ノイズさんといっしょ (拙作製造機)
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ノイズさんとの出会い
「いやぁ、それにしてもあの時は驚きました」
「いや、立花の気持ちは分かる。私達も初めて遭遇した時はどうしたものかと思ったからな」
困った笑みを浮かべる響と苦笑する翼。その二人の視線の先には妙に神々しい雰囲気を放つ機械を全身に纏った黒い異形が存在していた。それはその機械の手を使い器用に将棋の駒を持つと、盤へ良い音を響かせるように置いた。
「ふむ、そうくるか。ならば……」
弦十郎が一度だけ腕を組み盤を眺めて駒を掴む。その様を眺めてある女性がため息を吐いた。
「ま、あれは色々と衝撃だったからねぇ」
その女性―――天羽奏はどこか懐かしむように笑った。彼女が今も生きるのを諦めないで済んでいる理由。それが弦十郎と将棋を指している存在。通称ノイズさんのおかげであった。あのツヴァイウイングで行ったネフシュタン起動を兼ねたライブ。そこへ現れた大量のノイズの中にそれはいた。一体だけ異様な存在感を放ち、その威圧感だけで二人は理解したのだ。あれは別格だと。揃って死を覚悟する程の雰囲気の中、それでも人々を守られなければとギアを纏おうとした瞬間だった。
「奏、何か様子がおかしい」
「は?」
「あれ……」
二人の視線の先では、黒いノイズが他のノイズを先導し観客のいない方へと動き出していたのだ。まるで交通整理でもするかのような動きで手を動かし、ノイズ達が整然とそれに従って会場を出ていく。観客達もあまりの出来事に逃げる事も忘れ、その光景をただただ見つめていた。それはツヴァイウイングも例外ではなく、ギアを纏うのも忘れてその光景を見つめていたのだ。だが、さすがにそのままとはいかなかったのだろう。警備員の誘導で観客の避難が静かに行われた。それが終わりを迎える頃、会場に黒いノイズだけが戻ってきた。
「奏、あのノイズがこちらへ来る」
「っ! やっぱりノイズはノイズかっ!」
身構え、今度こそギアをと思った彼女へ黒いノイズは会場の床に手を触れさせて少しだけ炭化させる。本来であればノイズは何かを炭化させると共に自滅するのだが、その黒いノイズは自滅せず存在し続けた。それはある意味で二人にとって恐怖であった。目の前の存在はいくらでも人を殺せる事を意味しているのだから。やがて、床に当てていた手を離し、黒いノイズは二人を見つめ続けた。その手を床へ向けるようにしたままで。
「……もしかして、何か床にある?」
「……慎重に移動するよ」
ノイズからある程度距離を取りながら、二人はその背後から床を見た。そこには、平仮名でこう読めるように炭化させられていた。
「てきじゃない?」
「……嘘、だろ」
「で、でも奏! これはそうとしか」
「ノイズだぞ! 何でノイズが!」
「だけどこれは平仮名だよ! そもそもこのノイズは最初から敵対行動を取らなかった。それどころか」
翼の言葉を無視して奏は黒いノイズを睨み付ける。彼女にとってノイズは家族の仇。それを見過ごす事は出来ないと思ったからだ。すると、その殺気を感じ取ったのだろう。黒いノイズは彼女の方へ向き直ると、素早い動きで行動を起こす。
「「っ!?」」
何とその場に座り込み、土下座したのだ。まるで殺さないでくださいと言わんばかりの動きと情けなさで。これには奏も戦意を削がれた。翼さえ思わず「うそぉ」と声を漏らす程の見事な土下座だった。その後、会場の床を使った何度かのやり取りで黒いノイズはカルマ・ノイズと名乗り、人類に害するつもりはない事と、今後も現れるだろうノイズを平和的に排除する事を条件にその保護を求めてきた。これを受け、日本政府はその対処に頭を悩ませた。何せノイズである。それが日本語を使い、コミュニケーションを求めてきた。更に今後起こるだろうノイズ災害を平和的に解決するとまで言ってきている。
「あの行動はそれを分からせるためのものだったのでは?」
「バカな。ノイズだぞ。信頼出来る訳がない!」
「で、ハーメルンの笛吹きと同じ結末を辿るのですな」
「……万一に備え、例の部署の本部内で軟禁する形が良いかと。以前から計画はあったRN式回天特機装束を流用する事で対処可能だそうです」
その言葉が決め手であった。カルマ・ノイズは通称ノイズ参型と名付けられ、二課内ではノイズさんと呼ばれるようになる。ちなみに壱型は通常のサイズで弐型が大型。そのどちらでもない事から参型と呼称される事になった経緯がある。
そうしてノイズさんは二課で預かる事となり、その察知能力などでノイズ災害を未然に防ぐ事となっていく。
「ふぁ~……凄いんですね、ノイズさん」
「ああ。意思疎通はノイズさん専用ギアによって筆談が可能となった。そして、どうも人間文化への理解も早くてな」
「旦那が暇潰しも兼ねて教えた将棋を今じゃ本を読んで勉強するぐらいまで成長したよ。どうも日本語に限り読めるらしくてさ」
「へ~、ホント不思議なノイズですね」
「立花、ノイズではない。ノイズさん、だ」
「あ、ノイズさん」
翼の訂正におうむ返しの響。そのやり取りにノイズさんが近くの専用ボードを手にする。そこへ何か書いていき、それを終えると響達へ向ける。
「えっと、好きに呼んでくれていい? ホント?」
首を縦に振るノイズさんに響はどこか嬉しそうな笑みを浮かべる。可愛く見えたのだろう。確かに見かけだけなら愛らしさがなくもない。ただ、その全身を覆うようなギアが少々それを無骨にしているが。
「それはいいが、そちらの番だ」
弦十郎の声に体を将棋盤へ戻し、腕を組んで考え込むノイズさんを見て、響達は小さく笑う。彼がいたからこそ立花響はここにいる。しかも、その命を助けられて。ある日の事、彼女は下校途中でノイズと遭遇した。運悪く、そこにいた幼い少女も見つけてしまう形で。一人で逃げれば良かったのだが、人のいい彼女はそれを良しとせず、少女を連れ立ってノイズから逃げ出した。だが、その逃避行も限界があった。彼女も体力が無尽蔵にある訳でもなく、逃げ延びた先の場所でノイズに囲まれてしまったのだ。
―――もう、ダメかな……?
怯える少女を抱き締めながら、そう心で呟いた時、突如としてノイズ達がその場から後退を始めた。何が起きたのか分からぬまま、その光景を見つめる彼女達の前にノイズさんが現れたのだ。その手にしたスケッチブックサイズのボードには「大丈夫?」と書かれてあり、それに彼女と少女は思わず目を疑った。その後、二課の者達がそこへ駆けつけ、少女は母親と再会し響は友里あおいという女性からあったかいものを渡され、事情を説明された。そこで彼女も少女同様今回あった事を黙る事になるはずだった。
「え? ノイズさん? 何か用?」
そこへノイズさんが現れ、あおいへボードを見せたのだ。そこには、響を二課に入れるべきとあった。突然の事で理解出来ないあおいへ、ノイズさんは更にボードへ文字を書く。
「えっと……彼女は装者になれる? まさか、あの時の行動はそのため?」
「えっと? 一体何の事ですか?」
「そのね、悪いのだけどちょっと来て欲しいところがあるの」
こうして響はあおいとノイズさんに連れられリディアンの地下にある二課本部を訪れ、そこである物を渡される事となる。それは、円筒形の綺麗なアクセサリー。待機状態のギアであった。それはノイズさんが奏のアームドギアを砕いて集めて圧縮した物。必要になると訴えての行動であった。
「これを一度身に着けてくれないか?」
「あ、はい」
「そして、もし何か心に浮かんだのならそれを口にして欲しい」
弦十郎から渡されたそれを首にかけ、言われるままに目を閉じて心を研ぎ澄ませる。すると彼女の中にある言葉のような旋律が浮かんだ。無意識にそれを口ずさむ響に周囲は驚き、そして頷いた。ここに二人目のガングニール装者が誕生したのだ。
それが昨夜の出来事。そして、今響は詳しい説明と今後の事も踏まえた相談をするために再び二課を訪れていたのである。ちなみにノイズさんは基本的に本部内を自由に動いている。ただ、大抵発令所か訓練施設で過ごしている。やはりノイズがいる事に慣れない人々もいるので、それに配慮しているのだ。
「ほら、そろそろ待ち時間も終わりにしてくれ」
弦十郎の言葉に頷き、ノイズさんは持ち駒である銀を弦十郎の角の前へ置いた。銀を取るには飛車を動かすしかなく、動かさなければ角を取られた上で王手となる最良手である。これには弦十郎も唸った。
「いや、これは参ったな」
「旦那、ノイズさんが待ったするかってさ」
「いいや、男たるもの待ったはなしだ。ただ、少し考える時間をくれ」
「……ノイズさん、いくらでも待つみたいですよ。にしても、本当に不思議だなぁ~、ノイズさん」
響の声にノイズさんは向き直ると手を左右に動かした。そんな事はないと言っていると察し、彼女は心から笑う。全てのノイズがノイズさんのようであればいいのに。そんな事を思いながら……。
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ノイズさんは事情通
櫻井了子の研究室。そこにノイズさんはいた。彼を目の前にして彼女は何とも言えない顔をしている。その理由は、彼が見せているボードにあった。
「ブラック企業じみてきたんで止めて欲しい、ねぇ」
その言葉に首を大きく動かして頷くノイズさん。何の事か分からない。そう返そうとした了子へ、彼はボードにこう書いて見せる。「ソロモンの杖の乱用、ダメゼッタイ」と。その瞬間、了子の表情が引きつった。ノイズさんはそんな彼女に構わず、片手を差し出してくいくいと動かしている。まるで早く出せと催促するように。
「な、何を言っているのか」
しらばっくれようとする了子へ、ノイズさんはまるでため息を吐くかのように体を動かすとボードへ新しく文字を書いて見せつけた。そこにある文字をしばし見つめ、了子は絞り出すように声を出した。
「…………それはあの男と見た映画の影響か?」
その問いかけに頷くノイズさん。楽しげにボードへ文字を書き、了子へ見せる。そこには「任侠モノっていいですな」の文字。どっと疲れた気がして、了子は項垂れるようにため息を吐いた。
「分かった。私の負けだ」
何せ、その前は「おう姉ちゃん、ネタは上がってんだ。こちとら同胞から話聞けるんやぞ。デュランダル、ネフシュタンとぶつけたろか?」と書かれていたのだ。もう了子は降参した。先日あったデュランダルの移送。それをノイズが襲撃したのだが、それさえノイズさんが平和的に解決したのだ。それに、彼女自身も過去ノイズを使って人を襲わせた事がある。どこから聞いたのか知らないが、ノイズ同士のコミュニケーションなど理解しようがない以上、ノイズさんの書いた事を信じるしかないのだ。こうしてソロモンの杖はノイズさんが没収する事になる。だがしかし、更にノイズさんは了子を追い詰めた。
「……そうか。あの子の事も知っているのだったな」
彼女の視線の先には「ネフシュタンを着てノイズを使役していた女の子、ちゃんと普通に暮らさせなさい」と書いてある。そちらもおそらく使役しようとしたノイズから聞いたのだろう。それがノイズさんのとどめであった。こうして了子はノイズさんの希望により、密かに車へ彼を乗せて隠れ家へと向かう。
「フィーネ? って、あの時のノイズっ!?」
「クリス、落ち着きなさい。彼は敵ではないわ」
「は? 何言って」
そこでノイズさんが見せたのはボードに書かれた「こんにちは。僕、ノイズさん」という文字と、周囲を囲う様に描かれた花やハートという物。あまりの事に言葉を失うクリスへ了子はため息と共にこう告げた。
「もう潜伏生活は終わりよ。貴女を自由にしてあげる。それとソロモンの杖とネフシュタンの鎧も二課へ渡すわ」
「な、何言ってるんだよ。杖と鎧を渡すって……じゃあ、あたしは? あたしも捨てるのか?」
「違う。そこにいるノイズさんがお前に普通の生活をさせてやれとな。でないと面倒な事になる」
「は? ……はぁ!?」
告げられた内容に疑問符を浮かべ、視線をノイズさんへ向ければそこには「やったねクリスちゃん。友達出来るよ」と書かれたボードを向ける彼がいた。あまりの事に混乱するクリスであったが、そんな彼女へノイズさんは機械の手で優しく肩を叩く。
「んだよ?」
視線をやれば、ボードには「いつかノイズさんも友達にしてくれる?」と書かれていた。その内容を理解するのに数十秒はかかったクリスだったが、理解した瞬間無意識に笑っていた。そしてこう告げたのだ。
「いいぜ。なら、あたしの初めての友達はオメーだ」
その言葉にぴょんぴょんと跳ねて喜びを表現するノイズさんに、クリスだけでなく了子も呆れた。だが、二人して知らず小さな笑みを浮かべていたが。こうして翌日、ノイズさんと了子による雪音クリス発見の報と共にフィーネの野望は誰にも知られず砕かれる。先史の巫女はノイズさんへ強い恨みを抱くも、どこかで微かに感謝をしながら櫻井了子として生きる事となり、数年後とある男性からとんでもない申し出を受ける事になるのだが、それはまた別の話。
ちなみに、隠れ家は某国のエージェントが使っていた事にして罪を全部了子がなすりつけたとさ。そんな事があって数日後、二課本部にめでたくリディアンの制服を着たクリスの姿があった。
「へぇ、クリスちゃんもノイズさんと友達になったんだ?」
「あ、ああ。てか、どうしてこいつは将棋の本なんて読んでやがる」
「知らないの? 風鳴司令が教えて、本も買ってあげたんだって。翼さんは今はノイズさんに勝てなくて、司令も五分五分だってさ」
「……世界初で最後のノイズ棋士だな、こいつ」
二人が今いるのは訓練施設内のシミュレータールーム。その片隅で本を片手に将棋を指すノイズさんを見つめていたのだ。イチイバルの装者として二課に配属となったクリスはまず響と友人になり、その流れで同じ学院に通う彼女の親友である小日向未来や安藤創世、寺島詩織、板場弓美とも友人となっていた。余談ではあるが、同じクラスの数人ともぎこちなくではあるが交友関係を築き、クリスはそれをノイズさんにだけ教えている。
「あ、そうそう。奏さんに聞いたんだけど、ノイズさんって訓練の相手にもなってくれるんだって」
「はぁ? あいつが?」
すると、その会話を聞いていたノイズさんが二人へ向き直り、首を縦に振った。更にボードには「俺は、いつ何時誰の挑戦も受ける」と書かれていた。その某プロレスラーのような内容にクリスは呆れ、響は苦笑した。なので、クリスがならばとギアを纏う。響も付き合おうとギアを纏った。それを見てノイズさんは将棋盤を持ち上げて一旦シミュレータールームから運びだし、再び中へと戻ってくるなりその場で軽く飛び跳ねてボクシングのように腕を動かし始める。
「……何かやる気満々だね」
「おもしれえ。ノイズさんの実力を見せてもらおうじゃねーか」
「なら設定してくるね」
「おう、頼む」
未だにシャドーボクシングを続けるノイズさんを見つめ、クリスは響とのコンビなら良い線いけるのではないかと考えていた。何せ射撃と格闘のコンビだ。対するノイズさんはどう見ても接近戦のみ。これならいける。そう思って彼女は微かに口の端を吊り上げた。
「設定してきたよ~」
「うし、ならお前はノイズさんと接近戦だ。あたしは後方から援護する」
「うん、頑張ろうねクリスちゃん!」
こうして周囲の景色が変化したのを合図に二人はそれぞれ動き出す。が、結果から言えば惨敗だった。まず響の打撃はノイズさんにこれっぽっちも通用せず、むしろ彼女がノイズさんパンチで一撃KO。それに面食らったクリスへノイズさんダイブが炸裂。こうして僅か三十秒にも満たない時間で二人は敗北したのだった。気絶する二人をバックにシミュレータールームで両手を掲げるノイズさんの姿があったとかなかったとか。
「あははははっ!」
「笑い事じゃねえっ! 本気で死ぬかと思ったんだ! 真っ黒いのがドーンって飛んできたんだぞっ!」
「ノイズさんは本気で強いぞ。何せ、今のノイズさんは専用ギアのおかげで人が触れても大丈夫だ。だから、軽く司令が手ほどきをしていてな。とは言っても、最初は軽いお遊びだったそうだが」
「あー、司令って凄い強いですもんね。それでかぁ」
ノイズさんのでたらめな強さの裏を知り、響は納得するように笑った。それに奏と翼は少しだけ苦い顔をする。それに気付いたクリスが小首を傾げた。
「どうした?」
「いや、たしかに今のノイズさんの強さは司令が関わっているんだが……」
「そうなる前から、タフネスさはとんでもなかったんだよ。多分だけど、絶唱ぐらい平気で耐え切るね」
思わず絶句するクリス。逆に絶唱を知らない響は不思議そうな表情を浮かべた。そんな彼女へノイズさんがボードを見せる。そこには、ギア装者の捨て身の必殺技と書いてあった。
「へぇ、そんなのあるんだぁ」
首を小刻みに動かして頷くノイズさんに癒されるような笑みを見せる響だったが、クリスはとてもじゃないがそんな気分にはなれなかった。何せ絶唱と言えば一歩間違えば死ぬようなものだ。それを使っても平気で耐え切るノイズなど恐怖でしかない。と、そこまで思ったところで気付いた。
「そういや、あいつってどうしてあたしらの味方してくれてるんだ?」
「ああ、何でもノイズさんをノイズさんにしたのはあたしら人間の恨みとか憎しみなんだって。で、そのせいか、そういうの感じると嫌な気分になるんだってさ」
「故に人を殺させないようにしているそうだ。自分のようなノイズを増やさぬためにもな」
「おーっ、ノイズさんカッコイイ」
「……照れてんじゃねえ」
響の発言に片手を後頭部へ動かしてどこか困っているようなノイズさんを見て、クリスは心の底から疲れた声を出した。そんな二人を見て翼達が小さく笑った。今日も世界は平和です。
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ノイズさんはお見通し
……理想は、届かないから理想なんですよねぇ。
弦十郎と共に街を行くノイズさん。だが、周囲はそれを見ても騒ぐ事はない。それは人間心理を利用した行動だった。こんな街中に、しかもノイズが人間と行動を共にするはずがない。きっと着ぐるみか何かだろう。そう勝手に思い込んでいるのだ。まぁ、ボードを使って意思疎通をしているのもそれに拍車をかけているかもしれないが。
「ん? どうして連れ出したりしたか?」
細かに頷くノイズさんに弦十郎は小さく笑った。
「なに、たまには外の空気でも吸わせてやろうとな。それに、俺なりの礼をしたかったのもある」
その言葉にノイズさんが足を止めて小首を傾げた。それに周囲の女性達が可愛いと声を上げている。事実を知ればきっとそうはいわないだろうが、意外とノイズさんの真実を知れば分からないかもしれない。そう思いつつ、弦十郎は口を開く。
「了子君の、いや彼女達の事だ。クリス君は某国の頼みでやったと言っていたが、そうではない事ぐらいこちらも分かっている。その方が都合がいいからそうしているだけにすぎん」
弦十郎の言葉にノイズさんはボードへ文字を書き込み見せた。そこには「さすがOTONA。おみそれしやした」と書かれている。最近よく見ている時代劇の影響だろう。それに気付いて弦十郎は苦笑した。
「何故ローマ字表記が知らんがそれ程でもない。にしても、本当にお前はすぐに影響されるんだな?」
恥ずかしそうに後頭部を掻くノイズさん。その光景に小さく微笑み、弦十郎は歩き出す。その動きに気付いてノイズさんも後を追う。
「今日連れて行くのはこの辺りで一番大きな本屋だ。将棋ばかりではなく娯楽としての読書も勧めてみようと思ってな」
実はノイズさんへ響が漫画を見せたところ、思いの外受けが良かったのだ。おそらく文字と絵の両方があるからだろうと了子が判断し、ならばとノイズさん自身に選ばせてみようとなったのだ。そこで非番となった弦十郎が責任を負う形で街へ連れ出したと、そういう訳だった。
「ま、気楽に選んでくれ。気に入ったものがあれば買ってやるし、なければないでもいい。お前には、もっと人間の事を知って欲しいんだ」
一度立ち止まって振り返る弦十郎の視線の先では、ノイズさんが嬉しそうに跳ねていた。その子供のような反応に笑みを零すと彼は再び歩き出す。こうして二人は本屋を見て回り、ノイズさんが興味を抱いたのは幼児向けの絵本だった。分かりやすく絵も多いそれが、ノイズさんの中で一番興味を引いたのだろう。
「……俺が言っておいて何だが、本当にこれでいいのか?」
本屋の袋に入った数冊の絵本を大事そうに抱えて歩くノイズさんへ、弦十郎はどこか微妙な表情で語りかける。すると、ノイズさんは大きく頷いてボードへ文字を書く。
「…………そうか。たしかにそういう風にも考えられるか」
そこには「自分はまだ生まれて五年と経っていない。だから子供向けが一番しっくりくるんです」と書かれていた。
こうしてノイズさんは数冊の絵本を持ち帰り、何故か了子の研究室で読みふけるようになりました。その理由が分からない了子でしたが、後年その理由を理解出来たといいます。
―――きっと、あれは私とあの男の接点を作るためだったろうな。
部屋の隅で絵本を読むノイズさん。それを横目にしつつ研究に励む了子でしたが、そこへノックの音がします。
「どうぞ」
「やあ、すまん。あいつは来ているか?」
やってきたのは弦十郎でした。彼は部屋の隅で絵本を読んでいるノイズさんを見つけると、どこか困ったようにため息を吐きます。最近では、ノイズさんはここにいる事が増えてきたからです。別に何か邪魔をしている訳ではないので、了子も弦十郎も止めろとは言えません。
「お前の見たがっていた物が手に入ったぞ。一緒にどうだ?」
どうやらノイズさんは弦十郎と何か映画を見る約束をしていたようです。一度は絵本から顔を上げたノイズさんでしたが、弦十郎と了子を見るなり顔を絵本へ戻してボードを手にします。
「……今日は気分ではない、だと? ふむ、珍しい事もあるものだ」
「そうねぇ。基本的に娯楽の系統は何でも興味を示してくれるものね」
「何々? 普段からのんびりしている自分より、仕事ばかりで息抜きをしていない人を誘ってやってくれ?」
「それって、私の事かしら?」
ボードを置いて大きく頷くノイズさん。それに二人は互いの顔を見合わせ、どうしたものかと思案顔。弦十郎は誘ってもいいのかと考え、了子は別に息抜きをしたい訳でもないからと迷っていました。ですが、やはりこういう時は動くべきだろう。そう男らしく決断した弦十郎は了子へこう声をかけました。
「久しぶりにどうだ?」
「……そう、ね。それもいいかもしれないわ」
お酒を呷るような仕草を見せる弦十郎に、どこか嬉しそうに了子も応じます。こうして二人はノイズさんを置いて部屋を出て行きました。その背をノイズさんがじっと見つめていると知らずに。ノイズさんは人の感情がよく分かります。中でも負の念には敏感です。だけど、それ以外の感情も感じない訳ではないのです。
誰もいなくなった研究室から立ち上がり、ノイズさんは絵本を片付け出て行きます。ドアはオートロックなので心配いりません。そのままノイズさんは二人の背中へボードを向けました。そこには「お幸せに」と書かれてあり、それを大きなハートが包んでいました。二人の互いへ抱く恋心をノイズさんは感じていたのです。
「あれ? ノイズさんだ」
「そんなとこで何してんだ?」
丁度二人の背中が見えなくなったところで、後ろから聞こえた声にノイズさんは向き直ります。そこには訓練終わりなのか。どこか疲れた響とクリスがいました。なのでノイズさんはボードへ文字をかきかき。
「ん? 人間って不思議だね? どういう意味だ?」
「えっと、それを言うならノイズさんの方が不思議なんだけどなぁ……」
「だな。お前、もう少し自分がどういう存在かちゃんと理解した方がいいぞ?」
苦笑いの響と呆れるクリスにノイズさんは少しだけ肩を落とします。どうやら自分が化物扱いされていると受け取ってしまったようです。なので慌てて二人は両手を横に動かしました。
「違うよ!? 別にノイズさんの悪口言ったとかじゃなくてね!」
「そうだぞ!? ただ、珍しいのはお前の方だって言ってるだけだって!」
その言葉に顔を上げ「ホント?」とボードを見せながら小首を傾げるノイズさん。そのどこか可愛らしい様子に二人は心からの笑みを浮かべて頷きます。それでノイズさんは嬉しそうにその場で小さく跳ねました。どうやら機嫌が直ったようです。
「ね、クリスちゃん。ノイズさんって飲んだり食べたり出来るのかな?」
「あ? 無理だろ。大体どこが口だ?」
「あー、そうだよね。じゃ、無理かぁ」
「何がだよ?」
「ん? それはさ……」
不思議そうに疑問符を浮かべるクリスとノイズさん。そんな二人へ響が教えたのは、とあるお店のとある食べ物。こうして響とクリスに手を引かれ、ノイズさんはふらわーへと来店する事になりました。そこで初めて見る鉄板や座敷、座布団などにノイズさんは興奮し切り。おばちゃんは子供が着ぐるみを着ているのだろうと思ったらしく、楽しそうに微笑んでいました。
「はい、これがお好み焼きだよ」
「お~……うまそうだな」
「でしょ? ホントに美味しくてほっぺた落ちちゃうんだから」
響の表現に頷くクリスでしたが、ノイズさんは驚いたようにボードへかきかき。
「え? あー……ほっぺたが落ちるって言うのは例えなんだ。それぐらい美味しいって事」
「でも、こいつはどうすんだ? 食べられないぞ?」
「う~ん……ノイズさん、無理かな?」
二人に尋ねられ、ノイズさんは腕を組んで考えます。たしかにノイズさんに口はありません。だけど、せめて二人と同じ行為はしてみたい。そこまで考え、ノイズさんはポンと手を打ちました。そしてボードに絵を描き始めます。それを覗き込んで二人の少女は次第に笑みを浮かべて行きます。
「……うん、分かった。それなら大丈夫」
「ああ、お前の気持ちは伝わったぜ」
焼き上がったお好み焼きを響が六等分していきます。その内の一つを箸で掴み、ノイズさんの顔へと近付けていったのです。そう、人でいう口がありそうな場所へ。ソースと青のり、鰹節がかかったそれがノイズさんの顔へ触れた瞬間炭化します。それでもノイズさんは嬉しそうに頷いて、ボードへ文字をかきかきします。そしてそれを二人へ見せました。そこには……。
―――これで僕も少しはみんなに近付けた気がする。
と、そう書かれていましたとさ。
途中からは絵本のような書き方を意識しました。よりほっこり出来るかなと思います。どんどん脳内の絵柄がしないフォギア化していくなぁ……。
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ノイズさんの出会いと変化
「着いたわ。ここよ」
了子の言葉にノイズさんは目の前の建物を見上げます。そこは、アメリカは某所にある聖遺物研究を進めている場所です。二課へ参加する前の了子が働いていた場所でもあります。どうしてここにノイズさんが来る事になったのか。それは了子からのお願いでした。
―――このままだと、いつかたくさんの人が困る事になる聖遺物があるの。それをアナタの力でどうにかしてくれない?
良く分からないまでも、了子が本気で心配している事は伝わったノイズさんは、ならばと彼女の誘いに応じたのです。そして初めての飛行機に乗り、海を越えて遠くアメリカの地を訪れたという訳でした。
「ここには、いくつかの聖遺物やギアがあるの。頼んだ事以外に、出来ればそれらも回収出来ないかと思ってね」
不思議そうに小首を傾げるノイズさん。それはそうです。ギアは装者がいなければ意味がありません。それに、誰でも適正があるとは限らないのです。それを了子も分かったのでしょう。小さく笑うとノイズさんへこう教えました。
「装者ならいるわ。ここに、ね」
驚いたノイズさんは思わずボードを落としてしまいました。慌てて拾うノイズさんをどこか微笑ましく見つめ、了子は視線を前へと戻します。
「さ、行きましょうか。話はそれからよ」
小さく頷いて歩き出すノイズさん。二人は研究所の人間に案内され、一路コントロールルームへ向かいます。そこには、車椅子の女性と眼鏡をかけた一人の男性が待っていました。
「お久しぶりですわ、ナスターシャ教授、ドクターウェル」
「どうも」
「お久しぶりですね、櫻井了子。それと……」
「ノイズ参型。我々はノイズさんと呼んでいます」
「これが新種のノイズ……」
ウェルの発言に胸を張るノイズさん。その行動に思わず目を点にするナスターシャとウェルですが、更にノイズさんがボードへ文字をカキカキするやそれを二人へ見せました。
「……本当に意思疎通可能なのですね」
「ええ」
「はじめまして、僕、ノイズさん、か。いやぁ、これは凄い。日本語を見事に使いこなしているじゃないですかっ!」
ウェルの言葉に照れくさそうに後頭部へ手を動かすノイズさん。それが本当に人間くさくてナスターシャは息を吐きました。響や弦十郎達が思う事を彼女も思ってしまったのです。全てのノイズがこうであればいいのにと。そうであれば恐ろしい存在を利用しようなど考えなくて済むのだから。そう彼女は思いました。
「それで、本当にそのノイズは」
「教授? ノイズではなくノイズさんですわ。本人もそう呼ばれる事を喜んでいますので」
了子の言葉にノイズさんは大きく頷くも、またもやボードへ文字をカキカキ。
「……だけど好きに呼んで、ですか。本当に何というか……」
「ノイズという概念を超えていますね、これは」
驚く二人に再び胸を張るノイズさんですが、そこへ三人の人物が姿を見せました。
「マム、訓練が終わったわ……って、ノイズっ?!」
「し、しかも黒いデスよ!?」
「新種……っ!」
即座に臨戦態勢を取る三人の女性へノイズさんは振り向くや小首を傾げます。三人からギア装者特有の何かを感じ取ったのでしょうか。ノイズさんはそのままボードへ文字をカキカキ。その行動に三人も戦意を削がれたのか少しだけ緊張感が和らぎました。そこへ見せられたボードには「君達は装者なの? それと僕はノイズさん。よろしく」と書かれていました。
「「「ノイズさん?」」」
「丁度良かった。マリア、調、切歌。明日、ネフィリムの起動実験を行います。このノイズ、さんはそのための協力者です」
その瞬間、たしかに三人は息を呑みました。それだけ告げられた内容は重いものだったからです。ネフィリムとは、聖遺物を食べる生きた聖遺物。かつてその起動により、この施設で一つの幼く愛らしい命が危うく散る事になりそうでした。そこまでして封じた存在をナスターシャは再び解き放つと言ったからです。だからでしょうか。マリアの脳裏にはある記憶が鮮明に蘇っていました。
―――私が、私が何とかするから。だから、後はお願い……。
その日、起動実験によって目覚めたネフィリムは暴れ出し、研究所を破壊し始めました。このままではみんな死んでしまう。そうなった時、唯一の装者であったマリアの妹であるセレナが立ち向かったのです。絶唱を使い、何とか起動前の状態へネフィリムを戻したセレナでしたが、絶唱による負荷は大きく、その場で崩れるように倒れてしまいました。更にそこへ崩壊した天井が崩れ落ちるのを見て、マリアは妹の最後を想像し目を背けてしまったのです。が、何故か聞こえるはずの衝撃音がない事に気付いて目を開けると、そこには倒れたままのセレナと炭のようになった瓦礫だった物があるだけでした。まるでノイズによる炭化現象が起こったかのように。
そして、セレナは今もあの時のダメージが原因で植物状態のまま眠っているのです。まるで、もうギアを纏いたくない。戦いたくないと、そう心から周囲へ告げているみたいに。
「マム、どうして!?」
「私から提案したのよ。ネフィリムは人の手に負えるものじゃない。だけど、このままではいつか誰かがそれを解き放ってしまう。なら、それを消滅させられる存在に手を貸してもらおうとね」
了子の言葉にノイズさんは全てが分かったように手を打ちました。そう、彼女はノイズさんにネフィリムをどうにかしてもらおうと考えていたのです。マリア達は万一の際のノイズさんの援護及び支援役。その構想を聞かされ、当然ですがマリア達は納得出来ません。ノイズは人類の敵であり、彼女達装者が倒すべき敵と教えられてきたからです。それを、突然仲間として扱えと言われても受け止める事が出来なかったのでしょう。
「マムっ! 本気で言ってるの!? これはノイズよ!?」
「では、どうして友好的にこちらへ接触していると?」
「そ、それは……私達を油断させて」
「悪いけど、それはないわ。ノイズさんは、我々の前に初めて出現した時、大量のノイズを誘導して周囲の人々の安全を図った。その後、二人の装者と向き合い、ギアを纏っていない二人に対して最後には土下座をしたのよ? しかも、その場の地面を使っての筆談までして」
「ノイズが文字を書いた、デスか?」
「土下座って……そんなのするの?」
切歌と調の言葉にノイズさんは頷いた。更にボードへ文字を書き始め、それを彼女達へ見せる。そこには「痛いのも辛いのも嫌い」と書いてあった。そんなノイズさんに二人の少女は目を見開いた。目の前のノイズさんはそんな二人へ違う内容を書いてみせる。それは、クリスも響も見た事のある内容。
「友達になって欲しい?」
「アタシ達と、デスか?」
「バカな……ノイズが……」
不思議そうに首を傾げる調とパチクリと目を瞬かせる切歌。そして、マリアは心底信じられないものをみるような表情をノイズさんへ向ける。三対の視線を向けられたノイズさんは、どこかそわそわするように三人を見ていた。そんなノイズさんを見て最初に動いたのは切歌だった。
「まだ正直信じられないデスけど、少なくても普通のノイズとは違うって分かったデス。ノイズさん、デスか。ならノイズさん。明日の起動実験でその力を見せてくださいデス。お友達になれるかはその後デス」
「……合点承知、だって」
「おーっ、何か変わった返事デスね」
ニコニコと笑う切歌にノイズさんも嬉しそうに頷く。ならばと調もノイズさんへ声をかけた。
「私も明日の貴方の行動で見極めさせてもらう。ただのノイズじゃないとこ、見せて?」
「……うん、頑張る……だそうデス。何か可愛いデスね」
「ホント、子供みたい」
二人の言葉に「僕、まだ生まれてから五年も経ってないんだ」と書いたボードをノイズさんが見せる。それに二人の少女は軽い驚きを見せてから頷いた。それなら子供で間違いないと。一方、マリアはそんなノイズさんにどう接していいかを分からなくなっていた。すると彼女へ了子が小さく微笑みかけてこう告げる。
「向こうにも今の貴女と同じような反応をしていた子がいたわ」
「私と?」
「ええ。その子はノイズに家族を殺された子でね。だからこそ凄い強い憎しみをノイズへ抱いていたのだけど……」
了子はそこで言葉を区切り、調や切歌へ友達紹介として響やクリスの似顔絵を描いて見せているノイズさんを見た。つられるようにマリアも視線を動かす。
「どうやら、ノイズさんはその強い憎しみを嫌がったみたいでねぇ。初遭遇時、彼女から向けられたそれにいきなり土下座したのよ。その時は命乞いと思ったそうだけど、実際は謝罪だったのね。同胞が大切な人を奪ってごめんなさいって」
「……ノイズが……謝罪……?」
「ノイズさんが言うには、同胞達は帰り道が分からないからそれを探して動き回るだけだそうよ。で、彼は帰り道を出してあげられる。まぁ、それを制御出来るようになったのはとある出会いからだそうよ。それまでは自分でも上手く制御出来ず、あちこちへ現れては消えを繰り返してたみたい。で、今はそれで向こうのノイズ被害を平和的に解決してるわ」
その内容にはマリアだけでなくその場の全員が絶句。実は、これを話している了子は多少胸が痛かった。何せ、奏の家族をノイズが殺した一番の原因は彼女自身である。いや、正確にはフィーネだろうか。
「帰り道が分からない……そっか。ノイズも、突然こっちに現れちゃうんだもんね」
「それは……確かに困っちゃうデスよ」
「異次元からの迷子、とでも言えばいいのですか? ノイズもまた被害者と? はっ、何を馬鹿な!」
「ですが、そう考えると彼がこちらへ手を貸してくれている理由が納得出来ます。彼は、同胞を守るために敢えて敵対する存在へ力を貸しているのでしょう。それが一番同胞を助けられると思って」
ナスターシャの言葉にノイズさんは振り向き、ボードへ文字を書いていく。そして、それを見せた。
「…………そんな深い考えはない? ふふっ、ですがそうなっているのです。あなたは知らず一番最善の道を選んだのですよ?」
「あっ、ノイズさんが照れてるデス」
「可愛い……」
「貴女達……」
既にノイズさんを受け入れ始めている切歌と調に軽く驚きつつ、マリアもどこかで似た気持ちになり始めていた。ノイズと人。両方を助けたいと動く不思議な存在へ。こうしてノイズさんとマリア達の出会いは終わる。そして次の日、ノイズさんはマリア達三人の装者と共に起動前のネフィリムと呼ばれる存在を見つめていた。
だが、何故かノイズさんはその実験場で小首を傾げている。何か見覚えがある気がしていたのだ。だけど気のせいかもしれない。そんな風に思い、片手を顔の横に当てながら首を左右に動かして疑問符を浮かべ続けるノイズさんを余所に、マリア達は緊張の面持ちでネフィリムを見つめていた。
「これが……ネフィリム」
「ノイズさんなら倒せるデスか?」
「分からない。どうなの?」
マリアの問いかけにノイズさんは意識を切り替え、ネフィリムをじっと見つめて腕を組んで考え込む。しばらくうんうんと唸るように動かなくなったノイズさんだったが、やがて何か思いついたのか両手をポンと打つように動かしたかと思うと、そのネフィリムを持ち上げた。何をするのかを見つめる周囲の前で、ノイズさんはあろう事かネフィリムを自分の体の中へ吸収したのだ。そのあまりの光景にマリア達だけでなくモニターしていた了子達も言葉を失う。
「……だ、大丈夫デスか?」
恐る恐る問いかける切歌へノイズさんは振り返ると頷いた。そして、三人は見た。ノイズさんの顔に当たる部分に歯のない口が出現したのを。それがネフィリムの口である事を理解したのはマリアだった。
「もしかして、ネフィリムはアナタと共生しているの?」
「……おおっ、そうみたいデスよマリア」
「うん、頷いてる」
更にノイズさんはボードへ文字を書いた。そこにはこう書かれた。
「……ネフィリムだって生きてるなら殺さないであげたい。僕とずっと一緒にいるなら誰にも危害は加えられない……だって」
「ノイズさんって優しいデスね。ネフィリムさえも友達にしちゃうデスか」
切歌の表現にノイズさんは少し驚いたように反応を見せ、少し間を置いて嬉しそうに頷いた。彼もどうやらそこまでは考えてなかったらしい。そして、きっと彼の中にいるネフィリムへ問いかけたのだ。友達になってくれるかと。その結果、友達が増えて嬉しそうにぴょんぴょん飛び跳ねるノイズさん。その光景を楽しげに見つめる調と切歌。マリアは複雑な心境でそれを見ていた。
(もし叶うなら、アナタにもっと早く会いたかった……)
そうすれば妹は植物状態にならず、ナスターシャも車椅子とならずに済んだだろう。そして、セレナはノイズさんと仲良く友達にさえなったはずだ。その叶わなかった可能性を思い、マリアは目を閉じ顔を伏せた。すると、その感情を感じ取ったノイズさんがマリアへ顔を向ける。そこで彼女の方を見つめて文字を書き始めた。それを終えるとゆっくり近づき、彼女の肩を機械の手でそっと叩く。
「……何?」
顔を上げたマリアが見たのは「悲しまないで。僕も悲しくなっちゃうから」と言う文字。そしてノイズさんは更にボードへ何かを描き、マリアへ見せる。そこには、笑顔のナスターシャ達とある言葉が描かれていた。
「そう……そうね。私が悲しんでいてはみんなも悲しむと、そういう事ね」
書かれていたのは「一つの笑顔が誰かの笑顔を作る」というもの。小さく笑みを零すマリアにノイズさんは嬉しそうに頷く。すると、その体を優しく包むような温もりを感じた。マリアがノイズさんを抱き締めたのだ。
「ありがとうノイズさん。いつか私の妹にも会って頂戴。今は眠っているけど、きっといつか目を覚まして私と同じで友達になってくれるわ」
「ズルいマリア。私もノイズさんとお友達になる」
「アタシもデスよ。ノイズさん、仲良くしようデス」
マリアの行動に照れる様な反応を返すノイズさんへ、調と切歌も近寄って微笑みかける。その三つの笑顔に知らずナスターシャと了子も笑みを浮かべ、ウェルでさえもノイズさんの行動にある種の英雄らしさを感じたのか微かに笑う。まぁ、その笑みはお世辞にも爽やかではなかったが。そんな周囲の感情を感じ取り、ノイズさんは満足そうに頷いた。
こうしてノイズさんの初旅行は終わる。三人の友達と一人の理解者を得、そして今はまだ眠る一人の少女とも会う約束を交わし、一人の強烈な興味を引く形で。帰りの飛行機の中、ノイズさんは一つの絵を描く。それは、響達二課の面々とマリア達F.I.Sの者達が揃って笑っているものだった。
「……そうなれるといいわね」
了子の言葉にノイズさんは大きく頷き窓から外を眺める。遠くなっていくアメリカの大地を名残惜しそうに見つめながら……。
察しの良い方は気付かれたでしょうが、セレナを助けたのは突発的に現れたノイズさんです。ただ、現れた瞬間瓦礫に接触した事で驚いて、慌ててまた別の場所へ移動していますが。
ですが、そうなるとノイズさんの言っている年数と計算が合わないんです。その理由についてはまたいずれ……。
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ノイズさんは思い出す
こことは違う別の世界。そこで僕は生まれました。だけど、その時の僕はまだ僕ではなく、他の仲間達と似たようなものでした。とにかく人間が憎くて憎くて仕方なくて、沢山の仲間達がいる場所へフラフラと行っては人を殺していました。
―――こいつは……新種のノイズかっ!
―――くっ、強いわね……。
―――なら、イグナイトモジュールで……っ!
ぼんやりとしか思い出せないけれど、装者と戦った気もする。でも、よく思い出せない。響達だった気もするけど、あんなギアじゃないからきっと違う。違っててほしい。じゃないと、僕は僕を許せないから。そこで一旦僕の記憶は途切れて、また別の場所で今度は奏によく似た装者と戦った気がする。その装者もギアが違うから多分別人。そこでもまた記憶が途切れる。次は水着を着た翼達と戦った気がする。そんな風に、僕の中には僕じゃない僕の記憶が沢山ある。
「だけど、最後はいつも同じなんだ」
僕は殺される。いつもいつも殺される。だけど、その度に僕の中に何かあったかいものが流れてきてた。それは歌。優しい歌や勇ましい歌、激しい歌に切ない歌。いろんな歌が僕の中へ流れ込んできたんだ。そして、いつだったか僕はこの世界にいた。よく分からないけど、あちこちへ行けるようになって。
「……どこに行けばいいのかな?」
よく分からないまま、僕はその力を使ってお出かけした。ある時は仲間達が人間を襲っているところへ、またある時は火事の中へと、色んな場所へ。そして、僕がノイズさんって呼ばれるようになった瞬間は、今でもはっきり思い出せる。
―――侵入者? それも、黒いノイズ? ふむ、面白いな。しかも、俺を襲ってこないとは。
それは不思議な格好をした女の子に出会った時。その場所は暗くて冷たい所で、後ろを向いたら四つの人形が置いてあった。その時は、また変なとこにきちゃったんだと思った。
「人間がいる。でも、どうしてこんな場所に一人なんだろう?」
もう僕は誰も殺したくなかった。だから動かないでその子の好きにさせていた。ただ、その子から強い嫌な感情を感じたから何度も謝った。きっと僕や仲間達がこの子の大切な存在を殺しちゃったんだって思ったから。だけど、そんな事を繰り返していたら、そうじゃないってその子は教えてくれた。
―――俺のこの感情は人間に対してのものだ。お前やノイズへじゃない。
ほっとしたけれど、じゃあ何で人間が人間に嫌な感情を抱くんだろう。そう思ってその子を見つめると、その子はポツリポツリと話してくれた。お父さんと二人で旅をしていた事、途中でれんきんじゅつって知識を使って困った人を助けていた事、そしてそれが原因でお父さんを殺されてしまった事。
―――俺はパパを殺した奴らが憎い! だが、それよりもパパの残した命題を解く事の方が大事だ。
その子は僕に色んな事を教えてくれた。今思うと、あの子も寂しかったんだと思う。それと、僕のあちこちに行く力をちゃんと使えるようにしてくれた。何でもれんきんじゅつの転送技術が応用出来たとかなんとかで、仲間達のいる場所へ出られるようになったんだ。それが終わった時、僕はその子に尋ねられた。
―――これからどうする?
どことなくここに居て欲しいと言われた気がした。だけど、僕は決めたんだ。この力で仲間達や人間を助けるって。僕の中にある歌がそうしろって叫んでた。だから僕はその胸の歌を信じて、その子には頭を下げてバイバイした。最後に僕は床へこう書いた。
「また会おうね」
それを見てその子は一瞬驚いた後、何故か帽子で顔を隠してしまったけど、少しだけ悲しい気持ちと同じぐらいの嬉しい気持ちを感じたからきっと大丈夫。それから僕は旅に出た。人間を襲う前の仲間達を家へ帰してやるために。そうこうしていたら、ある日とんでもない場所へ出てしまった。そう、奏や翼と出会った場所に。
「これが僕が覚えている事の全て」
書き終えた日記を見つめ、僕はそう呟いた。でも、正確には声になっていない。僕に口はないからだ。ネフィリムが僕の中にいるから口は出せるけど、それはネフィリムの口であって僕のじゃない。それに、言葉にしないでもお友達は分かってくれる時もある。だからへいき、へっちゃらなんだ。
ノイズさんが将棋盤を机代わりにして真新しい日記へ記したのは、まだ誰にも教えていない彼だけの思い出。そして、それを記した日記は、彼が初めて響とクリスからもらったプレゼントです。
―――はい、ノイズさん。これあげる!
―――この前もらった土産のお返しだ。
あのアメリカ旅行の際、帰りの空港で了子に買ってもらったお土産のお返し。そう二人は言っていました。何故日記かと言えば、それは単純にノイズさんの日々を知りたいから。そう隠す事なく言い放った響にクリスは呆れ、ノイズさんは納得するように頷きました。
そして、どうせならと、まずノイズさんは覚えている昔の思い出を書き出していたのです。長い時間書いていたからか、両腕を伸ばすノイズさん。と、そこへ翼が顔を出しました。
「すまない、ノイズさん。少し手合せを頼めないだろうか?」
雰囲気からして正規の訓練ではないようです。実は、翼がこうして一人でノイズさんへ訓練相手を頼む時は、大体何かストレスを感じた時の行動なのです。だからノイズさんは構わないとばかりに頷きました。
実は、翼は一人で歌う新曲が中々上手く歌えないのです。翼以外は満足しているのですが、本人はどこか上手く歌えていないと感じるのでしょう。その自分への苛立ちを忘れるために翼はここへ来ていました。
「そうか。すまないな」
どこか嬉しそうに翼は一旦部屋を出ます。それを追うようにノイズさんも将棋盤を抱えて部屋の外へ。設定を終えて翼が戻ると、ノイズさんは部屋の中央で正座していました。その雰囲気に小さく苦笑し、翼もその対面へ向かいます。
「剣道の試合のようだな」
ノイズさんは頷きます。どうやらそれを意識しているようです。翼はまた小さく苦笑しました。やがて室内の風景が変化したので、翼はギアを纏います。それを合図にノイズさんがゆっくり立ち上がり、翼も呼応するように動きました。
「いざ、尋常に勝負っ!」
刀を手にノイズさんと向かい合う翼。対するノイズさんはファイティングポーズです。しかし、お互いにそこから動こうとはしません。分かっているのです。下手に動いてはいけないと。じりじりとお互いの間合いを詰める翼とノイズさん。
「……先手必勝っ!」
先に動いたのは翼でした。脚部のブースターを吹かし、一瞬にしてノイズさんへ迫ったのです。そこから繰り出される疾風の如き一閃。ですが、それはノイズさんの体へ届いた瞬間、そのボディに食い込んで離れなくなってしまいました。
「なっ!?」
直後繰り出されるノイズさんパンチ。それを武器から手を離す事で咄嗟にかわし、翼はノイズさんから距離を取ります。
「……まさか私が刃を手放さねばならなくなるとはな」
ノイズさんは翼のアームドギアを手にすると、その場で正眼の構えを取りました。しかも、そこから素振りを始めたのです。ただ、そのやり方は無茶苦茶でした。それが剣道教室に通うようになった子供のようで、翼は知らず微笑みを浮かべてしまいました。
「違うよノイズさん。素振りはそうじゃなくて……」
きっと見よう見まねでやっているのでしょう。ノイズさんは足運びなどが滅茶苦茶でした。それを見て翼は微笑ましく思いながら近付いていきます。こうして手合せはノイズさんだけのための剣道教室へ変わり、翼は教えながら基礎や基本を見つめ直す事となって、終わった時には笑顔を浮かべていました。
「ありがとうノイズさん。おかげで何か大事なものを見つめ直せた気がする」
それなら良かった。そう思ってノイズさんは帰っていく翼へ手を振ってお見送り。と、翼の足が廊下のある物を見て止まりました。それは将棋盤の上にある日記。そこには、ノイズさんの思い出と書かれています。
「これは?」
将棋盤を戻そうと姿を見せたノイズさんへ翼は日記を指さします。すると、ノイズさんはボードへ文字をカキカキ。
「……立花と雪音からの。そう、あの二人が……」
後輩二人の行いに翼は優しい気持ちになって笑みを零しました。それがノイズさんに伝わったのでしょう。ノイズさんも嬉しそうに頷きました。と、そこでノイズさんは日記を手にその場へ座り、将棋盤を机代わりに何かを書き始めました。翼はそれを眺め、小首を傾げます。やがて書き終えたノイズさんが日記を開いて翼へ見せました。
―――今日は、翼と手合せした。だけど、途中から僕に翼が剣の使い方を教えてくれて楽しかった。今度は剣道の試合みたいに手合せしたいな。
その子供のような文章に、翼は軽く驚きつつも何だか心があったかくなったような気がして笑顔を見せました。
「楽しかったのはこっちもだから。うん、今度は竹刀を持ってくるね」
こうして二人は手を振り合って別れました。帰り道、翼はふとある事に気付いて足を止めました。
「そうか。私は上手く歌う事ばかり考えて、楽しむ事を忘れていた。音楽は音を楽しむものだ。本当に、基本を忘れていたな私は」
翌日、楽しむ心で歌った歌は自他共に認めるベストテイクとなり、風鳴翼の新曲はあちこちで笑顔を作る事になったとさ。
はい、ノイズさんの正体はXDで倒され続けたカルマ・ノイズの集合体です。その結果、装者達の想いや歌を浴び続け、あったかいものがその身に宿ったと設定しています。
原作響に見せたいと感想で書かれましたが、まさしく彼女がいたからこそのノイズさんです。握る事さえ出来ない手だからこそ、ノイズさんは差し伸ばす事しかしたくないと、こういう訳です。
生まれたのが五年前。これは、ノイズさんの中にあったかいものが生まれたのがこの作中世界での五年前という意味でした。
分かり難くて申し訳ないです。
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ノイズさんといっしょ
「ノイズさん、口が出せるようになったけど食べる事は出来ない?」
ある日、響はいつものようにノイズさんとの訓練を終えてそう問いかけました。彼女はアームドギアがありません。なので同じ無手でありながら、奏や翼に勝てるノイズさんを手本に日々学んでいるのです。あとは、ノイズさんが可愛いからでしょうか。
「えっと、何々……した事ないから分からない、か。そっか。そうだよね」
そもそもノイズさんは食事を必要としません。考えてみればノイズはそういう機能そのものがないのですから当然です。響が納得するように頷き、ノイズさんを見つめました。
「でも、せっかく口があるんだし……」
「何やってんだい?」
聞こえてきた声に響とノイズさんが顔を動かします。そこには奏が立っていました。
「奏さんっ! 実は、ノイズさんに一度ご飯食べさせてみたいなって」
「ご飯? ああ、口が出せるようになったからね」
「はい。まぁ、ノイズさんのじゃなくて体にいるネフィリムのらしいですけど」
「いいんじゃないかい? もしかしたら、それでノイズさんも味が分かるかもしれないよ?」
その言葉に響とノイズさんは顔を見合わせます。本当にそうなんだろうか。もしそうならいいな。そんな事をお互いに思って響は笑みを浮かべました。それにノイズさんも嬉しそうに頷きます。こうしてノイズさんは響と奏に連れられて外へと繰り出しました。目指すはスーパーです。
「しっかし、本当に誰も怖がったりしないんだね」
「そうなんですよ。司令やクリスちゃんも言ってましたけど、堂々としてる方が意外とばれないみたいです」
「ま、普通街中にノイズがいて、しかも人間と仲良く歩いたりしないわな」
そんな奏の言葉にノイズさんは頷いて、ボードへ文字をカキカキ。
「だけど、そんな世界になれたら一番いい、か。ノイズさんはロマンチストだねぇ」
「でもでも、私もそう思うよノイズさん。みんなで笑い合えるといいよね」
心からの賛同にノイズさんは嬉しく思ってぴょんぴょんと跳ねました。その行動に響だけでなく奏や周囲の人達も笑みを浮かべます。それと、周囲がノイズさんを怖がらないのは響に手を繋がれているのも大きいでしょう。ノイズさん専用ギア様々です。
やがてノイズさんの視界に大勢の人が出入りする建物が見えてきました。そこがスーパーです。ノイズさんは初めて見るスーパーに興奮したらしく、キョロキョロと辺りを見渡します。そんなノイズさんに響と奏は微笑みを浮かべました。
「何か、こう見るとやっぱ子供みたいだよね」
「ですね。かっわいいなぁノイズさん」
「そうだね。っと、そろそろ中に行くよ。タイムセールが始まったら厄介だ」
「わわっ! そうですね! ノイズさん、行くよ!」
差し出された手を掴み、ノイズさんは響達と共にスーパーの中へ。そこは、ノイズさんの知らない物だらけでした。野菜や果物、魚に肉。それだけではありません。日用品や惣菜など、ノイズさんが関わるはずのない物が所狭しと並べられていたのです。
「まずはオニギリかな?」
「果物なんかもいいんじゃない?」
「あー、ですね。ノイズさん、何か気になる物ある?」
その問いかけにノイズさんは両手で大きな円を描きました。どうやら全部という事です。そんな答えに二人は一瞬面食らい、やがて笑いました。
「全部かぁ。それはちょっと買ってあげられないなぁ」
「ま、考えてみりゃノイズさんにとっちゃ、スーパーなんて来るはずのない場所だもんな。じゃあいいや。ノイズさん、直感で欲しいって思ったもんを三つ選びな。それを買うから」
奏の申し出にノイズさんは嬉しそうに頷くと、興味津々といった雰囲気で棚を眺め始めました。色取り取りの果物や野菜。その光景だけでも目移りしてしまいそうです。困ったノイズさんは一つだけここから選ぼうと決めました。
「お、どうやら決まったみたいだね」
「ホントだ。ノイズさんが頷いてる」
二人の見ている前でノイズさんは目に鮮やかな太陽色をした果物を手に取りました。オレンジです。それを奏が持っているカゴへ入れます。柑橘系の爽やかな香りが少しだけ二人にも届きました。
「じゃ、次行っていいかい?」
「……いいみたいですね」
二人の後をついていくようにノイズさんは歩きます。次に止まったのは魚売り場。独特の匂いが微かにしますが、ノイズさんには分かりません。ただ、キラキラと輝く魚の姿にノイズさんは食い入るように見つめます。
「ん? どうしたんだ?」
「どうもお魚はもういいみたいですね」
首を傾げるノイズさん。何となくですが魚は欲しくないようです。ならばと次に向かったのは肉売り場。そこでノイズさんは足を止めるも、すぐに動き出そうとします。
「嘘っ! もういいの?」
「……多分だけど、命の鼓動がないからじゃない? ノイズさんはそれを感じ取ってんだよ」
「あー、そっかぁ。だからお魚はいいやってなったんだ」
奏の考えは当たっていました。ノイズさんは綺麗に輝くのに弱い命の鼓動の魚や、加工されてまったく命の鼓動がない肉を嫌がったのです。ならばと菓子売り場へ行くと、ノイズさんは再びキョロキョロし始めました。
「あれ? お菓子には反応しますね?」
「う~ん……子供だから?」
「まっさかぁ」
笑い合う二人を余所に、ノイズさんはあるスナック菓子を見つけて手に取りました。赤いパッケージのそれは時々クリスが食べていたものです。だからでしょうか。ノイズさんは頷いてそれをカゴへと入れました。
「意外だね。ノイズさんがチョコ菓子なんて」
「でも、これクリスちゃんが好きなやつですよ。だからかな?」
満足そうにしながら周囲を見て歩くノイズさんを眺め、二人は小さく首を傾げます。最初から加工されている物ならばノイズさんは気にしないのです。次に向かったのは飲料売り場。すると、ノイズさんは迷う事なくある物を選びました。青いラベルの大きなペットボトル飲料を。
「「スポーツドリンク?」」
揃って疑問符を浮かべる二人へノイズさんは力強く頷くと、ボードへ文字をカキカキ。やがて書き終えたノイズさんは、それを二人へ見せました。それで二人はノイズさんの選択の意図が分かったのです。
―――最初は響と奏、次はクリス、最後は翼。
どうも色で装者四人をイメージしていたようです。こうして買い物を終え、本部へ戻るノイズさん達。そしてそのまま食堂へ向かいます。そこには、奏に呼び出された翼とクリスもいました。
「奏、一体何?」
「何か大事な話があるらしいけどよ」
「それはノイズさんから聞きな」
「ノイズさん、はい、どうぞ」
響から渡された袋を受け取り、ノイズさんはそこからオレンジとスポーツドリンク、そしてチョコ菓子をテーブルの上へ置きました。それを見つめ、翼とクリスは首を傾げるしかありません。そんな二人へ奏が先程のスーパーでの事を話してあげました。
「……そうか。ノイズさんなりの私達か」
「にしても、あたしが食べてた菓子なんてよく覚えてたな」
「色がギアに似てるからじゃないかな? あと、それだけノイズさんがクリスちゃんを好きなんだよ」
「なっ! そ、そういうこっぱずかしい事言うんじゃねーよ!」
「クリス、照れるなって。顔、赤いよ?」
仲良さそうに話す四人を見つめ、ノイズさんは小さく頷くとボードへ何かをカキカキ。それに気付いた翼がノイズさんの後ろへと回ります。すると、他の三人も気付いて同じようにノイズさんの後ろへと移動し始めました。ノイズさんは絵を描いています。それは、響達四人の笑顔です。その拙いけど優しい絵に見ている四人も自然と笑顔になっていきます。
「……いいもんだね」
「うん、心が温かくなる」
「ま、悪くはねーな」
「ノイズさんの絵、可愛いなぁ」
絵を描き終えたノイズさんは、その一番上に文字を書き始めました。そこには「僕の大事なお友達その1」と書かれています。そこで四人揃って小首を傾げました。その1が自分達ならその2は誰だろうと思ったのです。するとノイズさんもそんな四人の気持ちを察したのでしょう。描き終えた絵を保存し、また新たに描き始めました。それはマリア達F.I.Sの装者三人。初めて見る顔に四人は小首を傾げます。
「これは……櫻井女史と訪れたという施設の者達だろうか?」
「多分そうじゃないですか? にしても、ノイズさんの絵もあって可愛いなぁ」
「だけどよ、こっちのも笑顔なんだな」
「ノイズさん、誰かが笑ってるの好きだからねぇ」
描き終えると一番上へ「僕の大事なお友達その2」と書きました。そしてそれを保存すると、ノイズさんは絵を見せながら響達と絵を交互に指し示しました。揃って首を傾げる四人でしたが、何となくノイズさんの言いたい事が分かってきました。
「もしかして、この絵の三人とあたしらが同じって言いたい?」
奏の言葉に嬉しそうに何度も頷くノイズさん。するとそれがどういう意味かを察したのは翼でした。
「まさか、彼女達も装者?」
更に嬉しそうに頷くノイズさん。顔が取れそうなぐらいの勢いです。
「成程な。じゃ、おめーの友達は装者ばかりかよ」
その言葉にノイズさんは首を横に振りました。どうやら違うようです。理解出来ないクリスへ響が笑顔で補足しました。
「違うよクリスちゃん。装者が多い、だよね? ノイズさん」
響の言葉にノイズさんは力強く頷いて再びボードへ顔を向け、何か操作を始めます。そして、ボードを四人へ見せました。それは、あの飛行機の中で描いた絵。ノイズさんの大切な人達がみんな笑っているものです。それを見て響達は言葉がありませんでした。何も絵が凄いからではありません。彼女達を黙らせたのはその上に書かれた文字です。
―――僕の宝物達(もっと増えてくれると嬉しいな)
気付けば四人は微笑んでいました。ノイズさんにとって人との出会いは宝物なのです。そして、その人達が仲良くしてくれたら余計に。友達になろう。これはノイズさんにとっての唯一にして最大の攻撃です。触れる物全てを炭にしてしまうノイズさんだからこそ、目には見えないし触れる事の出来ない絆が大好きなのです。だって、絆や友情はノイズさんであっても炭化させられません。まさしく永遠不滅なモノなのですから。
「……翼、もしさ、もしノイズが本当はみんなこう思えるんだとしたら、あたしは許してやれるかもしれない」
「奏……」
「ノイズさん、あたしはもっと早くお前に会いたかった。ううん、もっと早くこの世に生まれてきて欲しかったよ。そうしたら……」
目に涙さえ浮かべて奏はノイズさんを優しく抱き締めます。その悲しみを感じ取り、ノイズさんは顔を動かして翼を見つめました。
「……奏、ノイズさんが悲しそうだ。笑っていて欲しい。そう思ってるみたい」
「そっか。ノイズさんはあたしらの感情が分かるんだっけ。ごめんね、ノイズさん。つい愚痴っちまった」
「奏さん……」
「こいつ、ホント不思議な奴だよな。どんな相手とも友達になろうとしやがる。しかも、ギアがない時だってそうだったんだろ?」
「ああ、初めて会った時からこちらへ友好的だった。ノイズと私達を争わせないようにしていた」
ノイズさんを見る翼の目はどこか優しいものでした。彼女はノイズさんの姿に本当の強さを見たからです。争う事なく物事を解決する。それが出来る事こそが真の強さだと翼は思ったのでしょう。
「だって、みーんなで仲良く出来るのが一番だもん。そうだよね、ノイズさん」
まるで自分と同じ考えをしてくれる響の言葉に、ノイズさんは心から嬉しく思って深く頷きました。そしてボードへ文字をカキカキ。
―――響は僕と同じ考えしてくれるから嬉しい。
その言葉に響はとびっきりの笑顔でこう返しました。
―――じゃ、私はノイズさんといっしょだね!
眩しい笑顔とあったかい言葉。それにノイズさんはしばらく動けませんでした。何故だか胸の歌が大きく反応していたからです。響達はそんなノイズさんに疑問符を浮かべました。いつもであれば跳ねたり頷いたりしてくれるノイズさんが何も反応を返さなかったからです。どうかしたんだろうか。そう思って声を掛けようとしたその時でした。
―――あ、りが……と、う。
聞こえてきたのはたどたどしい日本語。ただ、それは耳にではなく彼女達の頭の中に響きました。揃って顔を見合わせる響達でしたが、何となく声の主は分かっていました。
「今のって……」
「ああ、多分そうだろう」
「子供みてーな声だったな」
「あれがノイズさんの声かね?」
頷き合って四人はノイズさんを見つめます。ノイズさんは不思議そうに首を傾げていました。ノイズさん自身も今の声がどうやって出せたのか分からないのです。
「ノイズさん、もう一回言ってみてくれるか?」
「こういうのは何度もやって身に着けるものだ」
「頑張れ、ノイズさん」
「オメーなら出来る」
四人の励ましを受けてもノイズさんの声が再び聞こえる事はありませんでした。だけど、一度出来た事。それが感謝を告げるものだった事。それがノイズさんだけでなく四人の中で希望となりました。いつかまた出来る日がくる。その時は、叶うなら会話をしたい。それがその場にいた五人の共通の想いでした。
「じゃ、まずは飲み物から」
「おー、飲んでる飲んでる」
「どうだ、ノイズさん? 味は分かるか?」
「……無理みてーだな。だけど、嬉しいみたいだぞ」
「じゃあじゃあ、次はオレンジいってみよう」
その後は、買ってきた物をみんなで食べる事にしました。ネフィリムの口へ飲み物や食べ物を入れて食べてもらいます。ですが、ノイズさんには味が分かりません。だけど、ネフィリムが喜んでいるので嬉しくなっています。なので結果オーライです。
この日の日記は、こう書かれました。
―――今日は奏と響と一緒にスーパーへ行きました。見た事のない物がいっぱいで楽しかった。おれんじとちょこ菓子とすぽーつどりんくを買ってもらって、みんなで食べたよ。ネフィリムも喜んでくれて嬉しかったな。今度は、司令やマリア達ともしてみたいな。
これにて一旦終了です。短編でさっくり終わるつもりが書いてる内に長くなりそうだったので、一応の区切りを付けます。連載にするような内容かとも思っていましたのでね(汗
まえがきにも書きました通り、もしかしたら続きを書く覚悟が決まって再開するかもしれません。その時は連載に切り替えますので、その際はどうぞよろしくお願いします。
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ノイズさんとネフィリムくん
「あー……はいっ!」
「ヴァ~」
ノイズさんを前にして響が何かやっています。どうやら言葉を教えているようです。
ノイズさんはネフィリムにお願いして同じ音を出してもらおうとしますが、中々上手くいきません。
「う~ん、違うんだよなぁ」
腕組みをして首を捻る響を見て、ノイズさんもしょんぼり。あの日聞こえた声。それとは明らかに違う声ですが、ノイズさんとネフィリムは今や一心同体。ノイズさんが思えばネフィリムが応える関係です。
つまり、ネフィリムが喋れるようになれば、それはノイズさんの言葉となってくれる。そう信じて二人は頑張っていました。
「あっ、こんなところにいた」
「ほぇ? 未来?」
そこへ現れたのは響の親友にしてノイズさんの宝物となってくれた小日向未来です。
彼女は響と一緒に振り向いたノイズさんへ微笑みながらそこへ近付いてきます。
「未来? じゃないでしょ。今日は発売日なのにいいの?」
「発売日?」
「ヴィ?」
まるで鏡のように首を傾げるノイズさんと響を見て、未来は呆れながらも楽しそうに笑いました。その笑顔にノイズさんは嬉しそうに頷き、響はやっぱり未来は可愛いなぁとほっこりします。
「ふふっ、マリア・カデンツァヴナ・イヴの新曲だよ」
「ああっ! そうだった!」
未来の告げた名前に響は思い出したとばかりに立ち上がります。マリア・カデンツァヴナ・イヴとは、ノイズさんが遠くアメリカで出会い仲良くなった相手です。
響達はノイズさんの書いた絵でしか知りませんでしたが、ある時ツヴァイウイングと合同ライブをやる相手として奏と翼から見せられた写真でノイズさんがビックリしたため、彼女がノイズさんが出会った装者なのだと分かったのです。
そして、ならばとクリスがマリアの曲を購入しみんなで聞いてすっかりファンになったのでした。
「今回の曲は絶対合同ライブで歌うはずなんだ。ごめんノイズさん。私、行かなくちゃ!」
「ノイズさん、響にはちゃんと注意しておくからね」
慌てて帰り支度を始める響を眺め、未来はノイズさんへ申し訳なさそうにそう言いました。
それにノイズさんは首を小さく横に振ってからボードへカキカキ。それが終わると未来へボートを見せます。
「えっと……気にしないでいいよ。でも僕にも聞かせてね。うん、分かった」
「未来、お待たせ! ノイズさん、また今度ね!」
「バイバイ」
ヒラヒラと二人へ手を振ってノイズさんはお見送り。途端に静かになるシミュレータールームでノイズさんはどうしたものかと考えます。
やがて何か思いついたのかノイズさんは両手を打ち、再びネフィリムの口を出現させました。
「ヴァ~、ヴィ~、ヴ~、ヴェ~、ヴォ~」
どうやら発声練習のようです。ある意味で難しい発音をこなすのは凄いと言えるかもしれません。
ただ、それはノイズさんが望む音ではありません。なのでもう一度です。
「バ~、ビ~、ブ~、ベ~、ボ~」
少し声が変わった事に気付いてノイズさんは嬉しそうに飛び跳ねました。ネフィリムの口は少し自慢げに笑っています。
スゴイスゴイとはしゃぐノイズさんと、どうだいと胸を張るネフィリムの姿が浮かぶようです。
その後もシミュレータールームから濁った声のようなうめき声のようなものが響きました。
―――今度響と会ったら挨拶だけでもしたいな。
ノイズさんのそんな気持ちが伝わったのか、ネフィリムも何度も何度も声を出し、付近を通った者達が怪獣映画でも流しているのかと思う程、とても長い時間二人の頑張りは続きました。
そして翌日、手に入ったマリアの新譜を手に未来を連れて響がノイズさんの下を訪れました。
「ノッイズさーん、来たよ~」
「こんにちはノイズさん」
定位置のシミュレータールームへ揃って顔を出した二人は、隅で絵本を読んでいるノイズさんへトタトタと近寄って行きます。
するとノイズさんも二人に気付いて顔を絵本から上げました。
そして手にした絵本を手元へ置くと、片手を口元と思われる場所へ当てて咳払いをするかのような動きを見せました。
何だろうと同時に首を傾げる響と未来へ、ノイズさんはネフィリムと示し合わせるかのように口を出現させて首を大きく動かしました。
まるでリズムを取るかのようなそれは、きっと合図なのでしょう。それを見た響と未来は「せ~のっ」と言う声を頭の中に浮かべました。
「や~」
片手を上げて出した声。それに二人は目をパチクリ。その二人の反応を見せてノイズさんは小首を傾げます。
伝わらなかったのかなと、そう思ったのでしょう。ならばともう一度同じ動きをして声を出します。
「や~」
そこでやっと二人は分かりました。
「ノイズさんっ! 今の、挨拶してくれたの!?」
今にも飛び付きそうな勢いで問いかける響にノイズさんは嬉しそうに頷きます。
「そうみたいだね」
「うわぁ……感動だよぉ。遂にノイズさんが挨拶してくれるようになったよ、未来」
「うん、凄いなぁ。本当にノイズって思えないぐらい可愛いね」
にっこりと笑顔を見せる未来に、ノイズさんは照れるように手を頭の後ろへ当てます。その姿に未来はもっと笑みを深くしました。
「当然だよ。未来、ノイズさんはノイズじゃないんだもん」
そう言って響はノイズさんへ顔を向けると手にしていたCDを見せました。
「はい、ノイズさん。これ、マリアさんの新曲だよ。一緒に聞こっ!」
「お~」
「返事まで……ホント、凄いなぁ」
こうしてシミュレータールームからはマリアの新曲が流れ、その室内では、その力強い歌声に聴き入るノイズさんを優しい笑顔で見つめる響と未来の姿があったとさ。
「聞いたぞ。お前、簡単な挨拶なら出来るようになったって?」
響達とマリアの新曲を聞いた次の日、日記を書いていたノイズさんをクリスが訪ねました。
「お~」
「うわ、マジか。あん時とは違う声だけど、ネフィリムの声って事か? 器用なもんだな、おい」
言いながらどこか嬉しそうにクリスはノイズさんへ近寄ります。そしてその隣へ腰を下ろすと、ノイズさんの日記を覗き込んで読み始めました。
「何々……今日はネフィリムと発声練習をしました。早く言葉を使えるようになりたいです?」
クリスの読み上げた内容に頷くノイズさん。そして両手を握って決意表明です。それを見たクリスは苦笑しました。
「やる気十分ってか? なんつーか、お前もあの日から頑張ってんだな。ま、あのバカが何かやってるんのは知ってるけど」
頬を指で掻きながらクリスは視線を天井へ向けます。実はクリスは響から相談を受けていたのです。
―――クリスちゃん、ノイズさんとお話し出来るようにしたいんだけど、どうしたらいいと思う?
―――まずは声を出せるようにする事だろ。何でお前は一足飛びで物事を考えるんだよ。
それに対して正論を告げながら注意を促すクリスは、本当に優しく面倒見のいい先輩気質と言えます。ただ、残念ながらそれをあまり表に出さないようにクリスはしていました。
彼女は恥ずかしがり屋なのです。それと、少しだけ素直になれない性格もあって、どうしても話し方がぶっきらぼうな部分がありますが、それをみんなは分かっているのでクリスとしては嬉しいやら照れくさいやらなのでした。
「それで、どうなんだ? まだ単音しか出せねーのか?」
クリスがそう聞くと、ノイズさんはがっくりと項垂れてしまいました。それを見てクリスは慌てます。ノイズさんが自分の言葉に傷ついてしまったと思ったからです。
「お、おい、んな落ち込むなって。あたしはただ確認をしただけだっての」
ホント? そんな風に首を傾げるノイズさんにクリスは何度も首を縦に振ります。
「おう、ホントだっての。でも、そうか。その感じじゃまだ単語は無理か」
ノイズさんとクリスは揃って肩を落とします。しかも、今声を出しているのはネフィリムなのです。
それはクリス達が聞いた可愛い声ではなく、ちょっと怖い声がノイズさんの外見で出されるのは知らない人からすればビックリしてしまう程です。
「うし、じゃせめて名前だけでも名乗れるようにするか」
顔を上げたクリスはそう言うとノイズさんへ向かい合って口を動かします。
「僕、ノイズさん」
「ぼぐ、ヴォイズざん」
「……初めてにしちゃ上出来だけどよ、それじゃ新種のノイズかその進化系みたいだな。いや、あながち間違ってもねーかって褒めてねーから」
すかさず手を頭の後ろへ動かすノイズさんへそう言ってクリスは呆れた顔を見せました。
この辺りにもクリスがノイズさんとこういうやり取りを何度もしている事が窺えます。
「じゃ、もっかいだ。僕……ほら」
「ぼぐ」
「ぼ・く」
「ぼ……くっ」
「おおっ、良い感じじゃねーか。ネフィリムも学習能力高いな」
嬉しそうに笑うクリスは気付いていませんでした。ネフィリムは学習能力が高いから喋れるようになろうとしている訳ではありません。
ネフィリムは聖遺物を食べる事で成長する存在でした。だからこそネフィリムはノイズさんが友達になろうとした事で成長しなくても良くなったのです。
何故ならもうネフィリムは大きくなる必要がないからです。ノイズさんはネフィリムの友達であり守ってくれる親でもあるのですから。
親が出来ない事を子が果たそうとする。これは人間と同じです。ネフィリムはノイズさんが出来ない事を代わりにしてあげようとしていました。
「じゃ、今度は続けて言ってみるか。僕、ノイズさん」
「ぼ、くっ、ヌォイズざん」
「惜しいんだよなぁ。よし、の・い・ず」
「ヌォ・イ・ズ」
「のー」
「……ニョ~」
「マジかっ?! そっちの方が難しいだろ!」
ネフィリムの斜め上の間違い方に驚きつつ、クリスは根気よくノイズさんに、いえネフィリムに言葉を覚えさせていきました。
何度も何度も繰り返し、時に褒め、時に注意し、その様は見る者が見れば姉か母です。
気付けば時間はあっという間に過ぎ、クリスもそろそろマンションへ帰らないといけない時間となってしまいました。
「げっ、もうこんな時間か」
クリスの言葉でノイズさんも顔を動かします。クリスの手にある携帯の時刻を見るためです。
「悪いなノイズさん。あたしはそろそろ帰らないと」
申し訳なさそうなクリスの顔を見て、ノイズさんは顔をフルフルと動かします。気にしていないよ。大丈夫。そんな言葉を告げるように。
「……また、明日も来るからな」
一番最初の友達にクリスは親愛の情を込めてそう告げるとその場から立ち上がりシミュレータールームを出て行きます。その背中にノイズさんは何か声をかけようとしますが、中々いい言葉が思いつきません。
なぜなら”さようなら”では寂しいからです。”バイバイ”も同じです。うんうん唸っている間にクリスは部屋を出て行きました。見えなくなった背中に気付き、ノイズさんはがっくりと項垂れます。
「ぼ・くっ……のぉ・い・ず・しゃん」
ノイズさんの気持ちに気付き、ネフィリムが励ますように声を出します。クリスの指導のおかげで大分言いたい事が伝わるようになったそれに、ノイズさんは少しだけ褒めるように頷きます。
その日も、その後シミュレータールームからやや不気味な声ですが、名乗りをする練習が聞こえ続けます。
そして翌日……
「「「「「あれ?」」」」」
シミュレータールームへと続く十字路で響達五人が顔を合せました。どうやらみんなしてノイズさんの最近の奇行を聞いたようです。
「奏さん達もノイズさんに?」
「そういう立花達もか」
「ああ。あいつ、最近夜通しなんか声出してるらしいっておっさんから聞いたからさ」
「あー、うん。みたいだね~」
心当たりしかない響とクリスはどこか苦い顔です。ノイズさんが頑張り屋さんだと忘れていたのでしょう。ノイズさんは日記をもらってから毎日かかさず書いているぐらいの真面目さんで、それを聞いた未来が響とは大違いだねと苦笑するぐらいです。
目的が同じなら一緒に行こうとなり、五人はシミュレータールームへと向かいます。すると、そこからノイズさんが嬉しそうに出てくるではありませんか。
「あれ? ノイズさん?」
「珍しいな、自分から出てくるなんてよ」
ぴょんぴょんと嬉しそうに飛び跳ねながらノイズさんは五人の前へやってきます。そして……
「ぼくっ、ノイズさんっ!」
「「「「「おおっ!」」」」」
少しだけ怖い声と共にノイズさんが右腕を上げて挨拶したのです。その行動に誰よりも目を輝かせたのは響とクリスでした。
「ノイズさんノイズさんっ! 他には? 他には喋れないの?」
「お前、もしかしてそれをずっと練習してたのかよ。ったく、少しはこのバカみたいにさぼってもいいんだぞ」
今にも押し倒しそうな勢いでノイズさんへ迫る響と、どこか呆れつつも嬉しそうにノイズさんの事を撫でるクリスを見て奏達は気付きました。二人が願った事をノイズさんは叶えたかったのだろうと。
「成程ねぇ。響とクリスの笑顔のために、か」
「ノイズさんらしい。でも、あの声は私達がいつか聞いたものじゃないね」
「えっと、多分ネフィリムっていう子、の声じゃないですか?」
「「……ああ」」
未来の言葉に奏と翼は納得したように頷きました。それと気付いたのです。ネフィリムも本当にノイズさんと同じようになってきていると。
「翼、本当にノイズさんは誰とでも友達になっちまうかもしれないね」
「何言ってるの? 実際になってるじゃない。私達も、そしてマリアも」
合同ライブのため、マリアは昨日来日し軽い顔合わせをツヴァイウイングと行いました。その時、奏達はマリアと三人になった時に聞いたのです。
―――ノイズさんを知ってる?
その問いかけにマリアは一瞬驚きを見せましたが、すぐに笑みを浮かべて頷きました。
―――ええ。私の初めて出来た異種族の友人だもの。
ほんの少しの時間でしたが、三人は知り合いから友人へなる事が出来たのです。ノイズさんという、共通の友人を通じて。
「ぼくっ、ノイズさん!」
「これだけしか言えないんだね」
「じゃ、次は挨拶だ。こ・ん・に・ち・は」
「ぐぉん・にぃ・じゃ~」
「「惜しいっ!」」
響とクリスは声を合わせて悔しがると、それに気付いて響は嬉しそうに笑い、クリスが照れくさそうに顔を背けます。その様子を見たノイズさんは嬉しそうに頷きました。
二人の気持ちが伝わってきたからです。クリスちゃんと同じ気持ちになれて嬉しいという響の想いと、こいつと同じ気持ちになったのかと照れくさいクリスの想いが、ノイズさんの胸の歌をあったかくします。
「ノイズさん、一音ずつ発声してみたら? こ」
「ぐぉ」
未来が優しくお手本をすると、ネフィリムがすかさず声を出しました。ただ、やはり正しい発音ではありません。
「うんと、こ、だよ? まず綺麗な音を出してみて。あー……はい」
「あ~」
未来の教え方は、さすが音楽に力を入れている学院の生徒らしいものでした。そこからは卒業生に在校生を交えた発声練習開始です。
奏が先輩として音頭を取り、ネフィリムも入れたみんなで声を出します。”あ”の音が綺麗にシミュレータールームに響きます。
それはさながら音楽教室です。だけど、ネフィリムも楽しそうにみんなと声を出していきます。ただ、ノイズさんは声を出せないので響達のようにお腹に手を当てて振りをしました。
そうしている内にネフィリムの声は少しだけ綺麗なものへと変わってきました。みんなの綺麗な発声を聞いて成長したのです。
ノイズさんの胸の歌を栄養に、ネフィリムもゆっくりとあったかい心を知り始めたのでしょう。
「せ~のっ」
「「「「「「あ~」」」」」」
六つの綺麗なハーモニーが奏でられ、五人の笑顔と視線はノイズさんの口へと注がれます。ノイズさんもお腹に当てた手でそこにいるネフィリムを褒めるように撫でました。
「じゃ、いくよ? こ」
「……くぉ」
「「「「「お~……」」」」」
練習の甲斐もあり、ネフィリムは綺麗な発声が出来るようになりました。ただ、まだ正しい音ではありません。それでも、みんなは笑顔です。
「次はあたしだね。ん~」
「……ん~」
「なら私が続こう。にー……どうだ?」
「……にぃ~」
「いい調子じゃねーか。ちー……いけるか?」
「……てぃ~」
「うんうん、それじゃ最後。わー……はい!」
「……わ~」
「最後はそれを全部繋げて……」
そこで響は周囲を見回しました。未来達もそれに頷きます。
「「「「「こんにちは」」」」」
それぞれ笑顔でノイズさんへ挨拶します。その笑顔にノイズさんの胸の歌が高鳴ります。すると……
―――こん、に……ちは……。
聞こえてきたのはネフィリムの声ではありません。五人の胸に直接響く幼い愛らしい声です。
「……今のって」
「ノイズさんの声ですよね!?」
「え? そうなの?」
「マジかよ。お前、また出せたのか?」
「ノイズさん、どうだ?」
不思議そうに小首を傾げてノイズさんも考えます。そしてもう一度と思うのですが、やはりもう声は聞こえませんでした。
ただ、無駄ではなかったようです。ノイズさんが声が出せずしょんぼりとした瞬間でした。
「こんにちは、ぼく、ノイズさんっ!」
ネフィリムが教えてもらった言葉を全て繋げて喋ったのです。何とネフィリムは響の言った”繋げて”の意味を拡大解釈したのでした。
これには響達もノイズさんもビックリ。さっきまでの残念ムードはどこへやら、一気に笑顔の花が咲きました。
「やるじゃねーかネフィリム」
「うんうん。これでノイズさんの代わりに自己紹介出来るね」
「声も段々綺麗になってきたし、もっと練習すれば歌も歌えるかもね」
「それはいいね。何ならあたし達の歌でも教えるかい?」
「それよりも校歌の方がいい。さっきのはまるで授業のようだったし」
こうして週に最低一回、ノイズさんとネフィリムのための音楽と言葉の教室がシミュレータールームで開かれる事が決まります。先生役は奏と翼が担当し、生徒役は響達とノイズさんです。
と、そこへ弦十郎と了子が顔を出しました。
「ん? 今日は大人数だな」
「司令?」
「それに了子さんまで……」
突然の訪問者に疑問符を浮かべる響達でしたが、ノイズさんだけはその目的を理解したのか嬉しそうに飛び跳ねました。
「ノイズさん、ご希望の物、手に入ったわよ~」
その了子の言葉にノイズさんはバンザイをしてボードを手に取りカキカキ。
「何々……早速だから見よう、か。旦那、あたしらも一緒に見てもいいかい?」
「それは構わんが、子供向けの映画だぞ?」
「いいんです。ノイズさんと一緒にって言うのがいいんですから。ね?」
響の問いかけに何度も頷くノイズさんを見て、誰もが笑顔を見せました。やがてシミュレータールームが臨時の映画館となり、全員で床に座って映画を見る事に。
それは、ノイズさんが買ってもらった絵本の映画です。おおかみとひつじがお互いが誰かを知らずに仲良くなるというもの。
その内容に響達は気付きます。ノイズさんはそれに自分と人類を重ねたんじゃないかと。お互いへの先入観がない状態で出会えば、話が出来れば、仲良くなるんじゃないか。
そんな気持ちをノイズさんは持ったのかもしれない。そう思いながらみんなは映画を見続けました。終わった時には、誰も言葉がありませんでした。
特に響は掌をじっと見つめていました。もしノイズが言葉を話せたら。そう思うと胸が痛くなったのです。
そんな響の肩をそっと叩く冷たい手がありました。
「……ノイズさん」
ノイズさんの機械の手が優しく響の肩に乗っています。そのもう一方の手にはボードがあり、そこにはこう書かれていました。
響のした事は悪い事じゃないよ。僕が仲間達を守ったように、響も仲間を守ったんだから、と。それは、響の悲しい気持ちを感じ取ったノイズさんからの気遣いでした。
「ノイズさん……ありがとう」
異なる種族が手を取り合うのは難しい。でも、諦めなければ、何かの切っ掛けさえあれば、その手を取り合う事は出来る。そう響は思ってノイズさんの事を優しく抱き締めました。
「あの、ノイズさんの事って、やっぱり秘密なんですか?」
響と抱き合うノイズさんを見つめて、未来は弦十郎へ問いかけます。きっと、ノイズさんならみんな受け入れてくれるんじゃないかと思ったのでしょう。
「まぁ、秘密と言うか機密と言うかだが、噂ぐらいにはなっているだろうな」
「時々街に連れ出したりしてるものねぇ。しかも、弦十郎君だけじゃなくて」
ビクンと響達装者四人が背筋を伸ばしました。ノイズさんの外出は本来禁止されていて、正式に許可を取ってさせたのは弦十郎だけなのです。
そう、響達がこれまでしていた外出は完全無許可。要するにいけない事だった訳で……
「「「「ごめんなさい」」」」
「クスッ、ノイズさんまで頭下げてる……」
未来の言う通り、頭を下げる響達と同じくノイズさんも頭を下げていたのです。その光景を見せられ弦十郎が怒るはずもありません。ただ、今後の事を考えて大人らしい判断を下しました。
「分かってくれたのならいい。ただし、今後は無断での外出は決して許さん。させたい場合は、必ず俺か了子君に言え」
これには了子が苦笑い。
「ちょっとぉ、私を責任者にしないでちょうだい」
「何を言ってるんだ。こいつは了子君の部屋かここにしかいないんだぞ?」
「あっ、ノイズさんが頷いてます、了子さん」
「どうやらこいつも了子さんを責任者にしたいらしいね」
奏の言葉に頷くノイズさん。こうして弦十郎と了子がノイズさんに関する責任者として改めて響達に認識され、この日は終わりました。
この日の日記には、こう書かれていました。
―――今日はみんなと歌ったり、言葉をネフィリムと一緒に覚えたよ。また声が出せたみたいだけど、やっぱり二回目は無理だった。でも、ネフィリムが僕の代わりに喋ってあげるって頑張ってくれたので嬉しかった。また、みんなで映画見たいな。
ノイズさんの中でネフィリムは体の成長ではなく心の成長を始めています。
これは、アプリの方でカルマ・ノイズに影響されてネフィリムが変化及び強化された事を考慮しての事です。
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ノイズさんのおでかけ
それと馴染みの方やそうでない方の感想に大変嬉しくなりました。本当にありがとうございます。
今後も細々と書いていけるよう頑張りますので、応援の程何卒よろしくお願いいたします。
その日、ノイズさんはボードを片手に一人ガッツポーズを取っていました。
「こんにちは、ぼく、ノイズさんっ!」
と、そこでネフィリムが文字通り口を挟みます。自分もいるぞとノイズさんへ言っているのでしょう。
その主張にノイズさんもごめんねとばかりにお腹を軽く撫でました。
そしてノイズさんはシミュレータールームを出て発令所を目指します。何故なら今日了子はお休みなのです。
発令所に入ったノイズさんは弦十郎の前へ移動すると手にしたボードを見せました。
「ん? 外出したい? 一人でか?」
その問いかけにノイズさんは首を横に振ります。一人ではないと言う事です。なので弦十郎はならばと頷いて許可を出しました。
ただ、この時弦十郎は一つだけミスをしました。ノイズさんが首を振ったのは自分以外にネフィリムもいるという意味だったからです。
ともあれ許可を得たノイズさんは、喜び勇んで発令所を出るとシミュレータールームへと戻りました。
そこで久しぶりとなる転移用のゲートを出現させ、ノイズさんはその中へと足を踏み入れました。
ノイズさんは、言葉を出せるようになった事で約束を果たそうと思ったのです。それは、ノイズさんがノイズさんとなれた切っ掛けの女の子との再会です。
ゲートを出たノイズさんは、そこが記憶にある光景と変わっていない事に安堵し、周囲をキョロキョロと見回しました。
でも、そこにあの女の子は見当たりません。どこに行ったのだろうと首を傾げるノイズさんですが、ならばとそこから歩き出しました。
人の感情を察知できるノイズさんは、微かに感じるそれを頼りに歩き出したのです。
ですが、その行動は思いの外呆気なく終わりを迎えます。
「え? の、ノイズっ?!」
ノイズさんが歩いていた方から一人の女の子が現れたのです。思いもよらない存在に驚く女の子を見たノイズさんは、ここで出会った相手に似ていると思って驚きました。
「こんにちは、ぼく、ノイズさんっ!」
そんな時、ネフィリムが安心させる意味合いで挨拶をしました。その声と内容に女の子は大きく驚き、だけどどこか興味深そうな顔で首を傾げます。
「のいずさん? というか、喋れるんですか?」
そこでノイズさんはボードへカキカキ。そんな様子を女の子は興味津々といった雰囲気で見つめます。
「……今のしか喋れないんですね」
書かれていたのは”今はこれが精一杯”というものでした。その内容に女の子はどこか面白そうに笑みを浮かべました。
ノイズさんの書いた文字が可愛らしいものだったからです。まるで子供が書いたような文字に女の子は微笑ましいものを覚えたのです。
そしてノイズさんは再びボードへカキカキ。書き終えると女の子へそれを見せました。
「えっと、僕の名前ですか? エルフナインと言います。え? あっ、こ、こちらこそよろしくお願いします」
エルフナインと名乗った女の子にノイズさんは頷いて頭を下げました。よろしくお願いしますという動きです。
それを見たエルフナインは慌てて頭を下げました。その礼儀正しさにノイズさんはエルフナインはイイ子だと感じて嬉しくなりました。
その気持ちのままボードへカキカキ。書き終わるともう一度それを見せました。
「僕に似た女の子? キャロルの事かな?」
エルフナインの出した名前にノイズさんはふんふんと頷きます。キャロルと言う名前を覚えたのでしょう。
ノイズさんはエルフナインへキャロルと会わせて欲しいと頼みます。ただ、エルフナインはその頼みに困ってしまいました。
というのも、今キャロルはここにいないからです。所属する錬金術師協会へお出かけ中でした。
それを聞いたノイズさんはそこへ行ってみようと決意します。キャロルへの説明役をエルフナインに頼み、ノイズさんは彼女を連れてゲートを通過しました。
「こ、これは凄い……。転移だけど、直接位相空間を繋げている……」
ノイズさんの機械の手を掴んでゲートの中を歩くエルフナインは、その目を何度もパチクリさせています。
そんな彼女にノイズさんは小首を傾げていました。言っている事が分からないからでしょう。
ゲートが繋いだのはどこかの研究室でした。フラスコや試験管などが置いてあります。
「ここは……」
「おい、どうしてここにお前がいる?」
周囲をキョロキョロと見回すノイズさんとエルフナイン。そんな二人の後ろから声が聞こえました。
振り返った二人が見たのは、大きな帽子をかぶったエルフナインによく似た女の子です。
「キャロルっ!」
「質問に答えろ、エルフナイン。それと、そいつは何だ?」
キャロルの視線はやや鋭くノイズさんを見つめます。それにノイズさんは少しだけ驚きました。初めて出会った頃と同じだったからです。
「こんにちはっ! ぼく、ノイズさんっ!」
「……ノイズが喋る、だと? それにその纏っているものは……シンフォギア? いや、違うな。だが、近しい物か」
ノイズさんの挨拶兼自己紹介を聞いて軽い驚きを見せるキャロルですが、すぐにその興味はノイズさん専用ギアへと向きました。
それがちょっとだけ悲しくてノイズさんは落ち込んでしまいます。でも、すぐに気を取り直してボードへ文字を書き始めます。
「文字まで書けるのか、こいつは」
「あ、あの、キャロルはこのノイズと知り合いじゃないの?」
「俺にノイズの知り合いなどいない」
その言葉にノイズさんの手が止まります。そして悲しそうに顔を上げました。
「な、何だ? 俺に何か言いたい事でもあるのか?」
「えっと、このノイズはキャロルに会いにシャトーに現れたみたいなんだ。だから、キャロルに会うためにここまで転移したんだよ」
エルフナインの言葉に力なく頷くノイズさん。そしてボードに書きかけていた文字を最後まで書き上げて、それをキャロルへと見せました。
――僕の事、覚えてないの? またねって書いたんだけど。
その文章を見たキャロルは、微かに表情を歪めました。だけど一向に返事がその口から出てくる事はありませんでした。
ノイズさんはそれでも待ち続けました。覚えてないでも覚えているでもどっちでもいいから答えを聞きたいと、そう思っていたのです。
エルフナインがノイズさんとキャロルを交互に見ていく中、ただただ時間だけが過ぎていきます。
「……悪いが思い出せない」
「そんな……」
絞り出すような言葉にノイズさんがガックリと肩を落とします。エルフナインはそれを見て辛そうな顔をしました。
実は、キャロルは思い出を燃やす事で凄い力を使う事が出来るのです。そのため、ノイズさんと出会った時の事をすっかり無くしてしまったのでしょう。
エルフナインはその事を知っているからこそ辛そうな声を出したのです。ノイズさんとの思い出を犠牲にしてしまったのかと、そう思って。
「もういいだろ。おい、エルフナインを連れて帰れ。俺は色々忙しい」
「キャロル、そんな言い方は」
「煩い。言葉を使うノイズなど興味はあるが今はそんな事へ構っている暇はない。それはお前もよく知っているだろう」
「それは……そうかもしれないけど……」
素っ気無いキャロルにノイズさんは悲しい気持ちになりました。でも、そこでノイズさんはボードへ願いを込めるように文字をカキカキ。
”またね”
たった三文字のそれは、ノイズさんなりの諦めないという気持ちの表れです。更にノイズさんは片手を上げて振ったのです。あの時と同じように。
「っ!?」
それを見てキャロルの頭の中に色褪せた記憶が甦ります。真っ黒な何かが自分へ手を振っているそれにノイズさんが重なります。
そして次の瞬間、キャロルの目からは涙が流れました。それを見たエルフナインが息を呑み、ノイズさんは驚いて手を下げてキャロルへ駆け寄りました。
ノイズさんには分かったのです。キャロルの心が大きな驚きと一緒に大きな喜びに溢れた事が。
「……本当に、会いに来たのか、お前」
「キャロル……?」
「俺が、忘れてしまっていた思い出に、燃やし尽くしたと思っていた思い出に、こうやって色を鮮やかに付けて見せるとは」
言いながらキャロルはそっとノイズさんの機械の手を握ります。冷たいはずのそれは、何故だか少しだけあったかい感じがキャロルにはしました。
「キャロル? 今の、本当?」
「……ああ。思い出したんだ、一瞬にして。もしかしたら、焼却したと思っていたがどこかで燃やし尽くせず残っていたのかもしれない」
ノイズさんはそれを聞いてボードを手にして、キャロルの手をそっと放して文字を書き始めました。
「……本当に大事なものは頭じゃなく心にあるからかも、か。本当に、そうかもしれないな。思い出は二ヶ所にあると、そういう事か」
そう返してキャロルは目を閉じました。今、キャロルの頭の中には悲しい記憶が甦っていました。大好きなパパが火に包まれる光景です。
でも、それが次第に薄れて浮かび上がる思い出があります。それはパパが笑顔を向けている光景です。
――キャロル、パパはね、いつでもキャロルに笑っていて欲しいんだ。
もう聞けなくなった声。優しくてあったかいパパの声。それが心の底からキャロルの中に甦ります。
「……ああ、本当にそうだ。大事なものは、心にあった。パパの願いは、世界を識る事だけじゃなかった。俺に、私に笑顔でいて欲しいと、そんな願いもあったんだ」
「キャロル……」
ほんの少し、ほんの少しだけキャロルから優しい空気が流れます。それを感じてエルフナインが目を大きく開きました。
ノイズさんはそんなキャロルに嬉しそうに頷いて再びカキカキ。そしてそれを見守るキャロルには最初のような鋭い眼差しはありません。
”今のキャロルはとっても可愛い笑顔だよ”
書かれた文字にキャロルの頬っぺたがリンゴのように赤くなり、帽子を押さえて顔を隠します。
だけどノイズさんには分かります。キャロルの心は嫌がっていないのです。むしろ恥ずかしく思いながらも喜んでいるのが伝わって、ノイズさんは嬉しそうに大きく頷きました。
その後、キャロルはエルフナインへ、ノイズさんと共に元いた場所へ戻るようにと告げました。
「俺は、少し片付けないといけない事が出来た」
そう言ってキャロルは部屋を出て行きました。エルフナインはそれを見送ってノイズさんと帰ろうと思いましたが、何故かノイズさんはゲートを出そうとしません。
「あの、ノイズさん?」
じっとキャロルが出て行ったドアを見つめ、ノイズさんは動きません。やがて何かに気付いたノイズさんはボードへ文字をカキカキ。
「えっと……キャロルが危ないかもしれない? それってどういうっ?! ノイズさんっ!?」
文字を読み終えたエルフナインの手を掴み、ノイズさんはドアを開けて廊下を迷う事なく歩いていきます。
その歩みはとても力強く、まるで今行かないと後悔すると言わんばかりです。エルフナインはノイズさんに引っ張られるまま、廊下を小走りで駆けて行きました。
そしてノイズさんの足が一つのドアの前で止まります。そこは明らかに特別な雰囲気のあるドアでした。
礼儀正しくノックをしてノイズさんはドアを開けて中へと足を踏み入れます。エルフナインもそれに着いていく形で中へと入りました。
「な、何? 黒い、ノイズっ?!」
そこにはキャロルを囲むように三人の女性がいました。更にキャロルの視線の先には一人の白いスーツと帽子の男性が座っています。
「お前達、どうしてここに……」
「そ、その、ノイズさんがキャロルが危ないかもって」
エルフナインの言葉に強く頷いてノイズさんは片手を高々と掲げます。それに三人の女性が身構えました。
「こんにちはっ! ぼくっ! ノイズさんっ!」
ネフィリムが挨拶します。ただ、その声には仲良くなろうと言う気持ちではなく何かするなら黙ってないぞと言う気持ちが込められていました。
だからかノイズさんが慌ててボードへカキカキ。その姿に毒気を抜かれたかのようにその場の全員が目をパチクリさせました。
そんな事に気付かず、ノイズさんは文字を書き終えて確認をすると大きく頷いてキャロル達へ見せました。
”話せば分かる”
まさかのノイズからの会話要求です。さすがの錬金術師達もこれには呆気に取られました。それこそノイズさんと初めて出会った時の奏と翼のように。
「は、話せば分かる? ノイズが、会話を?」
思わず目を何度も瞬きさせるのは男装の女性です。それだけノイズさんの考えは彼女に大きな衝撃を与えたのでしょう。
「えっと、キャロル? あんたの知り合いなの、このノイズ」
「知り合いと言えば知り合いだ。いや、旧友と呼んでおく」
「旧友? ノイズが、友人だと言うワケダ。自分が何を言っているか分かっているのか?」
「ああ。下手な人間よりもこいつの方が話が分かるぞ」
「あ、あの、そこまで褒めてないと思います」
キャロルの言葉に頭の後ろへ手をやるノイズさん。それにエルフナインが少しだけおどおどしながらツッコミました。
直後にそうなの?と言うように小首を傾げたノイズさんへエルフナインが頷き、更にノイズさんはキャロル達へ向き直ります。
「ちょっとぉ、こっちにも意見求めてるわよ」
「何と言うか、人間くさいノイズなワケダ」
「いや、私はキャロルの意見に賛成だ。確かに下手な人間よりも話が通じるわね」
この言葉にノイズさんが嬉しそうにより頭を下げて片手を後ろへやりました。
「あ~っ、サンジェルマンがそんな事言うからまた照れちゃったじゃない」
「……これは本当にノイズなのか? 私には中身が人間と言われた方が納得出来るワケダが?」
「そろそろいいかな、僕が喋っても」
ノイズさんに場の流れと会話の主導権を握られていると感じて白いスーツの男性が口を開きました。それにノイズさんだけでなくその場の全員が意識を向けます。
「珍しいノイズだね。それに、人工物だね、着ているのは」
男性の言葉に頷きノイズさんはボードへカキカキ。その様子を全員で見守ります。何だがおかしな光景だなと、そう思って誰もが苦笑します。
「ふむ……ノイズさん専用ギア、か」
「ギアと言うと、シンフォギアだろうか?」
「多分そうじゃない? てか、それ以外に考えられないわ」
「となると、こいつは日本かアメリカが隠しているワケダな」
「あっ、えっと……日本で保護されているそうです」
ノイズさんが書いている文字を読んでエルフナインが教えます。背丈的に彼女はノイズさんよりも低いため、丁度文字が視界に入るのです。
「「「「「日本……」」」」」
「はい。あっ、これ以上は言ったら怒られるそうです」
エルフナインの言葉にうんうんと頷くノイズさん。正直ここまできたらこの場の五人には答えが出ます。
ただ、まるで子供のようなノイズさんに男性達は小さく笑みを浮かべました。
「分かったよ。しないでおこう、追求は。それで、何の用かな、君達は」
「あの、僕はこのノイズさんに連れてこられただけなので……」
「じゃ、そちらのノイズちゃんに聞こうかしら。目的はなぁに?」
薄着の女性が前かがみになってノイズさんへ問いかけますが、ノイズさんはそれに動じる事なくボードへ文字を書き始めます。
「えっと、何々……キャロルを迎えに来た、ですって」
「俺を?」
「あ、うん。キャロルが危ないかもって」
「ああ、そういえばそんな事を言ってたな」
思い出したかのようにキャロルが呟きます。それぐらいノイズさんの乱入とその後の行動は驚きの連続だったのです。
「つまり君は、感じ取ったんだね、危険な予感を」
深く頷くノイズさんはその場から歩いてキャロルの隣へ立ちました。そして手を繋いでいたエルフナインを自分の隣へ立たせます。
「これは、何の真似だ?」
「た、多分一緒にいるよって事じゃないかな?」
「一緒に……」
エルフナインの言葉にノイズさんが嬉しそうに頷きます。すると持っていたボードをキャロルに渡しました。
受け取って欲しいという事かと思ってキャロルが左手でボードを持つと、残った右手へノイズさんが手を差し出しました。
「……繋げと?」
うんうんと頷くノイズさんにキャロルは、自分の中にあったとある覚悟が鈍るのを感じました。
「お前と言う奴は……」
機械の手へキャロルは呆れるような声を出しながら手を差し出します。繋がれる手と手。それにエルフナインは嬉しそうに微笑み、男性達は驚きを浮かべました。
「大分話を遮られたが、まぁいい。局長、俺の話はこれだけだ。俺はパパの願いを叶えるために計画を捨てる。世界を分解再構築して世界を識っても、俺が笑顔になれないならパパの望みはそれじゃない」
「「「なっ!?」」」
キャロルの言葉にサンジェルマンと呼ばれた女性を含む三人が驚きました。何故ならキャロルにとって計画とは何が何でも叶えようとしていたものだったからです。
なのに、それをあっさりと捨てた事。そこにキャロルの心境の変化を感じ取ったのでした。
「……それが君の望みかい?」
男性の問いかけにキャロルは迷う事無く頷きます。もうキャロルの頭にもパパとの思い出が色鮮やかに甦っていたのです。
その表情からキャロルの気持ちを感じ取り、男性はどこか嬉しそうに笑い、帽子で顔を隠しました。
「分かった。認めよう、君の決断を。それで、どうするんだい、これからの事は」
「世界を識る。そのためにここを出る。何しろ……」
そこでキャロルはノイズさんを見ました。急に見られてノイズさんは不思議そうに首を傾げます。その反応にキャロルは無意識に笑みを浮かべました。
「こんなに理解出来ない相手を俺は識ろうとしなかった。きっとそれは、シャトーの力を使っても分からなかっただろう」
「キャロル……っ!」
エルフナインはキャロルの言葉に嬉しそうに瞳を潤ませます。心なしか彼女の思い出の中のパパも笑顔で頷いてくれた気がしました。
「俺は、自分の目と耳と肌で世界を識る。例え全てを識る事が出来なくてもだ。パパが俺に願った事は、託した事はそれだったはずだから」
「いいだろう。旅するといいさ、好きなだけ。でも、忘れないでくれ、これだけは。ここは、君を受け入れるよ、いつだって。していいのさ、帰る場所に」
男性の言葉にノイズさんは嬉しそうに飛び跳ねました。そしてボードへ文字を書き始めます。すると、それを後ろや横からキャロル達が覗き込みます。
文字が少し書き上がると彼女達の頭に?が浮かび、次第に…となって、最後には!となりました。
「気になるね、地味に」
目の前の全員が苦笑を浮かべているのを見て男性がやや拗ねています。と、そんな彼へノイズさんがボードを見せました。
”あなたも立派なOTONAです。カッコイイ!”
「……褒められているのに、何だろうね、この微妙な気持ちは」
どこか複雑そうな男性の反応に誰もが笑いました。その笑い声を聞きながらノイズさんは小さく頷きます。
やがてノイズさんは部屋の奥へと移動し、キャロル達全員を見ながらボードへ何かを書き始めます。
エルフナインが覗きたい気持ちになりますが、じっと我慢しています。キャロル達は何となく察したようで、小さく笑みを浮かべていました。
そしてノイズさんが出来たとばかりにボードを両手で掲げ、その場の全員に見えるようにしました。
そこには”新しく知り合えた人達(友達になれるといいな)”と銘打たれてキャロル達の笑顔が描かれていました。
その拙いながらも優しい絵に誰もが笑みを浮かべたのです。そしてエルフナインが真っ先にノイズさんへ駆け寄りその手を差し出しました。
「僕は、貴方と友達になりたいです。よろしくお願いします」
「僕、ノイズさん」
そこでネフィリムが名乗ってあげました。ノイズさんの気持ちを汲んであげたのです。
「ノイズさん。分かりました。じゃあ、よろしくお願いします、ノイズさん!」
輝く笑顔のエルフナインへノイズさんも嬉しそうに手を差し出します。それを見てキャロルが少しだけ照れくさそうに足を前へ踏み出します。
ゆっくりではありますが、キャロルもノイズさんの前へやってくると帽子で顔を隠しながら片手を差し出しました。その手を思わずノイズさんが見つめます。
「……こ、これで察しろ」
小さな声ですが、その言葉にノイズさんは大きく頷いて手を差し出して優しく握ります。キャロルとエルフナインの小さな手がノイズさんギアのちょっとだけひんやりした手と繋がれます。
それでも、二人は少しだけあったかさを感じました。そのあったかさに弾む心の動きをノイズさんも感じて大きく頷きます。
「……ノイズと、友人になるか。相互理解をしようとするノイズがいるなんて」
サンジェルマンはそう呟きながら、一時も目を離す事なくノイズさん達を見つめました。その眼差しには、どこか複雑そうな何かが宿っています。
この後、ノイズさんは男性達へ手を振り、キャロルとエルフナインを連れてその場からゲートを使っていなくなりました。
それを見届け、四人は推し進めようと思っていた計画を考え直す事にします。それは、アルカ・ノイズと呼ばれる存在を作り出す事。
「……これを進めたらどうなるかしらね?」
「何となくだが、あのノイズさんとやらがどこからともなく勘付いて、邪魔をしてしまいそうな気がするワケダ」
「あら奇遇ね。あーしもそう考えたところよ」
「局長、どうしますか?」
「当面は、するしかないよ、見送りに。多分だけど、厄介だろうさ、彼は」
こうして、誰も知らないところで世界中を混乱と恐怖に陥れるアルカ・ノイズ計画は消えてなくなりました。
その立役者であるノイズさんは、そんな事も知らず二人の友達を響達へ紹介するべくゲートを通過していました。
「ど、どこへ行くのかな?」
「知らん。というか、シャトーじゃないのか?」
二人の手を引いて歩くノイズさん。ですが、この後待ちうける事件をまだノイズさんは知らないのです。
「……あいつめ、帰ってきたら説教だな」
響達が誰もノイズさんと一緒にいない事を知った弦十郎が、シミュレータールーム前で仁王立ちしている事を……。
という訳でGX並びにAXZもノイズさんによって終わりを迎えました。
まだアダム達とは友達になっていないノイズさんですが、それもきっと時間の問題でしょう。
それと、今回から前言った通り連載へ変更しておきます。
ただ、更新がどうなるかは未定ですが(汗
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ノイズさんと友達の輪
故にキャロルやエルフナインは初めてに等しい近い年齢(とノイズさんは思っている)なんです。
「ここ、どこでしょう?」
「俺が知るか」
ゲートをくぐって出た場所は、空の見える場所でした。周囲には柵があって落ちる事のないようになっています。
ノイズさんは、キョロキョロと顔を動かして首を傾げます。ノイズさんは響達に会おうと思って移動したので、ここに響達がいると思っていたのです。
「ノイズさん、ここはどこですか?」
エルフナインが問いかけるとノイズさんはボードへカキカキ。
「……分からないが多分友達がいるはず、だと? お前、自分でも分からない場所に俺達を連れてきたのか?」
「きゃ、キャロル、ノイズさんも謝ってるから」
ごめんなさいと大きく頭を下げるノイズさんを見て、エルフナインがキャロルを宥めます。
と、そこでキャロルはある事に気付きました。
「おい、ここはどうやら学校らしい」
「学校?」
エルフナインとノイズさんが同時に小首を傾げます。キャロルはそんな二人に構わず、柵の外を指さします。
そこには、同じ服装をした女の子達が歩いています。そして、その格好を見てノイズさんが嬉しそうに飛び跳ねました。それは、響達が着ていたリディアン音楽院の制服だったのです。
「……ここはリディアン音楽院? 僕の友達が通ってる場所だよ、だって」
「それは分かったが、これからどうする?」
キャロルの格好は錬金術師としてのもので目立ちます。エルフナインはボロボロの格好でこれも目立ちます。もっと言えば、ノイズさんなどはどうやっても目立ちます。
この三人で校舎内を歩けば、確実に不審者として捕まり怒られるでしょう。
なのでノイズさんは考えます。どうすればキャロル達を連れて響達と出会えるか。うんうん唸って、ノイズさんが思いついたのはある意味で響達に迷惑をかけてしまうものでした。
「……まぁ、お前がそれでいいのなら構わないが」
「多分ですけど、それはその方達が怒られてしまうと思いますよ?」
ボードに書かれた内容を見て、キャロルとエルフナインが微妙に苦い顔をしました。
ノイズさんの考えはこうです。ボードに響達の名前を書いて、出会った人に連絡を頼むというものでした。生徒ならまだいいかもしれませんが、教員の人に見つかれば響達が怒られる事は避けられません。
その可能性を指摘され、ノイズさんは再び考え始めます。その姿を見て、キャロルが呆れるようにため息を吐きました。
でも、その顔はどこか嬉しそうです。実は、キャロルにとって久しぶりに見る青空でした。今まではずっとシャトーや協会の研究室にこもっていたのです。
「風が気持ちいいね、キャロル」
「……そうだな」
ニコニコ笑顔のエルフナインにキャロルはそう返して微笑みます。屋上の風はやや強くもありましたが、キャロルは帽子を押さえながら久しぶりの状況に上機嫌でした。
「太陽の光も眩しいけど、とっても温かいなぁ。あっ、キャロル。あの建物を見て。変わった形をしてる」
「……そうだな。他のは似た形だが、あれだけ楕円形か? 一体何のためのものだ?」
二人が見ているのは、ノイズさんが奏と翼に出会ったライブ会場です。これまで世の中の事をほとんど見聞きしてこなかった二人には、そのライブという言葉さえも知らないものでした。
「ノイズさん、ちょっといいですか?」
分からない事は知ってる人に聞こう。そう思ってエルフナインがノイズさんへ声をかけます。それに顔を動かして、どうしたのと言う様にノイズさんが首を傾げました。
「あの建物が何か知りませんか?」
指さされた方向を見て、ノイズさんは懐かしむように首を細かく動かします。そしてボードへカキカキ。
「……らいぶ会場?」
「らいぶ、とは何だ?」
二人の質問にノイズさんはボードを使って説明開始。そこで期せずして奏や翼の事を二人へ教える事にもなりました。
大勢の前で歌って踊る事。ノイズさんはライブをそう説明しました。本当は違うのですが、ノイズさんが見たライブはそうなので仕方ありません。
キャロルとエルフナインも娯楽の一種と理解し、あの場所はそういうための場所なのだと納得したのです。
と、その時です。屋上への扉が開きました。聞こえた音にノイズさん達が振り向くと、そこにはクリスが立っていました。その手には携帯端末が握られています。
「ったく、こんなとこにいたのかよって、一緒にいるのは誰だ?」
クリスはノイズさん専用ギアの反応を確認出来た弦十郎からの連絡を受け、こうしてノイズさんを迎えにきたのです。
そこで見つけた良く似た二人の女の子に不思議そうに首を傾げます。クリスはノイズさんが本部からここへ移動したとしか思っていなかったからです。
ノイズさんはクリスへボードを使って説明します。キャロルとエルフナインは自分の友達なのだと。詳しい事情は分からないクリスですが、ノイズさんと友達になったなら悪い奴ではないと判断して、ならばと自己紹介を始めました。
「あたしは雪音クリス。こいつの、その、友達だ」
それを聞いて嬉しそうに飛び跳ねるノイズさんに照れながら、クリスはキャロルとエルフナインを見つめます。
「で、お前達の名前は?」
「俺はキャロル・マールス・ディーンハイム」
「ぼ、僕はエルフナインと言います」
「キャロルにエルフナインな。それで、何でお前はそんな格好してんだ? もうちょっとまともな服ないのか?」
クリスの困ったような顔にエルフナインが自分の服を見つめてからキャロルへ目を向けました。その視線は、自分の服はそんなにおかしいのかと問いかけるものです。
それにキャロルは少しだけ心が痛くなり、顔を背けて帽子で隠しました。それを見たクリスは、キャロルがエルフナインの服を決めたのだと察します。
「ったく、仕方ねーな。いいか? ここから動くんじゃねーぞ?」
お姉さんオーラを出してキャロルとエルフナインへそう言い聞かせると、クリスはその場から動き出してドアへと向かいます。
それを見送るノイズさんはどこか嬉しそうでした。そう、ノイズさんにはクリスの気持ちが分かるのです。クリスはエルフナインのために自分の教室へと戻ったのでした。
そこから待つ事数分後、再びドアが開いてクリスが姿を見せました。その手にはある袋があります。
「これに着替えろ。サイズは合わないだろうが、それよりはマシだ」
「あ、ありがとうございます」
エルフナインはクリスの体操服を借りる事になりました。その着替えを見られないようにノイズさん達と出入り口付近の壁で守ります。
「何で俺がこんな事を……」
「我慢しろ。お前の妹だろ?」
「妹? ……ああ、そういう事か」
顔が似ている事から、クリスはキャロルとエルフナインを双子の姉妹と判断したのです。それをキャロルも察し、余計な事を言うよりそっちの方がいいかと思って黙りました。
「き、着替えました」
「どれ……あ~、やっぱぶかぶかだな」
振り向いたクリスが見たのは、大き目の体操服を着て笑うエルフナインの姿でした。袖は長く、丈も長く、子供がお姉ちゃんの服を借りたような状態です。
それでも、エルフナインは嬉しそうに笑っていました。初めて誰かから優しくしてもらえたからでしょう。
「あの、雪音さん、本当にありがとうございます」
「気にすんなって。ま、これならさっきの格好よりはマシだろ」
「それで、これからどうするんだ? こいつは俺達を会わせたい相手がいるらしいが」
「会わせたい相手ぇ? ……バカとあの子か」
クリスの言葉にノイズさんは頷きます。クリスとは会わせる事が出来ましたが、一番ノイズさんがキャロル達を会わせたいのは響なのです。
「馬鹿?」
「あの子?」
名前で呼ばないクリスに、揃って疑問符を浮かべるキャロルとエルフナイン。その視線にクリスは若干恥ずかしくなったのか顔を背けて咳払いを一つ。
「あいつらを呼んできてもいいけどな、あいつらの友達まで来たら面倒な事になるんだ。それは分かってるか?」
ノイズさんはその言葉に思い出します。自分があまり人に知られてはいけない存在だと言う事を。
見られるぐらいはまだいいですが、ノイズさんと知り合いとなれば響や未来が普通ではない事を証明する事になってしまいます。
そうなれば、二人の友達も機密保持のために色々と弦十郎達と約束しなければいけません。
「……どうしたらいいか、な。あたしは大人しく本部で待ってるのがいいと思うぞ。この二人と一緒に、な」
しょんぼりと肩を落とすノイズさんへ、クリスは少しだけ困った顔をしてから小さく息を吐くとそっとギアを展開しました。
それを見てキャロルとエルフナインが目を見開きます。初めて見るシンフォギアだからではありません。クリスが自分達へそれを見せた事が持つ意味を理解したからです。
シンフォギアも秘密にしなければいけないものです。それを見せる事は、場合によってはクリスが怒られる事です。それでも迷う事なくクリスがそれをした理由、それは……
「んな落ち込むな。お前がそうしてるとあのバカまで落ち込んじまうだろ」
優しくノイズさんの頭を撫でるためです。ギア部分を触ればいいのですが、それではダメだとクリスは感じたのでしょう。
そのあったかさにノイズさんが顔を上げます。そこにはクリスの可愛い笑顔がありました。
「ん? なんだなんだ? ……っ?! そ、そんな恥ずかしい事書くんじゃねぇ」
ノイズさんからボードを取り上げ、クリスは大慌てでその文字を消していきます。
実は、ノイズさんが書いたのはキャロルへも書いたあの言葉だったのです。
――今のクリス、とっても可愛い笑顔だよ。
顔を真っ赤にしたクリスはボードの文字を消し切った事を確認すると、小さく頷いてボードをノイズさんへ返しました。
「いいか? あんなのは二度と書くんじゃねーぞ?」
「そこまで恥ずかしい内容だったのか?」
「僕、気になります」
「んなもんじゃねーよ。くだらない事だから忘れろ」
ひらひらと手を振って二人へそうクリスは言いました。だけど、絶対そうじゃないのは見れば分かります。なので、ならばと二人はノイズさんへ顔を向けました。
「ノイズさん、何て書いたんですか?」
「俺達に教えろ」
「んなっ?!」
ノイズさんは二人を見てからクリスを見上げます。それは、教えてもいいのかと問いかけているようでした。
当然クリスは首を横に振ります。そこからクリスの気持ちを読んでノイズさんは二人へ顔を戻すと申し訳なさそうに首を横に振りました。
「それにしても、お前は変わった格好してるな。それ、どこの民族衣装だ?」
「民族衣装じゃない。これは……」
「これは?」
錬金術の事をクリスに話していいものだろうかと、そう思ったキャロルでしたが、エルフナインへの対応やノイズさんへの対応などでクリスが優しい人間だとは分かっていました。
「……実はな」
なので、少しだけ迷いを見せただけでキャロルは錬金術の事を話したのです。その話を聞いて、クリスは驚きはしましたが怖がりはしませんでした。
そのため、キャロルはノイズさんの友達はやはりいい人ばかりなのだと感じていたのです。
「錬金術、かぁ。科学の始まりだったか?」
「そうだ。まぁ、今ではかなり乖離してしまったがな」
と、そこで可愛らしい音が二つ鳴りました。クリスはその音の出所であるキャロルとエルフナインを見つめます。
二人はそれぞれ恥ずかしそうに俯いてお腹を押さえていました。そこでクリスは思い出します。今は昼休み。二人はお腹が空いたのだろうと思ったのです。
「ははっ、態度は可愛くねーけど体は可愛い音出すじゃねーか」
「う、うるさいっ! 生理現象だから仕方ないだろっ!」
「きゃ、キャロル、あまり大きな声出さない方がいいよ。余計お腹が空くから」
そうエルフナインが忠告した時です。またキャロルのお腹が鳴りました。その音にクリスがお腹を抱えて笑います。キャロルは帽子で真っ赤な顔を隠して俯き、エルフナインは小さく笑います。
ノイズさんはそんな三人を見て頷くとボードへ何かをカキカキし始めます。それに気付かず、クリスはキャロルとエルフナインのためにと携帯端末で本部へ連絡を入れました。
「あっ、おっさんか? 実はノイズさんの奴が可愛い客を連れてきたんだ。数は二人。で、今からそっちにノイズさんと一緒に連れてくけど、腹を空かせてるみたいなんだよ。だから食堂で飯、食わせていいか? え? それはいいけど何でギアを使ったかって? ……ちょ、ちょっとノイズが出たんだよ。で、一応念のためにギアを纏っただけだっての。……何だその声! くそっ、全部お見通しみたいな声出してんじゃねぇ! ホントにノイズが……ちっ!」
最後は不機嫌になって通信を終えたクリスは、さっきまで近くにいたはずの二人がいなくなってる事に気付きました。
慌てて顔を動かすと、二人はノイズさんの後ろでボードを覗き込んでいます。その姿にホッとするクリスでしたが、すぐに自分もノイズさんの後ろへと移動しました。
「やれやれ、今度は一体何書いてるんだ?」
小さな二人の後ろに立ってクリスが覗き込むと、そこには帽子を押さえているキャロルを笑顔のクリスとエルフナインが見ている絵がありました。
「……相変わらず笑顔ばっかり描きやがって」
どこか噛み締めるように呟いて、クリスはノイズさんを見ました。ノイズさんは描きあげた絵を見つめ、満足そうに頷くとその一番上に何かを書き始めます。
”友達の輪その1”
その文字を見てクリスだけでなくキャロルとエルフナインもお互いを見ました。
「……友達の輪、か。こいつが俺達を他の奴に会わせたいのはそういう事なんだな」
「僕らをノイズさんは繋げたいんだ。でも、どうして?」
「決まってる。こいつは誰かの笑顔が好きなんだよ。あたしらを会わせて、笑顔を増やしたいってとこだ。だろ?」
クリスの問いかけにノイズさんは大きく頷きました。そしてその絵を保存すると、また何かをカキカキ。それを黙って待つ三人は、優しい笑顔を浮かべていました。
やがて書き終えたノイズさんがボードを三人へ見せます。そこには、こう書かれていました。
――一つの笑顔が誰かの笑顔を作る。僕はそう思ってるんだ。
それは、かつてノイズさんがマリアへ見せた言葉です。その言葉にクリス達も笑みを深くして小さく頷きました。
その後、ノイズさんはクリスに言われた通りゲートを展開、シミュレータールームまで向かう事になりました。
そして出た先で待っていた弦十郎にきつく叱られ、ノイズさんには罰が与えられる事となりました。
その内容とは、連れてきた二人をちゃんと元いた場所まで送り届ける事です。弦十郎らしい粋な計らいでした。
食堂でクリスや弦十郎と一緒にご飯を食べたキャロルとエルフナインは、その初めての味に目を何度もパチクリさせ、何とおかわりまでしました。その食欲にクリスは微笑み、弦十郎は嬉しそうに頷きます。
ノイズさんはそんな様子を眺め、一人満足そうに頷いていました。
――またいつでも来てくれていい。こいつが初めて連れてきた友人だからな。
――連絡用にこいつを使っていいってよ。それと、その服は返さなくていいからな。
――ありがとうございます。
――食事、美味かった。この礼は必ずする。
ゲート前でのやり取りを聞き、ノイズさんは嬉しそうに飛び跳ねていました。これでキャロルやエルフナインと遊ぶ事が出来るからです。
二人はノイズさんと手を繋いでゲートを歩いて行きます。その背中を見送り、弦十郎とクリスは笑みを浮かべました。
「あいつも、成長してるんだな。まさか錬金術師なんて友人を作ってくるとは」
「ったりまえだろ。あいつはネフィリムなんてもんを友達にしたんだからな」
「……そうだったな。一体あいつはどこまで友人をつくるんだろうか。楽しみだ」
まるで父親のような弦十郎にクリスは苦笑しました。そして、クリスも思うのです。ノイズさんの友達の輪は、どこまで大きくなるのだろうと。
(楽しみのような、怖いような……)
この数日後、再びやってきたエルフナインが着ている体操服がクリスのだと知った響が、クリスを褒めて恥ずかしがらせてしまい殴られる事になるのだが、それはまた別のお話……。
クリスお姉ちゃんモード。直接撫でてやらないといけないと感じ取り、ギアまで使うクリスはマジ天使。
そして現代のご飯、それも色々と手を広げた日本食を味わったキャロルとエルフナインの今後の食生活はいかに?
まずは胃袋を攻めろって言いますもんね(苦笑
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頑張れノイズさん
ノイズさんは優しく可愛い子供のようなカルマ・ノイズ。ある日胸に生まれた歌であったかい心を持ったノイズさんは、仲間や人間を守るために戦う事なく争いを止めるために頑張っています。
そんな中、ノイズさんはキャロルとエルフナインという友達を増やしましたが、結果的に弦十郎との約束を破ってしまったのでお説教をされてしまいました。
それでは本編をどうぞ。
「ノーイズさんっ! こんにちは~っ!」
「遊びに来たよ」
その日、シミュレータールームへ響と未来が顔を出しました。もうノイズさんの部屋と呼んでもいい程、ノイズさんはここを定位置としていました。
「おー」
「ネフィリムもこんにちは!」
「ふふっ、今日も元気そうだね」
手を振るノイズさんとニィと笑うネフィリムに二人は笑顔を浮かべます。正直ネフィリムの笑顔は口だけなので若干怖いですが、もう響と未来は見慣れているのでへいき、へっちゃらです。
そんな二人へノイズさんはボードを使って会話開始。何の用?とノイズさんは首を傾げます。
「えっと、ノイズさんって好きなとこへお出かけ出来るんだよね?」
「響がね、ノイズさんの友達と会ってみたいんだって。ほら、キャロルちゃんとエルフナインちゃんとこの前会ったでしょ? だから他のマリアさん達と直接会いたいって」
「ダメかな?」
その提案にノイズさんは腕を組みます。それには理由がありました。ノイズさんが知る限りマリアはあのアメリカの施設にいるはずでした。それが今は歌手として世界を飛び回っています。
だけどそこに切歌と調の姿はありません。なのでマリアに会いに行くとなるときっと問題になると思ったのです。
その事をノイズさんが説明すると響はどうしたものかと頭を抱えました。そんな響を見て未来は呆れるようにため息を吐きました。
「ノイズさん、出来ないなら出来ないって言ってくれていいからね。響はすぐに思いつきで色んな事言うんだから」
「あはは……面目ない」
未来の言葉に申し訳なさそうに響が項垂れます。そんな彼女を見てノイズさんがボードへカキカキ。
「え? 弦十郎さんに行き先を言ったらダメって言われそう?」
「あ~……たしかに」
つい最近ノイズさんの外出でお説教をしたばかりの弦十郎です。もし行き先がアメリカの装者達がいる施設となれば、苦い顔をするに違いありません。
これで完全に計画が砕かれた響は、がっくりと肩を落としてしまいました。そんな響を見て未来とノイズさんは顔を見合わせます。
「大分ショックみたい」
未来の言葉にノイズさんも頷きます。なのでどうにか響を元気づけようと考えます。と、そこで思いついたのは了子へ外出許可をもらう事でした。
元々ノイズさんがマリア達と知り合った施設は了子が務めていた場所です。だから了子は許可をくれるかもしれない。ノイズさんはそう考えてボードへその説明を書いて未来へ見せました。
「……成程。たしかに司令よりも許可は取れるかも。響、これ見て」
「何~? ……おおっ! さっすがノイズさん! じゃ、早速了子さんのとこへ行こうっ!」
こうして未来からノイズさんのアイディアを聞いた響は一瞬にして元気になり、三人揃って了子の研究室へと向かいます。
その頃研究室では了子が弦十郎と二人きりでお話をしていました。
「まったく、あいつにも困ったものだ」
「ふふっ、ネフィリムを一人と数えての外出だものね。でも、あれは弦十郎君も悪いのよ? ちゃんと誰と行くかを聞かないから」
「分かってる。だから話だけで済ませたんだ。それに、あいつの言い分も正しい。俺は一人でかと尋ねた。あいつは首を横に振った。あいつにとってはネフィリムでさえも友人で一人という換算だ。なら、俺があいつを叱る理由は、嘘を吐いたという事ではなく、こちらと連絡を取れる者を連れて行かなかった事だからな」
「ええ。あの子は嘘は吐いてないもの」
「ああ、真面目な奴だよ。そして、不思議な奴だ。キャロル君とエルフナイン君だったか。聞けば、キャロル君はパヴァリア光明結社の人間だそうだ」
「やっぱりね。なのにここへ入れてあげたの?」
「あいつの友人だからな。それに、あいつの立場はここにいる時は公人ではなく私人だ。その友人関係が問題だと言いたいのなら、ここから出してやればいい」
「あらあら、中々物騒な物言いね。でも、そうねぇ。ノイズさんは別にここに置いてくれとは言ってないもの」
難しい話をする二人ですが、その距離はとても近いのです。椅子に座ってコーヒーを飲む了子の背中側に弦十郎は立っていますが、その背中はくっつきそうな程なのでした。
あのノイズさんが取り持った飲み会から、二人は周囲に気付かれない程度にデートを重ねていました。とはいえ、それは本当に大人の時間です。残念ながらノイズさんでは分かりません。
ただ二人の相手へのドキドキが強くなっている事ぐらいしか、子供なノイズさんには分からないのです。
「いっそ、君があいつと一緒に暮らしてみるか?」
「そっくりそのままお返しするわ」
「ふむ、それもいいかもしれんな。元々一人で暮らすには広すぎる家だ」
「そうね。あれなら五人家族ぐらいでちょうどいいわ」
そこで弦十郎がはてと首を傾げました。こういう時の例え話なら人数は出さず、ただ大家族と表現するからです。
「了子君、何故五人だ?」
「子供が三人いるぐらいで丁度いいでしょ? 男の子二人に女の子一人」
思わず弦十郎が振り向くと、そこには眼鏡を外して弦十郎を見つめる了子がいた。
何も言葉を出す事なく、二人はそのまま見つめ合う。ただ、その眼差しはとても熱が宿っていた。愛の熱、と呼ぶようなものが。
「……いいのか?」
「むしろ私が冗談でこういう事言うと思う?」
さらりと返した言葉には重たい意味が込められていた。それに気付いて弦十郎は申し訳なさそうに頭を掻いた。
「いかんな。こういうのは俺から言いたかったんだが」
「いいのよ。先手はそっちだったから王手はこっちがしてあげたかったの」
「ふっ、そこまで言われてしまっては仕方ないか。なら、詰みになる前に投了するべきかな?」
「ええ、そうして」
王手飛車取り。そう心の中で考えて笑う了子だが、そんな彼女へ弦十郎からの思わぬ一手が差しこまれる。
――後出しでは格好がつかないと思うが、受け取って欲しい。
まさかの指輪であった。弦十郎の手にしている小箱へ目を向けたまま、了子は言葉を失っていた。
「いや、思い切って買ったのはいいんだが、いつどうやって渡すべきかとな。俺もこの手の事は存外情けないらしい」
「……いつ、買ったの?」
「君を家に泊めた翌日だ。気が早いと思ったが、自分の覚悟を固めるためにもと」
それは了子と弦十郎がその関係を大きく進めた日の翌日だ。ちなみにノイズさんが了子の研究室を訪れなくなったのもその日以降である。
さて、大人二人が男と女の会話をしている頃、ノイズさんは了子の研究室前で響と未来を足止めしていました。
「ねぇノイズさん、どうして了子さんの研究室へ入っちゃダメなの?」
「そうだよ。折角ここまで来たんだし、後はノックしてどうぞって言ってもらうだけだよ?」
疑問符を浮かべて小首を傾げる二人へ、ノイズさんはボードへカキカキ。
「「……お取込み中?」」
コクコクと頷き、ノイズさんはボートを抱え込むと両手で×の字を作ったのです。それを見て響と未来は顔を見合わせます。
「えっと、ノイズさん、もしかして了子さんの研究室に誰かいる?」
その問いかけにノイズさんは大きく頷きます。
「じゃあ、それって司令?」
またノイズさんが大きく深く頷きます。もうそれだけで二人にも分かりました。
「うん、じゃあ仕方ないか。きっと難しい話だろうしね」
「だね。で、これからどうするの?」
「う~ん……ノイズさん、何か案はある?」
響に聞かれてノイズさんは考えます。すると、そんな時ノイズさん専用ギアの頭部がピカピカと光りました。
これはキャロルとエルフナインへ渡した携帯端末からの連絡を知らせるものです。了子さんがギアを改良した事で付いた追加装備です。
「え? キャロルちゃんが呼んでる?」
「じゃ、早く行かないと! 未来、何かあったら不味いからここで待ってて。で、司令か了子さんが出てきたら連絡を」
「うん、気を付けてね」
こうしてノイズさんはその場でゲートを展開、響と二人でキャロルの下へ向かいます。
着いた先はキャロルとエルフナインが暮らす場所、チフォージュ・シャトーでした。
「あっ、ノイズさん! 響さんも!」
「よく来たな。というか、何故お前まで」
「一緒にいたんだ。っと、いけないいけない。こんにちは、キャロルちゃん、エルフナインちゃん」
「こんにちは!」
「ああ」
元々明るく人懐っこい響は、エルフナインだけでなくキャロルとも既に友達となっていたのです。ノイズさんという共通の友人を持つからこそ、立場など関係なく仲良くなれるのでしょう。
「それで、一体何があったの?」
挨拶を終えて響が二人へ問いかけます。ノイズさんも響と同じように小首を傾げました。
「実は、俺とエルフナインは旅に出ようと思う」
「その準備が終わったので、ノイズさんには挨拶をって」
「そっかぁ」
世界を識るんだ。それがキャロルのパパの遺言です。そのため、キャロルは今まで準備をしていました。
エルフナインを置いていく事も考えたのですが、クリスと初めて会った時に言われた”妹”という表現がずっと頭に残り、更にたった一人でシャトーに残すのも心が痛くなったため、一緒に連れて行く事を決めたのです。
「じゃあ、ここは無人?」
「元々シャトーは協会の物だからな。俺達がいなくなった後はプレラーティが管理するはずだ」
「ぷれらーてぃ?」
「協会の幹部の方です。このシャトーを設計した人でもあります」
「へぇ」
エルフナインの簡単な説明に響は”よく分からないけど偉い人”という認識でプレラーティの事を覚えました。
一方、キャロルはノイズさんが自分をじっと見つめている事に気付いていました。
「……こうして会えたが、またしばらく会えなくなる」
あの時とは立場が逆だな。そんな事を思ってキャロルは笑います。初めて出会った時は、ノイズさんが見送られる側でキャロルが見送る側でした。
「まぁ、どうせあてもない旅だ。いつかは、お前達の暮らす国にも行くかもしれない」
どこまでキャロルは笑顔です。対するノイズさんは動きません。手にボードを持ったまま、じっとしていました。
それがキャロルにはどういう気持ちからか分かっています。何せ昔の自分がそうだったのです。
「こうしてみて、やっと俺にもお前の気持ちが分かった。あの時、行かないでくれと俺が思ったように、お前はそれでも自分の為すべき事を、したい事をやろうと足を踏み出したんだと」
そこで少しだけノイズさんの体が揺れました。キャロルの目に光るものが浮かび始めたからです。
「……だけど、お前は俺にこう言って約束してくれた。だから今度は俺の番だ」
一度だけ目元を拭って、キャロルは満面の笑顔をノイズさんへ向けました。
「またね」
今まで帽子で感情を隠してきたキャロルが、旅立ちの日に見せた初めての喜びです。それにノイズさんは胸の歌が大きく揺れ動くのを感じました。
――いって……らっしゃい……。
初めて聞こえたその幼く愛らしい声に、キャロルは目を見開くと涙をボロボロ零しながら頷きました。
そして、その様子を見守っていた響とエルフナインももらい泣きする事が起こります。
何と、ノイズさんがキャロルへ近寄ってそっと涙を拭ったのです。それだけではありません。そのままノイズさんがキャロルを見つめているとその顔に口が出現、こう告げたのです。
「まっ! たっ! ねっ!」
「っ!? うん、またね」
自由に喋れないノイズさんの心をネフィリムが何とか告げたのです。こうしてノイズさんと響に見送られてキャロルとエルフナインは旅に出ました。
二人がテレポートジェムでいなくなった後のシャトーは、静かでどこか物悲しい感じがします。だけど、ノイズさんはその場を動こうとしませんでした。
「あの、ノイズさん? 帰らないの?」
響が本部へ帰ろうと呼びかけても、ノイズさんはその場を動きません。すると、そこへいきなり人が現れたのです。
「なっ?! あ、あの時のノイズ!?」
「待ってサンジェルマン。誰か一緒にいるわ」
「少女? というか、何故ここにお前がいるワケダ?」
突然現れた三人組に響はおろおろするばかりです。そんな中、ノイズさんはボードへカキカキ。書き終えるとそれを三人へ見せました。
「キャロルとエルフナインの帰ってくる場所を守ってください、ねぇ」
「最初からそのつもりだが、まさかそれを言うために残っていたのか? 何とも不思議なノイズなワケダ」
「心配しないで。ここは私達パヴァリア光明結社にとっても大事なものだから。キャロルがいなくなっても、私達が定期的に見回りにくるわ」
「あ、あのぉ、プレラーティって人は皆さんの中にいますか?」
ノイズさんとは顔見知りな三人ですが、響はまったく知りません。そこで響がまず知りたかったのはキャロル達がここを託す事にした相手でした。
「プレラーティなら私なワケダが?」
「ええっ!? お、思ってたよりも可愛い人だぁ……」
「あら、ちょっと褒められてるわよプレラーティ」
「どうでもいいワケダが、まぁ一応反応はしておくワケダ。それ程でもないワケダ」
カリオストロに肘で突かれ、プレラーティは微妙な顔をしましたが、それでも響に顔を向けて言葉を返します。そのやり取りだけで響はプレラーティが癖の強い相手だと理解して苦笑しました。
「それで、一体貴方は?」
「あっ! 私、立花響と言います! ノイズさんやキャロルちゃんの友達です!」
その自己紹介だけで全ては事足りた。サンジェルマン達は響こそノイズさんが暮らす日本にいるシンフォギア装者だと分かったのですから。
「そう。じゃあ、キャロルは見送ったの?」
「はい。ノイズさんと一緒に見送りました。また、いつか会おうねってエルフナインちゃんとも約束しましたし」
「あらら、だからお目目が真っ赤なのね」
「あ、あはは……」
「とにかく、ここの心配はいらないワケダ。まぁ、時々来てもいいが、基本誰もいないと思って欲しいワケダ」
「あ、はい。ノイズさん、だって」
きっとノイズさんが聞きたかった事はこれだろう。そう思って響は笑顔を向けました。するとノイズさんはサンジェルマン達へ向かって深々と頭を下げました。
まるで、よろしくお願いしますと言うようにです。その姿を見てサンジェルマン達は目をパチクリさせましたが、響はすぐに我に返ると同じように頭を深く下げました。
「よろしくお願いしますっ!」
「……ええ、ここは私達が守るから。キャロル達の帰ってくる場所は、ちゃんと守っておくわ」
その言葉にノイズさんと響は頭を上げ、嬉しそうに頷きました。そしてゲートを出現させて二人は手を繋いで帰ります。
「気を付けて帰るのよ、お嬢ちゃんも黒いノイズちゃんも」
「響、とか言ったか。もし次来る事があれば、ここではなく協会にあるキャロルの研究室へくるといいワケダ」
「はいっ! ありがとうございます!」
手を振って三人へ別れを告げる響とノイズさん。その姿が見えなくなってゲートが消えると、サンジェルマン達はため息を吐きました。
「……局長に報告しないといけないわね」
「そう、ね。シャトーを本来の目的で使用する事は不可能だって」
「キャロルは好きにしろと言っていたが、あの様子ではノイズさんはこちらの考えを読んでいるかもしれないワケダ」
こうして万象黙示録の要であるチフォージュ・シャトーは静かに眠り続ける事となるのです。
ちなみにその報告を聞いたアダムは、どこか嬉しそうに笑ったとさ。めでたしめでたし。
終わりみたいな書き方をしましたがまだ畳むつもりはありません。
出会いと別れ。それを繰り返して人は子供から大人になるように、ノイズさんもそれを経験して成長していきます。
そしてその成長はネフィリムにも。
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ノイズさんの不思議な夢
その日はノイズさんとネフィリムを相手にした特別授業の日でした。
だからシミュレータールームに響達五人が集まったのですが、そこにはノイズさんがいなかったのです。代わりに五歳ぐらいの小さな男の子が片手を口元に当てて小首を傾げながら三歳ぐらいの男の子と手を繋いでいました。
「えっと、奏さん、もしかしてこの子達って……」
「あー……あたしもそうだとは思うんだけどなぁ」
「片や黒髪、片や白髪。しかもどっちもガキときてやがる」
「それに、あの黒髪の少年の仕草は見覚えがある」
「ですよ、ね。あれ、ノイズさんがよくする動きですし」
戸惑う五人の前へ黒髪の少年が白髪の子に手を引かれて近付いてきました。
「ぼく、ノイズさん」
「ネフィリムの声だ……」
白髪の子が出した声に響が感動するように呟きます。するとその呟きに嬉しそうに白髪の子が歯を見せて笑いました。その無邪気な笑顔に誰もが小さく驚き、すぐに嬉しそうに笑みを浮かべます。
「じゃ、やっぱりこっちの子は……」
「僕、ノイズさんっ!」
「「「「「お~っ」」」」」
黒髪の少年の声はいつか響達が聞いた可愛い声です。そう、ノイズさんが出した事のある声です。
「じゃあ、ネフィリムにはネフィリムって名乗ってもらわないとな」
「そうだね。それと呼び名も考えてあげた方がいいよ奏」
人の姿になったノイズさんを可愛がるように撫でる響や未来を見つめ、翼は小さく微笑みました。クリスは二人のように撫でたいようですが、恥ずかしいのかチラチラと響と未来を見つめてモジモジしていました。
「ネフィリムの呼び名かぁ。何かいい案あるかい?」
「リムくんなんてどうでしょうっ!」
「響にしてはいい案かも」
「み~く~」
からかうような未来の言い方に響が悲しそうに声を出しながら抱き着きます。その姿を見てクリスが顔を赤くしました。
「そ、そういう事は家でやれ!」
「で、名前の案は他にないかい? 翼は?」
「立花のリムがいいと思う」
「翼さん、リム、じゃなくて、リムくん、です!」
「だ、そうです」
気合を入れて説明する響を苦笑しながら未来が締め括ります。するとリムくんと名付けられた白髪の子は嬉しそうにピョンピョンと飛び跳ねました。
どうやらリムくんという呼び名が気に入ったようです。そのリムくんの反応がノイズさんそっくりで、誰もが優しい笑みを浮かべます。
「それじゃあ、リムくん? 僕、リムくんって、言ってみて?」
リムくんへ目線を合わせて未来がそう声をかけると、リムくんは元気よく頷いて口を開けます。
「ぼく、リムくんっ!」
「おおっ! リムくんも賢いねっ!」
「お前とは大違いだな」
「あうっ!」
「楽しそうだね、あんた達」
響とクリスのやり取りを半分呆れ気味に見つめる奏ですが、似たようなやり取りを翼とする事があるので未来が小さく苦笑しています。
翼は一人ノイズさんの頭を撫でて柔らかい表情を浮かべていました。一人っ子だった翼は、今のノイズさんを撫でる事で弟が出来たような気持ちになったのです。
「ふふっ、ノイズさんはあったかいな」
「ホント?」
「……うん、ホントだよ」
可愛い声と小首を傾げる動き。それに翼は一瞬驚きますが、すぐに嬉しそうに言葉を返して微笑みました。
その時の翼はあまり見せない表情と雰囲気でした。無邪気な反応と声に翼の本来の顔が出て来たのです。
どこからどう見てもお姉ちゃんな翼を見つめ響達が小さく驚きます。ただ、その二人の光景は温かさに溢れていて彼女達にも自然と笑みが浮かびました。
「リムくんもっ!」
ノイズさんだけが翼に可愛がられているように思ったのか、リムくんは二人の間に入って撫でて撫でてとばかりに背伸びをします。
その愛らしさと行動に翼は苦笑しながらリムくんも撫で始めました。すると自分も二人を撫でたいとばかりに響も翼の横へと移動します。
「リムくん、どうかな? 撫でられるの嬉しい?」
「うんっ!」
「~~~~~っ! どうしよ未来っ! 私、リムくん連れて帰りたいっ!」
「気持ちは分かるけど駄目だよ」
リムくんを抱き締める響へ未来がやや呆れるように止めますが、その未来もずっとリムくんを撫でているので気持ちは一緒みたいです。
そのやり取りを聞きながらクリスがポツリと呟きました。
「あ、あたしは一人暮らしだから問題ないか……」
「「どうしたの?」」
「っ?! ふ、二人揃ってこっち見るんじゃねー!」
つぶらな二対の瞳にクリスが耐え切れなくなったのか顔を背けました。ただ、愛らしい二人の男の子からの視線にクリスの中にある面倒見のいい顔が悶えています。
寂しがり屋でもあるクリスにとって一人暮らしは嫌ではないのですが、やはり可能なら誰かと一緒に居たいと思うのです。
そのため、ノイズさんとリムくんのお姉ちゃんになって暮らしたいと考えてしまいました。そんなクリスと違い本当にお姉ちゃんだった奏は二人の男の子を抱き締めてこう言いました。
「どうだ? 二人共あたしの家に来るか?」
「か、奏!?」
「あたしは一人暮らしだし、親戚の子って言えば誤魔化せるって」
「そ、そうかもしれないけど駄目! せめてどちらか一人だよ!」
「へぇ、じゃああたしはリムくんかな? 翼、ノイズさんに掃除してもらいな」
「「そうじ?」」
初めて聞く言葉に二人が揃って小首を傾げます。その愛らしさに響と未来が微笑みました。
「部屋の片づけってとこかな。まぁノイズさんならすぐ出来るようになるよ。誰かさんと違って」
「奏ぇ~……」
恨めしそうな目で奏を見つめる翼ですが、そんな彼女を見てみんなが笑います。ただノイズさんだけが翼へ目を向けました。
それに気付いて翼が目を合わせると、ノイズさんはにっこりと笑います。それが翼には気にしなくていいよと言っているように思えたのです。
「……ノイズさん、私の部屋に来る?」
「いいの?」
こくんと首を傾げるノイズさんに翼は嬉しそうに頷きます。それを見た奏がそっとノイズさんから腕を離します。するとノイズさんが翼の方へと駆け寄りました。
ノイズさんを抱き締める翼は、そのあったかさに表情が緩んでいきます。そしてそれは翼が初めて自分の腕の中で感じる小さな生命の鼓動でした。
「翼さん、すっごく優しい顔してる……」
「うん、初めて見るね……」
「あんな顔、すんだな……」
まるでお母さんのような翼に響達が軽く驚きます。優しく微笑みながらノイズさんを抱き締める姿は一枚の絵のようです。
「意外とあんた達もああなるよ。ほら、リムくんを抱き締めてみな」
「え? わっ!」
奏がリムくんを抱っこして響へ手渡します。その重さにびっくりしつつも、それが命の重さだと思うと響は納得すると同時にリムくんが嬉しそうに響へ頬ずりしました。
「あはっ、くすぐったいって」
「ひびきっ! ひびきっ!」
「もう名前を覚えてる……」
「凄いな、こいつらの学習能力」
響の名前を呼んで嬉しそうに懐くリムくんを見て、未来とクリスが驚きを浮かべてから微笑みました。
そんな中で翼は奏と二人でノイズさんと童謡を歌い始めようとしていました。
「いいかい? 翼の後に同じように歌ってごらん」
「うん!」
「じゃいくよ? かーえーるーのーうーたーがー」
「かーえーるーのーうーたーがー」
二人が歌い始めたのはかえるのうたと言われる輪唱をされる事の多い歌です。まず奏が歌い始めると、少し間を置いて翼が歌い始めます。それを見てノイズさんはふんふんと頷いてリズムを取るように顔を動かしました。
「かーえーるーのーうーたーがー」
「「「「お~……」」」」
可愛い声で歌い始めるノイズさんに響達も意識を向けて小さく感嘆の声を漏らします。ならばと響もそれに続いて歌い始めました。そうなればもう未来とクリスも歌います。
シミュレータールームにかえるのうたの輪唱が響き渡ります。最後に歌っていたクリスの声が消え、室内に静けさが戻ると小さな拍手の音が響きました。
「すごいっ! すごいっ!」
リムくんが大興奮で手を叩いていたのです。その拍手はツヴァイウイングの二人にしても、初めて受けた時に匹敵する程あったかいものでした。
当然響達には初めての感動の拍手です。心がポカポカとあったかくなるのを感じて、ノイズさんを含めた四人で笑顔を見せました。
「次はリムくんも歌ってみる?」
「うたうっ! うたうっ!」
「じゃ、もう一回?」
「それがいいと思う。今聞いたしタイミングも分かっただろうから」
「ならいっそリムくんから歌ってもらうのどうですか?」
その未来の提案に誰もが頷き、リムくんがニコニコ笑顔で歌い始めます。
「か~え~る~の~う~た~が~」
出す声全体が震えているリムくんですが、それさえも響達には笑顔になれる要素でしかありません。
七人でのかえるのうたが響き渡り、リムくんが歌い終わります。すると、何故かすぐにリムくんが歌い始めました。
これに驚いたのがノイズさんです。さっきは奏も翼も歌い終わった後は静かにしていたからです。
結果、ノイズさんもならばと歌い終わるとまたリムくんに続いて歌い始めます。さてさてこうなるともう終わりを見失います。
響は可愛い二人が続けているのでと輪唱を再開し、未来もそれに続いていくのでクリス達も苦笑しながら再び輪唱していきます。
まさしく輪となって終わる事なく歌は続きます。最初こそ苦笑していたクリス達さえも、楽しそうに歌うリムくんとノイズさんを見ている内に笑顔となり、歌声も明るく元気なものとなっていきます。
そうやってしばらくかえるのうたを歌い続けたノイズさん達ですが、さすがに疲れたのかリムくんが歌うのを止めました。
それを合図にノイズさんも歌うのを止めて、ようやく永遠に続くかと思われた輪唱は終わりました。
「リムくん、歌ってみてどう?」
そんな中、響が床に寝転がって笑っているリムくんへ問いかけます。するとリムくんは勢い良く起き上がってこう言いました。
「うた、たのしいっ! みんな、すきっ!」
無邪気な言葉に響だけでなく奏達も笑顔になりました。もしここにマリア達がいれば大きく驚きを見せた事でしょう。あのネフィリムが歌を唄い、それを楽しいと感じ、更に人間を好きと言い切ったのですから。
リムくんはそのまま響へ抱き着くとキラキラとした眼差しでこうおねだりします。もっと歌いたい。もっと教えて。
そのお願いに、ならとツヴァイウイングが自分達の歌を唄うとリムくんが黙って口を開けたままで二人を見つめ、ノイズさんは目を見開いたまま二人を見つめます。
至近距離で見るツヴァイウイングのライブは、響達にも大きく強い感動を与えました。二人はプロです。歌い踊る事でお金を得ています。その技を目の前で観れる事は、まさしくお金で買えない価値がありました。
「……どうだい?」
「私達の歌は難しいだろうか?」
呆然としたままのリムくんとノイズさんへ二人は笑みを向けます。するとリムくんとノイズさんが互いへ顔を向けて小さく頷き合って口を開きました。
「「なんおくのあいをかさねー」」
「「「「「え?」」」」」
二人が口ずさんだのは響達が知らない歌でした。だけどどこか胸があったかくなる歌です。
その謎の歌をノイズさんとリムくんは歌い切り、満足そうに頷きました。
そして疲れてしまったのか二人はそのまま床へ寝転び目を閉じます。
「ノイズさーん起きてー」
聞こえた声にノイズさんが起き上がりました。すぐに覗き込むような体勢で自分を見ている響へ気付き、寝ていた事を謝ろうと声を出そうとします。
でも喋れません。あれあれおかしいな。そう思って小首を傾げるノイズさん。するとネフィリムがノイズさんの代わりに響へ言葉を発してくれました。
「おはー」
「おおっ、ホントに寝てたんだぁ」
「何気なくおはようまで言えるようになってるね、ネフィリム」
「ホント、どうなってんだよこいつらの学習能力」
ノイズさんの目の前には響だけでなく未来やクリスの姿もありました。奏と翼はまだいません。
そう、今からノイズさんとネフィリムのための特別授業が行われるのです。
「でもビックリだね。ノイズさんも眠るんだ」
「そういやそうだな。ノイズの生態なんて分からない事だらけだし、睡眠がいるとか思わねーよなぁ」
「そうだね。それにノイズさんっていつも私達が会う時起きてるから」
三人でお喋りする響達を眺め、ノイズさんは自分の体を見つめました。そこにはノイズさん専用ギアを纏った見慣れた体があります。
次は頭を触りました。ギアがあってごつごつしていますが、黒い髪の毛などはありません。最後に顔を触ります。目もなければ鼻も口もありません。
全ては、夢だったのです。
がっくりと肩を落として落ち込むノイズさんに気付いて響達が小首を傾げます。どうしたのだろうと思ったのでしょう。三人は揃ってノイズさんと目線を合わせるようにしゃがみました。
「ノイズさん、どうしたの?」
「何かあったか?」
「もしかして、気分でも悪いの?」
優しい三人の声にノイズさんは小さく首を横に動かすとゆっくりと顔を上げました。何か言う訳ではありません。でもどこか悲しそうな事だけは響達にも分かりました。
ノイズさんは近くにあったボードを手にとると文字をカキカキ。やがて書き終えたノイズさんはボードを三人へ見せました。
――初めて夢を見た。そこだと僕とネフィリムが人間になっててみんなと歌を歌ったりお喋りしたりしてた。
それを読んだ三人は思わず言葉を失ってしまいました。ノイズさんが初めて夢を見た事もそうですが、その内容がとても嬉しく、故に夢だった事が悲しくなってしまうものだったからです。
ノイズさんの落ち込み方からも、それがどれだけ嬉しく思っていたのかよく分かったのでしょう。特に響とクリスは知っています。ノイズさんが人間に憧れている事を、人間の真似をして喜んでいた事を。
あのふらわーでの一時が響とクリスの脳裏に甦ります。
「ノイズさん、それはきっと未来の話だよ」
「未来……」
かける言葉が見つからない響とクリスに代わり、未来がそっと微笑みかけます。その優しい微笑みにノイズさんがホント?と言う様に小首を傾げました。
「本当だよ。いつになるか分からないけど、ノイズさんが自分で喋ってネフィリムもノイズさんの中から出てきて過ごせるようになるんだと思う。だから、落ち込まないで。ノイズさんが私達の悲しい気持ちを嫌がるみたいに、私達もノイズさんが悲しいのは嫌なんだ」
そう言って未来はギア越しにノイズさんを抱き締めました。その抱擁のあったかさにノイズさんは嬉しそうに腕を動かして未来を優しく抱き返します。
それを見ていた響はクリスの手を引いてノイズさんの後ろへ回り込みました。それがどういう意味かをクリスは聞く事なく察したのか、小さく息を吐くと微笑みます。
そしてシミュレータールームでノイズさんを三人が抱き締める光景が生まれました。そのまま響達はノイズさんが元気になるまでそうしていました。
「すまない。遅くなった」
「早速発声練習か……っと」
しばらく時間が経った頃、ツヴァイウイングの二人がシミュレータールームへ姿を見せました。ただ、そこで二人は思わず笑みを零します。何せそこでは……
「「「すー……」」」
安らかな寝顔で眠る響達と、それを見ながらどうしようと困るノイズさんの姿があったのでした。
ノイズさん、夢を見る。未来が言ったように未来の可能性なのでしょうか?
ただ、どう転んでも人間にはなれないのが悲しいところではありますが……。
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