの解放を指示していた。プラセクト達は二頭の行動にとっていい影になってくれたよ」

 

向こうのプラセクトの群れの中に混じった二頭の狼、スコルとハティはプラセクト達の合間合間を縫ってロキの指示を実行に移していた。

 

スコルは一撃離脱の攻撃をかけてダメージを与え、じわじわと敵の戦力を崩す。もう一頭のハティに与えられた命令こそ本命。スコルが陽動で敵の注意を引き付けている間に前線組を抜けて後方に攻め込み、グレイプニルの鎖に囚われたフェンリルを解放する。

 

次々に押し寄せてくるプラセクトのせいで対ロキチームは注意も余裕も奪われたこともあり、まんまとロキの企みは成功した。

 

「ヴァーリィ!!」

 

一瞬で致命傷を負わされた好敵手の名を叫ぶ。そこからの行動は早かった。

 

すぐさまブースターから赤いオーラを放出して猛スピードでフェンリルに迫る。ロキとの戦いでヴァーリの力は必要不可欠だ。どうにかして彼を助け出さねば。その一心で一誠は動いていた。

 

「この畜生がァ!」

 

怒りに燃える一誠は猛る思いを込めて全力で拳打を繰り出した。しかしヴァーリを咥えるフェンリルは一瞥をくれてやると。

 

「ごふぅあ!!?」

 

刹那の内に巻き起こった一陣の旋風が一誠の体を赤い鎧ごと切り裂いた。赤い鎧の破片と共に、赤い血の華が咲き誇った。

 

 

 

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

 

 

俺は目の前の光景が信じられなかった。

 

ようやく距離を引き離されたロキの下にたどり着いたと思ったら、先ほど後方組から解放されてしまったと連絡があったフェンリルがあっという間に二天龍の二人に大きな傷を負わせていたのだ。

 

ヴァーリは見るからに戦闘不能なダメージ、兵藤も腹を大きく切り裂かれて深手を負った。

 

倒れゆく彼らの姿を目にして、呆然と足が立ちすくんだ。

 

これが神の力。人間には抗いようのない、絶対的な差の向こう側に存在する者。二天龍であっても、その差を越えることは出来ないのか。

 

またしても、俺は一人になってしまった。

 

「後は…貴様か」

 

そんな俺の前に悠然と降り立つロキが乱れた前髪を払ってかつかつと一歩ずつこちらに近づいてくる。まるで恐怖を煽るかのようにその足取りはゆっくりで、悪神の笑みは鋭かった。

 

だが、それでも俺が戦わないわけにはいかない。ロキに勝つために、皆を守るために俺がやるしかない。

 

「ハァァァ!」

 

仲間をやられた怒りを、悲しみを霊力に変えて槍に込める。それは今まで以上に鋭く繰り出された一撃だった。

 

「それは飽きた」

 

しかしそれすら見切ったとばかりにロキはこちらが突きだした右腕をがっと掴んで足払いをかけ、その場に即座に組み伏せてしまう。

 

「ぐあ!」

 

採掘場なだけあって硬い地面に叩きつけられたことで鈍い痛みが走る。続けてロキはグングニルを握る俺の右手をはたいて神槍を手放させ、組み伏せてから俺の体を押さえつけるロキの右手がドライバーに触れた。

 

すると全身を巡る霊力の光が、奴の手へと集まっていく。全身のラインを巡る光が失われていく。同時に全身にみなぎる力も徐々に弱くなっていき。

 

〔オヤスミー〕

 

「なっ…!」

 

ついには変身を維持できる最低限の霊力も奪われ、光が弾けて変身が解除されてしまった。

 

「変身が解除されるまで貴様の力を吸わせてもらった。そして…」

 

ロキがドライバーに当てたままの手に力を込める。木の根になっている五指がシュルシュルと伸びてドライバーを拘束するように絡みついた。そしてロキはドライバーに絡みついた手をバキッと音を立てて、まるでトカゲが自分の尾を切り捨てるかのように、ベルトに残した。

 

「!?」

 

ドライバーの拘束に使われ、手首から先を無くしたロキの世界樹の腕は直ちに再生する。ロキは再生したばかりの手を具合を試すようにひらひらと振ってから言った。

 

「そのベルトを物理的に操作できなくした、これで貴様は変身できない」

 

「何だと…!?」

 

その言葉は今までの戦いで起きたどんな状況にも勝る驚愕を俺にもたらした。絶句し、思考が停止し、一瞬心臓すら鼓動が止まったと錯覚するほどに。

 

俺が変身できない…?そんなバカな。

 

その言葉を脳が受け付けない。そんなことがあるものか。すぐには信じられず、あるいは悪神らしい惑わす嘘であってほしいという願いを込めながら、まるで手形のようにロキの世界樹の手が残されたドライバーのレバーをガチャガチャと引っ張る。

 

「くそ…動かない…!」

 

動かない。おそらく木の根が伸びて内部に干渉しているのだろう。何度も引っ張る。力づくに引っ張る。だが動かない。ドライバーの前面の透明なカバーも木の根に絡まって固く閉じられたままだ。

 

信じ難い…いや、信じたくないがロキの言葉は事実だ。今の俺は言うなれば、ただのおもちゃを腰に付けた子供だ。

 

どこまでも無情に、あまりにも突然に訪れてしまった最悪の事態。ロキの言葉はまさしく、推進大使としての、スペクターとしてこの世界で生きる俺にとっての死刑宣告に等しかった。

 

この力を無くして、俺は一体どうやってこの異形の世界を生きていけばいい?

 

しかし解せないことがある。目の前で立ち上がり背を向けるロキに、上体を起こして湧いた疑問を即座にぶつけた。

 

「どうして俺を殺さない…!?」

 

俺は震える声で問うた。わざわざこんな真似をしなくても、このタイミングで確実に俺を倒せたはずだ。いや、戦う力を失った今なら好きなタイミングで殺せる。

 

なのに奴は組み伏せたまま俺の喉を掻ききったり、振り向きざまにとどめの魔法を放つどころか、まるで興味を無くしたように見向きもしない、何もしてこない。

 

「殺さないのではない。お前に構う優先順位を変えたのだ。貴様の神器さえ封じてしまえば他に貴様自身の異能は何もないと見た。そのベルトの力さえなければ、貴様はグングニルを扱うことは出来ない、違うか?」

 

「…!」

 

精神的動揺の激しい今の俺は、ロキの指摘に図星もいいところな具合に表情が揺らめいた。

 

俺の手元を離れたグングニルは1m足らず離れたところを転がっていた。取りに行こうと思えば取りに行ける。

 

だがそれを手にしたところで俺には使うことが出来ない。なぜなら、俺の異能とはゴーストドライバーだけなのだから。それを封じられた今、俺が使える異能はない。

 

「つまり貴様はいつでも殺せるということだ。そんな人間を赤龍帝や悪魔より先に構ってやる必要などあるまい。…ああそうだ。その拘束を力づくで赤龍帝に壊してもらおうとは思うなよ。無理にはがそうとすれば内部まで食い込まれたドライバーが壊れる。神器使いにとって、神器が壊れるということは…そういうことだ」

 

「そんな……」

 

ロキが明かす事実に更なる絶望が湧きたつ。絶望は俺の心をむしばみ、震えさせる。

 

「グングニルのレプリカを持ってきたからにはそれなりにできる男かと思ったが…とんだ見当違いだったようだ。我も、それを託したオーディンもな」

 

力を失い、立ち上がれない俺をロキはどこまでも落胆した、まるで足元をうろちょろする蟻を見るかのような目で見下ろして嘲笑の声をかけた。そして再び背を向けて去って行く。

 

考えもしなかった状況に今まで溜まっていた焦燥は爆発し、そこにあまりにも唐突に戦う力を無くしたことによる虚無感が加わる。

 

混然一体となった感情が心に嵐の如く吹き荒れた。他の人が今どうなっているかなど考える余裕もない。戦いも、何もかも全てを脳内から巻き上げては吹き飛ばして彼方に追いやり、希望も未来も何もかもを絶たれた俺をその場に貼り付けにする。

 

突然の喪失に、目を愕然と見開いたまま、去り行く神の背を眺めた。

 

呆然とうなだれる、ただの無力な人間だけが、そこに残された。

 

 

 

 




まさかの変身ができなくなってしまった悠。この戦いで彼は…。

次回、「巡り合う因縁」


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第86話 「巡り合う因縁」

お待たせしました。



Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
5.ビリーザキッド
6.ベートーベン
7.ゴエモン
9. リョウマ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
13.フーディーニ



戦う力を失った俺は内で燃やしていた戦意すらも喪失し、その場に茫然自失とうなだれる。

 

「そんな……」

 

地面に下ろした目線が腰についたゴーストドライバーへと移る。かつて多くの戦いを駆け抜け、苦境を突破してきた力が今やロキに封じられ、ただの重しになってしまった。

 

かつて己に刻んだ誓いは、この力で大切な仲間を、友を守るというものだった。力を手にしたのなら、それを持つ者として、行使するための責任がある。己が望んで得た力の責任を、皆と共に戦い、守るために力を行使することで果たしてきた。

 

だがしかし、友や仲間を守る力は今失われてしまった。三大勢力の和平が結ばれてなお戦いの続くこの世界でどう生きていけばいい?このスペクターの力なくして俺は異形の世界に居続けることなどできないし和平推進大使という御大層な肩書を名乗れない、ましてやグレモリー眷属の仲間としてテロリストたちと戦うことなんてできない。

 

それだけではない、凛との決着はどうなる?大事に守り抜いてきた誓いは?そして、今のロキとの戦いで一体何ができるというのか?強敵に苦しむ皆を目の前にして、俺だけ何もできずに蹲るしかないのか?

 

いいや、俺にできることなんてない。瞬く間に胸に巣食った無力感が嘲笑う。

 

力がなければ敵と戦えない、皆を守れない。これから先の困難を打ち破ることも、未来を切り開くこともできない。

 

未来はもう閉ざされた。戦うことのできない俺にはもはや皆と共にいる資格などないのだ。

 

「俺は……」

 

俺は戦士として、もう死んでしまったのだ。力も、誓いも失った俺はただの無力で、凡庸な人間でしかない。

 

喪失感に囚われた俺の瞳が映す視界の隅でふと兵藤がもぞもぞと動く。よく見ると、息を荒げながらも取り出したフェニックスの涙を傷口にかけて回復していた。傷口はじわじわと狭まり、やがてその跡は血に濡れながらも消える。

 

「まだ…負けてらんねぇ」

 

血と共に辺りに散らばっている赤い鎧の欠片、足元に転がるその一つを踏みながらゆっくりとあいつは立ち上がった。

 

どうにか事なきを得たみたいだが、一回こっきりのフェニックスの涙を使ってしまった。次にあのレベルの深手を負えばアーシアさんの手にも負えない。つまり、次はないということだ。

 

…だが、俺は変身できず二天龍も片やフェンリルのおもちゃ、片やとっておきの回復アイテムを使ってしまった。

 

グングニルとミョルニルがキーになっているこの作戦は使い手の片方が戦闘不能になってしまった以上ご破算だ。もはやこの戦いに勝ち目など…。

 

「ふはっ……悪神と呼ばれた貴様が…人に情けをかけるのか」

 

こんな最悪の状況下で、絶え絶えの声でロキを笑う男が一人いた。嘲笑う声にロキが反応し、その男がいる方へじろりと視線を向けた。

 

「ヴァーリ・ルシファー…まだ生きていたのか」

 

フェンリルに今にもかみ砕かれそうなヴァーリが、ロキに言葉を投げかけていたのだ。

 

顔は血まみれで、フェンリルの鋭利な牙が腹に刺さっている。見るからに重症なのに、それでも神に対して普段のような余裕の態度を崩さない。その胆力に俺は敵ながらも僅かばかり感嘆の念を覚えた。

 

今にも永遠に途切れてしまいそうなほどに満身創痍な様子で、ヴァーリは言葉を続ける。

 

「貴様に…二つ教えてやる。戦いにおいて…油断は敗北を招くぞ」

 

「…何?」

 

「それと……天龍を…ヴァーリ・ルシファーを舐めるな」

 

「っ…」

 

身をボロボロにされ、神をも殺す牙の餌食になりながらも背筋が凍るほどの戦意とプレッシャーをロキに向ける。

 

流石のロキもまだこれだけの気力を残していたのかと今まで悠然としていた表情を僅かに険しくし、ヴァーリの動向に警戒し始めた。

 

「兵藤一誠!この狼は俺が倒す!ロキは任せた!!」

 

「!!」

 

すうっと息を吸ってから、喉が裂けんばかりに迸るヴァーリの叫びに兵藤がはっと目を見開く。さらにヴァーリは通信魔方陣を開いて指示を飛ばす。

 

「黒歌!移送の準備をしろ!!」

 

『合点承知!』

 

魔方陣の向こうで黒歌が応答するのが聞こえた。移送だと?一体何をするつもりなんだ…?

 

俺の疑問に答えるまでもなく、ヴァーリは静かに、しかし瀕死と言っても過言ではない身でありながらなお力を込めて言の葉を紡ぎ出す。

 

「我、目覚めるは…」

 

〔消し飛ぶよ〕

 

〔消し飛ぶね!〕

 

その詠唱を合図に、今は血に濡れる白い鎧の各部におさめられた宝玉が輝きを増し始める。そしてこの場にいないはずの者の声までもが響く。その声はどこまでも悲嘆、憤怒、憎悪、負の感情に満ち満ちた響きを伴っていた。

 

「覇の理に全てを奪われし二天龍なり――」

 

〔夢が終わる…〕

 

〔幻が始まる…!〕

 

奴が纏うオーラも詠唱が進むにつれてその厚さを増していく。これまでの戦いでも見せていた白龍と魔王の力が合わさった強者の中の強者とも呼べるオーラがさらなる高みへと登ろうとしている。

 

このフレーズ、怨嗟に満ちた声。俺は似た現象を一つ知っている。それは最近の戦いで、兵藤が起こしたそれとよく似ている。

 

「無限を妬み、夢幻を想う――」

 

〔全部だ!〕

 

〔全てを捧げろ!〕

 

やがて鎧が有機的な形状へと変じていく。全身から溢れる白いオーラは留まることを知らずどんどん増大し。

 

「我、白き龍の覇道を極め――」

 

「「「「「「汝を無垢の極限へ誘おう――!!」」」」」」

 

そして最後の一節でヴァーリの声と思念の声が一つになる。

 

〔Juggeranaut Drive!!〕

 

その音声がトリガーになり、白光が爆ぜる。辺りを照らす光が収まっていくと同時に光の中心にあるヴァーリの新たな姿が明らかになっていく。

 

その姿はまさしく白い龍だ。ヒロイックさもあった白く麗しい鎧がより生物、もっと言えばドラゴンに近いフォルムへと変化しサイズも一回りほど大きくなった。以前兵藤が暴走した時の姿と似通っているが、破壊衝動に支配された様子はなく動きにヴァーリの意志、理性を感じる。

 

ジャガーノートドライブ。これがヴァーリの『覇龍』か。奴は自分の膨大な魔力に本来必要とする生命力の肩代わりをさせることで、短時間ながらもあの凄まじい力を制御できるという。

 

しかし相手は全勢力の実力者の中でもトップ10には入るという化け物だ。如何に覇龍をコントロールできるとはいえ、果たしてあの伝説の魔獣を止められるだろうか。

 

覇龍を発動したヴァーリの下へ、彼方より高速で飛来するモノがあった。徐々に近づいてくるあの太い巨大な鉄鎖はグレイプニルの鎖だ。さっきまで後方でフェンリルを抑えていた魔法の鎖だが、さっきヴァーリから何かしらの指示を受けた黒歌の仕業か。

 

一度は捕えていた神狼を放してしまったグレイプニルが再びフェンリルにがっしりと絡みつく。さらにはフェンリルとヴァーリを閉じ込めるように周囲に球状の魔方陣が展開し、ギュルルとうなりを上げながら魔方陣は回転を始めてまたも一際大きな光を放った。

 

「…!」

 

魔方陣の光にやられまいと咄嗟に腕で目を隠す。光の放出は数秒と続き、収まってから再び視界を開く。

 

先ほど球状の魔方陣が展開していた上空、そこにいたはずのフェンリルと覇龍を発動させたヴァーリの姿はなかった。

 

ヴァーリとフェンリルに起こった現象にロキも、兵藤も、呆気に取られて先ほどまで神と龍の激闘が繰り広げられていたこの場に静寂が降り立つ。忽然と、ヴァーリはフェンリルと共にこの戦場から姿を消した。

 

「…フェンリルを、道連れにしたのか」

 

またも呆然と、俺はこぼした。

 

そうとしか思えなかった。あのままフェンリルをこの場で暴れさせるよりも自らの身諸共に強制的に離脱させる。己の身一つにリスクを集中させるなんと危険な手段か。それに、黒歌に通信していたりと一連の行動、あの手際の良さはあらかじめ計画していたからこそに違いない。

 

(あいつ…あんなにボロボロだったのに無茶しやがって…)

 

魔力で肩代わりするとはいえ、負担の大きい力であることに変わりない。あの状態でフェンリルを相手にするなど自殺行為もいいところだ。覇龍でも真っ当にやり合えば死は免れ得ないだろう。それとも、まだその先の策を用意しているのか。

 

…今度会ったらまた礼を言わなくちゃならなさそうだ。敵なのに助けられてばかりでこちらとしては面目がない。

 

「…ふふ」

 

それが最初、誰の声だったかは分からなかった。まるで収まりきらない水が器から僅かにぴちゃとこぼれたかのような笑い声。しかしその笑いは次の瞬間。

 

「フフフフフハハハハハハハハハ!!!」

 

堤防が決壊して溢れ出す、大洪水のごとき笑いに変わった。その笑いの主、ロキは狂ったように高らかに笑っていた。

 

「覇龍を使えるとはいえフェンリルとタイマンを貼るか…どうやら白龍皇も今代の赤龍帝と並ぶとんだ大バカ者らしい!ハハハハハ!!」

 

大きく口を開けて、ヴァーリの身を挺した行動が面白おかしいと言わんばかりに笑っている。

 

どうやら奴は神にも兵藤と一緒にバカ認定されたようだ。白は戦闘狂、赤はおっぱい好き、それだけで言えばバカと呼ばれてもしょうがない。

 

それからも笑い続けるロキはやがて。

 

「ハハハハハ…さて」

 

ひとしきり笑い終えたロキは改めて俺達に向き直る。その面持ちには今まで以上の余裕が宿っていた。

 

まだ何か俺達を相手により優位に立てるような手の内を残している。そんな風な表情だ。

 

そんな内心に正解を告げるがごとく、ロキは行動に出た。

 

「私の奥の手を紹介しよう」

 

世界樹と化していない左手の指をパチンと鳴らす。するとロキの傍らに比較的大きな魔方陣が現れ、転移の光が瞬く。

 

光が止み、そして魔方陣があった場所に現れたのはフェンリル…ではあるが異形だった。

 

その生き物は確かにフェンリルなのだ。だが、その生物は醜かった。背からは太くて鋭い樹根が3本ほど突き出ており、四肢が生物のようにうねる樹根に絡みつかれている、そしてロキとは逆に左目の辺りでユグドラシルの根がうねうねと蠢く。

 

それを一言で言い表すなら、今のロキと同じ様にユグドラシルと融合した異形のフェンリルだ。オリジナル以上にギラギラと凶暴に、飢えた輝きを瞳に宿していた。

 

「この化け物は…!」

 

「かつて私はフェンリルのクローンを生産しようと試みた。だが惜しいところまで届いた個体はいたが最終的には失敗した…それを我がユグドラシルの力を使って再利用したものだ」

 

新たに現れたフェンリルは大きく前足をズンと踏み出し、夜空目掛けて遠吠えをする。あのヴァーリが連れて行ったフェンリルの咆哮は敵対する者を圧倒する力強さの他にどこか気高く、魅了するモノを兼ね備えていた。

 

だがこのフェンリルは違う。獰猛な本能に身を任せて目に映る全てをロキの意のままに一切合切を蹂躙する怪物だ。ただの咆哮でそれが理解できてしまうほどに、今の咆哮は荒々しく、醜くもあった。

 

まさかの第二のフェンリルの登場に俺達は怖気のするような戦慄を隠せない。

 

「フェンリルのクローンだと…!」

 

まだそんなものを隠していたのか。だったらヴァーリは何のためにフェンリルを道連れにして…!?

 

「さあ…次はどうする?」

 

 

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

 

 

フェンリルが解放されたという知らせを受けて急ぎ裕斗とリアス、朱乃は後方へ引き返していた。

 

彼女たちの内心で渦巻くのは一刻も早くフェンリルを解放したというハティをどうにかしなければという焦りと、後方で支援に努めていたアーシア達の心配だった。

 

特にアーシアは戦う力を持たない非戦闘員だ。一度あの狼に攻め込まれてしまえば彼女ではどうすることもできない。一応フォローとして紫藤イリナが付いているが、フェンリルが解放されるに至ったということは彼女も手傷を負ってしまったに違いない。

 

リアスが一眷属の主としてだけでなく個人的に抱く情愛の感情もあり、どうにか皆が無事でいるようにと強く願いながら自分の出せる最高のスピードで風を切りながらリアスは後方へと向かう。

 

やがて後方組が視界に映り始める距離まで進んだ。

 

「部長、あそこに!」

 

「見つけましたわ」

 

「ええ」

 

空から見下ろすと地上では肩から血を流して片膝を突くイリナとその傍らで癒しのオーラで傷を癒すアーシアとギャスパー、そしてフェンリルの子供であるハティと対峙する黒歌の姿があった。

 

彼女らの周囲にはあちこちに破壊の跡があり、その戦闘の激しさが窺えた。

 

「アーシア、ギャスパー、イリナさん!」

 

「部長!」

 

「来た!」

 

三人は羽根を収めて空から降り立つと、無事を確かめるべく駆け寄る。その姿を認めたイリナたちは援軍の到着に表情を明るくした。

 

ようやく合流した三人だが、ふとアーシアの腕に目が留まった。

 

「アーシア、その傷…!」

 

白くて華奢な彼女の腕に緑色のローブごと切り裂かれたような傷ができており、そこからどくどくと血が流れていた。

 

「もしかして、ハティにやられたの?」

 

「大丈夫です、ちょっとかすめただけです」

 

状況から察した朱乃は訊き、アーシアはリアス達の心配を和らげるように笑って言う。しかしそれが強がりだというのはすぐに分かった。アーシアの表情にある疲労の色が隠しきれていなかったからだ。

 

傷ついた者を回復させる癒しの力も何度も何度も繰り返し使えば使用者の負担になる。特にこの複数人の味方が無数のプラセクト達を相手にする乱戦状態では行使する回数も多く、今まで以上の負担を彼女に与えていた。

 

「ごめんなさい、私が不甲斐ないせいで…」

 

「すみません、フェニックスの涙も使ってしまいました」

 

片膝を突いてアーシアの神器による回復を受けるイリナと、傷は治っているものの制服に大きな切り傷と血痕を残すギャスパーは無力感に顔を歪めた。

 

前線を突破してきたハティを最初に食い止めようとしたのはイリナだった。しかしあの神速に翻弄されるまま手傷を負わされて易々と抜けられてしまい、そのまま動きを停止させようとするギャスパーの邪眼も躱してアーシアに爪を立てようとした。

 

『アーシア先輩!!』

 

『!!』

 

だがそれは咄嗟に身を挺して庇ったギャスパーのおかげでどうにか事なきを得た。鋭い爪により深手を負わされたが支給されたフェニックスの涙のおかげで一命をとりとめた。

 

その間にハティは黒歌の下へ向かいフェンリルの捕縛に力を割いているせいで迎撃に集中できないのを利用してまんまと親であるフェンリルをグレイプニルの鎖から解き放ったのだ。

 

フェンリルは今まで自分を抑えていた黒歌には見向きもせず、主の下へと走り去っていったが残ったハティが後方組の相手をすることになり、今に至る。

 

「自分を責める必要はないわ、生きていればそれで充分よ」

 

リアスは身をかがめると、申し訳なさそうに俯くギャスパーとアーシア、イリナをそっと抱きしめ、彼らの胸に生まれた無力さを溶かすように優しい安堵の笑みと言葉をかけた。

 

「私にも気遣ってほしいにゃん」

 

グレモリー眷属を横目にハティに魔法を飛ばしながらも4人の様子に羨ましいと言わんばかりに軽口を叩いたのは黒歌だ。

 

「黒歌さんは怪我をした私たちを守ろうと戦ってくれました」

 

「!」

 

アーシアが明かした事実に驚いたリアス達は黒歌を見る。

 

最近会ったばかりで敵としての情報しかない裕斗と朱乃はともかく、パーティー会場での初対面の小猫を巡る出来事から自由奔放で冷酷さも兼ね備えた印象を持っていたリアスにはまさかそのような行動をとるとは想像もできなかったからだ。

 

「ただの気まぐれよ、それに回復要員がやられたら私たちも困るにゃん」

 

真意を訊ねるような彼女らの視線にはぐらかすように黒歌は軽く笑い肩をすくめた。

 

「…あなたには感謝しなければならないわ」

 

そっと呟き、静かにリアスは立ち上がった。

 

「よくも私のかわいい下僕たちを傷つけれくれたわね」

 

先ほどまで三人に注いでいた慈愛の感情を消し、キッとハティに睨みを飛ばす。リアスの瞳に苛烈な戦意の炎が燃え上がった。

 

「フェンリルの子供だろうと、アーシア達を傷つける者には微塵の容赦もかけてもらえるとは思わないことね!」

 

燃えるような感情が乗った赤い滅びの魔力が飛び出し、ハティに食らいつかんとする。無論ハティにはそのまま攻撃を受けてやる理由はない。即座に踏み込み、魔力をすれすれで躱しつつ疾走してリアスへと距離を詰める。

 

そこに裕斗が聖魔の短剣を投擲し、牽制をかける。ハティは四本足でステップを踏んで飛んでくる刃を回避、大きく跳躍し裕斗に飛びかかる。

 

裕斗もそれに応じて跳び、空中にて振るわれる鋭い爪を片手剣で受け止めた。それから幾ばくか爪と剣で打ち合う。『騎士』の特性によるスピードと親であるフェンリルから受け継いだ神速が交錯し、近接戦は常人の目には止まらぬスピードで行われた。

 

ハティと打ち合う彼も仲間である赤龍帝と手合わせを重ね、己のスピードに磨きをかけていた。死線を潜り抜けてきた彼のスピードは、神狼の血を継ぐハティに負けずとも劣らずのものだ。

 

幾度目かの攻撃で大きく金属音を立て、両者は一度大きく距離を取る。

 

「聖魔剣よ、咲き乱れろ!」

 

着地して早々の裕斗の雄々しき一声で、聖魔の刃たちが次々に地面から突き出しハティを無数の刃で串刺しにするべく領域を広げていく。

 

それをハティは横に跳んで回避するが、跳んだ先で天から荒々しい雷が降り、ハティを打ち据えて激しくその身を焼く。

 

「ギャゥ!?」

 

「うふふ」

 

雷を落としたのは朱乃だった。悲鳴を上げるハティにいつも以上にサディスティックな笑みを浮かべている。

 

「おまけをつけたげるにゃん!」

 

これは好機とペロリと舌なめずる黒歌は元々の種族である猫魈が得意とする仙術、そして悪魔に転生したことで得た魔力を組み合わせて生み出した強烈な波動を放ち、雷に打たれ続けるハティに追い打ちをかけるようにぶつけていく。

 

これにはたまらずハティも木っ端の如く吹っ飛んで所々焦げた身で地面を横転し、やがて突き出た岩石にゴッと身をぶつけてギャウッという短い悲鳴を共に横転を止めた。

 

「…まだね」

 

その言葉に肯定を示すがごとく、ハティは起き上がった。今まで以上に殺意の混じった視線を飛ばしながら、あれだけの攻撃を受けてまるで何ともなかったかのように。

 

ハティは雷に焼けて若干焦げた身をぶるぶると震わせて汚れを落とす。その動作にリアス達はどこか狼…いや犬らしさを感じたが情けをかける理由にはならない。

 

「あらあら随分とタフだこと……たっぷりと痛ぶって差し上げますわ」

 

いつもの穏やかさに満ちた笑みとは違う、仲間を傷つけられたことによる敵意の冷たい笑みがハティを刺す。

 

「アーシアに手を出した代償は、高くつくわよ」

 

静かに怒りをたたえる瞳が、真っすぐに神喰狼の子を捉えていた。

 

 

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

 

『馳せ来たれ、咆哮遥けき地雷!』

 

「えいっ」

 

プラセクトの群れを蹴散らしながら颯爽と戦場を駆け抜ける二人、小猫とポラリス。魔方陣から伸びる雷が行く手を阻むプラセクトを穿ち、仙術で強化された拳が邪魔者のプラセクトを打ち据える。

 

数分かけて仙術で戦場をくまなく探知した小猫は一か所気の流れが奇妙に濁っている場所を見つけた。そこは同時にプラセクトの気配が不自然に湧いて出てくる場所でもあり、ヘルブロスはそこが発生源に違いないと結論付けた。

 

そして彼女は小猫にそこに行くまでの案内役を任せ、行動を共にしていた。

 

無論、小猫が案内役を引き受けたのは単にヘルブロスをサポートするためではない。ヘルブロスが真に自分たちの信頼に足る存在かを見極めるためでもあった。

 

彼女が見るべきと感じたのは実力ではなく、内面。共に行動することで、素顔を隠すマスクの裏の内面を知る機会を得ることができるのではないかと。小猫はそう思ったからこそ、彼女と共に行動しているのだ。

 

「あそこです」

 

進撃を続ける中でふと足を止め、真っすぐ前方を見据える。そこは何ともない採掘場の光景だったがヘルブロスにはそこに隠された光景を、小猫はその場所を覆う魔法をしかと感じ取っていた。

 

『結界か』

 

二人の目の前で不可視の結界が展開し、何かを隠している。魔法形式は北欧式。十中八九ロキが何かを仕掛けているとみて間違いない。

 

「どうします?」

 

『問題ない、こういう時は強硬手段に限る』

 

そう言ってヘルブロスはおもむろに取り出した青い戦車の意匠が刻まれたボトルをネビュラライフルのスロットに差し込む。

 

〔タンク!〕

 

見る間に銃口は青い光をため込み、大砲を構えるがごとくヘルブロスは腰を低く落としてライフルを構えた。

 

〔ファンキーショット!タンク!〕

 

眼前の見えざる障害に向けられた銃口は大きな青い光弾を吐き出す。戦車の放つ砲撃のような音が大気を揺るがし、その強力な威力の代償である反動を受けて少し後ずさった。

 

重量感たっぷりの一撃は不可視の結界に激突し、結界は自身の存在を脅かす攻撃に反応してその姿を晒す。所狭しながらも明確なルールに沿って並んだルーン文字が刻まれた透明な結界は光弾を受け止め、激しく火花を巻き散らす。

 

『まだだ』

 

〔ギアエンジン!〕

 

さらにヘルブロスは白い歯車が埋め込まれた金色のボトルをライフルに差し込みさらなる攻撃のためのエネルギーをチャージし始める。

 

〔ファンキーショット!ギアエンジン!〕

 

二度目の必殺の銃撃を放ち、歯車状のオーラを纏う光弾が結界にぶつかり拮抗する一度目の銃撃による光弾に追突事故の如く衝突し、結界を破壊せんとする光弾にダメ押しをかける。

 

流石の結界も耐久力の限界を迎え、二つの光弾が同時に爆ぜると、ダメ押しをかけられた反動も伴うほどの威力は容易く結界を木っ端みじんに砕いた。目の前の光景がまるでガラスのように砕け散り、その真なる姿は暴かれた。

 

「!」

 

地面に描かれた広範囲にわたる魔方陣から夥しい数のプラセクト達が這い出ては羽根を広げて飛んでいく。そしてその魔方陣の傍らにこの戦いに参加している戦乙女ロスヴァイセと似た鎧を纏う新緑の長髪が麗しい女性が佇んでいた。

 

女は突然の二人の出現と結界が破られたことに目を見張る。まさかロキが考案した術式で作った結界を、使用者が神ではなく自分と言う半神であるため出力は多少落ちてはいるものの強引な力技で破ってくるとは思わなかったからだ。

 

結界を破壊し隠されていた姿を露呈させた二人が一歩進むと、女は一歩じりと後ずさる。

 

『そこの女、お前がこの魔方陣で、恐らくは戦いに備えて予め量産しておいたであろう虫を転移させていたのか』

 

「…」

 

警戒を向ける女はポラリスの詰問に答えを返さない。それをポラリスは肯定の意と受け取り詰問を続ける。

 

「あの鎧、ロスヴァイセさんのとよく似てます。ということは…」

 

『確か、ロキの配下にヴァルキリーの一族があったそうだ。その一族の者と見て間違いないな』

 

「そこまで知られているのか…」

 

女…ヴァルキリーは苦々し気にこぼす。二人の登場を受けて撤退も考えていたが、逆にそこまで敵に知られていたことがかえって彼女に決心をさせた。

 

「そうだ、私はジークルーネ。ロキ様に使えるヴァルキリーだ。北欧の未来を拓くロキ様の大望を邪魔させない!」

 

ジークルーネは堂々と名乗りを上げて引っ提げた剣を手に取った。

 

そもそもあの結界を破るような力の持ち主に敵うはずがないと彼女は理解していた。逃げようとしても、恐らく逃げる前に倒されるだろう。

 

それにここまでロキに味方し、自分の存在が露見した以上はもう引き返すことなどできない。もとより引き返す気など彼女にはなかったが。

 

追い込まれた彼女のやけくそ、無謀と言ってもいい、だがそのやけくその根底にはロキへの忠誠と信頼があった。

 

例え自分が奴等に力及ばず敗れるとしても、きっとロキは大望を成し遂げてくれる。自分の命を懸けた力添えを踏み台にして、天上にある北欧の革命の完遂という輝きに手を届かせるだろう。

 

革命を成す旗頭が例え悪神であったとしても、彼もまた立派な北欧の神であることを彼女は知っている。一見周囲を引っ掻き回す行動も、本当は己の信念に基づき、周囲のことを考えているが故のものであることも。だからこそ、忠を捧げた。

 

ロキの行く手を阻む敵などに屈しはしない。少しでも奴等に傷を負わせてから死ぬ。この忠誠に、最期の時まで自分は殉ずるのだ。

 

『仕える者として良い心意気だ。ロキもさぞ鼻が高かろう』

 

ジークルーネの命を駆けると言わんばかりの覚悟を前に、ヘルブロスは素直に評する。

 

『だがその心意気を通してやる義理はないのでな。仕事をさせてもらおう』

 

「!」

 

ポラリスは両手の糸を手繰り、結び、魔法の詠唱を始める。ジークルーネは彼女たちを見誤っていた。そもそもヘルブロスたちは自分を相手にするためにここに来たのではない。

 

あくまで彼女たちの目的は、転移魔方陣の破壊なのだから。

 

『目覚めよ神雷』

 

「させ…!」

 

ポラリスが魔法を発動させようと動いたのを見てジークルーネは魔方陣を守るべく障壁魔方陣を作らんとする。しかしそんな彼女の懐に素早く小柄な影が忍び込む。

 

「腹ががら空きです」

 

「がはっ!?」

 

俊敏に距離を詰めた小猫が仙術を込めた拳打をの腹に鋭く打ち込んだ。ポラリスに注意を奪われた隙を狙った『戦車』の特性たる怪力を活かした一撃に、数度地面を跳ねてどさりと倒れた。

 

『空の静寂打ち砕き、あえかな夢を千切り裂け!』

 

そしてその間に魔法は完成した。

 

極太の雷がプラセクト達を呼び出す転移魔方陣の上空から降り、カッと雷鳴を轟かせては凄まじい威力を以て転移魔方陣をゴツゴツとした大地ごと木っ端みじんに砕いた。

 

「きゃっ!」

 

魔方陣の近くにいたジークルーネは漏れなく威力の余波に巻き込まれ、地面をゴロゴロと横転していく。

 

横転が収まってから土に汚れた顔を上げ、上体を起こして彼女は魔方陣があった場所を見る。そしてその光景に唖然とした。

 

「そ、そんな…」

 

大地は黒焦げ、岩の欠片が無数に転がっている。魔法の気配も完全に失われており、疑いようもなく魔方陣は先ほどの一撃で跡形もなく消し飛んでいた。

 

あらかじめロキから指示を受けていた彼女はロキと共に会談の会場に現れ、誰にも気づかれることなくこっそりと転移に巻き込まれた。そしてロキが敵の気を引いている間に密かに大規模な転移魔方陣を敷いて、ロキがプラセクトを生み出すのを合図に起動、無数のプラセクト達を戦場に送り込んでいたのだ。

 

しかし彼女が受けた命はたった二人の、内一人はどこの誰とも知れない輩に作戦は勘づかれ、台無しにされてしまった。

 

彼女にとって仕えるべき、敬うべき主であるロキの命を完遂できなかったことはたまらなく悔しかった。心に激しく渦を巻く怒りという感情をぶつけるように、使命を台無しにしたヘルブロスを睨み付ける。

 

しかし当のヘルブロスが破壊と任務達成の余韻に浸ることはない。倒れる彼女の下へすぐに近寄ると。

 

『さて、聞きたいことは色々とある。世界樹の力の入手経路など洗いざらい吐いてもらおうか』

 

砂に少し汚れた顔へ真っすぐがちゃりと銃口を向ける。彼女が見上げた先で、引き金を引けばすぐにでも火を噴く真っ暗な銃口が覗いていた。

 

しかし彼女はそれでも反抗の火を絶やさなかった。どうにかしてこの状況を脱しようと睨みを続けながら頭を働かせるが。

 

「さっきの攻撃で体内の気をしっかり乱しました。しばらく魔法は使えません」

 

「!」

 

『よくやった、流石はD×D…じゃない、リアス・グレモリーの眷属だ』

 

彼女が内心で抵抗を考えていることを見透かしたように小猫が釘を刺す。そして攻撃を受けて以来体を巡る違和感の正体にようやく気付いた。

 

魔法という攻撃手段も絶たれ、いよいよ彼女は自らの終わりを悟り始める。

 

しかしそんな時だった。近くに積もった岩の陰から音もなく忍び寄っていたまだら模様の蛇が一匹、ジークルーネが地につける手に俊敏に噛みついた。

 

「っ!」

 

鋭い痛みでようやく蛇の存在に気付いた彼女は一瞬身をビクンと大きく震わせると、糸が切れた人形みたくその場にどさりと意識を失い倒れてしまった。

 

急な出来事に二人の対応は追い付かなかった。まさかこの草木一本生えぬこの土地で蛇がいるとは思わなかったからだ。

 

「こんなところに蛇…?」

 

『…これは』

 

訝し気に二人はジークルーネに牙を立てた蛇に注目する。蛇はこちらの視線など意に介さず、シュルシュルと身を這わせて引き返していく。

 

「すみませんね、彼女はまだ利用できそうだというあの方の意志ですので。どうかご容赦を」

 

第三者の落ち着いた声。蛇の行く先にカツカツと乾いた靴音を立てて如何にも優雅な雰囲気を持つ茶髪の青年が何食わぬ顔で現れる。

 

二人は新たに現れたその青年に身構える。小猫はその青年を知っている、禍の団に属しているテロリストとして。ヘルブロスはその青年を知っている、忌むべき敵の眷属として。

 

そして二人は納得もした、突然現れたあの蛇は『特性』を使った彼の差し金だったのだと。

 

「あなたは確か…アンドロマリウスの」

 

『アルギス・アンドロマリウス。深海凛…いや、『創造』の『叶えし者』が何の用だ』

 

ヘルブロスは吐き気すら催すと言わんばかりの敵意を含めた問いを青年…アルギスへと飛ばす。アルギスは彼女らの言葉に正解だと言わんばかりに恭しく笑みを浮かべた。

 

「キラツ?『創造』?」

 

『奴は旧魔王派ではない。理由は知らないが禍の団の名を勝手に使っているだけで本当はネクロムの配下だ』

 

「…!?」

 

聞き慣れぬ言葉に疑問符を立てる小猫にヘルブロスは説明し、小猫は明かされた事実にはっと驚いた。

 

ポラリスは以前悠から彼について報告を受けていた。魔烈の裂け目で交戦し、ガンマイザーを使用したこと。パーティー会場に現れたこと、そしてネクロムと彼の繋がりを思わせる『あの方』というワードのこと。

 

後ほど判明した情報を合わせて、彼が今深海凛の姿をしている存在の『叶えし者』であるという結論にたどり着いた。

 

「ほう、話に聞いた通り我々のことを知っているようですね。あの方があなたを警戒するのも頷けます…おや、グレモリーの白音も一緒ですか。中々変わった組み合わせですねぇ」

 

「…!」

 

かつて捨てた名で呼ばれたことに、小猫は思わず眉を顰めた。同時に彼に対する警戒度が一段と上がる。何故その名を知っているのか。その疑問を口にする前にアルギスは次なる行動に出る。

 

「ですが今回、用があるのはあなたではありません」

 

底の読めない光がちらつく紫色の瞳がヘルブロスへと向いた。

 

『自分か』

 

「ええ、我が主がどうしても会いたいと言うので」

 

『何?』

 

「貴様は紀伊国悠以上に読めない、警戒すべき存在だ」

 

鷹揚に頷きながら返したアルギスの言葉にこぼしたヘルブロスの声にさらなる第四者の声が続く。

 

激雷によって砕かれた石が散乱する地を、三人の注目を浴びながら歩みを進めるその戦士。

 

「グレモリー眷属に肩入れまでするのであればこちらも動かざるを得まい」

 

緑と黒のパーカーを白い強化スーツの上に着る戦士、仮面ライダーネクロム、深海凛。アルギスの主にして悠と縁の深い存在である彼女は目深にかぶったフードを取り払う。

 

「竜に利をなすイレギュラーは排除せねばな」

 

「貴様――!!」

 

ネクロムの姿を見た瞬間、ポラリスの中で何かが弾けた。

 

因縁は、世界を越えて巡り合った。

 

 

 




…そういえば、ポラリスの本編の変身シーンが一度もないことに気付いた。

次回、「勇気の刃」


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第87話 「勇気の刃」

長らくお待たせした分、色々明かされるかも?

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
5.ビリーザキッド
6.ベートーベン
7.ゴエモン
9. リョウマ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
13.フーディーニ



それは悠達が作戦の集合場所であるホテルに集まった5分ほど前のことだった。

 

次元の狭間を航行するレジスタンスが保有する母艦、『NOAH』にて椅子に座り、まとめられたデータに目を通すポラリスは調査から帰還した部下であるイレブンから報告を受けていた。

 

「ポラリス様、例の仮面の調査ですが関西地方に一つあるのが確定しました」

 

「ご苦労、そのまま調査を続行し『憤怒』の仮面なら発見次第破壊しろ。ウリエルとの約束だからな」

 

「仰せのままに」

 

一通り目を通したところで宙に浮かび上がるスクリーンを消した。

 

「さて、妾もそろそろ行かねばな」

 

報告も終わったことで、ポラリスは椅子から重い腰を上げる。

 

これから始まる北欧の神との一戦で、彼女は戦わなければならない。彼女がこの世界で表立って戦うのは此度の一戦が初めてとなる。彼女が動く理由としては信頼、データ取り、そして警戒。目的は様々だ。

 

何よりこの戦いは今後を見据える彼女にとっても、世界の歴史にとっても大きなものになる。故に万が一にもネクロム達の介入を許し、敵の利になるような状況悪化を招くようなことはあってはならない。

 

奴等の思惑通りに世界を動かしてなるものか。気の遠くなるような年月を重ねに重ねた固い決意の下、彼女は戦いに赴く。

 

机に置かれたジュラルミンケースを手に取り部屋を後にしようとした時だった。

 

「…ポラリス様、深海凛のことで一つ訊きたいことが」

 

戦いに赴かんとする彼女を、イレブンは呼び止めた。矢庭な彼女の声にポラリスはぴたと足を止め、振り向いた。

 

「言ってみろ」

 

「ポラリス様は、今の深海凛をどうなさるおつもりですか?」

 

土壇場での問いに対してもポラリスは機嫌を損ねることなく言葉を続けることを促す。そして彼女は一瞬の逡巡の後、以前から胸の中に秘め続けた疑問を率直にぶつけた。

 

「どうする…か」

 

投げかけられた質問に、虚を突かれた彼女は内心の動揺を隠すように手を口元にやる。いつかは悠に聞かれるだろうこの質問をまさかイレブンから聞かれるとは思わなかった。

 

「悠はひどく彼女のことを気にかけています。まだいくつか不明点もありますし、私はまだ彼女が我々の想像通りであると100%確定したとは思えません」

 

「ふむ」

 

いつにもまして真面目に、どこか憂慮を含んだ口調で語るイレブンの意見を聞くポラリスは意外そうな面持ちだった。

 

確かに模擬戦などで顔を合わせ、武と言葉を交わす機会は多かったが彼女が悠を心配する言葉を口にするとは思わなかったのだ。いつも不愛想な表情をしているが、それなりに彼女も彼に対して思うことはあったということか。

 

「それにもし、彼女が深海凛であるならば我々が彼女を殺した時…最悪、悠が第二のソルになる可能性も」

 

第二のソル、その言葉を聞いたポラリスの眉がピクリと動く。

 

「…おぬし、えらく彼を気にかけるのう。そこまで気に入ったか?」

 

「…いえ、単に彼の妹思いが在りし日のソルを想起させるだけです」

 

「そうか、その気持ちはわからんでもない」

 

イレブンの答えにポラリスは口元に指を添えて苦笑した。そして苦笑の後、大きく息を吐く。

 

「普通に考えれば、奴が大きくパワーダウンしている今が討伐の千載一遇のチャンス。今まで奴等に数えきれないほどの辛酸をなめさせられてきたのだ、これを逃す手はない」

 

「…では、悠のことは無視して彼女を倒すと?」

 

「いや、おぬしの言う通り悠のこともある。悠の凛を取り戻したいという思いと、妾の奴を倒したいという思い。それらを擦り合わせて導かれるベストは……」

 

幾ばくか溜めてから、獰猛に笑みを浮かべてそれを口にする。

 

「半殺しにして、拘束する、じゃ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈BGM:Relentless Drive(Videohelper)〉

 

その時、風が吹いた。風が小猫の白髪を揺らした時には既にヘルブロスは小猫の傍らから消えていた。

 

そして刹那の内にネクロムの眼前に現れたヘルブロスが猛然と拳を振りかぶる。豪速で振り抜かれた拳をほぼ反射の域と呼んでも過言ではない速度で反応して手で受け止め、パンと乾いた音が大気を震わせた。止められてなお相手にぶちかまさんと力を込められる拳に、掴む手も抑え込まんと震える。

 

「随分と、手洗い挨拶だな」

 

『これほどの激情を感じたのは久方ぶりだ…貴様に会いたかったぞ!』

 

掴んだ拳を振り払うネクロムにハイキックを入れるが上体をそらして躱され、続けて横薙ぎに放つ手刀は腕でガードされた。

 

勿論ネクロムも攻撃を受けるばかりでは終わらない。近接戦で縮まった距離からヘルブロスの腹に拳打を打ち込む。

 

『うっ!』

 

腹を突き抜けるような威力によろけながらも素早く後退し、一旦距離を取った。そして両手から光糸を生み出しては瞬く間に魔方陣を組み上げる。

 

『刻め雷陣、果てどなく!』

 

魔方陣からバチバチと弾ける雷鎖がいくつも伸びる。彼女の猛る感情を表すかのように激しくうねるそれは獲物であるネクロムを絡め取るように動いた。

 

「この魔法体系は……」

 

自分の記憶にない魔法に目を細めるネクロムは伸びる雷鎖を徐々に下がりつつ回避していく。一歩一歩ステップを踏み、殺到する鎖を上体をそらし、身をねじってはやり過ごす。回避運動の中でネクロムは新たな眼魂を手に取る。

 

〔Yes sir〕

 

眼魂のスイッチを押して起動させるとすぐに左腕の変身ブレス、メガウルオウダーに差し込む。流れるようにオウダーのユニットを起こしてはスイッチを押した。

 

一連の操作を経て解き放たれた眼魂のエネルギーはぼっと煙を巻きながら、銀色の中に黄色のラインが入ったパーカーゴーストとなって顕現する。

 

〔TENGAN!EDISON!MEGAUL-ORDE!〕

 

顕現したそれを軽やかに舞うような回避動作の中で着こむネクロムは更なる変身を遂げた。

 

銀色の地に黄色で縁取られたパーカー『グリッターコート』は電気エネルギーを吸収して。肩部の黄色い丸い装甲『フリッカーショルダー』でそれを増幅することが可能。顔面部には電球型の防護フレーム『モノキュラーガードET』が装着されている。

 

〔king of invention〕

 

仮面ライダーネクロム エジソン魂。それがこのネクロムの新しい姿の名である。

 

変身を完了した瞬間、ぴたりと足を止め躱すことをやめた。動きを止めたネクロムは雷鎖たちの格好の餌食になるかと思いきや。

 

「わかり切った弱点をカバーしないとでも思ったか?」

 

ネクロムの体に触れた瞬間、魔法は鎖という形を失い電撃はコートにみるみる吸い込まれていく。これこそエジソン魂最大の能力。あらゆる電気エネルギーを吸収し、それを増幅して攻撃にも転用できるのだ。

 

「やはりその眼魂も持っていたか…!」

 

忌々し気に言いつつ腰部にマウントしていたネビュラライフル、それを構成する3つのパーツを分離、合体させ元のネビュラスチームガンとスチームブレードに戻し、両の手でそれぞれを握る。

 

「ふっ」

 

吸収したエネルギーを早速使って全身に電気を帯電して身体能力を増強し、魔法攻撃で空いた距離を易々と越えて一息にネクロムは詰め寄った。そしてヘルブロスを間合いにおさめて横薙ぐ蹴りやパンチを交えて格闘戦に持ち込む。強化された身体能力によって繰り出される攻撃の数々は速度はもちろんパワーも増していた。

 

襲ってくる攻撃にヘルブロスは怯みはしない。だが触れれば拳や脚が帯びる電撃によるダメージを受けることになるため、ヘルブロスがとった対処法は直接触れないこと。

 

一発一発が抉るような威力を秘めた打撃を、ブレードでいなし、時に身をよじって躱したりする。

 

そしてごうっと空を裂いて真っすぐ胸を穿つような拳打を赤いバルブのついたブレードの刀身で受け止める。

 

『ロキのパワーアップを引き起こしたのは貴様か、『創造』…いや、アルル!』

 

「『叶えし者』のことを知り、私の名を知っている…貴様、神竜戦争か『機界〔アルムンドゥス〕』の生き残りのどちらかだな」

 

「ふん」とネクロムは受け止めた拳を強引に振り払う。その勢いが拳に密着していたブレードのバルブを回転させた。

 

〔アイススチーム!〕

 

バルブの回転に応じてブレードの機能が発動して金色がかった刃が冷気を帯び、煌めく雪の結晶を伴う一閃が二人を分かつ。

 

さらにそこから前進するヘルブロスがネビュラスチームガンでの銃撃を浴びせつつ迫る。短い距離から数発受けて火花を散らすネクロムはこれ以上のダメージを看過するわけにはいかないと専用武器、ガンガンキャッチャーを召喚して迫る凶弾から身を守る盾にする。

 

そして今度はヘルブロスの攻勢へと番が移った。右手に冷気を宿すブレードを逆手持ち、左手にネビュラスチームガンを携えて剣戟、銃撃、そして蹴撃の3つを組み合わせて激流のごとき激しさを以て攻め立てる。

 

3つの攻撃は異界を渡り歩き、豊富に戦闘経験を積み、磨かれた彼女の腕とセンスによって攻防一体の形を成していた。攻め入るスキのない怒涛の攻撃がネクロムを打ちのめさんと押し寄せる。

 

歯向かう全てを押し流すような激流に立ち向かうネクロムも負けじと抗う。じりじりと下がりながら穿つ銃撃をキャッチャーでガードし、切り裂く剣戟をキャッチャーでそらし、薙ぎ飛ばすような蹴りを気持ち大きめに下がって躱し、時折カウンターでキャッチャーを振るうなどして防戦一方にならないように立ち回る。

 

しかし繰り出される全ての攻撃を受け流すことは出来ず時々刃がかすめたり、被弾もした。刃を受け止めたりかすめた箇所は冷気でパキパキと凍てつく。だが被弾してもなお冷静さを保つネクロムは淡々と苛烈な攻撃の対処を続ける。こつこつとダメージが蓄積していくがネクロムにとってその程度のものはまだまだ些末であった。

 

『そんなことはどうでもいい、答えろ!』

 

「図星か、まあこちらも隠す必要もない」

 

逆手持ちのブレードが鮮烈な軌跡を描いてネクロムの首元へと走るが、その間に割り込んだキャッチャーが行く手を阻む。

 

「肯定、世界樹の種を用意しジークルーネにロキに渡すようそそのかしたのは私だ。ロキに尽くしたいという彼女の一途な願いを利用するのは赤子の手をひねるようだった」

 

自分の首を狙わんとするギリギリの鍔迫り合いを続けつつも淡々とした調子でネクロムは自身の行いを明かす。

 

彼らの目的にイレギュラーである紀伊国悠はもちろんのことグレモリー眷属は取り除かねばならない障害であった。それは現在彼らがネクロム達の邪魔をしているからではない。将来的に、ネクロム達の脅威になることを知っているが故に彼女らは排除しようとしているのだ。

 

その排除のために図らずも悠を含めたグレモリー眷属全員と衝突することになったわけだが、結果として彼らの根性と結束の力に敗れる所となった。しかし敗れはしたが、諦めたわけではない。

 

いずれ来る接続の時のためにも、邪魔者はなるべく排除しておきたい。彼女はその思惑を胸に次なる行動に出る。そして歴史を知る彼女は次に起こる事件に目を付けた。

 

近々起こる北欧の悪神ロキの反乱と、それに対抗するグレモリー眷属とヴァーリチームによる共闘戦線だ。

 

このままでも十分脅威であるロキに力を分け与えることができれば、低リスクで確実に奴等を排除しうるのではないか?

 

そしてうまくいけば、悠を殺そうとした時に邪魔をした謎のイレギュラーもいぶりだすこともできる。あの行動からして、悠の味方であることは間違いない。彼らがイレギュラーの窮地に陥れば、きっと姿を現してくれることだろう。

 

その可能性にかけた彼女は切り札の一つを切ることにした。その切り札こそ、ロキが体内に取り込んだ世界樹の種である。

 

北欧神話に属する神々ならきっと適合してくれることだろう。だが変身していたおかげでまだ公に素顔が割れていないとはいえ怪しさ満点の自分ではロキに警戒され、直接渡すことはできない。

 

ならどうすればいいか?その答えは容易に捻りだせた。

 

ロキに近しい存在を介して渡せばいい。既にロキが信頼を寄せる者なら、種を疑われることなく確実かつ安全に渡せる。

 

そのために『叶えし者』たちにロキの身辺を調査させ、ジークルーネというヴァルキリーに目を付けた。彼女のことを知った時、なんと都合のいい半神がいたものだろうとほくそ笑んだものだった。

 

彼女がロキの役に立ちたいと思っていること、仕えているロキが和平に反対して和平派の神々と衝突し、ままならない状況に心を痛ませていること。

 

元々人の心を観察し、闇を探るのには慣れていた。それらを見透かす彼女が言葉巧みにジークルーネに近づけば、思い通りに動かすことなど容易い。力の大半を失っているため『叶えし者』にすることは出来なかったが、少なくとも計画通りに動いてくれるならそんなことはどうでもいい。

 

願い、欲望、彼女にとってそれらは汚いも綺麗も関係ない。欲望や願いは等しく心に近づくためのとっかかりに過ぎない。相手の欲望や願いを知り、それを巧みに焚きつけることこそが人を操る最大の方法なのだ。

 

果たして彼女は期待通りに口車に乗せられ、世界樹の種をロキに渡した。そしてロキは更なる力を手にしてグレモリー眷属とヴァーリチームの前に立ちはだかってくれた。そして、謎のイレギュラーたるヘルブロスも現れてくれた。

 

後はロキが二天龍とイレギュラーを葬り、ここでヘルブロスを倒しさえすれば不安の種は全て消え、彼女の計画通りに事は進む。

 

そのために、このイレギュラーを全力で排除する。それが彼女がここに来た目的だ。

 

互いの力が拮抗する鍔迫り合いはしばらく続いた後、ネクロムの側から飛び退って解除された。再び両者の距離は開く。そして両者ともに武器を構え、片方は痺れる雷を帯びた銃弾を、もう片方は銃撃を連射する。

 

互いの銃弾がぶつかっては相殺され、二人の間に儚く散る刹那の輝きがいくつも生まれては消えた。

 

『世界樹の種を貴様が…?どうやってそんなものを手に入れた!?』

 

「『恵愛』から、と言えば?私の名を知っているのだから彼女のことも知っているのだろう?」

 

『…イシュタルか。これは思った以上に厄介な状況だな…!』

 

拮抗する戦況、明かされる事実とそこから想定しうる可能性にヘルブロスは険しく眉を顰める。

 

『これも全て悠や二天龍を排除するためか!?』

 

「そう、だが本来ならこの段階でロキが兵藤一誠を排除するのは困難だ。…が」

 

普段らしからぬ荒立った声色で詰問するヘルブロスの一方で冷静さを全く崩さないネクロムはおもむろにピンク色の眼魂を取り出し、キャッチャー先端のソケットに挿入した。

 

〔DAIKAIGAN!〕

 

『!』

 

その動作を見たヘルブロスも次なる攻撃に備えて即座にボトルをスチームガンに挿入する。

 

〔消防車!〕

 

両者の銃が装填したアイテムに秘められたエネルギーをその銃口に蓄え始める。ヘルブロスはたゆたう水のエネルギー、ネクロムは魔を祓う聖なる炎を。

 

「あのユグドラシルはバッドエンドフラグの片鱗。全ての運命を破壊し、世界を滅亡させるバッドエンドフラグの力をロキに与えれば特異点だろうと潰せる」

 

『バッドエンドフラグ…?』

 

「流石にそれは知らなかったか。知らないにしても、そこまで教えてやる理由はないな」

 

会話は終わったとすぐにガチャリとキャッチャーをヘルブロスに向け、トリガーを引いた。それと同時にヘルブロスも引き金を引いて溜めたエネルギーを発射する。

 

〔OMEGA-FINISH!〕

 

〔ファンキーアタック!〕

 

邪をたちまち焼き尽くす聖炎と燃え盛る業火を鎮める水流が衝突する。互いを喰らい合い、飲み込み合い、やがて拮抗の末にどちらも霧散した。

 

発生した水蒸気の幕がぼうっと周囲に広がり、二人の視界にほんのりと白いベールをかぶせた。

 

〈BGM終了〉

 

『パワーダウンしているとはいえ一筋縄ではいかんな』

 

「これでも上級なのでな、そうでなければ名折れというものだ…しかし、そちらも思った以上に粘る」

 

ヘルブロスはネクロムが本領とは程遠いことを知っていて、ネクロムはヘルブロスがまだ本気を出していないと薄々感づいていた。

 

先の攻防でこのままでは互いに静かににらみ合いながら、次なる手を脳内で幾つも組み立てては捨てていく。

 

(どうする…手の内を明かすのは勿体ないが切り札を使うか?だがそれではこの体が持たん…)

 

彼女はさらなる力の解放も考えていた。あまりに強すぎる故まだ十全にコントロールできず、使えば体に大きな負担を強いるあの力。

 

それを使えばネクロムを退けることは出来るだろうが、まず負担で体力も大きく持っていかれる上にまだロキが残っている。ここで体を潰すわけにはいかない。なるべくそれだけは使わずにネクロムを倒したいものだ。

 

はっきり言って彼女は今のネクロムを舐めていた。今までの戦いを見て、全盛期の頃のデータと比較してある程度どれほどパワーダウンしたのかを予測を付けたつもりだった。

 

その予測と、彼女の長年秘め続けた思いが功を焦らせた。やはり大きくパワーダウンしているとはいえ上級は上級。そう簡単に倒れてくれる相手ではない。

 

向こうも同じようなことを考えているのか、動く気配はない。だが同時に攻め入る隙も全く見せない。この戦況に一石を投じるための手をあれこれとにらみ合いながら考える中だった。

 

静かににらみ合いを続けるヘルブロスの前にさっと小猫が出る。

 

「私も手伝います」

 

『ダメだ。こいつはわ…自分がケリを付ける。君はリアス・グレモリー達の下へ戻って皆を援護しろ』

 

助力を申し出る小猫を、ヘルブロスは強い口調で一蹴する。

 

確かに小猫の力を借りれば、幾分かこちらが有利になるだろう。だが今の小猫の力では勝敗を決定的なものにするまでには至らない。

 

「でも奴は強敵です、あなた一人では…」

 

『そんなことは誰よりも自分が分かっている、早く行けッ!奴等をロキ達に合流させると面倒極まりない、そうなる前に自分が決着をつける!』

 

「っ……」

 

彼女が胸に秘めた思いの一端の解放に小猫は言葉を詰まらせる。

 

何故ヘルブロスがここまでの感情を奴に抱くのか。ヘルブロスは一体ネクロムの何を知っているのか。疑問は山ほどある。

 

「…わかりました、ここは任せます」

 

だが戦場で迷っている暇などない。ここも勿論だが向こうの状況もフェンリルが解放されてしまうなど芳しくないのだ。浮かぶ疑問は一旦飲み込んでこの場を彼女に託し、すぐに仲間を助けに行かんと踵を返して走り去っていった。

 

「…追いましょうか?」

 

遠ざかっていく彼女の後ろ姿を見たアルギスは追撃をかけんと進み出る。

 

「捨て置け。お前はジークルーネを回収してこの場を退け」

 

「はっ」

 

しかしそれを冷静に制すネクロムの一言を受けて、食い下がることなくすんなりと彼女の意を現実のものにせんと動く。

 

彼の近くで力なく倒れるジークルーネの体を丁寧に扱ってお姫様抱っこし、足元に転移魔方陣を展開して速やかにこの場を去った。

 

「…」

 

この場に残った二人の視線が中空で交錯する。

 

世界を越えて再び巡り合った二人。互いに譲れぬ物を抱える二人はどちらかが死ぬまで、戦い続けるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

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「そうか、よくやった」

 

プラセクト達を相手するバラキエルは小猫からもたらされた吉報に口角を上げた。

 

通信しながら手に持つ光の槍を逞しい剛腕で投擲し、数体のプラセクトをまとめて串刺しにする。

 

『それとあのネクロムが出現しました。今ポラリスさんが一人で抑えています』

 

「何だと?」

 

報告には上がっていた謎の戦士。若手悪魔たちのパーティー会場襲撃の黒幕にして、ディオドラに味方するなど数々の騒動に関与しているもののまだ謎の多いとされる不穏分子。彼女が禍の団の一味なのかはさておき、三大勢力の警戒対象になっていることには変わりない。

 

「…厄介だが、まずはプラセクトを一気に叩く。報告に感謝する」

 

ただでさえフェンリルが解放されるなど、あまりよろしくない戦況に現れた脅威に表情を険しくするバラキエルは小猫との通信を終えると、今度は味方全員へ通信を繋ぐ。

 

『総員に次ぐ、これよりプラセクトを一網打尽にする。直ちにプラセクトの群れから退避せよ』

 

端的にそれだけを言って通信を切る。元を絶たれたのならこれ以上数が増えることはない。ここで大規模な攻撃で一気に殲滅して、残るスコルとハティ、そしてロキと戦うメンバーへの加勢に行き戦況を有利なモノへ変えていく。

 

通信の間に近づいた眼前のプラセクト達を葬らんと手に雷光を迸らせ始めた時、突如大きな火球が飛来する。それは放たれるはずだった雷光の代わりに虫たちを掻っ攫って飲み込み、跡形もなく焼き尽くす。

 

そして火球が飛んできた方向から、二つの頼もしい声が飛んで来た。

 

「俺も力を貸そう」

 

「私も手伝います!」

 

竜の翼を広げたタンニーンと飛行魔法で飛ぶロスヴァイセがバラキエルの下へ現れる。プラセクトの体液を返り血のように浴びて汚れた彼らの鱗や鎧が二人の奮闘っぷりをうかがわせた。

 

「助かる」

 

「特大の一撃のための力を蓄えるとしよう」

 

「全力の魔法をぶつけます!」

 

そして3人は互いに背中合わせになり、準備を始める。

 

バラキエルは荒ぶる雷光を全身に帯びてより強力に高め始め、タンニーンは体内で燃え盛る豪炎を生成し、ロスヴァイセは次々に攻撃魔方陣を出現させていく。

 

無論、それを放っておくプラセクト達ではない。益々高まるオーラに危険を感じ、力を蓄えるために動きを止めた彼らを討たんと多くのプラセクト達が向かってくる。

 

「チャージの時間は私が稼ぎますよ」

 

しかし彼らに届く前にプラセクト達は徐々に活力を失い、空中で夢の世界に誘われてしまった者は次々に墜落していく。

 

眠りゆく彼らは知らなかった。ここが既にウリエルのQ、メリイの作り出す結界の範囲内であることに。

 

羊の意匠を施されたステッキを掲げるメリイは柔らかな微笑みのまま、存分に能力を発動する。メリイを中心に展開している黄金の結界は元々領域内にいた者はもちろん領域に踏み込んだものを容赦なく眠らせる。勿論結界の効果は対象を選ぶこともできるため、バラキエルたちは眠りの効果を受けずに済んでいる。

 

墜落したプラセクトに地上のプラセクトがぐちゃりと押しつぶされたりもする中、結界の効果の対象外であるバラキエルたちは存分に渾身の一撃のためのオーラを高めていった。その傍らにいるロスヴァイセが生み出す魔方陣は留まることを知らずどんどん増えていく。

 

「…急いでください、あなた様の力が必要なんです」

 

微笑みを消して、物憂げな表情でメリイは空を黒く塗るプラセクト達が蠢く空を仰いだ。

 

 

 

 

 

 

 

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ヴァーリはフェンリルを道連れにいなくなった。兵藤は深手を負わされ、一度きりのフェニックスの涙を使った。俺は変身不能にされてしまった。

 

そしてロキは奥の手、2体目のフェンリルを繰り出してきた。

 

状況は最悪と呼ぶほかない。どうにかして部長さんやタンニーンさんたちをこちらに呼ばなければ間違いなく兵藤は殺される。

 

ヴァーリとフェンリルが揃っていなくなり、静かになった周囲をざっと見渡してロキは言う。

 

「…さて、残っているのは赤龍帝か」

 

一人勇敢にも立つ兵藤に鋭い目を向けて言う。

 

「テメェ……!!」

 

「そう悲観することはない。ここで死んでも、すぐに貴様の仲間たちが後を追ってくれることだろう」

 

仲間をやられた兵藤の怒りを伴う声と視線を、圧倒的な優位に立つロキは涼しい顔で流した。

 

「さて…このフェンリルを実戦で使うのは初めてでね。神とぶつける前に赤龍帝で、どれほどのものかを試してみるのも一興か」

 

主の号令を待つフェンリルを一瞥してからさっと腕を兵藤に向けようと上げた時。

 

ギュルルルルルル。

 

まるで腹の虫が唸るような音が轟いた。少なくとも俺ではないし、兵藤でもない。というかこの音量は人間の腹が出せるレベルではない。

 

「GRRR……」

 

「おお、腹が減っているのか」

 

まるで愛犬に向けるような優しさで苦笑交じりに言葉をかける。

 

ふと、腹をすかせたフェンリルの目が俺に移った。移ったままの視線が俺から離れることなくじっと突き刺さる。

 

腹をすかせた獰猛な獣が視線を向け続ける理由。それはすなわち。

 

「ひ…」

 

その考えるもおぞましい理由に至った時、恐怖のあまり上ずった声が出た。

 

あのフェンリルは俺を食おうとしている。神をも殺せるという牙で俺の身を裂き、骨を砕き、食欲を満たそうというのだ。

 

主であるロキもそれを理解したか、愉快気に笑いを上げた。

 

「ははっ。そうか、丁度いい人間がいたな。腹を満たしてからでもよかろう。やれ」

 

無情にもロキのGOサインは出された。それを受けたフェンリルが飢えた腹を満たそうとずんと俺に向けて歩みを始めた。

 

それに応じて俺もまた一歩と後ずさる。一歩、また一歩と。

 

「させるかよ!!」

 

それを見過ごすわけにはいかないと兵藤がフェンリルへと突貫しようとするが一歩踏み出した瞬間足元が爆ぜる。

 

「お前の相手は我だ」

 

冷たく笑うロキが手元に魔方陣を生み出して、それを兵藤に向ける。

 

「くそ…!邪魔すんじゃねぇ!!」

 

「邪魔するさ、悪神なのでね」

 

俺を助けに行きたい兵藤を、余裕たっぷりに笑むロキが阻む。

 

その間にも後ずさる俺はたまたまあった石に躓き、どっと尻餅を着く。

 

「こんなところで…俺は…!」

 

まだやりたいこともやらなければならないことも山積みだった。それなのに、いきなり力を失い無情にフェンリルに喰われて未来を閉ざされる。

 

こんなに悔しいことはない。俺はまだ何も成し遂げていない。それなのに。

 

「俺は……」

 

俺はまだ……。

 

「こんなところで…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

死ねない…!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その時、光が飛び込んだ。その光の眩しさに俺は目を細めた。

 

横合いから眩い光の太い柱が飛来してフェンリルにぶつかり、轟音と共に軽々と吹っ飛ばした。

 

眼前の恐怖の対象が突然消え、何が起こったのかと状況を掴めず目をぱちくりさせる俺の前に颯爽と彼女は現れた。

 

「そうはさせない」

 

「…!」

 

凛とした声と共に現れた人物に、俺は目を見開いた。その人物は二振りの聖剣を携え、何よりも強い意志と共に戦場に立っていた。

 

「悠は…私が守る」

 

デュランダルとアスカロンを携えるゼノヴィアが、剣の切先を伝説の魔獣のクローンに向けた。

 




序盤のBGMはブレイドのトライアルムッキーのテーマです。サントラ未収録曲。

一応今まで登場したフォームまとめ

スペクター
・ムサシ魂
・ロビン魂
・ニュートン魂
・ベートーベン魂
・ビリーザキッド魂
・ベンケイ魂
・ゴエモン魂
・リョウマ魂
・ツタンカーメン魂
・ノブナガ魂
・フーディーニ魂

ネクロム
・ムサシ魂
・エジソン魂
・ニュートン魂
・ゴエモン魂
・ノブナガ魂
・グリム魂
・サンゾウ魂

次回、「最強の助っ人」


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第88話 「最強の助っ人」

前話のエジソン魂の変身音を入れ忘れたので入れました。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
5.ビリーザキッド
6.ベートーベン
7.ゴエモン
9. リョウマ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
13.フーディーニ



『こちらアーサー、美猴と共に退避を終えました』

 

最初にバラキエルの下へ連絡が入ったのはヴァーリチームの剣士、アーサーからだった。

 

「了解した、指示があるまで二人はその場で待機してくれ」

 

『了解しました』

 

短い応答の末、通信は切れる。

 

後方でハティと交戦中のグレモリー眷属たちは彼らの攻撃範囲から既に外れているのは確認済みだ。

 

ふと視線を隣にやる。そこではロスヴァイセが辺り一帯に無数の魔方陣を展開し、タンニーンは腹いっぱいに烈火を蓄えている。バラキエルの視線に気づいた二人はもう十分だと、攻撃の準備の完了を視線で合図し、それにバラキエルはうむと頷いた。

 

一拍置いて、バラキエルは吼えるように合図を繰り出す。

 

「放てェェ!!」

 

両腕をバッと前面に突きだし、チャージしてきた雷光を一気に解き放つバラキエル。

 

「オオオオオッ!!」

 

練りに練った業火を、一息にて吐き出すタンニーン。

 

「ハァァァァ!!」

 

展開しておいた魔方陣を一斉に起動させるロスヴァイセ。

 

破城槌めいた極太の無数の轟雷、この世の終末すら想起させるような業火、あらゆる属性を網羅する怒涛の魔法の嵐が同時に放たれる。

 

地上にも上空にも大量に展開していたプラセクト達は彼らの怒涛の攻撃に抗う術は持たなかった。回避しようにも、広範囲にわたる攻撃から逃れることは能わず。

 

それらが空と大地、両方に跋扈するプラセクト達を焼き、砕き、潰し、破壊し、そのすべてを消し去っていく。

 

断末魔の悲鳴すら上げることを許さぬ抗いようのない蹂躙は、双方のプラセクト達の尽くを殲滅していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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プラセクト達から退避したヴァーリチームの二人、アーサーと美猴は遠くからバラキエルたちの一斉攻撃を眺めていた。

 

「やっぱ元龍王半端ねえな…!」

 

彼らの放つすさまじい攻撃に美猴は胸を打つワクワクを抑えきれないといった様子だった。

 

向こうに広がるのはまさに焦土。黒焦げて、粉々に砕け散った岩と運よく形が残るも焼けて真っ黒になったプラセクトの死骸のいくつかが転がる以外には何もない。

 

静寂と死、濃厚な焦げたニオイが支配する大地。その中で無造作に転がっていたプラセクトの死骸の陰から影が一匹、俊敏に飛び出した。

 

「!」

 

いち早くその存在に気付いたのはアーサーだった。咄嗟に剣を構え、突撃してくる鋭い爪の一振りを受け止める。

 

「ようやく出会えましたね」

 

影の正体…フェンリルの子供、スコルの獰猛な表情を見て、アーサーも心を奮わせる闘志に満ちた笑みで返す。

 

殺意のこもった眼差しと刃が交錯する鍔迫り合いは続くが、力に任せて押し切れないと判断したスコルから一度下がり、そこに鋭く追撃をかけるアーサーが迫る。

 

壮麗な軌跡を描きながら振るわれる聖剣の刃をスコルは横っ飛びで回避した。そして回避した後、再び横合いからアーサーに飛びかかる。

 

「俺っちも混ぜろい!」

 

だが高まる戦意を抑えられない男がこの場にいた。

 

先の凄まじい一斉攻撃を見て高揚が抑えられない美猴が高く跳躍し、そのまま降って来るが勢いも盛んにブンブンと振り回し、みるみる大きくなっていった如意棒でスコルの腹を殴りつけた。

 

軽々と吹っ飛ばされたハティは黒焦げたプラセクトの死骸に激突し、地面に顎を打ちつける。

 

しかしその程度でフェンリルの子であるスコルはやられやしない。むくりと起き上がると牙と殺意を剥き出しに弾丸の如きスピードで美猴に突っ込んでくる。

 

「えい」

 

しかしスコルの殺意を挫かんとまたもや乱入者は現れる。

 

横合いから飛び出してきた小柄な少女が、サッカーボールみたくフェンリルを蹴り飛ばした。その後すたっと音を立て、狼を蹴った少女は着地する。

 

その少女の姿を認めて、二人は眉を上げた。

 

「お前は…」

 

「黒歌の妹さんですね」

 

グレモリー眷属唯一の『戦車』、塔城小猫。二人の仲間である黒歌の妹であると聞かされており、美猴は黒歌と共にパーティー会場に現れた際、彼女を連れ去る黒歌の手助けもするなど因縁もある。

 

二人の視線に気づいた小猫も、同じく視線を返す。

 

「姉さまの仲間…」

 

「…ほー」

 

ひょいと美猴が近づく。品定めするようにふむふむと顎をさすりながら、彼女の体のあちこちを見る。舐めるような彼の視線に小猫は不快そうに眉を顰めた。

 

「うーん、やっぱ姉と違って色々小っちぇーな」

 

「スコルの前にあなたをぶっ飛ばしますね」

 

片方は違えどいつも見る光景と似たような会話を繰り広げる二人の姿はアーサーの脳裏にこの場にいない彼女の姉を想起させ、苦笑をこぼした。

 

「ふふ、やはりあなたは黒歌さんの妹だ」

 

「…!私は…」

 

アーサーの言葉に、思わず小猫は言葉を詰まらせた。

 

本人の前で絶縁宣言をしたにもかかわらず、自分は彼女のことを変わらず姉さまと呼び、アーサーの言葉にも反応してしまっている。

 

どうやらどれほどあの姉が酷い人間だから縁を切ろうとしても、血縁とは逃れられないものらしい。そしてどういうわけか、この場にはいないが間接的に姉と共闘することにもなっている。

 

そう感じた小猫は今の姉に向ける敵意とかつての姉に向けた親愛の入り混じる複雑な思いに、彼に返す言葉もなく口をつぐんだ。

 

だが三人が会話する間にも、スコルは起き上がる。3対一と言う状況の変化に対しても、その凶暴な爪と牙を退くことはない。

 

二人の攻撃を受けてなお倒れない狼のタフさと、黒歌の妹と共に戦うという奇妙な巡り合わせにアーサーは笑んだ。

 

「ここであなたと共に戦うのも何かの縁ですね」

 

コールブランドを軽く振って、その切っ先をスコルに向ける。それに追随するようにも如意棒を、小猫は拳を構えた。

 

「あいつの妹の実力、見せてもらおうじゃねえの!」

 

「さっきの借りはしっかり返します」

 

奇妙な巡り合わせの下、集った3人は肩を並べた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「ハァァァ!」

 

一人果敢に、戦意を奮わせる雄たけびを上げながらゼノヴィアはフェンリルへと向かう。

 

聖なる輝きを宿す二振りの剣がユグドラシルと融合したフェンリル目掛けて振るわれる。迎え撃つフェンリルは溜めるような動作を見せ。

 

「GAAAAAA!!」

 

大きく開いた口から放たれる大気を揺らす咆哮は物理的な衝撃となって彼女に襲い掛かる。それを剣を交差して盾にすることで受け止めて利用し、砂煙を巻き上げながらもどうにか後退した。

 

「お前…!」

 

「悠、今のうちに遠くへ逃げるんだ。ここにいては戦いに巻き込まれる」

 

戻った彼女は軽く一瞥して、短く言う。その瞳に輝く恐ろしいほど決められた覚悟の光に息を呑んだ。

 

その光が、俺に否応なく彼女が何を為すつもりなのかをわからせた。

 

「まさか一人で戦うつもりか!?」

 

「そうだ、今奴を相手にできるのは私しかいない」

 

「ダメだ、フェンリルのクローンだぞ!勝てるわけが…!」

 

彼女の腕を掴んで、俺は必死に彼女を止めようとする。

 

伝説の魔獣と呼ばれたフェンリル、そのクローンをたった一人で相手にしようなど自殺行為も甚だしい。戦う相手の力量が分からないほど愚かな彼女ではない。それなのになぜ。

 

「私が時間を稼ぐから、お前は逃げろ!」

 

「おい!戻れ、ゼノヴィア!」

 

だが制止も空しく、制止も腕も振り払った彼女は再びフェンリルへと突撃する。

 

「ハァァ!!」

 

聖なる力を帯びた剣閃がフェンリルのボディを捉える。しかし鮮烈な剣戟は全身に巻き付く樹の根によって本体に届く前に防御されてしまう。どうやらかなりの強度を持っているらしく、鎧のような役割も備えているようだ。

 

これでクローン元になったフェンリルが備える神をも殺せる攻撃力と神速、唯一持ち得なかった強力な防御力をも手に入れてしまったという訳か。

 

「!」

 

剣技をぶつけるために距離を詰めていたゼノヴィアに、フェンリルの剛腕が襲い掛かる。ごうっという音と破壊力とともに来るそれを認めたゼノヴィアは。

 

「ふっ!」

 

一瞬だけ聖剣のオーラを解放し至近距離で炸裂させた。眩いオーラの攻撃力はフェンリルの防御を崩すには至らないが、オーラの反動を使って強引に彼女は後ろに下がることで、攻撃を回避した。

 

「何でだよ…!何で俺みたいな足手纏いで、嘘つきのためにここまでするんだ…!!」

 

戻ってきた彼女に俺は半ば叫ぶように問いかける。

 

どうして彼女は命を賭してまで、何も出来ず、何の役にも立たない俺を守ろうとするのか。わざわざすぐにでも殺されそうな俺に構うよりも、ロキを相手にする兵藤の援護をした方がずっといいはずだ。

 

…それに、仲間と呼ぶ連中に自分の秘密を打ち明けられない奴なんて見捨ててくれた方がよかった。なのになぜ、ここまで俺に尽くそうとする?

 

その問いが、ふと彼女の動きを止めた。

 

「…悔しかったんだ」

 

「…?」

 

ぼそりと、彼女は小さく言葉を漏らした。

 

〔BGM:貫く信念(遊戯王ゼアル)〕

 

「私はずっと悔しかった。聖剣使いなのに、力があるのにいつも君に助けられるばかりで…情けない私は本当に悔しかったんだ」

 

彼女は俺に一瞥することなく、背を向けたまま思いを語り始める。

 

今にも爆発しそうで、それを抑えようと冷静に震える声色が彼女が今まで秘めてきた思いの強さを窺わせる。

 

「私は君に何もしてやれなかった。でも、今やっと君を助けることができる!」

 

会話を待っていられないと、フェンリルが動きを見せる。フェンリルに絡みつく樹根が意思を持ったかのように動いて鎌首を擡げた。うねる樹根は凄まじい速度でゼノヴィアに殺到する。

 

迫る樹根を前にして即座にゼノヴィアは真っすぐ駆け出す。自ら攻撃が向かってくる方へと。

 

馳せる、躱す、剣でそらす、躱す、そしてひたすらに走る。凶悪な敵を相手にしてなお怯まない、逃げない彼女は前進し続ける。彼女という獲物に躱され、喰らい付き損ねた根はあえなく地面にドスンと突き刺さり、破壊の跡を残す。

 

そして振り返ることなく、彼女は俺に言葉を返しながら真っすぐ突き進む。

 

「今まで助けられてきたからこそ、君が今苦しんでいる時だからこそ、君が大事だからこそ、私が一番に動かなくちゃいけないんだ!!」

 

「…!」

 

その言葉に気付かされた。

 

俺は皆を守ることばかりを考えるあまりに、守られる側の気持ちを蔑ろにしていた。彼女の気持ちに気付いてやることが出来なかった。

 

「はあああ!!」

 

攻撃をかいくぐって走り抜け、再びフェンリルを剣の間合いに持ち込んだゼノヴィア。裂帛の気合と共に、木の根を伸ばして生身を露出した部位へと二つの聖剣の刃を走らせる。

 

聖剣の中でも破壊力に優れたデュランダルと竜殺しの力を秘めたアスカロン、輝く双刃が右前脚の付け根辺りに二つの深い切り傷を付けた。

 

「GAAA!!」

 

傷口からぶしゃっと勢いよく赤い血が飛び出し身を切り裂かれたダメージに絶叫を上げ、フェンリルは目を血走らせる。ダメージを受けた怒りか、フェンリルが鋭利な爪を生やす剛腕を至近距離にいるゼノヴィアに振るった。

 

回避しようもない距離と怒りによって増した速度の攻撃を、なすすべなく彼女は受けてしまった。

 

「ぐああっ!!」

 

爪を受けたゼノヴィアの体が鮮血と共に宙を舞う。その体に、先ほどまでアスカロンを握っていた左腕はなかった。

 

そしてゴツゴツとしていて硬い地面へと重力に従うままに落下して倒れてしまう。

 

「うぁ……」

 

「左腕が…!」

 

数秒遅れて切断された腕とアスカロンが彼女の傍にどさりと落ちた。切断面からはとめどなく血が流れ始める。

 

「うっ…ウうっ」

 

倒れる彼女はうめき声を上げつつも上体をむくりと起こして落ちた腕を拾い、ポケットからフェニックスの涙が入った小瓶を取り出す。そして液体を血に濡れた切断面にぶっかけてから腕を切断面に当てると、最初から切断されていなかったかのように元の様相を取り戻した。

 

「ハァ…ハァ……」

 

血と共に体力が流れてしまい、息を荒げながらも戻った腕でアスカロンを握り、剣を杖代わりにして彼女は立ち上がる。その目に灯した決意の光は微塵も鈍っていない。地面に身を打ちつけて鈍痛が走る肉体に鞭打ってまで、彼女はまだ戦おうというのだ。

 

「やめろよ、もうやめてくれよ!!」

 

そんなボロボロの彼女の姿を見ていられない俺は半泣きで彼女に訴える。

 

もう止めてほしかった。ここまで身を挺して守るくらいなら、いっそ何もしてくれない方がよかった。そうすれば、彼女が目の前でこんな目に合うことだってなかったのに。

 

辛い目を見るのは俺だけで済んだというのに。

 

だが俺の訴えを受けても、彼女は一歩も引かない。

 

「奴に敵わないのは……私の方が弱いのは…わかっている。それでも…!」

 

決意を自らの闘志をより奮わせる言葉にして太陽の如き絶対なる輝きを放つ瞳で、フェンリルを見据えていた。

 

「私は君を…守ると決めた!!戦うと決めたんだ!!」

 

傷を付けられたからか殺意に息を荒げるフェンリルが溜めるように身をかがめ、消えた。少し遅れて彼女も『騎士』の駒で強化されたスピードでこの場から消えるように動いた。

 

「それだけは譲らないッ!!!」

 

そして。

 

〔BGM終了〕

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ザシュッ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

肉を裂く生々しい音が響いた1秒後、ぴちゃりと撥ねた赤い血が頬についた。そして彼女は吹っ飛ばされて、俺の足元に戻って来た。

 

下腹部から肩にまで大きく深々と爪痕を付けられ、綺麗に真っ二つにならなかったのが不思議なくらいに裂かれている。これが致命傷でなければなんだというのかというほど惨たらしい傷だ。

 

どさりと両膝を突いて、力なく倒れる彼女の体を抱き上げる。

 

「おい…しっかりしろ」

 

目に映る惨状に頭が真っ白になりそうなショックを受けて、掻き消えそうな声で彼女に呼びかける。今にも閉じられそうな向日葵色の瞳が微かに動いた。

 

「どう…して……逃げなかった」

 

真っ赤な血に濡れ、震える唇が辛うじて言葉を紡ぎ出す。

 

「お前一人を置いて…逃げ出せるわけないだろっ……」

 

抑えきれない涙を流して、俺は答えた。

 

あんなにも彼女が頑張ってくれたのに、俺は逃げることが出来なかった。あんなにもボロボロな彼女を置いて、一人みじめに逃げたくなかった。

 

どこまでも身勝手な男だ。人に信じられ、信じてくれと頼むくせに大事なことは話さないし逃げるための文字通り命懸けの時間稼ぎをしてもらいながらも逃げない。

 

しかし彼女は彼女の行動を無駄にする俺の答えに責めることなく、むしろ嬉しそうに笑った。

 

「ふ…バカは…お互い……様か……最…君の…す……」

 

今にも消えそうで、満面の笑みを浮かべて、力を失いゆっくりと目を閉じた。

 

「嫌だ…お前、死ぬな!何か言いたいことがあるんじゃなかったのかよ、オイ!!」

 

それきり動かなくなってしまった彼女の肩を掴み、わさわさと揺らす。涙が止まらない。

 

こんな大事な時に、アーシアさんのように命を救う力がない自分が溜まらなく恨めしかった。

 

どうにかして助けたい。だがこの傷ではアーシアさんの回復のオーラでもどうすることもできない。

 

だがそれでも彼女を助けなければ。彼女を死なせるわけにはいかない。死なせてなるものか。

 

「そうだ、まだフェニックスの涙が…!」

 

まだ残された希望をふと思い出し、すぐに自分のポケットに手を突っ込んで漁る。中に硬い感触を感じるとすぐにそれを引っ張り出す。

 

手に取ったのはフェニックスの涙。戦闘前に支給されたものの、まだ使っていなかったこの涙が彼女を救う希望だ。

 

「待ってろ、すぐに治してやるからな!」

 

瓶を捻って開けて、すぐさま中の液体を彼女に飲ませる。これで傷は涙の治癒力によりすぐに治るはずだ、彼女は助かる。

 

「……」

 

だが助かったはずの彼女はピクリとも動かず、返事を寄こさない。その手で触れる彼女の体から感じる体温は徐々に冷たくなっていくばかりだ。

 

「おい…しっかりしてくれよ…返事してくれ……」

 

彼女の生存を確認しようと声をかける。フェニックスの涙で今にも息を吹き返し、目を覚ますと思っていた彼女は動かない。

 

「返事しろよ!!」

 

大きく体をゆすり、大声で何度呼びかけてもうんともすんとも言わない。

 

「…まさか、そんな……」

 

不意に、回復しない理由を説明できる一つの可能性が頭によぎる。

 

だがそれを受け入れたくない。どうしても受け入れたくない。それを認めてしまえば、俺は。

 

しかし、フェニックスの涙を使っても回復しない彼女の体が文字通り動かぬ証拠だった。それが嫌と言うほど受け入れがたい現実を見せつけてくる。

 

間に合わなかったのだ。フェニックスの涙の回復を受ける前に、彼女は逝ってしまった。

 

如何に不死身の悪魔フェニックスから生み出され、如何なる傷も癒すフェニックスの涙と言えど、死者を生き返らせることはできないのだ。

 

「嘘だ…」

 

心の底から湧き上がる絶望に手と顔が震える。

 

俺が少しでも冷静さを持っていたなら、もっと早くフェニックスの涙を使っていれば間に合った、彼女を救えたはずなのだ。

 

でもそうじゃなかった。

 

俺の無能さが、無力さが、助かるかもしれない数秒の可能性をふいにした。

 

そう、俺が、彼女を殺した。

 

底なしの無限の絶望が、悲嘆が、力を無くした喪失感を抱える俺の心を潰した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う……うぁ……うアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「希望はまだ潰えていない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どこからかそんな声が聞こえた。絶望という厚い膜に覆われる心にすっと入り込むような優しくも力に満ちた声だ。

 

その次の瞬間、腕の中の彼女の体がピクリと動いた。

 

「!お前、まだ生きて…!」

 

だがその言葉の返事の代わりに返って来たのは彼女の呼吸ではなかった。

 

突然派手に辺りに散った血は見る間に彼女にすうっと吸い寄せられるように戻っていく。そしてまるで磁石に引き寄せられるかのようにフェンリルへと向かっては何もない虚空で静止し、またこっちに戻って来た。

 

戻って来た彼女の姿にはさっき死んだ時のような痛々しい傷は微塵もない。動きからして、完全に息を吹き返している。

 

「は…?」

 

戻って来たかと思うとゆっくり倒れ、左腕にかけた透明な液体が重力に逆らい手にした小瓶に戻り、彼女の左腕がぼとっと落ちる。

 

そして彼女の体はまたも宙を舞うと今度は虚空に剣を振るい、引き下がり、猛スピードで後ろ走りを始める。

 

奇妙な現象の末、三度彼女は俺の下へ戻って来た。

 

「悠、今のうちに逃げるんだ」

 

そして彼女はそう言った。つい先ほど聞いたばかりのセリフを、全く同じ口調と、抑揚と、声色で。

 

目の前で起こった実に奇妙で、あり得ない現象に完全に思考がフリーズした。

 

向こうで戦っていた兵藤も、ロキすらも動きを止めてこの現象に驚いている。

 

そしていち早くこの現象の正体に気付いたのはロキだった。

 

「…時間を巻き戻しただと?」

 

胡乱気に眉を顰めながらロキは結論を述べる。

 

「巻き戻す…?」

 

停止できる奴ならうちにいるが巻き戻すなんて芸当はできないぞ。グレモリー眷属はもちろんヴァーリチームも、バラキエルさん達だってそんなことは不可能なはずだ。

 

「!」

 

唐突に、弾かれたようにロキは天を見上げる。そして何を見たのか、確信と敵意に満ちた笑みを浮かべた。

 

「そうか…奴か!」

 

全てを悟ったような奴の言葉に俺達も何があるのかと空を見上げる。

 

そこにあるのは星たちがくるめく星空。冥界特有の赤紫色の空は人間界と変わらぬ紺碧色に染まっており、星が輝いている。

 

そして俺達が見上げる方向には、夜空に輝いているというのに星ではない、しかしどの星よりも眩しい一条の光があった。

 

〈BGM:ゲイツリバイブ(仮面ライダージオウ)〉

 

その光を纏っているのは、羽の生えた男。もっと言うなら、天使だ。

 

光の天使がゆっくりと高度を落としていく。高度が落ちていくにつれ、光に隠された姿が明らかになっていった。

 

その背に生えるは12枚の黄金の翼。神々しさに満ちた翼はあの天使長、ミカエルさんにも負けずとも劣らない。

 

芸術にも思える装飾が施された白金色の鎧を身に纏う灰桜の髪を持つ、絵画に描いたような端正な顔立ちをした青年。

 

その男はまさしく、絶望に閉ざされようとしている俺達の希望であった。

 

「最強の熾天使…ウリエル!」

 

〈BGM終了〉

 




次回から、前々からやれ最強だの言われていたウリエルがいよいよ戦います。

次回、「立ち上がる男たち」


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第89話 「立ち上がる男たち」

ゼアルのBGMが有能過ぎる。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
5.ビリーザキッド
6.ベートーベン
7.ゴエモン
9. リョウマ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
13.フーディーニ



地より見上げる悪神と天より見下ろす大天使。二人の視線が中空で交錯する。

 

「先ほどのデュランダル使いを生き返らせた力、それが貴様の時空間操作能力か」

 

先に口を開き、ウリエルの登場によって場を支配した沈黙を破ったのはロキだった。

 

「いかにも。私が時間を巻き戻した」

 

「なるほど、伝聞に違わぬ出鱈目さだ」

 

肯定を告げるウリエルにロキは苦笑する。

 

時間を操る能力とは各神話の時間を司る神でもない限り、停止や加速などごく限られた用途でしか使えない。それを象徴するのがギャスパーが保有する停止の邪眼。あれは対象が視界におさめた者のみで、停止できる相手も自分や相手の力量に左右されるなどかなり不安定な神器だ。

 

聖書の神が作り出した神器はもちろん、時間に関する魔法も回復魔法と同等かそれ以上に難解を極めるもので使い手はかなり稀少であると聞いている。

 

そんな中で神でなく、神器所有者でもないにもかかわらず時間を停止、さきのような遡行など自在に操ることが出来るウリエルは時空間操作能力を保有する者達の中で一線を画する存在だ。

 

「これ以上貴殿を看過することはできない。ユグドラシルを取り込み、北欧神話を揺らがさんとする今の貴殿は禍の団以上の脅威だと、私は認識している」

 

剣を携えて見下ろすウリエルの目が一層鋭くなり、それに射貫かれるロキは愉快そうに笑った。

 

「それはそれは、我も評価されたものだ。元龍王に堕天使幹部、セラフとくれば次は魔王も来るか?」

 

「いいや、彼らが出るまでもない。私が戦いを終わらせる」

 

眩い剣を握る手をすっと上げるウリエル。輝く剣の切っ先をロキに向けた瞬間。

 

消えた。予備動作もなく、瞬きするよりも早く、忽然と姿を消したのだ。

 

「消え…!」

 

その言葉がロキの口から発せられるより早く、剣光は翻る。

 

次の瞬間、音もなくロキの眼前に唐突に現れたウリエルが痛烈な一太刀をロキに見舞う。神聖な刃が悪神の胸部を切り裂き、ザシュっと音を立て、今まで誰も散らさせることのできなかった悪神の血が舞った。

 

元居た上空からロキの下へ至るまでのウリエルの動きを捉えることが出来た者は、誰もいなかった。

 

〈BGM:ゲイツリバイブ(仮面ライダージオウ)〉

 

「ッ…!」

 

自分の意識と反応を越えた一撃を受けて今まで余裕、不敵そのものだったロキの表情が驚愕の色に染まった。

 

幸先よく大ダメージを与えたウリエルはロキに反撃をさせる間も与えないと言わんばかりに次なる剣戟を放つ。先の一撃で振り下ろした剣をそのまま下段から振り上げるように剣閃が迸る。

 

「フェンリルッ!!」

 

咄嗟に叫ばれたロキの一声で、フェンリルはすぐさま主を危機から救わんと駆け付ける。

 

「ぐあっ!」

 

しかしフェンリルが到着するよりもウリエルの斬撃が早かった。迸る鮮やかな剣光がまたもロキの胸を切り裂く。二度目の攻撃が一度目の攻撃でできた傷と交差し、ロキの胸部に深いバツ印の傷跡を作った。

 

「GAR!」

 

そしてようやく主の下へ駆け付けたフェンリルが神をも殺す凶悪な爪をウリエルへ振りかざす。

 

一度はゼノヴィアの命を奪った凶悪極まりない爪。並の者なら反応することすら叶わない攻撃にウリエルは反応し、剣で受け止めた。

 

間違いなく、ウリエルの動きはフェンリルの速度を越えていた。これももしかすると、ロキの言う時空間操作能力のたまものなのだろうか。

 

ウリエルがフェンリルの相手をしている合間にロキは二人から大きく跳び退り、距離を取る。今のロキですら警戒するウリエルの力、一体どれ程のものか。

 

爪を払い、今度はウリエルから攻撃を仕掛ける。ぶつかり合う刃が刹那に消える無数の剣光を生んだ。両者互いに引けを取らぬ速度で数合打ち合い、ウリエルは動く。

 

「半径5m限定、『時間停止《タイム・フリーズ〕』5秒間実行」

 

その言葉と共に一瞬ウリエルのオーラが弾け、能力は発動する。

 

フェンリルを中心に言葉の通り、風や巻き上がる土煙の半径5mに収まる何もかもがその場で静止する。

 

だがその範囲内に収まるウリエルだけは停止していない。全てが制止した空間で動けるウリエルがおもむろに腰を落とし、横一文字に剣を一閃。

 

「ふっ!」

 

続けて剣を振り上げ、鮮烈に振り下ろす。振るった剣をまるで付着した血を払うかのようにまた軽く振るうと。

 

キン。

 

そこで時間停止の効果が切れ、フェンリルの時は動き出す。動き始めた狼をすぐさま襲ったのは時間が止まった間に受けたウリエルの斬撃だった。

 

フェンリルの樹根に絡まれた巨体がブシャッという聞くも痛々しい音を響かせ、綺麗な十字の軌跡を描いて裂かれる。綺麗に四等分されたフェンリルの体がずどん、ぼとぼとと大量の血を垂れ流しながら地面に落ちていった。

 

脳天も、内部の臓器も全て斬撃で真っ二つにされている。即死なのは明白だった。

 

「一撃かよ…」

 

その光景に、俺は開いた口が塞がらなかった。

 

あれだけ苦労したフェンリルのクローンを一瞬で屠ってしまった。これが天使の頂点に立つ実力者か。とんでもない助っ人が来てしまったものだ。

 

今なら作戦開始前のバラキエルさんが名前を伏せた意味が分かる。こんな奴が来るとなれば、戦闘狂揃いのヴァーリチームは黙っていない。

 

ピク。

 

バラバラの骸になったはずのフェンリルの一部が僅かながらに動いた。それに呼応するように残る部位も痙攣するように動き始めると切断された部位に巻き付く樹の根がにゅるにゅると伸び、分かたれた部位を絡み合い、接合し、元の姿を取り戻していく。

 

「GA…RRR……」

 

そして数秒後、傷跡を完全に塞いで完全に復活したフェンリルの姿があった。

 

「自己再生能力か」

 

「GAAAA!!!」

 

一層凶暴な本能という火に油を注いだように、猛り狂った眼で雄たけびを上げる。そして大地を踏み抜き、音すら置き去りにした速度でウリエルに突撃をかけた。

 

「『時間加速《クロック・アップ》』」

 

対するウリエルもまたオーラを弾けさせると、再びその姿を消す。

 

それから一秒後。

 

キン、ガキン、キン!

 

耳をつんざくような音と衝撃があちこちで息つく間もなく次々に弾けては消え、また弾ける。あの音の正体は間違いなくウリエルとフェンリルの戦いの音だ。俺達が踏み入ることのできない、常識と感覚を超えた超スピード戦が繰り広げられている。

 

あまりにもバカげた実力者が繰り広げる戦闘に、俺は背筋が凍てつくような怖気とそれを溶かす安心感を同時に覚えた。

 

もしこれが敵だったらという恐怖、そしてこれが味方だという安心。どうりで天使の最強が天使長のミカエルさんじゃないわけだ。

 

「これが…天界の超越者、『時空穿覇の聖騎士《クロノ・パラディン》』」

 

かつての大戦時に堕天使と悪魔に恐れられた彼につけられた二つ名。神にも匹敵する時空間操作能力だけでなく近接格闘や剣にも長けたことからそのような二つ名を付けられた。

 

その武勇による功績を以て彼は空席となった四大セラフの座に登り詰め、大戦後も2勢力だけでなく他の神話体系の畏怖の対象となったという。

 

絶え間なく弾け続ける音。ふと一際大きな音を響かせると、少し遅れて音の発生源が空に移った。どうやら空中戦に持ち込んだらしい。

 

それからも俺には音とその衝撃しか認識できない戦いは続いた。さっきのようにフェンリルの時間を停止せずにクロックアップで応戦したということは、奴のスピードは停止能力では捉えきれないということか?

 

〈BGM終了〉

 

このまま熾天使と神喰狼の戦いの観戦に場の雰囲気が移りかけた時、ザッと注意を向けるかのように足音が響いた。

 

「ウリエルめ…神に仕える天使が、異教とはいえ神に歯向かうとは」

 

戦いを続けるウリエルのいる空を一瞥し、苦々し気に胸を抑えるロキがぼそりと吐き捨てる。

 

よく見ると胸につけられた傷がシュウと煙を上げて塞がり始めている。さっきのフェンリルと同じだ。これもユグドラシルを取り込んだことで得た力なのか。

 

やはり生半可な物理攻撃では奴を倒せない。さっきのウリエルのような必殺の一撃が必要だ。

 

胸の傷に触れたことで付いた血をはたはたと手を振って払い、おもむろに兵藤へと向いた。

 

「さて…仕切り直しだ、赤龍帝。今度こそ潰してやろう」

 

「クッソ、ウリエル様が来るまで俺一人でやるしか…!」

 

ロキが魔法を放ち、兵藤がドラゴンショットをぶつけて相殺する。ウリエルの参戦で中断していた戦いが再び始まった。

 

「助っ人はウリエル様だったのか…」

 

その一方。天を見上げ、信徒としてはあこがれもいいところの熾天使の戦いぶりを俺と同じ様に見えないながらもどうにか見ようとするゼノヴィアは呟いた。

 

「ゼノヴィア……」

 

そんな彼女の姿を一目見た瞬間、俺の心にぼうっとある感情の小さな火が灯る。

 

彼女を死なせてしまった絶望か、はたまた時間が巻き戻り彼女が生き返ったという現象への驚きの余韻かおぼつかない足取りで、とぼとぼと彼女に歩み寄る。

 

灯った感情の火は近づくたびに大きく燃え上がり、身を焼くほどの業火になった。

 

「ゆ、悠…!?」

 

そしてこらえきれない感情のままに、彼女をぎゅっと抱き寄せる。突然の行動に困惑する彼女の声が聞こえた。

 

全身で彼女を抱きしめ、その全てを感じる。布越しに伝わる体温、柔らかい体、彼女の反応、全てが生きている証だ。それらは絶望に沈みかける所だった俺の心を優しく癒してくれた。

 

彼女が生きている、それだけで、俺は―――。

 

「そんな、お前らしくない大胆な…」

 

「…よかった」

 

「…?」

 

「よかった……お前が生きてくれて……本当に良かった……!!」

 

込み上げる感情と涙が理性という堤防を容易く破壊し、抱きしめたまま泣きじゃくる。

 

一度失われた彼女の命。それが俺の中で如何に寄り添ってくれる彼女の存在が大きいものだったかを痛感した。

 

そしてそれは、これまで本当の自分をさらけ出せない自分にそんな資格はないと押し殺してきたある思いをより強くする。

 

俺って、やっぱりゼノヴィアのことが―――。

 

「…何だかよくわからないが、君に抱かれるのは悪くないな」

 

困惑していながらも、まんざらでもないと嬉しそうな声が返ってくる。

 

まだ気の抜けない状況なのはわかっている。でもほんのわずかでもいい。この瞬間だけは、彼女の生を実感していたかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈BGM:友の証(遊戯王ゼアル)〉

 

感情の迸りも冷めた頃、涙を収めて俺は彼女を抱きしめる腕を放す。

 

「ゼノヴィア、今度はお前に助けられたよ…そして、教わった」

 

感情をあるがまま解き放った後、俺の胸に新たな決意の鼓動が宿っていた。それは心のさらに芯の部分に確かに強く根付き、それを成し遂げろと強く訴えてくる。

 

無論、俺はそれに従う。拒否する選択肢なんてなかった。それは決して強制されてのものではない、俺自身が、それを成し遂げたいと切に願っている。

 

視界の端にきらりと光るものを認め、俺はその方へ歩き出す。

 

「悠、お前…」

 

見つけた。戦いの中で手放してしまったグングニルのレプリカ。それをからんと拾い上げる。この状況で唯一俺が戦いに用いることが出来る武器だ。

 

オーラも魔法も神器も扱えない俺では今まで以上に力を引き出せず、そんじょそこらに転がるただの槍に毛が生えた程度のものにしかならないだろう。

 

だがこのまま徒手空拳でロキとやり合うよりはましだ。そして何よりこれは神の武具のレプリカ、力を引き出せずとも素の硬さと鋭さには期待できる。

 

「戦う力がなくても、俺は傷つく皆を見殺しになんてできない」

 

黄金の表面が、泣いて赤くなった目元と覚悟を宿した俺の瞳を映し出す。

 

彼女の死を間近に経験したことが、俺の心の弱さを消し去った。

 

「行くのか」

 

その表情から決意を読み取ったか、ゼノヴィアが声をかけてきた。

 

「ああ」

 

「君はもう変身できない。それでも、神と戦うのか?」

 

「そうだ」

 

そう答える俺の心には微塵の迷いも、恐れもない。

 

「…やっぱり、君はバカだな」

 

迷いのない即答に、ため息交じりに彼女は苦笑いした。

 

「バカで結構。何もしないでくの坊出なけりゃ何でもいい。…でも俺一人じゃあいつを助けられない、お前の力が必要だ」

 

苦笑する彼女へと振り向くと、彼女の顔を真っすぐに見つめて言う。

 

これから向こうでたった一人で神と戦っている兵藤を助けなければならない。あいつも彼女のように死なせてなるものか。

 

だが俺一人では非力なのも事実だ。だからこそ、ゼノヴィアの力を借りたい。死んで生き返ったばかりで申し訳ない気持ちいっぱいだがそうするしかない。

 

「俺のわがままに付き合ってくれるか」

 

もしかすると、また彼女を死なせてしまうかもしれない。はたまた、今度こそ俺が死ぬか。

 

だがそれを恐れては代わりに兵藤が死んでしまう。兵藤だって俺の大切な仲間の一人だ、助かったばかりのゼノヴィアの命と天秤にかけて切り捨てるなんてマネはできない。

 

あの時の俺は何もできず、何もせず、ただ茫然と彼女の戦いを眺めるだけだった。もう二度もあんな思いをするのは嫌だ。また自分のせいで仲間を死なせてしまうなんてことには絶対にさせない。

 

見つめること数秒、こらえきれないとばかりに彼女は「ハッ」と大きく笑った。

 

「こんなに真っすぐ見つめられて、君の頼みを断るなんてできないよ。こんな調子じゃ、私が逃げろと言っても逃げないんだろうな」

 

「げ」

 

実感があり過ぎて返す言葉もない。

 

時間が戻ったということは彼女もあの出来事は覚えていないはずなんだが…まさか、覚えていたりするのか?

 

「…ふふっ。それでこそ、私が認めた男だ」

 

そして可笑しそうに、満足げに微笑んだ。デュランダルとアスカロンを携える彼女は俺の隣に並ぶと、俺を背に守ろうとした時よりも晴れ渡るような表情で、力強く言う。

 

「さあ、私と一緒に行こうか!」

 

「…ああ!」

 

好きな人と一緒なら、もう怖くない。

 

〈BGM終了〉

 

 

 

 

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

荒れ狂う嵐のような魔法が大地を吹き飛ばし、一誠を破壊という大海の藻屑にせんと迫る。

 

「おわっ!」

 

どうにか攻撃を免れるも、その余波に巻き込まれた一誠は爆風に煽られながらも龍の翼でどうにか風の流れを掴み、ふらつきつつも無事に着地する。

 

赤い兜は既に全壊し、頭と鼻から血を垂らす一誠の素顔を露わにしていた。辛うじて残った首から下の鎧の隙間からは鎧と同じくらいに濃く赤い血が流れており、肩で息をするほどのダメージを蓄積していながらなお戦い続ける一誠の消耗は激しい。

 

相対するロキも無傷ではない。白くはためくローブが繰り出された一誠の拳圧で所々破れている。魔法の弾幕を突破され何度か殴られたし、力を発揮しないミョルニルで直に数度叩かれもした。

 

だが付けられた痣も傷も全てユグドラシルの力で自動的に治癒する。その体質のせいで一誠は一向に有効なダメージを負わせられずにいた。

 

「…ハァ。弱いくせに精神はタフだ」

 

たった一人でここまで踏ん張ってきた兵藤を評するロキはかなりうんざりとした調子だ。

 

「テメエなんかにゃ俺の心は折れねえよ…!」

 

口角を上げて一誠は不敵にも啖呵を切る。神を相手にたった一人でここまで持ちこたえたのは奇跡と言えるだろう。

 

「ここまで追い込んだというのに覇龍は使わないのか?」

 

「…覇龍は使わねえ、代わりにミョルニルをてめえの脳天に打ち込んでやるよ」

 

前の戦いで覇龍を使用し寿命を削った一誠はまた覇龍を使えば今度こそ生命力を完全に削られ死んでしまう。

後先考えずに発動すればロキに大ダメージを与えることはできるが暴走した状態で味方をも巻き込みかねない。

 

アザゼルにきつく言われたのもあって、二度目は決して使わないと一誠は固く誓っている。

 

「減らない口、随分と舐められたものだ」

 

(…だが、何度かミョルニルの力が発動しかけた場面があった。戦いの中で奴の心が研ぎ澄まされているのか?いずれにせよ、そろそろ止めを刺さねば)

 

交戦の最中、一誠がミョルニルを振りかぶった時、清らかな心の持ち主しか使えないはずのミョルニルが輝きを放ったのだ。輝きは10秒も持つことはなかったが、ロキが警戒を高めるには十分だった。

 

このまま放っておけば、ミョルニルの力を完全に発揮してしまうやもしれない。それに神器は思いの力に応えるというしおまけに目の前で自分に歯向かってくる兵藤一誠は数々の戦いで女性の乳房でパワーアップした男だとも聞いている。

 

万が一の不測の事態を起こされる前に、さっさと赤龍帝は打ち取るべきだ。

 

その意思を固めたロキの下へ、影が降る。

 

 

 

 

 

 

 

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〈BGM:ハードボイルド(仮面ライダーW)〉

 

「!」

 

影、もとい女剣士は

 

「ハァッ!」

 

勢いよく振るわれる剣に身を翻して回避する。

 

「デュランダル使い…!」

 

ゼノヴィアの攻撃はまだ終わらない。さらに踏み込み、前進。両手剣でありそこそこ重量のあるデュランダルを片手で扱って易々と取り回し、さらにもう片手にアスカロンを携え二本の聖剣を以て次から次へと剣戟を繰り出し追い詰める。

 

デュランダルの上段振り下ろしがロキの右腕に叩きつけられ、続けてアスカロンの横一文字の一閃がロキの腹に走る。しかし後ろに腹を引くことで剣戟の範囲からすれすれ逃れた。

 

「勢いはよし、剣の腕もよし、だがそれでは我は倒せん!」

 

「だがお前の注意は悪しだな」

 

「!」

 

ゼノヴィアと攻防を繰り広げるロキの背後に俺は忍び寄っていた。ウリエルのような瞬間移動をできない俺が奴に詰め寄ることが出来た理由は3つ。

 

一つ目は奴が魔法攻撃を放って大地を砕いて所々砕けた岩の山を辺りに作ってくれたおかげでそれを隠れ蓑にどうにか近づくことが出来た。ユグドラシルを取り込んで火力を増した派手な攻撃が仇になったな。

 

二つ、ゼノヴィアが果敢にも怒涛の連撃で攻め立ててくれたおかげでロキの注意はしっかり彼女に引き付けられ、付け入る隙が生まれた。彼女には感謝しないとな。

 

そして三つ。俺の力を封じた奴の、もうあの人間は何もできないと高をくくってしまった油断。俺の力を封じた時にそんなことを言っていた。

 

ただの人間がもう歯向かってこないとでも思ったか?窮鼠猫を嚙むって言葉を身をもって教えてやる。

 

「なっ…!?」

 

あとは生まれた隙に、渾身の一撃を穿つだけ!

 

「オオオオオッ!!!」

 

裂帛の気合を迸らせながら、渾身の一突きを背後からロキの腹部に突き立てる。

 

ずぶりと黄金の槍は悪神の体を穿ち、奴の腹に風穴を開けた。

 

「ぬがっ!ぐぅぅぅぅぅ!!」

 

いきなり腹部を貫かれたロキがごぼっと血を吐き、激痛に叫ぶ。

 

「うううううらあああ!!」

 

返り血を浴びる俺はそれではまだ終わらないと再び絶叫を迸らせながらロキの腹部を貫通した槍を引き抜き、渾身のドロップキックを繰り出して豪快に蹴り飛ばした。

 

「ごっ…!」

 

キックを背後から受けるロキは無様にも顔面から地面との接吻を果たし、どさりと倒れこむ。

 

「はぁ…はぁ…」

 

〈BGM終了〉

 

この一撃だけでもかなり精神と体力を消耗した。まず気付かれないだろうがそれでも慎重に慎重を重ねて気取られぬようこっそり動き、全力の攻撃をぶちかましたのだ。

 

だが俺の目的はロキを潰すだけじゃない。

 

〈BGM:燃えるデュエリスト魂(遊戯王ゼアル)〉

 

「兵藤」

 

「紀伊国…!」

 

息を荒げて膝を突く兵藤の下へすぐに駆け寄り、手を差し出す。

 

俺の登場に驚きながらも差し出された手を握り、俺の肩を借りながら兵藤は立った。そして俺は手の次に、今度は透明な液体の入った小瓶を差し出す。

 

「こいつを使え」

 

「え、これってフェニックスの…!」

 

そう、俺に支給されたフェニックスの涙だ。さっき死んだゼノヴィアに使ったがウリエルが時間を巻き戻してくれたおかげで戻ってきたのだ。巻き戻された戦いの中でゼノヴィアが切り落とされた左腕に使った涙も同様に復活している。

 

「時間が戻ったのと一緒に戻って来た。俺のことはいいから少しでもダメージを回復しろ」

 

「お、おう。サンキュー!」

 

瓶のふたを開けて兵藤は中の液体をぐびっと呷る。その回復効果はすぐに現れたようで鎧の隙間や頭についた傷からぬめりとした流血が止まり、上がっていた息も整いだした。

 

「イッセー、無事か」

 

そして俺が奇襲を仕掛けるまでロキの気を引いてくれたゼノヴィアも俺達の下に駆け付けた。

 

揃った俺達二人の姿に、先まで一人でロキを相手にし、険しかった兵藤の表情は明るくなる。

 

「なんとかな。ゼノヴィアもサンキュー!でも紀伊国、お前もう戦えないんじゃ…」

 

「…確かに今の俺は変身できないし、戦う力はない」

 

もう戦えない。その言葉に目を伏せ、腰に巻かれたゴーストドライバーに視線を落として言う。

 

今までの俺の力の象徴であるそれは、今となっては俺の無力さの象徴だ。

 

「…皆を助ける力があるのに何もしないのは嫌だ」

 

俺はその誓いを胸に今まで戦い続けてきた。

 

だがそれは『力がある』ことを前提としていた。この戦いで俺はその前提となる力を失った。

 

力を無くした俺にもう戦うことはできない、仲間を助けることはできない。仲間に嘘を吐いた俺にはいよいよ存在価値はないのだと失い、惑い、怯え、恐れた。そしてその結果が守ると決めた大事な人、仲間である彼女の死だった。

 

命が消えゆく彼女の言葉と顔はいまだ強く俺の脳裏に残っていて、忘れられない。いや、忘れてはならない。

 

「でも、何もできないからといって何もしないのも、もう嫌なんだ。俺はもう後悔はしたくない」

 

だが心を砕くような最悪の結末を経験したからこそ、俺は立ち上がることができた。こうしてまた、ロキと相対せんと戦いに戻ることができた。

 

もう二度と、あのような結末を迎えてはならない。今までは可能性、あるかもしれない未来でしかなかった結末を俺はこの目でしかと見た。それが俺の決意を強固なものにした。あんなものは見たくないし、あんな思いはしたくない。

 

力がない?だから何もできない?そんなことを理由にして、やって来る見たくもない結末に目を背け、いざこの身に降りかかってきた時に嘆くのはもうごめんだ。

 

「俺は足掻く。例え今のように非力でも立ち上がり、敵に歯向かう。泥だらけになろうと血まみれになろうとクソみたいな運命に抗い抜いてやる」

 

「…」

 

「そして、皆と笑い合う完全無欠のハッピーエンドを迎える。それが再び立ち上がった俺の決意だ」

 

決意を言葉にすることで確認し、自分自身にも言い聞かせるように二人の前ではっきり宣言する。

 

「…なら、お前の覚悟って奴に付き合うぜ」

 

「私も付き合おう」

 

俺の宣言を聞いて士気を高めたようで、二人は微笑みながらも俺に同調してくれた。

 

「行先はあの世かもしれないが、それでもいいか?」

 

「俺達悪魔にはあの世はないけど、死ぬ気はねえよ。叶えたい夢があるからな。でも、死ぬ気でやってやるぜ!」

 

「君と一緒に行けるのなら本望だ、怖くなんてないさ」

 

こんな気の抜けない状況だというのに二人は笑顔だ。それが強がりによるものだとしても、気の張り詰めた俺の心を安らげてくれた。

 

そして何より、俺の無謀な足掻きにわざわざ付き合おうとしてくれる二人の存在がありがたかった。

 

「貴様ら…」

 

ぎろりとこちらを睨みながらゆっくり立ち上がるロキを見据えて言い放つ。

 

「無能でも、非力なりに足掻き抜いてやる。人間の意地ってもんを見せてやるよ」

 

覚悟は決めた、後は貫くだけだ。

 

〈BGM終了〉

 




別に戦場のど真ん中でチョメチョメしたわけじゃないですよ?

次回ではいよいよ…!

次回、「彼方より来たる願い」


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第90話 「貫く信念」

いつもの通り分割してます。

意地を秘めて立ち向かう三人の戦い。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
5.ビリーザキッド
6.ベートーベン
7.ゴエモン
9. リョウマ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
13.フーディーニ



〈BGM:闘志果てしなく(遊戯王ゼアル)〉

 

兵藤、ゼノヴィア、そして俺。幾度となく傷つきながらも立ち上がり、覚悟の輝光をその目に宿して強大な悪神の前に立つ。

 

なおも立ち向かおうとする俺たちの姿に、ロキは一息吐いた。

 

それは折れない俺達の執念への呆れか、戦士として対峙する勇気への感心か。

 

「…ヴァーリの言を認めよう。私は確かに貴様を侮り、人間だからと情けをかけた」

 

息を吐いてから顔を上げ、ロキは俺に向かって言った。

 

「仲間を守りたいという純粋な貴様を見て、三大勢力に都合よく利用されているのだと憐れんだ…だが、それは我の杞憂だったようだ」

 

その杞憂を振り払うかのように顔を軽く振るうと、ぴちゃりと貫かれた腹の傷を撫で、己の血に濡れた拳をぎゅっと握る。

 

「ここまで来てなお歯向かうというのなら、貴様を一人の敵として、エインヘリヤルたちに並ぶ勇者と認めてやらねばなるまい」

 

ロキの表情から悠然とした色が消え、きっと引き締まったものになった。

 

こっちが覚悟決めたのと同じようにいよいよ本腰入れてくるか。

 

「一人じゃ奴には勝てねぇ、三人合わせて行こう」

 

隣に並ぶ兵藤が一歩前に出た。

 

「わかってる」

 

腹部の傷は既に治癒を始めている。が、今まで付けた傷と比べると妙に回復の速度が遅い。もしかすると、同じユグドラシルから作られたグングニルの効果でも働いているのか。

 

いずれにせよ、このグングニルのレプリカが戦いのキーを握ることには変わりない。

 

並ぶゼノヴィアと兵藤が飛び出し、俺も遅れて二人に追随する。駆け出した二人の姿はあっという間に遠ざかっていく。

 

転生悪魔の二人と違って生身の人間である俺はどうしても二人に身体能力で追いつけないし、身に纏う制服も戦闘用に特殊加工が施されているとはいえ耐久は心許ない。

 

だから、二人の何倍も慎重に立ち回る必要がある。奴の攻撃を無傷で潜り抜け、二人の攻めで生み出される隙を突き、一撃で奴を穿つ。それが今の俺が為すべきこと。

 

「来い」

 

不敵に構えるロキは周囲に魔方陣を展開し、様々な属性魔法で攻撃を仕掛ける。

 

飛び出す火球が大地を吹き飛ばし、荒ぶる雷が岩を砕き、炸裂する風刃が二人を襲う。

 

しかし俺達は怯み、その足を止めることはない。ただひたすらに迷いなく走り続ける。風刃や火球はゼノヴィアがデュランダルですれ違いざまに切り裂き、悪神への道を拓いた。

 

「うぉぉぉ!!」

 

「はぁぁぁぁ!!」

 

先に奴の下へたどり着いた二人が攻撃を仕掛ける。真っすぐに振り抜かれる拳と、眩い剣閃がロキに向けて放たれた。

 

対するロキも動く。ユグドラシルでできた右手、その五指をぴたりと揃えると、くっつきにゅるっと伸びて鋭さを帯び、刃の広いバスターソードのような形状に変化した。

 

聖なる力を纏った剣閃を、叡智の結晶とも呼べる大樹の剣閃が払う。そして兵藤が豪速で放つ拳をぱしっと払い、腕を掴んだ。

 

二人を同時に相手にしたことで、魔法の攻撃が止む。今なら俺を阻むものは何もない。

 

態勢を低くし、なるべく二人の陰になって目につかぬよう馳せる。

 

二人には助けられてばかりだ。だから、俺が奴を倒して皆を助ける。

 

変身時と比較すればかなり遅いペースではあるものの、どうにか二人の陰から飛び出してロキの懐に入り、槍の間合いにおさめた。

 

「心臓を貰うぞ!」

 

「それで我を封じたつもりか!」

 

両手をふさがれたロキ。ニヤリと笑うと、まだ残っているぞとばかりに左足で蹴りを繰り出した。間近に詰めていた俺にはそれに反応し、対処する術はない。

 

「ぐふぅ!」

 

回避しようもなく、腹に鋭く叩き込まれた蹴り。その衝撃が真っすぐ体を突き抜け、そのまま一気に俺を吹き飛ばして押し戻す。

 

地面すれすれの短い低空飛行の後、どさっと一度地面を跳ねると地面に身を激しく擦りつけながら停止する。

 

「あ……はぁ……」

 

全身にできた擦り傷、身を打ちつけた痛み。どれも痛い。変身した状態でも受けたダメージは痛かったが、生身だとこんなにも痛い物だったのか。

 

そして何より辛いのは身を焼くような痛みではない。腹を強く圧迫されたことにより込み上げてくる嘔吐感だ。

 

それは痛みよりも耐え難い、今までにないほど強い不快感だ。我慢できない。

 

「う…うぇぇぇ……」

 

痛みをこらえて上体を起こすと、抑えきれないそれをすぐに近くにぶちまける。体を支配する不快感は一度では消えず、俯いて何度も吐く。

 

「おぇ…ハァ…ハァ…」

 

内臓もやられたのか、吐き散らかされた吐しゃ物には赤い血の色も混ざっていた。

 

「悠!」

 

それでも残る吐き気と痛みで白熱する意識の中、ゼノヴィアの声が聞こえた。その隣にいる兵藤の拳を握るロキは。

 

「ぬぅん!」

 

気合の一声。ぐいんと勢いをつけ、片手で掴んだ兵藤を隣のゼノヴィア目掛けて投げ、叩きつけた。ロキの行動に意表を突かれた彼女は投げられた兵藤と見事に激突し、一緒に地面を転がる。

 

「はっ!」

 

そこに追い打ちをかけるように、口角を歪ませるロキが厚い刃と化した右腕を思いっきり振り上げると鋭い斬撃が迸る。

 

真っすぐ地を這う斬撃が這った跡を鋭く残しながら猛進し、同じく地に体をつける二人を襲う。

 

「やべ!」

 

気付いた二人は慌てて横っ飛びでそれぞれ躱し、二人仲良く切られるのを避けた。

 

「はぁ…はぁ…」

 

一方でようやく嘔吐感が落ち着いてきた俺は荒い呼吸を整える。

 

両手が塞がり咄嗟に繰り出されたものではあるが、あれが神の蹴りか。運が悪けりゃあれで死んでいた。痛いのと吐く程度で済んだのは幸運だ。

 

しかし、生身で受けるダメージがこれか。今までの戦いは強化スーツが受ける衝撃を和らげてくれていた。それでもかなりのダメージを受けたりしたが、俺がまた、どれほどあの力に頼っていたかを痛感した。

 

…やはり、俺は非力な人間だ。非力だが、貫くと決めた意地がある。まだくたばるわけにはいかない。

 

決意を新たにまたグングニルを握り直し、立ち上がる。

 

〈BGM終了〉

 

〔Boost!Boost!〕

 

「ミニドラゴンショット!」

 

向こうで兵藤が籠手の力で増大化した魔力を手のひらから撃ちだした。普段のドラゴンショットと違ってかなりサイズダウンした小さな赤い光球がカーブしながらロキの下へ飛来する。

 

「無駄な足掻きを」

 

ふんと鼻を鳴らしてロキは飛んでくる攻撃を逆にサッカーボールみたく蹴り返そうと足を動かす。しかし光球はロキの下にたどり着く少し前の所に着弾し、ボンと爆ぜた。

 

「む…!」

 

小さいながらもそれなりに秘められた威力に巻き上がる爆風と濃密な煙が充満し、ロキの視界を遮る。

 

〔Boost!Boost!Boost!〕

 

「行くぜ、ゼノヴィア!」

 

「頼んだ」

 

〔Transfer!〕

 

その間譲渡の力をゼノヴィアに発揮する兵藤が、彼女と共に再び動き出す。その時の彼女の一瞬の目くばせで全てを理解した。

 

明確な根拠はない。だが彼女がそう合図した、彼女の意思が伝わったという確信はあった。

 

その確信に導かれるままに意を決し、嘔吐感を鎮めたばかりの体でまた槍を携え、ロキの下へとひた走る。

 

〈BGM:残響dearless(魔法使いと黒猫のウィズ)〉

 

「姑息な目くらましだ…むうん!」

 

向こうにいる標的のロキは力強く腕を振るい、まとわりつく煙を強引にかき消した。煙が消えたことで晴れた視界に飛び込んできたのは。

 

「おおおお!!」

 

ゼノヴィアだった。前面に二つの聖剣を交差したまま、真っすぐロキに突っ込んでいく。

 

「特攻のつもりか?愚か者め!」

 

嘲笑のままにロキがバスターソードと化した右手を振り上げる。

 

その瞬間、ゼノヴィアの聖剣からカッとくるめく光が溢れる。聖剣を交差させることで力を共鳴させ、その力を解き放ったのだ。

 

「ぬぅぅぅ!!」

 

二つの聖剣を使った目くらましは強烈な効果を発揮した。目くらましにしては聖剣二つを使うなど豪華すぎるくらいだが、神を相手にするのだからこれくらいはしなければ効かないだろう。

 

ごく近い距離から光を受けたロキはたまらず両目を塞ぎ、呻きを上げて、悶える。

 

「紀伊国!」

 

奴が悶える間にも走る俺の隣に兵藤が並ぶと、肩に触れた。

 

〔Transfer!〕

 

籠手から音声が鳴ると、倍加の力を流し込まれ心臓がドクンと脈打った。そして、全身に力が漲る。

 

「譲渡はこれで限界だ、あとは任せた!」

 

「合点承知!」

 

倍加した身体能力が、走る速度を押し上げる。そして悶えるロキの下へ飛び込む。

 

攻撃のモーションに入ったその瞬間、目つぶしから少し立ち直ったロキが目を僅かながらに開け、俺の存在に気付いた。

 

「同じ手が二度も通じるか!」

 

馬鹿めと言わんばかりに笑いながらまたもロキは蹴りを繰り出す。

 

しかしそうするのを俺は待っていた。

 

「三度目はない!」

 

思った通りだとニヤリと笑う。槍を真っすぐ突きだすのではなくぶおんと黄金の軌跡を描き、グングニルで足払いをかける。狙いは片足を上げたことで唯一奴の体を支える柱になった、右脚だ。

 

「何!」

 

虚を取られたロキが目を見開いた。右足をやられたことで両の足が地を離れる。ものの見事に足をすくわれ、勢いよくすてんとロキがすっころんだ。

 

「今だ!」

 

そして倒れたロキに、今度こそ仕留めんとグングニルの一閃とデュランダルの聖刃が殺到した。

 

「グァァァ!!」

 

いち早く走るデュランダルの剣戟がロキの体を左肩から右横腹にかけて深く切り裂き、続くグングニルがロキの胸をずぶりと穿つ。

 

今までどんな攻撃を喰らってもけろりとし、回復してきたロキも流石にこれは応えたらしく目をカッと開いて絶叫を上げた。

 

手ごたえありだ。このまま攻撃を続ければ…!

 

「ああっ…ぐぅぅぅっ!!」

 

しかしそれでやられてくれる悪神ではない。絶叫で上向いた顔をばっとこちらに向けると、すぐに反撃の魔法を繰り出さんと、魔方陣を展開する右手を俺にばっと向けた。

 

「しま…」

 

「危ない!」

 

咄嗟に大きく声を上げた兵藤がドンと俺に体当たりをかけ、突き飛ばした。突然のことで受け身も取れず、身を打ちながら数度ゴロゴロと地面を転がった。

 

次の瞬間、ロキの手から魔法の奔流が炸裂し、至近距離という射線上にいた兵藤に直撃した。その余波にゼノヴィアも巻き込まれ、二人仲良く吹き飛ばされてしまう。

 

硬い地面を何度も転がった末に静止する兵藤。

 

「い…てぇ」

 

制服はボロボロで黒焦げ、頭からだらだらと血を流す兵藤が、痛みに呻きながら上体を起こす。鎧は禁手発動中にもかかわらず、もはや全損と言っても過言ではないほどにボロボロになっていた。

 

「兵藤!」

 

「ハァ…ハァ…死ねぃ赤龍帝!」

 

深手に息を荒げ、口から血を垂れ流すロキが苦し気に起き上がると右手を突き出し、魔方陣からびゅおおと荒ぶる無数の風の刃を放つ。

 

「させるか!」

 

片膝を突くゼノヴィアが再びアスカロンとデュランダルを交差させ、共鳴し増幅した聖剣のオーラを一瞬だけ解放する。

 

殺到する風の刃を容易く飲み込み、圧倒的な質量を以て光の中に消し去った。

 

「まだだ…まだ終わらない!」

 

己と二人を鼓舞しようと叫びながら、槍を杖代わりにして立ち上がる。

 

三人でここまで来たんだ、折れてなるものか。戦い抜くと決めた。この信念と、一度は失われた彼女の命にかけて!

 

〈BGM終了〉

 

その時少し離れていたはずのロキの姿がふっと消えると、一瞬で俺の目の前に現れた。反応が追い付かないままロキの左手が、俺の胸倉を掴みぐいっと持ち上げた。

 

「離せ…!」

 

ジタバタと足掻くが、ロキの手が緩むことはない。

 

「悠!」

 

「紀伊国!」

 

向こうで二人の叫びが聞こえた。しかし助けに行こうにも力を使い果たしたのか、呼吸を荒くするばかりで立ち上がれそうにもない様子だ。

 

だがロキの方からわざわざ近づいてくれた。こんな絶好のチャンスを逃すまいと握る槍でロキを一突きせんとするが、それを奴が気付かないはずもなく槍の穂を右手で掴まれて力任せに奪われてしまう。

 

そして槍をぞんざいに投げ捨てると、そのまま腹パンを叩き込んできた。

 

「うっ!」

 

衝撃に押し出され、吐き出す空気。鈍い痛みが襲った。

 

それでも俺はそれだけで獣を殺せそうなくらいなにらみをガン飛ばしながら、ロキの手を逃れようとジタバタする。何度も蹴りつけるが、ロキは一切動じない。

 

必死な俺とは対照的に、あれだけのダメージを受けながら冷静そのものの表情で掴み上げた俺を見上げるロキは言った。

 

「無力にして尽きぬ闘志、生身で我に傷を負わせる執念、やはり昨今の平和ボケした人間にしては惜しい人材だ。我が配下のエインヘリヤルとして迎え入れてやりたいところだが…聞かぬのだろうな」

 

「できない相談…だな。俺は…こいつらと一緒に戦うと決めている!」

 

仲間を見捨てて生き延びるなど、そんなドブに捨てられ腐りきった生ごみにも劣る選択は御免だ。

 

その選択は、今までの俺を、今の俺の全てを否定する。そんなことが許されてなるものか。

 

足掻く、藻掻く、歯向かう。何度も足を振るって蹴りを入れる。

 

「くそっ…この…!」

 

「抗うな、ただの非力な人間が神に敵うはずもない。貴様の道はここで途絶える」

 

反抗も空しく、手刀で一息にとどめを刺さんとばかりに奴は右手を構えだす。

 

「敵うはずがなくても……俺はッ!!」

 

この身を奮わせる燃え滾る感情にぎりっと歯を食いしばる。

 

だとしても、最悪の結末をただ指をくわえて見ることなんて俺にはできない。いや、もうしたくない。

 

「もう誰も失いたくない、死なせたくない、弱くたって諦めない!!全部、俺が守るッ!!」

 

そして猛りに猛る闘志、迸る感情のままに天に向かって、思いの丈を吼える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

きらっ。

 

ふと、見上げた天にきらりと青白い光が瞬く。普通の星たちに混じって夜空を彩るそれは次第に不自然なほどに輝きを増していく。

 

「何だ…?」

 

ロキもそれに気づき、怪訝な表情を向ける。ますます明るくなっていく青い光。

 

いや違う。あの光の輝きが増しているのではない。

 

こっちに落ちてきているんだ。

 

推測の通り、光はこっちに真っすぐ落ちてきていたのだ。

 

それに気づいた数秒後というものすごい速さでに、光は俺に直撃した。

 

体も、意識も、全てが白になっていく。

 

 




大変長らくお待たせいたしました、次回はパワーアップ回です。お楽しみに!

次回、「彼方より来たる願い」


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第91話 「彼方より来たる願い」

いつかは来るその時。

内容詰込み&濃すぎて分割しても1万字越えです。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
5.ビリーザキッド
6.ベートーベン
7.ゴエモン
9. リョウマ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
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「ここは…」

 

穢れなき白の中に、緩やかに浮上していく意識。

 

意識の覚醒の後に目の前に広がっていたのは文字通り何もない空間だ。どこまでも真っ白でどこを見ても何もなく、やがて自分と言う存在すら希薄になってしまいそうな錯覚すら覚える。

 

「俺は死んだのか?」

 

この不気味なほどにまっさらな空間は、俺を転生させた女神と会った死後の空間を思い出させる。

 

堕ちてきたあの光に衝突して死んだのか、それともロキの攻撃で死んだのかはわからないが、もし死んだなら俺はこれからどうなるのだろうか。

 

「悠!」

 

何もない空間で、後ろから自分の名を呼ぶ聞きなれた声。振り向けば、ゼノヴィアがいた。あれだけの激戦にもかかわらず戦いでできた傷も服の汚れもなく、聖剣も持っていない。

 

そして彼女に続き、虚空から滲み出るように続々と見慣れた仲間たちの姿も現れる。

 

「…一体ここはなんなの?」

 

「ぶ、部長!」

 

「イッセーもいるのね」

 

「イッセーさん!」

 

「イッセーくん!」

 

「アーシアも、朱乃さんも!って紀伊国も!?」

 

部長さんも、朱乃さんも、木場も、紫藤さんも、オカ研の皆がいる。兵藤に思いを寄せる女性陣は彼との再会に頬をほころばせた。

 

「イッセーたちもそうなの?ハティと戦っていたら突然光に飲まれて…」

 

「俺もです。というか、その光の元が紀伊国に直撃して……」

 

『この世界に生きる若人達に告げる』

 

状況を確かめる会話に割って入るように、どこからともなく声が聞こえた。

 

何もない空間に突然響いた威厳に満ちていながら、優しさもこもった声に俺達は何処からかと辺りを見渡し始める。

 

「声…!?」

 

「誰…?」

 

皆で見渡す。しかしこの空間には俺達以外に何者もいない。

 

ふと光の粒が一つ生まれた。一つ、二つ、三つとたちまちのうちに増えていくきらめく光の粒子が集い、だんだんある形を成していく。

 

光はやがて西洋のドラゴンのシルエットとなり、一通りシルエットを形成するとだんだんと色づいていき、その真の姿を明かした。

 

『……』

 

全身に刃のような銀色の鱗を生やした、澄んだ紫紺の瞳が特徴の厳めしいドラゴンだ。鋭い刃がきらめき、どことなく禍々しさも感じるその姿は半分透けているように見える。

 

「ど、ドラゴン!?」

 

俺達は突如として現れたドラゴンに警戒を向ける。こんな全身刃物と言っても過言ではない外見からしてヤバい雰囲気しかない。しかしそんな俺達のことなど我知らずと、謎のドラゴンは変わらぬ調子で話を続けた。

 

『この空間は君たちの精神を繋ぎ、現実世界と遮断されている。ここの1時間は現実世界では1秒にも満たない』

 

なんだそのNOAHみたいな便利仕様。つまり、ここでどれだけ過ごしても現実のロキとの戦いには影響はないということだな。

 

「あなた、一体何者?」

 

『時間がない。今回汝らに伝えなければならないことが二つある』

 

投げかける部長さんの問いをドラゴンは無視し、自分の話をそのまま続けようとする。

 

「おい、部長の質問に…」

 

主への無礼を働くドラゴンに苛立ったのか兵藤が前に出ようとするが、部長さんは兵藤を手で制した。

 

「これ…もしかして、ビデオメッセージのようなものかしら」

 

「ビデオメッセージ?」

 

「…確かに、このドラゴンには違和感を感じる。ここにいるようで、ここにいないような」

 

ゼノヴィアもドラゴンを見る目を細めて言う。

 

俺にはよくわからないが、長年の悪魔との戦いで気配を感じ取れる感覚を研ぎ澄ましていったのだろう。

 

「…ゼノヴィア先輩の言った通り、目の前にいるあのドラゴンの気配が一切感知できません」

 

「仙術でも感知できないなら、きっとそういうことなのね」

 

塔城さんが仙術を使ったことで判明した事実で、一応の結論は出た。しかし、このドラゴンは一体何者なのだろう。そこだけがまだ不明のままだ。

 

『紀伊国悠』

 

「!」

 

厳かな声色でいきなり名前を呼ばれ、ピシッと背筋が正される。

 

このドラゴン、俺の名前を知っているのか…?だとしたら一体…。

 

『こちらの事情が変わった。もう君はあの世界と我々のことを隠す必要はない。君は君として、戦ってよいのだ』

 

「ッ!!!」

 

まるで心に張り詰めた者を見透かし、それを溶かすが如く優しく語り掛けるような口調、しかしその内容は爆弾と呼んで差し支えないレベルの衝撃的な内容だ。まさかのカミングアウトに、雷に打たれたような衝撃を受けてはっと目を見開いた。

 

…そう来たか。この話で分かった。このドラゴンは俺をこの世界に送ったあの女神の差し金、あるいは関係者だ。

 

「悠、どういうことだ?」

 

「隠す必要って…」

 

当然、皆は竜の言葉の意味を俺に詰問しだす。仲間たちから向けられる疑惑の念に、寒くもないのに体が震え、冷えていくような感覚を覚える。

 

まさか、いつかは来ると思っていたこの時がいきなり来るなんて思わなかった。

 

『そしてもう一つ』

 

ざわめく俺達の反応をよそに、ドラゴンの話は続く。聞きたいことはやまやまだが、取り敢えずあのドラゴンの話を聞いてみようと思ったのか皆の注意が俺からドラゴンへと移った。

 

『既に世界は破滅へと足踏みを始めている。そして、その破滅の先導者が君たちのすぐ近くまで迫っているのだ』

 

「?」

 

世界の破滅か。まるでRPGに登場するキャラクターのようなセリフだ。だが、ポラリスさんも世界を滅ぼす敵がどうたらこうたらなんて同じことを言っていたな。

 

このドラゴンもポラリスさんと同じだ。常人からすればほら吹きだと一蹴されかねないことを至って真剣に話している。その雰囲気に茶化す余地などどこにもない。

 

…ん?ポラリスさんと同じ?

 

『君たちがネクロムと呼ぶ存在、深海凛は彼の実の妹だ。今の彼女は邪悪な存在に体を奪われ、私が彼女に与えた力共々策謀に利用されている』

 

「何だと…!?」

 

「え…!?」

 

「ネクロムが、先輩の妹!?」

 

告げられた真実に、またも大きく心が揺らいだ。それは俺だけではなく、他のメンバーも同様だった。

 

やはり凛は俺と同じ様に転生したんだな。だからネクロムの力も持っているんだ。

 

そして同時に、俺の中でドラゴンの言葉とポラリスさんの言葉が繋がった。

 

凛のことを叶えし者と呼ぶポラリスさんはその凛を操る『敵』を追っていた。凛を操るその存在をこの龍が邪悪な存在と呼ぶということはつまり、ポラリスさんの敵=ドラゴンの言う破滅の先導者で、凛は叶えし者という敵の眷属ではなく、本当は彼女の言う敵そのもの…?

 

…ダメだ、さっきからこのドラゴンの言うことの尽くが衝撃的過ぎて、頭が追い付かない。だがこのドラゴンは俺だけでなく、凛を取り巻く状況の根底に深く関わっていることは明白だ。

 

『私は破滅を討ち祓う因子を紀伊国悠と深海凛に託し、この世界に送った。だが彼らだけでは破滅を回避することはできない。汝らもまた、世界を救う希望なのだ。大変急で、身勝手な願いではあるが、どうか……』

 

語らるたびに心に秘めた思いがこもっていくかのように口調が切なるものになっていき、ドラゴンは最後の言葉の前に一拍置いた。

 

『――汝ら、この世界を守ってはくれまいか』

 

俺たちの前に突如現れたドラゴン。名も素性も知れぬ彼のその一言に、まだ明かされぬ彼が抱える思いの全てが込められているような気がした。

 

そしてそれを最後に、俺達の反応を待たないまま話したいだけ話尽くしたドラゴンの姿はまた小さな光の粒子へと戻っていき、跡形もなく消えた。

 

「消えた…」

 

「あのドラゴン、結局何者なんだ…?」

 

結局、あのドラゴンは最後まで自分が何者であるかを語ることはなかった。少なくともあの女神と関りがあるのは確かだが、転生した際に面識はない。

 

そもそも最後のあたりに言っていた破滅を討ち祓う因子とは何か。託したということは、やはりゴーストドライバーとメガウルオウダーのことを指すのか?

 

それに俺を転生させたのはあのドラゴンではなく女神だというのに、まるで自分が転生させたような言い方をしていた。となると、俺や凛の転生にはただ間違って殺してしまった以外にも何らかの事情が…?

 

頭の中で次々と湧き上がる疑問と、受け取った情報を整理しようとする動き。それに心の揺らめきが拍車をかけて今にも頭がパンクしてくらくらしそうだ。

 

「それより気になるのは君のことだ」

 

だがそれを許さない者がいた。ゼノヴィアの向日葵色の瞳がすっと俺に向けられている。

 

「君とあのドラゴンは、何か関係があるのか?それに君が隠してきたこととは…」

 

ずばりと聖剣を突き付けるかのように彼女は俺に疑問を突き付ける。同じく答えを求める皆の視線が、再び俺に集まっていく。

 

「……」

 

無言でこっちを見つめる皆が俺の答えを待っている。

 

「――」

 

ごくりと息を呑み、目を伏せる。

 

…もう、隠し通すことはできない。打ち明けるとしたらここだ。いや、ここしかない。

 

だがもし、全てを知った皆が俺のことを拒絶したら?

 

特に兵藤と紫藤さんは、この体の主と幼馴染だ。俺がその幼馴染の皮を被った全くの別人だと知れば……。今まで自分を騙していたと糾弾するのでは?

 

複雑な感情、恐怖心が脳裏でいくつものIFを生み出し、それによってさらに激しく揺れる心が、脈打つ心臓の鼓動を早める。

 

ふいに肩を叩かれた。その感覚が少しばかり暗く底のない感情の海に沈みかけた俺を引き上げた。

 

「…教えてくれ、私は君を信じたいんだ」

 

肩に手を置いたのは話を切り出したゼノヴィアだった。今、彼女が俺に注ぐ眼差しは咎める光ではなく、切に訴えかけるような光を帯びていた。

 

「…!」

 

その光が、俺に一握りの勇気の火を灯した。視界を閉ざす霧のような闇の中で煌煌と輝き、その中で一つのIFのビジョンが浮かび上がる。

 

もし、皆がこんな俺を受け入れてくれたら。俺が、ありのままの俺で皆と居てもいいと許してくれたなら。

 

…皆、俺と共に激戦を潜り抜け、背中を預け合った仲間なんだ。彼女は今、俺を信じようとしている。ならその思いに応えるのが道理というものではないのか。

 

俺を信じてくれる皆を、信じてみよう。

 

もう後にも引けなくなった状況、そして彼女の言葉が後押しとなり、ついに俺に決心させた。

 

その前に胸に巣くう緊張を少しでも和らげ落ち着けようと大きく息を吐く。

 

「…わかった」

 

「…!」

 

恐怖に立ち向かう。口で言えば簡単だが実際に為すには途方もない勇気を必要とする。今のたった一言を言うことすらかなりの意志の力を使った。

 

…もう、逃げるのは止めよう。それも命を賭して戦う敵ではなく、仲間から逃げるのは。

 

胸中に渦を巻く恐れに立ち向かう意思表示となる言葉に、皆が反応した。

 

「…話そう。本当の俺のことを」

 

ロキとの戦いで、俺はこれまで抱えてきた覚悟と向き合った。今度はその覚悟を貫く相手、そう、俺の仲間と向き合う番なのだ。

 

そしてようやく、震える唇で思い切って打ち明ける。今まで隠し通してきた、自分の全てを。

 

「俺は紀伊国悠じゃない。俺はある女神の力でこの世界に新たな生を受けた、異世界から来た魂だ」

 

「!!」

 

「えっ!?」

 

皆が目を見開いて一様に驚く。予想通りの反応だった。

 

それはそうだろう、今まで紀伊国悠と言われ、共に過ごしてきた人間が実は別人だと本人の口から告げられれば驚かないはずがない。

 

「異世界から来た、魂?」

 

「女神ですって…?」

 

「ちょ…それ、お前が紀伊国じゃないってどういうことだよ…!?それに異世界…!?んじゃえっと、お前は幽霊…なのか?」

 

「待ってくれ、一つ一つちゃんと説明する」

 

意を決して口に出した衝撃的な事実にどういうことかと皆からの質問が押し寄せる。しかし俺は聖徳太子ではないので、一つ一つ順を追って説明することにする。

 

「幽霊…確かにそうだな。その異世界で死んだ俺の魂はとある女神によってこの紀伊国悠という男の体に入り、今まで活動してきた」

 

「…スペクターって、文字通りの意味だったのね」

 

納得したと朱乃さんが言う。

 

一度死んで、自分本来の肉体を持たないまま仮の肉体で蘇った俺は幽霊とも呼べる存在だ。

 

…まあ、これは単なる偶然なんだけどな。仮面ライダースペクターが好きだからこの力を欲しただけだし。

 

「ちなみに先輩を転生させた女神って、どの神話のですか?」

 

質問してきたのはひょいと挙手した塔城さんだった。

 

「…いや、あの女神は自分の名を名乗らなかった。長い青髪で、すごいアホっぽい感じだったが」

 

「アホっぽい青髪の女神…」

 

命を与えた恩人とも呼べる相手を小馬鹿にするような表現が笑いのツボを突いたのか、ギャスパー君がくすっと笑った。

若干泣きの入った喋り方だったので本人には悪いが本当にそういう印象しか持っていない。

 

「それで、異世界というのは?」

 

今度は木場からだ。ここが俺の話の中で一番信じがたい部分だろう。うまく皆が納得し、信じてもらえる説明ができればいいが。

 

「言葉通りの意味だ。俺は別の世界で生を受け、生きてきた人間なんだ」

 

「異世界…にわかには信じがたいわね」

 

部長さんは異世界と言う言葉を舌で転がし、難しい顔で腕を組む。

 

「部長、異世界ってあるんですか?」

 

「各神話の神々が住まう神話の世界ならあるけど、それ以外の世界は確認されていないわ。それを研究するモノ好きな研究者もいるみたいだけど…まったく研究は進んでないのが現状ね」

 

兵藤が部長さんに訊ねた。部長さんが語るこの世界での異世界事情はおおむねポラリスさんから聞いた通りだ。

 

「…疑う訳じゃないけど何か、証拠になるものはないの?この世界に存在しないものとか」

 

疑う訳じゃないと言いつつも部長さんはもちろん、他の皆もやはりまだ信じ切れていない様子だ。

 

どうにか、異世界の存在を証明できないだろうか。俺の存在そのものがその証拠だと言えばそれまでだが、それだとちゃんとした説明になっていないし、まだ説得力に欠ける。

 

…あ、そう言えば。

 

不意に頭の中に浮かび上がったそれは、今俺が持っている紛れもない物的証拠だった。

 

「俺のゴーストドライバーです!アザゼル先生が前に解析した時に、どの神話体系にも属さない未知のテクノロジーが使われているって言ってました!」

 

これしかないという思いで、食い気味に話す。

 

神器研究で知識豊富な先生のお墨付きもあれば、これ以上にない証拠になる。

 

「あ、確かに先生はそんなこと言ってたな!」

 

「未知の技術も、私たちの知らない世界で生まれたものなら説明がつきます」

 

「あのアザゼル先生がそう言うのなら、説得力があるな」

 

先生のお墨付きは効果絶大で、最初は浮かない顔をしていた兵藤や塔城さん、ゼノヴィアは確かにそうだと納得した様子を見せた。

 

「そう言えば、あなたに関して色々不可解な点があったわ。4月ごろに感じた大きな波動。あれは丁度あなたが退院した時期と重なっているし、今まで感じたことのないオーラの質だったわ」

 

俺の話から急に思い出したように、部長さんが言う。

 

「…そう言えば、そんなこともありましたわね」

 

「あの時はイッセー君が入ってきたりレイナーレのこともあったし、その後のライザーやコカビエルの件ですっかり忘れてしまったよ」

 

「あの時は生活の変化で私も大変でした…」

 

と、まだ数か月前の出来事なのに遠い昔の出来事のように懐かしむ様子も見せる朱乃さんと木場、そしてアーシアさん。

 

あの時の俺は迷いに迷いまくってたからな。でも、あの迷いがあったからこそ今の俺があると言える。

 

「先輩が転生したのはいつのことですか?」

 

確認を取るように塔城さんは訊ねる。

 

「4月。多分その波動ってのも、あの女神がこの世界に俺とゴーストドライバーを飛ばした力の余波だと思います」

 

「4月…」

 

俺の言で、さらに証拠は確たるものとなる。

 

「ってことは…」

 

「これだけの証拠があれば、異世界の存在を信じるに足るね」

 

部長さんの思い出した情報をきっかけに、続々と兵藤たちは納得した。アザゼル先生の解析した神器のデータ、転生時の波動とそれが観測された時期と重なる俺の転生。これだけの動かぬ証拠があれば、認めるしかあるまい。

 

「認めるわ、あなたの言う通り確かに異世界は実在する」

 

最初は異世界という荒唐無稽なワードに難しい顔をしていた部長さんも、これらの証拠でようやく飲み込めたと頷いた。

 

どうにか皆を納得させられたことにほっと一息つく。難しい話だったが、うまく説明し信じてもらえて何よりだ。

 

でもこの事実が公になればきっとその異世界を研究している人たちはこぞって俺の元にやって来るだろうな。混乱を避けるためにも一部の人間だけに明かすのが一番か?

 

「…じゃあ、今まで俺達と戦ってきたのは幼馴染の悠じゃないってことなのか」

 

「そういうことなのね」

 

一時の安堵に胸を下ろす俺とは対照に、兵藤と紫藤さんの表情に寂寥の影が差した。

 

兵藤の記憶の中にいる、紀伊国悠という幼馴染。彼がどういう人間かは伝聞でしか知ることが出来ないが、かなりの仲良しだったことは間違いない。

 

今の自分が記憶喪失どころか全くの別人であるという事実にはやはりショックを受けるのは避けられなかったか。

 

一瞬その言葉を口にするのを躊躇うが、今まで隠してきた真実を語らなければならないと感じた俺はあえてはっきり言う。

 

「…そうだ。事故で記憶喪失というのも全て嘘だ」

 

「…」

 

その言葉に、二人の顔により複雑な色が広がる。こんな経験は俺もしたことがないし、正直俺には二人の胸中を推し量ることはできない。

 

果たして、今の二人の胸に渦を巻いているのは幼馴染を失った悲しみか。それとも幼馴染を偽ってきた俺への怒りだろうか。

 

「ゴーストドライバーも、女神から与えられた力に過ぎない。俺はずっと、借り物の体と力で戦ってきたんだ」

 

「どうして、それを黙っていた?」

 

ゼノヴィアは真実を隠蔽してきた俺の行動の訳を問う。

 

「この世界に転生する前に、女神から頼まれたんだ。『このことはくれぐれも内密にしてくれ』と」

 

「何かまずい事情でもあるんでしょうか…?」

 

そう推測するのはギャスパー君。

 

まずい事情か、女神が言ったことの中で俺が覚えている限り…。

 

「…間違って君を殺してしまった、とは言ってたな」

 

「「「「「あー……」」」」」

 

ぽつりと言った一言で、全員が全てを悟った表情で声を揃えた。

 

「…確かにアホっぽいですね、むしろポンコツ…なのでは?」

 

「アホっぽいどころじゃないと思うけど…」

 

ギャスパー君に突っ込みを入れるのは紫藤さん。

 

アホっぽいで殺されてたまるか、俺もそれを知らされた時は怒ったぞ。でもあまりにも何度も綺麗に土下座して泣きながら謝る女神がいたたまれなかったからだんだんと怒る気力も失せて、むしろ可哀そうに思えてきたくらいだった。

 

「ミスを隠蔽するために、あなたの力を詫びのしるしにしてこの世界に送ったという所かしら」

 

「多分、大体そんなところですね」

 

部長さんの言ったことが女神の行動の全てだろう、ただ。

 

「…あのドラゴンの話を聞くまで、俺が考えてたところではですけど。俺もあのドラゴンが転生に関与していたことは知りませんでした。これは本当です」

 

「なるほど。それと…ネクロムがあなたの妹だという話は…」

 

「…はい、あいつは俺の妹なんです」

 

彼女の存在は俺の事情を説明するうえで避けられない要素の一つでもある。たが、まさかここで今の彼女の真相が明かされるとは思ってもいなかったのでまだ混乱している部分はあるが。

 

「紀伊国に妹はいなかったから……ということは、お前が異世界にいた時の妹ってことだよな?」

 

「そうだ。あいつは本当に明るくて、自慢の妹だった。でも俺が転生する二年前に事故で死んだ。多分、その後俺と同じ様にあの女神とドラゴンによって転生したんだろうが…まさか、今の状態が体を乗っ取られているとは思わなかった」

 

恐らく転生した後に何かしらの出来事があって、ポラリスさんの言う敵に体を奪われたのだろう。だが自分の妹の危機なら転生する際にモチベーションを上げるためにも俺に教えるだろうに教えなかったということは、向こうがそれを察知したのは俺の転生後ということになる。

 

一体どういう経緯で今のような状態に陥ってしまったのか。真相が明かされたがまだ解かねばならない謎は残っているようだ。

 

「先輩も…自分の肉親と戦ってきたんですね」

 

「…そうだ」

 

過去二回、俺は凛と戦った。一度は状況が読めず、何故彼女が俺の命を狙うかわからぬまま殺されかけた。そして二度目は、もしかすると自分の手で妹を殺めてしまうのではないかという恐怖と隣り合わせに戦った。

 

「なるほど…よくわかったわ」

 

説明しなければならないことは全て語りつくし、一通り話は終わった。

 

「…なんだか、紀伊国さんがかわいそうに思えてきました」

 

「いや、俺に可哀そうだなんて言われる資格はない……俺は嘘つきなんだ」

 

アーシアさんから寄せられる同情的な意見をあえて自ら一蹴し、今までの話を結論付けるように俺は言った。

 

「皆に言わなかったのは頼まれたからってだけじゃない。俺は怖かった。もし全部話したら、皆に拒絶されるんじゃないかって…兵藤と紫藤さんは、紀伊国悠と幼馴染だから、俺がそいつの皮を被った別人だって知ったらどうなるかわからなくて……俺を信じてくれる皆を、俺は信じていなかったんだ」

 

今まで溜めに溜め続けた自分の思いを、ようやく気付いた無意識に抱いていた仲間への不信を俺は目を伏し気味にみんなの前で打ち明ける。

 

全て話した今だからこそわかる。俺は隠し事をする理由をあの女神に頼まれたからと女神に全部投げて、「皆に拒絶されてしまうのではないか」という皆への不信を隠し、あるいは無意識に目を背けていた。抱いた恐れは日に日に大きくなり、そうなるにつれてより自分から言い出せなくなってしまった。

 

だからここまで転生の事情などを引っ張ってしまった。これは俺の臆病さが招いた結果なのだ。

 

「これが俺の全てだ」

 

話せることは全て話した。後は皆がどう思うか次第だ。

 

微かな希望が叶うか、それとも恐れていた通りの結果になるか。目を瞑り、皆の意思を待つ。

 

目を閉じてからの時間は、永遠とも思える一瞬だった。

 

「でも、今までの君の戦いは、思いは嘘じゃないだろう?」

 

「!」

 

一番最初に口を開いたのはゼノヴィアだった。彼女の言葉にハッとする。

 

〔BGM:友情のデュエル(遊戯王ゼアル)〕

 

「君はずっと苦しんできた。私たちに隠し事をしたことに苦しみ続けてきたんだろう?その苦しみを抱えたまま、今まで戦ってきたんだな」

 

「…」

 

言葉を続けながら彼女が歩み寄る。全てを受け止める優しさに満ちた彼女の顔が近づいた。

 

「…!」

 

「でも君はその苦しみの元を勇気を出して吐き出した。よく今まで耐えてきたな。もう苦しまなくていい、これからは私が一緒に、君の苦しみを背負ってやる」

 

すると今度はゼノヴィアの方から両腕を回し、俺を温かく抱きしめてくれた。

 

突然優しく抱擁されたことに驚きを隠せず、呆然となる俺の耳元で彼女は許しの言葉を与えてくれた。

 

「…あ」

 

まるで川面に落ちる一滴の水滴のように儚い声が、ぽかんと空いた口から漏れ出た。

 

その言葉が一体どれほど俺の心を温かくしてくれただろうか。動けなかった。その許しは、俺の心に巣くっていた恐れという感情でできた凍土に春の日差しの如く差し込み、緩やかに溶かしていく。

 

まだ頭の中で終わった話の整理がついていないのか、目が泳ぎながら頭をポリポリかく兵藤が前に出た。

 

「俺も、あんまりよくわかんないけどさ。小さい頃一緒に遊んだ紀伊国じゃないけど、俺達と一緒に戦ってきた友達であることには変わりないんだろ?」

 

「…!」

 

…そうだ、今までこいつらと一緒に戦ってきたのは紛れもない俺だ。俺が嘘つきだろうと、それは決して揺るがない事実なんだ。

 

「なあ、お前にとって、俺達はなんだ?」

 

「…オカ研の仲間、友達だ」

 

俺は動揺の余韻が冷めぬまま、そう答えた。すると兵藤はにっこり笑った。

 

「それでいいんだよ。だったら、これからも俺達と一緒にいてくれよ。俺はもっとお前と一緒に学生生活を楽しみたいし、オカ研にはお前が必要だ」

 

そう言って肩を気安くポンポンと叩くと、にっと燦々と輝く太陽のように笑いかけてくれた。その眩しい笑顔が俺の心に衝撃を与えた。

 

俺は幼馴染の紀伊国悠じゃない。その皮を被った別人なのに、それを知った今でも変わらず俺を友達と、仲間だと呼んでくれるのか。

 

俺を俺として、認めると言うのか。

 

「君はいつだって一生懸命に僕たちと共に戦ってきた。僕が復讐に囚われた時、イッセー君と一緒に手を差し伸べてくれた君も僕にとって恩人だよ。どうしてそんな君を仲間じゃないなんて言えるんだい?」

 

「ディオドラさんの時、紀伊国さんが一生懸命になってイッセーさん達と一緒に戦ってくれました。あんなに一生懸命戦っていた紀伊国さんは嘘つきじゃありません」

 

笑いかける兵藤に木場とアーシアさんが続く。二人とも柔らかな微笑をたたえて、俺に語り掛けてくれた。

 

エクスカリバー事件の時、まだオカ研のメンバーでないにもかかわらず俺は木場の助けになろうとする兵藤に手を貸した。それは一度はレイナーレへの復讐に燃えたこともあり、同じく復讐に進もうとする木場を放ってはおけなかったからだ。

 

木場の時も、アーシアさんが攫われた時も、俺は二人を助けたいと願った。その思いは本物だった。

 

俺が隠してきたことがどうであれ、今までの行いは皆に大きな影響を与え、俺と皆を繋ぐ絆が生まれていたようだ。今更隠し事がバレたところで揺らぐようなやわなものではなかったらしい。

 

「それと…紀伊国さんの言う異世界のお話も、色々と聞いてみたいです。今まで紀伊国さんとお話しする機会があまりないので、これをきっかけにもっと紀伊国さんのことを知りたいです」

 

あ…言われてみれば、アーシアさんと一対一で話したことってほとんどないな。俺の素性が明らかになったこれを機に、アーシアさんともっと話してみようか。

 

「私もあなたを信じるわ」

 

さらに続くのは部長さん。

 

「ライザーとのゲームからずっと、あなたには何度も助けられてきた。あなたが吐いた嘘がどうであれ、あなたにオカ研にいてほしいわ。だって、あなたが何者であろうと、あなたは立派な私たちの仲間だもの」

 

異世界の話をした時のような張り詰めたものはなく、普段通りの優しい微笑みを浮かべて認めてくれた。

 

「後輩が言うにはおこがましいかもしれませんが、昔の僕のように弱さを乗り越えようとする先輩はやっぱり僕たちと同じ、オカ研男子です!」

 

いつもはおどおどしていてあまり自分の意思を出さないギャスパー君も、はっきりと自分の思いを口にした。

 

心配するまでもなく、俺はもう受け入れられていた。自分の存在はもう、オカ研にとって当たり前になっていたのだ。

 

「紀伊国君は自分の抱える苦しみと弱さとずっと戦ってきた。それを今克服しようと私たちに打ち明けてくれたのは、私たちを信じてくれたからなのよね?」

 

「…!」

 

朱乃さんも、バラキエルさんが来て以来見せなかった優しい笑みをたたえて俺に歩み寄る。

 

朱乃さんの言う通りだ。俺は希望のIFという可能性に賭け、皆を信じたからこそ、今まで打ち明けられなかったことを打ち明けることができたのかもしれない。

 

「…私も、いつかは紀伊国君みたいに」

 

ぼそりと呟いた言葉を俺は聞き逃さなかった。父親であるバラキエルさんとの確執を抱える朱乃さんも、自分の弱さや苦しみを戦っているのだ。

 

「あの時の先輩の言葉の意味がやっとわかりました。妹さんが敵になったから、同じく姉が敵になった私に聞きたかったんですよね?」

 

次に進み出たのは塔城さん。

 

ネクロムの攻撃を受け、瀕死の状態から回復した俺の下に現れた塔城さんにそんなことを聞いたこともあったか。

 

「私も先輩の力になりたいです。私はもう姉さまと絶縁しましたが、せめて先輩は妹さんと仲良くしてほしいです」

 

小柄な体形で、上目遣いに笑顔を向けてくれた。最近兵藤に甘える時以外はいつも仏頂面な彼女の年相応の少女らしい笑顔は普段とのギャップもあってか可愛らしい。

 

ディオドラの事件で凛と戦った時、一人では敵わなかった彼女をみんなで力を合わせることで退けることが出来た。そうだ、俺一人の力ではできないことも、皆の力があればきっと道は開ける。

 

「敬虔な信徒として嘘は見過ごせないけど、今のあなたは臆病でも、仲間のピンチをほっとけない仲間思いなのは知ってるわ。ゼノヴィアがたくさん教えてくれたからね!」

 

「む」

 

と、最後に語るのは紫藤さんだ。名前を出されたゼノヴィアが頬を恥ずかし気に赤らめた。

 

「本当の悠くんの事が気になるのは事実。でも悠は悠、あなたはあなたよ。私は受け入れる!悩めるあなたを、私は救済したいわ!」

 

彼女は内にある疑念を隠さず、だがそれを踏まえ俺を認めて天使らしいセリフで朗らかに笑う。

 

皆、俺に笑い、微笑みかけてくれる。そこに俺が恐れていた不信の色など、微塵もなかった。

 

そして悟った。

 

俺がどれだけ素性を隠してきたとしても、これまでに俺が積み上げてきたものは決して無駄でも偽りでもなかったと。

 

「…こんな俺を、許してくれるのか」

 

感極まって目元からふと溢れた一筋の光が、頬をつうっと走る。

 

「仲間だと…言ってくれるのか…」

 

「何度も言わせないでよ、当たり前に決まってるじゃない」

 

「そうだぜ、紀伊国」

 

「そうですよ、先輩」

 

「もちろんです!」

 

「もちのろんよ!」

 

その言葉が、湧き上がる感情を更に後押しした。

 

「あ……あぁ…ううぁ……!!」

 

緊張の糸がぷつんと切れ、極まった感情のままに体から一気に力が抜けてどさっと両膝と両手を地面(ないはずなのになぜかそんな感触がある)に突き、涙と嗚咽をこぼす。

 

どうして、今まで言えなかったんだろう。一体何を恐れる必要があったのだろうか。

 

こんなにも温かく受け入れてくれる仲間を自分は信じていなかったなんて。なんと自分は愚かだったんだろう。

 

後悔と安堵、自責など様々な感情が一体となって混ざり合い、俺の心をかき乱す。自分でも訳が分からない。

 

さっき泣いたばかりだというのにゼノヴィアの次は、彼女を含めたオカ研全員の前でまた泣くことになるなんて。

 

「…ごめんなさい…ごめんなさい……うぁ…!」

 

これまで溜めてきた思いが、言いたかった言葉が涙と共にぼろぼろとこぼれる。

 

涙と謝罪の言葉が止まらない。

 

これを言いたかった。このためだけに、俺は……。

 

「泣くなよ紀伊国、まだ戦いは終わってないんだぜ?」

 

「そうよ……でも、今だけしっかり泣いてもいいわ」

 

「……ありがとう……!!」

 

涙に濡れた顔を上げて、皆の善意に応えるため精一杯の笑顔を皆に返す。その時にやれやれと言いながらも破顔する皆の顔が見えた。

 

心の底から思えた。この世界に来て、皆に会えてよかったと。

 

そして切に願った。これからも、自分を受け入れてくれた皆と共に生きたい。

 

心の底から言った言葉と同時に、視界が光に包まれるようにかすんでいく。

 

〔BGM終了〕

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

視界と意識を塗りつぶす光が晴れると、目の前には変わらぬ殺風景な採掘場と俺を掴み上げるロキの姿があった。あれだけあの空間で長く話したにも意識が飛んだ時からロキは一歩たりとも動いていない。

 

「ぐぅぅ…何だ、この光は…!」

 

またも受けた強烈な光に、たまらず呻くロキ。

 

これは好機と、腹を強く蹴りつける。目くらましで力が緩んだこともありどうにか解放され、受け身を取りつつ地面を転がる。

 

「いつっ……ん?」

 

そして起き上がった俺の手の中に、青味の強い虹色の光が宿っていた。小さいながらも手の中で強く光が一度眩しくパッ瞬く。

 

すると今までゴーストドライバーを抑えてきたユグドラシルの拘束がさらさらと灰になり、風に乗って消えていった。まるで、俺の心の付き物が取れたことを象徴するかのように。

 

「な…!」

 

それだけではない。光の瞬きに呼応したか、俺が持っている眼魂たちが一斉に光をともして飛び出すと、俺の周囲を回り始めたのだ。

 

さらにどこからともなくいくつかの色とりどりの尾を引く光も飛来し、旋回する眼魂の光に混ざり始める。よく見れば、それは凛の手元にあるはずの眼魂だった。

 

何故凛の持っているものもここに来たのかはわからないが今、目の前に15の眼魂が全てそろっている。その感傷に浸る間もなく集った眼魂たちはやがて俺の手の中に光へ向かうと一つになり、パッと光が弾けた。

 

「っ…これは…?」

 

光が消え、俺の手元にあったのはスペクターの紋章が刻まれた、左手で握るためのグリップのついたデバイスだ。こんなアイテムは見たことがない。

 

だが脳に直接、このデバイスに関する情報が流れ込んでくる。この感覚は各英雄たちのフォームに変身した時、その得意分野の知識が脳に感覚に似ている。

 

『――それが汝の選択の証だ。仲間の思いと力を繋ぎ、運命を切り拓け』

 

流れ込む情報、その最後で脳裏にまたドラゴンの声が聞こえた。どうやら、あの空間での皆との和解がこの力を完成させるキーになったらしい。

 

…あのドラゴンも、俺がきっと皆に認められると確信レベルで思ったからそんな条件を設定したのだろうか。でなければこんなことはできない。

 

あんたも信じているんだな、俺が信じた仲間を。

 

それはさておきどうやらこのデバイスの名称はプライム・トリガーと言うらしい。あのドラゴンが俺に託した、新たなる希望だ。

 

〈BGM:龍亞の覚醒(遊戯王ファイブディーズ)〉

 

俺のドライバーにかけたユグドラシルの呪縛を払ったことで、ロキは動揺も露わにする。

 

「まさか…我の呪縛を破り、新たな力を手にしたというのか…!」

 

「そうらしいな」

 

トリガーを握り、晴れ晴れとした気持ちでふっと笑う。

 

「俺の迷いは、あの光が払ってくれた」

 

皆の許しが、俺を今まで縛り付けてきた恐れという鎖から解き放った。すがすがしい気分だ。

 

…だが、俺を縛る鎖はまだ一本だけ残っている。

 

未だ皆に素性を隠しながらもこの戦いに協力してくれるポラリスさんのことだ。あの人の謎はまだまだ多い。

 

だがそれも、この戦いであの人が味方であることを証明しみんなの信用を得れば気負うこともなくなる。

 

…それを考えて、今回の戦いに参加したのだろうか?あの人が本当に兵藤たちの味方であることを証明するために自ら介入をしたのか。

 

だがそれはこの際どうでもいい。ただ一つ、言えるのは。

 

「ロキ…今の俺は、強いぞ」

 

とある筋肉バカの言葉を借りるとすれば、今の俺は、負ける気がしねぇ。

 

このアイテムを手にした瞬間に、その使い方は理解した。

 

プライムトリガーのグリップを左手で握り、上部の青いスイッチを押す。

 

〔ソウル・レゾナンス!〕

 

手にしたドライバーの左サイドにある銀色のパーツに装着する。そして自分の魂が宿るスペクター眼魂を起動してドライバーに差し込み、カバーを閉じた。

 

〔アーイ!フェイタル・シフト!〕

 

新たな音声と共にベルトから一斉に15の英雄たちのパーカーゴーストが躍り出る。それは集結を喜ぶかのように、これから生まれる新たな力を祝うかのように雄々しく宙を舞う。

 

〔バッチリミロー!バッチリミロー!〕

 

「変身!」

 

これまでの待機音とは違う、バックのメロディーがより勇壮になった音声が勇ましく心を奮わせる。

 

天に左手を掲げてそのままゆっくり下ろし、力強く拳を握って、力を解き放つ言葉を口にしてトリガーを引く。

 

〔ゼンカイガン!プライムスペクター!〕

 

「―――!」

 

力を解放したその瞬間、俺の脳内に様々なビジョンが流れ込んでくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目に包帯を巻き、ボロボロの布切れを纏う黒髪の少女。

 

 

 

 

 

 

 

 

黄金の槍を手にした、教会の悪魔祓いの衣を纏う少年。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、強大な獣と戦う黒と赤の二匹のドラゴン。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そのビジョンが終わると、ギュンと引き戻されるような間隔と共に再び意識は現実世界へと戻る。

 

全身に流れる霊力は黒地に銀色のラインが入った強化スーツという形で物質化し、俺の全身を覆う。脚や腕、そして胸などには輝かしい黄金に縁どられた鎧『アーマーサブライム』が15個も装着される。

 

すると宙を飛んでいたパーカーゴーストが俺の下に集まり、全身に備わったアーマーサブライムの中へと次々に飛び込んでいく。何も写さない真っ黒だったアーマーには取り込んだ英雄の紋様がはっきりと表れた。

 

右脚にはゴエモンとロビンとサンゾウ、左脚にヒミコとリョウマとグリム。

 

左腰にベンケイ、右腰にニュートン。

 

右腕にエジソンとムサシ、左腕にビリーザキッドとベートーベン。

 

左肩にフーディーニ、右肩にツタンカーメン。

 

そして、胸部に大きくノブナガの紋章が浮かび上がる。

 

さらにドライバーの透明なカバーの上から、溢れ出すエネルギーが物質化して金色の交差する剣の装甲が装着される。

 

15のパーカーゴーストを取り込み、15のアーマー全てに英雄の紋章を宿したことで変身は完了した。

 

〔運命!革命!黎明!英雄!友情!最上!アウェイクニング・ザ・ヒーロー!〕

 

全ての眼魂を一つにしたことで生まれた黄金のエネルギーは一瞬俺の頭上と背に揺蕩う水の王冠と虹色の翼を形作ると、泡沫のように弾けて消えた。

 

仮面ライダープライムスペクター。全ての英雄の魂を集わせ、運命を変える戦士の誕生であった。

 

〈BGM終了〉




というわけで、パワーアップフォームはスペクター版グレイトフル魂でした。大まかに言えばあの竜が凛というイレギュラーに対処するために用意した、イレギュラーなパワーアップと言う設定です。ディープスペクターを待っていた方にはごめんなさい。

英雄の位置や顔の模様がスペクター仕様になっていたりと違いはありますが基本的な姿はグレイトフルと大差ないです。ただ設定はかなり変わっていますし今までとは毛色の違うフォームなため、変身音も他のフォームとは違う感じになっています。勿論、新しい挿入歌もチョイス済みです。歌詞がピッタリな奴なのでお楽しみに。

それとプライムトリガーはアサルトグリップとハザードトリガーを合体させたみたいなデザインです。アイコンドライバーにしなかった理由は色々ありますのでまた別の機会に。

次回、「プライムスペクター」


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第92話 「プライムスペクター」

新フォームの力、とくとご覧あれ。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
1.ムサシ(New)
2.エジソン(New)
3.ロビンフッド(New)
4.ニュートン(New)
5.ビリーザキッド
6.ベートーベン
7.ベンケイ(New)
8.ゴエモン
9. リョウマ
10.ヒミコ(New)
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
13.フーディーニ
14.グリム(New)
15.サンゾウ(New)




「久しい」

 

殺風景な内装。そこにぽつんと置かれた椅子に孤独に腰かける長い黒髪の少女が微笑んだ。

その少女の名は、オーフィス。世界最強と謳われる存在にして、世界を混乱に導いているテロ組織、禍の団の首領である。

 

もし今の彼女の様子を、禍の団の構成員が見ればひどく不思議なものに感じるだろう。グレートレッド以外にまるで興味を持たぬ彼女は常日頃から何を考えているかわからない無表情を貫いており、今のように笑うことなどめったにないのだから。

 

虚空を見上げると、まるで親しい友人に向けるような温かさをたたえてこの世界に再び感じた気配の持ち主に語り掛ける。

 

「帰って来た?」

 

 

 

 

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、採掘場にて足止めにとネクロムと激戦を繰り広げていたヘルブロスは、二人そろって戦闘の動きを止め、同じ方角を向いていた。

 

『突然凄まじいオーラを感じたかと思えば、眼魂が悠たちのいる方角へ飛んでいった……。それに、悠の反応が今までにないものに変化している。向こうで何かが起こっているな』

 

向こうで起きている異変に怪訝そうに呟くヘルブロスとは対照的に、通常フォームに戻ったネクロムはひどく動揺した様子を見せていた。体も声も内心の衝撃を表すように酷く震わせている、

 

「何故…奴の波動を感じる?奴はもう既に…」

 

(普段は感情をおくびにも出さない奴がここまで動揺するとは……一体何がどうなっている?)

 

巨大なオーラの観測は二度あった。

 

互いに訳ありで全力を出せない二人の戦いは拮抗状態が続き、互いに攻めあぐねていたところに大きな光が空から落ち、ロキと一誠、悠とゼノヴィアが戦っている彼方へと向かって行った。それが最初の観測だった。今までに観測されたことのないオーラの質に、その時にはまだお互いに何事かと不審に思う程度だった。

 

だが最初のオーラが消えた数秒後、突如としてネクロムの所有していた眼魂が光り始め、全て一誠達のいる方角へと飛来した。これにはさすがのネクロムも驚き、幾分かの隙が生まれた。

 

ヘルブロスもまさかの現象に驚きはしたがこれは好機だと攻め入ろうとした瞬間、一度目よりもさらに強大なオーラが同じ方角から観測された。これが二度目の観測だった。

 

今のネクロムの激しい動揺は二度目の波動が原因だった。

 

ネクロムはその波動を知っている。だが、彼女…いや、彼女たちにとってそれはあってはならないものだ。

 

この場は引いて、直ちに確かめなければならない。未だ動揺を引きずりながらも迅速にネクロムは判断を下した。

 

「…貴様に構っている場合ではなくなった」

 

〔Destroy!DAI-TENGAN!NECROM!〕

 

即座にメガウルオウダーを操作し緑色の霊力を拳に充填する。その動作に次なる攻撃が来るとヘルブロスは身構える。

 

〔OMEGAUL-ORDE!〕

 

パンチを繰り出すように左手を突き出して迸るオーラを放出し、うねりながら前進するそれは二人を分かつ距離の丁度中央で爆ぜた。圧縮されたエネルギーの爆発によって爆風と土煙を大きく巻き上げられ、ネクロムの姿をその濃密なベールの中に押し隠した。

 

『しまった……!』

 

襲う爆風に怯み、ヘルブロスは咄嗟に腕を交差する。その間に、センサーで捉えたネクロムの反応が動き、悠たちのいる方角へと移動を開始し始めた。

 

『ッ!待て!』

 

ヘルブロスもすぐに立て直して駆け出し、逃げるネクロムの追跡を開始する。

 

 

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲

 

 

 

 

 

 

 

「力が漲る…!」

 

フーディーニ魂に初変身した時の高ぶりなど比べ物にならないほどのパワーの高ぶりを感じる。

 

力の昂りは戦意の高揚にも繋がり、逆境に煌煌と輝く希望を生む。これなら、真正面からロキと戦える。

 

しかし俺の心に希望と共にわずかばかりの困惑が居合わせていた。

 

「…だが、今のは一体」

 

変身の途中で垣間見えたビジョン。あれは明らかに誰かの記憶の断片だった。あのビジョンにいた赤いドラゴンは間違えようもなく……。

 

「土壇場でパワーアップしたのは赤龍帝でなく貴様だったか」

 

ビジョンのことを考える俺をよそに、ロキが言う。

 

「それに、先ほどのオーラはどの神話のものでもない……が、そんなことはこの際どうでもいい」

 

怪訝な声色から一転し、身に纏う緑色のオーラが高まる。

 

「貴様が何者だろうと、我の邪魔をするというなら捻りつぶすのみだ!」

 

戦意を新たにユグドラシルの力を得て、出力を増した緑色の光球を手から放った。獰猛なうなりを上げながら真っすぐ向かってくるそれを俺は邪魔な虫を手で払うような感覚で手を振るい、容易く弾き飛ばした。

 

あらぬ方向へ飛んでいった光球は採石場のどこかに着弾し、ドォンと爆発音を轟かせた。

 

〔BGM:Evolvin' storm(仮面ライダーフォーゼ)〕

 

「くっ…なら」

 

次なる手を講じるロキは魔方陣を開き、そこから天に昇るような勢いで五匹の巨大な細長い灰色の蛇がこの場に出現した。

 

見上げるような高さの蛇…いや、これはドラゴンと呼ぶべきだろうか。

 

「量産型の龍王ミドガルズオルムだ、果たしてこいつらを捌けるか?」

 

五匹のドラゴンを統べるロキが不敵に笑む。

 

龍王ミドガルズオルムのクローンだな。兵藤たちがドラゴンゲートを開いて本物のミドガルズオルムの意識を呼び出して知恵を聞き出したんだっけか。なるほど、本体はこんな感じか、それ以上の大きさのドラゴンという訳だ。

 

内心で納得した。道理で表に出てこないわけだ。これ以上のデカ物、味方でもその場にいるだけで邪魔になってしまう。

 

そしてロキに従属する五匹のドラゴンが、同時に燃え滾る火炎を俺目掛けて吐き出す。

 

〔ニュートン!〕

 

右腕に備え付けられたアーマーのニュートン魂の紋章が光る。迫る火炎に恐れと言う感情は全く湧かなかった。

 

右手をおもむろに上げて火炎に向け、斥力の波動を放つ。どっと大気を叩いて放出され、容易く分厚い炎の幕を一息に吹き払った。

 

このフォームの特色として、取り込んだ眼魂全ての能力を使用できる。勿論複数の能力を同時に発動、複合して使用することも可能だ。今まで以上に、様々な状況に対応できる仕様になっている。

 

〔フーディーニ!〕

 

フーディーニ眼魂に秘められた能力が起動し、飛行能力を得た俺は風を巻き起こして一気に空へと舞い上がる。空に躍り出た俺は五匹のドラゴンと目線の高さを同じくする。奴等の感覚で言うなら、きっと今の俺は蠅のように感じるだろう。

 

だが俺はただの蠅じゃない、これからこいつらを殲滅する凶悪なハチだ。

 

〔ガンガンセイバー!〕

 

そしてドライバーからガンガンセイバーをガンモードの状態で召喚する。召喚されたガンガンセイバーに黄金のエネルギーが覆い、銃身に金色の装飾が取り付けられる。

 

俺のパワーアップに合わせて武器も進化するということか。

 

宙を飛ぶ俺に先陣を切るのは俺だと言わんばかりの勢いで二匹のミドガルズオルムが凶悪な牙を剥き出しにして迫るが、大きく開けられた口に進化したガンガンセイバーの銃撃をぶちこんで炸裂させ、二匹を黙らせる。

 

あの巨体に効く威力なら、このフォームで使うには十分な出力向上だ。

 

他の一匹が火炎を吐き出した。空を焼きながら押し寄せる火炎を霊力を纏った左腕で振り払う動作で消し去る。

 

こんな芸当、今までの俺にはできなかった。今のとんでもないパワーがあればこその芸当だ。その力、存分に振るわせてもらおう。

 

ロビンフッドの紋章が光るとそこからコンドルデンワーが飛び出して、ガンガンセイバーに合体した。

 

というか久しぶりに見たな。今まで凛に奪われたままだったから夏休み終わり以来か?

 

だが今は再会の感傷に浸っている場合ではない。

 

合体したコンドルデンワーの頭部辺りを黄金の装飾が覆い、リーチを伸ばした。まるで仮面ライダークウガのライジングペガサスのようだ。

 

〔ゼンダイカイガン!ガンガンミロー!ガンガンミロー!〕

 

ドライバーにセイバーをかざし、エネルギーの送受信を行うアイコンタクトによってガンガンセイバーに輝く霊力がうなりを上げて収束していく。先端の嘴状のパーツに怖気のするような霊力が圧縮していき、さらに弓の形になっているコンドルデンワーのウィング部に光の弦を形成する。

 

弦をつまみ、ぎゅっと引く。引き絞る力を込めれば込めるほど、先端に集まっていく霊力は輝きをさらに増していく。そして射抜くべき的はしかとこの目に捉えている。

 

それを溜めに溜めたところで、トリガーを引く。

 

〔ハイパー・オメガストライク!〕

 

つまんだ弦をぱっと放すと引き絞られ、圧縮に圧縮を重ねた光の霊力が矢となって緑と黄金色の尾を引きながら真っすぐミドガルズオルムへと飛び出す。

 

光の矢は瞬く間にミドガルズオルムの頭部を易々と射抜き、地面に達するや否や盛大な爆発を起こす。地上で巻き起こった爆風はこっちにも届くほどだった。

 

だが敵はまだ残っている。視線を移せば、まだ4匹のミドガルズオルムが残っている。うち二匹は口内を撃たれたのが余程痛かったのかまだ悶えている。

 

一旦その二匹は保留にして、まだピンピンしている二匹を狙うか。

 

そう決めた俺はコンドルデンワーをガンガンセイバーから外し、刀身の角度を変えてソードモードに変形させる。変形するとすぐにまた黄金の装飾が刀身を覆った。黄金の装飾で長さを伸ばしたその刀身は仮面ライダークウガライジングタイタンフォームの剣を想起させる。

 

〔ゼンダイカイガン!ガンガンミロー!ガンガンミロー!〕

 

ガンガンセイバーを再びドライバーにかざす。アイコンタクトが再び霊力を高め、セイバーに注ぎ込まれる。

 

刀身に収束していく眩い霊力が俺の背丈の何倍はあろうかという長大な光の刃を作り出す。

 

〔ハイパー・オメガブレイク!〕

 

「オオオオオッ!!」

 

裂帛の気合を吐きながらの一閃。横一文字の光の軌跡が巨大な二匹のミドガルズオルムを断ち、盛大に爆散せしめる。

 

「GRRR…!」

 

ちらりと横を一瞥する。残るは二頭のミドガルズオルム。ダメージから立ち直ったようだ。仲間が次々に撃破されても怯む様子は全く見せない。

 

そんな彼らを、横合いから飛んできた業火と雷を帯びた風の刃が襲った。業火が竜の全身を焼き、風雷の刃が

怒涛の勢いで龍の身を切り裂いていく。

 

「待たせて済まない!」

 

「私たちも援護します!」

 

攻撃の次に飛んできたのは頼もしい味方の声。タンニーンさんとロスヴァイセさんが翼をはためかせて駆け付けてくれたのだ。

 

「!…お願いします!」

 

この場を二人に任せ、本命を討つために俺は悠然と地上に降り立つ。それから彼らの戦いの始まりを知らせるように激しい爆音が空中から聞こえ始めた。

 

先ほどの戦いを見ていたロキが、降り立つ俺を目にして険しそうに目を細めた。

 

「量産型とはいえ龍王ミドガルズオルムがまるで相手にならんとは……相当侮ってはいかん相手らしい」

 

ミドガルズオルムを相手にするまではまだ自分に対応できる範囲内だと思っていたのだろう。ミドガルズオルム3体を易々と打ち倒したことで警戒のレベルを引き上げたようだ。

 

だが果たして、その警戒レベルが今の俺を相手取るに適切なレベルだろうか。

 

「次はお前だ」

 

〔エジソン!ゴエモン!ベンケイ!〕

 

今度は3つの英雄の力を同時に発動させる。

 

全身に霊力に加えて電撃を纏わせ、ベンケイのパワーで踏み込み、ゴエモンの高速移動で獲物を狩るハヤブサのごとく一直線にロキへと馳せて俺達を隔てる距離を消し飛ばす。

 

ギリギリまで近づいてロキの反応よりも早く力強く踏み込み、まずは腹に一発。そこからすぐさま八極拳の肘打ち、裡門頂肘を胸に打ち込む。

 

「ぐふぉ!」

 

繰り出された一撃がロキの胸部を強烈に穿つ。何倍にも向上した出力と身体能力での一撃は神にもかなりのダメージを与えられるようだ。

 

その威力で吹き飛ぶよりも早く、膝蹴りを腹に打ち込み浮かせる。それによって浮いたロキの体を締めにと体を捻り薙ぐような回し蹴りでサッカーボールのごとく蹴り飛ばす。

 

「どがふぁッ!!」

 

体を捩り、地面に身を激しく擦りつけながら派手に転がる。どれだけダメージを与えてもすぐに回復するが、痛みを全く感じないわけではない。

 

俺の攻撃はこれだけでは終わらない。

 

〔ムサシ!〕

 

今度はムサシの能力を発動させる。ガンガンセイバーを再度召喚し、分離させ二刀流モードに変形させる。二振りの剣は霊力が固形化した黄金の装飾が装着されたことでその出力は何倍にも向上している。

 

「くぅぅ…!」

 

次なる攻撃が来ることを察したのか、がばっと上体を起こしてこちらに向くロキはすぐさま得意の魔法を放って近寄らせまいと牽制する。

 

燃え盛る火球や氷塊、弾ける雷条、眩い光条が俺を飲み込まんとどっと押し寄せてくる。

 

だが迷わない、怯まない。大地を蹴りだし、猛進する。行く手を阻む数々の魔法は全てムサシの能力で流れを見切り、彼の剣豪の技量を得た二刀流で断ち切り、道を開く。

 

その先にあったのは、ふらふらと立ち上がって顔を驚愕の色に染めたロキの姿であった。

 

「はっ!」

 

一気に距離を詰め、魔法のお返しにと冴えわたる黄金の剣閃が驟雨の如くロキの身に降り注ぎ、激しく降りつける。迸る剣技が次々にロキの体を切り裂いていく。

 

「ぐぁ……がっ!」

 

無残に血を散らし、攻撃に圧倒されるロキ。速すぎる剣戟に何もできず、その身を斬撃の驟雨に晒すだけの奴を最後にハイキックで蹴り飛ばす。

 

「がっ…我の、反応が全く追い付かない…歯が立たない…な…何なのだ、そのパワーは!?」

 

数度地面を跳ねて、またも地を這いつくばり地を舐めるロキが叫ぶように問う。

 

更なる力を手にした悪神すら圧倒できるこのパワーの秘密、それは。

 

「このフォームは、15の英雄眼魂全ての力を同期、共鳴、増幅させ、100の15乗の力を発揮している」

 

剣に付着した血を軽く振り払って俺は答える。

 

「100の15乗だと…!?」

 

ロキが血と砂で汚れた顔で、唇を震わせながら唖然とする。この数値はこの姿の異常なまでのパワーを説明するには十分すぎるワードだ。

 

「えっと、それって幾つだ…?」

 

「100…10000……1000000……すまない、わからなくなってきた」

 

「おいそこ、諦めるな」

 

ゼノヴィア、兵藤、お前たちがおバカな所があるのはわかっているがそこは持ち前の根性で数えきれよ。

 

「なら悠は勿論わかるんだろうな?」

 

俺のツッコミにむっとしたゼノヴィアが言う。

 

「そんなの当然に決まっているだろう。えーっと、100、1万、100万、1億…ん、一億であってるのか?あれ、んんん…?」

 

「いやお前もかい!」

 

兵藤からキレのいいツッコミが飛んできた。

 

まあそれはともかく、あいつらには分からない例えで説明するならガンダムOOのツインドライブシステムを15個の眼魂で行っているのだ。そもそも対象となるデバイス自体が違うため完全にツインドライブの15個版とは言い切れないが、大まかな仕組みは同じはずだ。

 

だがもちろん、この神をも圧倒するパワーの代償、つまりリスクも存在している。

 

「バカな…それだけで、神を凌駕するほどの力を得られるわけが…!」

 

ロキはそのバカげた数値にまだ信じられ無いと言わんばかりの様子だ。まあ、敵に理解を求めるつもりもない。

 

「理由はともかくだ」

 

〔ニュートン!〕

 

ニュートンの力で、ロキに弾かれたその辺を転がっていたグングニルのレプリカを手元に引き寄せてパシッと握る。

 

「お前を越えるほどのパワーを出せる今なら、グングニルの真の力を引き出せる」

 

「!」

 

グングニルをくるくると回し、さっとその穂先を先の俺達のようにボロボロになった悪神に向ける。

 

奇しくもアザゼル先生の立てた作戦の条件が整ったわけだ。このままボコボコにしても良いが再生能力がある以上手間はかかるし、俺もこのフォームがいつまで持つかわからない。

 

故に、確実にこのグングニルで奴のユグドラシルの右腕を破壊する。短期決戦で、仕留めさせてもらおう。

 

「このグングニルで、お前の右腕をもいでやる。一度は俺の仲間を殺してくれたんだ、覚悟し…ッ!?」

 

〔BGM終了〕

 

言葉の途中で急に走る激痛。発作のように起き、あっという間に全身を支配したそれに足を引っ張られるように、どっと両膝を突いた。

 

「あ…ぐ…ふっ…!!」

 

両手を地面に付け、過呼吸気味に息を荒くする。全身に走る耐え難い激痛。ちかちかする視界。俺の体が叫んでいる。これ以上力を行使するな、戦うなと。

 

このフォームは変身時に取り込んだ眼魂の数に応じてその力を増す。15個全ての眼魂を取り込んだ今の状態は最大出力という訳だ。

 

だが眼魂を多く取り込んで発揮する力が強大になればなるほど制御が不安定になり、体の負担も比例して大きくなる。それと同時に変身を維持できる時間すら不安定になってしまうらしい。

 

やはり、眼魂15個の同時稼働は負担が大きいか。神クラスを相手に無双すらできてしまうほどの力など、ただの人間が行使するには過ぎた力だった。

 

折角反撃できそうなところだったのに、ここで変身を解くわけには…!

 

「ふっ…貴様の新しい力、やはり相応の負荷を強いるようだな…人が神に近づこうなど、傲慢の極みだ」

 

激しく苦しみだす俺の様子に、形勢はまた自分の優位に向いたとロキは口角を上げた。

 

「う…るさい……!!」

 

マスクの裏で血と共に強がりを吐き出す。

 

意地だ。このスペクターの力は精神の力。折れない心を抱き続ける限り、力は湧いてくる。

 

痛みをこらえるために拳をぎゅっと強く握り締め、震える体に鞭を打ってゆっくりと立ち上がる。

 

「やっと巡って来た…チャンスだ。ここで踏ん張らずして、オカ研の男子を名乗れるかよッ……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲

 

 

 

 

 

 

〔BGM:MIMICKING BATTLE(魔法使いと黒猫のウィズ)〕

 

「はいにゃっ!」

 

ハティと近接戦にて一進一退の攻防を繰り広げる黒歌。黒い着物を着崩して艶やかに晒す肩を軽く切り裂かれ、カウンターで猫パンチのように俊敏な掌底がハティを打ち据えた。

 

吹っ飛ぶハティは空中で体勢を立て直し、着地するや否や再びすばしっこく戦場を駆け巡る。

 

空中から落ちてくる雷光や滅びの魔力、イリナが投擲する光の輪も軽々と躱し、誰も彼の足を止めることが叶わない。ギャスパーの停止の邪眼も対象を視界におさめなければ効果を発動できないので、素早く動き回るハティを止めることはできない。

 

ハティが離れた黒歌の元に緑色の輝くオーラが飛来する。アーシアの神器による回復のオーラだ。それを受けた黒歌の肩につけられた傷がたちまちに塞がっていった。

 

「サンキューにゃん、シスターちゃん♪」

 

「本当にすばしっこい狼だッ!」

 

毒づきながらも『騎士』特有の俊足で駆け出し、ハティを追う木場。ゴツゴツとした採石場を踏破し、ハティへの距離を縮めようとする。

 

追いかけっこと言うレベルを超えた追いかけっこの最中、その存在感を周囲に知らしめるように突き出た巨岩が見えた。

 

木場に追われるハティは巨岩を見ると、何かを思いついたように突然その岩へと向かって跳んだ。疾走の速度を緩めぬまま岩へ跳んだハティはそのまま岩に激突するかと思いきや、なんとその岩を後ろの両脚で蹴って急な方向転換をかけ、後ろから追いかけてくる木場目掛けて再び跳んだ。弾丸のように飛んでくるハティが木場に迫る。

 

「!?」

 

突然の行動に不意を突かれながらも木場は聖魔剣で応戦する。あえてスピードを落とさず、すれ違いざまに切る伏せるつもりだった。

 

だがここでもまた驚愕の行動に出た。

 

なんと振るわれた聖魔剣の刃を踏み台にして、また空中へと跳ね上がったのだ。そしてハティが跳ねた方向には空から攻撃していたリアスと朱乃の二人がいた。

 

「部長!朱乃さん!」

 

いち早くハティの狙いに気付いた木場はすぐに声を上げて、空中にいる二人に注意を促す。

 

跳ね上がり、宙に躍り出るハティが二人に真っすぐ向かう。二人は当然これを迎撃せんと魔力と雷光で攻撃を仕掛ける。

 

しかしそれを空中で器用にも身をよじってすれすれに躱した。

 

「止まらない…!」

 

そう言う間にも、朱乃に狙いを絞ったハティの鋭利な牙が襲い掛かって来る。

 

やられる。そう思って目をつぶったその時。

 

〔BGM終了〕

 

「朱乃!!」

 

「!」

 

横合いから弾丸のように向かってきた野太い声が、朱乃を突き飛ばした。

 

その数瞬後、逃れた朱乃の代わりに飛び出したがっしりとした体つきの男がハティの牙を肩口に受けた。

 

その人物の姿に、朱乃は目を限界まで見開いた。

 

「バラキエル…!」

 

彼女の身代わりになったのは、父親のバラキエルだった。ハティに筋肉でゴツゴツとした右肩を深く食らい付かれ、おまけに体を抑えるために両足の爪も食いつかせているため大量の血が流れ出ている。

 

「ぐ…ううう……」

 

とめどない流血が彼の体力を徐々に奪っていき、痛みに呻く。

 

だがその程度で過去の大戦を戦い抜き、娘の窮地に駆け付けた男の闘志が燃え尽きることはない。

 

「ぬぅぅぅぅ!!!」

 

根性と闘志が彼の体を突き動かした。気合の一声と共に全身から激しい雷光を放って自身の体にこれ以上ない形で接触するハティに喰らわせる。そして雷光を纏ったまま上あごをがしっと掴み、強引に自身の体に噛みつく口を開かせる。

 

「…!?」

 

「ぬぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

雄たけびを上げながら力づくで自分の体から離してから首根っこを掴むと、図田袋のようにハティの体を振り回して地面にぶんと投げ、叩きつけた。

 

火事場のバカ力か、怪力が小さなクレーターを一瞬で作り上げ、凄まじい轟音が響き渡る。

 

「アーメン!」

 

そこに追い打ちをかけるようにイリナが光輪を投げつけ、ハティを拘束する。強烈なダメージと体を地面に括り付ける光輪により動けなくなったハティの元に木場が現れる。

 

「鬼ごっこもここまでだよ」

 

「~~~ッ!」

 

躊躇いなく、ハティの胸に聖魔剣を突き立てる。つんざくような悲鳴を上げてごぼっと大量の血を吐いた後、ぐったりとなって動かなくなった。

 

「ハァ…ハァ…」

 

しかし流血も相まって先の一撃でかなりの体力を使ったバラキエルは脂汗を流し、次第にふらふらと翼の羽ばたきを無くしてハティの後を追うように墜落しようとする。

 

「あなた……!」

 

そんな彼の体を朱乃は咄嗟に掴み、肩を貸す。その行動に、朱乃自身が一番驚いた。

 

自分でもわからなかった。どうして憎しみの矛を向ける自分を助けたのか、今こうして、憎むべき相手に手を差し伸べたのか。

 

「…あけ、の」

 

「…私を、守ったの?」

 

恐る恐る朱乃は訊ねた。憎悪をぶつけてくる相手にそんなことあるはずがないという思いを抱きながら。

 

「…朱璃は…死んだ。お前の心も……私から離れてしまった…もう、あの幸せは戻らない」

 

途切れ途切れにバラキエルは不愛想な自分の、ありのままの本心を語る。失ったものを想う彼の瞳が、朱乃を捉えた。

 

「だからせめて、残ったお前だけは……何としてでも、守りたい」

 

「!!」

 

切なる思いのこもったその言葉が、朱乃の胸を強く打った。

 

「わ…私は……あなたを……ッ!」

 

空いた片手で朱乃はその表情を見られまいと隠す。だが隠せない震える肩と嗚咽は彼女の感情を訴えていた。

 

長年そうであってはいけない、大好きだった母が死んだのは父のせいだと悲しみを忘れるために憎しみに頼り、心の奥底に押し込めてきた思いがバラキエルの行動と言葉をきっかけに溢れようとしている。

 

自分はただ、父と母と一緒にいたかった。押し込めていた本当の願いが朱乃の中にふつふつと蘇る。

 

止められない思いに、朱乃はただ涙を流した。

 

 

 

 

 

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲

 

 

 

 

 

 

 

 

「…朱乃さん!」

 

立ち上がろうとグングニルを杖代わりに地面に突いたその時、兵藤が弾かれたようにこの場にいない者の名を叫んだ。

 

その声がロキを含めた俺達の注意を引いた。

 

「…なんだ?」

 

「え、今、朱乃さんの声が…?」

 

兵藤自身も何が起こったかわかっていないらしく、辺りをきょろきょろと見回し始めると思えば、ふとキョロキョロした動きが止まる。

 

「……誰だお前!?」

 

また叫ぶ兵藤。今度は困惑に満ちた声色で。

 

「イッセー、一体どうした?ロキの術にかけられたか?」

 

「い、いや。ロキがおっぱいの精霊なんて頭の悪い術をかける…は?」

 

流石のゼノヴィアも兵藤の異変が心配になってきたようだ。

 

単に兵藤の頭がパーになったか、それともロキに何かされたか。

 

膝を突く俺はきっとロキを睨み、詰問する。

 

「ロキ…!お前兵藤に何をした…!」

 

「我は何もしていない、無実だ。淫欲の幻術でもおっぱいの精霊なんてものはない」

 

「はぁ?それじゃ…」

 

しかしロキはかぶりを振ってきっぱり無実を断言する。

 

…なら、この異変は一体何なんだ?というかおっぱいの精霊って言わなかったか?

 

おっぱい魔人だの言われる兵藤でも、これは頭がおかしいとしか言いようがない。さっきの攻撃で頭でも打ったのだろうか。早めにロキを倒して、アーシアさんに頭に回復をかけてもらうが吉と見た。

 

ロキが否定したことで一層の困惑がこの場を支配しようとする中、オウム返しのように兵藤はその名を口にした。

 

「…乳神?」




書いてある通り、プライムスペクターで強化されたガンガンセイバーのモチーフはクウガのライジングフォームの武器です。

前回説明していなかったアイコンドライバーでなくプライムトリガーにした理由は以下の通りです。
・今後のパワーインフレに備えて拡張性のあるアイテムにしたかった。(やるかはわからないけどプライムトリガー+シンスペクターとか)
・仮にネクロムに奪われたとしてもパワーアップに使えないようにするドラゴンの用心。

次回、「意地の一槍」


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第93話 「意地の一槍」

長らく続いた戦いも、ついに決着の時です。

バーニングファルコンのBGMが余所からの流用だったことに驚くとともにサントラに入らないのかと絶望している。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
1.ムサシ
2.エジソン
3.ロビンフッド
4.ニュートン
5.ビリーザキッド
6.ベートーベン
7.ベンケイ
8.ゴエモン
9. リョウマ
10.ヒミコ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
13.フーディーニ
14.グリム
15.サンゾウ




「ふっ!」

 

凶暴に唸るスコルを視界に収めるアーサーが虚空に鮮烈な突きを放つ。

 

突き出される間にコールブランドの刃がすっと消える。消えたと思われた剣先は唐突にスコルの頭上辺りの虚空からずっと突き出てて狼の脳天を狙う。

 

これが空間を断つ聖王剣コールブランドの力。この能力により、コールブランドは相手との距離を無視し意表を突く攻撃が可能となっている。

 

「!」

 

間一髪、攻撃を察知したスコルは真横にすっと飛んで回避するが、耳の先端が切られていた。

 

再びコールブランドの一閃。今度は足元から突き出る刃を跳んで躱す。さらに跳んだ先でも聖剣の刃。身をよじってギリギリで回避。どこから来るかもわからない、一度でも受ければ続けざまに食らうであろう攻撃を、スコルは獣の勘と身のこなしで回避し続ける。

 

アーサーは幾度も距離を越えた剣戟を繰り返すが、剣がスコルの身を貫くことはなかった。

 

スコルが人の言葉を話せたとしたらきっと嘲笑交じりにこう言っていただろう。「何度やっても同じことだ」と。

 

何度も攻撃を躱したことで、スコルに余裕が生まれかけた時だった。

 

「待ってたぜ!」

 

その言葉と同時に、スコルの周囲の地面がどごっと割れる。

 

土煙を上げながら勢いよく地面から飛び出してきたのは、なんと6人の美猴だった。美猴が術を使って生み出した分身たちだ。現れた分身たちが即座にスコルを囲む。

 

そのどれもがにやりと好戦的に笑むと、取り囲んだスコルを袋叩きにせんと押し寄せる。

 

だがスコルは怯まない。地を蹴って直進し、前方にいる分身に飛びかかって横腹に鋭い牙を突き立てて噛みつく。

 

フェンリル譲りの凶悪な牙の餌食になってしまった分身は苦悶の表情を浮かべるとすぐにボフンと煙を立てて消滅した。道を切り開いたスコルはそこから美猴の包囲網を抜ける。

 

だがが驚きに目を見開いた。

 

「出てきました」

 

「おうおう、お前はまだ袋の狼なんだぜ!」

 

だが包囲網を突破した先にいたのはまたも美猴、そして小猫だった。

 

ようやくスコルは気付いた。分身攻撃はあくまでブラフ、本命は本人による突破した後の待ち伏せ攻撃だ。分身たちに囲まれてスコルの姿が見えなくなろうと、どこから抜け出てくるかは仙術を使えばオーラの動きで大体わかる。

 

そしてさきの分身たちの罠もアーサーがあえて連続攻撃を仕掛けてそれを回避させ、指定のポイントへじわりじわりと誘導していたからこそうまく機能した。

 

全て、彼らの思い通りに自分は転がされていたのだと。

 

「黒歌の妹!仙術を俺に合わせな!」

 

「行きます」

 

互いの拳をトンと突き合わせて、意気揚々と躍りかかる美猴と小猫。

 

「えい」

 

「おらぁ!」

 

真っすぐに繰り出される渾身の拳と棒がすれ違いざまに、同時にスコルの鼻っ面に叩き込まれる。

 

息を合わせた二人の痛烈な一撃にスコルはたまらずぶっと鼻血を噴き出しながら錐揉み回転し、ぶつかった岩を砕いて派手に転がっていく。

 

体の芯に響く強烈なダメージ、それは物理的にだけでなく攻撃に込められた仙術によって体内の気の流れもボロボロと言っていいほどに乱された証拠だった。

 

そして倒れるスコルの下へ、アーサーが馳せ参じる。

 

「GR…」

 

「……」

 

血を流して唸りながらアーサーを見上げるスコルが鋭利な爪を生やした前足をピクリと動かす。しかしその次の瞬間には抵抗をさせまいとするアーサーの剣により、瞬時に動かした前足が切り飛ばされた。

 

「眠れ、狼よ」

 

静かな言葉と振り下ろす刃で、アーサーはスコルの命を絶つ。ズバンと鮮やかな軌跡を描いて聖剣がスコルの首を刎ねた。

 

戦いでズレた眼鏡をアーサーは指でくいっと持ち上げて直す。

 

「うっしゃ、やったな」

 

「…ふぅ」

 

戦いを一つ切り抜け、ひとまず安堵の雰囲気が流れ出す。そこへ引き寄せられるように、これまたふわふわした穏やかな天使、メリィがふわりと飛んでくると降り立った。

 

「…あれ、もう終わったみたいですねー」

 

血だまりを作ってぐったりと倒れるスコル、その傍らに立つアーサー。そして息を吐く美猴と小猫。この光景を見渡し、全てを察した。

 

 

 

 

 

 

 

 

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〔BGM:ゲイツリバイブ(仮面ライダージオウ)〕

 

常人の感覚を越えた超々高速戦闘を行うウリエルとフェンリルの一騎打ちもいよいよ終わりを迎えようとしていた。

 

星空の下で星の瞬きのように弾ける金属音と光。

 

二人のスピードはほぼ互角。だがウリエルは打ち合いを重ねるにつれ次第にフェンリルの動きを読めるようになりつつあった。その証拠に、打ち合いの中で時折カウンターで剣戟を打つまでになっていた。

 

何度も切り裂かれて随所にまだ深くない切り傷を付けられたフェンリルの一方でウリエルは完全なる無傷。凶暴な本能を剥き出しに猛るフェンリルの攻撃は、ウリエルにただの一度も届いていない。

 

やがてその時は来るべくして来た。ウリエルが完全にフェンリルの動き、呼吸を掴むその時が。

 

フェンリルの凶悪な爪が恐るべき速度を伴って振るわれる。

 

「動きはもう見切った」

 

並大抵の者では回避しようのないフェンリルの爪の一閃をウリエルは紙一重で身を捻って躱し、大胆に放つカウンターの剣戟で左前脚を斬り飛ばした。

 

「ッ!!?」

 

脚の切断面からどばっと血が噴き出た。己の武器である爪を失った激痛によりフェンリルに隙が生まれる。ウリエルが能力を行使するに足る隙が。

 

「5m半径限定、『時間停止《タイム・フリーズ》』5秒間実行」

 

ウリエルの宣言で、フェンリルの時間は止まる。空中で時間停止したフェンリルが、本人も知らないまま全くの無防備を晒す。

 

両手で剣を握ったウリエルは必殺の一撃を繰り出すためのモーションに入り、剣を真横に構えた。

 

「神罰執行」

 

キィィンという音を立てながらウリエルの光力が剣に集まる。構えられた剣の刀身に輝きを空恐ろしいほどに増していく。

フェンリルは彼の動作を止めることもできなければ、認識することもできない。やがて限られた時間を可能な限り費やしての準備が終わりを迎える。

 

「量子崩壊執行剣現《エクソキュ―ション・ソード》!!」

 

雄々しい言葉と同時に、力を込めた剣をフェンリルへと投げた。

 

星空の下で放たれた剣はさながら天を馳せる流れ星のような輝きを伴っていた。その流れ星は標的たるフェンリル

へとあっという間に達し、その腹をずぶりと貫くと剣に込められた熾天使の強大な光力がどっと解放される。

 

超新星爆発にも似た光がフェンリルから溢れ出し、体を食い破って天上に昇るような巨大な炎の柱になって屹立する。

 

そしてその中心にいるフェンリルの時間が動き出す。時を止められた本人はようやくとてつもない一撃のダメージを知覚した。

 

だがその感覚も一瞬でしかなかった。強力無比な聖なる炎がロキの力で強化されたフェンリルの体の一切合切を焼き尽くし、体と共にフェンリルの感覚の全ても瞬きほどの一瞬で消えていく。

 

ロキのエゴで生み出され、捨てられ、また彼のエゴで力を与えられたフェンリルのクローンは大天使の一撃に塵も残さず、光と業火の中に消えていった。

 

『量子崩壊執行剣現《エクソキュ―ション・ソード》』。大戦で名を馳せたウリエルの代名詞とも呼べる必殺技。時間停止から繰り出される回避・防御・認識不可能のこの大技は悪魔と堕天使から大いに恐れられた。

 

自身の一撃で発生した火柱を見据えるウリエルは手元に時間遡行を発生させ、投げた剣を手元に戻す。

 

「…やはり、本物の足元にも及ばんな」

 

立ち昇る業火の柱につまらなそうに感想をくれてやると、背に生やす12の翼を羽ばたかせて地上に向かった。

 

〔BGM終了〕

 

 

 

 

 

 

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「兵藤一誠、何があった!?また乳なのか!?」

 

乳神と言うワードが耳に届いたのか、タンニーンさんが取り乱した様子で戦いながら地上の兵藤に話しかける。

 

俺と戦っていたロキも動きを止め、完全に戦闘は一時停止していた。

 

「なんか、おっぱいを司る乳神っていう神様の遣いの精霊が、朱乃さんの本音を引き出して乳神の力を引き寄せろとか言ってくる!」

 

「正気か!?」

 

見上げる兵藤の返答にまた一段と取り乱しの具合を引き上げる。

 

「なんだその頭の悪そうな名前の神は……」

 

乳神なんて名前の神は聞いたこともない。性を司る神なら各神話にいるが、おっぱいピンポイントで司る兵藤と滅茶苦茶相性の良さそうな神は存在するのか?

 

それにどうして朱乃さんの本音を引き出す必要が…?全く分からない、というかあまり理解したくないのが本音だ。こんなぶっ飛んだ展開、理解できてたまるか。

 

『残念だがこいつは正気だ。どうやら異世界の神の力をこいつは呼び寄せたらしい。俺にもその精霊とやらの声が聞こえる…死にたい。もう死んでるが』

 

酷く憂鬱気味なドライグの声が宝玉から発せられる。ドライグが言うなら本当なんだろうが、流石にこれは酷いとしか言いようがないな。

 

「悠、異世界の神ということは…」

 

「いやうちの女神じゃないと思う」

 

あの駄女神にはおっぱい要素なんてなかったからな。というかそうであってほしい。俺を転生させた女神の正体が実は今の可笑しな現象の中心になっている乳神でしたなんてことになったら、俺もドライグと同じショック状態に陥るかもしれない。

 

…なら、また別の異世界の神なのか?転生事情がある俺はまだしも、おっぱいへの熱い思いだけで兵藤は異界の神を呼んだというのか。

 

うちのエースはなんと常識破りな男なのか。いや、常識破りだからこそ、このような奇跡を呼ぶのだろう。

 

「何だかよくわかんねえけど、行くぜ、パイリンガル!バラキエルさんにも届いてくれ!」

 

乳神の精霊とやらに何を言われたかは知らないが、兵藤は両手をばっと広げてパイリンガルを発動させた。ピンク色のオーラが兵藤から発生して辺り一帯を覆う。

 

普段と比較してより濃密な色を見せるオーラはロキと相対する俺達だけでなく、部長さんやアーサーたちが戦っている遠くの広範囲にもばあっと広がっていく。

 

パイリンガルは女性の胸の声を聞く…平たく言えば女性限定で相手の考えていることを読む技だ。朱乃さんの本心を聞き出すというならこれ以上相応しい技はない。

 

前の戦いだと一度は凛に使ったが、不発に終わったこともあった。あれが体を乗っ取られていることとどう関係しているのか、あとでしっかり整理しておきたいところだ。

 

だがこの流れをロキは良しとしなかった。

 

「何を企んでいるかは知らんがそれ以上看過しておくわけにはいかん!」

 

これ以上この展開を続けるとまずいと踏んだらしく、標的を俺から兵藤に変えると一斉に魔方陣を開いて、追尾性のある鳥の形をした光の攻撃魔法を大量に撃ちだす。

 

キィーと甲高く鳴いてバサバサと羽ばたく鳥たちは光の粒を羽根のように散らしながらパイリンガルに集中している兵藤へと殺到する。

 

〔ガンガンハンド!〕

 

〔ノブナガ!〕

 

そうはさせまいと俺はガンガンハンドをガンモードで召喚して、ノブナガの力で無数の実態ある銃の幻影を作り出して掃射。光の弾丸の群れが光の鳥の群れへと続々と飛び込んでいく。群れ為す光の鳥は霊力の弾丸で尽く撃ち落とされ、爆炎と化して撃滅する。

 

「ハァ…ハァ…お前の動きも、これ以上看過できないな」

 

「貴様ァ…!」

 

自分の攻撃を邪魔されたロキの怒りがヒートアップしていく。

 

しかし強がってはみるもののこちらもかなり余裕がない。とんでもないパワーの代償に既にかなりの体力を消耗している。正直あとどれくらい変身が持つかもわからない。次にまた負担の大波が来たら今度こそその場で倒れて戦闘不能になるだろう。

 

そうなる前に早く兵藤の乳神とやらの交信が成功してくれるといいのだが。

 

ばっとロキが地を蹴り、宙を浮いて俺達を怒りの表情で見下ろす形になる。

 

〔エジソン!〕

 

そんな奴へ時間稼ぎがてら、ガンガンハンドのトリガーを引いてバチバチと弾ける電撃を放つ。無造作に枝分かれする電撃がロキへと伸びる、が。

 

「無駄だ、貴様がパワーアップしたところで我の吸収能力を止めることは出来ん!」

 

ばっと突き出した右腕が、痺れる電撃を全て吸収してしまう。やはりパワーアップしてもエネルギー攻撃はダメか。

 

その時、乳白色の光が爆ぜた。光が俺達の注意を戦闘から再び奪う。

 

光の元を見やると、光の中心にいるのは兵藤だ。ロキの攻撃でほぼ全壊していた赤龍帝の鎧が瞬時に何事もなかったかのように復元していく。さらに鎧におさめられた宝玉もかつてない輝きを見せ始めた。

 

そして、それに呼応して手に握るミョルニルも神々しい眩く輝きを放つ。

 

「案外早く終わったな…」

 

「イッセーの力が…!」

 

この様子だと、無事に朱乃さんの本音を引き出して乳神とやらの加護を得たようだ。

 

「乳神…またしても異世界の神の力を。異界の神も我の革命を阻もうというのか…!!」

 

希望に表情を明るくさせる俺達とは真逆にロキは頭を掻きむしり、苛立ちを露わにする。そんな彼の影がぐにゃりと揺れ、膨れ上がる。

 

黒い沼のような影からズズと首を擡げて現れたのは、新たな5匹のミドガルズオルムたちだった。

 

「ミドガルズオルム…!まだいたのか!」

 

剣を杖代わりに立つゼノヴィアが険しい表情をする。俺も彼女と同じ気持ちだった。

 

これは流石に厳しいな。今からこいつらを相手にすれば、戦っているうちに力が尽きかねない。そうなればロキを倒せなくなってしまう。

 

ズドォォォン…!!

 

しかし新しいミドガルズオルムと入れ替わるように、まだ残っていた二匹のミドガルズオルムがその黒焦げで血まみれの巨体をずしんと土煙を巻き上げながら地面に横たわらせた。

 

「一難去ってまた一難だな」

 

「さっさと倒しましょう」

 

タンニーンさんとロスヴァイセさんがミドガルズオルムを倒したようだ。やはり元龍王と主神の付き添いは伊達じゃないな。

 

ドォン!

 

大地が再び揺れる。だが今度は揺れだけではない。突然大地が割れ、黒炎が出でる。ロキと俺達の間に割って入るように地面から岩を巻き上げながら黒い炎が大樹のように吹き上がった。

 

「何だ!?」

 

ごうごうと燃え上がる火柱はゆらりと動くと、ミドガルズオルムと同じ東洋タイプの蛇のようなドラゴンのフォルムへと形を変える。

 

「オォォォォォォォォッ!!」

 

戦場に突然現れた黒いドラゴンは、自身の存在を示し誇るように吼えた。

 

こんな呪いに満ちた禍々しいオーラは初めて感じた。これもまたロキの手駒の一つなのか!?

 

「この漆黒のオーラは…龍王ヴリトラか!」

 

タンニーンさんは同じ龍王としてそのオーラに覚えがあるようだ。

 

ヴリトラ…その名前には俺も覚えがある。

 

「ヴリトラ!?ってことは匙か!?」

 

「だがこの状態は…暴走しているのか?」

 

黒炎を燃え上がらせ、力のままに吼えるヴリトラ。その様子に匙の意志が感じられない。それはあの覇龍を思い出させるような猛々しさだ。

 

すると兵藤の耳元に小さな通信用魔方陣が開いた。

 

「シェムハザさん!?…はい……ええ!?」

 

通話し、驚く兵藤。その一方でヴリトラが黒い炎をごうっと燃え上がらせ、ロキとミドガルズオルムたちをその中に瞬く間に包み込んだ。

 

「ぐぅぅぅ……力が、抜ける…!ヴリトラの呪いの炎……ッ!!」

 

黒炎の幕は分厚く、ロキの様子があまり見えないが苦しそうに呻く声が聞こえてくる。直接的なダメージでなく、呪いによるデバフ効果を秘めた炎か。

 

匙が持っている神器はラインを相手に繋いで力を吸い取る能力を持っていた。弱体化と言う要素が共通しているとはいえ今までになかった黒炎を使うとは、禁手にしては能力がいささか変わり過ぎる気もするが…。

 

それにしても今、自分の意志でロキを攻撃したのか…?まだこちらに何もしてこないということは敵味方の判別はついていると見ていいのだろうか。

 

だがそれでも未だ猛るヴリトラの様子には不安を感じざるを得ない。

 

「…はい、わかりました、やってみます!」

 

その返答を最後に、兵藤は通信を終えた。

 

「グリゴリが匙に他のヴリトラ系の神器をくっつけて、ヴリトラの意識が蘇ったらしい!そんでトレーニングを始めたらこの状態になって、時間がないからこっちにそのまま転移させたんだってよ!」

 

「いや滅茶苦茶だなオイ!?」

 

時間がないからってこんな危ない状態で送りつけてくる奴があるか!帰ったら絶対に文句の一つや二つは言ってやるからな、先生!

 

「ヴリトラ…この呪いを吸収するのは、まずいなッ……!」

 

ミドガルズオルムたちと一緒に閉じ込められてしまったロキは炎の中で鬱陶しそうに眉を顰める。

 

ユグドラシルの腕で炎を吸収しないのは、そうすると一緒に呪いの効果も取り込んでよりダイレクトに効果を受けてしまうからなのか?

 

いや、もしかすると俺が与えたダメージによる消耗もあるのかもしれない。まだダメージも少なく元気ならあの炎なんて一息でオーラで吹き飛ばしてしまうだろうからな。

 

何にせよ、今が絶好のチャンスであることには違いない。

 

「俺が匙を暴走させないように神器を通して呼びかける!」

 

〔挿入歌:GIANT STEP(仮面ライダーフォーゼ)〕

 

そう言って兵藤は籠手に手を添え、意識を集中させ始める。

 

また時間稼ぎが必要みたいだ。だがさっきと違って今度はロキ達の動きは既に封じられている。

 

「貴様ら……!!」

 

燃える炎の隙間から、ロキの怒りに満ちた顔が見えた。奴は自分を取り囲む烈火のような激しい感情を剥き出しにして、吼えた。

 

「貴様らの行いは、北欧の未来を潰す行為だ!!貴様らとオーディンのもたらす変化が、北欧神話を潰す!!認めない…!絶対に、断じて認めんぞォ!!」

 

「潰れないさ」

 

ロキの怒りを、俺はそう断ずる。

 

「変わらないものなんてない。存在し続けるってことは、変わり続けるってことだ。変わらないものはただ廃れていくだけだ。未来は一人の意思だけじゃない、手を取り合って、より良い変化を願う皆の意志で切り拓いていかなければならないんだよ」

 

怒りに囚われたロキを諭すように俺は語り掛ける。

 

今のロキは、過去の遺恨に囚われるあまりそれを繰り返すことを回避することだけに必死になっている。ロキの目を曇らせる過去の遺恨がどのようなものかは俺も詳しくは知らないが、それを恐れるあまりに、今と未来が真に見えなくなっているのだ。

 

俺もそうだった。

 

真実を放せば拒絶されるのではないかと、変化を恐れて心地よい現状に甘んじるばかりだった俺はロキと同じ様に変化を恐れていた。自分の経歴と言う過去に囚われて、今の自分と共にいる皆を心のどこかで疑ってしまっていた。拒絶されるかもしれないと、確定をしてもいないIFを恐れ、逃げ続けていた。

 

でも、変化を恐れたままだったら今の力は手に入らなかった。俺はどっちに転ぶかわからない不安を抱えながらも変化へと一歩踏み出した。そして、皆が俺を真に受け入れてくれたというよりよい未来を手にした。

 

あのドラゴンの言う通り、この力は俺が皆を信じ、よりよい未来へと踏み出したという願いの証なんだ。

 

「お前の神話を想う気持ちは本物だ。だが、過去を恐れて後ろ向きになるばかりで…前を向かずに未来をより良い物にできるわけがないだろ!!」

 

「何も知らない若造がァ……!!」

 

それでも認めたくないロキが、意地で炎の中からじりじりと動く。絶対に認めない、諦めないという強い執念がロキを突き動かしている。

 

討つべき敵ながらその執念だけは、認めよう。だが俺達は負けてやるわけにはいかない。こちらにも貫くべき意地というものがあるのだから。

 

「…よし!匙はどうにかなった!悠!」

 

その間に匙の制御が完了したようだ。兵藤が合図し、その意図を瞬時に理解した。

 

「ああ!」

 

〔プライム・チャージ!〕

 

プライムトリガー上部の青いスイッチを押してグリップを押し込み、さらにドライバーの右のレバーを引く。

 

霊力が一気に増大して15の光を束ねる黄金の魔方陣が背後に浮かび上がり、この手に握るグングニルに収束していく。

 

グングニルがさらなる黄金の光を帯び、さらにガンガンセイバーと同じ様な荘厳な装飾が付けられた。

 

〔ゼンダイカイガン!プライムスペクター!〕

 

「行け、兵藤!」

 

くるくると軽やかに回した槍をロキに向け、やり投げのように肩に担ぐようなモーションを取る。

 

〔JET〕

 

背中から赤いオーラを噴き出して加速する兵藤。赤い光が、黒い炎へと飛んでいく。

 

「意地の一槍を、くれてやるッ!!」

 

〔ハイパー・オメガドライブ!〕

 

力強く踏み込み、渾身の力を込めてグングニルを投擲する。槍はまさしく天を駆ける流れ星のような一条の閃光になって、先に行った兵藤を追い越して黒炎の中に突っ込んでいった。

 

「ミドガルズオルムゥ…!」

 

ロキの命で、同じく黒炎の中に囚われた5匹のミドガルズオルムが盾になろうと主人の前に出る。

 

だが全力で繰り出したグングニルは巨体を利用して大きく、厚く主への道を塞ぐそれすらいとも簡単に貫通する。光は一瞬で5匹の命を貫いて、その先へと進む。

 

「!!」

 

ガキン!!

 

とてつもない金属音を響かせて、閃光がロキの右肩に吸い込まれるように突き刺さる。大気を震わせるその衝撃で、ヴリトラの黒炎が一息で消し飛んだ。

 

腕に内包されたエネルギーとグングニルのパワーがぶつかり合い、凄まじいスパークを引き起こす。やがてこれまで誰も砕くことのできなかったユグドラシルの腕にみしみしと光の亀裂が走り、ついには右肩ごとぶちっと千切れた。

 

「グァァッ!!う…我の……ユグドラシルの力が……」

 

体から離れた右腕が宙を舞い、それをロキは縋るような目で追う。

 

ロキの右腕を貫通してなお勢いが死なないグングニルは、そのまま天へと駆け上がる閃光となって猛烈な速度で彼方へと飛んで行ってしまった。

 

〔Boost!Boost!Boost!Boost!Boost!Boost!Boost!Boost!Boost!Boost!〕

 

〔Transfer!〕

 

だがこれで終わりではない。乳神の力を得た兵藤が追い打ちをかけるようにミョルニルを携えて真っすぐロキに迫る。

 

乳神に授けられた力を神器の力で高め、それをミョルニルに一気に注ぎ込む。力がさらに増大化したミョルニルは宿す雷と光をさらに激しいものにしていく。

 

「これが俺達の……」

 

乳白色のオーラと荒ぶる神の雷を帯びるミョルニルの大槌をぶんと振り上げる。

 

「全力だァァァァァァァァァァ!!!」

 

体の芯から迸る気合とありったけの力を振り絞って、思いっきり振り下ろす。

 

振り下ろされたミョルニルから破城槌めいた乳白色の雷がロキ目掛けて迸り、力の源であった右腕を無くして激しく弱体化したロキはそれを一身に浴びた。

 

「ガアアアアアアッ!!我の…北欧神話の……道をォ……貴様らなんぞにぃぃぃぃぃぃぃ!!!」

 

凄まじい雷撃に悶えるロキ。憎悪と怒りに満ちた絶叫を轟く雷鳴がかき消す。

 

オーラを出し尽くして雷撃が途切れると、真っ黒でボロボロになったロキが血上にドスンと落ちた。

 

〔BGM終了〕





次回、「俺の名は」


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第94話 「俺の名は」

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
1.ムサシ
2.エジソン
3.ロビンフッド
4.ニュートン
5.ビリーザキッド
6.ベートーベン
7.ベンケイ
8.ゴエモン
9. リョウマ
10.ヒミコ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
13.フーディーニ
14.グリム
15.サンゾウ





「……」

 

神雷に打たれ、倒れ伏すロキはピクリとも動かず、俺達を圧倒していた神のオーラは微塵も感じない。死んではいないが、完全に気を失っているみたいだ。その姿が、戦闘の終焉を明白に告げている。

 

「終わったぁ……」

 

オーラも気力も使い果たしたと兵藤がばたんと大の字になって倒れ、達成感と安心感の入り混じった息を吐いて天を仰ぐ。

 

「やっと、か」

 

何度も死線を見た、厳しい戦いだった。この勝利は俺達の力だけでは為し得なかったものだ。あのドラゴンや乳神には感謝しなければ。

 

「私たちは勝ったんだな…」

 

剣を支えに立つゼノヴィアもほっと安堵の笑みを浮かべる。同感だと言わんばかりに俺も仮面の裏で一息吐いた時だった。

 

「がっ!?ぐ…ぁぁぁぁ…!!!」

 

全身からバチバチとスパークが弾け、全身の英雄の紋章が浮かんでは消え、また浮かぶのをバグったように繰り返す。ドライバーから生み出されるパワーも不規則に急に跳ね上がっては落ちる乱高下を始めた。

 

特にドライバーは激しいスパークが起きていた。今にも爆発してしまいそうなほどに煙を上げ、ちかちかと光が瞬く。

 

「ご…う……アアッ!!」

 

ついにはパッと光が弾けて強制的に変身が解け、内側から強く弾き出されたように眼魂が辺りに飛び散り、がちゃがちゃと音を立てて転がっていく。

 

「眼魂が…!!」

 

そのいくつかは空高く舞い上がった。そしてそれらを宙を馳せる影が横合いからかすめ取った。

 

眼魂を取った白と緑の影が、すたっと岩の上に着地する。その姿に複雑な思いを乗せて、彼女の名を呼んだ。

 

「凛…!」

 

言葉の代わりに、岩の上に着地したネクロムがその手に握る眼魂を見せびらかす。

 

どうやら空に飛んだ分の眼魂は全て奪われてしまったらしい。折角15個揃ったというのに、また奪われてしまうとは非常に悔しいところだ。

 

「それと、これも頂いていく」

 

眼魂を直して入れ替わりにおもむろに見せたのは手の形をした樹の根だった。その独特な形状は見間違えようもなく…。

 

「ロキの右腕!いつの間に……」

 

ゼノヴィアが驚愕に目を開けながら言う。

 

俺がグングニルで吹き飛ばしたはずのロキの右腕をいつの間に回収していたのか。

 

千切れたロキの腕を掴み見せびらかす腕を下ろすと、俺の方を一瞥した。

 

「その力を手に入れたこと、いつか必ず後悔するぞ」

 

現れたさっと凛はいつものようにイレギュラーを排除するだの言って俺達を攻撃してくるかと思いきや、敵意は見せど戦意は見せず、そのままくるっと踵を返す。

 

「待て…!!」

 

苦痛に支配された体に鞭打って走ろうとするが、痛みに足を引っ張られて前のめりに倒れてしまう。

 

まだこいつに訊きたいことが山ほどある。どういう経緯で凛の体を乗っ取ったのか、今俺の目の前にいる彼女は誰なのか。

 

「ぐ…うぁ…!」

 

だがそれを詰問する言葉が口から出ない。代わりに出るのは堪えがたい痛みで生み出されるうめき声だった。

 

その間に彼女の姿は霞のように消える。

 

悪神との激闘の後だ、誰も彼女を追うだけの余力など残っていなかった。

 

凛はこの場から消えたが、俺の苦痛は消えなかった。高揚した戦意で忘れていた痛みが、ぐつぐつと地底の奥底から湧き上がるマグマのように蘇る。

 

「ああっ……ぐほっ…!!」

 

胸の奥から急激に込み上げる感覚。たまらず勢いよくドバっと吐き出すと、眼下に赤い大きな血だまりが出来上がった。

 

「この出血量は…!」

 

心配してくれるゼノヴィアと兵藤が俺の元へ走って来るが、どうすることもできない。

 

「ぐ…ァァァァァァァ!!!」

 

吐血だけでは収まらない。鼻からも血が垂れ、今までのどんな苦痛にも勝る激痛に身をよじって喉が裂けんばかりに天に向かって絶叫する。

 

痛い痛い痛い痛い痛い。この場で今すぐにでも死んで楽になりたいくらいに強烈な激痛だ。

 

これがプライムスペクターの全力の代償か。龍王を蹴散らし、神をも凌駕する力をただの人間が行使することの意味を、身をもって味わう。凛はいつか後悔するぞと言ったが、今この瞬間後悔している所だ。

 

「何事だ!?」

 

「大丈夫ですか!?」

 

異変に気付いたタンニーンさんとロスヴァイセさんも地上に降りて駆け付ける。タンニーンさんは小さいドラゴンへとサイズダウンして俺の傍に来てくれた。

 

「わからない、悠が突然苦しみだして…そうだ、フェニックスの涙が!」

 

「私もまだ持ってます、使ってください!」

 

「俺の分もある。兵藤一誠、フェニックスの涙に譲渡はできるか!?」

 

「は、はい!」

 

3人がまだ未使用の小瓶の蓋を開け、それに兵藤が触れて倍加した力を譲渡する。

 

兵藤が悶える俺の体を、ゼノヴィアが俺の顔を抑えて、口内にフェニックスの涙を一気に注ぎ込んだ。一通り注ぐと俺の口をがっと無理やり閉じさせ、注がれた3人分のフェニックスの涙をごくりとなんとか飲み切る。

 

「ああっ……う…あ…」

 

フェニックスの涙3個分の効果はてきめんだった。全身に脈打つ痛みの鼓動がだんだんと落ち着き始め、全身の痛みがだんだんと引いていく。

 

「ハァ…ハァ…ハァ…」

 

ようやく呼吸を落ち着かせることもでき、出血も止まった。だが額はびっしょりと脂汗に濡れ、疲労感も多少はマシになったとはいえまだまだ拭えない。

 

「気分はどうだ?」

 

まだ立ち上がるほど回復はしておらず、地面に横になったままの俺の顔を、上からゼノヴィアが心配そうに覗き込む。

 

「かなり…楽になった…落ち着いた」

 

「よかった…」

 

額の汗を拭って返事すると、覗き込むゼノヴィアの表情が心からの安堵を見せた。

 

呼吸をゆっくり整えつつ夜空を仰いだまま、俺は内心先の反動について考えていた。

 

1プライムスペクターにつき譲渡を付けたフェニックスの涙3本。なんとも贅沢なフォームだ。

 

ただでさえフェニックスの涙は禍の団との戦いやテロで需要が急増し、価値が跳ね上がっている。今回のように大量にフェニックスの涙を支給される状況がまた来るとはあまり考えにくいし、眼魂を取られたことで原作のグレイトフル魂とは違ってまだ変身可能ではあるものの全体的な出力は落ちるだろうが、やはり今後の使用は一考したほうがいいだろう。

 

仰いだ天に、複数の影が映る。よく見ると、その影は部長さんたちオカ研のメンバーだ。飛んできた部長さん達は次々に着地すると、俺達の下に駆け付ける。

 

「部長!」

 

部長さん含むオカルト研究部メンバーの続々の到着に、俺達の表情は明るくなる。駆け付けてきた皆は軽いけがを負ってはいるが大事ないようだ。

 

彼らから少し遅れて、バラキエルさんとメリイさんも合流した。メリイさんは無傷、バラキエルさんは怪我こそないが息が荒く足がおぼつかない。おそらく傷は回復したが出血がひどくて体力を大きく削られたパターンだろう。

 

「イッセー、ロキに勝ったのね…!」

 

「はい!ちょっと色々ありましたけど、なんとか!」

 

愛しい人たちの無事に部長さんや朱乃さんたちは破顔する。

 

「アーシア、イリナ!よかった、君たちも生きてたんだな…!!」

 

「はい!ゼノヴィアさんも無事で何よりです…!!」

 

「当たり前よ!危ない場面はあったけどね」

 

ゼノヴィア達教会トリオは抱き合って再会と互いの無事を喜び合った。

 

「って、紀伊国先輩、その出血は…!」

 

「紀伊国君、大丈夫かい!?」

 

兵藤とゼノヴィアは仲間との再会に歓喜するが、その一方で立ち上がれず横たわったままの俺の近くにできた大きな血だまりを見て、大まかな状況を察したのかギャスパー君や木場たちは顔を真っ青にする。

 

「あ…まあ、今は大丈夫だ」

 

疲労を押し隠すように軽く笑って返すが、皆の心配の色は薄まることはない。明らかに皆の心配を緩和できていないようだ。

 

「アーシア、まずはイッセーたちを回復してあげて」

 

「はい!」

 

喜びのひと時はすぐに終わり、ロキと直接戦った俺、兵藤、ゼノヴィア、タンニーンさん、そしてロスヴァイセさんの治療が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう大丈夫ですよ」

 

「ありがとな、アーシア!」

 

「いえいえ、イッセーさんに褒められるなんて…」

 

治療が一通り終わり、俺達は一息吐く。

 

治療を終えるや否やロスヴァイセさんは早速魔法で気絶しているロキの捕縛作業を始め、タンニーンさんは一足先に戦場の後処理へ向かった。

 

「そろそろ私たちも後処理を始めようかしら」

 

「そうですね」

 

俺も同意して足を動かしたその時、ふと見かけない奴等の存在を思い出す。

 

「…そういえば、孫悟空たちは?」

 

参戦したはずのアーサー、黒歌そしての姿がどこにもいない。もしかして、もうウリエルさんにちょっかいをかけに行ったりしたのだろうか。

 

「3人はいつの間にかいなくなってました。ヴァーリも見かけませんね」

 

塔城さんが戦いで汚れた制服の袖をひらひらと振って答えた。

 

「ヴァーリはフェンリルを道連れに戦線離脱した。覇龍を使ってサシでやりあうみたいだが…」

 

「そうだったのね」

 

今頃、覇龍を使ったヴァーリの元にアーサーたちが合流しているのだろうか。フェンリルをどうやって倒すかは知らないが…。

 

「無謀だけど、なんでかあいつが死ぬって感じがしないんだよな」

 

「そうだな…次に会うときは敵かな。その時はプライムスペクターで…」

 

「こら、さっき反動で酷い目に遭ったばかりだろう。もっと自分の体を労れ」

 

「悪かった」

 

と、余裕をこいてみようとしたらゼノヴィアに強い口調で怒られた。

 

今回は協力してくれたとはいえ依然として禍の団というテロ組織の一員であることには変わりない。いずれは、決着をつけるべき敵だ。

 

…だが、今回のことには感謝しておくべきだ。奴がいなければ、今頃ダブルフェンリルで全滅を免れ得なかっただろうしな。

 

「…う」

 

不意にがくっとバラキエルさんが力が抜けたか膝を突いた。そこにさっと駆け寄り肩を貸す朱乃さんが心配そうに言葉をかける。

 

「まだ安静にしていて」

 

「心配かけてすまない、朱乃」

 

負傷した父を優しく労る娘。そこに戦いが始まるまでの二人の間にあったギクシャクしたものは微塵もなかった。

 

「…これも、兵藤の起こした乳の奇跡か」

 

パイリンガルを通じて、兵藤は朱乃さんの心の奥底に秘めていた父への思いを引き出した。それはバラキエルさんにも伝わり、長年悲しみと憎しみに縛られていた親子関係はあるべき形を取り戻したようだ。

 

「その言い方は引っかかるけど…まあそんなところかな。バラキエルさんに、朱乃さんの本当の思いは伝わったと思う」

 

「やっぱり、俺の思った通りだったな。朱乃さんを救えるのはお前しかいないと思ってた」

 

「そんなに過大評価されても困るな…」

 

そうされるほど、お前がこのグループの中で大きな存在になっているってことだよ。精神的、戦力的にも赤龍帝の兵藤はこのグレモリー眷属の大黒柱だ。ある意味では部長さん以上の存在と言っても過言ではない。

 

もし、それが折れようものなら……きっと、グレモリー眷属存亡の危機になることは間違いない。

 

『戦いは終わったようだな』

 

丁度その時、俺達の下にもう一人現れた。

 

ごつごつとした石だらけの地面を歩いてくるのはヘルブロスことポラリスさんだ。装甲やスーツはすすけて傷ついたりもしているが、息が上がった様子もなく余裕を感じる。

 

『全員、生き残ったか』

 

「小猫から活躍は聞いたわ。あなたがいなければ、戦況はもっと悪い方へ転がっていたでしょうね。感謝するわ」

 

『気にするな、自分は君たちの味方として、君たちを助けるという当然のことをしたまでのことだ』

 

部長さんの感謝に、ヘルブロスは当然だと何でもないかのように返した。

 

ポラリスさんはポラリスさんで立派に戦果を上げていたようだ。後で活躍のほどを聞かせてもらおうじゃないか。

 

「それと…あなた、神竜戦争だかアルムンドゥスだか知らないけど、どうやらネクロム達と深い因縁があるみたいね」

 

ヘルブロスに向けられた部長さんの目がすっと細くなる。

 

神竜戦争、アルムンドゥス。聞いたことのない言葉だ。俺の知らないポラリスさんの秘密が俺の知らない所で明かされでもしたのだろうか。

 

『…そうだな、いずれは君たちも知ることになる』

 

部長さんの問いに、ヘルブロスは一瞬の沈黙を置いてから答えた。

 

「またタイミングって奴か?」

 

『ふっ、今は戦い抜いた仲間たちとの再会を喜び、一息吐くタイミングだと自分は思うがね』

 

ややうんざり気味な兵藤の言葉に軽く笑ってはぐらかすと、俺の腰に巻かれたドライバーに視線を移す。

 

『それが新しい力か』

 

じろりと俺のドライバーに合体しているプライムトリガーを眺めた。

 

『…見ればわかる、体にもデバイスにもとてつもない負荷がかかっているな。余程の緊急時でない限りは使用を禁止した方がいい』

 

ヘルブロスは俺に体にかかった負担を、ドライバーのことも含めて一目で見抜いた。

 

やはり、新しい力は危険か。これからの戦いのことを考えると、いつまたロキクラスの敵が来てもいいように使いこなせるようにはなりたいが…。

 

その考えを見抜いたようにヘルブロスは提案した。

 

『…そこで一つ提案がある。そのデバイスをこちらで預かりたい』

 

「何?」

 

思いもよらぬヘルブロスの申し出に、俺達は軽く目を瞬かせた。

 

『自分なら、そのデバイスを解析しかつデチューンできるかもしれない』

 

「でちゅーん…?」

 

『意図的に性能を落とすということだ。そうすれば出力は低下するが、体にかかる負担は減る。解析結果と返却は後日送らせてもらう、悪くないだろう?』

 

確かにこれから先の戦いもあの反動を抱えながら使うのは心配な部分はある。悪くない話だ。

 

「私の方から頼んでも良いだろうか」

 

その申し出に一番最初に賛成を示したのはなんとゼノヴィアだった。

 

「彼に…無茶をさせたくない。彼の負担が少しでも減るのなら、頼む」

 

前に出た彼女は眉を顰め、沈痛な面持ちでなんとヘルブロスに頭を下げた。

 

「私もお願いしていいかしら」

 

さらに部長さんも続く。

 

「気になる部分はあるけどこの戦いで、あなたが信用に足る存在だというのは十分わかった。もしよければ、これからも私たちに協力してくれると嬉しいわ」

 

柔らかい微笑みを浮かべて、そっと手を差し出した。その手が、部長さんの中にヘルブロスへの信頼が生まれたことを表していた。

 

兵藤も、木場も、塔城さんも、誰も彼女を止める者はいなかった。彼らがヘルブロスに向ける瞳には部長さんと同じく信頼の色が宿っていた。

 

『わかった。君達の期待に応えよう』

 

差し出された手をヘルブロスは握り、寄せられた信頼に応えようと硬く握手を交わし合う。

 

グレモリー眷属とポラリスさんの間に信頼が結ばれたことを象徴するこの光景に大きな安心感を覚えた。彼女もまた、俺と同じ様に一応とはいえ受け入れられたのだ。

 

あとは彼女の言う、その時が来れば…。

 

話は決まったところでドライバーからプライムトリガーを取り外してヘルブロスに手渡す。その感触を確かめるように、ヘルブロスはプライムトリガーを手慰む。

 

『…おっと、すっかり忘れていた』

 

渡したところでヘルブロスは何かを思い出した。その手元に青い光がぱっと瞬くと、USBメモリが現れる。そのメモリをヘルブロスは部長さんに渡した。

 

いきなり渡された青いメモリに部長さんは怪訝そうに眉を上げる。

 

「これは?」

 

『そのメモリの中に君たちが望んだネクロム達に関する情報が入っている。彼らの討伐のために、この情報を有意義に活用してくれ。彼らの根絶こそ、自分の願いなのだから』

 

「!」

 

俺達は弾かれたように揃ってメモリを見る。

 

この中に、凛の体を乗っ取った敵の情報がある。求め続けた真実が今この手の届く範囲にあると思うと、期待と不安に胸が高鳴る。

 

『では、また会おう』

 

がちゃりとネビュラスチームガンを構えると別れの言葉も待たずに銃でしゅうと煙を巻いて、姿を跡形もなく消した。

 

本当にあの人は来るときも去る時も唐突だ。まさしく神出鬼没。

 

…いよいよ、ポラリスさんの言う敵の正体を知る時が近づこうとしている。おそらくロキを越える強大な敵であることには違いない。言い知れぬ不安に一抹の不安を覚え、唇を引き結ぶ。

 

「…このメモリは一旦アザゼルに渡しましょう。そろそろ私たちは片付けを」

 

部長さんがそう言いかけた途端、入れ替わるように空から白い光が降って来る。光がその光度を落とし真の姿を明らかにする。

 

「……」

 

12の翼を震わせて背にしまうのは灰桜色の髪を持つ青年天使、四大天使の一人ウリエルさんだ。

 

ここに現れたということは、単騎でフェンリルを撃破したということか。とんでもない助っ人が来たもんだ。あのままロキを一人で倒すなんてことは……時間停止なんて能力を使えるくらいだから、あり得たかもしれない。

 

天界のトップの一人に数えられる彼を前に俺達は姿勢を正す。立場上向こうが圧倒的に上だからと言うだけではない。何せフェンリルを一人で倒すほどの実力者だ、下手に機嫌を損ねるようなことになれば一体どうなるか。

 

くれぐれも粗相のないようにと、緊張の面持ちを浮かべて迎える。

 

「初めまして、だな」

 

そのウリエルさんが鋭い目で並ぶ俺達をざっと見渡して言う。

 

「私がウリエルだ、熾天使を務めている。グレモリー眷属の諸君、そして紀伊国悠。今後ともよろしく頼む」

 

鋭利な目から一転、柔和で親しみを込めた笑みで俺達に挨拶の言葉を述べる。

 

その挨拶でウリエルさんの柔和な雰囲気が伝わったのか、幾分か俺達の緊張が緩んだ。

 

とりあえず、怖い人じゃなくて良かった…。

 

「紀伊国悠」

 

「はい!」

 

いきなりの指名に背筋が跳ね上がり声が上ずる。

 

「これを君に返そう」

 

そう言って差し出したのは、なんと俺がロキに投擲したグングニルのレプリカだった。そう言えば投げたら戻ってくるという能力を持っているにもかかわらず、投げたまま一向に戻ってこないからどうしたのかと思っていたら、ウリエルさんが持っていたとは。

 

「え、ど、どうしてこれを…!?」

 

「フェンリルを倒して君たちの援護に向かおうと思っていたら私の元に飛んできたのでね。どうにか回収したはいいがどういうわけか粉々になっていたので時間遡行で元に戻した。君がオーディンから預かっていたんだろう?」

 

「は、はぁ…ん?」

 

私の元に飛んできた?それってつまり、ロキにぶつかってそのまま飛んでいった先でウリエルさんに…。

 

あっ。意図的ではないとはいえ、俺、ウリエルさんにグングニルをぶつける所だった…?

 

「す、すみませんでした!!」

 

頭をガッツリ下げて、俺は謝罪を敢行する。初対面の人間…というよりは天使か、それも一勢力の首脳陣の一人に未遂とはいえ全力中の全力の攻撃をぶつけかけるとは無礼もいいところだ。

 

というかこれが公になったら俺の立場も、物理的な首も危うい。額に緊張の汗が伝う。

 

「ハハッ、ロキは撃破し、私に怪我はなかったのだから気にする必要はない。むしろ謝るのは私の方だ。もっと早く到着できていれば、君たちを危険な目に合わせることもなかった。力足らずな私を許してくれ」

 

だが朗らかに笑ってウリエルさんは許してくれた。それどころか到着が遅れたことに対して逆に向こうが頭を軽く下げて謝罪してきた。

 

「う、ウリエル様!セラフのあなたが頭を下げるなんて」

 

「イリナ。己に非があれば詫びるのは人としてだけでなく天使としても当たり前のことだ。それを忘れては人として腐ってしまう。特に私は権力を任された身だ。立場の関係はある、だがそういう礼儀は一段と意識していかねばなるまい」

 

頭を下げてまでの謝罪をイリナは諫めるが、逆にウリエルさんがイリナの指摘を否定し諫めた。

 

…何このイケメン。惚れそう。天界最強、天使、礼儀正しい、優しい、イケメン。どこをどう見ても強すぎるぞこの天使様。俺の中でウリエルさんの好感度が天を目指す勢いで鰻登りしていく。

 

一先ずグングニルを受け取り、ロキに大ダメージを与えたこの神槍を眺める。

 

ウリエルさんは回収した時には粉々になっていたと言っていた。込めた力に耐え切れず、自壊してしまうほどの凄まじいパワーをあの時秘めていたのか。それを可能にしてしまうプライムスペクターの力には頼もしさを越えて畏怖の念すら覚える。

 

「…そうだ、君たちに渡したいものがある」

 

ウリエルさんが手のひらに魔方陣を展開すると、小さい素朴な箱を複数取り出しては俺達に一人ずつ手渡していく。

 

「お近づきのしるしと、到着が遅れて君たちを危険に晒してしまったことへの詫びも兼ねての品だ」

 

「これは…」

 

大天使直々のプレゼントとは一体どんなものかと恐る恐る俺達はウリエルさんにもらった箱を開けていく。蓋が開かれた瞬間、中から解き放たれた食欲をそそるソースの香りが鼻腔をくすぐった。腹の虫も香りに誘われて催促の声を上げるように鳴く。

 

ごくりと唾を飲み、そして完全に開かれた箱の中にあったものは。

 

「…た、たこ焼き?」

 

こんがりと焼けて、青のりと鰹節をまぶし深い茶色のソースに彩られた球体たち。紛れもなく、たこ焼きであった。

 

「たこ焼きだ…」

 

「たこ焼きね…」

 

「たこ焼きだね」

 

「たこ焼きですね」

 

皆、予想外のものに呆気に取られたのかそれしか言えなかった。

 

「手作りのたこ焼きだ。戦いの後で腹も空いているだろう、遅れてきた分片付けは全て私がやるからゆっくり味わってくれ」

 

その反応を楽しむかのようにウリエルさんはにっこりと微笑む。

 

そう言えば、メリイさんが前にウリエルさんはたこ焼きを作るとか言っていたな。いやまさか、俺達がそれを口にする機会が訪れるとは思わなんだ。

 

それにしてもこのウリエルさん手作りのたこ焼き…。天王寺兄弟が作る至極のたこ焼きに勝るとも劣らない出来なのがこの立ち昇る香りと食欲を著しく刺激するビジュアルですぐにわかる。

 

「え、しかし、ウリエル様の手を煩わせるわけには…!」

 

同じ天界勢力である紫藤さんはウリエルさんの申し出に部下として、上司に汗をかかせるわけにはいかないと戸惑う。

 

「気にするな、君たちの功労に私も報いたいのだ。それと済まないが、メリィは報告も兼ねて私についてきてくれ」

 

「はーい、ウリエル様のたこ焼きは絶品ですよ~。しっかり、噛みしめるように食べてくださいね~」

 

呼ばれたメリイさんが最後に笑顔を振りまいて、二人は翼を広げて飛び立った。

 

「…ウリエル様も、フェンリルを倒すなんて十分すぎる功労を上げてるのに」

 

紫藤さんがぽつりと言う。

 

「私、あまりウリエル様と会ったことがなくて世間が言うような武闘派で怖いイメージがあったけれど全然そうじゃなかったわね。メリィたちがウリエル様にぞっこんなのもすごく頷けたわ」

 

「…このたこ焼き、最高ですね」

 

「小猫ちゃん、もう食べてる…」

 

塔城さんはもらったたこ焼きを早速食べながら見送っていた。

 

「熾天使であるウリエル様手作りのたこ焼きを食べることが出来るなんて、私たちはなんて幸せ者だ…!!」

 

「こんなにありがたいものを食べてもいいのでしょうか…」

 

「きっとこれはウリエル様だけでなく主が私たちに授けてくださった褒美なのよ!」

 

「「「ああ、主よ!」」」

 

ゼノヴィアとアーシアさん、紫藤さんは渡されたたこ焼きを神々しい物を見るような眼差しで見て、揃って祈りを捧げる。

 

何だこの奇妙な集団は。たこ焼きを崇める集団は初めて見たぞ。というか祈る前にたこ焼きが冷めるからさっさと食べた方がいいと思うのだが。

 

「紀伊国、一つ大事なことを聞きたいんだが」

 

ふと思い出したように兵藤が訊ねる。

 

「何だ?言ってみろ」

 

「今は紀伊国悠を名乗ってるけどさ、元居た世界では別の名前だったんじゃないのか?言い方を変えると、お前の本当の名前があるんじゃないか?」

 

「…あー、確かにそうだな」

 

今まで紀伊国悠として通って来たから、自分は別人であるという意識はあれど元々の名前まではあまり気にしなくなっていた。

 

そこを聞かれるとは考えもしなかったので、俺は内心驚いていた。

 

「イッセーの言う通りだな」

 

「そうね、聞いてみたいわ」

 

兵藤の何気ない質問が皆の興味を引いた。

 

「教えてくれよ、お前の本当の名前」

 

俺の真実を打ち明けた時と同じように、皆の注目を一身に受ける。だが今度は以前のような心からの不安も恐怖もなかった。

 

「俺の本当の名前は……」

 

あえて一拍置いてから、親がつけてくれた大事な、かつての名前をみんなの前で久方ぶりに口にする。

 

「…悠河。深海悠河だ。深い海に注ぐ悠久の大河と書いて、深海悠河」

 

ずっと背負ってきた、切り離すことのできない名前のはずなのに口から出た名前にひどく懐かしい響きを覚えた。今は敵である凛と同じ深海という姓を分かち合ったこの名こそ、本来の名前だ。

 

俺が告げた名前を、皆心に刻むようにしっかり反芻する。

 

「しんかいゆうが…なら、やっぱり悠だな!」

 

「これからは紀伊国先輩じゃなくて、深海先輩ですね」

 

「深海君、よろしくね」

 

そして温かい笑みを浮かべて、俺をさっき教えたばかりの名で呼ぶ。

 

今まで皆からは紀伊国呼びされていたから違和感はあるが、その名で呼んでくれたことが俺は紀伊国悠としてではなく、いよいよ本当の、深海悠河として認められたのだという感じがして嬉しかった。

 

「揃いも揃って呼び名を変え…あ、でも学校で呼ぶとまずいから学校の時は今まで通りで頼む」

 

天王寺とかクラスメイトの皆は異形絡みの事情を知らせるわけにはいかないし、混乱するだろうからな。

 

「それもそうだな!」

 

「よろしくな、深海!」

 

「ああ!」

 

弱さも、真実も晒して心から通じ合えた仲間たちと、心からの最高の笑顔を交わし合う。

 

俺の真名を教えたことでまた一歩、皆との心の距離が近づいた。

 

「…ん」

 

そんな中、死んだようにぐったりと気絶していた男が一人、目を覚ました。突然戦場に現れて半分暴走状態でロキを拘束した龍王ヴリトラを宿す男、匙だ。

 

「起きたな、匙」

 

俺と兵藤はまだ横たわったままの匙に近づき、声をかける。

 

「あ…兵藤か。紀伊国も…あれ、お前のこんな晴れやかな表情初めて見たぞ、憑き物でも取れたのか?」

 

「ま、色々あってな」

 

目覚めたばかりの匙は何も知らないはずなのに俺の心の変化をあっさりと見破った。

 

大きな変化だからやはり顔に出てしまうか。まあ、見られて問題があるわけではないが。

 

「そうか…俺、どうなってた?」

 

「派手に暴れてた、後で先生に文句言っていいぜ」

 

「ハハッ、そうか。ほとんど何も覚えてないんだ…けど、自分が消えてしまいそうな炎の中にいて、兵藤がそこから引っ張り出そうと呼びかけてくれてたことは…覚えてる」

 

その時の痛みと恐怖を思い出したか、匙の顔に暗い影が差す。

 

兵藤が同じドラゴン系神器である赤龍帝の籠手で暴走しかける匙を制御しようとしたときのことを言っているのだろう。兵藤の声がどれほど暴走しかけた匙にとっての光に、救いになっただろうか。

 

「でも、お前がいたおかげで勝てた。ありがとうな、匙」

 

にっと匙に笑いかける兵藤。

 

「…なら、体を張った甲斐があったな」

 

と、影も消えて満足そうにふっと笑う匙。

 

「お前らって、いっつもこんな死にそうな思いをして、戦ってるんだな。グリゴリのトレーニングですら逃げたくてたまらなかった。俺には耐えられねえや…お前らすげえんだなって心の底から思った」

 

「怖いのは俺だって一緒だよ。でも、俺にはハーレム王っていう夢がある。それを叶えるために道を塞ぐ壁はぶっ壊す、がむしゃらに突き進むって決めた!」

 

「夢、か」

 

神をも打倒した兵藤を突き動かす原動力。同じロキを倒した兵藤にあって、俺にはないものだ。

 

「おう、深海も夢はあるのか?」

 

「…いや、ないな。でも、守りたいものならたくさんある。今はそれでいい」

 

守りたいと思う真に心を通じ合わせた仲間、貫きたいと願う硬い信念。それさえあれば、兵藤のように実現したいと願う夢がなくともそれを原動力にして俺は戦える。俺は前に進める気がする。

 

「…俺の知らない間に随分と変わったな」

 

事情を知らない匙は俺の言葉にぽかんとしていた。話せば長いが、これだけは確かに言える。

 

「それだけこの戦いが俺にとって大きい物だったってことさ」

 

目下の障害を打ち破り、俺の心を縛り付けてきた恐れという鎖も消えた。

 

空を見上げる。見上げた天上には一片の雲もない満天の星空が広がっている。この美しさは俺が戦士として戦う覚悟を決めたコカビエル戦が終わった時に見た空と同等のものだ。あの戦いは戦士としての自分のスタートになった。

 

俺は全てを話した。皆は全てを認めた。それを出発点にここから紀伊国悠ではなく、深海悠河としての道が始まる。

 

俺の新たな始まりを祝うかのように、明星たちが瞬いていた。

 

「…なんか、眠たいな」

 

夜空を見上げていると不意に急激な眠気に襲われ、目をこする。それでも瞼にのしかかる眠気は取れない。

 

眠気はだんだんと増していく。やがて視界が揺れて、地面が近づいて…。

 

「疲れが……」

 

眠気と疲れに導かれるまま、意識は黒に染まっていき、その場にばたんと俺は倒れた。




外伝を除けばあと4話ほどでラグナロク編、死霊強襲編が終わる予定です。

次話、まさかの展開。新キャラも出ます。

次回、「円卓の反逆者」


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第95話 「円卓の反逆者」

やっと令ジェネを見れたけど立場が変わっても滅がアークの意思とか人類よ滅亡せよしか言わなくてやっぱ滅は滅だなと思った。雷と亡は令ジェネの世界ではどうしてたんだろう。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
1.ムサシ
2.エジソン
3.ロビンフッド
4.ニュートン
7.ベンケイ
9. リョウマ
10.ヒミコ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
13.フーディーニ






「…ん」

 

意識の緩やかな覚醒と共に、瞼がゆっくりと持ち上げられる。開かれた瞳にまず最初に映ったのは真っ白な天上。

 

寝起きで力の入らない体ながらどうにかおもむろに上体を起こして辺りを見渡す。清潔感のある白い内装、見慣れた医療用ベッド、窓から見えるのは赤紫色の空の元に広がる中世ヨーロッパ風の街並み。そして俺が着ているのは戦いでボロボロになったはずの制服ではなく、青い患者服だ。

 

窓の向こうに広がる光景は、記憶の中にある以前見た光景と一致する。

 

「…グレモリー領の街」

 

夏休み期間に訪れた冥界、グレモリー領の光景そのものだ。部屋の内装と窓の外から見える風景を照らし合わせるに、俺は今グレモリー領の病院にいるらしい。

 

ロキ戦が終わって匙と話している途中で記憶が途切れていることからして、そのまま倒れた俺はここに運び込まれたのだろう。

 

最新の記憶を整理して状況把握を始めたその時、ガラガラとこの病室と廊下を繋ぐドアが開かれる。

 

「お、丁度目が覚めたか。無事に起きたようで安心したぜ」

 

さらっとこの病室に入って来たのは堕天使らしい黒いフォーマルなスーツに身を固めたアザゼル先生だった。

 

「先生…」

 

「ここは冥界の病院だ、戦いの後お前は疲労でぶっ倒れたのさ」

 

「…やはりそうですか」

 

そう言って先生は部屋の隅に置かれた椅子を持ち運び、俺がベッドの傍らに置くと腰を下ろす。

 

「俺の体、どこかイカれてたりしてませんか?」

 

それでも拭えない心配を先生に訊ねる。あれだけの激しい反動を受けたのだ、フェニックスの涙3本分を飲んだとはいえまだ不安は残る。

 

「んー、特にそういうのは聞いてないな。ただかなりの疲労が蓄積してたようだ。このご時世でまずそんな贅沢な使い方をする奴はいないが、フェニックスの涙を3個分も飲めば大体のダメージはなくなる。なーに、その様子ならベッドで寝てりゃすぐに元気になるさ」

 

だがその心配を和らげるような軽く、明るい調子で先生は答えてくれた。先生がそう言うならと、俺も心に弱々しくも脈打つ不安を鎮める。

 

「ご苦労だったな。お前の奮闘は聞いている、しばらくは休め」

 

ふっと安心させるような微笑みを浮かべて言う先生。

 

「それと…お前の事情もな」

 

「…!」

 

事情と言う言葉に、俺はふっと顔色を変える。

 

「色々合点が行ったよ、異世界…まさか実在するとは思いもしなかったがな。ここまで状況が揃っている以上は認めるしかない」

 

その口ぶりから察するに、いち勢力のトップとして様々な知識を持つ先生も異世界の存在は信じていなかったようだ。それだけ異世界という概念がこの世界に存在しなかい、人智を越えたものに溢れる異形界においても異質なものであるという証拠だと、俺は改めて認識した。

 

「深海悠河、それがお前の真名か」

 

「…はい」

 

「んんっ、悠河。お前は何のためにこの世界に来た?」

 

呼び名も変えて、すっと改まった表情で先生は真剣に訊ねた。

 

俺がこの世界に来た目的、理由か。転生するときから今ここに至るまでの自分を思い返しながら答える。

 

「…最初は、状況に流されるままでそんなこと何も考えていませんでした。でも皆と出会って、日常を過ごす中でこの日常が大切に思えたから、それを守りたいと思ってます」

 

最初は憧れたヒーローの力を使えるのだと無邪気に喜んでいたっけな。…だが、喜ぶだけで俺は全くと言っていいほどここに来た後のことは何も考えていなかった。

 

だが今は違う。この世界で新たな生活と、仲間や友という繋がりを得た。家族のいない今の俺にとってそれらは生きるための大きな力になった。

 

目的なんて最初はなかった。でもそんなことは今はどうでもいい。胸を張って言える。この世界で得たそれを守りたいから俺はこの世界で生きるのだと。

 

「ならそれでいい。お前が生きる目的を得たのなら、それをがむしゃらに全うしろ。俺もお前を信じてるからな」

 

まるで我が子の成長を喜ぶ親のように先生はにっと笑って頭をわしゃわしゃと撫でた。

 

子供扱いされているようで気恥ずかしい感じはしたが、悪くない気分だ。先生もまた、俺を受け入れてくれたことに変わりないのだから。

 

「ああそれと、お前の言う異世界に関する情報は極秘事項にさせてもらう。イッセーの身に起こった乳神の件もそうだが会談の件然り、しばらく対応に追われそうだ。まあシトリー眷属には話してもいいぜ」

 

「わかりました」

 

流石に異世界絡みの情報は公にはできないか。テロで揺れるこのご時世に異世界となれば、更なる混乱を招くことになるのは容易に想像がつく。

 

「お前たちの活躍もあって、会談は上手くいった。ロキの反乱で北欧も多少はごたついているがどうにかなりそうだ。お前らには感謝しかないよ」

 

「ロキは…」

 

「あいつはあれ以来目を覚ましていない。おかげでユグドラシルの力の入手経路も分からずじまいだ。ロキの側近だったヴァルキリーも一人、行方をくらませている。小猫の話によると、ネクロムとアンドロマリウスの悪魔が連れて行ったそうだが」

 

戦いの後、ポラリスさんとネクロムが交戦し、アルギスがロキの部下を一人拉致していったことは塔城さんから聞いている。

 

あの戦いで凛が得たものは三つ。5つの眼魂とロキの力の源になっていたユグドラシルの右腕、そしてロキの部下だ。この3つ、特にユグドラシルの力はこれからの大きな混乱の元になる予感がしてならない。

 

「ロキの奴、あれだけ派手に反乱を起こしておきながら意外にも奴は他の反和平派の神や派閥に協力を呼びかけなかったらしい。今回の事件は全て、奴の独断とのことだ」

 

と、先生は意外な情報を明かす。俺は内心でロキの不可解な行動に疑問符を立てた。

 

革命を目指すなら、普通は志を同じくする仲間を作り結束した方が勢力の拡大につながる。俺達と戦った時もプラセクトの他にその仲間たちを呼べば勝てたかもしれないのに何故だ?

 

「どうしてですか?」

 

「多分、ユグドラシルを手にしたことで増大した個の力に溺れたのさ。北欧のためと言いながら、結局は自分しか信じていなかったんだろうよ。他人がいなくとも自分一人で全てどうにかできると、己の力を過信した。自分が主神になるという発言も、その驕りから出た言葉だろうな」

 

先生は推測交じりに、今なお目覚めぬロキの心中を察するような遠い目で語る。

 

強大な力を得たことによる驕り、か。それはつい先日プライムスペクターの力を手に入れた俺も他人事ではない。

 

「…お前も気を付けろよ。今回の戦いでお前さんはロキを圧倒するほどの強い力を手にした。強大な力は時に己の目を曇らせ、驕りを生む。ロキだけじゃない、オーフィスの蛇を貰った旧魔王派のディオドラやシャルバも、カテレアもそうだったろうさ。奴等みたいに驕るようになったら終わりだ、いいな?」

 

普段の軽い調子とは打って変わって真剣な表情で語る先生の話を俺はしっかり聞き、心に戒めるように深く刻みこむ。

 

「…わかってます。でも、俺にはそうなった時止めてくれる仲間がいますから。俺はあいつらを信じます」

 

きっとロキには自分を信じてくれる仲間はいても、自分が信じる仲間はいなかったのだろう。だから自分の信念と増大した個の力に固執し、酔いしれてしまった。その証拠に奴は最後まで意見を曲げず、倒れる時も自分無き北欧の未来を案じていた。

 

でも俺には心から信じたいと願う仲間がいる。俺がロキのようになり間違った道を進んだ時、彼らならそれをきっと引き留めてくれる。

 

「ふっ、あいつらも責任重大だ。どうやら本当に吹っ切れたみたいだな」

 

「あいつらのおかげですよ」

 

俺には皆に返しても返しきれない恩がある。俺の心は彼らに救われたのだ。だから、この力は俺が信じ、信じてくれる人たちのために使う。それが俺の恩返しだ。

 

「そうか…そう言えば朱乃とバラキエルだが、あの戦いがきっかけで二人の関係がいい方向に変わったよ。あの親子を長年見てきた俺としては胸のすく思いだ。イッセーには感謝しかない」

 

「それはよかった」

 

ロキ戦の前までいがみ合っていた親子の関係の変化にほっと安堵の息をこぼす。

 

朱乃さんは兵藤のパイリンガルによりバラキエルさんに本心を明かし、ようやく長年その心を縛り続けてきた憎しみと言う鎖から解き放たれた。これでやっと、朱乃さんも前に進めるのかな。

 

「…さっきからコロコロ話は変わってすまない。それだけ話したいことが色々あってな。お前の新しい力はポラリスに渡したんだったな」

 

「はい、解析とデチューンの両方をするとのことです」

 

「なるほど、つまり奴はそれをできるだけの知識と技術を持っているってことだ。となれば、何かしらの組織か勢力に属していると考えるのが普通だが…」

 

先生はふむと顎に手をやり、この出来事からポラリスさんの素性を推察する。

 

本当のことを言えば、属しているというよりは自分で組織を立ち上げて率いているというのが正しいが。

 

「結局、ポラリスとか言う野郎の素性は何もわからずじまいか。まあ、何を考えているかは知らねえがこっちに味方してくれるのならありがてえ」

 

先生としてもポラリスさんの存在は歓迎している部分はあるんだな。昨今テロで賑わうこのご時世、猫の手も借りたいというようにどんな敵にも対処できる戦力は欲しいか。

 

「リアスから預かったメモリも、仕事がひと段落着いたら確認する。…どうにも、この中身はとんでもない気がしてならねえ。ま、ただの予感だがな」

 

窓の向こうに広がる空へと目をやり、先生は神妙そうに眉を顰める。

 

俺としても早くあのメモリの情報を知りたいところだが、肝心のメモリをまだ忙しい先生が持っているとなれば気長に先生の仕事が落ち着くのを待つしかない。情報を知りたいのは俺だけじゃないのだから。

 

話に区切りがついたところで、ふと先生は腰を上げた。

 

「…そろそろ時間だ、まだ仕事が残ってるんでな。大人しくベッドで寝てるんだぞ」

 

「流石にあの戦いの後で気力も残ってないのでゆっくりしますよ。まだ忙しいのに、わざわざありがとうございました」

 

「気にすんな。お前が何者だろうと、俺はお前の先生だよ」

 

最後に笑顔を残して、先生は病室を後にした。

 

…先生も、お人好しだな。俺みたいな不確定要素を手元に置いて、信じるなんて。

 

 

 

 

 

 

 

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後日無事に退院し、冥界から人間界に戻った俺は自宅からある場所に赴き、その少女と対峙していた。

 

「待って居ったぞ」

 

サイバーチックな内装の部屋で脚を組んで椅子に腰かける少女。その傍らにイレブンさんを従えるレジスタンスのリーダー、ポラリスさんがルビーのような赤い双眸をこちらに向けている。

 

そう、ここは次元航行母艦『NOAH』。ロキ戦の前に予定され、出席を要請されたレジスタンスの会議に参加するため俺はここに来た。

 

「よくぞロキを倒した。妾は神との戦いを乗り越えたおぬしを迎える日を心待ちにしておったのじゃ」

 

膝の上で両手を重ねる彼女は相も変わらずの底の読めない微笑みをたたえている。

 

「どういう意味だ?」

 

「すぐにわかる。では、会場にあんな…」

 

そう言って彼女が立ち上がった時だった。驚いたように口を開けたまま固まり、言葉が途中で止まる。その視線はずっと俺の方に向けられている。

 

ポラリスさんが俺に対して動揺を露わにした表情を向けることはもちろん、見ること自体初めてだ。怪訝そうに眉を上げて俺はその理由を問う。

 

「…そんな鳩が豆鉄砲を食ったような顔してどうしたんで」

 

「悠、その女は何者だ?」

 

背後から聞こえたのはこの場にいるはずのない者の声。そんなことあるはずがないと思いながらも、ゆっくりと、ゆっくりと、顔を背後に向ける。

 

「ぜ、ぜぜゼノヴィア!!?どうしてここに…!!」

 

グレモリー眷属の『騎士』、俺の家の同居人のゼノヴィアが腕を組んで背後に立っていた。

 

ここを知るはずのない彼女がなぜかここにいる。驚愕のあまりに手と口が震え、目が限界を越えんばかりに開く。

 

「半開きになっていたドアに入ったらここに通じていた」

 

「あ」

 

「……」

 

剣のように鋭い咎めるような視線がイレブンさんとポラリスさんから送られてくる。

 

しまった、戦いの後の気のゆるみを引きずってしまっていたか。今まで来るときには注意していたはずなのに、気が緩んでそれを忘れてしまった。ここまで来てしまった以上、もはや隠しようも、弁明のしようもない。

 

「こ、この人は…」

 

「…ハァ」

 

どうしようもなく慌てふためく俺にポラリスさんは観念したかのような息を盛大に吐いた。

 

そんな彼女の前に、イレブンさんが組織の秘密を守らんとする剣呑な眼差しを宿して出た。

 

「ここを知られたからには…」

 

「まあ待て、折角の来客を手荒く扱うな。これもきっと、運命なのじゃろう」

 

そんな彼女をポラリスさんは手で制す。そしてふっと軽く笑みを浮かべると、思いもよらぬ言葉を口にした。

 

「妾がポラリスじゃ、前の戦いはご苦労じゃったな」

 

「!!?」

 

「ポラリス様!?」

 

俺もイレブンさんも、彼女の予想外の行動に目を限界まで見開いて驚いた。

 

あれほど自分の素性を隠したがっていた彼女がこうもあっさりと明かすとは思わなかった。一体何を考えている…!?

 

「お前がポラリスだと…?」

 

名乗った彼女を驚愕交じりに怪訝そうに見つめるゼノヴィア。

 

「お前、女だったのか。私はてっきり男だと…」

 

彼女の足元から頭のてっぺんまでを舐めるように見るとそう言った。

 

ヘルブロスの姿で皆の前に出てきた時には体型や声がボイスチェンジャーとスーツの影響で男っぽくなっていた。いざ本当の姿を見てそう驚くのも無理はない。

 

「まあ妾の性別なぞどうでもよい…早速じゃが、単刀直入に言おう。その方がおぬしの性に合うじゃろ」

 

「……」

 

次に彼女の口から出る言葉に備えるように、ゼノヴィアの目の鋭さは増す。警戒する彼女に、ポラリスさんはさっと右手を差し出す。

 

「我々レジスタンスに加わってくれまいか?妾達はおぬしの気高き意思と揺るぎない力を必要としておるのじゃ」

 

「「なっ!!?」」

 

真剣な表情でゼノヴィアにまさかの勧誘の言葉をかけたポラリスさんに俺とイレブンさんは揃って大いに驚く。

 

レジスタンスの存在がバレた途端に、逆に勧誘をかけるだと!?情報漏洩防止にしてはやり方が大胆過ぎないか!?

 

「何?レジスタンスだと…?」

 

「そうじゃ、妾達は強者を欲しておる。人類を守り、世界を救うという強い意志を秘めた強者じゃ。そこの紀伊国悠には既に我々に協力してもらっておる。妾は早い段階から彼が異界の者であると気づき、アプローチをかけていた。彼の力が、これからの世界に必要だと思うてな」

 

「ポラリスさん!?」

 

「何?」

 

今までポラリスさんに向いていた向日葵色の瞳が再び俺に移った。

 

「いっ、あ、うん…まあ、色々事情があってだな。これも皆には…秘密にしていた」

 

バツの悪く、言葉に詰まりながらも俺は正直に答える。いや、そうするしかなかった。ここまで来た以上、隠すことなどできない。

 

「…そうか」

 

しかし彼女は何も咎めなかった。代わりに、一つの問いを投げかけた。

 

「一つ聞かせてくれ、お前はこいつを信じているのか?」

 

ゼノヴィアの目に疑いや嫌悪の色は不思議なくらいにない。代わりにあるのは俺の偽りなき本心を求める思いだ。

 

…彼女が切に求めるというのなら、俺はその思いに応えたい。ここで真実を話すことは俺からのゼノヴィア達への信頼の証明にもなる。ここで嘘を吐けば、俺はまたあの嘘つきへと逆戻りだ。

 

未だ尾を引く動揺を一呼吸おいてどうにか鎮め、静かに、だが意思の強さを込めて答える。

 

「…この人が何を考えているのかは知らないけど、少なくともこの人が本気で兵藤たちを傷つけるようには思えない。俺を奮い立たせてくれたこの人を、俺は信じてみたい」

 

戦いから逃げ出し、全てを見捨てる破滅の道へと進もうとした俺はこの人の言葉のおかげで奮い立ち、未来へとつながる光の道へと戻ることが出来た。この人なくして、今の俺は語れないほどに俺はポラリスさんにも大恩がある。

 

グレモリー眷属もそうだが、俺にはポラリスさんを切り捨てることは出来ない。この人が俺が大事にしたい仲間たちを助けるというのなら俺は信じたい。この人の意思を。

 

俺の答えを受け止めるように彼女は深く瞑目する。

 

「…ポラリス、お前は何を目的に悠をレジスタンスとやらに引き入れた?お前は本当に私たちの味方なのか?」

 

そして目を開くと、今までと比べるといくらか棘の抜けた雰囲気で一度手を引っ込めて腕組む彼女に問うた。

 

「味方じゃよ。妾達の行いはグレモリー眷属はもちろん、全勢力神話にとって利になるものじゃ。別に、悠をスパイにして彼を足掛かりに内部からグレモリー眷属を潰そうなんてことは微塵も考えておらんよ。おぬしが信仰を捧げる聖書の神に誓ってもいい。君たちを害する一切の行為はしない、とな」

 

「……」

 

疑われる余地の一切もないと自信もたっぷりにポラリスさんは答える。聖書の神に誓うと言う言葉に、ゼノヴィアは押し黙る。ポラリスさんの無害を証明する言葉に自らそこまで言えるだけの絶対の自信を感じ取ったのだ。

 

「悠を引き入れたのは彼が異界から来たイレギュラーな存在である故、興味があったからじゃ。彼が閉ざされた未来を変え、妾達の敵に打ち勝つ存在になりうるかもしれないと。本人の前で言うのもなんじゃが、何が起こるかわからない分、手元に置く方が把握しやすいからの」

 

それは俺も初耳だな。気になる部分は多々あるが、理由としては大体わかった。知らないうちに俺は随分とポラリスさんの期待を背負っていたみたいだ。

 

というか俺の前で手元に置いておいた方がいいなんて言ってくれるじゃないか。裏で凄く悪いことを企んでる奴のセリフみたいだ。

 

…いやまさか、本当に悪いことを企んで俺はその片棒を担がされてるとかないよね?

 

「他に質問はあるか?」

 

「お前が本気で私たちの味方だと言うのは今の態度でよくわかった…いいだろう。私もレジスタンスとやらに入ってやる」

 

「!」

 

ゼノヴィアは俺の目の前に来ると優しく微笑みを浮かべ、ポンと両肩に手を置いた。

 

「君が私たちを傷つけようなんて悪意がないことくらいとっくの昔に分かり切っている。これも、私たちを助けたいと思ったから彼女に協力しているんだろう?私が君を疑うなんてことするはずがないさ」

 

「…!」

 

「それに、私は君の真実を知った時に決めた。もう君一人だけに全てを背負わせないと。君が信じるのなら私も彼女を信じて、この秘密も一緒に背負ってやる。運命共有体という奴だ」

 

「そこまで俺のことをお前は…」

 

一途に俺を見つめる切なる思いを秘めたその瞳と声色に俺はひどく心を打たれた。まだ隠し事をしていた俺を何一つ咎めず、信じ抜くと言うのだ。

 

共有体じゃなくて共同体だというツッコミはさておいて、一体どこまで彼女は俺に一途なのだろうか。そんなことを言われたら俺は…。

 

俺に向けていた微笑みがふっと消えると、ポラリスさんの方を振り向いた。

 

「悠は信じるがお前を完全に信じたわけじゃない。悠を裏切るようなことをすればすぐにでも私はお前を斬って悠と共にこの組織を抜ける。いいな」

 

警告を飛ばしつつ、きっと刃のように鋭い視線をポラリスさんに向ける。

 

「ふ…ふふ…」

 

だがそれに対するポラリスさんの反応はこれまた予想外のものだった。いつも何を考えているか読めない表情を浮かべるポラリスさんの顔がくしゃっと歪む。

 

「ハハハハハッ!!ハハハハハ!!おぬしも、随分と好かれたものよのう!ハハハハハッ!」

 

そして椅子の背もたれをバンバンと叩きながら腹を抱え、口を大きく開けて大爆笑し始めた。今まで真面目な雰囲気だった中で急に爆笑を始めたポラリスさんに何事かと俺達は若干困惑した。

 

一体どこにツボったのだろう。ヴァーリがフェンリルを道連れにした時のロキと言い、最近よくわからないところでツボる人が周りに多い。やはり俺にはポラリスという人を読むことは出来そうにない。

 

「ポラリス様…」

 

「ハハッ!はは…ハァ…」

 

ひとしきり笑い、ようやく落ち着いたところでポラリスさんは乱れた美しい髪を整え、咳払いをする。既にその表情には大爆笑の余韻など一切なく、完璧に普段の調子へと切り替わっていた。

 

「よろしい、交渉成立じゃな」

 

それからにやりと口角を上げたポラリスさんは再び右手を差し出し、ゼノヴィアもそれに応じて握手を交わす。そしてゼノヴィアがこちらにくるりと向くと、ニっと笑う。

 

「というわけだ、これからは私もレジスタンスとやらで君と一緒に働くからよろしく頼むぞ」

 

「えぇぇぇぇぇぇぇ!!?」

 

急すぎる展開、まさかの決断。喉から驚愕の叫びがとめどなく溢れ、開いた口が塞がらない。

 

「!!…よろしかったのですか?」

 

「構わん、無茶苦茶じゃが彼女の言うことは一理ある。以前から妾達の存在を秘密にしておくことが悠の精神的負担になるとは考えておったからな。一人くらいなら、この際丁度いいじゃろ」

 

普段は冷静なイレブンさんも動揺を隠せない様子だ。

 

それにしても案外、向こうも軽いノリだな。ちゃんとそこも見抜いていたならもっと早く対処してほしかったんだが…。

 

「それに…これから見せるものを見れば、おぬしたちは嫌でも妾達の正当性を信じる。絶対にな。おぬしが来たのがこのタイミングで本当に良かったわい」

 

付け加えるように不敵なまでの自信に満ちた、意味深な笑みを浮かべた。

 

「…どういうことだ?」

 

「これから協力者を呼び集めた会議を行う。訊きたいことがあれば、移動しながらでもしようかの」

 

 

 

 

 

 

 

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傷一つない近未来風の廊下を、俺とゼノヴィアはポラリスさんとイレブンさんに先導されて歩く。

 

移動中に俺はポラリスさんとの今までの関係を彼女に洗いざらい話していた。

 

「つまり、君たちの関係はコカビエルとの戦いが終わった時から始まったんだな」

 

「もっと言えば、俺がレイナーレって言う堕天使の事件に関わって心に傷を負った時、助けてくれたのがポラリスさんだ」

 

「…なるほど」

 

俺は彼女に説明しながら、その時の出来事をまるで自分の子供時代の写真が収められたアルバムを見返すが如く、鮮明に思い出す。

 

「この人の言葉がなければ俺は立ち上がれなかったし、今こうやってお前と一緒にいることもなかった。この人には返しきれない恩がある。あの時助けてくれたこの人を俺は信じたいと思ったから、レジスタンスに入った」

 

そう真面目に言うと、プっとゼノヴィアが小さく吹きだした。

 

「君はあのポラリスと言う女のことが好きなのか?」

 

「ぶほぉ!!?」

 

それからぶつけられた思わぬ質問に彼女の倍以上の勢いで噴き出した。

 

「いやそんなわけないって!むしろ俺もこの人のことわからないことだらけで判断に困ってるんだよ」

 

大袈裟な身振り手振りを加えて彼女の疑問を否定する。

 

それだけはありえない、彼女は俺にとっての恩人であり、協力関係を結んだ…あえて言うなら上司だ。そこに俺の男と女の関係に類される感情が湧くことなどありえない。

 

「身から出た錆とはいえ、本人の前でそう言われると悲しいのう」

 

「ポラリス様を侮辱するとは…」

 

「ごめんなさいすみませんでした」

 

そんなことを言っていたら、前方の二人から悲しい言葉と静かな怒りのこもった声が投げかけられたので速攻で俺は非礼を謝罪した。

 

普段は冷静沈着なイレブンさんはポラリスさんに対する非礼に対して非常に厳しい。主人への無礼には静かながらも厳しく対処する忠誠心の高さもポラリスさんが信頼を寄せる理由だろうか。

 

「この家に、こんな空間があるとは知らなかった」

 

歩きながら初めて足を踏み入れるゼノヴィアはあっちこっちに目をやる。

 

俺達が住んでいる家と繋がっているのに、普段の家とは雰囲気もまるで違う空間に驚いているようだ。

 

「ここは紀伊国宅ではない。そこのドアを介して我らが母艦『NOAH』へと空間を繋げておるのじゃ」

 

「…どこでも〇アのようなものか」

 

前を歩くポラリスさんは彼女に目をくれないながらも答えを寄こす。めちゃくちゃわかりやすい例えだけど、ゼノヴィアの口からそんな言葉が出てくるとは。

 

長い長い廊下を歩き、それから一分後、俺達は大きなドアを前にして足を止めた。

 

一人前に出たポラリスさんがドアに備え付けられたコンソールに数字を高速で入力し、手をかざすと認証が完了。分厚い鋼鉄のドアがシャッと素早く横開くと、その先に広がる空間が明らかになる。

 

その部屋は夜空を思わせるようだった。床や天井、壁のあちこちに流れ星のような青い光のラインがひた走る。そこまで広くはない部屋の中央に、洒落た円卓が一つ置かれている。

 

円卓を囲む椅子に座るのは4人の男女と、宙に映しだされる2つのモニターに映る美男美女。

 

開けられたドアから姿を現した俺達に一斉に彼らの視線が向けられる。

 

「ん?聞いた話より一人多くないか?」

 

その中の一人である、小洒落た椅子に腰かけている顎髭を生やしモノクルをかけた茶髪ではなく文字通りの赤毛の男がゼノヴィアの姿を見るやそう言う。

 

ガタイもよく、顔つきも粗野なイメージがあるがその静かな佇まいにはイメージに反する知性を感じた。

 

「彼女は飛び入りじゃ、詳しい事情は後で説明する」

 

「了解」

 

それっきり男は追及をやめて、卓に両肘を突いて両手を組んだ。

 

「ここは…」

 

一室に集まった者達を見渡すゼノヴィアが、その中の二人を目にして血相を変えた。

 

「う、ウリエル様!!?それにラファエル様も…!!」

 

「な…!!?」

 

言われてみると、つい最近ロキとの戦いで居合わせたウリエルさんとラファエルさんの二人がこの場に揃っていた。

 

彼らがここにいる理由など一つしかない。四大セラフの中でも新顔に類される二人がここにいるということはつまり、彼らはレジスタンスの協力者ということだ。

 

「お久しぶりです」

 

「二日ぶりだな。たこ焼きはどうだった?」

 

二人は俺達の緊張を溶かすような、朗らかな笑みを浮かべて挨拶する。信徒としては主と同じく敬うべき天使の最上に位するウリエルさんを前にゼノヴィアは体が緊張で固まりながらも、その時の喜びを思い出すように声を震わせながら感想を述べた。

 

「こ、これに勝る物はないほどの美味でした…!」

 

「そうか、ありがとう」

 

動揺冷めぬゼノヴィアの返答にウリエルさんはにっこりと笑顔を返した。

 

『私たちもいますよ』

 

『初めまして~』

 

さらに見慣れた金髪の穏やかな顔立ちをした青年と、ウェーブの入ったブロンドヘアーのにこやかな笑顔をした美女が宙に浮かび上がる映像の中で声を上げる。

 

その二人を俺達はよく知っている。

 

「「み、みみみみみミカエル様ァ!!?ガブリエル様も!!?」」

 

俺とゼノヴィアは二人そろって驚愕の表情をより色濃い物にしていく。

 

ガブリエル様は画面越しとは言え初対面だが、まさか天界トップのミカエル様までがこのレジスタンスに協力しているとは…これはもう実質、天界陣営はレジスタンスに掌握されていると言っても過言ではないな。

 

それにしてもこんなに驚いた彼女を見るのは初めてだ。異世界のことを話した時もここまで反応はしなかったぞ。

 

「四大セラフ全員が、レジスタンスの協力者だったのか…!!」

 

「そうじゃ、最初はウリエルとラファエルだけじゃったが芋づる式で残る二人も引き入れた」

 

『芋づる式で協力していまーす』

 

ふわふわした調子でガブリエル様が言う。ガブリエル様は初めて会ったが、こういうキャラなんだな。確か、ガブリエル様の率いる12人のハートの御使い全員が女性で構成されているのだとか。

 

さらに天界一の美女とも謳われるガブリエル様のファンは悪魔にも多い。噂に聞けば、セラフォルー・レヴィアタンさんは彼女をライバル視しているという。恐らく彼女らのライバル関係(多分一方的なものだろうが)は三大勢力の和平が結ばれても終わることはないだろう。

 

「待て、それじゃあイリナは…」

 

『いえ、彼女はこの組織については認知していません。我々四大セラフだけの秘密です』

 

「そうか…」

 

ミカエルさんの答えにゼノヴィアはどこか残念そうな表情を見せた。親友として隠し事をせず共に秘密を共有しておきたかった思いもあるのだろう。

 

「私とラファエルの御使いには、特別な事情故に全て話してあるがな」

 

と、ウリエルさん。

 

ということはロキ戦で俺達と一緒に戦ったメリイさんはレジスタンスのことを知っているのか。それぞれの御使いが12人、計24人か。またレジスタンスの勢力が一気に拡大したな。

 

「確かに四大セラフ様全員がお前の味方に付いているとなれば、私もお前を信じるほかないな」

 

「妾の言った通りじゃろう?」

 

と、どや顔でうんうんと頷くポラリスさん。

 

敬虔なクリスチャンであるゼノヴィアにとって、セラフ様達は本来悪魔である自分の最上位の存在である魔王以上に忠を捧げる存在。そんな彼らがポラリスさんを認めているとなれば彼女も不信を抱く余地はない。

 

天界を統べる四人の熾天使。これだけの面子を引き込んだとなれば、クリスチャンでなくともその正当性も疑いようのない確たるものになる。

 

「ちなみにそちらの方は…」

 

そう言って俺はセラフ様の他にいる二人の男女に目を向ける。セラフたちと向かい合って座る赤毛の男と、赤い長髪の美女。セラフたちと同席する彼らは一体何者なのか。

 

「ふっ、反応の薄さはデュランダル使いはクリスチャンだから仕方ないが、もうちょっと俺らにもびっくりしてもいいんじゃないか?」

 

ようやく自分達に目が向いたと、若干呆れ気味に赤毛の男は肩をすくめた。

 

「ま、それはさておきだ。俺は創星六華閃のジャフリール家当主のガルドラボーク・ジャフリールだ。よろしく」

 

「そ、創星六華閃…!」

 

男が気の良さそうな笑みと共に名乗りを上げ、ネームバリューも十分のその肩書に俺は息を呑む。

 

創星六華閃とは武器職人の名家。伝説級の武具を次々に創作する彼らは各勢力のしがらみにとらわれず、武器を与えるにふさわしいと見込んだ強者にのみその鍛冶の腕を振るう。その当主は神話に記されし武具の名を継ぐと言われており、中でもジャフリール家は魔導書を専門とする創星六華閃において異色の存在だ。

 

四大セラフほどではないにせよ、かなりの大物だ。全勢力が彼らの生み出す武具を喉から手が出るほど欲している中で創星六華閃は世界各地の武器職人たちと独自のコミュニティを築き、不純な心を抱く強者たちの横暴や不当な要求から弱い鍛冶職人たちを守っているのだとか。

 

「同じく創星六華閃、エレイド家当主のレーヴァテイン・エレイド。あんたが今のデュランダル使いかい?」

 

ガルドラボークさんの隣の席に座る赤と青のオッドアイが特徴的で、スタイル抜群の長い赤毛の美女も名乗りを上げる。

 

エレイド家は剣の鍛冶職人の家であり、六華閃きっての武闘派だ。創星六華閃歴代当主の中でもエレイド家は屈指の実力者を輩出しているという。

 

「そうだ」

 

名のある創星六華閃の指名にもゼノヴィアは物怖じせずに堂々と答える。

 

「あんたの活躍は聞いているよ、いつか伝説の剣を振るう剣士同士で剣を交えようじゃないか」

 

堂々とした彼女の様子に満足そうに笑むと、ヴァーリたちのように好戦的ではあるが人懐っこさも感じる笑顔でゼノヴィアを迎えた。

 

創星六華閃は単に武具を作るだけでなく、当主たちは戦闘においてもその武器の名手であると言われている。なんでも、武器をより深く知るために使い方も極めるのだとか。鍛冶職人にしては武闘派の色が強いところもまた創星六華閃の特色の一つと言える。

 

「本当はサイン家の当主、スダルシャナも出席する予定だったんだが…先日、英雄派の幹部たちの襲撃を受けて死んだ。一人娘はまだ我々のことを知らされていないし、どうなることやら」

 

「残る3家は、創星六華閃の本来の使命を忘れているからな。期待はできん」

 

そう語るガルドラボークさんの表情には、今後への憂慮と故人を悼むような複雑な感情の色が広がっていた。それとは反対に、不満げにレーヴァテインさんは鼻を鳴らす。

 

四大セラフ全員と創星六華閃2家の当主。この壮観な著名人たちの集いとそれを実現したポラリスさんに俺は感嘆の念を覚えた。

 

「…あんた、とんでもない人達を協力者にしていたんだな」

 

「まだ表舞台に立たないとはいえ、準備には人員と資源、金がいる。情報ならスキエンティアとイレブンのおかげで幾らでも調達できるが、それだけではな」

 

そしてポラリスさんがかつかつと靴音を立てて円卓へと歩みを進め、空白の席に腰を下ろす。その隣にイレブンさんが背筋を正して控える。

 

「さて、では揃ったところで始めようか。今後の我ら、レジスタンスの活動について協議を行う」

 




まさかのゼノヴィア、レジスタンスに加入。

今回も色々ありましたが次回は内容の濃さ1000%の説明回です。

次回、「真なる神」


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第96話 「真なる神」

大変長らくお待たせいたしました。メンタルが参っていたのもあって遅れてしまいました…。

ついに、今作の敵を明かします。それと思ったより会談シーンが長くなったので分割します。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
1.ムサシ
2.エジソン
3.ロビンフッド
4.ニュートン
7.ベンケイ
9. リョウマ
10.ヒミコ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
13.フーディーニ



「……」

 

会議の始まりを凛然と告げるポラリスさんの宣言に俺はごくりと息を呑む。

 

四大セラフに創星六華閃が2名。これだけのそうそうたる面子が集まる空間に居合わせるのは三大勢力の和平会議以来だ。

 

集まった彼ら、そしてそれを束ねるポラリスさんのオーラに圧倒され、自分が場違いなのではないかと気まずい気持ちが湧き、自然と表情がこわばる。

 

「…悠、そう緊張せずともよい。ここにいるものは全てお前が異界の者であることを認知しておる」

 

「!」

 

そんな俺の様子を見かねたのか、ポラリスさんが声をかけた。そうなのかと言わんばかりにウリエルさんやガルドラボークさん達を見回すと、無言で肯定の意を示すように頷いた。

 

「むしろそうだからこそ、レジスタンスに入れたのじゃからな」

 

ポラリスさんは口元に華奢な指を当て、またも意味深めいた笑みをふっと浮かべた。

 

俺というイレギュラーがポラリスの敵の想定を超えるという奴か。自己評価にしては過大もいいところだが、彼女にとって俺はある意味ジョーカーとも呼べる存在なのかもしれない。

 

「会議を始める前に、今一度我らの敵について、紀伊国悠達への説明も兼ねて確認しておきたいがよろしいか?」

 

と、ザッと揃った全員を見渡すポラリスさん。

 

「私は構わない」

 

『ウリエルと同意見です』

 

と、ウリエルさんとガブリエルさん。ミカエルさんやラファエルさんも同調するようにこくりと頷いた。

 

「なんだ、デュランダル使いはともかく推進大使にはまだ話してなかったのか?」

 

粛々とした雰囲気の中一人リラックスし、頭の後ろで手を組んで背もたれにぞんざいに背を預けるレーヴァテインさん。その自由な態度に彼女の気風が表れているように思える。

 

「いいのではないか?むしろこういう状況だからこそ振り返るのもいいだろう」

 

そう言って寛容な態度を示すのはガルドラボークさん。

 

全員の同意を集めたところで、ポラリスさんはうむと頷く。

 

「今日はの、いよいよ我々の『敵』について話そうと思う」

 

「…!」

 

するといつも以上に真に迫った表情で、ポラリスさんは手を組んで俺とゼノヴィアを見据える。

 

我々の『敵』。今まで頑なにポラリスさんが明かそうとしなかった情報が遂に明かされる。謎のベールに覆われていたそれを直前にし、期待と不安に胸が高鳴る。

 

だがその前に訊きたかった。

 

「なんで今まで話してくれなかったんだ?」

 

今まで何度聞いても答えを寄こさず、口を開かなかったそのわけを。

 

「まあ妾達の話を聞け、物事には順番がある」

 

しかしポラリスさんはすぐには答えずにそう言って虚空にスクリーンを映して素早く入力する。するとさらに大きなスクリーンが卓の中央に浮かび上がる。

 

でかでかと俺たちの注目を集めるそのスクリーンに映し出されていたものは、かつてアルギスと交戦した際に奴が首にかけていたネックレスの十字架と同じ紋様だ。十字架の上からさらにバツを刻むように交差する釘の紋様。

 

「ズバリ言うと、妾達の敵とは、神じゃ」

 

「は?」

 

神。予想に反してまさしくズバッと、わかりやすいストレートな答えに思わず俺は変な声が出た。

 

「真の神と書いて『真神《ディンギル》』。それが叶えし者たちを操って暗躍する、妾達が追う者達の名」

 

「時空を超えた領域、『神域《デュナミス》』に住まう不死身の存在。バビロニアやシュメール神話の神の名を持ち、真なる神を僭称する者たちだ。そしてその目的は、奴等が『竜域《エネルゲイア》』と呼ぶこの世界の滅亡だ」

 

「え…いやちょっと待って、話がデカすぎない?冗談だよね?」

 

「中東地域の神話の神々…実在していたとは知らなかった」

 

ポラリスさんとウリエルさんの口から明かされる真実に俺はにわかには信じがたく、ゼノヴィアは静かに驚いていた。

 

バビロニア、シュメール神話の神。確かにそれに連なる神話はあれど神話に登場する神自体はこの世界に存在していない。神と神話はセットで実在するこの世界においては奇妙極まりない事態であったが、やはり存在していたのかとどこか腑に落ちたところもあった。

 

そして目的が世界の滅亡、悪役としてはこれ以上ないくらいわかりやすいシンプルな目的だ。なら、それに抗する俺達は正義の秘密結社なんていう所だろうか。

 

だがいきなりの規模が大き過ぎる敵の情報に信じがたいと思う気持ちもあった。先日はロキという神一柱が相手だったのに対し、彼女らは神話全体に喧嘩を売ろうというのだ。あれだけ苦労した相手と同格の神をさらに複数相手取るつもりなのか。

 

「冗談ではない、我々は本気で神殺しを成すつもりなのだ」

 

「いやウリエルさんも!?」

 

狼狽える俺とは正反対に、ウリエルさんだけじゃなく俺とゼノヴィア以外の全員が真剣な表情でいる。

 

「小猫からアンドロマリウスがそいつらの手下だと聞いていたが…奴の背後はとんでもない大物だったようだ」

 

「アンドロマリウスは奴等の眷属だ。叶えし者たちは神が己の力を分け与え、神への疑念を封じられて従順なしもべになる代わりに願いを叶える力を得た者のこと、ある意味信徒と言っていい。だが、奴等にとって叶えし者は自分達の力と影響力を高め、弄ぶだけの道具に過ぎん」

 

モノクルを触りながら解説したのはガルドラボークさんだった。俺の隣で叶えし者に関しては初耳だったゼノヴィアはなるほどとこくこくと首を縦に振る。

 

「ディンギルたちは甘言と願いを叶える力を餌に人の心の隙間にすり寄って来る。与えられた神の力の影響で魂を穢された結果、奴等の自分の主への疑念は失せ、深度が深くなればなるほどまさしく人形になっていくのさ。そして最終的には与えられた力に魂が耐えきれず自壊し、焼失する。その信仰心は主に還元され、さらなる力になるんだよ」

 

言葉にしながらそれが心底気に入らないとばかりにレーヴァテインさんはふんと鼻を鳴らした。

 

それを聞いて俺が思い出したのは仮面ライダーオーズに登場するグリードだった。人間の欲望に目を付けて暴走させ、メダルと言う己の血肉を生み出させ、最後にはそれをかっさらって力を蓄える存在。その手口と非常に酷似している。

 

「…そんなものが、神であってたまるか」

 

彼女の怒りに同調するようにゼノヴィアは拳を握り締めて静かに怒りに震えていた。彼女もまた、聖書の神と言う神を信仰する者だからこそこのように歪んだ神とその在り方が許せないのだろう。

 

「ディンギルは最上級神を頂点とする階級社会を形成しておるらしい。彼奴等に仇成す我々の主なターゲットはディンギル全体を指揮する最上級及び上級神じゃ」

 

「…ちなみに、上級と最上級の神はどんな奴等なんだ?」

 

「我々も全てを把握しているわけではない。特に神や叶えし者たちから最も敬われる最上級の神についての情報は無暗に口にすることすらはばかられるようじゃからのう。じゃが、『裁決』の二つ名を持つ『アヌ』と言う最上位の神がいるということだけは判明しておる」

 

「そいつがディンギルの大ボスか」

 

「いや、奴等の口ぶりからしておそらく最上級神は複数いる」

 

「最上級の神が複数柱だと?」

 

ゼノヴィアは胡乱気に言う。彼女の信仰するキリスト教は一神教。悪魔になり、最近の北欧神話など色んな勢力や考え方に触れるようになった今でも多神教など理解しがたい部分はあるようだ。

 

しかし多神教においても最上や主神が複数存在する神話は珍しい。確か、ある神話は三人のトップが…。

 

「インド神話のトリムルティみたいなものと思えばいい。あそこもシヴァ、ヴィシュヌ、ブラフマーの三人という複数人の最高神がいるからな」

 

と、俺の考えを見透かしたように言うガルドラボークさん。例えに出したインド神話は全神話の中でもトップクラスに強い神が多いらしい。味方してくれたら心強いことこの上ないが、そんな彼らがロキのような反乱を起こして敵に回らないことを願うばかりだ。

 

「…で、その最上級神はどれくらい強いんだ」

 

やはり気になるのはその実力。頭の実力が分かれば下っ端の実力も大体は知れてくるというものだ。もちろん、オーディン様よりも強い戦神トールが北欧神話のボスじゃないなど例外もあるが。

 

「さて、妾達も実際に会いまみえたことはないからわからんが、主神クラスのパワーを持つ上級神以上の強さであることには違いない」

 

「上級で主神クラスだと…」

 

その事実に軽い戦慄を覚える。もしそうなら、三人の最上級神は一体どれほど強大な敵なのだろうか。

 

「うむ、上級神に関してはデータが色々とある。映像がある者もおるのでそれを見せよう」

 

さらにポラリスさんは小さなスクリーンを操作すると、中央のスクリーンの画面が切り替わる。

 

「まずは上級ディンギルの筆頭」

 

〈BGM:Gothic Adventure(STO69)〉

 

数秒のロードの後、映像が始まる。

 

最初に映ったのは高層ビルが並ぶ街並み。しかし見慣れた都市部のものと比べるとどこか未来的で毛色の違う光景だ。

 

そしてその街中で、まるで軍隊のように規律よく並んでいるのはビームソード、ビームサイスなどの光学兵器を持ったパワードスーツを纏う少女たち。彼女たちは皆、険しい顔つきで一点を見据える。

 

その一点とは男だ。鋭い目つきをした精悍な顔つきの男は顔以外の全身を青い鎧で覆い、透き通るような刃を持つ三俣の槍を携えていた。男の顔立ち、鎧、武器、出で立ち、そのすべてが絵画に描かれるような美しさと逞しさを完璧に兼ね備えている。

 

男と少女らは、大都市の中心部で暫しの間にらみ合いを続けた。戦の幕開けを前に、緊張の機運が高まっていく。

 

そしてふとしたタイミングで、機運は爆ぜた。少女達の軍勢を前にして男は先制を切り、微塵も臆さず一陣の風になって突撃する。

 

男の持つ三又の槍の突きは大地を易々と貫いて破壊を巻き起こし、男が手を振るえば砂嵐が巻き起こって少女たちの視界を潰す。手を天に向けて掲げれば、何もない空に大きな水の塊が生まれ、そこから破壊力のある雨が降り注いだ。少女たちは次々と人智を越えた現象を造作もなく起こしては勇猛に吹き抜ける青い暴風を止めること能わず。

 

そして暴威をまき散らす彼は、まるで相対する少女らは自分にとって取るに足らない小動物であり、それをいたぶることこそ趣味だと言わんばかりに嬉々として蹂躙を楽しんでいた。

 

「『王威』のマルドゥク。…奴の悪辣非道には吐き気を催すわい」

 

その男の名を告げるポラリスさんの物言いは激しい嫌悪感をにじませたものだった。

 

さらに映像が切り替わり、新たな場面へと移る。今度は激戦の跡地のようで、あちらこちらに破壊された建物の瓦礫や破片が転がっていた。

 

その中で一人別格の存在感を示す者がいた。青いチャイナ服を着た青髪の大海のように澄んだ青い目を持つ美女がビルの瓦礫の上に優雅に佇んでいる。まるで自分はこの破壊され、廃れた世界の者ではないと言わんばかりに一線を画す麗しさと凛然とした佇まいを以て崩れた跡地で対照的な存在感を放つ。

 

そんな彼女に相対するのは銀髪の女性…見間違えようのない、ポラリスさんだ。マルドゥクの映像の時に映ってた少女たちと同じ様にパワードスーツを纏って、美女と交戦している。

 

幾何学模様の光る球体を収めた金属の杖を振るって彼女は戦うが、青髪の美女の鮮烈な回し蹴りがポラリスさんの胴を捉えると、軽々とボールのように蹴り飛ばした。

 

「次に『命慟』のティアマト。人間の文明を軽んじるディンギルにしては珍しく機械とネットワークに興味を示して居るようじゃ」

 

「ティアマト?五大龍王にもいなかったか?」

 

「龍王のティアマットとディンギルのティアマトは別人だ。どうして二人は似た名前を持っているのか…たまたま同じなだけか、何か意味があるのかまではわからないがな」

 

「なるほど…」

 

そうガルドラボークさんは説明してくれた。もし二人が同じ場に居合わせることになったら名前を呼びにくくなりそうだ。

 

「映像がないその他の神で言えば、『恵愛』のイシュタル。その他に『天道』のネルガルは戦闘力なら筆頭のマルドゥクを上回る」

 

「あれ以上の神が…」

 

大物たちを前にして揺らがない豪胆なゼノヴィアもその事実に眉をひそめる。

 

「そして、おぬしと深い因縁がある神、『創造』のアルル。おぬしが深海凛と呼ぶ者の正体じゃよ」

 

「…アルル」

 

『創造』のアルル、それが凛の体を乗っ取った奴の正体か。その名前を決して忘れまいと、敵意をかみしめるように名を呟いた。

 

〈BGM終了〉

 

「特にイシュタルは、今回のロキの反乱と関わっておるようじゃ」

 

「何だと?」

 

ポラリスさんがもたらす情報に、驚きの風が吹く。

 

「ロキが入手したユグドラシルの種の出所はイシュタルがアルルに渡したものらしい。先日交戦した際に奴がそう言っておった」

 

「イシュタルもこちらに来ているということか?」

 

『そうは考えにくいでしょう。奴等は次元の壁の影響でこちらに直接的な干渉は出来ない。あくまで叶えし者たちを通じてのものくらいでしかできないはずです。…ますます、アルルがどうやってこちらに来たかが分からない所ですが』

 

「それに、どうやってユグドラシルを入手したのかもな」

 

ミカエルさんたちは深まる謎にますます表情を神妙なものにしていく。

 

だがそれよりも俺には心配なことがあった。心に沸いたその疑念を恐る恐る吐く。

 

「…勝てるのか?」

 

あれだけの相手が複数存在し、さらに上位の存在もいるという不死身という特性を備えたディンギル。叶えし者という戦力も考慮すると、果たしてここにいるメンバーだけで勝てるのだろうか。

 

「ふっ、安心せい、本格的に彼奴等と相まみえるのは年単位で当分先の話じゃ。今は学園生活をエンジョイしながら『禍の団』と叶えし者との戦いに集中するとよい」

 

疑念を和らげ、安心させるようにポラリスさんは軽く微笑んだ。

 

「それに戦うのは我々だけではありません。いずれは全ての神話と協力して奴等の討伐に当たります。ポラリス様は表舞台に立った時、ディンギルと戦うためでなく他の神話と対等でいられる関係を持つための準備をしておられるのです」

 

「舐められるような弱者ではレジスタンスの声など誰も聞かない。故に他の神話にその力を認めさせる必要があるのさ。勿論、あんたも直接神と殺り合いたいだろ?」

 

と、レーヴァテインさんが交戦的な笑みをポラリスさんに向ける。

 

「そうじゃな。それに、奴等の不死身を攻略する手段は手に入れておる」

 

「!!」

 

その笑みに対し肯定的にふっと笑うと、さらに自信たっぷりだと大胆不敵ににやりと笑った。

 

「まあ問題はそれをどう制御し、兵器に組み込んでいくかなのじゃがな」

 

ポラリスさんは半透明のキーボードを操作し、宙に投影されたスクリーンを消す。

 

「妾はロキとの一戦を交えてから、この話をするつもりじゃった。濃密ではあるがまだ一年未満の戦闘経験しかないおぬしに、いきなり神と戦おうという話は酷じゃと思うてな」

 

「そういうことだったのか」

 

それは俺が訊きたかった問いの答えだった。どうしてポラリスさんは彼女の敵を伏せたがるのか。ともすれば敵に利を為すようにも思える行為の真意に納得がいった。

 

確かにコカビエル戦後にこの話をされたら俺は彼女と関わりたくないと思うし、逆にまた戦意が折れるかもしれない。かもしれないというか、間違いなく折れる。無茶苦茶な敵を戦おうするポラリスさんもポラリスさんなりの配慮をしてくれていたんだな。

 

普段は真意を露わにしない彼女の奥にある、優しさが垣間見えた気がした。

 

「質問がある」

 

そんな中、凛と切り出したのはゼノヴィア。

 

「あの映像を見るに、お前は以前奴と戦ったみたいだが…一体、どういう経緯で奴等と戦うことになったんだ?」

 

「…」

 

質問に、ポラリスさんは表情を硬くして沈黙する。

 

「……ポラリス様」

 

彼女のそばに控えるイレブンさんは主を心配するような声をぽつんと漏らす。

 

ポラリスさんが表情を硬くすること数瞬、内心に渦巻く複雑な感情を押し込めるように瞑目し、様々な感情の色が見えるルビーの瞳を再び開いた。

 

「…答えよう。妾とイレブンは、悠と同じ異界人じゃ」

 

そして重い口を開き、答えた。

 

「!!」

 

「悠の世界とはまた別の世界じゃがな、そして妾の世界は奴等の侵攻を受け…」

 

いつものような余裕のないポラリスさんの表情に、昏い影が差す。

 

「滅んだ」

 

その言葉に、俺とゼノヴィアの表情は凍り付いた。

 

 




次回はいよいよポラリスの過去を明かします(ただし全てとは言っていない)

次回、「箱舟」



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第97話 「End Of The World」

いつもの分割。後編も含めると13000字を越える長さに…。

世界の終わりは彼女の始まり。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
1.ムサシ
2.エジソン
3.ロビンフッド
4.ニュートン
7.ベンケイ
9. リョウマ
10.ヒミコ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
13.フーディーニ



「!!」

 

ポラリスさんの世界は滅ぼされた、重い響きを伴うその言葉にその場が静まり返る。

 

「滅んだ、というのは…」

 

「文字通りの意味じゃよ、妾の世界はディンギルによって滅ぼされた」

 

ポラリスさんは様々な感情が渦巻く顔を一旦伏せると、再び上げた。

 

「少し昔話をしようか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこは大都市だった。多くの人が大通りを行きかい、我々の世界に存在する高層ビルが建ち並ぶ現代の街並みとは違って、虚空に浮かぶ数々のスクリーンが街を彩り、行き交う人々が経済活動で賑わう。現代のビルとは全く毛並みが違う建造物など、まるでSF作品に登場するかのような、人間が科学の発展によって思い描く未来の大都市そのものだ。

 

しかし賑わう街の至る所に、焦げたような大きな跡や瓦礫の山などなどまるでかつて街一つが戦争の舞台となったかのような跡が残っていた。そんな建造物を再建したり、せっせと瓦礫を運ぶロボットたちは完全に街の風景に馴染み、人々はそれよりも自分たちの生活だとロボットたちの仕事には目もくれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『妾の生まれた世界は科学とネットワークが高度に発達した世界じゃった。天使や神のような異形は存在せず、ひたすらに人間の文明が発展し続ける世界じゃ』

 

 

 

 

 

 

 

 

そこは物質としての形を持たぬネットワーク上に存在する電脳空間だった。

 

0と1の数字の羅列がどこに繋がっているかもわからない無窮の夜空に似た空間に消えていく。

 

肉体と言う枷に縛られた生物が足を踏み入れるはずもないこの領域に四人の男女がいた。その中の一人が、ポラリスだった。

 

「集まったね」

 

深い青のパワードスーツの上から白衣をマントのように肩にかけた茶髪の青年が、その性格を如実に表す快活な笑みをふっと浮かべる。

 

「今回はポラリスがビリだな」

 

そう言って男女の中に混ざっているポラリスに細い目を送るのは赤紫色のラインが随所に走る黒のパワードスーツ

の上に白衣を着こなす銀髪の青年だ。

 

「やかましいわい、カノープス。妾はデスクワークが山積みなのじゃよ」

 

カノープスと呼ばれた男の若干のからかいの意を込められた視線をムッとした表情でポラリスは流す。

 

「まあいいじゃないですか、それくらい許してあげましょう。それよりアルタイル、始めてください」

 

と、銀髪の二人を宥めるのは薄い青髪をショートカットにした女性。その白と青の入り混じる衣装は日本の忍者をサイバーチックにブラッシュアップしたものだった。

 

「デネボラの言う通りじゃ。仕方なかったのじゃよ、直前まで仕事に追われていてな」

 

「…ふん」

 

デネボラの仲裁にまるで水を得た魚のごとくどや顔を見せ、カノープスは仏頂面で鼻を鳴らした。

 

「そうだね。軽い挨拶はこのくらいにして定例会を始めようか」

 

茶髪の青年、アルタイルの言葉に四人はこくりと頷く。

 

 

 

 

 

 

 

 

『しかしそれら文明の発展は暴走したスーパーコンピューター『シャスター』の支配管理下によって行われたものだった。妾は志を同じくする仲間たちと共に人の未来を人の手に取り戻そうと革命を起こし、シャスターの破壊に成功した。その後、シャスター破壊による社会混乱からの復興が始まった』

 

 

 

 

 

 

「怜亞たちはどこにいる?最近見かけないが…」

 

カノープスはふと話題を振る。

 

戦斗怜亜、その少年は時空の歪みに巻き込まれて偶然過去の世界からこの未来世界にやって来てしまった。境遇を同じくする雷鳥超と獅子島・L・七尾とともにポラリスたち革命軍に協力して三神器と呼ばれるロボを操縦し、シャスター破壊を成し遂げた革命軍の英雄である。

 

実を言うと怜亜は少年時代のアルタイル、超は少年期のカノープス、七尾は少女時代のデネボラなのだが過去からやってきた彼らは自分達の味方が未来の自分達であることは知らない。

 

「いつの間にかいなくなっていました。先日、時空の歪みが本部付近で検出されたのでおそらく…」

 

「彼らは帰ったのじゃな」

 

「それでいい。彼らの戦力に頼った自分達が言うのもなんだが、子供は戦争に巻き込まれるべきじゃない」

 

「…僕は色々彼らと話したかったな」

 

「私もです、彼女にロボット作りのことで教えておきたいことがあったのに」

 

ドライな反応をするカノープスの一方で寂しそうな表情を見せるアルタイル。同じく過去の自分と背中合わせに戦ったデネボラもアルタイルと同じ胸中であった。

 

「三神器はどうする?あれは彼らでなくては動かせない代物じゃろう?」

 

三神器、それはカノープスが開発した人型巨大戦闘兵器、『メタルフォートレス』の中でも最新最高の技術で作られた特別な機体。該当するのはローレンシウム、サイクロトロン、そしてシンクロトロンの三機である。デネボラとの共同開発で作られたシンクロトロン以外は列車への変形機構を備えている。

 

他のメタルフォートレスと同じく暑苦しい思考をするAIを搭載し、パイロットの操縦を必要とするが三機ともにパイロットの精神の高ぶりをエネルギーに変換する特殊なエンジンを搭載しており、シャスターとの決戦では目まぐるしい活躍を見せた。

 

「俺とデネボラでどうにか動かせないか試してみる。あれを廃棄するのはもったいないからな」

 

「そのうち、僕もローレンシウムに乗ってみたいな…」

 

「ああ、すぐにその願いを叶えてやるさ」

 

「本当かい、カノープス!?」

 

と、アルタイルは少年みたくワクワクに目を輝かせる。大人になった今でもアルタイルのロマンを求める思いは変わらない。

 

「とはいえ、まだまだその他課題は山積みじゃな…」

 

ポラリスは難しい表情で唸る。

 

「復興も勿論ですがソルの行方も知れず…。彼の足取りがつかめないのが一番の気がかりです」

 

ソルとは革命戦にてシャスター陣営のリーダーとなっていた科学者のことだ。しかし革命戦では一切の姿を見せることなく戦いは終わり、今は行方をくらませている。

 

「あの男のことだ。きっと今もどこかで良からぬことを企んでいるに違いない。あの戦争で潰しておきたかったが…」

 

「ソルの件は妾の諜報機関に一任しておく。仕事がひと段落すれば妾も調査に力を入れるとするかの」

 

「そうだね。とにかく、今は復興に注力しよう」

 

 

 

 

 

 

 

『そんな時じゃった。ディンギルたちが現れたのは』

 

 

 

 

 

 

 

東京に建つ革命軍本部のオペレーターが、指令室で声を張り上げて異常事態を知らせる。

 

「中東イラクで大規模な空間の裂け目が発生しました!」

 

「何じゃと!すぐに映像を回せ!」

 

ポラリスは驚きに駆られながらも状況把握に努めんと迅速に指示を出し、すぐに映像がモニターに映し出される。

 

映像に映ったのは荒涼とした大地の中に建つ都市。その上空に全てを吸いこむような大きな裂け目がその奥に混沌の闇をたたえる口を大きく開けていた。

 

「これは…超達の時とは桁が違い過ぎる…」

 

想像をはるかに超えるスケールに、ポラリスだけでなく指令室にいた全員が圧倒され呆然とモニターを眺めていた。

 

「ん?」

 

その映像の中に、小さく映っていた青い何かにポラリスは気付く。

 

「画面中央に映像を拡大しろ」

 

ポラリスの指示でオペレーターが映像を支持された箇所にズームし、その青い何かの正体を明らかにする。裂け目の下、宙を浮いているのは青い鎧を纏う三つ又の槍のような武器を携えた男だった。

 

「男…?バトルドレスではないのか?」

 

この世界における主流の兵器であるパワードスーツ『バトルドレス』にしては機械っぽさがない。むしろファンタジー作品に登場する勇者の鎧のようだ。それを纏う男もまた、そのような物語から飛び出してきたような勇ましさを感じる。

 

ふいに男が槍を天に掲げた。そして何かを口ずさむ。

 

ポラリスは読唇術で、すぐに彼が口にした言葉を理解した。

 

『人類よ、滅亡せよ』

 

次の瞬間、彼が見下ろす都市に雷が突き刺さった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ディンギルに対抗すべく、故あって世界を束ねる地位についておった妾は再び仲間たちと共に立ち上がり、神と戦った。それがこのレジスタンスという組織の前身なのじゃよ』

 

 

 

 

 

 

 

 

ディンギルの出現により、シャスターからの解放による混乱から立ち直ろうとしていた世界に再び混乱の風が吹き荒れた。彼らは世界各国の都市で大規模な破壊活動を起こしては人類側の戦力を落とし、さらにはみじめにも命乞いをする者達や内に抱える不安や欲望を神に気に入られた者は叶えし者という自らの眷属に加えることで戦力を拡大しつつあった。

 

当初、彼らの降臨は都市伝説程度にしか市民たちには思われていなかった。人類滅亡を謳う神など、所詮は本物かと見まがうほどよく作りこまれた映像の中の存在だと。

 

しかし多くの都市が彼らの力により壊滅し、大勢の人間が犠牲になっていったことで平穏を享受していた人間も認めざるを得なかった。人類を滅亡せんとする神は実在する、そして彼らにはその言を現実のものにするだけの力があるのだと。

 

そうして世界は大混乱に陥った。ディンギルの襲撃がなくとも暴動がおこり、いつ自分たちの街が標的になるかわからないと都市から田舎部への人口の流入が始まった。しかしその動きをディンギル側が見逃すはずもなく、下級神や彼らの眷属となって操られるままのバトルドレスをのどかな田舎へ仕向けては虐殺を繰り返した。

 

中にはディンギルはシャスターを生み出すほどに文明を発展させた人類のおごりへの罰だの言いだし、彼らを地球浄化の神だと崇める宗教団体も現れた。そうした輩はもれなくディンギルに利用され、彼らの手足となった。

 

無論ポラリスたちは動いた。軍を率いてディンギルに襲撃されている都市の救援に向かったがディンギルには敵わず到着した時には時すでに遅し、都市が壊滅した後だったことも何度もあった。

 

そして数か月後、世界中をディンギルへの不安が覆い、その都市の一つである東京にてついにその時は訪れた。

 

「5時の方角からバトルドレスとキラーマシーン、メタルフォートレスの大群、上級ディンギル反応を2つ確認!敵襲です!」

 

モニターにカメラがとらえた映像が映し出される。群れ為して東京へ進軍してくるのは機械とパワードスーツを纏う少女、それに入り混じるのは神話に登場する英雄のような鎧を纏う下級神たち。

 

バトルドレスを纏う少女たちの目は濁っており、キラーマシーンやメタルフォートレスたちも明らかに正常でない動作を起こし、文になっていない奇声を発している。

 

「ついに来たか…」

 

指令室に集まっていたポラリスたちは神妙な面持ちで互いの顔を見合わせると、覚悟を決めたようにうんと頷いた。

 

「直ちに都市全域にレベル6警報を発令しろ」

 

カノープスの冷静な指示が、オペレーターたちを一斉に動かした。

 

「バトルドレス、マーメイド、メタルフォートレスは直ちに出動準備せよ!繰り返す、バトルドレス、メタルフォートレス隊は直ちに出動準備せよ!」

 

「それから民間人の避難警報も発令させろ!本部の地下シェルターを解放し、市民の受け入れを急げ!」

 

オペレーターたちの声がせわしなく飛び交い、東京の街に戦闘の機運が基地を中心に風のように吹き始める。

 

「アルクトゥルスのイレギュラーX部隊、ベガのオリジナルⅩⅢ部隊も出動させろ!僕とカノープス、デネボラも三神器で出る!全戦力で、敵を迎え撃つぞ!」

 

普段は明るい調子のアルタイルは人もまとめ上げるリーダーらしく毅然とした表情で指示を飛ばすと、自分も戦闘準備を整えんと踵を返す。

 

「行くぞ、アルタイル」

 

「3つの心を一つに、です」

 

「ああ、この東京本部は人類最後の砦だ。絶対に堕とさせない!」

 

白衣のマントを翻す彼にカノープスとデネボラも続く。戦地に赴く彼ら三人の瞳には彼らが名乗る星のような強い意志の輝きが宿っていた。

 

「ポラリス、全隊の指揮は任せたよ」

 

「うむ。この戦い、必ずや皆で勝利を掴もうではないか」

 

アルタイルに指揮を託されたポラリスは指令室から出ていく三人を見送る。

 

彼らに勝利への希望を託すと同時に、彼らの中に混ざることのできない一抹の寂しさを彼女は覚えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『じゃが、戦いの中で次々と奴等はまるでゾウがアリを踏みつぶすように仲間を蹴散らし、あるいは巧みな甘言で叶えし者にして勢力を拡大、妾達の勢力を押していった。高度に発達した科学も、神という超越的存在に敵うほどの域には達しておらなんだ』

 

 

 

 

 

 

 

 

「第一部隊も全滅したか…」

 

オペレーターたちと共に指令室に残り、革命軍を指揮するポラリスは苦い顔で味方の被害状況を確認する。

 

ディンギルたちを迎え撃つポラリスたちの戦力はバトルドレスとマーメイドの10個の混成部隊とメタルフォートレスとキラーマシーンによる7つの混成部隊。

 

それとは別にアルクトゥルスのイレギュラーX部隊とベガ率いる8人のオリジナルⅩⅢ部隊に加えてさらにアルタイルたちの三神器の遊撃部隊で構成されていた。それらの数は壊滅した都市の生き残りを取り込むことでさらに増えた。

 

ポラリス側とディンギル側の彼我戦力差は1000対400。数の上ではポラリス側が優位にあったがディンギルという人智を越えた戦力によってその物量の差は質という要素を以て埋められてしまった。

 

既に半数の戦力がディンギル軍との交戦によって失われ、残る部隊も苦戦を強いられいつ潰れるかわからないというかなり厳しい状況に会った。

 

ディンギルの戦略は非常にシンプルだ。叶えし者たちや下級神を前に出して突撃させ、自分達上級神は後ろで高みの見物を決める。時々大きな一撃を繰り出してはこちら側に手痛い被害を与え、主力が登場すれば上級神自ら出向いて相手をする。

 

これには自分達は人間を舐め腐っているのだという挑発、そして主力を出して来るのならこちらも直接相手をし、圧倒的な力で完膚なきまでに叩き潰すことで力の差を見せつけてやるのだという誇示の二つの意図があった。

 

これまで世界各国のバトルドレスやメタルフォートレスがディンギルの侵攻を終わらせんと戦いを挑んだ。神に力を授かった程度の叶えし者たちくらいなら、彼らでも多少の苦戦はあっても対処することは出来た。

 

だがどうしてもディンギル本体だけは落とせない。どれほど叶えし者となり敵側に回ったバトルドレスやメタルフォートレスたちを葬ったとしても最大戦力である上級ディンギルのマルドゥクとティアマト、その他中級下級の神々だけはどうしようもなかった。

 

イレギュラーXを越えるこちらの最大戦力、三神器で出動したアルタイルたちが全力で上級神を抑えにかかっているが、その激闘の中でデネボラのシンクロトロン、次いでカノープスのサイクロトロンと次々に破壊されていった。

 

今までの戦いと何も変わらない。こちらがどれほど策を弄しようと、それを策などなくとも容易く打ち破ってしまうほどのパワーを相手は持っている。

 

「ローレンシウム、大破しました!三神器全滅です!」

 

オペレーターが悲痛な声色で叫ぶように知らせる。カノープスのサイクロトロン、デネボラのシンクロトロンはパイロットの二人は脱出済みだった。

 

「くっ、三神器でもマルドゥクには敵わぬか…!アルタイルは無事か!?」

 

「事前に離脱した模様です!」

 

「そうか…!」

 

パイロットの無事に、ますます苦境になっていきながらも少々の安心に口角を上げた。

 

だがアルタイルが生き残ったとしても三神器という大きな戦力が失われたことには変わりない。兵士たちの士気も低下し、ますます戦況は悪化するばかり。

 

追い詰められた状況でポラリスは事前にアルタイルたちと話し合っていた計画の実行、それを決断する。

 

「…やむを得まい。カノープス、例の計画を実行に移す」

 

彼女はすぐさまサイクロトロンが破壊されてから別行動を取っているカノープスに通信を繋ぐ。

 

『そうだろうと思って、すでに作業に取り掛かっている。民間人の避難誘導も始めた』

 

「そうか、スキエンティアは?」

 

『無事だ、すでにファイブとスリー、デネボラが運び出している』

 

「よし」

 

スキエンティアはシャスター破壊後にポラリスたち4人が新たに作り上げたスーパーコンピューター。シャスターが保存していたデータを引き継ぎながらもシャスターの失敗を教訓に大きく機能を縮小し、あくまでデータ収集、管理に特化したものになっている。それ故、彼らは知恵を意味するラテン語を新たな叡智の結晶に名付けた。

 

通信を切ると今度は全てのバトルドレス、メタルフォートレスたちへとチャンネルを開く。

 

「東京にいる全バトルドレス、メタルフォートレス、マーメイドに告ぐ。これより我らは…」

 

一拍置いて、戦闘の結果を明確にする重大な宣言を口にする。

 

「東京本部を、放棄する」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『奴等は瞬く間に世界各国の都市を攻め滅ぼし、叶えし者から集めた信仰心という力を使い天災を起こして人類を殲滅した。神が息をするように起こす超自然に人間が敵うはずもなかったのじゃ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

木々が鬱蒼と生い茂る山奥に隠されたシェルター。そこはかつてシャスターの手から逃れた人間が作り出したものだった。

 

そこそこの広さはある空間に、ポラリスたちが戦場となった東京からどうにか非難させることが出来た民間人たちや戦線から離脱できた戦闘用パワードスーツ、バトルドレスを纏う兵士たちが集まっていた。

 

ある者は親しい者との再会に喜び、ある者は大きな傷を負って肉体的苦痛にうめき、またある者は帰らぬ者の死に涙を流して嘆いていた。

 

それらの様子を横目に、ポラリス達はそれでもどうにか脱出できたことにほっと息を吐いていた。

 

そんな彼らの元に、一人の少女が歩み寄る。その姿にポラリスは安心を覚えた。

 

「イレブン、無事じゃったか」

 

「はい、どうにか…」

 

顔はすすけ、腕につけられた細い傷から黒い血が流れている。これは病気でも敵の攻撃の影響によるものではない、戦闘用にチューニングされた彼女の血には老化抑制、身体機能向上のためのナノマシンが含まれており、その影響で黒い色をしているのだ。

 

「カノープス様、つい先ほど、ニューヨークが陥落したとの情報が…」

 

「ロンドンもディンギルが起こしたものとされる津波に飲まれたようです」

 

そう告げるのは薄青の長髪の少女、Type,Ⅶと露出度の高いバトルドレスを纏う少女、Type,Ⅲだった。セブンはカノープス直轄、スリーはアルタイル直轄の部下である。二人ともイレブンとうり二つの顔をしているがそれは彼女らが同じ人物のクローンだからだ。

 

「くそっ、三神器は破壊されベガとアルクトゥルスの部隊も全滅…」

 

セブンとスリーから絶望に追い打ちをかけるようにもたらされた情報にカノープスは歯噛みしてシェルターの壁に拳をドンと叩きつけた。

 

「ネットワークもソルの手に落ちつつあります。スキエンティアがあるとはいえ、我々の意識データのバックアップも失われました……」

 

「オリジナルⅩⅢとイレギュラーX、三神器、そして妾達が集う東京は人類最後の砦じゃった。それが落とされた今……」

 

「…勝てないのか」

 

顔を伏せるカノープスは諦念の言葉をぽつりと漏らした。

 

「諦めちゃだめだ!僕たちが諦めたら、死んでいった仲間たちはどうなる!?」

 

だがたった一人、アルタイルだけは諦めていなかった。勇気と戦意の炎を太陽の如く心に灯し、少年時代以来の友であるカノープスを奮い立たせようとする。

 

「…いや、もう奴等には勝てぬ」

 

それでもとアルタイルの言葉を否定したのはポラリスだった。

 

だがその太陽ですら熱しきれないほど、彼女らの心に吹き荒れる絶望と疲労の吹雪は冷え切っていた。

 

「ポラリスまで!」

 

「歯向かっていい相手ではなかった。人間では…神には勝てない」

 

絶望という重みを持つ言葉が、アルタイルたちに重くのしかかった。

 

 

 

 

 

『…そうして、下級神の一人すら滅ぼせなかった妾達は勝利を諦めた』

 

 

 

 

 

 

 

 

「勝つ望みは潰えた。じゃが生き残る可能性は残っておる」

 

「!!」

 

何か考えがあると言わんばかりのポラリスの言葉に、アルタイルたちははっと目を見開いた。

 

 




捕捉説明しよう!

『マーメイド』:シャスターから逃れるために海に進出した人間たちの支援としてアルタイルが開発し、極秘裏に提供した水中用バトルドレス。もちろん男性用も存在する。

『キラーマシーン』:デネボラが開発した対人間用兵器。元々は人に寄り添い、コミュニケーションを取るというごく平和的な目的で開発されたがシャスターの暴走によりその制御、管理は奪われ在り方は歪んだ。工場で自動生産され、物量作戦で攻めてくる。

『ベガ』:シャスター陣営に属し、彼らと敵対した。ディンギル戦ではポラリスたちに協力していた。

『アルクトゥルス』:シャスター陣営に属し、戦後は電子牢獄に幽閉された。ディンギル戦にてポラリスたちに協力していた。

『イレギュラーX』:デネボラとアルクトゥルスが共同開発した10体のキラーマシーン。大量破壊を目的として開発され、シャスター破壊作戦ではアルクトゥルスがコントロールし革命軍に大きな被害をもたらした。

オリジナルⅩⅢは別の機会に説明します。

次回、「希望の箱舟」


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第98話 「希望の箱舟」

長らくお待たせしました。いつもの通り忙しくて忙しくて…。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
1.ムサシ
2.エジソン
3.ロビンフッド
4.ニュートン
7.ベンケイ
9. リョウマ
10.ヒミコ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
13.フーディーニ



『世界を脱出し、神の手の届かぬ新天地を目指すために妾達は次元航行母艦を極秘裏に建造した。残った民間人や仲間たちと共に世界を見捨てることにしたのじゃ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日本海沿岸沿いにあるごく小さな町。そこはディンギルの脅威によって既に廃墟と化し、人気のなく閑散としており冷たい風が寂しく吹く。

 

夜になれば幽霊の一つでも現れそうで、誰も近寄ろうとしない雰囲気を持つその町の地下にそれはあった。

 

「本当にここにあるのですか?」

 

「ああ、何度も出入りしていたから間違いないよ」

 

かつんかつんと冷たい鉄の音を鳴らしながら一歩一歩アルタイルたちは階段を下りていく。一段、また一段と歩むたびに鉄の音と混じる足音が薄い暗闇の中に溶けて消えていった。

 

電気もほとんど通らずわずかな明かりが照らす空間で彼らが見下ろす先にあるのは巨大な戦艦を格納するための広大なドックだった。

 

「アルタイルが支援していたマーメイドたちの秘密ドック…アレの建造にはもってこいだな」

 

「だろ?まあ、俺もこんなことで使うことになるなんて思ってなかったけど」

 

「俺が横流したメタルフォートレスはここに格納していたんだな」

 

カノープスは広大なスペースを持つこのドックを見渡す。革命戦以来使われることなく、誰の手も付けられなかったようで設備も万全の状態だ。

 

ポラリスがふとポケットから取り出した鈍い銀色のUSBに視線を落とす。

 

「ソルの手掛かりを追う中で発見した時空の歪みの研究データ…これを利用すれば人為的に時空の歪みを起こし、別の世界に行くことも可能じゃ」

 

それまで社会を支配していたシャスターを破壊し、新体制を樹立したポラリスは復興の傍ら独自にソルの行方を追っていた。足取りがつかめず手掛かりも巧妙に隠蔽され、苦心する彼女がやっとの思いで発見した研究所跡地で見つけたのはかつて戦斗怜亜たちが通ってこの世界に現れた時空の歪みに関する研究データだった。

 

そこには時空の歪みそのものやそれを自発的に引き起こす方法などの研究の資料があり、それを見てポラリスたちはディンギル襲来後に彼がこの世界にディンギルを招いたのだと結論付けた。

 

「俺のメタルフォートレス、デネボラのキラーマシーンの技術の集大成、次元航行母艦『NOAH』に生き残った者達を乗せ、発生させた時空の歪みを通じて異世界に逃げる…『NOAH計画』か、よくこんな大胆な計画を思いついたな」

 

「臆病者と罵られるじゃろうが、勝てないのなら戦わなければいい。本当はこんな手を使いたくなかったがそれしか方法がない…もうこれ以上、犠牲を出すわけにはいくまい」

 

と、顔を伏せながら言うポラリスの言葉に沈黙が流れる。皆、生きることを諦めてはいないが戦いに疲れ切っていた。誰も彼女の言葉を否定する者はいなかった。

 

「…可能な限り、各地で抗戦を続ける戦力や避難している市民たちと合流してここに集めましょう」

 

「NOAH本体の設計開発はカノープスとデネボラ、次元航行システムの開発は妾で行う。民間人の避難はアルタイルに任せる」

 

「ああ、この箱舟に一人でも多くの命を乗せるんだ」

 

アルタイルたちはこくりと頷く。

 

鋼鉄の箱舟を作り出し、人々を乗せてこの世界から旅立つ。それが彼らのこの世界での最後のミッションだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この母艦は妾とイレブンの二人暮らしにしては大きすぎるじゃろう?何万もの人間を収容するため、この大きさになっておったのじゃ。これでもまだ、昔に比べると小さくなったのじゃがな」

 

「…この『NOAH』は文字通り、お前たちにとっての聖書に記されたノアの箱舟だったんだな」

 

「そうじゃ、妾達はこの船とまだ見ぬ世界に夢と希望を託した。あるいはいつの日か、神を倒す術を見つけ我らの世界を取り戻すことを夢見てな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

NOAHを建造するために再利用されたポラリスたちの秘密ドック。最初に彼女たちが訪れた時には何もなかったその空間に巨大な鋼鉄の母艦が建造されつつあった。

 

作業を行うロボや作業用バトルドレスたちを遠めに、一仕事の後で一息吐こうとアルタイルたち4人が地上から運び出したぼろぼろのソファに腰かけていた。

 

「NOAH計画を始動してから、皆の表情が明るくなったな」

 

「連戦で疲れっぱなしの兵士たちも良い顔をするようになったしのう、皆、異世界で何をしようかと談笑しておるわい」

 

と、ポラリスは遠くで集まっているバトルドレスの少女たちを一瞥する。向こうで彼女らは戦友らと談笑しながら自らの新天地での未来設計図をしたためているのだ。

 

「この船は、皆の希望を背負っているのですね」

 

デネボラはそう言って、建造途中のNOAHを見上げた。船として大まかな形はでき始めてはいるがまだまだ完成には程遠い。計画の根幹を成す次元航行システムも基礎的な理論は完成したがそれを物理的な形にはできていない。

 

だが計画は着実に進行していた。その事実が彼らだけでなくここに集まった皆を元気づけた。長らくディンギルの脅威という暴風雨に晒され続けた彼らにとってもはやこの船は唯一の生きる希望になっていたのだ。

 

「なあなあ、カノープスや皆は異世界に行ったら何をしたい?」

 

ふとアルタイルが興味津々といった様子でカノープスに話を振った。

 

「まだNOAHが完成したわけじゃないんだぞ、そんなこと考えていない」

 

「またそう言って、カノープスは素直じゃないなぁ」

 

と、アルタイルは笑いながらからかうような言葉をかける。そんなアルタイルの態度にやれやれと息を吐くカノープス。

 

「……そうだな、今まで通りメタルフォートレスの研究をしたくもあるが、一度は捨てたサッカー選手になる夢に再挑戦してみるのも悪くないかもしれない」

 

「そっか、今の体ならサッカーもできるからね」

 

「ある意味、お前のおかげでもあるがな。そう言うお前はどうだ」

 

ふっと微笑むカノープスはアルタイルに問い返す。

 

「俺は…もし異世界に人の文明があったら、バトルドレスの技術を困っている人を助けるために使いたいな。元々は争いのためじゃなく、人の生活に役立てるために作ったんだからね」

 

「相変わらずお人好しだな、アルタイルは」

 

そうカノープスは一蹴する。だが嫌な顔はしていない。むしろそれでこそアルタイルだと信頼の色が表れていた。

 

「私はロボづくりを一からやり直してみたいですね。新しい環境で、新しい物を作ってみたいです。今度こそ、平和利用できるモノを目指します」

 

と、にっこりしながら言うのはデネボラ。かつての彼女の発明はシャスターによって人間を殺戮、捕獲するために利用されてしまった。ディンギルとの戦いを終えた後は、今度こそ彼女が少女時代に抱いた夢を本来の形で叶えたいという思いがあった。

 

「ポラリスはどうですか?」

 

と、デネボラの問いとともに3人の視線がポラリスに集まる。一瞬ぽかんとした表情を浮かべると、数秒の逡巡のの後に答えた。

 

「妾は…普通の暮らしがしたい」

 

「普通の暮らし?」

 

「今までずっと裏工作じゃったり、戦いじゃったり、デスクワークで働き詰めだったからの。戦いから離れてイレブンと二人で、慎ましい普通の生活を送ってみたくなった。時々おぬしらにちょっかいをかけに行くのも面白そうじゃ」

 

「「「……」」」

 

ポラリスの口からそのような願望を聞くことになるとは思わなかったのか、アルタイルたちは揃って口をぽかんと開けた。

 

「何じゃその表情は」

 

「いや…お前からそういう答えが来るとは思わなくてな」

 

「でもすごくいいと思う」

 

「イレブンもきっと喜びますよ」

 

ぽかんとした表情を切り替え、アルタイルとデネボラは笑顔を見せる。

 

「そうじゃな…イレブンにはずっと支えられてきたから、今度からはしっかり労ってやりたいのう」

 

ふとポラリスたちは建造途中のNOAHを見上げる。

 

「NOAH…妾達の箱舟」

 

残された命を乗せ、新たな未来へと運ぶ鋼鉄の箱舟はまだ未完成だ。だがそれでも彼女らが夢を見、生きる希望を持つには十分すぎるほどのものだった。

 

「妾達も、夢を託そう」

 

建造途中のNOAHを見上げるポラリスたちの表情には、夜空の星のような希望の煌めきが瞬いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

『…じゃが、矮小な人間の企みなど神には筒抜けじゃった』

 

 

 

 

 

 

 

 

NOAHが完成し、いよいよ次元航行システムを起動させ世界を旅立つ日。皆が待ちに待ち焦がれたその日の到来。しかしその旅立ちは決して穏やかなものではなかった。

 

時空の歪みを作り出すためのエネルギーを生成するNOAHの低く唸るようなエンジン音の中に、突如ブーブーとけたたましく非常事態を告げる警報が割り込みドック内に鳴り響く。突然の警報に、完成したNOAHに乗り込んでいたアルタイルたちは動揺した。

 

「何事じゃ!?」

 

「何者かがドックに通じる通路に侵入したようです。上空にディンギルの反応を複数感知しました」

 

彼女らが集まるブリッジのコンソールを操作し、非常時でもイレブンは冷静に状況を主人たるポラリスに報告する。

 

ブリッジに備え付けられたモニターには秘密ドックへ通じる通路を進む大勢の叶えし者たちの姿が映っていた。ビーム兵器で行く手を阻むキラーマシーンや隔壁を破壊しては着実にNOHAが格納されているドックへと近づいていく。

 

「地上でカモフラージュしていたメタルフォートレスはどうなった!?」

 

丁度その時、地上に設置されてある隠しカメラとの中継が繋がり、地上の様子がモニターに映し出される。

 

瓦礫と完膚なきまでに破壊された夥しい量のメタルフォートレスの残骸、その上に悠然と佇む青い鎧を纏う神。

その様相が、嫌が応にも地上で起こった出来事を理解させる。

 

「…全滅です」

 

「…バレたのか」

 

拳を握り、苦々し気にアルタイルが表情を歪める。

 

メタルフォートレスは自動車や建造物などに変形する機構を備え、カモフラージュに長けている。このドックを拠点とした時、防衛のために地上にある町の風景をディンギルに悟られぬようこっそりと残っている建物をメタルフォートレスたちにすり替えていた。だがその苦労も全て無駄足に終わった。

 

モニターに映る惨状にアルタイルたちが歯噛みする中、一人ポラリスはコンソールに備えられたキーボードを高速で叩き、モニターに表示された情報を基にそれを計算していた。

 

「敵がNOAHを格納するドックに到達する時間を算出した」

 

「!」

 

「10分じゃ」

 

「10分だと…!」

 

カノープスとデネボラは愕然とブリッジ中央のモニターに表示されているメッセージを見上げる。そこに表示されているのは本作戦の要、次元航行システムが起動し異世界へのゲートを開くのにかかる時間。

 

「次元航行システム起動までの時間は30分…くそっ、ここで僕たちの夢は終わるのか…!?」

 

悔しさに目一杯顔を歪め、アルタイルは肘掛けに拳を叩きつけた。

 

その間にも、彼らの希望を破壊せんとする神の手は迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『数少ない民間人の収容が完了し、ようやく発進しようというところで奴等は襲撃してきた。苛烈な攻撃は船に及び、多くの人間が犠牲になった。時間稼ぎに出た仲間たちも尽く返り討ちにされ、希望の実現を見ずして死んでいった』

 

 

 

 

 

 

 

ディンギルたちはとっくにポラリスたちの計画に気付いていた。東京戦線以来めっきり彼女たちが姿を見せなくなっていたことを不審に思い、民間人に紛れた叶えし者たちを通じて彼女たちが立ち上げた『NOAH計画』について知った。

 

だがあえて泳がせておいた。それは人間が何をしようと決して神には届かぬという余裕の表れであるとともに、計画が達成する寸前で全てをご破算にすることで彼女らの希望を完膚なきまでに潰してやろうという悪辣な考えがあったからだ。

 

「…仕方ない、俺が行く」

 

刻一刻と神の攻撃の手が迫り、警報が鳴り響く中、カノープスが覚悟を決めた表情で言う。

 

「僕も行くよ」

 

「ダメだ。アルタイル、お前は残れ」

 

続こうとするアルタイルをカノープスは鋭い言葉で制す。

 

「どうしてだ!?お前だけ死なせるなんて…!」

 

だがアルタイルは彼の意を受け入れられなかった。学生時代から今に至るまで続く彼らの友情、みすみす死地へ赴こうとする友を彼が止めるのは必然だった。

 

「リーダーのお前だけは生き残らなければならない。俺たちの希望は2つ。この船と、お前だ」

 

「でも、親友のお前を…」

 

「俺の夢をお前に託す、九頭竜の大学に通っていたあの時みたいにな。…お前にしかできないんだ、頼む」

 

「ッ…」

 

カノープスの固い決意と言葉に押されたアルタイルは言い返す言葉もなかった。

 

覚悟を決めたカノープスの隣に、すっとデネボラが並ぶ。

 

「私も行きます。ポラリスはアルタイルと一緒に残ってください。アルタイルを支える頭脳が必要ですから」

 

「デネボラ…!」

 

更に彼女に続く者達がいた。

 

「「私たちもお供します」」

 

声を揃えて毅然と前に出たのはデネボラの側近、Type,Ⅴとカノープスの部下、Type,Ⅶの二人だった。

 

「カノープス様、ドジな私ですけど最後まであなたを守らせてください」

 

「セブン…最後まで、迷惑をかける。すまないな」

 

長い薄青髪の毅然とした彼女の姿に、心動かされたカノープスはそれまでの彼女との記憶を思い出すように瞑目する。

 

元は監視の意味合いも込めてベガから彼の下に送られてきた彼女。感情制御回路の影響で無味淡白な性格だった彼女はポラリスの協力を得て回路を解除されたことで変わった。

 

人間らしい感情を得た代わりにドジを連発するようになり度々カノープスを苦労させたが、心を取り戻したことで真の意味で彼の仲間になったのだ。

 

「デネボラ様。あの時はシャスターに支配され、私はあなたに銃を向けました。でも今度こそ、私はあなたを守る盾になりたい。お願いします、私も連れて行ってください」

 

「ファイブ…」

 

かつて、Type.Ⅴは脳に仕込まれた感情制御回路をポラリスに解除してもらわなかったゆえにシャスターの支配から逃れられず、自分が従い、シャスターに反旗を翻したデネボラを襲った。

 

感情制御回路は元来イレブンやセブン、スリーたちにも仕込まれており、ポラリスの好意で解除してもらっていた。人体をベースにするサイボーグである彼女らにそれを仕込むことで、あくまで機械という道具として与えられた任務を効率的に、粛々と全うさせるためのものだ。

 

しかし、回路込みで機械としての本来の形にこだわるデネボラの意志でファイブだけは解除処置を加えられていなかった。そのこだわりがシャスター破壊作戦で仇となってしまったのだ。

 

それを悔やんだデネボラであったが、それ以上に悔しんだのはファイブ自身だった。イレブンたちのように主に忠を尽くすどころか銃を向け、傷つけてしまったことを、自分にはどうしようもなかったとはいえずっと彼女は後悔し続けてきた。

 

その贖罪を、彼女はデネボラへの忠を命を懸けて全うすることで果たそうというのだ。

 

「…わかりました。ファイブ、一緒に戦いましょう!」

 

「ありがとうございます…!」

 

彼女の意をデネボラは受け入れる。主の了承に感謝するように、深々とファイブは頭を下げた。

 

「ポラリス、アルタイルを頼む。俺たちを抜きにして出発してもいい、作戦を完遂させてくれ」

 

絶対の決意を宿すカノープスたち4人の眼差しにポラリスは苦い顔をしながらも重い首を渋々縦に振った。

 

「…承知した」

 

彼女の言葉を受けると踵を返し、虚空にスクリーンを展開するとマイクとカメラ機能を起動する。民間人たちを収容するシェルターに備え付けられたモニターにカノープスの仏頂面が映った。

 

「全バトルドレス、マーメイドに告げる。この秘密ドックにディンギルたちが攻撃を仕掛けてきた」

 

カノープスは下手に明かせばパニックを起こしかねない情報であるにもかかわらず、堂々と今起こっている襲撃を船の搭乗員全員に話す。当然、船の各ブロックの様子を捉えるモニター、そこに映る民間人や兵士たちに動揺の色が走る。

 

「カノープス、お前何を…!」

 

「このままいけば次元航行が始まる前に艦は破壊され、俺達は全滅する。次元航行システムの稼働率は現在80%だ、始動と出航までそう時間はかからない。だがそれよりも早く敵はこちらに到達する」

 

カノープスは淡々と現状を伝える。その度に、民衆の不安は増していく。

 

「NOAHの出航のためには誰かがNOAHを下りて時間稼ぎをする必要がある。ディンギル共と奴等に魂を売ったバカの足止めをな。だが今NOAHを下りるということはつまり、異世界で神の脅威から離れ、新たな平穏を掴む未来を捨てることになる」

 

カノープスはあえて冷酷な事実を告げる。そんなことは言わなくても皆分かり切っていた。今この船を降りれば希望のないこの世界に置き去りにされてしまうことぐらいは。

 

「俺とデネボラはこの船を下りる。今からこの船の出航のためディンギルたちを足止めする」

 

それは自殺を宣言するに等しい行為だった。民間人やバトルドレス、マーメイドたちが見せていた不安の色はカノープスの発言によって驚愕の色に一気に変わる。

 

「…もしもだ、己の生きる希望を、赤の他人に託せるお人好しのバカがいたら俺についてきてほしい。見知らぬ誰かのために命を賭して戦う覚悟がある奴は俺やデネボラと一緒に、皆の夢を叶えるためにクソったれディンギル共と戦おうじゃないか。余裕こいて俺達を見下すディンギル共に一泡吹かしてやろう。そして笑って祝おうじゃないか、俺達が抱き、託した夢の船出を」

 

自分が如何に愚かな願い事をしているかはカノープス自身が一番よくわかっている。誰が好き好んで船を下りて敵を足止めするという自殺行為に着いて行くだろうか。

 

だがそうしなければ全滅する。ようやく完成したNOAHという彼らの希望は悪辣な神の手に砕かれてしまうだろう。

 

最新鋭のバトルドレスと兵器を持つ彼ら4人の力だけでは大量の叶えし者たちを足止めすることはできない、だから皆の力が必要なのだ。その皆を動かすために、今カノープスの胸に煌煌と燃え盛る決意の炎を皆に伝えなければ、この状況を打破することは出来ない。

 

かつてのカノープスは孤独だった。雷鳥超という少年だった頃は友もなく、交通事故で足を失いサッカー選手になる夢も失った。だが後にアルタイルとなる戦斗怜亜の出会いが全てを変えた。彼の明るさが、凍てついた彼の心に熱い炎を灯した。

 

普段はそれを抑え、冷静に行動してきた彼だが今は違う。この身が燃え尽きるほどに燃やし、熱意のままに訴えかける。

 

自分達が助かる見込みはない。だがそれでも、己を犠牲にしてでもこの箱舟だけは出航させなければならない。

 

夢を捨てたのではない、新たな夢を抱いたのだ。NOAHを出航させ、皆の未来を切り開くという夢を。

 

そして、その切望と熱意の証明に思いっきり頭を下げる。

 

「頼む。お前たちの命を、俺にくれ」

 

 

 

 

 

 

 

『激しい攻撃を受け、船は半壊しながらも奇跡的に次元の狭間へと抜けた。しかしその時すでにこの船には…』

 

 

 

 

 

 

 

彼の言葉は多くの人間の心を動かした。カノープスの魂の訴えによって多くのバトルドレスとマーメイドたちは戦意を震え上がらせ、夢の船出のために己の未来を捨てて船を降り、覚悟を決めてディンギルと叶えし者たちの迎撃に向かった。

 

最大戦力をぶつけた東京戦線ですら破れなかった相手だ。勝てるはずもない、生き残る見込みがないのはわかっている。

 

だが勝敗はどうでもよかった。彼らの未来も思いも、全てNOAHに託した。いつか辿り着く世界で、彼らの思いを継ぎ、叶えてくれる者がいると信じているから。

 

NOAHのブリッジで二人、アルタイルとポラリスは懸命に次元航行システムの制御のためにキーボードを叩きシステムをコントロールしていた。

 

共に船に残ったイレブンとスリーは船内の民間人に紛れ込れ、シェルター内で暴動を起こしている叶えし者たちの鎮圧に向かっている。カノープスの訴えに応じず、残ったバトルドレスの中に叶えし者がいたのだ。大勢の戦闘員がいなくなったこの時をこれ幸いにと暴れ始めた。

 

故にこのブリッジにいる者はアルタイルとポラリス二人だけだ。

 

船を下りたカノープスとデネボラ、かけた二人の手を埋め合わせる勢いで二人は猛烈にその甲斐あって、モニター中央のシステム稼働率を示す数値は順調に伸びていった。

 

「システム稼働率、97%。いける、行けるぞ!」

 

アルタイルが喜びに口角を上げたその時、船全体を揺らす大きな震動が彼女らを襲った。

 

「ぐぅ…!」

 

「この揺れは…」

 

凄まじい震動に思わず二人はチェアから身を投げ出されてしまう。硬い床に身を打ちつけて幾分転がった。

 

「まさか、ここまで来て…!」

 

二人は悟る。4人やバトルドレスたちの奮闘も空しく、ドックに繋がる隔壁を突破されてしまったのだと。

 

モニターには今の船の損害を伝えるメッセージが次から次へと表示されていった。

 

「Eブロック、被害甚大!」

 

「Cブロックもだ、でもあそこには収容した民間人たちが…!」

 

Cブロックの破壊と言う事実にアルタイルが顔を真っ青にする。そのブロックには1万人もの民間人たちが集まっている。そこを

 

「…まだだ、まだFとD、Gブロックにも収容シェルターがある。エンジン部もまだ無事だ。そこをやられる前に何としてでも…!」

 

溢れ出す感情をどうにか抑え込んで、努めて冷静さを保ちながらポラリスは作業を続ける。

 

今ここで手を止めれば全てが台無しになってしまう。それだけは避けなければならない。例え再び死者を出すことになっても、残った者達のために彼女にはこの船を動かさなければならない責任がある。

 

命を捨てて足止めをしてくれたカノープスたちのためにも、ここで止まるわけにはいかないのだ。

 

しかしまたも、大きな爆音と震動が彼らを襲う。爆音の大きさも先ほどより大きく、ブリッジの近くが攻撃されたと二人は理解した。チェアにしっかり掴まってどうにか身を持っていかれそうな震動をこらえた。

 

その時、ビシィと天面から裂けるような音がした。それと同時にハッとした表情でアルタイルがポラリスを突き飛ばす。

 

「ポラリス!」

 

「!」

 

何が起こったかもわからぬまま突き飛ばされたポラリスはどさりと倒れる。それと入れ替わるように先ほどまで彼女が立っていた場所にガラガラと大きな瓦礫が落ちてきた。

 

「うっ…げほっ……ッ!!」

 

舞い上がる煙にせき込むポラリス。煙が晴れ、瓦礫の山が姿を現すとその中に埋もれた彼の姿を見て衝撃のあまりに呆然とした。

 

「あ…ある、たいる…?」

 

「…う」

 

ごぶっと血を吐き、苦悶に表情を歪めるアルタイル。腹部から下が完全に瓦礫に押しつぶされていた。

 

「おぬし、足が…!」

 

瓦礫の隙間からじわりと大量の血が広がる。同時に彼女は悟った。もう、アルタイルは助からないと。

 

「どうして妾を庇った…!真に生き残るべきはおぬしの方…」

 

「そりゃ…仲間のピンチを…放っておけないからに、決まっているだろう…?」

 

こんな状況であっても、アルタイルは太陽のような明るい笑みを弱々しいながらも浮かべる。

 

「お前という奴はッ…」

 

ぶわっとポラリスの目から涙が溢れる。自分より、他人を優先してしまう彼の優しさはいつも彼女たちを救ってきた。今まで通りだ、ただし今度は、己の命を引き換えにだが。

 

「ははっ、カノープスに…怒られるなぁ。生き残れって言われ…たのに」

 

「お前…死ぬな!お前が死んだら、誰が皆をまとめ上げる…!?」

 

前のめりに倒れ、瓦礫に胴体を潰されたアルタイルの手を涙ながらにさっと握る。

 

「…ポラリス…最後の、頼みを…聞いてくれ」

 

「…」

 

悲しみに肩を震わせながらも、アルタイルの言葉を聞き逃すまいとポラリスはこくりと頷いた。

 

「何が起こるか、わからないこの旅で……きっと、皆は迷うこともある。そんな時は君が…みんなを…導いて。昔の船人たちを導いた…北極星…みたいに」

 

「アルタイル…ッ!!」

 

その言葉を最後に、彼は事切れた。真っ先にシャスターの支配に異を唱え、反旗を翻した科学者。人の未来を人の手に取り戻そうとした革命軍のリーダー、その最後だった。

 

仲間の無慈悲な死に悲嘆に耽る間もなく続けてポラリスを襲ってきたのは今までよりさらに一段と大きな爆音と揺れだった。

 

「がっ!」

 

振動に襲われて鉄の床に頭を打ちつけてしまう。だが痛みをこらえ、立ち上がる。こんなもの、目の前で友を失った痛みに比べれば取るに足らない。

 

「うぅ…ああああああ!」

 

流れる涙をそのままに、溢れる感情を原動力にして再びキーボードをかつてない高速で打ち込む。

 

全ては散って逝った仲間のために。全ての思いを一身に受け、彼女は全力を尽くしてシステムを制御する。

 

そして待ち焦がれたその時は来た。

 

「システム稼働率100%…!」

 

モニターに表示されたそのメッセージにポラリスは息を切らしながらふっと泣き笑う。

 

「アルタイル、カノープス、デネボラ。お前たちの夢が、今……!」

 

彼女の脳裏に散って行った仲間たちの顔がいくつもよぎる。彼らの思いが今、結実したのだ。

 

しかしそのメッセージを上書きするように、さらなるメッセージが現れた。

 

F、D、Gブロック、被害甚大。それと一緒に表示されたそれぞれの状況を示す映像には敵の攻撃によって外壁ごと跡形もなく消し飛び、焼けたシェルターの様子が映っていた。民間人を収容していたシェルターが全て破壊されてしまったのだ。

 

「あ」

 

そうして全てが真っ白な光に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

『一人でも多くの命を救おうと足掻きに足掻いた結果、誰一人救えず、全てを失った…今でも夢に見るよ。死んでいった仲間たちの苦しむ姿を』

 

 

 

 

 

 

 

こうしてポラリスは自分の世界から脱出した。世界を脅かすディンギルの脅威から逃れ、カノープスたちの望み通り船は出航した。

 

船体は半分以上を破壊され、外壁が吹っ飛び船内を晒したまま万華鏡のように混沌の色が目まぐるしく変わる世界を航行する。あれだけの猛攻を受け、ここまで破壊されたのにもかかわらずだ。エンジン部の損傷は奇跡的になく、停止していないのは奇跡と言っても過言ではない。

 

どうにか出航し、安全を手に入れたはずのポラリスはブリッジでモニターを見つめたまま一人立ち尽くしていた。

 

「どうしよう……」

 

呼吸や目の渇きすら忘れて、ただ愕然と目を限界まで見開いたまま、脱力しその場にうなだれる。民間人を収容していたブロックはすべて破壊されてしまった。それはつまり。

 

一人絶望に暮れる中、ガタンとブリッジと廊下を繋ぐ鉄のドアが開かれる。

 

「ポラリス様!」

 

息も絶え絶えにドアを開けたのはイレブンだった。シェルターの暴動を鎮圧し、別のブロックに向かおうとしていた彼女は間一髪、ディンギルの攻撃から免れたのだ。

 

「ポラリス様、スリーが私を庇って…」

 

返り血を浴びて頬と髪を血に染め、瞳に涙をたたえてふらふらと室内へ進む。

 

黒い血を流すその手に握られているのはスリーが愛用していたビームウィップだった。叶えし者の凶刃からイレブンを守り、スリーは刺し違えた。

 

セブンに次いで付き合いの長い彼女の死は彼女の心に大きな悲嘆の影を落とした。

 

「いれ……ぶん」

 

入室に気付いたポラリスが、うなだれたまま首だけをゆっくりイレブンの方に向けた。

 

「ポラリス様…?」

 

目を見てすぐに彼女は気付いた。ポラリスが正気を失っていることに。そして彼女の視線はポラリスのすぐそばの瓦礫にうずもれている者に移る。

 

「あ、アルタイル様!」

 

瓦礫に胴を押しつぶされて倒れているその姿を見て慌てて彼の下へ走り寄る。夥しい出血量が彼女に彼の死を悟らせるのに数秒もかからなかった。

 

「そんな…!」

 

沈痛そうにイレブンは表情を歪める。彼女にとってもアルタイルとは主であるポラリスとは違って頼れるリーダー、太陽のような存在であった。そんな彼の死が、彼女の心に深い悲しみの影を落とす。

 

「どうしよう……いきのこったの……わらわと、いれぶんだけ……」

 

どうしようもなく震えて、今にも消えてしまいそうなほどにか細い声がポラリスから発せられた。

 

「みんな……しんじゃった」

 




エンジン部やブリッジに直撃しなかったのはカノープスたちが身を挺して攻撃を妨害したため。

次回、「討神の決意」


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第99話 「討神の決意」

前回補足し忘れたので補足しておきます。

スリー…アルタイルの部下。メイン武器はビームウィップ。長髪でいつも眠たそうな顔をしている。感情表現に乏しいが上司のアルタイルにぞっこん。

ファイブ…デネボラの部下。メイン武器はビームハンドガンの二丁拳銃。ウェーブの入ったショートカットヘアー。長らく感情制御回路を埋め込まれていた影響でかなり感情表現が乏しい。

セブン…カノープスの部下。メイン武器はミサイルやビームマグナムなどの重火器(主にレールガンを愛用)。ストレートのロングヘア―。ドジっ子だが頑張り屋。イレブンとはかなりの仲良し。

叶えし者は容姿に変化がないので、判別が難しい。その特性がNOAHの悲劇を招いた。



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「……」

 

語られたポラリスさんの過去、その壮絶さに俺は言葉を失った。

 

目の前で信頼する仲間を失い、大勢の仲間の命と引き換えに計画は達成されたが生き残ったのは自分とイレブンさんだけ。すべてを救おうと足掻いて、結果誰一人として救えなかった。

 

その時のポラリスさんの絶望は想像を絶するものだろう。俺が彼女の立場なら、とっくに身を投げている。

 

「あの後の妾は荒れに荒れた。何度仲間の後を追おうと自害を試みたことか。まあ全てイレブンに止められてしもうたがな。妾よりもイレブンの方がよほどしっかりしておるよ」

 

「…勿体ないお言葉です」

 

自嘲気味に笑い一瞥をくれるポラリスさんの言葉にイレブンさんは謙虚にも瞑目し、恭しく会釈する。

 

ポラリスさんと行動を共にしたイレブンさんも同じ絶望を味わったはずだ。仲間を失い、人々を救えなかったのはイレブンさんだって同じ。ポラリスさんのように全てを投げ出してもおかしくないのに、思いを押し込めて自分の主を立ち上がらせるところに彼女の芯の強さを感じた。

 

「命からがら滅びゆく世界をイレブンと二人っきりで脱出した妾は異世界を巡り、奴等を倒す術を求めた。…このままディンギルとの戦いから離れ、平穏に暮らす道もあった。じゃが、散って行った仲間のために妾は戦い続ける道を選んだよ」

 

そう語る彼女の目には強い決意だけでなく、懐かしむ色もあった。きっと過去に巡ってきた世界でレジスタンスには加わらなくとも深く関わって来た人たちがいたのだろう。

 

「しかしこれまでそうだったように妾の世界の技術だけでは奴等を葬り去ることは出来ぬ、故に外なる異世界を調査し、エネルギー資源や兵器を回収してはスキエンティアに情報を蓄積させた」

 

「それがGNドライブか」

 

「そうじゃ、やがてたどり着いたこの世界で、妾は四大セラフたち、六華閃の三人の協力を得た。話によれば、ディンギルは過去にこの世界を襲撃したことがあると聞く」

 

「一般には三大勢力の大戦の更に前に起きたとされる戦争だ。…あの戦争は、本当はこの竜域に攻め込んできたディンギルたちとの戦争だったのだ」

 

「何?」

 

確か、ライザー戦前の合宿で聞いた。聖書の神が滅んだ戦争の前にもまた大きな戦争があったと。だがそれは何故か文献があまりなく詳細を知る者もいないとされている。

 

「時空を超えて現れたディンギルたちに対抗すべく、人間を守るために立ち上がった勇者たちと竜、そして各神話の神々が力を合わせた戦い…名を、神竜戦争」

 

「神竜戦争…」

 

その言葉を噛みしめるようにぽつりと呟く。この世界もポラリスさんの世界のようにディンギルの侵攻を受け、立ち上がった者がいたんだな。

 

「我々創星六華閃の先祖はその戦争でディンギルたちと戦った。ディンギルに対抗するために、ウェポンマスターの称号を持つ万能の鍛冶職人が世界各地から集めた優秀で力ある鍛冶職人たちこそ、創星六華閃。ディンギルと戦うことが俺達創星六華閃の真の使命なのさ」

 

「だからここに二人がいるのか」

 

「そうとも、歴代当主たちが果たし得なかった使命を私たちが果たそうってんだ。神を斬る、そのために私はここに来た」

 

にやっと獰猛な笑みを不敵にレーヴァテインさんは見せる。ガルドラボークさん達の話に俺はこの二人がレジスタンスに協力した理由を得心した。

 

この人の態度を見て思うんだが、何となくバトルジャンキーなヴァーリをもっとワイルドっぽくしたような気風を感じる。きっとヴァーリとは馬が合うんだろうな。立場上奴等に同調するようなことはないと思うが。

 

「…どうやって、戦争に勝ったんだ?」

 

俺はここまでの話で生まれた疑問の一つを投げかける。

 

今の世界にディンギルはいない、アルルというたった一柱の例外を除いて。この世界が滅んでいないということはおそらく勝ったと考えるのが自然と思うのだが。

 

「勝ったのではない。勇者の仲間である竜たちが神を神域へと追いやり、竜域と神域を隔てる次元の壁を作ったことで戦争は終わった。…数で言えば竜域側が有利だったが奴等の不死身と圧倒的な力、そして神側に寝返った叶えし者たちによって奴等の力と勢力は増し、かなりの苦戦を強いられたそうじゃ」

 

しかしポラリスさんは険しい顔でかぶりを振った。この世界の神でさえも奴等を完全に滅ぼすことは出来なかったということか。やはり敵は異形の存在するこの世界においても十分な脅威なようだ。

 

だがまだ疑問が一つ残っている。ある意味、戦争の結末以上に気がかりなことだ。

 

「なら、アザゼル先生やオーディン様はディンギルのことを知っているんじゃ…」

 

オーディン様やアザゼル先生、ミカエルさんなど首脳陣は古くから各勢力を率いてきた。当然人類滅亡を謳うディンギルの侵略には対抗しただろうし、こんな大きな出来事を彼らが知らないはずがない。

 

「ところがどっこい、そうじゃないんだな」

 

俺の疑問を打ち消したのはレーヴァテインさんだった。

 

『どうやら神域と竜域を隔てる次元の壁が神の直接的干渉を防ぐと同時に、我々やその時代に生きていた者の当時の記憶を封印しているそうです。これを作った竜にどういう意図があるのかはわかりませんが…』

 

「戦争や神の詳細を伝える文献は全て残存した叶えし者が焼き払ったり処分してしまった。今あるメソポタミア・シュメール神話も、奴等の神域やこちらに来てからの出来事の一部がどうにか残った遺跡や書物に残ったものに過ぎない。そしてなにより果てしない時間の流れが、世界から戦争の記憶と事実を消し去ってしまったのさ」

 

憂いを帯びた表情でミカエルさんとガルドラボークさんが語る。

 

時間の流れが戦争の記憶を消してしまう。それは今の時代にも言えることだ。当時を生きる人間が亡くなり、戦争の悲惨さを身をもって知り、それを記憶する人間がいなくなる。戦争の戦火に呑まれて多くの記録が失われ、残った遺産もやがては風化する。

 

もしかして、竜の中にディンギルに下った裏切り者がいたりしたのだろうか。それなら記憶を封印するという効果があるのも納得がいく。

 

「…さらにじゃ、そこのウリエルは時空間操作能力の他にもう一つの能力を持っておる。ミカエル、ウリエル、話してもよいか?」

 

「構わない」

 

『ええ、彼らにも知る権利があります』

 

ポラリスさんがウリエル様とミカエル様に視線をやると、二人は許可を出すように頷いた。

 

「うむ、ウリエルには『超既視感』と呼ばれる予知夢の能力を秘めておるのじゃ」

 

「予知夢?」

 

「そうじゃ、セラフに就任して以来発現したウリエルの予知夢の能力は未来に起こる出来事を予測できる。コカビエルやディオドラ、先日のロキの反乱も全て彼は予測していた」

 

「何だと!?」

 

「ウリエルさんって本当にチートだな…」

 

揃って驚くのは俺とゼノヴィア。時間を操る能力に予知夢、これは天界版超越者と言われるのも納得だ。そんな能力があるなら戦争はもちろん外交で大きなイニシアティブを取ることも可能だろう。それなのに天界が三大勢力の中で覇権を握らなかったのは何か理由があるのか。

 

「…その能力があれば、天界が世界の覇権を握ることもできたんじゃないのか?」

 

「そう都合よくはいかぬよ。予知夢は100%正確ではない。特異点やイレギュラーの介入で未来は絶えず変化するため現実とは細部が異なる場合もある。だとしても非常に近しい現象が必ず起こる」

 

「それに何より、天界が覇権を握れば今の和平の流れには持っていけなかった。天界への反感が禍の団並みのイレギュラーな敵も発生させるかもしれないし、脅威に対抗するには今のような真の意味での協力が必要だ。故に私は予知夢で予測した未来への過度の干渉を控えてきた…余程の出来事でない限りはな」

 

二人の説明で納得した。今の状況を作りたかったからこそ、ウリエルさんは予知夢で未来を知りながら他勢力との関係を荒立たせるような表立った行動は控えてきたんだな。

 

未来を変えるというポラリスさんが言っていた特異点の特性は未来を予測するウリエルさんの予知夢があったからこそ証明できたと考えてよさそうだ。未来が分からなければ特異点が未来に作用する運命力を持っているなんてわからないからな。

 

しかしポラリスさんは厳しい表情で、超既視感を理解した俺たちに更なる衝撃を与える次の言葉を放つ。

 

「その予知夢によると、ディンギルたちは近い将来この世界に再び降臨する」

 

「!!」

 

衝撃を受ける俺達は軽く目を開く。

 

それはつまり、また戦争が起こるというのか?コカビエルがエクスカリバーの事件を利用して引き起こそうとした三大勢力間の戦争をはるかに超える規模の、全世界全勢力を巻き込んだ戦争が。

 

「私は夢に見た。彼女の映像にいた神たちが現れ、雷が天界を破壊し、禍々しい闇が冥界を飲み込み、輝く流星が各神話世界に降り注ぐ光景を。それに巻き込まれる者の中には私や君たちが知る者も大勢いた。…震えが止まらなかったよ。あんな光景を決して実現させてはならない」

 

ウリエルさんは今でもその光景を鮮明に思い出せると言わんばかりに悲し気な表情で俯きがちに語る。

 

未来を予測できる予知夢の力。いい未来を見れば、前向きに生きる希望になる。だがそれが悪い夢、それも世界の滅亡だったなら恐れは相当なモノだろう。いずれくる破滅の未来、自分一人では回避しようのないもの。その到来を恐れ、一人孤独にその恐怖を抱えながら生きていかなければならないのだから。

 

「奴等は半端に終わった戦争を根に持ち、前回以上に竜域への憎悪を滾らせてこの世界に再度戦争を仕掛けにやってくる。奴らが来るとわかった以上、妾が戦わない理由はない。故にこの世界を妾の因縁を終わらせる決戦の場に選んだ」

 

ウリエルさんの話を継いで話すポラリスさんが強い決意を示すようにバンと卓を叩き、ばっと立ち上がる。

 

「傲岸不遜たる神々を打倒し、この世界を破滅の運命から解放する。それこそが、我らがここに結束した目的」

 

拳をぎゅっと握り締め、力強く硬い決意を炎のように宿したルビーのような瞳を輝かせて彼女はここに宣言する。その所作の全てに、彼女が内に秘める強い思いが反映されている。

 

「…以上が、妾の持つ奴等の情報じゃ。何度も言うが、我々はディンギルと戦うための戦力を欲しておる。今竜域で活動している奴等の企みを挫き、いずれはディンギル本体を叩く。そのためにお主たちの力が必要じゃ」

 

俺たちの力を求めるように手をすっと伸ばす。

 

「ゼノヴィア、紀伊国悠。これは妾達のわがままなのはわかっておる。じゃがどうか、私たちと共に戦ってはくれないだろうか」

 

「…」

 

そう言ってこの場を取り仕切り、レジスタンスのリーダーたる彼女は熱意を真っすぐぶつけるように深々と俺達に頭を下げた。

 

ポラリスさんの過去を聞いて、今まで見えなかった彼女の腹の内は見えた。彼女が戦う敵と、彼女を突き動かす原動力。神と戦おうとする彼女を動かしてきたのは仲間を奪った敵への復讐心とも呼べるし、散って逝った数百数千を超える人々の思いだ。

 

途方もないものを彼女は背負ってここまで来た。一体誰が、彼女を否定できるだろうか。彼女の胸の内、辿って来た道を知った今、俺の思いは定まった。今までのような迷いも隠し事ばかりで肝心なことを話そうとしない彼女への疑念もない。

 

「…つい最近やっとの思いで神を倒したばっかなのに、今度は一神話に喧嘩を売るとは。まんまと乗せられてしまったわけだ」

 

ふうと息を吐いてやれやれと肩をすくめた。

 

流石に今後ロキのような神クラスを相手にすることはもうないだろうと一安心していたのに、今度は複数の神と戦う?ブラック企業と言うかブラック組織もいいところだ。心休める暇も与えてくれないとは俺が信じてみたいと思った人は想像以上に鬼畜らしい。

 

「でも、俺は戦う。どうせ奴等は兵藤たちの敵だし、何より凛は奴等の道具にされている…放っておく道理はない」

 

世界の滅亡を目的にする輩が兵藤たちを相手にしないはずがない、というよりは既に兵藤たちを特異点だのと言って攻撃を仕掛けている。それに、アルルという神が俺の妹の体を好き勝手に暗躍の道具に使っていることも分かった。

 

既に奴等はラインを越えている。俺が倒すべき敵だと認識し、潰すためのラインを。相手がいかなる存在か知った今でも俺のやることは変わらない。平穏を脅かす敵は潰して、凛を取り戻す。

 

「俺の心は一つ、ディンギルを潰す。それだけです」

 

それが俺の意思。未来に渦巻く暗雲を払い、滅びの未来に雷霆を投げて木っ端微塵に砕くための鋭い矛。それと共に俺は立ち向かうと決めた。

 

「私はディンギルとやらを神だと認めるつもりはない。悪意を持って信徒を狂わせ、自分の餌にし、あまつさえ世界を滅ぼすような連中は神を名乗るのもおこがましい。このデュランダルで、人の心を弄ぶ邪悪な輩は斬り捨ててやる」

 

俺の決意表明にゼノヴィアが続く。まだ冷静だった俺とは反対に彼女は怒りに震えていた。異界の神の悪辣な在り方は聖書の神を信仰するゼノヴィアの怒りに火を付けたようだ。

 

「君の話で決心がついた。私も共に戦おう」

 

義憤に燃え、決然とゼノヴィアもディンギルへの敵対を宣言する。

 

ディンギルとの敵対を改めて宣言した俺達の言葉に虚をつかれたような表情を見せるポラリスさんは一瞬目を伏せるとふっと微笑んだ。

 

「…ありがとう、その言葉で妾は救われたよ」

 

それはいつものからかうような笑いではなく、もっと晴れやかな笑みだ。普段は見えない彼女の本心が、その言葉と微笑みに表れていた。

 

「…あー、ところで、今後のことについて協議するんじゃなかったのかい?」

 

そんなこんな言っていると、咳払いをしてやや気まずい感じでガルドラボークさんが会議の再開を促す。

 

ポラリスさんやウリエルさんの話を聞いててすっかり会議のことを忘れていた。ポラリスさんも熱が入っていて頭からすっかり抜け落ちていたのか、彼の言葉に思い出したように同じく咳払いをした。

 

「…んん、では話を始めよう。じゃがその前にもう一つ、議題がある」

 

ポラリスさんが手元のキーボードをたたいて再びスクリーンを投影する。映し出されこの場にいる全員の視線を集めるのはどこからか撮影した先日のロキの戦い、光の流星が俺の下に落ちてくる映像だった。

 

「先の戦いで観測された、乳神でもない別の異界の波動じゃ。状況を鑑みるに悠が手にした新たな力はそれによりもたらされた物のようじゃが…」

 

「その件について、話しておきたいことがあります」

 

話から流れるようにポラリスさんが俺に視線を移したのを受け、俺は話を切り出す。あの戦い以来報告をしていないから、VIPたちも集まったこの場で話すのが良いだろう。アザゼル先生は部長さん達から報告を受けて知っているだろうが。

 

それから俺とゼノヴィアは、俺たちが精神空間で出会ったあの銀色のドラゴンについて全てを話した。奴が凛に取りつくディンギルを邪悪と呼んだこと、俺を転生させた女神と繋がりがあること。

 

ポラリスさんたちは真剣に、かつ興味深そうに話を聞いてくれた。ポラリスさん達にとってこの出来事もイレギュラーだということだろうか。

 

その全てを話し終えた後、皆は一様に難しい表情を見せた。

 

「なるほど…妾の予測は正しかったのじゃな」

 

『それにしても、彼の転生に関与した女神を関りを持ちディンギルに仇成すドラゴン…何者でしょうか?』

 

「ディンギルを神域に追いやったドラゴンの一体…だと俺は思うが」

 

「ま、味方ってことで確定していいんじゃないか?」

 

ポラリスさんたちはそれぞれ思ったことを唸りながら述べる。あっけらかんとしたレーヴァテインさん以外は、新しい情報をかみ砕き、それぞれ思慮するような神妙な表情をしている。

 

これを話したうえで、俺は一つの問いをポラリスさんに投げかける。

 

「…ポラリスさん、あなたはアルルをどうしようと考えていますか?」

 

俺は恐る恐る訊ねた。ポラリスさんにとってディンギルのアルルは憎き敵だ。自分の仲間を大勢殺し、滅ぼそうとした許されざる大敵。何としてでも復讐したい、殺してやりたいと思うのが普通だ。

 

それにあんなポラリスさんの過去を聞いた後だ、最悪の返事が返ってくることも十分に予想しうる。だがそれでも、俺は確かめたい。妹を取り戻すという、俺が戦ってきた理由のためにも。

 

「…確かに、今の奴は大きく弱体化し、全盛期とは程遠い状態じゃ。人の身である以上は不死も失われている可能性もある。上級神の一柱を討つにはこれ以上ない千載一遇のチャンス…」

 

質問に対し、どこか昏い影が宿った表情でポラリスさんは答える。

 

やはりディンギルに強い敵意を持つ彼女を説得するのは難しいか。自分の過去を語り、その敵意も強くしたことだろうし…タイミングがよろしくなかったか。

 

「じゃが、この一件はお主に任せようと思う」

 

「!!」

 

しかし表情に差す影を打ち消す思わぬ彼女の答えに、俺は目をハッと開いた。

 

俺の妹ごと奴を殺すという返答も覚悟していたので、俺にすべてを任せるという判断には大いに驚かされた。俺の事情があったとしても、自分の手で同胞を殺し尽くした敵を倒したいという思いが勝るはずだろうに。

 

「…どうしてですか?」

 

「マルドゥクやティアマトならともかく、アルルとは憎きディンギルである以外は因縁があまりなくてのう。もちろん潰してやりたい気持ちはあるが、おぬしにケリを付けさせる方が妾としてもすっきりする」

 

「えっ」

 

…なるほど、ポラリスさんはディンギルの中でもその二柱を憎んでいるんだな。それ以外のディンギルは脅威としてみなしてはいるがマルドゥクとティアマトの二柱は個人的感情も混じって敵意が強いと。アルルに対しては個人的感情が薄くまだ精神的余裕があるから、俺に任せる判断を下したのか。

 

「ロキとの時は久しぶりに出くわしたディンギルということでつい熱くなってしもうたが、やはりこの件の対処はお主が適任じゃ。モチベーションも実力も十分。妾はお主に任せるよ」

 

そう言って薄く笑むと今度は肘を突いて両手を組んだ。

 

「おぬしらはどう思う?」

 

と、ざっと見渡してセラフや六華閃達に話が振られる。

 

「私は君の意思を尊重する。身内を助けたいという思いは痛いほどわかるからな」

 

「私もです、是非妹さんを助けてあげてください」

 

ウリエルさんとラファエルさん、この二人は即答で快諾の意を示し、それだけでなく応援の言葉すら口にしてくれた。。

 

『彼がアルルを討ち、妹さんを解放すれば我々と彼の目的、両方を達成できる。一石二鳥というものです。これまでの実績も踏まえても十分でしょう。私は彼に一任します』

 

『えっと、ミカエル様達が同意するなら私も同意しまーす』

 

ミカエルさんやガブリエルさんも先の二人同様に快諾する。しかし4人の中でガブリエル様だけフワフワした理由で任せてきた。任せてくれるのはありがたいんだが、かなり大事な案件なのにそんな調子で大丈夫なのだろうか。

 

「皆さん…」

 

理由はともあれ、こんな重大な案件に快くOKを出してくれるセラフの方々に心打たれ、つい感極まる。なんというか、こんなに寛大ならゼノヴィアたちが崇めるのも分かる気がする。たまには俺も彼女のお祈りに付き合ってあげるべきかな。

 

「うむ、では…」

 

セラフたち全員が賛成の意を示したことでポラリスさんが話を締めようとしたその時。

 

「俺は反対する」

 

「私もだ」

 

空気を凍てつかせる非常な二つの声が上がった。




次でレジスタンス会議は終わりです。

神竜戦争は鉄血の厄祭戦みたいな感じを意識していたり。

次の話でガルドラボークの人となりがどういうものかわかると思います。

次回、「世界の重み」


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第100話 「世界の重み」

ラグナロク編はこの回を入れて3話で終わります、今度こそ本当に。

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纏まりかけた会議に異議を唱え、注目を浴びるのは二人の赤髪の男女。ディンギルの討伐を使命とする武器職人の名家、創星六華閃のレーヴァテインさんとガルドラボークさんだった。

 

ぴたとガルドラボークさんは手を組みなおすと、モノクルをかけた赤い左目でポラリスさんを覗く。

 

「人間の体で活動しているということは、今奴等はそうせざるを得ないほど力を失っていると見ていい。奴等特有の不死身も失われている可能性もある。これは絶好の機会だ」

 

「おぬしの言う通りのことを妾は推測しておる、じゃが…」

 

「ならなおさらだ。彼の私情と世界の命運、どちらが重いかは火を見るより明らかだ。これ以上変に動かれてかき乱されては困るし、上級ディンギルを一柱潰せるまたとない機会をふいにするのは愚行に他ならない」

 

「創星六華閃としてもレジスタンスとしても、ディンギルを討つのは最優先の使命だ。私には世界に仇成す神を倒すエレイド家としてのプライドがある。人間の体かつ大きく弱体化している今はガルドラボークも言うように千載一遇のチャンスだ。私は逃したくないね」

 

と、二人は神妙な表情で各々の意見を述べる。

 

「紀伊国悠」

 

ふとガルドラボークさんの鋭い眼光が俺に向けられる。値踏みするような、それでいて心を射抜くような鋭さに俺は一瞬息が詰まる。

 

「ここにいる者は全て、世界の命運の重みを理解している者達だ。天界勢力のトップ、自分の世界を失った者…君に彼らが背負うその重みが理解できるか?」

 

「!」

 

その問いかけがさらに言葉を詰まらせ、不意に集まった面々を見渡す。

 

ミカエルさん達4大セラフ、天界を統べ天使を率いる彼らは世界一の宗教人口を誇るキリスト教徒を導く役割も持っている。

 

創星六華閃、6家の内ディンギル討伐の使命を忘れず、絶やさず繋がれた2家の当主である彼らは他の4家が忘れ、今までの当主たちが為し得なかった使命の完遂に強い意欲を示している。

 

ポラリスさんとイレブンさんのレジスタンス、自分達の生きてきた世界を破壊された彼女らは世界の滅亡がどういう物なのかを身をもって知っている。

 

そんな彼らと比べて自分は一体何だ。俺が見ているのは身内の平穏だけ、世界のことを考えている彼らと比べれば何と視野の狭いことか。

 

セラフやポラリスさんと肩を並べる彼の厳格な問いが、お前は何も知らない小童だと俺を強く否定する。

 

「君の妹を優先した結果、世界が滅ぶようなことになればどうする?君はグレモリーの仲間や友人たちにどう顔向けできる?世界と自分の妹を天秤にかけ、同じ重さだというのだとしたら君は…」

 

モノクルの鏡面に一瞬光を輝かせ、彼は躊躇いもせずにはっきりと言い放つ。

 

「とんだシスコン、もっと言うならエゴイスト、愚か者だよ」

 

「それは…!」

 

軽蔑の念のこもった言葉、だがもっともな正論でもある彼の意見に俺は何も言い返せなかった。

 

俺は凛を取り戻すために戦おうとして来た。だがそれは傍から見れば一個人の願望に執着しているだけの、世界をよくしようという大義のない思いでしかない。大義を重んじるべきだとと言わんばかりの彼の言葉は今の俺に痛烈に刺さった。

 

「悠を馬鹿にするのか!?」

 

ガルドラボークさんの言葉にゼノヴィアが青筋を立てて食って掛かる。

 

「私は彼を馬鹿にするつもりはない。ただ、この場にいることの意味を理解していないようなのでね。その様子だと、君も彼と同じ様だな」

 

「貴様…!」

 

「よせ、ガルドラボーク!」

 

向けられた怒りを軽くいなすように飄々とした態度を崩さぬガルドラボークさんにますます怒りをヒートアップさせるゼノヴィア。その様子を見かねたウリエルさんも介入する。

 

「止めるなウリエル。よりによってあんたが賛成するとは思わなかった。あんたなら絶対にポラリスの意見を反対するはずだ。どうしてだ?」

 

「……」

 

ウリエルさんは答えない。何かを言おうとはしたがそれを押し込め、口を硬く結ぶ。だがその様子がガルドラボークさんに何かを得心させた。

 

「…いや、ディンギル関係ではなくそっち関係か。なるほど、道理でラファエルもあんたと同じ賛成を掲げるわけだ。前々からあんたのやり方は甘いとは思っていたがここまでとはな」

 

「…!」

 

彼の言葉が平静を保っていたウリエルの心に火を付けた。いよいよ空気が張り詰め、天界随一の戦闘力を基彼のオーラが弾けようとしたその時。

 

「やめろ」

 

冷徹な威厳を伴う低い一声が、緊張を一息にて吹き飛ばす。その一声を放ったのはポラリスさんだった。

 

「おぬしたちは妾の家で戦争でも始めるつもりか」

 

ぎろりとにらみを利かせた彼女の眼差しを受けて、ウリエルさんは渋々怒りの槍を引っ込め、ガルドラボークさんは鼻を鳴らして口を閉ざす。

 

「今の彼女のオーラ…どんな雪国よりも寒くて昏いものだった。一瞬感じたウリエル様にも劣らないパワーだ…」

 

ぽつりと少し恐れの入り混じった様子でゼノヴィアは言う。もしかして、今のはポラリスさんの本気の片鱗か…?

 

この場を取り仕切るポラリスさんの目が細くなる。

 

「ガルドラボークの言い分も最もじゃ、妾達が目指すべきはディンギルの打倒。じゃが、今までの実績を踏まえ悠の事情も十分に一考の余地はある。故にこの場を収めるためにも、ここは折衷案を出す」

 

「!」

 

いつになく厳格な声色でこの場を制する彼女の目線が俺に流れる。今までに見たことのない彼女の冷たい瞳にぞくっとするような感覚を覚えた。

 

「悠、おぬしに一か月の猶予をやろう。来月、10月末までじゃ。その間におぬしがアルルを対処できなければ、妾達は容赦なく彼女ごと奴を消す」

 

「そ、それは…!」

 

その提案は突然で、残酷だった。まるで執行猶予のような彼女の提案に俺は言葉を失う。一か月、それまでに彼女を何とかしなければガルドラボークさん達が問答無用で彼女ごとアルルを殺す。

 

ポラリスさんを含めここに集まった者は全員、ディンギルの脅威に対抗し世界の平和を守るために集まっている。

ポラリスさんが俺の事情に関して思うことがあるのは今までの言動で分かっている。だがやはり、優先すべきは俺の事情ではなくディンギルなのだ。一か月という期間は彼女なりの最大限の配慮なのだろう。

 

優先すべきはディンギルの打倒、もちろん俺も十分に理解している。ガルドラボークさんに己の甘さを指摘され、痛いほど思い知った。ディンギルを倒さなければ未来で多くの人が傷つく。今の彼女を倒さなければ、これから多くの被害が出る。そうなる前に一刻も早く彼女を止めるか、倒さなければならない。

 

凛を取り戻したいのはやまやまだだが彼女が今、世界ひいては未来の脅威になっているのも事実。だから…。

 

「…わかり、ました」

 

俺には彼女の提案を拒否する選択肢はない。断腸の思いで俺は彼女の提案を受け入れた、いやディンギル討伐を目指すこの面々の前では受け入れるしかなかった。

 

だが俺は凛のことを諦めたわけではない。まだ一か月という猶予がある、すぐに殺されはしない。それまでに俺が対処できればいいだけの話だ。ただ、今まで以上に緊張感を持たなければならないし、何より次に遭遇した時は絶対に機を逃してはならない。

 

「おぬしもそれでよいな?」

 

賛否を訊ねる一瞥がガルドラボークに向けられた。

 

「…あんたも甘いな。本当は今すぐにでも彼女を殺したいだろうに。よほどソルとやらの二の舞が怖いと見える」

 

ふっと彼は薄笑い交じりに嘆息する。ソルと言えば、ポラリスさんの話に出てきた昔の仲間か?彼か彼女かは知らないが一体過去にポラリスさんと何があったのだろうか?

 

「その話はよせ。ガルドラボーク、レーヴァテイン、この提案に賛成か、反対か?」

 

「…いいだろう、その間に妹さんを助けられるといいな」

 

「私は神をぶった切ってみたい。ただそれだけだ」

 

それっきり二人は何も言わず、口を結んだ。だがただ不満と言うだけでなく一応自分達の納得のいくところに落としどころがついて若干の満足な様子も見受けられた。

 

「セラフたちはどうじゃ?」

 

「…私から言うことは何もない」

 

「私もです。…一か月の間に彼の妹さんをどうにかすればよいのでしょう?」

 

『特に意見はありません。ガルドラボークの言う通り、ディンギル討伐は最優先事項。一定の期間を設けるのが妥当だと思います』

 

『えっと、私もミカエル様と同じくです』

 

セラフたちもポラリスさんの折衷案に反対はせず、あっという間に賛成は集まる。

 

「これで全員の賛成は集まった。妾の案は可決とする」

 

彼女の一声でようやく張り詰めた空気が一旦の落ち着きを見せ始める。

 

ガルドラボークさんとウリエルさんが派手な喧嘩を始めるかと思ったし、一か月の猶予を付けられるわでこの数分で滅茶苦茶肝が冷えた。しかも会議はまだ始まったばかり、まだまだこんな場面が出てくるかと思うと

 

「…悠、妾は何も一人で凛を助けろとは言わない。可能な限りは妾も手はないか考える」

 

先のような冷たさすら感じる表情を瞬きのうちに柔らかくした彼女が語り掛けた。

 

「あんなことを言った後じゃがこれだけは忘れないでほしい、妾はおぬしの味方じゃ。おぬしを傷つけるような真似は決してせんよ」

 

先の提案のように突き刺すような調子ではなく、普段聞きなれた優しい声色でポラリスさんはそう言ってくれた。彼女の最大限の配慮のこもった言葉が緊張に縛られた俺の心を優しくほどいていく。

 

「紀伊国悠、私も君に協力したい。私とラファエルは君の味方だ。何かあれば忙しい身ではあるが我々を頼ってくれ」

 

「ちょっとウリエル…んん、私もあなたに協力したいと思っています。忙しいながらも少しでも助力したいです」

 

「ウリエルさん、ラファエルさん…!」

 

さらにポラリスさんに続いてなんと四大セラフのウリエルさんとラファエルさんまでもが積極的な助力を申し出てくれた。

 

忙しいだろうにわざわざ俺のために助力を願い出てくれるとは…どうしてそこまで俺に尽くそうとしてくれるのかは知らないが、受けられる助力は積極的に受けていきたい。

 

ポラリスさんとウリエルさん、そしてラファエルさん。この三人は俺の味方だ。彼女らの心強い助力の申し出は俺の心に希望の火を灯してくれた。

 

「甘々なメンバーとリーダーなことで……まあいい、次の議題に移ろうじゃないか。最重要事項の対ディンギル用の兵器開発の進捗はどうなっている?」

 

俺の助けになろうとしてくれる三人の様子にやれやれと呆れ気味に息を吐くガルドラボークさん。折衷案に落ち着いたとはいえ俺の事情云々に関してはまだ不満がある様子だ。

 

「今回のアルルの介入を受け、急ピッチで開発を進めておる。もうじき、試作型が一台ロールアウトするので近いうちにテスターを使って実戦投入を検討中じゃ」

 

「おお!」

 

「ほう」

 

『それは大きな進歩ですね』

 

彼女の朗報にウリエルさん達は先ほどの緊張した空気での表情とは打って変わって明るい反応を見せた。

 

対ディンギル用兵器…今までに多くの異世界を巡ってきた彼女が作り上げる兵器とはどれほどのものだろうか。俺も興味が沸いてきた、早くその試作型とやらを拝んでみたいものだ。

 

『テスターは誰が担当するのですか?』

 

「すまないが、テスターの情報開示はまだできない。一つだけ言えるとすれば、ディンギル共の意表を突ける人選であるとだけ言っておく」

 

ディンギルの意表を突ける?つまり、それはまた新たな協力者、レジスタンスの新メンバーを既に用意しているということか?

 

「わかった。引き続き開発を頼む」

 

「あんたの腕に、人類の未来がかかってると言っても過言ではないな」

 

「責任重大よのう…それも慣れたが」

 

ウリエルさん達が送る期待の眼差しにふうと彼女は嘆息する。過去に人類の存亡をかけた戦いを繰り広げてきた彼女にとっては彼らが向ける期待などもはや当たり前のものに感じるみたいだ。

 

「神祖の仮面の調査はどうなっている?」

 

「それか…」

 

次に話題の種になったのはウリエルさんの問い。神祖の仮面と言えばディオドラが言っていた…というか、なぜそれが今、この場で話題になるのだろう?

 

「それも知っているのか?」

 

「ああ、旧魔王達が残した遺産じゃろう?ここにいる四大天使たちが警戒しておってのう、特に凶魔王サタンの復活を」

 

「先代ウリエル様とラファエル様を殺した悪魔か」

 

と、複雑な表情で呟くゼノヴィア。四大セラフの二人を殺したとされる強大な悪魔。悪魔に転生し、今の魔王とも関わったとはいえ信徒である彼女からすればあまりいいものではないだろう。

 

「一つの所在が日本の関西地方にあるというところまで絞り込めた。イレブンが調査中じゃ、他はまだ手掛かりなしの状態じゃな」

 

「関西…」

 

よりによってそんな物騒な代物が日本にあるとは。しかも近々行く予定の関西に…これはまた、面倒ごとに巻き込まれるか?

 

「おぬし、そう言えば修学旅行が京都じゃったのう」

 

なんて考えていたら内心を見透かしたようにポラリスさんが言う。

 

そう、俺達駒王学園高等部2年生の修学旅行の行き先は京都。最近のクラスメイトは期待とワクワクに胸を高鳴らせ、京都で何する何買うどこ行くの話題で持ちきりだ。

 

「京都は確か日本有数のパワースポットが集う街だったな。案外そこに隠されていたりしてもおかしくない」

 

『可能性としては十分にあり得ますね』

 

と、推測を口にするのはガルドラボークさんとガブリエルさん。

 

お偉いさん二人に言われるといよいよ折角の修学旅行でトラブルに巻き込まれるんじゃないかと疑ってしまうじゃないか。俺は前世も入れて二度目だが、普通は人生一度の楽しいイベントに戦いを持ち込まれるのはごめんだ。

 

「仮面を解析すれば、より強力な兵器開発に役立てるんじゃないか?」

 

「ガルドラボーク」

 

何気ないガルドラボークさんの一言が再び場を凍らせる。静かに名を呼び一番強い反応を見せたのはウリエルさんだった。静かな怒りを表情に込め、ガルドラボークさんを睨む。彼の怒気がオーラになり、空間をピリつかせた。

 

「そう怒るなウリエル。確かにあんたの事情を聞けばそうなるのも無理はない。重ねて言うが我々の最重要の目的はあくまでディンギルの討伐だ。利用できるものはなんでも利用すべきだと俺は思うがね」

 

だがガルドラボークさんは彼の怒りなど意に介さぬ様子で冷静な意見を述べる。ガルドラボークさんの言い分ももっともだ、だがウリエルさんは何故神祖の仮面にあそこまで強い反応を…?

 

「しかしあれは…」

 

「仮面はさておき、現時点で我々が為すべきことは深海凛に取りついた上級ディンギルアルルと奴が率いる叶えし者たちの討伐じゃ。奴等にかき乱されては敵わん…奴等の介入がおぬしらやグレモリー眷属の更なるパワーアップをもたらす可能性もあるが、不穏なイレギュラーの排除が優先じゃな」

 

ウリエルさんが納得いかないと言わんばかりに食いつこうとした矢先にポラリスさんがやや強引に話題を変えることでまたも緊張した雰囲気を吹き飛ばす。

 

また言い争いになっては会議にならない、そうしたポラリスさんの意図を読んだか、渋々ながらもウリエルさんはふんと鼻を鳴らして怒りの矛を収めた。

 

「確認された叶えし者は元七十二柱のアルギス・アンドロマリウス、その他にも政財界で多くの悪魔がディンギルとの繋がりの疑いがある」

 

「ま、叶えし者は欲に憑かれた者だから悪魔が多いのは当然だな。それを言えば堕天使もだが」

 

と、当然のように流れる議論に俺は一つの疑問を投げかける。

 

「待ってくれ、記憶を封印されているならどうして叶えし者が残っているんだ?」

 

次元の壁で戦争の記憶が封印され、ディンギルがいなくなったのならなぜ戦争当時からの叶えし者がまだ世に残っているのか。彼らの記憶からディンギルは消えたはずではないのか?

 

「封印は完ぺきではなかったのだ。ごく一部の神や神に深く魂を穢された叶えし者は封印の影響を受けていないらしい」

 

「今の所、インド神話のシヴァ神は記憶を保持している可能性が高いです。それと…オーフィスも」

 

補足してくれたのはウリエルさんとラファエルさんだった。

 

シヴァ神とオーフィス、世界の強者ランキングのナンバーワンとツーだ。世界を混乱させるテロ組織のトップ、オーフィスとそれに次ぐ力を持ちながら表立った動きは一切見せないシヴァ神。大戦から遥かな時が過ぎた今、彼らはかつて世界の脅威となったディンギルをどのように見なしているだろうか。

 

「ま、記憶が残ってる奴等の大半が叶えし者だがな。今冥界に残っている叶えし者は誰もかれも、古い悪魔だ。戦争時にディンギルの甘言に乗って富と地位を手に入れ、引き換えに神へ魂を売った老害。思想的にも社会システム的にも全員を潰さない限り、現魔王達の目指す改革はままならないだろうな」

 

ガルドラボークさんは欲にくらんだ老害たちによって動かされている冥界の現状を口にしながらも不快そうに眉を顰める。

 

悪魔は欲に生き、欲を叶えるもの。それは部長さんが言っていた悪魔の生き方だ。どんな願いもかなえるというディンギルの甘言に乗らないはずがないか。

 

二重の意味で厄介だな。ディンギル側に情報が流れるだけでなく彼らの表立った活動が今の魔王様たちにとって大きな障害になっている。どうにかして彼らを失脚に追い込むことは出来ないだろうか。

 

『彼らは既に表向きには社会的地位を築いていますから、下手に潰せば悪魔社会に混乱を招きます』

 

「彼らの攻略は一度後回しにするほかないな。我らセラフが口出しすれば和平を結んでいるとはいえ過度の内政干渉になってしまう」

 

「とはいえいずれは潰すべき相手だから、リストアップはしているけどな」

 

強い懸念を示すミカエルさんとウリエルさんとは対照的に好戦的な笑みを見せるレーヴァテインさん。もうこの人は戦うことしか頭にないのでは…?

 

「ま、その他の叶えし者は確定し次第、俺とレーヴァテインが始末している。とはいえ奴等はよほどのことがない限り尻尾を出さないし、難儀しているがな」

 

やれやれと息を吐くガルドラボークさん。深々とため息を吐くその姿に日頃の苦労が強く表れているように見えた。

 

「うむ。では、叶えし者の対処は引き続き六華閃に任せる」

 

「ああ、こそこそ動き回られては困るからな。粛々とやらせてもらうさ」

 

「六華閃と言えば、他の3家の交渉はどうじゃ?彼らを引き入れることは出来そうか?」

 

「一番可能性があるのはジヴァン家だな。あそこは既に多くの大戦の情報が失われているが、現当主は俺達の呼びかけに前向きな反応を見せている。上手くいけば近いうちにもここに合流できるかもな」

 

「ほう、残りの2家は?」

 

「だがスカラー家はダメだ、前にも言ったがあいつはレーヴァテイン以上のバトルジャンキーで自分のために自分の武器を作ることしか頭にない。天峰家は日本政府や五大宗家との関係を重視するあまり余所の六華閃とはほぼ関係を切った状態でこちらの呼びかけにうんともすんとも応じない」

 

ガルドラボークさんは首をやれやれと振りながら応じない2家の現状を語る。

 

自分が戦うために自分の武器を作る武器職人か。六華閃は武器を作る腕前も扱う腕前も一流の鍛冶職人、強さは一流だが本人の性格は何ありと言ったところか。

 

そして天峰家、確かラファエルさんが夏に行われたシトリーとグレモリーの試合でシトリー側に提供した刀を作ったところだったな。天峰家は日本刀の鍛冶職人の名家。その当主はかの有名な神剣、天叢雲剣の名を継承する。日本で異形に関わるとなれば、五大宗家と同様にいつかは関わるときが来るかもしれない。

 

「ラファエル、あんたは叢雲とコネがあるんだろう?あんたから働きかけることは出来ないか?」

 

「彼女と個人的な付き合いはありますが、この交渉は彼女だけでなく天峰全体を巻き込むものです。保守的な思想を父から受け継いだ彼女を説得するのは難しいでしょう」

 

「やはりダメか…」

 

「サイン家はどうなっているんですか?」

 

俺が気になったのは。彼の口ぶりだと以前はレーヴァテインさん達同様にレジスタンスに協力していたようだが。

 

「先も言ったが前当主が死んだことで当主不在の状態だ。あの人に世話になった手前、俺が一人娘の後見人になるつもりだが…13歳だ、戦うにはまだ幼すぎる。しばらくは様子見を決め込む」

 

サイン家の現状を報告するガルドラボークさんは先ほどまで見せていたどこか冷徹な面もある姿とは違い、前当主を失ったサイン家の今を憂い、前当主の死を悼む沈痛な表情を見せる。

 

レーヴァテインさんもサイン家の話になるとあの豪胆な雰囲気が少し鳴りを潜めたようで、彼女の表情が神妙なものになっていた。セラフたちも何か思うところがあるような面持ちで、死を悼む沈黙が流れた。

 

彼らの様子を見るに六華閃の中でも前スダルシャナはレジスタンスと言う組織内では大きな存在だったようだ。英雄派のテロで死んだとされる前スダルシャナ…一度は会って見たかったな。

 

「…そうか、ご苦労じゃったな」

 

彼らの中でも一際強い感傷を見せたガルドラボークさんに、ポラリスさんが静かに労りの言葉をかけた。

 

「…ざっと、第一部の議題はここまでじゃな」

 

「話をまとめると、叶えし者は引き続き調査、討伐。親玉のアルルはそこの推進大使に期限付きで任せるということでいいか?」

 

「うむ、そうじゃな」

 

この場にいる者達が手元の資料をまとめ始め、会議が終わりを迎えたところでガルドラボークさんが分かりやすくまとめてくれた。

 

正直なところ、気が重い。一か月以内に凛をどうにかしなければポラリスさんや六華閃が問答無用で彼女を殺しに行く。もちろんそれが世界のためになるということは百も承知だ。

 

だが俺は…また妹を失うわけにはいかない、失いたくない。一度は失った肉親を取り戻すチャンスなんだ。何としてでも俺は彼女を取り戻す。

 

一か月という制限はかえって俺に緊張感を与えたように思えた。そしてその緊張感は俺の決意をより強固なものにする。次に凛と会った時、絶対に俺は…。、

 

「…悠、ゼノヴィア、ここから先の話は各勢力の機密情報にも触れる。すまないが、席を外してもらえないじゃろうか」

 

「えっ、あ、ああ。わかった」

 

今後のことの考え事に耽ろうとした矢先に飛んできたポラリスさんの言葉がぐいっと意識を現実に引き戻す。

 

天界のトップも交えた会議。おおよそ口にするのも憚られるような事案もあるのだろう。これ以上俺が関わってもできることは何もないし、大人しく下がるとしよう。

 

俺とゼノヴィアは踵を返し、部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「二人を追い出したってことは、ここからが本番なんだろ?」

 

「まだ二人には聞かせられない話じゃよ」

 

「…特異点、プロジェクトロンギヌスのことか」

 

『それとも、正史の話でしょうか?』

 

「全てじゃ。これからの歴史、特異点についての話をな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから一時間後、レジスタンス会議は終わりガルドラボークたちはゲストルームへ通された。

 

全体的に赤色を取り入れた部屋で一息つくのは六華閃の二人。ぞんざいにソファーにふんぞり返って水を呷るレーヴァテインが首を後ろに回し、対照的に優雅な佇まいで壁に背を預けて本を読むガルドラボークに語り掛ける。

 

「…なあガルドラボーク、あの推進大使にそこまで強く当たらなくてもいいんじゃないか?」

 

「私とて、彼を嫌っているわけではない。むしろ有望で貴重な戦力だと歓迎しているくらいだ。おまけに奴等に対抗しうるイレギュラーと来た」

 

レーヴァテインに一瞥をくれることなく、淡々と本を読み進めていく彼の手が本をぱたんと閉じる。

 

「だからこそ、甘さを捨ててもらわなければならない。我々の大望が一人の私情の介入によって破綻することなどあってはならないのだ」

 

「…お前、変わったな。ちょっと前まではまだ柔軟だったのに。スダルシャナのことか?」

 

「…俺は彼の遺志を継ぐ。彼が夢見た、創星六華閃の使命の完遂を果たすと決めた。そのためには手段は選ばん」

 

彼が手に取る赤いワインの注がれたグラスに移る彼の瞳には、どこか薄暗い色を帯びた決意の炎が揺らめいていた。

 




ガルドラボークは仕事に私情は持ち込まないタイプ。レーヴァテインの言ったとおり少し前まではそうでなかったんですが色々あってこうなっています。

次回、「秘めてきた思い」


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第101話 「秘めてきた思い」

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
1.ムサシ
2.エジソン
3.ロビンフッド
4.ニュートン
7.ベンケイ
9. リョウマ
10.ヒミコ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
13.フーディーニ



「…で、ウリエル。彼と実際に会った感想はどうだった?」

 

会議が終わり、誰もいなくなった会議室。会議の時のような賑わう議論も緊張感も失われ、静けさが戻って来たその部屋で椅子に腰かけたままのウリエルとポラリスは二人っきりで語らっていた。

 

彼女がこの世界に来てからの最初の協力者であり、レジスタンスでもイレブンに次いで付き合いの長いウリエルはポラリスとの間で他の協力者とは違う気の置けない関係を築いていた。時々NOAHに招かれ、今のように今後に関する真面目な話やそれとは関係のない雑談を繰り広げることも少なくはない。

 

だが二人の関係は恋人のような男女間の関係でもなければ、かといってただの協力者としての余所余所しさのある残るものでもない、当人たちにしかその距離感を正確につかむことのできない独特なものだ。

 

「深海悠河、彼なら問題ない。…悠のことも上手くいきそうな気がする」

 

グラスの水を啜り、ウリエルは答える。

 

彼が悠改め悠河と出会ったのは先日のロキ戦が初めてだった。ポラリスの嘆願でウリエルはイレギュラーなパワーアップを遂げたロキの対処に自ら出向き、足止めを仕掛けてきたフェンリルのクローンを討伐した。

 

単にロキの対処だけでなく今のグレモリー眷属、特に深海悠河の観察も兼ねて赴いたが今までのような見聞だけでなく実際に会うことで確信できた。人格、実力、彼がウリエルの信用に足り得る相手であることに。

 

「まだ悠河の心の奥深くで眠っているであろう悠の意識…その扱いは悩ましいところではあるな。今のあ奴は一つの体に二つの魂を有する状態。魔物や竜の魂を宿す神器所有者とは違い、通常の人間のキャパシティを越えておる。もし悠が覚醒し悠河の魂と衝突するようなことになれば……最悪、どちらかが消える可能性もある」

 

「二人に限ってそんなことはないだろう。どちらも不毛な争いは望まない。きっと、二人はうまく共存できるはずだ…むしろ、そうであってほしい」

 

「それがベストなのじゃが…色々面倒ごとが起こるが最悪、どちらかの意識をデータ化してクローンの体にインストールするのも手か」

 

「それが君には可能だと知ってはいるが、時々君は恐ろしいことを言うな…」

 

彼女の案にかなりひいたウリエルは会話の傍らで会議用に用意した資料を整理するポラリスに目をくれる。

 

「君の方はどうなんだ?深海悠河のことをどう思う?」

 

「個人的に妾はあ奴を好いておるよ。ひたむきで真っすぐで、なにより特撮ヒーローなど趣味の話ができる相手は貴重じゃ。イレブンは特撮ヒーローにはハマってくれず、寂しい思いをしてきたからのう。ディンギルの思惑を覆すイレギュラーな戦力としても一人の人間としても、あ奴とは良好な関係を維持したいと思っておる」

 

「ほう」

 

「まあ勿論、男女間の関係は求めてないがな。そういう感情はとうの昔に枯れ果てたしゼノヴィアに申し訳ないからのう」

 

くすくすとポラリスは気軽な調子で冗談を飛ばして笑う。しかし今の彼女の話は紛れもない本心だった。稽古や日々の何気ない雑談、モニター越しに見る彼の戦いぶりから彼女は悠河の人間性を観察し、好ましいものだと素直に評価していた。

 

「だから妾はこの一か月であ奴が妹を取り戻せるよう協力したいと本気で思っておる。ソルの二の舞は御免だし、できることなら最悪の結末を迎えて彼が大いに苦しむ姿は見とうない。助けられなかった時は、後のことは後じゃよ」

 

「私も同感だ。彼の気持ちは痛いほどわかる。だからこそ、彼に肉親を失うような目には合って欲しくない」

 

「ふふ、ガルドラボークの前で言えば怒られるな。互いに甘々なリーダーよのう」

 

「だが言われて悪い気はしないな」

 

ウリエルとポラリス、天界とレジスタンスをまとめ上げる二人のリーダーは談笑する。互いの悠河への本心を打ち明け、談笑しながらも彼の助けになるという思いを強くした。

 

そんなウリエルの目がすっと細くなった。

 

「…君は嘘つきだな。E×Eの情報、それに私とラファエルの秘密を伏せるとは」

 

「優しい嘘つきだと言ってほしいのう。流石に一度にあそこまで言ってしまうのは酷じゃろ」

 

今回の会議でポラリスはディンギル、神竜戦争、自身の過去など多くの情報を悠とゼノヴィアに公開した。だが彼女が持つ全ての重要な情報を公開したわけではない。今回公開されなかった情報の多くは、彼女が意図的に伏せた。

 

「ふっ、自分の世界を滅ぼされたという君の話も大概だがな」

 

「相当な時が流れたとはいえ、まだあの過去を話すのは辛い物がある。あまり話したくはないが…妾が妾であるために、あの過去は決して忘れてはならぬ。記憶を薄れさせないためにも今回は彼に話したのじゃ」

 

あの過去はポラリスにとってのトラウマであり、今を生きるための原動力でもある。数々の異世界を巡り、忘却の彼方へと追いやるようなときが過ぎた今でも、彼女はそれを決して忘れない。

 

「…私は君のようになりたくはないよ」

 

「妾の方から願い下げするわい、あんな思いをするのは妾とイレブンだけで十分じゃ」

 

そんな彼女の目が資料の中のとある項目に止まる。

 

「E×E、ディンギル…何故、この世界はこうも強大な敵に狙われ、破滅の運命を辿ろうとするのじゃろうな?」

 

今目を通すE×Eの資料を卓に置き、ポラリスはやがてこの世界に来る数々の脅威を思い浮かべる。

 

三柱の邪神を頂点とするE×E《エヴィー・エトゥルデ》を名乗る機械生命体、そして彼女らが目下敵対するディンギル。そのどちらもいずれは竜域に侵略行為を働き、甚大な被害をもたらす勢力だ。

 

だが何故、この世界ばかりがそれらの強大な勢力の標的にされてしまうのか。たまたま彼らがたどり着いただけか、彼らの住む世界と近い次元に存在するからか。それとも彼らのような脅威を引き寄せる何かがこの竜域にはあるのか。彼女はそれが不思議でならなかった。

 

「この世界が竜域、竜の世界だからじゃないのか?古くから言われているだろう、竜は力を呼ぶと。世界そのものが竜のものとなれば…」

 

「なるほどのう…だとしたら、奴等の言う『竜は悪魔だ』というセリフはあながち間違いではないな。竜もまた、ディンギルたちと同じく破滅をもたらす存在なのか。ディンギルは逆に竜たちに破滅をもたらされるのを恐れておるのか?」

 

首を捻って言うウリエルの回答にポラリスはしっくりくるものを得た。

 

神話の時代と比べればその数は激減したとはいえ、未だ多くの龍は住処を移し健在している。特に龍王は元龍王も含めて5体は存命しており、内一体と彼らを凌駕する力を秘めた天龍は神器に封印されながらもその意識は覚醒している。

 

そして極めつけに次元の狭間を泳ぐ赤龍神帝グレートレッドと無限を体現するドラゴン、オーフィス。世界のどんな強者も敵わないドラゴンの存在はある意味、この世界の頂点には神ではなく竜が君臨し、世界は竜のものであるという証左にも思える。

 

そして強い力は更なる強い力を呼び、ドラゴンは強い力を呼ぶ。最強の2体のドラゴンや天龍、龍王の存在がある意味E×Eやディンギルのような災厄を呼ぶのだと言っても過言ではないだろう。

 

「兵藤一誠たちはそうではない。むしろ私たちの希望だ。彼無くして運命の打破はあり得ない」

 

しかしウリエルは固くかぶりを振る。

 

彼は兵藤一誠が救世の希望であることをレジスタンスの誰よりも知っている。超既視感の夢の中などで彼の戦いぶりを見てきたウリエルは万に一つも兵藤一誠が世界の脅威になることなどあり得ないのだということを世界の誰よりも確信しているのだ。

 

「そうじゃな。ディンギルに破滅をもたらすのは我々じゃからのう」

 

と、ポラリスは手元の資料を手に取ってほくそ笑む。そこに書かれているのはレジスタンスの最重要事項、プロジェクトロンギヌスの概要である。

 

レジスタンスに与する者、特にポラリスにとってこの計画の完遂は悲願だ。今までの旅やこの世界で得たもの、ウリエルの情報をもとに彼女はこの計画を綿密に練り上げその実現に奔走してきた。

 

そして計画にないイレギュラーは起こった。更なる異界からやって来た深海兄弟はそれぞれポラリス側、ディンギル側に付き正史の流れに沿いながらも本来あり得ない二人の介入は予測不可能なイレギュラーを引き起こす。

 

グレモリー眷属たちと協力し、絆を深めて彼らの助けになりながら力を付ける悠河は容認できる。しかし上級ディンギルのアルルに憑依され彼女が本来行使していただろうネクロムの力とその体を奴等の企みの一助にされている凛には客観的に見て容認しがたい部分がある。

 

本来ならすぐに対処すべきではあるが、悠河の事情や過去のソルの凶行もあってどうにか彼女を助けたい思いもある。彼女を助けて、こちら側に引き入れさらなるイレギュラーの戦力増強につながれば彼女としては万々歳だ。しかしそう思う一方で悠河を無視して彼女ごとアルルを潰せば、悠河との不和を生むことにはなるが結果として今後の大きな憂いを排除できるという冷徹な考えも彼女の中にはあった。

 

そんな二つの思いに彼女は板挟みにされていた。だが悠河のように思いの狭間で大いに悩み、苦しんでいるわけではない。数多くの経験を積み、様々な選択を迫られてきた彼女はいざとなれば躊躇なく冷徹な判断を下せるし、凛が救われようと彼女ごとアルルが滅ぼされようとどっちに転んでも彼女の利になることには違いない。だからこそ、彼女は期限付きとはいえ悠河にすべてを任せる判断をした。

 

「…天王寺大和は?」

 

ほくそ笑むポラリスにウリエルは細めた目をやると、ふいに問いかける。ウリエルが将来のことで憂う事柄は二つ。一つはディンギルやE×E襲来による世界の終末。そしてもう一つは天王寺大和という男のことだ。

 

「フランス外人部隊に所属していたはずが、いつの間にか除隊しておった。日本に帰ったわけでもなく、それっきり足取りがつかめぬ」

 

ディンギルや叶えし者たちの動向、神祖の仮面の調査など多岐にわたる情報を収集する傍らでポラリスはウリエルの依頼で彼の足取りを調査していた。

 

しかし数か月前に突然の除隊以来、彼はその行方を完全にくらませた。弟の飛鳥への連絡は変わらず取り続けているようだが、あいも変わらず商社で働いていると言っておりそこから今の彼の所在につながる情報は全くない。

 

「…嫌な予感がする」

 

芽生えた悪寒に眉を顰めるウリエル。まだ鮮明に覚えている過去の光景が脳裏によぎり、彼を震えさせる。

 

「そうじゃな…『また』彼が魔王になるかもしれぬな」

 

「そんなことにはさせない!…絶対にだ」

 

ふとした彼女の言葉がウリエルを熱くさせた。がたっと立ち上がり声を荒げる彼にも彼女は普段の飄々とした態度を崩さない。

 

「随分と熱くなるのう。常々言うがその優しさは美徳じゃ。だが大局を見失い私情に走るのは愚行でしかないよ」

 

彼女の目と言葉が、彼の一瞬にして感情を冷ましていく。

 

「…わかっている。禍の団との戦いはディンギルやE×E共の戦争の前哨戦でしかない。私やミカエルも準備を整えるさ、そのために軍備を増強してきた」

 

「それでいい。妾やイレブン、彼も備えるよ。いずれ来る、第二次神竜戦争のためにな」

 

そう言って彼女がまとめ上げた資料の一番上には、中央に青いコアが埋め込まれた白と灰色のドライバーが描かれていた。

 

彼女が練り上げた計画が、動き出そうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

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会議が終わり、俺は自分の部屋に戻った。当然、同じ扉から入って来たゼノヴィアも一緒だ。

 

「まさか、裏であんな女と繋がっていたとはね」

 

「ごめん…」

 

「責めてるわけじゃない。君も君なりに私たちのことを考えてくれていたんだろう?私も君と同じになった今、気にすることはないさ」

 

「……」

 

「ガルドラボークに言われたことを気にしているのか?」

 

俺の表情に差す影に気付くゼノヴィア。彼女の言う通り、今の俺はポラリスとの関係を隠していたことより、ガルドラボークさんに指摘されたことを気にかけていた。

 

「…あの人の言い分に俺は何一つ言い返せなかった。あの人の言っていることが正しいのはわかってる、でも俺は…唯一の妹を見捨てることなんでできない」

 

前の世界で俺は凛を事故で無くした。突然すぎる、理不尽な事故に俺は犯人を恨んだ。何度そいつに凛と同じ様な苦しい目に遭わせてやりたいと思ったか。だが恨んだ犯人もその事故で一緒に死んだことでやり場のない悲しみと怒りを抱えて生きてきた。

 

そんな中、俺は異世界でもう二度と会えないと思っていた妹に会えた。厳密に言えば俺が会ったのは彼女の体に憑依していたアルルだったが、それでも俺は妹と過ごす日々を取り戻す機会を手に入れた。逃したくない、今度こそ世の理不尽から妹を守ってやりたい。

 

「それをあの人は甘いだの、エゴイストだと言う。俺は本当に今のままでいいんだろうか」

 

凛を救う、それは俺が戦い続けてきた理由の一つでもある。今まで誰も否定しなかったそれを真っ向から否定された今、俺の中に揺らぎが生じていた。果たしてそんな個人的な感情を抱いたまま戦い続けていいのだろうか?

 

「それでもいいんじゃないかな」

 

「えっ」

 

しかしそんな悩みを彼女はばっさりと切り捨てた。あまりにもあっさりとした返答に俺はきょとんとした。

 

「あの時言い返したところで現状は何も変わらない。ああいう男を認めさせるには言葉より行動だ。君が為すべきことを成し遂げればガルドラボークはいやでも君を認める」

 

いつものように大胆不敵に笑む彼女はぐっと拳を握る。

 

「妹を助け、アルルを打ち倒す。そうすれば誰も文句なんて言わないさ。言葉より行動だ。言い返すより、見返してやれ」

 

「…ははっ」

 

何て挑戦的で、短絡的だろう。考えることをはなっからやめて、愚直に為すと決めたことを為す。彼女の挑戦的な言葉にさっきまで悩んでいたのが馬鹿らしくなって思わず笑いがこぼれた。

 

「何か変なことでも言ったか?」

 

「いや、お前らしいなって…でもお前の言うことももっともだ」

 

迷いを完全に晴らし、己に気合を入れ直すために自分の両頬をパンパンと軽く叩く。

 

「妹を助ける、そこを曲げたらダメだよな。そうだ、凛を解放する、アルルはぶっ飛ばす!あの人に言われる前からそれは決まっていた。変わることはない。為すべきことは全部成し遂げて、言いたい放題だったあの人にぎゃふんと言わせてみせるさ」

 

「それでこそ、私が認めた男だよ」

 

結局はやるべきことは変わらないのだ。やるべきことはやり通すしかない。結果を残せば必ず周りは認めてくれる。今までのグレモリー眷属や俺がそうだったように。

 

だから今回も同じように、凛を助けてアルルをぶっ飛ばす。そうすればあれだけ否定的だったガルドラボークさんも文句は言えないだろう。

 

考える前に動く、言葉より行動を重んじる彼女らしい言葉は俺の迷いをあっという間に吹き消してくれた。

 

だがまだ俺には気になることがあった。それは悩みというよりは、心配に近い事柄だ。

 

「…なあ、本当に良かったのか?」

 

「何がだ?」

 

「いや、お前がレジスタンスに入ったことだよ。お前も一緒に来る必要なんてないのに」

 

急なゼノヴィアのレジスタンス入りはその場に居合わせた俺を大いに驚かせた。あまり深く物事を考えない彼女らしい大胆な行動。しかしディンギルとの敵対を宣言してレジスタンスの目的と一致したとはいえ、聞かずにはいられなかった。

 

彼女が悪魔に転生した時は聖書の神の不在を知り、精神的に参っていたのもあって半ばやけくそ気味だったが今回は違う。もっと精神的に余裕があった。それなのに後先考えずに勢いだけでこんな選択をして後悔することになっては責任を取り切れない。

 

今までそうだった俺は兎も角、彼女は仲間に隠し事を作ることになってしまった。あんなにも心配かけてくれた彼女に自分の都合に付き合わせ、挙句の果てに負担を背負わせるなんてしていいのだろうか。

 

「いいんだ。これは私がそうしたいと望んだことだ」

 

だが俺の憂慮とは逆に、彼女はむしろすがすがしさすらある表情でそう言い切った。逆に何故、彼女がそれを望んだのか不思議に思った。

 

「私だけだ」

 

「?」

 

「私だけが君の全部を知っている。そう思うと、なんだか君を独り占めしているような気がするんだ。それがとても…嬉しくて」

 

「そ、そうなのか…?」

 

俺を独り占めできて嬉しいなんてあの話し合いの中でそんなことを考えていたのか…。そう思われるのは悪い気はしないが。本人が気にしていないなら、それでいいか。

 

「君の事情もこの数日で大体わかった。他の世界から来たこと、レジスタンスと繋がっていたこと、そして妹を取り戻したいと思っていること…君が抱えてきたものは全てわかったよ。でももう一人で苦しむ必要はない、私がいるからな」

 

全てを明かした今、こちらに向けてくれる彼女の笑顔が今までになく太陽のように明るくて陽光のように心安らぐ温かなものに感じた。彼女の笑顔がここまで安らぎ、心にしみわたるものに感じたのは初めてだ。

 

「…ありがとう。こんな俺についてきてくれて」

 

「礼はいらないさ、むしろ君だからこそついてきたんだからな」

 

彼女が寄せてくれる優しさに礼の言葉がぽつりと出た。それに彼女は微笑み返す。

 

彼女が心配してくれなければ俺はとっくに心が砕けていたかもしれない。彼女の優しさがあったからこそ、彼女がいてくれたからこそ今の楽しい毎日が、今の俺がある。

 

「……」

 

今この部屋には二人っきり、仄かな月光が窓から差し込む夜。そして今俺達の間に流れるこの雰囲気。今ならいける気がする。

 

「…あ、あの、その。俺から…言いたいことがある」

 

おずおずと俺は話を切り出す。俺が隠してきた全てが明かされた今、ようやくこの思いを言える。

 

「何だ?言ってみろ」

 

「その…今まで俺は自分のこと隠してきて…仲間にすら黙ってる自分がこんなことを思うのはおこがましいって…ずっと思ってきた」

 

会議の時以上の緊張、そして話を進めようとするたびに込み上げてくる気恥ずかしさに絡みつかれながらも、俺はそれから抜け出ようと必死に足掻くように思いを口にしていく。

 

ロキとの戦いまで俺はレジスタンスのことも異世界のことも、自分に関することは何もかもゼノヴィアや兵藤たちに伏せて一緒に戦ってきた。仲間に信じられながらも、自分のことを何一つ言わずにいるのが自分はあいつらをは仲間だと言っておきながら信じてないんだと感じて、辛かった。言えない自分が悔しかったし、万が一あいつらが愛想が尽きた時のことが怖くて仕方なかった。

 

でも何より苦しかったのが、こんなにも自分に好意を寄せてくれるゼノヴィアの思いに応えられなかったことだった。ずっと彼女の行為に応えたかった。でも自分みたいな嘘つきが、そんなことをするのはおこがましいのだという思いが俺をがんじがらめにして、もっともらしい理由を付けて彼女の誘いを拒絶し続けてしまった。

 

そうして俺は心にふっと沸いたその思いを、押し殺した。

 

「でも、お前がフェンリルに一回殺されるのを見て、本当にどうしようもないくらいに悲しくなって…今までも俺のことをこんなに心配してくれて…やっぱり、俺はそうなんだってわかった」

 

だが度重なる戦いで傷つく彼女の姿を見るたびに、悲しくなった。果てにはウリエルさんが時間を巻き戻したとはいえ一度は死なせてしまった。ロキに力を封じられて戦えなくなり、ただのお荷物になった俺を助けるために果敢にも彼女は命を散らした。

 

目の前の彼女の窮地に何もできず、死なせてしまった時の嘆きは今も胸の内に残っている。強い悔恨の念で自分を責めた。どうして今まで彼女の好意に応えようとせず、逃げてきたのか。俺に拒絶されたまま死んでいった彼女が報われないじゃないかと。

 

彼女を失ってようやく押し殺していた感情を強く認識し、認めざるを得なくなった。

 

俺は彼女のことが…。

 

「?」

 

「あ、あのだな!」

 

長らく秘め続けてきた思いを、ありったけの勇気を振り絞って吐き出す。

 

「お、俺。お前のことが…ずっと…言えなかったけど……ずっと!」

 

そして最も重要な言葉を、半ば叫ぶように言う。

 

「好きだったんだよ!」

 

「!!」

 

「でももう嘘はつかない。俺はお前のことが好きだ、ずっと好きだったんだよ。だから、俺と付き合ってくれ。俺の恋人になってくれ!!」

 

畳みかけるように思いの奔流を言葉にして頭をぐいんと下げ、彼女の意思を求める手をバッと差し出す。

 

俺はこういうことを言うのは初めてだし、何一つ捻った言葉は思いつかない。だからストレートに言う。これしかやり方はわからない。

 

これが今まで押し込めてきた彼女に対する思いの全て。全てを彼女に告げた、悔いはない。例え、散々拒絶し逃げ続けてきた俺が逆に彼女に拒絶されることになろうとも。

 

しばらくしても彼女はうんともすんとも言わなかった。彼女の反応が気になってちらりと顔を上げて見ると。

 

「…しい」

 

肩をわなわなと震わせて、目元を手で押さえている。

 

「…な、何か傷つくようなことでも言った?」

 

「いや、嬉しいんだ。涙が出るほど…嬉しい。今まで君に言われたことの中で一番嬉しい言葉だ…!」

 

抑えていた手を彼女は拭うと、隠されていた赤く染まった顔が明らかになる。涙を流しながら満面の笑みを見せる、泣き笑いをしていた。

 

「実を言うと、私も同じことを君に言おうと思っていた。でも、この喜びをかみしめることが出来たから、言われる側でよかったと心の底から思うよ」

 

「と、いうことは…」

 

「君の申し出を喜んで受けよう。私からもよろしく頼むよ」

 

「やった……!!」

 

表情を思いっきり喜びにクシャっと歪めて天井を仰ぐ。飛び跳ねるくらいに嬉しかった。緊張の反動と言わんばかりに歓喜の感情が体中を駆け巡る。

 

俺の全身を使った喜びっぷりに彼女も愉快そうに苦笑した。

 

「ふふっ、そんなに嬉しいか?私もだよ。…なあ、君とそういう関係になれた時、最初にしたいと思っていたことがあるんだ」

 

「実は俺も…」

 

「ふふっ、これが偉人電人というやつだな」

 

それは以心伝心だというツッコミはさておき、その行為がそれだという確信に動かされて俺達は自然にそっと互いの距離を詰め、密着する。俺たちの間に、ぴたりと手と手を合わせ、脈打つ彼女の鼓動を直に感じる。

 

「……」

 

切ないものを訴えてくる彼女の眼差しが彼女を求める思いをより強く煽る。

 

だんだんと近づく距離。止まらない、躊躇わない。そしてそのまま互いの唇を重ね合わせる。

 

柔らかくて、温かい。この感触が俺の心を幸福な感情で満たしていく。

 

俺にとっても、恐らく彼女にとってもファーストキス。俺にここまで好意を抱いてくれる女の子も、こんな経験も前の世界ではなかった。今感じる全てが新しくて、何より幸せだ。ようやく交わった俺達の思いに浸るようにキスはしばし続いた。

 

やがて唇をすっと離す。

 

「な、なんか…恥ずかしいな」

 

慣れないことに込み上げる気恥ずかしさが俺の顔を今までになく真っ赤に染める。

 

「ふふっ、そんなに照れる必要はない。これからもっと、私たちは親密になるからな」

 

そんな俺に悪戯っぽく笑みを浮かべると、突然俺をベッドに突き飛ばした。

 

「おわっ…!」

 

柔らかなベッドは勢いよく倒れる体を優しく受け止める。さらに後追うゼノヴィアもベッドの上に上がると、横になった俺の体にずんと馬乗りになった。

 

「君と私の関係は恋人、ちゃんと手順を踏んだ恋人同士の行為なら君もためらう理由はないだろう?」

 

さらに息継ぐ間もなくさっとシャツを脱ぎ捨てると、手際よくブラジャーのホックを外し、ほっぽり出す。

 

惜しげもなく露わになった豊満な胸は突然の行動に困惑している俺の情欲を煽る。

 

「それに…私を散々待たせてきたんだ。今夜は、たっぷり私に付き合ってもらうからな」

 

「……」

 

今度こそはと、切ない思いに潤む瞳が真っすぐ情熱的に俺の戸惑いを映し出す。

 

俺は彼女の裸体を前に、いつものように慌てふためいて手で目を覆い隠したり、目を背けたりはしなかった。

 

彼女への告白が成功したことで俺の中で、何かが変わっていた。

 

「その……俺も、初めてだから、痛い思いをさせるかもしれないけど…」

 

「構わないよ、私も初めてなんだ。でも君が相手ならいくらでも耐えられるさ」

 

「…なら」

 

ばっと上体を起こして、目線を同じくして彼女の両肩に手を添える。

 

「我慢してきたのは俺も同じだ。もう、我慢しないからな」

 

「ふふっ、そう来なくっちゃな」

 

その言葉を口火に、俺はまた唇を彼女の艶やかな艶を持つ唇へ添える。唇から唇へ、俺から彼女、彼女から俺へと互いの熱が伝わる。

 

思いを通わせるその行為に夢中になって、舌を絡め合う。お互い募りに募らせた想いが溶け合い、一つになっていく。

 

その夜、互いに心にしたためてきた真なる愛を確かめ合った。




次回で実に長かったラグナロク編は終了です。

次回、「放課後のラグナロク」


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第102話 「放課後のラグナロク」

永らく続いたラグナロク編の最終回です。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
1.ムサシ
2.エジソン
3.ロビンフッド
4.ニュートン
7.ベンケイ
9. リョウマ
10.ヒミコ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
13.フーディーニ



「…ん」

 

差し込む日光に顔を照らされて、その眩しさが俺の意識を覚醒させる。カーテン越しに見える光が既に日が昇って朝になったことを知らせる。外からは可愛らしい小鳥のさえずりが聞こえてくる。

 

身の回りに掛布団はない。それら全てがベッドの下にずり落ちていた。掛布団を全て蹴落とすほどに昨夜の寝相は相当に悪かったようだ。

 

「あれ…」

 

そして何より今の俺の状況。文字通りの全裸で、パンツ一丁すら履いていない。着ていたはずの服は掛布団と一緒にベッドの下に無造作に脱ぎ捨てられている。さらに奇妙なことに股間のあたりが湿った感じがある。

 

「…朝か」

 

朝の陽光をその身に浴びながら、んんと唸りを上げながらも体を伸ばす。隣に目をやると同じく裸ですやすやと寝息を立てているゼノヴィアがいた。あまりにもぐっすり気持ちよさそうに寝ているので、無理に起こすのはよそう。

 

「…そうだった」

 

目覚めの余韻が冷めていくにつれて昨夜の出来事が脳裏に蘇っていく。互いに互いを求めあい、貪るように乱れた夜だった。そうして互いを味わいつくして疲れ切った俺達はそのまま夢の世界へと誘われた。

 

勢いもあったが、思い返すと随分熱に浮かされていたなと恥ずかしくも思えてくる。しかし何より、幸せな時間だった。

 

あと、ゼノヴィアが桐生さんから貰ったゴムを捨てずにいて本当によかった。あいつが貰ったと言った時はなんてことをしてくれたと思ったが、今になっては感謝している。避妊の大切さは伝説のヒモ男が身をもって示してくれたからな。

 

「あ」

 

ベッドから下りようとした時、ふと壁掛け時計に目が留まる。長針が差すのは7の数字、短針が差すのは6の数字。そして今日は平日、つまりは…。

 

「やばい、起きろゼノヴィア、遅刻するぞ!!!」

 

それに思い至ったと同時に大慌てで寝息を立てる彼女を揺り起こす。今日は学校のある日だ。このまま彼女を寝かせていれば、遅刻してしまう。

 

「ぅ…うん…」

 

ようやく若干色気のある声を発しながらゼノヴィアが目を覚ます。

 

「…おはよう。どうした…?」

 

眠気の残る目を拭いながら、ふわぁと欠伸を漏らしてゆっくりと彼女は上体を起こした。一糸も纏わぬたわわな胸が揺れて一瞬ドキッとするが、生憎気にする時間はない。

 

「今日は学校だぞ、急いでご飯作るからその間に準備しろ!」

 

「え…そうだった!」

 

状況が飲み込めたらしく、眠気もぶっ飛んだゼノヴィアがベッドから跳ね起きて自身の部屋に駆けこんでいった。

 

せっかくの一夜の後なのに、ゆっくり話す時間もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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どこまでも続く青空に夕焼けの黄金が差し始める放課後、いつもの部室にてグリゴリの本拠地に戻るバラキエルさんの見送りに行った先生以外のオカ研メンバーが集まる。

 

ロキとの戦いが始まるまでは、またここに戻ってこられるだろうかと心配したが、無事に全員生き残り帰ってくることが出来て何よりだ。

 

「ふふふ、はっはっはっ!UNOだッ!!」

 

そうして戦いと会談も終わり、俺達はだらだらと戻って来た平穏を享受していた。高笑いを上げながら俺は堂々と、残り手札1枚を宣言する。塔城さん、木場、兵藤、朱乃さん、そしてギャスパー君の5人と一緒にUNOに興じていた。

 

「やべえ、このままだと深海が上がってしまうぞ…!」

 

3枚の手札を握る兵藤が戦慄の声を上げる。しかし他のプレイヤーにとっては危機的状況であるにもかかわらず、次に番が回って来た塔城さんは至って冷静だ。

 

「ドロー2です」

 

冷静に繰り出した一手はドロー2。次の番のプレイヤーはカードを2枚引くだけでそのターンを終えることになる。

これを回避するには…。

 

「なら僕もドロー2だね」

 

同じくドロー2のカードを出すしかない。木場がそっとドロー2を捨て札にしてその効果を発揮する。ルールによってはドロー4のカードでも対処可能らしいが今回はそうではない。効果は重ね掛けされ、ドロー4と同等になった。

 

「あらあら奇遇ですわね、私も使おうとしていたところですわ」

 

にこやかな笑みと共にドロー2を繰り出す朱乃さん。これで更に2枚追加されてドロー6の効果になった。

 

「先輩に続いて僕も」

 

さらにギャスパー君が出したのもドロー2だった。計4枚のドロー2が使用されたことで、兵藤は同じくドロー2を出せなければ8枚手札を増やさなければならなくなり、上がりから一気に遠ざかってしまう。

 

だが兵藤は焦る様子もない。一切の焦りもなく、むしろ不敵に笑っていた。

 

「…いやいや、嘘だろ」

 

脳裏に湧いて出たありえない考えを振り払うように首を軽く横に振り、兵藤に懇願するような目線を送る。今の俺の手札は赤の7だ。もし次にドロー2がこようものなら防ぎようがなく俺は…!

 

「…悪い、恨むならお前の運を恨んでくれ」

 

そう言ってそっと出したカードはもちろん、ドロー2だった。

 

「何でなんだよォォォォ!!」

 

ということで、俺はなんと合計10枚のカードを引いて一気に上がりから遠のくことになった。

 

いや可笑しいだろ、なんで4人全員ドロー2持ってるんだよ!?なんで垂らした蜘蛛の糸をぶっちして天国に行こうとしたカンダタを地獄の底に叩き落とすような真似を平然とできるんだ!!さてはお前ら全員グルだな!?

 

ちなみにUNOに参加していないゼノヴィア、アーシアさん、紫藤さんはと言うと…。

 

「…なら今度一緒に下着を買いに行こう。下着はしっかり決めておかないと風呂に入る時、周りの女子に笑われるそうだ」

 

「ほ、本当ですか!?」

 

「ノンノン!下着の色はミカエル様や主が認めてくださった信仰の白で決まりよ!」

 

「いや、私は勝負下着で行く。アーシアも勝負下着で行ってみないか?」

 

「何ですって!?」

 

「ゼノヴィアさんが言うなら、私…!」

 

「ちょちょちょ、待ってアーシア!?」

 

修学旅行の下着の話で盛り上がっていた。女子はしばしばオシャレに気を遣うのはわかるが、仲のいい女子って互いの下着まで見るものなのか?

 

そして残る部長さんはと言うと…。

 

「さらにグレモリー家の保険に加入すれば…」

 

「えっ、こんなに好条件でいいんですか!?」

 

「勿論よ。あなたほどの優秀かつ貴重な人材ならもっと…」

 

「ふむふむ…」

 

何故かオーディン様に置いてけぼりにされてしまったというロスヴァイセさんに部長さんが交渉をしていた。様々な資料を見せ、説明するたびにロスヴァイセさんは驚きの声を上げた。傍から見ると完全に部長さんがセールスマンか保険の営業に見えるんだが。

 

最初はひどく号泣していてオーディン様に忘れられただの、どうせ年齢=彼氏いない歴の処女ヴァルキリーだのどうたらこうたらとその取り乱しようは目にても当てられないレベルだった。しかし部長さんが今交渉を仕掛けたことでどうにか落ち着きを取り戻したといったところだ。

 

おまけに聞くところによるとこの学園に教師として勤務することになったのだとか。ヴァルキリーが日本の学校で一体何の科目を担当するのか非常に気になる。

 

「…説明はこんなところね、どうかしら?」

 

「…わかりました。あなた達と冥界で会った時から、こうなることは決まっていたのかもしれませんね。運命を司る女神であらせられるノルン様たちの導きでしょうか」

 

ロスヴァイセさんは卓上に置かれていた小箱を開け、その中にある赤いチェスの駒を手に取った。あれは悪魔が人間など多種族の者を悪魔に転生させる際に使用する悪魔の駒だ。コカビエル戦後に俺が使おうとしてあの女神の力に阻まれ、転生が叶わなかった駒。

 

「最後に残った『戦車』の駒、ありがたく頂戴します」

 

その言葉と同時に駒が光り始める。光が収まると、彼女の背から見慣れた悪魔の羽根がばさっと展開した。

 

北欧神話の主神オーディン様の付き添いヴァルキリー、ロスヴァイセさんが悪魔に転生した瞬間であった。

 

「ヴァルキリーが悪魔になった!」

 

「ヴァルキリーって確か半神なのに、よく駒一個で足りたな」

 

「『王』の成長に応じて、駒のキャパシティーも向上するらしい。魔王ベルゼブブ様はよくこの手の隠し要素を仕込むことで有名なんだ」

 

木場が手札を1枚出しながら解説してくれた。ギャスパー君に使用された変異の駒とかあるくらいだし。もしベルゼブブ様がRPGを作ったら隠しボスとか隠しアイテム満載の非常にやりがいのあるゲームになりそうだ。

 

「駒の消費一つですんでよかったわ。うちの眷属には彼女のように強力な魔法を使える悪魔がいなかったし、ヴァルキリーとして剣の腕も磨いているそうだから戦力としては申し分ないわね」

 

確かに、オーディン様の付き添いを務めるほどのヴァルキリーならかなりの実力者だ。これは今後の戦いで心強いぞ。

 

「…というわけで、今日から駒王学園の教諭、そしてグレモリー眷属の『戦車』として活動することになりましたロスヴァイセです。冥界の年金や保険制度が北欧よりよほど魅力的に感じましたので将来を見据えて悪魔になりました。今後とも、よろしくお願いします!」

 

こうして正式にグレモリー眷属に加わることになったロスヴァイセさんは改めて挨拶をし、礼儀正しく頭を下げる。永らく空席だった最後の駒、『戦車』はまさかの北欧のヴァルキリーになった。

 

木場や兵藤みたいに状況が状況だったメンバーとは違って、福利厚生面でひかれて加入するメンバーか。保険関係で釣られるロスヴァイセさんも中々しっかりしたそこで攻める部長さんも中々考えたな。

 

彼女の参加を、兵藤たちは快く迎え入れた。早速歓迎会を開こうなどの話が上がってくるなど一気に場の雰囲気は盛り上がっていく。

 

俺も彼女の加入に異論はない。部長さんが所持する悪魔の駒はすべて埋まったが、別に眷属になることが皆の仲間になる条件という訳でもないし、そんなの今更な話だ。だが気になる点が一つある。

 

「…でも、オーディン様お付きのヴァルキリーを引き入れて大丈夫なのか?」

 

「私の例もあるしいいんじゃないか?」

 

「…ああ、そうだった」

 

ゼノヴィアはデュランダルを持った教会の戦士なのに、悪魔に転生してグレモリー眷属に入ったんだった。前例があるとなんだかそう問題でもないような気がしてしまうのは不思議なものだ。

 

「今度オーディン様に会ったらシバきます」

 

と、凍え切った声でロスヴァイセさんは言う。洗脳されてない…?ダイジョブ?

 

「ねえイッセー君、弁当を作った時の余りがあるんだけど、よかったらどうぞ」

 

「なら、ありがたく貰います!」

 

歓迎の雰囲気もひと段落着いたところで、朱乃さんが兵藤に弁当箱を差し出す。受け取る兵藤は蓋を変えると中身の肉じゃがをひょいと一口頬張る。

 

数秒咀嚼し、彼女が作りあげた肉じゃがをしっかり味わう。

 

「…ん!美味しい!うちの味付けとは違うのに、なんだか安心するおふくろの味ですね!」

 

「本当?よかった……あら、口についてるわ」

 

「ん?」

 

兵藤の反応に喜ぶ朱乃さんはずいっと兵藤の口周りに付いたニンジンの切れ端を取ってやろうと近づくと、そのまま一気に自分の唇を兵藤の唇に重ねた。

 

「!!」

 

いきなりのキスに兵藤は呆気に取られ、動きが固まる。キスは数秒もかからず、すっと朱乃さんは唇を放した。

 

「ふふ、これってファーストキスになるのかしら?」

 

彼の味を確かめるようにキスをした自身の唇をペロリと舐めると頬を赤く染めて朱乃さんが笑った。

 

その様子を見ていると俺の隣にゼノヴィアがやって来て、どかっとソファに腰を下ろした。

 

「向こうも熱々だね」

 

「そうだな」

 

バラキエルさんとのごたごたも吹っ切れて、より一層二人の距離は縮まったようだ。部長さんに聞いたところによると、あの戦いでおっぱいドラゴンは卑猥だのそんな男に娘はやらんなど否定的だったバラキエルさんも兵藤を認めたらしい。俺の思った通り、やはりあいつがあの親子を救ったのだ。

 

「「「「「……!!」」」」」

 

しかし抜け駆けは許さないと他のゼノヴィアを除く女子部員から一斉に殺意の視線が二人に向けられる。それを兵藤と一緒に受ける朱乃さんはうふふと幸せそうに笑って意に返さない。

 

これはまたいつものように賑やかになるぞ。こういう光景を見ると、やっぱり無事に帰ってこられたんだなと実感できる。

 

俺はそんな彼女らから距離を置いて、その様子を面白げに観察しようと思った矢先。

 

「ところで悠、昨日の夜でコンドームが切れてしまったから買い足しておいてくれないか?私は悪魔の仕事があるから今日は買いに行けなくてね」

 

「えっ」

 

「「「「「「ん?」」」」」」

 

先ほどまでこの場を満たしていた女子部員たちが生む剣呑な雰囲気は一瞬にして吹き飛び、皆も、この空間の何もかもがゼノヴィアの何気ない発言で固まる。

 

おいおい、何故この場でそれを…!!

 

「昨日の夜?コンドーム?」

 

「コンドームって、確か桐生さんが言ってた…」

 

「どういうことかしら…?」

 

殺意の視線も幸せな笑顔もすっかり失せた部長さんや朱乃さん達の注目が一斉に俺達二人に集まる。

 

彼女らの詰問と向けられる視線に、ひやりとした感触が背筋を舐め一筋の汗が流れる。

 

「なあ、だめか?」

 

そんな雰囲気をつゆ知らず、ゼノヴィアはずいっと体を間近に寄せて密着し、こちらの瞳を覗き込むように甘えるような、それでいて熱い視線を送って来る。

 

「いっ!?いや勿論買いに行くよ!?お前の頼みならなんでもだけど、今ここで言うのは…」

 

「なら、頼んだよ」

 

ふふっと彼女は微笑む。

 

「…なんか前より増して」

 

「今までにないラブラブなオーラを感じます。もしや…」

 

そんな俺達のやり取りを目にして、ギャスパー君と塔城さんは推察する。二人の声を聞いてゼノヴィアは。

 

「当然だろう、隠すまでもなく私たちは恋人同士だからな」

 

「ん?」

 

「は?」

 

「え?」

 

「ブフーッ!?」

 

「「「「「「ええええええっ!?」」」」」」

 

堂々とした彼女のカミングアウトに、絶叫じみた驚愕の声が部室内に響き渡る。

 

ああ…ついにやっちゃったか。あまり皆の前でオープンにするのも恥ずかしいから個人的には隠したかったんだが…。朝から学校でこのことでゆっくり話し合うタイミングがなかったのが裏目に出たか。

 

まあ隠したところでどうせいつかはバレるんだし、こうなった以上は仕方ない。当然、皆はいきなり明かされた俺達の恋愛にざわめき立つ。

 

「深海先輩がまさか本当にくっつくとは…」

 

「コンドームってことは昨日やったんだよな…?深海が?ゼノヴィアと?」

 

「目の前で…う、羨ましいだ……」

 

「おめでとう、って言ったらいいのかな?」

 

「深海先輩、やっぱり男ですぅ…!」

 

「いやー、まあ色々あって…昨夜告白した」

 

「「「「おおお…!」」」」

 

照れくさそうに眼を泳がせて頭をポリポリかきながらと付け加えると、更に場は盛り上がった。というか素直におめでとうと言ってくれる木場は優しすぎないか?

 

「あなたいきなり紀伊国…じゃなくて深海君と夜の営みをしたの!?」

 

「良かったですね、ゼノヴィアさん!」

 

「ありがとうアーシア。勿論行為に及んだが?」

 

「ぬぁぁぁぁんですってぇぇぇぇ!?」

 

向こうの教会トリオは紫藤さんが特に愉快な反応を見せていた。人の幸せを素直に喜べるなんて、アーシアさんは本当に人間ができてるんだな。

 

「ゼノヴィア、今夜の仕事の後で色々聞きたいことがあるからイッセーの家に来て頂戴。絶対よ!」

 

「私も根掘り葉掘り夜のことを聞きたいわね…」

 

と、教会トリオと盛り上がるゼノヴィアの腕を部長さんと朱乃さんの年長組は掴み、早速昨日のことを詳しく聞き出そうとしていた。多分今夜は彼女は帰ってこなさそうだな…。

 

「うううっ…!クッソォォォ!!テメエ非モテ組を裏切るのかよォォォ!!」

 

「いやてめえが言うな!!」

 

嫉妬の感情を抑えきれないとばかりに兵藤が血涙を流しながら、俺にがしっと掴みかかって来る。

 

あれだけ周りに女の子がいて全員から好かれるてめえにだけは言われたくないし、非モテなんて自称するんじゃねえ!!

 

俺達オカ研は、俺とゼノヴィアの交際発覚の話題で暫し盛り上がるのだった。

 

ちなみにUNOは塔城さんが一番に上がり、俺は最下位だった。

 

 

 

 

 

 

 

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とある著名な悪魔貴族が所有する冥界にある別荘の一つ。木造の床をカツカツと靴音を鳴らしながら凛…の体を借りる上級ディンギルの一柱アルルと元上級悪魔アルギス・アンドロマリウスは歩いていた。

 

「アルル様、前回の戦いで降って来たあの光とは…」

 

「あの力は紛れもなく、あの方…いや、奴のものだった」

 

思い出すだけでも気分が悪いと言わんばかりにアルルは不快気に眉を顰める。

 

「もうとうの昔に息絶えたかと思っていたが…竜はゴキブリのようなしぶとさも持っているらしい。表向きはあの女神に任せ、自分は裏でコソコソと策を弄しているのだろう。かくも竜とは卑しく、姑息な生き物なのだな」

 

「随分とそのドラゴンに敵意を抱かれているご様子ですが」

 

「当然だ。奴は我々が特異点以上に脅威と感じる3体のドラゴンの一体、いつかは奴が隠れている世界も潰さねばな」

 

「あなた方がそれを脅威と感じるなら、私はあなた方の剣となるだけです」

 

彼にとってアルルは救いの神だ。彼女に拾われたあの時から、文字通り全身全霊を彼女に捧げると決めた。彼女が自害しろと命ずるなら喜んで自害するし、数千の敵を殺せと命じられたなら死力を尽くして任務を全うする。アルルの意思は彼の全てなのだから。

 

「…それにしても、以前と比べて格段にあなた様の神々しいオーラの強さが増していますね」

 

「回収したユグドラシルはロキと接続しながら奴の力を吸収し成長していた。先ほど蓄えていた力の全てを吸収し終えたところだが…かなり力を取り戻せたとは言え完全にはまだまだだ。今までのように回収した眼魂や叶えし者たちからから少しずつ力を蒐集するのも効率が悪い…もっと大きな力が必要だな」

 

手をグッと開いては閉じ、ユグドラシルから吸収し己の体の内に流れるその力の具合を確かめる。

 

今まで眼魂を回収してきたのは凛の体ごと奪ったネクロムのシステムに対応しており、失った力の埋め合わせになるという理由があってのことだがそれだけではない。眼魂とは英雄の意思を宿し、それをもとに霊力を生み出すアイテム。霊力とはすなわち意志の力であり、意思がある限り尽きることはない。

 

アルルは回収してきた眼魂からその尽きることのない霊力を吸い上げ、己の力に変換してきた。だが眼魂が瞬間的に生み出し、蓄える霊力の量には限りがあるし、眼魂の力だけでは彼女が真の力を発揮するのに必要とするオーラの量には遠く及ばず、それに至るまでには相当な時間がかかる。だから彼女はオーラを吸い上げてより多くのエネルギーを蓄え、成長するユグドラシルの種を利用した。

 

その結果として神域にいたころと比較すればまだまだ及ばないが、それでも以前と比べると相当なパワーアップを遂げた。ユグドラシルと言うバッドエンドフラグの片鱗と、北欧の悪神ロキの力。それらを取り込むことで行使できる権能の範囲やオーラのパワーも段違いに上がった。

 

「…直に英雄派が動くのだったな」

 

「はい、ここ最近派手に暴れているみたいですね」

 

「創星六華閃のスダルシャナ殺害の事件か。英雄派に送り込んだスパイに指示し、曹操たちと衝突するように誘導させておいて正解だった。ただでさえ六華閃に嗅ぎまわられ、戦後に激減してただでさえ少ない叶えし者を消されては困るからな」

 

「私の部下も何人か殺されました。ガルドラボークとレーヴァテインにはその代償を支払ってもらわなければ」

 

彼らにとって六華閃は周囲を嗅ぎまわる鬱陶しい狂犬だ。既に多くのアルルの手足として動いていた叶えし者が彼らに始末された。その先祖が戦争時に敵対し、彼らの意思を受け継ぐ今の当主は非常に厄介だ。自分達の情報を知る謎の戦士と同様に、一刻も早く彼らを潰したいと彼女は考えている。

 

話をしているうちに二人はある扉の前に着いた。ドアノブを捻り木が軋むような音を立てながらゆっくりドアを開け、歩いてきた廊下の明かりがドアの向こうの暗闇に差し込む。

 

二人はそのまま石畳の階段を下りて、地下に足を運ぶ。そこに訪れたのはとある人物と話をするためだ。

 

「…さて」

 

二人が目的とする人物は地下室に設けられた牢の中にいた。特殊な鉄格子の向こう、薄暗闇の中で壁に背を預けてうすぼんやりと虚空を眺めながらへたりと座り込むヴァルキリーが一人。

 

「よく眠れたか」

 

「…私をどうするつもりだ」

 

ロキに協力し、ポラリスと小猫に魔方陣を破壊され、そしてアルギスに拉致されて今に至ったジークルーネはにらみを利かせる。暗闇の中で彼女の衰えることのない強い意志のを宿す眼光がアルルを突き刺した。

 

「それは貴様の返答次第で決まる」

 

ロキの反乱から数日間、彼女はこの地下牢獄に捕らえられていた。しかし手ひどい拷問を受けたわけではない。ちゃんと一日三食は出されたし、あまり自由のない環境の悪さはあるがそれなりに扱われてきた。

 

「ロキに関連する悪い知らせと良い知らせがある。だが貴様に選択の自由を与えるつもりはない、よって悪い知らせから話す」

 

「ロキ様の…!?」

 

仕えるべき主の名に牢獄生活で疲弊していたジークルーネはここ数日で一番の反応を見せた。

 

「戦いに敗れたロキは今、牢獄に閉じ込められている。ユグドラシルとの接続を強制的にぶち切られた反動で奴の意識は戻らずじまいだ」

 

「そんな…」

 

数日ぶりに知るロキの現状にジークルーネは身が一気にすり減るような思いをした。彼女はここ数日の間で自分の身以上にロキが起こした戦いの行方ばかり気にかけていた。戦闘の途中で拉致された彼女は戦いの結末を知らない。

 

外でロキがグレモリー眷属を全滅させ、北欧神話への革命を成功させることだけが彼女が願い続けた希望。ロキこそ、牢獄に閉じ込められた彼女にとっての希望だった。だがそれも、アルルの知らせであっけなく砕け散った。

 

希望を失い、前以上に力なくうなだれるジークルーネの反応にアルルは予想通りだとふんと鼻を鳴らす。

 

「だが私が真の力を取り戻せば、ロキを復活させることが出来る。神域との接続がなされ、本来の力を行使できるようになれば貴様の願いは容易く叶うだろう」

 

「そ…。それは本当なのか?」

 

絶望の中でアルルに見せられた一条の光にジークルーネはばっと顔を上げて話に食いついた。

 

「そうだ。我々に協力するのなら、ロキを目覚めさせてもいい。さあどうする?暗闇の中で野垂れ死ぬか、私の手足となって動くか、選ぶがいい」

 

一瞬の逡巡の後、ジークルーネは決断する。

 

「…私はロキ様に尽くすと決めた。お前に尽くすわけではない。ロキ様を救うために、お前を利用する」

 

「決まりだな」

 

張り付いたような彼女の無表情の中に僅かながらの笑みが浮かぶ。

 

こうして彼女は新たな手駒を得た。人類滅亡を目指す彼女の計画が動き出そうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

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『…で、サーゼクス。送った資料は見たか?』

 

『ああ、ポラリスと名乗る人物が提供したデータ…にわかには信じ難いな』

 

『全く持って同感だ…ディンギルに叶えし者、おまけに神竜戦争、出鱈目じゃねえかと思えてくるがあのネクロムとか言う野郎の存在が証拠なんだな』

 

『アザゼル、君の目から見て彼は信用できるか?』

 

『…まだ判断に苦しむところはあるが、向こうは俺たちの味方をするつもりらしい。今回の戦いはおそらく向こうにとって実力を証明し、信頼を得るためのものだろう。向こうがその気なら、俺は受けられる助力は受けるがな』

 

『そうか…私も一度、彼と話してみたいものだな。ところでこのデータ、君はどうするつもりだ?』

 

『これは俺たち首脳陣だけの機密事項にした方がいい、いや、そうしなければならない。まだ和平交渉に集中したい今はこの情報は混乱の下にしかならない。一応、リアス達には伝えておくがあいつらもこれは信じられないだろう。いくら紀伊国…いや、深海悠河が異世界から来たとはいえな』

 

『英雄派の動きも怪しい中、叶えし者とやらも動き出すのか…我々の目指す理想には、敵が多いな』

 

『そうだな、神が残した神器『セイクリッド・ギア』という遺産と、人類滅亡を目論むシュメールの神々か。どっちにせよ、俺達には戦う道しか残されていないのさ』

 

 

 

 

 

 

 

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「曹操、彼らもそろそろ僕たちの思惑に気付いたんじゃないかな」

 

「そうだな、だが人材は揃った。しかし六華閃の協力を得られず彼と交戦する結果になったのは残念だ」

 

「彼らなら僕たちの思想に共鳴してくれると思ったんだけどね」

 

「いいんだよ、スダルシャナの野郎が話を全部蹴ったのが悪い。また別の六華閃に交渉してみようぜ」

 

「だが六華閃の前に京都の実験だ。ハーデスとの交渉はどうにか成功し『龍喰者』の確保も完了した。ここで大きくことを起こしてみようじゃないか」

 

「京都ねぇ…そうだ、聞いて驚け曹操。グレモリー眷属の一部が丁度俺達の京都入りのタイミングで京都に修学旅行に来るらしいぜ。メンバーは赤龍帝、聖魔剣、デュランダル、聖母の微笑持ち、英雄使い、それからミカエルのAだそうだ」

 

「デュランダルと聖魔剣使い…剣士として興味を抱かずにはいられないね」

 

「ほう…修学旅行?なんだそれは」

 

「そうか、知らねえのか。まあ簡単に言えば勉学も兼ねた旅行さ」

 

「ふむ…それはともかく、いよいよ我々は赤龍帝と邂逅するのか。俄然、やる気が湧いてきた」

 

「だろ?面白いよな、曹操。赤龍帝に聖魔剣、デュランダルにロキをぶっ飛ばした英雄使いの男。これで滾らないっつったら嘘だ。ジークフリートもやる気満々じゃねえか」

 

「ふふ、君は英雄使いが狙いかい?」

 

「ああ、奴の使う信長の力…興味しかねえよ」

 

「相手が伝説のドラゴンや聖剣であろうと、俺たちはそれを乗り越え人間の高みを目指す。なあ、信長?」

 

「ああ、俺の輝きを砕くことは誰にもできん」




というわけで、ラグナロク編完結です。ポラリスの接触、異世界バレ、強化フォーム、ディンギル、本当に内容てんこ盛りの章になりました。

ちなみにポラリスが送ったデータの中には悪魔社会の叶えし者のリストはありません。変に教えてサーゼクスが彼らを避けるようになれば、どうなるかわからないので。

次は息抜きも兼ねて外伝です。いよいよ悠、改め悠河と英雄派がぶつかる次章予告もいっしょにやります。

近々、裏話も更新します。内容はたぶんBGMについてになると思います。

次回、「その眼鏡は見抜く」


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外伝 「その眼鏡は見抜く」

ディオドラ・アスタロトが旧魔王派と手を組み、各神話のVIP達を巻き込んだテロから数日が経った。

 

元の日常に戻った俺たちはいつまた起こるかわからない事件への備えをしながらも、一時の平穏を享受する。

 

「っしゃあ!俺の勝ちだ!」

 

「くそ、そのコンボ強すぎだろ!」

 

我が家の近所にそびえ立つ兵藤宅。グレモリー家にリフォームされて劇的過ぎるほどのビフォーアフターを遂げたそこにたまには二人で遊ぼうということで、兵藤の部屋に訪れた俺は兵藤と対戦ゲームで賑わっていた。

 

互いに鎬を削る激闘を繰り広げ勝利を収めた俺は喜びに腕を掲げる。

 

「紀伊国お前そのキャラの使い方うますぎるんだよ、他のキャラでやってくれ」

 

「仕方ないな」

 

そう言って俺はセレクト画面で俺が先ほどまで使っていた最も得意とするキャラから違うキャラに変更する。

 

まあワンサイドゲームが続くのは俺にとっても望ましいものではない。単なる勝ち負けだけではなく色んなキャラを使ってこそ、ゲームを楽しめるというもの。同じキャラを使い続けるのも飽きるし、気分転換も兼ねてキャラを変えるか。

 

それから数分後。

 

「どうだ見たか、俺の勝ちだ!」

 

「ちょっとキャラを変えただけでボロ勝ちしやがってこの!くそぉー!」

 

さっきとは真逆にボロ勝ちしてニヤニヤする兵藤と、対照的にボロ負けして悔しがる俺。立場が一気に逆転していた。

 

「やっぱ必殺アイテムを取れたのが大きかったな」

 

「あのアイテムを取れていれば…くそぉ、悔しいッ!!」

 

テンションが上がっていたのもあり、あと一歩、あと一歩で兵藤を倒せるといったところでアイテムを取れず一気に敗北してしまった先の試合の悔しさのあまりぶんぶんと頭を振り上げる俺。

 

丁度その時の俺はゲームに熱中していたこともあって、汗をかいていた。そのため頭を勢いよく振り上げた瞬間、鼻当てが汗でするッと滑って勢いのままに宙に飛び出してしまった。

 

「あっ」

 

床かに転がるような音が二、三度聞こえた。そして眼鏡が外れた途端に、俺の瞳が映す世界は一気に様変わりした。

 

「あ、やべっ、ごめん」

 

「…あれ」

 

視界が兎に角ぼやける。目に映るあらゆるモノの輪郭がぼやけて認識不能になり、全てが曖昧なヴェールに覆い隠された世界に自分の位置感覚すら曖昧になっていく。

 

先ほどまでの悔しさを忘れ、何も視認できない漠然とした世界に囲まれた不安に襲われる。

 

「どこいった、眼鏡」

 

そんな世界の中で、自分の元居た世界を取り戻そうと、必死に辺りを触りまくって眼鏡を探す。しかし探せども探せども、求めている手に馴染んだ金属の感覚は得られない。

 

「おい兵藤、俺の眼鏡どこ行ったか知らないか?」

 

「…お前壁に話しかけてるぞ」

 

「えっ?まじ?」

 

「まじ」

 

「またいつものか…」

 

俺が不慮の事故で眼鏡が外れた時はいつもこうなる。特に激しく運動する体育の授業で起こりやすいことから、学校のクラスメイトからは理解を得られている。しかし理解を得られたところで、完全にこのような事態を起こさないようにすることはできない。

 

「悪い、何も見えないから代わりに探してくれないか?」

 

「もちろんだ任せろ。取り敢えず今の状態で動くと危ないからじっとしててくれ」

 

「済まないな、せっかく盛り上がってた時に」

 

「気にするな、すぐに見つけてやるからな」

 

兎にも角にも俺一人ではこの事態はどうすることもできないので、周りの人間に助けてもらうしかない。そういうわけで俺は兵藤に全てを任せた、いや任せるしかなかった。

 

「えっと、どこだ…?」

 

この目に関しては前の世界と比べて本当に不便になったと感じる。前の世界ではそこそこ視力がよく眼鏡を付ける必要もなかったが、この世界では眼鏡がないと何もできないのだ。もし、この眼鏡を完全に紛失したり、割れたりしようものなら俺は一体どうすればよいのやら。

 

「あった!あっ…」

 

唐突に上がった兵藤の喜びの声が一瞬で冷える。何事だろうか。

 

「どうした?」

 

「…眼鏡、真っ二つになってレンズが粉々になってる」

 

「えっ……」

 

兵藤の報告に肝も頭も冷える。

 

眼鏡、割れたの?フレームが折れただけじゃなく、レンズが粉々?じゃあ、俺はこれから一体どうすれば…。

 

「ようイッセー、暇だから久しぶりにゲームでもやろうぜ!」

 

ゲームで盛り上がっていたムードが完全に冷え切る。そこにそんな雰囲気とはつゆ知らず、声からして先生が陽気な調子でずかずかと部屋に入り込んできた。

 

「あ、アザゼル先生!実は…」

 

「おん?何かあったか?」

 

 

 

 

 

 

 

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部屋に来た先生に魔法の応急処置で一時的に眼鏡を修復してもらった俺は、兵藤と一緒に先生とこの眼鏡のことについて話をした。

 

「なるほど……事情は大体わかった」

 

ふむと先生は黒髭を生やす顎に手をやる。

 

「まあ今まで激戦続きだったから、戦いの衝撃や熱でかなり消耗したのかもな。むしろ普通の眼鏡がよく今まで耐えてこられたと不思議なくらいだ」

 

思えば戦いの中で色んな目に遭った。変身後とはいえ空中から一気に叩きつけられるわ、ヒミコの高熱の聖なる炎を纏ったノブナガの一斉射撃を浴びるわ、変身解除後は猛烈に風が吹く中で船にしがみつくもあえなく落下するわ。

 

…あれ、今の全部凛絡みじゃね?俺、妹にそんなひどいことされてたのか。てことはつまり、俺の眼鏡を割ったのは凛ってことなのでは?

 

「お前の眼鏡、よくあれだけの戦いの中で割れなかったよな…」

 

「一年経ってこのまま割れなかったら異能生存体か何かかと思う所だったぞ」

 

悪魔や堕天使の攻撃を受けたり、何があっても壊れない普通の眼鏡ってもはや凄いを通り越して逆に怖いぞ。

 

「そうだな、この際折角だ。俺が戦闘にも耐えられるように特殊な眼鏡を用意しよう」

 

「本当ですか?」

 

まさかの先生の提案に思わず声が上ずる。先生はどんと胸を叩いて、自信満々に請け負った。

 

「任せろ、俺がグリゴリの技術を結集していろんな機能てんこ盛りの最高の眼鏡を用意してやるよ。それまで、その眼鏡を使っていてくれ」

 

「いいんですか!?ありがとうございます!!」

 

先生のありがたい厚意に俺は感謝の念を込めて頭を下げる。もしかすると、新しく出来た眼鏡が今後の戦闘の一助になるかもしれない。大きな期待に俺は胸を弾ませた。

 

「なんか、妙に嫌な予感がするんだよなぁ…」

 

だが一方で兵藤はやや不安げな顔をしていた。俺はとにかく眼鏡を新しく作ってもらえることが嬉しくてそんな不安は考えもしなかったが、彼の不安が的中するのは数日後のことになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

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「待たせたな」

 

数日後、先生から眼鏡完成の報が届いた。早速兵藤の家の一室に足を運んだ俺は先生から金色のグリゴリの紋章が入った黒い眼鏡ケースを手渡される。

 

異形の技術で製造された眼鏡。一体どれほどの品かと恐る恐るケースを開く。

 

「…意外と普通ですね」

 

感想も、眼鏡の外観も至ってシンプルだった。市販の眼鏡と全く変わらない黒縁眼鏡が若干大仰なグリゴリ印のケースに収められていた。想像以上のシンプルさに拍子抜けして、自分の中でややテンションが落ちるのを感じる。

 

「外観は普段使いするって言うからシンプルにした。それより、かけてみろ」

 

「はい…」

 

外観はさておき一番大事なのは度だ。特殊な事情を抱える俺は専用の眼鏡を必要とする。視力が一般人の比ではないほどに低い俺の目に合うものでなければ、この眼鏡を作った意味がない。

 

今まで使ってきた眼鏡をはずし、入れ替えるように緊張しながらも恐る恐る眼鏡をかける。すると一瞬俺の瞳を光が舐めるようにスキャンし、眼鏡が外れてぼやけた視界を鮮明な世界に変えた。

 

「これは…!」

 

「装着者の視力に応じて度を自動調節する機能が付いている。うちのデータベースから目に関する神器のデータを引っ張って来て応用してみた。どうだ?」

 

「すごい、バッチリです!前の眼鏡より馴染む…!」

 

前の眼鏡と比較してより見えるし、逆に度の強さによる見えすぎる負担もない。この心地よさすら感じる感覚を一言で言い表すなら、最適といったところだろうか。

 

「それはよかった。ついでにそいつは特殊加工をしているから風呂で使っても問題ない。存分に使ってくれ」

 

「本当ですか!?」

 

俺のとびっきりに、先生は満足そうにニヤリと笑う。

 

つまり寝る時を除けば一日中かけっぱなしでもいいということじゃないか。すごいな、これはもはや眼鏡界の革命だ。今後グリゴリは神器研究より眼鏡研究に重点を置けばいいのではないだろうか。

 

「いやこれ、凄くないですか!?」

 

「ふっふっふ、驚くのはまだ早い。その眼鏡には他にも役立つ便利機能がたくさんついている。脳波で操作できるからメニューを開いてみろ」

 

俺の反応にまだ足りないと言わんばかりに不敵に笑う先生。言われた通りに、メニューよ開けと軽い気持ちで念じてみると視界の端にいくつかの文字が表示される。さながらVRゲームのように視界の端に

 

「それと向こうの絵画に意識を向けて見ろ。ズーム機能で細部まで見れるぞ」

 

先生は右の壁にかかった金色の額縁に飾られた天使と悪魔、さらに堕天使が一堂に会する様を描いた絵を指さす。

 

言われた通り、普通に見えている絵画を注視する。すると動いてもいないのに間近に寄ったかのように視界がずいっと絵画へと移動した。まるでコンピュータの画像の解像度が上がったかのように一気に絵画が鮮明になり、細かい塗料の塗りムラまでも視認できるようになった。その代わり、絵画の周辺にあるものはややぼやけた感じに解像度が落ちている。

 

「すげえ!」

 

「さらには異形の戦闘能力を測定し、数値化する機能もある」

 

「ええ!!?」

 

追い打ちをかけるように先生は眼鏡の更なる機能を明かす。何だそれ、ド〇ゴン〇ールのスカ〇ターじゃないか!!グリゴリはそんな機能まで実装できてしまうのか!?

 

俺がそれを先生で試そうと起動しようとすると、それを止めるように若干慌て気味に付け加える。

 

「ただ、そいつは結構判定が甘くて強者を測定しようとすると強さによっては逆に測定不能になって壊れちまう可能性があるから、雑魚相手に使ったほうがいい」

 

いやそういうところまで同じにしなくていいんだよ!!それの通りだと眼鏡が爆発してしまうじゃないか!顔のあたりでそんな爆発起こったら怪我どころじゃすまないぞ!

 

「あと、悪魔や天使のような他国の言語を認識できる機能も付いている。これから異形絡みで色んな国の人間とあうだろうから必要になると思ってな」

 

「本当ですか!?」

 

それはありがたい。思えば悪魔になる前のゼノヴィアとは言葉が通じなくて意思疎通に苦労したな。今後ぶつかるであろう言語の壁がなくなると思えば本当に助かる。

 

「他にも機能はあるが、ここで全部説明すると時間がかかるから後で説明書でもゆっくり見てくれ。日常生活の中で色々試してみてくれや」

 

「先生、本当にありがとうございます!」

 

「なあに礼はいらねえよ、普段のお前らの働きに比べればこれくらい大したもんじゃないさ」

 

言われる程のことじゃないと先生は手をひらひらと振る。

 

こんなとんでも眼鏡を用意してもらえるとは…これからはグリゴリの科学力は世界一とでも言わないといけなくなりそうだ。

 

…どこかの異世界を旅する銀髪女がくしゃみしたような気がしなくもないが、まあ気のせいだろ。

 

「あ、悪い。説明書を本部に置き忘れちまった。今日明日は予定があるから明後日持ってくるわ」

 

「えっ」

 

この先生はなぜ良い感じの雰囲気で終わらせられないのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

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眼鏡を受け取った後、街に買い出しに出た。そこで早速このグリゴリ特製眼鏡は大活躍してくれた。なんと視界に映した野菜や果物、肉の鮮度を数値化し、栄養まで表示してくれるのだ。おかげで食材選びが捗る捗る。つい楽しくなって今日は使わない食材まで買ってしまった。

 

この機能だけでも付けた眼鏡を主婦に売りつければ巨万の富をグリゴリは得られるのではなかろうか。全国の主婦の方々が泣いて喜ぶぞ。

 

「それにしても随分と買ったみたいだね」

 

「つい買い物が楽しくなってな、いつの間にかこんなに増えてた」

 

「そんなに買っちゃってパーティーでも開くの?」

 

「いやまさか、うちには俺を含めて二人しかいないのに」

 

「それもそうね!」

 

そうした帰りがけ、ばったり木場と紫藤さんに遭遇した。木場は別のスーパーへの買い物の帰る途中。紫藤さんは

街にいる天界のスタッフと打ち合わせに行っていたという。

 

「紀伊国君、眼鏡を変えたんだね」

 

眼鏡を変えてから最初に出会ったこの二人。一番に俺の眼鏡チェンジことメガチェンに気付いたのは木場だった。

 

「ああ、アザゼル先生が作ったんだがこれがまたいい意味でトンデモ機能満載でな」

 

「え、アザゼル先生が!?」

 

「変な機能もついていたりしないのかい?」

 

先生の名前を出した途端に二人はぎょっと驚く。

 

「いや、今のところは何も」

 

「あの先生のことだから、絶対何かあると思うんだけど…」

 

木場は怪訝そうな表情で俺の顔…いや、俺がかけている眼鏡を見る。兵藤が浮かべていたものと同じ不安の色だ。

 

「アザゼル先生って信用されてないの?」

 

そんな木場の様子に不思議に思ったらしく紫藤さんが言う。

 

「いや、信用していると言えばしているんだがあの人の発明は滅茶苦茶で…」

 

「前に先生の発明が原因でイッセー君のドッペルゲンガーが大量発生したこともあったね」

 

「あー、あれは大変だった。あいつのドッペルゲンガーが学校中に発生して女子生徒をドレスブレイクしまくって、最終的には先生をボコしてゲンガーが消えて終わったんだよ」

 

「そんなことがあったの!?」

 

「騒ぎは何とか収まったけどあの人の性格上、またそういうものを懲りずに作りそうなのが怖いんだよな…」

 

他にも部長さんとアーシアさんが幼女化した時は『マオウガー』なんて巨大ロボを出してきたな。世界中の人間の憎悪が動力とか言いながら、いざ戦闘になればロケットパンチが戻ってこないとか強いのか欠陥品なのかよくわからないロボだった。

 

先生、面白い物を思いついたらなんでも実現してみようなんてザ・研究者な性格をしているからこれからもそういうものをどんどん作っていくんだろうな…。それはもう俺にはどうしようもないし、あの先生の天才的な発想がグリゴリひいては三大勢力に貢献していくのだから決して悪いことではないが、失敗の尻拭いに巻き込まれるのは御免だ。

 

「ま、まあ先生のことは置いといて折角だから何か使って見せてちょうだいな!」

 

「OK、ただ俺もまだ全ての機能を把握したわけじゃないし…これはなんだろう」

 

たまたまリストの中から目に留まった機能を試しに使ってみる。すると周辺の建物に注釈が付くように次々に数字が浮かび上がる。その数字につけられた単位は全長を表すmではなく¥だ。

 

「何が見えるの?」

 

「これは…土地の地価がわかる機能らしい」

 

「へぇー!すごい…のかしら?」

 

言い出しっぺの紫藤さんはすごいと喜ぶべきかと困惑したリアクションを取っていた。

 

「…それ、使うのかい?」

 

「絶対使わない」

 

ビジネスマンなら使うかもしれないが俺は学生だ。そういう進路を目指すつもりもない。なんでこんな無駄機能入れた。

 

 

 

 

 

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二人と別れ、目を見張るような夕陽が空を照らす夕方になった頃にようやく家に帰りつく。

 

「ただいま」

 

「お帰り、今日の夕飯は何だ?」

 

ガチャと玄関のドアを開くとそこで待っていたのは同居人のゼノヴィアだった。ただいまの後に帰ってくるお帰りの言葉とちょうど玄関で帰りを待ちわびていたような彼女の姿に安心感を覚えた。

 

よっこらせと買い物袋を一旦置いて靴を片付ける。

 

「今日はカレーだ。レンコンも入れてみるつもりだけどどうだ?」

 

「レンコンカレーか、それは楽しみだ」

 

反応は上々、今夜はレンコンカレーで決まりだな。

 

「ところでアザゼルから貰ったという眼鏡はどんな感じだ?」

 

「眼鏡としての使い心地は満足だ。けどうーん、機能に関しては試した限りだと本当に便利な機能もあれば、いらないだろってものもあるな」

 

同居しているゼノヴィアには一応眼鏡を先生に作ってもらうという話はしておいたため、真っ先に眼鏡の具合を尋ねられた。買い物袋を拾い上げて廊下に上がりながら、俺は答える。

 

「例えば?」

 

「野菜の新鮮さがわかったり、相手の強さが分かったり」

 

「ほう、それはすごいな!」

 

わかりやすい機能を並べると、彼女もわかりやすく感心した反応を見せてくれた。

 

「他には…」

 

前髪を払って眼鏡のメニューを立ち上げる。短期間で急ごしらえで作ったからか、プログラムされた機能のリストがかなり煩雑だ。その辺りは今後時間を取ってアップデートしてもらいたいところだな。

 

取り敢えず彼女にその凄さを見せられる機能がいいなと思いつつ、軽くパソコンのマウスでスクロールするようにリストを探すとあった。リストの中に『透過』という機能を見つけた。

 

初めて見るが、どういう機能だろう。透過というには何かをすり抜けるというのだろうが、カバンの中身とか棚の中身、はたまた壁の向こうの部屋の様子を透視できたりするのか?

 

「透過って言うのがあるな、使ってみるか」

 

早速俺は透過を彼女の前で起動する。そしてすぐさま目に飛び込んて来たとんでもない光景に思わず肩をビクンとさせ、一歩後ずさった。

 

「いっ!!?」

 

裸だ。さっきまでラフなシャツを着ていたはずの眼前に腕組みながら立つ彼女が素っ裸に様変わりしていた。

 

バカな、俺は彼女から目を離さなかった。変わるまで一秒もかからなかったぞ。ドレスブレイクじゃあるまいし、ましてやギャスパー君の時間停止をくらったわけでもない。一体何が起こった!?

 

「どうした?私の顔に何かついているか?」

 

「い、いやぁ別に!何でもないから!!」

 

「…?」

 

言えなかった。俺が見ているものが彼女の裸だなんて。決して、絶対に。

 

わかった、透過っていうのは衣類を透過して相手の裸体を見る機能だ。いや、これは俺にとっては無駄だろうけど兵藤にとっては垂涎の機能だ。しかしあいつに教えると面倒なことになりそうだから言わない、絶対に。

 

しかしなんて恐ろしい機能をつけやがる…こんな破廉恥な機能は金輪際封印、あるいは先生に直談判して削除してもらうほかあるまい。

 

「取り敢えず、今夜はカレーにしようか!」

 

「あ、ああ…」

 

どうにか眼鏡の話を流そうと、取り繕ったハイテンションと夕飯の話で押し切ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

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翌日、旧校舎の一室、オカ研の部室にいつものように集まった俺はオカ研メンバーと一緒に何気ない時間を過ごす。部活動がなくとも、俺達オカ研にとっては暇があればここでたむろするのが当たり前になっていた。

 

ちなみにクラスで俺のメガチェンに真っ先に気付いたのは天王寺だった。オカ研以外だとあいつが一番俺と行動をしているだけあって、すぐに眼鏡のことを話しかけてきた。あいつ、俺のことをよく見ている。

 

そして今この部室に集まる俺たちの話題の種はもちろん、俺の新しい眼鏡のことだ。早速俺は色んな便利機能からいらない機能まで披露した。まあ、披露と言ってもそれを実際に見ることが出来るのは眼鏡をかけている俺だけだが。

 

「アザゼルが作ったっていうその眼鏡、他にどんな機能があるの?」

 

皆、俺の眼鏡にどんな機能があるのかと興味津々な様子だ。昨晩、色んな機能を試してみたが何も表示されないものもあり大いに首を傾げた。もしかして、その時は機能の対象になる物体がなかったり、条件を満たしていなかったのだろうか?

 

原因を知るためにも、これから使っていく眼鏡の全スペックを把握するためにも早く先生が本部に忘れたという説明書が望まれるところだ。

 

「えっと、実はまだよくわからない機能が色々あって、例えばA3Sって言うのがあるみたいですね」

 

「A3S…?何でしょう?」

 

首を傾げる朱乃さん。このA3Sはその何も起こらなかった機能の一つだ。

 

「試してみたらどうだ?環境が変わった今なら何か起こるかもしれない」

 

「そうだな…」

 

ゼノヴィアの勧めで早速起動する。すると昨日とは違い、視界に様々な数値が表示される。オカ研女性陣の周囲にのみ。

 

「えっと…部長さんの周りに97、58、88。塔城さんには66、57、72って数字が出てますね」

 

「ちょ!?」

 

「…ぶっ飛ばします」

 

俺が視界に映る情報をそのまま口に出すと、途端に今の今まで機嫌のよかった二人の血相がふっと変わる。

 

「え!?ナニ!?」

 

「あなた、乙女の秘密を公然と口にするなんてどういう了見かしら…?お仕置きが必要なようね…!!」

 

「いや、何を言って…」

 

怒りの眼差しで細い眉をピクつかせながら、ゆっくり握りしめた拳を上げる二人。彼女らの突然の怒りを鎮め弁解する以前に、俺には何故彼女らが起こっているかも理解できていない。

 

A3S…乙女の秘密?一体どういう…。

 

…まさか!!

 

その答えは、突然空から落ちてくる雷のように俺の脳に飛来した。

 

「今の数字って、スリーサイズのことか!!」

 

Analize 3 Size、女性のスリーサイズを解析する機能なのか!?女性が滅多に口に出さない秘密中の秘密を容易く暴いてしまう、なんて恐ろしい機能を先生はこの眼鏡に搭載したんだ!?

 

「万死に値するわ!!」

 

「先輩とて許しません」

 

乙女の秘密を無節操にも暴かれてしまった二人は怒りのオーラを纏いながら椅子とソファーから飛びあがり俺に向かってくる。迫りくる怒りと恐怖の権化を前に、もはや俺に逃げる以外の道はない。

 

「助けてくれぇぇぇぇぇ!!!」

 

「待ちなさい!」

 

絶叫を上げてドアを開け放ち、ロケットの如く廊下へと駆け出す。力の限り走り抜け、ギャスパー君が依然閉じこもっていた部屋に飛び込む。

 

後で先生にA3Sの機能を外してもらうよう言うしかない。というか外さないと部長さんと塔城さんが許さない、絶対。

 

10分後、あっけなく見つかり見るも無残にボコボコにされた俺は二人にそれはそれは綺麗な土下座を敢行するのだった。

 

明後日、先生に眼鏡の機能について色々問い詰めると、先生がグリゴリの幹部たちと一緒に技術者たちに役立つ機能から面白機能、挙句の果てに無駄機能までもリストアップして詰めまくろうぜと頼んでいたことが発覚した。

 

 




裏話、設定の更新を挟んで次からいよいよ新章に入ります。







次章予告



「英雄派の曹操、私に協力しろ」

「仮面の本当の所在は…」





新章開幕


「さ、皆で京都を回ろうや!」

「これが日本の古都か…!」

学園生活の一大イベントがいよいよ始まる。


「昔の絵巻物の世界に迷い込んだみたいだ…」

彼らは京に住む物の怪たちの世界へ足を踏み入れる。


「怪物を倒すのはいつだって、英雄さ」

「信長対信長と洒落こもうじゃねえかァ!!」

戦闘に血沸き肉躍る英雄の魂を継ぐ者達が、立ちふさがる。


「お前を止められるのはただ一人…私だ!」

「これは俺一人の力じゃない…皆を繋ぐ力だ!!」

絆の力が、新たな奇跡を呼び覚ます。



英雄集結編『コード:アセンブリー』第一章 修学旅行はパンデモニウム


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英雄集結編 《コード・アセンブリー》 第一章 修学旅行はパンデモニウム
第103話 「今は亡き」


いよいよ新章スタート。パンデモニウム編ですがこの話の時系列は8巻です。

それと設定と活動報告に裏話を上げました。設定には初出しの情報もあるので気になる方は是非。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
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10.ヒミコ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
13.フーディーニ





『―――!』

 

絨毯の敷かれた床にリラックスして腰を下ろし、大きなモニターに映る映像を食い入るように見つめる二人。映像の中のキャラクターの一言一句、動作の一つも見逃すまいと真剣な眼差しを向けていた。

 

「ゼロワンの最終回、終わってしまった……」

 

ある日の休日、俺とポラリスさんは『NOAH』の一室に設けられた大型モニターを使って仮面ライダーゼロワン最終回の鑑賞を行っていた。

 

最後の最後まで物語の結末を見届け、俺たちの間に作品が終わってしまった心残りか、感動の余韻かえも言われぬ雰囲気が流れる。

 

「或人がアークワンになった時はどうなるかと思ったけど、安心した…」

 

「そうじゃな。それに悪意とは何か…考えさせられたのう」

 

ポラリスさんはコップ一杯の水を、見終えた余韻ごと飲み込むかのように呷る。

 

「しかしやはり勿体ない部分が目立つのう。6話分飛んでしまったのが本当に悔やまれるわい」

 

「それだけあれば雷や亡の出番とか、1000%の過去ももっとできただろうに。特に二人はもっと変身してほしかったな」

 

「亡の必殺技の漢字エフェクトが見れなかったのは心残りじゃのう」

 

「そういえばそうだな」

 

一回だけ必殺技を使ってたけど音声ミスってたし、漢字の演出もなかったからな。どうせなら滅亡迅雷の四人全員分のエフェクトは出してほしかった。

 

「とはいえ、妾はまた一つ仮面ライダーという作品が無事完結し、それを見ることが出来たことに満足しておる。フィクションを見るにあたって大切なのは楽しむ心だと妾は思っておるよ。ドラマ作品とは一種の娯楽。娯楽の娯と楽、どちらも楽しむという意味じゃからのう。それは作り手の本懐でもあるのじゃよ」

 

「なるほど…深いな」

 

大切なのは楽しむ心か。確かに皆を楽しませるための娯楽がストレスになっては本末転倒だからな。作り手は作品を通して観衆を楽しませ、観衆は作品を楽しむ…簡単なはずなのに、ネットの評価を見ているととても難しいことのように思える。

 

と、その後もだらだらと二人で感想を語り合いながら鑑賞会のお供のポテチをつまんでいると。

 

「ふぅー疲れた」

 

「お疲れ様です」

 

自身の服の衿をつまんではたはたさせ、がちゃりとドアを開けて入って来たのはゼノヴィアとイレブンさんだった。

 

「帰って来たか」

 

俺とポラリスさんがゼロワンの鑑賞会をしている間、ゼノヴィアはレジスタンス加入後初のイレブンとの模擬戦を行っていた。先日レジスタンスに加入したばかりのゼノヴィアはイレブンさんが剣士だということを知るや否や早速勝負を申し込み、申し込まれたイレブンさんも快諾してシミュレーションルームへ向かったのだ。

 

「お前、相当な手練れだな…」

 

「当然、鍛えてますから」

 

疲れ切った表情で肩で息するゼノヴィアとは対照にイレブンさんは軽く汗をかいただけだ。この差は戦い方の違いによるものか、それとも純粋なスタミナの差か。

 

「私と打ち合いながら遠隔操作武装で複雑な攻撃を仕掛けてくるなんてセンスの塊だよ。経験値の差がとんでもない相手だ」

 

「しかしあなたも光るモノを持っています。デュランダル使いは伊達ではありませんね」

 

二人は軽く微笑みを交わす。どうやら剣を交わし合う中で互いを認めたようだ。レジスタンス加入後、ゼノヴィアはうまく二人とうまく打ち解けられるか心配だったが、イレブンさんとはうまくいきそうで安心した。

 

「お、やってんのか?」

 

と、二人の剣士が言葉を交わす中、さらに赤髪の女性がひょいと顔を出す。

 

「あなたは…」

 

「レーヴァテインか」

 

「よっ、少年」

 

にっと気安い調子で、先日の会議のぴりぴりが嘘だったかのように挨拶するのは創星六華閃が一人、レイド家当主のレーヴァテインさん。

 

「ポテチが一袋あるがいるか?」

 

「勿論もらうぜ」

 

藪から棒に現れたレーヴァテインさんはポラリスさんが持っているポテトチップスの袋をぞんざいに取ると、早速袋を開け始めてポテチをつまみ出す。

 

彼女と会うのは会議以来だ。会議が終わってから一度も顔を合わせていないので、ちょうどこの際聞いてみるか。

 

「そう言えばレーヴァテインさんに訊きたいことが」

 

「お、なんだなんだ?」

 

「先代のスダルシャナってレジスタンスの協力者だったみたいですけど、どんな人だったんですか?」

 

会議の中で幾度か上がって来た創星六華閃の先代スダルシャナの名前。ガルドラボークさんやレーヴァテインさん同様にレジスタンスに協力していたという先代スダルシャナはどのような人物だったのだろうか。

 

「あー、頼れるリーダーって人だったな。六華閃の中ではトリシューラのバカと一位二位を争うレベルで強いし、六華閃の当主の先輩として私やガルドラボークはすごく世話になった。実はレジスタンスに入ったのはあの人に誘われたからなんだ」

 

「え、そうなんですか?」

 

「ああ、あの人だからこそ私は信じた。あの人がいなかったら私は六華閃の本当の使命なんて知らないままだったし、もしかすると今頃は英雄派に入っていたかもしれないね」

 

「仁智勇に優れた、戦士や人として模範のような男じゃった。レジスタンスの関係者なら誰もが彼に一目置いておった。それだけに英雄派に殺されたと聞いた時はショックじゃったよ」

 

なるほど、ポラリスさんにそこまで言わせるとはよほど人望の厚い人物だったようだ。そんな人物なら俺も会って見たかったな。

 

しかし六華閃の一人が英雄派に入ってたかもしれない可能性があったという事実に軽く震えた。もし言葉通りに英雄派に下っていたら当主の剣の腕はもちろん、鍛冶職人としての腕を存分に振るって上物の武器を大量に提供していただろう。そうなれば、戦闘員の大幅な強化につながりより多くの被害が出ていたはずだ。

 

「ガルドラボークが若干ひねくれたって言うか、頑固になったのはあいつが亡くなってからだ。その前はまだ柔和な部分もあったんだが。多分、スダルシャナに今までの恩を返せないままになってしまったのを悔いているんだろうさ」

 

それを聞いて思い出すのは先日の会議でのあの人の言動。神討伐という六華閃の使命完遂にこだわり、大義のために私情は殺すべしという彼の主義がありありと見えた。

 

それだけガルドラボークさんの中でスダルシャナの存在は大きく、その死は大きく彼を変えてしまったというのか。

 

「…やっぱり、復讐したいとか考えたりしますか?」

 

俺はそう訊ねずにはいられなかった。

 

彼女にとって、同じ六華閃の当主で世話になったというスダルシャナは大切な人だったはずだ。彼女が彼に対して抱いていた気持ち、それを理不尽にも奪われた悲しみや憎しみは殺した相手に相応の罰を与えたい、苦痛を与えてやりたいという復讐心に変わってしかるべきものだ。

 

「いや、それは私らの役目じゃないね」

 

「えっ?」

 

予想外も予想外の答えに俺は目を見開く。レーヴァテインさんは綺麗な赤髪をいじりながらさらに言う。

 

「私らが出なくたって、あいつらと戦う連中はたくさん出てくる。私らの出る幕じゃないのさ。他にやらなきゃいけないことが山ほどあるし。ま、一発殴るくらいのことはしたいかな…どうした少年?」

 

「…意外とあっさりした返答だったので」

 

…口には出さないけど、若干戦闘好きでバカっぽさのある人だと思っていただけにこの答えは予想できなかった。

 

復讐心を他にやることがあるという理由で押し込めてしまう人を見るのは初めてだ。決して芽生えた復讐心は弱くないはずなのに。レーヴァテインさんという人が、少しわからなくなってきた。

 

そんなレーヴァテインさんはふふんと微笑む。

 

「ただの戦闘馬鹿に見えて、お姉さんもそれなりに人生経験詰んでるのさ。それよりイレブンの奴、抜け駆けしやがって羨ましいぞ。私もデュランダルとやり合いてえのにさ!」

 

「ほう、六華閃のレーヴァテインと手合わせできるとは光栄だよ」

 

話題の中心になったゼノヴィアはレーヴァテインさんに挑戦的な笑みを返す。するとレーヴァテインさんはますます笑みを深くし。

 

「おーおー、乗り気だねぇ!んじゃ10分後に第3シミュレーションルームに集合な!イレブンも来いよ!」

 

と、二人の返答を待たずして一人でハイテンションになったレーヴァテインさんはポテチを携えたまますぐに部屋を出ていった。

 

レーヴァテインさんという嵐が去った後、次に訪れたのは数秒の静けさだった。

 

「…私は一回汗を流して来る」

 

「私は小腹が空いたので軽くつまんできます」

 

彼女のハイテンションに置いてけぼりを喰らったゼノヴィアとイレブンさんも部屋を後にする。

 

こうして再び、この部屋には俺とポラリスさんだけしかいなくなってしまった。

 

「しばらくはあの三人で盛り上がりそうだな」

 

「レーヴァテインも新しい剣士が入って来て嬉しいんじゃろ。あいつは単細胞な所はあるが、俗に言う陽キャじゃからの」

 

レーヴァテインさんは陽キャか。言われてみれば、確かにあの人は誰とでもうまく絡んでいけそうな雰囲気はある。コミュニケーション能力もかなり高そうだ。

 

「…まあ俺はゼノヴィアがどうにか馴染めそうで安心したよ。あんたともうまく打ち解けてくれたらいいんだが」

 

「ふふ、妾と打ち解けるのは難しいかもしれんのう…そうじゃ、言い忘れておった」

 

「ん?」

 

「プライムトリガーじゃがデチューンにもう数日はかかる。思った以上に構造が複雑での、まだしばらくは待ってほしい」

 

言われて思い出した。ロキ戦の後、俺はポラリスさんにプライムトリガーを預けておいたんだった。強すぎるパワーを抑え、負担を減らすために彼女にデチューンとその解析を部長さんたちの前でお願いした。

 

預けて以来、何の進捗の報告もなかったが想像以上に難儀していたようだ。

 

「わかった…って今日から数日って多分修学旅行と被るじゃねえか」

 

「すまんすまん。妾も忙しい中一生懸命やっておるんじゃ、勘弁してくれ」

 

「それならしょうがないか…」

 

修学旅行で異形関係の面倒なトラブルに巻き込まれ、プライムトリガーが必要になるような事態にならないことを祈るばかりだ。

 

「アザゼルは妾が渡したデータについて話したか?」

 

「ああ、昨日グレモリーとシトリー眷属が集まって話があった。けどみんなイマイチピンと来てない様子だったよ」

 

話を聞いた皆は一応奴等の正体が分かったと納得はしていたが、神竜戦争、人類滅亡…そんな突拍子のないことをいきなり言われて信じろと言うのが無理だろう。

 

先生の話によれば各神話の首脳陣にもこの件についての情報を提供したらしいが、現状はトップシークレットの情報と言う扱いになるそうだ。機密情報に指定はしたものの先生たちも扱いについては悩んでいるみたいだった。

 

「まあ当然か。今は禍の団との戦いで手一杯、奴等の脅威が本格化しない限りは信憑性に欠けるじゃろうな。それでもアルルの暗躍がある以上は情報は提供しておかねばなるまい」

 

「…ていうか、対ディンギル兵器のテスターって本当に誰なんだ?またレジスタンスのメンバーが増えたのか?」

 

ふと気になってぶつけた疑問は、ポラリスさんが会議で口にしていた例の兵器のテスターについて。

 

俺がそのテスターなら事前に話が来てるだろうし、イレブンさんやポラリスさん、協力者の誰かが担当するなら名前を挙げるはずだ。なのにテスター以上のことを何も語らないということは、つまりあの場にいた人間以外の誰かが担当することになるはず。

 

「気になるか?」

 

「気になる」

 

「ふふ…」

 

ずいっと問い詰めると、彼女は意味深な笑みを一つ。

 

「何、遠くないうちに会えるさ」

 

 

 

 

 

 

 

 ▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

 

 

 

とも、人間界の日常は変わらない。この駒王学園では午前中の授業が終わって昼休みに入った。生徒たちは食堂でか、教室で持参した弁当を食べつつ友人たちと他愛のない会話を交わし合う。

 

「修学旅行もいよいよね」

 

「街を巡る計画はバッチリや。はよ始まらんかな!」

 

当然、俺や天王寺、イッセーたちは教室で集まってもうすぐ始まる修学旅行に思いを馳せていた。特に天王寺は日に日に近づく修学旅行を前にワクワクが抑えきれないといった様子だ。

 

「私と悠、飛鳥と綾瀬で京都を散策か。本当に楽しい思い出になりそうだ」

 

「藍那ちゃん忘れたらあかんで!」

 

「そうだった、彼女に悪いことをした」

 

飛鳥班は俺とゼノヴィア、上柚木と天王寺、そして御影さんの5人だ。今はこの場にいない彼女は友人と食堂に行っている。もちろん、班員である以上は散策の時には彼女ともしっかり一緒に行動し、思い出を作っていかないとな。

 

「俺も早く皆と京都を回りたいな」

 

高校生の修学旅行を二回もできるなんて贅沢ができるところもあの駄女神に感謝していることの一つだ。本当なら人生一回きりのイベントだからな。

 

「へぇー、修学旅行は実質二人のデートになるわけね」

 

そんなことを考えていると、桐生さんがいやらしそうにニヤニヤした目を向けてきた。

 

「へっ!?」

 

「言われてみればそうだな」

 

「「……!!」」

 

桐生さんの言葉が火を付けたか、松田と元浜の二人がものすごく何かを言いたげな表情で、涙が出そうなくらいに俺を睨んでくる。

 

先日、俺とゼノヴィアの交際がこのグループ内で発覚してから二人からしばしば悔しさと憎悪に満ちた目で睨み付けられる。

 

だがタイミングとしては良かったのかもしれない。ちゃんと思いを告白した彼女と京の街を巡ることが出来るのは風情があって、なんだかドキドキする。

 

「イチャつくのはいいけど班行動なんだから、私と飛鳥を差し置くなんてマネはしないでね」

 

「そんなことしたら僕ら泣くで!」

 

「わかってるよ」

 

俺の考えを見透かしたか、息を吐いて釘を刺す上柚木。流石に二人を差し置くなんてことはしないぞ。みんなで楽しまなくちゃな。

 

「それにしても、俺は兵藤が先にゴールインすると思ってたんだけどな」

 

「まさか奥手そうな紀伊国の方が先着だとは…」

 

睨みを引っ込めると、今度は羨ましそうに息を吐く松田と元浜。

 

「人生何が起こるかわかんねえよな…」

 

「せやな…僕も彼女の一人は欲しいわ」

 

「「「「はぁー……」」」」

 

彼女のできない男子4人のため息が交じり合い、聞く者の心を沈ませるような鬱々としたハーモニーを奏でた。

 

「…!」

 

しかし天王寺の言葉に、上柚木はピクリと反応するとムッとした表情をした。桐生さんはそんな彼女を見て「あー」と声を漏らす。

 

「こういうのを灯台下暗しって言うのよね」

 

「報われないな…」

 

少し前までのゼノヴィアはきっとこんな感じだったんだろうな。好きな人がいても、その相手は自分の気持ちに応えようともしないし、そもそも気付いていない。

 

自分が今までどんなにひどい仕打ちを彼女にしてきたか、それをありありと見せられている気分だ。

 

「綾瀬、君の気持ちはよくわかるぞ」

 

「ちょ、ちょっと!やめてよ」

 

それは俺以上にゼノヴィアが強く思っていたのだろう。ゼノヴィアまでもが鈍感な天王寺に気付いてもらえない彼女に同情する。

 

「と、ところで、京都のお土産だけど皆何にするの?」

 

同情されたのが恥ずかしかったのか、咄嗟に上柚木は話題をそらす。

 

「んー、俺は八ッ橋だな」

 

前の世界で京都に旅行で行ったという近所の住民からいただいたことがあった。今でもあの美味な菓子の味はよく覚えている。京都に足を運ぶことがあれば絶対に買おうと思っていた。

 

「私も!確か生と焼いた奴の二種類があるのよね?」

 

「せや、生の方はちょっと香りが独特やけどおいしいで。ちなみに僕も八ッ橋にするわ」

 

「へぇー、折角なら両方とも買っちゃおうかしら」

 

俺と天王寺、紫藤さんの3人は八ッ橋で決まりだな。そのうち三人で集まって食べるのいいかもしれない。

 

「私は抹茶味のお菓子にしたいんですけど、イッセーさんに調べてもらったらたくさん出てきて決めきれないんです…」

 

「なら私と一緒に現地で考えましょう、色々候補があって絞り切れないから私も悩んでたところよ。班は別だけど駅で一緒に買えるはず」

 

「実は俺もまだ決めてないんだよな…俺もアーシアと一緒に考えるよ」

 

アーシアさん、兵藤、上柚木はどんなお土産があるか知ってはいるがまだ決め切れていないようだ。旅行の最後で何を買ったか聞いてみようかな。

 

「私はもう下調べし終えたから道中で買っていくだけね…エロ担当のあんた達は何にするの?」

 

と、ニヤニヤしながら松田と元浜に訊ねる桐生さん。松田は心外だと言わんばかりに軽く反論する。

 

「お前にエロ担当と呼ばれたくないな!俺は母さんに頼まれたもんを買いに行くぞ」

 

「ラングドシャが食べたいとか親が言ってたからそれを買うつもりだ。他に美味しそうなもんがあればそれも」

 

「…意外と普通なものを選ぶのね」

 

「俺も思った」

 

意外だと上柚木はやや感心したような声を上げた。二人なら春画関係のグッズでも買うんじゃないかとか思っていたが…流石に杞憂だったか。

 

「ゼノヴィアさんは何か考えているんですか?」

 

残ったゼノヴィアにアーシアさんが訊く。彼女が欲しがるお土産と言えばきっと…。

 

「私は木刀が欲しい」

 

「それダメだってしおりに書いてあっただろ」

 

案の定だった。伝説の聖剣を持ってるんだからいらないだろ!




次から9巻の内容に入ります。

次回、「呪怨を祓う炎」


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第104話 「呪いを祓う炎」

今回から9巻の内容に入ります。

Count the eyecon!
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1.ムサシ
2.エジソン
3.ロビンフッド
4.ニュートン
7.ベンケイ
9. リョウマ
10.ヒミコ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
13.フーディーニ





ある休日。太陽はまだ南中しておらず、まだ目覚めの朝の余韻が抜けきらない9時ごろに我が家のリビングでだらだらするのは。

 

「デュランダルを天界に送った?」

 

「ああ、正教会がデュランダルの攻撃的なオーラを抑える術を開発したらしくてね。正教会を経由して天界に送ったよ」

 

暇を持て余し、柔らかいソファーの上でごろごろする俺とゼノヴィア。

 

「へぇー、それって俺のプライムトリガーみたいに性能を落とすってことになるのか?」

 

「いや、彼らの口ぶりだとむしろさらに強化されるみたいだが…詳しいことは戻ってきた時に説明するそうだ」

 

彼女との男女間での正式な付き合いを始めて、数日が経った。だが元から同棲していたこともあって特に大きく生活が変わるわけでもない。ただ…。

 

「つまり、今の私は丸腰…ということだよ」

 

よく甘えてくるようになった。丸腰という言葉に色気を感じた俺は不意に目を泳がせる。

 

「…戦闘になったらどうするんだ」

 

「木場に聖剣を創造してもらうか、イッセーにアスカロンを借りるよ。君に守ってもらうのも悪くはないかもしれないね」

 

と、冗談めかした口調で彼女は笑う。

 

「不思議に思うよ。今までは信仰以外の生き方を知らなかった私が、今こうして君という恋人と出会って変わったのだから」

 

「…俺だってそうだ、前の世界でも色恋沙汰に縁のなかった俺が女の子に告白をして、付き合いを始めたんだ。こんな未来一ミリも考えたことなかった」

 

「ふふっ、やはり私たちは似た者同士なのかな。だからこそ惹かれ合ったのかもしれない」

 

「…そうだな」

 

目を泳がせるも、内に高まる気恥ずかしさにも似た気持ちにますます自分の顔が赤くなっていくのを感じる。

 

…なんだかドキドキしてきた。付き合いを始めて以来、俺とゼノヴィアは互いが今まで抱えてきた互いを想う気持ちを我慢しなくなった。その結果、ふとしたことで度々このようなえもいわれぬ雰囲気が流れるようになった。

 

覚えたての童貞は特にそうしたいという気持ちが強いのだという。どうやら俺もその例外ではなく、そういう時は大抵、俺達二人は雰囲気に流されるまま…。

 

そんな時、両者の間に流れる甘い雰囲気に一石を投じるが如く我が家のインターホンが鳴り響いた。

 

「ん?」

 

気持ちを切り替えて何事かと思い、インターホンのモニターを覗くと黒いスーツ姿の男が見えた。

 

『紀伊国悠殿、そろそろ出発の時間です』

 

男のその一言で全てを理解した。

 

「わかりました、すぐに行きます!」

 

「行くのか?」

 

やり取りが終わるとすぐにゼノヴィアは俺に声をかけてきた。二人の時間の終わりを惜しむようにどこか切なそうな表情で見つめてくる。

 

「悪い、一足先に冥界に行く。続きはまた今度な」

 

この時間を終わらせたくないのは俺も同じだ。しかし惜しい気持ちをどうにか振り払って、先にまとめていた荷物を拾い始める。

 

俺の仕事がいよいよ始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

 

 

 

 

ロキの反乱を鎮めた俺とグレモリー眷属たちは各勢力から大きな評価を得た。その結果、俺は今後は各地で起こる禍の団のテロや彼らが潜伏しているアジトの突入作戦に参加を要請されるようになるらしい。

 

らしいと言うのもまだ正式に決まったわけではないからだ。ただ成果を上げているとはいえ、これといった仕事がない推進大使の肩書がお飾りになってきているのではないかと言う声が以前からあった。それを気にした先生やサーゼクスさん達がこれからはいくつか正式な仕事を任せるようにしてようという試みの一つとしてこの突入作戦の参加が要請されることになった。

 

今回、試験的に俺をこの作戦に参加させることでどれくらいのパフォーマンスを上げてくれるかなどを見るそうだ。この成果次第で、今後任される仕事も決まって来るとかそうでないとか。

 

そうして作戦に呼ばれた俺は冥界のグレモリー領から少し離れた森林に隠された洞窟、そこを更に掘って作られた禍の団に所属しているはぐれ魔法使いの隠れ家にて三十弱名の天使と堕天使、悪魔の混成部隊と一緒にアジトの奥へ足を踏み入れた。

 

〈BGM:仮面ライダースペクター 攻勢(仮面ライダーゴースト)〉

 

〔カイガン!ムサシ!決闘ズバッと!超剣豪!〕

 

「ハァァ!!」

 

ゴーストチェンジするや否や、二刀の剣を携え魔法使いたちへ突撃する。

 

対する魔法使いたちはそうはさせまいと次々に炎や氷などの魔法攻撃を仕掛けてくる。

 

「ふっ」

 

しかしこのムサシ魂を止めるにはその程度の魔法では火力不足というもの。

 

氷のつぶては前進しながら全て切り刻み、分厚い炎の幕は赤い霊力を込めた斬撃を飛ばして一息で吹き払う。

 

そうして魔法攻撃を突破し、魔法使いたちの驚愕の色に染まった顔面が間近に迫り。

 

「がはっ!」

 

「ぐっ!」

 

流麗な剣戟を見舞い、切り伏せる。やはり魔法使いは近距離戦に弱い。魔法を突破して近接戦の間合いに収めれば

どうとでもできる。

 

ちなみに俺の後方では俺と一緒に奥部へ先行した数名の天使が魔法使いたちと交戦している。ちらりと見る限り特に苦戦している様子もないあたり、上は実力者を選んで送ったようだ。だが問題は末端の戦闘員ではない。

 

「俺のかわいい部下たちをのしてくれおって……この恨み、晴らすまじ」

 

部屋の奥でしゃれこうべで飾られた玉座に座る黒ローブの男がいる。禍の団に所属しているはぐれ魔法使いたちの中でも最近頭角を現してきているというあの魔法使い。さっきまで倒してきた他の魔法使いと比較して、よりおどろおどろしい黒いローブとアクセサリーを身に着けている壮年の男だ。

 

「お前は魔法の中でも呪いに関するものに長けているんだったな」

 

この男は魔法の中でも呪術に近しい危険な魔法を数多く使う危険な魔法使いとして有名だ。兵士、一般人問わず多くの犠牲を生み出してきたというこいつを野放しにしておくわけにはいかない。

 

男は俺の問いに下品な笑みで返してきた。

 

「へへっ、お前さんも俺の呪いを浴びていくかい?」

 

「いいや、浴びるのはお前の返り血だよ」

 

啖呵を切り、俺はピンク色の眼魂を取り出してドライバーに差し込む。

 

〔アーイ!バッチリミロー!〕

 

そしてドライバーから現れたのは、新たなピンク色のパーカーゴースト。そのままドライバーのレバーを引き眼魂に秘められた力を解き放つ。

 

〔カイガン!ヒミコ!〕

 

ムサシ眼魂を取り除いたことでパーカーが消え、トランジェント態になった俺にピンク色のパーカーゴーストが覆いかぶさり、新たなフォームへ変身を遂げる。

 

肩部の勾玉を模した黄金の装甲『プロフェシーショルダー』は対峙する敵の攻撃や自分を中心にした一定の範囲内に発生する自然現象を予測し、パーカー部は『キドウフード』と呼ばれ神秘のエネルギーで邪気を吸い取るフィールドを構築しそこに敵を閉じ込めることができる。さらにそこに取り付けられた黄金の冠『ヘッドホウカン』が放つ輝きは邪悪な力を浄化し、顔面部の『ヴァリアスバイザー』には勾玉模様の『フェイスマガタマ』が浮かび上がっていた。

 

〔未来を予告!邪馬台国!〕

 

仰々しく、優雅なオーラを放つは仮面ライダースペクター ヒミコ魂。かつて存在した邪馬台国の女王であり、鬼道を用いて吉凶を占う巫女でもあった卑弥呼の力を宿したフォームだ。

 

「お前を相手するにはピッタリのフォームだ」

 

「ほざけ!俺の呪いは如何なる防御魔方陣でも防ぐことはできん!」

 

挑発に男が吼え、即座に呪いの魔法を放つ。魔方陣から粘り気のある黒い闇がとめどなく溢れ、どろどろとした黒い闇が俺を飲み込まんと向かってくる。

 

見る者の心を吸いこむような闇にも俺は動じず、召喚したガンガンセイバーナギナタモードにパーカーと同じピンク色の燃え盛る炎を灯す。

 

そして炎を宿したナギナタをぶんと振り抜く。

 

「ふん!」

 

放たれた炎が呪いの闇とぶつかる。すると塩をかけられたなめくじのようにその勢いが弱っていき、やがて何もなかったかのように霧散した。

 

その現象を見て、男は何が起きたか一目で見抜いた。

 

「俺の呪いを…浄化しただと!」

 

この炎は桃色のパーカーの布地『ヤマタイコート』が霊力と周囲の熱エネルギーを合成することで生み出される浄化の炎。呪いなどの邪なオーラを浄化する聖なる力を帯びている。

 

ヒミコ魂は呪いを得意とするこの男を相手にこれ以上ないほど有利なフォームだ。

 

「呪いと一緒にお前の邪念も祓ってやるよ!」

 

「くぅぅ……!!」

 

顔を怒りで真っ赤にしながら、滑舌どうなってんだと気になるくらい高速で詠唱しては矢継ぎ早に呪いのオーラを放ってくる。

 

寄せ来るそれらを聖なる炎で浄化しながら、俺はゆっくりと前進する。

 

呪いが破られ、俺との距離が近づくたびに男の焦りの表情はますます濃くなっていった。

 

「効かない…!だったら、浄化できないほど濃密な呪いで、貴様を呪い殺してくれるわぁ!!」

 

狼狽を露わにする男が絶叫を上げて、周囲に幾つもの呪いを生み出す。それらは一か所に集まると互いを喰らい合うように合体していき、やがてどろどろとした濃紺な闇を纏うおどろおどろしい大きな骸骨が生まれた。

 

もはや見るだけでも精神が抉られる程の呪いが男の怒りに呼応するかのように吼えた。

 

「迎撃しろ!」

 

後方で魔法使いたちを仕留めた天使たちが呪いの影響か恐怖にかられた表情で骸骨に向けて光の槍を投擲する。しかし槍が骸骨本体に届くことなく、奴が纏う闇に当たると金属が錆びるかのように光は輝きを失い、ぼろぼろと崩れ落ちた。

 

生半可な光や浄化の力ではあの呪いは太刀打ちできない。ならば。

 

〔ガンガンミナー!ガンガンミナー!〕

 

〔ダイカイガン!ヒミコ!〕

 

受ければひとたまりもないだろう。向こうが繰り出して来る全力の呪いの力に負けじと俺もダイカイガンを重ねて発動する。今出せる全力で、奴の呪いを浄化するしかない。

 

生み出され、増幅した莫大な霊力が煌々と燃え、輝くピンク色の炎と化しナギナタの刀身に付与される。上下二つの刃がメラメラと浄化の炎で燃え盛っている。

 

〔オメガストリーム!〕

 

〔オメガドライブ!〕

 

「ハァァァァッ!!!」

 

そして裂帛の気合と共に煌炎を解放する。解放された炎は長大な炎刃へと変化し、それを渾身の力で呪いの骸骨へと振り抜く。骸骨が大きな手で炎刃を受け止めるとその衝撃で聖なる炎があちこちに飛び散った。部屋のあちらこちらで聖なる炎が燃え始め、聖なる力が部屋中に満ちる。もしこの場に悪魔がいれば消滅やダメージを受けないまでも、空気中に充満する聖なる力で激しく嘔吐していたことだろう。

 

聖なる力と炎に満ち満ちる部屋の中央で炎刃と骸骨が激しくぶつかり合い、互いに譲れぬ、互いを喰らいつくさんと激しく拮抗する。歯を食いしばり、負けるものかと意地の咆哮を上げる。

 

「オォォォォォォォッ!!」

 

互いの死力を尽くした一撃。しかし決着がつくまでそう長くはかからなかった。呪いの核になっている骸骨がじりじりと炎に焼かれ、やがて指先から手へ、手から腕、そして胴体へと火の手は伸びる。

 

ついには全身を焼かれた骸骨は聖なる力によって消滅し、核を失った呪いはあっという間に聖なる炎によって浄化された。我が身を守ってくれる呪いを失った奴に俺は薙刀をぐるぐると回転させ、聖なる炎の斬撃を飛ばす。

 

「な…ぬ……アアアアアアアアアアアア!!」

 

抵抗も空しく、逃げ場もなく、男はあえなく聖なる炎の中に飲まれるしかなかった。断末魔の悲鳴すら業火の燃え上がる音によってかき消されてしまった。

 

〈BGM終了〉

 

数分後、永遠に続くかと思われた辺りで燃えていた炎はすっかり勢いを無くし、自然と鎮火した。そして焦げ臭さの残る部屋の奥でパンツ一丁の男が倒れていた。

 

さっきまで戦っていた呪い使いだ。不意打ちを仕掛けられる可能性も考慮して念のため、警戒心をそのままに恐る恐る近づくと。

 

「…完全に気絶しているな」

 

確認してみると見事なまでに白目をむいており、ピクリとも動かない。しかし脈はある。死んだわけではないようだ。

 

「どうにか首領は討伐できたようですな」

 

「早速、大使殿の大手柄だ。あ、嫌味とかじゃないですよ?」

 

「終わったか…」

 

「あんな恐ろしい呪いを使ってきた時はどうなるかと思った…」

 

天使たちもこの男の様を見て戦闘の終了を確信し、ほっと胸をなでおろす。道中、何度も彼らにフォローされた。激闘だったが、一人も犠牲を出すことなく討伐が完了してよかった。

 

「おっ、もしかしてもう片付けちまったのか!?」

 

元気に満ちた声が後ろから浴びせられる。振り返ると、天使や堕天使の部隊を引き連れるハリネズミのようにとがった金髪の少年天使がいた。

 

この少年こそウリエルさんの御使い、『A』の札に選ばれた少年神父ネロ・ライモンディ。今回の作戦の指揮権を任され、紫藤さんに似た、いやそれ以上に快活な雰囲気を纏う少年が部屋の状況をきょろきょろと確認しながら近づく。

 

「はい、今しがた」

 

「すげー、やるなお前!作戦に呼ばれるだけあって、推進大使は噂に違わず強えんだな!」

 

感心の笑顔を向ける。

 

「ネロさんの方は?」

 

俺と数名の天使を先行させたのはネロさんの指示だった。全員で向かってくる魔法使いを相手にする間にボスが脱出することを警戒して、ネロさんは俺たちに行かせたのだ。

 

「こっちも残りの構成員は全員お縄……というか天使の輪っかよ!」

 

「一応聞いときますけど死んだって意味じゃないですよね?」

 

死んだ表現で時々天使の輪っかがついて天に昇っていくのがあるから心配だ。

 

「まあ死んだ奴もいるけど…残った奴は光力の輪っかで拘束したぜ!」

 

ですよねー。

 

会話はほどほどに、ネロさんはざっと焦げ付いたこの部屋の惨状を見渡す。

 

「よっし、んじゃ後処理を始めっか!」

 

 

 

 

 

 

 

 ▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

 

 

 

 

後始末が終わって解散し、急ぎグレモリー領へと俺は移動した。ちょうど俺が作戦に参加している間に部長さんたちがフルメンバーで揃った眷属を両親に紹介するということでグレモリー領主の屋敷に足を運んでいたのだ。

 

そこにつくと、すぐに執事の方に地下のトレーニングルームへと通された。話を聞くとどうやらそこに兵藤たちが集まっているとのことだ。

 

廊下を進んでいくと、見慣れた後姿が集まっているのが見えた。

 

「今どうなってる?」

 

「深海君!」

 

「来たか」

 

「作戦はどうだった?」

 

「何とか終わったよ」

 

部長さん達グレモリー眷属と、紫藤さん。少し離れたところにはなんとサーゼクスさんもいた。俺の到着に皆は待ちかねたというように口元を緩める。

 

しかしそれより気になるのは、向こうで赤龍帝の鎧を纏った兵藤が戦っている相手だ。グレーのアンダーウェアを着た逞しい体格の男がその大きな拳を振るう。幾度もビデオで見たことがあるあの男は。

 

「あれは兵藤と…」

 

「サイラオーグ・バアルよ。今、彼と手合わせしているの」

 

「手合わせを?それにサイラオーグって、近々試合があるって言う…」

 

大王派という派閥があるほど現魔王達と並んで悪魔の政界で影響力を持つ大王バアル家、その次期当主である上級悪魔の男サイラオーグ・バアル。

 

その彼が今皆の視線の向こうで二人は激しい肉弾戦を繰り広げている。互いに武器を持たず、徒手空拳で相手に向かい、荒ぶる闘志を拳に乗せてぶつけ合う。筋肉粒々とした大柄な体格に見合わず、その動きは目で追えないほど俊敏だ。

 

「兵藤と真正面からパワー勝負を…」

 

「ちょうどイッセー君が『戦車』に昇格したところだよ」

 

その時、兵藤の右ストレートがサイラオーグの顔面に、サイラオーグの岩のようなごつごつとした拳が兵藤の腹に同時に打ち込まれた。

 

「ぶっ!」

 

「ぐほぉっ!」

 

鼻血を噴くサイラオーグとその威力に鎧を粉砕されてなお余りある威力に血反吐を吐く兵藤。一旦体勢を立て直すために、両者は同時に引き下がった。攻撃を顔面に受けたというのに、サイラオーグは心底嬉しそうに笑っている。

 

「…全ての駒の特徴を兼ね備えた『女王』より、パワーと防御特化の『戦車』の方がお前には合っているようだな。やはりお前は強い…どうした、何か気になることでもあるのか?」

 

闘志に震える笑みをしながらも冷静な分析をするサイラオーグに、兵藤は鳩が豆鉄砲を食ったように若干ぽかんとした表情を浮かべていた。

 

「…いや、今まで俺が戦ってきた相手って、俺を舐めてかかっていたので。そう言われるのにびっくりして…」

 

「ハハッ!天龍や悪神と戦い生き残ったお前をどうして過小評価できる?俺は嬉しいぞ、俺のような拳でぶつかってくる悪魔は滅多にいない。俺と張り合えるほど近接戦ができる悪魔ならなおさらだ。俺と同じ努力してきたお前と出会え、戦える喜びは大きい」

 

言葉通りの心の底から沸き立つ喜びと闘志に声を震わせ、サイラオーグは相対する兵藤に握った拳を向ける。

 

「俺はお前を過小評価しない。だからお前も全力でぶつかってこい!!兵藤一誠ッ!!」

 

「――ええ、行きます!」

 

彼の言葉が兵藤にさらなる闘志の炎を灯したようだ。今までよりも鋭く、真っすぐに兵藤は突撃する。撃ちだしたドラゴンショットは軽々と丸太のような腕で弾かれるが、それでも止まることなく、兵藤は拳を…。

 

「イッセーさん!おっぱいです!!」

 

「は?」

 

突拍子のないアーシアさんの一声に、この場の雰囲気が固まる。兵藤はもちろん、サイラオーグまでもが動きを止めた。

 

「今までみたいに、お、おっぱいを触ればイッセーさんは強くなれるはずです!」

 

この場にいる全員の注目を集めるアーシアさんがさらに発言する。

 

「そうか!イッセーはおっぱいドラゴンだから女性の胸を触れば力が増す!部長、ここは一つスイッチ姫の力で!」

 

「ぼ、僕からもお願いします!」

 

「エロこそイッセー君の力の源よ!」

 

彼女の思いつきにそうだと呼応し、表情を輝かせるアーシアさん、ゼノヴィア、紫藤さん、ギャスパー君の4人の懇願を一身に部長さんは受ける。

 

「ちょ、ちょっと、皆……!!」

 

サイラオーグは部長さんの母方のいとこに当たる。その彼の手前、非常に恥ずかしそうに部長さんはその紅髪の如く顔を赤らめていた。

 

え…まじ?手合わせなのに本領発揮しちゃうの?

 

「ま、毎回こんなノリなんですか?」

 

「肯定したくないけどそうなんです」

 

眷属に加入して以来、実際にこんな場面を目にするのは初めてなロスヴァイセさんはいたく困惑していた。誰だって、こんな場面に巻き込まれたら同じこと思うよ…。

 

「…赤龍帝、お前はリアスの胸でパワーアップができるのか?」

 

間の抜けた顔で固まっていたサイラオーグが兵藤に問う。

 

「え?あっ、ま、まあ…」

 

「ふ、ふはははははははっ!!」

 

この状況が面白かったらしく、愉快そうにサイラオーグは豪快に笑った。

 

「なるほど、乳龍帝と呼ばれるわけだ。面白いぞ、今日はここまでにしよう」

 

そしてついには戦いの構えを解いた。向こうからの提案にボロボロながらも戦意を落とさない兵藤は驚く。

 

「えっ、お、俺はまだ!」

 

「これ以上は俺が止まれなくなってしまう。試合前に最後の最後までお前の拳を味わいつくしてしまうのはもったいない。この続きは、試合だ」

 

そう言って額に流れる汗を太い腕で拭い去る。離れた場所に脱ぎ捨てられていた貴族服を拾うとさっと羽織った。

 

「俺には夢がある、次の俺達の試合は大勢の観客と上役たちが観戦する。そこで拳を交えて初めて俺とお前の評価は決まる。夢のために俺は研鑽を欠かさない、だからお前ももっと拳を鍛え上げて、ぶつかってこい。次にお前と戦える日を楽しみに待っている」

 

ふっと男らしい笑みを残して、同じく一連の手合わせを観戦していたサーゼクスさんに挨拶するとそのまま去って行った。

 

「…彼はさっき、両腕両足に負荷をかける封印を施して戦っていた」

 

「えっ」

 

サイラオーグと挨拶を交わしたサーゼクスさんがおもむろに言う。

 

あのレベルでまだ力を制限していたとは…見た限り兵藤は全力で挑んでいたのにまだあれ以上のパワーを隠しているのか。これはやはりとんでもない相手だ。

 

「あれがサイラオーグ・バアルだ。努力で大王バアル家次期当主の座を勝ち取った男。既に何度も禍の団と交戦し、悪魔側に勝利をもたらしている。さっきのような軽い手合わせだけで心を折られた悪魔も多い。魔力をものともしない頑強な肉体を持つ彼に魔力に頼り切った悪魔では歯が立たないからね。レーティングゲームのプロと遜色ないレベルだ」

 

「レーティングゲームのプロと…」

 

「君たちの壁は分厚く、高くそびえ立っているぞ」

 

「…それでも俺はやります。ライザーも、シトリーも、まだ俺はゲームだと負けっぱなしですから、今度こそ負けたくないです」

 

この手合わせ、普通の悪魔なら心が折れるようだがむしろあいつに火を付けたみたいだ。横から見える兵藤の面持ちにはまだ追いつけないという悔しさの色の中に固い決意の色があった。

 

そんな二つの色が混ざり合うあいつの横顔が、俺の中に一つの強い思いを沸き立たせた。

 

その思いに突き動かされるまま、俺は兵藤へと歩み寄る。

 

「兵藤、プライムトリガーが帰ってきたら俺と手合わせしよう。少しでもあの人に追いつかないとな」

 

その思いとは、仲間の助けになりたいという思い。あんな熱い顔をされたら助けになってやりたいと思うものだ。

 

「深海…」

 

「俺は試合に参加できないから、手合わせの相手になるくらいしかできない。でもなるべく強い相手とできた方がいいだろ?」

 

眷属でない俺は次のバアル眷属との試合に参加することは出来ない。だが試合に備えた調整のための模擬戦ならいくらでも相手になることができる。自分で言うのもなんだがオカ研の現状の最強戦力、プライムスペクターと戦闘を重ねれば、おのずと彼の戦闘力を引き上げることもできるはずだ。

 

「…じゃあ、よろしく頼むぜ、深海!」

 

「もちろんだ」

 

俺たちは互いに信頼の笑みを交わし合う。修学旅行のその先、バアル眷属との試合準備に向けて俺達は動き出した。




本作のヒミコ魂は悪魔・吸血鬼キラーなフォームです。ただイッセーたちとの連携だと浄化の炎に巻き込みかねないので使いにくいところもあります。

次回、「京都、行く」


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第105話 「京都、行く」

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
1.ムサシ
2.エジソン
3.ロビンフッド
4.ニュートン
7.ベンケイ
9. リョウマ
10.ヒミコ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
13.フーディーニ





皆が待ちに待ち望んだ来たる修学旅行の朝。会社員の通勤時間真っただ中の東京駅は大いに混雑していた。

 

その新幹線のホームの隅っこで、人目を避けて集まるのはオカ研メンバー。俺達修学旅行組だけでなく、学年違いで行かない部長さんも俺達の見送りにと足を運んでくれていた。その他のメンバーはこの日は通常授業なので学業優先ということで来れなかった。

 

「これが人数分の認証よ」

 

部長さんが俺を除いた修学旅行組に赤いカードを順番に渡していく。不思議そうに貰ったカードを見る兵藤。

 

「これって何ですか?」

 

「悪魔が京都を訪れる際に必要ないわゆるフリーパス券よ。あそこにはパワースポットが多いし、様々な勢力の管轄地でもあるから彼らに狙われないようにするためのね。当然、彼らが正式に発行しているのよ?」

 

そういえば和平会談でサーゼクスさんが駒王町に来た時、神社の神聖なパワーを魔王の力ではねのけたって兵藤から聞いたことがある。キリスト教の教会のように神社やお寺は日本神話や妖怪たちの領域ってことになるのかね。

 

「私たちは幸せ者なのよ?グレモリー、シトリー、天界、ちゃんとした後ろ盾がある者じゃないと発行してくれないわ」

 

「おおっ!それじゃあ、これがあれば金閣寺でも清水でもどこでも行けるってわけですね!」

 

「うふふっ、認証はポケットにでも入れておけばいいから、好きな観光地を好きなだけ回っていきなさい」

 

顔を輝かせる兵藤に部長さんは苦笑する。

 

「ところで悠のパスは?」

 

一人だけパスを渡されなかった俺にゼノヴィアが話を振った。

 

「俺は関係者とはいえ、人間だからパスはいらないんだよ」

 

力はあるけど俺は種族で言えばただの人間だからな。神社や寺の神聖な力なんて気にする必要もない。

 

「あ、そっか。ずっと俺たちと一緒にいるからたまに深海が悪魔じゃないってこと忘れるんだよな」

 

「イッセー君の気持ち、わかるわ」

 

「もうそれだけ僕たちに馴染んでるってことだよね」

 

紫藤さんや木場もうんうんと頷く。出会ったのは今年の4月、オカ研に入ってからの付き合いは6月からか。この5か月で随分と距離が縮まったものだ。平穏な日常だけでない、数々の激戦があったからこそ俺達はまとまることができた。

 

その思いでに軽く思いを馳せていると、不意に近くに張られていたポスターに目が留まる。白い新幹線がデザインされた観光促進のキャンペーンを広告するものだ。

 

ポスターに載っている新幹線を見て、ある感情が俺の胸に沸いた。

 

「……」

 

「深海君、どうかしたかの?」

 

俺の変化にすぐ気づいた部長さんが声をかける。一応前世に絡んだ話題だが、もう隠す必要もないので正直に話す。

 

「…いえ、ちょっと新幹線のことを考えていたら何と言うか…怖くなって」

 

俺にとって電車やそれに類する乗り物はもう遠い昔、過ぎたことなれど鮮明に思い出せる出来事を想起させるものだ。あんなことはもうないと思っていても、それが視界に映るたびにドキッとしてしまう。

 

「もしかして過去に電車で嫌なことでもあったのかしら?」

 

「…実は俺、前世では電車の脱線事故で死んだんです」

 

「えっ」

 

「あー…」

 

「マジか…」

 

「そうだったのか…」

 

まだ皆には話していなかった衝撃のカミングアウトに場が軽く凍り付いた。電車内で厄介な乗客とトラブルに遭ったならまだしも電車の事故で死んだ経験がある奴なんて俺以外にいないし、皆も予想だにしないだろう。

 

「そう…なるほど、グレモリーの列車に乗った時のあれはそういうことだったのね」

 

その中で一人、部長さんは得心が言ったような表情を浮かべていた。

 

夏休みに初めて冥界に行った際、俺たちはグレモリー家が保有する列車に乗った。その時に列車が引き金になって俺は自分が死ぬきっかけになった電車の脱線事故の記憶を思い出し俺は激しく取り乱したものだった。

 

その時一緒にいなかった紫藤さんを除く他の皆も部長さんの言葉にそうかと次々に納得の表情を見せる。

 

「深海さん、大丈夫ですか?今から新幹線ですけど…」

 

その中で一人、とても心配そうな表情でアーシアさんが訊ねてくる。

 

「正直に言うと恐怖はまだあるけど…こればっかりはしょうがないから天王寺達と喋りながら気を紛らわせることにする」

 

一人だけ車で移動という訳にもいかないし、移動中の時間もまた友と交友を深めるのにうってつけの時間だ。友と語らい合えば、きっと怖くない。

 

物憂げな感情に足を引っ張られる俺の手を部長さんが優しく手に取った。

 

「遠くから旅の無事を祈ってるわ。ちゃんと帰ってくるのよ?」

 

「…!」

 

自分達の無事を祈る彼女の優しさが未だ抜け出せぬ過去の記憶に囚われる俺の心に染み入る。

 

「深海さん、私たちもいますから大丈夫です」

 

「厄払いなら天使に任せなさいな!」

 

「お前に苦しい思いはさせない」

 

教会トリオの三人が頼もしい言葉と共に不安を溶かすような笑みを向ける。木場と兵藤も、優しい笑みを湛えて3人の言葉に追随するようにうんと頷いた。

 

「…もちろんです、ちゃんと帰ってきます!」

 

自分の事情を隠していたが故、何も言えなかったあの時とは違う。皆の温かな気遣いが、本当にありがたかった。

 

 

 

 

 

 

 

 ▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

 

 

 

「――でさでさ、昨日の大沢すげかったよな。三人まとめてぇ!ってさ!」

 

「わかる、あれまじで大沢が鬼みたいな表情してたよな!演技すげえよ」

 

「僕も見たけど引き込まれ過ぎて最後まで目ぇ離せんかったわ…」

 

部長さんと別れ、乗り込んだ新幹線が東京駅を発って10分ほど。運よく窓際の席に座ることが出来た俺の視界に、川のように絶えず流れる車窓の景色が映りこむ。

 

最初はやはりトラウマを引っ張って気分が乗らず、しばらく天王寺や向かいの席に座るクラスメイトとの会話に混ざれなかった。窓の景色を眺めてどうにか気を紛らわせ、話ができるくらいには落ち着けたのはついさっきのことだ。

 

「ふぅ……」

 

会話も良いが、新幹線ならではの流れる外の景色が恋しくなって顔を窓の方へ向ける。この景色もまた、修学旅行の楽しみだと自分は感じる。

 

不意に思い出すのは俺がプライムスペクターへの初変身を遂げた際に、脳内に流れ込んできた映像。

 

あれはむしろただの映像と言うよりは、誰かが見て、聞いた記憶と呼ぶのがふさわしいだろう。

 

見えたものは3つ。槍を携えた青年と少女、そして2匹のドラゴン。

 

巨大な赤い龍はどう考えても間違いなくグレートレッドだった。それと並ぶ黒い龍と、二匹と対峙するグレートレッドと引けを取らないレベルの巨体をもつ様々な獣の特性が見られる化け物。その三体がぶつかり合い、海が荒れ大地が砕け散る世界の終末を思わせるような光景。

 

もしあれが実際に誰かが経験した記憶なら、過去にあの戦意を持たずただ次元の狭間を泳ぐだけのグレートレッドが戦うような事件が起こったというのか?

 

それにあの記憶の中に居合わせた黒い龍と巨大な怪物。それらは情報がなく皆目見当もつかない。特にあの化け物はグレートレッドと黒いドラゴンと対峙し、渡り合っていた。グレートレッドと張り合えるほどの怪物がこの世に存在するというのか。

 

アザゼル先生やポラリスさんにも話したが、両者ともに首を捻るばかりだった。ただ、ポラリスさんは少しだけ怪物については知っているようなそぶりもあったが…。

 

記憶の内容も大いに気になるが、果たしてそのような世界の破滅とも呼べる記憶の持ち主とは一体何者なのだろう?

 

「おい紀伊国!」

 

思案に耽っていると、隣に座るクラスメイトから呼びかけられた声ではっと我に返る。

 

「そんな難しい顔してどないしたん?」

 

「えっ、そんな顔してたか?」

 

「してたぜ」

 

「あ、さてはゼノヴィアちゃんと一緒の席になれなくて…」

 

「いや違うって!ただ考え事してただけだよ。それより大沢の話だっけ?」

 

俺とゼノヴィアの関係はとっくにクラスに知れ渡った。というのも、ゼノヴィアの方から口を滑らせたからだ。俺としては二人の間柄はオカ研や桐生さん達以外には秘密にしておきたかったのだが、こうなってはどうしようもない。

 

「そうそう!」

 

「お前はゼノヴィアちゃんと一緒に見てるんだよな?」

 

最近はやりのドラマ、大沢直樹。生真面目で正義に燃える銀行員の主人公が不正を働く上司に立ち向かうという内容だ。テレビ離れが進む昨今にしては珍しく、飛び抜けた視聴率を叩きだし、社会現象にもなっている。

 

「小和田もだけど城崎も本当にいいキャラしてるんだよな。魅力ある敵キャラって言うのかな…」

 

「まじそれな」

 

ドラマの魅力はスカッとするストーリーだけではない。登場する悪役を演じる俳優たちの演技も素晴らしく、そのキャラのファンを生んでいるのだ。放映時には毎回悪役のセリフがSNSのトレンドに上がってくるほど、言い回しも含めて面白い。

 

我が家も日曜日の夜には必ずテレビをつけ、ゼノヴィアと二人で鑑賞するのが当たり前になっている。最初はドラマに興味を示さなかった彼女も、あくどい上司に倍返しを決める彼の姿に感動し今や立派な大沢ファンだ。

 

「うぉぉっ!おっぱいぃぃ!!」

 

「やめろ松田!何をする!」

 

…と、ドラマの話をしていると向こうの席から騒ぐ声が聞こえた。会話の内容的に兵藤と松田、元浜の三人の席からか。

 

「…なんか向こうの席が騒がしいな」

 

「ほっとこうぜ」

 

流石に車内で面倒ごとに巻き込まれたくないぞ。トラウマも完全に消えたわけではない。頼むから静かに、平穏に行かせてくれ。

 

 

 

 

 

 

 ▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

 

 

 

俺たちが乗る新幹線は事故もなく、無事に京都駅にたどり着いた。車内で到着のアナウンスを聞いた時の安心感ときたら天王寺たちの前で思いっきり安堵の息を吐くほどだった。

 

その後、新幹線を下りて移動中に初めて訪れ、目にする京都駅の内観が俺たちに修学旅行の始まりを告げるようにも感じた。その期待に胸を躍らせて荷物を手に、先生が他の引率の下で京都駅を出て歩くこと数分。生徒たちが続々と入っていくのは大きな高級ホテルだった。

 

その名も『京都サーゼクスホテル』。あの魔王様の影響力がここにもあるのはわかったが、もう少しその自己主張の強い名称はどうにかならなかったのか。例えばサーゼクスの部分をもじるとか。まああの方の影響力があるからこそ、一学校の修学旅行の宿泊先にできるほど値段を抑えられたのだろう。

 

通されたロビーの絢爛さに、生徒たちは感心の声を上げる者もいれば戸惑いの声を上げる者もいた。

 

「こ、こんなごっつすごいホテル泊るの初めてや…」

 

「こんなに豪華なホテルに宿泊できるなんて…私立なだけあってうちの学校はお金持ちなことね」

 

天王寺は後者、上柚木は前者のようだ。ちなみに俺や兵藤たちはどっちでもない。何せ、兵藤たちはこれに匹敵するほど大きな家に住んでいて、俺とゼノヴィアはその家に何度も訪れて見慣れているからな。

 

それからクラスごとに生徒たちが集まり、点呼が始まる。いない人の確認が終われば今度は先生方から注意事項の呼びかけが行われた。

 

そうして巡って来たロスヴァイセ先生の番で…。

 

「何か足りないものがあれば、京都駅の地下ショッピングセンターに百均ショップがありますからそこで買い物を済ませるようにしてください。小遣いは計画的に使うこと、だらしない大人にならないためにも、今のうちにお金を節約する術を身につけておきましょう。―――百均は、日本の宝です」

 

本人は至って大真面目に話していたが、最後の言葉に生徒たちからくすくすと小さな笑い声が上がる。

 

容姿端麗、歳も近いこともあってロスヴァイセ先生は生徒達から慕われている。ただ近いがゆえに先生ではなくちゃん付けで呼ばれることもあり敬う気持ちが足りないのではと他の先生から懸念される場面もあるみたいだ。

 

しかし先生、日本に来てから百均にはまっていたとは…少しでもお金を節約しようという真面目さゆえか、それともどこかズレているからなのか。

 

それからも注意事項、そして日程の説明は続いた。

 

「―――以上が注意事項です。ではこれから各自部屋に荷物を置いて、5時まで自由行動とします。範囲は京都駅周辺で遠出は控えてください。5時半までにはそれぞれの部屋に戻るように!」

 

そうして生徒達は解散し、各自割り当てられた部屋へと散る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

駒王学園の生徒は二人一組で一つの部屋が割り当てられる。俺の場合、天王寺がその相方で修学旅行中は共にその部屋で過ごすことになる。

 

注意事項の説明が終わり解散した後、部屋に向かう俺と天王寺。恐る恐る天王寺が扉を開け、目の前に飛び込んできたのは広い豪勢な洋室。

 

「ほ、ほんまにこの部屋に泊まってええんかいな!?」

 

手にした荷物を下ろすことも忘れて進み、テンション高めで高級ホテルと呼ばれるに相応しい部屋の内装をキョロキョロと見回す天王寺。

 

「よいしょ」

 

一方の俺はやっと休めると息を吐きながら荷物を下ろす。

 

兵藤の家でこういう豪勢さには見慣れているので大した反応はない。とはいうものの、せっかくこの部屋に泊まるのだからどういう設備があるのだろうかと色々部屋の中を見て回る。

 

「…お、これなんかバスオーディオ使えるぞ」

 

「バスオーディオ!?」

 

「こっちのプラグにスマホを繋ぐと、風呂場に音楽を流せるんだよ」

 

「ええええ!!そんなハイテクなもんもあるんか!?」

 

倒れた母親に代わってフランスで働く兄からの仕送りがあるとはいえ、決して天王寺は裕福な暮らしはしていない。このホテルの豪華絢爛差を前にもはやカルチャーショックにも等しいものを感じているのだろう。

 

「それにしてもお前めっちゃはしゃぐな…」

 

「そらこんなホテル泊ったら誰だってそうなるわ!価値観変わるで…」

 

それから『一緒に伏見稲荷行かない?』という兵藤からのメールが来るまで、天王寺の興奮は続いたのだった。

 

 




次回、「妖狐 in 伏見稲荷」


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第106話 「妖狐 in 伏見稲荷 」

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
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兵藤からお誘いを受けた俺達上柚木班は桐生班と合流しホテルを出ると、ついさっき来た京都駅から電車に乗って伏見稲荷駅を目指す。元々向こうもこの日の自由時間は何も予定はなかったが、元浜の提案で行くことになったらしい。

 

目的地はあの伏見稲荷。無数の赤い鳥居がずらりと並んでいるところで有名なその神社は、同じく主人公たちがし京都へ修学旅行に行った仮面ライダーのロケ地にもなったことがあるため、ライダー好きとしても非常に興味深い場所だ。

 

京都駅から出発した電車に揺られる俺達は、互いに雑談をして暇な時間を潰す。

 

「え、お前だけ一人部屋で和室?」

 

「そうなんだよ、ベッドじゃなくて敷布団だし、トイレと風呂も洋室ほど華やかじゃねえし…。何でも有事の際にはそこを話し合いの場にするんだとよ」

 

隣に座る兵藤と、俺は互いに振られた部屋について喋る。普通なら二人で一部屋割り当てられるはずだが、部屋での時間を共に過ごす話し相手もいないとは随分かわいそうだ。消灯時間後も先生の目を盗んで、相方とこそこそ楽しく喋るのも修学旅行の楽しみの一つなんだがな。

 

「へぇ…修学旅行だし、何事も起きないのがいいんだが」

 

「それな。俺も修学旅行にまで面倒ごとに巻き込まれたくないよ」

 

うんざり気な声色で言う兵藤に俺は心底同意した。それでももし禍の団とかが面倒ごとを持ち込んで来たら、私怨も込めて手ひどい目に遭わせてやろう。

 

通路を挟んで向こうの席では。

 

「へぇー、御影は天王寺とバイト先一緒なんだ」

 

「はい、同級生だけど飛鳥くんは頼れる先輩です。失敗してばかりの私にも良くしてくれて…」

 

桐生さんと喋っているのは今回上柚木班に加わることになったクラスメイトの御影藍那さん。黒髪でいかにも地味っ子と言った感じで大人しい人だ。

 

「ふーん、だってよ天王寺」

 

「いやー、そんな言われたら照れてまうわー!」

 

と、ニヤニヤしながら天王寺を突っつく桐生さん。天王寺はまんざらでもないように頭をポリポリ掻きながら照れくさそうにあいつらしくニコニコ笑う。

 

そんな褒められてまんざらでもない彼の様子が気に入らないのか、顔をむすっとさせた上柚木が。

 

「…」

 

「いだっ!?綾瀬ちゃん頬引っ張らんといてや!?」

 

無言で天王寺の頬を引っ張る。

 

恋のライバル出現、といったところか?意中の相手は鈍感、そして恋のライバル。彼女の恋路は険しいな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

京都駅から一駅進んだところにある伏見稲荷駅、そこから数分歩くことで今回の目的地に到達する。

 

今までに見てきた神社と違って、見惚れるような綺麗な赤色が特徴的な本殿を俺とゼノヴィア、元浜と兵藤は感嘆の眼差しで見上げる。

 

「いやー、綺麗な赤だ…」

 

「京都はレベルが違うなぁ」

 

ここは伏見稲荷大社。当初はここに行く予定のなかった俺たちが最初に足を踏み入れた、京都の著名な神社の一つだ。

 

「ここは宇迦之御魂大神っていう、田んぼの神様を祀っているらしい」

 

「田んぼということはつまり豊穣の神か。日本には八百万の神々がいて、それぞれが様々な事象を司っていると聞いたが…」

 

「そうそう、その他にも4柱の神々を祀っているんだとさ」

 

「むぅ…一神教の信徒の私にはちょっと難しいな。名前を覚えるのが大変だ」

 

「まあ、全部を覚える必要はないさ」

 

流石に日本神話に登場あるいは全国各地で祀られている神様の名前全てを覚えるのは骨が折れる。そんなことする暇があるなら勉強に脳のリソースと労力を割けと言われそうだ。

 

「飛鳥、これ」

 

「おっ、見て!これ、狛犬やなくて狛狐やで!」

 

「かわいい…!」

 

向こうで狛犬の代わりに置かれている首に赤布を巻いた狐の像を見て盛り上がるのは天王寺と上柚木、そして御影さん。

 

「魔よけの像だな。パスのおかげかなんともないよ。でも…」

 

「やっぱり、誰かに見られてる感じがするな」

 

この伏見稲荷についてからというもの、ずっと誰かの視線を感じる。周りに観光客はいるが、少なくともそれらからのものではない。視線の数は正確な数まではわからないが、複数人だということはわかる。

 

「パスがあるとはいえ、本来私たち悪魔は招かれざる客だ。一応の監視は着くのだろう」

 

「ならいいんだけど…」

 

万が一敵意ある連中だったなら、最悪は桐生さん達を巻き込む事態にもなり兼ねない。何としてでもそれだけは回避しなくては。

 

「アーシア、これなんてかわいくない!?」

 

「小猫ちゃんが好きそうな可愛いストラップですね!」

 

そんな懸念を抱く一方で、向こうの土産物を扱う物販コーナーでは、アーシアさんと紫藤さんが陳列する狐に関する商品に目を輝かせていた。

 

俺も後で伏見稲荷のお土産を買っていくか。一観光地につき何かしら一つはそれらしい物品を思い出を振り返るお土産として買いたいものだ。

 

仲睦まじく品物を興味深そうに眺める二人の背を見た松田が。

 

「よし、教会トリオで写真一枚撮るぞ!ゼノヴィアちゃんと上柚木も入れ!」

 

「なら、お言葉に甘えさせてもらうわ」

 

意気揚々とカメラを手に取る松田の誘いに二人も乗って4人が集まると、パシャリと教会トリオ+上柚木のコンビを写真に収めた。

 

「ちょっと、私を外さないでよね」

 

「いででで!」

 

半眼で不満を口にする桐生さんが、撮った写真を見てニヤニヤする松田の耳をのけ者は許さないと言わんばかりに引っ張る。

 

一日目の自由時間はホテル周辺の街を歩こうかくらいにしか考えていなかったが、それ以上に充実した時間を過ごせそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから本殿の向こうへ進み、奥の伏見山へと入ろうとする俺たちの目の前にずらりと並ぶのは無数の赤い鳥居だった。

 

「な、何だこれは!?赤い鳥居がこんなにたくさん…!」

 

「す、すごいです…」

 

テレビやネットで何度も見たことがある俺達と違って、まだ日本に来てから一年と経っていないゼノヴィアとアーシアさんは異様な光景だと大いに驚いている。

 

「これってテレビとか旅行雑誌でよく見るやつや!」

 

「おぉ…これがあの千本鳥居か」

 

ここがかの有名な千本鳥居。仮面ライダーフォーゼの修学旅行回で土下座のゾディアーツことリブラ・ゾディアーツが出てきた場所だ。錫杖を携え、ローブを纏って修験僧のような雰囲気を醸しながら鳥居の奥からやって来る姿が様になっていたのが記憶に残っている。

 

「さ、くぐっていきましょ!」

 

快活に先頭を切る紫藤さんに、俺たちは着いて行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

幾つもの鳥居をくぐり、延々と続く山道を踏破して数十分後。頂上近くの最後の休憩所で俺たちは一息つく。

 

休憩するといっても俺や紫藤さん、兵藤たち悪魔組は日頃から鍛えているので全く疲れていないのだがそれ以外の一般人である元浜や御影さんたちが疲れが溜まって来て休憩を希望したのだ。

 

「絶景ね」

 

「せやなぁ…ええわぁ…」

 

そう上柚木がぽつりと漏らす。伏見山の頂上近くの休憩所から臨む京の街並み。雲一つない青空の下に昔ながらの景色が点在する眺望は風情があり、

 

「おぉ…」

 

「心が洗われるようだ……」

 

「エロだらけのあなた達の心が洗われたら何が残るの?」

 

と、晴れやかな表情の松田と元浜の二人に上柚木の鋭いツッコミが入る。色々背負うものができた兵藤と違って、こいつらの心が洗い流されてクリーンになったら一体どうなるのだろう。

 

「取り敢えず、写真をパシャリと」

 

桐生さんもスマホを取り出しては、晴れやかな眺望を写真に収める。それを見て触発されたか、「せや」と天王寺がごそごそと鞄からスマホを取り出す。

 

「折角なら皆で写真撮ろ!集合写真や!」

 

「お、いいね!」

 

「そうね」

 

「私も混ざっていいのかな…」

 

「当たり前や、皆そこに集まっといてや!!」

 

天王寺の思い付きにいいねいいねと反応も良く、早速みんなが一か所に集まる。言い出しっぺの天王寺は集まった俺たちの向かいにある手ごろな岩の上にスマホを置くと素早くこちらに戻って来た。

 

「タイマー機能で5秒後に撮るで。皆笑顔で写ってな!」

 

「はい、チーズ!」

 

写真を撮った後、早速集合写真を見ようとこぞって天王寺のスマホへ俺達は押し寄せる。持ち主の天王寺がスマホを操作し、撮れたてほやほやの写真を表示した。

 

写真に写る皆の笑顔は様々だった。屈託のない笑顔、控えめながらも愉快そうな微笑、それぞれの笑顔に性格がよく表れているようにも見える。しかし皆、この時間を心の底から楽しんでいるのがありありと理解できた。まだ一日目だというのに、とびっきりのいい写真が取れてしまったみたいだ。

 

「いい写真ね」

 

普段はツンツンしている上柚木も、この写真を見て優し気な微笑みをたたえて感想を口にする。

 

「後でこの写真送ってくれ!」

 

「私もさっきの写真ちょうだい!」

 

「わ、私も欲しいな…」

 

「言われなくとも、もちろん皆に送るで!」

 

天王寺がスマホを操作すると、早速普段から使っているアプリのグループチャットにさっきの写真が送られて来た。

 

「…これが修学旅行か」

 

「皆で集まってるのにいつものように遊ぶのとは違って、もっと特別で、楽しい気分です」

 

はしゃぐ皆をから少し離れたところで、ゼノヴィアとアーシアさんは感慨深そうな笑みを湛えていた。

 

教会にいた頃とは違う、以前のままなら絶対に想像もしなかった、得られなかった日常。その中でも特に大きな修学旅行という学生の一大イベントを体験し、その楽しみの中にいることに彼女たちは感慨深く感じているみたいだ。

 

「悪い、ちょっと先にてっぺんまで行ってくる!」

 

「Ok、早めに帰ってくるのよ?」

 

気がはやったか一人兵藤が断りを入れてから一足先に先の階段を上り始める。ここに来るまでそこそこ歩いたというのに、あいつの足取りには全く疲れた様子がない。

 

夏の合宿であいつは龍王のタンニーンさんに追われながら山籠もりしてたか。八極拳を習った夏の合宿、まだひと月前の話だというのにもう懐かしく感じる。それだけ合宿から今になるまでの出来事が濃密だったということか。

 

遠ざかるあいつの姿をゆっくり一息吐きながら眺めていると、いきなりがっとゼノヴィアが俺の肩を掴まれた。

 

「ちょ、ゼノヴィア?」

 

「静かに」

 

さらに紫藤さんも捕まえると桐生さん達からより離れた所に足早に連れていった。その彼女の姿を見てアーシアさんも怪訝な表情を浮かべながら着いて来た。

 

「どうした急に」

 

「さっきから感じていた監視の視線が消えた。イッセーがいなくなった瞬間にだ」

 

そして彼女は小声ながらも真剣な、危機感のある声色で切り出した。

 

「私も感じたわ」

 

「…まさか、一人になった兵藤を」

 

「イッセーさん…!」

 

このタイミングで消えるならそうとしか考えられない。皆と別れた兵藤を袋叩きにしてやろうという寸法か。だがそうは問屋が卸さない。

 

「すぐに追いかければ間に合うか」

 

「ああ。イリナは残ってくれ、皆の身に何があるかわからないからね」

 

うんと首を縦に振る紫藤さんを見てから、俺は突然思いついたといった調子で休憩で一息吐く皆に声をかける。

 

「ごめん、俺たちも一足先に山頂まで行ってくる!」

 

「OK、私たちは5分くらいしたらまた登るから」

 

「青〇はするなよ!」

 

「しねぇよ!!」

 

桐生さん達の承諾と、松田のしょうもないセリフを受けて俺とゼノヴィア、アーシアさんは駆け出した。

 

さっきからずっと俺たちを監視していた輩の顔を拝むときが来そうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

石畳の階段を駆け上がり、見えたのは辺りが林に囲まれた古ぼけた社だった。そして見えたのは社だけでなく、俺たちが探していた兵藤とそれを取り囲む山伏衣装に身を包んだ黒い翼を生やす鳥頭の男たちに狐の面を被った神主たち、さらに彼らに守られるように後方に控える狐耳を生やした金髪の少女もいた。

 

この状況と彼らの剣呑な表情からして、なにやら物騒なことが起こっているのは間違いない。その証拠に、鳥頭の男が籠手を装着した兵藤に錫杖を振るう。

 

「やっぱりか!」

 

「ハァ!」

 

それを認めるや否や、反射的に颯爽と横合いから飛び出し、鳥男に強烈な跳び蹴りを見舞う。変身はしていないものの勢いの乗った意識外からの一撃にたまらず男は吹っ飛び転がった。

 

「…!」

 

突然現れた俺たちに、当然謎の集団の注意が傾く。俺たちは兵藤の前に彼を守るように出た。

 

「イッセー、これはどういうことだ?」

 

「パスを持ってるから狙われないんじゃないのか!?」

 

「わかんねえよ!向こうがいきなりお母さんを返せって…!」

 

と、兵藤が視線を向けるのは奥にいる狐耳の少女だ。当の少女は顔を真っ赤にして俺たちをねめつける。

 

「この期に及んでまだ嘘を吐くのか…!許せぬぞ!」

 

少女の怒りに呼応するかのように、ますます集団が放つ敵意が鋭くなった。理由はわからないが、一戦交えるしかないようだ。

 

「アーシア!部長から貰ったあれを。それとイッセー、アスカロンを貸してくれ」

 

「はい!」

 

アーシアさんがポケットから取り出した赤いグレモリーの紋章の入ったカードを取り出して兵藤に、渡された兵藤は籠手から龍殺しの聖剣アスカロンを取り出しゼノヴィアに渡す。

 

「理由はどうあれ、来るなら迎え撃つ!」

 

戦意の発露によりゴーストドライバーを顕現させ、スペクター眼魂を差し込む。

 

〔アーイ!バッチリミロー!バッチリミロー!〕

 

ドライバーから出現したパーカーゴーストが敵をけん制するように宙を舞って、俺達と敵の集団の間に距離を生む。

 

「変身」

 

〔カイガン!スペクター!レディゴー!覚悟!ド・キ・ド・キ・ゴースト!〕

 

レバーを引き、輝く青いオーラと共に変身を完了し、戦いの準備を万端にする。

 

「よし、『騎士』にプロモーションだ!」

 

隣に出た兵藤が内に宿る『兵士』の駒の特色、昇格を発動する。

 

さっき兵藤が貰ったカードは部長さん不在の時、有事に備えて『王』が『兵士』に昇格を承認するシステムを代行する機能がある。

 

〔Explosion!〕

 

「皆、よくわかんないことになってるけどなるべく周辺に被害を出さないように追い返す程度にしよう」

 

「「了解!」」

 

兵藤の提案に、俺とゼノヴィアは敵を見据えながらも同意する。

 

ここは数多くの文化財がある京都だ、下手に暴れて建物を壊すのは良くない。あの社ももしかすると壊すとまずいものかもしれないしな。

 

「私たちを舐めてくれおって…!」

 

あいつの提案が敵の怒りの火に油を注いだらしい。向かってくる3人の鳥男が。全員揃って、一斉にブンと錫杖を振り下ろす。

 

〔ガンガンハンド!〕

 

3つの錫杖の一撃を召喚したガンガンハンドロッドモードで受け止めた。3つ分の一撃の重みを受け、歯噛みし耐え、踏ん張る。

 

「そら!」

 

しかしこのまま耐えるだけでは撃退はできない。重みに耐えながらも片足を上げて真ん中のを蹴り飛ばす。重みが一つ消え、予想外の反撃に鳥男たちの集中が乱れ、二つの重みが少し軽くなった。

 

それを好機にと一気に受け止めた攻撃を横にそらし、さらにガンガンハンドを横薙いでもう一人の横っ腹にぶつける。

 

「ぐえっ!」

 

一撃を受けてよろめく鳥男にもう一人も巻き込まれて、一斉に倒れこんだ。

 

兵藤の方は『騎士』の駒の力を活かした俊足で敵を翻弄し、攻撃を躱しては蹴りを入れていた。ゼノヴィアは出力をかなり抑えたアスカロンで攻撃をいなし、武器を破壊して無力化する。

 

こうして敵の半数が無力化された時だった。後方で忌々し気に俺たちを睨み、歯噛みする狐の少女が手を上げる。

 

「皆の者、撤退じゃ!今の戦力では奴等に敵わぬ…!しかし必ず、母上は返してもらうぞ!」

 

それだけ言い残すと俺達と敵の集団の間にぶわっと木の葉を巻き上げる一陣の風が吹く。風が止んだ時には既に敵の姿はなかった。

 

「…全く、どうなってるんだ」

 

こうして俺達3人はポツンと残された。それがこれから京都で起こる波乱の始まりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

 

 

 

 

当然、襲撃を受けたことはアザゼル先生とロスヴァイセ先生に報告した。先生たちも全く予期していなかったらしく二人そろって、何故京都で襲撃を受けるのかと困惑していた。

 

ここを管轄する者に今一度確認を取ると先生は言った。部長さんにも連絡を取るべきかと兵藤は訊ねたが、まだ情報が少ないし余計な心配はかけるなと先生の方から止められた。

 

それと兵藤の方から、赤龍帝の可能性についての話があった。以前四大魔王様全員とお会いしたという兵藤は現ベルゼブブ様から悪魔の駒の更なる力を解放するという『鍵』を貰ったらしい。そして新幹線での移動中、精神世界で過去にいたという二人の赤龍帝の残留思念から神器の深層部にある可能性を秘めた『箱』を渡され、鍵を使って開いたという。

 

しかし箱を開いたものの変化は起きず、それどころか箱の中身が外に飛び出して行方不明になってしまうという事態になってしまったらしい。そんなことあり得るのかと流石の先生も困惑し、お前のものならいつかは戻ってくるはずだという結論しか出せなかった。

 

「いやー、夕食美味しかったなぁ!」

 

「あの湯豆腐気に入ったぞ、あれ家でも作りたいな」

 

入浴時間の前に自分たちの部屋で俺と天王寺はついさっきまでの夕食時間を振り返りながら一息吐く。

 

魔王の名を冠する豪勢なホテルに恥じない内容の夕食に大変満足した。卓を彩るのは日頃は見ない京料理に、独特の雰囲気を放つ京野菜。まるで未知の世界に踏み入れたような時間だった。

 

「お、作ったら呼んで!僕も食べに行くわ!」

 

「その時はまた皆を誘うか!あっ、でも家のキャパが心配だな…」

 

大勢を集めて食事するならそれこそ兵藤の家の方が向いてそうだ。十分にスペースは確保できるし、あの感じなら一般家庭とは比べ物にならないくらい調理器具も揃っていることだろう。

 

なら今度、兵藤家に話を通してみようかな…?

 

そう考えていた時、コンコンとドアの方からノックの音が聞こえた。

 

「誰だ?」

 

就寝時間はまだ遠いから就寝前の点呼ではないはずだ。なら一体誰だ?

 

怪訝に思いながらドアを開けると。

 

「アザゼル先生!それに兵藤とロスヴァイセ先生も」

 

そこにいたのは先生二人と兵藤だった。ロスヴァイセ先生だけ、ややむすっとした表情だ。

 

「よっ、伏見稲荷で随分楽しんでたみてえじゃねえか」

 

「な、何か僕たち自由行動の時にまずいことでも…!?」

 

普段通り軽い調子のアザゼル先生の言葉に含みを感じたか、天王寺がビビりあがる。

 

「いや、そうじゃない。ちょっと紀伊国を借りていく。天王寺は部屋に戻ってくれていいぞ」

 

「へっ?」

 

「そ、それならよかった…」

 

と、用のない天王寺はほっと一息吐いて部屋へと戻っていく。その後ろ姿を見届けた後、ドアをそっと閉じる。

 

「…天王寺を遠ざけたってことは異形絡みですよね」

 

「そうだ、今からグレモリーとシトリー眷属を集めて近くの料亭に行く」

 

「?」

 

「魔王様がお呼びだ」

 




次回、「京都街巡り with 上柚木班」


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第107話 「京都街巡り with 上柚木班」

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先制の案内の下、ホテルから抜け出した俺はグレモリー眷属のメンバーと合流し街中のとある風情のある料亭へ訪れた。

 

名は『大楽』。そこに今回皆を呼んだ魔王様がいるのだという。中に入ると、外観に違わぬ輪の雰囲気たっぷりの通路を抜けて個室に通される。

 

戸を開けて、部屋の中で待っていたのは。

 

「やっほー!グレモリー眷属とシトリー眷属の皆♪この間ぶりね!」

 

俺たちの顔を見るや、天真爛漫を体現するような可愛らしい明るい笑顔で迎え入れたのはセラフォルー・レヴィアタンさん。この和室に馴染むように彼女も着物を着こなしていた。

 

「お久しぶりです」

 

「もう、そんなに硬くしなくたっていいのよ?レヴィアたんでいいからね♪」

 

「え、あっ、はい…」

 

彼女のきゃぴきゃぴとしたオーラに気圧され、思わずそらした目線の先にいたのは。

 

「匙」

 

「よっ。紀伊国…じゃなくて、深海なのか。修学旅行、楽しんでるか?」

 

座布団の上に座す匙たち生徒会組。『騎士』の巡さん、『戦車』の由良さん、『僧侶』の花戒さんと草下さんたち2年生もこちらに気付くと手を振ったりするなどして会釈した。

 

シトリー眷属にも俺の事情やポラリスさんがもたらしたディンギルの情報は行き渡っている。変に前世絡みのことを隠し必要もないから気が楽だ。

 

…ただ、こういう事態で集まり、顔を合わせることはあっても基本匙や会長さん以外の生徒会組とは接点がないに等しいので隠す隠さない以前の所もあるが。

 

「勿論、早速伏見稲荷に行ってきたぜ」

 

「マジか、明日行く予定なんだよ。今日の午後は先生の手伝いで何もできなかった…」

 

「それはお疲れだな…」

 

匙の話で苦労を思い出したように、他の生徒会組の表情もやや疲れたものになった。彼らの働きが明日の楽しい散策で報われることを願うばかりだ。

 

「さ、座って。ここの京野菜、美味しいからどんどん食べてってね♪お代は全部アザゼルちゃん持ちだから!」

 

レヴィアタン様に勧められて俺達も続々と座布団に座る。既に背の低いテーブルの上に並べられた京野菜たっぷりの料理の数々が、出来立てであることの所作として温かな湯気を立ち昇らせる。

 

「じゃんけんに負けたんだよ」

 

ふと先生に視線をやると、やや不満そうな顔をした。

 

「よし、じゃあどんどん食べてお代増やすぞ」

 

「そうだな」

 

「ちったぁ遠慮しろお前ら!」

 

それからレヴィアタン様に勧められるがままに、俺たちは卓に並んだ料理を堪能した。夕食後ということでそこまで入らないだろうと思っていたが、これがなかなか美味で箸が進んだ。

 

食事もひと段落着いたところで、俺の方から本題を訊ねた。

 

「それで、レヴィアタン様は何故この京都に?」

 

「私は魔王の中でも外交担当だから、京都の妖怪と協力体制を作るために来たのよ!」

 

四大魔王の中でも現アスモデウス様は軍事担当、レーティングゲームの創始者の現ベルゼブブ様は技術担当、そして目の前にいるレヴィアタンさんは他の勢力との外交に携わっている。

 

ぶっちゃけ自分の妹が授業参観のこと黙っていたから天界に攻め込もうかなんて言い出す人に外交を任せていいのだろうかと思いはしたが、逆に四大魔王の中でもサーゼクスさんと並ぶ民衆受けの良さとその素直さと底抜けの明るい性格があればこそ他の勢力と対話を任されたのかもしれない。

 

…それかもしくは、魔王のリーダーたるルシファーということで職務の多いサーゼクスさん以外の魔王様が性質上あまり外交に向かないからか。会ったことがないから判断しようがないが。

 

「けれど…今、大変なことになっているみたいでね」

 

きゃぴきゃぴとした表情が一転、難しい表情に変わる。

 

「大変なこと、というのは?」

 

「ここにすむ妖怪からの連絡によると、つい先日ここ一帯の妖怪を統べる九尾の御大将が行方不明になっているそうなの」

 

それは大事件だな。協力体制を結ぼうにも、交渉する相手がいないならどうしようもない。レヴィアタン様も大いに面食らったことだろう。

 

しかし九尾と言えば、狐の妖怪か。…狐の妖怪?今日、それらしき少女を見かけたような。

 

「それってまさか…」

 

「そのまさかよ、アザゼルちゃんから報告を聞いたけどその通りなの。多分、というより間違いなくあなたたちを襲ったのはその御大将の娘よ」

 

あの狐耳の少女か。母を助けたい一心で部下を率いて俺達に襲撃をかけるとは、まだ幼いながらも、しっかりした芯を持っていると見た。まあ襲った俺達は一切事件に関係ないんだが。

 

「そして今どき、そんなことをしでかす連中といやぁ一つしかねえ」

 

ぐびっと酒を呷る先生が言う。その先の言葉が読めた俺は先生の言葉を継ぐ。

 

「禍の団か」

 

「正解」

 

「お、お前らまた厄介ごとに首突っ込んだのか…」

 

声を震わせ、眉をピクつかせる匙。また、とは心外だな。

 

「突っ込んだんじゃない、巻き込まれたんだよ…全く、楽しい楽しい修学旅行にさっそく厄介ごとを起こしてくれたな。俺が怒りたい気分だ」

 

早速修学旅行を台無しにするような事件を起こしてくれた首謀者の顔を拝んでみたいところだ。当然拝めたら、怒りを込めて殴って落とし前付けさせるけどな。

 

「俺達教師の側としても、生徒の面倒を見るので手一杯なんだが…やってくれるぜ」

 

忌々し気に吐く先生はやってられないと言わんばかりにさらに酒を飲む。

 

「いずれにせよ、この件はまだ公にはできないわ。私は京都の妖怪と協力しながらどうにかことを収めるつもりよ」

 

「俺も独自で動くとしよう。連中にしっかり落とし前をつけさてやらねえとな」

 

「先生、俺たちは…」

 

こんな大ごとになった以上、俺達生徒も何もしないという訳にはいかないだろう。楽しい修学旅行の時間が削られるのは口惜しいが、危機を前にそうは言ってられない。

 

「何かあったら呼ぶ。でもお前らにとって貴重な修学旅行だ、俺達大人ができるだけ何とかするからお前たちは楽しんでくれ」

 

「そうよ?私も京都を楽しんじゃうから、皆も楽しんでいってね!」

 

にこっと笑いかけるレヴィアタン様はいかにも楽しむ気満々だ。俺達生徒はもちろん、大人たちも大いに楽しむようだ。

 

この事件、先生たちで解決できるならそれに越したことはないが…。そううまくはいかないだろうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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翌日の朝、ホテルのロビーに集まったのは俺と天王寺、ゼノヴィアと御影さん、そして上柚木。上柚木班の5人がそれぞれ鞄を持って班長の上柚木の指示の下、入念な予定と荷物の確認を行う。

 

「さて、忘れ物はないかしら?」

 

「ばっちり荷物はチェック済みだよ」

 

「右、じゃなくて左に同じ!」

 

「わ、忘れ物はありません!」

 

「3度もチェックした。1000%忘れ物はない」

 

財布も持ったしスマホ、飲み物の用意もばっちりだ。

 

全員の確認を終えると、ふっと上柚木が笑った。

 

「それじゃ、京都ツアーに行くわよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一番最初に訪れた観光地は二条城。江戸時代に徳川家康によって造営されたこの城は城にしては珍しく、平屋のような低さながらも随所に施された金色の装飾が美しい。

 

今、俺たちの眼前に建つ御殿こそ二の丸御殿。国宝に指定されるこの御殿は二条城において最も有名な場所と言っても過言ではない。

 

「色んな国の城を見てきたが、やはりこの国の城の様式は変わっているな。私の思っていた城よりも随分と低くて小さいが…」

 

自身にとって初めての日本の城となるこの二条城を、興味深そうに見回しながらゼノヴィアが言う。

 

「ゼノヴィアはんは色んな国に行ったことあるんか?」

 

「む、そうだな。しご…じゃなくて事情があって色んな国を飛び回っていたんだ」

 

仕事っていうのは教会の戦士として各地の悪魔を退治することだろう。一般人の手前、そんなことは言えないからぼやかしたって感じか。

 

「へー!」

 

「でしたら、今度その時のお話を聞いてみたいです」

 

「僕も僕も!」

 

「私も興味あるわ」

 

「わかった、ならバスに乗った時に話すよ」

 

皆、ゼノヴィアの昔話に興味津々だった。そう言えば、彼女の教会時代の話はあまり聞かないな。多分こっちが聞かないから言わないだけなのかもだが。今度、二人になった時に聞いてみよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

江戸時代初期に確立されたという書院造の建物内を、どこか厳かな心持ちでぎしぎしと木の軋むような音と共に歩く。

 

「おお、金だ」

 

棟内を進むたびに威風堂々とした存在感をその黄金色と共に放つ松の障壁画を見かけるが、それが視界に入るたびにその美しさに足を止めてしまいそうになる。

 

「あっ、ここ教科書で見たぞ!」

 

ゼノヴィアが指をさして声を上げたのは梅の花と松が描かれた障壁画。後から知ったがここの黒書院と呼ばれる場所は将軍家に近しい大名や公家の越権に使われていたという。

 

彼女が言っているのは多分、日本史の教科書で大政奉還の辺りで掲載される図のことだ。確かに自分も大政奉還といえば、あの絵が思い浮かぶ。

 

「ちなみにさっきから歩くたびにぎしぎし音が鳴っているけど、そうなるように造られているからなのよ」

 

「どうしてだ?」

 

「鴬張りといって、ここを歩けば軋む音が鳴るからそれで夜間でも侵入者がわかるっていう仕組みなの」

 

「そんな仕組みがあったんですね…」

 

上柚木の博識な解説に床を見下ろし感嘆の声を上げる御影さん。

 

「ニンジャが歩いてもバレるのか?」

 

ふとした疑問を投げかけるのはゼノヴィア。思いもよらぬ疑問に若干上柚木は戸惑いの表情を見せる。

 

「それは…バレるんじゃないかしら」

 

「おお、ニンジャの侵入も暴く日本の建築、恐るべしだな……」

 

するとゼノヴィアは感嘆の面持ちを見せた。外国人ってのはどうしてニンジャやサムライに憧れじみた思いを抱くのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最後に和の風情たっぷりの庭園の景観をその眼に焼き付け、幕末の雰囲気残る二条城を後にした俺たちが次に向かったのは、北野天満宮。

 

本殿へと参拝するために俺たちは一際大きく、立派な作りの三光門をくぐる。この三光とは太陽、月、そして夜空に輝く星のことを指しており、太陽と月を表す彫刻がどこかにある。

 

上柚木がその話をすると、班はその太陽と月の彫刻を探してみようということになり。

 

「あったで、太陽の彫刻!」

 

「月の彫刻見つけました!」

 

天王寺と御影さんが元気よく発見を知らせる。

 

「星の彫刻はどこだ?」

 

「星だけないの。ちょうどこの門の真上の空に北極星が輝くから、それが彫刻の代わりになってるのよ。『星欠けの三光門』なんてここの七不思議になっているそうよ」

 

「北極星…」

 

馴染みの人の名前の由来になっているその単語に思わず苦笑する。

 

ふと脳内に、この三光門の上空でピカーンと瞬く北極星…ポラリスさんのどや顔を思い浮かべてしまった。

 

『妾がいつでも見守っておるぞ』

 

普通にスキエンティアとかを使って俺らのスマホ経由でマジでいつでも俺たちの動向見てそう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三光門の話はほどほどに、目的の本殿へと進む。来るのを待っていたぞと言わんばかりに重厚な存在感を持つ本殿の堂々かつな外観に自然と心が引き締まるような感じがした。

 

「ここに祀られているのは学問の神様、菅原道真公よ」

 

「菅原道真?人の名前だが神様なのか?」

 

「昔は政府の役人だったんだけど、道真に反感を抱いていた貴族たちに無実の罪を着せられて左遷。死後に彼の左遷に関わった人たちや都が災厄に見舞われたことから彼の怨霊の仕業だと恐れられて、それを鎮めるために神様としてここに祀られるようになったのよ」

 

「ム…人が神になって祀られる…か」

 

博識な上柚木の解説に、ゼノヴィアは少し理解できないといった難しい表情を浮かべる。

 

「キリスト教で言うなら、敬虔な信徒が死後に聖人として列聖するのと似た様なモノよ」

 

「なるほど、それならわかりやすいな」

 

と、彼女の補足に今度は得心したと手をポンと叩いた。家がキリスト教だという彼女だからこそゼノヴィアの感覚に合わせた補足解説ができたのだろう。

 

「上柚木は物知りだな」

 

「勉学は学生の本分よ。行く前にしっかり調べておいたわ」

 

上柚木は誇るわけでも威張るわけでもなく、何でもないことのように言う。

 

流石は学年トップクラスの成績を誇る優等生。その凛然たる立ち振る舞いと優秀な成績から彼女が会長さんの跡を継ぐ次期生徒会長になるのではという声も多くはないらしい。彼女を近くで見る俺自身も、彼女が生徒会長になっても立派に務めを果たしてくれるという確信があるのだから違いない。

 

「皆、お参りしていくで!学生やからしっかりテストでいい点数取れたり受験がうまくいくようお願いせんとな!」

 

「来年は受験だから、しっかりお参りしないと…」

 

優等生らしく、勉学のことなら真剣だと引き締まった表情で上柚木は本殿へ向かう。

 

将来のことはまだ考えていない。だが多分受験はするだろうし学生である以上は勉学に励まなくてはならない。

 

ここでしっかり、成績向上、学業成就を学問の神様に願っていこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本殿にてしっかりとこれからの学生生活の無事と勉学向上を祈願して北野天満宮から次の観光地への移動中。太陽が温かい昼時になり、歩いて腹も空いたということで上柚木班は道中に見つけた個人店のうどん屋で昼食を取ることにした。

 

選んだメニューは俺と御影さんはシンプルイズベストなかけうどん。ゼノヴィアはがっつり力を付けたいということで肉うどん、上柚木はこの店の名物だという京野菜を存分に使った野菜うどんなるメニューだ。

 

もちろん肉うどんなどのトッピングがあるうどんもおいしいが、やはりその店のあらゆるうどんのベースが知れるかけうどんが一番というのが俺の好みだ。

 

そう、俺のうどんには七味もいらない。うどんを彩る具材はネギと天かす、そしてかまぼこで十分なのだ。

 

「お出汁が効いててすごくおいしいです」

 

「口コミとか調べずに入ったけど正解だったな」

 

店に入る前に何もスマホで調べなかったが、学問でないにせよ伏見稲荷や北野天満宮でお参りした甲斐があったみたいだ。おかげでこんなに美味しいうどん屋に巡り合えた。

 

食事の途中、どこか不思議そうな様子で天王寺が俺のうどんを眺めていた。

 

「どうした?」

 

「…悠君のうどん、昔と比べてえらいシンプルになったな」

 

「え、前はどんなのだった?」

 

「ごっつトッピング乗せてたで。天ぷらとか、七味とか。食べきれるかなって心配したけど、けろっとたいらげとったわ」

 

「…昔の俺って割と大食いだったのか」

 

もしかして彼女らの知る昔の俺ってもうちょっと太ってたりするのか?だとしたら、入院生活でちょうどいい塩梅に痩せられたのかもしれないな。

 

向かい合って座る上柚木とゼノヴィアは。

 

「外国の人って、麺を啜って食べるのが苦手って聞いたけど。ゼノヴィアは大丈夫なのかしら?」

 

「ん、私も最初は苦手だったが周りを見ていたら自然と自分もこうなったんだ」

 

「あー、うちに来た頃はそうだったな。麺類作った時に俺が麺啜るのちょっと嫌そうっていうか、なんだそれみたいな顔してたの思い出した」

 

まだうちに来たばかりのころは生活の中でまだ文化の壁や違いを感じることが多々あったな。むしろ他の国はそういう文化があるのかと勉強になるとも思ったが。

 

「へぇー、私のママはどうだったかしら。今度聞いてみるわ」

 

「上柚木さんのお母さんはドイツ人なんですよね?」

 

と、訊ねる御影さん。この修学旅行では上柚木との接点は皆無だったらしく、度々上柚木と接する彼女の態度にはたどたどしさが見えた。

 

「そうよ、最近パパが遺跡の調査で帰ってこれてないから、私が修学旅行に行くってなった時は寂しそうにしていたわ」

 

「遺跡の調査ってことは、お父さんは考古学者ですか?」

 

「ええ、その手の発掘物のマニアでよく家に持ち帰って来るの。私もママもよくわからないけど」

 

「僕も何度か会ったことあるけど、ホンマにええ人やったなぁ」

 

天王寺は過去の思い出を懐かしむように言う。昔から二人と友好関係があるのなら、この体の主も会ったことがあるだろうな。

 

「うん、とても優しくていいパパなの。将来はパパの手伝いをするのもいいかもしれないわ」

 

自分の父を語る上柚木の表情はとても優しくて、誇らしげなものだった。本当に慕われているいいお父さんなんだな。

 

俺の父さんは…俺みたいにどこにでもいる普通の父親だったな。就学して、特に有名でもない平凡な会社に入って、結婚して、俺と凛が生まれて。

 

特に俺に対してスパルタでもなければ放置していたわけでもない。ただ、俺に将来のことはきちんと考えろとか、著名な企業に入るか公務員になれと言ってくるような将来に関してはやたら俺を自分の敷いたレールに乗せたがる人だった。

 

…今頃どうしているだろうか。凛が死んで、ようやく傷が癒えたところで俺が死んで悲しんでいるのだろうか。

 

別に前の世界に戻りたいと願っているわけではない。ただ、前の世界に心残りはあるかと聞かれたら俺は残された人間のことだと迷わず答える。

 

自分で言うのもなんだが他人の恨みを買うような生き方をしたつもりはないので家族も、友人も、きっと悲嘆に暮れているだろう。それとも、その悲しみを乗り越えて元の生活に戻ったのだろうか。

 

今更俺が何を想おうと、それを知る術はない。前世と言う過去に戻ることは出来ない。俺はただ、前に進むしかないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時間の流れは早く、俺たちは二日目最後の観光地へとたどり着いた。

 

「うぉぉっ!本当に金だ!」

 

「ホンマにキレイやなぁ!」

 

鹿苑寺こと金閣寺舎利殿の黄金に輝く棟を目の当たりにして、ゼノヴィアと天王寺は子供のような興奮に目を輝かせていた。晴れた天気ゆえに陰りなく綺麗に湖面に映る鏡富士ならぬ鏡金閣寺も本物に負けず劣らず見事だ。

 

「写真で見るよりも綺麗ね」

 

「お母さんとお父さんのために写真を…」

 

隣で御影さんはパシャパシャとスマホで金閣寺を撮り始める。どれ、俺も写真を一枚撮っておくか。

 

「文字通りの金ぴか…」

 

「ここに来て本当に良かった…」

 

今日一番の興奮と感動の余韻に浸るように、はしゃいでいた天王寺とゼノヴィアは深く息を吐く。

 

「せや。よし、班で写真撮ろ!」

 

と、早速スマホを手にした天王寺が自分の思い付きをすぐに実行せんと動き出す。彼の一声で、皆一斉にとことこと天王寺の下へ集まる。

 

今回の撮影は昨日とは違って自撮りスタイルなので、それぞれカメラの写る範囲に収まろうとぎゅっと詰める。

 

「藍那ちゃんもうちょい僕の方に詰めてもええで!」

 

「えっ、うん…!」

 

「ゼノヴィア、もうちょっと俺の方に…」

 

「もっとか?いいぞ」

 

「あなた達ね…」

 

何か上柚木が言いたげだが、カメラの手前仏頂面を晒すわけにもいかないのでどうにか抑えた様子だ。

 

「よし、いくで!」

 

元気のいい彼の合図で、各々がスマホのカメラに向けて笑顔を浮かべたりピースをしたりする。

 

「いぇい!」

 

早速撮った写真を拝まんと天王寺は収めた写真を画面に映し、俺たちもそれを覗き見る。

 

わりと窮屈に集まった俺たちが、カメラ目線で笑顔を向けている。上柚木は昨日と変わらない調子だが、御影さんは昨日と比較するとより幸せそうな笑顔の様に見える。

 

「自撮りスタイルだけど金閣寺も良い感じで写ってるな」

 

「あんた、写真撮影の才能でもあるんじゃないの?」

 

「そ、それほどでも~!」

 

上柚木から珍しく素直に賛辞の言葉をかけられ、今までにも増して天王寺が照れくさそうだ。

 

しかし、天王寺が写真を撮るのが上手で助かった。修学旅行を振り返る写真に困ることはなさそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

金閣寺を離れ、帰路の途中で土産を買いに行こうという御影さんの提案で俺たちは売店へと向かう。

 

舎利殿だけでなく紅葉に彩られた道も十分に風情があって心落ち着くものだ。こういう所に来ないと、こんな豊かな自然と調和した景色は見られないな。

 

今日の予定はここで最後だ。一つ、したいと思いついたことがあった。今までは緊張もあって言い出せなかったが、言うなら今しかない。

 

そう決心した俺はたまたま一番後ろを歩くゼノヴィアに歩みを合わせ、そっと声をかける。

 

「な、なあゼノヴィア」

 

「どうした?」

 

「その…手、繋いでいかない?」

 

緊張を振り払って、思い切って彼女に提案する。

 

男女間の関係になった彼女と一緒に巡る折角の修学旅行なのだから、こういうことの一つや二つはしたかった。

 

一瞬ぽかんとした顔をした彼女は。

 

「ふふっ、お安い御用だ。小猫から借りた恋愛漫画にもあったぞ」

 

柔らかな笑顔で快諾してくれた。そして彼女はそっと手を差し出す。少しのドキドキを抑えながら迷わず、差し出された手を取り優しく繋ぐ。

 

「……」

 

手を繋ぐ。言葉にすればなんてことのない行為にこんなにも、今凄くドキドキしている。だが悪いドキドキではない、初めて彼女と身を合わせた時と同じ幸福感を感じるドキドキだ。

 

手から伝わる彼女の体温に心だけでなく、自然と体が温かくなり頬がやや赤くなるのを感じた。ちらりと隣の彼女を見れば同じことを考えていたのかやや頬が赤く染まっていた。

 

俺の視線に気づいた彼女がふと顔をこちらに向けると、ニコッと笑った。その笑顔に、ドキドキで固まっていた俺の表情も緩んだ。

 

今、とても幸せだ。この時間がずっと続けばいいのに。

 

「羨ましいです…」

 

「「あっ」」

 

二人の世界に足を踏み入れようとした俺たちの更に後ろから声をかけたのは御影さんだった。しかし彼女のありがたい心遣いのおかげで前方の二人にまで話が拡大することはなかった。

 

まじでありがとう御影さん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こっそり手を繋ぎながら歩き、たどり着いた売店で各自お土産を選び、買ってきた俺達は他の観光客の邪魔になるまいと店から少し離れたところで再び集まる。

 

「皆はお守りを買ったのか?ゼノヴィアと上柚木は北野天満宮でも買ってたみたいだけど」

 

と、二人にすいと視線をやる。

 

「本当に悩んだんだ。だが二等を追う者は一等をも得ずというから考えた末に大切な一つを選んだ」

 

「二頭じゃなくて二兎、一等じゃなくて一兎な。兎だぞ」

 

俺のツッコミもさておいて、彼女は購入したお守りを堂々と皆に見せる。彼女らしく青いお守りが日の光に照らされて光る。

 

「学業成就。この学園生活を楽しみつくし、勉学に励む。それが駒王学園の生徒としての私の願いだ」

 

彼女にとって、学園生活とは今までの侵攻に費やしてきた人生とは全く無縁だった未知の世界だ。そのすべてが彼女には眩しく、楽しいもののように思えるのだ。勉強が当然のものになっていて嫌だと思ってしまう俺たちの当たり前は彼女の当たり前ではない。それを彼女と出会ってから痛感した。

 

「ゼノヴィアはんは学園が好きなんやな!」

 

「ああ、この学園に入ってからは毎日が新鮮で楽しいよ」

 

そう語る彼女の笑顔は心から楽しいという思いに満ちていた。

 

それに続くように、他の皆もお守りを取り出しては見せた。

 

「わ、私は縁結びのお守りです…」

 

「私は北野天満宮で学業成就を、それとここでえん…びも」

 

「僕は家内安全、交通安全のお守りや!うちは兄ちゃんが海外、母ちゃんが入院しとるからな。京都の神様に守ってもらうようお願いするわ!」

 

何とも、彼ららしいチョイスだ。祈願するものもお守りの色も、全てが彼らを象徴しているようにも見える。

 

「悠君は?」

 

「俺は…これだ」

 

最後に振られた俺は白い小さな紙袋からそれを取り出す。

 

「厄除け祈願。俺だけじゃなく、周りの皆から災いが遠ざかることを願うよ」

 

異形の世界に関わる以上は命のやり取りをすることは決して少なくはない。特にここの所激戦が続きっぱなしだ。いつロキ以上の敵が現れるかもわからない。もしかすると、今度こそ身内から戦死者をだすことになるかもしれない。

 

そうならないためにも、パワースポットの多い京都で身内の厄除けをしっかりと祈願したいのだ。勢力で言えば俺は三大勢力側だから日本神話の神々には我知らずかもしれないが、日本神話の神々の勢力圏であるこの国で生まれ育ったものとして、俺は切に皆の無事を願う。

 

「縁結びはいらないくらいにラブラブと考えていいのかしら」

 

「まあそうだな…っておいっ!」

 

それぞれお守りを買って、今日の予定をすべて終えたことでホテルへの帰路に着こうとした時だった。

 

「あ、いました!」

 

銀髪を揺らして、ばたばたとこっちに駆け寄って来る見た顔の美人がいた。

 

やがてこっちに追いつくと、やや息切れ気味に両膝に手をついてはあはあと息を整え出した。

 

「ロスヴァイセ先生、どうされたんですか?」

 

「ちょっと…し…紀伊国君とゼノヴィアさんに大事な話があって…」

 

「え、大丈夫ですけど」

 

「よかった…」

 

この中で俺とゼノヴィアを指名したということは間違いなく異形関係か。もしや、昨日話に出た妖怪の事件に進展が?

 

「天王寺達は先に行ってくれ、後で追いつくから」

 

「う、うん。わかったわ」

 

「待っとるからな!」

 

それとなく察し、天王寺達を先に行かせて、息が整って落ち着いた先生から本題を聞き出す。

 

「どうしたんですか?そんなに息を切らして」

 

「実は妖怪たちとの誤解が解けました。向こうが襲撃してしまったあなたたちにが謝罪したいと」

 

「…!」

 

どうやら今回は、いい知らせのようだ。

 




そのうち悠と生徒会組の交流を外伝でかくつもりです。

次回、「妖の世界」


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第108話 「妖の世界」

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
1.ムサシ
2.エジソン
3.ロビンフッド
4.ニュートン
7.ベンケイ
9. リョウマ
10.ヒミコ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
13.フーディーニ



ロスヴァイセ先生に連れられ、俺とゼノヴィアは舎利殿から少し離れた人気のない寂しいところに行った。

 

木々に囲まれたそこには赤い鳥居がポツンとあるだけだった。常人なら迷い込みでもしない限りは絶対に足を踏み入れることのないこの場所こそ、現世と妖怪の世界を繋ぐゲートである。

 

鳥居の前で待っていた妖怪側の使いと共に鳥居を越えた先にあったのは、薄暗い夜の世界。江戸時代のものと変わらぬ古い家屋が建ち並び、一つ目のちょうちん、長い首をうねらせる女性など多くの妖怪たちが往来する。彼らは皆、俺たちとすれ違うたびに敵意はないが奇異の目を向けてきた。

 

初めて見る世界に、非常に興味深いとあちこちを見渡しながら歩いていると。

 

「ケケケ!」

 

「どぅわっほう!!?」

 

何の前ブリもなく唐笠の妖怪がいきなり目と鼻の先に飛び出し、ぐわっと脅かしてきた。まさか仕掛けられるとは思わなかったので、たまらず俺は反射的に一歩後ずさり、奇声を上げてしまった。

 

それを見た周りの妖怪たちの間にどっと笑いが起こる。な、何なんだ…?

 

「すみません、ここの妖怪たちは悪戯好きなだけで害をなすつもりはありませんよ」

 

使いの方がびっくりして腰を抜かしかけた俺に申し訳なさそうに言う。

 

これが彼らなりの歓迎ってことなのか?…いきなり驚かされたのはちょっとばかり気に喰わないが、俺の反応が気に入ってくれたのなら何よりだ。

 

「ここの裏京都と呼ばれる空間は、悪魔のレーティングゲームのゲーム用空間と近い術で作られたそうですよ」

 

「裏京都か…」

 

人のいない、まさに妖怪たちだけの世界。あちらこちらに妖怪たちがいる町並みはまさしく百鬼夜行とでもいうべきか。

 

人間の文明が発展した今、表の京都がこの町並みと同じだった頃と比べるとさぞ妖怪の人口も増えたことだろう。人間の開発によって住処を失い、タンニーンさんと共に冥界に行ったドラゴンと同じような境遇の妖怪も多くないはず。

 

しかしこの町並みが江戸時代のそれと近しいということは江戸時代が彼らにとって最も過ごしやすく、また人間との距離が近かった時代という証明なのだろうか。

 

…少し考えすぎたかな。

 

街を抜けると、今度は木々が立ち並ぶ鬱蒼とした林に入った。さらにそれを抜けると、さっきの鳥居よりも大きく、手入れのされた威厳ある大鳥居が見えた。そしてその向こうに、さっき訪れた二条城のような大きな屋敷が建っていた。

 

「向こうの屋敷に、皆様方がお待ちしております」

 

「来たか」

 

「やっほー♪」

 

「よっ!」

 

鳥居の付近にはアザゼル先生やレヴィアタン様、さらには兵藤やアーシアさん、紫藤さんもいた。首脳クラスの先生たちはともかく兵藤たちはいち早く妖怪側からのコンタクトがあったとのことだ。

 

彼らと合流した後も使いの者の案内は続き、やがて屋敷内の畳が張られた和室の応接間へと通された。

 

「九重様、皆をお連れ致しました」

 

「うむ、ご苦労じゃ。座ってくれて構わぬぞ」

 

九重さまと呼ばれた昨日の襲撃でも見かけた狐の少女の勧めで、歩きっぱなしだった俺たちもやっとこさと畳の上に腰を下ろす。

 

「私は京都に住む妖怪を束ねるもの…八坂の娘、九重と申す」

 

感情を剥き出しにして襲ってきた昨日とは違い、改まった様子で少女は名を名乗る。ここのリーダーの娘ってことはつまり、八坂って人が九尾で、この子は九尾の娘ってわけだ。だから狐耳か。

 

「先日の一件は申し訳ない。おぬしたちの事情も知らず、こちらも気が立っておった故襲ってしまった。どうか、許してほしい」

 

そしてひたと頭を下げて、向こうは誠意を込めた謝罪の意を示した。

 

昨日とは打って変わった態度に俺たちは少々戸惑った。ここまで潔く謝罪してくるとは思わなかったからだ。それだけ向こうも悪いことをしてしまったと思っているということか。

 

「過ぎたことだ。二度と邪魔しないなら私からは何も言わないさ」

 

最初に許しの言葉を口にしたのはゼノヴィアだった。

 

「…そちらが謝る気があるならとやかく責める気はない」

 

「大事なのは過ちを赦す心、私は気にしてないからいいわ」

 

「平和が一番です」

 

どうやらみんなの間で謝罪を受け入れるは俺だけではなかったようだ。

 

謝意を見せてくるのであれば、こちら側から言うことは何もない。襲撃されたとはいえこちら側にはけが人も死傷者も出ていないのだから。

 

「俺も同じだ。だから気にしなくてもいいよ」

 

「しかし…」

 

謝罪を受け入れてもらえたのに、それでも九重はまだ納得のいかない面持ちだ。それだけこちらに対して悪いことをしたと思っていたようだ。

 

そんな九重の様子に、兵藤は

 

「えっと…九重は、お母さんが心配だから、間違って俺たちを襲ったんだよね?」

 

「そ、そうじゃ…」

 

「本当にお母さんのことが心配だからこそ、九重は動いたんだよな?結果的には間違ったことになってしまったけど九重はちゃんと謝った。なら、俺たちは何も咎めたりしないよ」

 

九重の小さな肩に手を置いて、優しい笑顔で兵藤は語り掛けた。

 

「あ、ありがとう…」

 

彼の優しさに当てられたか顔を赤くしながらも、一応の安心した表情を見せる九重。

 

「お人好しだなお前は」

 

九重への優しさにふと苦笑が漏れた。

 

俺には同じことは出来ない。おっぱいドラゴンだと冥界の子供たちに人気を集める存在だからこそ兵藤はできたと俺は思っている。

 

「さすがおっぱいドラゴン。子供の扱いが上手だな」

 

「イッセー君は子供の味方なのね!」

 

「私も見習いたいです」

 

ゼノヴィア達も素直に彼の行動を評価する。

 

「少し見直しましたよ、ほんの少しだけ」

 

「先生まだ根に持ってる…」

 

素直に褒める皆の中でロスヴァイセさんだけは何か思うことがあるような顔をしている。もしかして、昨日の夜先生がむすっとしていたことに兵藤が関係を…?

 

「ここでもおっぱいドラゴンの布教なんて…魔女っ子番組『まじかる☆レヴィアたん』の主演として負けてられないわね!」

 

と、レヴィアタン様はレヴィアタン様で一人で対抗心を燃やしていた。冥界にはそんな番組があるのか。プリ〇ュアみたいな感じか?

 

優しい兵藤に照れながらも九重はぶんぶんとかぶりを振って最初のように改まった表情へと戻った。

 

「そちらを襲撃してしまった手前、大変申し訳ないのじゃがどうか…どうか、私の母上、八坂を助けるため力を貸してはくれないじゃろうか!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

事件は数日前に起こった。

 

裏京都を取り仕切る九尾の狐、八坂姫は須弥山の帝釈天の使者と対談するために警護の妖怪たちと共に屋敷を出た。しかし八坂姫は対談の場に姿を現さず、不審に思った妖怪たちが調査を行ったところ八坂姫に同行していた警護の一人を発見した。

 

男は既に瀕死で、保護されるもそう長くはなかった。しかし彼の証言で八坂姫と警護の一団が何者かの襲撃を受け、姫が攫われてしまったことが発覚した。男は死の間際に「気付いた時には霧に囲まれていた」と口にしたという。

 

そうして血眼になって姫攫いの犯人探しが始まったところで、京都に来た余所者の俺たちが九重の目に留まり襲い掛かったとのことだ。

 

事情を聴き、俺たちは一様に難しい表情を浮かべた。先の事件と同じ様にまたも会談を邪魔する敵が現れたからだ。

 

「先日のロキの一件然り、和平にはそれを妨害しようという輩が付き物だ。今回はそれがテロリストだったってわけだ」

 

三大勢力の和平という今の和平の流れのきっかけを作り出した先生はやれやれと嘆息する。

 

禍の団…あいつらには悪いが、ロキと戦って以来自分の中でどうにも連中を大したことないんじゃないかと過小評価してしまっているような気がする。悪神と英雄たちの子孫、魔王の末裔と比較すると、どうにも小さく見えてしまう。

 

まあ戦闘にそういう過小評価を持ち込むと手痛い目を見るのはわかり切っているので十分気を付けるが。

 

「総督殿、魔王殿。私からもお願いしたい、どうか八坂姫を助けてはくれないだろうか。我らにできることならなんでも致す」

 

ずいと話に入って来たのは先から九重のそばに控えていた堀の深い顔つきをした鼻の長い翁。昨日遭遇した山伏男の衣装をより華美にしたものを纏い、そして厳格なオーラを放つ彼は天狗の長だという。

 

さらに天狗の長は大きめの巻物を取り出すと、ばっと広げて中身を俺たちに見せた。

 

「ここに描かれておりますのが、八坂姫である」

 

「うぉっ」

 

巻物の中に描かれ、俺たちの注目を集めるのは巫女装束に身を包んで金毛の狐耳を頭に生やす、絵からして容姿の美麗さが伺える美女。

 

これが攫われたという八坂姫か。大きな乳房もだが何より俺の目を引いたのがあのふさふさの金色の尻尾。さぞいい触り心地だろうな。

 

って兵藤、お前はどうせおっぱいばかり見てるんだろ。男だからそっちに目が行くのは仕方ないけども!

 

「…少なくとも、八坂姫は京都から離れていないのは確かだ」

 

巻物の絵を見て、神妙な表情で先生はぽつりと言う。

 

「どうしてわかるんですか?」

 

「京都全域の気が乱れていない。九尾の狐はここ一帯の気を総括し、バランスを保つ存在だ。京都全体の気が乱れていないということはまだ京都にいて、殺されてもいないってことだよ」

 

「なるほど…」

 

京都にとって八坂姫は重要な存在であることはわかった。それを知ると同時に自分の中にふと一つの可能性が浮かぶ。敵の目的が単なる要人の拉致でなく、むしろ八坂姫の力を狙ったものだとしたら…?

 

だがもしそうだとして、一体何の目的でその力を利用するのかがわからない。京都の気を乱して大規模な被害を出すというのなら既に殺しているだろうし、交渉材料にするつもりならもう向こうからの声明が出ているはず。

 

敵の目的は一体何だ…?

 

「お前たちには悪いが、妖怪側もこちらも今人手が足りていない。対禍の団でお前たちを呼ぶのは確実だ。その時は力を貸してくれ。ここにいない木場とシトリー眷属には後で伝えておく。旅行を満喫しても良いが、有事の際には頼んだぞ、いいな?」

 

「「「「はい!」」」」

 

「お願いじゃ、我が母上を助けてくだされ……いや、助けてください、お願いします」

 

話の最後に九重とその隣に控える天狗の長たちや従者も畳に手をついて深く頭を下げる。

 

最後の最後まで俺達に頭を下げ、今にも泣きそうに上ずった声で救出を懇願する九重の姿は母親の無事を願う、一人の少女のものだった。

 

禍の団、俺たちの修学旅行に土足で入り込んだあげく少女を泣かせた代償は高くつくぞ。

 

寂し気な彼女の姿が、悪辣な敵への怒りの炎を灯した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

妖怪陣営との話も終わり、裏京都から表京都に戻った俺たちはホテルへと帰る。

 

昨日のように豪勢な夕食に舌鼓を打ち、広々とした大浴場で汗を洗い流すと消灯まで2時間ほど自由時間がある。

 

廊下は時折先生が巡回し、基本的に余所の部屋への出入りは厳禁なので、俺と天王寺はこういう時のためにと持ち込んだカードゲームで暇な時間を友情をはぐくむ楽しい時間へと変えた。

 

「どっちだ?右か、左か」

 

「……」

 

ババ抜きは終盤。残り手札1枚の俺は、どちらかがジョーカーである2枚の手札を持つ天王寺の顔をふとした変化から正解への手掛かりを導き出さんとじろりと睨む。

 

対する天王寺は必死に表情から手札を読まれまいと、かたくなにポーカーフェイスを保つ。

 

「こっちだ」

 

思い切って選んだカードは。

 

「よっしゃ俺の勝ちだ!♦と♣のA!」

 

「ぬぁー!負けたぁ!」

 

意気揚々と揃えたカードを捨て札にし、勝利を宣言する。

 

「これで俺が1勝2敗か。運もあるんだろうけど天王寺は強いな」

 

「運も実力の内やで!」

 

本人は運と言っているが、実際天王寺の読みは非常に鋭い。勘が冴えわたるというか、その冴えを周りの人にも使ってくれたら上柚木も苦労しないだろうに。

 

「いやー、それにしても今日の散策で結構買ったな」

 

カードゲームもひと段落着いて、部屋の隅に置いたいくつかの袋を見る。それらの中には全て、今日の散策で購入したお土産が入っていた。

 

「明日の映画村はもっと買うんやろうなぁ」

 

「だよなぁ」

 

あそこは班の話に出た時、一番ゼノヴィアの食いつきが良かった場所だ。軽くどんな場所か説明するとニンジャやサムライに会えるのかと子供のように目をキラキラさせていたものだ。

 

…そういえば、似たような街並みの世界にさっき行ったような。仕方ないとはいえ絶対順番は逆が良かったと思う。

 

「今日はどっちかっていうと勉強になるところが多かったけど、明日は主に楽しむところって感じだな」

 

北野天満宮や二条城など渋い場所をチョイスしたのは上柚木だ。真面目な彼女は勉強になるところに行きたいという意思表示があったのでそれを尊重し、清水寺や金閣寺のような人気スポットだけでなくあまり修学旅行生が行かないような場所も予定に入れた。

 

「せやな、今からドキドキするわ」

 

「予算は持つか?」

 

「まだいけるで、この修学旅行のために頑張って稼いだんや!」

 

天王寺は駅前のカフェで御影さんとバイトしているんだったな。カフェの名前は確か…『Nacita』だっけ。スケジュールが空いたら、ゼノヴィアや兵藤たちと一緒にお邪魔してみるのも良さそうだ。

 

トランプをかたずけてUNOを鞄から引っ張り出そうと腰を上げた時、軽快な着信音が俺のスマホから鳴った。

 

「ん?」

 

何事かと思ってスマホを立ち上げてみれば、別の部屋にいるゼノヴィアからのメッセージだった。

 

テキストは短く、『上の階にあるイッセーの部屋に来てくれ。君の力が必要だ』とだけ。肝心の俺を呼ぶ要件は何も記されていない。

 

だが彼女の頼みなら断るわけにはいかない。先生に怒られるのは怖いが、ちょっと勇気を出してみるか。

 

「悪い、ちょいと野暮用が出来たから部屋を出る」

 

「ん、先生に見つからんようにな!」

 

天王寺に断って、俺は部屋を後にする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先生に気取られないよう慎重に慎重を重ねて行動し、上階へと上がった俺はその扉を前にする。

 

「ここが兵藤の部屋か」

 

ノックの音が先生の耳に入ってはいけないので、内心失礼を誤りながらもノックをせずそのままドアノブをゆっくり捻って部屋へ入る。

 

「邪魔するぞー…って本当に和室だな」

 

八畳一間の和室にあるのは丸テーブルと最新のものと幾段かグレードダウンしたテレビ。自分の部屋の設備と比較するとかなり見劣りするものばかりだ。当然和室なのでベッドではなく敷布団だ。

 

「待っていたぞ、悠」

 

「やっほー!」

 

「来たんですね」

 

部屋の中央に集まっていたゼノヴィアと兵藤、さらに紫藤さんとアーシアさんが来訪に気付いた。というか、呼ばれたのは俺だけじゃなかったのか。

 

「あれ、紫藤さんとアーシアさんもいたのか?」

 

「はい、私たちもゼノヴィアに呼ばれたんです」

 

「ああ、私が呼んだんだ」

 

当人はこくりと頷く。

 

「で、何のために皆を集めたんだ?トランプでもするのか?」

 

俺たちを集めた張本人のゼノヴィアに、今回のメッセージの理由を訊ねる。

 

「いや、もっと大事なことだ。特にアーシアにとってね」

 

「?」

 

もっと大事なこと?アーシアさんにとって?

 

はて、と内心疑問符を立てているとゼノヴィアは一段と改まった表情で俺と向かい合う。

 

「悠、今からイッセーとアーシアの前で私と子作りをしてくれないか?」

 

「「「「……」」」」

 

その発言でこの場が静まり返ったのは言うまでもない。「えっ」と言わんばかりの表情で、この部屋に居合わせた全員の表情が固まる。

 

「…ごめん、最近ちょっと耳が遠いみたいでさ。もう一度言ってくれ」

 

「む、それは幹事長の…じゃない、今この場で私とセ〇〇スしてくれ」

 

「「「ええええええ!!?」」」

 

二回目のとんでも発言でようやく彼女の言葉を理解できた俺と紫藤さん、兵藤の驚愕の叫びが綺麗に重なる。

 

何故に今ここで!?別に修学旅行が終わって帰ってからでもいいだろうに、どうしてこのタイミングで!?

 

「ちょ、ちょっと待って、色々説明が足りないわよ!?」

 

「そうだな…済まないイッセー、一度部屋から出てくれないか?」

 

いや兵藤が部屋から出ていくんかい!先にメッセージで言っておけば部屋の主を追い出す必要もないだろうに!

 

「ええええ!?俺の部屋なのにぃ!?…わ、わかったよ」

 

当人もなんでと驚きの声を上げるが、しょうがないとすごすご部屋から出ていった。

 

「俺、この部屋に来てくれとだけしかメールで聞いてないんだが…」

 

「私もだわ…」

 

「すまない、でもそこまで書いてしまうと君たちは来ないと思ったからね」

 

「「…」」

 

俺と付き合い長いだけあってよくわかってるじゃないか。紫藤さんに関しては俺よりも付き合い長いからな。

 

「…で、なんで唐突にこんなことを?」

 

頭を抱えながらもそう訊ねずにはいられなかった。

 

何でよりによって人前でチョメチョメをしようと言いだすのか。しかもそれをアーシアさんのためって…全く彼女の意図が読めないぞ。

 

というか、彼女の信仰するキリスト教において色欲は七つの大罪じゃなかったのか?それともキリスト教徒にとって忌み嫌われる悪魔になってしまった以上、彼女はもうそれを割り切ったのか。

 

「私はイッセーを想うアーシアの背を一押ししたいんだ。アーシアは私や部長のように積極的に自分の意思を押し出すタイプじゃない…つまり、君と似た奥手なタイプだ。だから私と君が目の前で手本になれば、アーシアもいけるんじゃないかと思ってね」

 

「いやそうはならんやろ」

 

理由は理解できる、しかしそこから導かれた結論がぶっ飛んでいる。つい天王寺みたいな口調で突っ込んでしまった。

 

だがだいたい彼女の思うことはわかった。俺たちが目の前で行為をすれば兵藤とアーシアさんのスイッチを入れられるんじゃないかってことだろう。色欲のスイッチというべきか、そういうムードを起こして二人の間にもそうしたいという欲求を誘発するというわけか。

 

「ゼノヴィアさん…」

 

自分のために尽くそうとしてくれる友達にアーシアさんは嬉しそうではあるが、不安を隠せない表情をしていた。

 

「安心してくれ、私が必ずアーシアの支えになる。アーシアは私たちの子作りを見て勉強してくれ。その後のイッセーとの行為のフォローは私がしっかりするよ」

 

「は、はい…」

 

その不安を和らげるように彼女は微笑みかける。純粋なアーシアさんには子作りのシーンは少々刺激が強すぎるのでは…?

 

「で、私を呼んだのは?」

 

気まずそうに手を上げるのは紫藤さんだ。今の流れで言うと、紫藤さんがいる必要はないように思えるが。

 

「イリナには天使の聖なる力で神聖な演出をお願いしたい。何せ、二人の初体験だからね」

 

「ちょ!そんなことで呼んだの!?でも頼まれたからには……」

 

「まあイッセーたちだけでなく君の前でもすることになるから、もし堕天しそうになった時は気合で耐えてくれ」

 

「気合で何とかするのね…」

 

どう考えても紫藤さんだけ扱いが雑なのは言ってはいけないのだろうか。

 

「私たちに続いてアーシア達も始めたら、私と悠は二人のフォローに入る。私はアーシアを、悠はイッセーのフォローを頼んでいいか?」

 

「せ、性行為にフォローなんてあるのか…?」

 

初めての夜からそれなりにやっては来たが、人に教えられるほどじゃないと思うんだが。

 

「身を挺して行う麗しい二人の友情だけど…これでいいのかしら」

 

良くないと思う。多分と言うか、間違いなく。

 

説明を終えたゼノヴィアが不意に真剣なまなざしをアーシアさんに向ける。

 

「アーシア、イッセーのことは好きか?」

 

「そ、それはもちろんです!」

 

「よし」

 

肯定を示すアーシアさんの言葉と表情には、心からの思いが詰まっていた。それを真正面から感じた彼女はずかずかとドアの方へ行くと。

 

「イッセー、戻ってきていいぞ」

 

「お、おう…話は終わったのか?」

 

部屋の外にいる兵藤に呼びかけると、ガチャリとドアが開いて兵藤が戻って来た。

 

そして戻ってきた彼に対しても同じように真剣そのものの眼差しを向け。

 

「イッセー、お前はアーシアのことが好きなのか?」

 

「はぁ?そりゃそうだけど…」

 

兵藤もそれを当然のことのように言う。

 

「なら問題ない。大事なのは愛だ、二人の間に愛があるなら子作りも躊躇う理由はない」

 

「え、お、おま…!」

 

二人の言う『好き』の意味合いはやや違うようにも思えるが。

 

兵藤が何かを言い出す前に、早速彼女はばっとシャツを脱ぎ捨てる。それによりシャツに隠された流線を描く艶やかな腰と黒いブラを付けた大きい胸が現れた。

 

そして彼女はドキッとするような誘惑的な微笑みを浮かべる。

 

「さあ、始めようか」

 

「いや待て待て脱ぐな!」

 

さらにブラジャーをも外そうとする彼女の手を止めようと咄嗟に掴む。

 

「だ、大胆ね…」

 

「ゼノヴィアのおっぱいが…」

 

「あうう…」

 

ここまで性に大胆になった彼女を初めて見たのか、後ろから三人の漏らす声が聞こえた。

 

「どうしてだ?いつもなら君も…」

 

「いやそうじゃなくてそうじゃなくて!」

 

自身の腕を掴む手を一瞥すると、不思議そうな視線を目の前で止めようとする俺に向けてきた。

 

「…もしかして、私のことが嫌いになってしまったのか?」

 

ついにはもの悲しそうな目で俺を見つめてきた。ぐさりと貫かれたような気がしてうっと気まずくなり、思わず掴んだ手を離す。それをされたら反則だろう…!

 

「そうじゃない!それだけは決して!断じて!ありえないから!」

 

首をブンブン振って重ねて否定する。それだけは本当にあり得ない。天が裂けても。

 

「なら…」

 

「恥ずかしいから!そういうのって、誰にも見られない場所でやるもんでしょ!それは人間の本能なんだよ!公開プレイはレベル高いって!」

 

「む。イッセー、そうなのか?君はこういうのに詳しいだろう?」

 

「え、俺!?まあ、そういうの恥ずかしがる人は多いかな…多分」

 

「な!そういうのに詳しい兵藤が言うんだから間違いないって!それに声だって出るし、そうなれば先生にバレるぞ!」

 

修学旅行で先生に怒られましたなんて嫌な思い出は作りたくないぞ!下手したら戦うよりも気まずい嫌な思い出だからな!

 

「それなら問題ない。既にこの部屋に結界を張ったから声を上げても先生にはバレないぞ」

 

「何その準備の良さ」

 

「それに、この手のシチュエーションとやらを描いた漫画やゲームもあると桐生から聞いた。きっとうまくいくさ、何も心配することはない。イッセーも悠を見て勉強してくれ」

 

「えぇ…」

 

またいらん知識を吹き込んでくれたな…。というか後半のセリフが行き当たりばったり感が満載だったんだが。

 

「さあ、いつものように始めようか。君もたまっているんだろう?ここでスッキリしていこうじゃないか」

 

「ちょ、おま……!」

 

話は終わったとブラジャーをも外し、いきなり俺の両頬に手を添えると、すっと唇を重ね合わせてきた。積極的に彼女の舌が口内で自分の舌と絡み合い、口から彼女の淫気を流される。情熱的なキスと間近に迫る彼女の切ない瞳が引き金となって沸々と湧き上がりだす情欲に心臓の鼓動が早まる。

 

「ん…ぷは」

 

数秒の間キスは続き、向こうから離すと照明の光で俺と彼女の唇の間に伸びる唾液の糸がぬめりと光る。完全に今の不意打ちじみたキスで俺の方もスイッチが入れられてしまった。

 

続けて待ち焦がれたと言わんばかりに彼女は俺のズボンに手をかける。抵抗のしようがなく、あっという間にズボンを脱がされてしまった。

 

ほ、本気なのか!?本当に俺は兵藤たちの前で公開セッ〇スをしなければならないのか!?

 

それにしてもやけに向こうはノリノリだが、まさか本当は単に俺とやりたいだけじゃないだろうな…?

 

「あいつ、躊躇いなくキスを…」

 

「い、イッセーさん」

 

もはや誰もゼノヴィアを止められなくなった今、アーシアさんがぽつりとつぶやいて兵藤の手を取った。

 

「アーシア?」

 

「その…私も、イッセーさんと…こづ…」

 

「ど、どうした…?」

 

顔を恥ずかしさで真っ赤にしてごにょごにょと小声で何かを言った後、最後に決定的な一言を放つ。

 

「こ…子作り…!イッセーさんと、子作りしたいです!」

 

「!!?」

 

「おお!やはり私の考えは間違っていなかったな!」

 

勇気を振りしぼったアーシアさんが思い切って大胆にも子作りしたい宣言をした。ゼノヴィアも勇気をみせた友の姿にやったと喜び、勢いづく。

 

ああ…本当にダメなんだ…。アーシアさんという最後の砦が陥落した…。

 

意を決したアーシアさんもゼノヴィアのように自分の衣類を脱ぎ始める中、彼女の手がついに俺のパンツへとかかる。もう、どうにでもなれ。

 

「私、これからガブリエル様みたいに生命誕生の神秘の瞬間に立ち会うのね…やるしかないわ、天使として、私がしゅくふ」

 

止められない流れに観念したか、紫藤さんも祝福をと気合を入れ始めたその瞬間、唐突にガチャリと廊下と部屋を繋ぐドアが開いて。

 

「あ、あなた達…結界が張ってあったから何事かと思えばこんな……!!」

 

いかがわしさMAXの俺たちの姿を見て、肩と声をわなわなと震わせるのはロスヴァイセ先生だ。

 

「「「「あっ」」」」

 

色欲に満ちようとしていた空気が一瞬で凍てつく。気まずさによる静寂が数秒続いて。

 

「きょ、教師としてそのような不純異性交遊は見逃せねえだべさっ!そこに座りなさい!」

 

5人揃って俺たちは先生の説教を受けたのだった。怒りの中に動揺も混じっていたため、所々方言が混ざって何行っているのかわからない所も多々あった。




次回、「英雄派、見参」


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第109話 「英雄派、見参」

気を抜くとシリアス続きで日常組の出番があっという間に消し飛ぶので修学旅行編でしっかり出しておきました。ちなみにのんびり楽しい修学旅行パートはこれにて終了。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
1.ムサシ
2.エジソン
3.ロビンフッド
4.ニュートン
7.ベンケイ
9. リョウマ
10.ヒミコ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
13.フーディーニ



ロスヴァイセ先生に兵藤たち共々しこたま怒られた翌日。修学旅行3日目の最初の予定は。

 

「映画村や!!」

 

受付を終えて進んだ俺たちの前に広がるのは、時代劇さながらの古めかしい木造建築が建ち並ぶ景観。ビルが建つ現代において当たり前のように存在するこの時代錯誤の光景を前に、タイムスリップしたかのような錯覚すら覚える。

 

そう、ここは京都映画村。時代劇のセットにも使われ、一般にも開放されている有名な撮影所だ。

 

「こんな場所が京都にあったのか!」

 

今日一つ目だというのに、ゼノヴィアはいきなり昨日最後の金閣寺並みの興奮と共にずいずいと先頭を進む。

 

「元気がいいわね、彼女」

 

そんな彼女の背に皆やれやれと苦笑しつつも、俺たちは後に着いて行く。

 

通りを挟むは江戸時代特有の町屋。ずらりと並んだそれらが放つ木造の独特な雰囲気が、この時代錯誤な感覚を生み出している。

 

「ここって、時代劇の撮影でよく使われるんですよね」

 

「せやで、僕も兄ちゃんと昔はよう見とったわ」

 

時代錯誤だというのに、逆に新鮮味を感じるこの通りは歩くだけでも楽しい。ここを予定に入れておいて大正解だった。

 

「サムライはいないのか!?」

 

「彼女、よほど侍が好きなのね」

 

周囲の景色を落ち着きなく見渡してはしゃぐゼノヴィアの姿を見て、一つの妙案が思い浮かんだ。早速それを実行しようと、隣の天王寺に声をかける。

 

「天王寺、ここに来たならサムライになってみるか?」

 

「お、それ名案やな!ってなれるんか!?」

 

「勿論、ここは映画村だぞ?」

 

そう言ってパンフレットのあるページを見せ、にやりと口角を上げた。

 

俺達上柚木班は貰ったマップを見ながらとある場所へ向かった。それを見ればきっと、ゼノヴィアも喜んでくれるはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この映画村にはここの景観に合った着物などの昔の衣装をレンタルし、写真を撮ってもらえるサービスがある。衣装のみのレンタルもでき、かつら、化粧などオプションが増えるにつれ価格も上がる仕様だ。

 

手慣れたスタッフの方々のヘルプの下、着替えを終えた俺と天王寺は待っていた班員たちの前に堂々と姿を現す。

 

「どや!似合ってるか?」

 

黒い袴と羽織を着こなし、腰に黒鞘に納まった刀を帯刀するのは天王寺。元々整った顔立ちという素材とサムライの衣装が組み合わさり、普段の二倍増しにカッコよく見える。まさしくサムライと言った出で立ちを自信たっぷりの笑みを浮かべながら俺たちに見せつける。

 

「すごく様になってるな。流石二枚目だ」

 

「おお…天王寺がサムライに!」

 

「天王寺君、ホントにかっこいい……」

 

「い、いいんじゃないかしら?」

 

一人上柚木はいつになく顔を赤くして目と顔をあちこちに泳がせている。それほど天王寺がカッコよく見えて直視できないくらい彼女のハートにどストライクだったのだろうか。

 

「そういう悠君だって、新撰組の衣装似合ってるで!」

 

「そうか?」

 

一方の俺は新撰組の衣装を頼んで着させてもらった。白いダンダラ模様がデザインされた浅葱色の羽織が特徴的な新撰組隊士になり切った格好だ。

 

「やはり悠には青が似合うな!」

 

「決まってますね!」

 

「へえ、似合ってるじゃない」

 

天王寺だけでなく女子三人からも好評のようだ。眼魂を持っているから坂本龍馬にしてみようかなとも悩んでいたが、これはこれで正解だったみたいだ。

 

「…それじゃ、写真を撮ってもらうか」

 

「せやな!待っとってな!」

 

衣装のお披露目もすんだところで、いよいよ俺たち男子は写真を撮ってもらう。間違いなく、その写真はこの場所での思い出を象徴する一枚となるだろう。

 

撮られた写真に写っていたのは纏う衣装に恥じない勇ましい表情を決めた俺と天王寺。いつも明るい笑顔を絶やさない天王寺にしては珍しい表情だ。

 

だが珍しいはずなのに、珍しい物を見たという実感がなぜか湧かない。なぜだろうか。勇ましい顔つきの天王寺なんて、日頃あいつと一緒にいればまず見ることなんてないのに。

 

その由なんて、この時は知るはずもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺達二人の写真撮影が終わると、今度は女子三人の着替えの番になる。

 

三人という人数と女子というのもあって着替えに時間がかかっているようで、15分ほど待った後ようやく更衣室から三人が姿を現した。

 

「「おお…」」

 

出揃った可憐な三人を見て、そろって感嘆の声を上げる。

 

まず中央の上柚木は橙色の地にデザインされた桜に艶やかな色合いの蝶が舞う着物を選んだようだ。クラス、いや学年においてもトップクラスの美人と称される彼女の美しさがより一層際立っていた。

 

「大奥にいそうなべっぴんさんやな。ホンマにキレイや…!」

 

「ほ、本当に?」

 

照れ交じりながらも、若干嬉しそうに追及する。

 

「僕は嘘つかん、綺麗やで」

 

「な…うぁ…ちょ、真っすぐに変なこと言わないでよバカ!」

 

「いだぁ!なんでや!?」

 

真っすぐに褒め言葉をかけてくれる天王寺に対してついに照れくささが暴発したか、上柚木が天王寺にチョップを食らわせにかかった。

 

周囲の好意に気付かない天王寺も天王寺だが、好意を寄せる上柚木もツンデレで真っすぐに思いを表現できないところがある。果たして、二人が結ばれるときが来るのか。

 

「うぅ…藍那ちゃんは綾瀬ちゃんとは違って、ごっつかわいらしい感じがするわ!」

 

御影さんは赤地に白椿の柄に彩られた町娘の衣装だ。確かに天王寺の言う通り、上柚木と比較すれば素朴な感じはあるがむしろそれが本人の気質とベストマッチしているように思える。

 

「ほ、本当!?嬉しいな…」

 

意中の相手から褒められて、御影さんはやけに照れ臭そうだ。

 

後から聞いた話だと、自分から華美でない着物を希望したらしい。俺と同じ様なことを考えたらしく自分のイメージに合うと思ったからだそうな。

 

そして最後のゼノヴィアは…。

 

「ど、どうだ?日本の着物を着るのは初めてなんだが…」

 

着る者の色気と美しさを引き立てる、青をベースに艶やかな色が混じり合う華美な花魁の衣装だ。彼女が前にも増して放つ色気と美しさに俺はあっという間に虜にされてしまう。

 

「……」

 

彼女に訊ねられたことにも気づかず、つい見とれて無言になってしまった。

 

「どうした?」

 

「あっ、いや、こんなにきれいなゼノヴィアを見たのは初めてだから見とれてしまった。すごく似合ってるし、本当に綺麗だ」

 

「…!そうか…!」

 

思ったままの本心を伝えると、えらく嬉しそうに笑ってくれた。その笑顔も衣装に負けじと綺麗で輝かしいものだ。そう喜んでくれるなら、ここに連れてきた甲斐があった。

 

「見せつけてくれるわね」

 

「熱いわー!」

 

「私もいつかは…」

 

と、自分でも意識せずに惚気ているとニヤニヤする上柚木達から茶々が入った。

 

逆にお前らもいつかは俺たちと同じことを言うかもしれないんだぞ!いつかはな!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

写真撮影を終え、出来栄えに満足した俺たち一行が次に向かったのはお化け屋敷のアトラクションだ。

 

映画を製作している会社が経営しているだけあって、内部のセットも脅かす役者もプロと力の入れ具合が半端ないと評判のそこには長蛇の列ができていた。

 

長い待ち時間の果てにようやく巡って来た番、アトラクションの入口で扉の向こうに待ち受ける恐怖

 

「天王寺君、私…」

 

「大丈夫、僕が藍那ちゃんを守ったる。安心して僕にしっかりついてきいや!」

 

不安そうに天王寺を見上げる御影さんの肩をポンポンと叩いて、天王寺は何とも威勢のいい言葉を吐いて頼もしさをアピールする。

 

その余裕、どこまで続くかな…?俺自身も心配だが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

果たして、彼の威勢はあっけなく挫かれた。息継ぐ間もなくおどかしかけてくる幽霊に扮装したプロの俳優たち、精巧に作られた俺たちの意表を突く仕掛け、それらがうすぼんやりとついたライトだけが頼りの暗闇の中で襲い掛かって来た。

 

「ひぃぃぃっ!?」

 

「ちょ、どこ触ってんのよバカ!」

 

「いだぁ!?幽霊も怖いけど綾瀬ちゃんも怖いわぁ!」

 

さっきから天王寺の悲鳴が鳴りやまない。薄暗闇の中でも彼の位置だけはその元気のいい悲鳴のおかげではっきり特定できていた。

 

「最初の威勢の良さは何処に…」

 

こんな時でも愉快さを俺たちに提供してくれる天王寺に苦い笑いしていると、俺のすぐ隣から扉が開き、おどろおどろしい血濡れの女性が姿を現した。

 

「ぎょああああっ!?」

 

思わず天王寺並みの悲鳴を上げ、びっくりして腰が引けた。

 

「ハハハっ!」

 

仕掛けの奇襲を受けた俺の姿にゼノヴィアは愉快そうに笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁー…怖かったです…」

 

「ほんま怖かった…」

 

それからも続いた数々のドッキリに驚かされながらも、どうにか無事に外に出ることが出来た。ほっと胸をなでおろす御影さんの隣で、天王寺が掻き続けた冷汗を拭った。

 

「ゼノヴィア、あなた全然驚かなかったわね…」

 

お化け屋敷では上柚木もそこそこビビっていた。ただし、仕掛けと言うよりはむしろすぐ近くにいた天王寺の悲鳴にびっくりしていたようだが。

 

「むしろ、天王寺君と紀伊国君の反応を楽しんでましたよね」

 

「こういうのに慣れているからね」

 

過去に教会の悪魔祓いで本物の幽霊を相手にしてきたということか?彼女にとって本物と比べれば、プロの仕掛けなど取るに足らないのだろう。

 

「肝が太いわー…」

 

「そういえば、大和さんは肝試しが苦手だって言ってたわね」

 

上柚木が突然思い出したように懐かしい名前を言う。フランスの外人部隊に所属しているという大和さん、天王寺曰く連絡の回数は少ないながらもちゃんと取れているというからには無事に生きているみたいだ。

 

「あの人が?」

 

「なんでも、『飛鳥の人が良すぎて本物が寄って来る』…とか」

 

「前にも言うたけど、そんなんたまたまやろ。幽霊なんておらへんわ!」

 

と、呆れたように笑って幽霊の存在を否定する。

 

持ち前の明るさで生きた女の子だけでなく幽霊までもたらしこんでしまうとは、オカ研の多くのメンバーから好意を寄せられる兵藤でもそんなことできないぞ。

 

いや…もしかしたら、あいつもいつかは幽霊の女の子に好かれる時が来るのか?木場と言い兵藤と言い、どうして俺の周りの男子はこうも女子の注目を集めるのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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続いて訪れた観光地は嵐山。周囲に広がる山々は紅葉によって煌煌と燃え滾る炎のように赤く染まっており、秋の風物詩とも呼べる虫の声と乾いた風の音が心地いい。

 

川沿いの通りを彩る紅葉に風流を感じながら俺たち一行は澄んだ川沿いの通りを進む。

 

「はぁー山景色がええところやな!空気がおいしいわ!」

 

「俺らの町周辺は山に囲まれてないからな」

 

「流石、国の名勝地に指定されてるだけあるわね」

 

合宿で山籠もりしたとはいえ、冥界の空はこんなにも澄んだ青空ではない。冥界の風情をけなすつもりではないが、やはり慣れ親しんだ青空が好きだ。

 

「ねえ、折角なら向こうの茶屋に立ち寄ってみない?ああいう風情の店に行ってみたかったの」

 

赤い紅葉の景色を楽しみながら歩いていると、上柚木がふと通りの一角に建つ茶屋を指さし、提案する。

 

「いいですね、私も行ってみたいです」

 

「ええで!」

 

ただ歩きながら景色を楽しむのも良いが、茶でも飲んでゆっくり休みながら紅葉を見るのも悪くない。班員の全員の即決で、渡月橋へ向かう俺たちは休憩がてら茶屋に寄ることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして立ち寄った茶屋の中は人が空いていて賑やかさから離れた落ち着いた雰囲気に満ちていた。

 

がやがやと喋る騒がしい観光客の姿も耳をくすぐる雑音もなく、茶の深みと団子の甘さを堪能できる静かな雰囲気の店内で、静かにやり取りを繰り広げるどちらも黒の衣服で身を固めた男女がいた。

 

「クレプス、その黒ゴマ団子を一本…いや一玉譲ってくれないか?代わりに俺の紫芋団子を交換しよう」

 

「いやよ、食べたいなら自分で頼んだらどう?」

 

「ケチな奴め」

 

黒スーツを着た見覚えのある人物が、宵闇のような深い色をした長髪の美女と団子を食べている。

 

思わぬ人物との遭遇に、一番に目をかっぴらいて驚いたのは飛鳥だった。

 

「お兄ちゃん!?何でここに!?」

 

静かな店内でいきなり呼びかけられ、男もこちらを怪訝そうに振り向くと一瞬で精悍な顔を喜びの色に染め上げた。

 

「飛鳥!」

 

そう、紫芋の餡が口元に付いているこの男は天王寺飛鳥の兄、天王寺大和。家族に内緒でフランス外人部隊で戦っている神器所有者でもある。

 

「お兄ちゃん京都に居ったんか!連絡してくれたらよかったのに!」

 

「いやたまたま出張先で京都に来ていてな。そう言えばお前、修学旅行だったな」

 

「せやで、あまり連絡取れんやったけどお兄ちゃんも元気そうでよかったわ!」

 

「ああ…そうだな」

 

兄との思わぬ再会に満面の笑みを浮かべる天王寺。一方で大和さんはどこか陰りのある笑いを見せた。軍務が忙しくて疲れているのだろうか?

 

笑う天王寺から、大和さんの視線が俺たちに移った。

 

「君たちも一緒か…飛鳥が班を組むなら君たちだろうと思っていた」

 

「ええ、飛鳥に一番に誘われたわ」

 

「ホントはイッセー君たちも誘いたかったんやけど、全員入れたらごっつ班員多なるから渋々断念したわ…」

 

「それだけ大切な友が多いということだ。人間関係がうまくいっているようでお兄ちゃんは嬉しいよ」

 

思えば天王寺は俺らのグループに置いて中心的存在だ。兵藤がオカ研における中心であるように、天王寺は一般人込みの俺らのクラスでのグループの中心。陽キャ…いやそれを越えて太陽と呼んでも過言ではないだろう。持ち前の明るさ、積極性が周囲の人間を自然に引き寄せるのだ。

 

「君は?」

 

そして最後に大和さんの視線が一人へと固定される。俺達上柚木班の中でただ一人、彼と完全に初対面である御影さんに。

 

「く、クラスメイトで同じ班の御影藍那です…うわさに聞いてた天王寺君のお兄さんですね」

 

人見知りのせいかおどおどして居る御影さんに、大和さんはふっと精悍な顔に優し気な微笑みを浮かべた。

 

「そうか、俺は飛鳥の兄の天王寺大和だ。飛鳥は俺のことを何と言っていた?」

 

「カレーにちくわを入れるけど、すごくかっこいいお兄ちゃんだって…」

 

「ほう、飛鳥はそんなことを…」

 

実の弟からの評価を聞くと照れくさそうににやにやし出す。ああ、そう言えば大和さんはカレーにちくわを入れるんだっけか。組み合わせ的にどうなんだと思うんだが…おいしいのか?

 

「ところで、飛鳥は勉強しているか?テストはちゃんと点数取れてるか?」

 

「勉強は…時々見てあげてるけど、飲み込みが早くて高い水準を保ってる。一部馬鹿な所もあるけどね」

 

「そうか、流石は俺の弟だ」

 

彼女らしいピリ辛な言葉も交えた上柚木の話に誇らしげに笑う。天王寺はクラスの中でも上の下くらいの成績だったはずだ。バイトもしながら学業もおろそかにしないとは流石と言うほかない。

 

「大和さんは天王寺くんのことが大好きなんですね」

 

御影さんの言葉。何でもない会話の一部のはずが、それは大和さんのとある感情のトリガーとなる。

 

「当たり前だ、こんなによくできたかわいい弟を好きにならないわけがないだろう!俺は飛鳥のいいところを10個挙げろと言われたら1000個は即座に答えられる、飛鳥語り選手権20年連続グランプリの俺を越えられない女に飛鳥はやらん!」

 

突然スイッチが入ったように、大和さんの言葉に一気に熱がこもる。夜間に入れたばかりの水が唐突に沸騰したかのようにグッと拳を握り、内にぐつぐつと滾る思いを饒舌に、それでいて楽しそうに語りだす。

 

「「「「……」」」」

 

いきなりテンションが通常からスーパーハイテンションに上がった大和さんを前に、困惑のあまり俺たちは何も言えなかった。

 

前からブラコンなところがあるとは聞いていたけど本当だったんだな。というか飛鳥語り選手権って何だ、それの参加者ってほかにいるのか?やはり大和さん、疲れているのか…。

 

困惑する俺たちの様子にハッと我に返ったか、んんと咳払いをした。

 

「…すまない、久しぶりに昂ってしまった」

 

一瞬でブラコン兄から切り替わり、いつものクールながらもお茶目な兄へと戻った。

 

「お前、大変だな」

 

「あはは……」

 

どこか同情するような目でゼノヴィアが話しかけると、天王寺もリアクションに困ったか苦笑いするしかなかった。

 

「…そういえば、隣の方は?」

 

ふと気になったのは先ほどまで大和さんが会話をしていた女性。クールビューティーかそれともミステリアスレディーか。放つ雰囲気はどこか常人が近寄りがたい冷たいものがある。若くそこらのモデルでは敵わないほどに見惚れる宵闇のような黒髪の美女だ。

 

「あぁ…彼女は」

 

「どうも、クレプスと言います。大和の仕事上のパートナーです」

 

話題が自分に移ったことに気付くと、ぺこりと礼儀正しく頭を下げ、クレプスさんは挨拶する。なんとなくだが、この人は仕事にプライベートは持ち込まないタイプの人だろうか。

 

「そうなんやな。お兄ちゃんの仕事ぶりはどうですか?」

 

仕事上のパートナーという言葉に食いついたのは天王寺だった。連絡は取っていても仕事の内容はほぼ聞かされていないらしく、それだけに彼の仕事に関わる人に仕事をしている兄のことを聞きたかったのだろう。

 

「いい働きをしているわ。成果はさておきね」

 

「へえ!お兄ちゃんの仕事のこと色々聞きたいんやけど時間が無くなりそうや…せや、今度お兄ちゃんの電話に出てきてくれませんか?」

 

「…いいわよ」

 

「……」

 

二人のやり取りに大和さんがものすごく何かを言いたげな複雑な表情をしていた。もしかして大和さんは日頃クレプスさんの尻にでも敷かれているのだろうか。

 

湯呑の茶を空にしたクレプスさんが矢庭に立ち上がった。

 

「…大和、そろそろ時間よ。勘定を済ませて行きましょう」

 

「そ、そうだな…」

 

彼女に続くように大和さんも立ち上がり、レジへと向かった。俺の隣を大和さんが通った時。

 

「飛鳥を頼む」

 

小声で大和さんから耳打ちを受けた。俺以外の人は誰もそれに気づいた様子はない。

 

「?」

 

一体どう言う意味だ?まさか、近々大きな戦闘を控えているとか?場合によっては帰らぬ人になるかもしれないとでも言いたいのか?

 

急な耳打ちに戸惑う俺をよそに向こうで二人は精算を済ませると、こっちに戻って来た。

 

「またな飛鳥、時間に余裕ができたら連絡する。Au revoir!」

 

「じゃあね!」

 

硬い絆と愛で結ばれた兄弟は笑顔を交わし合う。

 

最後にそう言い残して、嵐山の通りに流れるへと二人は消えていった。

 

「お兄ちゃん、久しぶりに会うたけど相変わらずやなぁ」

 

短いながらも久しぶりの兄との対面に弟の天王寺はとても嬉しそうな顔をしていた。大和さんが天王寺に向けるものほどでないにせよ、天王寺もまた兄のことを尊敬し好いているのだ。

 

「前にも増して中二病とブラコン加減に磨きがかかってたわね」

 

「でも、弟思いのいいお兄さんだと思いますよ」

 

上柚木や御影さんも愉快な兄に苦笑していた。

 

性格は違っていても人を笑顔にする面を持っている所が、やはり天王寺と兄弟なんだなと強く感じる。

 

大和さんとの再会の余韻に浸り和んでいると、ただ一人真剣な表情をしているゼノヴィアがそっと口を寄せて耳打った。

 

「悠、さっきの女は悪魔だ」

 

「何?」

 

思いもよらぬ言葉に、小声で訊き返す。

 

「どうしてわかった?」

 

「長年悪魔と戦った私には悪魔の気配が分かる」

 

彼女がそう言うなら、疑う理由はない。だが、外人部隊にいるはずの大和さんがなぜ悪魔と共に行動しているのか?それに考えてみれば、どうしてこの京都に滞在しているのか?単なる休暇にしては悪魔と行動を共にしている点が引っかかる。

 

それに今の京都は異形関係の話なら妖怪の御大将が攫われているという大荒れもいいところだ。このタイミングでこんな出来事があれば、いやでもある可能性が浮かび上がってくる。

 

まさか…いや、大和さんがこの件に絡んでいるとは思いたくない。もしそうなら俺は…あの人と戦えるのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

心温まるながらも胸の内にしこりを残した大和さんの再会の後、彼の去った茶屋で一休みしてから再び上柚木班は行動を開始する。

 

嵐山の象徴とも呼べる橋、渡月橋を目指して歩く一行はとある班と遭遇する。

 

「あれ、木場だ」

 

「やあ、紀伊国君。渡月橋は見てきたかい?」

 

同じく修学旅行に行っていた木場だ。別クラスのため、俺たち二年のオカ研の誰とも同じ班になることはなかった。やって来る俺たちに気付くと、彼らしい爽やかな笑みで俺たちを迎えてくれた。

 

「いや、映画村からまだ来たばっかだ」

 

「実は昨日、僕の班も映画村に行ったんだよ。すごく楽しいところだったね」

 

「お前も行ったのか。あそこは良かったなぁ…新撰組の衣装とか着たぞ」

 

「え、新撰組かい?」

 

急に新撰組に反応を示した。嫌いとも好きとも違う、何か特別な感情が混じっているように見えた。

 

「木場は何か着なかったのか?」

 

「新撰組はちょっと恐れ多いから、若侍の衣装を着たよ」

 

「ほう。なら、あとで写真見せてくれ」

 

「もちろん、イッセー君にも見せないとね」

 

エクスカリバーの一件から何か木場から兵藤に向けるものがただの友情と言うよりはそれ以上のもののように思える。まああの一件は彼の人生にひと段落を付けるものだったのは間違いないし、それを率先して助けてくれた兵藤に大きな恩を感じているのは間違いない。

 

…いや、それは流石に考えすぎか。まさか、腐った女子たちが好むようなものじゃないだろうな?

 

「そうだ、近くにイッセー君もいるから、折角なら声をかけていったらどうだい?」

 

「なら、そうするか」

 

会話もひと段落着いて、それじゃあと別れようとしたその時。

 

「ん?」

 

どこからともなく発生した霧が、俺たちの周囲を取り囲む。今の今までなかった明らかに不自然な霧に不審がるのは俺と木場、ゼノヴィアだけで他の人は全く気付く様子すらない。

 

霧はどこかぬめりとした感触を持っていて、肌をゆっくりと撫でてくる。

 

視界を徐々に侵食する霧の濃度はだんだんと増していき、やがて目に映る全てが濃霧の中に飲み込まれてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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濃霧が晴れると、周囲の景色はそのままに、俺と木場、ゼノヴィア以外は周りには誰もいなくなっていた。

 

「これは一体…」

 

日常から非日常へ。あまりに唐突に起こったこの奇怪な現象に理解が追い付かない。

 

「悠、あそこにイッセーたちが」

 

何が起きてもおかしくないこの状況に警戒心を抱いていると、ゼノヴィアが唐突に指さす方向…渡月橋には兵藤やアーシアさん、紫藤さんがいた。あいつらもあの霧に飲まれてしまったのか?

 

「イッセー君たちと合流しよう」

 

「ああ」

 

木場の提案にこくりと頷いて急ぎ合流しようと、俺達三人は渡月橋へと駆け出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「兵藤!」

 

向かった渡月橋にいた三人は俺たちの姿に気付くと、安堵の表情を見せた。それと同時に俺は4人目の存在に気付く。

 

「って九重も!?何でここに!?」

 

彼の傍には昨日会った九尾の娘もいた。どうして彼女がこの場に居合わせているんだ?

 

「京都を案内しておったのじゃ。そうしていたら一緒に巻き込まれた」

 

「そうか…ところで皆もあの霧に?」

 

「ああ、いきなりぬめっとした霧に飲まれたんだ」

 

「俺たちも同じだ、何か異常なことが起こっている」

 

景色はさっきまで変わらぬ嵐山のもの。しかし行きかっていた人々は忽然と姿を消しており、風の音に混じっていた虫や鳥の鳴き声すら聞こえない。

 

「さっきの霧…ディオドラさんに捕まった時、神殿の奥でこの霧に包まれてあの装置に囚われたんです」

 

「そうか、考えられるのは…『絶霧《ディメンション・ロスト》』」

 

アーシアさんの話を聞き、思い至ったらしく木場が呟く。

 

「先生やディオドラが話していた神滅具の一つだよ」

 

「確か、霧に触れたものを好きな場所に転移させる上位の神滅具だったか。この現象と霧、二つから導き出されるのはそれしかないな」

 

先生から夏の合宿で色々教わったおかげですぐに神滅具のことは頭の引き出しから出せる。ということは疑いようもなく、敵側の神滅具の使い手がこちらに来ているという証拠だ。

 

「お前ら、無事か!?」

 

状況把握を進めていると、いきなり空から声が降って来た。堕天使の翼を背にするアザゼル先生が空から俺たちの前に現れたのだ。

 

「先生!」

 

「見た限り、俺たちだけを霧の力を使ってレーティングゲームの技術が一部使われた空間に強制的に転移させたみたいだ。周辺の風景もきれいにトレースしてやがるな」

 

「レーティングゲームの技術…」

 

妖怪たちも裏京都の形成にそれに近しい術が絡んでいると言っていたな。…いや、今回の件で妖怪は俺たちの味方だ。ならやはり、この状況を引き起こしたのは…。

 

「流石はアザゼル総督。素晴らしい状況把握力だ」

 

突然会話に割って入ったのは、若い男の声だった。

 

「誰だ!?」

 

知らない人物の登場に、俺たちは一段と警戒のレベルを引き上げる。一斉に声が聞こえた渡月橋の向こうの方へと睨むような視線を送ると、やがて向こうの景色を遮る濃霧の中から一団が現れた。

 

学生服のような衣装に身を固める男女入り混じった集団。その顔つきはまさしく戦士のものだ。

 

そして集団の先頭に立つ三人の男はそれぞれ異なる衣装を身に纏っていた。三人のうち、右の銀髪の優しそうな雰囲気の男は学生服の上に羽織る教会の戦士に似た衣装と言い、どこかで会ったような錯覚を覚える。

 

左の若い黒髪の男は腰に煌びやかな装飾が施された日本刀を帯刀し、戦国時代の武将の甲冑を纏っており、あの学生服の集団の中でも特に一際浮いた存在感を放っていた。その自信と覇気に満ち溢れた立ち姿から、強敵であることを否が応にも予感させてくる。

 

「初めまして、グレモリーの諸君」

 

立ち位置とオーラからしていかにもリーダーだと言わんばかりの中央の漢服の男が、彼らを代表するように堂々と挨拶の言葉を述べる。

 

「俺は曹操。かの三国志の英雄、曹操の子孫にして禍の団英雄派のリーダーだ」

 

「英雄派のリーダーだと…」

 

リーダー直々に出張って来るとは大層な自信だ。それに奴の名前…曹操とか言ったか。英雄派は神器所有者や歴史にその名を刻んだ英雄たちの子孫たちで構成されていると聞く。三国志はよく知らないが、となれば両脇にいる男たちも何かしらの英雄の子孫なのか…?

 

曹操と名乗る男の手に光が集まると、輝く槍が現れる。神々しさすら感じるその槍に周りの皆が圧倒されたようにごくりと息を呑んだ。

 

「そして、最強の神滅具『黄昏の聖槍《トゥルー・ロンギヌス》』の使い手でもある。以後、お見知り置きを」




悠「何か異常なことが起こっている…!大丈夫ですかブチャラティ!?大丈夫ですかブチャラティ!?大丈夫ですか大丈夫ですか大丈夫ですか大丈夫ですか!?大 丈 夫 で す か ブ チ ャ ラ テ ィ 」

いよいよ次回は戦闘回です。本作オリキャラの信長の戦闘シーンもあるのでお楽しみに。

次回、「極彩色の宝界」


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第110話 「極彩色の宝界」

最初に言っておく!

…思った以上に長くなったので信長の戦闘シーンが次話をまたぐことになってしまいました。本当にごめんなさい。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
1.ムサシ
2.エジソン
3.ロビンフッド
4.ニュートン
7.ベンケイ
9. リョウマ
10.ヒミコ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
13.フーディーニ



「黄昏の聖槍だと…!!」

 

突如として俺たちの前に現れた若い男女で構成された英雄派のリーダー、曹操が握る槍に最も強い反応を示したのはアザゼル先生だった。

 

「お前ら全員あの槍には気を付けろ!あれは神をも貫く絶対の槍、神滅具の代名詞だ。聖遺物の一つだから悪魔のお前らは勿論のこと、特にゼノヴィア、アーシア、イリナはあの槍を絶対に見つめすぎるな。心を持っていかれるぞ!」

 

「!!」

 

先生が強い危機感を表すように大声で俺たちに警戒を促す。

 

俺も合宿で先生から聖槍のことは聞いていた。13ある神滅具の中でも特に強い力を持つ4つの上位神滅具。その中で一つ抜きん出た力を秘めたまさしく最強の神滅具こそ、今俺たちが前にしているあの槍だ。

 

使い手が世間に喧嘩を売る組織の首魁である以上、禁手は使えると考えて間違いない。禁手の他にも、あの槍には二天龍の覇龍のような特別な力も備わっているらしいが…。

 

「話には聞いていたわ。セラフ様達が恐れる、イエスを貫いた槍…」

 

「くそ、よりによって英雄派のリーダーが所有者かよ…!」

 

忌々し気に聖槍を睨みながら先生が言う。

 

現時点で上位神滅具の内2つが敵側に渡っている。残る2つの内一つは教会側にあるそうだが、最後の一つもこれ以上面倒なことにならないようこちらに渡ることを祈るばかりだ。

 

睨み合いが始まるかと思いきや、果敢にも兵藤の後ろから一人の少女がずいと前に出た。

 

「貴様、曹操とか言ったな!母上を攫ったのは貴様らか!?」

 

九重だ。敵意を露わにして、睨み殺さんばかりの怒りをその眼と声に秘め、詰問する。

 

「ええ、左様です。我々の実験に姫君の力が必要なため、お付き合いしていただいておりますよ」

 

問われた曹操は向けられた怒りを流すような涼しい顔で答えた。舐められたように感じたか、九重の怒りの火に更なる油が注がれる。

 

「実験だと…?何の実験だ、何のためにお前たちはこんなことを!」

 

「我らのスポンサー…オーフィスの願いを叶えるためです。日頃我々が好きにやらせてもらえる分、その恩に報いなければなりませんので」

 

オーフィスの願いを叶えるということはつまり、グレートレッド絡みと考えてよさそうだ。九尾の狐がそれとどう絡むかはわからないが。

 

「で、俺たちの前にのこのこ現れたのはどういう理由だ」

 

そして気になるのがここに来た理由。悪だくみなら裏でこそこそやればいいものを、どうしてわざわざ向こうから姿を現すのか。

 

俺の方から奴へ問いかける。

 

「…おや、君が例の英雄使いかな」

 

九重をなめるような涼しい表情が一転、奴は俺に好奇の視線を向けた。その声色はどこか好意的ですらあった。

 

「英雄使いだと?」

 

初めて呼ばれた名にオウム返しに言う。俺自身、事情が事情なので紀伊国やら深海やら悠やら名前で、あるいは推進大使やスペクターなどの肩書や通り名といった実に数多くの呼ばれ方がある。

 

しかしその中に英雄使いという呼び名はない。由来はどう考えても俺の戦闘スタイルによるものだろうが。

 

「歴史上の偉人の力を使って戦う君の能力は英雄派を名乗る我々からしてみれば非常に興味深いものだ。我々の間では君たちの中で一番注目しているのは君と言ってもいい」

 

「…そうか」

 

当然と言われれば当然な理由だった。こうして俺が英雄派と戦うのは避けられない運命なのかもしれない。

 

「それで、質問の答えだがなに、実験の準備があらかた終わって隠れる必要もなくなったので挨拶がてら一戦交えて見たくなっただけさ」

 

随分と舐められたものだ。いつものメンバーが数名欠けた状態とはいえ、俺たちと戦って勝てると思っているらしい。それに奴の言動、ヴァーリと同じ戦闘狂と見た。

 

「わかりやすくて結構。この場で全員ふんじばってやるよ、妖怪との和平の成功、英雄派の壊滅とあればどこも喜ぶだろうよ」

 

先生が懐から龍王の槍を取り出すと同時に、俺たちはいっせいに戦闘態勢に入る。禁手のカウントを開始した兵藤がアスカロンをゼノヴィアに渡し、木場や紫藤さんは聖魔剣と光の剣を握る。俺もゴーストドライバーを腰に出現させ、いつでも変身可能な状態にしておく。

 

「木場、聖魔剣を一本くれ」

 

「わかった、君には二刀流が似合うからね」

 

短いやり取りの後、木場は生み出した聖魔剣の一本をゼノヴィアに渡した。

 

俺たちの動きに向こうの集団も武器を構え始める。両者の間で、戦いの機運が一気に高まった。

 

「レオナルド、アンチモンスターの用意を」

 

曹操が手短に言うと、集団の中からすっと一人の少年が姿を現した。褐色色の肌を持つ彼は集団の中でもまだ幼さの残る顔つきをしている。

 

感情表現に乏しそうな少年は無言でこくりと頷くと、彼の足元の影がぬっと広がった。俺たちと英雄派の距離の3分の2まで瞬く間にその領域を拡大した不気味な影から重いプレッシャーと何か危機的なものを感じる。

 

〈BGM:紅き世界の戦士バリアン(遊戯王ゼアル)〉

 

「なんだあれは」

 

俺たちの誰が呟いたか知らないが、そのセリフの直後に影がずっと盛り上がり何かが現れた。影と同じ真っ黒な体表をした頭部に大きく裂けた鋭利な牙を生やす口と深海魚のように発光した目がある。肉付きの良い四肢の生えた、怪物と表現するほかない異様な存在が10…いや100はくだらない数になって出現した。

 

「『魔獣創造《アナイアレイション・メーカー》』、神滅具の中でも最悪と称される神器です」

 

怪物の発生を見届けた曹操が言う。

 

「魔獣創造…!」

 

「マジか…!」

 

その神器を知る俺は教えてくれた先生と揃って眉を顰める。

 

出ないでほしいと思った矢先に出てきやがった。先生から聞いた上位神滅具最後の一つ。4つの内3つは敵側、とんでもなく厄介な状況になってしまった。…全て向こう側でなかっただけ幸運とも言えるが。

 

「どんな能力なんですか?」

 

「最悪にして単純。自分の思うが儘にあらゆる魔獣を木場の神器のように創造できる。大きさも能力も数も、使い手の力量次第で自由自在に生み出せる能力だ。神器システムのバグが生み出したとも言われるとんでもない神滅具だよ」

 

先生が能力を理解していない兵藤に分かりやすく解説する。その脅威を理解できたか、兵藤の顔が青くなっていった。

 

「とんでもないやつじゃないですか!」

 

「聖槍に霧、そして魔獣。上位神滅具4つの内3つか。本来なら所有者は生まれた瞬間どこかの勢力の監視下に入るんだが…二十年間、単に見つけきれなかっただけか、それとも誰かが意図的に隠したか。全く、今代の神滅具所有者は箱庭と羯磨といいどうしてこうも見つからないのか」

 

魔獣を生み出す神器なんて、どう考えても人に危害をもたらすような神器が生まれた理由なんてまさしくバグとしか言いようがない。戦争に使われたら相当ヤバいことになるのは間違いないだろう。

 

だがこれで13の神滅具の中で未だ所在が判明していない神器は『蒼き革新の箱庭《イノベート・クリアー》』と『究極の羯磨《テロス・カルマ》』の二つだけになった。どちらも上位ではないとはいえその能力は凶悪極まりないもの。両方を組み合わせて使うともっととんでもないことになるのだとか。頼むからこれ以上神滅具使いは敵に回らないでほしい、マジで。

 

「能力は厄介だが弱点もシンプル、本体を狙え。神器ほど厄介じゃないはずだ。見た感じ、魔物どもの強さもそこまでじゃないようだな。所有者もまだ成長過程と言ったところか」

 

「流石は神器研究においては右に出る者のいないグリゴリの総督だ。そうですよ、この子の想像力はまだ発展途上…しかし代わりに、ある一点に転に特化していましてね」

 

曹操がふっと笑うと、ずいと動いた魔獣の一体が口に眩い光を蓄え始める。数秒のチャージの後、蓄えた光を一気に解放し、光条が後ろの店目掛けてひた走った。

 

光が店に着弾するや否や、店は大きな爆発と共に焼かれて吹っ飛んだ。

 

「これは…!」

 

「あの攻撃は光か…!」

 

襲ってくる爆風に耐える俺たち。先生は何かに気付いた様子だ。

 

「この子は相手の弱点を突く能力を持つ魔物、アンチモンスターの生成に長けていましてね。今のは対悪魔用のアンチモンスター…まあ気付いていることでしょうから種明かしをすると、各勢力の拠点に襲撃をかけたのは様々な種族のアンチモンスターを作るためのデータ取りでもあったのですよ」

 

…言ってくれるな。俺たちは知らず知らずにこの神器の成長に利用させられていたってわけか。この調子ならおそらく対天使や堕天使、ヴァルキリーのアンチモンスターなんてのもいそうだ。

 

「禁手使いを増やしながら、アンチモンスターのデータ取り。まさしく一石二鳥でしたよ。今の光の一撃は、中級天使の一撃と遜色ないでしょうな」

 

「だが神殺しの魔物は作りだせていないようだな?やれるならとっくにやっているだろうしな」

 

自分の目論見がうまくいったと少々自慢げな曹操の語りに、先生はより深い笑みで返して見せた。

 

たしかに神殺しの魔物なんて凶悪無比な代物を作り出せたら今俺たちの目の前にいるだろうな。そんなものができたら各勢力のパワーバランスは簡単に崩れ、世界の勢力図なんてあっという間に書き換わってしまう。

 

だが先生の口ぶりだと過去にはそれができた所有者がいたようにも考えられる。危険視され、すぐに消されただろうが。やはりそれができてしまう可能性があるだけでもとても危険な神器だ。

 

「ふ…神はこの手で屠るさ。さあ、種明かしもここまでにして、そろそろ始めようか」

 

〈BGM終了〉

 

挑発じみた先生のセリフも曹操は受け流し、敵の放つ敵意が一段高まった。

 

「ごぎゃああああ」

 

「ぐるるっるるる」

 

〔BGM:プラシドの合体(遊戯王5d's)〕

 

曹操の合図を皮切りに、聞くに堪えない雄たけびを上げながら魔獣達が一斉に向かってくる。それと同時に俺は眼魂をドライバーに叩き込むように入れた。

 

〔アーイ!バッチリミロー!バッチリミロー!〕

 

右に広げた手を握り、顔の近くへ持ってくるいつもの変身ポーズと共に、力強くその言葉を発す。

 

「変身!」

 

〔カイガン!リョウマ!目覚めよ日本!夜明けぜよ!〕

 

〔Welsh Dragon Balance Breaker!〕

 

禁手のカウントも同時に終わったか、俺の変身と同じタイミングで赤い光が溢れ兵藤の身を赤い龍の鎧が覆った。図らずも同時変身の形になったみたいだ。

 

変身を終えた俺たちは、ゼノヴィアと紫藤さん、木場と共に敵へと突撃する。

 

「ふっ!」

 

召喚したガンガンセイバーソードモードを片手に怪力任せに振るわれる魔獣の腕をかいくぐり、すれ違いざまに斬光を描く剣で魔獣の胴を難なく切り裂く。対悪魔用ではあるがそこまで皮膚が硬いわけでもないようだ。

 

切断されて下半身と別れた上半身がぼとりと落ちる。そのまま動きが止まり黒い光となって塵も残さず消滅した。

 

その様子を一瞥しただけで俺はすぐに次の敵へと攻撃を仕掛ける。切った敵のことを考える暇はない。

 

袈裟切り、上段一閃、そしてまた袈裟切り。向かってくる魔獣を次から次へと剣の錆にする。

 

背後に気配、振り向くと光線を浴びせようと光を口に蓄える魔獣がいた。即座にガンガンセイバーをガンモードに変形させ、まるでここに撃ってくださいと言わんばかりに大きく開いた口に銃撃を浴びせる。

 

チャージしている口に銃撃を受けてよろめく魔獣。それはエネルギーのコントロールの乱れを引き起こし制御を失ったエネルギーが口内で暴発して頭部ごと吹き飛んだ。

 

「ハァァァ!!」

 

そしてその一方、聖なる力を込めたゼノヴィアのアスカロンの一閃で大量の魔獣達が一気に切り裂かれ、塵も残さず消滅していった。パワータイプの彼女らしい、豪快な戦い方だ。

 

「当たらなければどうということはないね!」

 

同じく『騎士』の木場が鍛え上げられた『騎士』の神速の脚を活かし、次々と魔獣の攻撃を躱しては彼の代名詞ともいえる聖魔剣の剣戟を叩き込む。橋という足場の限られた空間ながらも自分のペースに持ち込めているみたいだ。

 

「アーメン!」

 

天使の翼を羽ばたかせ、光線を躱しながら距離を詰めてすれ違いざまに切り裂くのは紫藤さん。

 

彼女にはアスカロンや聖魔剣のような優れた得物はない。だが大天使ミカエルのAに選ばれた所以たる研鑽を重ねた剣術を自らの光力で生み出した剣で存分に発揮していた。時折、光輪をチャクラムのように投擲して魔獣の脚や腕を斬り飛ばすなどの遠距離攻撃も見せる。

 

戦いの最中、一人の男が黒い翼を背に空へ舞いあがった。

 

「曹操、てめえは俺が直々に相手をしてやるよ!」

 

ばさっと空高く飛翔し、人工神器で龍王ファーブニルの黄金の鎧を装着した先生が光の槍を携え曹操の下へ得物を狩るハヤブサの如く急降下する。

 

「龍王の鎧を纏う堕天使の総督…そそるな!」

 

勇ましい先生の鎧姿ににやりと笑む曹操は先生の天からの一撃を間一髪横っ飛びして回避する。横っ飛びしてそのまま渡月橋の下の桂川へ奴は降りると、先生も追いかけながら光の矢を飛ばす。

 

降り注ぐ無数の矢を奴は槍で弾き、あるいは身をよじり難なく全ての攻撃を回避してしまう。あれだけの数の矢を受けてかすり傷一つすらない。奴の回避動作はまさしく完璧そのものだった。

 

天才。そんな言葉が脳裏をよぎる。奴を形容するなら天才と言うほかあるまい。

 

そして矢の次に降ってくるのは先生の突撃。曹操は今度は回避の動きを見せず、槍を突き出す。堕天使の長の光の槍と神をも貫く聖なる槍が真正面からぶつかりあった。

 

互いのオーラがぶつかり合い、空にバチバチと火花が生まれ川の水面が激しく乱れる。そしてそのまま壮絶な槍の打ち合いを始める二人は徐々に下流へと武をぶつけ合いながら移動していった。

 

先生と奴のハイレベルな戦いをこのままずっと見ていた気もするが、目前の敵が優先だ。

 

「木場!光を喰らう魔剣、作れたよな!?」

 

魔獣を殴り飛ばす兵藤が木場に声をかける。このタイミング、何かを思いついたみたいだな。

 

「うん、そうか!」

 

何かを得心した木場は即座に自分の足元にいくつかの聖魔剣を生み出した。

 

「この剣は柄のみだけど、魔力を送れば刃が出る仕組みになっているよ」

 

「よし、皆は危なくなったらこれを盾代わりに使ってくれ!」

 

兵藤の呼びかけに皆が集まり、それぞれ聖魔剣を手にする。俺もその使い心地を確かめるように軽く柄を振るう。

 

女子組は受け取った柄をスカートのポケットに入れた。

 

「俺はこいつをアスカロンが抜けた穴に…」

 

そして提案の主の兵藤は左手の籠手に開いた穴に、聖魔剣の柄を収納した。

 

「…いけた!これで防御はどうにかなりそうだ!」

 

すると聖魔剣を収められた兵藤の左の籠手が聖魔剣と同じ輝きを帯びる。その光景に俺は軽く驚いた。あいつ、そんなことが出来たのか。

 

「木場とイリナは前線で戦ってくれ!天使なら光は弱点じゃないよな?」

 

「弱点じゃないだけでダメージは喰らうけど、任されたからにはやってみせるわ!」

 

二人が頷き、前線に進み魔獣との交戦を開始する。

 

「ゼノヴィアは後方からアスカロンの聖なるオーラで近づく敵を倒してくれ!」

 

「わかった!」

 

下がるゼノヴィアはアスカロンに聖なるオーラを蓄え、それを斬撃にして飛ばす。

 

「悠は遠距離攻撃できるフォームで後方から援護しつつ、アーシアと九重のガードを!」

 

「合点承知!」

 

早速後方で待機していたアーシアさんと九重の下へ跳び退り、眼魂を変えてゴーストチェンジする。

 

〔カイガン!ロビンフッド!ハロー!アロー!森で会おう!〕

 

夏にネクロムに眼魂を奪われて以来久しく使えなかったロビン魂。その久しぶりの感覚を懐かしむ暇もなく、すぐにガンガンセイバーを召喚し飛来してきたコンドルデンワーと合体、アローモードに切り替える。

 

兵藤の奴、まさか俺たちにしっかり指示を出して来るとは思わなかった。それぞれのできることをしっかり把握し、適切な役割を割り当てている。いつも指揮をしてきた部長さんを隣で見てきたあいつもあいつなりに成長しているということか。

 

仲間の成長に頼もしさを感じてふっと笑みがこぼれた。ならば、その期待に応えるしかない。

 

「早速で悪いけどこれを預かっててくれ」

 

「う、うむ」

 

聖魔剣の柄を一旦九重に預けて即座に魔獣の一体に狙いをつけ、光の矢筈をつまんでは放して高速で翡翠色の霊力の矢を打ち出す。

 

鮮やかな閃光の尾を引く矢は狙い通りに魔獣の頭部を射抜き、魔獣は糸が切れた人形のようにどさりと倒れ伏す。

 

一体だけでは終わらない。前線で戦う木場、紫藤さんの二人をカバーするように、二人に近づく魔獣、そして二人とゼノヴィアの攻撃を抜けてこちらに向かってくる魔獣達を続けざまに仕留めていく。

 

やはり連射は効かないが、正確さと一撃の鋭さなら遠距離フォームではロビン魂が一番だ。この能力をプライムスペクターで他の英雄の能力を組み合わせれば色々なことが出来そうだ。

 

「俺は『僧侶』にプロモーションだ!アーシア!」

 

「はい!」

 

アーシアさんが赤いカードを取り出すと彼女の意志に応じて発光し、兵藤の『僧侶』への昇格が認証される。駅で部長さんが渡した『王』がいなくても『兵士』の昇格ができるという例のカードだ。

 

「早速ドラゴンショット!」

 

『僧侶』の力で高まった魔力を兵藤は倍加して光弾の形で打ち出す。矢継ぎ早に放つドラゴンショットは魔獣に直撃しては周りの魔獣諸共爆発し、爆炎を上げる。

 

狙いは魔獣だけではない。さらにその後方にいる英雄派たちにも光弾の幾つかが飛んでいく。奴等はうまいこと攻撃を躱すが、着弾して起きた爆発に数名が巻き込まれてダメージを受けたりしている。

 

反撃にと魔獣が光線を兵藤目掛けて放つが、それも全て聖魔剣を取り込んだ籠手の力でしっかり吸収した。攻防共に抜かりない攻めだ。

 

そんな彼の元に魔獣ではなく英雄派の戦闘員たちが勇敢にも突撃してきた。

 

「赤龍帝、覚悟!」

 

「待て、女性じゃ彼には勝てないよ!」

 

向こうで白髪の悪魔祓いの男が戦闘員たちを止めようとするがもう遅い。すでに彼女らは兵藤を各々の得物の間合いにもうすぐ収めようというところまで接近していた。

 

対する兵藤は両手を前面に突きだして、ピンク色の魔力を解き放つ。

 

「煩悩解放!乳語翻訳《パイリンガル》!」

 

魔力自体に攻撃力はない。怪訝な表情を見せる戦闘員だが、ダメージがないとわかるや否や攻撃を始める。しかし突き、払い、繰り出される数々の攻撃を兵藤は難なく躱し、さらにはカウンターで武器を彼女らの手元から弾いた。

 

「こいつ、私たちの動きを完全に読んでいる…!」

 

「君たちの胸の声をバッチリ聞いているからさ!そして仕込みは万全だ!」

 

やにわに兵藤が指をパチンと弾く。すると戦闘員の彼女らの手にグレモリーの赤い魔方陣が浮かび上がった。武器を弾いた時に彼女たちの手に触れて仕込んでおいたのだ。

 

そしてこの手順を踏んで行われる彼の技と言えば、一つしかない。

 

「洋服崩壊《ドレスブレイク!》」

 

宣言と共に、戦闘員の衣類が一斉にはじけ飛ぶ。技を受けたことにも気づかず、数秒遅れてようやく状況を認識した彼女たちは。

 

「きゃー!」

 

「いやぁぁぁぁ!!」

 

「魔術を施した服なのに…っ!!」

 

恥辱の悲鳴を上げて、裸にされた戦闘員たちは手で大事な所を隠しながら逃げるように後方へと下がっていった。

 

「最低な技じゃ…」

 

「すみません、うちの兵藤が…」

 

女性を一瞬で引ん剝く奇技を目の当たりにした九重が引き気味に顔を引きつらせていた。あいつ、子供の前でなんて技を使ってくれるんだ…。

 

「これが噂の乳技か、面白いね。それにしてもやはり女性では勝てないか。恥辱にも耐え抜く精神があれば話は違ったかもしれないけど…若い女性には厳しいかな」

 

自らは手を下さず、魔獣と俺たちの戦いを見ている白髪の男は兵藤の見せた技をそう評す。うちの兵藤をなめてもらっては困る。こいつは対女性には無類の効果を発揮するからな。使う技の内容はさておいて。

 

「次はこいつだ」

 

〔カイガン!ノブナガ!我の生き様!桶狭間!〕

 

今度はノブナガ魂に変身し、その能力による実体のあるガンガンハンドの幻影を複数生み出して銃撃の雨を同時に複数の魔獣達に浴びせる。

 

紫光の尾を引く霊力の弾丸が魔獣の皮膚を削り、穿ち、随所に穴を開けていく。やがてダメージが許容量を超えたのか、活動を停止せしめると魔獣の死体は黒い光の粒子になって消えた。

 

「一網打尽にする!」

 

〔ダイカイガン!オメガスパーク!〕

 

霊力をチャージした銃撃を能力で出現させた10の幻影と共に一気に放つと、紫色の銃花が咲き乱れる。強力な銃撃の横殴りの雨あられが広い射線上に収められた多くの魔獣達を撃ち抜き、爆散せしめた。

 

この一斉砲火に加えて前線に立つ木場達の奮闘もあり、魔獣たちの数を当初と比べて4分の3以上減らすことが出来た。残りを殲滅するのにも数分とかからないだろう。

 

〈BGM終了〉

 

「そろそろ出番かな」

 

魔獣が直に殲滅されつくす頃合いを見たか、曹操の隣にいた白髪の男がそんなことを呟いて前に進み出た。よく見ると、彼の腰には三本ほどの剣が鞘に納められていた。どこぞの海賊みたいに三刀流でも使うのだろうか。

 

「まずは挨拶を。初めまして、英雄シグルドの末裔、ジークだよ。ジークフリートでもジークでも、好きなように呼んでくれて構わないよ」

 

鷹揚な口調で男は名乗る。英雄ジグルドといえば、北欧の叙事詩に登場する龍殺しの英雄だ。

 

「あいつ、見覚えがあると思っていたが…」

 

「あの魔剣、間違いなく彼よ」

 

どうやらあの男、ゼノヴィアと紫藤さん達教会組の知り合いのようだ。衣装からして教会関係者だと思ってはいたが…それに奴の顔つきと白髪がある人物を想起させる。そいつも元教会関係者だったし、血の繋がりでもあるのか?

 

「二人は知っているのかい?」

 

「ああ、『魔帝ジーク』。教会の三派閥の中でもトップクラスの剣士、私たちの元同胞だ。そして、フリードと同じ戦士育成機関の出身でもあるらしい」

 

「フリード…」

 

もはや懐かしさすら覚えるその名に、木場が複雑な表情をする。

 

木場にとっては因縁の深いエクスカリバーを巡って戦った相手だ。どうやらディオドラの事件でも奴は兵藤たちと対峙したらしい。その時は禍の団の人体実験の試験体にされて人間をやめており、木場に屠られたと聞く。

 

「あなた、私たちを裏切って悪の組織に身を置いたの!?」

 

「…ちょっと耳が痛いな」

 

元同胞に詰問するのは紫藤さん。彼女の言葉が自分にも刺さったか、ゼノヴィアはやや居心地に悪そうに頬を掻く。

 

「はは、そういうことになるね。でも、僕が抜けたところでまだ教会最強の彼が残っているよ。近頃はウリエルが御使いに選ばれなかった戦士たちや有望な戦士を鍛えて『輝聖』なんて地位を与えているみたいだし、僕がいなくたってどうにかなるさ」

 

詰問に苦笑した彼の表情から飄々とした笑みが消える。虚空に魔方陣を展開し、そこに手を突っ込みすっと大振りな剣を引き抜いた。血のように赤い刃に金色のラインが走る刀身の広いその黒剣は危うさを感じる赤いオーラを纏っていた。

 

「話はそれくらいにして、剣士同士なら剣で語り合おうじゃないか?木場裕斗、紫藤イリナ、ゼノヴィア」

 

危険なオーラを放つ剣の切っ先を三人に向けるジーク。数瞬のにらみ合いの後、神速で木場が猛進する。

 

〈BGM:闇の戦(仮面ライダーW)〉

 

先手必勝、最速で放たれた鮮やかな剣閃がジークを両断するかと思いきや、奴は間一髪身を横にそらして回避する。

 

「いきなりいい一撃を見せてくれるね」

 

楽しそうに笑うジークに木場が続けて剣技を見舞う。鋭く、鮮やかに、そして何よりも速く振るわれる剣を軽やかでどこか捉えどころのない動きで躱し、あの黒い剣で奴は的確に弾く。木場のスピードに対応しきっている。間違いなく、奴は木場と同格かそれ以上の手合いだ。

 

そして剣技は十分見せてもらったとばかりにジークが黒い剣を振るった。横凪に描かれた凶悪な赤い剣閃を木場はどうにか上体をそらして躱す。

 

「魔帝剣グラム。最強の魔剣の一撃を味わっていくかい?」

 

ジークは得物の名を獰猛な笑みと共に言う。それから木場の番は終わったと、今度はジークの猛攻が始まる。

 

先ほどまでの落ち着き、優しそうな雰囲気とは打って変わって攻撃的で獰猛な怒涛の連撃を次々に放つ。一撃でも喰らえば、そのまま次の攻撃も受けて終わり。木場は回避や防御で手一杯で、カウンターの一つを叩き込む余裕すらない。

 

「僕のスピードに対応している…!」

 

「自分で言うのもなんだけど、『聖王剣のアーサー』『魔帝剣のジークフリート』と並んで呼ばれている。本気でかかってこないと本気を出す前に斬られることになるよ?」

 

そして木場の体を両断せんと勢いよく振り下ろされた剣戟を木場は聖魔剣で受け止める。ガキンと甲高い金属音が響き渡る。

 

「ぐ…ううっ!!」

 

剣を強く握り、木場は一撃をこらえる。勢いと魔剣の凶暴なオーラが込められた一撃に聖魔剣が悲鳴を上げるようにめきめきと嫌な音を立てる。ジークは力任せに聖魔剣ごと木場をぶった切る魂胆だ。

 

絶体絶命の木場。そんな彼を追い詰めるジークに聖なる斬撃と光のチャクラムが飛来する。気付いたジークがグラムで防ぐ間に木場は大きく距離を取った。

 

「加勢するぞ、木場!」

 

「天使もお助けするわ!」

 

彼の元に駆け付けたのはゼノヴィアと紫藤さん。ジークの攻撃をどうにか凌いだ木場の前に立つ彼女らの面持ちには強い危機の色が現れていた。

 

「――っ、ありがとう!」

 

「ミカエルのAにデュランダルも…手厚い歓迎だね」

 

不敵な笑みを深めるジーク。相対する三人が一斉に奴へと突撃していった。

 

三人の剣が一斉に振るわれ、ジークのグラムとぶつかり合う。ガキン、ガキンと剣がぶつかる金属音すら置き去りにする速度で打ち合いが行われる。

 

神速で動き剣技で攻める木場、翼を広げ上空からジークの死角を突くように仕掛ける紫藤さん、ジークに負けないパワーと得意の二刀流で打ち合うゼノヴィア。

 

三対一という不利な状況においても奴は一歩も引かず、矢継ぎ早に来る三人の剣戟を躱しカウンターを放ち、剣一本で対等に立ち回っている。

 

あの三人でも攻めきれないなんて、奴は相当なやり手だ。扱う剣に相応しい技量を兼ね備えた剣士。長期戦は免れない。

 

「はっ!」

 

ゼノヴィアが木場から貰った聖魔剣を斜めから振り下ろす。その時、ジークは腰に帯刀していた剣の一つを勢いよく抜き、その動作から直接放たれる一閃で彼女の剣戟を弾き返した。

 

「!!」

 

弾かれた聖魔剣はガシャンとガラスの割れるような音を立てて、刃が砕け散ってしまった。

 

「バルムンク。北欧の魔剣の一振りだよ」

 

奴の左手に握られているのは美しい刀身ながらも禍々しい物を感じる紫色の剣だった。しかし木場が攻撃を休めることはない。木場の一撃を奴は右手のグラムで受け止めた。

 

「はあっ!」

 

挟みこむようにゼノヴィアが左サイドから切りかかる。彼女のアスカロンをバルムンクが受け止める。

 

これで両手が塞がった。何本剣持っていようとそれを扱う手がふさがっていては意味がない。

 

「今だ!」

 

木場の呼びかけに紫藤さんが勝利を確信した顔で頷き、上空から真っすぐに奴の元へ急降下して剣を繰り出した。

 

「アーメンッ!」

 

防ぎようのない光の剣の一撃が真正面からジークフリート目掛けて放たれた。

 

ガキン!

 

しかし誰もが勝利を確信した彼女の一撃は、ジークが鞘から抜いた三本目の剣に受け止められてしまった。

 

「ノートゥング。こちらも北欧の魔剣さ」

 

光の剣と交わるのは金色の柄に深い青の剣だった。しかし注目されたのは剣よりもそれを握る手だ。

 

「三本目の腕…!」

 

まさかの現象に対峙する三人が驚愕の表情を浮かべる。ジークの背中から、鱗に覆われた白い腕が伸びていた。器用に動くそれは動揺した紫藤さんを弾く。

 

「くっ…」

 

「この腕はドラゴン系神器『龍の手《トゥワイス・クリティカル》』の亜種だよ」

 

「龍の手と言えば…」

 

俺がレイナーレとのごたごたに巻き込まれていた頃、赤龍帝の籠手だと認定される前の兵藤は『龍の手』の所有者と認識されていたらしい。龍の手と酷似していた神器が覚醒して、今の赤龍帝の籠手になったのだとか。ジークが使っているのは亜種だから、形態はまた違ったものだろうが。

 

「このくらいなら、まだ禁手は使わなくても良さそうかな」

 

「…!」

 

余裕の表情のジークが放つ何気ない一言が、三人を更に戦慄させる。俺も参戦したいところだがこのままアーシアさんと九重を置いてけぼりにするわけにもいかない。仲間の窮地に手を差し出せないとは、とても歯がゆい気分だ。

 

〈BGM終了〉

 

「…それじゃ、俺も行くか」

 

〈BGM:MASURAO(機動戦士ガンダムOO)〉

 

今まで動かなかった曹操の隣にいた甲冑の男。にやりと楽しそうな笑みを見せると、突然前線へと真っすぐに駆け出した。

 

ジークの相手で手一杯の木場と紫藤さん、ゼノヴィアの横を走る抜ける彼の視線は真っすぐに俺にだけ向けられている。

 

「っ!行かせるか!」

 

そうはさせまいと兵藤が彼の前に飛び出し、倍加の力の乗った右ストレートを放つ。しかし放たれた拳はヒットする寸前で割って入るように出現したキラキラと光る何かに阻まれ受け止められてしまった。

 

「なっ!」

 

「いいパンチだ、でもそれじゃあ俺の輝きは砕けないぜ」

 

動揺する兵藤に男は横薙ぐような回し蹴りを放ち、彼の胴を見事に打ち据えた。

 

「ぐぁ!」

 

攻撃を止められて反撃された兵藤は手摺に叩きつけられ、短い苦悶の声を上げる。そして誰も自信を止める者がいなくなった男は再び歩みを始め、俺とアーシアさん、九重のいる後方にたどり着いた。

 

「アーシアさん、九重、下がって」

 

兵藤を容易く対処した目の前の敵に警戒心を引き上げつつ、二人を下げる。

 

アーシアさんはもちろんだが九尾の娘とは言え、戦闘力は期待できないだろう。実力があるなら彼女の性格からして今頃とっくに木場達と同じ様に前に出て戦っているはず。

 

それはともかくこの男。普通の戦闘員とは違う何かを感じる。強敵の予感がビンビンする。

 

目の前に現れた敵に警戒心を向けていると、男は一つ好戦的な笑みを浮かべた。

 

「よぉ、英雄使い。会いたかったぜ」

 

「お前も幹部クラスか?」

 

「そうさ、俺は信長。織田信長の末裔にして英雄派の幹部だ」

 

男は自分を信長だと名乗った。日本人なら誰もが知る、しかし今思いもよらなかったその名に俺は内心衝撃を受けた。

 

「信長だと?」

 

信長と言えば目下俺が変身している英雄フォームのこと。眼魂に選ばれた英雄とその末裔が対峙するとは、面白い因果だと思わずにはいられない。

 

「そうだ、お前が信長の力を使っているって言うんでそれを聞いた時から興味が沸いて、戦いたくて仕方ねえ」

 

やはり向こうも俺の信長の力に興味津々か。もしかしなくとも俺の眼魂を奪おうと考えている手合いかもしれない。眼魂が減ればプライムスペクターのパワーも落ちる。それだけは避けなくては。

 

「…そうか、こちとらお前に付き合う余裕はないんで、退場願おう!」

 

敵の話をわざわざ聞いてやる道理はない。ガンガンハンドを構えなおし、実体のある幻影と共に容赦のない一斉砲火を信長に浴びせる。

 

放たれた計二十数発の弾丸が信長目掛けて殺到し、真っすぐに空を走る。それら全てが信長の体に風穴を開けると思いきや、突然信長の前面にダイヤモンドのように澄んだ輝きを放つ障壁が展開し全ての弾丸を防ぎ切ってしまった。

 

「それは…?」

 

「見て分からねえか?宝石だよ」

 

着弾した箇所から煙を上げる障壁が、信長の手の動き一つで消える。

 

「俺の神器は『極彩色の宝界《インエグゾースティブル・シャイン》』。物理攻撃だろうが魔法だろうが、誰も俺を傷つけることは出来ねえ。能力の種ならアザゼル総督にでも聞け」

 

「…!」

 

信長は自身たっぷりに不敵な笑みを浮かべた。

 

〔BGM終了〕




多分パンデモニウム編が終わったらパンデモニウム編の裏話を活動報告に上げる…気がする!

解説しておくと信長の能力の使い方はメタルクラスタホッパーのクラスターセルに近いです。障壁を作ったり、空中に足場を作ることもできます。流石にバッタの群れを飛ばして相手の装甲を虫食いさせるなんてことはできませんが。

次回、「ヴァーリからの使者」


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第111話 「ヴァーリの使者」

ゲームやってたらめっちゃ本作のポラリスと似たようなことやってる奴がいた。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
1.ムサシ
2.エジソン
3.ロビンフッド
4.ニュートン
7.ベンケイ
9. リョウマ
10.ヒミコ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
13.フーディーニ



〈BGM:一騎打ち(遊戯王ゼアル)〉

 

自在に宝石を作る極彩色の宝界、それが奴の神器。神滅具ではないが、防御特化の神器というわけか。幹部というだけあって自分の神器の能力を相当高めているとみていいだろう。

 

「なら、接近戦で!」

 

銃撃が効かないのなら戦法を変えるまで。即座に眼魂を変えてゴーストチェンジする。

 

〔カイガン!ベンケイ!兄貴ムキムキ!仁王立ち!〕

 

白いパーカーゴーストを纏ってベンケイ魂に変身すると、召喚したガンガンセイバーナギナタモードにどこからともなく出現したクモランタンが変形合体してハンマーモードへと切り替わる。

 

このベンケイ魂も久しく使えなかったフォームの一つだ。15ある英雄フォームの中でもパワーに特化したこのフォームで奴の防御を打ち砕く。

 

セイバーを構えて猛然と突っ込むが、奴は一歩たりとも動くそぶりを見せない。あくまで悠然と、自身に満ちた表情でこちらを見据えるだけだ。よほど自分の防御に自信があるらしい。

 

望み通りにと真正面から俺はベンケイ魂で向上したパワーを以てハンマーを振りかぶる。当然、奴を守るように宝石のように輝く障壁が出現して俺の攻撃を受け止めた。ぶつかると同時に、ガキィと硬い音が鳴り響いた。

 

「硬い…!」

 

奴の障壁には傷一つつかない。音が反響するように、こちらの腕にビリビリとした衝撃が伝わってくる。

 

押してダメならと一旦引いてステップを踏んで回り、また違う方向から攻撃を仕掛ける。しかし振るったハンマーはまたも出現した鉄壁の障壁によって阻まれてしまう。

 

「いい動きしてんねぇ」

 

次々に襲い来る攻撃を防いでみせる信長が戦意の高ぶりを示すように笑みを深くする。

 

何度も繰り返すが、奴の障壁にヒビ一つ、傷一つ付いた様子すらない。このまま攻撃を続けるだけでは埒が明かない。

 

「なら高めた一撃で!」

 

〔ダイカイガン!ベンケイ!オメガドライブ!〕

 

〔ダイカイガン!オメガボンバー!〕

 

ドライバーのレバーを引いてのオメガドライブ、武器をベルトにかざしてのオメガドライブ、二種類のオメガドライブを同時に発動させて昂る霊力が一撃の威力を極限まで引き上げる。

 

「ウォォォォォッ!!」

 

絶対に奴の防御を突破する。固い意思を持ち爆発せんばかりに眩い白の閃光が槌に宿り、力強く踏み込み、渾身の力を込めて信長目掛けて振り抜くが、やはり現れたキラキラと宝石のようにきらめく障壁が攻撃を阻む。

 

眩い閃光を蓄えたハンマーを全力で障壁に打ち込む。瞬間、霊力が弾け、激しい光のスパークを引き起こした。

 

「ぐぅぅぅぅぅぅ!!」

 

歯を食いしばり、地を踏みしめ、これでもかと一撃をぶつけ続ける。意地でもぶっ壊すという意思の乗った一撃が障壁に喰らい付く。

 

霊力の迸る光の中でふときらめく光があった。それに気づくと同時に障壁からズッと鋭いトゲが飛び出した。反応した俺は咄嗟に攻撃を中止して、後ろに跳んで躱した。

 

「効かねえな」

 

攻撃が中止され、光に隠されていた障壁の姿が明らかになる。前面に先ほど俺を狙ったトゲが生えている以外は、悔しいほどに全くの無傷だ。

 

「これでもダメなのか…!」

 

「深海さんの一撃でもダメなんて…」

 

「なんて防御力じゃ…!」

 

戦慄を禁じ得ない。戦い始めてから数か月、まだまだひよっこと見られるような経験の少ない未熟者の戦士だがそれなりに意思と実力を磨いてきた自負があった。

 

それが今、砕かれようとしている。今までにも何度と己を屠るような局面とぶち当たって来たがこいつは毛色が違う。戦闘力、攻撃力じゃない。ただの防御、されど徹底的に鍛え上げられた防御で、俺の自信を打ち砕こうとしているのだ。

 

「だったら!」

 

直接攻撃がダメなら別の手段を講じるまで。今度はヒミコ眼魂を差し込んでさらなるゴーストチェンジを遂げる。

 

〔カイガン!ヒミコ!未来を予告!邪馬台国!〕

 

〔ダイカイガン!ヒミコ!オメガドライブ!〕

 

ヒミコ魂に変身して早速必殺のオメガドライブを発動させ霊力を増幅し、それを変換した炎の波を解放する。先の戦いでは強大な呪いを浄化しつくした聖なる炎が荒波のように信長を飲み込もうと押し寄せた。

 

「ふ」

 

すると信長は橋の横幅いっぱい、奴の背丈の2倍はある今までの物と比べて一段と大きな障壁を作り出す。障壁と言うよりは炎の荒波に対する防波堤は押し寄せる豪炎を完全に防御してしまう。

 

熱波が消えるや否や、障壁も消えて涼しげな表情の信長が姿を現した。

 

「熱も通さねえ。神器で作ってんだ、ただの宝石と同じなわけねえだろ」

 

「今度は!」

 

〔カイガン!ツタンカーメン!ピラミッドは三角!王家の資格!〕

 

今度はツタンカーメン魂にチェンジして、コブラケータイが合体したガンガンハンド鎌モードを構える。

 

叩いてもダメ、熱してもダメなら斬ってみる。それでだめならいっそオメガファングで奴を時空の狭間に追放する。

 

こういう様々な状況に対処できる点がこのゴーストチェンジの強みだ。凛…いや、アルルの持っている眼魂があればもっと別の手段も取れたがな。

 

「卑弥呼に弁慶、ツタンカーメンにロビンフッド…信長だけじゃなく噂通り多彩な英雄の力を持っているみたいだな」

 

次々に姿を変える俺に奴は興味深そうに言う。15あると言いたいところだが、手の内を明かすような真似はしない。

 

「ところでお前、俺の能力が防御しか出来ねえとか思ったりしてねえよな?」

 

徐に手を掲げる信長。すると奴の周囲に無数の宝石が形成、そしてそれら全て矢の形へと変じていく。美しくも鋭い矢じりは全て、こちらに向けられていた。

 

「こんなこともできるんだぜ」

 

手を振り下ろす。それを合図に一斉に横殴りの矢の雨がこちらに降り注いだ。この範囲ではアーシアさんや九重も巻き込まれてしまう。

 

「…ッ!」

 

危機感に煽られながらも半ば反射でガンガンハンドをドライバーにかざし、必殺待機状態に入る。

 

〔ダイカイガン!オメガファング!〕

 

「らぁ!」

 

渾身の力を込めて鎌を振り抜き、ターコイズブルーの斬撃を飛ばす。斬撃はピラミッド型のエネルギーへと変化し、寄せ来る矢の群れと向かい合う面にぽっかりと穴が開くと、そこから猛烈な引力を発して矢をまとめて穴の先の暗闇へと吸いこんでしまった。

 

穴の先は次元の狭間。奴のコントロール下から外れ、吸いこんだ矢は向こうで消滅することだろう。

 

引力から逃れた一部の矢が橋の手摺に直撃すると、ごっそりと木造の手摺に大きな傷跡を付けた。この威力を連続して受けていたら危なかったな。

 

ピラミッド型のエネルギーが消えると、信長がいた場所には輝くドームのようなものができていた。それがきらきらと煌めく粒子になって消えていき、中にいた信長の姿を外界に晒した。

 

「俺をあの中に閉じ込めようなんて考えてたみたいだな。だがそうは問屋が卸さねえ」

 

ドーム状に障壁を地面に固定する形で張って引力に引っ張られないようにしていたらしい。やはり神器を使いこなしている。

 

「その鎌でも俺の防御を越えることは出来ねえよ。俺たち英雄派は日々、互いを高め合い研鑽しあっている。ジークの魔剣だって受け切れるレベルだ、そうそう越えられるようなやわな輝きはしてねえ」

 

「くっ…」

 

「さあ、次はどんな手を見せてくれるんだ?」

 

俺の次の攻撃を楽しみに待つかのように大胆不敵に笑う。

 

こいつは想像以上の強敵だ。はっきり言って、これをプライムトリガー抜きで相手にするのはきつい。神相手もきついが、攻撃が通じない相手もかなりしんどい。どうにかして突破口を見つけなければ、俺がやられたのちアーシアさんや九重もやられる。

 

それだけは何としてでも避けなければならない。

 

頭をフル回転させて、今ある戦力でどう迎え撃とうかと考え始めたその時、船上の中心に空から二人の男が降って来た。

 

〈BGM終了〉

 

一人は俺たちに背を向けるのは金色の鎧を纏うアザゼル先生。傷ついた鎧の随所がひび割れ、欠けていた。

 

そしてもう一人は曹操。奴の着る漢服もまた、端々がボロボロに破れていた。

 

神滅具最強の聖槍を相手に互角に渡り合う先生が凄いと思うべきか、それとも先の大戦を戦い抜いた堕天使総督を相手に人間の身で槍一つで戦える曹操が異常と感じるべきか。

 

ふと先生たちが先ほど向かって行った下流の方へ目を向けると、そびえる山々に凸凹としたクレーターがいくつも生まれ、豊かな森林の景色が焦土と化していた。作られた空間だとわかっているからか景観を一切気にせずに戦った結果があれか。やはり恐ろしいな。

 

「心配するな。全力じゃねえ、軽く打ち合っただけだ」

 

「ふふ、全力でなくともやはり堕天使の長は手強いな。それにしても…」

 

曹操の目線がちらりと兵藤に移った。

 

「いやはや、やるね。『王』のリアス・グレモリー不在の状況でここまで俺たちを相手に立ち回れるとは。ここの戦闘力も勿論だが、やはり赤龍帝を宿す兵藤一誠のポテンシャルもあるな。他者を引き寄せるドラゴンの要素もだが、他の眷属に指示を出し、冷静に対処してきた」

 

一連の兵藤の動きを曹操は冷静に分析する。敵意ではない、あくまで奴の瞳にあるのは初めて出会う相手に対する好奇の色だ。

 

「やはり君は将来的に歴代トップクラスの赤龍帝になるだろう。それを見抜けず死に損なったシャルバは本当にバカだな…。眷属と一緒にデータを収集しておきたいものだ」

 

この場にいないシャルバに嘲笑した。今回の敵はコカビエルやライザーのようになめてかかってこないタイプのようだ。今までのように舐めて無策にかかって来るのではなく、俺たちを正確に分析して戦術を編もうとしている。

 

激闘を潜り抜け強くなった分、敵から寄せられる評価も高くなる。これからの戦いは今まで以上に厳しくなりそうだ。

 

「一つ訊こうか、お前らが活動する目的はなんだ?」

 

鋭利な光の槍を曹操に向け、先生は問う。

 

「俺たちの活動目的は至ってシンプルだ」

 

それに対して曹操ははぐらかしもせず両腕を広げ、威風堂々とした立ち振る舞いでそれを言い放つ。

 

「挑戦すること。異形に貧弱・下等だと見下される『人間』がどこまでやれるのかを試してみたい。ドラゴンに悪魔、超常の存在を倒すのはいつだって人間さ」

 

己の持論を力説する曹操は槍の石突で強く橋を叩く。

 

「俺たちは困難に挑戦し、打ち砕く者」

 

その言葉には奴の信念の重みが込められていた。

 

「歴史に名を轟かせた偉人たちは皆そうだ。戦、発明、政治…様々な分野において困難と対峙し、それを乗り越え、己の轍を踏んで続く者達の光となって、大業を成し遂げた。俺たちもその英雄たちの生き様に乗っ取り、この時代でそれを為そうとしているだけですよ」

 

意思、夢、奴が明確に持ち、見据えるものが雄弁に語る言の葉に織り込まれている。

 

「人間はいずれ異形を越える。そう、力に選ばれた俺たちはこの蒼天の下で異形という困難に挑戦し、己の限界を試し、超え、人間の進化の先駆者を目指す…数多の異形を屠り、俺たちは現代の英雄になる。それが俺たち英雄派だ」

 

グッと左の拳を握り、槍の穂先を先生に向ける。眼前にそびえる堕天使の長という高い壁を見据え、それに対してぶち壊してやるという宣戦布告をするように、意思の宿る挑戦的な笑みと瞳が槍に負けじと輝いている。

 

本当に今までの敵とは全く毛色が違う男だ。今までの敵は戦争を起こす、社会体制を変える、変化を起こさせないという政治色のある敵だった。

 

だがこの男は違う、邪悪や怪物、ドラゴンを倒すおとぎ話や英雄譚に胸を躍らせた子供が本物の力を得て、本気でそれになろうという意気で行動している。理想を実現させるための力を持つこの男たちは、本気で物語に登場するような英雄になろうというのだ。

 

そしてそのための研鑽は欠かさない相手と見た。これは今まで以上に鍛錬を積み、更なる力を身につけなければ勝てない相手だろう。

 

「さあ、第二ラウンドを始めようか」

 

奴の笑みが深くなり、奴がピクリと脚を動かした瞬間。

 

俺たちと英雄派、二つの間に魔方陣が一つ現れる。光が溢れ、そこから登場したのは魔法使いと呼ぶにふさわしい帽子をかぶりローブを纏う少女だった。

 

金髪を揺らし、ヨーロッパ系の顔立ちをした可愛らしい少女はくるりとこちらを向くと、にこりと笑う。

 

「初めまして、私はルフェイ・ペンドラゴン。ヴァーリチームに所属する魔法使いです。以後、お見知り置きを」

 

「ヴァーリチーム…!」

 

因縁深いその単語にマスクの裏で驚愕した。こんな女の子がヴァーリの仲間だって言うのか…!それにあの子の名前の…。

 

「ペンドラゴン…?アーサーの血縁か?」

 

「はい、アーサーは私の兄です」

 

先生が俺の思ったことを代弁するかのように疑問をぶつけると、少女は礼儀正しく肯定の意を返した。

 

あの剣士にこんな妹がいたのか…。いかん、最近どうも妹という単語を聞くと良くないことを考える。

 

彼女の視線が不意に兵藤へと移った。どこか意を決した面持ちで彼の下へ駆け寄り。

 

「あの…」

 

「はい?」

 

「私、実は『乳龍帝おっぱいドラゴン』のファンなんです!よろしかったら、握手とサインをお願いします!」

 

思い切った調子で、彼女はばっと握手を求める手を差し出した。

 

「へ?」

 

差し出された本人を含め、この場にいる誰もが呆気に取られる。

 

おいヴァーリ、身内にお前の敵のファンがいるぞ。そんなんでいいのか。

 

「えっ、ああ、うん…」

 

困惑しながらも、彼女の意思を受け取る兵藤は鎧を右手だけ解除しておそるおそる握手に応じてあげた。

 

「やったー!ありがとうございます!」

 

それだけで彼女はいたく喜んだ。何か裏があるわけでもなく純粋なファンの反応だった。

 

無邪気な彼女の反応に和みかけた矢先、「んん」と大きな咳払いをした主が注目を集める。

 

「ヴァーリチームの一員が、ここに何用かな」

 

頭をポリポリと掻く曹操が真面目な様子で問う。

 

「はい、ヴァーリ様からの伝言をお伝えします!…んん、『邪魔はするなと言ったはずだ』だそうです!こちらに監視をおくった罰ですよー」

 

言ったそばから橋そのものが揺らぐような凄まじい震動が俺たちを襲った。何事かと辺りを見渡すと、ふと視界に入った桂川の一角の地面がゴゴゴとうなりを上げて盛り上がり、土と石、更に水の入り混じったベールをかぶりながら巨大な何かが姿を現す。

 

四肢は太く、そのボディは無機的な物質でできている。10mはある巨大なゴーレムと呼ぶべき巨人が大気を震わせる目覚めの大きな一声を上げた。

 

「あれは…ゴグマゴグ!」

 

先生はゴーレムを見て、その名を叫んだ。

 

「あれは一体何なんですか!?」

 

「古の神が量産したとされる破壊兵器だ。今は機能停止して放置され、次元の狭間を漂っているはずだが…俺も実際に動いているのは初めて見たぜ。くっそ…胸が躍るな…!」

 

解説しながらも先生はワクワクした声色で本心を漏らし、そびえるゴグマゴグを見上げた。

 

あんな破壊兵器を量産した神がいるのか。というか次元の狭間にはグレートレッドがいるはずだが、ゴミ捨て場みたいな感覚でこんな物騒な代物捨てていいのか…?

 

「もしかして、ヴァーリはグレートレッドの調査だけでなくこいつを探すために次元の狭間に行っていたのか?」

 

「はい、以前オーフィス様が次元の狭間の調査に同行した際、動きそうなゴグマゴグの反応を感知したので改めて調査した次第です」

 

討つべき敵であるグレートレッドが住まう以上、やはり次元の狭間の調査を行うのは当然か。となると、レジスタンスの母艦も次元の狭間にあるが…今後、ヴァーリの調査の対象に加わることになるのだろうか。

 

「あいつのチームって本当に強者揃いなんだな…他にもいるのか?」

 

「いえ、私たちのチームはヴァーリ様、黒歌様、美猴様、お兄様と私、ゴグマゴグのゴっ君とフェンリルちゃんの七名ですよ」

 

指を折りながら数えるルフェイ。なるほど7名か、名前に上がった奴等はこれで全員面識が出来たことになった…ん?

 

「…え、フェンリル?」

 

最後に一人、いや一匹だけヴァーリチームじゃないやつが混ざっていなかったか?フェンリルと言えばあいつが連れて行ったっきり音沙汰なしだったが…。

 

「あれ、知りませんでした?ヴァーリ様が覇龍で連れて行ったあと、うちの仲間に加わったんですよ?」

 

…えー。あいつ、とんでもないもんを味方に引き入れやがったな。フェンリルは神をも喰らう凶悪無比の牙、これは一大事だ。こりゃ次に相まみえる時は苦戦は必須だ。

 

「ははっ、ヴァーリめ。こんな面白い物を引っ張り出して来るとは!」

 

ゴグマゴグの登場にも高らかに、楽しそうに笑う曹操は槍を突き出す。「伸びろ」という短く、鋭い一声でその意思は具現化し、槍はリーチを一気に伸ばすとゴグマゴグへその穂先を突き立てた。

 

勢いと鋭さのある、見た目に反して強烈だった一撃はゴグマゴグを簡単にひっくり返した。重い巨躯が再び桂川へと倒れこみ、地震のような震動が響き渡る。

 

「ついでに貰っておけ!」

 

ダメ押しとばかりに信長がゴグマゴグの方に手を突き出すと、ゴグマゴグの頭上にゴツゴツとした荒削りの巨大な宝石が生成される。

 

ゴグマゴグに大きな影を落とす宝石は重力に従って落下して倒れたゴグマゴグの巨体を押しつぶし、ズンと振動を響かせた。

 

あの神器、デカ物相手もできるのか。本当に使い道が多様な能力だな。

 

「あの神器の能力…まさかフォーチュン・ブリンガーか?」

 

先生はあの攻撃を見て何か知っているような口ぶりをした。やはりあの神器も何かしら知っているんだな。

 

巨大ゴーレムの登場で更なる混乱に包まれる戦場。そんな時、俺たちから見て向こう岸から、おぼつかない足取りでふらふらと歩いてくる人影があった。

 

「…うぃぃー」

 

長い銀髪を揺らしながら、男の目を引くような整った顔で汚い音を発する女性。顔を赤く染めているのは羞恥の感情ではない。

 

「あれは…」

 

英雄派のメンバーもその女性の存在に気付き始める。気分の悪そうな顔をしている女性は俺たちに気付くと。

 

「なーんれすかぁ?人が気持ちよーくスヤってる時に、こんなドーンパチ、どっかーんって…うるさいんれすよああもうっ!!」

 

ふらふらしながら、呂律が回っていない口で聞くに堪えない文句を垂れ始めた。

 

あの髪型と顔は見間違えようがない。ロスヴァイセ先生だ。彼女も俺たちと一緒に霧に巻き込まれていたようだ。

 

「どいつもこいつも…私のはなしきからい生徒ばっかり…いちゃいちゃいちゃいちゃ…私だけ寂しく……ぬぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

まさしく千鳥足の先生が何かをぼそぼそ言いながら急に頭を抱えて奇声を上げて悶え始めた。

 

赤い顔、千鳥足、この二つを結びつけるものと言えば一つしかない。

 

「…酔っぱらってる?」

 

先生、昼間から酒を飲んだのか?どこで生徒に見られるかもわからないのに、生真面目なロスヴァイセ先生ともあろう人が一体どうして?

 

「実はアザゼル先生にお酒を飲ませないように、自分で飲んだらああなったんです…」

 

「…酒癖悪いのな」

 

内心の疑問を読み取ってくれたのかアーシアさんが教えてくれた。

 

生真面目というのもあって色々とため込んでいそうだ。意外な先生の一面に、俺は内心驚いた。

 

英雄派も一時はあんな彼女の調子に困惑していたが、徐々に彼女に対して武器を構える人数が増えていった。

 

「なんれすか?やるんれすか?クソオーディン様の元付添人に喧嘩売ったこと、後悔させてやろーじゃないれすか!」

 

酔っぱらいながらも自分が武器を向けられていることに気付いた先生。ふらふらし、ばっと両手を天に掲げると、次々に空に魔方陣が展開していく。5、10、20、50と魔方陣はどんどん数を増やし辺り一面を埋め尽くしていき圧巻の光景を生み出した。

 

英雄派もこの凄まじい光景に戦慄を禁じ得ないようで、武器を持つ手が震え始めていた。そんな彼らに無慈悲に、いや、日頃の鬱憤を晴らすべく死刑宣告じみた叫びを上げる。

 

「全属性、全精霊、全神霊を合わせた北欧式魔法・フルバーストをくらえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

それを合図にして、魔方陣が一斉に魔法を吐き出す。豪炎、激雷、猛吹雪、烈風、激浪、土流、閃光、ありとあらゆる属性を網羅した彼女の魔法が英雄派たちに牙を剥いた。

 

広範囲を埋め尽くし、この橋全てを破壊せんとばかりに放たれたそれは英雄派の一団に突き刺さるかと思いきや。

 

行く先に突然発生した白い霧がまるで地面が降って来る雨水を受けとめ、弾くが如く降り注ぐ魔法の嵐を防御してしまう。霧は叩きつけるように振り続ける魔法を全て防ぎきるまで、晴れることはなかった。

 

「うちの防御担当は俺だけじゃないんだぜ」

 

「勝手に防御担当呼ばわりされては困るんだが」

 

いつの間にかに英雄派のメンバーたちの元に戻った信長が知的そうな眼鏡の男の肩を叩く。恐らくあの男が霧の使い手か。

 

「乱入があったが…むしろ祭りの始まりとしては上々だ」

 

グレモリー眷属に俺、紫藤さん、九重、先生。この場に揃った俺たちをザっと見渡すと奴は高らかに言い放つ。

 

「我々は今宵、京都の特殊な力場と九尾の御大将を利用して一つ、二条城にて大規模な実験を行う!是非とも我らの祭りに参加してほしい!」

 

「何だと…!」

 

「では、また会おう」

 

俺たちの返答を待たずして奴は踵を返す。それと同時に発生した濃霧があっという間に英雄派たちの姿を包み隠してしまった。

 

それだけではない、奴等を飲み込んだ霧が今度は俺たちの足元にも発生し、水を注がれたプールの水かさが増すようにだんだん俺たちを飲み込み始めた。

 

「お前ら、空間が元に戻るぞ!武装を解除しろ!」

 

〔オヤスミー〕

 

先制の挙げた声に反応して変身を解除すると同時に、視界は鈍い白で完全に満たされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

視界に鈍い白のベールを覆いかぶせ、夢心地にさせるような霧が晴れた後に目に飛び込んできたのは霧に攫われ、戦う前と何ら変わらぬ嵐山の光景だった。

 

俺とゼノヴィアの周りには、つい霧に飲まれる寸前に戻ったかのように変わらぬ様子で天王寺達上柚木班のメンバーと、木場とその班員がいた。

 

「急にどないしたん?ごっつ張り詰めた顔しとるで?」

 

「大丈夫ですか…?もしかして、どこか具合が悪かったりして…」

 

俺たちの身に起こった出来事を知らない天王寺と御影さんが心配そうに尋ねてくる。

 

「…いや、大丈夫」

 

状況の変化と、ぶち当たった絶対防御の壁。それに心を乱された今、有耶無耶な調子で答えるのがやっとだった。

 

 




次回はアザゼルが信長の神器について解説してくれるそうな。

次回、「フォーチュン・ブリンガー」


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第112話 「フォーチュン・ブリンガー」

先に言っておくと、コード・アセンブリー英雄集結編はパンデモニウム編、ライオンハート編、ウロボロス編、ヒーローズ編、そして完全オリジナルの5章構成にする予定です。最後の章はマジで色々動きます。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
1.ムサシ
2.エジソン
3.ロビンフッド
4.ニュートン
7.ベンケイ
9. リョウマ
10.ヒミコ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
13.フーディーニ



変わらず豪勢な夕食と大浴場での入浴を終えて就寝時間も近づく頃、グレモリーとシトリー眷属の面々と紫藤さん、俺、レヴィアタン様、そしてアザゼル先生は兵藤の一人部屋へと集合した。

 

集まった理由は他でもない。今夜行われるという英雄派の実験、それを阻止するための作戦の説明が行われるからだ。

 

「よし、集まったな」

 

集まった面々を確認がてらザっと見渡す先生。

 

「しかしこの部屋、中々狭いな…」

 

匙がやや居心地が悪そうに言う。それもそのはず、この部屋は一人部屋だ。10人以上も集まる集会のために作られたのではない。中には座るスペースがなく俺のように立ち聞きするしかないメンバーもいるし、紫藤さんとゼノヴィアに至っては押し入れの中に納まっている。

 

「それについては俺ももう少し広めの部屋を用意すればよかったと後悔している所だ。立ち見の連中には悪いことをした」

 

腕組みして立つ先生は申し訳なさそうに頭をかく。元から非常時の集合を想定してこの部屋を取ったならもっと広い部屋を兵藤に割り当てればよかったのに。

 

あ、それでも兵藤の一人部屋と言う事実には変わりないし兵藤が部屋のスペースを持て余すことになるのか。

 

「まずは現状についてだ。現在、二条城と京都駅を中心としたこの一帯に非常警戒態勢が敷かれている。現地の妖怪と協力して天使、堕天使、悪魔と人員は総動員して敵の不審な動きがないかを探っている。英雄派の姿は確認できていないが、どうにも京都の気の流れが二条城に集まってきているようだ」

 

「…これも奴等の実験ってやつですか」

 

「恐らくな。元来、京都は陰陽道や風水に基づいて作られた術式そのものと呼んでもいい都市だ。京都各地の神社や寺などのパワースポットの気が、今二条城に集中しようとしている。俺も実際何が起こるかわからんが、ろくでもないことには違いない」

 

先生も奴等が具体的に何を起こそうとしているかは見当もつかない、か。

 

曹操たちがスポンサーのオーフィスの要望に応えるためと言う以上はグレートレッド絡みなのは疑いようもない。だが一体どのような現象を引き起こすつもりなのか、そこが一番の謎だ。

 

「そして本題の作戦だが…まずはシトリー眷属」

 

先生に呼ばれ、シトリー眷属の面々の表情が引き締まる。

 

「お前たちは京都駅周辺に待機して不穏な輩を発見次第対処に当たれ。このホテルを守るのも任務の一つだ、結界を張ってあるから被害が出ることはないはずだが万が一もある。十分注意して動いてくれ」

 

こくりと頷くシトリー眷属たち。人の行きかう京都駅はもちろんだが特にこのホテルには俺たちだけじゃない、一般の2年生の生徒たちも泊っている。ここで暴れられようものなら相当な被害が出てしまうし奴等が生徒たちを人質に取る可能性も考慮すれば当然の割り当てか。

 

「そしてお前たちグレモリー眷属とイリナ、悠は…」

 

次は俺たちだ。まあ、いつもの流れで大体何をやるのか予想はついているが。

 

「例の如くオフェンスだ。二条城に向かい、捕らわれた八坂姫の救出を任せる。当然敵と交戦するだろうが救出を最優先にして完了次第すぐに逃げろ。いいな?」

 

「はい!」

 

俺たちは声を揃えて返事する。このメンバーで直接奴等と事を構えるとしたらやはり俺たちしかいない。

 

「それと今回の作戦では助っ人を一人呼んである」

 

今回も頼もしい助っ人が用意されているのか。それだけ今回の事件がロキの件と並ぶレベルの非常度と見なされているらしい。

 

「ウリエル様ですか?」

 

兵藤がもしかしてと期待に若干顔を輝かせて名を上げたかの大天使は前回の戦いでフェンリルのクローンと一騎打ちをし、見事に葬り去る手柄を上げた。今回も彼の力があれば奴等を容易く殲滅できそうだが。

 

「いや、あいつはそう何度も前線に出てこれる程暇じゃないさ。だが各地で禍の団相手に戦っているプロだ。期待はしていいぞ。今の段階ではあいつに負けず劣らずのとんでもない大物が来るとだけ言っておく」

 

先生がそこまで言うのなら期待できそうだ。いっそあの曹操や信長たちを一人で全滅させられる実力を持った強者なら大歓迎なんだが。

 

「今回はあのポラリスって人は来ないのかしら」

 

ぽつりと言ったのは紫藤さんだった。前回はロキ戦の前日にいきなり現れて協力を申し出たからな。非常レベルの高い今回もふらっと現れて同じことが起こるのではないかと期待するのも当然だ。

 

「あれは連絡手段がない以上どうにもできん…だが、今回メッセージとあるものが俺の部屋に置かれていた」

 

「!」

 

あの人、もう動いていたのか。俺の報告がなくてもやはり俺たちの動向をしっかり見ているようだ。

 

「一つは、悠」

 

徐に先生が懐から取り出したものを俺にぽんと投げ渡してきた。慌ててキャッチして確かめたそれは。

 

「プライムトリガー…!」

 

今の今までポラリスさんに解析とデチューンを兼ねて預けていたスペクターのパワーアップアイテムが今、俺の手元にあった。固くひんやりとした感触が

 

「解析結果の入ったUSBと書き置きと一緒にあった。これで幹部連中とも戦えるはずだ」

 

ちょうど信長対策をどうしようかと考えていたところだ。決戦前にこれが帰って来たのは実に僥倖、技の幅が広がるというものだ。

 

「書き置きには達筆で『立て込んでいて助太刀できぬ。すまない』とだけ書かれていた。彼の助力は期待できんだろうな」

 

「そうですか…」

 

更なる援軍を欲していたらしく兵藤たちは残念そうにしていた。残念なのは俺も同じだが、このメンバーでやるしかない。

 

「それと今度は悪い知らせだが…今回、フェニックスの涙は3つしか用意できていない」

 

「み、3つ…!?足りないですよ!この人数で!」

 

顔を青くする匙。内心俺も匙と同感だった。オフェンスのメンバーは全員で8人、アーシアさんの治癒の神器があるとはいえ、向こうは強敵揃いで激戦を避けられないこの状況においてその数は非常に心許ない。

 

「そんなことはわかってる。元々生産の手間がかかる高級品だった上に禍の団のテロのおかげで価値がうなぎ上りに急上昇していてな。各地の拠点への支給が間に合ってない状態だ。それもあってレーティングゲームの涙に関するルールも改正されるんじゃないかって噂もある」

 

「っ…!」

 

近々バアルとの試合も控えているというグレモリー眷属にとってはかなり厳しい知らせだった。こんなところでもテロの影響か、面倒ごとばかり起こしてくれるな。

 

「これは機密事項だが、涙の需要激増と同時に各勢力が『聖母の微笑』の所有者の捜索が始まっている。回復能力持ちは涙ほどでないにせよ希少だから血眼になってどこもスカウトしようと躍起だ。敵側に回らないためにっていうのも理由の一つだが…どうにかして回復系の人工神器を完成させたいところだ。ちょうど今、アーシアに協力してもらっているしな」

 

「そうだったのか、アーシア?」

 

「はい、実は…」

 

身近にいながら兵藤も知らなかったようだ。アーシアさんの協力でうまく人工神器が完成すればいいんだが。そうすれば異常に値上がりしてるフェニックスの涙の価値もある程度は落ち着きを見せるだろう。

 

「話はそこら辺にして、涙はグレモリーに2個、シトリーに一個分配する。大事に使ってくれよ」

 

取り出したフェニックスの涙の小洒落た小瓶を兵藤に二つ、シトリーの花戒に1本先生は手渡した。

 

「匙はグレモリー側に回ってくれ。呪いの炎で敵の足止めができるお前の龍王の力はきっと役立つだろう。暴走しかけたら前のようにイッセーに呼びかけてもらえ」

 

「お、俺がオフェンスに!?」

 

「そうだ、こういう時のために龍王の力を覚醒させたんだ。任せたぞ」

 

「は、はい…」

 

激戦間違いなしの前線に出るという緊張と恐怖に腰が引けながらも匙は引き受けた。前回も派手に呪いの炎を使ってロキを抑えてくれたからな、今回も活躍を期待できそうだ。

 

「この京都一帯に敵を逃がさないよう包囲網を張ってある。外に待機している部隊の指示はセラフォルーが担当する」

 

「悪い子はきっちりお仕置きしちゃうから任せてね♪」

 

こんな時にも自分のペースを崩さず、可愛らしくウィンクして見せた。こんな非常時にも慌てず普段通りの態度でいられるのは数々の戦いを潜り抜けてきた魔王たる彼女の強い意志がなせる業か。

 

「先生、部長たちの力を借りることは…」

 

手を挙げて意見したのは兵藤だ。わざわざ戦うためだけにこっちに呼ぶのは心苦しいが、そう言ってはいられない状況だ。兵藤の思う通り、戦力は少しでも多い方がいいし呼べるのなら呼んでおきたい。

 

「それがどうにも、タイミングが悪かったみたいでな」

 

「タイミング?」

 

「旧魔王派絡みでグレモリー領の都市で暴動が起こったらしい。リアス達はもちろん、グレイフィアにグレモリー現当主の奥方も参戦したそうだ。まあ、鎮圧は確実だな」

 

「そんなことが…」

 

こっちがこっちで大変なように、居残り組もまた大変な事件に巻き込まれているようで。逆に狙いすましたようにタイミングが良すぎて、こちらに戦力を集中させないために根回しされたのかと疑ってしまうくらいだ。

 

しかし、年長組や塔城さんとギャスパー君の援軍は見込めないか。ギャスパー君の停止の力で信長に隙を作れないものかという考えもあったが、やはり自力で何とかするしかないようだ。

 

「『亜麻髪の絶滅淑女《マダム・ザ・エクスティンクト》』と『銀髪の殲滅女王《クイーン・オブ・ディバウアー》』、『紅髪の滅殺姫《ルイン・プリンセス》』の三人がそろい踏みなのね♪」

 

髪の名前で誰の二つ名かだいたい想像がついてしまうんだが、グレモリーの女性が強すぎる。うち二人は大王バアルの血を引き、一人はルシファー側近のルキフグス家の血筋。旧魔王派の連中はグレモリー領で暴動を起こしたのが運の尽きだったな。

 

「ここまでで何か質問がある者はいるか?」

 

説明は一通り終わったと質問タイムに入ったところで俺は挙手する。

 

「はい、作戦には関係ないんですけど英雄派の神器のことで一つ訊きたいことが」

 

「なんだ?」

 

「先生、あの時言ってたフォーチュン・ブリンガーって何ですか?」

 

渡月橋の一戦、幹部の信長がゴグマゴグに対して繰り出した攻撃を見た先生がそんな単語を言っていた。もとより知名度の高い神滅具は大体把握しているが、そうでないあの神器について説明が欲しいところだ。

 

「…あの神器は神滅具じゃない。だが、希少さで言えばそれに匹敵するレベルのレア神器だ。『極彩色の崩壊《インエグゾースティブル・シャイン》』、それの別名が『フォーチュン・ブリンガー』。富をもたらす神器さ」

 

「富をもたらす神器?」

 

胡乱気に言うのは匙だった。

 

「アレはケイ素、炭素など鉱物に関わる元素を自在に生成、その原子結合を操作して鉱物…もっと言えば宝石を生み出す。過去に確認された所有者はその能力で宝石を大量に生み出し、巨万の富を得たそうだ。…もっとも、その能力ゆえに国や組織、金持ちから狙われて悲惨な最期を遂げた者も少なくない」

 

「宝石を生み出し、所有者に富を与える神器…だからフォーチュン・ブリンガーですか」

 

「ああ、歴代の所有者は富を得るためだけに自分の能力を使った。あの男のように戦闘に使った例は未だかつて確認されていない。こんな能力があれば誰だって作った宝石を金にしようとしか考えないからな。アレを見た時はマジでたまげたぜ、ただでさえ希少な神器と遭遇してラッキーな上に、今までにない使い方をしているんだからな。神器マニアとしてこれ以上興味をそそるものはねえ」

 

想像するだけでと先生の面持ちに内心のワクワクが滲み出てきていた。先生、自重してくれ。こっちはマジであれをどうしようかと頭を悩ませているんだ。

 

「…原子結合を操作して硬度を自然のもの以上に高めることはもちろん、神器は所有者の思いに応える。奴が絶対に防御は破られないと強く思う限りはそれに応じてカタログスペック以上の硬度、無類の防御力を発揮するだろう。それに奴等も戦闘を重ねて素の神器の能力を高めているはずだ」

 

「…さらに言うと、あいつはまだ禁手を使っていない」

 

もっと言うならあいつだけじゃなくこの前戦った幹部以上の連中もだ。レオナルドとか言う『魔獣創造』の少年も禁手を使っていないはず。いや、彼だけは発展途上と言われていたからまだ禁手に目覚めていない可能性もあり得なくはなさそうだ。

 

「はぁ…この戦いで一番厄介なのは神滅具じゃなくそれかもしれんな。パワータイプのお前らと真っ向から渡り合っていける防御力、何か手を打たないとまずいことになる」

 

先生はやれやれと深くため息を吐いた。

 

…俺たち、脳筋だからなぁ。変則的な策でこっちをがんじがらめにしてくる敵より真正面から全力をぶつけても通じない相手が一番こたえる。思い返せば神クラスのパワーを持つロキもそっちに分類される敵だった。

 

「…ヴリトラの呪いやラインで奴の力を抑えるというのは?」

 

ふとヴリトラの力ならと提案したのは木場だった。誰もがその手を思いつかなかったようで、先生すら「そうか」と声を上げた。

 

「そうするのも手かもしれん。流石に呪いまで物理的に防いでしまうとは考えにくいからな。神の力のヴァジュラの雷を使えば強引に突破できるかもしれんが…あれは寿命を削る。それに頼らないために俺は龍王化という選択肢を提示したんだからな」

 

「匙、マジで大活躍するかもな。会長さんに自慢できるぞ」

 

「おお!!怖いけど、なんだかやる気が出てきた気がするぞ!」

 

匙がまさか幹部攻略の糸口になる日が来るとは思いもしなかったぞ。実戦の時は頼りにするからな。

 

「他に質問がある者は?」

 

今度こそ全員が、質問はないとかぶりを振った。

 

「よし、説明は以上だ。俺も空から奴等を探す。修学旅行は帰るまでが修学旅行だ。絶対に死ぬんじゃねえぞ、いいな?」

 

「「「「はい!」」」」

 

自身に気合を入れるためにも、全員が声を揃えて威勢よく返事をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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解散して俺が向かったのは下の階にある自分の部屋だった。ガチャリとドアを開けると、スマホをいじっていた天王寺が俺に気付いた。

 

「お、戻って来たね」

 

「悪いけど、また部屋を空けることになった」

 

ずかずかと進む俺は荷物の入ったカバンを開け、戦闘用の学園の制服をざっと取り出す。

 

「そっか、知らんけど悠君は悠君で忙しいんやな」

 

「本当はお前とゆっくりしたかったんだけど、そううまくいかないみたいだ」

 

早速ジャージ姿から着替えをしながら、天王寺と言葉を交わす。

 

本当ならこんな戦いもなくただ楽しい修学旅行を送りたかった。だが異形と関わってしまった俺にはそんな平穏は許されないらしい。

 

「気にせんでええよ、悠君のやるべきことをやればええんや」

 

申し訳ない気持ち一杯の俺の言葉にも天王寺は気にしていないといつものように朗らかに笑うだけだった。

 

本当にこいつは優しいな。この二枚目の顔と明るい性格で彼女いない歴=年齢なのが信じられないくらいだ。

 

手早く制服に着替えを済ませて、軽めの水分補給を取った直後だった。

 

「なあ悠君」

 

不意に天王寺に呼びかけられる。

 

「こうして皆といつもよりわいわいはしゃいで、おいしいもん食べて、すごい楽しかったで。明日で終わる修学旅行、それからも皆と一緒に変わらずいられるのになんだかすごく寂しい気がするわ」

 

普段と変わらぬ笑顔をたたえているが、語る声色にはいつも明るい彼らしからぬ、過ぎていく時間を惜しむようなどこかしんみりとしたものがあった。

 

「今の悠君すごく怖い顔しとるけど、ちゃんと帰ってくるよね?その表情見てるとなんだか怖い気になってくるわ」

 

「……」

 

天王寺の言葉に一瞬言葉に詰まってしまった。

 

天王寺は異形とは一切かかわっていない。俺たちの事情を知っているはずがないのに、どうしてこうも刺さる言葉を言ってくれるのか。

 

恐らく本当に彼は何も知らないのだ。だが、彼の鋭い勘が不穏なものを察したのだろう。

 

考えてみれば、天王寺は一度友人を失いかけている。親友だったこの体の主が事故で意識不明で1週間寝たきりになってしまったことがある。そこに俺が転生することでどうにか回復できたのだが、その1週間、天王寺はどれほど目覚めぬ彼の心配をしただろうか。

 

一度友人を失うかもしれない状況にあったからこそ、まるで死地に赴くような顔をした今の俺を見て心配でたまらないのだ。また…いや、今度こそ、俺が帰らぬ人になるのではないかと。

 

思いっきり口元を笑ませて。

 

「…当たり前だろ、俺は事故ってもちゃんと帰ってくる男だぞ?記憶はないけどな」

 

自信たっぷりに言ってやった。

 

これまでもそうだった。コカビエル、ヴァーリ、ディオドラ、そしてロキ。どれも命を落としかねない、いや落として当然と言えるほどの強敵だったが結果的に俺たちは修羅場を潜り抜けてこられた。

 

もちろんそこには運も多分にあるだろう。しかし猛攻をしのぎ、掴んだ勝利のベースにあるのはたゆまぬ鍛錬を重ねてきた俺たちの実力だ。それは誇ることのできる、俺たちの自信だ。

 

今回だって、きっと乗り越えて見せる。俺たちは壁にぶち当たるたびに強くなってきた。今度の壁もその力でぶち破っていけるさ。

 

「明日は清水寺行って、おいしい八ッ橋買って、景色楽しんでから帰るぞ。悔いは残さないようにな!」

 

「…せやな、しんみりしとる場合やないわ、明日のこと楽しみに考えるのがええ!」

 

天王寺の表情に見える心配の陰が消え、いつもの調子に戻ったみたいだ。

 

天王寺は何も知らない。俺たちの事情に深く踏み入ることはない。でもだからこそ、俺は戦いを忘れてただ一人の何でもない男子高校生でいられる。兵藤が異形関係での親友なら、天王寺は日常サイドでの親友だ。

 

やはり天王寺がいてくれて本当に良かった。天王寺と話して心を奮わせる勇気が湧いてきた気がする。今日を戦い抜き、明日を生きるための勇気が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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天王寺と他愛もない会話を交わし、覚悟を決めた俺はホテル一階のロビーへと足を運んだ。既に俺以外のメンバーは全て揃った様子だ。

 

「悪いな、ちょっと天王寺と話してた」

 

「大丈夫だ、匙の方も話してるみたいだしな」

 

そう言って兵藤が視線をやった先には、ロビーの一角に集まって話し合ってる匙たちシトリー眷属の面々がいた。戦闘前の緊張をほぐすためか、談笑しているみたいだ。

 

あまりシトリーとは絡まないから向こうの事情は知らないが、あの様子だと仲良くできているようだ。

 

「イッセー君、少しいいかい?」

 

「ん?ああ」

 

「はっきり言うと、部長不在の今、僕たちの『王』は君だ」

 

木場はまるで自分の剣のように鋭く言ってのけた。

 

「渡月橋の一戦、君の指示が良いか悪いかはわからないけど結果として今僕たちはここにいる。だから君に託すよ」

 

渡月橋の時のように、全体を動かす指揮官の役割を兵藤に任せるのか。確かに各自バラバラに戦うよりは全体を見て、的確な指示を味方に出せる人がいると集団戦においては随分戦いやすく、かつ連携も取りやすくなる。

 

兵藤の指揮のスキルは本来それを担う部長さんに比べれば劣るが、確かにあの一戦でうまいこと俺たちに指示を出せていた。木場の光を喰らう魔剣、アーシアさんと九重の護衛を考えた割り当て。今にして思えば初めてにしてはうまくできたものだ。

 

「私も君に指示を任せようと思う。アーシアや私は指示があった方が動きやすいからね」

 

「無理しちゃだめだけど、今回も期待してるわよ?」

 

「お願いします、イッセーさん」

 

「任せたぞ、王様」

 

俺も異存はない。今までの戦いを指揮してきた部長さんをこの中で一番見てきたのは木場だが、彼が兵藤に託すのなら俺も託そう。

 

「まだチームに慣れてないのもあるので、ここはチームでは先輩のイッセー君を立てることにします」

 

この場で一番の新参者であり、最年長でもあるロスヴァイセ先生の合意で俺たちの方針は決まった。

 

味方の指揮を担うこの戦いを乗り越えた時、兵藤は大きく成長するだろうな。

 

ふと目に留まったのはゼノヴィアが引っ提げる白い布に包まれた長物。サイズで言えばデュランダルと同じくらいだが…。

 

「それは?」

 

「教会に預けていたデュランダルだよ。教会から届いた新兵器…『エクス・デュランダル』の初陣を飾るには相応しい相手だ。ぶっつけ本番だが、それもいいだろう」

 

「『エクス・デュランダル』…へえ、どんなのか楽しみにしておこう」

 

エクスとはこれまた大層な名前が付いたもんだ。あのデュランダルがパワーアップしたからには相当な火力が出るに違いない。英雄派に面食らわす一撃を繰り出せそうだな。

 

「イッセー君、ところで箱の中身はどうしたんだい?」

 

矢庭に話題を振る木場。確かに、赤龍帝の新しい力の可能性は飛び出して以来何の音沙汰もなかったが…。もし今も手掛かりがないなら戦いに備えて急いで見つけた方がいいのでは?

 

「ちゃんと手元にあるぜ。京都中を巡って、色んな人に憑りついては色んな人のおっぱいを触って力を高めていたらしい」

 

人に取りついて他人のおっぱいを触らせるってお前の可能性怖すぎだろ…。と言うか何より。

 

「…人のおっぱい触るって、それ犯罪じゃね?」

 

普通に公然わいせつ罪で捕まるぞ。何だその痴漢メーカーな可能性とやらは。赤龍帝の可能性がお前の色に染まってるじゃねえか。

 

「…うん、これのせいで痴漢騒ぎが起きたらしくて、先生たちが被害者加害者のフォローに回る予定だと」

 

「とんだとばっちりじゃねえか」

 

流石に兵藤も申し訳なさそう顔で俯いていた。一般人はこちらの事情とか分からないと思うけど、兵藤も頭下げに行った方がいい気がする。

 

話が終わったのか、匙が向こうの集まりから駆け寄って来た。いや、匙だけではない他のシトリーメンバーも一緒だ。

 

「待たせて悪い。ちょっと話し込んでさ。行こうぜ」

 

「元ちゃんのこと、お願いします」

 

「オフェンスは任せました」

 

ホテルや駅の見回りに出る花戒さんたちの激励にうんと頷く。

 

俺、兵藤、木場、アーシアさん、ゼノヴィア、紫藤さん、匙、ロスヴァイセ先生。これでカチコミをかけるメンバーは全員揃った。

 

後は二条城に行き、英雄派を叩いて八坂姫を救出する。仲間のためにも、身を案じてくれる天王寺のためにも必ず、修学旅行最後の日を迎えよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ホテルに出て最初に向かうのはバス停だ。流石に日もとうに落ち切っているし、ここから二条城まで徒歩で行くのは骨が折れる。

 

コートを着たロスヴァイセさん以外は全員冬の制服だが、この時期の夜の寒さを完全に凌ぐには少々心許ない。現に少々寒さで震えている。

 

「うぅ…おぷ」

 

そしてこの中で一人、寒さや緊張と違うものと戦っている者がいた。今にもなにかを出してしまいそうな切羽詰まった表情のロスヴァイセさんだ。

 

昼に飲んで酔っ払ってからと言うもの、酔いが冷めてホテルに着いてからはずっと吐きっぱなしだ。そんな状態で戦わせられないと先生も止めようとしたが、グレモリー眷属加入して初の戦闘ということで、無様に吐き気に負けて逃げ出すわけにはいかないと聞かなかった。

 

「先生、何でついてきたの…」

 

「教師として、生徒にばかり体を張らせるらせるわけには…おぅ!」

 

口を押えて中腰ながらも、進むという意思は曲げずにしっかり歩いている。強がってるなぁ。

 

先生の介抱をしつつバス停に着くと、既に小さな先客がいた。

 

「…あれ、九重!?」

 

「どうしてここに!?」

 

九尾の娘の九重が護衛もなく一人でまたも俺たちの前に現れたのだ。渡月橋といい随分アクティブ、おてんばな姫様だ。

 

彼女もいっしょに行くとは話に聞いていないため、当然俺たちは彼女の存在に驚いた。

 

「赤龍帝、私も連れて行ってくれ!アザゼル総督に来るなと言われたが…やっぱり、母上を救いたいのじゃ!頼む!」

 

「九重…」

 

譲れぬ決意を持った目で、彼女は俺たちに懇願する。

 

人の話を聞かず、周りを振り回すところはあるがまだ幼いながらも勇気のある子だ。

 

俺は彼女の願いを聞き入れるべきだと言おうとした途端、足元をぬめりとなめるような冷たい感覚が襲った。

 

何かと思って見下ろせば、そこにあったのは。

 

「霧…!」

 

渡月橋の時にも発生した神滅具産の霧が、俺たちの対処の動きを待たずしてあっという間に飲み込んでしまう。そして数秒間、視界は霧に閉ざされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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濃密な白のベールが晴れた後、辺りの景色はがらりと変わり京都のビルが林立する街中だった。

 

「…ここは」

 

車がせわしなく行きかうはずの道路には車一台も通っておらず、通りを歩く人の姿も全くない。この現象、渡月橋の時と同じだ。また奴等の作った空間に転移させられたようだ。

 

車一台もなく、静かな道路のど真ん中に、一人俺はぽつんと立たされていた。

 

「…俺一人だけか。分断して、各個撃破を狙うつもりか?」

 

「それもあるな」

 

「!」

 

予期せず帰って来た質問の答えに反射的に振り向く。こんなところにいる奴と言えば敵か味方か、その二択だ。

 

そしてこの声は身内の誰のものでもない、となれば…。

 

中央線を挟んで向かいの道路、そこに槍を携えてこちらに歩み寄る漢服の男が一人いた。忘れもしないあの飄々としていながら如何なる敵にも挑戦するという自信に満ちた表情の持ち主は。

 

「やあ、紀伊国悠。我らの祭りへの招待に応じてくれたようで何よりだよ」

 

「曹操…!」

 

英雄派の首魁が単身で、俺の前に現れた。

 




ヴァジュラの雷を完全コントロールした匙がヴリトラの禁手の鎧を使ったらクウガのアルティメットフォームみたいになりそう。

次回、「英雄のヴィジョン」


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第113話 「英雄のヴィジョン」

PCの故障から復活しました。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
1.ムサシ
2.エジソン
3.ロビンフッド
4.ニュートン
7.ベンケイ
9. リョウマ
10.ヒミコ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
13.フーディーニ



曹操と俺、道路の中央線を挟んで俺たち両者は相対する。こちらはいつでも攻撃に対応できるよう、ドライバーを出現させ左手にプライムトリガー、右手に眼魂を握っている。

 

しかし敵対する曹操は変わらず神々しいオーラを静かに放っている聖槍を携えるだけで、こちらに一切の敵意を向けていない。表情も戦闘時と比べれば柔らかく、まるで戦う気がないと言わんばかりの余裕っぷりにこちらは警戒を強める。

 

「リーダーが直々にお出ましとは、随分高く買われてるみたいだな」

 

「前にも言ったはずだ。我々は君に強く興味を抱いているとね」

 

「生憎俺にはそちらに対する興味はない」

 

俺たちにとって、奴は面倒ごとの種でしかない。問答は無用、こいつを倒して兵藤や先生たちへの手土産にする。そう思ってトリガーを構えた矢先に曹操は手をはたはたと振った。

 

「おっと、君と武を交わすつもりはない。今回は君と話をしたくて来たんだ」

 

「何?」

 

予想外の奴の言葉に眉を上げる。このタイミングで俺の前に姿を現すとなれば戦うつもりとばかり思っていたが…。

 

奴は聖槍を持つ手とは反対の手を、俺に向けてそっと差し出した。

 

「単刀直入に言おう、俺たちと来ないか」

 

そして真剣味のある面持ちで、真っすぐ曹操は俺に勧誘の言葉を投げかけてきた。

 

「…そう来たか」

 

久方ぶりにかけられた勧誘の言葉にやれやれと深く嘆息してみせる。曹操は真剣な表情で続けた。

 

「理由としては君が英雄の力を使っているというのも多分にある。だが俺は君に我々と共鳴できる素質があると思っているからだ」

 

「俺がお前に共鳴?」

 

「そうだとも、君は悪魔や堕天使、天使の仲間と共にいながら人間であり続けた。異形社会に足を踏み入れる度に文化の違い、価値観の違いを感じただろう?転生しようと思えば転生できたはずだ。それなのに、君は人間として生き、戦う道を選んだ」

 

…本当はどういうわけか駄女神に悪魔に転生できない術をかけられているからなのだが、それを言ったらそれで奴が勢いづきそうな気がするからよそう。

 

「それは君が我々と同じ、人間であることに意義を感じているからではないか?同じ人間である我らの方が君を理解し、神器の深層を知ろうとする我々はより高みを目指すパートナー足り得る」

 

同じ人間なら、か。

 

しかしなるほど、奴なりに俺の戦闘データだけでなく心情も分析しているようだ。異形の仲間たちとただ一人の人間として共に戦う俺は人間であることに誇りのようなものを抱いていると。

 

「それに…異形になった仲間は長寿だが君はいずれ老いる。君はずっと彼らと共に生きることなどできない。どれほど強くなろうとも寿命の壁を越えることなどできやしないさ」

 

寿命。それはいかなる生物の前にそびえる抗いようのない壁。それは死と同義であり、避けようのない絶対の理だ。そして俺と兵藤、ゼノヴィアの間にもそれは厳然として存在している。

 

これに反論することはできやしないと奴は口の端を上げた。

 

「それならば、異形よりも限られた生で力の限り輝き、英雄になる人生の方が生きがいがあるというものではないかな?英雄の力を手にした君は英雄を目指す我々と共に生き、強さの極み…君自身が英雄になる道を目指すべきだ」

 

雄弁に訴える曹操の飄々とした眼に、強い切望の色が見えた。それだけ俺を高く買い、こちらに来てほしいと見える。今まで何度も俺をスカウトしようという話を持ち掛けたやつはいたが、今の曹操ほど熱心な相手はいなかった。

 

「俺たちと共に強さの極み、英雄という頂へと続く道を進もう。俺の仲間たちも君を歓迎する。君という人材をどこよりも生かす道はこちらにある」

 

手を差し出す曹操が、かつかつと乾いた靴音を鳴らしてこちらへと歩みを進め始める。

 

一通り奴の話を聞いて、はぁと長い息を吐く。

 

「…なるほど、何とも聞き心地の良い弁だ。こうしてお前は志を同じくする仲間を増やしてきたわけだな」

 

出発前に先生から聞いたが、曹操は人材発掘に長けていたという。俺を相手に見せた相手の心を揺さぶる弁術、その英雄の名と魂を継ぐからには当然相応の能力も持っているようだ。

 

「今までに種族の壁…価値観の違いを感じたことがないわけじゃない。それでもあいつらは俺の大事な仲間なんだ。俺たちの関係に悪魔だとか、人間だというような概念なんてどこにもないんだよ」

 

「それに…俺の好きな女の子は悪魔だ。あいつに対して抱いた感情は、種族の壁に止められる程度のものじゃない」

 

彼女に思いを告白した時からそれは理解していた。でもそんなことは関係ない、俺は悪魔としてではなく、一人の女の子としての彼女が好きなんだ。

 

「寿命の長さ?そんなもの、人間だって全員同じ寿命で死ぬわけじゃない。寿命以外で死ぬ奴なんざごまんといる。…永遠にあいつらと一緒にいられるわけじゃないのはわかってる。だからこそ、今を大切な人と過ごしたいって思うんだろうが」

 

誰だっていつ死ぬかわからないものだ。次の朝にはいきなり病で死んでいるかもしれないし、

 

…俺がそうだ。明日明後日、何も変わらない日常を過ごすかと思いきや電車の事故で死んだ。かつての世界で友情を結んだ友とはもう二度と会うことはない。死とは唐突で誰にも抗いようのない概念だ。

 

だから俺は今一緒にいる兵藤達、天王寺たちかけがえのない友と、かけがえのない時間を過ごすのだと切に願っている。いつ失われるかわからないからこそ、その時間がいかに大切かを知っているんだ。

 

「ほう」

 

「…断る。人様に迷惑をかけるようなテロリストに下るつもりはない」

 

毅然と奴の誘惑を突っぱねる。俺を信じてくれた仲間の信頼を裏切るような真似は決してしない。テロリストに下るなど言語道断だ。

 

「…そうか、残念だよ。ならもう一つ聞かせてほしい。英雄の力を使う君にどうしても聞きたかったんだ」

 

差し出した手を下すと、前にもまして奴の表情に真剣みが増していく。

 

「問おう、君にとって『英雄』とは何だ?」

 

「…どういう意図だ」

 

「意図も何もそのままの意味さ。俺は君が英雄と呼ばれる存在をどのように定義づけているか知りたいだけさ」

 

「…英雄」

 

今までの熱烈な勧誘とは打って変わって真剣な哲学味もある質問に俺は非常に返答に困った。

 

俺は英雄眼魂の力を使って戦っている。プライムスペクターという新しい力だってその英雄眼魂の力で成り立っている。つまり、俺はそれらの力の源となる英雄たちとは切っても切り離せない関係にある。

 

今まで目の前の敵を倒し、大切なものを守ることばかりで英雄とは何かについて考えたことなどなかった。

 

だから俺は…。

 

「…少なくとも、人様に迷惑かけるようなお前らみたいな連中じゃないってことはわかる」

 

ぼんやりとした回答しかよこせなかった。

 

「ふふ、つまり人のために動き、悪をくじいて善に尽くす存在だと?」

 

曖昧ながらに俺はうなずいた。それを見て曹操ははぁと落胆を隠しもせず、息に乗せて吐き出した。

 

「英雄とは言い換えれば虐殺者、破壊者。それら負の側面と表裏一体の存在だ。既存の概念を破壊する画期的な発明は多くの人々の生活を豊かにしたと同時に既存の発明に携わる人間の生活を危うくした。戦争の勝利者も現実は数多の敵の屍の上に栄光を掴んだ者のこと。まさか君は英雄がそれこそおとぎ話で語られる善の側面しか持っていない存在だとは言うまいな」

 

反論のしようがない奴の言葉に、俺はただ口を引き結んで押し黙る。鋭い視線で俺を見据える奴は失望の色を隠しもせず、肩を落とした。

 

「…少々がっかりしたな。英雄の力を使っておきながら、そんな薄っぺらな定義を持っていたとは。君なら俺を理解してくれると思っていたのに」

 

「だったらどうした」

 

「仕方ないな」

 

瞑目する曹操が石突で道路を叩いた。硬い音が響き、場の空気を緊張させる。

 

「いずれにせよ君は脅威的な力を持つ敵だ。惜しくはあるが、君を殺して英雄の力を頂戴するとしようか」

 

「御託を並べず最初からかかってきたらいいものを」

 

実験とやらがどうなっているかわからない以上、あまり悠長に会話している場合ではない。話が決裂した以上はこいつを全力で倒す。英雄派のリーダーを倒したとなれば拍がつくし、後顧の憂いを断つことにもつながる。

 

〔ソウル・レゾナンス!〕

 

手にしたプライムトリガーの上部スイッチを押して起動させ、ドライバーに差し込む。そしてドライバー本体には俺自身の魂が宿るスペクター眼魂を装填する。

 

〔アーイ!ヒーローズ・ライジング!〕

 

ドライバーのカバーを閉じると同時に、ドライバーから10の英雄ゴーストたちが溢れるように飛び出す。普段は1体しか出ない故に随分賑やかに見えた。

 

「変身!」

 

〔ゼンカイガン!プライムスペクター!〕

 

ドライバーのレバーを引くと全身を黄金の霊力が覆い物質化してスーツの形となり、周囲を旋回するパーカーゴーストたちが各部に備わったアーマーへと導かれる。

 

〔英雄!裂空!勇壮!激闘!ブレイヴ・イグニッション!〕

 

10の英雄たちの力を一つに束ねた輝かしい黄金のオーラを身にまとい、二度目のプライムスペクターの変身を完了する。前回と違い、15の眼魂がそろってない今は前回ほど湧き上がる強い力はない。それでもパワーアップにしては十分すぎるほどの出力が発揮できそうだ。

 

変身を目の当たりにした曹操は、強敵を前にした喜びと幾分かの怪訝さの入り混じった表情で首をかしげていた。

 

「それがロキと倒した力…?にしては、少々オーラが弱く感じるが」

 

「条件が揃って無くてな。それでもお前を相手にするには十分だ」

 

「…ふははっ!英雄の力を使いし者、そうこなくては!」

 

〈BGM:COUNTER ATTACK(機動戦士ガンダムOO)〉

 

湧き上がる戦意に口をゆがめ、先に仕掛けてきたのは曹操だった。腰を低くしたひとっ走りで距離を詰め肉薄し、間合いに入れるやいなや聖槍の鋭い突きのラッシュで果敢に攻め立ててくる。

 

「!」

 

〔ムサシ!〕

 

横殴りに降り注ぐ突きの五月雨。こちらはその勢いに押されながらもじりじりと後退してムサシの見切りを利用した身のこなしで回避しつつ、回避しようのないものはナギナタの刃で防御する。刃と刃がぶつかるたびに、きらきらとした星の瞬きのように火花が散った。

 

雨をしのぐ中で幾度かそらした刃がこちらのアーマーをかすめた。聖槍の攻撃で無傷なことからアーマーの強度が相当なものであることがうかがえるが、それはまだ奴が本気を出していないというのもあるだろう。神器使いたちで構成される英雄派のリーダーだ、きっと使えるであろう禁手を使っていないのが何よりの証拠。

 

しかしなんという攻撃だ。奴の攻撃には恐れがない。人間のみでは悪魔の魔力攻撃を真正面から受ければひとたまりもないというのに、その生身であることを全く気にもせずただただ果敢に攻撃してくるのだ。奴が纏うテクニックタイプの雰囲気とは裏腹に、臆することなく、一途に仕掛けてくる大胆さも備えている。

 

それに奴の攻撃はよく観察すると、アーマーに覆われていない部位を的確に狙ってくる。そのうえ微妙に攻撃のリズムをずらしてくるので見切りしづらい。狙いの正確さ、リズム、そして俺に反撃する隙も与えないラッシュのスピード。どれか一つ崩すことなく、3つを完璧に両立させた攻撃

 

「挨拶代わりのラッシュはいかがかな!?」

 

「お前、相当な手練れだな…!」

 

攻防の間に俺たちは言葉を交わす。刃をぶつけてそらした槍が右の二の腕をかすめ、軽い切り傷を作った。

 

まともに相手していないから正確な差は測れないが、おそらくというか確実に旧魔王派のシャルバ・ベルゼブブよりは格上だ。そんな奴がなんたって俺のところに…いや、俺のところでよかったのかもしれない。

 

俺以外が相手にしていれば、兵藤達悪魔は聖槍で消滅させられていた可能性が高い。まったく、運がいいんだか悪いんだか…!

 

とにかく、このまま防戦に回るだけでは埒が明かない。埒が明かなければどうするか?それは…。

 

ガキンッ!

 

金属同士が正面からぶつかる甲高い金属音が響いた。右腕のアーマーで槍の攻撃をあえて真正面から受け止めたのだ。

 

「なに」

 

「らぁっ!」

 

埒が明かないなら、明けるまで。槍を受け止めたまま、反撃で左の拳をまっすぐ振り抜く。穿つ一打を奴は体を横にそらして躱し、横っ飛びする。

 

くるりと華麗な身のこなしで宙を舞い、優雅に奴は着地して見せた。

 

「はは、やはりやるね。そうこなくては!」

 

乱れた髪をさっと払い、愉しそうに笑う。例に漏れずバトルジャンキーか、まったくどうして最近かかわる人間には戦闘狂が多いのか…。

 

だがこのまま黙るつもりは毛頭ない。こちらも仕掛けられたら仕掛け返す。

 

「今度はこちらの攻める番だ!」

 

〔ニュートン!〕

 

左手を自分の後ろに向け、斥力を発生させる。俺の体は自らが発生させた斥力にはじかれ、まっすぐ奴のもとへ猛進する。

 

俺の考えた戦法の一つだ。相手を引力で引き寄せて攻撃するのも手だが、あえて斥力で自分を相手のもとに吹っ飛ばして急襲を仕掛ければ相手の虚を突くことができるのではないかという寸法。

 

思惑通り、いきなり自分のすぐそばまで現れた俺に曹操は一瞬不意を突かれた表情をしていた。

 

「は…!」

 

こうして近接戦の間合いに奴をおさめ、一気に奴めがけてナギナタで切りかかる。上の刃と下の刃を起用に使い、息つく間もない連撃で攻める。振るわれる剣戟の鋭い刃風が曹操の服に切り傷をつけるも、華麗なる軽い身のこなしだけで奴は攻撃のことごとくをしのぎ、本体には傷一つつけること能わず。

 

上段からの斬り下ろしを上体を横にそらして躱し、横薙ぐ一閃は体を低くしてやり過ごす。まるでこちらの攻撃を完璧に読んでいるのかと錯覚するほど、鮮やかな体捌きでやつは攻撃を躱し続ける。

 

回避のさなか、奴が鋭い突きをカウンターがてら繰り出す。こちらも負けじとナギナタをふるい、戦いの中で高ぶるオーラをまとう刃同士がぶつかった。

 

「中々当たってくれないな…!」

 

「聖槍だけが俺の取り柄だと思われては困るな!」

 

槍と長刀、二つの刃が互いの闘志を乗せつばぜりあう。間近に見る曹操の表情は、まさしく猛々しいライオンのように荒く、戦いの喜びに満ちていた。

 

互いに同じことを思ったのか、ほぼ同タイミングで鍔迫り合いを解除しさっと距離をとる。その間にも俺はガンガンハンドを召喚し、プライムトリガーの生成するエネルギーが物質化した金色のパーツが備わった銃口を奴に向ける。

 

〔ガンガンハンド!〕

 

〔ノブナガ!〕

 

〔ロビンフッド!〕

 

二人の英雄の力が同時に発動、周囲に出現した実態ある幻影が矢の雨嵐を吐き出す。鋭利な翡翠の矢の雨が唸りをあげて曹操めがけて猛進する。

 

「ふ」

 

対する曹操は回避運動を取らず、槍の穂先を矢が襲い来る前方に向け、秘められた聖なる力を開放する。眩く太い光線が照射され、矢の群れを瞬く間に飲み込み。

 

「おわっ!」

 

そのまま俺に向かってくる光を慌てて横っ飛びで回避する。光線はそのまま背後のビルにぶつかるとめきっとビルの外壁にヒビを入れ、激しい爆音を響かせて一瞬で粉砕した。濁ったような粉塵が辺りに舞い、砕かれたごつごつとした瓦礫が重力に囚われ、落下してくる。

 

落下した瓦礫ががらがらと道路に落ち、ビル付近にいた俺たちの周囲に粉塵と砂が混ざった濁った色のベールがおりた。

 

「これが聖槍のパワー…」

 

「技だけでは勝てない戦いもある。パワーに磨きをかけることをおろそかにしたりはしないさ」

 

ビルを破壊した奴はそれを誇るわけでもなく、当然といった調子で槍を手慰むように回す。

 

聖槍のパワー、やはり侮りがたいな。真正面からパワーのごり押しでも十分勝てるスペックを持っている。これもまた、最強の神滅具と呼ばれる所以か。

 

…だが土煙が舞っているこの状況は予期せぬ好機だ。瓦礫の大きな落下音と土煙のおかげで奴に気取られず、きっちり仕込みができた。

 

「!」

 

突如として曹操の足元から地面を突き破って鎖が飛び出す。うねる鎖は曹操に行動させる隙を与えず、そのまま奴の手足に絡みつきあっという間に自由を奪った。

 

「捕えたぞ」

 

フーディーニの鋼鉄の鎖が奴の両腕に喰らい付くかのようにがっしりと巻き付いている。そこにすかさずエジソンの能力で激しい電流を流し込む。

 

「ぐぉ…!」

 

聖槍の使い手とはいえ、奴は人間。鎖を伝って全身に流れる電撃に歯を食いしばって、苦悶の声を上げた。

 

電撃に手が震え、聖槍で鎖を絶つことすらままならない。形勢は一気に俺の優位へと傾いた。

 

〔ヒミコ!〕

 

ダメ押しにとヒミコの聖なる炎も発動させる。鎖を聖なる桃色の炎が這い、曹操のもとへと伸びていく。

 

「このまま電撃と炎を流してお前を戦闘不能にし、お縄にしてやる…肉食った報いを受けろ!曹操!」

 

〈BGM終了〉

 

己の戦意を昂らせ、敵に敗北を認めさせ戦意を挫くように吠える。聖槍を使えない今の奴には反撃の手段などあるはずがない。

 

そう、勝利を確信したからこそ俺の戦意はその時緩んでしまったのだ。

 

「…『禁手〔バランス・ブレイク〕』」

 

「!!」

 

だからこそ、奴の繰り出す一手に反応が遅れた。

 

ガシャン!

 

刹那、奴を拘束していた鎖の全てが一瞬にしてガラスのように儚く砕け散った。

 

「鎖を!?」

 

理解も追いつかないまま次に襲ったのは腹部に叩きこまれた重い重い衝撃。そして俺の体は一気に背後に建つビルをティッシュのように次々と容易くぶち破って、遥か後方へと吹き飛ばされてしまう。

 

「ごふぅあっ!!?」

 

絶え間なく移り変わる視界、追い付かない思考。それらを一度に、唐突にぶち込まれて水に溺れたような錯覚すら感じた。

 

何度も何度もビルを突き破っては破壊したのち、俺の体は初期位置から遠く離れた道路に着地し、地面に身を擦り付けながら倒れた。

 

「あ……ごぁ……」

 

ごふっとこみあげてくる血を吐く。変身は強すぎるダメージによってとっくに強制解除されていた。激痛でちかちかする視界に攻撃を受けた腹の様子が映る。

 

真っ赤だ。服と肉は弾け飛び、そこに触れた手にぬめりと不快な感触が残った。ドライバーを見ると、装着していたプライムトリガーがない。さっきの衝撃でトリガーもどこかに吹き飛んだか。

 

あの一瞬で何をされたか全くわからないままだ。一撃で相手を打ち倒す力、これが、最強の神滅具の能力だというのか。

 

「…禁手を使わなければ本当に危ないところだったよ」

 

ふらふらとした足取りで視界に舞い込んできたのはこの状況を引き起こした張本人たる曹操だ。先の攻撃効いたらしく服はやや焦げ付き、息がやや荒い。

 

こちらのもとへ歩み寄って膝をつくと、小瓶を取り出してその中身を動けない俺に飲ませた。

 

敵が飲ませるものなど毒に決まっている。そう思ってはいたが、ダメージが大きすぎて抵抗する力もなくされるがままにのどに流し込まれたものを飲み込んでしまう。

 

「ぐ…うっ!」

 

この味はフェニックスの涙と同じだ。

 

…いや、これは本当にフェニックスの涙だ。その証拠に血が止まり傷口が塞がり始めている。

 

行動の意図が読めない。敵を回復させるなんてどういうつもりだ…!?

 

「どうしてそれを、って顔をしているね。ルートを確保し、金があれば裏でも手に入るのさ。幸いウチは金には困ってないからね」

 

金には困っていないという言葉に思い当たるものなど一つしかない。信長の能力を使って宝物を生み出し金に換えたのだろう。被害が大きく不足しているうちには回らず、テロリストには涙が回るなど腹立たしいことこの上ない限りだ。

 

「それにこれくらい痛めつけておかないと君は大人しくしないだろう?さて…」

 

前置くと再び懐に手を入れ、何かを取り出した。奴が手にした緑と黒の入り混じるあの球体は…。

 

「それは!」

 

驚愕に目を見開く。見間違えるはずがない。あれは凛が持っているはずのネクロム眼魂だ。

 

どうしてそれをという問いを投げる暇も与えず、曹操はそのままドライバーに眼魂を突っ込んだ。

 

〔アーイ!バッチリミィヤー…バッチリミィヤー…〕

 

「我々の更なる前進のため、君を利用させてもらうよ」

 

笑みを深くする曹操がドライバーを操作する。ドライバーから怪しげな煙がボンと吹き、ネクロムのパーカーゴーストが顕現した。

 

「待て…やめろ!」

 

その眼魂をメガウルオウダーにではなくゴーストドライバーに入れたときどうなるかはよく知っている。知っているからこそ、何としてでも止めなければならない。

 

しかし抵抗もむなしく、エネルギーを開放するためのレバーが引かれて意図せぬ変身を遂げてしまう。変身直後で顔面部には何も映っていないトランジェント体になった俺をネクロムのパーカーゴーストが覆いかぶさった。

 

〔カイガン!ネクロム!ヒアウィゴー!覚悟!乗っ取りゴースト!〕

 

「あっ…」

 

変身を完了した直後、俺の意識は何者かに引っ張られるかの如く遠のいていく。

 

空に向けて手を伸ばす。しかしその手は何もつかめず、ただ彼方へと消えていく。いや、消えていくのは

…。

 

「さあ、新しい君の誕生だよ」

 

満足げな曹操の言葉を最後に、意識は無窮の闇へ閉ざされた。

 




原作を読んでる方なら曹操が何の能力を使用したかはすぐわかるでしょう。

プライムスペクターの音声が一部違うのは眼魂が15個揃ってないからです。これはポラリスが手を加える前、つまりオリジナルの仕様です。

そして誰が想像できたでしょうか。まさかのネクロムスペクターの登場です。何故曹操がネクロム眼魂を持っていたかは後々判明します。

次回、「ネクロムスペクター」


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第114話 「ネクロムスペクター」

2日連続更新など誰が想像できただろうか。

前回、プライムスペクターが負けましたが決してインフレの波に飲まれたわけじゃありません。悠に対処する間も与えずに必殺の一撃を食らわせる電撃作戦を仕掛けた曹操の知恵の勝ちです。

それと悠は『英雄とは何なのか』という問いに答えられなかったですが、それに答えるのも英雄集結編のテーマの一つです。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター



霧に飲まれ、転移先で英雄派の刺客たちと交戦したイッセー達グレモリー眷属たちは強いオーラの波動を感知し、

 

崩れ去ったビルの周辺には無造作な瓦礫の山ができており、道路は粉塵で汚れている。

 

「このあたりで悠のオーラを感じたが…」

 

「なにこの跡…凄い戦闘があったようね」

 

イリナの視線の先には崩壊したビルがあった。その先のビルも、またその先のビルも重い鉄球をぶつけられたような穴があけられ、それがいくつものビルを貫通してずっと続いているのだ。

 

そんな奇妙な光景に彼女は困惑するばかりだった。

 

「深海さん、無事でしょうか…」

 

心配そうな声をあげてどこに彼がいるのかときょろきょろ辺りを見渡すロスヴァイセ。彼らが声をあげ、名前を呼んでも悠は姿を現さない。

 

「…きっと無事さ。彼が刺客にやられるような男じゃないのは一番わかってる」

 

イリナと同じく既に制服から黒いピチピチの戦闘服姿に変わったゼノヴィアは気丈にふるまう。内心では一番心配している彼女だが、仲間にその心配を伝播させまいと押し隠していた。

 

「ゼノヴィアさん、イリナさん!」

 

瓦礫の一か所を指さし、アーシアがほかの仲間たちを呼ぶ。何事かとイッセーたちは足を運び、それを見た。

 

「これは…悠のプライムトリガー」

 

アーシアが指さす先、ゼノヴィアが瓦礫の中にうずもれていたものを拾い、被っていた汚れを手で払い取り去る。悠が持っているはずのスペクターの目の紋章が刻まれた、青と金色のデバイスに彼女たちは驚いた。

 

「どうしてここに?」

 

「…まさか、そんな」

 

見つからぬ悠、一方で見つかる彼の持ち物。そんなまさかと最悪の展開すら脳裏によぎり、彼らの胸中の不安はますます強くなっていく。

 

「…イッセー君、ここは先を急いだ方がいいと思う。奴等の実験を止めるのが先決だ」

 

姿を現さぬ仲間の心配を心の隅に追いやり、木場は冷静な提案を持ち掛ける。

 

あくまで彼らがここに来た目的は曹操の実験を止めること。悠と合流して万全の状態で突入するのが理想だが、敵が何をしているかわからない以上は悠長に時間をかけるわけにはいかない。

 

「もしかすると、悠は刺客を倒して先に二条城に向かっただけかもしれん。それなら奴等と既に交戦しているはずだ」

 

「…わかった。そうだよな、あいつがあんな連中にやられるような奴じゃないってのは俺たちが一番よくわかってる」

 

顔を俯かせながらも胸中に渦巻く感情をつぶすように拳を握るイッセー。彼は決意の光を瞳に宿し、顔を上げる。

 

「行こう、二条城へ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

悠への心配をさておいて二条城に向かったイッセー達。彼らが巨大な門の前に集うや否や、ゴゴゴと震える振動を立て、ゆっくりと門が開く。まるで城の主が来客を手招くかのように。

 

すでに敵はこちらの侵入に気付いている。いつでも敵襲に対処できるよう警戒心を強めながらイッセーたちは敷地内を進む。昼の散策で二条城を巡った彼らは手間取ることなく、本丸が潜むと刺客から情報を得た本丸御殿へと走る。

 

そして彼らはそれらはレーティングゲームの技術を流用した術により本物と遜色ないレベルで完璧に再現されていた。

 

「奴らはどこだ…?」

 

ゼノヴィアが辺りを見渡す。するとパチパチと乾いた拍手の音が静かな庭園に響いた。

 

「やはり、禁手使いを倒してきたか。俺たちの中では下位から中堅ぐらいのレベルだったんだが…今の君たちの相手足り得ないみたいだ」

 

ゆったりとした足取りで姿を現したのは曹操。彼に続くように建物の陰から数名の構成員たちも現れる。その中にはイッセーたちが渡月橋で交戦したジークの姿もあった。

 

「母上!」

 

そしてその中には九重が探し求めた母親…八坂の姿も。端麗で誘惑的な容姿とは反対に、そのぼんやりとした相貌は何も映していない。

 

「母上、九重はここに居りまする!目を覚ましてくだされ!」

 

ようやく出会えた母に九重は懸命に呼びかける。しかし八坂は無表情を貫くばかりで、彼女の声は母の何の感情もないうつろな瞳に波紋を起こすことすらできなかった。

 

「無駄ですよ、術をかけさせてもらいました故、姫君の声は彼女には届きません。さて…」

 

曹操が槍の石突で地面をたたく。すると八坂の体がぴくんと震え。

 

「う…うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

絹が裂けたような悲鳴を上げて体を輝かせる。光は次第に大きくなり、その中からやがて九本の雄々しくも美しい金毛の尾が伸びる。光が止むと、八坂は美女の姿から10mほどはある金色の狐の怪物へと姿を変えていたのだった。

 

「これが九尾の…!」

 

「母上…!」

 

9本の尾をもつ妖怪を束ねし者、九尾の狐は夜空に輝く月めがけて透き通るような遠吠えを上げた。

 

「いやはや、これが九尾の狐の真の姿か。噂に違わぬ美しい金色の毛並みだ」

 

曹操も八坂の真の姿に美しいと惜しみなく賛美の言葉を投げかける。そんな彼にどの口が言うかと九重がにらみつけた。

 

「どうせアザゼルから聞いただろうけど、京都は古き陰陽師たちによって街そのものが巨大な術式とも呼べるべるものになっている。各所のパワースポットには霊力、妖力、魔力が満ち、その力故に様々な異形を引き寄せる」

 

槍の柄で肩を叩く曹操、その所作はもはや癖と呼んでもいいほどに彼にはなじんだ感覚だった。

 

「そしてその力は京都から限りなく遠く限りなく近い次元の狭間に存在するこの疑似空間にも流れ込んでいる。俺たちは京都の力とそれをコントロールする九尾の力を使って、グレートレッドをおびき寄せるのさ」

 

「グレートレッドを!?」

 

ついに明かされた曹操たちの計画、それらを耳にしてイッセー達は驚愕した。それと同時に、彼らの中で完成形の見えない奴らの計画の断片というピースがつながり、完全な形になっていった。

 

「本当なら龍王を数匹拉致したほうがいいだろうけど…深海の底、アザゼル総督の人工神器、所在もあるが非常に強力で相当骨を折る結果になってしまう。まあ幸運にも、この場に龍王と天龍が1匹ずつ来てくれた。おかげで可能性は上がりそうだよ」

 

「グレートレッドをおびき寄せてどうするつもりだ!?あれは無害なドラゴンなんじゃないのか!?」

 

「そうとも、あれはこちらから手を出さなければ無害の存在。だがオーフィスが故郷に帰りたがっていてね、そのためにはあの赤龍神帝が邪魔になるのさ」

 

「あれを殺すって言うのか…?」

 

アザゼル曰く、グレートレッドは戦闘はしないが想定される戦闘力はオーフィスに負けずとも劣らないとされている。それだけの怪物を殺す手段など相当限られる。例え神滅具最強の聖槍といえどそれは不可能だろうとイッセー自身も認識していた。

 

「いやー流石の俺も殺すのは無理かもしれないね。でも生態調査を行うだけでも十分有意義な結果になるとは思うよ。どこの勢力も基本的にあれにはノータッチだからね。例えば『龍喰者《ドラゴン・イーター》』がどれくらい効くのか、とか。まあ今回は実験だ。誰も試したことのない未知を試し、知識に変えていくのも英雄の行いさ」

 

と、曹操は頭を掻きながら苦笑する。

 

「テメエの思惑はよくわかんねえけど…ろくでもないことだってのはよくわかったぜ。グレートレッドは呼ばせない、九尾の狐も解放してもらう!」

 

「主に代わって天誅を下しちゃうわ!」

 

計画を知り、なおさら思い通りにさせるわけにはいかないと戦意を新たにするイッセーは禁手の鎧を纏い、他のメンバーも各々の武器を構え、交戦に備える。

 

「全く、お前らといるととんでもない敵ばかりに会うぜ」

 

その中で一人、シトリー眷属の匙の四肢に黒い蛇が出現ししゅるしゅると巻き付いた。匙は苦しむ様子もなく、ただ眼前の敵を見据える。大蛇の中でも一際大きな体躯を持つ一匹が匙の傍らにとぐろを巻き、鎌首をもたげた。

 

「ヴリトラ、力を貸してくれ。あいつらをぶっ潰すために思う存分暴れてやろうぜ」

 

匙の左目の白目が赤く染まり、蛇のように細い形へと変じる。傍らの大蛇は匙の声に反応して全身に黒炎をともし、チロチロと細い舌を動かす。

 

『わが分身よ…久方ぶりの顕現で我は非常に心地よい。さあ、獲物はどれだ?聖槍、狐…どうせなら眼前の鬱陶しい者ども全てを焼き払ってもいいぞ』

 

黒炎を身にまとう大蛇は地獄の底から響くようなおどろおどろしい声を発した。眼光と声が放つ圧倒的なプレッシャーにイッセーたちは味方ながらもぞくりと背筋が震える。

 

「貴様らの目的がどうであれ、敵であることには変わりない。このエクス・デュランダルで貴様らを断つ」

 

敵を討たんと構えるイッセーたちの前にゼノヴィアが一歩進み出る。

 

彼女が握るデュランダル、それを収める黄金の鞘がカシャカシャと硬い音を立ててスライドする。そして聖剣を天に向けて掲げると剣から勢いよく光の波動が噴水のように噴出して天高く、極太の光の柱が屹立する。

 

デュランダル特有の攻撃的なオーラはかつてのように漏らすことなく、完全にあの光の柱へと収束されていた。

 

「挨拶代わりだ、喰らえ!」

 

叫び、全力で光を発する剣を曹操たちめがけて振り下ろす。ブオンという音ののち、光の大樹が地面にたたきつけられ、巨大な爆発を引き起こした。風情ある庭園の景色も、二条城の先の道路も建物も何もかもを地面に横たわった光の大樹は無に帰す。

 

「おおおお…!!」

 

両腕を前方に交差して、襲い来る爆風にイッセーたちは耐える。目もあけられないくるめく閃光に目を閉じ、ただひたすらに閃光と暴風の嵐を彼らは耐え抜いた。

 

光と風の嵐から一分ほど、ようやく落ち着きイッセーたちは防御の姿勢を解き、目を開く。

 

壊滅。目の前から先の景色が綺麗に開け、数十m先まで細長いクレーターが続いている。それをなしたゼノヴィアは肩で息をし、額から汗を垂らしていた。

 

「ふぅー…辺り一帯が灰になるかもと思って…これでも調整した方だが思った以上に威力が出たな。もっとパワーを出せるとわかっただけでも嬉しいぞ」

 

「いや『騎士』要素どこ行った」

 

イッセーは突っ込まざるを得なかった。スピードが特色の『騎士』である彼女がパワー特化の『戦車』も真っ青な火力を初手からぶっ放しているのだ。

 

「というかそのデュランダルは…」

 

イッセーたちの視線が、先のすさまじい攻撃を放ったデュランダルに集まる。見慣れたデュランダルの青と金の刀身を見慣れぬ鋭利な黄金の鞘が覆っていた。

 

「このデュランダルは教会の錬金術によって6つのエクスカリバーを鞘にしたモノだ」

 

「詳しく説明すると、デュランダルの攻撃的なオーラを漏らさず、デュランダルとエクスカリバーを共鳴させてさらに聖なる力を高めたとてつもない一撃を放つことができるのよ!」

 

「6本のエクスカリバーを?」

 

「フリード以上だね…」

 

鞘を見る木場はどこか複雑な感情を抱いていた。かつて仲間を殺し、敵の得物となり、自分が砕いたエクスカリバーが今こうして仲間の武器になるとは思いもしなかった。この状況に、言葉にしがたい感情が彼の胸中に生まれていた。

 

かつて交戦したフリードは『透明』、『天閃』、『擬態』、『夢幻』の4本のエクスカリバーを統合した聖剣を振るった。彼らが目にしているこの黄金の鞘はそれ以上の数のエクスカリバーの力が備わっているのだ。

 

「エクスデュランダル…この破壊力、気に入ったぞ」

 

どこか恍惚とした眼差しをゼノヴィアは相棒に送った。彼女もやはり一部で脳筋と揶揄されるグレモリー眷属の一員らしい脳筋だとイッセーは思うのだった。

 

「さて、奴らは…」

 

ドゴッとかつて本丸御殿があった場所の土の中から手が突き出る。そこから土をかぶって曹操たちが地中から這い出た。よく見ると彼らの全身を薄い霧が覆っていた。

 

「やはりそう簡単にやられてはくれないか」

 

「開幕からいい攻撃をしてくれるね、実に楽しいよ」

 

服をはたはたさせて茶色い土を落としながら愉快そうに笑う曹操。汚れているだけで、傷という傷は全くない。曹操以外のメンバーも同じだ。

 

「もう君たちは火力だけなら上級悪魔の上の上クラスといってもいい。レーティングゲームに参戦してもすぐに2桁台は確実だね。ホント、シャルバはよくも彼らを侮ったものだよ」

 

「結局彼も自分の地位と血筋に胡坐かく典型的な上級悪魔に過ぎなかったってことさ。おかげでヴァーリにも見放され、旧魔王派は大きく弱体化して今やクルゼレイが裏でこそこそ動くだけのみじめな有り様になってしまった」

 

ジークと曹操は揃って苦笑する。彼らの会話から、シャルバたち旧魔王派が現在はいかに失墜し、嘲りの目に晒されているかが窺い知れる。

 

「ふふっ、いきなり滾って来たところだが実験を始めなければな。ゲオルク、始めてくれ」

 

「了解した」

 

知的な雰囲気漂わせるメガネの男…ゲオルクが九尾のもとへ跳ぶ。そして両手を掲げ、周囲に無数の色とりどりの魔方陣を展開させた。魔方陣に刻まれた複雑な文字が慌ただしく回転し、輝きを発する。

 

「こんなにたくさんの術式を一度に…あの男、霧だけじゃなくて相当な魔法の手練れみたいですね」

 

イッセーたちの中で最も魔法に精通したロスヴァイセはゲオルクの魔法に舌を巻く。彼は渡月橋で神滅具の一つ、『絶霧《ディメンション・ロスト》』を使ってロスヴァイセの魔法攻撃をガードしていた。

 

神器だけでなく魔法にも長けた術者ともなれば相当な脅威だと、魔法に精通しているからこそロスヴァイセは曹操はもちろんだがゲオルクもまた驚異的な存在であると強く認識したのだった。

 

さらに九尾の足元にも大きな魔方陣が出現し、光を放つ。その魔方陣の効果なのか、九尾の狐の目に危険な光が宿り全身の毛を逆立てては、獰猛な咆哮を上げた。

 

「魔方陣と贄の配置は共に良好。あとはグレートレッドが来るかどうか…曹操、悪いが俺はここから離れられそうにない。魔方陣の制御が忙しくて戦うどころじゃなさそうだ」

 

「OK、なら俺たちはそれまで楽しむことにするよ。レオナルドと信長、ほかの構成員たちには外の連合軍の相手に時間稼ぎをしてもらってる以上はそう時間はかけられないが…」

 

悠々と軽い調子でゲオルクと会話を交わす曹操。いよいよ刃を交えようかと、イッセーたちに向き直る。

 

「…そうだ、お前に訊きたいことがあった。悠はどこだ?貴様らの刺客を送ったんだろう?」

 

「ああ、彼か」

 

ゼノヴィアの問いかけに曹操はつと上空を見上げた。

 

「すぐに来るさ、すぐにね」

 

意味深な答えを返した次の瞬間、曹操の傍らに影が差す。影はそのサイズを次第に増していき、やがて彼のそばに黒と緑、青が混じった影が降ってきた。

 

忘れようもないそれのまさかの登場に、イッセーたちは愕然とする。

 

「ネクロム!あいつも英雄派の味方してやがったのか!」

 

黒地に緑のラインが入ったパーカーをまとう戦士。顔面部の中央に緑色の視覚センサーが収められた丸い防護シールドが特徴の彼らの敵が変身した姿。

 

元々曹操たちとは別勢力のはずだが、ここに現れイッセー達の行く手を阻むということはつまり協力関係を結んだのかとイッセーたちの間に戦慄の波が走った。

 

だが一人、木場だけは怪訝そうに眉を上げていた。

 

「待って、奴の姿がいつもと違う」

 

「…確かに深海君の変身した姿と混じったような感じですね」

 

そう、よく見れば彼の体はいつもの白い強化スーツと違い黒に青い心電図のようなラインが入っている。それはまさしく、悠が変身するスペクターのもの。そしてなにより、腰に巻かれたベルトは悠が使うゴーストドライバーになっている。

 

パーカーはネクロムだがそれを着る本体がスペクターといういびつな状態なのだ。だが彼の所作に悠らしさは全くない。

 

あれはアルルなのか、それとも悠なのか。理由はわからないながらもゼノヴィアだけはどっちなのかを確信していた。

 

己の得物よりも鋭いまなざしと、敵意に満ちた声をゼノヴィアは曹操めがけて発す。

 

「貴様、悠に何をした!?」

 

「なに、こちらの話を聞いてくれなかったので彼には我らの操り人形になってもらった。それだけのことだ」

 

造作もないと言わんばかりの口調にゼノヴィアたちは唖然とする。

 

「何だと…!」

 

倒されてしまったかと思いきや、操り人形にされていたなど誰も想像だにしていなかった。同時に大いに戸惑う。模擬戦とは違い命がけで仲間と戦わなければならない状況に平静を保っていられるものなど彼らの中には誰一人としていない。

 

「さて、君はかつての仲間たちと遊んでいくかい?」

 

曹操は気安く傍らのネクロムスペクターの肩を叩く。彼は頷くこともなく、ただ無言で跳躍し、手にしたガンガンハンドをかつての仲間めがけて振り下ろす。

 

強い動揺に襲われたイッセーたちはまだ立ち直れない。だが遠慮なしに襲ってくるネクロムスペクターの前に同じく跳躍し、彼の攻撃を受け止めるものがいた。

 

「!」

 

「ゼノヴィア!」

 

誰よりも早く立ち直ったゼノヴィアが荘厳な装飾が目を引く鞘に収められたエクス・デュランダルで受け止める。ガンガンハンドとエクス・デュランダル、両者の得物は数秒つばぜり合ったのち、互いに弾かれ合う。

 

「ここは私に任せろ」

 

砂煙をあげ着地してデュランダルを構え、ネクロムスペクターと向かい合うゼノヴィアが剣の切っ先を向け、決然と宣言する。

 

「悠は…私が止める!」

 




次回、「お前を止められるのはただ一人」


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第115話 「お前を止められるのはただ一人」

つい昨日、続きを書こうかとハーメルンのサイトに入ったとき間違って推薦一覧を押しました。

やべと思いながらもふと目にとまった推薦。タイトルに「おっ」と思ってよく見ると作品のタイトルは…

『蒼天に羽ばたく翼』

初めての推薦に一瞬頭が真っ白になりました。

一体何を書いてくださったんだろうと緊張で震えて読み終わるのに3時間もかかりましたが、推薦を書いてくださったグレンさん、本当にありがとうございました!



Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター



ネクロムスペクターとゼノヴィア、二人の戦いの開始を横目に曹操が動いた。

 

「…さて、二人が始めたところでジャンヌ、ヘラクレス、ジーク。俺たちも始めようか」

 

曹操の言葉に待ってましたと言わんばかりの軽い足取りで三人が前に出る。ジークと共に進み出たのは軽そうな性格が表情に出ている金髪の女は橙色の鎧を纏って、腰には細身の剣を帯刀している。

 

その隣に立つ2mほどの背丈はある大柄な男は筋肉隆々とした太い腕を軽く回す。

 

「待ちくたびれたぜ」

 

巨躯の男が首をぽきぽき鳴らしながらにやりと笑う。

 

「彼らは文字通り、かの英雄ヘラクレスとジャンヌダルクの魂を継ぐ戦士だよ。曹操、僕は木場裕斗の相手をするよ」

 

銀髪のジークは危険なオーラ漂わせる漆黒のグラムとノートゥングを抜刀し、黒い切っ先を木場に向ける。

 

「了解、俺は赤龍帝かな」

 

「なら私はミカエルのAちゃんの相手をするわ」

 

「俺はあまりもんの銀髪の姉ちゃんか。随分気分が悪そうだが」

 

曹操はイッセー、ジャンヌはイリナ、そしてヘラクレスはロスヴァイセとそれぞれの視線が、戦うと決めた相手の視線と交錯する。

 

「…匙、八坂さんの相手を任せていいか」

 

「だろうと思ったよ。『女王』への昇格は済ませた…兵藤、死ぬなよ」

 

やれやれとため息をつくも、すぐに切り替えて神妙な面持ちで匙は軽く拳を突き出す。

 

「当たり前だ、お前も死ぬんじゃねえぞ」

 

イッセーと匙、二人の『兵士』は互いの無事と勝利を願って拳を交わし合った。

 

そして匙は駆け出す。獰猛な光で目をぎらつかせる九尾のもとへ。

 

「『龍王変化《ヴリトラ・プロモーション》!』」

 

掛け声と同時に匙の全身が漆黒の炎で燃え上がり、瞬く間に何倍はある巨大な大蛇のごときドラゴンの姿へと変じた。

 

これがグリゴリでの実験と訓練の末、匙が身に着けた新たなる力。ヴリトラ系の神器、匙がもともと所有していた『黒い龍脈《アブソーブション・ライン》』に加えて、『邪龍の黒炎《ブレイズ・ブラック・フレア》』『漆黒の領域《デリート・フィールド》』『龍の牢獄《シャドウ・プリズン》』の同じくヴリトラ系のグリゴリが保管していたつの神器を移植されたことでヴリトラの力が強まった結果、ばらばらに分かたれたかの龍王の意識がよみがえったのだ。

 

この能力は高まったヴリトラの力を一時的に表出し、その身をヴリトラそのものに変えるというもの。禁手とは違う、全盛期には及ばないながらも強力な龍王の力を行使できる匙の新たな力だ。

 

「グォォォォォッ!!」

 

龍がいななく。細長い体から発した漆黒の炎が瞬く間に魔方陣に燃え移った。そしてヴリトラは咢を開いて九尾に襲い掛かる。

 

九尾と龍王、怪獣対決が始まった。

 

その開始を一瞥したイッセーは後ろにいたアーシアと九重に声をかける。

 

「アーシアと九重は二人で行動してくれ」

 

「わかった、じゃが…」

 

その心配もわかっていると、優しくイッセーは九重の肩に手を置いた。

 

「…お前のお母さんは必ず助ける。約束だ!」

 

力強い声色に九重はこくりと頷く。その目には彼への信頼があった。

 

そして兵藤は曹操へと振り向く。聖槍を携える彼は、すでにいつでも来いと言わんばかりに不敵な笑みを向けていた。

 

「…さあ、行くぜ!」

 

背部のブースターから赤いオーラを迸らせ、イッセーは突き進む。小さき姫君と結んだ約束を叶えるために。

 

「行くよ、皆!」

 

「ゲロ吐いてばかりじゃないところ、見せますよ!」

 

木場たちもイッセーの後に続き、各々の相手のもとへ突撃していった。

 

かくしてグレモリー眷属と英雄派の激闘の幕が上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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エクスデュランダルのすさまじい先制攻撃により、雅な景色は一変し殺風景な戦場へと変わった。

 

その焦げた土を踏みしめ、二人の剣士は相対する。

 

木場とジーク。木場にとって、ジークは性格は反対ではあるが瓜二つの顔と銀髪からかつてフリードをいやでも思い出す相手だ。だがそんなものは手加減する理由にはならない。

 

敵と定めた以上、全力で斬り伏せるのみ。

 

「前と違って助けは来ないよ、勝てるかな?」

 

ジークは挑発的な言葉を投げかける。前回の渡月橋の一戦では木場に加えてゼノヴィア、イリナの三人がかりでようやく互角かそれに近い状況に持ち込めた相手だ。

 

しかし今は木場一人。彼一人でどこまでやれるかとジークは試す口調だった。

 

だが対する木場の表情には迷いも、恐れもない。

 

「勝てるかじゃない、勝つんだ!」

 

果敢に木場が吠え、馳せる。よく言ったと満足そうな笑みを一瞬浮かべ、ジークも駆け出す。

 

〈BGM:闇の戦(仮面ライダーW)〉

 

「ハァ!」

 

「ふっ!」

 

ガキンと甲高い金属音が鳴り響く。グラムと聖魔剣。一歩も引かず、両者の戦意を乗せた剣戟がぶつかり合う。

 

滝を上る龍のようなジークの切り上げ、敵の血を欲すグラムの凶暴なオーラを纏う一撃を一歩身を引いて躱し、お返しに横に薙ぐ一閃を繰り出す。腹を断つ鋭さを秘めたそれはノートゥングによって防がれる。

 

一閃、袈裟切り、突き。互いの持てる技をすべてぶつける。雑念など入り混じる余地もない。何度も何度も切り結び、切り返す。二振りの聖魔剣、魔剣の攻防が星の瞬きような一瞬でいて美しい火花を散らした。

 

以前はジークの飢えた獣のように獰猛な攻めに圧倒された木場だが少しづつジークの動きに対応し、食い下がるようになってきていた。

 

「あの一戦で僕の動きを少し読めるようになってきたみたいだね。やはり君は剣士の才があるよ」

 

しかしジークが狼狽することはない。むしろ敵の成長を喜んでさえいた。

 

鋭利な突きを躱し、ジークは上段からの斬り下げを放つ。それをもう一本の聖魔剣でガードし、がら空きになったジークの腹に回し蹴りを入れた。

 

「うっ!」

 

蹴りの反動を利用して木場は後方へ跳ぶ。打ち合う相手から距離を離されたジークが蹴られた腹部についた土汚れをはたいて払う。

 

「…なら、少し本気を出そうか」

 

集中のために一度息を吐いて、力強く呟く。

 

「『禁手《バランス・ブレイク》』」

 

一瞬ジークの剣気が膨れ上がり、彼の背から龍の腕が新たに3本ずいっと生えた。

 

「亜種禁手、『阿修羅と魔龍の宴《カオスエッジ・アスラ・レヴィッジ》』だ。そして増えた腕を生かす剣も…」

 

新たに生えた腕が起用に動いて腰に帯刀されていた剣を抜刀する。妖しい緑色のオーラを纏う魔剣と、反った刀身の赤紫色に輝く魔剣。どちらもノートゥングやバルムンクに劣らぬ危うさを感じさせる。

 

「魔剣ディルヴィングとダインスレイヴ、君も知ってる協会の戦士が使う光の剣だ」

 

「名のある魔剣を5本も…」

 

敵が見せたさらなる札に戦慄に冷や汗を垂らす木場。

 

魔帝剣グラム、ノートゥング、バルムンク、ディルヴィング、ダインスレイヴ。伝説に名を残す魔剣たちが今、全て敵の得物となり彼の眼前に脅威として立ちはだかっている。

 

「ふふ、さあ、どこまで持つかな?」

 

〈BGM終了〉

 

 

 

 

 

 

 

 

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〈BGM:一騎打ち(遊戯王ゼアル)〉

 

ジークと木場が互いの禁手を発動した激闘を繰り広げている頃、ロスヴァイセは猛々しいヘラクレスの攻撃に押され気味だった。

 

「オラオラオラァ!どうした姉ちゃん!得意の魔法はそんなもんかァ!?」

 

ロスヴァイセが何度も魔法を放ってもヘラクレスは恐れなく真っすぐにロスヴァイセへ猛進し、魔法を受けてなお衰えぬ勢いと闘志を拳に乗せて放ってくるのだ。

 

「私の魔法を真正面から受けて突っ込んでくるなんて…!」

 

眉を顰めるロスヴァイセはヘラクレスの猛烈な拳のラッシュを体裁きでどうにかやり過ごす。

 

「そいやぁ!!」

 

拳を振り上げ、一気に振り下ろす。この一撃にロスヴァイセの本能が危険だと叫ぶ。それに従い彼女は反射的に大きく飛び退って距離をとった。

 

空振った拳はそのまま地面にたたきつけられると、手榴弾が起爆したかのような爆炎を上げた。

 

自らが巻き起こした爆炎の中から、ヘラクレスは立ち上がる。

 

「俺の『巨人の悪戯《バリアント・デトネイション》』は攻撃と同時に相手を爆散させる能力だ!鬼ごっこしてるだけじゃあ俺には勝てねえぜ?」

 

昂る闘志にぎらつく笑みを、ロスヴァイセに向けた。

 

「あの男…イッセー君と同類のパワータイプ…」

 

ここまでのヘラクレスの攻撃を振り返り、彼女はそう結論付けた。神器の爆発的な力と鍛え上げられた己のパワーの合わせ技で、強引に相手を突破する戦闘スタイル。

 

(正直、私が最も苦手なタイプだけど…)

 

彼女の最大火力はゆえにそれが通用しない、あるいはものともせず向かってくる相手には苦戦を強いられてしまう。

 

「でも、やりようならある!」

 

だが彼女が学んだ魔法は攻撃だけではない。素早く魔方陣を展開し、そこからいくつも光の縄を伸ばし彼の太い腕に巻き付かせた。

 

「んおっ?」

 

「このままあなたを縛り、360度からの魔法のフルバーストを受けてもらいます!これならさすがのあなたでも…」

 

いくら頑強な体でも身動きの取れない状態で全属性全神霊の魔法のフルバーストを全身にくまなく、長時間受け続ければひとたまりもないはず。彼女は反撃のチャンスだと魔法の準備を始めるが…。

 

「ほう、そいつぁ面白そうなアイデアだな」

 

にやりと笑うヘラクレスがぐいと光の縄で縛られた腕を上げる。

 

「魔法の縄…こんな柔な拘束で俺を止められるなんて思っちゃいねえだろうなァ!!」

 

そして腕に力をこめて雄たけびを上げ、ぶちっと縄をいともあっさりちぎってしまった。これには流石のロスヴァイセも驚愕を禁じ得ない。

 

「力づくで!?」

 

さらにヘラクレスは身をかがめ、全身に力を込める。

 

「ウォォォォ!!『禁手《バランス・ブレイク》』!!!」

 

腹の底から出す叫びと同時に彼のオーラが大きく弾け、背中や四肢からヤマアラシのように鈍い輝きを放つ突起物が次々と生えた。

 

「全身からミサイルを!?」

 

「こいつが俺の禁手、『超人による悪意の波動《デトネイション・マイティ・コメット》』よォ!限界までぶち上げた爆発力であの世の果てまで逝っちまいなぁ!!」

 

全身から突き出たミサイルが着火し、続々と発射される。しゅるしゅると煙と炎の尾を引いて無数のミサイルが海中で血の匂いを嗅ぎつけたサメのようにロスヴァイセめがけて殺到する。

 

「通常であの破壊力なら…このままじゃこの場が!」

 

よぎる悪寒、そうはさせまいと悪魔の翼を広げ、ロスヴァイセは激戦が繰り広げられている二条城跡地の外に向けて飛び立つ。ミサイルも彼女の動きに反応し、サバンナで獲物を追うライオンのように方向転換をした。

 

内数発が彼女の動きを追うことなくそのまま地面に着弾すると、ド派手な爆発を巻き起こし地面を焼いた。離れながらも爆発を見たロスヴァイセは爆発の威力に唖然とする。

 

「なんだなんだ?爆発に味方を巻き込みたくないってか?だったらいいぜ…その余裕もなくなるくらいぶっ飛ばしてやるよォォ!!」

 

〈BGM終了〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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〈BGM:MIMICKING BATTLE(黄昏メアレス)〉

 

そしてイリナとジャンヌ、教会に縁の深い二人の戦いは。

 

「もうっ!天使なのにハエみたいな鬱陶しい戦い方しちゃって!」

 

イリナの上空からの突撃を鬱陶し気にジャンヌは聖剣でいなす。いなされたイリナは再び翼を羽ばたかせて上空へ飛ぶ。

 

彼女の戦術はジャンヌら人間と違って飛行できる天使の特性を生かした、上空からのヒットアンドアウェイ作戦。上空から剣技を仕掛けてはまた戻り、時折光力で生み出した光輪や槍で攻撃する。

 

これにはジャンヌも苛立ちを隠せない。しかし、上空にいる彼女を攻撃する術がないわけではない。

 

ジャンヌの足元からずっと高貴なオーラ漂わせる聖剣が突き出る。柄を握って地面から引き抜くと軽やかな舞と共に剣を振るう。

 

「雷の聖剣!氷結の聖剣!」

 

聖剣から痺れるような弾ける雷と、凍てつく斬撃が放たれる。

 

「危なっ!?」

 

間一髪、イリナは回避運動をとって斬撃と雷撃の両方をやり過ごした。

 

「あら、今のをよく避けたわね」

 

「せぇぇい!!」

 

お返しにイリナは猛スピードで突撃をかける。今度こそ、ジャンヌに一太刀入れて戦いの主導権を握るために。

 

「でもそんな攻撃じゃだーめ」

 

次の瞬間、ジャンヌの周囲に無数の聖剣の刃が高く突き出る。まるで花園のように咲き乱れる聖剣が月明かりに照らされて輝いた。

 

ジャンヌを守るように出現した背の高い聖剣の花園に、イリナは慌ててブレーキをかける。

 

「きゃっ!」

 

「あらあら、このまま串刺しになってくれたら楽だったのに」

 

思惑が外れ、やや落胆したとつまらなさそうにジャンヌは鼻を鳴らす。

 

「あの神器、木場君の魔剣創造とよく似てるわ…」

 

突き出た聖剣を見てイリナはぽつりとつぶやく。聖剣を一気に解放して敵を串刺しにする攻撃は彼女の仲間の木場が使うものとほぼ同じだ。

 

「似てるも何も兄弟みたいなものよ?私の神器は『聖剣創造《ブレード・ブラックスミス》』。魔剣を創造する『魔剣創造』と反対に聖剣創造は自在に聖剣を生み出すの。…あれ、ジークはもう禁手使っちゃったのね。ならお姉さんもサービスしなくっちゃ」

 

聖剣に守られるジャンヌは恍惚に赤く頬を染めて、力を解き放つ一句を口ずさむ。

 

「『禁手《バランス・ブレイク》』♪」

 

彼女のオーラがはじけ、背後に聖剣の剣山が出でる。剣山はガキンガキンと硬い金属音を鳴らし、そのフォルムを翼の生えた龍の形へと変えていく。

 

「これが私の亜種禁手、『断罪の聖龍《ステイク・ビクティム・ドラグーン》』よ!易々と喰われないようにせいぜい足掻いて頂戴ね?」

 

聖剣でその体を構成されたドラゴンは聖なる力そのものと言ってもいい。金属質な輝きを放つドラゴンが、天上の天使めがけて咆哮する。

 

びりびりとする威圧感にややひるむも、彼女の戦意がくじかれることはない。

 

「…たとえ相手が聖人と崇められる方の魂を継ぐ者だとしても、ミカエル様のAという栄誉ある肩書にかけて負けられないわ!」

 

天使と聖人の戦いは、さらに激化する。

 

〈BGM終了〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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〈BGM:残響Dearless(黄昏メアレス)〉

 

そして曹操によって操り人形に仕立てられてしまった悠ことネクロムスペクターと戦うゼノヴィアは苦い戦いを強いられていた。それもそのはず、命がけで戦う相手が大切な仲間であるため、全力を出せずにいる。

 

特に彼女の聖剣は攻撃力が高く、下手に曹操たちに見舞ったさっき以上の全力で攻撃すれば変身解除を通り越して中身の悠自身を殺すことにつながりかねないからだ。

 

元来強いデュランダルの攻撃力はエクスカリバーと合わさったことでさらに向上している。それに伴い殺害のリスクも上がり、彼女は威力を調整しながら彼を相手にしていた。その結果、彼女は満足に攻撃もできないまま防戦を強いられることになった。

 

「ぐぅ…!」

 

勢いよく振り下ろされるガンガンハンドの一撃をエクス・デュランダルで受け止める。もう何度打ち合ったか数えていない。ガンガンハンドとデュランダルを激しくぶつけ合い、強引に押し返し、蹴りを見舞う。

 

「ハァ…フォームチェンジはしない…いや、できないか」

 

どうにか距離を取った彼女はぽつりとつぶやく。彼女が所持しているプライムトリガーに、今彼が所有する10の英雄眼魂の全てが内包されている。それ故、今の彼がゴーストチェンジして戦法を変えることはない。

 

「そしてネクロム特有の液状化もしない、か」

 

何より彼女が気がかりだったのがネクロムが過去に交戦した際発揮した液状化の能力。ほぼすべての物理攻撃を無力化するそれをもし使われた、物理攻撃主体の自分では太刀打ちできないと危惧していたが幸いにも能力は使用不可だったようでほんの少しだけ安堵した。

 

「!」

 

だが状況は好転しない。ガンガンハンドの銃口が向けられ、火を噴いた。

 

「ちっ!」

 

エクス・デュランダルを盾にしてよせ来る弾丸を防御する。彼女がどう戦うべきか悩む一方で向こうは全く迷いもなく、彼女の命を狙ってくる。

 

「悠がアルルと戦う時、こんな気持ちだったのか…」

 

弾丸を防ぎながら彼女は思う。正体を知らず実の妹だと思っていた彼がアルルと戦った時、同じような心境だったのかと。きっと彼も殺さず、救いたい相手との戦いに大いに戦い方を悩んだに違いない。

 

「目を覚ませ悠!お前は曹操に負けるような奴か!?」

 

〔ダイカイガン!オメガスマッシュ!〕

 

ゼノヴィアの声に構わず、ドライバーにハンドをかざすネクロムスペクターがぶんぶんとハンドを振り回し、地面に突き立てる。すると迸る緑色のオーラが地面から次々に噴出してゼノヴィアに向かう。

 

ゼノヴィアは冷静にエクスデュランダルの鞘から一振りの聖剣を抜き放つ。

 

「破壊の聖剣《エクスカリバー・デストラクション》よ!」

 

かつて駒王町に任務で訪れた際の相棒。懐かしい握り心地に浸る間もなく力を込めて地面に叩きつけ聖剣特有の破壊のオーラを放つ。

 

地面を荒々しく砕いて突き進む破壊のオーラと翡翠のオーラが派手に激突し、爆発を起こして相殺される。

 

数秒後、二人を分かつ濁った煙が晴れる。向こうにいるのは変わらず心の戻らぬネクロムスペクターの姿。

 

「…悠、君はいつも私たちの窮地を救ってくれた。だから今度は…私がお前を止める!」

 

彼女は強い意志を以て彼に呼びかける。しかし彼が反応を見せることはない。

 

今までの激闘で幾度となくゼノヴィアは彼に救われた。彼なくして今の彼女はいないだろう、感謝してもしきれないくらいに彼女は彼に恩を感じている。

 

だが救われる一方の彼女は果たして逆に彼のピンチを救ったことがあっただろうか。いつも彼女は強敵に膝をつき、そのたびに彼やイッセーが助けとなり状況を打破してきた。

 

ウリエルによって時間が巻き戻ったため彼女自身に記憶はないが悠がロキとの戦いで一時的に変身能力を失ったとき、彼を守ろうとフェンリルの前に立ちはだかったが結果として返り討ちにされてしまったと聞いている。

 

歯噛みする思いだ。デュランダル使いたるものが味方に助けられるばかりで味方を助けることができないなど。ましてや意中の相手に何もしてやれないなんて。そしてその結果、このような事態を招いてしまった。自分が悠と一緒に行動していれば、こんなことにはならなかったかもしれない。

 

だからこそ彼がたとえどんな苦境に立たされた時、真っ先に手を差し伸べるのは自分であろうと誓ったのだ。この刃は敵を屠るためだけでなく、仲間を守るためにも使えるのだから。

 

もう二度と、彼にこんな目には合わせるわけにはいかない。イッセーたちが他の英雄派の強者と必死で戦っている今、彼を止めるのは…。

 

「お前を止められるのはただ一人…!」

 

この刃に彼女を強く突き動かす決意を込める。力の調整は大体済ませた。後は思いのたけと共に自分の剣をぶつけ、未だ答えぬ彼を呼び起こす。

 

大地を踏み一息にて跳躍、彼めがけて剣を振り下ろした。

 

「私だ!」

 

〈BGM終了〉




次はおっぱいです。

次回、「反撃の光」


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第116話 「反撃の光」

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター



〈BGM:THOUSAND DESTRUCTION (C)ZAIA ENTERPRIZE(仮面ライダーゼロワン) 〉

 

「おおおお!!」

 

滾る闘志を拳に乗せ、イッセーは全力で振り抜く。突き抜ける拳打を曹操は軽やかな身のこなしで避ける。

 

「やはりいいね、ドラゴンは」

 

続くハイキックを槍でいなし、肘打ちを受け流す。素早いチャージで手のひらに生まれたドラゴンショットをぶつけようとするも槍の僅かな挙動だけで軌道をそらされる。

 

あらぬ方向に飛んで行ったドラゴンショットの赤い閃光は偶然にも進行方向上にあったヘラクレスのミサイルにぶつかり、いくつかのミサイルが空中で激しい爆発を起こした。花火にしては派手で、荒々しい音を伴った光が戦場を照らす。

 

「ドラゴンを相手にしていると、何となく神話や叙事詩に出てくる英雄の気分になってくるよ。怪物、ドラゴン退治は英雄伝の花形だ」

 

「知るか!」

 

毒づいて更なる攻撃を繰り出すも、難なく躱す曹操にかすりもしない。

 

「てめえは禁手を使わねえのかよ?」

 

ヘラクレス、ジーク、そしてジャンヌ。三人は既に禁手を発動させ、木場たちの迎撃に当たっている。この流れで曹操も聖槍の禁手を発動させるものだとばかりイッセーは思っていたが…。

 

「いや、その必要はないよ。ただ、君を存分に味わっていくつもりさ」

 

イッセーの愚直な攻撃をかいくぐる曹操は汗一つかくことも余裕を崩すこともなく、かぶりを振った。

 

「へっ、だったらまずはてめえのすかした面に一発入れてやる…!」

 

腰に力を入れ、背部のブースターをふかして再び突撃する。今度は近接戦に回していたパワーを突撃するためのブースターに回した。おかげでさっき以上の速度で曹操へ突進をかけられた。

 

曹操に対抗するにはパワーじゃない、反応を超えたスピードが必要だとイッセーが判断したからだ。

 

先ほど以上に猛烈な速度を伴って距離を縮めるイッセー。あっという間に間合いに入り、真正面から渾身の拳打を繰り出した。

 

それすら曹操は上体を横にそらして間一髪、まさにギリギリで拳打を躱し、極限まで縮まった距離にカウンターで聖槍を彼の腹部に突き刺した。

 

「ッ!?ごぼっ!!」

 

深々と腹を貫かれ、大量の血を吐き出すイッセーはその場にどさりと両膝をつく。曹操はゆっくりと槍を引き抜き、穂先がぬめりとした赤い血で染まっていた。

 

聖槍の聖なる力はすぐに全身を回り始め、次第に全身の各部からしゅうと煙が上がり始める。聖槍のダメージはそれだけでは終わらず、彼の意識まで奪い始めるが。

 

「イッセーさん!」

 

強い危機感を感じたアーシアが即座にイッセーに向けて癒しのオーラを飛ばす。温かな緑色の光に包まれ、全身から発する煙は一応のおさまりを見せる。

 

だがそれだけでは聖槍のダメージを完全に癒すことはできない。貫かれた腹の傷はほんの少しばかり小さくなっただけだ。すぐにアザゼルから渡されたフェニックスの涙の小瓶を取り出し、液体を傷口にかける。

 

「おや、命拾いしたようだね」

 

「ぐぁ!」

 

両膝をつくイッセーを曹操は蹴り上げて転がす。

 

「今、君は消滅しかけたんだ。君が悪魔である以上、この聖槍の光を克服することは決してできない。ヴァーリはもちろん魔王サーゼクスやアジュカだろうと例外じゃない。よく覚えておくといい。それと君はドラゴンだから龍殺しも天敵だったね。うってつけのものがいるんだが…お披露目は後になるか」

 

変わらずイッセーの睨むような目線は曹操を見上げている。死に目を見てなお、彼の闘志が弱まることはなかった。

 

「…あらあら、ビビらないのか。少しは肝が冷えたと思ったんだけどね」

 

曹操をにらんだまま、イッセーはよろよろと立ち上がる。

 

「…冷えたさ。でもそうこう言ってられねえんだ。九重との約束は守る、お前をぶっ飛ばす。どっちもやってから帰るんだよ!!」

 

己を鼓舞するようにイッセーは吠えた。結んだ約束は必ず守る。母を救うという九重との約束も、ちゃんと帰ってくるというリアスとの約束も。

 

約束を守れないで男をやってられるか。曹操をぶっ飛ばし、八坂を救い、そしてまた明日も変わらず学生生活を楽しむ。彼の一心はどこまでも真っすぐだ。

 

「あははっ!いいね。今ならヴァーリが君を気に入った理由がわかるよ。真っ直ぐな戦士は嫌いじゃない」

 

曹操は愉快げに笑う。だがそれは相手を馬鹿にする調子ではなく、むしろ好意を示すようなものだった。

 

「…さあ、続きをやろう」

 

笑みを収め、再び曹操は槍の穂先を向ける。それを機に、再び両者の接戦が始まる。

 

開始早々にごうっと打ち出したドラゴンショットの光。それを槍の一振りで両断し、後方に着弾して巻き上がった煙を背に曹操の方から仕掛ける。巧みに槍を操る曹操の攻め、しかしイッセーは引かない。攻撃を躱しつつも、反撃として右ストレートや蹴りで応戦する。

 

〔Boost!Boost!Boost!Boost!Boost!Boost!〕

 

〔Transfer!〕

 

だがイッセーも何度もいたずらに同じ攻撃を繰り返すばかりではない。今度はアスカロンの刃を出現させ、倍加のオーラを込めた斬撃を飛ばす。曹操もまさかと不意を突かれ、飛来する斬撃が左腕を切り飛ばした。

 

「!」

 

血をまき散らし、切断された腕が宙を舞って地面にぼとりと落ちた。この光景に一瞬うっと息詰まるも、ようやく攻撃が通じたとイッセーは内心歓喜した。

 

「…今のは効いたな」

 

しかし腕を失った曹操は痛みに顔をゆがめるも、慌てるまでもなく腕を拾い上げて脇に挟むと、小瓶を取り出す。

 

「てめえ、なんでそれを…!」

 

瓶のラベルにイッセーは眼を見開く。それはまさしく、彼らが支給されたフェニックスの涙と同じものだったからだ。

 

「ふっ、紀伊国悠にも同じことを言われたよ。金さえあれば裏のルートで手に入るのさ」

 

なんともないように小瓶のふたを開けて傷口に澄んだ液体をふりかけ、切断面に斬られた腕をくっつける。すると腕をくっつけられた切断面がしゅううと煙を上げ、アスカロンに斬られる前の、傷のない腕へと元通りになった。

 

それを見届けたイッセーの胸に怒りが沸く。ようやく大きなダメージを与えた矢先になかったことにされ、挙句の果てにフェニックスの涙を使われた。あれがこちらのもとにあれば、被害者を減らせたかもしれない。

 

その怒りを原動力に一歩踏み出した瞬間。

 

「これは…!」

 

ガシャガシャンと音を立てて、イッセーの赤龍帝の鎧の随所が崩れた。傷を見れば、まるで鋭利な刃物で切断されたようだった。

 

いつの間にと驚くイッセー、曹操は槍でポンポンと肩を叩く。

 

「君が飛び退くときに斬っておいた。時間差で壊れたか、ちょっとした攻撃でもこの槍は問題なく赤龍帝の鎧に通じるみたいだ。…それにしても強いね、もう少しギアを上げてみるか」

 

「あれ、あんたのほうはまだやってたの?」

 

〈BGM終了〉

 

曹操の気迫が増したその時、軽薄な声が横合いから飛び込んだ。

 

現れたのはジャンヌ。鎧の各所に傷つけられたものの、余力たっぷり気力たっぷりといった様子だ。そして彼女が抱える白翼の天使は…。

 

「イリナ!」

 

「うっ…」

 

イッセーがその名を叫ぶ。ジャンヌはほいと抱えた彼女の体をぞんざいに投げてイッセーのもとによこす。全身切り傷だらけのイリナは口から血を垂らし、苦痛にうめいている。

 

「彼を相手にまだ持ってられるなんて、やはり腕が立つみたいだ」

 

「あーあー、少しは骨があったが物足りねえなぁ。赤龍帝の方が強えみたいだしそっちとやりたかったぜ」

 

続々とジーク、そしてヘラクレスも現れる。二人とも、それぞれ相手にした木場とロスヴァイセの体を抱え、同じようにイッセーのもとに投げる。

 

「木場!ロスヴァイセさんも…!」

 

木場はジャンヌと戦ったイリナ以上に激しい傷を負っており、呼吸が荒い。ロスヴァイセも腹部にひどいけがとやけどをしていて相当な攻撃にさらされたのだと一目でわかった。

 

「私が治します!」

 

これ以上傷つく仲間を見ていられないと、後方でオーラを飛ばしていたアーシアがイッセーのもとに駆け寄って直接木場たちの治療を始める。

 

曹操たちは止めなかった。完全に、彼らの力はそこまでのものだと見切りをつけてしまったのだ。

 

「ぐぁ!」

 

激しい閃光に短い悲鳴を上げて、イッセーのもとにゼノヴィアが吹き飛ばされてくる。

 

「ゼノヴィア!」

 

「ク…私では届かないのか…!」

 

傷ついた体に鞭打って、呻きながらも彼女は上体を起こす。戦っていたネクロムスペクターには悠の心は戻っていない。

 

「グォォォォォォォォ!!」

 

そして九尾と戦うヴリトラに変化した匙も追い詰められていた。ヴリトラは呪いの炎を燃やし続けるが、細長い体にふさふさとした9本の金毛の尾を巻きつけられ、身動きが取れないようになっていた。

 

「匙!」

 

「宴もたけなわだよ、兵藤一誠。君たちは確かに強い、それは認めよう。でも僕たちにはかなわない。言っただろう?怪物を討つのはいつだって人間だよ」

 

「くっそォォォ…」

 

倒れ行く仲間、健在し、立ちふさがる強敵。悔しさにイッセーの胸が満ち満ちる。

 

何のために自分は強くなったのか、九重との約束はどうなるのか。現実は非常だ、無力さ故にすべてを失ってしまう。

 

溢れる感情のあまりこぼれた涙が、ぽつと左手の籠手にはめられた宝玉に落ちた。

 

すると、深い緑色の宝玉にほのかな光がともった。その光に呼応するかのように、彼が懐に隠していた赤龍帝のの新たな可能性の具現たる赤い宝玉が超新星のように明るい輝きを放って、この場を照らし始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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そこは一筋の光も差さず、誰にも認識することのできない底なしの闇。俺、深海悠河は曹操の手によってネクロムスペクターに変身させられた瞬間、この真っ暗闇の空間に閉じ込められた。おそらく、ネクロム眼魂の中にある精神空間の一種だと推測している。

 

ここは暗い。寒い。痛い。そしてなにより孤独だ。ずっといるとどうにかなってしまいそうだ。だから足掻く。この心にいやというほど突き刺さる感覚から逃れ、帰るべき場所に帰るために。

 

「…がっ、くそっ!」

 

自分の両腕を縛る鎖を幾度となく振りほどこうとしても、俺の力では鎖を腕力だけで破壊するなんて脳筋プレーは到底できそうにない。

 

そして俺が何より焦る理由は目の前に移る映像にある。一人称の映像で、ゼノヴィアがひたすらに戦っている。疑いようもなく、操られた俺と戦っているのだろう。

 

そして彼女が腹部に大きな銃撃を入れられ、血反吐を吐いて吹き飛んだ。

 

「ゼノヴィア!…くそっ!」

 

彼女のピンチに叫ぶ。あきれるほど繰り返した行為をまた繰り返す。がちゃがちゃと鎖の音が鳴る。しかし一向に壊れる気配はない。

 

映像の中ではゼノヴィアだけでない、兵藤や木場、紫藤さん、ロスヴァイセ先生までボロボロで地に膝をつくか、力なく倒れていた。アーシアさんの緑色のオーラが飛来して彼らを癒すが、再び挑む力もない。

 

目の前で傷ついているのに何もしてやれない。むしろ俺が彼女を傷つけてさえいる。この胸をかき乱すのは大切な彼女を自らの手で傷つける己への怒り、それを止められない焦燥、そしてなにより、この状況を生み出した曹操への憤怒。

 

「俺を…ここから出せェェェ!!」

 

怒りと焦燥のままに絶叫を上げる。

 

ふと、一筋の光が飛来した。見慣れた赤い光がまっすぐに俺の胸に差し込む。とてもあたたかな光だ。安心するし、なにより心震わせる力がある。

 

「う…ウォォォォ!!」

 

湧きたつ力を腕に込めて鎖を破らんとする。相も変わらず壊れる兆しはない。だが感触が違う。

 

絶対に抜け出し、戻るという意思。その一心でひたすらに唸りを上げながら足掻く。

 

その時、鎖のごく一か所にひびが入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「なんだこれは…」

 

眼前の光景に、ゼノヴィアはただただ困惑した。イッセーの宝玉が突然光を放ったかと思いきや、千人は超える人影がどこからともなく出現したからだ。

 

『おっぱい、おっぱい、おっぱい』

 

『おっぱい、おっぱい、おっぱい』

 

『おっぱい、おっぱい、おっぱい』

 

うすぼんやりとした無数の人影が現れ、ただおっぱいと口にする。異様極まりない光景に彼女は理解が追い付かず、どうしたらいいかわからなかった。

 

そしてそれは英雄派たちも同様だった。全員、ぽかんと口を開けて動きを止めて、どうすればいいかもわからずこの光景を見るばかりだ。

 

『おっぱい!おっぱい!おっぱい!おっぱい!おっぱい!』

 

おっぱいの呪詛はヒートアップしていき、集団は次第に陣形を組み始め、さながら儀式の魔方陣のような隊形に組みあがる。

 

すると今度は人影が解け始め、液体のように地面にしみこむ。しみ込んだ光の液体は広がり、繋がり、瞬く間に巨大な魔方陣を描いた。魔方陣の中には女性の乳を模した象形文字の数々が動いていた。

 

そして魔方陣の中央に立つイッセーがとちくるったか、雄々しく叫ぶ。

 

「召喚、おっぱぁぁぁぁいッ!!」

 

全力の叫びに呼応し、魔方陣が大きな光を放った。くるめく光はすぐに収まり、イッセーの目の前に現れたのは。

 

「部長!?」

 

「ふぇっ、え、なに、どこここ?本丸御殿!?ってイッセー!?どういう状況なの!?」

 

彼の主、リアス・グレモリーだった。着替え中だったのか上下ともに下着姿の彼女は辺りをせわしなくきょろきょろと見渡し、慌てふためきながらも状況把握に努める。

 

「ああん?リアス・グレモリー…?援軍を呼んだのか?」

 

「見て、彼女、金色に光ってるわ!」

 

「…ジーク、俺は夢を見ているのか?」

 

「全員そろって同じ夢を見るなんてどんな偶然だろうね」

 

曹操たちはただ困惑するばかり。彼らを置き去りにして、イッセーはどういうわけか金色に光りだすリアスに更なる衝撃的な発言をする。

 

「部長、おっぱいを…つつかせてください」

 

常人ならなんてセクハラ発言をするんだこいつはと突っ込むが、すでに二人は常人という領域にはいない。

 

「なんだかよくわからないけど…わかったわ。あなたが求めるなら、スイッチ姫にも…なるわ!」

 

リアスは困惑の感情を心の隅に押しやって覚悟を決める。

 

ただこの場には曹操たち男性が多い。イッセーは彼女のことも配慮してリアスと共に彼らから見えない位置にそそくさと移動する。

 

「よし」とリアスは呟くと、ブラジャーという上半身を隠す最後の砦を外す。たわわな胸がブラジャーという枷から解き放たれてぶるんと揺れた。

 

見られていないとはいえ、外で上裸を見せるという羞恥に顔を赤く染めるリアスと向かい合うイッセーは

ぶっと鼻血を噴出した。

 

羞恥に駆られながらも二人は驚く。双丘の頂に立つピンク色の乳首がほのかなピンク色の輝きを放っていたのだ。

 

「い、行きます!」

 

禁手の鎧を指の箇所だけ解いて生身をさらし、両の人差し指を恐る恐る乳首に近づけていく。

 

やると決めた。もう止まらない。人差し指が乳首に触れ、ちょっとした力で柔らかな乳房に陥没した。

 

「…ふぁ」

 

胸からめぐる感覚にリアスは官能的な声を漏らす。

 

カッ!

 

乳首がスイッチになったか、イッセーに乳首を押されたリアスの胸からまばゆい光が溢れ出す。ふわっとリアスの体が宙に浮いて。

 

「んっ、あ、ああああああああん!」

 

豊かな乳から夜空に輝く一等星より明るい輝きを放ったまま、リアスが空に昇る。これまでに見たどんな現象よりもぶっ飛んだ現象を前に、誰も言葉を発せずにいた。

 

「…行っちまったな」

 

「行ったわね」

 

見上げるヘラクレスとジャンヌ。リアスは空から落ちてくる流星とは真逆に、天に立ち昇る龍のように空へと消えていった。

 

「ッ!!」

 

刹那、曹操が弾かれたようにイッセーの方へ視線をよこす。今のイッセーから噴火直前のマグマのように湧き上がる何かを感じ取ったのだ。

 

明らかにリアスの乳の力で、イッセーの中の何かが覚醒した。

 

「…さぁ、行くぜぇぇぇぇ!!ブーステッド・ギアッ!!」

 

湧き上がる力、恐れるものは何もない。奮起する心のままに籠手を掲げ、力を解放する。彼の全身から凄まじい光量の赤い光が溢れ出した。それは彼の極限まで増大したオーラの具現でもある。

 

「なんだ、奴のオーラが…!」

 

〔Desire〕〔Diabolos〕〔Determination〕〔Dragon〕〔Disaster〕〔Desecration〕〔Discharge!〕

 

〔DDDDDDDDDDDDDDDDDD!〕

 

けたたましく、壊れたように籠手が連呼する。際限なく増大するオーラに、曹操たちの直感が危険だと叫ぶ。

 

「曹操、こいつ更なる進化を!」

 

「うっ…!」

 

これまで無言を貫いていたネクロムスペクターが突如、呻き始める。ダメージを負ったわけでもないのに、イッセーの赤い光を浴びた影響か苦しそうに声を漏らしていた。

 

「どうした、まさか兵藤一誠の力にあてられたか?」

 

「今しかない…!」

 

〈BGM:仮面ライダーバルカン・バルキリー(仮面ライダーゼロワン)〉

 

イッセーの進化に続く彼の異変。もしかするとという希望にかけ、ゼノヴィアは翼を広げ、低空飛行でネクロムスペクターのもとへ素早く移動する。

 

間近に来てもネクロムスペクターはうめくばかりで全く攻撃の素振りを見せない。すぐに彼女は彼の腰に巻かれたドライバーに手を付ける。

 

今まで彼の戦いを見てきた彼女はなんとなくベルトの仕組みを理解していた。なのですぐに上部のカバーの開閉スイッチを押した。そこを押せばカバーが開いて内部の眼魂に手を付けられるはず。

 

しかしカバーは開かず、何の反応も返ってこなかった。

 

「だったら!」

 

迷っている時間はない。スイッチで開かないのなら力づくで開けるまで。実際にやったことはないが、やったことがないはやらない理由にはならない。

 

今度は力を供給する内部の眼魂を保護するドライバー前面のカバーを取り外そうと、がしっと掴んで全力で引っ張る。

 

「うううううッ…!」

 

内部の眼魂を保護する役割を持っているため、カバーの硬度はすさまじかった。全力を込めてもカバーは微塵も開く様子はない。

 

「無駄だ、こじ開けるなんて馬鹿な真似は…」

 

「そんなこと…やってみなくちゃわからない!」

 

足を踏みしめ、全身に力を入れて引っ張り上げる。一生懸命な彼女の姿は、曹操たちの目には血迷ったものだと滑稽なように映った。

 

「お前だけは…私がッ…絶対に!!!」

 

彼女は諦めない。このチャンスを逃せば、自分はこれからもずっと助けられっぱなしになってしまう。そんなものはデュランダル使いの名折れだ。

 

自分の恋人は自分の手で助け出して見せる。絶対に引かない、こじ開けてやる。その一心で、彼女はひたすらに全力を振り絞る。

 

渾身の力に引っ張られるカバーがやがてガキガキと嫌な音を立て始める。閉じられていたカバーは彼女の全力によって少しずつ、開かれようとしていた。

 

「ウォォォォォォォォォォォォォォォ!!!」

 

体の芯から放つ叫び。ガキガキと嫌な音を立てて、なんとドライバーのカバーが彼女の力に負けて完全に、強引にこじ開けられた。

 

それを見てすぐさま中に収められたネクロムの眼魂を掴み、取り外す。ついさっきまで思いっきり手に力を込めてて汗びっしょりだったので勢いあまって、眼魂は手から滑ってそのまま宙に投げ出されてしまった。

 

「あいつ、力づくで外したのか!?」

 

「まじィ!?」

 

「これが君の根性か、デュランダル使い…!」

 

これには曹操たちも愕然とした。まさか力づくもいいところな方法で強引に彼の変身を解除させるとは思わなかった。

 

「させるか!」

 

「!」

 

茶番は終わりだとすぐさまジークがグラムで攻撃を仕掛ける、ネクロムスペクターの体を抱いて再びゼノヴィアは翼を羽ばたかせイッセーのもとへ舞い戻った。

 

「ゼノヴィア、お前!」

 

「やったぞ…!」

 

驚くイッセーににやりと親指を立てる。彼女の傍らで変身を維持していた眼魂を外された悠が光を放った。

 

「う……!」

 

光と共に変身も解け、ふらりと前のめりに倒れようとする体をゼノヴィアがさっと受け止めた。

 

〈BGM終了〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「あれ…」

 

夢見心地の中、俺は目覚めた。

 

周りには隣で膝をつき心配そうに顔を覗き込んでくるゼノヴィアとこれまでとは毛色の違う赤いオーラを纏う兵藤がいた。さらにはアーシアさんが懸命に傷ついた紫藤さん、ロスヴァイセ先生、木場の治療に励む。

 

「私がわかるか!?」

 

「あ、ああ…ゼノヴィア」

 

「よかった…」

 

ゼノヴィアからの突然の問いかけにびっくりしながらも答えると、彼女はほっと胸をなでおろした。

 

…そうか、俺は操られていたけどどうにか変身解除して意識を取り戻したのか。意識が戻る前後の記憶があやふやだが、はっきり覚えていることがある。

 

「意識の奥底で…お前と戦う俺が見えた」

 

そう、あの寒気のする暗闇の中で囚われた俺は、操られた俺と戦う彼女を見ていた。

 

「戦ってるのが分かってるのに、自分の体なのに自分の意志で戦いを止められなくて…」

 

自分の体なのに、自分の意志が全く届かない。今思えばとても恐ろしい感覚だ。意思の届かぬ体が、自分の意に反した行動を取っているのだから。

 

「お前が…止めてくれたんだな」

 

こんなになった俺に向き合い、暴れる俺を命がけで止めてくれた。自分が傷つくことを厭わずに向かってくれた彼女には感謝してもしきれない。

 

「でもこんなにお前を傷つけて…俺は最低だ」

 

「何を言っているんだ、君の意思じゃないんだろう?…それに、助けられっぱなしだった今までの借りを少しは返せた。むしろスッキリしているところだよ」

 

「…ありがとう」

 

申し訳ない気持ちいっぱいで言った言葉に、彼女は大丈夫だとはにかんだ。自分の意志でなくとも、なんてことをしてしまったのだろうという思いだったがその言葉だけでも救われた気がした。

 

「…これを」

 

おもむろに彼女が差し出したのはプライムトリガー。曹操の攻撃でどこかに吹っ飛んでいたのだがゼノヴィアが回収していてくれたか。

 

「…勝つぞ」

 

「ああ!」

 

心の底から湧き上がる勇気。凛とした面持ちから出た彼女の言葉に、不敵な笑みで返してトリガーを受け取る。悔やむ時間はここまでだ。ここからは…。

 

しかと土を踏みしめ、立ち上がる。見据えるは敵、曹操たち英雄派。奴らの企みの全貌は闇の中から大体聞いている。

 

「曹操!」

 

名を呼ぶと、奴が反応してこちらを振り向いた。

 

「おや、もうお目覚めか」

 

「よくも俺の仲間に手を上げさせてくれたな…!これ以上、お前の好きにはさせない」

 

俺を操り、仲間に攻撃させ、この京都での修学旅行を滅茶苦茶にしてくれた。散々好き勝手に引っ掻き回したこのツケは高くつくぞ。

 

毅然と宣言し、兵藤の隣に並ぶ。

 

「迷惑かけたな。俺が弱いばかりにこんな…」

 

「気にすんな、お前がいれば百人力だ!」

 

兵藤はを気にすることもなく、にかっと笑ってくれた。どうやらまたとんでもない現象を引き起こしていたみたいだが…それは後に置いておこう。

 

視線を下におろす。俺を操っていたネクロムの眼魂はもうない。そこに嵌めるべきは俺の魂と英雄たちを束ねし力だ。

 

渡されたプライムトリガーを握り、スイッチを押す。

 

〔ソウル・レゾナンス!〕

 

〔アーイ!ヒーローズ・ライジング!バッチリミロー!バッチリミロー!〕

 

ドライバーから出現し、辺りを飛び回るパーカーゴーストたち。月光を照り返し、きらきらと輝いた。

 

「変身!」

 

〔カイガン!プライムスペクター!英雄!裂空!勇壮!激闘!ブレイヴ・イグニッション!〕

 

レバーを押し込んで霊力を解き放ち、パーカーゴーストたちを取り込んで変身完了する。

 

これで三度目の変身、前回は俺の虚を突く形で禁手を使われ戦闘不能に追い込まれたが、今度はそうはいかない。

 

「…木場、紫藤さん、ロスヴァイセ先生、立てるか?」

 

後ろでアーシアさんの治療を受けていた三人を軽く一瞥して声をかける。見た限り、治療は終わり力を取り戻した様子だった。

 

「…戻ってきたんだね、イッセー君や君と一緒にいると力が湧いてくる気がするよ」

 

「全く、ゼノヴィアにあんなに心配かけさせるなんてね!」

 

「無事に戻ってきてくれて安心しました。もうちょっとだけ、頑張ってみます」

 

三人は続々と腰を上げ、鎧や服はボロボロながらも俺たちの隣に微笑みながら並んだ。当初の予定よりずいぶん遅くなってしまったが、これでようやく全員そろった。

 

「ここからは俺たちの反撃だ!」

 

意気揚々と兵藤が曹操たちに宣言する。さあ、まだ見せていないプライムスペクターの力を解放する時だ。

 

 

 




ゼノヴィア、まさかのゴリライズ。いよいよ反撃です。

パンデモニウム編の外伝は生徒会ピックアップ、次章のライオンハート編は信長の過去に深くかかわる外伝をやろうかなと思います。

次回、「英友装」


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第117話 「英友装」

更新履歴を見て思ったけどこの数日間で9000字近くを数話書き上げるこのハイペースまじでどうかしてる。自分で言うのもなんだけど。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
1.ムサシ
2.エジソン
3.ロビンフッド
4.ニュートン
7.ベンケイ
9. リョウマ
10.ヒミコ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
13.フーディーニ



〈BGM:コンプリートが生む力(仮面ライダー剣)〉

 

プライムトリガーには二つのスイッチがある。左グリップ部についている青いスイッチはベルトに差す前の起動、そして必殺待機に移行する『プライムチャージ』用。

 

そしてもう一つ、まだ使ったことのない本体上部に位置する赤いスイッチは内包する英雄の力を顕現させるシステムを起動させる。

 

今こそそれを使う時だ。

 

〔ムサシ!ロビンフッド!ニュートン!リョウマ!ヒミコ!〕

 

その赤いスイッチを押すたびに、ドライバーが英雄の名を呼ぶ。そしてそのあと、グリップ部の青いスイッチを押す。

 

〔ヒーローズ・ドライブ!〕

 

ロキ戦では使用されなかったシステムが起動するとドライバーから名を呼ばれた英雄のパーカーゴーストが出現し、ふわふわと浮遊してはゼノヴィアたちのもとに行き覆いかぶさった。

 

木場にはムサシを、ゼノヴィアにはリョウマ、アーシアさんにはロビンフッド、紫藤さんにはヒミコ、ロスヴァイセ先生にはニュートンを。

 

パーカーを纏う木場たちは一様に戸惑いの色を浮かべた。

 

「え?私が着るの!?」

 

「深海さんは今までこれを着ていたんですね…」

 

「着心地もいいけど、何より力が湧いてくる…」

 

「このパーカーを着ているとなんだか大胆なことを思いつきそうだ」

 

「鎧の上から着ているのでかなり重いですね」

 

それがただ単にまさか俺が普段装着するものを自分が着る時が来るとは思わなかったのと、彼ら全員が内から力が湧きあがるのを感じているからだろう。

 

「これがプライムスペクターの能力、『英友装《ヒーローズ・リインフォースメント》』だ。英雄の力を心の通じ合った仲間に付与でき、パワーアップさせられる」

 

英雄の能力を与えるだけでなく、彼ら自身の身体能力やオーラも大幅に向上させることができる。現に彼らの纏うオーラにはそれぞれの英雄の色、彼ら自身の色、それに加えてこのプライムスペクターの黄金の色が混じり合ったものに変化していた。

 

欠点があるとするなら、プライムスペクター状態でなければこの力を維持できない、つまり別のフォームにチェンジしたり俺が変身解除すれば与えた力も消える点とそもそも俺が現場に居合わせないとパワーアップさせられないところか。

 

「俺にはないのか?」

 

一人だけ、英雄の力を与えられなかったメンバーがいた。普段よりも強いオーラを放ち、自分を指さす兵藤だった。

 

「お前はもうパワーアップしたんだろ?」

 

「へっ、そりゃそうだ」

 

そんなもの、こいつのオーラを見ればわかる。どういう経緯かはよく知らないがどうせまたおっぱいだろ。

 

〈BGM終了〉

 

軽口もほどほどに、兵藤が行動を開始した。

 

「モードチェンジ!『龍牙の僧侶《ウェルシュ・ブラスター・ビショップ》』!!」

 

宣言、そして駒の変化。兵藤のオーラの色が魔力に特化した『僧侶』のものに変わった。

 

すると背中のアーマーに赤のオーラが集まり、新たな部位に変化する。その形を表現するなら、ロボットものに出てきそうなバックパックと突き出た二つの大きなキャノン砲と言うべきか。

 

二つのキャノンの砲口がぶぅぅんと鳴動しながら静かにオーラを蓄えていく。砲口に蓄えられたオーラの輝きがどんどん増していった。

 

「あの高鳴りはまずいな…!」

 

あれだけ楽しそうに戦っていた曹操も焦りを見せるレベルの一撃か。それに今度のパワーアップは乳技ではなく、他の種類の駒の特色を赤龍帝の鎧に反映させる力なのか?

 

限界を知らず、砲口に蓄えられていくオーラが倍加の力と合わさってどんどん増えていく。あいつどこまで溜めるつもりなんだ?まさかこの町全部吹き飛ばすつもりじゃ…。

 

〔Boost!Boost!Boost!Boost!Boost!Boost!Boost!〕

 

「いっけぇぇ!!」

 

近くにいるだけでもちょっとした刺激で爆発してしまうのではないかと思うくらい恐ろしいほどに溜めに溜めた後、ついにオーラを一気に解放し、曹操たちめがけて照射した。

 

そのあまりの威力に反動で兵藤が大きく後退する。見た感じ、かなり踏ん張ってもこらえきれないくらいの反動のようだ。照射中はまず動きは取れまい。

 

「ンな攻撃、真正面から受け止めて…」

 

「ヘラクレス、避けろ!」

 

砲撃の危険さを直感したジークがヘラクレスを掴み投げ、曹操たちは全員ばらばらに迅速に散開した。発射された砲撃はそのまま二条城の向こうの町にぶつかると、巨大な炎のドームと見まがうほどの大規模な爆発が生まれた。

 

「何つー威力だ…!町が吹っ飛びやがったぞ!こんなもん連発されたら結界が持たねえ!」

 

ヘラクレスたちは彼方の爆発に戦慄する。特にヘラクレスはあのまま自分が受けていたらとぞっとしているに違いない。

 

というか本当に全部吹っ飛ばすつもりだったのかよ。まあ当たりはしなかったが、連中をばらけさせることはできたな。これはチャンスだ。

 

「よし、このまま各個撃破だ!」

 

「「「「「おう!」」」」」

 

臨時の『王』たる兵藤の指示に威勢よく返事を上げ、俺たちは各々の敵のもとへ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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〈BGM:Ready Go!(仮面ライダービルド)〉

 

悠河の力を受けた木場とゼノヴィア。二人はイッセーの攻撃で散開した英雄派のメンバーのうち、自分らと同じく剣士であるジークに果敢に突撃する。

 

「ジーク!第二ラウンドを始めようか!」

 

「今度は私もいるぞ!」

 

「木場裕斗…!ゼノヴィア…!」

 

更なる力を纏って戻ってきた彼らに、彼の闘志は高揚する。昂ぶりに口元を歪め、再び展開した4本の腕と6本の剣で再び交戦を開始する。

 

名のある聖剣、魔剣、そして聖魔剣が入り乱れる。もし彼らの戦いを剣のマニアが見たならば興奮のあまり達していたことだろう。

 

ジークのグラム、バルムンク、ダインスレイブ、ノートゥング、ディルヴィング。木場の自身の禁手で作り出した希少な聖魔剣。そしてゼノヴィアのエクス・デュランダルと破壊の聖剣。数多の剣が今、この一戦に集結し激しく鎬を削る。

 

攻撃に特化した聖剣を操るゼノヴィアの力強く、かつリョウマの力でさらなる大胆味を帯びた剣技がジークの6本の剣からなる攻防共に完璧の攻めに真正面からぶつかり、押し寄せる激流のごとき剣を振るう。

 

「なんて荒々しい剣だ…!こんな剣士、今まで…!」

 

彼女の攻撃を捌きつつもジークは驚嘆する。渡月橋でぶつかったときの何倍も彼女のパワーが増している。気を抜けばこちらが押し負けてしまいそうだ。

 

「ダインスレイブ!」

 

ジークは魔剣の一振りであるダインスレイブを振るうと、自身を守るように周囲にとげとげしい氷の柱が現れる。

 

「ぐっ!」

 

「うっ!」

 

不意を突かれる形となった木場とゼノヴィアは対応が間に合わず剣のように鋭い氷柱に腕を斬られるが。

 

「私が癒します」

 

そこは後方支援のアーシアの出番。彼女の緑色のオーラが弓の形を生成し、癒しのオーラを矢に込めて打ち出す。

 

もともと彼女には弓矢の経験はない。だがロビンフッドの力を与えられた今の彼女は百発百中、どんなに小さな針の穴すら射貫けるような名手となっていた。

 

飛来する矢で射貫かれた二人の腕が瞬く間に回復する。神器の出力も向上しており、普段の倍以上のスピードで止血と傷の治癒が完了した。

 

「ありがとう、アーシアさん!」

 

「助かる!」

 

手短に礼を言うと、ゼノヴィアは破壊の聖剣の力で氷柱をあっという間に破壊する。ガシャンと音を立て、粉々に散った氷塊が宙を舞う。

 

「ちぃ!」

 

舌打ちするジークの姿が露わになり、そして彼女たちは再びジークと壮絶な打ち合いを始めた。

 

ゼノヴィアと木場の力とスピードの合わさった一糸乱れぬ連携、猛々しい獅子のような連撃にジークも次第に押され始める。

 

そこにムサシの見切りを得た木場が、見切りで6本の剣の動きをしかと捉えごく僅かに生まれる隙に神速の一撃を叩きこむ。

 

「ぐぅ!」

 

背部の二刀のゴーストブレイドと二刀流の聖魔剣が4本の神器の腕に傷を負わせ、彼の剣速が落ちる。それを見逃す二人ではない。渾身の叫びをあげて同時にジークに切りかかる。

 

「「はぁぁぁぁぁぁ!!」」

 

ジークは咄嗟にグラムの刀身を盾にして防ぎ、一旦大きく飛びのいた。

 

「なんだ、今までよりも動きが速い!?剣筋も…!」

 

隠し持っていたフェニックスの涙をぐびっと飲み干し、瓶を投げ捨てる。敵の進化にただただ動揺を禁じ得なかった。

 

「回復したのか、ならまた切り刻むだけだ!」

 

「僕たちグレモリーの『騎士』を舐めないでもらおうか!」

 

グレモリー眷属の二人の『騎士』、堂々と並び立つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方のイリナも、一度は戦闘不能にされた戦いのリベンジと言わんばかりにジャンヌに向かっていた。

 

ヒミコのパーカーを夜風にたなびかせる彼女が握る光力の剣には桃色の炎が蛇のように巻き付いて付与されていた。炎の影響で光力はさらに高まり、上級悪魔ですら一撃で消滅させられるほどの域に達していた。

 

「主に変わってお仕置きよ!」

 

空からジャンヌ目掛けて急襲をかけるイリナ。前よりも鋭利に、かつ速度を伴った突撃だった。

 

「しつこい子は嫌いよッ!」

 

苛立ち交じりに叫ぶジャンヌが聖剣を振るい、光の剣と聖剣が交わる。つばぜりあう剣。すると次第に、聖剣の輝きが鈍り始め、逆にイリナの持つ光の剣の光が強まり始めた。

 

それに危険を感じ、咄嗟にジャンヌはイリナから距離を取る。彼女が手にする神聖な力を持っていたはずの聖剣の剣光は陰っていた。

 

「何なのこの炎!?聖剣の聖なる力を吸い込んでいる!?」

 

「せぇい!」

 

驚くジャンヌに息つく間も与えまいとイリナは追撃をかける。教会で培ってきた彼女の剣は英雄の力を得てさらに加速していく。それにジャンヌも聖剣を巧みに操って応戦する。

 

「本体も強くなっているのね…!」

 

「負けっぱなしは癪なのよ!アーメンッ!」

 

京都に来てからというもの、渡月橋ではジークを追い詰め切れずここでは一度ジャンヌに負けた。

 

天使長ミカエルのAという大役を任された彼女にとって屈辱以外の何物でもない。今ここで、京都で悪事を働く敵を討つ。

 

それが彼女の、ミカエルに捧げる忠だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてロスヴァイセもまた、ヘラクレスとの死闘を再開していた。

 

「また向かってくるってんなら、今度こそ俺のミサイルで吹っ飛やぁぁぁ!!」

 

全力で吠えるヘラクレスが禁手のミサイルを一斉に発射する。さっきまでの彼女なら急いで回避に努めていただろう。

 

だが今の彼女は違う。ニュートン魂の力を得た彼女は、ミサイルの対処法を心得た。

 

「無駄です!」

 

突き出した彼女の右手のグローブが斥力フィールドを発生させる。ロスヴァイセを狙っていたミサイルはフィールドにあてられるとあっという間にその軌道をそらされ…。

 

「なっ!?ミサイルの軌道が!?」

 

そのすべてがヘラクレスのもとに向かっていった。今までに何人もの敵を屠ってきた凶悪なミサイルがその主に牙をむく。

 

ミサイルの威力は誰よりもヘラクレスがわかっている。だから大慌てで背を向け、全力でミサイルから逃れようと走り始めた。

 

走る自分の作り出した轍に続々と着弾するミサイル。その激しい爆風にあおられてヘラクレスはド派手に転倒した。

 

「ごはぁぁっ!!」

 

「これが英雄の力…!力が湧いてくる、心が奮い立つ!」

 

ここに来るまで、正直彼女は仲間に負い目を感じていた。飲酒した結果自分の酒癖の悪さを見せびらかし、それを決戦寸前まで引きずり一度はあのヘラクレスに敗北した。

 

グレモリー眷属としての初陣だというのに、眷属の中では最年長だというのになんと無様なことだろうか。恥ずかしすぎて穴があれば入りたいくらいだ。

 

でも今は、自分を信頼してくれる仲間が託した力がある。まだ入ってから日は浅くないのに、新しい仲間たちは無償の信頼を寄せてくれるのだ。

 

その信頼に応えない手はない。ここで手柄を立て、自分の力を証明するのだ。

 

ロスヴァイセは増大した力を使い、全属性の魔法のフルバーストを繰り出す。

 

「私だって、グレモリーの一員なんです!!」

 

〈BGM終了〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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〈挿入歌:Evolvi'n storm (仮面ライダーフォーゼ)〉

 

「曹操ォォォォ!!」

 

キャノン砲を見舞ってから間髪入れずにイッセーは曹操へ猛進する。邪魔なキャノン砲はパージすると光の粒子になって霧散した。

 

「モードチェンジ!『龍星の騎士《ウェルシュ・ソニック・ブースト・ナイト》』!!」

 

『僧侶』に続いて『騎士』への昇格。彼の中の悪魔の駒が変化し、同時に背部のブースターの数が倍に増え、より猛烈な加速を始める。

 

だが曹操を超えんとする兵藤は更なるスピードを求める。

 

「パージだ!」

 

奴の言葉に鎧が弾け飛び、普段よりもスリムなフォルムへと姿を変える。赤龍帝の鎧は風切るようなもっと鋭利な形状に変化した。

 

これにより鎧の重量を減らした兵藤はさらにスピードを上げる。

 

「はや…」

 

「体当たりだぁぁぁぁぁ!!!」

 

真正面から繰り出したのはパンチでもキックでもない、ただのタックルだった。だが相当な加速から繰り出すタックルの威力はすさまじく曹操の体が一瞬九の時に折れ曲がる。

 

強烈なタックルをかました兵藤は曹操をがっしり掴んだまま、加速を続けた。

 

「やっと捕まえたぜ!」

 

「がっ…確かに速いな。だが、硬さを犠牲にした素早さならこの槍の攻撃は…!」

 

兵藤と同様に殺人的な加速によるGがかかり、同時に来たタックルの威力で曹操は血を吐く。

 

そう、兵藤が曹操を直接つかんだ今の密着状態なら奴にとっても反撃をすることなど容易い。むしろ速度を上げるために鎧の防御力を落とした今なら簡単に鎧ごと兵藤の生身を貫ける。

 

「モードチェンジ!『龍剛の戦車《ウェルシュ・ドラゴニック・ルーク》』!!」

 

だがそれを許す兵藤ではない。今度はスピード特化の『騎士』からパワーに特化した『戦車』へ。

 

赤いオーラが兵藤を包むと、鎧はパージ前の形状に戻り防御力を取り戻した。だが変化はそれだけでは終わらない。両腕の籠手にオーラが集まると、通常時の5、6倍はある重々しい形に変化した。

 

至近距離から槍で兵藤を突き刺そうとする曹操。悪魔にとっての必殺の一撃を、兵藤はその極太の腕でガードする。

 

聖槍を突き立てられた赤い鎧はガキンと硬い音を立てるが、傷一つつかない。

 

「硬い!この出力では突破できないのか!?」

 

驚愕する曹操。今の威力は上級悪魔を一瞬で消滅させられる威力だった。それを上回り、あげく無傷の防御力

 

「くらえぇぇぇぇぇっ!!!」

 

〔Boost!Boost!Boost!Boost!Boost!Boost!Boost!Boost!〕

 

喉も裂けよと裂ぱくの気合と共に、防御と力を増した渾身の右ストレートを放つ。反射的に曹操は槍を籠手から引き抜いて、

 

「まだだぁぁぁぁ!!」

 

「っ!!?」

 

インパクトの瞬間、籠手に仕込まれた撃鉄が撃ち込まれ、ダメ押しに威力を上げた。正面からぶつかってくるとてつもないパワーに今度こそ曹操は押し負け、ガードを崩されてプロ野球選手の投げるボールのようにまっすぐに吹き飛んで行った。

 

「はぁ…はぁ…」

 

超加速、そして全力の拳を叩きこんだ兵藤は肩で荒い息をしていた。その疲労感のまま、その場でどさりと膝をつく。今のでかなりのスタミナとパワーを消耗してしまったらしい。

 

「ハァ……大した力だっ、でもまだ身体になじんでいないみたいだな!」

 

それでも曹操を戦闘不能に追い込むことはできなかったらしい。

 

傷を負いながらも、怒涛の攻撃で消耗した兵藤の隙をつかんと曹操が馳せる。携えた槍を構え、いかなる悪魔をも滅ぼす魔の天敵ともいえる槍の穂先を兵藤目掛けて突き出すが一撃は届かない。

 

飛び出した俺が、黄金の刃輝くガンガンセイバーでそれを受け止めたからだ。

 

「紀伊国悠…!」

 

「そうは問屋が卸さない」

 

槍をはじき、剣戟を見舞う。だがダメージを受けた今でも相も変わらずの身のこなしで奴は避けた。

 

「ゼノヴィアに救われたな!だが、君に俺を倒せるかな?」

 

「禁手じゃないお前ならどうにかなるさ!」

 

飛び出す鋭い突きのラッシュ、それを見切ってガンガンセイバーを叩きこんでそらし、銃モードのガンガンハンドで薙ぎ払いをかける。顔面目掛けたそれを顔を上向かせて奴は躱す。

 

「曹操!俺には英雄がどんなものかはわからない!」

 

「はっ!自分で認めるか!」

 

激しい攻防の中で俺は明言する。

 

認めよう。曹操に指摘されるまで俺は英雄の力を使っておきながら、英雄というビジョン、定義について何も考えてこなかった。そんな暇もなかったというのは言い訳だ。身近にあるがゆえに、俺は見落としていた。

 

「お前の言う英雄も確かに一つの姿だろう!だがお前になびくつもりは毛頭ない!」

 

曹操の語る英雄もまぎれもない真実だ。英雄と呼ばれる人物がただ清廉潔白なだけでないのは知っている。変えることのできない現実。だからこそ、それにかこつけて奴は自分の行いを正当化するのだろう。

 

定義は認める。だが奴らの行いを認めるわけにはいかない。

 

ガンガンハンドの銃撃を牽制がてら見舞う。こんな攻撃じゃ奴に当たらないということくらいとっくに承知だ。

 

思った通り、曹操は槍の僅かな挙動だけで弾いてきた。だからハイキックを繰り出す。曹操ではなく、奴が握る槍の柄に。

 

パワーの乗ったガンと押し込むような蹴りに曹操は体勢を崩しながら飛んで行った。

 

「だから見つけてやる…!俺だけの、英雄のビジョンってやつを!!」

 

〔ダイカイガン!ハイパー・オメガスパーク!〕

 

ドライバーに武器をかざし、一気にエネルギーを充填する。迸る霊力が実態のある幻影となり、通常のノブナガ魂の数倍はある数の銃口が曹操に向けられた。

 

「それが俺の、今の答えだ!!」

 

決意を吠え、引き金を引く。寸分違わず同タイミングで一斉に銃口が火を噴き。すべてが向けられた方向の通りに直進したわけではなく、一部の銃撃は弧を描いてしっかり全弾が標的の曹操に収束するようにコントロールされていた。

 

吹きすさぶ眩い怒涛の銃撃の嵐、それらに聖なる力を込めた斬撃を飛ばして曹操は応戦する。一度に多くの銃弾を切り裂いたが、斬撃をかいくぐったいくつもの銃弾が曹操に牙をむく。

 

「多い!」

 

それでも槍を回して聖なる力でシールドを張り、銃弾の雨に傘をさす。シールドに着弾した銃弾の威力でじりじりと後退し、弾かれてあらぬ方向に着弾した弾丸は爆発を起こして特撮番組さながらの演出のようになっていった。

 

「土壇場で強くなるのは神器の特徴だが…ここまで力を引き出すか!」

 

ようやく雨をしのぎきり、よろめく曹操はぺっと血を吐き捨てる。兵藤と俺の攻撃でいいところまで追いつめたと思うのだが…。

 

奴の視線が新たな力を発揮した兵藤に移った。

 

〈挿入歌終了〉

 

「君の新たな力…『王』の承認なく自在に他の駒に変化する悪魔の駒のルールを明らかに逸脱したその能力、イリーガル・ムーブのようだ」

 

「イリーガル…なんだそりゃ」

 

「チェスにおいて、不正な手って意味だ」

 

木場たちとチェスをやる機会もあるので勉強したから知っている。まだ一度たりとも勝ったことはないが!

 

『俺にはギリシャ神話の海神ポセイドンの持つ三又の槍、トリアイナに見えたが』

 

珍しくドライグが俺たちにも聞こえる声を発した。ポセイドンの持つ三又の槍といえばトライデントか。トリアイナはその別名といったところかな。

 

「なるほど…じゃあ、二つ合わせてこいつは『赤龍帝の三叉成駒《イリーガル・ムーブ・トリアイナ》』ってことにするぜ」

 

ほう、これまたカッコイイ名前を付けたもんだ。ただ、その能力は悪魔の駒のルールに触れるとか言っていたな。だとすればせっかくの新能力が次のバアル戦で使えない可能性が…?

 

「成長速度はヴァーリに匹敵するな。いや、彼も日々成長している。とは言えパワーとスピードの勝負ならどっちが優れているかわからなくなってくるな…。だがスタミナとオーラの消費が激しい。持って10分…それまで持たないだろうね」

 

曹操はふむと顎に手をやりつつ兵藤の力の分析を始める。

 

やはりそう長くはもたないか。なら、兵藤が必殺の一撃を打ち込んで時間内に蹴りを付けられるようこちらでカバーしながら戦った方がよさそうだ。幸い、木場たちがジーク達を抑え込んでくれているしな。

 

「だが君を侮ったのは最大の失敗だった。あれだけシャルバたちをコケにしておいてこのざま、反省しなければな。ああ…楽しいよ。この感覚だ、強敵と対峙し、互いの力をぶつけあい、命の鼓動を感じるこの瞬間。だから強敵との戦いは好きでたまらないんだ」

 

これだけのダメージを負わせられたにも関わらず、曹操は危機や恐怖の色なく心底楽しそうに笑む。奴の根っこから戦いを追求する戦士の性が如実に表れていた。

 

「お前、このまま外の全戦力ともやりあう気か?」

 

「いやいや、そちらに大損害を出せるのと全滅するのは確実だね。やるなら不意打ちの一点突破が効率的だ。だからこの組織に身を置いているのさ」

 

バチバチと空から何かがはじけるような音がした。

 

空を仰ぐと、天の一角がバチバチと弾けるエネルギーを発しながら漆黒の口を開けていた。あれは間違いなく空間に裂け目ができているな。

 

「ようやく始まったか」

 

それを見て曹操は笑う。そうだ、奴らの目的はこの空間にグレートレッドを呼び出すこと…!

 

まさか、ディオドラの事件のように空間の裂け目からあの赤龍神帝が現れるのか!?

 

「君のパワーアップが後押ししてくれたみたいだ。やはり君は最高だよ」

 

「くそ!俺の力が…」

 

皮肉たっぷりに言う曹操に兵藤は目いっぱい歯噛みする。

 

せっかく反撃できるところまで来たというのに、結局奴らの目論見を阻止することはできないのか…!?

 

「さあゲオルク、『龍喰者《ドラゴン・イーター》』の召喚を…」

 

意気揚々と曹操が言いかけたとき、次元の狭間を見据えるその目が細くなった。

 

「いや、グレートレッドじゃない…?」

 

裂け目の奥から、透き通るドラゴンの咆哮が響く。やがて次元の闇の中からゆっくりと姿を現したのはかつて見たグレートレッドの赤い巨躯ではなく、より小柄ながらも幻想的な緑色のオーラに包まれた細長い東洋型のドラゴンだった。

 

曹操は驚きながらも、その名を叫ぶ。

 

「西海龍童《ミスチバス・ドラゴン》、玉龍か!」

 

かの龍の名は玉龍。この世に5体存在する五大龍王に名を連ねるドラゴンの一体である。

 

「玉龍って、龍王の一角じゃないか…!」

 

「タンニーンさんと同じ龍王!?」

 

ふいに小さな影がひょいと玉龍の背から飛び降りた。かなりの高度だったにも限らずなんともないようにぴんぴんした様子だった。

 

降り立ったのは一言でいうなら金色の猿だった。幼稚園児ほどもいかぬ小柄な体、年寄りのようなしわくちゃの顔に似合わぬサイバーチックなサングラスをかけ、徳の高い僧が身に着けるような法衣を着こなしている。

 

あの猿、どこかで見た覚えがあるが…なんだっただろう。

 

「京都の妖の力、そしてこれだけの龍の力が渦巻いて居ればすぐにここだとわかるわい」

 

俺たちがその中にいるクレーターの淵に降り立った老猿が、曹操を見下ろした。

 

「久しいのう、聖槍の坊主。随分でかくなったじゃねえの」

 

「これはこれは、闘戦勝仏殿。武勇はかねがね聞いておりますよ。我々相手に各地で派手に暴れているとね」

 

曹操は恭しい態度を老猿に取り、会釈する。相手を舐めたような態度を取った九重の時とは違い、偽りのない畏敬の念が彼の所作に現れている。

 

あいつの知り合いなのか?だとしたら、まさか…敵の増援?龍王も一緒なのは非常にピンチなのだが。

 

「坊主、おいたが過ぎたぜぃ。関帝となって神格化した英雄もいれば、おぬしのように問題児になるものもいる。」

 

「あなたにそう言われるのなら、英雄冥利に尽きるというものです」

 

…いや、こちらの味方か?それにしてもあの曹操が畏敬の念を抱くあの猿は一体何者なんだ?

 

置いてけぼりの俺たちに気付いたか、曹操がこちらを向いた。

 

「君たちは知らないだろう?彼こそは闘戦勝仏、わかりやすい名で言うなら初代の孫悟空だ」

 

「そ、そそそそ孫悟空!!?」

 

絶叫じみた驚きの声を上げるイッセー。ようやく思い出した、夏の合宿で先生から学んだ各勢力の要人のリストであの顔を見たことがあった。

 

あれが本物、西遊記にその名を残す伝説の猿の妖怪か。サングラスをかけているしでかなりイメージと違ってはいるが、仏になっただけはあってめでたいオーラを持っているようだ。

 

前回のウリエルさんと言い、これまたとんでもない大物が来たもんだ。心強いことこの上ない。

 

まさかの超大物の登場に驚く俺たちの反応に孫悟空は楽しそうにしわしわの顔に笑顔を浮かべた。

 

「ほほほ、やはり若者の反応はいつ見ても楽しいのう。赤龍帝の坊主、ここまでよう頑張った。後は助っ人の儂に任せぃ。玉龍、九尾を頼む」

 

『んだよー、オイラここに来るだけでもめちゃんこ疲れたってのに今度は九尾の相手かよ!龍遣い荒いな!…っておい、ヴリトラもいんのかよ!ちょー久しぶりじゃねえか!』

 

美麗な容姿とは裏腹の、若干口汚い若者めいたセリフをべらべらと吐いた。おどろおどろしいヴリトラや威厳ある元龍王のタンニーンさん、話に聞く限りやる気のない態度だったというミドガルズオルムとは打って変わって妙に親近感すら湧く感じだ。

 

「後で京野菜たらふくおごってやるわい」

 

『はぁー、龍王たるオイラを食べ物で釣ろうってか!?いいぜ、約束は守れよ!オラオラぁ!でっかい狐さんよォ!オイラをなめっと痛い目見るぞぉ!!』

 

京野菜をおごる約束を取り付けられて一応のやる気が出たらしく、オラオラオラァと血気盛んな叫びを上げながらヴリトラと対峙する九尾のもとへ飛んでいった。

 

「はぁ、大きな戦が終わっていの一番で引退しおった若手のくせに、態度はでかいのう。まあ愉快な性格で退屈はしないがの」

 

九尾のもとへ向かう玉龍の後姿を見届けると息を吐いて、辟易とした様子だった。俺には不満はあれどそれなりの信頼を築き上げてきたコンビのように見えた。

 

ふとじろりと曹操にサングラスの裏の眼差しが突き刺さる。

 

「…まあせっかくじゃ、再会の印にお仕置きがてら一発もらっていけぃ」

 

刹那、曹操が弾かれたように吹き飛んだ。あまりにも突然な出来事だったのでそれをなしたのは、ただの伸びた赤い棒の突きであることに気付いたのは10秒ほど後のことになった。一見ただの赤い棒に見えるそれはかの有名な如意棒に違いない。

 

「ごはっ!」

 

如意棒の一撃は俺たちを散々手こずらせた曹操の反応速度を容易く超え、腹に重い一撃を叩きこんでいた。地面すれすれに低空飛行してから横転する曹操が血反吐を吐いた。

 

「なんじゃ、ちったぁ強くなったかと思ったがまだまだじゃのう。ちゃんと鍛えとるのか?」

 

「…ぐほっ……見た目に反した、なんと重い一撃…これで全盛期じゃないというのがウソのように思える」

 

服に付着した土汚れを払いながらよろよろと槍を支えにして呻く曹操が立ち上がる。悪魔ほど頑丈でない人間の体にはあの一撃は相当こたえただろう。

 

「…ここまでだな。ジーク、ヘラクレス、ジャンヌ、ゲオルク!退却だ。これ以上は分が悪すぎる、撤退も戦略の一つだ」

 

俺の解放、兵藤のパワーアップ、作戦の失敗、それに追い打ちをかける孫悟空と玉龍の参戦。撤退するには十分すぎるほど追い込まれた。

 

木場たちと交戦していたジーク達や魔方陣を操作していたゲオルクも魔方陣を解除して曹操たちのもとへ集まる。奴らは足元に転移用魔方陣を開き、転移の時を待ち始めた。

 

「これは返してもらったよ。僕らには必要なものだからね」

 

ジークの手中にあったのはネクロムの眼魂だった。しまった、戦いのことですっかり頭から抜け落ちていた。あれがあれば凛の手掛かりになるかもしれないのに…!

 

逃げようとする曹操たちに「待て」と兵藤が動いた。

 

〈BGM:遊馬のテーマ2(遊戯王ゼアル)〉

 

今度は両肩ではなく左手にキャノン砲の砲口を作り、退却に向けて準備を始める曹操たちに向けた。

 

消耗した兵藤のありったけのオーラが砲口に唸りを上げながら収束していく。そんな彼の背にひょいと孫悟空が乗った。

 

「おう、おぬしも一発入れてみるかい?どれ、おじいちゃんが手伝ってやろうかね」

 

なんてことはない軽いタッチ。しかしたったそれだけでまるで全開時の時と変わらないレベルに一気に膨れ上がる。

 

「行け、兵藤!奴らに今までの分、倍返ししてやれ!」

 

某ドラマも言っていた、やられたらやり返す、倍返しだ。その言葉をそのまま曹操たちにぶつけてやれ!

 

「ああ!!せっかく京都に来たんだ、てめえらにとびっきりの土産をくれてやるぜ!!」

 

キャノンの照準を曹操たちに合わせ、湧き上がる力をすべて込めた赤いオーラの砲撃をぶっ放した。

 

「まだ仕掛けてくるってのか!」

 

攻撃に気付いたヘラクレスが曹操たちを守ろうと、自身の体躯を盾にせんと前に出る。砲撃はそのままヘラクレスに直撃するかと思いきや。

 

「曲がれぇぇぇ!!!」

 

兵藤の叫び。ヘラクレスにぶつかるはずだったドラゴンショットの軌道がなんと急にカーブし、ヘラクレスを避けた。そしてそのまま、曹操のもとへ向かい。

 

「ぐぁっ!!?」

 

真っすぐ進む赤い光条が曹操の右目をかすめた。短くも大きな悲鳴を上げて傷跡を手で押さえる。間違いなく、右目はやられたな。

 

〈BGM終了〉

 

「どうだ、これが俺たちの倍返しだ!」

 

「ぐぅぅぅぅぅ……兵藤一誠ッ!!!」

 

痛みに呻くと思いきや、激しい感情に任せてらしくない叫びをあげた。抑えていた手を離すと、見るも痛々しい鮮血で真っ赤な傷が露わになった。

 

すると今度は聖槍を構えなおす、あの構えはどう見ても攻撃のものではない。

 

「槍よ!神を射貫く真なる聖槍よ!我が内に…」

 

始まる詠唱。仰々しく、力のこもった言葉に槍が光をともす。それを見たジークが大慌てで曹操の口をふさぎ彼を強引に抑え込む。

 

「曹操!『覇輝《トゥルース・イデア》』を使うのは早すぎる!落ち着け!これ以上は信長たちも時間稼ぎの限界だ!データは取れた、今回はそれで十分だ!!」

 

…なに、『覇輝』だと?あいつ、禁手どころかそれを制御できるレベルの所有者なのか!?

 

「…つい熱くなった。俺もヴァーリのことを笑えないな、土壇場でも君は盛り上げてくれるとは」

 

どうにか落ち着きを取り戻したらしく、曹操はジークから解放される。今度は奴らの足元に例の霧が発生していた。

 

「兵藤一誠、紀伊国悠、もっと強くなれ。そうすればまた相まみえたとき、この槍の真の力を見せてあげよう」

 

霧は瞬く間に領域を広げ、渡月橋の時と同じように反撃を受けながらも不敵にほほ笑む曹操たちの姿を隠した。

 

京都を混乱に陥れた英雄派の撤退。俺たちの勝利の時だった。

 




というわけで、英友装《ヒーローズ・リインフォースメント》でした。一応木場はムサシしか使えないみたいな人それぞれの縛りはないので木場にリョウマを付けたりヒミコを付けたりすることもできます。能力を使いこなせるかは別として。

次回、「修学旅行の終わり」


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第118話 「修学旅行の終わり」

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
1.ムサシ
2.エジソン
3.ロビンフッド
4.ニュートン
7.ベンケイ
9. リョウマ
10.ヒミコ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
13.フーディーニ



『あー、まじしんどかったわぁー…ヴリトラいなきゃ超きつかったわー…』

 

玉龍が大きな息を吐きながら、気だるげに地面に降り立つ。彼とヴリトラの奮闘のおかげで暴れる九尾を抑えることができた。

 

曹操たちが逃げた後も奴らが作り出した空間はそのまま残り、空には本物さながらの星々が輝いていた。

 

玉龍と共にヴリトラの姿で戦っていた匙は人間体に戻った後、すっかり気を失ってしまい今はアーシアさんの治療を受けているところだ。あいつのおかげで、曹操たちとの戦いに集中できた。後で礼を言っておかないとな。

 

そして特に治療を受けるほどのダメージのなかった俺も、戦いの終わった戦場跡でどさりと力なく横たわる。

 

「俺もまじしんどい…」

 

今まで以上に変身後の脱力感がすさまじく、自力で立ち上がれそうにない。曹操たちが消えてやっと終わったと気が緩んだ矢先にこれだ。

 

「あの『英友装《ヒーローズ・リインフォースメント》』、仲間に自分の力を分け与えるからその分大量の霊力を消費するんだな……今まで自分だけに霊力を使う分には全然疲労しなかったのに…」

 

プライムトリガーはポラリスさんの調整で俺に過剰な負担がかからない仕様になったはずだがこればかりはどうしようもなかったのだろうか。『英友装』を使わずに一人で戦う分には全く問題はなさそうだが。

 

「私も普段以上に疲れた…」

 

「いやお前はエクスデュランダルぶっ放してたのもあるだろ」

 

そしてぐったりとなっているのは俺だけではない。ゼノヴィアや木場たち、幹部と戦っていたメンバーもだった。

 

「僕もだよ…あの力があっても気の抜けない相手だった」

 

「疲れたー…そういえば私たちちゃんと帰れるのかしら」

 

「…私もまだまだです。でもこの戦いで今後の課題が見えてきました」

 

もしかすると、英友装は俺だけでなく強化する対象にも負担があるのだろうか。俺の力を分け与える急なパワーアップだ、可能性は十分にある。

 

…だが戦いは終わってもまだやり残したことがある。

 

「母上!目を覚ましてくだされ!」

 

九重が懸命に横たわった九尾の狐に呼びかける。曹操たちが消えてから暴れることをやめ、大人しくはなったが未だに狐の姿のままでその双眸に正気の色は戻らない。

 

洗脳されたままの彼女をどうするべきか、煙管を加える孫悟空と兵藤は頭を悩ませていた。

 

「さて、どうしたもんかのう…そういえば、おぬし」

 

「?」

 

「女性の胸の内を聞く技があると聞いたが…それを使って、術をかけられた姫の心に直接呼びかけることはできんか?」

 

孫悟空の思わぬ妙案に、兵藤がぱっと顔を輝かせた。

 

「あ!そうか!」

 

俺も二人の会話を又聞きしながら、あのパイリンガルなら洗脳されたままの八坂姫の心に直接訴えられる。…凛に仕掛けたときに凛の声が聞こえなかったのは、そもそも表に出ているのが別人の人格だったのとアルルが神格だからという理由があってか。

 

「儂が協力するから、お嬢ちゃんが姫に声を届けられるよう術をかけてくれ」

 

孫悟空がそう言う間にも魔力を高める兵藤。妄想力を働かせ、それを魔力に反映させる。

 

「『乳語翻訳《パイリンガル》』!」

 

そうして高めた魔力を一気に開放して彼らを包み込む桃色の空間を作り出すと、同時に赤龍帝の鎧が解除される。今度こそあいつの魔力とオーラが尽きたみたいだ。

 

そこに孫悟空が如意棒で地面を軽くたたく。するとそこからまた違ったオーラが溢れ、兵藤が展開した空間のオーラを軽く上書きしてしまった。

 

「さあお嬢ちゃん、今ならおぬしの声を姫の心に直接届けられる。試してみい」

 

九重はうんと頷いて、一度瞑目して落ち着けてから母親である八坂姫に語り掛ける。

 

「母上…私の声が聞こえますか?」

 

無情にも八坂姫からの返事はない。これだけ言葉を尽くして帰ってこない母親に彼女の感情がいよいよ爆発した。

 

「どうか…どうか、元の母上に戻ってくだされ……!」

 

大粒の涙をボロボロとこぼして、母親の金毛におおわれた体に身を寄せる。

 

「もうわがままは言いません…好き嫌いもせずにちゃんとご飯を食べます…夜に勝手に屋敷を抜け出したりもしません…だから…!だから…!」

 

『……く……のう…』

 

かすれるような、ごく小さな声がかすかに聞こえる。俺にも聞こえた。あれは間違いなく、八坂姫の胸の声でなく口から出た声だ。

 

ようやく返って来た反応に、九重はより昂る感情を言葉にしてぶつけた。

 

「母上!…また、いつものように歌を歌ってくだされ…舞いを教えてくだされ…!もう、九重は迷惑をかけませぬ!だからまた、母上と京都を一緒に歩きたいのです…!」

 

果たして少女の切なる願いは通じ、九尾の巨体が眩しい光を放つ。光の失せ、九尾が横たわっていた場所にいたのは以前に妖怪の屋敷で見せられた九尾と同じ金毛の耳としっぽを持った美女であった。

 

「…うぅ…ここは…?」

 

ようやく戻ってきた八坂姫は頭を軽く押さえて、まるで眠りから覚めたようなとろんとした目できょろきょろし始めた。

 

そんな彼女にお構いなしにと九重は抱き着きにかかる。

 

「母上!母上ぇぇぇぇぇ!」

 

「あっ…うふふ、いつまで経っても泣き虫のままじゃのう、九重よ」

 

まだ状況は呑み込めていないながらも、八坂姫は抱き着く九重に温かな笑みをたたえて撫でてやった。

 

やっと取り戻した九尾の親子の幸せ。母の胸に笑顔で泣きつく九重の姿に俺たちの心に温かな感情が舞い込んできた。

 

「今度こそ、終わったな」

 

曹操たちを撃退し、八坂姫の洗脳を解くことができた。これで大手を振って先生たちのもとへ帰れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「急げ救護班!特にグレモリー眷属、イリナ、匙を見てやってくれ!消耗がひどい!」

 

ホテルの屋上で、堕天使や悪魔、天使のスタッフが慌ただしく駆け回る。

 

八坂姫の洗脳を解いた後、俺たちは玉龍に乗って元の世界のホテルの屋上に戻ってきた。

 

外の世界では堕天使や悪魔、天使と妖怪の連合軍が英雄派の残ったメンバーと戦闘を行っていたらしい。そちらも魔獣創造で大量のアンチモンスターを囮にして撤退したようで、連合軍は現在進行形で事後処理に追われているとのことだ。

 

「元ちゃん!」

 

「元史郎!」

 

担架に乗せて運ばれる匙にシトリー眷属のメンバーが付き添う。皆、ボロボロになって気を失った匙のことを心底心配そうにしていた。

 

それを横目にする兵藤とアーシアさんを除いたグレモリー組はスタッフの検査を終えると、屋上の隅っこ

で柵に背を預けてゆっくりくつろいでいた。

 

兵藤は何やら孫悟空と話し合い、アーシアさんは俺たちだけでなく外で戦っていたスタッフの治療で疲れたのかすやすやと寝息を立てていた。

 

「なあゼノヴィア」

 

「なんだ?」

 

屋上の柵にへたり込んで背中を合わせ、隣り合う彼女に話しかける。

 

「嫌な思い出を蒸し返すことになるかもだけど…操られた俺と戦ってどう思った?」

 

俺の問いかけに彼女は一瞬意外な顔を見せたが、真面目な面持ちにふっと戻る。

 

「…君の気持ちがわかったような気がした」

 

「俺の気持ち?」

 

「君にとって救うべき対象であり、戦わなければならない凛のことだよ。ディオドラの事件や冥界のパーティーで君が彼女と戦った時、こんなにやりづらく、身内に剣を向けないといけない悲しい気持ちだったのかと感じた」

 

「…そんなこと考えてたのか」

 

言われてみれば状況としては酷似しているが、そんなことを…。

 

彼女の推測はほぼ当たりだ。全力でぶつかって殺すわけにはいかないし、かと言って手を抜けば容赦なく仕掛けてくる凛に殺される。おまけに大事な妹に手を上げるのに心が痛み、隙ができてしまう。やりにくいったらありゃしない。

 

「だいたいお前の思った通りの気持ちだったよ…本当にごめんな。よりによって、お前にこんなひどいことを」

 

この戦いではゼノヴィアはもちろん、兵藤たちには本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだ。なんと謝罪すればいいか…。

 

「終わったことだ、気にしないでくれ。とりあえず、悪いのは曹操たちだ。君はこのままやられっぱなしで終わるような男じゃないだろう?」

 

「…当たり前だ、今度は負けない。二度と操られてなるもんか」

 

曹操の禁手は結局よくわからないままだったが、今度こそ奴の禁手の能力を見破って見せる。そしてそのうえで奴に勝つ。あんな醜態は二度と晒すまい。

 

「それでこそ悠だ…それに、いつかは操られた状態ではない本気の君と戦ってみたくなった。レーティングゲームならそれも叶いそうな気がするが」

 

星空を仰ぎ、いつかの時を遠い目で見るゼノヴィアが言う。俺とゼノヴィアがレーティングゲームで戦う、か。確かにあれなら全力で戦えるし、痛くはあるが命にはまず関わらない。

 

…考えたこともなかったな。俺とゼノヴィアが真っ向からの真剣勝負をするなんて。

 

「ま、俺は悪魔になれないから参加できないけどな。…でも、最近の和平を見ていると、もしかするとって思うよ」

 

「それが叶ったら、すごく面白いことになりそうだね」

 

ふっと互いに微笑みを交わし合う。このまま様々な勢力との和平が進んで関係が改善されれば、いずれは天使や堕天使、人間がもし悪魔のレーティングゲームに参加できるようになるかもしれない。

 

もしそうなったらどうなるだろうか。誰も予想のつかない勝負、もしも天使の強者とヴァルキリーの実力者が戦ったら、なんてドリームマッチの雨あられだろう。俺もそんな勝負を見てみたくはあるな。

 

「…ところで兵藤の奴、今度はどうやってパワーアップしたんだ?また乳首を押したのか?」

 

今までのようにパワーを増しただけでなく、新形態というあんな激的なパワーアップを果たしたのだ。今まで以上にトンでも現象を起こしたに違いない。

 

「…知らない方が幸せなこともあるんだよ」

 

「全くだな」

 

俺がその話題を出した途端、木場とゼノヴィアが気まずそうに顔をそむけた。

 

「実は…」

 

「ちょ!」

 

その中で一人だけ、ロスヴァイセさんは何かを言おうとした途端に慌てる紫藤さんに口を押えられてしまう。するとそのまま、何かを耳打ちし始める。

 

「ごにょごにょごにょ」

 

「なるほど、そんなことが…」

 

「どうしたんだよ」

 

「聞かない方がいい、私から言えるのは以上です」

 

ロスヴァイセさんもやけに神妙な表情ではっきり言ってしまう。一体何を吹き込んだんだ紫藤さん、そして一体何をやったんだ兵藤!

 

軽く息をついていた木場が踵を返した。

 

「…そろそろ僕も限界だ。ごめんみんな、お先に」

 

「ああ、お疲れ」

 

屋上のドアからホテルに戻っていった。俺もそろそろ行こうかね。

 

重い腰を上げて、かつかつと靴音を立てて木場が入っていったドアに向かおうとする。

 

「悠、どこに行くんだ?」

 

「…俺はもう自分の部屋で寝る。皆、お疲れ様」

 

「そうか、途中で寝落ちないようにな」

 

背を向けて、返事の代わりに軽く手を振ってから俺も屋上を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

心身ともに疲れ切った体を引きずり、ようやく自分の部屋に戻ってきた。

 

ドアを開けると、すでに消灯して真っ暗になった部屋に廊下の明かりが差し込んだ。

 

「…ただいま」

 

洋室の部屋を進んでベッドを見ると思った通り、天王寺が気持ちよさそうな寝息を立ててぐっすり夢の中に入り浸っていた。

 

「くかぁー」

 

「ちゃんと帰ってきたぞ。天王寺」

 

睡眠を妨げないように小声で告げる。もちろん聞こえていないだろうが、戦いに出る前に帰ってくるとと言った手前それだけは言っておきたかった。

 

「兄ちゃん…かつ丼にちくわ入れんといてや…」

 

いったいどんな夢を見ているんだこいつは。俺の中で大和さんがちくわの人になってしまうぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌朝、修学旅行の最終日。早くも朝から行動を開始した俺たち上柚木班は修学旅行の締めにと清水寺に向かった。

 

時間もあまりなかったので手短に要所を巡り、絶景を堪能した後はお土産を買い、上柚木班の予定はすべて終わった。

 

そして京都駅にて、いよいよ思い出たくさんの京都とも別れの時が訪れる。駒王町に戻る俺たちの見送りにと八坂姫や九重が新幹線のホームまで来てくれた。

 

「赤龍帝」

 

「イッセーでいいよ」

 

兵藤と九重、この4日で深く関わった二人が別れのあいさつを交わしていた。

 

「…い、イッセー。また京都に来てくれるか?」

 

恥ずかしそうに顔を赤くする九重が尋ねる。

 

「うん、また来るよ」

 

「本当か?必ずじゃぞ!いつだって、お前を待っておるからな!」

 

年相応の子供らしく無邪気に喜ぶ九重が目をキラキラさせて、明るい笑顔を見せた。

 

「もちろん、次はみんなで来るよ。その時は裏京都を案内してくれよ?」

 

「任せておれよ!」

 

…ほんと、兵藤は人間の女性には嫌われるが異形の女性には好かれるな。今度行ったときは裏京都巡りか、悪戯好きの妖怪が多いみたいだから穏やかに済むといいが。

 

「アザゼル殿、魔王レヴィアタン殿、そして堕天使、悪魔、天使、人間の方々にはこの度多大な迷惑をかけてしまった。深くお詫びするとともに…礼を申し上げる。これから魔王レヴィアタン殿と闘戦勝仏殿と会談を行う予定じゃ、今後、我々京の妖怪は悪魔や他の勢力とも友好的な関係を築いていきたいと思うておる。もう二度と、あのような事件は起こさぬ」

 

着物姿の八坂姫が俺たちに深々と感謝の念を込めて頭を下げた。彼女が容易に頭を下げるべきでない立場の人だからこそ、それだけ俺たちに深い思いを抱いているというのが理解できる。

 

「頼むぜ、九尾の御大将よ」

 

「うふふ、皆は先に帰っていてね☆ここからは私たち大人の出番なのよ♪」

 

先生とレヴィアタン様は八坂姫と言葉を交わす。二人は俺たちが曹操と戦っている間も外で英雄派と大激戦を繰り広げていたらしい。信長と魔獣想像をこっちに来れないよう止めてくれただけでも本当にありがたかった。

 

そろそろ時間だ。名残惜しくはあるもののロスヴァイセ先生と学生組は新幹線に乗り込む。

 

「ありがとう!イッセー、皆!また会おうぞ!」

 

笑顔で大きく手を振って見送る九重に、俺たちも笑って手を振り返す。

 

こっちに勘違いで攻撃を仕掛けてきた最悪の出会いだったが、年相応さと強い意志と勇気を持った少女だった。俺が同い年だった時よりも優れた精神を持った子供もいるんだなと強い感嘆の念を覚える。

 

「九重も成長したのかな」

 

「あのべっぴんさんと子どもと知り合いなんか?」

 

「まあちょっとした縁があっただけだよ」

 

隣の席に座る天王寺に聞かれたので、何ともない調子で答える。

 

「ええなぁ、あんな美人と縁があるなんてごっつラッキーやな!」

 

天王寺はうらやましそうに言うが、洗脳が解けてから八坂姫とはほぼ話すタイミングはなかったな。また京都に来たら、縁もあるだろう。

 

この三泊四日の旅。楽しいこともたくさんあったし、つらいこともたくさんあった。

 

曹操に関してはマジで許さん。修学旅行に面倒ごとを持ち込んだあげく、俺を操ってゼノヴィアに手を上げさせたからな。今度会ったら俺があいつに目にもの見せてくれる。

 

だがこの4日で天王寺や上柚木と御影さんともっと仲良くなれたし、そしてゼノヴィアとより距離が近づいた気がする。散策当時も楽しかったが振り返ってみると、もっと楽しいひと時に思える。

 

「修学旅行、楽しかったなぁ…」

 

思わず笑みがこぼれた。過ぎ去った時間に思いを馳せる俺たちを乗せた新幹線は東京を目指して走るのだった。

 




次でパンデモニウム編は終わりです。次話が上がったらパンデモニウム編についての裏話も上げようかなと思います。

それと今回の外伝の話を作り始めましたが、普段絡みのない生徒会組とのかなり愉快な話になりそうです。

次回、「修学旅行はパンデモニウム」


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第119話 「修学旅行はパンデモニウム」

長かったパンデモニウム編(ラグナロク編と比較するとかなり短い)もいよいよ終わり。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
1.ムサシ
2.エジソン
3.ロビンフッド
4.ニュートン
7.ベンケイ
9. リョウマ
10.ヒミコ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
13.フーディーニ



三日ぶりの駒王町に戻って修学旅行の解散式が終わってから、早速俺たちは我が家の近所にでかでかと聳える兵藤の家に来いと部長さんに呼び出された。

 

そしてなぜか彼女の説教が始まり、俺たち学生組は彼女の前で全員正座させられるのだった。

 

「…全く、こっちもこっちで忙しかったから仕方ないけど、戦力が足りないなら一声かけてほしかったわ」

 

ふんと腕組みして俺たちを見下ろす部長さんが半眼で鼻を鳴らす。

 

どうやら俺たちの非常時にもっと早く連絡を寄こさなかったことを怒っているらしい。

 

「私たちでなくとも、ソーナは知っていたのよ?彼女なら助っ人に行けたのに」

 

「水臭いです、先輩たち」

 

「でも、せっかく無事に帰ってこられたんだからいいじゃないですか」

 

ギャスパー君や塔城さん、朱乃さんも不満はあるものの部長さんほど立腹ではないようだ。

 

…正直に言うと、曹操の聖槍やジャンヌの聖剣と悪魔に必殺の効果がある武器を使う相手が多いから呼ばなくてよかったかもしれない。兵藤は一度聖槍の聖なる力をもろに受けて消えかけたらしいし。

 

「おまけにイッセーは現地で新しい女を作ってきたからな」

 

と、わざとらしく余計な情報を口走るアザゼル先生。先生はここでゆっくりした後はすぐに京都の会談の準備に向かわないといけない。

 

「「!?」」

 

「しかも九尾の娘だ」

 

驚きの波が走る居残り組。そして一人、塔城さんが兵藤の前に進むと…。

 

「……」

 

「ごふっ!!?」

 

無言の正拳付きを腹にかました。俗にいう腹パンというやつだった。

 

「ナ…ナゼニ…?」

 

「なんとなく殴り心地がよさそうだったので」

 

呻く兵藤を見下ろして、塔城さんはやや不機嫌そうに殴った手をはたはたさせる。まったく、兵藤ガールズはライバルは減りはしなくとも増えはするのだから大変だな。

 

「まーまー、イッセーも新たなパワーアップをしたんだし許してやれや」

 

「そうね…でも、いきなり京都に召喚されて…む、胸を……」

 

先生のフォローに、部長さんは一応頷きはしたが、言葉がだんだん風船がしぼむように恥ずかしさで声量が小さくなっていく。何気に知らない情報が出たんだけど。

 

「えっ、部長さん京都に召喚されたの?」

 

「それ以上は知らない方がいいよ」

 

知らない情報だったので聞いてみようと思ったら木場に止められた。

 

部長さんのことも深く詮索したらだめなのか?本当に俺の洗脳が解ける直前に何が起きたんだ?

 

「イッセー、お前はいい選択をしたと思うぜ。『覇龍』を極めようとするヴァーリと反対に、お前は『覇龍』に頼らない新たな進化の道を進もうとしている。『王』を目指すんなら覇道でなく、王道で行け」

 

「…それはそうと、先生。プライムトリガーの解析結果はどうなったんですか?」

 

「ああ、あれか」

 

決戦前に先生がプライムトリガーと一緒にもらったという解析結果の入ったUSB。そろそろ中身を知りたいと思っていたところだ。

 

椅子に腰かけ、足を組む先生はグラスのワインを呷る。

 

「ざっと要点をまとめると、まあどうにも急ごしらえで作られたみたいで、かなりエネルギーの出力設定が大雑把になってたみたいだ。最初の変身でお前が死にかけるほど反動で苦しんだのはそれが原因だな」

 

こっちであのドラゴンが慌てるほどの事態が起こったから急遽これを作って送ったってところだろうか。

恐らくタイミング的にアルルか、ポラリスさん曰くイレギュラーになったというロキだと思うが…。ロキに関しては向こうが干渉してこなかったらまず積んでいたし。

 

「…それともう一つ。トリガーには15の眼魂を揃えたときのみに発動する謎のシステムがあるらしい。解析結果でそれらしいものを発見したが、その術式が複雑怪奇かつ厳重にロックがかけてあってポラリスも手を出せず、結果詳細不明のままだとよ」

 

「謎のシステム?」

 

15の眼魂が揃った時に発動するシステム…英友装でないのは確かだ。あれは全てそろってない今でも使えた技だからな。

 

となれば、ヒントはあのロキ戦か。…特に思い当たる節はないな。あれはパワーと英雄の能力の組み合わせでごり押しだったし、特殊な能力を使った覚えもない。

 

「グリゴリで解析できないの?」

 

「いや、トリガーのシステム全体の根幹部分にあるから下手すると壊れかねん。仮に解析に回すとすると相当な時間がかかるし、いつまた英雄派が仕掛けてくるかわからん現状はやめておいた方がよさそうだ」

 

部長さんの提案を先生はかぶりを振って一蹴した。

 

先生の言う通り、またトリガーを預けるのはよした方がいいな。プライムスペクターでようやく相手をできるレベルだし、信長もトリガーなしでは歯が立たなかった。また自力で15個揃えるしかない。

 

「…まあそれ以外は多分、お前が知っている情報だったな」

 

「そうですか…」

 

一応初変身の時にあらかたのスペックは頭に入ってきたからな。むしろそれにもない隠されたシステムとはどのようなものなのだろう。

 

朱乃さんがふと思い出したように言う。

 

「そういえば深海くんも新しい能力を手に入れたのよね?私たちをパワーアップさせられるっていう…」

 

「はい。…でも、レーティングゲームじゃ使えないですね。俺、参加できないので」

 

仲間を強力にパワーアップさせられるあの力も、俺がゲームに参加して戦闘に居合わせなければ使えない。完全に実戦向きの能力だ。

 

「だとしても、イッセーのパワーアップがある。私たちも負けてられないな」

 

そう、俺がいなくてもイッセーがいる。曹操を単騎で追い詰めるほどのパワーアップだ、近くに控えたバアル戦で大活躍してくれることだろう。

 

「ところで、『乳龍帝おっぱいドラゴン』が妖怪の世界でも放送が始まるらしいです」

 

と、リビングで腰を下ろすギャスパー君。ネットでいち早く情報を掴んだみたいだ。

 

「なんだかハーレムの前に、子供たちに囲まれそうだなぁ」

 

「いいんじゃないのか、子供に囲まれるヒーローってのも」

 

もう悪魔の子供たちの心や九重の心を掴んだくらいだから妖怪の世界でもすぐに人気になりそうだ。

 

「あ、そういえば学園祭前にフェニックス家の娘がうちに転校してくるそうだな」

 

何気ない先生が口にした情報で、大いにこの場がざわついた。

 

「えっ!!?」

 

「レイヴェルが!?」

 

「フェニックス家のレイヴェルって…あ、もしかしてライザーの妹か?」

 

多分フェニックス家の娘ってだけだとわからなかったな。俺がライザーにとどめを刺そうとしたときにあいつをかばった妹だ。

 

皆の反応を見る限り、俺の知らないところでレイヴェルと交流があったみたいだが。流石にあの試合だけの関係ならここまで驚きはしないだろう。

 

「なんでも、リアスとソーナに刺激を受けて日本で学びたいと申し出たらしい。学年は高等1年だから、ギャスパーと小猫の同学年か」

 

「しかしなんだって急に転校を…」

 

兵藤のふとした言葉で、俺と兵藤以外の皆がやれやれと盛大に息を吐いた。

 

「?」

 

兵藤はまだぴんと来てないみたいだが、俺はもうわかったぞ。これはまた、愉快なことになりそうだ。

 

「まあそういうこった。頑張れよ、リアスたち」

 

楽しそうににやにやする先生。先生も俺と同じことを考えているに違いない。

 

「帰ってきても安心できないんですね…」

 

「私もそろそろ攻める術を見つけるべき…?」

 

「攻めのギアをもっと上げなきゃですわね」

 

九重とレイヴェル、新たな二人のライバルの出現に兵藤ガールズは更なる手を考えるみたいだ。

 

さて、一年後は何人に増えていることやら。そろそろ皆の攻めがヒートアップして子供ができましたなんてことになっても驚かないぞ。

 

「…さて、そろそろ学園祭も近いわ。修学旅行の間に準備を進めてきたけど、皆が戻ってきてからが本番よ。それに、サイラオーグとの若手交流戦もあるわ、皆、気合入れていくわよ!」

 

「「「「「「「「はい!」」」」」」」」

 

締めの言葉に、気合を入れんとする俺たちの返事が揃う。

 

悪魔でないがゆえに試合に参加できない俺にも、できることはある。俺は俺のできることをやるだけだ。

 

確かに俺と天使や悪魔である皆には様々な違いがある。能力、文化、寿命…だがそれすら超えて、俺は今の仲間という関係を築けた。

 

信頼には信頼を、俺は俺のできる方法で皆を支えていく。この先も、俺の思いは変わらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「休暇はどうだったかしら」

 

「久しぶりにリラックスできた。思いがけず弟の顔を見ることもできたしな」

 

「そう。休暇が終われば何が始まると思う?」

 

「…何が始まるんだ」

 

「知らないの?仕事が始まるのよ」

 

「はぁ、また宝探しか。今回もはずれじゃないだろうな」

 

「さて、どうかしらね。でも今回はかなりアタリの可能性が高いわ」

 

「だといいが」

 

「…さあ、奈良に行くわよ。神祖の仮面は近い…そんな予感がする」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「曹操、彼らにネクロム眼魂は返してきたよ。約束どうり、引き換えに例の術式を受け取った」

 

「ふっ、約束はしっかり守ってきたか。今回限りの協力関係だったが…結局、彼女らのことはわからずじまいだ」

 

「んなもんどうでもいいだろ。それよりこれで俺たちは紀伊国悠の持っているのと同じ眼魂ってもんを作れるようになったんだ」

 

「ああ、我々で眼魂を作れるようになれば、英雄になるという我らの大望に大きく近づける」

 

「明らかに彼女らは僕らを利用する気満々だったけど、いいのかい?」

 

「構わないさ。彼女らが我らに害をなすなら、その企みごとこの槍で滅するのみだ」

 

「…それと、旧魔王派に協力してもらった例のプロジェクトも進んだ。お披露目は近いよ」

 

「それは何よりだ」

 

「約束通り1つは僕がもらう…君たちは?」

 

「俺には槍がある。それで十分さ」

 

「いーや、俺はいらないね。使わなくても俺の防御は絶対だからな」

 

「君たちらしい断り方だよ。赤龍帝にやられた右目も代わりと交換しよう、フェニックスの涙を使えばすぐに治るだろうに」

 

「いい、この傷は自身への戒めと赤龍帝と戦った記念だ。ヴァーリと兵藤一誠、まったく、二天龍は飽きさせないな。最高だよ」

 

 




これにてパンデモニウム編は完結。

次に生徒会関係の外伝をやってからライオンハート編に入ります。外伝の最後には次章予告もあるのでそちらもお楽しみに。次章はいろいろすごいことが起こります。


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外伝 「悩める乙女よ、俺に相談するんじゃあない」

時系列は修学旅行後です。それと活動報告にパンデモニウム編の裏話を上げたので気になる人はぜひ。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
1.ムサシ
2.エジソン
3.ロビンフッド
4.ニュートン
7.ベンケイ
9. リョウマ
10.ヒミコ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
13.フーディーニ



ある日の夜。白い月が天高く上り、取るに足らないような小さい星々が空を彩る。

 

気分落ち着く我が家の自室にて俺とゼノヴィアは熱く思いを重ね合った。悪魔の仕事がない日の夜はほぼ決まってこうだ。悪魔の彼女の女体に魅せられ、本能の赴くままに退廃的に行為に励む。

 

あれだけ硬い貞操観念を持ち何度も誘惑に耐えてきたのに、一回しただけで随分と堕ちたものだ。だが彼女以外にこの欲望の矛を向ける気は毛頭ない。俺の思い人はゼノヴィア一人だけだと心に決めた。

 

「はぁ…はぁ…」

 

「疲れた…休憩」

 

一通り行為が終わると汗を拭ってベッドから降り、流れた水分を補給しようとペットボトル飲料をぐびっと飲む。

 

そのまま念のためと机上に置かれたゴムの箱をチェックすると、その中身は全くの空っぽであった。

 

「…ゴムがなくなった」

 

箱をからからと振るが、中身が落ちてくるはずもなく。

 

「そうか」

 

しかしベッドに寝そべったままのゼノヴィアは慌てる様子もなかった。むしろ艶やかな笑みを浮かべて。

 

「せっかくなら、次は生で…」

 

「う……」

 

なんとも甘美で扇情的な誘い文句だろうか。彼女の誘いにくらりとし、ごくりと息をのむ。いっそこのまま彼女の誘いに乗ってしまいたい気分だった。

 

「…いやいや、うっかりデキちゃったらどうするんだよ。仕方ない、俺がコンビニで買ってくるから待ってて」

 

だが俺はどうにか踏みとどまる。いくら好きだからと言ってまだ高校生の彼女にそんなリスクは背負わせられない。

 

ゴムをしなかった結果、大惨事を引き起こしたライダーだっているしな。避妊は本当に大事だ。

 

「む…」

 

後ろから不満の視線を感じるが、これも彼女のためと辛い気持ちを押し殺してさっと着替えると、夜の街に繰り出すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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夜の街に繰り出すと言っても、近場のコンビニに足を運んだだけだ。

 

売り場にひっそりと並んだゴムをレジに持っていき、店員に見られるのは恥ずかしさ極まりない。もしかすると、店内にたまたま知り合いとばったり遭遇するなんて可能性もある。もしそうなったら次の日からクラスに来るだけでも非常につらくなってしまう。

 

でも俺がやるしかないのだ。彼女にこのような恥ずかしさを味合わせるわけにはいかない。…彼女のことだから全然気にせず買えてしまうかもだが。とはいえやはり、こんなことをさせたくはない。

 

羞恥を押し殺して会計を済ませ、ふうと一息ついて店を出たその時。

 

「あ、そこにいるのは!」

 

「深海じゃないか、夜中にこんなところでどうしたんだ?」

 

ばったり知り合いと出くわしてしまった。駒王学園の制服を着た、二人組の女子。やや緑がかった青髪のクールビューティーと、そんな彼女と比べると背の低い快活なオーラがあるツインテールの女子だ。

 

「いや、たまたま買い物で…そっちこそどうしたんです?」

 

「こっちは生徒会室の菓子が切れたから買い足しに来たんだ」

 

そう、この二人は生徒会ことシトリー眷属の『戦車』、2年の由良さんと匙と同じく『兵士』の1年、仁村さんだ。普段は会話を交わす機会のない二人とこんなところで会うとは。

 

…ん、生徒会?

 

「あ、やべ」

 

思わず心境を口に出してしまう。俺が今買ったばかりのもの、見られたらやばいんじゃね?

 

「やべ?何がやばいんですか?」

 

「ん、コンビニで包装付きの商品?いったい何を買ったんだ?」

 

当然二人は俺の言葉を怪訝に思い、手に下げたビニール袋からうっすらと透ける包装された商品を怪しむ。周りの目を避けようと箱の柄を隠すためにわざわざしてもらった包装がここで仇になる。

 

馬鹿!なぜうっかりやべとか言ってしまったんだ!!もうだめだ、二人に疑われたらもう止められん!

 

「ここで会ったのも何かの縁ですし、ちょっと見せてくださいよ!」

 

ぐいと前に出て仁村さんはビニール袋を俺からひょいととって中身の商品を取り出した。

 

軽く包装を開けて、二人そろって中身を覗くと…。

 

「「「あ」」」

 

綺麗に俺たち三人の声が重なる。

 

あ、終わったわ。はい、俺はもう…お・し・ま・い・DEATH!

 

「こ、これは…」

 

「…やることやってたんだな」

 

それとなく箱をこちらに返す二人はものすごく気まずそうだった。見てはいけないものを見てしまったと言わんばかりに、ここで会ったばかりの時と比べると露骨にテンションが下がっていく。

 

ああ…生徒会にはバレたくなかった。絶対にバレたくないと思っていた厳格な会長さんや副会長さんではなくこの二人だったのは天の情けだろうか。

 

「でも、やっぱりあなたがゼノヴィア先輩とお付き合いしているって噂は本当だったんですね!」

 

大声を出して指さす仁村さん。目がきらきらして見えるのは気のせいか。

 

「だが、生徒会として不純異性交遊は見逃せるものではないな」

 

「うっ…」

 

由良さんの厳しい言葉にのどが詰まる。制服を着ている以上は二人とも生徒会か、それとも悪魔の仕事の真っ最中だろうし駒王学園だと割れてる俺を見逃すなんてことはしないはず。

 

これは万事休すか。後輩と同級生の説教を受けなければならないのだろうかと諦めかけた矢先。

 

「あ、そうだ!」

 

何を思いついたか突然ポンと手を叩く仁村さんは、隣の由良さんにぼそぼそと耳打ちを始める。

 

「…なるほど、それは面白そうだな」

 

ふむふむと聞く由良さんが口元に薄い笑みを浮かべた。なんだなんだ、いったい何が起こるんだ?

 

「頼みがあるんです!ある人の相談に乗ってあげてください!」

 

両の手を合わせて、なんと仁村さんはお願いしてきたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなこんなで翌日の放課後、俺は昨日出会った生徒会の二人に指定された誰もいない空き教室でとある人を待つことになった。

 

なんでも今からくるという人物の恋愛相談に乗ってやるなら、昨日の買い物は見なかったことにするという。後輩に脅される先輩ってどうなんだろう…俺もあの状況で頼みを蹴ることはできなかったし、ここは気合入れて相談に乗るしかないか。

 

誰の相談に乗ればいいかは全く聞かされてないが。

 

「一体誰が来るんだ…」

 

待つこと10分、退屈そうにあくびをしたところで廊下からにぎやかな声が聞こえ始める。

 

「――さん、こっちこっち」

 

「ちょっと、ま、待ちなさい!私はなにもそこまでしてもらわなくても…!」

 

「いいから、早く!」

 

声からして例の二人か。聞こえてくるのは三人分の声、もう一人は誰だ?

 

そしてがらがらと教室のドアが開け放たれ、女子生徒が一人教室内に押し込まれる。

 

ストレートの黒髪にメガネをかけたあの人は確か…。

 

「あっ!」

 

すぐさま戻ろうと振り向く彼女、しかし再びドアはがらがらと閉じられる。放課後の教室で俺と彼女は二人ぼっちになった。

 

「はぁ…一体二人はなにを」

 

ため息をついて、追いやられた室内を見渡すその女子と、偶然俺は目が合う。何気ない立ち振る舞いから厳格さがにじみ出るあの人は。

 

「ふ、副会長さん…」

 

「あなたは…紀伊国悠、ではなく深海悠河でしたか」

 

そう、生徒会副会長にしてシトリー眷属の『女王』、真羅椿姫さんだ。どちらも普段から接点のない思わぬ人物との遭遇に驚いていた。

 

俺を深海呼びしたのでわかると思うが、シトリー眷属も俺の異世界がらみの事情を把握している。グレモリー眷属と同じ学内にいる故、関わるタイミングが多いからだ。個人での付き合いはないに等しかったが。

 

副会長さんは状況が飲み込めたのか諦めたように息をつくと、俺と向かい合うように席に座った。

 

「…まずは、先日の京都での一件、お疲れさまでした」

 

「いえいえ」

 

「匙たちはうまく活躍していましたか?」

 

「匙以外は外の防衛に出てたのでわからないですけど、匙に関してはあいつがいなかったら負けてたってくらいには活躍してくれましたね」

 

「そうですか…同じシトリー眷属として誇らしい限りです」

 

普段から硬い表情をしているイメージしかない彼女の口元がわずかに緩んだ。

 

実際、匙がヴリトラになって九尾を抑えてくれなかったら負けていた。曹操たちに加えて龍王クラスという九尾も相手にするのはまず今の俺たちには無理だ。

 

副会長さんも、彼女なりに匙を心配しているんだな。あいつがシトリー眷属内でしっかり仲間と信頼関係を築いているのが垣間見えた気がする。

 

「…以前、会長から生徒会に入らないかという誘いを受けたという話を聞いたのですが」

 

「ぎくっ」

 

そんな昔のことを言われるとは。あの時は向こうも仕事があるみたいであやふやにできたが…今回はそうはいかないだろう。

 

「あなたは大変仲間思いかつ生真面目で、与えられた役割はしっかり果たす責任感を持っているとのことで是非とも生徒会に欲しい人材でした。悪魔には転生できないとはいえ、悪魔の事情も認識しているとのことですので、なおさら」

 

…面と向き合ってそこまで評価してくれると照れるな。確かに何も知らない一般生徒を入れるよりは事情を把握している俺を入れる方が向こうも気にしなくていい。そういう面でも、俺が魅力的な人材に見えるのか。

 

「…まあ、この時期から入るのはいろいろ厳しいので私からは何も言いません」

 

癖のようにメガネをくいっと上げる副会長さん。流石に学祭も控えているし、今から生徒会の仕事を覚えるのは大変だし向こうも教える余裕もないだろうな。

 

それからも軽く雑談をして、ようやくいきなり教室にぶち込まれた混乱も冷めたところで副会長さんは切り出す。

 

「ところで、あなたは木場きゅ…木場君と親しいですよね?」

 

「え?はい、まあ…」

 

あいつとはまだ一年と付き合いもないのに、もう数年の仲のようにも感じる。何度も共に死線を潜り抜け命を預け合うような経験もすれば当然ともいえるか。

 

ふいに副会長さんは顔を俺に見せまいと俯かせた。

 

「…は、恥ずかしいけど、せっかく留流子と翼紗が場を整えてくれたなら…」

 

何やらぼそぼそ言っているがはっきり聞こえているぞ。

 

すると意を決したように顔を上げ、目をキョロキョロ泳がせてまだ拭えぬ羞恥で唇を震わせながら言った。

 

「ど、どうすれば彼の気を引けるでしょうか」

 

「OH…」

 

今までのイメージから想像もつかない言葉に、言葉が詰まった。

 

なるほど、これは学内において堅物として名高い副会長さんの恋愛相談…。真面目が過ぎて恋愛からは縁遠いと言われる彼女が、まさか学園のプリンスである木場裕斗に恋をしたというのか。

 

「…副会長は木場のことが好きなんですね」

 

ズバリ言ってやると、ますます顔を赤くした。

 

「…い…あ、あの…んんん!!!」

 

荒ぶる恥ずかしさにこらえきれず両手で顔を抑えること数秒、観念したように盛大に息を吐いた。

 

「…ええ、夏のグレモリーとシトリーの一戦で彼に負けて以来、どうしても彼が気になって……どうにも私、前から年下で誠実な男子がタイプみたいで」

 

「へぇー…」

 

あの一戦がきっかけか。しかし、勝負に負けて惚れるとはこれまた変わった恋だ。この学園で木場に興味がある女子は数多く存在すれど、彼に負けて惚れたなんて女子は彼女以外にいないだろう。

 

「…経緯はさておき、確かに今のままあいつに告白してもそれとなく断られるだけですからね。なら、まずはあいつの好感度を上げるところから始めましょうか」

 

「でも、彼の周りにはグレモリー眷属といい女子が多いわ」

 

彼女らしい緩むことなくぴしっと整った姿勢で席に座る副会長さんの面持ちに憂慮の影が差す。

 

確かにあいつは学園の王子様と呼ばれるほどルックスもよく、女子人気も高い。そのうえあいつの部活は俺と兵藤、ギャスパー君以外は全員女子で構成されるオカルト研究部。

 

すでに彼女の一人や二人いてもおかしくないと思うのが当然だ。だがそんなあいつと友情を結び、騒ぐだけの女子より近くであいつを見てきた俺は知っている。

 

「いやいや、あいつらは兵藤に夢中だから無視してもいいです。多分、一般の女子生徒もキャーキャー言ってるだけで実際に関係に持ち込もうとする大胆、勇敢なやつはいないですね。現に、あいつからそういったことがあったって話は全然聞いてないので。つまり、あいつは彼女なしで、あいつと一気に距離を詰めるようなライバルはいない」

 

「!!」

 

副会長さんはがたんと立ち上がって喜びのあまりガッツポーズをしかけるも、冷静であれという理性に止められたか途中で手を止めた。

 

なにこれ、完全にキャラ崩壊してない?俺の中での副会長さんのイメージがどんどん壊れていってるんだけど。

 

「そ、そうですか…!」

 

席に座りなおしてんんと咳払いしてそう言うが、全然顔が歓喜の色を隠せてない。

 

「…で、問題のあいつとお近づきになる方法は…」

 

「……」

 

俺の二の句が何かとごくりと息をのむ副会長さん。恋愛相談に乗るのは初めてだが、意中の相手が知っている人というのもあって、答えはすぐに出た。

 

「まずはあいつと一緒にご飯を食べることからですかね」

 

「ご飯を…?たったそれだけですか?」

 

予想に反して、あっさりとした答えだったのか彼女はきょとんとした。いやいや、ご飯を食べるという行為の大事さをよく理解していないとは。

 

「はい、飲み会、打ち上げ、社会人になっても一緒にご飯を食べて親睦を深める場ってのはあるじゃないですか。一緒にご飯を食べて、同じ時間を二人で共有するんです。もちろん、会話しなきゃだめですよ?じゃないとただ腹を満たすだけになるので」

 

「…はい、続けて」

 

副会長さんはメモを取り出して素早く書き込んだ。メモにペンを走らせるときの目がガチだ。これは下手なことはしゃべれないな。

 

ご飯に関しては我が家がまさにそうだ。悪魔に転生し、ここでの生活を始めて間もないゼノヴィアと俺をより結び付けてくれた時間。料理の味がそのまま会話の種になり、ご飯と共に会話が弾んで楽しい時間になる。そして二人の関係は親密になるのだ。

 

腹を満たし、かつ相手との距離を縮める。まさしく一石二鳥の手を使わないわけがない。

 

「会話は…そうですね、あいつは一人暮らしをしているから料理の話とかどうです?あいつはすごい料理上手だから自分の勉強にもなるし、逆にあいつの好きなものを作って胃袋を掴む作戦にも持ち込めるので」

 

そう、我が家の食卓を支える俺の料理は木場仕込みだ。一人暮らしのころ、料理のできなかった俺はいろいろ教えてもらってものすごく助かった。

 

「おお…!!」

 

「他は…まあその日の出来事だったりで他愛のない雑談をしたり、二人は悪魔だから周りに誰もいないときは悪魔の仕事の話とかでもいいんじゃないですか?あいつはいい奴だからしっかり話を聞いてくれますよ。大事なのは自分に興味を持たせるってところですかね」

 

副会長さんはひたすらにメモにペンを走らせる。とにかく俺の一言一句を聞き逃すまい、書き逃すまいという意思が見える。

 

「…とにかく、焦りは禁物です。強引に行こうとしたら逆にあいつの距離は離れてしまいます。地道に、こつこつと、確かな足取りであいつとの距離を詰めましょう。恋愛は登山と同じです、好感度を稼ぐのは大変だけど、いざゴールインして頂上に上り詰めたとき、そこから見える景色はきっと素晴らしい」

 

「……!!!」

 

思ったことを言っただけなのに、目を限界まで見開く副会長さんは感動すらしていた。まるで神を見るかのような眼差しでこちらを見てくる。

 

…俺、セミナーを開いているつもりはないんだが?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから話すこと10分後。

 

「ありがとうございました!」

 

相談を終えた副会長さんは気合の入った感謝の言葉を述べ、綺麗に腰を曲げて頭を下げた。

 

色々俺の知っている木場の情報を提供してあげると、参考になるとしっかりメモに残していた。すごいやる気があるみたいだから近いうちに結果が出るといいな。

 

「ど、どういたしまして…」

 

「大変身になる話を聞かせてもらいました、失礼します!」

 

若干引くくらいの上機嫌で、そのままがらがらとドアを開けると、軽い足取りで教室を後にした。十数分前までは俺一人で静かだった教室に再び静けさが帰ってきた。

 

「…ふぅ」

 

すると再び教室の扉が開けられ、この相談の場を設けた本人である仁村さんと由良さんが入ってきた。

 

「うまくいったみたいっすね!」

 

「あんなに上機嫌な椿姫さんは初めて見たぞ」

 

相談の成功に二人も上機嫌なようだ。俺自身も、人の役に立てて本人が喜んでもらえたなら何よりだ。

 

「ところで約束は…」

 

「もちろん守る。昨日のことは見逃すよ。…まあ、ほどほどにな?」

 

「はい…」

 

今度は二人に見つからないところに買いに行こう。結果的には面白いことになったとはいえ、あんなヒヤッとする一瞬はもう勘弁だ。

 

相談も成功して今日は気分がいい。用事も終わったところで帰宅しようと思った時。

 

「…そうだ、せっかくなら匙の相談にも乗ってやってくれないか?あいつも会長のことでいろいろ悩んでいるみたいだしな」

 

「匙の相談!?」

 

「同じ男同士で通じるものもあるだろうしな」

 

あいつの相談もしないといけないのか!?そりゃ、あいつが兵藤と同じように『王』であり所属する組織のトップである会長さんに恋しているのは知っているが…。

 

「みんなで集まってどうしたのですか?」

 

と、開いたままのドアの間から白髪の女子が現れる。あの人は仁村さんたちと同じくシトリー眷属の『僧侶』、二年の花戒さんだ。

 

「桃!」

 

「ちょうどさっきまで、副会長が深海に恋愛相談に乗ってもらっていたんだ」

 

「恋愛相談を?」

 

彼女の反応を見る限り、この件を知っているのは俺と仁村さん、由良さんと副会長さんだけみたいだ。

 

「そうだ、先輩!私も相談していいですか!?」

 

「え!?」

 

と、いきなり元気よく自分も相談したいと言い出したのは仁村さんだった。

 

「副会長との相談をこっそり聞いてたんですけど、すごいいい感じでアドバイスしてたので!私の話も是非聞いてほしいんです!」

 

「る、留流子が言うなら私も!」

 

さらに花戒さんもやけに慌てた様子で相談希望に加わる。おいおい、あっという間に待ち人三人になってしまったよ。そこまで俺の相談ってよかったのか…?

 

「憐耶にも教えてあげた方がいいか?」

 

「そうっすね、せっかくなら呼びましょう!」

 

さらには自分は加わる気がなさそうだった由良さんが他の生徒会メンバーまで呼び出そうとする。

 

「え、え!?ま、まじかぁ……」

 

元気のいい仁村さんの流れに乗せられるまま、俺は断ることができなかった。

 

こうして、数日に分けて生徒会組の相談は続き、図らずも生徒会の恋愛事情を把握することになるのだった。

 

花戒さんは匙を、匙は会長さんを、『僧侶』の草下さんと副会長さんは木場を。話を聞いているとすごく面白いのだが、同担が同じグループにいて取り合っていると思うと怖いなと思った。

 

仁村さんは元々匙を狙っていたのだが、当の匙が会長さんを狙っているのとここまで脈なしだったことに業を煮やして別の相手を探しているのだという。誰かいい人はいないかという相談だったが、正直一番話に困った。だって周りの男子で木場はマークされてるし、兵藤は手の出しようがない。

 

え、天王寺?確かにあいつはいい奴だけど、上柚木と御影さんがいる。下手すると天王寺が某アニメみたいに刺されかねない。

 

ギャスパー君は…果たして彼女に合うだろうか。とにかく、まずは身近なクラスの男子に興味を持つところから始めようという結論しか出せなかった。むしろ結論を出せた俺をほめてほしいくらいだ。それくらい俺も悩みに悩んだ。

 

それにしても、人の色恋沙汰っていうのは面白い。恋バナは学生の花とも言うが、今回相談に乗った彼女たちの思いの行方がどうなるのか、気になって仕方がない。

 

きっかけはあれだが、普段話さない人とも話せて有意義な時間になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…その後、今回相談に乗った生徒会の女子からはきらきらとした尊敬の目で見られることになった。

 

「…最近、うちのメンバーがやけに上機嫌なのですが何か心当たりはありませんか?」

 

「いえ、何も…」

 

会長さんには絶対に言えない。この現象の原因が、俺がゴムを買い出しに行ったのがばれたところから始まっただなんて。

 




R15の限界を攻める冒頭。もしかするとアウトかもしれん。

先に椿姫の相談をさせて、どれくらいアドバイスできるか確かめてから相談しに行く仁村でした。

さて、次からライオンハート編です。ここまで続いた二次創作ってほぼない上に基本関与できないレーティングゲームが中心の章、本作ではどういうストーリーになるのか。ぜひお楽しみに。







次章予告

「…ヘタレ焼き鳥姫」

新たなライバルの登場に小猫は穏やかではない。

「さあ、その神祖の仮面を渡してもらいましょうか」

アンドロマリウスの亡霊が、旧魔王派に牙を剥く。

「なぜお前がその力を持っている…!?」

白龍皇の前に、ありうべからざる力が舞い降りる。

「お前たちに、男の一騎打ちの邪魔はさせない」

プライドと夢をかけた勝負を守るため、彼は立ち上がる。





「私を憎みなさい、そうすればあなたはもっと…」

英雄集結編《コード・アセンブリ―》第二章 学園祭のライオンハート



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英雄集結編『コード:アセンブリー』第二章 学園祭のライオンハート
第120話 「新たな転校生」


いよいよライオンハート編のスタートです。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
1.ムサシ
2.エジソン
3.ロビンフッド
4.ニュートン
7.ベンケイ
9. リョウマ
10.ヒミコ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
13.フーディーニ



「うーん」

 

冥界の旧首都、ルシファードで開かれた『乳龍帝おっぱいドラゴン』の本人出演のヒーローショーの手伝いを終えて人間界に戻ってきた俺、深海悠河はレジスタンスの保有する次元航行母艦『NOAH』にて思案にふけっていた。

 

レジスタンスのデータベースに繋ぎ、15の眼魂に選ばれた偉人たちの情報を集めては端末の画面とにらめっこする。最近ここに来るときは必ずそうしていた。二条城での曹操たちとの戦いからずっと、ある一つの疑問が路傍に吐き捨てられたガムのように頭の中に引っ付いて離れないからだ。

 

「最近調べものに熱心じゃな、どうした」

 

同じ部屋でかたかたと聞き心地のいいタイピング音を鳴らすポラリスさんが声をかけてきた。ここしばらくは別件で忙しいのか、ここに来ても会わないことが多く、顔を合わせるのも久しぶりだ。

 

「いや、英雄って何だろうなって思って。俺の眼魂の英雄はもちろん、いろんな偉人のこと調べてるんだよ」

 

曹操に啖呵を切った手前、必ず答えを見つけなければならない。それは口だけにはなるまいという男としての筋でもあるが、この英雄たちの力を手にした責任とも呼べるものであった。

 

曹操に呆れられて俺は強く思ったのだ、この英雄の力を使うに相応しい人間でなければならないと。そうでなければ、英雄という存在に明確な定義を持ちそれを目指す奴に俺は勝てない。

 

しかし調べれば調べるほど、英雄とは何かという疑問は深まるばかりだ。英雄はたった一人ではない。英雄や偉人と呼ばれる人物の数だけその生き方があり、彼らの人生を知って得られるものは異なる。英雄と言う定義の探求はそう易しいものではなかった。

 

「ほう、さては曹操に色々突っ込まれたか」

 

「…まあ」

 

「ふむ、英雄とはなにか、か。哲学じみた質問じゃのう」

 

ポラリスさんはタイピングを止めると、顔を渋くする。

 

「いろんな世界を見たあんたなら、知っているんじゃないのか」

 

「確かに、妾は様々な世界で多くの英雄と呼ばれる人物を見てきた。英雄足りうる人物とそうでない凡人の違いは特異点かそうでないかとも考えられるが…」

 

特異点、それは常人には変えられない運命を変えるほどの影響力を持った人間のことだ。ポラリスさんが言うには兵藤や部長さん、ヴァーリやアザゼル先生もその一人らしい。

 

…あれ、あの説明の時曹操も名前が挙がってなかったか?最強の神滅具使いで英雄派のリーダーだからこいつもってことなのか?

 

首を傾けながら考えるポラリスさんの赤い瞳に、昔を懐かしむような穏やかな光が瞬く。

 

「妾の知る英雄と呼ばれた人物は誰もかれも、自分のなすべきと思ったことに一生懸命じゃったよ。英雄が善か悪かは関係ない、そんなものは誰もが等しく持つ心の一面で、評価する人間がどの面を見るかのよって左右されるからのう」

 

「自分のなすべきことに一生懸命…」

 

「そうじゃ、それは曹操たちもおぬしらも等しく同じであろう。曹操たちは英雄を目指し、おぬしらは英雄派の企みを止めんと奔走した。行為は異なれど、一生懸命になるという意味では差異はあるまい」

 

「確かに…」

 

言われてみればそうだ。俺たちも曹操も、どちらも自分たちの目的のために命を張って奮闘した。

あいつらが必死に準備して実行に移した実験を、俺たちは懸命に戦って止めた。それぞれの正義があって、それに尽くしたまでだ。俺も曹操も、どっちもそれは同じだ。

 

「それに、そんな難しいものの定義なぞ一つに絞る必要なんてないと思うがのう。曹操の定義を是と言うものもいれば否と言うものもいる。否と唱えるものにも彼らなりの英雄の定義がある…戦う上で考える必要はないが、どうしても気になるなら存分に悩み、答えを見つけるといい。思慮を重ね、悩みに悩み抜いた末におぬしだけの答えは見つかるはずじゃ」

 

俺だけの答え、か。簡単そうに見えてなかなか見つけるのは難しい。だが彼女との語らいは行き詰りかけた俺の探求にいい刺激をもたらしてくれたように感じた。

 

「スキエンティアは存分に使え。すべてを閲覧できるわけではないが、趣味関連に使うだけでは宝の持ち腐れじゃからのう」

 

「もちろん使わせてもらう。こんな宝の山みたいなもの、使わないのは馬鹿だ」

 

「うむ。そうじゃ、英雄にちなんだひとつ面白い世界の話をするなら…」

 

と、ぴんと人差し指を立てた。

 

「神話還り《ミュータント》というギリシア神話に登場する神や英雄の力を持った人間がいた世界では、力を悪用する神話帰りを取り締まり、力なきものを守るものを公務員…ヒーローと呼んだのう、そして彼らを統括する組織が、英雄庁と言った」

 

「そんな世界があるのか」

 

「うむ、彼らは胸に正義を刻み、市民の憧れであり、模範であろうとした。そう…まさしく、英雄と呼ぶにふさわしい者もおったのう」

 

柔らかく浮かべた微笑みにはその『相応しい者』たちへの好意が見て取れた。

 

俺のいた世界には天使や悪魔などの異形は物語の中の存在だがこの世界では一般には知られていないまでも当然のように実在する種族であるように、世界が違えば常識も違うのも当然だ。

 

この人はカルチャーショックと呼ばれる現象の比ではないそれを何度も経験してきたのだろう。だが各世界の強者を彼女は知っているというからこそ、一つの疑問が湧いてくる。

 

「対ディンギルのために色んな世界の強者をスカウトしようと思ったことはないのか?」

 

「思ったさ、何度、彼らがいればどんなに心強いだろうかとな。じゃが妾達の旅はいつ終わるかわからなかった。以前は一度世界を移動すれば次の次元航行を始動させるのに50年のエネルギーのチャージを必要としたからのう。しかもその次の世界に妾達が求めるディンギルを倒す力があるかわからぬ。妾やイレブンは途方もない旅の時間に耐えられるが、そうでない彼らは時間の流れで力と肉体は衰え、やがて寿命を迎えてしまう。如何なる強者も老いと寿命には勝てないのじゃからな」

 

「そういうことだったのか…」

 

改めて彼女の口からレジスタンスの人数の少ない理由を説明され、大いに得心した。人間の寿命は国によってまちまちだが大体80から90、もっと行けば100ちょっとを超えるくらいだ。しかし実際に肉体の全盛期と呼ばれる年齢は25を境に終え、あとは老いていくのみ。戦闘を旅の終わりの目的としている以上、体の衰えは大きなネックになる。

 

いつ終わるかわからないからこそ、旅に連れていくわけにはいかなかったのだ。…てかポラリスさんとイレブンさんの年齢マジでいくつだ。

 

「じゃが、理由はもう一つ…彼らはすでに自分たちの世界で為すべきと思ったことを見つけておった。そんな彼らを妾の都合に巻き込むわけにはいくまい」

 

不思議と彼女の面持ちには後悔も不満もなく、むしろ清々しさすらあった。

 

…自分の世界が失われてしまったポラリスさんだからこそ、出会った人たちのこの世界で生きていくという意志を尊重したんだろう。自分たちの生きた世界がある、それだけで彼女にとっては素晴らしいことのように思ったのだろうか?

 

「そうだ、あんたは自分の世界で人類を支配するスーパーコンピューターに対して革命を起こしたんだっけか、あんた自身は英雄だと言われなかったのか?」

 

「…英雄と呼ばれたのはそれを実際に破壊した三人の少年少女たちじゃ。過去からやってきて、人類を機械の支配から解き放った終戦の英雄とな。妾は何もしなかったというわけではないが、妾には英雄と呼ばれる資格なんぞないわ」

 

「?」

 

彼女の表情に影が差した。最後の言葉には、かつての仲間や残された民間人を救えなかった自分への自嘲も込められているのだろう。人類の生き残りをかけた作戦を自分が提案し、その結果全てを失ってしまった。

 

重すぎる過去だ、俺が踏み込んでどうこうできる問題ではない。

 

「…話せばこんな感じか。妾の話は参考になったかの?」

 

「ああ、面白い話を聞かせてもらったよ。今日はなんだか疲れたし、明日は学校だから帰る」

 

「そうか、いい夢を見るといい」

 

調べ物はしたし、久しぶりにポラリスさんと顔を合わせて興味深い話が聞けた。収穫としては十分だ。明日は学校だし、夜更かしはすまい。

 

硬くなった体をうなりながら伸ばしてから、立ち上がる。

 

「そうじゃ」

 

最後にまだ言い残したことがあったか呼び止められると、ポラリスさんはニヤリと笑んだ。

 

「…恋人と愛を深めるのもいいが、ほどほどにのう。週三は結構なペースだと妾は思うぞ」

 

そっちもまるっとお見通しかーい!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さーて、今日から学祭の準備かー」

 

翌日の放課後、伸びをしながら木々に囲まれた我らが旧校舎に部活動がてら足を運ぶ。

 

修学旅行も終わりこれからは学園のビッグイベント、学祭に向けた準備が本格化するとのことでこの棟にいる時間も大きく増えることだろう。

 

いつ仕掛けてくるかわからない曹操たちへの備え、鍛錬も大事だが学生生活も等しく大事だ。

 

そう考えながら、旧校舎の前に差し掛かると中央の扉の前で一人の女子生徒がいるのを見かけた。

 

「ん?」

 

「あなたは…」

 

女子生徒もこちらに気付いた。澄んだ碧眼に巻いた金髪をツインテールにした彼女は…

 

「もしかしてレイヴェルさん?」

 

「あなたはあの時の助っ人…いえ、紀伊国悠さんでしたわね」

 

修学旅行が終わって早々に高等部1年に転校してくるとの話があった、フェニックス家の娘、レイヴェル・フェニックス。そうだ、今日からこの学園に来ると聞いていたんだった。

 

久方ぶりの予期せぬ遭遇に両者とも驚いた。

 

「ここに来たってことは…」

 

「ええ、私もあなたと同じオカルト研究部に入部することになりましたの。よろしくお願いします、先輩?」

 

「ああ、よろしく。この時期は大変だけどな」

 

過去はさておき、歓迎の意を込めて挨拶を交わし合う。学園祭の準備で忙しくなってくるこの時期に来るなんて不運だな。こちらにとっては人手が増えるので幸運というべきか。

 

それから旧校舎の扉を開き、彼女とのおしゃべりを続けながら古い廊下を歩く。ここの廊下は定期的に俺が綺麗に掃除をしているので、旧校舎という言葉が想起させる埃臭さは微塵もない。

 

「あなたと会うのは、お兄様とのゲーム以来ですわね」

 

「あの試合か…懐かしいな。ニュートンでぼっこぼこにしたっけ」

 

そう、レイナーレの事件からようやく立ち直りかけた俺を兵藤が戦力が足りないから力を貸してほしいと頼まれて参戦したライザー・フェニックスとのレーティングゲーム形式の試合。その時は部長さんの婚約者であったライザーはグレイフィアさんの介入で、部長さんが試合に負けたら結婚を認めるという条件で行われたという。

 

その試合の終盤で、残った俺とライザーは一騎打ちをした。

 

「あれは流石にやりすぎと思ったのもあって、最後に思わず止めに入りましたわ…」

 

「俺もあの時はどう不死に対抗するかで必死だったから…」

 

試合の終盤、ニュートンの引力と斥力の操作で校舎のレプリカを破壊してライザーを押しつぶしたりした。流石に不死と言えど痛みがないわけではなく、相当消耗させられたようでとどめに入った矢先に目の前の彼女に邪魔された。

 

あの時はまだ駆け出しで戦いのことをよくわかっていなかったし、とにかく一生懸命にやってたな。というかまだ半月も経たない戦闘初心者に不死の相手なんて出てきていいもんじゃないと思う。

 

そうだ、ライザーと言えば。

 

「ライザーはあれからどうしてる?」

 

「ドラゴン恐怖症も完治して、すっかり元の調子を取り戻しましたわ。近いうちにレーティングゲームの復帰も予定してますわね」

 

先日、俺の知らない間に兵藤達がレイヴェルの頼みで部長をかけた決闘に負けて以来すっかりふさぎこんでしまったライザーを立ち直らせたらしい。なんでも、タンニーンさんの協力もあって根性を身に着けたのだとか。

 

「まあ、スケベ根性は相変わらずですけどね…」

 

日頃の兄の姿を思い出したかやれやれとレイヴェルはため息を吐く。自分の眷属でハーレムを作ってしまうような男だからそれも当然か。

 

「…レイヴェルさんは今日が初めてだよね、クラスのみんなはどうだった?」

 

「みんな、温かく迎え入れてくれましたわ。でも、私は悪魔だから人間の方々とどんな話題を話せばいいのかわからなくて…」

 

安心と不安、二つの相反する色が混ざり合った複雑な表情をしていた。

 

「それなら、同学年の塔城さんかギャスパー君に相談してみたら?」

 

と、思いついた考えを何気なく言ってみたら。

 

「それですわ!あの猫又、いきなり私に向かってこんなこと言ってきたんですのよ!?『…ヘタレ焼き鳥姫』なんて!!」

 

「えー…」

 

自身の家名であるフェニックスらしく一気に火がついて顔を真っ赤にして怒り出した。ぷんすかぷんすかという擬音がつきそうな怒りっぷりだ。

 

塔城さん、初日から喧嘩売ってるー…。確かに彼女との出会いは敵同士だったけど、何もそこまで嫌悪感むき出しにするほどじゃないはずなんだが。

 

「私、まだ何も彼女に悪いことしてないのに!いきなり!全く意味が分からなくて、思い出すだけでも腹が立ちますわ!」

 

「…」

 

「…んん、失礼。見苦しいところを見せてしまいました」

 

怒りが止まらず地団太を踏む彼女に彼女に何とも言えずにいると、ハッと我に帰った。

 

この話題は避けよう…彼女に怒りに巻き込まれて俺まで悪い印象を持たれるのは勘弁だ。何か別の話題に変えなければ。

 

「れ、レイヴェルさんって、確か兵藤の家にホームステイしているんだっけ?」

 

「ええ、それが何か?」

 

「じゃあ、そこにクラスの皆と通じるヒントがあるかもしれない。流行りのファッションとか、テレビ番組とか…特にあそこは大所帯だからゴロゴロ転がってそう」

 

それに同級生でなくともアーシアさんや兵藤たちがきっと相談に乗ってくれる。あのお人よしなら困っている彼女を見過ごすはずがないからな。

 

「なるほど…言われてみればそうですわ。帰ったら注意深く観察してみますわね」

 

さきの怒りっぷりとは打って変わってニコッと笑って「ありがとう」と返すレイヴェルさん。

 

よかった、どうにか彼女の助けになれたみたいだ。人の困りごとの相談に乗るのはもう慣れたからな。

 

「…あ、レイヴェルさんは多分知らないよね?」

 

今度思い出したのはレイヴェルさんについてではなく、こちらの話題。オカルト研究部に入部する…つまりグレモリー眷属と関係を密にするならこの話は避けては通れない。

 

「何の話ですか?」

 

「俺、紀伊国悠じゃなくて、深海悠河だから。よろしくね」

 

そう、すでにグレモリー眷属やシトリー眷属には知られている異世界に関する俺の経歴。前の名前で呼ぶメンバーが大半である以上は話を通しておかなければならない。

 

「???」

 

眉をひそめて、彼女は思いっきり首をかしげたのだった。

 

その後、彼女に丁寧に説明したがそれでも信じきれなかったみたいで半信半疑の疑が強い結果に終わった。

 

兵藤達は今までの関係あって信じてくれたが、やっぱり俺の経歴って常人には信じがたいものなんだなと改めて実感した。

 




次回、「学園祭に備えて」


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第121話 「学園祭に備えて」

今回はそれほど原作と変わらないです。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
1.ムサシ
2.エジソン
3.ロビンフッド
4.ニュートン
7.ベンケイ
9. リョウマ
10.ヒミコ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
13.フーディーニ



「それじゃ、学祭の準備を始めましょう」

 

新入部員のレイヴェルさんの挨拶の後は部長さんの一声で、オカルト研究部の学園祭の準備が始まる。歓迎ムードから素早く切り替わり、それぞれが素早く持ち場につき、早速作業に移った。

 

この部の出し物は『オカルトの館』。旧校舎という大きなエリアを利用して様々な催し物をやろうという試みだ。教室なら普段から持て余してるぐらいにあるので、それらを存分に使って占いだったり、喫茶店だったりで生徒たちをもてなそうというのだ。

 

ギャスパー君を入れた女性陣の仕事は部屋の模様替えや喫茶店とお化け屋敷の衣装づくりだ。器用な手先で見事な衣装を作り、テーマにふさわしい内装の飾りつけを考えていく。

 

そして俺たち男性陣は空き教室で持ち前の力を生かした大工作業だ。

 

「イッセー君、トンカチを」

 

「はいよ」

 

兵藤が近くの机上からトンカチを取って木場に手渡す。釘を打つトンカチの音がこんこんと聞き心地のいいリズムを刻んだ。その間、俺はのこぎりで木材をちょうどいいサイズに切り出す。

 

ぎこぎこと引いては押して木材を切る。変身すればこんな木材を切ることくらいわけないが、部長さんたちが異能に頼らず、学生らしく自らの手でやり遂げようというのだから俺だけズルをするのもカッコ悪い。

 

「ところで二人はディハウザー・ベリアルって知ってるかい?」

 

作業の途中、作業を片手間に進める木場が唐突に話を振ってきた。

 

「そりゃもちろん。レーティングゲームのランキング1位の『王者』だろ?」

 

「ベリアル家は元七十二柱の一つでもあったな」

 

さも当然という風に俺たちは答えた。悪魔社会でレーティングゲームを知っている人ならその名を知らない者はいないだろう。

 

「そうだね、ベリアル家の当主にして長年ランク1位の座に君臨し続けるレーティングゲームの『王者』…皇帝ベリアルなんて呼ばれてる」

 

エンペラーベリアル…魔王でもないのに随分大層な二つ名をつけられたものだ。それだけファンからの人気を集め、高い実力を持っているという証でもある。

 

「ランキングのトップ20は異次元の存在とも呼ばれて、10位以内に入れば英雄視される。さらに5位以内はほぼ不動で一人でもメンツが変わったことはまずない。3位のビィディゼ・アバドン、2位のロイガン・ベルフェゴール、そして1位の皇帝ベリアル。彼らは魔王様にも匹敵する力を持った最上級悪魔で戦争でも起きない限りは動かないとされている。ゲームの中で磨き上げられたダイヤモンド…いやそれよりも輝かしい結晶だよ」

 

「アバドンにベルフェゴールは聞いたことがないな」

 

と、切ってためた木材を一か所に纏める兵藤。

 

「それらは現政府とは距離を置いた『番外の悪魔《エキストラ・デーモン》』っていうお家なんだよ。それでも彼らは家をほぼ縁切り状態でゲームに参加する道を選んだんだ」

 

「ディオドラの言ってたサタンっていうのは『番外の悪魔』じゃないのか」

 

四大天使を纏めて相手してウリエルとラファエルを倒し、旧ルシファーにも恐れられたと言われる強力な悪魔だ。シャルバやカテレアみたいな旧魔王の血族のように子孫が残っていてもおかしくはないが。

 

木場は難しい顔をしながらトンカチで釘をまっすぐに打ち込む。

 

「少なくともサタン家っていうのは聞いたことはないね。ディオドラの件を受けて極秘に仮面やサタンの調査を始めたサーゼクス様がおっしゃってたけど、仮面の関連資料は全く見つからなくて、サタンという悪魔の血筋に該当する悪魔はいないとされている」

 

「ふーん…生涯独身だったのかね」

 

「僕にもわからないよ。ただ、相当怒りっぽい凶悪無比な悪魔だったという資料が残されているみたいだ」

 

じゃあ性格に難ありだったんだな。そんな奴結婚したところでDV夫まっしぐらだろ。俺は絶対にそんな男にはならないけどな!

 

「そういえば、サーゼクスさんや眷属の方々はゲームには参加できないのか?」

 

木材とにらみ合いながらのこぎりを引く兵藤が言う。

 

「ルール上は魔王様の眷属はOKみたいだよ。でも彼らはその気はないみたいだ、あくまで魔王様の眷属として生きるのが理念みたいだからね。それに実戦に向けて実力を磨く目的があるとはいってもゲームと実戦はルールだったり、戦略だったり違う要素が多いから」

 

それに何より大きいのが、ゲームと違って実戦は戦闘不能になってもリタイアで治療室に運ばれないからな。実戦での敗北はすなわち、死を意味する。あとはゲームだと大衆が見るというのもあるから試合の展開にエンタメ性も求められるだろうか。

 

「部長がゲームのプロを目指す以上、皇帝ベリアルたちハイランカーとの試合は避けては通れない。僕も、イッセー君もね」

 

木場の眼は既に未来を見据えているようだ。彼女の『騎士』として立ちはだかるランカーたちと相まみえる瞬間、そして強大な彼らに挑む覚悟すらすでに決めている。

 

「それなら俺は観客席で大手を振って応援しようか。見えないだろうけど」

 

「ふふ、だとしても応援はありがたいよ」

 

冗談めかして言うと木場が微笑んだ。

 

「それよか、サイラオーグさんとの試合だ。向こうもこっちの手の内はある程度把握してるんだろうな」

 

「多分ね、まだ知られていない可能性があるのはエクスデュランダルと君のトリアイナじゃないかな」

 

あれのお披露目はつい最近の二条城が初だ。実際に目にしたのはあの時にいた俺らと曹操たち以外はいない。それをサイラオーグたちが知っているという可能性はまずないだろう。

 

「でも向こうも試合に向けてパワーアップしてくるって思ってるだろ。なら、問題はいつどのタイミングでその隠し札を使うかだ。やはり初見で仕掛けるのが一番か」

 

「サイラオーグさんは二撃目は食らってくれないだろうし…」

 

兵藤は深刻そうに作業の手を止めて考え込む。

 

「コンボで短期決戦をやるしかないな。それぞれの形態の短所を補えるけど、体力とオーラはかなり飛ぶ。でもそうじゃないとあの鍛え上げられた体は生半可な攻撃じゃ通じないし、やはりコンボで行くしか…」

 

帰ってきてからすでに何度かトリアイナのコンボを試してみたが、試すたびに体力とオーラの問題は大きいとあいつは思い知らされるばかりだった。

 

「…ま、試合まで日はまだある。それまでにシミュレーションを重ねるしかない。俺ならいくらでも相手になるからさ」

 

ゲームに参加できない俺がみんなを助けられる方法はせいぜいトレーニングの相手になるくらいだ。幸いいろんな能力が使えるから、幅広いタイプの仮想敵を務められるからな。

 

「僕も手伝うよ、せっかくなら深海君にも手伝ってほしいことがあるんだ。ちょうど、新技を考えていてね」

 

「新技?それはいいね、相手の意表を突く札は多いに越したことはない」

 

兵藤との模擬戦が終わったら木場の方も手伝ってみるか。兵藤だけ手伝うのも不公平だからな、戦うのはこいつだけじゃない。ゼノヴィアも、木場も、皆でゲームを戦うのだから。

 

「…ドライグは元気かい?最近、声を聞かないけど…」

 

「ああ、それが…」

 

木場に尋ねられて兵藤は左手に籠手を出現させる。すると、収められた宝玉が弱々しく点滅した。

 

『…はあ、最近考え事が多くてな…』

 

「やけに沈んでるな」

 

なんと龍の猛々しいイメージから乖離した元気のない声だろう。ドラゴンだって生きているのだから、悩みの一つや二つはあってもおかしくはないとはいえ、むしろ所有者がより力を引き出して順調にパワーアップしているから機嫌がよくてもいいのだが。

 

「お、男同士で密談なんて水臭いな。俺も混ぜてくれよ」

 

と、相も変わらずの軽い調子で教室にひょっこり顔を出したのはアザゼル先生だった。

 

「先生!職員会議はもう終わったんですか?」

 

「あ?んなもん体調不良を理由にすっぽかしてきたぜ。今頃ロスヴァイセがうまくやってくれてることだろうよ」

 

当たり前という風にサボタージュを明かす先生。多分こういう風に悪い大人から仕事ぶん投げられてきたからロスヴァイセ先生はストレスで酒癖悪くなったんだろうなぁ。

 

先生の視線が、兵藤の籠手に移った。

 

「ドライグもいるのか。ならちょうどいい、例のカウンセラー見つかったぜ」

 

『本当か?すまないな…』

 

「カウンセラー!?ちょ、俺の知らない間に何があったんですか!?」

 

カウンセラーという単語に俺たち三人は揃って驚いた。まさかカウンセラーが必要なほどに落ち込んでいたとは…予想以上にドライグの悩みは深刻らしい。ますます何を理由に病んでいるのか気になってきた。

 

先生はひょいと机の上に腰を下ろした。こら、教師が机の上に乗るんじゃない。

 

「それがな、ドライグがファーブニルの宝玉を通じて連絡してきたんだ。最近気分がすごく沈むようになって、特に『おっぱい』だとか女性の胸に関連した単語を聞くとそれはもう辛くてたまらないのだ、と」

 

「え!?」

 

兵藤は口をあんぐりと開けて絶句した。おっぱいを常日頃から追い求めるこいつにとって、まさかいつも自分の中から自分を見ているドライグが今更おっぱいで心を病むなど想像もつかなかったのだろう。

 

「ほ、本当かよ!?」

 

『本当だ…すまないな、相棒。何、戦闘には支障はないただ…俺の心は思っていた以上に弱かったらしい…』

 

肯定を告げるドライグの声は聞くだけですぐにわかるほど、無残なまでに落ち込み切っていた。

 

「いや、お前がおっぱいで奇跡を起こしたりパワーアップしたりするからそれがショックで心労が絶えないんだとよ。ドラゴンと言えば力とプライドの塊だ。耐えられないものがあるのさ」

 

「なっ…!」

 

いよいよ愕然と、雷に打たれたように口も目もかっぴらいて兵藤は動きを止めてしまう。

 

「…もしかして、今回のパワーアップもひどかったのか?」

 

『…お前はいいよな。あれを見ずに済んだのだから。あんなものは見たくなかった……あんなものは…』

 

俺の想像を超えた何かを見てしまったのだろうか。木場にふいと視線をやると、気まずそうな顔をされた。

 

何なんだ!逆にそこまでされると気になるじゃないか!!ドライグにあんなものは見たくなかったと言わしめるものって一体何なんだよ!

 

「後で連絡先は教える。ドラゴンのメンタルカウンセリングができる奴なんて探すのに苦労したぜ、まったく」

 

「…あら、アザゼル。あなたもいたの?」

 

男性組で会話を交わしていると、がらがらと教室のドアを開け、太陽の逆光で目を細める部長さんが現れた。女子は別室で衣装や飾りつけの制作に入っていたはずだが。

 

「まあな、どうした?」

 

「サイラオーグの執事がイッセーに用があるって。二人にはイッセーの分の作業を任せてもいいかしら」

 

「もちろんです」

 

木場と俺がこくりと頷くと、部長さんは兵藤を連れて去っていった。

 

…貴重な大工作業に回れる男手が減ってしまった。仕方ないとはいえ、ここからはより踏ん張るしかないか。

 

「このタイミングでバアルからの頼み事ねえ…サイラオーグの性質上、八百長なんて真似は天地がひっくり返ってもしないと思うが、何だろうな」

 

先生も知らないみたいだが、一体何用だろうか。サイラオーグ本人でなく執事からというのも気になる。

 

…そうだ、せっかく先生がいるなら聞いてみよう。ポラリスさんもそうだが、年長者の知恵は参考になるからな。

 

「…先生は、英雄ってどんな奴のことだと思いますか?」

 

「ん?…ほうほう、お前はいつも真面目な質問ばっかしてくるが前にも増してクソ真面目な質問じゃねえか」

 

作業しながら俺の口から飛び出した真面目な質問に先生は一瞬虚を突かれた表情をした。しかしそこは先生、考える時間もなく先生なりの答えを即答してきた。

 

「そりゃお前、女を囲ったやつのことだろ。英雄、色を好むって言うしな。それに当てはめるならお前もそうなんじゃねえか?囲ってはないがヤリまくりだろ」

 

「で、デリカシーというものを…」

 

ただし、いやらしくニヤニヤしながら。こっちは真剣に考えている質問なのに、なんと不真面目な答えだろうか。

 

以前先生は誰にも俺とゼノヴィアの関係を教えられてないはずなのに、いきなり『おっ、童貞を卒業したな』と見破ったことがあった。心底びっくりしてなんでわかったのかと尋ねると、数多の女を喰ってきた男の勘だとどや顔で答えてきた。そんな無駄な勘いらない、絶対。

 

「ハハッ、まあ冗談はさておいてだ…このままいけば、イッセーは『王道』の英雄になるだろうな」

 

「イッセー君が英雄に?」

 

「大衆に好かれ、世界の脅威や悪を挫く者、まさしくヒーローだ。子供が絵にかいたような存在だろ?でもそんな『王道』を現実にして英雄って呼ばれるようになった奴はそうはいない。困難を乗り越え、現実にできる奴だからこそ英雄と呼ばれて然るべきだろうよ」

 

言われてみればそうだ。冥界のメディアではロキの事件や京都での事件が大々的に俺たちの活躍と共に報道されていると聞く。その中でも注目度が高いのがおっぱいドラゴンの兵藤だ。

 

作品のおっぱいドラゴンとリアルの兵藤の活躍を混同している一部の悪魔もいるらしいが、それでもあいつは子供たちに好かれ、多くの難敵を打ち破ってきた。

 

あいつは名実ともに本当のヒーローになろうとしている。彼のような人物を、世間一般に英雄と呼ぶのではないだろうか。

 

「お前は英雄になりたいのか?」

 

「…いえ、自分にはわかりません」

 

まだ英雄の答えを出せていない俺には、はいともいいえともつかない答えしか出せない。

 

ただひたすらに毎日を生きる俺にはそんな大仰な者になろうというイメージはない。それどころか将来のビジョンすらも持っていないのだ。

 

「英雄になりたいか、なるつもりはないかは関係ない。要は結果だ。行動の結果が他者、今か後世で評価され、それを為し得た者の一握りが英雄になるんだろうな。他の誰かが英雄と呼んでくれなけりゃそいつはただの頑張った人だ。ま、一人じゃ英雄にはなれないのさ」

 

窓から差す夕焼け色の光に照らされた先生の瞳がきらりと星のように瞬いた。天井を仰ぐ先生の声色は、過去に出会い、失われた命を偲ぶ感慨が乗っていた。

 

評価する人間がいてこその英雄、か。仮に曹操があいつらの望む英雄になったとしたら、誰があいつらを英雄と呼ぶのだろうか?




次回、「最上フォームVS三叉コンボ」


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第122話 「最上フォームVS三叉コンボ」

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
1.ムサシ
2.エジソン
3.ロビンフッド
4.ニュートン
7.ベンケイ
9. リョウマ
10.ヒミコ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
13.フーディーニ



〈挿入歌:GIANT STEP(仮面ライダーフォーゼ)〉

 

無機質で広大な空間がどこまでも果てがないと錯覚するほどに続く。

 

ここは冥界のグレモリー領の地下にあるトレーニングルーム。トレーニングルームと呼ぶにしてはあまりにも広く、相当な強度を誇る。それ故、俺たちの模擬戦の場所にはこれ以上ないほどにうってつけだ。

 

「よし、来い」

 

「じゃ、行くぜ」

 

プライムスペクターへと変身を遂げた俺は、相対する鎧姿の兵藤に挑発がてら指をくいっと上げる。

 

腕をぶんぶんと回して準備運動を終えると言葉よりも早く、兵藤はブースターをふかして猛進してきた。

 

〔エジソン!〕

 

〔ロビンフッド!〕

 

対するこちらは前方に突き出した左手からエジソンの無数に枝分かれする電撃を迸らせて広範囲に弾幕を張り、迂闊に近づけないようにする。

 

「おっと!」

 

すんでのところでスピードを殺して電撃の範囲ギリギリでとどまった兵藤に、格好の餌食だとガンガンセイバーアローモードの射撃を見舞う。

 

「モードチェンジ!『龍星の騎士』!」

 

兵藤の宣言で赤い鎧のフォルムが小さく、そして鋭い形状に変化した。飛来する翡翠の矢を俊敏に回避すると、増設された背部のブースターがごうっと激しく赤いオーラの息を吐いて俺との距離が瞬く間に消し飛んでいく。

 

真正面から相対してわかるがなんてスピードだ。だが、スピードが出る分、急な方向転換は厳しいのはわかっている。

 

〔フーディーニ!〕

 

〔ムサシ!〕

 

〔リョウマ!〕

 

ガンガンセイバーを二刀流モードで召喚し、フーディーニの力で飛翔して突撃を躱す。突撃を躱された兵藤が今度は龍の翼を広げてブースターをふかして空へ舞い上がる。

 

「そらぁ!」

 

漲る霊力を刃にまとわせて、斬撃を続けざまに飛ばす。しかし超スピードを得た兵藤の前では飛ぶ斬撃などのろまでしかなく、容易く避けられてしまう。

 

やはり飛行速度も早いな。何より脅威なのが直線でのトップスピードだ。今までの数倍は跳ね上がっている。

 

そしてあっという間に兵藤は俺を近接格闘戦の間合いに収めてしまった。だが間合いに収めたのはこっちも同じだ。

 

すぐさま剣を振り下ろし迎撃する。が、鎧が軽くなったおかげで身のこなしも軽やかになった兵藤は身をよじって回避し、カウンターの一発が襲ってきた。それをもう一本の剣を叩きつけてそらす。

 

「…!」

 

直後、鈍い痛み。兵藤の膝蹴りが腹にめり込んでいた。痛みにより生まれる隙、今度は右ストレートが俺を吹っ飛ばした。

 

「ぐぅ…!」

 

吹っ飛ぶ俺を逃すまい、休む隙も与えまいと、持ち前の加速力を鎧をパージして底上げし一瞬で追いついてきた兵藤。

 

「モードチェンジ、『龍剛の戦車』!」

 

〔ベンケイ!〕

 

二人の能力が同時に発動する。兵藤の両腕が数倍にも膨れ上がったようなごてごてした形状に変化し、こちらはパワーと防御力を向上させるベンケイの能力を兵藤と同じく両腕に集中させる。

 

「ぬぅん!」

 

腕が重くなった分、鈍重になった向こうよりこちらのほうが素早く攻撃を繰り出せる。こちらは撃たれる前にと真正面から突き抜けるように拳打を繰り出す。

 

しかし、それを防いだのは分厚くなった籠手であった。籠手の横幅も増したことで防御範囲も増えたのだ。そしてこちらの拳打は籠手にヒビを入れること能わず。

 

「お返しだ!」

 

入れ替わるように今度は兵藤のパンチが飛んでくる。ぶんと重量感たっぷりに振るわれるそれを咄嗟に両腕を交差させてガードする。

 

「う…うぉぉぉぉぉ!!」

 

続けざまに籠手に仕込まれた撃鉄が押し込まれ、更なる衝撃が襲う。ごり押しもいいところなパワーにいよいよガードは突破され、俺は木っ端のごとく吹き飛んだ。

 

「いっつ…次だ!」

 

地べたに倒れるも、痛みをこらえて立ち上がる。

 

模擬戦とはいえ戦闘なのだから多少の痛みは覚悟の上。それになるべく本番と感覚を近づけることこそが本番で最良のパフォーマンスを発揮する方法だと俺は思っている。もちろん殺すわけにはいかないので、全力は出さない。

 

全力を出さずに、全力を出す実戦に感覚を近づける。なかなかに難しいところだが、こちらはポラリスさんやイレブンさんとも模擬戦を重ねてきたので大分加減は覚えた。

 

「モードチェンジ!『龍牙の僧侶』!」

 

鈍重な籠手が元の形状に戻り、入れ替わりに背部に二問の大きなキャノン砲が現れる。すぐさま砲撃のチャージが始まり、砲口が光を蓄え始めた。

 

〔ノブナガ!〕

 

〔エジソン!〕

 

実際の戦闘ではわざわざこちらのチャージを待ってくれる敵などいない。そう思いつつガンガンハンドと実態ある幻影と共に電撃を付与された集中砲火をチャージ中の兵藤に浴びせる。

 

向こうは回避しようと移動するが、チャージに集中力を奪われるために満足に動くこともままならない。

それにノブナガの銃撃は横に広い範囲を攻撃できる。ちょっとやそっと動いた程度では逃れることなどできない。

 

どのみち、こちらの攻撃を受けて耐えてチャージを完了させるしかない。

 

「ぐ…うぅぅぅぅ…!」

 

銃撃の雨を浴びながら、兵藤は懸命にチャージを続ける。しかし反撃もままならず蓄積するばかりのダメージに集中を妨害され、それが限界を迎えるとついには砲門の光がバシュンと弾けて消えてしまった。

 

〈BGM終了〉

 

「…ここまでにしとくか」

 

「…ああ」

 

頃合いだと終了の合図を出して、互いに変身を解いた。地面に膝をつく兵藤に歩み寄って手を差し出す。

 

「お前の『戦車』、やはりすごいパワーだ。本気で言ったら骨は確実に行ってたな」

 

「そういうお前だって、英雄の能力をすごい使いこなしてるじゃないか」

 

俺の手を取り立ち上がる兵藤。互いに先ほどの戦闘で見えた良さを褒めたたえた。こうして互いのいいところを褒めるのも信頼と実力を伸ばすうえで重要な行為だ。

 

しかし兵藤はすぐ思いつめた表情を浮かべた。

 

「…どうしても『僧侶』でうまくコンボがいかない」

 

「『戦車』で大ダメージを与えた敵にダメ押しで砲撃を見舞うのはいいんだが、どうもテンポが崩れるし…」

 

「砲撃を曲げられるのは大きいけど、『騎士』からの『戦車』、あるいはその逆が完成されていてどうも『僧侶』が浮いてしまうんだよな。特にチャージが必要なのが…」

 

『騎士』の猛スピードで突撃をかけてから『戦車』で一気に重い一撃を叩きこむ。曹操戦でも披露したがこの完成された流れに『僧侶』を組み込むのは難しい。

 

現状は戦車のパンチで相手に大ダメージを与えて動きを鈍らせ、その間にチャージする方法しか思いつかないが…今のようにダメージが足らず、まだ相手が動ける状態であればチャージで無防備をさらしたまま、相手の攻撃を受けてチャージを妨害されてしまう。

 

「これを使うのは集団戦前提になってしまうか。他の仲間に前衛でチャージの時間をカバーしてもらって、確実にチャージを通して後衛から強力な砲撃で一気にゲームエンドに持ち込む。あれに耐えられるのはバアル眷属でもまずいないよ」

 

そう、砲撃自体は強力無比な威力を持っている。ただ、それを発射するまでのチャージがタイマンだとかなりのネックになってしまう。集団戦でないとこの『僧侶』の出番は厳しいものがある。

 

「木場の新技はカバーにぴったりだと思うが」

 

「僕も同じことを思ったよ。我ながらいい禁手に仕上がったね」

 

兵藤が三叉コンボに悩む一方で木場は見事に新技を完成させた。そちらの技は個人的には『英友装』と組み合わせると面白いだろうなと思っている。

 

「体力の消耗はどうだ?三叉コンボの後でまだきついか?」

 

「ああ、目覚めたてに比べたらマシにはなったけどそれでもしんどいな」

 

体力の消耗の解決も難しい、か。特に連続での昇格は負担も増えるようだ。やはりこのコンボは短期決戦向けになるのか…話に聞く限り、頑強な肉体を誇るサイラオーグを一撃で倒すのは至難に思えるが。

 

「あの…一ついいですか?」

 

おずおずと挙手して注目を集めたのは見学に来ていたレイヴェルさんだった。

 

「『僧侶』の砲撃を、オーラではなく譲渡の力を打ち出すことはできませんか?そうすれば、仲間のサポートもできると思うのですが…」

 

彼女の提案がしばしの沈黙を生んだ。それは気まずさや彼女を馬鹿にする意味でもなく。

 

「「それはいいね!」」

 

むしろ今まで考えもつかなかったアイデアへの驚きによるものだった。木場と兵藤が揃ってサムズアップした。

 

なぜ今まで思いつかなかったのか。俺自身も、レイヴェルさんの新しいアイデアに感嘆の念を覚えた。

 

「なるほど!それなら打ち出すのは砲撃か、倍加かで相手に揺さぶりをかけることもできそうだ」

 

「確かに、仲間のサポートもできるならますます集団戦に向いた能力になるね」

 

譲渡を打ち出して前線で戦う仲間を強化したり、場合によっては強力な砲撃で敵を殲滅する。これが実現できれば大きく戦略の幅が広がる。

 

「それなら、あとはゲーム本番のルールとフィールド次第かぁ…」

 

「今回の試合は大公アガレス家の空中都市、アグレアスで行われます。大勢の観客が来る以上は試合が長引くルールになることはないと思いますけど…」

 

「それだけ今回の試合は注目度が高いのか?」

 

「ええ、サイラオーグ・バアルとリアス・グレモリー。このお二人は眷属共にプロ並みの人気がありますの。試合が近づくにつれて両者を取り上げるテレビ番組の熱も上がってますわ」

 

大王家の次期当主と現魔王サーゼクスさんの妹、ネームバリューならかねてより二人の試合は衆目を集めるには十分。それなら客受けを考えて観客を飽きさせないためにも試合が長引くルールは避けると。レイヴェルさんの考えはもっともだ。

 

「なるほど…いいアドバイスをありがとうなレイヴェル!」

 

「そ、そんなっ…当然のことですわ!日頃厄介になっている身としてこれくらいは…!」

 

兵藤がお礼の言葉をかけると、わかりやすく照れ交じりに取り乱しだしたレイヴェルさん。ほうほう、やはりそういうことなんだな。全く、赤龍帝の魅力は止まるところを知らないな。

 

「よし、それじゃあさっきの譲渡の砲撃を試してみようぜ」

 

「残念だけど今日は終わりよ。明日は会見があるの」

 

と、早速新アイデアを試そうと兵藤が元気を出したところに部長さんが歩み寄ってくる。

 

さっきまで彼女はゼノヴィアとロスヴァイセ先生の模擬戦のアドバイザーをしていたのだが、どうやら終わったらしい。その証拠に、離れたところで二人がへばって地面に横になっていた。

 

「会見?」

 

「あれ、言ってなかったかしら?明日はテレビ中継で私たちとサイラオーグたちで記者会見があるのよ。テレビに映るのだから、疲れをためた状態で出るわけにはいかないわ」

 

「ええええ!!?」

 

どうやら本当に知らされていなかったようで、兵藤が大声を上げて驚いた。テレビで自分を取り扱った番組が人気になっているとはいえ、いきなり明日会見に出るよとなれば当然の反応だ。

 

「イリナと深海君には留守番をお願いするわ。私たちがいない間、よろしくね?」

 

「お任せあれ!」

 

「了解」

 

グレモリー眷属ではない俺たちは揃って快諾する。冥界のテレビ番組って、どうやったらうちのテレビでも見れるだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈BGM:ZAIAエンタープライズジャパン社長・天津垓(仮面ライダーゼロワン)〉

 

「…なるほど、ここが仮面の在り処ということで間違いないのか」

 

無機質な白で構成された『NOAH』の一室で、ポラリスは端末の画面に目を落とす。画面には、とある場所が示されている。

 

「はい、調査で集めた情報とスキエンティアの予測をもとに、ここしかないかと」

 

「わかった。ならば迅速に行動を起こすまでじゃ」

 

ポラリスはウェポンクラウドから一つのアタッシュケースをマテリアライズして白い卓上に置いた。

 

彼女に報告をしていたイレブンがケースを一瞥すると、すぐに主へと視線を戻した。

 

「イレブン、おぬしにはこれから日本の奈良県の山間部にある遺跡に行き、『神祖の仮面』を回収してもらう。やれるな?」

 

「当然です。私はあなたの右腕ですから」

 

イレブンは恭しく跪き、首を垂れる。イレブンにとって彼女に尽くすことは生まれ持った理由であり、今では心の底から望む意志でもある。

 

「頼んだぞ」

 

それに全幅の信頼を寄せるポラリスの言葉で、ケースを携えてイレブンは与えられた任務を全うせんと外へ出ていく。

 

「神祖の仮面を回収して構造を解析できれば大きな収穫になる…ウリエルは即時破壊を訴えるじゃろうがな」

 

一人部屋に残されたポラリスは頬図絵をついて呟いた。

 

久しくウリエルから頼まれていた神祖の仮面の調査。長らく難航していたが今回ようやくその一つの在り処を特定できた。

 

このチャンス、逃すわけにはいかない。ガルドラボークも言っていたがポラリス自身も仮面を解析すれば更なる兵器の開発につながるかもしれないのだ。

 

ウリエルは快く思わないだろうが、情報を蓄積させておくに越したことはない。それに、いざとなれば現魔王たちとの交渉材料にも使える。

 

こんな重要な任務、彼女にとってイレブン以外に任せられる者はいない。

 

「それと…ドレイクにもそろそろ動いてもらわねばな」

 

意味深な笑みを深めて、彼女はカップに注いだ紅茶を啜った。

 

〈BGM終了〉




悠河が聖剣使いの因子を持っていたら滅茶苦茶エクスカリバーの7つの能力を使いこなしてそう。さあ、次回はオリ展開です。

次回、「怒れる銃口」


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第123話 「怒れる銃口」

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
1.ムサシ
2.エジソン
3.ロビンフッド
4.ニュートン
7.ベンケイ
9. リョウマ
10.ヒミコ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
13.フーディーニ



そこは遺跡と呼ぶにはあまりに小さく、戦時の防空壕かあるいは洞窟と呼ぶべきものだった。

 

奈良県の山間部にある遺跡。つい先月にある考古学者によって発掘され、日中は多くの学者が集って調査が進められているこの遺跡は夜間には誰もいない。

 

しかし、夜闇に紛れるような黒スーツで人知れず足を踏み入れる男女がいた。旧魔王派のエージェント、クレプスと彼女に雇われたスナイパー、天王寺大和である。

 

日はとうに暮れて夜中になり、ライトがなければ歩くこともままならない遺跡の暗闇の中を、クレプスの魔法の灯りを頼りに大和は歩く。

 

「…冷えるな」

 

時期はいよいよ10月も半ばに入り、夜は特に冷えるようになった。暖かい日の光もなく吹く冷たい風に大和は身を震わせる。

 

二人が何もない遺跡を歩くこと数分、土の壁という行き止まりに突き当たる。ここまでに何も二人が求めるものの手掛かりは何もない。

 

「行き止まりか」

 

「いいえ」

 

クレプスは手のひらに魔力を変換した風を生み出すと、土の壁に当てる。ぶわっと土の幕が払われて、隠され続けてきたものを明らかにした。

 

「これは!」

 

土に覆い隠されていたのは、古ぼけた石造りの壁。中央に刻まれた紋章が存在感を放つ。その紋章とそれがこの場にある意味を悟ったのはクレプスだった。

 

「旧レヴィアタン家の家紋。間違いないわ、アタリよ…大和、壁に手を触れなさい」

 

「?」

 

大和は指示通り、石壁に手を添える。すると壁に光のラインが一瞬走り、がらがらと扉が開いた。

 

扉が開かれた瞬間、感じ取った異様なオーラに二人の全身をひやりとした感覚が舐め上がった。

 

扉の先に会ったのは奥に台座があるだけの飾り気のない小さな部屋。台座の上には誇り被った小箱が置かれている。

 

そして小洒落た装飾が施された小箱から、二人を襲った禍々しいオーラが漏れ出ていた。

 

自分の心臓を直に掴まれたようなかつてない怖気に大和はごくりと息をのんで、クレプスと共に部屋の中へ歩を真っすぐ進める。

 

彼女は台座の上の小箱にオーラを恐れることなく触れ、ふたをゆっくりと開けた。小箱に収められていたのは、どこまでも邪悪なオーラを放つ顔半分を覆うくらいのサイズの紫色の仮面。

 

彼は感じた。これは存在そのものが許されざる禁忌であり、世界への冒涜だ。同時にこんなにもおぞましいものが世に存在していたのかと信じがたい気持ちでもあった。

 

触れたくないと大和が思うそれを躊躇いなく手に取ったクレプスは様々な角度から仮面を見る。

 

「…神祖の嫉妬の仮面。これが魔王レヴィアタンが残した遺産なのね」

 

「それがお宝とやらか」

 

ようやく目的を達成したにもかかわらず、大和には何の感慨もわかなかった。これまでの苦労が報われたことより、こんな恐ろしいものを探していたのかという恐怖が勝ったからだ。

 

紙切れだ。それは大和には読めないが、旧魔王派のアジトで度々見かけた悪魔文字だった。

 

「探し物を見つけたにしては淡白な反応だな」

 

大和は仮面を手にしたクレプスの様子をそう評する。彼女も自分と同じように感慨よりも恐怖が勝ったのか。

 

いや、彼女の表情に恐怖は微塵もない。どこかつまらなそうな表情だ。あくまで上からの任務を達成したという事務的な感情しかないのだろうか。

 

ふと彼女は仮面と一緒に箱の中にあった黄ばんだ紙切れに気付き、つまみ上げる。

 

「…これは、他の仮面の在り処につながるヒントかしら」

 

紙切れとにらめっこするクレプス。その間、大和はすることもなく小部屋を見渡す。

 

「君たち、ここで何をしている!?」

 

二人に背後から投げかけられた男の声。反射的にクレプスが振り返りざまに魔力を放ち、男を土壁に強く叩きつけた。

 

「ぐあっ!!」

 

男が苦悶の声を短く上げて体を壁に打ち付け、うなだれる。何事かと振り向く大和は男の顔を見つめる。

 

どこかで見た顔だ。しかし記憶が古いからか思い出せそうにない。

 

「ち、仕留めそこなったわ…そうだ」

 

舌打ちするクレプスが、薄い微笑みを浮かべて大和を一瞥した。

 

「ル・シエル、その男を殺しなさい」

 

「は…?」

 

あまりにも唐突かつ理不尽な命令に絶句する大和は、思考すらも吹っ飛んでその場に立ち尽くす。怒りの感情がようやく追い付いてきたのは数秒後のことだった。

 

「お前…いつもみたく記憶の消去で十分だろう!!なぜ一般人相手にそこまでする必要がある!?」

 

従えないと言わんばかりに大和は声を張り上げる。

 

今までの調査も基本は隠密行動を取っていたが、それでも誰かに見つかった場合は気絶させてクレプスが記憶消去魔法をかけるのが普通であり、相手を殺すようなことはまずなかった。

 

「この男はだめよ、殺さないと」

 

「なぜだ!?」

 

今にも掴みかからん勢いで大和が問い詰める。それでもクレプスは変わらず涼しい顔をするばかり。むしろそれが彼の怒りをますます煽った。

 

「…そうね、しいて言うなら」

 

命令に従えないと食ってかかる大和にやや鬱陶しそうに鼻を鳴らし、視線をそらした。

 

「面倒だから」

 

「ッ!!!」

 

信じられない一言に大和は思わず後ずさる。彼を支配する怒りの中にもう一つの感情が生まれたからだ。

 

こんなことを平然と言ってのける人間がいたのか、こんなにも心を持たない人間がいたのかと。いや、彼女は元から悪魔だった。そう、種族と言う意味だけでない、心すらも本物の悪魔だ。今までは隠密の都合上で殺しをしなかっただけで、彼女の本性は人を平然と殺してしまう悪魔なのだ。

 

自らの快楽や欲求のためだけに人を殺める殺人鬼ですらここまで平然とはできまい。正真正銘の悪魔だ。

 

そしてその本性を見た彼の心に生まれたのは、恐れだった。自分は今までこんな化け物と共に行動してきたのかと信じられない一心だ。

 

「うっ…君は…まさか」

 

言い争う中で、男がゆっくりと顔を上げて大和を見つめた。

 

「飛鳥君のお兄さん…なのか?」

 

「!!」

 

自分の正体を見破られ、大和もこの男が何者なのか気づいてしまった。彼の言葉が、埋もれた記憶を掘り起こした。

 

この男は弟が幼いころから付き合いのある、上柚木綾瀬の父親だ。考古学者だとは聞いたことがあったが、まさかこんなタイミングで再会を果たすことになろうとはと大和は驚く。

 

気づいてしまった。気づきたくなかった。そう考えると恐ろしくてたまらない。汗が吹き出し、動悸が激しくなる。

 

「どうしたの、殺せないの?あなたには拒否権はないの。はいかYesと答えるしかないのよ」

 

「……」

 

大和は答えない。いや、答えられなかった。自分は今、最愛の弟の幼馴染、その父親を手にかけようとしているのだ。命令のままに彼を殺せばどうなるか、間違いなく綾瀬は悲しむだろう。そして悲しみは弟にも伝播する。

 

どの面下げて綾瀬に顔向けできるだろうか。自分が君の父を殺したなど、口が裂けても言えない。このまま永遠に外れることない十字架を背負うことになってしまう。

 

…そうなるくらいなら、いっそ。

 

彼が決心するのに数秒とかからなかった。

 

「…それなら、私が」

 

「…そうだな」

 

動くクレプスの言葉を遮る大和。素早く自分の神器『漆黒の弾丸《ナイト・ペネトレイター》』を手元に出現させ、夜の闇に溶け込みそうな黒い銃口をがちゃりと綾瀬の父ではなく、クレプスに向けるのだった。

 

「死ぬのはお前だ、クレプス」

 

大和は初めて、クレプスへの反逆に出た。銃口は彼女の眉間を捉えいつでも彼女の命を奪える状況。

 

一瞬で彼はクレプスに対する優位を確保した。感情をおくびにも出さないクレプスも流石にこの状況には眉を僅かばかりひそめた。

 

「私を撃てばあなたは収入を失うどころか、家族の命も危険にさらすことになるのよ」

 

「構わない。飛鳥の幼馴染の未来に暗雲を運ぶほど落ちぶれちゃいない」

 

彼をこのような行動に走らせたのは、彼に宿った怒りと恐れが理由だった。もう彼女には従えない。後のことは後で考えよう、今はこの女を野放しにしておくわけにはいかない。

 

これまで彼女の企みに加担した自分が止めなければならない。怒りと恐れ、そして決意の火花が彼の瞳の奥に瞬いた。

 

今の彼に何を言っても無駄だと悟ったか、彼女は嘆息する。

 

「…いいわ」

 

両腕をバッと広げて、無抵抗の意志を見せた。

 

「撃ってみなさい、撃てるものならね」

 

「!?」

 

大和は動揺する。この状況において、なぜ彼女は余裕を保っていられるのか。

 

「どうしたの、撃たないの?あなたの覚悟はその程度?死ぬのは私じゃなかったのかしら」

 

余裕のままにクレプスはまるで大和を煽るような言葉を吐く。

 

「…そうか、ならそうさせてもらう。俺はお前を…!」

 

煽りが意志の後押しとなり、トリガーに指をかけ、いよいよ力をこめようとした瞬間。

 

「…なんだ、動かない?」

 

突然大和の体が完全に動きを停止してしまった。指に力が入らず、銃を撃てない。

 

それだけではない、急に足の力が抜けてふらりと体が揺れ、その場にどさりと倒れてしまう。

 

「からだが…」

 

彼の抱える三つの感情が、わけもわからず一瞬のうちに戸惑いに染め上げられる。

 

「あなたが私たちのもとに下ったときに呪印を仕込ませてもらったの。あなたは私には逆らえない。飼い犬に首輪をつけるのは当然でしょう?」

 

見下ろすクレぷスが冷笑する。大和はもう悟らざるを得なかった。もう自分はこの女に逆らうことなどできないと。

 

そんな彼女へのせめてもの抵抗として、思いっきり大和はこの全身を焼く怒りを込めて睨みつけた。

 

「…悪魔め」

 

憎悪の言葉を吐き捨てる。彼の心を支配する悪魔への怒り。彼女だけでなく、彼女に指示を出し自分を管理下に置く旧魔王派なる悪魔の集団にも怒りは向けられる。

 

そしてふと脳裏によぎったのは、自分の弟の学園にもいた悪魔のことだった。

 

あのリアス・グレモリーと彼女が率いる悪魔たち…クレプスという悪魔の残虐性を知ってしまった以上、彼女らにも疑念が鎌首をもたげる。

 

もしかすると、あの女たちもこの女と同じ本性を隠しているかもしれない。それが弟と同じ学園で人の皮をかぶって日常を送っていると考えると怖気がする。ひょっとすると、兵藤一誠も悪魔になったことでその善性が塗り替えられてしまった可能性もある。

 

いつかは弟も今の自分のように貶められ、悪意のままに利用されてしまうかもしれない。

 

今の自分を追い詰める悪魔という種への尽きぬ疑念と怒り。二つの感情が急速に力が抜けていく体を支配する。

 

それを受けてもクレプスはひるみもせず、むしろ三日月状の笑みを浮かべた。

 

「…いい憤怒ね」

 

そしてかがみこむと、倒れた大和の顔を覗き込むように顔を近づけた。憎い相手を間近にしながらも全く手が出せない状況、自身の無力さを恨み強く歯を食いしばる大和に微笑みかけた。

 

「…そう、その目よ。あなたのその目が見たかったの」

 

愛おしそうに頬に指を走らせる。

 

「私を憎みなさい。そうすれば、あなたはもっと……」

 

全身から失われる感覚にそれでもと燦燦と輝いていた意思の光もいよいよ消え、大和は完全に呪印の効果で気絶してしまった。

 

「ふふ、いい感じに追い詰められたわ」

 

大和の気絶を確認した彼女は薄ら笑いを浮かべる。そして壁によりかかったままの綾瀬の父に目を向けた。

 

どこまでも冷たい色をした瞳に父は怯んだ。

 

「それと、あなたには死んでもらうわ」

 

指をきれいにそろえて手刀の形を作り出す。綾瀬の父は最初の攻撃で肋骨を折ってしまい、激痛という枷が彼をその場に縛り付けていた。

 

「…君は」

 

「さようなら」

 

そして真っ暗闇の洞窟が血で染まった。誰に知られることもなく、孤独に最期を迎えた彼が最後に思い浮かべたのはもはや得ることのない妻と娘の幸せな笑顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

上柚木博士を始末した彼女は気絶した大和の体を持ち上げて遺跡の外に出た。あの場所は狭く、転移魔方陣を開くためのスペースを確保できなかったからだ。

 

気絶し、力の入っていない人間の体は重いが身体能力が人間よりも上のクレプスにとっては何も気にするところではない。ただ、わざわざ大和を外に連れて行かなければならないのを面倒だと感じはしたが。

 

大和の体を地面に下ろすクレプス。大和は死んだわけではないが、先ほどまでの怒りが嘘だったかのように安らかな顔をしている。

 

「…さて、魔方陣の準備を」

 

『一足遅かったようですね』

 

魔方陣を展開しようとした矢先、付近の林からがさがさと現れた怪人。

 

二振りのクワガタの顎を模したような片手剣を携えた、オレンジ色のラインが入ったどこかヒロイックなパワードスーツの怪人だ。

 

腰に巻かれた赤いスイッチのついた黒いベルトにはクワガタがデザインされたオレンジ色のデバイスが装填されている。

 

クレプスには知る由もないが、それは任務を受けたイレブンがレジスタンスの目指す最終兵器開発の一環で開発されたベルト、『レイドライザー』で変身した姿であった。

 

「…何者?」

 

二人目の目撃者の登場に、クレプスは任務終了に水を差された若干の苛立ちを含んだ口調で問う。

 

『あなたが知る必要はありません』

 

「あなたの狙いはこの仮面?」

 

クレプスが先ほど手に入れたばかりの神祖の嫉妬の仮面を見せる。初めて見た仮面の異様な感じに驚きながらも、敵に動揺は悟られまいとイレブンはいつものように感情を押し殺して、言葉を返す。

 

『そうだと言ったら?』

 

「あなたには渡さない。クルゼレイの手前、成果は上げないといけないもの」

 

「いえ、それを手にするのは私です」

 

さらに会話を遮ったのは第三者の男の声。二人の注目を受け、ふわふわとした茶髪のインテリ感ある男が現れた。

 

「…アルギス・アンドロマリウス」

 

警戒を込めてクレプスはその男の名を呼ぶ。クレプスにとっては旧魔王派の名を騙り、冥界でときたまテロを起こす旧魔王派にとって厄介な男。

 

『叶えし者まで…』

 

イレブンは静かながらも怒気を孕んだ声を発す。イレブンにとっては怨敵の眷属であり、彼女たちの計画に支障をきたすイレギュラーだ。

 

パチパチパチ。

 

突然アルギスが拍手を始めた。夜の静けさに乾いた拍手の音が溶けて消えていく。

 

「さて、まずはおめでとうと言うべきでしょうか」

 

拍手をやめたアルギスがクレプスへと視線を移す。

 

「旧魔王派の起死回生をかけた神祖の仮面…努力が実を結び、ようやく7つあるうちの一つを手に入れた。素晴らしいことじゃないですか」

 

「…」

 

「旧魔王派が現政権から魔王の座を奪還するのにその仮面が必要不可欠であることはよーく知ってますよ。だからこそ、反吐が出るほど嫌いな旧魔王派の邪魔をしようかと思いましてね」

 

悪意のある笑みを浮かべ、アルギスは透明なカバーとレバーがついたドライバーを取り出した。

 

『それは…!』

 

イレブンは軽く目を見張る。アルギスが手にしているそれはこの世界では深海悠河以外に所有しているはずのない、ゴーストドライバーだからだ。

 

なぜそれを持っているのかと驚くイレブンをよそに、アルギスはそのまま自分の腹部にあてるとオレンジ色のベルトが巻き付いた。

 

〔ゴーストドライバー!〕

 

「アルル様より賜りし力…とくと見るがいい」

 

続けて眼魂を手にしてスイッチを押し、カバーを開けたドライバーに差し込んだ。

 

〔アーイ!バッチリミナー!バッチリミナー!〕

 

軽快な音楽と共にドライバーから白と黒のパーカーゴーストが出現する。闇に溶け込むように怪しくふわふわと舞った。

 

「変身」

 

〔カイガン!ダークライダー!〕

 

レバーを引き、全身を覆うスーツという形で物質化した霊力を纏い、さらに浮遊するパーカーゴーストも纏って変身を完了する。

 

〔闇の力、悪い奴ら!〕

 

漆黒のスーツとその上を覆うアーマーには白のラインが伸び、胸部には赤い一つ目の紋章が刻まれている。顔面部の真っ白なヴァリアスバイザーには鬼火のような黒の模様が浮かび上がり、額には揺らめく炎のような形状をしたウィスプホーンが立つ。

 

かの戦士の名は仮面ライダーダークゴースト。平成ライダーの存在しないこの世界に、新たなライダーが誕生した瞬間であった。

 

「さあ、その神祖の仮面を渡してもらいましょうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…イレブンはうまくやっているじゃろうな」

 

一人残されたポラリスは独り言を吐きつつも、船室でスキエンティアが収集した情報を確認する。世界中のコンピューターに接続できるスキエンティアが集める情報は彼女を飽きさせない。故に暇があれば彼女は集めた情報を覗くことにしている。最も、最近はそうする暇もないほど働きづめていたが。

 

ゴォォォン!!

 

突如、船体が大きく揺れる。誰にも所在を知られず、攻撃されることのなかったため久しく感じなかったこの船の揺れに彼女は怯んだ。

 

「何事!?」

 

すぐさま彼女はスキエンティアにアクセスして船内の異変を調べ上げる。船内各所に仕掛けられたカメラの映像を一気に調べ上げ、異変の発生源を特定する。

 

カメラがある男たちを映していた。

 

白い鎧を纏う男と剣士、黒い猫又に魔女っ娘、孫悟空を思わせる軽薄な雰囲気の男の一団。ポラリスは彼らのことを知っている。

 

「これは…ヴァーリ・ルシファーか」

 

彼らのすぐ隣には縁にバチバチと電気が弾ける大きな穴が開いており、彼らが船を攻撃して侵入してきたのは明白だ。

 

「悠から聞いていたが、まさかこんな形で入ってこようとは…」

 

ディオドラの事件ののち、ヴァーリがこの船の存在に気付いたと報告は受けていた。それ以来光学迷彩の強化などで対策をしてきたつもりだったが、まさか攻撃を受けることになるとは思いもしなかった。

 

「…仙術か」

 

ポラリスはすぐに原因に思い至る。黒歌か美猴が仙術で自分の生命エネルギーを探知したのだろう、考えられる限り原因はそれしかない。

 

「…致し方ない。入場料がてら、妾の家を壊したお仕置きをしてやらねばな」

 

ポラリスはウェポンクラウドから取り出したネビュラスチームガンを握り、ヴァーリたちのもとへ向かう。




はい、アルギスのダークゴーストが三人目のライダーでした。自分以外のライダーが全員敵になってしまった悠河…。

レイダーは…言うなればヘルブロスと同じ疑似ライダーというべきポジションなのでライダーにはカウントしません。なんのレイダーかわかったでしょうか?一応原作にもちょっとだけ出たプログライズキーを使っています。

次回、「牙は舞う」


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第124話 「牙は舞う」

タグを整理しておきました。これで見やすくなったはず…。

今章のオリ展開はアルギスとクレプスにイレブン、ヴァーリたちにポラリスと今までになかったキャラの組み合わせでお送りします。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
1.ムサシ
2.エジソン
3.ロビンフッド
4.ニュートン
7.ベンケイ
9. リョウマ
10.ヒミコ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
13.フーディーニ



夜風に揺られ、木々ががさがさと茶色く染まった葉のこすれる音を立てる。まるで自然すらも新たな仮面ライダーの誕生にざわめくかのように。

 

叶えし者、アルギスの仮面ライダーの変身はイレブンを大いに驚かせた。

 

(これはポラリス様に早く報告しなければ…)

 

ここでの叶えし者の介入は予想外だったが、ゴーストドライバーを手に入れているのはもっと予想外だった。少しでも情報を得ようと、イレブンは相手に動揺を悟られまいと、努めて冷静に疑問を投げかけた。

 

『どうして、あなたが推進大使と同じベルトを持っているのですか?』

 

「ふ、アルル様より賜ったと言ったはずですが…これ以上を語る義理はありませんね」

 

白い仮面の裏で変身による力の高ぶりを感じながらアルギスは冷笑する。

 

「ああ、あなたも見かけない顔…イレギュラーですね。いろいろと興味はありますが、私の任務は仮面の回収ですのでそちらを優先させてもらいますよ」

 

イレブンにふと思い出したような反応を取り、そう言って取り出したのは三つの眼魂。もう片手に魔方陣を展開させて眼魂にかざすと黙々と煙のようなオーラが発生し、それぞれ人の形を作り始める。

 

「あなたの相手はこいつらです」

 

『ガンマイザー…』

 

変幻自在に気象を操る怪人、ガンマイザー・クライメット。波の意匠をスカートのようにあしらった揺蕩う青き水の怪人、ガンマイザー・リキッド。そして全身に振動のような怪人、ガンマイザー・オシレーション。

 

「行け」

 

三体の怪人はアルギスの指示と同時に、イレブンへと襲い掛かる。

 

「っ!」

 

よせ来るガンマイザーたちを、イレブンはクワガタの顎をイメージさせる形状をした双剣『フュリアス・ブレード』を冷静に構えて迎え撃つ。

 

先陣を切ったのはクライメット。気象を操る能力で幾つもの雷撃を飛ばしてくる。しかしこれを軽やかに舞うような動作で避けながらイレブンも接近する。

 

一息でクライメットへと距離を詰めたイレブンは二振りの刃で華麗な剣閃を放つ。その寸前でクライメットを突き飛ばし、横に割って入ったのはリキッドだ。

 

「!」

 

構わず剣戟を放つイレブン。しかしリキッドの体は文字通り水へと変化し、振るわれた刃はただ虚しく切り裂くことのできない液体に空ぶる結果に終わる。

 

そこにクライメットが多数の氷塊を生み出しては発射する。殺到するそれらをイレブンは二振りの剣から繰り出す流麗な剣技で粉みじんに斬って見せる。目にもとまらぬ一瞬の絶技。達人の域に達した者のみが繰り出せる技をイレブンは難なく放つ。

 

一瞬のうちに切り刻まれた細かい氷のカスが月光を浴びてイレブンを彩るように大気中に舞った。非戦闘時であれば心奪われる美しさのある光景だったが、ガンマイザーたちにはそれを感じる心はない。

 

ぶしつけにオシレーションが拳打を繰り出してくる。際立ったパワーやスピードもないが不思議なことにキィーンと耳障りな音を発するパンチをそれをイレブンは剣で弾いてやり過ごそうとするが。

 

「!」

 

彼女の直感が叫ぶ。受けるな、躱せと。それに従い、身をひねって避ける。しかし拳がブレードの刃を軽くかすめると、途端に粉々に砕け散ってしまった。

 

そこに今度はごうっと高圧水流が飛来し、驚く間も与えずイレブンに襲い掛かる。しかしヒットする寸前で彼女の姿は失せ、事なきを得る。水流はそのまま地面に着弾し、辺り一面をびしょ濡れにした。

 

『…』

 

瞬間移動と見まがうほどの速度での移動は、彼女が異界で編み出した歩法によるもの。その異界を離れて以後も、彼女は独自で研鑽を重ね、誰にも追いつくことのできないまさしく神速と呼ぶにふさわしい領域にも達した。

 

距離が開けた両者が、互いに静かににらみ合う。

 

『スキエンティアのデータが正しければ、あの灰色のガンマイザーは振動を操る能力を持っている…』

 

ちらりと砕けて柄だけになったブレードに視線を落とす。ほんのちょっとかすめただけでブレードがこのざまだ。もしあのままブレードでパンチを受けていればブレードごとボディの装甲までやられていたに違いない。

 

先ほどの拳打は奴の体を構成する霊力が微細な高速振動を伴っていた。それをパンチとともに振動を直にぶつけることで防御不可の攻撃を繰り出すという寸法だろう。ガンマイザー・オシレーション。その名に恥じぬ、凶悪な能力を持ったガンマイザーだ・

 

『気象操作、液状化、振動…面倒な能力の組み合わせですね』

 

改めて前方に横並ぶガンマイザーを見渡し、冷静に状況を整理する。

 

どれも厄介な能力、特に物理攻撃を無効化する液状化は彼女の得意とする剣術の天敵ともいえる能力だ。普通の剣士ならしっぽ巻いて逃げるのが得策と言える。

 

だが、彼女は普通の剣士ではない。何も彼女が磨き上げてきたのは剣術だけではないのだ。

 

『…魔法はあまり得意ではありませんが』

 

ぽつりとつぶやいて、彼女は腰にがちゃりとブレードをマウントして静かに詠唱を始める。

 

『繋げ、秘儀糸』

 

あやとりのように指先から魔力でできた光の糸が伸びる。ポラリスもロキとの戦いで披露した異界の魔法だ。

 

それを見たガンマイザーたちが危機を察知し、三体同時にそれぞれの属性の付与された大きな光弾をイレブン目掛けて発射する。

 

『古雅なる雷火よ、踊り咲け』

 

しかし速いのは足だけではない。即座に詠唱、そして糸が魔方陣を生み出し広範囲に渡る扇状の雷を吐き出す。

 

放たれた大出力の雷火は容易く光弾を主のもとへ押し返して自滅させ、そこに追い打ちをかけるがごとく雷扇を叩きつけた。雷を浴びながら吹っ飛ばされて横転するガンマイザーたち、先は液状化されてダメージの通らなかったリキッドにもしっかり効いている。

 

出ごたえあり。そう感じたイレブンは砕けたブレードをウェポンクラウドへと戻し、更なる術を発動させる。

 

『空裂く刃の刃鳴りあれ』

 

手元にバチバチと迸る雷が発生し、束ねられて剣の形に変じる。右手にはブレードを、左手には雷の刃を。

 

彼女は魔法は得意ではないと言ったが、それはポラリスと比べれば、という意味だ。修練を重ねたのは何も剣だけではない。当然魔法も習得し、かつていた自分たちの世界の時と比べると比較にならないほどに戦闘能力は向上している。

 

『あなたたちに時間をかける余裕はありません』

 

刃を煌めかせ、イレブンは反撃の開始だとひた走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さあ、あなたには色々聞きたいことがありましてね」

 

ガンマイザーたちとイレブンが交戦する一方、戦いに加わることなくアルギスはクレプスと対峙する。激しい戦いを繰り広げる向こうと違って、こちらは静かだった。

 

「この時代の旧魔王派は本来神祖の仮面に行き着くことなく壊滅するはずでした…なのに、突然現れたあなたは仮面の情報をもたらし、歴史を変えてしまった」

 

「…」

 

アルギスはこの世界が本来辿るはずだった歴史を主であるアルルから聞いている。

 

本来であれば今の旧魔王派のリーダーたるクルゼレイ・アスモデウスはディオドラ・アスタロトの起こしたテロにおいて彼も戦列に加わり、現魔王サーゼクス・ルシファーに戦いを挑み命を落とすはずだった。

 

カテレア、クルゼレイ、そしてシャルバと組織の支柱を失った旧魔王派は瓦解し、一部の残党がときたま暴動を起こすだけの最弱派閥になり下がる…そう、彼は聞かされていた。

 

しかし現実はクルゼレイは戦列に加わらず生存し、さらには本来知るはずのない神祖の仮面の情報を得て捜索に当たっている。その大きな変化の原因が目の前にいる彼女だ。本来の歴史から大きく遠ざかる結果を生み出した彼女が類されるべきカテゴリーは一つしかない。

 

「あなたは疑いようもなくイレギュラーだ。…ですがあなたの行動目的と素性はそこの天王寺大和を見て大体確信しました」

 

紀伊国悠…いや、深海悠河やロキとの戦いで助太刀した謎の戦士と同じイレギュラーと呼ぶしかない。戦闘力はまだ測れていないながらも、積極的に歴史の改変を目指そうとする彼女は悠河たちとは別の意味で危険だ。

 

アルギスは横たわる大和を一瞥し、クレプスを指さす。

 

「あなた、さては未来から来ましたね?」

 

「…だったらどうしたの?」

 

冷たい色をした彼女の瞳に憮然としたものが宿る。その態度にアルギスは図星だと苦笑する。

 

「なるほど、今の回答で私の確信は完全なものになりました。別にあなたがイレギュラーだから、別の時代の悪魔だから殺めようというつもりではないんですよ。ただ…」

 

優雅さのある態度が一転、アルギスの纏うオーラが一気に冷たくなる。

 

「私が目指す世界に悪魔と言う種は不要です。ましてや旧魔王派が席巻する世界など反吐が出る。神祖の仮面は我々が管理する。あなた方には過ぎた代物だ」

 

刹那、敵意が爆ぜアルギスがクレプスの眼前に迫った。召喚したガンガンセイバーを振り下ろし月光のもとに赤い血の花を咲かせようと凶刃をきらめかせた。

 

「っ」

 

半ば反射でクレプスは大きく横っ飛びし、攻撃を空ぶったアルギス目掛けて魔力を変換した炎と雷撃を放つ。アルギスはそれらを躱すまでもなく、受け止めるとバチバチと激しく装甲に火花が飛び散った。

 

「…無駄無駄、そよ風みたいなものです」

 

しゅうと命中した個所から煙を上げるも焦げた跡もなく、何事もなかったかのようにけろりとするアルギス。

 

「私が未来から来た悪魔なら、あなたは過去の亡霊ね」

 

「亡霊で結構、もはやこの世界に存続するに足る価値など見出していませんよ」

 

「そう、なら私がこの世からあなたを消してあげるわ」

 

装甲を突破するためにより力を込めた紫色の魔力をクレプスは繰り出す。

 

対するアルギスは蛇型の魔力を放って迎撃した。アンドロマリウスという元七十二柱の血を引く上級悪魔の魔力が一悪魔の魔力に負けるはずもなく、ごくりとクレプスの魔力を丸呑みするとシャアと吼え、今度はクレプスへと俊敏に爬行する。

 

「…おやおや、イレギュラーだと警戒していましたがこれがあなたの限界ですか。それならついでに天王寺大和の身柄も回収させてもらいましょうか」

 

アルギスの余裕に満ちた嘲笑交じりの一言が、意図せず彼女のスイッチを入れた。

 

「誰が本気を出したと言ったかしら」

 

低く、凍えるような声とともに、クレプスのオーラが弾ける。オーラが彼女の手元に収束すると血のように赤黒い細身の剣が顕現し、手にするや否や迫る蛇型の魔力を一閃、破壊した。

 

「…ほう、これは神器ですか。驚きましたよ」

 

その剣の放つ力の毛色からすぐに正体を察し、興味深そうにアルギスは声を上げた。神器だと見抜けはしたが、神器に詳しいわけでもないので正確な能力や名称まではわからないが神器であることだけは確かだ。

 

凛然と剣を携える彼女は魔力を断ち切った剣の刀身を艶やかに撫で、切っ先を真っすぐにアルギスへ向ける。

 

「悪いけど、ここで成果を上げておかないといけないの。つまらない上司の機嫌取りも大変なのよ」

 

「尽くしたいと思えない上司を持つとは不幸ですねぇ、なら不幸のまま死んでもらいましょうか!」

 

その身は裏で暗躍する悪魔なれど、互いに譲れぬものを抱える者たちの戦いが幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいおい、なんかすんげえとこに来ちまったな」

 

次元の狭間を航行する母艦『NOAH』。その一部に派手な穴を開けて入ってきた一団がいる。

 

白龍皇ヴァーリ・ルシファーをリーダーとする通称ヴァーリ・チーム。彼らは定期的に次元の狭間へと出て、そこに住まうグレートレッドやゴグマゴグの調査を行っていたのだが再び彼らは遭遇してしまった。

 

グレートレッド以上のサイズを持つ、3つの巨大なリングをくぐるような独特な形状をした鋼鉄の船を。

 

以前にも遭遇したが、その直後にシャルバによって次元の狭間に飛ばされてしまったアーシア・アルジェントを拾い何か異常を察知した彼らは調査を中断し、それ以上船を調べることはできなかった。

 

だが今回、偶然にも再び出会うことができた。この機を逃すまいとヴァーリたちは手荒な手段で船の装甲を破壊して侵入を果たしたところだった。

 

「グレートレッドの調査のつもりがとんでもないものを発見してしまいましたね」

 

「ああ、一体これは何者が作り、何のために稼働しているのだろうな」

 

「なんというか、SF作品に出てきそうな感じですね…」

 

ヴァーリたちはきょろきょろと興味深い目で侵入した廊下を見渡す。全て無機質な鋼鉄でできた壁や床は機械文明の発展、というワードを想起させた。

 

「最初に感知した生命エネルギーが3つ。うち一つはいきなり消えて今は2つだ。もしかすると気づかれたかもしれねえ」

 

「いやこんなダイナミックな侵入した時点でバレてるでしょ」

 

こんなところでも、猿と猫の軽薄なやり取りは繰り広げられる。この船の存在を感知できたのは美猴と黒歌の仙術によるところが大きい。そうでなければ彼らは船に気付くことすらなかった。

 

「…行くか」

 

ヴァーリたちは慎重に行動を開始し鋼鉄の廊下を歩き始める。かつかつと乾いた靴音がどこに続いているかもわからない廊下に響き渡る。

 

しばらく歩く中でいくつかの部屋に入ったりした。しかしほぼすべてが何もない空き部屋で、厳重にロックがかけられた『高重力室』という部屋だけは入ることはかなわなかった。

 

「なーんかここまで来て何もねえのはつまんねえな」

 

「お宝とかないのかしらね、ていうか私たちが来たのに歓迎の挨拶もないなんてここの住人は冷たすぎにゃい?」

 

「そうでもないみたいだぞ」

 

ふとヴァーリ一行は歩みを止める。行く先に人の気配を感じたからだ。

 

『君たちは人の家に玄関からではなく窓を割って入る強盗か何かかね』

 

突き当りの角からおもむろに現れたのは、歯車のような装甲を各部に身に着けたパワードスーツの戦士。彼らはそれを知っている。

 

「お前はポラリス…!」

 

「ここはあなたの船だったのですか」

 

予期せぬ再会に彼らは驚く。ロキの事件で交わした言葉は片手で数えるほどしかなかったが、使う武器や技術、魔法などが彼らにとって未知のものであったため内心大きな興味を抱いたものだった。

 

『ああ、だがまだここを知られるのはまずいのでね。来て早々、生憎だがここに関する記憶は入場料代わりに削除させてもらう』

 

彼女の発する戦意により、場が凍てつく。戦意はヴァーリたちを圧倒し、間違いなくこの場の支配権を彼女は得た。

 

「なるほど、だが俺たちが「はいそうですか」と大人しく引き下がるタマだと思っているのか?」

 

しかしヴァーリたちは不敵な笑みを浮かべた。そう、強さを求めるヴァーリたちは脅しに屈するような輩ではない。むしろ戦いとは彼らが望むものだ。そして支配とは自由の簒奪。そんなものを彼らが認めようはずもない。

 

「ロキ戦で派手に暴れていたな。ちょうどいい機会だ、この場で手合わせ願おうか!」

 

リーダーたるヴァーリも戦意を昂らせたことで、アーサーたちもそれに追随して剣を抜き放ち、オーラを高める。

 

『…ハァ。だろうと思った』

 

「6対1だ、俺ら全員を一度に相手にするのは骨が折れると思うぜ」

 

「泣いて誤れば許してやってもいいにゃん」

 

自分たちの優位を確信し、それをポラリスに示すようにいつでも攻撃を仕掛けられるよう構える黒歌たちは不敵に笑む。

 

ヴァーリ、美猴、黒歌、アーサー、ルフェイ、そしてフェンリル。世界に喧嘩を売る禍の団の中でもトップクラスの戦力である彼らを一人で相手取ろうなど常人には無謀も甚だしい行為だ。

 

『流す涙ならもう枯れた。お前たちに屈するつもりは毛頭ない。それに…』

 

だがポラリスが彼らに屈することはなかった。それどころか冷静を崩さず、むしろそちらも戦闘の構えを

取りいつでも戦える様子を見せていた。

 

『いつからお前たちの相手をするのが妾だけだと錯覚していた?』

 

瞬間、ヴァーリたちの背後から荒々しくも赤い閃光が駆け抜ける。

 

「ッ!?」

 

咄嗟に振り向いた時にはすでに通り抜け、オーラの波動がヴァーリたちを軽く吹き飛ばす。

 

「きゃっ!?」

 

「くっ…なんだ!?」

 

閃光はヘルブロスの隣に並び立つと、迸るオーラと炎のような光が赫赫とした渦を巻く。その身に覚えのあるオーラに、ヴァーリたちは驚愕した。

 

「ヴァーリ、この力は…!」

 

「嘘でしょ…!?」

 

「まじかよ!?」

 

「馬鹿な…」

 

ヴァーリチームの誰もが驚きを隠せずにいた。

 

そんなことがあるはずがない。あれはこの世に二つとない唯一無二の存在のはず。なのになぜと驚愕と疑問の念が激しく胸中で叫びを上げる。

 

「なぜお前がその力を持っている!?」

 

ヴァーリが半ば叫ぶように問う。同時に赤い渦がはじけ、その発生源の姿が露わになる。

 

赤いラインが入った白と灰色の装甲を各部に装着した、パワードスーツの男。腰には悠河のゴーストドライバーのように歯車のようなデバイスのついたベルトが巻かれていて、そのシルエットはヴァーリや彼のライバルである兵藤一誠の禁手の鎧をよりスタイリッシュにしたものだ。

 

ベルトを中心に胴や四肢に赤いラインが伸び、背部からは絶えず赤いキラキラした粒子を放出している。

 

体格からして男だと認識はできるがその顔は龍をイメージさせるようなアンテナのついたフルフェイス型のマスクで覆われているためその正体を見破ることはかなわなかった。

 

目の前の戦士が纏う赤いオーラはまさしく、彼のライバル。

 

赤龍帝の持つそれと同じものだったからだ。

 

 




一応言っておきますが、最後のはライダーではないです。

次回、「ELTANIN」


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第125話 「ELTANIN」

今年最後の更新です。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
1.ムサシ
2.エジソン
3.ロビンフッド
4.ニュートン
7.ベンケイ
9. リョウマ
10.ヒミコ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
13.フーディーニ



「なぜ…お前が赤龍帝の力を持っている?」

 

驚愕の余韻冷めぬままのヴァーリが、絞り出すように疑問の言葉を投げかける。未だに目の前で、確かに兵藤一誠以外に赤龍帝の力を持っている存在を信じられずにいた。

 

『どうせ消す記憶だが…せっかくなら疑問に答えようか』

 

ヘルブロスはヴァーリたちの反応に苦笑すると、傍らに静かに立つパワードスーツの戦士に目をやる。

 

『あのロキとの戦いで、二天龍のお前たちは直接フェンリルやロキと戦ったな。その時に破壊された兵藤一誠の鎧の破片と宝玉をこっそり頂いた』

 

「…そういうことか。だがここまであのドラゴンのオーラを再現するとは…」

 

あのオーラは本物の赤龍帝を宿す兵藤一誠と比較すれば若干異なる毛色を持っているが、間違いなくその強度も、質も彼よりも上であるとヴァーリたちは察知できていた。

 

ようやく状況を飲み込め、驚愕から冷めてきた彼らを前に一歩踏み出すヘルブロス。

 

『…さて、ドレイク。初陣は白龍皇だ、お前はヴァーリを。妾は残りをやる』

 

『了解』

 

「!」

 

〈BGM:Gothic Adventure〉

 

赤い閃光が衝撃と共にヴァーリの眼前に突き抜ける。気づいた時にはドレイクの拳がヴァーリの腹部にめり込み、豪快に殴り飛ばした。

 

「ぐぅっ…!」

 

大きく廊下の奥へ飛ばされたヴァーリは仲間と分断される。ドレイクが追い打ちをかけるように黒歌たちを突破して追撃をかけようと、背部のブースターから赤い粒子を噴出して迫ってくる。

 

完全に先手を打たれてしまった。だがそこで狼狽えるヴァーリではない。手を突き出し、開いた距離を利用して得意の魔力攻撃を仕掛ける。打ち出された白い光弾がひゅんひゅんとドレイク目掛けて殺到した。その一発一発が上級悪魔に手傷を負わせるには十分すぎるほどの威力を秘めている。

 

『……』

 

ドレイクはそれを見て突撃をやめる。すると、ドレイクの手元に装甲と同じく白い銃身に赤のラインが入ったアサルトライフルをウェポンクラウドからマテリアルズし、瞬時に狙いをつけて引き金を引いて赤いビームが銃口からひた走るとそのすべてを正確に撃ち落としてしまった。

 

「にゃ…」

 

「く…」

 

爆発によって生じたぼうっと熱い爆風が煙と共に廊下を駆け抜け、黒歌たちの髪を揺らした。

 

「それがお前の武器か」

 

『…』

 

返事はない。代わりにドレイクは背部から赤い粒子を吐き出して猛進する。ぼうっと突撃によって生じた風がヴァーリに吹き付けるが無論、同じことを繰り返すヴァーリではない。

 

真っすぐに突き出されたドレイクの拳打を身をよじって躱し、返しに強烈な掌底を打ち据えんと突き出す。しかし一撃がドレイクに触れる寸前、煌めく粒子をわずかに残して消える。

 

「!」

 

その姿ごと消えた敵意を再び感じたのはすぐの出来事だった。反射的に横合いから繰り出されたドレイクの蹴りを右腕を突き出してガードする。

 

「く」

 

予想に反して重い一撃に顔を歪めるも、すぐにカウンターで魔法を打ち出して見事にドレイクにヒットさせた。爆発が起き、もくもくとした煙が巻き起こった。

 

『…君は、僕に触れることすらできない』

 

「何…!?」

 

〔Boost〕

 

煙の奥からヴァーリの耳に機械じみた音声が飛び込む。瞬間、ドレイクのオーラが増大し煙を突き抜けて拳がヴァーリの頬を打ち抜いた。

 

「ぐぁっ…!?」

 

兜をあっけなく砕かれ、衝撃でぐらりとよろめくヴァーリ。そしてさらに追い打ちをかけるようにアサルトライフルで殴りつけられる。銃で撃つのではなく、殴るという戦法はヴァーリの虚を突いた。

 

「うっ……倍加もできるのか!」

 

側頭部から温かいものが流れ出るのを感じつつも、オーラを手のひらに蓄えて地面に叩きつける。爆発に巻き込まれまいとドレイクは咄嗟に飛び退り、その間ヴァーリは気合でふらつきから立ち直る。魔法の直撃で起きた煙が晴れると、そこには無傷のドレイクの姿があった。

 

(こいつの動き…俺の半減を使わせないためか)

 

ここまでの戦いぶりを見てヴァーリはそれを悟った。自分の神器の能力、『半減』は理論上はいかなる敵の力も半分にして自分の力に変える。つまり、どれほど敵と自分に力量の差があろうとも倒せるということだ。

 

しかしその発動条件として対象に直接触れなければならない。それを相手が知り、かつ避けるような動きを取るということは半減が通じるということに他ならない。

 

「なら!」

 

〔Half dimension!〕

 

神器の音声と共に半減の力が発動。ドレイクの周囲の空間がぐっと手で押し固められるかのように縮んでいく。何も半減の力は相手を弱体化させるだけではない。物理的な攻撃にも転用することができるのだ。

 

〔Boost!Boost!Boost!Boost!Boost!Explosion!〕

 

攻撃を受けるドレイクは慌てるまでもなく、ドライバーに嵌められた歯車型デバイス『プロトステラ・ギア』…それに秘められた赤龍帝の力を発動させる。身にまとうオーラが音声が鳴るたびにどんどん膨れ上がり、ついには風船が弾けるようにオーラが一気に解放されると、圧縮されようとした周囲の空間はオーラにあてられ元の様相を取り戻した。

 

「ハーフ・ディメンションを力づくで破るだと…!」

 

これには流石のヴァーリも口をあんぐりとするしかなかった。得意技を意図もあっさりと破られることほど敵にショックを与えるに適した手段はない。

 

『君の力は全て解析済みだ』

 

スキエンティアが導き出したハーフディメンションの原理、それは半減の力を利用してヴァーリのオーラで対象を周囲の空間ごと押しつぶすというものだ。それを対処するには、より強いオーラで彼のオーラを吹き飛ばしてしまえばいい。

 

〔ELTANIN〕

 

ドレイクがドライバーのステラギアを捻ると、必殺待機状態に移行し一気にドライバーのシステム稼働率が高まる。全身のラインが赤く発光し、光が右足に集中していく。

 

そして運動能力も高まった右足で地面を蹴り一気に駆け出すと、ヴァーリの反応を超えた速度で赤い光を纏ったハイキックを叩きこんだ。

 

「がはっ…!?」

 

血を吐き出す。理解が追い付かない。駆けるドレイクの姿の一秒後にヴァーリが認知したのは、自分の胸部に打ち込まれたキックだった。

 

〔IGNITION DRIVE!〕

 

増大したオーラを同時に叩きこむ一撃により純白の鎧が粉々に砕け、その威力で大きくヴァーリは吹きとんだ。

 

「ぐぁぁぁっ!」

 

血をまき散らしながら後方に大きく飛んだヴァーリは、そのまま冷たい床に倒れ伏すのだった。

 

〈BGM終了〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈BGM:Covert Coverup〉

 

『さあ、お前たちは妾がもてなそう』

 

ドレイクとヴァーリが戦う一方で、残るヴァーリチームのメンバーたちの前にヘルブロスが立ちはだかる。悠然とした態度で右手にスチームブレードを、左手の人差し指にネビュラスチームガンを引っさげる。

 

「それじゃあ楽しませてもらうにゃん!」

 

「お前は楽しむ間もないだろうけどな!」

 

交戦的な笑みを浮かべて意気揚々と先陣を切るのは美猴と黒歌だ。

 

美猴は如意棒をぶんぶんと振り回し、黒歌は両手に仙術と魔力を混ぜ合わせた光を蓄え、果敢に突撃する。

 

対するヘルブロスは銃を持ちながら牽制の銃撃すらせず余裕を見せ、そのまま二人の接近を許す。そして始まる二人の猛攻が始まる。

 

魔力の光が軌跡を描き、次々に彼女のパンチ、掌底打ちを織り交ぜたラッシュが繰り出される。軽くしなやかな体と魔力が生み出すのは相手に動きに追随する柔軟な動きとその軽さに反した重い一撃。

 

それと同時に来るのは美猴の如意棒による突き。黒歌のラッシュにできるわずかな隙をカバーするように強烈な突きが放たれ、二人のコンビネーションがヘルブロスを襲う。

 

しかしヘルブロスはよせ来る攻撃の数々をしかと見切り、的確に避けては受け流す。その動作に見え隠れする彼女の卓越した技量に二人は驚嘆した。

 

だがそれでも彼らが己の負けを許す道理はない。むしろ敵の強大さが彼らの闘志により火をつけ、攻撃を苛烈にしていった。対するヘルブロスも彼らの加速に難なく追随する。

 

そして黒歌の拳を叩き落とすように弾き、カウンターのブレードで切り返すも美猴がきっちり如意棒で受け止め、逆に棒で頭部を殴り返した。

 

ぐらつくヘルブロスへ、この機を逃すまいと黒歌が仙術魔力ミックスの掌底突きをヘルブロスの腹へ叩きこんだ。魔力も仕込んでいるためヒットの瞬間に爆発が起きヘルブロスを吹き飛ばし、硬い鉄の地べたを転がした。

 

『くっ…』

 

「仙術、しっかり入ったわね」

 

「もうてめえは動けねえぜ」

 

黒歌は確かな手ごたえを感じていた。この仙術攻撃を真正面から受けた相手は体のオーラに関する器官を損傷し、オーラのコントロールができなくなり、大きくパワーダウンする。

 

もはやこれ以上は戦えまい。あれだけ大口をたたいておいてこのざまかと黒歌は内心倒れているヘルブロスを嘲笑した。

 

『…はぁ』

 

そのヘルブロスがゆっくりと起き上がる。そしてぱんぱんと攻撃を受けた腹部を汚れを落とすかのように払う動作をした。

 

『それはどうかな?』

 

奴の口から飛び出した余裕に満ちた言葉で二人は仮面の裏の顔が笑っていることをすぐに理解した。もうヘルブロスは戦えないはずだった。

 

『このスーツが仙術を通すわけがなかろう』

 

スチームブレードを逆手に持ち腰を低く落とすと、惚れ惚れとするような剣閃を煌めかせ、一瞬で二人とすれ違う。

 

ガキン!ぶしゃっ!

 

硬い金属音と、生々しい水音が響く。

 

美猴は如意棒でどうにか防いだ様子だったが、得物を持たぬ黒歌はその艶衣装ごと剣戟を浴び、しゃっと赤い血を噴出してその場に崩れ落ちた。

 

「がっ…」

 

「黒歌!」

 

叫ぶ美猴、しかしヘルブロスは仲間の負傷を気に掛ける間も与えずを回し蹴った。

 

「ぐっ!」

 

『修羅なる下天の暴雷よ、千々の槍もて降り荒べ』

 

転がる美猴へ追い打ちをかけるべく魔法を発動するポラリスは、無数の雷条を見舞う。雷が美猴の体を食い尽くさんと殺到するが、横合いから更なる魔法が飛び出し雷のすべて相殺し次々に爆発を起こした。

 

「させません」

 

毅然とした眼でヘルブロスを見据え、魔法を放ったのはルフェイ。さらに魔法がぶつかって発生した煙を突破してポラリスへ迫る男が一人。

 

「私が行きましょう」

 

黒スーツを着こなし、優美さとその手に携える聖王剣のような鋭利なものを兼ね備えたアーサーがコールブランドの剣戟を繰り出す。

 

鮮烈な剣光と流麗な剣閃が交差する。両者、ブレードとコールブランドで絶え間なく激しく切り結ぶ。壮絶な打ち合い、外野が介入する隙も無い苛烈な様相に美猴はただ固唾を呑んで見守る。

 

それは剣に関して美猴がアーサーを認め、信頼を置いているからだ。剣で彼が負けるはずがないと。そして彼がアーサーに抱き、アーサー自身も抱く自信は現実のものになりつつあった。

 

『アーサー・ペンドラゴン。認めよう、おぬしは剣の腕なら妾に勝るわい』

 

「ならば、そのまま戦の負けも認めてくれると助かるのですが!」

 

アーサーの激しい剣技に押されヘルブロスは防戦に回る一方で反撃に出られずにいた。アーサーの剣士としての腕は相当なものだ。無論これまでに剣の鍛錬も行ってきたが正直なところ、剣はイレブンの専売特許だと感じていたポラリスは自然と鍛錬を怠るようになってしまった。

 

それが今、彼女の首を絞めていた。こうして今になって真正面からの剣の打ち合いで押されつつある。ポラリスはすぐに悟った。剣の腕はアーサーの方が勝ると。このまま打ち合いを続ければやがて完全に押し負け、聖王剣の一太刀を浴びることになるだろう。

 

『剣の腕だけならのう』

 

だが彼女はそれを許すはずがない。仮面の裏でふと笑う。

 

その瞬間、ヘルブロスの右目に当たる装甲のみがカシャカシャとスライドし、中のポラリスの右目がのぞく。

 

晒された彼女の赤い瞳とアーサーの視線が交錯したその時、アーサーの体がビクンと震えた。

 

「ッ!?」

 

微細な痙攣を始め、剣を握ったまま完全に動きを止めてしまった。固まったままの目もどこか心ここにあらずと言った様子だった。

 

『剣だけなら妾の負けじゃ。だが戦いは剣だけではない』

 

元々詰められていた距離から、ヘルブロスが瞬時にブレードでアーサーに斬りつける。十字に刻まれた傷から血が噴き出し、そのまま力なくアーサーはどさりと突っ伏してしまった。

 

「お兄様!」

 

倒れ行く兄の姿に、ルフェイは悲鳴じみた叫びを上げる。

 

『そう急くな』

 

無造作に引き金を引き、ルフェイの腹に銃弾を撃ち込んだ。

 

「うっ!!」

 

人間、そして魔法使いという打たれ弱さの極みとも呼べるルフェイはそのまま腹を抑え、痛みにうずくまってしまう。

 

〈BGM終了〉

 

「ルフェイ!くっそ…残ったのは俺とフェンリルかよ」

 

残された美猴は如意棒を強く握りしめ、歯噛みする。そこそこの実力者だとは思っていたが、まさか自分たち相手に単騎でここまで追いつめてくるレベルの相手だとは予測できなかった。

 

ちらりと一瞥すると、ヴァーリもどうやらドレイクに押されているようで、息を荒げて両膝をついていた。この様子だと彼の助けは期待できない。

 

「グルルルル…」

 

〈BGM:牙を剥く紋章獣(遊戯王ゼアル)〉

 

美猴の傍らで獰猛な唸りを上げるフェンリルが、唐突にヘルブロスへと突撃する。『支配の聖剣』によって今は力を抑えられたとはいえ、神喰らいの魔獣の脅威は決して侮っていいものではない。

 

ぶしゃっ。

 

一瞬のうちに裂かれたのはヘルブロスの胴のスーツだった。刻まれた爪痕が内部まで裂かれたことを示すが如く血で赤く染まる。

 

『くっ!』

 

驚きながらも即座にヘルブロスは反撃に移る。これ以上フェンリルに接近を許すのは危険だと全身から青いオーラを発して、食いつかんとするフェンリルを吹き飛ばして距離を作った。

 

『この状態でもスーツに傷つけるか…』

 

ヘルブロスは腹の傷を撫で、手に付いた血を見て眉を顰める。そして同時にここまで順調に戦いが進んだことで生じた気のゆるみを自覚した。

 

力を封じられているとはいえあのフェンリルだ。やはり油断は決してできない。ここが正念場だと気を引き締める。

 

『囚われよ、不朽の雀羅に囚われよ』

 

フェンリルの周囲に複数の魔方陣が出現し、そこから神狼を絡めとるように光の糸が伸びる。しかし寸前でフェンリルの姿が掻き消え、魔方陣の範囲から逃れるとヘルブロス目掛けてひた走る。

 

『やはり速いな』

 

〔ニンジャ!エレキスチーム!〕

 

迫るフェンリルへ牽制の銃撃を放ちながらフルボトルを装填し、バルブを捻る。銃撃を容易く躱して超え、ついにフェンリルがヘルブロスへ飛び掛かり喉元に食らいついた。神をも殺す牙がヘルブロスに突き立てられ致命傷を与える。

 

「待てフェンリル!そいつは…!」

 

そうなるはずだった。美猴が声を上げると噛みつかれたヘルブロスの体がばちっと弾け、強烈な電撃と化した。

 

密着した状態からフェンリルは電撃を浴び、けたたましい悲鳴を上げた。

 

『残念。それは妾ではない』

 

ぼふんと煙を上げてフェンリルのすぐとなりにヘルブロスが現れた。

 

スチームライフルに白とターコイズブルーの歯車がついたボトルを差し込み、電撃を浴びて動けないフェンリルに光を蓄える銃口をかちゃりと向けた。

 

〔デュアルギア!ファンキーバースト!〕

 

トリガーを引くと同時に収束されたエネルギーが唸りを上げて発射され、フェンリルへ直撃する。ゼロ距離からの強力な一撃に吹っ飛ばされて何度もバウンドしたのち、フェンリルは黒焦げた身で倒れ伏した。

 

『さて、残るはおぬしのみか』

 

ヘルブロスの視線がじろりと美猴に移る。とうとう一人になってしまった美猴は自分たちを全滅に追い込もうとしているヘルブロスに、無意識に一歩、じりと後ずさってしまった。

 

「くっそ…お前、あの時は協力してくれたじゃねえかよ!」

 

『ああ、そうじゃな。じゃが今の状況は例えるなら…女子の着替えやおめかしの様子を見られたようなものでのう。着替えの真っ最中であられもない姿を見られた女子が怒るのはおぬしもわかっておるじゃろ?女子なら外に出るときはメイクやおしゃれはしっかり決めておきたいものじゃよ』

 

「はぁ!?」

 

『それに…戦いを望んだのはおぬしらじゃ。今更待ったは聞かぬぞ』

 

低い声色がひやりとした感覚となって、美猴の背筋を舐め上げる。彼女の言う通り、戦いを欲したのは自分たちだ、ピンチになったらすぐに降参だというのはなんとみっともなく、筋も通らないことだろうか。

 

正論を指摘されてぐうの音も出ず、くっと強く歯をかみしめる美猴は再び猛進する。戦いを求める自分たちには戦いを止めることはできない。

 

なら、最後まで強敵に食らいついていこうじゃないか。半ばやけくそじみた覚悟で美猴はヘルブロスに立ち向かった。

 

「うぉぉぉらぁぁ!!」

 

裂ぱくの気合と共に渾身の一撃を叩きこむ。しかし無情にもヘルブロスは攻撃をかいくぐると如意棒をはじき、肘打ちを腹部に入れた。

 

「ふぐっ!」

 

『踏み込みが浅い。その程度で世界に喧嘩を売ろうなど片腹痛いわ』

 

そして真っすぐな拳打を繰り出し、美猴を豪快に殴り飛ばす。飛んだ美猴の体は廊下の壁に打ち付けられ苦悶の声を上げる。衝撃の瞬間、あばらが折れる音を美猴は聞いた気がした。

 

「く…初代のジジイみてえなこと言いやがって…!」

 

かつかつと足音を立て、壁に背を預ける美猴へヘルブロスがゆっくり迫る。そしてブレードの切っ先を、彼の眉間に向けた。

 

『いい表情じゃ、悔しさは向上心に繋がる。その記憶を消さねばならないのは残念じゃよ』

 

「…まだだ」

 

〈BGM終了〉

 

戦いを終わらせようとブレードを振り上げるヘルブロスの動きを止めたのは、ぼそりと静かながらも力強く震える声だった。

 

ドレイクの攻撃を受けて突っ伏したままだったヴァーリがゆっくり、よろよろと起き上がる。乱れた銀髪から覗く彼の瞳はまだ戦意にぎらぎらと燃えていた。

 

「ヴァーリ、お前まだやれるのか!?」

 

「ああ…俺はまだ終わっていない」

 

ぷっと口内の血を吐き捨てるヴァーリ。乱れた前髪をかき上げると、きっとヘルブロスたちを睨んだ。

 

「白龍皇を…侮るなよ…!!」

 

その瞬間、ヴァーリの戦意が強いオーラとなり、激しい光と衝撃を起こす。

 

「我、目覚めるは覇の理にすべてを奪われし二天龍なり…」

 

『覇龍を使う気か…!』

 

増大するヴァーリのオーラと詠唱に危険を察知したヘルブロスとドレイクが彼のもとへ走ろうとするが、突然発生した濃密な煙が二人の視界を覆う。

 

視界を塞ぐだけでなく、心なしか動きを封じるような重みを感じるような煙だ。ただの煙でないことはすぐにわかった。

 

『美猴の仙術か…!』

 

「へっ、黒歌の見様見真似だが…時間稼ぎにはぴったりだな!いけ、ヴァーリ!」

 

美猴の頼もしいアシストにヴァーリは言葉でなく笑みで感謝を示した。

 

「無限を妬み、夢幻を想う――我、白き龍の覇道を極め――」

 

詠唱が進むにつれ、オーラはさらに増大する。大気が震え、ヴァーリの体はまばゆく発光し光度を強めていく。

 

煙の中でドレイクが右手で手刀の形を作り、魔力で光の刃を生み出し斬撃を飛ばす。斬閃は煙を超え、その先にいるヴァーリへと向かうが。

 

「ごはっ!」

 

身を挺して美猴がかばい、斬り刻まれる。倒れ行く仲間の姿に一瞬驚くも、ここまで仲間を倒された湧き上がる怒りがヴァーリのオーラをさらに激しくした。

 

「汝を無垢の極限へ誘おう――ッ!!」

 

〔Juggeranaut Drive!!〕

 

そして激情を込めた最後の一説を唱え終えると、鎧の宝玉がかつてない輝きを放って白光が空間いっぱいに爆ぜる。

 

「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」

 

光の中で鎧がより生物的なフォルムに変化し、その図体も大きくなる。光が晴れてヴァーリが変化したのは猛々しい白いドラゴン。覇龍形態の絶対的なオ―ラとプレッシャーを受け、ドレイクとポラリスは表情を硬くする。

 

『これが白龍皇の覇龍…すさまじいオーラじゃな』

 

術者が倒されたことで煙が晴れ、視界が開けたヘルブロスたちが次に見たのは覇龍を発動させたヴァーリの姿だった。怒りに震えながらもその目には理性の光があった。情報通り、膨大な魔力を消費することで暴走せずに覇龍を使うことができるのかとヘルブロスは目を細める。

 

『…これをどうにかできるのか?暴れられたら船が吹き飛ぶと思うが』

 

『ああ、このまま暴れさせるわけにはいかぬ。下がれドレイク、ここからは妾がやろう』

 

敢然と一歩前へ踏み出すヘルブロス。奥の手を発動し、力の化身となった白龍皇ヴァーリへ彼女は立ち向かう。

 

『久方ぶりにあれを使う』

 




次のことを言うと大変申し訳ない、尺と展開の都合で覇龍VSポラリスはカットなんだ…。ポラリスの隠し玉のお披露目はまだ先です。

というわけで今年最後の更新でした。来年の今頃はどこまで進んでいるだろうか…。
それはさておき、今年も読んでくださった方々、今年から読んでくださった方々。本当にありがとうございました。よいお年を!


次回、「仮面の行方」


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第126話 「仮面の行方」

明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします!

今年の12月までには13巻に入るつもりで頑張ります。

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『ふっ』

 

烈風、斬閃、回避、そして剣光。絶え間なく瞬間移動じみた速度でガンマイザーたちをかく乱し、イレブンはその視覚に回り込んで斬りつける。ガンマイザーが反応した瞬間にはすでに剣が振り切られ、その身を斬られている。

 

あまりにも速すぎる。いつ、どこから来るかわからない攻撃にガンマイザーたちは対処のしようがなく一方的に攻撃されるばかりで動けずにいた。

 

さっきまで優勢だったのは間違いなくガンマイザーたちであった。その強力な能力と連携で彼女と渡り合い、追いつめようとしていたがしかし今は状況は一転し、たった一人のイレブンに手も足も出ずにいる。

 

イレブンは最初から本気を出してなどいない。開戦はデータ収集もかねての様子見、ある程度収集できて対抗策を編み出すや否やもう用済みだと言わんばかりの苛烈な攻撃で攻め立てる。

 

そんな中、追いつめられたクライメットが全身から真っ白な冷気を放出し、全方向から凍える風を放つ。その冷気のすさまじさたるや風に舐められた地面は凍り、木々は氷柱と化す。仲間のことなどお構いなしにと、周囲にいた2体のガンマイザーも巻き添えにし、凍り付かせた。もとより心などない彼らが仲間のことを配慮する由はない。

 

イレブンは咄嗟に飛び退り、冷気から逃れる。これでは近づいた瞬間に凍てつき動きを封じられてしまう。そう思ったイレブンだがこうも思った。

 

ならば、近づかずに攻撃すればいい。

 

『刻め雷陣、果てどなく』

 

素早く詠唱すると光をともした魔方陣から次々に雷の鎖が伸び、うねりながら冷気の中に飛び込んでいく。雷が凍るはずもなく悠々と白の中を抜けてその中心にいるクライメットに続々と突き刺さり、爆ぜるようなスパークを起こした。

 

たまらず悶え、両膝をついた。冷気の放出は収まり、あとはとどめだけ。

 

ブレードの柄頭でレイドライザーの赤いスイッチを叩く。

 

〔エキサイティング・ボライド!〕

 

音声が鳴るとエネルギー出力が急上昇して唸りを上げ、フュリアスブレードと雷の剣、二振りの刃がオレンジ色の光を帯びる。そして繰り出すのは必殺の一撃だ。

 

ふっと姿が消え、クライメットの背後に現れる。その時にはすべてが終わっていた。

 

『私と戦うには遅すぎる』

 

ズバン。

 

ガンマイザー三体の上半身と下半身が別れ、爆散したのはほぼ同時だった。命のないただの戦闘用の人形として生まれた彼らは自らの滅びを知覚することなく、この世から失せた。

 

強敵を討伐した余韻にに浸ることなく、一気に三体ものガンマイザーを屠ったイレブンは勢いのままアルギスたちのもとへひた走った。

 

「っ、ガンマイザー3体を片付けようとは…!」

 

気配に気づいたアルギスはイレブンの実力に舌を巻いた。かつて冥界のパーティーでグレモリー、シトリー眷属にぶつけたときよりも大きくパワーアップしているガンマイザーを三体同時に相手して単騎で倒してしまうその力は紛れもない脅威だと。

 

クレプスの剣を弾き、ガンガンセイバーをガンモードにして銃撃を放つ。だがイレブンには銃弾すら取るに足らぬ遅さだ。易々と銃撃を潜り抜けて跳躍、クレプスの背後に着地する。

 

「っ!」

 

危険を察知したクレプス。振り向きざまに剣を振るうが、軽い動作でイレブンは剣を弾いて回し蹴りをくびれた腹に叩きこむ。

 

「うぐっ」

 

蹴り飛ばされ、横転するクレプスは持っていた嫉妬の仮面を思わず手放してしまう。手を離れた仮面が宙に舞った。

 

「!」

 

『ふっ』

 

それを見逃す二人ではない。絶好の機会を逃すまいと、反応した二人が跳躍したのは同時だった。

 

アルギスは手を伸ばし、足りぬ距離を補いいち早く仮面を確保せんと魔力の縄を放つ。にゅっと伸びた光の縄が仮面に触れ、絡めとろうと動いた瞬間粉微塵になって消失した。

 

「何だと!」

 

『自らの手で掴もうとする意志、それがあれば掴めたでしょうね』

 

驚くアルギスを超え、イレブンが宙へ進み出る。イレブンが魔力の縄を瞬時に切り刻んだのだ。そしてすぐに仮面をその手に掴み、イレブンは華麗に着地を決めることに成功する。

 

『任務完了、これより退却する』

 

「っ!待て!」

 

目の前で仮面を奪われたアルギスは叫ぶも時すでに遅し、イレブンは神速であっという間に姿を消してしまった。もはやどこにもその気配を感じることはできない。

 

「ここが引き時ね…」

 

その隙に大和を抱えたクレプスも、夜の闇に紛れて消える。仮面を奪われこの場から逃げられてしまった以上、このままアルギスとやりあっても無益と判断したからだ。

 

「…ハァ」

 

こうして一人、取り残されてしまったアルギスは大きくため息をついた。彼の周囲にはガンマイザーの攻撃やイレブンの魔法でできた傷跡ばかりが残されていた。

 

「ここまで来て戦後の後処理とは、損な役ですよ」

 

アンドロマリウスの亡霊は、憂鬱気味に月夜に向けて愚痴を吐くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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「がはっ……」

 

『…ハァ…ハァ』

 

壁や天井から、むき出しになり千切れたコードがバチバチと火花を吐き散らす。どこもかしこも穴だらけで真っ黒に焦げ付き、周囲の空間は破壊し尽くされていた。最初に戦っていた廊下の原型などどこにもなく、数倍もの面積の破壊の跡の中にぽつりと、二人がいた。

 

ヴァーリ・ルシファーとヘルブロスことポラリスである。ヴァーリの鎧は完全に覇龍もろとも解除されており、全身血まみれで黒い地面に突っ伏す彼から戦う力など微塵も感じることはできない。

 

一方のヘルブロスはヴァーリほどではないがスーツはボロボロになって装甲は一部が破損し、彼女自身も消耗により息は荒かった。

 

「覇龍でも…勝てない、のか」

 

『違うな、おぬしは戦い方を間違えた。真正面から力をぶつけるのではなく粘る戦い方をしていれば弱った妾に勝てた…かもしれぬよ』

 

悔しそうに顔を歪めるヴァーリを、その周辺の装甲を破損して直に外界を覗くようになったポラリスの赤い右目が見下ろす。その目から涙のように血が流れていた。

 

二人の戦いは熾烈を極めた。本来なら被害を最小限に抑えたいポラリスも覇龍を相手にそうは言ってられず、これまで使用を控えてきた能力を使い彼と渡り合った。もとより覇龍は使用者に相当な負担を強いる力だ。それ故、戦いの決着の時はすぐに訪れた。

 

「…なんなんだ、その…力は」

 

『妾が最初に訪れた異界で手に入れた力…あまりにも強大すぎる故、長時間の使用は大きく肉体的な負担がかかり、制御を誤れば自我すら飛びかねぬ』

 

「…異界…」

 

ごはっとヴァーリが吐血する。戦闘だけでなく、覇龍を使った影響もあって身体的負担は非常に激しかった。意識が失せるまでにそう時間はないと彼は悟る。残る力を振り絞り、彼は問いを口にする。

 

「お前たちは……何者…なんだ」

 

知りたかった。全力の自分たちを打ち破った相手の正体が。

 

『知る必要はない。そして知ったところで失せる記憶に意味はない。それにこれ以上喋るな。治療する前に死んでもらっては困るのじゃからな』

 

「なぜ…癒す」

 

『おぬしに死んでもらっては困る。喧嘩を吹っかけてきたのはおぬしらじゃが、喧嘩で命を奪いやせんよ。我々の計画に、おぬしは必要不可欠なのじゃからの』

 

「……」

 

視界のぼやつきが激しくなってきた。見上げるヘルブロスの輪郭が明確になってはあいまいになる。

 

『何はともあれ、勝ったのは妾じゃ。予定通り記憶は消させてもらう』

 

「くっ…」

 

『案ずるな。仲間ともども傷を癒して元の世界に返す。安心して妾の処置を受けるがいい』

 

「次は…勝つ」

 

『二度目はない。次に会う時は、共に肩を並べて戦う時であることを願っておるよ』

 

「ぐっ…!」

 

最後まで敗北を悔しがりながら、ヴァーリはついに意識を闇の中に沈めた。

 

『ごふ』

 

その数秒後、吐血しながらがくりと片膝をついてポラリスは変身を解除する。両目から垂れ流す血と吐いた血が黒焦げた床に赤い血だまりを作った。

 

「やはり自力での制御は難しいな…早く完成形のドライバーと一緒に外部補助装置を完成させねば」

 

痛む目を抑えながら、思案にふけり始めた彼女の耳に信頼する部下の声が飛び込んできた。

 

「ポラリス様、私が留守の間に何が?」

 

颯爽と現れたイレブンが、派手に壊れた船内を見渡して言う。彼女の帰還に安心を覚え、苦痛にゆがむ彼女の表情が少しばかり和らいだ。

 

「イレブンか…なに、ネズミ退治をしていただけじゃよ」

 

「その消耗具合…まさか、アレを使ったのですか!?」

 

「うむ、そうでもしなければ今の妾ではヴァーリの覇龍に勝てなかった」

 

と、倒れ伏すヴァーリを二人は一瞥する。意識を失った彼はぐったりと横たわったままで動く気配は全くない。

 

「ヴァーリ・ルシファー…ポラリス様をそこまで追いつめるとは。ルシファーの末裔、二天龍の力は侮れませんね」

 

『だが逆に言えば、シナリオ通りに彼が味方になればディンギルたちとの戦いで頼もしい戦力になる』

 

と、割り込む男の声。龍のような機械の翼を展開するドレイクが現れた。

 

「そうじゃ…むしろアレを使わせるまで追いつめてくれて嬉しいまであるわい。現時点でここまでの力があるのじゃからな。今後の成長が楽しみじゃのう…それに、いい戦利品も得られた」

 

そう意味深な笑みを浮かべるポラリスが視線をやったのはヴァーリの周囲に散らばる白い破片と青い宝玉。どれも戦いの中で破損したヴァーリの鎧の一部だ。

 

「イレブン、例の物は?」

 

「ここに」

 

そっとポラリスに見せたのは形容しがたい禍々しさを放つ仮面。それを視界に入れた瞬間、無事にイレブンが任務を達成してくれたという喜びに勝って沸き立つ不快感にポラリスは眉をひそめた。

 

「これが神祖の仮面…ウリエルから聞いていた通り不吉なオーラを放っておるな」

 

『……』

 

その仮面を、ドレイクは言葉を発することなく見つめていた。それに気付いたポラリスはふと笑う。

 

「欲しいのか?」

 

『いや、今の僕には無用の長物だ』

 

「じゃろうな、おぬしもよくやってくれた。戦闘データも集まったし、なにより試作品の段階であのパワーじゃ。完成品を使う時が楽しみでならんよ」

 

ドレイクが使ったドライバーはまだ試作型でしかない。これから試作型の戦闘データをフィードバック、スキエンティアのデータでさらにブラッシュアップをかけて完成形を目指していく。

 

「妾達の旅の集大成、妾達の世界にあったパワードスーツ『バトルドレス』をベースにスキエンティアに蓄積させた異界の技術やデータを使って完成させた究極のバトルドレスシステム…『ゼクスドライバー』。そして使用者に応じた特性をバトルドレスに付与するための『ステラ・ギア』。実戦投入は初めてじゃが、うまく成功したのう」

 

ポラリスはドレイクが腰につけているドライバーに満足げな笑みを見せた。真っ白なボディの中央に青い円形のクリアパーツが輝き、両サイドには歯車型のデバイス、ステラ・ギアをはめ込むためのスロットが備えられている。

 

このドライバーの完成は彼女の描くシナリオにおいて大きな意味を持つ。いずれは自分たちも使うベルトだ、完成までに一切の妥協を許すつもりはない。

 

「仮面の解析、戦闘データのフィードバック、やりたいことは山々じゃが…」

 

言葉を止め、天を仰ぐ。ヴァーリと自分の攻撃の余波で数フロアは貫通する勢いで大きな穴が開いてしまった。

 

「まずはこれをどうにかせねばな」

 

伏すヴァーリ、そして被害を被った船内。辺りの惨状を見ると、やれやれというため息しかつけなかった。

 




次回、「見出し、誤解、やばし」


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第127話 「見出し、誤解、やばし」

大変長らくお待たせいたしました。ひと段落ついたのでちょこちょこ更新を再開しようと思います。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
1.ムサシ
2.エジソン
3.ロビンフッド
4.ニュートン
7.ベンケイ
9. リョウマ
10.ヒミコ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
13.フーディーニ



翌朝、朝日が昇り照らす団地の中を登校中の俺とゼノヴィアは歩く。話題は当然、昨日の記者会見のことだった。

 

「昨日はお疲れだったな」

 

「ああ、私もこういう経験は初めてだからね。最初はどうすればいいかわからなくなってしまったよ」

 

会見が終わって彼女が帰って来たのは深夜も深夜、俺が寝た後だった。朝になり疲れ切った彼女がぎりぎりの時間に起きれば今度は朝食、学校の準備とドタバタし、登校時間にようやく昨日のことをゆっくり話せるようになったのだ。

 

「でも、受け答えはいつも通りの感じでよかったぞ」

 

「ありがとう。でも、私はいいが問題は…」

 

話している間に兵藤の家の前を通りかかると、ちょうど兵藤が慌てて家から出てきたところだった。こちらが声をかけるよりも早く、兵藤の方が気づいてこちらに駆け寄って来た。

 

「よっ、深海。昨日のテレビは見たか?」

 

「ぶちゅう」

 

「いや違うんだよ!部長って言おうとしたら向こうが勝手に!!」

 

その一言で兵藤は慌てふためく。ことの発端は記者の質問だった。おっぱいドラゴンとして知られる兵藤に記者の一人が、「今回もリアス姫の胸をつつくのか」という質問をぶつけたのだ。

 

会見に慣れない兵藤は緊張と、普段からリアス姫を部長と呼んでいることもあり部長と発言しようとしたところなんと、記者に「ぶちゅう」という言葉に聞き違えられてしまったのだ。なんともおかしな聞き間違いだが、そもそも兵藤が彼女のことを部長呼びしていることまで知っている記者はいなかっただろう。

 

それはつつくのではなく胸を吸うのか、吸ったら何が起こるのかとたちまちに部長さんはもちろんサイラオーグすら巻き込む記者たちの興奮と質問の嵐が巻き起こり、画面の前の俺と紫藤さんもこれにはたまらず笑うしかなかった。

 

「へぇ…」

 

「まじだかんな!!」

 

「わかったわかった、昨日は紫藤さんと一緒に見たよ。普段とは違う緊張をした皆が見れて面白かったぞ」

 

グレモリーはもちろん、サイラオーグの眷属メンバーも一名を除いて勢揃いし、試合に向けたそれぞれの意気込みを集まった大勢の記者たちの前で語った。兵藤はもちろんアーシアさんなどこういった場が初めてのメンバーも多いので、さぞみんな緊張したことだろう。

 

俺は本当に行かなくてよかったと思う。緊張のあまり変なことを言ってしまうかもしれないから。

 

「はぁ…これがでかでかと新聞の見出しに載るんだしよ…」

 

と、兵藤はげんなりと息をつく。おっぱいドラゴンなんて名前つけられて今更だと思うのは俺だけか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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放課後、部室に集まったオカ研メンバーはその人が来るのを待つ。

 

「よっし、お待たせ。そろそろミーティングすっぞ」

 

がちゃりと扉を開けて入って来たアザゼル先生が手を叩いてみんなの注目を集める。

 

そう、俺たちが集まったのは学祭の準備もだが、同時に迫っているバアル戦に備えてのミーティングもあるからだ。学祭の準備とバアル戦に向けてのトレーニング、この二つのイベントを前に俺たちは大忙しの大忙しだ。

 

先生は奥の部長卓にずかずかと腰を掛けると、両手を組んだ。ドアを開け放った時の軽口をたたいた飄々とした表情が一転して神妙なものに変わる。

 

「ゲームのミーティング前に、お前らに英雄派の動向について色々話しておかなければならないことがある」

 

「英雄派だと?」

 

「曹操の奴らか…」

 

と、表情を険しくするゼノヴィアと兵藤。特に俺たち二年組にとっては楽しい修学旅行に面倒ごとを持ち込んできた嫌な相手だ。

 

「今度は何を企んでんだ?」

 

京都の戦いからそう日は経っていない。またあれだけの事件を起こすほどの力は戻っていないと思いたいが、懲りずにまだ悪だくみをしているというのか。

 

先生は面倒極まりないという感情をはっきり表に出しながら、開口一番に意外な言葉を口にする。

 

「どうやら最近、一般人の神器所有者や転生悪魔の神器所有者を探し出してはそいつらに禁手に至る方法を教え始めているそうだ」

 

「禁手に至る方法!?」

 

「どうしてそんな…」

 

俺はもちろんのこと、アーシアさんたち神器所有者組は特に驚きと困惑の入り混じった表情を見せた。

 

禁手に至る方法なんてあいつらからすれば苦難の末にようやく見つけ出した研究成果だろうに、どうしてそれを易々と流布するような真似をするのだろうか。

 

「一般人が禁手と言う強大な力を手に入れたら何が起こるか…知っての通り、神器所有者は往々にして迫害を受けたりする負のパターンが多い。神器を保持した転生悪魔は道具のように取引され、人間を見下す上級悪魔に不当な扱いを受ける。誰もかれもがリアスのように情のある悪魔じゃねえ、イッセー、アーシア、木場、ギャスパー。お前らは本当にラッキーなんだよ」

 

「すべての悪魔が良心的ではないもの。本来、悪魔は合理的な思考をする生き物よ。人間界の文化を取り入れ始めたと言っても、まだ精神的な面では依然変わらない悪魔は多い。当然、眷属に理不尽な待遇を強いる者もね」

 

部長さんの言う通り、文化が変化しつつあるとはいえ特に上級悪魔に深く根付いた精神の変化は浅い。魔力や長寿と言った優れた能力を持っているがゆえに能力的に劣る人間という種族を見下し、蔑む悪魔はたくさんいる。

 

それが如実に表れているのが眷属悪魔の待遇だ。過度な労働、パワハラ、強化のための人体実験、人身売買じみた眷属のトレード。そういった思想を持つ上層部や貴族が圧力をかけているのか公に取りざたされることは少ないが、転生悪魔のはぐれ悪魔の中にかつて逃げ出した主からの仕打ちを訴える者は数多いのだ。

 

悪魔の駒という画期的なシステムが生んだ光がレーティングゲームなら、これらの問題は闇と言えよう。

 

「理不尽な目にあわされてきた所有者が、禁手という大きな力を手にしたらどうなるか…わかるか?」

 

「抑圧してきた者たちへの復讐ですか」

 

真っ先に答えたのは木場だった。彼もまた、神器ではないにせよ特別な力のための実験で辛い目に遭い、復讐に走った過去がある。一番に理解できたのは必然とも言えた。

 

「そうだ、既に何件か起こったみたいだ。悪魔なら主への反逆、人間なら迫害してきた者への復讐にな」

 

「…つまり、神器使いたちの心の闇を利用した嫌がらせというわけね」

 

「まったく、してやられたってわけだ。サーゼクスたちは今頃頭を抱えているだろう。こんな方法で俺たちに嫌がらせしてくるたぁな…人間の恐ろしさってやつを改めて思い知ったよ」

 

先生は事態の深刻さを表すように深くため息をついた。

 

この問題に対処するのは正直、俺たちでは不可能だ。一件一件鎮圧したとしても、神器使いの迫害の問題が解決しない限りは必ず後に続き暴走する者が現れてしまう。よくもまあ、曹操はとんでもない作戦を思いついたものだ。

 

だがこれは逆に利用できるはずだ。

 

「先生、逆にその方法でこちらの陣営の神器所有者を強化できないでしょうか?」

 

「!」

 

「そうか!アーシアとギャスパーも禁手が使えるようになればもっと心強くなるな!」

 

「私もイッセーさんと同じバランスブレイカーに…?」

 

「ぼ、僕も大活躍できるんですか!?」

 

俺は早速我ながら妙案だと思いながらも提案する。時間停止ができるギャスパー君と、強力な回復能力を持つアーシアさん。今後激化するであろう戦いにおいて前線に立つ俺たちだけでなくサポート側の二人のパワーアップは必須ともいえる。

 

だが先生は渋い顔をして首を横に振った。

 

「だめだ。俺も同じことを考えたさ。だが奴らが神器のセンシティブな部分に踏み込んで編み出した方法なんて危険すぎる」

 

「ですよね…」

 

盛り上がりかけた雰囲気が一気に静まる。

 

先生の言うことはもっともだ。神器に一番詳しい先生に言われたら反論のしようもない。ひょっとすると、と思ったのだがやはり地道に強くなるしかないみたいだ。

 

「それともう一つ、どうにもあいつらは世界各地で偉人にちなんだ品々を収集しているらしい」

 

「はぁ?」

 

「どういうこと?」

 

思いもよらない奴らの動向に皆の頭に一斉にクエスチョンマークが浮かび上がる。テロに精を出す傍らでコレクター活動も始めたのだろうか。

 

「奴ら、英雄じゃなくて泥棒を目指すのか?」

 

「さあな、これについては俺もどういう目的があっての行動か皆目見当もつかん。ただ、入手経路は盗みだけじゃなく正式に金銭で購入してるものも多いそうだ。まあ宝石を作る神器があるあいつらは金に困ってないだろうからな。そういう動きがあるとだけ伝えておく」

 

「絶対裏があるに違いないですね」

 

「そっちの活動にも目を光らせた方がいいでしょうね」

 

自ら英雄になるだけじゃなく、過去の英雄に関する品々のコレクション…これからは熱狂的な英雄マニア

と呼称すべきか。

 

「…ま、英雄派の話はこれくらいにしてゲームの話に移ろうか」

 

曹操たちの話ですっかり忘れるところだった。もう本番まで数日だ。ここ最近は特に皆がトレーニングにより熱が入っていくのを間近に感じている。

 

「今回、お前らに俺がついているようにバアル眷属のアドバイザーとして王者ベリアルがついている。正式なゲーム参加を目指すお前らにとっちゃ、避けられねえ壁だ」

 

「王者ベリアル…!」

 

その名に兵藤達グレモリー眷属の表情が引き締まる。レーティングゲーム1位の王者。全プレイヤーの頂に立ち、誰もが渇望する輝かしい栄光を手にするもの。

 

そんな男と間接的に戦うことになるのだ。否応にも気は引き締まる。

 

「そんで、お前ら。ちゃんとバアル眷属のリストはしっかり覚えてきただろうな?」

 

「せんせー、リストもなにも全然知らないんですけどー」

 

「右に同じくですー!」

 

びしっと非転生悪魔の俺と紫藤さん二人で挙手する。俺たちは試合には出ないし顔ぶれも昨日の会見で見たけど、どうせ観戦するなら相手選手の情報もしっかり知っておきたい。

 

「イリナと深海はゲームに参加しねえから渡してないが…せっかくなら軽くおさらいでもしとくか」

 

先生はやれやれとぱらりとカバンから資料を取り出すとばっとテーブルの上に置いた。そこには選手の顔写真と経歴、戦闘スタイルなどが事細かに記載されている。

 

「『王』のサイラオーグは十分知ってるだろうから省略して、まずは『女王』のクイーシャ・アバドンだ。番外の悪魔のアバドン家出身の彼女はアバドン特有のあらゆる攻撃を吸収する『穴』を使う」

 

先生が最初にピックアップしたのは金髪ポニーテールの女性悪魔だった。写真の真っ直ぐな目つきから真面目な性格が窺える。

 

「レーティングゲーム三位のビィディゼと同じ家ですか」

 

「そうだ、流石にビィディゼ・アバドンほどではないにせよ強力な魔力の持ち主だ。『穴』の使い方も卓越していてグラシャラボラス戦では数人の眷属を一気に仕留めていたな」

 

そういえばそんな技を使っていた悪魔がいたな。空間に穴を生み出して攻撃をやり過ごしていたやつ。

最後のサイラオーグとゼファードルの一騎打ちがあまりにもサイラオーグのフィジカルが強すぎてワンサイドゲームになっていた印象が強すぎたので他の眷属悪魔のことが頭に残っていなかった。

 

先生はぱらと資料をめくり、解説は次の選手に移る。今度は西洋の甲冑を着た、騎士という言葉を体現したかのような男だ。

 

「そして『騎士』のベルーガ・フールカス。こいつは地獄の最下層に住まう『青ざめた馬《ペイル・ホース》』を駆って戦う槍使いだ。試合を見るに、鍛え上げられた『騎士』の速度はかなりのレベルだった」

 

「木場よりも騎士してるな」

 

「僕も彼を見た時同じことを思ったよ」

 

兵藤の感想に木場がくすりと苦笑いした。多分兵藤だけじゃなくみんな同じことを思っただろう。鎧に槍、そして馬。まさしく騎士を体現するかのような外見だ。

 

続いて、ライトアーマーを着こなす、金色の長髪が美しい青年。女性受けしそうなルックスの中に、勇ましさを秘めた眼差しが輝く。

 

「もう一人の『騎士』、リーバン・クロセルは神器使いだ。『魔眼の生む枷《グラビティ・ジェイル》』はギャスパーの目のように、視界に収めた空間に重力場を発生させる。視線を意識した戦い方が必要だ」

 

「木場よりも騎士っぽい奴の次は木場っぽいやつが来たぞ」

 

「魔法で目くらましするのが良さそうね」

 

部長さんはもう対策を思いついたようだ。ギャスパー君という似たタイプの神器使いがいる以上相手がどう対処してくるかを考えるのは当然とも言える。

 

そして次は三メートルはある、体も岩のようにごつごつとしており悪魔よりはゴーレムと呼ぶのが相応しい巨大な男。前腕が兵藤のトリアイナ・ルークのように極太だ。

 

「『戦車』のガンドラ・バラム。巨体と怪力は凄まじいが、『戦車』の特色である防御力も相当なもんだ。生半可な攻撃は通らないな」

 

「見た目だけならサイラオーグよりもパワーが強そうね!」

 

「おっかないこの人とは戦いたくないですぅ…」

 

「ギャー君は度胸がまだ足りないね。ニンニクいってみる?」

 

「ひぃ!?」

 

こらこら、ニンニクはニオイがあるんだからやめてくれ。部屋にニオイがこもる。

 

資料をめくり、次なる眷属悪魔を示す。今度はビジネススーツで身を包むも隠し切れない抜群のスタイルによる色気を放つ金髪の美女と、白いローブをかぶった淡いミント色の髪をした小柄な少女だ。少女の右手には赤紫色の禍々しい印象を与える杖が握られている。

 

「『僧侶』のコリアナ・アンドレアルフスとミスティータ・サブノックは両者ともに駒の特性を生かした魔力、魔法攻撃が得意だ。しかし二人とも、神器使いだという情報はないし、これといって特筆すべき点は今のところは見当たらないな。が、今回の試合で隠してきた神器を使ってくるかもしれないな」

 

「…」

 

ちらりと横を見ると、兵藤の視線がコリアナ・アンドレアルフスの画像一点に向いている。その視線と表情にどこか熱といやらしいものを感じたのか。

 

「イッセーさん、エッチなこと考えていませんか?」

 

「えっ!?そ、そんなことない…よ?」

 

アーシアさんの指摘を受けると図星と言わんばかりに兵藤は狼狽えだした。

 

「イッセー君は年上のお姉さんが好みなのね」

 

「…」

 

嬉しそうにする朱乃さんとは反対に、部長さんの表情は冷えていた。いつもなら喜ぶだろうに、どうしたんだろう?

 

「あの気味の悪い杖が神器だったりしてな」

 

「俺もそうじゃないかと思ったが、一般的な魔法の杖だったよ。あのサイラオーグの眷属だ。そう思ってしまうのも無理はない」

 

いかにもって感じだったけどそうじゃないのか。匙の神器も同じようなベクトルのデザインだったからついそう思った。

 

次に紹介されたのはひょろっとした長身が特徴の中年の男。見た目だけなら一番力なく、弱そうにも見えるが。

 

「そしてもう一人、『戦車』のラードラ・ブネはドラゴンを司るブネ家の末裔だ。ブネ家の悪魔はドラゴンに変化する能力を持っているが、それを使ったというデータはない。隠し玉にしているのか、あるいは使えないのか…。後者なら試合に向けて会得し、今回の試合で披露してくる可能性は大いにある」

 

資料をぱらぱらとめくるロスヴァイセ先生は何かに気付いたように発言する。

 

「アバドン以外の悪魔はみんな元七十二柱の悪魔なんですね」

 

「そうだな。元七十二柱一位の大王バアルらしいといえばそうだが、どいつも鍛錬と血筋が合わさって強者ぞろいだ」

 

元七十二柱の悪魔を率いる大王。そしてそのアドバイザーを務めるのもゲームの王者。そう言ってみると、なんとも強大な相手に感じる。

 

最後の一枚に載っているのは仮面をかぶっている以外は目立つ特徴のない少年悪魔だ。しかしこれまでの悪魔と違い、形式ばった証明写真のような顔写真一枚しかデータがない。

 

「最後の一人は、どの試合にも出ていませんでしたね」

 

「昨日の会見にもいなかったぞ」

 

「記者に質問もされたけど、彼にしては珍しくごくあいまいな答えしか返さなかったね」

 

「そうだ。こいつに至ってはほぼ一切の情報が不明、駒の数は6か7だという噂だ。記録映像もなく、どうやらサイラオーグはこの兵士と外部との接触を避けているらしい。虎の子といったところか。こいつには特段注意が必要だな」

 

「6か7!?」

 

「兵士の駒をそこまで消費する悪魔なんて、きっと何かありますね」

 

駒の数に驚愕する兵藤とロスヴァイセさん。龍王ヴリトラの力を封じた神器を持つ匙ですら駒4つを消費したのだ。それ以上ともなれば…

 

「駒の数が6か7…一体、どれほどの力を持っているのでしょうね」

 

「使った駒の数ならイッセーの勝ちだぞ」

 

「いや、駒の数で勝負なら誰もイッセー君には勝てないよ…」

 

そんなルールならみんな兵士を一人だけにしてしまうだろ。そうなったらいよいよ兵士8人体制のライザーが色物扱いされるぞ。

 

「サイラオーグも含めて、全員悪魔にしては珍しい修行をするタイプの悪魔だ。自分の血統に胡坐をかかず、研鑽を怠らない。お前らのように禍の団の戦いにも参加していて実戦経験もある。グラシャラボラス戦で見せてない能力もあるだろうし、資料に記載されたスペックの数段上は本番で発揮してくると考えておいた方がいい」

 

先生はそう言うが、実際のところ修行しないのではなく、厳密にいえば修行する必要がないのだろう。ライザーやディオドラのように修行せずとも生まれつき強力な魔力があるから自分を磨く必要がない。ディオドラはきっと修行する俺たちに勝ちたいが、かといって泥臭く修行するのをめんどくさがってオーフィスの蛇に手を出したんだろうな。

 

「ちなみにですけど、俺たちが将来的にゲームに正式参戦したとして王者と当たる可能性ってありますか?先生の目測でいいので、聞いてみたいです」

 

と、兵藤は率直な疑問を先生に投げかけた。

 

「十分あると思うぜ。何せサイラオーグも含めて異例尽くしの若手世代だ。参戦前から世界クラスの強敵とやり合ってきて、なおかつ全員生き残って来た。運もあるが、俺は実力が大きいと思っている。お前らならトップテン入りは時間の問題だろうよ」

 

お、身内びいきもあるかもしれないがそこまで兵藤達のことを評価しているとは。というよりは贔屓がなくともこれだけの実戦経験があれば誰でもそう評価するか。

 

「当然だが、その分お前らは注目されている。現トップランカーも今回の試合でいよいよ将来的にお前たちと戦うことを想定して研究し始めるだろう。いい傾向だと思うぜ。あまり変動せず、面子が変わらない上位ランキングが動くかもしれないんだからな。お前らの先生としても、ゲームの一ファンとしても、お前ら若手が上位に食い込む日が来ると思うとワクワクするぜ」

 

対グレモリーの対策を練られるとかなり厳しいのではないだろうか。特にうちはパワーでゴリ押しするタイプが多いから搦め手を使ってくる相手が苦手だと以前先生から評されたこともある。実際、シトリー戦では部長さんの性格を織り込んだ策に嵌り敗北したのだから。

 

ただ、それを込みで考えても上位陣が警戒するだけのパワーを秘めていることには違いない。先生はそこに希望を見出しているのだろう。

 

「お前らなら、レーティングゲームの環境を変えてくれると信じてるよ」

 

先生は一人のファンとして、まだ見ぬ未来への期待と希望に満ちた眼差しを称えながらニヤリとほほ笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ミーティングが終わると、休む間もなく学園祭の催し物の準備が始まる。俺たち男組は今日も力仕事だといつもの空き教室への移動をしようと腰を上げる。

 

ふと、部長さんを見やる。ぱらりとレーティングゲームの資料に目を通している彼女だが、どうにも普段よりも表情が硬い。試合が近いから緊張しているのか、だがそれにしては昨日と今日での変化が大きすぎる気もする。

 

不自然なものを感じてならない。絶対に何かある、普段はいまいちな俺の勘がそう強く告げている。

 

「…なあなあ兵藤」

 

「なんだ?」

 

他の人に聞かれまいとひそひそ声で兵藤に話しかける。同居しているこいつなら何か知っているだろう。

 

「部長さん、今日はご機嫌斜めみたいだが…何か知っているか?」

 

「いや…それが俺にもさっぱりなんだよ。昨日の風呂での出来事からさ」

 

兵藤は眉をひそめて首をかしげる。

 

「風呂?」

 

風呂…関係がこじれる…それはつまり…。

 

「…もしかして、初体験でやらかした?」

 

「ちげぇよ!どことなーくそれっぽい雰囲気だったかもしれないけど!」

 

なんだ、てっきり初体験が上手くいかなくて部長さんに痛い思いさせてしまったのかと思ったが。そうじゃなくてもそれっぽい雰囲気にはなっていたんだな、なるほど。

 

「なんか、よくわかんないことを言ってたんだ」

 

「…それは」

 

いよいよ核心に入ろうかというところに水を差すように、携帯電話の着信音が鳴りだす。リズムに乗れるようなEDM調の着信音はコブラケータイのものだ。

 

「深海くんの携帯の着信音って週一で変わってるよね」

 

「色んな着信音を聴けた方が楽しいからな」

 

実はポラリスさんのスキエンティアから色んなライダーの変身待機音を頂戴してコブラケータイに入れている。今回は仮面ライダーウォズ ギンガファイナリーの変身待機音だ。

 

普段、俺はスマホとコブラケータイと二つの携帯電話を所持し、使い分けている。スマホは学校や日常用、しかし今回コブラケータイの方にかかってきたということは異形関係だ。

 

如何なる用件かと怪訝に思いながら携帯を開いてみれば、通話をかけてきたのはなんとポラリスさんだった。流石にこの場で通話に応じるわけにはいかない。

 

「悪い、ちょっと離れる」

 

「おう」

 

断りを入れ、かつかつと足早に部屋から去る。部屋を出たところで壁に背を預け、通話に出た。

 

「こんなタイミングでどうしたんだよ」

 

『すまぬ、ついさっき色々あってな。ちょいと話しておこうかと思ったのじゃよ』

 

通話に出ると、しばらくぶりにポラリスさんの声が耳に入った。が、最後に聞いた時と比べるとやや疲れ気味の様子だ。

 

「どうした」

 

『つい昨日、ヴァーリチームの襲撃に遭った』

 

「…はぁ!?」

 

思わぬ返答につい声を出してしまう。以前、ディオドラの事件で次元の狭間にNOAHがあることを認知したヴァーリチームだが、一体どういう流れでそうなったのか。興味本位で乗り込んで喧嘩でも吹っ掛けたのだろうか。

 

『どうにか撃退し記憶を消去して送り返したが覇龍を使われてな。おかげで船はボロボロじゃよ。まだ修理に時間がかかりそうじゃ』

 

「…そうか。というか、あんた覇龍をどうにかできるのか」

 

『当然じゃろう、覇龍をどうにかできぬようでは神を討ち滅ぼすなど夢のまた夢じゃよ。しかし、先に取り巻き達をのしたことで彼の怒りに火をつけて派手に暴れられてしまったがの』

 

「それはあんたの戦い方が悪い…って、あいつもそういう面があるんだな」

 

仲間がやられて熱くなるという今まで彼と接した中で見ることのなかった仲間想いな一面にほんのちょっとだけ感心した。それでもあいつはテロリストだからな。認めたわけじゃない。

 

『おぬしの報告を受けた時からこうなることは予想していたが…現時点での奴の力を図るいい機会になったよ。例の兵器も実戦投入できたことだしのう』

 

「例の兵器?」

 

『おっと口が滑ったわい。近々おぬしにも紹介するとしようかの』

 

「…はぁ」

 

前々から話に上がっていたテスター関係のことだろうか。どうして秘密にしたがるのか気になるところだが。

 

『というわけで、しばらくは船の修復に注力せねばならん。当面妾もイレブンも、おぬしらの稽古に構ってやることはできぬ。許せ』

 

「わかった…なあ、最近働きすぎてないか?時々そっちに行っても顔を見れないときもあるし、ちゃんと休んでるか?」

 

『休む間なんてあるわけないじゃろ。薬と魔法で騙し騙しやっておるわい。一秒も惜しいくらいじゃ』

 

思った以上に深刻なレベルに達していた。マジで大丈夫なのこの人。

 

『妾が踏ん張らねば計画の根幹は完成せず、全ての計画は泡沫に帰す。休むわけにはいかんのじゃよ。これは妾にしかできぬことなのじゃ』

 

「…そうか、体は大事にしてくれよ」

 

どんな状況でも休まないと人間ぶっ壊れるからな。適度な休息が作業効率の上昇にも繋がるというもの。

今度会った時には差し入れでも用意しよう。

 

『はぁ…学園生活を楽しめるおぬしらが羨ましいわい。濃密に詰まったスケジュールに目の前に山積の課題。いつになったら妾は楽になれるのじゃろうな』

 

「…」

 

深刻そうなため息をつくポラリスさんに俺はかける言葉もなかった。どうにか彼女の負担を軽減することはできないだろうか。

 

『…ああ、愚痴に付き合わせてすまぬな。これからやることがある、通話を切るぞ』

 

「本当に体を大事にしてくれよ」

 

『お人好しじゃのう、おぬしも』

 

くすりと笑うような声を最後に、通話が終わる。彼女が苦労から解放されることを願うばかりだ。

 

「イッセーの馬鹿ッ!!!」

 

「!!?」

 

それと同時に、なじるような叫び声が聞こえた。何が起こったのかと思うよりも先にばたんと部室のドアが勢いよく開けられ、部長さんが飛び出した。

 

「…!ッ!!」

 

目と目が合い、びっくりしたのも一瞬。そのまま今にも泣きだしそうな表情で廊下の奥へと走り去ってしまった。

 

とりあえず状況を探ろうと恐る恐る、部室を覗く。

 

咎めるような視線、兵藤だけが、俺と同じように状況を理解できずただただ困惑している様子だった。

 

「…何があった?」

 




ゼノヴィア「仮面ライダーデュランダルというのが出たと聞いたんだが…」

悠「青だしお前にぴったりだと思ったら聖剣じゃなくて聖槍使いじゃねえか」

曹操「呼んだかな」

悠&ゼノヴィア「「呼んでない」」

次回、「走る亀裂」


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第128話 「走る亀裂」

お待たせしました、バトルシーンはまだ遠く。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
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12.ノブナガ
13.フーディーニ



「実はごにょごにょ…」

 

静かな部室、兵藤だけに集中したみんなの咎めるような視線。何が起こったかを理解しかねていた俺にそっと近づいたゼノヴィアが耳打ちする。

 

俺が教室を出た後、レイヴェルさんの母から魔方陣を介した挨拶があったらしい。兵藤に娘のレイヴェルさんを変な虫がつかないように守ってほしいと、そしてゆくゆくは上級悪魔になった時には『僧侶』として眷属に加えてやってほしいとも遠回しに伝えてきたのだ。

 

ニュアンスからして”そういう”ことだろう。要するに兵藤なら娘の将来を託せると言っているのだ。

 

しかしその会話が昨日から不安定だった部長さんの繊細な心に触れてしまったらしく、兵藤にとって自分はどういう存在なのかと尋ねたところ、部長だと返してしまいそれが彼女の乙女心を大きく傷つけてしまったという。

 

俺でもわかる。彼女は部長という肩書ではなく、リアスという一人の女の子の名前で呼んでほしかったのだ。そこを兵藤は気づけなかった。

 

「あー…」

 

「今のはまずいよ、イッセー君」

 

「まずいって…なにがだよ?」

 

「…女性陣が苦労するのがよくわかったよ」

 

普段は笑って空気をごまかす木場すらも、今回はどうしようもないと息を吐いた。

 

「イッセーさん、どうしてわかってあげられないんですか…!?」

 

「今までの中で一番最低です」

 

「流石の私でも今のはどうかと思うぞ」

 

「イッセー君、それはリアスさんが可哀そうよ」

 

普段は仲のいい皆が口々に兵藤を非難する。

 

オカ研に6月から入部して以来、こんな光景は今まで見たことがない。あの天使のように優しく温厚なアーシアさんや紫藤さんですら、兵藤を責めているというだけで今回がどれほど深刻な事態かが理解できた。

 

「深海は…」

 

救いを求めるように兵藤が俺に目を向けた。その視線に同情の念を感じるも、今回ははっきり俺の意見を告げなければならない。

 

「いや…それはさすがに擁護…しかねる」

 

「お、お前もかよ!」

 

今までトラブルを起こしてきた彼だが、今回は流石にどうあがいても擁護できない。もちろん覗きは言語道断だが、今回の発言はこれまでの彼女との深い付き合いを裏切るもの。

 

「…あの、俺、今から謝りに」

 

「今行ってもまた彼女を傷つけるだけですわ。お止めなさい」

 

「そんな…」

 

部屋から駆け出そうとする兵藤を朱乃さんが鋭い一言で止めた。ただただ、この場に静かながらもものすごく居心地の悪いものが流れていく。

 

「ギャスパー、俺ってそんなにだめか…?」

 

「えーっと…はい、とても…だめだと思います…」

 

険悪な雰囲気におどおどしながらもギャスパー君は己の意見を明示した。あの兵藤を尊敬するギャスパー君ですら、彼の言動を是とすることはできなかった。

 

「あ、あの…私と、お母さまのせいですよね…?すみません…」

 

「気にしなくていいのよ、今まで彼女の思いに気付かなかった…いえ、向き合ってこなかったイッセー君が悪いのよ」

 

試合と学園祭を前に、オカ研は最大の困難に直面してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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喧嘩があったとはいえ、日に日に近づく学園祭を前に一日でも準備をさぼることはできない。その後、とりあえず準備作業だけはしようということで今日も作業が始まった。

 

兵藤を除く俺と木場、ギャスパー君は百均の店から飾りつけに必要な品々を補充しに買い出しに向かった。今回の出し物は旧校舎をフルに使うので当然かなりの量が必要になる。それ故に買いだす量は多いと判断され、数人がかりで向かったわけだ。

 

「よし、買い忘れはないな」

 

「入念にチェックしたからね」

 

メモ用紙と袋の中身を照らし合わせ、万が一にも買い忘れがないようにとチェックする。二度買い出しに行くのも手間だし、大工作業もまだ終わったわけじゃない。今頃、兵藤が一人で励んでいるはずだ。

 

「じゃ、さっさと戻るぞ」

 

こうしている間にも女性陣が飾りつけの制作に奮闘している…のだろうか。部長さんや兵藤のケア然り、まだあの出来事が尾を引いて作業に入れていない可能性もある。

 

二人の様子が気になるから、早く戻りたいところだ。

 

「…まったく、あいつにも困ったもんだ」

 

夕陽が暮れ始め、夜の薄暗い青色が混じり始める空に俺はため息をついた。

 

「先輩は女の子の体が好きなのにこういったところは鈍いです」

 

「女性のおっぱいを原動力にするおっぱいドラゴンともあろうものが、女の子一人救えないとはなぁ」

 

こんなことが冥界に知れ渡ったら、おっぱいドラゴンのイメージダウン間違いなしだ。「おっぱいドラゴン、リアス姫を泣かす」ってな。友人がそんな風にメディアに取り上げられるのは嫌だな。

 

「うーん」

 

隣で片手に買い物袋を引っさげながら考え込むように唸る木場。

 

「どうした?」

 

「なんでイッセー君が部長の気持ちに気付けなかったのか考えてたんだ。同居してるんだからそれなりに気持ちの変化にも気づけたはずなのに」

 

「確かにそうですね…」

 

木場の言う通りだ。長く同居して気が知れているのなら彼女の勝手や表情などの些細な変化を気づくことができるはず。兵藤の話を聞く限り、積極的かつやや過激なアプローチもしているようだから、それこそ彼女の好意に気付かないはずがない。そもそも部長さんはなんとも思ってない相手におっぱいを触らせたりするような人間じゃないのにな。

 

それなのに、あいつは今回の事態を招いてしまった。

 

「考えられる理由としては、単に鈍すぎるだけなのかそれとも…」

 

天王寺というまさしくそれだと言うべき身近な例がいる上に普段の振る舞いから、俺にはそうとしか考えられないが。

 

「女性関係で過去に何かしらの問題を抱えていた…とかかな」

 

そう思っていた俺にとって、考えもしなかった可能性を木場は推測した。

 

「…どういうことですか?」

 

「昔、イッセー君が女性関係でトラブルがあってまた繰り返さないためにあえてそういう関係になるのを避けてるんじゃないかなって」

 

「女性関係なら覗きで頻繁にトラブルを起こしてるぞ」

 

「いや、恋愛でだよ。まあ、僕の考えすぎかもしれないけどね」

 

可能性としては考えられないこともないが、あいつに限ってそんなことがあるだろうか。

 

「先輩が女性のトラブルですか…」

 

「んー…」

 

「ギャスパー君は何か思いついたかい?」

 

「すみません…僕にはわからないです」

 

「俺も同じくだ。鈍すぎるという線が一番だと思うが…」

 

俺とギャスパー君二人そろって、かぶりを振る。

 

元々覗きなんてしょうもないことをやらかして女子からの反感を買うような奴だったし、あいつに限って元カノとかいるはずが…。

 

そう考えながら空を仰ぐと、視界の隅に濡れ羽色のカラスがかあかあと泣きながら空へ羽ばたいていくのが見えた。薄暗くなりつつある夕暮れ空に飛ぶカラス。特になんともない、夕暮れ時では見慣れた光景だ。

 

…カラス?

 

普段は見ても何も思うことはない日常に溶け込みきったその姿が、俺にある出来事を思い出させた。

 

「あ、そういえばあいつ、元カノがいたな」

 

「えぇっ!?先輩に元カノが!?」

 

ギャスパー君は信じられないと言わんばかりに目を見開いて驚いた。普段のあいつを知っているからこそそんな過去があったとは思わないだろう。

 

「レイナーレっていう堕天使なんだけど、あいつの神器を危険視した堕天使上層部が兵藤を殺すように命じられて近づいてきたんだよ」

 

「久しぶりにその名前を聞いたよ、そんなこともあったね」

 

懐かしさを感じたように木場がふっと笑った。

 

「レイナーレって、アーシア先輩の話を聞いた時に出てきた堕天使ですよね。でも上層部って…もしかしてアザゼル先生ですか!?」

 

「まあ、そうなるかな」

 

「それじゃ、アザゼル先生はイッセー先輩を殺そうとしてたんですか…?」

 

慕っている先生がまさかそんなことをするはずがない、信じられないという目で尋ねてくるギャスパー君。

 

今でこそ仲がいいものの、昔は悪魔と堕天使で敵対していたのだ。それでも今の二人の関係しか知らない者にとってはかつてそうであったという事実はにわかには信じがたいだろう。

 

「あの時のイッセー君はただの人間だったから神滅具の力を制御できなくて暴走する可能性があったんだよ。だから、災いの芽を摘むためにそうしたんだろうね」

 

「そうだったんですか…先輩も、僕と同じように暴走を危険視されてたんですね」

 

ギャスパー君もかつては制御できない神器の力に悩み、恐れていた。もしかすると上層部から同じように抹殺の指令が下る可能性もあったかもしれない。

 

「その任務の過程で、レイナーレは兵藤に近づき彼女になった。あの時のあいつは初めて彼女ができたってすごく喜んでたな。デートプランとか恋愛経験のない俺にどうしたらいいか電話かけてきたこともあったぞ」

 

「へぇ…!」

 

「ふふっ、なんというかイッセー君らしいね」

 

木場やギャスパー君もそこまでは知らなかったらしく面白そうに笑った。あいつの喜びようは今でも覚えている。あの時はなんで恋愛経験のない俺にかけてくるんだ、嫌味かと思っていたがまさかあんな悲劇が起こるとは考えもしなかった。

 

「で、初めてのデートの終盤で舞い上がってる所をブスリとやられたわけだ」

 

「…驚いたと同時に悲しかっただろうね、イッセー君」

 

噴水のある公園で血を流して倒れる兵藤とそれを見下ろすレイナーレ。あの光景はまだこの世界に来て間もない俺の脳裏に深く焼き付いている。あいつは当時、数少ないこの世界での友人の一人だったから、それがいともあっけなく殺されてしまったという事実は非常にショックで、容易に受け入れがたかった。

 

「で、その後俺はレイナーレへの復讐に燃えて異形の世界に足を突っ込みだしたってわけだ」

 

「そんなことがあったんですね」

 

「知らないのも仕方ないよ、ギャスパー君がまだ引きこもっているときの出来事だったからね」

 

言われてみればあの時はまだギャスパー君は自室に封印をかけられて閉じ込められていた…というよりは引きこもっていたな。あの時ギャスパー君がいたら何か変わった…りはしないか。

 

「…もしかして」

 

数か月前の出来事を振り返り、懐かしさを感じ始めたころに木場がふと声を上げる。

 

「どうした木場?」

 

「…あの時は深いことは考えなかったけど、今、この状況で振り返って思ったことがあるんだ」

 

「?」

 

「イッセー君は、レイナーレのことを引きずっているんじゃないかって」

 

「…そういうことか!」

 

木場の推測とレイナーレの件が繋がり、ようやく合点が行った。今まで俺にとってあの出来事は初めて友を殺された怒りと復讐心に燃えたという出来事でしかなかった。

 

が、それを今回の喧嘩を機に兵藤の視点から振り返り、考えたことで今になって気づいた。あいつにとって、あの事件がどういうものだったかということに。あの事件はあいつにとって、ただアーシアさんや部長さんたちとの出会いというだけのものではなかった。

 

「どういうことですか?」

 

「イッセー君はレイナーレに、初めての彼女に裏切られて殺された。それがきっかけで、イッセー君はまたそうなるんじゃないかって怖がってるんじゃないかな」

 

いまいちピンと来ていないギャスパー君に木場が説明する。

 

そう、今回あの事件を振り返ったうえで大事なのは、あいつがグレモリー眷属の悪魔に転生したことではなく、元カノに殺されたということだ。

 

心を許した相手に裏切られたのはさぞ堪えたことだろう。その傷跡は俺たち、あるいは本人ですら気づかない所でまだ癒えずに残っていたのだ。

 

「…そういえば、レイナーレの奴。奴のデートが退屈でつまらなかっただの酷評していたな。心の底から任務とは言えデートした兵藤のことを馬鹿にしていたよ」

 

「うん、イッセー君のことだから、初めての彼女ができて本当に嬉しかったんだと思う。絶対に大事にしようって思ったんだろうね。…でも、そんなイッセー君の思いは砕かれてしまった。精一杯頑張って考えたデートプランもつまらないと一蹴されて…殺されたことに意識が行っていたけど内心ではすごく傷ついたに違いないよ」

 

木場の言う通りあいつは馬鹿だから本当に、ただ純粋に喜んだだろう。そしてこんな自分を好いてくれる相手を一途に思い、大事にしたいと心の底から願ったはずだ。

 

「だから、部長やアーシアさんたちもあの時と同じように裏切られて馬鹿にされるんじゃないかって思ってるんだと思う」

 

それをあいつは明確な悪意を持って踏みにじった。兵藤を殺害するという任務を達成するだけならここまで回りくどいことをする必要はなかったはず。なのに、あいつはわざわざ初めての彼女として近づいて、あいつに希望を与えて、そしてそれを無残に、惨たらしくぐちゃぐちゃにした。

 

レイナーレの本心は奴の言葉の節々に感情と共に表れていた。デートの最中だってずっと隣で笑っている兵藤の隣で内心ではクソガキだの、人間風情だのとコケにしていただろう。なんとも悪辣極まりないやり方だ。

 

「でも、アーシア先輩たちに限って絶対にそんなことは…!」

 

「そうだ、でもトラウマってのはそう簡単に乗り越えられるものじゃない。1%でも可能性があるって考えるだけで震えて何もできなくなるんだ。ギャスパー君だって、制御できない神器で人が停止させられるのが怖かっただろう?それをすぐに克服できなかったのと同じだ」

 

前世では電車の脱線事故が死因だったため、一時期の俺は列車がトラウマになっていて初めて冥界に行くために列車に乗った時、動悸が激しくなったりと体調を悪くした。正直今でも完全に克服できたわけではない。もしかしたらそうなるかもしれない、そう思うと嫌な汗が噴き出すのだ。

 

トラウマとは人の記憶と心に残り、長きにわたって強く締め付ける鍵のない足枷のようなものだ。

 

「…本人の口から聞かない限りは推測の域を出ないけど、一番有力な説だな。よし、帰ったら直接聞いてみるか」

 

「そうだね、早く戻ろう」

 

俺たちは兵藤から聞かなければならない。本当にレイナーレが与えた傷が残っているのかを。もしそうなら、木場の推測通りなら、一刻も早く朱乃さんたちに伝えなければならない。あいつだって悪意を持って部長さんの思いを踏みにじったわけではないのだと。

 

その思いが、帰路を歩く俺たちを足早にさせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「帰って来たのか」

 

帰ってきた俺たちを出迎えてくれたのはゼノヴィアだった。その表情は未だ晴れやかではない。

 

「ゼノヴィア」

 

「その後、部長とイッセー君の様子はどうだい?」

 

「部長はまだ部屋に閉じこもったままだ。一応朱乃副部長がケアしたおかげでどうにか落ち着いてはいるみたいだが…」

 

「そうか…」

 

やはりあの傷はそう簡単に癒えないか。時間が必要だな。それと、また兵藤と向き合うことが必要のようだ。

 

「イッセー先輩は?」

 

「…ついてきてくれ」

 

ゼノヴィアは答えを返す代わりに、旧校舎の多く存在する空き部屋の一室の前へ俺たちを連れてきた。その部屋は俺たちが買い出しに出る前、兵藤が作業するためにと移動した部屋だった。ここで兵藤は出し物の一つであるお祓いのために畳を敷くなどの模様替えをしていたはず。

 

僅かながら開いたドアの隙間から、その様子が少し窺えた。

 

「…おっと」

 

「なんだってみんな半裸でおしくらまんじゅうしてるんだ…?」

 

「見てはいけない物が見えてしまいます…」

 

朱乃さん、アーシアさん、塔城さん、紫藤さんの四人が服をはだけさせて兵藤に優しく抱き着いている。アーシアさんは神器の力を、塔城さんは仙術を使っているようで中心の兵藤がほのかな緑と白い光に包まれていた。

 

胸の先端にあるピンク色の突起が見えそうで見えない絶妙なポジションに男子組の俺たちは、若干唾をのんだ。

 

そして朱乃さんたちに抱擁される兵藤は、涙を流していた。まるで怖い目に遭った後、恐怖におびえ泣きじゃくる子供のように。

 

「あの後みんなで話し合って、私たちはイッセーのあるトラウマに気付いた。そこでイッセーを癒そうということでこうしているわけだ」

 

「トラウマってまさか…」

 

「ついさっき、イッセーから話してくれた。イッセーはレイナーレという堕天使の件で、女性との恋愛にトラウマができてしまったみたいなんだ」

 

「やっぱりそうだったんだね」

 

「木場先輩の思った通りでしたね」

 

俺たちの推測は完全に当たっていたみたいだ。木場の奴、試合を前に頭と勘が冴えているな。

 

「またレイナーレみたいに裏切られるんじゃないかと、彼は部長やアーシアたちを怖がって先の関係に進めないでいる。…鈍いのは私だな。イッセーのトラウマに気付けず、内心おびえる彼を責めてしまった」

 

「あの時いなかったお前はまだ仕方ないところもある。でも俺や木場、あの事件にかかわった俺たちはすぐに気づくべきだったんだ」

 

ゼノヴィアは一瞬、部屋の中の兵藤に目をやるとばつの悪そうに目を伏せた。

 

悪魔への転生、レイナーレ達堕天使との戦いの中で誰にも顧みられず、忘れ去られていたあいつの心の傷。この出来事は、兵藤の見えない傷をないがしろにしていた俺たちへの罰だ。

 

「最近加入したばかりなので、イッセー君にそんな過去があったこととは思いませんでした」

 

「ロスヴァイセ先生」

 

ミーティングの後、教師の仕事が残っているからとアザゼル先生と一緒に出ていったが戻っていたのか。

 

「…恋愛経験のない私では彼の支えになることはできません。教師として生徒の悩みに気付けず、何もしてやれないことがこんなに悔しいだなんて」

 

まだ教師になってから日の浅いロスヴァイセ先生が、その表情いっぱいに悔しさと悲しみをにじませながら顔を俯かせた。そう思うことができるロスヴァイセ先生なら、きっといい先生になれるよ。

 

「うぅ…みんな、ありがとう。皆がそう言うなら本当だよな。…約束しよう、一万年たったって俺たちみんな、ずっと一緒にいよう。アーシア、朱乃さん、小猫ちゃん、イリナ、みんな大好きだ」

 

「はい、ずっと一緒です!私もイッセーさんが大好きです!」

 

「そう言ってもらえるなんて、私は幸せ者ですわ」

 

「私もずっと、先輩とお付き合いします」

 

「そ、そう?面と向かって言われると、照れるわね…!」

 

扉の向こうでこれまでの苦しみを打ち明けた兵藤はずっと引っかかっていたつっかえが取れたような晴れやかな表情をしていた。もう兵藤は心配なさそうだ。

 

あとはこれから、部長さんとどう向き合っていくのか。これからの試合、そして学園祭は間違いなく二人にとってターニングポイントになるのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

 

 

 

 

そこは旧魔王派のアジトの一室。昨日の神祖の仮面回収任務の報告に訪れたクレプスは目下、リーダーたるクルゼレイ・アスモデウスの怒りに触れていた。

 

「神祖の仮面を奪われただと!!?」

 

「はい、突如乱入してきたアンドロマリウスともう一人の戦士に奪われました」

 

「貴様、我々がどれほど調査に手間をかけてきたと思っている!!それでこのざま…ッ!!ふざけるのも大概にしろ!!」

 

淡々と報告するクレプスの姿が癇に障り、状況を理解していないのかとクルゼレイは卓を叩きあげて怒鳴り上げる。色欲を司るアスモデウスの悪魔が、これでは憤怒を司る凶魔王サタンのようだと内心クレプスはせせら笑った。

 

「その件に関して、こちらに責任があることは重々承知しております」

 

「だったら…」

 

「しかし、他の仮面の手掛かりを得ることはできました」

 

「何?」

 

いよいよ拳を振り上げようとしたその時に舞い込んだクレプスの報告が、クルゼレイの振り上げた腕をぴたと止めた。

 

「人間界の日本の奈良という地域で見つけた旧レヴィアタンの遺跡に、仮面と一緒に他の仮面のありかのヒントがありました。そこに…」

 

「だったら一刻も早く、他の仮面を確保しろ!これ以上下賤な者どもに奪われてなるものかッ!!わかったらさっさと行け、この鈍間が!!」

 

「御意」

 

クレプスは恭しく膝をつき首を垂れると、静かに部屋を後にする。報告の終わりを待たずに話をぶった切り、怒り狂うクルゼレイとは対照に最後まで彼女は表情をピクリとも動かすことなく、ごく冷静な振る舞いで報告を終えた。

 

「くそっ!…カテレアがいれば、彼女こそ仮面に相応しい魔王になれたというのに」

 

部屋を出る寸前、クルゼレイの毒づきが聞こえた。その声に秘められた悲嘆と失われた者への切望を彼女は感じたが、それが彼女の凍てついた心を動かすことはない。

 

「…彼もシャルバも、神祖にふさわしくないわ」

 

彼らに近づいてよくわかった。なぜ旧魔王の血族という大きな影響力を持つ存在が筆頭に立ちながら、今のように何度も現魔王派に大敗を喫し、こそこそとした活動を強いられているのか。

 

もちろん、戦力や実力の差もある。だが彼らは旧魔王という偉大な先祖を持つ彼らは受け継いできた血筋と魔力を過信し、驕り上がっている。血筋が起因するプライドだけはやたら高いばかりに彼らは卑しき身分の者にも自身を超える力を持つ存在が発生しうるということにすら気づけない。

 

そして彼らは悪魔社会を自分たちの家が一番栄華を誇っていた時代に戻そうとしている。大方悪魔の駒を廃止しようとも考えているだろうが、ここまで多大な変化をもたらした以上そんなことができるはずもない。そもそも旧魔王が天界と戦争していた時代とは情勢が違う。冥界と密にかかわる人間界の文明の進歩、そして戦争による疲弊と種の存亡の危機。これまでの旧魔王たちのやり方では限界があった。

 

悪魔社会はそんな時代の流れに応じるべく、変わるべくして変わった。それがサーゼクスたちの出現であり、今の旧魔王の血族の衰退だ。今までとは違う彼らのやり方とアジュカが生み出した悪魔の駒は間違いなく、危機に陥った悪魔という種を救った。それをクルゼレイたちは否定している。

 

ようするに彼らは現実が見えていないのだ。新体制で庶民からの支持を集める魔王サーゼクスたち、そして彼らが見下す元人間の転生悪魔である兵藤一誠の存在をいまだ受け入れられずにいる。敗北を繰り返してなお、彼らは自身の正当性を信じてやまない。血筋と正当性だけで彼らは勝てると思い上がっているのだ。その程度の器では、仮に彼らの血筋に対応する仮面を見つけたところで適合し得ないだろう。

 

変わらない物は存在しない。変わらない物はただ廃れていくのみ。このままでは、彼らは滅びの道を歩むだけだ。それすら、彼らは気づきやしないだろうが。それを理解しているからこそ、あのリリンやベルフェゴール家、マモン家は呼びかけに応じなかったのだろう。

 

「ベルゼブブもアスモデウスもどうだっていい。私はただ、あの人に会えればなんだっていい」

 

つまらぬ俗物のことなど、クレプスは歯牙にもかけない。彼女はただ、二度と戻らぬあの後姿を呼び戻すために動いている。

 

だから彼女は、那由他の鈴を名乗った。失われた那由他を取り戻す呼び鈴として。

 

 




次回、「聖地アグレアス」


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第129話 「聖地アグレアス」

前にも書いたかもしれませんがもう一度書いておきます。

英雄集結編は9巻から12巻の4章に加えて完全オリジナルの一章の5章構成になります。

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13.フーディーニ



いよいよサイラオーグ・バアル率いるバアル眷属との試合を明日に控えた前夜の我が家。その緊張を示すがごとく、俺の部屋のベッドの上、隣で横になっているゼノヴィアはいつにもまして静かな表情で天井を眺めていた。

 

「いよいよ明日か」

 

「そうだね」

 

「やっぱり、緊張するか?」

 

「もちろんだよ。ルールによっては私があのサイラオーグと戦うことになるかもしれないからね」

 

レーティングゲームには様々な種類のルールが存在する。それぞれのルールごとにチームが用いる戦略は大きく変わり、ゲームが始まるまで原則としてそのルールは公開されない。今回大勢の観衆が集まるということでそれに向いたルールになるのではとファンや俺たちの間で予想は立てられている。

 

「お前がサイラオーグと…戦って勝つ自信は?」

 

「戦う前から負けることなんて考えない。当然、誰が相手でもデュランダルで斬り伏せるつもりさ」

 

「…愚問だったな」

 

彼女は不安など微塵もないと言わんばかりに微笑んだ。

 

相も変わらずの自信だ。流石のサイラオーグでも悪魔なので聖剣のトップクラスのデュランダルの力は通用するだろう。特に今はエクスカリバーと合わさりエクスデュランダルとして進化を遂げている。これで通用しないと考える方が難しい。

 

「…なあ、ゼノヴィアは今の部長のことをどう思う?」

 

ふと俺が切り出したのは今日一日の中で最も大きな出来事。兵藤と部長さんの喧嘩だ。

 

恋愛経験で兵藤のようにトラウマがあるわけではないが、ゼノヴィアを心のどこかで遠ざけてきてしまった俺にはレイナーレの一件で傷を負った兵藤の気持ちは理解できないわけではない。

 

自分の思いをぶつけたい気持ちと拒絶されるかもしれない恐怖の狭間で揺れ動くのは非常に心を消耗するものだ。それと同時に実はこちらに好意を抱いているが、こちらの思いを打ち明けてもらえない側にも大いに不安を抱かせる結果となってしまう。

 

そう考えた時、部長さんと同じく遠ざけられてしまった側のゼノヴィアが今の関係に至るまでの出来事を踏まえて、恋愛感情が深く絡んだこの一件にどう思ったから知りたかった。

 

その問いに、彼女は目を細めて語る。

 

「前の自分を思い出したよ。好きな人に振り向いてもらえるのに必死なのに、どんなにアピールしても届かないんだ。一緒にいるのが愛おしいのに、つらく感じてしまう。痛いほど今の部長の気持ちがわかる」

 

実感の強くこもった語り口調にこちらも聞いていて申し訳ない気持ちになってくる。一体どれだけ、彼女はあの夜の告白を待ち焦がれていただろうか。重ねた夜だけ、その時を待つ彼女の思いは強くなっていっただろう。

 

「そうか…本当は向こうの思いに気づいているという点だと、俺と兵藤は一緒だな。でも何かしらの問題を抱えているせいでそれに応えてやれない」

 

「ふ、私たちとあの二人は似た者同士なんだね」

 

「かもな」

 

兵藤と部長さん、俺とゼノヴィア。このペアが似ているなんてこと、今日になるまで考えもしなかった。

オカ研の主役はあの二人だとばかり思っていたからまさかその主役と似ているなどと微塵も思わなかった。

 

「…今まで本当に悪かった」

 

彼女の気持ちを聞きどれだけ待ち焦がれていたかを知った今、ぽつりと謝罪の言葉を呟く。

 

「君にも君なりの事情があったんだ。それを知った今は全部許しているよ」

 

だが彼女は気にしていないと笑って許してくれた。知らない間に彼女の気持ちを傷つけてしまっていただろう俺を受け入れてくれるなんて、何と彼女は器の大きいことだろうか。

 

「…ありがとう。それなら、部長さんもきっと同じように兵藤を許してくれるさ。何せあの人は皆をまとめるグレモリー眷属の『王』なんだからな。それに、雨降って地固まるって言葉もある。喧嘩が収まったら、今度こそ二人はくっつくんじゃないか?」

 

「オカ研二組目のカップルの誕生か、楽しみだ」

 

ベッドの上で俺たち二人はくすくすと楽し気に笑い合う。女子受けが一番よさそうな木場が兵藤に先を越されそうになるなんてな。

 

「ま、今回の一件であいつも部長さんと向き合う覚悟ができたんじゃないか?この試合や学園祭は、正直二人の関係に一つの区切りをつける絶好のチャンスだと思う」

 

「ふふ、試合に勝った後ならとてもロマンティックな告白になるだろうね」

 

「確かに。あの二人、同じ『赤』だしとてもお似合いだと思うのにな」

 

「それを言うなら、私たちだって同じ『青』だ」

 

「…言われてみればそうだな」

 

「今気づいたのか?私の髪やデュランダルの刃、君の変身した姿やバイクも全部青じゃないか」

 

「…なら、俺たちはくっつくべくしてくっついたのか?」

 

「かもしれないね。これも主の導きだとしたら、随分とロマンある導きだと思うよ」

 

俺と彼女の目と目が合う。向日葵色の瞳をした彼女は微笑みをたたえている。

 

今こうして、平穏に彼女と同じ時間を過ごしているだけでとても幸せだ。心安らぎ、心は愛に満たされる。この幸せがずっと続いたらいいのに。

 

「…明日に備えて今日は早く寝るよ」

 

「そうだな、しっかり睡眠をとって試合に備えよう」

 

夜更かしは厳禁だ。睡眠不足が試合に影響したなんてことはあってはならない。

 

「そうだ、寝る前に…」

 

おもむろに彼女が上体を起こすと、俺に覆いかぶさるように突然唇を重ねてきた。

 

不意を突かれたので少々驚いたが、こちらも向こうからのキスに応じて、向こうから伸ばしてきた舌にこちらも絡め合わせる。

 

「ん…」

 

熱く、濃く、深く、切望のままに何度も繰り返してから「ぷは」と唇を離した。

 

「試合前に部長たちの目の前でするわけにはいかないからね。特に今はまだ…引っ張っているだろうし」

 

彼女は口の周りに付いた月光に光る唾液を手で拭うと、再び俺の隣で横たわった。

 

「今日はここまでにするよ、これ以上は止まれなくなる」

 

「それを言われたら俺だって…」

 

いきなりこんなに熱いキスをされたら男子は悶々とするわ。

 

「明日の夜までお預けだね。じゃあ、おやすみ」

 

ふふと悪戯気味に笑うと、今度こそ彼女は横になって寝息を立て始めたのだった。

 

こんなお預けをするなんてなんて悪魔的な所業だよ。まあ彼女は悪魔だけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「まさか、本当に島が浮いているとはね」

 

ゼノヴィアがゴンドラの窓から地上を見下ろす。

 

ゴンドラが進む先に見えるのはアガレス領上空に存在する空中都市、アグレアスである。浮遊する巨大な島から流れ落ちたいくつもの滝は、地上に湖を形成する。巨大な島を浮かす動力は旧魔王時代に作られたものらしく、詳細は魔王アジュカのベルゼブブ眷属が調査中とのことだ。

 

このアグレアスへの移動手段として魔方陣でのジャンプ、飛行船、そして今俺たちが乗っているゴンドラと3つの手段が存在するが、このゴンドラが選ばれた理由は俺たちがこぞってゴンドラに乗りたいと希望したからである。

 

「すげぇー…」

 

「高すぎて生きた心地がしないです…」

 

眺望に感嘆の声を漏らす者、高所への恐怖に肝を冷やす者など反応は様々だ。ちなみに俺は肝を冷やす側だ。空中戦となれば高所への恐怖を感じる暇がないが、非戦闘時だとそれを感じる心の余裕ができてしまうので

 

「実は今回のゲーム会場をどうするかで揉めたらしくてな」

 

それらの恐怖から逸らすためか、アザゼル先生がおもむろに話を始める。

 

「え、そうなんですか?」

 

「ああ。現魔王の上役はグレモリー領か魔王領での開催を望んだんだが、一方のバアル家を筆頭にする大王派がバアル領での開催をと訴えたのさ。半分泥仕合だったそうだ」

 

悪魔界の政治事情が一番めんどくさそうだ。まあ、よその神話も神話でロキのような過激派はいたりするだろうが。

 

「そこを取り持ったのが大公アガレス家だ。こういう大王派と現魔王派の間に入るのは珍しい話じゃない。悪魔界の中間管理職なんて呼ばれてるそうだぜ」

 

「褒めてるのかけなしているのか…」

 

「どっちにしろあの次期当主の人は苦労してそうだ…」

 

確かアガレスは元七十二柱の二位の家だったな。七十二柱において順位による強さや財力の差はあまりないと聞いているが、二位のアガレスと一位のバアルは特別だそうだ。特別にしては何とも言えない二つ名をつけられたみたいだが。

 

そういえばアガレスの次期当主の人も部長さんと同世代の有望な若手悪魔と聞いた。近々グレモリーがバアルと試合するようにシトリーとアガレスも試合するのだと。こちらもレーティングゲームのファンにとっては注目の一戦になるのではなかろうか。

 

「血筋や階級を重んじる貴族の悪魔たちが集まる大王派にとって、世襲制じゃない現魔王派はあまり面白くないのさ。同じく貴族重視の旧魔王派とはまた違った派閥だがな」

 

「じゃあ、旧魔王派が過激派なら大王派は穏健派ってことですか?」

 

「まあそういう見方もあるが…もちろん、旧魔王派の中にも穏健派がいて今の政治に携わっている悪魔もいる。ややこしい話だから、詳しく知りたかったら後で教えてやるよ」

 

旧魔王派も全部が全部シャルバやカテレアのような悪魔じゃないということは分かった。冥界も一枚岩じゃないということだ。

 

「ということは、今回の試合は大王と魔王の代理戦争というわけですか」

 

これまでの話を纏めるように、木場が核心をつく一言を呟く。

 

「まあそういうことになる。若手ナンバーワンだのおっぱいドラゴンと民衆を沸かせる煽り文句を使っているが、そういう見方をしている者も少なくない。別にお前らが負けたってサーゼクスたちが迷惑を被るわけじゃないさ。バアル家やサイラオーグに付いた政治家たちは喜ぶだろうがな」

 

「…努力でのし上がって来たサイラオーグさんを利用する連中ですか」

 

ぼそりと呟いた兵藤の言葉には若干の怒りが含まれているように感じた。

 

あの人と直接拳をぶつけあったからこそ、努力の末に磨き上げられた力を身を持って体感したからこそあいつは彼を利用しようとする小賢しい連中に怒りを感じているのだ。

 

「でも、家の特色を得られなかったサイラオーグさんは血筋を重視する大王派にとっていい存在じゃないのでは?それに、あの人は能力さえあればどんな生まれでも悪魔社会を目指しているのに家の方はそれを容認しているんでしょうか?」

 

「してないだろうな。表向きは認めてはいるが、裏ではこき下ろしているに違いないだろう。あいつらは現魔王派に一矢報いるための道具が欲しいだけさ。民衆受けのいい理想を掲げるサイラオーグは奴らにとって、それを支持する自分たちを支持してもらうための都合のいい政治の道具に過ぎない。あいつもそれはわかってる。嫌な相手でも、上り詰めるためには政治家とのパイプが必要だからな。我慢強い男だよ、あいつは」

 

我慢強い男、か。その我慢強さもバアルの魔力なし、体一つでここまでのし上がるために死に物狂いで己の体を苛め抜いてきた修行の成果の一つと言っても過言ではないだろう。例え自分と相反する意見を掲げる相手だとしても、苦虫を嚙み潰す思いで繋がり、あの人はこの試合に臨んでいる。

 

ここまでの覚悟を決め、壮絶な道を歩いてきた相手に果たして兵藤達は通用するのか。今までの戦いを間近で見てきた俺でも、心配になってしまう。

 

…だが、俺の心配はそれだけではない。

 

「ところで先生。この試合が英雄派やアルル達に狙われることは?」

 

これまで若手悪魔のパーティーではアルギスの、アスタロト戦では旧魔王派とアルルの襲撃を受けてきた。大きなイベントの旅に横やりを入れられるものだからつい今回もそうなるのではないかと疑ってしまう。もちろん、この試合が何事もなく盛り上がり、平穏に終わるのが一番なのだが。

 

「もちろん考慮しているさ、会場の警備は最大レベルで行う。奴らにとっては大衆の目に付くし、各神話に攻撃を仕掛けるこれ以上ないテロの機会だからな。ま、杞憂に終わりそうだが」

 

「どういうことです?」

 

「実は、ヴァーリから個人的な連絡が来てな」

 

「ヴァーリから!?」

 

奴の名が話に出た瞬間、ざわつく。予想もしない所から登場してきたな、あの男。

 

「ああ、要約するとこうだ。『バアルとグレモリーの試合は俺も注目している。誰にも邪魔はさせない』とな」

 

「…お前、男からも好かれてるのか」

 

「やめてくれよ!気持ち悪い!」

 

兵藤は心底嫌そうに顔を渋くしてぶんぶんと手を振った。女だけじゃなく男にもモテるなんて、人気者は辛いな。

 

「曹操もアルルも、流石に会場に集まった各神話のVIPに加えて白龍皇チームを相手にしてまでこの試合を潰しにかかりたいとは思わないだろう。どう考えたって背負うリスクがでかすぎる。それにそもそも奴らが狙ってないという可能性だってある。当然、隙をつかれないように各地の拠点は警戒を怠らないさ」

 

それもそうだ、ここまで戦力が集まれば奴らも容易に手出しはできまい。たまには、ゆっくり何事もなくイベントを楽しませてくれよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ゴンドラから降りると大勢の記者やカメラのフラッシュライトの歓待を受けた。それだけではなく、試合前の兵藤達を一目見ようと大勢のファンも待ち構えており、俺たちが出た瞬間に歓声が沸き起こったものだ。

 

こんなに大勢の記者に囲まれる経験はなかったのでひどく戸惑ったが、スタッフやボディーガードの方々が誘導して専用のリムジンに乗り込んだ。マスコミの車に追跡されながらもそのまま巨大なアグレアス・ドームなるアーティストのライブ会場などに使われる施設に隣接した高級ホテルに移動した。

 

ホテルの内装も、関係者が利用するというだけあってかなり豪華絢爛な作りになっている。シャンデリアはもちろん、有名画家が描いていそうな絵画まで壁に掛けられている。

 

「私がいるのが場違いな気がしてきたべ…」

 

ロスヴァイセ先生に至ってはその豪奢な雰囲気に圧倒されたか田舎訛りが出てき始めている。北欧神話の世界は悪魔の世界とは違ってもうちょっと落ち着いた場所が多いのだろうか。

 

「み、皆さんは大丈夫なんだべか…?」

 

「まあ、こういうところは慣れてきたので」

 

「グレモリーのお城ほどではないですね」

 

部長さんの実家であるグレモリー城に若手悪魔のパーティと、前世ではまず無縁だった煌びやかな場所に何度も訪れる機会があったので流石に慣れてはきた。それでもこのような場所に来るたびにすごいという感情は否応にも抱く。

 

「はぁ…リアスさんとこはリッチだぁ…」

 

そこはリッチじゃなくエッチって言って…いや、何でもないです。

 

ホテルのフロアを歩いていると、やがて向こうから漆黒のローブを纏った骸骨の集団が現れた。その中心となる一際豪華な司祭のようなローブに身を包んだ骸骨からは、変身していないのでオーラを感じ取れない俺ですら寒気がするような気配を感じる。

 

『おお、これはこれは…紅髪のグレモリーではないか。そして、堕天使の総督殿』

 

そして俺たちと集団の距離が近づくと、一際目を引くローブの骸骨が話しかけてきた。向こうの骸骨の口は全く動いていないのに、不思議と声が聞こえた。

 

「オリュンポスの冥府に住まう死を司る神、ハーデス神じゃないですか。死神《グリムリッパー》たちを引き連れて上に上がってこようとは…堕天使と悪魔を嫌うあなたが、この場に何用で?」

 

やはりギリシャ神話のハーデス神。夏の合宿での勉強会で特にヤバい奴だと先生から教わった神だ。そんな神がどうしてここにいるのか。

 

『最近上が何かと騒がしいものだから、視察がてら足を運んだまでよ。随分にぎやかな催し物が開かれているようだな』

 

「観戦するだけなら歓迎なんだが…ところで、ギリシャ神話の中であんただけが勢力間の協定に否定的だそうじゃねえか」

 

『ファファファ…だとしたら、私もロキのように潰すか?』

 

「潰さねえよ、ただ寛容になれって話だよ。オーディンやゼウスみたいにな」

 

険悪な雰囲気を隠そうともしないハーデスとアザゼル先生。交錯する二人の視線がぶつかり合い、静かながらもバチバチと火花が散っているようにも見えた。

 

『…他勢力の存在など、我らにとっては害にしかならぬ。貴様らは何も覚えてはないようだがな』

 

「?」

 

随分と意味深な言葉を敵意交じりにつぶやくハーデス神。どうにもロキと同じようによそ者嫌いらしい。

 

だが俺たちが覚えていないというセリフ。俺たちが何かを忘れている?それも永い時を生きる神が記憶に強くとどめるような出来事を。

 

(…まさか)

 

もしやと思い、意を決してハーデスに質問を投げかける。

 

「それは…神竜戦争のことですか?」

 

『ほう、知っておるのか。和平を推進する愚かな人間よ』

 

見上げる俺と見下ろすハーデス。死を司る神の視線が俺に向けられたとき、心臓を直に掴まれたかのようなドキリとしたものが全身を駆け巡り、冷や汗が出る。死を司る神によくないように思われているとはなんと不吉なことだろう。

 

すっと先生が俺を守るように前に出た。

 

「俺たち古くから存在する各勢力のVIPは神域を隔てる次元の壁のせいで記憶を封じられている中で、何柱かの特に強大な神は記憶を失っていないそうだな。あんたがそうなのか?」

 

『なるほど、あの戦争を思い出したというわけではないようだな。誰か知っている者から聞いた、と。シヴァ神からか?』

 

「まさか、それこそあいつは自分から動くような神じゃないだろ…いや、ということはシヴァ神も記憶をなくしてないってことなのか」

 

確か、レジスタンスの会議の中でもシヴァ神の話が出ていたな。ポラリスさんたちの推測はどうやら当たっていたみたいだ。こんな形で知ることになるとは思わなかったが。

 

『…ふん、まあよい。ディンギルは我らの神話を信仰する人間や死神たちをあの毒々しい神の気で蝕み、取り込んでいった。特にあのエレシュキガルという神は断じて許せぬ。我らが導いた死者たちや部下たちを誑かしたおかげで随分と冥府が寂しくなったものよ』

 

これまで敵意交じりだったハーデス神の語りが、怒りの感情を帯び始める。静かで掴みどころのない語り口調からの明らかな変化がかつて受けた屈辱の程を窺えた。

 

『…つい感情的になって喋りすぎたな。これ以上貴様らに話すことはない』

 

「もっと喋ってくれりゃこっちも助かるんだが」

 

『ふん…赤い龍、貴様もかつては地獄の底で白い龍と派手に喧嘩してくれたな。思い返せば懐かしい限りだ…』

 

「知っているのか?」

 

『昔、ちょっとな』

 

と、ドライグが皆に聞こえるような声を発する。ハーデス神の治める冥府で二天龍が喧嘩していたとかシャレにならない規模の被害が出ていることは間違いないだろうし、絶対ハーデス神の怒りを買っているでしょ。

 

『ともかく、今宵は貴様らの戦いを楽しみにさせてもらおうか。せいぜい死なぬよう、気を付けるのだな』

 

最後に嫌味たらしくそれだけ言い残すと、ハーデス神は死神たちを引き連れて音もなく静かに去っていった。

 

やがてその姿が見えなくなると会話中にずっと感じていたあの心臓を鷲摑みされるような悪寒が消え、自然にほっとした安堵の息をついた。

 

「先輩ヴァルキリーからハーデス神の話は聞いていましたが…今までの中で一番生きた心地がしない嫌な感じがしました」

 

「あの神、すげぇ嫌なオーラだった…プレッシャーだってロキよりもすげえ」

 

どうやらみんなも俺と同じことを考えていたようだ。死を司る神の自然と発せられるオーラとプレッシャーに皆圧倒されていた。

 

「そりゃ、あいつは全勢力の中でもトップレベルの実力者だからな」

 

「先生よりも強いんですか…?」

 

「そうだ。あいつはもちろん、その部下の死神も不気味で強者ぞろいだ。絶対に敵対するなよ」

 

先生は神妙な表情で念押しするが、言われずとも誰が好き好んで全勢力でもトップクラスの相手を敵に回そうだなどと考えるか。ヴァーリならそうするだろうが、俺は絶対にごめんだ。

 

「あのハーデス神、神竜戦争の情報を持っておきながら俺たちに提供しなかったんですね」

 

「それも含めて、あいつは俺たちを嫌っているってことさ」

 

「悪い神様なんですかね」

 

「悪い神ってわけじゃねえ。ただ、堕天使や悪魔を嫌っているってだけさ。死というマイナスなイメージがつきがちなもんを司ってるから悪いように思ってしまいがちだが人間には普通に接するからな。嫌な奴だが、冥府には必要な神だ」

 

なるほど…今は毛嫌いしているが、いつかはあの神も俺たちのことを認めてくれたらいいのにな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから廊下を歩くこと1分後、再び俺たちは大物と出会うことになる。

 

「やあ君たち、久しぶりだな」

 

先の冷や汗が落ちるような嫌な雰囲気のハーデス神とは打って変わって、見るだけでその輝かしさに浄化されるような美男子がこちらに笑いかけてくる。その頭部には天使特有の光輪が輝く。

 

「ウリエル様!」

 

天界を治める四大セラフの一人、ウリエルさんだ。初対面の時にたこ焼きを振舞ってもらったことで親近感もあり、以前よりは兵藤達の緊張の色は薄らいだが同じ天界所属の紫藤さんだけはまだかしこまった様子だ。

 

「ウリエルじゃねえか、珍しいな。忙しいだろうにお前も観に来たのか?」

 

先生も意外そうな表情を見せることから、普段どれだけウリエルさんが働きづめでこういう場に姿を見せないのかがわかる。

 

「当然だろう。この日のためにどうにかスケジュールを調整してきたのだ」

 

「…あの、ウリエル様!前に頂いたたこ焼き、おいしかったです!」

 

アーシアさんが勇気を振り絞り、キリスト教徒としては話しかけるのも恐れ多いだろうウリエルさんに声をかけた。

 

ロキ戦後に振舞われたウリエルさんお手製のたこ焼き。俺が食べたのは目覚めて冷めてしまった後だったが、熱々の状態で食べた部長さんたちは絶賛していたという。

 

ウリエルさんも直接手料理の感想を伝えられてうれしかったらしく。

 

「おお、そうか!生憎今日は用意していないが、今後駒王町に行く予定がある御使いの天使に君たち全員分を持たせよう」

 

「ほんとですか!?あ、ありがとうございます!」

 

「あらあら、またウリエル様のたこ焼きを食べられる機会ができるなんて嬉しいですわね」

 

「私も楽しみです」

 

「ふふっ、どうやら大量に作った方がよさそうだな」

 

「…ウリエルの奴、俺以上にこいつらの心と胃袋を掴んでないか?」

 

たこ焼きで盛り上がる俺たちの後ろで、先生は若干寂しそうにつぶやいたのだった。

 

「そうだ、先の京都での英雄派との戦いはご苦労だったな。君たちの健闘を心から祈っているよ。もう時間がなくてね、失礼する」

 

ウリエルさんは相も変わらず忙しいのか、手短にそう告げると廊下の向こうへと歩き去っていった。

 

「試合前にウリエル様から激励の言葉をもらえるなんて…」

 

「私も力が漲って来たぞ」

 

「よかったわね、アーシア、ゼノヴィア!」

 

特に教会組は天使の頂に立つセラフから激励してもらえたのが嬉しかったらしく、熱い信仰心を乗せて祈りを捧げた。

 

…おそらく、ここでウリエルさんが出てきたのは恐らくポラリスさんの差し金だ。ここでウリエルさんに動いてもらったのは何が何でも、英雄派やアルルの襲撃を阻止するという意図だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ウリエルさんとの話が終わり、またホテル内を進むと今度は二人の老人を見かけた。

 

方や輝かしい王冠を戴冠した白いトーガを纏う老人。そしてもう一人は鍛え抜かれたまるで彫刻のようにたくましい上半身を露わにしている、髭を蓄えた老人がこちらの姿を認めるや豪快な笑い声を響かせながらこっちに向かってくる。

 

「デハハハハハ!来たぞ、アザゼル!!」

 

「久しぶりじゃのう!アザゼルめ!!」

 

そしてまるで旧友に会ったかのような気安さで二人の老人はアザゼル先生の肩にがしっと回す。先生はその勢いに押されながらも、やや呆れ気味に笑うのだった。

 

「ゼウスのオヤジにポセイドンのオヤジじゃねえか。ったく、相変わらずだな。ハーデスもこれくらい明るい神だったらよかったのに」

 

「ゼウスにポセイドンって…ギリシャ神話の…!」

 

そう、この老人たちこそかのギリシャ神話の頂に立つオリュンポス十二神の中で神々を統べる先のハーデス神を含めた最高三神の二柱。大海を治めるポセイドン神と、天空を統べる神々の王、ゼウス神だ。数多く存在する神話の中でもずば抜けた知名度を誇るその二柱が今豪快に堕天使の総督に絡んでいる。

 

神々の王と言われるだけあってもっと威厳ある厳かなイメージを想像していたんだが…想像の斜め上を行く性格だった。

 

「なんじゃ、ハーデスに会ったのか?」

 

「ついさっきな。あの陰湿加減も相変わらずだよ」

 

「あやつも悪い奴じゃないんじゃがな…儂らも協定に納得するよう説得してはいるが、聞かん坊でのう。悪いな、儂らの兄が迷惑をかける」

 

先生の肩から腕を話した二柱は先ほどの豪快さとは打って変わり、申し訳ないと神妙な表情を見せた。普段からあのひねくれた性格には苦労しているようだ。

 

あのハーデス神はゼウス神とポセイドン神の兄である。兄弟というには兄は骸骨でまるで似つかわしくない容姿と性格だが。

 

「気にすんな、嫌な神だがあいつもあいつなりの考えがあるってのはわかってる」

 

「…世間話はさておき、アザ坊。嫁は取らんのか!?いつまでも独り身は寂しかろう!」

 

「いい女を紹介してやらんでもないぞ!!海の女はべっぴんさんだらけじゃからのう!!ガッハハハハハ!!」

 

「余計なお世話だよまったく…」

 

ゼウス神とポセイドン神は知名度も抜群だが、女性関係のトラブルが多いことでも有名だ。女遊びしている先生とは一番馬が合う神々なのかもしれない。

 

そして三人は他愛もない世間話や女遊びの話をすると、二柱は満足したとばかりに後にするのだった。

話し終わった先生に、女性陣からえもいわれぬ視線が集中していたのは内緒だ。

 

どうにも俺たちは人気者らしい。二柱は去った後に続けて小さなドラゴンがこちらのもとにやってきた。深い赤紫色の鱗と頭部に二本の角を生やしたそのフォルムはサイズ感に違いはあれど間違いようもなく。

 

「元気そうだな、兵藤一誠」

 

「タンニーンのおっさん!来てくれたのか!」

 

「お前たちの成長を見届けられるのだ。観に来ないはずがないだろう。それに、試合前のお前たちに会いたかったのだ」

 

自分を磨き上げてくれた龍の師の登場に兵藤は心の底から嬉しそうだ。元龍王のタンニーンさんも弟子との再会にはにかむ。

 

寝太郎で気だるげなミドガルズオルム、口汚く軽い玉龍よりよほど龍王らしい風格と気性溢れるドラゴンだ。

 

タンニーンさんはこれから激闘を控えた部長さんたちグレモリー眷属を見渡すと、うむと頷いた。

 

「若手最強と目される悪魔が相手だが、お前たちが劣るとは思っていない。全力でぶつかっていけ」

 

タンニーンさんは心奮わせるアドバイスを送る。いい感じの雰囲気で話を締めようとしたその時。

 

「あっ、オーディンさま!!」

 

「げっ」

 

以前任務で俺たち全員で護衛した北欧のオーディン様が廊下の隅にいたのをロスヴァイセ先生が発見し、声を上げた。気づかれるや否や気まずそうな顔をしてオーディン様はこそこそと逃げ出す。

 

「逃げるなクソじじぃ!!待てぇぇぇぇ!!そこにいるヴァルキリーは何なのよぉォォォォ!!!」

 

そして全速力でそれを追いかけ始めるロスヴァイセ先生。もう誰が何を言っても聞かない勢いだった。試合前にあんなに体力を使っていいのか。

 

「…ハァ、止めてこないとね」

 

その後、5分かけて俺たちは怒れるロスヴァイセ先生を止めるのだった。勝手に置いてけぼりにされたロスヴァイセ先生の恨みはすさまじかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

すれ違ったVIPたちとの歓談も終わり、いよいよ別れの時が訪れる。

 

「さて、俺と深海達ゲームに参戦しない組はここでお別れだ。リアスたちは試合開始まで控室で待機しててくれ。時間になれば係の者が来るから、それまでウォーミングアップをしっかり済ませておけよ」

 

ここからはゲーム参加者のみが立ち入りを許可された場所になる。よって、ここで試合前最後のお見送りというわけだ。

 

ちなみに俺たちは俺たちでちゃんとホテルの部屋が用意されている。今から会場の入場受付が始まるまでは部屋で適当に時間を潰し、試合の後はそこでお泊りするというのが今日の予定になっている。

 

「それじゃあみんな、頑張ってね!勝ったら祝杯を挙げるわよ!お酒じゃないけど」

 

「観客席から応援しておりますわ。挫けそうになった時は私たちのことを思い出してください」

 

「ここでしっかり白星つけて最高の状態で学園祭もやろうぜ」

 

最後に紫藤さん、レイヴェルさん、そして俺で明るく部長さんたちを見送る。

 

これから先は俺たちはただ、皆の戦いを見守り応援することだけしかできない。感じているだろう緊張を少しでもほぐしてやろうという配慮も込めて、笑って送り出してやろう。

 

「…勝てよ、ゼノヴィア」

 

「前のシトリー戦はイマイチ活躍できなかったから、ここで取り返して見せるさ」

 

今回俺は試合に出られないので彼女を支えることはできない。俺ができるのは向こうで戦う彼女の勝利と無事を願うことだけだ。

 

そしてもう一人、兵藤に言いたいことがある。

 

「兵藤、この試合で覚悟を決めろよ」

 

「もちろんそのつもりだ」

 

試合に臨む覚悟と、部長さんへの思いを伝える覚悟。その二つ両方の意味が伝わったかはわからないが兵藤はうんと力強くうなずいた。

 

「それじゃ、行くぞ。リアス、後は頼んだぞ」

 

「ええ。さあ行きましょう」

 

先の廊下へ進む彼らの姿を見届けると、俺たちも試合の開始を待つべく各々の部屋へと向かうのだった。

 




主人公があまり介入できるパートがないので随所でオリジナルを混ぜてます。

次回、「熱戦の幕開け」


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第130話 「熱戦の幕開け」

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冥界の薄暗い空がさらに暗くなって夜になり、いよいよ試合開始が間近になる。

 

会場の観客席は満席で、どこを見ても試合を楽しみしているファンの姿で溢れかえっている。彼らの熱が伝播し、よりこれから始まる試合への期待を高まらせる。

 

そんな中、幸運にも俺と紫藤さん、そしてレイヴェルさんは互いに近くの席のチケットが取れ、身内同士で固まることとなった。

 

「さあ皆、おっぱいドラゴンと仲間たちを応援するわよ!」

 

席を立ちあがった紫藤さんが周りの席にいる子供たちに呼びかけると、子供たちは「おー!」と元気のいい声を上げた。その親御さんたちも微笑ましく彼らを見守る。

 

おっぱいドラゴン応援団なるものが即席で出来上がったのだ。本来は悪魔と敵対する天使である紫藤さんが率先して悪魔の子供たちとコミュニケーションを取り、心を通わせるその様に過去の争いの時代を生きてきた悪魔や天使たちは何を思うだろうか。

 

「天使のお姉さんだ!」

 

「紫藤さんはコミュ力お化けだな」

 

「ほら、しんか…じゃなくて、紀伊国くんも!」

 

「え…よっし、皆、おっぱいドラゴンのグッズは持ったか!?」

 

一歩引いて和やかな気持ちで紫藤さんを見守っていたのでいきなりバトンを渡されて困惑するが、任せられたからにはやってみせようと子供たちを盛り上げようとどうにかテンションを上げて立ちあがり、声を張り上げてみる。

 

「ソフビを持ってきたよ!」

 

「俺はおっぱいドラゴンポテチ!」

 

「カードも!」

 

子供たちはこぞって持参してきたおっぱいドラゴン関連のグッズを掲げる。彼らにとってのヒーローのグッズを手にした笑顔いっぱいの表情が眩しい。というかここまでおっぱいドラゴンは商品展開していたんだな。版権元のグレモリー家は商魂たくましいな。

 

「よぉーし、んじゃレイヴェルさん、頼んだ」

 

「わ、わたくしですの!?」

 

お膳立てはしたぞ、あとはガツンと盛り上がる一言を言ってやれ。トリを飾るんだ、フェニックスだけに。

 

「ぐるぐるお姉さん!」

 

「ぐるぐ…!?」

 

子供は正直だなぁ。一応フェニックス家のお嬢様だけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

客席で紫藤さんたちや周りの子ども、そしてその親御さんと歓談しているとついにその時がやってくる。

 

『さあ、いよいよ始まります世紀の一戦!!まずは東口ゲートより、サイラオーグ・バアルチームの入場です!!』

 

ゲームの開始時間になると、俺たちが待ちに待ったアナウンスが始まる。向こう側からサイラオーグが眷属悪魔を率いて堂々と現れる。威風堂々たる彼らの登場とその歩みに会場は大盛り上がりだ。

 

「来たか」

 

「イッセー様たちが彼らをどう乗り越えるのか…この目で見届けさせてもらいますわ」

 

前にサーゼクス様の前で戦った時と違い、兵藤にはトリアイナがある。サイラオーグも枷をしていたとはいえ、ある程度は渡り合えるはず。一番いいのはトリアイナが単純に全力のサイラオーグを上回ってくれることだが…果たしてうまく行くか。

 

それに当然だが、例の『兵士』もいる。ファンの注目はデータがほとんどない彼に集まっているだろう。一体どんな戦いを見せてくれるのか、楽しみだ。

 

『続いて、西口ゲートよりリアス・グレモリーチームの入場です!!』

 

そしてこちら側のゲートからは、我らが部長さんたちが進み出る。もちろん、おっぱいドラゴンの活躍と共に知れ渡っている彼らの登場によって会場は歓声に沸き立つ。

 

「みんな、応援するわよー!」

 

「おっぱいドラゴン、がんばれー!」

 

「ヘルキャットちゃーん!!」

 

「まけるなー!」

 

紫藤さんのリードのもと、子どもたちが精いっぱいに待ちに待ったおっぱいドラゴンとゆかいな仲間たちに観客の大歓声交じりに声援を飛ばす。するとこちらの声に気付いた兵藤たちが振り向くと、笑顔で手を振った。

 

「応援してますわよー!」

 

「ゼノヴィア…頑張れよ」

 

待ちに待った仲間の晴れ舞台をこの目でしかと見届けようじゃないか。

 

入場した両チームは螺旋階段を上ると、人数分の椅子と一台のテーブル、魔方陣と謎の台が備えられた岩上の陣地へと進む。あの魔方陣から戦闘用のフィールドに移動するのだろう。

 

そして会場に備え付けのモニターに、派手な紫色の衣装を着こなす、薄紫の髪と髭を蓄えた男が映る。

 

『ごきげんよう皆様!今夜の実況は私、ナウド・ガミジンがお送りします!』

 

実況のナウドは陽気に自己紹介をこなす。ガミジン家は元七十二柱の一家だったはずだが…名家にしては貴族らしくない派手な男だ。

 

『さらに、今回の審判役はレーティングゲームの現役トップランカー!なんと7位のリュディガー・ローゼンクロイツが担当します!』

 

実況の紹介により銀髪で目つきの鋭い、魔法使いじみたローブを纏う男が魔方陣から現れると、主に女性客の大きな黄色い歓声を浴びながらも観客に向かって恭しく会釈する。

 

「あの方、元人間の転生悪魔ですわ」

 

「人間で7位…すげえ」

 

レーティングゲームの公式ランキング上位はベリアルやエキストラデーモンなど名家の出身で固まっていると聞いているが、そんな中でここまで上り詰めるとは相当な逸材に違いない。

 

きっと、同じく元人間の転生悪魔である兵藤の目標の一つになるのだろう。

 

『そして今回の試合はなんと、特別ゲストを二名お呼びしております!まずは解説として堕天使総督、アザゼル様にお越しいただいております!どうも初めまして、アザゼル総督!』

 

『いやどうも、初めまして。アザゼルです。今夜はよろしくお願いします』

 

「いやそこにいるんかい!」

 

「特別な仕事ってこれのことだったのね!」

 

7位の登場で凄いと思っていた矢先にモニターいっぱいに見慣れた顔が唐突に現れたので、突っ込まざるを得なかった。今夜は特別な仕事が入っているとは聞いていたがまさかの解説側に回ってるとは…。

 

『そしてもう一方は…なんと、レーティングゲームランキング第一位!現王者!ディハウザー・ベリアルさんにもお越しいただいておりますッ!!』

 

『ごきげんよう、皆様。今日はこの一戦を解説することになりました。どうぞ、よろしくお願いします』

 

スクリーンに灰色の髪をした男…皇帝ベリアルが映り込むとそれだけで会場そのものが震えるような大きな歓声が上がり、凄まじい盛り上がりを見せた。下手すれば二チームの入場に勝るとも劣らないほどだ。この熱狂っぷりが悪魔界における彼の人気のほどを肌身を通じて知らしめてくる。

 

「あれが皇帝ベリアル…」

 

「いずれはイッセー様たちとぶつかる巨大な壁ですわ」

 

スクリーン越しにもスターのオーラをひしひしと感じる。静かながらも周囲の注目を自然と集めてしまう存在感のあるオーラだ。リュディガーといい、皇帝ベリアルといい公式戦の有名人も集まっており会場の熱はますますヒートアップしている。

 

続いてモニターに映し出されたのは見慣れた二つの小瓶。これまで何度もお世話になったフェニックスの涙だ。

 

『そして、レーティングゲームにおいて必需品となっております、フェニックスの涙ですが昨今のテロにより需要と価格が跳ね上がっておりますがなんと、涙を製造販売されているフェニックス家のご厚意と試合を待ち望む皆様の熱い声が届き、今回の試合では各チーム一つずつ用意されることとなりました!!』

 

「これって…サイラオーグも一度は復活できるってことなのよね?」

 

「そうなりますわね…彼を二度倒すつもりでいかないといけませんわ」

 

会場に歓声が響く中、俺たちはサイラオーグ側も涙を使えるという事実への心配に襲われた。トリアイナがどこまで通用するかわからない中、こちらも涙を使えるかつアーシアさんがいるとはいえこれは厳しい。果たして彼をどう攻略するか、チームの頭脳たる『王』の部長さんの腕の見せ所だな。

 

『ではこれより、本試合に適用される特殊ルールについて説明いたします』

 

そうだ、このゲームの肝となるルール。それ次第で大きくチームの立ち回りは変わってくる。俺としてはフィールドを駆け回って戦うルールしか知らないのだが。

 

『今回はフィールドを駆け回る形式ではなく、試合形式で行われます。観客の皆様を盛り上げるため、短期決戦を意識したルールとなっております!では、両陣営の『王』は専用の設置台へ進みください!』

 

実況に勧められ、サイラオーグと部長さんは陣地に設置された台の前に進み出た。さっきから気になっていたがアレにどんな意味が…?

 

『設置台には六面ダイスが一つ用意されております。今回のルールは、レーティングゲームの公式戦でもメジャーなルールの一つ、『ダイスフィギュア』でございます!!』

 

「そう来ましたか…」

 

「ダイスってことは…サイコロね!」

 

冥界生まれ冥界育ちのレイヴェルさんは知っているようだ。今までのゲームはこれといったルールがない中での戦いだったのでこういう公式ルール付のゲームは初めて見る。

 

『初めてという方のためにご説明しましょう!今回のゲームでは、選手の方々にそれぞれの悪魔の駒に応じた価値が設定されます!これは元となるチェスと同じ数値ですね、『騎士』と『僧侶』は3、『戦車』は5、『女王』は9、『兵士』は転生の際に使用した駒の数がそのまま価値数となります!『王』については後程説明します!』

 

「うっ、チェス…」

 

「どうしたんですの?」

 

「今まで一度もオカ研の誰にもチェスで勝ったことがない…」

 

「えー…」

 

レイヴェルさんに軽くひかれた。俺だって負けたくて負けてるわけじゃないんだよ!!

 

『駒の価値数ですが、眷属悪魔によっては基準となる価値以上の力を発揮して価値を超越したり、魔王アジュカ・ベルゼブブ様の仕掛けによる変異の駒などのかくし要素もあり、公式戦ではそれらの要素を考慮して価値数が変化する場合もございますが、この試合では通常の価値数で行います!』

 

今回はレーティングゲームのファンのみならず、普段ゲームを見ないであろうおっぱいドラゴンのファンも見ているからあまりルールを難しくしないという運営側の配慮だな。試合のみならず、ダイスを振るときもどんな目が出るかで盛り上がりそうだ。

 

『『王』はダイスを振り、その出目の合計以内の数値分、選手を出すことができます!例えば、出目が8出た場合には価値3の僧侶か騎士、そして価値5の戦車を出すことができます。勿論、僧侶と騎士2名の計6と、合計数が8を下回っても大丈夫です!ただし、最低数の2が出た場合は出せる選手がいないので降り直しになります!』

 

「面白いルールだな。わかりやすいし」

 

「そういうルールほどメジャーで人気になりやすいのでしょう。ちなみに公式戦にはワンデイ・ロング・ウォーという丸一日かかるルールもありますのよ?」

 

「丸一日は流石にもたないわねー…」

 

公式戦にはそんなに恐ろしいルールがあるのか…。参加者はもちろんだが、観戦する側のスタミナも削られそうなルールだ。

 

『そして肝心の『王』ですが、事前に審査委員会の皆様の評価をもとに価値数が決定されます!もちろん、『王』がリタイヤすればゲームは終了となります!』

 

「実力、眷属の評価、対戦相手との比較などで審査されるそうですわ」

 

と、レイヴェルさんが補足説明してくれた。

 

「対戦相手との比較ってことは…どの試合でも同じ価値数にはならないのか」

 

「そういうことですわ」

 

対戦相手との力量差が開きすぎるなんてことはあまりないと思うが

『王』をいつ出すかという戦術もゲームごとに考えなければならないようだ。

 

『では今回の『王』の価値数を発表させていただきます。サイラオーグ・バアル選手が12!リアス・グレモリー選手は8となります!サイラオーグ選手は最大数の12が出ない限りは出場できません!最後にもう一つ、同じ選手は続けて出すことができませんのでご注意ください!』

 

「サイラオーグが12!?」

 

出目の最大数で評価されるとは…それだけ恐ろしい相手ということなのか。

 

「リアスさんは8なのね…ということは、『騎士』か『僧侶』と組み合わせて出せるってことね!」

 

「低評価が悪いことばかりではないってことですわね」

 

なるほど、『王』が倒されれば終わるゲームだが今回はその『王』である部長さんをフォローできるってことだな。一方のサイラオーグは最大数出たとしても自分一人だけしか出られない。これはかなりのハンデなのでは?

 

『ルール説明は以上となります!バアルチーム、グレモリーチーム、準備はよろしいでしょうか!?』

 

実況は一拍置いて、ファンが待ちわびた言葉を高らかに宣言した。

 

『これより、サイラオーグ・バアルチームとリアス・グレモリーチームによりレーティングゲームを開始します!ゲーム・スタート!!』

 

開始の宣言により、会場の盛り上がりは更なる熱を帯びていく。熱戦の火蓋は切って落とされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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まず第一戦はダイスの合計は3となり、両者ともにコスト3の『騎士』を出すこととなった。

 

初陣を飾るのは我らが『騎士』、木場とサイラオーグの『騎士』、ベルーガ・フールカス。奇しくも『騎士』対決となったこの試合は剣技はもちろんのこと、スピードの対決がメインとなった。

 

『雷の聖魔剣ッ!』

 

『貴様の聖魔剣なぞ、当たらなければどうということはない!』

 

ベルーガの磨き上げられた足の速さは無数の分身を生み出すほどで、ベルーガの愛馬であるアルトブラウとのコンビネーションも合わさり、分身たちが猛スピードで繰り出す息つく間もない攻撃にじりじりと木場は追い詰められていったが、なんとこの窮地に木場は二つ目の禁手を発動させた。

 

『馬鹿な…もう一つの禁手だと!?』

 

木場が聖魔剣を聖剣に切り替え、地面に突き立てると無数の聖剣が出現しその中から聖剣と同じ輝きを放つ鎧の騎士たちが出現する。もちろん、その中身はない。

 

『聖覇の龍騎士団《グローリィ・ドラグ・トルーパー》』。『聖剣創造《ブレード・ブラックスミス》』の亜種禁手である。

 

本来、神器とは後天的に移植しない限りは一人一つしか所有していない。今まで木場の神器は『魔剣創造《ソード・バース》』とその禁手『双覇の聖魔剣《ソード・オブ・ビトレイヤー》』だったが、聖魔剣に目覚めた際にかつての同胞たちの魂から聖剣使いの因子を受け継いだことで聖剣を作り出す神器、英雄派のジャンヌも持っている『聖剣創造《ブレード・ブラックスミス》』を異例にも発現した。

 

これも聖書の神が死亡したことによるイレギュラー、そして二天龍に関わった者が異質な力に目覚める例の一つだとアザゼル先生は考えているようだ。プライムスペクターは謎のドラゴンが託した力だからカウントされないだろうが、俺も今後そういった力に目覚めることが…?

 

『見事…!』

 

龍騎士団を使っている間は聖魔剣を使うことはできない。しかし、木場の龍騎士団の数とその瞬足はベルーガに勝り、ついには龍騎士団は幻影を打ち破りベルーガ本人を斬り伏せた。第一試合は木場、グレモリーの勝利である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

続く第二試合、ダイスの目は10と大きく出た。グレモリー側はコスト5の『戦車』、塔城さんとロスヴァイセ先生の2名を、バアル側は同じくコスト5の『戦車』ガンドラ・バラムとコスト3の『騎士』、リーバン・クロセル。

 

木場に続いて、試合開始直後に塔城さんは新技を披露する。全身に白い闘気を纏い、猫耳と二つに分かれた尻尾を生やす猫又の姿に変化する。その名も『猫又モードレベル2』。仙術もパワーも、以前よりも大幅に上昇する新しい力だ。

 

『行きます』

 

『硬い…!』

 

塔城さんとロスヴァイセ先生は各々が得意とする仙術を込めた拳打、さらに魔法攻撃でガンドラに挑むが高い防御力を崩すには至らない。

 

『隙ありだ』

 

その最中、ガンドラに意識を取られたロスヴァイセ先生はもう一人の悪魔、リーバンの『魔眼の生む枷《グラビティ・ジェイル》』により、重力をかけられ動きを止められてしまう。さらに人間の魔法使いと悪魔のハーフである彼は魔法剣士でもあり、さらに氷結魔法でロスヴァイセ先生の動きを封じ込めようとする。

 

『身内に同じ視界を媒介する神器使いがいるので、弱点もよく理解しています!』

 

『そう来ると思った!』

 

しかしあらかじめ情報の出ていた神器の対策をしていないはずがなく、ロスヴァイセ先生は魔法の閃光で能力の肝となる視界を封じようとするが、リーバンもまた鏡を使って閃光を利用し逆に目くらましをくらわそうとする。

 

『それも読めています!』

 

だがそれすら見越したロスヴァイセ先生は魔法の力で自分とガンドラの位置を入れ替え、逆にガンドラを重力の枷にかけてしまう。魔法使い同士の読み合い勝負に観客たちは大いに盛り上がったものだった。

 

『体内のオーラを乱しに乱して、魔法に対する防御力を下げています』

 

『いっけぇぇぇぇぇぇ!!』

 

動きの止まったガンドラは最初の交戦で塔城さんに仙術を打ち込まれており、そこにロスヴァイセ先生お得意の全属性魔法のフルバーストが炸裂する。凄まじい轟音を立て、フィールドごと消し飛ぶのではないかというド派手な勢いのある攻撃は、おっぱいドラゴンを応援する子供たちにウケたらしく「すげぇ!」

と喜ぶ声が沸き起こった。

 

魔法が止み、巻き起こった粉塵が晴れると、そこに倒れていたのはなんとリーバン一人だけだった。

 

『油断すんなって…言っただろ』

 

『ぬぅぅぅん!!』

 

魔法を受けて倒れ伏したリーバンは最後の力を振り絞って神器の能力で塔城さんの動きを封じ込め、そこに同じく大ダメージを負い血まみれのガンドラの猛烈な拳が突き刺さるように塔城さんに打ち込まれてしまう。

 

『ごめんなさい、小猫さん…』

 

『私…お役に立てたんですから…満足です』

 

小柄な体はいともたやすく吹き飛び、塔城さん、リーバン、ガンドラの三人はほぼ同時にリタイアした。

グレモリーチームは勝利を収めたが、早くも塔城さんという大きな戦力を失うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして第三試合、ダイスの出目は8。サイラオーグはコスト3の『僧侶』、コリアナ・アンドレアルフスを出した。さらになんと、兵藤一誠を封じる策があると大胆にも宣言した。これに応じる形でグレモリーチームはコスト8の『兵士』、兵藤が出ることとなる。

 

見渡す限り広がる花園のフィールドで二人は戦う。敵の魔力攻撃を躱す兵藤はカウントが終わり禁手の鎧を纏うと、相手が女性ということもあって得意の乳技を使おうとした矢先。

 

『これはなんということだ!突如始まった脱衣に男性客の視線も釘付けだァー!!』

 

なんとコリアナは攻撃をやめ、自らの服に手をかけると、一枚一枚脱ぎ去っていった。観客の誰もが予想しない行動に、スタジアム内に衝撃が走った。会場にいるアザゼル先生も含めた男性たちは突如始まった妖艶なストリップショーに釘付けになった。

 

「ねえ、あのおねえさんなんでふくをぬいでるの?」

 

「俺にそんな質問しないで…」

 

俺たち三人は大いに子供の対応に困った。この試合、子供たちが見てることを忘れたのか!?

 

『俺には脱衣中のお姉さんを攻撃するなんてこと、できません!!一気にドレスブレイクで脱がすなんて…そんなひどいことも俺には無理です!!』

 

エロにこだわる兵藤は当然、攻撃できない。得意のパイリンガルで行動を読もうにも、次に脱ぐ箇所がわかるだけらしく全く手が出せなくなってしまった。いよいよブラジャーとパンツだけが残り、実況がそろそろ特殊加工を施して放送するとアナウンスしたその時だった。

 

『ブラジャー外してからパンツでしょ!!』

 

どうやら順番が気に入らなかったらしく、先にパンツの方に手をかけたのを見て一気に冷めてしまった兵藤がドラゴンショットを放ち無防備も無防備なコリアナに直撃し、あっという間に勝利を決めたのだった。

 

「おっぱいドラゴンの勝利よ!」

 

「やったー!!」

 

「これは酷過ぎますわ」

 

「あいつらしいというか…」

 

喜ぶ子供たちとそれを盛り上げる紫藤さんを尻目に俺とレイヴェルさんは何とも言えない結末に困惑するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第4試合、ダイスの目は続けて8が出た。グレモリーチームは『騎士』のゼノヴィアと『僧侶』のギャスパー君がバアルチームの『戦車』のラードラ・ブネに『僧侶』のミスティータ・サブノックと戦うことに。

 

『ウォォォォォォォ!!!』

 

試合開始早々、ラードラはブネ家特有のドラゴン化を発動させ、荒削りの岩が随所にそびえる荒れ地のフィールドで果敢に攻撃に出る。一族の中でも限られた者しか使えないという変化の能力、これまでは使えなかったがこの試合に向けて鍛錬を積むことで発現したという。

 

『聖剣よ!その力を閉じよっ!』

 

『なんだ…聖剣の力が…!?』

 

エクスデュランダルという悪魔に対して必殺の効果を持つ聖剣を携えたゼノヴィアが二人を圧倒するかと思いきや、ミスティータがこれまた試合に向けての鍛錬の中でようやく使えるようになったという神器、『異能の棺《トリック・バニッシュ》』で己の体力と精神力を引き換えにゼノヴィアの聖剣を扱える能力を封じてしまった。

 

『聖剣を封じた余波で己の聖剣のダメージを受けるかと思ったが…かなり聖剣使いの因子とやらが濃いようだ』

 

『すまない、ギャスパー。これでは…役立たずだ』

 

ゼノヴィアのデュランダルという強大な攻撃力を失った二人はたちまちにラードラが変化した巨大なドラゴンの猛攻に押されてしまう。しかし、ギャスパー君が自らを囮にして時間を稼ぐことで彼が作った魔方陣でゼノヴィアが受けた呪いの解呪に成功した。

 

『邪魔をするな!ええい、一刻も早くデュランダル使いを仕留めなければならんのだ!!』

 

『何が…起きてもっ…諦めないッ…!!!』

 

あの俺たちの中でも特に臆病だと認識されていたギャスパー君が体を張ってラードラの攻撃を受け、小さく華奢な体が握りつぶされようとする様は胸に来るものがあったが、同時に仲間のために身を呈してまで戦おうとする彼は精神的に大きく成長したのだということを感じた。

 

『お前たちはギャスパーに負けたんだッ――!!』

 

ギャスパー君の決死の時間稼ぎの甲斐あり、解呪したゼノヴィアは彼の思いにこたえるがごとく、エクスデュランダルを解放し一気に二人を蹴散らし勝利を収めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第6試合の出目は9。ここは『兵士』を出したがらないサイラオーグの思惑に気付いた部長さんが『女王』朱乃さんを出し、サイラオーグも同じく『女王』のクイーシャ・アバドンを出したことで奇しくも第一試合の木場に次ぐ同じ駒同士の対決、『女王』対決となった。

 

『これならどうかしら!』

 

『させません』

 

試合はまさしく、圧倒的な魔力のぶつかり合いだった。巨大な氷塊や猛烈な豪炎、そして激雷が絶えず無数の巨大な石塔が林立するフィールド内で暴れまわる。

 

『雷光よ!』

 

『飲み込め、『穴《ホール》』!!』

 

いよいよ朱乃さんが雷光を放った時、クイーシャは自慢の『穴』を使う。すかさず朱乃さんは無数の雷光を見舞うが、クイーシャはさらに『穴』を増やしてすべての攻撃を飲み込んでしまう。これまでのデータでは『穴』は一度に一つしか使えないと思われていただけに朱乃さんは虚を突かれる。

 

『な…』

 

『『穴』に取り込んだ攻撃を分解することだってできます。雷光から雷を抜いて…光だけ、お返ししましょう』

 

そしてクイーシャは『穴』に飲み込んだ雷光から雷を抜き取り、光だけを返すといった芸当まで見せ、堕天使の血を引くとはいえ悪魔であることには変わりない朱乃さんは自身の光で大ダメージを負い、そのままリタイヤしてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第7試合、出目はなんと最大数の12。当然バアル側からは『王』のサイラオーグが満を持して出陣する。対するこちらは木場、ゼノヴィア、そしてロスヴァイセ先生が出陣することとなった。兵藤が出なかったのは三人をぶつけてバアル側のフェニックスの涙を使わせるという作戦があったからだろう。

 

『これは俺の力を抑え、負荷をかける枷だ。だが、これをつけたまま戦うのはお前たちへの侮辱になる…全力で、相手をしよう!』

 

試合開始直後、サイラオーグの四肢に浮かび上がった奇妙な文様が消えると、それだけで足元に抉り取ったようなクレーターができ、フィールドに広がる湖の水面が激しく荒立った。サイラオーグの体からは塔城さんの仙術とも魔力とも違う、強い生命力が可視化したまさしく彼の研鑽の象徴とも言うべき白い闘気が滲み出ていた。

 

『逃げ…』

 

『ッ!?』

 

ロスヴァイセ先生は早速魔法のフルバーストを仕掛けるが、サイラオーグはなんと拳打で魔法を一つ一つ殴り飛ばしながら前進し、強烈なパンチをロスヴァイセ先生に食らわせ、遥か彼方にたったの一撃で吹っ飛ばしてしまった。

 

あまりにもふざけたパワーに会場に集まった俺も含めた観客たちは唖然となった。グラシャラボラス戦では力をセーブしていたので、それを解いた今は以前の数倍はパワーもスピードも上がっている。

 

力を抑えているのは聞いていたが、まさか全力がこれほどとは思わなかった。スクリーンでそれを見たときは口が数秒驚愕のあまりポカーンと開きっぱなしになった。

 

『速い!』

 

『聖魔剣ごと…ッ!?』

 

『いい『騎士』だ。リアス、お前が妬ましくなるほどだよ。だが、唯一防御だけが弱点だったようだな』

 

ゼノヴィアと木場はすぐさまサイラオーグに応戦する。しかし彼の拳は木場の聖魔剣を難なく粉々に砕き、新技の龍騎士団すらもしなやかな体術が放つ剛腕の一撃のもとに屠っていく。木場の自慢の足も、サイラオーグは容易く追いつき一撃を与えてしまう。

 

『エクスデュランダルッ!!』

 

『いい波動だ。しかし、まだ足りないな』

 

ゼノヴィアが放ったエクスデュランダルの聖なる波動…たいていの悪魔なら一撃で消滅するレベルの聖なる力すらサイラオーグが纏う濃密な闘気を削り、本体にダメージを与えることはできなかった。そして二人は、反応を超えた速度で間合いに入ったサイラオーグの回し蹴りにより地に伏す。

 

まさしく化け物。誰もが思った。二人はこのままなすすべもなくやられてしまうのか。

 

それでも二人は立ち上がる。どんなに力量差があろうと、二人には意地がある。おめおめと負けを認めるような意地を彼らは持ち合わせてはいない。

 

『隙を見せましたね!至近距離のフルバーストなら!!』

 

その時、突然サイラオーグの目と鼻の先に現れたロスヴァイセ先生が一気に魔方陣を展開すると、ゼロ距離でフルバーストを叩きこんだ。これにはサイラオーグだけでなく会場の観客も大いに驚いた。何せ最初の一撃でアナウンスがないとはいえ、リタイヤの光に包まれたのが見えたからだ。

 

最初にサイラオーグが吹っ飛ばしたロスヴァイセ先生はエクスデュランダルの鞘になっている擬態の聖剣《エクスカリバー・ミミック》が擬態したものだった。本物は透明の聖剣《エクスカリバー・トランスペアレンシー》で透明化し、隙を窺っていた。

 

新技を用意したのは木場だけではない。エクスデュランダルが進化したのはそのパワーだけではなく、使い手であるゼノヴィアの同意があれば、聖剣使いの因子がなくても短時間6本のエクスカリバーの能力を行使できるのだ。まだ使えるようになったばかりで制限も多いが、いずれは英雄の力と組み合わせて使ってみたいもんだ。

 

『リタイヤするかしないかのギリギリの状態で湖の底で気絶しているかと思っていたが…やってくれるな』

 

それでもサイラオーグは倒れない。しかしさすがに至近距離だったのもあって幾分かダメージは入ったようで、体の随所に血がにじんでいた。

 

そしてお返しにと三人の戦いに敬意をこめて放った拳打を放つ。それはまさしくとてつもない一撃だった。拳打一つでまるでとんでもない轟音とともに映像が大きく乱れ、遥か前方まで地割れが起き、その一撃でロスヴァイセ先生はリタイヤしてしまう。

 

全く見えないスピード、そして災害のような破壊力。サイラオーグの攻撃の一つ一つが俺の肝を一気に冷やす。内心本当に戦わなくてよかったとほっとした。あんなものを喰らったら死ぬイメージしか見えない。

 

『やるぞ木場ァ!!』

 

『命を燃やす!!』

 

だがこのまま終わる二人ではない。同じ『騎士』として、呼吸のあったコンビネーションで一撃で儲けようものなら終わるサイラオーグの猛攻を紙一重でしのぎ、彼の右腕にデュランダルの刃を叩きつける。それでも切り落とせない腕だったが、二人で柄を握り魔力と聖剣使いの因子によってデュランダルの力を解放させ、ついに彼の右腕を切り落とした。

 

『見事だ。これで俺はフェニックスの涙を使うしかない、お前たちの思惑通りだ。せめて最後は、お前たちへ最大の敬意を込めて痛みを感じないようにすぐに終わらせよう』

 

果たして、グレモリーチームの思惑通りサイラオーグは切られた腕を再生させるためにフェニックスの涙を使うことになった。その後は格闘ゲームさながらの膝蹴り、回し蹴りのコンボをゼノヴィアに、木場は豪快に頭を掴んでは投げ飛ばし、かかと堕としで湖の底に叩きこむという回避不能の速度から繰り出す一方的なコンボで二人を締めた。

 

試合はサイラオーグの圧勝に終わった。だが、サイラオーグ側は貴重なフェニックスの涙を使い果たしてしまった。これはグレモリーチームにとって大きな一歩だ。

 

「…とんでもない試合だったわね」

 

「おねえさん、おっぱいドラゴン、かつかな?」

 

「大丈夫よ、皆のヒーローは負けないわ」

 

サイラオーグの戦いっぷりに不安な表情で紫藤さんに子供たちが話しかけ、紫藤さんは天使の優しさでそれをなだめる。

 

「それにしても、あのパワーとスピードは想像以上ですわね」

 

「ああ…不覚にもカッコイイと思ってしまったが、相当ヤバいぞ」

 

サイラオーグは三人を終始圧倒していたが、決して三人を侮る言動や戦いはしなかった。むしろ彼らの全力を受け止め、敬意をもった戦いをしていた。

 

これが大王バアル家を背負う男。兵藤がぶつかりたいと願い、悪魔の大衆から支持を集める理由がよく分かった。こんな熱く真っすぐな男に好意を抱かないはずがない。俺もいつか、あの人と会話してみたいな。

 

そしてなにより。

 

「…ゼノヴィア、よく頑張った」

 

木場とロスヴァイセ先生はもちろんだが、最後まで諦めずに戦い、次に繋げた彼女の雄姿に心動かされた俺の目にぽろっと涙がこぼれた。

 

部長さん、兵藤、アーシアさん。後は頼んだぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第7試合が終わった後、一試合前から尿意を感じていた俺はトイレに駆け込んだ。応援していると自然と会場の熱に煽られて体が熱くなり、汗をかくので水分補給のペースが上がってしまう。

 

「早く戻らないと…」

 

グレモリー、そしてバアル共にかなりのメンバーがリタイヤしてしまった。互いの『王』と『兵士』、そしてアーシアさんと『女王』のクイーシャだけが残っており、先の試合でサイラオーグが出たことで試合はクライマックスを迎えた。

 

これ以上ちんたらしていられない。メンバーが減ったことで誰を出すか考える時間も自然と縮まるし、その分試合と試合の空き時間が短くなる。もう次の試合も始まっているかもしれない。

 

男子トイレから出た俺の前に、ざっと鎧姿の女が現れた。長く伸ばしたまるで若葉のような明るい緑色の髪が目を引くがその鎧はロスヴァイセ先生のヴァルキリーの鎧に酷似している。どこかの資料で見た整った顔が、キッと鋭い眼差しを俺に差してくる。

 

「見つけた…!」

 

こっちを見つめる女の瞳は憎悪にも近いレベルの敵意に満ちている。

 

どうにも俺に恨みがあるらしい、テロリストをつぶすという仕事柄、恨みを買われても仕方ないと思っているが。だがまさか各神話のVIPが集うこの会場を襲撃しようという愚か者はまずいないだろう。ヴァルキリーならオーディン様か他の北欧神話のVIPの付き添いか?

 

「誰だ…?」

 

「ロキ様を倒しておいてよくもまあ白々しいことを…!!」

 

俺の言葉は女の怒りの炎に巻きをくべたようで、ますます目つきを鋭くさせた。

 

誰だろう、本当にどこかで見たような覚えがあるんだが…。

 

「…ん、ロキ様?」

 

今は幽閉されているロキを様付けで呼ぶヴァルキリー…そうか!

 

ヴァルキリーの手のひらに出現した魔方陣が光を放ったのと、俺がこの女の正体を思い出したのはほぼ同時だった。

 

「しまっ…!」

 

身構えるも時すでに遅く、あっという間にまばゆい光に呑まれてしまう。

 

この女、ロキの行方不明になっていた側近ヴァルキリーのジークルーネだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

視界が純白から夜の闇へと戻った時、周囲の景色は一変し鬱蒼と木々が生い茂る森に出ていた。

 

空を見上げれば、少しばかり離れたところに空中都市のアグレアスが浮遊している。どうやら俺は転移魔法で会場の外に飛ばされてしまったらしい。

 

「ここなら誰にも邪魔されない。得意の結界もしっかり張ってあるからな」

 

一変した景色の中でただ一人、変わらず存在しているジークルーネが鞘から剣をおもむろに抜刀する。刃かこすれる冷たい金属音が森に響く。

 

「お前…警護は万全のはずだ、どうやって侵入した!?」

 

「偉大なるユグドラシルの力を奪ったアルルの助けがあればいくらでも手の打ちようはある」

 

「アルル…」

 

因縁深いその名が俺の心に穏やかではない風を吹かせ、波を立たせる。このタイミングでその名前が出てくるなんて…あいつら、やはりこの試合を滅茶苦茶にするつもりか。

 

だが何よりこのヴァルキリーが奴とつるんでいるということはつまり…。

 

「お前、叶えし者だったのか!」

 

「叶えし者だと?違うな、私は操られてなどいない。私が忠誠をささげたのはロキ様だけだ。あくまでロキ様の助けになるべく彼女らに協力し、利用しているに過ぎない」

 

しかし俺の予想に反し、ジークルーネは心外だと不快感すらあると言わんばかりに眉をひそめるという反応を見せた。

 

「なんだと?…なら、ユグドラシルをロキに渡したのは」

 

「あの時は向こうから話を持ち掛けられた。ロキ様の助けになりたい一心だった私は喜んで話に乗ったが…まさか、このような結末になるとはね」

 

話ながら過去を振り返るジークルーネの表情に主を失った寂寥の色が差す。

 

そうか…あの時から、ロキは本人の気づかない所でアルルと関与していたんだな。道理でポラリスさんがイレギュラーだと呼んで参戦してきたわけだ。

 

「貴様らはロキ様の仇だ。貴様らのせいでロキ様は革命を達成できず、牢に幽閉されることとなってしまった。貴様と兵藤一誠の首をロキ様解放の橋頭堡にする!」

 

いよいよ敵意を剣の切っ先のように鋭くし、ジークルーネは剣を構える。ロキへの真っ直ぐな忠義が表れ、気高さすら感じる構えには一寸のつけ入る隙も油断もない。

 

復讐に燃えるヴァルキリーか。主を助けようとするその忠には敵ながら敬意を表するべきだろう。

 

だが、こちらにも譲れないものがある。何より冥界のみんなが今日の試合を楽しみにしてきたのだ。それをぶち壊し、彼らの希望を奪うような真似は断じて許すわけにはいかない。

 

「…お前に、あの二人の戦いを邪魔させない」

 

沸き立つ戦意を硬くすると眼魂を叩きこみ、ドライバーを操作する。

 

〔アーイ!バッチリミロー!バッチリミロー!〕

 

「変身!」

 

〔カイガン!スペクター!レディゴー!覚悟!ド・キ・ド・キ・ゴースト!〕

 

変身を完了した俺は被ったパーカーを上げると、静かな夜の闇の中で全身に走る青いラインがほのかに発光する。

 

冥界の注目を浴びる試合の裏で、誰にも知られない戦いが始まる。

 




試合の様子はダイジェストにしました。コストとか言い方がバトスピっぽくなりましたが。

次回、「闇から出でし亡霊」


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第131話 「闇より出でし亡霊」

半日で7000字書き上げました。久しぶりの戦闘シーンなのでうまく書けたかどうか…。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
1.ムサシ
2.エジソン
3.ロビンフッド
4.ニュートン
7.ベンケイ
9. リョウマ
10.ヒミコ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
13.フーディーニ



〈BGM:アポリアの合体(遊戯王ファイブディーズ)〉

 

「はっ!」

 

振るわれるジークルーネの剣閃、横一文字に綺麗に描かれたそれを上体をそらして躱す。

 

ジークルーネの攻撃は激しかった。その一撃一撃に彼女のロキへの忠義、そしてそれを討った俺たちへの怒りが込められており、強い思いが込められた分一撃が重い。

 

こちらに何もさせない、息もつかせぬ怒涛の剣戟の暴風雨に対し、それを受けるのに防戦一方になっていく。

 

力強く振り下ろされた上段斬りをガンガンハンドで受け止める。がしんと剣の重みが衝撃と共にガンガンハンドから拳に伝わり、やや痺れを感じた。

 

そしてジークルーネは思いがけない攻撃を繰り出す。剣を叩きつけたまま、俺の腹に突き刺すような蹴りを叩きこんだのだ。

 

「ごふ!」

 

蹴りの勢いのままに後退する俺にジークルーネは追い打ちをかける。滑り込むように懐に潜り込むと、俺が右手に握るガンガンハンドに剣戟を入れ、弾き飛ばした。

 

「なにっ」

 

「はぁぁ!!」

 

手元から離れたガンガンハンドに意識を一瞬奪われる。その隙に、ジークルーネは俺の胴に袈裟切りの連撃をこれでもかと放つ。

 

「おわっ!」

 

その勢いに押され、やや湿り気のある地面を転がってしまう。変身しているおかげで俺の生身を切られずに済んだか、衝撃で地味にひりひりと痛む。

 

「まだだ!」

 

地に尻をつける俺にジークルーネが剣を振り上げて果敢に飛び掛かる。慌てて横に転がるように回避し、体勢を整えて飛び退って距離を取る。

 

「今度は魔法で貴様を消し飛ばす!」

 

剣技で俺を追い詰めたジークルーネの次なる手は魔法だった。周囲に次々に魔方陣を展開していく。おそらくロスヴァイセ先生と同じ魔法のフルバーストで勝負を決めるつもりだろう。

 

それならこちらも対抗策がある。

 

〔カイガン!ニュートン!リンゴが落下!引き寄せまっか!〕

 

こちらがニュートン魂に変身したのと同時にジークルーネは魔方陣からロスヴァイセ先生のように各属性のフルバーストを放出する。試合や渡月橋での戦いでロスヴァイセ先生が放ったのを見たが、それを受ける側に回るのは初めてだ。

 

だが、それを受けるつもりは毛頭ない。

 

〔ダイカイガン!ニュートン!オメガドライブ!〕

 

「はっ」

 

オメガドライブにより増幅した霊力を右手のグローブに集中、炎、雷、氷、風とあらゆる属性を網羅したフルバーストに右手のリパルショングローブから斥力フィールドを放ち、ぶつける。

 

「ぬぉぉぉぉぉ…!!」

 

雪崩のように押し寄せる魔法、気を抜けば押しつぶされそうな威力にこちらは唸りながら全力で霊力を解放する。強大な斥力に阻まれた怒涛の魔法は徐々に勢いを削られ、殺され、やがて消失する。この結果にジークルーネは目を見開いて驚いた。

 

「なに!?」

 

そして今度は左手のアトラクショングローブから引力を放ち、ジークルーネをこちらの間合いにぐいんと一気に引き寄せる。

 

「渾身の一発だ!」

 

「ぐ!」

 

引き寄せたジークルーネを斥力フィールドで吹き飛ばすのではなく、グローブで直に右ストレートを放って殴り飛ばす。本来格闘戦には向いていない特殊能力型のフォームだが、それでも常人のパンチの数倍以上の威力は出る。土煙を巻き上げながら奴は横転していった。

 

「ハァ…結界は得意かもしれないが…攻撃魔法はあまり得意じゃないみたいだな」

 

さっきのフルバーストも試合で見たロスヴァイセ先生のほうが魔法の数、威力で圧倒的に勝っていた。もしジークルーネのフルバーストがロスヴァイセ先生と同等であれば、もっと粘っただろうし場合によっては押し負けたかもしれない。

 

「…貴様ァ!」

 

ジークルーネは鬼の形相で俺を睨んでくる。完全に冷静さを失っているな。

 

〈BGM終了〉

 

「よし、お前の番だ」

 

ふと俺が取り出したのは黄色い眼魂、エジソン眼魂だ。ロキ戦以降手元に渡ったがプライムスペクターの力もに手にしたこともあって単体で使うことがなかった。せっかくなので使ってみるとしよう。

 

〔アーイ!バッチリミロー!バッチリミロー!〕

 

早速ベルトの眼魂と取り換え、ゴーストチェンジする。

 

〔カイガン!エジソン!エレキ!ヒラメキ!発明王〕!

 

銀色に袖が黄色く縁どられたパーカーゴーストを纏い変身完了する。両肩に黄色い電球のような装置が取り付けられており、頭部のヴァリアスバイザーには電球の模様が浮かび上がる。

 

仮面ライダースペクター エジソン魂。電球などを発明した発明王と呼ばれるトーマス・エジソンの力を宿すフォームである。

 

右手にガンガンセイバー ガンモードを召喚し、次なる攻撃に備える。

 

〈挿入歌:GIANT STEP(仮面ライダーフォーゼ)〉

 

「私の魔法を打ち消したからと…思い上がるなぁ!」

 

激昂したジークルーネが吼え、再び剣を握って切りかかってくる。それにこちらは牽制の銃撃を放つ。当然、エジソン魂という電気を操るフォームであるゆえに、雷属性が付与されている。

 

当然、それを俊敏に回避しながら奴は向かってくる。鎧という重量ある物を装着しながら軽々と動いて見せたのは彼女の鍛錬のたまものなのだろう。

 

そして間合いに踏み込んできた彼女の剣戟。怒りを込めた一閃をガンガンセイバーの銃身でがきんと受け止め、無防備な彼女の腹に電撃を纏わせた掌底打ちを見舞う。夏の合宿で学んだ八極拳の要領で放った一撃のため、その威力がずんと電撃と共に彼女の腹を突き抜ける。

 

「うぅっ!」

 

彼女が転がる間にガンガンハンドを拾い上げ、銃モードに変形させて右手のガンガンセイバーと合わせて二丁拳銃にする。かなり右と左の銃のサイズのバランスがおかしいことになっているが。

 

〔ダイカイガン!ガンガンミロー!ガンガンミロー!〕

 

そして左手のガンガンハンドをドライバーにかざしてアイコンタクト、必殺待機状態に移行し増大した痺れる雷の霊力がガンガンハンドの銃口に集まっていく。

 

「!」

 

流石のジークルーネもこれはまずいと慌てて大きな防御魔方陣を展開する。よくわからない文字が所狭しと並んでおり、かなり強固なものに見える。

 

当然、二丁拳銃というからには片方の銃だけしか使わないということはあり得ない。ガンガンセイバーもドライバーにかざし、ダイカイガンを発動させる。

 

〔ダイカイガン!オメガシュート!〕

 

〔オメガスパーク!〕

 

黄色い霊力の魔方陣から溢れ出したエネルギーを銃口に収束させ、トリガーを引くと同時にジークルーネめがけて解放する。二丁の銃口から強力な雷を帯びたビームと見まがうような激しく眩い霊力が一斉に放出され、魔方陣に激突する。

 

弾ける電撃があちこちに飛び散り、地面を焼き焦がす。拮抗の末、光が一際明るくなると、派手な爆発を起こして俺の攻撃は一度終わりを迎える。

 

〔ダイカイガン!エジソン!〕

 

さっきの攻撃は前座だ。前座にしては少し霊力を派手に消費したが、この一撃で決める。

 

濃密な煙が充満し、視界を覆う中で邪魔な二振りの武器をドライバーに戻すと本日四度目のオメガドライブを発動、大地を蹴り空高く跳躍して煙幕から抜け出る。

 

「邪魔だ!…いないだと!」

 

地面を見下ろすと防御魔方陣を一旦解いたジークルーネが風魔法で煙を払うも、消えた俺の姿にどこだどこだと首をあちこちに振り探す。そして首を上方に向けてようやくこちらの存在に気付いた。

 

だがもう遅い、この瞬間に勝負は決まった。

 

「そんな!」

 

「はぁぁぁぁ!!」

 

〔オメガドライブ!〕

 

激しく消耗したところに痛烈な二撃目。霊力を纏った飛び蹴りをジークルーネに見舞う。

 

「ぐあっ!!」

 

蹴りを受けた彼女は地面を平行に数mは吹っ飛び、やがて土にまみれながら横転する。

 

すたっと着地して蹴り飛ばした彼女を見ると、額から血が流れ、その綺麗な顔が土と血に汚れている。ヴァルキリーの鎧も破損しボロボロになってしまっており、肩で息をしており消耗も激しい。

 

勝負あったな。ロキの側近というだけあって手こずりはしたが、どうにか対処できた。

 

〈挿入歌終了〉

 

「…さあ、大人しくお縄についてもらおうか」

 

これ以上時間をかけていられない。大会関係者に連絡しようかとコブラケータイを取り出したその時だった。

 

急にジークルーネの背後の空間がバチバチと弾けるような電気を放ちながら歪み、そこから男が勢いよく飛び出してきた。

 

「ふうっ…ラファエルめ、あんな結界を用意していたとは」

 

「アルギス…!」

 

地に片膝をついて着地し、額の汗を拭い息を吐く男は間違いなく、アルルの配下であるアルギス・アンドロマリウスであった。対面するのは若手悪魔のパーティー以来だが、ロキ戦にも姿を現していたと聞いている。

 

こちらに気付いたアルギスは一瞬視線をこちらにやると、すぐに足元のジークルーネへとくすりと笑いながら移す。

 

「おや…意気揚々と彼を討つと宣った割には手こずってるみたいじゃないですか。まあ最初から彼を倒せるとは微塵も思っていませんが」

 

「そういう貴様こそ、失敗したようじゃないか」

 

「レーティングゲームのフィールドにアルル様の助力を得れば侵入できると踏んでいましたが、まさかラファエルが従来のフィールドの術式に手を加えてさらなる結界を張っていたとは予想もできなかったのでね。時間と力を無駄に消費すると踏んであなたの方へ行ったのですが」

 

血と土にまみれながらもなお輝きを失わないジークルーネの研磨された刃のように鋭い眼差しに奴はわざとらしく肩をすくめる。

 

「なに…?」

 

こいつ、レーティングゲームのフィールドに侵入しようとしていたのか?だとしたら、さっきのアンドレアルフスとの第三試合は非常に危なかったのでは?ストリップショーで完全に周囲に対しては不注意になっていたし、あの状態で襲撃されたらまず間違いなく…。

 

「兵藤一誠がサイラオーグとぶつかる前に潰したかったんですが…こうなった以上は仕方ありません。あなたの首だけでも持ち帰るとしましょう」

 

「はっ、パワーアップしてるのはこっちも同じだ。前のようにはいかないぞ」

 

「ならば、私の新たな力を披露しましょう」

 

アルギスが妖艶な手つきで腰を撫でると発光し、信じられないことにゴーストドライバーが現れた。形状も何もかもが今俺が腰に巻いているものと同じだ。

 

「なんだと…」

 

どうして奴が俺と同じゴーストドライバーを持っているのか。それはこの世界ではあの駄女神の特典を受け取った俺だけが持っているはず。

 

ありえないと驚く俺をよそにアルギスは黒と白の眼魂を起動させると、カバーを開いたドライバーに差し込んだ。

 

するとドライバーから黒地に白いラインの入ったパーカーゴーストが出現し、夜のとばりが下りた森をに飛び回る。いつもはこちらが出現させる側だったのでかなり新鮮な絵面だ。

 

〔アーイ!バッチリミナー!バッチリミナー!〕

 

「変身」

 

俺の反応を楽しむように口角を上げるアルギスは、ドライバーのレバーを押し込んだ。

 

〔カイガン!ダークライダー!闇の力!悪い奴ら!〕

 

ドライバーから溢れ出した霊力が強化スーツとなって奴の体を覆い、その上にパーカーゴーストが覆いかぶさる。

 

全身に骨のような白いラインが走り、胸部には赤い一つ目の紋章が妖しく輝く。一本角のアンテナを生やす頭部の『ヴァリアスバイザー』には鬼火と蝙蝠の翼が混ざったような模様が浮かんでいる。

 

奴の姿はまさしく、仮面ライダーゴーストの原作において天空寺タケルたちと敵対したアルゴスが変身した仮面ライダーダークゴーストのものだ。

 

「ばかな…どうして、お前がそのベルトを…」

 

眼前の信じられない光景に驚愕しながらも、絞り出すように言葉を吐く。アルギスは俺の反応を心底愉快そうにふふと笑い答えた。

 

「ふっ、アルル様が力を回復されたことでその権能もパワーアップしましてね。あなたがネクロムスペクターになったときにネクロム眼魂を通して得たゴーストドライバーと眼魂のデータを使い、ドライバーを新規で創造できるようになったのですよ」

 

「なら…やはりお前たちと曹操は!」

 

「想像通りですよ。さあ、始めましょうか」

 

〈BGM:アンチノミーのテーマ(遊戯王ファイブディーズ)〉

 

その言葉を皮切りに、第二ラウンドが始まる。

 

さっと駆け出すアルギスはあいさつ代わりの右ストレートを放ってくる。それを咄嗟に顔を横にそらして躱して拳を叩き落とし、拳を突き出す。

 

「ふん」

 

胸部にヒット、しかし奴は動じない。俺の拳をばっと素早い手の所作で払い飛ばして今度は俺の胸に強烈なパンチを打ち込んできた。

 

「ごはっ!」

 

よろめく俺。そして次に来るのは突き刺すような鋭いハイキックが腹に炸裂して、地面を横転していく。

 

「くそ」

 

初動で俺を圧倒してきた。やはり断絶した家とは言っても上級悪魔の血を引く悪魔だ。決して油断はできない。

 

「ふふ…」

 

悠然とこちらに歩みを進めながら、奴はガンガンセイバー ブレードモードを召喚する。

 

〔カイガン!ヒミコ!未来を予告!邪馬台国!〕

 

対するこちらはヒミコ魂に変身し、ガンガンセイバーをナギナタモードに変形させる。悪魔にとって必殺の効果を持つ聖なる炎を使えるこのフォームなら戦闘を有利に運べるはず。

 

「ふっ!」

 

こちらの間合いに入って来たダークゴーストがガンガンセイバーを振るう。それをナギナタで受け止め、返す刃で切り返す。

 

しかし斬撃を受けてもものともしないダークゴーストはこちらの顔面に拳打を繰り出してカウンターしてきた。

 

「ぬぁ!」

 

よろめく俺に奴は追い打ちにとハイキックをかまし、ジークルーネとの交戦でところどころ焼き焦げた地面を転がされる。

 

追い打ちはまだ終わらない。今度はガンガンセイバーをガンモードに変えると倒れた俺に無慈悲に銃撃を連射してきた。

 

「ぐぁぁ!」

 

「ははっ!」

 

立ち上がろうとする俺を力づくで地面に押し付ける雨のように弾丸が降り注ぐ。アルギスは加虐の喜びに浸りながらもこちらに容赦なく銃撃を浴びせてくる。

 

「このままッ…やられると思うな!」

 

銃撃を受けながらも意地でどうにか手をアルギスへ突き出し、邪悪を焼き焦がす聖なる炎を勢いよく放出する。

 

「おっと!」

 

これには流石のアルギスも驚いたらしく、ステップを踏んで空を舐めるような炎の舌を躱した。

 

「うおお!!」

 

その瞬間、銃撃の雨が止む。これを逃してはならないと力を振り絞って立ち上がり、アルギスに聖なる炎を纏ったナギナタの一閃を放つ。それも奴は最初の格闘戦のように攻撃を受けるのではなく、地面を蹴って跳躍、距離を取ることで躱した。

 

「今…躱したな」

 

「はい?」

 

「躱したってことは…喰らったらまずいってことだろうが!」

 

変身して攻撃が生身に直接届かない状態でも、この炎は奴にとって喰らえばまずい攻撃だということだ。そうでないならわざわざ躱したりしないはず。

 

〔ダイカイガン!ヒミコ!オメガドライブ!〕

 

一気に深手を負わせんとオメガドライブを発動させて高めた霊力を刃に纏わせて振るい抜き、膨大な聖なる炎の波を繰り出す。

 

邪なるものの一切合切を焼き尽くさんとする神聖な炎の分厚い波が、アルギス目掛けて押し寄せる。

 

「そんなもので私を倒せるとでも?」

 

しかしアルギスは依然として冷静さを保ったまま、ブレードモードにしたガンガンセイバーをドライバーにかざした。

 

〔ダイカイガン!ガンガンミナー!ガンガンミナー!〕

 

魔方陣からあふれる白い霊力と奴自身の魔力が合わさり、ガンガンセイバーに宿る。その力を高めるようにガンガンセイバーをくるくると回し、流麗な剣舞を舞うと。

 

「はぁッ!」

 

〔オメガブレイク!〕

 

「なんだと!」

 

気合と共に一閃。繰り出された強力な斬撃が炎の波をずばんといともたやすく切り裂いてその先にいる俺に威力をそのままに直撃した。直撃と同時に爆発が起こり、大ダメージを負ったその衝撃で眼魂を二つほど宙に投げ出されてしまう。

 

「うぁ…くっ…!」

 

どさりと地に倒れこむ俺。今のはかなり痛い攻撃だった。しかも眼魂が…。

 

「ふっ…どうして同じベルトを使っているのに勝てないのか…わかりますか?」

 

眼魂を見事にキャッチし、奪ったアルギスがその感覚の余韻に浸るように手慰みながら問いかけてくる。

 

「ベースが違うからですよ。私は魔王ルシファーが選び抜いた優秀な初代の悪魔たち…元七十二柱の末裔。一方のあなたはただの人間だ。戦闘センスも、魔力も、生まれ持った素養に差がある。同じ神器でも使い手のレベルが違うならこうなって当然です」

 

「言ってくれるな…!」

 

〈BGM終了〉

 

マスクの裏でぷっと口内の血を吐き飛ばす。追いつめられた俺を見て楽しむかのような、お前が勝てるわけがないと遠回しに突きつけるような言い回しが癪に障る。

 

…いや、そこでイラついてはジークルーネと同じだ。冷静さを失った方が戦いで負ける。常に状況を正確に判断し、最善の手を出すための余裕を持たなければならない。

 

奴は自分は上級悪魔でお前はただの人間だから勝てるわけがないという。だが、生まれ持った素養で優位に立つ向こうが持ち得ないものがこちらにはある。

 

「だったらこれで勝負だ!」

 

ばっと立ち上がり、プライムトリガーを取り出す。こちらには英雄眼魂のフォームチェンジを超えた強化フォームがある。俺一人でダメなら英雄たちの力を一つにしてその差を埋め、奴を倒す!

 

「させるか」

 

だがこちらのパワーアップをみすみす許すアルギスではなかった。奴は瞬時に右手から魔力の衝撃波を放ち、俺を吹っ飛ばす。

 

「うぁっ!」

 

完全に不意を突かれた形になり、吹っ飛ばされる中でプライムトリガーを手放してしまう。トリガーは地面を滑り、俺との距離ができてしまう。このまま回収に行けばもちろんアルギスはその隙を見逃さないだろう。

 

〈挿入歌:Wish in the dark(仮面ライダーエグゼイド)〉

 

「だったら!」

 

〔アーイ!バッチリミロー!バッチリミロー!〕

 

地面に伏しながらも眼魂を入れ替える。アルギスにある程度ダメージを与えて隙を作り、その間に回収するしかない。

 

「ぐはっ!」

 

唐突にアルギスの足元から我が愛機(一度も運転したことはない)マシンフーディーが地面を突き破るように飛び出すとアルギスに猛烈なバイクアタックをくらわせ、今度はアルギスが地面を横転することとなった。

 

流石にバイクの衝突は効いたみたいだな。これで効かないなら頑丈すぎるだろといよいよ考え出すところだが。

 

〔カイガン!フーディーニ!マジいいじゃん!すげえマジシャン!〕

 

そしてドライバーの操作と共にフーディーががちゃりと開き、中の群青色のパーカーゴーストが姿をさらし俺に覆いかぶさる。そのまま背部のユニットを起動させ、空へと飛び立つ。

 

このフーディーニ魂で上空から攻撃を仕掛け、一方的に奴を追い詰める。

 

「…ふっ」

 

だがアルギスはそれすら予想の範囲内だと言うように嘲笑を漏らし、ばさりと背中から悪魔の羽を生やした。そして大地を強く踏みしめて跳躍、そのまま翼を羽ばたかせて俺のいる空へ舞い上がってくる。

 

「眼魂の力なくして飛べないあなたと違い、悪魔の私は自前の翼で飛べるのですよ!」

 

「だったな!」

 

こちらはガンガンハンド銃モードを召喚して、牽制射撃を行う。それを水中を泳ぐ魚のごとく華麗に躱しながら、アルギスはこちらとの距離を詰めてくる。

 

滝昇る鯉のようにこちらのもとへ駆け上がったアルギスがガンガンセイバーを振りかざし、ガンガンハンドをスライドさせてロッドモードにして防御する。互いの刃、銃身にコーティングされた霊力がぶつかり合い、スパークを起こす。

 

鍔迫り合いの最中、背部のユニットにある4つのタイヤ『シュトゥルムローター』からタイトゥンチェーンを射出し、至近距離の奴を絡めとろうとする。

 

「ぬ」

 

それを見たアルギスは迷うことなく翼をはためかせ後退する。それを追うチェーンの追撃をセイバーでうまく弾きながら、カウンターで蛇型の魔力を飛ばしてくる。しゅるりとアルギスの手元から、茂みから這いより、獲物を狙う蛇のように猛進する。

 

「くらうか!」

 

それに対抗してタイトゥンチェーンを蛇にぐるりと巻きつけると硬く締め付け、限界まで強く締め付けられた魔力はやがて爆散した。

 

「ははっ…やはり最初に戦った時と比べて強くなりましたね。能力の使い方もうまい。ゼノヴィアよりもあなたの方がエクスカリバーを使えるのでは?」

 

風が吹き目の前の爆炎が消える。翼をはためかせて爆炎を払ったアルギスは軽く拍手しながらこちらを褒めてくる。

 

「聖剣が使えなくて残念だよ。エクスカリバーがあったら、お前を叩き切れたのにな」

 

「その意地だけは変わらないようですね」

 

おもむろにダークゴーストは更なる眼魂を取り出す。15の英雄眼魂のどれにもその眼魂と同じ色はない。

 

「それは…」

 

奴はラメの入った脳紺色の眼魂をドライバーに差し込んだ。

 

〔アーイ!バッチリミナー!バッチリミナー!〕

 

するとドライバーから、トリコロールカラーのパーカーゴーストが出現し奴がドライバーのレバーを押し込むのと同時に覆いかぶさる。

 

〔カイガン!ナポレオン!起こせ革命!それが宿命!〕

 

赤と金色、さらに深い青の三色の色使い、金色の肩章、そして二角帽が中世ヨーロッパの貴族のごとき高貴さと将軍であったナポレオンの勇猛さを表現している。背中の赤いマントが夜風にはたはたとなびく。

 

顔面部には二頭の馬と二振りのサーベルの紋章が浮かび上がっている。仮面ライダー ダークゴースト ナポレオン魂だ。

 

「英雄眼魂までも作れるのか…」

 

少しも油断できない追い詰められた状況で相手が披露した更なる手に眉をひそめる。

 

奴がダークゴースト眼魂を用いた時からもしかするとそうではないかという想像をしていたが、やはりそうだったか。できれば当たってほしくなかった。

 

だがこのフォームは、それを聞いた時からまさかと思っていた可能性を確かにするものでもあった。

 

「…待てよ。そうか、曹操の最近の動きは!」

 

近頃、曹操率いる英雄派は世界各地の偉人にまつわる品々を収集しているという。その行動の目的は…。

 

「そう、彼らにもアルル様が編み出した眼魂創造の技法を教えましてね。最近の彼らの怪盗まがいの行動はそれに必要な材料集めです」

 

「やはりか…!」

 

奴ら、禁手使いだけでなく眼魂も増やしているのか!だが、各地で混乱を起こすという目的がある禁手使いの増加とは違い、眼魂を増やしたところでテロになるわけではない。奴らの思惑が見えないが…。

 

「お前たちは何の目的で眼魂を増やしている!?」

 

「そこまで話す義理はありません。ただ、それがわかるときは近いと思いますが」

 

〔サングラスラッシャー!〕

 

冷笑し、ガンガンセイバーをドライバーに戻した奴が次に召喚したのは、柄部に黒いサングラスのようなパーツが取り付けられた奇抜な赤い剣だった。原作において仮面ライダーゴーストが強化形態である闘魂ブースト魂が使用した武器、サングラスラッシャーだ。

 

「いきますよ」

 

弾丸のごとく、思い切りよく突撃してくる。こちらはガンガンハンドの銃撃と四本のタイトゥンチェーン

を射出して迎撃する。

 

縦横無尽に宙を滑る鎖と銃撃の弾幕を、奴は糸を縫うように突破してくる。鎖にからめとられそうなときはスラッシャーの剣戟で弾き、それに合わせてガンガンハンドをロッドモードに変形させ間合いに入って来たダークゴーストを迎え撃った。

 

がきんがきんと武器がぶつかり合う硬い音が繰り返し夜空に響く。しかしそれが俺たち以外の誰かの耳に入ることはない。ジークルーネの結界が残っているからだ。あれだけダメージを負って消えないのだから、結界魔法の腕はかなりあるらしい。

 

一号、二号と打ち合いを続ける。時に斬られ、時にガンガンハンドで殴りつける。両者一歩も譲らない激闘が誰にも知られず繰り広げられていた。

 

そしてついに、打ち合いの中で主導権を握ったダークゴーストが俺の両肩にスラッシャーとガンガンセイバーを叩きつけた。

 

「がっ!ぐぅぅ!!」

 

だがこちらもやられてばかりいるわけにはいかない。サングラスラッシャーを握るダークゴーストの右手をがしっと掴み、奴の腹に銃口をぐいと押し当てる。

 

「!」

 

そのままトリガーを何度も何度も引き、ひたすらにゼロ距離で銃撃を浴びせ続けた。道連れだと言わんばかりに右手を離さず、ひたすら撃ち続ける。その衝撃でバランスが崩れ、ふらふらと俺たちは地面への墜落を始める。

 

「ぐぁっ、やってくれますね…!」

 

流石に効いたらしく銃撃に呻きながらも反撃に出ようとダークゴーストは俺を何度も殴っては蹴りつけ、ついには拘束から離れた。そして空高く飛翔したところでドライバーのレバーを押し込む。

 

〔ダイカイガン!ナポレオン!オメガドライブ!〕

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

ダークゴーストは悪魔の翼を羽ばたかせ、霊力でできた魔方陣をくぐり抜けて、勢いづけた強力なキックがバランスを崩して地面へ墜落しようとする俺の腹に叩きこまれた。

 

「ぐぁぁぁッ!!」

 

迸る霊力の光が流星となり、地面へ派手に激突する。爆発が起こり、ダメージのあまり通常のスペクター魂へと戻ってしまう。

 

「くっ…」

 

〈挿入歌終了〉

 

全身を支配する激痛に呻き、悶える。変身解除に追い込まれなかったのは奇跡と言ってもいいくらいだ。

 

奴がここまでベルトの力を引き出すことができるとは思わなかった。いや、それもあるがやはり奴自身のセンスが大きいのだろう。だが、ここまで奴がパワーアップするとは…。

 

「おやおや、落とし物ですよ。ダメじゃないですか、持ち物の管理はしっかりしておかないと」

 

ころころと転がっていったフーディーニ眼魂を奴が拾い上げた。この戦いで奪われた眼魂はこれで3つ目になる。

 

俺を見下ろすダークゴーストが、ふと別の方向を一瞥した。

 

「…ジークルーネ。とどめはあなたに譲りましょう。彼を殺した後は、兵藤一誠です」

 

「そうか…感謝するぞ」

 

離れた場所で休んでいたジークルーネが剣を手に取り、ふらふらと立ち上がるとこちらに歩いてくる。

 

そして俺を見下ろすと、その切っ先を俺の首に向けた。見下ろす眼には憎悪の業火が滾っていた。

 

「ロキ様への数々の非礼、死を以て償え!!」

 

「くそ…!」

 

刃と共に突き付けられた現実に精いっぱい睨らみながら、強く歯噛みする。

 

まさかこんなところでやられるなんて…。

 

このままだと兵藤が危ない。いや、兵藤だけでなく奴らがこのまま会場に向かえば大勢の犠牲が出てしまう。冥界の民衆が待ち望んでいた今日の試合という希望は簡単に崩れ去る。俺が負けたばかりに、皆が犠牲になってしまう。

 

すまない、兵藤、ゼノヴィア、みんな。非力な俺を…許してくれ。

 

月光にきらめく刃が、憎悪と共に振り下ろされたその瞬間。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

横合いから飛んできた波動が彼女の手元から剣を弾き飛ばす。

 

「くっ…何だと…?」

 

波動が飛んできた方向に目線を向ける。そこにいたのはフルフェイス型のマスクをかぶって素顔を見せず、貴族服とサイバーチックな世界観が融合したような独特な衣装をまとった存在。すらっとしていながらも筋肉のついた体型からして男だろうか。

 

男は颯爽と森の暗闇から、月光照らす夜空のもとに現れる。

 

「誰です?」

 

『…』

 

邪魔をされ不機嫌なアルギスの問いに返答を寄こす代わりに、仮面の男は見たことのないドライバーを取り出し、己の腰に押し当てると自動で銀色の帯のベルトが巻き付いた。

 

〔Z/X DRIVER ORIGIN〕

 

「ゼクスドライバーオリジン…?」

 

ドライバーが発した電子音声をおうむ返しのように俺は繰り返す。左右に何かをはめるためのスロットのようなものがついていて、全体的に白と灰色という淡白な色で構成されたそのドライバーの中央には青い宝玉が輝く。

 

聞いたことも見たこともないドライバーだ。誰があんなベルトを…?

 

そして男は右手に薄灰色の歯車の中に赤い宝玉がはめ込まれたアイテムを握ると、それを捻った。

 

〔ELTANIN〕

 

〔SINGLE STAR〕

 

今度はそれをドライバーの二つあるスロットの一つに嵌めこむ。すると、ドライバー中央のコアに目まぐるしく何かのデータ…文字の羅列や図式が表示され、それと同時に男の周囲に光が集まって機械でできた赤いドラゴンへと形を成す。

 

いや、実際に存在しているのではない。全身がやや透明に見えるのであれはホログラムなのだろう。

 

『界装』

 

〔IGNITION!MODE AIN!〕

 

男はそう呟き、二つのスロットを中央へ押し込んだ。ドライバーから溢れた青い光の粒子が男の体に纏わりつき、体にぴったりと密着した白い強化スーツへと変わる。

 

続けて男の傍に控えていたドラゴンのホログラムががしがしと頭部、翼、胴、脚とパーツごとにバラバラになり、それぞれが男の体に装着されていく。

 

〔ELTANIN!DRAGON ROAR!〕

 

そうして男は変身を遂げた。背中から絶えず吐き出される赤い粒子はまるで蛍の光のようだ。

 

ドライバーを中心に全身に赤いラインが伸び、全身の各部を覆う白と灰色の装甲にも赤色の光るラインが走っている。そのシルエットは俺がよく知る兵藤の禁手の鎧に酷似しているが、今俺の目の前にいるそれはより形状がスタイリッシュなものになっている。

 

「お前は…誰だ?」

 

突然現れた謎の乱入者。彼は果たして味方なのか、それとも…。

 




ジークルーネの実力はロキの付き添いなだけあって高く、だいたい今のロスヴァイセと同等ですが攻撃力はやや劣ります。落ち着いて戦えたらいいところまでいけたかもしれない…けど結局プライムスペクターでボコられてしまうでしょう。

次回、「もう一人の赤」


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第132話 「もう一人の赤」

本作に登場する全ての英雄眼魂の偉人の選定を終えました。すべてのフォームを出すのは不可能なので、大半はあくまでそういう眼魂があるという域にとどまります。設定は追い追い公開していく予定です。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
2.エジソン
3.ロビンフッド
4.ニュートン
7.ベンケイ
10.ヒミコ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ



〈BGM:Gothic Adventure〉

 

ジークルーネとダークゴーストに変身したアルギス、二人のアルルの配下と戦う俺のもとに突然現れた謎の乱入者。奴の登場は激闘が繰り広げられていたアガレス領の森に一時の静けさをもたらした。

 

男から溢れる赤き龍のオーラが、この場にいる俺たちを圧倒しその注目を独り占めにする。

 

あの男から感じ取れるオーラはどういうわけか、兵藤と同じ赤龍帝のものだ。神滅具は二つと存在しないはずだが、どうしてこいつが赤龍帝の力を…?

 

「…」

 

それよりも考えるべきはこの状況だ。こいつは俺がとどめを刺されようとしたその瞬間に現れた。こいつは俺の味方なのか、それとも弱った俺をアルギスと同じように倒しにかかろうとするハイエナなのか…?

 

「貴様、私の結界をどうやって突破した?」

 

『話すつもりはない』

 

絶えず湧いてくる疑問に混乱する俺をつゆ知らず、男が詰問するジークルーネに毅然と返す。

 

「…誰だか知りませんが、私たちの邪魔をするなら排除するまでです」

 

問答は不要だとサングラスラッシャーを握り、猛然と向かうダークゴースト。その剣戟を難なく装甲のついた腕で受け止めた男は豪快にダークゴーストを殴り飛ばした。

 

「ぐぅッ!?」

 

「それなら!」

 

入れ替わるようにジークルーネが魔方陣を大量に展開し、魔法のフルバーストを盛大に放つ。それに対抗して男の手元に幾何学模様の光の粒子が集い、龍の意匠がデザインの一部に込められた、男の装甲と同じカラーリングのアサルトライフルへと変じる。

 

そして銃身のスロットにドライバーに収まっていた歯車型のデバイスを引き抜き、それに差し込んだ。

 

〔ELTANIN IGNITION BREAK〕

 

音声が鳴ると同時に全身のラインが発光をはじめ、その光がライフルへと流水のように移動していく。そしてその銃口に赤い灼光が風船のように膨れ上がっていった。

 

『…』

 

男がかちゃとトリガーを引く。どんと灼光が爆ぜ、アサルトライフルが大出力の赤いビームを吐き出す。眩い光を伴う極太のビームは一瞬で魔法の数々を飲み込み、男がライフルで薙ぐとまるで字の書き間違いを消しゴムで消すかのようにあっという間に消し去ってしまった。

 

「な…!」

 

これにはジークルーネも驚愕を禁じ得ないと、あんぐりと開けた口がふさがらない様子だった。

 

「これならどうです!?」

 

次の策に出るダークゴーストは俺から奪ったリョウマ眼魂、そしてベートーベン眼魂を取り出すと手のひらサイズの魔方陣をかざす。魔方陣に反応した眼魂から光が生まれ、やがてそれはガンマイザーという意思なき戦闘人形の形を成した。

 

風を操るガンマイザー ウィンドと振動を操るガンマイザー オシレーション。どちらも強力な能力を持った厄介な敵だ。

 

生み出されたウィンドが早速先陣を切る。全身から烈風を発して宙を舞い、謎の男に向かって突進する。

 

『余剰エネルギーで十分だ』

 

相対する男は動じない。ウィンドの突進、その距離がゼロになりすれ違う瞬間に紙一重で突進を躱して、ライフルの連射を至近距離で浴びせ爆発四散させた。

 

「まじか…」

 

その戦いを倒れながらも見守る俺は高い戦闘力を誇示するような光景に驚きを隠せない。

 

あのガンマイザーを簡単に…。パワーアップする前の俺では歯が立たなかった相手だ。

 

男の不意を突くようにぼうと燃え上がる爆炎の中からオシレーションが飛び出し、男に奇襲を仕掛ける。

 

男はほのかな光をともしたオシレーションの拳を難なく躱す。その後も続く拳打のラッシュ、その一発一発をかすめることなく男は装甲を纏ったその外見からは想像もできないような軽やかな身のこなしでやり過ごしていく。

 

振動を操る能力からしてあの拳は掠めるだけでもその振動によって装甲を無視して生身にダメージが入る攻撃のはず。音という一種の振動を操るベートーベン眼魂から生まれたガンマイザーであるゆえ、自然とその性質も似通る。

 

〔Boost!Boost!〕

 

『はっ!』

 

回避運動のさなか、男は信じられないことにこれまでの戦いで俺が何度も聞いてきた音声を発動させ、鋭く繰り出された男の抜き手がカウンターでオシレーションの胸をずぶっと貫通した。胸に大穴を開けたその一撃のもと、オシレーションは先陣を切ったウィンドの後を追うように爆発し消滅した。

 

「やはり、赤龍帝の力を持っているのか…!」

 

オーラを感じたときはそんな馬鹿なと思っていたが、能力まで使われては信じるしかない。どういうわけか知らないが、奴は赤龍帝の力を持っている。

 

神器研究において一番進んでいるのはグリゴリだ。となれば、この男が使っているのはアザゼル先生が所有する龍王ファーブニルの鎧と同じ人工神器なのか…?

 

「何なんだ…何者なんだお前は!」

 

その驚異的な戦闘力の高さに内心の戦慄を隠さない表情で、ジークルーネが声を上げる。俺に追い詰められ、アルギスの登場で逆転、さらにこの男の登場でまた逆転と二転三転してきた彼女の焦りが表れていた。

 

『…あえていうなら、君たちの敵であり…』

 

言葉少ない男が抜き手を放った手の汚れを払うように軽く手首を振るいながら彼女の問いに静かながらも答え、俺の方へふと一瞥する。

 

『彼の味方だ』

 

「!」

 

味方、この危機的状況においてなんと心強い言葉だろうか。その一言が俺に与えた安心感は絶大だった。

 

「…そうですか。なら」

 

ダークゴーストはがちゃりとサングラスラッシャーをガンモードに変え、容赦なく引き金を引く。男もすかさず構えたアサルトライフルのトリガーを引き、両者の弾丸がすれ違い、ぶつかり合う派手な銃撃戦が始まる。

 

「深海悠河の首と一緒に、あなたの首とドライバーも土産にしましょうかね!」

 

『僕の首に価値はないけど…君にあげるには惜しいかな』

 

銃弾が当たった木はえぐられたような傷がつき、着弾した地面は焼き焦げ、そして彼ら自身への直撃コースに入った弾丸は上体をそらし、あるいは飛び退って回避する。

 

ダークゴーストの援護をするようにジークルーネも属性魔法を飛ばして男に攻撃を加える。しかし彼の素早い動きに魔法が追い付くことはできず、ことごとくが外れていく。

 

互いに一歩も譲らぬ激しい銃撃戦だ。銃撃と魔法の烈華が刹那のうちに咲き乱れ、三人以外の他者の介入を許さない。

 

〈BGM終了〉

 

「…今だ」

 

二人の注意が完全にあの男に向いている間に、ざっと駆け出してアルギスの妨害で手放してしまったままのプライムトリガーを回収する。

 

〔ソウル・レゾナンス!アーイ!ヒーローズ・ライジング!バッチリミロー!バッチリミロー!〕

 

「しまった!」

 

ドライバーに差し込むとともにドライバーから一斉に色とりどりの7体のパーカーゴーストが飛び出し、男と交戦するダークゴーストたちに襲い掛かる。

 

「くっ!」

 

「邪魔だ!」

 

パーカーゴーストたちの妨害にあいながら、ダークゴーストたちはドレイクの追撃を受けないようにと引き下がっていく。

 

〔カイガン!プライムスペクター!英雄!裂空!勇壮!激闘!ブレイヴ・イグニッション!〕

 

そして7つの英雄の力を身にまとい、ようやくプライムスペクターへとフォームチェンジを遂げた。眼魂を3つ奪われたことで出力は落ちているが、それでもパワーアップと呼ぶには十分だ。

 

そのまま俺は、男のもとへさっと駆け寄る。俺のピンチを救ってくれた彼に改めて言葉を投げかける。

 

「誰だか知らないが、一緒に戦ってくれ」

 

男はこくりと頷く。協力を得られ、心強さを覚えた俺の心は敗北を間近にした状況から一気に奮い立つ。

 

〈挿入歌:Evolvin Storm(仮面ライダーフォーゼ)〉

 

俺たちが駆けだしたのは同時だった。ガンガンセイバーを二刀流モードにし、俺たちはダークゴーストとジークルーネに立ち向かう。

 

〔ヒミコ!〕

 

初撃を加えたのは俺だった。二振りの剣が鮮やかな剣閃を空に描きながらダークゴーストへ振るわれる。

ムサシ眼魂のない今、これまでの戦闘や訓練で培ってきたアシストなしの俺自身の剣技だ。

 

「そんな攻撃で!」

 

だがそのままあっさりと反撃を通すダークゴーストではない。俺の剣技をサングラスラッシャーで捌きながら、時折反撃の剣を繰り出す。

 

「援軍が来たからと図に乗らないでいただきたい!」

 

俺の剣戟をはねのけ、鋭利な剣閃が振り下ろされる。その剣をガキンと受け止めたのは俺と共闘している男の握るアサルトライフルの銃身だった。

 

「!」

 

その間、俺は懐にすっと滑り込み斬撃。一振り、二振りと目を見張る流麗な剣戟がダークゴーストを切り裂いた。

 

「ぐぉ…!」

 

攻撃を受けてよろめくダークゴースト。そこに追い打ちをかけるように男の膝蹴りと裏拳のコンボが決まる。そして最後の一押しだと、俺はそっと奴の腹に掌底を添える。

 

「!」

 

〔ニュートン!〕

 

そこからニュートン魂の斥力の力を炸裂させ、木っ端のように軽々とダークゴーストが吹っ飛んで行った。

 

「ぐほぁっ!」

 

「侮るなよ!」

 

入れ替わりに突撃してきたのはジークルーネだ。剣を構え、果敢に猛進してくる。

初撃で剣を弾き飛ばす。

 

「ッ!」

 

得物を失った彼女に、謎の男がハイキックを決めてダークゴーストの元へ軽々と蹴り飛ばした。

 

初めてあった俺たちだが、見事なコンビネーションで二人を圧倒している。俺たちの相性がいいのか、それとも向こうが俺に合わせてくれているのかまではわからないがこの際それはいい。

 

ざっと俺たちは勇敢に並び立つ。

 

『同時に仕掛ける』

 

「わかった」

 

〔ダイカイガン!プライムスペクター!〕

 

〔ELTANIN〕

 

即席ながらも息を合わせ、同時に必殺技を発動させる。俺の足には金色のエネルギーが収束していき、男の足には全身のラインを伝って移動してきた赤いエネルギーが宿る。

 

そして一息に地面を蹴り跳躍。男の方は背部のブースターユニットから赤い粒子を吐き出しながら飛び立った。

 

〔ハイパー・オメガドライブ!〕

 

〔IGNITION DRIVE!〕

 

俺たちが繰り出したのは必殺の蹴撃。金色と赤いオーラがさながら流れ星のようになり、ダークゴーストたち目掛けて降る。

 

「『はぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!』」

 

「下がれ!」

 

ダークゴーストの前に咄嗟に飛び出したジークルーネが分厚い防御魔方陣を張り、その数秒後に俺たちの流星のようなキックが突き刺さる。

 

光とエネルギーの激しい奔流が結界の中を駆け巡る。互いの思いを乗せた力がぶつかり合い、嵐のように荒れ狂う。だがその衝突が長く続くことはなかった。

 

数秒拮抗したのち、俺たちの力に耐えかねた防御魔方陣ががしゃんとガラスのようにあえなく粉々に砕け散り、そのまま俺たちの一撃が炸裂した。

 

「ぐぁぁぁぁっ!!」

 

「がぁぁっ!」

 

巻き起こった激しい爆発が結界内を轟かせ、爆風が木々を激しく揺らした。その爆炎から二人が無様にもごろごろと横転していく。

 

その逆方向、俺たちの方へ眼魂が4つほど転がって来た。当然、それらすべてを拾い上げる。ムサシ、リョウマ、ベートーベン、そしてコロンブス。

 

コロンブス眼魂だけは15の英雄眼魂に含まれていない、おそらくアルギスが新規で作り上げた眼魂だ。おそらく俺も使用できるだろうが奴らが作り上げたものだから、あとでポラリスさん…は忙しいだろうからアザゼル先生に解析に回そうか。

 

〈挿入歌終了〉

 

「返してもらったぞ。さあ、ふんじばってやるから大人しくしろ」

 

向こうの地面で這いつくばり、悶える二人へ言葉を投げかける。見るからに大きなダメージを受けており、戦闘は不可能だ。

 

「作戦は…失敗か」

 

「…ここは引きましょう。この借りは必ず返しますよ」

 

変身も解除され、衣類も身も煤汚れてボロボロになった二人がよろよろと立ち上がる。ジークルーネの手のひらにはいつの間にか転移魔方陣の光が生み出されていた。

 

「待て!」

 

逃走の意を認めた俺は咄嗟に二人を捕まえようと動き出す。こいつを捕まえて残りの眼魂を回収し、情報を引き出さなければ大事な試合観戦を邪魔された溜飲が下がらない。

 

特に凛救出のタイムリミットが迫っている今、俺はなんとしてでも凛がいるであろうこいつらのアジトの情報を聞き出さなければならない。絶対に逃してはならないチャンスなのだ。

 

「ふん」

 

そうはさせるかと向こうは手のひらから最後っ屁の魔力を放って地面にぶつけ、巻き上げた土煙と爆音で派手な目くらましをする。奴らの唐突なアクションに不意を突かれた俺は驚いて足を止めてしまう。

 

「おわっ…ッ!!」

 

腕に霊力を込めて振るい、煙を払った時には二人の姿はとうに失せていた。凛救出に繋がる絶好の機会は、無残にも失われた。

 

「…くそっ!!!」

 

頭が一瞬のうちに怒りで熱くなり、感情のままに声を荒げてどんと地面を強く踏みつける。

 

「あいつを…助けないといけないのにッ…!」

 

仮面の裏の俺の表情は悔しさと怒りでくしゃくしゃになっていた。ポラリスさんと約束した期間も残り少ない。あの時、俺は絶対に二人を拘束しなければならなった。なのに、二人で奴らを追い詰めたことで生まれた余裕、そして一瞬の油断が命取りになってこのような無様な結果になってしまった。

 

俺の責任だ。俺が弱いばかりに、油断したばかりに二人を逃がしてしまった。どろどろとした無力感と己への怒りが胸中に渦巻く。

 

『…逃がしたか』

 

男がぽつりとつぶやく。その呟きがこの場所での戦闘の終了宣言でもあったかのように周囲に張られていたジークルーネの結界もすぐに消滅した。

 

〔オヤスミー〕

 

「…助けてくれてありがとう。お前は何者なんだ?」

 

怒りはまだ残っているが、それでもこの男に言わなけれならないことがある。一度息を吐き、むしゃくしゃした気分を落ち着かせて心の隅に追いやり、変身を解いた俺は早速隣の男へ尋ねる。

 

男の方も変身を解除したようでアーマーが消えていたが、マスクだけは龍の角のようなアンテナやバイザーが消えただけで相も変わらずその素顔は隠されていた。

 

『僕は…ドレイク。君も知っている彼女の差し金だ』

 

「!…そうか、お前が例のテスターか!」

 

『そういうことだ』

 

男は俺の言わんとしていることを理解したらしく、肯定の意を示して短くうなずいた。

 

俺の知っている彼女と言う言葉、そして謎に満ちたドライバー。それらが脳内で繋がりすべてを理解した。

 

この男…ドレイクこそ、ポラリスさんが言っていた対ディンギル用の秘密兵器、そのテスターなのだ。

 

「しかしそのベルトは…」

 

『スキエンティアに蓄積したデータを利用して強化パワードスーツシステム…バトルドレスをベースに太陽炉と魔法技術を融合発展させて開発された、ディンギルに対抗するための究極のパワードスーツ…その試作型、『ゼクスドライバー オリジン』だ』

 

「…とんでもないものだというのはよくわかった」

 

究極のパワードスーツ、その名に恥じない凄まじい性能を秘めているのは先の戦いでありありと理解できた。

 

それよりも太陽炉も組み込まれているとか言ったな。だとしたら、あの背中から出ていた赤い粒子はGN粒子なのか!どこかで見覚えがあるなと思っていたが、まさかGN粒子だったとは思わなかった。

 

「でも赤龍帝の力は一体どこから…?」

 

『ベルトに差しこんだ『ステラギア』の力だ。ロキ戦で回収した赤龍帝の鎧とその宝玉から赤龍帝の力を解析し、それがこの『エルタニンプロトステラギア』に組み込まれている。これもまだ、試作型だけどね』

 

「なるほど…」

 

ドレイクが手に握るステラギアをまじまじと見つめながら、グリゴリでもまだ完璧には解析がされていない神滅具すら利用できてしまう高度な技術力に感心する。

 

ロキ戦でこっそり兵藤の鎧の破片を回収していたのか。それならば彼女が赤龍帝の力を発動できる兵器を開発できたことにも納得がいく。

 

しかしあの人、とんでもないものを作り上げてしまったな。変身したアルギスを圧倒し、それだけでなくガンマイザーを一撃で粉砕してしまえるとは。

 

それに試作型ということはまだまだ発展途上、これの完成形になればあれ以上のとんでもないパワーや性能になること間違いなしだ。

 

「…さっきの戦い、あんたがいなかったら俺は死んでいた。助けに来てくれてありがとう」

 

『…僕はあくまで、彼女に命じられて実戦のデータ取りに行かされただけだ。礼を言う必要なんてない。それより、君は急いで会場に戻った方がいいんじゃないか?』

 

「あ、そうだった!」

 

ドレイクの指摘に頭が真っ白になりかける。

 

こうしている間にも、もしかするとゲーム名物の『王』同士の一騎打ちが始まっているかもしれない。アルギスの奴、俺の抹殺には失敗したがとんでもない嫌がらせには成功しやがって。

 

『僕が転移用の魔方陣を用意している。それで君は戻るんだ』

 

その反応も想定内だとドレイクは早速地面に魔方陣を展開してくれた。急いで俺は勧められたとおりに転移魔方陣の中に入る。

 

「ありがとう、ドレイク」

 

転移が起動するまでのごくわずかな時間、最後に感謝の言葉を残して俺は転移する。ポラリスさんの部下ならまた会うことになるはず。

 

この戦いで大きなチャンスを逃しはしたが、心強い新たな味方を得られた。それだけでも十分と言うべきだろう。

 

ポラリスさんは禍の団との戦いに干渉はしたがらないため曹操たちとの戦いで助力は見込めないだろうが、対ディンギル戦において強力すぎる味方の登場に心沸き立つのだった。

 




謎の仮面の男、ドレイク。彼の素顔を知っているのはポラリスとイレブンのみ。

次回、「獅子王と紅龍帝」


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第133話 「獅子王と紅龍帝」

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
1.ムサシ(NEW)
2.エジソン
3.ロビンフッド
4.ニュートン
6.ベートーベン(NEW)
7.ベンケイ
9. リョウマ(NEW)
10.ヒミコ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
23.コロンブス(NEW)



転移魔方陣で会場に戻った俺は、広い廊下をばたばたと大急ぎで駆け抜ける。幸い変身していたおかげで服はボロボロになってはいないが、受けた攻撃の衝撃は生身に伝わっていたせいで全身が痛い。だが、それを気にする時間はない。

 

第7試合が終わった時点で既に多くの選手がリタイヤし、ゲームはクライマックスを迎えようとしていた。

 

つまり、今まで以上に盛り上がる見せ場が控えているということだ。皆の応援のために観戦に来た手前、それを見逃すということはまず許されない。

 

会場に戻って早々に、先ほどのアルギスたちの襲撃の一件をアザゼル先生は実況解説に回っているのでサーゼクス様に報告することにした。いくら公になればゲームに大きな影響が出るしそれだけは避けたいとはいえ、何も言わないというわけにはいかない。

 

コブラケータイ越しにサーゼクス様が驚いていたのがよく伝わったが、俺の意を汲むようにこっちで内密に処理し、警備を強化することを約束してくれた。俺だけでなくゲームを楽しんでいる観客に水を差さないようにする心遣いも本当にありがたかった。

 

そうこう走っているうちにようやく観客席に出た。すぐにレイヴェルさんと紫藤さんを見つけ出し彼女らのもとへひた走って戻った。

 

「すまない、遅れた…」

 

「あら、深海君?」

 

「随分遅かったようですが…何かありましたの?」

 

戦いのダメージとここまで走ってきたことでぜえぜえと息を切らす俺はすぐに返事はせず、こっちに来てと手を軽く振って二人を間近に集める。そしてずいと顔を近づけた。

 

「アルギスと出くわして戦闘になった」

 

「「えっ!?」」

 

話が周りにばれないように小声で言ったのに二人は声を上げて驚いた。

 

「それは本当ですの?」

 

「ちょっと、どうして早く連絡してくれなかったの?言ってくれたら駆け付けたのに」

 

今度こそ小声になってくれた二人は咎めるような口調で詰問してくる。だがそういう反応が返ってくるのは想定内だ。

 

「言えるわけないだろ。下手に騒ぎになればゲームが中止になりかねないし、そんなことを冥界のみんなが望むか?一般人はもちろんVIPの方々はがっかりだし、バアルやグレモリーも面目丸つぶれだ」

 

「それは…」

 

この観客でごった返し、熱中の渦中にある会場を見ればわかる。このゲームがどれほど期待されていたものなのかが。ゲームについてはほぼ知識のない俺ですらその人気っぷりは理解できた。それを台無しにすることなど愚の骨頂だ。

 

それにアルギスたち本人は口にしなかったがその目的の中にゲームを中止させることも含まれていると俺は考えている。そうでなければ他に襲うタイミングはあるだろうに、わざわざこの試合中に襲撃を仕掛けようと考えないだろう。大勢の前で冥界のヒーローを殺せば、大きな混乱が生まれることは間違いなしだ。

 

奴らの思惑通りにさせないためにも内密に片づけ、ゲームを続行させなければならない。

 

「安心してくれ、もう撃退した。かなりの深手を負ったみたいだからもうちょっかいはかけられないはずだ。一応サーゼクス様にも連絡してるから、他のVIPにも情報が行っているはず。警備のレベルも引き上がるだろう」

 

「…それなら、まあ」

 

二人はまだ納得はいっていない表情だが、これ以上の追及はせず渋々といった様子で引き下がった。

 

「それより、試合の様子は…ってか、なんだあの金ぴかの鎧は」

 

「あれはサイラオーグ様の『兵士』ですわ」

 

「…え?」

 

「サイラオーグ様の『兵士』、レグルスは神滅具の一つ、『獅子王の戦斧《レグルス・ネメア》』でしてアの鎧はその亜種禁手『獅子王の剛皮《レグルス・レイ・レザーレックス》』だそうです。今発動したばかりですわ」

 

「あの兵士がロンギヌス…!?てか、あれって元々は斧だったのに鎧になるとか変わりすぎだろ…!それに、人間に化けていなかったか?」

 

目の前のモニターに映るサイラオーグの鎧と勉強会で学んだ記憶の大きすぎる不一致は今日一番の驚きだ。

 

元来『獅子王の戦斧』とは大地を一撃で粉砕し、巨大な獅子にも変化できるという強力な力を秘めた神滅具の一つだった。ギリシャ神話に登場する英雄ヘラクレスの試練の一つに数えられる凶暴なネメアの獅子に由来するだけあり、飛び道具を受け付けない能力も秘めている。

 

先生曰く、ここ数年で所有者の足取りがつかめなかったとされているがまさかバアルの『兵士』になっているなど誰が想像できただろうか。

 

「すでに本来の所有者は死んでいますが、どういうわけか意志を持って動き出したそうです…ただ、サイラオーグ様は『兵士』の駒で悪魔にすることはできても、正式な所有者ではないために力が不安定で暴走の可能性もあったので今までの試合に出られなかったみたいですわね」

 

「お披露目の時は実況のアザゼル先生が大興奮してたわねー。『サイラオーグ!後でうちに連れて来い!』って!」

 

「先生ならそう言うだろうな…」

 

大興奮する先生の様子は簡単に想像できた。こんなイレギュラーな神器、本当は解説をすっぽかして今すぐにでも調べ上げたいだろう。

 

しかし、所有者がいなくなった神器自体が自律した意志を持ち悪魔に転生できてしまうとは…やはり先生の言う通り、今代のロンギヌスはイレギュラーが多発しているようだ。

 

「ゲームの流れはひとつ前の試合でイッセー様がサイラオーグ様の『女王』を倒したのですが、サイラオーグ様からの提案で総力戦を行うことになったのですわ」

 

「総力戦?」

 

「ええ、本来は二度出しできないルールでイッセー様は出場できず、『王』同士、あるいはリアス様とサイラオーグ様の『兵士』が戦うしかありません。でもそんな展開は簡単に読めてしまいますし、何よりルールでイッセー様と戦えないのは自分はもちろん観客も望むところではないだろう、と」

 

「アーシアだけは陣地に残ることになったみたいだけどね」

 

「…確かに。今回に関しては『王』同士の戦いよりサイラオーグと兵藤がタイマンした方が盛り上がるだろうしな」

 

サイラオーグと兵藤は悪魔にしては珍しい、肉弾戦を主体にした戦闘を得意とする悪魔だ。そんな物珍しい彼らのマッチングを、ファンなら誰もが期待するところだ。

 

『さあ、来い』

 

大体の状況を理解できたところで試合は動いた。サイラオーグは自信もたっぷりに兵藤を挑発する。

 

『モードチェンジ、『龍剛の戦車』!』

 

それに乗るように掛け声で兵藤の腕の装甲が大きく膨れ上がったような重々しい形状に変化する。そして、全力でサイラオーグ目掛けて拳を振り抜いた。鎧に仕込まれた撃鉄が発動し、ずがんとこちらの大気まで震えそうな重い音が響き渡る。

 

『…そんなものか?』

 

だが拳を受けたサイラオーグは1mたりとも動くことはなかった。それと入れ替わりで、サイラオーグの掌底が兵藤を打ち据えた。

 

たったそれだけで兵藤のトリアイナの鎧はがしゃんと粉々に砕け、大量の血を吐き散らしてがくんとその場に崩れ落ちた。

 

あれは間違いなく、体の芯に入った一撃だ。

 

『イッセー!!』

 

「そんな…!」

 

「嘘だろ…」

 

「イッセー様!」

 

モニターの向こうの部長さん、そしてそれを観る俺たち三人は信じられないとばかりに口をあんぐりと開ける。まさか新たな力であるトリアイナの中で最もパワーに秀でた『戦車』ですら、サイラオーグに通用しなかった。

 

間近で兵藤の力を見てきた俺たちにとって、この結果は容易に信じがたいものだった。

 

「おっぱいドラゴンがー!」

 

一瞬でやられたヒーローの姿に子どもたちも悲鳴を上げる。彼らにとってヒーローである兵藤の敗北は想像だにしなかっただろう。

 

『な…なんということでしょうか!サイラオーグ・バアル選手の拳一発で、兵藤一誠選手がダウンしました!!』

 

『…やはり彼のパワーは飛びぬけていますね。拳だけでここまで強い悪魔は滅多にいません』

 

その驚異のパワーに驚愕する実況と、冷静に彼のパワーを評するベリアル。レーティングゲームの頂点に君臨する王者からそう言われてサイラオーグもさぞ鼻が高いことだろうな。

 

危機的状況の中、俺はあるルールを思い出す。フェニックスの涙だ。木場たちに腕を斬られてその治癒に使ったバアルと違い、まだこちらは使用していない。

 

使えば一気に兵藤を回復させられるはずなのに、部長さんたちは一向に使う気配がない。

 

「おい、なんで部長さんはフェニックスの涙を使わないんだ!?」

 

「リアスさんがサイラオーグの『兵士』に深手を負わされた時に使ってしまったのよ…」

 

「嘘だろ…」

 

あれだけのダメージを入れられた兵藤はおそらく戦闘不能、残った部長さんとアーシアさんは一体どう戦っていくのか?

 

今後の展開が読めなくなったその時だった。

 

ゆらり。ゆらり。

 

倒れた兵藤の体からふと小さいながらも黒いもやが滲みだす。見るだけで不穏なものを想起させるあれは一体何なのだろうか?

 

『おいおい、まさか『覇龍』か…?』

 

『アザゼル総督、覇龍とは一体?』

 

その正体に真っ先に気付いたのはアザゼル先生だった。冷や汗が垂れたと言わんばかりに、先生の面持ちは神妙なものに一変している。

 

「!!」

 

「なんでこのタイミングで…」

 

「『覇龍』?」

 

同じく俺と紫藤さんの面持ちが硬くなる一方で、レイヴェルさんは聞きなれない単語だとおうむ返しをする。

 

「そうか、レイヴェルさんは知らないんだったな。二天龍の神器には封じられたドラゴンの力を全開にして禁手以上の力を得る代わりに歴代所有者の残留思念に侵食されて命尽きるまで暴走する『覇龍』って力がある」

 

「なんですって…!?」

 

「イッセー君は過去にそれが発動して、助かりはしたけど寿命がかなり削られてしまったの。でも今回は発動するような出来事なんて起きてないのに…」

 

「そんな、どうして…」

 

この状況が如何に危ないかを理解したレイヴェルさんは顔を真っ青にする。よりによってゲーム中に発動してしまうのか…!

 

『噂に聞く二天龍の神滅具が持つ究極の力ですか…それがどうして?』

 

『恐らく、神器内にある歴代所有者の残留思念がイッセーが瀕死になって弱ったところにつけこんで活発になっているんでしょう。その怨念は封じられているドライグですら迂闊に近寄れないものだと聞いています』

 

先生は危機を目にしながら自らの仕事である解説をこなす。神器研究の第一人者である先生のわかりやすい解説により、観客たちも状況を理解できたらしく会場に不安の色が広がり始めた。

 

「おっぱいドラゴンが死んじゃったー!」

 

「やだよー!」

 

「立ってよー!」

 

倒れたまま不穏なオーラを出し始めた兵藤に子供たちは不安がり、ついには泣き出す子供も現れてしまう。

 

「まずいな…」

 

不安がる観客たちを見まわし、俺はぼそりと呟く。試合の雲行きもだが、なにより兵藤自身が危ない。

 

なにせ一度目の発動で寿命がかなり縮んだあいつがまた覇龍を使えば試合が台無しになることはもちろん、今度こそ命を使い果たして死んでしまう。

 

「このままだとイッセー君が…!」

 

「レーティングゲームでの死亡事故は決して少なくはありませんわ。ゲームとは言え戦いですもの…でも、こんな…」

 

レイヴェルさんの眼にきらりと涙がこぼれる。会場内を不穏な暗雲が覆い始めたその時だった。

 

「泣いちゃダメッー!!」

 

その空気を切り裂くように一人の男の子が声を上げた。おっぱいドラゴンのフィギュアを握りしめている彼

 

「おっぱいドラゴンが言ってたんだ!男は泣いちゃダメだって!転んでも、何度も立ち上がって女の子を守れるくらい強くならなきゃだって!」

 

男の子は拙い言葉ながらも懸命に叫ぶ。無垢な子供の純粋な思いは、不安に揺れる会場においてかっと差し込んだ光明だった。

 

彼の必死の呼びかけは、不安の真っただ中にいる子供たち…だけではない、兵藤を応援する大人たちの心を揺り動かした。

 

「そうだ、おっぱいドラゴンは負けないんだ!おっぱい!」

 

「がんばって、おっぱいドラゴン!」

 

「おっぱいドラゴン!」

 

一人の勇気ある子どもの希望の炎は、別の子どもへと伝播した。そこから一人、また一人と一人のコールはやがて会場中の子どもたちへ広がる。

 

そうだ、子どもたちがこんなにあいつを応援しているというのに、どうして間近であいつと一緒に肩を並べてきた俺は何もしないでただ不安がっているんだ。

 

そう思い至った時、心の内で衝動が沸き起こる。衝動に駆り立てられ、居ても立っても居られなった俺は観客席を立ち上がる。

 

「立て、兵藤!お前がこの試合にかけてきた思いはそんなもんで折れないだろうがァ!!立って部長さんにいいところの一つでも見せてみろ!!」

 

俺も彼らの応援に心突き動かされ、力の限りモニター内で倒れている兵藤目掛けて叫ぶ。変身した状態で戦っていたので衣類は全く持って汚れたり破れたりはしていないが、受けた攻撃の衝撃でボロボロなため、正直なところ医者に見せれば安静にした方がいいと言われるだろう。

 

それでも俺は自分の身を顧みずに叫んだ。今のあいつに聞こえるかどうかはわからないが、リタイヤになってないということはまだ意識はかすかにあるということ。

 

可能性があるならやってやる、何度だって言ってやる。俺たちの声で、あいつを怨念から救い出してやろうじゃないか。

 

『これは…歴代の所有者の怨念か。今まさにお前は飲まれようとしているのだな』

 

会場でおっぱいドラゴンを呼ぶ熱烈な声が上がる一方、試合のフィールドで倒れたままの兵藤を見下ろすサイラオーグがぽつりと言う。

 

『どうした、兵藤一誠!お前はまだ終わるような男ではないはずだ!俺と真正面から殴り合った時の輝きはどこにいった!?お前の魂はあんな禍々しいものに負けるような軟弱なものではない!!さあ、立ち上がれ!!』

 

対戦相手のサイラオーグすら、叱咤激励し奮起を促す。威風堂々と黄金の鎧を身にまとい、その熱い魂を込めて呼びかける彼の姿に心動かされたのか、これまでバアルチームを応援していた観客からもおっぱいドラゴンと呼ぶ声が上がり始めた。

 

「おっぱい!おっぱい!」

 

「ちちりゅうてー!」

 

「…そうよ、おっぱいドラゴンは、イッセー君はどんなに苦しい時でも立ち上がって来たの!私たちのヒーローを!みんなで応援しよう!」

 

おっぱいドラゴンを求める子どもたち、観客たちを目の当たりにした紫藤さんは涙をこぼしながら、子どもたちに応援を促す。

 

「みんな!おっぱいドラゴンは好き!?」

 

『大好きー!!』

 

紫藤さんの問いかけに屈託のない笑顔を浮かべた子どもたちの合唱じみた返事が返ってくる。

 

「私も大好き!すごくドスケベだけど、人一倍努力してて、誰よりも熱くて、諦めなくて、いつだってみんなのために戦ってるの!だから応援しよう!おっぱいドラゴン!」

 

『おっぱいドラゴン!おっぱいドラゴン!』

 

『おっぱい!おっぱい!おっぱい!おっぱい!おっぱい!おっぱい!おっぱい!おっぱい!おっぱい!おっぱい!おっぱい!おっぱい!おっぱい!』

 

紫藤さんの呼びかけで、おっぱいドラゴンのコールはさらにヒートアップする。俺とレイヴェルさんも恥も外聞も捨て、彼らと心を一つにして叫ぶ。普段の俺なら人前でおっぱいなんて単語を連呼したりはしない。

 

『イッセー…みんながあなたを求めているのよ』

 

涙を流しながら、部長さんは動かない兵藤を抱きしめる。

 

だがこの瞬間だけは、そんな恥じらいも忘れてひたすらに叫び続ける。この場にいる全員の心が一つになり、冥界のヒーローを求める声が絶えず響き続けた。

 

皆が待っている、ヒーローの再起を。

 

そんなコールの中で、変化は起こった。

 

『…?』

 

兵藤を抱きかかえる部長さんの胸が赤く発光し始めたのだ。その色は、彼女自身と同じ真紅の色であった。

 

『…う』

 

変化は立て続けに起こる。果たして俺たちの願いが通じたのかくすぶっていた黒い靄が消えて、倒れ伏す兵藤の体がピクリと動いた。さらになんと、全身から赤い光が迸り始めた。

 

〈BGM:龍亞の覚醒(遊戯王ファイブディーズ)〉

 

いや、あの色は普段の鎧の色よりもっと深い、部長さんと同じ真紅の色だ。それに発光しているだけではない。光の中で、鎧が形状を変えていく。特に際立った変化として、これまでは生々しい龍のものだった龍の翼が、ヴァーリの神器のように真紅の光の翼へと変化していた。

 

『イッセー…その姿は』

 

『赤いオーラ…いや、真紅のオーラだ。リアスの、あの『紅髪の魔王《クリムゾン・サタン》』と称される男の髪色と同じだ。ははっ、また奇跡を起こしやがったか!!てか今度はおっぱいに触らずに進化しやがった!!』

 

解説に回っているアザゼル先生も、この奇跡を目の当たりにしたことで兵藤が復活したことへの歓喜を通り越して大興奮のようだ。

 

『この鎧…あれ、駒が『女王』になってる!』

 

兵藤自身も、己の変化に戸惑っているらしく、自分の体をあちらこちらとせわしく見回す。

 

「イッセー様は『女王』への昇格を果たしたのですね…!」

 

女王への昇格はこれまでのトリアイナではできなかったが、まさか女王への昇格がここまで劇的な変化をもたらそうとは。

 

『『真紅の赫龍帝《カーディナル・クリムゾン・プロモーション》』といったところか』

 

立ち上がった兵藤を前に、サイラオーグは好戦的でありながら彼を誇らしげに思うような笑みを浮かべた。

 

『よくぞ立ち上がった、兵藤一誠。歴代の怨念を乗り越え、さらに新しい力に目覚めたか!それに、その鎧の色は…』

 

『惚れた女のイメージカラーだ。部長は…リアス・グレモリーは俺が惚れた女だ。その人を守りたい、勝たせたい!だから俺は…!!』

 

一拍呼吸。息を大きく吸って、そしてこれまで胸に押し込め続けた思いのたけをあいつは叫ぶ。

 

『冥界の子どもたちと、リアス・グレモリーの前であんたを倒す!!子どもたちのために、彼女のために今から俺はあんたを超えていく!!俺はァ!リアス・グレモリーが大好きだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!』

 

観客の目もはばからず、兵藤は腹の底からありったけの思いが乗った告白が叫ばれる。真紅の鎧へのパワーアップに次ぐ衝撃に、会場中がどよめいた。

 

「イッセー君!ついにやったのね!」

 

「まったく、イッセー様らしいですわね」

 

「ははっ…!」

 

あまりにも大胆すぎる告白に自然と笑いがこぼれた。惚れた女の子の髪と同じ色の鎧、なんてあいつらしいパワーアップだよ。それにこんな場所で告白するなんて。

 

「最高だな!」

 

吹っ切れた友の、反撃がいよいよ始まる。

 

〈BGM終了〉

 

 




サイラオーグが歴代所有者の怨念に気付けたのは過去に『覇獣』の習得に手を付けたことがあって、一度断念したときに同じような歴代の怨念に触れたことがあったからというオリ設定です。


最初は手出しできない最終決戦をどうしようかと思っていましたが観客サイドから書いてみたら意外と面白いように書けました。

次回、「始まる学園祭」


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第134話「男たちの意地と拳と夢と」

ごめんなさい、前話の終わりに書いた今回のタイトルを間違えました…。

今後の予定は以下の通りです。
次話:ライオンハート編最終回
その次:ライオンハート編の外伝(信長が主役)
そのまた次:設定資料集4公開(ドレイク関連と新規英雄眼魂についてのみ更新)
更なる次:ライオンハート編の裏話を活動報告に投稿
そして最後に:ウロボロス編スタート

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
1.ムサシ
2.エジソン
3.ロビンフッド
4.ニュートン
6.ベートーベン
7.ベンケイ
9. リョウマ
10.ヒミコ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
23.コロンブス



『ハハハハハッ!!』

 

奇跡の復活を遂げた兵藤の、唐突な主への思いの告白にサイラオーグは豪快に笑った。

 

『そうか、今までお前から感じていたつっかえがようやく取れたようだ!いいだろう、ならば俺もお前を超えて、我が夢の糧にしよう!!』

 

対戦相手のパワーアップ、そして精神的な吹っ切れにむしろ大歓迎だとその戦意も高揚したようだ。

 

〈挿入歌:Alteration(仮面ライダーウィザード)〉

 

〔Star Sonic Booster!〕

 

背部のブースターから赤いオーラを吹かしてすさまじいスピードでサイラオーグ目掛けて突撃する。そのスピードたるや、余波だけで周囲が吹き飛びそうになるほどでトリアイナの『騎士』以上の速度を発揮していた。

 

『ッ!!』

 

サイラオーグも全身に白い闘気を纏わせて迎撃の態勢を取る。その構えは兵藤の全ての攻撃を受け止めようという気概が存在こそすれど、一寸の油断や隙はなかった。

 

〔Solid Impact Booster!〕

 

『ウォォォォォォォォッ!!』

 

両腕だけ増大したオーラを纏わせ、兵藤が繰り出したのは猛烈なパンチのラッシュ。一発一発が『戦車』以上の威力であろうパンチをただひたすらにサイラオーグに食らわせ、殴り続け、兵藤自身もサイラオーグの剛腕に何度も殴られ続けた。腕が、顔が、胸が、殴れるところならどこでもいいとばかりにがむしゃらに拳を放る壮絶な戦いが繰り広げられている。

 

『ぬぉぉぉぉぉぉ…ッ!!』

 

一発一発が爆音を鳴り響かせ、モニターの映像が揺れる。乱れる映像の中ではフィールドに穴がいくつもあけられていた。これまでの試合にはなかった激闘の余波による破壊が起こっている。

 

防御も忘れ、男たちはひたすらに一打に意地を込めて殴り合った。どんなに殴られようと鎧が砕けようとひるまず臆せず、殴り返し、殴り返される。これ以上にないほど原始的で、野性的で、単純で、豪快なファイトは観客を熱狂させ、歓声で沸かせた。

 

「あのスピード、トリアイナの『騎士』より速い!」

 

「パンチの威力も『戦車』以上ですわ!」

 

『戦車』、『騎士』、『僧侶』。これまでの駒の特性を兼ね備え、尚且つこれまで以上の力を発揮する形態。これが兵藤の『女王』への昇格、『真紅の赫龍帝《カーディナル・クリムゾン・プロモーション》』か!

 

『な、殴り合いです!これほどまでに壮絶な殴り合いは多くのゲーム実況を務めてまいりました私でも、見たことがございません!!』

 

その壮絶を極める殴り合いに実況のナウド・ガミジンも大興奮だ。おっぱいドラゴン奇跡の復活からの壮絶な激闘という盛り上がりは必須の怒涛の展開に観客の熱狂は頂点に上ろうとしている。

 

『俺はァ!あんたに勝つんだァァァ!!』

 

〔Solid Impact Booster!〕

 

拳の応酬の中、決意を叫ぶ兵藤が紅のオーラを右腕に纏わせ、トリアイナの『戦車』のように分厚い装甲を形成させた。内蔵された撃鉄が撃ち込まれ、その威力を引き上げる。そしてそのままサイラオーグの腹にズドンという重々しい音を立てながら打ち込んだ。

 

『ぐふぅッ!!』

 

血反吐を吐くサイラオーグの気高い獅子の鎧が粉々に砕ける。体の芯を突き抜けるような一撃はサイラオーグをふらつかせ、ついにはこのゲームで初めて、片膝を地面につかせるにまで至った。

 

『くっ…なぜだ!どうした、俺の足よ!なぜ震える!?まだ、俺は…!』

 

自身の脚に激を飛ばし、サイラオーグの脚は震えながらも気合で立ち上がる。

 

「あれでも倒れないなんて…とんでもないタフガイだ」

 

あの殴り合いをしているのが俺だったらもう地面に突っ伏して戦闘不能になっていたに違いない。それほどまでにサイラオーグもこの試合に相当なプライドをかけているということだ。

 

『保て、俺の体…!まだこの戦いを味わい尽くしてはいない!今を戦い抜かねば、どうして大王バアルの男を名乗れる!?』

 

一時のダウンからすぐさま持ち直したサイラオーグ。重い一撃を受けてなお貪欲なまでに戦いを求める目のぎらつきが陰ることはなかった。そして滾る戦意のままに、獅子のようにサイラオーグは殴り合いを再開せんとひた走る。

 

迫るサイラオーグに拳を振りかぶろうとする兵藤。その寸前、急に拳を引っ込めてフェイントで相手の太もも目掛けてローキックを繰り出した。

 

「!」

 

またしてもぐらつき、態勢を崩すサイラオーグ。続けて彼を襲ったのは頭部目掛けた兵藤の地面に叩きつけるようなパンチだった。叩きのめされたサイラオーグはボールのように数度跳ねて飛んで行った。

 

「すごい…サイラオーグ様を圧倒していますわ」

 

そこに追い打ちをかけるように兵藤は次の攻撃に移る。ドラゴンの両翼からトリアイナの『僧侶』で見たキャノン砲が姿を現す。そして、ギュウンという鳴動を響かせながら、砲口に真紅の光を蓄えること数秒。

 

『クリムゾンブラスタァァァァァァァァァ!!!』

 

〔Fang Blast Booster!〕

 

兵藤の咆哮と共に、両翼の二つの砲口が圧倒的な真紅のオーラを吐き出す。その威力がこれまでのドラゴンショットの数倍以上の威力があることは容易に見て取れた。回避しようもない一撃を、サイラオーグは真正面から浴びるのだった。

 

着弾と同時に、これまでにない規模の爆発が起こる。余波で激しく映像が乱れ、十秒後に映像が復帰した時にはサイラオーグがいた場所に巨大なクレーターが出来上がっていた。

 

〈挿入歌終了〉

 

「…か、勝ったの?」

 

レイヴェルさんだけでなく観客たちも、勝負の行方は如何にと気になったのか熱狂が一時的に収まり静かになる。

 

クレーターの中心、サイラオーグは鎧をボロボロにして地面に突っ伏していた。動く気配はない、しかしリタイヤの光に包まれる気配もない。どうにも意識が落ちるギリギリのところをさまよっているらしい。

 

兵藤もこれ以上の追い打ちをかける様子はなく、相手の出方を見守るようでじっと見つめていた。まるで、ここまで深手を負っても彼が立ち上がるのを知っているかのように。

 

『…ォ』

 

果たして、倒れ伏していた彼の体がピクリと動いた。限界のように見える彼はふらふらと、それでもむくりと起き上がり。

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』

 

ずんと大地を叩くように踏みしめる。獅子のような魂の雄たけびを上げて、サイラオーグは再起した。

 

〈BGM:友の証(遊戯王ゼアル)〉

 

「まだ立つのか…!」

 

「イッセー君はパワーアップしてるのに…!」

 

「それだけ、譲れない思いがあるということですわ」

 

その魂の咆哮にあてられたように観客たちの盛り上がりも復活し、再起をたたえるように歓声が鳴りやまない。

 

『兵藤一誠ェ!!俺はァ、負けんッ!!俺にはどうしても、叶えたい夢があるのだ!!』

 

血みどろになりながらも、サイラオーグはなお衰えぬ戦意を剝き出しに兵藤へ猛進する。

 

『俺だって負けられねえんだよォ!!』

 

臆せず兵藤も向かい、互いの右ストレートが深く顔面に入り込む。それを機に再び、男たちの意地をかけた殴り合いが再開する。

 

どんなに顔を殴られようと、腹を殴られようと、鎧が砕かれようと、男たちは戦うことをやめない。一歩も引かない。そうした瞬間に激流に押し流されるがごとく怒涛のラッシュに呑まれ次の再起はないほどにぶちのめされると理解しているからだ。

 

戦いの中で高揚した闘志は狂気的なまでの勝利への執着を生み、二人の戦いを後押ししヒートアップさせていった。そのような激闘を可能にしたサイラオーグの強靭な肉体には感嘆の念を覚える。魔力を持たない彼がこの域にまで達するのにどれほどの時間と修練を費やしてきたことだろうか。

 

『俺のような…魔力を持たずとも!生まれがどうであろうと!努力すれば、誰もが相応の地位につける世界!!誰も、努力する者を貶めない社会…俺が、大王バアルとしてそれを作り上げる!!』

 

サイラオーグは吼える。みんなのための、己の夢を。表向きは支えてくれる政界の支援者に裏でこけにされようと、これまでの苦難を経て魂が切望する望みを原動力に彼は戦い続ける。

 

『俺だって…部長をゲーム王者にして…俺も、いつか王者になる…!誰よりも強くなる!俺が、最強の『兵士』になるんだァァァァァァァァァ!!』

 

兵藤は叫ぶ。愛する人のための、己の夢を。かつて堕天使に恋心を踏みにじられようとも、出会った仲間たちと、一途に尽くす彼女へ抱いた思いと向き合いあいつはその決意を、夢を真紅の鎧と共に新たにした。

 

文字通り夢と、命をかけた戦いがそこにあった。

 

兵藤の叫びと共に、渾身の一発がサイラオーグの腹部に炸裂した。それと同時に、兵藤の体が大きくぐらついた。復活と二度の殴り合いを経て、もう限界の限界を超えているのだ。

 

〈BGM終了〉

 

『はぁ…はぁ…くそ…』

 

もうこれ以上は戦えないとふらふらの兵藤だが、そんな彼を襲うはずの執念の一撃はいつまでたっても来なかった。相対するサイラオーグは拳を前方に突き出す動作をしたまま、全く動かない。

 

「な…何が起こってるの?」

 

突然の殴り合いの終了に観客たちも困惑しているようだった。

 

『赤龍帝…もういい…』

 

『!』

 

不意に動かないサイラオーグがぼそりと呟いた。いや、言葉を発したのはサイラオーグではなく、彼の纏う獅子の鎧の方だった。

 

『サイラオーグ様は…少し前から気を失っていた…』

 

『…え』

 

『それでも…ただ嬉しそうに…ようやく出会えた、こうして対等に拳をぶつけあえるあなたとの戦いに…夢をかけた戦いに…臨んでいた』

 

溢れる感情に震える声で、鎧は語る。

 

『赤龍帝…サイラオーグ様と戦ってくれて…ありがとう…!』

 

鎧の胸部にある獅子の目からぼろぼろと感謝の言葉と共に大粒の涙がこぼれていく。

 

『うっ…ありがとう…ありがとうございましたぁぁぁっ!!』

 

『サイラオーグ・バアル選手投了、リタイヤ。バアルチームの『王』のリタイヤによって、ゲーム終了です。勝者、リアス・グレモリーチーム!!』

 

審判役のリュディガーが、高らかにゲームの試合を宣言する。会場にいる誰もが立ち上がり、激闘を繰り広げた二人の男に拍手と歓声を送る。

 

この時俺は思った、このゲームは、レーティングゲーム史上に残る名試合になるであろうと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゲームが終わり、共におっぱいドラゴンを応援した子どもたちと言葉を交わした後に俺が向かったのは病室だった。そこには今ゲームでリタイヤ、負傷した選手が運ばれることになっている。

 

まず最初に向かった病室のドアをがちゃと開けると、そこにいたのはベッドから上体だけ起こした兵藤だけでなく彼と熱い戦いを繰り広げたサイラオーグ、そして…。

 

「…あれ、サーゼクス様!?」

 

「やあ、奇遇だね。せっかくなら君も聞いていきたまえ」

 

こちらに気付いてにこやかな笑みを浮かべる魔王サーゼクス様も一緒にいた。素晴らしい戦いを披露した二人を労いに来たのだろうか。

 

勧められ、俺は近くの椅子に腰かける。

 

「君は例の推進大使か」

 

「どうも」

 

と、兵藤の隣のベッドにいるサイラオーグに声をかけられた。

 

サイラオーグがこうして対面するのは初めてだろうか。修学旅行前にあった兵藤とサイラオーグの組手はカウントするべきか悩ましいところだが。

 

「そうだ、実は先日の一戦の裏でアンドロマリウスとロキの部下が手を組みイッセー君と彼の暗殺を目論んでいたようでね、彼がそれを止めてくれたのだよ」

 

「え!?」

 

「本当ですか!?」

 

戦いの傷癒えぬ二人は目を丸めてぎょっと驚いた。まさか自分たちの戦いの裏でそのようなことがあったとはつゆにも思わなかったらしい。いや、あの戦いの中にそんなことを考える暇すらなかったというべきか。それは互いの全力を満足いくまで出し尽くした今でもそうだったのだろう。

 

「幸いにも彼の奮闘のおかげで誰にも知られることなく事件を処理し、ゲームを無事に進行することができた」

 

「そうですか…」

 

話を聞いたサイラオーグは改まった様子で俺の方を向いたので、その真っすぐ過ぎる瞳に見つめられた俺は驚きと緊張でびしっと背筋が伸びた。

 

「紀伊国悠…君のおかげで、俺たちは無事最後まで戦い抜くことができた。感謝してもしきれない。恩に着る」

 

そしてサイラオーグは深々と感謝の念を込めて、頭を下げた。その言葉と動作の全てに彼の真っすぐな性格が表れていた。

 

「お前がいなかったら、あれだって言えなかったかもしれなかったしな…ありがとな」

 

「いや…むしろ俺も狙われた側だし、こうなったのも、奴らを撃退できたのも偶然だ。俺だって迷惑したんだぞ?お前とアバドンの試合が見れなかったし、二人の試合も途中からになったからな」

 

「む…それは災難だったな」

 

すぐに終わった試合とは言え、やっぱり全部通して観たかったぞ。それに進化する前の兵藤のトリアイナが鎧なしのサイラオーグにどれだけ通じたのかもこの目で見届けたかった。本当にアルギスは嫌なことをしてくれたものだ。

 

「…しかしこの件が他所にばれたら、批判はもちろん追及されることになるのでは?」

 

痛いところをつくサイラオーグの憂慮にサーゼクス様も瞑目してうむと頷いた。

 

「そうだ、今回は幸運にも結果オーライと言えるが、今後はこう上手くはいくまい。もし紀伊国君が負けていれば大惨事になっていたのは間違いない。彼らはレーティングゲームのフィールドへの侵入を試みていたそうだからね」

 

「マジですか!?」

 

と、驚く兵藤。

 

ぶっちゃけサイラオーグの試合で瀕死状態になった場面やアンドレアルフスとの試合でストリップショーに夢中になった時など、侵入されていたら危うい場面はあった。本当に奴らを止めることができてよかったと思う。

 

「ゲームのほとぼりが冷めたらこの件は公表するつもりだ。隠し通すわけにはいかないからね。しかし

下手をすれば観客に危険が及んだかもしれないのではと批判を浴びるのは避けられない。今回の件において君はアンドロマリウス達を食い止めてくれた英雄というべきだが…」

 

「?」

 

「…ただ、内密に動いて観客への危険を承知でゲームを続行したという点で君は私と同じく多少はバッシングを受けるだろう。君も責任ある立場にある以上はバッシングは付き物だ。すまないが、ある程度覚悟はしておいてくれたまえ。私ももちろんフォローはするし、アザゼルも立場上は説教をするが君を守ってくれるはずだ」

 

「そうですか…」

 

厳しい言葉を言うサーゼクス様に俺はへこんだ。

 

バッシングというこれまでの人生において関わってきたことのない言葉がいよいよ現実的な重みを帯びて俺の心に重くのしかかる。とうとう俺も、バッシングされてしまう時が来るのか…。まあある意味有名人だから当然だよなぁ…。

 

ちなみに和平推進大使とは和平協定を結び、三大勢力の和平を広く推進するべく和平の意を同じくする四大魔王、四大セラフ、そして堕天使総督のアザゼル先生と副総督のシェムハザさんが共有する直属の部下…という扱いである。

 

和平会談の際にミカエル様の、グレモリー眷属の協力者という曖昧な立場でいるよりもどこかの勢力に正式に所属した方がいいのではという意見からスタートし、その後三勢力の首脳陣の議題にも上がり話し合いを重ねたうえで、いっそ互いにある程度気の知れた首脳陣の直属の部下にしてはどうだということで決定したらしい。

 

その中で世界を脅かすテロへの対処と言う仕事はもちろんだが、三勢力のどれか一勢力だけの利益になるような任務を与えてはならないと互いに互いを監視をする意味合いも含んだ、俺を動員するための条件も決められている。前例のない肩書、立場だからこそ慎重に議論されたようだ。

 

彼らが組織を超えた共通の部下を持つということは和平の象徴でもあり、彼らの願う和平を阻害する敵を排除するのが俺の役目である。冥界においてはおっぱいドラゴンの絶大な人気の陰に隠れがちだけど俺だってそこそこすごいんだぞ!

 

「しかし一番バッシングを受けるのは君の判断をそのまま通した私になるだろう。むしろ私の方にこそこぞってバッシングされるだろうが…ふっ、私も古株の方々からまだまだ甘いと言われるわけだよ」

 

古くからのしきたりを重視する大王派や旧魔王派はこれ幸いにとこぞって批判してくるに違いない。特に大王派はサイラオーグが負けて面目丸つぶれなところもあるだろうし、激しく責めてくるだろう。

 

…あれ、サーゼクス様だけじゃなくて俺もヤバいんじゃね?四大魔王の部下である俺もサーゼクス様と同じ派閥と見られる…かもしれない?

 

「え…俺、滅茶苦茶政治家たちに批判されるんですか…?すごく怖いし、嫌なんですけど…」

 

「心配しないでくれ。君はディンギルの脅威から二人のゲームという冥界の希望を守ってくれたヒーローだ。君を貶める輩からは必ず守ると約束しよう」

 

「俺が、ヒーローですか?」

 

これまでにない呼称に俺は戸惑う。俺はただ巻き込まれただけだというのに、危うく奴らに敗れそうになったというのに、観客…あの子どもたちに危険が及んだからもしれないのに、これからバッシングを浴びるかもしれないというのにヒーローと呼ばれていいのだろうか。

 

「そうだ。紀伊国悠、自信を持て。どのような批判を受けようと、如何なる可能性があったとしても現実にはお前の行動で大勢の命が救われたのだ。お前はまぎれもないヒーローだ。この場に集まった俺たちが保証する」

 

「そう、ですか…」

 

思わぬ援護射撃をしてきたのはサイラオーグだった。精悍な顔つきに微笑みを浮かべて、俺の行動を肯定し、それに同意するように兵藤やサーゼクス様もうんと頷いてくれた。

 

ヒーロー、か。曹操がイメージし定義する英雄とは少し違うかもしれないが、俺が探す英雄とは何かという問いへの答えに近づく一歩に今回の件はなるかもしれない。ホテルに戻って一人になったら、ゆっくり考えてみよう。

 

「サーゼクス様、よろしいのですか?俺の敗北を受けて大王派が穏やかじゃない今でなくても…」

 

「私に心配は無用だよ、そういった批判を受けるのには慣れているからね。政治の世界では常だよ」

 

と、サーゼクス様は微笑む。

 

言われてみればそうだ。サーゼクス様は俺たちが生まれる前から魔王をやっているのだから、そういった経験は言うまでもなく豊富だろう、特に大王派や旧魔王派などの対立する派閥がいれば尚更だ。

 

「…そうだった、例の話だが」

 

話がひと段落ついたところで、サーゼクス様は思い出したように更なる話題へ踏み込む。

 

「イッセー君、それと木場君と朱乃君に中級悪魔への昇格の話が来ているんだよ」

 

「え、本当ですか!?」

 

「これまでの三大勢力の会談でのテロ、旧魔王派、そしてロキの攻撃を防ぎ、退けた功績が評価されてね。前々から話はあったのだが、京都での一件と今回の試合で完全に確定した。おめでとう、此度の昇格は異例かつ、昨今では稀な事例だよ」

 

「…は」

 

当の兵藤は唐突に昇格を告げられて、理解が追い付いていないのか表情がフリーズしている。

 

ようやくと言うべきか今更と言うべきか。

 

振り返れば、評価されて当然の実績を彼らは積み重ねていた。赤龍帝の兵藤、聖魔剣に目覚めた木場、激戦を潜り抜けてきた俺たちを指揮した部長さんを補佐してきた『女王』の朱乃さん…朱乃さんが下級悪魔だったことに意外性を感じたが、悪魔界の中でも飛びぬけて可能性に満ち溢れたこれらのメンツが異例の昇格となるのはようやくか今更かはさておいて少なくとも必然といえよう。

 

「詳細は後日に改めて通知する。これから儀礼に向けて色々決めていかねばならないことがあるのだよ、急に訪ねてきてすまなかったね。ではこれで失礼する」

 

と、サーゼクス様は腰を上げて病室から出て行かれた。サーゼクス様が去った後も、兵藤はまだ実感がないのかぼんやりした様子だった。そんなあいつを正気に戻してやるべく、とんと若干強めに肩を叩いてやった。もちろんけが人への配慮も含めて絶妙な加減でだ。

 

「よかったじゃないか、兵藤。赤龍帝ともあろう男がいつまでも下級悪魔なんて似合わないぞ」

 

「受けろ、兵藤一誠。これはお前の頑張りに対する正当な評価だ。転生悪魔だろうと関係ない、お前は…冥界の英雄になるべき男だ」

 

「…そ、そうですか。それなら…俺、なります。中級悪魔に!」

 

昇格を後押しする俺とサイラオーグの言葉を受けて、まだ実感わかぬ表情ながらも昇格を受けることを決意したようだ。

 

「それでいい、最強の『兵士』を目指すなら避けては通れぬ道だ」

 

サイラオーグも決心した兵藤に満足そうにうなずいた。

 

さっきから思っていたんだが、サイラオーグが思った以上にいい人かつ熱い漢すぎて俺の中でどんどん彼の株がうなぎ上りしている。魔力が使えないという貴族社会という周囲との劣等感を感じやすい環境にいただろうに、よくここまで真っすぐな性格に育った。

 

「…まあ、ぶっちゃけ実力なら下級悪魔のレベルをぶっちぎりで超えてるからお前が下級悪魔だってこと完全に忘れていたけどな」

 

「はっはっ!俺もだ。俺に勝てるのだからすでに実力なら上級悪魔以上のレベルだろう」

 

サイラオーグと共に愉快そうに俺は笑う。ロキ、コカビエル、曹操、ヴァーリ、これまで数々の強敵とあいつは戦ってきた。下級悪魔のレベルのままだったらとうの昔に兵藤は戦死していただろう。数々の戦いを経て成長した兵藤が昇格するのはごく自然な流れと言える。

 

「そうだ。二人の試合、本当にすごかった。あんな殴り合いを観たのは初めてだけど」

 

拳に滾る魂と切なる夢を込めて殴り合うあの戦い。夢のない俺にも彼らの夢にかける思いは痛いほど伝わり、彼らの熱が移ったかのように体が熱くなった。あの試合を見て、熱狂の中に身を浸した経験は生涯忘れることはないだろう。

 

「そうか。負けはしたが、多くの人に影響を与えられたなら俺も彼と戦ってよかったと心の底から思えるよ」

 

「俺は…あんなにぼこぼこに殴られて、血が出たのに、不思議と気持ちいい殴り合いだった気がするな。夢のために、あそこまで戦う経験は今までなかった気がする。これまでが平和のために、皆のためにって感じだったからなぁ」

 

「俺もだ。あの時ほど夢に燃えた瞬間は過去になかった。拳で激しく語り合う戦いもな。身分や生まれなど関係ない、一人の男と男の戦いだった」

 

ふっと笑うサイラオーグと兵藤は戦いの余韻に浸るようにベッドに背を預けた。…これ以上は、俺はお邪魔かな。

 

「…それじゃ、俺は他のところに用事があるから、ここでお暇するかな」

 

と、俺は椅子から腰を上げる。

 

話したいことは話したし、元気そうな兵藤とサイラオーグの顔が見れたので満足だ。まだ二人で語り合いたいこともあるだろうし、二人にさせておこう。もしかすると、彼女が俺が来るのを待ちわびているかもしれないしな。

 

「あっ…そうか、ちゃんと労ってやれよ?」

 

「当たり前だ。お前も試合中にあんなこと言ったんだから、ちゃんと二人で話し合えよ?」

 

「わ、わかってるよ!」

 

兵藤は俺がこれからどこに行くのか気づいたらしい。その話題を振ったのだから俺が振り返しても文句は言えないよな?

 

「それじゃ…」

 

「紀伊国悠」

 

部屋を後にしようとした矢先、サイラオーグに呼び止められた。

 

「今回の件、重ねて礼を言う。何か力になれることがあれば言ってほしい。また機会があればいろいろと語らいたいものだ。それに…いつか、君とも拳を交えてみたい」

 

「はい、俺もあなたのことをもっと知りたいです」

 

あれだけ戦った後なのに俺との戦いを所望するとは、まだ戦い足りていないようだ。流石大王バアルの男、獅子王と呼ぶべきか。夢のために己を磨き上げ、正々堂々と戦い抜いた彼は尊敬すべき人だ。

 

正直あのパワーが怖くはあるが、いずれは彼と真正面から向き合いたいものだ。サイラオーグ・バアル。不思議とそう思わせる熱い漢だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

兵藤とサイラオーグと語らった後、俺はある人の病室を訪ねた。本当なら最初に訪れるつもりだったが、たまたま兵藤の病室が近かったのでそちらに先に足を運んだのだ。

 

「よっ」

 

「悠、来てくれたのか」

 

こちらの顔を見るなり、口元をほころばせるのはゼノヴィアだった。ベッドから上体を起こしてくつろいでいる彼女は全身に包帯を巻いていて痛々しい様子だが、本人はあまり気にしていない様子だ。

 

「調子はどうだ?」

 

「傷は癒えたけどまた体の節々が痛むよ。それだけ彼の打撃が強かったということだね」

 

「そうか、ゆっくり治していけ」

 

あれだけのパンチを受ければ流石に治すには時間がかかるだろう。真紅の鎧があったとはいえ、よく兵藤はあんな馬鹿げた威力のパンチを雨の数ほど受けたもんだ。アドレナリンで痛覚が吹っ飛んだとしか考えられない。

 

「私の戦い、見てくれたか?」

 

「ああ。あのサイラオーグ相手に一歩も引かなかったのはすごいよ」

 

あんな規格外のパワーと対面したら俺なら泣いて逃げたかもしれない。あそこまで攻撃を食らいたくないと思った攻撃はサイラオーグが初めてだ。一発でも喰らったら変身しても骨折は免れないかもしれない。

 

だからこそ、それに臆せず立ち向かった兵藤…そして木場、ロスヴァイセ先生、ゼノヴィアをすごいと思ったのだ。

 

「…私は、いや私たちは役に立てたか?」

 

「二人が最後につけた傷のおかげで隙が生まれたし、フェニックスの涙を使わせられたんだ。兵藤だけじゃない、皆がつないだ勝利だ」

 

「…」

 

俺が来るまでの戦いで二人に斬られた腕の動きが鈍ったシーンが何度かあったらしい。それにあれだけの戦いでまだサイラオーグの側に涙が残っていれば、如何にパワーアップした兵藤と言えど消耗して確実に負けていただろう。

 

このゲームは兵藤だけの勝利ではない。誰か一人でも欠けていれば、あの最終局面まで持ち込めなかった。皆の勝利だ。

 

ふと彼女は顔を俯かせた。

 

「でも…私はサイラオーグに勝てなかった」

 

その綺麗な顔に後悔の影が差す。そんなことはないとフォローするよりも先に、彼女の言葉が続いた。

 

「それだけじゃない…私が聖剣使いの力を封じられたばかりにギャスパーが傷ついてしまった…!サイラオーグとの戦いだって、もっとうまく立ち回れていれば、イッセーに楽をさせられたかもしれない…」

 

後悔を吐露し、俺の胸に涙ながらに縋りついた。ベッドに伏しながら、彼女が思い続けてきた後悔が涙のようにボロボロと零れ落ちていく。

 

「私は…弱い…!」

 

「…」

 

エクスデュランダルという新たな力を手にしながら、十分な戦果を残せなかった彼女の悲しみを受け止め、それを慰めるように抱きしめてそっと頭を撫でてやる。

 

白熱した戦いの影にある選手の悲しみと悔しさを俺は知るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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白熱したゲームの解説という仕事を終えたアザゼルはドーム会場内にある、とある要人用の観戦のための個室に向かっていた。

 

ゲーム中に部下からその男が姿を現したという連絡を受け、これまでに積もった質問をぶつけようと彼は足早に向かっているのである。

 

彼の視界に目的の部屋が収まったとき、丁度その男が護衛と共に部屋から出ていくところだった。

 

角刈り頭のアロハシャツというこの絢爛さに満ち満ちた場所にそぐわない恰好をした男に、アザゼルは話しかける。

 

「これは帝釈天殿、ゲームは如何でしたかな。」

 

「おっ、よー正義の堕天使のお兄さん!おもしれぇ実況すんじゃねえか、引退したら大好きな悪魔のレーティングゲームの実況解説でも始めたらどうだ?おん?」

 

内心警戒するアザゼルとは対象にその男…須弥山勢力のトップ、帝釈天は皮肉交じりで掴みどころのない気安い調子で返す。

 

「…訊きたいことがある」

 

「HAHAHA!いいぜ、慈悲深ーい帝釈天様に何でも聞いてみな?魔王と癒着して教え子の勝利に浮かれてる正義の堕天使さんよ?」

 

これまた皮肉たっぷりの返しをされるが、苛立ちを心の隅に押しやり、端的にアザゼルは鋭く問うた。

 

「神滅具…聖槍の所有者のことを俺たちよりも先に知っていて、なおそれを隠していたな?」

 

英雄派の首魁、曹操が京都で一波乱を起こした際に現れた、目の前の帝釈天の配下である初代孫悟空が彼のことを古くから知っていたような口ぶりをしていたと一誠たちから報告を受けていた。

 

これまで足取りを掴めたなかった神滅具だったためそんな馬鹿なとは思ったが、昔から油断ならないこの武神ならまさかと思い彼は各勢力のVIPたちが集まるこのゲームを好機と思い、帝釈天に直接詰問した次第である。

 

「だとしたらどうすんよ?糾弾するか?俺が曹操のことを知っておきながら報告しなかったことに不満でも?それとも…あいつらと通じていたことが?」

 

意味深に笑む帝釈天は肩をすくめながらアザゼルの考えを認めた。

 

「インドラッ…!」

 

「HAHAHA!おいおいそっちの名で呼んでくれるとは粋なことするじゃねえか!そんな怖い顔すんなや、俺で怒るくらいならハーデス神のやってることなんざ勢力図を塗り替えるレベルだぜ?」

 

我慢の限界だといよいよ声に怒りの感情をにじませるアザゼルに、帝釈天はなおも余裕を崩さず不敵に笑った。

 

武神である帝釈天は全神話勢力の中でもハーデス以上の強さを持つトップクラスの神だ。もとより彼らが真正面から争ってアザゼルが勝つ望みは万に一つもないだろう。

 

「一つ言っとくぜ、若造。どこの神話も表向きは和平を謡ってるが心の中では『他の神話なんて滅べクソが!うちらの神話万々歳!』って思ってるんだぜ。甘々な神はいるが、どの神話も他所の神話と人間の信仰を奪い合ってきた血に濡れた歴史があるもんだ、その争いの中でどれだけ信仰が廃れた神々がいると思ってんだ?」

 

アザゼルたちが掲げる方針への痛烈な批判を帝釈天は繰り出す。和平を目指す彼らが一番に理解しているその事実に耳が痛い思いをしながらも、アザゼルは引かない。いや、引くわけにはいかなかった。

 

「そんなことは言われなくてもわかっている。だが、戦争をすれば俺たちどころか人間までも滅んでしまうだろうが…!」

 

「HA!だが、信仰の点でいやぁ対ディンギルではどの神話とも結束できるかもな?俺だってうちの信者を横取りされたわけだから腸煮えくりかえってるぜ?正直あいつが次元の障壁を作ってなければ、俺は神域に攻め込んでたなぁ」

 

「あいつ?」

 

次元の障壁を作ったのは過去に存在したドラゴンたちではないのか。あいつという複数形ではない言い方にアザゼルは引っかかるものを覚えた。

 

「…ったく、あいつのことを忘れちまうなんて罪なもんだな」

 

ぼそりと呟く帝釈天の表情にはこれまでの会話になかった寂寥と怒りが入り混じった色が一瞬浮かんだ。帝釈天のこれまでにない不思議な表情にアザゼルもよりペースを乱され、困惑する一方だった。

 

「ま、表向きは協力してやるから安心しな。オーフィスも、ディンギルも邪魔だしよ。それと、乳龍帝に言っておいてくれや。今日の試合は最高だったってな。もし世界の脅威になるなら俺が消してやんよ、『天』を冠するのは俺たちだけで十分だ」

 

再びあの不敵な表情に瞬時に切り替えると、言いたいことは言ったとアザゼルの反応を待つまでもなく、帝釈天は踵を返して護衛と共に去っていく。

 

「…神竜戦争か。俺たちは一体、何を忘れちまったんだ…?」

 

ポラリスから受け取ったデータによると、かつて戦争を戦い抜いた竜たちが作ったディンギルたちの住まう神域とこの世界、竜域を隔てる次元の壁は神の干渉を防ぐとともに当時生きていた者たちの戦争の記憶を封じているという。一体ディンギルと戦ったドラゴンはなぜ世界の脅威となる敵の記憶を封印するようなことをしたのか。

 

忘却された過去の謎、オーフィスや曹操たちの暗躍、二つの暗闇を見据えるアザゼルは帝釈天との邂逅を経て、その闇を祓おうという決意を新たにしたのだった。

 




これまで接点がなかったサイラオーグと悠ですがこの件でとっかかりやすくなりました。

次回、「学園祭のライオンハート」


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第135話 「学園祭のライオンハート」

いつの間にかUAが9万を超えていました。いつも読んでくださってありがとうございます。これからも応援よろしくお願いします!

同時進行で登場人物紹介のゼクスドライバーオリジンの項目を書いていますが書いててこれやべえなと思っています。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
1.ムサシ
2.エジソン
3.ロビンフッド
4.ニュートン
6.ベートーベン
7.ベンケイ
9. リョウマ
10.ヒミコ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
23.コロンブス



「オムレツいっちょ上がりィ!」

 

ウェイトレス姿でせわしなく料理をする俺は厨房で元気のいい声を上げながらカウンターへ出来立てほやほやの料理を置くと、オムレツ3つとすでに出来上がっていたチョコパフェをウェイトレス姿の紫藤さんが客席へ持っていく。

 

「お待たせしました!オムレツ三人前とチョコバナナパフェです!」

 

カウンターの向こうから、聞くだけで元気が出るような紫藤さんの快活な声が聞こえてくる。

 

バアル戦から数日経ち、いよいよ駒王学園の学園祭が始まった。旧校舎は学生やその家族で大賑わいで、特に学園の中でも随一の美人な女子生徒が集うオカルト研究部ということもあり、盛況を極めていた。

 

各部員は大まかな担当が決まっているが、手が空いたらどこか別の忙しいコーナーの手伝いに回るという方針を取っている。今の時間は俺と紫藤さん、アーシアさん、部長さんの四人でメイド喫茶を回している。

 

「はい、チーズ」

 

そしてこのメイド喫茶の目玉として部員と写真撮影ができる特典付きのセットメニューがある。人気で言うなら部長さんと朱乃さんの二大お姉さまがツートップに君臨していた。もちろん他の部員も人気でギャスパー君もニッチな人気があるようだ。

 

俺?一度も呼ばれたことはないよ?兵藤だって呼ばれてないし部員内でワーストツートップ張ってるよ?

別に悔しくもないしィ?

 

塔城さんは怪しげながらもキュートさのある衣装に身を包んで占いの館コーナーを、朱乃さんは着慣れた巫女服でお祓いコーナーをそれぞれ空き部屋を今回の学祭に向けて改装してやっている。開始前に二人のコーナーを見に行ったが二人の衣装、そして俺たちが大工作業で作り上げた内装が合わさりかなりレベルが高いように思えた。調理が忙しくて見れていないが、聞こえてくる生徒達の会話を又聞きするにかなり列が並んでいるらしい。

 

その他の男子組はオカルトの定番とも言うべきお化け屋敷コーナーで足を踏み入れた生徒たちを脅かす仕事をしている。兵藤はフランケンシュタインの怪物役、ギャスパー君は当然ながらドラキュラ、木場は白装束のお化け役だ。兵藤の奴、女子に殴られたりしてないだろうか。

 

それらのコーナーのチケットを販売するのはゼノヴィアとレイヴェルさんの仕事だった。今頃飛ぶ鳥を落とす勢いで売れていることだろう。

 

そういうわけで、オカ研が旧校舎を丸々使用した催し物は大好評だ。おかげで休む間もなく料理三昧である。

 

「深海君、そろそろ交代の時間よ。私が代わるから給仕をお願いね!」

 

「了解!」

 

と、厨房のドアからひょいと顔を出した紫藤さんに声を掛けられる。ちょうキリよく調理が終わったところなので、すぐに服を整えて紫藤さんとバトンタッチで入れ替わる。

 

「いらっしゃいませ、ご注文はお決まりでしょうか?」

 

入れ替わるなり、こちらに向かって手を上げた三人組の生徒のもとへ向かうが、よく見ると…。

 

「ど、どうも」

 

「随分忙しそうね」

 

「もうかりまっか?」

 

「ぼちぼちでんな」

 

俺を呼んだお客さんは天王寺、上柚木、そして御影さんだった。見慣れた三人の顔を見て、今まで調理で集中してこわばっていた表情が緩むのを感じた。

 

「ま、一時間以上は立ち仕事してるぞ」

 

「大変ですね…」

 

「御影さんもウェイトレスやってみる?上柚木もそろってぴったりだと思うけど」

 

御影さんはどちらかというと可愛い系で、上柚木はクール系というベクトルの違いこそあれど、どちらも美人であるとは思っているので紫藤さんたちが着ている服を見てもかなり似合うと考えたのだが。

 

「お、僕も見てみたいな!」

 

「私は天王寺くんがそう言うなら…」

 

「嫌よ、御影さんもやめておきなさい。とりあえず注文は私は御影さんがミニパフェ、飛鳥はカレーよ」

 

天王寺も賛成するのでやってくれるかと思ったが上柚木の意志は固かった。

 

「OK、ミニパフェ二人前、カレー入りましたァ!」

 

威勢のいい声を上げて厨房にいる紫藤さんにオーダーを知らせる。

 

「悪い、見ての通り忙しくてな。後で話そうな!」

 

「頑張りや!」

 

飛鳥の声援に頷き返して、俺は業務へ戻る。短いながらも彼らとの会話で少しはリラックスできた。

 

調理の次は給仕でてんてこ舞いするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ようやく訪れた休憩時間。人込みから距離を置けるがらんとした空き部屋で、たまたま時間が重なった兵藤と一緒に二人で茶を飲みながら一息をついていた。

 

「イヤー疲れた…」

 

これまでの働きでたまった疲れがため息を一緒に出てくる。

 

「深海もお疲れだな」

 

「ずっと調理しっぱなし、給仕しっぱなしだったからな。鍛えてなかったらもう無理だったよ」」

 

ある種の単純作業、とはいっても戦闘と同じで体力を使うことには変わりないのだから

 

「俺も給仕の手伝いをしたけど大変だな。それにお化け屋敷だとびっくりされた女子に何度か叩かれたしよ」

 

「ああ、やっぱりか」

 

「やっぱりってなんだよ!いや俺も思ってたけどね!?」

 

学祭の苦労話で盛り上がる最中、ふと兵藤の表情が若干思いつめたものに変わる。

 

「…さっき、先生からサイラオーグさんのことを聞いたんだけど、支援していた上層部が手を引いたんだってよ」

 

「そうか…あれほどの舞台を用意しておきながら、いざ負けたら素っ気ないもんだな」

 

尊敬の念すら抱いた男が容赦なく切り捨てられるのは辛いものを感じた。兵藤も俺と同じことを考えていたようで、その声色から悲しみの感情が滲んでいた。

 

「俺たちが優しいだけで悪魔は本来そういうものらしいんだけど…それでも、勝ったのにもやもやする。幸いにもまだ次期当主の座は揺らいでないみたいだ」

 

「それだけでも救いと考えるべきか。流石にあれだけ強いバアルの男はいないだろうしな」

 

大王なんて呼ばれる家系だからその初代や現当主も相当腕っぷしが強いとは思うが、それ以外のバアルの悪魔で彼より強い者はまずいないだろう。試合会場でもらったリーフレットによると、滅びの魔力を持っていた異母弟を打ち倒したことがあるらしい。容易に彼を超える者は現れない…と思うが。

 

「ところで、お前も昨日先生と何か話してなかったか?」

 

と、ボトルを飲み干した兵藤に不意に尋ねられた。

 

「ああ、あれか…」

 

学園祭前夜、俺は先日のゲーム関連の仕事がひと段落ついた先生に呼ばれた。その要件と言うのが…。

 

「バアル戦の裏でのアンドロマリウスの一件で先生に説教喰らってた」

 

「ええ!?…あ、でもサーゼクス様もおっしゃってたな」

 

「そうだよ。とにかくお前は報告、連絡、相談の報連相を身に着けろって。…結局、あの状況で一番誰にも迷惑をかけずにうまくやる方法ってなんだったんだろうな」

 

会話の中身は説教半分、振り返り半分だった。

 

振り返りと言うのは当時の状況を振り返り、ここはこうする、そこはこうしろと先生の熟練した知識と過去の経験をフィードバックするものだった。もう一人の赤龍帝の登場にはそれこそ口と目を大きく開いて驚いていたが。

 

「ともかく、戦闘では相手に合わせたフォームチェンジや能力の判断が得意なのにそういった場面をより広く、その先を見据えた状況判断能力がまだまだだ。今回の件でそれを痛感した」

 

今まで俺の強みは英雄眼魂でのフォームチェンジを生かした幅広い対応力と最適なフォームを導ける判断力だと思っていた。だがそれは俺個人での戦いに関してはの話に過ぎなかった。

 

もしあの時の俺の立場に、魔王サーゼクス様の妹でありグレモリーの次期当主である部長さんが立っていたならもっといい立ち回りができただろうと俺は思っている。関係各所のやり取りも経験しているだろうし、なにより眷属を指揮し、全体を見る力が必要とされる『王』の役割を勉強もしている彼女ならうまくやれたはずだ。

 

俺はある意味、考えることを放棄してこれまで俺たちを指揮し、作戦を立案してきた部長さんや先生に投げていたのだ。だから考える力が未熟だったあの時の俺は個人的な感情に囚われた判断しか下せなかった。

 

「強くなるって、戦うための力を伸ばすだけじゃだめなんだ。俺にはまだ知恵が足りない。心技体、そしてそれを効率よく、的確に使うための知恵も必要だ」

 

この一件で俺の欠点は見えた。今回アルギスには痛い目にあわされたが、気づきを得ることができた点だけは感謝してやってもいい。怪我の功名、とでも言うべきだろうか。

 

「…なんか悪いな、休憩中だったのに暗い話になってしまって」

 

「気にするな、お前ももっと上を目指すならさっきの話が参考になればうれしいよ」

 

申し訳なさそうに言う兵藤に、俺ははたはたと手を振るう。

 

最終的にこいつは部長さんと同じ上級悪魔を目指している。それなら今回の俺のような失敗をしないためにも俺の失敗から学んでほしいもんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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昼が過ぎるとともに、慌ただしかった客のピークも去った。ある程度喫茶コーナーが落ち着いたところで俺は休憩時間を利用してゼノヴィアと一緒に学園祭で盛り上がる新校舎へ繰り出した。

 

「これが学園祭か…!修学旅行もそうだったけど、こんなに楽しいイベントは初めてだ!」

 

ゼノヴィアは先ほど買った焼きそばを片手に、愉しそうにあたりの様子を見回す。

 

行きかう生徒たち、各教室に出された催し物、居慣れた学校が今までにないくらいに人でにぎわっている。教会の信仰に身をささげてきた過去の彼女の世界にはこのような賑やかで楽しいものは存在しなかっただろう。

 

これまで回って来た輪投げ、美術部の書いた絵の展示会、映像制作部の作ったミニ動画、などなどバラエティー豊かな催し物に彼女は目を輝かせて、笑顔が絶えない様子だった。

 

「よかった。せっかくだし一緒に回りたいと思ったけど大正解だったみたいだ」

 

楽し気な彼女の反応にふと笑顔がこぼれる。

 

短い休憩時間ではあるが、それを使って精いっぱい彼女に学園祭を見せてあげたかったし、何より二人でその楽しみを共有して少しでも思い出を作ってみたかった。彼女も楽しんでくれているみたいようで、誘った甲斐があったものだ。

 

彼女との時間を楽しみながら歩いていると、すれ違う人々の中に見慣れた顔を見かけた。

 

「あ、副会長」

 

「どうも、その節はお世話になりました」

 

声をかけるとこちらに気付くなり、律儀に礼の言葉を言う副会長の森羅椿姫さん。生徒会は見回りの仕事をしているはずだ。

 

その節というのは俺が前に木場のことで相談に乗った件だろう。なかなか大変な目に遭った出来事だが、面白い経験ができたとも今は思っている。

 

「いえいえ、それよりアガレス戦での勝利、おめでとうございます」

 

シトリー眷属で今ホットな話題と言えばバアル戦と同時期に行われた大公アガレス家の次期当主であるシーグヴァイラ・アガレス率いるアガレス眷属とのレーティングゲームだ。真っ向勝負となったバアル戦のダイス・フィギュアとは違い、より戦略的な駆け引きが求められる旗取合戦のスクランブル・フラッグのルール形式で行われた。

 

「ありがとうございます…と言いたいところですが、素直に喜べないことがありましてね」

 

「どうしてだ?」

 

浮かない顔をする副会長さんに疑問符を浮かべるのはゼノヴィアだった。

 

「最後に匙が龍王状態で暴走してしまって、フィールドが半壊してしまったのです。僅差で勝つことはできましたがゲームの見栄えなどで多方面からの悪評価が免れないようでして。やはり兵藤一誠君なしでは匙の龍王化は厳しいのでしょうか」

 

「そうでしたか…」

 

特にバアルとグレモリーのパワー対パワーというイメージを持たれていたうちらの試合とは違い、シトリーとアガレスのマッチは両者が長けた知謀による巧みな戦略戦が期待されていたらしい。それを裏切るような内容はさぞファンを失望させただろう。

 

「…まあ、死ぬってわけじゃないから次がありますよ。失敗は次の成功の糧にすればいいんですよ」

 

「悠の言う通りだよ。それにイッセーが天龍の覇龍を抑えられたのだから、龍王は抑えられるはずだ。彼にできて、匙にできないことはないと思うけどね」

 

「…そうですね。あなたたちの言う通りです。アザゼル総督にも相談して彼の龍王化の安定を探ってみます」

 

俺たちの励ましの言葉を受けて、いつもは硬い表情の副会長さんの口元にふっと柔らかな笑みが浮かんだ。

 

餅は餅屋だ。匙の龍王化を覚醒させたのはグリゴリなのだから、制御は匙にぶん投げなんてことはしないはずだ。むしろそこはしっかり責任取らせてやったほうがいい、そこのボスはあのやりたい放題な性格のアザゼル先生なのだから。

 

「そういえば、あれから彼との進捗はどうです?」

 

「!」

 

俺がその話題を振るなり、目に見えて副会長さんの顔色が変わる。明確に言わずとも、彼が誰を指しているのかは理解できたようだ。

 

「そ、その…彼に振る舞う弁当の中身を考えたので…人に食べてもらえるレベルまで練習しようかと。彼をがっかりさせないために…」

 

「そうですか、でしたら今度考えてるアイデアを教えてくださいよ。一緒にブラッシュアップしていきましょう」

 

「ありがとうございます…」

 

いつも毅然とした立ち振る舞いの副会長さんが木場の話になるや声が小さくなり、どこか恥じらいのある表情で話すようになった。

 

なんというか、あれだけ女子部員が多いというのに木場に女っ気がなく、むしろ男方面に行きそうな気がして心配になっている。どうせなら副会長さんとくっついてほしいというか、そうなったら面白いのではという思いで俺は副会長さんを応援しているのだが。

 

「弁当?木場に自分の作った弁当を食べてほしいのか?」

 

「え、えぇ…」

 

と、話に食いついたのはゼノヴィアだった。

 

「うーん、私は悠に弁当を作ってもらってばかりだし、あまり料理しないからわからないな…とりあえず木場の好きな食べ物を詰め込めばいいんじゃないかな」

 

「か、彼に弁当を作ってもらっているのですか!?」

 

副会長さんはゼノヴィアの何気ない一言に酷く衝撃を受けた様子だ。それに至極当然と言った様子でゼノヴィアは返す。

 

「そうだが?」

 

「う…うう、羨ましいぃ!失礼します!」

 

いよいよ顔を恥ずかしさで真っ赤にして、ばたばたと半分逃げるように副会長さんは早歩きで去っていくのだった。廊下で走らなかったのは流石優等生と言ったところだ。

 

「?」

 

ゼノヴィアはどうしてこうなったかあまり理解していない様子だった。自分のことはちゃんと気づいたのに、人の恋路になると途端に鈍感になるのな。

 

 

 

 

 

 

 

 

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夕暮れ時になると学園祭も終盤に突入する。校庭の中心でキャンプファイヤーが焚かれ、集まった生徒たちはオクラホマミキサーを踊ったり、楽しかった学祭を振り返るように歓談を始める。

 

そんな俺は疲れがたまっていたのもあって、喧騒から離れて一息つこうと部室のある旧校舎へ足を運んだ。

 

本当に大変な学祭だった。給仕も料理も、一度ゾンビの仮装をしてお化け屋敷の手伝いにも行ったりと大変なことばかりだったが濃密な時間でいい思い出になった。

 

だがそれもあと数時間と経たないうちに終わる。楽しい時間とはいつだって、あっという間で、思い返せばすぐに終わるものだ。

 

そんなことを考えながら2階へ上がり、部室を目指してゆっくり歩んでいた時だった。俺はその奇妙な光景に思わず足を止めた。

 

「…何してるの?」

 

レイヴェルさんとアザゼル先生、そして兵藤と部長さん以外のオカ研メンバーが部室の扉の前に集まっていた。皆、ほんの少しだけ開いた扉の隙間から懸命に部室の中を覗き込んでいるようだ。

 

話しかけた俺に対し、皆は慌てて口元に人差し指を立ててシーッというジェスチャーを返してくる。

 

「…?」

 

どういうことだろう?部屋の中に野良猫が入り込んで、気持ちよさそうに寝ているのか?

 

どれどれとみんなと同じように部屋を覗いてみると、そこにいたのは部長さんと兵藤だった。二人きりの空間で、気まずいような、どちらかが喋るのを待っているような空気が流れていた。

 

「あっ」

 

だが俺はすぐにその原因に思い至る。おそらく、あのサイラオーグ戦での告白以来二人っきりになるのは初めてではないだろうか。それがきっかけでこのような言葉にしがたい絶妙な雰囲気になっているのだ。となれば、これから二人は…。

 

「…り、…リアス」

 

「!」

 

もじもじとしながら切り出したのは兵藤だった。泳いでいた目を、どうにかといった調子で部長さんへと向ける。唐突に名前を呼ばれた部長さんは茫然となる。

 

扉の向こうで俺は衝撃を受けた。今まで彼女を部長と呼び続けた兵藤が、彼女を名前で呼んだ。つまり、始まるんだな?

 

俺の中でこれから始まるであろう展開への期待が急激に高まる。やるんだな?今、ここで!?

 

…正直に言うと、覗かない方がいいんじゃないかとやましく感じる気持ちもあるが俺は見たい。兵藤が、己のトラウマを超える、克己の瞬間を。

 

「俺、ずっとそう思ってたのに…レイナーレのことで怖くなって…自分でも気づかないうちに逃げてて…前みたいに傷つけてしまって…でも、もう気づいたから言いたいんです」

 

緊張で言葉が拙いものになりながらも、一生懸命に兵藤はこれまで思ってきたことを言葉にしていく。

 

「リアスのことを一生守っていきたいです!俺…初めて会った時から、惚れてました!リアスのことが大好きです!だから俺と…付き合ってください!」

 

来たぁぁぁぁぁぁぁ!!

 

どうにか感情が声に出ないように必死に押さえて、内心で絶叫する。友人が意中の女の子に告白する瞬間をまさかこの目で見る時が来ようとは。自分が経験したからこそわかる、もしかすると拒否られるのではという恐怖と好きな人ともっと一緒にいたい、親密な仲になりたいという思いのせめぎ合いが。

 

だが興奮したと同時に、あの兵藤がレイナーレの件から立ち直り、こういう形で大きな一歩を踏み出したことに大いに感動を抱いた。うんうんと頷きながら拳を握って軽いガッツポーズを取る。やればできるじゃないか。

 

告白を正面から受けた部長さんの表情は茫然としたままで、彼女の瞳からぽろりと一滴の涙が流れた。

 

そしてそのまま顔をくしゃっと歪めると、手で顔を覆って静かに泣き始めた。

 

唐突に泣き始めた部長さんに兵藤は顔を真っ青にして大慌ての様子だ。

 

「え、俺またまずいことを言って…!?」

 

「違うの…私、嬉しくて…ダメだと思ってたのに、やっと名前で呼んでくれたから…!」

 

涙を手で払った部長さんが、涙にぬれながらも晴れやかな笑顔を浮かべて兵藤へ一歩近づいた。その手を差し伸べ、兵藤の頬を優しくなでた。

 

「それって…」

 

「私もあなたのことを愛してるわ、イッセー。誰よりもずっと、あなたのことが…」

 

告白を受け入れてもらえた喜びで兵藤の口元がほころぶ。そっと二人の顔が近づき、重なろうとしたその瞬間。

 

「――ッ!」

 

いよいよ盛り上がって来た二人に興奮したのか、紫藤さんがキスの瞬間を目撃せんとずいと前に出た。

 

「ふごぁッ!?」

 

「待てイリナ、前に出すぎ…!?」

 

それに押され、俺は奇声を上げて思いっきりドアに顔面をぶつけた。するとごつんと俺の顔面がドアを一気に押し開け、隠れて二人の様子を窺っていたみんなの姿が二人の前に晒された。

 

「あっ」

 

突然の俺たちの登場に二人はぎょっとした様子で俺たちを見る。

 

一連のやり取りを見られた二人は固まるが、俺たちもまさかこんな形でバレるとは思わなかったので驚きの感情で固まった。

 

「み、みんな…」

 

「見てたの…?」

 

震える声で告白シーンを覗かれた二人は問う。

 

「お、おめでとうございます!私も…これでお姉さまの後を追えますね!」

 

「あらあら、これから本格的に『浮気』を狙えますわね」

 

「ここからが本番だったりしますよね」

 

隠すことなく、アーシアさんや朱乃さん、そして塔城さんはようやく結ばれた二人を祝うと同時に次は自分だと盛り上がる。

 

「ごめん、僕も見てた」

 

「すごいものを見てしまったです…!」

 

「ついにやったのね、イッセー君!」

 

木場やギャスパー君、紫藤さんも笑顔をたたえて二人に祝福の言葉をかける。

 

「今夜だけは不純異性交遊を認めてあげてもいいですよ?」

 

ロスヴァイセ先生も教師としては見逃せないだろうが、二人の仲の邪魔はすまいとするのだった。

 

「おめでとう、二組目の誕生だね」

 

「俺たちは席を外すから、心行くまで二人の時間を楽しんでくれ」

 

俺とゼノヴィアも心の底から彼女らを祝福する。まあ、これから二人の募りに募った愛を存分に確かめ合ってほしい。

 

「皆様!家庭科室をお借りできたのでケーキを作ってまいりましたわ!」

 

と、吉報と大きなホールケーキを持って笑顔で現われたのはレイヴェルさん。祝福ムードに包まれていた空気をつゆ知らない彼女は、この状況にはてと首を傾げた。

 

「え、どうかしましたの?」

 

「もうあなたたち!私の大事な一シーンだったのに…!イッセーも…こ、こんなところで告白するなんて…!イッセーのおたんこなす!」

 

「ええ、俺のせいですか!?」

 

いよいよ恥ずかしさが頂点に達し、プルプル震える部長さんの顔がその髪色のごとく真っ赤になっていく。

 

バアル戦の勝利、学祭の成功、そして部長さんと結ばれた兵藤。ここ数日大変な思いばかりだったが、それに報いる十分すぎるほどのハッピーエンドが待っていた。

 

しばらくの間、旧校舎に俺たちの楽し気な笑い声が響くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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旧魔王領にある森林の奥深くに存在する古びた屋敷。そこは神竜戦争で叶えし者となり、ディンギルに魂を売ったとある政治家の別荘でもある。アルルたちはそこを平時のアジトとして使っている。

 

「兵藤一誠と深海悠河の暗殺に失敗しました、大変申し訳ございません…」

 

その応接間でアルギスは深く主たるアルルに首を垂れ、その様子を後ろからジークルーネがつまらなそうに眺める。

 

「よい、お前たちの働きで当初の目的は達成できた。アザゼルたちの目がお前たちに向けられ、私はコキュートスに侵入することができたからな」

 

だがアルルは配下の失敗を責めるわけでもなく、感情の乗らない声で宥めた。

 

「しかし、私はあなた様から任された任務に失敗しました。如何なる処遇も受ける所存です」

 

「そう気に病む必要はない。まだ奴らを排除するチャンスはある上、お前の力が必要だ。お前の働きには今後も期待している」

 

今は断絶したアンドロマリウスの血族であり、ダークゴーストの力を得たアルギスは戦闘面で期待できる数少ない配下の一人。その他多くの叶えし者はは経済面など非戦闘面のサポートを行う者ばかりだ。彼を処断して貴重な戦力を失うわけにはいかない。

 

「もったいないお言葉でございます…」

 

アルルの赦しの言葉をかみしめるように、アルギスは瞑目した。

 

「ふん」

 

だがジークルーネにはそんなことはどうでもよかった。二人の始末を失敗したからと言って目の前のアルギスのように詫びる必要は全くない。彼女が忠誠を誓う存在は今は幽閉されているロキのみ。アルルとは上下関係はなく、あくまで利用し、利用されている横の関係と考えているからだ。

 

「…本当に奴を解放できたというのか」

 

「ユグドラシルの力を得た今なら容易いことだ。奴の回復には時間がかかるだろうがな。…アルギス、眼魂はどうなっている?」

 

「順調に進んでおります。英雄派も高いモチベーションで眼魂を増やしているようで、彼らが作ったものとオリジナルの15個を合わせると現在33個にまで増えているようです」

 

「順調そのものだな。これなら、予定までに数が揃いそうだ」

 

彼女らが英雄派に取引を持ち掛けたのは、彼らが京都入りする数日前のことだった。取引の内容は単純明快、ネクロム眼魂を紀伊国悠のドライバーに嵌めて曹操たちの操り人形にすれば、そこから得たデータをもとに英雄たちの力を秘めた眼魂を作る秘術を教えるというもの。

 

最初は情報がほとんどなく、得体の知れないアルル達に強い警戒心を抱いたが、紀伊国悠が持つ英雄眼魂と英雄という概念に強く興味を持ち、憧れを抱く彼らにとってそれは是が非でも受け入れたい取引だった。無論、戦力増強できる点からもこれから先、各陣営の強者やいずれはそのさらに上の神クラスとも一戦交えたいと考えていたため彼らは喜んで取引に応じた。

 

かくして彼女の目論見通り、ゴーストドライバーに嵌められたネクロム眼魂はゴーストドライバー内部のデータを読み取り、彼女らの手元に戻ることとなった。そして持ち掛けた取引通り、ユグドラシルの力を吸収したことで力を得た彼女は権能を駆使して眼魂創造の秘術を編み出し、曹操たちに提供した。

 

曹操たちが世界を股にかけて英雄たちの遺物から秘術を使って眼魂を増やす一方で彼女らも配下の叶えし者たちを動員して眼魂を増やしている。眼魂が増えればグレモリーと敵対する英雄派の戦力増強はもちろん、その力をより引き出せるドライバーとメガウルオウダーを持つ彼女らにとっても戦力の増強にもなる。

 

そして何より、彼女らの目的の達成に近づく。

 

「曹操たちにはもう少し頑張ってもらおうか。その次は…我らの番だ」

 

『創造』の二つ名を冠する神の暗躍は終わらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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その戦艦は上も下もなく、距離感覚すらない次元の狭間にとって揺蕩う泡沫のような存在である。

 

次元航行母艦NOAHの来客を迎える応接間にてその男女は集っていた。

 

「兵藤一誠は真紅の鎧に覚醒したそうだな」

 

「今のところはシナリオ通り、ってところか?」

 

武器職人たちの頂点に君臨する武器職人、創星六華閃のガルドラボークとレーヴァテインが紅茶の注がれたカップを片手にポラリスと密談を交わしていた。

 

「ああ。アルギスたちに邪魔をされかけたが、悠がドレイクと共に撃退してくれたおかげでどうにか切り抜けられたよ」

 

紅茶を啜り、テーブルへそっと戻すポラリスは麗しい銀髪を撫でた。

 

ここ最近、艦の修理やアルル達の足取りを掴むための調査と激務を極めている彼女にとっては今回の彼らとの近況報告を兼ねた密談は半ば休憩のようなものであった。

 

「ほー」

 

「例のテスターのドレイクはなかなかやるようだな」

 

「当然じゃ、妾が手塩をかけてしごいてやったのだからのう。イレギュラーが多発する今、有事に備えて用意したもう一人の赤龍帝…オルタナティブ・レッド。それにドライバーは試作型じゃ。完成型ができれば、もっとスペックは向上する」

 

「頼もしい限りだ」

 

自信ありげに口角を上げるポラリス。その様子に安心感を得たとふっとガルドラボークは笑む。

 

彼女が作り上げたベルトはまさしくこれまでの旅の集大成でもある。その活躍は彼女の旅が無駄ではなかったことの証明にもなる。試作型のデータを集めて、より発展した完成型が出来上がるその時を彼女は心待ちにしていた。

 

「それより、いよいよだな」

 

「お、もうそんな時期か」

 

「そうじゃのう…さて、悠たちには悪いが…」

 

この時期で彼女たちが言葉にする例の時期を指すものは一つしかない。香り豊かな紅茶の注がれたカップを再びポラリスは手にする。

 

「兵藤一誠には、死んでもらわねばな」

 

赤い水面に、彼女の薄ら笑みを浮かぶのだった。




長いライオンハート編もようやく終わりました。めでたしめでたし。流石にミスラの話は盛り込めませんでした。

次回は英雄派のオリキャラ、信長メインの外伝になります。


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外伝 「泥と血の中から這い上がる者」

お待たせしました、本作のオリキャラ、信長にスポットライトを当てた外伝です。
今までの外伝とは違ってドがつくシリアスです。

終わりには次章予告もあります。


輝く月が照らす闇夜。

 

京都の人里離れた山にある由緒正しい和風の屋敷の庭で、大勢の和服の男たちが無様に倒れ伏していた。

 

「つ、強い…」

 

刀を握り呻く者もいれば、血を流したままピクリとも動かぬ者もいる。傷だらけながらも生き残った男たちは敵意と悔しさを混ぜた強い目でその者たちを睨んでいる。

 

「あらあら、全然物足りないわね」

 

「はん、退屈しのぎにもなりゃしねえ」

 

「やれやれ、鍛冶の腕は上等だろうけど剣の腕はまだまだのようだね」

 

その惨状を生み出した三人組…世に悪名轟かす英雄派、ジャンヌダルクと信長、そしてジークフリートは物足りない表情で己の得物を収めた。

 

「こいつら、急に現れて…一体何なんだ!?」

 

倒れ伏す男たちの中から一人、スポーツ刈りの男がジーク達に向かって叫ぶ。

 

彼らは刀鍛冶においては右に出る者はいないとされる高名な創星六華閃の一家、天峰家の門下生である。いつもと変わらぬ鍛錬を終えて床に就こうかといった矢先、夜の静寂を破るかのように門をバラバラに切り裂いて突然現れた三人組の襲撃を受けた。

 

門下生たちは当然各々が打った刀を手に迎撃したが、その結果がこの惨状である。彼らの神器の力と剣術に手も足も出ず、今敗れ去ろうとしている。

 

叫びを受けて、ジークはふっと笑い高らかに言い放つ。

 

「天峰の門下生の諸君、恨むなら僕たちではなく前当主を恨むといい。彼が僕たちとの取引に応じなかった結果、こうして僕たちが君たちを攻撃しに来たのだからね」

 

「なんだって…!?」

 

「それにしても君たちは可哀そうだ。君たちが苦しんでも留守中の現当主はおろか、今屋敷にいるはずの前当主すら助けに来ようとしない」

 

傷ついた門下生たちを見下ろし、嘲笑交じりにジークは言う。

 

「早雲様はどうして助けに来られないのだ…」

 

「そういえば聞いたことがあるぞ…同じ六華閃のサイン家も今の俺たちと同じような襲撃を受けて、当主が戦死したって」

 

「嘘だろ…だって、サイン家って言ったら当代の六華閃当主の中で最強なんじゃなかったのか!?」

 

英雄派によりサイン家の当主が暗殺された。その事実は他の六華閃との関わりを閉ざし、五大宗家や日本神話などの日本の組織との関係を深める天峰家にも届いていた。

 

「その通り。これで僕たちの力はわかっただろう?それに、天峰は君たちを助けてはくれない。でも、君たちが天峰で培った経験を僕たちのもとで生かすのなら、こちらも迎え入れる準備はできている」

 

「俺たちと共に来るか、それともここで死ぬか。二つに一つだ」

 

「選びなさい。でも私たちは気が長い方じゃないの、早く決めないとどうなるかわかんないわよ?」

 

ジーク達は剣と共に悠々と選択を突きつける。

 

「くっ…!」

 

生き残った門下生たちは悔しさに顔を歪める。彼らにも天峰家の門下生としてのプライドがある。

 

その時、月光差す庭に一陣の影が差した。

 

「ふん!」

 

「来やがったな」

 

門下生たちとジーク達の間に割って入るように現れたのは、たおやかな花模様の着物姿の20代の女性だった。若いながらも年相応の可愛げはなく、その表情に映っているのは研ぎ澄まされた刃のような強い意志だ。、長く伸ばした濡れ羽色のような黒髪と、その手に握られたただならぬ気配を放つ日本刀が月光を照り返す。

 

「ここから先へは行かせません!」

 

門下生たちを背に、刀を携えた少女は凛然と言い放つ。その女性の到着は、ジーク達の警戒心を一気に高めるには十分すぎた。

 

「ふっ、随分と遅い到着ですね。創星六華閃の天峰家現当主、天峰叢雲」

 

「私の留守を狙って屋敷を攻撃した上に、門下生たちを傷つけたあなたたちを許すわけにはいきません」

 

叢雲の瞳にはジーク達への敵意と、好き勝手暴れてくれたことに対する静かな怒りの火がともっていた。

 

「遅れてごめんなさい。私が来た以上は必ずやあなた達を守り抜いて見せます」

 

「叢雲さま…!」

 

「当主様が来られたからにはもう安心だ!」

 

ジーク達から意識を離さぬまま、ちらりと後ろの彼らを一瞥した彼女の言葉は門下生たちに安心をもたらしただけでなく、一気に士気を上げることに成功した。戦う力をなくしていた彼らが歓喜に沸く。

 

叢雲が握る刃の切っ先が、すっとジークに向けられる。その流水のような動作は吸い込まれるような美しさを秘めていた。

 

飾り気のない素朴な柄頭や柄、鍔であるが見る者を圧倒するようなオーラを静かに放つ刀を見て、信長が仲間に警戒を促すように言う。

 

「天峰の当主が代々受け継ぐ、初代当主が打った最高の業物。『破真』だ。蒼青鏡と並んで当主の証とされている」

 

六華閃の当主はコンタクトレンズである蒼青鏡だけでなく、それぞれの家の開祖である初代当主が作り出し、愛用した最高傑作の武器を受け継いでいる。

 

「博識ですね。ですが知識だけでは私を倒せません」

 

「…はっ、その真面目っぷりは変わらねえな。姉貴」

 

「姉貴?私に弟なんて…」

 

信長の何気ない一言は、戦闘に集中しようとしている叢雲を僅かながらも困惑させる。五大宗家や悪魔の貴族のような分家のシステムがない天峰家において、彼女に兄弟姉妹はいない。

 

「いるんだよ、それが。俺は前当主、天峰早雲の妾の子だ。あんたとは腹違いの弟なんだよ」

 

「!」

 

「なんだと…!?」

 

「そんな…」

 

「早雲様の妾の子だって…!?」

 

信長のまさかの告白に、叢雲はもちろんのこと門下生たちの間にどよめきが走る。彼らが抱く前当主、早雲のイメージは清廉潔白の体現者であった。常に己に厳しく、規律を守って来た彼に妾がいたなど容易に信じがたいことだった。

 

「…そういうことですか」

 

「叢雲さまは彼を知っておられるのですか…?」

 

「…小さいころ、父上から入るなと言われていた物置小屋の中で会って何度か遊んだ男の子がいました。父上に見つかった時は酷く怒られたものですが…今にして思えば、妾の子を隠すための処置だったのですね」

 

彼女が小学校に通うような年だった頃、天峰家の屋敷の中でもひっそりと、他と隔絶したように寂れた物置小屋があった。父親には入るなと硬く言われていたが子供の好奇心を抑えることができずこっそり忍び込んだ時に彼と出会った。

 

何度が忍び込んで交流を重ね、ようやく打ち解けようとした時に早雲に見つかってしまい、以後はロックと監視が厳重になり二度と入ることはできなくなった。あれ以来会うことがなかった、一般の人間が出入りすることはまずない天峰家の屋敷、物置小屋にいたあの時の少年は何者だったのか。

 

その答えをようやく彼女は得た。10年以上の時を経て、予想だにしなかった形で。

 

「その男の子が俺だよ。そして俺の母、妾ってのは直系ではないにせよ織田信長の子孫だったんだよ」

 

「織田信長だって…!?」

 

「嘘だろ…」

 

これまた続く衝撃の事実に門下生たちは驚いた。織田信長と言えば、小学生でも知っている有名な戦国武将だ。目の前の男がかの有名な偉人の血を引いているとは夢にも思わなかった。

 

「だから英雄派に下ったのですね。そして、あなたの目的はやはり…」

 

「俺を捨てたてめえら天峰を潰しに来たのさ。もちろん、仕事もかねてな」

 

これ以上の問答は不要だと、信長は腰に帯刀した煌びやかな装飾が目を引く日本刀を抜刀し、構える。

 

「あなたにも父にも言いたいことはありますが、あなたが私たちに仇なすのなら当主として打ち破るまでです」

 

そして叢雲も信長の刀とは対照に飾り気のなく素朴な刀に手を添えて、抜刀の構えを取る。にらみ合い、両者の間で戦いの機運が高まる。そしてそれは唐突に爆ぜる。

 

先手を切ったのは叢雲だった。抜刀しないままひた走り、信長が神器の力で生み出した宝石の矢の五月雨をしなやかな身のこなしと素早い脚で潜り抜ける。その動きには一切の迷いがない。

 

そして瞬く間に信長を間合いに収めた彼女は、身を捻りながら刀を抜刀、初代が打ちし最高の刀を振り抜いた。

 

「!」

 

それと同時にほぼ反射で信長は瞬時に原子結合を操作し、輝く宝石の障壁を張る。月光を受けて美しい輝きを放つ障壁と鮮烈な剣閃を描く刃が接した瞬間、今までのように攻撃を完全に防ぐがきんという硬い音の一切は聞こえなかった。

 

代わりに音もなく障壁が真っ二つになって、綺麗な断面を滑るようにごとんと地面に落ちた。

 

「マジかよ…!」

 

「嘘でしょ!?」

 

「!!」

 

信長はこの結果に唖然とする。これまでに積み重ねてきた自分が研鑽の末に高めた神器はいかなる攻撃も弾き返せるという自負が少なからず揺れた。ジークとジャンヌも、彼の防御力には絶対の信頼を置いていたので大きな衝撃を受けた。

 

それだけではない、信長の胸部の甲冑にも薄っすらとした切り傷ができていた。もし神器で防御していなければ今頃はあの障壁のように真っ二つになっていたに違いない。

 

「弟だろうと、手を抜く気は一切ありません!」

 

そのまま刀を振り上げ、今度こそ信長を切り裂かんと叢雲の刃がひた走る。

 

「ダインスレイブ!」

 

「聖剣創造!」

 

「!」

 

これはまずいとジークとジャンヌは動いた。横やりを入れるように襲ってきた分厚く、鋭い氷柱と聖剣の刃の波。叢雲ははっとするも直ちに冷静な判断を取る。ひょいと何度か飛び退り、大きく下がると納刀、そして数瞬の集中ののちに鮮烈な抜刀を見せる。

 

その余波で聖剣と氷柱が砕け散り、再び張った宝石の障壁ががきんと耳障りな音を立てた。障壁は細く深い傷跡を残しながらも最初のように完全に切断されることにはならなかった。

 

「そらぁ!」

 

それを見た信長は一気に数十にも分厚い衝撃を張り、ジーク達三人を覆い叢雲と隔てるドームを作り出す。

 

三人は一度、叢雲をどう攻略するかを話し合うことを決めた。

 

「多分この間にもガンガンぶった切ってるだろうな。一分も持たないと思うぜ」

 

「でも流石に距離ができると威力が落ちるのね」

 

「彼女の最大の武器は居合だ。刀を鞘から抜刀するモーションがそのまま攻撃になる。極めればカウンター、攻撃共にこれ以上にない動作になるだろうね。でも抜刀してから納刀するまでにごくわずかな隙がある。攻めるならそこだ」

 

英雄派のリーダーを支える右腕としてジークは冷静に叢雲の戦い方を分析する。叢雲の留守中を狙った襲撃だが、万が一駆け付けてきたときのことも考えてあらかじめデータを取っていたのだ。もちろん、強者との戦いを望む彼らにとっては願ったりかなったりの展開だが。

 

「こりゃ、禁手を使わないとだめだな」

 

「そうだね、本気でやらないとこっちがやられる」

 

「最強のスダルシャナをどうにかできたんだから楽勝かなって思ったけど、信長の防御を破れるなんて全然バケモンでしょ」

 

スダルシャナを倒せたのは彼の娘を人質に取れたのが大きな勝因だった。それでも全員が禁手を使い、相当な苦戦を強いられたまさしく怪物のごとき強さを持った相手だった。

 

「…ジーク、ジャンヌ。こんな状況なのに悪いが、姉貴の相手を任せていいか」

 

だがそれでも、彼にはどうしてもやりたいことがあった。そうしなければ先に進めないという強い思いが今の彼にはあった。

 

「そう言うと思ったよ。わかってる、君が戦いたい相手は他にいるんだろう?」

 

「私たちがあのお嬢ちゃんをちゃちゃっとのしてあげるわ。だから行ってきなさい」

 

ジーク達は信長と天峰との関係の全てを知っている。だからこそ理解している。彼がこの戦いにどれほどの思いで臨んでいるのかを。戦友である彼の意志をくみ取り、ジークとジャンヌは快諾する。

 

「わりい、恩に着るぜ!」

 

「ッ!伏せろ!」

 

「うわっ!?」

 

信長が礼を言った次の瞬間、咄嗟にジークが顔を青くして、ジャンヌと信長を地面に押さえつけてばっと身をかがめる。その一秒後、さっきまで彼らの首があった箇所を一陣の風が駆け抜ける。

 

そして宝石のドームはずばんと切られ、がらがらと崩壊を始めた。叢雲の放ったただの一太刀であっけなく崩れ去っていく。

 

「嘘だろ!」

 

慌てて信長は崩壊するドームの原子結合を操作、生き埋めにならないようにドームを消滅させた。ドームが消え去り、信長たちの姿が再び夜空のもとに晒された。

 

「私の居合は集中に時間を費やせば費やすほど威力もリーチも伸びます」

 

カチンと鳴らして、叢雲が刀を納刀する。三人が話し合う間に叢雲は居合のための集中に時間を費やしていた。初撃の倍以上の時間を使って放たれた居合は一瞬で信長が作り出したドーム状に張られたすべての障壁を一撃で切り裂くほどの威力へと向上した。

 

「ドームを張ったのを逆手に取ったのね…」

 

「…へっ」

 

信長は軽く笑うと、突然叢雲ではなく屋敷の方へ一目散に走りだす。この行動には流石の叢雲も虚を突かれた。

 

「っ!?待ちなさい!信長!」

 

しかしすぐに正気に戻り、追撃を加えんと疾走する叢雲を、ジークとジャンヌが颯爽と通せんぼする。

 

「ッ!」

 

「あんたの相手は私たちよ」

 

「さて、あなたとやり合うなら僕たちも奥の手を使わざるを得ないね」

 

既に禁手状態となり、聖剣龍を駆るジャンヌと六本の手にそれぞれ魔剣を握る阿修羅のごときシルエットとなったジークが立ちふさがる。

 

信長の意志を汲みつつ、六華閃の当主とやりあうというまたとない機会を手にする。一石二鳥であり、強さを追い求める者としてこれ以上にない経験だ。

 

そして二人は、ピストル型の注射器をおもむろに取り出した。

 

「それは…」

 

「真なる魔王の血を元に作り上げた神器のドーピング剤さ。魔王の血と聖書の神が作り出した神器が組み合わさればどうなるのか…お見せしよう」

 

信長を先に行かせた二人は躊躇いなく首元に注射を打ち込む。

 

『うぉ…おおおおお!!』

 

数秒後、二人の体に変化が訪れる。ジークの神器による四本の腕が肥大化し、指の形が溶けて握る魔剣と一体化する。ジーク本体も血管が浮き上がり、英雄派の制服がはじけ飛んで筋肉がおぞましい何かのように動き回る。もはやその姿は阿修羅と言うよりは蜘蛛のようなシルエットと化していた。

 

『う…ウウウウウッ!!』

 

ジャンヌの体にも血管がくっきりと浮かび上がり、膨れ上がった神器の力が周囲に聖剣を生やす。そして

それらが彼女の下半身を覆うと、蛇のようなフォルムへとジャンヌを変化させた。下半身が蛇、上半身はジャンヌというラミアのような姿だ。

 

突如として怪物のような姿へと変貌を遂げた二人に、叢雲は絶句した。

 

「こ、これは…」

 

『これが『業魔人《カオス・ドライブ》』。さっきのドーピング剤は『魔人化《カオス・ブレイク》』と言ってね』

 

肉体の変化と同じく、声も普段より低くなったジークが説明する。旧魔王派の取引で得た魔王の血族の血液を加工して作り上げられたそれは、多くの犠牲と実験の末に実戦に投入できる域に達した。

 

『あなたを相手に出し惜しみはしていられない、ぺろりとお姉さんが食べてあげるわ!』

 

『当主の力、見せてもらうよ!』

 

「あなた達のような物の怪に負けるわけにはいきません!」

 

ドーピングにより膨大化したオーラを解き放ち、二人は叢雲へ猛進するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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幼少期に朧気な記憶を頼りに屋敷の縁側を走り抜け、がたんと障子を開け放って入った大広間にて信長はその男と出会う。

 

「来たのか」

 

男が厳かな声を放つ。その男こそ、信長の一番の目的だった。

 

白髪交じりで赤い着物を着こなす初老の男が、信長に背を向けて書初めに向かい合うように正座している。敵がすぐそこまで迫っているというのに男の声色には一切の動揺も焦りもない。

 

その男こそ、天峰早雲。天峰の前当主にして当主の座を退きながら未だに天峰の意思決定権を握り続ける強い影響力を持った男である。

 

「相も変わらず冷たい男だな、久々の息子との再会だってのによ。それに門下生たちのピンチに駆け付けないなんてな」

 

「貴様らの襲撃を受けてなお戦い抜き、生き延びた勇気と力ある者こそ天峰家の教えを受けるに相応しいと考えたまでのこと」

 

悪びれもしない早雲の態度に信長はふんと鼻を鳴らす。

 

「…最後通告だ。あんたが俺らとの取引に応じ、手を貸すならただちに攻撃をやめる。可愛い娘…姉貴にも手は出させねえ」

 

曹操からの任務を受けた手前、形式上はと信長は提案する。サイン家と同様、曹操たち英雄派は天峰家に交渉を行ってきた。英雄派を名乗り、実力ある自分たちに六華閃の技術で作り出された武器を提供してほしいと。

 

六華閃は各神話勢力や組織とは距離を置き、武器職人たちとの独自のコミュニティを作っている。彼らのスタンスは同業の武器職人たちを守り、その文化を後世に伝え残していくこと。

 

そして、彼らが認めた心技体に優れた実力者に優秀な武器を作り提供すること。自分たちが作り上げた武器がそれにふさわしい使い手のもとで振るわれ、輝かしい功績を残すこと以上の喜びはない。

 

自分たちこそはと名乗りを上げ、直訴した曹操たちだったが彼らの悪行を良しとしないスダルシャナや早雲によってその要求は拒否された。その脅迫も含んだ仕返しにと彼らは攻撃を始めたのだ。

 

これまで顔を合わせず正座をしたままだった早雲が、腰を上げた。そして振り向き、鞘に収めた刀を握った。

 

「…井の中の蛙、大海を知らず。小童どもに貸す腕はない。スダルシャナが死んだとて、信念を曲げる気はない」

 

「そうか…だったらスダルシャナに会わせてやるよ!」

 

〈BGM:MASURAO(機動戦士ガンダムOO)〉

 

信長は腕を乱暴に振るって、宝石の礫を飛ばす。一発一発が命中すれば常人の体を抉り取るような威力を秘めたそれを、早雲は音もなく、目にもとまらぬ速度で刀を抜刀。すべて粉微塵に切り裂いて見せた。

 

「叢雲もそうだけど普通に俺の宝石をぶった切りやがる…」

 

「それが貴様の神器か。忌々しい他所の神の力だ」

 

「家から逃げ出した後に目覚めたもんでな!」

 

「ふん」

 

早雲は納刀しないまま、信長の方へと疾走する。対する信長もどうせ矢の雨で攻撃しても埒が明かないだろうと判断して帯刀した日本刀を抜き放って走り、やがて二人の打ち合いが始まる。

 

キン、キンと金属がぶつかり合う音がせわしなく響く。宙を切り裂き、相手の命を絶たんとする殺意のこもった刃の壮絶な打ち合いが繰り広げられる。

 

現叢雲以上に当主としての経験、研鑽を重ねた早雲の剣技は卓越していた。剣の腕で言えば完全に早雲の方が上だったが、その差をカバーするように神器を運用する信長はどうにか食らいついていた。

 

「動きに雑念が透けて見えるぞ」

 

「…うるせえよ!」

 

悪態をつきながら、信長は剣戟と宝石の弾丸を織り交ぜて迎撃する。そのすべてを容易く捌いて早雲は剣戟を繰り出す。

 

彼を攻める早雲のつけ入るスキのない苛烈な剣と、信長の復讐心の込められた一振り一振りが何度もぶつかり合い、弾かれてはまた巡り合う。そんな攻撃の余波で、周囲の物がスパンと切断され、あるいは弾け飛んだ。

 

「清廉潔白そのものなてめえの性格。だから妾の子だった俺を嫌ったんだろ?生涯たった一度の己の失敗、いや汚点を!」

 

「…そうだ。お前は私の失敗そのものだ。だから私のために、世のためにお前をここで消す!」

 

「俺の母さんに罪はねえだろうが!」

 

「…」

 

信長の叫びにごく僅かながら早雲の剣が乱れ、押し黙る。

 

「てめえが勝手に肉欲におぼれて、俺が生まれた!そしたら自分の失敗が恥ずかしいから妾と子を殺すってか!?てめえの責任を俺と母さんに押し付けてはいおしまいって言いてえのか!!」

 

「…!!」

 

彼の言葉が癇に障ったか、早雲のモーションがやや大振りなものになる。それを信長はしゃがんで躱し、腹に蹴りを入れる。

 

「ぬ」

 

「てめえの動作にも雑念が見えてきたぜ」

 

これまでの攻防で額に切り傷のできた信長が血を垂らしながらも不敵に笑う。そんな彼に嫌悪感で眉をひそめる早雲。

 

「お前に私の苦しみの何がわかるというのだ」

 

「知るか。逆にてめえは俺の苦しみがわかるっていうのかよ」

 

「戯言を。問答はいい、次の一撃でお前を斬り伏せる」

 

刀を納刀し、腰を落として構えなおす早雲。次の攻撃が必殺の一撃であることは容易に見て取れた。

 

信長も覚悟を決める。次の攻撃で自分は死ぬかもしれない、相手は自分より格上、絶体絶命の状況。だったらなおさら、状況をひっくり返す甲斐がある。自分の持てる全力で彼を倒せたなら、さぞ爽快だろう。

特に相手が格上かつ憎き父ならなおさらだ。

 

「…一瞬だ」

 

そう思った信長は高揚し、口角をニヤリと挙げた。

 

「この勝負は一瞬で終わる。見てろ、てめえの捨て子がてめえを超える瞬間を。その悔しさを噛みしめてあの世に逝きな」

 

刀を振って構え、低く腰を落とす。その意識は全て、目の前の早雲のみに向けられている。

 

「…そして、俺の母さんに詫びろ」

 

「…そうか」

 

信長の言葉に、早雲は怒りを見せずそれ以上何も言わなかった。

 

信長はこれまで心に押し込めてきた本心をつぶやく。自分を育て、あんな境遇でも愛し、命を懸けて逃がしてくれた母を殺した父が、信長は許せなかった。

 

早雲と信長、分かり合えなかった親子は同時に集中のために瞑目する。

 

「禁手《バランス・ブレイク》!」

 

「破神之太刀!!」

 

開眼、そして一撃。凄まじい余波が周囲の全てを飲み込み、まばゆい光と共に屋敷が吹き飛んだ。

 

〈BGM終了〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

崩壊した屋敷、最後に立っていたのは信長だった。一瞬ながらも大きな消耗に禁手は解除されて甲冑はボロボロになり、肩で息をしている。一方で早雲は仰向けで地面に身を投げ出したように倒れ、その腹部には大穴が開いていた。どう見ても致命傷で、助からない傷なのはすぐに理解できた。

 

「お前…最後の最後で、手を抜いたのか」

 

信長は息も絶え絶えに早雲に問う。最後の衝突で彼は確かに彼の攻撃が緩んだのを感じ取った。

 

「…すまなかった」

 

「!」

 

「失敗しないことが…汚点のない潔癖こそが…真の心の強さだと…思っていた。己の弱さを…認めたくなかった。そうでなければ…天峰家の当主足り得ないと。…私は…ずっと、迷い続けていた」

 

それはこれまで、妻にも娘にも打ち明けなかった彼の本心だった。

 

彼は二十歳で天峰家の当主となり、叢雲の名を刀と共に継承した時からずっと悩み続けていた。どうすれば歴史ある天峰家の当主に相応しい存在でいられるかを。日頃の所作、言葉遣い、生活習慣、外部との折衝、打った刀の出来、ありとあらゆる面で彼は歴代に恥じない存在であろうとした。

 

そうしなければ彼は誇りある家名に傷をつけてしまうと思っていた。責任感が強いばかりに彼の心は常に負担をかけられていた。そうして彼の心には歪みができた。それは冬に枯れ落ちる落ち葉のように日に日に積もっていった。

 

その歪みは、結婚して子をなしてから数年たった夜にある女性と出会ったことで爆発した。なんともないような妖怪退治で負傷した彼は、その傷すら許しがたいものに感じた。あの程度の妖怪に傷をつけられるようでは六華閃の名折れだと。

 

そんな彼を偶然見てしまったのが信長の母だった。事情を知らないながらも心優しい彼女の看病を受ける中で二人の間にある感情が芽生え、それは日を増して深くなっていく。天峰の事情も、彼のことを何も知らないからこそ、彼は己の本心を彼女に打ち明けることができた。それを受け入れ、認めてくれた彼女に早雲が好意を抱いたのは至極当然のことだった。

 

妻子持ちである彼にとって決してあってはならないことだった。だが早雲は自分を抑えることができず、やがて彼らは溢れ出す感情のままに身を交えた。

 

一夜の過ちで妾に子ができたと知った時、ようやく彼は正気に戻ったと同時に自分の行いを理解し、頭が冷えるのを感じた。このことが明るみに出れば鍛冶職人として最高峰に立つ天峰の権威が失墜してしまうのではと恐れた。

 

そして彼は子を宿した妾を秘匿した。監禁同然の待遇だったが、きちんと栄養ある食事を誰の手も借りず自ら提供し、外出は禁じたも生活には困らないようにしたのは彼のせめてもの良心だった。

 

しかし彼の恐怖心は日に日に増していった。発覚を恐れる心と、己の罪を打ち明け公にするべきであるという良心の葛藤は絶えず彼を苛んだ。そして疲れた彼は、妾とその子を疎んじるようになる。彼女らさえいなければと。それから次第に彼女らの待遇は悪化していった。

 

やがて正妻との間にできた今後当主の座を継ぐ娘が妾の子と会っているのを知ったことで、早雲の恐怖心は頂点に達し、いよいよ彼女らの殺害を決意する。

 

妾の殺害には成功するも、子には逃げられてしまった。追跡したかったが他人を通せば彼の行いが発覚するのは目に見えていたのでこれ以上手出しすることはできなかった。

 

「私は己の過ちを受け入れ…お前を認めるべきだった。体裁もなく、ただ一人の…父としてお前に…愛情を注いでやるべきだったのだ」

 

厳格な早雲の血濡れた頬に一粒の涙が走った。

 

そして今夜、信長と再会したことで早雲は自らの運命を悟った。自分はこれまでひた隠しにしてきた過ちに殺されるのだと。最初は前当主として彼を葬ろうと考えたが、刃を交える中で禁手に至るほどの子の成長を知った。

 

彼は喜んだ。自分の子が自分を相手に一歩も引かないレベルにまで強くなっているのだと。そして安堵した。ようやく楽になれると。これまで明かせなかった自分の罪が明らかになると思うと解放感を感じた。

 

「不甲斐ない…不器用で、愚かな父を…許…せ」

 

赦しを請う一言を残し、苦悩し続けた前当主はこと切れた。その死に顔は憑き物が取れたように安らかだった。

 

「…今更、そんなこと言ってんじゃねえよ」

 

早雲が残した最後の言葉に胸中を複雑な感情で乱しに乱された信長は、己の父の顔を見ることができなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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早雲と信長が決着をつけた頃、叢雲たちの戦いも熾烈を極めていた。

 

「はぁ…はぁ…」

 

片膝をついて息を荒くする叢雲。高価な着物は使い物にならないほど破れ、汚れ、彼女自身も血にまみれていた。

 

「叢雲様!もうやめてください!」

 

「これ以上はあなたの体が…!」

 

門下生たちもこれ以上見ていられないと涙ながらに心配の声を上げる。最初の彼女の宣言通り、ジーク達に門下生たちに指一本手出しされることなく彼女は戦い抜いたのだ。

 

「二人がかりで禁手して、魔人化しても攻めきれないなんて…大概ね…」

 

「彼らを守りながらの戦いでなければやられていたのは僕たちだった…」

 

彼女と相対するジークとジャンヌもとっくに魔人化も禁手も解除され、身は傷だらけで息も絶え絶えの様子だ。

 

叢雲と戦いつつ時折門下生たちの方にも攻撃を飛ばすことで叢雲の隙を生もうとした。卑怯とののしられようと、勝つための戦術として使うことに彼らは何のためらいもない。しかしそれでも彼女を倒しきることはできなかった。

 

「終わったぜ」

 

ここからどう転んでいくか誰も想像できない状況下で、信長が重い足取りで現れる。傷だらけで、重苦しい表情にジークは一目で何があったのかを悟った。

 

「信長、目的は果たしたようだね」

 

「ああ。交渉は決裂し、前当主の首は取った。帰るぞ」

 

「そんな、父上…!」

 

信長の無情な知らせに、叢雲や門下生たちの顔が真っ青になる。叢雲たちを無視して通り過ぎ、信長はジーク達の方へ戻った。

 

「信長!どうしてこんな…っ」

 

涙交じりに叢雲が信長をなじる。彼によって辛い境遇を強いられてきたのはわかったが、なぜ実の父親を殺したのだと。そこまでする必要はなかったのではないかと。

 

「てめえの自業自得だよ。あいつは気づくのが遅すぎたんだ」

 

そんな叢雲の顔を一瞥することなく信長は冷たく言い放った。

 

「…俺は過ちの中から生まれた底辺みたいな存在。変えることのできない事実だ」

 

信長が叢雲に語り掛ける。同じ父から生まれ、真逆の境遇を生きてきた二人の視線が交錯する。

 

「だからこそ泥だらけになってでも、血みどろになってでも、英雄っていう輝かしい栄光を掴みたい。天峰の初代当主や、母さんの先祖のような栄光をな。こんな俺でも頂上まで行けるんだっていうことを証明したいんだよ。俺自身のために」

 

「…」

 

信長の信念と覚悟に叢雲は返す言葉もなかった。

 

彼はこの戦いで己のルーツを再認識した。そして悟る。己はどうあっても幸せになどなれないのだと。人並みの幸せを得ることができないなら、不浄な存在なりに挑戦し続けて、その最果ての頂を目指してやると。

 

今回の件で、彼はその覚悟をより一層固めることとなった。

 

「安心しろ、姉貴とまでやり合う気はねえよ。行くぜ、ジーク、ジャンヌ」

 

禁手を解除してこちらに背を向けるジークとジャンヌを引き連れて、去り行く信長。その後姿を悔しさはを噛みしめて、叢雲は睨みつける。彼女にはもう彼らを追撃する余力はなかった。

 




早雲は根っからのクズというわけではありません。真面目過ぎるがゆえに融通が利かない不器用な男なんです。

信長の禁手はまだ秘密です。今回信長の防御が破られたのはもちろん天峰の実力もありますが、この戦いで彼の心持が穏やかでなくどちらかというと攻撃の方に寄っていたのもあります。なので神器の防御力は落ちていますが攻撃力は上がっていました。

次回の更新は登場人物紹介4です。ドレイク関連や新しい英雄眼魂の設定を公開します。ドレイクのベルトの情報は公開しますが、ドレイク自身のキャラ紹介はまた別の機会にします。ポラリスの旅の集大成、ゼクスドライバーオリジンのチートっぷりが明らかになります。









次章予告

「学園祭が終わると何が始まると思う?」

学生の天敵、テスト期間が始まる。

「ドライグ、久しい」

世界最強の龍が、やってくる。

「ではお披露目しようか」

英雄派の脅威、再び。

「これが、英雄シグルドの力さ!」

英雄派の新たなる力が、立ちはだかる。

英雄集結編第三章 進級試験とウロボロス

「イッセーさん…?」




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英雄集結編《コード・アセンブリ―》第三章 進級試験とウロボロス
第136話 「二人の進展」


ついにウロボロス編が始まります。英雄派も本領を発揮しますよ。

そして活動報告に裏話も投稿しています。今回は長めです。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
1.ムサシ
2.エジソン
3.ロビンフッド
4.ニュートン
6.ベートーベン
7.ベンケイ
9. リョウマ
10.ヒミコ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
23.コロンブス



学園祭から数日後の休日、レーティングゲームに学園祭と立て続けに起こった賑やかなイベントの余韻も冷めて俺たちの日常は落ち着きを取り戻した。しかしこの日は、我が家はいつにもまして賑やかになっていた。

 

「え、隣町にうちら天界側の拠点があるの知らなかったの!?」

 

「初耳です…」

 

「私も初めて知ったよ。私たちが悪魔の仕事をしている間はそっちにいたんだね」

 

落ち着いたリビングのテーブルを囲んでお喋りするのは紫藤さんとアーシアさん、そしてゼノヴィアの教会コンビ。そう、兵藤家に住んでいる二人が今日は我が家に遊びに来たのだ。いつもなら人数の関係でこちらの方から兵藤家にお邪魔するところだが、今回は逆に向こうからやって来た。

 

朝から集まった三人は据え置き型のゲームで遊んだり、女子会らしく菓子を頬張って楽し気に談笑している。その様子を台所から微笑ましく眺めながら俺はお茶の用意を済ませた。

 

「お茶を持ってきたぞ、熱いから気をつけてな」

 

談笑する三人の前に俺は温かいお茶を出してあげる。親しい仲とはいえ、来客へのもてなしは必要だ。親しき中にも礼儀ありというしな。特にこの時期は寒いから、体をしっかりあっためて体調を崩さないようにしてあげないとだ。

 

「ありがとうございます」

 

「サンキュー!」

 

「ありがとう、君も話に混ざるといい」

 

「深海さんも私たちとお話ししましょう!」

 

「そうだな…それじゃ、遠慮なく」

 

仲睦まじい教会トリオの邪魔をすまいと空気になろうかと思っていたが、そう言われたら断る理由はない。

 

ゼノヴィアの勧めを受けてふわふわしたラグの上に腰を下ろし、俺も三人の会話の輪の中に混ざることにした。

 

「天界陣営の拠点ってことは、ミカエル様のAの紫藤さんがスタッフを仕切っているのか?」

 

「いやいや!私はそんな業務はまだ回ってこないわ、私よりも経験豊富なガブリエル様の御使いの方が責任者として赴任しているの。ね、ゼノヴィア」

 

「…そ、そうだね」

 

振られたゼノヴィアはどこかばつの悪そうな表情で答えた。悪魔になってからは天界側の者との付き合いはほとんどないだろうし、ということは教会時代の知り合いなのだろうか。

 

「ゼノヴィアのお知合いですか?」

 

「まあね、ところで他にはどんなスタッフがいるんだ?まさかここに来た実力者が君とあの人だけじゃないだろう?」

 

「ええ、他にもウリエル様の御使いも近々着任するそうよ?輝聖とその候補生も既にいるわ。今度みんなも顔出しに来てみない?」

 

「是非行ってみたいです!」

 

「随分手厚いな、俺も折角だし顔合わせしてみるか」

 

紫藤さんの話の中で俺もその実力者たちが気になってきた。東京の一地方都市にこれだけ戦力を寄こすとは、それだけ三大勢力がこの町を重視しているという証拠だ。ここにいる以上は顔合わせをしておいて損はないだろう。

 

「私は…」

 

「ゼノヴィアはなおさら来ないとだめよ、あの人心配してるんだからね?」

 

「…わかったよ」

 

紫藤さんの押しに渋々ながらと言った様子でゼノヴィアは頷いた。その人、とはただの知り合いという間柄ではなさそうだ。その人の話題になると彼女は引け目を感じているような顔を見せる。一体、どんな人物なのだろう。

 

「ところで、あれから二人の仲はどう?」

 

俺が気になるのはつい最近、正式に男女間の関係に進展した兵藤と部長さんのことだ。同じ兵藤家に住み、彼らの生活を見る機会の多い二人ならその変化をよく知っているのではないだろうか。

 

「それはもうラブラブよ!さっきも二人でお互いの名前を呼び合ってたもの!」

 

「はい、お二人とも幸せそうです!」

 

「そうか、それは結構なことじゃないか」

 

二人の話を振ると火がついたのか、楽しそうに語りだす紫藤さんとアーシアさん。紫藤さんはともかく教会育ちのアーシアさんにとっても恋バナは楽しいものらしい。

 

「今朝の朝食の時だってイッセー君の親御さんがいる前で盛り上がりかけてたし、ロスヴァイセ先生にバカップル呼ばわりもされてたわ」

 

「親と先生の前でイチャつくなんて大胆だな」

 

二人のエピソードに呆れながらも自然に笑みがこぼれる。二人が幸せそうで何よりだ。元々相思相愛だっただけにようやく思いが通じ合って結ばれた二人はさぞ幸せなことだろう。

 

しかし親御さんのいる前で盛り上がるとは、いよいよバカップルのそれだな。俺は人目に付くところでは盛り上がらないようにして、そのぶん二人しかいないところでしっかり盛り上がるからバカップルではない…と思いたい。

 

「でも、そういう二人だってそうなんじゃないの?」

 

「お二人の仲もとても良さそうです」

 

「え、ああ、そうだな。名前を呼び合うことに関しては最初から俺の名前で呼んでたな」

 

「そうだね、私は姓がないからゼノヴィアとしか呼びようがないしな」

 

教会の施設で育った彼女は姓を持たないので同居を始めた時からゼノヴィア呼びで、同時期に俺の呼ばれ方も悠呼びになったっけ。そこは俺たちの関係が進んだ今でも変わらない。

 

「…」

 

不意にアーシアさんがやや顔を俯かせる。何事だろうと思い声をかけようと口を開いた時、内心の羞恥を若干抑えきれてない赤い表情でアーシアさんが顔を上げた。

 

「その…実は私、お二人がキスしてる所も見てしまいました」

 

と、アーシアさんが恥ずかしさで口をこもらせながらも言うのだった。

 

なるほど、まだアーシアさんは男女のそういった行為に耐性がついてないから口にするのが恥ずかしかったんだな。なかなかにハーレムな環境にいてまだピュアを失っていないとは…もうそのまま心のピュアを持ち続けてほしいものだ。

 

「おお!告白の時に私たちがいてできなかった分やっていたんだね」

 

「実は私もこっそり見てたわ!もう本当に熱々よ!」

 

「あいつ、やるじゃないか」

 

アーシアさんの目撃談に俺たちのテンションはついに来たかと大いに上がった。キスといえば男女の深い信愛を象徴する行為だ。

 

そうか、兵藤も自分からするところまで進んだか。主と眷属という関係をいよいよ超えてきたな。これは面白くなってきたぞ。

 

そんな風に二人の話で盛り上がったところに、ゼノヴィアはグレモリーの『騎士』らしい深く切り込んだ話を始める。

 

「…そうか、それだけ愛し合ってるなら二人はもう初体験を済ませたのかな」

 

「ゼノヴィアさん!?」

 

何気なく放った彼女の発言がこの場をざわつかせた。教会育ちの彼女の浮世離れしたところは、男女の関係を学んだ今でも変わらずなのだ。

 

「ちょ!?わ、わからないけど、まあ、朱乃さんも含めて毎日何が起こってもわからないくらい求められてるくらいだし…」

 

天使らしく初心な反応をする紫藤さんは動揺で声を震わせる。

 

毎日ってことはもはや日課になってないか?逆によくそんな環境にいながらであいつの性欲が暴走しなかったな。レイナーレのトラウマがうまいことストッパーになっていた、と考えるべきか。

 

「悠はどう思う?」

 

「へ!?」

 

唐突な話題というボールのパスに俺は面食らった。

 

ゼノヴィアと二人っきりでその手の話題を話すのはまだ大丈夫だが、人前ではっきり言うのは恥ずかしいな…。

 

「あ、あの、いやあいつのことだからもしそうなったら俺に言ってきそうな気はするかな…」

 

レイナーレの時に俺に彼女ができたと言ってくるくらいだから、仮に童貞卒業してもこちらに話してくるのではなかろうか。友人の性事情を知るのは中々に反応に困るものだが。

 

「それならまだだな。…レイナーレという堕天使の件もある。まだ時間がかかりそうかな」

 

「でも、確実に進歩していると思います」

 

まだまだ俺たちはあいつのトラウマに気付き、あいつ自身もトラウマに向き合い始めたばかりなのだ。進歩はしたとは言え、心的外傷の完全な克服にはまだ時間が必要だろう。部長さんとの関係で完治に至ればいいのだが…。

 

とは言え二人の関係は大きく変わった。一度は喧嘩もしたが今の様子を見ればまさしく雨降って地固まると言える。そのきっかけとなったのはやはり。

 

「やっぱりサイラオーグとの戦いが大きいだろうな。テンションが上がってあんな告白もしたし」

 

「そうね、私もあれを見たときは叫びたいくらいにときめいちゃったわ!」

 

「私はやっとイッセーさんがレイナーレさんのことを乗り越えたんだって思って、涙がこぼれました」

 

白熱したあのゲームを振り返ると自然とみんなの表情が破顔する。

 

本当にあのゲームはよかったと今でも思っている。純粋な観客目線としても盛り上がる試合だったと思うし、何より身内としてはあいつが大きな一歩を踏み出すきっかけとなった出来事になった。

 

学祭にバアル戦、一週間の間にこんなに濃密なイベントが起こるとは、まだ二週間足らずは残っているが劇的な盛り上がりを見せた一か月だった。4月からこれまでもそうだったが、この世界に来てからと言うもの毎度毎度予測不能な出来事が起きてばかりだ。

 

「…しかし、ああいうカップルこそセックスにはまるとすごいらしいな。私も最初は勢いと子作りの練習のつもりだったんだが…いざやってみると…かなり、ハマってしまってな」

 

と、話の中で程よい温度になったお茶を啜って真剣な表情で語るゼノヴィア。

 

うん、本当に彼女の言う通りなんだよな。明らかに初めての時と比べて今は勢いと熱がすごい。

 

普通のカップルは家族がいたりして行為の頻度が少なく機会が限られているが、自分たちは同居して家族もいない完全にフリーの空間だからストッパーがないおかげで、本当にやりたい放題になっているのだ。特にゼノヴィアは悪魔だから夜に強く、体力もあるのでともすれば一晩中いけてしまうのではないかと思うほどだった。

 

俺も好きな女の子とエッチなことができるのは嬉しいからまんざらでもないけど…おかげで時々寝不足になる朝が増えた。幸せだから特に気にしてないが。

 

…あれ、あの二人の場合って家族はいるけど部屋はたくさんあるし同居してるから俺らと大して変わらないことになるんじゃないか?

 

「そ、そこまで言わなくていいわよ!?」

 

「私の場合は今まで教会の戦士として、女らしさを捨てていた反動もあるかもだけど…アーシアやイリナも私のようになるかもしれないね。まあイリナはどことなくむっつりなところがあるけど」

 

「私はむっつりじゃないからね!?」

 

なんだろう、学内での紫藤さんもゼノヴィアに負けず劣らずぶっ飛んだところがあるが、二人とのコンビになるとツッコミ役になって相対的にまともに見えてしまう。

 

「わ、私もイッセーさんと…」

 

何を想像したのか、アーシアさんの顔が熟していくリンゴの果実のように赤くなっていく。

 

まずいまずい、これ以上下の話をして純真なアーシアさんを穢さないでくれ!能力もだけどグレモリーにとって純粋な癒しのような存在なんだ!

 

なんとなく、学校で純粋なアーシアさんを性魔人と呼ばれる兵藤達から遠ざけようとする女子の気持がわかるような気がした。

 

「天使にとってはいい話じゃないけど…わ、私も女の子としてゼノヴィアの話をちゃんと聞いた方がいいのかしら…?」

 

困惑する紫藤さんも一周回ってきちんと話を聞くべきかと首を傾けて悩み始めた。そこ深堀すると堕天するけどいいのか?ミカエル様のAなのに堕天していいのか!?

 

「い、イッセーさんを…私も朱乃さんのようなテクニックがあればイッセーさんを魅了できるでしょうか」

 

「そうだね、性のテクニックは男女の仲に深く影響すると桐生も言っていたぞ」

 

おい、また変なことを吹き込んだのかあのエロメガネは。あながち間違いではないが。

 

「そうなんですね…ゼノヴィアさん、私に男性の方を魅了するテクニックを教えてください!朱乃さんよりももっと、イッセーさんを魅了して見せます!」

 

なんと、部長さんと愛を深める兵藤を見て焦ったのかアーシアさんは半ばやけくそにも見える申し出をゼノヴィアにした。

 

「なに、ちょ!?」

 

「アーシア!?」

 

いよいよ暴走しかけたアーシアさんとゼノヴィアを俺と紫藤さんの二人で全力で止めるのだった。部長さんたちと暮らす中でアーシアさんも悪魔らしく、より普通の年相応の女子らしくなったようだ。いい方にも、変な方にも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の深夜、俺たちオカ研とその顧問のアザゼル先生たちを含めた面々が兵藤家上階にあるVIPルームに集合した。

 

その理由は魔王サーゼクス様とその『女王』であるグレイフィアさんが来訪され、直々に中級悪魔昇格試験の説明をなさるからだ。わざわざ魔王様が来られなくともいいだろうに来るとは、それだけ妹の眷属悪魔も大事な存在であり、注目しているという証拠だろうか。

 

当然ながら兵藤、木場、朱乃さんの三人はサーゼクス様の前で昇格試験の受験を了承した。

 

試験日は来週、内容は悪魔界の基礎知識とその応用、レーティングゲームに関する知識を問う筆記試験とこれまでの経験を踏まえて中級悪魔になったら何をしたいかという内容でレポートを書くというもの。

最近は人間からの転生悪魔が増えているので試験形式や内容も人間界に倣ったものになっているという。

 

最後に実技もあるが、これはもう三人の実力を考えれば対策無用ということでとにかく筆記試験の対策に注力することになる。兵藤は不安そうにしていたが、部長さんたちのサポートがあればどうにかなるだろうという見通しが立てられている。

 

ちなみに試験に落ちても推薦が取り消しされることはなく、何度も挑戦できるという。人間界の試験をまねていると言っても大学受験や高校受験と比べればかなり優しいように思える。

 

「…ところでサーゼクス様」

 

「何かな?」

 

試験の説明が終了したタイミングを見計らって俺はサーゼクス様に問いかける。せっかく来られたのだから、直接どうしても聞いておきたいことがある。

 

「アルギス・アンドロマリウスの件ですが、その後奴らの足取りは?」

 

ポラリスさんによって決められた今月末までの期限がいよいよ近づこうとしている。いつ奴らと遭遇できるかわからない以上、奴らのアジトに攻め入る算段がつかなければ非常に危うい。

 

不安と焦りは日に日に増している。突破口を見つけるために半分藁にも縋る思いで俺は訊くが。

 

「若手悪魔のパーティーでの事件以来旧アンドロマリウス領の調査も行ったが、どこにも彼らの手掛かりはなかった。ただ、これまで彼らが旧魔王派を名乗って起こしたテロがどこも冥界で起こっていることを考えると…古い悪魔の方々が協力して彼らを匿っている可能性が高い。ポラリスのデータによれば、神竜戦争時代から生きている古い悪魔の方々がディンギルと通じている疑いがあるようだ」

 

と、サーゼクス様の返答は芳しいものではなかった。

 

「古い悪魔の方々が関わっているなら、お兄様でも迂闊に手出しはできませんわ」

 

「アルルの奴、考えたな。政治的な面も絡む以上は誰もが納得させられる確固たる証拠がないとメスを入れられないな」

 

「これほどまでに私の非力さを呪ったことはないよ。魔王という肩書は万能ではないね」

 

サーゼクス様、部長さん、そしてアザゼル先生の三人は一様に難しい表情を浮かべて唸る。俺以上に悪魔社会への理解がある三人は特にその状況の難しさを理解していることだろう。

 

「そうですか…」

 

失礼だとわかっているが、俺は胸中の失望を隠しきれずに顔を俯ける。悪魔社会の頂点である魔王、中でも特別な存在であるルシファーを継いだサーゼクス様をもってしても、彼よりも長生きで強い影響力を持ち続ける老獪の対処は困難か。

 

「アルルが君の妹に憑依していることは聞いている。同じ兄として君を助けてあげたいのだが…済まないね」

 

「そんな…悪いのはサーゼクス様ではありませんよ」

 

魔王たるサーゼクス様に詫びの言葉まで言わせてはいよいよこちらが気まずい。そう、あくまで悪いのはアルルだ。俺の妹の体を好き勝手に使い、全勢力に迷惑をかけようとしているのだからな。

 

しかしアジトが冥界にあるのはほぼ確定だろうが、サーゼクス様の力だけでは進展は難しいか。それならば一度ポラリスさんに掛け合ってみるか。あの人の情報収集能力なら怪しい悪魔を調べ上げてしっぽを掴めるかもしれない。

 

ただ問題はあの人が最近とても忙しそうにしているという点だ。果たして今掛け合ったところであの人の協力を得られるかどうか…一度ダメもとで試してみるしかない。

 

「勿論それも気になるが、俺としてはポラリスのもとにいるもう一人の赤龍帝が気になるな」

 

「深海君の報告にあった、彼のことか」

 

アザゼル先生が話題に挙げたのはもう一人の赤龍帝こと、謎の男、ドレイク。ポラリスの部下でありゼクスドライバーオリジンなるレジスタンスの秘密兵器を持つ実力者だ。

 

「イッセー君が戦っている間にそんなことがあったなんて夢にも思いませんでしたわ」

 

「あなたは彼と会って、アルギスたちを撃退したのよね。どんな人物だったの?」

 

そう部長さんに尋ねられる。この場で彼と会ったのは俺一人だけだからだ。

 

「…自信なさげな性格だけど、倍加の能力も使っていてかなり強かったですね。素顔はやはりマスクをつけていて見れませんでした」

 

今の俺が持ち得る情報はこれだけだ。同じレジスタンスに所属しているのに、俺は今まで全く彼と面識がなかった。となると、俺とゼノヴィアが加入した後に入って来た新入りか?

 

だが秘密主義のポラリスさんが引き入れる人材とは一体どんな人物なのか、そしてなぜ彼はテスターに選ばれたのか。考えれば考えるほど謎は深まるばかりだ。

 

「やはり身元に繋がる情報はないか」

 

「…ドライグはどう思う?」

 

『まだあの戦士の勢力が味方、と認識していいのかは判断しかねるが、個人としてはあまりいい気分ではないな。赤龍帝は相棒、お前一人で十分だ』

 

兵藤が左腕に語り掛けると、手の甲で緑の光が点滅してドライグがみんなに聞こえる声で彼の考えを話した。

 

「ドライグ…!」

 

「しっかりドライグに認められてるみたいだね」

 

相棒でもある彼から寄せられた信頼を感じ取った兵藤は感極まったように口元を緩ませた。これまでの戦いの中で良好な関係を気づけているようだ。

 

「ふっ、しかしポラリスの奴、赤龍帝の鎧と宝玉から力を解析してちょっとしたコピー品を作れてしまうとは…技術者としてトンでもねえ奴だ。俺ですら人工神滅具には程遠いってのによ。こんな奴がいながらどこの勢力も気づかなかったとは驚きだな」

 

「全くだ。素性が見えないおかげで敵か味方か判断しにくい部分もあるが、ディンギルや禍の団に対抗する頼もしい味方として正式な協力関係を築きたいと思っているがね」

 

「でも、俺たちが曹操やシャルバと戦った時は手助けしてくれなかったんですよね」

 

「ロキの時に来てくれたのはアルルが関係していたから、でしたね」

 

と、口を挟む兵藤と木場。そう、彼女の目的はディンギルを倒すことで禍の団と戦い世界の秩序を維持することではない。俺にはよくわからないがアルル達が絡むイレギュラーが発生すればロキの時のように手助けしてくれるだろうが、こちらから応援を求めることはできない。

 

「やはり、彼の目的はあくまで対ディンギルということだろうか」

 

「俺はディンギルとの戦いが本格化すれば向こうから明かしてくれるんじゃないかと思っているが…今は向こうの出方を待つしかねえな」

 

「そうだな、私も一度話してみたいものだよ」

 

アザゼル先生とサーゼクス様、かつては敵対していた勢力のトップは彼女との対話を望んでいる。俺もポラリスさんが腹を割って表に出てくる時を楽しみに待っているが…いつになることやら。

 

「…話がまとまったようなので、そろそろ私はお暇します」

 

話がひと段落ついたところでロスヴァイセ先生はそう言って立ち上がる。よく見ると部屋着や教員として勤務する際のスーツ姿ではなくこれから寒い夜に防寒をしっかりした外出用の服を着ていた。

 

「例の件ね。アテが見つかったの?」

 

「はい、北欧に一度戻って、ヴァルキリー候補生時代の先輩に防御魔法を習おうかと。これからの戦いに備えて、『戦車』の防御の特性を高めるべきだと思ったので」

 

声をかける部長さんにこくりとロスヴァイセ先生は首を縦に振る。

 

ロスヴァイセ先生も眷属の中でも上位に入る火力を持っているから、パワーアップのための修行の必要性をあまり感じなかったがなるほど、

 

しかし先生の話で興味深いワードが出てきた。

 

「候補生?」

 

「ヴァルキリーの養成所…システムで言うなら単位制なので日本の大学のようなものでしょうか。そこで私は攻撃魔法の単位を重点的に取っていたのですが、仇になりましたね。サイラオーグ戦でそれを思い知りました」

 

ヴァルキリーに学校みたいなものがあるとは初耳だ。俺は今までヴァルキリーというものが神話に登場するような神に仕える由緒正しい存在のイメージを持っていたが、学校のような俗っぽいシステムが導入されてそこから輩出されるとは考えもしなかった。

 

…由緒正しいかと言えば、今までのロスヴァイセ先生の酒癖やオーディン様への反応を見て疑わしいと感じていた部分もあるが。

 

「うちのチームは魔法の使い手がロスヴァイセしかいないからな。ギャスパーは魔法と言うには少しベクトルが違うが…魔法を伸ばすなら『兵士』か『僧侶』の駒がよかったが、それを悔いても仕方ない。チームの火力はバカ高く、まさしく脳筋だがその反面防御力が薄く、戦術やハメ技に弱い。事実、過去の試合でもその弱点を突かれているしな。その弱点を魔法でカバーできればもっと上を目指せる」

 

レーティングゲームのファンとして知識豊富な先生はチームの現状の所見を述べる。俺はゲームに参戦する正式な眷属ではないとはいっても、実戦ではみんなと肩を並べる身としては考えるところがある。

 

特に曹操は単体の戦闘力も高く、頭もキレる相手だ。今後の戦いで真正面からぶつかってくるこちらをハメる神器使いを用意する可能性は決して低くない。ゲームと違い実戦は命がけだ。弱点を突かれたときの対策ができなければ死あるのみ。なんとしてもこの問題は解決するべきだ。

 

「だが火力特化のチームの方が好みなファンも多い。派手な攻撃、戦いは子ども受けもいい。シトリーやアガレスのような火力は控えめだが戦略に長けたチームはどちらかというと玄人向けだからね」

 

「そうだな、まあ今の脳筋スタイルも弱点はあるが悪くはないと思うぜ。将来のプロ戦も盛り上がるだろうよ」

 

サーゼクス様やアザゼル先生の意見を裏付けるように、サイラオーグVS兵藤の試合は最大級の盛り上がりを見せていた。バ火力とバ火力の戦いはあまり深く考えずに試合を観るライトな層の受けもいいのだと俺はあの会場で肌身で感じ取った。

 

「でもいずれにせよ弱点のカバーは必要よ。そういうわけでロスヴァイセ、存分に魔法を伸ばしてちょうだい」

 

「ありがとうございます。中間テストの問題用紙は既に作成済みなのでご心配なく」

 

「げ、中間テストがあるんだった!」

 

中間テストという嫌な響きの言葉に声を上げて口をかっぴらく兵藤。そう、これだけ楽しいイベントの後には中間テストが控えているのだ。祭りの余韻がいつまでも続かず生徒たちの気が緩まないのはテストがあるからと言っても過言ではない。

 

俺も頑張らないとなぁ…特にゼノヴィアは国語が苦手なところもあるからフォローもしてあげないとだ。

 

「…そうだ。レイヴェル、例の件だが承諾してくれるだろうか?」

 

「もちろんですわ、魔王様直々の頼みとあらば是非」

 

「ありがとう、助かるよ」

 

自信たっぷりの表情でレイヴェルさんは快諾する。サーゼクス様も彼女ににこやかな笑みを返した。

 

「サーゼクス様、例の件って…」

 

と、おずおずと話に入る兵藤。俺も気になるぞ、レイヴェルさんとサーゼクス様の間で何が話されたのか。

 

「ああ、レイヴェルにイッセー君のマネージャーをしてもらおうという話だよ」

 

「マネージャーですか!?」

 

兵藤すら知らなかったようで、驚きの声を上げた。俺も驚いた。兵藤が有名人になっているのはもちろん知っていたが、まさかマネージャーが付くという芸能人のような待遇になろうとは。

 

「これまではグレイフィアがグレモリー眷属のスケジュール管理をしてきたが、知名度が上がるにつれて彼女の身一つでは細かい面で対応しきれなくなると思ってね。人間界の学校の授業でも、冥界での活動でも。特にイッセー君に関してはそれが顕著になると思い、冥界の事情に精通し、人間界で勉強中のレイヴェルにそれを任せようということになったのだよ」

 

何気なくサーゼクス様は言うが、9人のスケジュールをグレイフィアさんたった一人で管理していたのか?日々のメイドの業務や魔王の『女王』としても忙しいだろうにとんでもないハードワークをこなされているのか。

 

「グレイフィアさん、すごい方なのね…」

 

「グレモリーのメイドとして、魔王様の『女王』として当然のことです」

 

本人はこれといって自慢するわけでもなく、さも日常の一部でありどうということはないような様子だ。

 

俺は改めて魔王ルシファーの『女王』のすごさを認識するのだった。俺だったらこなしきれずに心が折れる。

 

「早速だが、イッセー君の昇格試験のサポートをお願いしてもいいだろうか。中間テストは…学年が違うからリアスたちがサポートしてくれるのかな?」

 

「はい、私がしっかりイッセー様を合格に導いて差し上げますわ!早速必要な資料を集めてきますわね!」

 

「ありがとう」

 

やる気たっぷりのレイヴェルさんにサーゼクス様は任せてよかったとにこやかにほほ笑んだ。

 

「頼もしいなぁ、レイヴェルばかり頑張らせるわけにはいかねえ、俺も頑張らないとな!」

 

レイヴェルさんの姿勢に火が付いたのか、兵藤もやる気がわいてきたようだ。中級悪魔昇格試験に中間テスト、面倒ごとばかりだがグダグダしているわけにはいかない。

 

ここはひとつ、俺も中間テストを気合入れてやっていこうかな。

 

「ほー、やる気いっぱいで何よりじゃねえか。小猫、油断しているとイッセーをレイヴェルに取られちまうぞ?」

 

「…」

 

おちょくるようなアザゼル先生の物言いに、塔城さんはどこか心ここにあらずと言った様子だった。

 

おかしいな、いつもならとげのある言葉の一つや二つ返すところだろうにノーリアクションとは。

 

その時、俺たちは気づかなかった。いつもと違う彼女の反応は、彼女のみにすでに起こっていた異変の片鱗だったことに。




次回、「学生の天敵」






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第137話 「学生の天敵」

初見の方用にウロボロス編まで追いつけるあらすじ回を執筆中です。既存の読者の方にも話を整理するのにぴったりな内容にしようと思っています。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
1.ムサシ
2.エジソン
3.ロビンフッド
4.ニュートン
6.ベートーベン
7.ベンケイ
9. リョウマ
10.ヒミコ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
23.コロンブス


数日後の学校の休み時間、普段なら生徒たちの談笑で賑やかな教室もその賑やかさが一段と沈んでいた。それもそのはず、中間テストが近づいているので真面目な学生は早くもその対策に取り組んでいるからだ。

 

そんなテスト間近でも賑やかさを失わない男たちはいる。

 

「素晴らしい提案をしよう。お前もAV鑑賞会をしないか?」

 

「なあ、もうテストなんて忘れてすんばらしい人気作品を一緒に観ようぜ」

 

と、勉強に励もうとする兵藤に悪魔のささやきをする松田と元浜。悪魔はどっちだ。

 

「くそ、勉強はしないといけないけどそれも死ぬほど見てえよ…!!」

 

二人が見せてくるAVのパッケージを血涙を流して歯を食いしばる兵藤。あいつの良心は今戦っている、欲望のままに女体を拝みたいという邪な感情と。

 

特にあいつは中間テストに加えて中級悪魔昇格試験が控えているのでなおさら勉強しないといけない。もはやそんなものに時間を割く余裕はないのだ。一応レイヴェルさんのおかげか、サーゼクス様の試験説明のやり取りでその時だけかと思っていたやる気が今でも継続して出ているみたいなので安心した。

 

「あーらあら、テスト前なのにエロ三人組はさかんねぇ、アーシアはどう思う?」

 

「はうう…そ、そんなものに頼らなくてもいいようにイッセーさん、私もエッチになりますから心配しないでください!」

 

もうだめだ、ピュアなアーシアさんの逃げ場がねえ!ゼノヴィアも桐生さんも全方位でアーシアさんをエロい女の子にしようとしてくる!

 

「アーシアちゃんたち、なんかえらいスケベな話しとるな…」

 

「き、気にするな、こっちはこっちで勉強しようぜ」

 

隣の席の天王寺が向こうを気にかけているが、こっちまで巻き込まれるわけにはいかない。

 

これまでロキ戦、修学旅行、バアル戦、学園祭と濃密なスケジュールを送って来たがさらにこれからは中間テストという学生の忌むべきビッグイベントが控えている。学生の身である以上は異形関係の仕事ばかり注力するわけにはいかない。メリハリをつけるためにも、ここできっちりいい成績を出さねば。

 

「天王寺、テスト勉強はどうだ?」

 

「必死こいてやってるで。いい大学行くために今のうちから勉強せなあかんしな」

 

天王寺は兄の援助に報いるためにいい大学を出て、一人で家族を養う兄の負担を減らすためにいい会社に勤めたいと常々語っていた。その将来の夢のような目標を本気で達成しようとする彼の姿を見ていると、彼の頑張りがむくれれるように、応援したいと強く思う。

 

「ま、そんなイケメンで成績優秀なら文句なし、彼女の一人はできるだろ」

 

「いやいやそんなぁ…!」

 

と、軽口をたたいてやると天王寺は照れくさそうににやにやしながら顔をそむける。天王寺の彼女と言えばと思い…正確には天王寺が鈍感すぎてその関係に発展できてないのだが、上柚木の方をちらりと一瞥する。

 

「…」

 

テストを控えているということで普段以上に勉強に集中しているかと思いきや、細い手でペンを握ったままそれをノートに走らせることもせず、ただ虚空をぼんやりと見つめている。いつもは冷静な上柚木だが、平時と違いどこか悲し気に肩を落としているように見えた。

 

「上柚木、元気ないな」

 

「せやな…どしたんやろ」

 

彼女の異変を気にかけるや否や、天王寺は早速上柚木の方へ足を運ぶので俺も彼の後を追う。

 

「綾瀬ちゃん、浮かない顔しとるけどどないしたん?」

 

「…実はパパが行方不明なの」

 

「えっ!?」

 

「ほんまか!?」

 

こちらに話しかけられると物憂げな双眸を向ける上柚木は元気の失せた調子で言う。こちらもまさか身内が行方不明になっているという家族の大きな問題を抱えていたとは思いもしなかったので、声を上げてしまう。

 

「電話をかけても出ないし、LINEも既読すらつかないの。一週間以上もこんなに音信不通になることなんてなかったから、パパと同じ遺跡の調査をしている考古学者の方に連絡を取ってみたけど、同じく会ってないし連絡がついていないみたいなの」

 

「それは大変やな…」

 

「向こうが捜索願を出してくれたみたいだけど…それでも音沙汰なし。テスト前なのにパパのことで気が気じゃないわ」

 

そう言って上柚木はブロンドヘアーの麗しい頭を深刻そうに抱える。勉強には人一倍真面目な優等生の上柚木が勉強に手がつかないほどだ。それだけ父親を敬愛していて今回の件がショックなのだろう。その傷心のほどは想像しきれるものではない。

 

だが彼女の父親は遺跡を調査している考古学者と聞いている。だとしたら…。

 

「…もしかして、遺跡の調査で事故に巻き込まれたとか?」

 

「遺跡の方も調べたけど事故の形跡は何もなかったそうよ。本当に警察もお手上げらしいわ…」

 

一番ありえそうな可能性だと思ったがそれもなしか。

 

…もしかすると、異形関係だろうか。それならここまで全く手掛かりがないのもうなずける。だとしても確証がない以上オカ研を動かすことはできないだろう。

 

「パパ…一体どこに行ったの?」

 

上柚木はともすれば涙をこぼすのではないかと言うような心細い、寂しげな声を漏らす。親しい人の悲しみに満ちた表情は俺の胸に深く堪えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「ここに来るのも久しぶりな気がするね」

 

「ああ、本当にあの人は大丈夫なのか心配だが…」

 

その夜、俺はゼノヴィアを連れて久方ぶりにレジスタンスの母艦『NOAH』に足を運んだ。ヴァーリの襲撃を受けて艦内がだいぶやられたと聞いているが、特にその傷跡を廊下で見受けられることはなかった。

 

しかし、ポラリスさんは元気なのだろうか。話を聞く限り相当なハードスケジュールをこなしていたらしいからあった時には顔を真っ青にしてダウンしているのではないだろうかと心配でならない。一応来る前に一報は入れており、応接間で待つという一文だけがメールで帰って来たがそれだけでは今の彼女の体調を推し量ることはできない。

 

そして俺たちは彼女がいるであろう応接間にたどり着いた。ドアを開けると、そこはソファーやテーブルなど、華美さを抑えながらも客人を迎えるに相応しい内装と木造家具の独特な落ち着く香りが視覚と嗅覚へ一緒に飛び込んできた。

 

「久しぶりじゃの」

 

と、部屋に踏み入れたこちらを椅子に腰かけながらも軽い調子で出迎えたのはポラリスさんだった。一人スクリーンに向き合ってかたかたとノートPCのキーボードを叩いて作業に打ち込んでいたが、こちらの入室に反応してくるりと椅子を回して俺たちの方へ向き合う。入るまでの想像と違って以前と変わらない元気さを見せる彼女に俺は驚いた。

 

「…」

 

「なんじゃ狐につままれたような顔をしおって」

 

「いや、思ってたよりは元気な顔をしててびっくりした。相当忙しいからやつれてるんじゃないかと思って」

 

対ディンギル用の兵器開発にヴァーリ戦で壊れた艦内の修繕と彼女の仕事は彼女だけしかできないものが多く、寝ずに薬や魔法を使いながらずっと作業に打ち込んでいたと聞いている。ようやく対面した時には顔が見るからにやつれて酷い隈が目元にできているのではと思っていたのだが、全くそのようなハードワークを感じさせない健康っぷりだったので大いに驚かされた。

 

「忙しかったことは忙しかったのう。まあ妾の体は気にするな」

 

「…そうか、元気そうで何よりだ」

 

魔法や薬込みとは言え、ハードワークの後でここまで普通の状態でいられるものなのか。普段と変わらない様子の理由を深く教えてはくれなかったが、本人に問題なさそうならこちらもとやかくは問い詰めまい。

 

「それよりあんた、ゼクスドライバーオリジンだっけか。とんでもないものを作ったな」

 

ポラリスさんに関する話題で今一番熱いものといえばこれしかあるまい。ガンマイザーを一撃で倒し、アルギスを圧倒したあのドライバー、ゼクスドライバーオリジン。神滅具の一つにも数えられる赤龍帝の力を宿しただけあってその力は驚異的だった。

 

「ふっ、あれは妾の集大成とも呼べる兵器じゃ。試作型とはいえあれくらいやってもらわねば困るわ」

 

「試作型ってことは…完成型はあんたが使うつもりか?」

 

「勿論じゃ、妾はこの手でディンギル共を葬ってやらねばならぬのじゃからな」

 

ポラリスさんは自信たっぷりの笑みと共に頷く。あのドライバーの完成型を未だ力の底を見せないポラリスさんが使った時何が起こるのか楽しみだ。

 

そして話題の兵器を持つ男は、この部屋の壁に背を預けて俺たちのやり取りを静かに眺めていた。ゼノヴィアの視線が、ドレイクを捉えた。

 

「仮面の男…お前がドレイクか」

 

『…』

 

男の返事はない。答えるまでもないだろうというように喋らなかった。

 

「ゲームの裏で悠を助けてくれてありがとう、感謝するよ」

 

『…気にするな、あれは彼女の命令でやっただけだ』

 

男の態度はどこか素っ気なく、馴れ合いを避けるような冷めた調子だった。この男もポラリスさん同様、いや顔すら見せない時点でそれ以上に謎めいた存在だ。

 

「ポラリスさん、この男は何者なんだ?どういう理由でレジスタンスに所属し、テスターになった?」

 

「ふむ…」

 

早速とばかりに飛ばした俺の問いにポラリスさんは顎に手をやる。レジスタンスのリーダーはこの人だ、ドライバーのテスターにも選んだ以上この人はドレイクの全てを知っている、いやそうでなくてはならない。

 

もったいぶるように逡巡するポラリスさんの口から出る答えを、俺たちは今か今かと待つが…。

 

「あえて言うなら、この男には何もない。それ故妾は彼を選んだ。それだけのことよ」

 

「…つまり、秘密ってことだな」

 

「そうじゃな、ただ彼におぬしらに危害を加えようという意思はない。そこは安心してほしい」

 

相も変わらず秘密主義なことで、まあそんな返答をするだろうとは予想していた。が、逆に何も変わっていないということに俺は安心した。いつも通りのポラリスさんだ。

 

さて、ポラリスさんの元気を確認できたところでそろそろ本題に移るとしようか。

 

「…話はそれぐらいにして、あんたに頼みごとがある」

 

「言ってみろ」

 

俺の面持ちが真面目な色に一変したのを見て、ポラリスさんも応じる。

 

「アルル達のアジトを特定してほしい」

 

単刀直入に今やるべきこと、やりたいことをはっきりと言い放つ。それが今回彼女に会った最大の目的だ。

 

「ふっ、それくらい言われずともやっておるわい。まずは改めて進捗を報告しようか」

 

ポラリスさんは軽く笑うと虚空を撫でてスクリーンを出現させる。そこには冥界の地図などの様々な情報が所狭しと表示されていた。

 

「アルルのアジトが冥界の悪魔領にあることは確定じゃ。これまでの行動を調べ上げた結果、その可能性が極めて高い。アルギスの奴は冥界において高頻度で旧魔王派の名を騙るテロをやってくれたようじゃからな。あやつの意図は知らぬが、おかげで調査を進めることができたよ」

 

「そうか…」

 

やはり悪魔領にあることは間違いないか。サーゼクス様の見立ては正しかったようだ。

 

しかしこれまで俺たちと敵対してきたアルギスだが、そこだけが理解できない。派手にテロを起こすそれならわざわざ旧魔王派を名乗る必要もないだろうに、なぜ旧魔王派を名乗ったテロを起こすのか。

 

アルルに忠誠を誓っているようだからアルルの命令と言えばそれまでだが、あのアルルが俺たちイレギュラーや特異点と全く関係のないところで暴動を起こさせるとは思えない。俺としては、あれはアルギスの独断ではないかと思っている。ただその理由が全く持って今の時点では推測できないのだが。

 

「しかし冥界のどこにあるのかが未だに掴めておらぬ。ガルドラボークたちも動いてくれてはいるが、叶えし者を尋問してもアジトの場所だけは特定できずにおる」

 

「口が堅いのか」

 

「いや、表で動いている奴らは末端の存在、トカゲのしっぽよ。アジトも知らされずあくまで通信魔方陣で指令を受けて動いているにすぎないようじゃ。おそらくアジトを知っているのはアルギスのようにアルルと近しい側近のみじゃろう」

 

「近しい側近…そういえばあいつの配下ってアルギス以外知らないな。ジークルーネはあくまで協力関係みたいな感じだった」

 

これまで交戦した叶えし者はボスのアルルを除けばアルギスのみだった。話を聞く限りはそれ以外の叶えし者が出てきてもおかしくないのだが…他の叶えし者はどうしているのだろう。まさか戦える叶えし者がアルギスしかいないなんてことはないだろうし。

 

「…なら、どうやってアジトの場所を調べるんだ?お手上げじゃないのか?」

 

話の流れが見えないゼノヴィアが話に深く切り込もうとする。

 

叶えし者にすらアジトの場所がわからないようならいよいよどうしようもないのではないか。アルギスを捕えようにも居場所がわからないし、何よりその絶好のチャンスは失われている。

 

今思い返すだけでもあの時の自分にイライラしてくる。どうしてアルギスたちが逃走するよりも早く捕縛しなかったのか。捕縛できていればこんな状況にならずに済んだのに。

 

「策が尽きたわけではない。長らく足取りを掴めなかった奴らのことじゃ。慎重に動いてアジトを置くなら当然、そこを領地として治める叶えし者の悪魔に念入りに隠してもらう、あるいは手出しできないようにしてもらうと考えるのが普通じゃろう」

 

「…確かに、そうしてもらったほうが確実だろうね」

 

「これまでのテロを考えて拠点の位置は冥界の悪魔領、その上でさっき言ったようなことができる叶えし者の悪魔は神竜戦争時代から生きている古い悪魔しかおらぬ。彼らなら政治経験の浅い魔王を上回る政治力と影響力があるからのう。魔王さえ容易に手出しできないような拠点を置くにはうってつけじゃ」

 

「だったらどうすればいいんだ?」

 

彼女の話を聞いているとますますアジトに攻め入ることができないように思えてくる。ここからどう動けばいいのだろうか?

 

「簡単な話じゃ、隙がないなら隙を生み出せばいい」

 

「なに?」

 

俺たちの反応を面白がるようにニヤリとポラリスさんの口が三日月の形に笑む。

 

「具体的に言おう。アジトを提供しているであろう古い貴族悪魔の、ディンギルと通じている証拠とその他裏での悪行を暴いてリークし公表、その上でサーゼクスたち魔王がアジトにディンギル討伐と調査の名目でお前たちグレモリー眷属たちを送り込めばいい」

 

「おいおい…!」

 

「…!!」

 

俺が想像だにしなかった大胆すぎる策に俺とゼノヴィアは揃って驚愕した。

 

この人とんでもないことを言っているぞ。それは下手すれば魔王よりも影響力のある悪魔、あるいはその派閥に大きな社会的ダメージを与えるということになる。そんなことをすれば悪魔社会が揺らぐ事件になるのでは…。

 

「政治に疎い私でも恐ろしいことを言っているのはわかるぞ、それに待て、裏での悪行とは…」

 

「あの手の悪魔は必ず表沙汰にできないことの一つや二つはやっておる。長生きしておるのならなおさらじゃ。奴らはそれを権力と金で揉み消して闇に葬っているわけじゃが…それを勢力の垣根を無視でき、情報収集に長けた妾たちが手に入れ、サーゼクスたち現魔王派、そして民衆にリークして公表する。そうすれば政治力で奴らに勝てぬサーゼクスも強い民意の後押しを得て議会で積極的に追及でき、奴らを追い詰める突破口が切り開ける」

 

「確かに、昨日サーゼクス様たちも苦い顔をしていたからな…それならどうにかなりそうだ」

 

なるほど、昨日は厳しいと思っていたがポラリスさんの策のおかげで希望が湧いてきたぞ。

 

それに部長さんたちが違うだけで一般に悪魔とは欲深く残忍な面を持っているとされている。特に古い因習や固定観念にどっぷりかつディンギルに裏で寝返る程の強欲な面を持っている悪魔なら、突かれたら痛い箇所は山ほどあるはず。

 

事実、ディオドラだって聖女関係でえぐいことやらかしてたしな。深堀すればそれに匹敵する、あるいはそれ以上に醜悪な事実も出てきそうだ。

 

「既に怪しい貴族たちの後ろめたいスキャンダルの証拠は多く押さえておる。元々アジトの特定とは関係なく叶えし者を潰すために進めておいたのじゃが…脱税、恫喝、癒着、眷属悪魔への仕打ちや裏カジノ、闇組織との関係などなど言葉にできないようなものも含めて違法行為を上げればきりがない。これもすべてイレブンの働きのおかげじゃ、あやつの働きには頭が上がらんよ」

 

「おお!」

 

「イレブンの奴、やり手だな!」

 

それを後押しするような進捗報告が俺たちを喜びに沸かせ、ポラリスさんの作戦がいよいよ現実味を帯び始める。

 

俺たちの知らない所でイレブンさんはそんなことをやってくれていたんだな。今度労をねぎらうためにおいしいものの一つや二つ用意しておこう。というか、それだけの働きをしてくれたのだから一度ゆっくり休息を取ってほしいものだ。

 

「ただ、問題はアジトの場所及び領土内にアジトがある悪魔が誰なのかを特定しなければならないというところじゃ。そこが今難航しておる所よ」

 

「リスト内に上がっている悪魔なら一斉にリークしてしらみつぶしに攻めればいいんじゃないか?」

 

難しいと首を傾けるポラリスさんに疑問を投げかけるのはゼノヴィア。いずれにせよ奴らとはいずれ対決しなければならない敵なのだ。怪しい奴はモグラたたきのように片っ端から潰していくのも一つの手だが。

 

「ダメじゃ、スキャンダルで影響力が落ちるとはいえ老獪、同じ追い詰められた古株同士で対サーゼクスで結託されては不味い。あくまで相手を一人に絞りこむしかない」

 

ポラリスさんは険しい表情でかぶりを振る。政治力で差があるのは変わりないのだから複数を同時に相手するより一人に絞った方が確実で安全だということか。

 

古い悪魔には現魔王派も煮え湯を飲まされてきただろうし、その鬱憤を晴らすにも積極的にサーゼクス様やそれに与する悪魔の政治家たちが動いてくれそうだ。これには冥界のテレビやメディアが大賑わいするだろうな。

 

「だが、リークして追い詰めたとしても私たちがアジトに乗り込む前に奴らが拠点を移すのでは?」

 

「おそらくそれはできないと考えておる。何せ、奴らの現段階の目的は神域と竜域の接続じゃ。世界をつなぐという大掛かりなことを為すには何らかの大規模な装置あるいは魔方陣などが必要になる。当然、それを隠すのはアジトしかない。誰にも気づかれない間に長い時間をかけて用意したであろうそれを簡単に破棄、あるいは短期間での移動は困難じゃろう」

 

「なるほど…」

 

アジトにしっかり設備を置いてしまっているからまるまる移動はできないし、それと同じものを用意するのはまた時間がかかるから簡単にできないということだな。

 

「ざっと、今考えている作戦はこんなところじゃな」

 

「あんたの考えはわかった。サーゼクス様やアザゼル先生を頼れそうにない以上はあんたが頼みの綱だ…妹を助けると言っておきながらあんたに助けられっぱなしで申し訳ないがどうか、頼む」

 

「私からも頼む。悠の助けになってほしい」

 

俺が深く頭を下げ、真剣に頼み込むとゼノヴィアもそれに追随する。

 

正直、今の俺にはこのポラリスさんの策に頼るしか方法がない。いつ向こうから出てくれるかわからないのなら奴らのアジトに直接乗り込んで叩く、そうするほかに凛を助ける手はない。奴らのアジトにたどり着くために彼女が提示したプランはまさしく、迷える旅人を導く北極星のようだった。

 

「うむ、妾も手は尽くす。妾とて期限を設けようとも表で奮闘するおぬしの助けになりたいのじゃからのう。成果が上がるまで時間がかかるじゃろうが、どうか待ってほしい」

 

「ありがとう…!」

 

感謝の念が溢れて言葉が震えた。

 

10月の終わりまで刻一刻と近づくなか、この一夜で俺は大きな希望を得た。ポラリスさんの策が実現すればディンギルとの戦いで大きなイニシアティブを取ることができるし、何よりサーゼクス様たちとの協力関係を本格的に構築できる一歩になる。これは非常に大きい。

 

凛を必ず助ける、その決意をより固くして俺とゼノヴィアはNOAHを去るのだった。

 




ポラリスも裏でいろいろ動いています。

次回、「世界最強の来訪者」


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第138話「世界最強の来訪者」

何やらドラゴンマガジン掲載のD×D短編に初代グレモリーが出るそうで。初代の悪魔はバアル以外に出ていなくて現状どうなっているのか不明だったのて気になるところ。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
1.ムサシ
2.エジソン
3.ロビンフッド
4.ニュートン
6.ベートーベン
7.ベンケイ
9. リョウマ
10.ヒミコ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
23.コロンブス


翌日の朝、北欧に戻ったロスヴァイセ先生と塔城さんを除く俺たちオカ研は兵藤家の広い玄関に集まった。昨夜、アザゼル先生から兵藤家にとある客人が訪れるからそれを出迎えてほしいという連絡があったからだ。

 

おまけにどうやらただの客人ではないらしい。先生曰く、絶対にお前たちは不満を漏らすが絶対に攻撃はするな、だそうな。殺意を抱いてもおかしくないとすら言われるほどだが、俺たちとあまりよくない関係を持っている客人がなぜここに訪れるのか。

 

今のところそういったことになるような関係を持っているのはヴァーリチームくらいだが…あいつらがまたここに堂々と足を踏み入れるようなことがあっていいのか。だが彼らと考えるには一度は共闘した関係だし、殺意というのはまた違う気もする。

 

「塔城さんは今どうなっている?」

 

「安倍先輩が特別な薬を調合してくれたおかげで落ち着いてるよ。ただ、安静にするようにってことで今も部屋で休んでる」

 

「そうか…サーゼクス様が来た時からもう始まってたんだな」

 

その客人が来るまでの待ち時間、俺たちの話題は昨晩の塔城さんの異変のことだった。どうやら猫又である彼女に発情期が訪れ、昨夜兵藤に子作りを迫ったらしい。迫られているところを部長さんが発見し、テニス部部長であり異形関係者でもある安倍清芽先輩の力を借りることで事なきを得たという。

 

「猫又の発情期…猫由来の妖怪らしいと言えばそうだがまさかそんなことになるとはな」

 

「僕も聞いた時はびっくりしたよ。今までこんなことはなかったからね」

 

「小猫ちゃん…大丈夫でしょうか」

 

俺たち男子組はそれぞれの心配を口にする。おそらく部長さんと兵藤の恋人同士の関係性を間近で見たことがきっかけだろうというのが部長さんの推測だ。意中の相手が他の女の子とラブラブなのは彼女にとってつらく、焦りを生むものだっただろう。それが結果として、発情期の到来という目に見える形で現れたという。

 

「薬で抑えても今後体にどんな影響が出るかわからないから、俺が頑張ってエロいことするのを我慢するしかないんだとよ。まだ体が小さいから妊娠して出産すると命に係わるかもだからな」

 

「塔城さんも苦しいだろうに、お前も辛いんだな…テストもあるし、心底同情するよ」

 

テストに加えて年がら年中発情期な兵藤にとって、ヤる気満々の彼女とエッチをするなという生殺しはさぞ苦しかろうに…同情の念を抱かざるを得ない。それに発情期で交わるのも彼女にとって本意ではないだろう。

 

彼女の心身両方のために、兵藤は我慢しなければならないのだ。テストや昇格試験、今回の訪問と言い相も変わらず、いろんな出来事が畳みかけてくることで。

 

「本当だよ…それより、先生はまだか?」

 

「そろそろ時間になるわね」

 

部長さんは腕時計に目をやって言う。そのわずか数秒後にピンポーンと、インターホンの音が鳴り訪問者の来訪を告げる。

 

「時間通りに来たか」

 

その音色は俺たちの空気を緊張させるには十分すぎた。先生は絶対に敵意を持つなと言われているが、いやでもそんなことを言われたら警戒するに決まっている。

 

部長さんは一人玄関のドアに進むと、意を決したようにドアノブを握りガチャリと開ける。

 

外にいたのは俺たちを集めた張本人であるアザゼル先生と…。

 

「ドライグ、久しい」

 

黒いゴスロリ服を着て長い黒髪を垂らす幼女、禍の団の首領にして無限の龍神、オーフィスがいた。アルル以上に全く感情の読めない表情で出迎えた俺たちを見渡し、兵藤…というよりその中にいる天龍のドライグに感情のない声色で挨拶をする。

 

「!?」

 

「え!?」

 

「なっ!?」

 

「お前は…!!」

 

「お、おおおおおオーフィスぅ!!?」

 

どうせヴァーリチームなんじゃないかという俺たちの予想をはるかに超えたとんでもない人物の訪問に、俺たちは大いに面食らい、驚きに口をあんぐりと開けて叫び、目を限界まで見開いた。

 

どうして禍の団のボスである龍神オーフィスがここにいるのか?まさか、オーフィスが先生の言っていた客人?だとしたら、先生は禍の団と繋がって…!?

 

驚き、困惑、怒り、いくつもの感情が俺の中を駆け回り、思考と混ざり合ってごちゃごちゃになっていく。

 

いくら遊び心満載の先生とは言え、ドッキリならたちが悪いにもほどがある。家に世界を震撼させるテロリストのボスがやってきましたなんて夢であってほしい、というか現実でそんなことがあってたまるか。

 

何はともあれ、敵襲であることには変わりない。敵のボス自らお出ましとは…奴らもいよいよ本気で俺たちを潰しにかかろうという魂胆か!

 

「ッ…!!」

 

驚きののち、正気に返って一斉に俺たちは戦闘態勢に入る。木場やゼノヴィアはそれぞれの剣を構え、兵藤は神滅具の籠手を装着する。

 

〔ソウル・レゾナンス!〕

 

俺もドライバーを腰に出して、左手にプライムトリガーを、右手にスペクター眼魂を握り即座に変身せんとするが、アザゼル先生が大慌てで俺たちとオーフィスの間に割って入った。

 

「待て待て待て!だから言ったろ!誰が来ても殺意は抱くなよって!!大体俺が束になっても勝てない龍神にお前らが勝てるわけないだろ!!攻撃はやめろ、こいつも攻撃しないから!」

 

「先生、これはどういうことですか!?」

 

「アザゼル、あなた自分が何をしているかわかっているの!?このドラゴンは全勢力を敵に回し、被害を与えている組織の親玉!倒すべき敵なのよ!?それをよりによって同盟の中心であるこの町の、この家に入れるなんて…!!」

 

当然、俺たちは不満を駄々洩れにして先生を非難する。

 

奴は禍の団の首領、曹操やシャルバたち旧魔王派を束ねるヴァーリ以上に許されざる存在だ。奴の蛇で強化された部下がこれまで各地にどれだけの被害を与えてきたことか。それに対抗する同盟の中心地であるこの町に足を踏み入れていい道理はどこにもない。

 

「大体、この家に来れたってことは警備の目を欺いてきたってことですよね」

 

「敵の首魁と通じるなんて、これは明確な協定違反よ!そもそもヴァーリですらアウトなのに…サーゼクス様やミカエル様に糾弾されても文句は言えないわ!一番和平を訴えてきたあなたがどうして…!!」

 

「わかっている。だが今回の訪問がうまくいけば禍の団を終わらせられるかもしれないんだ。お前らの想像通り、俺は今多くの目を騙してこいつをここに連れてきている。誰に何を言われても、お前たちに攻撃されても文句は言えん」

 

特に怒髪冠を衝く勢いで先生を問い詰める部長さんを先生は宥めながらオーフィスをかばう。果たして、和平を推進してきた先生が和平を壊す組織の長をかばうこの場面を大衆が見たらどれだけの非難の嵐が巻き起こることだろうか。

 

未来志向の和平のみならず、禍の団の脅威に対抗するという協定の根幹を揺るがす行為をその協定を積極的に訴えてきた先生自身が破るとは、先生は今までの自分の行動の積み重ねを自分で無に帰すつもりなのか?

 

「だが俺はヴァーリからこいつの話を聞いて、話し合いができる、必要だと判断した。俺たちも、禍の団の連中も、オーフィスのことを何も知らないし、知ろうとも知らなかったんだ。これはチャンスだ。頼む、どうかこいつの話を聞いてやってくれ」

 

「……」

 

俺たちの目を真っすぐ見据えて、さらには頭を深々と下げた先生の懇願が長い沈黙を呼ぶ。俺も含めて、皆この到底受け入れがたい来訪者をどうするか考えているのだ。その沈黙は、皆にある程度の冷静さを取り戻させた。

 

「…和平を訴えてきたあなただからこそ、ね。わかったわ、ここはあなたを信じることにするわ」

 

鼻を鳴らしながらも、一番最初に折れたのは部長さんだった。不満の色はまだ見て取れるが、一通り怒りをぶつけたことで幾分か普段の冷静さを取り戻せたようだ。感情を抑えて状況判断できる点も彼女が『王』たる所以だ。

 

俺も一度、大きく深呼吸して冷静さを頭に呼び戻す。湧いた怒りと驚きが、保冷材で熱いものが冷やされるように落ち着いていき状況把握するための思考に変わる。

 

「…正直もやもやするが戦力で言っても勝てる道理はないし、ここは話し合いをするしかないな」

 

そもそもの話、今の俺たちが力を合わせたところで全勢力でぶっちぎりのトップの実力を持つ龍神に勝てるわけがない。それにここで戦えば民間人にも被害が出ることは確実。奴の存在そのものが俺たちにとっての不利なのだ。

 

いずれにせよ、俺たちはオーフィスの要求を飲むしかない。

 

「そうだね、それに先生には世話になっている。ここは剣を収めるとするよ」

 

「私も同じ考えですわ」

 

皆をまとめ上げる部長さんと俺が一応納得する姿勢を見せると、それに追随するようにみんな敵意を収めていく。どうにか衝突は避けられたようだ。

 

それに普通に考えて、これまで俺たちのために動いてくれたアザゼル先生が今更俺たちを裏切るなんて考えられない。先生は今後の情勢を考え、今回の行動を実行に移した…ということにしておこうか。

 

「それで、これからどうすればいいの?とりあえずお茶の一つ出した方がいいのかしら?それにヴァーリチームは?」

 

部長さんがため息をついて訊くと、オーフィスの背後に魔方陣が二つ出現し、光と共にその二人が現れた。

 

その二人とは当初俺たちが予想していたヴァーリチーム、そのメンバーの猫又の黒歌と魔法使いのルフェイだった。

 

「や」

 

「ご機嫌用、お初の方もいらっしゃるようですがわたくし、ヴァーリチーム所属のルフェイ・ペンドラゴンと申します。こちらはフェンリルちゃんです」

 

黒歌が軽く手を振り、ルフェイは礼儀正しくお辞儀すると、その傍らに控える灰色の毛並みが美しい狼を撫でた。

 

…え?こちらは…なんて言った?フェンリル?

 

「フェンリルぅ!?」

 

「えぇ!?」

 

「なんだって!?」

 

「あのフェンリルが…」

 

オーフィスに次ぐ二度目の衝撃が俺たちの間を駆け巡る。

 

過去のロキ戦の記憶の中のフェンリルと比較して、ゴールデンレトリーバー並みのサイズとかなり小さくなっているがそのただならぬ気配は健在のようだ。この場に全勢力でトップクラスに強い存在が二人…いや二匹も。

 

ヴァーリはあの戦いで覇龍を使い、フェンリルを拉致したんだっけ。まさかこんなペットみたいな感じの大型犬になって再び相まみえることになろうとは。フェンリル本人も思いもしなかっただろう。

 

「ちょっとちょっと!私もいるわよ?」

 

「げ、黒歌!」

 

俺たちがフェンリルに驚かされてばかりいると、構ってほしいと言わんばかりにいきなり兵藤に黒歌が抱き着いた。その豊満な胸を押し当てられた兵藤はまんざらでもなさそうに鼻の下を伸ばす。

 

「相変わらずおっぱいが好きみたいねー。それにスペクターは残念ね、クソ猿がいなくて」

 

「いなくていいわ」

 

今の俺にはあいつとコントする余裕などないのだ。

 

「我、話がしたい」

 

「だそうだ。とりあえず家に上げてやれ。これで失敗したら俺の首が物理的に飛ぶからな」

 

念を押すように言うオーフィスを見て、先生は話を進めるために提案する。

 

こうして俺たちは、龍神と対談することとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

玄関先で一触即発の展開から10分後。

 

「お茶ですわ」

 

「ありがとうございます」

 

リビングに上がったオーフィスとルフェイ、黒歌にお茶を入れる朱乃さん。いつもの穏やかな笑みはどこか警戒心の混ざったものに変わっている。フェンリルはと言うと、床で丸まってすやすやと寝息を立てている。無防備もいいところだがあの狼だ、少しでも手を出した瞬間にずたずたにされるのだろう。

 

「……」

 

雰囲気は微妙にピりついていながらも、来訪時と比べると落ち着きを取り戻していた。俺たちは相手の出方を窺うように誰も喋ろうとしない一方で向こうは空気を読まずお気楽に菓子をつまむ黒歌の影響か緩い感じだ。

 

逆にあの龍神に何を話しかければいいというのか。俺たちが絶対に勝てない相手に、下手に機嫌を損ねるようなことを言えばまず間違いなく町が跡形もなく消えてなくなる。最悪全面戦争の可能性だってあるのだ。向こうがどういう話をしたいのかは知らないが、こちらは不用意なことは言えないのだ。

 

オーフィスは何を考えているかわからず何も言わない。こちらは何が起こるかわからないので誰も彼女と喋りたくない。そんな空気を我知らない黒歌以外の両サイドの気まずい沈黙が、しばらく続いたころ。

 

「ありゃ?スペクター、童貞臭くないわね。童貞卒業したのね」

 

「おい…ッ!!」

 

世界を左右するかもしれない対面の緊張なんぞ知ったことではないと言わんばかりに黒歌が俺に話しかけてきた。

 

なんでこのタイミングで俺に話しかけてくるんだよ!!やめろよ、テロリストの親玉の前で人の性事情を暴露するの!!恥ずかしすぎて死にたくなるだろ!!一回死んでるけど!!

 

と思いはするも、やはりオーフィスの手前余計なことは言えないのでうまいこと言い返そうにも言い返せなかった。

 

考えてみろ、もしオーフィスがあんな顔をしておいて部下の侮辱を許さない仲間思いのドラゴンだったら俺がヒートアップしてちょーっとでも黒歌に変なことを言ったらその瞬間に怒りスイッチオン、この町はボンだ。

 

「ねえねえ、誰とヤったの?」

 

そんな俺の考えとは裏腹に黒歌はガンガン訊いてくる。さっと女性陣を見渡して、ぴたりとゼノヴィアに視線を止めて彼女のもとにぴょいとすり寄ると、くんくんと彼女の体を舐めるように鼻を近づけてにおいをかいでいく。

 

「なにを…!?」

 

「へぇーデュランダル使いとヤったのね。赤龍帝ちん以上にスペクターは男だったのねー」

 

困惑する彼女の匂いを吟味し、悪戯っぽく黒歌は笑う。

 

「「うるせえよ!」」

 

堅苦しい場にそぐわない発言をする自由奔放な彼女に対して俺と兵藤は声を揃えて言い返した。このやり取りに他のメンバーも耐え切れず苦笑する。ただ一人、オーフィスを除いて。

 

そのオーフィスがなんともないように俺たちのやり取りを眺めてからぽつりと一言。

 

「…スペクター、デュランダル使いと交尾する?」

 

「うぉぉぉぉぉいッ!!?」

 

一番話に入ってほしくない奴が入って来たぁぁ!!というか無限の龍神って童貞の言葉の意味知っているんかい!!誰が教えた!!?知識まで無限とか言わないよな!?

 

「…で、あのーそ、それで…俺に一体、何の用でしょうか…?」

 

黒歌のおふざけのおかげで空気の緊張がほぐれたこともありこれ以上変な方向に話を逸らすわけにはと思ったのか、機転を利かせた兵藤がオーフィスに用件を尋ねた。話し合いに来たという割に向こうは何も言わないのだから、こちらから聞くことになったじゃないか。

 

「ドライグ、天龍やめる?」

 

「?」

 

「んー…?」

 

ようやく口を開いたオーフィスが投げかけたのは単刀直入と言えばそうだが、イマイチ理解できない質問だった。誰も理解できなかったようで、一斉にみんなの頭上にはてなマークが浮かび上がる。

 

「宿主、今までと違う成長をしている。ヴァーリも同じ。我、とても不思議」

 

なるほど、つまり彼女は二天龍の成長に強い興味を示していると。

 

「曹操、バアルとの戦い。ドライグ、違う進化をした。紅の鎧、割れの知っている限り初めてのこと」

 

兵藤のパワーアップもすべて向こうには筒抜けだと。そして彼女が知っているということは当然、曹操の耳にも入っていることだろう。京都の時は進化前のトリアイナで押せたが、対策を持ち込んでいるであろう次に戦う時が恐ろしい。

 

「だから知りたい。ドライグ、何になる?」

 

「ど、ドライグ…何か言ってくれ…」

 

難しい質問を受けて答えに困った兵藤は左手を軽く叩いて、籠手に宿るドライグに助けを求めた。

二天龍と呼ばれる、ドラゴンの中では龍神の次に強いとされる存在ならいい答えを返せるかもしれない。

 

『俺にもわからん、こいつが何になりたいのかはな。だが、歴代と比較して面白い成長をしようとしているのは確かだ』

 

すると左手の甲が籠手の宝玉と同じ緑色に発光して、ドライグが俺たちにも聞こえるようなはっきりとした声でオーフィスの問いに答えた。

 

「二天龍、我を無限、グレートレッドを夢幻として覇龍の呪文に混ぜた。なぜ覇王になろうとした?」

 

『…力を求めた結果だ。その末に俺は滅ぼされた。それ以外の方法が思いつかなかったのだ』

 

「そもそも、『覇』とはなに?禍の団、『覇』を求める。でも、我も、グレートレッドも『覇』ではない。わからない」

 

『最初から強い存在に『覇』を理解できるはずがない。無から生じたお前と、夢幻の幻想から生まれたグレートレッドはそもそも次元が違う。オーフィスよ、お前はなぜ次元の狭間から抜け出してこの世界に現れ、何故故郷を取り戻そうと思った?』

 

「我も質問する、ドライグ、『覇』を捨てる?違う存在、目指す?その先に、何がある?」

 

難しい質問、それに対する答え、そして最後にさらに難しい質問の応酬。ようやく対等にオーフィスと語り合えたかと思いきやもっと話が難しく、入りにくいものになってしまった。

 

「…先輩、意味わかりますか?」

 

「…よくわからないけどとてつもなく重要で貴重な話をしているのはわかる」

 

「そうだ、天龍と龍神の会話なんて滅多に聞けるもんじゃねえ」

 

ギャスパー君に聞かれるが俺もわからん。アザゼル先生は興味深いと二人の会話に耳を傾けていた。

 

「ドライグ、天龍をやめて乳龍帝になる?乳をもむと進化する?」

 

『うぐ…オーフィス、お前までそれを…!!あっ…う、意識が…途切れてきた…相棒、早く薬を!カウンセラーを呼んでくれ!』

 

乳というワードが出たとたんに、ドライグが過呼吸を起こし始めた。兵藤の左手の光が、点滅が彼の状態異常を示すがごとく激しくなる。

 

ドライグ…ここまで精神を病んでいたのか。兼ねてから兵藤のおっぱいがらみで気苦労が絶えないと聞いていたが薬とカウンセラーに頼るようになってしまったとは。

 

「ドライグ!?待ってろ、ほら薬だ!」

 

慌てた兵藤はポケットに忍ばせておいた小瓶を取り出して、中身の液体を左手にぶっかけた。すると点滅が瞬く間に収まり、光が安定し始めた。

 

『済まない…あぁ…この薬は効くなぁ…』

 

薬の効果は抜群だったようでドライグは温泉に浸かったおっさんのように気持ちよさげな声を上げた。この一連の流れを見た俺は何とも言えない気分になってしまった。

 

これが三大勢力が恐れた二天龍の末路か…。まさかおっぱいという概念に押しつぶされようとは。

 

「我、もっと見たい。今のドライグの所有者、もっと見たい」

 

オーフィスはさらに興味津々と言った様子で、兵藤とドライグのやり取りを眺める。えぇ…。

 

「精神的にやられて薬漬けになってしまった天龍が見たいのか…」

 

「ん」

 

感想をぼそりと呟くと、ふとオーフィスの目線が俺に移った。やばい、と彼女の目に捉えられて俺の背筋が緊張が一気に高まり、びしっとこれまでにないほど真っすぐに伸びる。

 

いや無理、俺にまであんな難しい質問されたら答えきれない…!!

 

「スペクター、懐かしいにおいがする。でも彼じゃない。なぜ?」

 

と、以前にも聞かれた質問を投げかけてきた。

 

「?」

 

「懐かしいにおい?」

 

兵藤が覇龍で暴走した後も同じことを言われたな。しかし黒歌といい今日はよくニオイのことで指摘を受けるな…俺の体臭はきついのだろうか?

 

「オーフィスが懐かしいって…いつの話だ?」

 

と、先生が尋ねると。

 

「我が、獣と戦った頃。ディンギルが、竜域にやってきたころ」

 

「「「「「「!!?」」」」」」

 

「そ、それって…!!」

 

ディンギルがこの世界にやって来た時代と言えば、神竜戦争にほかならない。

 

「その時のことをもっと聞かせてくれ!あの時代に何があった!?」

 

ディンギルというワードはドライグとオーフィスの会話で興味という熱を帯び始めていた先生の熱を一気に上げることとなった。アザゼル先生はがばっと前のめりになってオーフィスに訊く。

 

「我も、よく覚えてない。でも、少し覚えてる」

 

オーフィスはそんなアザゼル先生に驚くこともなく淡々と語る。

 

「我とグレートレッド、次元の狭間にいた。でも、ディンギル、獣を我らに送り込んで、戦った」

 

「獣…?」

 

「その時、世界はディンギルと、戦争してた。五竜と神と仲間たち、ディンギルを神域へ、押し返した。でも、五竜と神、いなくなった」

 

俺たちは熱心に、真摯にオーフィスの話に耳を傾ける。今のこの話は世界から消えた記憶を解き明かす大事な手掛かりなのだ。

 

神と獣…ポラリスさんの情報にないワードだ。おそらく獣の方は話を聞くにグレートレッドとオーフィスに差し向けられるほどの力を持った強大な存在だろう。

 

神の方は特に強い疑問がある。ディンギルに立ち向かった五竜の仲間なら、なぜその存在だけポラリスさんあるいは六華閃は把握できていないのか?

 

「残った獣、聖書の神に封印された。我が覚えていること、それだけ」

 

「聖書の神に封印された獣…いや、まさかな」

 

先生はオーフィスの語る獣について何か心当たりがあるようだが、ありえないと首を横に振る。

 

「つまり悠は神竜戦争時代の人物と何か関係があるってことね」

 

「ちなみに、その五竜と一緒にいなくなった神ってどんな…?」

 

兵藤が問いかけると、オーフィスは数秒黙ってからぽつりと答える。

 

「我、忘れた」

 

「は?」

 

俺たちの口から一斉に「は?」の一言が合唱団もびっくりするほど綺麗に揃って飛び出した。

 

えっ、肝心の名前を忘れてるの?口ぶりからして結構付き合いのあるっぽい感じだったよね?

 

「彼の名前、思い出せない。多分、次元の障壁、ずっと見張ってたせい。でも、とてもいい神、だった」

 

「神…?」

 

「我が覚えているの、それだけ。どうして、スペクター、同じ匂い、する?」

 

と、まじまじと俺を見つめるオーフィス。その質問に俺は唸りながら首を傾げた。

 

「俺にもわからない…どんな神だったんだ?青い髪の女神か?」

 

俺とかかわりがある神と言えば護衛任務をしたオーディン様か、俺を転生させた女神くらいしかいない。オーディン様なら今この世界にいるわけだし、女神に至っては別の世界の存在だ。ダメもとでそうじゃないのかと聞いては見るが…。

 

「違う、男だった」

 

オーフィスはかぶりを振る。

 

「うーん…それじゃあ、俺もわからない」

 

「…そう」

 

最後のオーフィスの声は、少しだけ悲しそうな声色だった。あの無感情なオーフィスがそんな反応を取るほどとはいよいよどんな人物だったのか興味が湧いてくる。

 

その反応以降、彼女がこれ以上話すことはなかった。そのタイミングを見計らって話が終わったと判断したか、俺と兵藤の肩にポンとアザゼル先生が手を置いた。

 

「…というわけで数日だけオーフィスをここにおいてくれないか?どういう理由かはわからないが、イッセー、お前を見たいそうだ。見るだけならいいだろう?」

 

「イッセーがいいなら私もかまわないわ。ただし、警戒は最大限にさせてもらう。それでいいなら、これ以上は何も言わないわ」

 

と、先生と部長さんは話を纏めるように言う。兵藤も二人の意見にこくりと頷いて。

 

「俺は大丈夫です。ただ、試験が近いんでそれに配慮だけしてもらえるなら…」

 

「決まりだな。毎度済まないな、お前たちにばかり負担をかけさせてしまって。どうにか試験期間と被らないようにできないか考えたが…事情が事情だったのであきらめるしかなかった。だがこれは上手くいけば情勢がいいように大きく変わるチャンスなんだ」

 

先生は重ね重ね申し訳なさそうに言う。

 

つまり今、俺たち…特に兵藤に世界の命運がかかっていると言っても過言ではないわけだ。ちょうど俺たちは学生生活の命運がかかっているテストと対峙しなければならないというのに。

 

それだけの重大な責を任されたからにはこちらもきちんとやり遂げてやろうじゃないか。おまけに先生の社会的、肉体的な命もかかっているようなものだからな。これまで先生にお世話になって来た以上、先生のためにもいい結果をもたらしたいものだ。

 

「オーフィス、黒歌、ルフェイ、こいつらは大事な試験を控えている。邪魔だけはしないようにしてくれないか?」

 

「わかった」

 

「私はのんびりくつろぐにゃん」

 

三人はすんなりと先生のお願いを了承する。邪魔はしないだろうけど絶対何か起こらないわけないよね、これ。

 

というわけで、試験期間中、龍神たちが兵藤の家に滞在することになった。




オーフィスの口からとんでもない事実が明かされました。ちなみにオーフィスはその時からグレートレッドのことをいいように思っていなくて、渋々共闘した感じです。

本当なら次元の障壁の記憶封印を受けないくらい強いオーフィスですが、健気にも障壁の向こう側からディンギルたちが来ないようにずっと孤独に監視し続けていました。その間に強力な障壁の力に数千年以上も当てられ続けたせいで戦争の記憶がおぼろげになっています。

次回、「中級悪魔昇格試験」


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第139話「中級悪魔昇格試験」

139話ということはイザク回ですね。マスロゴは出てきませんが、まあいいでしょう。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
1.ムサシ
2.エジソン
3.ロビンフッド
4.ニュートン
6.ベートーベン
7.ベンケイ
9. リョウマ
10.ヒミコ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
23.コロンブス


「ゼノヴィア、そこの抜出はここの文からよ」

 

「む、そこか。ありがとう」

 

オーフィスたちが来てから最初の休日も、テストに向けての俺たち学生の勉強は続く。今日は俺とゼノヴィアも兵藤家にお邪魔して、勉強会に参加している。テキストや参考書、教科書などを広げて俺たちはテストに向けて詰め込む。

 

「じーっ……」

 

学年が同じもの同士で固まって各々の苦手分野をフォローし合う中、その様子を部屋の片隅からお菓子をぽりぽり食べながらぼけーっと眺めるのはオーフィスだ。来て以来、ずっとこんな感じでごくまれに話しかけてくる以外は敵意を持つわけでもなく、ただ傍観に徹しているという。

 

この場にいない黒歌とルフェイは地下のプールで遊んでいるとか。こっちはテストで精神的な余裕があまりないというのに、そのお気楽っぷりが羨ましい限りだ。

 

「小猫ちゃん、大丈夫?」

 

「うん、大丈夫だよ、ギャー君」

 

発情期の欲情を抑える塔城さんは兵藤と極力顔を合わせないようにしながら勉強会に混ざっている。俺と木場ももしかすると影響を及ぼすかもしれないという部長さんの考えから、兵藤と同様に顔を合わせたり会話しないようにしている。どうやらギャスパー君は男として認識されなかったようだ。

 

気丈に振舞ってはいるが、普段と比べてほのかに顔が赤い。体調は悪いようだが、二人は成績優秀と聞いているので特に中間テストにおいては問題はないだろう。

 

「くっそ…経済学と民俗学がやべえ…木場と朱乃さんはスラスラ解いてるってのに」

 

「あのお二人はイッセー様よりも悪魔歴が長いのですから仕方ありませんわ。悪魔と人間、価値観が違うのは当然のことですから違いを理解できなくてもなんとなくやりそうだと思うことも大事ですわ」

 

中級悪魔昇格試験のある三人は中間テストの勉強とは別に、悪魔社会の勉強もしている。木場と朱乃さんは難なく問題を解けている一方でまだ悪魔歴の浅い兵藤は中々に苦戦しているようだ。そんな彼をレイヴェルさんがマネージャーとして的確なアドバイスと教材選びでサポートしているといった感じだ。

 

どうにも話を又聞きした限り、覚えることが山のようにあるらしい。断絶したお家の悪魔と遭遇した時の保護だとか、各神話の情勢だとか、各御家ごとの領地の統治などその他もろもろ。人間界の影響で変わりつつはあるが根本的な文化やものの考え方などが違ったりするので、人間からの転生悪魔はそこが壁になるのだとか。悪魔に転生しなくてよかったとつくづく思う。

 

部室でも暗記カードを作ったりして元七十二柱の悪魔の名前の暗記に取り組んでいるのを見かけた。俺も夏の合宿で覚えたけど最近は時間が経って怪しくなってきた。グレモリーやシトリーなど俺と繋がりのある人の家はもちろん、因縁深いアンドロマリウスだけは絶対に忘れられないけどな。

 

各勢力の要人についての知識はあるものの、そこまで深堀した知識はないのであいつの助けになれないのが心苦しい。とにかく兵藤はもちろん、レイヴェルさんも頑張ってと心の中でエールを送る。

 

テキストの問題を解いていると、視界の端でアーシアさんがカップに紅茶を注ぐのが見えた。紅茶ならもう人数分出ているはずだが…。

 

そう思っていると、なんとそのカップを部屋の隅でボーっとしているオーフィスのもとへ持っていくのだった。

 

「アーシアさん…?」

 

「あ、あの…お茶ばかりなのもと思って、紅茶を持ってきました」

 

オーフィスはアーシアさんが持ってきたカップを静かに受け取ると、礼を言うこともなくただ無言で口づけた。それを見てにっこりとほほ笑んだアーシアさんがささっとこっちに戻ってくる。

 

「すごい…」

 

「アーシア、勇気あるな…」

 

禍の団のボスによく一人でお茶を出せたな。俺だったらびくびくするか警戒心マシマシになってそんなこととてもじゃないができそうにない。

 

「無表情ですけどそんなに怖い方ではない気がしまして…昨日もイリナさんがトランプに誘っていたので…」

 

「えぇ!?」

 

アーシアさんの言葉に驚く俺たちの視線が紫藤さんに集中した。ウロボロスとトランプで遊んだだと!?

 

「最強のドラゴンとトランプしたわ!私、勝っちゃった!」

 

「イリナは私よりも度胸があるな…」

 

「度胸と言うよりはコミュ力だな」

 

きゃぴきゃぴと喜ぶ紫藤さんを横目にゼノヴィアが苦笑いする。

 

学校のクラスでも関わったことない人はいないんじゃないかと言うくらいにいろんな人に話しかけることができるコミュ力お化けである彼女にはそう勇気を必要とするものでもなかったようだ。しかしトランプのルールも知ってたんだな。

 

「…無から生まれたドラゴン、だけど思ったよりも虚無といった感じではないね。伝承で語られるウロボロスとは微妙に違う」

 

「もしかすると、現世で過ごす中で色んな影響を受けたのかもしれませんわね」

 

そんなやり取りを眺める木場と朱乃さんはこれまでのオーフィスの様子を観察し、そう評した。

 

そもそもグレートレッドを倒して次元の狭間に戻りたいという明確な意思を持っている時点で完全な無とは言えないが…それ以外の興味関心がないという点ではまさしく無と言える。現世に出る前はこれ以上に虚無なドラゴンだったのだろうか。

 

「…なら、夢幻から生まれたグレートレッドはどんな奴なんだろうな」

 

オーフィスに相対する赤龍神帝グレートレッド。俺たちはまだ遠めにしか見たことがなく、コンタクトを取ったことがない。オーフィスや二天龍、龍王に知性があるようにかのドラゴンもそれを有しているのだろうか。

 

「夢幻というからには夢見がちなロマンティスト、なのかもしれないわ」

 

「あの図体でかぁ…」

 

一応オーフィスに並ぶ存在と言われているドラゴンがそんな癖の強い性格だったら衝撃だ。赤龍神帝といういかにも赤龍帝と関連性のある二つ名を持っているのだから、いずれは今回のオーフィスのように対話する時が来る…かもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ついに訪れた昇格試験日。兵藤家の地下に集った俺たちオカ研メンバー+オーフィスたち来訪組は転移の魔方陣を前に言葉を交わす。

 

「いよいよか。頑張れよ、兵藤、木場」

 

「当たり前よ。合格できなきゃ皆に合わせる顔がない」

 

「僕もしっかり勉強してきたからね。自信はあるよ」

 

学生組は全員、いつもの制服姿に身を包んでいる。バアル戦でもゼノヴィアとアーシアさん以外は駒王学園の制服だったし、気づけばこれが俺たちの勝負服になっていた。

 

「朱乃さんも頑張ってくださいね、応援してます」

 

「ありがとう、私がこれまでに学んできた知識をぶつけていきますわ」

 

これから試験に向かう三人に健闘を祈る言葉をかけ、笑みを交わし合う。試験に向けて勉強する三人を間近で見てきただけにその頑張りが報われることを願うばかりだ。

 

夏休みは列車に乗って冥界に向かったが、今回は床に描かれた転移魔方陣から一気にジャンプするという。最初に試験を受ける三人とレイヴェルさんが試験会場に向かい、次に残った俺たちが会場近くのホテルに転移して試験の終わりを待つという予定だ。

 

試験会場は冥界のグラシャラボラス領にあるという。グラシャラボラスと言えばかつてサイラオーグと戦ってボコボコにされ、心が折れてしまったヤンキー悪魔のゼファードルを思い出す。以前は部長さんやディオドラと並んで若手の有力候補と目された彼は今頃何をしているだろう。

 

「最初は列車だったのに、今回は魔方陣か」

 

「なんだか風情がなくなってしまったな」

 

「仕方ないわ。前のように列車で冥界に行けばマスコミの大群に囲まれること間違いなしよ。特にイッセーの…こともあるから」

 

「リアス様の元婚約者だったお兄様にも取材が殺到しているそうですわ」

 

そうか…もう俺たちも有名人か。冥界での知名度の向上と言うのは人間界で暮らしていると中々に感じにくいのだが、もう夏休みでグレモリー領を観光したような気軽な外出はできないのだろうか。

 

バアル戦に出ていない俺も裏でのアルギスの襲撃が公表されたことで、サーゼクス様共々メディアの批判を浴びているらしい。批判といってもアルギスたちを撃退したということで俺への批判はわりと軽微な方だがサーゼクス様の方がどちらかというと特に対立する政治家の派閥からあるらしい。

 

有名人になるということのデメリットをここにきて思い知らされることになろうとは思わなかった。

 

ライザーもゼファードルと同じようにふさぎ込んでいたが、今ではすっかり立ち直り、試合前のグレモリーの控室にも顔を出して激励したと聞いている。部長さんの結婚をかけた一戦以来ご無沙汰だから、また会ってみたいな。

 

しかし、数日前の勉強会ぶりに会った兵藤達だがその中で一人、変化があったメンバーがいる。我らが『戦車』、塔城さんである。勉強会の時はどこか顔が赤く辛そうにしていたが今はそれ以前の健康そのものな様子を見せている。

 

「塔城さん、本当に大丈夫なのか?」

 

「はい、以前と全く変わらない体調です」

 

どうやら昨日、黒歌の術のおかげであっという間に発情期が収まったらしい。具体的に何をどうしたのかは本人も語っていないそうだが、とにかく体調が回復したなら万々歳だ。

 

「…元気に戻ったならいいか」

 

絶縁宣言されたにも関わらず妹を気に掛ける優しさを見せたと兵藤から聞いた。例え敵対しようと、家族という繋がりは容易に断てるものではない。現に俺も、未だに凛のことを気にかけている。

 

「…あれ、ギャスパーは?」

 

と、この場にロスヴァイセ先生以外にいない人物の存在に気付いてきょろきょろする兵藤。言われてみればギャスパー君だけいないな。

 

「あいつなら一足先に冥界の堕天使領にあるグリゴリの神器研究機関に行ったぜ。禁手を覚醒させるためにな」

 

「ギャー君、一人で行ったんですか?」

 

「そうだ、バアル戦があいつの心に堪えたそうでな。泣きながらオカ研の男子として、皆のために強くなりたいと懇願してきたよ」

 

「…そうですか」

 

「引きこもり脱出プログラムなんてやってた時と比べてあいつは強くなったよ。あの時のあいつならこんな決心はできなかった。今頃研究所で研究員の助けを借りながら神器と向き合っていることだろう」

 

北欧で防御魔法を学ぶことにしたロスヴァイセ先生同様、ギャスパー君も今後に向けて今のままではだめだと前進する決意をしたか。前々から基礎トレーニングを始めて禁手にできないか試していたようだが、いよいよ本格的な取り組みを始めたようだ。

 

臆病な彼の勇気ある決意に俺は深い感嘆の念を覚えた。ギャスパー君もこれまでの戦いを通じて、成長していたんだな。兵藤達同様、自分への挑戦を決めた彼を応援しよう。

 

和平会談では強制的とはいえ、広範囲に魔王様たちにも影響を与えかねないほどの時間停止能力を発揮していた。それを完全かつ制御可能なものに仕上げられたら相当頼もしい戦力になるに違いない。

 

曹操たちが時間を止められている間にハイパーオメガドライブでも叩きこんでやりたいものだ。まず間違いなく英雄眼魂をたくさん持っていることだろうし、さぞ爽快感抜群だろう。

 

「オーフィスと黒歌たちはどうするんですか?」

 

「にゃん?」

 

俺は見慣れぬ格好をしたオーフィスたちを一瞥して先生に尋ねる。

 

ここ最近、兵藤家にお邪魔した三人は変装用に気を感知されない特殊な素材のローブを着込み、サングラスをかけている。黒歌はその上猫耳や尻尾をしまい、自身の仙術の効果で普段の気の流れ、性質を変えるというさらに盤石なものにしているようだ。もちろん、ルフェイやオーフィスにも同様の処置を施している。

 

こんな格好をしているからにはこれから外出するということは容易に想像できるが、まさかこいつらも試験についていく気じゃ?

 

「俺たちと共にホテル行きだ。お前の試験が終わったら、一度サーゼクスのもとにオーフィスを連れていく。お前が行くなら来ると言っているのでな。だから試験が終わったら俺たちと合流してサーゼクスのところへ行くぞ」

 

「サーゼクス様のところですか?」

 

「そうだ、あいつにも会わせたいと思ってな。この対談が上手くいけば禍の団への蛇の供給を断ち、組織を崩壊させられるかもしれん。英雄派と旧魔王派、その他の派閥もオーフィスという繋がりを失い分散できる。この申し出をしてきたヴァーリには感謝しきれん」

 

アザゼル先生の次はサーゼクス様か。あの方もなんだかんだで優しいし、オーフィスの話を聞いてくれるだろう。いよいよ先生の目的が現実味を帯びてきたな。

 

オーフィスが組織を離反すれば連中はディオドラやシャルバのように蛇で強化されたり、曹操たちも禁手の実験で蛇を使うことができなくなる。和平会談で先生と戦ったカテレアも相当パワーアップしていたようだから先生の思惑通りに事が運べば相当戦局は有利になる。

 

しかし、今聞き捨てならぬ男の名前が…。

 

「ヴァーリの方から申し出が?」

 

あのヴァーリがオーフィスをこちらに寄こしたことに意外性を感じた。傍若無人なあいつが話し合いをしたいというオーフィスの意図を汲むような人を思いやる優しい行動に出るとは…さては変なもの食べたな。

 

会談でヴァーリが正面切って離反を宣言しておきながら、まだ奴とのパイプは生きているのか。普通に考えてみるとテロ組織のメンバーとの繋がりがあるということだから中々にまずい気がするが。

 

「ああ、何を考えているかは俺にもわからんが、何やら組織内がごたついているらしい。それを遠ざけるためじゃないかと考えているが…」

 

「なるほど…」

 

渡月橋でのルフェイの介入やバアル戦の時もヴァーリが曹操たちの動きを見張っているような伝言を残していたことから、同じ禍の団の組織でも両派閥の仲が険悪なのは知っている。

 

そもそもの話、禍の団は複数の勢力がオーフィスという世界最強の存在を頂点にまとまってできた組織だ。その成り立ち上、このような派閥の対立が起こるのも当然と言えるが、今になって肝心のボスが抜け出してくるのだからその乱れっぷりは相当なものと見た。

 

「もしかすると、オーフィスを隠そうとしたのかもな…脅威から」

 

「脅威?オーフィスにとって?」

 

三大勢力を含め多くの勢力から狙われてはいるものの、無限と言われる最強のドラゴンであるオーフィスからすれば気に掛けるほどでもないはずだ。そんな最強を脅かすものなどそうそうあるものではないが…。

 

「それでは、行きましょう」

 

話が終わると、いよいよ試験組が魔方陣の方へ進み出る。試験という難関に挑もうとするその姿を最後まで見届けようと俺たちホテル組は見送ろうとするが。

 

「待ってイッセー」

 

部長さんが一人、魔方陣に進む兵藤を呼び止めて駆け寄ると、すっと彼の頬にキスをした。

 

「!?」

 

「おまじないよ。必ず合格できるって信じてるからね」

 

突然の行動にびっくりする兵藤に微笑みかける部長さん。おうおう、いきなりキスだなんて盛り上がってるな。

 

「リアス…お、俺、絶対に合格します!合格したら…俺と、で、デートしてください!」

 

「もちろん。私、待ってるわ」

 

試験前の兵藤の、顔を赤くしての思いきった願いを部長さんは笑顔で受け入れる。見ているだけで伝わってくる二人のラブラブ感が初々しい。

 

「いいなぁ…そうだ、俺たちも中間テストが終わったらデートに行かないか?」

 

そんな二人に触発されて俺も思い立ったが吉日とゼノヴィアに提案してみる。

 

修学旅行で楽しめたのはいいが、その後はバアル戦、学園祭、そしてテストと予定に次ぐ予定でデートする余裕はなかったのだ。家で一緒に過ごすのもいいが、外出して街を巡りたいという気持ちもかねてからあった。ここいらでデートして、二人だけの思い出作りをしたい。

 

「ふふ、いいね。ここ最近ずっと忙しかったからね」

 

「本当か!?」

 

彼女は突然の提案に驚くことなく、むしろ嬉しそうに了承してくれた。よし、俄然やる気が出てきた。勉強の合間にプランを立てておくとしようか…!

 

「あらあら、二組揃って熱いわね」

 

「ったく、人前でいちゃつきやがって、若いなお前ら!」

 

堕天使の先生とそのハーフの朱乃さんに呆れ気味に笑われた。デートの約束ぐらいしたっていいだろ!俺たちテロリストと戦っているんだから、いつ死ぬかわからないんだよ!思い出ぐらい作っておきたいだろ!

 

そんなやり取りをしているうちにいよいよ時間が迫って来た。木場、朱乃さん、兵藤、そして彼をサポートするレイヴェルさんが魔方陣の中に足を踏み入れた。

 

「それじゃ、行ってきます!」

 

「頑張れよ、三人とも!レイヴェルさんも頼んだ!」

 

別れの言葉をかけるといよいよ四人の姿が転移の光に包まれ、消えた。あとは彼らの結果を待つのみだ。

 

「…さあて、俺たちも行きますか」

 

四人の転移を見届けて息をついた先生が魔方陣の紋様を軽くいじった。おそらく転移先を試験会場からホテルに変更したのだろう。

 

「行くぜ、お前ら」

 

俺たちも先に冥界へ向かった四人の後を追うように転移魔方陣の上に乗り、転移の光に身を任せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…着いたぜ」

 

転移した先はホテル内に作られた魔方陣転移用の部屋だった。ピカピカに磨かれた大理石の床や壁が鏡のように俺たちの姿をうすぼんやりと映す。

 

俺たちが飛んだ部屋以外にも同じ部屋がいくつもあり、転移魔方陣で遠方からホテルに来る客のためにあるのだとか。魔法の概念がある冥界ならではの設備だ。

 

部屋を出て廊下を少し歩くとロビーに出た。その内装の絢爛さからアグレアスほどではないにせよ、大きなホテルだということはすぐに理解できた。

 

「四人が帰ってきたらレストランで食事だ。それまで俺たちはホテルで待機する。外には…出ない方がいい。イッセーほどではないせよお前たちもバアル戦を経て立派な有名人だ。パパラッチに追い回されるかもしれんからな」

 

パパラッチは勘弁だな…。特にこの学生服だと目立つこと間違いなしだし、メディアに追いかけられること間違いなしじゃないか。ここは大人しく、皆と一緒にホテルで兵藤達を待つとしよう。

 




今回は特にそんなに変わりはないですね。次回から動き出します。

次回、「英雄派、再び」


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第140話「英雄派、再び」

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
1.ムサシ
2.エジソン
3.ロビンフッド
4.ニュートン
6.ベートーベン
7.ベンケイ
9. リョウマ
10.ヒミコ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
23.コロンブス


荒涼とした風が、冬の寒さを乗せて山肌を撫でて枯れゆく落ち葉を纏う木々を揺らす。ぬかるんだ土を踏みしめて、生い茂った木々の間から闇に紛れる黒いスーツに身を包んだ二人の男女はかつて栄光を築いた皇帝の陵墓を見下ろす。

 

クレプスと大和。禍の団の一大派閥、旧魔王派に属する二人は任務で中国の秦の始皇帝陵墓を訪れていた。

 

「奈良の遺跡で見つけた資料によれば、ここに仮面がある可能性が高いわ」

 

大和の隣で静かにたたずむクレプスが夜の静けさに溶け込むような落ち着いた声色で言う。彼女は奈良の遺跡での一件で神祖の嫉妬の仮面を手にすることはできなかった代わりに他の仮面の在り処に繋がる手掛かりを入手することができていた。

 

アジトに帰還した後で、旧魔王派が抱え込む研究員たちと共に調べ上げた結果示された場所がここ、中国の秦の始皇帝陵墓だったのだ。

 

冷静に任務にあたるクレプスと対照に、大和の心情は穏やかではなかった。

 

奈良の遺跡、その言葉は大和の脳裏に惨劇の記憶を思い起こさせる。それと同時に沸き立つ感情に震える声で、彼はそれ以来幾度となくぶつけてきた疑問を再び彼女に問う。

 

「…どうして殺した」

 

「まだ引きずっているの?」

 

その言葉が意味するものをすぐにクレプスは理解した。奈良の遺跡から撤退した後、意識が戻った大和から日がな一日中追及され続けたからだ。

 

その素っ気ない返答が、彼の心にふつふつと燃える怒りの火に巻きをくべる。

 

「どうしてそう平然と人を殺せる!?どうして…!!」

 

静かな夜に声を荒げて、大和はクレプスにざっと詰め寄った。

 

彼がフランス外人部隊にいた頃に戦場に赴き、命のやり取りをしたことは何度もあった。戦場という極限の状況下で当然敵兵を射殺したこともあったし、同じ釜の飯を食った仲間を失うこともあった。

 

だからこそ彼は命の重さというものを重々承知していた。軽い引き金によって、重い命は容易に奪える。戦場という仕方ない状況はあっても、それは本来忌避すべきことなのだと。

 

旧魔王派に命じられてディオドラが起こしたテロにおいて現魔王派と交戦し狙撃した時も、彼の心には常に命を奪うことへの罪悪感があった。だが少しの気のゆるみが命取りになる戦場で一々心を痛める余裕はなく、それをどうにか心の隅に追いやって彼は戦い抜いた。

 

今回の件では、もちろん殺されたのが幼馴染の両親という身近な存在であることも怒りの理由になっていたが、何より命を軽々しく奪った彼女の冷徹さが許せなかった。殺生という己の行いを何とも思わず、ともすれば簡単に忘れてしまいそうな彼女の態度、命というものを理解していない彼女の言動への怒りが彼を突き動かしていた。

 

「邪魔だった、それ以外に理由が必要なの?」

 

「邪魔なだけで殺すだと…」

 

あくまでクレプスの反応は冷たいものだった。彼女の性格をよく表し、かつ自分の価値観が理解できないと声を大にして叫ぶような返答に彼の表情は引きつり、怒りの中に理解不能なものに対する恐れが混じり声が震える。

 

「お前たち悪魔は…みんなそうなのか…!?」

 

「ええ、そうよ。中二病を患っていたあなたなら、本物の悪魔は知らずともよく書物で伝承を調べたでしょう。悪魔がどういう生き物なのかを。まさか、こんなはずじゃないなんて言わないでしょうね?」

 

「…だが、お前たち悪魔にも心がある。なら…!」

 

心があれば痛みを感じるはず。アジトの食堂で働く悪魔と何度も気軽に会話を交わしてきた中で、彼は悪魔も人間と変わらない存在だと感じてきた。伝承で聞いた残酷な悪魔のイメージとはかけ離れた彼女らには彼女らの事情があり、家族を生かし、自分も生きるのに必死だ。彼女らの姿は家族のために後ろめたいものに足を入れた自分と全く同じだった。

 

当然、テロ組織なだけあって粗野な悪魔の兵士もいたが、軍隊に勤めそういった気風には慣れている大和と言葉を交わしてみれば案外気の合う連中も大勢いた。悪魔も人も、同じ心があるのだと彼は思ってきた。

 

だが、今回のクレプスの行動はそんな彼の認識を大きく揺るがすものだった。

 

「…あなた、過去にリアス・グレモリーたちと接触したそうね」

 

「だったらどうした」

 

クレプスは彼が過去に駒王町に帰郷した際に、リアスたちと偶然ながらも接触し悪魔の実在を知ったことを把握していた。そこでどんな会話を交わしたかまでは知らないが、そのような出来事があったと三大勢力の和平以来、増員された悪魔のスタッフに紛れ込んだスパイから情報を得ていた。

 

「彼女だって私たちと何ら変わりないわ。目的のためなら、大義のためなら容赦なく命を殺めることができる。悪魔とは己のために生き、己の欲を満たすために行動する生き物よ。外面は良くても大義を為し、社会に認められたいという欲望に生きているという点では、なんら悪魔の本質から外れることはない」

 

「なに…?」

 

「他者はあくまで己の利になるように利用するために存在していると考えているの。命の価値観も人間以上に冷めているわ。現に旧魔王派の兵士たちが虫けらのように軽々と彼女らに殺されたものね。もし、他の悪魔たちと接してわかり合えたつもりなら大間違いよ。あなた、悪魔という種族を何もわかっていないわね」

 

「…!」

 

冷淡に現実を突きつける物言いに、大和は気圧される。しかしそれでもと彼女の理屈にあらがう大和の脳裏には、かつて幼い弟とよく遊んでいた一誠の姿があった。

 

長い時を経て、久しぶりに会った彼は何ら変わりない性格で今でも最愛の家族である弟と遊んでくれているという。少しスケベなところが目には着くが、それでも彼の優しさは昔と変わるものではなかった。

 

「だが、一誠君は…」

 

「彼なんて一番悪魔に相応しいわ。悪魔になる前から思春期真っ盛りで、性欲を持て余した彼は悪魔になってからは同じ悪魔の女子に詰め寄られて、色欲の限りを尽くしていることでしょうね。もしかして、彼だけは人間だった時と変わらないとでも思っていたの?昔と同じ、優しいままの彼だと」

 

その希望を無残にへし折るように無知な大和をあざ笑うような冷たい笑みをたたえて彼女はかぶりを振った。

 

「むしろ、彼は今まで以上に欲望のままに生きているわ。悪魔になったことで戦いに身を投じ、敵の命だって平然と奪えるようにもなった。彼は堕落したの」

 

「…嘘だ」

 

「嘘じゃないわ。子供の時から大人になるまで、ずっと変わらない人間なんていないのよ。種族が変わり、肉体の変化と同時に異なる価値観に取り込まれれば猶更ね。それに悪魔は人間を誑かし、堕落させる存在よ。そんな存在をあなたの大事な弟さんや幼馴染たちの周りにおいていいのかしら?」

 

「それは…!!」

 

即座に否定され、いよいよ大和は返す言葉を失った。考えたくもない無数の現実を彼にありありと突きつけてくるような彼女の理屈を否定することはできなかった。

 

もし彼女の言うことが本当なら、飛鳥や綾瀬も彼ら悪魔の手によって危機に陥ってしまうかもしれない。彼女の言うことが100%真実であるという保証はどこにもないが、彼女の凶行を目の前で目撃してしまった以上は…。

 

クレプスの冷たい言葉は、残酷な現実に揺れる彼の胸中に疑念の種を植え付けるには十分だった。

 

「それに、あなただって私たちと同じじゃない」

 

「何?」

 

「あなたも弟や家族を守るという大義のために、高校時代は喧嘩に明け暮れて多くの人を傷つけていたのでしょう?あなたは家族を守りたいという欲望に生きてきた。リアス・グレモリーや私たち悪魔と何の違いがあるというの?」

 

「!」

 

図星ともいえる指摘に、大和は何も言い返せなかった。大和はクレプスが指摘した通りの人生を今まで送って来た。禍の団に属してなお彼が生きようと思えるのは、家族の存在、家族への愛あってこそだ。

大金を稼いで、入院中の母の病気を治し、弟を進学させてやるために彼は身を粉にして働いてきた。

 

だがそれは言い換えれば、彼の中には家族にいい思いをさせてやりたい、家族の幸せを守りたいという欲望があり、それを満たしたい一心で動いているということに他ならない。それはクレプスの言う悪魔は己の欲望のために生きているという言葉とどんな違いがあるというのか。

 

「俺は…」

 

クレプスにこうもあっさりと論破され、大和の心は折れそうになった。彼は心のどこかで、こんな先の見通せない状況だがどうにかなると思っていた。食堂のおばちゃんと仲良くできたように、いつかはクレプスと心を通わせられ、状況をよくできるのではないかと。

 

だが現実は違った。彼は悪魔のテロ組織に身を置きながらも、悪魔という種を甘く見すぎていた。いや、一番大きな違いを見落としていた。その価値観は、人間と隔絶したもので命の重みを知る彼には到底受け入れられるものではない。

 

自分はもちろん、すでに大事な人たちにもそんな悪魔の手は伸びていた。もう誰も、彼とその家族、大事な人を助けてくれるものはどこにもいないのではないか。かつて仲良くしていた一誠も、もう昔のように信じることができないかもしれない。

 

それに、自分が手を下したわけではないが綾瀬の父の死に関与してしまっている。クレプスの凶行を止められなかった自分が、どの面下げて飛鳥とその大事な人である綾瀬に顔向けできようか。

 

疑念は絶望となり、暗い夜よりも濃厚な闇となって彼の心に巣くう。そして彼は悟る。

 

ああ、自分は孤独なのだと。

 

「あなたはただ何も考えずに私の指示に従っていればいい。そうすればあなたの家族は幸せになり、傷つくのは自分だけで済む。あなたはこれまでそう生きてきたのでしょう?これからも、家族のために身を粉にして尽くすという欲望のままに生きればいい。一体何が不満だというの?」

 

そんな深い絶望に囚われようとする彼の胸中を見透かしたように、彼女はそっと近づいて彼の耳元で甘くささやく。それはまさしく、悪魔のささやきだった。

 

「…話はそこまでにして、早く調査を始めましょう。仮面を確保できなければ、今度こそ私とあなたの首が飛ぶわ」

 

「…」

 

今の彼には、彼女の指示通りに動く以外の選択肢はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ってなわけで、試験お疲れさん!乾杯!」

 

俺たちを引率するアザゼル先生が愉快気にワインの注がれたグラスを掲げる。

 

長い長い退屈な待ち時間を経て、ようやく試験から帰って来た兵藤たちと一緒にホテル内のレストランで食事をとることになった。

 

中には当然、人間界にはないような異様な料理も紛れている。部長さんやアザゼル先生たち悪魔文化に慣れ親しんだ異形は普通に食しているが、俺と天使の紫藤さんにはそれを食べる勇気はない。

 

「うまいな」

 

もちろん人間界と同じ料理もあるので、必然的にそれを食べることになるのだがこれがまた美味しい。特にこのパエリアは中々に味付けもよく、スプーンがどんどん進む。それ以外もシェフの腕前の良さが見える料理の数々だ。

 

「ゼノヴィアちゃん、ケチャップが口元についていますわ」

 

「む」

 

向かいに座るゼノヴィアが、その隣の朱乃さんの指摘を受けてぺろりと口元についたケチャップを舐める。美味しい料理に舌鼓を打ちながら彼女の可愛いシーンを見られるとはなんと幸せなことか。

 

「朱乃さんもお疲れ様です。どうでした?」

 

「試験勉強の甲斐あってすらすら問題を解けましたわ。実技も難なくといったところですわね」

 

「自信大ありってところですね」

 

朱乃さんや木場は問題ないと前から思っていたが、兵藤も筆記の手ごたえはそこそこあったらしい。これは全員合格待ったなしだな。一安心だ。

 

「朱乃副部長、私が昇格するときは是非勉強を教えてくれ」

 

と、ゼノヴィアが割と真剣なまなざしで朱乃さんに頼み込む。待ち時間も自分が昇格する時の勉強が心配だと怖がっていたからな。

 

「もちろんですわ、かわいい後輩の世話をするのは先輩の務めですもの。それにゼノヴィアちゃんには色々お世話になってるものね?」

 

「ああ、あれのことか。私でよければ何でも聞いてくれ」

 

「うふふ、ゼノヴィアちゃんに教えてもらったテクでイッセー君を落として見せますわ」

 

妖艶な笑みを浮かべながら、朱乃さんは自身の隣の木場、さらにその隣でおいしそうに料理を食べる兵藤をちらりと意味深に一瞥した。

 

えっ、ゼノヴィアと朱乃さんが俺の知らない所でそんなことを…?

 

「我、じーっとドライグを観察する」

 

静かに朱乃さんが兵藤を狙うように彼を見つめる視線がもう一つ。オーフィスも食事に参加し、はむはむと肉を食べながらも天龍の観察を継続していた。これだけ見るとかわいい生き物のように見えてくるがテロリストの親玉だからな。油断はできない。

 

「グレモリー眷属の中でもイッセーと木場は飛びぬけているな」

 

試験が終わって賑わう会話の中で、そう二人を評したのは俺の隣に座るアザゼル先生だった。結構酒が入ったからか、ほんのり顔が赤くなっている。これからサーゼクス様に会うというのにこの酔っぱらいは全く…。

 

「イッセーは神滅具の赤龍帝の籠手を持ち、さらには覇龍を超えて歴代とは異なる更なる進化を遂げようとしている。そして木場は元々の才能に加えて後付けで聖剣の力に目覚め、聖魔剣なんて前例のないものを発現させた。どちらも未だかつてないものを生み出しているんだよ。そしてそのお前ら二人はまだ発展途上かつ互いにトレーニングで高め合ってるときた。ぶっちゃけ、リアスのプロデビューよりも先に最上級悪魔になってもおかしくないくらいだ」

 

「…僕の力だけではありません。イッセー君のおかげですよ。トレーニングの相手として、天龍の彼以上の存在はいません。イッセー君とトレーニングできるだけで光栄です。それに、深海君が色々な戦い方ができるので、彼にもかなり助けられてます」

 

面と向かって今まで多くの神器所有者を見てきたであろうアザゼル先生から絶賛の言葉をもらってなお、木場は驕ることなく謙虚に返す。

 

「いやいや、こっちもいい相手になってくれるからお互い様だよ」

 

「そ、そんな照れくさいことを言うなよ…ま、俺もテクニックタイプが苦手だからそのタイプの天才なお前がいてくれて助かるよ」

 

兵藤も間近で木場に褒められて、まんざらでもなさそうに苦笑した。

 

「いや、お前の弱点はもう一つある。スタミナだ。お前が目覚めたトリアイナと真『女王』はどちらもスタミナとオーラの消費が激しすぎる。お前、いつまでもたせられる?」

 

「制御が難しすぎて、力が不安定で真『女王』は攻撃を一発もらうだけで解除されるときもあります。多分それぞれの駒の鍛え方がもろに出るから不安定になっているので…3つの駒の力を鍛えて高め、慣れていくしかないと俺は考えています」

 

「そうか…力が安定しても消耗の問題は解決しないだろう。覇龍のように精神、特に生命力への負担がない分、消耗するものが激しいんだろうな」

 

俺も何度かトレーニングで真『女王』の相手をしたのだが、確かにパワーやスピードが凄まじいがその分力が不安定すぎる。その不安定さを抜きにすれば、スペックは俺の眼魂10個でのプライムスペクターと互角、あるいはそれ以上だった。

 

とにかく安定しない点がネックで、模擬戦では一分と持たないこともざらにある。サイラオーグ戦で鎧はボロボロになりながらも真『女王』を最後まで維持できたのは気合で持たせたというのが多分にあり、今の現状を鑑みると奇跡と呼んでも過言ではない。

 

「そう考えたらお前のプライムスペクターってとんでもないよな。俺の真『女王』以上の数の英雄の力を同時に発揮できて負担があまりないって考えたらすごくないか?」

 

「俺の場合はポラリスさんがデチューンしたっていうのもあるし…なんというか、神器と別のテクノロジーも使われているからそれが上手い具合に力を調整しているんだろうな。それに、英友装は消耗するし、眼魂の数でパワーが左右されてしまう欠点もある」

 

眼魂の問題については特にアルギスたちや曹操が眼魂を狙っているのもあり、それらの要素とプライムスペクターの仕様がらみ会うことでスペックが兵藤と同じく不安定になっているという欠点と化してしまっている。兵藤のように鍛えればどうにかなるわけでもない、改善の方法はアルギスや曹操たちと遭遇したときにようやく眼魂を奪うチャンスがあるくらいというものすごく受動的なものしかない。

 

最近アルギスから奪ったコロンブス眼魂をプライムスペクターの力に取り込めないかと実験もしたが、プライムトリガーの方が拒絶反応を起こして失敗に終わった。あくまでムサシからサンゾウまでの15個を揃えなければならないようだ。

 

複数の英雄の力を同時に使えるという一見万能に見えるこの力は、実は薄氷の上に成り立っているのだ。

 

「俺もお前の神器についてはわからないことだらけすぎてな…どうやらポラリスも完全な解析には至らなかったみたいだ。そんなもん、誰が作れるんだよ全く」

 

「そういえば、サイラオーグさんのところのレグルスも覇龍みたいなことができるんですか?夏休みの合宿で強力な魔獣や龍が封印された神器はそれができるって先生言っていましたよね?」

 

「ああ、魔獣系神器や『獅子の戦斧』の場合は覇の獣と書いて『覇獣《ブレイク・ダウン・ザ・ビースト》』だ。覇龍よりかは劣るが、それでも暴走する凶悪な力で使用者の命を危機にさらすことには変わりない」

 

バアル戦で大いに観客を驚かせた神滅具そのものだった『兵士』について兵藤に尋ねられた先生が、その博識をもって答える。同じことを夏休みの合宿で勉強したな。

 

「サイラオーグも覇獣を使えるんでしょうか?あれは正式な所有者がいない特殊なタイプですけど…」

 

「俺にも皆目見当がつかん。こんなケースは初めて見たからな。ただ、現時点でも所有者死亡のせいで力が不安定になっていることから、制御の問題で不可能だと思うがな…試合のように禁手を使うのが限界だと俺は見ている」

 

覇獣の仕様としては覇龍に劣るかもしれないが、あのバアルの血を引き屈強な肉体を持つサイラオーグが覇獣で暴走したら覇龍に匹敵するレベルの脅威になるのではないだろうか。絶対にそんなことは起こってほしくないが。

 

「神滅具って三大勢力が同盟を結んだ今、発見次第他の勢力にも知らせるようになっているんですよね。でも先生が知らされなかったってことは大王側の同盟違反なのでは?」

 

と、尋ねながら唐揚げを頬張る兵藤。言われてみればそうだ。兵藤にしては中々鋭い指摘をするな。

 

「そうだ。おまけにサーゼクスすら知らなかったようだぜ。サイラオーグは魔王に報告しようとしていたそうだが、大王派の連中が隠すように打診したらしい。あいつも支援を受けている以上、下手に逆らうことはできなかったようだ」

 

「でも、ゲームの最後には出しましたよね」

 

「あれはサイラオーグも我慢の限界だったらしい。元々大王派にも知らせず、あの試合で使う予定だったみたいだ。おかげで大王派は泡食って魔王派に相当追及されているようだぜ。堕天使と天界サイドも一応の文句を発信したがな」

 

うーん自業自得の大王派よ。あれだけ努力してきたサイラオーグさんを無慈悲に切った天罰とも言うべきか。

 

今回のゲームで負けはしたものの、観客をにぎわせ努力でのし上がって来たという経歴は強く今も人気が衰えた様子はない。将来に投資する意味で継続的に支援してやればよかったものを。まあ悪魔だからそういう冷たい判断をしても仕方ないところはあるが。

 

「…なら、曹操の聖槍にも何か封印されているんですか?前に『覇輝』というのを使おうとしていたみたいだったんですけど」

 

「あれにあるのは聖書の神の『遺志』だ。魂そのものが宿っているわけでもない…すごくあいまいで、残留思念と呼べばいいのか…効果自体も状況に応じて変わるからあまり研究が進んでいないんだよ」

 

先生は難しい面持ちで兵藤の質問に答えた。わかりやすく言えば、効果が絶大なパルプンテみたいなところかな。

 

京都での戦いで、曹操は『覇輝』の呪文を唱えようとしたところジークに制止された。もし制止されずに覇輝が発動していたら、どんな効果を発揮していたのか…。

 

「そもそもなぜ神器、特に神滅具と呼ばれる神をも殺しうるほどの武器を聖書の神が作ったのかは未だに不明だ。他神話への侵略手段、逆に信仰された際の防衛手段、あるいは自分がいなくなっても信徒たちが布教できるようにするための道具、そもそも偶然できた説。堕天使や天界で何度も議論されてきたが未だに結論は出やしない。ただ一つ言えるのは聖槍の後に他の強力な神器、のちに神滅具と呼ばれるものが発見されて神滅具の定義ができていった。聖槍は始まりの神滅具だということだ」

 

「最古参のミカエル様にもそれは知らされていないということですね」

 

「そうだ。俺も神器の根幹をなすシステムがある場所には入れてもらえなかったしな…」

 

神器は謎が深いな。いや、謎があるからこそ先生のように研究者がそれを解き明かそうと熱心に研究するんだろう。いつだって研究者を突き動かすのは未知への好奇心だ。

 

「じゃあそのうち14種目の神滅具が発見されることも?」

 

「多分にある。特に聖書の神の死以降、聖魔剣しかり現代の神滅具の独特な進化とイレギュラーだらけだ。そうなったとしても不思議じゃねえな」

 

14種目の神滅具ねぇ…英雄派然り、ヴァーリ然り、今のところ出会った神滅具持ちは敵ばかりだから願うことなら敵側ではなく、味方として出てきてもらいたいものだ。天界と堕天使側にもそれぞれ一人ずついるみたいだが、彼らにはまだ会ったことはないしな。

 

そういえば、ギャスパー君が禁手を目指すためにグリゴリに行ったがもう一人俺たちの中で禁手になっていない神器所有者がいたな。

 

思ったことをそのままに俺は隣の先生にぶつけてみることにした。

 

「先生、アーシアさんの神器って禁手化したらどうなるんですか?」

 

これまでの戦いでまだギャスパー君のほかにアーシアさんも禁手に目覚めていない。もし、需要が激増して供給が間に合っていないフェニックスの涙レベルの回復能力を禁手で使えるようになればと思ったのだが。

 

「んー…待ち時間に同じことをアーシア本人から聞かれたが、劇的な変化はないと思っている」

 

と、予想に反して反応が芳しくない先生の答えに疑問符が浮かぶ。

 

「どうしてですか?」

 

「あいつはこれまでの戦いでもう神器の力を引き出しきっているんだ。治癒速度、範囲、遠距離からの治癒、全てにおいて同じ神器使いの中でもトップクラスだ。仮に禁手化してもスケールアップするくらいだろう」

 

「すげえな、アーシア!」

 

「いえ、そんな…!」

 

兵藤に素直に褒められてアーシアさんは嬉しいながらも恥ずかしそうに顔をそらした。

 

つまり神器についてはこれ以上の成長は禁手になっても見込めない、ということか。

 

今までアーシアさんは必死にみんなの傷を癒してきた。強敵と相対すればするほど俺たちは傷つき、そのたびにアーシアさんは神器を使って懸命に治癒を施し、おかげで俺たちは窮地を乗り越えることができたのだ。

 

兵藤の真紅の鎧やゼノヴィアのエクスデュランダルというド派手なパワーアップで隠れがちだが、アーシアさんもしっかり成長していたんだな。

 

「だから、俺はあいつが気難しいことで有名な『蒼雷龍《スプライト・ドラゴン》』と使い魔の契約しているっていうから伝説の魔獣やドラゴンとの契約もできるんじゃないかって思っているんだが…それなら回復の手も緩めず攻撃に参加できるからな」

 

「確かにそうですね」

 

聞くところによると俺がオカ研に入る前に使い魔の森なる場所に行った時に使い魔契約を結んだらしい。伝説のドラゴンとの契約となると中々に挑戦的なプランだが、伝説のドラゴンなら現に龍神のオーフィスとだって臆せず接することができるくらいだから、先生の考えももしかするとうまくいくのではないだろうか。

 

しかし伝説のドラゴンか…ぱっと考え付くのは天龍や龍王だが、どれも封印されていたりどこかの勢力に属しているドラゴンばかりだ。

 

あ、一匹だけいたぞ。深海の底で引きこもっているぐーたらドラゴンが。

 

「伝説のドラゴン…ミドガルズオルムなんてのは」

 

「バカ言え、あんなのでかすぎて逆に邪魔にしかならねえよ。この件は一旦持ち帰って検討するつもりだ」

 

「ですよねー」

 

速攻で先生に却下された。龍王という肩書だけで提案してみたが、グレートレッドの倍以上の巨体は流石に存在するだけで俺たちのサポートのつもりが邪魔になってしまうな。龍王だから気合出してくれたら心強いんじゃないかと思ったがどうしても巨体がネックになって候補にすらなれない。

 

しかし、今後の戦いに向けて全員が何かしらのパワーアップを遂げ、あるいは強化プランがあるのはいいことだ。俺も早いところアルギス達から眼魂を奪還してプライムスペクターの本来のスペックを発揮できるようにしなければ。

 

そんな感じで試験が終わった三人の労を労いながらも楽しく食事をしていると、ふと足元にぬめりとした嫌な感覚を覚える。

 

「!」

 

足元を見ると、いつの間にか発生した白い霧が俺たちを包み込もうとしていた。忘れもしない出来事とそれに強く結びついた忘れられない感覚は俺たちに楽しい食事の終了を告げる。

 

「ありゃ、こっちに来るのね」

 

同じものを感じたらしく、全員が警戒するなかで黒歌が意味深に呟いた。

 

そして視界は、深い霧に染め上げられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

辺りを立ち込めていた霧がさっと失せると、また変わらぬレストランのが戻って来た。ただ一つ、周囲にいた一切の人影が消えていたという点を除いて。

 

以前も体験したものと同じ現象に、すぐさま何が起こったのか、そして何者が引き起こしたのかを察した俺たちは足早にレストランを抜け出し、ホテルの外へ向けて駆けだした。

 

広々としたロビーに出た時点で既にみんな戦闘態勢に入っていた。俺はドライバーを腰に出現させ、兵藤は禁手のカウントを始めている。

 

「さっきの霧…間違いない」

 

「ゲオルクの『絶霧』。英雄派ね…!」

 

かの神滅具にも数えられる霧の神器によって、俺たちは別の空間に転移させられたのだ。

 

「曹操たちか!」

 

この現象を引き起こした男たちの姿を求めて、俺は周囲に視線を走らせる。その視線がロビーの黒いソファーに座る三人の男の姿を認めた時、死角からごうっと燃え盛る火球が飛び出してきた。

 

「アーシア!イリナ!」

 

火球が向かう先にいたのはアーシアさんと紫藤さん。兵藤が叫び、呼ばれた二人が構えるがその間に割って入ったのはなんとオーフィスだった。彼女の軽く手を払うような動作だけで火球がぽしゅうと消え失せた。

 

「…」

 

「あ、ありがとうございます…」

 

アーシアさんは彼女の行動に困惑しながらも礼を言うが、オーフィスは変わらず聞いているのかもわからないような無表情のままだった。

 

二人を守った…いや、これは家で二人に構ってもらった恩返しのつもりか?最強のドラゴンの恩返しなんてこれ以上にない頼もしさだ。

 

だが今はそれより…。

 

「曹操…!」

 

敵意を込められながらも俺にその名を呼ばれ、ソファーで大胆にもくつろぐ男はにやりと笑う。

 

「やあ、グレモリー眷属の諸君、アザゼル総督。京都以来だね。先の攻撃はデュランダルのお返しだよ。いや、今はエクスデュランダルだったかな?」




真実を交えながら話すのが一番上手な嘘のつき方なんですよね。自分でも書いていて思うんですが、誰か大和を助けてあげてくれ。

次回、「七宝の威光」


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第141話「七宝の威光」

色々バタついてて遅れました。申し訳ございません。

そして最近発表された鉄血のオルフェンズG参戦のMS、新ヴァルキュリアフレームのジークルーネですが…困ったことに同名のヴァルキリーが原作D×Dで登場する可能性が出てきてしまいました。

何故かというと原作者の石踏先生がご存知の通りガンダムファンであり、アザゼル杯のアポロンチームのメンバーのヴァルキリーたちは鉄血のオルフェンズに登場したグリムゲルデやヘルムヴィーゲ、オルトリンデと言ったヴァルキュリアフレームと同名のヴァルキリーです。他にもヴァルキリーがいる中でのこのチョイスは間違いなくオルフェンズ由来でしょう。

そのため、今後原作D×Dで新しいヴァルキリーのキャラが登場した場合、今回鉄血のオルフェンズの新MSとして登場したジークルーネの名が選ばれる可能性が否定できません。えっ、真神のティアマトと龍王のティアマットはどうなのかって?それはまた追々…。

万が一の場合、蒼天に登場するキャラ、ジークルーネの名前を変更します。今はまだ可能性の段階ですが、もしかするとそうなるかもしれないとだけ言っておきます。

ただ蒼天を抜きにした一鉄血ファンとしては新ヴァルキュリアフレームとガンダムフレームの登場は非常に嬉しかったです。いつかは両方コンプする日が来るといいですね。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
1.ムサシ
2.エジソン
3.ロビンフッド
4.ニュートン
6.ベートーベン
7.ベンケイ
9. リョウマ
10.ヒミコ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
23.コロンブス


京都での決戦ぶりに遭遇した英雄派のリーダー、曹操。奴は俺たちの敵意の視線を一身に浴びてなお、その余裕の態度を崩さずに座ったままぱちぱちと拍手を始める。

 

「先日のバアル戦での勝利、おめでとう。戦いを求める者としては禁手の鎧を纏っての殴り合いなどこれ以上ないほどに興奮する一戦だったよ。やはり君たちグレモリー眷属は素晴らしい。若手悪魔ナンバーワンの称号に恥じない実力だ」

 

「テロリストに褒められてもうれしくないわね」

 

曹操の賛辞になびく部長さんではない。毅然とした態度で厳しい言葉を返す。

 

「おっと、あなたは初めまして…ではないな。リアス・グレモリー、京都での初対面は中々に刺激的だったが」

 

「言わないで!思い出すだけでも恥ずかしいわ…」

 

曹操が過去を思い返して苦笑いすると、名指しで呼ばれた部長さんは顔を羞恥の感情に赤らめて声を上げた。

 

後から聞いた話では二条城での決戦にて着替えの真っ最中に部長さんが魔方陣で召喚され、奴らが見ている前で兵藤が彼女の乳首を押したのだとか…話がぶっ飛びすぎて聞くだけで頭が痛くなりそうだ。

 

相も変わらずの神々しい存在感を放つ聖槍を携えた曹操の視線が、俺たちの後方にいるオーフィスへじろりと動いた。

 

「そして…オーフィス。ヴァーリたちに連れられてどこにお出かけかと思ったら、まさか彼らと行動を共にしていたとはね。驚いたよ」

 

「驚いたのはこっちもにゃ。ヴァーリの方に行ってくれたと思ったんだけどねん」

 

「向こうには別動隊を送った。今頃彼らと交戦しているだろう」

 

曹操と黒歌。普段は余裕をその面持ちにたっぷり浮かべる彼らの視線が交錯し、静かながらも火花が散ったように見えた。

 

別動隊だと?バアル戦の前のヴァーリからの曹操側をけん制しているようなメッセージからあまり仲がよろしくないのは感じていたが、いよいよ本格的な喧嘩を始めるのか?

 

「…なあ黒歌、ルフェイ。お前らの間で何が起こってんだ?」

 

状況をイマイチ飲み込めていない兵藤が、後方のルフェイに話しかけた。その傍にはいつの間にかに出現したのか、大型犬サイズのフェンリルが控えており曹操たちに鋭い睨みを利かしていた。

 

「えっとですね。ことの発端はオーフィスさまが『おっぱいドラゴン』に興味をお持ちだったということで、ヴァーリさまがアザゼル総督を通じて出会いの場を提供されました。それと同時に、ヴァーリさまはオーフィスさまを狙う輩がいるという情報を掴んでいたため、それをあぶりだすためにオーフィスさまを囮にして今回の行動に出た、といったところです」

 

「仮にもお前らのボスを囮にするのかよ…」

 

自由人の集まりであるヴァーリチームの一員らしく、こんな状況でも自分のペースを崩さない明るい声色のルフェイの説明に珍しく兵藤の突っ込みが入る。

 

しかし派閥の対立のみならずそれを総括するボスをつけ狙う輩まで現れたか…禍の団、ほっといたら俺たちが戦わなくても自壊するんじゃないか?

 

「そのためにオーフィス様をアジトからお連れすると同時に、美猴さまにもニセのオーフィス様に変化して囮になっていただいている間に本物のオーフィス様をおっぱいドラゴンさんのもとへお連れしました」

 

「前々からオーフィスが今代の赤龍帝に興味を示していることは知っていた。それにヴァーリのことだから無策にオーフィスを連れ出すことはしないと思っていてね。俺と幹部の二手に分かれて両方に探りを入れ、奇襲を仕掛けてみたらこの通り、こっちは大当たりを引くことができた」

 

…みんな揃ってヴァーリの方に行けばよかったのに。奴らの勘が働いてこっちに出向いてきたことが心底残念でならない。

 

こちとらテスト期間なんだ。厄介事にしかならないお前らの顔は今のシーズン最も見たくない顔ランキング堂々の一位だというのに。

 

「内輪揉めならこっちを巻き込まないでもらいたいが」

 

「それがそうもいかなくてね」

 

「だろうな…それはともかくお前、眼魂を新しく作っているそうだな。何を企んでいる?」

 

アルルが俺のドライバーから抜き取った眼魂のデータをもとに編み出した眼魂を新たに創造する秘術。それは英雄派にも流出し、アルギス共々多くの新たな眼魂が生み出されている。ドライバーやメガウルオウダーといった眼魂を使用するためのシステムを持たない奴らが眼魂を増やす目的は何なのか?

 

「さらなる英雄の力だよ。英雄を目指すためには力が必要なんだ。君も我々のもとに来るなら、眼魂を譲ってもいいが?」

 

「しつこい男は嫌われるぞ」

 

「冗談だよ。今更俺たちになびく男じゃないのはわかっている」

 

嫌悪感を込めて拒否の回答を示すと、曹操はふふと笑う。半分冗談じゃないだろうに、よく言う。

 

「曹操、我を狙う?」

 

これまで沈黙を保ち続けていた奴らの長、オーフィスがいよいよ口を開いた。その声色には反旗を翻され、裏切られたことに対する失望も怒りもない。

 

「率直に言えばそうだね。我々にはオーフィスが必要だが、あなたは不要だと判断した」

 

曹操は悪びれる様子もなく、堂々と組織のリーダーに対して敵対宣言をしてのけた。

 

「そう」

 

「ああ。…物の試しだ、無限の龍神がどれほどのものか、少しやってみるか」

 

一派閥の行く末を決めるにはあっさりとしたやり取りののち、よっと言いながらようやくソファーから腰を上げた曹操。その槍の先端がかしゃりと開き、ビームサーベルのような光刃が伸びる。

 

その次の瞬間には曹操の姿は消えていた。

 

「消えた…!?」

 

ずぶり。驚く間もなく続けて生々しい肉の音が聞こえた。咄嗟に音の出どころへ目を向けると、いつの間にかオーフィスの間近に迫っていた曹操が彼女の腹に聖槍を深く突き刺していた。

 

「オーフィス!?」

 

「輝け」

 

そして追い打ちをかけるように龍神に凶刃を向ける聖槍が光を放ち始める。次第に増していくその光量は止まるところを知らない。

 

「これはまずいにゃね。ルフェイ、やるにゃ」

 

「はい!」

 

ヴァーリチームの二人が動いた。聞いたこともないような言葉をぼそぼそと共に呟くと、俺たちの周囲に禍々しい霧が発生し、ゲオルクの霧のごとく視界を覆い始める。ゲオルクの霧がひやり、ぬめりとしたものならこの霧はどろどろとした煙のようだ。

 

「光の力を大きく軽減する闇の霧です。かなり濃いのであまり吸い込まないようにしてくださいね!」

 

ルフェイの説明を聞いてすぐさま俺たちは口を鼻を手で覆った。

 

聖槍の光は悪魔に対して必殺の効果を持つ。その対策がこれか。今集まっているメンバーは大半が悪魔だし、ここで聖槍の力を解放されるのは非常にまずいな。

 

聖槍の光は霧が展開されていてもすさまじく、黒い幕の中から光がちらちら見え隠れする。さらには溢れる光がホテル内を一気に照らし出した。まるでこのままオーフィスを滅さんと言わんばかりに聖槍の出力を上げているのだ。

 

「なんて光だよ…!」

 

数十秒後、やっと光が収まると黒い濃霧も役目を終えたと言わんばかりに失せる。そして俺たちはどうなったとすぐに光の中心であったオーフィスと曹操に目線を向けた。

 

光が収まってなお、聖槍に貫かれたままのオーフィス。致命傷なのは見てわかるが、全く傷口から血は流れないし、彼女の表情に苦悶の色は全くない。

 

曹操がようやく聖槍を彼女の腹からずっと引き抜いた。明らかになった傷口は全く何もない、ただ向こう側が見えそうなほど綺麗な風穴であり、瞬時に傷は塞がっていった。

 

曹操は塞がった風穴を見て、やはりとあきれ顔で鼻で笑った。そして俺たちの攻撃を予知したのか、軽やかなステップで後退した。

 

「君たち悪魔ならわかると思うが今の攻撃は悪魔であれば即死だ。それ以外の相手…神仏でも大ダメージは必須の一撃だった」

 

「…実体がないのか?」

 

「実体はあるさ、魂だけの存在ではない。紛れもなく彼女はここに存在している。最強の神滅具すら致命傷を負わせるには足りない。ダメージは与えているが、無限を削るには至らないんだ」

 

無限…つまり、どれだけ攻撃してもゲームで言う体力が減らない、ということか?ライザー以上の不死身じゃないか。

 

しかしそれを聞いていよいよオーフィスの恐ろしさを理解した。今まで最強のドラゴン、無限であることは聞かされてきたが無限とは具体的にどういうことなのか、実際の戦闘は見たことがなかった。

 

そんな彼女の無限を曹操はどういうものであるかを俺たちに見せつけた。信長のあらゆる攻撃をはねのける防御も脅威だが、やはり何をしても効かない、反応がないのが一番恐ろしいと気づいた。

 

「そして攻撃をした俺に反撃しない。何故か?簡単だよ、いつでも殺せるからさ。でもグレートレッド以外に興味がないからしないんだ。全勢力で二番目に強いとされている破壊の神、シヴァ神と一位の彼女の間には絶対的な差がある。これがオーフィス、無限そのものだよ」

 

「…なら、不要と言ったお前らでもオーフィスを倒せないじゃないか」

 

あれだけ偉そうに正面で啖呵切った割には自慢の聖槍も効いていない。このままだと俺たちとオーフィスに無様に返り討ちされる未来が待つだけだが?

 

「それがそうじゃないんだよ」

 

ニヤリと意味深に笑む曹操の言葉に割り込むように、ブンとルフェイと黒歌の足元に魔方陣が出現した。

 

「にゃにゃ、あんたがお喋りしてくれてる間に繋がったにゃ。行くよ、ルフェイ」

 

その魔方陣の中央にフェンリルが足を踏み入れる。同時に光が弾け、フェンリルと入れ替わるようにその男の姿があった。

 

「ご苦労だった、ルフェイ、黒歌。…曹操、久しぶりだな」

 

銀髪の憎き白龍皇、ヴァーリ・ルシファー。テロリストでありながら味方なのか敵なのかイマイチ釈然としない立場にあるやつは同胞たる彼女らの労を労う視線をかけた後、相対する敵たる曹操に視線を向けた。

 

「これはこれは白龍皇様のお出ましか。見たところ、フェンリルと入れ替わりで転移したみたいだが」

 

「フェンリルには俺の代わりにアーサー達と共に別動隊を叩いてもらうことにした。貴様がこっちに来ることは当然想定していたのでな。…しかし、オーフィスを相手に曹操とゲオルク、そして信長の三人だけとは随分とオーフィスと俺たちを甘く見ているようだが」

 

「君たちから見ればそうかもしれないが、事実、我々三人で十分なんだよ」

 

俺たちもヴァーリに味方の戦力として換算されているような物言いだな。あまり気に入らないけど、この状況なら事実そうだが。

 

「その強気の理由は例の『龍喰者《ドラゴン・イーター》』か?大方、龍殺しの神器か、新たな神滅具といったところだろうが…それか信長、貴様の禁手がそうなのか?だとしてもオーフィスを太刀打ちできるとは到底思えないな」

 

「ははっ、残念ながら俺の禁手は龍殺しじゃねえ。もしオーフィスを倒せる龍殺しならとっくに屠ってる」

 

見当違いもいいところだと信長は笑ってヴァーリの予想を否定する。今のやり取りを聞く限りヴァーリも信長の禁手を把握していないようだが…。

 

「違うんだよ、ヴァーリ。『龍喰者』は我々が作ったものじゃない、既に存在していたものに我々がつけたコードネームに過ぎないんだ。作られていたのさ、聖書の神によってね」

 

意味深な言葉に意味深な深い笑み。いよいよその龍喰者の正体が気になると、曹操は傍らのゲオルクを一瞥する。

 

「やるのか、曹操」

 

「ああ、龍神に二天龍、彼のお披露目の場としてこれ以上の舞台はない。今こそ、無限を食らう時だ」

 

「了解、地獄の釜の蓋を開けようか…!」

 

ゲオルクは待ってましたと言わんばかりの不敵な笑みで曹操に応じる。

 

瞬間、ゲオルクは魔方陣を開く。その規模は広いロビー全体を巻き込むほどだ。その次にホテル全体を激しい揺れが襲った。

 

「くっ…」

 

「なんだ…?」

 

揺れにこらえながらも俺たちは魔方陣から注意を離さない。すでに直感で悟っている。あの魔方陣は奴らの作戦の根幹であり、とてつもない何かだということを。

 

「来るのか…龍喰者《ドラゴン・イーター》…!」

 

〈BGM:怨讐の魔刃、尽きぬ恨み(覇眼戦線2)〉

 

不意に魔方陣からどす黒い臭気のようなものが発せられる。あれはオーラだ。普段は変身しなければオーラを認知できない今の俺にもはっきり認識できるレベルの濃密なオーラ。

 

そしてこれほどまでに禍々しく、嫌悪感を感じたものはない。体の芯まで凍てつくような寒気がする。それだけではない、この場から一刻も早く退避したい強い忌避感に駆られる。

 

まだそれは姿を現してない。オーラだけでこれだ。一体何がお出ますと言うのか。

 

そしてそれは徐々に魔方陣から浮上していく。

 

巨大な十字架。それに磔にされた何か。それをさらにきつく、頑丈に縛る不気味な文様が刻まれた拘束具。

 

それだけでも十分異様だが、その全貌が完全に明らかになった時、俺はあまりの異様さに心が恐怖で震えた。

 

「なんだ…これ……」

 

本能で理解した。これはこの世にあってはならないものだ。存在そのものが世界を冒涜している。

 

はだけた上半身は黒い翼を生やした堕天使だが、下半身は鱗のある蛇の姿。目にも取り付けられた拘束具の隙間から血涙が流れ、全身の至る所に太い釘が打ち込まれている。

 

こいつははたして堕天使なのか、蛇なのか。どれほどの所業をすればこんなにも惨い仕打ちを与えられるのか。その見ていられない姿に、何者かの強い怨嗟がひしひしとオーラと共に肌に伝わってくる。

 

『オオオオオオオオオオォ…!!』

 

苦悶の呻きにも自身の仕打ちへの怒りともつかない堕天使の不気味な低い叫びが、フロア内に響き渡る。叫びと同時に口から唾に混じった血が飛び散って、床にべちゃりと落ちる。

 

さらに奴の全身から、しゅうしゅうと黒いオーラが滲み出るように溢れ、ロビー中に広がり始めた。触れただけでも不快感がこみあげてくるオーラに、意識せず一歩ざりと下がってしまう。

 

「そんな…コキュートスの封印を解いたのか…なんてことを…!!」

 

先生は異形の存在を見て、驚きに肩を震わせると曹操たちを強く非難するような言葉を振りしぼった。

 

「かの者は『神の毒』であり、『神の悪意』。蛇とドラゴンを嫌った、今は亡き聖書の神の呪いを一身に受けた天使でありドラゴン。名を『龍喰者《ドラゴン・イーター》』サマエル。その存在を抹消された禁断の存在さ」

 

「なんですって…!?」

 

「なに!?」

 

「こいつがサマエルだと…!!」

 

堕天使兼ドラゴン…?そんな珍妙なものが世界に存在していたのか!聖書の神に呪われた上に存在を抹消されたなんて一体過去にこいつは何をしでかしたんだ…?

 

曹操が口にしたその名が俺と兵藤以外の全員に凄まじい衝撃を与えたらしく、みんな目を見開いて驚愕に支配された。

 

「聖書の神の呪いだと…?」

 

曹操の解説だけで十分に危険な存在であるのは理解できるが、俺と兵藤以外にはそれ以上の意味がある存在のようだ。でなければここまでサマエルの名だけで驚いたりしないだろう。

 

「先生、あれは何なんですか?ドライグも怯えているし、見るからにヤバそうなんですけど…」

 

不気味なサマエルを前にした兵藤が先生に問いかける。赤龍帝のドライグが怯えるなんてよほどのことだ。

 

「お前でもアダムとイブの話は知っているだろう?」

 

「ええ、まあ」

 

「蛇に化けて、二人に知恵の実を食べるように仕向けたのがあの天使だ。奴の行動は聖書の神の怒りにふれ、神聖である故本来ありえないはずの神の悪意や呪いを受けた。その一件以来、神はドラゴンや蛇嫌いになってな、その影響で聖書にもドラゴンと蛇が悪として描かれるようになった」

 

「マジですか!?」

 

「そして何より、奴にかけられた呪いのせいで存在自体が最悪の『龍殺し《ドラゴンキラー》』になっている。おまけに奴の強すぎる猛毒はドラゴンを絶滅させるだけでなく、ドラゴン以外の生物にも影響を与えかねない。存在そのものが危険なため、地獄の最下層のコキュートスで永遠に封印されるはずだったんだが…」

 

「最悪のドラゴンスレイヤー…!!」

 

アダムとイブの知恵の実の話は俺も知っているが、まさかあの堕天使が事件を引き起こした張本人だったとは…!とんでもない大物を用意してきたな!

 

それに究極のドラゴンキラーという特性は今回曹操が本気で俺たちを潰しにかかっていることの証拠だろう。二天龍という強大なドラゴンをエース戦力にする俺たちを相手にするにあたって、これ以上に最適なものはないだろう。

 

「…コキュートスに封印された奴がどうして…いや、まさか、ハーデスの野郎」

 

「察しの通りだよ、総督。ハーデス神殿と交渉し、何重にも制限をかけたうえで召喚を許可していただいた」

 

「野郎…!そんなにゼウスが俺たちとの協力体制に入ったのが気に入らなかったのかよ!!」

 

非情にも自身の推測は正解だと告げる曹操に、先生の顔が怒りにゆがむ。

 

「ハーデス神が裏切っただと…」

 

サマエルが封印されているという地獄はハーデス神の管轄。そこで厳重に封印されていたであろうサマエルを引っ張り出すなんてそれこそハーデス神の一存がなければ不可能だ。

 

バアル戦の前に会ったあの骸骨神が曹操側に付いた事実に俺も動揺を隠しきれなかった。ギリシャ神話の冥府の神、ハーデス神。知名度も実力もトップクラスの神が曹操たち英雄派の内通していた。全勢力でも上位の力を持つハーデス神のこの行動は世界を揺るがしかねない。

 

オーフィスと曹操、禍の団の内部分裂だけかと思いきやとんでもない事態になってきた。あの神が俺たちに対していい感情を抱いていないのは感じてはいたけどまさかこんなことをしでかすほどに迷惑がっていたとは思いもしなかった。

 

和平を求める俺たちのやり方を良しとしない連中がいるのは知っている。このサマエルはその連中の怒りと不満の象徴とでもいうのか。

 

「さて、聞いての通りサマエルは究極の龍殺しだ。ドラゴンなら確実に殺せる。赤龍帝、ヴァーリ。君たちの対策としてサマエルよりもうってつけな相手は他に存在しない。赤龍帝が持ってるアスカロンなんて、彼と比較すれば爪楊枝だよ」

 

「アスカロンが爪楊枝かよ!」

 

十字架に縛られたサマエルを見上げる曹操が視線を下ろすと、槍の切っ先を兵藤の左腕目掛けて指す。

 

仮にも名のある聖剣のアスカロンが爪楊枝呼ばわりか。究極のドラゴンスレイヤー、もしや二天龍も一撃で殺せる代物か…!?

 

「…さて、前振りはほどほどに実験を始めようか」

 

〈BGM終了〉

 

説明は十分だろうと愉快気な笑みを浮かべた曹操が、ぱちんと指を鳴らした。

 

「喰らえ」

 

その一言で、俺たちの間を糸を縫うようにして俊足で何かが潜り抜けていく。遅れてそれを目で追えば、オーフィスがいた場所にどす黒いぶよぶよした塊があった。それから一本だけ伸びた触手はサマエルの口へとつながっていた。

 

「オーフィス!?」

 

「なんなのこれ!?」

 

その光景を見てようやく理解した。奴らの真の目的は二天龍ではない。究極のドラゴンであるオーフィスに、究極のドラゴンスレイヤーであるサマエルをぶつけることだ。今まで誰かがこの二匹が戦えばどうなるだろうかと想像はしたものの決して実現することのなかった最強対最凶の組み合わせが今、現実のものになっていた。

 

「おい、オーフィス!返事をしろ!どうなっている!?」

 

先生は必死に黒く濁った液体の中のオーフィスに呼びかけるが一向に返事はない。何がどうなっているのかはわからないが、とにかく非常にまずいことが起こっているのはすぐにわかった。

 

それを見た木場が即座に聖魔剣でサマエルとオーフィスを繋ぐ黒い液体を斬りつけるが、液体は何ともなく、逆に液体に触れた聖魔剣の刃が綺麗に消える結果に終わった。

 

「切れない?いや、この触手は攻撃を消し去るのか?」

 

刃がなくなった聖魔剣を消して、新たに作り直した聖魔剣で今度はサマエルとオーフィスを繋ぐ触手を切るが、やはり刃が消失するという同じ現象が起こるだけだった。

 

「俺がやる」

 

次に動いたのはヴァーリだった。禁手を発動しないまま、背中に神器の光翼を顕現させる。

 

〔Half Dimension!〕

 

音声と同時に半減の力が周囲に広がり、黒い塊に浴びせられる。ロキ戦や和平会談の時にも見た技だが、どうやら禁手を使わずとも発動できるようになったらしい。奴もまた進化したようだ。

 

白龍皇の特性である『半減』の効果で空間がめきめきとゆがむが、黒い塊だけは何事もなく健在のままだった。

 

空間に作用する攻撃が聞かないなんて一体この触手は何でできているんだ…!?

 

「無駄か…!」

 

「なら消滅魔力で!」

 

部長さんが黒い液体目掛けて得意の赤い消滅の力を秘めた魔力をぶつけるが、やはり液体が失せる様子はない。

 

俺たちが攻めあぐねている間に、オーフィスを包む黒い塊から触手を通じてごくり、ごくんと何かがサマエルの口へと流れていく。まるでストローでコップの中のジュースを吸うように。

 

あいつ、まさか無限のオーフィスを食っている?力をそのまま吸収しているのか?

 

もしそうなら、究極のドラゴンスレイヤーが無限の力を得たら俺たちでは到底太刀打ちできなくなってしまう。一刻も早く、サマエルを止めなければ。

 

「俺が行く!」

 

「おい待て!!」

 

そう思っていると、話の間にカウントを終えた兵藤が赤い禁手の鎧を装着して飛び出そうとするのを俺は大慌てで肩を掴んで止める。

 

「どうしてだよ!?」

 

「兵藤、お前は手を出すな!ドラゴンのお前が戦うわけにはいかない!ここは俺がやる!」

 

相手は究極のドラゴンスレイヤーだ、オーフィスを閉じ込めるこの物体はその一部と言ってもいいだろう。恐らくドラゴンにとってはほんの一滴浴びるだけでも即死する猛毒だ。肉弾戦主体の兵藤とは相性が絶望的に悪い。

 

だが、手数の多くドラゴンでない俺なら対処できるかもしれない。すでに一つだけ策が思いついている。

 

〔ソウル・レゾナンス!〕

 

その策を実行するべくドライバーにプライムトリガーを接続し、素早く眼魂を装填する。

 

〔アーイ!ヒーローズ・ライジング!〕

 

「変身!」

 

〔カイガン!プライムスペクター!英雄!裂空!勇壮!激闘!ブレイヴ・イグニッション!〕

 

ドライバーから溢れ出す英雄ゴーストたちと解放された霊力を纏い、プライムスペクターへと変身完了した。

 

「これならどうだ」

 

〔ダイカイガン!ガンガンミロー!ガンガンミロー!〕

 

手元に召喚したガンガンハンド 鎌モードをドライバーにかざし、10体分の英雄眼魂が生み出す増大した霊力を鋭利な刃に宿す。出力を上げれば空間を切り裂けるほどの刃がギラリと輝いた。

 

〔ハイパー・オメガファング!〕

 

「ハァ!!」

 

光刃煌めく鎌を振り抜き放たれた斬撃が宙をひた走りながら形状を変えて、やがて黄金に輝くピラミッド型に変化する。

 

レイナーレを倒した時のように、サマエルを別次元へ幽閉して次元ごとオーフィスと奴を隔てれば吸収を止められるはず!

 

空中で存在感を放つピラミッド状のエネルギーが別次元へとつながる黒い穴をぽっかりあけた瞬間、殺到した光の刃がピラミッドを両断し、無残にも消失させてしまった。

 

「これは看過できないのでね」

 

そうは問屋が卸さないと妨害したのは聖槍を振るった曹操だった。流石に奴も実験とやらを見物するだけではないか!

 

「俺たちの実験の邪魔をするんじゃねえよ」

 

曹操の仲間である信長もまた俺たちの動向に対して静観を決め込むばかりではなかった。黒い塊にもお構いなしに、神器で作り出した宝石の矢の驟雨を降らせる。その威力は渡月橋での戦いで馬鹿にならないレベルであるのは知っている。

 

「下がれ!」

 

先生の一声で俺たちは慌てて後退して矢の範囲から逃れる。ロビーの床に着弾した矢は、軽く床をえぐっていた。その範囲内にあった黒い塊に命中した矢はもれなく木場の聖魔剣のように消失した。

 

オーフィスを吸収するサマエルと、それを守る曹操と信長。敵の守りは盤石のようだ。

 

「先生、何かオーフィスを助ける手は!?」

 

「無理だ!!攻撃を無効化されるんじゃどうしようもねえよ!そもそもオーフィスが脱出できないって時点で相当ヤバい状況なんだよ!!」

 

この状況を打破する一手はないかと兵藤に問われた先生はこれまでにないほどの差し迫った焦りを見せている。

 

知っての通り、オーフィスは世界最強のドラゴンだ。それが力づくでも脱出できない攻撃を俺たちが対処するのは困難を通り越して不可能と言ってもいい。

 

だが奴らの思惑通り、不可能を不可能のまま放置するわけにはいかない。どうにもサマエルの様子を見ていると、奴らはオーフィスをただ倒すだけのつもりではないように思える。何としてでも奴らの目論見を阻止しなくては。

 

「奴もドラゴンなら、私がイッセーのアスカロンを使えば…」

 

「やめとけ、ドラゴンではあるが最凶のドラゴンスレイヤー相手じゃ何が起こるかわからん!!」

 

ドラゴンではないためサマエルの影響が少ないゼノヴィアが提案するが、それも一蹴される。

 

「しかしこのまま放っておけないですよ!!」

 

「わかってる!だが…!」

 

どうにか打つ手はないかと歯噛みして、サマエルにごくんごくんとゆっくりとだが吸収される黒い塊をねめつける先生。

 

「…さて、慌てふためく君たちの姿を見物するのも楽しいが、俺も動くとしようか。あまり邪魔をされて計画に支障をきたすわけにはいかないのでね」

 

サマエルへの対処法を模索する俺たちへと、聖槍を携えた曹操が一歩進み出た。

 

「上位神滅具持ち二名に高位の聖剣使い、聖魔剣、グレモリー家次期当主、堕天使総督…いやはや、口にするのも恐ろしい面子だよ。相手にとって不足なしだ」

 

首魁たる曹操自らが本格的な交戦の意志を見せたことで、ヴァーリもそれに応じるように禁手の鎧を纏う。先生も人工神器のファーブニルの鎧を装着し、交戦に備える。

 

「…奴らの行動を見る限り、恐らくサマエル本体には俺たちの攻撃が通じる。奴を守る曹操と信長をここで倒せば、サマエルを攻撃してオーフィスを解放できるかもしれん!それしか手段がない、ここで奴らと決着をつけるぞ!」

 

「「「「「はい!」」」」」

 

先生の指示に、俺たちは声を揃えて応じる。

 

黒い塊がどうにもできない以上、大元のサマエルを倒す以外の方法はなさそうだ。英雄派幹部に最強の神滅具、それの次は聖書の神の悪意。ハードな相手が続くが、それでも戦って勝つしかない。

 

「ふっ、そううまくはいくかな?」

 

そんな俺たちの意志をあざ笑うかのように奴はさっと見たことのない眼魂を取り出した。

 

「その眼魂は…!」

 

「曹操の魂が宿る眼魂だよ。念願かなってようやく彼の眼魂を作れたのはいいが、肝心の能力が前線での戦闘に不向きでね。英雄は選べても、能力は選べないようだ。君たちとの戦いで使いたかったのだがね」

 

しかしそれを使うことなく、心底残念がりながら折角の眼魂を懐に戻した。

 

曹操の眼魂…奴ら、そんなものまで作っていたのか。ただでさえ手ごわい奴がこれ以上のパワーアップするような能力でないことに向こうは残念だろうが、こっちはガッツポーズで喜びたい気分だ。

 

「だから、君たちは俺の禁手で相手をしよう」

 

「!!」

 

俺たちの安堵を消し飛ばすように奴はガッと槍の石突を床に力強くたたいた。

 

禁手というワードだけで俺たちの警戒心が最大まで引き上がる。神滅具の代名詞であり、始まりの神滅具でもある黄昏の聖槍。その禁手がどれほどのものなのか俺たちは知らない。

 

一応通常禁手の『真冥白夜の聖槍《トゥルー・ロンギヌス・ゲッターデメルング》』の能力は把握しているが、奴に限って通常の禁手を発現するなんてことはない。十中八九、亜種禁手を使ってくる。

 

事実、俺が戦った時に曹操は禁手を使ったが、凄まじい衝撃を出して吹っ飛ばす能力は通常の禁手にはなかった。禁手を見たと言っても一瞬で敗北したため、兵藤達と同じ初見と言ってもいい。

 

「ハーデス神から召喚の許可を頂いたのは一度だけでね。ここでうまく君たちを制圧しないと、計画が頓挫するんだ。ゲオルク、サマエルの制御を頼んだ。信長にはサマエルとゲオルクの防衛を任せる」

 

「了解」

 

「お前が本気を出すなら、俺の出る幕はねえな」

 

「そういうことだ。悪いね、信長」

 

「あいよ」

 

戦いへの喜びに口角を上げていた信長も曹操の意志に応じてゲオルクのもとへ引き下がる。そのやり取りに奴らが曹操というリーダーに寄せている確かな信頼が見えた。

 

「たった一人で俺たちを同時に相手しようってのか?」

 

「そうとも。この聖槍の真なる力を発揮すれば可能だよ」

 

くるくると槍を軽やかに回して地面に石突を立て、最後に曹操は静かにその言の葉を口にする。

 

「禁手化《バランス・ブレイク》」

 

カッ!!

 

刹那、聖槍から溢れる目を開けていられないような閃光がロビー全体を照らす。その光が落ち着いた時、奴の禁手の全貌が明らかになった。

 

神器の本体たる槍に変化はない。しかし槍を扱う曹操の背に神々しい天使のような光輪が輝き、それを彩るように7つの光球が浮遊している。

 

〈BGM:THOUSAND DESTRUCTION(C)ザイア・エンタープライズ(仮面ライダーゼロワン)〉

 

「これが『黄昏の聖槍《トゥルー・ロンギヌス》』の亜種禁手、『極夜なる天輪聖王の輝廻槍《ポーラーナイト・ロンギヌス・チャクラヴァルテイン》』だ。名称は転輪聖王にちなんでいるが、俺の場合は転生の『転』ではなく、天帝の『天』として発現させた。まだ未完成だけどね」

 

「名前が長い」

 

「ふふ、ジーク達にも同じことを言われたよ」

 

部下の意見くらい聞き入れてやれ。そんなに長い名前の禁手、お前のとこでもフルで覚えてる奴少ないだろ。

 

「アザゼル、彼の禁手は…」

 

「グリゴリのデータベースにないものだ、あの7つの球体は俺にもわからん!」

 

部長さんが神器の専門家たる先生に知恵を求めるも、先生はかぶりを振る。やっぱりデータがない新しい禁手か!

 

「あの7つの球体にはそれぞれに『七宝』という能力が付与されている。つまり、奴は七つの能力を操れる」

 

「なんだと!?」

 

「俺が知っているのは3つだけだが、どれも凶悪だ。あの聖槍は最強の神滅具であり、それを使うあの男は最強の人間と言ってもいいだろうな」

 

7つの球体を警戒する俺たちに情報を与えたのは意外にもヴァーリだった。

 

ヴァーリの奴、曹操の禁手を知っているのか?しかしあの戦闘狂をしてそこまで言わしめるとは、よほど恐ろしい禁手と見た。

 

「さて…」

 

攻撃に備える俺たちを見据える曹操の指がピクリと動く。

 

「みんな気をつけろ、いきなり吹っ飛ばされるぞ!」

 

俺は過去の二の舞を起こすまいと、声を上げて皆に注意を促す。

 

「ふっ、君が言っているのは『将軍宝《パリナーヤカラタナ》』のことかな」

 

と、曹操は人差し指の先にふわふわと背部の球体の一つを浮かせる。

 

「これはまだ調整が終わっていない能力でね。ただ強い衝撃を発して相手を彼方まで吹っ飛ばすだけ。まあこれを使わずとも君たちを制圧できるさ」

 

7つのうち6つの能力で、つまり全力を出さずに俺たちを倒すだと?俺たち全員を相手にして、随分と舐めたことを言ってくれる。

 

「こんな風にね」

 

次の瞬間、ガシャンと何かが砕ける大きな音が俺たちの耳に飛び込む。何事かと振り向けば、ゼノヴィアが構えていたエクスデュランダルの、6本のエクスカリバーで構成された鞘が見るも無残なほどに粉々に砕けていた。

 

「私のエクスデュランダルが…!?」

 

鞘が破壊されて本来の姿を晒したデュランダルを見て、あっけにとられるゼノヴィア。

 

俺も衝撃を禁じ得なかった。あのエクスデュランダルがたった一瞬で破壊されてしまうなんて。球体は相も変わらず曹操の後光と共に輝いている。動きも全く見えなかった。

 

「七宝の一つ、輪宝《チャッカラタナ》。能力は単純な武器破壊だ。相当な手練れでなければ逆らうことはできない…ちなみに、形状変化してこんなこともできる」

 

「ッ!!?」

 

次の瞬間、どしゅっと何かを貫くような音が聞こえた。デュランダルを構えたゼノヴィアがなすすべなく腹に先ほどのオーフィスのようにきれいな風穴を開けられていた。

 

「ごふっ…」

 

血が穴から大量に噴出し、どさりと彼女はその場に倒れこんだ。

 

彼女が倒れ行く衝撃的な光景に俺の世界は数秒止まったような錯覚を覚えた。そしてすぐさま、憤怒は噴火する前のマグマのごとく俺の内から一気に湧き上がる。

 

「貴様ァ!!!」

 

瞬間的に激情に駆られ、俺は飛び出す。

 

〈BGM終了〉




禁手の名前が長すぎる…

次回の更新は頑張って年内にしようと思います。

次回、「無限の消失」


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第142話「無限の消失」

今年最後の更新です。原作と比べて戦闘シーンましましです。

就活で大きく更新が滞ってしまいましたが、今年も無事エタらずに続けることができました。拙作を読んでいただきありがとうございました。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
1.ムサシ
2.エジソン
3.ロビンフッド
4.ニュートン
6.ベートーベン
7.ベンケイ
9. リョウマ
10.ヒミコ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
23.コロンブス


〈BGM:THOUSAND DESTRUCTION(C)ザイア・エンタープライズ(仮面ライダーゼロワン)〉

 

〔ムサシ!エジソン!ロビンフッド!ベンケイ!ヒミコ!ノブナガ!ヒーローズ・ドライブ!〕

 

荒ぶる怒りのままに曹操へと馳せながら、俺はヒーローズ・リインフォースメントを発動させて仲間たちに英雄パーカーゴーストとその力を付与する。力の出し惜しみはしない、最初から全力だ。

 

「はぁぁぁぁ!!」

 

裂ぱくの叫びを迸らせながら、俺はひた走る。野郎、目の前でゼノヴィアをやりやがった…!そのツケ、命をもって償え!!

 

「アーシア!急いで回復して!」

 

「ゼノヴィアさん!!死なないでください!!」

 

後方ではノブナガのパーカーを着た部長さんの指示で、ロビンフッドのパーカーを纏ったアーシアさんが涙をボロボロ流しながらも懸命にゼノヴィアを治療している。英雄の力で神器も強化されているので最悪の事態は避けられるはずだ。

 

「絶対に許さん!!」

 

「曹操ォォォォ!!」

 

「よくもッ!!」

 

ムサシのパーカーを着た木場、兵藤、そして俺。グレモリーの三勇士が一斉に曹操へ攻撃を仕掛ける。兵藤が鋭い拳のラッシュを繰り出し、その隙をカバーするように俺の鎌と木場の聖魔剣の剣技が唸る。

 

木場の二振りの聖魔剣の連撃は平時と違い苛烈な様相を呈していた。それだけ木場も仲間をやられて頭に来ているのだ。

 

「いいぞ、もっとだ!」

 

あらゆる敵を勢いのままに圧殺してしまいそうな、息もつかせぬ怒涛のラッシュを前にしながらも曹操は狂喜の笑みを浮かべて一歩も退かない。次から次へと俺たちの攻撃を聖槍で弾き、あるいは身のこなしでいなす。

 

「ぬん!」

 

「ふっ」

 

俺が横薙ぎに振るった鎌が聖槍の柄で受け止められる。

 

「喰らえ!!」

 

そこを兵藤が拳を振りかぶるが、曹操は聖槍を軸に飛び上がってすれすれで躱した。

 

「まだだ!」

 

宙に跳びあがり無防備を晒す曹操。そこに追撃を仕掛ける木場だったが、曹操はそれすら計算の内だと剣戟を繰り出す手首に蹴りを入れて聖魔剣を叩き落とした。

 

なんて技術だ、俺たちの攻撃が全く当たらない。三人がかりで挑んでいるのに全く引けを取らないとんでもない戦闘センスと身体能力だ。あいつ、本当に人間なのか!?

 

攻防のさなか、曹操の背を浮遊する球体の一つがギュンと後方の部長さんたちのもとへ飛来する。またゼノヴィアの時のように攻撃をするかと思いきや、予想外の能力が発動した。

 

「第二の七宝、女宝《イッティラタナ》」

 

「!」

 

エジソンのパーカーを着こなす朱乃さんとノブナガのパーカーを身にまとう部長さんが反応して魔力攻撃で球体を撃墜するよりも早く、球体が光を発した。あえなくその光に呑まれるが、二人にダメージは全くない。

 

しかし彼女たちは確かにその凶悪な能力の餌食となっていた。

 

「魔力が…!?」

 

「どういうことなの…?」

 

二人は球体を撃墜せんと魔力を放つべく手を突き出すが、何も出る様子はない。それを何度も繰り返すが、同じ結果が起こるだけだった。

 

「女宝は女性の異能を一定時間完全に封じる。これも相当な強者でなければ抗えない能力さ」

 

おいおい、うちの今いる戦力の大半は女性だぞ!特にアーシアさんの神器を封じられたらゼノヴィアが…死ぬ!

 

驚愕の能力が明らかとなって戦慄する俺たちを他所に曹操は高笑いする。

 

「ふふふ、派手な攻撃は繊細さを要するサマエルの操作に悪影響を及ぼす。信長がゲオルクを守ってくれると言っても攻撃の余波で影響が出ないとは限らないからね。よって、君たち全員をこの限られた空間で、最小限の攻撃で、たった一人で倒す!なんて最高難度の戦いだよ…!」

 

俺たち三人を同時に相手取りながらも奴の闘志はより過熱していく。

 

「だがそれを乗り越えてこそ、英雄という高みに近づく!」

 

「勝手に盛り上がってろにゃん!」

 

曹操の高揚など知ったことかと吐き捨てんばかりに黒歌とルフェイが魔法攻撃を加えようと手を向ける。対する曹操の対応は早く、またも球体を一つ二人のもとへ差し向けた。

 

「『馬宝《アッサラタナ》』、相手を転移させる能力だ」

 

奴の宣言と同時に二人の姿が消える。彼女たちが転移した先は、なんとアーシアさんの眼の前だった。魔法の光を蓄えた両手は、初撃で倒れたゼノヴィアの回復の真っ最中のアーシアさんに向けられている。

 

「嘘!?」

 

「避けてください!!もう止められません!!」

 

黒歌とルフェイは突然の転移に驚き、自分たちの攻撃がアーシアさんに向けられたことに顔を真っ青にした。

 

「アーシアさん!!」

 

「余所見している場合かな!?」

 

「くっ!」

 

今すぐフォローに回りたいが、禁手状態の曹操が許してくれない。俺と木場が、飛来する武器破壊の球体をムサシの見切りですれすれで躱す。あの能力の都合上、武器ではじき返すことはできない。

 

「ふざけんな!!『龍星の騎士《ウェルシュ・ソニック・ブースト・ナイト》』!!」

 

〔Change Star Sonic!〕

 

曹操が俺たちを攻撃する間に奴のやり口に怒る兵藤が動いた。兵藤の装甲がはじけ飛んで身軽になり、背部のブースターが通常時以上の激しいオーラを吐き出しながら猛スピードでアーシアさんのもとへ向かった。

 

黒歌とルフェイの手元から魔法が炸裂したのと、兵藤がアーシアさんのもとに到着して壁になったのは同時だった。曹操にぶつけるためにと加減なしに練られた魔法の数々が一斉に兵藤へ殺到し、突き刺さる。

 

「かはっ!!」

 

「イッセーさん!」

 

〈BGM終了〉

 

苛烈な魔法が兵藤の全身をくまなく破壊していく。運の悪いことに、兵藤はアーシアさんのもとへたどり着くために鎧の防御が薄くなる『騎士』の駒を使っていた。防御に優れた『戦車』の駒に切り替える間もなく、一通りの攻撃からアーシアさんを守り切った兵藤はどさりとその場に崩れ落ちる。

 

二人の攻撃で、元々パージしたために薄くなっていた鎧は完膚なきまでに破壊されてしまった。

 

「君ならきっとそうすると思っていたよ。戦闘において彼女はグレモリーチームの要だからね」

 

「てめぇ…!!」

 

ボロボロになって血を垂れ流し、蹲る兵藤が痛みをこらえながら曹操を睨みつける。さっきの七宝を俺と木場だけに差し向けたのはこれを狙ってのことか!

 

「赤龍帝、もう君の新しい力は知っているし、弱点も見えている。トリアイナのコンボは内の駒を変更する瞬間に僅かなタイムラグがある。そこをつけば簡単に君を倒せるよ」

 

「どこまでも馬鹿にしてくれるな…!!」

 

「許さないよ!!」

 

「おっと、怒りは視野を狭めてしまうよ」

 

怒りに震える俺たち、苛烈化する攻撃に曹操が不敵に笑う。次の瞬間、俺は背中に鋭い剣戟を受けた。

 

「なっ…?」

 

全く意識の向かない箇所からの攻撃に俺は驚く。振り返ると、そこで俺と同様に表情が驚愕の色に染まった木場が剣を振り下ろしたところだった。

 

どうして木場が…俺を切った?

 

「『馬宝』で木場裕斗を君の背後に転移させた。怒りで七宝への注意が薄れたおかげですんなり決まったよ」

 

狼狽する俺に曹操は聖槍の石突で鋭い突きを入れ、背後の木場もろともビリヤードのように後方へ吹っ飛ばした。

 

「がは!」

 

「ぐっ!?」

 

二人そろってロビーの壁に強く叩きつけられ、衝撃で肺から空気が血と一緒に吐き出される。

 

「がっ…深海君…ごめんよ」

 

「気にするな…まだやれるか?」

 

「もちろんだよ…!」

 

壁に叩きつけられると同時に俺に押しつぶされるような形になってしまった木場に肩を貸しながら立ち上がる。

 

曹操の奴が聖槍の刃の方で突いてこなくてよかった。刃を向けて突きを繰り出していれば俺と木場は串刺しになり、悪魔である木場は聖なる力でたちまちに消滅していただろう。

 

俺と木場はまだ大丈夫だが問題は…。

 

視線を兵藤に向けると、あいつはダメージが深刻なのか血を垂れ流して肩で息をしていた。曹操め、性格の悪い戦いをしやがる。

 

「イッセーさん!」

 

「ダメだアーシア!ゼノヴィアの回復を優先してくれ…!!俺のことはいい…!!」

 

「…!!」

 

吐血する兵藤を見て、ゼノヴィアの治療を中断してまでアーシアさんは兵藤へ駆け寄ろうとするが当人はそれを拒絶する。

 

「さて、三人纏めて…ッ」

 

一か所に集まったゼノヴィアと兵藤、アーシアさんを一気に消し飛ばすつもりか聖槍の穂先を向ける曹操へ、痺れる電撃と銃撃が殺到する。

 

「おっと」

 

相も変わらずの体術さばきで回避する曹操。攻撃を加えたのはガンガンハンド 銃モードを向ける部長さんとガンガンセイバー ガンモードを構える朱乃さんだった。

 

「女性じゃない英雄の能力は使えるみたいね。覚悟しなさい!!」

 

そうか、その手があったか!ノブナガとエジソンは女性じゃないから女宝の影響を受けないのか!

 

意図せず奴の凶悪な能力の対策ができたことに内心ガッツポーズをした。

 

「おや、それは盲点だったね。新しい気付きの礼にこれを差し上げよう」

 

二人の攻撃に驚く様子はあまりなく、代わりに七宝の球体を二人へ向けて飛ばす。迫る球体に二人はそれぞれの銃を持って迎撃のための射撃を繰り出す。

 

「させない!」

 

エジソンの能力によりガンガンセイバーから無数に枝分かれするような電撃が放たれる。それをスルスルと滑るように突破する球体。そこにノブナガの能力で増殖した銃口から放たれる銃弾の驟雨が降り注ぐ。

 

臆せず進む球体にいくつかは命中するが、破壊するには至らない。そのまま直進して距離を詰める球体が二人の得物を粉々に破壊してしまった。

 

「そんな…!?」

 

「『輪宝』だ。デュランダル使いが見切れなかった技を近接戦闘に向かない君たちが見切れる道理はないだろう?」

 

そうだ、奴の能力は女宝だけではない。能力を一つ攻略してもまだ奴の能力は6つも残っている。あいつ、完全に能力を使いこなしてやがる…!

 

〈BGM:バリアンズ・フォース(遊戯王ZEXAL)〉

 

「ヴァーリ、久しぶりの共闘だ!俺に合わせろ!」

 

「俺は単独でやり合いたいところなんだが…!」

 

矢継ぎ早に同時に仕掛けたのはアザゼルとヴァーリだった。白き龍皇と黄金の龍王の鎧を纏った二人が曹操に勇猛果敢に襲い掛かる。

 

「いいぞ!白龍皇に堕天使総督の競演!君たちはどこまでも俺を昂らせ、高みへと導いてくれるなッ!!」

 

ヴァーリが繰り出す拳打の嵐、さらに先生の空を切る光の槍の連撃に曹操は臆することなく立ち向かう。巧みな槍術と体術を駆使して、曹操は息継ぐ間もなくよせ来る全ての攻撃を躱し、あるいは弾いてのけていく。あまりに卓越した技術に未来が見えているのではないかと思えてくる。

 

「鎧装着型の禁手は他の禁手と比べても驚異的なパワーアップを果たせるが、力が過剰すぎてオーラの流れが読みやすい!得物や拳、脚にオーラが集中するからどこから攻撃が来るかもすぐにわかる!」

 

「そんな弱点があるのかよ…!」

 

俺も例に漏れず鎧装着型に分類されるだろう。なら、さっきの戦いもすべてあいつは俺の霊力の流れを見て攻撃を予測していたというのか…!

 

「君たちに邪眼《イーヴィルアイ》というレアものを見せてあげよう。赤龍帝にやられた右目の代わりに移植してね!」

 

交戦の中で曹操がちらりと先生の足元に視線を向けると、たちまちのうちに先生の足が色褪せて石化していく。

 

「メデューサの眼…!!」

 

メデューサは俺でも知っている。ペルセウス座の神話に登場する髪が蛇になっている女性の怪物だ。そんなものまで用意したのか、あいつ!

 

驚愕と石化で動きが鈍くなった先生の腹を、曹操が躊躇いなく聖槍で一刺しする。聖槍の前には龍王の鎧

も無意味で、簡単に突破されてしまった。

 

「ぐぁッ…!なんて奴だ…くそったれ…!!」

 

「アザゼル総督、あなたは確かに強い。それだけにファーブニルの鎧をあなたの力に合わせて最適化できていないのが残念でなりませんよ」

 

「そこまで見抜いてやがったのか…」

 

ごぼっと大量に吐血してそのまま先生の体がどさりと崩れ落ちた。堕天使で最上の実力を誇る先生すら曹操に敵わないなんて…。驚愕すると同時に一勢力の首脳陣を一人屠れるほどの力を秘めた奴の脅威を再認識した。

 

「曹操…!!許さんぞッ!!」

 

倒れ行く先生の姿を目にして、ヴァーリが肩を震わせて怒る。

 

「ハハハ!らしくないな!両親に化け物と恐れられ、捨てられた君にとってアザゼルは命の恩人であり育ての親だったね!?」

 

「黙れ!!」

 

曹操の煽りがいよいよヴァーリの憤怒の炎に油を注ぎ、激しくする。激昂したヴァーリは手のひらに魔力を一気に集中させて強大な光弾を生み出し、撃ちだす。

 

しかしその間に突如として割り込んだ球体が黒い渦を生成し、ヴァーリの眩い魔力攻撃をあれよあれよと飲み込んでいく。

 

あの能力は将軍宝でも、輪宝でも、馬宝でも、ましてや女宝でもない…四つ目の新たな七宝か!

 

「『珠宝《マニラタナ》』。敵の攻撃を他人に受け流す能力。君の魔力は絶大だ、防御は難しいし、当たれば死ぬが…受け流すことならできる」

 

解説が終わると同時に、塔城さんの前に同じ渦がぎゅるぎゅると音を立てて発生する。そこから先ほど能力で吸い込まれたばかりのヴァーリの魔力が勢いよく吐き出される。

 

「…!」

 

「白音!避けなさい!!」

 

〈BGM終了〉

 

突然の事態に呆気にとられ、塔城さんの反応が遅れる。そんな彼女を突き飛ばして代わりに受けたのはなんと黒歌だった。

 

すぐさま彼女の体にヴァーリの怒りが込められた強烈な魔力が炸裂し、派手な爆発を起こす。

 

めらめらと燃える爆炎の中から彼女の体が投げ出された。全身から血を流す彼女はロビーの床をそのままボロボロになった妖艶な着物を乱しながら横転して、地に血に伏した。

 

黒歌のやつ、塔城さんを守ったのか…?絶縁を宣言され、敵対関係となってなお、彼女には妹への情が残っていたというのか。

 

…俺がそうであるように、やはり兄弟姉妹の繋がりは断ち切れないものらしい。

 

「姉さま…どうして…?」

 

受け流された攻撃、それをかばった黒歌。次々に押し寄せる怒涛の展開に塔城さんは茫然と立ち尽くす。その頬にきらりと一筋の涙が流れた。

 

その一方で、ヴァーリはさらに怒りに燃えていた。今まで戦いへの喜びに震える姿はよく見てきたが、それ以外の感情をここまで強く発するあいつの姿は初めてだ。

 

「アザゼルに飽き足らず黒歌まで…よくもやってくれたな曹操ッ!!」

 

「さっきからどうしたんだい、君はそんなに仲間思いだったか?まるでそこの赤龍帝のようだ」

 

「我、目覚めるは…」

 

詠唱の始まりと共に、ヴァーリのオーラが膨れ上がり大気が震え始める。あいつ、この場で覇龍を使うつもりか!それなら奴を倒せるかもしれないが…。

 

「それはいただけないな。ゲオルク!止めろ!」

 

「やれ、サマエル!」

 

「オオオオオオオオ…」

 

曹操の対応は迅速だった。ゲオルクが魔方陣を介してサマエルを操作し、奴の右手の拘束具が解除される。解き放たれたサマエルの右手がヴァーリに向けられると、即座にオーラを高める奴の体をオーフィスと同じような黒い塊が包み込んだ。

 

その時間、5秒。黒い塊が弾け、ヴァーリが解放される。それと同時に白い鎧もバキバキに弾け飛んで、鎧の破片と一緒に鮮血が辺りに飛び散った。

 

「かっ…」

 

「ヴァーリ!嘘だろ…!」

 

あのヴァーリが見るも無残に倒れ行く姿に、驚愕の念を禁じ得ない。これが究極のドラゴンスレイヤーか…!

 

「どうだい、神の毒の味は?流石にここで『覇龍』を使われては空間は壊れてサマエルの制御が難しくなるからね。ルシファーの血のおかげで死なずには済んだが、それでも苦しいだろう?しばらくそこで休んでいるといい。弱点攻撃しかできなくて悪いな、ヴァーリ」

 

「そう…そ…う…!」

 

倒れ伏すヴァーリを愉快気に見下ろす曹操。ヴァーリは最後の抵抗だと言わんばかりに強烈な敵意を込めて曹操を睨む。

 

「さてと、これまでに倒したのは二天龍とアザゼル、グレモリーの『王』と『女王』、黒歌、デュランダル使いか。あとは英雄使いや聖魔剣とミカエルのA、『戦車』とルフェイぐらいかな」

 

聖槍をくるくると回し、ポンポンと肩を叩いて残った面々をざっと見渡す曹操。

 

「よくもイッセー君たちを…」

 

「ダメよイリナ!迂闊に動けば殺されるわ!」

 

冷静さを失い、仲間を目の前で倒された怒りの感情に流されるままに突撃しようとする紫藤さんを部長さんが肩を掴んで制止する。

 

俺たちが三人がかりで挑んでも届かなかった相手だ。一人で向かったところで軽くあしらわれるように倒されるだけ。

 

「これまでに判明した能力は5つ。衝撃を発する玉、女性の異能を無効化する玉、武器破壊し、形状変化する玉、任意の相手を転移させる玉、そして相手の攻撃を受け流す玉。厄介なことに球体の判別は不可能、能力が発動するまでどの球かわからない…恐ろしいほど私たちを研究している強敵よ」

 

「私の魔法も、黒歌様がやられたときのように受け流されるだけでしょうか…」

 

ヴァーリチームに属するルフェイの魔法は強力だが、奴の受け流しの七宝がある限りは簡単に利用されてしまうだろう。

 

「戦うなら近接戦しかないわね…」

 

「どうにか隙を作るしかありません」

 

紫藤さんと塔城さんは奴の判明した能力を踏まえたうえでそう結論付ける。奴のセンスと転移の能力は脅威だが、少しでも可能性がある方を選ぶしか今の俺たちには選択肢がない。

 

「そうだね…その役目なら僕がうってつけだ。僕が奴の気を引き付ける」

 

〈BGM:闘志果てしなく(遊戯王ZEXAL)〉

 

その言葉と同時に進み出た木場の聖魔剣から魔のオーラが失せ、聖剣一色の聖なるオーラに変わる。

 

ガシャン!ガシャン!

 

木場に並び立つように現れたのは聖剣と同様の輝かしいオーラを纏う鎧の騎士団だった。木場がバアル戦で披露した『聖剣創造』の亜種禁手だ。

 

「行け!騎士団よ!」

 

号令と共に、ガシャガシャと勇猛果敢に騎士団が突撃を開始し曹操へ切りかかる。あいつのとっておきとも呼べる騎士団を陽動に使うなんて思い切りがいい。

 

「おお、ジャンヌの龍とは違う亜種禁手か!いいデータになる、戦わせてもらおう!」

 

木場の新しい力を目にして喜ぶ曹操は球体を一つ、騎士団へぶつけ、躍らせる。縦横無尽に動き回る球体が次々に騎士団を破壊していく。あれはおそらく、武器破壊の球だ。

 

「みんな、行くぞ!」

 

奴の球が一つ、騎士団を相手取ってる間に俺たちは曹操へ猛進する。

 

「来い、もっと楽しませてくれ!」

 

ここまで追いつめられても諦めない俺たち球体が一つ飛んでくる。どんな能力かは知らないが!

 

〔ニュートン!〕

 

左手を突き出して斥力を放ち、球体をホームランボールのように彼方へ吹き飛ばした。いくら七宝だろうと斥力には逆らえないと思っていたが、読みが当たった。

 

「その手があったか!」

 

「ナイス!」

 

仲間たちの驚き、感心する声が俺の背をさらに押す。

 

「ほう」

 

対策法を見出した俺に感嘆の声を上げる曹操へ、一斉に攻撃を仕掛ける。

 

正面切って曹操と拳と剣をぶつけあう俺たち。それを相変わらずのセンスで軽々と捌いてのける曹操。天使の翼を広げた紫藤さんが、果敢に奴の頭上から切りかかる。

 

「女宝」

 

紫藤さんの眼前に出現した球体が光を放つより早く。

 

〔ニュートン!〕

 

斥力であらぬ方向へ吹っ飛ばす。光力で生成され、ヒミコの聖なる炎を帯びた剣が振り下ろされるもその寸前で曹操の姿が消え、そのまま紫藤さんは曹操がさっきまでいた場所に着地する。

 

「っ…!」

 

慌てて俺たちは曹操がいなくなって紫藤さんへと振り下ろされようとした得物と拳を引き止める。まさか、転移の七宝を自分に使ったのか?

 

「そこです!」

 

仙術で感覚が研ぎ澄まされている塔城さんがいち早く俺たちの背後に出現した曹操に気付き、殴りかかる。

 

「きゃ!」

 

しかしまたしても七宝により塔城さんが転移し、突き出した拳が紫藤さんに突き刺さった。戦車の怪力によって振るわれた拳で木っ端のごとく吹き飛ぶ紫藤さん。奴の七宝の発動が速すぎてニュートンの斥力が追い付かない。

 

「そんな、うぐ!」

 

驚く塔城さんに聖槍が打ち据えられ、天上へずがんと力強く叩きつけられる。

 

「これで二人」

 

「曹操ォ!!」

 

塔城さんも紫藤さんもやられた。怒りのあまりに涙すらこぼれながらも俺は激情に任せて曹操へ鎌を振るうも。

 

「がはっ」

 

腹に鋭い痛み。曹操の聖槍が強化スーツを貫通して、確かに俺の生身の腹部を貫いていた。

 

「俺の取柄が七宝だけと思われては困るな」

 

〔オヤスミー〕

 

ずぶりと聖槍が引き抜かれると同時に変身が解ける。血を噴出しながら脱力してその場に前のめりになって倒れこんだ。くそ、俺でもダメなのか…!!

 

「君たちは仲間を思いやりすぎる。だからすぐに隙が生まれるんだ。仲間の数が増えれば猶更だ」

 

奴の禁手の力の前に敗れた俺たちを見下ろし、嘲笑をかけてくる。

 

「そして英雄使い、君の能力は俺と同じだ。複数の能力を同時に発動し操る能力。君自身もよく己の能力を理解し使いこなしている。七宝の対策も可能とは思わなかったが、君自身の戦闘力はまだまだのようだね」

 

横になった俺の頬を曹操が石突で軽くたたく。

 

俺の長所は複数の英雄の能力を使いこなす点だ。それらを組み合わせることで幅広い戦況に対応できる。しかし裏を返せば、能力に依存しているということに他ならない。

 

つまり今の俺は能力の数でこそ曹操に勝るが、それ以外は戦闘センス抜群の曹操の下位互換だ。鎧装着型のパワーアップといい、アザゼル先生の鎧といいさっきから悔しいことばかり言ってくれる…!

 

〈BGM終了〉

 

「さて、残ったのは木場裕斗とルフェイだけか。…いや」

 

曹操の言葉を否定するようにむくりと起き上がったのは塔城さんだった。ベンケイのパーカーは強化を維持していた俺が変身解除してしまったのですでになくなり、見慣れた制服姿に戻っていた。

 

「…まだ戦えます」

 

「英雄の力か。なるほど、英雄の能力と元来『戦車』の駒を有する君との相性がいいようだ。だが君一人増えたところで戦況はひっくり返らないさ」

 

塔城さんは口内を切ったか血が口の端から流れているが、大したダメージを受けた様子はない。攻撃を食らったタイミングでベンケイの能力で防御力が向上していたのが役立ったか。

 

残った三人と戦うかと思いきや、奴はふと聖槍を下ろして、戦闘の構えを解いた。

 

「…ここまでにしよう。木場裕斗、恐らく戦闘スタイルを考慮して俺と一番無難に戦えるのは君だ。ただ、俺と戦うにはまだレベルが足りないな」

 

「…!」

 

「それに聖剣の禁手もまだまだ練度が低い。速度は上々、しかし技術が反映できていない。もっと鍛え上げてくれよ」

 

「く…!!」

 

もはや相手にするまでもないと断じられ、剣士としてのプライドを傷つけられた木場は悔しさに目いっぱい顔を歪める。覚悟を決めて、傷ついた仲間たちを守るために立つ木場にとってどれほど奴の行動と言葉が侮辱になったことか。

 

それにあいつ、俺たちを単騎で相手取って全滅間近まで追い込んでまだ分析をする余裕があるのか…。しかもこれでもまだサマエルのこと気にして全力を出していない状態ときた。本気を出していれば今頃全員あの世行きだったに違いない。

 

後方でサマエルを制御するゲオルクたちへ振り向く。

 

「ここまで追いつめたが…ゲオルク、進捗はどうだ?」

 

「四分の三強ほどだ。これ以上は召喚を維持できそうにない」

 

「十分だ、よくやってくれたよ」

 

その言葉が引き金になり、バシュンとオーフィスを包み込んでいた黒い塊が四散する。それを繋いでいた触手…いや、サマエルの舌も口に戻るとゆっくりと魔方陣へと沈んでいく。

 

「オオオオオオオオ…」

 

最後まで不気味な叫び声を上げながら、サマエルの姿が消え失せる。同時に奴が放っていた怖気のするようなプレッシャーもなくなった。

 

もう二度とあんなに恐ろしいものは見たくはない。再会の時が来ないことを強く願う。

 

サマエルが消えてようやく解放されたオーフィス。5秒とサマエルの攻撃を受けただけで戦闘不能になる程の重傷を負ったヴァーリと違い、またしても外傷を負ったり毒に侵された様子もない。

 

もしかして、究極のドラゴンスレイヤーでも全くダメージを与えられなかったのか?そう思った俺の予想を反する言葉を、オーフィスはぽつりと発した。

 

「我の力、奪われた」

 

オーフィスの力を奪っただと…?つまり、奴はどんなに削ろうとも削れない無限を奪ったとでもいうのか?

 

「そうだ。我々はあなたを思いのままにして力を利用したかったが、如何に虚無とは言え言いなりにするのは困難だとわかった。だからやり方を大きく変えたんだ」

 

実験の結果に予想通りだと満足げな笑みを浮かべる曹操は、拳を握り大胆不敵に宣言する。

 

「あなたから奪った力で、俺たちは新たな『ウロボロス』を作る」

 

新しいウロボロス…オーフィスを作るだと!さっきの今のあなたは不要というセリフはそういう意味だったのか…!

 

「そのために…わざわざサマエルを使ってオーフィスの力を奪ったのか…!」

 

「その通りですよ。それにグレートレッドにはあまり興味がなかったし、オーフィスのご機嫌取りにもうんざりだったのでね。異形への挑戦をテーマにした我々の理念を実現することもできた。しかしオーフィスの力はプロパガンダとして優秀だし、力を集めるのに必要だ。事実、あれだけの規模の組織を作れた」

 

「…実に人間らしい考えだ」

 

「お褒めに預かり光栄です。アザゼル総督。これでも人間ですよ、俺は」

 

忌々し気な先生の言葉に恭しく笑む曹操。これだけのことをやってのけてまだ人間かよ。人間の前に超の感じが付いているだろ。

 

「曹操、今なら奴らを始末できるが?」

 

「将来的にはそうした方がいいんだろうが…正直、俺はこいつらの進化をもっと見てみたい。戦ってみたいのもあるし、データとして貴重というのもある。今代の二天龍の異質な成長…アザゼル、あなたが彼らを見守りたいと思う気持ちがよくわかりますよ」

 

ゲオルクに提案されるも曹操は難しそうな表情でかぶりを振った。奴自身がオーフィスについて語ったように、いつでも殺せるから殺さないという余裕すら感じる。

 

「…ゲオルク、信長、やめだ。俺は一足先に帰るよ」

 

いよいよ興味を無くして禁手を解いて、俺たちに背を向けてゲオルクの方へ歩みだす曹操にヴァーリが息も絶え絶えに問いかける。

 

「待て…どうして俺たちを、殺さない…?七宝でアーシア・アルジェントの能力を封じれば…それで俺たちを全滅させられたはずだ…!!」

 

「先ほどの戦いの俺の縛りはこうだ。この限られた空間で、サマエルの操作の邪魔になる派手な攻撃をせず、君たち全員を、たった一人で、殺さずに倒す。そのついでに禁手の長所と短所を分析するデータ取りも兼ねていたのさ」

 

「どこまでも舐めてくれる…!!」

 

「ははっ、お互い様だよ。さて…二天龍の諸君。此度はここでお別れだ。次に会う時はもっと強くなっていることを願っているよ。今度は全力でやり合おうじゃないか。いつだって、英雄が戦うのは魔王やドラゴンなのだから」

 

「上等だ…!」

 

「英雄使い。君の成長にも期待しているよ。英雄とは何者か…まだ君自身の答えを聞けていないからね」

 

「くそ…ったれ…」

 

血が流れ痛む腹を抑えながらも、奴の力に魂だけは屈するものかと胸中に渦巻く様々な激しい感情を言葉に乗せて投げつけた。

 

曹操に敗れ、オーフィスの力は奪われた。この戦いは完全に俺たちの敗北だ。

 

「ゲオルク、予定通り死神たちをお呼びしてくれ。ハーデスは搾りかすのオーフィスをご所望だからな。それと、ヴァーリチームがやった入れ替え転移で俺とジークを入れ替えできるか?」

 

「一度見ただけだからうまくいくかはわからんが、試してみよう。それとさっき入ってきた情報だが…」

 

「…はっ、恩を仇で返すのが彼らの流儀か。わかってはいたさ、十分に協力してもらったしいいだろう」

 

「俺の神器で特注の銃弾まで作ったのに、恩知らずな奴らだ。旧魔王派め」

 

と、不穏なやり取りを始める英雄派の三人。ヴァーリチームの次は旧魔王派とも仲間割れか…?とことん統制がなっていない組織だったんだな、禍の団は。

 

それに曹操と入れ替わりで魔剣使いのジークフリートが来るのか。ついさっき禁手で俺たちをボコボコにした曹操と比較すればまだかわいく思えるが奴も腕利きだ、油断はできない。

 

ゲオルクが魔方陣を展開し、いよいよ入れ替え転移の準備を始める。彼らを止められる者はこの場に誰一人としていなかった。

 

「ああ…そうだ。せっかくなら一つ脱出ゲームをしようじゃないか」

 

唐突に思いついたように曹操が言う。

 

「ゲームだと…」

 

「直にハーデスの命令を受けてオーフィスを回収するために死神たちが到着する。俺と入れ替わりでジークフリートも来る。君たちはオーフィスを奪われないようにここから脱出しなければならない。是非、乗り越えてくれよ。今度は全力の禁手でやり合いたいからね」

 

最後まで不敵な態度を崩すことなく、遠ざかるやつの姿を見届けるしかなかった。




書いてて思ったけど曹操の七宝が強すぎる。

今回のヒーローズ・リインフォースメントは以下の通りです。

ムサシ:木場
エジソン:朱乃
ロビンフッド:アーシア
ベンケイ:小猫
ヒミコ:イリナ
ノブナガ:リアス

実はアザゼルにも使えますが元々アザゼル自身が強い上に強化する人数が増えれば増えるほど悠の負担が大きくなるので発動が見送られました。

来年はウィザード編を目指して頑張りたいと思います。ウロボロス編後半、ヒーローズ編、オリジナル編、そしてウィザード編の4つです。では、よいお年を!

次回、「テロリスト→ニート」


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第143話「テロリスト→ニート」

遅れましたが新年あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
1.ムサシ
2.エジソン
3.ロビンフッド
4.ニュートン
6.ベートーベン
7.ベンケイ
9. リョウマ
10.ヒミコ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
23.コロンブス


曹操が去った後、俺たちは木場やルフェイ、ダメージの浅い部長さんたちに支えられながらもどうにか撤退し、ホテルの階段を駆け上がった。負傷しながらの移動は非常に体に堪える辛いものだったがアーシアさんの治療を受けながらの移動だったのでどうにか乗り越えることができた。

 

ゲオルクたちは撤退する俺たちを追撃することはしなかった。ゲオルクが死神を転移させたりジークフリートと曹操の入れ替え転移で構う余裕がなかったのもあるが、手の空いている信長は曹操の言う脱出ゲームを楽しみにするかのように口の端を吊り上げて俺たちを見送るだけだった。

 

このホテルは六十階もあるまさしく塔と見まがうほどの高さを誇っており、俺たちはそのちょうど中間である三十階の一室にルフェイの結界魔法で堅牢に防御を固めて陣取ることとなった。人数が人数なので一室だけでは広さが足りず、いくつかの部屋にメンバーは分かれた。

 

どうにか全員分の治療を終えたアーシアさんは別室で仮眠を取っている。まだまだ戦いは続くし彼女の手が必要なので、少しでも休んでもらわないといけない。どうにか彼女の負担も押さえたい所なのだが状況がそれを許してはくれない。

 

そんなアーシアさんの力でも回復できなかった男が一人いた。サマエルの呪いを受けたヴァーリだ。奴はアーシアさんの治療を受けつつルフェイの解呪魔法での処置を試みたが、呪いが強力すぎて完全な解除には至らなかった。できる限りの処置を尽くした今は自然に呪いが消えるのを待つしかない。神の悪意と呼ばれるだけあって生半可な呪いではないようだ。

 

この部屋に集まったのは治療を終えた先生と俺、兵藤、ゼノヴィア、紫藤さん、そしてルフェイだ。時折外の様子を窓から伺いつつ、俺たちは一時の休息を取っていた。ここにいない黒歌は負傷したため別室で休んでおり、塔城さんはその付き添いをしている。残りの木場と朱乃さん、部長さんは偵察に出ており、オーフィスはふらりと部屋を出ていったきりだ。

 

「けがはどうだ?」

 

隣で壁に背を預けるゼノヴィアに声をかけると、傷の完治を確かめるように彼女は自身の腹をさすった。曹操によって腹に開けられた風穴は完全に塞がっていた。これがもし七宝ではなく聖槍本体に刺されていたなら今頃彼女は消滅していたことだろう。

 

「アーシアのおかげで痛みはすっかり消えたよ。君の方こそ、大丈夫なのか?あの能力の反動は…」

 

「塔城さんの仙術で一時的にごまかすことにした。そっちに比べたら傷は小さいし問題ないさ」

 

ゼノヴィアが言っているのはヒーローズ・リインフォースメントのことだ。仲間を強化できる分、その人数が増えれば増えるほどその反動として俺に負担がかかる。今回は二条城の時よりも一人多い6人分かつ移動中にガタが来たので腹の傷と合わせて体の痛みが半端なく、いよいよ死ぬかと思った。

 

「また君はそんな無茶を…」

 

「無茶するところが取柄なんでな」

 

彼女に呆れられたがこればかりはどうしようもない。奴らとの戦いには負けられないし、死んだら負けだ。死なないために、勝つために打てる手は全て打って勝つべきだと俺は思う。

 

「まさか二人そろって腹をやられるとは思わなかったけどな。アーシアさんには感謝してもしきれない」

 

「俺だって腹を貫かれたんだがな。あいつには苦労をかけっぱなしで申し訳なく思えてくる」

 

二人で話をしていると先生も頭をぽりぽり掻きながら話に混ざって来た。腹に穴開けられたなんて嫌な共通点だ。しかし前線で戦う俺たちを支えてくれるアーシアさんには本当に頭が上がらない。

 

おもむろに窓へと足を運び、外の景色を覗く。外界は俺たちが試験中の兵藤達を待つ間に見たものと全く同じ景色が広がっている。冥界独特の空模様、向こう側に見える山々。そのすべてが完璧に再現されている。

 

「…京都の時といいすごい再現度だな」

 

「ホントよ!ホテルの内装とか外の景色とか、現実と全く同じだわ」

 

興味津々に部屋の内装を見回す紫藤さんが頷き、ぽんぽんと部屋に備え付けられた冷蔵庫を叩く。そのままがちゃりと冷蔵庫を開ける彼女だったが、何も入っていないのを見るとちょっと残念そうな顔をした。

 

「ゲオルクの絶霧《ディメンション・ロスト》の禁手…霧の中の理想郷《ディメンション・クリエイト》だ。固有の結界を作る能力だが、レーティングゲームのフィールドの技術を使うことでここまでのものになるとはな。どいつもこいつも、今代の神滅具使いは俺の想像を超えてきやがる」

 

「蛇口をひねっても水は出ないあたり、再現できるものとできないものはあるみたいっすね」

 

と、兵藤が蛇口を触るが水が出る気配は全くない。そこのところ再現度が足りないぞ、手を抜くなと今度ゲオルクと顔を合わせたらクレームをつけてやるか。

 

とはいえゲオルクの結界の凄まじい再現度に感嘆している中、がちゃりとドアを開けて入室したのは木場だった。険しいその表情が芳しくない状況を物語っている。

 

「駐車場に死神たちが出現していました。かなりの数でした」

 

「ハーデスの野郎め、もう隠す気もないってか」

 

苛立ちを交えながら呟く先生が拳を握る。サマエルの件以来、相当ハーデスの裏切りが頭に来ているようだ。

 

良くない状況に追い打ちをかけるように、先ほどまで魔方陣で誰かとやり取りをしていたルフェイがさらに良くないニュースを嘆息を交えてもたらす。

 

「本部から通達が来ました。ヴァーリチームがオーフィスを騙し、組織を手中に収めようとした。オーフィスは曹操率いる英雄派が無事に救助したので、逆賊ヴァーリチームは発見次第討伐せよ…とのことです」

 

「逆賊か…オーフィスを頭に据える組織で一番オーフィスのためを思って行動した結果がこれとは、難儀なもんだ」

 

複雑な表情を見せる先生が息を吐く。本物のオーフィスを追放した今、実質英雄派は禍の団の全権を掌握したようなもの。そんな彼らがそう指示を出したということは。

 

「つまりヴァーリチームは解雇か。テロリスト改めニートになったな」

 

「ふふっ、そうですね。禍の団にいた時も実質ニートと変わりない立場でしたけど」

 

この部屋にヴァーリはいないながらも軽い嫌味を言ってみるが、ルフェイは逆にくすくすと楽しげに笑った。

 

前々から思っていたんだが、ルフェイが禍の団の一員と言うにはどうにもいい子過ぎて少し接し方に困っている。ここ最近でオーフィスの観察をしながらヴァーリチームであまり接点のないルフェイの観察もしていたが、嫌味のない性格だし黒歌やアホ猿と違って本当にお行儀がいい。これで禍の団所属のテロリストというのが嘘だと思う。

 

おまけにアーサーの妹ときた。ここ最近は特に妹と聞くと凛のことが頭にちらついてしょうがない。昔のあいつも明るい性格でルフェイのようにきちんとした性格だったか。立場としては間違いなく敵なのに、敵として認識しきれないのだ。

 

「…ちなみに具体的にどんな活動をしていたの?」

 

と、質問するのは兵藤。確か、前にヴァーリと話した時に喧嘩に明け暮れる以外にも世界の神秘の調査もしているとか言っていたが…。

 

「主に世界の謎や伝説の強者の調査です。仕事でテロ活動もしながらグレートレッドの秘密だったり、ムー大陸やアトランティス大陸といった滅んだ文明…他にも逸話だけ残して消息不明な英雄や魔物の探索もしていました。それに異世界のことについても調査を」

 

おお…バトルジャンキーな奴のことだから毎日毎日強者に喧嘩吹っかけて戦ってるのかと思っていたら意外にもしっかり研究者みたいな活動をしているんだな。意外だ。

 

「異世界…もしかして、神域のことも?」

 

「はい。前々から中東地域でメソポタミアやシュメール神話の調査をしていて…なぜこれだけの史跡や神話が残されていながら神が存在しないのかヴァーリ様が気にしていらっていました。調査の過程で、過去に神竜戦争なる大規模な戦争があったという事実にたどり着きました」

 

「ディンギルのことも知っているのか…!」

 

どの勢力からも忘れ去られた歴史に気付くなんて相当調査しているな。奴らの戦闘力もだが、その探求心も目を見張るものがあるようだ。それに今は少しでも奴らの情報が欲しい。奴らに下手に出るような真似は癪だが、時間があれば聞き出してみようか。

 

「なんというか、冒険家だな」

 

「はい、それはもう毎日が冒険ですよ!ヴァーリ様が特に知りたいと思っていらしたのはドラゴンという種の起源です。二天龍の喧嘩の原因や、新しい神滅具も調べようとしていますよ!」

 

「もしかして、先生に影響されたのかしら?」

 

「かもしれねえな」

 

自分たちの活動をキラキラした瞳でうきうきと語るルフェイ。紫藤さんにそう言われた先生はまんざらでもなさそうに目を細める。

 

いい子だと思っていたがそういう未知への探求心にワクワクする一面を見るとやはりヴァーリの仲間だという事実を再認識させられる。

 

「ただ、好き勝手に動く私たちを目障りに思う方は曹操様だけでなく組織内に多くいたそうです。特にジークフリート様は元英雄派だった兄のアーサーがこっちに移って来た件もあって相当嫌っていたみたいで…」

 

と、ルフェイは先ほどとは打って変わってしょんぼりした様子で話す。

 

そりゃ本来の仕事に打ち込まずやりたい放題やりたいことやる連中なんてどこの組織も嫌うだろう。逆に今までよく組織人としてやってこられたものだ。だがそれより気になるのは。

 

「アーサーって元英雄派だったのか…」

 

「ヴァーリチームに移ってくれて本当に良かったぜ…」

 

もしアーサーが英雄派に残ったままだったら今頃ジークとアーサーも同時に相手にしないといけなかったかもしれない。どういう理由でヴァーリチームに移籍したかは知らんがナイス判断だぞ、アーサー。

 

「ところで総督様、『黒刃の狗神《ケイニス・リュカオン》』のあの方はお元気ですか?ヴァーリ様が気にしていらしたので」

 

「刃狗《スラッシュ・ドッグ》か。今は別の任務に出向いている。あいつはヴァーリを嫌ってるからなぁ…」

 

『黒刃の狗神』。それは13の神滅具の一つであり、現在はグリゴリに所属している人間が所有していると先生から聞いている。

 

ヴァーリも元グリゴリ所属の神滅具持ちなのに不仲なのか。ヴァーリが何かやらかしたのか、それとも向こうがヴァーリ以上の変わり者なのか…一体どっちだ。

 

「グリゴリにも神滅具使いがいたんだな…もしかして、天界にも?」

 

「ああ、神滅具の中で二番目に強い『煌天雷獄《ゼニス・テンペスト》』の所有者がいるぞ。『御使い』のジョーカーにして、教会最強のエクソシストだ」

 

「マジっすか!?」

 

「マジだ。イリナ、奴は今どうしてる?」

 

驚く兵藤に先生は頷く。一応夏の合宿で話だけは聞いていたけど、ついに正式にジョーカーとして任命されたんだな。天界も戦力増強をしているそうで何より。

 

「今頃、世界各地を放浪しながらおいしいものを食べ歩いているかと…」

 

「ハァ!?まったく呆れたぜ、セラフ候補と目される才児が…ミカエルたちは何をやっているんだ」

 

と、頭を抱える先生。その動向から同じ神滅具持ちのヴァーリと同じ自由人の気を感じた。なんというか、二天龍や英雄派といい神滅具持ちは変人しかいないのだろうか。

 

そうだ、ゼノヴィアも今は悪魔とは言え元々教会の戦士だったから顔なじみなのでは?

 

「ゼノヴィアはその人に会ったことは?」

 

「…デュリオ・ジェズアルドか。会ったことはないが、教会にいればまず耳にしない者はいないくらい有名な戦士だったよ。人間でありながら上級悪魔とも戦える希少な存在だ」

 

「ちなみにヴァーリ様の戦い方リスト上位に挙がっていますよ」

 

なんだそのろくでもないリストは。面倒な奴に目をつけられて可哀そうだ。絶対にリストに載らないようにしたいと思ったけど、あいつのことだから昔は弱くても今は強くなった戦士なら問答無用でリストに放り込みそうだから奴の眼から逃れられないかもしれない。

 

「一つ気になったことがあるのですが…」

 

まだ見ぬ天界のジョーカーの話で盛り上がっているところ、おずおずとルフェイが挙手する。

 

「どうして皆様はスペクターさまのことを深海と呼ぶのですか?」

 

「あー…」

 

ヴァーリチームにはまだ俺の前世絡みの事情を話していなかったな。というかまだ明確な味方として認定したわけでもないのに上層部の機密扱いされている情報を話していいものか。

 

しかし向こうは異世界、ディンギルのことも把握しているわけだしすぐに信じてはくれそうだが…。

 

「それはだな…」

 

どうしたものかと返答に困っているとがちゃりと静かにドアが開く音が聞こえた。入室してぺたぺたとこちらにやってくるのはオーフィスだった。今なお呪いに苦しむヴァーリと違い、全くサマエルの呪いに侵された様子はない。

 

「具合はどうだ?」

 

オーフィスを俺たちに引き合わせた先生が真っ先にその体調を訊ねる。

 

「力、弱まった。今の我、全盛期の二天龍より二回り強い」

 

「それは…弱くなったな」

 

「それでも俺たちの中で最強だと思うんですけど」

 

「力を取られても封印前のドライグより二回り強いって…どれだけ強いんですか」

 

全盛期の二天龍の二回りって、無限じゃなくても俺たちが束になったとしても勝てないだろ。四分の三強搾り取られて残りがそれって…完全体は本当に手に負えない化け物じゃないか。

 

ゲオルクはこれ以上召喚を維持できないみたいなことを言って力の吸収を止めていたが、もうちょっと無理してでも搾り取るべきだったんじゃないか?まだまだ戦力として脅威だと思うが。

 

「なあオーフィス、どうしてあの時イリナとアーシアを助けてくれたんだ?」

 

そんな疑問をぶつけたのは兵藤だった。

 

霧の結界に転移してからの曹操たちの不意打ちからオーフィスはアーシアさんと紫藤さんを守った。曹操の攻撃を受けて反撃もしなかった彼女がなぜ二人を守ったのか、俺も気になるところだ。

 

「紅茶、くれた。トランプ、してくれた」

 

オーフィスは相も変わらずの調子でぽつりと言う。後に続く言葉は全くない。

 

「…えっ、それだけ?」

 

思った以上に軽い理由に呆気にとられる俺たち。オーフィスはそうと頷く。たったそれだけの理由で最強の龍神が守ってくれたのか?

 

「ありがとうございます!オーフィスさん!」

 

紫藤さんはそんなオーフィスに素直に礼の言葉を述べた。おいおい、仮にも敵の親玉…なのだが…。

 

「…禍の団のボスとは思えない純粋さだな。これはいよいよ曹操の言っていた通り、オーフィスは組織の意思決定をしないただのお飾りみたいなものだったのか…?」

 

これまでのオーフィスの言動を見るにそうとしか思えない。ただ遊んでくれたお礼に尽くしてくれるなんて、まるで見た目相応、いやもっと幼い子供のようだ。

 

今まで俺はオーフィスを禍の団のボスというだけでグレートレッドを倒し、英雄派や旧魔王派を率いて社会の秩序を破壊する大悪党とばかり思っていた。しかし実際はオーフィスは組織の統制を取っておらず、それぞれの派閥が彼女のグレートレッド打倒の願いを利用し好き勝手にしているだけだった。

 

これまで俺が抱いていたイメージがここ最近で大きく揺らいでいた。禍の団の内情は思っていたよりも派閥間の対立バチバチだったし、過去の旧魔王派や曹操たちの言動を見てもオーフィスは蛇を提供しこそはすれど、彼らの行動に口出しした様子はない。俺が思った悪の親玉のオーフィスのイメージと現実のオーフィスは大きく乖離している。

 

だが一つ確かめたいことがある。その返答によっては俺の中のオーフィスの印象の変化は決定的なものとなる。

 

「一つ聞きたい。お前はどうしてディオドラや英雄派に蛇を与えた?」

 

これまでにオーフィスは力を蛇という形で禍の団の構成員に提供し、戦力を増強した。それは英雄派の禁手の研究やテロに利用され、そのせいで多くの被害や犠牲が生まれた。如何に彼女がお飾りのボスだったとはいえそれは看過できるところではない。

 

「彼ら、グレートレッドを倒すと約束した。だから与えた。こうやって我の力を蛇に変えた。それだけ」

 

「…」

 

オーフィスの手のひらから滲み出たオーラがしゅるしゅると形を変え、黒いオーラの蛇が生まれる。その答えを聞いていよいよ確信した。

 

ああ、オーフィスはただ連中に利用されていただけなんだ。彼女はシャルバや曹操たちの思想に一ミリたりとも賛同などしていない。ただの口約束で騙され、力を与えてしまったのだ。

 

あるいは奴らが何をしようと最終的にグレートレッド打倒が果たされるならどうでもいいと思ったのか。いや、そもそも彼らが裏切ろうとも彼女の気にするところではなかったのか…。

 

無限であり虚無そのものな彼女を理解するにはまだ難しいところだが、少なくとも彼女は良くも悪くも純粋であり悪意がないことはわかった。

 

「それなら、お前はどうしてグレートレッドを倒したいんだ?何か嫌なことでもされたのか?」

 

「我、故郷の次元の狭間に帰りたい。静寂が欲しい。グレートレッド、邪魔」

 

「そうか…本当にそれだけか?」

 

「それだけ」

 

喋り方もだが、思考も本当に子供のようだ。一貫して主張する願望の理由が誰でも思うようなものだったとは。

 

ただ家に帰りたいだけのドラゴンか…。こうまで言われると、もうオーフィスに敵意を抱くのがあほらしくなってくる。

 

「やっぱり、オーフィスさんって悪いドラゴンじゃないよね…?」

 

「僕としても、彼女が悪人には思えないね」

 

「やっぱり悪いのはシャルバや曹操たちなんだな」

 

「だがグレートレッドほどの強大なドラゴンがいなくなれば世界にどんな影響が出るかはわからん。オーフィスの願いを平和的に叶える方法があれば一番だが…やはり気になるな」

 

俺がオーフィスへの認識を改めようとした時、先生も同じように神妙な表情で顎に手をやって思案にふけっていた。

 

「何がですか?」

 

「曹操の奴、今のオーフィスを搾りかすと呼んだがそれにしては強すぎる。四分の三強奪ったとも言っていたが、全盛期の二天龍の二回りも強ければ十分こちらの戦力になるが…妙だ」

 

「我、サマエルに力を取られる間に、我の力、蛇にして別空間に逃がした。それ、さっき回収した。曹操、気づいていない」

 

「なに、マジか!?」

 

こくりと首を縦に振るオーフィス。あいつら、四分の三強取ったとか言っていたけど実際はそれより少ないのか!

 

「そうか、だからこの階層を見て回るって言ってたのか…ふふ、曹操の奴め、オーフィスを甘く見すぎたな」

 

「オーフィスさんも戦ってくれるなら頼もしいわね!」

 

曹操に一矢報いるような事実に俺たちは喜びの感情に沸き立つ。せっかくなら今この空間にいるという英雄派の三幹部をまとめて潰してくれるともっと喜ぶんだが。

 

「待ってくれ、別空間に力を隠せるならその空間を通じてそのまま脱出できるんじゃないか?」

 

そんな芸当ができるならオーフィスの力で空間に穴を開けてそこから出られると思うが。何より二天龍以上のパワーがあるなら力のごり押しも十分現実的なプランだろう。

 

「無理。我を捕える結界がある」

 

「有限になって弱まったから脱出できないと…対策は万全か」

 

現実は上手くいかない。オーフィス対策の結界というからには曹操というよりはゲオルクの仕込みだろう。奴ら、オーフィスの力を奪い捕縛するために念入りに準備してきたらしい。

 

「それならルフェイ、お前さんの空間魔法でここから脱出、あるいは外に救援を求めることはできないか?」

 

「できないことはないですが…黒歌さんが負傷した今、共に脱出できるのは二人が限界かと思われます。入れ替え転移もゲオルク様に術式を把握されたことで結界が強化されて使えなくなっているでしょう。脱出するためのとっておきの魔法を使えるのは、恐らく一度きりです」

 

先生からの提案にルフェイは難しい表情で答える。霧の使い手ゲオルク…一度見た術式をまねるどころか対策までしてくるなんて、幹部の座に就くからにはと思ったが相当な魔法の腕の持ち主のようだ。奴の武器は霧だけではない。

 

「それなら、魔法でルフェイと二人が脱出して残りのメンバーは結界を壊して出るしか方法はないのでしょうか」

 

「そうなる。だがその場合は死神やジークフリート、信長との戦闘は避けられないだろう。特に死神は危険だ。実力はお前らの方が上だろうが、奴らの鎌は生命力も刈り取れる。生命力を回復中のイッセーが攻撃を受け続ければ寿命が尽きて死ぬし、俺らと比べて寿命が圧倒的に短い人間の深海も危ないな」

 

「それは勘弁…」

 

恐ろしい能力に寿命回復中の兵藤が震えあがる。そんな恐ろしい能力をデフォルトで持っているのか、死神という種族は。命を刈り取る鎌、まさしく死神じゃないか。

 

死神に英雄派の幹部、結界、オーフィスの死守。厄介事だらけの窮地だがふと一つの可能性が脳裏によぎる。

 

「…もしかしたらの話だけど」

 

「?」

 

「ポラリスさんがここに来る…なんてのは希望的観測すぎるか」

 

基本は俺たちの戦いに不干渉な彼女だが、曹操たちの動向にアルル達が関わった以上彼女が『イレギュラー』とみて行動を起こす可能性もある。向こうが忙しいのはわかっているが、今回もロキ戦のように俺たちに手を貸してくれたりはしないだろうか。

 

「ポラリス…あいつは真神討伐を目的に動いているんだったな。奴らが絡んだロキの件のように今回、英雄派の眼魂を通じたパワーアップに奴らが絡んでいたことは判明している。だが連絡手段が全くない以上は期待しない方がいいだろうな。こちらからはどうすることもできない、向こうの判断次第だ」

 

「そうですよね…」

 

「ポラリス、懐かしい名前」

 

神妙な表情で話す先生とのやり取りにひょいと話に入り込んできたのはオーフィスだった。

 

「知り合いなのか?」

 

「我、10年前に蛇与えた」

 

「「「「「!!?」」」」」

 

意外なつながりが発覚し、俺たちは目を丸くして驚愕する。おいおい、本人は何も言わなかったぞ!もしかしてロキ戦で見せた戦闘力もオーフィスの蛇でパワーアップしていたからなのか!?

 

「どういう経緯でそうなったんだ…?」

 

「ポラリス、ディンギルを倒したいと願った。我もディンギルを倒したい。それだけ」

 

なるほど、オーフィスは戦争の記憶は朧げだがディンギルを倒したいとは思っているのか。それなら対ディンギルの味方としてはこれ以上に心強い者はない。彼女の事情を吟味しても、元テロリストの親玉という両手を上げて素直に歓迎しにくい立場ではあるが。

 

「10年前なら…禍の団結成前だ。ならポラリスは禍の団所属ではないことは確かだ」

 

ですよねー…流石に禍の団所属でしたなんてことが判明したら俺は卒倒するぞ。

 

「…なあ、さっき別空間に逃した蛇を回収したんだろ?だったらポラリスが持ってる蛇の居場所もわかるか?そこからポラリスの居場所がわかったりして」

 

「!!」

 

と、おずおずと挙手して中々に鋭い提案をする兵藤。

 

「なるほど、俺もそこまでは考え付かなかった!今日は冴えてるな、イッセー!」

 

「いやいやそれほどでも…!」

 

それは思いつかなかったとばかりの先生に褒められる兵藤は照れくさそうだ。なんだか急に兵藤が冴え始めたぞ、まだおっぱいイベントは来てないのに。

 

「ポラリス、次元の狭間にいる。でも蛇、取り込んでない。居場所もはっきりと、わからない」

 

「…素であの戦闘力は相当だね」

 

木場はぽつりと戦慄の感情を言葉にする。

 

ドーピングなしでポラリスさんは戦ったのか?だがオーフィスの蛇は基本的にパワーアップのためのドーピングとして使用するものだ。ドーピングに使わずに何のために蛇を手に入れたんだ…?

 

「次元の狭間か…面倒な場所にいるな」

 

「それって、前にアーシアがシャルバに飛ばされた場所ですよね」

 

「ああ、そんな場所にいるんじゃあこっちは捜索のしようがねえ。狭間に入るすべはあるが、広い砂漠に埋もれた一つの石ころを探し出すようなもんだ。ルフェイ、お前さんたちは確かゴグマゴグの調査で次元の狭間に行っていたよな?その時に何か心当たりはあるか?」

 

「いえ…何もないですね…」

 

ルフェイは申し訳なさそうに首を横に振る。なるほど、ポラリスさんの言っていた通り本当にヴァーリチームからNOAHに侵入した記憶は消えているらしい。

 

次元の狭間とは結界を張らなければ長時間の滞在はできず、広大過ぎて前後左右の感覚すらなくなりそうな空間。何の対策もなしに踏み入れれば虚無に呑まれ消滅するような領域だ。ちなみに夏休みに乗った冥界行きの列車はそこを通っている。

 

…よくよく考えるとそんな空間をポラリスさんの母艦が航行しているということは、その虚無をはねのけるような術か特殊なコーティングを船の装甲に施しているのか。そんなものを作り上げたポラリスさんの元居た世界ってとんでもない技術を持っていたんだな。

 

「でも結局、今は結界から出られないのでポラリスに救援を求めることはできないですよね…」

 

「そうだな…向こうが動いてくれるのに期待するしかないが、今はポラリス抜きで作戦を立てよう」

 

と、アザゼル先生は結論付けて結局はポラリスのことは忘れて話を進めることになった。後でこっそりポラリスさんに連絡を取ってみるか。

 

「…ポラリスさんの話はさておいて、誰が外に出るか決めましょうか。外に助けを呼ばないと」

 

ポラリスさんがオーフィスと面識があるという衝撃の事実が判明して話が脱線してしまったが話を戻そう。助けを求めるのはもちろんだが、一刻も早くここで起こったことやハーデスの動向を外のサーゼクス様たちに知らせなければならない。

 

「私、レイヴェルがいいと思うんですけど」

 

「いやイリナ、お前が行け」

 

「ええ!?私ですか!?」

 

紫藤さんの提案を一蹴しただけでなく紫藤さんを指名した先生に、当人は声を上げて驚いた。

 

紫藤さんの言う通り戦闘に向かないレイヴェルさんの方が先に脱出するべきだと俺も思ったのだが…どうして貴重な戦力を減らすような指名を?

 

「そうだ、レイヴェルからは自分を優先させなくていいと聞いている。護衛としてゼノヴィア、お前も行ってくれ。まだデュランダル本体は生きているからな、それに結界の外で待ち伏せを食らう可能性も十分にある」

 

「…わかった」

 

なるほど、確かに念入りに動いてくる奴らのことを考えると待ち伏せされる可能性は否定できない。その可能性を指摘されると戦えるメンバーが出た方がいいと頷ける。

 

「それに、天界でエクスデュランダルの研究に一つの結論を出している頃合いだろう。修復ついでにそれも打診してこい」

 

ゼノヴィアは先生の指示に頷く。エクスデュランダルも派手に壊されてしまったからな。七宝対策で今度はさらに頑丈になっているといいが。

 

「では私は魔方陣の術式を構築するので、別室に移動しますね。それとゼノヴィアさま、イリナさま、脱出の前にあなたに渡したいものが」

 

「?」

 

ルフェイが急にゼノヴィアと紫藤さんに声をかけると手のひらに魔方陣を展開して、一振りの剣を出現させる。その刀身の美しさや気高さと同じものを兼ね備えた剣を俺は知っている。

 

間近で見たゼノヴィアと紫藤さんはすぐにその剣の真名に気付いた。

 

「これは…『支配の聖剣《エクスカリバー・ルーラー》』か!」

 

「ええ!?でもどうして…?」

 

『支配の聖剣』って、確か行方不明になっていたエクスカリバーの最後の一本だ!コカビエルやバルパーがエクスカリバーを集め、統合しようとした際にもついぞ見つかることのなかった一振り。それがまさかこのタイミングで…!

 

「今まで私たちが所有していたものです。フェンリルの制御に使っていましたが、それが終わった今渡してもいいだろうと兄から預かっていました。皆様が試験勉強で忙しそうだったので渡すタイミングが遅れてしまいましたが…今こそ、エクスデュランダルに7本のエクスカリバーを集結させるときです」

 

フェンリルの制御って…なるほど、だからあのフェンリルが大型犬サイズになっていたのか。

 

「そうか…ありがとう。決して無駄にはしないよ」

 

ゼノヴィアは差し出された聖剣を、希望に輝く強い決意を表すように微笑んで受け取った。

 

これまでエクスデュランダルに使用されていたエクスカリバーは協会が保管していた6本だった。それが今、行方不明だった支配の聖剣を加えることでようやく7本すべてが揃う。完全なエクスデュランダルがいったいどれほどの火力を生むのか、楽しみだ。

 

脱出に向けての準備が、いよいよ始まる。




以上、悠のオーフィスへの認識が変化する回でした。次話は神竜戦争のことに触れます。

次回、「一冊の書」


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第144話「一冊の書」

お待たせしました。決戦に向けてのクールタイムです。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
1.ムサシ
2.エジソン
3.ロビンフッド
4.ニュートン
6.ベートーベン
7.ベンケイ
9. リョウマ
10.ヒミコ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
23.コロンブス


「出ないか…」

 

手にしたコブラケータイの画面は一向に通話に出る気配がない。しびれを切らしてケータイの発信を切り、がちゃんとやや乱暴にドアを開け放つ。

 

作戦開始までの空き時間、こっそり誰もいない空き部屋に移動した俺はポラリスさんへの通話を試みた。救援要請だけでなくオーフィスの蛇の件も問い詰めたかったが、その願い空しくケータイは無情にも発信音を響かせるだけだった。

 

同じく通話ができるガジェットのコンドルデンワ―でも試したが結果は同じだった。やはり俺のガジェットも通信を遮断されてしまうか。そうやすやすと外への連絡が取れるように結界を作ってはないらしい。

 

彼女の助けを見込めない以上は自分たちの力でどうにかするしかない。何を焦る必要がある、今までだって彼女の力なしで危機を乗り越えてきたではないか。そう自分に言い聞かせ、胸中でざわめく感情を鎮める。

 

そんな俺が苛立ち交じりに歩みを進めながら向かうのはある人物が休息している部屋だ。そこで彼女は塔城さんの付き添いを受けているという。

 

相手はマナーなんて概念のない人物とは言え、一応のマナーなので軽くノックして目的の部屋へ入室する。しかし聞いた話に反して部屋にいたのはたった一人だけだった。

 

「…あれ、お前一人か」

 

「スペクターちんじゃない、何々?夜這いにでもしに来たの?」

 

「違ぇよ!」

 

部屋に入るなり俺をからかうように笑うのは白いベッドで横になっている黒歌だ。着崩れた艶やかな着物から白い柔肌と豊満な胸がちらりと覗く。

 

「…塔城さんはどこに行った?」

 

「ちょっとからかったら顔を真っ赤にして出て行っちゃったわ。フェニックスのお嬢ちゃんもね」

 

一体何を言ったんだこの野良猫は。

 

それにしても元気な声の調子からしてかなり体調が戻ったようだ。受け流されてしまったとは言え激昂したヴァーリの攻撃を受けたのだ。致命傷になってもおかしくない相当なダメージを負っていても不思議ではないが、仙術で気の操作に長けた体質とアーシアさんの懸命な治療もあって回復できたらしい。

 

彼女の復調を確認できたので早速訊きだすとするか。それ以外に訊くこともないしな。

 

「…お前、あの時どうして塔城さんを守ったんだ」

 

「さて、どうしてかしらね?」

 

彼女ここを訪ねた目的とは、禁手を発動した曹操との戦闘での彼女の行動の真意を問いただすこと。直球で聞いても黒歌はやはり笑ってはぐらかすだけだ。

 

「飄々と振舞ってるけど本当は塔城さんのことが大事なんだろう?まさか、お前の元主を殺したのも妹を守るためか?」

 

彼女は猫又の転生悪魔だ。調べたところによれば元の主は七十二柱の一家、ナベリウス家の悪魔であり駒二個消費の『僧侶』だ。黒歌は自身が眷属になることでそうでない妹共々ナベリウス家に身を寄せていたが、僧侶の駒を二個使っただけあり魔力の増大が凄まじく力に溺れて主を殺害したという。

 

「違うわ、嫌な奴だったから殺しただけにゃん。白音のことだって…」

 

「嘘をつくのはやめろ。大事に思ってないなら発情期を止めたりさっきの戦いであんなことしないだろ」

 

曹操と交戦した時にヴァーリの攻撃を受けそうになった塔城さんを黒歌は身を挺してかばった。常日頃は自由気ままで他人など歯牙にもかけない彼女のあの咄嗟の行動は普段は心の奥底にある本心だと俺は思う。

 

それを認めようとせずはぐらかす彼女の真意を確かめようとさらに詰問を進めると、不意に彼女の眼が細くなりじろりと俺の顔を見つめた。

 

「…そんなこと、一々口にしなくたってわかるんじゃない?あなただって兄弟姉妹がいたら一々周りに大事だ大事だなんて言うの?」

 

「声を大にして言ってるブラコンが周りにいるんだよなぁ…」

 

「それはそいつがおかしいだけにゃん」

 

大和さんのブラコンっぷりのおかしさは猫又のお墨付きを得たようだ。

 

しかし明言はしないが、否定もしないか。こいつらしいうまい回答だ。

 

「主の件は白音半分自分半分ね。眷属の能力向上に熱心で身内にも無茶を強いようとしてたにゃ。猫又の力にも興味津々で目障りだったけど、あの時の白音じゃ仙術を使うと暴走しかねなかったから。仙術は周囲の邪気や悪意も取り込んでしまう分、強い精神力が必要になるにゃ」

 

つまりはまだ幼い塔城さんでは主に仙術の使用を迫られた場合、邪気や悪意をコントロールできずに暴走してしまうからその前に主を殺害した…そう捉えていいのだろうか。それを尋ねたところでまた明確な答えが返ってくることはないだろうが。

 

「…でもお前、姉じゃないなんて塔城さんに酷いこと言われたのにそれでも大事だって思うのか?敵意を向けられたとしても?」

 

黒歌はかつて自身の妹の塔城さんを禍の団のもとへ連れ去ろうとした。しかし強大な力に呑まれた姉を恐れる彼女は兵藤と部長さんの助けを得ながらそれを拒絶した。その際、禍の団に下り世界の脅威に与する姉に対し、塔城さんはもう家族ではないときっぱり言い放ったらしい。

 

嫌がる塔城さんを無理に連れ去ろうとしたので嫌われたのは自業自得と言えばそれまでだが…いや、その行動もまた彼女なりの塔城さんへの思いやりか?

 

「どれだけ関係がこじれたとしても血の繋がりは切ろうとしても切れないものなの。身内のいないあんたにはわからないかもしれないけどねん」

 

ぷいと顔を窓側に向けて彼女は語る。今までになくしんみりとした彼女の語り口調は彼女の本心のようで、それは自然に俺から言葉を引き出した。

 

「…わかるよ。俺にも妹がいるからな」

 

「あれ、禍の団にいた時にヴァーリがあんたの家族構成も調べたけどそんなデータは…」

 

「生き別れみたいな形でいたんだよ。ただ、危険な敵として再会した。正確に言えば敵に体を乗っ取られてるって感じだが」

 

俺の話に食いついたらしくきょろりとこちらの方へ振り返る黒歌。

 

なんで俺というか宿主の家族構成知ってんだと思ったけど、思い返せば前にヴァーリが兵藤の前でお前の普通な両親を殺してやろうみたいなふざけたことを抜かしていたな。その時から把握済みか。

 

「ふーん」

 

「ただ、周りは今後のため、世界のために危険因子としてその敵ごと妹を倒すべきってのと俺の意志を汲んで助けようってので意見が分かれてるんだよ。俺はもちろん助けたいんだけど…って、ついいらんことを話してしまった」

 

こいつがいつになく真面目な雰囲気で話すからついこっちも呑まれてしまった。あまり話していいことじゃないのに。自分の立場としてあるまじき行為だ。

 

自分の過言を後悔していると、黒歌が布団をかすかに揺らしながらくすくす笑い始める。

 

「なんだよ」

 

「にゃははっ、あんたの妹は幸せ者ね」

 

「は?」

 

「だって、そんなことになっても自分のことを思ってもらえるなんてそれだけ愛されてるってことでしょ?うちは白音にそっぽ向かれっぱなしよ、せっかく私の術で発情期を止めてあげたのにね」

 

「…」

 

俺の妹を幸せ者と言う黒歌の端正な顔にどこか羨むような、寂しげな影がちらついた。

 

「それに、あんたって案外つまらない男だったのね」

 

「何?」

 

それから一転して吐かれた挑発的な言葉に眉が思わずつり上がる。せっかく自分の事情を少し話してやったと思えば聞き捨てならないことを言うじゃないか。

 

「そうやって周りのこと気にしてばかりいるところが面白くないのよ。なんで周りの目を気にしてんの?やりたいと思ったことをやればいいにゃん。誰かに縛られてばかりの人生なんて楽しいの?私はそんな人生ごめんにゃ」

 

「っ…」

 

思いもしなかった黒歌の指摘を受けて何も言い返せず、言葉に詰まる。

 

縛られてばかりの人生、彼女は俺の事情の全てを知っているわけではないが今の俺がそう見えたのか。仙術は周囲の気だけでなく邪気や悪意といった感情も取り込んでしまう。俺が内に抱えた鬱屈としたものも自然と感じ取れたのだろう。

 

「自分は自分、よそはよそ。自分として生まれたなら自分らしく、自分の生きたいように生きるべきにゃん。皆生きていくうえで社会や人とのしがらみに囚われてそれができなくなっていくの。みんなもうちょっとエゴイストになるくらいがちょうどいいにゃ」

 

黒歌の言う通り自由奔放に生きる彼女と違い、俺は多くのしがらみに囚われている。兵藤達グレモリー、三大勢力、敵の手に堕ちた妹、そしてレジスタンス。やることだって山のようにあって取り捨て選択なんてできないし、誰かと手を切って諦め、身軽になることもできない。

 

「お前らは逆にエゴイストになりすぎだがな」

 

「にゃははっ!自由がうちらの気風にゃ。力を使うのも大好き、悪戯も大好き。ヴァーリのとこに来てから本当に退屈しないにゃ」

 

こいつらみたいにしがらみから解放されすぎて人様に迷惑かけるのはもってほかだがな。

 

「そうだな…俺ももう少し吹っ切れた方がいいかもしれない」

 

だが自由気ままな彼女の話を聞いて、自分の心の余裕のなさに改めて気づけた。強くならなければならない、妹を助けなければならない、曹操を倒さなければならないと為すべきことが山のように積み重なり到底余裕などもてないのは事実だ。

 

だがそういった負担を仲間たちと共有できれば、少しは重荷が減り心に余裕ができるかもしれない。余裕ができれば、やりたいことに全力投球できる。

 

まさか野良猫からこんなことを気づかされるなんてな。少しは見直したと思いきや彼女はいやらしさと好奇心の合わさった笑みを浮かべて。

 

「ところでスペクターちんはどういう流れで童貞を捨てたの?ありがたーい話をした礼の代わりに教えてほしいにゃん」

 

「うるせえはよ寝ろ」

 

短い語らいの中で彼女の本心に触れたが、やはり野良猫だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黒歌との語らいを終えて次に足を運んだ部屋では。

 

「…邪魔したか?」

 

がちゃりと開け放たれたドアから入った俺を出迎えたのはベッドで寝込んだままのヴァーリと、ちょうど奴と話していたのかベッドの傍らの椅子に腰かけている兵藤だった。

 

「いや、気にすんな。どうしたんだ?」

 

「暇なんで喋りに来た」

 

兵藤を見下ろす視線を、その隣で横になっているヴァーリに移す。ダメージは回復したようだが、それでもやや汗ばんだその顔色の悪さは変わらずといった様子だ。息もまだ荒く、安静が必要なのが見て取れる。

 

「…随分具合が悪そうだな」

 

「曹操を討つつもりで来たが、返り討ちにされこのざまだ。情けない俺を笑うか?」

 

「…笑わねえよ。相手が悪すぎた。流石のお前でもあれは無理だろう」

 

ドラゴンを憎んだ神の悪意、究極のドラゴンスレイヤーなんて相性の悪さも甚だしい規格外の怪物相手に流石のヴァーリもどうにかできるとは思っていなかった。ヴァーリには悪いが、あれはドラゴンが戦っていい相手ではない。

 

だが今回、俺は奴のお見舞いに来たわけではない。

 

「ヴァーリ、お前に用がある」

 

「弱った俺の首を取りに来たのか?」

 

「違う。ディンギルのこと、神竜戦争のことを聞きに来た。どこまで知っている?」

 

「神竜戦争…か」

 

ヴァーリも回りくどい言い方やり方は好みではあるまい。だからあれこれ理由をつけず、単刀直入に尋ねた。俺はポラリスさんから情報提供を受けていないヴァーリたちが自力でどこまでたどり着いたのか知りたい。

 

すると息を吐いて、奴は天井を仰いだ。

 

「すべてを知っているわけではない。だが俺たちの調査は偶然手に入れた一冊の本から始まった」

 

布団からごそっと出てきたヴァーリの手のひらに魔方陣が浮かぶと、そこから一冊の古びた書物が出現する。それをすぐ隣の兵藤に手渡した。

 

「神竜書記其ノ弐…?」

 

表紙には古いラテン語でそう記されており、そのすぐ下には龍をかたどった紋章とディンギルの十字架の紋章が並んで刻まれている。誰にも読まれずほこりをかぶってそうな古ぼけたセピア色の表紙の本を早速開いた兵藤が、開口一番に声を上げて驚いた。

 

「なんだこの本?全然読めないじゃねえか」

 

「は…?」

 

本の中身を覗きこみ驚く。傷、焼け焦げた跡、千切れたページ、落丁。ありとあらゆる欠損がその本を読書し内容を理解することを妨げている。残った字も字もかすれており、とても読み物として成立していない。

 

こんなにボロボロになって中身が読めない本は見たことがない。これはもはや本の形をしているだけのただのごみと呼んでも過言ではない代物だ。一体誰がこんなことを…。

 

「誰が書いたかは知らないが、この本には神竜戦争の情報が記されている。だが中身は落丁だらけで字も薄くなったり黒塗りされたりでほとんど読めないボロボロもいいところだ。まるで誰かが故意にそうしたかのようにな」

 

「誰か…」

 

「この穴だらけの書の内容を埋め合わせるように俺たちは様々な伝説の調査と並行して戦争のことを調べ上げた。そして俺たちは世界から忘れ去られた歴史に辿り着いたんだ」

 

つまり、ヴァーリは叶えし者たちが処分したはずのこの本をどうにか入手したんだな。組織や勢力のしがらみがないぶん本当に好奇心の赴くままに調べることができたのだろう。そうでなければどこの勢力や神からも忘れられたこの戦争を知ることなどできまい。

 

「かつて、『神域《デュナミス》』と呼ばれる異世界から来たディンギルがこの世界に戦争を仕掛けた。不死身の肉体を持つ奴らは上級神とそれをはるかにしのぐ力を持つ最上級神を筆頭に各神話の脅威となった。戦争の理由は明らかになっていないが、とにかく奴らにはこの世界とそこに生きるすべての者への憎悪があったらしい」

 

ヴァーリは未だ完全に回復しない自身の体を横たえたまま、彼らが辿り着いた真実を語り始める。

 

始まりはポラリスさんから聞いた情報と同じだ。異界から来た神の襲来…何がきっかけになって彼らを融和ではなく戦争の道に駆り立てたのか?

 

「どういうわけか奴らは各神話の神や人類以上にドラゴンを恐れ、激しい敵意を抱いていたそうだ。そのドラゴンの最強だったオーフィスとグレートレッドには対抗策として『獣』を仕向けたらしいが…俺もその獣は詳しくは知らない」

 

「獣…オーフィスも同じことを言ってたな」

 

「オーフィスとグレートレッドの対抗策になるってどれだけの力を持ってるんだよ」

 

どれだけ攻撃されても尽きることのない全盛期の無限のオーフィスと未知数の力を持ちオーフィスと対を為すグレートレッド。それらと戦えるという事実だけで獣の脅威が十分に理解できる。その獣は聖書の神に封印されたらしいが…。

 

「そんなディンギルの脅威に立ち向かうため、一人の少女を中心に種族、勢力の垣根を越えて五人の勇者と龍王以上の力を持つ五匹のドラゴンが集まった」

 

「五人の勇者ってオーフィスも言ってたけど、誰なんだ?」

 

「勇者はそれぞれ当時の『黄昏の聖槍』の所有者だった教会の戦士と当時最強だったヴァルキリーのブリュンヒルデ、そして創星六華閃と呼ばれる優れた武器職人たちの始祖たちのリーダーとなる女性、アームドだ。残りの二人の内一人は悪魔なのは確かだが、あと一人は全く持って情報がない」

 

聖槍使いに最強のヴァルキリー、六華閃の開祖…この三人だけでも壮々たる面子だ。聖槍に関しては聖遺物由来の神器なので本来所有者が教会に属するのが正しい形だろう。どういう人柄だったかは知らないが世界の脅威に立ち向かうというまさしく英雄の所業、曹操は見習うべきだ。

 

「六華閃って確か、曹操たちのテロに巻き込まれたって最近ニュースになってたよな…ってか、創星六華閃ってなに?」

 

「…肉弾戦主体の君にとってはなじみが薄いだろうな」

 

ヴァーリはやれやれと無知な兵藤にため息をつく。確かにアスカロンを持っているとはいえ最近はゼノヴィアに貸すことが多いし、拳で戦う兵藤には彼らとは縁遠いだろう。

 

「六華閃とは、戦争でアームドが見出した優れた6人の武器職人たちが戦後に名乗った称号であり、グループ名のことだ。武器職人の頂点に君臨する彼らは武器職人たちの育成のほか、同業者の武器職人たちの支援・保護を目的として活動している。そして真の目的はディンギルの脅威に抗することだ」

 

「構成する6家は魔導書を司るジャフリール家、剣を司るレイド家、チャクラムを司るサイン家、日本刀を司る天峰家、弓を司るジヴァン家、槍を司るスカラー家だ。サイン家と天峰家は最近当主と前当主が英雄派のテロで亡くなったって話題になってたのは知ってるだろ」

 

「そう、それだ!リアスや先生たちも本当に驚いてたもんな…」

 

先生たちだけではない、レジスタンスを通して他の六華閃と繋がりがある俺もニュースが耳に飛び込んできたときには大いに驚いたものだ。サイン家は現在ガルドラボークさんがまだ年少の当主の後見人を務めることになり、天峰家に関しては今レジスタンスへの参加を呼び掛けているらしい。元々日本の勢力以外には閉鎖的なスタンスを取っていた前当主がいなくなり、今の当主がラファエルと個人的な交流があり外向的なことからかなり変わるんじゃないかと思われるが…。

 

「それぞれの当主は先代たちが培ってきた鍛冶の技術と初代が作り上げた最高傑作の武具と伝説の武器の名を継承する。そしてそれを戦闘で使用するための鍛錬も欠かさない。そのため、当主たちはどれも強者ぞろいだ。…話をするだけで滾るな」

 

「興奮すると体に毒だぞ」

 

こんな時でも戦闘狂の血が滾ってやがる。少しは落ち着くことができないものか。

 

「彼らは己が鍛え上げた武具と技術に絶対の自信を持っている故に、己が認めた心技体ともに優れた強者にしか武器を作らない。武器を手にして戦う戦士たちにとっては、彼らに認められ武器を授かることは大きな栄誉なのさ。鍛冶職人たちにとっても、畏敬の念の対象だ」

 

ゼノヴィアが前に話をしていたけど、剣を司るレイド家は剣士で名を知らない者はいないほどの有名な鍛冶職人らしい。その他槍や弓を使う戦士にとってもスカラー家やジヴァン家は同じように一目置かれる存在なのだろう。その点で例えるなら、六華閃はその手の武器の最高級のブランドと呼ぶべきか。

 

「ん?そのアームドって女の人の子孫はどうしているんだ?六華閃には入ってないのか?」

 

と、これまでの話から疑問を抱いたのは兵藤だった。

 

言われてみれば確かに六華閃にアームド家はない。もしアームドの子孫が代々当主を務める家があれば当然その家がリーダーのような立ち位置になるのだろうが、これまで俺がレーヴァテインさんやガルドラボークさんから聞いた話でどこの家がリーダーだという話はなかった。

 

「ありとあらゆる武器に精通している彼女は戦後、六華閃の始祖たちと共にディンギルの二度目の侵攻に備えて今の武器職人たちを守るための六華閃のシステムを作り上げたが、何者かに暗殺されたらしい。当時は血気盛んな強者や大きな組織の言いなりになるしかない立場の弱い武器職人たちを支援する彼女の存在を不都合に思う連中は少なくなかっただろうな」

 

もしかして、彼女の暗殺にも叶えし者が関わっていたりしてな。戦争後もなお六華閃を設立して表立ってディンギルの脅威に対抗しようとする彼女は目障りなことこの上ない存在だったに違いない。

 

「一人の少女ってのは何なんだ?」

 

「それがどうやら、何の力も持たない普通の少女だったらしい。なぜごく普通の彼女のもとにこれだけの実力者が集まったのか…謎が尽きないな」

 

二人も同じことを考えていたようだが、その少女の存在だけが不可解だ。力を持つわけでもないのに、自然と強者たちが集まってくる…まるで力を集めるという二天龍のようだ。ヴァーリさえも知らないその少女が何者なのか、非常に気になる。

 

「戦争が中盤の終わりを迎えるころ、奴らはこの世界の神が信者の人間から信仰を集めて力を得ていることに気付いた。それを真似るように奴らは己の力を人間に貸し与えて願いをかなえる契約の術を作り、他神話の信者を取り込んで勢力と力を増していったそうだ」

 

「叶えし者のことか」

 

その時にディンギルの軍門に下った連中が今様々な勢力に散らばって暗躍していると。余計な策を考え付いたものだ。おかげでこっちは大迷惑だ。

 

「激化する戦争は五竜が封印の障壁を作って真神たちを神域へ追いやりその影響を遮断することで戦争は終わった。だが戦争の終結と引き換えに当時の神々は戦争の記憶を封印されてしまった…これが戦争のあらましだ。まだまだ情報に穴が多いがな」

 

ヴァーリは一通り語り終えると、体に蓄積する疲労のためかふうと一息ついた。

 

驚いた、ヴァーリたちはポラリスさん以上に神竜戦争のことを知っている。どちらかというとポラリスさんは戦争よりもディンギルの情報を知っているといった感じだ。

 

「そしてどうやら、神の影響から遮断された今でも神に心を蝕まれ暗躍する叶えし者がいるらしい。これまで戦争の史料を世界を股にかけて探し回ったが、多くに人為的に消された痕跡があった。戦争の史料を持っているという六華閃も史料の大半を失っているそうだ。…だがおかしいと思わないか?」

 

「どうしてだ?」

 

「この歴史がだ。龍王クラスの五竜がオーディンやゼウス達以上の力を秘めた神々を相手取り、この世界のほぼすべての神々の記憶を封印できるような大規模な結界を作れたというのが引っかかる。勇者たちの手助けがあったとしてもそこまでやれるか甚だ疑問だ」

 

「…言われてみればそうだ」

 

「それに、戦争の資料がほとんどなくなりはしてもメソポタミア神話やシュメール神話としてディンギルの神話が残っているところもだ。何者かが辻褄合わせに歴史を改ざんしているとしか思えない」

 

「叶えし者たちが裏で動いたんじゃないのか?」

 

「だろうな。だが、それならどうしてディンギルに対抗するための六華閃が保管している史料もなくなっている?魔導書を司り、六華閃の情報の管理を担うジャフリール家も史料の大半をなくしているそうじゃないか」

 

ガルドラボークさんは長い時間の果てに六華閃もディンギルと戦う使命を忘れてしまったと言っていた。そして今、レジスタンスに協力する二人の六華閃はどうにか残りの六華閃に本来の使命を思い出させ、結束を固めようとしている。

 

だがディンギルに対抗する彼らが如何に長い時間の中で使命を忘れようと、わざわざ大昔の史料を紛失してまうようなへまをやらかす家ではあるまい。由緒正しい家柄と六華閃でも多くの情報を保有するジャフリール家は厳格にそれらを管理しているだろう。それが紛失するとなれば…。

 

思考を重ねるうち、一つの可能性に辿り着く。だがそれは俺には認めがたいものだった。

 

「…まさか、六華閃内部にディンギルに与した裏切者がいると?」

 

内部から工作し、戦争終結からの長い時間と合わせて意図的に引き起こされた現象だとしたら。

 

「あくまで可能性の話だ。昔はいた、と考えることもできる。仮にいたとしたら、強者と戦いたい俺としては大歓迎だがね」

 

「…」

 

ヴァーリが提示した可能性がひやりと俺の背筋を舐め、悪寒が走る。

 

もしヴァーリの話が真実だったとして最悪、レジスタンスに協力している二人がもしその裏切り者だったとしたら…。いや、それはありえない。もし二人が裏切り者ならアルル達はとっくにポラリスさん達の存在と動向を把握しているはずだ。

 

だがもし六華閃の集結を願う二人が知らず知らずに裏切り者と接触してしまったらと考えると恐ろしい。それにそもそも今裏切り者が存命かもわからない。

 

そしてそれを証明する証拠がない以上は二人を説得しようがない。悔しいが、今の俺にできることは何もない。

 

「六華閃の話はわかった…で、ディンギル本体の情報は?」

 

「さっきも言ったが戦争やディンギルのことはまだわからないことだらけだ。ただ、最上位神のアヌという神が前線の指揮をとっていたというのは事実だ」

 

最上位神のアヌ…話だけはポラリスさんから聞いている。主神クラスと言われる上位神のさらに上に位置する以上、恐らくとてつもない力を持っているのだろう。

 

「上位神の中にはどうやら三柱の強力な神がいるらしい。上位神のリーダー格のマルドゥク、死を司るネルガル、そして戦神のザババ。この三神は特に強者で多くの神々やドラゴンを屠って来たらしい。ドラゴンという種がいまやめっきり数が減ったのは人間界に彼らの住める場所がなくなったからと言われているが、俺は戦争でディンギルがドラゴンたちをつけ狙ったからとも考えている」

 

「そんなことまで考え付くなんてお前研究者かよ」

 

「俺はただ知りたいことを調べているだけだ。ごほっ…俺が知っているのは大体このくらいだ」

 

「色々と興味深い話が聞けた。…ありがとう」

 

ヴァーリとはいがみ合っている手前、素直に礼を言いたくない。しかし今は喉から手が出るほど欲しいディンギルの情報を提供してくれた礼は言わねばなるまいという両極端な思いがせめぎ合った結果、最後のありがとうはとてつもなく小さなボリュームで口からかすれるように出た。

 

「ヴァーリ、俺からも聞いていいか?どうしてオーフィスを連れ出したんだ?わざわざ俺たちのところに連れてきたのは曹操たちと戦うために利用しただけじゃないんだろ?」

 

「…ただ、話し相手をしているうちに寂しげに見えただけだ」

 

と、兵藤に尋ねられたヴァーリはどこかばつの悪そうに眼を俺たちから逸らした。そんなヴァーリの意外な反応は内心俺を驚かせた。

 

力を追い求めるヴァーリにしては随分同情的な理由だ。同じ強大な力を持ったドラゴン同士でシンパシーでも感じたのだろうか。

 

「…ところで、兵藤一誠もだが君の新しい力も中々に面白いな」

 

「プライムスペクターとヒーローズ・リインフォースメントのことか」

 

「ああ。君自身の戦闘力もロキと戦った時と比べても伸びているのがわかった。君も早く俺に追いついてきてくれると嬉しいんだが」

 

「追いつこうとしたってお前も進化してるじゃねえか。ハーフディメンションを禁手なしで使っていたようだし…実はお前も兵藤の紅の鎧みたいに特異なパワーアップを手に入れていたりしてな」

 

「さて、どうかな」

 

それとなく探りを入れるが、やはり手の内は見せるつもりはないと薄く笑いはぐらかされた。

 

この笑いは100%…いや、1000%隠し玉を持っているな。ただ、覇龍を超える力ともなればやはり体の負担は避けられないだろうし、今の状態ではしばらくは使えないだろう。

 

「俺たちはこの後、脱出作戦に参加する。お前はどうする?」

 

「当然参加する。白龍皇がやられっぱなしでこのまま布団で休むままでいるわけがないだろう?呪われた体に鞭打ってでも戦うさ」

 

むくりと呪われた上半身を起こして、呪いに屈しないとヴァーリが不敵に笑う。思った通りの返答に呆れ気味な笑いがこぼれた。戦いを追求するこいつが大人しくしている姿なんて想像もつかない。

 

「いつかはお前と決着をつける。お前を倒すのも目標の一つだからな」

 

「そうこなくてはな。俺も決着の時が楽しみだ。そのためにも、こんな場所で死んでいられないな」

 

選ばれたときから戦いを運命づけられた二天龍の二人。歴代とは違う進化の道を進みながらも二人の道はいつかは決戦という終着点で交わるのだろう。




ディンギルは基本不死身ですがゼウスやオーディンたち竜域側の神は人間たちの相当な信仰があれば復活できるそうなので戦争でやられた神は今はちゃんと復活してます。

アームドは六華閃でいうと、オルフェンズのアグニカ・カイエルのようなポジションです。ブリュンヒルデは原作に登場するブリュンヒルデの何代も前のヴァルキリーです。ヴァルキリーの中でもブリュンヒルデに関しては襲名制らしいので。

実を言うとこの作品世界でのメソポタミア・シュメール神話は神竜戦争の史料や叶えし者たちが考えたフィクションをもとに作られているので現実のものとは大きく異なっています。悠やポラリスが元居た世界では我々の知る通りの神話です。ただ悠はそこまで神話に詳しいわけではなかったのでメソポタミア・シュメールは知識なしです。

次話からはいよいよ反撃が始まります。

次回、「反撃への大航海」


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第145話「脱出への大航海」

今章の外伝は前々から話していた初見の方向けの総集編みたいな回にしようと思います。

デモンズの変身者が変わってしまったけどオルテカも中々かっこいいですね。デモンズドライバーが届くのがより待ち遠しいし、このまま悪に振り切ってほしい。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
1.ムサシ
2.エジソン
3.ロビンフッド
4.ニュートン
6.ベートーベン
7.ベンケイ
9. リョウマ
10.ヒミコ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
23.コロンブス


負傷した面々も休息を取ったことである程度復調し、その間に先生たちが今後の行動について話し合ったことでいよいよ脱出に向けての作戦が始まろうとしていた。

 

部屋の中央でルフェイが様々なアイテムを組み合わせて魔方陣を描いており、転移に向けての準備を整えている。兵藤や塔城さん以外のメンバーは部屋の窓際でこれから始まる作戦に向けて緊張の糸を張っていた。

 

窓際から少しでも外を覗けば、漆黒のローブを纏った死神たちが大挙してこちらの結界を破壊するべく鎌を振るっているのがわかる。他の部屋の窓やこの階の非常階段付近も同じようだ。

 

「みんなと共に戦わず、先に脱出するのは歯がゆい気分だよ」

 

「気にするな、ここは俺たちに任せろ」

 

その中で一人浮かない表情をしているのはゼノヴィアだ。いつもオフェンスを務める彼女に与えられたこれまでとは異なる役割。作戦上仕方なく重要とわかってはいても逃げるような真似をすることは気高い彼女のプライドが許せるものではないのだ。

 

「護衛も立派な任務だ。頼んだぞ」

 

「わかっている。必ずミカエル様たちに危機を伝えるさ」

 

「…ヴァーリたちはともかく、アーシアさんは大丈夫なのか?」

 

「はい。まだまだ頑張ります!」

 

「あなただけに負荷を押し付けてしまっていつも悪いわ、もう少しだけ頑張って頂戴」

 

アーシアさんは俺たちに心配をかけさせまいと元気よく答える。前線で戦う人数が多い分、負傷者は多くなりそれを治療するアーシアさんの負担も大きくなってしまう。

 

彼女の負担を少しでも軽減するために、アルギスや英雄派が新たに作り出した眼魂の中に回復系の能力を持った眼魂があればそれを是非奪いたいところだが。

 

今回ゲオルクによって作られた結界を脱出する方法は一般的に3つある。

 

一つは術者が結界を解除すること。二つは強引に出入りすること。これは京都の玉龍がいい例だが神滅具によって生み出された結界でそれができる実力者はごく限られる。

 

そして3つ目は術者を倒すか、結界を維持している術式あるいはそれを支える装置を破壊すること。当然、術者や装置を守るために死神たちやジーク達が待ち構えているだろうがそこは突破するしかない。

 

そしてその装置がどこにあるか、術者たるゲオルクの所在はルフェイと黒歌たちが魔法と仙術を使って把握していた。場所は三か所、駐車場、ホテルの屋上、そして二階のホール会場に一つずつ。どうやら尾を口にくわえたウロボロスの像らしい。見た目からしてその装置がオーフィス対策であることは理解できる。

 

ゲオルクは駐車場にいるようだが、死神たちも俺たちがホテルに逃げ込み作戦を練る間に増えたらしく、今や駐車場は死神の数に加えジークと信長といった英雄派においても屈指の実力者が揃うことで最も守備が手厚い箇所となっていた。

 

よって、まずは二手に分かれて屋上とホール会場の装置を破壊してから合流し、駐車場の装置を叩くと言った作戦が取られるかと思いきや部長さんは兵藤を驚かせるような作戦を思いついたらしい。俺もそれを聞かされた時にはそんなことができるのかと肝を抜かされた。

 

そしてこれから始まる作戦の要となる兵藤は廊下で待機していた。塔城さんは仙術を使ってホテルにある二つの装置の正確な位置を特定している。そろそろ作業も終わったようで、今は二人で何やら話をしているようだが…。

 

「私、先輩のこと…大好きです。部長やアーシア先輩たちが先にいても必ず追いかけます。もっと強くなります。だから…」

 

一拍置いて彼女の口から飛び出したセリフが、緊張によって静まり返った空気という沈黙の水面に大きな波紋を起こす。

 

「おっきくなったらお嫁さんにしてください」

 

「!!?」

 

「「「「そこで逆プロポーズ!!?」」」」

 

廊下から小さいながらも聞こえてきたセリフにヴァーリチームやオーフィス以外のメンツが大声を上げて驚愕する。黒歌に関しては驚くというよりは面白おかしそうに笑っていた。

 

こっちが緊張しているところになんて会話をしているんだこの二人は!!というかこのタイミングで言う!?

 

「えっと…もっと背とおっぱいを大きくしてくれると嬉しい!」

 

「煩悩丸出しか」

 

そんなプロポーズの返事があっていいのか。もっと真剣に返事をするべきなんじゃないのか!?

 

「…わかりました。これからは牛乳たくさん飲みます。必ず部長や姉さまを超える大きな乳になってみせます」

 

塔城さんはプロポーズに対しても煩悩丸出しな返事をする兵藤に対し、普段なら鋭い突っ込みを入れるところが今回は違って微笑んで前向きに受け入れるのだった。

 

いやそこ了承すんのかい!というか今のタイミングでそういうやり取りをするのやめろ!あまり考えたくないけど死亡フラグになったらどうするんだ!?

 

「…完成しました」

 

そんな二人のやり取りの間にルフェイが脱出用の魔方陣の準備を終えた。この魔方陣で脱出できるのは術者のルフェイ合わせて三人のみだ。必ず結界を破壊して俺たちもその後に続く。

 

「イッセー、やって頂戴」

 

「よし、『龍牙の僧侶』に昇格だ!」

 

部長さんの合図を受けて廊下の兵藤が行動を開始する。背中に赤いオーラが集まると弾けて、瞬時に大きな2つのキャノン砲付きのバックパックを生成した。

 

〔Change Fang Blast!〕

 

そしてなんと、如何にも強力そうなキャノン砲の砲口をそれぞれ上下に向けた。それらが低い唸りを上げながら赤いオーラを蓄えていく。

 

これを思いついたのは部長さんだった。最初はまさかと思っていたので実際にできたのを見て驚いた。使用者の心に感応する神器の特性を生かした案だ。

 

砲口が向けられた先、今兵藤がいる位置の丁度真上に当たる場所には屋上の結界維持装置が、真下の二階ホール会場にも同様に装置が設置されている。

 

残る駐車場の装置の破壊を行うため三手に分かれて行動するよりもこうして同時に装置を狙った方が手っ取り早い。どうせ装置の周りには死神たちが守護するべく集まっているはずだろうし、それらを一網打尽にしつつ装置も破壊する。

 

チャージから数秒、その時を待っていたと言わんばかりに兵藤が叫ぶ。

 

「さあ、行くぜドライグ!!ドラゴンブラスタァァァァッ!!」

 

砲口から赤いオーラの砲撃が迸り、ずどんと天井と床に穴を開ける。今回は範囲を絞る分貫通力と威力を大幅に高めている。今頃紙を破るようにがんがん砲撃が上下階のフロアに穴を開けていることだろう。

 

そして無事着弾したらしく、爆音が聞こえた後にホテルが砲撃の余波で大きく揺れた。魔法を通して、瞑目してフロアの様子を探っていたルフェイが開眼する。

 

〈BGM:仮面ライダーバルカン&バルキリー(仮面ライダーゼロワン)〉

 

「屋上とホールの結界装置が同時に破壊されました!周囲の死神も巻き添えです!」

 

「よし!ゼノヴィア、イリナ、行け!」

 

「はい!必ず天界と魔王様に伝えてくるわ!」

 

「死ぬなよ!」

 

こくりと頷く二人がルフェイと一緒に転移魔方陣の光に呑まれ、その姿を消した。

 

「あとは英雄派と死神をぶっ倒して装置を破壊すれば俺たちの勝ちだ!お前ら張り切っていくぞ!」

 

「「「「「はい!」」」」

 

先生がその手に生み出した光の槍で薙ぎ払い、窓ガラスを粉々に割る。そこから続々とオフェンスを務めるメンバーが翼を広げて、死神たちの跋扈する駐車場へ羽ばたいていった。

 

死神たちもすぐに異変に気付き、迫る前衛組を迎撃するべくローブを風ではためかせながら飛んでいく。彼らが持つ死神の鎌が血に飢えた獣の牙のようにぎらりと輝いた。

 

そして交戦はすぐに始まった。兵藤、木場、部長さん、朱乃さん、先生。彼らが絶え間なく生み出す強烈な魔力や剣閃が死神たちを討ち、空に無数の光芒を描いていく。

 

「よし、俺も行くか」

 

そんな彼らの戦列に加わらんと俺も一歩進み出て飛行能力を持つフーディーニ眼魂を取り出そうとするが。

 

「…あれ?」

 

探せども探せども見つからない。おかしい、どうしたことだ。まさかこの階に来るまでのドタバタの中でうっかり落としてしまったのか?

 

「どうしました?」

 

レイヴェルさんも俺の異変に気付き、声をかけてくる。同時に俺はフーディーニ眼魂の行方を思い出した。

 

「あっ。フーディーニの眼魂、アルギスに奪われたままだった!これじゃあ飛べねえ!」

 

「ええっ!!?」

 

愕然とするオーフィス以外の後衛組。ここに来て俺が飛べないと言い出すとは夢にも思わなかったのだろう。

 

「お前、飛行も眼魂の能力だったのか」

 

「意外にゃん」

 

ヴァーリと黒歌は意外そうな反応を見せる。お前らは自前の羽で飛べるからいいんだろうけどこっちは人間だから頼らざるを得ないんだよ。

 

「はぁ…後方支援に回るか…」

 

〔アーイ!バッチリミロー!カイガン!ロビンフッド!ハロー!アロー!森で会おう!〕

 

ないものねだりをしても仕方ない。今の手持ちでやれることをやるだけだと長距離射撃に優れたロビンフッド眼魂を用いて、ロビン魂に変身する。

 

召喚したガンガンセイバーの先端にコンドルデンワ―が合体して、翼が弓となるアローモードへと変形を遂げる。そしてすぐさま前衛を援護すべく、まさしく矢継ぎ早に霊力の矢を射る。

 

不気味な黒いローブにその中から覗くしゃれこうべ、そして命を刈り取る大鎌とまさしく一般に想像されるイメージと寸分違わぬ姿をした死神たちがこちらの射撃に気付き回避運動を取る。しかし数名の死神は反応が遅れてしまい、翡翠の光の尾を引いて空をかける矢に射貫かれてふらふらと地上へ落下していった。

 

「ケガは私が!」

 

後衛からの援護は俺だけではない。アーシアさんも同じくオーラで弓を生み出し、癒しのオーラを矢の形状に変化させて打ち出していた。命中の精度は中々のものだ。日々の鍛錬ももちろんだが、ロビンフッドのヒーローズ・リインフォースメントを受けたことがきっかけになりコツを掴めたようだ。おかげで練習を始めた当初とは比較にならないほど命中率は上がっている。

 

敵に命中しそうになった場合はオートで霧散し敵の回復をしないような仕様になっている。所有者の優しさゆえに敵すらも癒してしまう神器だがうまいこと制御しているようだ。

 

そして黒歌は一人、防御魔方陣の維持に専念していた。非常階段口や他の部屋からの死神の侵入を防ぐためにも結界は必要だ。

 

まだ万全ではない彼女の体を支えていたのは塔城さんとレイヴェルさんだった。

 

「あら、白音だけじゃなくお嬢ちゃんも助けてくれるの?」

 

「べ、別になんとなくですわ!」

 

「さっきの借りを返すだけです。防御に集中してください」

 

黒歌がからかうように話しかけると素直ではない反応をするレイヴェルさんと冷静に返す塔城さん。二人の対応の差は性格の違いか、こういった相手との付き合いの慣れか。

 

「…まだ姉さまのことは嫌いです。姉さまのせいで辛い目に遭ってきたことを忘れたわけではありません。…でも今だけは、信じます」

 

「そう…白音、仙術だけじゃなくて猫又の妖術も教えてほしい?嫌ならいいけどねん」

 

「教えてください。少しでも強くなるためなら姉さまにも頼ります」

 

そんな塔城さんの言葉を聞いて何を思ったのか、黒歌は思いがけない提案をする。本人も断られるであろうと考えているような口ぶりだったが、意外にも是非と言わんばかりの即答で塔城さんは提案を受け入れた。

 

二人の関係にも変化が現れてきたようだ。一筋縄ではいかないこの姉妹の関係がどうなっていくのか、俺も見届けたい。

 

「禁手でなくとも…」

 

後衛組に参加しているヴァーリも負けじと手から強大な白い魔力の球を放って死神たちを攻撃する。呪いを受けて弱っていても流石ルシファー。一発で数人の死神を同時に倒せるほどの威力を発揮していた。

 

「我も手伝う」

 

さらにオーフィスも攻撃に参加する。すっと彼方の死神たちへ手を向けて光らせた瞬間。

 

ドゴォォォォォォォォン!!!

 

凄まじい爆音と光を伴う爆発が駐車場で巻き起こった。完全に発動までに要する時間とアクションが見合っていない一撃は、多くの死神を消し飛ばしこちらの味方も巻き込んだように見えたが爆炎の中から部長さんたちが飛び出してくるのが見えた。

 

「!!?」

 

「オーフィス強ぇ…」

 

俺もその威力を目の当たりにしてあんぐりと開けた口が戻らない。

 

これが元世界最強の攻撃。力を失った状態でこの威力なのだ。もしサマエルに力を奪われないままだったなら今の一撃でこの結界は消し飛んでいたのだろうか。

 

しかしそれを為したオーフィスの反応は意外なものだった。

 

「…おかしい、加減できない」

 

オーフィスは自分の手のひらを眺め、戸惑うようなセリフをぽつりと吐く。加減していないならそれはあんな威力になるのもうなずける。

 

「オーフィス!お前は戦うな!恐らくサマエルの影響で力のコントロールができなくなっているんだろう!さっきの攻撃を連発されたら俺たちも全滅しかねないからそこで見学してくれ!」

 

〈BGM終了〉

 

遠方から声を飛ばす先生の指示にこくりと頷いて、その場にへたりと座り込んだ。あの一発でも十分やってくれた。

 

しかし死神たちも数が多い。このまま後衛から援護するだけというのもそろそろじれったいが、飛行する手段がない以上はどうしようもない。

 

「ねぇねぇ、私の魔法で一時的に飛べるようにしてあげようか?」

 

「なに、そんなことができるのか!?それならなぜ早く言わなかった!」

 

そんなことを考えていると、黒歌が結界を維持する傍らで思いもよらぬ提案を投げかけてきた。

 

「よくわかんにゃいけど困ってるところが面白かったから♪」

 

「…!」

 

この状況でもマイペース…!ゴーイングマイウェイ…!

 

内心の怒りを抑えながら、努めて冷静に俺は返す。

 

「…できるなら頼みたいが、結界はいいのか?」

 

「結界の維持は問題ないにゃ。うちには飛べない人間のアーサーがいるからルフェイに教えてもらったの。ちょちょいと仕込むからこっちよ」

 

勧められたので銃を下ろして黒歌のもとへ近づく。さっと屈みこんだ黒歌が片手に小さな魔方陣を出現させて強化スーツに覆われた俺の足にかざす。

 

すると両足首に同じ魔方陣が足輪のようにぶうんと展開した。しかし両足を締め付けるような感覚の一切はなく、むしろ心なしか足が軽いような心地がする。

 

「はい、これで完成。イメージは空中を蹴る感じね。さ、行ってくるにゃ!」

 

「うおぉ!?」

 

雑な説明と一緒に黒歌にどんと押し出され、心の準備もできてないまま俺の体はホテルの窓の外へ投げ出される。瞬く間に俺の体は重力に囚われ、風に吹かれながらも地面目掛けて落下を始める。

 

「もっと言うことあるだろぉ!?」

 

30階ほどもあるホテルという高所から叩き落とされれば当然大パニックに陥る。如何に強化スーツを纏っていようとも流石にこの高所から落ちれば全身の骨がバキバキになりかねないし、何より強化スーツの力をもってしてもこの恐怖感は消すことはできない。

 

「イメージは空中を蹴る感じだったか!?」

 

黒歌の言葉を思い出し、藁にも縋る思いで水中でドルフィンキックを決めるように虚空を蹴り上げると、まるで地面を蹴りつけたような感覚と同時に俺の体は上空へと跳び上がった。

 

「うわっ!?」

 

予期せぬ自分の動きに完全に志向が追い付かないながらもそこからさらに後ろを蹴り、俺はたまたま視界に入った死神の一人へ突撃をかける。突っ込んでくる俺に気付いた死神が鎌を振りかかるもそれを咄嗟に射撃で弾き飛ばし、間合いに入るや否やローブに覆われた腹に一発弾丸のようなパンチをお見舞いしてやった。

 

「できたのか…?」

 

もしやと思い、軽く地面を踏むような感じで空を蹴りそれを繰り返す。するとホッピングのようにリズミカルに跳ねることができた。これで滞空ができるわけだ。

 

「案外どうにかなるな」

 

どうにかこの魔法の使い方を理解し、ほっと一息つく。それでも高所にいることには変わりないので下はあまり見たくない。

 

しかし前線に出る以上は遠距離型のロビン魂は不向きだ。

 

〔カイガン!リョウマ!目覚めよ日本!夜明けぜよ!〕

 

〈BGM:仮面ライダースペクター 攻勢(仮面ライダーゴースト)〉

 

藍色のパーカーが美しいリョウマ魂にゴーストチェンジ。コンドルデンワ―がバタバタと羽ばたいて分離したガンガンセイバーをブレードモードに変形させ、死神のもとへと空を蹴って向かう。

 

死神たちは弾丸のように向かってくる俺に気付くや否や、鎌を携えて迎撃の構えを見せた。

 

「はぁ!」

 

奴らを間合いに収めるや否や、凶刃の雨を潜り抜けて剣戟を浴びせる。ふわりと音もなく背後に回り込んできた死神は身を捻って回転斬りで対処、少数の死神の一団を斬り伏せた。それを見て脅威に感じたかさらなる死神たちが仲間のかたき討ちに燃えるかの如く猛進してくる。

 

「次はこれだ」

 

取り出したのはツタンカーメン眼魂。向かってくる死神たちをガンガンセイバー ガンモードの銃撃で牽制をかけながらもドライバーを操作する。

 

〔カイガン!ツタンカーメン!ピラミッドは三角!王家の資格!〕

 

続けてツタンカーメン魂にチェンジ。ドライバーから回転しながら飛び出したガンガンハンド 鎌モードが弾幕を抜けていち早く迫った死神の振り下ろした凶刃を甲高い鉄の音とともに弾き俺の手に収まる。

 

そして手にした鎌で斬閃、ローブもろとも切り裂かれた死神が力なく崩れ落ちていく。

 

「死神の鎌とツタンカーメンの鎌、どっちが強いか勝負と行こうか!」

 

どんと力を込めて空を蹴り、死神たちへ突撃をかける。もとより向こうからも向かってきていたためすぐに衝突の時は訪れた。

 

猛進する勢いを殺さないまま死神の鎌を紙一重で回避して、勢いのまますれ違いざまに刈り取るように死神を斬り伏せる。そこからさらに振り向きざまに鎌を横薙ぎに振るい、残る死神たちを切り裂いた。

 

だが当然それだけでは終わらない。倒れ行く死神たちの間を抜けて飛び出してきた死神が藪から蛇が飛び足したかのように襲い掛かってくる。

 

「おわっ!」

 

襲い来る凶刃の嵐。ぶんぶんと空を裂いて振るわれる鎌を後退しながら弾き、躱してどうにかやり過ごす。そして攻撃の最中に見えたわずかな隙に蹴りを押し込み、鎌を一閃。あえなく死神の体がふらふらと地上に落下していった。

 

しかし敵は俺に一息つく間も与えてくれなかった。先ほど倒して落下する死神と入れ替わるように下から猛然と鎌を携えて空を駆けあがってくる死神が見えた。

 

「おわっ!」

 

足元を蹴り、高く飛びあがって大きく距離を取って躱す。一太刀でも喰らえば寿命を失う恐ろしい一撃だ、何としても躱さなくてはならない。

 

〔ダイカイガン!オメガファング!〕

 

さらに武器をドライバーにかざして霊力を増幅させるダイカイガンを発動。刃に眩い霊力のきらめきが宿る。そこから体を捻って回転を加えた鮮やかな光の斬撃を飛ばし、ブーメランのように空を縦横無尽に駆け巡り死神たちを殲滅させていった。

 

「雷光よ!」

 

「吹き飛びなさい!」

 

離れたところで朱乃さんと部長さんも十八番の攻撃で死神たちの群れを蹴散らしているのが見えた。数々の実戦の中で鍛え上げられた上級悪魔の魔力を止められる者は誰もいなかった。

 

「派手に暴れてるな。なら…」

 

〈BGM終了〉

 

ひとしきり死神たちを蹴散らしたところで、いよいよ駐車場に降り立つ。駐車場はオーフィスの攻撃や兵藤が何度かドラゴンブラスターを放っていたことから舗装はボロボロになりヒビだらけになっている。

 

それに攻撃の余波で発生した粉塵が充満していて視界が悪い。早いところ装置を見つけて破壊しなくては。

 

「!」

 

不意に煙の中に揺らめく影。そこからすぐに煙のとばりを破って続々と現れた死神たちが向かってきた。

 

「せっかくなら初の実戦投入だ」

 

そう思い取り出したのは水色の眼魂、アルギスから奪ったコロンブス眼魂だ。敵が作り出したので何か細工されてないか心配だったが先生に調べてもらい特に問題なしと判断された。

 

そうなれば、使用をためらう理由はない。

 

〔アーイ!バッチリミロー!バッチリミロー!〕

 

それをベルトに装填すると現れたのはエメラルドグリーンのパーカーゴースト。両脇に舵輪が取り付けられており、そのパーカー部分には銀色の錨が輝き目を引く。宙を漂うパーカーゴーストが迫る死神たちを牽制するように飛んだ。

 

〔カイガン!コロンブス!さぁ行こうかい!大航海!〕

 

ドライバーのレバーを引いてそれを纏い変身を遂げたのは仮面ライダースペクター コロンブス魂。奴隷商人としても名をはせたクリストファー・コロンブスに由来するフォームだ。顔面には方位指針の紋様『フェイスコンパス』が浮かび上がっていた。

 

〈挿入歌:Giant Step(仮面ライダーフォーゼ)〉

 

「ふん!」

 

振り下ろされる鎌をガンガンハンドでいなし、お返しに回し蹴りを見舞い、銃撃を浴びせる。続けて向かってきた敵は逆に距離を詰めて殴り飛ばす。

 

左右に敵の気配。二人の死神が挟撃をかけんと迫る。彼らに舵輪の形状をしたエネルギーを放つと、左右の死神たちに巻き付いて硬く拘束し、動きを封じた。

 

「っ!」

 

視界がふと薄暗くなる。見上げると死神たちが真上から奇襲をかけんと襲い掛かろうとしていた。ばっと突き出した左手から高圧水流が唸りを上げて迸り、射線上の死神たちを巻き込んで吹き飛ばす。乱戦状態の今、どこから敵が襲い掛かってきてもおかしくはない。

 

「水系の能力か…今までの眼魂にはなかった特性だな」

 

15の眼魂の中にこういった属性攻撃ができるのは聖なる力を持つヒミコとサンゾウ、雷のエジソンぐらいのものだった。今後も敵から眼魂を奪えばさらに戦いの幅は広がるだろう。戦闘で能力に頼りすぎだと自分でも思う反面、奴らの眼魂で俺の能力の幅が広がるのは複雑な気分だが。

 

〔ダイカイガン!コロンブス!オメガドライブ!〕

 

眼魂の真骨頂たるオメガドライブを発動させ、コロンブス眼魂の霊力を解き放つ。すると地面からどこからともなく大量の水が噴きだして周囲に満ち満ちていき、やがてそれは一定範囲内に波が荒れ狂う海のフィールドを形成する。巻き込まれた死神たちは戸惑いあえなく荒ぶる海に呑まれていき、その自由を奪われる。

 

フィールド内の潮の流れすら意のままに動き、多くの死神たちを潮流を使って一か所に集める。

 

〔ダイカイガン!ガンガンミロー!ガンガンミロー!〕

 

敵は一か所に集まっておりかつ自由に動けない。格好の的となった死神たちを銃口に霊力の光宿したガンガンハンド 銃モードで狙う。

 

〔オメガスパーク!〕

 

迷わず引き金を引くと荒ぶる波のように霊力の飛沫を上げて大きな光弾がどんと発射し、逃げようのない死神たちに命中すると派手に爆散させた。

 

死神たちのせん滅と同時に波のフィールドもざあざあと音を立てながら引いていき、辺りは元の様相を取り戻していく。

 

「ふぅ…」

 

「面白い眼魂使ってるじゃねえか」

 

「!」

 

〈挿入歌終了〉

 

死神たちを倒し一息ついたところに、俺の戦いぶりを見て楽しむような声が聞こえた。それからすぐにざんと煙の帳を切り裂いて悠然と歩んでくるのは甲冑姿の影。

 

英雄派の幹部、信長だ。好戦的な笑みを浮かべて、既に抜刀された刀の切っ先をこちらに向けた。

 

「信長か…!」

 

「渡月橋の時は本気の姿でやり合ってくれなかったからな、続きをやろうぜ」

 

 

 

 

 

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、悠河と同じく駐車場に降り立っていた一誠も死神たちを倒したのちにある男と遭遇していた。

 

「やあ、久しぶりだね。赤龍帝」

 

敵という立場を感じさせない気安い調子で話しかけるのは複数の魔剣を帯刀するジークフリート。信長と同じく英雄派の幹部だ。

 

「よー、ジークフリートだっけ。お前が俺の相手をするのか?」

 

「そうだね、正直今の君には中級クラスの死神も太刀打ちできないと分かった以上は僕が相手になるしかない」

 

「中級クラス?」

 

記憶にないと胡乱な声を上げる一誠。

 

「気づかなかったのかい?駐車場に降りてから何人かローブや鎌が他の死神と違う死神と戦っただろう?」

 

「あー、そういえばいたな…」

 

下級の死神ですら下手な中級悪魔と比較すればかなり強い。それ以上の実力を持つ中級の死神と何度か交戦してきたがジークに指摘されて初めて気づくほど、中級の死神たちは一誠の記憶に残る相手ではなかった。

 

「君にとってはその程度の力しかなかったと…新たな力を使わずともそこまで戦えるなんてやはり君は強くなっているよ」

 

「褒めても手加減しねえぞ?」

 

「わかっているよ。むしろこれからの僕相手に手加減する余地なんてないと思うけどね」

 

ずんと重々しいオーラを宿す魔帝剣グラムを抜き放つジーク。さらに彼の背に四本の腕がずりゅと生えてジークが所有する名のある魔剣たちを握る。阿修羅のようなそのシルエットに一誠は戦慄する。

 

「初っ端から禁手かよ…!」

 

「それだけじゃないさ」

 

不敵に笑んで、ジークが懐から何かを取り出す。丸いボールのような形状をしたそのアイテムは一誠の仲間が使っているものと色を除いて全く同じものだった。

 

「それは…!」

 

「英雄シグルドの魂が宿るシグルド眼魂。これを手にしたときどれほど心躍ったか…!」

 

ジークが手に握っているのは、銀色の眼魂。高揚する感情のままにそれを自分の胸に押し当てたジークの体に変化が起きる。

 

「く…うぅ…っ!!」

 

苦悶の声を上げて端正な顔を歪めるジークの全身からくるめく銀色のオーラが迸る。ばちばちと迸るエネルギーがスパークを起こし、やがてオーラは物質化してパーカーとなりジークに被さる。

 

「…!」

 

パーカーはさながら勇ましい騎士の鎧と竜の鱗が融合したかのような形状をしており、フード部分は龍の角がパーカーを身にまとい、グラムをはじめとする魔剣を携えるその威風堂々たる立ち姿は阿修羅のようでもあり、伝承に登場する勇者のようでもあった。

 

「眼魂を我が身に取り込み、その力を顕現させる『英雄化《ヒロイック・ブレイク》』…!英雄シグルドの力、存分に見せてあげるよ…!」

 

その手に握る魔剣のように戦意にぎらついた瞳が、一誠を捉えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「脱出に向けての戦いが始まったか」

 

一誠たちが飛び出したホテルの屋上。ゲオルクが結界を維持する装置の場所に選んだそこは一誠の砲撃によって守護していた死神たち諸共破壊され、オーラを浴びた死神たちが死屍累々と横たわっていた。

 

そこに優雅な足取りで訪れた女性が一人。銀髪の謎めいた女、ポラリスである。

 

「ガルドラボークやレーヴァテイン、ドレイクも外で叶えし者たちと交戦しているか…やはり動いてきたな。前もって待機させておいて正解だったのう」

 

呟く彼女の後方でのらりくらりと立ち上がる死神が一人。ポラリスの姿を認めるや否や鎌を振り上げ切りかかるも、即座に彼の首から上と胴体が切断され、永遠の別れを告げることとなった。

 

ぼとりと落ちた死神の亡骸に目もくれずにポラリスは眼下に広がる戦場を眺めてほくそ笑む。

 

「さて、これから誰にも邪魔されるわけにはいかぬのでな。妾直々に監視させてもらおう」




はい、というわけでまさかのシグルド眼魂です。ゴースト原作のルールから逸脱したD×D世界ならではの眼魂。その恐るべき能力は次回明らかに。

そして当初の15個以外の英雄フォームはコロンブス魂でした。以前のアンケートで意見を頂いていたので、数年越しにはなりましたが無事にリクエストを実現できてこちらとしてもうれしい限りです。そのうち新企画も活動報告でやろうかなと考えているので参加していただけると喜びます。

次回、「英雄化」


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第146話「英雄化」

大変長らくお待たせいたしました。信長戦をどう書こうかと悩んでいたりゲームをしていたら随分と遅くなってしまい申し訳ございません。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
1.ムサシ
2.エジソン
3.ロビンフッド
4.ニュートン
6.ベートーベン
7.ベンケイ
9. リョウマ
10.ヒミコ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
23.コロンブス


それは一誠が駐車場に降りて死神やジークと交戦する5分前の出来事だった。

 

「そこ!」

 

リアスの手のひらから放出した滅びのオーラが反応の遅れた死神に食らいつく。しかし一人減った死神の穴を埋めるように今度は二人の死神が迫ってくる。死神の行軍は一向に止まる気配がない。

 

このままでは埒が明かないと判断し、無数の死神たちと上空で激闘を繰り広げる一誠にリアスが声を飛ばす。

 

「イッセー!私と朱乃に譲渡、お願いできる!?」

 

「もちろん!」

 

〔Boost!Boost!Boost!Boost!Boost!Boost!Boost!Boost!〕

 

「一気に片付けてしまいましょう!」

 

赤い鎧に覆われた腕を振りかぶって死神を殴り飛ばした一誠は神器の能力で力を高めながら竜の翼を羽ばたかせてリアスと朱乃に合流し、華奢な二人の肩に手を置いた。

 

〔Transfer!〕

 

その音声と同時に赤龍帝の膨大な力が二人に流れ込み、リアスと朱乃のオーラは大きく膨れ上がる。溢れ出る力は二人の体から目に見える形で現出する。

 

そして二人は惜しむことなく手を掲げ、高まったオーラを一気に解き放った。

 

「お仕置きの時間ですわ!!」

 

「全員纏めて消し飛びなさいッ!!」

 

雷光と滅び。二つの絶大な力の奔流が轟音とともに空を駆け巡り、あまねく死神たちを瞬く間に飲み込み殲滅していく。逃れようのなく、防ぎようのない二人の悪魔の一撃は空全体を覆いつくすほどだった。ゲオルクの神器によって生み出された疑似空間の夜空に滅びの紅色と雷光の光が渦巻いた。

 

「すげえ…」

 

「よし、これで大体片付いたな!」

 

攻撃を見届けた一誠は二人の絶大な力に感嘆の息をこぼす。アザゼルも二人の攻撃で死神たちが一掃された空を見渡し、地上に降りようとするが。

 

『それはどうでしょうか』

 

アザゼルの足を冷たい手で掴むように、どこからともなく声が聞こえた。不意に感じたオーラ。その出所をアザゼルは視線を向けると、空間がぐにゃりと歪んでその死神は現れた。

 

アザゼルたちが戦ってきた死神と比較して装飾の施された黒いローブ。鎌の刃はリアスたちがこれまで戦っていた死神たちの鎌と違い、光を吸い込むかのような漆黒だ。

 

被った道化師の不気味な仮面と段違いのオーラにリアスたちは瞬時にその危険性を悟った。

 

『初めまして、私はハーデス様にお仕えする最上級死神が一人…プルートと申します』

 

一瞬にして場の空気を支配した死神、プルートは挨拶がてら丁寧なお辞儀を見せる。その名に最も驚いたのはアザゼルだった。

 

「最上級死神のプルートだと…!!ハーデスの野郎、いよいよ本気を出してきたってところか!!」

 

『あなた方はオーフィスと結託し、勢力間の連携を陰から乱し世界のバランスを崩壊させようとしました。まさか誰よりも和平を訴えていたあなたがこのような愚行に走ろうとは』

 

「はぁ!?」

 

でたらめを言うなとプルートに食って掛かろうとする一誠をアザゼルは手で制す。

 

「奴らはそういう理由をでっちあげて俺たちを消す腹積もりなんだよ。ったく、世界のバランスを崩壊させようとしてるのはどっちだってんだ!!」

 

『あなた方にどのような言い分があろうと関係ありません。偽物のオーフィスは我々が回収し…目障りな堕天使と悪魔にはここで消えていただきます』

 

「ちっ、結局は悪魔と堕天使が嫌いなだけかよ…!!」

 

『そういうことです』

 

ガキン!

 

次の瞬間には音もなくアザゼルの眼前に現れたプルートが鎌を振るっていた。命を刈り取る一閃をアザゼルは人工神器の槍で防御する。

 

「さっきの戦いで回復しきっていないがやむを得ないな…!もう少し踏ん張ってくれよ、ファーブニル!!」

 

槍に封じられた龍王の名を呼ぶことでその力は解き放たれる。槍から発せられた黄金の光を浴びたアザゼルは黄金の龍王の鎧を装着し、プルートを激しい剣戟を浴びせつつ一誠たちから離れるように上空へ昇っていく。

 

「俺たちも先生に加勢して…」

 

「いえ、奴はアザゼルに任せましょう。仮にも堕天使総督。恐らくあの最上級死神と正面切って戦えるのは彼だけだわ。彼もそのつもりで私たちから距離を置いたはずよ」

 

先生だけでは心配だとアザゼルを追おうとする一誠をリアスは冷静に引き止める。

 

「そうね…それに今は結界の破壊が最優先。駐車場に降りてゲオルクたちを倒しましょう!」

 

「…了解!」

 

朱乃も納得したことで一誠もアザゼルにプルートを任せることにした。かくして、一誠たちは英雄派の猛者が待ち構える駐車場に降り立ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈BGM:一騎打ち(遊戯王ゼアル)〉

 

シグルド眼魂をその身に取り込み、かつての英雄の力を文字通りその身に宿したジークフリート。英雄化を完了すると同時にジークは猛烈な勢いで一誠に迫り、切りかかる。

 

「!」

 

危険を察知した一誠は半ば反射で大きく横っ飛びして回避する。獲物を見失い空振ったグラムはそのまま地面に叩きつけられると軽いクレーターを作り上げた。

 

「やべえな…」

 

そのクレーターを一目見て一誠は強化されたジークのパワーを悟る。それに戦慄するよりも早くジークは一誠へ振り向いて6本の剣を携えた阿修羅のごとき様相で追い打ちをかける。

 

「どうした、逃げるだけかい!赤龍帝!」

 

5本の魔剣、そして光剣が絶えず振るわれ一誠をじりじりと追い詰めていく。歯向かう隙すら与えてくれない剣戟の嵐を前に一誠はただ後退しつつ回避に徹するしかなかった。避けても魔剣に込められたオーラと剣圧が赤い鎧にかすり傷や小さな亀裂を生んだ。

 

「くそ、速ぇ!」

 

どうにかジークの剣戟をまともに受けずに済んでいるのは日頃から木場との訓練を兼ねた勝負に興じていたからであった。その甲斐あって彼は動きの速い剣士との戦いに慣れており、もしそうでなければ初撃で彼はグラムの錆にされていた。

 

しかし今のジークは木場以上のスピードかつ鋭い剣捌きだ。苛烈なジークの攻撃に回避に専念するしかないが、このままではジークも自身の動きを見切り致命的な一撃を繰り出してくるだろう。

 

だから一誠は状況を打破するべく動いた。回避運動の中で籠手に収納していたアスカロンを召喚して袈裟切りを繰り出すジークのダインスレイブを弾いた。

 

「アスカロンか、付け焼刃の聖剣で僕に挑もうなんてね!」

 

だが一本の聖剣だけで状況が一転することはない。どうということはないとジークは身を捻り、鋭いハイキックを一誠の腹に叩きこんだ。

 

「がっ!」

 

「タルンカッペを知っているかい?シグルドが手に入れた魔法の隠れ蓑だ」

 

ジークがばさりとパーカーを翻すと、一瞬にしてジークの姿は辺りの背景に全く溶け込むようにその場から消え失せた。

 

「消えた…?」

 

素早く立ち上がると警戒を緩めず、辺りを見回す一誠。しかしどこにもジークの気配を感じ取ることはできない。

 

「!」

 

突如として目と鼻の先に感じる気配、続けて襲ったのは腹に強烈な殴打を受けた感覚。当然、防護していたはずの赤い鎧はバキバキといともたやすく砕け散る。

 

「ぐぁ!」

 

とてつもない怪力に木っ端のごとく吹き飛び一誠は地面を何度もバウンドして横転した。そして先ほどまで一誠が経っていた場所の空間が不意に歪み、滲み出るようにジークが再び姿を現した。

 

「その力は使用者の姿を消し、さらには力を12倍にする。速さだけが僕の攻め手じゃないんだよ」

 

「マジかよ…」

 

大きなダメージを負った一誠に自身の内に宿るドライグが語り掛ける。

 

『相棒、今の奴は脅威だが特にあの黒い剣は絶対に喰らうな。サマエルほどではないが嫌なオーラが強くなっている』

 

「ドラゴンキラーか…!」

 

「そう、元々グラムは龍殺しの力を秘めているけどシグルドはその魔帝剣グラム、バルムンク、ノートゥングを所持した英雄さ。彼の力を手にした今の僕とグラムとの相性はかつてないほどに良い!」

 

「だったらさっきの攻撃でなんでグラムを叩きこまなかった…?」

 

「せっかく手に入れた念願の力だ。すぐに戦いを終わらせたら面白くないだろう?」

 

「ヴァーリと言いほんとにおめえらは…!」

 

ずきずき痛む上半身を起こし、呆れと苛立ちを交えて吐く一誠。戦いを楽しみたいからあえて終わらせないという狂人の発想など一斉には到底理解できるものではなかった。今のジークは調子に乗っていても仕方ないくらいに優位であり、強い。

 

「でも長く遊んでいると曹操に小言を言われそうだ。今度こそ、このグラムで龍殺しをさせてもらおうかッ!!」

 

今度こそとどめを刺さんとばかりに振るわれる魔剣。しかし颯爽と割って入った影が剣戟を受け止め、甲高い金属音が鳴り響いた。

 

「!」

 

〈BGM終了〉

 

その男の登場にジークは一瞬驚くが、すぐに昂る戦意に口の端を吊り上げた。その男の登場を待っていたと言わんばかりに。

 

「木場祐斗か…!」

 

「京都でのリベンジを果たさせてもらう!」

 

〈BGM:仮面ライダーブレイズのテーマ(仮面ライダーセイバー)〉

 

一誠のピンチに駆け付けた木場。聖魔剣を振るい、ジークも負けじと名のある魔剣たちがぶつかり合う。高速の打ち合いで生まれた剣戟の音と閃光が夜空に瞬く星のように弾じけては消えた。

 

「やるようになったじゃないか!速度も技量も増している!」

 

「あの戦い以来、赤龍帝相手に修行を重ねたからね!」

 

「なら魔剣のフルコースで応じよう!ダインスレイヴ!」

 

「!」

 

その剣の名を叫んだ瞬間。ジークが手にする魔剣のオーラが膨れ上がり、木場の足元に太い氷の柱が次々に生まれる。すぐさま翼を羽ばたかせてその範囲から逃れるが。

 

「バルムンク!ディルヴィング!」

 

矢継ぎ早に残る魔剣の力が炸裂する。地を蹴って跳びあがり、木場に追いつくジークはドリル状のオーラを纏うバルムンクで突きのラッシュを繰り出す。それを木場は聖魔剣で防御せず、体捌きでやり過ごす。

 

「ノートゥング!」

 

さらにジークが横薙ぎに虚空を切り裂くと空間にぽっかりと黒々とした裂け目が生まれた。そこから放たれた吸引力に体勢を崩し、思わず木場は怯むと好機を逃すまいとジークが動く。

 

「!」

 

「遅い!」

 

振りかぶった光の剣を振り下ろし、一太刀を浴びせんと光の切っ先が剣光を走らせる。しかし木場は吸引力を逆に利用し、聖魔剣を振るって光剣にぶつけることでどうにか軌道をそらすことに成功した。

 

「くっ!」

 

それでも光の剣先が右腕にかすめて切り傷を作った。悪魔にとって光は毒。僅かな傷とはいえ感じる痛みと不快感に木場は眉をひそめた。

 

「今のをかすり傷で済ませるなんて流石だね。でも次は外さない!」

 

「木場、離れろ!」

 

再びバルムンクでドリルのように回転するオーラを纏った突きを放つも、意気揚々と割って入ったのは一誠の声。反応したジークと木場が振り向いた先には両肩に赤い光を蓄えたキャノン砲を構えた一誠がいた。

 

そこからの木場の行動は早かった。一瞬のスキを逃すまいと手にした聖魔剣をなんとジークに投擲。怯んだジークが咄嗟に弾く間に木場は後退していく。

 

そしてその隙に一誠が吼えた。

 

「ドラゴンブラスターァァァ!!」

 

「!」

 

二門の砲口から赤いオーラが迸り、間もなくジークに着弾。瞬く間に彼を飲み込むだけでなくその先にいた死神たちも巻き添えにして体を震わせる大爆発を起こす。砲撃から退避した木場が一誠の隣に着地すると爆風が二人に吹き付け、木場の金髪をなびかせた。

 

「どうだ、完全に当たったぞ!」

 

確かに感じた手ごたえに拳を握って一誠はガッツポーズを見せる。この攻撃を真正面から受けて無傷はまずないだろうという自負があった。

 

しかし彼らの歓喜を打ち破るように煙の中からドンとオーラが弾け、煙幕を一息で吹き飛ばす。そして姿を見せたのは全く無傷のジークだった。

 

「ふん」

 

ジークはパーカーに付着した埃をぱんぱんと手で払うとにやりとした笑みを二人に向けた。

 

「効かないね」

 

「嘘だろ…無傷かよ!!」

 

全くダメージが通っていない彼の姿に一誠たちの開いた口が塞がらない。真紅の鎧ではないにせよ彼の技の中ではトップクラスの一撃だ。それが全く通用しないレベルにまでパワーアップしているとは思いもしなかった。

 

「英雄シグルドは屠った龍の血を浴び、強靭な肉体を手に入れた!半端な攻撃が通じるとは思わないことだね!」

 

「剣は多いし、攻撃は強いし、速いし、硬いし…こいつ無敵か!?」

 

眼魂一つでここまでの進化を遂げたジークに一誠は戦慄を禁じ得なかった。同じく眼魂の力で戦う悠河でもたった一つの眼魂によってここまでのパワーアップを果たすことはできなかった。ジークは一つの眼魂の力を悠河以上に、最大限引き出している。

 

「いや…英雄シグルドの伝説に由来する能力なら、きっと伝説の中に攻略のヒントがある!」

 

だが木場は諦めていなかった。少しでも眼魂の能力の由来となった人物の情報から突破口を見つけようと冷静に頭をフル稼働させて考える。前回の戦いで敗北を喫したこともあり、木場は普段の鍛錬に一層注力するのみならず、彼に由来する英雄シグルドの伝承も調べ上げていた。

 

「へえ…その通りだよ。どうせ有名だし言っておくけどこの強靭な肉体の弱点は背中さ。龍の血を浴びた時、シグルドの背に菩提樹の葉が張り付いていたせいで背中だけその恩恵にあずかれなかった」

 

今の自身と相対してなお戦意を失わない木場に感心する声をジークは上げる。もしここで木場が折れていたらジークは心底失望したところだった。

 

彼の言う通り、シグルド眼魂のパーカーゴーストの背部には小さな菩提樹の葉の紋様が刻まれている。まるで一叙事詩の英雄という絶大な力の代償と言わんばかりにその弱点は一目瞭然の目印になっていた。

 

「でもその弱点すら、僕の禁手の腕でカバーできる!無敵なんだよ、僕は!君たちに勝ち目はない!」

 

しかしジークの禁手によって増えた四本の腕は死角からの攻撃を防ぐ。力と魂を受け継いだ英雄と同じへまは踏まないという確固たる自信が彼にはある。勝ち誇ったように深い笑みを相対する二人に向けた。

 

〈BGM終了〉

 

 

 

 

 

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

駐車場に降りて英雄派の幹部、信長との戦闘を開始した俺はプライムスペクターへと変身し様々な英雄の力を組み合わせて応戦していた。

 

しかし幹部を名乗るだけあり奴の実力はかなりのもので、禁手を使わずともプライムスペクターの力に負けずとも劣らずの戦闘力を発揮している。互いが互いの攻撃を防ぐかいなすを繰り返し、戦況は現在拮抗状態にあった。

 

〈BGM:MASURAO(機動戦士ガンダムOO)〉

 

「そらどうしたぁ!」

 

こちらを挑発しつつ己を鼓舞するように信長が笑う。ノブナガ眼魂の力で増幅させたガンガンセイバー ガンモードの銃撃を放つもことごとくを宝石の障壁で阻まれてしまう。

 

「プライムスペクターの攻撃も弾くのか!!」

 

「言ったろ、俺の防御は全ての攻撃を弾く!」

 

そして入れ替わるように信長は宝石で形成された無数の矢の雨を俺に向けて降らせた。だがその技はすでに見切っている。その対策法も。

 

〔ニュートン!〕

 

慌てることなく咄嗟にニュートン魂の能力を発動。斥力フィールドを周囲に発生させて降り注ぐ矢の雨を再び天に返した。

 

「な!」

 

「お前の遠距離攻撃は全て跳ね返せるぞ。防御ばかりで攻撃はイマイチだな」

 

「だったら近接戦に持ち込むだけだ!」

 

敵の動揺は一瞬だけで、信長は即座に腰に帯刀した日本刀を鞘から抜き放ち俺目掛けて馳せた。

 

「うらぁ!」

 

対するこちらもガンガンセイバーを素早くブレードモードに変形し、それを迎え撃つ。接近し、裂ぱくの叫びを上げながら繰り出された信長の剣戟を受け止める。

 

「遠距離戦だけしかできねえなら早雲を倒せるわけねえだろ!」

 

「!」

 

果敢に攻める奴の剣のセンスは木場やジークほどではないにせよ、それでも決して侮れない鋭い剣裁きだ。日本刀はこういったチャンバラをするには西洋の両刃剣と違い向いていないと聞いているが、その特徴を感じさせない躊躇のない苛烈な剣裁きで奴は攻め立ててくる。もしかすると自身の神器の能力を応用して強度を底上げしているのかもしれない。

 

「早雲…六華閃の天峰のことか!どうしてあんなことを!!」

 

袈裟切りを二振りの刃で弾き、剣と共に言葉を交わす。サイン家に続き天峰の前当主の殺害は英雄派の凶行として大きなニュースになっていた。特にレジスタンスには六華閃の協力者が二人もいるため今回の事件は

 

「どうしても何も、俺らとの取引を蹴ったからに決まってるだろ!テロリストとは組まないなんてほざいて粋がりやがって、スダルシャナも早雲も己のプライドに殺されたんだよ!」

 

「お前…早雲は実の父親なんだろう!」

 

「父親なんて呼ぶに値しねえよあんな奴!俺にあんな仕打ちをしておいて今わの際に父親面だぁ?だったら最初からんなことしてんじゃねえ!迷ってるから弱いんだよ!!」

 

奴の剣に怒りが乗ったらしく、繰り出される数々の剣戟がより苛烈なものになっていく。

 

「早雲のクソオヤジよりスダルシャナの方がよほど強かったぜ?俺たち全員で禁手しても互角に立ち回って来たんだからな!ゲオルクが奴の娘を人質に取らなければほんとに危ないところだったぜ!」

 

「そんな卑怯な真似まで…だから俺はお前らテロリストが嫌いなんだよ!」

 

自身の要求を押し通すためなら他者への迷惑などお構いなしに暴力を振るい蹂躙する。いや、むしろこいつらの場合は目的と手段が入れ替わっているのだろう。要求を吞ませるために戦うことが、戦うために要求を押し通そうとしている。そもそも最初から交渉が決裂しようがしまいがどちらでもよかったのかもしれない。

 

今わかった。こいつら…少なくともこの男は英雄になりたいのではない。ただ強者との戦いに身を投じ、己の力を振るいたいだけだ。

 

「お前らは自分のルーツを過去の英雄に見出し、その偉大さと己の力に酔っているだけだ!お前らの行いに過去の英雄のような偉大さはどこにもない!」

 

滾る怒りを霊力に変えて双剣にヒミコの火炎を纏わせ、斬撃に乗せて分厚い炎の幕を広げる。

 

「おっと!」

 

それを奴は甲冑の重さを感じさせない軽い身のこなしでステップを踏んで火炎の範囲から逃れた。こいつ、戦闘を強力な神器に依存しているだけかと思っていたがそうでもないらしい。剣技を磨き、体も相当に鍛え上げられている。

 

〈BGM終了〉

 

「ん」

 

少し離れたところで赤いオーラが着弾し大きな音を立てながら爆ぜるのが視界の隅に映った。見覚えのないパーカーゴーストらしきものを纏ったジークフリートが現れ、兵藤や木場と交戦している。

 

俺の視線に気づいた信長もその方角をちらりと見るとにやりと笑んだ。

 

「ジークの奴、やってるな」

 

「なんだあれは…?」

 

「英雄化《ヒロイック・ブレイク》。俺たちが神器研究と眼魂研究によって生み出した技法だ。一定数の親和率を超えた眼魂をその身に取り込むことで眼魂の能力を発揮し肉体を強化できる!」

 

「なんだと…!?」

 

奴ら、眼魂をそんな風に使う術を作りやがったのか!眼魂をまるでガイアメモリのように使いやがって!

 

「しかもあいつとシグルド眼魂のシンクロ率は俺たちの中でトップだ。アレを発動したあいつはもうだれにも止められねえ。神器の強化率で言えばアレには劣るが、それでも強力な力だ」

 

「お前は使わないのか?」

 

「使うさ、お前のノブナガ眼魂を手に入れてな!!」

 

突然、俺たちの戦いに割って入るように天から信長目掛け雷が降る。しかし奴はそれをまるで傘のように頭上に障壁を張ることで事なきを得た。

 

「!」

 

「幹部相手なら」

 

「お供しますわ!」

 

何事かと思い空を見上げる。空から降って来た声の主は我らが部長さんと朱乃さん。大火力にものを言わせて死神たちを一気に始末した彼女らの参戦はありがたいところだ。

 

「…!ありがとうございます!」

 

〔ムサシ!エジソン!ノブナガ!ヒーローズ・ドライブ!〕

 

手を貸してくれる頼もしい先輩たちの登場に安堵しつつもドライバーと合体したプライムトリガーを操作し、本日二度目のヒーローズ・リインフォースメントを発動。ドライバーから出でたノブナガゴーストとエジソンゴーストがそれぞれ部長さんたちのもとへ飛び立ち、覆いかぶさった。

 

ムサシだけはジークと交戦中の木場のもとに向かっていった。これでジーク攻略の力になってくれたらいいのだが。

 

曹操戦の負担を誤魔化したうえでの二度目の発動。正直後が怖いが出し惜しみはしていられない。ここで負ければその後すらないのだから。

 

「…俺の前でそれを使うたぁ見せつけてくれるじゃないか」

 

「あなたもそろそろ禁手を使う頃かしらね?」

 

翼を広げて空から信長を睨みつける、ノブナガのパーカーゴーストを纏った部長さん。それを見上げる信長の視線が交錯する。

 

「いや、手札はまだ他にもあるぜ」

 

おもむろに奴が取り出したのはピストル型の注射器。「なんだそれは」というよりも速くそれを首元に打ち込んだ信長の体に変化が起こる。

 

「うっ…おぉぉぉぉぉ…!!」

 

むくむくと体が膨れ上がり、ぶちっと服を破いて背中から黒と茶が入り混じった鳥の翼が出現する。さらには脚部も骨が折れるような痛々しい音を立てながらも逆関節へ変形し、足もさながら猛禽類を思わせるような鋭利な爪を生やした形状になった。

 

「ぐぁぁぁぁっ…!!」

 

体は鳥のような羽毛に覆われ、随所に宝玉のように煌めく棘が突き出る。まだ羽毛に覆われはしたものの劇的な形状変化はなかった両腕には神器で生成したであろう装甲と爪が装備された。その驚異の変化は俺たちを唖然とさせ、動きを止めるには十分すぎた。

 

そうした変化の果て、額に2本の雄々しい角と羽飾りを生やした信長が凶悪な人相で笑う。

 

「これが俺の業魔化《カオス・ドライブ》…!俺たちが編み出した技法は英雄化だけじゃねえ!」

 

「なんなの…これ…」

 

「四大魔王の血族の血液を加工したものを神器にドーピングしたのさ。魔王と聖書の神、相反する二つの存在の力が交わりし時何が起こるか…いくつもの実験と犠牲の果てに俺たちはこの境地に辿り着いた!」

 

同じ神器研究を行う先生でも立場もあって、そのような危険極まりないやり方は考えもつかなかっただろう。

 

「裕斗の聖魔剣とはまた違う聖魔の融合ということね」

 

「でも見た感じ何かしらのリスクがありそうですわ」

 

朱乃さんの言う通りだ。ここまで大きな肉体変化を伴うパワーアップは体への負担も大きいに違いないし、恐らく元に戻れるかも怪しいだろう。

 

「それに禁手ではなくこっちを使ったということは…」

 

「どうにもこいつと俺の禁手はかみ合わせが悪いらしくてな、だが貴様らを狩るには十分だ。まずは…」

 

信長の漆黒に染まった眼が俺の右隣に立つ部長さんをじろりと捉えた。

 

「司令塔のお前からだ!!」

 

吼える信長がばさりと翼を羽ばたかせ、凄まじいスピードで迫る。

 

「危ない!!」

 

咄嗟に隣の部長さんへ走って押し飛ばすも、代わりに俺が奴の両足にがしりと捕まってしまう。まるで隼が小動物を狩るようにあえなく猛スピードで攫われたのだった。

 




信長の業魔人のイメージはドラクエ8のドルマゲスと最近登場したばかりのデモンズ アノマロカリスゲノムです。織田信長は鷹狩を好んでいたのもあって鷹もモチーフに加えています。禁手のお披露目はまだ取っておきたかったのでせっかくなら原作で業魔人の影が薄いので出してみようということで登場しました。

業魔人と英雄化の違いとして、業魔人は神器持ちのみが使用できますが英雄化は神器もちでなくても使えます。ただ、英雄化の出力は業魔人以上に眼魂との相性に左右されるため安定性で言えば業魔人が勝ります。しかし相性次第で最大火力は英雄化の方に軍配が上がるといったところです。

次回、「シグルドの背中」


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第147話「シグルドの背中」

大変お待たせしました。長すぎたので分割してます。よって明日か明後日に次話更新です。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
1.ムサシ
2.エジソン
3.ロビンフッド
4.ニュートン
6.ベートーベン
7.ベンケイ
9. リョウマ
10.ヒミコ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
23.コロンブス


〈BGM:バリアンズ・フォース(遊戯王ゼアル)〉

 

「くそっ…離せ!」

 

業魔人となって鳥人のごとき姿と化した信長は、鷹のように俺の体を鋭い爪のついた両足でがっしり掴んで空へと攫って行った。どうにか逃れようと抵抗するが、手足が使えないようにうまく抑え込まれてしまい反撃のしようがない。

 

「離すわけねえだろ」

 

俺を捕えて空高く羽ばたいた信長。もがく間にもどんどん高度は増していく。そしてある程度の高度になると今度は体を捻ってぐるぐると俺を掴んだまま、車輪のように勢いよく回転を始める。

 

「おおおお!!」

 

視界が目まぐるしく回って揺れて、まるで脳ごとシェイクされているかのようだ。遊園地の絶叫マシンよりはるかにひどい揺れ具合に一瞬酔いかける。

 

「おらぁ!」

 

そして極めつけには回転の勢いを利用してオーバーヘッドキックを決めるように俺を投げ飛ばした。猛烈な勢いで俺はホテルの外壁に叩きつけられるとその衝撃で外壁が砕け、大きなひびが入る。

 

「がはっ!!」

 

衝撃が全身に突き抜けて肺から空気が地と一緒に吐き出される。おまけに若干外壁に埋没してしまっており、思うように動けない。

 

「貰ったァ!」

 

そこを狙って信長は追撃をかけんと構えるが、地上から無数の雷と弾丸が駆け上がり信長を狙ってきた。

 

「おっと」

 

しかし奴は軽やかに身を翻してやり過ごして見せる。肉体変化して体のサイズが大きくなっても身のこなしは健在らしい。

 

「よくも!」

 

「ふん」

 

地上にいる部長さんたちが空飛ぶ信長にガンガンセイバーやガンガンハンドで銃撃を放つも、奴は難なく神器で生み出した障壁で防いでしまう。逆撃つ雷光や紅い銃弾が次々に殺到するがすべて堅牢強固な奴の守りを崩すには至らない。

 

「ほう、滅びの魔力を弾丸に変えて連射できるのか。こりゃ恐ろしいな。だが!」

 

防御から一転。奴は一通り攻撃を弾くと小動物を見つけ、狩りをする隼のように空から猛スピードで急降下し、地上にいる部長さんたちを狙う。

 

「お前らの戦闘スタイルは基本的に魔力に依存していることはわかりきっている!弾幕を突破して近接戦に持ち込んでしまえばなんてことはねえ!」

 

「!」

 

〔ニュートン!〕

 

信長の言う通り、いくら強化をかけていても彼女たちでは近接戦で奴に敵う道理はない。このままではあっという間に二人がやられてしまう。特に眷属の中でも司令塔とそれを補佐する役割を持つ二人が落とされるのは非常にまずい。

 

それ故に迷わずニュートンの力を発動。埋没したまま右手を出して引力のフィールドを信長目掛けて放ち、その猛進にブレーキをかける。

 

「なに…!?」

 

引力に囚われた信長の動きが徐々に速度を落とし、やがて空中で静止する。そしてそのまま引力を高めてぐいんとこちらに引き寄せつつ軌道を上空に修正し、今度は斥力で空の彼方へ吹っ飛ばした。

 

「おわっ!?」

 

「さっきの一撃だけで俺が参ると思ったか…?」

 

「はっ、そんなに俺と戦いてえなら素直に言えよ!」

 

俺のセリフに獰猛な笑みを浮かべると、真っ直ぐにこちらへ猛烈な速度を伴って突っ込んでくる。もはや反応の余地すら与えないただの突撃は俺の体を打ち据え、ホテルの外壁を突き破ってそのまま俺たち二人はホテルの中になだれ込んだ。

 

「く…」

 

瓦礫と共に転がりながらもガンガンセイバー ナギナタモードを手元に召喚し、起き上がりと同時に詰め寄ってくる信長に一閃を仕掛ける。

 

「はっ!」

 

それを奴は両腕に装備された神器の爪で弾き、逆に腕を振り下ろされ切り裂かれる。

 

「ぐっ!」

 

「そらぁ!」

 

そこからさらに続く激しい爪撃の驟雨。次から次へ身を打ち据える怒涛の攻撃が全身の装甲やスーツを隈なく刻んでいく。

 

「くっ…!」

 

「こいつで終わりだ!」

 

〈BGM終了〉

 

とめどない攻撃にふらつく俺に対し、信長が腕を引っ込める。渾身の一撃を放つつもりか、奴の右腕を覆っている爪が神器の能力で変形を始めて分厚い装甲へ転じた。その重厚なサイズと形状はまるで兵藤の『龍剛の戦車』のようだ。

 

奴が豪腕を振り抜く。今の状態でまともに受ければもう立ち上がれなくなるかもしれない。もちろんそれを受けてやる道理はない。

 

顔面に迫る拳。一刻と距離が縮む。躱すのはギリギリのタイミングだ。ただ躱して反撃を叩きこもうとしても回避されるか防御されるだけ。特に防御されてしまった場合、逆に奴の障壁の硬さに負けて俺の腕が砕け散るかもしれない。

 

当たるか当たらないかの瀬戸際。奴の拳を避け、こちらが回避した、反撃が来ると判断されるより前に反撃の一打を叩きこむ。

 

「…」

 

迫る。来る。まだだ。近い。躱すか?いや。もっと。

 

ここだ!

 

〔ムサシ!ベンケイ!〕

 

1mにも満たないごくギリギリの瞬間。ここぞとばかりにムサシの見切りによって間一髪頭を横に振って事なきを得る。

 

「何!?」

 

〔ゼンダイカイガン!プライムスペクター!ハイパー・オメガドライブ!〕

 

すかさずドライバーのレバーを引き、渾身の霊力を込めたオメガドライブのカウンターパンチを入れ替わりに奴の胸部目掛けて打ち抜いた。

 

「ごふぅぁ!!?」

 

強烈な霊力が炸裂し、俺の目前で奴が大量の血反吐を吐いた。全力の一撃によって拳をもろに受けた胸部は血まみれになっている。手ごたえありだ。間違いなく奴の体の芯を穿った。

 

「はぁ…」

 

だが奴はこのまま負けてくれるほどやわではなかった。どういうわけか振り抜いた腕が引っ込めようにも動いてくれない。そして奴がパンチの衝撃でのけぞり、後ろによろけることもなかった。

 

「!」

 

〈BGM:怒涛の攻撃(遊戯王ゼアル)〉

 

よく見ると、奴にぶつけた俺の右手が奴の神器で生み出された鉱物でそのまま信長の胴体に固定されている。さらに視線を少し下げれば、それと同じように信長の両足も鉱物によって覆われ、床にしっかり張り付いているのが見えた。道理であの攻撃をノックバックなしで耐えきれたわけだ。

 

「しまった」

 

「勝負あったな…」

 

血を口から垂れ流しながらも奴が笑う。次の瞬間、俺の頭部に奴が先ほど俺に当てられなかった剛腕が叩きつけられた。

 

「ぃ…っ!!?」

 

頭を駆け巡るインパクトで脳震盪が起こる。視界がちかちかして一瞬何が起こったかわからなくなり、気づいたら地面に倒れていた。

 

「悪いな、業魔人化でタフさが増してるんだ」

 

さらに追い打ちをかけんと倒れた俺の顔面を何度も信長が蹴りつけてくる。

 

「ぐぶ!」

 

鼻の骨が折れて鼻血が止まらない。口が切れて口内が血の味で満たされていく。

 

「さっきてめぇは俺が力に酔っているなんて言っていたな!だったらてめえはどうなんだ!?」

 

「がはっ!!」

 

「世間から見れば悪のテロリストな俺たちを倒すという正義と、それを成し遂げられるお前の力に酔っているんじゃねえのかぁ!?いくつもの英雄の力を使うお前の姿は、俺には力の行使を楽しんでいるように見えるぜ!!」

 

言葉に熱が乗るとともに蹴りは苛烈していく。思いもよらぬ指摘に俺は咄嗟に返す言葉も反撃もなかった。

 

これまでに俺はヴァーリや曹操たちのような戦いに飢え、戦いを楽しみ、己の力を存分にぶつけられる強者を望む者たちを忌避してきた。彼らのあくなき闘争心はさらなる戦いを呼ぶのだと思っていた。

 

だが奴の指摘はそれを根幹から覆すものだ。

 

否定はできない。眼魂を取り返すたびに新しい戦法を考えていたし、特にプライムスペクターを手に入れてからは英雄の力の組み合わせを日々模索している。それはまさしく、俺が力の行使を楽しんでいる、言い方を変えればそれこそ俺が戦いを楽しんでいるということに他ならない。

 

なら、今嬉々として高ぶる力に歓喜して俺をぶちのめしているこいつやヴァーリたちと俺は同族ということなのか。

 

…いや、そうではない。俺はやはり奴らと同族ではない。奴らとは決定的な違いがある。

 

「違…う!俺は一度もお前たちのように、戦いを起こそうとしたことはない!!戦いを望んでなどいない!!俺はただ…自分と身の回りの人達に降りかかる災いの火の粉を振り払ってきただけだ!!そのために俺は力を求めてきた!!そこに正義はない!!純粋な願いだけだ!!」

 

これまでの戦いは全て、巻き込まれたか誰かを助けたいという願いのもとで行ってきた。俺は戦いに参加しこそすれど、自発的に戦いを起こすために火種になろうとしたことはない。戦いを楽しいものと感じたこともない。ならばやはり、俺は奴らと同じバトルジャンキーではないのだ。

 

「詭弁だな!積極性のない理由で強くなんてなれるか!」

 

奴がかかとを思いっきり振り上げるとそのまま俺の胴へ強烈な踵落としを決め込んだ。その余波で一気に床に亀裂が走った。

 

今のであばらが折れた。自分の内部骨格を見れるわけではないが、そんな感覚がある。

 

「が…あ…」

 

走る激痛。体は動かず、呼吸すら苦しい。禁手とは違う神器の強化、業魔人がこれほどのパワーアップをもたらす代物だったとは。奴らのアプローチは大正解だったわけだ。

 

「変身解除されてねえってことはまだ気力を持ってんのか。お前もタフだな」

 

強い。速さ、攻撃、硬さ。どれを取っても優秀だ。正直奴を舐めていた。神器の能力だけが取り柄の男だと。そう思わせたのは奴がずば抜けた防御力を持っていたからだ。

 

少し考えればそんなはずがないことはすぐにわかるはずだった。曲がりなりにも奴は神滅具使いや魔剣使いと肩を並べ、同格たる英雄派の幹部なのだ。ならばそれ相応の実力を持っていて当然だ。

 

油断していた。敵を侮った油断のツケを今から俺は命をもって支払うことになる。

 

「だがこれでようやく有力な邪魔者が消える。眼魂も命も貰っていくぜ」

 

「消えるなのはあなたですわ」

 

「!!?」

 

〈BGM終了〉

 

脳裏によぎる敗北の二文字。悔しさで胸がいっぱいになるその時、痺れる雷光が信長の腹を貫通した。

 

吐血し、不意打ちに驚く信長がゆっくりと背後を振り向く。

 

「姫島朱乃ッ…」

 

「私たちのことを忘れてもらっては困りますわ」

 

〈BGM:DECICION(黄昏メアレス)〉

 

エジソンのパーカーゴーストを纏った朱乃さんが、雷光の余韻残る右手を信長に向けていた。俺との戦いに躍起になっている間に距離を詰めていたのだ。

 

「は…!」

 

しかし奴の反応は早かった。即座に床を蹴り上げて朱乃さんとの距離を詰めると、がしりと大きな手が朱乃さんの頭を掴み上げた。

 

「きゃっ」

 

「やめろ…!」

 

「馬鹿な女だ、近接戦では俺に勝てねえと言ったのを忘れたか」

 

「今の私に近接戦に対応できる手段がないとでも?」

 

「なんだと?」

 

奴の体の向こうで朱乃さんがふっと笑うのが一瞬見えると、すぐさま迸る閃光でその姿が見えなくなる。

朱乃さんが全身から電撃を放出したからだ。

 

「あばばばばばばッ!!」

 

当然、朱乃さんを掴む信長は感電して全身に電撃を浴びることになる。エジソンの力で朱乃さんの力はさらに向上しており、全身が焼かれ黒焦げる。

 

「うぉ…くそ!」

 

これにはたまらず朱乃さんを解放するも間髪入れずに紅い弾丸が背後から殺到し、信長が業魔人化して得た翼に次々に風穴を開けていく。電撃で焼かれ、今度は撃たれた翼から紫色の羽が舞い、無残な姿へ変わっていく。

 

「なんだとぉ!?」

 

「朱乃がいるということは私もいるということよ」

 

いつの間にか俺のすぐ近くに現れていたのは部長さんだ。そしてそのまま俺を守るように朱乃さんと部長さんのグレモリー眷属のツートップが前に出た。この絶体絶命の状況において何と頼もしい後姿だろうか。

 

「貴様らぁ…!!」

 

不意打ち二連発を喰らっていよいよお冠になった信長がこの空間を埋め尽くさんばかりの大きな鉱物の塊をものの数秒で生成した。これだけの質量の鉱物を瞬時に生成できる辺り、肉体だけでなく神器そのものの性能も引き上げられているらしい。

 

逃げ場のない室内で質量に任せて俺たちを押しつぶすつもりだ。実際に宝石商に売ればどれだけの富を成せるか想像もつかないような巨大な鉱石を腕を振るうモーションと同時に、俺たちへと発射した。

 

「ぶっ潰れろォ!!」

 

「伏せて!」

 

〔ニュートン!〕

 

吼える信長。痛む体に鞭打って俺は二人の前に飛び出し、ニュートンの力を解放。両手を前面に突き出して斥力フィールドを生み出す。

 

「ぬぉぉぉぉぉぉ…!!!」

 

力の限り霊力を消費してフィールドを発生させるも蓄積したダメージにより思うような出力がない。最初は拮抗しているように見えたが、じりじりと斥力に負けずこちらへと距離を詰め始めている。

 

「くっ」

 

ついにはがくりと片膝をついてしまう。このままでは押し負ける。そう思った時に、部長さんは提案した。

 

「深海君、私たちのオーラと魔力も使って」

 

「!」

 

「イッセー君のような譲渡はできなくとも、あなたの能力である程度力がリンクしている今なら分け与えられるはずですわ」

 

「そんなことが…?」

 

「できるかわからないけど、可能性があるならやる価値は十分あるわ」

 

プライムスペクターの能力の一つである英雄の力を皆に分け与えるヒーローズ・リインフォースメント。それを逆に利用してみんなが俺に力を分け与えるなど、そんな可能性は考えたこともなかった。もし本当にできるなら、この状況をひっくり返す一手になる。

 

「やるわよ、朱乃!」

 

「ええ、行きますわ」

 

考えるよりも早く行動した二人の手が俺の肩に添えられる。それから間もなく俺が付与した英雄の力を通じて二人の強いオーラ、魔力が流れ込んでくるのが感じた。流石は上級悪魔と堕天使幹部の娘、凄まじい力だ。

 

「本当にできたのか…これなら!」

 

受け取った二人のオーラの影響か、俺が放つ金色と青の斥力フィールドに変化が現れ、荒々しい紅と天轟かす雷の色へと変色する。さらに威力も倍増し、拮抗が一転して一息に鉱石を押し返し、やがてそれはあっという間にとんぼ返りすることとなった。

 

「どふぁ!!?」

 

あえなく信長が跳ね返された自身の攻撃をくらってホテルの外へ吹き飛ばされていった。あのボロボロの翼ならおそらく飛翔してこちらへ復帰してくることもできまい。

 

「あれならもう戻ってこれないでしょうね」

 

「そう…ですね」

 

その言葉を続けることもできずに俺はその場で倒れこむ。この戦いでかなりの深手を負ってしまった。出血もかなりの量だ。このまま手当てしなければ出血多量で死ぬかもしれない。

 

「ごほっ」

 

「深海君!しっかり!」

 

「朱乃、急いで彼をアーシアのところへ運んで頂戴。私は信長を追うわ」

 

「ええ、お願い。もう少し耐えて」

 

こんな状況でも部長さんは冷静に素早く次の手を打つ。信長もあれで終わるような男じゃあるまい。それにジークと交戦している木場たちも気がかりだ。すぐにでも戦線復帰しなければ。

 

〈BGM終了〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

 

 

 

 

〈BGM:仮面ライダーブレイズのテーマ(仮面ライダーセイバー)〉

 

ジークと交戦真っ只中の木場のもとに、ふわりふわりと浮遊するムサシのパーカーゴーストが舞い降りて彼を覆う。

 

「これは深海君の…」

 

唐突な強化に一瞬戸惑うも、すぐに状況を飲み込んだ木場はこれ以上ないベストタイミングだとほほ笑む。

 

ムサシが得意としているのは二刀流。多くの剣を同時に操り攻め立てるジークフリートと戦うには少しでも手数が多い方がいい。

 

だが、肝心のジークフリートの攻略法が見つからない。

 

「奴の体は龍の血によって強化されている。五本の魔剣に身を透明化し剛力をもたらすタルンカッペ。まさしく伝承のシグルド、いやそれ以上だ」

 

「ドラゴンブラスターも効かねえし、あんな六本腕の攻撃を躱して背中を攻撃するなんて無理だろ。こんな奴どうすりゃいいんだよ…無敵か」

 

「ドラゴン…確かシグルドは龍殺しの英雄だったね」

 

木場はこれまでに調べてきたシグルドの伝承を思い返す。魔帝剣グラムを以て龍王ファーブニルを一度は屠り、その返り血を浴びて強靭な体になった。その際背中に菩提樹の葉がついていたためそこだけ龍の血の恩恵を受けられなかったのも有名な話だ。

 

彼が持つのは魔帝剣グラム。魔剣の頂点に立つ剣であり、アスカロンよりも強力な龍殺しの力を秘めている。グラム、龍殺し、そして龍の血。

 

「…いや、そうでもない」

 

いくつかのワードがつながった時、木場はある一つの可能性を思い当たった。もしそれが本当なら、ジークの虚を突くことにもつながる。それを確かめるべく、神器の能力を用いて一本の聖魔剣を創造しその手に握る。

 

「おい木場!?」

 

「へぇ、まだ向かってくるのか。やはり剣士たるものそうこなくてはね」

 

自分の勝利を確信したこの状況でなお歯向かおうとする木場にジークは呆れるどころかむしろ歓迎するように不敵に笑う。せっかく出会えた、この英雄の力を存分に振るうに足る相手だ。そう易々と折れるようでは彼の貪欲なまでの強さと戦いへの欲を満たすことはできない。

 

「おい、何か打つ手があるのか!?」

 

「打つ手はない。けど、可能性ならある」

 

「…わかった」

 

一誠はこれ以上言葉を続けることはしなかった。戦友の瞳に強い意志と自信を見て、それを信じることに決めたからだ。ジークと再び剣を交える覚悟を決めた木場の隣に、一誠が並ぶ。

 

「木場、同時に仕掛けるぞ。俺が気を引くからお前が決めろ」

 

「うん、グラムの龍殺しには気を付けて」

 

「いいや、君は死神の相手でもしてもらおうか」

 

ジークがさっと手を掲げると、どこからともなく木場たちの背後に死神の集団が出現する。そのローブや装飾の絢爛さはプルートには及ばないがこれまでの下級の死神以上のものだ。

 

「マジかよ!」

 

死神の集団を認めた一誠は即座に木場の背を守るように彼の背後に立ち、背中合わせにする。

 

「戦力の分断は戦いの基本だよ。さあ、赤龍帝の命を残らず刈り取ってくれよ」

 

ちゃきりと鎌を鳴らすと、音もなく死神たちが一誠目掛けて殺到する。

 

「イッセー君、死神は君に任せてもいいかい?」

 

「オッケー任せろ!」

 

その短い一言に戦友への全幅の信頼を乗せ、二人はそれぞれの敵へ向かう。

 

「ハッ!!」

 

背部のブースターからオーラを吹かせて一気に一誠は死神たちとの距離を消し飛ばす。鎌の一閃をかいくぐって懐に飛び込むと、強烈な拳打を打ち込んだ。

 

その一方で、木場はジーク目掛けてひた走る。

 

「何を思いついたかは知らないが、君にこの体を切り刻むことはできない!!」

 

ついに間合いに収め、振るった聖魔剣をジークはダインスレイブとノートゥングで防御する。聖魔剣と魔剣。二人の剣士がそれぞれ命を預ける得物が幾度となく交差する。

 

「ハァ!」

 

ジークが振るうグラムをいなす木場に、ジークの背部から生える龍の手が名のある魔剣を携えて襲い掛かる。しかし、凶悪な剣光をすんでのところで弾いた刃があった。

 

剣を扱う腕の数を増やせるという他の剣士には持ち得ないアドバンテージを生かしたジークの攻撃を防いだのは、ムサシのパーカーゴーストの背部に備わった2本のゴーストブレイドだった。

 

「僕と似た能力じゃないか」

 

ゴーストブレイドがオートで動き、龍の手が繰り出す剣技の数々に反応する。オートと言ってもあらかじめプログラムに設定されたとおりにしか動けないコンピューターとは違い、眼魂に宿る英雄の確かな記憶と技量に裏打ちされた剣捌きは的確に魔剣のラッシュをいなし、本体の木場を守っていく。

 

「剣が2本増えたところで!」

 

ムサシの力を得て互角に迫りつつある木場。それに負けじとジークも闘志を震わせ剣速を上げていく。そんなジークから離されないように木場の剣速は加速し、幾本もの剣がぶつかり合う。

 

「ッ!」

 

息継ぐ間もないような激しい打ち合いの中、木場は反撃のすきを窺っていた。ジークの6本の腕から繰り出す剣技のコンビネーションは非常に高い完成度であり、付け入る隙は無いように思える。

 

だが必ずどこかに突破口はある。その極々僅かなチャンスをものにするべくジークの剣を捌きつつ細い糸しか通れない小さな穴のような隙を見逃さないようにジークの

 

「ハァ!!」

 

「!」

 

そしてその時はきた。剣豪たるムサシの見切りが複数の魔剣からなるジークの剣技のごくわずかな隙を見抜いてグラムを弾く。そのまま返す刃で袈裟切りを繰り出す。

 

渾身の一太刀を叩きこむ決定的な瞬間。しかし今のジークには英雄シグルドと同等のいかなる攻撃をも弾き返す鋼の肉体がある。聖魔剣だろうとそれは例外ではない。

 

故にジークに大した焦りはなかった。むしろこの肉体が聖魔剣を逆に折れるかどうかという好奇心すら湧いた。

 

それ故に、彼の剣戟がもたらした結果にジークは大いに驚愕することとなる。

 

「ッ!?」

 

〈BGM終了〉

 

肩から腹にかけての袈裟切り。鋼の肉体が彼の思惑通り剣を弾くことはなく、鮮烈な剣の軌道がジークの胴に確かな切り傷をつけた。

 

通常のダメージとは違う、全身に駆け巡る怖気とよりずきずきと痛むような感覚にジークは顔を歪める。そして咄嗟に距離を取るのだった。

 

「なんだって…?」

 

驚きながらも傷口に触れて指に付着した己の血が現実を突きつける。無敵のはずの体が一太刀に屈した。

 

馬鹿な、そんなことがあるはずがないと。木場裕斗の力ではこの体に傷一つつけることすらできないはずだと確信していたのに破られた。

 

なぜという一言が彼の脳内を埋め尽くす。神をも殺すような大したオーラも込められていない剣にどうしてとジークは己の体を傷つけた木場の聖剣に注意深く視線を落とす。

 

これといった特色も派手な装飾もない、飾り気のない聖剣だ。強力なオーラは感じない。しかし、そのオーラには覚えがある。それは彼の同胞が召喚した堕天使サマエルがそれを何百何千倍にも濃厚にしたものを放ち、兵藤一誠が所有する聖剣アスカロンも同じ毛色のオーラを持っている。

 

「このダメージは…まさか!」

 

「そう、龍殺しの聖魔剣だよ」

 

木場がこくりと頷く。

 

「馬鹿な!攻撃を受けたのは神器の龍の手じゃないんだぞ…?どうして…」

 

「さっきあなたが言った。シグルドは全身に竜の血を浴びて強靭な肉体を手に入れたと。なら、今のあなたは龍の力を身にまとっているのと同じだよ」

 

だがいくら龍相手に絶大な効果を誇る龍殺しといっても生半可な攻撃ではその防御力に負けてしまうだろう。ゆえに放つべきは渾身の一太刀。だがもし龍殺しが通用せず逆に剣が折られるようなことになれば、返しで魔剣の餌食になってしまうかもしれない。ある種の賭けだったが、木場は見事推測を当てその賭けに打ち勝った。

 

「そういうことか…!!」

 

完全に盲点だった。シグルドと言えば魔帝剣グラムをもって龍王ファーブニルを討伐した龍殺しの英雄。そう信じて疑わなかった彼の力にまさか背中以外の弱点…それも龍殺しに弱いなど想像だにしなかった。

 

思わぬ弱点を突かれた動揺を鎮めるようにジークは大きく息を吐いた。

 

「まさかこの能力にそんな弱点があったなんてね…龍殺しの聖剣や魔剣は神器での創造が特に困難と聞いていたけどそれをやってのけるとは恐れ入ったよ」

 

グラムを地面に突き立てると空いた手でフェニックスの涙入りの小瓶を取り出し、傷口に液体をかける。たちどころに傷は癒え、木場がやっとの思いで刻んだ傷跡はなくなる。

 

「だが二度目はない。今度は油断しないよ、君の攻撃は全て魔剣で捌いて必殺の一撃を叩きこむ!」

 

〈BGM:闇の戦(仮面ライダーダブル)〉

 

木場の一撃はジークの燃える闘志に更なる油を注いだ。再びグラムを握ってその切っ先を向けると、大地を蹴って木場目掛けて走り出した。

 

「龍騎士団!」

 

木場の判断は早かった。聖魔剣を聖剣に切り替えて禁手を発動。聖剣の龍騎士団を召喚し向かってくるジークへ突撃させる。その全員が、龍殺しの聖剣を握っていた。

 

「全員に龍殺しの剣を持たせて僕を討ち取ろうという魂胆が透けて見えるよ!」

 

あの無数の騎士の剣全てが、今の自分に対して有効なダメージを与えることができる。だがジークは警戒はしても恐ろしいとは思わなかった。なぜなら、剣を受ける前に潰してしまえばいいからだ。

 

先陣を切った勇敢な騎士とすれ違いざまにグラムを振るい、破壊する。続けて迫った騎士が素早く突きを繰り出せば全て魔剣で弾いて距離を詰め、逆にバルムンクで貫いて大穴を開けて行動不能にした。左右から挟撃せんと襲ってくる騎士に対しては駒のように身をよじって一閃し、まとめて斬り伏せる。

 

そこに上空から二体の騎士が切りかかってくる。しかし今のジークは六本腕の鬼神。もはや一瞥をくれることすらなく、魔剣を握る龍の腕が剣戟を弾いて真っ二つに切り裂いた。

 

どれだけ容易く仲間が屠られようとも聖騎士団は恐れを知らず、次から次へとジークへ突撃してくる。

間髪入れず、休む間も与えまいと騎士団は歩みと剣戟を止めない。

 

「ふん」

 

ジークは赤子を相手にするかのように騎士たちの剣技を弾いては強烈な一太刀を見舞って粉々に砕いた。それはもはや剣で斬るというよりはガラス細工に鈍器を叩きつけるかのような様だった。そんな芸当を可能にしたのがタルンカッペの怪力を付与する能力だ。

 

「ディルヴィング、ノートゥング」

 

ノートゥングによって空間ごと切り裂かれ、ディルヴィングの力がタルンカッペと組み合わさり騎士団の鎧を塵も残さないほどの破壊力を生む。

 

「ダインスレイブ」

 

呼ばれた己の名に応じるがごとく魔剣の一本が怪しく輝くと、地面から鋭く分厚い氷柱が次々と出でる。残った騎士団は一撃で粉砕されるか空高く突き上げられ、やがて地面に落下して砕けた。

 

そうして前座はもういいと言わんばかりに、ジークが本体の木場へと距離を詰める。

 

「っ!」

 

咄嗟に騎士団に命令を飛ばすと、即座に応じる二人の甲冑の騎士が木場とジークの間に割り込む。先ほどの攻撃でどうにか軽傷で済んでいた騎士だ。

 

「バルムンク!」

 

しかしドリルのように高速回転するオーラを纏わせた突きのラッシュで主を守らんとした騎士たちは容易に砕かれ、ついにジークが本体たる木場に迫った。

 

「脆い、脆いよ。君の龍騎士団は本体の能力と速度を付与できる。でも技術は反映できていないみたいだ。技術のない速いだけの騎士団なんて僕の魔剣の前では紙屑でしかないよ!」

 

ここに到達するまでの打ち合いでジークは木場の禁手の特徴を見抜いていた。騎士団は確かに木場の分身とも呼べる存在だ。しかし、本体と比較してスピードは遜色ないが剣を合わせた際にどうしても本体が持つ優秀な技術の欠落が感じてならなかった。

 

「そこまで見抜くなんてね…!」

 

「タルンカッペ」

 

呟くジーク。不意にジークがその阿修羅のような姿が完全に風景に溶け込むように消える。

 

「!」

 

感じた殺意。すぐさま対処しようとするも剣を握る腕の動きが一瞬鈍る。その一瞬が命取りになった。

 

ずしゃ。

 

木場の胴を血のように赤いグラムが深々と貫いた。紛れもなく致命傷を負った戦友の姿に一誠が悲痛な叫びを上げる。

 

「木場ぁ!!」

 

「最後の最後で剣筋が鈍ったね。僕の光剣でできた傷が決定打になったようだ」

 

〈BGM終了〉

 

タルンカッペの能力で透明化していたジークが再び姿を現す。ずぶと剣を引き抜くと、ぐらりと脱力したように前のめりになって木場の体が倒れていく。

 

「木場祐斗、討ち取ったり」

 

斬り伏せた彼の倒れ行く姿ににやりと口角を吊り上げた直後だった。

 

ザン!

 

「ッ!!?」

 

背中を深く切り裂かれたような感覚。完全に虚を突いた一撃に驚きながらも後ろを振り返れば、甲冑の騎士がいた。騎士がおもむろにバイザーを上げると、甲冑の中にいる男と目が合った。

 

「木場裕斗…!?」

 

禁手の龍騎士団の鎧を纏った木場裕斗が己の背後を取って切り裂いていた。ならば先ほど自分が貫いた彼は何だったのか。そう思い視線を走らせると、足元に倒れ伏していた木場が霞になって消えていくところだった。

 

「幻術だと…」

 

「そう、あれは魔力で作り出した幻影。本物の僕は龍騎士団の鎧を纏って紛れ込み、あなたが油断するのを待っていました。ついでにあなたが僕の腕に着けた切り傷も利用し、より本物と思わせるようにしたんだ」

 

「…!!」

 

「龍殺しに弱いという新たな弱点が露呈したことであなたの背中への注意が手薄になった。そして僕の龍騎士団の弱点を見破り、これ以上にないほどに油断したところを突かせてもらいました。あなたたちは相手の弱点を突きたがるようですから、こちらも同じ手を取らせてもらいました」

 

そう言って瞬時に背後からジークの眼前に躍り出た木場が、龍殺しの聖剣の二振りでジークの胸部に斬撃を浴びせた。

 

「ぐはっ!?」

 

押し寄せる龍殺しのダメージに耐え切れず吐血したジークがのけぞり、そのまま地面を転がっていく。

 

「マジかよ、あいつの弱点を突いたのか!」

 

ちょうど数秒前に死神たちの攻撃を潜り抜けて全員を殴り倒した一誠が感嘆の声を上げる。

 

「元々この龍殺しの聖剣はイッセー君の覇龍対策で編み出したんだ。次に暴走した時のために、先生から打診されていた。でも、君は覇龍じゃない新たな進化を目指した。だから僕も修行を中断していたけど彼に敗れてから再開したんだ。ちなみに魔剣でも聖魔剣でも龍殺しは使えるよ」

 

「…やっぱすげえよ、木場」

 

進化していたのは自分だけではない。仲間もまた自分と同じように努力を重ね、進歩しているのだと一誠は改めて気づかされた。

 

 




次回、「フェーズ・スリー」


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第148話「フェーズ・スリー」

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
1.ムサシ
2.エジソン
3.ロビンフッド
4.ニュートン
6.ベートーベン
7.ベンケイ
9. リョウマ
10.ヒミコ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
23.コロンブス


悠河がリアスたちと共に信長を撃退した頃、ポラリスは変わらず屋上から眼下の駐車場で繰り広げられる戦いを眺めていた。ちょうど今、ホテルから吹っ飛んだ信長が駐車場に墜落して、一誠たちと交戦しているところだ。

 

「ジークフリートがイレギュラーな力を行使したが、それを撃破できそうじゃのう」

 

ポラリスは木場たちが英雄化を使ったジークフリートを追い詰める一連の戦いを全て見ていた。英雄化を使い、かつてない力を発揮するジークフリートにポラリスは眉をひそめるもそれを見事超えてのけた木場たちに心の中で称賛を送ったものだった。

 

「アルルの奴め、英雄派にいらぬ知識を吹き込みおって…。それに信長というイレギュラーも気がかりじゃ」

 

英雄派が手に入れた力、英雄化。眼魂を体に取り込んで力を手にするこの技法は当然のことながら眼魂が存在しない正史においてあるはずがないので、ポラリスにとって全くの想定外のパワーアップとなった。

シグルド眼魂なる眼魂の大元になる仮面ライダーゴーストにも登場しない眼魂はその強大な力はもちろんのこと、今後英雄派やアルルが未知の眼魂を使うのではという可能性の先駆けという意味でも脅威だ。

 

そして何より、本来の歴史に信長という男は登場しない。これも悠河というイレギュラーが現れた影響かと思ったが、中々に高い実力を持っており英雄派がグレモリーと敵対する現状では懸念すべき不確定要素だ。

 

しかし彼は自身の由来となるノブナガ眼魂を持つ悠河に固執しているきらいがある。それがうまく働いて悠河が強くなるための踏み台になるならよし。もし自身の思惑を超えて致命的なイレギュラーを引き起こそうというなら速やかに削除されなければならない。

 

「…ほう、もう復活か」

 

そう思案にふけっていると、ホテルの窓から悠河と朱乃が飛び出していくところを見かけた。コブラケータイに仕込んだプログラムを通じて彼の動向を探っていたのでかなりのダメージを負っていたことは把握していたが、動きを見る限りではとくに問題はなさそうだ。この短時間で戦線復帰まで回復できるアーシアの神器を引き出すポテンシャルはこの段階でもかなりのものだとポラリスは舌を巻いた。

 

「頑張ってくれよ。おぬしの今後のためにも、妾達の計画のためにもな」

 

 

 

 

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そっちは順調のようだな」

 

朱乃さんに連れられてアーシアさんの治療を受けたことで俺はとりあえず傷を癒し出血を止めた。決着もまだついていないためおちおち休んでいられず、そのまますっ飛んで行った信長を追うように俺たちは兵藤達のもとへ駆けよった。

 

「おうよ、木場の奴龍殺しの聖剣を作れるようになったんだぜ!」

 

「マジか」

 

「龍の手対策で使えるかと思ったけど想像以上の効果を発揮してくれたよ」

 

「へえ、それなら今度は適正なしでも使える聖剣を作れるようになってくれ」

 

「魔剣はともかく聖剣は厳しいかな…」

 

俺のリクエストに木場は苦笑いした。やはり聖剣だけはゼノヴィアのように因子がなければだめなのか。

 

「やはり裕斗はすごいわ。龍殺しだけじゃない、ジークを追い詰めたのはあなたの実力あってのものよ。贔屓目もあるかもしれないけど、十分若手トップクラスのレベルだと思うわ」

 

「…それだけじゃありません。やはり普段からトレーニングに付き合ってくれるイッセー君や深海君のおかげです。二人…みんながいるから僕はもっと強くなれる」

 

「おいおいそんな照れること言うなよ…」

 

部長さんが木場の進歩に感心していると真顔で木場がそんなことを言い出すものだから気恥ずかしくてならん。そういうのは本人のいない所でやってくれ。

 

「…さて」

 

話もほどほどに、相対するジークと信長を見据える。

 

「おいおい、もう勝った気でいるのか?」

 

「まだ僕たちは戦えるよ」

 

ジークも信長も傷を負いはしたもののまだ決定的なダメージにはなっておらず、戦意も弱まる気配がない。ならば、ここから必殺の一撃を叩きこむまで。

 

「いや、あなたたちはここで終わりだ」

 

「さあ、一気に決めるわよ!」

 

「はい!」

 

〈挿入歌:Evolvi’n Storm(仮面ライダーフォーゼ)〉

 

仲間の掛け声に合わせ、俺はヒーローズ・リインフォースメントの真髄を発揮する。

 

〔プライムチャージ!〕

 

トリガーのボタンを押すと、プライムチャージが発動。背後に輝かしい魔方陣が浮かび上がりヒーローズ・リインフォースメントの恩恵を受けている部長さんたちが持つそれぞれの武器に溢れんばかりの霊力が宿る。

 

〔ムサシ!エジソン!ノブナガ!オメガ・フォーメーション!〕

 

「行くわよ!」

 

「チェックメイトですわ」

 

最初に飛び出したのは部長さんと朱乃さん。翼を広げて空へ羽ばたくと信長とジークの周囲を取り囲むように旋回し、霊力の影響で威力が何倍にも増した銃撃をあらゆる角度、砲口から浴びせにかかる。

 

「喰らってやるかよ!」

 

無数に降り注ぐ滅びの弾丸。範囲を抑える代わりに何倍にも破壊力が濃縮された雷光。まともに喰らえば一溜まりもない自分たちの周囲に神器の力でドームを張ろうとする。しかし奴も度重なる攻撃で消耗しているのか、先ほどの攻撃と比べて明らかに生成速度が遅い。

 

しかしその間、ジークが信長を守る盾になっているため時間稼ぎには十分だ。あれだけの攻撃を受けてジークの体には少しも傷がついていない。信長の神器とどちらが頑丈だろうか。

 

「突っ込むぞ!」

 

雷光の光で乱反射を起こす美しいドームが形成される最中、兵藤と木場は激しい銃撃の嵐へと駆け出す。

何度か流れ弾がこっちに飛んでくるがムサシの見切りで躱していく。味方ながら恐ろしい攻撃だが、臆する時間はない。

 

そして二人は徐々に形成されゆくドームの中へ滑り込むように侵入する。

 

「何!!」

 

「はぁぁぁぁ!!」

 

まさかと驚くジーク。ドームの中は非常に狭く、入った時にはすでにジークと信長は間合いに入っている至近距離だ。

 

木場が霊力を帯びて刀身煌めく二振りの龍殺しの聖魔剣と背部のゴーストブレイドを炸裂させる。

 

「がふぁ!!」

 

強烈なダメージを負って態勢を大きく崩したジークが膝をつき、信長への道が開く。

 

「!!」

 

驚愕する信長。二人に対処するには一度ドームの形成を止めるしかない。しかしそれを止めれば今度は部長さんたちの銃撃に対処できなくなる。どちらを取るか、その判断を下すのに必要な時間は奴にとって致命的な隙となった。

 

「喰らえええええ!!」

 

そんな信長の顔面にトリアイナの『戦車』に昇格し、より重厚になった右ストレートが入る。さらに撃鉄も炸裂。バゴンという重い音と同時に拳を振り抜く。

 

「ごはっ!!?」

 

拳の威力で吹っ飛んだ信長は鼻血を噴きながら自らを囲むように形成されたドームに頭を強く打ち付ける。その衝撃で意識が数秒飛んだのか神器の能力が停止してドームの形成が止まり、やがてばらばらと無残に崩壊を始める。

 

二人にぶちかました勢いのまま即座にその場から逃げるように走り抜けるのを見届けると、今度は自分の番だとガンガンハンド 銃モードを取り出し、複数の英雄の能力を発動させる。

 

〔ノブナガ!〕

 

〔エジソン!〕

 

〔ロビンフッド!〕

 

「これで決まりだ」

 

ノブナガの能力が無数の銃口の幻影を作り出し、エジソンの能力で電撃を付与する。英雄の力を複合できるプライムスペクターの力を存分に使いトリガーを引き絞ると無数の銃口が痺れる電撃を帯びた矢を一斉に撃ち出す。

 

さらに部長さんや朱乃さんの攻撃もそこに加わり、360度逃げようのない広範囲からくまなく銃撃を浴びせた。

 

「くそがぁぁぁぁ!!」

 

俺たち三人の集中砲火はジークと信長、二人の英雄派の猛者を巻き込んだ大爆発を起こす。爆炎が高く立ち上り、駐車場を轟かす。

 

そして爆炎の中から俺目掛けて飛び出してきた四つの眼魂を俺たちは見逃さず、すべてキャッチした。

 

「ははっ、こいつは儲けたな」

 

〈挿入歌終了〉

 

手の中で転がすのはどれも見たことのない眼魂。間違いなく奴らが新たに生み出したものだろう。あとでしっかり調べさせてもらおうか。

 

「くっ…」

 

やがて爆炎が晴れると、無残にも全身血まみれでボロボロになった信長とジークがその姿を晒した。息も絶え絶えで英雄化と業魔人も解除されているようだ。それと同時に、木場たちに施したヒーローズ・リインフォースメントも消滅する。

 

「これは…」

 

「これ以上は…持たないか」

 

激戦が続いたことでそろそろ霊力が尽きかけているらしい。霊力は精神から生み出されるエネルギーだがその精神を支える肉体のコンディションも生成に必要な要素である。長期戦で疲労すれば瞬間的に生成される霊力は減り、変身の維持や戦闘に支障をきたすようになってしまう。

 

「…そうか。なら、これはどうかな?」

 

〈BGM:アンデッド(仮面ライダー剣)〉

 

そんなタイミングを見計らったようにジークが意味深に笑うと何かの合図を出す。

 

上空の空間がぐにゃりと歪む。まるで水面の波紋のような歪みから浮上するように出現したのは死神の大群だった。どの死神も手にした鎌を血に飢えたようにぎらつかせており、その数は100か数百はくだらないだろう。

 

「嘘だろ」

 

「この数はちょっと大変ですわね」

 

死神たちの出現した空を見上げる朱乃さんたちの表情は険しい。

 

全快時なら兵藤のドラゴンブラスターや俺のノブナガの一斉射撃、部長さんたちの魔力攻撃と言った広範囲攻撃を出せるためどうということはない。しかし流石の俺たちも消耗しており、あれを一掃できるくらいの攻撃を繰り出せる力は残っていない。

 

「ここまでうまく死神たちの攻撃を避けてきた君達でも今の疲労した状態でこの物量なら、寿命を根こそぎ刈り取ってくれるだろうね」

 

勝ち誇ったようにジーク達は笑っている。くそ、ここまで来てこれか…!

 

「だったら…」

 

そろそろ体がしんどいがやるしかない。意を決してプライムトリガーを操作し、三度目のヒーローズ・リインフォースメントを発動させる。

 

〔ムサシ!エジソン!ノブナガ!〕

 

「うっ!!?ごはっ!!」

 

しかし途中でドライバーから電撃が迸り、心臓の鼓動が強く脈打って視界がぐらつく。全身の力が抜けて変身も維持できなくなり、両膝をついて前のめりに倒れこんでしまう。同時に体の奥からこみあげてきた物を吐き出すと、真っ赤な血がアスファルトにしみこんでいった。

 

「深海君!?」

 

「深海!?どうした!?」

 

「仙術で誤魔化したツケが回り始めた…もう…限界だ」

 

俺の異変に心配した兵藤達が駆け寄る。仙術で曹操に負わされたダメージやヒーローズ・リインフォースメントの負担を一旦抑えていたが、今回の戦いで疲労が蓄積したことで一気に解放されてしまったようだ。悔しいが体に力が入らない、これ以上は戦えそうにない。

 

「そんな…」

 

「俺もドラゴンブラスターをもう撃てそうにねぇ。アレをどうにかする火力は出せないぞ…!」

 

いよいよ打つ手なしか。そう思った矢先のことだった。

 

「…ん?」

 

〈BGM終了〉

 

兵藤が突如としてあちこちに視線を泳がせ、困惑気味な声を漏らした。

 

「はぁ!?何を言って…」

 

酷く驚いた口調だ。もしや、神器に宿るドライグが何らかの打開策を見出したのか。だとすれば何を話しているのだろうか。

 

そう思った矢先、兵藤が唐突に空を見上げ、見るからに危険そうな死神と激しい戦いを繰り広げている先生に声をかけた。

 

「先生!大変だ!!」

 

「なんだよこんな時に!!こっちはお前らを援護する余裕なんてねえぞ!!…いや待て、このやり取り前にもあったような…」

 

「歴代所有者の先輩たちが、リアスの乳を次のステージに進めようとか言ってる!!」

 

…へ?

 

俺の思考は一瞬停止した。この状況で何をふざけたことを言っているのか。交戦している死神すらも動きを止めた。

 

それは先生も同じだったらしい。一拍置いて、先生は快哉を叫んだ。

 

「いよっしゃぁぁぁぁぁ!!来たぜ死神ども、英雄派共!!イッセー!今すぐ乳を揉め、つつけ、触れ!!俺たちだけの必勝パターンに突入したぞォォォォ!!!」

 

「…なんだって」

 

ジークに至っては戦慄を禁じ得ないといった顔をしていた。俺たちが起こしたおっぱいの奇跡はジーク達も耳にしているだろうし、何より一度京都で目撃している。当然、今度は何が起こるのかと警戒の度合いは最大限に引き上げられるだろう。

 

しかし乳を次のステージに、ねぇ…。いやそもそもおっぱいはおっぱいだし、ステージもレベルもないと思うのだが。やはり部長さんの胸は特異なモノなのか。

 

「リアス!あの、聞いてほしいことが…」

 

「…」

 

恐る恐ると、しかし強い決意を持ったように兵藤は部長さんに尋ねる。部長さんも今度は何を頼まれるのだろうと不安交じりの様子だ。

 

「そのおっぱいに…赤龍帝の力を譲渡してもいいですか?」

 

奴は至って真面目になんともばかげた提案を口にした。

 

なんでだよ。普通は攻撃に使う能力だろう。どうして攻撃もくそもない体の一部位にそれを使うのか。もっと違うものに譲渡しろ!例えば力尽きそうな俺とか!!

 

「…やっぱりわからないわ。どうして私の胸はいつもとてつもない現象を引き起こしてしまうのか。でも、この状況をどうにかできるなら、やって頂戴!!」

 

部長さんも少しは断る勇気を持とうよ!!もうそのセリフは慣れてる人のセリフなんだよ!!

 

本人から了承を得ると、早速兵藤は能力を発動させる。

 

〔Boost!Boost!Boost!Boost!Boost!Boost!Boost!〕

 

「行きます!」

 

兵藤は両手の鎧だけを消すと、すっと部長さんのたわわな胸に手を添えた。なんだか見ているこっちが恥ずかしくなってきたし向こうも見られたくないはずなので俺と木場はそっと後ろを向いた。

 

〔Transfer!〕

 

「いやぁぁん!!」

 

籠手の音声が鳴ると同時に、部長さんが嬌声を上げた。戦場のど真ん中でやることではない。

 

言葉にするととてもあほらしい行為が、先生たちの予想通り奇跡を呼んだ。

 

「私の胸が…!」

 

〈挿入歌:Alteration(仮面ライダーウィザード)〉

 

そう、赤龍帝の力を譲渡された彼女の胸が温かな紅い光を放ちだしたのだ。

 

〔Bust!Bust!Bust!Bust!Bust!Bust!〕

 

そして兵藤の籠手からは聞いたことのない音声が壊れたように鳴り響く。これ、ドライグが言ってるの?

 

さらに部長さんの胸から光が兵藤目掛けて放たれ、優しく包み込んでいく。全身に浴びるオーラの効果に

兵藤は驚いた。

 

「オーラが…回復してくぞ!」

 

「なに!?」

 

これ以上にないタイミングで起きた奇跡が、これ以上にない効果を生む。まるで意味が分からんぞ!なんで胸から出たビームでオーラが回復する?もしかして赤龍帝の譲渡の能力が部長さんの胸に宿ったのか!?

 

「…よし、これなら」

 

〔Change Fang Blast!〕

 

早速兵藤は背中に『僧侶』のキャノン砲を出現させ、すぐに赤いオーラを収束させていく砲口を死神の大群へ向けた。

 

「ドラゴンブラスターだぁぁぁぁ!!」

 

震動が地面を揺らし、地にはいつくばっている俺の体にダイレクトに伝わってくる。

 

二門の砲口から飛び出した赤い彗星はすぐに死神の群れに着弾して多くの死神を巻き込んで爆発を起こし、命を刈り取る神々の群れに大きな穴を開けた。

 

「心なしか普段よりも火力が出ている気がするよ」

 

「でもまだ残ってるわ…!」

 

敵の勢いが収まる気配はない。だが乳の輝きも収まらない。またも部長さんの胸から光が兵藤に照射され、籠手から奇妙な音声が鳴り響く。

 

〔Bust!Bust!Bust!Bust!Bust!Bust!〕

 

「またオーラが回復したぞ!!」

 

間髪入れずに再びドラゴンブラスターのチャージを開始、そのまま照射し多くの死神が吹き飛んで行った。

 

「フェーズ3だ!リアス、今のお前は『紅髪の魔乳姫《クリムゾン・バスト・プリンセス》』!その技の名は『おっぱいビーム』!いやもうちょっと捻るなら…『おっぱいバッテリー』だ!お前の乳は新たな境地を切り開いたぞ!」

 

先生もこの奇妙な現象に興奮を抑えられないと言わんばかりに叫ぶ。なんてひどい名前だろう。そろそろ本人に訴えられてもおかしくないぞ、というかこの際一度訴えられてしまえ。

 

「なんだあの出鱈目加減はぁ!?このままじゃ死神どもが全滅だ!!結界の維持も危ないぞ!!」

 

「京都の時では召喚に応じ、今度は赤龍帝のオーラを回復した…。一体あの胸は何者なんだ?いやそうか!やはり奴らの中で最も恐ろしいのはオーフィスでもアザゼルでもない、赤龍帝とリアス・グレモリーのコンビだ!あの胸がある限り、何度でも予測不可能の奇跡は起こる!!」

 

ジークは真面目にあの現象を分析するのやめろ。多分理屈が狂いすぎてて頭がおかしくなるぞ。

 

〔Bust!Bust!Bust!Bust!Bust!Bust!〕

 

そうする間にも籠手はおかしな音声を鳴らし続けて再びオーラが回復し、ドラゴンブラスターを放つ。

 

「もう、イッセーが強くなるなら私は赤龍帝の強化アイテムにしてもいいわ」

 

「そ、そんなこと言わないでください!リアスのおっぱいがアイテムだなんて…!!」

 

「いいの、あなたを助けられるならなんだっていいわ。これもきっと、あなたを助けたい思いが起こした奇跡なのね」

 

部長さん、あんたが諦めたらすべてが終わってしまうんだ。どうか諦めないでくれ、あんたは俺たちの『王』なんだよ、決してバッテリーじゃないんだよ!

 

「死神どもぉ!!あの二人を止めろォ!!」

 

これ以上は看過できないと信長が叫ぶ。それに応じて死神たちが俺たちの後ろに回り込んで攻撃せんと突撃をかけるも。

 

「やらせないよ!」

 

死神の鎌を木場が聖魔剣で受け止めた。兵藤の奇跡を全力でフォローするつもりだ。

 

「二人の邪魔をしようなんて無粋な死神には、お仕置きですわ」

 

回り込んで背後から兵藤を討たんとする死神を朱乃さんの雷光が焼き尽くす。

 

いい流れが来ている。恐らくジークは俺らの邪魔をできるほどの余力はないし、信長も今の力では木場を突破するのは困難だろう。ゲオルクも結界の維持で手一杯なのかこっちに手を出す様子はない。

 

この奇跡が無限に続くのかは知らないが見たところまだまだいけそうだ。このまま砲撃を連打すれば、勝てる。死神を一掃し、装置を破壊してそのまま脱出へとこぎつける。

 

「あぁぁぁぁぁ!!?リアスの胸が…!!」

 

しかし砲撃が続く中、兵藤が突如ひどく悲しい悲鳴を上げた。

 

「おいどうし…!?」

 

何事かと思い、憚られる気持ちがありながらも部長さんの胸へ視線を走らせる。するとどうしたことか、彼女の巨乳が普段の半分ほどのサイズに小さくなってしまっているではないか。今の彼女は、己の乳の生気を引き換えに兵藤に力を注いでいるというのか。

 

「これがこの現象の代償なのね…でもこのサイズならまだやれるわ」

 

「いやだ!やめてください!!このままじゃリアスのおっぱいが…なくなってしまう!!」

 

砲撃のチャージを続けながらも兵藤は大粒の涙を流して懇願する。おっぱい魔人のあいつにとって豊かな胸が風船のように縮んでいく様を見るのはどれほど痛ましい光景だろう。

 

「大丈夫よ。寝たら治るくらいの一時的なだけかもしれないわ」

 

「それでも俺は…!愛する人の乳が縮んでいく様をッ!!見たくないッ!!」

 

気丈に振舞う彼女に兵藤はぶんぶんと首を横に振る。確かに俺もゼノヴィアのあの胸が縮んでいくのは嫌だなぁ…。

 

「ありがとう。でもこれでいいのよイッセー。あなたと共に戦えるならなんだってできるわ…!イッセー、あなたを愛してる…!!」

 

「うぅ…!俺も愛してます!リアス!!」

 

「イッセー!!」

 

「リアス!!」

 

二人の愛の高まりに応じるように乳の輝きはさらに増し、兵藤にどんどんオーラを注いでいく。そして注がれたオーラはドラゴンブラスターとなって炸裂する。互いに心の通じ合った二人は完全に二人だけの世界に入り込んでいた。

 

あまり人のことは言えないけど、ごく身近でそれを見せられる俺の気持にもなってくれ。戦場でバカップルするのやめろ。

 

「教えてくれ、俺はどういう気持ちでこれを眺めたらいいんだ」

 

「とめろォォォォォォォォ!!このままだと本当に乳の力で全滅してしまう!!!」

 

「くそ…業魔人の反動か知らないがしばらく神器が使えそうにねぇ…」

 

俺が困惑する一方で英雄派は阿鼻叫喚の様相を呈していた。いよいよジークが狼狽も露わに全力で叫ぶ。

 

力尽きた今の俺にはどこにも関与できる余地はない。アーシアさんにもどうすることもできない。ただ俺はこのまま傍観するだけだ。

 

「イッセー!」

 

「リアス!」

 

「止めろぉぉ!!!」

 

愛を高め合う二人。繰り返し放たれる赤い砲撃。叫ぶ英雄派。状況はまさしく混沌そのもの。

 

「…俺にも力を分けてくれー」

 

俺もゼノヴィアのおっぱいを戦闘中に揉めばパワーアップできるだろうか。一度真面目に考えた方がいいかもしれない。

 

〈挿入歌終了〉




久しぶりにカウント・ジ・アイコンが変動します。何の眼魂が増えるのか、お楽しみに。

次回、「リベンジ・オブ・ベルゼブブ」


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第149話「リベンジ・オブ・ベルゼブブ」

ついに…UAが10万を突破しました!投稿開始から本当に長い道のりでした。いつもご愛読ありがとうございます。今回、記念企画を考えてますので詳細は次回以降の投稿で説明します。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
1.ムサシ
2.エジソン
3.ロビンフッド
4.ニュートン
6.ベートーベン
7.ベンケイ
9. リョウマ
10.ヒミコ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
23.コロンブス
31.ライト(NEW)
41.シグルド(NEW)
42.ユキムラ(NEW)
44.ハンゾウ(NEW)


兵藤と部長さん、二人が起こした愛の奇跡の末に駐車場は壊滅した。砲撃の余波でアスファルトはでこぼこになり、ここに立っているのは俺と兵藤、部長さん、朱乃さん、木場、そして英雄派のゲオルクと信長とジークだけだ。

 

死神の軍勢は全て消し飛ばされ、フィールドを維持する装置を全力で守ったゲオルクが肩で息をしている。

 

「はぁ…はぁ…」

 

今の奴の姿は英雄派の制服の上から黒いパーカーゴーストを纏った状態。パーカーゴーストにはいくつもの魔方陣が刻まれ、袖や襟には悪魔の翼の意匠がある。

 

あれが奴の『英雄化』。自信と同じ名の偉人、ゲオルク・ファウストの魂が宿るゲオルク眼魂を用いてパワーアップを遂げた姿だ。能力はわからないが奴との相性を考えると、おそらく魔法にちなんだ特性ではなかろうか。

 

死神たちを吹き飛ばした後、ドラゴンブラスターの矛先を結界の維持装置に向けたのだが術者のゲオルクがその周囲に小さな結界を張って防御したのだ。英雄化の力もあって相当堅牢にできていた結界だが、何度も繰り返し照射されては彼の力を発揮するためのスタミナも持たず、この有様だ。

 

「うぉぉぉぉ!!」

 

一方でそれを引き起こした当人の兵藤は号泣していた。なぜなら愛する人の胸は見る影もなく真っ平になってしまっていたからだ。奇跡の根源たる胸が無くなってしまったということは、もう砲撃は打ち止めということになる。

 

「相変わらずばかげた奇跡を起こしてくれるね…赤龍帝」

 

「おいジーク、そろそろ引き際か?もうあれとやりあう余力はねえぞ」

 

そして力を出し切ったジーク達もドラゴンブラスターの回避に全力を尽くし、いよいよ戦えず膝をついている。こちらも相応に力を使ったが、今は英雄派の幹部を一気に三人も倒せる千載一遇のチャンスだ。

 

「いいや、お前らをここで逃がすつもりはない」

 

そう言い放ち俺たちのもとへ降り立ったのはアザゼル先生だった。傷だらけだが破損はしていない黄金の鎧は死神との戦いが拮抗したものだったということを語っている。

 

同時にジーク達の方にも危険なオーラを放つ死神が音を立てずに降りてきた。先生とやり合って無事でいる辺り相当な強者らしい。

 

「チェックメイトだ。ジークフリート、信長、ゲオルク、そしてプルート」

 

そして光の槍の切っ先を四人に向けた。プルートとかいう死神はともかく全員で総攻撃を仕掛ければこのまま英雄派の三人は潰せるだろう。そして結界の装置も破壊できる。

 

あと少しだと思った矢先、バチバチバチと電気のはじける音が空から聞こえた。

 

何事かと誰もが空を見上げる。そこにあったのは人一人分のサイズの空間のゆがみ。水面に波紋が経つように何度も歪むと、突然ガシャンとガラスを割るような音とともに歪みが砕けるとライトアーマーを着込み、マントをなびかせる威風堂々たる男が現れた。

 

その男の顔は忘れもしない。ディオドラを消し、アーシアさんを次元の狭間に飛ばした男。そして兵藤が『覇龍』を発動させるきっかけとなり、彼の逆鱗に触れた男。

 

〈BGM:怒りの反撃(遊戯王ゼアル)〉

 

「久しいな、赤龍帝…そして、ヴァーリよ」

 

この場にいる全員の注目を一身に浴びるその男が忌々し気に二人を睨むと、静かに口を開いた。アザゼル先生が俺たちと因縁深いその男の名を呼ぶ。

 

「シャルバ・ベルゼブブ…旧魔王派のトップ。まさか本当にあの攻撃を喰らって生きていたとはな」

 

「ふん。随分と深手を負わされたがな」

 

鼻を鳴らす奴の視線が今度は英雄派に移った。

 

「ジークフリート。貴公ら英雄派には世話になった。蛇を失いはしたものの、おかげで傷も癒えた」

 

「その節はどうも。こちらとしてもあなたたちに恩を売っておきたかったのでね。それより…」

 

「何の用だ?まさか援軍なんて柄じゃあるめえし」

 

信長の口ぶりからして奴らにとっても想定外の登場のようだ。確かに奴の言う通り、シャルバは義に厚い男ではないだろう。敵対し短い時間しか奴と会ったことのない俺ですら、奴のセリフや行動から容易に推測できる。

 

「そうだな。むしろその真逆、宣戦布告でもしようかとね」

 

「なに?」

 

刹那、奴の顔が醜悪な笑みで歪み、ばさりとマントを翻す。そこに隠されていたのは以前渡月橋で曹操たちと行動していた、『魔獣創造』の所有者の少年だった。確か、名はレオナルドだったか。

 

しかしあの時と比べて、彼の眼はどこか心ここにあらずと言った様相だ。まさか洗脳されているのか?

 

「レオナルド!」

 

「おいおいどうしてレオナルドを連れてんだ!?何も聞いてねえぞ!」

 

いよいよ英雄派たちの想定外の展開になって来たらしい。動揺を隠せておらず、シャルバを問い詰め始めた。

 

「なに、少し協力してもらおうと思って連れてきたのだよ。君たちの強情な仲間には残念ながら死んでもらったが」

 

「てめぇ…」

 

信長が怒りに満ちた双眸をシャルバに向ける。仲間割れなら大歓迎だが。

 

今にも飛び掛かりそうな信長を手で制したジークが前に進む。沸々と内心滾っているであろう感情を努めて抑えるように冷静な声色でシャルバに一つ問うた。

 

「…レオナルドには別作戦を任せていたはず。彼をどうするつもりだ?」

 

「こうするのだよ」

 

シャルバの手のひらに小さな魔方陣が展開し、それをレオナルドの胸に添える。すると魔方陣に刻まれた文字が高速で目まぐるしい回転を始めた。

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」

 

魔方陣にどういう効果があるのかは知らないが、幼い顔を苦痛で歪めたレオナルドが絶叫する。どうやら体に強い負荷をかける術式のようだ。しかし、そんなことをして何を…?

 

絶叫を上げる彼の影がぐちゃぐちゃに歪むと、空気を入れた風船のように一気に広がり始めた。影の拡大は止まることを知らず、フィールド全域に及ぶ勢いだ。

 

「なんだか知らんがとんでもなく嫌なことが起こりそうだ!」

 

「…シャルバの奴まさか!」

 

先生はすぐに何が起こるのか理解したらしい。それがよほど恐ろしいことなのか、顔が青ざめている。

 

「フハハハハハッ!やはり『魔獣創造』は想像以上に素晴らしい力だ!さあ、その美しくも醜き姿を見せたまえ!!冥界を滅ぼす怪物よ!!」

 

影から逃れるように空中へ浮遊し、この現象に歓喜するシャルバの言葉に呼応したか、広大な影からずるずると何かが這い出てくる。

 

『ガァァァァァァァァァァァァァァ!!!』

 

まるでこの世に生まれたことを嘆き、怒るようなそら恐ろしい咆哮がフィールド全域にとどろく。凄まじい音圧に鼓膜が潰されそうになり、咄嗟に耳を塞いだ。

 

巨大な頭。山のように大きな胴体。大樹のような腕。それらを支えるのもまた巨大な脚。とにかくスケールが規格外の怪物だ。グレートレッドの二回りほどのサイズ…200mはありそうだ。

 

「デカすぎるだろ…!!」

 

神滅具の中でも最悪と言われる『魔獣創造』、まさかこれほどまでに巨大なモンスターを創造できる神器だったとは。道理で最悪と言われるわけだ。こんな神器、どう使えば破壊以外の用途を思いつけるのか。

 

おまけにレオナルドの影からさらに新たなモンスターが何体も出現していく。あの巨大な化け物ほどではないにせよ、それでも100mはある十分驚異的なサイズだ。

 

「そして仕上げだ!」

 

シャルバがさらにモンスターたちのサイズに合わせた巨大な魔方陣を怪物の足元に展開する。

 

「あれは転移魔方陣!?」

 

「貴様何をするつもりだ!」

 

「見てわからないのかね?今からこの怪物が冥界へ転移し、滅ぼしに行くのだよ!偽りの魔王も、それに追随する愚かな悪魔たちも全てこのアンチモンスターが破壊する!!」

 

「なんだって…!?」

 

シャルバの狂笑交じりの宣言に全身の血の気が引いていくのを感じた。如何に冥界が広大で、魔王たち強力な悪魔がいるといっても、あんな巨大なサイズのモンスターがこれだけの数暴れたらとんでもない被害が出てしまう。

 

たとえ討伐できたとしても首都や主要施設が破壊され、大勢の悪魔が死ぬ事態になればそれこそ悪魔社会の大危機だ。なんて恐ろしいことを考え、実行してくるんだこいつは!

 

魔方陣が輝く。それによって転移が始まり、モンスターたちが次第に光に包まれ始める。

 

「止めろ!!絶対に行かせるなァァァ!!」

 

先生が全力で叫び、兵藤や部長さんたちがモンスター共へ攻撃を仕掛ける。雷光や滅びの魔力、無数の光の槍の雨、ドラゴンショットが放たれモンスターたちに突き刺さっていく。

 

「くそ…」

 

俺もどうにかして攻撃に加わりたいが、今は全く体が動かない。こんな時に何もできない自分の無力さが恨めしい。

 

「嘘だろ、全然効いてない!」

 

しかし戦いを重ねて疲弊した俺たちの攻撃はモンスターの表皮を少し消し飛ばすだけで全く通用していない。攻撃が降り注ぐ間にも転移は進行していく。

 

「無駄無駄!止められるわけがないだろう!!」

 

耳障りなシャルバの高笑いが響き渡る。やがて俺たちの攻撃もむなしく、すべてのモンスターたちが転移の光に呑まれ、完全に消えた。

 

「そんな…」

 

〈BGM終了〉

 

部長が絶望に染まった声色で呟く。俺も兵藤も、全員の顔が真っ白だ。俺たちが僧攻撃を仕掛けて一体も倒せなかったあの怪物たちがこれから冥界を暴れまわるのだ。どれだけの犠牲が出るか想像もつかない。

 

しかし無力感に打ちひしがれる暇もなく、今度はこの世界全体が鳴動を始めた。

 

「!?」

 

フィールド内に林立する建物が次々に崩壊を始める。崩れているのは建物だけじゃない、星が瞬く夜空までもひび割れていく。

 

「今度は何だ!?」

 

「あれだけの規模の魔獣創造の行使と転移をごく短時間でしたんだ、このフィールドが耐え切れなくなってんだよ!」

 

冥界の前にこのフィールドが壊れるのかよ…!シャルバはとことん状況をかき乱してくれるな!!

 

「装置がもう持たない!今のレオナルドではあんな怪物はキャパシティのオーバーもいいところだ…!!」

 

「シャルバの奴滅茶苦茶やりやがって…この落とし前はいつか必ずつけさせてやるぜ」

 

俺たちが魔獣を攻撃している間に回収したのか、ぐったりと気絶したレオナルドを抱えた信長が今なお高笑いを続けるシャルバを睨む。

 

「頃合いだ。撤退しよう」

 

ジークの言葉に二人もうなずく。それを見たジークはいつの間にかいなくなっていたあのプルートという死神を探すように辺りを見渡す。

 

振り向けど振り返れどどこにもいない。それにすべてを理解したのか一つため息をついて見せた。

 

「なるほど、グルということか。全く、あの神は嫌がらせのためなら手段を選ばないということがよくわかったよ。あんな神滅具の強制的な禁手はどんな後遺症が出るかわからないからゆっくり彼の力を高めようとしていたのに…」

 

何かよくわからないことを呟きながらも、次第に奴らを見慣れた霧が覆い隠す。混乱に乗じて逃げる気か!

 

「おい英雄使い!次の戦いは、俺の本気で相手してやる。それまで腕を磨いておくんだな」

 

転移の直前、信長がそんな不穏なことを言い残す。それに対する返事を寄こす前に奴らは消えた。

 

あいつ、業魔人でもかなり強かったのにまだ本気じゃなかったのか。ならいよいよ次の戦いで禁手を使ってくるのだろうな。今は英雄派に構っている暇も余力もない。助かったと思うべきか、手負いの幹部を逃がし歯噛みするべきか。

 

ドォォン!!

 

英雄派が消えたと同時に今度はホテルの方から激しい爆撃音が聞こえ始めた。

 

「次から次へと…」

 

「おいシャルバの奴、後衛に攻撃しているぞ!」

 

兵藤の指さす先では、なんとシャルバがホテルで待機していた後衛組に魔力で攻撃を仕掛けているではないか。

 

「どうしたどうした!自慢の白龍皇とルシファーの力はそんなものかァ!?ルシファーであろうと、不純な悪魔が真の魔王に勝てるはずがないのだ!!」

 

シャルバから皆を守っているのはヴァーリだった。サマエルの呪いの影響で万全ではないあいつは攻勢に出ることができず、防御魔方陣を張って防衛に徹していた。

 

「こちらの不調時に好き勝手言ってくれるな…!」

 

「不調だろうと好調だろうと関係ない、最終的に勝てばよかろうなのだ!!」

 

ヴァーリを追い詰めている今の状況がよほど嬉しいのか奴の哄笑は止まらない。攻撃の最中、ふと奴が自身の手をオーフィスへ向ける。するとオーフィスの体に螺旋状の魔力が巻き付くように浮かび上がった。

 

「しまった!」

 

「情報通りだ!今のオーフィスは力が弱く不安定だな!こいつは我らの協力者への手土産として頂いていくぞ!!」

 

魔獣創造を利用してとんでもないモンスターを冥界に送るのみならずオーフィスまで…本当にやりたい放題だ。

 

しかし俺が知っているシャルバはもう少し冷静で旧魔王派の例に漏れずプライドは高いが理知的な男だと思っていたが、今目の前にいるシャルバとはイメージが随分食い違っている。ここまでくると本当にシャルバなのかも怪しく思えてくる。一回死にかけたことで別人のように豹変してしまったのか?

 

「まずい!」

 

「させるか!!」

 

すかさず動いたのは兵藤だった。龍の翼を広げて飛翔し、シャルバへ殴りかかる。しかしその拳をシャルバはぱしっと受け止めた。兵藤と相対した奴の顔が狂笑から今度は激憤の色に変わる。

 

「兵藤一誠…!貴様のおかげで随分と辛酸をなめさせられたぞ!あの敗北以来、何度夢の中で貴様を殺してきたか!!」

 

「知るか!てめえにオーフィスは捕えさせねえ、冥界も壊させやしない!!」

 

シャルバのパワーも精神のタガが外れたせいか上昇しており、そのまま拳を打ち抜けずにいる兵藤。空いた手で腹に一発叩きこもうとするが叩き落とされ、逆にシャルバは掴んだ手をぐいんと引き寄せてなんと一本背負いを決めて兵藤を地面に叩き落とすのだった。

 

「ぐは!」

 

「いいや、私が壊す!我らを拒絶した冥界なぞ不要だ!あんな冥界の覇権なぞいらぬ、支配したくもないわ!滅んでしまえばいい!!私が呪いとなり、冥界に生きるすべての悪魔を殺しつくすのだ!」

 

「なんだあいつ…」

 

「正気じゃないわ…」

 

「そうだ、貴殿を慕う冥界の子供も全て死ぬのだ!エリートだろうと貧民だろうと、階級も、純血悪魔も転生悪魔も関係ない!みな平等に私が殺す!!さあ、私が貴様らの願う『差別のない冥界』を実現してやろうじゃないか!!フハハハハハ!!」

 

その言葉で確信する。こいつは紛れもなくシャルバ本人だが、もう正気じゃない。

 

今までの旧魔王派は禍の団、特にオーフィスの力を借りて現魔王派の打倒し、自分たちやその血族が魔王として返り咲くことを目指していたが、こいつは破壊しつくすことしか考えていない。兵藤の覇龍に敗れて作戦を台無しにされてひどくプライドを傷ついてしまったのだろう。

 

旧魔王の血族という生まれに由来するプライドと自信に依存していた奴の精神はたった一度の敗北でひどく誇りという精神的支柱が大きく揺らいでしまった。その結果がこの有様なのだ。

 

ガシャン!

 

ついに空からガラスが粉々に砕け散ったような大きな音が聞こえた。見上げてみるとフィールドの崩壊がさらに進行して空間に大穴が開いてしまい、そこからあちこちに散らばっていた瓦礫が吸われ始めていた。

 

これはいよいよ脱出しないとまずそうだ。シャルバは…オーフィスを捕まえてご満悦のようでずっと笑いっぱなしでこちらに見向きもしない。しかしどうやって脱出を…。

 

「フィールドが限界にゃん!今なら転移で脱出できるからこっちに急いで集まるにゃん!!」

 

ホテルから黒歌が魔法を使ってより大きな声量でこちらに呼びかけてくる。流石、今まで各勢力に喧嘩を売っては逃げてきたあいつららしく脱出の算段を既につけていたようだ。

 

しかし今の俺は連戦の末に力を使い果たし、仙術で押さえた負担のツケが回っているせいで全く動けず立ち上がることすらできない。おまけに出血したせいで血が足りなく、ふらふらする感覚もある。

 

そんなみじめな俺の腕を木場が掴んで、戦いで力を使い果たし脱力した俺を背負いあげた。

 

「僕が肩を貸すよ」

 

「済まない…」

 

ここに集まった他のメンバーもホテルで魔方陣を用意しているであろう黒歌のもとへ悪魔の翼を広げて羽ばたこうとした時だった。

 

兵藤だけが、シャルバとオーフィスを見上げたままその場から動こうとしない。部長さんがすかさずその手を引く。

 

「イッセー、行くわよ!」

 

呼びかけてもあいつは目線を二人から外そうとせず、動かないままだ。するとおもむろにこちらを振り向き、今何をしようとしているのかを俺たちに敢然と告げた。

 

「リアス。俺、今からオーフィスを救います、そしてシャルバも倒します」

 

「!」

 

〈BGM:友の証(遊戯王ゼアル)〉

 

兵藤の決意に俺たちは揃って驚きに目を丸くした。もうフィールドの崩壊は秒読みの今で一体何を言いだすのか。いくらバアル戦を制した兵藤と言えど、旧魔王の血族のシャルバを瞬殺することは無理だ。残り少ない時間で両方をやり遂げる余裕は到底ない。

 

「それなら僕も…」

 

「いや、俺だけで十分だ。俺なら鎧を着こめばフィールドが壊れても次元の狭間でもある程度活動できるはず。ヴァーリだってできたんだからな」

 

「こんな時にカッコつけやがって…お前、活動はできてもどうやって帰るつもりなんだ!?」

 

戦いに勝ったところで帰れなければ意味がない。次元の狭間はそもそも生命が生身で活動できる空間ではない。限界時間までに現世に戻れなければシャルバに勝ったとしても結局死んでしまう。

 

「だからって、俺にはあのままオーフィスを見捨てることもシャルバを放っておくこともできない。…あいつは子どもたちを殺すって言った。ここで倒さなきゃもっと多くの被害が出る。これは俺にしかできないことなんだ」

 

兵藤の決意は固く、梃子でも動かないつもりだ。兵藤にしかできないこと、か。今の俺にできることはこのまま木場に連れられてフィールドから抜ける以外にない。

 

…それならば、俺たちはフィールドを脱出する目的を達するという俺たちがやらなければならないことを全うするように、兵藤もあいつにしかできないことを全うさせてやるべきなのではないか。

 

「何をちんたらしてるの!今じゃないともう転移できないにゃん!」

 

タイムリミットも迫り、一向に来ない俺たちに黒歌が叫ぶ。ここで兵藤を説得する時間すらないようだ。

 

…ここはあいつに任せるしかないのか。

 

「イッセー、あとでタンニーンを呼んで龍門でお前とオーフィスを召喚する。だからそれまでにシャルバを倒してこい!いいな!」

 

先生の提案に兵藤がこくりと頷いた。龍門は確かロキ戦の準備で龍王ミドガルズオルムの意識を召喚する際に使ったのだったか。これで帰るプランはできたわけだ。

 

ここまで話が進めばもうあいつを引き止めることはできない。兵藤の言う通り、狂気に落ちたシャルバは今見逃せばこれまで以上の危険因子になるし、奪われたオーフィスがどうなるかわからない。

 

折れるべきは俺の方だ。俺にはこいつを止めることはできない。ならばせめて。

 

「…おい兵藤」

 

脱出のプランが立ったとはいえこれからの兵藤の行動は死と隣り合わせだ。こいつと共に戦うことのできない悔しさも込めて俺は喝を入れる。

 

「どうしてもやるというなら絶対に勝て。オーフィスも連れ帰ってこい。できなかったら承知しないぞ」

 

「わかってるさ。ここまで啖呵切ったんだ、全部終わらせてくるぜ」

 

微笑むあいつはサムズアップで答えた。言いたいことは言った。後はここから脱出して、こいつの帰りを待つだけ。

 

「イッセー、最後に約束して」

 

さらに部長さんも俺に続けて兵藤へメッセージを伝える。切ない思いのこもった瞳が兵藤を捉えた。

 

「必ず、戻ってきなさい」

 

「…はい!」

 

ようやく心通じ合った恋人の願い。奴は精いっぱいの笑顔を見せると、雄々しき龍の翼で狂ったシャルバの待つ空へと駆け上がった。

 

〈BGM終了〉

 

 

 

 

 

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

 

 

 

 

崩壊が続くフィールド。空はますますひび割れて瓦礫は吸われ、風が吹き荒れ轟音が大気を揺らす。術者も術を維持する装置もとっくに失せて消滅まで秒読みのこのフィールドにいるのはたった三人だけだった。

 

「また私の行く道を阻もうというのか、天龍の出来損ないが…!どれだけ私を馬鹿にすれば気が済むのだ!」

 

禍の団の旧魔王派のリーダー、シャルバ・ベルゼブブと彼に囚われた禍の団の元首領・オーフィス。

 

「馬鹿になんかしてねえよ。ただ…お前をこのまま放っておくわけにはいかねえ」

 

そしてグレモリー眷属が誇る唯一無二の『兵士』、赤龍帝の兵藤一誠。邪魔するものがいなくなったフィールドで二人は睨み合う。

 

「何なのだ貴殿は…私を倒してオーフィスに取り入ろうというのか!?あるいは功績を上げ、さらなる名誉を得るつもりか!?いいや、二天龍のことだ、腹の内ではゆくゆくは魔王になり、冥界と人間界の覇権を狙っているのだろう!?」

 

「覇権とかどうでもいいし、オーフィスもどうしたらいいのかわかんねえ。ただな」

 

鋭い双眸と共に、相対するシャルバをびしっと指さす兵藤。

 

「子供を殺すのはダメだろ。なんで子供も何もかもを壊そうとするんだ?」

 

「紛い物の魔王のもとで教育を受け育った子供なんぞに我ら真なる魔王を敬うことなどできん!冥界は既に奴らの手で穢され切っているのだ!だからあの悪鬼のごときアンチモンスターがすべてを破壊し、私が新たな悪魔社会の秩序を生み出す!!これ以外に方法はないのだ!!」

 

と、血走った目でシャルバが醜いエゴを吐き散らす。

 

現魔王への恨みと旧魔王派の妄執に取り憑かれたシャルバには他者への思いやりなど存在しない。あるのはただ、現魔王への憎悪と己を拒絶した悪魔社会への怒りで歪んだプライドだけ。そのプライドが傍若無人以外の何物でもない凶行へシャルバを走らせる。

 

「…もうお前の妄想には付き合いきれねえ。お前の考えはよくわかんねえけどな、お前を倒さなきゃならないってのはよくわかった」

 

シャルバの問いは。一誠の決意をより強固なものにした。ぐっと拳を握り締めて、シャルバにはない優しさの宿る心ある己の胸をとんと叩いた。

 

「俺は子どもたちのヒーローをやってんだ!だったらなおさら、子どもの敵になるあんたを許すわけにはいかねえんだ!!おっぱいドラゴンの名に懸けてな!!」

 

一誠にとって冥界の子供たちは自身が彼らに勇気を与えると同時に、彼らもまた一誠に声援と力を送ってくれる存在である。彼らの思いが、強敵との戦いで膝をつく一誠に勇気を与え、立ち上がらせてくれる。

 

ヒーローショーやバアル戦の応援を通じて彼らの存在をより大きく感じ取った一誠にはその子どもたちへ害を成す者を許しておくことなど到底できるものではない。故にここでシャルバを必ず倒すと決めた。

 

「…もういい。私には貴殿を理解することはできん。理解したところで認めるつもりもない。そんなに子供が好きなら、すぐに貴殿の後を追わせてやろう!この真なるベルゼブブの名のもとにひれ伏すがいい!!」

 

戯言はうんざりだと言わんばかりにシャルバは頭をかきむしる。

 

言葉はもう不要と断じた両者の間で戦いの機運が高まる。そして一誠の中の悪魔の駒が紅の輝きを放った。

 

「我、目覚めるは王の理を天に掲げし、赤龍帝なり!」

 

それは覇の詠唱とは異なる言の葉。

 

『さあ、行こう!兵藤一誠!』

 

『かつてとは違う我らの力、ベルゼブブに見せつける時だ!』

 

『我らは世界の未来を守る赤龍帝だ!』

 

一誠の精神の高揚とオーラの高まりに同調するように、覇の呪縛から解き放たれた歴代所有者たちの声が重なる。

 

「無限の希望と不滅の夢を抱いて、王道を往く!我、紅き龍の帝王と成りて…」

 

ますます高まるオーラ。光度を増す紅い光。覇道ではなく王道を往く一誠は高らかに宣言する。

 

「汝を真紅に光り輝く天道へ導こう――!!」

 

〔Cardinal Crimson Full Drive!〕

 

刹那、紅い光が超新星爆発のように弾ける。崩壊するフィールドに強き光が満ち満ちる。

 

「その色…忌々しい奴を思い出させる!」

 

直視できないほどの眩さにシャルバが腕で顔を隠す。そして光が収まると同時に、進化した一誠の紅の鎧が姿を晒した。

 

その新しき姿の名は『真紅の赫龍帝《カーディナル・クリムゾン・プロモーション》』。以前拳を交えた好敵手が名付けたこの力は今の一誠が持てる全力。

 

「さあ、決戦だ!」

 

冥界と子供たちの未来を守るため、一誠はベルゼブブに立ち向かう。




残念だが二人の戦いはダイジェストにされるのじゃよ…。

次の回でウロボロス編は最終回になります。次章予告も併せてやるのでお楽しみに。

次回、「進級試験とウロボロス」


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第150話「進級試験とウロボロス」

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
1.ムサシ
2.エジソン
3.ロビンフッド
4.ニュートン
6.ベートーベン
7.ベンケイ
9. リョウマ
10.ヒミコ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
23.コロンブス
31.ライト
41.シグルド
42.ユキムラ
44.ハンゾウ


果たして、覚醒した紅き赤龍帝、兵藤一誠と真のベルゼブブの末裔ことシャルバ・ベルゼブブは激突し、戦いを制したのは兵藤一誠だった。

 

『シャルバ、あんたは俺にない魔力や才能がある!でも信念のない攻撃じゃ俺を倒せやしねえ!!』

 

『ほざけ!!』

 

高度な属性魔法やその血に由来する強大な魔力を用いてシャルバは攻め立てたが、それらすべては『僧侶』の魔力、『戦車』のパワーと硬さそして『騎士』のスピードを兼ね備えた一誠を捉えることはできなかった。

 

『このクソ龍帝がぁ!!』

 

戦いは圧倒的に一誠の有利に進んだ。何度も拳を打ち込んで血反吐を吐いたシャルバが苦し紛れに放ったのは何の変哲もない一本の矢。しかしそれにはオーフィスの無限を奪ったかの龍喰者サマエルの毒が込められていた。一誠の体に回ったそれは神器に宿る魂だけのドライグにすら影響を及ぼすほどだった。

 

『呪いを受けているはずだ!なのになぜ止まらない!?なぜ戦える!?』

 

「子供たちの未来を奪おうとするあんたの未来を、俺が今ここで吹き飛ばすッ!!」

 

『フハハハハハッ!!どうせ貴殿は滅ぶのだァ!』

 

しかしそれでも一誠は倒れず、攻撃の手を緩めない。すがるようにオーフィスへ過去と同じように力を増大する『蛇』を求めたシャルバだったが、無限ではなくなったことで力を付与する『蛇』が作れなくなったことを知らされ万策尽き、最後は一誠が放った渾身のクリムゾン・ブラスターの前に敗れたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くそ…」

 

シャルバ・ベルゼブブは彷徨っていた。ただ彷徨うと言っても兵藤一誠との戦いで致命傷を負い右半身を完全に失った状態で、何もできずにただ宇宙空間を行く当てもなく浮遊する岩石のように。

 

「私…が…全て…滅ぼすの…だ」

 

紛れもない死の間際にあっても彼は妄執から解放されず、うわ言のように呟く。だが同時に彼はしっかり理解していた。自分は兵藤一誠に負けたのだと。

 

あれだけ見下していたまがい物の悪魔に負けた屈辱、サマエルの毒を用意してなお負けてしまった絶望が彼の心に巣くっていた。しかし現実は理解できても、その原因に辿り着くことはできなかった。

 

どうして兵藤一誠に負けたのか。どうして自分は勝てないのか。何を失敗したのか。

 

いや失敗?偉大なる魔王の血を引く自分がそんなことをするはずがない。きっと誰かの失敗のせいで自分はこんな目に遭っているのだ。

 

そんな彼の耳元に通信用魔方陣が展開した。

 

『シャルバ様に…ご報告があり…ます』

 

「クレ…プス」

 

ノイズ交じりに期待を寄せる部下の声が聞こえてくる。こんな時に一体何を報告するのだと普段の彼ならなじるように言ったであろうセリフすら吐く余裕すら今の彼にはない。

 

『神祖の暴…食の仮面…を…入手…しました』

 

「しんそ…ぼうしょく…!」

 

その報告は絶望と死の淵にいた彼の心を呼び覚ました。神祖の暴食の仮面。その存在を知って以来どんなものよりもシャルバが求めてきたものだ。

 

『はい…人間界で…今…こちらの手元に…ございます』

 

「クレプス…!今すぐ…私のもとに…持ってくるのだぁ…」

 

オーフィスの蛇がなくとも仮面さえあれば十分に起死回生を狙える。今頃兵藤一誠はサマエルの毒で死んでいるはず。ならば奴の仲間とヴァーリたちを皆殺しにし、魔王の座にふんぞり返っている忌々しきサーゼクスたちを滅ぼすまで。

 

刻一刻と迫る死を前にしてなお、彼の脳内に無数の逆転のシナリオが浮かんでいく。その甘美なビジョンに口元が緩んだ時だった。

 

『…なぜ、あなたのような小物に仮面を渡さなければならないのですか?』

 

「!!?」

 

クレプスの口から飛び出した思いもよらぬ言葉に頭が一瞬真っ白になった。

 

『その様子だと…英雄派か兵藤一誠に負けたのではなくて?』

 

「貴様…!!」

 

『図星でしたか。どうせ今頃負けた理由もわからずに『おのれ兵藤一誠、まがい物の悪魔め』などと言っているのでしょうね』

 

完全に呆気にとられたシャルバに追い打ちをかけるように続く嘲笑交じりのクレプスの言葉に、大量に出血し残り少ない彼の血が頭に上っていく。

 

「この私を…真なる魔王を…侮辱するのか!!」

 

『真なる魔王?おかしなことをおっしゃらないでください。あなたもクルゼレイも、最初から真の魔王ではありませんよ』

 

「なんだと…」

 

『この世界では神祖の仮面を手にし、認められた悪魔だけが真なる魔王なのです。そして冥界を席巻するのは真のベルゼブブでもアスモデウスでもない…』

 

「何を…言っているのだ」

 

『もっともここから先のビジョンを語ったところであなたがそれを目撃することはありません。あなたはここで死ぬ。誰にも顧みられることなく。報告をしたのは情けです。仮面の所在がわからないままでは死ぬに死ねないでしょうから』

 

「ふざ…けるなァ!!今すぐここに来い!!殺してやるぞォ!!」

 

怒りに支配され叫び散らす。しかしその怒りは誰に届くこともない。通信しているクレプスの心にさえも。

 

『あなたの援助のおかげで神祖の仮面を集めることができました。近い将来、仮面に引き寄せられるように残りの仮面も見つかるでしょう。その一点だけは感謝します。あとはどうぞ、ごゆっくりおやすみなさいませ』

 

「クレプスゥ!!」

 

そして通信は途絶えた。再び彼を耐えがたい静寂が襲う。

 

「なぜだ…なぜ…負けた」

 

頭に上った血が冷めていくと同時に、意識もいよいよ遠のき始めた。何も感じない。痛みも。熱さも。音も聞こえない。そして世界も。

 

「サーゼクス…アジュカ…どうして偽りの…お前たちは…どうして…私たちは…こんな」

 

かつての栄光を夢見た男は覇道を邁進し現状にあらがい続けた。志を同じくする兵士たちを集めて禍の団に加わり世界最強の力の一端を手にし、逆転のチャンスをも見出した。しかし、手にしたそれらはどれも脆く崩れ去り、最後に最も欲しかったものも彼の手が届く寸前で道が絶えてしまう。

 

彼には何も残っていない。命すら。何も成し遂げられなかった。ならばせめて、自分が残した魔獣たちが冥界を蹂躙し道連れになってくれることを願おう。

 

覇権を握り、全ての悪魔に自分の偉大性を認めてほしかったベルゼブブの末裔は誰にも理解されないまま、誰に思われることもなく朽ち果てるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二人の一騎打ちが終わり、崩壊するフィールドを力なくゆっくり歩く人影があった。

 

「はぁ…はぁ…」

 

無限の龍神オーフィスに肩を貸してもらいながら歩く兵藤一誠である。次元の狭間に近しい現世と隔絶したこの空間に物理的な出口などない。故に行く当てもなく、ただ前に進むことだけを繰り返す。

 

龍という種に必殺の効果を持つサマエルの毒の影響で意識は朦朧とし、戦いで受けた痛みすらもう感じていない。特に過去の契約で完全にドラゴンのものとかした左腕は毒の効果が顕著に出ており、どす黒く変色し今にも溶けて崩れそうだ。

 

「…」

 

だが朧げな意識ながらも一誠は理解していた。刻一刻と、死が近づこうとしていることに。自分の命を刈り取ろうとしているのが散々倒した死神ではないのはなんという皮肉だろうか。

 

ついさっきまで、シャルバを倒してなおオーフィスと語り合うぐらいの元気はあったというのにもうそんな元気はどこにもない。自分が受けた毒よりも濃密であろうサマエル本体の触手を喰らってなお死なないヴァーリはやはり凄い男なのだとイッセーは感じていた。

 

『相棒!アザゼルたちが龍門を開くまで持ちこたえろ!そうすれば助かる!だから、まだ逝くな!』

 

「…そうだな…まだ、やることある…もんな」

 

神器に宿るドライグも今までの一誠の危機で最も死に近い危機であると認識し、今まで以上に差し迫った声色で懸命に呼びかける。

 

学校の中間テスト、中級悪魔の昇格試験。まだまだ終わっていないし結果も出ていないことがある。将来やりたいことだってたくさんあるのだ。こんなところで倒れていられない。

 

「…オーフィス」

 

「?」

 

「おまえ…帰ったら、何するんだ…」

 

「帰る?我、力失った。もう、次元の狭間に帰れない」

 

「…じゃあさ、俺の家に…帰ろうぜ。そこなら…みんないる。アーシアや…イリナと…仲良くなれたなら…他のみんなとだって…」

 

シャルバとの戦いの後、一誠はオーフィスの口からシャルバたちと手を組んだ理由を聞いた。やはりそこにはグレートレッドを倒して次元の狭間に帰る、その手伝いをしてくれるからという以外の理由はない。

 

だが当然のことながらシャルバたちがわざわざ自分たちが倒したい宿敵以上の敵と私怨やメリットもないのに戦う理由などない。しかしオーフィスにとって騙されていようがいまいがどうでもよかった。どうせ無限に等しい彼女を脅かす存在などグレートレッド以外には存在しないのだから。シャルバたちが反旗を翻したところで雀の涙ほどの興味すら湧くこともない。

 

グレートレッド以外に興味を示さないオーフィスが唯一赤龍帝の一誠に興味を持ち、接触したいと思ったのはかつてない成長や進化を遂げる彼を見て、永い時を生きた自分すら知らない天龍の隠された何かを知りたいと思ったからだった。もしかすると、そこに無から生まれた自分の存在する意味が、理由があるかもしれないとオーフィスは彼を求めた。

 

一誠は彼女の話を聞いて確信した。やはりオーフィスはただ純真無垢なだけだと。ただ周囲の者がその強大すぎる力を恐れ、崇めた結果が今の禍の団をはじめとするこの世界情勢だった。

 

そして一誠は最後に決めた。オーフィスと友達になると。彼女の返事は相も変わらず素っ気ないものだったがそんなことはどうだっていい。彼女を孤独から救い、シャルバのような悪意から守れるのなら自分がここまで体を張った甲斐があったというもの。

 

「…ぅ」

 

急に歩く力すらなくした一誠がオーフィスの支えも及ばず前のめりに倒れこむ。しかし、既に一誠には自分が倒れたと認識することすらできていない。

 

『相棒、しっかりしろ!立て!帰りを待つ仲間がいるのだぞ!!』

 

「わか…てる。な…オーフィス…誰かを…好きになった…ことはあるか?」

 

『相棒!』

 

一誠とドライグは一心同体。差し迫る終わりを明確に感じたドライグがそれでも現実を受け入れられず声を荒げる。

 

なぜこの期に及んでそんな質問をオーフィスにしたのかはわからない。だが、薄れ行く意識の中でもはっきりと浮かぶ大切な人たちの姿があった。きっと彼らの存在が、一誠をそうさせたのだろう。

 

「木場…アーシア…小猫ちゃん…朱乃さん…イリナ…ゼノヴィア…ギャスパー…ロスヴァイセ先生…アザゼル先生…深海…いま…かえるよ」

 

それぞれの思い出が、源泉から湯が沸くように次々に思い出される。

 

『イッセーさん!』

 

レイナーレから救いたいと願ったアーシア。

 

『イッセー君!』

 

同胞たちの魂に触れ過去を打ち破った木場。

 

『イッセー』

 

最初は敵だったが今では頼れる仲間になったゼノヴィア。

 

『イッセー先輩!』

 

臆病な自分を変えようと必死になったギャスパー。

 

『イッセー先輩』

 

恐れていた姉と向き合う小猫。

 

『イッセーくん!』

 

天使になり帰って来た幼馴染のイリナ。

 

『イッセー君』

 

父であるバラキエルとの確執を乗り越えた朱乃。

 

『兵藤』

 

特殊な事情を打ち明け本当の意味での仲間になった悠河。

 

『イッセー君』

 

共にバアル戦を戦い抜いたロスヴァイセ。

 

『イッセー!』

 

神器関係で何度も世話になり、指導してもらったアザゼル。

 

どれもかけがえのない仲間たちだ。彼らが一人でも欠けた世界など、想像することすらできない。彼らのほかにも、多くの好敵手たちと出会えた。ヴァーリやライザー、匙、サイラオーグ。そして何より。

 

『愛してるわ、イッセー』

 

「だいすきだ…リアス……」

 

最後に愛する人の名を呼べた。その満足感を噛みしめて、一誠の意識はどこかに旅立った。

 

 

「…イッセー、もう動かない」

 

『…』

 

「ドライグ、泣いてる?」

 

『…ああ』

 

とうとう動かなくなった赤龍帝の亡骸のもとでぽつりぽつりと力あるドラゴンたちの会話が続く。

 

「イッセー、どうだった?」

 

『…わけのわからない奇跡を起こしてきた、最高の赤龍帝だった。これほどまでに宿主の死を悲しんだことはない』

 

魂だけのドライグには物理的な体はないはずなのに、悲しみが溢れて涙が止まらない。天龍と呼ばれ世界に喧嘩を売る程強大な力があろうとも宿主一人救うことすらできない己の無力さに悔し涙が止まらない。

 

思えば何度となく彼の乳好きには精神を病むほどに悩まされてきた。普通なら嫌いになったって仕方ない。でも気づけば自分は逆境に何度でも立ち上がり、奇跡を起こしてきた彼の雄姿に惹かれていたのだ。

 

歴代の怨念を打ち祓い、今までにない進化を遂げ、才能がないながらも誰よりも自分と向き合い、力を引き出してくれた。それが何よりも、力あるがために孤独でもあったドライグにとって喜ばしいことだった。

 

「そう。悪い者ではなかった。我の最初の、友達」

 

短い付き合いだったオーフィスもまた彼をそう評した。自分のもとに集い、力を求めてきた者たちと違い彼は自分自身そのものと向き合ってくれた。まだ友達がどういうものなのかも理解していない彼女だが、不思議と嫌な感じはしなかった。

 

『…なあ、オーフィス』

 

「…」

 

『神器のシステムで俺の意識が次の宿主に移るまでの間…俺の話を聞いてくれないか。最高の赤龍帝…兵藤一誠の話だ』

 

「わかった」

 

『…ありがとう』

 

唯一無二の相棒を失い、孤独に明け暮れるドライグは語る。もう二度と会うことのない相棒との思い出を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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『今しがた、アンドロマリウス達が撤退した。未確認の叶えし者も出現し、かなりの苦戦を強いられたが無事に防衛は完遂した。そちらはどうだ?』

 

「こちらも丁度、兵藤一誠がサマエルの毒で死んだところだ。英雄派が英雄化なる新たな技法を作り上げていたがどうにか撃破してくれたよ」

 

レジスタンスのポラリスと六華閃のガルドラボーク。今回二班に分かれて作戦に当たったそれぞれの班のリーダーが通信魔方陣を介して連絡を取り合っていた。

 

『つまり、全てこちらの計画通りに事が運んだということだな。…しかし、本当に良かったのか?もしお前が兵藤一誠を見殺しにしたことが深海悠河たちに露見すれば…』

 

「わかっておる。だがディンギル共を倒し世界を救うにはこうする以外に手はない。妾が下手に手を出して彼を救えばすべてがご破算になるのじゃ。妾の行動の正当性は後の歴史が証明するさ」

 

『計画のためなら仲間の友人も躊躇いなく見殺しにする、か…やはりあんたは恐ろしいよ。あとで報告と状況整理を兼ねてNOAHで落ち合おう』

 

「了解した。ご苦労じゃったの」

 

その言葉を最後にぶつりと通信が途切れる。そして深い息を吐くように、呟いた。

 

「…兵藤一誠が逝ったか」

 

シャルバと一誠の戦い、そして終戦後にサマエルの毒で命を落とした一誠の姿を見てようやくポラリスが遠くの瓦礫の山から腰を上げた。

 

「多くのイレギュラーが発生したが、無事当初の計画通りに進んでいる。あと少しで、ゼクスドライバーが完成する…」

 

叶えし者の暗躍、アルルの登場、英雄眼魂の増加、そして深海兄妹の存在。当初思い描いていたビジョンとはかけ離れた展開を何度も経るもようやく待ち望んだこの展開が訪れた。

 

「さて、妾の計画も次の段階に移行しようかの」

 

魔方陣を開き、全てを見届けたポラリスはそこに何の痕跡も残さずにフィールドだった場所から消えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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シャルバの乱入でフィールドとともにかねてからの計画も崩壊した英雄派。その幹部の一人が、誰にも知られずにこっそり外部と連絡を取っていた。

 

『そちらの首尾はどうだった?』

 

「だめだった。深海悠河は始末できてねえ。兵藤一誠はシャルバの野郎がかっさらいやがった」

 

男の耳元に展開した通信魔方陣から聞こえるのは女性の声。ひどく無機的で、感情の一切を読み取れない声色だ。

 

『そうか。こちらも何とか霧の空間への侵入を試みたが六華閃ともう一人の赤龍帝に阻まれた。恐らく奴らは我らの目論見に気付いている』

 

「おいおいマジかよ。俺ら以外にも先のことを知ってる連中がいるってのか」

 

『そうなるな』

 

「はぁ…兵藤一誠は英雄化したジークに任せたんだが聖魔剣に加勢されて返り討ちにされちまった。さすが特異点だよ、運の良さは一級品だ」

 

『運の良さで済む問題ではない。イレギュラー要素を与えたとしても純然たる特異点には勝てないか。奴ほどの運命力に勝る者などそうそういるまい。だがそのせいで…』

 

「わかってらぁ。だが次の戦いで深海悠河は必ず始末する。残りも曹操が倒す。あいつの聖槍の力は俺が一番よく知ってるし、あの眼魂での英雄化と併用すれば奴らに勝てる算段はない。あんたの懸念の80%は俺と曹操が片付けるんだ。これで文句ねえだろ」

 

『…だといいが。それより、お前の禁手なら兵藤一誠たちを殲滅できたはずだ。計画が失敗したということは使っていないのだろう?違うか?』

 

「…察しがいいな」

 

『理由を聞こうか』

 

魔方陣越しに聞こえる女の声が、すうっとナイフのような鋭さを帯びる。しかし彼は怯まない。

 

「ここで終わらせたら面白くないだろ。業魔人の力も試したかったし、まだ戦える機会はあるとわかってたからな。ま、それも次で終わりにするがな」

 

『…最近のお前の言動はやや英雄派よりに傾いているように思える。長い月日を共にしてほだされたか?』

 

彼女が彼を英雄派に潜り込ませる前はもう少し冷静な男だった。今の彼の性格は最初は演技によるものだったが、好戦的な英雄派のメンバーと交流することでそれが演技から素に変化していると、定期的な連絡を通して彼女は感じていた。

 

「馬鹿言うなよ。こっちが作った眼魂はこっそりあんたに流したし、何より京都入り前に曹操とあんたの対談の算段をつけたのは俺だろ?忘れたのか?」

 

『…そうだったな。お前の忠義は知っているし、よくやってくれている。いらぬことを言った、信長』

 

「ふん、今回の結果はともかくだ。次こそ、全て終わりにしてやんよ。なあ、アルル様?」

 

アルルと信長。今の英雄派を影から操る二人の暗躍はまだ終わらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

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ゲオルクの生み出したフィールドから脱出し、早速アザゼル先生たちは兵藤を現世に戻すべく龍門の準備に取り掛かった。中級悪魔の昇格試験センターの地下にある転移魔方陣用のフロア全体を使って魔方陣を描いて術を発動させる予定だ。

 

龍王のタンニーンさんも事情を話すとすぐに駆け付けてくれた。ヴァーリもサマエルの呪いに苦しみながらも協力する旨を示した。

 

「これから先、どうなるんだ…」

 

「私にもわかりませんわ。魔獣創造が冥界全体への進撃に使われた事件なんて未だかつてなかったそうですわ」

 

部屋の隅で力なく壁に腰かけて座る俺はレイヴェルさんと今後の心配を口にする。

 

シャルバの宣言通り、冥界へ転移した巨大なアンチモンスターたちは冥界の各都市を目指して進撃を始めた。冥界に住まう種族である悪魔と堕天使の混成部隊が編成され迎撃に向かったそうだが、俺たちでも崩せなかった強固な表皮とばかげた巨体が生み出す攻撃力が脅威になっていると聞いている。おまけに小型アンチモンスターの自動生成能力も持っており、そこに旧魔王派が加わって小さな村落や街を襲っているらしい。

 

シャルバや英雄派に助力したハーデスの裏切り、サマエルによって奪われたオーフィスの力、不安の種は尽きない。各神話の首脳陣や魔王、セラフたちも神殺しの聖槍を持つ曹操がいては迂闊に前線に立つことができず救援部隊の派遣が決定したが、アンチモンスターの討伐に火力が不足して手を焼いている。

 

やはり俺たちが出なければならないようだ。しかし、今はもう俺は戦えそうにない。兵藤の帰還を確認次第、俺は病院に運ばれることになっている。俺の手が必要ないならそれが一番なのだが、そううまくはいかないだろう。

 

「魔方陣の用意ができた。タンニーン、ヴァーリ、ファーブニル、始めるぞ」

 

「うむ」

 

「ああ」

 

不安に満ちた冥界の今を憂いている間に準備が整ったらしい。先生の呼びかけに二人が応じると魔方陣に光がともる。タンニーンさんの体が紫に、ヴァーリは白く、先生が握る人工神器の宝玉が金色に輝いた。

 

「よし、繋がったぞ!」

 

「!」

 

光が弾ける。そして光が晴れて、魔方陣の中央におそらく戦いで傷ついた兵藤が姿を現す。

 

「…え?」

 

はずだった。兵藤の代わりに出現したのは、紅い八つの悪魔の駒だ。からんころんと乾いた音を立てて兵士の駒が魔方陣の真ん中で転がっていく。

 

思いもよらぬ結果に、全員が口を開いたまま驚いた。

 

「なんであいつの駒だけ…」

 

どうして兵藤を召喚しようとしたら駒だけが出てくるんだ?今までの転移でこんなことがあったか?そもそも転生悪魔の体内にある駒は摘出できるものなのか?いや、もしかするとシャルバの術で兵藤が駒にでもされたのか。魔法に長けているとされるシャルバならあながち不可能ではないだろう。

 

今までに経験したことのない現象が目の前で起こっている。この現象の理由を突き止めようと駒を拾うべく足を一歩踏み出した時だった。

 

ドカン!

 

「馬鹿野郎が…ッ!!」

 

その場に両膝を突き力強く床に拳を叩きつけた先生が、あらん限りの感情を振り絞った声を吐いた。なぜ、先生がここまで感情的な反応を見せるのか。

 

その答えが一瞬俺の脳裏をよぎる。とてつもなく恐ろしい答えに俺はぶんぶんとかぶりを振ってどうにか頭から振り払う。

 

いや、それはありえない。あいつがシャルバに破れるなんてことは断じてない。紅の鎧に至ったあいつならシャルバの魔力を凌駕するフィジカルで殴り倒せるはずだ。なにせ神滅具の禁手を纏ったサイラオーグと真正面からやり合えるほどなんだぞ。

 

「うそ…」

 

先生の反応ですべてを悟ったように部長さんは茫然と立ちすくみ、朱乃さんもへなへなとその場に崩れ落ちた。

 

「そんな…まさか」

 

「こんなことって…」

 

あまりのショックにかえって反応すらできない塔城さんの胸にレイヴェルさんが涙を流して抱き着く。

 

「イッセーさんは…?」

 

アーシアさんはまだ何が起こったのかを理解できていないようだ。いや、理解できてはいるが受け入れられていないだけなのか。

 

「イッセー君…」

 

木場の目元からぽろぽろと涙がこぼれていく。やめろ、泣くな。それだと本当にあいつが…。

 

「…」

 

「馬鹿な…」

 

龍門の発動に手を貸したヴァーリさえ目を伏せ、タンニーンさんも呆気に取られている。

 

皆の反応が否応なしにこの結果が示す現実を突き付けてくる。その非情な現実を、俺は認めざるを得なくなって。

 

「帰ってくるって…言ったじゃないか」

 

頬を一筋の涙が伝う。約束したはずなのに、いつも約束を守って来たのに。どうして今回に限って。

 

その日、俺たちの戦友、兵藤一誠は死んだ。




これにてウロボロス編は終了です。次章ではいよいよ曹操、さらに信長との決戦です。焦らしに焦らした信長の禁手もついにお披露目ですのでお楽しみに。

ちなみにクレプスがシャルバとやり取りしているとき大和は一人で始皇帝陵をワクワクしながら探索していました。盗み聞きしてクルゼレイにチクればよかったのに。

次の更新は外伝ではなくプロローグからライオンハート編をまとめた初心者向けのあらすじまとめ回を投稿します。初見でなくともこれまでの話や特異点、正史の情報を整理したりするので楽しめるかと思います。

それと同時に設定集の英雄眼魂リストの更新や活動報告で特別企画も用意しますのでお楽しみに。







次章予告

「イッセー先輩が…死んだ?」

遅れて駆け付けた仲間たちも、彼の死を嘆く。

「行くぞ、紀伊国悠!冥界の危機だ、共に戦うぞ!」

バアルの獅子王が冥界の危機に立ち上がる。

「俺の全てでお前を打ち砕く!!」

悠河と信長。相容れぬイレギュラーの二人は魂をかけて武を交わす。

「聖槍と眼魂。この二つを以て俺は英雄になる!」

曹操の英雄化が、英雄への道を指し示す。


英雄集結編第四章 補習授業のヒーローズ


「これが俺の英雄!俺の答えだッ!!」


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用語集 兼 初見向け回 この一話でウロボロス編まで追いつける!

ヘイそこのお前!この一話に含まれている内容は135話分なんだぜ!

この回は本作が160話を大きく超え、「流石にこの量を読んで追いつくのはしんどい…」と思っている初見の方向けに作ったあらすじまとめ回です。

プロローグからライオンハート編のこれまでのお話が整理してあるので初見の方はもちろんのこと、長らく読み続けていただいてストーリーがうろ覚えになって来た方でも(多分)安心の内容になってます。




プロローグ

 

 

ごくありふれた我々と同じ世界に住む高校二年生の青年、深海悠河はある時電車の脱線事故で命を落とす。しかし彼の御霊は死後の世界に行くことなくとある青髪の女神のもとへ誘われ、仮面ライダースペクターと15の眼魂を授かり、ハイスクールD×Dの世界へ転生することとなる。

 

しかし、向こうの手違いで15の眼魂はバラバラになり、『紀伊国悠』という事故に遭い昏睡状態に陥っていた青年の体に転生する。己のミスの隠蔽もかねて女神は彼を転生させたため、自身の転生に関する事情を隠さねばならない悠河は『紀伊国悠』として新たな人生を歩むこととなる。

 

彼の友人である『天王寺飛鳥』、『上柚木綾瀬』と交友を結び駒王学園へ通い始めたところにこの世界で人知れず存在する堕天使の一人、『ミッテルト』に遭遇。聖書の神が作り人知れず人間に宿る『神器《セイクリッド・ギア》』というアイテムの所有者狩りを目撃したことで命を狙われるも仮面ライダースペクター』に変身し撃破する。しかし、初めての実戦と命を奪った事実にごく一般人の彼の精神は耐え切れなかった。

 

 

 

 

 

 

戦士胎動編《コード・ムーブメント》 第一章 旧校舎のディアボロス

 

 

それから一週間、彼の精神は学生生活のなかで一応の落ち着きを取り戻すもそのトラウマに悩まされる日々を送る。そんな中で彼のクラスメイトの一人、『兵藤一誠』に彼女ができる。その事実にうらやましがっていると、彼がデート中の真っ只中に家でくつろいでいたところに発見した何者かが残したメモ書きに不安を覚える。慌てて一誠の元へ向かうと既に一誠は堕天使の一味の一人だった彼の彼女、『レイナーレ』にやはり神器を持っていたという理由で殺害されていた。友を奪われた強烈な復讐心に駆られ、二度目の変身を遂げるも、まだ戦闘経験のないに等しい彼では太刀打ちできず逃がしてしまう。

 

しかし翌日には殺害されたはずの一誠が生き返っており、何食わぬ顔で教室にいる彼に驚くも純粋にデートを楽しんでもらいたかった彼を騙し、なじったレイナーレへの復讐心をさらに燃やすこととなる。

さらに後日、コブラケータイを駆使し学園の最上級生であり悪魔でもあるリアス・グレモリー率いるオカルト研究部の会話からレイナーレの居場所を掴んだ悠河は早速アジトへ乗り込んでレイナーレと交戦し、これを仕留めるも彼の心にはまたしても命を奪った罪悪感と虚無感しか残らなかった。

 

その後、事情聴取もかねてリアスに呼び出された悠河は一誠が蘇ったのは『悪魔の駒《イーヴィル・ピース》』と呼ばれるアイテムで人間から悪魔に転生したからだということを知らされる。そして一誠には神器の中でも特に強力な神器、『神滅具《ロンギヌス》』の一つ、『赤龍帝の籠手《ブーステッド・ギア》』が宿っていた。スペクターの力に目をつけたリアスが彼をオカルト研究部並びに自身のグレモリー眷属へ勧誘するも戦いたくない彼はそれを拒否した。

 

 

 

戦士胎動編《コード・ムーブメント》 第二章 戦闘校舎のフェニックス

 

 

堕天使たちとの戦いで心に傷を負った悠河は苦しみ続けるが、偶然出会った謎の銀髪の少女、『ポラリス』とのふれあいで心を癒す。

 

ある日、一誠が悠河の力を見込んで自分たちに助力してほしいと頼み込む。元七十二柱の名家、グレモリー家の次期当主であるリアスが許嫁である同じく元七十二柱のフェニックス家の三男、ライザー・フェニックスとの政略結婚の破棄をかけた戦いへ最初は戦いへの恐れから拒否するも一誠の真っすぐな思いを見て、恐怖を乗り越えて参戦を決意する。

 

試合に向けて10日間の強化合宿ののち、悠河はハーレム王を目指す学園一の巨乳好き『兵士』の兵藤一誠、レイナーレとの一件を経てグレモリー眷属に加入した心優しきシスター『僧侶』の『アーシア・アルジェント』、学園のマスコット『戦車』の『塔城小猫』、端正なルックスで強い人気を誇る同級生の『騎士』の『木場裕斗』、学園の二大お姉さまの一角『女王』の『姫島朱乃』、そして彼らを率いる『王』のリアス・グレモリーと共に婚約破棄をかけた試合が始まる。

 

駒王学園を模したフィールドにて、リアスから新たな3つの眼魂を貸し与えられた悠河はそれらと特訓の成果を生かして、仲間と共に次々にライザーの眷属を撃破する。しかし敵も甘くなく、仲間は次々と倒れ行き、ついには敗れればそく試合終了となるリアスにも危機が及ぶも、レイナーレ以上の力を持つライザーへの恐怖を仲間が傷つけられる怒りで一時的に克服した悠河が立ち上がる。

 

最初はニュートン魂をはじめとする多彩な英雄眼魂の力でライザーを翻弄するが、一瞬のスキを突かれて敗れてしまう。試合に敗北し、婚約破棄が認められなかったことに意気消沈する悠河だったが、魔王ルシファーであるリアスの兄、『サーゼクス・ルシファー』との語らいの中で力と向き合うことを決め、さらにはフーディーニ眼魂も託される。

 

婚約パーティーに乗り込んできた一誠がライザーに一対一の決闘を申し込む。上級悪魔の圧倒的な力に対抗すべく、左腕を自身の内に宿る赤龍帝ドライグに捧げて力を得た一誠はライザーと互角以上の勝負に持ち込み、最終的にはアーシアの聖水の効果でライザーを弱らせ勝利した。

 

 

 

 

 

 

 

戦士胎動編《コード・ムーブメント》 第三章 月光校庭のエクスカリバー

 

 

ライザーとの一件からしばらくたったある日、悠河は学園の生徒会長もまた『ソーナ・シトリー』という元七十二柱に連なる悪魔であることを知る。

 

ある日、堕天使の幹部『コカビエル』がキリスト教の3つの宗派がが保管する七つに分かれた聖剣『エクスカリバー』の内の3本を強奪し駒王町に潜伏、それを追うべく同じくエクスカリバーを持つ二人の教会の戦士、『ゼノヴィア』と一誠の幼馴染でもある『紫藤イリナ』がやって来る。悪魔を良しとしない彼女らはグレモリー側に手出し無用と話を通す。しかしエクスカリバーの研究『聖剣計画』の被検体であり多くの同胞の命を奪われ、そこでリアスと出会った過去を持つ木場はエクスカリバーの復讐心に燃え、破壊すべく単独行動を始める。

 

それを放っておけない一誠はソーナの眷属悪魔である『兵士』の匙元士郎や小猫、さらに悠河と共にゼノヴィアたちへの協力を申し出、木場共に主に無断でエクスカリバー破壊へと動き出す。探索の末、『天閃の聖剣《エクスカリバー・ラピッドリィ》』を握りかつてレイナーレ達堕天使に属した教会の元戦士、『フリード・セルゼン』と交戦し、この事件の背後に木場と因縁深い『聖剣計画』の責任者『バルパー・ガリレイ』がいることを知る。

 

その夜、事件の黒幕であるコカビエルが動き出し、奪ったエクスカリバーを一つに束ね、そのエネルギーを利用して駒王町をリアス達ごと吹き飛ばそうと画策する。その先の目的がエクスカリバーを奪われた天使陣営、魔王の妹を殺された悪魔をたきつけて戦争を起こすことだと知った悠河たちは駒王学園を舞台にした決戦の場に駆け付ける。

 

『夢幻《ナイトメア》』『天閃《ラピッドリィ》』『透明《トランスペアレンシー》』さらにイリナから奪った『擬態《ミミック》』の四本を統合したエクスカリバーを操るフリードの力はすさまじく、ゼノヴィアが拾ったムサシ眼魂の力で応戦するもフリードには届かない。

 

しかし、同胞たちから作った聖剣使いの因子の結晶を手に入れて神器の究極『禁手』に目覚め、魔剣を自在に創造する『魔剣創造《ソード・バース》』から本来ありえない聖剣と魔剣の融合『双覇の聖魔剣《ソード・オブ・ビトレイヤー》』を手にした木場と奥の手である破壊の化身とも呼べる聖剣デュランダルを手にしたゼノヴィア。二人の力にエクスカリバーを砕かれたフリードは敗れ、バルパーはエクスカリバーを作った以上コカビエルに用済みと捨てられて殺されたことで木場は過去との因縁に決着をつけることになる。

 

残る黒幕、コカビエルとの戦い。堕天使幹部の中で武闘派と名高い彼の力はライザーを凌駕しており、聖魔剣とデュランダルを操るゼノヴィアの力をもってしても倒せない。オオメダマを繰り出してなお無傷のコカビエルに怯えた悠河はいよいよすべてを投げ出して敵前逃亡をしてしまう。しかしそれを許さないポラリスの 咤激励により、悠河は真に自分が戦う理由を見つける。

 

聖魔剣という本来ありえない減少の理由、聖書の神の死をコカビエルが暴露し、それに深い衝撃を受けて自殺を望んだゼノヴィアを救った悠河は今まで起動できなかったフーディーニ眼魂を起動しフーディーニ魂にチェンジ、強い意志によって凄まじい力を発揮したスペクターはコカビエルを凌駕しついには深手を負わせることに成功する。

 

赤龍帝と対なす堕天使陣営の神滅具『白龍皇の光翼《ディバイン・ディバイディング》』の所有者『ヴァーリ』がコカビエルを連れ去った後、悠河は自分の行いを謝罪し改めてオカルト研究部の正式なメンバーとなるのだった。しかし、転生悪魔になることだけは魔を嫌う女神アクアの力の影響で叶わなかった。

 

その一方で家の管理、稽古等の様々なサポートと一誠たちへの将来的な協力の意志を示すポラリスへの恩返しのためにも悠河はレジスタンスにも参加を決意するのだった。そして、街に残ったゼノヴィアはリアスに拾われて半ばやけくそで『騎士』の駒で悪魔へ転生し、悠河の家にホームステイすることとなり二人の大きな戦力をリアスは得るのだった。

 

 

 

 

 

 

死霊強襲編 《コード・アサルト》 第一章 停止教室のヴァンパイア

 

 

コカビエルが起こした事件によって均衡を保っていた悪魔、天使、堕天使の三大勢力の関係は大きく揺らぎ、事件の舞台となった駒王町で三勢力の首脳会談が開かれることとなる。それまでの間に街へやって来た神器研究を行う堕天使の組織『神の子を見張る者《グリゴリ》』の総督であり、神器マニアの『アザゼル』とその部下の白龍皇ヴァーリが一誠に接触する。

 

これまでの戦いによりリアスたちの力が増したことで二人目の『僧侶』である吸血鬼の『ギャスパー・ヴラディ』の解放がサーゼクスより許可されるも、引きこもりがちであり視界に収めたものを停止する神器『停止世界の邪眼《フォービトゥン・バロール・ビュー》』を恐れる彼はリアスの意に反して表に出ようとしない。しかし、かつての悠河のように己の力を恐れるギャスパーに一誠と悠河は真摯に向き合い、勇気づけることに成功する。

 

その裏でゼノヴィアも己の人生を全く正反対にした選択に悩むが、同居する悠河

感動の余韻も冷めぬまま、なんと天界のトップ『ミカエル』が来訪し、グレモリーの協力者という曖昧な立場を改め正式に天界陣営に来ないかというスカウトを受ける悠河はすぐには答えを出せなかった。

 

そして来る日、駒王学園にて開かれた首脳陣が参加する駒王会談。ミカエル、サーゼクス、さらにソーナの姉でもある同じく魔王の『セラフォルー・レヴィアタン』、そしてアザゼル達の話し合いは円滑に進み、本題である2名の四大セラフと四大魔王、そして聖書の神を失った過去の戦争により疲弊し、種族の危機の現状を憂いての和平協定に踏み込む。

 

しかし会談の最中、世界最強のドラゴン『無限の龍神《ウロボロス・ドラゴン》オーフィス』を首魁とするテロ組織、『禍の団《カオス・ブリゲート》』が襲撃し、ギャスパーの神器を暴走させたテロを引き起こす。

 

魔法使いたちと悪魔の現体制に反旗を翻し旧魔王の一族を信奉する『旧魔王派』との戦いの末、ギャスパーの解放に成功するも、ヴァーリは自身がかつての魔王ルシファーの子孫であることを明かし、強者との戦いを求める彼は禍の団への寝返りを宣言する。赤龍帝の一誠、白龍皇のヴァーリ。アザゼルの研究成果によって一時的に禁手を発動する一誠だがルシファーの血を引き才能と経験ともに上のヴァーリには及ばない。

 

しかし、ヴァーリの放つ『半減』の力によりリアスの巨乳をも半分にされるとアザゼルに吹き込まれた上につまらない人生と断じ、刺激的なものにするために両親を殺害すると宣言したヴァーリに一誠は激昂し、ヴァーリを圧倒するほどの力を発揮して赤いオーラと共に放つ蹴撃『ウェルシュ・レッド・ストライク』を発動させてヴァーリを撃退する。

 

今回の事件の首謀者であるヴァーリと同じく旧魔王の子孫であり一大派閥、旧魔王派を率いる『カテレア・レヴィアタン』も、五大龍王の一角、『黄金龍君《ギガンティス・ドラゴン》ファーブニル』を封じた人工神器『堕天龍の閃光槍《ダウンフォール・ドラゴン・スピア》』の鎧を纏ったアザゼルが撃破し事件は終息を迎えた。

 

その後、悠河と一誠のミカエルへの嘆願により、天界のシステムの影響で主に祈りを捧げられなくなった悪魔のゼノヴィアとアーシアは再びお祈りができるようになる。その日、首脳陣たちによって結ばれた『駒王協定』により長らく争い続けてきた三勢力の和平が実現し、悠河は首脳陣直属の部下、『駒王和平協定推進大使』に任命され和平に仇名すテロリストたちへの戦いに身を投じることとなった。

 

そして後日、駒王学園に教師として勤務することになったアザゼルはオカルト研究部の顧問として未熟なリアスたちを指導することとなる。

 

 

 

 

 

 

死霊強襲編 《コード・アサルト》 第二章 冥界合宿のヘルキャット

 

 

7月の夏休みシーズン、一誠の家はグレモリー家によって大豪邸に改築され、リアスは冥界への里帰りに眷属たちと悠河、アザゼルを引き連れる。列車に乗って次元の狭間を超えて冥界へ行き、広大な自然と中世風の街並みに感動する一誠たちはリアスの両親との挨拶を済ませグレモリーの城下町の観光を楽しんだのち、悠河を除いた悪魔組は魔王領にある都市ルシファードにて開かれる勇猛な若手悪魔たちの会合に参加する。

 

一人留守になった悠河はポラリスの眼魂情報を基にかつて現ウリエルと初代ベルフェゴールの一騎打ちが行われた『魔烈の裂け目』に向かう。そこで謎の悪魔『アルギス・アンドロマリウス』と彼が召喚するガンマイザーに襲われるも、サーゼクスの妻であり『女王』の『グレイフィア』の助けにより難を逃れる。

 

その戦いにて自身の力不足を痛感した悠河はアザゼルの考案したメニューの元、一誠たちと共に後日のシトリー眷属との試合に向けた強化合宿に参加する。そこで神器や各勢力の様々な知識、堕天使の師のもとで八極拳を身に着け戦闘力を向上させることとなった。

 

修行から戻って来た悠河は一誠たちと一緒に若手悪魔のパーティーに参加するが、そこに現れたアルギスが魔力を受け付けない大量の土人形と英雄眼魂から生まれ強力な力を持つガンマイザーを召喚しテロを引き起こすも、これらをゼノヴィアたちグレモリー眷属と匙たちシトリー眷属が撃破する。

 

その裏で猫又の妖怪でも上位に位置する種『猫』と呼ばれる種族だった小猫、その真名の『白音』を連れ去ろうとするヴァーリの仲間である姉の『黒歌』が現れる。かつて力に溺れて暴走し、はぐれ悪魔となった姉に小猫は怯えるも一誠とリアスの活躍により誘拐を防がれ、戦いの最中一誠は見事に真の禁手『赤龍帝の鎧《ブーステッドギア・スケイルメイル》』に覚醒を遂げる。

 

一方、悠河は事件の黒幕が前世において自分が死ぬ二年前に事故で亡くなった妹、『深海凛』と知るも全くの別人のようになっていた彼女は『仮面ライダーネクロム』に変身し悠河に大ダメージを負わせる。眼魂と命を奪おうとしたところに非常事態と判断し『ヘルブロス』に変身したポラリスが駆け付け、どうにか窮地を逃れる。

 

目が覚めた悠河はポラリスの部下、『イレブン』に妹の状態を知らされ敵の手から妹を取り返す決意を示すのだった。その裏で旧魔王派にクレプスと名乗る謎の女性が『神祖の仮面』という悪魔社会を大きく揺らがすほどの情報を提供しているとも知らず。

 

 

 

 

 

 

 

 

死霊強襲編 《コード・アサルト》 第三章 体育館裏のホーリー

 

 

 

夏休み明け、アーシアのもとに若手悪魔の会合にも参加した現魔王ベルゼブブを輩出した名家アスタロト家の次期当主、『ディオドラ・アスタロト』が現れ連日求婚する。アーシアにとってディオドラは彼を神器で癒したことで教会を追放される原因になった人物だが、アーシアは彼の求婚を拒否し変わらず一誠たちのもとにいることを決める。

 

さらに、ゼノヴィアの同胞だったイリナが転生天使として駒王町に戻り、駒王学園に一誠たちの同級生として通うことになる。今までいなかった天界陣営のスタッフでもある彼女はリアスたちオカルト研究部に歓迎されるのだった。

 

夏休みにて大敗を喫したグレモリーVSシトリーの試合に続いて、今度はアスタロトとの試合が行われる。しかし禍の団と手を組んだディオドラは試合開始早々にアーシアを攫ってしまう。眷属でないため試合に参加できない悠河とイリナも旧魔王派の襲撃を受け、ディオドラを追うべく試合のフィールドに侵入するが再びネクロムに変身した凛が悠河の命と眼魂を狙うべく襲い掛かる。キャプテンゴーストの上で行われた戦い、ネクロムの驚異的な力に押される悠河は船諸共ディオドラがリアスたちと相対する宮殿に不時着し、今度はネクロムと組んだディオドラ、悠河とリアスたちグレモリー眷属の対決となる。

 

激闘の末、ネクロムを撃退しディオドラを下した悠河たちだったがアーシアを捉える結界には細工がされており、アーシアの持つ回復の力を反転させ強力無比なダメージを結界の範囲内にいる者に与える仕様となっていた。結界内に入ったサーゼクスやアザゼルたちVIPの命も危ぶまれる中、一誠は強化合宿で編み出した女性の衣服を手で触れずに破壊する『ドレスブレイク』でアーシアの衣類を巻き込んで結界装置を破壊し、再会を喜ぶのだった。

 

リアスたちに敗れたディオドラは親類のアジュカと比較され続け、劣等感を抱いた己の心情を吐露し、同じく偉大な魔王の兄を持つリアスに諭されて改心し旧魔王派が追い求める旧魔王の遺産『神祖の仮面』の情報を提供する途中で真の黒幕である旧魔王派のリーダー『シャルバ・ベルゼブブ』に消され、アーシアは一誠をかばって次元の狭間に飛ばされてしまう。

 

その様を見てアーシアが死んだと思った一誠は暴走、二天龍の究極の力『覇龍《ジャガーノート・ドライブ》』を発動させシャルバを跡形もなく消し飛ばすが命を削るその力は止まらない。しかし次元の狭間でアーシアを救出したヴァーリたちの協力と、一誠の活躍とサーゼクスやアザゼル達の悪ふざけから生まれたグレモリー家のコンテンツ『おっぱいドラゴンの歌』、極めつけにリアスの胸の力で無事に暴走は静まるのだった。

 

目覚めた一誠は覇龍の強大な力に引き寄せられるように現れたオーフィスと対を成す龍、『赤龍神帝グレートレッド』とそれを観に現れたオーフィスとの邂逅を果たし、二天龍のライバルであるヴァーリといずれは決着をつける約束を結んだ。その裏でシャルバというリーダーを失った旧魔王派は『クルゼレイ・アスモデウス』の指導の下、神祖の仮面の収集に注力し水面下での活動を行うこととなった。

 

 

 

 

 

 

死霊強襲編 《コード・アサルト》 第四章 放課後のラグナロク

 

 

 

アスタロト戦での約束で一誠とのデートを楽しむ朱乃は日本神話の神々との会談で来日した北欧神話の主神『オーディン』とその護衛についていた堕天使幹部の父『バラキエル』と再会する。母の『姫島朱璃』を守れなかったバラキエルを恨む朱乃は父に敵意を向け距離を置いていた。

 

同じく護衛任務にあたることとなった一誠たちの前に北欧神話の悪神『ロキ』がユグドラシルの力を手にし、和平路線を推し進めるオーディンを打ち倒して鎖国、革命を成し遂げんと最恐の魔獣フェンリルを引き連れて現れる。あらゆるオーラや魔力を吸収し、その叡智で多彩な魔法を繰り出すロキに苦戦するがオーディンのグングニルの攻撃とヴァーリの参戦により一時的に撃退することに成功する。

 

強者との戦いを追い求めるヴァーリチームは協力を申し出、さらにはロキの力をイレギュラーと判断したポラリスも素性を隠して一誠たちと共にロキと戦うことになる。ポラリスを怪しむリアスたちだったが、ポラリスは特異点の情報を提供、さらに悠河を助けてきたことを明かしてある程度の信頼を得ることとなる。さらには戦後、ディンギルについての情報提供も約束した。

 

これまでの戦いで傷つきながらも無茶を続け戦い、自分を救ってきた悠河にゼノヴィアは自らの内に恋心があることを自覚し、悠河を引き止めようとするが、転生やレジスタンスの事情を隠して仲間に嘘をついてきた悠河には戦って仲間を救う以外に自分が一誠たちの仲間である資格を持ち続ける方法はないと断じ戦う覚悟を決める。

 

オーディンと日本神話との会談当日、会場にロキが現れるが転移結界を発動させて戦いの舞台を冥界に移す。かくしてロキとフェンリルに加えロキがユグドラシルの力で生み出した人工生命体『プラセクト』との大群との決戦が始まる。それらをポラリスや夏の修行で一誠の世話をした今回の戦いに加わった『龍王タンニーン』も加わり、一気に軍勢を蹴散らす。

 

超回復と叡智をもたらすユグドラシルの腕を破壊するにはオーディンから託された一誠が持つ『雷神トール』のミョルニルのレプリカと、悠河に託されたグングニルのレプリカが真の力を発揮するほかない。しかし力を引き出しきれない一誠と悠河、ヴァーリはフェンリルとロキの驚異的な力の前に屈し、さらには悠河はロキの力で変身不能にされてしまう。

 

ヴァーリが決死の覇龍を発動させてフェンリルを道連れに消えるも、ロキはフェンリルの新たなクローンを召喚。ゼノヴィアが悠河を守りに入るが、非力にも悠河の目の前で殺害される。しかし、助っ人として駆け付けた最強の四大セラフ、ウリエルが時空間を操る力でゼノヴィアを生き返らせクローンを瞬殺するのだった。

 

一度はゼノヴィアの死を目の当たりにしたことで折れかかっていた戦意が息を吹き返し、生身で悠河は一誠たちと共にロキと戦う。その最中、突如飛来した光が生み出す精神空間で悠河たちは悠河を転生させた女神アクアの仲間である謎のドラゴンと邂逅し、悠河は転生に関する事情を打ち明ける。それでもこれまでともに同じ時間を過ごし、戦い抜いてきた仲間を受け入れてくれたリアスたちに悠河の心の迷いは張れる。

 

そして謎のドラゴンが送った15の眼魂の力を一つにするアイテム『プライムトリガー』により悠河は『仮面ライダープライムスペクター』へと進化を遂げ、凄まじい負担を強いるもその驚異的な力でロキを圧倒する。そこにグリゴリの実験で複数の同系統神器を移植されて内に眠る龍王ヴリトラの意識が覚醒し、龍王化した匙の助力でロキの動きを封じ、一誠と悠河はミョルニルとグングニルの力でロキを倒すことに成功するのだった。

 

戦いの後、裏でポラリスと交戦していたネクロムがいくつかの眼魂とユグドラシルの腕を回収しいずこかへ去る。悠河は肉体の主である紀伊国悠ではない自分の真の名を名乗り、戦いを生き抜いたポラリスはリアスと握手を交わし今後の協力を約束するのだった。

 

後日、レジスタンスのアジトで行われる会議に招かれた悠河だがゼノヴィアもうっかりついてきてしまい、全てを知ったゼノヴィアは悠河だけに背負わせないと自身もレジスタンスに加わることとなる。

 

六華閃のレーヴァテインとガルドラボーク、四大セラフといった協力者がそろい踏みした会議にて悠河とゼノヴィアはこれまで戦ってきた凛はレジスタンスの敵である真なる神、『ディンギル』の上位神のアルルが取り憑いていたものだったと知る。『ディンギル』、そして故郷を滅ぼされ異界からやって来たポラリスの過去も知ったことでディンギルを討ち、凛を救う覚悟を固める。

 

しかし、人間の体に取り憑かないといけないほどに弱体化したアルルをすぐに討つべきだと訴える六華閃と妹を救いたい悠河の意思を尊重するウリエルとラファエルの対立を収めるためにポラリスは10月末までの期限を設け、それまでは悠河に一任し自身も救出に協力する旨を示した。

 

会議の後、二人きりになり互いの全てを知った悠河とゼノヴィア。妨げるものも迷いもなくなった悠河の告白は受け入れられ、ようやくゼノヴィアと悠河は長い同居を経て結ばれるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

英雄集結編 《コード・アセンブリー》 第一章 修学旅行はパンデモニウム

 

 

学園祭が近づき、オカルト研究部もその催し物の準備に取り掛かるころ、悠河の学年は学生の一大イベント、修学旅行で京都に行くこととなった。ゼノヴィア、綾瀬、飛鳥、そして飛鳥にほのかな恋心を抱く同級生の『御影藍那』と班を汲んだ悠河は京都を満喫するも、一緒に行動していた一誠たちの班共々九尾の少女『九重』率いる京都の妖怪たちの襲撃を受ける。

 

悪魔でも京都勢力に狙われないフリーパス券があるにも拘わらず狙われたのは同時期に京都妖怪の長、九重の母である『八坂』が何者かにさらわれたからであった。襲撃を謝罪した九重の嘆願で、一誠たちは八坂奪還の助力を約束する。

 

翌日、嵐山の渡月橋にて神滅具の一つ、『絶霧《ディメンション・ロスト》』の力で周囲の空間を精巧にに再現したフィールドに転移させられた一誠と悠河たちは八坂誘拐の犯人、禍の団の派閥『英雄派』のリーダー『曹操』と遭遇する。彼の所有する神器は最強にして始まりの神滅具『黄昏の聖槍《トゥルー・ロンギヌス》』であり、神をも滅ぼす力すら持つ。神器所有者の人間で構成された彼らの目的は強大な力を持つ異形という困難に挑み、打ち破り現代の英雄になることだった。

 

同じく神滅具の『魔獣創造《アナイアレイション・メーカー》』を操る『レオナルド』、『魔帝剣グラム』を始めとする数多の魔剣を操る幹部の『ジークフリート』、本来は炭素結合を操作して宝石を生み、巨万の富をもたらす能力を戦闘に転用して絶対防御を生み出す『極彩色の宝界《インエグゾースティブル・社員》』を所持する幹部の『信長』、そして『絶霧』を操る幹部の『ゲオルク』といった腕利きぞろいの英雄派の力に圧倒されながらも一誠の指揮とコンビネーション、さらにヴァーリチームの剣士『聖王剣コールブランド』の主の『アーサー・ペンドラゴン』の妹『ルフェイ・ペンドラゴン』と彼女の操る古代兵器『ゴグマゴグ』の介入でどうにか撃退する。

 

その夜、大規模な実験を行うと宣言した曹操を倒すべく、母親を助け出したい九重を連れて二条城へ向かう悠河たちだったが、途中で絶霧に呑まれ別空間に転移させられてしまう。

 

孤立した悠河の前に曹操が現れ、悠河を『英雄使い』と呼ぶ彼は同じ人間の強者であるとして悠河を勧誘するも断られてしまう。すぐに交戦し、多種多様な英雄の力を組み合わせて戦う悠河だったが、曹操が一瞬だけ発動させた禁手の前に敗れ、アルルとの取引で曹操に提供されたネクロム眼魂で『ネクロムスペクター』に変身させられ、傀儡にされてしまう。

 

一方で禁手を発動した構成員たちを倒し、二条城に辿り着いた一誠たち。曹操は八坂と京都のパワースポットの力を利用してグレートレッドをおびき寄せると実験の目的を明かす。

 

龍王化した匙が曹操に操られた八坂を抑える間、教会が回収した6本のエクスカリバーをデュランダルの鞘にした新武器『エクスデュランダル』を解放したゼノヴィアの一撃を皮切りに、『聖剣創造《ブレード・ブラックスミス》』を操る『ジャンヌ』と『巨人の悪戯《バリアント・デトネイション》』を使う大男『ヘラクレス』を加えた英雄派の幹部たちとの戦いが始まる。

 

しかし続々と禁手を発動させた幹部たちを太刀打ちできず、敗北の毛色が濃くなったその時、一誠が解放した新しい力によってリアスが召喚され、その乳首を押したことで『騎士』『戦車』『僧侶』3つの駒の力を自在に発動できる新たな力『赤龍帝の三叉成駒《イリーガル・ムーブ・トリアイナ》』に目覚めた。その力に当てられたことで動きを止めたネクロムスペクターのネクロム眼魂をゼノヴィアが取り除いたことで、悠河も正気に戻った。

 

悠河も英雄の力を絆を結んだ仲間に付与できる『英友装《ヒーローズ・リインフォースメント》』を発動させ、一誠たちと共に曹操たちを逆に圧倒。さらに今回の助っ人で五大龍王『西海龍童 玉龍《ミスチバス・ドラゴン ウーロン》』と共に『初代・孫悟空』が現れ一気に形勢逆転し不利を悟った曹操は一誠の追撃で右目を失いながらも仲間と共に撤退するのだった。

 

その後、孫悟空と相手の胸の声を聴ける一誠の『乳語翻訳《パイリンガル》』の力を借りて九重は八坂の心を取り戻し、親子は無事再会を遂げるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

英雄集結編『コード:アセンブリー』第二章 学園祭のライオンハート

 

 

修学旅行も終わり学園祭の準備が本格的に始動したころ、かつて戦ったライザー・フェニックスの妹、レイヴェル・フェニックスが駒王学園に編入し、小猫とギャスパー一年組と同学年になる。学園祭の準備も進めつつ来るバアル戦に向けてトレーニングを欠かさない彼らは冥界のテレビで記者会見に出ることとなった。

 

記者会見の裏で奈良県の山奥にある遺跡にて、発掘調査をしていた上柚木綾瀬の父親を殺害したクレプスは飛鳥の兄であり元フランス外国人部隊の『天王寺大和』と共に旧魔王派の念願、旧レヴィアタンの魂が宿るとされる神祖の嫉妬の仮面を手にする。

 

そこで仮面ライダーダークゴーストの力を手にしたアルギスとエキサイティングスタッグのプログライズキーとレイドライザーを使用し変身したイレブンとの混戦が起こるが、激闘の末、仮面を手にしたのはイレブンだった。

 

一方、次元の狭間を調査中にレジスタンスの母艦『NOAH』に侵入したヴァーリチームたちはその存在をまだ秘匿したいポラリスと彼女が作り出した究極兵器の試作型『ゼクスドライバー・オリジン』で界装した仮面を被った男『ドレイク』と交戦し破れ、その記憶を消されることとなった。

 

後日、一誠のふとした発言から乙女心を傷つけられたリアスと、一誠の関係に大きな亀裂が走ってしまう。実は一誠には自分を貶め、一度は殺された初めての彼女のレイナーレの存在が恋愛面での深刻なトラウマとして残っていた。心情を全て吐いた一誠はアーシアたちとの語らいの中でそのトラウマと向き合う覚悟を決める。

 

そして来るバアル戦。レーティングゲーム一位の王者『ディハウザー・ベリアル』や冥界のゲームファン、さらに一誠の活躍に伴って人気急上昇中の『おっぱいドラゴン』のファンと多くの民に注目される中、リアスの従妹であり若手悪魔最強とうたわれる、魔力ではなく己の肉体一つで努力を重ねのし上がって来た男『サイラオーグ・バアル』率いるバアル眷属との試合が始まった。

 

白熱する試合展開の中で、トイレ休憩に行った悠河は幽閉されたロキの部下であるヴァルキリーの『ジークルーネ』の襲撃を受けるが撃破。しかし、ダークゴーストに変身したアルギスも現れ眼魂を奪われるピンチに陥るがポラリスが派遣したドレイクの助力もあり、どうにかこれを撃退する。

 

会場に戻った悠河は神滅具『獅子王の戦斧《レグルス・ネメア》』の禁手『獅子王の剛皮《レグルス・レイ・レザーレックス》』を鎧として纏ったサイラオーグと歴代所有者の怨念に満ち満ちた覇龍を乗り越えた一誠の新たなる真紅の鎧『真紅の赫龍帝《カーディナル・クリムゾン・プロモーション》』の一騎打ちをレイヴェルやイリナ、おっぱいドラゴンを熱く応援する子どもたちと共に見届ける。互いのプライドと夢がぶつかり合い、誰もが熱狂する壮絶な殴り合いの末、戦いを制したのは一誠だった。

 

戦いの後、一誠は拳を交えたサイラオーグと言葉を交わし、サイラオーグはアルギスの魔の手から冥界の多くのファンの夢と自分たちの戦いを守ってくれた悠河に感謝し、いつの日か拳を交えることを約束する。

 

それから数日後の学園祭の終わり、リアスと部室で二人っきりになった一誠はついにリアスへ思いを告白し、二人はようやく結ばれるのだった。

 

 

 




レジスタンス

ポラリス率いる謎の集団。ディンギル討伐を目的としており、次元の狭間に身を隠す次元航行母艦NOAHを拠点に活動している。表舞台への露出を避ける彼女らは、大量のGNドライヴを始めとする未知数の戦力、スーパーコンピューター『スキエンティア』に集積された異界の情報と広い情報網を保有する。

メンバーは以下の通り。

ポラリス
イレブン
深海悠河
ゼノヴィア
ドレイク

協力者は以下の通り。

ミカエル
ガブリエル
ウリエル
ラファエル
ガルドラボーク・ジャフリール
レーヴァテイン・レイド



プロジェクト・ロンギヌス

レジスタンスが遂行する謎の計画。悠河とゼノヴィアには知らされておらず、その全貌は不明。



ポラリスの世界(機界《アルムンドゥス》)

レジスタンスのリーダーであるポラリスが生まれ育った世界。異形は存在せず、我々の世界よりもはるかに発展した科学で豊かな生活が約束されたかのように思えたが、スーパーコンピューター『シャスター』の暴走によりあらゆる社会システムを機械に乗っ取られ、シャスターが管理する世界に生まれ変わる。

しかし、ポラリスとその仲間のアルタイル、デネボラ、カノープス、さらに過去からやって来たその三人の子供時代率いる革命軍の奮闘によりシャスターの支配は終わりを迎える。人間の手による真の平和が始まるかに思えたが、異界より現れたディンギルの侵略を受け、不死身の神々を倒すことができなかった彼らは生き残った人々と共にNOAHを建造して異界への脱出を試みるも失敗し、ポラリスとイレブンだけが生き残った。



神祖の仮面

旧魔王時代に、旧四大魔王と初代ベルフェゴール、初代マモン、そして旧ルシファーも恐れた凶魔王サタンが残した遺産。被るだけでその仮面に対応した魔王の強力無比な力が得られるが、旧魔王派が求める理由は別にある。

神祖の嫉妬の仮面(レヴィアタン)(奈良の遺跡)
神祖の暴食の仮面(ベルゼブブ)(秦の始皇帝陵墓)
???
???
???
???
???
???


竜域《エネルゲイア》

本作におけるD×D世界の別称。人間界を中心に三大勢力の世界、アースガルズ、オリュンポス、須弥山など神話世界を含めた世界をディンギルはそう呼称する。


ディンギル(真神)

時空を超えた空間、神域《デュナミス》に住まうメソポタミア・シュメール神話に登場する神の名を持つ神々。不滅の肉体を持ち、最上位神を頂点にした階級社会を形成している。竜域へ並々ならぬ憎悪を持ち、その侵略を狙っている。次元障壁により竜域への干渉手段を失ったが、竜域に残った叶えし者たちとそれを率いるアルルが暗躍している。



叶えし者

ディンギルと契約を交わし、眷属となった者の呼称。彼らの信仰はディンギルのさらなる力となる。願いを叶えるための力を与えられた彼らはその願いの内容や規模によって以下のレベルに分類される。

深度1:ディンギルに対する猜疑心が消失する。
深度2:精神的な闇が深くなる。
深度3:ディンギルを崇拝し、人格に変化が生じる。
深度4:ディンギルと敵対するもの、自身を邪魔するものを排除する。
深度5:与えられた力に魂が耐え切れず消失し、そのエネルギーは主たる神に捧げられる。



神竜戦争

三大勢力の戦争よりもはるか昔、異界『神域《デュナミス》』より襲来した真なる神ディンギルとこの世界『竜域《エネルゲイア》』に属する人間や神話間で起きた戦争。不死身の神と彼らが増やす叶えし者という眷属に甚大な被害が及ぼされるも、最終的には5人の勇者の奮闘と5匹の強大な龍たちによって神々が神域へ追いやられ、神域と竜域を隔てる次元障壁ができたことによって戦争は終結した。

しかし、強固な結界の効果で当事者たちの記憶は封印され、残存した叶えし者たちの暗躍で史料は抹消。ごくわずかに残った史料と叶えし者たちの改変によってこの世界でのメソポタミア・シュメール神話が生まれた。

現在、その情報を知るのはレジスタンスのメンバーとポラリスから提供された情報をアザゼルが共有した各勢力のVIPとグレモリー眷属にシトリー眷属、アルル達叶えし者と史料を基に調査中のヴァーリチームのみである。



創星六華閃

神竜戦争期に登場した5人の勇者の一人、ウェポンマスター アームドが立ち上げた武器職人たちの組織であり、それを束ねる最高峰の武器職人の6つの名家の呼称。

鍛冶職人という強者や大きな組織の言いなりになりがちな弱い立場にある同業者を守り、その技術向上に努める。その真の目的はいずれ来るディンギルの脅威に備えることだが長い年月により忘れ去られつつある。

その当主は初代が作り出した最高峰の武具と蒼星鏡を受け継ぐ。

スダルシャナ・サイン(チャクラム)(当主不在)
ガルドラボーク・ジャフリール(魔導書)
レーヴァテイン・レイド(剣)
天峰叢雲(日本刀)
???
???




特異点

本作に登場する、類まれな運命力を持つ者たちの呼称。世界はバタフライエフェクトによって無限に分岐するのではなく彼らの選択によってのみ未来は決まり、平行世界が生まれる。特異点でない者も、特異点の影響を受けて覚醒することもある。

以下、判明済みの特異点たち。

兵藤一誠
リアス・グレモリー
アザゼル
ヴァーリ・ルシファー
サイラオーグ・バアル
デュリオ・ジェズアルド
曹操
幾瀬鳶雄
神崎光也
???
???
???



イレギュラー

正史には登場しない特異点よりもさらに特異な人物たちの呼称。特異点ではないものの本来存在するはずのない彼らの行動は未知の世界線を生み出す。彼らが生み出す可能性はウリエルの超既視感をもってしても予測できない。

信長に関しては正史の世界にも存在はしていたが、英雄派の幹部になったことでポラリスにイレギュラーとして認識されている。

深海悠河
深海凛
ポラリス
イレブン
信長



正史

上記のイレギュラー達がD×D世界に介入することのなかった世界線。

神竜戦争やそれに関連する人物の存在はあれど、基本的には原作の世界と大差ない歴史をたどるとされる。本作ではウリエルとポラリス、アルルが主にその情報を握っている。






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英雄集結編《コード・アセンブリ―》第四章 補習授業のヒーローズ
第151話 「やぶから蛇」


お久しぶりです。ヒーローズ編初っ端の回をどうしようかと考えていたら長くなってしまいました。

一応活動報告で新フォーム募集企画を立ち上げてます。早速秀逸なアイデアを頂いてしまいました…まじすげえ。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
1.ムサシ
2.エジソン
3.ロビンフッド
4.ニュートン
6.ベートーベン
7.ベンケイ
9. リョウマ
10.ヒミコ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
23.コロンブス
31.ライト
41.シグルド
42.ユキムラ
44.ハンゾウ


「…」

 

久方ぶりに訪れた冥界のグレモリー領。その城下町から離れた少し隣町で随一の規模を誇る病院。俺はベッドに背を預けながら端末で冥界のニュースを眺めていた。

 

ゲオルクの結界から帰還した後、信長や曹操の戦いで大量に失われた血を補うための輸血と仙術で誤魔化したツケの回った体の検査のために一時的にだが入院することとなった。本来は余裕をもって5日から一週間ほどの入院を言い渡されるところだが、今の危機的状況で少しでも戦力が必要とされるため、明日で退院することとなっている。

 

『ご覧ください!魔獣たちは歩みを止めないまま、都市部への進行を続けております!』

 

ニュースはどのチャンネルを見てもシャルバが送り込んだ魔獣の話題しかない。魔力で駆動するヘリコプターに乗ったニュースキャスターが声を張り上げて魔獣の様子を画面の前の視聴者に伝えようとしている。

 

次元の狭間で生み出され、冥界へ転移した『魔獣創造《アナイアレイション・メーカー》』の巨大モンスターの数は13体。体長は100mを超える点はどれも同じだが、巨人型の二足歩行タイプもいれば獣型の四足歩行タイプとその姿はばらばらで一体たりとも同じものはいない。あらゆる生物が無秩序に合成され生み出されたいうなればキメラの魔獣はその表皮から更なる小型のモンスターを生み出しながら進行している。

 

一度に数十から百は生み出される人型サイズのそいつらは道行くものすべてを破壊し、目に映る生物を喰らってただ真っすぐ、人里へと向かっている。予測された進行方向上にある村や集落、町の住民は既に避難していたため被害は最小限に抑えられたがそれでも凄まじい物的被害を生み出している。

 

「これが魔獣創造…どんな神滅具よりも恐ろしいよ」

 

神器の中でも特にバグだの最悪だの言われる神滅具、それが魔獣創造。凶悪無比な力が破壊に使われたらどうなるか、その結果を今ありありと見せられ俺たちは経験している。

 

政府が発表した13体の巨大モンスターの進行ルートは次のようになっている。

 

ルシファー領、ベルゼブブ領、アスモデウス領、レヴィアタン領の首都へ各2体、冥界の首都リリスとグレモリー領、アスタロト領、シトリー領、グラシャラボラス領へ一体ずつ。現魔王と彼らの出身の家が収める領地といった聞くだけでそれを生み出したものが抱く現体制への憎悪を感じ取れるラインナップだ。

 

勿論、魔獣の一体はちょうど今部長さんたちグレモリー眷属が滞在中の城があるグレモリー領の都市へ進撃中だ。悪魔の兵士だけでなく北欧や天界、ギリシャ神話から派遣された兵士たちが戦線を築いて彼らの進撃を止めるべく奮戦している。

 

ふと、映像の中に巨大な魔獣が映る。13体の中で最も巨大なそれを冥界政府は『超獣鬼《ジャバウォック》』と呼称し、その他の12体を『豪獣鬼《バンダースナッチ》』と呼んでいる。

 

冥界の首都リリスへ進行するそれをレーティングゲームの上位のチームが迎撃している。ロスヴァイセ先生以上の火球や魔法、末恐ろしい出力のオーラ攻撃が次々に直撃する。

 

『GRRRRR…』

 

しかしまるで通じておらず即座に傷は治癒してしまい、その歩みが止まる気配はない。

 

「昨日のニュースで王者ベリアルも超獣鬼を止められなかったが…それより下位のチームも豪獣鬼を止められないか」

 

俺たち以上の実力を誇るレーティングゲーム一位のベリアルですら止められないのだ。辛い現実だが、もはや俺が出たところでどうすることもできない。

 

それを受けてつい先ほど、魔王の眷属が出撃したというニュースも流れていた。しかし出るのは眷属だけ。各勢力の首脳陣が直接迎撃に出向かないのは曹操の持つ聖槍を警戒しているからだ。もし一柱でも討たれるようなことになればこの冥界の危機以上にどんな影響が出るかわからず取り返しのつかない混乱に陥りかねない。

 

そうとわかってはいるが、これはもうやむを得ない状況なのではなかろうか。レーティングゲーム上位に上り詰める悪魔たちの攻撃でも沈まないようではそれこそ神仏クラスの実力者でないと止めることはできまい。だがそれは向こうもわかっている。きっと曹操たちは神仏が出張るのを今か今かと心待ちにしているだろう。

 

おまけに問題は魔獣たちだけではない。いつ死神を送り込んでくるかわからない冥府のハーデス神。そしてこの混乱に乗じて暴動を起こす旧魔王派。おそらくこれもシャルバの計画の内だろう。

 

さらには各地の上級悪魔の眷属も反乱を起こしているという。どうにも無理やり転生悪魔にさせられ、悪待遇を強いられてきた神器所有者の人間が主に牙を剥いているらしい。前々から曹操たちが流布しているという禁手に至る方法。彼らのまいた不穏の種が冥界の危機によって一斉に芽吹いたと言ったところか。

 

数日前までは禍の団のテロが散発しながらも平穏だった冥界は一転、滅亡の危機に瀕している。どれも対処しなければならない事案であるがゆえに人手が圧倒的に足りていない。そのため安静が必要な俺も呼び出されることになったわけだが。

 

冥界の危機に不安は一般市民にも広がっており、同じ病室の患者たちも表情は暗い。こんな時にこそ、皆に希望をもたらすヒーローが必要だ。

 

「なんでこんな大変な時にいないんだよ…」

 

俺が知る限りそのヒーローに誰よりも近い男の顔を思い浮かべるだけで拳が布団を握りしめ、涙がこぼれそうになる。

 

元凶たるシャルバと戦うべくフィールドに残り、駒だけを残して帰って来た兵藤。

 

折角部長さんとお付き合いできたというのに。新たな力に目覚めこれから最強の『兵士』に、ハーレム王になるというあいつの夢に大きく近づいたと思ったのに。これからやりたいこともたくさんあっただろうに。

 

変な奴ではあったが決して悪い奴ではなかった。友としてもっとあいつと切磋琢磨したかったというのに。

 

俺にとってあいつはもう当たり前に存在する日常の一部になっていた。共に学校で学び、共に強敵と戦ってきた。その当たり前が今ぽっかりと抜けてしまった。

 

どれだけ強くなっても肝心な時に助けられない。あの時俺がもっと戦えていたら、もっと強ければ力の消耗を抑えて信長を倒しそのまま兵藤と共にシャルバと戦えたはず。

 

だがどれだけIFを思い浮かべ悔やんでも兵藤が死んだという事実は変わらない。この危機的状況が好転することはない。

 

昨日の検査終わりにグレモリーの城にいる木場と連絡を取ったのだが、幸いにも後追い自殺は起きていない。それでも部長さんを始めとしたあいつを慕っていたメンバーの心的ショックは計り知れないレベルだという。

 

俺ですら精神的に参りそうになるほどなのだから、特に兵藤へ恋心を抱くまで慕っていた部長さんや朱乃さんたちは相当なものに違いない。『兵士』のあいつは『王』を上回る存在感を持ち、俺たちの精神的支柱になっていたという事実にようやく気づかされた。あいつの死と引き換えに。

 

友を失った悲しみ。何もできなかった無力感。この二つが俺の心に鉄槌のようにのしかかる。

 

しかし現実は感傷に浸る暇を与えてはくれない。

 

ドォン!

 

突然の爆音とともに、この病院が大きく揺れる。

 

「なんだ!?」

 

「きゃ!」

 

「ひぃ!」

 

同じ病室の患者たちが驚き、怯えた声を上げる。冥界では珍しい人間の患者にこの人たちはよくしてくれた。俺の立場を知っているというのもあるかもしれないが。

 

しかし病院で休むこともできないなんて、もう安全な場所はどこにもないようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

 

 

 

 

 

悠河が入院している病院の外、どこからともなく現れた武装した悪魔の集団が空、さらに地上からぞくぞくと病院へ荒々しい足音と共に屋上あるいはフロントへ踏み入れていく。非常時で対魔獣に戦力を回され、手薄になっていた警備の隙をついて旧魔王派の一味が街に侵入しているのだ。

 

「今こそ現魔王の血筋に反撃する時だ!」

 

「「「「「「オオッ!!!」」」」」」

 

粗暴な顔つきの男が声を上げるとそれに従う旧魔王派の兵士たちも怒声じみた雄たけびを上げる。

 

襲撃のターゲットにこの病院を選んだのは病気やケガで弱った悪魔たちが多く集まるこの場所なら容易に制圧でき、何より容易く人質を確保した上で魔王を輩出したグレモリー家の領土随一とされるこの病院の知名度を利用して世間に自分たちの存在と行いを知らしめることができる。

 

心優しい魔王サーゼクスは情愛に深いグレモリーの出身。グレモリーの領民の人質をみすみす見殺しにできるはずがない。そこからカテレアやシャルバといった有力な指導者を失った旧魔王派復活のための取引を有利な状態で持ちかけるのが彼らの狙いだ。

 

「お前ら!現魔王にかしづいた愚か者を殺せ!人質用に何人かは残しておけよ!」

 

魔力の攻撃で吹っ飛ばした病院の外壁からぞろぞろとライトアーマーや重厚な甲冑を纏った様々な装いの血気盛んな悪魔たちが空から降って入り込んでくる。静かな病院内にがたがたと慌ただしい多くの足音が響く。

 

「な、なんだお前たちは!」

 

「邪魔だ!」

 

「ぎゃぁ!」

 

突然の襲撃に驚く病院のスタッフが無残にも斧で切り裂かれ、大量の血を噴きだす。他の兵士たちもスタッフや患者を見かけ次第に襲い掛かり、次々に負傷者、あるいは死傷者を増やしていった。

 

「きゃぁ!」

 

振るわれる刃と拳。上がる悲鳴と苦痛の声。静かだった病院の廊下が瞬く間に暴力と喧騒に支配されていく。

 

「次はここだな!」

 

兵士の一人ががたんと礼儀のかけらもなくドアを乱暴に開けると、彼に続くようにぞろぞろと数人の兵士たちも部屋に入り込む。

 

「ひぃぃ!や、やめてくれ…!」

 

「やめる?馬鹿なこと言ってんじゃねえ!シャルバ様の遺思だ、その命を差し出しな!」

 

もはや暴力と旧魔王派の掲げる思想に溺れ切った彼らが患者たちの言葉に耳を貸すことはない。その眼と刃を殺意にぎらつかせ、患者たちに余さず向ける。

 

だが他者に対し暴力により圧倒的優位に立ったものは不当な要求をしがちだ。彼も例外ではなく、悪魔らしい欲深さが彼の顔を歪めた。

 

「そうだ!てめえらを人質にグレモリー家に身代金を要求してやるか!情愛に深いグレモリーならきっとお前らのことを見捨てねえだろうからなぁ!さぞふんだくれそうだ!!」

 

「いいこと思いつくじゃねえか!」

 

「そりゃいいな!」

 

「そ、そんな…」

 

他の兵士たちも妙案だと提案に沸く一方、抗う力もなくただ一方的に自分たちの処遇を決められてしまう患者たちは恐怖と絶望に身を震わせる。

 

「ヒャッハー!力なきものは力ある者に従うんだよ!力こそすべてだァ!」

 

これから先、グレモリーから大金を得て自由気ままに生きる未来。何とも甘美で魅惑的な未来に想像しただけで彼は歓喜に打ち震えた。

 

がさがさ。

 

喜びに浸る彼の邪魔をするようにその音は聞こえた。旧魔王派の一人があることに気付く。

 

「…あん?おいおいまだ一人分カーテン開けてねえじゃねえか」

 

がさがさ。

 

カーテンに隠れた向こうから何か布がこすれるような音が聞こえてくる。悪魔たちがかつかつと大股歩きで奥のベッドへ集まってくる。

 

やはり聞こえてくる音。近づいて音の解像度が上がったことで、中で何が行われているかすぐに見当がついた。

 

「…おい、ここ誰か着替えてねえか?」

 

「は?マジじゃねえか」

 

「肝が太ぇ野郎がいたもんだな!女だったら…美味しくいただいてやるか」

 

醜い欲望に顔を歪ませつつ、勢いよくカーテンを開く。その直後に男の眼に飛び出してきたのは。

 

「ぬぁ!?」

 

掛け布団が男に飛び掛かるように直撃。意表を突かれ視界を塞がれた男は狼狽え、追い打ちをかけるようにさらなる影が飛び出してドロップキックをかます。

 

「ごばん!!?」

 

布団とドロップキックという不意打ちを二連続で受け、不運にも男は頭を強く床に打ち付けてしまいそのまま気を失う。唯一の幸運は間抜けな顔がふかふかの布団に隠されて誰にも見られることがなかったところだろう。

 

「気持ちいい布団だろう?そのまま寝ていいぞ」

 

やぶから飛び出したのは、大蛇だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

 

 

 

 

〈BGM:ハードボイルド(仮面ライダーW)〉

 

どうにか着替えが間に合った。この入院着のままではうまく動けず戦えないので廊下から悲鳴が聞こえた時点で状況を察して速やかに着慣れた駒王学園の制服に着替え始めていたのだ。

 

ここの部屋で犠牲者が出る前に終わってよかった。手の届く距離で被害を出されたら悔やんでも悔やみきれない。

 

…この部屋の外では既に何人もの死者が出ているだろう。彼らを助けられなかったのは悔しい。だが悔やむばかりで蹲ったままになるわけにはいかない。

 

「は?」

 

「貴様!?」

 

思わぬ反撃を繰り出した俺の登場に驚く武装した悪魔たちがすぐに槍を持って襲い掛かってくる。

 

「ふん!」

 

槍の突きを横にそれて躱すと槍の柄を掴んでこちらにぐいんと引き寄せ顔面にストレート一発。ぶっと鼻血を噴いて倒れる悪魔。

 

「らぁ!」

 

二人目は顔面へハイキックを決め、廊下へ叩きだす。

 

「いてぇ…」

 

「人が静かに休んでいれば…お前らクズのせいでおちおち寝ていられないな」

 

今まで変身して戦っていたので生身の拳で殴ったのは久しぶりだ。直に伝わる衝撃とひりひりする感触に

手をぶらぶら振る。

 

「誰だ貴様!」

 

「誰だろうと関係ねぇ!ただの人間だろ!怯むんじゃねえ!」

 

廊下にいた悪魔たちが異変に気付き、徒党を組んで剣や斧などの武器を携えて寄せ来る。それを見て即座に腰にドライバーを出現させて応戦する。

 

「ふっ」

 

「ぐえ!」

 

まず前方から二人。悪魔たちの攻撃を潜り抜けるように躱し、掌底を打ち据えて一人。もう一人は回し蹴りで病院の壁に叩きつける。

 

「はっ!」

 

三人目の腕を掴んで動きを止めて腹へ膝蹴り、そして頬へ拳を振り抜いた。

 

兵藤の死、圧倒的な魔獣達の進撃。それらを前にして俺の心は折れようとしていた。どんな誓いを立てようとも仲間は死ぬ。どんなに強くなろうともどうにもならない状況はあると。俺にできることなど何もない。

 

しかし、絶望と悲しみに浸る中でこいつらに怯える人たちを見て気づいた。

 

俺はこんなところで腐ってる場合じゃない。どんなに手を伸ばしても救えない者はある。だがそれと同時にまだ救える者もある。それが今、ここで旧魔王派の襲撃に遭った病院の人たちだ。

 

彼らを前に何もしないまま一人蹲り、見過ごすことなどできない。

 

力があるのなら、俺は力なき者のために戦う。それはあいつがいなくなっても変わらない。変わってはならない。そのためにこの力はある。

 

〔アーイ!バッチリミロー!バッチリミロー!〕

 

だから紡ぐ。戦うために、自分を変えるために、守るために、その言葉を。

 

「変身!」

 

〔カイガン!スペクター!レディゴー!覚悟!ド・キ・ド・キ・ゴースト!〕

 

レバーを押し込んで、霊力が物質化してできた強化スーツを纏うとその上からパーカーゴーストを被り変身を遂げる。

 

「おい知ってるぞ!こいつ…グレモリーの姫と一緒に戦ってるっていう…!」

 

「そうだ。俺は紀伊国悠、『駒王和平協定推進大使』にして…」

 

言葉をためながら駆け出して跳びあがり。

 

「仮面ライダースペクターだ!」

 

渾身の一打を兵士の右頬に振り抜いた。その威力に殴られた兵士は廊下の奥までバウンドしながら吹っ飛んで行った。

 

「嘘だろ!」

 

「スペクターだと…!」

 

その名に兵士たちが一斉にどよめき始める。

 

奴らもよく知っているはずだ、なにせディオドラの乱、和平会談など旧魔王派が関わった大きな事件で尽く居合わせ、奴らにとって憎き現魔王に連なる者たちと共に野望を潰してきたんだからな。

 

まさかここで出くわすとは思っていなかったらしく、明らかに狼狽える兵士たち。警戒のあまりじりじりと奴らは後ろに下がっていく。

 

「奴だ!スペクターが現れたぞ!4階と3階、2階の兵力をこっちに全て集中させろ!何としてでも首を打ち取れ!」

 

〈BGM終了〉

 

兵士の中でも一人、早くも冷静に戻った者が通信魔方陣で伝令を飛ばす。敵はよほど俺のことが怖いらしい。

 

「てめえの首を討ち取ればさぞクルゼレイ様も喜ぶだろうよ!」

 

その男の勇気は蛮勇と呼ぶべきか、警戒する兵士の一人が果敢にも剣を持ってこっちに突撃してきた。それに続くように他の兵士たちも怒声を張り上げて向かってくる。

 

「俺のいる病院を襲ったのが運の尽きだな。刑務所で己の不運を呪っていけ!」

 

〈BGM:仮面ライダースペクター 攻勢(仮面ライダーゴースト)〉

 

その言葉を皮切りに俺も迎撃を本格的に開始する。後退しながら上体をそらしてぶんぶんと振り回される剣戟を避ける。こんなもの、俺が日頃から目にしている木場やゼノヴィアの剣に比べれば子供のチャンバラにも等しい。

 

技術も速さもないその剣戟の隙に蹴りを押し込んで吹っ飛ばす。早速一人を倒した俺に続けて飛んできたのは魔力でできた火球。

 

「っ!」

 

避ければあの火球がもたらす破壊、あるいは流れ弾で患者がけがをするかもしれない。だからここは避けずに受ける。

 

続々と俺の胸部に着弾した火球が弾け、爆発する。その衝撃でぐらりとのけぞるが、強化スーツを纏う俺には外傷はない。そして何より、この程度の攻撃で止まってなどいられない。

 

「…どうした、そんなもんか!」

 

「!!」

 

まともに受けても怯みもせずそのまま突っ込んでくる俺に逆に怯んだ兵士たちへ次々に拳打を見舞って沈める。

 

「死ねスペクター!」

 

「そら!」

 

「ぐぇあ!!」

 

その後ろから殴りかかって来た兵士の腕をするりとつかみ一本背負い。そのまま兵士をサッカーボールのように蹴り飛ばして前方から迫る兵士たちを巻き込み倒す。

 

「スペクターだ!やれ!」

 

同じく背後からぞろぞろと大勢の兵士たちが果敢に怒声を上げて突撃してくる。随分と熱烈な歓迎をしてくれるじゃないか。荒っぽいのはいただけないが。

 

「ふ!」

 

「あが!」

 

絶えず押し寄せる敵の波。刃をすり抜け、回避し、あるいはいなして素早くカウンターの拳打や蹴りを叩きこむ。

 

拳、脚、そして頭。攻撃に使える体の部位をフル稼働させ、これまでの戦いで培ってきた身のこなしを生かして敵をすべて捌く。

 

「ふん!!」

 

「ぐべら!」

 

そして最後には力強く踏みしめた足から八極拳と霊力を織り交ぜた一撃を繰り出し、その衝撃で残りを纏めて巻き込んで吹き飛ばして倒した。

 

攻撃が止んだ。辺りをざっと見まわすとぐったりと白目をむいたり、呻き声をあげて地に這いつくばった旧魔王派の悪魔たちがそこら中に転がっている。

 

「ふう…ん?」

 

一旦は落ち着いたと一息ついた矢先、奥に見える廊下の突き当りからぞろぞろと旧魔王派の兵士たちが走ってくる。さっきよりも明らかに数が多い。ざっと見ても倍以上はいる。

 

さっきのように強い魔力を放ってこないのは力を出しすぎると味方を巻き込んだり、廊下の外壁を破壊して塞がれると移動に支障をきたしてしまうと向こうが判断したからなのか。

 

「懲りない奴らだ」

 

〔カイガン!ベンケイ!兄貴!ムキムキ!仁王立ち!〕

 

今度はベンケイ魂へと変身し、ガンガンセイバー ハンマーモードを手にして再び悪魔の群れという火中へ迷わず突き進む。

 

「」

 

先ほどと同様に前列の悪魔が火球や雷、魔力攻撃を仕掛けてくるが防御力が増したベンケイ魂の足を止めることもできない。攻撃を受けながらもそのまま前進、ガンガンセイバーの強烈な一閃でまとめて吹っ飛ばす。

 

「おらぁ!」

 

悪魔たちを吹っ飛ばすと前方からさらなる悪魔たちが倒れた仲間の埋め合わせをするように即座に襲い掛かってくる。ハンマーモードとなりリーチも長く大振りになったガンガンセイバーをベンケイ特有の剛腕で振り回しながら、人込みをかき分けるようにその兵士の群れを突き進む。

 

「調子に乗るなよ!」

 

「お前たちがな!」

 

一人背の高くガタイのいい悪魔が殺意にぎらつかせた眼でこちらをにらみながら大剣を振り下ろしてくる。ガンガンセイバーで顔に突きを入れるとその威力で甲冑が砕け散り、脳が揺れたかそのまま頭をふらつかせてばたりと倒れた。

 

「一人で行くな!同時に仕掛けるぞ!」

 

「おう!」

 

それを見た4人の屈強な悪魔たちが同時に踏み込み、巨斧を振り下ろしてくるのをガンガンセイバー ハンマーモードでがっしりと受け止める。

 

流石に数人分の怪力をぶつけられてはその衝撃はこちらにもびりびりと伝わる。叩きつけられた大きな斧。これを振り回せるパワーであの鋼鉄をもぶった切れそうな分厚い刃ときた、この状態でもまともに喰らいたくはない。

 

「ぐぅぅぅ!!」

 

男たちはなおも唸り続け、得物に力を込めて俺をガンガンセイバーごと叩き切ろうとしている。流石に力自慢のベンケイでもこれは手を焼く。だが押し返せないわけではない。

 

「ぬん!」

 

首周りの数珠に秘められたエネルギーを解放してパワーを倍増。気合と共に唸り声を上げ、高まった力のままに一気に押し返す。

 

「そおらぁ!」

 

「ぎゃぁ!!?」

 

悪魔たちが一斉に体勢を崩し、ふらふらとよろめいた。その隙を見逃さずに間髪入れず勢いよくガンガンセイバーで薙ぎ払い、突きのラッシュを決めて鎧ごと粉砕して沈める。

 

ガタガタガタガタ。

 

さらなる足音が廊下の奥から聞こえ、その主たちがすぐに見えてきた。廊下を埋め尽くさんばかりに展開した大勢の兵士たちがこちらに向かってくる。

 

これまでかなりの数を倒したが、どうやらかなりの数がこの病院に侵入してしまっているようだ。普段ならこんなことは起きないだろうに、魔獣の混乱で警備に気が回る程余裕がないという証拠か。

 

「わざわざまとまって来てくれるとは優しいじゃないか」

 

〔ダイカイガン!〕

 

ドライバーにガンガンセイバーをかざし、霊力を刀身に充填する。密閉空間なら攻撃も当てやすいし、これだけの人数が密集しているならちょっとの威力で一気に倒せる。

 

〔オメガボンバー!〕

 

勇壮にガンガンセイバーを振り回し、地面に叩きつけるとベンケイの七つ道具を模した形状の霊力が次々に殺到しては悪魔たちの群れの目の前で炸裂する。

 

「ぎゃぁ!」

 

爆風に巻き込まれた悪魔たちは勢いよく木っ端のように吹き飛ばされる。後ろの悪魔とドミノ倒しになったりあるいは不運にも他の悪魔の武器が刺さったり、床や壁に強く頭を打ち付けるとそのまま白目をむいてがくりとなった。

 

〈BGM:終了〉

 

攻撃の余波が止んで、辺りを見渡す。立っている兵士も、立ち上がろうとしている兵士たちもいない。こちらに向かってくる足音もなく静かそのものだ。

 

「…2から4の兵はこれで全部か?なら、あとは一階か」

 

周囲にはがっくりと気絶させられた旧魔王派の悪魔たちがそこら中に転がっている。その中には無残に殺された患者やスタッフの亡骸も混ざっていた。病院で人の眼もつく中での戦闘だから殺しはなしで戦っていたというのに、なんて惨いことをしてくれたんだ。

 

もう少し早く行動できていたら、という後悔が頭によぎる。だが今はその思いに囚われ足を止めている場合ではない。

 

負傷しながら、あるいはまだケガすることなく生き残れた人たちはこの状況に理解が追い付いていないのかぽかんとした表情でこちらを見つめてくる。

 

「皆さん、どこか安全なところに隠れていてください」

 

生き残った人たちを落ち着かせるべく、俺は声をかける。

 

「すぐに全部、終わらせますから」

 

 

 

 

 

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

 

 

 

 

4階での戦闘を終えた俺は階段を駆け下りて一階へ向かった。エレベーターを使おうかとも思ったが電気を止められて閉じ込められると面倒だったのでそのまま階段という一番原始的な方法で最下階へ下った。

 

途中、上の様子を見に行くつもりなのか数名ほど兵士と出くわしたがもれなく拳でノックアウトしてやった。

 

「いたぞ!スペクターだ!」

 

「止まれ!」

 

向こうから兵士たちがぞろぞろやって来る。だが怯んでなどいられない。

 

兵士たちが次々に魔力で生み出した火球や雷撃を打ち出してくる。しかし止まる必要はない。

 

「なんだと!?」

 

「ぐぎゃ!」

 

そのままガンガンセイバーを盾に突っ走り、ベンケイ特有の高い防御力で受けながら進撃する。そして距離を詰めるとガンガンセイバーを勢いよくぶん回して兵士たちに叩きつけて沈める。

 

兵士たちを突破するとようやく開けた広いロビーに出た。そこでは多くの旧魔王派の兵士たちが患者やその家族を人質に取り、恐怖を与えていた。

 

俺がロビーに足を踏み入れると一斉に兵士たちの視線がこちらに向いた。一様に驚く奴らの眼には畏怖の感情すらある。

 

「まさか、あの数を全滅させてきたのか!?」

 

「当たり前だろ。あれで止まるようなやわな相手だと思ったか?」

 

「…かかれぇ!」

 

男の合図で散らばりながらも俺への敵意と視線を向け続けていた悪魔たちが同時に襲い掛かってくる。ここは病院、人目もあるし静かな方がいい。奴らを無力化するには最適な眼魂がある。

 

ここで俺は久方ぶりの実戦投入となるベートーベンの眼魂を取り出し、ドライバーにセットする。

 

〔アーイ!バッチリミロー!バッチリミロー!〕

 

ドライバーから出現したパーカーゴーストが距離を詰めて袋叩きにせんとする悪魔たちを牽制するように旋回。俺の変身を邪魔させないようにアシストしてくれる間にレバーを引いてパーカーゴーストを纏う。

 

〔カイガン!ベートーベン!曲名?運命!ジャジャジャジャーン!〕

 

裏でのトレーニングでは何度か試しているが、ロキ戦以来の実戦での変身となるベートーベン魂。びしっと人差し指を我先にと猛進する悪魔へ向けた。

 

「アレグロ!」

 

「ぎゃ!」

 

指先から放たれた霊力は弾丸のごとき速度を持って兵士に着弾。たまらず兵士は跳ね上がって痛みのあまりその場に呻く。

 

早速指を指揮棒のように振るい、溢れ出る霊力をクラシックのメロディーに乗せて音符に彩られた五線譜状に変換。そのまま院内を駆け巡る。

 

「なんだこれは!?」

 

「なんだ、体に巻き付いて…!?」

 

五線譜は粗野な旧魔王派の悪魔にだけするすると絡みつく。悪魔たちは五線譜から逃れんと動くも宙を縦横無尽に駆け巡り、攻撃をすり抜ける五線譜には叶わず、残らず巻き付かれてしまう。

 

「ピアニッシモ!」

 

その宣言と同時に体に絡みついていた五線譜が弾ける。同時に五線譜に秘められた効力が悪魔たちの体に現れ始める。

 

「な…?」

 

悪魔たちが次々と武器を落とし、その場にどさりどさりと糸が切れた人形のようにへたり込む。立ち上がることもできず、変化に戸惑う悪魔たちは次々に困惑の声を漏らす。

 

「体に力が…入らねえ」

 

「た、立てねえだと…?」

 

ピアニッシモは自分と相手である程度の力量差があるという条件付きだが、巻き付いた相手の運動能力を一定時間大きく低下させる。相手を傷つけずに無力化するにはうってつけの能力だ。

 

さらにこちらの能力は終わらない。再び旋律を奏で、生み出された五線譜が残りの悪魔たちを絡めとる。今度は本体だけでなく武器も一緒だ。

 

「フォルテッシモ!」

 

ぱちんと指を鳴らす。瞬間、武器に巻き付いた五線譜が弾けると同時に武器や鎧がガシャンと音を立てて粉々に砕け散った。

 

「俺の武器が…!?」

 

「この数を一瞬で無力化するだと…」

 

たった一人残された屈強な悪魔が戦慄の声を上げた。今までの悪魔と比較してやや派手目の装飾からして連中を率いるボスだろうか。どうやら幸いにも先の五線譜から逃れ得たらしい。

 

「あんたがボスだろう?さっさと投降すれば痛い目は見ずに済むぞ」

 

「はん!現魔王の犬に屈する俺ではないわ!」

 

男は降伏勧告に聞く耳も持たず距離を詰めてくるとその剛腕で大剣を振り下ろす。その狂刃を受け止め弾いたのはドライバーから即座に召喚され、くるくると旋回しながら俺の手に収まったガンガンセイバー ブレードモードだった。

 

このフォームは能力に特化したスペックなため、近接戦は得意とするところではない。だが俺にはこれまでの戦闘で身に着けてきた技術がある。木場やゼノヴィアには劣るが、それでもこのフォームで剣を振るうには十分だ。

 

受け止めた大剣をそのまま力比べで耐えるのではなくそらして軌道を変え、ガンガンセイバーの刀身の一部を分離し、宙に放り投げる。

 

「なんだ!?」

 

どうにもこのボスはおつむが足りていないらしい。すぐに俺の投げた刀身に視線を走らせたボスの隙をついて峰うちでその大剣を手元から叩き落とす。

 

「ぐぉ!」

 

そしてその隙に落下した刀身を今度はガンガンセイバーの柄頭に合体させてナギナタモードへ変形させる。

 

「この!」

 

「ごぁ!」

 

さらにガンガンセイバーを床に突き立ててそれを軸に回転、勢いつけて豪快に蹴とばす。病院のソファーを巻き込みながら転ぶ男だったが果たしてこちらには運悪く、向こうには運よく年老いた女性悪魔が戦いに腰を抜かしてその場にへたり込んでいた。

 

男は彼女を見て醜悪に顔を歪めると、荒々しく腕を掴んでは立ち上がらせる。

 

実力で勝てないと分かれば今度は人質作戦か。信長といい禍の団は人質が好きなようで。

 

「う、動くな!この婆がどうなっても…」

 

刹那、男の顔面に高速で音符が飛来し直撃。のけぞりまたも男が吹き飛ぶ。

 

「きゃ」

 

高齢の女性も自身を立ち上がらせていた男の支えを失ってそのまま倒れこもうとするが、そこに五線譜が滑り込んでクッションのように彼女を優しく受け止めるのだった。

 

「アレグロモルト、タンドル」

 

アレグロモルトで奴の反応を上回る速度で攻撃し、女性をタンドルで受け止めた。ベートーベンの能力はただの五線譜型の霊力を生かした範囲攻撃だとばかり思っていたが、調べれば調べるほど応用が利く面白いフォームだった。このほかにもまだまだ可能性がありそうだ。

 

「驚かせてすみません…ケガはありませんか?」

 

「えぇ…ありがとうね」

 

そっと近づき、優しくいたわるように老婆を床におろすと、驚きながらも安堵の微笑みを見せてくれた。

 

「くっそ…」

 

そして男は鼻血を噴きながらも上体を起こしている。人の傷や病気を癒すべき場所である病院で暴動を起こした罪は万死に値する。

 

「さあ、フィーネだ」

 

〔ダイカイガン!ベートーベン!〕

 

ドライバーのレバーを素早く引くと溢れ出る霊力が楽譜と音符へ変じ、聞く者の心を落ち着かせる気品あるクラシック音楽を奏でながら俺の周囲へ集う。その音符の奔流がふわりと俺を浮き上がらせた。

 

〔オメガドライブ!〕

 

「はぁぁぁぁ!!」

 

「ごはぁ!!」

 

そして濃密な霊力を纏った右脚で決めるはおなじみの飛び蹴り。吸い込まれるように胸部に打ち込まれた蹴りで、ガシャンと病院のガラスを割って悪魔のリーダーが病院外へ飛び出していった。

 

「この…俺が…人間なんぞに…」

 

飽きるほど聞いた三流のセリフを吐いて、悪魔たちの頭はがくりと気絶するのだった。ある程度加減はしたので死にはしていないものの、しばらくは動くことすらできまい。

 

「…」

 

戦いが終わった。暴力の音が止み、再び病院に静けさが戻って来た。しかし俺はこのまま病院に止まるつもりはない。俺には行かなければならない場所とやらなければならないことがある。

 

一瞬の静寂ののち、どっと沸き起こったのは歓声。患者やその家族、看護師などの病院のスタッフたちが先ほどまでの恐怖と不安に沈んだ表情からガラッと一転している。生き残った喜び、テロリストたちが倒された歓び。その矛先は余さず俺に向けられていた。

 

「ありがとう!」

 

「助けれくれてありがとうございます!」

 

「スペクター!」

 

誰もが笑顔で俺のことを讃えてくれる。俺の行動で救えなかった命もあれば、今こうして救えた命がある。行動の報酬として返って来たのがこの笑顔だけでも、戦ってよかったと俺は思える。

 

民衆の前で巨悪を討つ勇者。これも確かに民に認められる一つの英雄の形だろう。

 

だが、俺の求めている英雄の答えではない。ただ綺麗ごとの理想像だけでない英雄の姿を見せる英雄派の存在とその理念。それをも超えた先にある答えには至らない。

 

〔オヤスミー〕

 

こちらも変身を解き、笑顔で手を振って彼らの思いに応える。一般の悪魔の前で敵と戦い、このような歓声を浴びるのは初めての出来事だったのでその戸惑いが笑顔をややぎこちないものにしていた。

 

このままゆっくり彼らの相手をしたいところだが、俺にはこれから行かなければならない所がある。

 

きょろきょろと辺りを見渡すと、ちょうど離れに戦いにびっくりしたのか腰を抜かしている俺を担当した医者がいた。

 

「ドクター。悪いけど今から退院します、短い間ですがお世話になりました」

 

「は、はいぃ…」

 

短い謝辞を述べて軽く頭を下げてから、街の警備を担う組織に病院に現れた旧魔王派は一掃したと一報を入れ、その場を去った。

 




悠河はイッセーの死を乗り越えたわけではありません。今回の件で現実を直視し、死を悼む余裕もなく戦うしかないと奮起しました。

実はベートーベン、ラグナロク編で初登場して以来全く出番がありませんでした。
ちゃんと調べたりすると結構有能なフォームになりました。


次回、「埋まらぬ穴」


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第152話「埋まらぬ穴」

お久しぶりです。今回からつよつよゲーミングPCで執筆しております。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
1.ムサシ
2.エジソン
3.ロビンフッド
4.ニュートン
6.ベートーベン
7.ベンケイ
9. リョウマ
10.ヒミコ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
23.コロンブス
31.ライト
41.シグルド
42.ユキムラ
44.ハンゾウ


病院での一件の処理をいくつかした後で残りを警察に任せた俺は久々にキャプテンゴーストに乗ってグレモリー眷属が滞在しているグレモリー城へ向かった。

 

本来なら昨日の時点でサーゼクスさんから受けた通達に従い、首都リリスの防衛に向かう予定だった。

しかし兵藤の死という大きすぎるダメージを負った仲間たちへの心配が収まらず、リリスへ行く前に一目だけでも顔出ししようとこちらへ向かった次第だ。

 

いつもは心地よい風にも冥界全土の不安が伝播したか、吹き付ける風は穏やかならぬものを感じさせる。船から見下ろすと、グレモリー当主が解放したと発表があった避難用のシェルターへと長い人だかりができていた。高所から見ているため一人ひとりの表情まではわからないが、きっと先行きの見えない冥界に大きな不安を抱いていることだろう。

 

「早いところ、魔獣どもをどうにかしないとな」

 

シャルバの置き土産の13体の魔獣たち。それを全て討滅しない限り、市民の不安は収まらず冥界の危機は終わらない。俺一人であれを倒すのは恐らく不可能だ。だからこそ、皆で力を合わせて協力する必要がある。

 

そのためにも部長さんたちの力が必要だ。どうにかして立ち直らせなければ。

 

グレモリー城入口正面にゆっくり降下して船から降りると、玄関へ向かう俺はそこで予期せぬ再会を果たす。

 

「あんたは…」

 

ホストのようなスーツを着崩し、女遊びの好きそうなチャラチャラした雰囲気を感じさせる金髪の男。久しく会っていないがその顔は忘れもしない。

 

男はこちらに気づくと、過去の因縁から苦々しい顔を見せるかと思いきや再会を喜ぶような微笑みを見せた。

 

「久しぶりだな。今は…スペクターとか、推進大使なんて呼ばれているのか?活躍は耳に届いているぞ」

 

フェニックス家の三男、ライザー・フェニックス。かつてオカ研に正式加入する前、部長さんと彼との婚約破棄をかけて戦った、部長さんの許嫁だった男だ。

 

「こっちもあんたが兵藤のおかげで再起したって話を聞いたぞ」

 

「ふん、出会いは最悪だったがあいつに救われるとは…何があるかわからないもんだ」

 

婚約破棄をかけた兵藤との決闘に敗れたライザーはふさぎ込んでしまっていたが、その原因を作ったほかでもない兵藤の助けによって再起を果たしたらしい。部長さんを泣かせたりと因縁深い相手だろうに、レイヴェルさんの頼みとはいえ手を差し伸べるなんてお人好しというもんだ。

 

そしてライザーの隣にいるのは彼とは違いびしっと貴族服を着こなす、生真面目な性格をそのまま体現したかのような美男子。ライザーと正反対ながらも同じ金髪で彼と似た顔立ち、兄弟だろうか。

 

「挨拶が遅れたね。私はルヴァル・フェニックス。同じく君のことはよく聞いているよ、愚弟が世話になったね」

 

「ルヴァル・フェニックス…!」

 

過去に名前を聞いたことがある。確か、レーティングゲームの上位プレイヤーだ。ライザーと同じフェニックスの悪魔だったからなんとなく名前を憶えていたがまさかここで会うことになろうとは。

 

「ところで、部長さんの様子は…」

 

「リアスか。ドアすら開けてもらえなかった。深刻そのものだな」

 

「そうですか…」

 

「妹のレイヴェルも私たちの前では気丈に振舞っていたが、そのショックは私たちでは推し量れないものだろう」

 

深刻な状況にかつては傲慢さを惜しむことなく見せていたライザーの表情は神妙そのものだ。ルヴァルさんも沈痛な面持ちで端正な顔をうつ向かせた。

 

一日経っても状況は好転せず、か。当然といえば当然か。

 

俺だって本当はあいつを失った悲しみで何もしたくないくらいだ。その俺よりも深く、好意を抱いていた彼女らの傷は相当なものに違いない。

 

「レイヴェルのことで母上と話をしたことがあってね。このまま彼の眷属にしていただき…送り出したかった」

 

「…そうでしたか」

 

何気にルヴァルさんの口から聞いて驚いた。レイヴェルさんの将来の話は母のみならず家全体の意向だったのか。

 

バアル戦の前に兵藤と部長さんが喧嘩する一因になったレイヴェルのお母さんとの通信にて、レイヴェルさんの母が兵藤のもとへレイヴェルさんを送り、あわよくばと遠回しに発言したと聞いている。直接的ではないにせよそれが少なからず部長さんの乙女心に影響を及ぼすこととなりかつてない二人の関係の激変を促したわけだ。

 

兵藤以外の人が聞いても、そうとしか捉えようのないニュアンスだったという。ライザーの件で結婚を破棄させて家のメンツに泥を塗った兵藤へ娘を送り出そうなんて、よほどのことでなければそう考えはすまい。

 

因縁の相手ながらも相当高くフェニックス家は兵藤のことを高く評価していたんだろうんな。

 

「だが今の彼女には小猫さんとギャスパー君という友人がいる。どうか、このまま君たちのもとに置いてはくれないだろうか。悪魔の長い人生できっと友の存在は何事にも代えがたいものになる」

 

「もちろんです。彼女は責任をもって、俺たちが面倒を見ます」

 

「頼む」

 

神妙にその顔は名家の次期当主でもレーティングゲームの上位プレイヤーでもなく、妹を案じるただ一人の兄のものだった。

 

まだ入部してからの期間は短いがそれでも彼女は俺たちオカ研の一員だ。それに同じ兄として妹を心配する気持ちは痛いほど理解できる。

 

「スペクター。俺ではあいつの代わりになることはできない。恐らく…それはお前も同じだ」

 

そして兄ルヴァルに続くライザー。かつての高慢さなど見る影もない表情をまっすぐこちらに向け、ぽんと俺の肩に手を置いた。

 

「だが、あいつらを支えてやることはできるはずだ。俺が言えた義理じゃないが、リアスたちのことを任せたぞ」

 

「…わかってる」

 

かつては敵だったライザーが、今部長さんたちのことを真剣に憂慮し、一度はこっぴどい目に遭わせた俺に託そうとしている。俺たちとの戦いを経て挫折を経験し、立ち上がったことで大きな心境の変化が現れているのだ。

 

短いながらも力強い頷きと言葉で確かに彼の気持ちを受け取った。

 

「私たちはこれからグレモリー領に向かっている豪獣鬼の討伐に向かう。君たちが来るのを待っているよ」

 

フェニックス家の未来を背負う二人の男は業火の翼を広げて冥界の空へ羽ばたいていった。

 

 

 

 

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フェニックス兄弟との挨拶を済ませて早速城に入ると、以前のような多くの使用人たちによる歓待と厳かな静けさはなかった。衛兵たちの様子は慌ただしくピリピリした雰囲気が流れており、俺には目もくれない。

 

前もって木場に連絡をよこしたのでこの広い城内のどこにいるかは教えてもらったので、迷うことなく廊下を歩いていく。そうでなければ今頃忙しい使用人をどう捕まえようかと悩んでいたことだろう。

 

「病院から抜け出すなんてやんちゃですね」

 

背後からかけられた知性ある落ち着いた声。振り返るとそこにいるのは。

 

「よっ、深海」

 

「匙!それに会長さんも…」

 

シトリー家の次期当主でもあるソーナ・シトリー生徒会長と生徒会メンバーにして彼女の『兵士』

、匙。フェニックス兄弟に続く思わぬ再会に驚いた。

 

「リアスの様子が気になったので来ました。部屋にこもりっきりで、思った以上に精神に来ているようですね…あんなリアスは初めてです」

 

「やはりそうですか」

 

古くからの付き合いのある会長さんから見ても、今の部長さんは相当参っているか。果たして立ち直れるだろうか。

 

それにしてもシトリーも魔獣の迎撃で大変だろうにわざわざ足を運んでくるなんてライザーといいこの二人といい、皆兵藤なきグレモリーのことが心配なんだな。

 

「今は彼女を立ち上がらせるのにうってつけの男を呼んでいますが、それでも心配です」

 

「うってつけの男?」

 

「あなたも知っている男です。私が言わずとももうじき到着するはずですよ」

 

部長さんをよく知る会長さんが今の状況を打破するのにうってつけと呼ぶほどの男…一体誰だろう?

 

「ところでお前はどうしてここにいるんだ?入院しているって聞いてたんだが」

 

と、今更ながら突っ込んでくるのは匙。もしかして、事件からそう時間が経ってないせいでまだ知られてないのだろうか。

 

「諸事情あって、寝込んでられなくなってな」

 

「へっ、お前もそうか」

 

「お前もっていうことは…」

 

「ええ、私たちはこれから防衛及び一般市民を守るべく首都リリスに向かいます。リアスたちにも同じくリリスへ向かうよう達しが来ているはずですが…」

 

「今のみんなじゃ立ち上がれないだろう。木場だけは冷静さを保っていられるみたいだけど…本当は俺だってそうさ、あいつは俺のダチで目標だったんだ…!あいつを超えたいって思ったから辛いトレーニングも、アガレス戦も頑張ったのに…それを奪ったあいつらは…ヴリトラの呪いの炎で消し炭に…ッ!!」

 

語る匙の怒りがヒートアップし、背筋に寒気が走るような圧を感じる。おそらくヴリトラの力に呼応しつつあるのだろう。ヴリトラが振りまく呪いの炎と匙の怒りの炎。それは表に出ないまでもプレッシャーとなって匙からにじみ出ている

 

「サジ、落ち着きなさい」

 

「…はい」

 

そんな匙を鎮めたのが会長の一声。

 

「兵藤を殺したシャルバって悪魔はもういない。…敵討ちができないなら、俺は禍の団の連中をぶっ飛ばすだけだ」

 

鎮めはしたが怒りが消えたわけではない。ぎゅっと拳を握り静かに呟く匙の目にはまだ憎悪の焔がふつふつと滾っている。

 

そんな匙の内心を見透かしたように不安げに会長さんは横目を流すと、こちらに視線を合わせてきた。俺の心を探るように。

 

「…深海君はリアスたちとは違うようですね」

 

「はい、俺もどちらかというと…匙に近いです。でも俺はこんな状況下で暴れる連中から市民を守るために戦います。あいつは敵討ちをしてくれなんて望むような奴じゃないですから」

 

あいつは仲間を傷つけられることを嫌いはすれど、自分を守ってほしい、救ってほしいと言うような男ではなかった。復讐に燃えた木場を間近で見たなら猶更、残された部長さんたちが自分を奪った敵への憎悪で狂うことを望まないだろう。

 

「確かに、付き合いはそこまでですがそういう人となりではありませんでしたね」

 

「…なあ匙、俺はお前を否定するつもりはない。悔しいのは痛いほどわかる。でも…今はそういった私情を押さえて大義のため、人のために戦うべきだと俺は思う」

 

怒りに燃える匙の目を離さず見て、受け止めるように俺は語り掛ける。

 

かつては俺もレイナーレに兵藤を殺されたことで復讐心に燃えた。まだ転生したてで人付き合いにも苦労した自分によくしてくれた友人で、それを殺された上に侮辱されたときたから相当仇が憎かった。だから俺は今の匙を否定できないし、今の気持ちをよく理解できる。

 

その経験があったからこそ、戦う理由を見つけたからこそ俺は怒りを抑えて戦おうとすることができる。

木場も同様にまだ冷静でいられるのも、俺と同じ理由だろう。

 

俺の場合は兵藤が悪魔の駒で生き返ったからこそなおさら中途半端に終わったが、匙の場合は既に仇がいない。

 

中途半端な状態で戦おうとすれば行き場のない気持ちは暴走し、身を滅ぼすだけだ。だからこそ、同じような経験をした俺の言葉を聞き、どうか落ち着いてほしい。

 

交錯する視線。続く静寂。会長さんは俺の言葉に追従しない。あくまで匙がどう受け止めるか、自身は必要以上に口出ししないスタンスをとるつもりらしい。

 

「…そうだったな。そうだ、ちょっと熱くなりすぎてた」

 

そしてその思いは果たして通じてくれたのか、内心で燃える炎の熱を逃がすようにふうっと匙は息を吐き、頭をポリポリと掻く。

 

「お前の言う通り、俺のやるべきことは市民を守ることだ。それを見失ったらだめだよな。こんなんじゃ、兵藤にカッコつけらんねえよ」

 

「そうだ、あいつのぶんまで俺たちでやるんだ」

 

冷静さを取り戻した匙の目に昏い復讐心ではなく勇ましい決意が瞬く。どうにか匙が暴走を収めてくれたことに内心安堵した。

 

「…」

 

そう思っていると、何か思うところがあるように会長さんが俺をじっと見つめていた。

 

「どうかしました?」

 

「深海君も初めて会った時よりずいぶん逞しくなったと、匙を諭す君を見て思っただけです」

 

「急に褒めないでくださいよ」

 

口元をほころばせて言う会長さんにそう言われると照れ恥ずかしくなる。

 

初対面の時は確かエクスカリバーの事件の前だった。あの頃はまだまだ迷っていた時期だったから、そこと比較すれば変わったように見えるのも当然だろう。

 

「…名残惜しいですがそろそろ時間です。私たちは行きます」

 

「ついさっき俺にもリリスへ向かうようサーゼクスさんから要請があった。俺も必ず向かいます」

 

「ああ、待ってるぜ」

 

約束と拳を交わし、俺たちは別れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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二人との会話を終えて歩くこと一分。ようやくアーシアさんたちが待機しているという居間に通じるドアの前にたどり着いた。

 

三人の様子は昨日木場との通話で聞いている。話だけでも三人の苦しみがひしひし伝わり心が痛むようだった。

 

「入るぞ」

 

ノックすること三回。意を決してゆっくりとドアを押し開ける。ギイっという木の軋む音が鳴り、部屋にいた三人の姿を明らかにする。

 

「先輩…」

 

いまだ静まらぬ憂鬱と悲嘆がにじみ出た三人の視線が一斉に注がれる。レイヴェルさんとアーシアさんは涙の跡か目元が赤くなって濡れており、塔城さんは悲しみよりも憂鬱が勝っているようで沈んだ表情をしている。

 

「戻ってきた。居ても立っても居られなくて」

 

椅子とソファに腰掛ける三人のもとへ歩み寄る。普段なら談笑し、あるいは喧嘩していたであろう塔城さんとレイヴェルさんの賑やかさなどそこにはまるでなかった。

 

「…まだ二日しか経っていないのに、本当に体は大丈夫ですの?」

 

「大分ましにはなったよ、軽い準備運動もしたし問題ない」

 

「そう言うならこれ以上は言いませんが…」

 

真っ先に心配の言葉をかけてくれたのは意外にもレイヴェルさんだった。自分のことでいっぱいいっぱいだろうにわざわざ俺に気をかけてくれるなんて、この子も短い期間ながらも俺たちの影響を受けたんだろうな。

 

「さっき、ライザーとルヴァルさんにすれ違った。二人ともレイヴェルさんのことを心配していたよ」

 

「お兄様の手前、気丈に振舞えましたが…こんな悲しみ、私には耐えられませんわ」

 

不意に俯かせたレイヴェルさんの顔が悲痛に歪む。気の強いレイヴェルさんがこんなに弱気になっているのは初めてだ。

 

「アーシアさんは…」

 

アーシアさんだけ、ソファの上で体育すわりして蹲っている。愛した人を失ったどうしようもない悲しみに途方に暮れて自分一人の世界にこもるように。

 

「…本当なら、イッセーさんのもとに行きたいんです。一緒になりたいのに…それをしたらイッセーさんが悲しむから…何をしたらいいのか、私にはわかりません」

 

教会だけが自身のすべてだったアーシアさんにとって兵藤は外の世界を教えてくれた光であり、寄る辺でもあった。彼以外にも仲間ができた今でもその存在の大きさは変わらず、それを失った彼女は何をどうすればいいのかわからない。

 

「激戦続きだからいつかはこうなるんじゃないかと覚悟はしてたけど…それでも、辛いです。折角好きな人ができたのに…こんなことって…!」

 

普段は静かな塔城さんもいつになく感情的だ。最初は変態だと毛嫌いしていた塔城さんが、兵藤の死でここまで心を乱している。

 

「…」

 

三人の悲しみを間近で見て言葉をなくす。悟ってしまった。同じ傷を負った俺でも彼女らを再起させるのは厳しい。

 

一人の女の子として好意を抱く相手の死だ。俺の傷とは比べ物にならない。もはやどんな言葉も慰めにならず、彼女らの悲嘆を深めることになってしまう。一体どんな言葉をかければ、繊細な今の彼女らを前向きにさせられるのだろうか。

 

兵藤一誠という精神的主柱を失ったオカ研はどうすれば立ち上がれるのか。あいつがいれば、戻ってきさえすればすぐに皆元通りになるだろうに。

 

いや、あいつはもういない。あいつがいないからこそこうなった。残された者たちが頑張るしかないのだ。

だが言葉を尽くして彼女たちの回復を待つ余裕もあの魔獣たちが起こす危機的状況が許してくれない。

 

ここにいないロスヴァイセ先生も、ギャスパー君も、紫藤さんも、ゼノヴィアもきっとこの件を耳にし心を痛めているに違いない。

 

今の俺にできることは何か。ここで彼女らにかけられる慰めの言葉を道を閉ざすように深くかかった霧中から探すことか。

 

…いや、違う。

 

今の俺にできること、すべきことは行動。いち早く行動し、後に続くよう発破をかけることだ。そうすることで、彼女ら自身の意思での再起を促すしかない。ここにいないゼノヴィアもきっとそうするだろう。

 

荒療治になるのはわかっている。支えるという行為には遠いのも、承知の上だ。だがいつだって俺たちは行動することで状況を打破してきた。部長の結婚破棄を現実にした兵藤も、覇龍の暴走を止めた部長さんも、聖魔剣を発現させた木場も。

 

ならば俺は戦いに行くことで皆の心を悲しみから目の前の現実に逸らしたい。そうすれば悲しみに浸るよりも目の前の危機をどうにかしようとする意志が生まれるはず。そしてそれはきっと、心が強くなることにも繋がる。

 

それで悲しみが消えるわけではない。だが強くなった心でまた悲しみと向き合ってほしい。この悲しみと向き合い克服しなければならないのは他ならない彼女ら自身なのだから。

 

「…木場や部長さんと朱乃さん、ヴァーリと顔を合わせたら俺はリリスに行く」

 

何故こんな状況で自分たちを支えてくれないのかとそしりを受けるかもしれない覚悟を決め、俺は自分の意思を話す。

 

「…どうして」

 

ぽつりと呟いたのはレイヴェルさん。そして糾弾するように彼女は叫ぶ。その目に涙を蓄えて。

 

「どうしてですの…小猫さんも深海さんも、どうして大切な人が亡くなったのに気丈に振舞えるのか…私にはわかりませんわ…!」

 

「…!」

 

彼女の口から飛び出したのは自分たちに寄り添おうとしない俺への誹りではなく、兵藤なくして進もうとする俺を非情だというような叫びだった。

 

「小猫さんだって、本当は辛いからここにいるのに…あなただけどうして、戦えますの?」

 

「先輩は…悲しくないんですか?」

 

レイヴェルさんに続くように、塔城さんが問いかける。

 

「悲しいのは俺も同じだ」

 

「だったら…どうして涙の一つも流さないの…?」

 

震える声で言葉を絞り出すレイヴェルさん。二人のせき止められていた涙がぽろぽろとこぼれ出した。泣かない俺の姿にあいつの死は俺の心をちっとも動かさない程度のものだと思われたのか。

 

俺とあいつとの絆は、そんな軽いものだとでも言いたいのか。

 

「…本当に俺が悲しくないと思っているのか?」

 

彼女の言葉が、冷静に徹しようとしていた俺の心を揺り動かした。

 

「悔しかったさ…!あいつの近くにいながら、力を使い果たして何もできなかった!まだ戦えたなら、あいつと一緒にシャルバと戦えたなら死なずに済んだんじゃないかって、何度も思った!」

 

爆ぜた感情に声を震わせて吐き散らす。

 

一昨日、昨日、そして今日と幾度となく脳が擦り切れるくらいに考えつくしてきた。信長との戦いをもっとうまくやれて消耗を抑えられたらきっとあいつと一緒にシャルバを倒せただろう。

 

友を失った悲しみと己の無力感にベッドの上で絶えず苛まれてきた。どんな力を得ようと、誓いを立てようと、無意味だった。一体何のために俺は強くなったのだろうかと。

 

「…!」

 

自分でも抑えられなかった唐突な感情の発露に驚いた二人を見て、はっと我に返る。一瞬で熱くなった頭が次第に冷めていく。

 

「…涙なら流した。立ち止まった分、進まなければならない。それが…冥界を守るために戦ったあいつの願いを叶えることに繋がると思っている」

 

「…先輩」

 

二人には返す言葉もないようだった。

 

病院での事件を目の当たりにし、経験した俺にはもうこれ以上立ち止まることはできない。力なき者のために戦う。例えほかの誰もついてこれないとしても、なすべきと思ったことをなすだけだ。

 

「深海さんも…イッセーさんのように一人で戦いに行くんですか?」

 

代わりに言葉をつないだのはアーシアさんだった。ずっと俯いていた顔を上げて、今にも泣きそうな顔で問いかけてくる。

 

「ああ」

 

「深海さんも…死んでしまうんですか?」

 

「…」

 

これ以上にない彼女の心配の言葉が痛烈に胸に刺さる。それはきっと、他の二人の思いの代弁でもあるのだろう。

 

「死んでしまったら傷を治せません。私はもうこれ以上…誰もいなくなってほしくないんです」

 

「俺だって…誰にもいなくなってほしくないさ」

 

彼女たちの言葉をこれ以上聞いてられなくて、また押さえつけていた感情がこみ上げそうになって俺はそっと彼女らに背を向ける。

 

「だから戦う。皆を死なせないために…生きながら立ち止まって後悔しないために」

 

今の俺は兵藤の二の舞を演じようとしているように見えるのか、それとも仲間の悲しみに寄り添おうとしない薄情者か。

 

思うことがないわけではない。俺もできる限りのことをして彼女らの悲しみを癒したい。

 

ただ俺は、このまま立ち止まっていられない。立ち止まった瞬間、振り切って置き去りにした悲しみにまた追いつかれてしまいそうだから、俺は進む。

 




本作ではライザー、2章以来の登場になります。

次回、「可能性の話」


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第153話「可能性の話」

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
1.ムサシ
2.エジソン
3.ロビンフッド
4.ニュートン
6.ベートーベン
7.ベンケイ
9. リョウマ
10.ヒミコ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
23.コロンブス
31.ライト
41.シグルド
42.ユキムラ
44.ハンゾウ


半開きになったドア。その先の明かり一つ灯らぬ薄暗い部屋から、すすり泣く声が聞こえてくる。

 

「うぅ…とうさまぁ…」

 

「今は泣け」

 

威厳に満ちた声でわかった。朱乃さんが父親のバラキエルに泣きついている。

 

一番心傷が酷いとされている朱乃さんの様子を一目見ようと…俺ではフォローしきれないかもしれないだろうがそれでも心配で来たのだが、どうやら俺はお邪魔なようだ。

 

彼女の悲しみは今、一番彼女のことを肉親として思いやっているバラキエルさんでしか受け止めきれないだろう。不用意にしゃしゃり出て空気を壊すなど下策中の下策。

 

「深海君!?」

 

背後からかけられたのは驚くように俺の名を呼ぶ声。

 

「木場」

 

「どうしてここに?さっき、ニュースで深海君のいた病院が襲われたって聞いたんだけど…」

 

木場は俺がいるとは夢にも思わなかったといわんばかりに表情に驚きの色を映している。そろそろこの流れも飽きてきたぞ。

 

「諸事情あってな。居ても立っても居られずに出てきた」

 

「そうか…体は本当に大丈夫なのかい?」

 

「戦えるくらいには元気さ」

 

とんとんと胸をたたいて体の健常をアピールする。準備運動ならもう病院で済ませたからな。

 

「ついさっき、バラキエルさんが来たんだ。イッセー君の話を聞いて朱乃さんのことが心配でたまらなかったんだよ」

 

「そうだったのか。今回の騒動で呼ばれて忙しいだろうにわざわざ…」

 

「うん。朱乃さんが一番ひどくショックを受けてたから、これで少しでも回復すればいいんだけど…」

 

朱乃さんとバラキエルさん、少し前なら朱乃さんは嫌悪感と敵意を剝き出しにしていたのに、今はこうして家族の形を取り戻せている。今の関係なら、彼女のショックを癒せるのではと願わずにはいられない。

 

「…僕は情けないよ。女性をサポートするべきナイトなのに、誰一人フォローすることができなかった」

 

「俺も同じだ。ナイトだろうとそうでなかろうと、仲間の痛みに何もしてやれない悔しさは誰だって一緒だ」

 

この状況、苦しいのは誰だって一緒だ。俺たちの場合、あいつがいなくなったことでぽっかり胸に穴が開き、そこからどろどろと悲しみがあふれ出してしまっている。俺も木場も、それと戦いながら今冷静さを保っている。

 

いやむしろ俺が入院している間、傷心の皆を少しでも前向きにさせようと一人で頑張ってくれてたはずだ。一人ベッドで苦しんだ俺より、もっとつらかっただろう。それでもなおこうして冷静さを保つ木場は強いと、強く思う。

 

「…木場。一つ聞き忘れていたんだが、天界のシステムで赤龍帝の籠手はどうなっているか知ってるか?」

 

天界のシステムは神器の根幹を担っている。所有者が死亡すれば当然システム内で動きがあるだろうし、もし無事なら何もないはず。あいつがもし生きているならきっと…。

 

「僕も同じことを考えて先生に聞いたんだ。でも、聖書の神がいなくなってから神滅具の特定が困難になって全く情報が出てこないそうだよ。グリゴリでも調査してるみたいだけど…」

 

「そうか…」

 

淡い希望は苦い知らせで砕かれる。

 

主なき今、キリスト教と天界、神器の根幹をなす世界になくてはならない重要な『システム』が十全に機能しておらず、管理もできないのは非常に由々しき事態だと思う。下手に触れたら何が起こるかわからないというのも容易に手を加えられない理由の一つだろうが。

 

依然として、この状況を好転するだけの希望は見えずにいた。

 

 

 

 

 

 

 

フロアに戻ると、付きっぱなしになっていたテレビがニュースを映している。話題は変わらず魔獣騒動と、その標的となっている首都にて避難する人々の様子だ。

 

リポーターの女性がマイクを持って、一人の幼い子供に話しかけた。

 

『ねえ僕、怖くない?』

 

『うん!だって、おっぱいドラゴンがあんなモンスターやっつけてくれるもん!』

 

こんな状況でも笑う子供はおっぱいドラゴンのソフビをカメラに向かって、宝物を自慢するように見せつける。

 

『おっぱい!』

 

『おっぱいドラゴンはやくこないかな?』

 

他の子供たちも彼に共鳴するように希望を信じ切った眼でおっぱいドラゴンの名を呼ぶ。不安を知らない彼らの屈託のない笑顔が俺の胸を強く締め付けた。

 

この子供たちを見てつくづく思う。こんなに希望を信じてやまない子供たちにどうして言えようか、あいつはもういないなんて。

 

テレビを見ていられなくなって、すっと顔を背ける。そしてテレビの画面と入れ違いに視界に飛び込んできたのは、筋肉質で屈強な偉丈夫。その男との予期せぬ出会いに目を見開く。

 

「あなたは…!」

 

「冥界の子供たちは、俺たちが思っている以上に強い」

 

かつて兵藤と拳で語り合ったその男…サイラオーグ・バアルの来訪である。

 

「リアスに会いに来た」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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コンコン。乾いた小気味いいノック音をサイラオーグさんが鳴らす。

 

「入るぞ、リアス」

 

相手の返事も待たず、ドアを開けて部屋に入り込む俺たち。部長さんは案の定、ソファの上で何をするまでもなく、ただ力なく気だるげに佇んでいる。

 

希望をなくした虚ろな瞳がきょろと動いて、俺たちを一瞥した。

 

「サイラオーグに深海君…どうして」

 

「俺も彼も、お前たちのためにここに来たのだ」

 

ずけずけと歩むサイラオーグ。そして腕組みするとはっきり言い放つ。

 

「俺たちを打ち破ったグレモリー眷属を率いるお前が、情けない姿を見せてくれたものだな」

 

「…」

 

いつもの部長さんなら強気で言い返すところが、今は無言で表情もピクリとすら動かない。ライザーとの戦いに負けた時だってここまで落ち込まなかったはずだ。

 

「ソーナ・シトリーの連絡があって来た。プライベート回線だから大王派には漏れていない、あの男のことも含めてな」

 

…やはり、サイラオーグさんも兵藤のことを耳にしているか。夢のため、プライドのため、拳で壮絶にぶつかり合った貴重な悪魔のライバル。やっと出会えたライバルを早くも失い、心苦しんだことだろう。

 

魔王を政敵として快く思っていないだろう大王派に報告しなかったのは彼の死が魔王派に一矢報いるために政治に利用されるのを防ぎ、彼の名誉を守るためか。いずれにせよこの事実は今の冥界に知られるべきではない。冥界のヒーロー『おっぱいドラゴン』の死が市民の知るところになればいよいよパニックが本格化してしまう。

 

「…行くぞ。冥界の危機だ。俺たちが立ち上がらずしてどうする?未来を担う若手悪魔の筆頭として俺たちは後続の手本とならなければならない。それが俺たちを見守り、導いてくださった魔王様の恩に報いる方法だろう」

 

「…放っておいて」

 

サイラオーグさんは慰めの言葉をかけない。部長さんは現実から逃げるように俺たちから目を背け、静かに呟く。

 

「あの男がいなくなっただけでここまで堕ちるか」

 

「もう嫌なの!!イッセーが、私を救ってくれたの!一人の女の子として、私を認めてくれたイッセーが…!!」

 

あくまで放っておかないサイラオーグさんや俺たちが向ける再起を促す視線に耐え切れなくなった部長さんが感情もあらわに叫んだ。

 

ひとしきり思いを吐いた後、疲れ切った眼でまたへなへなと体がくずおれる。

 

「彼なしで私は生きていけない。イッセーがいない世界なんて…耐えられないわ」

 

絶望に悲嘆、あらゆる憂鬱な感情を重ねに重ねた重い一言がこの場を沈鬱な雰囲気に包み込む。

 

今になって気づかされた。『王』は眷属を指揮するもの。そのあらゆる挙動、チームの方針は『王』の意思決定にゆだねられる。故に『王』はチーム内で最も強力な影響力と存在感を持っている。

 

だがこのチームにおいては違う。一番下っ端とされる『兵士』が『王』よりも強く、今のように『王』を含めたすべてのメンバーに多大な影響を与えてしまっている。まるでチェックメイトにかかったかのように。

 

あいつは『王』以上の存在感を持っていた。いや、ある意味逆転していたのかもしれない。精神的な点ではあいつがこのチームの落とされてはならない『王』だったのだ。

 

それを失い指揮する王が精神的に壊れてしまった今、このままグレモリー眷属は再起不能となってしまうのか。

 

「兵藤一誠が愛した女はこの程度ではなかった!!」

 

しかしそれを許さないサイラオーグさんの喝。このまま彼女を終わらせまいとするサイラオーグさんの魂の一声が響いた。

 

「あの男が俺と戦ったのは己の誇りと夢のためだけではない!!何よりお前のために、お前の夢のために命を賭してぶつかって来たのだ!!その主たるお前が、その程度の器と度量で何とする!?今のお前を、あの男に誇れるのか!?」

 

サイラオーグさんの言葉の熱と勢いに気押され、これまで俺たちを見ているようで見ていなかった部長さんが目をはっとさせて驚いている。明らかに彼の言葉が彼女の心に届いている。

 

さらにサイラオーグさんは俺を一瞥して言葉を続ける。

 

「この男…紀伊国悠もそうだ!お前と同じように、友を失った悲しみに心を痛めている!だが、それでも痛みを乗り越えて前進しようとしているのだ!」

 

その言葉に部長さんの目が俺のほうへ移ろった。

 

「…どうしてなの」

 

「あいつがいなくなって悲しいのは俺も同じです。でも今やるべきことは死を悼むことじゃない」

 

俺を羨むような双眸、震える声で尋ねられた。

 

「あいつを応援してくれた冥界を…そこで生きる市民と子供たちを守ること。それが今やるべきことだと思います。同時に、あいつが望んでることじゃないんですか?何もせず皆を見殺しにしたら、あいつに怒られますよ」

 

あいつはおっぱいドラゴンと持て囃されるようになってから、子供の存在を意識するようになった。メディアへの露出に伴い多くの子供たちが集まるヒーローショーの出演や、バアル戦で集まったファンの子供たちのように子供たちと関わる中で子供を大事にするようになってきたのだ。

 

部活の時にあいつと話したことがある。

 

 

 

 

『お前、ずいぶんと人気者になったな。特に子供人気とか凄まじいぞ』

 

『最近になって思ったんだけど子どもたちの笑顔ってさ、すげえ眩しいんだ。なんていうか…純粋っていうか、元気いっぱいっていうか…』

 

『お前はおっぱい魔人で穢れてるけどな』

 

『うるせえ!とにかく…とても大事だって思うんだ。だから、俺が活動することでそれを守れるなら頑張っていきたいんだ』

 

 

 

 

 

おつむが足りずうまく言語化はされていないが、あいつの思いはよく伝わった。

 

子供の声援を受けて立ち上がったあいつが、魔獣に怯え不安を抱える市民や子どもたちがいると知りながら何もしない俺たちを見たらそれこそ俺たちを許さないだろう。

 

「そうだ」とこくりと頷くサイラオーグさんがさらに言葉を続ける。

 

「リアス、立て。あの男はどんな時でも立ち上がったぞ。どんなに俺に殴られようと、蹴られようと前に進んだ!あの男のことを誰よりも知っているのはほかでもないお前だろう!?」

 

サイラオーグさんは何度も熱い言葉をぶつけにいく。そこまで彼を駆り立てるのは彼女がグレモリーの次期当主であり、何より自分に打ち勝った男の主だからだろう。

 

「…それに、本当に死んだと思っているのか?」

 

「!?」

 

何気ない一言に俺たちは虚を突かれて弾かれた様にサイラオーグさんのほうを向く。

 

おい待て、今なんて言った?兵藤が死んでいない?

 

大王派には知らせてないんだろう?なら奴らの情報網で俺たちが知っている以上の情報を突き止めたなんてあるはずがない。この人は一体何を知っている…?

 

「え」

 

部長さんもこれにはきょとんとした顔を上げて反応した。

 

「一つ訊こう。お前はあの男に抱かれたか?」

 

「…抱いてもらえなかったわ」

 

ここまでのやり取りの中で一番悲し気に部長さんは返す。あれだけラブラブだったのにヤってなかったんかい。あいつもさぞ心残りだっただろうよ。

 

「それなら猶更だ。あの男がお前を抱かずに死ねるわけがないだろう。それはお前が一番わかっているはずだ」

 

剛腕ですべてを打倒してきた男が、その力強さとは正反対に優しく微笑んだ。

 

「なにせ、『おっぱいドラゴン』なのだろう?」

 

筋の通った理屈ではない。だがなぜだか本当にそうであるかのような説得力があった。おっぱいドラゴンという言葉にヒーローであり無類のおっぱい好きといった彼の生き様すべてが込められていた。

 

「俺は先に戦場へ往き、お前たちを待つ。おっぱいドラゴンの魂を継ぐというのなら必ず来い、グレモリー眷属よ!」

 

最後まで熱い言葉を残して去るサイラオーグさん。誇りと強さを一身に背負ったその背中はとても大きく、圧倒されるように思えた。

 

部長さんを見やる。

 

「サイラオーグ…」

 

彼女は依然として再起してはいない。だが彼が来る前とは違い、少しだけ目に光が戻った気がする。会長さんが見込んだ通りの人選だったようだ。

 

傍の机の上に赤い悪魔の駒が8つ並んでいる。龍門から転送された兵藤の駒だ。その中の一つを摘み握る。

 

「駒を一つ、預かります」

 

これから先待ち受けている激闘を乗り越えるため、あいつの力を借りようじゃないか。

 

 

 

 

 

 

 

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「ごほ」

 

その男が苦しそうに顔を歪め、口から形容しがたい黒いどろどろとしたものが吐き出される。

 

そしてそれをサイバーなサングラスをかけた小柄な老人が容器の中にひとしきり受け止め、札を張って封印を施す。

 

白龍皇ヴァーリ・ルシファー。今彼は須弥山勢力に属し、かつて京都の二条城の戦いで遭遇した初代・孫悟空の仙術を受け、体に残留しているサマエルの呪いの解呪をしているところだ。

 

戦後、ヴァーリチームはグレモリー城にて一時的に保護されることとなった。状況が状況、それに癪だが奴らが俺たちを助けてくれたのも事実だ。サーゼクスさんとアザゼル先生の進言とグレモリーの現当主、部長さんの父親のジオティクスさんの許可で秘密裏にかくまっている。

 

建前としては敵の敵は味方、という理由もあるが、何よりヴァーリはルシファーの血を引いている。ここで恩を売り懐柔して、居場所を失った彼らを引き込むことを考えているかもしれない。あの二人なら考えそうだ。

 

白い仄かな光を帯びた手のひらを体のいたるところにかざしていくと、薄っすらとしたもやがヴァーリの体から抜けていく。

 

その手があらかた体全体を回った後、ふうと煙交じりの息を初代は吐いた。

 

「呪いは粗方取り除いた。あとは持ち前の規格外の魔力の作用で自然回復するじゃろうよ」

 

「全く、大馬鹿者が珍しく連絡をよこしたと思うたら、白龍皇の面倒を見ろと老体をタダ働きさせるとは恐れ入ったわい」

 

「うるせい、土産の一つくらいやるから文句言うなや」

 

馬鹿猿が小言を言われるとぶつぶつと悪態をついた。

 

老人はいたわるものだぞ。特にこの爺さんが亡くなったら、対テロリストの抑止力としても非常にまずいからな。

 

ベッドの上のヴァーリは体の具合を確かめるように上体をひねったり、拳を握っては開いたりしている。

 

「感謝する、初代殿。これでまた戦える」

 

そしてぎゅっと拳を握り、傲岸不遜な奴にしては珍しく礼を言った。

 

「呪いが解けたらすぐに戦いと…大人しくしておればいいのに、どうしようもない戦闘狂じゃのぉ」

 

呆れたように苦笑すると「よっこらせ」と重い腰を上げた。

 

「もう行くのか?」

 

「元々天帝の命でテロリスト駆除に冥界に来たんじゃからのぉ。どこかの馬鹿といい、年寄遣いの荒い奴の多くて敵わんわい」

 

初代も協力してくれるなら心強いことこの上ない。しかし、魔獣ではなくテロリスト駆除か。まさか、天帝はまだ曹操が動くと踏んでいるのか…?

 

「初代殿、曹操は天帝と繋がっていると聞いた。だが奴は京都での妖怪と天帝の会談を邪魔している。一体天帝の中で曹操はどういう立ち位置になっている…?」

 

「さてのぅ、儂は天帝の先兵。自由にやらせてもらってるだけで何を考えているかまでは興味ないわい」

 

ヴァーリの率直な質問を受けた初代は長く蓄えた顎髭をいじりながらはぐらかす。

 

「ただ、この混乱に乗じて暴れんとは思うがのう。今回はあくまでハーデスの暴挙、高みの見物を決め込むじゃろうよ」

 

ゼウス様やオーディン様のようにこちらを快く思っているわけではないが、ハーデス神のように露骨な嫌がらせをしてくるわけでもない。はっきり敵だと認識できない分こちらもどう対応すればいいか掴みづらいたりゃありゃしない。やりにくい神だこと。

 

「初代、一つだけお訊ねしたいことがあります」

 

二人の会話に区切りをつけるように問いを投げかけたのは木場だった。元々、どうしても聞きたいことがあると言って初代が到着されたと聞いてから、急ぎこの部屋に来たのだ。

 

「なんじゃい聖魔剣の」

 

「もし、ドラゴンがサマエルの呪いを受けて生き残れるとしたらどんな状態ですか?」

 

「ふむ…」

 

なかなか難しい質問をぶつけられた初代は考え込むように眉をひそめる。これが木場の聞きたかったことか。

 

俺が病院に搬送された後の調査で、兵藤の召喚に使用した龍門からかすかにサマエルのオーラが検出されたことから、恐らく兵藤はシャルバが何らかの手段で入手したサマエルの毒で死んだと考えられている。

 

覇龍を超える真女王に至ったあいつがシャルバと真正面から戦って負けるはずがない。それ故にサマエルの毒以外の死因が考えられないのだ。

 

あらゆる龍への憎悪を一身に浴び、それをまき散らすサマエル。無限のオーフィスにすら影響を及ぼせるほどの強烈極まりない毒を受けてオーフィス以外に死なないドラゴンなど果たしているのか?

 

目の前でオーフィスが無限を失い、ヴァーリが地に伏したその効果のほどを見たこともあり、悔しいが生存の可能性は僅かすらないと思っている。

 

だが初代の返答は意外なものだった。

 

「触れてようわかったが、この呪いの濃度じゃ。肉体はまず助からん。次に魂じゃが、肉体という器をなくした魂ほど脆いものはない。ちっとの呪いにあてられるだけで消えるじゃろう」

 

「肉体と魂ですか…」

 

「しかし今回、魂と直結している坊主の悪魔の駒だけが戻って来た。そこにサマエルの呪いがあてられた形跡はあったかのう?」

 

悪魔の駒が魂に直結しているという情報は初耳だ。体内にあり、魂と直結しているという点なら、俺自身の魂を内包しているスペクター眼魂も悪魔の駒と同じような役割を果たしている。その違いは自在に取り出せるか否かというところだが。

 

「いえ、召喚に応じた駒に呪いは検出されませんでした。呪いが検出されたのは龍門だけでした」

 

かぶりを振る木場。魂と繋がっている悪魔の駒は呪いの影響を受けていない、となると…。

 

「…まさか」

 

「そう、まだ魂は呪いを受けておらん。無事な可能性があるって事じゃい。恐らく次元のはざまをふよふよ漂ってるんじゃねえかと思うがのう」

 

「…!」

 

それが初代の情報から導き出された結論。示された希望に俺たちの表情は自然と明るくなった。

 

可能性、というだけだ。まだあいつの魂の無事が確認されたわけではない。だがそれだけでも十分みんなの心の救いにはなる。

 

「ただ、先も言ったが器のない魂ほど脆いものはない。予断を許さない状況には変わりねえな」

 

「…そうですね」

 

初代の言う通り状況は差し迫っている。だが道は見えた。ならどうにかあいつの魂を呼ぶことさえできればあるいは…。

 

ふと、初代がヴァーリチームの面々へそのしわくちゃな顔を向ける。

 

「表に玉龍を待たせたままでの、そろそろお暇するわい。おめえさんたちはどうするつもりだ?世界からも組織からも指名手配されてんじゃろう?」

 

「私はリーダーのもとにいるにゃん。ここにいると退屈しないし、楽しいことだらけだからねー」

 

「私も変わらず皆様と一緒です!」

 

「彼と共にいたほうが強者と戦えるので、これからも彼らと行動します。曹操よりもヴァーリのほうが付き合いやすいので」

 

黒歌、ルフェイ、アーサー。禍の団を追い出され、もはや正式なチームという枠を失った彼らだがそれでもなおヴァーリのもとにいることをやめるつもりはないらしい。

 

「俺っちもお前についていくぜぃ。まだまだ見たいもん戦いたいもんいっぱいだしな、俺らを指揮できんのはおめえだけだぜ」

 

「お前たち…」

 

「ケツ龍皇はとっとと体を治していつも通り堂々としてりゃいいんだぜぃ、な!」

 

「その呼び方はやめろ、ただでさえカウンセリングを希望しているんだ」

 

がからかうように笑われたヴァーリはわりと本気でげんなりしているような反応を見せる。

 

アルビオンもドライグ同様かなりメンタルが追い込まれてしまっているようだ。本人、というよりは本龍からすれば相方の不名誉な渾名に関連付けられて事実無根の渾名をつけられるなどとばっちりもいいところだが。

 

兵藤の奴、本人も知らないところでライバルの相方を追い詰めていたんだな…。これもしかして赤白対決が宿命の原因となっているドラゴンがノイローゼ起こした状態で始まってた可能性もあったんじゃないか?

 

ヴァーリチームの会話を眺めていた煙管の煙を吹かす初代が愉快そうに笑う。

 

「ほっほ、はぐれ者に好かれる白、民衆に好かれる赤。今代の天龍は面白いのう」

 

若輩者の成長を楽しむ年長者。楽し気に笑むと、部屋から去るのだった。

 

「…お前ら、いつの間に仲良し集団になったんだ?」

 

「一緒に行動しているうちに情が沸いただけだ」

 

「素直じゃねえな」

 

未知と力を求める我の強いはぐれ者の集団。似た者同士で繋がりが強くなってチームらしくなってきたんじゃないか?

 

「これから君はどうするんだい?」

 

珍しくヴァーリに話しかける木場。それにヴァーリはからかうように笑む。

 

「兵藤一誠の仇討ち、と言ったら?」

 

「ガラじゃないねと笑うさ」

 

「ふっ、そうだな。仇討ちなんてのは俺のガラじゃない」

 

「とか言いつつ黒歌やアザゼル先生がやられたときは熱くなってたじゃないか」

 

曹操戦で禁手と邪眼でボコられたときに「おのれ!」っていつになく怒りをむき出しにしていたのを憶えている。兵藤の両親を殺すとか言ったくせに、こいつにも大切な人を思いやる気持ちってあるんだなって意外に思ったものだ。

 

痛いところを突かれたか、ヴァーリの目が動揺のせいか若干泳いだ。

 

「それは…まあともかく、奴とは天龍の決着をつけることができずに不満なのはある。が、仲間の仇討ちなら君たちの役目だろう?」

 

「そうだね、まだ英雄派が残っているからね。彼らは僕らが討つ」

 

曹操をはじめジーク、信長、ヘラクレス、ジャンヌ、ゲオルクといった幹部は未だ一人として倒せていない。今の禍の団を仕切っている奴らを倒さない限り、魔獣を倒してもまた第二の混乱が起こるだろう。

 

…また、エクスカリバーの時のように暴走しないよな?冷静とはいえ、木場もまた兵藤に救われた者の一人なのだから、ショックは相当なものだ。それが転じて強烈な復讐心にならなければいいんだが…・

 

「そうだ、それでいい。…先日からサマエルに瞬殺され、ベッドで寝たまま。不完全燃焼もいいところだ。俺は俺で完全燃焼できる相手を探し、ぶつけにいくさ」

 

体をむしばむ呪いが失せたことで、再び強者を求める血が滾りだしたようである。




次から動き出します。

次回、「出陣」


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第154話「出陣」

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
1.ムサシ
2.エジソン
3.ロビンフッド
4.ニュートン
6.ベートーベン
7.ベンケイ
9. リョウマ
10.ヒミコ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
23.コロンブス
31.ライト
41.シグルド
42.ユキムラ
44.ハンゾウ


旧魔王派のアジトはかつて鳴り響いていた粗野な怒号はめっきり聞こえなくなっていた。

 

その理由は一つ。構成員の減少である。テロを何度も起こし、そのたびに現魔王派のみならず各勢力に阻まれそのたびに大きな損害を被って来た。そして今回、シャルバという大きな指導者をまた一人失ったことで彼を奪った現魔王派の怒りや不満が爆発し、独断行動を起こすものが出てきたのだ。

 

末端の暴走を抑えられないほど指揮系統が崩れ、かつての隆盛など見る影もなくなった旧魔王派。それを率いる最後の指導者たる男、クルゼレイ・アスモデウスの私室で妖艶かつ謎めいた美女のクレプスが禍々しい仮面を差し出す。

 

「これが神祖の暴食の仮面…よくやってくれた」

 

刺々しいしゃれこうべのような仮面の手触りや外観を舐めるように感じるクルゼレイは心にもないことのように冷静に言う。

 

あれだけ求めていた神祖の仮面だというのにこんなに冷めた反応は意外だとクレプスは思ったが、その感情は微塵も表情に出ることはない。

 

「旧魔王の当然のことをしたまでです」

 

「その調子で、他の5つの仮面を一刻も早く見つけ出すのだ。嫉妬の仮面の奪還も急げ」

 

「はっ」

 

短いやり取りの末、クレプスは部屋を後にしていく。

 

「…」

 

クレプスがいなくなりクルゼレイ一人になった。いつも耳に飛び込む野蛮な構成員の怒声もなく、いつになく静かだ。

 

だからこそ、彼の胸中に渦巻く哀悼の感情の声が大きく聞こえてくる。

 

「神祖の暴食の仮面…手に入りはしたが、真にふさわしい男はもう世にいない」

 

机に置いた神祖の暴食の仮面。確かな強大な力の中に、怖気がする何かを彼は感じずにはいられない。

 

つい先日、クルゼレイの制止を振り切って狂気のままに暴走して死に、その呪いを魔獣という形にして冥界に放ったシャルバが求め続けた仮面だ。彼が死んですぐに見つかるとは何という運命の無情というべきか。

 

「カテレアにシャルバ…偉大な真なる魔王の血を継ぐ同志は先立ち、俺一人だけになってしまったか」

 

クルゼレイ一人、誰もいない私室の静けさに彼の呟きが溶け込んでいく。かつて禍の団の一大派閥だった旧魔王派の指導者の思いは誰にも届かない。

 

アザゼルに敗れたカテレア、アザゼルの教え子の赤龍帝に敗れたシャルバ。

 

現魔王への憎悪で気に触れ暴走したシャルバやその敵討ちに燃える構成員たちを止められず、ますます戦力の減少に拍車がかかっていくのが今の旧魔王派とそれを率いるクルゼレイの現状だ。

 

今なお革命の時を信じて仮面を追い続ける彼はこの現状に頭を悩ませ、己の無力を痛感していた。

こんな時にカテレアたちがいてくれたらと何度も夢に見た。

 

仮面の捜索をやめないのはある種の現実逃避かもしれない。最近になってそんなことも考え始めた。

 

力を持ちながら、指導力は持ち合わせていなかったのだと浮かべた笑みはふっと寂寥の面持ちに変わった。

 

「俺はお前と共に仮面を携えてかつての栄光を取り戻したかったよ、シャルバ」

 

同志に託したかった仮面をぼうっと眺める。シャルバと共に仮面を手にし、旧魔王派を復権する。

 

思い描いてきた理想は既に夢想の彼方へと消え去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「裕斗さん、悠河さん、こちらにいたのね」

 

背後から凛とした声をかけられた。俺たちを呼び止めたのはサーゼクスさんの『女王』であり部長さんの義姉でもあるグレイフィアさんだ。

 

普段のメイド服とは違い、髪を一本の三つ編みにして束ね上げ戦闘服に身を包んでいる。この状況下でその服装をすることが意味するものはつまり。

 

「話に聞いた通り、前線に出られるんですね」

 

「ええ。聖槍の存在がある以上、サーゼクスは出られません。代わりに私たちルシファー眷属が『超獣鬼』を迎撃することになりました。最低でもその歩みだけは止めて見せます」

 

これまで迎撃部隊は氷漬け、落とし穴、強制転移など様々な策で魔獣の進撃を止めようとしたがどれも失敗している。恐らくシャルバがその手の術や魔法に対して対策となる術を仕込んでいるのではと予測されており、未だ魔獣に対する有効打を決められずにいる。

 

策を弄するのではなく、純粋な火力ならということで魔王様の眷属に白羽の矢が立ったのだろう。

それに自信たっぷりに応える最強の魔王ルシファーの『女王』たるグレイフィアさんなら、もしやと希望を抱いてしまう。

 

そんなグレイフィアさんはポケットからすっと取り出し、一枚の紙きれを差し出してきた。

 

「行く前にこれを渡すようサーゼクスとアザゼル総督から頼まれました」

 

木場が受け取った紙には、何やら悪魔文字で住所とある方の名前が短く記されている。

 

冥界にいる者ならだれもが知っている名前と、それには到底結びつかないような人間界の場所。どこか聞いたことのある地名だが…もしかして、駒王町から少し離れたくらいのところか?

 

「ここは?」

 

「アジュカ・ベルゼブブさまがいらっしゃる場所です。そこで彼の駒を解析しろ、とアザゼル総督からのメッセージも預かっています」

 

「ベルゼブブ様の…!」

 

アジュカ・ベルゼブブ様は『レーティングゲーム』と『悪魔の駒』を開発した冥界きっての技術者。先生も忙しいだろうにわざわざ俺たちとベルゼブブ様を引き合わせてくれるなんて感謝に堪えない。

 

「そこにリアスたちを連れて向かいなさい。僅かな希望が見えてくるかもしれません。私の義弟になる者がこんなところで終わるなど許されませんから。義妹と義弟は、これからの冥界を背負える逸材だと私は信じています」

 

死んでも期待されてるなんて、あいつは随分と重いもんを背負ったな。

 

 

 

 

 

 

 

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メンバー全員の顔見せも終わり、いよいよ出発の時が来た。

 

あまり長々といると皆の悲しみに引っ張られて出られなくなりそうだから、早いうちに出ることに決めた。

 

使用人たちもまだまだ忙しく部長さんたちもまだまだ立ち直れないようで、見送ってくれるのは木場一人だけだった。見送りもなく寂しい出発になるが致し方ない。

 

大きな玄関の前で俺と木場は別れ際に言葉を交わしていた。

 

「本当に行くのかい?」

 

そう訊ねてくる木場の目の奥にまだ残ってほしいという気持ちが垣間見えるようだ。

 

「ああ、それに…やらなければならないこともできた」

 

皆を置いていくのは名残惜しいが、もう決めたことだ。俺は俺のやり方であいつの遺志に応えたい。

そして今しがた、思いついたことを実行してみたいのだ。

 

「?」

 

「初代の話を聞いて一つ思いついたことがある。次元の狭間で漂っているだろう兵藤の魂、それを俺の魂のように眼魂にできるんじゃないかって」

 

「!」

 

突拍子のない俺のアイデアに木場はまさしく鳩が豆鉄砲を食ったように目を丸くしている。

 

そのような反応をとるのも無理はない。俺だってまさか仲間の魂を眼魂にするなんて砂粒ほどの可能性すら考えつかなかったし、思いついた時にも本当にできるのだろうかと迷ったくらいだ。

 

「聞いた通り、魂だけの状態は不安定で危険だと初代は言っていた。なら眼魂という形を与えてやれば安定し、消滅の危機は免れるかもしれない」

 

「そうか…確かに、君も本来は魂だけの存在だけど眼魂に封じているからね。それは思いつかなかったよ」

 

知っての通り、眼魂とは死者の魂あるいはそれの準ずる残留思念を内包するもの。兵藤も一度死者という類になり魂だけの状態となったなら、眼魂にできるのではないかと考えた次第だ。

 

それなら一度死んで転生し、他者の肉体に借り住まう俺のように脆い魂だけの存在を現世に繋ぎ止めていられるだろう。

 

しかしそれには一つだけ大きな、それでいて決定的な問題があった。

 

「だが、俺は肝心な眼魂を作る方法を知らない。眼魂を普段使っていながら恥ずかしいことにな」

 

「ならどうするつもり…まさか」

 

早くも木場は俺の言わんとしていることを察したらしい。流石、我らが『騎士』だ。

 

「そうだ、だから聞き出す必要がある。それを知っている奴らにな」

 

「曹操たちか…!」

 

俺たちと何度も戦ってきた憎き宿敵の名を吐く木場。その声色に若干不穏な感情を感じたが…。

 

「あいつらがあの後何をしているかは知らないが、多くの強者が出揃っているこの混乱に乗じて何もしないとは思えない」

 

「そうだね…それに僕たちと因縁深い相手だし、こちらから探さなくても嫌でも鉢合わせることになる気がするよ」

 

「はっ、そう言われてみればそうだな」

 

こんな状況でもふっと笑みがこぼれた。

 

今までそうだったならこれからもそうだろうという確信。今まで敵がいつも仕掛けてくる側ならこれからもそうだろう、仲間が無事に戦いを切り抜けてこられたならこれからも無事だろうという積み重ねによる核心だ。

 

それも兵藤の死によって空しくも崩れ去ってしまったのだが。

 

「ということで、俺はサイラオーグさんたちとともに先に行く。戦場にいれば、また奴らと出会うこともあるだろう。木場、お前は魔王様のところに行ってくれ、皆を頼んだ」

 

「わかってる。君こそ、眼魂を作る方法を聞き出してくれ。僕たち二人で希望を形にするんだ」

 

「もちろんだ。それに、戦いに来るまでのお膳立てなら任せておけ」

 

俺がそっと拳を差し出すとその意図をすぐに理解したように微笑んで向こうも拳を突き出してくれた。俺たちは拳をぶつけて約束を交わしあう。

 

俺たちは別れる。方法は違えど、共に戦い同じ志で同じ希望を叶えるために進むのだ。切なる願いを託して俺は彼に背を向ける。

 

少し前までは木場という男はこういった男の熱い礼儀というものにあまり乗ってくれない奴という認識だった。だがこちらの気持ちをすぐ汲んでくれるあたり木場も、あいつに強く影響されてきたんだな。

 

「木場」

 

言い忘れたことがあったと玄関の扉を開く前に一度俺は振り返る。

 

「暴走だけはするなよ。これ以上悲しみの種は増やさないでくれ」

 

先ほどの反応、ヴァーリとの会話。どうにも危なっかしさを感じてならない。エクスカリバーの一件に比べればかなり落ち着いているほうだが、それも俺たちの手前でセーブしているだけかもしれない。どうしても言っておきたかったから、向こうも痛いほど理解しているとは思うがあえて俺は言う。

 

「うん…重々承知の上だよ」

 

木場は神妙に頷いて返す。

 

死んだら悲しむ仲間は兵藤だけじゃない。過去の経験で学んでいると思うが、それでも俺は心配せずにはいられない。皆の心配を振り切って出て行った俺が一番心配されているかもしれないが。

 

 

 

 

 

 

 

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玄関から城を出て正門へ進むと、以前アグレアスのスタジアムで見た悪魔の集団がいた。

 

サイラオーグさん率いるバアル眷属である。スタジアムで見たメンバーがもれなく全員そろっており当然、中にはあの神滅具の化身の少年、レグルスもいる。

 

「む」

 

歩み寄ってくるこちらに気づいたサイラオーグさんと目が合う。

 

「サイラオーグさん、俺も一緒に行きます」

 

「そうか…本当にいいのだな?」

 

「はい。同じ痛みを負っているからこそ…それでも戦えるってところを皆に示したいんです」

 

病院での戦いを発端にした決意はこの城を訪れて皆に会ったことでさらに固まった。

 

冥界を守りたいという兵藤の遺志を叶えるためにも、心の折れた皆に勇気を与えるためにも俺は進む。

 

俺の固い決意を見たサイラオーグさんは力強くと頷いた。

 

「よくぞ言った。ならば行くぞ!紀伊国悠!冥界の危機だ、ともに戦うぞ!」

 




次回、「大王とスペクター」


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第155話「大王とスペクター」

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
1.ムサシ
2.エジソン
3.ロビンフッド
4.ニュートン
6.ベートーベン
7.ベンケイ
9. リョウマ
10.ヒミコ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
23.コロンブス
31.ライト
41.シグルド
42.ユキムラ
44.ハンゾウ


冥界の首都リリスへ向かう道中。暗雲漂いより不気味さを増していく薄紫の空を悠々と航行するのは空飛ぶ怪舟キャプテンゴーストだ。グレモリー城への移動にも使ったが、今度は飛行による体力温存のためにサイラオーグさんを始めとするバアル眷属も乗せて行くことになった。

 

「…で、今に至ると」

 

「ふむ…なるほど」

 

「あなたも大変な人生を歩んできたのね」

 

彼らは人間の俺がどういう経緯で自分たちを打ち負かしたグレモリー眷属と行動を共にしているのか興味津々で、根掘り葉掘り聞いてきたのだ。流石に転生がらみの事情は伏せたが。

 

「助平ではないにせよ、お前も俺や兵藤一誠と同類だな」

 

「俺が、ですか?」

 

サイラオーグさんの意見に俺はふと首をかしげる。俺はあの二人のように筋肉粒々ではないしあそこまでの殴り合いはできないが。

 

「ああ。お前もここに来るまで一途に修練を積み重ねてきたのだろう?譲れないもののために戦ってきたのなら、俺たちと何が違う」

 

「…言われてみればそうですね」

 

夢のために戦うサイラオーグさん、主の夢のために戦う兵藤、妹を救うという目的と仲間のために戦う俺。俺たちは非力からスタートし、険しい修練と戦いを乗り越えてここまでの力を得た。

 

そう表現すれば俺たち三人は同じ人生、似た人生を歩んできたと言える。俺のこれまでを聞いたサイラオーグさんが自身の境遇と重ねたのも無理はないだろう。なにせ気絶しても戦おうとするほどこの人は譲れない夢に対する思いが強いのだから。他者が胸に抱く譲れないものに対して人一倍に敏感なことに何ら不思議はない。

 

「類は友を呼ぶ、という人間界の言葉があるそうですよ」

 

「なるほど、まさしくそれだ」

 

博識な『女王』のクイーシャさんのコメントにそうだとポンと手を打つサイラオーグさん。

 

類は友を呼ぶか。どちらかというとサイラオーグさんは尊敬に値する人という位置づけなのだが…まさか、いつかはサイラオーグさんを友と呼ぶ日が…?

 

「…そういえば皆さんの中は元七十二柱の出身で、中には人間と悪魔のハーフの方もいるんですよね」

 

バアル眷属はクイーシャさんを除いて元七十二柱のお家の悪魔で構成されている。クイーシャさんのアバドン家だけは現政府から距離を置いている番外の悪魔《エキストラ・デーモン》で、レーティングゲーム三位を輩出した実績もある七十二柱に負けず劣らず強力な悪魔の一族だ。

 

「そうね、ミスティータとリーバンと…あとはラードラね」

 

コリアナさんが名前を口にした三人に視線を走らせる。

 

ミスティータさんとリーバンさんの二人は神器所有者であり、その強力な能力でゼノヴィアやロスヴァイセ先生を苦しめたものだった。ラードラさんはドラゴンに変化してギャスパー君を手ひどく痛めつけたが…あれは試合だし仕方ない。

 

『試合とはいえ、君の仲間に酷いことをしてしまった。すまない』

 

船に乗るなり一番最初に話しかけてきたのはラードラさんだった。あの戦いを見ていていい気分ではなかったが、試合であることと本人の謝罪もあって俺は水に流すことにした。すぐに謝罪してきたあたり本人も気にしていたんだろう。真面目な人だということが良く伝わった。

 

「皆さんも類は友を呼ぶって言葉の通りなんですか?」

 

「うん。未だ純血主義の根強い元七十二柱のお家では、僕たちのようなハーフに居場所はなかった」

 

「半端者の悪魔、元七十二柱に相応しくないと蔑まれてきたが…そんな我々でもサイラオーグ様は必要だとしてくれたのだ」

 

「だから俺たちはサイラオーグ様を全身全霊で支えたいんだ。生まれに関係なく、実力があればのし上がっていける冥界を実現したいんだよ」

 

そう語るリーバンさんたちの双眸には主と彼が掲げる夢への熱い信頼と切望があった。苦しい境遇を生きてきた彼らにとってサイラオーグさんはまさしく彼らを救ってくれた希望の光であり、未来への可能性そのものだ。

 

「それはハーフでない我々も同じこと。その夢に向かうのがサイラオーグ様だからこそ忠を尽くすのだ。だろう、レグルス?」

 

青ざめた馬を撫でるベルーガさんに話を振られ、こくりと頷く仮面の兵士レグルス。

 

「主を失った神器である私も、サイラオーグ様の心に真っすぐな強き意志を信じここに身を置いている」

 

「…試合では負けたけど、私たちの歩みが止まったわけじゃない。私たちはこれからもサイラオーグ様と共に研鑽を重ね、あなたの仲間に打ち勝って見せるわ。サイラオーグ様、そうですよね?」

 

「お前たち…」

 

レグルスさんやクイーシャさんたち仲間からの熱い信頼の言葉にいよいよサイラオーグさんも珍しいことに照れ恥ずかしくなってきたらしく、顔を仄かに赤くして背けた。

 

俺達グレモリー組もだが、バアルも相当仲間同士の信頼関係が築けているチームという印象だ。以前はサイラオーグさん以外は俺達と戦うライバル…あるいは敵というイメージだったが、やはり互いの腹を割って会話を交わすことでそのイメージは変わった。

 

彼らも彼らなりのバックボーンがあり、胸に秘めた信念のために戦っているのだ。そして信念を持った相手は例外なく強い。バアルも、英雄派も。能力だけでなく、その信念あればこそ彼らはここまで這いあがったこれたのだろう。

 

ごぉぉぉぉ…。

 

会話の最中、どこからともなく響いてくる不躾な獣の咆哮が水を差す。

 

その音で即座に警戒の色に表情を染め上げたサイラオーグさんたちが周囲を見回し、あるいは船の縁に身を乗り出して地上に索敵の目を躍らせる。

 

「サイラオーグ様、あちらを!」

 

慌てたようにベルーガさんが地上を指さす。その方向にあるのは冥界には珍しくない村といえるような町だ。そこに、平穏とは似つかわしくない凶悪なモノが流れつこうとしている。

 

「なぜ魔獣があそこにいる?『豪獣鬼』や『超獣鬼』」の進行ルートからは外れているはずだが…」

 

今、冥界を大いに騒がせる13体の大型魔獣。奴らが生み出した小型の魔獣の群れが集落に雪崩れ込んでいるのだ。空から見ると、黒い塊のように見える。

 

だが近くに彼らの親となる豪獣鬼はいない。政府の公表した情報によれば魔獣は親から離れずに共に行動しているはずだが。

 

怪訝に魔獣の進撃を思う俺達。その中で一人、ミスティータさんが突然血相を変える。

 

「…待ってください、まだあの集落には人がいます!」

 

「えっ!?」

 

「なんだと!?」

 

動揺が走る船上。目につく生物の一切合切を食らいつくす魔獣の凶暴性は重々承知している。このままだと甚大な犠牲が出ることは間違いない。

 

となれば、やることは一つだ。

 

「サイラオーグさん」

 

「わかっている。あれを放っておくわけにはいくまい、行くぞ!」

 

「はっ!」

 

決断は早く、サイラオーグさん率いるバアル眷属が次々に翼を広げて眼下の集落に飛び出していく。

 

「よし、俺も…」

 

意気揚々と彼らに続かんと眼魂を取り出そうとするが、そこで気づいてしまう。

 

「飛べる眼魂は今持ってないんだった…」

 

現在、飛行能力のあるフーディーニ眼魂はアルギスに奪われたままだ。このまま彼らと同じように飛び出せばそのまま地面に体を打ち付け、大惨事は免れない。

 

「あ、そういえば」

 

ふと思いつく。つい先日の英雄派との戦闘で奪った4つの眼魂。どれも奴らが新しく生み出したもので全くその能力については未知のそれがあるではないか。

 

その中の一つに、かの有名なライト兄弟の眼魂がある。その名誉の所以を考えればその能力は…。

 

「試し撃ちもしてないぶっつけ本番だが…!」

 

ごちゃごちゃ考える暇はないと、早速薄琥珀色のライト眼魂を差し込んだ。

 

〔アーイ!バッチリミロー!〕

 

ドライバーから出現したのは、彼らの発明した昔ながらのプロペラ付き飛行機がそのままパーカーと融合したかのようなシルエットの大型のパーカーゴーストだ。音もなく浮遊するこれまでのパーカーゴーストと違い、プロペラの回転音を盛んに立てながら空を悠々と舞う。

 

〔カイガン!ライト!飛ぼうぜ!プロペラ!回ってら!〕

 

レバーを引くことで解き放った霊力をその身にまとう変身と共にパーカーゴーストもばさりと覆い被さる。

 

顔面に浮かび上がるはプロペラを連想させる模様『フェイスフライヤー』。仮面ライダースペクター ライト魂、といったところか。

 

世界で初の有人動力飛行を成功させたライト兄弟に由来する力を持ったこのフォーム。察しの通り、その能力は。

 

「行くか」

 

〈BGM:乱戦エクストリーム(仮面ライダーw)〉

 

両肩のグライダー型のアーマー後方に取り付けられたプロペラが高速回転を始めて唸りを上げる。霊力を動力源にするそれが風と浮力を同時に発生させ、俺の体を空中へ誘う。

 

そして思うがままに俺は空中へ身を躍らせ、魔獣たちの跋扈する地上向けて飛び立った。

 

空を踊るように舞い、風を切り、魔獣たちとの距離が縮んて行く中で俺は感じた。

 

速い。飛行速度で言えばフーディーニより上だ。ただ、向こうはチェーンを使った攻撃があり地上戦も対応できるので飛行能力しかないこのライト魂は完全な上位互換とは言えないだろう。正直なところ、パーカーゴーストの重量もありこのフォームで地上戦はかなりキツイ。

 

だが今は飛行できる種族が多い異形を相手にする中で飛行能力があるというだけでありがたい。英雄派の連中から奪えて本当に良かったとつくづく思う。

 

「!」

 

何匹かの翼を持った魔獣がこちらの存在に気付いた。獰猛な唸り声を上げてこちらに向かってくる。

 

すかさずこちらはガンガンハンドを召喚し、銃撃を放って応戦。光弾の雨を浴び、胴や翼を撃ち抜かれた魔獣たちはあえなく墜落していく。

 

それでも向かってくる魔獣たちを迎撃するべくコブラケータイを合体、鎌モードに移行させる。

 

「GAAA!!」

 

恐ろしい金切り声を発して魔獣が鋭利な爪を振り下ろしてくる。その軌道をガンガンハンドをぶつけて逸らし、返す刃で両断。

 

「ふ」

 

返り血を振って落とすとプロペラの回転をさらに上げ、高速飛行を開始する。

 

飛行機と一体化したようなこの姿と絶えず耳に流れ込むプロペラの駆動音を聞きながらの飛行はまるで自分が飛行機そのものになったかのような錯覚をもたらす。

 

「来れるものなら来てみろ!」

 

当然、魔獣どもが追随する。しかしこちらのスピードが勝っているため一向に追いつくことはできず、奴らは俺の自由自在な機動に翻弄されるばかりだ。

 

とどめの一撃を放つべく、ドライバーのレバーを引く。

 

〔ダイカイガン!ライト!オメガドライブ!〕

 

「はぁっ!」

 

「GAAA!?」

 

ドライバーから溢れ出した霊力が一気にガンガンハンドの刃に収束。急旋回し、俺を追いかけていた魔獣たちをすれ違いざまに切り裂く。

 

「ピリオドだ!」

 

一度気合の一声と共に振るえば霊力の乗った斬撃はたちまち高速回転するプロペラの形へと変わり、縦横無尽に空を飛び回っては薄琥珀色の閃光の尾を引きながら魔獣たちを切り刻んだ。

 

そして最後にガンガンハンドのトリガーを引くと同時、エネルギーが弾けて拡散し残った魔獣を千々に切り裂いて殲滅した。

 

「空にいる奴はこれで全部か」

 

ざっと見渡すが、飛行タイプの魔獣はどこにも見当たらない。そう判断するや否や、さっそく高度を下げてバアル眷属が向かった地上へ向かう。

 

「グォォォ!!」

 

地上に降り立つと、魔獣の攻撃を受け破壊されようとしている集落の街並みの中で先行していたバアル眷属の面々が奮闘していた。

 

『戦車』のラードラ・ブネが試合の時と同様にドラゴン化し、魔獣を踏みつぶしたり摘まみ上げては引きちぎって確実に一体ずつとどめを刺している。

 

「ぬぅん!!」

 

『戦車』のガンドラ・バラムさんがうなり声を上げながら自分より二回りは大きい魔獣を持ち上げ、宙に放り投げる。

 

「馳せるぞ、アルトブラウ!」

 

そして宙に放り出された魔獣に追いつくほどのスピードで愛馬のアルトブラウと共に『騎士』のベルーガ・フールカスさんが一瞬で距離を詰める。

 

瞬く一閃。繰り出される流星のごとき突きの嵐。

 

巨獣はあっという間に血しぶきを噴き上げて絶命する。ベルーガの進撃はなおも止まらず、高速移動による無数の残像を伴いながら地上の魔獣目掛けて急降下、そのまま攻撃を仕掛け始めた。

 

すれ違いざまに突きを入れ、あるいは切り裂いて次々に魔獣を仕留めていく。鮮やかな武器裁きの前に数秒と呼吸を保っていられる魔獣などいない・

 

「堕ちなさい!」

 

そこに『僧侶』のコリアナ・アンドレアルフスとミスティータ・サブノックの魔法による援護も加わる。驚くほどのスピードで魔獣は数を減らしていき、全滅へとその歩みを進めていく。

 

「はっ!」

 

そして大地を揺るがす轟音を生み出すパンチ。一撃で魔獣を沈める拳打の主こそサイラオーグさん。

 

魔獣の嚙みつきを軌道をそらすためのパンチで討ち沈め、一発魔獣の腹にパンチを入れて吹き飛ばせば大勢の魔獣を巻き込んでそのまま倒してしまう。

 

「サイラオーグ様、住民の避難誘導が完了しました!」

 

「よくやった!」

 

住民の避難に徹していたらしい『騎士』のリーバンさんと『女王』のクイーシャさんに言葉を返しながらも、魔獣の鋭利な爪をはやした抜き手を躱しざまにカウンターの拳を打ち込んだサイラオーグさん。

 

〔カイガン!ニュートン!リンゴが落下!引き寄せまっか!〕

 

こちらも負けじと魔獣と交戦を開始。ニュートン魂に変化し引力フィールドを使って魔獣と一か所にかき集める。

 

「キャプテンゴースト!」

 

合図の声を上げると、とどめと言わんばかりに上空のキャプテンゴーストが船首からセイリングキャノンを発射。俺が引力で集めた魔獣の塊に間もなく閃光が炸裂して、爆発とともに跡形もなく消し飛ばした。

 

「GOAAAAAH!!」

 

息つく間もなく突如として響く轟音。今まで戦った魔獣よりも二回りも大きな四本の腕で瓦礫をはねのけながら這いまわる魔獣が現れた。刺々しい牙を蓄え、すぐにでも食らいつかんと口を大きく開けて吼え散らかしている。

 

知性も理性もなく本能のままに暴れるだけの怪物。だが俺たちが臆することはない。

 

「共に行くぞ、紀伊国悠ッ!」

 

「はい!」

 

俺とサイラオーグさんは微塵の恐怖もなく踏み込み前進。

 

〔ダイカイガン!ニュートン!オメガドライブ!〕

 

「おぉぉぉ…」

 

俺はオメガドライブを発動させて左拳に霊力を集中させる。サイラオーグさんも呼吸を整え、右拳に猛々しい純粋なパワーを込める。

 

「GYAAAAAAAA!!」

 

間合いに入る。魔獣は剛腕を振るって俺たちを捕まえようとするがそれを見事にかわしてのける。サイラオーグさんに至っては拳をぶつけてその軌道をそらしていた。

 

そして魔獣との距離がゼロになった瞬間。

 

「「はぁっ!!」」

 

二人同時に振りぬいた拳、魔獣の腹にめり込むや否や込められた霊力とただ研鑽を重ねに重ねた拳により魔獣の体は耐え切れず無残にも四散した。

 

〈BGM終了〉

 

「見事です、サイラオーグ様」

 

四散する魔獣の断末魔の悲鳴を最後に戦いの音がやむ。戦いを終えたらしく眷属の面々も集まって来た。

 

「…これで魔獣は片付いたか」

 

凶暴な魔獣の気配が消え、息を吐いて辺りを見渡す。戦いの余波で建物のいくつかが崩壊して瓦礫の山を築いているが、幸いにもケガした住民の姿や住民の死体は一つもない。

 

「住民の中にケガをしたものは?」

 

「一人もいませんでした」

 

「そうか…しかし、何故ここに魔獣が」

 

「サイラオーグ様!」

 

突然のラードラさんの叫び。サイラオーグさんの背後から飛んできた煌めく鋭利な石礫に俺も気づいた。

 

「ッ!」

 

咄嗟に斥力フィールドを発生。明らかにサイラオーグさんを狙ったそれをすべて彼方に弾いた。

 

戦いが終わって落ち着き油断したタイミングを狙うなんて随分こすいことをしてくれる。しかしこの攻撃は…。

 

「やっぱりその能力強すぎだろ。真っ先にその眼魂を奪わなきゃならねえな」

 

その想像通りに、つい先日激闘を繰り広げた男の声が建物の残骸の物陰より、悠然とした歩みでやって来る。

 

「貴様は…」

 

「信長!」

 

「よお、英雄使い。バアル。残念だがここから先は通行止めだ」

 

またしても現れた英雄派の幹部、信長が豪胆な笑みを浮かべて俺たちの前に立ちはだかった。

 

いつもなら最悪のタイミング、というところだが今回に限っては最高のタイミングだ。ここで出てくるなんて鴨が葱を背負って来るとはまさにこのことだ。この男に俺は会いたかった。

 

「サイラオーグさん、ここは俺一人で食い止めます。先にリリスに向かって防衛に加わってください」

 

「なに?」

 

「あなたほどの戦力を足止めされるのはまずい。それにこいつとは因縁も聞き出したいこともある。だから俺が残ります」

 

「…わかった。リーバン!」

 

「はっ!」

 

これ以上は野暮だと感じたか、意見せず静かに答えたサイラオーグさんは騎士の名を呼ぶ。それだけですべてを理解した彼は妖しい輝きで目を光らせる。

 

「!」

 

刹那、信長の動きが一瞬ぐらっとよろめき崩れた。彼の持つ神器、『魔眼の生む枷』の力で重力をかけられて動きを鈍らせているのだ。

 

「去り際に手傷の一つでも!」

 

この隙を逃すまいと眷属の何人かが信長目掛けて馳せるが。

 

「ほぉ…が、このまま隙を晒すわけにはいかないな?」

 

だが信長もそのままではいない。周囲に宝石のドームを生成し、こちらが動けない信長を攻撃できないように防御態勢を敷いてきたのだ。

 

「深追いはするな、行くぞ!お前たち!」

 

動いた眷属の面々はサイラオーグさんの指示で瞬時に動きを攻撃から突破へと切り替える。走る速度を落とさぬままドームを踏み台にして空へと飛び立ったのだ。

 

「ご武運を!」

 

「後で必ず来るのだぞ!」

 

このタイミングを逃すまいとサイラオーグさんたちバアル眷属が一斉に翼を広げてリリスの方角へと空へ羽ばたいた。眷属の面々には去り際に言葉をかけられた。

 

彼らが飛び立って10秒後か、ドームが崩れて煌びやかな粒子になって消滅した。そして重力の枷から解放された信長が再びその姿を現した。

 

「追わないのか?」

 

「今のはハッタリさ。…ま、元々お前とタイマンやる予定だったしな」

 

特に慌てる様子もなく、冷静そのものの信長。

 

「そろそろ後がなくてな。約束通り見せてやるぜ。俺の全力、禁手《バランスブレイク》だ」

 

「!」

 

その言葉にばっと身構える。正直、禁手前ですら奴の能力を攻略できたとは言い難い。一体どれほど驚異的な能力に変化するのか…。

 

拳を握る信長、構えを取ってずんと大地を踏みしめ、力強く吼えた。

 

「禁手!!」

 

気合の一声と同時に全身から信長の全身から光と煌めく粒子が溢れ出す。それらが次々に鎧へと変じて奴の全身に次々に装着されていく。

 

派手かつ無骨な戦国武将の甲冑とシンプルな西洋の鎧が融合したかのような形状、マントのように輝く粒子を絶えず放出する背部、光の加減に応じて薄く七色に輝くオパールのような表面。もはやそれ自体が芸術といっても過言ではない鎧に全身を包んだ奴は最後、腰に帯刀していた刀を抜刀した。

 

「『砕かれざる綺羅星の宝鎧《アンブレイカブル・ブリリアント・ジェネラルメイル》』。察しの通り亜種だ。てめえと決戦をするにはこれ以上にない能力で相手してやるよ!!」




ライト魂は完全空中戦特化型のフォームです。

ついにお披露目となった信長の禁手。イメージは織田信長が実際に着ていたとされる南蛮胴です。もっとわかりやすく言うなら鎧武の極アームズですね。

次回、「六天に瞬く綺羅星」


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第156話「六天に瞬く綺羅星」

悠河VS信長、決戦の始まりです。

大変遅ればせながらD×D DX7巻を読みました。
ヴァーリの強化が入るならやはり初代の特性の発現でしょうかね。それに初代アスモデウスって時間を操る特性だったりする…?

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
1.ムサシ
2.エジソン
3.ロビンフッド
4.ニュートン
6.ベートーベン
7.ベンケイ
9. リョウマ
10.ヒミコ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
23.コロンブス
31.ライト
41.シグルド
42.ユキムラ
44.ハンゾウ


「ポラリス様、悠河が信長と戦闘を開始しました」

 

レジスタンスの拠点、NOAHの一角にある更衣室。ポラリスが着慣れた気品ある黒服をせっせと着替えているさなかにイレブンの淡々とした報告が入った。対するポラリスは何ら動揺の色をその端正な顔に浮かべることなく、着替えを続けていく。

 

「やはり動いてきたか。恐らく敵は兵藤一誠の件で焦っているであろう、となればせめて悠だけでもと考えるじゃろうな」

 

「…彼に加勢されないのですか?」

 

「妾達が加勢すべきは別にある。何、悠なら奴に勝てるじゃろうて」

 

「まだ敵の能力の突破口を編み出したという情報はありません。それでも勝てると?」

 

「うむ。あ奴を何だと思っておる?」

 

口角を吊り上げ、不敵な笑みをこの世の誰よりも信用する部下に見せるポラリス。

 

「この妾が、未知なる運命を生み出すと認めたイレギュラーじゃ。妹奪還の目的を果たせず、むざむざ敗北し死ぬような簡単な男ではあるまい」

 

ポラリスが悠河に抱く感情は二つ。

信頼と期待だ。

 

信頼とは過去と今の実績。同じ趣味を持つものとして育んだ友情的信頼。これまでの強敵との激戦を乗り越え更なる力と精神的な強さを手にした彼への信頼だ。いついかなる時も友と共に立ち上がり、強敵を打ち破って来た彼なら、今回も乗り越えられると確信している。

 

期待とは未来への希望。ポラリス達が将来的に見据えるディンギルとの全面戦争に向け、彼にはこれから起こる障害をグレモリー眷属と共に乗り越えてほしいという願いだ。彼が未来を予知できるウリエルにすら未知であるがゆえにその期待値は高い。

 

「それに、この局面を乗り越えてもらわねば妾の要求する強さには届くまい。妾はあくまで見守るだけじゃ」

 

そしてその期待を現実のものにするために時に彼に助言を与えたり特訓をつけ、また時には一歩身を引き自力での困難の打破を促す。それこそが悠自身のためにもなり、自分の利にもなると彼女は信じているからだ。

 

「…わかりました。例の準備を進めましょう」

 

彼女に絶対の忠を捧げるイレブンはこれ以上の言葉は不要と部屋を去る。一人になった更衣室でポラリスはロッカー奥に綺麗に折りたたまれたそれに視線をやる。

 

「まさか妾たちがあれを使うことになろうとはのう」

 

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

 

 

暗雲漂う空、周囲に散らばる砕けた瓦礫。淀んだ空気の中で奴の鎧は曇りなき光明のように輝いている。

 

「砕かれざる綺羅星の宝鎧、か…」

 

奴の禁手の名を舌で確かめるように転ばせる。アンブレイカブル、なんていかにも硬さに自信があると言わんばかりの自己主張の強い名前だ。

 

「どうした、怖気づいたか?」

 

「いや、お前の禁手がどういう変化をするのか予想ができなくてな。案外シンプルなもんだから呆気にとられただけだ」

 

元々奴の神器は戦闘向けではないとされていた。そんな神器が戦士に宿り禁手に至ったときどのような能力になるのかアザゼル先生も予想が難しいと言っていたが、

 

「そうかよ。俺の禁手がどうだろうと、お前と戦うのはこれで最後だ。この輝きを目に焼き付けてあの世に逝きな!!」

 

戦いの始まりはいつだって突然だ。信長ががちゃがちゃと鎧のこすれる音を立てながらこちらに颯爽と走って来る。スピードは変化なし、十分対応できる速度だ。ならば対処は容易い。

 

「ふん」

 

鼻を鳴らし、こちらは斥力フィールドを発生。信長を木っ端のごとく吹き飛ばし返り討ちにしてやろうとするが。

 

「そう来ると思ったぜ」

 

信長は光のマントを翻し瞬時に前方に鉱物の壁を地面から生成。襲い来る斥力に対抗する盾にしその身を隠した。明らかに禁手前と比較して生成速度が上がっている。

 

「!」

 

煌めく宝壁が斥力から信長を守る縦になっている。

 

このままフィールドを浴びせ続けても破壊できるわけではない。埒が明かないとフィールドをひっこめた隙に信長が前転しながら壁から飛び出し、再び駆け出す。今度こそと再び斥力を放つがまたも壁を生み出して阻まれてしまう。

 

「その能力、厄介だが攻撃が単調だしどっちの手から引力か、斥力が出るのか覚えてしまえばどうということはないな!」

 

「…!」

 

今まで思いもしなかった指摘をされた俺の心に動揺が走る。引力と斥力を生み出すニュートン魂の能力。

 

「付け加えるなら、その『手を前に突き出すモーション』で攻撃の方向もタイミングもバレバレだなァ!」

 

耳が痛い指摘を吐きながら俺の攻撃のことごとくを避けてついに信長が間合いに入り込む。反撃のために今度こそと斥力を放とうと手を突き出すも裏拳をぶつけられて軌道を逸らされてしまい、奴は眩い剣閃を俺の胴に叩き込む。

 

「く!」

 

「もう一発!」

 

追い打ちにと左拳に分厚い籠手を生成し、それをなんと俺のドライバーに打ち込んだ。

 

「何!?がっ!!?」

 

がごんと強い衝撃に晒されたドライバーはバチバチとスパークを起こし、内部に収められていたニュートン眼魂を強制的に排出してしまった。

 

「くっ…しまっ!」

 

「はん」

 

通常のスペクター魂に戻ってしまった身で空中に躍り出たそれに手を伸ばすも、即座に跳躍した信長にキャッチされその手中に収められてしまった。

 

「まずは一つ。この調子で全部頂くぜ」

 

ぽんぽんと眼魂で弄ぶように宙に軽く放ってはキャッチする信長。まるで俺に見せつけるかのようだ。

このままじゃ眼魂を次々に奪われておしまいだ。

 

「これ以上奪わせるか!」

 

〔ソウル・レゾナンス!〕

 

〔アーイ!ヒーローズ・ライジング!バッチリミロー!バッチリミロー!〕

 

迷わずプライムトリガーを発動しドライバーに装着。9体の英雄のパーカーゴーストが続々と出現し信長に牽制を兼ねて襲い掛かるが、それらすべて奴は刀捌きでいなしきる。

 

〔カイガン!プライムスペクター!英雄!裂空!勇壮!激闘!ブレイヴ・イグニッション!〕

 

「来やがったか、ならもう一段階ギアを上げてやらぁ」

 

鎧に覆われ奴の表情は見えないが、その昂った声は闘志にぎらついた表情を容易にイメージさせる。

 

「六天魔装、壱ノ輝!」

 

虚空を握る信長。その手に光の粒が集まり、やがて輝かしい宝石で構成された刀に変じる。元々携えていた刀と合わせ、二刀流となった信長の剣先の煌めきが獰猛な獣の眼光のように俺を貫いた。

 

向こうが二刀流というならこちらも。

 

〔ムサシ!エジソン!ヒミコ!〕

 

三人の偉人の力が発動。雷と炎を宿すガンガンセイバー 二刀流モードを携えムサシの力で精神を剣豪の境地に至らしめる。

 

研ぎ澄まされる感覚。敵を真っすぐ見据えた。俺は腰を低くしつつ、一気に馳せる。

 

〈BGM:MASURAO(機動戦士ガンダムOO)〉

 

〔ロビンフッド!〕

 

踏み込み剣を薙ぐ瞬間。ロビンフッドの能力が発動して信長を取り囲むように5体の分身が出現する。

 

霊力で作り出した実態ある短い制限時間付きの分身。連携して共に攻撃を繰り出すこともできるが、霊力の消費が英友装に次いで激しいのが欠点だ。もっと眼魂があれば数を増やせたが、ないものねだりしても仕方ない。

 

「!」

 

分身と同時、六方向から魔を滅却する炎と迸る雷を帯びた剣が信長に降りかかる。

 

ガキン!

 

刀と剣がぶつかり合い、耳を突き刺すように甲高い金属音が鳴り響く。

 

「動きは鈍重、だが!」

 

分身の剣は確かに信長の鎧に叩きつけられている。だが叩きつけただけで中身ごと斬るには至っていない。

 

「それを補うには余りある防御力!当然、禁手前より硬度は増している!」

 

刹那、分身を地面からずんと突き出た石柱が串刺しにする。突然の攻撃に反応することさえできず、胴に大穴を開けられた分身はあえなく元の霊力の光となって大気に霧散した。

 

「!」

 

その光景に危険を感じた俺は咄嗟に飛び退りながら霊力の斬撃を飛ばす。空を切り迫るそれを受けたのは信長ではなく、俺がさっきまでいた位置から勢いよく突き出た石柱だった。少しでも判断が遅れていれば重傷は避けられなかっただろう。

 

「どうした、ビビったか?」

 

「…安い挑発だな」

 

戦局の主導権を握る信長は余裕を態度に表すように人差し指をくいっと動かす。防御を太刀打ちできない俺の焦りを加速させようとする見え透いた言葉だ。

 

「さて…どう攻めるか」

 

難攻不落の相手を前に、戦いで昂る脳を回転させて策を考える。

 

奴の絶対防御は健在、いやそれ以上のものに進化している。恐らく遠距離攻撃はほぼ効かないと考えて間違いない。かといって近距離攻撃も効くかと言われたらさっきの攻撃を受けて傷一つ付けられないからそうでもない。

 

「そうだよな、お前に俺の防御は破れねえ。攻撃が効かない相手が一番戦っていて怖いよな?」

 

信長の言う通り、奴は俺の一切の攻撃でダメージを受けない。銃で撃とうが、剣で切ろうが、奴はそのすべてを弾く。

 

…弾く、弾くか。なら、弾けない攻撃ならどうなる?

 

もしかすると、いい手を思いついたかもしれない。むしろこれなら奴にダメージを与えられるのではないか?

 

「だからこっちから攻めてやるよ!!」

 

果敢にも信長は石礫を飛ばしながら迫って来る。奴の動きには一切の恐れもこちらへの警戒もない。

俺と剣を交えたくて仕方ない、戦いへの欲求以外の感情の余地などまるでないようだ。

 

「!」

 

荒々しくも的確に振るわれる宝刀を剣で防ぐ。互いのパワーがぶつかり、こすれあう激しい鍔迫り合いにこちらも歯を食いしばる。

 

キン!

 

「はぁっ!」

 

「くっ!」

 

剣戟に次ぐ剣戟。奴の性格をそのまま反映したような攻撃的な剣。悪くない筋だ、だが木場には及ばない。

あいつのセンスと研鑽が融合した剣に比べれば、恐れるに足りない。

 

剣の軌道を見切り、受け、弾く。そのたびに生まれる火花が戦いを彩った。ここぞというタイミング、俺は奴の剣に思いっきり俺の剣をぶつけて軌道を強引に逸らす。生まれた隙に片手の剣を頭上に放って信長の腕をグイっと掴んだ。

 

「何!?」

 

「ふん!!」

 

そして勢いよく一本背負い。眩い鎧をまとった信長の体を思いっきり地面に叩きつけた。その昔、ライザー戦に向けた合宿の時に塔城さんから教わった技だ。

 

戦車のパワーで強引に相手をねじ伏せるのがその時の塔城さんの戦闘スタイルだったが、彼女は柔よく剛を制すこともまた心得ていた。まさか、ここでこの技が大いに

 

「ごは」

 

背を強く打ち付けた信長は息を吐き出す。その追撃で俺は奴を蹴りつけるが。

 

「硬ッ!!痛ってぇ!!」

 

カツーン!という子気味いい音が響く。スーツを通り越してくる鋭い衝撃で反射的に俺は信長から足を引っ込めた。あまりの固さに逆にこちらの足が砕けるところだった。

 

それならと今度は関節技ならどうかと奴に組み付こうとするが、すぐさま奴は体を転がして俺から距離を取った。

 

「くっそ…その手の攻撃を思いついてくるのはラディウスと曹操に続いて三人目だ」

 

「お前は一切の攻撃を弾くんだろう?なら、弾けない攻撃を繰り出せばいい。例えばさっきの一本背負いや関節技みたいな攻撃でな」

 

空に放って落下してくるガンガンセイバーの一振りをノールックでキャッチし、さっきのニュートン魂の意趣返しと言わんばかりに指摘してやる。

 

直接的な攻撃が効かない以上、攻め手は奴に間接的にダメージを与える方法に限られてくる。今の俺ではそれに類される攻撃手段は限られてるし、オメガドライブで増幅した霊力をキックや斬撃に乗せてぶつけるような決め手には遠いが、それでも何もできないよりはましだ。

 

少しばかりだが、希望の光が見えた気がする。この強敵を倒す可能性が。

 

「はん、だったらこっちも遠距離攻撃で攻めりゃいい」

 

だが奴はそれを無情にも壊さんとする。ばっと右手を天に掲げた。

 

「六天魔装、弐ノ輝」

 

次に生み出されたのは軍配だ。刀に続いて軍配という武将が用いるイメージはあれど直接的な戦闘に用いられるイメージがない物のチョイスに若干の戸惑いを覚えた。

 

「そらぁ!」

 

信長はそれを勢いよく振ると、たちまちに輝く突風が吹き荒れた。広範囲に渡る攻撃に胸に沸いた戸惑いもあっという間に消え失せる。

 

反応と足がやや遅れて風に飲み込まれるが、風自体はこの身体能力でこらえきれないほどのものじゃない。

しかし動きを鈍らせるには十分な強風。

 

全身から霊力を発して一息で突風を払おうとした矢先だった。

 

ずがががががが!!!

 

「…!?」

 

全身に何か小さなものがこつけられるかのような衝撃を受ける。それの何十、何百、何千という回数を絶え間なく襲ってくるのだ。

 

「突風に宝石の刃を乗せているのか!」

 

「そうだ!変身していて正解だったな、さもなきゃお前は今頃原形を留めていないくらい無残になってたぜ!」

 

両の拳に大きな拳型の鉱石を生み出した信長が勢いよく拳を突き出す。その勢いに従うがごとく拳型の鉱石は発射され、さながらロケットパンチのごとく俺に炸裂した。

 

「ごあっ!?」

 

純粋な質量の暴力に押され、のけぞり倒れこむ。

 

「六天魔装、肆ノ輝」

 

追い打ちをかけるような宣言と発動は同時だった。信長の傍らにみしみしと大きな鉱石が生成され、鉱石は

誰の手も加えられていないのに砕かれ、研磨され、一つの形を成していく。

 

「これは…」

 

信長のマント同様に光の粒子を放出するたてがみと尾、細いながらも力強さと気品を感じる四本足、ごつごつしていながらも本物さながらの流麗なシルエット。壮麗なる宝石でできた白馬が誕生した。

 

「馬だと…!?」

 

「よっと」

 

驚く俺をよそに軽々と跳躍した信長は馬の背にまたがる。

 

「戦国の合戦といえば馬だろう?」

 

〈BGM終了〉




ぶっちゃけると信長の禁手はウィザード インフィニティースタイルの速くないVerといっても過言ではないです。

次回、「終ノ輝」


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第157話「終ノ輝」

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
1.ムサシ
2.エジソン
3.ロビンフッド
6.ベートーベン
7.ベンケイ
9. リョウマ
10.ヒミコ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
23.コロンブス
31.ライト
41.シグルド
42.ユキムラ
44.ハンゾウ


 

サイラオーグの激励を受けて、ほんの少しばかり気持ちが前向きになったリアスたちを連れた木場裕斗は、人間界の駒王町から8駅ほど離れた市街に足を運んだ。そこにポツンとたたずむ廃棄ビルは、彼らがここに来た目的となる人物が運営している『ゲーム』のロビーでもある。

 

プレイヤーらしき人間に携帯で写されるのを怪訝に思いながらもスタッフに案内された彼らを待ち受けていたのは。

 

〈BGM:一騎打ち(遊戯王ゼアル)〉

 

『ふんッ!!』

 

六本の腕のうち、魔剣を握る四本の腕を振るうジーク。その動作の寸前で駆けだす木場。一秒後に彼が立っていた場所に生まれたのは荒削りの氷柱と全てを削り取る渦巻状のオーラ、さらに床がえぐれて次元の裂け目すら生じていた。

 

そのままジークへ猛進する木場だが、戦いの中で育まれた感覚が危険を察知し咄嗟に聖剣の禁手である龍騎士団を一体出現させる。

 

「ふ!」

 

それを踏み台に木場は空中へ躍り出る。その次の瞬間に極大の赤黒いオーラが龍騎士団を瞬く間に飲み込んだ。塵すら食らいつくすような獰猛なオーラの前に龍騎士団は一秒として存在をこの世にとどめることはできなかった。

 

その増大した恐ろしいオーラに驚く木場はその技を放ったジークを一瞥する。

 

普段とはかけはなれた異形とかしたシルエット。阿修羅のような姿と化す禁手の腕は膨れ上がってより筋肉隆々とし、剣と一体化している。同じく大本となるジークの体も筋肉が膨れ上がり、英雄派の制服の端々を破り怪物じみた肉体をあらわにしている。

 

信長が使用したものと同じ力、旧魔王派の血を神器にドーピングするアイテム『魔人化《カオス・ブレイク》』により変貌した姿、『業魔人《カオス・ドライブ》』だ。信長の時と違い、禁手を発動したことでより異形の変貌を遂げたのだ。

 

 

 

 

 

そう、ビルの屋上にて木場たちは魔王アジュカ・ベルゼブブと出会うが同じく旧魔王派を引き連れたジークフリートも現れ、なんと木場たちの目もはばからずアジュカに同盟を持ち掛けてきたのだ。

 

アジュカが技術的な話やサーゼクスと対立していること、サーゼクスに対抗しうる『超越者』の力と政治的影響力を理由にし研究資料の提供を見返りに協力を求めるジークだったがアジュカはそれを一蹴した。

 

『あいつとは長い付き合いでね、唯一の友と呼べる存在なのだよ。俺はあいつを誰よりも理解し、あいつも俺を誰よりも理解している。あいつが魔王になったから俺も魔王になった。俺たちの関係はそういうものだ。故に俺は君たちの話を拒否しよう』

 

勧誘を蹴ったアジュカにいよいよ激昂した旧魔王派の構成員だったが、あらゆる事象を計算し操るアジュカの能力『覇軍の方程式《カンカラー・フォーミュラ》』で返り討ちにしてしまう。

 

ジークも交渉に失敗し、おめおめと逃げ出せば仲間に笑われると魔王を前にしても戦う意思を見せるが、相手に名乗り出たのは木場だった。

 

友を手にかけたのは既に死んだシャルバといえど、そのきっかけを作ることになった英雄派は彼にとって度し難いものだったからだ。

 

 

 

 

「やはりこの状態ならグラムを解放できる…!素晴らしい魔剣だよ、魔帝剣グラム!」

 

攻撃を放ったグラムを歓喜の表情で舐めるように見るジーク。

 

ジークの得物である魔帝剣グラムはデュランダルに匹敵する絶大な破壊力と、龍王ファーブニルを一度は屠ったこともあるほどの強烈な龍殺しを特徴としている。それがグラムを魔剣の中の帝王たらしめる所以である。

 

しかし残念なことにジークはそのグラムを十全に活かすことができないでいた。何故ならジークの神器は龍の力を宿す『龍の手《トゥワイス・クリティカル》』。禁手を発動し、神器の力を引き出せば引き出すほど龍殺しで自らの身にダメージを追ってしまうからだ。禁手を使いその他の魔剣と同時併用する場合、グラムの攻撃的なオーラを完全に殺してしまわなければならず、まさしく宝の持ち腐れと化してしまうのだ。

 

しかし、その欠点を解消したのが『業魔人』の力。今ジークフリートは己が持つ魔剣すべての力を十全に引き出し振るうことができるまさしく阿修羅そのものと化している。

 

だが木場が屈することはない。彼のうちに燃え盛る英雄派への敵意の猛火…親友を失う一因となった彼らへの憎しみは簡単に揺らぐものではない。

 

驚きを即座に噛み殺し、翼を羽ばたかせて急降下して木場はジークに攻撃を仕掛ける。横薙ぐ木場の斬撃をジークは龍の手と一体化した魔剣で軽々と受け止める。

 

「ッ!!」

 

攻撃の手を緩めず、怒涛の剣戟の嵐を繰り出す木場。魔剣と聖魔剣の一秒たりとも途切れることのない激突は彼らの命のぶつかり合いでもある。

 

息継ぐ間もなく振るわれる剣技にジークはそれに難なく対応して見せた。体が大きくなったことで動きも多少は鈍くなったかと木場は予想していたが、見事に予想は外れ平時以上の速度をジークは発揮している。

 

残像を生み出すほどの神速で動き攻撃を仕掛けるが、6本の腕と剣を持つジークの動きに寸分の隙もない。

 

ドリル状のオーラを纏った突きを躱し、氷柱の奇襲を飛翔することで逃れる。それに追随する形で跳びあがったジークが時空を切り裂く斬撃を叩き込む。

 

瞬時に聖剣に切り替え、騎士団を生み出して身代わりにすることでやり過ごす木場だったが逃すまいとするジークはグラムで攻撃を仕掛けた。

 

「く!」

 

絶大なオーラを纏うグラムの一撃をすんでのところで見事躱す木場だが、魔剣の王とされるグラムの力は凄まじく攻撃的なオーラの余波だけで彼の体にダメージを負わせた。もし回避ではなく剣で防御する選択をしていたなら、今頃彼の体はオーラに押しつぶされ致命傷は免れなかっただろう。

 

そして木場に直撃しなかったグラムの迸るオーラは地を抉りながら走り、屋上庭園の端まで突き抜けていった。隣のビルまで達せず、彼らの激闘でビルが崩壊しないのは魔王アジュカが強力な結界を張っているからだ。彼がいなければ今頃周辺のビルの多くが瓦礫の山へ様変わりしていたであろう。

 

木場は強大な力を秘めた魔剣を己が聖魔剣一本で打ち合いながらもその隙を窺う。今のジークの予測を超え、剣の均衡を破る一手を。

 

しかしそれは剣術によるものではない。靴の爪先に龍殺しの聖魔剣を生み出し、それを蹴りのモーションと共にジークの腹に突き立てた。

 

本来ならジークの腹に深々と突き刺さり、内部から龍殺しの効果で大ダメージを与えるであろうその攻撃は、バキンという粉砕音と共に脆くも崩れ去った。

 

「残念、業魔人は英雄化以上の硬度を肉体にもたらしたようだね」

 

「!」

 

龍殺しの刃はジークの硬い表皮を突破するには至らなかった。振り上げたままの木場の足を剛腕でがしっと掴んだジーク。それを勢いよく振り上げ、地面に叩きつけた。

 

「がはっ!!」

 

「まだまだぁ!」

 

次いでジークは降下しつつその勢いを乗せてディルヴィングを叩き込んだ。クレーターを生むほどの破壊力を持つパワーをぶつけられ、木場は大量の血反吐を吐き散らした。

 

「ッ…!!!」

 

全身、骨の髄まで響くような鈍重な衝撃に木場の体は悲鳴を上げる。骨は何本も折れ、臓器もやられている。意識も今に飛びそうだ。それでも命惜しさに逃げ出す選択肢は彼にない。

 

衝撃の余韻でふらつく足、朦朧とする意識で剣を杖代わりによろよろと立ち上がり一度距離を取ろうと足を動かすが。

 

「無様だね」

 

ノートゥングの一閃が杖代わりになっている聖魔剣の刃を空間ごと断ち、支えを失った木場は前のめりに倒れようとするもダインスレイブから迸る冷気がそれを許さないと木場の足を氷漬けにした。

 

「しまった!」

 

「終わりだ」

 

手元に複数の聖魔剣を重ね合わせ、盾を形成する。だがその盾も次の瞬間にはグラムの凶暴な剣閃の前に脆く崩れ、木場の左腕ごと斬り落としてしまう。

 

「ッ…!!!」

 

〈BGM終了〉

 

 

 

 

 

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈BGM:牙を剥く紋章獣(遊戯王ゼアル)〉

 

猛々しい馬の嘶き。信長を背に乗せた美しくも雄々しい馬が猛スピードで駆ける。

 

「六天魔装、伍ノ輝!」

 

次に信長の手に生成されたのは柄の長い薙刀。宝石特有の見る者を魅了するような眩い輝きを、命を絶つ凶刃が宿す。

 

馬にまたがり、甲冑に身を包んで薙刀を携えて突撃する信長の姿はまさしく戦国時代を戦い抜いた雄のようだ。

 

「ッ!」

 

勇猛果敢な馬の突撃、勢いよく振るわれる薙刀をすんでのところで横っ飛びして躱す。単調な攻撃だが速度が速く、油断はできない。

 

「まだまだぁ!」

 

馬を旋回させ、再び信長が猛進してくる。今度は馬の進行を止めるべくガンガンハンド 銃モードを召喚しすかさず銃撃を浴びせる。

 

しかし馬もまた信長の鎧と同じく神器で生み出されたものであるため、信長本体はもちろん馬も霊力の弾丸がかすり傷一つ付けることすら敵わない。

 

「馬をどうにかすれば…!」

 

銃弾の雨をものともせず進み続ける信長、いよいよ距離も狭まり薙刀を片腕で横薙ぎに振るう。すれ違いざまに放たれた鋭い刃をガンガンハンドで防ぐも、その勢いに押されてガキンと金属音を響かせながら俺の手元からこぼれた。

 

弾かれたガンガンハンドを追うように視線を流すと、なんと地に落ちたガンガンハンドが信長の神器と同じ結晶に包まれ地面にくっついてしまっているではないか。

 

「ガンガンハンドが…!?」

 

「伍ノ輝の刃は傷つけたものを結晶化する!今度は外さねえ!」

 

またしても馬を切り返し、勇猛果敢にこちらに向かってくる。あの薙刀の攻撃を俺自身が喰らえばひとたまりもないだろう。

 

あの走りを妨害する手立ては…足を攻撃するくらいか。だが馬も信長と同等の防御力を持っている。攻撃以外に止める方法はないか。

 

〔エジソン!リョウマ!〕

 

一手をひねり出すべく力を借りたのは二人の英雄。エジソンのひらめきとリョウマの大胆な発想で策を練り上げる。

 

すぐに浮かんだのは二つの策。

 

一つはベンケイのパワーで馬の突撃を真正面から受け止めるというもの。だがそれは同時に信長との距離もゼロになることを意味し、薙刀の格好の餌食になってしまう。

 

だがもう一つの策なら…!

 

〔ベートーベン!〕

 

「ピアニッシモ!」

 

迸る霊力が長い五線譜へと返事、宙を蛇行しながら低空飛行で地を這うように馬へ向かう。

 

「はん、そんな技に捕まるか!」

 

信長は馬を操り、五線譜を華麗に飛び越えて躱すが。

 

「そうすると思った!」

 

俺がくいと指を跳ね上げると、その動作に連動するように躱された五線譜も空へと進行方向を変え、宙に跳ねた馬の脚にするりと巻き付く。

 

「何!?」

 

するとピアニッシモの効果により馬の運動能力が低下し鈍くなる。この手の技は効かないなんてことはないらしい。あくまで属性攻撃や直接攻撃は効かないが、それに分類できないような特殊な攻撃は効くと見た。

 

おまけに細脚が雁字搦めになったまま落下を始めたため、着地に備えることができずにものの見事に着地の衝撃で態勢を崩し、地面との接吻を果たす。

 

「おわ!?」

 

当然馬を駆っていた信長もバランスを崩して落馬、無様にも美しい鎧を土で汚しながら激しく横転する。

 

「いってぇ…」

 

落馬の痛みは鎧をまとっていても堪えたようで、地に両手両膝を突いて信長が呻いている。この隙を逃すまいと距離を詰めるが。

 

「六天魔装、参ノ輝」

 

「!」

 

こちらを一瞥することもなく、新たに火縄銃を生み出した奴は美しい銃口を俺の腹にそっと押し当てた。

 

「ばん」

 

信長が引き金を引いた次の瞬間に突き抜けた強い衝撃。腹部に猛烈な痛みと熱さを感じた。

 

「がぁっ!!」

 

〈BGM終了〉

 

意識が飛んでしまいそうな耐え切れない痛みに襲われた俺はその場に頽れる。

 

だが奇妙なことに火縄銃で撃たれたというのに、なぜだか銃に撃たれたというよりは熱で焼かれた感覚のほうが近い。

 

「…!」

 

攻撃を受けた個所に視線を落とし、その傷に俺は目を見開く。なんと頑丈なはずのスーツが溶けて露になった地肌も傷口共々黒焦げてしまっているのではないか。まるで高温の火で焼かれた様に。

 

「内部で光を乱反射、一点に集中させて超高温の光を照射する技だ」

 

倒れた俺とは対照的にゆっくりと信長が立ち上がり、痛みに蹲る俺を見下ろした。

 

「ああっ…ぐ…うぅ…」

 

背中にまで感じるあたり、完全に貫通している。まるでレーザービームのようだ。形こそ火縄銃だが完全にそれを逸脱している。

 

「くそ…が!」

 

焼けつくような意識の中、それでも俺は歯を食いしばって立ち上がると信長目掛けて殴りかかる。しかし奴の鉄壁の鎧の前にダメージを負ったのは自分だった。

 

「いった!」

 

衝撃が拳を突き抜け、痛覚となって脳へ走る。お返しに信長の拳が顔面に飛び、のけぞった。

 

「がっ!」

 

「懲りねえな。俺の鎧を突破できねえってのにどう勝とうってんだ?」

 

「そんなものは…今から考えるだけだ…!」

 

血の味でいっぱいになった唾を飲み込み、闘志に満ち満ちた目をマスク越しに奴に向ける。

 

「お前をぶちのめして…聞きたいことがあるからな…!!皆のために…負けられないんだよ!!」

 

眼魂を生み出す方法を聞き出し、あいつの魂を取り戻す。そしてあいつを失った悲しみで途方に暮れている部長さんたちを再起させるのだと、木場と約束した。

 

男と男の約束だ。絶対に果たすのが男として、友として筋というもの。命にかけてもそれだけは譲れない。

 

だがそれを奴は呆れたように笑う。

 

「皆、ね。そうか、さては赤龍帝絡みのことか。どうせ奴の魂を眼魂にしたいからその作り方を聞きたいといったところか?」

 

「!!」

 

「図星か、やはりあの人の慧眼には敵わねえな」

 

俺の反応を見てやはり奴は苦笑する。奴の言葉に俺は引っかかるものを覚えた。

 

「あの人だと?」

 

信長は英雄派の幹部だが、リーダーである曹操を「あの人」と敬意を込めた呼び方はしていない。上司であっても奴は戦友のような態度で曹操とつるみ、曹操もまたジークやゲオルクのように対等であるかのような接し方を信長にしていたはず。

 

となると信長より立場が上の人物が曹操以外に存在する…?

 

「そうだ、お前にとっても大事な、あの人だよ。お前をどうしても潰しておきたいと釘を念入りに打たれてるもんでな」

 

信長は隠すこともせず、大きなヒントを俺に与えながらも愉快気な感情を声に乗せる。

 

俺にとって大事な人でありながら、俺を潰しにかかっている人物といえば俺の思い当たる限り一人しかいない。様々な感情を湧きあがらせるその人物の名を、震える声で絞り出す。

 

「…まさか、アルルか」

 

「そうとも。俺はアルル様の命で英雄派に忍び込んで色々工作してんだよ。曹操をアルル様と引き合わせたり、英雄化を編み出すよう仕向けてな」

 

「なんだと…!」

 

はぐらかすこともせず堂々と自身の正体を明かした信長に驚きのあまり、戦意を忘れて目を見開く。

 

こいつがアルルの手下だとは予想だにしなかった。曹操が京都の件でネクロム眼魂を持っていたことで裏で結託しているとは知っていたのだが、まさか幹部の一人が息のかかったスパイだとはだれも思うまい。いたとしても下級の構成員が情報を流す程度だと大抵の人間は考えるだろう。

 

「俺は知っているぜ、てめえのことすべてな。アルル様の依り代になった人間同様、別世界の人間だ。てめえの力は存在そのものがアルル様達の脅威になるイレギュラーだ、煩わしくて敵わねえ、だから消せ、だとよ」

 

そうか、奴はそこまで信長に話していたか。そんなに俺のことが怖いのか。

 

笑いがこみ上げてきた。大っぴらに自分がスパイであると明かすこいつにではない。

更なる幸運が舞い込んできた自分にだ。

 

「…はっ、そうか。むしろこれでもっと都合がよくなった」

 

「あ?」

 

「眼魂のことだけじゃない。お前を潰して、アルルの居場所も聞き出せるからな!」

 

こいつが英雄派であり、アルルの手下でもあるなら猶更好都合だ。眼魂の生成法、アルルの居場所、俺が今知りたくて仕方ないこの二つの情報を一気に引き出せる。一石二鳥とはまさにこのことだ。

 

兵藤のため、凛のため、こいつには絶対に負けられない。

 

〈BGM:怒りの反撃:後半パート(遊戯王ゼアル)〉

 

「はぁぁぁぁ!!!」

 

〔ベンケイ!ツタンカーメン!ノブナガ!〕

 

新たに召喚したガンガンハンド 鎌モードをベンケイの渾身のパワーで薙ぎ払う。それに追随するようにノブナガの能力で生み出された実態ある幻影も同時に襲い掛かる。

 

「無駄だ!壱ノ輝!」

 

それを刀で受け止める信長。しかし傷はつけられないとは言っても昂る感情で増幅した俺のパワーに押され気味なようで、じりじりと交差する鍔迫り合いもだんだん信長へと押しやられていく。

 

「ふぅぅ!!」

 

「は!冷静をなくし、いよいよ戦士の顔になったじゃねえか!」

 

〔ムサシ!〕

 

そこに剣豪の技術が加わり、緻密さとパワー、そして同時に攻撃する幻影を兼ね備えた鎌で俺は全力で信長と打ち合う。

 

激しく火花を散らし、戦意と意地を刃に乗せて幾度となく刃を交わらせた。奴は俺のスピード、剛力に押され気味なようで奴の剣を越え、何度も奴の体に刃をぶつけた。

 

だが一歩、届かない。奴の技量も木場ほどではないにせよあるが、幹部というだけあって神器以外の戦闘技術も磨いているらしい。

 

「必死だな、そんなに身内のことが大事か!?」

 

「当たり前だ!お前に兵藤の、凛の何がわかる!」

 

「知らねえな!だがお前のことで一つだけわかってることがあるぜ!」

 

ガキン!

 

耳をつんざく金属音が響き渡ると同時、互いのオーラが乗った剣圧であたりの建物に大きなヒビが走った。

 

「失ったものにすがり続ける過去の亡霊。兵藤一誠と深海凛の死に囚われ取り戻そうとするばかりのお前には今と過去しか見えてねえ」

 

「なんだと…?」

 

「だが俺には英雄になるという夢がある。今と未来を見ている俺が!夢のために前に進む意志のある俺が!」

 

信長が喋りながら胸部のアーマーをいきなり掴み寄せ、鋭い頭突きを俺の顔面に決めた。強烈な痛みで視界に星が散ったようだ。

 

「ぐっ」

 

「後ろばかり向いてるお前に負けるわけねえだろ!!」

 

「!!」

 

拳と共に放たれた信長の魂の叫び。所有者の思いにこたえるようにその力を増すという全ての神器に共通する特性からか、増大したパワーに俺の体は宙を舞った。

 

「六天魔装、終ノ輝!!」

 

その間信長は自身の鎧の光を増大させていく。それに伴い周囲に大きな馬、刀、弓、軍配、火縄銃、そして薙刀が彼を取り囲むように生成される。一つ一つの光を信長は元々の獲物だった刀に束ね上げた。

 

軽々と跳躍し、馬に乗り込む信長が神々しい輝きを放つ刀を携えてこちらに猛進してくる。

 

眩しい。奴の輝きの眩しさに直視できず目がくらみ、足が止まる。その隙が運命を決めてしまった。

 

太陽のない冥界で、燦燦と照り輝く太陽の光そのものと見まがうような鮮烈な光を放つ刀を力強く振り下ろす。

 

「六天終撃覇!」

 

視界全てを塗りつぶす暴力的な光。俺を飲み込んだ。

 

〈BGM終了〉




六天魔装、ほんとは薙刀じゃなくて槍にするつもりだったけど曹操と被るので薙刀になりました。

次回、「希望は赤い蛍火のよう」


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第158話「希望は赤い蛍火のよう」

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
1.ムサシ
2.エジソン
3.ロビンフッド
6.ベートーベン
7.ベンケイ
9. リョウマ
10.ヒミコ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
23.コロンブス
31.ライト
41.シグルド
42.ユキムラ
44.ハンゾウ


「がはっ」

 

全身が熱い。それは痛みでもあり、光に焼かれた熱さでもある。体の至るとこは火傷し、制服も焼けこげ、呼吸をしようとすれば一緒に血も吐き出される。それが今の俺の惨状。

 

惨状というなら周辺の風景もだろう。焦げ付いた地面、焼けただれた建物。焼けるような光の波動は飲み込んだもの一切合切を焼き尽くし、光の中へ消し去ってしまった。

 

「しぶといな。あの攻撃でまだ死なないとはやるじゃねえか」

 

そしてその惨状を生み出した男は無様に転がる俺を見下ろす。変身状態だったからなんとか死なずに済んだがそれでもかなりの深手を負った。

 

「俺が…過去の亡霊か」

 

脱出戦の時といい、こいつはいつも耳の痛いことばかり俺に言ってくる。

 

確かに凛といい、兵藤といい死者にこだわる俺は傍から見ればそう見えるのだろう。失われたものを取り戻そうと必死になっているのだから。果たしてそれは今を生きていながら今とこれからの未来を見ているのかどうか。

 

「そうだ、だからお前はここから未来には進めない。亡霊なら過去に囚われたまま消えろ」

 

「…だったらお前は何のために戦っている。お前はどんな英雄になりたいんだ」

 

俺にそこまで強気な言葉を吐いてくるからには相応の覚悟と夢があるのだろう。どんな強敵でも乗り越えていけるような強い意志と力を生み出す動機が。

 

神器をここまで強力な能力にした彼の心とは何なのか。ふとした疑問から俺は問いを発した。

それに奴はまたも勿体ぶらずに言う。

 

「俺の夢のため、そして俺を救ってくれたアルル様と叶えし者たちのためだ」

 

「どうして、そこまであいつらに尽くす…?奴らは世界を…滅ぼすつもりなんだぞ」

 

何故英雄を目指す男が、世界の滅亡に加担しようとしているのか。英雄とは俺の知る限り発明や功績を上げ、何かをよりよくしてきた者たちのはずだ。それと奴は真逆のことを成し遂げようとしている。

 

「…元々この世界に俺の居場所なんてなかった。妾の子だった俺は周囲から疎まれ、母の愛だけで生きてきた」

 

奴はぽつりぽつりと語り始める。その声色に奴が抱えてきた深い虚しさが伺える。

 

「…」

 

「だがその母も父に殺され、幼い身で一人で生きていくしかなかった俺を拾ったのがラディウスだ」

 

「ラディウス…?」

 

先ほど俺が奴を背負い投げした時にも口にしていた名前だ。一体何者なのか。

 

「2年前にアルル様が降臨される前まで、ディンギルのいないこの世界の叶えし者たちを束ねていた叶えし者のリーダーだ。人間のくせに神竜戦争時代から生きてるっつうんだからとんでもねえバケモンだよ」

 

人間なのに千年以上の時を生きているというのか。もしやそれはフェニックス家以上の不老不死というものではなかろうか。だとすれば相当厄介な相手だ。

 

「ラディウス達叶えし者が俺に戦いを教えてくれた、アルル様は俺に生きる使命を与えてくれた。ただ無様に迫害される以外に道のなかった俺に、新しい道を見出してくれたんだよ!例えそれが世界の滅亡だとしてもかまわねえ、ドラゴンだろうと、神だろうと、特異点だろうと障害はすべて潰す」

 

手にした刀を天に掲げる信長。その姿は天上に居座る神への挑戦のようでもあった。聖槍の存在だけで前線に出られずに安全地帯で指揮を取るだけの神々を信長は見据える。

 

「あらゆる難敵を葬り去り、俺はディンギルの神託を実現した英雄になる。そして世界を終わらせる。それが俺の願いであり、夢であり、使命だ」

 

それがこいつの『英雄』か。人のためでなく、世界のためでなく、自分を救い、自分が信じた神のために英雄になるのがこいつの志。困難な夢だが、それ故に奴は強いのだろう。困難な夢を実現するなら並大抵の思いでは叶うまい。だからこそ強い意志をもって自分の神器を高めようとし、その思いに神器が応えこれほどまでに強い能力を発現した。

 

こいつの戦う動機はわかった。だがここまで語られたこいつの理由の中にあの男たちの存在がない。

 

「お前の戦う理由に…曹操たちはいないのか」

 

こいつは英雄になりたいと言っていた。それは曹操たちも形は違えど同じく掲げる目標だ。しかし奴はここまで一言たりとも英雄派にちなんだ名前を出すことがなかった。組織に身を置き共に戦いながらも、こいつのなかに曹操たちの存在はないというのか。

 

「…なに」

 

「お前にとって英雄派は…仲間じゃないのか」

 

「さっきも言ったろ、俺はあくまでアルル様の命令であいつらと行動しているに過ぎない。あいつらの強さは認めるが、あいつらは仲間じゃねえよ」

 

「本当にそうか…?」

 

冷たい声色で奴はそう言っているが、俺にはそれが本心には思えない。それはいくつかの断片的な情報から推測という形にはなるが隠された感情が伺えるからだ。

 

「その禁手…曹操にそっくりだ。神器は人の思いに感応するんだろう、神器の能力…ましてや禁手に影響するくらいならそれは…」

 

こいつの禁手、『砕かれざる綺羅星の宝鎧』が生み出す六天魔装なる武装の数々。数こそ曹操のほうが上だが、複数の異能を持つ禁手という点で曹操の禁手『極夜なる天輪聖王の輝廻槍』とよく似通っている。

 

神器とはこれまでに見てきたように所有者の思いに感応し力を増し、あるいは新たな能力を発現する。それは兵藤が赤龍帝の籠手に収納されたアスカロンや三叉の力で証明している。二つは外部の力を取り込んだ形になるが、それを可能にしたのは偏に兵藤がそうしたい、そうでありたいと願ったからだろう。

 

だとするなら、こいつの禁手もきっと。

 

「お前が曹操たちを仲間だと…あいつらに対して強い思いを持っているからなんじゃないのか」

 

「…なんだと」

 

低い声で動揺の言葉を告げる信長。

 

「これは俺の完全な予想だが…六天魔装は後天的に発現した能力だ。曹操の七宝を見て…あいつの戦う姿に影響を」

 

「いい加減なことを言ってるんじゃねえ!」

 

奴の心を探るような俺の言葉が信長の怒りに火をつける。地に頬をつける俺の顔を蹴り上げた。

 

「があっ!」

 

「そんなもんは全部…お前の推測だろうが!お前に俺の何がわかる?俺以上に俺を知っている奴はいない!全部知ったような口をきくな!」

 

怒りの感情をあらわに奴は何度も俺を踏みつける。鎧に覆われて見えないがきっと奴の顔は憤怒で赤く染まっているだろう。

 

「がっ!…お前にとってあいつらは仲間じゃ…戦友じゃないのか」

 

「俺に友など…仲間などいない!」

 

怒りに震える声で強く断じる信長。そして仰向けになった俺の襟首を乱暴に掴み上げると、鎧に覆われた奴の顔へぐいと引き寄せられた。

 

「友に恵まれたお前にはわからないだろうな…!俺は拾われるまで誰を頼ればいいかもわからず、ずっと一人だった!そんな俺を拾ってくれたアルル様やラディウス、親切にしてくれた叶えし者は俺を救ってくれた大恩人だ、救世主だ!忠を尽くすべき相手だ!仲間や友なんて陳家で対等なもんじゃねえ…!!」

 

信長の言う通りだ。自分で言うのもなんだが俺は仲間や共に恵まれている。前世は普通の家庭で家族のつながりがあったし、友人もそれなりにいた。そして今、オカ研の仲間、天王寺や上柚木達学友、ポラリスさんたちレジスタンス。俺の周りには種族や勢力を超えた沢山のつながりがある。

 

だが信長にはそれがなかった。苦しい環境で孤独に生き頼れるものもなく、暗闇の中でもがき苦しみ、その中で差し伸べられた手はさぞ待ち望んだ眩しいものだったろう。だからこそ、アルルに強い恩義を感じている。

 

「曹操たちはアルル様のために利用する相手に過ぎない!アルル様の命があれば、すぐに奴らを殺す、すぐに奴らを守る、ただそれだけのことだ」

 

だが感情を露に心を並べ立てるこいつは、俺にはやはり何かを必死に隠そうとしているように見える。それにそこまで言うならなおのことわからないことがある。

 

「…だったらわからないな」

 

「何がだ!?」

 

「忠義だけのお前が…形は違えど『英雄』になる夢を掲げている訳が」

 

痛む体を動かして、奴の腕を掴む。

 

「奴らへの恩返しだけならそんな夢を抱くはずがない…!その夢は、同じ英雄になる夢を持っている曹操たちを見て、自分もそうなりたいと願ったからじゃないのか!!」

 

アルル達への忠義だけで生きているならアルギスのようにただ忠実な駒になるはずだ。なのにこいつはディンギルの神託を実現する『英雄』になりたいと言った。それは他者に依存するだけの生き方ではなく、こいつ自身が曹操たちのような困難を乗り越えて自身を高め上げたいと思ったからではないのか。

 

その夢は信長が、ディンギルに尽くす夢をアルルのためでなく信長自身のために願ったものだ。それも曹操たちの生き様を近くで見て、彼らを認めて自分もそうしたいと思ったからだ。

 

「ッ!」

 

「お前は世界を滅ぼしたい叶えし者の信長じゃねえ…!英雄になりたい英雄派の信長だろ!!」

 

「これ以上喋るなァ!!」

 

爆発した激憤と共に振りぬかれた信長の拳。渾身のパンチが俺の胸を打ち据えた。

 

「ごはっ!」

 

重く、鋭く突き抜ける衝撃に空気と血が一緒に吐き出された。体がぼろ雑巾のように軽々と宙に舞い、そのまま抗えぬ重力に従って地面に叩きつけられた。

 

今のであばらが折れた。むしろここまでやられてよく生きているものだと自分でも不思議に思う。だがここまでダメージを負った状態でこれ以上の攻撃はさすがに死ぬかもしれない。

 

「どうして俺の心に土足で踏み入ろうとする!?そんなに友が、仲間が大事なものかよ!!」

 

何故敵であるこいつに訴えかけるのか。正直なところ俺にもよくわからない。だがこいつに踏み込もうとするとどうしてもむずかゆいのだ。英雄派と叶えし者の狭間に立つこいつがどうにも放っておけない。

 

苦痛で明滅する視界の隅に小さな赤い何かが映った。あれは兵藤の悪魔の駒だ。さっき殴られた拍子で落としてしまったらしい。

 

「悪魔の駒…さては兵藤一誠のか」

 

それに信長も気づいたようだ。地面に無造作に転がった赤い駒に奴がゆっくり足を進める。

 

「そんなに大事なら壊してやるよ…友も仲間も何一つ役に立ちやしないところを見せてやる」

 

「ッ!やめろ!!」

 

痛みと感情で熱く滾っていた脳が一気に冷え込む。この駒はあいつの魂でもあり、希望のかけらでもある。それを壊させるわけにはいかない。

 

力を振り絞って立ち上がり駆けだして、その歩みを止めようと奴にしがみつく。

 

「くそ、邪魔をするな!こんなにボロボロになって…どうして諦めない!?」

 

重い拳を何度も振り下ろされ叩きつけられるがそれでもこの手を放さず、踏ん張り続ける。

焼けるように熱い体の中で滾り続ける思いがそのための力を生み出すからだ。

 

「この…!」

 

業を煮やした信長が膝蹴りを決めた。そして流れるように駒のもとへ俺を掴んで投げ飛ばした。

 

何度も殴られ、蹴られ、体は限界を迎えている。しかしそんな体を動かし、地面に転がる兵士の駒を掴んだ。血交じりの唾を吐き捨て、俺は奴の問いに答えた。

 

「約束したからだ…木場と…兵藤と!」

 

 

 

 

 

 

 

それは修学旅行明けのある日、俺と兵藤、木場の三人でトレーニングに励んでいた時だった。

休憩に入り、汗をぬぐって一息つく兵藤が切り出したのだ。

 

『なあ、この三人の中で誰かが死んだらその分だけみんなのために戦うって約束しないか?』

 

『どうしたんだ急に、縁起でもないことを』

 

『そうだよ、僕とイッセー君はもちろん、深海君も揃ってのグレモリーチームじゃないか』

 

いつになく真面目に話をするものだから俺も木場も途端に心配になったものだ。

 

『わかってるさ、でもロキも曹操も、強敵の連戦続きだったろ?いつ誰が死んだっておかしくない場面ばっかだ。ゼノヴィアだって…ウリエルさんが時を戻さなかったら死んでたしな』

 

俺も兵藤もオカ研の中ではいつもボロボロになってる面子だ。この話で言ういつ誰が死んだっておかしくない場面の9割を占めている気もするが、その1割の中にゼノヴィアの件があった。それがこの話を兵藤にさせた理由だったのだ。

 

皆ロキ戦以来、兵藤と同じことを強く思っただろう。事実俺も考えた。これまで上手くいってきたが、もしもはありうるのだと。

 

『だからこそ、いざというときのための約束だ。そうすれば死んでも安心して皆に託せる』

 

『俺はお前らが死ぬのはごめんだぞ』

 

『俺だってそうだよ!それに死ぬのも勘弁だ。まだ好きな女の処女をもらってないからな!』

 

死んだら死んだで女性陣の枕元に未練たらたらの幽霊になって出てきそうだがな。

 

『なら、皆で約束しよう。絶対に仲間を死なせない、自分も死なない。もし死んだら、欠けたメンバーの分まで戦い抜こう』

 

そっと拳を差し出す木場。初めて会ったときは柔らかくて落ち着いた印象だったが、この数か月で随分熱い男になったものだ。

 

『おう!』

 

『そうだな』

 

誓いを胸に拳を重ねあう俺たち。その時は『死んだら』の約束を実行することになるとは露程思わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

ここで諦めたら交わした約束も何もかもが無駄になってしまう。それだけは絶対に勘弁だ。先に逝ったあいつに何と言われるか。今人間界に行っている木場に顔向けできない。一生、いや死後も永遠に続く後悔を背負ったままになってしまう。

 

だからたとえ死ぬことになろうとも、最期の時まで諦めたくないのだ。

 

「友のために…仲間のために…死んでも諦めない!!」

 

決意と誓いから迸る魂の叫びの刹那、駒を握った手から赤い仄かな光が漏れだす。温かくて、仄かなのに力強いこの輝きは何なのかと手を開く。

 

「悪魔の駒が…!」

 

掌の上で悪魔の駒が強く輝いている。所有者を失い機能を止めたはずの駒が何かに反応するように次第に輝きを増していく。

 

「赤い光…まさか!?」

 

その時、奇跡は起きた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

 

 

 

 

魔王アジュカ・ベルゼブブの拠点の一つでもあるビルの屋上庭園。そこで木場は無残にも地に伏していた。

全身の骨は折れ、あたり一面に血をまき散らし、浅い呼吸を繰り返してどうにか意識をつないでいる。

 

「勝負あったね、防御に弱い君じゃディルヴィングの攻撃はかなり効いただろう?」

 

木場の相手であるジークフリートは勝ち誇ったように笑みを深める。

 

「祐斗…!」

 

「先輩…」

 

「このままじゃ木場さんまで…」

 

ここまで仲間が追い詰められているにもかかわらずリアスたち女性陣はただその場で歯噛みするばかりで動くことができないでいる。それは仲間に対して薄情だからではない。兵藤一誠を失った彼女らは完全に戦意を折られてしまっているからだ。アーシアの神器も回復のオーラを放てずに今にもかすれ消えてしまいそうな光を出すだけ。

 

そのざまを見たジークは情けないと言わんばかりに深く落胆のため息をついた。

 

「やれやれ、僕らの脅威だったグレモリー眷属も兵藤一誠が欠けるとここまで腑抜けになるのか。落胆したよ。戦う前まで僕に向けていた殺気はどこに行った?」

 

ジークがこの庭園に旧魔王派を引き連れ現れた時には木場共々リアスたちは敵意を超え殺意すら込めた鋭い視線を送っていたものだった。それだというのに彼と戦ったのは木場一人だけで他は傍観するだけ。戦いを求める彼にとってこれ以上にがっかりさせるものはない。

 

この戦いの傍観者に加わっているアジュカはやはり何もしてこない。まるで次代の若い芽を試すように言葉を発さず、戦いに干渉せず優雅に椅子に腰かけるばかりだ。

 

「ここまで手傷を負わせた君を倒すのも、腑抜けた彼女らを始末するのも容易いね。それに今頃、信長が英雄使いと戦ってくる頃だ」

 

「なんですって…?」

 

「彼は本気の禁手で戦うと息巻いていたからね、あの硬い鎧は誰にも破れない。曹操にすら壊せなかったあれを英雄使いが太刀打ちできるわけがない。これでグレモリー眷属は全滅だ、よかったじゃないか、すぐに全員そろってあの世で彼に会えるんだから」

 

「…!!」

 

皮肉たっぷりに何もしてこないリアスたちを煽るジークフリート。

 

彼は何よりも信長の力を知っている。鎧の堅牢さは勿論、発現した六天魔装を含めた戦闘力は普通の神器であるにもかかわらず神滅具と比べてもなんら遜色ないほどの強さだった。故に信長の勝利を疑わない。

 

「…く」

 

ジークが語る隙に木場は懐から小瓶を取り出す。出発前、ルヴァル。フェニックスからもらった貴重なフェニックスの涙。蓋を開けて傷口にかけるとたちどころに癒えていく。だが切断された左腕までは戻らない。

 

果たして如何に優勢だろうとジークが左腕の回収を許すだろうか。利き手だけであの6本の剣の猛攻をしのぎ切れるとは到底思えない。

 

「…ここまでか」

 

折れた骨、斬られた左腕。木場の心もいよいよ折れようとしていた。彼自身も冷静に感情を押し殺して行動していたが、やはり心の中では一誠の雄姿を求めていたのだ。それがない今、彼の士気は大きく低下していた。

 

圧倒的優勢に立つジークは更なる嘲笑の言葉をこぼす。

 

「…ふ、それにしても兵藤一誠は無駄死にしたね。オーフィスを放って君たちと共に戻って立て直せば、オーフィスの救出はともかくシャルバは討てた。勝手に死んで、仲間のメンタルを弱らせて僕という脅威にさらしてしまった。やはり女性の胸のことばかりで頭が足りてないよ」

 

「無駄死に…?」

 

その言葉が木場の心に引っかかった。それは命を賭して戦った友を愚弄する言葉だ。

 

「そうさ、仲間を危機に晒し、不安と危機に直面する冥界を残して死んだ。これを無駄死にと言わずして何と言うんだい?」

 

断じて取り消すつもりはないとジークは嘲笑を深めて言う。その態度と言葉が、凍てつく絶望に沈もうとしていた木場の心に火をつけた。

 

心に灯ったどす黒い炎。それは剣士として敵を討てない無力な己への悔しさと、友を失った悲しみと、一誠や悠河と交わした約束をくべて激しく燃え上がった。

 

震える足を喝を入れるように叩いて上げ、残った右手の聖魔剣を支えに体を起こす。そして感情のままに空へ吼えた。

 

「う…ぉぉおおおおおおおおおお!!!」

 

「!」

 

震える足で一歩、また一歩とジークへ迫る。傷だらけで今にも倒れそうな体なのに鬼気迫る表情の木場にジークは一瞬気圧された。

 

「まだ…戦える!イッセー君はどんな相手だろうと、どんな時でも立ち上がり、戦い抜いた!兵藤一誠を…僕の親友を貶すような真似は僕が許さないッ!」

 

湧きあがる怒りが、友との思い出が、交わした約束が、限界を超え彼の体を立ち上がらせた。約束を破ることなど許さないし、許されない。ここで戦わずして何がグレモリー眷属か、グレモリーの男子か、兵藤一誠の戦友か。

 

傷だらけになりながらも煌々と闘志で瞳を輝かせる木場。ジークは剣を握る手で拍手を送った。

 

「ここまでの傷を負ってなお立ち向かう闘志は認めるよ。でも、実力に見合わない粋がり、後先を考えない蛮勇、そういうのを無駄死にって言うんだよ!」

 

「それでも!」

 

一誠が抱いた意地よ、気合よ、今この体に宿れ。剣に満ち満ちれ。

 

一誠なら今の自分と同じ、いやそれ以上に傷を負った状態でも立ち上がったはずだ。ライザー戦も、バアル戦も、曹操戦も、いつだって彼はそうしてきた。それを間近で見てきたのだ、ならば、自分にだって。

 

諦めない思いが奇跡を起こす。それは奇しくも、冥界で戦う悠河のもとにも同時に起こった。

 

「イッセー君の駒が…」

 

「イッセー…?」

 

木場の思いに応えたか、リアスが手に持つ『兵士』の駒が赤く光った。そして深紅の光の尾を引いて木場のもとに飛来した。

 

「なんだ、その光は…」

 

ジークも突然の現象に困惑する。駒は意志を持つかのように浮遊し、木場の目前で輝いている。その光が弾けるように光量を増すと。

 

「…聖剣アスカロン」

 

〈創造龍ヌメロン・ドラゴン(遊戯王ゼアル)〉

 

透き通るような美しさと力強さを併せ持った龍殺しの聖剣、アスカロンへと変化を遂げた。一誠の死と共に次元の狭間に失われたと思われていた聖剣が今、木場の目の前にある。

 

それにそっと手を差し伸ばし、柄を握った。

 

『…行こうぜ』

 

「…!!」

 

それは幻聴だったかもしれないし、奇跡がもたらした彼の残滓だったかもしれない。だが確かに木場は声を聴いた。最大の戦友の声を。

 

友の声につと涙が感情と共にこぼれた。

 

だがその一言は木場に無限の勇気と力を与えた。痛みも苦しみも感じない。

 

「ああ」

 

 

 

 

 

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

 

 

 

 

超新星爆発のように明るく輝いた悪魔の駒。その跡には何もなかった。駒の形すら失せたが、ただ一つ、俺の両腕に奇跡を残した。

 

深い赤色で刺々しく無骨なフォルム。見る者に赤いドラゴンを想起させる13ある神滅ぼしの化身。

 

「赤龍帝の籠手…だと」

 

俺の両腕に兵藤が使っていたものと全く同じ赤龍帝の籠手が装着されていた。まさか、俺にあいつの神器が継承された?だが籠手に宿るはずのドライグの存在は感じない。

 

しかし確かに感じる。あいつの魂を、声を、力を。力尽きようとしていた体に温かで、それでいて強き力が満ち満ちていく。

 

「馬鹿な…そんなことがあるはずが」

 

奇跡に驚き、立ち竦む信長。その隙に蹴りを喰らわせる。

 

「ぐ!」

 

不意打ちを受けて転がる信長と距離ができた。

 

『一人じゃねえ、二人で行こうぜ』

 

「!」

 

籠手に触れると、もう死んだはずのあいつの声が聞こえた気がした。その言葉が戦うために心の隅に押しやっていたものを解き放った。

 

「お前ってやつは…!」

 

死してなお仲間を助けようとする兵藤の遺志に涙が流れる。籠手の宝玉に映り込む俺の顔は血と涙まみれになっていた。

 

かつて敵対したものに手を差し伸べて死に、そして死んでも友の窮地に駆けつけるなんてどこまでもお人好しな奴だ。だがその優しさが傷ついた心と体に染み渡る。そしてそれは立ち上がるための力と勇気になる。

 

籠手はまるで今まで使い、慣れ親しんだものであるかのように自然になじんでいる。

 

いける、今ならもう一度、戦える。その確信と胸にある友と仲間への思いが俺の体を自然と再起させた。

 

「行くぞ…兵藤」

 

こいつを倒し、お前との、木場との約束を果たす。力を貸してくれ、そして共に戦ってくれ。

 

強い願いのこもった籠手の装着された手でドライバーのレバーを握りしめ、力強く引いた。

 

「変身!」

 

〔カイガン!プライムスペクター!英雄!裂空!勇壮!激闘!ブレイヴ・イグニッション!〕

 

再び俺は英雄たちの力を束ね、プライムスペクターへ変身を遂げる。赤龍帝の籠手はそのままに心なしかスーツは普段以上の輝きを放っているように思えた。

 

俺の、いや俺たちの反撃が始まる。

 

〈BGM終了〉




次で決着です。

次回、「魂の再起」



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第159話「魂の再起」

久しぶりに真D×D4巻を読み返したけど、E×Eのインフレ極まった戦力を前に悠河がビビってリバイス中盤~終盤の大二ムーブかましたら面白そう。多分燃えるからやらないけど。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
1.ムサシ
2.エジソン
3.ロビンフッド
6.ベートーベン
7.ベンケイ
9. リョウマ
10.ヒミコ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
23.コロンブス
31.ライト
41.シグルド
42.ユキムラ
44.ハンゾウ


上位神滅具の一つ『魔獣創造』によって生み出された見上げるほど巨大な豪獣、豪獣鬼。無数の魔獣を生み出しながらグレモリー領の都市へ進撃を続けるそれを悪魔を中心に各勢力から派遣された混成軍が迎え撃っていた。

 

魔法、剣、魔力、光力。あらゆる手を尽くして魔獣を止めるべく激しい攻撃を仕掛ける。豪獣鬼によって生み出された等身大サイズの魔獣は各勢力の強者の攻撃を受けて千々に砕け散るが、その親たる豪獣鬼には通用しない。

 

通用しないというのは障壁が張られていて全く攻撃を寄せ付けないという意味ではない。攻撃が直撃して皮膚が弾け飛ぼうが、焼かれようが、たちどころに再生し何もなかったかのように元通りになってしまうのだ。

 

攻撃以外にも迎撃軍は魔獣を止めるための様々な策を用意した。氷漬け、巨大な落とし穴、強制転移など。しかしそのどれもが失敗に終わっている。空間や時間にかかわる魔法が通用しない呪法がかけられているらしい。

 

「ふん!」

 

奮闘する混成軍に加わり最前線で戦う男、フェニックス家次期当主のルヴァル・フェニックスは突き出した両手から不死鳥を象った業火を豪獣鬼目掛けて羽ばたかせる。

 

魔獣どもを焼き、蹴散らしながら向かう不死鳥が豪獣鬼の脚に直撃し、爆炎を上げる。レーティングゲームの上位ランカーにも入る上級悪魔の一撃だ。生半可な相手が喰らえばひとたまりもない威力を秘めている。

 

『GOAHHHHHHHHHHH!!』

 

それでも業火に焼かれた魔獣の皮膚はただちに再生し、豪獣鬼はルヴァルの一撃を嘲笑うかのように咆哮を上げた。この結果にゲームで冷静な判断力を培ってきたルヴァルも険しい顔を浮かべるしかない。

 

「それなりに攻撃には自信がある方なのだが…ここまで効き目が薄いと折れそうだな」

 

「くそ!こんな時、あいつがいたら…!」

 

ルヴァルの傍らで弟たるライザーも炎を繰り出して魔獣を焼き尽くす。この危機的状況でライザーの脳裏に浮かぶのはかつて己を打ち破った転生悪魔の男。

 

赤龍帝という偉大な力を宿しながらも浅い経験値と才能のなさから侮ったが、それをひっくり返すほどの熱い思いと機転でライザーは敗北を喫し、人生初の大きな挫折を味わうこととなった。

 

挫折してる間にもその男は彼以上の強敵と相まみえ、撃退し力を手にしてきた。そして今、彼は若手ナンバーワンの男を下し、冥界の希望の名をほしいままにしている。

 

因縁の男であり、誰よりも認めた男。その男が今この場にいてくれたらどれほど心強いことだろうかと思う。

 

その思いが届いたか、冥界の淀んだ空に赤色の光が瞬いた気がした。

 

「…なんだあれは」

 

夜でもないのに星が瞬いている。いや、星ではない。

 

赤い光が、高速で空から飛来してくる。悪魔でも天使でも、ヴァルキリーでもドラゴンでもない気配。そもそもそれは生物ですらない大きな何かだ。

 

「!!」

 

そして間もなく、魔獣を踏みつぶして大地に着地する。その質量によって大量の土煙を巻き上げ、着地の余波が周囲の魔獣を吹き飛ばした。

 

「ぐっ!」

 

「何が起こった!?」

 

「俺もわからん!」

 

突然の事態に戦場で巻き起こる混乱。悪魔も天使も堕天使も、ギリシャ神話の戦士もヴァルキリーも、墜落してきた物体が起こした余波にこらえる。

 

30秒ほど続いた余波、次第に砂煙が収まり、突如として飛来したその物体の姿を明らかにする。

 

20mはある巨体。全身の随所に散りばめられた赤いコアに、紺色の鋼鉄でできた無機質なボディ。両肩背部にマウントされた二振りのバスターソード。背部から絶えず放出される青白い光の粒子。コアと同じ色をした横長のアイカメラが不気味に輝いた。

 

現れた巨大な鉄人に、この場に居合わせたものは全員声を揃えて叫んだ。

 

「「「「ロボット!?」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

「イレギュラーXが一機、崩刃裁機ブライトロン…まさか妾が搭乗することになろうとはのう」

 

鉄人の胸部に備え付けられたコクピット。華奢なボディラインをくっきり浮かび上がらせるスーツを纏うポラリスは複雑な表情で操縦桿を握る細い手を見下ろす。

 

自分が元居た世界で敵対し、辛酸を舐めさせられたこともある機体。『革命』後は自身の勢力の管轄になり、スキエンティアにも設計データが残っていた。

 

かつてGNドライブと自身の世界の技術の融合のサンプルとして建造したのだが、中々実践に投入する機会もなく格納庫で眠りについていたブライトロン。しかしポラリスはいざという時の備えを怠らず、定期的に最新の技術を用いたアップグレードを施していたのだ。

 

元々ここでブライトロンの投入と豪獣鬼との戦闘は計画にはなかった。だがイレギュラーである悠河の存在がそれを変えさせた。

 

「ここで頑張っておかねば、見殺しにしたことがばれたとき非常に立場が危うくなるのでな」

 

ディンギルを討つためにも悠河との関係を良好にし、しっかり手綱を握っておかなければならない。兵藤一誠が一度は命は落としたこの事件で何も動かなかったとなれば、それこそ信頼は失墜する。ここで何かしらの成果を上げておかねば今後の関係に響いてしまうことは間違いない。そうならないための成果として、冥界を脅かす豪獣鬼をいくつか沈める。そのために彼女は前線に出張って来た。

 

コクピットで操作されたブライトロンが、緩慢な動作でバスターソードを一振り掴み勇敢に構える。その外で、少年の心を持つ迎撃軍の一部から興奮と歓喜の声が上がったことをポラリスは知らない。

 

「その首、妾の計画の礎にしてやろう」

 

 

 

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

 

 

〈挿入歌:Ready Go!(仮面ライダービルド)〉

 

「…イッセー君、一緒に行こう。君となら、どんな相手だって切り刻める!」

 

一誠の駒が変化して生まれた聖剣アスカロン。それを手にした木場に恐れはなく、痛みと失血による足の震えはもうない。

 

体の底から湧きあがる力に任せ、正面から木場はジークに斬りかかった。光り輝く鮮烈な剣をグラムで受け止めるジークの目には驚愕の感情がちらついている。

 

「バカな…まだ立つというのか。ディルヴィングの一撃は君にとって十分致命傷になったはずだ!」

 

「それでも…彼が行けっていうんだ。だったら、行かなきゃかっこつかないじゃないか!」

 

木場の燦然と輝く太陽のような決意に応えるようにアスカロンが眩い光のオーラを放つ。それは悪魔にとって猛毒になる光ではない。

 

「アスカロンの龍殺しのオーラ…!データによればここまでの力はないはずだ!」

 

それを浴びるジークの体からしゅうしゅうと煙が上がり、苦痛に顔を歪める。龍殺しの聖魔剣では通用しなかった龍殺しの力が今のジークには効いているのだ。

 

さらにジークを驚かせる現象は立て続けに起こった。アスカロンのオーラに連続し、今度はジークが握る魔帝剣グラムが発光し始めたのだ。

 

「なんだ…!?こんな現象は今まで…」

 

グラムの変化に戸惑うジーク。木場も警戒し、距離を置こうとするが動きを止めた。その光が自分に向けられ、攻撃のオーラではなかったからだ。まるで自分を求めるかのような優しいオーラだ。

 

「グラムが木場祐斗に呼応しているのか!?これも業魔人の…」

 

それに気づいたジークはいよいよ仰天する。もはやこれまでの戦いで見せていた余裕を崩さない狂戦士の姿はどこにもない。

 

対する木場は毅然と叫ぶ。

 

「…いいだろう、来い!グラム!」

 

その言葉にグラムは輝きを深め、自身を握るジークの手を龍殺しの力で焼く。痛みにたまらず放したジークの手から宙に躍り出ると回転し、そのまま木場の足元の地面に突き刺さった。

 

魔帝剣グラムが待っている。新たな主の手に握られ、己の力が解き放たれる時を今か今かと待つように光っていた。

 

「…」

 

折角手に入れたグラムだが、片腕を失った状況では握れそうにない。そう思った矢先、アーシアと小猫、レイヴェルが木場の近くに歩み寄って来た。

 

切り落とされた腕を拾った小猫が腕を切断口に当て、アーシアが神器の淡い緑の光を当てる。治療を受ける木場の体をレイヴェルが支えた。三人の目にはとめどない涙が流れていた。だがその面持ちに浮かぶのは悲しみではない。

 

「イッセーさんが『アーシアも戦ってくれ』って、背を押してくれたような気がしたんです」

 

「『俺のダチを助けてくれ』って言ってくれました」

 

「私にも聞こえましたわ。『小猫さんや皆を支えてくれ』と…まだ皆様と比べて関係の長くない私にまで…優しすぎますわ」

 

アーシアも、小猫も、レイヴェルも涙ながらに微笑んでいる。光の中から聞こえた一誠の言葉が彼女らの曇った心を前へ突き動かしたのだ。アーシアの癒しのオーラと小猫の仙術が傷ついた木場の体を癒し、次第に切断された腕を接合していく。

 

「『皆と一緒に戦ってください』…そうよね、彼ならきっとそう言うわ。おかげで目が覚めた」

 

涙を流しながらも、気高く前進するリアス。思い人の駒を手に握り、その双眸を真っすぐ、眼前の敵に据える。

 

「さあ、私のかわいい下僕たち!グレモリー眷属の復活よ、目の前の敵を消し飛ばしてやるわよ!」

 

グレモリーの『王』は紅髪を揺らし、凛然と宣言した。最愛の人の死で歩みを止めたリアス・グレモリーの復活である。

 

主の帰還に心震える木場は完全に繋がった左腕の感触を確かめるように軽く腕を回すと、足元に突き刺さったグラムを掴み引き抜いた。

 

握る感触、赤黒い刃に満ちる気を感じて悟る。秘められた凶悪なまでの破壊力、そして龍王を殺すほどの龍殺しの効力を。

 

これならいける。聖剣と魔剣、相反する存在でありながら共通して龍殺しの力を持つアスカロンとグラムの二刀流で木場は馳せた。今までの戦いとは違い、一人ではない。

 

木場の後方から赤い滅びのオーラが宙を馳せ、木場と共にジークへ向かった。

 

「まだだ…僕にはまだ四本の魔剣がある!英雄の子孫として、負けるわけには…!!」

 

その言葉を遮るように、天から眩く極太の雷がジークに荒々しく降り付けた。

 

木場が宙を見上げると、夜空に6枚の翼を雄々しく広げる堕天使がいた。光力を帯びた雷を放てる者などこの場において朱乃一人しかいない。

 

「私の奥の手、『堕天使化』ですわ。父とアザゼルに協力してもらって、私の中に流れる『雷光』の血を高めたわ」

 

雷光を放った朱乃の両手首には金色に輝く魔術文字が光るブレスレットが嵌められていた。

 

「『いつもの笑顔を皆に見せて』…私はあなたの思いまで殺そうとしてしまったのね…ゴメンなさい。でももう大丈夫ですわ。その思いだけで、私は戦えます!」

 

決意の双眸を輝かせる朱乃。以前まで一誠の死と共に心を失い呆然とするだけの朱乃の姿はどこにもない。

 

雷光をまともに浴びたジークの体は黒焦げ、ぷすぷすと煙を上げている。聖魔剣の龍殺しを受け付けなかったジークの体にダメージを与えるほど、朱乃の雷光は進化したのだ。

 

更に飛び出した滅びのオーラが、魔剣と一体になった腕のことごとくを瞬時に消し飛ばした。がらんがらんと金属音を立て、魔剣が転がっていく。

 

そして木場が、ジークの間合いに踏み込んだ。

 

「はぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

裂帛の叫びを上げながらアスカロンとグラム、龍殺しの刃を深々とジークの体に突き立てる。龍殺しの力は龍の力を帯びたジークの体中を駆け巡り、暴れまわり、そのすべてを破壊しつくす。

 

その効果は絶大ですぐに表面化する。ごぼっと吐血したジークの体中にひびが入り始めたのだ。もはや血ではなく灰が流れる体は崩壊を始めていく。

 

「グラムに…この僕が、やられる?」

 

助けを、力を求めるようにジークはグラムの刃に手を触れるが、もはや元の主を見切った魔帝剣はジークの手を拒絶するように焦がすだけだった。

 

「僕たちの勝ちだよ、イッセー君」

 

木場は二振りの剣を引き抜くと、ジークの体が力なくよろよろと跪いた。

 

「はは…僕は負けたのか。兵藤一誠という…男に…あれだけシャルバを嘲笑ったというのに…二の舞を」

 

ジークは乾いた笑いを浮かべた。笑みを浮かべた顔がぴしっとひび割れ、灰を零していく。誰がどう見ても死を免れないのは理解できた。

 

だが、これだけのダメージを負っても「それ」を使わない理由を木場は問う。

 

「フェニックスの涙を使わないのかい?独自のルートで入手していると言ったじゃないか」

 

「…理由はわからないが、この状態になると涙の回復効果を受け付けなくなってしまう…パワーアップには犠牲がつきものなのさ」

 

首を振るジークの体の崩壊は更に加速する。次第に腕が無くなり、脚が消え、そして。

 

「僕も…フリードも…あの戦士育成機関で育った戦士は、まともな生き方も…死に方もしないんだね」

 

英雄を目指すも、運命に抗いきれなかった男は無念だけを残し、この世から消えた。

 

〈挿入歌終了〉

 

 

 

 

 

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

 

 

 

〈挿入歌:Evolvin' Storm(仮面ライダーフォーゼ)〉

 

この両腕に宿った奇跡の力に信長は不敵に笑った。

 

「驚いたぜ、赤龍帝がそういう奇跡を起こすってのは知っていたが、まさかてめえにも同じような…いやそれ以上の奇跡が起きるとはな」

 

てめえにも同じような、という言い方に引っかかるものを覚えた。もしや人間界に向かった木場のほうでも何かが起きているのか?

 

「だが、赤龍帝の力だろうと俺の守りを崩せやしねえ!」

 

起こった奇跡を前にしてなお、信長は堂々たる余裕を崩さない。想定外の出来事に直面してなお微塵も揺らがぬ自信、それこそがあの堅牢な防御の源なのだろう。

 

「さて、どうかな…試してみるか」

 

対するこちらも不敵な笑みで返す。

 

力が漲る。勇気があふれる。死んでも友は俺に力を貸し、一緒に行こうというのだ。これほど心強いことなどありはしない。どんな強敵が相手でも、今なら戦える気がする。

 

そして動き出したのは同時だった。

 

「おおおおおお!!!」

 

「はぁぁぁぁぁ!!!」

 

俺も信長も、両者共に昂る闘志の叫びを上げながら地を蹴って走る。距離が次第に縮まり、互いの間合いに踏み込んだ瞬間に殴りかかる。拳が交差し、互いの顔面を真っすぐ打ち据えた。

 

「ぐっ!」

 

「!!?」

 

殴打の衝撃に頭がぐらついて互いに一歩後ずさる。だが引かない。このまま追撃の加えるべく一歩踏み出して再び距離を詰めて、信長の腹に拳打を叩き込む。

 

「ぐは!」

 

今までどれだけ攻撃しても全く通じていないかのようにぴんぴんしていたが、今回は苦しそうに息を吐いた信長。俺のパンチの衝撃が鎧の中の生身に届いているのか?

 

もしかして、赤龍帝の力を得た今なら…!

 

友の後押しで沸き立つ勇気が、勝利への可能性へと導く。

 

「…は、ちょっと重いパンチを打てたぐらいで図に乗るなよ!!」

 

立て直す信長が再び拳打を繰り出す。真っすぐ、俺の芯を狙った渾身のパンチだ。だが俺はそれをぱしっと手で握って止める。衝撃が突き抜けるが、籠手で厚くなった五指で奴の拳をがっちり掴んで離さない。

 

「なんだそのパンチは…」

 

受け止めた手を力任せにねじる。

 

「こんな軽いパンチで俺たちの輝きを砕けると思ってんのか…!?」

 

こんなパンチは模擬戦で感じた兵藤の拳に届きはしない。あいつの拳はもっと真っすぐで、熱かった。信念は感じる。だが今は、俺たち二人の思いが勝る。

 

〔Boost!Boost!Boost!〕

 

「何!?」

 

籠手から発せられた聞き馴染んだ音声に信長が驚愕の声を上げる。どうやら神器の能力まで使えるとは思っていなかったらしい。

 

「パンチの打ち方は」

 

空いた右拳を握りしめ、引く。まるで矢を放つ際に引き絞るように。

 

「!」

 

「こうだろ!!」

 

〔Explosion!〕

 

そして赤龍帝の倍加の力を乗せて真っすぐ穿つ。信長の顔面を捉えた渾身の右ストレートが炸裂。がしゃんという音を散らしながら、あまりの衝撃に信長も思いっきりのけぞった。

 

ふらふらと信長が後ろに下っていく、ついには片膝を地に突いた。よく見ると、どれだけ攻撃しても傷一つ付けられなかった鎧に大きなヒビが入っているではないか。それだけじゃない、左の眼もと辺りは完全に砕け、その右目を外界に晒している。

 

それを確かめるように奴は砕けた個所を恐る恐る触り、信じられないとばかりに目を見開く。

 

「馬鹿な…俺の鎧を殴って、ヒビを入れた…だと。いや、それだけじゃねえ…赤龍帝の能力まで」

 

恐らく過去にこんな状況に直面したことがなかったのだろう。神滅具が継承されたわけでもないのにその能力を使用でき、しかも自分の自信の大いなる根源が真正面から文字通り力任せに砕かれた。これで平常心を保てと言われるのが無理というものだ。

 

「どうした、自慢の鎧を壊されて怖くなったのか?」

 

「…ほざけ!六天魔装、陸ノ輝!」

 

しかし奴は腐っても幹部クラスの強者。戸惑いを振り払うようにかぶりをぶんぶんと振ると即座に体勢を立て直し、距離を取ると最後の六天魔装を発動。煌めく弓矢を生み出した信長が流れる動作で一矢を射る。

 

「この矢は狙った相手を追尾する!」

 

なるほど、躱しても無駄だと。なら、躱す必要はない。

 

〔ムサシ!〕

 

高速で飛来する矢をムサシの見切りで瞬時に軌道を読んで体を逸らし、そして素早く手刀を振り下ろした。

 

ガシャンという破砕音。

 

信長の鎧と同等の硬度を持つ矢が手刀を叩き込まれ真っ二つに割れて叩き落された。

 

「飛んでくる矢を…叩き折るだと」

 

これにはいよいよ言葉をなくしたようで、ぽかんと口を開けている。俺も矢を叩き落すなんて芸当は初めてだ。だが、ムサシの見切りと兵藤が貸してくれた今の力があれば不可能ではない。

 

「弐ノ…」

 

「はぁッ!」

 

六天魔装が発動するよりも早く、一息で距離を詰めて信長を殴り飛ばす。豪快に顔面を殴られ、やはり砕けた鎧のかけらを零して錐もみ回転をしながら転んでいく信長。

 

「ぐほぁッ!!!」

 

転がる信長が何かを落とした。小綺麗な装飾に飾られたその小瓶をおもむろに拾い上げる。

 

「フェニックスの涙…防御に自信があるくせに回復アイテムを持ってたのか」

 

こいつは後でおいしくいただくとしよう。全身火傷まみれ、傷まみれで戦いの後で会う人に怖がられてしまうからな。

 

「馬鹿な…」

 

地面に蹲る信長が、完全に兜を破壊されて晒された素顔を上げる。殴打の衝撃で口が切れたようで、口の端から血が流れていた。

 

「なんでだ…どうして俺の鎧を殴って壊せる!?さっきまでどれだけ吼えても砕けなかったはずだ!」

 

信長は今の自分の身に起きていることを認められないと言わんばかりに叫び散らしている。正直なところ、俺も驚いている。だが前世で耳にしたこの言葉を思い返せば自然と納得がいくのだ。

 

「知らないのか?」

 

「なんだと…!?」

 

「戦いってのは、ノリのいい方が勝つんだよ。神器使いならなおさらな」

 

所有者の魂に直結し、精神に感応する神器の性質を考えればこの台詞は決して間違いではない。より強い思いを抱き、神器の力を引き出したものが勝つのだ。

 

「っ…フザケルなァ!!!」

 

激昂した信長が自身の周囲に六天魔装を展開する。どうやら再び大技を放つつもりのようだ。

ならばこちらも。

 

〔Boost!Boost!Boost!〕

 

赤龍帝の籠手の能力を使い、一気にオーラと霊力を倍増させる。

 

凄まじい力だ、一度の発動だけでも大幅なパワーアップになる。これが神も恐れた天龍の力の片鱗か。これだけの力をあいつは使いこなしていたのか。

 

本人は魔力をうまく使えず才能がないなんて言っていたが、今になって思い知らされた。あいつは神滅具の力を引き出せていた凄い奴だったってことに。

 

「はぁッ!!」

 

左の掌に高めた霊力と意識を一点集中。すると小さな青と赤の入り混じった光球が生まれる。浮かべるイメージはあいつの得意技。込める思いは昂る闘志。

 

「六天魔装、終ノ輝!!」

 

「迸れッ!!」

 

「六天終撃覇ァ!!」

 

「オメガ・ドラゴンショットォ!!」

 

宝刀から迸る全てを焼く光と籠手から繰り出された赤き龍帝のオーラの奔流。同時に放たれたそれらがぶつかると周囲一帯を飲み込む凄まじい光と轟音を散らす。エネルギーの衝突で溢れ出すエネルギーが辺りに飛び散り、容赦なく地を焼き、建物を破壊する。

 

しかし拮抗は一瞬。赤龍帝の力で強化された俺の霊力は次第に信長の光を押し出し、容赦なく暴力的なオーラの波動を信長に浴びせた。

 

「ぐぁぁぁぁっ!!うっ!!」

 

赤きオーラの照射が終わると、がくりと信長が膝をついた。あれだけの攻撃で完全な消し炭にならなかった辺りやはり神器の防御力は相当なものだ。しかし鎧の至る箇所がひび割れ、必殺技を支えていた六天魔装の数々は無残に砕け散っていた。

 

「がはっ、俺の六天魔装を…すべて」

 

この結果に吐血する信長は言葉を失い、唖然とする。信長の自信の拠所を破壊され、目を丸くして地面に散らばる砕けた破片を見下ろしていた。

 

「信長。お前の言う通り…俺は過去に囚われているかもしれない」

 

兵藤の死、凛の死。俺の心にはそれらの過去が拭えないものとなって強くこびりついている。それは否定しようのない事実だ。ある種、呪いといってもいいかもしれない。

 

「だが過去があればこそ…俺はこうして戦える!あいつと過ごした日々が…凛と過ごした過去が、今を生きる俺の原動力だ!たとえそれが過去を取り戻す行為だとしても…全てを取り戻し、未来へ進む!未来で皆と生きていたい!!それが俺の戦う理由だ!!」

 

「…!!」

 

過去に縛られた亡霊で結構。それで願いのために戦えるなら、誓いのために戦えるなら俺は構わない。この呪いを背負って、俺は前に進む。

 

「一緒に決めるぞ、兵藤!」

 

〔Boost!Boost!Boost!Boost!Boost〕

 

〔プライムチャージ!ダイカイガン!〕

 

ドライバーを操作すると、平時の倍はある霊力とドラゴンの力がドライバーと籠手から溢れ出す。赤龍帝の倍加の力も合わさり、寒気がするような膨大な霊力とオーラが右脚に宿った。

 

「渾身のピリオドを喰らえェ!!」

 

腰を落として構えを取ってから、大地を力強く蹴り出し飛び立つ。そして放つは渾身の飛び蹴り。

 

〔プライムスペクター!ハイパーオメガドライブ!〕

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

赤と金色のオーラの奔流を身にまといながら繰り出した蹴りが信長の胸に突き刺さる。その威力たるや、瞬く間に信長の鎧の全てを粉砕し、その勢いのまま一気に押し出していく。

 

「がぁぁぁぁッ!!」

 

こらえがたいダメージに信長が絶叫を上げる。迸るオーラを推進力に爆進、最後に建物の壁に衝突し、その壁に一つ目と龍の文様が合わさったエンブレム型のクレーターを刻むのだった。

 

〈挿入歌終了〉

 




イレギュラーXのXはローマ字の10なんですけど、環境依存文字なので人によっては見れないのではと思ってアルファベットのXで表記しています。

次回、「永久に砕かれざる綺羅星」


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第160話「永久に砕かれざる綺羅星」

一度はやってみたかった展開をします。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
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12.ノブナガ
23.コロンブス
31.ライト
41.シグルド
42.ユキムラ
44.ハンゾウ


「がは」

 

全身全霊を込めたキックを受けた信長が大量の血を吐き、くずおれた。それと同時にこちらの変身も解除される。激戦の疲労によりもう変身を維持する気力も体力も残っていない。

 

〔オヤスミー〕

 

「…!」

 

さらにこの両腕に装着されていた籠手も役目を終えたと光の粒になって消えていく。俺は赤龍帝の籠手の正式な所有者になったわけではない。あくまでこれは借り物の力だ。ただその役目を終え、あるべき形に戻るだけのこと。

馳せる

「…!」

 

赤い蛍火のような光が天に昇っていく。力強くも淡いその光に思いを馳せるように見届けた。

 

完全に籠手が消えると、この手に赤い駒だけが残された。その駒に祈りを込めるようにぎゅっと握る。

 

「…ありがとう、兵藤」

 

お前の助力があればこそ、言葉があればこそ俺は立ち上がり勝つことができた。少しの間、ゆっくり休んでいてほしい。俺たちが必ず…。

 

「…っ」

 

突然、足元に力が入らなくなり、よろよろとふらついて尻もちをついてしまう。戦いのダメージによる痛みと脱力感。正式な宿主になったわけでもなく神滅具の力を使った代償か、一気に体力を持っていかれたようだ。

 

ふと手を見やると、血で真っ赤に染まっていた。目に手も当てられないくらい皮膚もボロボロなこの状態は、あいつの鎧を力任せに破壊した代償だ。

 

「うぅ…」

 

すぐそばで大ダメージを負い、壁に背を預けるように座り込んでいるのは信長。荒い呼吸を繰り返し、どうにか意識を繋ぎ止めているようだ。完全に戦闘不能状態、立ち上がることもできないだろう。

 

がちゃと何かが信長の制服から滑り落ちた。俺から奪ったニュートン眼魂とピストル型の注射器、前の戦いで奴が使った業魔人だ。それを使えば肉体を強化し、神器の能力も強化できるはず。しかし奴はそれに手を伸ばそうとしない。代わりに俺が眼魂とピストルを手に取った。

 

「…どうして業魔人を使わない」

 

「言ったろ…禁手とかみ合わせが悪いって…防御特化の重い鎧を着こむ禁手じゃ、肉体変化してスピードに特化する業魔人の長所を殺してしまう…。今使ったって、体の変化に耐え切れず自滅するだけだ」

 

口から血を零して力なく笑う信長。その目線がふと俺に向けられた。

 

「どうして…あんなに俺を気にかけるんだ。俺は敵だぞ」

 

「…さてな、俺もわからん。テロリストの親玉を助けようとしたバカに影響されたのかもな」

 

息を吐いて、俺は天を仰ぐ。相も変わらずどんよりとした空色だ。折角収めた勝利だというのに、空はそれを祝福するように晴れてはくれない。

 

口ではそういうが、戦いが終わった今気づいた。こいつは俺と同類だ。

 

叶えし者と英雄派で板挟みになっているこいつと、レジスタンスとグレモリーの二束の草鞋を履いている俺。頼れるものもなく迷ったこいつは幼少期に叶えし者に出会い、歩む道の道しるべを得た。一方俺は異世界に転生し、頼れるものもなくグレモリーに、戦う理由に迷いポラリスさんに出会った。そして戦う理由という指針と、仲間という居場所を得た。そして互いに二つの組織の狭間で揺れ動いている。

 

出会う相手が違うだけで、俺たちは変わらない。もしかしたら、立場が逆だったかもしれないのだ。そんな相手を前に無意識のうちに敵ながらも抱いてしまったシンパシーが俺をあのように訴えさせたのだろう。

 

「…そうかよ」

 

それに気づいたかはわからないが、信長は深く詮索することはしなかった。

 

「…俺は確固たる未来への夢を持ってた」

 

ひとりでに信長が語り始める。

 

「だから、漠然とした思いしか持ってないお前には負けないと…負けてやれないと思っていた。だが…負けた。それは…俺が一人だったからだ」

 

「…」

 

「恩義…忠義のためってのは、ある意味自己満足みたいな理由だ。恩ある人に尽くす自分に酔ってる…ともすれば一方通行の思いだ。だが、お前には仲間がいた。一方通行じゃない、思いの通じ合う仲間が…お前は仲間たちと共に戦い、俺は孤独に戦った。そりゃ負けて当然だ」

 

自嘲気味に笑う信長。もはやこれまでの戦いで見せてきた堂々たる態度は見る影もない。深手を負った信長の語りはさらに続く。

 

「…お前の言う通りだ。俺は曹操たちを…心の底から仲間だと思いたかった。だが俺は叶えし者のスパイだ。曹操たちを操り…アルル様に利する行動を取らなければならない。それがアルル様達への恩に報いる方法だと信じて…」

 

語る最中にごぼっと血を吐く信長。血の塊がボロボロになった英雄派の制服と地面に染み込んでいった。

 

「でも、あいつらと過ごしていると…固く決めたはずの心が揺らいだ。年も近く、似た境遇のあいつらが本気で…英雄なんてもんを目指しているのを見て、最初は馬鹿にしたが…だんだん俺も一緒に英雄になりたいと思った。でもそれはアルル様への裏切りになるし、恩を仇で返すような真似はしたくなかった…」

 

「…だから、世界を滅ぼす英雄を目指したのか」

 

世界を滅ぼすというディンギルの目論見。英雄を目指す英雄派の思想。それぞれが混ざり合ったような信長の目指す歪な姿に俺は合点がいった。それは英雄としても歪であり、どちらにも染まり切れない信長の半端な心の表れでもある。

 

「仲間よりも俺の命を救ってくれた…がはっ、叶えし者たちの方が俺にとって大事だった。はずなのに…俺は曹操たちといて気づいてしまった。叶えし者にとっても…アルルにとっても…俺は野望を達成するための道具でしかない。だが…それだけが俺の居場所だった。それを失いたくないから、俺は盲目的に奴らに従った」

 

自分の心を受け入れられず、孤独に戦い続けた男の後悔。声が途中途中で上ずっているようにも聞こえた。

 

「でも曹操たちは俺を一人の男として…仲間として迎え入れてくれた。あいつらが…俺の心を救ってくれたんだ。今になって気づくなんてな…」

 

俯いたままでその表情を窺うことはできないが、その頬に何か光るものが流れ、ぽろぽろと零れ落ちた。

 

「白か黒か…心を徹しきれず中途半端に生きた男の末路だ。笑えよ」

 

身は息絶えそうなほどに傷つき、心はこれまでの自分を否定する。一つに心を決めきれず、ただがむしゃらに進んだ道の先にあったのがこの結末であると信長は己を嘲笑った。惨めさ極まるその姿に英雄派が目指すような勇猛さ、気高さはどこにもない。そこにあるのはただ、信長という等身大の一人の男だけ。

 

己を笑えという信長だが、俺はそうしようとは思わない。

 

「…笑わねえよ。ずっと悩みに悩み続けて、やっとお前は自分の本心を認めることができた。お前は己という困難に打ち勝ったんだ」

 

アルル達と曹操たち。最初は片方と決めた心は一度ブレると収まりが効かなくなった。どちらが真の仲間で、どちらのために戦うべきなのか。本心と忠誠がせめぎあい、そのブレを引きずりながら、二つの組織の狭間で苦悩してきたのだ。

 

そしてこいつは俺に敗れた。本心を押し隠し、迷いを剥き出しにした自分を真っ向から指摘した上に自慢の防御諸共打ち破られてしまった。これまでの自分を支えてきた柱が崩れたことでやっと自分の本心に向き合うことができたのだろう。

 

だから今、俺に全てを打ち明けた。自分の悩みを相手に打ち明けるというのはそれなりに勇気がいるものだ。身をもって経験した俺だからこそその困難さは理解できる。口を開き、声に出すその時まで繰り返される逡巡。それを信長は越えた。

 

その行為はまさしく、彼らが目指す姿そのものである。

 

「曹操の言葉を借りるならお前たちは、困難に挑戦し打ち砕く者なんだろう?」

 

「…!」

 

その言葉に、信長ははっとしたように目を見開く。

 

 

 

 

 

 

『俺たちは困難に挑戦し、打ち砕く者』

 

渡月橋で戦った曹操の言葉には奴の信念の重みが込められていた。

 

『歴史に名を轟かせた偉人たちは皆そうだ。戦、発明、政治…様々な分野において困難と対峙し、それを乗り越え、己の轍を踏んで続く者達の光となって、大業を成し遂げた。俺たちもその英雄たちの生き様に乗っ取り、この時代でそれを為そうとしているだけですよ』

 

意思、夢、奴が明確に持ち、見据えるものが雄弁に語る言の葉に織り込まれている。

 

『人間はいずれ異形を越える。そう、力に選ばれた俺たちはこの蒼天の下で異形という困難に挑戦し、己の限界を試し、超え、人間の進化の先駆者を目指す…数多の異形を屠り、俺たちは現代の英雄になる。それが俺たち英雄派だ』

 

 

 

 

 

あいつは過去にそう語っていた。奴らの信念に則って戦ってきたこいつは奴らのルールで言うなら英雄みたいなものだ。俺からすれば迷惑もいいところ、全く褒められたものじゃないがな。

 

「…なぜそこまで俺に深入れする。俺はお前の…大事な仲間を奪ったも同然なんだぞ。俺たちの計画でサマエルを持ち出さなければ…シャルバがあいつを殺すこともなかった。お前に殺されても文句は何一つ言えやしない」

 

信長は問う。ばつの悪そうに俺から顔を背ける今のこいつは、まるで俺に咎められ、罰を下されるのを待つかのようだ。

 

「今のお前には俺に対する殺意が全くない。テロリストの俺を…殺さないのか」

 

「…ああ、お前の行いは許すことはできない。お前らの計画に巻き込まれ、兵藤は死んだ。だが真に憎むべきシャルバはもういない。俺は少なくとも…情報を得る手がかりとして…因縁の相手としてお前と戦った。友の仇として戦ってはいないぞ」

 

相手がもしシャルバであれば話は違ったが、こいつら英雄派は直接兵藤を手にかけた下手人ではない。思うことが何もないわけではないが、復讐心なくただ情報を…可能性を得る一心で俺はこいつと戦った。

 

「…俺は英雄派であり、アルルのスパイだ。俺がどちらの立場であれ、お前がどんなことを考えていようと俺はお前を殺しにかかり、眼魂を奪うぞ」

 

「やれるもんならやってみろ。逆に俺がお前を負かして眼魂を根こそぎ奪ってやるよ。その前に、牢に入って罪を償うのが先だがな」

 

それでもと信長は食って掛かるが、俺は勝者の余裕をもって一蹴してやる。

 

この戦いでこいつの奥の手はすべて知れた。初見殺しじみた魔装も必殺技も対処できる。多分な。さっきは兵藤の助けもあって鎧を正面から木っ端微塵にできたが、次は助力なしのパワーで同じことをして見せる。

 

「…ははっ!こりゃ…完敗だな」

 

同じくボロボロの状態でなお啖呵を切る俺に対し、信長は呆れたように笑った。敗れたはずなのに憑き物が取れたかのように屈託のない笑顔だ。

 

「英雄派が作った眼魂なら…ほぼすべてアルルに流した。残ったものも幹部の連中が各一個ずつ持ってるだけだ」

 

「!」

 

観念したように息を吐いて瞑目する信長は何を思ったか、英雄眼魂の情報を話し出す。

 

「ジークの眼魂はお前が奪っちまったし…俺はそもそも持たなかった。曹操は二つ持ってたっけな」

 

「教えろ、誰がどんな眼魂を持っている?能力は?」

 

「…それを言っちゃ、あいつらのためにならねえだろ。俺は英雄派だからな」

 

クソ、いい感じの雰囲気だからお漏らししてくれるかと思ったがスパイなだけあってそこは硬いな。

 

「…代わりに教えてやる。ガイウス・ベトレアルを調べろ」

 

「ガイウス・ベトレアル…?」

 

おうむ返しに俺はその言葉を口にする。知らないワードだ。人名だろうか。

 

「そいつが所有している広大な私有地の一角に、アルルのアジトはある。場所は…」

 

その正確な所在を言いかけた途端。奴は血相を変えて俺を突き飛ばした。

 

「どけ!」

 

「っ!?」

 

突然の反撃に驚き、地面に体を打ち付けた。何をするのかと口を開いたその時、俺は見た。

 

俺を突き飛ばした信長の手首におどろおどろしい模様の蛇が深く噛みついているのを。

 

「蛇…!?」

 

「いってぇな!!」

 

乱暴に蛇を掴む信長が手首から引っぺがし、そのまま地面に叩きつけると神器で生成したナイフを頭部に突き立てた。間もなく絶命した蛇の頭部から血が溢れ出した。

 

今、こいつは俺を守ったのか?突然のことかつ疲労も相まって思考が追い付かない。

 

「これは…」

 

「冥界固有の種だ。ごく一部の森林地帯にしか生息していない絶滅危惧種のこいつがここにいるってのは…奴の仕業だ」

 

驚く俺とは反対に信長は冷静だ。それにしても戦後で気が抜けて油断したところを狙いすましたようなタイミング、そして蛇…まさか。

 

果たして、その答えとなる男が悠然たる歩みで現れる。ふわふわとした茶髪とその紫色の瞳が特徴のその男の顔を忘れるはずがない。

 

「アルギス…てめぇ何しに来た…!」

 

「それはこちらの台詞ですよ」

 

現れたアルギスは怒りすら感じる冷たい眼差しで信長を問い詰める。

 

「信長、なぜ彼をかばったのですか?」

 

「こいつをてめえに殺されるのは面白くないって思ったからだ」

 

冷酷な眼差しと、敵意が込められた鋭い眼光がぶつかる。

 

「彼をかばうということが何を意味するか、承知の上での行動と認識していいのですね?」

 

「そうだ」

 

即答する信長、迷いはなかった。つまり、こいつはアルル達を裏切ると言っているのだ。これまでの自分に鎖のように絡みついていたしがらみを断ち切り、自分が本当に為したいと思ったことのために進むという意思表示だ。

 

そんな彼にアルギスは深い落胆の息を零した。

 

「…残念です。本当に残念ですよ。同じ紛い物だとしても私たちはアルル様に忠を捧げた仲間だと思っていました。結局あなたも愚かな人間でしかなかったわけだ」

 

「紛い物…?」

 

アルギスと信長が紛い物とはどういう意味なのか。内心の疑問を察知したように信長は答えた。

 

「俺もアルギスも…同じアルルに忠誠を誓った身だが、叶えし者になったわけじゃねえ。2年前に降臨してから今のアルルには叶えし者の契約を結び、願いを叶える奇跡を起こす程の力はない」

 

「…つまり、アルルの部下には神龍戦争時代からの生き残りの叶えし者と、お前とアルギスのように叶えし者ではないが忠誠を誓った紛い物の二パターンがあるということか」

 

言葉を返さず、こくりと頷く信長。叶えし者でないにせよ、変身能力を手に入れたアルギスが脅威であることには変わりない。

 

「信長、あなたが受けた蛇の毒は即効性ではない。だが一時間後には確実に死に至らしめる神経毒です。それに深手を負った今のあなたではそれまで持ちこたえないでしょうつまり…あなたはもう助からない」

 

すっと蛇に噛まれた信長の手首を指さすアルギスが、残酷な宣言を口にする。

 

「!!」

 

驚いた俺だが死を宣告されたにもかかわらず信長の顔に動揺はない。まるで全てを受け入れたかのように達観し…あるいは何かを決めた表情のまま、アルギスと向かい合う。

 

そんな信長の視線に微かに顔をしかめるアルギス。だがそれは死を予告されてなお同様の色一つ浮かべない信長への怒りの感情によるものには見えない。

 

「…同じ紛い物のよしみです。首を垂れ、自らの過ちを認め謝罪するなら解毒しましょう。最後のチャンスです。そして私と共に、そこのイレギュラーを潰すのです」

 

「っ…」

 

俺の額に血交じりの汗が流れた。

 

まずいな。ここまで消耗して万端の状態のアルギスと一戦構えるのは不可能だ。どうにかうまくやり過ごし、脱出の算段を立てなければ…。

 

「くっ」という声が背後に聞こえた。顔を動かさず、目線だけそちらに動かせば、震える足でボロボロの信長が日本刀を杖代わりに立ち上がろうとしていた。荒い呼吸を繰り返す血まみれの顔で、俺を一瞥する。

 

「…こいつは俺に言った。お前は叶えし者じゃない、英雄派だと」

 

「何?」

 

〈BGM:CNo.39希望皇ホープ・レイ(遊戯王ゼアル)〉

 

「俺は今まで…てめえらの恩義で戦ってきた。自分の意志を持たず、ただ忠義に尽くすだけ…死んだように生きていた。だが…俺は気づいてしまった。いつの間にか、曹操たちと共に本気で英雄を目指そうとしていた自分がいたことにな。信長って男はあいつらに出会ったことで生き返ったんだ」

 

ふっと微かに不敵な笑みを浮かべる信長が、日本刀を鞘から抜き放ち、切っ先を敵対すべき者…かつての仲間であるアルギスに向けた。

 

「こいつと戦って吹っ切れた…俺はおめえらとは縁を切る。俺を見出してくれた大恩あるラディウスとアルルには悪いが、残り少ない命、好きにさせてもらう」

 

「…そうですか」

 

最後のチャンスをふいにされたアルギスが眉を顰める。それは忠義を捨て裏切った仲間への怒りか、はたまた信じていた彼に裏切られたことへの悲しみか。

 

「前々からアルル様はあなたのことを実績とは別にあなたを疑っておられました。不安の芽は纏めて刈り取っておきましょうか」

 

「いいぜ、この俺…英雄派の信長として、今から悪魔という異形のお前に挑戦させてもらう。アルギス・アンドロマリウス!!」

 

傷つきながらも威風堂々たる気高さを取り戻した信長が、アルギスを真っすぐ見据えた。かつて同じ神に忠誠を誓った二人の男。道は今別たれ、二人は相対する。

 

「…俺は英雄を目指す身だ。英雄になるため、今から偉業を成し遂げてやるよ」

 

信長が静かにこちらを一瞥し、勇ましく宣言する。

 

「未来の英雄になるお前を、このバカから守り生かしたという功績をな!」

 

「!!」

 

その勇ましい宣言に、意外な決意に俺は目を丸くした。つい先ほどまで命を懸けて死闘を繰り広げたこの男が、俺のために戦おうというのか。

 

「変身」

 

〔カイガン!ダークライダー!闇の力!悪い奴ら!〕

 

「禁手化…!」

 

アルギスはパーカーゴーストを纏ってダークゴーストに変身し、信長は先ほど同様の禁手の鎧へ身を包む。

 

「…」

 

男たちの睨み合い、この一瞬に両者のどんな思いが込められていたか。俺には知る由もない。

 

先手を切ったのはアルギスだった。颯爽と馳せ、信長へと突き進む。信長は迎撃するべく宝石の礫を次々に射出する。しかし戦いのダメージが響く体では、満足に狙いを定めることもできない。軽やかな身のこなしで一つも被弾することなくアルギスは信長の間合いに入り込む。

 

「ふん!」

 

流れる動作の中にガンガンセイバーを召喚し、反応が遅れた信長に至近距離で下段から切り上げる。その一撃はなんと、俺があれだけ苦労した鎧の防御をあっけなく越え、削れたような跡を残した。

 

「!!」

 

その光景に驚く俺だがすぐにその理由に気づいた。あの傷では満足に禁手を維持できていないのだ。あの能力は兵藤やヴァーリと同じ全身に力を纏うタイプ。その分消耗が激しいため、今の状態ではどうしても硬度が落ちてしまうのだろう。

 

「どうしました?お得意の鎧が台無しですよ?まるで紙屑のようだ!」

 

痛ぶるのを楽しむかの如く、アルギスは剣技のラッシュをかける。一太刀浴びるごと鎧は傷つき、反撃もままならず信長はじりじりと追い詰められてしまう。

 

「弱った禁手で勝てるほど私は甘くない!」

 

「舐めるな…!」

 

咄嗟に信長は大きな鎌を生成し、アルギスの胴目掛けて反撃のため振るう。しかしそれもステップを踏んでアルギスは回避し、追撃のために信長は投げ捨てるかのようにアルギスに向け投擲するが、それもガンガンセイバーで易々と弾く。

 

「信長!」

 

俺との戦いで深手を負い、十全に力を発揮できない信長に加勢せんと一歩踏み出す。しかしそれを察知したのか、信長が俺の足元に宝石の弾丸を飛ばした。驚いた俺は反射的に足を引っ込めた。

 

「!」

 

「手を出すな!ケジメをつけようってんだ、そこで見ていろ!」

 

加勢を拒絶した信長はこちらの番だと距離を詰めると、刀でアルギスのガンガンセイバーと激しく切り結ぶ。しかし消耗した体力は著しいもので、アルギスのスピードに対応しきれず結び損ねた刃を何度も受ける。

 

「ぐっ…深海悠河!」

 

戦いの最中、信長は俺の名を呼んだ。

 

「兵藤一誠の眼魂を作る必要はねえ!むしろ作るな!眼魂の数が増えれば増えるほど、こいつらの目論見の達成に近づく!!」

 

「!」

 

このタイミングで俺が聞き出そうとしていた眼魂の製法について答えたのだ。

 

兵藤の眼魂を作る必要がない…?どういうことだ、そうでもしなければあいつの不安定な魂は消えてしまう。それ以外の解決策があるとでもいうのか。それに、眼魂を増やすことで目論見の達成に近づくとは…?

 

「余計な事を喋るのはやめてもらいましょうか!」

 

苛立ち交じりにアルギスが信長を乱暴にガンガンセイバーで切り裂く。アルギス元来の紫色のオーラを帯びた剣戟が硬度を保てない鎧に無残な傷跡を生む。

 

「がぁっ!こいつらの目的は60個の眼魂のエネルギーで…!」

 

「口が過ぎますよ!」

 

じりじりと信長を追い詰めつつドライバーに手を滑らせたアルギスがレバーを引く。

 

〔ダイカイガン!ダークライダー!オメガドライブ!〕

 

「がはぁ!!」

 

オメガドライブにより一気に増幅した霊力を帯びた強烈なパンチの前に木っ端のように信長が横転する。

 

「…っ!!」

 

いつ死んでもおかしくない信長の姿を見て、自然とその眼魂に手が伸びていた。

 

信長が喉から手が出るほど欲しがっていたノブナガ眼魂。これを使い、あいつが英雄化を使えば逆転できるかもしれない。

 

しかし今、俺を生かすために戦っているとはいえこいつは英雄派だ。こいつのおかげでどれだけの被害が出たかわからない。ヴァーリと同じだ、状況が状況とはいえ、敵対する立場の者を簡単に信用していいものか。

 

「…」

 

だがこのままでは信長がアルギスに負けてしまう。ケジメをつけられずに、無念のままこの男を殺していいわけがない。こいつはやっと何より大事な仲間というものを知ったのだから。

 

「信長!これを!」

 

意を決して、眼魂を信長へ投げた。

 

「!」

 

俺の声に反応して信長は素早く動き、投げられた眼魂を掴んだ。手にしたそれを見て信長は酷く驚いた顔をした。

 

「こいつは…」

 

「それを使ってケジメをつけろ、お前は…英雄派の信長だろ」

 

敵対する組織の人間に塩を送るなど、本来組織人としてあるまじき行為だ。今の俺の行動が公に知れたら問題だと糾弾されるに違いない。

 

だが、今俺のために必死に命張って戦う男の決意を認めずして戦士を名乗れない。こいつの思いに応えなければ一生後悔を引きずることになるだろう。それは兵藤を死なせてしまった時と同じだ。後悔したくないから、今悔いなき選択をする。

 

「…粋なことしてくれるじゃねえか」

 

眼魂を握る手に小型の魔法陣を展開する信長が、眼魂を胸に押し当てる。眼魂は沈み込むように信長の鎧…体内に入り込む。そして変化は起こった。

 

バチバチバチッ!!!

 

信長の全身から雄々しい紫色の霊力が溢れ出し、強大な力がスパークを起こす。変身していないためオーラを感じ取れない今の俺でも、その力に圧倒される。

 

急激に高まる力は信長に視覚的な変化をもたらす。信長の鎧が形状を変えてより無骨で豪勢な戦国武将らしいものに変わり、高貴さすら感じる紫色に染まっていく。

 

「これが俺の英雄化…名づけるなら、『永久に砕かれざる綺羅星の宝鎧《エターナル・メテオライト・ジェネラルメイル》』。お前を滅ぼす力の名だ」

 

英雄化前以上に神々しい光の粒子のマントを纏う信長の後姿は、まさしく将軍…いや、勇者そのものであった。

 

〈BGM終了〉




アルギス「…私って噛ませ犬なんですかね」

アルル「何を言う。私の変身シーンなぞ初登場時の一回のみだぞ」

ゼノヴィア「ヒロインなのに話数で言えば15話、期間で言えば半年以上も登場してないのはどういうことだ?」

今言えることはただ一つ。ごめんなさい。

敵幹部同士の戦いって燃えますよね。

次回、「六根清浄」


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第161話「六根清浄」

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2.エジソン
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4.ニュートン(NEW)
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9. リョウマ
10.ヒミコ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
23.コロンブス
31.ライト
41.シグルド
42.ユキムラ
44.ハンゾウ


〈BGM:貫く信念(遊戯王ゼアル)〉

 

「随分大層な姿じゃないですか」

 

俺からノブナガ眼魂を受け取り、ついに念願の英雄化を果たした信長。全身から放つ眩い光にアルギスが臆することはなかった。

 

「しかし、今更パワーアップしたところでもう遅い!」

 

アルギスも負けじと英雄眼魂から三体のンマイザーを召喚し、けしかける。フーディーニ眼魂から生まれた金属質なボディを持つ銀色の磁力の化身、ガンマイザー・マグネティック。更には荒々しい気象の化身、ガンマイザー・クライメットも並び立つ。アルギス自身は人型ではなく大きなライフル状の姿をしたガンマイザー・ライフルを手にする。このガンマイザーは人型ではなく、他のガンマイザーに武器として装備されることで強化する役目を持つタイプの一体だ。

 

「やれ」

 

アルギスの合図一つでマグネティックとクライメットが互いの力を共鳴させ、強大な磁力の吹雪を巻き起こす。全てを凍てつかせる強烈な風は勿論のこと強い磁力を帯びたそれは辺りに散らばった金属片なども引き寄せて、過ぎ去った後に生物の一つすら残さぬ凶悪な自然の猛威だ。

 

「肆ノ輝、伍ノ輝」

 

それを前にして冷静を崩さない信長は薙刀を作り出し、馬を生み出す。颯爽と馬に跨る信長はなんと、吹雪の中に単身突撃していく。

 

迷いもなく、言葉もなく、ただ真っすぐに虹色の粒子を放ちながら突き進むその姿が遠ざかり、吹雪の中に消えた。

 

ズバン!

 

その直後、吹雪が内側から放たれた眩い斬撃により切り刻まれあっという間に霧散する。ただの一太刀だが、強烈なオーラを纏った斬撃だろう。ガンマイザーの攻撃が弱かったわけではない。だが、英雄化を果たしジーク以上の親和性に至った今の信長の敵ではない。

 

「!!」

 

「壱ノ輝!」

 

宝刀を生み出した信長が馬から跳びあがり、変身前から愛用している刀との二刀流を見せる。着地して踏み込み、ガンマイザーたちを間合いに収めた信長。

 

冴えわたる剣技、鎧の輝きと相まって閃光と化した剣技が瞬く間にガンマイザーたちを切り刻み、撃破して見せた。

 

「まだだ!」

 

そこにアルギスがガンマイザーで砲撃を仕掛けた。ライフルの銃口から茶色の霊力の光弾が連射され、信長に殺到する。それを信長は対応するそぶりも見せず、ただ攻撃を受ける。鎧に着弾すると、次々に爆発が起こった。分厚い炎と煙の幕が、信長の姿を覆い隠した。

 

「…そんなもんか」

 

またしても斬撃。一太刀で幕は切り裂かれ、全く持って無傷の信長がその姿を現した。鎧の硬度も元に戻ったようだ。

 

「弐ノ輝、陸ノ輝、参ノ輝!」

 

信長の技はそれだけで終わらない。六天魔装を次々に展開し、追撃を開始する。

 

英雄化の影響で形が変わった軍配を振るい、竜巻を巻き起こしてアルギスを空へ飛ばす。煌めく千刃を乗せた風はあらゆるものを切り刻む。

 

「おぉぉぉぉ…!!」

 

猛烈な風にスーツを削り取られながら、自由を奪われたアルギス。かつての仲間に一切の慈悲をかけることなく、信長は魔装の矢をつがえ、弓を構える。彼の周囲には魔装の火縄銃が大量に出現し、その銃口の一切は宙を舞うアルギスへ向けられている。

 

あれはノブナガ眼魂の能力だ。武装をコピーし量産する能力で魔装を増やしている。一つ一つが恐ろしい力を秘めた魔装を増やして攻撃するとは…これまで眼魂を奪われずに済んで本当に良かった。もし眼魂を奪われ、禁手と英雄化を併用した状態であの時戦っていれば全滅していただろう。

 

魂を込めるように強く引き絞った矢を信長は射る。それを合図に周囲の火縄銃も一斉に火を…いや、炎よりも熱い圧縮された光線を放った。

 

空を切る矢は竜巻の中に突っ込んでもなお標的を見逃さない。風の流れに従い、真っすぐにアルギスの腹に刺さった。

 

「がはぁ!!」

 

痛みに苦しむよりも前に、光線の雨が下から降り注ぐ。アルギスの全身をくまなく貫き、焼く。その一撃一つ一つの威力は受けた俺がよく知っている。それを何度も浴びせる信長の今の力に、ひやりとしたものが俺の背筋を駆けた。

 

やがて竜巻に巻き上げられたアルギスが、地面に勢いよく叩きつけられた。

 

「がはぁ!…どうしてだ…裏切者に…私が押されるとは」

 

「そりゃあお前、こっちは命がけの覚悟決めてノリがいいからな。戦いはノリのいい方が勝つ…らしいぞ」

 

突然信長がぐらりと体勢を崩した。

 

「ごはっ」

 

突如として吐血する信長。相当な力を発揮している分、体の負担が大きいのか。ただでさえ深刻なダメージを受けている状態でこれ以上戦えば…。

 

しかし信長は戦いをやめることはない。どうにか態勢を気合で持ち直し、宝刀ではない、日本刀を高く天に掲げた。

 

「これが俺の最期の一撃だ!六天魔装、終焉ノ輝!」

 

六天魔装すべての輝きを一つにした刀が、天に立ち昇るほどの極太の神々しい光を放つ。上級悪魔なら浴びただけで焼けるような光量だ。もしかしたらそれは最上級悪魔…下手をすれば魔王クラスにも届きうるかもしれない。

 

信長の命の輝き。迷いに迷い、ようやく心を得て道を定めた男は全身全霊でその奥義の名を叫んだ。

 

「六天清浄無双!」

 

〔ダイカイガン!ダークライダー!オメガドライブ!〕

 

すかさずダークゴーストもオメガドライブを発動。ガンマイザーの銃口に込められたエネルギーに霊力が加わり、膨大なエネルギーが蓄えられた。

 

「「おおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!!」」

 

そして炸裂は同時だった。光の極大の柱が振り下ろされ、ガンマイザーの砲撃が迸る。すぐに両者のオーラは衝突を起こし、飛び散ったオーラが辺り一面を削り取らんとばかりに大きな破壊の跡を残していく。

 

しかし、拮抗する間もなく信長の光が押していく。アルギスの砲撃を両断し、ゆっくりと極太の光がアルギス目掛けて叩きつけられた。それもそのはず、この一撃は信長の魂の一撃だ。生半可な力が、意志が敵うはずもない。

 

「信長ァァァァァァァ!!!」

 

光の爆発。周囲一帯を飲み込む光と轟音がその破壊力のすさまじさを物語る。ただ一人、光の奔流にのまれた男の断末魔の悲鳴すら、光の中に消えた。

 

〈BGM終了〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ…はぁ…」

 

鎧が光となって弾け、眼魂が零れ落ちた。信長の息がこれまで以上に荒い。体が痙攣し、前のめりに倒れこんだ。全身から血を吹き出し、今すぐにでも手当てをしなければ危険な状態なのは見て取れた。

 

「逃げやがった…だが手ごたえはあった」

 

「!」

 

アルギスがさっきまで立っていた場所を弾かれた様に見れば、そこには眼魂がいくつか落ちているだけだった。これだけの一撃でも、届かないのか…。

 

「クッソ…親父に…会いに行かなきゃ…ならねえのか」

 

「信長!」

 

慌てて俺は信長に駆け寄る。少しでもその症状を抑えようとフェニックスの涙を取り出すが、信長はその手を振り払った。

 

「フェニックスの涙は…毒には効かねえ。敵に塩を…涙を送るやつがいるかよ」

 

「!」

 

言われて気づいた。俺の頬に涙が伝っていることに。あれだけ命を懸けて殺し合いをしてきたこいつのために、俺は今泣いている。

 

「お前…」

 

「へ…俺に勝ったんだ…お前も…曹操たちも…英雄にならなきゃ…承知しねえぞ」

 

信長の虚ろな目が、空に移る。恐らく何も見えていないその目は、空のはるか先まで見据えていた。

 

「どうだった…俺は…最後に英雄に、なれたか…」

 

「…ああ、最高にかっこよかったぞ」

 

「そうか…」

 

これ以上ない誉め言葉を受け取ったと信長が目を細める。最後の六天清浄無双、英雄を目指した男の輝きは永久に俺の中に刻まれた。これから先も、忘れることなく俺が未来へと伝えていく。

 

「お前の…おかげで…最後にや…りたいことを、叶えられた…ありがとう」

 

…敵に礼を言うやつがいるか。そう言いたかったが、それを言えば俺の中の何かが崩れそうだった。

 

「イレギュラーの、お前なら…きっと…俺を…越えて…未来へ…行…け」

 

小さい微笑みを浮かべ、以降の言葉は絶えた。

 

その死に顔は、これまでに見たどんな人間よりも満足そうに微笑んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

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「…なんだ、もう逝ってたのか」

 

「ふ、まるで僕が負けることがわかっているかのような言い方だね」

 

「二天龍に絡むとろくなことにならねえからな」

 

「そうだね…最後の最期で身をもって学ぶことになるとはね」

 

「…ジーク、お前に話したいことが沢山あるんだ」

 

「へえ、最期まで戦った君の武勇伝か…それとも禁手を使ってなお紀伊国悠に負けた君の醜態かな?」

 

「…全部見てたのか」

 

「ああ。仲間なんて言葉、温いと思っていたけど…君ほどの男にそう認めてもらえるなら悪い気はしないよ」

 

「そうかよ」

 

「君の天峰家に関する境遇は知っていたけど、今の今までずっと苦しんでいたとはね」

 

「…スパイとして、俺はお前たちをアルルのために利用した。すまなかった」

 

「自分からスパイを白状するなんて、全く君はとんでもないうつけものだよ」

 

「ぐっ」

 

「本当なら裏切者はグラムの錆にするところだったんだけど…生憎グラムは木場祐斗に奪われたし、僕も君も死んでいるからね。殺さないでおくさ」

 

「―――」

 

「…ほら、君と話をしたいって人がもう一人いるみたいだよ」

 

「わかってる。俺もそのつもりだったからな…色々あったが、死んだ今なら親父とゆっくり話せる気がする」

 

「僕たちの英雄への道は終わった。でも、曹操たちはまだ突き進もうとしている」

 

「俺達で見守ろうか、深海悠河の…曹操たちの行く末を」

 

 

 

 

 

 

 

 

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「…」

 

既に冷たくなった彼の亡骸を見下ろす。

 

この男…英雄派幹部・信長は同じ幹部たちと共に幾度となく俺たちの前に立ちはだかった因縁の敵だ。

こいつらの計画で俺たちの修学旅行は台無しにされ、あげく兵藤も直接手を下されたわけではないにせよ間接的に死に関わることとなった。俺たち以外で言うなら、こいつらの禁手使いを増やす無茶な計画とテロでどれだけの犠牲が出てきたことか。

 

だが、最後の最後でようやく自分が進むべき道を定め、為すべきと思ったことを命がけで成し遂げた。その一点において、この男の生き様は見事だった。

 

「…敵ながら、天晴だった」

 

届かぬ言葉を捧げ、俺は立ち上がる。

 

「お前のおかげで見つけたぞ。俺の『英雄』を」

 

曹操に提起され、考え続けてきた『英雄』の定義。それをようやく見つけることができた。英雄派とも違う、兵藤が体現する像とも違う、俺だけの定義。

 

眼魂やアジトの情報だけじゃない、こいつはもっと大事なことも俺に教えてくれた。こいつの雄姿が俺なりの英雄の答えを見せてくれたのだ。

 

敵であろうと俺につないでくれた信長の最期の言葉を蔑ろにしないためにも、俺は進まなければ。

 

しかし、俺の決意の前に冷たい現実が立ちはだかる。

 

「くっ…」

 

視界がぼやける。体に力が入らず、前に出した一歩すら満足に踏み込めない。消耗した体がいよいよ限界を迎えたらしい。

 

それでも前進しようと体を動かせば、そのまま前のめりに倒れこんでしまう。

 

「意識が…」

 

失血と疲労が否応なしに俺の意識を虚無に引っ張る。抗う力もなく、俺の意識は闇に落ちるのだった。

 

 




信長は毒が回る前に英雄化の反動で力尽きました。アルギスの毒で死んでやるまいという意地です。

信長についてはヒーローズ編が終わった後に裏話を活動報告に載せたいと思います。

次回、「見えた可能性」


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第162話「見えてきた可能性」

いよいよヒーローズ編も折り返し地点です。今年中に頑張って外伝含めヒーローズ編を終わらせて年明けにはオリジナル編に入らなければ…。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
1.ムサシ
2.エジソン
3.ロビンフッド
4.ニュートン
6.ベートーベン
7.ベンケイ
9. リョウマ
10.ヒミコ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
23.コロンブス
31.ライト
41.シグルド
42.ユキムラ
44.ハンゾウ


「…ん」

 

ふとした揺れが、無窮の闇に揺蕩う俺の意識を呼び覚ます。

夢か現実かもわからない世界と入れ替わるように目に映ったのは冥界特有の紫色の空。どこから来たかもわからぬ暗雲が流れ込み、人間界の空を見慣れた俺には酷く穢れたもののように見えた。

 

寝起きで朧げな頭を働かせ記憶を掘り返す。どうやら信長の戦いの後、そのまま気絶していたらしい。あれだけ負傷すればそれも当然と言えるが…どれだけ強くなっても、それ以上に強い敵が立ちはだかって来る。

一体どこまで強くなればいいのやら。

 

「ここは…!?」

 

上体を起こして辺りを見渡す。移ろいゆく高所の景色、ここはキャプテンゴーストの甲板だ。気絶した俺を気遣って自ら甲板に摘み放ったのだろうか。

 

「目覚めて早々、落ち着きのない男だ」

 

状況把握に努める俺に冷たい男の声がかけられた。その声の先にいたのは。

 

「ガルドラボークさん…どうしてここに」

 

武器職人の頂点、創星六華閃が一人、ガルドラボーク・ジャフリール。レジスタンスの協力者でもある彼が、マストに背を預けて本を片手に佇んでいる。

 

「ポラリスから君の子守を頼まれてね。前線に出るから代わりに様子を見ておけと。全く、六華閃をなんだと思っているのやら」

 

パタンと本を閉じたガルドラボークさんは不満を隠さず嘆息する。

 

「前線に?」

 

「今頃、メタルフォートレスとやらを操縦してグレモリー領に向かっている豪獣鬼を迎え撃っているさ。レーヴァテインもシトリー領の魔獣相手に大暴れしている…俺は貧乏くじを引かされたわけだ」

 

おいおい、人の前で貧乏くじだなんて言ってくれるじゃないか。この人が凛関係のことで俺を快く思っていないのは重々承知だが。

 

それはさておき、ポラリスさんも表に出てきたか。最上級悪魔も手こずる魔獣たちが首都を狙う今回は冥界の存続の危機だ。流石に静観を決め込むわけにはいかなかったか。ただポラリスさんのことだから色々考えがあっての行動だろうが。

 

「寝ている間に傷の手当てをさせてもらった。丁度、君がフェニックスの涙を持っていたようだしな。手間はそうかからなかった」

 

「…ありがとうございます」

 

俺に不満はあるが、心底毛嫌いしているわけではなさそうだ。でなければこの役目も断るだろうし、傷も癒したりしないだろう。

 

「リリスで、サイラオーグさん達と合流しないと…」

 

「そう急くな。この船はリリスの方角に向かっている。後10分程で到着するだろう」

 

キャプテンゴーストの奴、そこまで気を回してくれるなんて…最近出番を与えてやれなかったことが本当に申し訳ない。今後はもっと呼んでやろう。

 

「これは君のものだろう?」

 

「それは…」

 

そっとガルドラボークさんに手渡されたのは3つの眼魂。ビリーザキッドにフーディーニ、そしてグリム眼魂。恐らくアルギスが落としていったものだ。それも回収されていたとは…俺に嫌悪感を抱いてはいるが、ガルドラボークさんの私情を挟まず仕事をこなすスタイルが伺える。

 

「今までの戦い、見させてもらった。実力は認めるが敵に情けをかけるなど笑止千万だな」

 

「…!」

 

ぎろりと責めるようなオッドアイの双眸が俺を刺す。しかし彼は瞑目し、ため息をつく。

 

「だがその情けが想定以上の成果に繋がった。今回の件は不問にしよう。…大した男だよ、君は」

 

なんと不快感を隠さないこの男の口から素直な誉め言葉が出たのだ。俺は一瞬今何を言ったのかと驚きで目を丸くした。

 

「…意外ですね、てっきり嫌われてると思ったんですけど」

 

「妹にこだわる君に対する不快感がなくなったわけではない。だがそれを補う…いやそれ以上に我々にとって有益すぎる情報を得た。称賛の言葉はあって然るべきだと思うが」

 

ほんと、どこまでも公私混同せずきっちり分けてくるな。嫌味を言っては来るが成果を上げたらこの通り褒めてくるから嫌いになり切れないし、普段の態度から好感を抱けるわけでもない。なんというかやりにくい人だ。

 

「それはさておき、これでアジトの正確な所在の特定が可能になった。いよいよディンギルとの決戦が近い。ポラリスもイレブンもドレイクも参戦するだろう。ここでアルルは何としても叩き潰しておかねばならない」

 

「…それに、あいつも」

 

アルルに憑依された妹、深海凛。決戦ともなればまず間違いなくアルルと戦うことにもなる。その時、俺は…。

 

「そうだ。約束の期限は10月末。今回が最後のチャンスとなる。我々にとっても君にとっても千載一遇の好機だ。君がどう立ち回り、望みを叶えられるか…楽しみにしているよ」

 

期待の言葉をかけるが、彼の目には優しさや期待の色は全くない。あくまで一歩引いた目線で俺を値踏みし、試すような色。

 

これからの決戦で、俺は凛を救い出しこの人に俺を認めさせてみせる。ゼノヴィアに教えられたように言葉ではなく行動で証明する。それ以外に方法はない。

 

会話の途中、コブラケータイの着信音が鳴る。何事かとすぐに取り出し、着信に応じる。

 

『深海君!』

 

「…木場か」

 

互いに約束を交わしあった友の声は一人戦いに身を投じていた俺の心に安心感を与えてくれた。

 

『そっちは無事かい?』

 

「ああ、今信長との戦いが終わって、リリスに向かってるところだ」

 

『信長!?』

 

現状を報告した途端、木場とは違う第三者の聞き慣れた女性の驚いた声がいきなり通話に割って入った。驚きのあまり心臓が跳ね上がりそうになった。

 

「うわっ!?この声、部長さん!?」

 

『うわって何よ』

 

「いや、びっくりしてしまって…それより、大丈夫なんですか?」

 

出発前にはサイラオーグさんの激励を受けてなお立ち上がれなかった部長さん。今聞こえてきた彼女の声は沈んでいた今までとは打って変わって普段の調子を取り戻している。

 

『ええ、もう大丈夫よ。私だけじゃない、朱乃もアーシアも、皆立ち直れたわ』

 

「…よかった」

 

普段通りの部長さんの声に思わず本心からの安堵の言葉が漏れた。どうすれば再起できるか途方に暮れるほどだった状態から、無事平静を取り戻せたことへの安心感で

 

『それにこちらも丁度ジークフリートを倒したところよ』

 

…ん?ジークフリート?

 

「ジークフリートを…?魔王様のところに行ったんじゃないんですか?」

 

『あの男、私たちが話をしているタイミングで旧魔王派の悪魔を引き連れて、あろうことか魔王様をスカウトしようとしたのよ。当然ながら断られたけど、流れで祐斗と戦うことになってね。イッセーが駒を通じて私たちに語り掛けて、アスカロンを授けてくれたおかげで勝てたわ』

 

英雄派の連中、俺に飽き足らず今度は魔王様を勧誘かよ。あの方は確かサーゼクスさんに並ぶ超越者と言われる悪魔だ。そりゃ、半分になったオーフィスの穴を埋めるには持って来いの人材だろうが、俗世と関わってこなかったオーフィスと違い魔王という公の立場がある。断られて当然だ。

 

それにしても木場の方はアスカロンか。信長が言っていたのはこのことだったんだな。…あれ、なんで信長はこうなるってわかってたんだ?

 

「…実は俺も同じです。信長の禁手に負けそうになった時、持ち出した駒からあいつの声が聞こえて、赤龍帝の籠手を一時的に使えるようになったんです。あいつのおかげで、俺は勝てました」

 

『イッセー先輩が…』

 

『イッセー君ったら、本当に私たちのことを想って…』

 

いかん、通話越しに塔城さんや朱乃さんの上ずった声が聞こえだしたぞ。この話を詳しく続けると折角立ち直れたのに振出しに戻ってしまいそうだ。話を逸らさねば。

 

「それで、アジュカ様は何と?」

 

『まずイッセーの駒だけど、トリアイナや真紅の鎧の影響で私たちが持ってた7つの駒のうち4つが変異の駒に変化していたわ』

 

「変異の駒4つ!?」

 

変異の駒と言えば、ギャスパー君の転生に使われた駒と同様の代物だ。変異の僧侶の駒で転生したギャスパー君は一つ暴走した禁手で三大勢力の首脳陣に届きうる力を発揮させた。それが4つも後天的に変化するとは…駒も所有者の力に応じて変化するシステムが組み込まれているのか?

 

『ええ。それと、イッセーは生きてる可能性が高いわ』

 

「!!」

 

『魔王様が仰るには、駒の最後の記録情報が「死」ではないからだそうだわ。赤龍帝ドライグの魂も含めてまだイッセーは生きているかもしれない…そうよ。この状態なら、魂もサマエルの毒にやられてない可能性が高いし駒も機能を停止してないから、イッセーに戻せるわ』

 

兵藤の魂が生きている。その情報だけで、どれだけ心が希望に満たされることか。やはり悪魔の駒を作った魔王ベルゼブブ様に聞いて正解だった。餅は餅屋というやつだ。しかし魂は無事だと分かったが、懸念点は残っている。

 

「でも、戻す体はどうすれば?」

 

『それはイッセー君の両親の体毛からDNAを採取して、グリゴリの研究施設でクローン技術を使って作ればそれも解決できますわ。でも…』

 

朱乃さんの声のトーンが落ちる。その先の言葉を木場が引き継いだ。

 

『魂が肉体に定着するかは別問題らしいんだ。それにイッセー君には赤龍帝の籠手もある、魔力や投薬で治療すれば拒絶反応は抑えられるけど、神滅具の移植で後遺症が出るかもしれない。それも一生引きずるレベルのね』

 

魂の移植。内容を聞けば臓器移植と同じように聞こえるが、きっとそれ以上に難度の高くリスキーなモノだろう。魂とは初代孫悟空曰く肉体を失ったそれは非常に不安定で脆いもの。臓器移植とはまた違った魔術的なアプローチも必要になるセンシティブな処置になるはず。

 

薬漬けの天龍かぁ…。一生引きずる後遺症というのも考えるだけで恐ろしい。もし仮に性欲が沸かなくなるなんてものだったら…それはもはや兵藤のアイデンティティの喪失に他ならない。

 

『…以上が、魔王様から聞いた話よ。ゼノヴィアもイリナもロスヴァイセも、分かったかしら?』

 

『まだ危機は去っていませんが、とにかく一安心です』

 

『イッセー君が死んだなんて聞いたときは卒倒しかけたけど、おっぱいドラゴンは不死身ね!』

 

『体が滅んでも生きてるなんて流石イッセーだよ。やはりハーレム王の夢を叶えずに死にきれなかったのだろうね』

 

と、死神たちとの戦いやその前で離脱していた三人の喜びの声が聞こえてきた。ん?

 

「って、帰って来たのか!?」

 

ナチュラルに話に混ざって来たけど、いつの間に!?

 

『私たちが帰ってこないと思ったの?失礼しちゃうわ!』

 

『イリナの言う通りだぞ、それにエクスデュランダルも修理した上に『完成』したことだからね。イッセーの分まで暴れて見せるさ』

 

戦いに参加できなかった二人も元気が有り余ってるようで。アーサーが持っていた支配の聖剣を加えて7本のエクスカリバーが揃ったエクスデュランダル。その力がどれほどのものか楽しみだ。

 

「ところで、先生とギャスパー君はまだ帰ってきてないのか?」

 

『ギャー君はギリギリまでグリゴリで調整中です。先生はどうなっているかはわかりません…』

 

『言われるまで完全に忘れていたぞ』

 

ナチュラルに話に混ざって、ナチュラルに酷いことを言うんじゃない、そこ。

 

「それについては私から説明しよう。繋げてくれ」

 

ガルドラボークさんの希望に応じてコブラケータイを操作し、向こうの映像を空中に投影しこちらの映像も向こうに転送する。

 

すると、自分と兵藤、アザゼル先生を除いて全員揃っている部長さんたちオカ研の様子がありありと映された。優雅な雰囲気ある部屋の背景からして、グレモリー城に集まっているのだろうか。

 

『悠河!…隣にいるのは?』

 

「私は創星六華閃の一人、ガルドラボークだ。以後、お見知りおきを。道端で倒れていた彼を拾い、今行動を共にしている」

 

『えぇっ!?あ、あのが、ガルドラボークさんですか!?』

 

名乗った矢先、携帯越しにロスヴァイセ先生の酷く驚いた声が聞こえた。

 

『お知合いですか?』

 

『いえ、でもジャフリール家は北欧を拠点に魔法、魔術、呪術を研究し、修める者の間では知らない者はいない名門です。私も北欧にいた頃、歴代ガルドラボークの魔術・魔法指南書を読み漁りました!勿論、現当主の本も!攻撃魔法の効率化について書かれた本に触発されて…』

 

『ろ、ロスヴァイセさん…?』

 

ロスヴァイセ先生、若干早口オタクに片足突っ込んでアーシアさんに引かれてるぞ…。テンションが百均ショップの話題になった時のそれに近い。ガルドラボークさんも若干引き気味だし。

 

『ロスヴァイセ、一旦落ち着いて頂戴』

 

『…はっ!すみません…』

 

部長さんの一声でロスヴァイセ先生は落ち着きを取り戻す。とにかくこの人が凄い人だってのはよーくわかった。

 

「…ごほん、アザゼル総督と魔王サーゼクス・ルシファー…そして天界のジョーカー、デュリオ・ジェズアルドは冥府に向かった」

 

「はぁ!?」

 

『お兄様たちが冥府に!?』

 

『デュリオも動いているのか!?』

 

異口同音に俺たちは驚愕を叫ぶ。聖槍のせいで前線に出られない首脳陣が何をしているのかと思ったら冥府だと?サマエル関係のことを問い詰めているのか?

 

それにデュリオ・ジェズアルドと言えば天界陣営の神滅具持ちだ。聖槍に次ぐ強力無比な神器で天界のジョーカーならサーゼクスさんやアザゼル先生たち首脳陣に顔負けしないメンツとも言える。

 

『まさか、ハーデスが魔王様たちを…』

 

「違うな。冥府に向かったのは彼らの意志だ。ハーデスが混乱に乗じてことを起こさぬよう、見張るためにね。偶然にもヴァーリチームも冥府の死神相手に大暴れし、魔王の超越者の力を目にしたハーデスは冥府を離れることができないだろう」

 

あいつら、死神相手に鬱憤を晴らしに行ったか。ヴァーリの奴は気に入らないが、俺たちに死神の大群を送り付け、英雄派にサマエルの召喚を許可したハーデスはもっと気に入らない。特別に今回だけグッジョブと言っておこう。

 

『…あなた、どこからその情報を仕入れたの?』

 

「詳しい伝手がいる、とだけ言っておく」

 

怪訝そうに問う部長さんをガルドラボークさんは涼しい顔でいなす。これ、多分ポラリスさん情報だな。

 

『お兄様たちのことはよくわかったわ。そういえば、深海君、あなたの方はどうだったの?さっき、信長と戦ったって言ってたけど…』

 

「…死闘の末に俺を認めたあいつは、最期に俺を狙ってきたアルギスから守ってくれたんです。その時、いろいろな情報を教えてくれました」

 

そこから俺は皆に情報を提供した。信長が実はアルルのスパイだったこと、アルルが眼魂を集めて何か良からぬことを企んでいること、英雄派幹部たちがまだ眼魂を持っていること、そして…アルルのアジトを提供している人物の名を。

 

『そうだったのね…信長がスパイなら曹操たちがアルル達と繋がったことも納得がいきますわね。でもまさか、英雄派の幹部でもある彼が深海君を守るとは考えもつきませんでしたわ』

 

『元々悠は英雄派に気に入られていたそうじゃないか。それもあって動いたのかもしれないね』

 

と、朱乃さんとゼノヴィアは意見を交わす。信長が口にしていたのはそういう理由ではないが、もしかするとそれもあってのあの行動だったかもしれない。

 

『…深海先輩、イッセー先輩の眼魂を作ろうとしていたんですね』

 

「要は俺と同じやり方ならいけるんじゃないかと思ったんだけど、信長にやめとけと止められた。眼魂の数が多いほど奴らに有利だと」

 

自身の魂を宿した眼魂を肉体に宿して生きている俺というこれ以上にないケースがある故、同じ方法でできるのではと思ったがまさか眼魂を作るなと言われるとは思わなかった。あの状況であいつが俺にうそをつくとは思えないし…。

 

『15個揃ったプライムスペクターで相当な力を発揮していましたから、それ以上になるともっと大きな力になるでしょうね。それが狙い…といったところでしょうか』

 

ロキ戦で発揮したプライムスペクターはあの悪神ロキを軽く凌駕するほどのパワーだった。今はプライムトリガーが調整されたことであのような力は出せなくなったが、それでも数を増やせばそれに近しいエネルギーを生み出せるはずだ。

 

しかしそれを利用して奴らは何をするつもりなのか?当初の目的通り世界の滅亡?だが一切合切を消し飛ばす大規模極まりないことをするには及ばないだろう。

 

ディンギルに関するデータ、ポラリスさんたちレジスタンスとのやり取り。それらの記憶を探し回り、繋がる手がかりを見つけようとする。

 

…繋がる。いや、まさか。

 

「…そういえば、ポラリスさんのデータに奴らの目的は竜域と神域の接続ってありました。もしかしたら、連中は眼魂のエネルギーを利用してそれを実現するつもりかもしれません」

 

『そうか!』

 

『確かにそれだけのエネルギーなら二つの世界を繋げるなんて大掛かりなこともできそうね!』

 

推測通りなら、もう奴らの計画はかなり進んでいることだろう。英雄派とアルル達の二つの組織が動いたことでこれまで確認しただけでも10個以上…あるいはそれよりもっと多くの眼魂が作られたとみて間違いない。

 

『だとするなら、一刻も早く敵のアジトに乗り込んで眼魂を奪う必要がありますわね』

 

レイヴェルさんの言う通りだ。魔獣を倒し、すぐに行動に移らなければ。

 

『そうね。そしてアジトの所在を知るガイウス・ベトレアル…大王派の貴族悪魔ね。彼もアルル達と繋がっていたなんて…』

 

「知ってるんですか?」

 

『古株の悪魔の一人よ。七十二柱のお家ではないけど、権力者であることには違いないわ。でも、魔王や大王バアル他の古い悪魔と比べるとイマイチ影が薄いなんて言われてるわね』

 

「…影の薄いからこそ、動きを悟られなかったと」

 

『そういうことでしょうね。彼ならそこそこの規模の領地も持っているし、そこでアルル達を匿うアジトを用意することも可能なはず。…そういえば、ある時を境に急に権勢を伸ばしたとも言われたわね。ディンギルに富を願ったのかしら』

 

有り得そうな話だ。ポラリスさんの調査によると欲に忠実な悪魔や堕天使にディンギル側に寝返ったものは多いとされているからな。彼らはその性質故に願いを叶え、眷属にし、その信心を糧にするディンギルの格好の餌だと。貴族悪魔が欲をかいてディンギルと契約したとしても何ら不思議なことではない。

 

「…いずれにせよ、彼の追及は後回しだ。まずは目下の魔獣の対処を優先すべきと思うが」

 

冷静な判断を下すのはガルドラボークさん。その通りだ、追及しようにも魔獣の侵攻を止められず悪魔社会の中心となる都市を潰され、致命的な被害を受けては元も子もない。

 

『私たちも準備が整い次第、魔法陣でリリスに飛ぶわ』

 

「俺も今、リリスに向かってます。そこで合流しましょう」

 

オカルト研究部、再集結の時は近い。

 

 

 

 

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

 

 

 

 

グレモリー領にて抗戦を続ける豪獣鬼迎撃軍の援軍として突如現れたブライトロン。両腕に備え付けられた砲口から、薄ピンク色のビームが迸り、容赦なく豪獣鬼に浴びせる。

 

「GOAHHHHHHHHH!!」

 

たまらず魔獣が悲鳴を上げ、光熱が醜い肌を焼く。照射が終わると焼け爛れた皮膚がその有様を見せるが、たちどころに回復してしまう。そして何事もなかったかのように元通りになると、再びその歩みを再開する。

 

「…しぶといのう」

 

その再生力にポラリスは舌を巻いた。戦闘開始からしばらくが経過し、ビーム、バスターソード、ミサイルと迎撃軍が持ちえない様々な手段で攻撃しているがやはり豪獣鬼の再生能力を突破するには至らない。

 

操縦桿を押し込み、スラスターを吹かし飛翔。動きが鈍いなりに反応し、獲物に食らいつかんとする豪獣鬼の咢を躱しつつ、バスターソードで口元から喉にかけて切り裂く。

 

「もう一太刀!」

 

さらに喉元に横一文字にバスターソードの剣戟を放つ。あらゆる物質を分子化して抹消する刃が紙を切るような軽やかさで魔獣の肉を断った。喉笛を断ち切られ、巨体の呼吸による空気が傷口から一気に噴き出してくる。

 

「おっと」

 

慌てて距離を取るブライトロン。しかしその傷もやはり再生し、塞がってしまう。構成物質を分子レベルで抹消してなお再生できる驚異的な能力に驚きを禁じ得ない。よほど魔獣に込められたシャルバの現政府への恨みが強かったか、それとも上位神滅具に位置づけられる『魔獣創造』の能力が恐ろしいほどに強いか。

 

「まだ完成せんのか」

 

ブライトロンの攻撃も通じないと分かった途端、ポラリスは即座に真正面からの戦いから、可能な限り注意を引きつけ足止め、時間稼ぎをする戦術を取っている。

 

全く持って打つ手がないというわけではない。奥の手を使えば大ダメージを与えることができるだろう。だが奥の手を無暗に使って仕留めきれなかった場合、機体性能は著しく低下しそれこそ後が無くなる。特に再生能力が健在の今は倒しきれない可能性が高い。

 

故に例の術式が完成するその時を待つしかない。そしてその時はすぐに訪れた。

 

その時、迎撃軍から怒涛の魔法攻撃が魔獣に殺到した。

豪獣鬼の表面に着弾し、爆発を起こすとごっそり命中した個所を削り取っていた。これまで通りなら即座に再生し元通りになるところだが、そうなる様子はない。

 

ポラリスはその攻撃を放った魔法陣をカメラを通じて確認する。これまで迎撃軍が使っていた術式とまるで違う。その正体をポラリスは看過する。いや、ウリエルの超既視感がもたらした情報通りだと認識する。

 

「ようやくアジュカ・ベルゼブブの術式が完成したか」

 

アジュカ・ベルゼブブが自身の眷属と共に組み上げた対魔獣用の攻撃術式。魔獣のダメージを見た限り、威力は勿論のこと魔獣の再生能力自体を攻撃する効果のようだ。変わったのは攻撃だけではない。迎撃軍の陣形も、まるでその魔法を効率よく放ち命中させるように変わっている。

 

「隊の動きが変わった。ファルビウム・アスモデウスの戦術プランに移行したな」

 

四大魔王の頭脳を担当する二名の連携が遺憾なく発揮されている。奇しくも自分の奮闘が前線を立て直す時間稼ぎになったようだ。

 

「なら、攻め込むなら今じゃな」

 

ブライトロンが右肩にマウントしていたもう一つのバスターブレードを抜き放つ。そして彼女はにやりと笑んで、叫んだ。背部に搭載され2基のGNドライヴに隠された機能の名を。

 

「トランザム!」

 

〈BGM:FIGHT(機動戦士ガンダムOO)〉

 

刹那、駆動音を高く響かせて全身を赤く発光させたブライトロンの姿がかき消えた。GNドライブ及び機体各部に仕込まれた粒子貯蔵機構、GNコンデンサーに蓄積された高濃度圧縮粒子が全面に開放される。

 

残像を残すほどの超高速機動で一瞬で距離を詰め、思いっきり振り上げたバスターソードで十字切りを放つ。

 

ザシュッ!

 

分子ごと抹消して断つ刃により魔獣の肩に大きな切り傷が生まれる。魔獣がそれに反応するよりも早くスラスターを吹かせ、超高速で魔獣の周囲を飛び回り、目にもとまらぬスピードで斬撃を繰り返す。

 

斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る。

 

アジュカが考案した魔法術式の影響で再生能力も著しく低下している。今ならやれる。この機を逃すまいとポラリスは一心不乱に魔獣の全身にくまなく太刀を浴びせる。

 

ツインドライヴ搭載機であるブライトロンは並のトランザムとは比較にならないほどそのスペックが向上していた。巨体故に動きが緩慢な豪獣鬼ではその動きを捉えることすら叶わない。

 

赤い光を纏ったブライトロンは傷口から噴き出した返り血を浴びるよりも速く移動し、一通り全身を隈なく刻んだブライトロンは地面に降り立つ。

 

「とっておきをくれてやろう」

 

コックピット内でポラリスが更なる操作を加えると、ブライトロンは二振りのバスターソードを斜め上、豪獣鬼の頭部に向ける。両腕の咆哮もビームの光を蓄え、それがバスターソードと共振を起こす。

 

「第二波、放てェ!」

 

それに入れ替わるように迎撃軍の魔法、魔力、光力の攻撃が豪雨のように豪獣鬼に突き刺さる。ポラリスがつけた傷口に追い打ちをかけるように打ち込まれたそれは魔獣の体と体力を一気に削り取る。魔獣の巨体が揺れ、弱った体に押し込まれたことでようやく一歩のけぞった。

 

だが豪獣鬼も負けじと反撃の一手を打つ。

 

『GOAHHHH!!』

 

最後の悪あがきか、豪獣鬼が口元に目いっぱいの業火を蓄えるとそれを吐き出す。最後の力を振り絞ったそれは迎撃軍全体を飲み込まんとする規模のものだった。それは死してなお冥界に呪いを残さんとするシャルバの遺志がそうさせたかもしれない。

 

「全軍、退避せよォ!!」

 

まだこんな力が残っていたのかと戦慄する迎撃軍は蜘蛛の子を散らすがごとく降ろうとする炎の範囲から逃れようとする。

 

しかしポラリスは一歩も引かない。真っすぐ敵を見据え、臆せず、チャージした膨大なパワーを解き放つ。

 

「トランザム…ライザァァァァァァッ!!!」

 

瞬間、ブライトロンから想像を絶する長大な極太の閃光が迸った。それは真っすぐ突き進み、業火を容易く打ち消しては巨大な豪獣鬼の頭部を瞬く間に飲み込む。

 

熱と光の奔流は一瞬で豪獣鬼の頭部をこの世から跡形もなく消し飛ばした。

 

〈BGM終了〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

首と頭部を無くした魔獣はついにその歩みと活動を停止した。ゆったりとした動作でその場にずしんと倒れ伏す。巨体の質量が衝撃と大量の土煙を巻き上げた。

 

「…」

 

迎撃軍とポラリスはその様を一通り見届け。

 

「「「「「「うぉぉぉぉぉぉぉ!!!」」」」」」

 

一拍を置いて怒号じみた歓声が上がった。収めた勝利に皆が沸き立つ。勢力の垣根もなくただ互いに喜び、抱き合い、笑いあう。

 

グレモリー領に進撃した豪獣鬼は今ここに討ち取られた。この豪獣鬼は此度の事変で最初に討伐された魔獣となる。

 

「…ふう」

 

コックピットの中でポラリスも額の汗を拭い一息つく。当初の目標のノルマは達成できたことは勿論、苦労の上で収めた勝利に達成感を感じてもいた。

 

「すごいぞ!ロボットォ!!」

 

「かっけぇ!!!」

 

「ありがとぉぉぉぉ!!!」

 

そして勝利の歓声は立役者たるポラリスにも寄せられる。その熱量にポラリスは若干引いていた。

 

「…妾は大衆の称賛を浴びるべき人間ではないのじゃがのう」

 

こんなに大勢から歓声を寄せられるなど、久しくなかった。困惑する彼女だったが、せめてものレスポンスにと彼女はブライトロンを操縦して大剣を構えさせ、雄々しいポーズを取ってやることにした。

 

「「「「「「「うぉぉぉぉぉぉぉ!!!」」」」」」」

 

またしても沸き起こる歓声。ブライトロンの雄姿は、男たちの心に眠っていた少年の心を完全に呼び覚まし、熱く滾らせていた。

 

だが勝利の余韻に浸っていたいところだが、まだ危機は去っていない。魔王領やシトリー領などに豪獣鬼たちは残っている。次に向かうべきは2体の豪獣鬼が出現したベルゼブブ領。ポラリスの戦いはまだ終わらない。

 

そして彼女は知らない。ベルゼブブ領での戦いに、ブライトロンに心奪われることになるとある悪魔が参戦していることを。

 




ということで状況整理タイムでした。その裏でポラリスも頑張りました。もちろん彼女はイノベイターではないのでトランザムバーストは使えません。

次回、「ヘラクレス、再び」


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第163話「ヘラクレス、再び」

さて、舞台はリリスに移り後半戦開幕です。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
1.ムサシ
2.エジソン
3.ロビンフッド
4.ニュートン
5.ビリー・ザ・キッド(NEW)
6.ベートーベン
7.ベンケイ
9. リョウマ
10.ヒミコ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
13.フーディーニ(NEW)
14.グリム(NEW)
23.コロンブス
31.ライト
41.シグルド
42.ユキムラ
44.ハンゾウ


冥界の魔王領にある首都、リリス。面積も、文化も、文明も日本の東京と変わらないその近代的な街並みは今首都とは思えないほど閑散としていた。

 

豪獣鬼を超える魔獣、超獣鬼がここに向けて進撃していると政府が公表し市民を避難させたからだ。今頃、グレイフィアさん率いるルシファー眷属が最前線で魔獣を討つべく激闘を繰り広げていることだろう。

 

そのリリスの南端で、俺は悪魔と交戦していた。敵の数は4人。猛攻を加えてくる全員を一人で相手取る。

 

〈BGM:反逆のデュエル(遊戯王アークファイブ)〉

 

「そこをどけ!!」

 

「いや通さない!!」

 

魔剣とガンガンハンドがぶつかり合う。鍔ぜりあうこと数度、男は強い意志の力で俺に食い下がって来る。

相手の神器は木場と同じ『魔剣創造』。しかしその禁手は俺がよく知る聖魔剣ではない。

 

「禁手!『魔昏の騎士団〔ソード・ナイトアセンブル〕』!」

 

〔カイガン!ムサシ!決闘!ズバッと!超剣豪!〕

 

男の宣言と共にオーラが弾け、魔剣を構えた甲冑の騎士たちが生まれる。それに合わせこちらもムサシ魂にチェンジ。続々と金属質な足音を響かせ寄せ来る騎士たちの剣技をガンガンセイバー二刀流モードとパーカーについたゴーストブレイドで捌いていく。

 

右から来た刃を流し、前から来た剣を弾いてカウンターの斬撃で断つ。騎士団全ての動きを見切り、その一挙全てに刃を合わせていく。

 

やはりこの男、禁手に目覚めて日が浅いのかその能力を発揮しきれていない。確かに能力は向上している。しかし木場の聖龍騎士団と比べて圧倒的にスピードも頭数もなく、拙い動きを見るに技術も反映できていない。技術に関しては木場も曹操に指摘されたところではあるが。

 

覚えたての力なため、練度が圧倒的に不足しているのだ。故にその動きを見切り、的確な対処を下すことは容易い。しかし俺の後ろにいるものにとっては大いに恐れるに足るものだった。

 

「ひぃぃぃぃ!!」

 

俺の背後で、身なりの整った初老の上級悪魔が恐怖に怯えた声を上げる。どうやら元人間の転生悪魔の眷属の反乱にあったらしい。

 

今俺が戦っている悪魔たちはみな神器所有者だ。どうにも話を聞く限り、無理やり契約させられて転生悪魔にされた口のようだ。

 

家の権力を盾にされて反抗できず、不満をくすぶらせていた彼ら。ある時、曹操たちが流布した禁手に至る方法を知って禁手に目覚め、反逆を決行したというわけだ。部長さんたちと合流すべく街中をガルドラボークさんと共に走っていた途中、その場面を偶然にも目撃した俺は放置することもできず戦闘を開始した。

 

「この男のせいで…私の家族は!」

 

俺とそう年も変わらないポニーテールの女性悪魔が巨大な氷の狼を出現させる。背筋をひやりとさせるような強いオーラは通常状態の神器ではない。間違いなく禁手だ。同じオオカミのフェンリルほどではないが、決して侮っていいものではない。

 

獰猛な唸りを上げる氷狼が俊敏な動きで襲い掛かって来る。すんでのところで爪の一閃を躱すと、入れ替わるように二条の光線が駆け抜ける。

 

「っ!」

 

俺に命中することなく駆け抜けた光線は、ビルの外壁をいくつも貫通し突き抜けていった。

 

「これも禁手か…!」

 

見たところこれはビームではない。天使が使うような光力を圧縮に圧縮し、貫通力を高めビームさながらに発射する能力といったところか。

 

「禁手に目覚めた僕の攻撃をかわすなんてやるじゃないか」

 

光線の出所を見れば、まだ中学生くらいの少年転生悪魔がその両肩から金色の簡素な装飾が施されたキャノン砲を出現させていた。この言動と言い若干鼻につくような態度と言い、さては半分力に溺れかけてるな。

 

禁手とは世界の均衡を崩す力とも呼ばれている。それだけの力、まだ精神も未熟な一個人が手にするには余りあるものだ。

 

「…兵藤のドラゴンブラスターかよ」

 

見た目にせよ攻撃にせよどうもあいつが頭にちらついてならない。あいつの方が遥かに威力は勝っているが、まだ疲労が抜けきれない今の体でうけられる攻撃ではない。

 

「どうしてその男を守る…!あんな奴に守る価値なんてあるのかよ!!」

 

「こいつがいなければ…大好きなパパとママに売られることだってなかった!!こいつさえいなければ!!」

 

女性悪魔の涙交じりの慟哭が響く。狼もその感情に共鳴するがごとく遠吠えを上げる。しかしその咆哮にフェンリルのような澄み渡るような気高さはなかった。あるのはただ、理不尽に理不尽で返す烈火のような怒りだけ。

 

「憎い相手に復讐したい気持ちはわかる!だが…こんな手段で果たしても誰も幸せにならない!お前たちもだ!」

 

かつてはレイナーレへの復讐に燃えていた俺にはわかる。大切なものを踏みにじった相手を憎み、それ以上の酷い目に遭わせてやりたいという怒り。俺も木場も、一時期はその昏い感情を頼りに戦ったものだった。

 

復讐を果たしたところで失われた大切な者はその行為を喜ぶのか、あるいは否定するのか。それを確かめるすべもない。復讐とは過去の清算であり、何かを得るためのものではない。

 

「綺麗ごとを抜かすな!」

 

横合いから入って来た若い男性悪魔が猛スピードで走っては間合いに入り込み、鮮やかな蹴り技を見舞ってくる。鋭く、素早い連撃の数々を四本の刃でいなしていく。

 

「こいつ…」

 

悪魔の駒は間違いなく『騎士』だろう。よく見れば両足に羽毛のようなブーツを履いている。脚力を強化する神器のようだ。騎士の特性を組み合わせることで中々の技に仕上がっている。

 

だがこちらも負けてはいられない。俺は部長さんたちに合流しないといけないし、まだあの男に俺の『答え』を告げてもいない。

 

そしてこの四人の復讐をどうにかしたい。部外者である俺がどうこう口出しできる問題ではないのはわかっている。それでも放っておけない。こんなに苦しそうに、悲しそうに戦うこいつらのことが。

 

だから俺は…。

 

「はっ!!」

 

ムサシの見切りにより最適のタイミングでカウンターを決め、男を弾き飛ばす。

 

「く!」

 

男は軽やかな身のこなしで態勢を立て直し、着地を決めた。

 

〈BGM終了〉

 

俺が選んだのはつい先日の脱出戦で手に入れたばかりの銀色の眼魂。この眼魂でこいつらを止めて見せる。

 

眼魂のスイッチを押して起動し、それをドライバーに差し込む。

 

〔アーイ!バッチリミロー!バッチリミロー!〕

 

飛び出したパーカーゴーストに目もくれず、真っすぐ四人を見据えて新しいフォームへと変身を遂げる。

 

〔カイガン!シグルド!指輪!すげえわ!屠龍の英雄!〕

 

騎士の鎧と竜の鱗が融合したかのような形状をした銀色のパーカーに、龍の角が突き出たフード。顔面のヴァリアスバイザーには龍と剣が交わる『フェイスブレイヴァー』が浮かび上がっている。

 

仮面ライダースペクター シグルド魂。英雄派のジークフリートから奪い取った、本来存在しないはずの眼魂で変身した姿だ。

 

「お前たちの手は汚させない」

 

〈BGM:仮面ライダースペクター 攻勢(仮面ライダーゴースト)〉

 

復讐以外の道を俺が示す。復讐に囚われたこいつらのために、かつて復讐を遂げてしまった俺が。これは俺の過去の清算でもある。

 

ガンガンセイバー ブレードモードを召喚し、俺は一歩踏み出す。

 

「姿が変わったからって、禁手を使える今の私たちに勝てると思ってるの!?」

 

女性悪魔が再び禁手の氷狼を差し向ける。翻弄するような動きで俺を惑わし、食らいつこうとするが。

 

「はぁ!!」

 

意識を集中させ、銀色の霊力を纏いし剣を一閃。風が叫ぶ。その剣圧の威力は凄まじく、一撃で狼を両断し、がしゃんとガラス細工のように粉砕せしめた。

 

「嘘…」

 

「まじかよ…」

 

敵はこの結果に茫然と口を開け、立ち竦む。その威力に驚いたのはこちらもだった。プライムスペクターではない一英雄眼魂でここまでの出力を発揮することはなかった。コカビエルとフーディーニでぶつかり合ったこともあったが、あれは俺が覚悟を決めたことで精神の高ぶりにドライバーと眼魂が応じたからだ。

 

平常時でこれだけの威力はありえない。ベースになったのが伝説の英雄だからか、それともジークが英雄化に使用し、驚異的な適合率を発揮したことで眼魂自体の力も底上げされたか?

 

理由はわからない。だが一つだけわかるとしたら、これで四人に勝てるということだ。

 

「これならどうだ!」

 

続いてくるのは光力の砲撃。太さはクリムゾンブラスターの半分ほどだが、その威力は馬鹿にならない。

だが、シグルドの力なら。

 

「んん…!!」

 

その砲撃を躱すことなく全身で受け止める。光が否応なしに浴びせられるが、痛みも熱さも全くない。しかしその威力でじりじりと押されそうになり、足腰に力を込めて踏ん張る。

 

「…くそ!!」

 

やがて男のオーラが尽きたのか、砲撃がやんだ。

全くの無傷。しゅうしゅうと砲撃を浴びた個所が煙を上げているが、焼けこげた後もない。元祖ジークフリートが龍の血を浴びたことで得た強靭な肉体も再現されている。

 

「俺たちの攻撃が…」

 

「まだだ!!」

 

先ほど蹴り技を見せた男が突貫してくる。それを見て、俺はパーカーを翻しその姿をあたりの風景に溶け込ませた。これもシグルド眼魂の能力だ。背中が致命的な弱点になってしまうという欠点こそあれ、防御、攻撃、どれを取っても一級品の眼魂。使っていて思うが、これを使ったジークを木場はよく倒せたな。

 

「消えた!?」

 

突然俺の姿が消えたことに戸惑う男。きょろきょろと辺りを見回して俺の姿を探しているが見つかるはずがない。仙術のような感知能力に長けた力があれば話は別だが。

 

俺はあえて別の角度に回り込むことはせず、そのまま前進してブレードを峰打ちで叩き込んだ。

 

「ぐぁ!!」

 

「大丈夫か!?」

 

思わぬ攻撃を喰らい、転がる男。同時に俺も透明化を解除する。ほかの転生悪魔たちも彼をかばうように集まり、前に出た。

 

一撃を叩き込むなら、敵が密集した今しかない。

 

〔ダイカイガン!シグルド!オメガドライブ!〕

 

ドライバーのレバーを引き、ブレードに救済の意志を溢れ出る白銀の霊力と共に乗せる。

 

「お前たちの復讐にピリオドを穿つ!」

 

ずんと力強く踏み込む。そして抜刀居合の動作で剣を振りぬき、強大な斬撃を飛ばした。

 

「俺の禁手で防いで見せる!!」

 

これまで神器を発動させなかった男が一人、仲間三人の前に立つと、ファンネルのように宙を飛び回る盾が出現して合体。巨大な盾を形作った。それに刻まれた紋様が光を放ち、斬撃を受け止める。

 

なるほど。この男、神器でなく魔力でしか攻撃をしてこないからどんな神器持ちかと思えば防御・結界系の神器だったか。だが俺の考え通りなら。

 

ビキビキと嫌な音を立て、盾に一気にひびが入ると間もなく。

 

ガシャン!!

 

いくつもの盾を組み合わせてできた大盾は容易く割れ、防御を突破した斬撃が四人に牙を剥いた。

 

「ぐぁ!」

 

「きゃぁ!」

 

〈BGM終了〉

 

駆け抜けた強烈な攻撃の余波を浴び、なすすべなく4人は宙に巻き上げられる。ダメージを負った体でそのまま地面に叩きつけられた。

 

「がはっ」

 

「痛い…」

 

転生悪魔たちの苦痛の声が聞こえてくる。これだけのダメージならもう立ち上がれまい。

 

この四人の禁手も鍛え上げれば脅威になっただろう。だが目覚めたばかりの力でまだ安定もせず、力も弱かった。敗因は禁手の練度不足。それに限る。

 

「助かった…」

 

背後で四人の主である上級悪魔がふうと安堵の息を深く吐いた。そのままかつかつと転生悪魔たちのもとに歩むと。

 

「主に歯向かおうなど愚かな眷属め!道具が意志を持つな!逆らうな!」

 

「うっ…!」

 

仕返しと言わんばかりに倒れた転生悪魔たちを何度も執拗に蹴りつける。男が履いているのは見るからに高級そうな靴だが、そんなことはこの怒りの前では些細なものだと目いっぱいに踏みつけている。

 

その光景を見て、俺の胸中に黒い感情が渦を巻き始めた。

 

上級悪魔が人間や他種族を無理やり転生悪魔にして眷属にするケースは悪魔の駒のシステムが始まって以来よくある話とされている。特にレーティングゲームが盛り上がるようになってからはプレイヤーはより強い種族や神器持ちの人間を集めるようになり、その試合を見た貴族悪魔もコレクション感覚で同じことをしていると聞く。希少な神器、希少な異能、希少な異形。

 

問題なのはそれを集める手段。しかも権力や財力もある程度持っている悪魔なら誰も止めることはできない。周囲も被害者もそれを盾にされて声を上げられないのだ。

 

俺はこれまで部長さんや会長さんという真逆のケースの悪魔と接してきた。彼女らと交流を深める中でいつしか悪魔社会に近い立ち位置にいながら、対岸の火事のように思っていたのかもしれない。

 

部長さんたちが普通なんじゃない。この社会ではむしろこの男のように眷属の扱いが冷たい方がメジャーで、情愛に深い方がマイノリティなのだ。

 

…だがそれにしても限度というものがある。この悪魔たちの話を聞けば男の方は相当強引な手段を用いているようだ。人間であるがゆえに人間の常識で生きている俺には受け入れられるものじゃない。

 

こいつが権力を盾に屈服させてきたというのなら、こちらも考えがある。

 

「…まあ、そこまでにしといてやってください」

 

つとめて冷静に言葉を絞り、男の肩を掴む。それに気づいた上級悪魔もはっと我に返ったように、俺に貴族らしい気品ある穏やかな笑みを向けた。

 

「はっ、そうだな。それより君に褒美をやらねば」

 

「褒美はいりません」

 

毅然と俺は男の申し出を断った。こんな男の施しなど受けたくもない。反吐が出る。

 

「あんたの話は全て魔王様に通す。こいつらの話が本当なら、あんたも相応の報いを受けるべきだ」

 

こいつが権力を持っているなら、そのさらに上の権力をぶつければいい。悪魔社会で魔王に…特に魔王の中でも特別視されるルシファーに目を付けられるのは避けたいはず。プライドの高い上級悪魔なら、自分の行いが明るみに出て名に傷がつけばさぞ応えるだろう。

 

「貴様…!!」

 

一歩詰め寄る男の体が突然魔法の縄で拘束された。バランスを崩して、前に男は倒れた。

 

「なんだ、これは…!!」

 

「この一件、俺も証人になろう。見ていてあまり気持ちのいいものではないからね。…魔獣騒動が終わるまで、ここで眷属と仲良くしているといい」

 

戦闘に一切手を出さず、静観を貫いていたガルドラボークさんが魔法を行使したのだ。上級悪魔の男はジタバタともがき、全身から魔力を放って振りほどこうとするが全く破れる気配はない。

 

「…!!」

 

男が怒りに満ちた目で睨んでくる。お前の眷属の怒りはたかだかプライドを傷つけられた程度のものじゃないだろう。文字通り人生を狂わされたのだ。その清算をお前はしなければならない。

 

俺は最後に、転生悪魔たちに声をかける。戦った俺たちの行動に驚いたらしく、呆然としていた。

 

「あんたたちの復讐は社会が成し遂げる。この男の復讐のためだけにあんたたちの人生を投げ打つ必要はない…永い悪魔の生なら、まだ人生をやり直せる」

 

情の深いサーゼクスさんなら事情を知ればこの人たちを悪いようにはしないだろう。上級悪魔の男の関係者はいい顔をしないだろうが。

 

確かにこの人達は許されないことをしたが、被害者でもある。理不尽に翻弄され、理不尽を持って抗おうとした。それにまだ完全に一線を越えたわけではない。だからかつての俺のように心を壊すのではなく、もっといい道を歩んでほしい。

 

その言葉に転生悪魔たちは。

 

「…すまない」

 

「ありがとう…」

 

振り絞ったような声を漏らすと、顔を俯かせて上ずった声を上げるのだった。

 

この後敗れた転生悪魔たちも同様に拘束したガルドラボークさんと共に、俺たちはリリスの街中へ進むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リアス率いるグレモリー眷属は客分であるレイヴェルを城に残し、大型魔法陣での転移を繰り返してリリスに到着した。着いて早々にグリゴリの研究所にいたギャスパーと合流した彼女らは、漆黒の龍王ヴリトラへと変身を遂げたシトリー眷属の『兵士』匙の姿を目撃し駆けつけた。

 

「がはっ!」

 

そこで彼女たちが見かけたのは大勢の子供を乗せた壊れたバスを守るように背にして囲うシトリー眷属と、それに相対する英雄派の幹部、ヘラクレスだった。

 

「おいおいどうした、ヴァジュラの雷は使わねえのかぁ!?」

 

制服が少しボロボロになっただけで全くダメージを受けていないヘラクレスが、反対にボロボロの制服で血だらけ傷だらけの体の匙を踏みつけている。嗜虐的な笑みを浮かべるヘラクレスに匙は強い目で睨み返す。

 

「…使わない。会長と、約束したからな…!!」

 

匙がガンマイザーとの戦いで目覚めた隠し玉、ヴァジュラの雷。それは全力で放てば神にも届きうる力だがその強大さに匙の体は耐えることができず、一度の使用で多大な体の負担と同時に代償として寿命を失ってしまう。兵藤一誠がシャルバ相手に発動した『覇龍』を超える力だ。

 

まだ悪魔として駆け出しである匙の身を守るためソーナは個人としても『王』としても、重い代償故にその使用を固く禁じた。

 

「はん、つまんねえな。アガレスに勝った上に龍王だっていうから骨があると思ったのによ!」

 

退屈そうにするヘラクレスがサッカーボールのように匙の胴を蹴りつけ、シトリー眷属のもとへ転がした。

 

「匙!」

 

「元ちゃん!」

 

戻ってきた匙のもとに続々と由良や仁村たちが駆け寄る。ダメージが大きいが、幸いにも命に別状はなさそうだった。

 

「奴ら、私たちがバスを誘導しているところに現れて攻撃してきたんです!バスがその余波で動かなくなってしまったのでここで戦うしかなくなって…それで…」

 

涙交じりにリアスたちに状況を説明する巡の視線が向けられた先には、匙以上に傷つき力なく横たわっているソーナがいた。

 

「ソーナ!」

 

その姿に目を丸くし、咄嗟に駆け寄ったリアスが彼女の体をゆすった。

 

「ソーナ、大丈夫!?」

 

「…リアス、ですか。こんな姿を見られるなんて…情けないですね」

 

虚ろな目で返事をするソーナ。まずは頭を叩くべしと動いたヘラクレスたちにより真っ先に狙われたのは彼女だった。

 

「しっかりして、アーシア、すぐに治療を!」

 

「はい!」

 

ガキン!

 

駆け寄るアーシアが治療を始めたその時、ビルとビルの間の裏路地から甲高い金属音が響いた。そこから飛び出してきたのはジャンヌと椿姫だ。

 

聖剣と薙刀を幾度もぶつけ合い、両者一歩も引かぬ激闘を繰り広げている。しかし、いくつも体に傷を負っている椿姫に対し、ジャンヌは全くと言っていいほどの無傷だ。

 

「こんな卑怯な真似をした上に会長と匙まで…!絶対に許さないわ!!」

 

普段は冷静沈着な椿姫は涙を流して憤怒を露に戦っている。ジャンヌは怒りの刃を涼しい表情で捌いていく。

 

「あらあら、クール系かと思ったら随分熱いのね?でも私はやめといたらって言ったけど…ま、止めもしなかったけどね!」

 

薙刀の一閃を受け流し、空いた片手に聖剣を創造。悪魔にとって必殺の一撃となる聖剣の剣技が椿姫の胴に叩き込まれんとした時だった。

 

颯爽と馳せる風が吹き抜ける。二人の間に飛び込んだ木場が、ジークから手に入れた魔帝剣グラムで剣閃を止めた。

 

「そこまでだよ」

 

鍔迫り合う両者。木場の得物を見たジャンヌが驚きで目を見開く。それは間違いなく、同胞が握っていた唯一無二の魔剣の帝王だったからだ。

 

「グラム!?あなたまさか、ジークを…!」

 

「想像の通りさ」

 

互いに剣に力を込め、弾かれるように二人は距離を取る。

 

「ついでに言うと、信長も英雄使いに倒されたよ」

 

「!!」

 

追い打ちをかける情報に二人は信じられないとばかりに驚愕した。

 

ジークと信長は幹部の中でも突出した実力者だった。複数の魔剣を同時に操り高い攻撃力を持つジークと、堅牢強固な防御力を備え、禁手になれば六天魔装なる異能を秘めた武具を扱う信長。何度も手合わせしその力をよく知っているからこそ、その二人ともが堕とされた事実をすぐに信じることはできなかった。

 

「ジークに信長…幹部たちが立て続けにやられたとなると俺たちも危ういかもしれんな」

 

どこからともなく聞こえてくる冷静な声。ヘラクレスたちの背後にいつの間にか満ちていた霧。そこから三人目の幹部にして、神滅具の使い手であるゲオルクが現れた。

 

「遅かったじゃねえか」

 

「ヴリトラの呪いの炎の解呪に手間取ってな。予想を超える濃度だったもので異空間に足止めされてしまった。おかげで久しぶりに解呪専用の結界を組むことになった…龍王は伊達ではないな」

 

「さっすが、上位神滅具持ちなだけあるぜ、ゲオルク!」

 

豪快に笑うヘラクレスは称賛の言葉を向ける。それを浴びて喜びの表情一つ見せないゲオルクがジャンヌとヘラクレスの間に並び立った。

 

「ヘラクレス、ジャンヌ。幹部を二人も落とされた以上奴らを甘く見ることはできない。力の出し惜しみはなしだ」

 

「オッケー!燃えてきちゃうわ!」

 

「こういう戦いを待ってたんだ!」

 

〈BGM:バリアンズ・フォース(遊戯王ゼアル)〉

 

英雄派の三人が手に握るのは眼魂。それぞれを起動させ、自身の胸に押し当てると全身から霊力が溢れ出し、パーカーの形状へと具現化しそれを纏った。

 

襟や袖に悪魔の翼のような意匠が入ったパーカーと纏うゲオルク。黒いパーカーは足首まで届くほど長く、

 

ジャンヌに関しては神聖さ漂わせる明るい薄黄色のパーカーだ。背部に二振りの旗が刺さっているという特徴的なデザインだが、その中には中世ヨーロッパのプレートアーマーを思わせるようなアーマーが肩部や胸部に施されている。

 

最後のヘラクレスはノブナガよりも濃い紫色のパーカーだ。両肩部にはダイナマイトが巻かれた、能力がいかなるものか容易に想像がつくフォルム。三人の誰もが、それまでより大きく上回るオーラを放っていた。

 

「英雄化が三人も…!」

 

「なんてオーラなの…!」

 

交戦的な笑みを浮かべる三人の幹部。それを前にリアスたちは戦慄を禁じ得ない。英雄化がどれだけのパワーアップをもたらすかはジークと交戦した木場からよく聞いているからだ。

 

しかしこういう状況だからこそ、眷属を指揮する『王』の真価が発揮される。リアスが導き出した一手はいたってシンプル。むしろ強者ぞろいのグレモリー眷属だからこそ、捻った手を打つよりもシンプルな作戦の方が長所を発揮できる。

 

「全員でぶつかるのはまずいわね…ここは戦力を分散し、各個撃破を狙うわ」

 

強大な敵を前に素早く判断を下すリアス。自分たちに実力があるのは理解しているが、同時に敵も実力者であることも理解している。特にここのメンバーの何名かは一度は交戦し敗北を喫したほどの相手だ。それが英雄化により強化されている。油断などできるはずもない。

 

しかし強化されているのはこちらも同じこと。一人一人、幹部を複数人で抑えて確実に倒す以外に手はない。

 

「なら、私とイリナはジャンヌをやろう。真のエクスデュランダルの初陣に持って来いの相手だ」

 

「そうね、英友装なしでもこの聖魔剣で返り討ちにしちゃうわ!」

 

ゼノヴィアとイリナ、教会の戦士だったころからコンビを組み互いをよく知る二人が名乗り出る。自信もたっぷりに得物を手にする二人に強敵への恐れは微塵もない。

 

「わかったわ。…敵は英雄化ともう一つ、業魔人も持っているはず。朱乃、二人のサポートをお願い」

 

「ええ、おいたが過ぎる子には雷を落してあげませんと」

 

リアスの指名で前に出た朱乃。両手首に嵌められたブレスレットが光り輝くと、瞬時に駒王学園の制服は堕天使特有の露出の多い黒い衣装に変じた。そして彼女の背に、6枚の堕天使の漆黒の翼が広がる。

 

「あなた達の仲間に深手を負わせた堕天使化で、二の舞を踏ませてあげますわ」

 

「へぇー、エクスデュランダルに聖魔剣…おまけに堕天使化!英雄を目指す者としてこれ以上にないシチュエーションだわ!」

 

戦いを挑まんと浴びせられる三人の視線に、ジャンヌは心を昂らせる。剣を掲げ、早速禁手に至り聖剣龍を作り出すと、颯爽と跳躍し跨った。

 

気高きドラゴンを駆る聖騎士。ジャンヌ眼魂で英雄化を果たしたジャンヌが三人を見下ろす。

 

「さあいらっしゃい!このジャンヌがあなた達に挑戦し、打ち勝って見せるわ!」

 

彼女の宣言を皮切りに三人とドラゴンは翼を広げ、空へ飛翔する。そしてすぐさま、激しい剣戟音と雷鳴が次々に轟くのだった。

 

その光景を見上げるヘラクレスは「ふん」と鼻を鳴らす。

 

「ジャンヌの奴、羨ましいぜ。…んで、俺の相手は誰だ?全員でかかってきても良いんだぜ?」

 

挑発的な笑みを浮かべ、眼前に立ちはだかるリアスたちを見渡した。自信に満ちたその言葉に寸分の恐れも不安もない。リアスが誰でヘラクレスを対処するか、その割り振りを口にしようとしたその時だった。

 

「貴様の相手は俺が引き受けよう」

 

そこに割って入ったのは第三者の勇ましき声。力の化身たる男の圧倒的な存在感とオーラに、この場にいる誰もが意識を向ける。

 

黄金の獅子を連れ従える、筋肉粒々とした逞しい男が、一歩、また一歩と堂々たる歩みを見せる。大王バアル家次期当主…サイラオーグ・バアルの力強い眼がヘラクレスを捉えた。

 

〈BGM終了〉

 




禁手に目覚めた転生悪魔の反乱。原作のようにさらっと流すのではなく一回ちゃんと書いておきたかったのでシグルド魂のお披露目もかねて書きました。

四人の禁手に悠河単騎で勝てたのは、描写された通り相手が力を使いこなせてないのも
ありますが、やはりこれまでの強敵との戦いを乗り越えた成長も多分にあります。

次回、「雄々しき拳」


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第164話「雄々しき拳」

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
1.ムサシ
2.エジソン
3.ロビンフッド
4.ニュートン
5.ビリー・ザ・キッド
6.ベートーベン
7.ベンケイ
9. リョウマ
10.ヒミコ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
13.フーディーニ
14.グリム
23.コロンブス
31.ライト
41.シグルド
42.ユキムラ
44.ハンゾウ


 

「ははっ!大王バアルの次期当主様も参戦か!やっぱ曹操の見立ては正解だったな!ここにくりゃ強ぇ奴らと戦えるってな!!」

 

「サイラオーグ…!」

 

ヘラクレスは更なる強者の登場に興奮と歓喜の笑い声をあげ、リアスたちは突然の参戦に驚く。

 

「丁度旧魔王派の残党を屠って来たところでな。…英雄派のデータで見た、奴が幹部の一人だな」

 

そしてサイラオーグは次々に一瞥する。空から響く戦闘音、何人か欠けたグレモリー眷属、ヘラクレスに強い敵意を込めた目で睨みつける傷ついたシトリー眷属、そして彼女らが守る子供たちを乗せたバス。

 

「…状況は大体わかった」

 

瞑目し息を吐いたのち、サイラオーグは静かにヘラクレスに問うた。

 

「問おう、何故子どもたちを狙った?」

 

「我々は元々、超獣鬼がどこまで攻め込むことができるか見学しに来ただけだ。その道中、彼らと遭遇したものでな」

 

「俺はヴリトラたちを焚きつけるダシにしただけだぜ?ばったり出くわして、そいつらを守ってるもんだから攻撃されたくなけりゃ戦えってな!」

 

悪びれもせず答えるヘラクレスに、バスの近くで待機するシトリー眷属の『僧侶』花戒は苛烈な怒りを乗せた目で睨む。

 

「卑怯者…!あんたのせいで元ちゃんも会長も…!」

 

ヘラクレスたち三幹部はシトリー眷属を相手にしつつ、戦法を取っていた。それもありバスの護衛により一層意識を向けざるを得なくなったことで苦戦を強いられたのだ。

 

「うぅ…」

 

傍らで横たわっていた匙が、うめき声を上げながら起き上がろうとしていた。

 

「匙!無理しないで!」

 

「そうはいくか…子供たちが…おっぱいドラゴンの人形を…大事に握ってたんだ…!」

 

「…」

 

サイラオーグは静かに匙の言葉に耳を傾ける。痛みに呻き、体のバランスを崩して血を吐く匙はそれでも立ち上がることをやめない。悔し涙が流れるその目に滾る怒りと戦意の炎は未だ絶えることはない。

 

「ここで立ち上がらなけりゃ…一生あいつに向き合えなくなっちまう…!!」

 

「…そうか」

 

ヘラクレスを見据えるサイラオーグの眼差しが少しばかり細くなる。

 

「英雄派というからには英雄を目指すにふさわしい勇敢な戦士の集いかと思っていた。…だが失望した。貴様のような野蛮な外道がいたとはな」

 

愚直なサイラオーグの率直な感想にヘラクレスはやはり悪びれもせず、煽り返す。

 

「はん!俺とあんたじゃあ英雄の捉え方が違うんだよ、滅びも魔力も使えない無能のバアルさんよぉ?赤龍帝もそうだったけどよ、悪魔のくせに魔力を使えないなんて恥ずかしくないのか?」

 

「言わせておけば…!」

 

自分たちと夢と誇りをかけて全力でぶつかったサイラオーグだけでなく、愛する男すら悪意を持って貶されたことにリアスは怒りを覚える。煽りに食って掛かろうとするがそれをサイラオーグは静かに片手で制した。

 

「それに俺はヘラクレスの魂を継ぐ男だぜ?その偉大なヘラクレスに退治されたネメアの獅子の力を使ってるたぁ、運のねえ奴だな!獅子の力を使わなきゃ今の俺には勝てねえってのによ!」

 

それでも饒舌に罵倒と挑発を繰り返すヘラクレス。しかしサイラオーグはほんの少したりとも怒りを示すことはなかった。代わりに静かに言葉を吐く。

 

「…よかろう。ならば俺も覚悟を決めよう」

 

「ほら、使ってみろよ!じゃなきゃ敗北必須だぜ?使ったなら使ったでてめえの首を絞め殺してやんよ!ヘラクレスの神話みてえにな!」

 

「貴様相手に獅子の鎧は使わん」

 

「…は?」

 

ヘラクレスは言葉を無くした。

 

この男は一体何を言っているのか。獅子の力を解放しなければ勝てないと念押しで言ったのになぜその真逆の決断を下すのか。

 

勿論ヘラクレスは兵藤一誠とサイラオーグの戦いを映像で見ている。それを見て、やはり英雄化と禁手を併用すれば勝てる相手だと踏んでいた。今の自分から放たれている強大なオーラは当然サイラオーグに認識され、鎧を着なければ勝てない敵だと思われているはず。

 

それなのになぜこの男は本気を出さないのか。

 

「もう一度言う。貴様のような三流の戦士に本気は出さない。赤龍帝に劣る貴様に獅子の鎧は使わないと言っている」

 

挑発の念押しで返されたのは意地の念押し。嘗められたものだと額に青筋を浮かべるヘラクレス。勇ましいヘラクレスの魂を継ぐ自分を弱者と断じられ、黙ってなどいられない。

 

「…いいぜ、使わねえってんならあの世で後悔しても知らねえぞ!」

 

〈BGM:闘志果てしなく(遊戯王ゼアル)〉

 

無能の男のプライドなぞ所詮たかが知れている。使わないなら使わないで一方的に蹂躙するまで。

 

そう決めたヘラクレスは手元にパーカーと同じ色をしたダイナマイトを創造。その鍛え上げられた腕力で思いっきりサイラオーグへ投げつけた。

 

しかしサイラオーグは躱さない。そのままダイナマイトが命中すると同時に派手な爆発に呑まれた。

 

「まだまだぁ!」

 

さらに果敢に攻め立てるヘラクレスがサイラオーグとの距離を詰め、紫と赤が入り混じったオーラを纏った拳を分厚い胸に打ち込んだ。

 

瞬間、凄まじい爆発が巻き起こる。英雄化なしの通常時とは比較にならない破壊力を真正面からサイラオーグは受けた。

 

「ノーベルっつう偉人の眼魂の力だ!神器と組み合わせることで、爆破できないものはこの世にねえ!」

 

ダイナマイトを発明したノーベル眼魂と、ヘラクレスが元来持つ神器『巨人の悪戯《バリアント・デトネイション》』。この二つの力を同時に発動することで、ヘラクレスは接触した個所を爆破する能力をより更なる高みへと至らせていた。

 

「…」

 

黙々と上がる爆炎と煙が晴れる。それに隠されていたサイラオーグの肉は爆ぜ、血に染まっていた。だがやはりサイラオーグは全く動じない。まるでダメージが通っていないかのように。

 

「まだ終わんねえぞ!」

 

後退し距離を取ったヘラクレスは矢継ぎ早にダイナマイトを創造、一発一発に神器の爆発力を付与しサイラオーグ目掛けて蹴飛ばし、次々にダイナマイトの爆発を浴びせた。

 

ドカン!ドカン!ドカン!ドカン!

 

爆発が起きては爆発が起き、その爆発の中から更なる爆発が起こる。敵を完膚なきまでに叩きのめし、爆殺する殺意と暴力の輝きにサイラオーグは絶えず晒された。

 

「ハハハハハッ!どうした木偶の坊!恐ろしくて動けなくなったか!?無能には相応しい末路だ!!」

 

心の赴くままに暴虐を続けたヘラクレス、爆炎が失せるとやはりそこにいたのは血まみれなのに呼吸一つ乱さず、敢然と立つサイラオーグの姿だ。

 

「…は」

 

流石のヘラクレスも軽く戦慄した。まさかこれだけ攻撃しても全く倒れないとは露程も思わなかった。どこからどう見てもかなりのダメージを受けている。なのにどうして血を吐くことも膝を突くことも、顔を痛みに歪めることもしないのか。

 

そのヘラクレスに、ついにサイラオーグが一歩踏み込んだ。

 

「俺の番だ」

 

姿がかき消える。次に現れたのはヘラクレスの目と鼻の先。この中でもっともスピードに優れた木場でさえ目に追えないほどの速度だった。

 

ドゴッ!!

 

「ッ!!?」

 

〈BGM終了〉

 

サイラオーグの大きな拳がヘラクレスの腹に叩き込まれた。体の芯を突き抜け、大気すら揺るがす一撃に意識が一瞬飛びかける。

 

その威力に軽々と吹き飛ばされた彼の体は、ビルの外壁に激突し大きなヒビを入れるのだった。そして前のめりに倒れるヘラクレスは血反吐を吐き、想像以上のダメージに悶絶する。

 

「なんだっ、これ…!!」

 

「どうした、お前がバカにした赤龍帝はこれを何度受けても向かってきたぞ」

 

「…!!」

 

蹲るヘラクレスは怒りの眼で睨み返す。

 

「貴様の攻撃には信念がない」

 

〈BGM:我が命をかけて!(仮面ライダーリバイス)〉

 

そしてサイラオーグは断じる。

 

先ほど受けた攻撃は確かに高い威力があった。だが体と心の芯に届く重みは全くと言っていいほど感じられなかった。英雄を語るなら、英雄になりたいと真に思うなら相応の信念は持ち合わせているはず。

 

しかしここまで受けたどの攻撃にも信念の重みがなかった。だからどんな逆境においても気高い意志を持ち、揺るがぬ確たる信念を持って戦い続けるサイラオーグに通じない。

 

「貴様にとって英雄とは暴力を振るうための建前でしかないのだろうな。そのような男が…真に英雄に相応しい赤龍帝に勝るはずがないッ!!」

 

「うるせえ!!」

 

これ以上聞いていられるかとヘラクレスはばっと立ち上がった。顔を血と怒りで真っ赤にし、殺意を込めた眼差しで突き刺すように睨んだ。

 

「ノーベルの力と禁手がありゃ…無能を消し飛ばすなんざわけねんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

吼えるヘラクレス、彼の全身に次々に大型ミサイルがせり出すと火を噴いて次々に空へと発射された。ロスヴァイセが過去に受けて一度は敗北に追い込まれた禁手、『超人による悪意の波動《デトネイション・マイティ・コメット》』の力だ。

 

宙に躍り出て真っすぐサイラオーグたちに向かう6つのミサイルが突如として割れ、さらにそこから無数のダイナマイトが飛び散り、あるいはミサイルのように飛んでくる。無差別に、無秩序にばらまかれたそれが周囲を爆破していく。

 

地面が削れ、焼け、ビルが砕け、木々が焼失する。目に見える全てを破壊せんとするヘラクレスの暴威をまさしく具現化した攻撃だった。

 

「なんて攻撃だ…」

 

「やけを起こしたわね…!この範囲、子どもたちが巻き込まれるわ!」

 

あらゆるものを爆破遷都する攻撃に戦慄するリアスたち。しかしそれを冷静に見据えるサイラオーグが、拳を強く握り、腕に力を込める。色濃く、確かな闘気を帯びたその拳をサイラオーグは気合と共に突き出す。

 

「ぬんッ!!!」

 

拳が空を叩く。その衝撃は先ほどヘラクレスが巻き起こした爆発音に勝るほどの轟音を起こした。拳圧と闘気が空を伝い、放たれたミサイルとダイナマイトの数々を圧迫し空中で爆散せしめた。

 

「なんだと…!!?」

 

絶句するヘラクレス。自分の全力を目の前で破られた。しかもただの拳一発で。その事実を受け入れろというのが無理な話だ。

 

「!」

 

しかし討ち漏らしたいくつかのダイナマイトがサイラオーグ後方のリアスたち目掛けて落ちてくる。その一発一発が禁手のミサイルには及ばないにせよ、通常の神器を遥かに超える破壊力を秘めている。それを認めたリアスたちは迎撃すべくオーラを手に込めるが。

 

「下がってください」

 

前に出たロスヴァイセが防御の魔法陣を前面に展開する。降り注いできたダイナマイトが魔法陣に触れるや否や続々と爆発を起こすが、魔法陣にヒビ一つ入ることはなかった。

 

「北欧で学んだ強力な防御魔法です。『戦車』の特性が合わさることで禁手の攻撃でも耐えられるようですね。…あなたに負けて以来、私に足りなかった防御を見直しました」

 

中級悪魔の試験会場に向かう前にリアスたちと別れたロスヴァイセは一人北欧に戻り、防御魔法を学んだ。

これまで多彩な攻撃魔法で敵を圧倒してきたロスヴァイセ。しかしヘラクレスとサイラオーグという自身の攻撃が通じず、それを上回る攻撃で押してくる相手との戦いを経て彼女は考えを改めた。

 

『戦車』の特性は攻撃力と防御力の上昇。攻撃魔法を得意としてきた彼女は防御に目を向けることがなかった。それでは与えられた駒の特性を生かしきることができない。これから先、激化する戦いにおいて必ずネックになってくるこの課題と向き合う時は今だ。

 

そう決意を固め、ロスヴァイセは一度単身で北欧に戻る選択肢を取ったのだ。そしてその成果は今の攻撃をもって証明された。

 

ロスヴァイセの視線に気づいたサイラオーグは誇らしげに笑み返す。

 

「それでこそリアスの眷属だ。俺も兵藤一誠に負けて以来、鍛え直した。例え生身であろうと、あの真紅の鎧に負けぬようにな。まだその域には及ばんが、いずれは届いて見せる」

 

一誠への敗北以来、サイラオーグは大王派でありながら自身を支援してきた政治家とのパイプをすべて失った。魔力を持たず、その夢を疎まれる彼からすれば悪魔社会で成り上がるうえで致命的であるにもかかわらず、サイラオーグは諦めなかった。

 

体を癒すや否や、すぐに眷属たちと共に修行に励んだ。己と同じく敗北の味をかみしめ、それでもなお前進することをやめず、負けた自分を超えるために鍛えてきたのだ。

 

そんな二人の成長を前に、ヘラクレスは完全に余裕をなくした。

 

自慢の全力の攻撃をただの拳打一発で打ち消され、あげく防がれてしまった。屈辱以外の何物でもない。しかも自分の攻撃に信念がないという妄言を吐かれたのだ。彼のプライドは大いに傷つけられた、到底許されるものではない。

 

「ふざけるなふざけるなふざけるな!!俺はヘラクレスの魂を継ぐ男だ!!負けるはずがねえ!!こうなった力を全開放して、辺り一面ごと全部爆破してやる!!」

 

「!!」

 

顔を真っ赤にして、青筋立てて激怒するヘラクレスのオーラが一気に膨れ上がる。その上がり具合にリアスたちは冷や汗をかいた。あのオーラをこのまま爆発させられたら自分たちはただではすまないし、周囲の被害は甚大。何よりバスの中にいる子供たちはこの距離であれば間違いなく犠牲になってしまう。

 

「てめえらも、ガキも全部吹っ飛べ!!」

 

怒りでいっぱいになった心のままに叫び散らしたその時、ヘラクレスの全身に激しいスパークが走る。

 

「ッ!!?」

 

驚くヘラクレス。体が思うように動かない。力の増大が止まり、それどころか急激に力が弱まっていく。

 

ついには眼魂がヘラクレスの体から抜け出て、サイラオーグたちの方へと転がっていった。

そして力の核となる眼魂の喪失により、ヘラクレスが纏っていたパーカーゴーストは光の粒となって失せた。

 

「どういうことだ!?なんで勝手に英雄化が解除される!?」

 

ヘラクレスは勿論、ゲオルクも突然目の前で発生した現象に驚きを隠せない。これまでの英雄化の実験で蓄積したデータから導き出された結論はただ一つ。

 

「…まさか、親和率が急激に落ちて維持できなくなったのか」

 

元々ヘラクレスとノーベルは他の幹部と比べ親和率が低い方であった。

 

半神の眼魂を作れない中、どうにかヘラクレスの神器に合った眼魂を選ぶことで親和率の低さをカバーしようという考えによりノーベルが選ばれた。テストを重ね、神器と眼魂の力の併用もしっかり身に着けて安定性を得たはずだった。

 

「どうやらノーベルも貴様の在り方に否を突き付けたようだな」

 

「ノーベルは元々土木建設のため、人のためにダイナマイトを発明したそうよ。あなたのような、ただ相手を傷つけるためだけに使う男を認めるはずがないわ!」

 

サイラオーグとリアスはこの現象に眼魂に宿る意志を感じていた。

 

眼魂には微かにだが意志がある。リアスは悠河からそう聞かされていた。過去に悠河は戦う覚悟を決めていなかった時、フーディーニ眼魂を起動できなかった。それはある種、迷いと恐れという鎖に縛られた心を脱出王の魂は見抜いていたからかもしれないと。

 

話を知らないサイラオーグでも、そうとしか思えなかった。英雄を目指す男が道を外れて英雄の力を使った結果、英雄に見放されたのだ。

 

「ライオンさん、がんばれー!!」

 

「負けるなー!!」

 

後方でシトリー眷属に守られるバスから、子供たちの声援がサイラオーグへ寄せられる。ぴりついた状況とは真反対に明るく無垢な声に、サイラオーグは笑みをこぼした。

 

「ハハハハハ!!子供からの声援とは、これほどまでに嬉しいものなのだな!兵藤一誠…お前が子供たちのヒーローになろうとする理由もよくわかるぞ」

 

「調子に乗ってんじゃ…」

 

激憤のヘラクレスがダイナマイトを手に握り、子どもたちへ投げつけようとする瞬間、サイラオーグが眼前に迫り二度目の拳を叩き込んだ。

 

「がはぁ!!」

 

血を吐き散らし、何度もバウンドして転がっていくヘラクレス。立ち上がっていられないほどの一撃にヘラクレスはその場に蹲った。

 

「子供に声援を貰えないような者が…未来ある子どもに牙を剥ける者が英雄を語るな!!」

 

「クソォ!!」

 

断じられ、思わず地面を殴りつけた。だが戦いはまだ終わっていない、まだ負けたわけではない。

 

そう判断した彼はすかさずポケットからピストル型の注射器を取り出した。そのアイテムを見たリアスたちの表情が焦りの色に変わる。

 

「気を付けて!あれは魔王の血で神器をパワーアップするドーピング剤よ!」

 

「ふぅー…ふぅー…!!」

 

荒い呼吸と血走った目でヘラクレスは注射器を首元に添える。しかし、最後の一押しができない。

完全に冷静さを失った彼だがこれを使えばもう後戻りはできなくなる。勇ましい英雄を目指し、それを体現してきたと自負する彼の心にほんの僅かに残った弱さが疼き出していた。

 

「いいだろう、使うがいい。俺はお前がどんな力を使おうと、真正面から受けて立ち、打ち砕いてみせようッ!!」

 

「ッ!!」

 

威風堂々たるサイラオーグの言葉が、とうとう彼の心を折った。精神的にも、実力的にも彼の方が全く持って上だった。そうと認めざるを得なくなり、それを認めてしまった。だがそれは自分がこれまでに築き上げてきたプライドを否定する行為だ。それだけは、それだけは。

 

極限の精神状態で過呼吸気味に目を真っ赤にした彼は突然乱暴に注射器を投げ捨てると。

 

「く…っそったれぇぇぇぇぇ!!!」

 

ばっと立ち上がると涙を流しながらプライドもなく、構えもなく、力もなく、ただがむしゃらにヘラクレスはサイラオーグへ一矢報いようと殴りかかろうと走るのだった。

 

「…腐っても英雄を目指す男よ。最後まで諦めないその闘志、認めよう」

 

向かってくるヘラクレスの拳を弾き、初めて構えを取るサイラオーグ。

 

「この一撃で果てるがいいッ!!」

 

ズドン!!

 

三度目の重い拳がヘラクレスの腹に真っすぐ突き刺さった。衝撃が突き抜け、白目をむくヘラクレスは意識を刈り取られてその場に倒れる。

 

かくして英雄を目指した男の口から、怒りの言葉も罵倒の言葉も溢れなくなった。

 

〈BGM終了〉

 

 

 

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこは混沌の世界。無数の色が万華鏡のように入り乱れ、空気もなく、熱さも寒さもない、ただ静寂だけが広がる世界。

 

本来なら次元の狭間を遊泳し、守護するとされる赤龍神帝グレートレッド以外何物も生物は存在しないとされる…はずだった。

 

「なんじゃそりゃぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

男の渾身の絶叫が響いた。男、というにはそもそも人間の形すらしてない赤い鎧から男の声が発せられたというべきか。

 

無機質な赤い鎧がまるで人間のように慌てふためいている。しかしその中には何もない。だが目に見えないものは確かにそこにあった。

 

「俺、死んだのか!?二度目か!?触った感覚も、手もねえし!!これじゃあリアスたちとエッチなことできねえじゃねえかぁぁぁ!!!もう童貞卒業なんてレベルじゃねえぞぉぉ!!」

 

兵藤一誠は次元の狭間で力尽きた後、目覚めたときにはすでにこの状態になっていた。朧気ながらも覚えている記憶、そして鎧を解除した時にあるはずなのにない腕。そこから一誠は今の自分の状態を悟った。

 

それを捕捉するようなドライグの説明で、一誠は今の状態を把握した。

 

『死んだ感想がそれか…』

 

絶叫する相棒に籠手が点滅し、ドライグは呆れ気味に言う。バカは死んでも治らないという言葉もあるようだが、今の一誠を見ると本当にそうなのだとつくづく思わされる。

 

「ああ…くそ…もっと皆のおっぱいを揉みたかったなぁ…拝みたかったなぁ…」

 

絶望に項垂れる一誠。ごてごてし、とげとげした鎧の体では愛する人の胸を揉むことも、交わることもできない。ただ傷つけてしまうだけだ。

 

魂だけの状態なので、当然悪魔の駒もない。ドライグに駒は龍門を通じて転送されたと聞いたから、リアスたちのもとに行ったのだろうと想像はついた。

 

一誠の今の体も勿論だが、もう一つ彼を驚かせる点があった。

 

「しかもここ、グレートレッドの上ってどうなってんだよォォォォォォォォ!!!」

 

そう、彼らがいるのはかの赤龍神帝グレートレッドの背中の上である。次元の狭間を孤独で自由に泳ぐかの真龍の背に一誠はいた。またしても叫ぶ一誠などその巨体と比べると米粒のようなもので、その叫びも気に留めるほどのものでもない。

 

一誠はシャルバ戦後に力尽きた後、呪いで滅んだ肉体から魂が解放された。そしてそれは偶然にも通りかかったグレートレッドにオーフィス共々拾われ今に至ったのだ。

 

『これまでのことを考えると、グレートレッドもまたお前に引き寄せられたような気がしてならんな。ただでさえ旧魔王や堕天使幹部、悪神に聖槍と強者との遭遇率が異常に高いのだ。ここまで来たとしてもさして驚くこともないな』

 

「はぁ…もうわけわかんねえよ。また死ぬしグレートレッドに拾われるし。ていうか、魂だけでも生きれるんだな。俺…」

 

手を握っては開いてを繰り返し、感触を確かめる。しかし何も触れた感触がない。目は見える、喋ることができる、音を聞くことはできる。手足を動かすことはできる。だが触覚だけはない。この奇妙な感覚は一誠を大いに戸惑わせた。

 

『…いや、本来ならお前は今頃魂も毒に侵され消滅していた。本来はな』

 

「は?どういうことだよ」

 

ドライグの声のトーンが一段下がった。それに怪訝な様子で一誠は問い詰める。

 

『歴代の残留思念が…身代わりになってお前を毒から守ったのだ』

 

「…嘘だろ」

 

相棒の言葉なのに、信じられなかった。あれだけ過去にしつこく覇龍を使えと迫って来た歴代の思念が消えたことに。

 

咄嗟に一誠は神器の奥深くに潜り、歴代の思念たちを探す。以前は覇龍に取り込まれ怨念と化していた歴代も、紅の鎧に一誠が目覚めたことで憑き物が落ちたかのように元気を取り戻していた。

 

「…いない」

 

探しても探しても、誰もいない。そこにあったのはもぬけの殻になった白い部屋だけ。

 

『体は手遅れだったから手放すしかなかった。体を失えば次に毒に侵されるのは魂だ。だがお前を死なせるわけにはいかないと歴代が身代わりになって呪いを受けている間に…お前の魂を抜いて鎧に定着させた』

 

「…」

 

『少しでもタイミングが遅れていれば、お前は今ここにはいない』

 

精神が現実世界に戻って来る。白い背景がいつの間にか次元の狭間特有の混沌色に変わっていた。

 

呆然となる一誠。流れる涙もないのにふと涙がこぼれたような気がした。魂だけの体になり、失ったはずの顔がくしゃっと歪むような感覚を覚えた。

 

「なんだよ…まだろくに話してないのに…王道を見せるって決めたのに…やっとあの人たちは覇龍の呪いから解放されたんだ!明るい顔になれたんだ!!」

 

『…ああ。俺もできれば呪縛から抜け出せた歴代たちと話したかった』

 

「こんなこと…ねえよ」

 

やりきれなさに一誠は拳を強く握りしめた。相棒の悲しみがドライグにも深く伝わってくる。

 

悲しいのはドライグも同じだった。歴代の中でも特に自分とその力を深く知ろうとしている一誠と深い絆で結ばれているが、過去の所有者に対し何も思うことがなかったわけではない。

 

彼らもまた自身の力を使いこなし、共に戦う戦友だった。他愛のない言葉を交わし、死線を潜り抜けてきた。だが誰も彼も碌な最期を迎えなかった。白龍皇との宿命の戦いで覇龍を発動させ、力に呑まれながら宿敵を倒しやがて力尽きた者。白に覇龍を使われ、覇龍に目覚める前に敗れた者。あるいは白龍皇と出会う前に戦死した者。

 

悲惨な最期を迎え、神器に宿る負の思念に囚われてしまい彼らと言葉を交わすことさえできなくなっていたが、一誠のおかげで自分を取り戻せた。相棒の進化も勿論だが、歴代の解放もどれだけ嬉しかったことか。

 

歴代も同じことを感じていたかもしれない。だからこそ、彼らはその遺志を生前の相棒であるドライグに託した。

 

『だから、最後のメッセージを預かっている。歴代たちの最後の願いだ。聞いてやってくれ』

 

「!」

 

籠手の宝玉から光が放たれて、その映像を空中に映し出した。

 

どれだけ探してもいなかった歴代赤龍帝の思念達。老若男女問わない全員が椅子に腰かけ、両手の人差し指で何かを押すような動作をした。

 

「「「「「「「ずむずむいやーん!」」」」」」」

 

「…話す前に一回殴りたかったな」

 

晴れやかな表情から放たれた一言にげんなりする一誠。さっきの悲しみを返してほしいとさえ思った。

 

そんな彼は映像の隅に一人の男がいるのを発見した。それはかつて、紅の鎧を覚醒する際に歴代の思念を鎮め、助けてくれた男だ。

 

『おケツもいいものだよ』

 

「白龍皇もいるんかい!!」

 

突っ込まずにはいられなかった。赤龍帝の先輩だけでなく、白龍皇の先輩までも自分の色欲に汚染されていたとは。

 

「…とりあえず、ありがとうございました!」

 

悲しみも吹き飛び、ばぐった頭から振り絞った言葉はなぜか感謝の言葉だった。色々あったがこれだけは思った。

 

歴代の遺志を無駄にはしないと。そのためにも、一誠は再び前進することを決めた。

 

一誠は大事なことを思い出す。

 

「そうだ!!オーフィスは!?オーフィスはどうなった!?」

 

あたふたと辺りをせわしなく見渡し、彼女を探す。ここに来た最大の要因は彼女を助けようとせんがためにシャルバに挑んだからだ。自分の死後にまた何者かに攫われたとあっては悔やんでも悔やみきれない。

 

首をあちこちに振って見渡す最中、ゴスロリ衣装の黒髪の少女の姿が遠くに見えた。

 

「そこか!オーフィス!」

 

すぐに彼女のもとへ駆け寄る一誠。探された当の本人は。

 

「えいえい」

 

へちゃりと座り込んだオーフィスがぺちぺちと小さな手で地面…もとい、グレートレッドを叩いている。

その様子に彼女の無邪気さがありありと表れていた。

 

「…お前、まさかそれでグレートレッドを倒すつもりか?」

 

「我、倒す」

 

色々あってもまだそこは一貫しているなと思った。

 

「てか、冥界には行かなかったのか?皆待ってるのに」

 

『一番皆が待っているのはお前だぞ相棒』

 

「そうだった」

 

「ここ、我の故郷。イッセーとドライグ、グレートレッドがいる。だからここにいる」

 

「…」

 

どう返せばいいのかわからなかった。故郷だからいる、宿敵のグレートレッドがいるからいる。それはわかる。だが、自分たちの存在も理由に挙げられるとは思わなかった。

 

どうして、と尋ねようとしたその時、三人…グレートレッドを入れれば四人はとあるものを発見する。

 

「…ドライグ、あれなんだ?」

 

一誠が指さす先にあるのは次元の狭間に浮かび上がる巨大な魔法陣。幾重にも細かい文字が何十何百何千と刻まれたそれは仄かな光を放っている。

 

一誠はそれを壁のように感じた。まるでここから先は通行禁止だと告げるような存在感がある。

 

『わからん、何かの結界のように見えるが…見たことのない術式だ。相当強固に作られているな』

 

「あれ、竜域と神域の境界。結界が神域の侵略を防いでる」

 

オーフィスだけはそれを知っていた。過去、次元の狭間の静寂に浸る中でずっとそれを見守り続けてきた。最初は大切な誰かのためにという行動は、いつしか結界の影響を永き時をかけて受け続けたことでその誰かがオーフィスの中から抜け落ちてしまった。

 

「ならあの向こうにディンギルの世界が…」

 

『嫌なオーラをひしひしと感じるぞ。それにここからでもわかる。あの向こうにとてつもない何かがいるな』

 

結界の向こうにある何かの強大極まりないプレッシャーを感じるドライグ。その声は自然と険しいものになっていた。

 

さらに一誠は一つ、気になるものを発見する。

 

「…あれ、グレートレッドのニキビか?」

 

グレートレッドの赤い鱗の上にせりあがった白い肉の塊。どくんどくんと脈打つそれは赤と黒の仄かな光を帯びていた。

 

『自分の体をニキビ呼ばわりするのか…』

 

「…え、俺の体!?」

 

『そうだ。あの繭の中にお前の新たな肉体が培養されている。グレートレッドの肉体と、オーフィスの力でな。敵対するはずの龍神と真龍の共同作業だ』

 

信じられないと一誠は口をぽかんと開ける。

 

『お前は生まれ変わる。人間から悪魔に、悪魔から…ドラゴンにな』

 




結局英雄化を使っても勝てなかったどころか見放されたヘラクレス。間違いなく原作以上にはダメージを与えました。ロスヴァイセの防御もさすがにサイラオーグがほぼ全弾を撃ち落さずそのまま全部受けていたら破られてました。

彼にはグレンさんから頂いたノーベル魂の眼魂を合わせました。きっとヘラクレス以上に悠河は使いこなしてくれるでしょう。グレンさん、ありがとうございました。

次回はジャンヌの戦闘回です。しばらくぶりの登場となったゼノヴィアたちの見せ場です。

次回、「御旗掲げし聖女」


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第165話「御旗掲げし聖女」

色々お披露目です。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
1.ムサシ
2.エジソン
3.ロビンフッド
4.ニュートン
5.ビリー・ザ・キッド
6.ベートーベン
7.ベンケイ
9. リョウマ
10.ヒミコ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
13.フーディーニ
14.グリム
23.コロンブス
31.ライト
41.シグルド
42.ユキムラ
44.ハンゾウ


〈BGM:闇の戦(仮面ライダーダブル)〉

 

「堕ちろ、雷光!」

 

堕天使の翼を生やす朱乃が、細い指先を天に向ける。それに呼応するがごとく稲光が煌めき、光の力を帯びた一条の轟雷が降る。

 

「ふふん♪」

 

それを軽快に鼻歌を歌うジャンヌの聖剣龍は身を翻して回避運動を取る。そこに雷光の眩しい光で隠れながらも接近していたゼノヴィアとイリナが迫る。

 

「はっ!」

 

ゼノヴィアが持つエクスデュランダルの厚い刃が切り上げる。アーサーが所有していた支配の聖剣も天界で統合することで、7本のエクスカリバー全てを揃えた彼女の剣は大きく力を増していた。

 

ジャンヌは大振りな一太刀を真正面から受けるのではなく、巧みにいなすことでやり過ごす。あの刃に込められた破壊の力をそのまま受け止めるのはまずいと判断したからだ。

 

「アーメン!」

 

そしてエクスデュランダルの一太刀の隙を埋めるようにイリナが片手剣を薙ぐ。迷いのない流麗な剣閃をジャンヌの聖剣が受け止めた。これまでの戦いとは違うイリナの得物にジャンヌは目を見張る。

 

「聖魔剣…!天使でも扱えるのね」

 

「かーなーりカスタマイズされた試作品よ!!」

 

三大勢力の和平を機に悪魔側から天界へ提供された木場祐斗の聖魔剣。聖書の神の死で発生したイレギュラーの代表格ともされるその剣の研究を重ねることにより、将来的な量産も見据え一振りが作られることとなった。

 

無論、祐斗の使うオリジナルの聖魔剣と比べれば質は落ちるが、強力な武器であることには変わりない。

 

「はぁぁぁ!!」

 

「やぁぁぁ!!」

 

息もつかせぬ二人の猛攻。教会時代から続く彼女らの息の合ったコンビネーションに寸分の隙も無い。剣に次ぐ剣に次ぐ剣。並の相手なら押し寄せる剣技の数々に手も足も出ずに聖剣の錆にされていることだろう。

 

だがジャンヌはそれを易々といなし、躱していく。余裕の色を寸分も乱すことなく、全ての刃がジャンヌを傷つけること能わず。

 

まるで全ての攻撃がいつ、どこから、どのように来るかわかっているかのようだ。

 

「無駄無駄!」

 

攻撃を躱す動作の中でジャンヌが一振りの旗を出現させ、左手に握る。ジャンヌ眼魂の紋章が刺繍されたその旗を振るうと、聖なる波動が風のように迸って二人を襲う。

 

「イリナ、私の後ろに!」

 

ゼノヴィアの呼びかけにイリナはすぐに行動し、彼女の後ろへ回る。ゼノヴィアはエクスデュランダルを盾にして聖なるオーラを発することで聖なる力を受け止め、相殺した。

 

「あらら、残念」

 

「どういうことだ、さっきから全く攻撃が当たらないぞ」

 

「私たちの攻撃が全部読まれてるわ」

 

二人は既にこの状況に違和感を覚えていた。歴戦の戦士は戦う相手の呼吸やオーラから次の動きを察知できるという。だがイリナが京都で戦った時点ではジャンヌはそこまでの熟練度ではなかった。眼魂を使用してのパワーアップだけでそこまでの領域に踏み込めるはずがない。

 

だがもし、それを実現できるとするなら。

 

「可能性があるとするなら、恐らく彼女の眼魂の能力ですわね」

 

チームをまとめる女王として朱乃は前衛を二人に任せて後衛から雷光を放つ傍らで冷静に敵の動きを分析していた。聖なるオーラを放つ旗だけが彼女の眼魂の能力なはずがない。ジークは怪力や透明化などもっと多彩な能力を使っていたと聞いている。同列の幹部が果たしてそれだけの眼魂を使うだろうか。

 

「奴のことだ、恐らく眼魂はジャンヌダルクだろう。…ジャンヌダルクは主のお告げを聴き、百年戦争を勝利に導いたとされる聖人だったな。奴が眼魂を使うなら、それしかないと思うが」

 

カトリック教会で聖人に認定されたジャンヌダルクをゼノヴィアはよく知っている。同じ女性信徒で勇敢にも戦場に赴いたかの聖人を彼女は尊敬もしていた。

 

英雄派が習得した眼魂を創造する技法。それにより彼らは眼魂をその身に取り込むことでパワーアップを果たす英雄化という技法をも開発した。祐斗と一誠がシグルド眼魂を手にしたジークフリートと交戦し、曹操も自身の名の由来となった曹操の眼魂を持っていることから、幹部は自身の名と同じ英雄の眼魂を持っていることは容易に見当がついた。

 

もし、ジャンヌがジャンヌ眼魂を使い、その能力でこちらの攻撃を呼んでいるのだとしたら。能力の正体は。

 

「…まさか!」

 

「あら、気づいちゃった?」

 

〈BGM:残響DEARLESS(黄昏メアレス)〉

 

答えにたどり着き、顔を青ざめる朱乃にジャンヌは艶やかな口に三日月型の笑みを浮かべた。

 

「神託よ。ジャンヌ眼魂の力で私は神託を受け取ることができるの。あなた達が何をするか、何が起こるか、全部声が教えてくれる!全ての運命を見通す神の声がね!」

 

「…!」

 

ジャンヌは隠しもせず高らかに能力の種を明かした。あえて能力を大々的に明かしたのはそれがわかったところで特定の部位を破壊すれば止められるような対処の仕様もないし、3人の行動を「読まれている」と思わせることで委縮させることにある。心理的な面ではある種、油断ともいえるが。

 

「当ててあげるわ、ミカエルのAちゃん、私に光輪を投げて拘束しようとしているでしょ?」

 

「嘘!?」

 

図星を突かれたとイリナはわかりやすく驚きの表情を見せた。これ以上は無駄だと、手元に出現させた光輪を彼女は霧散させた。

 

「ジークまではいかないけど、私もジャンヌ眼魂とかなりのシンクロ率を叩き出しているの。本来のスペック以上の力を引き出し、能力もフルに使えるわ!」

 

誇らしげに笑うジャンヌ。その台詞はゼノヴィアの耳に痛いものだった。

 

「…悠のように、エクスカリバーの能力を使いこなせればよかったのにな」

 

エクスデュランダルは7本のエクスカリバーの能力を兼ね備えている。

 

『破壊』は問題なく使用でき、スピードを底上げする『天閃』と『透明』も『破壊』ほどではないがそれなりに使える。『擬態』は元使い手のイリナの助言もあり多少は形になっているがまだ心もとない。魔術の知識を要求するテクニカルな『夢幻』と信仰に深く関わり特殊な技能を要する『祝福』は苦手。

最後にルフェイを通じてアーサーから渡された『支配』はそもそも組み込んでからぶっつけ本番で戦っているので未知数だ。

 

恐らくこれも『夢幻』同様にテクニックが必要になる能力と見込んでおり、今後苦手になる能力の一つになるだろうと彼女は思っている。

 

多彩な能力を扱えるエクスデュランダルを握っているとどうしても頭によぎるのは誰よりも認めた男の姿。彼はそれ以上の数の能力を同時に発動し、戦術に組み込んでいる。自他共に認めるパワーバカで、今後もそのスタイルを変えるつもりはないがそれでもエクスデュランダルを得た今、彼の凄さを思い知らされる。

 

彼のようにエクスカリバーの能力を使いこなしていればこの苦境もなかったのだろうか。

 

「ゼノヴィア、あなたの性格は戦ってよーくわかったわ。騎士のスピードも活かせず、折角の7本のエクスカリバーの能力もまともに使えるテクニックもない、愚直なパワーバカ。能力をフルに使いこなしている私はただのパワーのごり押しで勝てる相手じゃないわよ?わかってる?」

 

「…わかっているさ、だからこうする!」

 

エクスデュランダルからかしゅっと二本の柄がせり出し、そのまま後方のイリナと朱乃のもとへ飛来する。それをがしりと二人はつかみ取った。

 

「朱乃副部長、イリナ、頼んだぞ!」

 

「ええ!」

 

「任されたわ!」

 

エクスデュランダル所有者の許可。これにより二人…特に朱乃は聖剣使いの因子がなくとも短時間エクスカリバーの行使が可能となった。自分が能力を使いこなせないのなら、仲間に使いこなしてもらえればいい。

 

「夢幻なる雷光よ!」

 

聖剣を天高く掲げた朱乃が雄々しく宣言し、今度は無数の雷光が同時に降り注いだ。

 

「夢幻の聖剣で雷光を増やしたのね」

 

圧倒されるような光景を前にしてもジャンヌは余裕を崩さない。そして、そのまま動かない。雷光が何度も体を突き抜けるが、体には痛みも痺れも熱さもない。夢幻の聖剣はあくまで夢や幻を司る力。如何に雷が増えているように見えようと、本物は一つだけ。

 

「これね」

 

そしてここぞとばかりに聖剣龍が自身の体を形作る聖剣の聖なる力を圧縮したブレスを放つ。並の上級悪魔なら一撃で塵と化す密度の光が雷光と衝突し、派手は爆発を起こして相殺した。

 

「!」

 

「わかってないわね、私は常に神の啓示を受けられるのよ?どれが正解か不正解かなんて分かるにきまってるじゃない」

 

悠然たるジャンヌの元に、鞭のようにしなる刃が伸びる。聖剣で弾くジャンヌだが弾いた刃からさらに刃が枝分かれするように伸び、彼女に襲い掛かった。

 

「おっと!」

 

刃の鋭い突きを次々にいなす。その攻撃を放ったのは擬態の聖剣を使用するイリナだった。聖魔剣の聖なる力を共鳴させることで、剣の力は増していた。

 

「卑怯だなんて言わないでよね!」

 

「言わないわ、だって今の私にとってはそんなの卑怯でもなんでもないもの」

 

「だったら!」

 

天閃の聖剣と『騎士』の特性を同時に発動、超高速で飛翔するゼノヴィアがフェイントを交えつつ接近する。小手先の技が通用しないなら、真っ向正面からスピードとパワーで勝負するまで、そう彼女は判断した。

 

「速いわ。その動き、私では見切れないわね」

 

ジャンヌも聖剣龍を操り、挑む彼女に応じるがごとく突撃する。あっという間に距離が縮まり、剣が交わるその時。彼女の姿が忽然として消失した。『透明の聖剣』の能力だ。

 

だがその力も、今の彼女の前では種の見え透いた三流マジシャンのマジックでしかない。

 

「後ろね」

 

振り向きざまにジャンヌが聖なる一閃を繰り出す。

 

ズバン!!

 

穢れなき聖なる力を帯びた刃が、背後にいたゼノヴィアの横腹を切り裂いた。鮮血が舞い、彼女の端正な顔が痛みで歪んだ。

 

「ぐぁっ!!」

 

「動きは目に追えないわ。でもどこから来るかわかってるから結局無駄よ」

 

「ゼノヴィア!」

 

「ゼノヴィアちゃん!!」

 

悪魔にとって聖なる力は天敵。それは例え聖剣使いの転生悪魔だろうと例外ではない。傷口から聖なる力が染み込み、斬撃のダメージに上乗せされて彼女の全身に毒のように駆け巡る。体の力が抜け、ふらふらと地上に落下し体を強く打ち付けた。

 

「うぁぁぁっ!!」

 

想像を絶する痛みだ。しゅうしゅうと煙が上がり出血する傷口を手で押さえて耐え切れない痛みに叫んだ。

 

ジャンヌは空から惨めにも地を這って呻くゼノヴィアを見下ろし快哉を叫んだ。

 

「あはは!神託通り!まずは一人ね!」

 

「よくも…!!」

 

すかさず怒りに震える朱乃の雷光が飛んでくる。それを難なく龍を旋回させて躱すが、それを狙うかのようにイリナが仕掛けてきた。

 

「よくもゼノヴィアを!!」

 

大事な親友を目の前で切られ、イリナは平静を保たずにはいられない。聖魔剣と擬態の聖剣の二刀流で猛攻を仕掛ける。激しく切り結び、剣を打ち合うがジャンヌには届かない。

 

「慣れない二刀流で私に敵うとでも!?」

 

再びジャンヌが旗を振るう。旗が眩い光を放って。

 

「それ!」

 

「きゃっ!!」

 

至近距離で聖なるオーラを受けたイリナは木端のごとく吹き飛びビルに叩きつけられた。外壁にひびが入り破壊すると、そのままビルの屋内に転がり込んでいった。

 

「イリナちゃん!」

 

「さあ、次はお姉さんを落としてあげるわ!堕天使らしく地に堕ちなさい!」

 

〈BGM終了〉

 

 

 

 

 

 

 

地面が冷たい。体の血の気も引いていき冷たくなるようだが、傷口だけが熱い。

 

「うっ」

 

体が痛む。血が流れ、体の中から聖なる力が暴れまわり破壊しようとしている。傷口からしゅうしゅうと煙が上がり、少しずつだが塵と化している。このままいけば消滅するのだろう。

 

聖剣使いが聖剣で敗れる。信徒でありながら悪魔に転生した自分にはなんと皮肉な結末だろうと彼女は思った。聖剣を振るいながらも、悪魔の身には聖剣の力は必殺となってしまう。

 

これまで彼女は教会の戦士として何人もの悪魔を葬って来た。エクスカリバーやデュランダルを使い、その剣に内包された聖なる力で悪しき者を塵を化し消滅させた。回りまわって来た因果。これから自分も同じ運命をたどるのだろうか。

 

「ジャンヌ…」

 

あの女は運命を見通す神の声が聞こえるといった。ならばこの皮肉めいた結末は運命によって定められた通りのものなのだろうか。自分の敗北も、あるいは頼れる仲間である一誠の死すらも。

 

「…いや…こんな、ところで…!」

 

終われるはずがない。あれだけ懸命に戦い抜いてきた信頼できる仲間の死を、自分の敗北を不条理にも運命で定められたものだというなら。そんな運命など断じて認められない。認めてなるものか。

 

そんな最悪な運命など、この刃で断ち切ってやる。道とは自分で切り開くものだとかつて悠河の家で読んだ漫画にも描かれていた。ならば、自分の運命は自分で切り開く。誰かに決められたものではなく、自分自身の意志で決める。

 

運命を覆さんとする彼女の決意は、新たな運命の扉を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地上で倒れていたゼノヴィアが起き上がるのを視界の端に認識したジャンヌ。

 

「…あれ、今のでまだ立てるの?」

 

「…当たり前だ」

 

出血が止まらない。聖なる力が体を焼く。それでも立ち上がる。

 

「この痛みを…何度も、受けて…それでも立ち上がった男たちを…私は知っている…!!」

 

〈BGM:仮面ライダーバルカン・バルキリー(仮面ライダーゼロワン)〉

 

惚れた男は幾度となく傷ついてきた。それこそいつか本当に死ぬのではと心配になるほどだ。それでも男は諦めずに難敵に立ち向かい、傷だらけの体で勝利を収めてきた。彼の横に並び立つと決めたなら、どうして傷の痛みに呻いて地に這いつくばったままでいられるだろうか。ここで諦めては剣士として、一人の女として恥もいいところだ。

 

痛み以上に身を焦がすのは諦めない戦意の炎。それを滾らせ、エクスデュランダルを強く握った。

 

「…お前の言う通り私はパワーバカだ。…だが!」

 

翼を広げて飛び立つ。天閃の能力で加速し、ただただ一直線に狙ったものへと突き進む。迷いもなく策もない。だからこそ、それらの重みを取っ払った今の彼女はこれまで以上の加速を見せていた。

 

「!?」

 

ガシャン!

 

破壊の一閃が、聖剣龍の片翼を粉々に砕いた。聖剣の破片が、傷ついてなお戦うことをやめない勇敢な聖剣使いを祝福するがごとく煌めきで彩った。

 

「このまま負けてやるほど馬鹿ではない!!」

 

「ちょっと、どういう…」

 

驚くジャンヌに構いもせず、旋回し切り返したゼノヴィアはもう片翼にも破壊の一撃を叩き込んだ。破壊力抜群の剣は容易く翼を先ほどと同様に破壊して見せた。

 

「はぁぁぁぁ!!!」

 

さらに龍の懐に飛び込んだゼノヴィア、何度も何度も、がむしゃらに破壊の力を乗せた剣戟を放ち続ける。

割れる、砕ける、砕け散る。龍を構成する聖剣がエクスデュランダルの一撃の前になすすべもなく破壊されていく。

 

やがて破壊の余波は全身を駆け巡り、ヒビ入れる。一撃のたびにヒビは広まりやがて全身にくまなく回り、ついには聖剣龍そのものを木端微塵に砕いた。

 

「私の禁手が…!!?」

 

飛行手段を失ったジャンヌは落下の最中にも驚きを隠せないでいた。まさかこんな力技で禁手を攻略するとは思わなかったからだ。

 

いや、それよりももっと驚くべきことがある。

 

「なんで読みと違う攻撃が!?」

 

立ち上がってからのゼノヴィアの動きが神託で読めない。こんなことは過去にたった一人を除いてなかった。彼女らと同じ幹部とリーダー、信長と曹操以外は誰にも。

 

「雷光よ!」

 

落下で自由に身動きの取れない隙を狙い、朱乃が雷光を繰り出す。稲光が轟き、荒々しい大自然の力が彼女を喰らいつくさんと迫って来る。咄嗟に聖剣を盾のように何十にも重ねて盾を作り、雷光を受け止めた。

 

「ぐぅぅぅ!!」

 

伝わる熱に肌がやられ、隙間越しに見える光が目を貫く。この攻撃はしっかり神託で読めた。英雄化の不調が原因ではない。

 

「!!」

 

その刹那、神の声が聞こえた。気づいた時にはすでに背後から飛んできた光輪がジャンヌの両腕を拘束していた。

 

「嘘!?」

 

両腕の自由が利かない。力づくで破ろうにも彼女にはサイラオーグのような突き抜けたパワーもない。何よりこの状態では剣で光輪を切断することもできない。

 

「神託通りだったでしょ…?」

 

攻撃を繰り出したのは先ほどビルへ吹っ飛んだイリナだった。してやったりと彼女はゼノヴィアへサムズアップをした。頼もしい戦友にゼノヴィアはふっと微笑み返すと、毅然とした表情をジャンヌへ向けた。

 

「聖人の名と力を騙る悪しき剣士よ、我がエクスデュランダルで…」

 

飛翔するゼノヴィアは、ジャンヌを負うように切り返し急降下を始める。己を導く声は聞こえない、体は動かない。しかし刻一刻と迫る刃。その時、全身の血の気が引いていくのをジャンヌは感じた。

 

「断罪してくれるッ!!!」

 

高く掲げた聖なる剣。渾身の一撃が今度こそ彼女に直撃した。落下の勢いは爆発的に加速し、地面に激突した瞬間凄まじい爆音を立てて地面を割り、大きなクレーターを一瞬にして作り上げた。

 

「がはっ」

 

頭から血を流し、大量の血を吐血するジャンヌ。過度のダメージを受けたことで眼魂は自然に体内から排出されて英雄化が解除される。纏っていたオレンジ色のプレートアーマーも、体の骨も落下の衝撃で粉々に砕け散っていた。

 

「ど、うして…」

 

沈みゆく意識の中で自然にそんな問いの一言が出た。だがゼノヴィアは。

 

「私にもわからん。きっと、私のパワーがお前の神託を破壊したんだろう」

 

「な、わけ…」

 

余りにも呆れ果てるような返答だったので一周回って笑えてしまったジャンヌは、その場で気を失うのだった。

 

〈BGM終了〉

 

 

 

 

 

 

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〈BGM:バリアンズフォース(遊戯王ゼアル)〉

 

ゼノヴィアたちがジャンヌを討伐した頃、リアスたちはゲオルクと熾烈な攻防を繰り広げていた。多彩な魔法と消滅の魔力、魔剣の波動が飛び交い息もつかせぬ激闘が続いていた。

 

ヘラクレスを打ち負かしたサイラオーグは一旦下がり、ソーナや匙の治療を終えたアーシアの治療を受けている。禁手を使わず、すべての攻撃を耐えきったとはいえ体のダメージは深い。それでも顔色一つ変えずに堂々とヘラクレスを打ち破ったのは彼の強靭な精神力がなせる業だ。

 

「吹き飛べ!」

 

リアスの掌から紅い滅びの魔力が放たれる。ジークの四本腕を消し飛ばすほどの威力を持つ一撃だが、それらすべてがゲオルクに届く前に霧に呑まれて消失してしまう。

 

「自在に霧を操っている!」

 

「無駄だ。魔法だろうと、消滅の魔力だろうと我が霧は全てを呑みこむ」

 

ゲオルクの神器は神滅具の一つに数えられる『絶霧』。英雄化による強化も加わり、その能力は更なる高みへと昇りつめようとしている。平常時よりも自在に霧を操れるようになったためにジャンヌとはまた違った理由で、リアスたちはゲオルクに傷の一つも負わせられないでいた。

 

「ちなみにこんなこともできる」

 

ポケットから取り出したナイフで、ゲオルクは自身の指に切り傷を入れる。血が流れだす指で流れるように地面に魔法陣を素早く描いた。

 

「我が召喚に応えよ!万象の理、全てを見通し、我に呪われし祝福を与えん!」

 

魔法陣から這い出て、ゲオルクの背後にそれは出現した。筋肉質な赤い体にタトゥーのように全身に刻まれた黒い紋様。血に濡れた鋭利な両手のかぎ爪。頭部からせり出したヤギのような角。そして獣のように獰猛で凶悪な牙を生やした口。

 

上半身だけが魔法陣から出ているその異形が、リアスたちに向けておぞましい咆哮を上げた。その異形を一言で言い表すならまさしく。

 

「悪魔!?」

 

「無論、君たちと同じ悪魔ではない。能力で作られた霊力の塊でしかない…だが!」

 

悪魔の目が妖しく光る。その直後、ゲオルクの全身に文字のような紋様が浮かび、彼は苦痛に呻いた。

 

「ぐぅぅぅぅ…!!」

 

「何が起きているんだ…!?」

 

苦しむゲオルクの体から白い靄が発せられると、それを悪魔は掃除機のように吸い上げる。まるで腹を満たしたかのような満足感を恐ろしい顔に浮かべ、雄たけびを上げた。

 

「…あの白いものは生命エネルギーです。命を削って一体何を…?」

 

生命力を操る仙術の使い手である小猫はゲオルクが悪魔に吸われたものの正体を即座に見抜いた。

 

あれは間違いなくゲオルク眼魂の能力。元となったゲオルク・ファウスト博士は番外の悪魔に数えられるメフィストフェレスという悪魔と契約したとされている。それになぞらえるなら、この現象は。

 

「…悪魔の契約、なのね」

 

答えにたどり着いたリアスは恐る恐る口にする。

 

「ご名答…代償を払うことで私の力を劇的に倍増させる!霧で異空間に送るより、魔法でねじ伏せ確実にお前たちを葬ってやろう!」

 

ゲオルクが払ったのは寿命5年分。代償は寿命のほかにも記憶や四肢、臓器、財宝など様々だがそれが使用者本人にとって価値の高いものであればあるほど、高いリターンを得られる。

 

パワーアップしたゲオルクは早速魔法陣を一気に展開する。空中に所狭しと並ぶ魔法陣の数は明らかに強化前と比べ倍増している。その光景に圧倒され、戦慄するリアスたち。そこに椿姫が加わる。

 

「私がカウンターします」

 

椿姫の神器は『追憶の鏡《ミラー・アリス》』。鏡を出現させ、それが攻撃で割れた時の衝撃を相手に返すカウンター系神器だ。

 

「いえ、あの物量じゃ恐らくキャパシティを超えるわ。だからカウンターできるレベルまで私たちで削る。ロスヴァイセ、祐斗、やるわよ!」

 

「はい!」

 

「魔法なら私の出番です!」

 

椿姫の前にリアス、祐斗、ロスヴァイセの三人が並ぶと同時に魔法が怒涛の勢いで一斉に炸裂した。炎や吹雪、風、雷など森羅万象あらゆる属性を詰め込んだ魔法の嵐が降り注ぐ。

 

それを迎撃するため、リアスたちは一気に攻撃を放つ。消滅の魔力が魔法を呑みこんで消滅させ、グラムの凶悪な波動が魔法を破壊し、ロスヴァイセの全属性フルバーストの魔法が同じ属性を持つ魔法を相殺していく。

 

「今です!」

 

勢いを落とした魔法が、椿姫の出現させた鏡に突き刺さって鏡面が粉々に砕けた。瞬間、凄まじい波動がゲオルクに押し寄せた。

 

それが直撃する瞬間。彼の体が霞と共に消える。ゲオルクという得物を失った波動は地面に衝突し、土煙を巻き上げた。

 

〈BGM終了〉

 

そしてその破壊の跡の傍らにどこからともなく霧が発生すると、数秒前に消した男の姿を再び現世に戻した。

 

〈BGM:強敵(仮面ライダーダブル)〉

 

「…グレモリーやヴリトラばかりに気を取られていたが、案外シトリー眷属も侮れんやもしれんな」

 

くいと眼鏡の位置を調整するゲオルクは冷静に椿姫の能力を評する。

 

「絶霧で瞬間移動を…!」

 

驚くロスヴァイセを他所に、祐斗がグラムを構えて躍り出る。神速の一撃を叩き込むその瞬間、やはりゲオルクの姿は霧に呑まれて消える。

 

そしてまた、少し離れた場所に霧と共に姿を現した。

 

「如何に強化された身とはいえ、君と近接戦で真正面からはやりあいたくないのでな。そしてそこには罠を設置済みだ」

 

「!」

 

気づいた時にはもう遅い。祐斗の足元がばちっと痺れると、魔法陣が開いて凄まじい高圧電流が祐斗の体に流れ込んだ。

 

「うぁぁぁぁ!!」

 

「魔法のダメージだけじゃない。グラムを行使したことでその反動も来ているはずだ。呪いがどれほど強力なものかはジークフリートを通じてよく知っている。グラムを得たばかりの君に耐えられるか?」

 

「ぐっ…!」

 

ゲオルクの言う通りだった。ジーク戦や先ほどゲオルクの攻撃を迎え撃つためにグラムを解放したことでその反動が彼の全身に回っていた。電流を浴びる前には既に体が震えだしており、そのため反応が遅れてしまったのだ。

 

脚を封じられて逃げることもできない祐斗は10秒間電流を浴び続けてしまう。やがて全身から煙を上げてその場に膝を突いて倒れた。

 

「祐斗!」

 

「祐斗先輩!」

 

「そんな…!!」

 

あっけなく無力化されてしまった無残な祐斗の姿、リアスたちは容易には信じられなかった。ジークとの戦いの消耗も残っているとはいえ、こうも簡単にやられるとは思わなかった。

 

「さて…ハーフヴァンパイア」

 

グレモリーの戦力でも上位に入る彼に大ダメージを負わせたゲオルクの鋭い目が、ギャスパーを捉えた。

 

「君がグリゴリで禁手に目覚めるための特訓をしてきたのは知っている。その成果、今見せてみろ」

 

「…!」

 

〈BGM終了〉

 




まさかの勝利です。どうしてゼノヴィアがジャンヌに勝てたのか。それは…。

次回、「邪眼の鼓動」


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第166話「邪眼の鼓動」

衝撃のマーボー

ずいぶん遅くなってしまいましたが今年最後の更新です。終わりには来年の予告もあるのでお見逃しなく。

ちなみに外伝はグリゼルダさん初登場の回をオリジナルを混ぜてします。初登場のオリキャラも数名出る予定です。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
1.ムサシ
2.エジソン
3.ロビンフッド
4.ニュートン
5.ビリー・ザ・キッド
6.ベートーベン
7.ベンケイ
9. リョウマ
10.ヒミコ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
13.フーディーニ
14.グリム
23.コロンブス
31.ライト
41.シグルド
42.ユキムラ
44.ハンゾウ


 

街中をずっと走り、遠くで雷光が落ちるのを見た俺はそこで朱乃さんたちが戦っていると確信。

すぐにガルドラボークさんと共に向かった。

 

走る速度にはやる気持ちが乗って加速。閑散とした街を駆け抜ける。疲れを気にする時間も惜しい、とにかく走った。

 

そしてやっと見慣れた仲間の姿が見えてきた。部長さんたちが、英雄化したゲオルクと対峙している。ゲオルクの背後には魔法陣から怪物が出現している。一部ゲオルクのパーカーと共通するような意匠がみられることから、ゲオルク眼魂の能力だと察することができた。

 

だが不思議と雰囲気は敵対心に満ちたものではなく、まるで衝撃に空気が凍り付いたかのようなもので。

 

「待て!」

 

血相を変えて真に迫った表情のガルドラボークさんが俺の肩を強く掴んで引き留めた。

 

「どうして…!?」

 

「今は迂闊に出るな」

 

やっと合流できたというのに、戦いに加わらず指をくわえてみていろというのか。

 

ガルドラボークさんに抗議の声を上げようとしたその時だった。

 

『…死ね』

 

体の芯から底冷えするような声が耳に滑り込んだ。振り返れば、異様な光で目を輝かせるギャスパー君の体から暗黒が放たれ、辺り一帯を瞬く間に飲み込んでしまったのだ。

 

昏く、冷たく、一条の光もない暗黒の世界が俺たちを呑みこんだ。だが不思議と部長さんたちやゲオルクの姿はまだはっきり視認できる。それ以外のビルや木々も瓦礫も、空は何も見えない。

 

この暗黒は一体何なのか。ギャスパー君の新しい能力か?

 

〈BGM:怒りの反撃(遊戯王ゼアル)〉

 

「何なんだ…これ…」

 

部長さんたちもこの現象に驚きを隠せない様子だ。ゲオルクも想像を超えた現象に驚きに目を引く突かせて辺りを見回している。

 

『コロシテやる…オマエラ、皆…!!』

 

「…!」

 

異様な現象を引き起こしながら、鬼気迫る表情でギャスパー君が一歩踏み出した。小さな口から発せられた声はギャスパー君のものではない。呪詛にまみれた聞くだけで呪われるようなおぞましい何かだった。

 

ゴキ。

 

首があらぬ方向に折れ曲がる。

 

バキ。

 

指の骨が折れるような音が聞こえた。

 

肩が痙攣している。足を引きずっている。異様な状態でギャスパー君は一歩、また一歩とゲオルクに迫る。

そのただならぬ雰囲気にゲオルクも無意識に一歩引きさがっていた。

 

サイラオーグさんすらもこの暗黒の世界に目を見開いて驚いている。

 

「赤龍帝の死を知れば、それをきっかけに覚醒するのではないかと思った。彼の目には屈辱にまみれた強い意志があり、なおかつ神器研究が進んだグリゴリの手ほどきを受けた。それだけの条件があって禁手に目覚められないはずがない。だが…」

 

「そうやすやすと殺されるものか!」

 

ゲオルクもただ恐怖するだけではない。素早く切り替え、ギャスパー君の形をした恐ろしいナニカを迎撃するために魔法陣を大量に展開する。

 

『喰ラう…』

 

ギャスパー君が華奢な手を空にかざす。すると魔法陣の全てが展開した瞬間に闇に侵食され、その色がくすみ溶けていった。

 

「魔方陣が浸食されただと…!?停止の邪眼ではないのか!?なんだその力は!禁手でも魔法でもこんなものは…!!」

 

ゲオルクの表情にあるのは戦慄と恐怖。目の前で起こった自分の常識を超越した未知の現象にその二つの感情を抱かずにはいられない。俺だってそうだ。こんな恐ろしい現象もギャスパー君も見たことがない。

 

「ならば、俺の寿命の十年分を捧げ…」

 

ゲオルクが背後にそびえる異形に振り返る。しかし異形はうんともすんとも言わず、身じろぎもしない。

これは恐らく…。

 

「停止の力か…!!」

 

忌々し気にゲオルクが吐く。そして停止した異形に闇が忍び寄り、すぐにその全てを喰らうように葬った。

頼もしい後輩の覚醒、喜ぶべきなのだろうがあまりの異様さに恐怖の感情が先行する。

 

「ならば我が霧が!!」

 

英雄の力も魔法も効かぬと分かったゲオルクは最後に神滅具の力を使う。霧を全面に展開し、暗黒を霧で上書きするつもりのようだが…。

 

『無駄』

 

刹那、暗黒の世界に無数の赤い目が浮かび上がった。全ての眼差しが赤い輝きを放つと、霧はまるでその場で凍り付いたように流動的な動きを止めた。停止の力もここまで強化されたのか…!!

 

「神滅具を超える力だと…」

 

『喰ッた…全部喰ってヤッタぞ…お前ノ全テを…!!全部、効カナイ!!』

 

ゲオルクの一手一手全てを潰すギャスパー君は不気味にケタケタと笑う。上位神滅具さえ超える力…これは何なんだ?ギャスパー君にこれほどの力が宿っていたなんて…グリゴリは何をした?

 

「くっ…このバケモノがァ!!」

 

追い詰められたゲオルクは感情もあらわに魔方陣を大量展開し、一斉に属性魔法を打ち出す。すると宙に浮かんだ無数の目が光り、炎や雷撃を全て空中に浮かんだまま固定してしまった。

 

そしてやはり、その全てが闇に喰われていった。

 

『終ワリだ』

 

冷徹なギャスパー君の一声。闇が凝縮し、無数の怪物を作り始めた。

 

狼、鷹、獅子、ワニ。見慣れた動物のように見えるが、どれも一つ目だったり腕が多かったり、あるいは頭が二つあったりと何かしらの異形だ。

 

倫理から外れたおぞましい怪物の凶悪な視線がすべてゲオルクに向いている。恐ろしい怪物を作り出すその力はまるで魔獣創造のよう。

 

「ここは一度立て直して…」

 

太刀打ちできないと悟ったらしくゲオルクが転移の魔法陣を開き始めた。あいつ、逃げる気か!

 

「念入りに対策を立て、次は君を倒して見せよう」

 

捨て台詞を吐いて転移の光に呑まれようとするゲオルク。しかし次の瞬間、彼の体から黒い炎が迸ると巻き付いて、彼の体を焼いた。

 

「ぐううう!!これはヴリトラの呪い!?」

 

忌々し気なゲオルクの視線の先、部長さんたちの後方に上半身だけ起こし、ボロボロの匙が手を伸ばしていた。服はボロボロだが傷は見当たらない辺り、アーシアさんが癒したのだろう。

 

「俺たちのダチを奪ったんだ…ただぼこぼこにされただけで終われるわけねえだろ…!!」

 

怒りと執念に満ちた声。それに呼応するようにゲオルクに巻き付く黒い炎が大蛇の形を取り、一層彼の体を締め付ける。

 

「ここで、終わるわけには…!!」

 

呪いと炎に苦しむゲオルクが小瓶を取り出す。あれはフェニックスの涙だ。その一条の希望すら、黒い炎は無情にも飲み込んだ。

 

「っ!!」

 

『ヤレ』

 

ギャスパー君の宣言で、闇の獣が一斉にゲオルクに襲い掛かった。獣の暴力の饗宴。全てが闇に消え去った。

 

〈BGM終了〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

闇が晴れて世界は元の姿を取り戻す。その時には既にギャスパー君はその場に横たわっていた。

 

「部長さん、皆」

 

タイミングを見計らい、俺たちはビルの陰から現れ皆の元へ駆け寄った。

 

「深海君!」

 

「深海さん!」

 

合流したことに皆は安堵の声を上げるがその声はどこかぎこちない。それもそうだろう、あれだけの力を目にした後じゃ。

 

「さっきのは…あれがギャスパー君の禁手なのか?」

 

「…わからないわ」

 

部長さんは複雑な表情でかぶりを振る。

 

軽く見渡すがゲオルクはどこにもいない。血の跡も残っていないが、唯一眼魂だけが一つ転がっている。ギリギリで解除されたのだろう。

 

横たわったギャスパー君の顔を覗き込む。すやすやと気持ちよさそうにかわいい顔で寝息を立てている。力を使い果たして疲れ切ったみたいだ。さっきのような恐ろしさはどこにもない。

 

「ギャー君、寝てますね」

 

「実はギャスパー君は特訓したけど禁手に至れなかったみたいなんだ。でも、ゲオルクがイッセー君の死を教えたら…」

 

「覚醒した、というわけか」

 

尊敬する先輩の死が彼の中で劇的な変化を起こした。なるほど、有り得そうな可能性だ。だが禁手というのはここまで元の神器になかった能力を多く、より強く発現するものだったか?曹操の禁手は神滅具だからというのもあるだろうが、ギャスパー君は通常の神器だ。

 

サイラオーグさんも彼の寝顔を見て、難しそうに唸る。

 

「まさか彼の内にここまでのものが眠っていようとはな…リアス、お前は一体何を眷属にしたんだ…?」

 

「ヴァンパイアの名門、ヴラディ家が彼を蔑ろにしたのはこれを知っていたからなの…?いずれにせよ、ヴラディ家に改めて訊かなければならないわね」

 

ヴァンパイア、つまり吸血鬼か。アザゼル先生の勉強会で彼らは悪魔以上の純血主義、貴族主義だと聞いている。ハーフの彼は吸血鬼にとってのけものにしかならなかっただろう。だがさっきの力を知った今だとまた違った考えができる。まさか何も知らないわけではないだろう。

 

「ヴァルハラに戻った時、吸血鬼に関するニュースを聞きました。吸血鬼の名家に神滅具所有者が発生したことで、吸血鬼同士の抗争が勃発したと」

 

「!?」

 

「神滅具に抗争って…!」

 

「まだこっちも大変なのに」

 

ロスヴァイセ先生の話に俺たちは頭を抱える。悪魔社会だけじゃなく外でも大事が起こってるなんて…。しかも吸血鬼にコンタクトを取りたいこのタイミングで。

 

「神滅具ってどれですか?まだ会ったことがないのは聖杯、十字架、箱庭、羯磨だったと思うんですけど…」

 

「そこまではわからないです。ただかなりの混乱状態なのは間違いないですね」

 

神滅具、そして抗争。おまけに今はまだ魔獣の騒動の渦中。ギャスパー君の力の秘密を解明するには一筋縄ではいかないようだ。

 

「吸血鬼もですが、魔法使いにも気を付けた方がいいでしょう」

 

と、会話に入って来たのは会長さんだった。こちらも匙同様に傷はないがボロボロの状態だ。

 

「ソーナ!傷はもう大丈夫なの?」

 

「ええ、おかげさまで。才能、実力主義の魔法使いの中でもトップクラスのゲオルクを倒した以上、否が応でも魔術協会に目を付けられることでしょう。将来性のあり、かつ有名なあなた達にコンタクトを取ってくるはずです。実力ある悪魔と契約することをステータスにする召喚系魔法の使い手もいることですから」

 

悪魔との契約、ね。部長さんたちが日ごろやってる一般人との契約とはまた違った内容になって来るんだろうな。まあテロだったり騒動だったり、面倒ごとに絡まれないならいいが。

 

「皆!」

 

場を明るくするような快活な声が飛び込む。空から降って来たのは紫藤さんと朱乃さん、そして。

 

「悠!」

 

「ゼノヴィア!」

 

真っすぐに飛び込んできた彼女を受け止めるように俺は抱きしめた。

 

「やっと会えた…」

 

数日ぶりの再会。その温もりを、感触を確かめるように俺たちは抱擁を交わした。青い髪、その香り、柔らかな感触。久しぶりの感覚に心が安らぎで満ちていく。

 

片や入院、片や天界でエクスデュランダルの修復と忙しかった。普段は同居しているため、ここまで顔を合わせない日が続いたのは夏の合宿以来なんじゃないか?

 

…しかしこれはなんだ。俺の視界にベールをかけてくる白い煙は。下から立ち上っているのか?

 

怪訝に思い下を見ると、彼女の腹に切り傷ができており、そこから煙が上がっていた。

 

「ってお前、腹から煙が吹いているぞ」

 

「ああ、そういえばジャンヌの聖剣で斬られたんだった」

 

そして糸が切れたようにどさりとゼノヴィアはその場に倒れこんだ。

 

「ゼノヴィア!!?」

 

「ちょっと、しっかりして!!」

 

「ゼノヴィアさん、すぐに治しますからね!!」

 

まさかいきなり倒れるとは思わず、どよめく俺たち。すぐにアーシアさんが駆け寄り治療を始める。

 

アーシアさんがいる以上、死なないとは思うがぶっ倒れるくらいのダメージを受けていたなんて…。

 

「ゼノヴィアちゃん、ジャンヌとの戦いで相当頑張ってたわ。彼女の頑張りがなければ今頃負けていたかもしれないわね」

 

「そうですか…」

 

朱乃さんはそう、ゼノヴィアの戦いっぷりを教えてくれた。

 

なるほど、この三人でジャンヌと戦ってたのか。俺も頑張ったように、お前も頑張って来たんだな。あとはゆっくり休んでくれ。残るあいつも俺たちが必ず…。

 

かつ。

 

…言霊という概念があるけど俺はまだ一言も言ってねえぞ。お前に関する言葉は。

 

乾いた靴音が響く。なんともない音だが、俺たちの注目を集めるには十分すぎた。

 

「超獣鬼の見学に来た矢先、とんでもない物を目にできてしまったようだ」

 

聖なる槍を携え、漢服が乾いた風に揺れる。悠然とした足取りでこちらに近づいてくるのは。

 

「曹操…!」

 

「やあ、無事に俺たちの仕掛けた脱出ゲームをクリアしてくれてうれしいよ」

 

一斉に向けられる敵意を浴びるも余裕の微笑みを崩さない英雄派の首魁、曹操。幹部との戦いがすべて終わりようやく姿を現した奴はきょろきょろと辺りを見渡す。

 

「ヘラクレスとジャンヌ、ゲオルクのオーラを感じない…どうやら君たち、幹部を全員倒してしまったようだ。赤龍帝抜きでもここまでやるとは、感嘆の念が堪えないよ」

 

「…!」

 

赤龍帝、奴がその言葉を口にした途端に部長さんたちの間にぴりついたものが走る。

 

「赤龍帝の件はこちらとしても残念だよ。ヴァーリと同じ、神器の究極を目指せるライバルになりうると思ってたんだけど…シャルバは余計なことをしてくれたものだ」

 

「あなた達がサマエルを呼び出さなければこんなことには…!!」

 

朱乃さんは強い怒りに声を震わせて曹操を糾弾する。

 

地獄の底に封印されていたサマエルを召喚するようハーデスと契約を取り付けたのは曹操だ。そのような動きがなければシャルバもサマエルを利用しようという考えには至らなかっただろうし、オーフィスも有限になることはなかった。

 

そして何より、兵藤がシャルバに相討つこともなかった。

 

「そうだな、でも謝罪をする気はないよ。力を認めてはいるが、敵であることには変わりないのだからね。だが君たちも流石だ。まさか再起し、幹部を全滅させるまでの奮闘を見せるとは思わなかった。赤龍帝あってのグレモリーと少々思っていたが撤回しよう」

 

曹操は涼しい顔で皆の怒りを受け流す。

 

「だが君たちの快進撃も今日までだ。ここまで追いやられては英雄派の名折れ、今度こそ禁手で君たちを単騎で殲滅して見せよう」

 

「…!!」

 

場の雰囲気を塗り替えるような存在感あるオーラに一瞬気温が下がったような錯覚を覚えた。さらに曹操の背にいつの間にか7つの光球が出現している。

 

「『極夜なる天輪聖王の輝廻槍《ポーラーナイト・ロンギヌス・チャクラヴァルテイン》』。グレモリー眷属、シトリー眷属、サイラオーグ・バアル…そして六華閃。君たちを討ち滅ぼし、その武勇を持って英雄になるとしよう」

 

初手から禁手か!一度披露はしているし、この人数とメンツが相手だから手加減はなしのつもりらしい。至極まっとうな判断だが、こちらとしては厄介極まりない。つい先日、俺たちは一人でこの能力に翻弄され、圧倒されたばかりなのだから。

 

そんな彼に、呆れ気味な嘲笑を投げかける者がいた。

 

「この人数に加え、俺と単騎で戦おうとは自惚れが過ぎるな」

 

「俺たちは複数人係とはいえ最強の六華閃を倒した。その筆頭たる俺の禁手にあなたが勝てるとは思えないけどね。ガルドラボーク・ジャフリール」

 

一歩前に進み出たガルドラボークさんの手には、いつの間にか古めかしい装飾の分厚い本があった。静かながらも凄まじい存在感を放つそれは単なる読み物としての本でないことは容易に理解できた。

 

「ほう、それがジャフリールに代々継がれる魔導書『ソピア』か」

 

「そうだ、お目にかかれただけでも感謝してほしいくらいだよ。ならず者の首魁君」

 

「我々をただの下劣なならず者呼ばわりとは感心しないね。信念もなくただ獣のように動く者と同列にしないで頂きたい」

 

二人の間に激しい火花が飛び散るような錯覚を覚えた。確か、曹操たちが倒したサイン家の当主はガルドラボークさんとかなり繋がりが深い間柄だったか。目的のためなら私情を押し殺せるこの人だが、全く親しい人を失った痛痒も、その人を奪った憎しみがないわけではあるまい。

 

「君たちは下がっていろ。幹部との戦い、ご苦労だった」

 

俺たちを一瞥すると、古い装幀をさらりと撫でた。

 

「解錠せよ」

 

〈BGM:Z-ONEのバトル(遊戯王ファイブディーズ)〉

 

ガルドラボークさんがその言葉を厳かに発した瞬間、曹操の七宝の一つも発光する。しかし何も起きない。

七宝を使ったのか?だがこれは…不発?

 

「無駄だ。君の禁手の全ては把握している。デュランダルのようにこれを破壊できると思ったなら君は六華閃を舐めすぎだ」

 

「それはそれは…!」

 

あいつ、デュランダルを砕いた輪宝で同じようにあの魔導書を破壊しようとしたのか。デュランダルのような直接的に攻撃するものでなくとも、あれも一種の武器と認識できると言えよう。初手を封じようとするくらい、あの魔導書が危険だというのか。

 

そして魔導書の頁が開かれる。

 

「第一項、天より進軍する必罰の聖軍」

 

魔導書の一節が光を放ち、ガルドラボークさんの周囲に神々しい光を放つプレートアーマーの騎士たちが出現する。規律正しく隊列を組む彼らが一斉に剣を構え、曹操へと進撃を開始した。

 

「その能力、存分に見せてもらおう!」

 

昂る曹操が槍を携え、果敢に馳せる。聖なる軍と曹操が交錯するまでそうかからなかった。

 

衝突の瞬間、七宝が縦横無尽に駆け巡り、騎士たちを蹴散らしていく。重い衝撃波がまとめて騎士を蹴散らし、形状変化した光球が騎士を切断する。そしてその中心は恐れを知らぬ曹操。聖槍の的確な突きが騎士たちに確実にとどめを刺していく。

 

「あの分身…僕の龍騎士団より剣技を反映できているみたいだ。スピードは…こっちの方が上みたいだけど」

 

「木場さん、無理をしないでください」

 

アーシアさんの治療を受ける木場が体を起こして戦いを見届けている。つまりあの兵士は曹操が木場に指摘した事項をクリアしているらしい。

 

これまで見た魔法はどれも属性による攻撃や結界、転移に類されるものだった。だがこれはそのどれにも当てはまらない。兵士を生み出すというまるで神器、いやそれ以上の高度な魔法を生み出すあの魔導書。ジャフリール家が武器職人のトップの一角を占める所以の一つなわけだ。

 

「だが、俺の敵ではない!」

 

また一体、聖槍に刺し貫かれた兵士を踏み越え前進する曹操。しかしその行く手をまた別の兵士が遮る。

次々に来る兵士の数が減る気配は一向にない。だが曹操の戦意と攻勢が衰える気配もない。

 

鮮やかかつ苛烈な手つきでまた一体と曹操は兵士を聖槍のもとに屠っていく。だがそんな彼の表情が疑念に陰った。

 

「なるほど、ただの分身ではないらしい」

 

何、曹操は何に気づいたんだ?

 

「皆は何かわかったか?」

 

「いえ、何も…」

 

「木場と同じ分身の能力にしか見えないぞ」

 

皆も紫藤さんやゼノヴィアの意見と同じだと首を縦に振るばかりだ。

 

「すぐに気づくとは流石だな」

 

「さっきから同じ分身とばかり戦わされているな。分身を攻撃しても再生し、いつの間にかまた俺との交戦に加わって来る」

 

「えっ…!?」

 

敵の攻撃をさばきながらも結論にたどり着く曹操。外から見ている俺でも気づかなかった。曹操の攻撃を受けて完全に動きを止めることもなければ、そのまま光になって消える兵士は一体もいない。

 

ずっとあいつは同じ分身と知らず知らずの間に戦い続けている。それに気づかれないような動きを取り、あるいは倒された他の兵士の再生に気づかれぬようカバーの動きをするよう魔法でプログラムされていたりするのか?

 

「正解だ。ソピアの魔法が生み出した分身は死すことはない。なぜ気づいた?」

 

「個体によって剣筋が微妙に違う。なのに剣筋が同じ個体と何度もぶつかれば嫌でも気づくさ」

 

…さらりととんでもないことを言うなこいつ。俺だったら絶対に気づかないまま術中にはまっているぞ。

 

前線からはぐれた兵士がいた。胸を貫かれ、倒れ伏す兵士。しかし胸に光が集まり風穴を埋めるとまた立ち上がり、何事もなかったかのようにまた戦いに向かっていく。

 

「無限に再生する兵士、か」

 

あくまで攻撃を喰らってやられたふりをしている。通常なら深手を負わせ立ち上がれまいと相手が思わせ、次から次へと押し寄せる分身を相手にせざるを得ず、振り返ることもない。その間に再生を完了し、また戦列に加わる。何度も、何度も、永遠に。

 

「空の剣を満たすのは崇める光への信仰と悪を忌む正義。義憤は果てどなく、邪悪の使徒に罰が下るその時まで、戦いが終わることはない」

 

「はは!分身を差し向け、知らぬ間に終わらない戦いを強いらせて消耗させる!恐ろしい魔法だ!」

 

それでも楽しそうに曹操は戦いを続ける。こいつもヴァーリと変わらずバトルジャンキーだということをありありと見せられているようだ。普段は涼しい顔をしていても、戦いになると内に秘めた熱いものが解放される。

 

「輝け」

 

曹操の静かな一言と同時に槍から絶大な光の波動が迸る。ビームさながらに放たれたそれは射線上の兵士を呑みこみ、真っすぐにガルドラボークさんへと向かう。そら恐ろしい質量の攻撃に、ガルドラボークさんは何ら動じることはなく。

 

「第30頁、光を拒絶する黒花の盾」

 

新たな頁がめくられ魔法が発動、黒い靄が漏れ出る魔法陣が前面に展開して聖槍の光を相殺していく。神滅具の一撃を防御する出力。とんでもない魔法だ。

 

「聖なる力に対抗するためだけの防御魔法か。手数は六華閃随一と言われるだけはある」

 

自慢の聖槍の攻撃を受け止められてなお動揺で心を乱さぬ曹操。

 

そこにいたであろう兵士の足や下半身がその場に残っている。そしてそれは次の瞬間、光の粒子が集っていき元々あるべき形を作り出し、攻撃前の完全なる軍勢の姿かたちを取り戻した。

 

「やはり見立て通りだ」

 

「さて、困難に挑戦することをモットーとする君に攻略できるかな」

 

まだ戦いは始まったばかり。現状は魔法を繰り出すガルドラボークさんの優位と言えるだろう。だが曹操の鋭い洞察力と技巧、そして聖槍の攻撃力と異能があればまだどう傾くかはわからない。

 

「さて…」

 

〈BGM終了〉

 

睨みあう両者、ガルドラボークさんの指が新たな頁をめくろうとしたその時。

 

均衡する状況に一石を投じるように、異変は起こった。

 

この場にいる全員が、突如弾かれた様にある一か所の方角の空へと視線を向けたのだ。

 

俺も遅れてその方角を見た。

 

「あれは…」

 

冥界の空に、大きな次元の裂け目が生まれた。あのサイズ、まさかまた魔獣が来るというのか…!?

 

だがその予想に反して現れたのは、巨大な赤龍だった。圧倒的な存在感を放つ龍の中の龍。俺は一度それを見たことがある。ディオドラとの戦いの後、暴走した兵藤の覇龍を止めた後に現れたそのドラゴンを。

 

「グレートレッド…!ようやくお目にかかれたな!」

 

曹操はその名を呼び、歓喜に震えた。元々京都ではあのグレートレッドにサマエルを使う予定だったらしい。最終的には同等の力を持つオーフィスに使うことになったが、遭遇率の極めて低いとされるグレートレッドの登場は強者との戦いを望む彼らにとって心躍るもののようだ。

 

「しかしどうしてまた、このタイミングで…?」

 

アレを呼ぶためには大きな龍の力が必要だ。現に曹操は京都の地脈や九尾、赤龍帝や龍王の力を餌にする大掛かりな作戦を立案した。だが今回はヴリトラ以外には何も暴れていないはずだ。今度は何に呼び寄せられた?

 

「嘘…」

 

「このオーラって…」

 

「間違いないわ」

 

「よかった…!」

 

疑問に駆られる俺とは反対に、女性陣は空を見上げたままその目に涙を走らせた。あのグレートレッドに何かあるのか?

 

「どうしたんだ」

 

「わからないのかい?彼だよ!彼のオーラを感じたんだ!」

 

あの木場が涙ながらに喜んでいる。変身しなければオーラを感じ取れない俺以外の皆が感じ、それを察したってことは、皆が感じたオーラはまさか…!!

 

「余所見をする暇があるとはな」

 

「まさか」

 

感動に震える空気を一掃するように衝撃波が発生し、曹操の周囲の兵士達を残さず吹っ飛ばした。そうだ、ガルドラボークさんと曹操の戦いは続いている。

 

「余所見などしていないさ、それにいい攻略法を思いついた」

 

「ほう」

 

「最初から兵士と戦う必要なんてないのさ」

 

そう告げた瞬間、曹操の姿が消える。

 

「!」

 

そしていつの間にかガルドラボークさんの目前に現れた。あいつ、転移の七宝で分身から逃れたのか!

 

構えた聖槍を躊躇いなく前へ突き出す。鋭利かつ正確な一撃。喰らえば上級悪魔は一撃で塵に帰す。

その穂先が、ガルドラボークさんに向かうその時だった。

 

どこからともなく飛び出した剣が、曹操の突きの軌道を逸らした。空を切る槍がガルドラボークさんの頬をかすめる。

 

「!」

 

「甘い」

 

そしてガルドラボークさんは飛来した剣を掴み、曹操目掛けて振り下ろす。しかしまたも曹操は転移の七宝を発動。今度は背後に回り込んだ。

 

「第8頁、汚泥に潜みゆく王の剣」

 

そこに更なる手を打つガルドラボークさんの足元がぬかるみ、そのままどろどろにとろけた地面に瞬く間に沈んだ。聖槍の一突きはガルドラボークさんを捉えることなく、空を切るだけに終わった。

 

「ほう」

 

離れた個所に発生したぬかるみからガルドラボークさんは浮上する。ぬかるみに沈んだはずなのに、赤い衣装には一片の汚れもない。

 

左手に魔導書を、右手に壮麗な装飾が目を引く剣を握るガルドラボークさんが静かに構えを取った。

 

「その剣…聖剣や魔剣ではないが上等な代物だね」

 

「六華閃のレーヴァテインが仕立て上げた一振りだ。私を近接戦を苦手とする典型的な魔導士と思われては困るな」

 

近接戦対策も万全か。十中八九レジスタンスの繋がりだろうな。

 

「ペンは剣よりも強しという者もいれば、剣はペンより強しと嘯く者もいる。ならばその二つを揃えれば負ける道理はどこにもあるまい」

 

「ならば俺がその定説をひっくり返して見せよう」

 

二人の戦いは苛烈さを増していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「グレートレッド…忌々しき竜域の守護者め」

 

リリスで空高くそびえるビルの屋上から、獣と戦士の戦いを見守る影が一人。白いローブに身を包んだ少女…深海凛改めその体を宿に活動するアルルは感情の薄い表情を僅かにこわばらせている。

 

本来黒髪だったショートカットの髪は、アルルの力が高まるにつれて完全に金髪へと染まった。眼魂からエネルギーを吸収し続け、さらにはロキの力を吸って成長したユグドラシルの力をも回収することで彼女の力は悠河たちがディオドラと戦った時とは比較にならないほど強大になっている。

 

突如として上空に出現した次元の裂け目から現れたグレートレッド。一瞬超獣鬼と睨みあったかと思えば輝いて、巨大な赤龍帝の禁手の鎧の戦士が現れた。

 

そこからルシファー眷属も加わっている連合軍が見守る中、両者は巨体をぶつけ合わせる大怪獣バトルを始めたのだった。

 

「六華閃共の介入で兵藤一誠の抹殺も出来ず、アルギスを差し向けたがイレギュラーの深海悠河の抹殺も叶わず…特異点やイレギュラーを取り巻く運命力は強固なものらしい」

 

時に自ら赴き排除に動くこともあったが、影から刺客を差し向けたり英雄派を支援してイレギュラーを起こすことでアルルはディンギルにとっての不安要素を取り除こうとしてきた。しかし、そのことごとくが失敗に終わっている。

 

やはり不完全な自分ではだめなのだ。ならば、不完全を完全にするためにも、憂いを断つためにも。

 

「やはり、神域との接続は必要不可欠だな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ベルゼブブ領で迎撃軍の援護も得つつ、豪獣鬼二匹を相手に大立ち回りを見せるのはブライトロン。

 

「そうか、ついに来たか!」

 

イレブンからその知らせを受け取ったポラリスは、ブライトロンのコクピット内で歓喜に口の端を吊り上げる。

 

「これで絶対条件はクリアした。これでゼクスドライバーを完成できる」

 

現在進行しているリークの計画と組み合わせ、プロジェクトロンギヌスの一部に修正を加えれば全てが大きく進展する。既にそのシナリオは彼女の脳内に描かれた。

 

これまで上手くいかぬことばかりだった。本来ならブライトロンをここで披露することも、ロキ戦で介入する予定もなかった。そうしてきたのは悠河との繋がりを失わないようにするため、そして絶対条件をクリアするためだ。

 

大願成就のための大きな懸念の一つを払拭できた彼女は今、歓喜の感情に震えている。しかしそれを許さないのは、冥界に甚大な被害をもたらさんとしている二匹の魔獣だ。

 

「だがまずは…目の前の難敵を突破せねばな」

 

素早く切り替え、再びブライトロンはバスターソードを振るった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

単身でガルドラボークさんは曹操の巧みな戦術と圧倒的な聖槍の力と渡り合っていた。こちらの戦いも注目したいところだが後ろの戦いも気になる。

 

さっきから遠く離れた方向、超獣鬼がいる方角で凄まじい赤い光が放たれたり、ついにはとてつもない赤いオーラの砲撃がぶっ放されたりしている。グレートレッドが本格的に超獣鬼と戦っているのだろうか。

 

「聖槍の禁手と渡り合うとは…やはり侮れないな」

 

本を片手に曹操を見据えるガルドラボークさんの額は汗ばんでいる。

 

凄まじい魔法、恐ろしい魔法の数々を放つも曹操は嬉々としてそれに立ち向かい攻略してきた。英雄派を束ねる曹操の卓越したセンスが遺憾なく発揮され、俺たちは戦慄さえ覚えた。

 

称賛混じりの曹操の言葉に対するガルドラボークさんの返答は予想だにしないものだった。

 

「本気を出していないくせに何を言う」

 

「あいつ、まだ本気を出していないのか…!」

 

「幹部が使ってきた英雄化。お前もできないはずがないだろう。本気を出さずに倒せると思われているとは見くびられたものだ」

 

言われてみればあいつはまだ英雄化を使っていない。信長が言うには曹操は眼魂を二つ持っていると言っていた。一つは恐らく前の戦いでも見せびらかしてきた曹操眼魂。これは戦闘向きの能力でないと言っていたことから、恐らくこれは本命ではない。

 

だとすればもう一つの眼魂こそ曹操の力を最大限以上に引き出せる切り札だ。これまでの幹部は彼ら自身の由来となる英雄の眼魂を使ってきたが、そうでないとなるなら一体どんな眼魂を…?

 

いずれにせよ六華閃程の実力者を全力でなくとも相手取れる禁手のポテンシャルが相当なものであることの証左か、それとも禁手を巧みに操り立ち回れる曹操の卓越した戦闘センスの賜物か。

 

「それはこっちの台詞だよ。あなたこそ本気を出さずに俺を潰せると思っているらしい。やろうと思えば後半の頁で消せるはずだ」

 

「…」

 

ガルドラボークさんは沈黙を貫く。

 

…おいおい、こんなに恐ろしい攻撃を連発しておきながら両者ともに本気じゃないというのか。もしかして市街地であることを考慮して本気の攻撃を出していないのか?

 

どちらにせよ、神滅具の禁手と渡り合えるだけの実力を持つガルドラボークさんの力は相当なものだ。今でさえあまり馬が合わない関係だが、話がこじれて本格的に敵対することになるのだけはどうにかして避けた方がいいだろう。

 

「だからこそ、あなたはここで終わる」

 

ふとガルドラボークさんの頭上に影が差す。音もなく現れ、大鎌を振りかざす死神は圧倒的なオーラを有していた。それを間近で感じるガルドラボークさんの顔に驚愕の表情が浮かんだ。

 

「プルートか!」

 

「正解」

 

咄嗟に反撃の剣を振るうが、切っ先をするりと抜けて最上級死神の一角に名を連ねるプルートが迫った。

まずい、あの距離はやられる!

 

「人間とは言え蝙蝠共に与するその罪、命を持って贖いなさい」

 

「!!」

 

最上級の座にあるかの死神の速度は曹操を優に超えている。流石のガルドラボークさんも対処の仕様がない。完全にガルドラボークさんも俺たちも不意を突かれた状態になった。

 

完全にこいつの存在を失念していた。この混乱状態で今まで一度も見かけず、ヴァーリチームやサーゼクスさん達が冥府でハーデスに目を光らせているというから懸念事項から外れていた。

 

それがこんな絶妙なタイミングで介入してくるなんて…!!

 

「!」

 

「止めるわよ!」

 

いち早く立ち直った部長さんの鶴の一声ですぐに皆でフォローの攻撃を繰り出さんとするが、もう間に合わない。命を刈り取る鎌がガルドラボークさんの首を跳ねんとしたその時。

 

「ドラゴンショットォ!!」

 

「!?」

 

流星のように空から駆け抜けた赤いオーラの波動がガルドラボークさんとプルートを分かち、死神は即座に後退した。

 

「今のオーラ…まさか」

 

赤いオーラに懐かしい声。攻撃の出所となる方角を誰もが見上げた。

 

そしてそこに彼はいた。

 

「あいつ…!」

 

「来たのか…!」

 

「待ちくたびれましたわ…!」

 

「帰って来たのね…!」

 

龍の翼を広げ、空に佇む勇ましき赤い鎧に俺たちは目を細め歓喜に震える。彼の健在が俺たちにとってどれほどの温かな希望と勇気を与えてくれることか。

 

救えなかった己の無力を悔やんだ。それでも立ち上がった。そして希望を求め続けた。僅かしかない生存の可能性を信じて。

 

その先に、待ち焦がれた彼はいたのだ。暗雲漂う冥界に混乱を貫く赤い希望の光が現れた。

 

「ヒーローは遅れてやって来る、ってか」

 

子どもたちにとってヒーローなお前が、ついにヒーローの定番までやってしまうとはな。皆がお前を待っていたんだ。

 

どういう理由かは知らんが、とにかくよかったという安堵に心が震えている。理屈はないが、これで勝てるという絶対的な信頼があった。

 

「…本当だというのか」

 

「…!!」

 

反対に曹操たちは信じられないと驚愕に表情を染め上げる。そしてその名を絞り出すように叫んだ。

 

「兵藤一誠…!!」

 

俺たちの希望の凱旋、その瞬間である。

 




これで今年の更新は最後です。予定よりも更新が進まず皆様を待たせてしまったことについて申し訳なく思います。

リアルが忙しいですがどんなに遅くなっても更新は続けます。それではよいお年を!

次回、「極限なる白銀」

来年度予告



「それが君が辿り着いた『英雄』か」

英雄を志す者。

「お前と一緒なら、負けねえ!」

英雄の道を意図せず歩む者。

「臆するな!そのまま進め!」

英雄の道を見つけた者。

三人の道は交わり、決戦が始まる。

英雄集結編 補習授業のヒーローズ クライマックス



そして英雄たちの集いは最終章を迎える。




「妾達でディンギルの野望を阻止するのじゃ」

大敵を前に、再び結束の時が訪れる。

「そんなに俺たちが和平を結んだのが気に入らねえのかよ!」

地獄から彼の者は甦る。

「お前と戦うのはこれで最後だ」

兄と妹、世界と輪廻を股に掛ける運命の終着点。

「伏虎の時は、終わりを迎える」

戦いは、新たなステージへ。

英雄集結編 最終章 慰安旅行のデュナミス



新たな脅威が、動き出す。



「まさか、裏切者が…」

「学校を攻撃しようってのか…!!」

「久しぶりだなァ!ドライグのクソ野郎!!」

「魂の深淵を覗く覚悟が、あなたにあるとでも?」

混沌蠢動編《コード・ケイオス》 Coming soon.




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第167話「極限なる白銀」

大変遅くなりましたが、明けましておめでとうございます。
今年最初の更新になります。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
1.ムサシ
2.エジソン
3.ロビンフッド
4.ニュートン
5.ビリー・ザ・キッド
6.ベートーベン
7.ベンケイ
9. リョウマ
10.ヒミコ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
13.フーディーニ
14.グリム
23.コロンブス
31.ライト
41.シグルド
42.ユキムラ
44.ハンゾウ


〈BGM:ゼロワン、それが俺の名だ!(仮面ライダーゼロワン)〉

 

プルートの参戦により状況が一変しようとした最中、ついに現れたあいつは現れた。

 

俺たちの中でも最高戦力になる我らが『兵士』、兵藤一誠。誰もがその男の登場を待ちわびていた。

 

あいつは翼を羽ばたかせて颯爽と地上に降りてくると、鎧の兜を消してその素顔を晒す。

 

「兵藤一誠、ただいま帰還しました!おっぱい!」

 

間違えようのない、忘れようのない友の顔だ。太陽のように明るい朗らかな表情に不安を吹き飛ばすような元気なはきはきとした一言で。

 

「イッセー!」

 

「イッセーさん!」

 

「イッセーくん!」

 

「イッセーくん!」

 

「イッセー先輩」

 

「イッセー!」

 

「イッセーくん!」

 

「イッセー君ですか…!」

 

「兵藤!」

 

どっと喜びが爆発して俺も含めた皆一斉にあいつのもとに駆け寄る。死んだ男が突然現れたのに、誰も偽物だなんて微塵も疑わない。何せ再会の言葉でおっぱいなんてあほなことを言う男なんてこいつしかいないだろう。

 

「兵藤君!」

 

「お前、生きてたのかよ!?」

 

「やはり帰って来たな!兵藤一誠!」

 

会長さんたちや匙、サイラオーグさんもあいつの帰還に表情をほころばせている。あいつの帰還を待ちわびていたのは俺達だけではないのだ。

 

「お帰りなさい、先輩…良かったぁ」

 

「イッセーさん!本当に…イッセーさんだ…」

 

「もうどこにも行かないで…あなたのいない世界なんて耐えられないわ」

 

塔城さんやアーシアさん、朱乃さんに至っては兵藤にぎゅっと抱き着いて涙を流して喜んでいる。特に二人のショックの具合ときたら相当なものだった。それだけに彼女らの喜びもひとしおだ。

 

…中々朱乃さんの言葉がヘビーだなと思ったがあえて口には出さないでおこう。

 

そして一人、紅髪を揺らして兵藤にその身を寄せた。

 

「本当に、よく帰って来たわね」

 

「はい、ここが俺の居場所ですから」

 

部長さんが涙ながらの笑顔で兵藤を迎える。そんな彼女の手を優しく取った兵藤も安心したように優しく微笑んだ。

 

帰ってきて早々に見せつけやがって。ま、今回は事情が事情だ。好きにやるといい。

 

「私たちが不在の間に大変なことになったと聞いていましたが、やはり戻ってきましたね」

 

「これで全員揃ったな!…どうしたイリナ、泣いているのか?」

 

「何よ!泣いて悪いの!?ホント…嬉しいんだもん!」

 

後からオカ研に入り、例の戦いに最後まで加われなかった組のロスヴァイセ先生やゼノヴィアたちも破顔して輪に加わる。

 

全く、こんなに大勢の人間を泣かせるなんて罪な男だよ。しかもこんな絶体絶命の瞬間にやっと来やがるもんだ。

 

「お前、ほんとヒーロー気質だな」

 

「ずっと信じていたよ。君ならどんな状況でも来てくれるって」

 

皆を立ち上がらせるため奮闘してきた俺と木場、男子組もほっと胸をなでおろしていたところ、また一人、匙が真っすぐ兵藤にばたばたと向かうと。

 

バチンと快音を鳴らして兵藤の頭をぶっ叩いた。

 

「いたぁっ」

 

「お前ぇぇぇぇぇ!!死んだって聞いてマジで泣いたんだぞこのやろぉぉぉぉぉぉ!!でもよかったぁぁ…」

 

「わ、わかったよ…心配かけて悪かったな」

 

嬉しいのか怒っているのかわからない感情を振りまきながら、ついには兵藤に縋りつくように泣き始めた。

グレモリーの城で会ってからずっと張っていた緊張の糸がほどけたんだ。会長さんに諫められる程にどこか危うさを感じるほどの緊張。

 

にしても反動で崩れすぎじゃないか?

 

「…ってオーフィスも一緒か」

 

兵藤の傍らに佇むゴスロリの幼女、龍神オーフィス。皆の視線が集まっていることに気づいたオーフィスはやはり何食わぬ顔のままピースをして。

 

「我、イッセーと一緒に帰って来た」

 

「…そうか」

 

彼女の言葉とどこか柔らかな表情でその心境の変化を察した。

 

次元の狭間を故郷とし、そこへの帰還を切に願うオーフィスがここに”帰って来た”と言った。それはつまり、俺たちがいるこの世界…ひいては兵藤達を新しい場所と定めたということだ。

 

まったく、次元の狭間でどんなやり取りをしたかは知らんが相も変わらずのお人好しが炸裂したんだろう。

元世界最強の龍神まで懐柔してしまうなんて、器の深さが底なしのお人好しだ。

 

しかしこれからどういう扱いになるんだ?

 

諸事情で天界陣営から悪魔側に下ったゼノヴィアと違いオーフィスの場合は立場が立場だ。全ての罪状をチャラというわけにはいかない。本人にその気がなかったとはいえ、一介の組織の首領であった以上は英雄派や旧魔王派といった派閥の起こした事件の責任を問われることになるだろう。サーゼクスさんやアザゼル先生も今後の処遇で頭を悩ませるに違いない。

 

…ま、それを考えるタイミングは今ではないか。少なくともハーデスや曹操の手に渡るよりはマシだと言えよう。

 

「遅くなったけど、ちゃんと有言実行したぜ」

 

「大馬鹿野郎を越えて超大馬鹿野郎だよお前は」

 

ぐっとサムズアップして笑うこいつには半ば呆れた笑いが出た。

 

オーフィスをシャルバから救って、次元の狭間から戻って来る。最期の台詞をまさかこんな形で実行してくるなんてな。

 

友の帰還に喜ぶ俺だが、同時に疑問もある。

 

こいつ、どうやってサマエルの毒から助かったんだ?

 

〈BGM終了〉

 

「兵藤…一誠」

 

歓喜に震える俺達とは真逆に、曹操は開いた口が塞がらないといった様子で兵藤を見ている。こいつもまたこれまでに兵藤が起こした奇跡の数々を知っているはずなのに、まさか今回は起こらないとでも思っていたのか?

 

「バカな…サマエルの毒を喰らって無事なはずがない。万が一にも助かる可能性はない。どうやって生き残った!?」

 

「無事じゃ無かったさ。間違いなく一回死んだ。でも歴代の先輩たちやオーフィスの助けもあって、グレートレッドの体の一部で体を再生させたんだ。たまたま通りすがったみたいでな。ついでにシャルバが呼び出したデカい魔獣もいたから、グレートレッドと合体して倒してきた」

 

えっ。

 

「はぁ!?」

 

「えぇ!?」

 

「!!?」

 

「グレートレッド!?」

 

「うっそぉ!?」

 

こいつ今なんて言った?とんでもないことを羅列して生き返って倒したとか言ってなかったか?今まではおっぱいとかいうふざけたベクトルの奇跡だったけど、今度のスケールデカすぎない?

 

また違った意味でのふざけたベクトルに言葉も出ない。理解が追い付かず、一瞬思考が停止するほどの衝撃、ふざけ具合。常識を遥かに超えている。

 

なんでこいつ息をするように奇跡を起こすの?いや一回死んでるから息止まってるけど。

 

「生存の可能性は知っていましたが、まさかこんな常識と予想を遥かに超えた方法で助かっていたとは…」

 

年長で理知的なロスヴァイセ先生ですらにわかに信じがたい理由を聞いて頭を抱えてすらいる。

 

オーフィスとグレートレッド、歴代の助力、グレートレッドの体の一部、グレートレッドと合体。そして驚くべきはこいつの復活だけではない。

 

「さっき感じた凄まじいオーラの奔流のあと、超獣鬼の禍々しいオーラが消えたわ。イッセーが倒したのね…!」

 

あれは確かルシファー眷属が出撃するほどの脅威だったはずだ。それを復活に際して、もののついでのようにオーラで消し飛ばしたというのか。こいつ、とんでもないパワーアップを果たして帰って来たぞ。

 

「たまたま、だと…?信じられない、あのドラゴンと遭遇できる確率なんて偶然のレベルではないんだぞ!その上、自力で次元の狭間から戻って来るなんて…!!」

 

曹操もいよいよ信じがたいものを見る目で衝撃のあまりに声が震えている。あまりにも常識破り過ぎて異質なこいつに恐怖すら感じ始めているのか。

 

それにしても何でもかんでも自慢のセンスで攻撃を知っているかのように見切って飄々としているこいつの虚を突かれてとんでもなく動揺しているその表情。

 

ぶつぶつとあれやこれやと独り言を言い始めた曹操を他所に、兵藤はふと部長さんに正面から向かい合った。

 

「リアス、もう一度あなたの眷属にしてください」

 

と、真剣に改まった表情であいつは言う。

 

そういえば今のこいつは悪魔の駒を失って新しい体になっているから、転生悪魔じゃないんだった。つまり、今はただの人型ドラゴンで部長さんの眷属ではない。また転生しなおす必要があるのか。

 

「…ええっ、私と共に生きなさい…!!」

 

当然断るはずもなく、その願いに満面の笑みで彼女は応えた。

 

「はい。最強の『兵士』になる夢を叶えるために、共に生きます!」

 

それに兵藤も笑顔で頷き返す。肉体が変わろうとも魂までは変わらず、だな。

 

それならば返さねばなるまい。借りたものを、あるべき場所へと。

 

「この駒は返します」

 

部長さんに俺は兵士の駒の一つを差し出す。出発前に一つ手にし、信長との戦いでは奇跡の触媒となった物。返すとしたらこれ以上のタイミングはない。

 

部長さんの掌に再び赤い兵士の駒が8つ揃った。駒は発光し、あるべき場所に変えるように兵藤の中に入っていく。

 

駒と兵藤が一つになるように、さらに抱き寄せると二人は互いに唇を重ねあう。引き離されて久しい二人の愛に見ていて湧きあがる気持ちがある。

 

「熱いな」

 

「同感だよ、私たちもするか?」

 

「いや、今はあいつらの番だ。気持ちはやまやまだがそれは野暮になってしまう」

 

ここはやっと再会できた二人を立ててやらなくちゃな。じゃないとかわいそうと言うものだ。

 

「…もう馴染んだ!この感覚がなくっちゃな!」

 

転生するや否や兵藤はぴょんぴょんと鎧の重さを感じさせない軽快さで体を動かす。これでグレモリー眷属が全員そろった。あとは…。

 

喜びに水を差すがごとく、激しい爆音が聞こえた。

 

「くっ、流石に力を抑えつつ最上級死神を止めるのは厳しいか…!!」

 

「やはり六華閃の当主ですね。侮りがたい」

 

魔法とオーラの応酬を繰り広げつつ、互いに距離を取るガルドラボークさんとプルート。プルートは容赦ない攻撃を加えるが、ガルドラボークさんは周囲の物的被害を抑えるために全力の攻撃をせず、出力抑え目の魔法を打ちながら建物が破壊されないよう防御に回っているようだった。

 

「って、そういえばプルートもいるんだった!」

 

「ええ、あなたと同行している搾りかすの気配を感じましてね。必ず仲間がいるこちらに向かってくるであろうと思いまして」

 

搾りかすが何を指すのかはすぐに理解できた。サマエルの力で無限でなくなり力を奪われたオーフィスだ。有限になった今でも恐るべき力を有する彼女は決して無視できるものではない。

 

鎌の寒気のするような冷たい光を纏った刃と道化の仮面の底にある眼光がオーフィスに向けられた。

 

「ハーデス様の命令です。そこの搾りかすは何が何でも奪取させていただきます」

 

「まだ狙ってやがんのか…!」

 

ハーデスめ、この期に及んでまだ暗躍しようってのか。だが頭数ならこちらが上だ。おまけに神滅具も2つに加え実力者も多数。そう易々と目論見通りにはさせない。

 

「貴様の相手は俺がしよう、プルート」

 

緊迫した状況に横やりを入れるような傲岸不遜な男の声。どこからともなく現れたのは銀髪の魔王子。

 

「やはり帰って来たな」

 

「ヴァーリ…!」

 

白龍皇ヴァーリ・ルシファーの登場だった。帰って来たライバルの姿にヴァーリは微笑みを浮かべる。

 

ヴァーリまでもお出ましか。プルートに曹操、ガルドラボークさんに二天龍、元七十二柱に聖剣や魔剣使いと異形界隈の高名な実力者が一堂に会しているとんでもない状況だ。だがこいつは確か、冥府で死神相手に暴れていると聞いていたが…。

 

「ホテルの件では酷い目に遭わされたな。おかげで溜まったフラストレーションをどう晴らそうかと悩み冥府まで行ったが、やはり俺を満たす相手がいない」

 

「…」

 

冥府という言葉にプルートの眼光が揺れた。ヴァーリは知ってか知らずか、ため息交じりに言葉を続ける。

 

「英雄派の幹部はグレモリー眷属が片付けた。もうお前しかぶつけがいのある相手がいないんだよ、プルート」

 

「私をストレス発散のサンドバッグ扱いとは傲慢が過ぎますね」

 

「傲慢だろう?ルシファーだからな」

 

挑発と不快。両者の言葉が交錯し、静かに戦いの機運を生み出す。もっと強い使い手と戦いたいから離脱してきたって、ほんとこいつはぶれないな。しかしまさか、プルートと一人でやりあうつもりなのか…?

 

「ハーデス様の元にフェンリルを送り込んだようですね。神にも届く凶悪無比の牙…忌々しい牽制です」

 

「いずれは神仏を正面から相手にするつもりなんだ。それくらいの札はなければな」

 

「やはりあなたは危険ですね。だが白龍皇の力を持ち、真なるルシファーの血を継ぐあなたと戦えば私の魂は至上の領域に達するでしょう。我が研鑽のためにも、世界の危険因子を排除するためにもここであなたは消すべきです」

 

「神話に名を残す死神とやりあえるなら是非もない。貴様は俺が消そう」

 

それ以上の会話は不要だった。

 

プルートが再び戦いの構えを取った。油断も隙も無ければ、音もたてずに動いてくる。冷たい虚無を体現するかのような動作だ。

 

対するヴァーリは背に光翼を展開すると、静かに翼を輝かせ、鎧をまとった。

 

ドン!

 

爆音と共にすさまじい光を辺り一面に放出し始める。滲み出るオーラは可視化できるほどに濃く、眩い。神器の力が高まっているのだ。

 

「歴代の魂を説き伏せた兵藤一誠とは違う…力でねじ伏せ、意識を完全に封じた覇龍のもう一つの姿を見せてやろう」

 

「なに…!?」

 

覇龍のもう一つの姿…!?こいつもパワーアップしていたのか!悪魔の駒の力を得て進化を遂げて覇を否定した兵藤とは違う、覇を正面から乗り越えた新たな力…一体どれほどのものなのか。

 

そして神々しい光を放つ鎧に埋め込まれた青い宝玉が点滅する。

 

「我、目覚めるは律の絶対を闇に堕とす白龍皇なり―――」

 

『天龍の高みを極め、白龍の覇道を往かんッ!』

 

『無限を制し、夢幻を喰らうッ!』

 

覇龍と似ているが違う、新しい詠唱。宝玉から発せられる歴代所有者のものであろう声は話に聞くような怨念ではなく、闘志に満ち溢れている。

 

「無限の破滅と黎明の夢を穿ちて覇道を往く。我、無垢なる龍の皇帝と成りて―――」

 

詠唱が進むにつれ、ヴァーリの鎧が変化していく。そして最後の一節を唱える時、奴の顔は昂る闘志に満ち満ちた笑みを浮かべていた。

 

「汝を白銀の幻想と魔道の極致へと従えよう―――ッ!!」

 

〔Juggernaut Over Drive!!!〕

 

瞬間、白光が爆ぜた。

 

〈BGM:漸次滅相神圏《弥果》(Abyss Code)〉

 

ガゴン!バゴン!ガシャン!

 

光がやんだ後、そこにいたのは新たな白銀の鎧を纏うヴァーリの姿。どこか覇龍を思わせるその姿が放つ力は、ただそこにあるだけで周囲の物体が潰れていくほどだ。べこべこにへこんだ乗用車、あらぬ方向に折れ曲がった街頭。その光景だけでこの存在の桁違いな力が理解できる。

 

この力は間違いなく、紅の鎧やプライムスペクターを越えている。悔しいがそう確信せざるを得ないほどの圧倒的なパワーをこの五感で感じた。

 

「なんてパワーなの…!?」

 

「イッセー君が暴走した時の覇龍以上ですわ…」

 

「『白銀の極覇龍《エンピレオ・ジャガーノート・オーバードライブ》』。覇龍とは違う俺だけの進化だ。真紅の鎧すら超えるその威光、とくと味わえ!」

 

言葉もなくプルートは即座に飛び出した。言葉を発する余裕すらないのか。それだけ奴もヴァーリの力を危険視しているようだ。

 

そして次の瞬間には、奴の鎌が砕け散った。

 

「ッ!!」

 

プルートは絶句している。ヴァーリはただ拳を突き出しているだけ。

 

何が起こったのか、全く見えなかった。恐らくプルートの鎌の攻撃を拳の一撃で砕いたのだろう。瞬きの間の短さの攻防。間違いなくヴァーリのスペックはかの最上級死神の域に達している。いや、それどころか…。

 

「一撃で!?」

 

「ごぬっ!!?」

 

さらにヴァーリは握った拳を振り上げ、プルートの顎に叩き込む。今度は道化師の仮面が砕ける音が響き、鋭いアッパーがプルートの体を風に吹かれるティッシュのように軽々と打ち上げた。

 

肉弾戦でも完全にプルートを圧倒している!ヴァーリの動きに対応できていない!

 

追い打ちをかけるようにヴァーリが掌を上空のプルートに向けた。そしてぎゅっと握りしめると。

 

「圧縮しろ」

 

〔Compression Divider!!!〕

 

発動したのは新たなる力。全身の宝玉が輝いて。

 

〔Divid!Divid!Divid!Divid!Divid!Divid!〕

 

何度も何度も、繰り返し半減の発動を告げる音声が流れる。そのたびにプルートの周囲の空間が凄まじい力で圧縮し、プルート自身もそれに押しつぶされるように小さくなっていく。

 

あれはハーフディメンションの進化系か?通常の禁手時点でも強力な技だったが、あの出力で放たれるとこんなにも早いスピードで、強烈な力で半減していくのか。

 

みるみるうちに縮んでいくプルートも抵抗するすべもなく、声を漏らす。

 

「体が…圧縮され…こんなことが…!!」

 

「仕舞いだ」

 

最期にズンと大気が震える。それっきり、能力が発動することはなかった。

 

まさか、プルートを圧殺したのか…?

 

〈BGM終了〉

 

「くっ…」

 

ぱっと光が弾けると、ヴァーリの鎧が解除されぐらっとふらついた。顔は汗だくで、肩で息をしている。余程消耗が激しいらしい。あれだけの力ならこの消耗具合も頷ける。むしろそうでなければ困る。

 

「プルートが一撃…!」

 

「すげえ」

 

あまりにもあっけない最上級死神の最期とヴァーリの恐るべき新たな力に、皆呆然としていた。

 

とんでもないパワーだ。アザゼル先生とタイマンで全く引けを取らなかったあのプルートが手も足も出ずに一方的に消された。フェンリルを使わずとも神にも勝てるレベルなんじゃないか?

 

一連の戦いを見届けた曹操が、感嘆とも畏怖ともつかない表情で乾いた笑いを放つ。

 

「はは…あの空間で君に覇龍を使わせなかったのは正解だったね。なんて恐ろしいパワーだ」

 

「極覇龍は覇龍の破壊力をそのままに暴走と命への危険を可能な限り省いた力だ。おまけにまだ伸びしろもある。あの時俺にとどめを刺さなかったことを今に後悔するぞ」

 

「ふふ…やはり君は侮れないな」

 

あのパワーでまだ伸びしろがあるのか。今のままでも十分すぎるほどとんでもパワーだと思うが…少なくとも同時期に発現した兵藤の紅の鎧よりは強いだろう。だが、今の戦いを見る限り持続力はかなり劣っている。

 

その分パワーにリソースを割り振っているという見方もできるが、伸びしろがあるなら継続時間になるだろうな。

 

戦慄で滲んだ額の汗をふと拭う曹操は。

 

「兵藤一誠、君は何者だ」

 

と、いきなり哲学チックな問いかけを投げかけてきた。

 

「凡庸な存在ながらもリアス・グレモリーと赤龍帝に選ばれ、覇龍を克服して新たな力を手にした。そして今はグレートレッドとオーフィスの力すら得た。もはや奇跡そのものと言ってもいい巡り合わせの連続でできた道を今歩いている。天龍とも真龍、龍神の枠にすら収まらないだろう。俺にはわからないんだ、だからこそ知りたい」

 

神滅具最強と謳われる聖槍の使い手にもあると色々と考えることってあるのかね。英雄になろうとしていたり、普通ではない力を持つと普通の考え、普通の人生ではいられない。だからその時分に並ぼうとする存在が何者なのか知りたいのだろうか。

 

兵藤は数秒考えるように「うーん」と唸り。

 

「だったらおっぱいドラゴンでいいじゃねえか」

 

と、難しい問いかけに反する単純な答えを返すのだった。

 

…確かにどの枠組みにも収まってないが、お前それでいいのか。ドライグも泣くんじゃないのか?いや、もう今更か。

 

「…なるほど、シンプルだがこれ以上にない答えだ」

 

曹操も妙に納得がいったように頷いている。それでいいのか、お前も。これ以上ない答えって意見にはわりかし同感だが。

 

「さて、全員を相手にするつもりだったが二天龍が加わった。神滅具三つはさすがに厳しいな…なら」

 

曹操が今相対しているのはグレモリー眷属フルメンバーにシトリー眷属、サイラオーグと消耗したヴァーリ、六華閃のガルドラボーク。結界の中で戦った時以上の錚々たるメンツだ。如何にあいつが禁手の七宝をフルに使おうとも太刀打ちできる相手ではない。

 

だとすれば使ってくるか?魔王の血を加工した神器のドーピング剤『業魔人』、あるいは…。

 

いつでも戦える俺たちをざっと見渡して、奴が取り出したのは。

 

「使うしかないな」

 

「!」

 

不敵に微笑むと赤銅色の眼魂を起動させると胸に押し当てる。刹那、曹操の体からどっと溢れ出した赤銅色の光が瞬時に赤銅の鎧のようなパーカーの形を形成していく。

 

金色の差し色が入った鎧と左肩の勇ましい馬を思わせる意匠の装甲。ローブのようなパーカーが乾いた風になびく。

 

その立ち姿はまさしく中国の戦国乱世の時代に登場する無双の武人そのもの。聖槍の神々しさも相まって、圧倒的な気高さを放っている。

 

〈BGM:闘志果てしなく(遊戯王ゼアル)〉

 

「あれが曹操の英雄化…!!」

 

その存在感に誰もが圧倒され、息をのむ。奴は自身の姿を誇らしげに見せ、槍を携える。

 

「三国志最強の武将、呂布の力だ。曹操の魂を継ぐ俺が、敵対していた呂布を使うのは意外かな?」

 

「呂布ですって…!?」

 

あいつ、よりによって呂布の眼魂で英雄化したのかよ…!!なんてチョイスだ!

 

「リアス、呂布って確か三国志にも登場する…?」

 

「ええ、裏切りを繰り返しその武勇で成り上がった一騎当千の武将よ。でも最後は部下に裏切られて曹操に捕まって縛り首にされたわ」

 

「曹操にやられたんですか!?」

 

あまり詳しくなさそうな兵藤が部長さんに解説され驚く。

 

裏切りの三国志の武将。オーフィスを裏切り、反旗を翻したこいつに相応しいだろう。

 

「呂布は生前、歩兵の指揮を曹操に、騎兵の指揮を呂布が執れば天下平定は容易いと言ったそうだ。そして今、呂布とこの俺、曹操の力が一つになった。かつて実現しなかった天下無敵の力を俺は手にしたんだ。君たち全員を相手にしても引けを取らないパワーを感じるよ」

 

自信もたっぷりに曹操は俺たちを見回す。誰からでもかかってこいと言わんばかりだ。当然、迂闊に飛び込めば聖槍に刺し貫かれること間違いなしだろう。

 

そこに一人、進んで一歩踏み出す男がいた。

 

「…俺が行く」

 

「イッセー!」

 

〈BGM終了〉

 

進もうとする兵藤の肩を部長さんが引き留めた。その潤んだまなざしが訴える。行かないでくれと。

 

今回は奇跡の積み重ねで無事生還を果たしたが、また目の前で自分を置いて一人で強敵と戦おうとする彼が心配なのだ。また、いや今度こそ帰らぬ人になるのではないのかと。

 

俺だって本当は心穏やかじゃない。どうにか生き返ってやっとの思いで帰って来たんだ。ここしばらくは戦いを控えてほしいくらいだ。あんな思いはもうこりごりだからな。

 

「皆戦いで疲れてるのはわかってます。だから俺が行きます」

 

だがそれで止まるような男ではない。振り返る兵藤が両手だけ鎧を解除して、部長さんの華奢な手を取った。

 

あいつは人のためなら命を懸けられる男だ。あの時のように、自分を危機に晒し、犠牲にしてでも救いたいと思った人を救おうとする意志の力がある。

 

「大丈夫、俺は負けません。まだ夢を叶えてませんから」

 

「…!」

 

笑って語り掛ける兵藤に部長さんは次の句を失う。やがて彼女は呆れたような笑いを零した。こうなったら兵藤を止めることはできないと、何より彼女自身がわかっている。

 

「…わかったわ。今度こそ、決着をつけてきなさい!」

 

「はい!」

 

愛する人に送り出され、戦士は宿敵に向かい合う。

 

「ほう、やはり俺の相手は君か」

 

進み出た兵藤を前に曹操の口角が吊り上がる。この世で最も強い二龍の力を得たこいつと戦いたくて仕方ないらしい。

 

だがこの戦いはタイマンではない。

 

「その戦い、俺も混ざろう」

 

〈BGM:燃えるデュエリスト魂(遊戯王ゼアル)〉

 

俺も進み、兵藤の隣に並んだ。こいつと因縁があるのは俺も同じだ。それに、どうしても言わなければならないこともある。

 

「紀伊国悠…以前とは少し面構えが違うな」

 

「ああ。俺なりの答えを見いだせたからな。英雄とは何者か」

 

「聞こう」

 

曹操はどこか答えを楽しみに待つかのように、話を促した。

 

「英雄の力を使いながらも、俺は英雄という確たる定義を見出さず、ただの力として認識していなかった。だがお前に問いかけられて悩み、考え、信長がその生き様を持って俺に示した」

 

京都で初めて会ったとき、俺はこいつに問いかけられた。君にとって英雄とは何かと。

 

その時の俺は奴の問いに確たる答えを示すことができなかった。それもそのはず、定義を考え抜いたあいつらと違い俺はそんなことを真剣に考えたことなどなかったからだ。

 

そこから俺の自問自答が始まった。過去の英雄と呼ばれるような偉人を調べた、子供たちのヒーローと呼ばれる兵藤の試合を見た。そうして色んな英雄、偉人、ヒーローの形があると知った。ピンポイントに絞り切った定義では古今東西の英雄を説明することなどできない。

 

そんな中で俺は信長と戦う。奴は敵だった。迷いに迷い、それでも足掻きながら信念を定めそれに殉じた。そんなあいつから俺は学んだ。

 

「俺にとっての英雄とは、信念を抱いて今を生き信念を為し、未来に繋ぐ者だ」

 

「…ほう」

 

「英雄眼魂に選ばれた英雄たちは誰も彼も偉業を為した。それは生半可な信念では果たすことのできないことばかりだ。だがそれが必ずしも後世に名を遺す偉業である必要はない。信念の込められた行動は周囲の人間に影響を与える。死してなおその遺志は受け継がれ、生きる原動力となり、その行動を変えていく」

 

俺の知っている英雄や偉人は皆、信念を持って生き、何かを成し遂げた。

例え成し遂げた信念が後世に名を残すような偉業でなくとも、それが他者の心を動化した時、きっとその人にとっての英雄になる。

 

だが目指して簡単になれるものじゃない。大事はもちろん為すべきと思ったことを成し遂げるにはそれ相応の努力と困難をくじいてやり遂げる意志が必要になる。でも最初から英雄になりたいと思ったっていい。そのために前進する意志を持ったなら、それは信念になるのだから。

 

「だが全ての英雄が善の一面だけを持っているわけではない。栄光の裏には必ず後ろめたい闇がある。それでも君はその者を英雄と呼べるか?」

 

「呼べるさ。たとえそれが誰かにとっての悪だとしても、誰かの英雄になれるんだよ。最初から万人にとっての英雄なんてどこにもいやしない」

 

どこかの国の偉人がまた別の国では悪鬼のごとく嫌われることなんてざらにある。どんなに人気なコンテンツでもそれに合わず、嫌う人間がいるのと同じだ。判断基準も性格も環境も、世界中全ての人間が一致することなどあり得ない。

 

信長は英雄派でありアルルの配下だ。多くの人を傷つけるテロリストの一味であり、世間から見れば悪だ。

それは否定しようのない事実。だが、あの時俺を守ろうとした行動だけは否定しない。その点であいつは俺にとっての英雄だと言える。

 

そしてそれは信長だけではない。

 

「…だから、お前も『英雄』だよ。曹操」

 

「なに?」

 

「!?」

 

「どういうつもりなの!?」

 

曹操は胡乱気な声を上げ、部長さんたちは何を言っているのかと驚愕の声を上げる。当然の反応だ。こいつは悪の親玉。それをほめるような発言は憚られて然るべき。

 

「お前が率いた英雄派のメンバーはお前に救われ、お前の志に惹かれて付いて行ったんだろう?俺の定義で言うならお前も立派な英雄だよ。救われた連中にとってのな」

 

兵藤が二条城の決戦前に交戦したという英雄派の影使いはそのようなことを言っていたと聞いている。あいつらは神器を持つがゆえに人生を狂わされた連中の集まりだ。そしてそんな彼らが曹操の信念のもとに集い、結成したのが英雄派だ。

 

少なくとも、信長はこいつの志に触れてアルルに忠を尽くすだけだった心が変わった。そして同じ志のもとで英雄になりたいと願った。信長は曹操に救われたんだ。それもまた、変わりようのない事実。

 

「お前はそいつらにとっての英雄だ。だが俺はお前の行いを肯定するわけにはいかない。俺にも譲れないものがある。だからお前はここで倒す!」

 

しかし英雄と認めるかとその相手が敵か味方かは別問題だ。先も言ったように誰かにとっての英雄は誰かにとっての破壊者。このまま各勢力に危害を加えんとするこいつを野放しにしておくわけにはいかない。

 

俺は俺の信念のもと、こいつを打倒さなければならない。

 

強い決意のこもった俺の表情に曹操はいよいよ興奮を抑えられぬと言わんばかりに高笑う。

 

「…そうだ!今の君と俺は戦いたかった。過去にない最高の戦いができそうだ!だが、俺には俺の信念と定義がある。俺は俺の定義の元で英雄を目指す!」

 

「俺もだよ、あの時は英雄とは何ぞやと考えなくて悪かった。だが今の俺ならお前と気兼ねなく堂々と戦える」

 

「心が躍るな…兵藤一誠、あの時はトリアイナの弱点を突いたが、今度は全力の君と戦いたい。…成れ、紅の鎧に」

 

「そうさせてもらうぜ!二人…いや、三人で行くぜ!」

 

『応!相手は最強の神滅具、これに勝てずして気高き赤龍帝は名乗れんぞッ!!』

 

「俺達でピリオドを穿つ!」

 

〈BGM終了〉

 

ドライバーを出現させ、プライムトリガーとスペクター眼魂を握り、兵藤は拳を天に掲げる。

 

「我、目覚めるは王の真理を天に掲げし、赤龍帝なり!」

 

〔ソウル・レゾナンス!〕

 

眼魂とトリガーのスイッチを押し、ドライバーに差し込む。詠唱を口ずさむ兵藤の体から滲み出る赤い光が真紅に変わろうとしている。

 

〔無限の希望と不滅の夢を抱いて、王道を往く!我、紅き龍の帝王と成りて――〕

 

〔アーイ!ヒーローズ・ライジング!〕

 

ドライバーを操作する一方で隣から肌を刺すような紅の光が刺さる。その光を中心に、出現した13体のパーカーゴーストが空を舞う。

 

「汝を真紅に光り輝く天道へ導こう―――!!」

 

「変身!」

 

互いの最後を決める言葉は同時に発せられた。

 

〔Cardinal Crimson Full Drive!!!〕

 

〔カイガン!プライムスペクター!英雄!裂空!勇壮!激闘!ブレイヴ・イグニッション!〕

 

赤龍帝の鎧は形を変えて真紅の鎧に進化し、金色の霊力が俺の身にまとわりつき銀色の鎧と化し、英雄たちと一体となる。

 

悪魔の駒の力を取り込み更なる進化を果たした赤龍の姿、真紅の赫龍帝《カーディナル・クリムゾン・プロモーション》と13の英雄の力を纏いし仮面ライダープライムスペクター。

 

「さあ、始めようか」

 

それらを前に昂りを抑えきれぬ曹操はより笑みを深める。

 

英雄派の首魁との最後の戦いが幕を開ける。

 




曹操の定義:己の限界を試して超えるために困難に挑戦し、偉業を成し遂げた者
悠河の定義:信念を抱いて今を生き信念を為し、未来に繋ぐ者

どこか似ているようで違う結論に辿り着きました。違う点を強いて言うなら自己完結するかしないかといったところでしょうか。

いよいよ最終決戦です。

次回、「英雄決戦」


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第168話「英雄決戦」

みやま先生が龍帝丸の設定画上げてたけどとんでもなさすぎて笑った。ミーティアとアルヴァトーレが合体したみたい。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
1.ムサシ
2.エジソン
3.ロビンフッド
4.ニュートン
5.ビリー・ザ・キッド
6.ベートーベン
7.ベンケイ
9. リョウマ
10.ヒミコ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
13.フーディーニ
23.コロンブス
31.ライト
40.ジャンヌ
41.シグルド
42.ユキムラ
43.ゲオルク
44.ハンゾウ


真紅の鎧を纏った兵藤と変身完了した俺。相対するは英雄の力と聖槍を携える曹操。

 

乾いた風に緊張が混じり、表情をこわばらせる。

 

これから英雄派の運命、俺たちの運命を左右する決戦が始まるとこの場の誰もが理解できた。

 

今にも弾けそうな雰囲気の中、ヴァーリが俺たちの隣に並んだ。こいつも加わるつもりなのか?

 

「奴の七宝、残りの2つは飛行能力と木場祐斗のように分身を生み出す能力だ。気を付けていけ」

 

そう思ったが、なんとヴァーリが助言を耳に挟んできたのだ。俺も兵藤も、これまでの奴らしからぬ意外な行動に戸惑った。

 

「サンキュー、って急にどうしたんだよ」

 

「極覇龍を使ってこの消耗具合だ。俺自身の手で奴を倒せないのは癪だが、君たちが負けて奴が調子づくのはもっと癪だからね…最も、君たちが負けるとは思っていないが」

 

挑発か、それとも本心か。その言葉の意味は今は深くは考えない。そのまま受け取っておくとしよう。

 

「七宝の種明かしか。らしくないことをする。だが種が割れたところで負ける道理はない」

 

こちらは敵の能力を把握したというのにそれでも曹操の余裕が揺らぐことはない。言葉通り、種が割れても負ける道理がないほど強力な異能なのは十分承知。

 

だがこちらとしても負けてやる理由はない。

 

「一気に行くぜ!」

 

「ああ!」

 

〈BGM:魂のデュエル(遊戯王ゼアル)〉

 

仕掛けたのは二人同時。息を合わせて地面を蹴り馳せ、奴との距離を駆け抜ける。

 

〔Star sonic booster!〕

 

『騎士』のトリアイナにもあった高速移動で兵藤が目にもとまらぬスピードで先行する。

 

「その意気に応じよう!」

 

曹操も待っていたと言わんばかりに走る。俺たちの距離はあっという間に縮まり、決戦の幕が上がる。

 

〔Solid impact booster!〕

 

先行していた兵藤の『戦車』の破壊力を込めた拳打が繰り出される。曹操は勢いを落とさぬまま体を低くして拳を避け、兵藤の懐に入り込んだ。

 

そこに飛び込むのは霊力の弾丸。ガンガンセイバー ガンモードでの攻撃が曹操と兵藤の間に割り込み、曹操が身を引いたことで二人の距離を分かつ。

 

「あぶね!」

 

「肩借りるぞ!」

 

跳躍し、さらに兵藤の肩を踏み台にして跳び上がる。そして曹操へ銃撃を浴びせながら迫っていく。

奴は槍をくるくる回して弾丸を弾くが、これはただの目くらましでしかない。

 

その間着地を決め、今度は俺が近接戦に持ち込む。

 

胴を狙った回し蹴りからの踵落とし。空を切る一撃を奴は変わらぬ…いや、以前よりキレのある動きで捌く。

 

「くっ」

 

そこからさらに踏み込み、顔面目掛けたパンチを打ちこむがしゅるりと蛇のようなしなやかさで受け流され、腕を掴まれた。

 

だがこの距離なら躱しきれまい。

 

もう片手に握っていたガンガンセイバーをぐいと奴の腹に押し当てる。トリガーを引き、至近距離で銃弾を浴びせんとするも、なんと鮮やかな手さばきで俺を巴投げするのだった。

 

「!?」

 

地面に背を打ち付けた俺に槍の追撃が襲い掛かる。刹那、感じるオーラの高まり。咄嗟に曹操は横っ飛びして俺から離れた。

 

その直後、奴がいた場所に赤いオーラが駆け抜けた。兵藤のドラゴンショットだ。

 

普通なら俺を巻き込む気かと突っ込むとこだが何も言うまい。向こうも俺なら躱すと信じてやっただろうし、むしろこうでもしないとこいつに攻撃は当てられないだろう。

 

しかしこれだけで終わらないのが兵藤一誠という男だ。

 

「曲がれ!」

 

ドラゴンショットが突如、がくっと角度を変えて躱したはずの曹操へ再び向かった。あれは京都で曹操の片目に重傷を負わせた不意打ち戦法だ。サーゼクスさんの技を参考に編み出したと聞いている。

 

「同じ手は喰らわないさ!」

 

しかし曹操も二度同じ攻撃が通じるほど愚かではない。今回は反応しきり、聖槍から絶大な光の波動を迸らせてぶつけ、相殺させた。衝突し弾け、巻き起こる爆炎と黒煙。

 

「くっ!」

 

「象宝《ハッティラタナ》」

 

煙の帳を破り曹操が空へと飛び立つ。光の円盤を足場に空を自在に飛んで見せた。まるで波ではなく空を乗りこなすサーファーのようだ。

 

ヴァーリが言っていた飛行能力か、早速使ってきやがったな!

 

だがこっちもフーディーニを取り戻したおかげで、プライムスペクターでも飛行できるようになっている。

 

俺たちは同時に、方法は違えど空へと飛び立った。

 

「ドラゴンショット!」

 

兵藤が曹操目掛けオーラを放ち、俺もそれに合わせてガンガンハンドで銃撃を放つ。

だが七宝の一つが光ると虚空に黒々とした穴を生んで攻撃を呑みこみ、また別の個所から俺たち目掛けてドラゴンショットや銃撃が飛んできた。

 

「ち」

 

「くそ!」

 

翼を羽ばたかせ、あるいはフーディーニの力で空を舞って俺たちは躱す。黒歌を鎮めた受け流しの能力か、迂闊に牽制の遠距離攻撃すらできやしない。ほんと面倒だな!

 

舌打ちする矢先、兵藤の眼前に唐突に曹操が現れた。まるで瞬間移動したかのように。いや、瞬間移動ではない。これは転移の七宝か!

 

「やはり若干だがオーラが変質しているな!」

 

曹操は聖槍を突き立てんと槍を握る腕を突き出してくる。兵藤は体を横に逸らすことで鎧を貫通して本体へのダメージを避けることに成功したが、かすめた鎧の一部がえぐられてしまった。

 

そこから曹操の激しい連撃が始まった。突き、払い、叩きつけ。兵藤はいなし、あるいは躱してどうにか攻撃をやり過ごそうとしている。曹操の攻撃は激しさだけでなく、相手の動きを読み的確に隙に付け入ろうとする正確さも兼ね備えている。

 

「速い!」

 

「ははは!これほど昂った戦いは初めてだ!」

 

徐々に押し込まれていく兵藤とは真逆に曹操の攻撃は苛烈さを増していく。

 

戦いという命を懸けたギリギリの緊迫した状況に身を置くあの男は、それにより生じる一切の緊張も恐れもなく、全てを愉しんでぶつけてくる。

 

こっちは必死かつ慎重に落ちたら終わりの綱渡りしようってのに、向こうはそんなものに微塵も怖気づくことなく綱の上を爆速で走ろうというのだ。これだから戦闘狂という人種は苦手なんだよ!

 

息をつかせぬラッシュを俺は見ているだけでない。

 

〔ベートーベン!〕

 

即座にフォローに入るべく片手で指揮を取り、楽譜型の霊力の波動を放つ。この攻撃は俺の意志と指の動きに応じて指向性を持つ。

 

空を滑るように踊る波動の進行方向にまたも展開された受け流しの穴。しかしすんでのところでするりと軌道を変えて躱し、曹操へ今度こそ向かう。あの穴に攻撃が通りさえしなければ受け流すことも出来まい。

 

これなら届く。そう思った矢先、横合いから飛び出した何かに一瞬にしてぷつんと切断される。音の途切れた霊力は鮮やかな色をばらまいて霧散した。

 

「!」

 

〔ムサシ!〕

 

〔ビリーザキッド!〕

 

高速で移動する何かが今度はこっちに向かってくる。こちらはガンガンセイバー ガンモードとバットクロックの二丁拳銃で迎撃を試みる。

 

「はっ!」

 

ムサシの力で挙動を察知しつつ、二つの銃口から連続して打ち出される光の弾丸。物体を目で追い、感覚で捉えんとする。しかし俊敏な物体の動きをなかなか捉えられない。

 

物体の動きからして、間違いなくこちらに飛び込んで食らいつこうとしている。そうはさせないと銃撃で近寄らせないようにする。

 

状況を打破するため、俺はエジソンの能力の一つであるひらめきに頼ることとする。

 

〔エジソン!〕

 

刹那、脳内を駆け巡る電流。思考が活性化し、クリアになる感覚。その刹那のうちに俺は閃いた。

 

無理にあてる必要はない。行動を妨害し止めていけば付け入る隙はできる。

 

思いつくや否や即実行。向こうの軌道に合わせ、進行方向上に銃撃を放つ。銃撃に阻まれると跳ね返ったかのように軌道を急に変え、またそこにも銃撃。阻まれ、軌道を変え、銃撃、そしてまた軌道を変える。

 

「…そこか!」

 

何度も銃撃による進行方向への妨害を続けた末、次第に目が慣れ、軌道が読めるようになってきた。ここぞとばかりに高速移動する物体に次々と光弾が命中。ついにその動きを止めた。

 

動きを止めた物体の正体は矢のような形状をした光だった。おそらく形状変化した武器破壊の七宝だろう。

ゼノヴィアのエクスデュランダルを一撃で破壊できる驚異の異能。武器だけでなく使い手への攻撃性能も抜群の能力だ、注意を途切れされることはできない。

 

「おらぁ!」

 

「ふっ」

 

兵藤の反撃の拳をいなし、曹操は軽々と踏み込んで後方へと宙を跳び上がった。それに合わせて高速で移動し主を受け止めた七宝の円盤に着地し、見事に後退してみせた曹操。傍らに従える光球の一つが動いた。

 

「居士宝《ガハパティラタナ》」

 

輝きは一瞬。瞬時に光の人型が10人以上出現し、曹操を守るように光の槍を構えた。

これはヴァーリの言っていた分身を生み出す能力か。しかしこれは…。

 

「木場のパクリみたいな能力使いやがって!てか、木場と同じであんま技術を反映できてないように見えるぜ?そんなんでよくも馬鹿にしたな!」

 

「この能力はまだ調整が必要でね。彼の同じ能力を参考にしたかったんだが、現状大差なかったから残念に思っただけさ。ガルドラボークの分身も、僕の思い描く理想とは違っていたからね」

 

今でも十分強いのにまだ未完成、つまり伸びしろがあるというのか。つくづく恐ろしい男だと実感する。

 

ぱちんと指を鳴らす曹操。分身たちはそれを合図に果敢に俺達へと突撃を開始した。

 

それを迎え撃ったのは兵藤のドラゴンショット。ただし今度はビームのように照射するのではなく分散させ、横範囲を広めに放って一気に撃ち落した。

 

しかし爆炎の中から討ち漏らした4人が飛び出す。勢いを殺さぬまま、一気呵成に槍の一撃を叩き込まんとしてくる。

 

「分身なら!」

 

〔ロビンフッド!〕

 

〔ムサシ!〕

 

こちらも負けじと二人の英雄の力を発動。ロビンフッドの力で生み出された霊力の分身4人と共に二刀流で

分身の群れへ突撃する。

 

「ほう、君も分身を使えるのか」

 

相手の武器はすべて槍。こちらの武器は二刀流。それに分身の動きには曹操本体の優秀なテクニックはなく、どこか単調なように感じる。

 

振るい、突き抜ける槍を捌き反撃の太刀を見舞う。

 

斬閃、散華。全てを処理するのに10秒とかからなかった。両断された分身の体が傷口からずるりとずれた。そして淡い光を散らして霧消する。

 

「なるほど、君の方が分身に本体の技術や速度を反映できているようだ」

 

感心気味な曹操が言い終えた途端、俺の分身は光の粒になり瞬時に消えた。

 

「持続時間はかなり短いけどな」

 

「それは残念」

 

「隙あり!」

 

ドラゴンショットで発生した爆炎を利用し、曹操の背後に回った兵藤が拳を振りかかった。

 

が、不意打ちを簡単に許す程この男は甘くない。腰を落として突き抜ける拳をやり過ごし、反撃と聖槍の柄をぶん回して思いっきり叩きつけた。

 

「それは想定済みさ」

 

「ぐあっ!」

 

ズドン!

 

ヒットの瞬間、凄まじい快音が鳴り響き、みしみしと鎧と体が悲鳴を上げる。さながらビリヤードの球が弾かれるような凄まじいスピードで兵藤は地面に激突した。

 

「兵藤!」

 

「なんだ…このパワー…!今までの比じゃねえ…!」

 

地に背を着ける兵藤とは真逆に、優雅に曹操は槍をくるくると回してその様子を愉快気に見下ろす。

明らかにパワーが跳ね上がっている。これも英雄化の恩恵か。

 

「ふふ、自分でも驚いているよ。凄まじいパワーだね」

 

途端、曹操が円盤を急加速させこちらへと一気に距離を詰めてきた。鋭い一突きが襲い来る。

 

「!」

 

咄嗟に剣を盾代わりにしたことで、槍は刀身を擦れて軌道を逸らすことになった。だがすかさず鮮烈な回し蹴りが繰り出され、動きの軽やかさに反した鉄球のような重い威力でビルの壁まで吹っ飛ばされるのだった。

 

「がはっ!」

 

〔BGM終了〕

 

全身に衝撃と痛みが突き抜ける。とんでもない一撃だ、兵藤の拳にも匹敵する。こいつ、木場と同じテクニックタイプと思っていたがこんな兵藤やサイラオーグさんじみたパワーの持ち主だったか…?英雄化にしては妙にパワーの向上度合が著しい。

 

「…まさか、それが呂布の力か」

 

「その通りさ。能力は単純、膂力の強化!使用者の肉体を頑強にし、馬術、弓術にも長けた無双の戦士を生み出す力だ!」

 

やはりそうだったか。すでに特殊能力なら禁手の七宝で潤沢にある。そもそも強力な異能を持っているのにこれ以上増やす必要は余程でない限りはあまりない。それならば、悪魔や天使と比べ種族的に劣る身体能力の強化に回すのにも頷ける。

 

「つまりてめえの弱点を補う力ってことだな…!」

 

「そうだ、サイラオーグ・バアルも二天龍も一度の一撃で全てをひっくり返してくるからね。特に俺みたいな弱っちい人間じゃそれだけで致命傷になりかねない。でも、この力がもたらす肉体ならそれと打ち合える」

 

「まじかよ…」

 

それすなわち、弱点の喪失。俺も兵藤も戦慄を禁じ得ない。

 

なんて奴だ。ただでさえ厄介すぎるほどにテクニックタイプとしての優れた技巧と神滅具最強の聖槍にパワータイプ特有の強烈な力が加わった。人間という種族の体の脆さを克服した今の奴に弱点はない。

 

この3つの力を持った今の奴はまさしく天下無双の戦士と呼べるだろう。呂布の力を相まって威風堂々たる佇まいは戦士の頂に立つ男そのもの。無敵と錯覚してもなんら無理はない。

 

「君たちと真正面から戦うんだ、それくらいは備えがないといけないだろう?」

 

「だったら一発くらい貰ってくれよ…!」

 

「それとこれとは話が別だけどね」

 

毒づく兵藤を曹操は一笑に付し、円盤を加速させて俺に追撃を加えんと迫って来る。

 

〈BGM:一騎打ち(遊戯王ゼアル)〉

 

「!」

 

〔ニュートン!〕

 

全身から斥力の波動を放ち、曹操を近づけまいとする。寄せ来る波動に円盤の軌道を翻して奴は難を逃れた。立て直すにはその僅かな時間で十分。

 

〔フーディーニ!〕

 

斥力の波動で俺の体が埋まっていた外壁も飛んだ。フーディーニの飛翔で再び俺は空へと身を躍らせる。

 

「はぁ!」

 

〔ムサシ!〕

 

〔ベンケイ!〕

 

〔エジソン!〕

 

「いいぞ、来い!」

 

技術に剛力と電撃を加えた二刀流で曹操へ追撃し、二刀流の剣技の嵐を振るう。鮮やかな剣閃を潜り抜け、時折カウンターで払いを入れてくる曹操の表情は狂喜に満ちている。

 

幾度となく弾ける金属音と火花。何度剣を振るおうと奴は躱し弾いてくる。

 

まだ届かない。攻撃を喰らっても易々と倒れない頑強さを手に入れたとはいえ、奴の動きには微塵の油断もない。

 

これが英雄派の首魁。英雄の力を手にし、さらなる高みへと昇りつめた姿か。

 

「筋はいい、この短期間でさらに成長したようだ。だが」

 

笑う曹操。次の瞬間、ガンガンセイバーの二振りが派手なガラス音を立てて粉々に砕け散った。

 

なんだ、何をされた!?

 

「!?」

 

「七宝の注意が抜けているよ」

 

驚く俺の視界の端にとまったのは一つの光球。武器破壊の七宝だ。あれだけ注意しなければと考えていたのに、奴に一撃を喰らわせることに集中した瞬間を狙われてしまった。

 

そして俺の頬に真っすぐ、痛烈な拳打が浴びせられた。

 

ごきゃと何かがひん曲がる音。ぐらりと世界の全てが揺れる感覚と共に、俺は地面に叩きつけられる。

 

「ぐっ…」

 

痛い。なんて馬鹿力だ。眼魂一つでここまでパワーが上がるものなのか。

 

「大丈夫か!?」

 

全身の痛みに歯を食いしばっていると兵藤が駆け寄って来た。

 

「…ああ」

 

今ので鼻の骨が折れた。仮面の裏は鼻血まみれだ。眼鏡もさっきの顔面直線ストレートでどうなってるかわかったもんじゃない。

 

ゆっくりと身を起こし、空から俺たちを見下ろす曹操を睨む。

 

「あいつ、滅茶苦茶強くなってやがるぞ」

 

「やはりどうにかするべきは…」

 

七つの異能を秘めた光球、七宝。あの多彩な能力をどうにかしなければ勝ち目はない。本体のセンスに加えて七宝の転移や受け流しが加わることで全く攻撃が当たらない。仮に当たったとしても生半可な攻撃では今の奴にダメージを与えることはできない。

 

なんというクソゲーだ。これがゲームだったら俺はコントローラーをとっくに投げ飛ばしている。だれも文句の一つも言わないだろう。だがこれは現実だ。逃げ出すことはできない。やるしかないのだ。

 

こんな相手に勝つにはどうするべきか。…少しでも可能性のある選択肢を、俺は取る。

 

「兵藤、お前は曹操本体を叩け。俺は七宝の妨害からお前をサポートし、七宝を潰す」

 

「そんなことできるのか?」

 

「いくつか考えはある。このまま二人で突っ込んだところで仲良く全滅するだけだ。なら、どっちかがサポートに回るしかない。それにお前じゃあれを封じようがないだろ」

 

兵藤は愚直なまでのパワータイプだ。攻撃手段は徒手空拳とオーラの砲撃、そしてアスカロン。得意の乳技は相手が男なら意味はない。相手をぶちのめす技しかないこいつでは、相手を翻弄することに特化した能力への対処が難しい。

 

なら、眼魂を多数所有する俺が能力をフルに活用し、七宝の介入を止めるしかない。幸いにも手段はいくつか思いついている。うまくいけば奴との戦闘を有利に運べる。

 

「…OK、お前を信じるぜ」

 

「頼んだぞ」

 

〈BGM終了〉

 

碌な説明をする時間も余裕もない。だがそれでも互いを信頼できる絆はある。短く言葉を交わし、意を固めた俺たちは空で待つ曹操を見据える。

 

「作戦会議は終わりかな?さて、次はどんな手で来る?」

 

「難しい手は使わない、正面突破だ!!」

 

龍の翼を広げ、再び空へと舞い踊った兵藤が曹操へ猛進。

 

「そう来なくては!」

 

〈BGM:華麗なる攻撃(遊戯王ゼアル)〉

 

闘志に満ち足りて笑う曹操が七宝を繰り出してそれに応じる。飛び出した光球が3つ。タイミングから察するに武器破壊と衝撃波、分身の七宝だろう。転移や受け流しのように受動的ではなく、能動的に攻撃を仕掛けられる能力はこの3つしかない。

 

だがそれを見分けることはできない。なぜなら全ての光球のサイズ、形状、色、その全てが同じだからだ。能力が発動するまで判別することはできないし、判別できても戦闘の混乱で見失えばたちまちにどの光球がどの能力だったか忘れてしまうだろう。

 

光球の一つが光った。生み出されたのは光の分身。やはり分身の異能持ちだったか。

 

「分身とはダチとの戦いで慣れてるんだよ!」

 

槍を握る分身たちが徒党を組んで兵藤へ襲い掛かる。だがそんなものを相手にしている場合ではない。突き出した腕からドラゴンショットを一直線に放つ。迸る赤いオーラが駆け抜け、射線上の分身たちを瞬く間に消し去る。

 

「考えなしのオーラ攻撃は無駄だとわからないかな?」

 

分身たちを突き抜けて自分に向かってくるドラゴンショットにやはり曹操が使ったのは受け流しの七宝。黒穴の中にドラゴンショットが一直線に吸い込まれてしまう。そして背筋に走る悪寒。

 

「!」

 

さっと振り向くと、ずおっと何もない空に空いた穴から紅い光が見えた。

 

「おっと!」

 

咄嗟に身をよじる。その直後に駆け抜けたのは紅いオーラの波動。受け流したドラゴンショットを俺にぶつけようとしたのだ。黒歌の時みたいに味方の攻撃を利用して倒そうとは、あいつ正面からの戦いを拘り楽しんでいるように見えて、勝利のために策で攻めるところも抜かりないな。

 

狙いの外れた攻撃は空へと昇り、射線上のビルの一角を容易く削りとってしまった。

 

やべえ、あれロゴっぽいのがついてるから会社のビルなんじゃないか?ビルの持ち主には申し訳ないことをした。弁償金って躱した俺が払うのかな…。それとも攻撃を出した兵藤か、受け流した曹操か。

 

ええい、今はそれを考えている場合じゃない。

 

「な!?」

 

ドラゴンショットの奔流を滑るように駆け抜ける光球が二つあった。まるでスケートリンクを流麗に走るスケーターのように光球が照射の続くドラゴンショットの表面を走り、兵藤へと殺到する。

 

それを認めてすぐに照射をやめる兵藤だが、光球は狙いを変えることはなかった。獲物を逃がさないと言わんばかりに追いかけ、兵藤は宙を飛んで回避に努める。おまけに残った分身もそれに追随して来て、曹操に近づくことさえできない。

 

「くっそ、これじゃあ曹操と戦えねえ!」

 

せわしなく飛び回り、鋭利な形状に変化してくる七宝と、何ら変化もなく突っ込んでくる七宝の回避に必死だ。

 

すぐにフォローに入らなければならないが、その前にやっておくべきことがある。

 

〔エジソン!〕

 

〔グリム!〕

 

〔ベートーベン!〕

 

先の戦いでアルギスが落としたグリム眼魂。その能力を発動する。これまでに使ったことも手にしたこともなかった眼魂だが、プライムスペクターになって取り込んだ時にその能力は把握している。

 

エジソンの力で得たひらめきをグリムの力…高めた想像力をエネルギーにして具現化する力が発動する。

虚空に出で、収束していく緑の霊力は俺の想像…大鷲の形となり曹操目掛けて羽ばたいた。

 

「その能力は見たことがないな」

 

聖槍を振るい、聖なる斬撃を放つ。聖なる波を鷲は羽ばたきで躱し猛進をやめない。

 

「なら」

 

曹操の次の手。七宝の一つを動かし、受け流しの能力を発動した。あえなく飲まれ、今度は俺のもとに現れるが。

 

「このためにベートーベンを混ぜたんだよ!」

 

俺が指をくいっと回せば、大鷲はそれに応じて旋回しまたも曹操への進行を再開する。グリムの想像力による波動にベートーベンの指向性を組み合わせたのだ。これなら何度受け流されても、転移されても曹操への攻撃を続けられる。

 

「なるほど、いいアイデアだ」

 

曹操は心にもなく誉め言葉を口にしながらも円盤で空を飛びながら大鷲の攻撃をあしらっている。

 

兵藤を失った後の病室のベッドの上で、このリリスに来るまでの戦場で何度となくこいつの七宝の対処法を考えてきた。前者は半ば苦しい喪失の体験から逃げるように、後者は英雄の答えを見つけてそれをこいつに示す決戦のために。

 

その結果、俺はいくつかの対策を思いついた。うまくいくかは不安だったが、見事に決まった。

 

〔ニュートン!〕

 

〔フーディーニ!〕

 

〔ビリーザキッド!〕

 

〔ダイカイガン!ガンガンミナ―!〕

 

ガンガンセイバーとバットクロックを合体、ライフルモードに変形させる。その銃口には溢れる英雄たちの余剰エネルギーにより金色の追加装甲が追加され、さながらキャノン砲のようなフォルムへと変化していた。

 

そこに3つの英雄の力を込め、オメガドライブを発動させて同時に放出する。

 

銃口から打ち出されたのは3つの鎖型のオーラ。しゅるしゅると伸びては3つの光球を絡めとる。光球の一つは自在に刃物へ変化して断ち切ろうとするが、全く持って断ち切れる様子はない。

 

それもそのはず。この鎖は霊力の塊ではない。ニュートンの力で付与された引力の鎖。万物不変の斥力と引力を物理的な力で切り裂くことなどできやしない。

 

あえなく捕まった光球たちはしゅるしゅると俺の元へ巻き取られていき。

 

〔ハイパーオメガ・インパクト!〕

 

「はぁっ!」

 

こちらに引き寄せる間にチャージした霊力を一気に開放、凄まじいエネルギーの奔流を至近距離で七宝に浴びせた。光球はオーラによって徐々に削り取られ、やがて形を保つことができずに消失した。

大本となる光球が消えたことで、分身も動きを止めて消滅していった。

 

さっき思いついたばかりだったがどうにかうまくいった。まずはこれで3つだ。残りは4つ。

 

「ほう、面白い能力の使い方をするね」

 

その一部始終を見届けた曹操は感嘆の念を隠しもせず、拍手して見せた。

 

うまく3つの七宝を潰せたがこの手はもう使えないだろう。なにせ敵は敵を研究し尽くす戦いの天才。一度

見せた技が二度も通じるとは考えにくい。

 

ならばこちらももう一つの…。

 

「余所見してんなよ!」

 

その間、光球の追尾から解放された兵藤がブースターを吹かしながら急降下しキックしにかかる。落下の勢いと組み合わさることで相当な威力の蹴り技になっている。

 

「まだ七宝は残っているようだが?」

 

「!」

 

急降下する兵藤と曹操の間に割って入った七宝。その能力が発動し、兵藤の姿が忽然として消えた。

 

いや、消えたのではない。受け流しにしては特有の穴が発生していない、なら…。

 

もう一つの可能性に行き当たった時、突然俺の腹に痛烈な蹴りが刺さった。完全に意識の虚を突かれた。備える暇もなかった一撃で俺の体はまたしてもビルのガラス扉を突き破り、地面を低空飛行して屋内へ転がり込んでいった。

 

「がはっ!!?」

 

「深海!?」

 

俺に蹴りを放った兵藤も驚愕の声を上げる。キックの最中の兵藤を転移させたのか…!

 

「はは!俺を倒すにはまず七宝からでないとね。うまく攻略できるかな?」

 

こいつ、完全に楽しんでやがる…!

 

〈BGM終了〉

 




イッセーにグリムの力を持たせたら絵面がR18に支配されそう。

次回、「カーディナル・クリムゾン・ストライク」


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第169話「カーディナル・クリムゾン・ストライク」

大変遅くなってしまいました。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
1.ムサシ
2.エジソン
3.ロビンフッド
4.ニュートン
5.ビリー・ザ・キッド
6.ベートーベン
7.ベンケイ
9. リョウマ
10.ヒミコ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
13.フーディーニ
23.コロンブス
31.ライト
40.ジャンヌ
41.シグルド
42.ユキムラ
43.ゲオルク
44.ハンゾウ


「兵藤一誠、あれが冥界のヒーローか」

 

ガルドラボークがぽつりと呟く。初めてこの目で直接見る一誠の戦いを彼は注意深く、観察するように見ている。

 

彼の内心は穏やかなものではなかった。ウリエルから聞かされた情報と違い、英雄化というイレギュラーを手にした曹操が、兵藤一誠とイレギュラーそのものである深海悠河と戦っている。

 

特異点とイレギュラー、そしてイレギュラーな力を手にした特異点。

 

この先どう転ぶか分からない状況で、いざとなれば介入も辞さない覚悟で彼はこの一戦を見届けていた。

 

「ええ、彼が私たちの…冥界のヒーローよ」

 

悠河と一誠、そして曹操。三人の戦いをリアスたちも固唾をのんで見守る。神滅具を操る一誠と数多の英雄の力を束ねる悠河は紛れもなくグレモリーチーム内でもトップクラスの戦力だ。

 

そんな彼ら二人係でも曹操は互角以上の戦いを見せている。ともすれば、二人をこのまま翻弄して勝利をもぎ取ってしまうのではと不安になるくらいだ。

 

「イッセーさんは絶対に負けません」

 

「悔しいがあいつは俺より強ぇ。だからこそ、あいつが勝つって信じられる」

 

「そうですわ、今まで二人のコンビで勝てなかった相手はいませんわ」

 

「先輩たちが一緒に戦えば、どんな敵にだって負けません」

 

「あの男は負けん。いかなる状況だろうと必ず立ち上がり、勝利をもぎ取りに行く。俺の時がそうだったようにな」

 

しかし皆は口をそろえて二人の勝利を信じてやまない。過去の経験、信頼、彼らと一誠、悠河をつなぐ強い絆があらゆる不安を取り除いている。

 

「…評判に聞く煩悩ばかりの男ではないとよくわかった。だがまだまだ足りないな」

 

「足りない?」

 

「経験も、非情な覚悟も、何もかもだ。今のままでは冥界のヒーローにはなれても世界を救うことはできん」

 

瞑目するガルドラボークは冷たく断ずる。彼らは間違いなく理想とする強さの域に近づきつつある。しかし、その精神性はまだ彼の理想とするものとは程遠い。

 

彼が求めるものは大多数を救う大義のために必要とあらば如何なるものも切り捨てる非情さと、それを発揮する覚悟。そしてあらゆる状況を乗り越えていける判断力を培うための経験。それがまるで足りていない。

 

経験は嫌でも身につくが、非情さは必要とされる状況に追い込まれなければ身に着けることはできない。

リアスたちはその非情さを身に着けることができるかもしれない状況…兵藤一誠の死に直面したが、結果として一誠は帰還した。

 

今回の経験は彼女らの気構えに大きな変化をもたらすだろう。だがそれは、完全なる不可逆の変化とは言えない。

 

徹底した揺るぎない覚悟、あらゆる物を捨ててでも目的を果たす非情。それをガルドラボークは彼女らに要求する。

 

「それは兵藤一誠だけではない。グレモリーの君たちにも言えることだ。このままでは君たちの誰かが、君たちが身に着けられない非情さを担うことになる。いや、この先否が応でも担わなければならなくなる。木場裕斗、君は惜しいところまで行ったのだがね」

 

「僕だって?」

 

「ああ、君は過去に復讐の激情に身をゆだねたことがあるだろう?あらゆるもの…仲間も立場も、自分の命すら捨てて復讐というエゴに満ちた大義のために戦った。それはまさしく俺の思う『非情さ』だよ」

 

彼は内心木場を評価している。剣の腕もポテンシャルも勿論だが、エクスカリバーの事件を通じて周囲に見せたリアスたちとは一線を画した精神性に彼は大いに期待を寄せているのだ。

 

兵藤一誠と並び立つ逸材になるのも頷けるというもの。一誠を失って精神的に壊滅させられたグレモリー眷属の中で唯一立ち上がったことも大きく彼の評価を上げていた。

 

「…でも僕はあなたの言う非情さとは別の道を選んだ。イッセー君たちに支えられ、支えながら戦っていく道だ。僕は微塵も後悔していないし、この道を歩んでいることを誇りに思っている」

 

だが迷いのない目で裕斗は否を突き付ける。

 

一度は歩もうとした復讐の道。身を焦がし、やがては滅ぼす業火に身を焼かれる中で彼は一誠に手を差し伸べられ、その手を取り今を手にした。

 

そこに微塵も後悔があるはずがない。例え甘くなったと嗤われようとも彼は道を逸れる気はない。これからも変わらず自分を助けてくれたかけがえのない者たちと同じ道を歩んでいくと決めたのだ。

 

「だろうな。だが…彼はどうかな」

 

見上げる視線の先にあるのは、プライムスペクターへと身を変え戦う悠河。曹操の七宝を生かした巧妙な戦法に屈することなく、赤龍帝と共に何度も立ち向かっていく。

 

「…どういうことなの」

 

「一般人である彼が命を削りあう戦いに身を投じる覚悟はできた。それも一種の非情さだ。だがそれだけでは足りない。彼はいつか決断を迫られるだろう。極限の精神状況下で非情さを手に入れるか、それとも甘えを捨てきれずに壊れるか…どうなるだろうな。非情さを手にさえすれば彼は…完璧だと、俺は思うがね」

 

ガルドラボークと悠河はあまり仲が良くない。それは初対面の際に凛の処遇でもめたことが大いに起因しており、以降も何度かそのスタンスの違いで対立を起こしている。

 

だがガルドラボークは彼を心底嫌ってはいるわけではない。妹へのこだわりに対して不快感を覚えているのは事実だが、寧ろその実力と強敵を打ち破る爆発力を評価しており今後を大いに期待している。

 

だからこそ、その発展と彼ら自身の計画の妨げとなりかねない甘さを捨て、真に覚悟を決めてほしいと切に願っているのだ。

 

それ故に彼は何度も悠河と対立する。訪れるかもしれない『いつか』の可能性を意識させ続け、然るべき時に然るべき選択を取らせるために。例え追い詰められていると周囲から糾弾されようとも、彼の意志は揺るがない。

 

「悠河は貴様の思い通りにはならない。いや、私たちがさせない」

 

冷たいガルドラボークの笑みに対し、ゼノヴィアが剣のように鋭い眼差しで拒絶の意を示す。

 

「さてな、これからどうなるかは誰にもわからんよ。運命を司る神ですらな」

 

それに皮肉気に笑うガルドラボーク。彼は予感している。抗いようのない不可逆の選択。その刻の到来を。

 

 

 

 

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

 

 

 

 

〈BGM:ゼロワンの攻撃!(仮面ライダーゼロワン)〉

 

残る七宝はあと4つ。

 

飛行、転移、受け流し、そして女性の異能封じ。何としてでも対処しなければならないのは転移と受け流しだ。この二つがある限り俺たちの攻め手は限られ、戦いは容易に奴のペースに持っていける。

 

おかげでこちらの攻撃はただの一度も当たることなく、じりじりと奴のずば抜けたパワーに圧倒されるばかりだ。遠距離攻撃は受け流しでそのまま返され、距離を詰めても転移で躱されて死角から反撃の一撃を貰う。

 

だが俺たちもただ奴に翻弄されるばかりではない。戦いの中で七宝の発動を何度も目撃し、その能力についていくつか気づきを得た。

 

飛行を除く3つの七宝は奴の背で浮遊している。必要に応じて飛び出し、効果を発揮すると言った具合だ。

恐らく、一定範囲内に対象物を収めないと効果を適用できないのだろう。

 

中でも転移と受け流し。この二つは戦闘の中で何となく効果の範囲がわかって来た。範囲外から攻撃を仕掛ければいいのだが、そのための遠距離攻撃はすべて受け流しで無駄に終わってしまう。近接戦を仕掛けようものなら攻撃のタイミングで転移させられ、危うく同士討ちさせられそうになる。

 

一件無敵の能力に思えるが、転移できるものとできないものがある。それは…。

 

「面白い能力だが、遊び飽きたな」

 

曹操の槍の一閃の下に、グリムの能力で作った大鷲が霧散する。そこにすかさずガンガンセイバーとバットクロックの二丁拳銃による射撃を撃ちこむが。

 

「無駄無駄」

 

やはり受け流しの七宝を発動し、全ての銃弾を兵藤に流してきた。

 

「ぐあっ!!」

 

鎧に着弾し爆発を起こしていく。鎧に傷はついたが幸いにも生身へのダメージはなさそうだ。

攻撃を受けてよろめいた兵藤に、転移で一瞬にして距離を詰めた曹操の槍が牙を剥く。

 

「させるかよ!」

 

すぐさま俺はフーディーニの鎖を伸ばして奴の聖槍に巻き付けた。強く引っ張り、兵藤に攻撃を加えまいとする。

 

悪魔の兵藤にとって聖槍の攻撃は絶対に避けなくてはならない。生身にかすめるだけでもかなりのダメージになってしまう。

 

「これは…」

 

〔エジソン!〕

 

おまけに電流を流して奴の体の自由を奪う。動きを止めた奴のすぐそばで兵藤が拳を握りしめていた。

今こそ奴に一撃をぶちかます絶好のチャンスだ。

 

「今だ!!」

 

「おらぁ!」

 

〔Solid impact booster!!〕

 

一気呵成にここぞと拳を振りかぶる兵藤。極太の拳があと1㎜でヒットする。ようやく待ち焦がれた瞬間が訪れようとしたその時。曹操の姿はかき消える。

 

「今のは危なかったね」

 

「ごぁ!」

 

不意に後ろに感じた気配。振り返ると同時に裏拳が背中に撃ち込まれ、木端のように吹き飛ばされてビルの屋内へ転がっていく。

 

「いっつ…」

 

眼魂一つでなんて馬鹿力だ。恐らく眼魂と曹操との相性がいいのだろう。同じ三国志系か、それとも裏切り繋がりかは知らんがそうでなければ説明がつかない。

 

「だが…」

 

〔ニュートン!〕

 

ばっと手を伸ばし、引力のフィールドの射程圏に曹操を捉えた。

 

「ちぃ」

 

聖槍を盾に構えるが、それで防ぐことなどできやしない。足に力を込めて踏ん張るが、じりじりと引き寄せられて距離が縮まっていく。

 

そうだ、お前がこの攻撃から逃れる術は一つしかない。この攻撃は受け流しで対処できるものではない。だとしたら…!

 

その瞬間、忽然と奴の姿が消えた。予想通り転移の七宝だけを残して。

 

「やはりな!」

 

転移の七宝は所有者を含めたあらゆる対象を一定の範囲内に自在に転移させることができる厄介な能力だ。だが、転移の七宝自身を転移させることはできない。自身を守る術を持たないのだ。曹操自身を転移させる際、必ずこいつだけ置き去りになってしまう。

 

つまり、今が絶好のチャンスだ。

 

〔ロビンフッド!〕

 

〔ダイカイガン!ハイパー・オメガ・ストライク!〕

 

すかさずガンガンセイバー アローモードを召喚して強烈な霊力の一矢を放つ。転移の七宝も即座に反応して周囲の瓦礫を転移させ壁にするが、その程度で俺の攻撃は止められない。

 

矢は瓦礫を容易く貫通し、七宝の中心を見事に打ちぬいて風穴を空け、そのまま爆散せしめた。

その光景を見届け、自然と息がこぼれた。

 

「はぁ…やっとか」

 

やっと転移の七宝を潰せた。これでかなり戦いやすくなる。ここまで来るのに本当に苦労した。残りは3つだ。

 

「ほう、これで4つも俺の七宝を潰したか。流石だね」

 

いつの間にか飛行の円盤に乗って高みの見物を決めていた曹操が感心の言葉を投げかける。散々俺たちを苦しめた本人にそんな言葉を貰ったところで嬉しくもないが。

 

「まだまだァ!」

 

攻勢は勢い緩めぬまま続く。屋内から外へと駆けだして更なる英雄の力を発動させる。

 

〔ロビンフッド!〕

 

〔ビリーザキッド!〕

 

〔ノブナガ!〕

 

生み出した分身は二人。ただでさえ消耗が激しい能力なのだからこれ以上の数は避けたいし、今はこれで十分。

 

分身たちはそれぞれガンガンハンド、ガンガンセイバー ガンモードとバットクロックの二丁拳銃で曹操へ銃撃の嵐を放つ。色とりどりの霊力の弾丸が高速で空を切って放たれた。

 

「馬鹿の一つ覚えだ!」

 

受け流しの七宝が前方に動き発動。黒い穴に全ての弾丸を吸い込んで、そっくりそのまま返してくる。

無慈悲にすべてを撃ち抜く銃弾の豪雨が降り注ぐところを。

 

〔ニュートン〕

 

〔ツタンカーメン!〕

 

〔ダイカイガン!ハイパー・オメガファング!〕

 

ガンガンハンド 鎌モードによる斬撃がピラミッド状のエネルギーの塊を生み出す。その中心にぽっかりと空いた穴がニュートンの引力と組み合わさることで強烈な吸引力を放ち、弾丸の軌道をあまねく捻じ曲げて吸い込んでいく。

 

そしてそれを受け流した七宝でさえも。

 

引力の下に舐められた七宝が、無力にもオメガファングの中にじりじりと引きずり込まれていこうとする。

 

「なるほどそう来るか!でもそんなものは聖槍の前には…!」

 

すっと聖槍の穂先をオメガファングに向けた曹操。穂先に聖なる光が収束していく。聖槍の出力に物を言わせて、七宝が飲み込まれる前に引力の大本となるオメガファングを破壊するつもりのようだ。

 

だが、兵藤はそれを見過ごさない。

 

「邪魔はさせねえ!」

 

「!」

 

高速で突貫した兵藤が蹴りかかり、聖槍からオーラを放出せんとする曹操の動きを妨害する。円盤を翻して回避し、収束したオーラをすれ違う兵藤に向けて放つ。

 

それをすかさずドラゴンショットで相殺、巻き起こった爆炎が風と煙と共に両者の視界を塞いだ。

 

その間にもオメガファングは七宝を完全に穴の中に呑みこみ封印を完了する。

 

「これで最後だ」

 

ぱちんと指を鳴らせば、オメガファングはかっと眩しい光を放って大爆発を起こす。七宝諸共消し飛ばしてやった。

 

転移、受け流し、武器破壊、分身、衝撃波。これで厄介な能力を持つ七宝はすべて潰した。ようやくまともに戦えそうだ。

 

〈BGM終了〉

 

「よっし、あとはてめえ本体を叩けば終わりだ、曹操!!」

 

「…七宝をここまで潰されたのは初めてだ。ならばここからは」

 

七宝の大半を失ったが、曹操はむしろ余裕を失うどころか昂っているようだ。笑みを深くして、石突で強く足場にしている円盤を叩いた。

 

「純粋な力と技巧がモノを言う戦いになる」

 

「望むところだ…!」

 

〈挿入歌:Just the beginning(仮面ライダーウィザード)〉

 

早速牽制がてら鎌をそのまま曹操目掛け投げ飛ばす。霊力を帯びて高速回転する刃を奴は巧みに弾き飛ばし、その間に俺は一気に飛翔、接近して近接戦を仕掛ける。

 

拳、そして蹴り。その一発一発に英雄たちの力を込めて打ち合う。エジソンの電気を利用して全身を活性化させ、ムサシの見切りで奴の挙動を察知しつつ、ベートーベンの震動を乗せた攻撃をベンケイの力でパワーを底上げして繰り出す。

 

拳と拳がぶつかり合う。それだけで大気が轟音を立てて激しく揺れ、ビルの窓ガラスが割れる。戦いの中で高まる闘志がさらに俺の身体能力を引き上げていく。それに難なく曹操は追いついていき、互角以上の戦いをしてくる。

 

打ち合いの中、奴の眼が妖しく輝いた。その瞬間、右手が拳を握ったまま石化してしまう。おまけにその効果は関節部まで及んでいた。

 

「右腕が!」

 

「メデューサの眼を忘れてもらっては困るな。七宝を封じれば終わりと思ったか?」

 

「くそ!」

 

こいつ、フィジカルもバケモノだが能力が多すぎるんだよ!全部を覚えて余さず対処しきれない!俺が言えた義理じゃないが!

 

そして聖槍の柄を叩きつけられ、痛みに歯をかみしめながら一気に俺と奴との距離が遠ざかっていく。

 

「俺が相手だ!」

 

入れ替わるように兵藤が突撃。曹操に息をつかせる間も与えまいと、鋭く重い拳を振るう。肉弾戦は兵藤の十八番だ。倍化の能力で威力を増した拳を真正面から喰らってなお食い下がれる相手はなかなかいない。

 

だが奴はその一挙一動全てを理解しているように軽やかにかわして見せ、時折聖槍で弾いた。

 

「前にも言っただろう?鎧装着型の禁手はオーラの流れで動きが読めると!」

 

こいつそんなことも言っていたな!腹立つくらいに俺たちの動きを読んで対処してくるのはそれが理由か!

 

「んなこと知るか!」

 

「知っておかねば俺は勝てる相手じゃないよ」

 

拳をいなし、一歩力強く踏み込んで腹に真っすぐ拳打を叩き込んだ。

 

「がはっ」

 

そしてハイキック。的確な一撃が追い打つように腹に刺さり、軽々と吹っ飛ばした。

 

「兵藤!」

 

〔ノブナガ!〕

 

庇う様に前に出て、ノブナガの能力を付与したガンガンハンドの一斉射撃を行う。

 

「ふん」

 

それを奴は聖槍の一振りで消し飛ばし、そのまま聖槍で十字型の斬撃を繰り出してきた。地面をごりごりと削りながら向かってくる斬撃を構成するのは莫大なオーラ。生半可な攻撃では打ち消せないこれほどまでのオーラを容易く放ってくるとは。

 

〔ダイカイガン!ハイパー・オメガスラッシュ!〕

 

「もう何度目かわからねえドラゴンショット!」

 

俺達はそれを互いのオーラ、あるいは霊力を乗せた斬撃と砲撃で迎え撃つ。互いのオーラが衝突して激しい爆発を巻き起こした。

 

兵藤はそこから更なる攻撃に出る。

 

「これならどうだ!?」

 

〔Boost!Boost!Boost!Boost!Boost!〕

 

何度も倍加を発動させ、高めた力をそのままに兵藤が深く息を吸い込んだ。そして吸った息を何倍にして業火と共に吐き出した。分厚く、広範囲に燃え盛る炎の塊が空を焦がす。

 

「面の攻撃も無駄さ」

 

聖槍を突き出し、かしゃっと開いた先端から莫大な聖なるオーラを放出した。豪炎と光波。眩い二つは互いを喰らいあうが、神滅具の純粋な力から放たれるそれに龍の炎が敵うはずもなくすぐに押し出していく。

 

絶大な光の波動は龍の炎を圧倒し、そのまま俺たちを呑みこむ勢いだ。

 

「くそ!」

 

慌てて回避運動を取ろうとする兵藤。しかし俺の脳内には一つの考えがよぎり、それが足を止めた。

 

…あれを使うならここしかない。思考は一瞬、行動に移す決断もまた一瞬だった。

 

「兵藤、光の中へ突っ込め!」

 

「はぁ!?」

 

「考えがある!そのままあいつに一発ぶちかますためのな!」

 

この能力なら曹操の想像を超え、虚をつくことができる。このジリ貧極まれりな状況を打破する一手だ。

 

「…OK!」

 

兵藤はくるりと方向転換し、光の方へと向き直る。流石俺の親友だ。お前なら信じてくれると思った!

 

「怯むな!!全力で突っ切れ!!」

 

〔ベンケイ!〕

 

〔Star sonic booster!!〕

 

それぞれの能力を発動し、行動を実行する。

俺の一言に全幅の信頼を寄せたか、迷いもなく『騎士』の速度で突っ込んでいった。

 

そして間もなく、光の中へ兵藤が消える。否、拳を突き出して光を突き破りながら前進していく。

当然、光は邪なる悪魔の存在を無慈悲に消し去る…はずだった。

 

「くっ」

 

その全てを、俺はベンケイの能力で兵藤の代わりに受ける。ベンケイの力で兵藤は今、特殊なエネルギーフィールドを纏っている。それが兵藤の身に襲い掛かるあらゆるダメージや衝撃を俺に転送しているのだ。

 

衝撃が全身を震わせるが、ベンケイの能力で耐え忍ぶ。もう一方の光のダメージは悪魔でない俺にはない。せいぜい体がちょっと焼けるように熱い程度だ。とはいえ、能力を経由してではなく直に喰らえばただでは済まないだろうがな。

 

だがこんなものは信長の終ノ型に比べればなんてことはない熱さだ。いくらでも耐えてやる。勝つためなら。

 

高速で光を貫く兵藤はついに、光を放つ曹操の元へ達した。

 

「やっと!!」

 

光の幕を破り、勢いよく曹操の眼前に躍り出た。

 

〔Solid impact booster!!〕

 

「!!」

 

「てめえに一発噛ませる!!!」

 

完全に虚を突かれたようで、反応が遅れた曹操の顔面に重い拳をついに打ちぬいた。ドゴンと一撃の命中を証明する重い音が辺りに響いた。

 

まるで風に吹かれたティッシュのように軽く曹操の体は弾かれ、地面へ一直線に叩きつけられる。ずどんという重い衝撃が駆け抜け、地面を砕いて派手に土煙を巻き上げた。

 

「ついに入ったぞ!」

 

「やりましたわ…!」

 

後ろで戦いを見守る皆がこの光景に声を上げて喜んでいる。皆も曹操と戦って手も足も出なかったから、そのリベンジを託しているのもあるのだろうな。

 

「やっと一発入った…!」

 

「ここまで来て一発…どれだけ今のあいつは強いんだよ」

 

〈挿入歌終了〉

 

着地した兵藤の隣で俺はふうと一息を吐いた。

 

今の拳は獅子の鎧を着たサイラオーグさんにも届く一撃だ。それが顔面に入った。脳震盪も確実だろう。眼魂一つのパワーアップだけではひとたまりもあるまい。

 

…だが、あいつはこれで終わる男ではない。

 

そう確信があった。悔しいがあいつの闘志も実力も生まれ持った力の全てがその確信の根拠だ。あれだけ戦いに対してぎらついたものを見せていたあの男がそう簡単に沈むものか。

 

「…はは」

 

その予感に肯定を示すがごとく、土煙の中から愉快気な笑い声が聞こえた。

 

晴れ往く茶色の土の幕が薄れゆき。ゆっくりと上体を起こそうとする曹操の姿があった。

 

「…やるね、一瞬意識が吹っ飛んだよ。いい一撃をもらった」

 

喋る曹操は鼻血を垂らし、口の中は血で真っ赤だ。だがその端正な顔立ちは一切歪んではいない。とことん頑丈になってやがるな。

 

「…悪魔にとって聖槍の攻撃は必殺だ。どうして無傷でいられる?」

 

「俺がダメージを肩代わりしたからさ」

 

「肩代わり…だと?」

 

「ベンケイの能力はパワーの強化だけじゃない。味方のダメージを引き受けることだってできる。それで俺が聖なるダメージを引き受けたってからくりだ。最も、人間の俺にはそんなものは痛くも痒くもない」

 

ここで種明かし。どうせ説明せずとも二度目は見切って来るだろうし、自力で辿り着くだろう。こいつはそういう男だ。生まれ持った戦いのセンスは俺や兵藤を遥かにしのぐ。

 

「ほう…そんな能力があるというデータはないな。つい最近発現した能力か?」

 

「いいや。これも、今まで一度も使ったことがない能力だ」

 

ベンケイ以外にもグリムだってつい最近手に入れたから向こうはデータをまるっきり持っていないだろう。

そういった能力なら奴に対抗する手立てはある。もっとも、生半可な運用では通用するはずもないが。

 

「…はっ!君との戦いは本当に飽きないね」

 

ぷっと血を吐き捨て、聖槍を支えに立ち上がった。

 

「君たちもサイラオーグ・バアルも、傷を負ってからが精神的・肉体的コンディションで本領を発揮するタイプだと認識している。種族の身体性能から傷を負えない俺にはわからない感覚だったが…今ならわかる」

 

俺が兵藤達と同じHPが減ってから本領発揮しているだと…?

 

コカビエル、ネクロム、ロキ…過去の戦いを思い返したが、確かにボロボロの状態で勝ってるな。当時の気持ちも振り返ると、あながち曹操の言は間違いではない。

 

逆境だからこそ、引くに引けない状況だからこそ力をさらに引き出せた。ある種の火事場の馬鹿力だ。それが人の精神に感応する神器所有者なら猶更そうだ。

 

こんなところまで見抜いてるなんてもはや恐ろしいを通り越して気持ち悪くなってきたぞ。研究のルビにストーキングって振られたりしていないか?

 

「血を流して感じた…この赤い血が闘志で沸き立つ。戦で燃やす俺の命を肌身で実感するよ…!ここまで相手を倒したい、勝ちたいと純粋に思えた戦いはスダルシャナ以来だ…!!」

 

腰を低く落とし、槍を構える曹操の表情はいつになく本気そのものだった。完全にスイッチが入っている。

 

「さあ、死合おうかッ…!!」

 

〈挿入歌:Alteration(仮面ライダーウィザード)〉

 

刹那、高速の疾走。風を切る曹操が転移ではない純粋な身体能力によるスピードで距離を一瞬で詰めた。

 

槍の一突きと見せかけた巧みな拳打のフェイントに惑わされ、一瞬の判断の迷いを付け込まれるように拳で穿たれる。

 

「ぐぁ!」

 

「この!」

 

割って入る兵藤の肉弾戦。高速の拳のラッシュを舞うようなステップを踏みつつぱしぱしと弾いていく。兵藤をフォローすべくエジソンの電撃を木の枝のように迸らせるが、その一挙一動が見えるがごとく奴は正確に避けつつ兵藤の攻撃をさばく。

 

躱されて空しく空を切る拳。その腕をつかんだ曹操が何が起こったかすらわからないほど手慣れた素早い動作で巴投げを決めた。

 

「がは!」

 

「ちぃ!」

 

飛び出し、体を回転させて勢いを載せた踵落とし。曹操の脳天にぶち込むはずだが、奴はなんと聖槍の柄で受け止めて、俺の体重の乗った聖槍を曲芸のごとく片手で軽く回し、先ほど地面に叩きつけた兵藤の上に積み上げるように叩きつけてきた。

 

「ぐはっ!」

 

「まとめて仕舞いだ!」

 

俺と兵藤をまとめて串刺しにせんと迫る曹操の聖槍。咄嗟に俺は英雄の力を起動する。

 

〔ベートーベン!〕

 

高速で射出された音符型の霊力が聖槍の柄に命中。必殺の軌道を逸らし、何もない地面に鋭利な先端が突き立てられた。地面を抉るような一突きの威力にひやりとしたものを覚えた。

 

「!」

 

「はっ!」

 

カウンターでさらに曹操の腹に蹴りを入れて後退させる。反応からしてほとんど効いていないようだがそれで結構。その間に起き上がって態勢を整えた俺たちのコンビネーションが始まる。

 

「「おおおおおおッ!!!」」

 

蹴りと拳のあらゆる体術で攻め立てる。これまでに培ってきた持てる全てを俺たちは互いにかみ合わせて目の前の超えるべき強敵に余すことなくぶつけた。

 

互いの隙をカバーし、付け入る隙を無くす。ミジンコほどの小さな穴だろうと見透かし突こうとしてくる敵の慧眼には感服するほかない。おまけに奴はメドゥーサの眼も随所で発動して体の一部を石化させようとしてくる。兵藤はすぐに再生できる鎧の特性上、石化した個所を破壊してまた再生するといった対処法を編み出したが、俺はそうはいかない。

 

徐々に石化した面積を増やしつつも、ただがむしゃらに打ち合う。一瞬でも気を緩めばそこを突かれて終わってしまう。

 

進め、打て、穿て。ただひたすらに。

 

この戦いに勝つのは俺達だ。

 

「「はっ!!!」」

 

オーラと熱い闘志を乗せた、二人のタイミングのあった同時拳打。それを受け止めた曹操もたまらず突き抜ける余波で大きく後ろへ下がっていった。

 

「やるな!だが戦いはこれからだ!」

 

再び飛行の七宝で空へと駆けあがっていく。それに追随しようと駆けだすが。

 

「はぁ…はぁ…」

 

隣で兵藤の動きが鈍った。息が荒く、疲労感を隠せずにいた。オーラも戦闘開始からかなり消耗している。

 

「復活したてでこの戦いはきついか…?」

 

一発入ったとはいえ奴はまだ健在。一人で闘うのは厳しいがやるしか…。

 

そう思った矢先、兵藤の体を温かな紅のオーラが包み込む。

 

「これは…!」

 

「リアス…!!」

 

露にした乳房の先端から、紅い光線を放ち兵藤に浴びせる部長さんだった。ジークフリートの時とは違い、譲渡されなくても自発的に撃てるようになったらしい。

 

みるみるうちに兵藤のオーラが回復し、荒い息が整っていった。

 

豊満な乳が徐々にしぼんでいくことを気にも留めず、部長さんは気高く兵藤の背を押すべく叫ぶ。

 

「行って、イッセー!!」

 

「はい!!」

 

「得意の乳技か。熱いね」

 

皮肉とも賞賛ともつかないコメントはやめろ。

 

「ドライグ!例の新技だ!」

 

『オーラが回復した今ならいけそうだ。ここで決めるぞ!』

 

〔Boost!Boost!Boost!Boost!Boost!〕

 

瞬間、兵藤のオーラが何倍にも一気に膨れ上がる。赤く滾るオーラが炎のように兵藤の体から溢れ出した。

 

とどまることを知らず高まるオーラはやがて三人の鎧の龍人を生み出す。

 

「その姿は…!」

 

曹操は兵藤の前に並び立つ三人に目を丸くする。そう、それは兵藤が『イリーガル・ムーブ・トリアイナ』

で変化する『騎士』『僧侶』『戦車』の3つの駒の特性を発現した姿そのものだからだ。

 

最初に飛び出したのは『騎士』の駒竜。

 

神速で空を飛び回る龍は曹操を翻弄し、反撃の聖なる波動すら躱して時折飛び込んで牙を剥く。

 

「ちぃ!」

 

さらに攻撃を仕掛けてくるのは二人目の『戦車』の龍。両拳を握りしめ、曹操へ思い切り叩きつけた。

 

「くっ!」

 

地面へ落下しかけるもどうにか立て直して飛行を継続するが、そこに3人目の龍が背部の砲口から紅いオーラを吐き出す。

 

そのオーラに突っ込む兵藤が、紅い龍と化した3人の分身たちを極大のオーラへと変換し、曹操へ突っ込んでいった。

 

あの技は『真・女王』状態でのみ使用できる兵藤の新たな必殺技。莫大なオーラから生み出された3人の分身それぞれが『戦車』『騎士』『僧侶』の性質を持ち、対象に攻撃を仕掛けて追い詰めることで最後の一撃のためのお膳立てを行う。

 

かつてヴァーリ戦で披露した跳び蹴り、ウェルシュ・レッド・ストライクを遥かに上回る威力を秘めた進化系。

 

その名も。

 

「おりゃぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

〔Cardinal Crimson Strike!!!〕

 

「最高だ!!まさしくドラゴンの頂にも上る強者の中の強者のオーラだッ!!」

 

紅の彗星となり天へ逆昇る兵藤の飛び蹴りが曹操に激突する。

 

興奮ここに極まれりと狂気に目を輝かせ、聖槍を盾にして受け止める曹操。だが如何に強化された肉体と言えど凄まじいオーラで袖が弾け、両腕がみるみるうちに傷つき血がにじんでボロボロになっていく。

 

「おおおおおおおっ…!!!」

 

曹操の表情に余裕は全くない。歯を食いしばって、全力で攻撃をこらえようとしている。しかしそれでも、瞳の中の戦意が衰える気配はない。

 

だが忘れてもらっては困る。曹操と戦っているのは二人だということを。

 

「さらにもう一発!!」

 

空を飛び曹操の背後から仕掛ける俺も、素早くドライバーを操作する。

 

〔プライムチャージ!ダイカイガン!〕

 

「もらっていけぇぇぇぇ!!!」

 

〔プライムスペクター!ハイパー・オメガドライブ!!〕

 

英雄たちの色とりどりのオーラ渦巻く蹴撃を、曹操の背目掛けて浴びせんと前進する。

 

「!!」

 

驚く曹操。だがこのまま受けてくれるほど奴は甘くなかった。

 

なんと左手で聖槍を握って兵藤の攻撃を受け止め、空いた右腕の一本で俺のキックを受け止めたのだ。

 

「なに!?」

 

強化された腕力をもって、俺のキックを止めている。なんてパワーだ。

 

凄まじい二つのオーラの奔流に板挟みにされ、曹操の肌も衣装もみるみる傷ついていく。すぐに圧殺されないのは呂布の眼魂の力の賜物なのだろう。

 

だがそんなものは関係ない。なにがあろうと押しとおるだけ!!

 

「「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!」」

 

体の芯から発せられる俺たちの雄たけびが体を震わせ、さらなる力を発揮する。均衡が徐々に崩れ、みしみしと奴の腕から骨が軋む音が聞こえた。

 

苦悶に表情を歪めるが、曹操は笑っていた。どこまでもこの状況を楽しんでいる。

 

「ハハハハハ!!!全く君たちはどこまでも俺を高まらせてくれるな!」

 

口の端から血がにじんでいる。それだけ奴も力を振り絞っているということか。

 

「でも、勝つのは俺だ!!」

 

その時、曹操の背に残っていた七宝が動き、俊敏な機動で兵藤の懐に飛び込む。

 

「!」

 

どごっ!!!

 

まるで鈍い音と共に、兵藤が幾つものビルを突き破って彼方へ吹っ飛んでしまった。

 

「なっ!?」

 

あれは衝撃波の異能…!!どうしてだ、最初に武器破壊と分身諸共破壊したはず!

 

俺の考えていることが読めているのか、曹操は深い笑みを見せた。

 

「どうやら勘違いしていたみたいだね。あれは女宝だよ」

 

「!!」

 

虚を突かれた俺の動きが緩む。刹那、聖槍の刃が深々と腹に突き刺さった。

 

「がは!」

 

さらに素早く引き抜いた曹操は体を回転させ、勢いの乗った踵落としを決める。

 

重く、鈍い、響く衝撃。

 

届いたと思った一撃から一転、曹操は遠ざかっていく。

 

〈挿入歌終了〉




MVPはニュートンです。もしアルギスに取られていたら詰んでました。

ベンケイの能力はテ〇朝の公式サイトにこっそり書いてた能力です。いつかこの展開をやろうと思って取っていました。

ここでまさかのどんでん返し。次で決着です。

次回、「聖槍の行く末」


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第170話「聖槍の行く末」

お待たせしました。いよいよ決着の時です。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
1.ムサシ
2.エジソン
3.ロビンフッド
4.ニュートン
5.ビリー・ザ・キッド
6.ベートーベン
7.ベンケイ
9. リョウマ
10.ヒミコ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
13.フーディーニ
23.コロンブス
31.ライト
40.ジャンヌ
41.シグルド
42.ユキムラ
43.ゲオルク
44.ハンゾウ


「がはっ…」

 

身を焼き尽くすような激痛の中、一誠はかろうじて意識を保っていた。

 

曹操の将軍宝を喰らい、ビルを片手では数え切れぬほどいくつも貫通して吹っ飛ばされた。ようやく衝撃が無くなったことで、あるデパートのおもちゃ売り場に派手に突っ込んだ。玩具の陳列されていた商品棚をクッションにして止まり、そのまま横たわっていた。

 

肋骨は何本か折れ、鎧は至る所が粉々になっている。衝撃の余波で手足がしびれて動かない。

 

震える体であたりを見渡す。綺麗に並べられていただろうおもちゃの商品棚は突入の余波で無残な様相と化している。あちこちにスイッチ姫やおっぱいドラゴンのぬいぐるみやおもちゃが転がっていた。どれも自宅に送られてきて、一度は目を通したものだ。

 

「…あれは」

 

ふと目に留まったのはスイッチ姫をデフォルメした小さな玩具。なんてことはないいかにも子ども受けしそうなビジュアルとギミックだったのを一誠は覚えている。

 

掌に感じた冷たい感触。それは次元の狭間で肉体を新生する最中に思い浮かんだとっておきの策だ。その感触と視界に映り込んだ玩具が兵藤の脳内で重なった時、状況を打破しうる一手となた。

 

それに手を伸ばそうとしたところ。

 

「認めるよ。本当に…君たち二人は強敵だ」

 

かつかつと乾いた靴音。聖槍を握る曹操がゆっくりとした足取りでおもちゃ売り場に入り、近づいてきた。

 

「禁手を使ってここまで追い込まれたのは…スダルシャナ以来だ。あの時とは違い英雄化もある…それなのに両腕をぼろぼろにされるとはね。骨にひびが入ってるのか、動かすだけで痛むよ」

 

乱れた呼吸を整えつつ、一誠に両腕を見せる。袖は破けて外界に晒された両腕の皮膚は血塗れで見るも痛々しい。先の二人の攻撃、それを防御のため腕に直に浴びたことでオーラの奔流によって少なからずダメージを負っていた。

 

「でも、まだフェニックスの涙が残っている。チェックメイトだ」

 

取り出した小瓶の液体を傷ついた腕にかけると、たちどころに傷が塞がり赤い腕が元の肌色に戻っていく。

奮闘の末にようやくつけた傷を目の前であっさりと癒され、一誠の心中は悔しさで満ちていく。

 

「くそ…」

 

「将軍宝が効いたみたいだね。あれは未完成で能力も曖昧…取り合えず破壊力重視にしたのはいいんだが何より武器破壊と被ってしまっているのがよくないな。いいアイデアがあればいいんだが…」

 

フェニックスの涙で濡れた手で聖槍を握りしめて高く掲げ、その穂先を地に這いつくばる一誠に向けた。

 

「死にゆく君に聞いたところで、だな」

 

鋭利な穂先を一誠の頭部目掛けて突き立てんと力を込める。

 

かつん。

 

耳がとらえたかすかな足音が曹操の手を止めた。些細な足音だが、彼の警戒心を引き上げるには余りあるほどだった。

 

「…あの傷でも向かってくるなんて流石の闘志だよ」

 

背後に感じたそのオーラに、呆れ気味にため息をつき振り返る瞬間、浴びる風。

 

プライムスペクター…深海悠河がその拳を振り上げていた。

 

 

 

 

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

 

 

 

 

ギリギリのところで気づかれた。だが構うものか。身を引くことなく、振り上げた拳をそのまま曹操目掛け振りかぶる。

 

突如、脛に鋭い痛み。足元を崩された様に世界がぐるんと回転した。訳も分からぬまま体が地面に倒される。

 

「ぐぁ!」

 

体を打ち付けた痛みに呻く。恐らく槍で足払いをかけられたのだろう。まるで子供をあしらうかのように余裕のある所作だった。

 

「おかしいな、アーシア・アルジェントと言えどこんな短時間であの傷を動けるレベルまで回復させるのは無理だと踏んでいたが」

 

まじまじと曹操は俺の体を舐めるように眺める。移り行く視線が、先ほど曹操に貫かれた傷の個所で止まった。止まった視線の先には緑色のオーラの塊が刺し傷を埋めていた。

 

「…そのオーラ。まさかグリムの能力か」

 

「…そうだ、具現化したイメージで無理くり傷を塞いだ」

 

咄嗟に思い付いた応急処置だ。痛みはともかく、出血はこれで抑えられる。曹操が円盤に乗って兵藤を追っていた所を見た瞬間、アーシアさんの治療を待つ暇も惜しくなって飛び出した。

 

あの七宝の威力は俺が身をもって知っている。まともに喰らえば戦闘不能になるのは不可避なそれを兵藤はもろに受けてしまった。深手を負ったあいつを曹操が逃すはずがない。絶対にあいつは自らの手でとどめを刺しに来る。

 

それを止めるために俺はここに来たのだ。

 

「…傷だらけでも仲間のために立ち上がるその意志。恐れを知らぬ勇気と賞すべきか、状況を把握できない蛮勇と嗤うべきか」

 

見下す曹操が追い打ちをかける。槍をくるくると回すと、鮮やかな閃光を描いて俺の太腿を貫いた。

 

「がぁぁぁぁぁッ!!」

 

痛い痛い痛い。激痛で叫びが体の芯から迸った。傷口から漏れ出す赤い血がプライムスペクターのスーツに染み込んでいく。頑丈なはずの強化スーツなど知ったことかと言わんばかりに聖槍の一刺しは容易く太腿を貫通していた。

 

こいつ、脚を狙ってきやがった。これじゃあ立ち上がれないし、この痛みを背負ったままテクニックタイプという言葉を文字通り体現するこいつとやりあうのはかなりキツイ。

 

ずぶりと生々しい音を上げながら槍がゆっくりと引き抜かれる。

 

「足を潰された君はもう逃げられない。でも始末するのは兵藤一誠からだ」

 

「なん…だと」

 

「君の爆発力は侮れない。爆発力の源にある不屈の精神は称賛に値するよ。だがもっと恐ろしいのは兵藤一誠の未知のポテンシャルだ。神器の力が煩悩と結びついたとき、どんな奇跡を起こしてくるかわかったものじゃない。だから今、ここで、確実に仕留めておくのさ」

 

聖槍に付着した血を振って払う曹操が、再び兵藤に狙いを定めた。

 

これから来るとどめの一撃。奴は完全に戦いを今終わらせる気でいる。だが兵藤は逃げるそぶりの一切を見せない。

 

「…なあ、最後に聞かせてくれよ」

 

静かな兵藤の問いかけ。そこには不思議と、敗北も諦観の感情もなかった。

 

「何かな、このタイミングで君が俺に何を問うのか気になるところだね」

 

「さっきの白銀のヴァーリと今のお前が戦ったら…どっちが勝つ?」

 

「流石の俺でもあれは無理だよ。出力、スピード、パワー、どれをとっても桁違いだ。君も見ただろう、あのプルートがぺしゃんこにされて瞬殺だ。あの技は受け流せないし、転移で逃げる前に致命傷を負わされる。もはやあの領域は超越者だよ」

 

俺たちをここまで追い詰める曹操が勝てないと評するあのヴァーリの新たな力。消耗が激しいが、曹操ですらヴァーリが消耗で倒れる前に勝負が決するというのか。

 

しかも超越者と言えば冥界に三人はいる、サーゼクスさんを始めとする強者の中の強者。悪魔という種を逸脱しているとすら言われる存在だ。その域に限定的ではあるものの踏み込めるあの男の力…やはりあいつは最強の白龍皇なのだろう。悔しいが認めざるを得ない。俺でもプルートを瞬殺するのは不可能だ。

 

「…ははは」

 

そのコメントに兵藤は笑いを零した。怪訝そうに曹操が眉を顰める。

 

「何がおかしい?」

 

「いや…俺が失敗しても、あいつがやってくれるって確信できたからさ」

 

「?」

 

意味ありげに笑う兵藤に俺も曹操も揃って疑問符を浮かべる。あいつ、何を考えている?

 

その疑問の答えに早速答えるように見せたのは、ドレス衣装の部長さんをデフォルメした玩具だった。

 

「…それは」

 

「スイッチ姫の玩具だよ…おっぱいの部分が飛び出すギミックでさ、試作品が家に届いたとき、リアスが呆れてたっけな…」

 

俺もその時居合わせたっけな。グッズは男の子受けしそうなものから女の子受けしそうなものまで、何でもそろっていた。この玩具を見たときは人間界なら絶対に子供向けで出ないだろうなという感想を抱いた。

 

さらに取り出したのは銃弾だった。何の変哲もない、人間界のドラマでも登場するようなありふれたもの。

それを玩具のおっぱい部分に押し当てた。

 

〔Transfer!〕

 

譲渡が発動し、玩具に力を込めてギミックのスイッチを押した。

 

玩具の仕掛けは神器の力で押し上げられたことにより、さながら拳銃で発射した時と変わらないスピードでおっぱいが飛び出し銃弾が放たれた。

 

「!」

 

これにはさすがの曹操も驚くが、奴は難なく槍で弾いた。その勢いで弾丸が割れて中身の液体が飛び出し、雫が曹操の右目に跳ねた。

 

あいつ、玩具でこんなことを…。俺でも思いつかないぞ。でも、最後の望みを託したであろう不意打ちは失敗に終わった。

 

…いや、不意打ちならどうしてわざわざ玩具を奴に見せた?そんなことをすれば弾丸を防がれるのは容易に想像できるだろうに。

 

「最後の悪あがきか。それもそんなつまらない玩具で…俺を落胆させないでくれよ」

 

液体のついた右目をこすりながら奴はつまらなそうに息を吐いた。

 

「なんだこれは?」

 

こするうち、曹操の体が大きく震えた。ごぼっと苦しそうにせき込み出したのだ。

 

口を手で押さえた曹操は、自身の手についたものに驚いた。

 

真っ赤な血がその手のひらを染め上げていたからだ。

 

「なんだ…?」

 

「ぐ…うぁっ!?」

 

奴の異変は続いた。さらには力が急速に抜けたのかその場に倒れこみ、四肢が痙攣を始める。

 

「力が抜けて…ごは!」

 

さらに吐血。おもちゃ売り場の冷たい床に生暖かい血が広がる。俺は訳も分からず、ただ茫然と奴の異変を見るしかなかった。

 

さっきまでぴんぴんしていた曹操は、今や見る影もなく床に倒れて血を吐き、もがき苦しんでいる。その一方で時間が経ったことで多少回復したらしく、両手をつきつつ兵藤が立ち上がった。

 

「足が震える…吐き気が…一体、何をした…!?」

 

「さっき打ち出したのは、次元の狭間で拾ったゴグマゴグの内臓式対魔物用機関銃の銃弾だ。大昔にできたはずなのに今と変わんない形してた。人間の技術って、昔の神様の技術とそう変わらないのかね」

 

ゴグマゴグの機関銃…つまりガトリング砲か。ルフェイが連れている大型ゴーレム、先生も前に次元の狭間で捨てられて停止した同型がうようよいるとか言っていた。グレートレッドとオーフィスと一緒に行動している間に入手したのか。

 

しかし弾丸は奴に命中していない。今ダメージを与えているのはむしろその中から飛び出して曹操についた液体の方だ。

 

「機関銃の弾丸だけで…これだけのダメージは、与えられないはずだ…!!」

 

「そう、だから弱点攻撃をさせてもらった。ライザーの時も、聖水を使ったようにな」

 

「弱点…!?」

 

ライザーとの決闘で、あいつは悪魔に必殺の効果を持つ聖水を使って勝利をもぎ取った。予め力を得るためにドライグに左腕を捧げて悪魔ではなく龍の腕にすることで、自身は聖水の効果を受けずに済んだ。

 

だが曹操は悪魔ではない。フィジカルの弱さこそあれど悪魔のように聖水は効かない。なら、あいつが見つけた曹操の弱点というのは一体…?

 

「体を再生するときに抜き取ったサマエルの血をオーフィスに頼んで弾丸に込めた。メデューサって髪が蛇の怪物だから、神様が憎んだドラゴンと蛇に分類されるんだろ?だから、今のお前に効くんじゃないかって思ったんだ」

 

「!」

 

「…そうか、サマエルの毒がメデューサの眼に…!!」

 

ようやく得心が行ったと曹操がかっと目を見開いた。メドゥーサの眼を移植されていた右目は毒の効果で潰れてとめどなく血が流れ出している、

 

サマエルの毒。それなら今の曹操の状態も納得がいく。外側から物理的に殴っても効かない頑丈な体も体の組織を破壊する毒には無力だったらしい。

 

もしメドゥーサの眼を移植しなければ、サマエルの毒の効果をここまで受けることはなかっただろう。だが奴は京都で攻撃を受けて失った右目の代用としてメドゥーサの眼を移植した。アザゼル先生を下す力をも発揮したが、結果として最後の最後で大きく足を引っ張る形となってしまった。パワーアップが裏目に出たというわけだ。

 

「ははっ…がは…悪魔でドラゴンの君を一度は殺した毒だっ…英雄化し、聖槍持ちとはいえ俺は人間…耐えられるはずがない…」

 

今にも死にそうなほどの激痛に苛まれているはずなのに、奴はおかしそうに自嘲の笑いを上げた。この状況ですらこのバトルジャンキーには楽しさを感じるのか。それか死にかけて脳がおかしくなってしまったのか?

 

「どんだけ殴っても躱してくるお前でも…これで終わりだ」

 

曹操が纏う英雄化のパーカーも光の粒子になって徐々に形を失っていく。

 

英雄化も解除され、懐から眼魂が二つ、からんころんと床を転がっていった。禁手の光も消え、槍は輝きを失っていく。奴が戦う力を見る間に喪失していくのが目に見えてわかる。

 

「体から、力が抜ける…フェニックスの涙もサマエルの毒には打ち勝てない…これまで相手の弱点を研究し、突いてきた俺が…弱点を突かれて…負ける…!!最高の皮肉だ…俺が..『人間』だから…敗北するのかッ…!!」

 

肉体スペックが異形種に劣る人間では聖書の神の悪意と称されるサマエルの猛毒には耐えられないだろう。

なにせドラゴンキラーの極致でもあるこの呪い、兵藤を一度は殺しヴァーリを殺すまではいかずとも数日不調にし孫悟空の助力がなければ解呪できない程のものだ。

 

それを受けてこいつが生き延びれるとは到底思えない。もう戦うどころか立つことさえできないだろう。

 

…俺たちの勝ちか。

 

しまらないフィニッシュだが、何も言うまい。こいつと戦ってギリギリの状態ながらも生き残れただけで御の字だ。

 

兵藤の機転が無ければまず負けていた。曹操の七宝を俺が対処しなければここまで辿り着けなかった。これは俺たち二人だったからこそつかめた勝利だ。

 

『ずむずむいやーん』

 

シリアスな場面を和ますようにスイッチ姫の玩具から音が鳴った。ぶふっと耐えられないと兵藤が噴き出す。

 

全く、先生たちに顛末をなんて報告すればいいんだ。こんな子供向けの玩具で兵藤が曹操を倒せましたなんて信じられるか?

 

「…なら、使うしかないな」

 

「?」

 

ガツ!

 

石突を強く地面に突き立て支えにし、震える足でなおも曹操が立ち上がろうとしている。

 

「あの時は…見せられなかった力を…お見せしよう」

 

意味深な言葉をつぶやく曹操。その目はまだ勝負をあきらめていない男のそれだ。

 

あの時は見せられなかった?…まさか!

 

「『覇輝《トゥルース・イデア》』だ」

 

「「!!」」

 

にやりと笑う曹操に、俺たちは戦慄する。

 

そういえばまだ使ってなかった。こいつ、土壇場で賭けに出やがった!

 

覇輝はどんな効果が起こるかわからない能力。効果によってはサマエルの呪いを打ち消してここから逆転されかねないし、かえって曹操に不利な効果になる可能性もある。結果がどうあれとにかくこの場から離れた方がいいのは確実だ。

 

焦る俺たちを他所に奴は槍を構え、厳かに詠唱を始める。

 

「槍よ、神を射抜く真なる聖槍よ――」

 

「くっ…足が…!!」

 

退避しようにも脚の激痛が重い足かせとなりこの場に俺を縛り付ける。これでは退避しようにもしきれない。おまけに体の力も抜けてきた。連戦の疲労がここで祟ったか。

 

「我が内に眠る覇王の理想を吸い上げ、祝福と滅びの狭間を抉れ――」

 

聖槍の先端がかしゃりと音を立てて開き、光を蓄え始める。

 

兵藤を見やるが、あいつも同様でどうにか離れようとするが体がふらついて倒れてしまった。

 

「兵藤…!!」

 

フーディーニの能力で鎖を伸ばし、せめて兵藤だけでも逃がそうとするがもう間に合わない。

 

「汝よ、遺志を語りて、輝きと化せ――!!」

 

最後の一節が綴られたその時、莫大な光が辺り一面を呑みこんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『―――。この戦いが終わったら、こいつらと一緒に武器職人のための組織を作ろうと思う』

 

6人の赤服の男女を従える褐色金髪の女性。

 

『ラディウス、貴様ほどの男が…!』

 

曹操と同じ槍を持つ男が、スケイルメイルを纏う騎士と激しく切り結ぶ。

 

『行け、―――!!我らに構うな、今こそ神域の門を閉じる時ぞ!!』

 

『二つの世界の未来のために、この戦いを終わらせようぜ!!』

 

『キメリイェス、カリエル…!済まない!』

 

光の中、俺はいくつかのヴィジョンを見た。騎士さながらの紫と銀色のスケイルメイルを纏う男と3対の白い翼の天使の男が戦場を駆け抜ける場面。

 

これらすべて自身がそのまま体験しているかのような、一人称のヴィジョンだ。だとするなら、これは誰かの記憶…?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

意識が遠ざかり、光が徐々に弱くなる。光が完全に収まれば、変わらず玩具が散乱する売り場の様相が目に映る。

 

「…?」

 

「ど、どうなった…?」

 

変化はどこにもない。この場所にも、俺たち自身にも、何も。

 

この現象を引き起こした曹操は、ただただ絶句している。俺たち二人を相手に一切の余裕を崩さず、サマエルの毒を喰らってなお笑っていたこいつが言葉を失って聖槍を見つめていた。

 

「発動、しない…」

 

覇輝は何の奇跡も起こさなった。それどころか聖槍のオーラは徐々に弱まってきてすらいる。まるで聖槍自身が、戦う意思を無くしたかのように。

 

聖槍を見つめる曹操が、不意に何かを悟ったような表情を見せた。

 

「…そうか、それがあなたの『遺志』か。俺の野望より、赤龍帝の夢を選んだのだな」

 

聖書の神が曹操より兵藤を選んだだと?どういうことだ?覇輝は必ずしも所有者の利になるランダム効果を発揮するわけではないのか?

 

それにその発言だと、俺が記憶を見たことを曹操は知らないことになる。これは覇輝の効果ではないのか?

 

「随分と苦しそうだな、曹操」

 

絶えない疑問がいくつも湧く中、割れたガラス窓からヴァーリが入って来た。顔だけ晒して白龍皇の鎧を纏っておりいつでも戦えるようにしている。

 

槍を支えにして力なく項垂れる曹操を見下ろすヴァーリ。そんな彼に気づくと、曹操はふっと笑った。

 

「…ヴァーリか、君のライバルがやってくれたよ。やはり最高だな」

 

「さっきの光の高まり、『覇輝』を使ったのだろう?なぜ何も起きない?」

 

「『覇輝』は亡き聖書の神の遺志が所有者の野望を吸い上げ、相対する者に応じて様々な効果や奇跡を起こす。今回、聖書の神が示した答えは『静観』…戦いは赤龍帝の勝利であり、俺の野望より赤龍帝の夢の先を見たいと、答えたのさ」

 

…なるほど、効果の内容は勿論だが奇跡を起こす起こさないも遺志次第だと。本当にギャンブルじみた能力だったんだな。

 

「もしお前の野望を見たいのなら、お前を回復させたと言いたいのか」

 

「そうだ。そして俺よりもこの二人こそ…英雄たるに相応しいと、判断したのだろうね」

 

「聖槍が所有者のお前より兵藤一誠を選んだのか。足元をすくわれたな。だからあの時、手に負えなくなる前に俺と兵藤一誠を倒すべきと言ったんだ。余裕にかまけて無視した結果、このざまだ」

 

皮肉気に返すヴァーリに、曹操は弱々しく笑うしかなかった。

 

「…身体能力、生まれ持った素養の差。それ故、異形は人間を侮っていると思っていた。だから俺はその傲慢に付け入る形で弱点を調べ上げて戦ってきた…だが、いつの間にか侮る側に逆転してしまったようだ」

 

曹操はどさりと仰向けになり、天を仰ぐ。血濡れた目を隠すように腕を当てた。

 

「くそ…勝ちたかったな」

 

それは曹操の心の奥から出た本音に聞こえた。大会に惜しくも敗れたスポーツ選手のような血が出るほど拳を握りしめたくなる悔しい感情がその一言に滲み出ていた。

 

「兵藤一誠に勝つのは俺だ」

 

「君に一誠君は倒させないよ」

 

と、さらに現れたのはサイラオーグさんと木場。死にかけのこいつに追い打ちをかけるように続々と集まって来たな。

 

二人の姿を見て、曹操から乾いた笑いがこぼれた。

 

「…二天龍、獅子王、聖魔剣、英雄使い…これは流石に詰みだな。呪いのせいで戦闘にすらなりそうにない」

 

「各地域の豪獣鬼と超獣鬼は既に半数以上が討たれた。残りの討滅も時間の問題だ。魔獣創造の少年がシャルバに戦闘不能にされた今、もうあなたの負けだ」

 

木場が冷静に戦況を曹操に突きつける。俺たちの戦っている間にそこまで戦況は好転していたのか。

 

「ははっ…今になって、ああすればよかった、こうすればよかったと頭に浮かんでくるよ。結果は変わらないというのにね…君たちに手を出した時点で、俺の負けは決まっていたのかもしれない」

 

「らしくないじゃないか、負けに直面して泣き言か?」

 

「紀伊国悠…互いの『英雄』を掲げた戦いに俺は負けた。俺が出だしに掲げた『英雄像』は…間違っていたのか?」

 

「…今わの際に自信まで無くしたのか」

 

「人間として異形に挑戦し、異形を越え、英雄になる…だが俺はメデューサの眼という異形の力に縋ったばかりに敗れてしまった...自分で自分の理想像を否定したようなものだ。…俺は最後まで、信念を貫けなかった」

 

最後に信念を見出した信長と、最後に信念を逸れてしまった曹操、か。余裕と自信に満ちていたこいつが陰って弱気になっているのを見て沸々と湧くのは怒りだった。最期まで曹操の身を案じ、野望の実現を願っていた信長が不憫でならない。

 

だから俺は思いっきり言ってやることにした。

 

「バカかお前は。ビルからそのまま放り投げてやろうか?」

 

「は?」

 

「そんなものは自分で考えろ。最初に行ったはずだ。お前の行いは俺達からすれば看過できるものじゃないが、お前の『英雄像』は否定しないと」

 

「…」

 

「お前が今の自分か掲げるものが間違っていると思うなら、また見つめなおして探し直せばいい。正しいと思うなら貫け。そうすれば何かしら結果は出るだろ。それも、お前たちの言う『挑戦』ってものじゃないのか?」

 

「…はは、全く持って言う通りだよ。やはり、俺の負けだ」

 

思ったことをそのまま説教垂れてやったら満足そうに笑いやがった。ヴァーリもそうだが、戦闘狂ってのはよくわからん人種だ。

 

身は毒でボロボロ、心は軸たる信念を失い迷走。心身共に戦闘不能だ。これ以上の戦闘は無用だろう、後はこいつをお縄に…。

 

ぬめり。

 

感じたのはこれまでにも何度か覚えのある冷たいような、温かいような不思議な感覚。いつのまにか辺り一帯にぬめりと肌を撫でるような霧が立ち込めていた。

 

「…曹操」

 

ぽつりと苦しそうな男の声。霧の中から現れたのはギャスパー君に倒されたはずのゲオルクだった。

 

「ゲオルク、てめえ生きてたのか…!?」

 

俺たちは揃いも揃って驚いた。無数の闇の獣に喰われるあのような凄惨な能力を喰らって生きていられるとは微塵も思わなかったからだ。

 

だがその姿は無事というには程遠かった。片腕と曹操と同じく片目を失い、左足も能力の影響かどす黒く変色している。こちらも戦えそうにはない状態だ。

 

「俺たちは多くの間違いをしたわけではない…だが、一点だけ最悪の間違いをしたようだ」

 

のらりくらりと傷ついた体で曹操へ歩み寄ると、その手を取った。

 

「…二天龍に迂闊に手を出せば身を滅ぼす。シャルバのようにな」

 

「そうだな…また、立ち上がろう」

 

そして奴は転移の魔法陣を開く。こいつ、ここに来て逃げる気か!

 

立ち上がって追撃を加えんとするが、曹操に開けられた太腿の刺し傷がやはりずきりと傷んで俺の動きを止めた。

 

くそ、なんて面倒なところに風穴空けてくれたんだこいつは!

 

「…君たちが何度も立ち上がって来たように、俺たちもいつか…本当の『英雄』になるために」

 

霧が深くなり、二人の姿を隠していく。往生際が悪いぞ、この野郎!

 

「!!」

 

「待て!!」

 

サイラオーグさんがいち早く飛び出し、拳を振るう。瞬間、曹操の聖槍から眩く光が放出される。

攻撃性はない。だが俺たちの眼をくらますには十分だった。

 

フラッシュは一瞬。次の瞬間には二人の姿はなかった。

 

かくして一瞬のスキを突かれて動きを止められた俺たちは、曹操たちを逃がすこととなってしまった。

 

…くそ、せっかくここまで追い詰めたのに逃がしてしまうなんて。奴も逃げるだけの余力が残っているとは思わなかった。俺も傷を負っていなければ止められたはずだった。

 

「逃がしちまった…」

 

兵藤の悔し気な呟きが響く。それを宥めるようにサイラオーグさんが肩を叩いた。

 

「気に病むな、お前たちはあの男に勝ったのだ。あのダメージなら奴も当分は動けまい」

 

「いや、サマエルの呪いを受けたのなら障害が残って二度と戦えない体になるかもしれないな。もうあのすかした顔を拝むこともないだろう」

 

と、断ずるヴァーリ。

 

逃げはしたが、再起は不能か。とはいえ、聖槍と霧という神滅具の中でも上位の二つをこのまま放っておくことはできない。近いうちに捜索・追撃部隊が放たれるだろうな。

 

「兵藤一誠。俺が目標とするグレートレッドと君は通じた。なら、ますますグレートレッドの前に君との決着を優先しなければならないようだ」

 

「だったらいつか決着つけようぜ。今よりもっと強くなってぶっ倒してやるよ」

 

そういえばこいつグレートレッドを倒すのが目的なんだったな。…あれ、もしかしてそのグレートレッドの一部から再生した兵藤を倒せばある種目的の達成に繋がる?

 

「滾るな。...それに、君との戦いも楽しみにしているよ」

 

「なんでだよ」

 

この流れでなんで俺をロックオンするんだ。二天龍だけで盛り上がる流れじゃないのかよ!

 

「この数日で少し面構えが変わった。それにまだ、その力を手にした君とは戦ってないからね。楽しい戦いができそうだ」

 

楽しい戦いってなんだよ。サイラオーグさんといい、戦いの予約を入れてくるのやめろ。サイラオーグさんはまだ許せるがお前はまだお尋ね者だろう。拳のぶつけ合いというか殺し合いになるぞ。

 

かつかつと優雅な足音。見れば、ヴァーリチームのアーサーが一人で現れた。いつも汚れの一点もない綺麗な黒スーツはどこか煤けた様子だ。

 

「ヴァーリ、我々も戻ってきました。予定通り暴れてきましたよ。冥府の三審判の気配を感じたときはひやりとしましたが」

 

「そうか、済まないな」

 

そういえばこいつら冥府でハーデスの軍勢相手に暴れたんだったな。それに加えてサーゼクスさんとアザゼル先生、ジョーカーが直接ハーデスに睨みを利かせに行ったから、かの冥府神も行動を起こせなかっただろう。

 

短くやり取りを終えると、今度は木場に向き直った。

 

「木場祐斗。ジークフリートを倒して魔帝剣すら手にしたあなたこそ、聖王剣コールブランドの使い手たる私の相手として相応しい剣士でしょう。いずれあなたとも剣を交え、剣士の高みを目指したいものです」

 

「…いいでしょう。その時まで、僕もグラムに相応しい使い手になれるよう鍛錬を重ねます」

 

ばちばちと両者の間に弾ける火花。グラムの前の使い手のジークフリートは魔剣の頂点たる魔帝剣の対になる聖王剣の持ち主のアーサーをライバル視していたらしい。持ち主が変わってなお、聖剣の王と魔剣の帝王の因縁は続くことになりそうだ。

 

「…ジークフリート?あれ、お前いつの間にあいつを倒したんだ?」

 

「色々あってみんなで倒したんだ。魔剣もその時手に入れたんだよ」

 

魔剣の一件を知らない兵藤が木場に尋ねる。今の今まで死んでいて、戻ってすぐに曹操との戦闘だったからそのあたりを把握してないのか。

 

四本の魔剣にグラム。今回7本のエクスカリバーを揃えたゼノヴィア同様に木場も大きくパワーアップを果たしたようだ。より一層グレモリーの『騎士』が頼もしい存在になったな。

 

「では、またお会いしましょう」

 

「強くなれよ、兵藤一誠、紀伊国悠」

 

ヴァーリとアーサーは別れの言葉を残し、踵を返して去っていった。

 

…最近はライバル認定して宣戦布告するのが流行ってるのか?絶対に乗りたくない流行だな。

 

〔オヤスミー〕

 

二人が消えたことでようやく俺も変身を解いた。同時に凄まじい脱力感に襲われ、その場でぐったりと横たわる。

 

「いて…はぁ…またゼノヴィアや皆に怒られるな」

 

太腿と腹の傷が痛む。グリムで無理やり止血していたがその能力も解除され、流血が再開する。ちょっとこの出血量はまずいな…。早いところ治療してもらわないと…。

 

「深海君!」

 

「はは…ちょっと張り切りすぎた」

 

「アーシアさんならゼノヴィアと一緒にそろそろこっちに着くはずだよ。僕と一緒に君を追いかけたからね。それまで持ちこたえてくれ」

 

「そうか…」

 

それならよかった。それにしても同時に飛んだゼノヴィアを追い越して到着とは、またしても二人の『騎士』としての方向性の違いが見えるな。

 

「ジークフリートとの戦いで、一度は腕を切り落とされたんだ。僕と言い君と言い、グレモリーの男子って無茶しがちなのかな」

 

「俺は…俺が見つけた答えに恥じない戦いをしたつもりだ。じゃなきゃ…命を賭して俺を生かした信長に示しがつかない」

 

「…どうやら、君も大きなものを得たようだね」

 

兵藤のいない数日間。その中で俺たちは英雄派の幹部たちと戦い勝利を得た。だがそれは単なる敵の討伐に収まらない。木場は魔剣を手にし、俺は英雄と言う存在の定義を見出した。今回得たものはこれから先の道を歩むうえで大きな支えになっていくだろう。

 

「事情は詳しくは知らないが、あの男との戦いで精神的にも肉体的にもまた一段と強くなったのがわかる。兵藤一誠の隣で雄々しく戦った君も俺は十分に評価している。非常時の際には、また共に戦おう。その力をぜひ貸してほしい」

 

俺の話を聞いたか、サイラオーグさんが真っすぐな眼差しで俺を褒めてくる。

 

…おいおい、男だけどなんて心動かされる台詞を言ってくれるんだこの人は。俺が女の子だったら落ちてたかもしれないぞ。流血で死ぬ前に褒め殺しする気か。

 

やっぱり大王バアルかつ、ここまで実力だけでのし上がり実力者を集める人ともなればカリスマ性ってのもあるものかね。

 

血が垂れる口の端を弱々しくも上げて、俺は精一杯の言葉を返す。

 

「…あなたほどの人にそう言われると嬉しいですね。また一緒に力を合わせて戦いましょう」

 

「ああ。…眷属を待たせているのでな。また会おう」

 

「サイラオーグさん、ありがとうございました!」

 

兵藤の礼に男は振り返らず、サムズアップで返した。そのまま窓辺から飛翔し去っていくのだった。

 

サイラオーグさん含めバアル眷属との語らいは中々にない経験で、楽しくもあり有意義なものだった。這い上がり、夢の実現という輝きを目指す者たち。共闘か、競争か、どんな形になるかはわからないがまた戦えるといいな。

 

「悠!」

 

その名を呼んだのは親しき人の声。入れ替わるように窓から悪魔の翼を広げて勢いよく飛び込んできたのは。

 

「…もう来たのか、早かったな」

 

「『天閃』を使って急いで飛んできた。…それでも木場たちには追いつけなかったよ。もっとスピードも伸ばすべきかな」

 

アーシアさんとオーフィスを伴って現れたゼノヴィアだった。

 

「イッセーさん、深海さん!」

 

「俺はいい…さきに深海を治療してくれ」

 

真っ先に兵藤に駆け寄ろうとするアーシアさんを止めて、兵藤は俺を優先してくれた。重傷なのはお互い様だろうに、こんなところでもお人好しか。

 

アーシアさんは戸惑うも、俺の腹と太腿にできた風穴からどくどくと漏れ出る血を見るとすぐに迷いを振り払って俺のもとに駆け寄った。

 

「もう大丈夫です」

 

「ありがとう…」

 

俺の傷を確認し、アーシアさんは神器による治療を始める。出血がひどく結構危ないところを行っていたから本当に助かる。もっと遅れていたら本当に危険だった。

 

そしてもう一人、ゼノヴィアが早足に駆け寄りしゃがみ込むと、俺の顔を間近でまじまじと見つめ始めた。

 

「今度は…何も責めないのか」

 

「どうせ、責めたところで君はやめないんだろう?会ったときからそうだ。木場のように冷静に見えて、考えるよりも行動に移すのが君だからね」

 

「誰の影響だろうな」

 

くすっと笑う彼女が俺から顔を上げた。腹をさすり、どこかバツの悪そうな表情だ。

 

「それに、今回は私も無茶をした。自分を机に上げて君を責められないさ」

 

「それを言うなら棚に上げて、だろ?」

 

彼女はひょいと俺の首元を手で支えて浮かせ、その間に自身の膝を入れる。支えが無くなると、頭部にむちっとした温かくて柔らかい感触を感じた。

 

これはあの膝枕というやつだ。膝枕は何度かしてもらったことはあるが、こんなに幸せな膝枕は初めてだ。相も変わらず大きな胸で半分顔が隠れているが、それでも優しく微笑みかけてくれた。

 

「数日会えなかった分、甘えてくれていいぞ」

 

「じゃ、お言葉に甘えて」

 

「いいなぁ…俺も膝枕されたいなぁ…」

 

「…い、イッセーさん、後で私もゼノヴィアさんみたいに膝枕します!」

 

「マジで!?いいのか!?」

 

どうやらイチャイチャする俺たちを見てアーシアさんにも火が付いたようだ。盛り上がるのはいいけど、しっかり傷を治して…。

 

「…よく生き残ってくれた。それだけで十分だ」

 

…あぁ、生きててよかったなぁ。こうしてもらえるだけでも今日一日戦い抜いた甲斐があった。

 

同時進行のアーシアさんの治療の効果もあってか、すごく安心する。心が落ち着いて、溶けてしまいそうだ。

 

もうこのまま、ゆっくりと重い瞼を閉じてしまいたい…。

 

「ドライグ!馬鹿野郎!死ぬな!!」

 

と、安心感に引っ張られる俺の心を引き戻したのは兵藤の悲痛な叫びだった。

 

「どうした?」

 

籠手に向かって懸命に語り掛ける兵藤。ドライグに何かあったらしい。

 

「ドライグが…意識を失うって…」

 

「何だって…!?」

 

まさか、実は覇輝の効果が発動していて神器の中に宿るドライグが重傷を…!?それとも、まだサマエルの毒の効果が残っていたのか?

 

戦いには勝ったというのに、こんなことあるかよ…!

 

心配する俺たちを他所に無表情を貫くオーフィスがひょいと籠手の宝玉を覗き込んだ。

 

「次元の狭間で力を使って疲れてる。寝るだけ」

 

「…へ?」

 

…えっ、寝るの?疲れたから寝るって言えばそれは至極当然の話だけど、寝るだけ?

 

もしかして、ドライグの言い方が悪くて兵藤が勘違いしちゃった?

 

ぽかんと呆気に取られて口を開ける兵藤。固まること数秒。悲しみの表情は見る間に泣きながらの怒りに変わり。

 

「…馬鹿野郎ぉぉぉぉぉ!!!」

 

渾身の絶叫が炸裂した。

 

それを言いたいのはこっちだ。全く、勝手に勘違いしたあげくに人を勘違いさせて心配までかけさせやがって。何事もないならそれでいいが。

 

それに、さっきまで戦闘してたってのにホント元気な奴だ。血が噴き出ても知らないぞ。ま、血が噴き出しそうなのは俺だけどな。

 

「…はぁ。さて、ひとしきり叫んだことだし。帰ろうぜ、今度こそ、皆のいるところに」

 

「我、赤龍帝の家に帰る」

 

視線を交わす兵藤とオーフィス。いつも無感情なオーフィスが、可愛らしい笑顔を浮かべていた。

 

またあのマンションじみた家に一人居候が増えるみたいだ。ま、部屋ならまだまだ空きがあるし問題はなかろう。

 

その他政治的な問題はあるだろうが、魔獣が引き起こした目下の混乱の後処理も残っている。赤龍帝が手懐けたオーフィスの処遇に手を付けるのは後になって来るだろうな。やるべきことはまだまだ山積みだ。魔王様たちはしばらく忙殺されるに違いない。

 

だが今だけは勝利の余韻にゆっくり浸ってもいいはずだ。

 

「…長い戦いが、やっと終わった」

 

「ああ、やっとだ。気が抜けたらなんだかお腹が空いてきたぞ」

 

「今日は飯を作る元気はないなぁ…」

 

元々入院していた身、無理やり飛び出した上に強敵との連戦を重ねもう立てそうにない。しばらくはゆっくり休んで…。

 

「少し休んだら、中間テストの勉強もしないといけないな」

 

「あっ」

 

何気ない彼女の言葉で、俺の心は折れた。

 

完全に忘れてた…。

 

 




悠河だけに見えた何か。実は覇輝の効果ではなく、覇輝によって強く現出した聖書の神の遺志と
プライムトリガーが共鳴したことで偶発的に起きた現象になります。なので覇輝を使った曹操も
『遺志』も悠河が何かを見ていたことを知りません。

次回、「補習授業のヒーローズ」


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第171話「補習授業のヒーローズ」

本作のR-18を書いてみたいけど需要ってあるんでしょうか。正直書いてもペア二組だけしかネタがなくてすぐマンネリ化しそうな気がするんですよね。一組は言わずもがなですが、詳細は言えないもう片方がどうあがいても胸糞悪い話にしかならないので…。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
1.ムサシ
2.エジソン
3.ロビンフッド
4.ニュートン
5.ビリー・ザ・キッド
6.ベートーベン
7.ベンケイ
9.リョウマ
10.ヒミコ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
13.フーディーニ
23.コロンブス
31.ライト
40.ジャンヌ(new)
41.シグルド
42.ユキムラ
43.ゲオルク(new)
44.ハンゾウ
46.ノーベル(new)
49.曹操(new)
50.呂布(new)


 

「はぁ…疲れた」

 

体の芯から滲み出たような深いため息をついたのはポラリス。木製の温かみのある卓の上でぐったりと項垂れる様は誰が見ても彼女がかなり疲労していることが理解できる。

 

そんな彼女にイレブンは気配りを欠かさない。

 

「お疲れさまでした、ポラリス様。すぐに紅茶を入れてまいります」

 

「頼む。まさか最後の最後でシーグヴァイラ・アガレスに絡まれようとはのう…奴がロボット好きであることを失念しておったわい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これで…全部か」

 

深く息を吐くポラリス。その赤い双眸が見つめるモニターの映像で、最後の豪獣鬼の巨体が崩れ落ちる。首や片足は跡形もなく消え去り、体は至る所が焼けこげ、削り取られたような傷ができていた。

 

勝利の勝鬨を上げ、迎撃軍の歓声に戦場が満ち満ちていく。その声はポラリスの耳にも届いているが、彼女はその喜びを分かち合う気はない。

 

つい先ほど、曹操が討たれたとの連絡がガルドラボークから入った。それはつまり、この一連の騒動の終焉を意味する。

 

やるべきことは成し遂げた。ならばこれ以上ここに留まる必要はない。

 

「また会おう」

 

レバーを操作し、バーニアを吹かしてブライトロンの巨体が飛行を始める。

 

『待ちなさい!』

 

それを引き留めようとしたのは女性の声。淡いグリーンがかったブロンドの長髪が目を引く、物静かな知性を感じる女性悪魔がブライトロンと同じ目線まで飛翔して語り掛けてきた。

 

『私は大公アガレス家の次期当主、シーグヴァイラ・アガレス。遅れましたが、この戦いでのあなたの協力に感謝致します。是非とも、我がアガレス領で…』

 

そんなことは知っている。リアス・グレモリーやソーナ・シトリーと並ぶ若手悪魔の最有力候補の一角だ。

 

歓待をしたいだの言っているが、そんなものを受けている暇はない。気にも留めず、ブライトロンは飛行を再開する。

 

『ま、待ちなさい!!』

 

だが彼女がそれを容易く逃がすはずもない。すぐに追跡をはじめ、空の彼方へ消えようとするブライトロン目掛けて飛翔する。

 

「...粘るのう」

 

やれやれとため息をつく。しかしツインドライブ搭載のブライトロンの速度は相当なもの。いかに有力な悪魔と言えど、すぐに差をつけられ諦めるだろう。

 

内心そう高を括る。しかしそれは大きな誤りだった。

 

汗だくで追うシーグヴァイラの次の台詞が彼女を大いに困惑させた。

 

『そっ、その紺碧のボディを、じっくり見せて頂戴ぃぃぃぃ!!!』

 

「な、なんじゃこいつは…?」

 

ブライトロンを逃がすまいと、興奮気味に迫るシーグヴァイラ。その目は一種の執着のような熱あるものに取りつかれているようだった。

 

逃げる相手に逃げるなというのはわかる。しかし今の台詞は根掘り葉掘り素性を調べ上げようとする、ねぎらうために歓待したいと懇願する者の台詞ではない。

 

素性などどうでもよく、ただブライトロンそのものに強い興味があるように聞こえた。

 

相手がそう簡単に引きそうにないと判断したポラリスは更にブライトロンを加速させる。しかしそれでも。

 

『せ、せめてっ、名前だけでも教えてぇぇぇぇぇ!!!じゃないと…死んでも死ねないわァァァァ!!!』

 

「こ、こやつ、こんなに速かったか!?」

 

サイラオーグ・バアルや兵藤一誠の言う『根性』が一見そういった概念に無縁そうな彼女にもあったらしい。限界を超え、ブライトロンの加速に匹敵する速度を見せるシーグヴァイラ。彼女にここまでのスペックがあったという情報は聞いていない。

 

スピーカー越しに彼女の絶叫が聞こえてくる。トランザムを使って振り切ろうにもGN粒子の残量はないし、かといって攻撃するわけにもいかない。

 

なんて面倒な手合いだ。こちらは一刻も早く帰投したいというのに。向こうの顔はまるでトランザムをしているかのように真っ赤だ。それだけ必死に追いかけているようだ。

 

かくして二人の鬼ごっこは一時間ほど続いた。限界を越えに越えたシーグヴァイラが音を上げて近隣の山に墜落したことでようやく彼女は帰還を果たした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こっちも久しぶりに大暴れ出来てストレス発散になったわー。何度も再生するから好きなだけ斬りたい放題だったしな」

 

卓を囲むレーヴァテインも、戦いで乱れた長い赤髪を整えながら息をつく。

 

レーヴァテインもシトリー領での戦いに参戦し、家宝の宝剣と自身の最高傑作の二振りで魔獣たちを一網打尽にし、豪獣鬼にも深手を負わせた。後にその場に居合わせた兵士たちは、彼女の戦いを戦に飢え、戦を喰らい、戦を求め続ける鬼神のようだったと評することになる。

 

「二人もご苦労じゃったのう」

 

「いいさ。おかげでグレモリーたちを直に見ることができたからな。青臭くて敵わなかったが」

 

ぱらぱらと本を読みながら会話に加わるガルドラボーク。彼としても、現状の彼女らの成長具合を直接確認できるいい機会だったと思っている。プルートに後れを取るところだった一点を除けば。

 

「ちとは目をつむってやれ。今後に期待といったところじゃろ」

 

「ふん…ところで、例の計画はどうする?」

 

「当初の予定通りに実行する。計画の始動は…3日後でよかろう。その時は妾も出る」

 

「ほう」

 

「ブライトロンを出した以上、アルルも気づいておるじゃろう。本来はもっと後でネタバラシをするつもりだったが致し方ない。グレモリーたちに妾の素性を明かしてでも連携し、ここで今、確実に叩き潰す」

 

ウリエルやガルドラボーク、スダルシャナ達と練り上げたプロジェクト・ロンギヌスは既に当初の計画から大きく狂っていた。それは深海兄妹とアルルの介入によるところが大きい。

 

しかし、最終的な部分に狂いはない。寧ろ、深海悠河を取り込むことでより確実になったとも言える。それを十全にするためにも、今回の作戦でアルル達叶えし者の打倒は必要不可欠だ。

 

リアスたちに素性を明かさず、表立った行動を避けてきたのは叶えし者たちやディンギルに存在を悟られるのを避けるためだった。下手に動いて計画の邪魔をされることがあっては非常に困るからだ。

 

それに一勢力として相応以上の力を誇示するためのゼクスドライバーも未完な以上、他勢力から舐められる可能性もある。計画通りに事態をコントロールするには多くの勢力にその力を示し、協力させなければならないのだ。

 

しかし度重なるイレギュラーによりアルルや叶えし者たちへの直接的な対応を迫られ、ブライトロンという自身の素性を決定づけるものすら出した以上、隠す理由はほぼなくなった。

 

ゼクスドライバーの完成は作戦まで間に合わない。なので持ち合わせと深海悠河を利用して今回の作戦に臨む。深海悠河の望みも叶えば、ソルの再来になるという懸念点も消え、彼もしっかりディンギルとの戦いに集中してくれることだろう。

 

「ふ、俺も楽しみだよ。六華閃の使命を真に果たせそうだからな。アルルのスパイだった信長も、どういう理由か心変わりして大きな手掛かりを残したようだしな」

 

信長が悠河に伝えた、アルルのアジトの手がかり。大王派の中堅議員のガイウス・ベトレアルが関わっているとされる。元々ブラックリストに上がり、調査を進めていた悪魔の一人だ。

 

「ああ、後は前々から進めていた調査の情報と照合すればアジトの位置を特定できそうじゃ」

 

「ほう、そこまで情報を収集していたのか」

 

「当然じゃろう。ディンギルの討伐は妾の大願じゃぞ。成就には如何なる苦労も惜しくはない」

 

後は情報をまとめ、悪魔のみならず異形界全体のマスコミにリークし、現魔王派や大王派に民意と外部勢力による圧をかける。政治力で大王派に劣る現魔王派も、身内の不祥事で看板に傷をつけられた大王派もことなかれとすることはできず、否応なしに対応を迫られる。

 

「…しかし、最近のあんたの顔は疲労の色が濃い。ここずっと働きづめだろう、たまには旅行でリフレッシュでもしたらどうだ?」

 

「ふん、お主から気遣いの言葉が聞けるとはのう。それほど今の妾が疲れているように見えるか?」

 

意外なガルドラボークの優しい言葉に、ポラリスは思わず疲労で重さを感じていた瞼を上げた。

 

「働き者を休みなく永遠に働けと言うほど俺は鬼ではないさ。それに、良好なコンディションの維持は戦闘のパフォーマンスに大きく影響するからな」

 

「そうじゃのう…イレブンと二人でゆっくり温泉にでもつかって心身を癒すのが好さそうじゃ。伊豆辺りがいいかの」

 

非科学的な考えだが、温泉には科学では再現しきれない特有の雰囲気と癒しがある。和物を好むイレブンなら喜んでついてきてくれるだろう。ここ最近、自分もだがイレブンも仮面と叶えし者の調査というかなりの重労働を任せてしまった。その詫びと労いの意味も込めて、有意義な旅行にしたいものだ。

 

「イズ?確か日本の地名だったか」

 

「ああ。オフに入るならとことんオフを満喫させてもらおう。無論、計画の仕込みを終わらせてからのう」

 

微笑むポラリスの表情に、ガルドラボークは何かを感じ取った。

 

「その顔、何か企んでいるときの顔だな」

 

「ふふ、面白いことを思いついてのう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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曹操たち英雄派との決戦から数日後。

 

魔王領を始めとする冥界の都市は各所で勃発した旧魔王派や禁手使い達の反乱から着実に立ち直ろうとしていた。

 

今回の事件で動いた旧魔王派は叩き潰され、現在クルゼレイ・アスモデウスをリーダーとする組織は更なる衰退を迫られることとなった。ここまで来ても全く持って動きがない奴は一体何を考えているのか…不気味なところだ。

 

反乱を起こした神器持ちは大半が鎮圧され、捕縛された。しかしその全てを鎮圧できたわけではない。今回蜂起した神器持ち達の数割は行方知れずとなっているのだ。もしかすると、今後徒党を組んで大きな集団となって事件を引き起こす可能性があるかもしれない。

 

超獣鬼を撃破した兵藤とグレートレッドの一連の顛末については、表には二人とルシファー眷属が共闘して撃破したこととされた。兵藤とグレートレッドの融合は一般には公表されていない。なんでも、グレートレッド関係は謎も多く、禍の団のように狙う輩も多いためそれから兵藤を守るための措置なのだとか。

 

上がる話題は他にも二つ。一つは突如参戦し、豪獣鬼の討伐に大きく貢献した謎の巨大ロボ。各勢力がその詳細を突き止めんと調査に乗り出しているという話だ。まあ俺は後からポラリスさんに話を聞かされたから知っているのだが。

 

そしてもう一つは俺が病院で旧魔王派の残党と戦ったことが報じられている。民間人の命を救い、テロリストを叩きのめしたことで今までおっぱいドラゴンの陰に隠れていた俺の推進大使としての名が上がり始めたようだ。恥ずかしい気もするが、褒められるのは悪い気はしない。

 

逃走した英雄派については中枢となる幹部は叩き潰されたことで組織としては壊滅状態となっている。ヘラクレス、ジャンヌが捕縛、信長とジークフリートは戦死、神滅具持ちの曹操とゲオルク、レオナルドは消息不明となっている。

 

二人の幹部は今頃きつく尋問されていることだろう。

 

この一件以来、奴らが主導していた神器持ちを各勢力の拠点に送り込む襲撃もすっかり止まった。しかし天界はまだ三種の神滅具の消失を確認していないため、曹操たちが生存しているのは確実だ。まだ完全に驚異の芽が消えたわけではない。

 

だが、ヴァーリも言う様に、サマエルの毒を喰らった曹操は間違いなく後遺症を残す。ゲオルクは四肢の一部や片目を欠損したことで、活動に支障をきたすだろう。レオナルドもシャルバによって神器を強引に禁手化、暴走させられたことで心身ともに深いダメージを負っているというのが先生の見方だ。

 

だからと言って放置しておくわけにはいかない。横合いから弱った曹操たちから神滅具を奪う輩が出てくる可能性もゼロではない。それを防ぐためにも一刻も早く曹操たちの潜伏先を特定してお縄に掛けたいところなんだが。

 

だが何より俺たちを驚かせたニュースは…。

 

「えぇぇぇ!!?総督を辞めた!!?」

 

先生の告白に驚愕の叫びをあげたのは兵藤だ。叫びはしなかったものの、全員が一様に驚きを隠せない表情を浮かべていた。

 

それを先生は思った以上の反応が返って来たと愉快気にくくと笑う。

 

「辞めた、じゃなくて更迭な。今後はこの地域の監督になる。グリゴリ内では特別技術顧問だ」

 

「な、なんで急に…」

 

「仕方ねえだろ、他に黙ってオーフィスを連れてきたんだからな。首が飛んでもおかしくねえ」

 

「処分は当然だけど、こうもあっさり受け入れるとは思わなかったわ…」

 

と、呟く部長さん。

 

出会ってからずっと総督だった先生がトップの座を降りたか。しかし、和平を一番に推進してきた先生が役職交代するとなれば、後任次第でまた和平の方針が大きく変わってしまうのでは?

 

「前々から重い役職だとは思ってたからな。これからは副総督のシェムハザが総督になって、バラキエルが新しい副総督だ。あー嬉しいぜ!真面目な連中に重い役職をぶん投げられて気持ちがいい!趣味に気兼ねなく没頭できるからな!よっしゃ、早速酒でも…」

 

そうか、シェムハザさんとバラキエルさんが後任なら心配はいらないな。むしろシェムハザさんならもっとまじめに組織を運用してくれそうだ。

 

…ん?趣味に没頭?

 

あれ、もしかしてグリゴリは最悪の選択をしてしまったのでは?かえってこの人を自由にさせたらもっとまずいことになりそうな。

 

「まだ勤務中ですよ、アザゼル先生。飲酒は控えてください」

 

言うが早く、どこからか酒瓶を取り出すアザゼル先生をロスヴァイセ先生が冷静に諫める。そうだぞ、こんなところで昼酒してるんじゃない。

 

「堕天使はアリなんだよ。北欧はお堅ぇな。いい酒だからお前も飲め!」

 

「またロスヴァイセ先生が悪酔いしたら困るのでやめてください」

 

また悪酔いしてここで魔法をぶっ放されたらどう責任を取ってくれるんだ。

 

しかし、先生の何気ない発言がロスヴァイセ先生のスイッチを入れてしまったらしい。

 

「お堅いって…!私だって色々やりたいですよ!」

 

「んなら早速イッセーとでもくっついちまえばいいじゃねえか。そそるだろ?教師と生徒、禁断の恋愛!そうすりゃオーディンの爺さんにいじられずに済むだろ」

 

「そ!そそそそんな破廉恥なことをよくも…!!」

 

おちょくるアザゼル先生に、ロスヴァイセ先生は怒りと羞恥が入り混じって顔を真っ赤にしていく。

 

普通に今の発言はセクハラでは…?いっそ技術顧問とか監督ではなく平堕天使からやり直した方がいいんじゃ。

 

「ま、それはともかく一誠と朱乃、木場の中級悪魔昇格試験の結果だが…出たぜ」

 

「「「!!」」」

 

英雄派や魔獣騒動のごたごたですっかり忘れていた試験。ちゃんと上は試験のこと覚えて早くに手を回してくれていたのか。

 

「ついさっき連絡があった。忙しいサーゼクスに代わって、俺が発表してやろう」

 

ごくりと唾をのむ音。いつになく神妙な声色と顔色の先生に、特に試験を受けた三人の表情が緊張でこわばる。

 

いやいや、まさかこの3人に限って落ちるなんてことは…。実技は文句の付け所がないだろうし、筆記も兵藤だって事前対策は万端だった。

 

その表情を見渡し、一拍間を置くと先生の口角が吊り上がる。

 

「…全員、合格だ。よくやった、おめでとう」

 

「やったぁぁぁ!!」

 

ほっと安堵の息を吐く二人と、元気よく快哉を叫ぶ兵藤。

 

「おめでとうございます!」

 

「おめでとう、よくやったわね。イッセー、祐斗、朱乃」

 

「私がマネージャーなのですから当然ですわ!それはさておき、おめでとうございますわ!」

 

「おめでとう!」

 

3人の合格を破顔して祝う俺たち。信じていたとはいえ、全員合格とはめでたい。

 

「今日からお前らは中級悪魔だ。正式な授与式はまた後日に連絡がある。特に朱乃、バラキエルに一足先に話をしたら泣いて喜んでたぜ。ちゃんと連絡してやれよ?」

 

「全く、お父様ったら…!」

 

ほろりと朱乃さんの目にも喜びの涙がきらめいた。あんなにいがみ合ってた時から随分仲が改善されたみたいだ。

 

「イッセー。お前の復活劇は上層部に伝わってるぜ。サマエルの毒で殺しても死なねえ、グレートレッドとオーフィスの力生き返って来るんだからこれ以上恐ろしいもんはねえよ。頭いかれてるぜ、現魔王派の対立派閥はビビりあがってると聞いてるぞ?」

 

「マジっすか…?」

 

殺しても死なないし、生き返って来る奴なんてそうそういない。それが現魔王派に属し、民衆の圧倒的支持を得る赤龍帝ともなれば対立派閥にとってこれ以上に恐ろしいことはないだろう。

 

「こいつ以上に頭おかしい経歴辿ってる奴はいないな。異世界から来た俺がかすむ」

 

「いやお前も大概だと思うぞ」

 

「全くですわ」

 

「その通りです」

 

「僕もそう思うよ」

 

「深海さんも同じくらい凄いと思います!」

 

「えっ」

 

皆の中ではグレートレッド+オーフィス=異世界なの?俺はグレートレッド+オーフィス≧異世界だと思ってたけど?いやいや、そりゃ龍神と神龍の方がよっぽど凄いだろう。なにせ世界最強の2角だぞ?

 

「ま、この調子で頑張ってくれや。曹操だけじゃなく、いっそ世界中で悪さしてる連中もまとめて全部お前らが倒せ。そうすりゃ俺もサーゼクスも楽ができるし皆がハッピーで万々歳だ」

 

「か、軽々しく…」

 

軽く言うけど俺たちここまで来るのに何度死にかけ、修羅場を抜けて来たと思っているんだ。俺たち学生だぞ。学生に世界はまだ荷が重すぎる。まあ神を相手にしておいて言うのもなんだが。

 

「曹操は自業自得だろう。何せ私たちの修学旅行を台無しにしてきたからね」

 

「ま、これからもわたしたちにちょっかいかける連中はギタンギタンにしてやりましょ!」

 

「グレモリーに手を出したら潰します。来るもの拒まずです」

 

「いずれその手の噂が広まりそうですわね」

 

あれぇー?もしかして皆は乗り気?月一ペースで世界を揺るがす悪党と戦うのは勘弁なんだが?

 

「そうは言っても、当分はお前たちにちょっかいをかけることができる奴はいないはずだ。英雄派に限らず、禍の団はほぼ壊滅したと考えていいだろう。残った有力者のクルゼレイ・アスモデウスだけじゃ残った連中をまとめきれるとは思えん。何より、元ボスがこっちにいるからな」

 

そう言う先生の視線の先には、オーフィスがちょこんと体操座りで静かにたたずんでいた。

 

「我、ドライグ…イッセーと友達」

 

あの戦いの後、そのままオーフィスは兵藤の家に居候することになった。生活ぶりを聞いてみると兵藤にいつも着いてきて、女子のやることを見よう見まねで何でもやろうとするのだとか。ペットみたいだと兵藤本人は語っていた。元最強の龍神様にえらく懐かれたみたいで。

 

「アーシアとイリナも、我と友達?」

 

「はい、もちろんです!」

 

「当たり前よ!一緒にトランプした仲じゃない!」

 

そして一際高い適応力を見せるのがアーシアさんと紫藤さん。客人として来訪した時同様に遊んでいるらしい。俺もオーフィスには色々聞きたいことがあるから、機会を改めて話してみようかな。

 

ちなみにオーフィスは公式にはこの駒王町にはいないことになっている。悪の親玉が和平の象徴であるここにいるなんてあってはならないことだからな。ただ、当然ながら力を奪われてなお強大なその力は危険ということで、幾重にも封印を施されている。

 

曹操に奪われた力が現在、オーフィスということになっている。禍の団側も世界最強のボスの不在なんて都合の悪いことを言えないだろうし、よほどのことがない限りはオーフィス関係の状況が動くことはないはずだ。

 

ただ、仮に動く可能性があるとしたら曹操に奪われたオーフィスの力だ。あれで新しいウロボロスを作ると息巻いていた曹操たち英雄派はいなくなり、現在誰が手綱を握っているかわからない。残ったクルゼレイがそれを利用して行動を起こすことも考えられるが…。

 

「禍の団関係はまだ終わらねえが、目下やるべきことが二つある。一つは魔法使いの契約だ」

 

「魔法使い?」

 

「魔術師協会が先日、お前たちの世代の若手悪魔の評価を全世界の魔法使いに向けて発表した。これからお前たちに魔法使いが接触を図って来る時期になる。ちゃんと相手は選べよ?さもなくばお前たちの評価も落ちることになるからな」

 

う、うーん。人間の俺には無縁ということはわかったが、これからオカ研の悪魔組全員が誰か素知らぬ魔法使いと契約することになるのか。魔術師協会にもいくつかあるということは先生からざっくりと聞いている。面倒な輩でなければいいのだが。

 

「魔法使いの契約って、普段の活動と違うんですか?」

 

「魔法使いは私たち悪魔と契約を結び、召喚に応じて代価を受け取ることで力を貸すの。あなたが普段やってる営業とは様式が違うわ。より正式で、厳格なものよ」

 

「お前らにはまだ早いが、人間界で言う就活みたいなもんだ。選り取り見取りの経歴を持つ魔法使いたちが、お前らと言う優良物件の会社を目指して履歴書なりを送って、お前たちが見定めて契約を結ぶかどうか決める。青田買いだってあるんだ、どこの悪魔と契約を取るかでそいつの評価も変わってくる」

 

「難しいですけど、何となくわかりました」

 

兵藤も部長さんとアザゼル先生の解説でようやく話の全貌を掴めたようだ。俺もよくわかったぞ。

 

「特にお前たちは優良中の優良物件だ。赤龍帝、魔王の妹、デュランダル使い、バラキエルの娘、聖魔剣使い…名前を上げるだけでも連中からすれば喉から手が出るほど契約を結びたい面子だろうよ」

 

ほう、つまりこいつらは人間で例えるなら俺達の誰もが知る某食品メーカーやファッション企業、ゲーム制作会社みたいなものか。そりゃ将来の安定や自分の価値を高めるためにも応募が殺到するだろう。

 

英雄派の対応が終わってすぐに契約者選定ね。年がら年中忙しいグループだな、ここは。俺も何かしら手伝えたらいいが。

 

「そして、もう一点のやるべきことだが…」

 

「ええ。ヴァンパイアの名門、ヴラディ家にコンタクトを取るわ」

 

「!」

 

ヴラディ家。その名前が出た途端、ギャスパー君の顔が強張る。

 

「ゲオルクに何もさせず、一方的に倒したあの力が何なのか…私たちは知る必要がある。そうでなければギャスパー本人も、私たちにも危険が及ぶ可能性があるわ。ヴラディ家なら、何か知っているはずよ」

 

ゲオルクを倒したあの闇の力。あれは停止の邪眼の禁手と考えるにはあまりにも逸脱した規模だ。停止の力も発動していることから、明らかに何かしらのほかの要素と複合した力に見える。

 

あの時のギャスパー君を見て脳裏によぎったのは『暴走』。和平会談の時のように力だけを制御不能の域に暴走させただけではない。精神すら狂わせる危険な領域だった。部長さんの言う通り、下手すればこちらにも危害が及びかねない。あの恐ろしい能力の矛先がこちらに向けられたら、そう想像するだけでも怖気がする。

 

「すみません...あの時の記憶が全くなくて…僕もそんな力があったなんて思いもしませんでした」

 

現にギャスパー君本人にも記憶がない。自覚すらないあの力の正体をなるべく早くに詳細を突き止めたいところだ。

 

「ヴァンパイアの情勢は今、かなりの混乱状態にある。神滅具所有者が出たってもんだから俺も特に注力して調査を入れている。面倒ごとに巻き込まれないよう、どうにかコンタクトを取れるようお膳立ては進めるさ」

 

「い、家の人とはあまり関わりたくありませんが…でも、皆さんがそう言うなら…」

 

ハーフであるがゆえに家から疎まれ、追い出されたギャスパー君は一度ヴァンパイアハンターの手にかかって落命している。朱乃さんと同じように、自らの血と向き合わなければならない。

 

辛い道を歩むことになるが、それを乗り越えたとき、さらなる成長を遂げるだろう。それはきっと、皆のためにグリゴリに単身向かったギャスパー君の願いが叶うことにも繋がるはずだ。

 

「…ま、真面目な話はそれくらいにしてだ。楽しい話でもしようぜ。リアス、さっきからイッセーに何か言いたげな顔してるな?」

 

「ええ。イッセー、試験前にした約束。覚えてるかしら」

 

「はい、二人でデート。ですよね」

 

おいおい、早速お熱いじゃないか。最近ずっと忙しかったし、一回兵藤も死ぬくらいだったしな。寂しい思いをさせた分、しっかり仲を深めてやれ。

 

「ええ。でも、その前に一つやりたいことができたわ。皆で3人の中級悪魔昇格祝いをしましょう!」

 

昇格祝いか。授与式はまだだが、善は急げだ。何より、皆で賑やかになれるのは良い。

 

「よし、早速みんなでやろうぜ!」

 

「異議なし、今から盛り上がっていくか!」

 

「早速皆で祝ってくれるなんて嬉しいよ」

 

「先輩たちをお祝いしたいです!」

 

「ちょうど腹が減っていたんだ。肉が欲しいところだね」

 

「今から、宴?」

 

「宴じゃなくてパーティーよ!オーフィスも一緒に食べるわよ!」

 

「早速料理を手配してきますわ!」

 

「私もできることがあればお手伝いします!」

 

「私もいるからたくさん手配して、焼き鳥」

 

「よっしゃ、酒だ酒!」

 

「もう、駄目ですよアザゼル先生!」

 

「あらあら、皆元気がいいですわね」

 

早速みんながパーティーの準備に取り掛かり、テンションを上げていく。こりゃ夜までパーティーになりそうだ。

 

長く激しい戦いの末にようやく戻って来た平穏だ。一人欠けることなく駆け抜けたこのメンバーでたっぷり享受し、満喫していこう。

 

まだ始まってもいないのに盛り上がり出す俺たちを他所に、一人先生が通信に出ていた。

 

「…俺だ、どうした?」

 

雰囲気にあてられて緩んでいた表情が驚愕の色に染まっていく。

 

「何!?…わかった。俺は今からパーティーだから頼んだぜ。詳細は後でな!」

 

と、通信をぶつ切る先生。おい。今早速仕事を放り投げなかったか。この元総督堕天使は。

 

「どうしたんですか?」

 

「大王派のガイウス・べトレアルのスキャンダルがどっかから大量にリークされた。北欧、天界、堕天使にも大々的にだ。その中に、ディンギル勢力のつながりも疑われているそうだ」

 

「「「「「!!?」」」」」

 

…ついにポラリスさんが仕掛けたか。

 

一難去ってまた一難。宿命の再会の時が近づこうとしていた。




ウリエル「すまない、ガノタのことを忘れていた」

ポラリス「…」


というわけで、ヒーローズ編は以上になります。英雄派と決着し、次はいよいよ…です。
例のごとく、外伝に次章予告をつけますのでお楽しみに。

外伝は駒王町駐在の天界陣営スタッフとの顔合わせです。新キャラも数名出ます。

更新スケジュールは以下の通りです。

・外伝

・活動報告で裏話(ウロボロス編・ヒーローズ編のまとめ)

・英雄集結編最終章 デュナミス編スタート


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外伝「天使の1日職場見学」

すみません、多忙につきここ数話の更新が遅れてます。

時系列はヒーローズ編のすぐ後です。


兵藤達が中級悪魔試験の合格が発表されて数日後。三人が昇格しようとも、俺たちの部活動は変わらない。

悪魔の面々は相も変わらず、夜は悪魔としての活動に精を出す。

 

部長さんたちが召喚に応じたため出払い、部室は俺と兵藤、ゼノヴィアとアーシアさんの四人だけが残った。暇を持て余した俺たちは紅茶のカップを片手に雑談に興じる。

 

「凛はなぁ…本当に明るい太陽みたいな奴だったんだよ。友達も多くて、外向的な非の打ちどころがない完璧な自慢の妹だったんだ」

 

俺の思い出の中のあいつはいつも明るく笑っている。俺が落ち込んだ時もあいつは笑って俺に前を向かせてくれた。あいつの元気が俺の活力なところもあった。

 

それが今やアルルに憑りつかれてあんなに冷たい表情で非道なことを…。何としてでもアルルは討たねば。

 

「もし…戻ってきたら一緒に学校に通いたいですね」

 

「そうだなぁ…あいつが亡くなったのが中2の時だから、中等部に編入か?」

 

死んでるが、アルルに憑りつかれている期間もあるからもしかしたら高等部もアリかもしれない。そうなったら塔城さんやギャスパー君と同じ高1か?

 

アレコレ考えていたら楽しくなってきたな。あいつが戻ってきたら何をしてあげようか。考えるだけで1日いけそうだ。

 

…凛はそうだが、その前にまだ戻ってきていない人がいる。

 

「…そういえば、中々イリナが戻ってこないな」

 

「な、すぐに戻って俺らと遊ぶ予定だったのに」

 

わざわざ家からボードゲームを引っ張り出して用意してきたんだが、始めようにも始められない。

4人で始めることもできるが、一人差し置いて始めるのもだし、メッセージに既読がつかないのではでどうしようかと言ったところだ。

 

「紫藤さんって、俺らが悪魔の仕事をしている間何をしているんだ?」

 

「悪魔に悪魔の仕事があるように、天使の仕事があるそうだ」

 

天使の仕事、か…。天使がやる仕事ってなんだ?悪魔と戦うわけではあるまいし。

 

「天使の仕事…布教ぐらいしか思いつかんな」

 

「そうですね。私はミサや懺悔を考えたんですが、天使でなければできない仕事ではありませんし…」

 

「俺達、イリナのことを知っているようであんまり知らないのかな」

 

首をひねる兵藤の呟きに、俺たちはそろってうーんと唸る。

 

悪魔の部活動の中に天使一人。向こうから仕事がどうたらと話してくることもなかったし、学生、オカ研の紫藤イリナは知っていても天使としての紫藤イリナはまだ謎めいたベールの向こうにある。

 

「休日も一人で活動しているらしいぞ。…いっそ、今度見学させてもらおうか?一緒に行ってみないか、アーシア」

 

「そうですね!私も一度でいいから拝見したいと思っていました!」

 

と、話が弾んできたその瞬間。

 

バタン!!

 

「話は聞かせてもらったわ!」

 

勢いよくドアを開け放ち、会話に乗り込んできたのは俺達が待ちに待っていた紫藤さんだった。

 

 

 

 

 

 

 

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次の休日、俺たちは隣町のはずれにある建物の前に集合した。天界関連というからイメージまんまの教会かと思っていたが、意外にも教会要素は大きな十字架があるだけで外観は完全に現代風の建物だ。

 

悪魔である兵藤達も部長さんから勉強しなさいということで許可を得てここに来ている。そういえば、レイナーレの件で兵藤達が教会に乗り込もうとしたときにえらく部長さんに怒られたことがあったそうな。悪魔が敵対する天使の領域に足を踏み入れたいと言っても怒られないなんて、あれから随分と変わったもんだ。

 

「おおお…体が冷える」

 

「…きみら、ここで待ってて大丈夫?」

 

悪魔の彼女らは教会関連のものには弱い。何かは知らんが、あるだけで放たれる聖なる波動みたいなものがあるんだろう。神社関係も同じような感覚に襲われるそうだ。悪魔って高い身体スペックと長い寿命の反面、相応の不便があるものなんだな。

 

集合場所に指定されているとはいえ、もうちょっと離れた場所で待機していてもいいと思うが。

 

「大丈夫だよ。悪寒を感じる程度だ。悪魔になった信徒にはお似合いだね」

 

ナチュラルな卑下はやめろ。何でもかんでもバッサリ割り切る性格だがそこだけは割り切れないのが彼女だ。

 

「ミサに参加したいです…でも…」

 

教会関連の施設を前にして過去の信仰の思い出が蘇っているのか。アーシアさんはアーシアさんで一人でに気分が落ち込んでいってるし。開始前からこの有様で今日の訪問大丈夫だろうか…。

 

それぞれがそれぞれの理由でテンションがどんどん下がり、集団の空気が冷めていく。俺は何ともないのだが、そんな周りの雰囲気に引っ張られるように不安になっていこうとしたまさにその時。

 

「集まってるわね皆!」

 

しけた雰囲気を踏み散らかすようにあけすけに現れた紫藤さん。いつになくテンションが上がっているようで、声も足取りもウキウキだ。

 

「今日は皆に私のお仕事をお見せしちゃうわ!それと、天界側のスタッフの紹介も一緒にね!その前に皆、これを持ってて」

 

そう言ってはいはいとこなれた手つきで兵藤達に配ったのはIDカード入りのストラップ。渡され、勧められるままに俺たちはそれを首にかけると。

 

「あれ、悪寒が消えた!」

 

「いつも通りです」

 

「本当だ、どうなっているんだ?」

 

俺は変わりないが、悪魔の三人が瞬く間に普段の調子を取り戻す。その瞬間的かつ劇的な変化に驚く。

 

「その許可証はイッセー君たち専用で、天界関連の場所に行っても大丈夫になるわ!でも、まだ開発途中のものだから、悪魔の力は使わないでね。どんな影響が出るかわからないから」

 

「へぇ!」

 

「そんな便利なものができたんですね…!」

 

兵藤は勿論、ゼノヴィアとアーシアさんはIDカードの効果を聞いて目を輝かせるように喜んでいる。お祈りはできるものの、これまで散々教会関連の施設に行けなかったから本当にありがたいだろう。

 

悪魔が教会の領域に踏み入れても問題なくなるアイテムか。これも和平の賜物かね。和平が結ばれなければ悪魔向けにこんなものを作ろうなんて発想すらなかっただろう。

 

紫藤さんと彼女が持ち込んだカードのおかげで、先ほどまでの冷えた空気はあっという間に吹き飛んだ。

 

「じゃ、行きましょ!」

 

自動ドアを抜けて、俺たちは屋内に入る。紫藤さんがいるおかげで顔パスになったようで、受付なしにすんなりと進めた。

 

「…今のところ中も普通のオフィスビルだな」

 

「そうですね、皆さんスーツ姿で教会らしさを感じないです」

 

外観もそうなら中身もそうだ。天界陣営の施設ということでごりごりの教会を想像していたが、そんな要素は微塵もない。すれ違う人たち全てスーツ姿で、時折神父服やアーシアさんのようなシスター服の人とすれ違うくらいだ。

 

その人たちは悪魔である兵藤達に反応して、様々な視線を向け、ひそひそと小声で話している。悪魔がここに踏み入れること自体が初めてだったんだろうな。

 

「Aイリナ様、お帰りなさいませ」

 

「おはようございます、イリナ様」

 

しかし紫藤さんに対しては必ず、スーツの人も神父もシスターも、すれ違う信徒たちはみんな畏敬の目を向けて出迎えてくる。その対応に俺たちは戸惑いを覚えた。

 

「…なんか、すごい尊敬されてんな」

 

「それはそうだろう。何せイリナはミカエル様のAなのだからね」

 

「あぁ、そうか」

 

言われてみれば紫藤さんはこの世に12人しかいない、天使長のトップの直属の部下だ。当然組織内の地位も集める注目も絶大だろう。普段接しているうちに彼女のずれた一面もよく見るものだから、立場の威厳を忘れてしまっていた。

 

『私もオカ研に対抗して布教のための同好会を作ろうかしら…?』

 

『手作りのパンを作って配っちゃおうかしら?一緒に布教も…』

 

…うん、過去の発言をかるーく思い出してもやっぱりずれてるわ。なんというか、オカ研って異形関係者の受け皿っていうよりは変人の集まりなのかね。俺は変人のつもりはないが。

 

後から聞いたが、ここのスタッフたちは全派閥から一定条件をクリアした面々で、普段は布教やお祓い、裏方で俺たちをサポートしてくれているようだ。何かと俺たちがトラブルに巻き込まれることも多いことから精鋭、エリートぞろいだという。

 

スタッフたちの恭しい歓待を受けて進むうちに一人、気やすい調子で話しかけてくる小柄で快活な雰囲気の子がいた。顔立ちからしてこの施設内では珍しく日本人とみた。

 

「おっ、イリナ!連れて来たのか!」

 

紫藤さんと同じ陰りを知らない明るい振舞い、これまでの神父服やシスター服、スーツ姿の人たちと違いまさしく深緑を基調とした現代っ子な服装。それらの要素が他のスタッフとは一線を画す存在だと訴える。

 

「うん!皆にも紹介するね、彼女は青葉千歳、ウリエル様の『3』の御使いなの!」

 

「よろしく!」

 

挨拶と共に明るく笑いかけてくる青葉さん。紫藤さんの紹介に俺たちは大いに驚いた。

 

「ウリエル様の御使い!?」

 

「こんな幼い子が…」

 

何せ小柄な体にどこかあどけなさの残る顔立ち。見た目紫藤さんよりも年下、中三ぐらいの年に見えるこの子がウリエルさんの御使い。なんて人選だ。よほど特筆すべき能力や功績があるのだろうか。

 

「ん、あたしは19歳だぞ」

 

「な!?」

 

堂々と胸を張りアピールする青葉さん。このなりで19歳は衝撃だ。塔城さんも見た目としては中学1年くらいに見えるが、この人はそれ以上だ。

 

「えっ、19歳?それに彼女ってことは女の子?でも真っ平…」

 

兵藤がそう発言した次の瞬間、青葉さんの右腕がかき消える。

 

「!!!」

 

「ぐべぇぇぇぇ!!!」

 

ドゴン!!!

 

気が付いた時には兵藤が天井にめり込んでいた。首だけ天井を突き破り、首から下がぶらんぶらんと揺れる。それを為した青葉さんは振り上げた拳をさすり、眉を吊り上げて怒りの言葉を放った。

 

「あたしは女の子だ!!」

 

「千歳ちゃんはそのあたりが地雷なの…気を付けて」

 

…なるほどー、そういうキャラか。俺たちがそうだったように結構勘違いする人って今まで多かったんだろうな。俺もうっかり言いかけるところだった。危ない危ない。

 

だがそれにしても。

 

「今のパンチ凄いパワーだな」

 

「千歳はネロと日夜ウリエル様の左腕の座を競い合ってるの。自衛隊で鍛え上げられた千歳ちゃんと教会で猊下に鍛え上げられたネロの勝負は有名になってるわ」

 

「ん、自衛隊!?」

 

さらっと凄い経歴を言ってなかったか今。こんな可愛らしい子が元自衛隊!?見た目と実年齢、性別の次は見た目と経歴のギャップが凄まじいぞ。

 

「そそ、あたし、元々自衛隊員だったんだ。自衛隊の野外訓練中に魔物に襲われてね。殺されかけたあたしを救ってくれたのがたまたま通りすがったウリエル様だったんだ。それがきっかけで異形の世界に興味を持ったあたしはウリエル様を追って教会に行って戦士になり、御使いに選ばれたってわけなの」

 

話を聞いて思い出したが、前にロキの事件で一緒になったウリエルさんのQのメリィさんが元自衛隊の御使いがいると言っていた。このルックスにして19歳であり女性、元自衛隊、つくづく彼女には驚かされるばかりだ。

 

「ま、経歴が経歴だから色々言ってくる輩がいるけどね。そういう時は拳と実績で黙らせてきた!おかげでウリエル様の御使いにもなれたしね」

 

「すごいですね!」

 

「なんだろう、彼女に親近感が湧いてきたぞ」

 

ゼノヴィア、そこ共鳴すな。聞く感じ脳筋だから波長があるんだろうな!

 

まあ、青葉さんの話を聞くのもいいが先にやっておくべきことがある。

 

「…とりあえず、こいつを何とかしようか」

 

天上に首を突っ込んだままの兵藤。俺たちは協力して足を掴み、一気にこちらに引きずり下ろした。

 

「ぶぼ、ごべんなさい…」

 

少女の逆鱗に触れた代償として、顔が真っ赤に腫れあがっていた。あれに関してはこいつに非があるだろう。体のコンプレックスは人によっては酷く気にするからな。発言には気をつけねば。

 

「あー、初対面なのにあたしもちょっとやりすぎちゃった。口より先に手が出る癖をどうにかしたいと思ってるんだけどね…ごめんね」

 

注意の言葉を投げかけるかと思いきや、青葉さんはバツの悪そうな表情で非を謝罪してきた。しっかり反省もしてるあたり優しい人柄だと分かる。それは四大セラフの御使いに選ばれるわけだ。

 

「イッセーさん、すぐにお顔を元に戻しますからね」

 

「た、たのぶ…」

 

腫れあがった顔にアーシアさんの癒しの光が当てられ、ゆっくりとだが元の顔に戻っていく。…結構面白い具合の顔だったので、直視はよそう。

 

「なんか騒がしいけど何事?」

 

先ほどのパンチの騒ぎを聞きつけ現れたのは、白い衣装に身を包んだ赤髪の青年。胸元に白い翼と十字架のバッジが光る。衣装の形状はあのフリードのものに似ていることから、教会の戦士だと一目でその立ち位置を理解できた。

 

青年は俺達を見渡し、最後に天井に空いた人型の穴を見ると苦笑した。

 

「あー、そういうことね」

 

「笑うな!」

 

一目で理解される辺り、よくある流れなのだろうか。だがウリエルさんの御使いと対等に話しているところを見るに地位のある人間だろう。

 

俺たちの視線に気づいて、青年が笑いかける。

 

「おっと、自己紹介が遅れたね。俺はジェルジオ・ティルク。ミカエル様から10名いる『輝聖』の一人に任命されたもんだ。よろしく!」

 

「き、輝聖…?」

 

「そ、俺たちはセラフ様から選ばれた教会の戦士だ。大天使様達と主の和平の意志を体現するために信徒と天使、他勢力と天界陣営の橋渡しの役目を仰せつかってるんだ。実力だけじゃなく、種族を超えて協力できる人柄も条件、らしいよ」

 

「へぇー!そんな人たちがいるんすね!」

 

輝聖について何も知らないらしい兵藤は感心気な声を上げる。俺は話にだけは聞いていたが会うのは初めてだ。ゼノヴィアがもし教会に残っていたら、御使いかあるいは輝聖になった可能性もあったのだろうか。

そしてエクスカリバーの事件で来た縁でここに赴任してきたり。

 

「本当はもう一人ここに着任してるんだけど、候補生と一緒に任務で出かけてるからね。また機会があるときに挨拶してくれたら彼も喜ぶんじゃないかな」

 

「いつかお会いしてみたいです…う」

 

「どうしたイッセー、少し顔色が悪いぞ?」

 

ふと顔を俯かせる兵藤をゼノヴィアが気に掛ける。兵藤の顔はつい先ほどまでと違い、少し具合が悪そうにやや白い。

 

「あ、ああ。いやなんか嫌な感じがするから…」

 

「風邪か?」

 

いくら冬が近づき気温が日に日に寒くなっているとはいえ、この一瞬で体調が変わるものだろうか。胡乱な顔を浮かべる俺達だが、ジェルジオさんは違った。

 

「もしかしたら、俺の神器が影響を与えているのかも」

 

「神器?」

 

「俺の神器は希少な龍殺し系の神器なんだ。君たちが会ったサマエルには勿論遠く及ばないけどね」

 

龍殺しの聖剣の創造は困難だったと木場も言っていた。龍と蛇を憎む聖書の神が作った神器のシステムならもっと龍殺し系が多くてもおかしくはないと思っていたが、実際は違うようだ。

 

しかし発動してもいないのにドラゴンに影響を与える力、サマエルほどではないと謙遜しているが相当なものと見た。以前と違い、完全に体がドラゴンになった兵藤には辛いものがあるだろう。

 

「彼にも悪いから僕の話はそれくらいにして、支部長が部屋で待ってるよ。早く行ってあげな?」

 

「ありがと、ジェルジオ!」

 

紫藤さんのお礼に笑顔で返すジェルジオさんを背に、俺たちは先へ進む。人格も求められる輝聖に選ばれるだけあって、人柄の良い好青年って感じの人だった。

 

そういえばと、ふと湧いた疑問を紫藤さんにぶつけてみる。

 

「…さっきの人たちって、聖書の神のこと知ってるのか?輝聖もそれなりのポストなんだろ?」

 

「ううん、輝聖はまだセラフ様達で協議中よ。やっぱり最重要中の最重要機密事項だから、非常に神経質になるの。まだ上の上のポストしか知らないわ」

 

「だろうね。私でさえショックのあまりに血迷うほどだったからな」

 

それも仕方ないか。知ってる側として月日が経ち、当たり前の認識と化しているが世間はそうではない。情報の取り扱いには気を付けなければ。

 

そうこう歩いているうちに、俺たちはとある部屋のドアの前に辿り着く。十字のレリーフが彫られた、いかにもお偉いさんがいそうな雰囲気だ。

 

「ここが支部長の部屋よ。ヴァチカンと天界を行き来しているとても忙しい方だけど、今日は偶々スケジュールが空いていたから連絡したら是非皆にあいさつしたいと仰ってたわ」

 

「天界?もしかして天使?」

 

「そう、私と同じ転生天使なの。とても凄い方よ」

 

「へぇ、支部長で転生天使なら元聖人クラスの方だろうな」

 

コンコンコン。紫藤さんが三回ノックすると。

 

「どうぞ、お入りになってください」

 

物腰の柔らかい、穏やかな女性の声がドア越しに返って来た。支部長は女性の方か。

 

「…」

 

その声に若干訝し気な表情を浮かべるゼノヴィア。まるで聞き覚えがあるが、何だったか思い出せないようだ。

 

そんなゼノヴィアを他所に紫藤さんがドアをゆっくりと開けた。部屋の中にいたのは、オフィスデスクに座るベールをかぶったシスター。ベールの陰で見にくいが、北欧的な顔立ちをした美人だ。立ち上がると、海のように青い瞳をにこりと細めた。

 

「これはこれは、ようこそお越しくださいました」

 

「!!!」

 

その人の顔を見た瞬間、ゼノヴィアは顔を真っ青にして一気に回れ右をして外へ駆けだそうとする。突然の反応に俺たちは驚くが、咄嗟にその腕を紫藤さんががしっと掴む。

 

「は、放してくれイリナ!!」

 

「ダメよ、ちゃんと挨拶しなくちゃ!!」

 

じたばたと抵抗を続けるゼノヴィアに必死に放すまいとする紫藤さん。自分の手が引きちぎれんばかりの綱引きが繰り広げられている。

 

「ゼノヴィアさん…?」

 

「もしかして、この方と知り合いなのか?」

 

ゼノヴィアは見ず知らずの人間に対してこんな反応をするような子ではない。教会・天界関連のお偉いさんともなればもっと敬意ある対応をするはず。そんな彼女が即座に逃げるような反応を取るとは…一体何者?

 

「あら、顔を見るなり逃げ出そうとするなんて悲しいわ。ゼノヴィア」

 

「わ、私は…!!」

 

今すぐ逃げたいゼノヴィアと引き留めようとする紫藤さんの綱引きを他所に、丁寧に支部長は挨拶してくださった。

 

「初めまして。私、四大セラフの一角たるガブリエル様の御使い。『Q』の札を拝命したグリゼルダ・クァルタと申します。以後お見知りおきを」

 

「ガブリエル様のQ…!」

 

四大セラフのQ、これは大物が出てきたな。しかもQなら御使いの中でも最高峰のクラスだ。そんな方を支部長にするとは…魔王の妹、堕天使の総督に引けを取らない人材を天界は選出し、紫藤さんと一緒に据えたわけだ。

 

それにしても、ここには四大セラフの内3名の御使いがいることになるのか。なら残るラファエルさんの御使いもいたりして?

 

「シスター・グリゼルダ…!!私も教会にいた頃、何度もお名前を耳にしました」

 

「ゼノヴィアとは同じ施設の出で、一番付き合いの長い教会の先輩でもあるの。私も何度もお世話になったわ」

 

「そういう繋がりか」

 

昔の先輩ね。ガブリエル様のQに選出されるほどとは随分凄い先輩を持ってたんだな。なら、あのゼノヴィアの反応は彼女の恥ずかしい過去や失敗を色々知られているから避けている、といったところか?

 

自身と比べればひよっこもいいところであろう俺たちへグリゼルダさんは柔和な微笑みを見せた。

 

「あなた達の活躍はよく聞いています。兵藤一誠さん、先の魔獣騒動での奮闘は素晴らしいものだったと。流石、冥界きっての次代を担うホープと呼ばれるだけはありますね」

 

「ありがとうございます」

 

素直に褒められた兵藤が赤面している。美女相手だから内なる煩悩が見える見える。

 

「しかし…七つの大罪の『色欲』が強いとも聞いています。ドラゴンで悪魔、色欲とは純粋な信徒には些か刺激が強いでしょうね」

 

「は、はい…」

 

な、なんだろう。俺も兵藤も反応に困るぞ。向こうは悪意を持ってる感じではないからちょっとした冗談みたいなものか?教会風味のジョーク、中々癖があるな。

 

手厳しいジョークを投げかけた次は、俺に青い瞳が移った。

 

「紀伊国悠さん、ですね。イリナからゼノヴィアがあなたのお世話になっていると聞いてます。家に住まわせるだけでなく料理まで…この子はやんちゃでよく困らされているでしょう?」

 

「いえ、一人身にとっては一緒に生活してくれる彼女の存在は非常にありがたいです。ある意味、心の支えにもなってくれましたから」

 

凛の件然り、心細い案件も抱える中で普段の生活に彼女がいてくれたことは大きな支えとなった。振り回されることも多々あったが、おかげで異世界で一人さみしい私生活を送らずに済んだ。

 

率直に返すと、グリゼルダさんは意外そうにきょとんとした表情をされた。その表情は一拍置くと、安堵したような穏やかなものへ変わる。

 

「…そうですか。ゼノヴィアはいい仲間に巡り合えたようですね」

 

「?」

 

「いえ、もしよろしければまた後日、あなたの家にお邪魔してもよろしいですか?ゆっくりあなたとお話してみたくなりまして」

 

「え、あ、はい。大したものは出ませんがそれでよければ…」

 

グリゼルダさん、今会ったばかりなのにもう来客の予定入れてきちゃったよ。なんというか、前にミカエル様も来たし俺の家って天界のお偉いさんの来客率高くない?

 

「…さて」

 

「!」

 

グリゼルダさんがいよいよゼノヴィアへと歩み始める。焦るゼノヴィアだが紫藤さんががっちり抑え込んでいるので逃げられない。こんなに往生際の悪い彼女は初めてだ。

 

「お久しぶりね。今日はあなたに会えると聞いて楽しみにしていました」

 

「や、やぁ…シスター・グリゼルダ…げ、元気にしているみたいで…嬉しい…よ」

 

「元気にしている、ではないでしょう。どうして任務に向かった日本で帰還せずに悪魔に転生しているのでしょうか?挙句、和平が結ばれた今でも連絡の一つもしないとはどういうつもりですか?」

 

「ぎく!!」

 

言葉と歩みで詰め寄り、責めるような物言いにゼノヴィアの冷や汗がだらだらと零れ落ち、止まらない。

これまでの優し気な雰囲気が一転し、強い圧を放ち恐れすら感じさせるものに変じる。

 

「果たして今日、どの面下げてここに来た、と言うべきでしょうかね…!」

 

言葉に怒気を孕ませるグリゼルダさんはもう逃がさないと言わんばかりにゼノヴィアの柔らかな頬をがっしりとつねりあげた。

 

「ぎゅむむむむ…!!」

 

「ふふ」

 

そのあまりに間抜けな表情と声に俺も兵藤も思わずくすりと笑ってしまった。ゼノヴィアのあんな顔、初めて見たぞ。

 

「い、イリナ!どうしてシスター・グリゼルダのことを私に教えてくれなかったんだ!言ってくれたら来なかったのぎゅむむむむむ!!!」

 

「そう思ったから言わないでおいたの。だって連絡の一つもよこさずに避けてたんでしょ?ちゃんと会わなきゃ」

 

「だって…今の私のことを言ったら…殺される!」

 

…だろうなぁ。グリゼルダさんの言う通りかわいい後輩が何も言わず自分の元を去り、連絡すらよこさなくなったらどんな風に思われるかなんて想像に難くない。

 

ゼノヴィアへの折檻がいよいよ本腰入れて始まろうとしたその時、一歩アーシアさんが進み出る。

 

「シスター・グリゼルダ。どうかゼノヴィアさんを責めないであげてください。悪魔の私が言っても説得力はありませんが、ゼノヴィアさんは優しい人で何度も私たちを助けてくれました。今では大切な友達なんです」

 

胸を打つようなアーシアさんの切なる懇願。

 

ゼノヴィアのしでかしたことは確かに多方面に迷惑をかけただろう。使い手が他にいなかったとはいえデュランダルの持ち出し、所属への連絡もなく勝手に組織の鞍替え。聖書の神の死を知ってしまったという言えない理由があったとはいえ、もっと各所への配慮はできたはず。今のグリゼルダさんの反応はそれらすべてをすっぽかした彼女のやらかしのツケが回ったと言えよう。

 

しかし、一方的に責められる理由はない。彼女のやけくそじみた行動が無ければ、彼女がグレモリー眷属にならなければこれまでの戦いを切り抜けることはできなかった。アーシアさんと和解することもなかった。

 

彼女の眼差しにグリゼルダさんも思いとどまったのか息を吐いて、ゼノヴィアの頬から手を離した。

 

「すみません、見苦しいところをお見せしました」

 

ゼノヴィアに詰め寄っていた時の表情は既に元の落ち着きを取り戻していた。ぴりついた空気が収まってこちらも一安心だ。

 

「…シスター・アーシア。あなたの過去は聞いています。神器によって辛い道を歩んできたようですね。せめてもの罪滅ぼしとして、後で特例のIDカードを渡しましょう」

 

「IDカード?」

 

「それがあればこの地域限定ですが、悪魔であろうとミサ等の教会の行事にも参加できるようになります。悪魔になってなお信仰の心があると聞いてはいましたが、今日お会いして確信しました。あなたは悪魔だろうと私たちと信仰を共にする同志です」

 

「…!!」

 

「よかったなアーシア!」

 

「はい…!」

 

そんなグリゼルダさんの言葉にアーシアさんは言葉もなく、涙をこぼしそうになっていた。

 

教会に迫害され、追われ、挙句一度は命を落としたアーシアさんにとって今のグリゼルダさんの言葉はどれほどの救いになったことだろうか。悪魔でありながら信仰を捨てずに生きることを迷ったこともあっただろう。それを良いと認められ、これまで通りに行事への参加を許された。今日は彼女にとって最良の日だ。

 

「先ほどは可愛い後輩との再会につい盛り上がってしまいましたが、今日は天使の仕事の見学に来られたのでしたね。中々にない機会です。是非後学に役立ててください。Aイリナ、頼みましたよ」

 

ばしっと敬礼で返す紫藤さん。

 

グリゼルダ支部長の挨拶が終わり、いよいよ天使のお仕事紹介が始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…はずだったのだが。

 

最初の仕事は礼拝堂で信徒からの悩みや懺悔に耳を傾け、天使として道をさししめすというものだった。

 

信徒をよりよい道へと導く。良いように言えばそうなるのだが、演出強めだったりどこか変だった。純白の羽衣と自前の光力でライトアップ、口調も丁寧なものになっていて、胡散臭さましましだ。多分紫藤さんじゃなければこうはならないと思うのだが。

 

「これでいいのか?」

 

「「…」」

 

兵藤と俺は違和感を覚えたが、ゼノヴィアとアーシアさんは真面目にその仕事っぷりを見学している。教会育ちの二人では感じ取るものが違うのだろう。まあ、仕方ないね。

 

別の聖堂に行けば最近子どもが生まれたという夫婦の対応で…。

 

「この子にどうか、お名前を付けてあげてください」

 

「はい、聖人の方から拝借して、その子の名前は『冶虎武』です!」

 

「おいそれでいいのか」

 

と、こんな感じでどう聞いてもキラキラネームな名前を赤子につけようとしたり。

 

「ここの書類はこっちのデスクでOK?」

 

「はい、ありがとうございます!」

 

施設内のオフィスの書類整理だったり。

 

「いい感じです!次はこういうポーズでお願いします!」

 

「こう、ですか?」

 

何故か建物内に撮影用のスタジオがあって、そこで信徒向け雑誌『週刊ぶれいぶエンジェル』用の写真撮影があったり。ミカエル様のAというだけあり、教会内で高い人気を誇る紫藤さんは今回雑誌で特集が組まれることになったらしい。

 

「なあ兵藤、天使って何なんだろうな」

 

「俺にもわかんねえ…」

 

なんか違う。俺の想像していた生真面目で清廉潔白な天使の仕事っぷり、内容と違う。雑用とか芸能人みたいなグラビア撮影とかイメージが乖離しすぎだろ。

 

「彼が例のドラゴンのボーイフレンドですかな?」

 

「も、もう!そそういうわけでは…!」

 

カメラマンのジョークで顔を真っ赤にした紫藤さん。そんな噂が教会に回ってるのか。全く耳の早い連中がいたもんだ。

 

その後、羞恥のあまり堕天しかける場面もあったが俺とゼノヴィアとアーシアさんの3人でフォローし事なきを得るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一通りの仕事紹介が終わり、休憩所に向かおうと廊下を歩いている途中だった。

 

「…ん」

 

通り過ぎようとしたドアから出てきた、ふわふわとした灰色の髪の少女とばったり目が合った。可愛らしい童顔に魚を連想させるアクセサリーを付けた独特な世界観を誇示しており、おまけに中々に豊満な胸を持っていらっしゃる。

 

「あれ、イサナ?もう任務終わったの?」

 

「面倒だからさっさと終わらせて今帰って来た。疲れたから寝るね」

 

可愛らしい雰囲気と裏腹に、可愛げのない投げやりで気だるげな発言だ。タメで口をきいているあたりこの人も紫藤さんと近い地位の人間だろうか。

 

「そう、お疲れ!でもその前に皆を紹介させて?」

 

「知ってる。顔は資料で見た。シスター・グリゼルダの後輩のゼノヴィア、スペクターの紀伊国悠、シスター・アーシア…それと」

 

俺たちを一通り眺めた後、軽蔑の視線が兵藤を捉えた。

 

「兵藤一誠…赤龍帝…色欲にまみれた変態ドラゴン…最低」

 

「きょ、教会は当たりがきつい…」

 

グリゼルダさんは冗談感覚だったがこれはガチ罵倒だ。しかし事実陳列罪すぎてフォローの仕様がない…。

 

「ま、まあ。イッセー君はあなたが思うほど悪い人じゃないのよ?」

 

「…!もうイリナはたぶらかされてしまったのね。きっと好き放題弄ばれて…かわいそう」

 

紫藤さんが兵藤のフォローをしようとするがかえって向こうの誤解を深める結果に終わったようで、心底憐れむようなまなざしを送られる。

 

結構この人も癖が強い人だな…。

 

「私はイサナ。ラファエル様の『10』。困った時は手が空いたらサポートする。じゃあね」

 

そう名乗ったイサナさんは俺達とろくすっぽ会話を交わさず、一方的に話を切って去っていった。

 

「はぁ…もっと楽なところに着任したかったな」

 

最後に何とも言えない少女の鬱々とした発言がため息と一緒に虚空に溶けた。

 

「わ、悪い人じゃないのよ?ちょっと癖があるってだけで…」

 

それ、フォローになってるか?

 

しかしラファエルさんの10か。あんな性格でも御使い内でも上位クラスの実力者だ。きっとオンオフの差が激しい人…なんだろう。オンの時はすごいきちっとやる人に違いない。というかそうであってくれ。

 

「輝聖が二名、四大セラフの御使いがそれぞれ一名ずつ…かなりの戦力を天界はこの街に置いてるみたいだな」

 

「ええ、それだけこの町を天界も重要視しているということです」

 

聞くだけで柔和さを感じさせる優し気な声。振り返ればそこには先ほど挨拶したばかりの。

 

「シスター・グリゼルダ!」

 

「皆さん、天使のお仕事は如何でしたか?」

 

「…なんていうか、あまり信徒との距離を感じませんでしたね。お悩み相談だったり、お手伝いだったり、人とそんなに変わらないなって思いました」

 

依頼者の願いに応じてゲームの遊び相手になったり、話し相手になったりする悪魔の仕事とそんなに変わらない。人間と天使、信仰する側される側でもっと距離感のある仕事だと思っていたのだが、相手と密着した距離感で寄り添った感じだった。今回の件で天使のイメージは大きく変わった。

 

「ふふ、それは彼女の人柄が為せる技です。私では優しくはできてもあのようにフレンドリーに接することはできません。その気構えは私も見習いたいところです」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

素直な賛辞の言葉に紫藤さんは照れを隠すように頭を下げる。

 

「ところで、もしお時間があれば一つあなた達にお手伝いしていただきたいことがあるのですが…」

 

「なんでしょうか、私たちにできることならなんでもします!」

 

アーシアさんは目をキラキラさせて是非もなしといった様子だ。今日は休日だし、時間なら俺にもある。裏方でお世話になっているだろうし、恩を返す意味でも協力しよう。

 

「でしたら…兵藤一誠さん。あなたに戦士たちのエクソシストの実戦練習の相手をお願いできますか?シスター・アーシアたちは是非見学されるとよい勉強になると思います」

 

「え、エクソシスト!!?」

 

声を上げて身構え、一歩下がる兵藤。悪魔からしてみればエクソシストという言葉を聞いて不安に思うのは当然だ。何せエクソシストとは悪魔を祓い、消滅させる儀式のことなのだから。

 

「本当に悪魔祓いはしません。ただ、ドラゴンで悪魔であるあなたが相手なら彼らにいい経験になると思いまして。それに、色欲だけお祓いすることも可能ですよ?」

 

「そ、色欲だけは勘弁…!!」

 

兵藤の顔色がどんどん悪くなっていく。そのスピードと具合たるや、先ほどのジェルジオさんの時以上だ。

 

色欲だけってそんな器用なこともできるのか。ただこいつから色欲を取ったらそれはもう兵藤一誠じゃないな。もはや色欲がこいつのアイデンティティーといっても過言ではない。

 

「イッセーさんは少しエッチすぎるので一度お祓いした方がいいと思います」

 

「アーシア!?」

 

兵藤、背後から裏切りというナイフで刺される。紫藤さんに助けを求めるような視線を泳がせるも。

 

「うーん、イッセー君とは堕天しない健全なお付き合いがしたいかなー?」

 

「イリナまで!?」

 

「話は決まったようですね。では参りましょう」

 

「いやだぁぁぁぁぁ俺からエロを奪わないでくれぇぇぇ!!!」

 

さっきのゼノヴィアのようにがっしりと頭を掴まれた兵藤の口から懇願の叫びが迸る。おっぱいへの欲望でパワーアップするのは良いけど人に迷惑をかけるのはよくないからな。ここらで調整が入ってもいいかもしれない。

 

「うーん」

 

「どうしたゼノヴィア」

 

「私たちも色欲をお祓いした方がいいかもしれないと思ってね」

 

「えっ」

 

今まで散々子づくりしたいと言っていた彼女の口からそんな言葉が出るなんて…。今日の出来事が信仰の初心に立ち返るきっかけとなったのか。

 

「若さゆえの過ちを防ぐ意味でも、あなたたち二人もお祓いした方が良さそうですね」

 

「俺もエクソシストされるんですか!?」

 

「さあ、一緒にお祓いしてもらおう。二人なら怖くないさ」

 

ニコニコ笑顔の二人が俺の手をがしっと掴んだ。有無を言わせぬ迫力がそこにはあった。

 

「っ」

 

逃れようと引っ張るが、掴む力は強く逃げられそうにない。

 

ゼノヴィアめ、お前はさっきまで引っ張られていた側だろう!後輩先輩揃ってニコニコ笑顔で、似た者同士だなぁ!!

 

「さあ、行きましょう」

 

「「いやだぁぁぁぁ助けてぇぇぇ!!!」」

 

嫌だ、俺はお祓いなんてされないぞ!不要だ!

 

俺は彼女とエッチなことまだまだしたいんだよぉぉぉ!!!

 




活動報告で裏話を既に上げてますので、次からいよいよ新章突入です。長らくお待たせしました。本作初の完全オリジナル章になります。なる早で更新継続できるよう頑張りますのでお楽しみに!








「妾達でディンギルの野望を阻止するのじゃ」

大敵を前に、再び結束の時が訪れる。

「その大層な仮面の裏、見てみてぇな?」

叶えし者たちの猛威を前に、彼は。

「お前を止められるのはただ一人…!」

兄と妹、世界と輪廻を股に掛ける運命の終着点。

「貴様に救えるものなど何もない」

創造せし切っ先が向ける先は。

英雄集結編 最終章 慰安旅行のデュナミス


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英雄集結編《コード・アセンブリ―》第五章 慰安旅行のデュナミス
第172話「動き出す者たち」


大変お待たせしました。ついに英雄集結編最終章のスタートです。

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そこは冥界の山岳地帯。おおよそ人の立ち入らぬ大自然が支配する険しい環境に無縁なはずの剣戟音が、鳥の嘶きのように幾度となく鳴り響いていた。

 

「ぐぁ!」

 

襲い掛かるは不可視の衝撃波。なすすべなく身を打たれて呻きを上げ、アーサーは地面を転がる。

 

魔獣騒動の後、独自に神龍戦争時代のディンギルの痕跡を探し始めたヴァーリチームはこの地帯を訪れた。

二手に分かれて捜索を始めた矢先、この男は突如として現れた。

 

見知らぬ男は名乗りもせず攻撃を仕掛けた。アーサーとルフェイもそれを迎え撃つべく戦闘が始まった。

 

「ルフェイ…!!」

 

口の端から血を流すアーサー。その視線の先にはルフェイが力なくぐったりと倒れている。ローブを土で汚し、可愛らしい顔は額から紅い鮮血を垂らす。

 

戦闘開始直後、ルフェイはフェンリルとゴグマゴグを動員して返り討ちにせんとした。力を封じられたとはいえ異形界トップクラスの魔獣と古代兵器だ。生半可な相手では数秒ともたないレベルだが、男は驚くことにそれを難なく捌き瞬く間に無力化してしまった。

 

ゴグマゴグの巨体故に鈍重な動きという弱点を突いて翻弄しつつ、確実に四肢を破壊。フェンリルに至っては俊敏な動きを容易く見切り、首根っこを掴んで遥か彼方に投げ飛ばすという荒業で対応したのだ。

 

兄妹は驚愕したが、すぐに切り替え冷静な対応を試みた。しかし、ルフェイに狙いを絞った男は激しい魔法攻撃を突破して拳打を決めて意識を刈り取る。

 

妹を目の前で倒されたことに感情揺らぐアーサーは幾度となく激しい剣戟を浴びせた。時に真正面から、時にコールブランドの空間を切り裂く能力を応用し、あらゆる角度、死角から攻撃を叩き込んだ。だが、コールブランドの刃も、ゴグマゴグの重火器も、フェンリルの爪も、ルフェイの魔法も、如何なる攻撃も男に傷一つ付けることができなかったのだ。

 

刃が触れた瞬間、かきんととてつもなく硬いものに弾かれたような音を立ててそのまま弾かれる。爆炎の魔法を繰り出そうとも、それをものともせず、体の一切を焦がさないまま炎の帳から現れる。

 

全ての攻撃が通用しない。からくりのわからないこの男の不可思議な術、解明するべく慎重に戦ったがあらゆる動きに目を光らせても謎を解き明かすヒントに繋がるものはなにもなかった。

 

そうして今、彼は久方ぶりに追い詰められようとしている。

 

「コールブランドが全く効かない…どういう…」

 

アーサーは対峙する男を睨むように見上げる。

 

超然的な雰囲気を纏い、全てを見透かす達観した青い眼差し。神父服のような衣装の上からライトアーマーを纏った一風変わった出で立ちのブロンドヘアの短髪の初老の男。地面に刺さったコールブランドを見て、懐古の色をその瞳に宿した。

 

「コールブランド…懐かしい剣だ。故にその特性は理解している。そして才能任せの剣筋では私に届くことはない」

 

「!!!」

 

男の手が剣とルフェイに伸びる。その時、空から白い魔力の光弾が雨のごとく降り注いだ。

 

空切るそれを男は一瞥するのみで構わず、剣とルフェイを掴む。その間接近した光弾の悉くが男に触れた瞬間、何もなかったかのように雲散霧消してしまった。

 

「アーサー!ルフェイ!!」

 

空から急降下して現れたのはヴァーリだった。ゴグマゴグの銃撃やルフェイの激しい魔法の音を聞きつけ、即座に黒歌達より先行して駆けつけたのだ。

 

状況をざっと見まわし即座に把握。一瞬目を見開くと、すぐに苦境に眉を顰めた。

 

あのフェンリルとアーサーがこの男一人に圧倒されたというのか。にわかには信じがたかった。その事実が、目の前の男への警戒を最大限まで引き上げた。

 

「ヴァーリ…無様を見せてしまいましたね…」

 

「気に病むな。それよりこいつは…」

 

二人の目の前でルフェイを肩で担ぎ、コールブランドを地面から抜き放った男。先ほどはルフェイの直撃を避けるべくある程度威力を調整した一撃だが、それが全てかき消された。

 

「当代の白龍皇…まだ若いな」

 

「人間…だが、それにしては異質なオーラだ。異形にしては人間の色が強い」

 

ヴァーリと男。互いを警戒しつつも値踏みするような視線が交錯する。

 

「注意してください。奴には一切の攻撃が効きません」

 

「なんだと?なら…」

 

剣の腕に全幅の信頼を寄せ、自身の中で最強の人間候補に挙がるアーサーが傷一つ付けることなく苦戦を強いられている。この事態を重く見たヴァーリは白銀の鎧へと変化すべく力を高めようとするも。

 

「…ふむ」

 

力を高めるヴァーリの一方で、男は興が削がれたようにくるりと背を見せ、退こうとする。

 

「待て、逃げるのか!?」

 

彼にしてはらしくなく、叫ぶようにアーサーが問う。妹と剣が敵の手中にあるという事実は彼の冷静さを失わせるには十分すぎた。

 

「逃げるのではない。私はただ、使命を果たしただけのこと。その証に、この名を覚えておくといい」

 

穢れなき白のローブを風にたなびかせ、男は静かに、堂々と名乗りを上げた。

 

「我が名はラディウス。真なる神、ディンギルに仕え、最上におわす方…偉大なる『裁決』に連なる者だ」

 

振り向きざまにラディウスがコールブランドを振るう。聖なる切っ先によって時空が裂けて生まれた虚空の闇へ、ルフェイを抱えて歩む。

 

「待て!」

 

「ルフェイ!!!」

 

追跡しようと踏み出す二人。アーサーは必死に手を伸ばす。

 

家を出奔した自分に着いてきてくれた妹をあのようなわけのわからぬ輩に奪われるなどあってはならない。ましてや聖王剣も同様というなら言語道断。否が応でも敵を逃すわけにはいかない。

 

力の限り叫び、伸ばす。しかし無情にも裂け目は即座に閉じられる。

 

「!!」

 

「くっ…!!」

 

身を激しく焼く悔しさに、アーサーは拳を握りしめ歯を思い切り食いしばった。

 

誇りの象徴たる聖王剣を奪われただけでなく、妹すらも敵の手に堕ちた。この感情を屈辱と言わずして何というか。

 

「…行くぞ、アーサー」

 

「…どこに行くというのですか」

 

そんな彼に対し、ヴァーリがかける言葉は実に単純明快だった。その声もまた、ぐつぐつと滾る感情に震えていた。

 

「決まっているだろう。俺達に牙を剥いた代償は…必ず払わせる」

 

叶えし者最強と呼ばれる男は、天龍の逆鱗に触れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

 

 

 

「よっと!」

 

縄で結んで十字にした木を地面に振り下ろし、突き立てる。

 

かつて俺と信長が戦った冥界の村近隣の森。かろうじて魔獣の被害を免れ、ありのままの自然を残すそこは戦死した男の墓標を立てる静かな環境を求めるにはうってつけだった。

 

この墓に信長の遺体はない。今頃冥界の研究所で解剖され、調べつくされているところだろう。一度は魔人化した体がどうなっているか、研究者たちは気になって仕方ないだろうからな。取り調べ中のヘラクレスやジャンヌをバラすわけにはいかないし、ジークは灰になって消えた。消去法で、信長しかいないわけだ。

 

だからこれはただの気休めだ。それでも何かしら、この男のためにしてやりたかった。

 

「あんたから繋いだバトンは絶対に無駄にしない」

 

形見の刀を花束代わりに墓前に添え、俺は改めて誓った。

 

敵であるはずの俺を生かし、英雄になれと言って未来を託した。迷いぬいた末に貫くべき信念に辿り着いた

、敵ながら気高い男だった。その意志を背負い、俺はこれから生きていこう。

 

「あなたが弟を止めたのですね」

 

決意を固くする最中、背後から声。ふと振り返ると、そこに佇んでいたのはたおやかな和服の女性。腰に帯刀したただならぬ気配の刀と手にした花束がその凛とした雰囲気をより際立たせる。強い意志が煌めく青と黒のオッドアイが、墓標を見つめていた。

 

「紹介が遅れました。天峰叢雲、創星六華閃の一角、天峰家の当主です。以後、お見知りおきを」

 

「あんたが六華閃の…」

 

ガルドラボークさんとレーヴァテインさんに並ぶ武器職人の最高峰。現在ガルドラボークさん達がレジスタンスへの加入を交渉中で、信長が首謀者として襲撃された家だと記憶している。

 

そして、信長の父親の家だとも。

 

「ガルドラボークと…ポラリスなる者から顛末は聞きました。弟のことも…六華閃の本当の使命のことも」

 

叢雲さんは腰を落として、そっと墓前に花束を添えた。其の所作の間に彼女はいかようにも読み取れる複雑な感情を浮かべた。怒りとも、悲しみとも、寂寥とも。

 

「…少し、話を聞いていただけますか」

 

その間は死者の冥福の祈りか、溢れる気持ちの整理か。数拍おいて彼女は意を決したように口を開いた。

 

「弟は…尊敬する父を殺害し、大勢の犠牲を出した大罪人です。しかし、彼の過去を知った私には恨み切ることもできません。父から受けた仕打ちを考えれば、こうなって然るべきでしょう。ですが父を恨むことも私にはできません。父は父のやり方で家を守り、次代に繋ごうと必死でした。その陰でプレッシャーに苦しんでいたことでしょう。結果、信長という闇を生んでしまった」

 

彼女は華奢な手を強く握りしめた。やりきれない思いのままに。

 

「私にもっと知恵と力があれば、あの時の信長に手を差し伸べ、あのような賊に身を堕とさず、妾の子なれど私と共に家のために尽力する道もあったのではないか、と今でも考えます。…家に仇なす者に情を抱くなど、当主として失格ですよね」

 

昏い後悔の色を双眸に浮かべ、まるで墓前で懺悔するかのごとく彼女は胸中を告白した。

 

その告白は当主としてではなく一人の人間としての後悔だった。身内を失い、身内の過ちを止めることができなかったことを悔いて苦しむ彼女。それは彼女の優しさに由来する感情だろう。肉親を愛し、身内に愛情を注げる器の主だと俺は知った。

 

ならば、俺からかけるべき言葉がある。

 

「…思い悩んだって、信長は帰ってきませんよ」

 

「…わかってます」

 

「過去の過ちは取り消せない。なら、また繰り返さないことが大事だと思います。信長はあなたの罪じゃない。先代当主の罪です。でも、当主の座を継いだあなたは天峰が同じ過ちを繰り返さない未来を選択していくことができる。そうすれば、信長も少しは浮かばれるでしょう」

 

望まれないまま生まれた彼の苦しみを同じくするものが増えることは彼が一番望まないはずだ。なら、罪を背負った先代から責任と誇りある当主の座を受け継いだ者として責任がある。それを果たすことが天峰から信長へできるせめてもの罪滅ぼしではないのか。

 

「過つ前の道に戻ることができないってあいつも分かっているから、信念を持って前へ進むことを選んだ。自分の行いにケジメをつけてあいつは命を燃やし尽くした。俺たちも彼のように前に進み、生きていくしかないんです。例えどんな苦しみを背負ったとしても」

 

俺はあいつから前に進む意志の強さを学んだ。信念を抱いて今を生き、未来へつなぐこと。その意志を持って踏んだ一歩一歩が大事の成就に繋がるはず。

 

俺には信念がある。仲間と共に戦い、生き抜くこと。そして、凛を救うこと。そのために俺は命を燃やし、前に進む。信念を…願いを叶えるために。

 

迷う今の彼女に必要なのは意志の強さだ。どれだけ傷つこうとも、道を見失うことなく、傷をないがしろにすることなく進み続ける意志。信長が存命なら、きっと同じものを彼女に求めたのではなかろうか。それはきっと、当主として人を導くリーダーの重要な素質でもあるはずだ。

 

「…それに、俺にバトンが託された様に、あなたにも信長が託そうとしたバトンがあるんじゃないんですか?」

 

「…私に託そうとした、バトン」

 

「じゃなきゃ、天峰襲撃の際に同じ現場に居合わせたあなたが無事だった説明がつかない。あの男は天峰を恨んではいてもあなたを恨んではいなかった…これは単なる想像でしかないですけどね」

 

襲撃メンバーは信長のほかジークとジャンヌと聞いている。あの強力無比な禁手を持つ信長と魔人化と英雄化を使える英雄派の幹部たち。それら全員を相手にすれば並の相手では命はないし、猛者だとしても深手を負う可能性は多分にある。

 

生みの親だけでなく、自身に過酷な環境を強いた天峰家そのものを恨むなら叢雲さんにもその矛先が向けられてしかるべき。しかし彼女は今、英雄派の幹部たちとの戦いを経験し、深手を負うこともなく今生きている。それは恨みの矛先が父だけに向けられていたという証拠ではないのか。

 

その考えに叢雲さんはハッとしたような表情を見せた。

 

「…信長は父を殺し、私を生かすことで天峰に光ある未来をもたらしたかったのでしょうか。全ての闇を自分一人で背負うことで…」

 

十字架に目を落とし、深く瞑目する叢雲さん。こぼれそうな涙をこらえているようにも見えた。しかし彼女は悲しみに項垂れることはしなかった。

 

「…ありがとうございます。おかげで迷いが晴れました」

 

開眼。その目に霧のように浮かんでいた負の感情はない。晴れ渡る空を見上げ、帯刀する刀に手を据えた。

 

「決めました。私もガルドラボーク達と共にディンギルと戦います。信長のような路頭に迷い、道を誤った被害者を二度と出さないためにも私なりの信念を貫きます。彼の命は無駄にしません」

 

もうここに来た時のような昏い感情はない。前を進む気高い六華閃当主の顔つきだ。刀を司る天峰らしく、迷いを完全に断ち切れたようだ。

 

「あなたと会話出来てよかったです。それに…もう一つやりたいことを決めました」

 

「?」

 

「天峰家を改革します。今まで閉じた家を開放し、他の神話体系や六華閃と技術交流や伝承を活発にしたいんです。保守的な五大宗家の繋がりもありますから一筋縄ではいかないと思いますが、頼れる宛があります」

 

晴れやかで希望に満ちた表情で彼女は夢を語る。

 

聞けば先代のずっと前から他の六華閃との交流を閉ざし、五大宗家を始めとした日本古来からの勢力との関係を強めてきたという。それら上層部の保守的、利権主義のシステムに天峰家もまた取り込まれていたのだ。

 

「実は昔、ある一件でラファエルと事件に巻き込まれたことがありまして。以来、今でもこっそり個人的に連絡を取り合う仲なんです」

 

言われてみれば、ラファエルさんが天峰家とパイプがあるという話を聞いたことがあるな。四大セラフの一角とのパイプは対外的に相当大きな意味を持つ。ともすれば五大宗家との関係を悪化させることにもなりかねないだろうが、従来の主義との決別を目指す改革をするなら避けては通れまい。

 

「叢雲さんならきっとできますよ。俺にできることは少ないですが、何かあったら呼んでください」

 

迷いの霧から抜け出した彼女なら成し遂げられる。ラファエルさんだけでなくガルドラボークさん達も協力してくれるだろう。支えが多ければそれだけ望みを達成する可能性は上がる。

 

「ありがとうございます。でしたら私もあなたが困った時、力になりましょう。愚弟が繋いだ縁を大事にしたいので」

 

叢雲さんは優しく微笑み返してくれた。一人の男が繋いだ縁が、きっとこの先の未来で大きなことを成し遂げるきっかけになると俺は信じたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ…はぁ…!!」

 

整った衣装にだらしない体が特徴の恰幅中年の男、ガイウス・ベトレアルは邸宅の廊下をひた走る。

 

外からは暴徒と化した領民からの罵声が絶えず聞こえてくる。だがそんなものを彼は意に介すことはない。彼を目下怯えさせるものは『失墜』である。

 

ベトレアル家は本来、貴族とも呼べないような極小の悪魔一家だ。神龍戦争期に急成長して今や大王派の古き中堅悪魔として確かな権力を握っている。

 

当然、その陰にはディンギルの暗躍があった。当時、次期当主だったガイウスは家の繁栄をディンギルに願い、その力と助けを持って今の地位まで上り詰めた。殺し、脅し、賄賂。なんでもした。ディンギルの契約によって齎されたその財力と権力を維持するために。

 

富の見返りとして、ディンギルたちは彼に叶えし者たちのサポートを求めた。戦後残った数少ない叶えし者たちを領地に密造したアジトに匿い、アルルが降臨した二年前からはアルルのサポートにも積極的に陰から動いた。

 

財力と権力を駆使した隠ぺい工作によって、その事実は決して暴かれることはなかった。大王派でも中堅でありながらある程度のポストであることから、現魔王派も手出しはできなかった。

 

しかしそれが。

 

「どういうことだ、こんなはずじゃ…!!」

 

つい先日、冥界のメディアが一斉に自身の隠ぺいしてきたスキャンダルを報じ出した。これまで葬って来たはずの証拠が全て掘り起こされ、果てにはディンギルとの繋がりまで暴かれてしまった。

 

これには大いに面食らった。絶対に漏れるはずがないという自信があったからだ。それがたったの一晩で予兆もなく突如として崩れた。

 

これには流石の彼も恐怖を感じざるを得なかった。

 

「一体どこから漏れた!?くぅぅぅ…!!!」

 

慌てて私室に駆け込み、荒くドアを閉めてはカギを掛けるとすぐにガイウスは通信魔法陣を開いて連絡を取り始めた。

 

『私だ』

 

返答は早かった。感情の冷え切った女性の声。アルル神のものだ。自身が契約した神ではないが、それ以上の地位を持つ彼女の命は絶対であり、2年前からは彼女に尽くしてきた。

 

「ガイウスです…!どこからかリークされたかはわかりませんが、全てが…」

 

『知っている。情報統制が甘かったようだな。いや、そんなことができるとすれば恐らくは機界の者か…』

 

アルルは全てを見透かしたように平坦な声色で返す。不気味なほどに冷静な彼女の反応が、ガイウスにはとてつもなく恐ろしかった。まるで自身に全く興味がなく、どうなってもいいかのように感じた。

 

「わ、私を処断なさるおつもりですか…!?」

 

『このまま行けばそうなるな』

 

「そんな…!!」

 

寸分の迷いなく断ずる彼女にガイウスはいよいよ全身の血の気が引いていくのを感じた。

 

ディンギルの助けがなくなれば、いよいよ冥界に彼の立場はない。外患誘致に問われ公的に処刑されるか、あるいはアルルに刺客を差し向けられ殺されるであろう。

 

このときはっきり認識した。自分は『終わった』のだと。永い時をかけて蓄え、積み上げてきたその全てが自身の命と共に崩れ去るのだ。

 

『…だが、最後の働き次第では考えを改めないこともない』

 

「!!」

 

それはカンダタの糸だった。先の閉ざされた暗闇で唯一光る光明。ガイウスは何が何でもとすがりつく。

 

「アルル様…!!私はどうすれば…!?私にできることならなんでも…!!」

 

あの時と同じだった。金もなく、地位もなく、頼れるものもなく、それでも家族のために行動を起こさねばならなかったあの時。彼は目の前に現れた神にすがりついた。そうして彼は今に繋がる全てを手に入れた。

 

またあの時のような、ひもじい思いはしたくない。惨めな悪魔にはなりたくない。その一心だった。

 

『簡単なことだ。お前は時間稼ぎをすればいい。サーゼクスたちが本格的に我らの拠点のガサ入れに踏み出すまでのな』

 

「は…?アジトを移動されるおつもりですか…?」

 

『いや、どうせ位置の特定は時間の問題だ。ならいっそ、奴らをそのままアジトに招き入れる…選ばれた客人だけな。そのために準備が必要だ。全てのピースを揃えるためには』

 

通信魔法陣の向こう側で、アルルは薄く笑んだ。

 

『こちらから仕掛けるまで』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「調子はどうだ、ま、魔獣騒動の後処理に不祥事の追及で多忙の極みだとは思うが」

 

『全くだ。グレイフィアにはよく動いてもらっているから、1日暇を出したよ。ここ最近は働きづめだったから、少しは休んでほしくてね。嫌そうな顔はされたが、渋々了承してもらったよ』

 

「奥さん思いの旦那さんなことで。お前も休んだらどうだ?」

 

『そういうわけにはいかないさ。…ようやく掴んだアンドロマリウスとディンギルの尻尾だ。何としてでもここで叩いておきたい』

 

「わかってる。俺も援護射撃の一つはしてぇところだが、出しゃばると旧魔王派や大王派の政治家がやれ内政干渉だのうるせえだろうしな」

 

『ああ、だから今回の件は我々に任せてほしい。幸い、内容が内容だけに大王派の者も協力して身内の不祥事の追及にあたってくれている』

 

「要するにガイウスはトカゲのしっぽ切りに遭ったわけだ。ディンギル側からもそうされるだろうけどな」

 

『だから、トカゲ本体に逃げられる前に捕まえたいところだよ』

 

「だが…随分とエゲツないリークだな。賄賂、脅迫、暗殺、などなどそれを50年分。よくもまあこれだけのスキャンダルを集められたもんだ。リーク元はわかったのか?」

 

『いや、各メディアからメールや電話の発信源を辿ったが、大元に繋がる痕跡の一切が消されていた』

 

「そうかよ。大王派の深部の情報をこれだけ集め、かつ現魔王派に利する行動をする輩となりゃ限られてくる。俺には皆目見当がつかん。お前は心当たりはあるか?」

 

『いいや、私もだ。アジュカや諜報機関を思い浮かべたが、あれだけの情報を一切気取られることなく掴み、メディアに流すのは不可能だろう』

 

「やっぱりか。うちにもそんな凄腕の連中が欲しいもんだぜ。堕天使は年柄年中人材不足だしな」

 

『…アザゼル、ことがうまくいけば奴らのアジトを暴くことができるかもしれない、と言ったらどうする?』

 

「マジかよ」

 

『リークされた情報、証拠からして彼がアルルのアジトを隠匿している可能性は非常に高い。となれば、近いうちに戦闘になるだろう』

 

「魔獣騒動の直近にか…だが、やるしかねえな。それに…」

 

『あのポラリスも一枚嚙んでくる可能性がある、と?』

 

「そうだ。俺たちがディンギルと戦うとわかりゃ絶対に来る。俺たちにディンギルの情報を流したあいつは並々ならぬ敵意を抱いていると小猫から報告を受けているしな」

 

『…案外、今回のリーク元はポラリスかもしれないな』

 

「かもな。俺も疑ってるぜ」

 

『ポラリスが真に敵か味方か…見極めるいいタイミングだろう』




今回はプロローグであると同時にヒーローズ編のエピローグも一部兼ねた回でした。次から本筋に入っていきます。

次回、「伊豆に行こう!」


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第173話「伊豆に行こう!」

大変遅れました…色々難産でして、申し訳ございません。

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「ドラゴンショット!」

 

「まだまだ!」

 

紅のオーラと聖なる裂光の応酬。果敢に光を突破する兵藤と赤い閃光を切り裂くゼノヴィア、二人がぶつかり合う。

 

兵藤とゼノヴィアの激しい模擬戦を俺は一汗拭きながら見学していた。普段は木場とやりあう兵藤にしては珍しい組み合わせ。それもそのはず、この組み合わせには意味があるのだ。

 

この模擬戦にはいくつか目的がある。グレートレッドとオーフィスの力で再生した兵藤が紅の鎧をどれだけ維持できるか、パワーがどこまで上がったかの確認、そしてもっと大きな目的が。

 

「おら!」

 

兵藤の切り裂くような拳を正面からエクスデュランダルで防ぐゼノヴィア。殺しきれぬ拳のパワーに押され、じりじりと後ずさった。

 

「速いな!それにパワーも!」

 

「そっちのエクスデュランダルもな!」

 

拳を受け止めたエクスデュランダルの切っ先が幾つにも分裂し、至近距離の兵藤目掛けて走る。擬態の能力をこんな形で使ってくるとは、あいつもエクスカリバーの能力の理解を深めて来たらしいな。

 

「おわっ!」

 

苛烈な突きのいくつかを掠めながらも兵藤は咄嗟に後退しつつ、伸びる切っ先の突きを捌いていく。

 

「ふ、なら…!」

 

カシュっと音を立てて勢いよくエクスデュランダルの柄から鍔が一本飛び出す。7本のエクスカリバーを使う気か。あいつが現状実戦で使える剣は破壊、天閃、擬態ぐらいだが果たして…。

 

「さあ、行くぜ。煩悩開放!」

 

それに対抗するべく、兵藤もとっておきの技を発動させた。奴の体からピンク色の波動が溢れ出し、ゼノヴィアをもその領域に収める。

 

「パイリンガル!!」

 

「!」

 

発動するがゼノヴィアの抜刀より早く、即座に兵藤が突貫。赤いオーラを放出しながら、凄まじいスピードで馳せた。

 

遅れてゼノヴィアの抜刀。抜き放った刀身を地面に叩きつけて、ド派手な衝撃波を巻き起こす。その余波は見ているこちらもびりびりとしびれを感じるほどだ。

 

地面を砕き、激しく土煙を巻き上げながら衝撃波が兵藤へ向かう。だが兵藤は止まらない。破壊の波を諸共せず、赤い彗星になった兵藤は突貫。

 

「はっ!」

 

ついには間合いに入り込み、真っすぐ振りぬいた拳。拳圧が周囲の大気を揺らし、それを目の前で寸止めした。

 

「…ここまでだな」

 

「はぁ…」

 

俺の一言で二人は拳と剣を下した。禁手を解き、汗ばんで息を吐く兵藤に冷やしたタオルを手渡す。ゼノヴィアには冷えたスポーツドリンクを渡すと、ぐびぐびと気持ちのいい飲みっぷりを披露してくれた。

 

「どうだ?」

 

「やっぱり真紅の鎧になってから効果が強まってる。発動も早いし、前よりもはっきり声が聞こえたぞ」

 

「グレートレッドとオーフィスの力と…君自身の力が増したことで進化したのかもね」

 

「それなら、今度こそ凜に届くかもしれないな」

 

前に交戦した時、パイリンガルで凜の声を聴くことはできなかったという。恐らく弱体化しているとはいえ神相手だったからまだ練度の低い術が効かなかったのだろう。

 

だが今は戦いを切り抜け、自力を伸ばしたこいつのパイリンガルは範囲、持続時間、出力、共に大きく進化している。これなら今の彼女にも届きうるのではなかろうか。

 

「お前の乳技も頼りの綱の一つだ。奴にどこまで通用するかはわからないが、それでも可能性があるなら試すほかない」

 

兵藤の乳技は女性に対して抜群の効果を発揮する。身体的、精神的にも作用するそれならあるいはと期待を寄せている。

 

…正直、辱めにも近いこの技をアルルに憑依されているとはいえ凜にぶつけるのはかなり心苦しいものがある。しかし期限も限られている以上は手段を選り好みしてはいられない。心を鬼にしてでも、俺は凛を救いたいのだ。

 

「わかってる。この技がダチの役に立つならいくらでも磨いて使うさ!」

 

前向きな友の返事の頼もしさたるや。…その技の内容がアレでなければ、もっと手放しで喜べたのだが。

 

「よし、それなら次はドレスブレイクを試してみようか」

 

「任せてくれ。着替えなら沢山用意してきた」

 

俺の気持ちを理解している彼女は何と、わざわざ自分から兵藤の乳技の実験体に志願してきたのだ。恥じらいも捨て(元々あったか定かではないが)、一緒に同じ目標に向かってくれる仲間の存在がどれだけ俺の心を救ってくれることか。

 

「おう!じゃ、休憩挟んでやるか」

 

「…ちなみになんだが、ゼノヴィアの胸はどんなことを言ってた?」

 

「『支配の聖剣を使うと見せかけて破壊の聖剣の二刀流で攻める!』…だった」

 

「…」

 

「これが私の戦い方だ」

 

悪びれもせず、堂々とゼノヴィアは言ってのけた。道理で木場が悲しそうな目でゼノヴィアの戦いを見るわけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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翌日の水曜日、夕方になりある程度部員が部室に集まって来たタイミングでアザゼル先生は。

 

「よっしゃお前ら、伊豆に行こうぜ!!」

 

と、唐突に言い出した。

 

俺達はこれまでの経験上、身をもって知っている。あのテンションの先生はろくなことを起こさない。しかも伊豆とか具体的に地名も上げてるあたりリサーチもしてるな?ますます不安だ。

 

「いきなりどうしたのかしら」

 

「お酒に毒でも盛られて頭をやられたのでしょう」

 

ハイテンションに言う先生とは真逆に二大お姉さまは冷静な突込みで返す。アーシアさんと新参者のレイヴェルさんは嬉しそうな反応をしているが、それ以外のメンツの表情は渋い。やはり先生への疑いの目は深いのだ。

 

「なんだよつれねえな、もっと盛り上がれよ!この間の魔獣騒動の慰安旅行に行こうってんだよ」

 

あまりに皆の反応が薄いので先生も子供のように口を膨らませ始めた。

 

慰安旅行ね…中々心動かされるいいワードを使ってくるじゃないか。

 

「ふーん、いいわね。行きましょう」

 

「あ、あっさりと!?」

 

慰安旅行と聞くや否や、部長さんはあっさりと手のひらを反すのだった。さっきまでの疑いの目は何処に!?

 

「私も近々旅行で英気を養う計画を立てようとしていた所なの。そろそろ皆にはリフレッシュが必要だと思ってね。丁度いいわ」

 

なるほど、部長さんも部長さんなりに色々考えてはいたのね。言われてみればここ最近つらい連戦続きだったしなぁ。旅行といえば修学旅行というイベントもあったが、あれも英雄派の横槍を入れられて100%エンジョイできたかといわれたら難しいところ。

 

戦い抜き、学校抜きの100%エンジョイできる楽しい、リラックスできるイベントがあってもいいはずだ。

 

…なら、行かない理由はないな。

 

「いいわいいわ!皆で行きましょ!」

 

「皆様と旅行…初めてですわね。いい思い出ができそうですわ」

 

部長さんが賛成の意を示すと部員の皆も一気に旅行のスイッチが入り、雰囲気が盛り上がり始めた。

結局のところ皆も考えることは同じだったんだろう。

 

だがつと、部長さんが暗い表情を見せる。

 

「…でも、今お兄様が大変な時に旅行なんてしてもいいのかしら」

 

今部長さんが憂慮しているのは兄、魔王サーゼクス・ルシファーのことだ。

 

現在、冥界では大王派の議員の不祥事が明るみに出ており、テレビもラジオも新聞も、あらゆるメディアで連日連夜とりただされている。スキャンダルを各所に垂れ流したのはポラリスさんだと俺は知っているが、恐らくも噛んでいるだろう。

 

大衆から非難の声が上がり、挙句各勢力に仇なすディンギルとの繋がりすらも暴かれてしまった以上は大王派も看過できず、なんとサーゼクス側に与する形で追及しているという状況だ。その対応でサーゼクスさんとそれを補佐する眷属の方々は休みなく働きづめだという。

 

そんな状況で自分たちだけ呑気に遊んでいられないと思うのは彼女が魔王の妹としての責任と立場を自覚してこそだろう。

 

だが先生は部長さんの憂いをふんと笑い飛ばした。

 

「いいんだよ。政治は俺達大人に任せとけ。これまでとんでもない事件と連戦続きだったんだ。ここでがっつり英気を養おうぜ。あれだけの武勲を立てりゃ誰も文句は言わねえさ。グレイフィアだってサーゼクスに休めって言われて休暇取ったんだからな」

 

「お義姉さまも…!?」

 

「ああ、お前はどうする?皆旅行に行きたそうな顔をしてるが?眷属の心身のケアも立派な『王』の務めだぞ」

 

言葉の通り、俺たちは政治面でサーゼクスさんの助けになることはできない。ならばこそ、部長さんの今果たすべき役目は眷属の面々を自分含め労うことだろう。

 

先生に言葉で背を押され、皆の顔を見渡した部長さんは「ならばと」心配の念を晴らした表情で。

 

「…そうね、それなら行きましょう」

 

リーダーがそう言うなら仕方ない。俺も全力で旅行を満喫するまでだ。

 

「よく言った!そうとくりゃ、今度は日程だ。いつにする?」

 

「今度の土日にしましょう。日本の言葉には『善は急げ』とあるわ」

 

今度の土日ね。予定も空いているし、タイミングとしては申し分ない。伊豆旅行、今から楽しみだ。

 

「!『悪は滅べ』ではなかったのか…」

 

「大分勘違いがすごいけどある意味正しいな」

 

そんな語気の強い慣用句があってたまるか。

 

 

 

 

 

 

 

 

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「…」

 

冬の気配も強まり、そろそろ毛布なしで寝るのはつらい季節になって来た。空模様は厚い雲に覆われ、仄かな月光も届かない。

 

明日は快晴だと予報が出ているが、それを疑わせるような空模様だ。

 

ベッドの上で二人で一緒に横になっていた。言い出しっぺはこちらからだ。最初は一人で部屋に寝るつもりだったがふと、無性にそういう気分になって彼女を呼んだ。

 

「なんだか二人で寝るのも久しぶりだね」

 

「そうだなぁ…戦いに勉強尽くしで、数日会ってない時期もあった」

 

「あの数日間は本当につらかったよ。君には会えないし、入院した君のこと、死んだイッセーのこと、折れたエクスデュランダル、冥界の危機…不安が重なってイリナにも心配を掛けさせてしまった」

 

「同感だ。病室のベッドで何もできず、兵藤のことで何もできなかった自分が悔しかった。あの時は皆不安で一生懸命だったんだ」

 

兵藤がいない数日間、皆悲しみに明け暮れ、道に迷い、その末に進むべき道を見定め直した。どんなに苦しくても進むしかないのだと決意し、命を振り絞って強敵を打ち破った。それは兵藤が戻ったとしても決して無駄にはならない。あの経験と、それによって内に生まれた強い意志は今でも胸の内に滾っている。

 

「…」

 

真っすぐな双眸が俺の瞳を見つめている。そのもっと奥にあるものをも。

 

「目ヤニでもついてるか?」

 

「…今でも君は不安そうな顔をしている」

 

「…やっぱばれるか」

 

「君の考えることなら想像がつくよ。…ポラリスから提示された期限が近い」

 

「…そうだ」

 

ずばりと言い当てられた。それも当然か、英雄派との戦いが終わってからポラリスさんへの連絡を取る頻度は目に見えて増え、兵藤に乳技の打診もした。この動きで察しないわけがない。

 

「どう見てもここ最近、ポラリスさんが仕組んだ通りの流れになっている。ただ…実際にその時が近づいてるって思うと不安になる。兵藤の乳技だったり、色々手段を模索してるけど…」

 

彼女から目線を外し、天井に移す。白い天井は何も映さず、まるでここから先のビジョンのようだ。どれだけ準備をしても、確たるものにならないこの先。

 

「実際、本当にうまくいくのかって怖いんだ。かといってガルドラボークさんの思い通りになるのは嫌だし…君にも励まされたし、何度も自分に言い聞かせたんだけど、なかなかね」

 

語りながらも不安で声が震えそうになる。

 

怖いのだ。もし自分が失敗したらと。あれだけ願い続けてきた思いが結実せずに脆く崩れるその時が。

そんなことはあってはならないと力を身に着け、備えを積み重ねてきた。それでも不安は0にできない。なくならない微かな不安は増大し、俺の心を蝕んでいく。

 

逃げることはできないし、そんなことをする気は毛頭ない。進むしかないと分かっていても、進んだ先が望む未来でないかもしれない不安は俺の足首を掴み、歩みを止めようとすらしてくる。

 

そんな不安におびえる俺の手を、彼女はそっと手で温かく包んでくれた。

 

「…大丈夫。君は願い続けてきたんだろう?なら叶うさ」

 

優しい声に心惹かれ、一瞥した彼女の表情はどこまでも温かい微笑みだった。

 

「神器は持ち主の思いに応える。なら、君の強い思いを汲み取らないわけがない。君の努力と思いの積み重ねが、きっと君の願いを叶えてくれる」

 

「俺の神器…」

 

「それに、私たちがついている。皆だ。皆で立ち向かえば、恐れるものなんてない」

 

皆で立ち向かえば、か。

 

そうだ、この戦いは俺一人で闘ってるわけじゃない。皆と一緒だ。皆、俺の事情を知り、凜を助けようと力を貸してくれている。一人では困難なことも、皆の助けがあれば成功の確率はぐっと上がるはずだ。

 

「…そうだな。恐れることはない。皆と一緒ならどんな未来でも先に進める。…やっぱり、ゼノヴィアがいてくれてよかった」

 

「ふふ、ありがとう。凜を奪還出来たら、皆で歓迎のパーティーでもしよう」

 

「いいな、それ!」

 

きっと凜は知らない異世界で居場所もなく、乗っ取られていたとはいえ自分のしてきたことに苦しむだろう。皆との繋がりが、そんな彼女の寂しい心を癒してくれるはず。

 

彼女はいつも俺が迷ったときに、向かうべき道を見定めさせてくれる。考えなしと言われるような言動も、俺を勇気づけて前向きにさせてくれるには十分効果がある。そうでなければ後ろ向きのまま激戦に向かわなければならないこともあった。何度彼女に助けられてきたことか。

 

もう彼女がいないとだめかもしれない、とまではいかないがそれでも彼女がいてくれるだけでも心安らぎ、元気になれる。これから先も、ずっと一緒にいたい、いてほしい。

 

その思いを伝えようと口を開くより早く。

 

「…なぁ」

 

その潤んだ声でわかる。彼女の求めるものが。

 

「…先日のお祓いはどうした」

 

「一時期はスッキリしていたんだが…やっぱり、我慢できそうにない。久しくできなかったし…」

 

もじもじと向日葵色の瞳を左右に泳がせながら、俺の胸を人差し指でなぞってくる。

 

「お互いに溜まっているんだろう?なら、一緒だ」

 

…そうだな、ここ最近のスケジュールはぎっちりでご無沙汰だったし。

 

なら、久しぶりに張り切ってみるか。

 

「あ、でも明日は旅行だから程々にしないといけないな…」

 

「そうだね、程々に、すっきりした状態で旅行に行こうか」

 

結果、程々にできなかったとさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

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そして迎えた翌朝。

 

「いやー、快晴だな」

 

「ああ、いい旅行日和だね」

 

昨晩の暗雲は嘘だったかのようで、晴れ渡る青空の下にオカ研メンバーは兵藤邸前に集合した。思い思いの私服で荷物を携え、旅行を満喫する気満々なのが見て取れる。

 

「伊豆、いずこ?」

 

なお、今回はオーフィスも同伴だ。世間から存在を秘匿しなければならないが、かといって全員が出払う時に一人取り残すというのもということで連れ出すことになった。変装は勿論のこと、ロスヴァイセ先生が魔法を使ったカモフラージュを施すことで対策は万全だ。

 

「やあ。…深海君、大丈夫かい?」

 

木場の気分も上々らしく、いい笑顔で挨拶してきた。俺の顔が具合悪そうに見えるのか?

 

「いやいや、全然ノープロだ。旅行で落とす用の疲れを作っただけだ」

 

「私はまだいけたぞ」

 

えっ、あれでまだ余力あったの…?俺は夜が明けるころにはへとへとだったんだが。

 

元々戦士時代のフィジカルトレーニングで基礎体力があったのに加え、悪魔になってから種族的スペックも大幅に向上したからもっと体力お化けになったんだろうな。おまけに悪魔は夜に強い種族だから手に追えん。

 

「久しぶりの旅行だからドキドキするよ」

 

「伊豆の魚が今から楽しみです」

 

「いつか伊豆に行ってみたいと思ってましたの」

 

近くで一年組も仲睦まじく談笑している。リサーチでも伊豆は海鮮がうまいってもっぱら評判だったな。冥界は海がないからか、魚料理が人間界と比べてイマイチ少ない印象だからな。ここでたっぷり腹に収めておこう。

 

「ところで、今日の移動は魔法陣じゃないって聞いてるかい?」

 

「ん?魔法陣じゃない?」

 

「俺はてっきり魔法陣だとばかり…」

 

移動時間の削減でてっきり魔法陣経由で伊豆に行くものと思っていたが。まあ道中の談笑や眺める景色も旅行の醍醐味というもの。特に異存はない。

 

「なら交通機関で?」

 

「いえ、車移動よ。アザゼルの提案でそうなったの。アザゼルとロスヴァイセが出してくれるわ」

 

と、会話に入って来たのは部長さんだった。

 

「えっ、アザゼル先生の車…」

 

やっぱ異存アリアリだ。あの先生が運転する場面は見たことがないが、十中八九荒いに決まってる。安全運転してくれるとは到底思えない。伊豆に行く前に全員車酔いでリタイアしてしまいそうだ。

 

ものすごく嫌な予感がすると思った次の瞬間、耳を突き刺すのは獣が唸るような走行音。向こうから青いスポーツカーが高速で走ってきている。

 

「まさか…」

 

車は速度を殺さないまま角を曲がり、家の門前で派手なドリフトをかまし、華麗に停車を決めるのだった。

 

閑静な住宅街に似合わぬ激しい運転。人目もはばからずこんなことをする男は一人しかいない。運転席の扉が開き、ジャケットを着たあの男が姿を現した。

 

「よーお前ら、集まってんな!」

 

「アザゼル…あなた…」

 

皆引いていた。うわぁと擬音が空気に滲み出てそうなくらいに。

 

案の定じゃねえか!住宅街で軽くドリフト駐車決めるドライバーがどこにいる!!もう絶対乗らねえぞ!

 

「ふっふっふ、先着4名は俺の愛車で海岸線をドライブできるぜ。さあ、誰が来る?」

 

先生の不敵な笑みに、誰が恐怖したか後ずさる音が聞こえた。

 

俺は絶対に乗らない。今ので分かった。乗ったら死ぬ、そう断言できる。俺は楽しい旅行を目的にしているというのにデッドリードライブに付き合いたくない…。

 

「4名って、じゃあロスヴァイセ先生の車は…」

 

兵藤の疑問に答えるように、またしても車の走行音が聞こえた。今度は落ち着きのある適正なエンジン音だ。

 

果たしてやって来たのは赤いワゴン車。先生の激しいドライビングと違って、速度を落とした安全運転を体現したかのような丁寧な運転っぷりだ。

 

停車するや否や、がちゃと空いた運転席から降りてきたのは私服姿のロスヴァイセ先生。修学旅行の時のようなジャージではなく、大人びた白と黒を基調にした装いに身を彩っている。

 

「お待たせしました。ワゴン車をリアスさんに用意してもらいました。安全運転を約束します」

 

おお…ロスヴァイセ先生の頼もしさたるや…。絶対こっちの車がいいぞ。

 

「お、俺はロスヴァイセ先生の車に乗ります!」

 

早速我先にと手を上げたのは兵藤だった。やはり狙いは同じか!

 

「おいおい、俺のドラテクが信用ならねえってか?」

 

「当たり前じゃないですか!絶対安全運転しないでしょ!3度目の死は嫌ですよ!」

 

「3度目の死はなかなか重いな…」

 

レイナーレ、シャルバに続いての死因が先生か…3回中2回を堕天使が占めることになったら、いよいよ堕天使滅すべしの思想に目覚めても誰も文句を言わんだろうな。

 

「なーに言ってんだ、スピーディーで快適な旅を約束するぜ?」

 

「スピーディーってどれくらい速度出すつもりなんですか?」

 

「ま、堕天使の速度だな」

 

「そこは人間の法定速度守ってくださいよ!!」

 

自分で言い出した旅行を自分で壊す気か!?飛ばしすぎて警察のお世話になりましたなんて最悪の旅行、俺は勘弁だからな!

 

皆が先生の誘いを嫌がる中、一人先生の方へ進み出たのは。

 

「私はアザゼル先生の車で行く。こっちがスリリングで面白そうだしな」

 

なんとゼノヴィアだった。お、面白そうだと…!?言われてみればゼノヴィアの豪胆な性格なら先生側についてもおかしくはない。

 

「わかってるじゃねえか、こっちは後3人行けそうだぜ」

 

「そうね、ならここは公平にじゃんけんで決めましょう」

 

部長さんの提案で、旅行前の天下分け目の戦(じゃんけん)が始まった。

 

この戦い、何としてでも征す!!和平推進大使の名に懸けて!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして一分後、俺たちは勝者と敗者に分かたれた。

 

「いやだぁぁ…どうして」

 

「ひぐ、うぐっ…」

 

「いたたまれねえ…」

 

負けたのはギャスパー君と兵藤、そしてオーフィス。嘆き、悲しみながら二人は俺達に背を向けスポーツカーに乗り込んでいく。

 

ギャスパー君は塔城さんに代わろうかと言われたけど、ここは男気を見せる時だと言ってがんと譲らなかった。それを見た兵藤もギャスパー君が頑張ってるんだということで乗ることを決心した次第だ。

 

「ようこそイッセー、お前には特等席の助手席に乗ってもらおうか」

 

「助けてぇ!」

 

「よいしょ」

 

悲鳴を上げる兵藤とは真逆にオーフィスは微塵の恐怖もなく、スポーツカーに乗り込む。スペック的にもメンタル的にもあの運転に難なく耐えそうだ。後でどんな反応をしてたかゼノヴィアに聞いてみるか。

 

兵藤とギャスパー君に同情の視線を送りながらも、俺達勝ち組はロスヴァイセ先生のワゴン車に乗り込む。

 

「はぁ…なんとか勝てた」

 

人数が人数なので3グループに分けてじゃんけんし、最後まで負け残った人がアザゼル先生行きになった。

俺は最後にオーフィスとじゃんけんし、無事に勝利を手にしたのだ。これで無限の龍神に勝ったという曹操すら為しえなかった勲章を得たぞ。じゃんけんで、だが。

 

「私もあの車に乗るのは勘弁だわー…アーシアもじゃんけんに勝ててよかったね」

 

「はい、流石にあの車ではゆっくりできそうにないですね…」

 

一番奥の列にアーシアさんと紫藤さん、朱乃さんが座る。続く前の列には俺と。

 

「隣、失礼するよ」

 

「ああ、ここスペースあるから荷物預かろうか」

 

「ありがとう」

 

木場が来た。男子二人しかいない勝ち組の中で妥当な組み合わせではなかろうか。

 

そして前の列には塔城さんとレイヴェルさん。最後に運転席のロスヴァイセ先生と助手席の部長さんという布陣だ。なんと華々しいメンバーだろうか。

 

きっと笑いの絶えない良い旅行になるだろう。出発前のこのわくわくも旅行の醍醐味だ。

 

「…え、なにあの車のアンテナ。ガチ過ぎない?」

 

ふと紫藤さんの言葉が耳に入り込む。

 

あの車のアンテナ?先生の車か?

 

何事かと思い先生の車を見てみると、なんとボンネットが展開してアンテナが突き出ていた。

 

…なんで?アンテナの位置、違くない?あれってテレビとかラジオを受信する用のアンテナだよね、普通天面についてるはずだよね。なんでボンネットから飛び出してるの?

 

「はぁ…」

 

「普通に改造車として捕まえられるのではないでしょうか」

 

ロスヴァイセ先生は冷静な突込みを入れるし。あれ、もしかして俺らより先生の扱いに慣れてる?

 

「堕天使の車ってあんなですの?」

 

「いや、あれは先生がおかしいだけだよ」

 

レイヴェルさんを混乱させようとするな!危うくあれが堕天使のノーマルだと勘違いされるところだったろ!元とはいえ堕天使の長として責任ある行動を…って、責任って言葉は先生から縁遠い言葉なんだったな。

 

がちゃり。

 

いきなりアンテナが折りたたまれてボンネットに収納されると、今度はミサイルがせり出した。

 

「っておいいいい!!!」

 

「ちょ、ミサイル!?」

 

「あの車一体どうなってるの!?」

 

いやいやミサイルはダメだろ!!なんでそんな物騒なものを積み込んでんだ!!ミサイル搭載スポーツカーで旅行に行けるか!逮捕しろ、もう今すぐ逮捕してくれ!!

 

「全くあの人は…」

 

「サービスエリアに止まったら色々話をする必要があるみたいね…」

 

お姉さま方は痛そうに頭を抱えだしたし。絶対同乗している四人、これからろくな目に遭わないだろ!!

 

次はどんなとんでも兵器が飛び出すのかと窓から眺めていたら。

 

「はやっ!!」

 

今度はいきなり先生のスポーツカーは爆音でエンジン音を鳴らしながら、爆速で彼方へ走り去るのだった。

 

ちょっと、もう出発するのか!?こっちはまだ何も連絡来てないぞ!!ほんとゴーイングマイウェイだな!!

 

「ロスヴァイセ、アザゼルを追うわよ!ただし安全運転で!」

 

「了解です!ちゃんとシートベルトを締めてくださいね!」

 

かくしてドタバタと、俺たちの慰安旅行が始まった。




ワゴン車の人数を増やしました。

次回、「デッドリー・ドライビング!」


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第174話「デッドリー・ドライビング!」

大変長らくお待たせしました。もはや「ペースを速めます」といった文言の信用がない…。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
1.ムサシ
2.エジソン
3.ロビンフッド
4.ニュートン
5.ビリー・ザ・キッド
6.ベートーベン
7.ベンケイ
9.リョウマ
10.ヒミコ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
13.フーディーニ
23.コロンブス
31.ライト
40.ジャンヌ
41.シグルド
42.ユキムラ
43.ゲオルク
44.ハンゾウ
46.ノーベル
49.曹操
50.呂布


「先輩の最近のおすすめ映画は」

 

「ジョンウィック一択。アクション祭りで見終わった後油マシマシの大盛ラーメンを食った気分になる」

 

「同感です。いいアクション映画を観た後は動きを取り入れたくなります」

 

伊豆までの移動時間。車中は思い思いの雑談で盛り上がる。思えばオカ研内で大人数で何の変哲もない雑談をするのは久しぶりかもしれない。いつも何かしら戦いや異形関係の話題だったから、肩を張らずに気楽に会話できる。

 

「その映画、ゼノヴィアさんも絶賛していました!でもアーシアは見ない方がいいって…」

 

「あはは…確かにあの手の映画はちょっとショッキングすぎるかな」

 

苦笑いする木場。アーシアさんにあれはキツいだろう。なにせずっと撃ちっぱなし殴りっぱなし殺しっぱなしだから。純粋無垢なアーシアさんには刺激が強すぎる。

 

「その映画、私なら大丈夫でしょうか?」

 

「レイヴェルは…ちょっときついかも」

 

「確かにな、二人で行ったけど最初は音がデカくて心臓が止まるかと思った」

 

内容もないようだがあの音量でずっと銃声に打撃音だぞ。慣れないうちは耳が割れそうだったわ。

 

「あらあら、二人は派手なアクション映画が好きなのね。恋愛系も観たりはしないの?」

 

「サブスクで観たりはするんですけど、映画館に行くといつもウキウキになって彼女がアクション観たいって言うんですよね」

 

「それわかる!それか教会関係の映画なのよね!」

 

「場面がありありと想像できる…」

 

あいつ、大画面で観るならアクション一択って感じなんだよなぁ。一回だけ恋愛系も観たんだけどそれよりアクションの方が大画面と音を楽しめるといってそれっきりだ。教会関係は日本だとあまりないから彼女が言わないだけか?

 

「へぇ、水族館には行ったけど映画館はまだなの。二人っきりで映画館…言葉にするだけでもドキドキするわ。私も今度誘ってみようかしら」

 

「朱乃、計画を練るならもっと小さい声で呟くことね」

 

「あら、真っすぐなイッセー君にリアスのような回りくどいやり方が通じて?」

 

「言ってくれるわね…!!私だって一緒に観たい映画はいくつかあるわ!」

 

「でも果たしてイッセー君に刺さるかしら?」

 

お姉さまがすげえバチバチしてる。一回あいつが死んでからというものの、寂しさの反動でさらに愛が強い…というか重くなったんじゃないか?

 

「一緒に映画を観るね…ありきたりだけどすごく良さそう!」

 

「わ、私もイッセーさんを誘って映画を観たいです!」

 

「アーシア先輩のアグレッシブなアプローチ…私も負けてはいられません、でも」

 

おーっと、イッセーガールズのイッセーガールズによるイッセーのための戦争が始まったぞ。俺はそっとフェードアウトしましょうかね。

 

「映画館じゃなくてもいいかもしれません。映画鑑賞では『一緒に観る』ではなく『同じ感動を共有する』ことに意味があると思います」

 

「な…」

 

「深いわぁ…」

 

「これは負けね…小猫に負けたわ…」

 

塔城さんの深みのある意見にお姉さま方が言葉を詰まらせると、ヒートアップした雰囲気が一斉に鎮まっていく。皆も一様に納得した表情を見せた。

 

観るという行為そのものではなくそこで得た物に意味を見出す。それはある種、映画鑑賞のみならずフィクションを楽しむうえでの神髄ではなかろうか。

 

今後、それを念頭に置けば彼女との映画鑑賞をより楽しめる気がする。後で映画の選定でもしようか。熱が冷めないうちに。

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、和やかな雰囲気の下で皆があの映画はどうだこの映画ならとディスカッションが始まる。愉快な会話をBGMに窓からの眺めでも楽しもうかと思ったら。

 

「ねーねー深海君」

 

「ん?」

 

「綾瀬ちゃんのパパのこと、なんか聞いた?」

 

話しかけてきたのは紫藤さん。少し前に上柚木の父親が奈良に行ったきり、音信不通になり戻ってこないのだ。行方不明とされているが、最悪亡くなっているかもしれない。

 

「警察の捜査も入ってるけど、全然進展がないって聞いてる。割と業界では著名人だったからちょっとしたニュースになってるな」

 

「そうよね…綾瀬ちゃん、ここ最近どんどん表情が重いの。きっと心配でたまらないんだわ。きっと綾瀬ちゃんのママも同じ気持ちよ」

 

紫藤さんの言う通り、最近の上柚木は日に日に憔悴している。授業中もぼーっとしていて先生にあてられても答えられなかったり、休み時間も誰とも話そうとしない。それでも登校するのは彼女の生真面目さか。

 

「早く見つかるといいですね…綾瀬さんのお父さんにご加護があるよう、お祈りします」

 

アーシアさんも上柚木とかなり仲がいいからな。友達のことが気が気でならないはずだ。

 

しかし、行方不明になってから約2週間。遺体が見つかったわけでもなく、連絡がつかない。家族仲は良好でばっくれたとも考えにくい。あるとしたらフィールドワーク中に何らかの事故に巻き込まれたか、あるいは。

 

「まさかとは思うけど異形絡みとか?」

 

と、紫藤さんは一つの可能性を示す。異形が絡んでくるとなるとまた話が変わってくる。

 

「…確か、最後に調査に出たのが奈良の山奥の集落だったな。だったら魔物やはぐれ悪魔に襲われたって線が濃厚か」

 

「あるとしたらそれかしらね…」

 

山奥なら大公の目を逃れるための潜伏先としてうってつけだろう。

 

「うーん、でも結局、自分で言っておいてなんだけどそもそも異形が絡んでるかどうかすらも怪しいからね。ここは警察の方々の頑張りを祈るしかないよね…」

 

「そうだな…異形関係でない事件に、俺らが無暗に首突っ込むわけにはいかないしな」

 

なんでもかんでも異形が絡んでいると判断するのは俺達の悪癖かもしれない。ここ最近面倒ごとばかりに巻き込まれ続けたせいで直ぐに禍の団関係だと考えてしまう。この世界は異形だけで回っているわけではないのに。

 

「ごめんね、楽しい旅行で暗い話になっちゃって」

 

「いや、いいよ」

 

友人の悲しみに何もしてやれないのは辛いな。天王寺も気にかけているんだが、中々少しでも前向きにはできないらしい。何事もなく、帰ってきてくれるのが一番の解決法なんだが…。

 

「私も皆の会話に交じりたい…」

 

運転席から悲しい呟きが聞こえたような。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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緩やかな走行が続き二時間後、高速道路に入った車は予め予定していたサービスエリアに止まった。長時間の走行は疲労をもたらし、事故に繋がる。適度な休憩は必要だ。

 

「お土産コーナーに行ってきますわ」

 

「私も私も!」

 

「二人とも財布忘れてる…」

 

レイヴェルさんに紫藤さん、塔城さんは到着して早速土産コーナーに駆け込んだ。俺も後で行こうかな、ずっと車内に居っぱなしだと体もなまるし気分転換にもうってつけだ。

 

「ちょっとアザゼル、あの車にどんな改造をしたの?」

 

「物騒が過ぎますわ」

 

「んだよいいじゃねえか」

 

先生は絶賛車の改造や運転のことで二大お姉さまから説教中だ。説教されて然るべきだと思う。改造車は普通に捕まるぞ。もはや改造の域を優に超えているが。

 

「んぁぁ…」

 

「ギャスパー、大丈夫か…?」

 

「誰か酔い止め持ってる?」

 

元から色白だったギャスパー君の顔色は白を越えて真っ青だ。高速運転による恐怖と乗り物酔いのダブルパンチだろう。ここまで追い込むほどの先生の運転…本当に、ギャスパー君が哀れでならない。

 

「だ、大丈夫ですぅ…まだ、僕は…」

 

「うん、大丈夫じゃないな」

 

意を決して、俺は名乗り出る。

 

「先生、次からは俺とギャスパー君で交代します」

 

と、涼しく覚悟を決めた顔で彼をかばうが内心は恐怖でガクブルである。後輩をこんな状態にさせる運転の車になど誰が乗りたいと思うだろうか。しかしだからといってギャスパー君をこのままこの車に乗せるのは気の毒だし、楽しい旅行の後味が悪い。

 

「おっ、お前もこのスピードが羨ましくなったか?」

 

「いや断じてない。後輩が見ていられないからってだけです」

 

「ほう、お前も随分先輩らしくなったじゃねえか。自己犠牲たぁ尊いな」

 

「急にラスボスじみた台詞はやめてくださいよ」

 

「人間からすりゃ俺はある意味ラスボスみたいなもんだろ」

 

そりゃごもっともだ。人間の代表気取りだった曹操も同じ認識だっただろうしな。

 

「ほ、本当にいいんですか?」

 

「俺のことは大丈夫。アーシアさん、代わりにギャスパー君のケアを任せた」

 

「はい、酔い止めも完備してます!」

 

アーシアさんに託せば安心だ。ロスヴァイセ先生の優しい運転と皆との和気藹々とした会話も回復の一助になるはず。

 

 

 

 

 

 

休憩も程々に、俺たちは車に乗り込み始める。

 

そう、俺はあのアザゼル先生のスポーツカーにだ。

 

「ようこそ、スピードの世界へ」

 

「君も来てくれて嬉しいよ」

 

「俺もゼノヴィアと一緒で嬉しいんだが…なんだかな」

 

そこは魔界の扉か。助手席と運転席から既に「向こう側」の住人と化した二人の不気味な笑い声が聞こえてくる。顔をひん曲げ、いやいやながらも俺は乗り込んだ。

 

「お前、本当にいいのか…?」

 

「かわいい後輩のためだ。無理は俺の専売特許だからな」

 

「説得力が半端ない」

 

オーフィスを挟んで一緒に後部座席に座る兵藤。何、愛する彼女と親友と一緒ならどこへでも行けるさ。

 

「スペクター、よろ」

 

「よろ」

 

おまけに最強の龍神様だっている。死ぬなんてことはない。しかしよろって、どこでそんな軽口を覚えたのか。

 

「トイレ休憩は済ませたな?早速飛ばすぜ」

 

全員が揃い、シートベルトを締めたのを確認すると即座にエンジンを吹かし、駐車場から飛び出した。

 

「いやマジで早速かい!!」

 

これから俺たちを恐怖のどん底に陥れる先生のデッドリードライブが始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

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これはアザゼルの車に備え付けられたドラレコの音声記録である。サービスエリアから昼の飯どころに着くまでの間、二人の阿鼻叫喚が続いていたという。

 

「うぉぉぉちょっと飛ばしすぎって!!」

 

「先生ドラレコに撮られるって!!捕まるって!!」

 

「おいおい、もう音を上げるのか?法定速度は守ってるぜ?ドラレコの映像も後でちょちょいといじればいい」

 

「モラル!コンプラ!!意識して!!ゼノヴィア、なんか言ってやってくれ!!」

 

「楽しそうだな…私も免許が欲しいぞ」

 

「ダメだ、完全に向こう側に行ってる…!」

 

「深海…あれでもまだスピード出してない方だぞ…」

 

「嘘だろ…!!」

 

「おおおお」

 

「オーフィスは何ともないというかマッサージ感覚か…?」

 

「見ろ、海岸線に入るぞ!」

 

「普通なのタフすぎるだろ!」

 

「頼むから景色を楽しませて…」

 

「いい眺めじゃねえか。景色とスピードを楽しみながら海岸線を走るのも乙なもんだな」

 

「はぁーきれいだー」

 

「兵藤!手放すな、心を手放すんじゃあない!!」

 

「海、きれい」

 

「うみ、きれい」

 

「オーフィスとシンクロすなぁ!」

 

「よーし、そろそろ昼飯の時間だ!カツ食うぞ!!もうちょいで着くから待ってな!!」

 

「安心して待てないんだよ!!」

 

「カツの前に俺たちの安心を考えてくれぇぇ!!」

 

アザゼルは旅行後も時折音声記録を再生して一人の楽しみにしているとか。

 

 

 

 

 

 

 

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涼しい風が馳せる伊豆の海岸。快晴の空を映し出すかのように海は青い。絶好の海日和というべきコンディションだが少し季節外れなためか、賑わう観光客は少ない。

 

「♪~♪~」

 

銀髪の少女…ポラリスが素足のまま、引いては寄せる波が撫でる砂浜を歩けば、波風に白いワンピースが風に躍る。鼻歌交じりのご機嫌なステップで刻む足跡は波に攫われ、その存在を残さない。

 

思えばこうした完全に気分転換、娯楽のために二人で外出するなど何年振りだろうか。基本、外での仕事はイレブンに任せて来たし、用があったとしてもとても娯楽が割り込む余地などない案件だ。

 

「何も考えずに自然を五感で感じる…こういった時間は久しくなかった」

 

波を足で感じながら、その赤い双眸で果てしなく広がる海を眺める。長きにわたる開発作業、情報収集でたまった疲労も、砂と一緒に波と風に流されていくようだ。おかげで心はいつになく晴れ晴れとしている。

 

今回だけ、と言わず定期的にこういった機会を設けるのもいいかもしれないと頭の中の重要検討事項に加えるのだった。

 

「…」

 

一方、連れのイレブンは腰を低くして顔を俯かせ、何やらせっせと手を動かして作業に熱中しているようだ。

 

「…何を作っておる」

 

「城です。一度はこういうことをしてみたかったので」

 

こちらをイレブンが振り返り、その華奢な体に隠れた作りかけの砂城が披露される。作りかけながらも見事な出来栄えだ。完成すれば多くの人をうならせる傑作になるかもしれない。

 

「そうじゃったのう…お主は子どもの戯れとは到底縁遠い幼少期を過ごしてきたのじゃったな。人のことは言えぬが」

 

「でしたら、ポラリス様も作ってみませんか。自分だけの城を」

 

「む、よかろう。今日は機嫌がいい。これまでの開発業務で培ってきた妾のセンス、披露する時ぞ」

 

「なんだか柄にもなくわくわくしてきました」

 

イレブンの普段は硬い表情は自然と緩み、微笑みを見せていた。自分だけでなくイレブンも連日連夜の仕事で張り詰めた気分がこうして目に見える形でほぐれている。その表情にポラリスも自然と綻んでいた。

 

「折角でしたら勝負しませんか、どちらが美しい城を作り上げるか。勝った方が今晩の宿代を負担するというのはどうでしょう」

 

「面白い。しかしはて、審判は誰がするのじゃ?」

 

「…少々お待ちください。近くの人にお願いしてきます」

 

すっと立ち上がったイレブンが走り去ること数分後。

 

「…通りすがりの観光客を連れてきました」

 

「初めまして、グレイフィアと申します」

 

彼女が連れてきたのはメイド服ではなく完全なプライベートモードの魔王ルシファーの『女王』だった。

 

(ぐ、グレイフィア・ルキフグスじゃと…!!何という人選…いやそれより何故こやつがここに…!?)

 

予想だにしない審判の登場にポラリスは内心驚愕に目をひん剥いていた。

 

なんで魔王の妻がここにいるのか、と声を大にして言いたかったが喉を飛び出す寸前でギリギリ呑みこんだ。

 

「城を作る、と聞いて来ました。仕事柄城を見る機会は沢山ありますし審判の経験もあるので私でよければ」

 

「そ、そうか…それは頼もし…ですね」

 

普段の老成した口調を修正、一般的な言葉遣いに変える。城で働き、仕事で多くの悪魔の城を見て来たであろう彼女を砂城の審判に据えるなど、どれだけ評価のハードルが上がることだろうか。

 

これは気軽な遊びで済まないかもしれない。

 

「あなた達、あまり砂遊びをするような幼子には見えないけれど…こういう場所に来たらはしゃぎたくなるものなのね」

 

「そんなところです」

 

「私にも子どもがいるわ。家柄、こういった遊びには無縁だったから…こういうのを見ていると、少しは子どもらしい遊びも経験させれば良かったかもしれないわね」

 

「何かを始めるのに遅すぎることなんてありませんよ。私たちがこうして子どもの砂遊びを楽しんでいるように」

 

「…それもそうね」

 

その言葉にグレイフィアは冷静な面持ちにふと、柔らかな笑みを浮かべた。その笑みの裏の思いを彼女らが知るのは後になる。

 

「さて、砂城を作るのでしょう?」

 

「ええ。今晩の宿代をかけ、いざ尋常に」

 

「「勝負」」

 

「…」

 

30分後。忖度なしで全力の城を作り上げた二人。どちらも負けず劣らずの見事な造形だったが、審判の途中、両者の城が波に攫われ無効試合になったとさ。

 

 




次から話が動きます。

次回、「晩酌」


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第175話「晩酌」

気づいたら評価が上がってました。高評価を頂きありがとうございます。
さらにD×D公式から久々のスピンオフの供給。中等部は全然話題になってないので気になりますね。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
1.ムサシ
2.エジソン
3.ロビンフッド
4.ニュートン
5.ビリー・ザ・キッド
6.ベートーベン
7.ベンケイ
9.リョウマ
10.ヒミコ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
13.フーディーニ
23.コロンブス
31.ライト
40.ジャンヌ
41.シグルド
42.ユキムラ
43.ゲオルク
44.ハンゾウ
46.ノーベル
49.曹操
50.呂布


伊豆の街でトンカツを堪能した俺達。街中を練り歩き土産を買うと、再び車に乗って今度は山道に入った。

二度目の先生の車の乗車になったが、先生も満腹なのか山道を緩やかな運転で移動する。

 

「すー…グレートレッドが10匹…」

 

オーフィスに至っては緩やかな揺れで気持ちよさそうに寝息を立てている。どんな数え歌だ。次元の狭間にあんなサイズのバケモノが何匹もいてたまるか。

 

しばらくすること、前方に突然深い霧が発生する。英雄派との戦いで霧に苦い思い出のある俺の心に不安がひた走る。

 

「先生、霧が…」

 

「大丈夫だ、そのまま突っ切るぞ」

 

なんと先生は迷いなく、車を霧の中へ進めた。窓から見える景色が分厚い白のヴェールに覆われ前も横も後ろも何も見えなくなる。こんな状況、運転どころではないと思ったが数秒後には嘘のように視界が晴れ、前方に和風の旅館が姿を現した。

 

「おぉ…!!」

 

古風な雰囲気ながらもボロくはなく手入れの行き届いており、かといって庶民が足を遠ざけるような高級感があるわけでもない、心落ち着く雅な外観だ。木造の温かみのある色調が辺りの森の雰囲気を邪魔することなく調和している。

 

駐車場に車を止めて荷物を手に降りると、後から続くロスヴァイセ先生の車からも続々と皆が期待の表情で降りてきた。

 

「風情あるいい旅館ですわね」

 

「素敵な夜になりそうだわ」

 

お姉さま方もわくわく、満足そうに旅館を眺める。兵藤の手を握って、どこか顔を期待に赤らめているようだ。

 

「これが日本の旅館…!!」

 

「レイヴェルは初めてだったね」

 

修学旅行に来ていなかった1年組は特に期待に胸躍らせ、楽しそうな表情だ。旅行中、残りのオカ研も来ていたらと何度も思ったが、こんな形で実現できて喜ばしい限りだ。

 

「ここで夜を過ごすんだな、ゼノヴィア」

 

「ああ。この旅館、まだ中に入ってないけどもう気に入ったよ」

 

二人並び、俺たちは心そっと手を絡めてきた。

 

「悠、今夜は…」

 

耳元で甘く囁かれる途中、がらがらと玄関の戸が開き、着物姿の老婆が現れた。しわしわの顔に不気味な笑顔を浮かべ、相応の笑い声で俺たちを出迎える。

 

「ようこそお越しくださいました、いっひっひ」

 

「よう女将!今日は厄介になるぜ、俺たちの貸し切りだ」

 

「貸し切り!?」

 

この人が女将、ってかこの旅館を貸し切りで使えるの!?先生、準備がいいな!運転に振り回された末にこんなラッキーな出来事が待っていようとは。耐えた甲斐があったぞ。

 

「はい、ようこそおいでくださいました。ここは悪魔や堕天使の方々に御贔屓にして頂いている異形専用の旅館ですぞい」

 

「異形専用の旅館…」

 

「ここに来る途中に霧を抜けたろ?あれは人除けの結界だ」

 

あの霧、人除けの結界だったのか。だから先生は全く気にもせずに突っ込んだんだ。何も知らないこちらは気が気でなかったが。

 

「えっ、あれは…」

 

いち早く何かに気づいたアーシアさん。その視線の先にいたのは。

 

「ご機嫌用皆様、先にお待ちしておりました」

 

「「「「「うぇぇ!!?」」」」」

 

なんと、私服姿のグレイフィアさんだ。メイド服ではない初めて見る私服姿。思わぬ人物の登場で一同に衝撃の波が駆け抜ける。

 

なんでと訊くよりも早く、グレイフィアさんは言う。

 

「オフを頂きましたので。学生たちだけの旅行は危険と思い、私も保護者として参りました」

 

「たまたまグレイフィアもオフって聞いたから話をダメもとで投げたら来たんだよ」

 

先生が呼んだんかい。グレイフィアさんも休みを取った話は聞いたが、まさか俺らと合流しようとは。

 

「リアス、羽目を外すつもりだったでしょうけどそうはいきません。殿方と添い遂げたくば旅行の盛り上がりに乗じるのではなく普段の生活で完遂させなさい」

 

「うっ、お見通しというわけね…」

 

図星を突かれたようで言葉を詰まらせる部長さん。旅館で一体何をするつもりだったんだ。やることやりたいなら家でやれ。

 

「そうピリピリしてやんなよ、折角の楽しい旅行が台無しだぜ?」

 

ぽんぽんと宥めるようにグレイフィアさんの肩を叩く先生だったが、蛇のように素早い動きで手首をつかまれてしまう。

 

「そうはいきません、あなたにも話すべきことが山積みです。サーゼクスに悪影響が出る前にこれまでの反省と今後のことについて話し合いましょう」

 

「おい、ちょ、待てよ!俺は酒飲んで岩盤浴もして、遊びつくすだけだってのに連行するのか!?」

 

華奢な手だが相当な力なのだろう。先生が抵抗も出来ずに引っ張られ連れ去られようとしている。何処かに連れ去られながらも俺達に助けを求めるような目線を向けてきた。

 

大恩ある先生を助けるか、俺や後輩を恐怖のどん底に陥れた先生を見捨てるか。その答えは即座に出ている。

 

俺達は笑顔で手を振り。

 

「「「「「いってらっしゃい!」」」」」

 

「この薄情者ォォォォォ!!!」

 

折檻を受けに旅立つ先生を見送るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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夕飯前、大浴場近くの広間にて。寛ぐ者もいれば、疲れを見せずに激闘を繰り広げている者もいる。

 

「サー!」

 

「くっ、姑息なところを狙うな!」

 

「ど、どっちを応援すればいいのでしょう…?」

 

卓球で激しく鎬を削る紫藤さんとゼノヴィア、そして観戦に回るアーシアさん。対抗心を剥き出しに俊敏な動きで球を打ち返している。長距離の移動にも拘らずまだ元気が残っているんだな。

 

「ギャー君とレイヴェルも温泉饅頭食べる?」

 

「え、いいの?」

 

「ありがたく頂きますわ!」

 

「あああああああああ…」

 

「あぉあぉあぉ…」

 

一年組は一年組で楽しそうにゲームコーナーで集まって歓談している。ロスヴァイセ先生とオーフィスはマッサージチェアで気持ちよさげに寛いでいる真っ最中。オーフィスは寛いでいるというより遊んでると言った方が近いか…?

 

俺はそんな皆の様子を特にどうするわけでもなく眺めるだけだ。旅館を探検する中で偶々辿り着いたってだけ。

 

そんな俺に兵藤と木場が声をかけてきた。

 

「よ、暇か?深海は誰と一緒の部屋なんだ?」

 

「一人部屋なら、一緒に来ないかい?」

 

そう、兵藤と木場、ギャスパー君は三人一部屋なのだ。如何に仲がいいと言っても男女混合というわけにはいかない。しかしこの大所帯の男性陣は5名。三人部屋からはぶられた二人はどうなるかというと。

 

「…お前ら、わかってるだろ。俺達四人以外の男性といったらあの人しかいないって」

 

「…ご愁傷様」

 

言葉にせずとも察してくれた木場の同情の目が刺さって痛い。夜は一体何に付き合わされることやら。

 

それはさておいでだ。礼儀として、俺はある人と話しておかなければならないし、話してみたかった人がいる。

 

その人の下へ、自販機で買った午前の紅茶を片手に歩み寄る。

 

「お疲れ様です」

 

「ありがとうございます」

 

マッサージチェアに背を預けてゆったりしているロスヴァイセ先生。駒王町から伊豆までの運転の疲れを癒している真っ最中だ。

 

「長距離長時間の運転、大変でしたよね」

 

「戦闘とは違う意味で気を遣いますから。それに、未成年の引率で気分は半分修学旅行ですけどね」

 

運転中には伸ばせなかった手足を思いっきり伸ばしてロスヴァイセ先生は気持ちよさげにリラックスする。修学旅行に比べれば人数はかなり少ないが、大所帯であることには違いない。プライベートとはいえ年長者として各々の動向にも気を配ったりして苦労したはずだ。

 

「…思えばプライベートで二人っきりで話すことってあまりありませんね」

 

「そうですね、先生は俺たちの中では年長でもまだ新参ですから」

 

先生と話すときの話題は大体学校のこと、異形や戦いの話ばかりになる。こういう肩の力を抜いた話をするタイミングは希少だ。移動中のオカ研メンバーとの雑談といい、こういった中々ない機会も旅行になるとめぐって来るものなんだな。

 

「深海君は、同じクラスのイッセー君たちと比べると普通って感じがします」

 

「え、普通?」

 

いきなり没個性的だという悪口を言われたんだか。アザゼル先生の運転に振り回され続けたんでそろそろ泣いていいか?

 

「悪い意味ではありませんよ?教会出身の三人のようにどこかズレてるとこがなくて、尚且つ真面目ということです。むしろ良いなって思ってます。イッセー君は…言わずもがなです」

 

「あー…確かにズレてるとこはあるなぁ。他の面々と比べたらそう見えるんですね」

 

オカ研メンバーに限らず、あのクラスは松田や元浜といった奇人変人の巣窟だから余計にその「普通さ」が際立つんだろうな。

 

「今の環境、私は気に入っているんです。防御魔法に注力した家柄なので、それと真逆の攻撃魔法が得意な異端な自分を肯定してくれる。皆向上心に溢れてるから、それに影響されてもっと得意なことを思いっきり伸ばそうって思えます」

 

「向上心ですか。自発的は勿論ですけど、そうしないと生き残れないっていう事情もありましたけどね」

 

「そこなんですよね…ここに来てからロキ様に始まり、とんでもない敵とばかり戦ってます。こんな経験そうそうありませんよ」

 

確かに難易度鬼ハードな強敵との巡り合わせは新参者にはさぞキツイ環境に違いない。それでもめげずに苦手な防御魔法を磨き上げて付いてくる根性と、修行を積極的に行う成長志向の強いグレモリー眷属は相性がいいということだろうか。

 

「嫌だなって思ったりしないんですか?」

 

「いえ、それ以上に楽しいっていう気持ちが強いです。お給料もいいですし、チームもそろそろ出来上がったころに北欧から来た異端者を受け入れてくれて、今の生活は充実してるって心の底から言えます」

 

微笑みを浮かべる先生の表情には、内心の不安が一点もないことを示しているようだった。その微笑に俺はどこか安堵の気持ちを覚えた。

 

後から入った新参がそう言ってくれて嬉しく思うのは、先輩としての自覚がしっかり芽生えた証か。過酷な環境に新入りがしっかり付いて行けるか俺はどこか不安に感じていたのだろう。今、その不安を払拭できたことで内心距離が近くなったような気もした。先生の方が年上ではあるが。

 

「後は彼氏ができれば…」

 

「それは…きっと、そのうちできますよ」

 

俺には見える。紆余曲折あってロスヴァイセ先生も兵藤にぞっこんになる未来が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「あぁ…生き返った…」

 

「直近で生き返ったのは俺だけどな」

 

海の幸を夕飯で堪能した後に待っていたのは旅行の醍醐味。山奥の旅館ときたら当然露天風呂は付き物だ。貸し切りで俺達男子組の四人以外誰もいない風呂をのびのびと使わせてもらう。

 

湯船に肩までつかると、体の芯まで温かくなっていく。温泉の熱が連戦に次ぐ連戦で溜まった疲労を体から絞り出す。その快感たるや、湯気と一緒に天に立ち上っていくような…。

 

「木場は細マッチョだよなぁ…いいなぁ…そっちの方が女子受けするんだよ」

 

兵藤が肉付きのよくがっしりとした体つきなのに対し、木場は引き締まった体つきだ。出会った当初と比べてかなり逞しくなったと思う。たまに女子たちがひそひそあいつの変わりようを話しているのも耳にする。

 

ま、女子受けすると言ったりしているし体つきは変わっても根っこは変わってないが。

 

「イッセー君は鍛えれば鍛えただけつくタイプだよね」

 

「そうなんだよ…」

 

「今度皆に聞いてみればいいじゃないか。どっちのタイプが好みか」

 

「それもアリだと思うよ」

 

「そうかぁ…そうだなぁ…そうかもなぁ…」

 

浴槽の縁に顔を埋めること数秒、ばっと顔を上げた兵藤は。

 

「ギャスパー、お前はどっちがいい?」

 

「ぼ、僕は…」

 

いきなり直球で聞いてきたな。部長さんたちに訊く前のデモンストレーションのつもりか。しかしギャスパー君に聞いても兵藤に配慮してムキムキがいいって言うんじゃないのか?

 

数秒悩むようにうーんと唸って首を傾げ。

 

「祐斗先輩で」

 

「ほらなぁぁ!!」

 

「あはは…」

 

予想に反し、自分の意見をはっきり示すのだった。これには木場も苦笑いだ。早速裏切者が出たぞ。もう出鼻をくじかれて顔面を打ちつけてら。

 

「深海はどっちかっていうと俺寄り?だけど木場と間を取ってる感じか?」

 

「鍛えてるのもあるし、毎回ボロボロになるからボロボロになった分体が再生しようと頑張ってるんじゃないか?」

 

鍛えることには熱心だがどういう体つきになっているかまでは気にしていない。いつ来るかもわからん強敵に備えていると、ぶっちゃけそこまで気を配る余裕もないしな。

 

「そうだよなぁ…俺とお前はオカ研の無茶ツートップだしな」

 

「最近は無茶しないと勝てない敵ばっかりだ…身も心も擦り切れる。もうちょい肩の気を抜いて戦える相手がいいんだが」

 

「わかるぅ…」

 

二人そろって、たまった体の熱と一緒に愚痴を吐き出した。これまで戦った敵のラインナップ、異形バトル歴一年生が経験する内容じゃねえ。もうちょっと手心というものをだな。ヴァーリなら涎垂らして喜ぶんだろうけど、俺はあいつじゃないし、あいつのようにはなれない。

 

「でも、そうした戦いを切り抜けた後の休息はすごく気持ちいいよね」

 

「「それもわかるぅ…」」

 

きっと年齢を重ねたらそこにお酒も加わるんだろうな。激闘の後に酒を酌み交わして勝利の美酒に酔う。これ以上になく楽しいひと時になるに違いない。

 

そんなことができる年齢になるまで、この厳しい世界を生き残りたいものだ。

 

 

 

 

 

 

 

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「…というわけで、今から俺の晩酌に付き合ってくれや」

 

「うわ…」

 

部屋に戻った俺を待ち構えていたのは一升瓶を持ってにっこにこのアザゼル先生だった。風呂上がり早々にテンションダダ下がりである。

 

「そんなに落ち込むこたぁないだろ!?」

 

「いや、先生を見るたびにあのワイルドドライブが頭に浮かんで仕方ないんですよ」

 

あの道中、俺が何度事故るんじゃないか、死ぬんじゃないかと危惧したかわかるまい。もう二度と先生の運転する車には乗らねえ。

 

「そうビビんな。なーに、ただ駄弁るだけだ。たまにはこういう一対一の男の腹の明かしあいも大事ってもんだろ」

 

一升瓶に手酌で白く濁った酒を注いで、先生は気持ちよく一杯決めた。ぷはぁーと

 

 

「ここ最近のお前さんはどこか焦ってるように見えたが、今日になってスッキリしたような顔をしてんな。何かあったか?」

 

「いや、ちょっとゼノヴィアにアドバイスをもらっただけですよ」

 

「そうか、同棲してりゃ些細な曇りでも気づくだろうな」

 

具体的な内容までは察していないだろうが、何か悩んでいるくらいの認識だろう。流石、堕天使を束ねてきた元総督だ。部下のメンタルの把握もばっちりか。

 

「俺はゼノヴィアがお前と一緒にいて良かったと思っている」

 

…いきなりズバッと切り込んできたな。唐突だったので数秒フリーズした。

 

「その心は」

 

「お前は色々一人で抱え込むタイプだ。で、ゼノヴィアはずかずか突っ込むタイプだ。バカっぽいところもあるがそれも一種の愛嬌。事実、お前らくっついちまったしな。相性が良かったんだろ。じゃなきゃ今頃お前は潰れていたかもな」

 

「そ、それは…!」

 

「はは!いい反応だ、もっとそういううぶな反応が見たいんだ」

 

照れを隠すように顔を逸らすと先生は愉快気に笑った。

 

「…先生の部下や仲間にも、いたんですか。そういう一人で抱え込むタイプ」

 

「いたぜ、コカビエルだ」

 

「!」

 

意外な人物の名に俺は驚かされた。堕天使の幹部の一角であり、俺達と因縁深い男だ。

 

先生と同じ古参の堕天使で過去の戦争を戦い抜いた猛者だが、戦争継続を掲げて休戦派の先生たちと対立したという。その結果、聖剣計画のバルパー・ガリレイと結託して教会からエクスカリバーを数本強奪して部長さんの統括する駒王町でテロを起こし、三大勢力の戦争を再開しようとした。

 

「あいつも仲間思いで一人で抱え込むタイプだった。だからこそ、堕天使至上主義に陥って俺たちの話を聞かず、独断で暴走しちまった。数少ない昔からの仲間だったのにな」

 

「暴走…あの時のコカビエルはまさしくそうでしたね」

 

野心に目をぎらつかせ、自身の行いに微塵の疑いも持っていない。めらめらと燃え盛る野望のままに行動していた。

 

「そうだろう?あいつは積極的に自分の意見を主張していた。戦争をやめるなと。でも俺たちは認められないと突っぱねて真反対の意見をぶつけた。互いに違う未来を思い描いて、意見はすれ違うばかり。その結果があのざまだ」

 

俺達との戦いで深手を負ったコカビエルは乱入してきたヴァーリに圧倒、捕縛された。その後地獄の底の評獄コキュートスにて凍結刑になり、この事件がきっかけで奇しくも三大勢力の和平会談に繋がり、コカビエルが思い描いたものとは真逆の未来へと進んだのだ。

 

「奴が戻ることはない。言葉を交わすことはおろか顔を見ることさえなくなった今、たまーに考えちまうのさ。どうすりゃあいつも今の輪の中にいられたか、ってな」

 

またお猪口に酒を注ぐと、先生は景気よくぐびっと呷った。普段は飄々とした先生の瞳に一抹の寂しさがよぎったようだ。

 

「抱え込むところはあるがお前はコカビエルとは違う。あいつには他種族への情がなかったがお前にはある。種族を越えた友情、愛って奴がな。その心、絶対に暴走させるんじゃねえぞ。いざってなったらまずはゼノヴィアを頼れ」

 

「ゼノヴィア、ですか」

 

「なんでって、そりゃあいつが一番お前を知っているからに決まっているだろ。ほんでだめなら俺達だ。頼ることは弱さじゃねえぞ」

 

「…わかってますよ。このプライムスペクターも、皆との繋がりあってこそ手に入れた力ですから」

 

あの時俺は自分の真実を打ち明け、仲間との絆をより強固にしたことでプライムスペクターの力は結実した。プライムトリガーを握るといつでもその時の感情を思い出せる。

 

まだレジスタンス関係を明かせない負い目はある。だがそれもいずれは明るみに出すつもりだ。レジスタンスとグレモリー、俺がその懸け橋としてディンギル対抗のための一助となる。それが俺のやるべきことだ。

 

「それでいい。お前は今のまま強くなれ、勿論欠点は潰してな。歪みそうなら俺たちが真っすぐに矯正してやっからよ」

 

「…」

 

「どうした、鳩が豆鉄砲を食ったようだぞ」

 

「思った2倍以上真面目な話だったのでビックリしただけですよ」

 

「曲がりなりにも俺はお前らの先生だからな。たまには先生としてカッコつけさせてくれよ。前線での戦いはいつもお前らに任せっぱなしってのは癪だ」

 

任せっぱなしなんて言いながらも、裏では俺たちが気兼ねなく戦えるようにするために尽力しているのは知っている。魔獣騒動の時だって、サーゼクスさんと一緒に冥府へ赴いてまでハーデスに目を光らせていたという。

 

日ごろは破天荒な行動で俺たちを振り回すこともあるが、こうして俺たちを裏で支えてくれているのだ。少しくらいは感謝を込めてこちらから寄り添ってもいいかもしれない。今日に関して言うなら運転だってしてくれたわけだ。これで礼の一つもなければ恥知らずはこちらだ。

 

「…酒は飲めないんで、烏龍茶でいいですか?」

 

「結構」

 

その夜、俺と先生は二人っきりで戦いのことやら人生相談やら語り明かした。年の近い野郎どもと騒ぐのも楽しいが、頼りになる先生と語らうのも悪くはない。途中で先生の酒が進むと自然に下の話になったが。

 

 

 

 

 

 

 

 

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夜も深くなる頃。ずっと先生と語りっぱなしで体がなまって、少し動きたくなったので館内を歩いているとばったりその人と遭遇した。

 

「…あれ、グレイフィアさん」

 

「あら、深海さんですか」

 

浴衣姿のグレイフィアさん。銀髪が少ししっとりしている。同じ旅館にいるのにあまり見かけないと思ったらこんなタイミングで会おうとは。

 

「この時間帯なら誰も風呂にいないだろうと思いまして。うっかり一誠さんと一緒になってしまいましたが」

 

「えっ」

 

男女で一緒に温泉に入ったの?しかもグレイフィアさんって人妻だよね。ということは…。

 

「背中を流したりしましてね」

 

「えっ」

 

まずくない?兵藤の奴、未来のお兄様の大不況を買わない?今からでも抹消されるんじゃ?

 

「ふふ、冗談ですよ」

 

こちらの反応をからかうように笑うグレイフィアさん。彼女らしくない軽い言動、そして仄かに赤らんだ顔。どう見ても酒に酔っているのは明白だった。

 

「グレイフィアさんは、他にもどこか回ったんですか?」

 

「ええ、この辺りは海が綺麗と聞いて散策しました。冥界には海がありませんからね」

 

「あぁ、そういえば…」

 

冥界って海がないんだったな。魚料理もないことはないし、街並みも人間界とそんなに変わらないところもあるから忘れてしまいがちだ。

 

「評判通りの美しい海でした。途中で同じ観光客から砂城づくりの審判を頼まれたりもして面白い経験ができましたよ」

 

「す、砂城作り?」

 

「見た目からしてあなた達と年の変わらない女性二人組でして。変わった方とは思いましたが、悪い人ではありませんでした。人間界にはまだまだ私の思いもよらぬ出来事、方々がたくさんいらっしゃるのですね」

 

「は、はぁ…」

 

砂城作りに付き合うグレイフィアさんって…滅多に見れるものじゃないだろう。何も知らないとはいえ魔王の奥さんにそんなことをお願いできるなんて度胸のある二人組だな。一度会ってみたいものだ。

 

「深海さん達は大丈夫でしたか?アザゼルが主だって引率していたと聞きましたが」

 

「まあ目立った問題はありませんでしたよ。運転はアレでしたが」

 

「運転…そうですか、もう一度反省会が必要なようですね」

 

あっ、やっべ。いらんことを言った。なんだかグレイフィアさんの顔の赤みも引いてきたし酔いが冷めたのかもしれん。先生にかわいそうなことをしてしまった…。

 

「…そう、あなたに伝えたかったことがありました」

 

内心ひやひやしていると、グレイフィアさんがどこか改まった表情で切り出した。もしや、俺もグレイフィアさんの癇に障ることをしでかしてたか…?失礼なことをした記憶は全くないが、常日頃の行いで何かした指導されたり?

 

「つ、伝えたかったこと?」

 

「魔獣の一件の際、グレモリー領の病院を旧魔王派から守った頂いたことです。サーゼクスの愛するグレモリー領にいながらあのような凶行を許したことは私の恥です。あなたがいなければどうなっていたか…」

 

うーん、その件か。まずは怒られなくてよかったという安堵が先行した。

 

ニュースでも結構取り上げられてたし、インタビューも何度か受けたっけか。別に特段、特別なことをしたつもりはない。自衛に近い感覚か。あの状況だと俺も動かないと危なかったわけだし。

 

おかげで行動と戦いを共にしているおっぱいドラゴンと比較して散々影が薄いと言われてきたメディアからそういった声が一掃されたのは嬉しいところではあるが。

 

「俺はたまたまそこにいた、そしてやれることやるべきことをした、たったそれだけの話ですよ」

 

「その謙虚ながらも高潔な志、あなたもいずれ遠からず一誠さんに並ぶ冥界を背負う英雄になるでしょうね」

 

俺も兵藤に並ぶ冥界の英雄、か。グレイフィアさんほどの立場の方からそう認識されているならかなり近づいたんだろうな。…英雄になれという信長の言葉が現実になる日も、そう遠くはないかもしれない。

 

「あなたのような人間がリアスたちと行動を共にしてくれているのは非常に心強く思います。ただ…」

 

グレイフィアさんの顔色がすっと変わった。瞬間、背筋を冷たいものが走る。

 

「一点だけ、あなたとゼノヴィアさんの関係が爛れていると話を聞きました。年頃の男女が二人で住まいを同じくするというだけでも如何わしいところですが、婚前に色欲に溺れ行為に明け暮れるなど不純極まりません。リアスや他の方々が真似する前に一度ゼノヴィアさんも交えて話し合いましょうか」

 

「いぇぇぇ!!?」

 

そこ!?今それで怒られんの!?穏やかな雰囲気だったじゃん!!でもまあ、ロスヴァイセ先生ですら羨ましさ半分で怒られたわけだし、グレイフィアさんが許すはずもないか…。

 

「…ちなみにどこから聞いたんですか?」

 

「アザゼルからです」

 

「…」

 

運転のこと言っといてよかったわ。道連れだ道連れ。なんで俺も揃ってグレイフィアさんに怒られなきゃならんのだ。一緒に地獄に堕ちよう。旅は道連れ世は情けというだろ。

 

しかし、どう回答しようものか。こうなった以上、どの道を選んでも折檻ルートは確定だ。ならばいっそ、一言、俺の心に浮かんだことをありのまま言おうじゃないか。

 

俺は動揺する心を一息で沈め、決め顔で言い放った。

 

「…失礼だな、純愛だよ」

 

「よろしい。そこに直りなさい」

 

グレイフィアさんの怒気が高まる。言いたいことは言った。後悔はない。

 

 

 

 

 

 

 

 

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一夜明け、朝食を食べると荷物をまとめてチェックアウト。エントランスに集合して受付も終わり、いよいよ俺たちは旅館を後にする。二日目も街を散策して昼飯を食べた後はいよいよ駒王町に戻る予定だ。

 

昨夜?タノシイヨルダッタヨ?タノシスギテナミダガトマラナカッタナー。

 

「いい旅館でしたわ」

 

「次回までにもっと卓球を上達しますわ…」

 

「次もまたレイヴェルを返り討ちにするね」

 

「昨日のお刺身美味しかったですね!」

 

「うん、また行きたいわね!」

 

旅館から出て駐車場へ歩く間にも旅館の余韻に浸る談笑は絶えない。俺が先生と駄弁ってる間にも女性陣でかなりお楽しみだったらしい。卓球の方だと教会組よりも一年組が盛り上がっていたとか。

 

すっと俺の隣に並んだゼノヴィアが訊いてきた。

 

「悠はどうだった?」

 

「ん、満足だよ。次は二人っきりで行こうか?」

 

「!!」

 

美味しい料理に露天風呂、五感全てをリフレッシュできたいい気分だ。異形関係者専門というだけあって他の利用客も少ないしのびのびできた。ゼノヴィアと二人っきりで旅行を楽しむならうってつけの宿だと俺は思う。

 

「二人か…いいな!もう次の日程を決めてしまおう!」

 

気も早くもう次の旅行を決めてしまう気だ。さて、次はどこがまとまった休みが取れそうだったか…。

 

いやいや、まだ旅行は終わっていない。次の旅行のことを考えるより今を考えるのが先だ。今日は確か

 

ふと、先生がぴたと歩みを止めた。

 

「…お前ら」

 

「?」

 

「わかってるわ。楽しい旅行に水を差すなんて無粋ね」

 

二人の剣呑な声色で緊張の雰囲気が伝播したか、皆一様に警戒の表情へと切り替わった。どうやら宜しくない気配を感じ取ったようだ。俺もそれに応じ、構える。

 

全員の視線の先にあるのは人除けの結界を担う霧。その向こうから現れる人影が四つ。黒いローブに身を包んだガタイの良い男?が二人。そして見慣れた顔が2人。

 

「この気配…まさか!」

 

白と金の高貴なローブに身を包んだ少女の顔は、俺が将来忘れることのない。

 

「アルル…!!」

 

どこまでも感情の色を映さない冷たい瞳が俺たちを見据えた。




次からいよいよ、久々の戦闘回です。

次回、「狂った翼」


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第176話「狂った翼」

今気づいたけど何故か呂布眼魂の番号が57になっていました。正解は50です。過去回分も修正しています。

実は15の眼魂は使用回数をカウントしてます。どの回で使ったかも記録していて、悠河が持ってる眼魂でこれしばらく使われてないなー、使用回数少ないなーって言うのがあったらそれを優先させたりします。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
1.ムサシ
2.エジソン
3.ロビンフッド
4.ニュートン
5.ビリー・ザ・キッド
6.ベートーベン
7.ベンケイ
9.リョウマ
10.ヒミコ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
13.フーディーニ
23.コロンブス
31.ライト
40.ジャンヌ
41.シグルド
42.ユキムラ
43.ゲオルク
44.ハンゾウ
46.ノーベル
49.曹操
50.呂布


『悠、おぬしに一か月の猶予をやろう。来月、10月末までじゃ。その間におぬしがアルルを対処できなければ、妾達は容赦なく彼女ごと奴を消す』

 

レジスタンスの目的を知らされたあの日、ポラリスさんに提示されたリミット。残すところ1週間を切るも一向に相対することができずにいた。

 

しかし、俺が求め続けた絶好の機会が、今舞い込んできた。

 

「…」

 

「深海君、落ち着いて。迂闊に飛び出すのは危険よ」

 

はやる俺の内心を察したように朱乃さんが止めてくれる。

 

「…わかってます」

 

迂闊な行動が命取りになるのはこれまでの戦いで分かっている。それに、初めて見る二人の黒ローブの男もいる。そいつらの能力も実力もわからない現状、より慎重に行動しなければならない。

 

「あなたは信長を相手に尻尾巻いて逃げたと聞いているわ、アンドロマリウス」

 

アルルの隣に立つのはすかした表情の眼鏡の男。何度も俺の前に立ちはだかって来た因縁の敵、アルギス・アンドロマリウスだ。アルルを裏切った信長と交戦し、命がけの攻撃で撃退したのだが、

 

「ええ、お陰様で酷い目に遭いましたよ。右腕右脚が消し炭になりましたが、アルル様のお力でこの通り」

 

ローブの袖をまくると、傷一つない白肌が露になった。…信長の最後の攻撃だというのに、傷一つすら残せないのか。

 

「私たちがサイラオーグと戦っている最中にもちょっかいを掛けてくれたそうね」

 

「あれは試合で弱った兵藤一誠を暗殺できればと思いまして。それを見越したラファエルが強化した結界のセキュリティに阻まれてしまいましたがね。かわいいちびっこに人気のおっぱいドラゴンが無様に死ぬ光景を悪魔の子供たちに電波に乗せて届けたかったのですが、まあ残念」

 

アルギスに問い詰める部長さん。野郎の前半の目的は知っていたが、内心そんな下衆いことまで考えていたとはな。

 

俺に同調するようにゼノヴィアが冷たく吐き捨てた。

 

「下衆だな。お前の発想には反吐が出るよ」

 

「下衆で結構、私は悪魔ですが悪魔という種と悪魔社会が嫌いでしてね。悪魔であるあなたを不快にできたなら満足ですよ」

 

「貴様!!」

 

悪びれもしないアルギスの態度にとうとうゼノヴィアの堪忍袋の緒が切れた。エクスデュランダルを持ち出すが、紫藤さんが手を掴んで必死に制止する。

 

「ダメよゼノヴィア!」

 

「奴の思うつぼだ!」

 

「くっ…」

 

紫藤さんと木場の制止により、どうにかクールダウンする。

 

「そこまでにしておけ、アルギス」

 

「はっ、失礼しました」

 

向こうも主の一言で矛を収めると、代わりに主たるアルルが俺達に手を伸ばす。

 

「…さて、単刀直入に言おう、眼魂を全て渡せ」

 

「そんな要求が通るわけねえだろ!」

 

「だったらこっちも単刀直入に言う、とっとと俺の妹を返せ」

 

「無駄だ。既に魂は深淵に沈んだ。いくら呼びかけようとも帰らぬ。前の戦いのように、我の体を動かすこともない」

 

「…」

 

…そんなことは信じない、信じてたまるか。こいつは知らないだろう、兵藤の乳技の可能性を。九重のお母さんの心を呼び覚ますことだってできたのだ。グレートレッドとオーフィスの力を得て、あの時よりも強くなったこいつなら沈んだ魂を引っ張り上げることができるはず。

 

とん。アザゼル先生は俺の肩に手を置くと、前に出た。

 

「アジトが危ねえかもしれないって時に自分からしゃしゃり出るとはな」

 

「隠す必要もほぼ失せたということだ。暴きたければ暴くがいい。貴様らがどう動こうとも、神域と竜域との接続は止められん」

 

「どういうことだ」

 

「既に我の計画は最終段階に入ったと言っているのだ。二つの世界は繋がり、真なる力を取り戻した神々が降臨する。我らの伏虎の時は終わりを迎える」

 

「そうか、なら遠慮なく特定して叩かせてもらうぜ。ガイウスが口を割るのも時間の問題だからな」

 

「そう上手くいくといいがな」

 

英雄派と絡んだりで表立った動きがないと思えばそこまでの動きを…。もっと本腰入れて奴らの動向を探っておくべきだった。

 

「あなたに一つ訊きたいことがあるわ。あなた達が世界を滅ぼす理由は何?一体何があなた達を突き動かすの?」

 

「理由、強いて言うならそれが至高の方々の意志だからだ。その他に理由など不要」

 

「至高の方々?」

 

「遍く真なる神を統べる二柱…『裁決』と『氾慄』は竜域の滅亡を強く望まれている。先の戦争で殲滅の機を逃した我ら自身の雪辱を注ぐためにも、竜域は滅ぼす。…これ以上貴様らの話に付き合う義理はない。命も眼魂も全て頂く」

 

アルルは会話の終わりを告げるがごとく、腕に装着されたメガウルオウダーを見せた。

 

『裁決』と『氾慄』。この二柱の神がディンギルの元締めか。そのどちらかがポラリスさんのいうアヌという神なんだろう。こいつらさえ倒せば、ウリエルさんが見た破滅の未来も止められるんだな。

 

倒すべき真の敵は見えた。だが今は。

 

「悠」

 

「ああ、こいつだけは俺が…!!」

 

アルルをぶちのめし、凜を助け出す。そのために俺は戦ってきた!

 

「私が憎いか。私も不穏因子である貴様を潰したくてたまらない」

 

「引導を渡して差し上げますよ」

 

〈挿入歌:Wish in the dark(仮面ライダーエグゼイド)〉

 

〔STAND-BY〕〔YES-SIR〕〔LOADING〕

 

ネクロム眼魂を起動させるアルル。メガウルオウダーのスロットに差し込み、本体を起き上がらせると、横部のスイッチを押す。

 

〔アーイ!バッチリミナー!バッチリミナー!〕

 

並ぶアルギスもダークゴースト眼魂を起動させるとドライバーに差し込み、変身待機状態に入る。

 

オウダー本体とドライバーから出現した二体のパーカーゴースト。フード部の暗闇に怪しい光がともる。

 

「「変身」」

 

〔TENGAN!NECROM!MEGAULORDE!CRASH THE INVADOR!〕

 

〔カイガン!ダークライダー!闇の力!悪い奴ら!〕

 

神器から解き放たれた霊力を強化スーツとしてマテリアライズし身にまとい、さらにその上からパーカーゴーストが覆い被さり変身完了した。

 

仮面ライダーネクロムに仮面ライダーダークゴースト。敵ライダーの同時変身は普段ならワクワクするところだが、現実はそう楽観的にはいかない。

 

「前座だ」

 

一声で地面が次々に盛り上がり、細腕細足の等身大サイズの土人形達が這い出生まれる。姿かたちは同じだが、獲物はファルシオン、メイス、シャムシールと様々で同じ獲物を持った個体はいない。

 

「そっちから来てくれて手間が省ける…!ここでお前を倒す!」

 

〔アーイ!バッチリミロー!バッチリミロー!〕

 

右に広げた手を握り、顔の近くへ持ってくるいつもの変身ポーズと共に、力強くその言葉を発す。

 

「変身!」

 

〔カイガン!ムサシ!決闘!ズバッと!超剣豪!〕

 

ムサシ魂に変身してオーラを感じ取れるようになったことでわかった。一体一体が放つオーラはあの時の数倍以上に跳ね上がっている。

 

当然、本体のアルル自身が放つ気配も。最初に戦った時とは比べ物にならない。ざっと見た感じ、ロキに匹敵するレベルだ。あの時奪ったユグドラシルの欠片が関係しているのか?

 

「ぶっちゃけ目算でもアルルは曹操以上だ、初顔の連中にアルギスもどんな眼魂を持ってるかわからん!お前ら、慎重に…」

 

「押し通る!!」

 

「深海君、待ちなさい!」

 

勢いよく飛び出した俺は二振りの刀を携え、群れの中へ突入する。ガンガンセイバー二刀流モードに加え背部のゴーストブレイドの計4つの刃で巧みに鈍重な攻撃を捌き、ひたすらに突き進む。

 

「はっ」

 

前方に立つ土人形、頭部から流麗に一線、真っ二つにする。続く後方からのメイスの一撃をゴーストブレイドで弾き返し、体をひねって回転。勢いをつけた斬閃で切り刻む。

 

「はぁぁっ!!」

 

切る斬る断つ削ぐ薙ぐ突く。土人形の残骸を増やしながら猛進。ムサシ眼魂から得られるあらゆる剣技を駆使して立ち回るが、敵の数は多く対処に気を取られ、次第に前進の勢いは鈍っていく。敵は物量で押しつぶそうとしてくる。切っても切っても次から次に湧いてくる、このままでは…。

 

「深海君!」

 

叫び。俺の焦りを切り裂くがごとく、横合いから飛び出した甲冑の騎士と一人の勇敢な『騎士』が前方の土人形を切り裂いた。

 

「木場か!」

 

「相も変わらず無茶が好きだね、君は!」

 

聖魔剣を握る木場とそれに並ぶ竜騎士たちだった。いつもと得物が違う。6体いる竜騎士の内4体は聖剣ではなくジークが使っていた魔剣を握っている。それぞれが不吉なオーラを漂わせながらも絶大な破壊力で土人形を粉砕していく。

 

俺の隣に現れた土人形も地面から突き出た太い氷柱に貫かれ、ドリルのように唸るオーラを滾らせる突きで粉みじんに砕かれた。流石は伝説の魔剣、本体が握らずとも相当なパワーだ。こんな魔剣を一人で使いこなしていたジークの恐ろしさを改めて実感した。

 

「…悪い、少し熱くなり過ぎた」

 

木場がいなければ危ういところだった。散々周りが注意を喚起し、俺自身も戒めたはずなのに戦いが始まるとなると熱くなってしまった。

 

「大丈夫、君のやりたいことはわかってるよ。ここは僕たちが引き受ける!」

 

「お前…!」

 

チームワークを乱した俺に木場は責めもせず、俺の意志を尊重してくれた。その優しさがかえって胸に刺さって一層申し訳ない気分だ。あとで皆にも平謝りしなければ。

 

そして、援護は木場だけでは終わらない。

 

「私たちも手伝いますわ!」

 

「行け、深海!」

 

雷光や滅びの魔力が戦場を駆け抜け、土人形達を次々に貫く。土人形の武器と聖剣が何度もぶつかり合い、皆、俺の思いを汲み取って道を切り開いてくれている。

 

「僕たちが君がアルルとの戦いに持ち込めるようサポートする。行くんだ!」

 

「妹を救うんだろう!行け!!」

 

「ありがとうっ…!」

 

仲間たちの好意には感謝してもしきれないくらいだ。噛み締めるように礼を言うと土人形を任せ、俺は本命の下へ駆け抜ける。

 

「行かせませんよ」

 

主を守るべくすっとアルギスが前に出るが、すかさず兵藤がタックルを決めてどかす。

 

「こいつ!」

 

「それはこっちの台詞だ!深海、こいつを片付けてすぐ戻る!」

 

バーニアを吹かし、俺から距離を離していく。ナイスすぎるアシストだ。心の中でサムズアップを送り、俺はようやく辿り着く。

 

「…」

 

〔カイガン!エジソン!エレキ!ひらめき!発明王!〕

 

俺の接近を許してなおアルルは悠然たる立ち姿を崩さない。そんな奴に飛び掛かり、開幕早々に放ったのは雷を帯びた拳打。

 

奴の能力は液状化、ならば相性のいい電気攻撃のできるエジソン魂で立ち回る。ポラリスさんから提示された残り少ない時間でようやく向こうから現れてくれたのだ。このチャンス、死んでも逃すわけにはいかない。

 

「狙いが透けて見える」

 

拳を掴み寄せると反撃に素早い拳の連打を顔に叩き込まれる。俺の目や鼻など急所を的確に狙ってきやがる。変身していなければ顔の至る所がひん曲がっていたことだろう。

 

「がぶっ…離すなよ!」

 

「!」

 

ちかちかする視界。それでも狙うべき相手はわかる。密着した状態を利用し、全身から電撃を放出し浴びせる。回避のしようもなく眩く電撃に打たれたネクロムは飛び退って俺から距離を取るのだった。

 

これで電気を帯び、奴の液状化は一時は封じることができたはず。

 

俺から離れたネクロムは電撃で焼けたパーカーをぱしぱしと払う動作を見せる。

 

「…液状化を潰したところで、貴様に勝機はない」

 

「まだまだぁ!」

 

エジソンの力はそれだけには終わらない。全身から放出した電撃を利用して生体電流を活性化。大地を踏みしめて再度接近すると、向上した身体能力を利用して高速の拳打、蹴激の嵐を放つ。

 

「はぁぁぁぁぁッ!!!」

 

「激しいな」

 

一発一発に魂を込めた全力の攻撃、しかし奴は踊り子のような滑らかで軽やかなステップを踏んで後退しながら全てを回避してしまう。まるで俺の攻撃なぞ取るに足らないそよ風だとでも言わんばかりの悠然とした動きだ。

 

「死力を尽くしてその程度か」

 

「!」

 

空を震わせる掌底。バシンと体の中心に打ち据えられたそれは俺の連撃を止め、弾き飛ばす。

 

「はぁ、はぁ…がっ」

 

神のオーラがこもった重い一撃だ。全身にインパクトが伝わって呼吸が止まるところだった。…それでも、あいつはまだ本気じゃない。

 

〔YES-SIR〕

 

当のネクロムは新たな眼魂を起動させると、メガウルオウダーに装填した。

 

〔TENGAN!SANZO!MEGAUL-ORDE!SAIYU RODE!〕

 

サンゾウ魂にチェンジしたネクロムは即座に猿、豚、河童のお供たちを召喚し、俺にけしかけてきた。

 

「まだ私と戦うには早いようだ。こいつらと遊ぶといい」

 

「!」

 

こちらは枝分かれする電撃を放って応戦。しかし分身たちは変幻自在のアクロバティックな動きで難なく躱していく。向こうの動きが読めない以上、このフォームで闘うのは向かないだろう。

 

「だったら!」

 

〔カイガン!ビリーザキッド!百発百中!ズキューン!バキューン!〕

 

接近戦がお望みならそれに応じるまで。このフォームなら距離を取られてもカバーが効くし、近接戦に持ち込まれても対応できる。

 

まずはガンガンセイバーとバットクロックでの二丁拳銃による牽制射撃。これも分身たちは軽やかな動きで躱してそのまま俺との距離を踏破する。

 

ならば近接戦に応じる。最初に来たのは孫悟空。弾丸のように素早いジャブ、先ほどのアルルの攻撃の余波でふらつく体で何発か食らいながらも後退。しかしそれを見越してか背後から沙悟浄に飛び掛かられて態勢を崩してしまう。

 

「おぁ!」

 

そのまま関節技に持ち込まれそうになるが、逆に背中を蹴りつけて出来た隙を利用し勢い任せに逆転。こちらが関節技をかける形になる。そして関節をキメるのではなく頭部に銃を打ちまくり、穴まみれになったところでとうとう沈黙した。

 

「くそ」

 

「キキィ!!」

 

「フガガ!!」

 

仲間を目の前でやられたことで残る二人はお冠になったようだ。猪八戒が繰り出す猛烈なタックル。それを横っ飛びして躱したところに孫悟空が追撃を仕掛けてくる。

 

猿の妖怪らしく俊敏でトリッキーな動きを繰り出してくる。一発、また一発と払いやパンチが体に打ち据えられてしまう。向こうは銃撃させる暇も与えてくれやしない。

 

「!」

 

「ブヒヒっ!」

 

俺の腰にいつのまにか後ろから手を回したのは猪八戒。その怪力で俺を持ち上げ、なんとスープレックスで地面に脳天直撃させてきた。

 

「いっ…!!!」

 

世界が砕けたかと錯覚するような衝撃が頭を駆け巡る。頭がかち割れるように痛い。目がふらふらして、頭が回らない。

 

「ああっ…いってぇ…」

 

「キキキ!」

 

「ブヒヒ」

 

表情は動かないが、してやったりという感情がありありと伝わる動きで俺をおちょくってきやがる。

 

おまけに動けない俺の懐をごそごそと探り始める。そして取り出したのはなんとプライムトリガーだった。

 

「お前…!!」

 

二匹は満足そうに小躍りすると、アルルの方へ投げてよこしやがった。

 

「あっ」

 

「ご苦労」

 

手を伸ばすも体は動けない。ぱしっと受け取ったアルルは手短に告げる。

 

プライムトリガーを奪われるなんて…くそ、勿体ぶらずに最初から使っておくべきだった。あれが無きゃあいつと勝負できないって言うのに。まずは液状化対策だと気を取られるばかりにエジソン魂から使ったのは判断ミスだった。

 

奴に遭ったことで今までため込み、押し込んだ焦りが爆発している。それが原因でこんな判断ミスを連発した。痛恨の極みだ。

 

ああ…くそ…おまけにスープレックスとか酷い一撃を貰った。これは致命的だ。頭がバカになりそうだ。もう馬鹿になってるかもしれないが。この戦闘、不運続きで嫌になる。

 

…だがお前らも致命的な動きを取ったな。調子に乗って俺に近づくなんてな!

 

脚を回して、近くにいる猪八戒に足払いをかけてすっころばす。すぐの反撃を予想できなかったのか、思った以上にうまくいった。

 

「ブヒっ!?」

 

そして転んだ猪八戒にすかさず組み付いて、沙悟浄と同じように頭部に銃撃の雨あられを見舞う。バシバシと叩かれ、抵抗されるがそれも数秒の間だけ。以降、ぐてっと脱力して押し黙るのだった。

 

「キキィ…!!」

 

残るは孫悟空一匹のみ。表情は変わらないが、動きと鳴き声に怒気を孕んでいる。

 

先手を打ったのは孫悟空。飛び出し、即座にジャブのラッシュ。脳天やられた余波でまだ満足に動けないこちらは判断が遅れ、もろに受ける。

 

「がっ、あっ!」

 

反撃の一手と蹴りを繰り出すが、奴は俺を軸に回転し、後ろに回り込むと尻に蹴りを入れてきた。振り向きざまにガンガンセイバーの銃口を向けるがぱしっと手を払われてあらぬ方向へ向けられ、容赦ない連撃が続く。

 

そして跳び上がってからの回し蹴り。しっかり俺の首元狙った一撃は俺を地面に転がした。

 

「くそ…つえぇ…」

 

何発も攻撃を貰って削られていく。お供相手にここまで手こずるようじゃアルルには…。

 

いや、弱気になってはいられない。神器使いの戦いは気持ちを強く持ち、神器の力を強く引き出した者が勝つ。プライムトリガーを奪われた今こそ俺の地力と根性、そして知恵が試される時だ。必ず乗り越える。

 

向こうがトリッキーな攻撃をするというなら、こっちも予想を超える破天荒な手を打つしかない。それは…。

 

「キキッ!?」

 

バットクロックを真上に投げる!突然の動きに孫悟空の目線は宙を舞うバットクロックに奪われ、その間攻撃が緩み隙が生まれる。

 

震脚。それは八極拳の基礎とも呼べる踏み込みの技術。まだまだ粗い練度のため動きには無駄が多いが、それでも形にはできている。

 

そして繰り出すのは肘撃ち。八極拳においては頂肘と呼ばれる。胸部を穿つ一撃は戦槌のごとし。ドゴンと大気を震わせる一撃に孫悟空の体が仰け反る。だがまだ終わらない。

 

「おらぁ!」

 

腕をがしりと掴み、そのまま一本背負い。地面に押し倒し、空から降って来たバットクロックをキャッチしてガンガンセイバーに合体、キャノンモードへと変形させる。

 

「あまり手間取らせるな…!」

 

俺が戦わないといけない相手はアルルだ。こいつらの遊びに付き合っている暇は一秒もない。

 

〔ダイカイガン!オメガ・インパクト!〕

 

増幅した霊力が刻一刻と蓄えられている銃口を腹に押し当てる。ハッとしたように腹を見下ろすがもう遅い。引き金を引いて霊力の砲撃で腹をぶち抜いた。

 

猿豚河童、三匹のお供が倒れ伏す。その消滅はほぼ同時だった。

 

「はぁ…はぁ…」

 

これでお供たちは全員倒した。残るはネクロム。こっちは疲労しているというのに奴は腕組みながら悠然と戦いを見物していたようで、俺と目が合うと「ふむ」と腕組みを解いた。

 

「少し舐めすぎたらしい。なら、この眼魂を試すとしよう」

 

奴が新たに見せたのは白と金色の入り混じる高貴さを感じさせるカラーリングの眼魂だった。あれも信長が横流しした英雄派の眼魂か?

 

〔YES-SIR〕

 

眼魂を装填すると出現したのは白と金の勇ましいプレートアーマーのようなパーカーゴースト。輝かしいオーラから他の英雄とは一線を画す存在だと理解できる。

 

〔TENGAN!ARTHUR!MEGAUL-ORDE!〕

 

〔King of round table knights〕

 

「アーサー…あの騎士王アーサーか」

 

アーサーという名の著名な英雄などこの世に一人しかいない。聖剣エクスカリバーを扱い、円卓の騎士を率いた王。ヴァーリチームのアーサーとルフェイの出身であるペンドラゴン家がその血筋を引いていると聞くが…。

 

変身完了と同時に武器も召喚される。しかしそれは通常通りのガンガンセイバーではなかった。絶大な聖なる力を宿した、惚れ惚れするような美しい聖剣。あれを一目見た人間が間違えるはずがない。

 

「それはアーサーのコールブランド…!」

 

ヴァーリチームのアーサーが愛用している聖王剣コールブランドだ。どうして奴が手にしている…?

 

「この眼魂を生み出すのに必要でな。少し手荒だが拝借させてもらった」

 

あいつらが協力したってわけではないのか。アーサーの大事な得物を奪われ、恐らくアーサーは勿論だがヴァーリチームはお冠なんじゃないだろうか。

 

しかしあのアーサー魂。堂々たる輝かしいオーラからして恐らく英雄眼魂の中でも上級のスペックを誇るだろう。それにアーサー本人の武器であるコールブランドまでそろった。カタログスペック以上の力を発揮するはずだ。

 

「アーサーに対抗するには…!」

 

プライムトリガーを奪われた今、思い浮かんだのは英雄派の幹部、ジークフリート。かつて組織内でヴァーリチームの聖剣使いアーサーに苛烈な対抗心を燃やした魔剣使いの眼魂なら。

 

〔カイガン!シグルド!指輪!すげえわ!屠龍の英雄!〕

 

仮面ライダースペクター シグルド魂。一度木場に頼んでシグルド魂とグラムを併用したことがある。本来の持ち主の力であるシグルド魂ならグラムのオーラを押さえつつ使用できるかと踏んだが、俺自身の魔剣や聖剣の素質が足りないため力を制御できず、悲惨な目に遭った。

 

だからグラムは使えない。それでも余りある程の能力とスペックを兼ね備えたフォームだ。今の手持ちの眼魂の中でもトップクラスの性能で対抗して見せる。

 

 

 

 

 

 

 

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土人形達と交戦するリアス達。戦いは終始、リアスたちが優位に運んでいた。

 

「三体目!」

 

悪魔の翼を広げて飛翔し、三次元的機動で立ち回るゼノヴィアのエクスデュランダルの一閃が土人形を上下に断つ。

 

「今よ、やっちゃって!」

 

「昇竜拳」

 

イリナが光輪で土人形を縛り上げ、跳び上がる小猫のアッパーカットが炸裂。顎はおろか頭部を木端微塵に砕いて活動を停止させた。

 

土人形の力は依然戦った時よりも遥かに増している。しかしそれはリアスたちも同様だ。英雄の魂を継ぐ者たちや悪神と戦い、それに負けじと鍛錬を重ねたことで基礎的な力は大幅に向上し、冥界で土人形と戦った時にはなかった新たな力も身に着けた。彼女らが負ける道理はどこにもない。

 

「私だって…!」

 

レイヴェルも後方から不死鳥の炎を放ち、近接戦を主体とするメンバーの死角をカバーする。自身の実力不足は理解しているが、何もせずにはいられないという貴族としてのプライドが彼女を駆り立てていた。

 

「お前ら、下がれ!俺がまとめてぶっ潰す!」

 

声を張り上げるのは空中にいるアザゼル。大量の光の槍を空に召喚し、残った土人形を一網打尽にする魂胆だ。それを見て一斉にリアスたちは後方へ退避していく。

 

仲間の退避を確認したアザゼルがその手を振り下ろす直前、懐に黒い閃光が飛び込んだ。

 

「!」

 

二人いる黒ローブの男の内の一人。男はアザゼルの胸倉を荒く掴み上げると急降下し、一気に地面に叩きつける。そのまま勢いを殺さず、引きずり回して遠ざかっていく。

 

「アザゼル!」

 

「俺に構うな!まだ一人いるぞ!」

 

二人目の黒ローブの男。ローブを勢いよく脱ぎ捨てると、神父服の上から荘厳なライトアーマーに身を包んだ初老の男の姿が明らかになる。

 

「アルル様の土人形を倒すとは…見事だ、若人達よ」

 

底知れぬオーラだけではない。言葉と佇まいから滲み出る圧倒的なまでの覇気にリアスたちはごくりと息を呑んだ。曹操やシャルバとは比較にならない格上相手だと一目で理解できた。

 

「新しい叶えし者…!注意して」

 

「新しい、とは存外。私こそが最古の叶えし者だ。名をラディウス。心してかかれよ。さもなくば、足元をすくわれるぞ」

 

ラディウスがリアスたちに向ける感情は明らかに敵意や殺意の類ではない。もっと穏やかな、赤子をあやすような凪いだ感情。これまでの敵とは全く違う感覚にリアスたちは戸惑いを覚える。

 

(…いや、そもそも力量差が開きすぎて私たちを敵とすら思っていないのかしら)

 

「我も、手伝う?」

 

「待って、あなたの攻撃では一帯が吹っ飛びかねないわ。下がってて頂戴」

 

「りょ」

 

力が半減したオーフィスは自身の強大過ぎる力をコントロールしきれていない。下手な攻撃をすればかえってこちらが巻き沿いになり大打撃を受けることとなる。オーフィスの攻撃というメリットよりリスクを危険視したリアスは、オーフィスを戦闘に参加させない判断を取った。

 

「行くわよ、皆!」

 

「奔れ、雷光!」

 

〔BGM:プラシドの合体(遊戯王ファイブディーズ)〕

 

最初の攻撃はリアスと朱乃の攻撃。荒ぶる雷光と滅びの魔力がラディウス目掛け食らいつかんと迸る。上級悪魔であれば真正面から受けきれない程の威力だ。

 

しかしそれら全てラディウスに触れた途端、バシュン!と音を立て消失した。

 

「!?」

 

「何、今の」

 

「神に仇なす者の力は、私には届かん」

 

「だったら最大火力だ!!」

 

エクスデュランダルを掲げるゼノヴィア。刀身から凄まじい力が解き放たれ天に昇る極太の光の柱と化す。

7つのエクスカリバーの全てを統合し真のエクスデュランダルとなった今、最強の聖剣の名を欲さんばかりの業物となった。

 

「試してみるといい」

 

「後悔するなよッ!!」

 

光の柱をそのまま振り下ろし、回避するそぶりも見せないラディウスに叩きつけた。渾身の一撃。凄まじい攻撃の余波が周囲の木々を揺らし、駐車場の舗装を滅茶苦茶に破壊する。

 

魔王クラスでもまともに受ければ致命傷は免れないだろう聖なる力の奔流。悪魔でなくも大ダメージは必須の一撃を喰らったのだ、立っていられるはずがない。そうゼノヴィアは思っていた。

 

「…なるほど、ここまで高められた聖剣のオーラは初めて見た」

 

「…これでも無傷か」

 

そう思っていたからこそ、傷一つ負わせられないという結果に大いに歯噛みした。しかし攻撃はそれだけでは終わらない。エクスデュランダルの攻撃で巻き上がった土煙に紛れ、ラディウスへ距離を詰める影が二つ。

 

「祐斗先輩」

 

「行くよ!小猫ちゃん!」

 

危険なオーラを漂わせるグラムで突撃する木場。それを陽動に仙術を発動させた小猫は果敢に攻め立てる。

 

「ほう、これは」

 

グラムの剣戟を軽々といなすラディウス。魔剣の頂点に君臨するグラムは一太刀一太刀が余波だけで遠くの木々を破壊する威力だ。そんな大振りなグラムの攻撃の隙をカバーするように小猫の打撃が加わる。生命エネルギーに作用する仙術を込められた拳は触れるだけでも悪影響を及ぼす。

 

二人の猛攻に息つく暇もなく、ラディウスはカウンターすることも出来ず防戦一方に回るしかない。グレモリー眷属の中でも古参にあたる二人が、互いの勝手を知った見事な連携を見せる。長い付き合いと共闘経験が、二人の息の合ったコンビネーションを実現させていた。

 

だがその連携の勢いは長くはもたない。

 

「流石は魔剣の王、しかしいつまで扱えるかな?」

 

ラディウスの指摘はもっともだった。グラムを手に入れてから日の浅い木場はまだごく短時間しか力を開放することができない。体力や魔力、それ以上のものをグラムは要求し使用には激しい消耗を避けられないため、扱いは慎重でなければならない。

 

「はぁ…厳しいね…!」

 

額にびっしりと汗かく木場はグラムの攻撃も通用していないことからこれ以上は無意味、危険と判断。使い慣れ、安定性のある聖魔剣での攻撃を敢行する。

 

「妥当な判断だ。しかし、それもまた無意味」

 

袈裟切りを放つ聖魔剣の刃をなんと、ラディウスは片手でばしっと掴む。そこにぐっと力を込めると一気にひびが入り、ガラスのように音を立てて儚く砕け散ってしまう。

 

「聖魔剣を握りつぶした!?」

 

「なんてパワーなの!?」

 

「嘘!?」

 

ラディウスの驚異的なパワーに目を見開いた。聖魔剣の刃を直接握り砕くなど、未だかつてされたことがない。後方から援護の機会を伺うリアスたちも驚くしかなかった。

 

「祐斗先輩!」

 

得物を失い隙ができる木場をフォローするように小猫が繰り出した正拳突きも、身をよじって回避される。そして空を切った小猫の、細いながらもチーム内ではトップクラスの腕力を秘めた腕を掴むと軽く握る。

 

バキバキバキ。聞こえてはならない音が聞こえ、感じてはならないものを感じた。

 

「あああああぁっ!!!」

 

体の芯から迸る絶叫。たった一握りで右腕の骨が一気に砕けたのを感じた。右腕は激痛に支配され、動きを停止する。凄まじい痛みにたまらず腕を押さえてその場に崩れ落ち、蹲ってしまう。

 

「小猫ちゃん!!」

 

この光景に木場は驚愕するしかない。たったあれだけで、小猫の腕を砕けるとは到底思えないからだ。

 

「さらばだ、小さな若人よ」

 

蹲る小猫をラディウスは見逃さない。右脚を高く振り上げ、狙いを足元の小猫に定める。

 

「小猫さんが!!」

 

「まずいわ!」

 

「させないっ!」

 

あれを喰らったら死ぬ。誰もがそれを悟り叫んだ。

 

すかさずギャスパーが停止の邪眼を発動させる。しかし視界に収めたラディウスは停止しない。意にも介さず必殺の踵落としを降ろさんとする。

 

「効かない!?」

 

「!!」

 

木場は聖魔剣から聖剣に切り替え、禁手の竜騎士で小猫をリアスたちの方へ突き飛ばす。間一髪攻撃を免れた小猫だったが、代わりに攻撃を受けた竜騎士は木端微塵に粉砕された。

 

「良い機転だ」

 

がしっと襟首を捕まれる木場。速すぎる。全く気付かなかったと思うよりも早くラディウスに投げ飛ばされ、剛速で地面に叩きつけられた。

 

「っ…!!」

 

「祐斗ッ!!」

 

体中の空気と血反吐が吐き出される。意識が飛ぶような一撃、あばら骨も数本は折れた。とてつもないパワーだった。

 

どうみても威力に見合った重い動きではない。小猫の腕を砕いた攻撃もそうだ。一見普通の攻撃も全てが必殺級の威力を秘めた恐るべきものになっている。

 

「うぅっ…」

 

「アーシア、急いで!!」

 

「はい、すぐに治します!!」

 

どうにかリアスたちの下へ戻れた小猫にすぐさまアーシアの治癒が始まる。右腕は内出血して真っ赤に腫れあがり、見るも痛々しい様子だ。

 

「とんでもないパワーね…」

 

「サイラオーグ並みか、それ以上かもしれない」

 

戦慄。彼女らがラディウスに抱く感情はただそれに尽きる。あらゆる攻撃を弾き、全ての攻撃が必殺級。これを脅威と感じない人間などいない。

 

だが圧倒的に優位に立つラディウスは、歯向かう愚かさを嘲ることもなければ、余裕と涼しい顔もしない。むしろ憐れむような表情を見せるばかりだ。

 

「君たちでは私には勝てない。降伏し、我らが神の前にひれ伏すのだ。さすれば神は寛大なる御心により君たちを赦し、導きを与えるだろう」

 

〔BGM終了〕

 

 

 

 

 

 

 

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〔BGM:イリアステルバトルモード(遊戯王ファイブディーズ)〕

 

「英雄気取りの下級悪魔が…!」

 

「残念、今は中級悪魔だ!」

 

ガンガンセイバーを振りかざすダークゴーストに対し、アスカロンの刃で応戦する。剣の腕はダークゴーストが圧倒的に優位だが、その差を埋めるだけのガッツと経験で培われた戦いの勘が一誠にはある。

 

しかし、一誠は戦いをある理由から互角以上に持ち込めずにいた。

 

「紅の鎧にはならないのですか?」

 

息もつかせぬ剣戟のラッシュを一誠はアスカロンで防ぎ、あるいは小猫仕込みの体術で凌いでいく。時折刃が鎧を掠めるが、大きなダメージには至らない。

 

「使わなくたって、お前に勝てるさ!」

 

曹操との戦い以来、一誠の蘇生に力を注いだドライグは休眠状態に入ってしまった。時折目を覚ますが、すぐにまた眠ってしまう。その影響で休眠中はトリアイナも真『女王』も使用不能になっている。それらが使えればすぐに片付けることができたのにともどかしい気分だが、ないものを嘆いても仕方ない。

 

(くそ、ドライグ早く起きてくれよ…!)

 

一気に押し込むには相棒たるドライグの復活は必要不可欠だ。アルギスをフリーにさせるわけにもいかない以上は悠河に気のいいことを言った手前申し訳ないが、ここは時間をかけてでも自力で突破するしかない。

 

「英雄様は余裕満々なようで」

 

それを見透かしてか、ダークゴーストは面の裏でにやりと笑む。アスカロンの刃をガンガンセイバーで押さえ、頭突きを見舞う。

 

「おわっ!」

 

「しかし私には手札がまだまだあります」

 

そう言って取り出して見せたのは、赤い眼魂。起動するや否やドライバーに差し込み、内包された霊力と英雄の情報からパーカーゴーストを顕現させる。

 

〔アーイ!バッチリミナー!バッチリミナー!〕

 

パーカーゴーストの荒い動きがアルギス本体から兵藤を引きはがす。

 

「おわ、何の英雄だ!?」

 

「あなたも知っている英雄ですよ」

 

〔カイガン!関羽!長いぜ!顎鬚!舐めるな!忠誠!〕

 

胸部から右肩にかけて馬型の鎧と一体になった赤いローブを身にまとい、ダークゴーストは関羽魂へと変身を遂げた。英雄の威風堂々たるオーラを得たアルギスに一誠は一段と警戒のギアを引き上げる。

 

「呂布の次は関羽って…三国志系が流行ってんのか?」

 

「曹操の意向なのか、横流しされた眼魂のいくつかは三国志に由来する人物でしてね。どれも強力な」

 

「戦場を切り裂くこと、武人のごとし…」

 

瞬時にガンガンセイバーをナギナタモードに変形。荒々しく刃を薙ぎ払い、霊力と魔力をミックスした斬撃を繰り出す。オーラの厚み、質からざっと上級悪魔クラス以上はあると一誠は見た。

 

「ドラゴンショット!!」

 

咄嗟の判断で一誠はドラゴンショットを放ち、斬撃にぶつける。それは撃ち落すためではなく、軌道を逸らすための一手。角度をつけてドラゴンショットをぶつけられたことで、斬撃はあらぬ方向へ飛び、虚空で爆散した。

 

「危ねえ!」

 

「まだまだ!」

 

その隙に猛スピードで一直線を走り抜け、ダークゴーストが繰り出したのは何とドロップキックだった。

 

「大地を馳せ蹴ること、馬のごとし!」

 

「っ!?」

 

突き刺すような重い蹴撃。蹴りの威力に驚嘆するより早く、一誠は吹き飛んでいった。

 

〔BGM終了〕

 

 

 

 

 

 

 

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〔BGM:フィジカルギフテッド(呪術廻戦)〕

 

突如攫う様に突撃してきた黒ローブの男はアザゼルに引けを取らない実力の持ち主だった。的確ながらも荒々しい攻撃の数々は禁手を発動させる隙も与えず、未だ解放前の小型の槍のまま攻撃を受ける。

 

(やりにくい相手だなオイ)

 

内心舌打ちするアザゼル。敵の挙動はまるでこちらの動きがわかっているかのようだ。何らかの能力を使っているかは定かではないが、戦いにくいことこの上ない。

 

「く」

 

その上向こうの技量は相当なものだ。優れた体術、戦闘センス、オーラはローブの効果で阻害されているようで読めないが、わざわざ単身で堕天使のリーダーである自分に立ち向かうことから最上級悪魔クラスは難いだろう。

 

「やるな!」

 

光槍で放つ神速の突き。過去の戦争を潜り抜けた経験に裏打ちされたその一撃は男を串刺しにするかと思われたが、その軌道はとっくに読んでいると言わんばかりに余裕ある体捌きと手の動きでやり過ごされる。

 

「!」

 

短槍を逆手に持ち、ナイフのごとく一閃を繰り出そうとする。しかし握る手を掴まれ、鋭いパンチをアザゼルの顎に入れた。

 

「いっ…!」

 

脳が揺れ、世界が揺れる。構わず男が身をよじり、首目掛け回し蹴りを繰り出す。回らぬ頭をどうにか回転させて絞り出した判断によって右腕で受ける。

 

「ぐっ…!」

 

相手の激しい攻めに押され、呻くアザゼルだが、痛みと同時に彼の脳に脈打つ感覚があった。

 

懐旧。ローブの陰に隠れ顔を見せないこの男との戦いは否応にもその感覚を覚えさせる。だが男と打ち合う度にその感覚は確信へと変わっていく。

 

「この動き、スピード…いや、まさかな!!」

 

脳裏によぎるは同じ堕天使の幹部。数か月前に三大勢力の戦争を誘発すべくクーデターを起こすも鎮圧され、地獄の氷獄で永遠に幽閉されることになった。

 

戻ってくるはずがない。ここにいるはずがない。しかし、敵の動きが過去に見たその男の動きとダブって見える。

 

「!」

 

心の拒絶に否を突き付けるがごとく、男の手に光の槍が出現する。その唯一無二の光力は、何よりの証拠だった。

 

「そのまさかだ」

 

男がローブを脱ぎ去る。瞬間、自身の格を証明するように10枚の堕天使の翼が背から生える。長い艶やかな黒髪に、血走った白目。その顔を、アザゼルは過去を戒めるべく生涯忘れないと誓っていた。

 

「逢いたかったぞ、アザゼルッ!!」

 

「コカビエル…!!」

 

〔BGM終了〕




初登場の47話以来となるネクロムの変身シーンです。こんなはずでは…

八極拳も習得させたのは良いですが能力バトルを優先させるせいで出番が少なくなってしまいました。これは反省してます。

そして最強の叶えし者、ラディウスも初戦闘。現時点では一番理不尽な敵です。詳細は伏せますが、概念系の能力とだけ言っておきましょう。

次回、「アーサー魂の脅威」


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第177話「アーサー魂の脅威」

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
1.ムサシ
2.エジソン
3.ロビンフッド
4.ニュートン
5.ビリー・ザ・キッド
6.ベートーベン
7.ベンケイ
9.リョウマ
10.ヒミコ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
13.フーディーニ
23.コロンブス
31.ライト
40.ジャンヌ
41.シグルド
42.ユキムラ
43.ゲオルク
44.ハンゾウ
46.ノーベル
49.曹操
50.呂布


〈BGM:フィジカルギフテッド(呪術廻戦)〉

 

二度と、会うことはないはずだった。そう誰もが思っていた。アザゼル自身も、その他の幹部たちも皆戦友の離別を悲しんだ。しかし彼が裏切者である以上、心を殺して厳然たる対応を取らなければならなかった。

 

どういうわけか、運命は二度目を与えた。戦友としてではなく、復讐に飢えた獣として。

 

「コカビエル…どうして、お前が」

 

「地獄の底から蘇ったのさ、貴様を屠るためにな!!」

 

「!」

 

正体を現したことで、コカビエルは攻めの手を更に激しくする。光の槍で容赦ないラッシュを繰り出しアザゼルを追い詰めていく。一分の隙もなく、吹き付ける嵐のような攻撃にアザゼルは防御に徹するしかない。

 

「てめえ、どうしてアルルに手を貸す!?奴の目的は…!!」

 

話したい事、聞きたい事。共に戦争を生き抜いたかつての仲間に対して数え切れない程ある。しかし状況は感傷に浸る間を与えない。だから、アザゼルは今のコカビエルの行動の動機を問うた。

 

ディンギル達が目論む世界の滅亡。それは堕天使勢力の繁栄を願う彼の思いとは真反対だ。だからアザゼルはアルルに与する彼の思惑が読めなかった。

 

「知っているさ。堕天使含めた世界の滅亡、それがどうした!!」

 

「何だと!?」

 

槍の攻撃の隙間をぬってコカビエルの蹴りが炸裂する。

 

「うっ!?」

 

「俺が幽閉されてる間に貴様たちが作り上げた腑抜けた和平!堕天使の勝利を願い散っていった同胞の意志を無駄にする茶番を破壊できるなら、如何なる犠牲も厭わんッ!!」

 

怒りを吼え、槍を捨てて放ったのは拳のラッシュ。腹、胸、顔面。彼自身がコキュートスで燃やし続けた停戦への怒りを、解放されてから知った現状の和平への怒りを一発一発に込めて放つ。

 

「それが堕天使の絶滅に繋がってもか!?」

 

がしりとコカビエルの拳を受け止め、捩じる。だがそれでも彼は怯まない。

 

「そうだ、堕天使であろうと和平を享受するなら俺の敵だ!!」

 

アザゼルを睨むコカビエルの目には同胞に向ける仲間意識は既に失われている。あるのは底なしに燃え続ける怒り。それが今のコカビエルを突き動かす物。

 

受け止められた拳を掴まれたまま強引に引き、釣られたアザゼルを頭突きでぶつ。そして光力でハンマーを生成してアザゼルへ振り下ろす。怒りの鉄槌の威力はアザゼルの全身を駆け巡り、空から地面へと叩き落されてしまう。

 

「がはっ…コキュートスにいるはずのお前が…」

 

駒王学園にて敗れたコカビエルは地獄の底、コキュートスにて永久冷凍の刑に処された。仮に冷凍状態から復活できたとしても、冥府や三大勢力の監視の目から逃れることはできないはず。

 

だが少し前に、英雄派は冥府神ハーデスと取引し一度だけ同じコキュートスにて封印されるエデンの蛇サマエルの召喚が許可されたことがあった。

 

もし、これもそうだとしたら。

 

「ふん、俺がいない間に嫌われたようだな?」

 

意味深なコカビエルの笑みが、その答えを物語っていた。

 

「野郎、これも嫌がらせかよ!!」

 

戦犯コカビエルが脱獄していればすぐに首脳陣に連絡が行くし、冥府を管轄とするハーデス神の耳にも入るはず。それをアザゼルが知らなかったということは誰かが情報を止めていたということに他ならない。そんなことをする人物など、動機含め納得できるハーデス神しかいない。

 

戦いが終わったらハーデス神に問い詰めなければならない。サマエルの件然り短期間で随分しでかしてくれたと怒りを抑えきれない。一発殴れるものなら殴りたい、いや、あの時殴っておくべきだったと後悔する。

 

だがそれも、今コカビエル含めたアルル達との戦いを切り抜けてからだ。

 

翼を羽ばたかせ、ゆっくりとコカビエルが下りてくる。その目に失望の色を隠さずに。

 

「見損なったぞアザゼル。総督の座を降り片腕は義手になり、俺を討った悪魔の小僧どもを率いて教師ごっこか。落ちぶれたな、かつてグリゴリを興した貴様はどこに消えた?」

 

「…何言ってんだ、俺の方針は変わんねえよ」

 

ゆっくりと立ち上がるアザゼルは黄金の短槍を構える。

 

「…俺自身の好奇心の探求、そんで未来への投資だ。見たことねえ面白い物で楽しめて、ついでに皆のハッピーを実現できるなら万々歳ってもんだろ」

 

神器を研究するのは神が残した謎だらけの面白い物の全貌と可能性を解き明かしたいという探求のため。リアスたちの面倒を見るのは未来ある若者たちのポテンシャルを引き出し、未知なるものを見たいという好奇心のため。

 

自分自身を満足させるための行動で、皆も満足させられるなら文句のつけようもない。温くなったと言われるかもしれない。しかし温くなったとしても、それがアザゼルという男の生き方であることには変わりないのだから。

 

「…それが気に入らないと言っているのだッ!!」

 

刃を交えるのはかつての戦友。決別し、断たれたと思われた道は再び交わる。果てない怒りと共に。

 

〈BGM終了〉

 

 

 

 

 

 

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〈BGM: Relentless Drive(仮面ライダーブレイド)〉

 

「コカビエルだと…!?」

 

先生と戦うかつての敵の姿に驚きを隠せない。あいつは俺が追い詰め、ヴァーリが倒して連行したはずだ。

コキュートスで冷凍刑に処され、もう戻ってこないはずの奴がなぜ?

 

「貴様らのサイラオーグ・バアルとの試合。ハーデス神が観戦に行って冥府を留守にしていたのでな、その隙にコキュートスに忍び込み解放させてもらった」

 

「なら、アルギスの襲撃は陽動か!!」

 

「ご名答」

 

ガンガンセイバーとコールブランド。幾度となく剣を切り結び、そのたびにぶつかり合う霊力と聖なる力の火花が輝いては消えていく。

 

引かない、屈しない、負けない。燃えるような意地を胸に抱いて剣を振るう。思いが乗ったことで普段以上に苛烈で強靭な剣だが、アルルはそれに難なく追随してくる。

 

奴があのフォームにチェンジしてからパワーとスピードが格段に上がった。付け入る隙も、押し込む隙も無い。剣の腕は本来の持ち主であるアーサー程ではないが、向上したフィジカルがその差を埋めている。

 

「この眼魂の能力は…優れたフィジカルスペックと聖剣のパワーの向上。特に聖剣の力の向上率は倍以上と言ってもいい」

 

アーサー魂によって引き上げられた今のコールブランドの輝きはエクスデュランダル以上のものになっている。大半が悪魔で構成されるグレモリー組では俺や紫藤さん、アザゼル先生ぐらいしか相手にできない、いやしてはならないだろう。

 

振り下ろされる剣閃。間一髪のところ身をよじって凌ぐが、掠めたパーカーゴーストの部位が抉られたように消えている。防御力が底上げされるシグルド魂のパーカーゴーストごと削る力、これはコールブランドの能力だ。

 

「!」

 

危険を察知し、透明化能力を発動しその場を離れる。次の瞬間、俺のいたところに下段からの切り上げによって空間に裂け目が生まれた。

 

空間を切り裂く力。それが聖剣の頂点に君臨する聖王剣コールブランドの能力だ。どんな物体も空間ごと穿つ刃の前には如何なる盾も防御も機能しない。

 

しかし空間を切り裂く刃はごく短い間に連続して使えないことはわかった。インターバルは大体一呼吸分の時間。もしもっと短時間で連続して発動できるなら、剣で切り結ぶこともさせず、ガンガンセイバーごと俺をぶった切って終わりにしていたはずだ。

 

「姑息だな」

 

息を殺し、音を殺し、気配を殺す。そうして背後に回り込み、居合の要領で剣を切り上げる。が、ネクロムは何もない前方の空に突如剣の突きを放った。

 

「ぐぁっ…!!」

 

背中に鋭い痛み。背後からコールブランドの攻撃を受けていた。突きで空間を穿ち、俺の背後へ攻撃を届けてきたのだ。シグルド魂の弱点である柔い背中を狙われた。そんな器用な攻撃もできるのかよ…!

 

「悪魔であれば最上級クラスでも掠めるだけで消滅するだろうな」

 

攻撃を受けて透明化を解除した俺を待っていたのは回し蹴り。諸に食らうが、回し蹴りを喰らって回った体の勢いを利用して剣を振るい、まぐれだが一閃浴びせることに成功した。

 

「ん…」

 

「はぁッ!!」

 

追い打ちで仕掛けるのは渾身の袈裟切り。ネクロムは胴体にしっかり受け、ガキンと大きな金属音が鳴り響く。

 

「満足か?」

 

「がはっ」

 

真っすぐ打ち据えた踏み込みからの肘撃ち。鳩尾にクリーンヒットし、溜まらず悶える。アルルにダメージがあまり入っていない。恐らく神のオーラでパワードスーツの防護性能を上げているな。

 

苦しむ俺を他所に、奴はふとメガウルオウダーに装填された眼魂に目を落とした。

 

「…妙だな。この眼魂、不完全だ。一つの眼魂として完成はしているが、大きく穴だらけのような…」

 

俺を放置して何やらそのまま考え込み始めた。何だかわからんが、攻めるなら今だ。ガンガンセイバーを握って再度斬りかかる。

 

「余所見をするな!」

 

「余所見しても勝てると言っているのだ」

 

剣戟を弾き袈裟切りで返される。そして前蹴りを腹に受け、地面を横転していく。

 

「がっ…」

 

「折角だ、この眼魂も試してやろう」

 

夜空のような紺色に星のような金色のラメが入った眼魂。それをガンガンキャッチャーに装填し、銃口を空に向けた。

 

〔DAIKAIGAN!OMEGA FINISH!〕

 

トリガーを引いた直後、放たれた銃弾は俺の頭上広範囲に満天の星空のようなフィールドを展開させる。そこから流星群のように霊力の塊が次々に降り注ぎ、俺の全身を隈なく破壊していく。

 

「がはぁッ!!!」

 

全身から激しく散るスパーク。いよいよ限界を迎えた俺は変身を解除してしまいその場に倒れこんでしまった。

 

〔オヤスミー〕

 

「眼魂が…」

 

転がる大量の眼魂。それら一つ一つをネクロムは目の前で拾い集めていく。

 

「っ!」

 

「英雄派から多くの眼魂を得たのはお互い様だな」

 

くっそ…今ので俺の体力も眼魂も相当持っていかれた。プライムトリガーも奪われ踏んだり蹴ったりだ。

まだ、俺は一人でこいつに勝てないのか。

 

いや、俺が強くなったようにあいつも力を取り戻し強くなった。それだけだ。差は少しも埋まるどころか大きく開くばかり。

 

「これで理解できたか?人間では真なる神には勝てない。我らの前に屈し、願うしかないのだ」

 

「…だったら俺の願いを叶えて見せろよ、今すぐ!!凜を返せ!!神なんだろ!!」

 

気づけば俺は怒鳴り散らしていた。己の無力さ、焦り、悲しみ、それらが混然一体の激情となって痛みと共に激しく体を焼く。

 

ようやく巡ってきたチャンスがこのような結果で終わらせる自分が許せない。認めない。こんな結末のまま、終わってたまるか。

 

血が出るほど歯噛みして、アルルを見上げ睨みつける。変身した状態で表情の読めぬアルルはぽつりとつぶやいた。

 

「…叶わぬ願いだ、諦めろ」

 

すっと俺の首筋に冷たい刃を添えられる。

 

「無念を抱えて、死ね」

 

〈BGM終了〉

 

 

 

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

 

 

 

関羽魂にチェンジしたダークゴーストの一撃は一誠にクリーンヒット。脚力が目覚ましくパワーアップする関羽魂の蹴りをもろに受けて、立つことなどできない。

 

そう見積もっていたはずだった。

 

「いてて…」

 

「…今の蹴りでこの程度のダメージですか」

 

軽く驚いた。若手悪魔最強のサイラオーグと正面から渡り合い、打ち勝てるフィジカルと根性の主だ。そう易々と沈む相手ではないことはわかっていたが、それでももう少しは効くものだと思っていた。

 

一誠自身も、ダメージの少なさに驚いているようだった。

 

「んー?…もしかして、体が新しくなったからより頑丈になったのか?」

 

「なるほど、今のあなたはグレードレッドの分身とも呼べる肉体だ。人間からの転生悪魔だったころとは基礎が違うと」

 

「たぶんそういうこと。今の、確かに重い蹴りだった。でもな、サイラオーグさんのパンチには程遠いんだよ!」

 

「…屈辱ですね」

 

〈BGM:牙を剥く紋章獣(遊戯王ゼアル)〉

 

眉を顰めるダークゴーストが駆ける。霊力と魔力で強化した脚で一誠との距離を走破し、今度は刃の錆にせんと迫る。

 

「ドラゴンショット!!」

 

一誠の腕から迸る赤いオーラが一直線にダークゴーストへ飛ぶ。威力と速度は十分。回避は容易い直線上の攻撃など上級悪魔の血を引く彼を脅かすには足りえない。

 

「馬鹿の一つ覚えだ!」

 

笑い捨て、ダークゴーストは易々と横っ飛びで躱す。獲物を失いそのまま後ろへ突き抜ける赤い閃光。不発に終わるかと思われたそれは突如折れ曲がり軌道を変えて。

 

「バカを舐めんな!」

 

「ッ~~!!」

 

ダークゴーストの背中に突き刺さるように直撃し、爆ぜる。魔王サーゼクスのオーラ攻撃を見てヒントを得たそれはトリアイナの砲撃以外にも利用される。予期せぬ攻撃に態勢を崩しよろけるダークゴーストへ一誠は踏み込み。

 

「歯ぁ食いしばれ!!」

 

これまで届かなかった鬱憤を晴らすように、渾身のパンチを腹に叩き込んだ。

 

響く快音。しかし肝心の手ごたえがない。

 

「はは…実に運がいい」

 

状況をひっくり返す拳は、ガンガンセイバーの刀身で受け止められていた。先の攻撃で態勢を崩したアルギスの手は意図せずして腹の前へともつれこみ、図らずもガンガンセイバーでパンチをガードすることに成功したのだ。

 

「流石のあなたでもこれを至近距離で受ければ!!」

 

〔ダイカイガン!関羽!オメガドライブ!〕

 

形勢逆転の機会は失われた。ドライバーのレバーを引き、一気に刃に霊力と魔力を込めて一閃。濃密なオーラの斬撃が一誠の腹を打ち据えた。

 

「うぁぁぁッ!!!」

 

ガードも間に合わずに直撃、鎧の破片と血をまき散らし、旅館の方角へ吹き飛んでいく。何度もバウンドを繰り返して、旅館の外壁に衝突する寸前で静止した。

 

そんな兵藤を追って、アルギスは浮足立って駆けつける。負傷し、血に這いつくばる一誠を見たくて仕方ないと言わんばかりに。そして彼の無様は、まさしく彼が思い描いていた通りのものだった。

 

「…うふっ、ふふふははははっ!気味がいいですねぇ!現政権の象徴が今、私の足元に跪いている!!」

 

心の底から湧きあがる愉悦を哄笑に載せる。悪魔を憎む彼にとって、悪魔社会の未来の希望である一誠の無様はこれ以上にない愉悦をもたらした。

 

「はぁ…はぁ…」

 

「ふむふむ、ここまでしても使わないとなると…やはり今のあなたはトリアイナや紅の鎧が使えないのでは?」

 

優位に立ったアルギスは煽るようにつんつんと爪先で一誠を蹴る。

 

「…いってぇ」

 

返答は低めた声と睥睨。アルギスは笑みを深めた。

 

「そうですか。大方、あなたの蘇生に力を使った、といったところでしょうか?あなたは実に運がなく、判断力もない。不全のまま私を倒せると見くびるとはね!」

 

「くっそぉ…」

 

「さあ、トドメを」

 

〈BGM終了〉

 

ガンガンセイバーを握りしめるアルギス、その手がつと止まる。どこからともなく聞こえてくる、今まで聞こえなかった異様な音に、アルギスも一誠も同時に空を見上げた。

 

 

 

 

 

 

キィィィィィィィン――――

 

 

 

 

 

 

 

昼空に瞬く赤い星。それは刻一刻と輝きを増す。いや、輝きを増しているのではない。地上に堕ちようとしている。

 

「あの光…気配、まさか」

 

アルギスはあの星を知っている。かつて深海悠河を追い込んだ時、横槍を入れ辛酸を舐めさせられた相手。

 

キィンと甲高い機械の駆動音を立て、空から赤い流星が降って来る。高速で飛び回る龍のオーラを纏った閃光がアルギスに衝突し、吹き飛ばした。

 

「これって…」

 

一誠はあの星を聞いている。以前仲間の窮地に駆けつけた、唯一無二のはずの自身と同じ赤龍帝の力を持つ者。

 

「…またあなたですか」

 

「もう一人の赤龍帝…!!」

 

光は一誠をかばうように前に立ち、赤いベールを脱ぐ。赤龍帝の鎧にも似た灰色のライトアーマーを着たパワードスーツの男。

 

戦場に降り立った男の名はドレイク。レジスタンスに所属し、赤龍帝の力を持つ龍の星。

 

『僕が来たからには、これ以上君の好きにはさせない』

 

ここに、二人の赤龍帝が揃った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈BGM:時空竜召喚(遊戯王ゼアル)〉

 

無敵。最強。そんな言葉ばかりがリアスたちの脳をよぎる。

 

「がはぁッ!!」

 

ロスヴァイセの悲鳴。魔法を不可視の衝撃波で霧散され、ただの投石だけで戦闘衣装の鎧を粉砕される。肩口からとめどなく血を流す彼女は立つ力すら失い、前のめりに倒れた。

 

道端の砂利すらも必殺の威力を持ち、投擲されれば彼女らの肉を抉る。一方で反撃のためのこちらの攻撃の一切が通用しない。オーラや魔法は弾かれ、切っても殴っても傷一つ付けられず、怯ませることすらできない。理不尽そのものを体現したかのようだ。

 

ラディウスを相手取ったメンバーの中で立っているのはレイヴェルとアーシア、オーフィスしか残っていない。後のメンバーは全員、ラディウスの攻撃の前に悉く敗れ、身をボロボロにして地を這いつくばるのみだ。

 

「イリナさん、木場さん、しっかりしてください!」

 

特に近接戦を仕掛けたメンバーの負傷は激しく、アーシアが治癒に専念する。しかし、リアスや朱乃、ロスヴァイセも負傷しており回復の手が回っていない状態に陥っていた。

 

「…」

 

それでもオーフィスは動かなかった。リアスの言いつけを健気に守っていたからだ。ラディウス自身もオーフィスの強大な攻撃の余波に同胞が巻き込まれるのを憂慮していたため、手を出す気は更々なかった。

 

「諦めろ、これ以上の抵抗は無意味だ。弱者をいたぶる趣味はない」

 

憐れむような表情と声色で降伏を勧めるラディウス。その体は微塵も傷ついていない。

 

「何なの…攻撃が全く効かない…」

 

「こんな相手、初めてだ」

 

血反吐を吐き、痛みにまみれながらもゼノヴィア達は立ち上がろうとする。しかし深刻なダメージがそれを妨げ、すぐに倒れてしまう。

 

そんな状況に、レイヴェルは涙と内から湧きあがる感情を我慢できない。

 

「リアス様、これ以上は…!!」

 

手から炎を燃やすレイヴェル。彼女の足を掴み止めたのはリアスだった。息を荒くして虚ろな目で、それでも声を絞り出す。

 

「ダメよレイヴェル…あなたを傷つけることがあればライザーに申し訳が立たない…!」

 

「でも…!」

 

パチパチパチパチ。

 

乾いた拍手音が唐突に鳴る。リアスたちは呆気にとられた。その拍手の主が、今まさに自分たちを追い詰めているラディウスからのものだったからだ。

 

「グレモリー眷属よ、やはり君達の精神は称賛に値する。血にまみれながらも闘志を曲げず、苦難に立ち向かう心意気…その心と力は我々の下で活かされるべきだ」

 

「…あなた、一体何なの…私たちが弱いから…舐めてるつもり…?」

 

「舐めるとは心外。先の言葉は煽りではない、本心からの言葉だ。もし侮辱しているように感じたなら謝罪しよう」

 

ぺこりと頭を下げるラディウス。どう見ても悪気はない。命のやり取りをしている相手にそうされることそがリアス達にはひどく不気味だった。

 

「…少し、私の考えについて話をしようか。私はディンギルがもたらす滅亡を『究極の救済』と考えていてね」

 

「救済、だと…?」

 

胡乱気に声を上げるゼノヴィア。真なる神を僭称する者たちの横暴は、主を信仰する彼女にとって見過ごせるものではない。

 

「そうだ、人間、悪魔、天使、神…あらゆる種族が平等に滅亡し、苦痛と嘆きに満ちた竜域を浄化させる。誰も苦しむことのない、永久の安らぎに満ちた世界だ。私は平和を欲している」

 

「平和のために世界を滅ぼすなんて…おかしいわ!!」

 

「そんなものは平和とは呼びませんわ!!」

 

糾弾するようにイリナと朱乃が叫ぶ。

 

「私も最初はそうと思っていた。しかしながら、どれだけ人が平和を築いたとしてもいずれは争いが起き、崩れ去る。その理由は、『生きているから』に他ならないのだよ。肉体のしがらみ、名誉、欲望…生きているからそれらが発生し、それらのために人は苦しむ」

 

そう語るラディウスの目には、途方もない心からの悲しみと諦めに満ちていた。幾度も見てきたからこそ到達しえた結論。誰にも揺るがすことのできない真理。それをリアスたちに諭す様に言う。

 

「『生』にあるのは一時の快楽と永遠に続く苦しみだけだ。しかし、『死』には何もない。命が終わりを迎えればあらゆるしがらみ、苦痛から永遠に解放され、安らぎの中で眠りにつける。不平等な『生』が『死』によって平等に終わるのだ。争いのない世界、これを平和といわずして何という?」

 

「…」

 

リアスたちは言葉を失った。男の思想は彼女たちの常識、理解からかけ離れている。だが男は他者への善意、慈悲を根底に語る。それがより彼女たちの理解を拒絶する。

 

「叶えし者とは、神の意志…すなわち慈悲に賛同し、行動を共にする栄誉ある者たちだ。願いを叶える神々の奇跡は、そうだね…前払いの報酬のようなものだよ。与えられた幸福には行動をもって報いるのみ。私はそのような同志が一人でも増え、共に最後の『救済』を迎えることを願っている」

 

「狂ってる…」

 

アーシアの治癒を受けながら言葉を絞る木場。だが非難の言葉をラディウスは何ら気にすることはない。

 

「今はそう思うのだろう。しかし、神の真なる威光を知れば考えは変わる。私は君たちにもそれを知ってほしいのだ」

 

「…僕たちをすぐに殺さないのはそれが理由か…」

 

「そうとも、アルル様は渋い顔をされておられるが、特異点になりうる有望な若者こそ我らと心を一つにするべきだ。我々の傘下に下れば君たちは更なる強さと幸福を得ることができる。君たちが神側に着くとなれば我らが神々もさぞ喜ばれる」

 

「誰が…!!」

 

ゼノヴィアは拒絶する。そのような思想が、輩が跋扈することなどあってはならない。強さも幸福も、自分自身の手でつかみ取ってこそ。

 

そう思うからこそ、彼女は鍛錬に励み続ける。それはこれまでの戦いで勝利するたびに実感してきたことだ。楽して歩く道に、本当の幸福などあるものか。

 

言葉を尽くしてもなびかない彼女らに「はぁ」と呆れたようにラディウスはため息をついた。

 

「どうしても受け入れられないというのなら悲しいが、ここで君たちの道を閉ざすこともやぶさかではないのだよ。私情を優先して、ディンギルの障害となるようなことはあってはならないからね」

 

「!」

 

一歩踏み出すラディウスに、リアスたちの背筋を冷たいものが舐める。

 

「さあ、選びたまえ。祝福か、救済か」

 

〈BGM終了〉

 

手を差し伸べるラディウス。リアスたちはその手を…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

斬ッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

斬撃。拒絶するより早く、地を駆ける鋭い斬撃がラディウスとリアスたちを分かつような線を大地に刻んだ。これまでの空気が一転し、緊迫したものに変わる。

 

ゼノヴィアと木場は一目で理解した。あの斬撃の主は只者ではないことに。

 

「ご高説のところ失礼します」

 

咎めるようにラディウスはゆっくり歩んでくる者に問いを投げかけた。

 

「…何者だね」

 

クワガタの顎を模した二振りの刀を携えた、ヒロイックなパワードスーツを着た男性や女性ともつかない戦士が現れる。

 

「通りすがりの者ですが、助太刀に参りました」

 

〔EXCITING STAG!Razor sharp blades will cross paths〕

 

レジスタンスのリーダー、ポラリスの懐刀であるイレブンの到着である。

 

 

 

 

 

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

 

 

 

 

 

追い詰められた状況をつんざく銃声。背後から撃たれたネクロムがゆっくりと振り向いた。

 

「あんたは…」

 

ネクロムの股越しに見えた銃撃の主に俺は目を見開いた。このタイミングで再び介入してくるなど、予想もできなかった。

 

一方でネクロムは不愉快そうに声を低くする。

 

「…また貴様か」

 

『また、とは心外。人の楽しみを邪魔する連中には言われとうない』

 

レジスタンスのリーダー、ポラリス。その変身体であるヘルブロスが毅然とその銃口を仇敵へ向けた。

 




Q:なんでアルルはサマエルも解放しなかったの?
A:呪いが危険すぎて手が付けられないからです。

アーサー魂の脅威というよりはコールブランドの脅威ですねこれ。

今回登場したアーサー魂ですが、不完全なためアルルは100%の力を引き出すことができませんでした。呂布魂は固さとパワーに特化し、アーサー魂はバランス型で満遍なく身体能力を引き上げます。

次回、「凍・拳・炸・裂」


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第178話「凍・拳・炸・裂」

遅くなりましたが明けましておめでとうございます。今年も一話一話、着実に進めていきますので宜しくお願い致します。

本来なら年末に上げる予定のところ、体調を崩してしまい年が明けてしまいました。今は無事に復調しておりますのでご安心を。

前回、ネクロムがオメガフィニッシュに使った眼魂。一体どの英雄の眼魂かはあえて伏せます。攻撃のエフェクトから色々想像してみてください。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
2.エジソン
3.ロビンフッド
5.ビリー・ザ・キッド
6.ベートーベン
7.ベンケイ
9.リョウマ
10.ヒミコ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
13.フーディーニ
40.ジャンヌ
46.ノーベル
50.呂布


〈BGM:Gothic Adventure〉

 

「…またあなたですか。これで三度目ですね」

 

横槍を入れてきた赤き乱入者ドレイクにダークゴーストは深々と苛立ち交じりの息を吐く。

 

一度目はグレモリーとバアルのレーティングゲームの裏で、二度目はグラシャラボラス領での中級悪魔昇格試験会場にて六華閃の二人と共に。アルギス達叶えし者が動き出す度に彼は立ちはだかって来た。

 

「...」

 

〔Boost!〕

 

ドレイクの返事はない。赤龍帝の倍加を発動させて無言で踏み出し、一瞬で距離を詰めて挨拶代わりのパンチを見舞う。

 

「!!」

 

速い。高速の拳打はダークゴーストに反応する時間も与えず、顔にクリーンヒットする。仰け反る彼へドレイクは追い打ちにと足払いをかけて倒した。

 

「あいつ、やっぱり俺と同じ…」

 

聞き慣れた音声とその効果を見て一誠は確信した。悠河から話を聞いていたが、それでも衝撃的だった。自分と同じ赤龍帝の力を持つものが存在することに。

 

ドレイクは倒れたダークゴーストへ足を豪速で振り下ろす。本能の危機を感じ、反射的に間一髪横に転がって事なきを得るダークゴースト。外した脚は大地を踏み抜くと轟音を立て、ミシミシと地面に大きなひびを入れるのだった。

 

「本当に面倒な手合いだ…!」

 

恐ろしいパワーに毒づきつつもガンガンセイバーをガンモードに切り替え、遠距離からの攻撃を試みる。トリガーを何度も引いて銃撃を放ち、鮮やかな閃光がドレイク目掛けて空をひた走った。

 

対するドレイクはウェポンクラウドからGNアサルト・バスターライフルをマテリアライズ。連射モードの銃撃による赤い閃光が寸分たがわず全ての弾丸に命中し、撃ち落としていった。

 

息つく間もなくドレイクが動く。ライフルを放り背部の翼から凄まじいエネルギーを赤い粒子と共に放出して再度接近。神速のアッパーカットを決める。

 

「がふ!」

 

顎から脳天へ突き上げる痛烈な衝撃。視認できたのは粒子だけ、その姿を捉え反応する前に食らった攻撃にダークゴーストは完全に翻弄されていた。そして翻弄は暴力的に続いていく。

 

「動きが見えないッ…!」

 

叩きつけ、殴打、掌底、あらゆる打撃の嵐がダークゴーストの胸部へくまなく打ち込まれていく。一発一発が強烈な威力を秘めており、ヒットのたびに鈍い快音を打ち鳴らす。

 

「ぶはっ!」

 

吐血し、痛みに呻きながらもダークゴーストは諦めない。体力を一気に刈り取るための渾身の一撃が繰り出される一瞬のタメ、そこで全身から魔力を放出して目くらましをする。

 

「ここは一旦…!」

 

悪魔の翼を広げ、空へ飛ぶアルギス。追撃のビームから逃れつつ次第に距離を離していく。スーツの中身は既にあざだらけかつ血塗れだ。ここは一時距離を取って態勢を立て直し、状況をしのぐ策を練る。

 

以前はドレイクとプライムスペクターの二人係で抑え込まれたが、間違いなくドレイク単騎でも十分自身を倒せるパワーがある。それに加えて手負いとはいえ赤龍帝を相手にするのはかなり厳しい。

 

(ラディウスがあの邪魔者をとっとと片付けてくれたら)

 

かつて神祖の仮面回収任務を妨害した戦士も同時に乱入して来ている。ラディウスはその対処にかかりっきりだ。しかし、万に一つにもラディウスが負けることはない。手に余るこの二人も、ラディウスの手があれば一瞬にして終わる。

 

それまで時間稼ぎをしなくてはならない。その為の策として、眼魂を…。

 

「考え事かい?悩みがあるなら聞こうか?」

 

「ッ!?」

 

声。気づいた時には遅かった。背後を取ったドレイクが太陽を背にGNビームサーベルを抜き放ち、赤い光刃を走らせる。瞬刃一閃。一瞬にして両翼を焼き切る。

 

「ッ~~~!!!」

 

熱と激痛で声にならない叫びを上げるアルギス。無残に裂かれた翼が黒い羽を散らして空に舞った。悪魔の象徴たる翼を失った彼にだめ押しと蹴りを入れ、地面へ押し飛ばす。

 

「がはっ!!」

 

強烈な衝撃にアルギスは血反吐を吐いて、地に伏す。翼の切断面から血がとめどなく流れ、体力と一緒に失われていく。

 

「つぇぇ…」

 

たった一人でアルギスを圧倒するドレイクの姿に呆けてぽつんと一誠は口にしていた。圧倒的実力、速度、膂力。同じ赤龍帝の力でここまでの差が出るものなのか。

 

〈BGM終了〉

 

『ん…む』

 

「ドライグ、起きたのか!?」

 

内側から聞こえてきた寝起きの声。それは久しく聞くことのなかった相棒ドライグの声だった。

 

『ああ、一時的だろうが体調がいい。それよりこの状況は…』

 

まだ眠気交じりの声だが、不調の色はない。本人はまだ気づいていないが、今の覚醒はドレイクの赤龍帝の力との接触によるものである。

 

「アルル達叶えし者が仕掛けてきやがったんだ」

 

言葉少なくとも一心同体であるドライグには一誠の記憶がわかる。状況と経緯を即座に把握し、ドライグは為すべきことを決める。

 

『…そういうことか。そしてあれがもう一人の赤龍帝とやらか。相棒、赤龍帝は俺たち一人、唯一無二だ。後から湧いて出た者に負けるわけにはいかん』

 

「わかってるさ、勝つためにお前の力が必要だ」

 

一誠は勿論だが特にドライグにとってもう一人の赤龍帝が現れたという情報は到底無視できるものではない。彼のプライドの根底にあるドラゴンとしての強者へのライバル心、敵ではないとはいえ、赤龍帝を名乗る者は世界に唯一無二、自身でなければならないという自負。対抗心湧かずにはいられない。

 

『本調子ではないが紅の鎧で行くぞ!』

 

「応ッ!」

 

二人の赤龍帝による、逆転劇が始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

 

 

 

 

理不尽なまでの圧倒的な防御と攻撃でリアスたちをねじ伏せたラディウス。その戦況に一石を投じるがごとく現れたのはエキサイティングスタッグレイダーに実装したイレブンだった。

 

クワガタの顎のようなショートブレード『スタッグブレード』をくるくると手で回し、敵対の意を明示するようにラディウスへ切っ先を向けた。

 

「何者なの…?」

 

『あなた達の味方です。ここは私に任せてください。アーシア・アルジェントさん、あなたは仲間の治癒に専念を』

 

「は、はい!」

 

朱乃の問いに言葉身近に返して一歩踏み出すイレブンへ、リアスは痛み腹を押さえ声を絞って注意を促す。

 

「ううっ…気を付けて、あいつには一切の物理攻撃も魔法も効かないわ」

 

『…それは困りましたね』

 

剣士である彼女にとってその情報は非常に苦々しいものだった。今はトランスチームシステムを主体として使っているが、本来数多の術で敵を翻弄、圧倒するポラリスに対して彼女は極限まで鍛え上げた純粋なフィジカルと剣術、それを補佐する為の術しか攻撃手段を持ち合わせていない。

 

それが通じないとなれば、立ち回りを考える必要がある。おまけに余裕と隙のなさを両立した敵の立ち姿、滲み出る底知れぬオーラから相当な手練れと見た。能力頼りというわけでもなさそうだ。

 

難敵と判断した彼女だが、諦めたわけではない。一人で彼女らをしかしどんな能力にも必ず穴、特に強力になればなるほど条件が存在してくる。それを見切れば、自分の有利な分野で勝利にねじ込める。

 

〈BGM:闘志果てしなく(遊戯王ゼアル)〉

 

まずは試しにイレブンは二刀のスタッグブレードを軽々と振るい斬撃を飛ばす。何気なく放った一撃だが、それでも鋼鉄は軽く両断するほどの威力がある。生身で受けて無事でいられる道理はない。

 

「ほう」

 

やはりラディウスは動かない。斬撃は彼に触れる寸前でバシュンと音を立てて消失する。リアスの言葉通りと確認。

 

(一定の範囲に領域を張り、入った攻撃を無効…じゃない。)

 

ならば得意を活かしたゴリ押しで、更なる可能性を試す。腰に巻かれたレイドライザーのスイッチを叩く。

 

〔EXCITING BOLIDE!〕

 

瞬間、全身を駆け巡るエネルギーが強化スーツ並びに変身者の身体能力を引き上げる。オレンジ色に発光し、使用しているエキサイティングスタッグプログライズキーの能力が解放される。

 

そして大地を蹴り馳せる。その速度は音よりも早く、姿を視認できない程。速度を落とさぬままラディウスへ突っ込み、なんと周囲を取り囲むように走り続ける。高速の周回は風を起こし、風量は増していきやがては小さな竜巻へと変じていく。分厚い風のベールは二人の姿をひた隠しにしていった。

 

「きゃっ」

 

「あの速さ…僕でも見切れません」

 

「何をする気なの…?」

 

引き上げられた純粋な身体能力が為す常識外れの現象にリアスたちは息を呑む。眷属トップスピードを誇る祐斗ですら、高速移動だけで竜巻を起こす彼女の動きを捉えられずにいた。

 

(あいつ…あんなに速かったのか)

 

レジスタンスの存在を知り、唯一彼女と手合わせしたこともあるゼノヴィア。剣士として強い対抗心を燃やす彼女だが、ここまで本気を出したイレブンは見たことがない。まだまだ彼女のレベルには遠いと、その差を改めて突きつけられたようだ。

 

圧倒されるリアス達とは対象に、攻撃の渦中にいるラディウスは冷静そのものだ。

 

「曲芸のつもりかね」

 

猛烈な暴風に晒され、動きを封じられた形だがなんら動じることはない。その気になればいつでも突破できる能力と自信があるからだ。

 

そんな彼がピクリと指を動かした瞬間、胸部に剣戟を受けた感覚。しかし能力に阻まれダメージはない。次は背中、今度は首、そのまた次は脛。次から次へと剣戟が体のあらゆる個所に絶え間なく続いていく。それがイレブンの次なるごり押しによる実験だった。

 

(相手の防壁に隙はあるのか、持続時間はどの程度か、それを確かめる)

 

ガキン、ガキン、ガキン。風の壁から一瞬飛び出してはすれ違いざまに切り付けて風の壁に消え、また飛び出しては切り付ける。それを神速で何度も何度も繰り返し、全身に浴びせ続ける。甲高い無数の金属音が重なり、さながらマイクのハウリングのようだ。30秒、1分、数分と刃の暴風雨を力の限り疾走して叩き込む。

 

(刃が通らない)

 

何十、何百回と繰り返しただろうか。それでも届かない。もう彼はいつどのタイミングでどこに攻撃を受けた、受けるかもわからないはずだ。焼け石に水とはまさにこのことか。

 

彼の能力は認識できる攻撃を全て無効にする、というわけではないらしい。恐らく攻撃の無効は彼の認識に関わらずオートで行われる。よってどれだけ速く攻撃しようと、無効になるより先に攻撃しようとも無意味というわけだ。

 

しかし攻撃の無効が発動する範囲はわかった。それは彼の肌身からほんの数センチ。その数センチを挟んだ外界からのあらゆる攻撃を遮断している。無効にできる攻撃の威力に上限があるかも試したいところだが、オーラによる砲撃のような最大限実験できるだけの火力は今のイレブンは持ち合わせていない。

 

「かけっこは十分だろう?」

 

唐突にラディウスがドンと地面を踏み鳴らす。ただそれだけで凄まじい爆音と共に衝撃波が駆け抜け、広範囲に渡って駐車場の舗装が大地諸共一気に砕け散る。走る足場を乱されたイレブンは姿勢を崩すも衝撃波の範囲から逃れるべく、速度を落とさぬまま距離を離した。

 

『今のパワー…』

 

センサーで捉えたオーラによる肉体強化やそもそもの膂力だけでは説明がつかない。これもまた能力によるものか。

 

ぱしぱしと無傷のラディウスはほこりを払う様にライトアーマーを叩くのだった。

 

「今ので君のレベルは大体わかった。相当なものだ。今の彼女らなら一人で全員を瞬殺、三枚おろしにできるだろう」

 

ちらりとアーシアによる治癒の終わらぬリアスたちを一瞥する。そしてイレブンに不敵な笑みを向けた。

 

「でも、それでは私には勝てない。さあ、次はどうする?」

 

ラディウスの言う通りだ。自身の剣技ではまともな勝負にならないことはわかった。なら、それ以外の手札を切るまで。

 

『繋げ、秘儀糸』

 

印を結んで指から光の糸を伸ばし、次々に複数の魔法陣を編んでいく。ポラリスも使用する、捨てられた夢が怪物となる世界で習得した魔法だ。

 

『囚われよ、不朽の雀羅に囚われよ』

 

幾つもの魔法陣から雷の鎖が伸びてラディウスの四肢を素早く絡めとる。電撃と合わせて相手の動きを強力に縛る魔法。そもそも足に自信のあるイレブンがあまり使うことはないが、拉致の際には役に立つ。

 

「ふん」

 

だがラディウスは腕を振るい抜いて軽々と拘束を破って見せる。自由になった腕をぶんぶんと振るい、その腕に帯びた電撃の残滓にふむと興味深そうにうなった。

 

〈BGM終了〉

 

「なるほど、見ない魔法だ。永い時を生きてきたがどの神話、魔法体系にも属さない…ならば、この世界の者ではないな」

 

『…』

 

「いやいや、私は単に面白いと思っただけなのだよ。長生きするとどうにも全く新鮮なものを見る機会が減ってね。生きる張りというものがなくなってしまう」

 

『あなた、人間ではないのですか?』

 

彼の言葉ぶりから、人並み以上の生を過ごしてきたという印象を受け取れる。センサーで見るオーラの質は完全にディンギル寄りだが、叶えし者っぽくもある。異形でもない、むしろ人間。こんな相手は初めてだ。その能力といい、判断の難しい相手を前にイレブンは純粋な興味で疑問を投げかけた。

 

「人間だよ。ただ、神の恩恵を極め続けたことで寿命が延びたようでね。これもまた、試練ということなのだろう」

 

『…?』

 

ますますわからない。叶えし者としての能力を極めたというにはこれまで見た彼の能力と寿命の延長は結びつけにくい。叶えし者が単純に不老不死を願うのではなく、力を極めることで寿命を延ばすなど聞いたことがない。

 

口ぶりから人の倍以上は生きているだろう。不明な能力、何から何まで不気味さを感じられずにはいられない。

 

「さて、面白い魔法を見せてくれた礼と言っては何だが、私の特技をお見せしよう」

 

イレブンの魔法にご機嫌な表情を浮かべるラディウスがゆっくりと、右手をイレブンへ向けた。

 

「デコピン、という奴だ」

 

ピンとラディウスが何もない虚空をデコピンで弾いた。何気ない所作。しかしそれは彼が行えば強烈な攻撃と化す。

 

『ッ!!?』

 

衝撃。突然真正面から顔を殴られたような感覚。装甲を貫通してくる衝撃に鼻血を噴いて、溜まらず仰け反った。

 

空気砲に近いだろう。それも途轍もない威力の、ごく小さな範囲の。若手悪魔随一のパワーを誇るサイラオーグでもこんな芸当はできないはずだ。

 

『…』

 

やられた個所をイレブンはそっと撫でる。今ので頭部のアンテナが折れ、頬の装甲にひびを入れられた。鋼鉄の数倍はある硬度でできた装甲にヒビを入れるなどにわかには信じがたかった。それも、ただのデコピンで。

 

驚くイレブンの反応を楽しむように、ラディウスはかかと笑う。

 

「はははっ、驚いたかな?長生きするには遊び心が大事だと私は思うよ」

 

『…なるほど、ふざけたパワーですね』

 

攻撃の無効と強力無比な攻撃。その身に受けて途轍もない能力のセットだと実感して息を呑む。

 

理屈がわからない。二つの能力を持っているのか、それともどれも一つの能力から派生した事象なのか。

 

(…これは私よりもポラリス様に向いた相手ですね)

 

千の術を持つ彼女であればより強固かつ複雑な絡め手が使える。フィジカル面では彼女に勝るイレブンとはいえ、真正面から圧倒的なフィジカルで押してくる相手では話が違ってくる。

 

「どうしたのかね、もっと見たいかね?」

 

ラディウスはゆっくりと考える暇を与えてはくれない。圧をかけるように一歩一歩と迫ってくる。

 

(…距離を剥がしつつ、時間稼ぎするしかない)

 

そう判断した彼女は引き下がり、距離を取りながら雷撃を帯びた斬撃を飛ばす。彼との戦いで負傷したグレモリー眷属を巻き込む可能性は0ではない。

 

自分の手札に打つ手がない以上は後から来る援軍の手に期待し、到着までの時間を稼ぐ。かっこつけて登場した手前恥ずかしくはあるが勝利のためにはやむなしだ。

 

「狩りは趣味ではないが、付き合おう」

 

腕の一振りで打ち消しながら、ラディウスは森の方へ引く彼女を追い始める。

 

これから始まる険しい孤軍奮闘に彼女は嘆息して駆けだすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「どうして、ここに…」

 

絶体絶命の瞬間に現れたポラリスさん…が変身するヘルブロス。まさかの参戦に俺は驚かずにはいられなかった。

 

『リフレッシュのための旅行中とはいえ、宿敵が近くに現れたら飛ばない理由はなかろう』

 

…そういえば伊豆に旅行行くみたいなこと言ってたな。こっちの旅行ですっかり忘れていたけど場所被りしてんじゃねえか。とはいえ、ラッキーすぎる援軍だ。

 

「なるほど、以前アルギスを邪魔した二人と貴様は仲間か。ということは六華閃も同様と…蛆虫がよく群れるものだ」

 

『ここまで引っ掻き回された以上隠す必要もない。寧ろそれと引き換えに今の貴様らを潰せるなら安いコストよ』

 

「我らを潰すなど大言壮語だな」

 

〈BGM:牙をむく紋章獣(遊戯王ゼアル)〉

 

コールブランドを握り、ネクロムはヘルブロスへと歩みを進める。ゆっくりと、歩みを速め、走り、距離が縮んでいく。

 

その間、ヘルブロスは青いフルボトルをネビュラスチームガンに装填、更にスチームブレードのバルブをひねるとブレードの刃から弾けるような電撃が発生し始める。

 

〔フルボトル!潜水艦!〕

 

〔エレキスチーム!〕

 

〔ファンキー・アタック!潜水艦!〕

 

豪速のコールブランドで斬りかかるネクロム。空間を切り裂く一撃。喰らえば一溜まりもない。

 

寸前、ヘルブロスの足元が液状化し、どぼんと飛沫を上げて沈む。水のない場所で水中に潜水したかのような能力により攻撃を躱すことに成功する。

 

「っ」

 

横合いから気配。振り向いた時には液状化した地面からヘルブロスが飛び出し、電撃を帯びた一太刀を浴びせにかかっていた。咄嗟に刃で一閃を受け、反撃の剣を振るうも再び地面を液状化させて沈み込んでいく。

 

またも気配。背後から飛び出してすれ違いざまに斬りかかってはまた沈み、今度は右から、左から。四方八方からタイミングをずらしてのヒット&アウェイを繰り返し、息つく間も与えずじりじりとネクロムを削っていく。

 

「小賢しい」

 

言葉にはするが内心には一切の苛立ちを感じないネクロム。次の攻撃は正面から。

 

〔アイススチーム!〕

 

ヘルブロスは飛び掛かりざまに今度は冷気の一閃を浴びせようとするが。

 

「ふん」

 

剣閃を弾き返すとコールブランドの刃が光り、一閃。それを受け止めるはずのスチームブレードは柄と刀身の二つに切断されてしまった。コールブランドの力で空間ごとスチームブレードを切ったのだ。

 

「スチームブレードを斬るか!」

 

「斬ったのは武器だけではないがな」

 

「!」

 

そう語るネクロムが握るコールブランドの刃が薄赤に輝く。直後、肩口から腹にかけて、すっと切り込みが入りそこから血が勢いよく噴き出した。

 

「!!」

 

急激な失血にヘルブロスの態勢がぐらりと大きく崩れた。刃と刃が交わったあの一瞬で本体ごと切り裂いたのか。

 

「仕舞だ」

 

生まれた隙を逃すネクロムではない。一気に駆け寄り、動きを鈍らせたヘルブロスへ刃を振り下ろす。その寸前、ヘルブロスはスチームガンから大量の煙を放出して目くらましに出た。

 

「ちっ」

 

視界が分厚い煙の幕に覆われたことで動きが鈍った。だがそれも一瞬のこと。オーラを込めたコールブランドの一閃で煙幕を即座に吹き払ってしまう。だが払われた煙幕の中にヘルブロスの姿はなかった。

 

『危なかった』

 

「姑息だな」

 

そう断ずるネクロムが振り返る。少し離れた位置にヘルブロスは立っていた。しゅうしゅうと塞がっていく傷口から煙を上げて。

 

「…肉体の自然治癒、ではないな。魔法でもない、何かの術で自身の体を治癒しているのか」

 

『正解』

 

「ならば治癒する間もなく、跡形もなく消し去ってみるとしようか」

 

〔DAITENGAN!〕

 

メガウルオウダーを操作したネクロム。背後に浮かび上がる金色の魔法陣から溢れ出る霊力がコールブランドの刀身に纏わりついていく。聖剣の輝きに呼応し、オーラを感じ取れない俺でも寒気がするような高まりを見せる。

 

〔ARTHUR!OMEGAUL-ORDE!〕

 

コールブランドを前方へ突き出すと、さながら極太の光線のような聖なるオーラが照射される。空と地面を圧倒的熱量で焼きながらヘルブロスへ直進していく。

 

『これはまずいな』

 

ヘルブロスは両腕のガントレットから歯車型のエネルギーを連射しぶつけるが、当然ながら聖王剣のオーラの勢いと威力を殺すには至らない。

 

故に、ヘルブロスが更なる攻撃を繰り出すのもまた当然だった。不死鳥が象られたフルボトルをスチームガンに装填。

 

〔フルボトル!フェニックス!〕

 

『繋げ、秘儀糸!』

 

指先から光の糸を伸ばし、前面に大きな魔法陣を微細に編み込む。鍛錬に鍛錬を重ねたであろう高速で行われる手作業の中、同時に詠唱も行われた。

 

『目覚めよ神雷!空の静寂打ち砕き、あえかな夢を千切り裂け!』

 

魔法陣から打ち出されたのは極太の雷柱。大地が砕けるかのような轟音を伴って聖王剣のオーラと衝突した。朱乃さんの雷光とは比にならない質量と光だ。

 

〔ファンキー・アタック!フェニックス!〕

 

そして雷柱を滑るように業火の鳥のオーラもスチームガンから射出され、共に聖王剣のオーラを押し返さんとする。

 

ネビュラスチームガンの射撃、ヘルブロスのエネルギー、そして魔法の三重に重ねた攻撃が王を冠する聖剣のオーラと衝突する。凄まじい質量同士の衝突がまき散らす光と音に、目と耳が潰れるようだ。

 

やがてエネルギーは限界を迎え、土煙と轟音を放って大爆発を起こす。爆炎と煙を受けながらもヘルブロスは討つべき敵を逃さず追撃をかける。

 

銃撃を放ちながら接近するヘルブロス。それを容易く剣の一振りで両断し、ネクロムは迎え撃つ。

 

『光弾を切り裂くか!』

 

「接近戦ではアーサー魂には勝てん」

 

徒手空拳での格闘戦に持ち込むが、それを最低限の動作でいなしコールブランドの一突きをヘルブロスの腹へ押し込んでしまう。布に糸を通すような軽さで強化スーツを貫通し、コールブランドの刃がぬめりとした血に濡れた。

 

〈BGM終了〉

 

『がふ』

 

「動きが雑になっているぞ。傷を癒しても失血による消耗は隠せないな」

 

『…それがわざと、とは思わないのか?』

 

「何?」

 

いきなりヘルブロスがコールブランドを握る右腕をがしっと捕まえ、腹に蹴りを入れる。そして攻撃を受けて緩んだ手からコールブランドを引き剥がすと、勢いよく腹から刃をずぶりと引き抜いた。

 

『つっ…!!!悠河!』

 

ぶしゃと傷口から血があふれるが、構いもせずに剣を俺の下へ放り投げた。カランカランと音を立てて俺の下に剣が滑り込んできた。

 

「!」

 

『その剣、絶対に取られるな!』

 

「剣を…!」

 

一連の行動に流石のネクロムも驚いたらしい。一瞬にして鮮やかかつ大胆な手法でコールブランドを奪われた。聖王剣の奪取は奴にとって大きな戦力ダウンになるだろう。

 

『はぁ…これで目の上の瘤は取れた。これで正面からの殴り合いに臨める』

 

傷をまたも何かの術で治しながらガチャリとヘルブロスはあるデバイスを手にする。氷を連想させる冷たい青色のナックルガード。中央部のスロットに尾を噛む蛇が象られた黒いフルボトルを装填した。

 

「あれはブリザードナックル…!!」

 

原作では仮面ライダーグリス専用に製作された強化アイテム兼武器のブリザードナックル。それをまさかヘルブロスが使うとは。

 

〔ボトルキーン!〕

 

中央のスイッチを叩くと、輝く冷気とエネルギーが溢れ出し必殺待機状態に入った。

 

「よかろう」

 

〔DAITENGAN!〕

 

ネクロムもそれに応じ、メガウルオウダーを操作して必殺待機状態に入る。眩い薄金色の霊力が光と共にネクロムの拳に宿っていく。

 

両者の拳に、持てるオーラやエネルギーの全てが込められる。静かな両者の睨み合いはその一挙一動、呼吸の変化すら逃さず、先生行動を許さないようだ。

 

「…」

 

睨み合いはそう長くは続かなかった。躊躇いもなく同時に駆けだす。光の尾を引きながら向かう二人の拳が交差し、ヘルブロスの顔面を、ネクロムの腹に全くの同時に撃ち込まれる。

 

〔グレイシャルナックル!カチカチカチカチ!ガチンッ!!〕

 

〔ARTHUR!OMEGAUL-ORDE!〕

 

どちらも腰の入ったパンチだ。エネルギーの量もどちらも負けずとも劣らない。冷気の奔流と聖なる力の奔流がぶつかって、渦を巻いて混ざり合い、辺り一面を破壊していく。

 

『おおぉっ…!!』

 

バキバキ。強烈な霊力の奔流を拳と共にぶち込まれたヘルブロスの顔面の装甲にひびが入り、割れていく。

その中に隠された彼女の素顔も徐々に晒され始める。それでも一歩も引かずに踏ん張り、腹に叩き込んだ拳に力を込め続ける。

 

「ううっ!!この攻撃は…!」

 

一方のネクロムも痛烈な拳打を一身に受け、削られていくようだ。明らかに今までの攻撃とは違って苦しそうな反応を見せている。

 

やがてぶつかりながらも高まり続けるエネルギーに耐え切れず爆発が発生し、両者はそれに巻き込まれてしまう。

 

「くっ…」

 

爆発の余波がこっちまで襲ってくる。腕で顔をかばい、どうにかやり過ごす。一体どうなった?

 

庇う腕を解き、開けた視界に映ったのは。

 

『ぶはっ』

 

錐もみ回転をしながらこちらに吹っ飛んでいくヘルブロス。やがては地面に身を打ち付けて俺をエアクッション代わりにぶつかって止まった。

 

「いたっ」

 

『すまぬ。だが今ので…』

 

ヘルブロスが右手に持っていたブリザードナックルはバキバキに割れて、見るからに使えない程故障している。刺さっていたボトルも同様だ。今の攻撃は相当ナックルにも負荷をかけたものだったらしい。

 

「うぅ…」

 

煙の中から呻き声が聞こえてくる。ゆっくりとした歩みで煙幕から抜け出たのは通常のネクロム魂に戻ったアルルだった。攻撃を喰らった腹を押さえ、呼吸を乱している。そしてその足元にはネビュラスチームガンが転がっていた。

 

「先の攻撃、小賢しい細工をしてくれたな」

 

あのアルルが珍しく怒りを露にしている。今の攻撃かなり効いているみたいだが、ディンギル特攻だったのか?

 

怒るアルルは何と、ネビュラスチームガンを拾い上げるとストレスを発散するように握り砕いてしまう。

 

変身デバイスの喪失により、トランスチームシステムはシャットダウン…変身解除してしまう。兵藤達全員が居合わせる、この場で。

 

「!」

 

ヘルブロスの全身から煙が溢れて、強化スーツが消える。そしてポラリスさん本来の銀髪の少女の姿が初めてアルルの前で晒された。

 




アルギス「私って次回で死ぬんですか?」

死にません。いや、まだ死なせません。


上司と部下で同じような攻撃、似るものですかね。

次回、「露見」


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第179話「露見」

悠河はアルルとの戦闘に集中のため、ラディウスのことは知りません。コカビエルの復活に関しては、それぞれがそれぞれの戦闘に集中しているので誰も気づいていません。哀れ。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
2.エジソン
3.ロビンフッド
5.ビリー・ザ・キッド
6.ベートーベン
7.ベンケイ
9.リョウマ
10.ヒミコ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
13.フーディーニ
40.ジャンヌ
46.ノーベル
50.呂布


その人はこれまで己の正体を隠してきた。まだ諸々の準備ができておらず、歴史の表舞台に立つには時期早々という理由で。それでも自身の介入が必要な時にはヘルブロスという仮面を身に着けて俺達に手を差し伸べてきた。

 

しかしその隠匿が、期せずして終わりの時を迎えた。

 

女性らしさを表ような赤い指し色の入った黒スカートの服に、気品で彩るような襟元の白いジャボ。殴られた頬は荒れ、口が切れて端からつと一筋の血が流れる。

 

何よりの特徴である銀色の長髪が土交じりの風になびき、赤い眼は仇敵への敵意に燃えていた。それは例え地に尻をつけ這いつくばろうとも、何度でも立ち上がり敵に食らいつく意地だ。

 

「あれが、ポラリス?」

 

これまでヘルブロスの姿で接してきたポラリスさん。その変身が今解かれ、正体が明らかになった。少し離れたところにいる部長さんたちの間にどよめきが走る。ボイスチェンジャーで男性の声にしていたのが一転、正体が自分たちと同じ年齢の少女の姿だったことに衝撃を受けているようだ。

 

「ポラリスって、女性だったの…!?」

 

「てっきり男だと…」

 

「つまり、逆ギャスパー君ってこと!?」

 

「逆ギャスパー君ってどういうことかな…」

 

おいどういう反応だよ紫藤さん。声は男で男のふりをしていたら実際女だったからって意味の逆ギャスパー君か。よくこんな状況で変なこと言えたな。

 

「…気の流れからして悪魔でも天使でも、神でもありません。かといって普通の人間でもない…異質な力を感じます」

 

「以前は無所属だって言っていたけど…一体何者なの、彼女は」

 

正直彼女の種族的な所は俺の中でも曖昧な所だ。人間と言えば人間なんだろうが、寿命は人外の域らしいし…どうなんだろう。

 

「…まさか、こんな形で顔ワレするとはの」

 

驚く彼女らの反応を横目に当の本人は軽くため息をついた。…あれ、そんなに慌てることじゃないのこれ。今まで散々避けてきたことなのに。

 

だが正体の露見は驚愕の反応だけには終わらない。アルルだけは見下ろした彼女の顔を見て一笑に付した。

 

「貴様だったのか、アドミニストレータ ポラリス。…なるほど、我らを知っていること、敵対していること、全て合点がいった。しかし、その惨めな顔も力量を見誤る愚かさも変わらんな。そしてやはり、あの時と同じだ。少年少女を自分の目的のために利用している」

 

「…貴様は随分と変わったのう。神格にこだわる貴様が人の体を借りねば活動できぬとは、さぞ屈辱じゃろう」

 

変身解除に追い込まれ、不利な状況であるにもかかわらずポラリスさんは不敵にも煽って見せる。

 

少年少女を利用?元居た世界の話だろうか。スーパーコンピューターへの革命戦争の際に過去から来た子どもたちと共に戦ったと聞いているが…。

 

「それも直に終わる。…てっきり、死んだものと思っていたぞ。よしんば異界に逃れようともあの船の状態だ。時空間の狭間を漂い、歪に呑まれて消滅すると高を括っていたのだが…」

 

「たまたま運が巡って来たのじゃよ。生きて、お前たちを滅ぼす。その為に妾は生きてきた」

 

スカートの土を払って彼女は立ち上がる。決然とした彼女の後姿にはどこか圧倒されるものを感じた。背負った仲間の思い、何よりも固い覚悟。それを実現するために費やした時間と労力。華奢な体だが恐ろしく大きなように見える。

 

「仲間の敵討ちが目的か。だが、結局のところは我に届いていないな。少しは力をつけたようだが肝心の本気も出せずにいるではないか」

 

そう言いつつアルルが手をこちらに向けると、神々しい光がともる。その瞬間、凄まじいオーラの波動が俺とポラリスさん目掛け照射された。

 

「下がれ!」

 

ポラリスさんの対応は素早かった。俺の前に出て防御魔法陣を展開し、俺をその攻撃から守ってくれた。

 

「ポラリスさん!」

 

「ぐぬぅぅぅ…ッ!!」

 

力を注いで防御魔法陣の維持に努める。しかし相手は神だ、そう易々と攻撃をしのげるはずがない。迸るオーラの激流によってごりごりと魔法陣は削られていき、やがては波動にあてられてポラリスさんは吹き飛ばされてしまう。

 

「うぁっ!」

 

「くっ…」

 

前から飛んでくるポラリスさんに巻き込まれ、俺たち二人とも強く体と頭を打ち付けて地面に転がされる。

 

「いっつ…」

 

打ち付けた衝撃で頭がくらくらする。折角の私服はもう土だらけ、血がにじんだり随所が破れて台無しだ。

 

ポラリスさんの方を見ると、前方で防御していた分更に手ひどいけがを負っていた。額からぬめりとした血が流れ、掌もオーラを間近に受けたことで皮がむけて焼けたようだ。

 

「く…やってくれるのう…」

 

「どうした、傷を治さないのか?…いや、治せないのだろう?もうそんな余力もないと見た」

 

「…」

 

「我には見える。お前の体には我の知らぬ力が幾つも巡っている。が、それぞれが衝突を起こし、高いレベルの調和を生み出していない。どれか一つの力を強く引き出そうとすれば、別の力が干渉して力を弱め、体に負担を強いるのだろう?」

 

つまり、今のポラリスさんは様々な異界の力が使えるけどその本領を発揮することはできない、と。確かに今のように全力を出せない状態は神クラスの力を持つディンギルの討滅を目標とするポラリスさんにとって非常にネックとなる。

 

もしかして、歴史の表舞台に立つ準備というのはゼクスドライバーの完成だけでなくその問題の解消もあるのだろうか?

 

ポラリスさんはアルルの推測に対し、ふっと一笑を返すのだった。

 

「…真なる神を自称するだけあって、何でもお見通しなのじゃな」

 

「ふん。さっきの変身も弱みをカバーするためのものだろう。そんな不全な状態で我を滅ぼせるものか」

 

ポラリスさんもアルルもそれぞれの理由でまだ真の力を発揮できていない。だが同じ不完全同士でもここまでの差が生まれている。

 

敵に大ダメージを与えてなお、突きつけられた不利な状況。部長さんたちの方はまだ治癒にかかりっきりだし、兵藤の方もまだ戻ってこない。

 

どう立ち回る?どうすればこの状況を好転できる?可能性ならプライムトリガーを奪い返すことだろうだが、消耗した俺とポラリスさんで、傷をおったとはいえまだ余裕のありそうなあいつと戦えるか?

 

脳をフル回転させてこれからの一手を考える一方で、ポラリスさんは既に一手を打っていた。

 

「はっ、何を言っておる」

 

ポラリスさんは笑う。その笑いはハッタリではない。酷い傷を負い苦境に立たされようとも、まだ勝利を諦めない戦士の眼差しをアルルに毅然と向ける。

 

「勝負はまだここからじゃ」

 

直後、白い光弾が空からネクロム目掛けて激しく降り付ける。流星群のような光弾の一発一発が大地を抉る爆発を起こし、すぐにネクロムの姿を爆炎で覆い隠してしまう。

 

「!?」

 

援軍か、それにあの白い光は…!!

 

しばらくして爆炎が晴れると、体を液状化して無傷でやり過ごしたネクロムの姿があった。やはり強くなっても液状化は健在か。

 

「…蛆虫がまた湧いたか」

 

「白龍皇を蛆虫呼ばわりとは不遜な物言いだな」

 

俺たちの下に白い光が舞い降りる。白き龍の鎧を纏い、魔王の血を引く男。その男とは時に拳を交え、敵ながらも手を取り合って難局に臨んだこともあった。

 

「ヴァーリ!?」

 

「どうした、もう死にかけか?なら俺が代わってやろう」

 

傷だらけの俺を見下ろすあいつは不敵に笑った。最近こいつの顔をよく見るな。あんまり見たくはないが。

 

「ポラリスから聞いた。貴様らが兵藤一誠達をつけ狙っていると。先の刺客のお礼参りもしたいちょうどいいタイミングで情報を持ってきてくれた」

 

刺客?お礼参り?何だか流れがわからんが、口ぶりからしてヴァーリ達にもアルル達と因縁ができたようだ。

 

ネクロムは小さくため息をつくと、ポラリスに言葉を刺す。

 

「やはり貴様は姑息だな。下らぬ知恵を働かせ、群れることばかりを考えている」

 

「大いに結構。それで貴様らを打倒できるならのう」

 

ヴァーリチーム、禍の団から追放されたあげくに追放した側も壊滅状態となった今は偏に敵と呼べないややこしい連中になってしまった。しかしここで協力してくれるのはありがたい。この苦境をひっくり返してアルルを倒し、凜を助けるためならなんだっていい。

 

「さて、貴様があの男の頭だろう?ルフェイとコールブランドを返してもらおうか。拉致した理由を含め聞きたいことも山のようにある。無事で済むとは思うなよ」

 

「ルフェイとコールブランド?」

 

コールブランドはついさっき、アルルが眼魂を作るために奪ったと聞いているがルフェイまでもとは聞いてないぞ。どういう流れでルフェイまでこいつらに奪われたんだ?

 

「つい先日、ラディウスという叶えし者の強襲を受けてルフェイを拉致され、コールブランドも奪われてな。俺たちは奪い返すために来たんだが…なんだ、コールブランドは既に奪還していたのか」

 

「ついさっきな、それよりルフェイが拉致って…お前らがそこまで追い詰められる敵が向こうにいるのか」

 

気に入らないが、こいつらの実力は確かだ。プルートをぺしゃんこにできる白龍皇のこいつを筆頭に、孫悟空の子孫や猫又のはぐれ悪魔、聖王剣の使い手と古代兵器や神をも殺す狼を従える魔法使いまでいる。単体で見ても驚異の連中の寄り集まりを一人で制圧したとはにわかに信じがたい。

 

「そうだ、俺たちは勿論ゴグマゴグとフェンリルもいる中でな。あの男、相当な手練れだった」

 

忌々し気な声色が、戦闘の激しさと彼の無念を感じさえた。あのヴァーリがそう評する相手…こっちはアルルで手一杯なのに、なるべく避けたいところだ。

 

「どいつもこいつも返せ返せと…強欲だな。ルシファーとは驕傲なものと思っていたが」

 

「貪欲でない者が強くなどなれるものか」

 

「それは言えておるな」

 

そこはポラリスさんと同じく嫌々だがこいつの意見には同意だ。俺たちみんながむしゃらに研鑽して強くなり、ここまで来たわけだからな。

 

「…コールブランドは俺達の元に戻った。ルフェイも返してもらおうか。まさか殺してはいないだろうな?」

 

アルルを問い詰めるヴァーリの声は静かだが震えているように聞こえた。それは辛酸を舐めさせられた屈辱からか、それとも仲間を奪われた怒りからか。

 

おい、コールブランドはもう取り返した認識なんかい。俺はまだお前を気に入らないし、何よりお前らはまだ世間的にはお尋ね者だから返還を拒否ってもいいんだぞ。

 

「さてな」

 

返事は肯定とも否定ともとれるようだった。低い声での問いにアルルは涼しい声ではぐらかす。その何気ない返答がヴァーリの怒りに触れた。

 

「――!!」

 

次の瞬間には、ネクロムのすぐそばに現れたヴァーリが拳を振り抜いていた。空ぶった拳の放つ拳圧だけで周囲の木々が騒々しく揺れ、木の幹が折れていった。

 

「!!」

 

なんて速度だ。まるで見えなかったぞ。神器がヴァーリの怒りに呼応して力を引き上げているのか。

 

そこから身をよじって追撃の回し蹴りを繰り出すが軽やかにアルルはその間合いから逃れる。さらに一歩踏み込み前進。

 

「ちぃ!」

 

続くヴァーリの猛攻。その攻撃一つ一つに彼の怒りが込められている。当たれば如何にアルルとはいえ負傷した状態では大ダメージは避けられないだろう。

 

しかしそれは当たればの話。現実はヴァーリの荒々しい一挙手一投足を踊り子のようなステップを踏んで避けていく。

 

「俺の拳が怖いか!?」

 

「安い挑発だ。触れたら『半減』されることはわかっている」

 

白龍皇の光翼の能力は触れた相手の力を半分にし、その分自分の力に変える。だから迂闊にこいつに接近戦を仕掛けることはできない。液状化しても攻撃が当たれば一応触れたことにはなるから、液状化を使わずに身のこなしだけで避けているのか。

 

しかしやはり、ディオドラの事件で戦った時と比べて身のこなしの軽やかさが段違いだ。力が戻ったことで身体強化術も跳ね上がっているようだ。

 

「仲間の身が心配か。白龍皇も温くなったな。赤龍帝に影響されたか」

 

「黙れ!」

 

「しかし一つ言うなら…彼女は無事ではないだろうな」

 

「そうか、やはり貴様はここで潰す!!」

 

怒りを滲ませるヴァーリから、どっと白いオーラが全身より放出される。大気を震わせ、風が鳴くように吹き付ける。その高まりは以前にも見たことがある。

 

あいつ、極覇龍を使う気だ!プルートを圧死させた技をアルルにもぶつけるつもりか、そんなことをすれば…!!

 

「待てヴァーリ!奴を殺すな!!」

 

激しい風を浴びながらも俺は声を張ってあいつに呼びかける。あんな技を放たれたら塵も残らなくなってしまい、凜を取り戻すどころではない。

 

「何故止める!?俺達をここまで愚弄したツケを払わさなければ…」

 

「それは…あいつは生け捕りにする!!ディンギルの情報を引き出すんだ!!」

 

事情が事情。まだ俺の背景は首脳陣とごく一部を除いて知らされていない機密事項だ。咄嗟に理由を絞り出して懸命に呼びかけるが、やはりあいつは聞く耳を持たない。

 

「甘いことを…!!」

 

俺がヴァーリと揉めている間、ネクロムはふと虚空を見上げ始めた。

 

「…気配が3つ近づいてくる。六華閃か。いよいよ面倒だ」

 

するとメガウルオウダーを操作し、何やら呼びかける。

 

「ラディウス、撤退だ」

 

「何!?」

 

ここで撤退!?どういうつもりなんだこいつは!!

 

 

 

 

 

 

 

 

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ホテル周辺の森で、木々をなぎ倒す荒々しい衝撃波が駆け抜ける。その余波に巻き込まれながらも踏ん張り耐え抜いてラディウスに立ち向かう4人。

 

『二人の仙術も通用しないとは…』

 

「骨が折れますね…」

 

「こいつホント腹立つにゃん!」

 

「何なら効くんだよ!」

 

戦闘不能になったリアスたちに代わりラディウスと戦うイレブン、後から合流した黒歌達ヴァーリチームもその暴威を止められずにいた。

 

既にイレブンのスタッグブレードは二刀共に折られ、全身の装甲も攻撃の余波でボロボロになりつつある。デコピンでヒビを入れられた顔の装甲は更に破損が進んで、生身の片目が露出するようになってしまった。完全に破壊されずに済んだのはリアスたちのアドバイスで真正面からの戦闘は避けることができたからである。

 

「聖剣創造の聖剣では太刀打ちできませんね…せめてコールブランドがあれば」

 

コールブランドが手元にないアーサーはここに来る直前に木場祐斗から神器で創造した聖剣を借り受けた。

聖王剣のない状態での戦闘にヴァーリや仲間から心配されたが、それでも彼は戦う道を選んだ。ルフェイとコールブランド、自身の大切なものを二つも奪われて戦わず傍観に徹するのは彼のプライドに関わるからだ。

 

しかし如何に手練れのアーサーと言えど、無法を体現したラディウスの能力の前では為すすべもない。黒歌と美猴共々、幸いにも前回の戦いの反省とイレブンの試行によって得られた情報によって、種は不明ながらも大まかに能力の概要を掴めたため前回のような無様を晒さずにいられている。

 

しかし4人とも消耗戦を強いられ、息を荒げている。このままでは攻勢に耐え切れずにすりつぶされてしまう。

 

「さて、もう一段ギアを…」

 

やはり無傷のラディウスが徐に手を上げた直後、耳元に通信魔法陣が開く。幾つかのやり取りを手短にしたのち。

 

「…む、どうやらここまでのようだ」

 

手を下げ、彼女らに背を向ける。向こうの優勢と思われた中での突然の行動に4人は呆気にとられた。

 

「は?」

 

「アルル様がお呼びだ。では、さらば」

 

そしてそのまま強烈な脚力を活かして森の向こう、宿の方角へと猛速で飛び去るのだった。

 

「ちょっ!?」

 

「待ちやがれこの野郎!」

 

虚を突かれたがすぐさま気を取り直して彼女らも追いかける。彼一人で十分戦況をひっくり返す力がある。向こうの戦闘に加わられるのは非常にまずい。

 

黒歌達はヴァーリの為、イレブンはポラリスの為、それぞれのリーダーの下へとひた走る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一誠とドレイク、二人の赤龍帝は共に力を合わせダークゴーストとの戦闘を圧倒的優位に進めていた。

 

「おらぁ!」

 

『ハッ!!』

 

紅の鎧を解放した一誠の猛攻とその合間合間に当意即妙の強烈な追撃をかけるドレイク。彼らの荒々しいドラゴンの力を前にダークゴーストは為すすべもなかった。

 

「がはぁッ!!」

 

血反吐を吐いて、どさっと膝を突く。それでも持ち込んだ眼魂の一つも奪われずにいたのは彼の意地だった。

 

「よっしゃ、一気に行くぜ!」

 

『ああ、ここでアルギスを倒す』

 

一誠が必殺の蹴りを放つべくオーラを高め、ドレイクもドライバーの操作を始める。

 

その様子を、ボロボロの体をどうにか起こして顔を上げたダークゴーストは見た。

 

(…ここまでか)

 

無念。

 

その言葉が彼の脳裏をよぎる。

 

信じる者も頼れる者もいないあの地獄の中で、彼は信じるべき神と出会った。それだけが彼の絶対だった。その絶対に尽くすべく前進してきた。

 

しかしまだ、主の念願の成就には至っていない。主の念願は自身の念願でもある。それを為さずしてここで果てることは何よりの屈辱だ。

 

「…まだ」

 

こんなところで終われない。自分が、主が最も忌み嫌う特異点の肥やしになるなど、言語道断だ。ましてや現体制の象徴たる彼に敗れるなど屈辱の極み。

 

震える足を叩いて立ち上がる。諦めるなどあり得ない。命を賭して、主のために闘うのだ。それだけは曲げられない。

 

「まだ、終わらない!!」

 

血反吐ともに叫ぶ。命の燃焼を。忠誠を。

 

絶体絶命の中で煌々と燃え滾るアルギスの意志を、運命はまだ見放していなかった。

 

森から飛び出して来た閃光が、猛烈なスピードで一誠達に一撃を浴びせなぎ倒したのだ。

 

「!?」

 

『ぐぁっ!!』

 

突然の不意打ちに彼らの対応は間に合わず打撃を受け、地を舐めることになる。そして流星は速度を殺さぬままアルギスの下へと滑り込んだ。

 

その後ろ姿は、自身が使えるべき主の次に尊敬し、信を置く者。彼の助太刀を待つためにアルギスは激しい攻撃を受けてなお粘って来た。かすれるような声で、その名を呼んだ。

 

「ラディウス…」

 

「してやられたな、アルギスよ。鍛錬が足りんな」

 

「申し訳ございません…」

 

「君にはまだ、アルル様に忠を尽くす使命が残っている。ここで終わるわけにはいかないだろう?」

 

ラディウスの肩に手を貸して、変身を解いたアルギス。体中血に塗れて息を肩でしている状態だ。戦闘不能なのは目に見えて理解できる。

 

「くっ…なんだ?」

 

不意打ちから立ち直った一誠達が立ち上がる。真なる赤龍帝と新たなる赤龍帝。神が憎んだ龍とその力を継ぐ者。その二人が並ぶ姿を一瞥し、やはり彼は背を向けた。

 

「特異なる運命に恵まれた二人の赤龍帝よ。君たちを潰すのはまた今度の機会だ」

 

そして彼は再び駆ける。白き龍と対峙する真なる神の下へ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「逃げるつもりか、どこまで俺を苛立たせてくれるッ…!!」

 

ネクロムから飛び出した撤退という言葉はヴァーリの怒りのボルテージを引き上げた。俺とポラリスさんの制止の言葉を振り切るがごとく、拳を掲げ詠唱を口にする。

 

「我、目覚めるは律の絶対を闇に堕とす白龍皇なり―――」

 

その一節で、ヴァーリのオーラは劇的に高まる。風が泣き、空がひりつくようだ。

 

「おい、お前―!!」

 

「近寄るな、生身で寄れば潰れるぞ!」

 

止めようと一歩踏み出すもポラリスさんに捕まれ止められる。例え変身していようとも迂闊に近づけばただでは済まないだろう。

 

「ッ…!」

 

『天龍の高みを極め、白龍の覇道を往かんッ!』

 

制止も出来ず、圧倒的なまでにヴァーリは詠唱とオーラを高め続ける。白いオーラはやがて銀色へと変わり始める。

 

『無限を制し、夢幻を喰らうッ!』

 

「無限の破滅と黎明の夢を穿ちて覇道を往く。我、無垢なる龍の皇帝と成りて―――」

 

詠唱が進むにつれ、ヴァーリの鎧が変化していく。そして詠唱にピリオドを穿つ最後の一節を決然と放つ。

 

「汝を白銀の幻想と魔道の極致へと従えよう―――ッ!!」

 

〔Juggernaut Over Drive!!!〕

 

そして完成したのは圧倒的なまでのオーラを放つ白銀の鎧。『白銀の極覇龍《エンピレオ・ジャガーノート・オーバードライブ》』…神にも届く力の化身が再び爆誕した。

 

「ヴァーリ!!」

 

叫びも空しく、奴は両手をアルルへ突き出しオーラを溜め始める。

 

「コンプレッション…!!」

 

しかしそのオーラは解き放たれる寸前、突き出した腕を横合いから飛び出してきた男が蹴り上げる。ドゴンと爆音を響かせて上空へと向けられた力の波動はあらぬ方向へと飛んで霧散するのだった。

 

「なんだ!?」

 

ヴァーリの攻撃を途中で妨害したのは神父服とライトアーマーを融合したような変わった出で立ちの、しかし威厳ある男。傷だらけのアルギスを抱え、アルルの下へと駆けつけたその男をヴァーリは睨みつけた。

 

「ラディウス…!!」

 

「また会ったな、アルビオンの宿主。して、如何されましたか、アルル様」

 

こいつがラディウスか!ヴァーリチームを単騎で相手取りコールブランドとルフェイを奪ったという強者。くそ、ヴァーリを止められたはいいが面倒な事態になって来たぞ。

 

「六華閃が来る。これ以上乱戦になると面倒だ。その前に引く」

 

「承知しました」

 

ヴァーリの話が確かならあのラディウスって男はとんでもなく強い。あいつ、撤退のためのボディーガードとして優先して呼びやがったのか!

 

って、あいつら六華閃とか言っているが。

 

「六華閃って、ガルドラボークさんが来るのか!?」

 

「事前に打診しておいた。レーヴァテインと叢雲も来る」

 

そりゃ心強いことこの上ないが、あいつら来る前に尻尾巻いて逃げる気だぞ。

 

「ぐっ!!」

 

またしても空から勢いよく何かが降って来た。それは龍王ファーブニルの金色の鎧を纏ったアザゼル先生だった。

 

「アザゼル先生!!」

 

龍王の鎧は傷だらけで、数か所ヒビも入れられている。息が荒い体の動きからして結構消耗しているようだ。

 

「こいつ、英雄化で俺の人工禁手に対抗してきやがった…!!」

 

「英雄化で対抗!?」

 

アルル側に英雄化できる連中がいるのはわかる。元々アルル側が眼魂の秘儀を開発して英雄派に提供し、英雄化を開発した英雄派に信長がスパイとしていたわけだからな。英雄派が作った眼魂と一緒に英雄化の情報が渡ってもおかしい話じゃない。

 

しかし、アザゼル先生は少し前まで堕天使のトップだった実力者だ。それに龍王の力が合わさった強力無比な人を追い詰めるなんて、英雄化の強化があったとしてもできることじゃない。

 

一体だれがと尋ねるより早く、下手人は空から降りてきた。

 

「ふん、隻腕になってから力が落ちたな。それで堕天使総督を名乗っていたとは…片腹痛いわ」

 

その身にまとうパーカーゴーストは血のような赤だった。フード部はまるで古代ギリシャの兵士が被る兜のようで、全体的に勇ましさと豪勢さが合わさったような鎧のシルエット。そしてなにより、背中から生える十枚の翼を生やす堕天使のロン毛の男を忘れるはずもない。

 

「コカビエル!?」

 

こいつは捕まった後、コキュートス送りになったはず!あれだけの事件を起こした人物が脱獄したならすぐに気づかれて大ニュースになるはずなのに、全く聞いてないぞ!!

 

「なんでこいつが…!?」

 

「噓でしょ…!?」

 

俺だけではない、部長さんたちも一様に復活した奴の姿を見て驚いている。捕まって二度と顔を見ることのない敵が現れたのだから。

 

「小猫ちゃん、あの怖い堕天使は…」

 

「コカビエル。グリゴリの元幹部で前にエクスカリバーの事件の犯人だよ。今はコキュートスに捕まってるって聞いたけど…」

 

「こ、コカビエル!?あの人が噂の!?」

 

「深海君が戦う切っ掛け、ゼノヴィアさんが悪魔に転生した理由になった事件ですね。まさか黒幕と会うことになるなんて」

 

事件当時、その場にいなかったギャスパー君やロスヴァイセ先生も教えられて驚きに息を呑んでいる。

 

「久しぶりだな。貴様らのおかげで長らく氷の地獄に幽閉されることになった。あの耐えがたい苦しみ、凍える痛みは屈辱と共に生涯忘れることはない…ッ!!」

 

拳を強く握りしめて殺さんばかりに俺たちを睨みつけてくる。

 

「コカビエル、撤退だ。奴と戦う機会はまた用意する」

 

「撤退だと!?ふざけているのか!!ここで雪辱を晴らさずして…」

 

しかしアルルはそんなコカビエルの怒りに何ら臆さず指図してのける。水を差されたコカビエルは当然、怒りの矛先をアルルにも向けた。

 

「目的はある程度達成した。援軍が来るともなればこれ以上ここでの戦闘に意味はない。それとも貴様一人残って、またコキュートス送りになりたいか?」

 

「…チッ」

 

因縁の宿敵を前に逃げるなどあり得ないと怒りを露に食って掛かる。しかし冷静に戦況を見るアルルの冷たいオーラを前に渋々ながら槍を収めた。

 

見たところ、あいつに忠誠を誓ってるわけじゃないのか。そりゃあいつ程の力とプライドの塊がそう易々と誰かに膝を曲げるとは思えないしな。

 

「さて、撤退前にもうひと暴れするとしようか」

 

アルルはまだまだ爆弾を投げるつもりらしい。新しい黒と水色が合わさったカラーの眼魂を取り出し、更なるフォームへとゴーストチェンジを決める。

 

〔TENGAN!MORGAN!MEGA UL-ORDE THE WITCH OF AVALON〕

 

その姿はまさに魔女。とんがり帽子のようなフードに妖精の羽の意匠で彩られた、足まで届く長いローブ。仮面ライダーネクロム モルガン魂といったところか。

 

音声の言うアヴァロンの魔女…アヴァロンはアーサー王伝説に登場する島の名前だ。アーサー王伝説の魔女ときて、それにこのタイミングで使ってくるとしたら間違いなく…。

 

「ルフェイの力か…!!どこまで煽ってくれるな!!!」

 

ネクロムの姿を見たヴァーリが声を荒げる。やはりあれはルフェイから作った眼魂なのか!

 

「肯定だ。貴様の仲間から作った眼魂の力を味わうがいい」

 

〔DAITENGAN!MORGAN!OMEGA UL-ORDE〕

 

背後に出現する方陣が霊力となって指先に収束する。そこから幾層にも連なる大きな魔法陣が展開し、こちらに向ける。すると魔法陣が高速回転を始め、清らかな歌姫を連想させるような女性を象ったオーラが砲撃となって放たれた。

 

凄まじいオーラの奔流だ。眼魂自身の力だけじゃない、アルルの神としてのオーラも織り交ぜて放っているのだろう。出なければこの勢いは説明がつかない。

 

「舐めるな!」

 

ヴァーリが動く。両手を構え、オーラの砲撃を放つ…より早く。

 

「クリムゾン・ブラスターァァァ!!!」

 

〔ELTANIN!IGNITION BREAK!〕

 

聞き慣れた叫びと電子音と同時に赤と紅のオーラがネクロムの攻撃に衝突し、爆発とともに掻き消した。

 

「くっ…今のは」

 

何度受けたかもわからない爆発の余波にこらえながらも、俺は兵藤の到着を確信した。そしてやはり俺たちの下に二人が飛んできた。

 

「大丈夫か、深海!?」

 

「ああ、一応、どうにかな…って紅の鎧じゃねえか」

 

俺たちをかばう様に前に出た兵藤の姿は今までドライグの不調でなれなかったはずの紅の鎧だ。アルギスとの戦いで復調したのか?

 

「ドライグが復活したんだ。今なら本気でやれる!」

 

「そいつは頼もしい…!!」

 

紅の鎧で戦ってくれるなら心強いことこの上ない。二天龍+αの揃った今、あいつをやれる。

 

「遅かったのう、ドレイク」

 

『申し訳ない。ラディウスという男に邪魔されアルギスをまたも逃がしてしまった…って、どうしてここで変身を解いている?』

 

「アルルにやられてしもうてのう。後の処理はどうにかする」

 

『了解した』

 

兵藤と共に現れたドレイク。ポラリスさんとのやり取りは俺達とは対照的に淡白だ。NOAHに顔を出すとたまに二人がやり取りしている所を見かけるんだが、どうにもお互いの対応が塩なんだよな。

 

「…深海、その隣にいる女の子は?」

 

…あー、そういえばあとから来たからこの中でまだポラリスさんの素顔知らないんだったな。

 

「この人がポラリスさんだ」

 

「…ポラリスさん?」

 

一、二、三。数えること三秒フリーズして。

 

「ええええええええええええっ!!!お、女の子だったの!?ロスヴァイセ先生と同じ、銀髪の美少女!!」

 

身振りも大げさにすごい驚愕のリアクションだ。今までのヘルブロスとしての言動からは女性とはこいつはいよいよ創造なんてしなかっただろうしな。しかもこいつ、美少女だからって喜んでない?

 

「何?貴様がポラリスか?仮面の下は女だったとはな」

 

てかヴァーリも今になって気づいたんかい!!今までここにいるポラリスさんのことを何だと認識してたんだよ!!たまたま居合わせた一般人とか、俺らの新しい仲間Aとでも思ってたのか!?

 

「よろしゅう」

 

「よ、よろしゅう…えええ…びっくりした…ん、あれっ、おっぱいがちらり…」

 

「ん?」

 

皆、兵藤の指摘で気づいた。ポラリスさんの肩から腹にかけて袈裟切りの跡が服に残っている。そう、彼女の白肌も、それなりの乳もその隙間から覗いているのだ。

 

うおう、これはラッキースケベというやつだ。しかもポラリスさんのなんて初めてだしレアなのでは。ポラリスさんは綺麗ではあるが、口調も相まってそういう色っぽさ、女の子っぽさは全くないからなんか…興奮しない。

 

「アルルに斬られた時にブラジャーの紐も斬られたのか。反転では服まで治せんからのう。まあこの程度気にすることではない」

 

「お、俺にはめっちゃ気になることです!!」

 

しかしこいつはおっぱいならあまり気にしないらしい。がんがん食いつくじゃん。女性陣がやれやれ言ってるし、特に塔城さんが拳を振り上げようとしているのに気づけ。

 

「ほれ、妾の胸を気にするより敵の動向に目を向けんか」

 

兵藤がポラリスさんの胸に夢中になっているのを他所に奴らは撤退の準備を進めていた。その足元に大きな魔法陣が浮かび上がる。恐らく転移の魔法だろう。

 

「逃がさないわ!」

 

部長さんと朱乃さん、ヴァーリの三人が強烈なオーラ攻撃を繰り出す。だがそれをラディウスが前に立っていともたやすく攻撃を弾き飛ばしてしまった。

 

「またか…!!」

 

「やはり効かないのね…」

 

その現象にヴァーリと部長さんたちはやはりと歯噛みするようだった。あれがラディウスの能力なのか?

 

ラディウスが攻撃を弾く間にアルルがメガウルオウダーを操作する。動きを見るにまたも外部との連絡のようだ。

 

「例の仕込みを起動させろ」

 

その一言だけで通信を終えると、俺達に衝撃の宣言を放った。

 

「たった今、冥界、天界、須弥山、北欧、オリュンポスに計5体の豪獣鬼を放った」

 

「はぁ!?」

 

「なんだと!?」

 

「豪獣鬼ですって…!?」

 

「倒したはずじゃ!?」

 

俺達に揃いも揃って戦慄の波が駆け巡る。

 

シャルバがレオナルドの『魔獣創造』を利用して冥界の都市に放った凶悪無比な巨大魔獣『豪獣鬼』。他神話や天界の助力と魔王の叡智を合わせてようやく駆逐できた怪物だ。

 

進行ルート上に甚大な物的、人的被害をもたらした悪夢が、今度は冥界だけでなく他神話の世界にも出現することになるとは。やっと被害地域の復興に動き出したところで、また魔獣騒動を引き起こそうって言うのか!!

 

「死体が数体残っていたのでな。ガイウスに秘密裏に回収させ、ユグドラシルの根を仕込ませてもらった。死体故、我の魔法によるプログラムとユグドラシルの生命力で動くただの人形だが…あれだけの図体とパワーなら十分脅威となろう」

 

「そんな…」

 

「なんてことを…!!」

 

「ロキが残したユグドラシルの力は有効活用させてもらっている。北欧の神々は苦い思いをするだろうな」

 

ロキ戦の後でアルルが持ち去ったユグドラシルの欠片か…まさかこんな利用方法を思いつくなんてな。とんでもない置き土産を残しやがったな、あの悪神は!

 

「我々のユグドラシルをこんな悪行に使うなんて…許せません」

 

ロスヴァイセ先生は拳を握りしめ、震える声を漏らした。北欧出身の先生からすれば畏敬の対象がこのような悪用をされる事態は非常に心痛いだろう。

 

「許せなければどうした。貴様ごときに何ができる。今夜にでも我々は二つの世界を繋ぐ儀式を始める。豪獣鬼と我ら、どちらを止めるか選ぶがいい。どちらを選ぼうとも、世界は滅ぶがな」

 

「今夜!?」

 

今夜にでも儀式を始めるだと!?もうそこまで奴らの準備は進んでいるのか!?まだこっちはアジトの特定が終わっていないのに…それに、今夜儀式を始めるとか、渡月橋での曹操みたいな宣戦布告をしやがって。

 

魔獣の復活に儀式のリミット、衝撃の情報とそれにより目まぐるしく変わった状況。その処理を強いられる間にも、奴らの転移魔法陣の輝きが一層強まる。

 

「…さて、そろそろ別れの刻が来るようだ」

 

「…アルル様、お言葉ですが…深海悠河の所持する眼魂が、まだ残っているのでは?」

 

転移を開始する直前、ラディウスに抱えられたままのアルギスが今にも消えそうな声でアルルに問うた。

 

確かに奴の言う通り俺はまだ全ての眼魂を奪われていない。もし奴らの目的に眼魂が必要ならまだ戦闘を続けるべきじゃないのか。

 

「眼魂は全て奪えなかったが、このプライムトリガーが良い代用品となろう。戻り次第、直ぐに準備に取り掛かるぞ」

 

プライムトリガーが代用品になる…?まさか、プライムスペクターの変身の根幹となる、複数の眼魂の力をシンクロさせて増幅、安定化する機能を利用する気か?

 

もしそうなら眼魂が多少足りなくてもその穴を埋めるだけの力を発揮するだろうな。メガウルオウダーの構造上、変身には使えないだろうが、あいつらなら変身なしでも機能を発動させる術を用意できるはずだ。

 

くそ、アレなしじゃアルルと戦えない上に目的のために利用されるなんて…なんという屈辱だ。俺の力が世界の滅亡の一助になってしまうことは何としてでも止めなければ。

 

「かしこまりました」

 

「御意」

 

「ここまでか、つまらん」

 

アルギスとラディウスが恭しく首を垂れる一方で未だ不服そうにふんと鼻を鳴らすコカビエル。それでも怒りを発散し足りぬと、アザゼル先生にびしと指をさして言い放つ。

 

「アザゼル、努々忘れるな。俺は必ず貴様を殺し、腐った堕天使諸共世界を潰す!!」

 

「コカビエル…」

 

怒りと殺意に満ちた敵対宣言に先生は難とも言い難い複雑な表情と声色だった。かつての仲間に対し、何を思うのだろう。

 

「神域と竜域の接続の刻は近い。貴様らは己の無力を噛み締め、絶対なるお方が降臨なされるのを指をくわえて眺めているがいい」

 

「待て!!」

 

痛みに構わず、俺は駆けだす。このままじゃ逃げられる。何としてでも止めなければ。ただ考えもなく、勢いと感情だけが俺の体を動かした。

 

手を伸ばす。しかし届かない。そのまま光が弾け、求めていた彼女の姿を搔き消した。

 

その後には何もない。取り戻すべきものも、何も。

 

「くそぉぉぉぉぉ!!!」

 




第一ラウンド、終了です。じみーにポラリスが巡った世界が一つ明かされました。ポラリスの疲労は戦闘で反転を連発したのは勿論、ブリザードナックルで特殊なボトルを使った攻撃の反動もあります。

ラディウスどうやって倒すの?→立ち回り方は色々ありますが真正面からでは突破不可能です。一応、誰がどうやって倒すのかはもう決めています。

次回、「疑念の答え合わせ」


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第180話「疑念の答え合わせ」

D×Dとコラボしたソシャゲのイラストを見ました。曹操やジャンヌってこんなデザインだったんだな。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
2.エジソン
3.ロビンフッド
5.ビリー・ザ・キッド
6.ベートーベン
7.ベンケイ
9.リョウマ
10.ヒミコ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
13.フーディーニ
40.ジャンヌ
46.ノーベル
50.呂布


アルル達の襲撃を受け、伊豆への慰安旅行は当然中止。一分一秒も勿体ないということでこれまでの旅行気分は吹き飛び、大急ぎで魔法陣で兵藤邸へ帰宅することになる。激変する事態の中、関係者は集まった。

 

「状況は最悪、と言っていいだろうな」

 

いつものオカ研メンバーにシトリー眷属、ヴァーリチームの面々に加え、レジスタンスの三人に戦闘終了後に到着した六華閃の三人も揃い踏みだ。揃いも揃って神妙な表情を浮かべてモニターの映像を睨むように観る。雰囲気はまさに深刻そのもの。VIPルームのキャパシティ的にも結構きつい。

 

「奴ら、豪獣鬼を市街地のど真ん中に召喚しやがった。どこもすぐに迎撃部隊を編成して向かわせているが、民間人と戦闘員の被害は甚大だ」

 

映像には冥界のニュースが流れており、遠方からカメラが歪な姿に変貌した豪獣鬼を捉えている。欠損部を歪に大樹の根で修復、あるいは縫合された異形の怪獣がビルをなぎ倒し、火炎を吐いて街を地獄の様相に塗り替えていく。

 

『攻撃を止めるな!!魔王ベルゼブブ様の術式はまだか!!』

 

『後衛部隊の準備がまだです!!』

 

暴虐の限りを尽くす怪獣へ、空から容赦なく魔法やオーラが降り注ぎダメージを与えていく。しかし怪獣は痛みを知らないのか、進撃を止めない。

 

「せっかく状況が落ち着いてきたって時に…」

 

「何のためにこんな…」

 

「第二の魔獣騒動、と言ったところかしら」

 

豪獣鬼の復活し大暴れをしている場面を見れば誰もが部長さんと同じワードを連想するだろう。しかし今回は完全な不意打ちとはいえ市街地への攻撃を許してしまっている。おかげで一般人が前回の倍以上は出てしまった。アルルの動向も気になるが、こちらも何とも看過しがたい事態だ。

 

「ただ、前回と違って神滅具を警戒する必要がない。おかげで神クラスや魔王クラスも鎮圧に出られるってのは不幸中の幸いだろうな。以前の戦いで考案された対抗術式もあるし見立て通りなら、今夜中には全ての豪獣鬼を討伐できるはずだ」

 

顎鬚をいじりながらアザゼル先生は推測を立てる。前回の戦いは曹操の聖槍を始めとする神滅具持ちが複数人いたため、不意打ちを警戒して神仏も参戦できなかった。神仏が倒されるようなことがあっては政治的な話は勿論、彼らの影響力が欠けた世界に何が起こるかわからない。パワーバランスが揺らぐ一大事だったからだ。

 

しかし俺たちの手で英雄派が打倒された今、警戒する要素はなく存分に神仏も介入できる。これ以上に頼もしいことはない。

 

「奴は豪獣鬼の死体を再利用したと言っていたぞ。死体は処分しなかったのか?」

 

「確認したところ、まだ戦場跡地に安置されていたそうだ。あれだけの巨体だから完全な焼却処分には時間もかかるってことで一応の防腐処理はされていたんだが…」

 

咎めるようなヴァーリの指摘。確かにしっかり、迅速に死体を処分していればこんな事態は起きなかっただろう。死体の処分に手間がかかることも見越しての今回の行動だろうか。

 

映像が切り替わり、今度は北欧の戦いの様子が映される。ヴァルキリーやエインヘリヤルの軍勢が魔法攻撃を仕掛けるが、豪獣鬼はその剛腕を振り抜き、何百という兵士をまとめてぶっ飛ばしてしまう。

 

「観ろ、お前が真っ二つにした豪獣鬼も綺麗にユグドラシルで縫合されて復活しているぞ」

 

「げ、粉微塵に切り刻んどきゃよかった」

 

と、やり取りするのはニュース映像を指さすガルドラボークさんとレーヴァテインさん。彼女もシトリー領での戦いに参加し、獅子奮迅の活躍を見せたと聞く。俺やゼノヴィアが手合わせした時には抜かなかった一族に伝わる宝剣を抜いたとか。

 

「妾が首を消し飛ばした個体は復活しておらんようじゃな」

 

「え?」

 

そんな何気ないポラリスさんの呟きに全員の視線が集中した。

 

「ん、まだ話してなかったか。グレモリー領で青いロボットに搭乗して戦ったのは妾じゃよ」

 

「え!?あのロボットの!?」

 

「うそん!?」

 

「あなただったの!?」

 

突拍子もなく、唐突過ぎるカミングアウトで特にグレモリー組は声を上げて驚いた。俺たちが英雄派と戦っている裏で、グレモリー領を守ってくれたわけだからな。本当は豪獣鬼討伐の前線に加わりたかったメンバーも多いはずだ。

 

「ダンガムのパイロットじゃん…」

 

「そうだったのね…私たちの代わりにグレモリー領を守るために戦ってくれて感謝するわ。あなたのおかげで戦線を維持できたとライザーから聞いたわ」

 

「気にするな。お主らに協力すると言っておきながら、冥界の危機に動かないわけがなかろう」

 

お礼を言う部長さんにポラリスさんは謙遜して微笑んだ。

 

現在冥界のメディアを賑わせているのは魔獣騒動、ガイウスのスキャンダル、そしてグレモリー領に現れた謎のロボットの三巨頭だ。なんでもおっぱいドラゴンに並んで子どもたちの食いつきがよく、ニュースで映像が流れるたびに子どもたちが喜ぶらしい。

 

「お前があのロボットを持ってんのか!うちの技術者が戦闘の映像を見て大歓喜してたぜ、ロボットがアニメさながらに活躍してるってな」

 

「ほう。機会があれば間近で見せようか」

 

そういえば何気にポラリスさんとアザゼル先生って立場が似てるな。同じ組織の指導者、技術開発を兼ねる立場として。どっちも結構年いってるっぽいし、切っ掛けがあればかなり気が合うのでは?

 

「…その代わり、厄介なオタクに目を付けられることになったがのう」

 

「彼女のことね…」

 

厄介なオタク?彼女?何のことだろう。その彼女に部長さんが思い当たる節があるっぽいが…いずれにせよポラリスさんが疲れた目をしている時点でろくでもない相手なのは想像がつく。

 

ごほんとヴァーリの咳払いが脱線しかけた話題を引き戻し、アザゼル先生に問いかける。

 

「…それで、死体を持ち出したガイウスとやらはどうしている?」

 

「ついさっき、首と体がぱっくり別れた遺体で見つかった。口封じってところだろうよ。それか、アジトが割れても構わんような言い方をしていたアルルのことだ、単に用済みだから消したって理由も考えられる」

 

「そんな…」

 

それはまさしく今後の望みを絶つ悲報だった。奴こそがアルル達の潜伏先を知る唯一の最重要人物としてサーゼクスさんたちが追及していたのに、今の混乱に紛れて消されてしまった。

 

「それじゃ、奴らのアジトへの手がかりは…」

 

「失われた、ということですね」

 

アーサーの言で部屋の雰囲気が沈むように感じた。凜を取り戻す大きな足掛かりを外され、まさしく痛恨の極みと言えよう。もうポラリスさんが提示した救出の猶予、アルルが示した儀式のリミットまで時間がない。

 

このまま神域と接続してディンギルが降臨し、凜をガルドラボークさん達の手で消されてしまうのか。最悪のヴィジョンが否応なく浮かび上がってくる。

 

「ハァ…何から何までしてやられたってところだ。幸い、超獣鬼の死体はイッセーがロンギヌス・スマッシャーで消し飛ばしてくれたから利用されずに済んだ」

 

「超獣鬼まで復活させられていたらどうなっていたか…考えるのも恐ろしいわ」

 

魔獣騒動で豪獣鬼以上の脅威とされ、ルシファー眷属が対応に当たっていた魔獣『超獣鬼』。グレイフィアさん達をもってしても対応に困難を極めた怪物は次元の狭間から帰還し、ウルトラマンみたいに巨大化した兵藤によって打倒された。あいつがグレートレッドと合体したことは一般には秘密にされている。

 

「だが、消えた死体は全部で6体だ。あいつらが送り込んだ豪獣鬼は5体」

 

「つまり、どこかで1体追加で送り込んでくる可能性があるということですか」

 

「そういうことになる」

 

アルルが手元に残している最後の一体。追い込まれた豪獣鬼のサポートとして投入するのか、アジトの守備に回しているのか、はたまたもっと先のタイミングで投入するのか、どう使われるかはわからないし、図体もだが不安要素としてもでかい。

 

だが、俺達にはもっとやらなければならないことがある。それを確信して、俺は発言する。

 

「豪獣鬼もそうだけど、俺たちが叩くべきはアルル本体だ。今夜、連中が儀式を始めるなら何としても止めなければならない。そうしないと、ディンギル共が降りてきて豪獣鬼以上の被害が出ることになる」

 

「その通りだ。…お前の気持ちはよくわかってる。サーゼクスにもその旨は伝えてるが、あいつは豪獣鬼の対応にかかりっきりだ。戦力を裂く余裕はない。それに、肝心のアジトの位置が割れてねえ。今からリミットまでに特定は…」

 

「できておる」

 

「は?」

 

行き詰った現状を告げる先生の言葉を遮ったのはポラリスさんだった。

 

「奴らのアジトなら今しがた特定した」

 

「な…は、どうやって?」

 

俺も含め、誰もが喜ぶよりも呆気にとられた。ついさっき唯一の手掛かりが無くなったって話をしたばかりだ。一体どうやって…?前々からポラリスさんサイドで調査を進めているとは聞いていたけど、それが実を結んだのか?

 

「先の戦いで銃撃に紛れて発信機をネクロムに撃ち込んでおいた。これまでの交戦で何度か試しはしたが全て看過されてのう。じゃが今回、うまく乱戦状態になり混乱したことで成功したのじゃろうな」

 

「!!」

 

それが俺たちにとって…いや、特に俺にとってどれだけありがたいことか。長らく待ち望んだ念願の情報がようやく明かされた。芳しくない状況で唯一指した希望の光と言えよう。

 

「場所はベトレアル領の山林地帯。後で詳しい位置情報は共有しよう。天はまだ我らを見放してはおらんぞ」

 

「よし、準備をしてすぐに…」

 

「待て、これまで失敗したやり方が今回は成功した点が引っかかる。罠じゃないのか?」

 

儀式まで時間は残されていない。一刻も早くとはやる俺を制止するように先生は言葉を遮った。

 

「私も同感です。そもそも今夜、本当に儀式を行うのでしょうか?それもまた我々を罠にかけるブラフの可能性もあります」

 

会長さんも同意見だったようで、より慎重な行動を求めるその姿に俺は不意に苛立ちを覚えてしまう。

 

(ここまで来て躊躇するのかよ…!もう時間がないことは先生だってわかってるだろうに!!)

 

流れがいい方向に進みだした矢先にこれだ。凜のこと、儀式のこと、どうにかしないことが制限時間付きで迫ってくる中で何を言い出すのか。懸念はわかる、でもそんなことを言って行動をやめる場合じゃない。

 

「どちらも可能性としては十分にある。…が、この戦力なら強行突破できると踏んでおるがのう。二天龍に六華閃、今ほど強者ぞろいのタイミングはあるまい」

 

慎重なポラリスさんも同様の意見かと思いきや、真反対に攻め込むべきだと主張する。強行突破、策を弄さずパワーで突破する俺ららしいやり方と言えばそうだが。

 

正直、ポラリスさんから提示されたリミット的に本当の本当にラストチャンスだ。時間はもう残されていない。だがここで苛立ちを露にすれば話がこじれて時間がもっと無くなるだけだ。ここは突入を確実にするためにも、冷静に意見するんだ。

 

「…俺はあいつの言ってることは本当だと思う。儀式は今夜、絶対に行うはず」

 

「理由は?」

 

「プライムトリガーには複数の眼魂の力を共鳴、増幅させる機能がある。15の眼魂で強化されたロキを倒せるとんでもパワーを発揮できたんだ。アルル自身の神の力と英雄派からかき集めた大量の眼魂があれば儀式に十分なエネルギーは集まるはず」

 

あいつらがどれだけの数の眼魂を集めたかは知らんが、これまで確認した眼魂の数だけでも倍以上はあるはずだ。15個でロキを倒せるパワーなら、世界を繋げるなんてとんでもない芸当を実現するに足るだけのエネルギーを生み出せるだろう。

 

個人的には儀式関係抜きにしてもパワーアップアイテムのプライムトリガーを奪われたのはかなり痛い。あれがないと強敵相手にしんどいし、早く取り戻したいところだ。

 

「豪獣鬼の復活も、魔王達に儀式に介入させないための陽動なんじゃないか?あれだけ派手な破壊なら、魔王はそっちの対応を優先せざるをえないだろう」

 

「でないと、魔王様達は民衆を後回しにしたと後ろ指を刺されることになる」

 

「…なら、敵の言うことは確かになりますね」

 

ゼノヴィアの援護射撃もあり、会長さんも唸りつつも納得の意を見せた。ナイスゼノヴィア。

 

しかし、理屈立てて話を勧めようとする一方で、俺たちの理屈に関係なく動こうとする者もいた。

 

「ふっ、君たちがどう動こうと俺たちは行くぞ。身内を奪われたまま見逃すなどもってのほかでね。だろう、アーサー?」

 

議論を静かに眺めていたヴァーリが不敵な笑みを浮かべ拳を握る。そう、彼らは仲間であるルフェイを拉致されている。こいつらには儀式を止める以上に仲間の奪還という優先事項があるのだ。

 

「ええ。妹を奪還し、敵に一矢報いなければ聖王剣の使い手の名折れです」

 

「あたしらだって、舐められっぱなしはごめんだからねー」

 

「強敵に挑むのが、俺達ヴァーリチームってもんだい」

 

アーサーを始めとした面々も次々に同意を示す。今にもカチコミをかける気満々のようだ。

 

「聞いての通り、どの道こやつらは敵陣に突っ込んでいくぞ。なら、敵のブラフに躊躇するよりも同時に仕掛けた方が得策だと思うが」

 

「…ハァ、育ての親だってのにこいつらはそういう連中だってこと忘れてたぜ」

 

話し合いの結果がどうであれ止まる気はないヴァーリ達にいよいよ先生は頭を抱えてため息をついた。そもそもはみ出し者のこいつらが俺らの言うことを聞く道理はない。

 

「なら、リアス、ソーナ、ガルドラボーク。改めて訊く。お前らの意向はどうだ?」

 

アザゼル先生が質問の矛先に定めたのはこの場に集まった各チームのリーダー格三人だ。

 

「懸念点はあるわ。…でも、それら全てを潰して乗り越えてこそ私たちというものよ。因縁だってある、今日こそ決着をつけましょう」

 

「部長さん…」

 

部長さんの一瞥に俺は言葉の意図を読み取った。状況だけではなく、俺のためにも動こうとしてくれているんだ。リーダーとして慮ってくれる彼女に言葉にせずとも内心で感謝の意を送った。

 

「ここで止めても無駄骨なのでしょう。ならば私達シトリーも戦います」

 

先生と同調して慎重派の会長さんも折れたようだ。

 

「私も賛成だ。ディンギル討伐を悲願とする一族の使命を果たす千載一遇の機会。乗らない手はない」

 

ガルドラボークさんも眼鏡をくいっと上げて参戦を表明する。ヴァーリ並みに気に食わない相手だが、共闘してくるなら非常に心強いし歓迎だ。

 

「…ったく、てめえらが行くつって俺一人だけビビってたらみっともねえじゃねえか」

 

めんどくさそうに頭をかく先生。頭に浮かんでいるだろう幾つもの懸念を振り払うように頭を振って、意を決する。

 

「いずれにせよ、この状況で俺達だけ動かねえなんてことはありえねえ。俺たち全員で連中のアジトに突撃だ。奴らを壊滅させるまたとないチャンス、必ずアルルや叶えし者をぶっ倒し、儀式とやらを止めるぞ!」

 

「よっしゃ!」

 

「やったな、悠」

 

「ふっ、神殺しか。滾るな」

 

「そうときたら、敵は全員三枚おろしだ!」

 

「レーヴァテインさん、あまり興奮してはだめですよ」

 

最後の一人になった先生が声を張り上げ士気を上げる。先生は議論の末に方針が固まり、緊密な雰囲気が戦いに向けた熱気で吹き飛んだ。

 

「決まりだ。傷が癒え次第、準備を整えてすぐにでも出るぞ」

 

「ああ…と言いたいところだがその前にだ。ポラリス、はっきりしておきたいことが幾つかある」

 

先生の目が鋭くなる。

 

「お前がオーフィスの蛇を持っていると、そこにいるオーフィス本人から聞いた。お前は禍の団と繋がっているのか?」

 

前にゲオルクの結界に閉じ込められたときにオーフィス本人が言ってた話だな。接触して蛇を貰ったのが10年前、組織の設立が4年前と時系列から可能性は低いが、その間通じていた可能性は否定できないと先生は考えているらしい。

 

俺からもポラリスさんに問い詰めたかったが、兵藤が死んだり魔獣騒動のごたごたですっかり頭から抜け落ちていた。

 

「…妾がオーフィスから蛇を貰ったこと。それは事実じゃ。だが、禍の団及び組織に在籍中の彼女との繋がりや接触は全くない。貰ったのは10年前、例の組織の設立はお主のところのサタナエルが抜けた4年前の話じゃろう?」

 

「接触がないことを証明する方法はあるのか?」

 

「本人に直接聞けばよかろう」

 

涼しい顔で答えるポラリスさん。確かに、それを証明するのにこれ以上ないオーフィス本人がいるわけだが。

 

「…オーフィス、お前がポラリスさんと最後に連絡を取ったり会ったりしたのっていつだ?」

 

恐る恐る兵藤が尋ねると、やはり周囲の視線を介さず常日頃と変わらぬ調子で。

 

「10年前。蛇を渡してそれっきり」

 

「…まあ、オーフィスが言うならそうなんだろうな」

 

「嘘はつかないものね」

 

オーフィスはこの場にいる誰よりも長生きなのにまるで子供、純粋そのもの。先日の事件以来、この兵藤邸に居つくようになってからも日常生活でその性質が伺える場面は多々あった。

 

「何のために蛇を手に入れた?前にオーフィスはディンギルと戦うために与えたと言っていたが、それは本当なのか?」

 

「本当じゃよ。無限と称されるドラゴンの力を研究する為じゃ。英雄派やシャルバたちの研究とは違うアプローチ…単なる強化のみならず、オーフィス本人と近しい、同質の力を得るためのな」

 

「オーフィスと同質?」

 

全員が一様に頭上に疑問符を浮かべた。どういうこと?俺らがオーフィスになるってことか?

 

「お主らも知っておる通り、ディンギルは不死の存在。討伐には不死の攻略は必須じゃ。そして奴らは竜域の生物の中でドラゴンという種族そのものを最も憎んでおる。その最強たるグレートレッドとオーフィスは特にのう。同じく強大な力を持つ神仏にはあまり目をくれて無いようじゃ。それは神竜戦争で五竜に辛酸を舐めさせられた以外にも理由がある」

 

ポラリスさんは人差し指を上げると、それを兵藤やヴァーリに指し示す。

 

「ドラゴンの力は、奴らの不死を突破できる。故にディンギルはドラゴンを憎む。恐れという感情はプライドの塊である奴らにとって認めがたい故、憎しみで押し隠してな」

 

「ドラゴンの力が…?」

 

ドラゴンがディンギルを殺せる?つまり、ドラゴンに龍殺しがあるように、ディンギルにはドラゴンが神殺しの力を発揮するということか?

 

「ドラゴンが奴らの不死を攻略できる?どういうカラクリだ?」

 

「でも、前に俺と深海が戦った時はそんなに効いてなかったぞ!」

 

先生と兵藤に質問攻めされてポラリスさんはやれやれと手を振る。

 

「質問が多いのう。お主の場合は液状化で攻撃を躱しておったし、恐らく今の奴は人間の体に憑依しているため効きが悪いのじゃろう。なぜドラゴンの力に弱い体質なのか、理由はまだわからぬ。しかしそれは先ほど実証された」

 

「…ブリザードナックルか」

 

ポラリスさんがネクロムに決めたブリザードナックルの一撃。あれに使ったボトルの柄は黒い龍だった。あれがオーフィスを表すものなんだ。

 

「そう、先の戦いで妾は蛇から抽出したオーフィスの力をアルルへの攻撃に使った。戦闘データを解析したが攻撃の出力とネクロムの性能を考慮して予測できるダメージの倍は効いていたようじゃ」

 

「それに、オーフィスの蛇が持つ力の増幅作用は魅力的じゃ。深く突き詰めれば、力の増幅にとどまらずオーフィスと同等の『無限』の力も得られる可能性もある。行く行くはこの場にいる全員がディンギル特攻の力を手にできるようにしたいのでな」

 

「私たちがオーフィスと同じ力を…」

 

「そうでなければ、これから先に起こる災厄を乗り切ることなどできまい」

 

災厄、ウリエルさんが予知夢で見たディンギル侵攻の未来。そこであのロキ以上の神々と俺たちは戦うんだろう。相手は一度は世界を滅ぼしたこともあるんだ、今の力量では到底敵わないだろう。そしてだれ一人欠けることなく乗り越えることもできない。

 

だが俺たち全員がオーフィスの力を手にすれば話は違う。争いの未来を皆で戦い抜くことができる。それは俺が一番願うところだ。ゼノヴィア(ウリエルさんの時間操作で免れたが)と兵藤の死で痛感した。もう二度と仲間に死んでほしくない。その為にもポラリスさんの研究は必要だ。

 

「なるほどな。その口ぶりから研究が完成すればこちらに提供する、という認識でいいんだな?」

 

「当然。安全に運用できるようにも仕上げる所存よ」

 

「…まだ聞きたいことはある。あいつはなにもんだ。どうやってもう一人の赤龍帝を作り出した?」

 

先生が指さす先はドレイク。この部屋でただ一人、仮面をかぶって未だその素性が知れない男だ。ミステリアスな点もだが、この世に二つとないはずの赤龍帝の力を使うことから注目度は高い。

 

ちなみにイレブンさんはポラリスさんの指示があってか素面で参加している。こっちも女かとポラリスさん程ではなかったが驚かれていた。

 

「彼もまた、妾が先ほど述べたドラゴンの研究成果の一つじゃ。名をドレイク。生来ドラゴンの力を持たぬ者が、オーフィスに限らず強力無比なドラゴンの力を行使できるようにするドライバーのテスターじゃ」

 

ドレイクがゼクスドライバーオリジンを取り出し、皆に見せる。両端にそれぞれスロットがついた白い外装の中央に青いコアが埋め込まれたベルトだ。技術者である先生や、赤龍帝のライバルであるヴァーリはそれを興味深そうに見ている。

 

「オーフィスの力は現状強大過ぎる故に、手を尽くしているが制御が難しい。そんな折手に入ったのがロキとの戦いで回収した赤龍帝の鎧の一部。そこから赤龍帝の力を解析し、数多の異界の技術を組み合わせることで実戦運用可能な兵器として仕上げた」

 

「ロキ戦で…?」

 

「破損した赤龍帝の鎧の一部…埋まっている緑色の宝玉じゃよ」

 

「あ!あれか!!」

 

本人も声を上げて思い出したようだ。こいつがヴァーリと戦ったときも白龍皇の鎧に埋まっていた宝玉を籠手に突っ込んだもんな。ドラゴンの鎧にある宝玉は単なる飾りではなく、どの部位よりも力が濃縮している部位なんだろう。

 

「うーん、赤龍帝の力を解析…イッセーの話を聞くに神滅具の力も使えるらしいが、俺らでもまだ実現できてない人工神滅具って言えばいいのか?だがそれにしちゃ技術のアプローチが違い過ぎる…そうでもしなけば、完成は無理か?」

 

先生はなんか独り言をぶつぶつと言い出して一人の世界に入りかけてる。いつもの癖だな。

 

俺も詳細は聞かされてないから単なる予想だけど、神器関係の技術は多分全く絡んでないだろうな。レジスタンスにグリゴリの協力者はいないって話だし。あくまで神器の能力ではなく、封印されているドライグ自身の力を再現しているのではなかろうか。

 

そんな先生を他所に、会長さんが質問を投げる。

 

「テスターということはまだ未完成品ですか?」

 

「うむ。まだまだ実戦運用のデータが足りなくてのう。おまけにあのドライバー…ゼクスドライバーオリジンは強力無比ではあるが量産には全く向かん。よってお主らに提供するオーフィス研究の一品は別の形になる。それでも量産は難航するじゃろうが」

 

「ドライバーねー、なんかスペクターちんの神器みたい」

 

この面子で言えば大体黒歌と同じ感想に行きつくんだろうな。この世界にはベルトが象徴になっている平成も、令和ライダーもないのだから。

 

「ところで、何で顔を隠したままなの?ポラリスさんは顔出ししてるのに」

 

と、率直に聞いてくるのは紫藤さん。ポラリスさんやイレブンさんが顔を隠すのをやめた今、ドレイクだけが龍の仮面で顔を隠している。そのせいでこの場で一番浮いているメンバーになってしまった。

 

「妾とは違う理由での。彼は過去の戦いで顔に酷い傷を負っている。人前に出せるものではない故、こうしてマスクで覆っておるのじゃ」

 

『そういうことだ。済まないね』

 

紫藤さんの率直な質問が俺も知らない彼の背景を暴いた。そんな理由で仮面をかぶっていたのか。余程酷い怪我なんだろうな。それでもいつか見てみたくはあるが。

 

「三つ目の質問だ。お前は何のためにディンギルと戦っている?ディンギルを倒した先にお前は何を得る?」

 

最後に先生が問うたのはこれまでの質問で一番彼女の核心をつく質問だ。それは彼女の背景、人となりを覗くもの。回答次第で先生の彼女に対する今後の対応が大きく変わっていくだろう。

 

「…動機か。強いて言うなら、死んでいった仲間の、滅んだ故郷の弔い合戦じゃろうな」

 

そこからポラリスさんは自分の過去について話を広げていく。

 

生まれ育った世界のこと、それがディンギルに滅ぼされたこと、幾つもの世界を巡りようやくこの世界に辿り着いたこと。この世界もかつてディンギルの侵攻を受けたことを知り、六華閃の協力を仰ぎながら今日にいたるまでの準備を進めてきたことも。

 

話の途中、皆の反応は様々だった。衝撃や驚き、怪訝な反応。それら全てを話し終えたとき、一様に沈黙が降りた。それは膨大な情報を咀嚼する為か、真偽を疑う為か。

 

「…そうか、異界の人間だったのか」

 

「驚かないのか」

 

ヴァーリが先生に訊く。この場にいる中でこいつらだけまだ俺が異界人であることは知らない。

 

「最近それ絡みのケースが多くてな、こいつが使う魔法も、根本からどの魔法体系にも当てはまらない。想像に難くないと思っただけだ」

 

俺のことや兵藤が繋がった乳神のことを指しているのだろう。一応外部に漏らしてはならない機密事項ではあるからな。

 

「人間の科学技術が発展し、異形のいない世界…私たち悪魔からすれば想像もつかないわ」

 

部長さんはそう言うが、俺だってこの世界に来るまでは想像してなかった。別の世界が本当に存在すること、ましてやその世界では神話や伝承に語られる神や天使、悪魔が実在するなんて。

 

「それにしても、六華閃はディンギルと戦うための組織だったんですね。驚きました」

 

と、ロスヴァイセ先生が漏らす。先生は魔道に精通している者としてガルドラボークさんを尊敬しているらしい。本人の性格を知っている俺からすれば理解できんが。

 

「我々は神竜戦争時代に先祖たちが発足した武器職人たちを守り導く集団であると同時に、ディンギルに対抗する使命を帯びている。初代当主の志と武具を受け継いできたはず…だったが、時の流れが初代の意志を忘れさせてしまったようだ」

 

「この場にいない残りの三家はどうしている?」

 

「サイン家は知っての通り、英雄派のテロで当主が死亡。ジヴァン家は乗ってくれるようだが、どうにも最近連絡が取れなくてな。スカラー家はそんな使命などどうでもいいと取り付く島もない」

 

「そんな使命って…世界の危機なのに」

 

「現当主はそういう男だ。昔から己の研鑽以外に興味がないのさ。その甲斐あって、先代サイン家当主の死後、繰り上がりで六華閃最強の座を得た。単純な槍術なら曹操を上回るだろうな」

 

呆れる兵藤にガルドラボークさんは返す。曹操を上回る槍術の達人…強者ってのはどうして変人だらけなんだろう。逆にまともだと突出した強者になれないのだろうか。

 

そんなガルドラボークさんの話を先生はふむふむと注意深く耳を傾けていたようだった。

 

「…興味深いな。六華閃の事情なんてそう耳に届くもんじゃねえ」

 

「秘密主義なんですか?」

 

「基本どこの勢力にも加担しないスタンスを取っているからな。だが武器職人のことになれば勢力の垣根を無視して行動できる力も持っている。認めた強者には優れた武具を提供するから、組織的でなくても個人を通して間接的に恩恵を得られるから文句もつけにくい、絶妙な立場を得てる」

 

「実際、ウリエルの剣を仕立てたのはあたしだ。あいつのとんでもねえ力を受け止められるだけの剣なんて難しいオーダーだったぜ。あたしに剣を作ってもらいたい奴がいたらテストしてやるよ」

 

「今度相談してみようかしら」

 

と、カミングアウトするレーヴァテインさん。時空間を歪めることもできるらしいウリエルさんの剣を作れるのは彼女しかいないだろう。

 

紫藤さんのエクスカリバーは普段ゼノヴィアのエクスデュランダルに収納されてから、彼女が不在のタイミングだと戦闘面で少し不安かもな。ミカエル様のAと言っても聖剣のあるなしで戦闘力はかなり変わってくる。そうならないよう、個人で剣を用意するのは良いかもしれない。

 

「私としてはあなたの剣の腕を試したいところですが」

 

「いいぜ、コールブランドを見せてくれるんならな!」

 

おい、この非常事態にナチュラルに勝負の約束すんのやめろ。コールブランドはまだ俺が持ってるんだからな!

 

「組織の繋がりで言うなら最近はそうでもありませんよ。私の天峰家は五大宗家や日本政府の異能に関わる機関と密接なつながりがありますから。その代わり、それ以外の繋がりの一切を捨てた排他的なお家になってしまいました」

 

と、補足するのは叢雲さん。レーヴァテインさん共々この場にいるほぼ全員とは初めましての人だ。

 

「でも、あなたがここにいるということは今は違うのでしょう?」

 

「はい、私が当主になってからはより広く対外的な関係構築に努めています。彼女への協力を決めたのもそれが理由の一つです」

 

「基本は他勢力に与しないあなた方が、異世界から来た彼女と組織として手を組んだ。彼女を信用するに値すると判断したのね」

 

「そういうことだ。彼女の情報と技術は非常に有益なのでね」

 

こくりと頷くガルドラボークさん。裏では俺以上に情報、資金を通じた強い関係を構築しているんだろうな。レーヴァテインさんはそこまでしっかりしたイメージないし。

 

「…さて、ここまで話せばわかるじゃろう?妾が戦いの果てに何を得るのかが」

 

「…復讐、得られるものはない」

 

「経験者はわかっておるのう」

 

木場の呟きに話が早いと手を叩く。

 

「そう、一時の空しい充足感だけ。敵討ちをしたところで死んだ仲間も帰ってこないしのう。かといって奴らを放置すること、存在し続けることを容認できぬ。故に妾は戦う。何千何百という同胞の思いを果たせず、ただ負け犬として朽ちることなど断じてありえぬのでな」

 

「…いい気迫だ、平和希求でなく戦うことを選んだ君を好ましく思うよ」

 

静かながらも内に秘める感情を語気に滲ませるポラリスさんにヴァーリはふと微笑んだ。

 

戦いを求めるヴァーリは平和が嫌なんだっけか。それで禍の団に入ったぐらいだし。でもポラリスさんは徒に戦いを求めているわけではない。こいつとは違う人種だ。

 

「…なるほど、話はわかった。腑に落ちん気持ちはあるが、あんたはディンギルのことを良く知る貴重な人物だ。他から戦力を募れない以上は一人でも強者が欲しい。あんたを頼りにさせてもらう」

 

「今はそれで構わんよ。最初から100信用しろとは言わん」

 

こうして再び、共闘関係が結ばれることとなった。グレモリー、シトリー、白龍皇チーム、六華閃、そしてレジスタンス。絆の元、そして打倒ディンギルという志の下に勇者が集う。

 

 

 

 

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

 

 

 

そこはべトレアル領に広がる広大な山林地帯。一見は何ら変哲もない大自然が広がっているが、アルルのアジト…石造りの城が結界と蜃気楼で隠されている。

 

その城内で冷たく乾いた足音を響かせて、石畳の通路を歩く男女はラディウスとアルル。竜域に残存する真なる神の眷属をまとめ上げる一人と一柱である。転移魔法でアジトに帰還するやいなや、次なる行動への準備に取り掛かっていた。

 

「あなた様の負傷はあれど、私がいれば十分制圧できたはずでは」

 

「いや、不安要素がある。ガルドラボークの魔導書の中に幾つかお前を封殺、あるいは対抗し得る魔法がある。実際、それがどこまで通用するかはわからんがな」

 

ガルドラボークの一族に伝わる『ソピア』は最高峰にして未完の魔導書。そのページ数に限りはなく、あらゆる魔法を保管するだけのキャパシティがある。一族の歴代当主が新たな魔法を生み出してはそれに記し、次の代へと繋げていくのがしきたりである。

 

初代当主が存命の神竜戦争時代から相当な数魔法も増えたが、とある筋から魔法の詳細についての情報は得ている。本来ならサイン家同様に英雄派をぶつけて現当主を消しておきたいところだったが、

 

「…お心遣い痛み入ります」

 

「お前は現状、我に次ぐ最高戦力であり、アヌ様がお気に召されている叶えし者だ。ぞんざいに扱うことはアヌ様をぞんざいに扱うと同義。あってはならぬ」

 

彼は残存する叶えし者の中で最も位の高い神と契約した、原初にして頂点の叶えし者。彼を知る真神の誰もが最高傑作と評する存在だ。そんな彼は対外的な活動を任せていたアルギスとは対照に、もう一人の叶えし者と共にこのアジトの建造と儀式用の大規模な魔法陣の構築を担ってきた。アルルが今日の日を迎えられたのは彼の存在あってこそだ。

 

「…戻ったのか」

 

ふと足を止め呼びかけると、通路の突き当りからすっと緑髪のヴァルキリー、ジークルーネが現れる。

 

「後始末は済ませてきたぞ」

 

「ご苦労」

 

淡白な報告に淡白な返答。二人の間に忠義はない。あくまで目的のために利用しあうだけの関係だ。

 

彼女にはガイウスのサポートと処分を任せていた。彼が根回ししてジークルーネを豪獣鬼の死体まで忍ばせてユグドラシルの欠片を仕込み、予め各勢力圏に潜む叶えし者がマーキングしていた場所に転移魔法陣で豪獣鬼を送り込む。目論見がすべてうまくいったのを確認すれば、後は用済みとなったガイウスを消すだけ。

 

「お前の指示でやったのではない、忌々しいオーディンに一泡吹かせるためだ」

 

「豪獣鬼でオーディンに一泡吹かせるには物足りないだろうな」

 

「…っ」

 

オーディンの名に彼女の眉がピクリと動く。忠誠を誓ったロキを討った兵藤一誠達は勿論のこと、現体制の頂点であるオーディンも憎悪の対象である。

 

「…くっ」

 

不意にアルルが腹に鋭い痛みを感じ、態勢を崩す。痛みを感じた個所を押さえた手はぬめりと鈍く光りを照り返す血に濡れていた。

 

「アルル様」

 

「奴から受けた傷が痛む。治りも遅い。あの状態でまともに極覇龍とやりあえば致命傷を受けていたかもしれんな」

 

「撤退は正解でしたね」

 

「…しかし、人の体でもこのダメージか。やはりオーフィスは危険だ、サマエルをどうにかして利用する方法も考えた方が良さそうだ」

 

無限を体現するオーフィスに唯一害をなすことができた龍殺しの堕天使サマエル。つい最近までコキュートスに封じられていたコカビエル以上に厳重に封印されているため、手を伸ばすのは難しい。その上、下手に運用すればこちらも痛手を受ける程の呪いだ。入手と運用は慎重に慎重を重ねて期さねばならない。

 

しかし目下の課題は儀式だ。何においてもそれの完遂を優先しなければならない。

 

「…ところで、アルギスの処遇は如何に?」

 

両翼をもがれ、深刻なダメージを受けた彼はアルルの処置を受けて休息を取っている。今回の一戦で己の無力を痛感し、ベッドの上で酷く落ち込んでいるのをラディウスは見た。

 

「あの体たらくだが貴重な戦力だ。まだ働いてもらう。しかし儀式が終わり次第、今後の処遇は検討せねばならんな…さて、これだけ時間を置けば十分だろう」

 

背中に手を回し、何かを引っぺがすアルル。その手の中にはごく小さな機械のチップのようなものがあった。

 

「何度も懲りん女だ」

 

つまらなそうに鼻を鳴らすとバキリと握りつぶす。ぷすぷすと上がる煙を一息で吹き消し、投げ捨てた。

 

「発信機ですか」

 

「思った通りの動きだ。これで奴らに我々の居所が割れた。今夜というリミットを提示した以上、必ず奴らはやって来る。儀式の成功には少しでも多くの眼魂とエネルギーが必要だからな、協力は仰がねばならん」

 

彼女が発信機をつけられたのはヘルブロスから最初に受けた銃撃の時だ。弾丸の中に発信機を内蔵し、炸裂と同時に張り付くように仕込まれていた。その全てを承知の上で彼女はここまで発信機を破壊せずにいた。

 

「総力戦に備えろ。折角の儀式だ、客人は多い方がいい。ジークルーネ、貴様にも協力してもらう」

 

「わかっている。その代わり、好きにさせてもらう」

 

「いいだろう、相応しい相手を用意しようか」

 

彼女の考えからどう動くか、誰と戦いたいかは大体予想がつく。兵藤一誠や深海悠河は荷が重いが、彼女の士気を挙げるに足る相手はもう一人いる。

 

望む相手に臨む相手をぶつける決戦のマッチング。その全ては彼女が決める。その為の仕込みは以前アルギスから受けた報告から生まれた。

 

「全ての準備は整った。この日が歴史の特異点だ。アヌ様もエンリル様も、きっと喜ばれる」

 

 




ディンギルが嫌う者、特異点とドラゴン。前者は自分たちが敷いた滅びの未来を変える因子であるため、後者は己の不死を殺しうる存在の為。

彼女が顔を隠してきた理由は実はまだありますが…気づく人は気づくかもしれません。彼女が全員の強化を目指しているのは真神の先の邪神も見据えての…?

次回、「行動で示す」


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第181話「行動で示す」

誰がどの情報を把握しているのか混乱している方も多いと思いますので、現時点で誰が何を知っているのか忘備録を兼ねて参考までに投下します。

・悠河、ゼノヴィア
 悠河の異界、凛関係の事情
 レジスタンス関係(プロジェクト・ロンギヌスは知らされず)
 神竜戦争の一部
 ディンギル関係の情報 
 特異点の情報
 ウリエルの超既視感
 神祖の仮面の一部情報
 ポラリスが一度、NOAHに侵入したヴァーリチームを撃退したこと

・グレモリー眷属、イリナ、アザゼル、レイヴェル、シトリー眷属、オーフィス
 悠河の異界、凛関係の事情
 ディンギル関係の情報
 神竜戦争の一部
 コカビエル戦で悠河がポラリスの叱咤激励で再起したことは知っている。
 特異点の情報
 神祖の仮面の一部情報
 レジスタンスの存在(new)

・各勢力vip
 悠河の異界事情
 ディンギル関係の情報(ポラリス提供、ポラリスの異界のことは知らず)
 神竜戦争の一部(ポラリス提供、当事者であるがごく一部の神仏を除き記憶を封印されている。)
 特異点の情報(ポラリス提供)
 神祖の仮面の一部情報

・レジスタンス(ポラリス、イレブン)
 悠河の異界、凛関係の事情
 神竜戦争の一部
 特異点の情報
 ディンギル関係の情報
 プロジェクト・ロンギヌスについて 
 ウリエルの超既視感
 神祖の仮面の力と謎
 神祖の嫉妬の仮面を保有
 聖書の神の死
 ドレイクの素性

・レジスタンス(ドレイク、セラフ、六華閃)
 悠河の異界、凛関係の事情
 ポラリスの過去の一部
 ディンギル関係の情報 
 神竜戦争の一部
 特異点の情報
 プロジェクト・ロンギヌスについて
 ウリエルの超既視感
 神祖の仮面の力と謎
 ポラリスが神祖の嫉妬の仮面を保有していること
 ポラリスが一度、NOAHに侵入したヴァーリチームを撃退したこと
 聖書の神の死

・ヴァーリチーム
 神竜戦争の一部
 聖書の神の死
 悠河の凜関係の事情(生き別れの妹が何者かに乗っ取られ、悠河と敵対しているという大まかな情報だ  け。144話参照)
 レジスタンスの存在(new)

・旧魔王派(クルゼレイ、クレプス)
 神祖の仮面の力と謎
 大和はほぼ何も知らされず。

・アルルサイド
 悠河の異界、凛関係の事情
 神竜戦争の全て
 ポラリスの世界の出来事全て
 特異点の情報
 神祖の仮面の全て
 レジスタンスの存在(new)
 聖書の神の死
 ポラリスが神祖の嫉妬の仮面を保有していること

悠河の異界事情、ディンギル関係の情報は表向きには極秘事項とされている。

悠河の凛関係の事情はアルルが深海凛に憑りついていることを含む。ロキ戦での悠河のCO時に凜が何者かに乗っ取られていることを伝え、信長からアルルが乗っ取っていることを聞き出した(本当はレジスタンス経由で知った)ということにしている。

悠河とゼノヴィアがレジスタンスと通じていること、セラフもレジスタンスに協力していることは現状誰にも明かされていない。ウリエルとラファエルの御使いには知らされている。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
2.エジソン
3.ロビンフッド
5.ビリー・ザ・キッド
6.ベートーベン
7.ベンケイ
9.リョウマ
10.ヒミコ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
13.フーディーニ
40.ジャンヌ
46.ノーベル
50.呂布


ポラリスとアザゼルの詰問が終わった後、話は今後の動きについてとなり、軽くミーティングを行うこととなった。話題としては敵アジトの構造までは把握することができないため、緻密な行動計画を立てることはできないまでも、敵の主戦力についてのそれぞれの情報共有と対処法を話し合った。

 

「アルルは言わずもがなだ。神としての強大なオーラはロキにも匹敵する。生半可なレベルじゃ太刀打ちできないだろう」

 

「俺達が最初に戦った時よりも何倍も強くなってる。眼魂だって奪われたり、新しく作ったもんがあるから手の内にどんな能力を隠してるか分かんねえ」

 

「アルギスはスペクターと同じドライバーを使います。尚且つアンドロマリウスの特性『蛇遣い』もあり、搦手もできるかと」

 

「ジークルーネは私と同じヴァルキリーですね。オーディン様のおつき時代に、ロキ様には結界術が得意な家系のヴァルキリーがいると聞きました」

 

「豪獣鬼は知っての通り、バカみたいな図体とそれが振り回す破壊力が特徴だ。奴を倒すには代価力が必要になる」

 

アルル、アルギス、ジークルーネ、豪獣鬼。それぞれ確認できる敵の戦力について振り返ったが、特に難航したのはラディウスの対処についてである。強力すぎる能力、未解明の仕掛けは彼らを大いに悩ませ、現状は手数の多い要員を宛がう以外にないという結論に落ち着くしかなかった。

 

「それと、凜のことも話しといてやれ」

 

「はい。この場にいるメンバーに知らない人もいるから、話しておかないといけないことがある」

 

そしてアルルについて俺が共有したのは、俺の妹の凜がその依り代にされていること。俺の転生事情を把握している先生たちやシトリー組には、以前から何者かに凜が乗っ取られていて敵対していることを話していた。本当は裏でポラリスさんからその何者かがアルルであることを聞かされたが、ポラリスさん経由の情報を話しても疑われるだけなので、最近信長との決戦で聞き出したという体で情報を話せたのだ。

 

「ふむ」

 

「お前の妹が神の依り代とはな。だからあの時俺を止めようとしたのか」

 

「そうだ」

 

ポラリスさんや六華閃のレジスタンス組は本当は知っているが、表向きには知らないことになっているので改めて先生たちの前で異界事情は伏せつつ情報を共有することとした。本当に何も知らなかったのはヴァーリチームぐらいだ。

 

「だから…アルルは俺と兵藤に任せてほしい。俺の手で決着をつけたいんだ。いや、…お願いします」

 

その上で改めて、参加メンバー全員にアルルの対処を俺に任せてもらうよう頼みこんだ。俺の異界事情を良く知る面々は誰も反対しないし、ガルドラボークさんも不満あり気な表情は見せつつもポラリスさんとの取り決めがあるため反対はしなかった。

 

「いいだろう」

 

事情を把握していないヴァーリチームも、俺の意見を呑んでくれた。同じく妹のルフェイの奪還を目指すアーサーを抱えているため、俺個人の感情を慮ってくれたようだ。

 

「ざっと、こんな所か」

 

「うむ。異論はない」

 

「そうですね」

 

「俺は構わん。雪辱を晴らせるならな」

 

敵戦力についての情報共有とその対処について議論した後、出発の時刻が17時であることも決められた。会議の終わりが14時、それまでの3時間はけがの治療や休息にあてられることとなった。

 

「あー、疲れた。酒飲みてえ」

 

会議後VIPルームに残ったのは一部を除いてアザゼルを始めとしたオカ研関係者。悠河とゼノヴィアだけは、アザゼルの指示に従い客人である六華閃やヴァーリチーム、レジスタンス組を宛がった部屋へと案内しているため不在だ。

 

「すぅ…すぅ…イッセーさん…」

 

「ありがとうアーシア。ゆっくり休んでくれ」

 

アーシアは戦闘で負傷したメンバーの完全な回復に奔走した。今は疲れ果てて出発までの間、すやすやと寝息を立てて休息を取っている。

 

「小猫、腕の調子は?」

 

「もう問題ないです。十分戦えます」

 

リアスに訊かれた小猫は軽く腕を回して、復調をアピールする。

 

先の戦闘で、ラディウスによって右腕を手ひどく粉砕骨折させられた彼女。アーシアの手で応急処置が施された後は兵藤邸に戻ってから、黒歌の仙術やポラリスの反転術式による念入りな治療を施されたことで無事に回復を遂げた。

 

「本当に良かったぁ…」

 

「あの怪我を見たときは頭が真っ白になりましたわ」

 

「ありがとう、ギャー君、レイヴェル」

 

同学年である彼女の今までになく苦しむ姿は、二人の心を強く痛めつけた。そんな彼女の完治した腕を見たアザゼルは。

 

「ポラリスの奴、回復手段まで持ってるとはな。異界だと回復手段の希少性も違うんだろうな」

 

「深海の話だと、自分で自分を回復できたって聞きました」

 

「そりゃアーシアでも無理だぜ。できることなら教わりてえくらいだ」

 

「魔法で回復ってできないんですか?」

 

「私が知る限り回復魔法は超高等の魔法です。禁術指定を受けたものもありますし、何より才能も必要になります。攻撃魔法に向いた私では不向きなので到底無理ですね」

 

「うへぇ、ロスヴァイセさんが言うなら無理だ…」

 

グレモリー眷属内で魔法に明るい彼女の発言は、納得させるには有り余るほどだった。

 

「…先生はポラリスさんのこと、どう思います?」

 

「うーん、一応味方、戦力とは思っている。だが危険な匂いもする」

 

一誠の踏み込んだ問いにアザゼルは唸り、難しい顔で答えた。彼女の話と過去の実績。それら全てを踏まえ、アザゼルは彼女を一概に味方とも、敵ともいえない微妙な評価を下していた。

 

「危険?」

 

「僕も同じことを考えました」

 

「木場もか!?」

 

疑うことを知らない一誠は彼女を信じていた。しかし周りはそうでなかったということに気づかされ、はしごを外された気分だ。

 

「ちなみに、どうして…?」

 

「ディンギルとの敵対は間違いなく彼女の目的なんだろう。だが、まだ腹の底が見えていない。あの話だけが彼女の全てじゃないはずだ。どうにも闇を感じてならん」

 

「彼女の復讐のきっかけは親しい仲間も含めた世界そのもの。それを今になるまでずっと抱えてきた彼女の復讐心は、昔の僕以上の計り知れないものだと思う」

 

「それだけのもん、通常なら狂って然るべきだ。手段だって問わないようになるだろ」

 

負の感情とは心を侵食し、変貌させ得る毒。その負の感情が強烈な経験に起因していればするほど、その毒も比例して強くなり、おぞましい怪物にしてしまう。

 

それを永い年月抱えてきた彼女の心が如何ほどのものか、彼らはまだ測りかねている。

 

「そもそも彼女の目的はディンギルを倒すことであって、この世界の平和を守ることではない。と、俺は踏んでいる」

 

「なるほど…それはそうね」

 

「ん?どういうことですか?」

 

「極端な話、あいつらはディンギルを倒しさえできれば俺達や冥界がどうなってもいいって思ってるんじゃないかってことだ」

 

「ええっ!?」

 

アザゼルの意見に一誠は馬鹿正直に声を上げた。味方と思っていた人物がそんなことを考えているのではと疑われていることなど夢にも思っていなかったからだ。

 

「他所の世界出身のあいつらにはこの世界で守るものがない。誰だって、守りたいものがあればこそ平和を求めるもんだ。だからディンギル以外にも平和を脅かす禍の団との戦いには首を突っ込まない。現に、あいつらと一緒に曹操たちやシャルバと戦ったか?」

 

「それは…でも、グレモリー領を守る戦いには出てきましたよね」

 

「だがその一回こっきりだ。本当に世界平和のために動くんならもっと出てきていいはずだ。それもあくまでアピールのつもりだろう。それと同時に、俺達に力を誇示するつもりでもあるんじゃないか?」

 

「そうね…私としてはグレモリー領を守ってくれたことには感謝しているけど、複雑な気分だわ」

 

彼女は魔獣騒動でグレモリー領を豪獣鬼から守る戦いに参加できなかったことをこの場の誰よりも悔いていた。グレモリー家の次期当主として、将来継ぐべき領地と民の危機を直面しながらもその間近の危機に立ち向かわなかった。英雄派との戦いで戦果を挙げたとはいえ、その選択が最善だったのか今でもリアスは考えることがある。

 

その戦いに参加し、多大な貢献を上げたポラリスには感謝してもしきれないところだが、彼女の話を聞きどう接するべきか迷っている。

 

「同じ異世界人でも深海は彼女とは違う。お前たちと同じくらいの年でもっと純粋に、本心からお前たちを守りたいと考え行動してきた」

 

「そうですわ、疑う余地もありませんわね」

 

教師として、顧問として、アザゼルは悠河の戦いをずっと見てきた。一誠達と心を通わせ、共に強大な敵に命を懸けて立ち向かう姿は出身の違い、種族の違いなど感じさせない。本人の前でこそ言わないが、アザゼルが悠河を真に信頼していることの証だ。

 

「だがポラリスはあの口調からして、見た目に反して俺並に年を食ってるかもしれん。永い長い異界ぶらり旅で妙な思想に染まった可能性だってある。豪獣鬼と渡り合える戦力を保有している以上は慎重に付き合った方がいいだろう」

 

アザゼルが何より気にしているのはポラリスの話の行間。語られていない部分に今の彼女を形成する重要なファクターが、闇が隠されているかわからない。復讐者の過去、復讐のための旅だ。まっとうなものではないだろう。

 

そしてその結果、豪獣鬼の頭を消し飛ばすような力を得ている。下手を打てばこちらの脅威になるのは目に見えている。そうならないよう、かつ寄り過ぎないように慎重な対応が求められると彼は思っていた。

 

「100%信頼するのはまだ厳しいってことですか」

 

「ああ、信頼を100にするか0にするか、それはあいつの行動次第だ」

 

だがアザゼルとしてはこちらに協力的な意志を向けている相手を無下にしたくはない。あれだけの戦力を保有しているのだ、味方にしておきたい。だからこそアザゼルは彼女らに求める。真に信ずるに足る行動を。

 

 

 

 

 

 

 

 

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広大なスペースを誇る母艦NOAHにある薄暗い明かりがともる無機質な一室。そこには無数の培養ポッドが備え付けられ、分厚い鋼鉄のカバーが内容物を覆い隠している。

 

そこにただ一つだけ、開かれたポッドがあった。その傍で一人の女性が液体に濡れた一糸まとわぬ華奢な体をしなやかに動かし、まるで寝起きでなまった体を起こす様に念入りにストレッチを行っている。

 

「…などと、考えておるだろうなぁ」

 

先の会話を振り返り、ポラリスはアザゼル達がどう受け止めるかを考えていた。いずれにせよ話の胡散臭さと底の見えないところは自身が固辞したブライトロンという戦力の強大さと相まって、彼らを警戒させるだろう。

 

会議が終わった後、レジスタンスの3人はイリナの案内で部屋に通された。しかし彼女らの準備は兵藤邸で行えるものではない。よって彼女の相手をドレイクに任せ、イレブンと二人でNOAHに戻ったのだ。

 

思案にふける矢先、ガシャンと入口の鉄の扉が横開いた。

 

「ポラリス様、お体の程は?」

 

明るい廊下から差し込んだ光を背にポラリスの衣類と、ジュラルミンケースを持って現れたイレブン。付き合いの長く、世話をしてきた彼女の裸体にも何ら動じることはない。

 

ドレイクと共に部屋に通された後、直ぐにNOAHへ戻って決戦の準備に取り掛かっていた。NOAHには必要な物資が多くあり、ただ部屋で休息を取るだけでは戦に備えることはできない。

 

「問題ない。意識データの移行、定着、全て正常。後は軽くデモンストレーションをこなしてから向こうに戻る」

 

彼女は先の戦いで消耗した体…アバターを捨て、別のアバターに意識データを移した。不完全な異能しか行使できない体で反転術式を自身や負傷者に使用したことで大きく負担をため込んだ。後の戦闘で引きずると判断し、意識データの移行に踏み切った。一見すると銀髪の可憐な容姿は変わらないが、体内に流れる異能は全く異なっている。

 

「まだ問題点の多いあのアバターではアレの相手はできん。使える異能を呪力に絞れば、問題なく生得術式、反転術式を使える」

 

「アレを使用するのですね」

 

「うむ。叢雲と姫島朱乃が見れば余計な混乱を生むやもしれんが…そうならぬよう立ち回るほかあるまい」

 

首をこきこき鳴らすポラリス。ぴちゃぴちゃと水音交じりの足音を立ててイレブンからタオルを受け取り、溶液で濡れた体をふき始める。

 

「それはともかく、すまんのう。スタッグレイダーの装甲を補修する時間もない。別のプログライズキーの用意はできたかの?」

 

先の戦闘でイレブンが変身するスタッグレイダーは装甲の大部分に損傷を受けた。致命的な部分はないにせよ、そのような万全でないものを決戦に持ち込むわけにはいかない。その為、イレブンには事前に新たなプログライズキーを用意させていた。

 

「はい。幾つかアタッシュウェポンも予め付与しておきました。これで戦闘で困ることはないかと」

 

「そうか。…例のドライバーも用意してきたようじゃな」

 

「はい、本当によろしかったので?」

 

イレブンの視線が、自身が手に持つジュラルミンケースに移る。ケースの中には事前にポラリスから指示され、倉庫から引っ張り出してきたものがある。ネビュラスチームガンを破壊された彼女が代替品として、決戦に向かうにふさわしい力があると判断した一品が。

 

「構わん。妾如きが仮面ライダーの力を使うことなどおこがましいことは百も承知。しかし、個人の感情に囚われ致命的な失敗を犯すよりはましじゃ。ゼクスドライバー完成までのつなぎ、この一回のみよ」

 

特撮をたしなむ彼女にとって、仮面ライダーはある種神聖なもの。趣味の範囲で開発はすれど実戦で使ったことは一度たりともなかった。血塗られた経歴を持つ自身に仮面ライダーの名を冠するに相応しくないという強い思いがあるから。外での活動時にネビュラスチームガンで非仮面ライダーであるヘルブロスに変身してきたのはそれが理由だ。

 

しかし状況が変わった。スチームガンが破壊されて顔と素性が露になり、尚且つ予定と異なり大幅に早い段階で二つの世界が繋がろうとしている。ここで本気を出さねば、全てがご破算になってしまう。そうなる前に、ここで決着を付けなければならない。

 

だから彼女はそのドライバーを手に取った。ヘルブロスとしての戦闘経験を活かしつつ、自身に相応しいと感じたその力を。破壊ではなく、今を守るための力として。

 

「承知しました…やはり彼らの反応は芳しくありませんね」

 

「当然の反応じゃよ。面を隠し、腹を隠し、体のいい形ですり寄っているのだからのう。それでも信頼を勝ち取るのなら行動で示すほかあるまい。あの手の人間たちにはそれが一番じゃ」

 

人の信頼とは失う時こそ一瞬だが、作り上げていくには時間がかかる。しかし永い時を生き大きなも今日に向かう彼女にとっては時間がかかることなどそう気にするものでもない。気長に、こつこつと積み上げていくだけ。今までの長い旅と同じように。

 

体をふき終え着替えに取り掛かろうとした矢先、一つの通信が飛び込んできた。

 

「…む、ウリエルか。こんな時に何用じゃ」

 

『事情はサーゼクスとアザゼルから聞いた。ようやくアルル達との決戦に向かうのだな』

 

レジスタンスにおいて、ガルドラボークと並ぶ協力者である四大セラフが一角、ウリエル。彼もまた、大きな戦いに向かおうとしていた。

 

「そうじゃ。今は準備時間での、しかしあまり猶予もない」

 

『私もだ。ラファエルと共にそちらに向かいたいところだが、豪獣鬼の対応で手一杯だ。君たちに託すしかない…頼んだぞ』

 

通信を通してポラリスに届いたウリエルの声には切望の色が乗っていた。ディンギル討伐は彼にとっても悲願である。その戦いに同席できないことを彼は悔やんでいたのだ。

 

「わかっておるわい。ここらで奴らの出鼻をくじき、恥の一つでもかかせてやりたいところじゃ」

 

『ああ、それから…深海悠河のこともだ』

 

「あやつのことはあやつに決着を付けさせる。十分お膳立てはしたのじゃ、後は任せることにした。これ以上出しゃばっては為にならん、何せあやつの因縁のなのじゃからな」

 

アジトの特定から、アルルとの繋がりのある有力者の調査。ポラリスはアルルを深海凛から引き剥がす方法ではなく、この状況に繋げるための本拠地の特定というお膳立てに尽力してきた。それはアルルと戦う深海悠河では為しえないと判断したからだ。

 

そして引き剥がす方法も、彼なりに模索し仲間の協力を得ることで確立しようとしている。最初に出会ったときは抱え込みだと感じた彼の成長を彼女は垣間見た。だからこそ、全てを託した。

 

「あやつなりに色々考えておるようでのう。うまくいくと、妾は信じておるよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

 

 

 

 

 

会議が終わって早々に先生から任せられたのはあの嫌なヴァーリチームの部屋の案内だった。六華閃はゼノヴィア、レジスタンス組は紫藤さんと来て俺かよ。俺があいつらに嫌な感情を抱いてるのは知ってるだろうに、なんで俺に振るんだか。

 

「赤龍帝の家デカすぎね?」

 

「グレモリー家が手を回して一晩で改築したと黒歌から聞きました」

 

「そそ、隠し部屋もたくさんあるらしくって飽きないにゃん♪」

 

「マジかよ!俺っちもこんな家持ってみたいぜぃ!」

 

俺の後ろをついてくるヴァーリチームの雑談。こいつら緊張感もへったくれもねえ。テーマパークに来たんじゃないんだぞ。人様の家だ。

 

そんなしょうもない雑談を聞き流しつつ歩いていると、指定の部屋のドアの前に着く。

 

「ここがお前らの部屋だ。時間になったら呼ぶからそれまで食っちゃねしてろ」

 

「サンキュー♪」

 

「うっしゃ、物色してやろうぜ!」

 

「散らかすなよ」

 

ドアを開けてやると、ひゃっほーと活気のいい声を上げながら二人がソファーに飛び込んでいった。

 

こいつら絶対生活リズムできてないぐーたらタイプだよな。黒歌がオーフィスの付き添いで滞在してた時にそうだったから他のメンバーも絶対…。

 

早速部屋のあちこちを物色し始めるアホ二人を他所に、物静かなヴァーリが訊いてくる。

 

「カップ麵用に湯を沸かすポットはあるか?極覇龍を使ってから腹が空いて仕方ない」

 

「それならここにないから後で持ってくるけど…カップ麺ってお前、何食うの?」

 

こいつ、由緒ある魔王の血を引く戦闘狂だから戦闘と神秘の探求以外に興味ないもんだと思ってたけど、カップ麵なんて意外なものを食うんだな。バトルジャンキーだけに、ジャンキーなもん食うってか。

 

「今日は赤いき〇ねの気分だな」

 

「おや、私は緑のた〇きが食べたいところですね」

 

「…」

 

思ったよりも俗っぽかった。ちなみに俺はどん〇衛派だ。

 

「おい、ポテチねえか?俺っちのマイブームの堅〇げが食いてえんだが」

 

部屋の棚をあちこち開けまくる美猴がオーダーを付け始めた。こいつら遠慮ってもんがねえな。

 

「うすしおとコンソメなら…堅〇げは切らしてる、我慢しろ」

 

「けっ」

 

「バター醤油なかったら代わりに白音を頂くにゃん」

 

「無茶苦茶言うな!?」

 

こいつら客人って立場をいいことにわがまま言いやがって!!そんなにしおっけのあるもん食いたかったら岩塩を直にぶち込むぞ!?

 

「…菓子はさておいて、実は紅茶用の茶葉を切らしてまして。もしあれば頂いてもよろしいですか?」

 

「えっ、あー、それなら部長さんが買ってたな。後で聞いてみる」

 

アーサーまでも流れに便乗してオーダー付け始めた。敬語でお願いしてきたからそれは対応してやろう。てか、カップ麺に紅茶って組み合わせとしてどうなのか。

 

「なあ黒歌、なんでアーサーの頼みは聞いて俺たちはぞんざいなんだろうな?」

 

「人にものを頼む態度ってもんがあるだろうが、敬語使え敬語を」

 

「やーい、けちん〇ー、ヤリチン」

 

「おめえだけ屋上の野ざらし部屋に通してやろうか…!?」

 

好き放題言われたあげくそこまで貶されたら俺もプッチンしてしまうだろうが…!!野良猫なら外飼いがいいよなぁ!?

 

…しかしだ、こいつはさておいて前々から思っていたが、アーサーは木場と決戦を望むような戦闘狂の気があるにも関わらず、ならず者らしからぬ気品ある佇まいだ。常識人ぽいルフェイ含め、ヴァーリチームでも浮いている兄妹と言える。なんでこんな奴らについていってしまったの?

 

ま、それは今聞くことじゃない。それよりもやるべきことがある。

 

「あーそうだ、それと」

 

アルルとの戦いからずっと腰に携えていた長剣を、アーサーに差し出す。

 

「コールブランドは返す」

 

「…ありがとうございます。これでルフェイを救いに行けます」

 

差し出されたそれにそっと手を添えると、柔和な笑みを浮かべてアーサーは手に取った。

 

「今のあんたには必要だろう。こっちもあんたという大きな戦力が必要だ」

 

聖剣の頂点に立つ剣を扱えるトップクラスの剣士。普段は敵対すれど、目的を共にし味方になれば頼もしい存在だ。本来ならアーサーではなく、持ち出しされたペンドラゴン家に返すべきだろうが今回は非常時につきアザゼル先生の許可がある。

 

それにこいつには、ルフェイのことを知った時から聞いてみたかったことがある。今回の戦いで、どういう気持ちで臨むのかを。

 

「…なあ、あんたにとってルフェイはどういう存在だ?」

 

「大切な存在です。家を出て、戦いの道を進もうとする私を彼女は健気にも追い、道を共にしてくれました。彼女がいなければ今の私はなかったでしょう」

 

踏み込んだ問いに対し、自身の感情を確かめ、噛み締めるようにアーサーは語る。

 

「だからこそ、今度は私がルフェイを追うのです。必ずや私の手で救いたい。同じく妹を救わんとするあなたも同じ気持ちでしょう?」

 

「…そうだな。積もり積もった思いがある。話したいことが山のようにある。あいつをあんな危険な奴らの手元に置いては置けない。あんたに同調するよ」

 

「ええ、私たちで救いましょう。私のルフェイも、あなたの妹も」

 

「ああ、絶対だ」

 

テロリストと三大勢力の長の直属の部下。相いれない立場の俺達だが、妹という血のつながりが団結させた。

 

その様子をだらしなくソファに腰かけて眺める猿と猫は。

 

「スペクターの奴、うちのアーサーと気が合うとはねぇ」

 

「さっきの話はびっくりしたにゃん。ホテルで籠城してた時の話ってこれのことだったのね」

 

「そうだ、あの時は言えなかったけどな」

 

「はぁー私の白音もあんたらのとこから救いたいわぁー」

 

「それはお前の方が問題あるだろうが。本人が拒否ってるし。救われる気がない奴を救おうとしてどうすんだ」

 

あの猫又姉妹は、俺とは違ってまたこじれた関係だ。塔城さんは過去の記憶からこいつを恐れ嫌っているが、発情期を止めたり曹操の戦いで攻撃からかばわれたりで姉に対する気持ちに変化があるらしい。

 

でも問題は黒歌の方からのアクションだけで根本的な解決はしないだろう。塔城さんがこれまでの姉の行動をどう受け止め、どう向き合うか。それでこれからの関係は変わっていくはずだ。

 

「私だって色々考えてるのにねー」

 

そんなこと言いながらポテチをボリボリ食べるんじゃない。話の真面目さが抜けるだろうが。

 

「しかし、またお前らと共闘する時がこんなに早く来るなんてな」

 

「俺も思ってもみなかったさ。神や神滅具とやりあうのもいいが、俺としてはそろそろ強くなった君たちと戦いたいのだが」

 

「やだよ、極覇龍とか絶対勝てねえよ」

 

プルートを真正面からねじ伏せて文字通り潰してしまうパワーとどう戦えというのか。戦えるとしたら選択肢は眼魂全揃いプライムスペクターしかないな。デチューン後の眼魂全揃いでどのくらいの出力になるかはわからんが、それでも戦いたくない。

 

「…もうお前ら、いっそ出頭して罪を償えよ。そんで懲罰部隊として俺らと一緒に強敵と戦ったらいいんじゃないか」

 

こんなことが俺の口から出たのは短期間でこいつらと共闘した経験が積み重なった結果だろう。立場はお尋ね者だが、敵を同じくして俺たちは立場を越えて力を合わせた。こいつらは強いし、一緒に戦ってくれるなら心強い。これからも戦ってくれるなら大歓迎だ。でも立場が邪魔をしてスッキリした気持ちで臨めない。ならもう、一度出頭してもらうしかないじゃないか。

 

罪状は諸々あるが腹決めて出頭すれば、サーゼクスさん達も悪いようにはしないだろう。曲がりなりにも旧ルシファーの血を引いているから旧魔王派の支持もあって変なことにはできないし、うまく取り込めば派閥間の融和も進むのでは。

 

こいつらに誠意は最初からないだろうし、求めない。育ての親であるアザゼル先生や関係各所に形だけでも謝罪し贖罪のための行動をしてくれたら、俺もそれ以上は突っ込まない。だが俺もある程度気持ちはスッキリする。こいつらも制限はかかるだろうが、変わらず強者と戦えるなら文句はないはず。

 

そんな提案をしてみたら、奴は目を丸くして黙っていた。

 

「...」

 

「なんだよその顔は」

 

「いや、君からそんな言葉が出るとは思わなくてね」

 

「嫌いだけどお前らが強いのを認めてるからこんなこと言ってんだぞ」

 

こいつらに対して抱く感情が嫌いなだけならこんなことは言わない。ロキ戦のようにヴァーリチームなしでは乗り越えられなかった場面があったのも事実だし、それらを踏まえ俺はこいつらを認めている。

 

「悪いが俺は誰にも従うつもりはない。誰にも縛られない自由な神秘と力の探求こそが、俺たちの生き様であり目的だ。前回も今回もたまたま共通の敵が一致しただけに過ぎない。そうだろう?」

 

「ま、そうだよな。お前らは誰かの下に着く玉じゃないもんな」

 

「わかってるじゃないか」

 

これですんなりいうことを聞いてくれるならそもそも裏切ってないよな。

 

「…でもお前ら、強者と戦いたいんだろ?だったら俺らがやろうとしてるディンギルの降臨阻止はお前らの行動目的と食い違うんじゃないか?」

 

アルルがやろうとしている竜域と神域、二つの世界の接続。それが為されれば神域からこの世界に多くのディンギル達が現れてしまう。それは強者との戦いを求めるヴァーリ達にとってはこの上なく魅力的な状況ではないのか。俺たちの目的とこいつらの求めるもの、それらの食い違いを理解したうえでこの場にいるのだろうか。

 

「確かに真なる神との戦いには興味がある。だがそれ以上に俺達は奴らに仲間とその誇りを奪われる屈辱を与えられた。だから俺達もそれ以上の屈辱を奴らに与えてやりたくなった。奴らの計画を木端微塵に破壊することでね」

 

「ええ、この屈辱を晴らさずして聖王剣の使い手を名乗ることはできませんよ」

 

こいつらにとっては目的以上に仲間を優先しているわけか。前々から仲間意識が強いことはわかっていた。禁手を使った曹操との戦いでも、こいつは黒歌を自分の攻撃で倒されたことに激昂していたし。

 

ただ、その仲間意識がどこまでのものかまではわからなかった。目的と仲間、いざという状況でどれを優先するのかまでは。それがわかったことで、一段とヴァーリチームという集まりの解像度が高まった気がする。

 

「どうやら二天龍はどちらも仲間意識が強いようだ」

 

第三者の声が会話に横槍を入れる。知的な口調、俺にとっては嫌な声の持ち主が。

 

「六華閃の一角、ガルドラボークか」

 

「よっ、デュランダル使いに部屋に通されたけど暇だから来てやったぜ」

 

「改めて挨拶をと思い」

 

ガルドラボークさんだけならず、レーヴァテインさんや叢雲さんまでも来ていた。レーヴァテインさんのオッドアイの視線が一度アーサーが握るコールブランドに移ると、ぐいと前に出て間近で観察を始める。

 

「おっ、そいつがコールブランドか!文献で見るよりも本物は美しいなぁ…!私じゃとてもじゃないがそんな剣は作れないぜ…!」

 

興奮もあらわに語るレーヴァテインさんはコールブランドにうっとりした様子だ。模擬戦の時もハイテンションだが、今回は若干変態じみている。

 

「…間近で見るのは良いですが、触れないでください」

 

アーサーも見せてはいるものの若干引いてるし。

 

そんなレーヴァテインさんを無視するように、ガルドラボークさんは嫌味ったらしく俺に一言。

 

「やあ、シスコン」

 

「…!」

 

不快感に眉を顰める。人前でド直球に言ってくれるじゃないか。睨む俺に肩をすくめて。

 

「冗談だよ。君の焦りは手に取るようにわかる。妹を助けたくてたまらないんだろう?だからさっきの会議でも積極的に発言した」

 

事情を知っている連中からすれば俺の考えることは全部わかるんだろうな。それでもこの人みたいにからかうようなことは言わんが。

 

「仲間だの家族だの、個人の感情を大義より優先するなど言語道断だ。大事な戦局でその焦りが致命的な判断ミスを招くかもしれないとは思わないのか?」

 

「…何が言いたいのですか」

 

それは今回の場合、俺に限った話ではなかった。あのアーサーが声を低くして問いかける。普段は余裕を崩さないこいつが珍しく怒りの感情を滲ませていた。

 

「例えば君の妹ルフェイが人質に取られ、そこの白龍皇を殺せと言われたとしたら君はどうする?二天龍である彼の損失は大きいだろう。彼を頭に据えている以上はチームの崩壊にも繋がる。予想し得る損失よりも、君個人の感情を優先するか?」

 

「…私にルフェイを殺してでも戦いに貢献しろというのですか」

 

「そうだ。無論、そうならないに越したことはない。だが、もしもの時は最善の選択を迷いなく取れる意志が必要だ。君達にはそれが欠けている。身内に執着する君達はこの大事な戦いにおいては危険因子だと俺は思うがね」

 

瞬間、刀と長剣の刃がガルドラボークさんの首に向けられた。抜刀の瞬間が見えなかった。余りにも速い。

 

「ガルドラボーク、あなたの発言はあまり容認できるものではありません」

 

「少し口が過ぎるのでは?」

 

叢雲さんとアーサーが、その目を刃のように細め己が得物と共にガルドラボークに向ける。叢雲さんも身内のことで苦労し、後悔した身だ。俺やアーサーの気持ちが理解できるのだろう。

 

「俺の言葉は間違っているか?一つの犠牲で100の損失を防げるのなら犠牲は甘んじて受け入れるべきだと思うが」

 

しかしガルドラボークさんは悪びれも動じることもなく、自身の意見を述べ続ける。それは彼自身の信念が何事にも揺るがないことを表しているようだ。

 

「お前がその犠牲にならないといけなくなったとしてもか」

 

「ああ、俺には大義に殉ずる覚悟がある。それが歴代の誰もが為しえなかった六華閃の使命を果たすジャフリール家当主としての矜持だ」

 

「そのジャフリール家も内側からボロボロにされているようだが?」

 

「何?」

 

「お前の家が戦争の史料の大半を喪失しているのは知っている。使命に燃える割には情報の管理が随分とお粗末じゃないか。六華閃の叡智を司るとされるジャフリール家が聞いてあきれるな」

 

そういいながらヴァーリが取り出したのは古ぼけた一冊の本。以前俺たちに見せてくれた神竜書記其ノ弐だ。それを見た途端、今まで変わりもしなかったガルドラボークさんの表情が初めて揺らいだ。

 

「それは…!どこでそれを手に入れた!?」

 

「拾い物だ。その反応を見るに、これも元々お前の家で保管されていたものらしいな」

 

ヴァーリは見せびらかした本をパラパラとめくり、破れた頁、焼かれて読めなくなった頁などの内部の惨状を見せつける。

 

「中身はボロボロで、情報のほとんどが失われている。つまり、神竜戦争の情報を不都合に思う存在が六華閃の内部にいたということではないのか?そしてそれは、厳重に管理されているジャフリール家の保管庫に立ち入れるごく一部の者に限られる」

 

「ガルドラボーク!どういうことですかこれは」

 

ヴァーリの話を受けて叢雲の目が、身内を軽んじる怒りから追及の眼差しへと変わる。レジスタンス協力組の新参者である彼女とは、同じ六華閃でも情報格差があるらしい。

 

「…話しといたほうがいいんじゃねえの」

 

一方のレーヴァテインは頭をポリポリ書くと、剣の柄で隣のガルドラボークを促す様に小突いた。それにガルドラボークは観念したように息を吐いて。

 

「裏切者、か」

 

重い気持ちで重い言葉を呟いて、数瞬瞑目する。気持ちの整理をつけ、開眼した。

 

「そうだな。君の予想通りだ」

 

俺たちの視線を一身に浴びるガルドラボークさんは、衝撃の一言を放った。

 

「六華閃の裏切者は…我らジャフリール家だ」

 

 




そのうちアーサーと悠河と叢雲でシスコン・ブラコン連盟組めそう。

仮面ライダーは3人だけ(スペクター、ネクロム、ダークゴースト)、と前に言いましたが申し訳ない。

次回、「ジャフリール家の闇」


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第182話「ジャフリール家の闇」

最近高評価を入れてくださる方が二人も…大変励みになります。ありがとうございます。

Count the eyecon!
現在、スペクターの使える眼魂は…
S.スペクター
2.エジソン
3.ロビンフッド
5.ビリー・ザ・キッド
6.ベートーベン
7.ベンケイ
9.リョウマ
10.ヒミコ
11.ツタンカーメン
12.ノブナガ
13.フーディーニ
40.ジャンヌ
46.ノーベル
50.呂布


太古の昔、神域より現れた神々がこの世界の神と竜たちが争った神竜戦争。その最中でディンギルに対抗すべくアームドが武器職人の中でも各武器のスペシャリストを集め結成したのが創星六華閃だ。ディンギルと戦うはずの組織の中に、あろうことかディンギルに与した裏切者がいた。

 

以前からヴァーリによりその可能性が示唆されてはいた。それを聞いた時、俺はてっきりレジスタンスにまだ協力していない、ディンギルと戦う使命を忘れたままの3家(当時はまだ天峰家は協力していない)だとばかり思っていた。しかしそれがよりにもよって、一番率先してレジスタンスにも協力しているガルドラボークさんの家系だったとは…。

 

「我がジャフリール家の歴代当主…初代と俺を除き、その全てがディンギルと通じていた」

 

「え!?」

 

一人どころかそんなに大規模な裏切りだなんて…。思った以上に裏切りの根は深く張られていたらしい。

 

…ん?初代と俺を除きってことは、今目の前にいるガルドラボークさんはディンギルに通じてないってことだな?そりゃ自分から、自分が裏切者ですって白状する奴はいないか。寧ろレジスタンスに協力しているガルドラボークさんも裏切ってたら、ポラリスさんやウリエルさんも巻き込んだ大問題になる。

 

ヴァーリすらも驚きに目を軽く見開きながらも、恐る恐る話を踏み込む。

 

「つまり、二代目が最初の裏切り者なんだな?」

 

「そうだ。事の発端は神竜戦争時代に遡る。初代当主の息子がディンギルと繋がり、人知れず叶えし者となったことでジャフリール家の裏切りの歴史が始まった」

 

「そんなに昔から…」

 

初代当主ときたら、戦争で一番ディンギルと戦った人だろう。その間近にいたであろう親類がディンギルの甘言に乗せられていたなんて…。

 

「彼も戦争でディンギルのことは知っていたでしょう、何故叶えし者に…」

 

「さてな。親子関係がうまくいかなかったと聞いている。だからディンギルと戦う道を選んだ親と反対に、ディンギルの手を取る道を選んだ」

 

「付け込まれたということか」

 

「奴らのやりそうなことだ。戦後、初代が亡くなり当主の座を継ぐと初代が残した文献を永い年月をかけて改ざん、あるいは破棄を始めた。戦後間もない代はまだ他の六華閃の目があったようで、大規模にはできなかったようだがな」

 

聞くだけで頭が痛くなりそうだ。ディンギルと戦うはずの六華閃に裏切者がいて、人知れず悪事を働いていたと。獅子身中の虫とはこのことか。

 

「そして二代目の死後もディンギルとの繋がりは当主の座と共に代々受け継がれてきた。時間をかけて史料の破棄・改ざんを続け、薄汚い金と戦後に残留した叶えし者の暗躍という協力を代価に得てジャフリール家は栄えた。今代になるまで使命を知る他家の当主がいなかった原因はこれだろうな」

 

「そんな…」

 

同じ六華閃の当主である叢雲さんは茫然としていた。清廉潔白に大義を求める厳格なガルドラボークさんの口からこんな話が飛び出すとは、この中で最も予想だにしなかっただろう。

 

「はぁ…語るのも憚られる我が家の恥部だ。本来なら俺もその永らく続いてきたシステムの一部に組み込まれるはずだった」

 

話すだけでもストレスなのか、苛立ち交じりにため息を吐くガルドラボークさん。普段は気が合わないがこの時ばかりは同情した。

 

「だがその運命を変えたのが、先代サイン家当主…ローハン・サインだった」

 

「曹操たちに殺された男か」

 

「ああ。彼は仁智勇を兼ね備え人間と戦士の鑑のような男だった。俺もかつては尊敬し、あのようになりたいと憧れたものだ」

 

その名は俺もレジスタンスで聞いている。先代サイン家の当主は実力と人格を兼ね備えた素晴らしい人物で、ガルドラボークさんの尊敬の的であったと。ポラリスさんとも面識があり、認める程らしい。

 

「聡明な彼はジャフリール家が歴史の闇に葬ったディンギルと戦うという使命に気づき、情報を司るジャフリール家の先代…俺の父と会談を持ち掛けた。そこで…俺とローハンは知ってしまった。父も、祖父も、何代にも渡って歴代当主が初代の遺志を踏みにじり、ディンギルに魂を売って来たことを」

 

「使命に気づいた?どうやって?」

 

「ポラリスとの接触と、サイン家の先祖がジャフリール家から借りたまま返さなかった史料が残っていたらしい」

 

「それ借りパクって言わないか?」

 

「先祖しっかりしろ」

 

思わず美猴とツッコミが揃ってしまった。借りパクはダメだけどこんなことでプラスに働くことってあるんだな…しかもかなり昔の出来事だろう。

 

「当然、話は決裂し戦闘になった。相手が親友だろうと、父は止まれなかった。幾百年、いやそれ以上に渡るディンギルとの癒着は家の根深いところまで食い込み、修復不能になっていた。だから父は家を守るために戦うしかなかった」

 

ガルドラボークさんの語り口調に、若干の熱がこもってきた。それだけ当時の出来事がこの人にとって重く忘れがたいものだと伝わってくる。

 

「…ローハン・サインは、あなたの父を殺したのですか?」

 

「いや、父を殺したのは俺だ」

 

「!?」

 

「何?」

 

「あなたが…」

 

アーサーの問いかけに自嘲気味に笑うガルドラボークさん。その衝撃の告白に、動揺の波が俺たちの間に駆け抜ける。

 

「ああ。別に俺だって最初から冷めた人間だったわけじゃない。父以上にローハンを尊敬していたが肉親だ。怒りも悲しみもあった、父を止めたいと思った。だがそれ以上に長きに続いた悪習を終わらせるのは…俺しかいないと思ってしまった」

 

淡々と真実を語るガルドラボークさんの瞳に陰りが見えた。きっと今でも父を殺したことを後悔しているのだろう。親殺しなど、余程の恨みが無ければできるもんじゃない。話から察するにガルドラボークさんの場合は親子関係は良好だっただろう。それだけに、彼の決断の重さと悲壮さが窺える。

 

「そうして俺はこの当主の座をガルドラボークの名と、魔導書と共に受け継いだ。親殺しの業も、六華閃の裏切者の業も、全てをジャフリール家の跡取りとして背負い新たな未来を切り開く道を選んだ」

 

「…そのような事件が」

 

彼の過去を、この場に居合わせた誰もが神妙な表情で受け止めていた。叢雲さんは悲哀を感じる表情で目を伏せていた。

 

「…これだけ話せば十分か?君たちは俺を軽蔑するか?」

 

話したくもないことを話したと不機嫌そうにガルドラボークさんは鼻を鳴らす。ところがヴァーリは彼を否定せず、ふっと一笑に付した。

 

「いや、俺も肉親を殺したいと思っていてね」

 

「お前、アザゼル先生を!!」

 

そんな恐ろしい爆弾発言を奴が口にした途端、反射的に俺はヴァーリにつかみかかっていた。

 

こいつもこいつでとんでもないこと言いやがって!!少しは見直したと思った矢先に見下げ果てたぞ!!

 

「違う。アザゼルではない。実の父と祖父のことだ。あまりいい思い出が無くてね。…俺まで語り出してはキリがないな」

 

「君の父と祖父…そうか、それはさぞ大変な道のりだろうな。特に祖父は君の力ではね」

 

「そこまで知っているのか。流石は叡智を司るジャフリール家だ」

 

何?ガルドラボークさんはヴァーリの親のことを知っているのか?ヴァーリのおじいさんって滅茶苦茶強いの?

 

「ジャフリール家は長きに渡ってディンギルと戦うべき六華閃の名に泥を塗り続けた。なればこそ俺はその汚名を払拭する。誰よりも強かったローハンの遺志を継ぎ、六華閃の使命を体現することでな」

 

ガルドラボークさんの赤い瞳が真っすぐに俺達を見据える。その内には激しい意志の炎が太陽のように燃えるようだった。どこか昏い色のあるポラリスさんと違い、そら恐ろしいほど純粋なまでに燃える炎が。

 

「だからこそ俺は君たち全員に覚悟を求める。救世の為、私を遍く公に捧げる覚悟をだ。それなくして俺は君たちを真の戦士とは認められない」

 

これがガルドラボークさんの背負うもの。ただ家の使命だからというだけではない。先祖の罪をあがなう為、尊敬していた恩人に報いる為。数多の人間の人生を彼は背負っている。それが彼の歩みの原動力なんだ。

 

「ガルドラボーク、熱くなってるぜ。らしくねえ」

 

「…少々、感情的になり過ぎた。反省だな」

 

またもレーヴァテインさんに小突かれると、正気に戻ったか眉を顰めて顔を背けてしまう。確かに今のはガルドラボークさんらしくない。いや、これが彼の本質というべきなんだろうか。それを俺は今まで知らなかっただけだ。

 

「俺にはディンギル討伐以外にも使命がある。先祖たちが破棄、改ざんした史料の復元だ。失われた歴史を取り戻し、戦争の全てを明らかにする」

 

そして彼は、ヴァーリが手にする神竜書記を指差した。

 

「その為に、その本は君達に預ける。君達なりに戦争のことを調べているのなら今はとやかく返せとは言うまい。本に記録されたすべてを取り戻したときに返してくれたらそれでいい」

 

「俺達はお尋ね者だ。そんな人間に託していいのか?」

 

「ただの乱暴者でないことは知れている。同じ神秘を探求する者として一応は信頼するということだ」

 

…意外だな。ガルドラボークさんは秩序も重んじる人間だとばかり思ってたから、ヴァーリに強くあたると思ったらそんな評価をしていようとは。

 

「そうか、なら神秘の探求者として一つ訊きたいことがある。この本が神竜書記弐式ということは、壱式もあるということだな」

 

「ああ。壱式は我が家の保管庫にある。ただ、中身は全て破り去られているがね。魔導書を扱う一族として非常に腹立たしい限りだ」

 

弐式は落丁まみれと思っていたら壱式はもっとひどいことになっていた。そこまでするなら本そのものを捨てた方が早いだろ。逆にガワだけ残された理由が気になる。

 

「…長話に付き合わせてしまった。私はこれで失礼する。君達も準備があるだろう。決戦で足を引っ張らぬよう、入念にしてくれよ」

 

「期待してるぜ、コールブランドの暴れっぷりをな!」

 

最後まで嫌味ったらしいセリフを残し、踵を返して去っていくガルドラボークさんとレーヴァテインさん。

これからの戦い、本当に大丈夫なんだろうか…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガルドラボークさんとのひと悶着とヴァーリ達の案内が終わると、疲れた体と心を休めるために一息つこうと俺はその場を離れた。その隣を申し訳ない顔で叢雲さんが付いてくる。

 

「すみません。こんな時にまでガルドラボークが…」

 

「いえいえ、イヤーな奴ですけど彼の言うことにも一理あるのは確かですから」

 

嫌なことばかり言うけど、こういう人は一人いた方が組織が回るんだろうなと思う。憎まれ役というか、必要悪というか。

 

「叢雲さんは、あの人のことどう思ってるんですか?」

 

ふと思ったことを叢雲さんに問うてみる。六華閃の当主という彼と対等な立場であり、同じ使命を背負う者として彼をどう評価しているのか俺は聞いてみたかった。

 

「ああ言う言い方をする人ですけど、大義には物凄く熱い人です。私をレジスタンスに勧誘した時はそれはもう熱心でしたよ」

 

「あの人が熱心…」

 

あんな冷静かつ嫌なこと言ってくる人が、か。ただ俺に言うことも裏を返せばそれだけ使命を果たすことに熱心だからこそ執拗に言うんだと取れる。家の闇に恩人の死。あんな過去を聞けば、そうなって当然だ。

 

「よくも悪くも、先代スダルシャナに影響を受けているんだと思います。私はお会いしたことはありませんが...いくら閉鎖政策を取っていたとはいえ、同じ六華閃の当主。会っておくべきだったと後悔しています。そうすれば…信長もあんなことにならずに済んだかもしれません」

 

レーヴァテインさんと前に話したとき、彼女自身も彼の影響を受けており、ガルドラボークさんは彼の死を機に大きく変わったと言っていた。会うことは叶わずとも、話だけで周囲の人間を変えていく人間性は特筆すべきものだと理解できる。

 

保守的だった天峰家の先代当主も彼と交流できていれば、もっと違う未来があったのだろうか。例えば今この場に信長も居合わせ、共にアルルに立ち向かうような未来が。もしそうだったなら、きっと頼れる戦力になっていただろう。

 

…いや、そんなことを考えても仕方ない。先代も信長ももういない。俺達は散った人達の意志を糧により良い未来へ前進していくしかないんだ。

 

そんなやり取りをしていると、廊下の向こうから見知った顔の集団と鉢合わせる。

 

「おや、深海君と…叢雲さんですか」

 

「よっ」

 

会長さん率いるシトリー眷属だ。会議の後、シトリーだけで打ち合わせをする流れになっていたようだから丁度終わったところなんだろう。

 

「こうして会うのは初めてですね。ずっとお話ししたいと思っていました」

 

「私もです。グレモリーとのゲームの時は刀を融通して頂きありがとうございました」

 

「いえいえ、あの刀はよそ者嫌いの保守的な父への反骨精神で作ったものですから。いいガス抜きにもなりました。ガス抜きと言っても、手は一切抜いていませんが」

 

夏の冥界での合宿。その最後のイベントとしてグレモリー眷属とシトリー眷属でレーティングゲーム形式の試合が行われた。アザゼル先生がグレモリー側のコーチについたように、シトリー側にもパワーバランスを取るべくシェムハザさんとラファエルさんがサポーターとして付いたのだ。

 

その際シェムハザさんからは『反転』を、ラファエルさんからは伝手を使って叢雲さんが打った刀が供与された。その時は天峰家は先代当主の閉鎖政策の影響が強かったため、公に冥界に行くことはできなかったんだろう。

 

「そうでしたか。…実は魔獣騒動でも同じ六華閃のレーヴァテインさんがシトリー領で戦っていたと聞きまして。それも踏まえ、六華閃の方々に是非挨拶をと思っていました」

 

「ぜひ彼女にも挨拶してあげてください。変人ではありますが、悪い人ではありません」

 

叢雲さんの澄んだ瞳が巡さんに移る。緊張に体をこわばらせる巡さんだが、その緊張をほぐす様に叢雲さんはにこりと微笑んだ。

 

「あなたが巡巴柄さんですね、初めまして。天峰家の当主、天峰叢雲と言います」

 

「よ、宜しくお願いします!」

 

「例の試合は拝見しましたよ。結果は残念でしたが、試合に向けて鍛錬されてることがよく伝わったいい戦いだったと思います。それに…刀もしっかり手入れされてますね」

 

叢雲さんの一瞥の先には巡さんが帯刀する日本刀。これまでの戦いで使い込まれた雰囲気はあれど、雑に扱われたような傷や汚れは全くない。

 

「はい!自分なりに手入れのやり方を調べてやってみました。あの刀、本当に切れ味が凄くてびっくりしました。大事に使ってます!」

 

「大事にしてあげてください。私にとって刀とは我が子のようなものです。あなたの思いにきっと刀も応えてくれますよ」

 

「はいっ!!」

 

一生懸命な巡さんに叢雲さんはにっこりと微笑みかけた。

 

何と言うか、叢雲さんって六華閃の中で一番まともかつ話の通じる人ではなかろうか。比較対象が二人だけで、それも大義絶対主義のガルドラボークさんにズボラなレーヴァテインさんしかいないって言うのが良くないんだろうが。

 

ま、それはともかくだ。

 

「匙、お前の援護マジで期待してるぞ」

 

今度の戦いでアルルの動きを止めるために匙の力を借りることになったのだ。つまり、途中参戦かつ力の制御が完璧でなく意識があやふやだったロキ戦とは違い、いよいよこいつも神と真っ向から戦うことになる。

 

「おうよ。にしても、俺まで神と戦うのかよ…あの時はやりますって気合入れて返したけど、今になって怖くなってきたぞ…」

 

顔を不安にこわばらせる匙。普通の反応はこれだよな。神なんて異形界のパワーピラミッドの頂点に君臨する存在。そんな相手と誰が好んで戦うだろうか。俺もロキ戦の時は内心不安いっぱいだったし。

 

「何を怯えているのです。それはあなたが兵藤君たちに並ぶ戦力であると見込まれている証拠ですよ」

 

「そうだぞ。封印されてるドラゴンそのものの姿になるなんて兵藤ですらできてないんだ。それができるお前は凄いと思うが」

 

「マジ…?」

 

「ああ、それにお前の黒炎はあのロキの動きだって止められただろ。お前ならやれるさ、信じてる」

 

「うーん…」

 

会長さんとタッグを組んでも浮かない表情で割り切れないこいつにダメ押すようにそっと耳打ちしてやる。

 

(会長さんの前でいいとこ見せたいだろ?)

 

(!!)

 

ぴくりと匙の肩が震えた。意中の相手を引き合いに出したことで、匙のエンジンが一気にかかる。

 

「わかった、神だろうと何だろうとやってやるさ!!」

 

浮かない感情はあっという間に吹っ飛んだらしい。ぐっと拳を握り、気合もたっぷりの返事をするのだった。あまりの豹変っぷりに若干会長さんも引いているようだ。

 

「急に元気に…何を吹き込まれたのですか?」

 

「いえ!戦いが終わったらいい焼肉食いに行こうって約束です!」

 

そんなこと言ってないが…まあそれくらいは俺のおごりでやってもいいかもな。終わったら打ち上げと別に二人で行くか。

 

「でもなんだか、選ばれなかったことに申し訳ないような、ほっとしているような…」

 

「悔しいけど、私たちじゃ力不足だものね」

 

と複雑な表情でぼやくのは仁村さんと花戒さん。

 

シトリー眷属は会長さんと匙を除いて駒王町で留守をすることになったのだ。理由は実力不足というところが大きい。偶々英雄派と遭遇して戦闘になった前回とは違い、明確に神クラスという相手が見えている。それを懸念してのこと。実力は申し分ない副会長さんは、『王』不在の中で残ったメンバーの取りまとめのために残ることになった。

 

「例の物の用意が早かったら私たちも行ってたのかな」

 

「いや、慣れない中で使っても足を引っ張るだけだろう。今の私たちに必要なのは地力を伸ばすことだ。もっと鍛錬しないとな」

 

ただ一人、前向きなのは由良さん。戦略を組んで戦うシトリー眷属であるもののストイックかつパワー気質な所はどっちかというとグレモリー眷属に近い。しかし草下さんの発言の中に気になるワードが。

 

「例の物?」

 

「ひーみーつー。ですよね、会長?」

 

「そうですね。また時が来たら話しましょう。それまでの楽しみにしてもいいかもしれません」

 

目配せする草下さんに会長さんも珍しく微笑んで合わせてきた。シトリーだけの秘密か、明かされるその時が楽しみだ。

 

「なんかどんどんグレモリーと距離を離されてるよね。やっぱ深海先輩にシトリーに来てほしかったなー。そしたらパワーバランスでつり合い取れたのに」

 

「まあヴリトラがあるって言っても俺一人じゃきついよなぁ…」

 

忘れがちだけど俺、謎の力に妨害されて悪魔に転生できないもんな。それが当然と認識されるあまり俺ですら今になるまで忘れていた。

 

「できないことを嘆いても仕方ありません。…と言っても、私ですら今回は匙が暴走した時のストッパーです。主戦力の兵藤君ばかりに負担をかけるわけにはいきませんから」

 

「それだけ、敵のレベルが上がっているってことですね」

 

「ええ。歯がゆい思いはありますが、その思いを含めオフェンスはあなた方に託します」

 

「勿論です。俺自身のためにも、皆のためにも必ずやり遂げます」

 

会長さんに託されちゃったな。荷が重い気もするが、それも踏まえてこれからに向けての気合が入るというもの。

 

「一つ訊きたいことがあります。もし、あなたの妹さんが戻ってきたらどのようにするつもりですか?」

 

「多分、俺とゼノヴィアの家で暮らすでしょうね。…なるべく、戦いには関わらせたくないと思ってます。辛い思いをしてきたでしょうから、穏やかにさせてやりたいです」

 

俺よりも早くこの世界に転生してから体を勝手に悪事に使われ、頼れるものもなかっただろう。だからその傷を癒すためにも凜には争いから遠ざけ、ゆっくりさせたい。

 

ある程度落ち着いたら俺の仲間を紹介し仲良くなってもらって、この世界で生きる意味と楽しさを見出してほしい。かつての俺もこの世界に一人投げ込まれ、頼りもなく寂しい思いをしたが、天王寺や上柚木、兵藤といった友人を得ることで前向きになれた。だからあいつにも、俺にとっての三人のような人を作ってほしいんだ。

 

「そうですか。では、妹さんの学校はどうするおつもりで?」

 

「ほとぼりが冷めたら、あいつは年齢で言うと中学か高校くらいになるので駒王学園に編入できればって考えてるんですけど…できますか?」

 

「勿論です。リアスとも掛け合い、時期を見て手配しましょう。平穏な暮らしと言っても、人として生活するうえで学校教育は必要だと思いますよ」

 

そろそろ11月という入学するにはカリキュラム的にも厳しい提案にも会長さんは微笑んで快諾してくれた。

 

学校を愛する彼女にとって同学の徒が増えるのは喜ばしいことだろう。俺もあの学校は信頼しているし、いい人がたくさんいると知っているからこそ、凜を通わせたいし一緒に通いたい。

 

「高等部1年なら私と同じクラスにしてほしいっす!」

 

「いいな、仁村さんは明るいからあいつと気が合うかも。同級生として友達になってくれるとあいつも寂しい思いをしなくて済む」

 

「任せてください!」

 

胸を張り率先してあいつと関わろうとしてくる仁村さんの笑顔が眩しい。これならあいつが編入しても心配なさそうだ。

 

「素質があるなら生徒会にも誘ってみるといいんじゃないか?」

 

「それいいね!」

 

「あなた達、会長を無視して勝手に話を進めないで」

 

まだ見ぬニューカマーに由良さん達が盛り上がるのを見て鋭い突込みを入れるのは副会長さん。俺も凜を生徒会に入れてもいいって言った覚えはないが…まあ凜の仲間が増えるには良いだろう。

 

「兎にも角にも、この戦いをうまく終わらせないことには始まりません。必ずや勝ちましょう」

 

「絶対頑張ってくださいね!」

 

「駒王町から応援してるわ」

 

「元ちゃんと一緒に頑張ってね」

 

「おう」

 

凜を取り戻そうとする俺を応援してくれているのは何も一番身近なグレモリー眷属だけじゃない。そのことを改めて認識できた。

 




外伝は改めて今回語られたガルドラボークの過去回想をやろうかと思います。今の大義マンになる前の彼やポラリスとの初対面など、彼のエピソードゼロとも呼べる内容を予定しています。

ガルドラボークはラゼヴァンやリゼヴィムとは面識がありません。ルシファー直系のヴァーリの父、祖父ならあいつらだろうな、という流れです。

次回は決戦のドシリアス前の最後のほんわか回です。

次回、「名剣の巣窟」


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