ハイスクールD×D ~神(兄)と悪魔(弟)~ (さすらいの旅人)
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番外編集
番外編 前編


明けましておめでとうございます。

久々の投稿ですが、今回は番外編を更新しました。



 二学期が始まって平穏な日常生活を送っている中、放課後にクラスメイトの一人から呼び出された。弟のイッセーを連れてきて欲しいとの要望も受けて。

 

 そして、部室でクラスメイトが俺にお願いをしてくる。

 

「兵藤君、お願いがあるの。そこにいる貴方の弟――兵藤一誠くんを貸して下さらない?」

 

 高圧的な物言いで頼んでくるクラスメイト――安倍(あべ)清芽(きよめ)。以前、部活対抗試合でひと悶着を起こしたクラスメイトだ。

 

 因みに俺達がいる部室はいつもいるオカ研の部室ではなく、テニス部の部室だ。当然、目の前にいる安倍はテニス部員で部長でもある。

 

 安倍が現在オカ研部員である俺たち兄弟だけにお願いしてくるって、今回は悪魔のリアス達に聞かれてはいけない事なんだろうか。

 

「えっと……一先ず詳細な理由を聞かせてくれ。いきなりそんな事をお願いされても返答に困るんだが」

 

 いきなりのお願いに俺は少し戸惑いながらも理由を尋ねる。隣に座ってるイッセーも俺と同じ反応をしているし。

 

 イッセー関連の事となると、後々リアス達の耳に入ったら俺が大目玉を食らってしまうのは確実だ。そうなるのを避ける為に、一先ずは理由を聞かないと。

 

 俺の返答を聞いた安倍は説明しようとする。

 

「実は今度父が出張から戻られるわ。貴方の弟くんに私のお助けをして欲しいの」

 

 安倍のお助けって……これは面倒事が確実だな。

 

 イッセーもイッセーで『何で俺なの?』みたいな顔をしているし。

 

「それでイッセーにお助けと言うのはどういう内容なんだ?」

 

 俺が安倍に再度訊く。

 

「父が私に見合いをしろと言うの。私、まだ高校生ですわ。早急すぎると伝えたのだけど、それでも聞く耳を持ってくれなくて……。父は一度決めたら即断即決の強情な方だから」

 

 ほほう、見合いね。

 

「成程。お前は由緒正しい魔物使いの家柄で、親御さんが早く婿を決めようとしてきたって訳か」

 

「その通りよ。流石は兵藤くん、理解が早くて助かるわ」

 

 俺が魔物使いと言った直後、イッセーは嫌な記憶でも思い出したのか身震いしている。多分、あの雪女(クリスティ)の事を。

 

「となると、イッセーにお見合いを阻止して欲しいっていう(たぐい)か? それなら俺でもやれると思うんだが」

 

 すると、安倍は少し申し訳なさそうに言ってくる。

 

「私も最初は兵藤くんにお願いしようと思っていたのだけれど……咄嗟に父には赤龍帝の兵藤一誠くんと言う彼氏がいるから、お見合いは嫌だと伝えたの。失礼なのは承知ですけど、弟くんは有名な赤龍帝だから……」

 

 そう言えば、安倍は俺の正体が聖書の神(わたし)である事を知らないんだったな。リアス達には正体がばれてるから、もう気にせず接していたので少しばかり忘れていたよ。

 

 確かに考えてみれば、(あくまで安倍から見て)多少実力のある無名な兵藤隆誠(おれ)より、伝説のドラゴンを宿した赤龍帝である兵藤一誠(おとうと)の方が良いだろう。ネームバリューのある赤龍帝なら猶更な。

 

 俺が赤龍帝であると誤魔化せれば良いかもしれないが、魔物使いである安倍一家はコチラ側の事情を知ってるちょっとした関係者だ。一般人と違って、容易な誤魔化しなんか通用しない。

 

「それで父に伝えた結果、条件付きであれば、そのお見合いを破断にしてもいいと言ってきたの。もちろん、その日限りで構わないわ。あと出来れば、リアスさん達には内密にしてほしいの」

 

 でしょうね。もしこの場にリアス達がいて、イッセーが安倍の彼氏役をやると聞いた途端、安倍は即座にオカ研の女性陣から敵意を向けられる事になるだろう。部室の空気も物凄く冷え込む程に。

 

「話は分かった。尤も、最終的な決定権は俺じゃなくてイッセーになるんだが……どうする?」

 

 安倍からの話を聞き終えた俺はそう言いながらイッセーに問う。

 

「ま、まぁ、安倍先輩が訳あって俺を彼氏役にして欲しいって頼んできたからな。ここまで聞いて断るってのもなんだし……」

 

 取り敢えずOKのようだ。ま、どうせコイツの事だから、美人な先輩の彼氏役を練習としてやってみるのも悪くないとか思ってるんだろう。

 

 俺から言わせれば、そんな練習は必要無いんだがな。例えばイッセーが、『リアス、俺はお前が好きだ! 俺の彼女になってくれ!』とでも言えばリアスは感涙しながら速攻OKする。尤も、それはリアスだけじゃなくアーシア達も同様だけど。

 

「それじゃイッセーも了承って事で話を受けよう。一応言っておくが、今回は報酬を頼む。ご令嬢のお見合い破談に加担するんだから、流石にタダ働きは勘弁だ」

 

「勿論。それなりのお礼はするわ」

 

 かくして、俺たち兄弟は安倍のお見合い破談をする事となった。イッセーが安倍の彼氏役を演じる事に。決行する日は次の土曜日だ。

 

 オカ研の部室に戻った後、リアスには『クラスメイトの安倍清芽から、人間の俺たち兄弟に相談ついでに頼みがあったから』と遅れた理由を述べた。安倍が悪魔側と深く関わりたくない事を知っているリアスは、怪訝に思いながらも深く追求しなかった。

 

 

 

 

 

 

 約束の土曜日、俺たち兄弟が呼び出されたのは安倍の自宅だ。

 

 因みにリアス達に用事があると言って出掛けている。もし安倍から頼まれた内容を言ったら、アイツ等は絶対に来るからな。

 

 安倍の自宅に辿り着くと、とても大きな洋館が俺達を迎え入れてくれた。庭も広く、館の中も見事だ。俺たち兄弟の家もリアスたち悪魔側によって、地上六階、地下三階の豪邸になっているので負けず劣らずと言ったところだ。

 

 聞けば普段安倍はこの洋館に一人で住んでいるらしい。ご両親は共働きで世界を飛び回る名うての魔物使いで、その父親が久しぶりに帰ってきたと思いきや、突然婚約の話が出てきたんだと。

 

 そして俺達が案内されたのは洋館から渡り廊下を通って辿り着く屋内プールだった。

 

 何故か分からんが、水着を用意された俺達は一応それに着替え、プールサイドに出て行く。その先には俺達と同様水着に着替えてる安倍が佇んでいた。 

 

 こら、イッセー。安倍が布面積の少ない水着を着てるからってガン見してんじゃない。失礼だろうが。もしリアス達がいたら確実にお仕置きされるぞ。

 

 取り敢えずスケベ顔丸出しとなってるイッセーに、俺が腹部に軽く肘打ちをしておいた。それを喰らったイッセーは不満そうに睨みながらも、普通の表情に戻した。

 

「さ、こちらへどうぞ」

 

 安倍がプールサイドに置かれたテーブルへ着くよう促してくれる。

 

 テーブル席に俺たち三人が集まり、安倍が改めて、お見合い破談の条件を切り出した。

 

「父が仰った条件とは――魔物使い同士で競い合う対戦競技ですわ」

 

「と、言いますと?」

 

 イッセーが安倍に聞くと、彼女は指を折りながら答えてくれる。

 

「陸海空の魔物を使っての三番勝負ですわ! 兵藤くん……っと、お二人が兄弟だから紛らわしくなるので、ここは敢えてお名前で呼ばせて頂きますわ」

 

 確かに名字で呼ばれるのは紛らわしいから、安倍の言う通り名前で呼んでくれた方がありがたい。

 

 そして安倍は気を取り直して再開する。

 

「一誠くんが二つ以上父に勝てば婚約の件は破談となります。念の為に言っておきますが、父が勝負に負けた際はキッチリと約束を守りますのでご安心を」

 

 ハハハ~、何か前と似たような事を思い出すな~。親子揃って相手に自分の得意分野で勝負させるとは随分と意地の悪い事で。

 

 俺が内心そう思ってると、イッセーは少し困った顔をしていた。

 

「陸海空ですか……。って言っても俺、魔物使いじゃないからなぁ。自分で戦うならまだしも、魔物を使っての戦いって自信が全くないというか……」

 

「と言うか、安倍。それって完全にイッセーが物凄く不利だろうが」

 

 イッセーは基本的に格闘戦メインだからな。いきなり魔物を使役する競技で戦い、尚且つ勝てとは難しいにも程がある。

 

 不安そうに言うイッセーと文句を垂れる俺に、安倍がどこぞを指さす。

 

「それは問題ありませんわ。こちらが使役する魔物は既に決まっていますの。先ずは陸の魔物! 出ていらっしゃい!」

 

「ホキョォォォオオオオオッ!」

 

「っ! ま、まさか!」

 

 何やら聞き覚えのある咆哮とドラミングにイッセーが身体を強張らせた。

 

 そして俺達の眼前に現れたのは、以前のテニス勝負でダブルス戦をした安倍のパートナー――雪女のクリスティだった。しかもイッセーに対して情熱的な瞳で見ている。

 

「ウホッ♪」

 

「おお、雪女のクリスティじゃないか。久しぶりだな。って事は、お前が陸の魔物担当か」

 

「兄貴! お願いだから、その雪ゴリラを雪女って言わないでくれ! 俺の幻想が打ち砕かれる!」

 

 そう言えば、この愚弟(バカ)は今もクリスティの事を雪女と認めたくないんだったな。往生際の悪い奴だ。

 

 安倍はイッセーの反論を無視するように説明を続けようとする。

 

「陸の魔物対決で、一誠くんにこのクリスティを使役してもらい、父の使役する魔物と競ってもらいます」

 

 イッセーにこの雪女を使えってか……大丈夫か?

 

「ウホ……」

 

 コイツ、さっきからイッセーばかり見ているし。

 

 確か前のテニス勝負で俺達が勝った後、クリスティはイッセーに惚れたんだったな。

 

「次に海の魔物を呼びます。人魚ですわ」

 

 安倍が指を鳴らすと、プール――水中で何かが動き始める。しかも物凄いスピードで泳ぎ回っているな。

 

「人魚! マジっすか!」

 

 イッセーは阿部の人魚と言う報告に、さっきまでショックを受けた様子から一変して顔を輝かせた。

 

 多分、コイツの事だ。どうせ上半身が美女で下半身が魚と言う人魚を想像しているんだろう。

 

 ま、そのイメージは概ね正解だ。嘗て聖書の神(わたし)もイッセーが想像していた人魚をたくさん見た事あるし。

 

「確か人魚は美しい歌声をしていたな」

 

「お、マジ!? うわー、それは楽しみだ!」

 

 さり気なく聖書の神(わたし)が知っている情報を公開すると、それを聞いたイッセーは更に期待感を募らせた。

 

 

 ザバッ!

 

 

 安倍家のプールから人魚が跳びあがってきた。

 

「こちらは人魚のエステリーナですわ」

 

 安倍が紹介してくれたのは――足のついた大型魚類だった。まるでマグロに足が生えたかのようなフォルム。

 

 ……おい、ちょっと待て。俺が想像していた人魚とは全く違うものなんだが……。

 

「ギョギョギョ」

 

 ギョギョギョって……見た目通りの鳴き声かい。

 

 ………あ、思い出した。そういや昔、こういう種類の珍妙な人魚も見たな。

 

 当時の聖書の神(わたし)も最初は少しばかり目を疑ったが、歴とした人魚である事はキチンと確認済みだ。

 

「ちょっと待てぇ! なんですか、この珍妙な生き物は!?」

 

 ギャグ漫画の如く目玉が飛び出るほど驚いているイッセーに安倍は堂々と言う。

 

「人魚ですわ」

 

「やめて! 俺の夢をこれ以上破壊しないで! 涙がさっきから止まらないんです!」

 

 またしてもイッセーの夢が壊れてしまったか。尤も、それはイッセー個人の願望に過ぎないから、世界から見れば知った事じゃない。

 

「おい兄貴! よくも嘘吐きやがったな! 弟の純情を踏み躙りやがって! こんなのが美しい歌声を披露出来る筈がねぇだろ! 魚類じゃねぇか!」

 

「いや、俺もてっきりお前が想像していた人魚だと……」

 

 だから嘘は吐いちゃいないんだが……。

 

「失敬な。エステリーナ、唄って差し上げなさい」

 

 心外と言わんばかりに、安倍が人魚にそう命じる。

 

「ギョギョギョ~♪ ギョソ☆」

 

 随分とハスキーな声で何か歌っていた。一般人視点からすると呪いの歌のようにしか聞こえないぞ。あと、ギョソって何?

 

「止めて下さい! モリで突きたくなりますからっ!」

 

 イッセーはそう叫んでいるが、場合によっては目の前の人魚を見なかった事にすると思う。龍帝拳+ドラゴン波で消し飛ばすついでに記憶消去、みたいな感じで。

 

「……もうヤダ、酷過ぎる」

 

 叫びから一変して、イッセーはくずおれてしまった。

 

 以前に見たウンディーネや雪女に続いて、人魚までもが想像していた内容と全然違っていたからな。イッセーがショックを受けるのは当然かもしれない。

 

 用件が済んだ後にリアスかアーシアにでも慰めてもらえ。

 

 深く落ち込んでいるイッセーに、安倍は悠然と紅茶を飲みながら言う。

 

「まあ、物語に出てくるような人魚も中には存在するそうですけれど、一般的にはこれですわ」

 

「どこが一般的!? どう考えても想像を超えたクリーチャーじゃないですか! 兄貴もそう思うよな!?」

 

「ま、まぁ確かに、あんな不気味な人魚が一般的なのは流石に勘弁だな」

 

 もし安倍がいなかったら、イッセーは速攻で俺にこう訪ねてくるだろう。『兄貴が神様だった頃の人魚は俺が想像していた人魚だったよな!?』と。

 

 多分だけど、生徒会の匙もコレが人魚だと知ったらイッセーと同様にショックを受けるだろう。

 

 すると、話題となっていた人魚のエステリーナがプールサイドに横たわって苦しそうに口をパクパクしている。

 

「ギョギョ……」

 

「あらら大変。酸欠になっていますわね。エラ呼吸だから陸に上がると死にますの」

 

 エラ呼吸って……言われてみりゃ確かに魚だからな。聖書の神(わたし)が過去に見た美しい人魚は陸に上がっても死ななかったけど。

 

「それなら、海に帰してあげて! 深海の底で暮らした方がこの娘にとっても俺にとっても平和ですから!」

 

 イッセーの叫びを再びスルーしている安倍。

 

 俺達が人魚をプールに戻した後、人影が近づいてくる。

 

「お嬢さま。もうすぐお父上がお戻りになられますぞ」

 

 そこへ現れたのは……何と(ちょう)(じん)だった。頭にトサカ、手に羽を纏っている鳥人が。

 

 鳥人の言葉に阿部は頷く。

 

「ええ、わかりました。と、お二人に紹介が遅れましたわね。彼が私専属のボディーガードで、空の魔物担当である鳥人の高橋ですわ。一誠くんに使役していただく魔物でもあります」

 

「高橋!? そんな和名なんですか!?」

 

「落ち着けイッセー。恐らく日本へ来た際、和名に変更したんだろう」

 

「それは違いますわ、隆誠くん。高橋の出身は神戸なので、変更はしてないわ」

 

「嘘!?」

 

「神戸!? 神戸に鳥人なんかいたか!?」

 

「ちょっとまて安倍。鳥人は本来イースター島に住む伝説の魔物だから、日本にはいない筈だぞ」

 

 鳥人が日本に生息してないのは確かだ。なので安倍の言ってる事はおかしい。

 

 俺の疑問に鳥人が疑問に答える。

 

「ああ、それは渡辺家のほうだね。私の先祖は日本に帰化して高橋になった」

 

「………あ、そう」

 

「日本とイースター島、どっちが正確かわかんねぇぇっ! いや、もうどうでもいいや!」

 

 もう突っ込む気にもなれない俺と、深く考えないようにしようと諦め気味のイッセー。

 

「そちらのキミが、お嬢さまが依頼したという伝説ドラゴン――赤龍帝を身に宿す少年かね? ふふふ、なるほど、良い顔つきだ。私は高橋。下の名前は輝く空と書いてスカイと読む。よろしく頼む」

 

 紳士的な振る舞いで握手を求めてくる鳥人の高橋輝空(スカイ)

 

 ――なぁ兄貴。俺、キラキラネームの鳥野郎に目眩がするんだけど。

 

 ――俺もだ。さっきまで突っ込んでたのが段々バカバカしくなってきた。

 

 視線で会話する俺たち兄弟。

 

「はい、よろしくお願いします。出来ればお訊きしたいんですが、無駄に今風に凝った名前で腹が立つのは俺が若いからでしょうか? ルビ振る方も大変だと思うんですが」

 

「ふふふ、若さはいいぞ。私も若い頃は三歩で物事を忘れるという特技があった」

 

「それ、鳥頭じゃないですか!」

 

 何かもう負けるんじゃないかと思うくらいに物凄く不安になってきた。

 

 雪女、人魚、鳥人……字面だけで見るなら、さぞかし頼もしい妖怪や魔物だと思うだろう。

 

 だがイッセー視点では雪ゴリラ、足のついたマグロ、アホな鳥頭の人間だからな。名前の方もクリスティ、エステリーナ、高橋……あ、当の本人であるイッセーも両目から涙が流れてるし。

 

「イッセー、今回は俺も全面的にサポートするから」

 

「マジで助かる」

 

「安倍には悪いが、正直言って勝てる要素が全く見当たらない」

 

「だよなぁ」

 

 安倍には聞こえないようコソコソと話す俺たち兄弟。

 

「そういやさぁ、何で今回阿部先輩の依頼を受けたんだ?」

 

 イッセーの疑問に俺はすぐに答える。

 

「前にあったリアスの婚約の件と同じだったからな。安倍も安倍で、好きな相手は自分で決めたいって以前言ってたし」

 

「……そっか」

 

 リアスの婚約を破断させる為にレーティングゲームで勝利した事を思い出したのか、すぐに納得してくれた。コイツもコイツで、自由な恋愛の方が良いと思っているし。

 

「ま、取り敢えず頑張ってみるわ。でも何かあった時、サポート頼む」

 

「任せろ。ああ、一応言っておくが」

 

 俺はイッセーに忠告をしておく。

 

「いくら安倍の彼氏役するからって、あんまり調子に乗った行動はするなよ? これでもし今回の件がリアス達にバレたら、後々面倒な事になるんだからな」

 

「わ、分かってるって」

 

「もうついでに、リアスはああ見えてかなり嫉妬深いぞ。身内の女にはある程度寛容だが、それ以外だと凄く厳しいって朱乃が言ってたし。だから浮気なんか以ての外だぞ」

 

「そうなのか……? ってか浮気ってなんだよ。俺はまだ部長と付き合ってすらいねぇのに」

 

 いや、もうリアスの中ではイッセーを自分の彼氏と認定してる。もしもイッセーが付き合ってほしいと告白したら速攻OKすると断言できるぞ。それなのに、この愚弟は未だにリアスの想いに気付いていない鈍感野郎だし。

 

 手っ取り早く俺が代理として想いをぶつけさせたいんだが、リアスが『これは私とイッセーの問題だから、リューセーは一切手を出さないで』と釘を刺されている。もどかしいにも程があるよ、全く。

 

「さて、私は父を迎え入れる準備をしてまいりますわ」

 

 俺たち兄弟が会話してる中、安倍が父親を迎えに行った。いよいよ婚約破談作戦がスタートだ。




原作と違って、リアス達は参加していません。


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番外編 中編

 暗雲漂う曇り空の中、俺たち兄弟は水着から元の服装に戻って館の庭に出ていた。安倍の父親をかれこれ数分待っている。

 

 すると、門から馬と思われる蹄の音がパカラパカラと立てながら、何か異様なものが近づいてくる。

 

 そこからは何やら相手を圧倒させるようなオーラを振りまいて現れたのは、巨躯の男性だった。

 

 大きな黒馬に乗っており、角のついた兜を被り、マントを羽織っている。更にはギラリと眼光が鋭い。

 

 ……おいおい。もしかして安倍の父親って、かなりのコスプレ好きなのか? あの格好や仕草はどう見ても、暴力が支配する国の世紀末覇者としか見えないんだが……。

 

「うぬが我が娘と付き合っているという不届き者か?」

 

 おお、声もそっくりだな。もう根っからの拳王的なお方に憧れてる大ファンじゃないかと思うほどに。

 

 イッセーも俺と似たような事を考えているだろうが、彼の睨みにタジタジな様子だ。俺はイッセーと安倍から少し離れて見守っているが、それでもビシビシと伝わってくるよ。

 

 そんな俺たち兄弟の反応を余所に、安倍はイッセーの腕に絡みつく。

 

「そうですわ、お父さま。彼が私の彼氏、兵藤一誠くんですわ」

 

 あ、イッセーが腕に当たってる安倍の胸に意識を集中し始めているな。

 

 もし此処にリアスがいたら、笑顔のまま紅いオーラを纏って見ているだろう。勿論、それは嫉妬の意味で。

 

 一先ず、だらしない顔になりそうなイッセーに、俺が軽くオーラを発して睨んだ。それに気づいたイッセーはハッとするように、元の表情へと戻る。

 

 安倍の父親は巨馬から下りもせずにこう言い放つ。

 

「よかろう。うぬが安倍家に相応しい婿か否か、このわしが直々に計ってくれようぞ」

 

 凄っ。台詞だけで安倍の父親の後ろで雷光が怪しく光ったぞ。あくまで、俺がそう見えただけだが。

 

 そして、ついに対決が始まった。安倍の父親が圧倒的に有利な魔物対決が。

 

 第一戦目は陸の魔物対決だ。庭にライン引きされた長方形のバトルフィールドがあり、その中で戦いが開始される。

 

「わしが先ず出すのはこれだ。出てこいッ!」

 

 安倍の父親の叫びによって現れたのは――何とクリスティよりも一回り大きな体つきの雪女だった。

 

 体中が傷だらけで、如何にも歴戦の強者と言う貫録を見せている。それに、どことなくクリスティに似ている気がするのは俺の思い過ごしだろうか?

 

「安倍先輩、あのイエティのオス、凄い迫力ですね……。クリスティが勝てるかどうか……」

 

 イッセーが安倍に尋ねるが、何故か首を横に振った。その仕草にイッセーが怪訝に思った表情をする。

 

 俺も何故かと思っていると、安倍はすぐに答える。 

 

「あれはクリスティの姉、ステファニーですわ」

 

 …………ああ、道理でクリスティに似ていたって訳か。うん、納得したよ。

 

 しかし俺と違ってイッセーはすぐに認めようとせず、再度尋ねようとする。

 

「……姉? ステファニー? ちょ、ちょっと待って下さい。あれって……メスなんですか?」

 

「ええ、乙女ですわ」

 

「メスしかいないのか、雪ゴリラは!」

 

 どうやら姉妹対決になるようだ。

 

「まぁ、考えてみればアレでも一応“雪女”だから、メスなのは当然――」

 

「だから兄貴! アレを雪女って呼ばないでくれ!」

 

 俺の呟きを聞いたイッセーが即座に振り向いて注意してくる。

 

 未だにイッセーはアレ等を雪女と認めたくないようだな。本当に往生際の悪い奴だ。

 

 まぁ取り敢えず、俺は俺の仕事をやるとしよう。

 

「え~、審判は俺、兵藤隆誠が行います。安倍のお父さんはもうお気付きでしょうが、俺はイッセーの兄ですので」

 

 サポートをする俺が審判をしたら不味いと思われるだろうが、それについては既に手を打っている。

 

 安倍が父親を迎えに行ってる最中、俺は密かに分身拳を使って、もう一人の俺がイッセーの背後に潜んで姿を消している。

 

 サポート内容としては、イッセーの使役する魔物が攻撃や反撃の際、相手側に気付かれないよう分身の俺が衝撃波を加えての二重攻撃をさせる事だ。卑怯だと思われるだろうが、今回の勝負はイッセーが絶対に勝つのは不可能なので、安倍の婚約破棄をさせるにはこれしか方法がないからな。もしも、今回の勝負がイッセーが得意な格闘戦だったら一切手を出すつもりはないんだが。

 

「あい分かった。それにしてもお主………ただならぬ何かを感じるな。わしなどとは比べ物にならないほどの何かが……」

 

 フィールドの中央に立った俺がそう言って雪女二匹をフィールドに招いてると、安倍の父親が意味深そうに言ってくる。

 

 お? この人、妙に鋭い。聖書の神(わたし)の正体に気付いていないけど、それでも俺が普通の人間とは違う何かを感じ取ったようだ。

 

「? お父さま、一体何を仰っていますの?」

 

 娘の安倍は父親が何を言ってるのかは全く分からずに首を傾げてるけど。

 

 さてさて、そんな事は如何でもいいから仕事仕事っと。

 

 イッセーと安倍の父親はフィールドの端に立ち、そこから指示を送ってバトルを動かす事となっている。

 

「では第一試合……始め!」

 

 俺の掛け声とともに陸の魔物対決がスタートする。

 

「ステファニー! まずはドラミングだ!」

 

「ホッキョォォオオオッ!」

 

 先に指示をしたのは安倍の父親で、雪女のステファニーが胸を叩き始めた。

 

 確かゴリラとかがやるドラミングって、相手を威嚇する行為だったような……。もしかして妹のクリスティに身内同士の争いをさせない為の指示か?

 

「雪女のドラミングは自身の攻撃力を高める効果があるのだッ!」

 

 あ、俺が知ってるドラミングとは全く違う物だった。解説どうも。

 

「じゃあ、こっちもドラミングだ、クリスティ!」

 

「ウホホホホホホ!」

 

 

 ドドドドドド!

 

 

 雪女がやるドラミングの意味を知ったイッセーが指示するも、クリスティが無視して突然フィールドを駆け回り出した。

 

 おいおい、早速命令無視かよ。ってか、クリスティは何やってんだ? 分身の俺はいきなりの事に戸惑っているし。

 

「あれは雪女の特殊技、雪分身ですわ」

 

 と、いつの間にか俺の近くにいる娘の安倍が呟いた。

 

 確かに安倍の言う通り、クリスティが二匹、三匹、四匹、終いには無数のクリスティがフィールドを支配したよ。

 

 これにはイッセーも驚いているようだが、アイツの事だからクリスティだらけになってる事に最悪の風景だと思ってるだろう。イッセーの物凄く嫌そうな顔を見れば一目瞭然だ。

 

「しっかしまぁ、見た目とは裏腹に凄い技を使うんだな。あれって雪女が元々持ってるスキルなのか?」

 

「いいえ。日本アルプスに住む雪女のみが習得できる高度な秘技よ。極めれば本体と違う動きも再現できるわ」

 

「……あ、そう」

 

 日本アルプスの雪女限定の技だったのね。やはり日本の妖怪は全く分からないな。

 

「ぬぅ! やるではないか! ドラミングと指示しておきながら、雪分身とはこしゃくな!」

 

 唸る安倍の父親。完全にクリスティの命令違反の筈なんだが、向こうは盛大な勘違いをしているようだ。

 

「ステファニー、こちらも負けておられん! 冷凍撲殺棒で反撃に出ろ!」

 

 随分と物騒極まりない攻撃技だな、おい。すると、ステファニーは身に付けていたバッグからゴソゴソと何かを取り出したのは……バナナだった。何故?

 

 俺が思わず首を傾げてると、ステファニーがバナナを冷凍ブレスで瞬時に凍らせた直後に空中高く放り投げた。一体何がやりたいんだ? 安倍の父親が物騒な技名を言ってたから、てっきりバナナを媒介にして攻撃力抜群の冷凍棒でも作ると思っていたんだが。

 

「ウホッ!」

 

 冷凍バナナに視線を釘付けにされたクリスティは分身ごと空中高く飛び上がっていった。

 

 もしかしてクリスティの奴、バナナに反応したのか? ………まぁ、アレは一応雪女でもゴリラと同類だから反応するのは仕方ないかもしれないが。ってか、戦いの序盤からして既におかしな方向へと突き進んでいるな。

 

 クリスティがバナナに飛び掛かった為に、さっきまであった雪分身が消えて隙だらけとなっていた。それを見たステファニーが間髪を容れず本体のクリスティに強烈なタックルをかます。

 

「ウボァッ!」

 

 ドゴンッと凄い音が出て、タックルを直撃したクリスティはフィールドの外に放り出され、地面に勢いよく落下してしまった。

 

「くっ! やってくれましたわね、お父さま。雪女の大好物である冷凍バナナでクリスティの視線を釘付けにさせ、その隙にステファニーが攻撃を加えるなんて……! 雪女は本来バナナの魅力に勝てず、その場で食べてしまうのに、それをアイテムとして活用するなんて……。どうやらステファニーはバナナの欲に打ち勝つ修行をさせたのでしょうね」

 

 ……安倍さん。分かり易く解説をしてくれるのはありがたいんですが、ツッコミ処が満載過ぎて逆にツッコメないよ。

 

 そんな中、地面に突っ伏したクリスティは物の見事にバタンキューとなって戦闘不能だった。

 

「え~、クリスティが戦闘不能の為、勝者はステファニー。よって、第一戦は安倍のお父さんの勝利となります」

 

 第一線を見て早々やる気を失くしてしまったが、それでも仕事はやろうと審判役を徹した。事務的に。

 

「ふふふ。他愛もない。これでは娘との逢引きも許可出来んな」

 

 俺の宣言にイッセーは(色々な意味で)悔しがってる中、安倍の父親は不敵な笑みを見せていた。イッセーは何とかして勝とうとしてるようだが、俺からしたら負けても良いんじゃないかと思う。余りにも下らな過ぎる勝負内容だったから。

 

「次は海の魔物で対決だな。あのプールが対決の場となるか。さて、その前にうぬらにわしの魔物を見せてしんぜよう」

 

 雷鳴轟く中、稲光に照らされて巨大な魚型モンスターが姿を現した。

 

 巨大な鮫のフォルムに……足の付いた人魚、で良いのか? もう見た感じエステリーナの鮫バージョンだな。

 

 だがエステリーナと違って、鮫の方はかなり強そうだ。これは第二戦も負けるのは確実になってきたよ。

 

 と思ったんだが………鮫の魔物は動く様子を全くなかった。大きく口を開け、ただ立ち尽くすだけだ。

 

「………」

 

 不思議に思った安倍の父親が馬の上から触れてみると――

 

 

 バタン!

 

 

 と、鮫は地面に横たわってしまった。おいおい、まさかこれって。

 

「あ、鮫だから常に泳いでいないと死ぬんだった」

 

「「おい!」」

 

 間の抜けた父親の一言にイッセーと俺は揃って叫んだ。勿論、安倍の父親に向かって。

 

 取り敢えず俺も確認しようと近づいて、鮫の状態を診てみると……本当に死んでいた。

 

「………はぁっ。第二戦の勝者はイッセーです」

 

 もう完全にやる気のない声で判定を下した。

 

 本当だったら、第二戦から本格的にイッセーのサポートをしようと思ってたんだが……意味の無いものになってるな。

 

 因みにプールサイドでイッセーを待っていた人魚のエステリーナも鮫と同様、酸欠で死んでいた。

 

 後日の食卓に大トロとフカヒレが並んだりしたが、それは後の話で気にしない。

 

 あっと言う間に第二戦まで進み、ついに最終戦となるんだが……正直言って不安だらけだ。




 余りにも下らなすぎる戦闘展開となっている為、リューセーの心労が溜まり続けています。


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番外編 後編

 最終戦は空の魔物対決。安倍の提案により、ここからは場所を変え、人気のない山奥となった。俺が転移術で全員纏めて移動させてな。俺が転移術を使った事に安倍は勿論、安倍の父親は物凄く驚いていたが敢えて気にしない事にした。

 

 んで、今いる山奥はゴツゴツとした岩が多いけど、人目を気にせずに思う存分魔物を飛ばせる事が出来る。

 

 その岩がある所で、イッセーと安倍の父親は対峙している。地上戦だとやり辛い場所だが、今回は空を一望出来るほどに広く見渡す事が出来る空中戦なので、何の障害にもなりはしない。

 

「お互いに魔物の上に乗り、空中決戦を行う。良いな?」

 

 安倍の父親がルールを告げる。よく見ると、彼は巨大な怪鳥を用意していた。

 

「ギャオオオオオンッ!」

 

 恐ろしげな方向をあげてイッセー達を威嚇している。随分と鋭い大きな嘴だな。もしアレでつつかれでもしたら、どてっ腹に大穴が開くかもな。尤も、ああ言う類の怪鳥はイッセーと旅をしてる際に遭遇後に倒したこともあるので、今更驚きもしない。以前に腹が減った時、アレと似たような巨大怪鳥を倒した後に解体して鳥料理を作った。鳥の唐揚げとか焼き鳥とか色々作ってみたけど、全部美味かったなぁ。

 

 まぁそれは如何でもいいとして、今回の勝負で勝てるかどうか問題だな。イッセーだけなら苦戦する事無く勝てるんだが、今回はパートナーがメインで戦うからな。空の魔物担当である高橋が。ソイツはイッセーをおんぶして背に乗せている。と言うか、さっさと飛んだらどうなんだ?

 

「ふふふ、少年。いい塩梅だな。この風、この肌触りこそ(いくさ)というもの」

 

「ああ、そうですか……。ってか俺、もう帰りたくなって来たんですけどね……」

 

「いまの私は言うなれば風見鶏といったところだな!」

 

「ちょっと兄貴~、俺はこの鳥をどう扱えば良いんでしょうか~?」

 

 意味の分からない発言をしてる高橋に、イッセーは審判の俺に助言を求めてくる。

 

「………今の俺は審判なので、選手に肩入れは出来ませんので悪しからず」

 

 ――お前の背後に控えさせてる分身の俺がいつでもスタンバイしてるから、ソイツがどうしようもなくなった時はすぐに呼べ。

 

 口では公正な審判として言うも、目ではいつでもヘルプ出来ると伝えておいた。イッセーは嘆息しながら残念がるも、目では『了解』との返事をした。

 

 そんな中、安倍の父親は怪鳥と共に空を舞っている。しかも馬に乗ったままな。馬ごと怪鳥に乗るって……そこは普通に馬から下りろよ。どこぞの拳王みたいに、完全に自分が認めた相手じゃなければ馬から下りようとしないのか?

 

 安倍の父親の行動に呆れつつも、審判の俺は両者の中央に立って宣言する。

 

「それでは最終戦。はじめ!」

 

 俺の宣言直後に、怪鳥がバッと空を高速で飛び回る。デカいのに随分と早いな。普通の人間があの速さで激突してきたら、良くて大怪我、悪くて即死だな。

 

「おい高橋さん、早く空に行こ――」

 

「うおおおおおおおっ!」

 

「…………は?」

 

 イッセーが指示してる最中、高橋は猛スピードで地上を走り始めた。

 

 ………あの鳥人は一体何やってるんだ? もしかして飛ぶ事が出来ないのか?

 

 念の為にイッセー達の背後に潜んでる分身の俺と聴覚をリンクして、向こうの会話を聞いてみるか。

 

「ちょ、ちょっと高橋さん!? なんで全力疾走なんですか!? アンタ鳥人でしょう!? 飛ばないと空の対決なんて出来ませんよ!?」

 

「ふっ。私は鳥人だが、名古屋コーチンの鳥人なのでね。基本的に飛べん!」

 

 ……おいおい、マジで飛べないのかよ。ってか名古屋コーチンってなんだよ。確かお前は神戸の出身だろ。

 

「嘘だろ!? つーか、名古屋コーチンって! アンタ、神戸の出身じゃなかったか!?」

 

「神戸も広いからな!」

 

 兵庫県を無視したな。もうやだ、あの似非鳥人。アレはもう本物のバカになってるよ。イースター島にいる先祖が知ったら、さぞかし嘆くだろうな。

 

「自由にもほどがあるだろうが! ていうか、スカイって名前のくせに飛べねぇって詐欺だろうが!」

 

(さぎ)じゃないぞ! 名古屋コーチンだ!」

 

「誰がんなこと言った、このアホ鳥野郎ォォォォッ!」

 

「隙アリだ!」

 

 イッセーと高橋が口論している中、安倍の父親が駆る怪鳥が二人目掛けて突っ込んできた。

 

「おっと!」

 

 だが高橋は軽やかに避けた。どうやら飛べなくても、回避能力はそれなりにあるようだ。

 

「やりおるわ! だが、まだまだだ!」

 

 安倍の父親が怪鳥に何か指示したみたいだ。

 

 その瞬間、怪鳥が大きく口を開くと――

 

 

 ゴオオオオオオッ!

 

 

 そこから特大の火炎球を吐き出した。

 

 

 ドォォォオオンッ! ドオオオオンッ!

 

 

 イッセーたち目掛けて火炎球が落下していく。

 

 タンニーンが放つ火炎球と比べて全然大した事ないな。以前戦ったコカビエルのペット――ケルベロス並みだろう。なのでイッセーがアレを喰らってもダメージを大して受けはしない。

 

「あれを喰らったら私は文字通り焼き鳥になってしまうな、ハハハ!」

 

「だろうな。俺は闘気(オーラ)で自分の身を守れるから大丈夫だけど」

 

「出来ればそのオーラとやらで私も守って欲しいな!」

 

「じゃあ焼き鳥になりたくなけりゃ、今すぐ全速力で逃げろ!」

 

 我が身が大事だったのか、高橋はイッセーの指示に従い、襲い掛かる火炎球を懸命に避けながら逃げ回っていた。

 

 何気に高橋を上手く誘導させてるな。尤も、アレが飛べない時点で全く役に立たないが。

 

 イッセーが闘気(オーラ)で防御中、高橋は全速力で逃走。それらのお陰で、二人は巨岩の陰に隠れる事に成功した。

 

 見失った安倍の父親と怪鳥は二人を探して空を飛び回っている。

 

 あの二人が発見されるのは時間の問題だな。あそこなら今の内に分身の俺を呼んでくれるとありがたいんだけど。

 

「こういう時は冷静にならないとな。我が家の家訓では、三歩進んで二歩下がると頭がクリアに……っと、私は一体何をしているんだろうか? ここはどこだ? 君は誰だ? 親戚の吉田さんに似ているが……」

 

「……兄貴、悪いけどヘルプ。この鳥頭野郎、もう使えねぇわ」

 

 さて、やっと分身の俺の出番だな。

 

 

 

 

 

 

 ダメだこりゃ。この鳥頭野郎、記憶がクリアした所為で俺――兵藤一誠の事を忘れちまってる。

 

 これはもう分身の兄貴に頼むしかねぇよ。

 

「やれやれ、このバカ鳥人は予想以上に役立たずだったな。逃走以外は」

 

 俺のヘルプを聞いたと思われる兄貴が突然目の前に現れた。言うまでもなく分身拳を使ったもう一人の兄貴だ。

 

 ってか、どこから現れたんだ? 俺の背後に控えさせてるって言ってたけど、そんな気配は全く感じなかったぞ。

 

「不可視の術と同時に気配も消していたんだよ。お前が気付かないのは当然だ」

 

 またしても心を読まれたし。弟の考えはお見通しってか?

 

 とまあ、今はそんな事はどうでもいい。さっさと作戦を立てねぇと、あの怪鳥が俺達を見つけちまうからな。

 

「どうすりゃいい? このまま俺一人で怪鳥を倒せって言うならやるけど」

 

 あの怪鳥は恐ろしいほど強そうに見えるが、以前戦った元龍王タンニーンのおっさんと比べたら大した事はないし。それでもある程度本気でやらねぇといけねぇが。

 

「確かに手っ取り早い手段だが、今回は魔物対決だから無理だ。このバカ鳥人と一緒に倒さなきゃ意味が無い」

 

「つっても、この鳥頭野郎がでっかい怪鳥を倒す手段何か持ってねぇぞ。全然攻撃しないで逃げる一方だし」

 

 きょろきょろと辺りを見回している鳥頭野郎は、今の不利な状況を全く理解してねぇし。更には分身拳使ってる兄貴がここにいるのにも拘わらず、全く理解してねぇ様子だ。多分兄貴が審判役をやっている事すら忘れていると思う。正直言って、この鳥頭野郎には何の期待も出来ねぇ。

 

「攻撃手段が無いんだったら、それ以外の手段で有効活用させるしかない。ってな訳で、コレの出番だ」

 

 兄貴がどこからか取り出した物は……手の平サイズに収まる水晶玉だった。コレ、何かどっかで見た事あるな。

 

「この水晶玉って……もしかして、前にアーシアが使ったアレ(・・)か?」

 

「正解。コレをアイツに持たせろ」

 

 持たせろって……ああ、そう言う事。兄貴の考えてる事が読めた。

 

「高橋さん!」

 

 意図が分かった俺は受け取った水晶玉を持って、高橋さんに近づいて呼びかける。

 

「なんだい、吉田さん」

 

 吉田さんって誰だよ。まぁこの際だから、一々突っ込まないようにしよう。兄貴は呆れ顔になってるけど。

 

「この水晶玉を持ったまま、岩陰から出てあの怪鳥に向かって手を振って呼んでみて下さい」

 

「よく分からないが、吉田さんの頼みとあれば断る理由もない。おーい!」

 

 怪鳥に追われている事を忘れているようで、躊躇なく飛び出していったよ。悪いな、高橋さん。アンタを利用させてもらうぜ!

 

 その直後にすぐ発見される高橋さん。怪鳥が高橋さん目掛けて急降下していく。

 

「兄貴、怪鳥が来たぞ。ところで、あの水晶玉って誰かが持って太陽光って叫ばないとしないって言ってたけど」

 

「今回は俺の方で発動させとく。ってな訳で隠れるついでに、耳も塞いどけ」

 

「え? 耳?」

 

 何故と訊こうとするも兄貴が指を鳴らす仕草をしたので、俺は一先ず言われた通りに光を見ないように隠れるついで、耳を両手で軽く塞いだ。

 

 そして兄貴がパチンと指を鳴らした直後――

 

 

 カッッッッ!!!! キィ~~~~~~~~~!!!!

 

 

「あああああ~~~~……! と、鳥肌が~~……!」

 

 隠れた岩の周囲から溢れんばかりの太陽光が発しただけでなく、物凄くデカい嫌な音が聞こえた。こ、これは黒板とかガラスに爪を立てる嫌な音じゃねぇか……!

 

 耳を防いでいたつもりだったが、手で軽く覆っていただけだったので、指の隙間を縫うように音が聞こえてしまった。それを聞いた所為で俺の全身が急速に鳥肌が立っちまってるよ!

 

 因みに兄貴は指で耳穴を塞いで絶対に聞こえないようにしてるから、俺と違って悶えた様子を見せていない。ってか、あんな音が出るなら最初に言ってくれよ!

 

 

「ぐあぁぁぁぁああああ~~~! 目が~~! 鳥肌が~~!」

 

「グギャァァァァァァァァァァァ~~~~~~!!!」

 

 

 太陽光と嫌な音をモロに喰らった安倍先輩のお父さんと怪鳥は苦しそうな声を上げたのを聞こえた俺が見てみると、悶えた様子を見せながら落下していた。あと下には………高橋さんも同様に悶えていた!

 

 あ、そういや高橋さんには教えてなかったな。光と嫌な音のダブルパンチを喰らうのは当然だ。

 

 その直後、地面に激突する安倍先輩のお父さんと怪鳥――

 

 

 ドォォオオオオオンッ!

 

 

 更には為す術なく落下に巻き込まれる高橋さんだった。

 

「コケェェェェェェッッ!」

 

 名古屋コーチンの悲鳴が山に木霊(こだま)した。

 

「おい兄貴、先輩のお父さんと怪鳥は倒せたけど、高橋さんも巻き添えくらったぞ。これ引き分けじゃねぇの?」

 

「そこは大丈夫。向こうにいる審判役の俺が安倍の父親と怪鳥がダウンしてると確認した後、イッセーの勝ちって事にしとくから。お前自身が無事なら、そこは何ら問題ない」

 

 あ、そういう流れにするんだな。

 

 

 

 

 

 

 俺――兵藤隆誠はイッセー達と一緒に山奥から再び安倍の自宅に戻ってきた。

 

「わしの負けだ。不本意だが娘との交際を認めるしかあるまい……。婚約を破談としよう」

 

 全然納得していない様子を見せる安倍の父親。

 

 あの後、俺が言った通りの流れとして、イッセーの勝利と言う事で幕を閉じた。

 

 因みに激突した安倍の父親と怪鳥、そして高橋は俺が術を使って治療させておいた。

 

「今日は楽しかった。また戦場で巡り会いたいものだな、吉井さん」

 

 イッセーに握手を求めてくる高橋。ついでにまた名字を間違えてるし。

 

「うん。ゴメンなさい。俺ん家の兄貴、今回は傷だけで鳥頭までは治してないからさ。てか、吉田じゃねぇのかよ! いや、俺、兵藤だけどね!」

 

 イッセーが高橋と別れを告げると、そこへ安倍が来た。

 

「隆誠くん、一誠くん。今日はありがとうございました。お二人のおかげで婚約は破談となりましたわ」

 

「どういたしまして」

 

「いえ、何とかお役にたてたようで」

 

 すると何やら、安倍がイッセーの方を見ながらもじもじ仕出した。

 

 おや? もしかしてこれは……。

 

「急の申し出とはいえ、わ、私のために真剣に取り組んでくれまして、本当にうれしかったですわ」

 

「?」

 

 ははは~、思った通り阿部はいつの間にかイッセーに惚れてしまったようだ。勿論LOVEな意味で。イッセーは安倍の異変に全く気付いてなくて首を傾げているが。

 

 にしても安倍の奴、今まで高圧的な態度から一変してもじもじしてるから、随分と可愛らしくなっちゃってまぁ……。まるでどこぞのグレモリーさんを思い出すよ。

 

 この流れから察するに安倍がデートを兼ねて食事の誘いをするかもしれないな。

 

「一誠くん、もしよろしかったら、今日私と一緒にお夕飯でも――」

 

 

 Piririririri! Piririririri!

 

 

 安倍が言いかけてる最中、イッセーから携帯の着信音が聞こえた。

 

「すいません。って、部長!?」

 

 どうやらイッセーに電話を掛けてきた相手はリアスのようだ。相手がリアスだと分かったイッセーはすぐに電話に出ようとする。

 

「もしもし。部長、どうしました? 今どこにって……えっとですね」

 

 イッセーはリアスとの電話に集中しようと、一旦安倍から離れた。

 

 それを見た俺はすぐ安倍に話しかけようとする。

 

「安倍、悪いが既にリアスがイッセーに目を付けているから諦めろ。眷族候補と言うのは建前で、実際はもうイッセーにベタ惚れ状態だから。当の本人は未だに気付いていないけど」

 

「やっぱりそうだったのね。リアスさんが一誠くんに対する態度を見て何となく気付いていたけれど……やっぱり、勝ち目なし、みたいね」

 

「ま、そう言う事だ」

 

「だったら、貴方から後ほどスイーツを頼んで良いかしら? ふられて傷心した心を癒す為に」

 

「良いけど、やけ食いはしないでくれよ」

 

 後日、安倍家に俺が作ったスイーツセットを宅配で送っておいたのはリアス達には内緒だ。

 

 すると、電話を終えたイッセーが俺達に近づいてくる。

 

「すいません、部長から電話があったので。ところで、何か言いかけてたみたいですが……」

 

「何でもありませんわ」

 

 そう言った安倍は俺達に別れの挨拶をした後、屋敷へ戻っていった。

 

 用が済んだ俺達は安倍家を後にする。

 

「なぁ兄貴、安倍先輩は一体何を言おうとしてたんだ?」

 

「さぁな。俺にもさっぱり」

 

 イッセーが訊いてくるも俺ははぐらかしておいた。これは流石に俺の口から言えないからな。

 

 自分が望んだ返答が来ないと分かったイッセーは、次の質問をしてくる。

 

「ところで、安倍先輩に言ってた報酬はどうしたんだ?」

 

「既に各種魔物関連のアイテムを貰ったよ。今は俺の収納用異空間に収めてある」

 

「いつの間に貰ってたんだよ……」

 

 呆れるように言ってくるイッセー。

 

「そう言えばリアスから電話があったみたいだが、一体何だったんだ?」

 

「えっと、兄貴との用事はまだ済んでいないのかとか、今日は部長が夕飯作るからなるべく早く帰って来て欲しいって……」

 

「ああ、すっかり忘れてた」

 

 これは早く帰らないとリアスに色々と小言を言われてしまいそうだ。本当だったら今日はリアスがイッセーと過ごす休日だったので、それを俺が潰してしまったから、今のアイツはからなフラストレーションが溜まり続けている筈。

 

 さっさと家に帰ってリアスにイッセーを差し出せば、すぐにフラストレーションは解消されるだろう。善は急げだ。

 

「よし、今日はもう早く帰ろう。と、その前に鯛焼き屋で人数分買っておこう。詫びの意味も込めて」

 

「だな。じゃあ支払いは半々って事で」

 

 そして俺達は安倍の館から出て、帰路する前に鯛焼き屋へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 後日――

 

「ねぇ、兵藤くん。この前の事がちょっと気になって清芽さんに訊いてみたのだけれど……彼女がイッセーの話題になった途端、乙女の顔をするのはどうしてかしら?」

 

「さ、さぁ? 俺には全く心当たりないぞ、リア……グレモリーさん」

 

「兵藤くん、出来れば教えてくれません? 一体何があったんですの?」

 

「何であけ……んんっ、姫島まで訊いてくるんだよ」

 

 昼休みの教室で、俺が昼食の弁当を食べる直前にリアスと朱乃がやってきて尋問される破目になってしまった。二人はニコニコ顔だが、怒気のオーラが纏っているのは言うまでもない。結局弁当が食えなかったよ、畜生。

 

 因みに尋問後、駒王学園のアイドル二人が俺と親しく話していたのを見ていたクラスメイト達(特に男子)からも詰問される羽目となった。ったく、今日はちょっとした厄日だよ。




次回は本編を更新します。…………あくまで予定ですが。


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冥界合宿のヘルキャット
プロローグ


お待たせしました。

活動報告のアンケートで「ハイスクールD×D ~復活のG~」の続編希望が多かった為、連載することにしました。

タグにもあるとおり、不定期更新になりますが、何卒よろしくお願いします。

今回はプロローグで短いですが、どうぞ!!


 夏となり、高校生活も夏休みに突入した。

 

 どんな夏休みを過ごしたいのかと問いたいところだが、今の俺――兵藤隆誠はソレを気にしてる場合ではなかった。

 

 その理由は……目が覚めたら昨夜に使ってた俺のベッドが別の物に変わっていた。枕投げをやっても余裕のスペースがあるほど広いベッドに。しかも天蓋付きで。

 

 部屋を見渡せば以前より広い間取りにもなってる。八畳もなかった部屋が倍以上に。

 

 更には小型サイズのブラウン管テレビも、最新式の薄型テレビだ。あと普段使ってた庶民的な机も今はVIPが使う最高級品と化している。

 

 当然これは俺の部屋だけじゃない。この家その物が全く別物になってる筈だ。こうなってる理由を俺は当然知っている。

 

「………ったく、改築にも限度があるだろうが」

 

 目覚めて部屋を見て早々呆れるように嘆息しながら呟くと――

 

 

『なんじゃこりゃぁあああああああああああああああっ!?』

 

 

 外から信じられないような絶叫をしたイッセーの声が聞こえた。

 

「やっぱそうなるよなぁ」

 

 至極当然な反応をしてる弟の絶叫に同感だといわんばかりに頷きながらも、取り敢えず着替える事にした。

 

 

 

 

 

 

「いやー、リフォームしたのは聞いていたが、父さん朝起きてビックリだ。寝ている間に家がリフォーム出来るなんて知らなかったよ」

 

 朝食の朝。リフォームによって広くなった食卓で父さんが満面の笑みを浮かべながらそう言った。因みに食卓には俺とイッセー、両親、リアス、アーシア、朱乃、ゼノヴィアがいる。

 

 朝食を始めてからイッセーが父さんに尋ねると、同じく以前より広くなったキッチンから母さんが朝食の味噌汁を運んでくる。

 

「リアスさんのお父さまがね、建築関連のお仕事もされてるそうだから、モデルハウスの一環で家を無料でリフォームしてくれるって仰ったのよ」

 

 そんな都合の良いモデルハウスの話なんかある訳ないが、事情を知ってる俺は敢えて何も突っ込まず黙々とご飯を食べ続けている。無論、俺と同じ事をしてるリアスも言うまでもなく当然知ってる。

 

「そういえば、お隣の鈴木さんと田村さんはどうしたんだ?」

 

「引っ越ししたそうだ。なんでも急に好条件の土地が入手できたって話で、そっちに移り住んだそうだぞ」

 

 俺の問いに父さんが答える。その返答を聞いた俺は即座にグレモリー家が絡んでいると、すぐにリアスの方を見た。

 

 視線に気付いたリアスはすぐにニッコリと微笑んでいた。あの顔は恐らく『平和的に解決したから大丈夫』だと伝えているんだろう。

 

 ………ま、力付くで追い出していないだけ良しとしよう。グレモリー家は信用出来る悪魔だから、ちゃんと相手の事を考えて幸せにさせたんだと思う。

 

 すると、母さんが家の図面を持ってくる。それはリフォームした部屋の割り振り表だ。

 

 一階は客間とリビング、キッチンに和室。二階はイッセーとリアスとアーシアの部屋。三階は母さんと父さんの部屋、書斎、物置。四階は朱乃とゼノヴィアの部屋、それと一緒に住む予定となってる小猫の部屋。五階は俺の部屋と寝室、あと俺の作業部屋……っておい、何で俺だけ五階を占有してるんだよ。

 

「なんでもグレモリーさんのリフォームに携わっていた教会関連業者からの強い要望だそうよ」

 

 俺が疑問に思ってると、母さんがそう答えた。

 

 教会関連業者って……まさかミカエル達か? もしかしたらアイツ等、リフォームするのを知ってグレモリー家に何か言ったかもしれないな。今思えばリフォームされた俺の部屋は何となくだが、嘗て天界にいた聖書の神(わたし)の部屋と似てるところが多々あったし。

 

 ……まぁいいか。部屋と寝室はともかく、作業部屋も作ってくれたなら俺としてはありがたい。これからの事を考えて、イッセー達のサポートアイテムを作る部屋が欲しいなと思ってたところだし。

 

 一先ず理解と納得をした俺は再度、部屋の割り振り表へ視線を移す。

 

 六階は空き部屋の為にゲストルームとして使うつもりらしい。屋上は空中庭園もある。因みに父さんは庭園で野菜を作るそうだ。

 

「父さん。俺も栽培とかやってみたいんだけど、使っていいか?」

 

「ああ、勿論だ。父さん一人で使うには広すぎるから、半分使っても良いぞ」

 

「流石にそこまでは使わないよ」

 

 折角広い庭園があるんだから、アレ(・・)も作ってみたいと思ってたところだ。ドラグ・ソボールのキャラ達がかなり世話になってるあのアイテムを。

 

「兄貴、一体何を栽培するんだ?」

 

「気にするな。俺の個人的な趣味だ」

 

 イッセーになら教えても良かったが、まだ完成してもいないから敢えて秘密にしておく。もし出来たらイッセーが絶対に驚くからな。



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第一話

珍しく連続投稿です。


「冥界に帰るって、もしかして帰省か?」

 

 ツッコミ所満載な朝食が終わり、イッセーの部屋で庭園の栽培プランを考案していた俺にリアスは頷いた。イッセーの部屋にはオカ研のメンバー全員集合していた。

 

 同居メンバーはラフな格好で、祐斗と小猫とギャスパーは普段着だ。因みにギャスパーだけ自前の段ボール箱に入り込んでいたが、服装は女物だ。ま、普段から女子の制服を着てる女装少年だからな。けれど偶には男らしい姿を見せて欲しいんだが。

 

「夏休みだし、故郷へ帰るの。毎年の事なのよ」

 

「だそうだ、イッセー。リアス達が冥界へ帰ってる間、俺達は毎年恒例である修行の旅に行くぞ。今回アーシアも同伴だ」

 

「結局そうなるのかよ!? ……まぁいいけどさ」

 

「はう! わ、私もですか!?」

 

 リアスの返答を聞いた俺は好機と見なすように、即行で修行の旅を提案した。アーシアは突然の事で戸惑っているが。

 

「リューセー先輩、よろしければ僕も旅に同行させて下さい」

 

「主よ、どうか私も一緒に!」

 

 修行と聞いた途端に祐斗とゼノヴィアの目の色が変わった。相変わらず凄い食いつきだな、この二人は。あとゼノヴィア、いい加減に呼び方を戻せっての。

 

「それは却下よ。今回の帰省は私の下僕と眷族候補のイッセーとアーシアも同伴なの。勿論あなたもよ、リューセー」

 

 すると、リアスが眉を顰めながら却下されたと同時に理由も言われた。

 

「え!? 俺達も冥界に行くんですか!?」

 

「何でイッセーとアーシアを冥界へ同行させるんだ? ってか何故に俺まで」

 

 理由を聞いたイッセーは驚き、俺は不可解な顔をしながら問う。

 

「候補とは言え、イッセーとアーシアは私の眷族なのだから、主に同伴は当然。一緒に私の故郷へ行くの。リューセーはオカ研の部員として私達と一緒に同行よ」

 

「……つまり初めからオカ研メンバー全員で冥界へ行く予定だったって事か」

 

「そういう事よ」

 

 ちっ。どうやらリアスは俺が独断行動をするのを見越していたようだ。

 

 ……仕方ない。正体バレたくない為に敢えてオカ研に入部した以上、ここで俺が『冥界へ行きたくない』なんて我侭を言う訳にはいかないな。

 

 けどまぁ、冥界へ行くんなら相応の準備が必要だな。あそこの空気は人間にとって毒だから、イッセーやアーシアには後で俺が空気に適応させる為の術を施しておかないと不味い。因みにリアス達には、俺たち兄弟が既に冥界へ行ってる事は前の会談の時に教えてる。

 

 俺が冥界へ行く事に承諾した様子を見たリアスは、次にアーシアとゼノヴィアの方へと視線を移す。

 

「そういえばアーシアとゼノヴィアは冥界へ行くのは初めてだったかしら?」

 

 リアスの問いにアーシアは頷く。

 

「は、はい! 生きているのに冥府に行くなんて緊張します! し、死んだつもりで行きたいと思います!」

 

 おいアーシア、言ってる意味が全く分からないぞ。

 

「冥界、か。地獄には前々から興味があったんだ。でも、私は天国に行くため、主に仕えていたんだが……。にも拘らず、目の前にいたのにも気付かず悪魔になってしまったからな。ふふふふ、地獄か。悪魔になり、主に度重なる無礼を働き続けた元信者にはお似合いだね」

 

 ゼノヴィア、もう過去を引き摺るのを止めてくれないか? 以前の聖書の神(わたし)は正体を隠す為に人間として振舞っていたんだから、君がそこまで悔やむ必要は無いって何度も言ってるぞ。いい加減にしないと、聖書の神(わたし)怒るぞ?

 

 彼女の言い分に呆れてると、リアスが俺達にスケジュールを説明する。八月の二十日過ぎまで冥界に過ごし、人間界に帰ってくるのは八月の終わりだそうだ。

 

 それにしても冥界へ行くのは久しぶりだな。折角だし、久々にタンニーンに会いに行くのも良いかもしれない。

 

「そう言えばイッセー、確か今年も松田と元浜の誘いがなかったか?」

 

「……あ、そうだった」

 

 修行の旅に行く前に、イッセーには学生としての夏休みをちゃんと満喫させている。夏休みの最初から最後まで旅をしてる訳じゃないからな。イッセーにも誰かの付き合いがあるし。尤も、その相手は松田と元浜だけど。

 

「アイツ等と海やプールに行こうって約束したんだけどなぁ」

 

「じゃあ今回は断っておけ」

 

 どうせまたナンパして彼女作るってプランなんだろ? って言った瞬間、リアスとアーシアが不機嫌な顔となり、イッセーの耳を引っ張ると思うから敢えて言わないでおこう。

 

「けど、アイツ等に断りの一報を入れたら要らぬ疑い掛けられるぞ?」

 

「その時は俺が上手く誤魔化しておくさ。内容としては……そうだな。『オカマのローズさんの店でバイトしてる』って」

 

「それはそれで嫌な誤解されるから勘弁してくれ!」

 

「ははは、冗談だ」

 

 物凄く嫌そうな顔で拒否するイッセー。まぁ確かに自分で言ってなんだが、確かに誤解されるな。

 

 どうやって誤魔化そうかと考えてると、急に誰かがイッセーの部屋に入ってきた。ソイツは堂々と入ってくるが、イッセーを除く誰もが気付いてる様子を見せない。

 

「ついでにそこの無断侵入者にも訊いておくが、ここに来たって事はお前も俺達と一緒に行くのか?」

 

「ああ。俺も冥界に行くぜ」

 

『ッ!?』

 

 俺の問いに、席に一角に座った黒髪男性が座った直後に答えた。ソイツは言うまでもなく堕天使総督アザゼルだ。

 

 イッセーを除く全員がアザゼルの突然の登場に面食らっている様子。

 

 アザゼルが駒王町にいるのは、駒王学園で教師を始めたからだ。同時にオカ研の顧問も兼任している。以前まで三竦み状態だった頃では考えられない状況だ。

 

「あ、あなた、どこから入ってきたの?」

 

 リアスが目をパチクリさせながらアザゼルに訊くが、代わりに俺が答えた。

 

「コイツは普通に玄関から入ってきたよ。尤も、呼び鈴を鳴らさなかったが」

 

「何だ、リューセーはとっくに気付いていたのか?」

 

「当たり前だ。どんなに上手く気配を隠したところで、父親である聖書の神(わたし)が気付かない訳がないだろう」

 

「やれやれ。人間になっても、流石に聖書の神(おやじ)相手じゃ無理か」

 

 嘆息して言うアザゼルに俺が少し呆れてると、イッセーが指摘をする。

 

「ってかアザゼル先生。気配を消しても無意識に垂れ流してるオーラで分かるって前に言ったじゃないですか」

 

「おっと、そういやイッセーにも分かるんだったな」

 

 すっかり忘れてたみたいな感じで言い返すアザゼルに、祐斗は驚いた顔をしていた。

 

「い、イッセーくん。君もアザゼル先生が入ってきたのを気付いてたのかい?」

 

「ああ。この人は以前学校で急に現れた事があったからな。何となくだが、家に入ってきたのは分かってた」

 

「……僕は全然感じなかったのに」

 

 祐斗がイッセーとの実力差を改めて知ったと言うような感じで口にする。祐斗が禁手(バランス・ブレイカー)に至ってるとは言え、純粋な実力ではイッセーの方に分があるからな。

 

「イッセーですら気付いたってのに、悪魔のお前等がそんなんじゃ先が思いやられるぞ。それよりも冥界に帰るんだろう? なら、俺も行くぜ。俺はお前らの『先生』だからな」

 

 確かにオカ研全員で行くなら、『先生』役であるアザゼルも行くのも道理だ。先生をやってるだけあって、豊富な神器(セイクリッド・ギア)知識から、今後の戦闘スタイルまで教えている。

 

 アザゼルに教授してもらってるのは祐斗とギャスパーの神器(セイクリッド・ギア)だが、その二人は何かを掴んでいる様子だ。アザゼルは俺とはまた別で力の使い方や導き方、教え方が上手いからな。コイツほど先生に向いてる奴ほどはいない。

 

 そう思ってると、アザゼルは懐からメモ帳を取り出して、開きながら読み上げていた。

 

 どうやらアザゼルも冥界でのスケジュールが決まってるらしい。主に修行に付き合うのと、サーゼクス達と会合みたいだ。

 

「ったく、面倒くさいもんだ」

 

「堕天使総督なんだから、ソレ位はちゃんとやれよ」

 

「他人事のように言ってるようだが、聖書の神(おやじ)も俺達の会合に参加するんだぞ」

 

「はぁ? 何で俺が参加するんだよ。俺の立場はあくまで助っ人だぞ?」

 

「元とは言え、天界のトップだった聖書の神が参加しないでどうする。それに……聖書の神(おやじ)だけ楽しようだなんて、そうはいかねぇからな」

 

「おいコラ、最後が一番の理由だろう」

 

 アザゼルの奴め。聖書の神(わたし)が修行と趣味に専念させるのを阻止しようと先手を打ったな。もう(まつりごと)に関わる気は無いってのにコイツときたら……!

 

「全く、正体知った途端に働かせるとは……それくらいはお前達だけでやってくれよ」

 

聖書の神(おやじ)は三大勢力の協力者になってんだろ? だったら俺達のやる事に協力してくれ」

 

「はいはい、分かったよ」

 

 確かに三大勢力の協力者になった以上、向こうから要請が来たら参加せざるを得ない立場となってしまったからな。ここはコッチが妥協するしかないか。

 

「っと、三大勢力で思い出したが、ここの郵便受けに聖書の神(おやじ)宛ての手紙があったぞ」

 

「……ったく、またかよ」

 

 アザゼルが懐から複数の封書を出して俺に渡してくる。封書に書かれてる送り主は偽名だが、実際は天界の天使(こども)達からだ。

 

 最初の文面は聖書の神(わたし)への挨拶と謝罪から始まり、次の本題に「付き人にしてください!」とか「聖書の神(ちちうえ)の身辺警護は必要です!」と言う嘆願書だった。下位や上位の天使は勿論の事、何と熾天使(セラフ)達のもあった。言うまでもなく全て断ってる。聖書の神(わたし)に気を遣う暇があるなら、天界を守る事に専念してくれとの返信付きで。

 

 因みにアザゼルのところも同様に、堕天使達が会いに来ていた。その理由は聖書の神(わたし)と同様で、当然アザゼルも全て断ってる。「いいから帰れ。命令だ」の一声で。

 

「アイツ等もいい加減にして欲しいもんだ。こんなの送ったところで、返答は変わらないってのに」

 

「全くだ。こっちの事は気にすんなって何度も言ってるんだけどな」

 

「「……はぁっ」」

 

 俺とアザゼルは揃って嘆息する。

 

「それはそうとアザゼル――先生はあちらまで同行するのね? 行きの予約を此方でしておいていいのかしら?」

 

 リアスが話題を変えるように質問したので、アザゼルはすぐに頷く。

 

「ああ、よろしく頼む。悪魔のルートで冥界入りするのは初めてだからな。楽しみだぜ。いつもは堕天使側のルートで行ってたからな。尤も、聖書の神(おやじ)はどっちのルートも使わないでイッセーを連れて冥界に行ってたようだが」

 

 ほっとけ。これからはちゃんとした正規のルートで行くっての! 

 

 因みに俺たち兄弟が今まで冥界に無断侵入してた件については本来だったら重罪だ。冥界で罰せられなければならない立場でもある。けれど、魔王サーゼクスとセラフォルーの口添えにより、リアス達の手助け+コカビエル撃退+トップ会談の協力による功績で全て帳消しにしてくれたからな。あの二人には感謝しないと。

 

 如何でもいい事なんだが、人間が冥界に無断侵入するのが重罪なら、人間界に無断侵入しまくってる悪魔はどうなんだ? (あまつさ)え、国の許可も取らずに無断で縄張りまでも作ってる始末だし。それを考えると勝手に人間界に住み着いてる悪魔のリアス達も重犯罪者ではないんだろうか?

 

 と言う疑問をサーゼクスやセラフォルーに投げてみたが、当の二人は気まずさ全開で何も言い返さなかった。それどころか何も聞かなかったかのように、俺とイッセーの罪は早急に帳消しにしてくると言ってすぐ転移で退散したよ。

 

 ついでにアザゼルにも同様の疑問を投げたが、アイツはすぐに「バレなきゃいいんだよ」と言い返された。アイツには罪悪感が無いって事がよく分かったよ。

 

 尤も、嘗ての聖書の神(わたし)も人間界に色々な事をしてきたから、悪魔や堕天使と大して変わらないけどな。

 

 おっと。そんな事より、イッセーの代わりに松田と元浜にメールを……。って、そう言えばこの前のミニリアスとミニアーシアの件で、俺がアイツ等のケータイやスラフォを壊したんだった。こうなったら俺が直接二人の家に行って事情を話しておくとしよう。



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第二話

 旅立ちの日。駒王学園の制服姿で最寄の駅に向かった俺達は、悪魔専用ルートにある列車を使って冥界へ向かっていた。あるのは知っていたが、まさか堂々と使う日が来るとは思いもしなかったな。

 

 列車に乗る前、朱乃がイッセーに接近して恋する乙女のように振舞っていた。言うまでもなくイッセーに対するアプローチだ。それによってリアスとアーシアがイッセーに鋭い視線を送っていたが。

 

 そして現在、列車に乗ってる俺達は中央に座っている。リアスは列車の一番前の車両で、眷族+俺とアザゼルは中央から後ろの車両だ。座るならどこでも良いだろうと思うだろうが、悪魔はしきたりに関して細かいので座る場所は予め決まっているからな。

 

 因みに俺はイッセー達から少し離れた席で一人でポツンと座っている。言っておくが別に仲間外れにされたとか、ボッチだからじゃない。冥界へ着くまでにやっておきたい事があるので、少し離れた席にしたいとリアスに頼んだからだ。

 

 んで、そのやりたい事とは、イッセーの部屋でやっていた栽培プランの考案だ。今はこれからやる栽培プランをノートに記載している。今時ノートに書くなんて時代遅れだと思われるだろうが、俺の栽培プランをパソコンでデータ保存させる訳にはいかないから、敢えてノートで記載+保管にしてる。パソコンは便利だけど、便利過ぎる故にウイルス感染やハッキングの恐れがある。だから学生である今の俺としてはノートで残した方が良い。

 

「う~ん……今の季節だと温度の影響もあるから、そこは俺が調整して――」

 

「お取り込み中のところ申し訳ありませんが、少しよろしいですか?」

 

 ノートに記載してる最中、誰かが俺に声を掛けてきた。

 

 すぐに振り向くと、車掌と思わしき男性が俺に頭を下げてくる。

 

「初めまして。私はこのグレモリー専用列車の車掌をしているレイナルドと申します。以後、お見知りおきを」

 

「これはご丁寧に。こちらこそ初めまして。兵藤隆誠です」

 

 一旦作業を中断して車掌――レイナルドに挨拶をする俺。すると彼は特殊な器具を取り出し、モニターらしきもので俺を捉える。

 

「それは我々が冥界へ行く手続きに必要な機械ですか?」

 

「おや、ご存知でしたか」

 

「イッセー達のいる席から、そう言った話し声が聞こえてましたので」

 

 作業中にイッセー達の話し声が聞こえてたから、多分俺もイッセー達と同じ事をされると予想してた。作業をやってても、ちゃんと周囲にも意識してるし。

 

 説明の必要が無くなったと判断したレイナルドは、問題無く入国手続きを済ませようとする。

 

「それにしても、あそこで眠っておられる堕天使の総督さまだけでなく、聖書の神までも御一緒に入国とは……。いやはや、これも時代の変化と言うべきでしょうか」

 

「その変化はまだ序章にすぎませんけどね」

 

 

 

 

 

 

「よし、ここまでだな」

 

 発射から四十分程過ぎた頃、栽培プランの考案に一区切りを付けた俺はノートから目を離して両腕を上に向けて伸ばしていた。

 

『もうすぐ次元の壁を突破します。もうすぐ次元の壁を突破します』

 

 アナウンスからレイナルドの声が聞こえた俺は伸ばした両腕を下ろし、思わず窓へ視線を向けた。

 

 すると、さっきまで何もない空間から一変し、風景が出現した。以前から何度も見てる冥界の景色だ。

 

 冥界に着いたのを確認した俺は席を立ち、イッセー達がいる席へと向かう。

 

「イッセー、アーシア。冥界に着いたから術をかけておく」

 

「あ、そういやそうだった」

 

「え? 術、ですか?」

 

 外を見ていた二人に声を掛けると、イッセーは思い出したように言うも、アーシアは分からない様子で首を傾げてる。一緒にいたリアスと朱乃は納得し、ゼノヴィアはアーシアと同様の反応だ。

 

 因みにリアスは本来だったら前方の車両にいる筈なんだが、どうやら独りでは寂しいらしく俺達がいる車両にいる。何とも分かりやすい理由だ。

 

「アーシアは知らないから教えておく。悪魔は問題無いが、冥界の空気は人間にとって、ちょっとした毒みたいな物だ。何の対処もせずに吸い続けてると、身体の抵抗力が弱まって病気になりやすくなるどころか、下手したら死んでしまう恐れもある」

 

「そうなんですか。知りませんでした……」

 

「知らないのは当然さ。ま、どっかの愚弟(バカ)は俺が術を掛けようとする前に勝手に飛び出した挙句、空気を思いっきり吸いすぎてダウンしてたからな。なぁ、イッセー?」

 

「ぐっ……! って、俺を見ながら言ってんじゃねぇよ!」

 

 俺の台詞に言い返せないイッセーだったが、悪足掻きするように声を荒げた。

 

 懐かしいなぁ。あれは中学の頃、修行と同時に調査をしようと転移術で冥界へ来た時、イッセーが『ここが冥界か!? 山も木もある! すげえ! すげぇぇぇぇっ!』と大声ではしゃいでいた。俺が何とか落ち着かせて術を掛けようとするも、イッセーが急に『ちょっとこの辺り探検してくる!』と言い勝手に飛んでいってしまった。

 

 その結果、飛んでる途中で落ちてしまったイッセーは、冥界の空気を吸いすぎた為に内臓が汚染状態となってしまった。当然、俺が即行で『浄化の光』を使ってすぐに内臓を洗浄させた。ついでに『勝手な事するな!』と俺からのキツい説教付きで。

 

「と言う訳だからアーシア、術を掛けてる時に動かないでくれよ」

 

「は、はいぃ!」

 

 アーシアは俺の指示にビシッと動きを止めた。それでも緊張してるのか、少しばかり震えているけど。

 

 大袈裟な反応だと思いながらも、俺は開いてる片手をイッセーとアーシアに向けて冥界適応の術式を施した。それを受けた二人の全身は淡い光に包まれるも、ほんの数秒経った後に消えた。

 

「はい、これで完了っと」

 

「……え? もう終わりですか?」

 

「ああ。術を掛けるって言っても、そこまで大袈裟なものじゃない。以前使い魔の森へ行った時に施した術と全く同じだよ」

 

 あの時はまだ聖書の神(わたし)の正体がバレてなかったから、アーシアは大して緊張した様子は見せていなかった。けれど今は聖書の神(わたし)からの術だと分かれば、緊張するのは無理もないかもしれない。

 

 拍子抜けしたアーシアの表情を見た俺は思わず苦笑する。

 

「主……ではなく隆誠先輩! よろしければ、私も……!」

 

「君は悪魔だから必要ないよ」

 

「あ………そうでした」

 

 自分の術を掛けてほしいと懇願してくるゼノヴィアだが、俺が断った瞬間にガクンと落ち込んでしまった。大袈裟に落ち込み過ぎだっての。

 

「イッセー、術は掛け終えたから窓を開けても大丈夫だぞ」

 

「んなこと言われなくても分かってるよ!」

 

 そう言いながらイッセーは少々グレた感じで窓を開けようとする。すると、窓が開いた直後に風が入り込んできた。人間界とは違う冥界独特の空気が。けれど寒くもなく、暑くもない丁度良い気温だ。

 

 俺も思わず外を見ると、自然な風景だけでなく、独特の形をした家が多くある町もあった。

 

「あれ? ここって確か……」

 

「グレモリー領だな。ま、グレモリー家専用の列車を使ってるんだから、当然と言えば当然だな」

 

「……もしやとは思っていたのだけどリューセー、やっぱり私たちグレモリー家の領地も調べていたようね」

 

 イッセーと俺の会話を聞いたリアスが少し顔を顰めながら言う。特に俺をジッと睨んでる。

 

「そんな恐い顔をするなって。調査と言っても、お宅の領地で何も悪さなんかしてないよ。殆どはイッセーの修行がメインで、そちらが殆ど手付かず状態となってる森林や山で過ごしていただけだし」

 

「……ほったらかしにしていた私達にも非があったようね」

 

 俺達がグレモリー家の目が行き届いてない所で潜めていた事に、リアスは諦めたように手を頭の上に置きながら嘆息する。

 

「けどまぁ、グレモリー家の領地を無断使用してた事に変わりないから、お詫びとしてコレを渡そう」

 

「何なの、そのノートは?」

 

 収納用異空間から一冊のノートを取り出して直ぐに渡すと、リアスは不可解な顔をしながら問う。

 

 取り敢えず読んでみろと催促してリアスに読ませようとする。言われたままノートを開いたリアスは読み始めると――

 

「…………え? ちょ、ちょっとリューセー。これ、本当なの?」

 

「勿論だ。俺とイッセーがこの目で見たからな。尤も、今どうなってるかは知らないが」

 

「……これは後でお父さまに報告させてもらうわ」

 

「是非ともそうしてくれ。アレ等は元々そちらの所有物なんだからさ」

 

 一先ずノートを読み終えたリアスは大事そうに保管する。その行動に今度は朱乃達が不可解な表情をした。

 

「リューセーくん、部長に見せたノートには何が書いてあるんですか?」

 

「そうだな、一言で言えば……『宝の在り処』だ♪」

 

「はい?」

 

 益々分からないと言った感じの朱乃。

 

 あのノートの中身は、俺とイッセーが山や森林を調査した時に書いたレポートだ。主に原油や温泉や鉱山などの大量資源が眠ってる場所が書かれている。

 

 朱乃達の反応を他所に、リアスがこの話題は終わりだと言わんばかりに、今度は眷族であるイッセー達に領地を与える話題となった。それを聞いたイッセー達は話しがぶっ飛びすぎて、物凄く驚いていたが。

 

 その会話の途中、俺はふと疑問を抱いた。と言ってもイッセー達の会話じゃなく、その会話に全く加わってない小猫だ。それどころか会話もせず、ずっと窓の方を見てて放心状態だった。

 

 俺以外に小猫の隣にいるギャスパーも気付いてはいたが、彼女のらしくない様子によって話しかけるのを躊躇っている。

 

 何故だか分からんが嫌な予感がした。特定のキャラクターが抱え込んでる悩みが顕著に現れた後に事件(イベント)発生と言う、物語でありがちなパターンが起きそうだと。




またいつもの悪い癖であるダラダラ感が出てしまいましたね(汗)

これでも飛ばし飛ばしでやってるつもりなんですが……。


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第三話

 目的地であるグレモリー本邸前に着いたので、俺――兵藤一誠は部長達と一緒に列車を降りた。

 

 因みに兄貴も降りようとしていたが、アザゼル先生から『お前は会合があるから、俺と一緒に魔王領へ行くんだよ』と言われて阻止された。最初は文句を垂れてた兄貴だったが、結局諦めるように席に座りなおし、列車から出る俺達と別れた。その際に俺は父さんと母さんが用意した和菓子+日本酒入りの土産袋を渡されたけど。

 

 駅のホームから降りてすぐに、グレモリー家の兵隊や執事やメイドから歓迎された。部長が家に戻る度に毎年やってるのかどうかは知らないけど。あと言うまでもないが、メイドの中には当然銀髪のメイド――グレイフィアさんもいた。

 

 そこから先はグレイフィアさんが案内する事になり、馬車を使って部長の家に向かう事となった。ってか、馬車なんて初めて乗ったよ。因みにアーシアはグレモリー家の歓迎から馬車の移動まで、ずっと俺の傍にいて手を繋いでる。初めての経験だから無理もないよなと内心思った。まぁ、俺も人の事は言えないが。ついでに部長が何故か俺をちょっと睨んでいたけど。

 

 そして部長の家に着いて馬車から降りると、目の前には巨大な城があった。部長曰く「お家のひとつで本邸」だと。

 

 兄貴と一緒に冥界へ調査してグレモリー領の事を粗方知ってても、グレモリー家の次期当主である部長から聞いたら改めて凄いと再認識したよ。今更だけど、俺は凄まじい上級悪魔の眷族になったな。と言っても未だ人間のままだが。

 

 部長の案内で城に入ると当然と言うべきか、両脇にメイドと執事が整列して道を作っていた。ってかどんだけいるんだ? 長い道の先までメイドと執事が整列してるぞ。

 

 部長に先導されて歩いてると、前方から紅髪の可愛らしい少年が部長の方へ駆け込んでいく。あ、確かあの子は……。

 

「リアス姉さま! おかえりなさい!」

 

 俺が少年を見ながら思い出してると、その子はそのまま部長に抱き付いた。

 

「ミリキャス! ただいま。大きくなったわね」

 

 そうそう。以前、冥界の調査中に偶然出会ったグレモリー家の次期次期当主ミリキャスで……って、この子はサーゼクスさまとグレイフィアさんの息子だった。ちょっとばかし忘れてた。

 

 ミリキャスのことを思い出してると、部長は紹介しようとする。

 

「この子はミリキャス・グレモリー。お兄さま――サーゼクス・ルシファー様の子供で――」

 

「あっ! イッセー兄さま!」

 

 すると、こっちを見たミリキャスが今度は俺に駆け寄ってくる。ミリキャスの行動に俺を除く全員が驚くように注視してる。

 

「お久しぶりです、イッセー兄さま!」

 

「おうミリキャス、久しぶりだなぁ。元気にしてたか?」

 

「はい! イッセー兄さまに会えるのを楽しみに待ってました! ところで、リューセー兄さまは?」

 

「兄貴はサーゼクスさま達との会合で魔王領へ行ってる。それが終わったらコッチへ来るみたいだ」

 

「そうですか……じゃあ、それまで待ってます!」

 

 理由を聞いたミリキャスは少し残念そうな顔をするも、すぐに明るい笑顔となった。

 

「ちょ、ちょっとイッセー。どうしてあなたがミリキャスの事を知ってるのかしら?」

 

「兵藤一誠さま、よろしければ詳しくお聞かせ願えませんか?」

 

 部長とグレイフィアさんが即行で詰め寄りながら尋ねてきた。グレイフィアさんはちょっとばかし睨むように見てて怖いけど。

 

「あ、いやぁ、その……以前、兄貴と一緒に冥界へ来た時、偶然ミリキャス……さまと会いましてね」

 

 いつも兄貴が説明してくれるんだが、当の本人が此処にいない。どうやって説明しようかと考えてると――

 

「あら、リアスにグレイフィア。二人揃って殿方相手に何をしてるのかしら?」

 

 その時、上から女性の声が聞こえてきた。

 

 階段から降りてきたのはドレスを着た美少女。髪の色が亜麻色なだけで、あとは殆ど部長と一緒だ。あの人は確か……部長のお母さんだったな。

 

 悪魔はある程度歳を重ねると自分の好きな見た目に変えられる術があるから、あの人は多分部長と年恰好な姿で過ごしてるんだろう。尤も、以前に部長は失敗してアーシアと一緒に幼児化したけど。ミニ部長やミニアーシアの可愛さを知ったから問題はない。

 

「あ、お母さま。ただいま帰りましたわ」

 

「失礼しました、ヴェネラナさま。大したことではありませんので」

 

 部長のお母さん――ヴェネラナさまの登場で部長とグレイフィアさんはすぐに振り向いて挨拶をする。

 

 しかしまぁ、術で姿を変えてるとは分かってても凄くキレイだなぁ。おっぱいも凄いし。流石は部長のお母さまだ。遺伝子バンザイだよ!

 

「……イッセー、私のお母さまに熱い視線を送っても何も出ないわよ?」

 

「え? あ、いや、別にそんなつもりは……」

 

 と、部長が機嫌が悪そうに少し睨みながら言ってきた。

 

 ゴメンなさい、部長。だって、キレイな女性ですもの、ついつい見ちゃいますって! 男なら当然ですよ!

 

「リアス、その方が彼の実弟――兵藤一誠くんね?」

 

「え? 俺の事をご存知なんですか?」

 

 俺の問いに部長のお母さんは頷く。

 

「ええ、娘の晴れ舞台である初のレーティングゲームに顔ぐらい覗かせますわ、母親ですもの」

 

 げっ! って事はあれか? レーティングゲームでやらかした俺の恥ずかしい言動を見てたんですか!? うわぁ~~! 思い出したら急に恥ずかしくなってきた!!

 

 もし過去に戻れるなら、その時の俺を思いっきりぶん殴りてぇ! 朱乃さんやレイヴェルに相手にキザな台詞や、部長やアーシアに大事な女って言っちまったんだぞ! ぜってぇ怒られる! もしくは罰せられる!?

 

 俺が内心ビビりまくってる中、部長のお母さんはクスッと小さく笑う。

 

「初めまして、私はリアスの母、ヴェネラナ・グレモリーですわ」

 

「ど、どうも、兵藤一誠です。あ、これ、ウチの両親からですので、どうぞ。中身は和菓子と日本酒らしいです」

 

「あらあら、これはご丁寧に。主人には後で言っておきますわ。あの人は日本の食べ物やお酒が大好きですから」

 

 

 

 

 

 

 数時間後、夕飯時となったので俺たちはダイニングルームにいた。とんでもない量の豪華な食事があって、どこから手を付ければいいか分からない。戸惑ってるのは俺以外にもアーシアやゼノヴィア、更にはギャスパーも食事に四苦八苦していた。

 

 あと小猫ちゃんが妙だった。いつもなら食事をもりもりと食べてるのに、全く食事に手をつけてない。一瞬、別人じゃないかって思った。俺と目が合っても、すぐに視線を外されるし。一体何があったんだ?

 

 因みに兄貴は食事に間に合って合流したが、アザゼル先生は一緒じゃなかった。まだ会談は続いているみたいだが、兄貴曰く「俺の立場はあくまで助っ人だからな」だそうだ。多分だけど適当な理由を言って切り上げたんだろうな。

 

 んで、ミリキャスが兄貴の顔を見た途端に「リューセー兄さま!」と呼びながら即行で飛びついてきた。突然の事に面食らった顔をした兄貴だったが、すぐに笑みを浮かべて頭を撫でていた。その行動に部長たちはまた驚いていたけど。

 

 部長が問い詰めようとしてたが、夕飯の時間だったので一旦後回しとなった。部長のお父さんから、兄貴は食事の後に部屋で聞かせてもらうだとさ。

 

「リアスの眷族諸君、そして聖書の神よ。ここを我が家と思ってくれるといい」

 

 朗らかに仰る部長のお父さん。いやー、こんな大きな城を自分の家と思うのはちょっと無理がありますよ。今は超豪邸な家で暮らしてますけど、それまでは小さな一軒家に住んでた庶民の生活だったし。

 

「グレモリー卿。今の聖書の神(わたし)は兵藤隆誠ですので、今まで通りの名で呼んで下さい。個人的に人間の呼び名が好きなので」

 

「これは失礼した。では今後も隆誠くんと呼ばせてもらおうか」

 

「ええ、是非ともそうして下さい」

 

 流石は兄貴と言うべきか、食事を楽しみながら部長のお父さん相手に気後れしないどころか堂々と振舞ってる。まぁ、人間になる前まで聖書の神だったから、こういう雰囲気はとっくに慣れてるんだろうな。

 

「ならば隆誠くんも、私の事をお義父さんと呼んでくれてもかまわない。勿論、兵藤一誠くんも同様にね」

 

「えっと、それはまだ早過ぎるかと……」

 

「そうですわよ、あなた。それは性急ですわ。先ずは順序というものがあるでしょう? フェニックス家とのお話もまだ済んでいないのですし」

 

 兄貴の台詞に頷くように、部長のお母さんが夫を窘める。

 

 何だ? 話が途中から段々分からなくなってきたぞ。何で部長のお父さんが兄貴や俺に「お父さん」って呼ばせるんだ?

 

 そういえば以前、サーゼクスさまが俺に「お兄さん」と呼んでくれって仰ってたな。それと同じか?

 

 兄貴は何か知っているのか、苦笑しながらも丁重に断ろうとしているし。ってかフェニックス卿って……確かライザーやレイヴェルの家だったな。何で急にあそこの家に触れてるんだ?

 

「お二方。私は隆誠さん、一誠さんとお呼びしてもよろしいかしら?」

 

「勿論です」

 

「は、はい! 俺も良いです!」

 

 部長のお母さんからの確認に、兄貴と俺はすぐに快諾する。

 

「では隆誠さん。急なお願いですが、暫くこちらに滞在されるのでしたら、一誠さんを少しの間だけお借りしてもよろしいですか?」

 

「と、仰いますと?」

 

「はい。彼には今後の為に紳士的な振舞いも身につけてもらわないといけませんので、少しこちらでマナーのお勉強をしてもらいたいのです」

 

「…………成程。だそうだ、イッセー。どうする?」

 

 兄貴が何か分かったように頷き、今度は俺に向かって問い掛ける。

 

 いや、どうするも何も、それって一体どう言うことですか?

 

 

 バン!

 

 

 突然テーブルを叩く音がした。発生源である部長がその場で立ち上がろうとする。

 

「お父さま! お母さま! 先程から黙って聞いていれば、私を置いてリューセーと話を進めるのはどういうことなのでしょうか!?」

 

 その台詞に部長のお母さんは目を細める。そこにはさっきまで快く俺たちを迎えてくれていた笑顔じゃなかった。

 

「お黙りなさい、リアス。あなたは一度ライザーとの婚約を解消しているのよ? レーティングゲームで勝利したとは言え、お父さまとサーゼクスがどれだけ他の上級悪魔の方々へ根回ししたと思っているの? 一部の貴族には『わがまま娘がゲームに参加出来ない人間を使って無理矢理に婚約を解消させた』と言われているのですよ? いくらリアスが魔王の妹とはいえ、限度があります」

 

 ――わがまま娘がゲームに参加出来ない人間を使った、ねぇ。

 

 確かにレーティングゲームはルール上、悪魔だけしか参加出来ないものとなっている。それを人間の俺やアーシアが参加して勝ったとなれば、貴族悪魔は絶対納得なんてしないだろう。悪魔ってのは古い伝統を遵守するし。

 

 だけど前回のゲームは非公式だ。部長とライザーが合意した上で人間の俺やアーシアは参加したんだから、それを今更どうこう言われる筋合いはないと思うんだが。

 

 ま、あの連中はそんな事より、人間(おれ)悪魔(ライザー)達に勝ったなんて実績を認めたくないんじゃないかと思う。悪魔は人間を下等な生き物と認識してるからな。

 

 兄貴も兄貴で予想していたかのように呆れ顔となりながら溜息吐いてるし。言うまでもなく貴族悪魔に対して、な。

 

「まぁまぁヴェネラナさん、そうリアスを一方的に責めないで下さい。元はと言えば、こちらが勝手に口を挟んでライザーを挑発し、人間のイッセーとアーシアを参加させるように誘導したんですから。当然、俺にも非があります」

 

「隆誠さん。仰る事は分かりますが、これはあくまで我々グレモリー家や悪魔側の問題なのです。それに三大勢力が協力体制になった今、リアスの立場は他の勢力の下々まで知られています。この子が魔王の妹である以上、もう勝手な振舞いは出来ない立場でもあります。隆誠さん――聖書の神である貴方ならば、それはご理解されてるでしょう?」

 

「それは、まぁ……」

 

 いつも正論で言い返す兄貴だが、今回はしなかった。珍しい事もあるもんだ。恐らく兄貴は一瞬神としての立場を考えた上で、部長のお母さんの言い分は正しいと思って言い返さなかったんだろう。

 

 部長も部長で兄貴と同様に言い返せない様子で、納得出来ないまま、椅子へ勢いよく腰を下ろす。

 

 反論しない兄貴を見た部長のお母さんは息を一度吐いた後、すぐに申し訳無さそうな顔をする。

 

「すみません。客人である隆誠さんに無礼な発言をしてしまいましたね」

 

「いえ、お気になさらず。貴女の言い分はグレモリー家だけでなく、母親の立場として言ったのですから」

 

「そう仰って頂けると助かります。リアスの眷族さんたちにもお見苦しいところを見せてしまいましたわね。話は戻しますが――」

 

 部長のお母さんは俺に明確な理由を言わないまま特別な訓練、ぶっちゃけ勉強させる事となった。

 

 俺が再度理由を尋ねるも、次期当主たる部長の最後の我侭とか、親としては最後まで責任を持つとか、訳の分からん事を言われた。

 

 全く分からなかったから今度は兄貴に確認すると――

 

「……まぁ、この先お前にとっては必要な事だ。覚えておいて損はないさ」

 

 部長のお母さんと同様に訳の分からん事を言われた。

 

 二人して一体何が言いたいんだ? 部長が俺と視線を合わせると、急に真っ赤になって顔を背けられるし。

 

 もう全然分からん! 俺は一体どう言う立場にいるんだ!?



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第四話

遅くなってすいませんでした。

ではどうぞ!


「リューセー兄さま、本当に聖書の神だったんですね。じゃあ以前お会いした時、偶然冥界に迷い込んだというのは――」

 

「勿論嘘だ。あの時は勝手に連れ回して悪かったな。本当だったら君をすぐにグレモリー家の屋敷に送るつもりだったんだが」

 

「仕方ないですよ。もしリューセー兄さま達がいなかったら僕は危なかったんですし。それに、ほんの少しの間でしたけど、リューセー兄さまたちと一緒に旅をしたのは楽しかったです。僕にとっていい経験になりましたし」

 

「そうか」

 

 冥界のグレモリー宅に到着した翌日。

 

 俺はミリキャスの話し相手をしている。会うのを凄く楽しみにしてたのか、ミリキャスは朝食前から俺たち兄弟の傍にいる。もう結構懐かれています、はい。

 

 因みにイッセーは別の部屋で勉強中。今頃は内心疑問を抱きながら貴族についての話を聞かされてるだろうな。

 

 今回ヴェネラナさんがイッセーに勉強させると言い出したのには当然理由がある。彼女……と言うよりグレモリー家は、イッセーをリアスの婿に迎え入れる為の準備をしているからだ。

 

 多分だけど、これはフェニックス家も同様の事を考えてるに違いない。昨日の夕食でヴェネラナさんが「フェニックス家と話が済んでない」と言ってたから、未だイッセー争奪戦は続いてるんだろう。だけどグレモリー家がイッセーに勉強させるって事は、今のところはフェニックス家より優勢と見た。

 

 果たしてイッセー争奪戦に勝つのはどっちになるのやら。俺としてはリアスを応援してるけど、ああだこうだと口出しする気はない。尤も、両家が強引にやろうとしていたら俺が即行で強制的に終了させるけど。

 

 あとリアス達だが、部員達を連れてグレモリーの敷地を観光中だ。俺はイッセーと一緒にグレモリー宅に残り、ミリキャスの話し相手をしているって訳だ。

 

「それにしても、俺の正体を知っても兄と呼んでくれるとは。今は協力体制だけど、俺は嘗て君たち悪魔と敵対していた存在だと言うのに」 

 

「神だろうと人間だろうと、リューセー兄さまは僕の恩人です。それに僕にとって、初めて出来た兄さまですから」

 

 悪魔とは思えないほど素直で純真な良い子だねぇ。未だ古い仕来たりに拘ってるどこぞの老悪魔さん達に聞かせてやりたいよ。

 

 因みにミリキャスが俺を恩人と言ってるのは、ミリキャスと偶然出会った経緯に大きく関係してる。昨日にグレモリー夫妻やグレイフィアさん、そしてリアスに説明済みだ。それを聞いたグレモリー家――特にグレイフィアさんから物凄く感謝されまくったよ。

 

 

 ガチャ

 

 

 ドアが開けられ、入ってきたのはグレイフィアさんだった。

 

「おかあさま!」

 

 ミリキャスは嬉しそうに呼ぶも、彼女はゴホンを咳払いをする。

 

「今の私はグレモリー家の使用人ですので、その呼び方はお控え下さい」

 

「相変わらず固いですね、グレイフィアさん。昨日は昨日で――」

 

「隆誠さま、ミリキャスさまの前で余計な事は仰らないように願います」

 

「はいは~い、分かりましたよ」

 

 有無を言わせない威圧感を出しながら言ってくるグレイフィアさんに、即行で降参した俺は両手を上げた。

 

「ところで、俺に何か御用ですか?」

 

 話題を変えるように尋ねると、彼女は用件を言おうとする。

 

「もうすぐリアスお嬢さまがお戻りになります。本日は若手悪魔の皆さまが魔王領に集まる恒例のしきたりの行事がありますので」

 

 そういえば、昨日の会合でそれをやるってサーゼクスが言ってたな。

 

 本来だったら悪魔のみの会合だから、聖書の神(わたし)の他に人間のイッセーとアーシアは参加出来ない決まりとなってる。けれど今回は四大魔王達の計らいにより、俺達は三大勢力の和平に貢献した特別ゲストとして参加する事となった。

 

 俺は正直言って参加するつもりはなかった。未だに人間を下等生物と見なしてる悪魔達と顔を合わせても碌な事にはならない。俺はまだしも、イッセーとアーシアにとったら気分の悪い会合になるかもしれないからな。

 

 だが、三大勢力は和平を結び、その協力者となってる俺達が参加しない訳にもいかない。何しろこれは四大魔王からの依頼でもあるからな。

 

 ま、もし悪魔の誰かが喧嘩を吹っかけてきた場合、それ相応の報いを受けさせてやるけどな。サーゼクス達からも、ある程度は正当防衛で済ませると許可は貰っている事だし。

 

 取り敢えず会合に参加する準備の前に、先ずは寂しそうな顔をしてるミリキャスをどうにかしないとな。

 

 

 

――――――

 

 

 

 リアス達がグレモリー城観光ツアーから帰ってきて直ぐ、俺達は昨日に使った列車で魔王領――都市ルシファードへ移動した。

 

 俺やイッセーは既に知ってるが、都市ルシファードは近代的で、建物などは最先端の様相を見せている。イッセーが初めて見た時はかなり驚いていたよ。俺も俺で内心同様の反応をしていたけど。

 

 因みにイッセー達の格好は駒王学園の夏の制服だ。これがリアスたち眷族のユニフォームでもあるからな。俺も俺で駒王学園の制服だが冬の方を着てる。本当なら神としての正装を着なければいけないが、駒王学園の生徒である俺は敢えて制服にしてる。それに個人的に駒王学園の制服は気に入ってるし。

 

 会合場所となってる建物へと向かう途中、リアスのファンと思われる大勢の下級、中級悪魔に鉢合わせそうになった。魔王の妹で名門グレモリー家の次期当主で美少女でもあるから、人気があるのは無理もない。

 

 そして目的地へ付いてエレベーターに乗り込むと、リアスはこう告げる。

 

「皆、もう一度確認するわ。何が起こっても平常心でいること。何を言われても手を出さないこと。この上にいるのは将来の私たちのライバル達よ。無様な姿は見せられないわ」

 

 いつも以上に気合が入って、凄みを出すリアスの声にイッセー達は真剣な顔となって頷く。 

 

 それを見た聖書の神(わたし)は若いなぁと年寄り染みた事を思ってた。ま、今は人間に転生した学生だけど。

 

 エレベーターが停止し、扉が開いたのを見た俺達が踏み出したその先は広いホールだった。エレベーターから出ると、そこには使用人と思われる悪魔数名が、リアスや俺達に会釈してきた。

 

「ようこそ、グレモリーさま。こちらへどうぞ」

 

「聖書の神とグレモリーさまの眷族候補お二人はこちらへ」

 

 どうやらここでリアス達と一旦別れるようだ。俺はともかく、まさかイッセーとアーシアも一緒とは。

 

「イッセーとアーシアは私の眷族よ。どうして別にさせるの?」

 

 当然リアスが抗議するも、使用人は頭を下げながら理由を言おうとする。

 

「申し訳ありませんが、正式な悪魔ではないお二人を御連れするわけにはいけませんので。それにこれは魔王サーゼクスさまの命でもあります」

 

「諦めろ、リアス。これは昨日の会議で決まった事だ。俺たち人間側と悪魔が公の場以外で面倒な揉め事は避けようと、サーゼクスからの配慮でもあるんだ」

 

「っ……。そう、分かったわ」

 

 使用人と俺がサーゼクスの名前を出した途端、リアスは少々不満を表しながらも納得した。流石にサーゼクスの命となれば、背くわけにはいかないからな。

 

「それじゃ、後で落ち合おうな」

 

 俺はイッセーとアーシアを連れて、使用人と一緒にリアス達と一旦別れた。リアスは少し名残惜しい顔をしていたが。

 

「なぁ兄貴。俺やアーシアが正式な悪魔じゃないんなら、この会合に参加する意味無いんじゃねぇか?」

 

「普通に考えればそうなんだがな」

 

 確かにイッセーの言うとおり、今回の会合に部外者である俺達は参加する必要など無い。

 

 昨日の会議が終わった後に俺は『俺達が参加する必要があるのか?』とサーゼクスに尋ねると――

 

『隆誠くん――特に聖書の神には知っておいて欲しいんだ。一番厄介な敵が誰であるかをね』

 

 それを聞いた瞬間に俺は理解と同時に納得した。四大魔王達が手を焼いてる存在は、禍の団(カオス・ブリゲード)だけでないと。予想していたが、悪魔側は協力体制になっても決して一枚岩じゃないと言う事を改めて理解したよ。

 

「ま、サーゼクスが昨日の会議で俺達に参加して欲しいって言うからには、何か深い考えがあっての事だろう。取り敢えず参加するよう依頼された俺達は、ゲストとして振舞ってればいいさ」

 

 今のイッセーとアーシアに真の理由を教えるのは流石に不味いから、適当にはぐらかす事にした。今は知らなくても、どうせ後々になれば分かるだろうし。

 

 俺達は使用人の後に続き、通路を進んでいると、複数の悪魔達がいた。その中の一人がこちらにやってきて――

 

「お久しぶりです、聖書の神。再びお会い出来て光栄です」

 

「本当に久しぶりだな。あと出来れば俺の事は兵藤隆誠と呼んでくれ。ついでにその堅苦しい口調もいいからさ」

 

「それは失礼した。では隆誠殿と呼ばせてもらうが、構わないか?」

 

「結構」

 

 バアル家の次期当主――サイラオーグ・バアルが声を掛けてきた。彼の後ろにいる眷族と思われる悪魔達は俺を見て物凄く警戒してるが。特に以前見たクイーシャと言う女性悪魔が。

 

 サイラオーグが俺と握手し終えると、イッセーを見た途端に目の色が変わった。以前の『レーティングゲーム』を思い出したんだろう。その証拠にサイラオーグの闘気(オーラ)が少し荒々しくなってきてる。

 

「え、えっと……俺に何か?」

 

 突然の視線にイッセーは少し驚きながらサイラオーグに問う。

 

「イッセー、彼の名はサイラオーグ。以前、ライザーとの『レーティングゲーム』を観戦していた一人だ」

 

「いい!? ま、マジか!?」

 

 俺が『レーティングゲーム』と言った途端、イッセーは慌てふためいた顔をする。多分コイツの事だから、『レーティングゲーム』でやらかした恥ずかしい出来事を思い出してるんだろうな。

 

 だがサイラオーグはイッセーの反応を気にせずに近寄り――

 

「俺はサイラオーグ・バアル。バアル家の次期当主だ」

 

 初対面のイッセーに自己紹介をしながら握手をしようと手を差し出した。

 

「え、あ、ど、どうも。ひょ、兵藤一誠です」

 

 イッセーは何とか落ち着かせながら握手する。その直後、サイラオーグは何かを感じとったのか笑みを浮かべる。

 

「隆誠殿の言うとおり、以前の『レーティングゲーム』を見せてもらった。非常に素晴らしい戦いだったぞ。流石は赤龍帝と言うべきか」

 

「は、はぁ……それはどうも」

 

 握手を終えて高評価の言葉を送られてる事に、イッセーは戸惑うばかりだった。

 

「本当なら俺としては今すぐお前と戦いたいが――」

 

「こらこら、俺がそんな事を見逃す訳ないだろうが。ついでにその昂ぶった闘気(オーラ)も抑えろ」

 

「――すまない、隆誠殿。あの時の事を思い出してつい……」

 

 俺が割って入るようにサイラオーグを窘めると、彼は自重するように謝罪した。まぁ気持ちは分からんでもないが。

 

「ところでサイラオーグ、何故君は眷族達を連れてここにいるんだ?」

 

「下らん事をするより、貴殿たちと会った方が有意義だと思ってな」

 

「下らん? 聞いた話だと、今回の会合前に若手悪魔同士の顔合わせをする事になってるが、ソイツ等が何かやらかしてるのか?」

 

「仰るとおりだ。既にアガレスとアスタロト、ゼファードルが来てるんだが……。着いた早々ゼファードルとアガレスがやり合い始めたから、ここは貴殿たちに会おうと決めたと言う訳だ」

 

 心底嫌そうな表情だねぇ。サイラオーグが言うからには本当に下らない事をしてるんだろうな。

 

「えっと、差し出がましいんですが、何をやり合い始めたんですか?」

 

 状況が飲み込めてないイッセーの問いに、サイラオーグはすぐに答えようとした。

 

「ああ、それは――」

 

 

 ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!

 

 

 彼が言おうとしてる途中、建物が突然揺れた。それと同時に破砕音も聞こえてくる。

 

「きゃあっ!」

 

「っと! アーシア、大丈夫か?」

 

「は、はい……」

 

 突然の出来事にアーシアが倒れそうになるも、イッセーが咄嗟に支えた。ナイスだイッセー。

 

「成程。サイラオーグはこうなる事を予想して俺達に会いに来たんだな」

 

「そう言う事だ。まったく、隆誠殿がゲストとして来てるというのに、同じ若手悪魔として恥ずかしい限りだ」

 

 サイラオーグは手を額に当てて嘆息しながら言う。

 

「取り敢えず俺達はこの騒ぎを聞かなかった事にしておくから、様子を見てきてくれないか? 俺達は若手悪魔達がいる大広間にはいけないからな。それに一緒に来たリアス達が巻き込まれてないか心配だし」

 

「そうしよう。流石に従兄弟として放ってはおけないからな。では、また会おう」

 

 サイラオーグは眷族達を連れて騒動が起きてる大広間へと向かった。

 

 彼等がいなくなると、アーシアの安全を確認したイッセーは離れる。アーシアはイッセーと離れる事に少し残念そうな感じをしていたが。

 

「兄貴、サイラオーグさんが言ってた従兄弟ってどう言う事だ?」

 

「ん? ……ああ、イッセーは知らなかったか。サイラオーグはリアスの母方の従兄弟なんだよ」

 

「え、マジ!? あー、だからなんとなくサーゼクスさまに似てたって訳か」

 

 疑問を解消したイッセーがすぐに納得したのを確認した俺は、ずっと控えていた使用人に声を掛けた。そして俺達はすぐに待機室へ移動するのを再開する。



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第四.五話

今回は幕間で短いです。


 ~隆誠達が別室で待機してる頃~

 

 

「全く、現四大魔王の若造達には困ったものだ。これは悪魔のみの会合だと言うのに、あろう事か人間共を参加させるなど……!」

 

「仕方なかろう。人間とは言え、一人は元聖書の神、残りの二人はリアス・グレモリーの眷族候補なのだからな」

 

「奴等は三大勢力の和平に貢献した連中だ。無下に扱うわけにもいくまい」

 

「そうすれば天使のミカエル共が黙ってはいないからな。聞いた話では、人間になった聖書の神を再び神の座に就かせようとしていたようだが」

 

「愚かな。能力が制限された欠陥同然の神が舞い戻ったところで、所詮はお飾りにしかならないだろうに」

 

「当の彼奴は今や同じ人間共に現を抜かしておる始末。もはや神としての誇りすら失っておるわ。嘗ての怨敵であった彼奴も随分と堕ちたものだ」

 

「だがそれでも油断は出来ん。転生したとは言え、未だに奴を神と慕っておる天使共を自由に動かせる権力は未だにあるのだ」

 

「ならばいっそ、三大勢力の協力者となっておる聖書の神を利用する手もあるな。もしも万が一に聖書の神が依頼中に死亡すれば――」

 

「それ以上は口にしない方が良かろう。いつどこで誰が聞いておるのか分からないのだからな。魔王様に聞かれでもしたら大ごとになってしまう」

 

「これは失礼。さて、そんな事よりもだ。この後に行う若き悪魔達の会合だが――」

 

 

 

――――――――――

 

 

 

(――とでも考えてるんじゃないかな? 古き時代から生きてる上級悪魔の方々は)

 

「どうした兄貴? 手が止まってるぞ。もう少しで止めだってのに」

 

「ん? ああスマンスマン。ふと急に考え事をしてた」

 

 会合が始まるまでの間、別室で待機してる俺はイッセーとアーシアと一緒にゲームをやって時間を潰していた。因みにそのゲームは、三人でそれぞれの携帯ゲーム機を使って『ドラゴンハンター』と言うアクションゲームをやってる。時間潰しには持って来いのゲームなんだよね、コレ。

 

 俺とイッセーはドラゴンハンター(以降は略してドラハン)に慣れてるが、初心者のアーシアは操作に四苦八苦して何度も狩猟対象のドラゴンにやられている状況だった。だけど俺とイッセーは全く気にせず、操作やドラゴンの攻略方法を懇切丁寧に教えてる。その甲斐もあったかのように、アーシアは少しずつ上手くなってきてるから、お兄さん達は凄く嬉しいよ。

 

 そして俺とイッセーが近接武器攻撃+アーシアの援護射撃で敵を瀕死にさせ、巣に戻って寝ようとしてるドラゴンに止めを刺そうとしてる。

 

「さぁアーシア、その弓で俺とイッセーが設置した大ツボ爆弾を狙うんだ」

 

「は、はい。え……えい!」

 

 アーシアが装備してる弓でチャージ攻撃で矢を放った瞬間、大ツボ爆弾が爆発して眠ってるドラゴンは討伐された。

 

「よし! よくやったな、アーシア」

 

「お見事。狙いも上手くなってきてるな」

 

「ありがとうございます。これもイッセーさんとリューセーさんのお蔭です」

 

 イッセーと俺が褒めるとアーシアが嬉しそうな顔をする。その顔を見ると俺たち兄弟も嬉しくなるよ。

 

「さてさて、報酬の方は……おお、またレア素材が出てるぞ」

 

「しかもレア玉が複数だ。俺や兄貴がやっても大して出ないのに……」

 

 アーシアが加わるだけでレア素材がポンポン手に入るとは。まさかアーシアって幸運の女神なのかって錯覚しちゃうよ。ま、物欲センサーが働いてる俺達と違ってアーシアは純真だからな。

 

「あのぅ、私はまだよく分からないんですけど、この報酬って凄くいい物なんですか?」

 

「ああ。この素材があれば、より強力な武器や防具を作れて――っ!」

 

 アーシアの問いに俺が教えてる最中、突然何かが閃いた。

 

「ドラゴンの素材で作れるんなら……だけどあくまでゲームの話だし。いや、いっそ試してみるのも」

 

「? リューセーさん、どうかしましたか?」

 

「兄貴、急にどうした?」

 

 熟考し始めた俺にアーシアとイッセーが不可解そうに問う。けれど俺は無視するように頭の中で考えてる事と、ゲーム機に映ってるドラハンを見る。

 

「この素材だったらもしかすると……よし! いっその事やってみるか。イッセー、アーシア。悪いけど俺ちょっと抜ける。残りの時間は二人でやっててくれ」

 

「はぁ?」

 

「はい?」

 

 決心した俺はキョトンとしてるイッセーとアーシアから離れ、ゲーム機を片手にノートを取り出した。

 

「え~っと、この武器に必要な素材なら代わりにアレを使うとして。あとの素材はアイツにでも頼んで――」

 

 片手に持ってるゲーム機を操作しながら、もう片方の手に持ってるペンでノートに記載してる俺は呟きながら作業をしている。

 

 置いてきぼり状態となってるイッセーとアーシアは何が何だが分からないと言った感じでジッと見ているも、俺は気にしないで続けていた。

 

「……あの、イッセーさん。主――リューセーさんは一体何をなさろうとしてるんでしょうか?」

 

「さぁ……? まぁ兄貴がああするのは、必ず何か凄い事をやるのは確かだ。今回はドラハンを見て何か思いついたとなると……まさか――」

 

「まさか、何ですか?」

 

「……いや、何でもない。取り敢えず兄貴は放っておこう。ああなっちまうと聞く耳持たずだからな。さ、俺達はドラハンの続きしようぜ」

 

 イッセーは何か感づいたようだが、それでも敢えて口に出さず言葉を濁した。そしてそのままアーシアと一緒にゲームを再開する。

 

 それぞれが時間を潰してると、別室の扉が開かれ、使用人が入ってくる。

 

「皆さま、大変長らくお待ち頂きました。これから席へご案内します」

 

 ついに来たか。さてさて、一体どんな会合になるのやら。




なるべくで構いませんので、感想と評価をお願いします。


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第五話

今回は正直言って、原作と大して変わりません。

が、それでも良いのでしたらどうぞ!


 俺達が使用人によって案内されたのは、異様な雰囲気が漂う場所だった。

 

 眼前には昨日に会った面々――魔王サーゼクス・ルシファーがいた。彼以外にもセラフォルー・レヴィアタン、そしてアジュカ・ベルゼブブとファルビウム・アスモデウスもいる。

 

 これがプライベートだったら「よう。昨日はどうも」と砕けた挨拶をしてるところだが、今回は堅苦しい公の場なのでそれは出来ない。四人もそれを察してるように、現れた俺達を指定された席へ座るよう示唆した。

 

 現四大魔王が目の前にいる事によって、俺の後ろにいるイッセーとアーシアは緊張してるのか、オーラに乱れが生じていた。ま、それは当然と言えば当然か。サーゼクスとセラフォルーは緊張を解そうとしてるのか、二人に優しい笑みを浮かべているし。

 

 その他に下の段の席には上級悪魔のお偉方がいた。俺達を見た途端に一瞬不愉快そうな顔をしていたが、それを誤魔化すかのように視線を別の方へ移す。彼等が見てるその先には、低い位置に若手悪魔の面々がいた。その中には当然リアス達がいる。

 

 俺達が席に座ったのを見ていたリアスはジッと俺達――正確にはイッセーの方を見ている。それに気付いたイッセーは手を振ろうとするが、公の場で軽々しい行動をしてはいけないのを思い出して、すぐに手を引っ込めた。

 

 他の若手悪魔達もリアスと同様にコチラヘ視線を送っていた。ソーナやサイラオーグは問題無いが、残りの悪魔達は不快そうに、興味深そうに等々。

 

 だけどもう一人の悪魔は少し別だった。紳士的な感じがする緑髪の悪魔が、ジッとアーシアの方へと視線を向けている。その視線はまるでアーシアを狙ってるように、歪んだ欲望を感じる。

 

 あの悪魔は確かディオドラ・アスタロトで、アスタロト家の次期当主だな。何のつもりで妹分のアーシアを見てるのかは知らんが、もし手を出そうとしたら、聖書の神(わたし)が黙ってはいないからな。

 

「よく、集まってくれた。次世代を担う貴殿らの顔を改めて確認する為。此処へ集まってもらった。これは一定周期ごとに行う、若き悪魔を見定める会合でもある。尚、今回は魔王サーゼクスさまより、ゲストとして先日の和平に貢献した協力者――兵藤隆誠殿とその一行をお連れした」

 

 初老の男性悪魔が威厳の声で言う。俺達の紹介には若干嫌そうに、仕方ないと言う感じが含まれてるが取り敢えず無視だ。

 

「さて、今回はゲストを呼んだにも拘らず、さっそくやってくれたようだが……」

 

 次に髭のある男性悪魔が皮肉げに言い放つ。下にいる六名の若手悪魔の内の一人――ヤンキーのような男を見ながら。ソイツの頬は腫れていて、まるで強い何かに殴られたような生々しい痕だ。ああなったのは……恐らくサイラオーグだろう。その当人は如何でもよさげな感じだが。

 

「キミたち六名は家柄、実力共に申し分のない次世代の悪魔だ。だからこそ、デビュー前にお互い競い合い、力を高めてもらおうと思う」

 

 今度はサーゼクスがそう言う。

 

 この会合は此処にいる若手悪魔達が顔合わせをする他に、レーティングゲームをしてもらう為の知らせでもある。いずれ当主となる若手悪魔達を向上させようと言う事で。

 

「では我々もいずれ『禍の団(カオス・ブリゲード)』との戦に投入されるのですね?」

 

 サイラオーグが突然ストレートな質問をしてきた。魔王相手に凄い事を尋ねるもんだ。

 

「それはまだ分からない。だが、私は出来るだけ若い悪魔たちは投入したくはないと思っている」

 

 サーゼクスがそう答えるも、サイラオーグは納得出来ないように眉を吊り上げた。

 

「何故です? 若いとは言え、我等とて悪魔の一端を担います。そちらにいらっしゃるゲスト――兵藤隆誠殿の背後に控えてる彼等も依頼によって戦に投入される筈です。彼等だけに任せ、我等が何もしないと言うのは――」

 

「サイラオーグ、その勇気は認めよう。しかし、無謀でもある。何よりも成長途中のキミたちを戦場に送るのはなるべく避けたい。それに何か勘違いしているようだが、隆誠殿たちが協力者になってるとは言っても、戦の依頼などそう簡単にしない。キミが注目している赤龍帝も、キミたち次世代の悪魔と同じくまだまだ成長途中だ。そうですよね、隆誠殿?」

 

「ええ。聖書の神(わたし)の弟は今も修行中の身ですから、そう何度も実戦に出しませんよ。サイラオーグ、弟も君と同じく大事に段階を踏んでいるから、無理に焦る事は無いよ」

 

 突然振られたサーゼクスに、俺はそれに合わせるように答える。サイラオーグが抗議するのは何となく予想していたので、俺とサーゼクスは昨日の会合で事前に台詞を用意していた。

 

 サーゼクスと俺の言葉にサイラオーグも「わかりました」と一応の納得をした。それでも不満はあるようだが。

 

 ついでにイッセー、『普段から俺を実戦に投入してる兄貴が何言ってんだ?』みたいな抗議の視線を送るのは止めてくれ。これはあくまで公の場で言ってるだけなんだからさ。

 

 その後、お偉方のお言葉やサーゼクスからの今後のゲームについて等の長い話が続いた。多分イッセーとアーシアは頭がパンクしそうになってるんじゃないかと思う。二人からすれば難しい話だからな。

 

「では最後にそれぞれの今後の目標を聞かせてもらえないだろうか?」

 

 締めは若手悪魔達にさせようとする為に、サーゼクスは彼等に問う。その問いに最初に答えたのはサイラオーグだった。

 

「俺は魔王になるのが夢です」

 

 ………おおう、これはまた凄い目標だね。聖書の神(わたし)としたことが思わず言葉を失いかけたよ。

 

『ほう……』

 

 お偉方も正面から迷い無く答えたサイラオーグの目標に感嘆の息を漏らしていた。

 

「大王家から魔王が出るとしたら前代未聞だな」

 

 お偉方の男性悪魔の一人がそう言う。

 

「俺が魔王になるしかないと冥界の民が感じれば、そうなるでしょう。ですがその前に……今は名を申せませんが、ある者(・・・)と戦って勝つ事が前提となります」

 

 サイラオーグが言った『ある者』と聞いてここにいる全員は不可解そうな顔をしてるが、俺とサーゼクスはすぐに気付いた。サイラオーグの真の目標は『赤龍帝(イッセー)を倒す』ことだと。

 

 

 ――サーゼクス、すまないが……。

 

 ――勿論分かってるよ、隆誠くん。

 

 

 俺がここでイッセーの名を上げないで欲しいと視線を送ると、サーゼクスは小さく頷く。

 

 誰もがサイラオーグに疑問を抱いてる中、次はリアスが言う。

 

「私はグレモリーの次期当主として生き、そしてレーティングゲームの各大会で優勝する事が近い将来の目標ですわ」

 

 堅実な夢だね。まぁ、それがリアスらしいと言えばリアスらしいか。

 

 もし俺だけに言うとしたら、『イッセーより強くなって正式な眷族する』と強く意気込むだろうな。今のアイツはイッセーに完全ベタ惚れ状態だから、何が何でも自分の正式な眷族にすると思う。

 

 その後も若手悪魔達が夢や目標を口にし、最後に残ったのはソーナだった。

 

 ソーナの目標は――

 

「冥界にレーティングゲームの学校を建てることです」

 

 何と学校を建てる事だった。

 

 俺は興味深そうに聞いていたが、お偉方の上級悪魔達は眉根を寄せていた。

 

「レーティングゲームを学ぶところならば、既にある筈だが?」

 

 確認するお偉方の問いに、ソーナは淡々と答える。

 

 レーティングゲームは爵位持ちの悪魔が眷属にした下僕同士を戦わせて競い合うゲームだ。それを学ぶ事が出来るのは上級悪魔と一部の特権階級の悪魔のみだけ。当然それ以外の悪魔――下級、中級、転生の悪魔達は受ける事が出来ない。

 

 だからソーナはどんな悪魔でもレーティングゲームを学べるように、差別が一切ない学校を建てようと理由を述べている。

 

 それを聞いた俺は是非ともやって欲しいと思う。匙なんて誇らしげにソーナの夢を聞き入ってるし。 

 

 だが――

 

『ハハハハハハハハハハハハハハハハッ!』

 

 古き時代を生きたお偉方にとっては戯言としか捉えておらず、思いっきり大笑いしていた。

 

 聞くに堪えない笑い声に俺は思わず顔を顰めるも、向こうは気付いてないように嘲笑を浮かべながら口々に言う。

 

「それは無理だ!」

 

「これは傑作だ!」

 

「なるほど! 夢見る乙女と言うわけですな!」

 

「若いというのはいい! まさかシトリー家の次期当主ともあろう者がそのような夢を語るとはな」

 

 不愉快な連中だ。いい歳した大人が、そうやって若者の夢を摘み取るような言い方をするのはどうかと思うぞ。ま、コイツ等にそんな事を言ったところで理解しないだろうが。

 

「ったく、胸糞悪いなあのクソ爺ども……!」

 

「イッセー、分かってるだろうが出しゃばるなよ」

 

「けどよ。あそこまで会長をバカにするのは――」

 

「アレが本来の上級悪魔だという事を知ってる筈だ。前に会ったライザー達がいい例だろ?」

 

「そりゃそうだけど……」

 

 今にも飛び出しそうなイッセーを俺が何とか宥めてる中、ソーナはお偉方に真っ直ぐ言おうとする。

 

「私は本気です」

 

 ソーナの発言にセラフォルーがうんうんと力強く頷いていた。彼女は魔王と言う立場上、妹を応援する事は出来ないからな。それでもシスコンのセラフォルーが、いつ爆発してもおかしくはないが。

 

 そこから先はお偉方の一人がソーナに悪魔の伝統やら誇りを語ってると、途中で匙が抗議してきた。けれど匙の抗議も虚しく、お偉方は匙を窘めるどころか、ソーナに下僕の躾がなってないと言い放った。

 

 ソーナが反論せずに謝罪すると、匙は納得出来ないと声を荒げる。結局はソーナに窘められて、納得出来ないまま口を閉ざしたけど。

 

 匙、納得出来ない気持ちは分かる。聖書の神(わたし)も立場とか関係なかったら、君と同じく抗議してるさ。四大魔王のサーゼクス達も本当ならお偉方に注意したいだろう。けれど、一悪魔であるソーナを擁護しては色々と問題がある為に口を出せない。

 

 すると、我慢の限界が来たのか、セラフォルーが突然提案してきた。ソーナがゲームに勝ち続ければ文句は無いだろうと。その後には涙目で悪魔のお偉方に脅しも同然の抗議をしていたが。ソイツ等は反応に困っていたが、ソーナは恥ずかしそうに両手で顔を覆ってるし。

 

 結局のところ、セラフォルーの提案もあって、サーゼクスがリアスとソーナを戦わせようと決めた。尤も、サーゼクスは初めからそうするつもりだったけど。



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第六話

「そうか。シトリー家と対決とはな。それでリューセー、ゲストとして参加した感想は?」

 

「聞くまでもないだろう。あの老人共の所為で気分が悪い会合だったよ」

 

 グレモリー家の本邸に帰って来た人間の俺達とリアス達一向。迎え入れてくれたのはアザゼルだった。リビングに集合し、アザゼルに先程の会合の顛末を話していた。

 

「えっと、人間界の時間で現在七月二十八日。対戦日まで約二十日間か」

 

「もうメニューは考えたのか?」

 

 計算をし出すアザゼルに問うとすぐに頷いた。

 

「まあな。明日から開始予定だ。既に各自のトレーニングメニューは考えてある。リューセーも考えてるんだろ?」

 

「勿論だ」

 

 俺とアザゼルの会話にイッセーが質問しようとする。

 

「なぁ、俺達だけ兄貴――聖書の神や堕天使総督のアドバイス受けていいのか? 普通に考えて反則じゃないのか?」

 

 他の若手悪魔から文句があってもおかしくないとイッセーは感じてるんだろう。確かにそれは当然の疑問だ。

 

 だが、俺とアザゼルは嘆息する。

 

「問題無い。俺はあくまで何かあった時の協力者に過ぎないから、三大勢力の内情にああだこうだと言える立場じゃない。それに誰かが俺に協力を求めようとする時は、必ず三大勢力トップの承認が必要だし」

 

「堕天使側の俺は色々と悪魔側にデータを渡したぜ。それに天使側もバックアップ体制をしているって話だ。あとは若手悪魔連中の己のプライドしだいってやつだ。強くなりたい、種の存続を高めたい、って心の底から思っているのなら脇目も振らずだろうよ」

 

 俺とアザゼルの回答にイッセーは納得したような顔をする。

 

「確か副総督のシェムハザは各家にアドバイスを与えてるんだったよな?」

 

「ああ。案外、俺よりシェムハザのアドバイスの方が役立つかもしれねぇな」

 

 確かにアイツはアイツで相手に見合った的確なアドバイスをするだろう。

 

「それはそうと、リアス達がシトリー家と戦うとなると、人間のイッセーとアーシアは出られそうか?」

 

「一応サーゼクスに確認してみたが……リアスとソーナの了承もあって、取り敢えず特例として出場は認められたよ」

 

「何か引っ掛かる言い方だな。ひょっとして出場条件でも付けられたか?」

 

「ああ。以前のレーティングゲームでイッセーが大活躍していたのを知ったお偉方が、龍帝拳どころか神器(セイクリッド・ギア)――『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』の使用は一切禁止らしい。もしソレを出した瞬間、即刻強制リタイヤさせるんだと。因みにアーシアは問題無いらしい」

 

「おいおい、どんだけイッセーにだけハンデを付けさせるんだよ」

 

 ハンデの内容を聞いたアザゼルは物凄く呆れていた。特に悪魔のお偉方に対して。

 

「あの時は『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』の力を解放して、ライザーやその眷族達を圧倒した勝因だと認識してるみたいだ。恐らくあの連中は、『神器(セイクリッド・ギア)さえ封じてしまえば問題無く勝てる』って考えたんじゃないかと思う」

 

神器(セイクリッド・ギア)さえ封じてしまえば、ねぇ。それで? その条件を受け入れたリューセーが黙っているとは思えないが」

 

「本当ならあの場で認識を改めさせたかったんだがな」

 

 あのクソ爺共の言い分を聞いて久々に頭に来たから、少しばかり懲らしめてやろうかと抑えるのに大変だったよ。

 

 赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)さえなければイッセーはザコだと侮ってるクソ爺共には、今度のレーティングゲームで絶対に一泡吹かせてやろうと決めたし。

 

「まぁ取り合えずだ。明日の朝、庭に集合だ。そこで各自の修行方法を教える。覚悟しろよ」

 

『はい!』

 

 アザゼルの言葉に俺を除く全員が重ねて返事をした。

 

 すると、グレイフィアが現れる。

 

「皆さま、温泉のご用意ができました」

 

 嬉しい報告が来た事に、俺は思わずさっきまで不愉快だった気分が一瞬で忘れた。

 

 

 

 

 

 場所は変わって、此処はグレモリー家の庭の一角にポツンと存在してる和風の温泉。

 

 俺は身体を軽く流した後にイッセー、祐斗、アザゼルと共に浸かっている。あー、いい湯だよ。温泉は癒しの憩い場だからなぁ~。こう言う時、日本人に転生して良かったなぁって度々思うよ。

 

「旅ゆけば~♪」

 

 温泉に浸かりながら鼻歌混じりなアザゼル。黒い十二枚の翼を全開しているし。正に文字通り、羽を伸ばしているな。

 

「随分と温泉に慣れてるじゃないか。かなり日本通になったな」

 

「おうよ。リューセーと同様、日本の娯楽と文化を色々と知ったからな。にしても、やっぱ冥界――地獄といえば温泉だよな。しかも冥界でも屈指の名家グレモリー家の私有温泉とくれば名泉も名泉だろう」

 

「確かに。以前山で偶然見つけた温泉に入った時は本当に最高だったし」

 

 アザゼルと会話しながらまったり湯に浸かってると、近くにいるイッセーがキョロキョロと辺りを見回していた。

 

「どうした、イッセー?」

 

「いや、ギャー助がいなくてな」

 

「アイツなら未だに入り口でウロウロしてるよ」

 

「え? ……あ、ホントだ」

 

 俺がギャスパーがいる方へ指すと、その方向を見たイッセーは呆れてる様子だ。

 

 見るに見かねたイッセーは一旦湯から上がり、ギャスパーのもとへと向かう。

 

「おいギャスパー、ほら、温泉なんだから入らなきゃダメだろう」

 

「キャッ!」

 

 入り口にいるギャスパーをイッセーが捕まえると、突然可愛らしい悲鳴が聞こえた。

 

 二人の妙に面白いやり取りを聞いてると――

 

 

 ドボーーーーーーーンッ!

 

 

 イッセーに放り投げられたと思われるギャスパーが温泉へダイブした。

 

「いやぁぁぁぁぁん! あっついよぉぉぉ! 溶けちゃうよぉぉぉ! イッセー先輩のエッチィィィッ!」

 

「こらこらイッセー、同じ男のギャスパーにセクハラはどうかと思うぞ?」

 

「喧しいバカ兄貴! 分かってて言ってるだろう!?」

 

 俺のからかいにイッセーが憤慨しながら言い返すと――

 

『イッセー、ギャスパーにセクハラしちゃダメよ?』

 

「わぁぁああああああぁっ!」

 

 隣の女湯からリアスのからかい声が聞こえた瞬間、イッセーは恥ずかしさの余り温泉に飛び込んだ。何か災難だな。言い出したのは俺だけど。

 

「そうだイッセー、この際だからお前にも言っておく事がある」

 

 涙目になってるイッセーの隣に移動するアザゼルは少し真面目そうな顔となっていた。

 

「何ですか?」

 

「前にリューセー――聖書の神(おやじ)にも言ったが、今後は教会連中や天使達に軽はずみな言動は謹んでおけよ。なんせお前は聖書の神からの寵愛を、今も独占し続けてる唯一の人間だからな」

 

 アザゼルがそう言うと、イッセーは急に顔を青褪めて鳥肌が立ち始める。

 

「ちょ、ちょっとアザゼル先生、いきなりそんなこと言わないで下さいよ! いくら兄貴でも、男の愛を独占なんて気持ち悪いですから!」

 

「いや、これは真面目な話だ。ってかイッセー、間違ってもそんなこと言うんじゃねぇぞ? もし聞かれでもしたら、アイツ等はお前に殺意を抱くどころか、本気で殺すかもしれねぇからな」

 

「………え?」

 

 真剣な顔で言うアザゼルに、イッセーは段々と事の重大性を理解し始めてきたようだ。

 

「お前も知っての通り、教会の信徒達は神に祈りを捧げ、ほんの僅かでも神の愛を求めている。更に天使達は今まで生みの親である神に絶対の忠誠を誓い、神に認めて貰いたいが為に自分をアピールしていた。にも拘らず、教会の信徒や天使とか全く関係ない、極普通の一般人だったイッセーが急に神の寵愛を独占しているときた。連中からすれば嫉妬で怒り狂ってもおかしくはねぇ。なんせあのミカエルでさえ、お前に嫉妬してたからな」

 

「ミカエルさんが?」

 

「ああ。和平が成立する前に聖書の神(おやじ)が人間に転生した後のいきさつを説明してる時、アイツはほんの一瞬だがお前に嫉妬と軽い殺意を抱いてたぞ。アイツは天使の中で誰よりも神至上主義で、今も聖書の神(おやじ)を敬愛しているからな」

 

 そう言われてみれば、俺がイッセーの師となって鍛えてると説明してた際、アイツはイッセーを見ていたな。正確には睨んでいた、と言うのが正しいか。もし仮に天使達があの場でイッセーを狙おうとしたら、聖書の神(わたし)は即行で見限っていたけど。

 

「とにかくだ。リューセーの正体が神だと分かった以上、お前も今後は――」

 

「おいアザゼル、それ以上はイッセーを困らせるような事は言わないでくれ。もしミカエル達が聞いたら、イッセーじゃなくてお前に狙いを定める事になるぞ」

 

「へいへい、わぁってるよ。じゃあ今度は――」

 

 これ以上は余計な事を言わせないよう俺が警告すると、アザゼルは嘆息しながら話題を変えようとする。急にいやらしい笑みを浮かべ、今度はイッセーと猥談を始めた。イッセーも物の見事に乗っかってるし。

 

 聞くのもバカらしい会話に混ざる気がない俺は、二人から離れて再び温泉を楽しもうと、身体を首の辺りまで沈めた。

 

「リューセー先輩、ちょっといいですか?」

 

「ん? どうした?」

 

 温泉を楽しんでる俺に祐斗が近づいて話しかけてきた。

 

 因みに祐斗は先程、イッセーに背中を流すと頬を染めながら言っていた。それを聞いたイッセーは貞操を奪われるんじゃないかと思うほどに顔を青褪めていたよ。俺も聞いてて少し引いたけどな。

 

 まぁ祐斗からすれば、今までに男友達との付き合いは全く無かったから貴重だったんだろう。しかも同学年の男友達と。先輩の俺はともかく、祐斗はこれまで同学年の男子と付き合いはなかった。以前の合宿では、イッセーと祐斗はまだ打ち解けてなかったから、互いに遠慮している部分があったしな。

 

「明日からの修行で、先輩はイッセーくんとアーシアさんの修行メインでやるんですよね?」

 

「別にずっと二人に付きっきりって訳じゃない。俺は俺でやる事があるし」

 

 全てではないが、俺はオーフィスによって聖書の神(わたし)能力(ちから)が以前より使えるようになった。だからソレを制御する為に、自分自身を鍛え直す必要がある。今のままでは力を制御出来ずに暴走してしまう恐れが充分にあるからな。

 

「ま、お前はアザゼルが課す予定となってる修行を頑張ってくれ。流石に今回はお前の面倒は見れないが………そうだな。人間界に戻ったら、手合わせをしようか。その時に祐斗の修行の成果を見せてくれ」

 

「っ! はい! 分かりました!」

 

 目を輝かせながら嬉しそうに答える祐斗。毎回思ってる事だけど、祐斗は本当に俺と手合わせをするのが好きだねぇ。俺の正体を知っても尚、ずっと尊敬する先輩として接しているし。

 

『木場、抜け駆けは許さないぞ! 隆誠先輩、私も是非手合わせをお願いします!』

 

 もう一人いたねぇ。隣の女湯から大声で抗議をしてる悪魔となったゼノヴィアが。呼び方は段々直ってきたけど、それでも未だ聖書の神(わたし)を敬愛する主と見ているからな。

 

 ってかゼノヴィア、お前はどこら辺から聞き耳を立てていたんだ? まさか俺が温泉に入ってからずっと張り付いてないよな?

 

「こんな! 感じかなっ! 男なら混浴だぞ、イッセー!」

 

「おわああああああああっ!」

 

 すると、アザゼルが突然大きな声を出してイッセーの腕を掴んですぐ、そのまま投げ飛ばした。隣の女湯へ。

 

 

 ドッボォォォォォォォォンッ!

 

 

『…………………………』

 

 数秒後、投げ飛ばされたイッセーはそのまま女湯の温泉へダイブする音が聞こえた。余りの展開に俺と祐斗、そしてギャスパーは隣の女湯を見ながら目が点になっている。

 

「…………おいアザゼル、これは一体どう言う事だ?」

 

 若干間があったが、俺はイッセーを投げ飛ばした元凶を睨みながら問う。アザゼルは俺の睨みを何とも思わず淡々と答えようとする。

 

「な~に、女湯を覗きたいイッセーの要望に応えただけだ」

 

「だからと言って女湯へ投げ飛ばすなよ。非常識にも程があるぞ」

 

「向こうの女達は全員イッセーに惚れてるんだ。好きな男に裸を見られても問題ないだろ」

 

「全員じゃない。小猫は未だにイッセーを警戒して――」

 

 ……………………あれ? 女湯から何も聞こえないぞ。てっきり小猫が女湯に入ってきたイッセーを追い出すと思ってたんだが……。何故に静かなんだ?

 

「変だな。この場合、小猫ちゃんがイッセーくんを追い出そうとする筈なのに」

 

「小猫ちゃん、本当にどうしたんだろう?」

 

 祐斗とギャスパーも小猫の様子がおかしい事に気付いてるようだ。

 

 因みに女湯にいるイッセーは、裸のリアスと朱乃から前後に抱きつかれた事によって幸せそうに倒れたらしい。アイツ曰く『おっぱいサンドイッチは凄かった』だとさ。

 

 いくらイッセーがリアスや朱乃より強くても、あの二人が持ってる大きな乳房には勝てなかったようだ。もし駒王学園全学年の男子達が知ったら、怒りと嫉妬によって我を忘れた悪鬼羅刹の狂戦士(バーサーカー)状態となって、イッセーを殺しにいくだろうな。




前にも書きましたが、評価と感想をお願いします。


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第七話

 翌日。俺達はグレモリー家の庭の一角に集合していた。

 

 全員の服装はジャージ。俺やアザゼルも同様にジャージを着てる。庭に置かれているテーブルと椅子に全員座って修行開始前のミーティングとなった。

 

 イッセーとアーシアについては俺が説明する事になってるが、先ずはリアス達を担当してるアザゼルからだ。アザゼルは前以て用意した資料やデータを持って説明を始めようとする。

 

「先に言っておく。今から俺が言うものは将来的なものを見据えてのトレーニングメニューだ。全員が必ず同じ結果になる訳じゃない。ただ、お前らは成長中の若手だ。方向性さえみ見誤らなければ良い成長をする筈だ。さて、先ずはリアスからだ」

 

 アザゼルが最初に呼んだのはリアスだった。

 

「お前は初めから才能、身体能力、魔力全てが高スペックの悪魔だ。修行をしなくてもそれらは高まり、大人になる頃には最上級悪魔の候補は確実だ。だが、未だにイッセーとは実力差があり過ぎるが故、正式な眷族に出来ないから今以上に強くなりたい、それがお前の望みだな?」

 

 敢えてリアスのコンプレックスとしてる事を突くように問うも、当の本人は気にしてないどころか力強く頷く。

 

「ええ。イッセーの主となる私がいつまでも弱いなんて許されないわ」

 

 今まで男に全く興味が無かった名家のお嬢様が、大好きなイッセーの為に強くなろうとするは。本当にイッセーは幸せ者だなぁ。

 

 アザゼルも俺と同じ事を考えてるのか、意味深な笑みを浮かべながらイッセーを見てるし。

 

「なら、この紙に記してあるトレーニング通り、決戦日直前までこなせ」

 

 アザゼルから手渡された紙を見るも、リアスは疑問を抱くように首を傾げる。

 

「……ねぇ。これって特別凄いトレーニングとは思えないのだけれど?」

 

「そりゃそうだ。お前は基本的なトレーニング方法でいいんだ。全てが総合的にまとまっている。問題は――」

 

「ちょっといいか、アザゼル」

 

 アザゼルが説明してる最中、俺は割って入るように言った。いきなりの事にアザゼルだけじゃなく、リアス達も俺の方を見てくる。

 

「なんだよ。今は俺が説明してるってのに」

 

「スマンスマン。ちょっと俺から少しばかり、リアスのトレーニングメニューを追加しようと思ってな」

 

 顔を顰めてるアザゼルに、俺は謝罪しながら意見を言う。

 

「はぁ? 追加なんて必要ないだろ。さっきも言ったが、リアスにはそこまでやる必要はねぇぞ?」

 

「彼女の意気込みを聞いて、少しばかり手を差し伸べたくなったんだ。何しろリアスは、弟のイッセーの為に強くなろうとしてるからな」

 

 俺の台詞を理解したのか、リアスは頬を赤らめていた。イッセーも同様に。

 

 だがアザゼルはそれでも不満のようで、未だに顔を顰めている。

 

「だとしても、今更メニューを変える訳にはいかないぞ。これは俺が考えたリアスの最適なメニューなんだからな」

 

「安心しろ。リアスにはアレ(・・)を付けたままトレーニングをやってもらうだけだ」

 

「? アレってなんだ?」

 

 ああ、そう言えばアザゼルに教えてなかったな。

 

 リアスだけでなく、イッセー達は俺の台詞を聞いて何かを思い出した様子だ。

 

「リューセー、アレってまさかあの時の――」

 

「正解。これの事だ♪」

 

 俺が笑みを浮かべながら収納用異空間から出したのは、以前ライザー戦に備えた修行合宿の時に使った俺手製のバンドセットだ。

 

 それを見たリアス達は以前の合宿を思い出したのか、かなり苦い顔をしている。

 

「何だ、そのリストバンドとフットバンドは?」

 

「コレはな――」

 

 以前の合宿でリアス達に説明した内容をそのまま教えると、アザゼルは興味深そうにバンドを見る。

 

 因みにバンドの事を知らないギャスパーは恐ろしげに見ており、ゼノヴィアは物凄く欲しそうな顔をしていた。修行好きなゼノヴィアにとっては欲しくてたまらない物なんだろう。

 

「成程。道理で魔力がかなり上がっていた訳だ。映像記録でリアスが終盤で見せた強力な大技を撃てた理由が漸く分かったぜ。にしても、その頃から随分と悪魔のリアス達に肩入れしてたんだな」

 

「まあな」

 

 俺としてはリアスがグレモリー家とフェニックス家が決めた政略結婚をさせるより、愛し合うもの同士の恋愛結婚を望んでいた。更にリアスはイッセーに好意を抱いていたから、彼女の応援をしようとトレーナーをやった訳だし。

 

「ってな訳でアザゼル。リアスにこれを付けさせようと思うんだが、どうだ?」

 

「………まぁいいだろう。それで更に力が高められるんなら構わねぇよ」

 

 少し考えるアザゼルだったが、結果的には問題無いと判断して許可してくれた。

 

「だそうだ、リアス。あとはお前の判断次第だが、付けるか? それとも遠慮するか?」

 

「勿論付けるわ。イッセーに近づく為には、それ位やらないとダメだと思っていたところよ」

 

 どうやら付ける気満々のようだ。俺としては非常に好都合だよ。

 

 取り敢えずリアスにバンドセットを渡し、使い方は前と変わらない事を教えておいた。

 

「さてリアス、話を続けるが――」

 

 説明を再会するアザゼルは、トレーニング以外にも『(キング)』としての資質を高めるように指示する。レーティングゲームの記録映像、記録データ、それらを全て叩き込むようにと。

 

 アザゼルの指示内容を聞いていた俺は確かに必要な事だと内心頷いていた。『(キング)』として一番重要なのは頭脳だ。それが無ければ如何にリアスが強くなったところで意味がないのは充分分かっている。

 

 だからアザゼルはリアスに、どんな状況でも打破できる思考と機転、そして判断力をつけさせる訳だ。『(キング)』は眷族が最大限に力を発揮させるのが一番の仕事だからな。

 

「次に朱乃」

 

「……はい」

 

 リアスの次に朱乃を呼ぶアザゼル。呼ばれた朱乃は不機嫌な様子。父親のバラキエル絡みの事もあってか、朱乃はどうにもアザゼルが苦手のようだ。

 

 だがアザゼルはそれを気にせず、真正面からこう言う。

 

「お前は自分の中に流れる血を受け入れろ」

 

「――ッ!」

 

 アザゼルのストレートな発言に顔を顰める朱乃。だがアザゼルは構わず続ける。

 

 ライザー戦のレーティングゲームを見ていたアザゼルは、朱乃の評価は低かった。俺の修行で魔力が上がってたとはいえ、朱乃の本来のスペックなら敵に『女王(クイーン)』を苦もなく打倒出来たと。

 

 それについては俺も思い当たる所はある。朱乃は――

 

「何故、堕天使の力をふるわなかった? 雷や雷の鞭だけでは限界がある。鞭の方は恐らくリューセーに教わったんだろうが、俄仕込みの武器なんかじゃ牽制程度にしか使えない。光を雷に乗せ、『雷光』にしなければお前の本当の力は発揮出来ない」

 

 そう。アザゼルの言うとおり、もし朱乃が堕天使の力を使えば状況が大きく変わっていた。

 

 知ってのとおり、悪魔にとって光の力は効果的だ。雷と光を乗せたら、威力は桁違いに上がる。

 

「……私は、あのような力に頼らなくても」

 

 だが、朱乃は複雑極まりない様子だ。

 

「否定するな。自分を認めないでどうする? 最後に頼れるのは己の身体だけだぞ? 否定がお前を弱くしている。辛くとも苦しくとも自分を全て受け入れろ」

 

「朱乃、俺は修行の時にお前が堕天使の血を引いているのは既に分かっていた。だけどお前がそれを使わなかったのは深い事情があるんだろうと、敢えて何も言わなかった。だが今はハッキリと言っておく。お前が否定している堕天使の血を乗り越えない限り、どんなに修行したところで、強くなれないどころか、今後の戦闘で邪魔扱いされるのがオチだ」

 

「まぁそう言う事だ。『雷の巫女』から『雷光の巫女』になってみせろよ」

 

「………………」

 

 アザゼルと俺の言葉に朱乃は応えなかった。何も言い返さないって事は、やらなきゃいけないと言う事だけは流石に理解してるだろう。

 

 ま、朱乃がこの先どうするかは朱乃次第だ。

 

「それとリューセー、ここから先は俺が何か言うまで割って入らないでくれ」

 

「はいはい」

 

 リアスに続いて朱乃にまで口を出してきた俺に、アザゼルから釘を刺されてしまった。

 

「次は木場だ」

 

「はい」

 

「先ずは禁手(バランス・ブレイカー)を解放している状態で一日保たせてみせろ。それに慣れたら――」

 

 アザゼルは祐斗に修行内容を説明する。要約すれば、禁手(バランス・ブレイカー)維持と基本トレーニングがメインだ。あと神器(セイクリッド・ギア)の扱い方はアザゼルが直々にマンツーマンで教えるんだと。

 

「アザゼル先生、出来れば僕もリューセー先輩のバンドを使いたいんですが」

 

「ダメだ。お前の修行は状態維持がメインだからな。まだ禁手(バランス・ブレイカー)に慣れてないままでバンドを付けたら、無駄に燃費を悪くさせる。今は一日でも長く維持出来るようにしていくのがお前の目的だ」

 

「……分かりました」

 

 残念そうに落ち込む祐斗を見るも、俺は敢えて何も言わなかった。

 

 今回の祐斗の修行でバンドは却って邪魔になるから、俺もアザゼルに賛成だ。

 

「あと剣術の方は……お前の師匠にもう一度習うんだったな?」

 

「ええ、一から指導してもらう予定です」

 

 そう言えば祐斗の師匠は誰なのかを聞いてなかったな。もし機会があれば一度会ってみたいよ。

 

 祐斗の説明を終えると、アザゼルは次にゼノヴィアを呼ぶ。

 

「次はゼノヴィアだ。お前は聖剣デュランダルを今以上に使いこなせる様にする事と――もう一本の聖剣に慣れて貰う事にある」

 

「もう一本の聖剣?」

 

 ゼノヴィアはアザゼルの言葉に首を傾げる。

 

「ああ、ちょいと特別な剣だ。もうついでに言っとくが、リューセーのバンドは使わせないからな」

 

「ぐっ……私も使ってみたかったのに……!」

 

 俺の方を見てるゼノヴィアにアザゼルがバンドを使わないよう釘を刺した。それを聞いた瞬間、ゼノヴィアも祐斗と同様に落ち込んでいる。

 

 アザゼルがゼノヴィアに何の聖剣を用意するのかは知らないが、それでもゼノヴィアの為になる事は確かだ。

 

「次にギャスパー」

 

「は、はいぃぃぃぃ!」

 

 あれま、ギャスパーが今以上に怖気づいてるよ。考えてみれば、冥界に来てからギャスパーにとって辛い時間だったからな。

 

 んで、アザゼルがギャスパーに課した修行内容は……ぶっちゃけ引き篭もり改善だった。それは当然、是非ともやって欲しい事だった。

 

 ギャスパーはソレさえ解消すれば、『停止世界の邪眼(フォービトゥン・バロール・ビュー)』を完全に安定させる事が出来て、戦力も大幅にアップと一石二鳥どころか三鳥にもなる。

 

「って事で、先ずは町へ行って人前に出てもらうぞ。そうだ、ついでにリューセーのバンドを付けといた方がいいな。基本トレーニングが無い分、バンドで身体能力も向上させておけ」

 

「それはいい。と言う事でギャスパー、早速だけどコレを付けて――」

 

「いやぁぁぁぁぁっ! そんなの付けたら僕は動けませんからぁぁぁぁぁっ!!」

 

「……おい、だからって俺の後ろに隠れんなよ」

 

 一瞬でイッセーの背中に隠れるギャスパー。相変わらず危険回避に関しては素早いな。

 

 ギャスパーにバンドを付けさせるのは無理だと分かった俺とアザゼルは諦める事にした。

 

「次は小猫」

 

「……はい」

 

 呼ばれた小猫は相当気合の入った様子だ。昨日までと違って、今日は妙に張り切ってるな。 

 

 アザゼルは気付いてるかどうかは分からないが、そのまま話を続ける。『戦車(ルーク)』としての素養や身体能力も問題なく、ついでにリアスの眷族にオフェンスが多いと。それらを聞いていた小猫は悔しそうな表情を浮かべていた。

 

「リアスの眷族でトップのオフェンスは現在イッセーが断トツで、次には木場とゼノヴィアだ。赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)禁手(バランス・ブレイカー)の聖魔剣、聖剣デュランダル、凶悪な兵器を三人が有してやがるからな」

 

 そう、オフェンスはイッセーが断然上だ。龍帝拳を使えるイッセーだと、祐斗とゼノヴィアが二人掛かりでも勝つ事は出来ない。

 

「小猫、お前も他の連中同様、基礎の向上をしておけ。同時にリューセーのバンドを使っても構わない。その上で、お前が自ら封じているものを曝けだせ。これは朱乃と同じだ。さっきリューセーが言ってたように、自分を受け入れなければ大きな成長なんて出来やしねぇのさ」

 

「………」

 

 小猫は何も答えなかった。「曝けだせ」の一言で一気に消失してしまっているから。

 

 どうやらアザゼルは知っているようだ。小猫の力を。

 

「小猫、もし力の制御が出来ないなら俺が少し教えようか?」

 

 力の制御方法を教えようと、俺が近づきながら言おうとしてると――キツく睨んできた。

 

「……そんな、軽く言わないで下さい……っ。簡単に力を使えるあなたとは違うんですから……っ」

 

 俺に反抗的な態度を取ってくる小猫を見た誰もが驚いた。

 

 ふむ……。どうやらフォローするつもりが、逆に小猫の心を傷つけてしまったようだ。

 

 空気が多少重くなった中、アザゼルは敢えて気にせず俺に話しかける。

 

「リューセー、次はお前の番だぞ」

 

「……ああ、そうだったな」

 

 アザゼルに言われた俺は一先ず小猫は後回しにしようと話題を変えた。

 

 




 本当でしたらイッセーとアーシアの修行内容も載せる予定でしたが、長くなりそうなので途中で切りました。


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第八話

「さて、ここからは俺だ。先ずはアーシア」

 

「は、はい!」

 

 俺が気を取り直すように呼ぶと、気合が入った声で返事をするアーシア。

 

「内容は以前の合宿と同様に基本的なトレーニングで、身体能力の向上だ。そしてメインは神器(セイクリッド・ギア)の強化、更に自衛スキルを付けてもらう」

 

 アーシアの修行内容を聞いた一同は不可解な表情をしていた。特に後者の方を。 

 

「色々と突っ込みたそうな顔をしてるようだから、先ずは強化の方を説明するよ。知ってのとおり、アーシアの『聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)』は回復系神器(セイクリッド・ギア)の中で最高だ。病気や体力以外ならすぐに治る」

 

 確認するように言うと、リアス達はコクンと頷いてる。アザゼルはもう気付いてるようだが。

 

「だがそれは相手に『触れる』のを前提としてる。味方が怪我をしてるのに、態々負傷者の所まで行かないと回復作業が出来ない」

 

「もしかして、アーシアの神器(セイクリッド・ギア)は範囲を広げられるの?」

 

 俺の言いたい事が分かったのか、リアスが代表するように問う。

 

「正解。これは応用と言うより裏技も同然なんだが、『聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)』の真骨頂は効果範囲の拡大だ」

 

「って事は、アーシアの神器(セイクリッド・ギア)は遠距離も可能って事か!?」

 

 イッセーの問いに俺は頷く。その直後にイッセーは驚いた顔をしてるよ。

 

「やはりそう考えてたか。俺達の組織が出したデータの理論上では可能と思ってたが、改めて聖書の神(おやじ)から聞くと間違ってなかったようだ。念のために訊くが、神器(セイクリッド・ギア)のオーラを全身から発して、自分の周囲にいる味方をまとめて回復することも可能なんだろ?」

 

「そうだ。と言うか、それを独学で調べたアザゼルもホントに凄いな」

 

 流石は神器(セイクリッド・ギア)マニアと言うべきか、アザゼルの予測は的を射てるよ。

 

「となると、ソレには当然問題もある筈だ。そうだろ、リューセー?」

 

「ああ。察しのとおり、オーラを発したら下手すれば味方だけじゃなく、敵も回復させてしまう恐れもある。これはアーシアの生来のもの故だから……ちょっと不安でな」

 

「おい兄貴、アーシアの何が不安なんだよ?」

 

 不安と聞いて顔を顰めながら問うイッセーに、俺は真剣な面持ちで言う。

 

「『優しさ』だよ。アーシアは敵や味方とか関係無く、怪我をした相手を見た途端、思わず回復してやりたいと心中で思ってしまうところがある。それが敵味方判別の神器(セイクリッド・ギア)能力の妨げになってしまうんだ。言っちゃ悪いが、今のアーシアでは判別する力を得られないと思う。さっき言った回復範囲拡大は諸刃の剣になりかねないが、それでも範囲拡大は必要だ」

 

 これには聖書の神(わたし)に原因があるんだが、今となっちゃどうしようもないからな。

 

「だからそこで俺は考えた。もう一つの可能性――回復のオーラを飛ばす力を」

 

「そ、それは、ちょっと離れたところにいる人へ、私が回復の力を送るということですか?」

 

 アーシアが何かを飛ばすジェスチャーをする。可愛いジェスチャーを見て俺は思わず笑みを浮かべそうになるも、何とか堪えることにした。

 

「そう、直接飛ばす感じだ。回復能力を飛び道具として使えば、直接触れなくても回復出来るようになる」

 

「そ、そりゃ、すげえ! アーシア大活躍出来るぜ!」

 

 大活躍出来るアーシアの姿を想像したのか、イッセーはアーシアの手を取ってはしゃいだ。アーシアもアーシアで思いがけない情報に驚きながらも喜んでいる様子だ。

 

「まぁその分、回復力は落ちるが、それでも遠距離の味方を回復出来るのは戦略性が広がる。前線で誰かが負傷してる時、後方で回復のアーシアとアーシアの護衛する誰かを配置する。単純だが、それでも強い戦術フォーメーションだ」

 

 俺の意見にリアスが同意する。 

 

「確かにそうね。通常、味方を回復する術なんてフェニックスの涙か、調合された回復薬ぐらいだわ。アーシアの神器(セイクリッド・ギア)は汎用性と信頼性に関して、それらよりも遥かに上だわ」

 

「そう言う事だ。悪魔をも治す『聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)』は強力な武器とも言える。あとはアーシアの体力勝負ってところだ。……とまあ、ここまで聞けばいい事ずくめだと思うだろう?」

 

 俺が最後に呟いた台詞を聞いたリアス達が怪訝そうな顔をする。

 

「これらはアーシアが回復を専念させる為に、必ずアーシアを守る仲間がいる事を前提とした話だ。敵からすればアーシアは厄介極まりない危険な存在だから、早めに潰しておくべきだと認識する。お前達だって、もしアーシアが敵だったとしたら、そう考える筈だ」

 

 アーシアが敵側と考えたのか、リアス達は複雑そうに顔を歪めてる。アーシアを大事にしてるイッセーでさえも。

 

「理解はしてるようだな。そして敵がやるとしたら、アーシアを潰す為には先ず仲間の護衛を引き離そうと策を練る。今度のゲームで戦う予定となってるシトリー家――ソーナはアーシアの神器(セイクリッド・ギア)を知ってるからな。ソーナの親友であるリアスとしては如何思う?」

 

「……確かに策士タイプのソーナなら考えそうね」

 

 親友のソーナの性格を考えたリアスは同意する。俺の言うとおり、アーシアを先に潰すかもしれないと。

 

 それらを聞いていたアザゼルは俺に質問してくる。

 

「で、アーシアが引き離された際の対策として、自衛スキルの出番ってわけか?」

 

「そう言う事だ」

 

「けどよ、言っちゃ悪いがアーシアに自衛スキルは向かないと思うぞ。リューセーも知ってのとおり、『やさしさ』のあるアーシアじゃ相手を傷つける事なんか出来ねぇだろ」

 

「別に自衛と言っても、必ずしも相手に傷を負わせる訳じゃない。ライザー戦のレーティングゲーム終盤で、アーシアがライザーの動きを止めたのを見ただろ?」

 

「「……ああっ!」」

 

 イッセーとリアスは思い出したのか、揃って突然大声を出した。アザゼルも同様に思い出したようで、納得するように頷く。

 

「成程な。何も攻撃せずとも、前にリューセーが用意した閃光玉とかで相手の動きを止めさせるって事か。確かに今後の事を考えれば、アーシアは自衛だけじゃなく、仲間をサポートする役割も出来るって事か」

 

「そゆこと。ま、アイテムは俺の方で次のレーティングゲームが始まるまでに用意しとく。尤も、それを使いこなす為の練習もさせておく必要はあるがな」

 

 昨日の会合前に時間潰しでやった『ドラハン』のサポート武器をリアルに使ってもらう為にな、と内心付け加える。

 

 アーシアの修行内容はここまでなので、次にイッセーの方を見る。

 

「最後になったがイッセー、お前の修行は――」

 

「いつものように兄貴と実戦式のバトルをするんだろ?」

 

「「っ!」」

 

 イッセーの台詞を聞いた祐斗とゼノヴィアが驚いたような顔をする。

 

 俺と二十日間もバトルをする事に聞き捨てならなかったんだろう。この二人は今回の修行で一番に俺と手合わせしたかったみたいだし。

 

 だが俺は敢えて二人を気にせず話を続けようとする。

 

「それも良いんだが、生憎今回の相手は俺じゃない。お前もよく知ってるアイツ(・・・)に頼んだ。そろそろ来る筈なんだが……」

 

「アイツ? ……おい、まさか」

 

 俺が空を見上げると、イッセーは気付いて同様の行動をする。

 

 アザゼルやリアス達も空を見上げると、突然大きな影が現れた。それはこちらへ猛スピードで向かってくる。

 

 

 ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!

 

 

 地響きと共にそれは目の前に飛来し、大きく地面が揺らいだ。

 

 土煙が舞い、それが収まった後、眼前に現れたのは――巨大なドラゴンだった。

 

 十五メートルある巨大ドラゴンにリアス達が驚いてる中、イッセーは懐かしむように大声を上げようとする。

 

「やっぱりタンニーンのおっさんか!!」

 

「久しいな、兵藤一誠。前に会った時より一段と強くなってるようだ。そして……」

 

 巨大ドラゴン――『魔龍聖(ブレイズ・ミーティア・ドラゴン)』タンニーンの登場にイッセーは懐かしむように叫ぶ。

 

 彼は元龍王の一角で、嘗ては『六大龍王』だった頃の龍王の一匹だ。悪魔になった事で、『六大龍王』から『五大龍王』になった。今は転生悪魔の中でも最強クラスで最上級悪魔だ。

 

 そんな凄い経歴を持っているタンニーンはイッセーに挨拶をした後、次に俺の方へ視線を移す。

 

「兵藤隆誠も変わらずで何よりだ。いや、この場合は『聖書の神』と呼ぶべきか?」

 

「呼ばなくていい。今までどおりの呼び方で構わないから」

 

「ではそうしよう」

 

 正体がバレた度に呼び方を確認してくるのは本当にメンドくさい。俺としては神と呼ばれるより兵藤隆誠で通したいんだけどなぁ。

 

 俺たち兄弟とタンニーンの会話を見ていたアザゼルが尋ねようとする。

 

「何だリューセー、タンニーンとは既に会ってたのか?」

 

「ああ。前に冥界へ来た時、ドライグを通じて知り合ったんだ。ついでにタンニーンの領地で少しばかり世話にもなった」

 

「おいおい、そんな報告は聞いてねぇぞ。と言うか聖書の神(おやじ)、冥界で一体どんな調査してたんだ? オフレコにするから教えてくれよ」

 

 アザゼルだけでなく、リアス達も聞きたそうな目をしていた。するとタンニーンが睨むようにアザゼルを見る。

 

「堕天使の総督殿、悪いが詮索は止めてくれ。こちらとしては彼に色々と恩がある身なんでな」

 

 その台詞に俺は少し目を見開きながらタンニーンを見る。

 

 恩とは大袈裟だな。俺が思い当たる事といえば、アレに少し手を加えただけなんだが……まぁいいか。

 

 少し威圧感を発しながら警告するタンニーンを見たアザゼルは、お手上げと言うように嘆息する。

 

「分かったよ。何か深い事情があったって事で、これ以上は聞かないでおく」

 

 アザゼルが引いたのを確認したタンニーンは安堵するような顔をした後、再び俺の方へ視線を向ける。

 

「それで兵藤隆誠。話はサーゼクスを通して聞いたが、俺が兵藤一誠の修行相手をする事に間違いないんだな?」

 

「ああ。以前やったドラゴンの修行――実戦方式で頼む。言っておくが以前と同様に少しは手加減してくれ。あの頃より強くなったとは言え、まだまだお前には及ばないからな」

 

「分かった、そうしよう」

 

「って、ちょい待ち兄貴! 俺は二十日間もタンニーンのおっさんと修行するのか!?」

 

 頷くタンニーンとは別にイッセーが待ったを掛けようとする。

 

「そうだ。その期間内で龍帝拳を10~20倍まで使えるようにしておけ」

 

 更に欲を言えば禁手(バランス・ブレイカー)に至って欲しいところだが……それはまた別の機会にしておこう。

 

「相変わらず無茶言うなぁ……」

 

白龍皇(ヴァーリ)に勝ちたいんだったら、これ位は乗り越えてくれ」

 

「っ……。分かったよ、やってやらぁ!」

 

「結構」

 

 ヴァーリと聞いた瞬間、イッセーのあの時の戦いを思い出したのか、やる気を出してくれた。

 

「それと無事に修行期間を乗り越えたら、俺からちょっとしたご褒美でもやるよ。……例の限定版エロDVDとか」

 

「………OK。ぜってー乗り越えるから」

 

 こっそりと褒美の内容を聞いたイッセーが今以上にやる気を出していた。

 

 前の合宿で知ってのとおり、スケベなイッセーには前以てスケベな物を垂らしておけば、やる気の度合いが格段に上がる。(イッセー)の性格を知っている(おれ)ならではの提案だ。

 

『おいタンニーン、俺からも言っておくがちゃんと手加減してくれよ。もし相棒に死なれでもしたら、白いのと再戦出来なくなるからな』

 

 すると、イッセーの左手の甲が光った途端、ドライグが周囲の者にも聞こえるようタンニーンにそう言った。

 

「分かっているさ、ドライグ。死ななければいいのだろう? 任せろ」

 

「………ちょっとちょっとお兄さま、タンニーンのおっさんが俺を死ぬ寸前まで追い詰めそうなんですけど?」

 

 タンニーンの台詞が聞き捨てならなかったのか、イッセーが俺に小さく抗議してくる。

 

「いきなり気色悪い呼び方すんな。………ま、取り敢えず頑張れ。さっきも言ったように、ちゃんと褒美は用意するから」

 

「……絶対だぞ」

 

 念を押すイッセーは俺から離れ、そのままタンニーンに近づいて話しかける。

 

「取り敢えず今日からよろしく頼むな、おっさん」

 

「ふっ。前と違って逃げる素振りを見せないとは、かなり成長したようだな」

 

 そりゃあ中学時代の時は、初めて見るお前と相手をしろと聞かれたら逃げたくなるよ。イッセーにそうやるよう言い出したのは俺だけど。

 

 修行する気概を見せるイッセーの姿に感心するタンニーンは、リアスに視線を向ける。

 

「リアス嬢。急ですまないが、あそこに見える山を貸してもらえるか? こいつをそこに連れて行きたいんだが」

 

 タンニーンが指で遥か先の山を指差す。

 

「ええ、構わないわ」

 

 見事に商談成立した。今のイッセーの実力でタンニーンと戦うとなると……あの山に複数の大きな穴がポッカリとあかなければいいんだけどねぇ。ま、リアスが承諾したんだから、例えそうなっても問題ないだろう。

 

「では行くぞ、兵藤一誠。今のお前の力を俺に見せてくれ」

 

「あんまり期待されても困るんだけど……んじゃお先に!」

 

「む!?」

 

 

 ドゥンッ!

 

 

 フライングするように先に飛んだイッセーは猛スピードで山へと向かっていった。イッセーの突然の行動にリアス達やタンニーンは予想外と言わんばかりに目を見開き、呆然とするように固まる。

 

「おやおや、まさかイッセーがあんな事をするとは……。これは一本取られたな、タンニーン」

 

「…………………」

 

 恐らくイッセーの事だから、以前の扱きに対しての仕返しを込めてやったんだろうな。

 

 タンニーンは俺の声が届いてないのか、未だに呆然としている。

 

「おうおう、イッセーは随分と思い切った事をしやがったな。んで? 元龍王のタンニーンさまは、赤龍帝の挑発をどう受け取るんだ?」

 

「……ク、ククククク……」

 

 アザゼルが問うと、タンニーンは急に笑い始めた。同時に獲物を見るようにギラギラした目にもなってる。

 

「この俺を出し抜くとは随分いい度胸をしているではないか……! 逃がさんぞ、兵藤一誠!!」

 

 

 ドオオオオオンッ!!

 

 

 一瞬で翼を広げたタンニーンが即座に飛び、猛スピードでイッセーを追おうとする。

 

 何かタンニーンの奴、まるで地の果てまでもイッセーを追いかけそうな感じだな。どうやらイッセーは元龍王のプライドをかなり刺激させてしまったようだ。

 

 さて、こっちはこっちで修行を始めますか。先ずはアーシアに神器(セイクリッド・ギア)と自衛スキルのレクチャーをしないとな。




 ナレーション風で

 ――修行前に挑発するイッセーに対し、プライドを刺激されて猛スピードで迫るタンニーン。果たして、イッセーはタンニーンとの修行期間を無事生き延びられるのであろうか!? 修行期間終了まで、残り二十日!――





 もうついでに、連日投稿は今日で終わりです。


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第九話

 アーシアには神器(セイクリッド・ギア)強化と自衛スキルのレクチャーを一通り終えた後、俺が課したトレーニングメニューをするよう指示した。何か遭った時には俺を呼ぶ際、頭の中で強く念じればいいと教えてある。

 

 んで、俺はアーシアからかなり離れた誰もいない山で精神統一する為の瞑想をしている。言うまでもなく俺自身の鍛錬だ。

 

 知ってのとおり、聖書の神(わたし)はオーフィスにより嘗ての姿に戻れただけでなく、今まで限定的に使用していた神の能力(ちから)が大幅に急上昇した。今回の鍛錬はそれが暴走しないように制御する為でもある。

 

「……さて、始めるか」

 

 瞑想を終えた俺は閉じていた両目を開けて、本格的な鍛錬の準備を始める。

 

 先ずは兵藤隆誠(おれ)の姿を聖書の神(わたし)に変え、次に構えた数秒後……四人の聖書の神(わたし)が出現する。言うまでもないが、これは以前に使った分身拳だ。

 

「お前は引き続き瞑想。お前は能力(ちから)の調節と制御。最後にお前は私と実戦組み手だ」

 

「「「分かった」」」

 

 それぞれの聖書の神(わたし)に指示を下す聖書の神(わたし)。傍から見ればおかしな光景に思うだろう。

 

 何故分身拳を使って鍛錬をするのには当然理由がある。以前やった合宿の時、兵藤隆誠(おれ)がリアス達の修行を纏めて見ようと分身拳を使い、それぞれ別れて行動した。

 

 それを使って分かったんだが、四人になってた俺達が元の一人に戻った直後、それぞれの記憶が一斉に集約された。同時に修行を行った時の経験も含めて。

 

 そこで俺は考えた。四人がそれぞれ違う行動をする事で、鍛錬による経験と記憶が一気に得られるんじゃないかと。それを試す為に会談を行う数日前、イッセーの剣術修行とギャスパーの修行を同時にやろうと分身拳を使った。結果は俺の思ったとおり、イッセーとの剣術経験+ギャスパーの修行経験を同時に得る事が出来た。

 

 これによって俺は確信した。二人でやれば経験が二倍、四人でやれば四倍と凄く効率の良い鍛錬が出来ると。まぁその分、分身する事で力が半減されるが、それでも経験を得られる事でお釣りが来るから問題ない。

 

 とまあ、ちょっと長ったらしい理由だが、今こうして分身拳で一度に複数の経験を得ようという訳だ。分身拳を使う事が出来る自分ならではの方法だが。

 

 さて、アーシアから呼び出しを受けない限り、今日一日は内容が濃密な鍛錬を行うとしよう。この二十日間、果たして聖書の神(わたし)はどこまで強くなれるのやら。

 

 そう言えばイッセーの奴、タンニーンとの修行は上手くやれてるかな?

 

 

 

 

 

 

 夏休み。

 

 俺――兵藤一誠は(兄貴の修行を除いて)今年こそ彼女を作ってエロエロな夏休みを過ごそうと思っていたのだが……。けれど現在、地獄の山で怪獣決戦の空中バトル戦をしている。

 

「くっ! ドラゴン波ぁぁ!!」

 

 

 ドッガァァァァァァァァンッッッッ!!

 

 

 俺は怪獣――ドラゴンのおっさんの強力なブレスをドラゴン波で相殺していた。

 

 目の前の巨大ドラゴンと戦って数日が経ち、今もずっとガチンコバトルが続いている。精神世界で戦ったドライグ戦を嫌と言うほどに思い出すぜ。兄貴との実戦修行と違って、マジで死ぬんじゃないかと思うほど嫌なスリルを感じるよ!

 

「どうした、兵藤一誠。龍帝拳とやらの出力をもっと上げろ! お前の力はこんなものじゃない筈だ!」

 

「はぁっ! はぁっ! ったく、無茶言うなよ!」

 

 さっきからやってるっての! あのおっさんは俺が龍帝拳を使う度、それに合わせるよう実力やブレスの威力も上げてるし!

 

 初めて戦ったあの頃と違って、そこそこ実力が付いたと思ってたのに、それをタンニーンのおっさんは面白そうに戦ってるよ! どんだけバケモノなんだよ、このおっさんは!

 

 ………まぁ、実力差があるのは初めから分かってた事だ。あのおっさんにとっちゃ、俺との修行は遊びに等しいからな。

 

 今の俺がどんなに頑張ったところで、タンニーンのおっさんに勝てる要素は万に一つどころか、億に一つもねぇし。だけどせめて一矢だけは報いたい。

 

 俺がおっさんにダメージを与えられるとしたら――!

 

「うおおぉぉおおおおおおおっっっ!!!」

 

 

 ドドンッ!!

 

 

「ほほう。またさっきより上がったな」

 

 龍帝拳の出力を上げ、俺の闘気(オーラ)も最大限に溜め始めたのを見たおっさんは面白そうに見てる。

 

 いい加減、その余裕面を壊したい気分になってきたぜ!

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁああああああっっっ!!」

 

「む? これは……少しばかり気を引き締めないといけないようだ」

 

 全ての闘気(オーラ)を自分の周囲に纏わせ、突撃体勢に入った俺を見たタンニーンのおっさんは身構えた。

 

 次に口を思いっきり開けると、そこから炎の玉が大きく収束していき、見るだけでかなりの威力がありそうだ。以前に戦ったライザーの極大炎の玉とは全然違う。どうやらおっさんは俺の攻撃を見て、少しマジになってくれたようだな。

 

 だったら見せてやるぜ! 今の俺の全力をな!!

 

「行くぜぇぇぇ! 全闘気(フルパワー)体当たり(クラッシャー)だぁぁ!!」

 

 適当に命名した技名を言いながら、猛スピードでタンニーンのおっさん目掛けて突進する。

 

 全闘気(フルパワー)体当たり(クラッシャー)。ドラグ・ソボールのキャラのフリーズが空孫悟に使っていた『デスタックル』を真似た技。

 

 極悪人キャラの技なんて使いたくないが、目の前の相手にそんな悠長な事を気にしてなんていられない。タンニーンのおっさんに一矢報いるには、今の俺だとこの技しか思いつかない。

 

「受けてみよ! 兵藤一誠! ガァァァァァァアアアアアアアアアアアアッッッッ!!!」

 

 タンニーンのおっさんは口で収束されてた炎の玉を俺目掛けて撃ってきた。

 

 そして――

 

 

 ズオッッ!!!!

 

 

 俺を纏ってる闘気(オーラ)とおっさんの炎の玉がぶつかり、周囲から凄まじい突風が吹き荒れていた。

 

「ぐおおおおおお………!!!」

 

「オオオォォォォオオオ!!!」

 

 踏ん張るような体勢をしながら前に進もうとする俺に、それを阻むように炎の玉を撃ってるタンニーンのおっさん。

 

 知っていたが、マジで凄ぇ威力だぜ! 下手に気を抜いちまったら、俺の身体が一瞬で骨も残さず灰になっちまいそうだ!

 

 だがそれでも! 赤龍帝として、絶対に一矢報いるって決めてんだ!」

 

「うおおおおおおおおお!!!!」

 

「ぐぐっ! 小僧、調子に………乗るなぁぁぁぁ!!!!!」

 

 

 ゴアアアアアアアアァァァアアアアアアッッッッ!!

 

 

 げっ! ここにきておっさんが速度と威力をまた上げやがった! 俺が押しはじめてる事に少し頭にきたってか!?

 

「ぎ、ぎぎぎぎ………!! かかったな!!」

 

「?」

 

 俺が苦しそうな声を出していたが、急に笑みを浮かべながら言った事にタンニーンのおっさんは顔を顰める。

 

 けれど俺は気にせず、炎の玉目掛けて突進していたのを……急遽横にずらして旋回した!

 

「何っ!?」

 

 俺が猛スピードで旋回しながら突進体勢となる。その直後――

 

 

 ドグアッッッ!!!

 

 

「ぐおおおおおおおっっっっ!!!」

 

 タンニーンのおっさんの腹部へとクリーンヒットした。それによっておっさんは地面のある山へ向かうように吹っ飛んでいく。

 

 

 ダァァァァァァアアアアアアアンッッッッッッ!!!

 

 

 地面に激突したタンニーンのおっさんの周囲から大きな粉砕音と土煙が舞った。

 

「はぁっ……はぁっ……はぁっ……へっ、どんなもんでい! 見たかドライグ! あのタンニーンのおっさんに一矢報いてやったぜ!」

 

『これは驚いたな。まさかあのタンニーンを相手に一撃を決めるとは。また面白い技を思いついたな。』

 

 感心するように言うドライグ。

 

全闘気(フルパワー)体当たり(クラッシャー)か。どうせ前のフェニックス戦の時と同様、咄嗟に思いついた技だろ?』

 

 ああ。タンニーンのおっさんに一撃当てるにはこれしかないと思ったんだ。赤龍帝の怒り(ブーステッド・バースト)と違って全パワーを集中させた突進技も案外カッコいいもんだな。

 

『そんな技を咄嗟に思い付けるなら、初めに覚えてくれ。洋服崩壊(ドレス・ブレイク)なんかより遥かに良いぞ』

 

 ほっとけ! あの技は俺のお気に入りの技なんだ!

 

 ったく。どうして俺の『洋服崩壊(ドレス・ブレイク)』はこうも評価が低いんだよ。アレはアレで凄い技だってのに。

 

 

 グゴゴゴゴゴゴゴッ!

 

 

 すると、タンニーンのおっさんが激突した山が大きく揺れ始めた。

 

 ………分かっちゃいたけど、思っていたより復活早いな。

 

『当然だ。タンニーンがあれくらいの攻撃で参る訳がないだろう』

 

 あ、やっぱり?

 

 

 ドォォンッッッ!!

 

 

 けたたましい音を立てながら何かが飛んできた。大きな土煙からタンニーンのおっさんが現れる。しかもダメージを全く受けてねぇし。

 

「ハハハハハハ! 今のは少しばかり効いたぞ、兵藤一誠! この俺に一撃当てるだけでなく、更に地を付けた人間はお前が初めてだ!」

 

 おおう。どうやら俺は元龍王様に一撃を当てた人間第一号のようだ。それは大変名誉な事なんだろうが、俺からすれば全然嬉しくねぇけど。

 

「よし。この俺に一撃を当てた褒美として、もう少し力を上げるとしよう」

 

「げっ!」

 

 恐ろしい事を言い出すタンニーンのおっさんに俺は思いっきり顔を顰めた。

 

「じょ、冗談じゃねぇ! アンタとはただでさえ実力差があり過ぎるのに、そこまで上げられたら俺が死ぬ!」

 

 あのおっさんはパワーだけは魔王級だが、それでもヴァーリより強い。そんなおっさんが更に力を上げたら俺がマジで死ぬぞ!

 

「そう言うな。俺もダメージを負った所為か、久しぶりに高揚してるんだ」

 

「勘弁してくれよ! アンタがそうなったら俺が修行中に死んじゃうよ!」

 

「安心しろ。そこはちゃんと加減する」

 

「その顔で言われても安心出来ねぇ!」

 

 だって今のおっさんの目がギラギラしてて、俺を殺すんじゃないかって思うほどに恐ろしいほどのオーラを出してるんだよ!

 

 おいドライグ! どうにかあのおっさんを説得してくれ!!

 

『あんなに楽しそうな顔をしてるタンニーンは久しぶりに見たな。確かアレは――』

 

 過去を思い出してる場合じゃないだろう! ああくそ! こう言うとき当てにならねぇな!

 

 ちくしょう! こうなりゃ自棄だ! この修行を乗り越えたら、限定版エロDVDが貰えんだ! 何が何でも生き延びてやる!

 

 そう思った俺は再び龍帝拳を使おうとしてると――

 

「おー、随分と派手にやってんな。どうよ?」

 

 突然聞き覚えのある声がした。俺とおっさんが振り返れば、そこには堕天使の総督様がいた。



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第九.五話

 本当でしたら十話で掲載する予定でしたが、内容が幕間的なものだったので、敢えて九.五にしました。

 今回は敢えてフライング投稿にしています。それではどうぞ!!


「ふぅぅぅ~~~………よし。あと少しと言ったところか」

 

 修行を始めて数日が経ち、聖書の神(わたし)は早くもかなりの経験を積んだ。思っていた以上に分身拳を使った修行はかなり効率が良く、通常の修行経験を三倍以上得る事が出来た。

 

 瞑想、能力(ちから)の調節と制御、そして実戦組み手。その内容を同時に行い、元の一人に戻った直後、修行によって得た知識と経験が全て聖書の神(わたし)に集約された。それと同時に痛みと疲労感も集約されて少ししんどかったが。

 

 ま、それは仕方の無い事だ。知識と経験だけを得るなどと言う、都合の良い事なんてない。今回俺がやってる修行はメリットはかなりあるが、その分デメリットもある。

 

 四人の聖書の神(わたし)がそれぞれ違う事をして、その修行で負った時の傷や疲労感は残っている。元に戻れば当然それらも集約されるので、一人になった時には三倍以上の知識と経験と他に、三倍以上の痛みと疲労感も味わう事になる。

 

 この修行を実際にやって一番に分かったのは、かなりリスクがある修行と言う事だった。もし普通の人間がやったら、身体と脳が耐えきれずに下手すれば崩壊する恐れがある。例えば最大百個のデータまでしか入れることが出来ないパソコンに、三百個のデータを無理矢理入れたらどうなるだろうか。当然そのパソコンは許容範囲を超えて処理しきれないどころか、完全に暴走して壊れてしまうのがオチだ。

 

 とまあ極端な例えだが、それだけこの修行はそれだけのリスクが伴ってる。尤も、この修行は分身拳を使う事が出来なければ意味は無いが。

 

 さて、休憩も兼ねてアーシアの様子でも見に行くとするか。何かあれば呼ぶようにと言った筈なんだが、この数日の間、全然呼んでないんだよな。多分聖書の神(わたし)の邪魔をしないように気を遣ったんだろうけど、それでも少しは頼って欲しかった。もし呼んでくれたら聖書の神(わたし)はすぐにでも駆けつけるのに。

 

 まぁ此処は今暫くの間、聖書の神(わたし)が我慢するしかないか。今までずっと祈りを捧げていた神が目の前にいました、と言う(アーシアにとって)驚愕な事実を受け入れてくれただけでも良しとしないと。それでも……兵藤隆誠(おれ)としては妹分のアーシアに頼られて欲しいんだけどなぁ。はぁっ……お兄さんは少しばかり寂しいよ。

 

 聖書の神(わたし)が少しブルーな気分になってる最中――

 

 

 ――た、大変ですリューセーさん!――

 

 

「っ! どうしたアーシア!? 何が遭った!?」

 

 突然アーシアが焦ったような声を出した事に、一気に緊張感が走った。

 

 すぐに転移する準備に入ってると、アーシアは内容を伝えようとする。

 

「今すぐそっちに向かうから――」

 

 

 ――小猫ちゃんがトレーニング中に倒れたみたいです!――

 

 

「分かった! すぐに……え? 小猫?」

 

 アーシアの報告を聞いてすぐに転移しようと思ったが、予想外な内容に思わず動きを止めてしまった。

 

 

 

 

 

 

「リューセー、小猫の容体は分かった?」

 

 アーシアと一緒にグレモリー家の屋敷に戻った俺は、部屋で休ませている小猫の部屋にいる。アーシアが眠ってる小猫に『聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)』で治療してる最中、俺は術を使って彼女が倒れた原因を調べようと、修行していた数日間の記憶を探っていた。

 

 俺が調べていると、同じく事情を聞いたリアスが不安そうに尋ねてくる。主であるリアスが一番に小猫の心配をしてたからな。因みに小猫の記憶を探る事に関しては、主のリアスから了承を得ている。無断で小猫のプライバシーを調べる訳にはいかないからな。

 

 そして小猫の記憶を探り終えた俺はリアス達に結果を言う。

 

「先ず結論から言おう。大した怪我はしてないが、それでも二日間は絶対安静だな。当然それまでは修行禁止にさせる」

 

「絶対安静って……小猫は一体どんなトレーニングをしたの?」

 

 リアスが信じられないような顔をしながら俺に問う。アーシアも気になってるのか、小猫を治療しながら俺の方を見る。

 

「記憶を見てみたら、アザゼルが与えたトレーニングを過剰に取り組んでいた。確実にオーバーワークな内容だった。おまけに俺が貸したバンドには大して魔力も通さず、かなり重いままでやっていたよ。その結果がこの状態って訳だ」

 

 トレーニングは倍以上にやっていただけじゃなく、休息もせずにぶっ続けでやっていた。倒れるのは当然だよ。

 

 普段から人間のイッセーに超高難度な修行をさせてる俺でも、休息は絶対に取らせている。身体を休ませるのも修行の一つでもあるからな。

 

 ライザー戦のレーティングゲーム前にやった修行でも同様、俺はバンドを付けさせたリアス達にもちゃんと休息を取らせていた。いくら悪魔のリアス達でも、初めてやるバンド付きの修行をぶっ続けでやらせるのは無理だし。

 

「尤も、コイツが妖力――猫又の力を使っていれば、ここまで酷くはならなかったんだがな」

 

「え? ネコマタ?」

 

「………はぁっ。リューセーはやっぱり知っていたのね。小猫が元妖怪であることを」

 

 俺の台詞に小猫の治療を終えたアーシアが初耳みたいな感じでキョトンとしてると、リアスは嘆息する。

 

「ああ。ついでに猫又の中でも妖術や仙術も使いこなす上級妖怪である事にもな。ま、その事に気付いたのは合宿の時に小猫と手合わせした時だけど」

 

「……リューセー、念のために訊いておくわ。あなたは小猫の素性までも知ってるのかしら?」

 

「いくら俺でもそこまでは知らん。小猫が猫又の力を使いたくないのは、恐らく朱乃と似たような理由なんだろうって思ってただけだ」

 

 これは嘘ではなく本当だ。種族までは知っても、相手のプライバシーまで調べる気は無いし。

 

「こうなった以上は素性を聞かせてくれ、なんて事はしないよ」

 

 聞いたからって状況が変わる訳でもなければ、小猫の心情を深く理解出来るなんて思っちゃいない。これはあくまで小猫の問題だから、俺がどうこう言える立場じゃないし。

 

「まぁ事情があってこの先も猫又の力を使いたくないなら、それはそれで構わない。だがこれだけは言わせて貰う」

 

 俺はベッドで横になってる小猫に向かってこう言い放つ。

 

「そんな中途半端な覚悟でやっていけるほど、この先の戦いは甘くはないぞ」

 

「……あなたに、何が分かるんですか……!?」

 

 俺の台詞に反応したのか、小猫が起き上がりながら強く睨んできた。

 

「小猫、急に起き上がっちゃ……!」

 

 リアスが駆け寄って介抱するも、小猫は未だに俺を睨み続けてる。

 

「随分とご立腹のようだ。相当俺の台詞が気に食わなかったようだな」

 

「……猫又の力が暴走したらどれだけ危険なのかを知らないで、勝手な事を言わないでください……! 私は簡単に能力(ちから)を扱えるあなたとは違うんですから……!」

 

「こ、小猫ちゃん、それはいくらなんでも言い過ぎです!」

 

 アーシアは小猫の発言を聖書の神(わたし)に対する暴言と捉えたのか、オロオロとしながらも止めようとする。だがそれでも小猫は睨むのを止めようとしない。

 

「あなたなんかに、私の気持ちなんて――」

 

「知ったところで君は俺にどうしろと言うんだ?」

 

「――え?」

 

 俺が言い返した事に、小猫は予想外だったのかキョトンとした。

 

「同情して欲しいのか? 気を遣って欲しいのか? それとも、もう俺は君に関わらないようにすればいいのか? どうなんだ、小猫?」

 

「……そ、それは……」

 

 俺の問いに小猫は言い返せずに戸惑う様子だ。けれど俺は気にせず話を続ける。

 

「あと勘違いしてるようだから言っておこう。君は俺が神の能力(ちから)を何のリスクもなく使用してると思ってるようだが、それは大間違いだよ。人間に転生した幼少の頃の俺は、この能力(ちから)を使って何度も死にかけた事がある。更には猫又の暴走した力とは比べ物にならないほどの激痛付きでな」

 

「「「ッ!」」」

 

 死にかけたと聞いた瞬間、小猫だけでなくリアスとアーシアも驚愕するように目を見開く。

 

「リューセー、それってどう言うことなの?」

 

「おっと、余計な事を言ってしまったな」

 

 どうやらまた俺の悪い癖が出てしまったようだ。必要のない事まで余計に言ってしまう悪い癖を。

 

 このままだとリアス達に追及されると思った俺は、そろそろ退散しようと決めた。

 

「取り敢えず小猫は二日間絶対安静だ。もうついでに、これは返してもらうからな。それじゃ俺は戻らせてもらう」

 

 小猫が使ってたバンドを回収した俺が転移しようとする。

 

「ちょ! リューセー、待ちなさ――」

 

 引きとめようとするリアスだったが、俺は無視するように転移して姿を消した。

 

 この後、小猫の容体を知ったアザゼルがすれ違うように現れたらしい。




次回は再びイッセー視点です。


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第十話

今回はグダグダな内容かもしれません。


 タンニーンのおっさんとバトル中、アザゼル先生がたくさんの弁当を持ってきてくれた事で一時中断となった。俺は凄く嬉しかったんだが、おっさんは良いところで邪魔されて少し不満気味だったけど。

 

 先生が持ってきた弁当は部長や朱乃さん、アーシアの手作り弁当だった。部長達の手作り弁当だと知った途端に俺は物凄く腹が減り、ガツガツと食いまくった。おっさんに龍帝拳を何度も使用してた事もあって、俺の身体はもう限界ギリギリだったようだ。その為、俺の身体と脳は部長達の手作り弁当でエネルギー補給しろと強く訴えていた。

 

 そこから先は食べる事に集中してて、俺の食いっぷりを見ていた先生やおっさんは呆然と眺めていたよ。俺は気にせず食いまくっていたがな。

 

 ある程度食い終わった後、最後のデザートをゆっくり食いながら先生から色々と話を聞いた。ヴァーリが言ってた『覇龍(ジャガーノート・ドライブ)』、朱乃さんについて、更にはトレーニングで倒れた小猫ちゃんについて等々。

 

 小猫ちゃんの方はアーシアの治療と兄貴の診断で大事にならなかったようだけど、兄貴から衝撃的な事を言われたようだ。兄貴が神の能力(ちから)を使ってる事で小さい頃には何度も死に掛けていたと。

 

「先生、兄貴の力ってそんなに危険なものなんですか?」

 

「まあな。前のトップ会談の時に言ったろ? 天使や堕天使の力は人間にとっちゃ諸刃の剣だって。益してや神の能力(ちから)はそれ以上に危険なものだ。使い方を少しでも誤ったら下手すれば死んじまう。聖書の神の能力(ちから)はそれだけ強大なモノだ。恐らく人間に転生した幼少の頃の聖書の神(おやじ)は、その能力(ちから)の反動による激痛に苦しんでいただろうな。もし普通の人間が神の能力(ちから)による激痛を受けたら、とっくに墓の中なのは確実だ」

 

「けど、ガキの頃の兄貴はそんな素振りを全然見せてませんよ? いつも余裕な感じでしたし」

 

「それも恐らく、お前や両親に余計な心配をかけさせない為の演技だろう。性格は変わっても、強情なところは相変わらずのようだ」

 

 神さまだった頃の兄貴を思い出してるのか、懐かしそうに言う先生。

 

「強情なのは知ってますけど、そんな死に掛ける位ならいっそ止めた方が……あ、俺が今代の赤龍帝だからやらざるを得なかったのか」

 

 兄貴が会談で正体がバレた時に経緯を説明していたのを思い出した俺が呟くと、先生はすぐに頷く。

 

「そう言う事だ。けどまぁ、あの聖書の神(おやじ)がお前が家族だからとは言え、たった一人の人間の為にそこまで尽くしてるなんざ普通はあり得ねえんだけどな」

 

「だからと言って、それを知った上でいきなり兄貴を敬えなんて言われても出来ませんよ? 仮にそんな事したら気味悪がられますし。もしアザゼル先生が俺の立場だったらどうしますか?」

 

「……まぁやらねぇだろうな」

 

 ミカエルだったらやるかもしれねぇが、と付け加える先生。

 

 確かにミカエルさんならやるかもしれない。この前、先生がミカエルさんは神至上主義で兄貴を敬愛してるって言ってたし。

 

 そう思いながら最後のデザートをパクッと食い終えた俺は、水筒に入ってるお茶を飲み干した。

 

「ぷは~~。あ~食った食ったぁ。ご馳走さまでした」

 

 ここにいない部長達に感謝を込めて両手を合わせる。

 

「三十人前あった弁当を全部食ったか。確か龍帝拳の反動でエネルギー補給が必要だと聞いてはいたが。この後は寝たりしないよな?」

 

「大丈夫っス。コカビエルと戦った時とは違って、そこまで無茶してないんで。まぁ、少し寝たい気分ですけど」

 

「悪いがそれは後にしてくれ。さて、行くか」

 

「え? 行くってどこへ?」

 

「それはどう言う事だ?」

 

 先生の台詞に話を聞いていたタンニーンのおっさんが睨むように問う。

 

 おっさんの反応に予想してたのか、先生は話しかける。

 

「グレモリー家からコイツを一度連れ返せって言われたんでな。悪いが少しの間返してもらう。明日の朝に戻すから、それまで我慢してくれ」

 

「むぅ……分かった。そう言う事なら仕方あるまい。では俺は一度自分の領土に戻ろう」

 

 さっきまで睨んでいたタンニーンのおっさんは不満そうにしながらも渋々と従った。

 

 ってか俺、山から一旦下りるの?

 

「先生、グレモリー家って言ってましたけど、誰からの連れ戻し命令ですか? 部長ですか?」

 

「――の母上殿からだ」

 

 え? 部長のお母さんって……もしかしてまた貴族云々についての勉強をさせるんだろうか?

 

 

 

 

 

 

 人間界で言うと夜中の時間帯。俺は部長達に内緒でとある山へ向かっていた。

 

「この辺りにいるのは間違いないんだが……」

 

「何が間違いないんだ?」

 

「おわっ!」

 

 俺の独り言に背後から聞き覚えのある声がした為、思わずビックリして振り向く。その声の主は言うまでもなく兄貴――兵藤隆誠が呆れ顔で俺を見ている。

 

「いきなり現れるんなよ! ビックリしただろうが!」

 

「それはコッチの台詞だ。タンニーンと修行中のお前が何で此処にいる?」

 

 さっさと用件を言えと促してくる兄貴に、俺はすぐに理由を説明する。

 

「部長のお母さんからの連れ戻し命令で、一旦グレモリーの家に戻ったんだ。今回は紳士の習わしでダンス練習させられたけど」

 

「……ああ、成程ね」

 

 理由を聞いた兄貴は納得した顔をする。俺は未だに何故貴族についての勉強をされているのかが分かんねぇけど。

 

「つーか、部長のお母さんやグレモリー家の人達は何で俺に貴族の勉強なんてさせるんだ? 理由を訊いてもすぐにはぐらかされるし。兄貴は何でか分かるか?」

 

「………さぁな。ま、深い理由があるからお前に勉強させてるんだろ」

 

 兄貴は気付いてるようだけど、教えてはくれないみたいだ。分かってるなら教えてくれよ。気になるだろうが。

 

「それはそうと、お前はそんな話をする為に此処へ来たのか?」

 

 暗に用が済んだならさっさと帰れと言ってくる兄貴だが、俺は気にせず本題に入ろうとする。

 

「なぁ兄貴、神の能力(ちから)ってのは凄ぇリスクがあってガキの頃から何度も死にかけたみたいだな」

 

「何だ? リアス達から聞いたのか?」

 

「ちょっとだけな。けど、俺が主に聞いたのはアザゼル先生からだ。兄貴の能力(ちから)は使い方を少しでも誤れば下手したら死んじまうって事も」

 

「……っ。アザゼルの奴め、余計な事を」

 

 先生に対して舌打ちをしてる兄貴だが、俺は気にせず話を続ける。

 

「この前の会談の時、兄貴は俺が今代の赤龍帝だから師匠となって鍛える事にしたって言ってたけど、死んでもおかしくないほどの激痛に苦しむのを覚悟でやるほどの事なのか?」

 

「何が言いたい?」

 

「俺なりに考えてみたんだけど、今思えば別にそこまでする必要は無かったんじゃないかと思ってな。兄貴は俺と違って頭良いから、俺を鍛えさせる以外の方法もあった筈だ。例えば……赤龍帝の籠手(これ)を絶対に発動させないように封印するとか、俺や両親が悪魔の部長達や三大勢力に極力関わらないよう駒王町から引っ越す、ってな事を兄貴は色々と考えていた筈だ」

 

「………へぇ」

 

 俺の拙い例えを聞いた兄貴は感心するような顔をしていた。

 

「んで、兄貴が色々と考えた結果としては敢えて俺を鍛えるっていう選択をした。いくら俺が弟で今代の赤龍帝だからって、そこまでやる義務なんかない筈だろ? もし俺が兄貴だったら、激痛に苦しんでまで鍛えるなんて事はしてないと思う。けれど兄貴がそんな選択をしたって事は他にも理由があるんだろ? そうでなきゃ、俺は一般人のままで松田や元浜と一緒にバカやってるからな」

 

「………………」

 

「なぁ兄貴、いっそのこと教えてくれよ。一体なんでそこまでして俺を鍛えさせてるんだ? まさかとは思うが、俺を神さまの後継者にさせようって魂胆じゃねぇだろうな?」

 

「ほう? それがお望みなら、俺はお前に神としての心構えを教えるだけでなく、性的な関心を一切失くす為の修行もさせないといけないんだが? 何だったら今からやるか?」

 

「っ! じょ、冗談じゃねぇ! そんなの死んでもゴメンだ!!」

 

 あまりにも恐ろしい事を言う兄貴に俺は戦慄が走りながらも明確な拒否をする。

 

 ってか、性的(エロ)を失くさせるなんて俺に死ねと言ってるようなもんじゃねぇか!

 

「なんだよ。お前が珍しく真剣な顔で問うから、俺はそれに合わせるように答えたのに……少しぐらいはノッてくれよ」

 

 悪戯が成功したように笑みを見せる兄貴。

 

「下手に答えたら兄貴は本気でやろうとするだろうが!」

 

「よく分かってるじゃないか。………とまぁ、そんな冗談は置いといてだ」

 

 兄貴は笑みを浮かべながらも本題に入ろうとする。

 

「確かに俺は色々な選択肢を考えていた。当時の聖書の神(わたし)は一般人として過ごすなら、三大勢力には絶対関わらないと決めていた程にな。けど、転生した後になってそれは無意味な事だと悟ったんだ」

 

「無意味?」

 

「ああ。如何に俺が神だからと言って、全盛期だった頃の力を全く使う事の出来ない弱っちい人間に転生したからな。俺がどんなに上手くやったところで、結局は三大勢力に大きく関わってしまう事になる。だったらいっその事、家族に迷惑を掛けないよう、何年か経ったら姿を消そうと俺は考えていた。当然、家族の記憶も消すつもりでな」

 

 多分だけど、家族を大事にしている兄貴ならではの苦渋な選択だったんだろう。

 

「けれどそう考えていた矢先、お前が今代の赤龍帝である事を知って、俺は更に悩んだ。何れ白龍皇に狙われる弟を見殺しにしてまで姿を消す必要があるのか、ってな」

 

「………………」

 

聖書の神(わたし)の正体を誰にも知られたくない、三大勢力に関わりたくない、赤龍帝となった弟を見殺しにしたくない、自分を大切にしてくれた両親に迷惑を掛けたくない、と言う葛藤の日々を送っていたよ。その結果――」

 

(おれ)や両親を守ろうと決めた、のか」

 

「そう言う事だ。まぁその結果、俺の正体は弟のお前や三大勢力にバレてしまったがな」

 

 パァになってしまったと苦笑しながら両手を軽くあげて嘆息する兄貴だが、それでも自分の選択に間違いはなかったと清々してる様子だ。

 

「もう察してると思うが、俺は何の後悔もしてない。寧ろ、こんな展開になって良かったと思ってるほどだ。そうでなければ今頃、悪魔のリアス達や妹分のアーシアとの出会いが無ければ、三竦み状態だった三大勢力が和平を結ぶ事も無かったからな」

 

 まぁそれでも正体がバレて少し面倒な所はあるが、と兄貴は付け加えながら俺に近寄ってくる。

 

「どうせお前の事だ。自分が赤龍帝になった所為で俺の足枷になってたんじゃないかと考えてたろ?」

 

「うっ……」

 

 俺の額を人差し指でツンと軽く突いてくる兄貴に何も言い返すことが出来なかった。

 

 確かに兄貴の言うとおり、俺はさっきまで少し後ろめたい考えをしながら兄貴に質問してた。つーか、相変わらず俺の考えを見抜いてるな。

 

「そんなもんは大間違いだ。枷だなんて微塵も思ってないどころか、逆にお前を鍛えなければ俺が果てしなく後悔するところだったよ」

 

「………は?」

 

 キョトンとしてる俺に兄貴は気にせず語り始める。

 

「もしもお前みたいな残念ド変態な弟を放っておいたら、学校にいる女子達には多大な迷惑を掛けるだけじゃなく、性犯罪者として警察の厄介になってたかもしれないからな。俺がいなければイッセーは危うく兵藤家最大の汚点になるところだったと考えただけで、選択は決して間違っていなかったと過去の自分を賞賛したよ」

 

「…………」

 

 俺が身体をプルプルと震わせてる事に気づいていない兄貴は更に失礼な事を良い続ける。

 

「今でも矯正出来なくて残念に思ってるが、そのお蔭でこれまでの修行は――」

 

 

 ブチッ!

 

 

「おいコラ、バカ兄貴ぃ!」

 

「うおっ!」

 

 堪忍袋の緒が切れた俺が殴りかかるも、兄貴は即座に躱して距離を取る。 

 

「おいおい、いきなり何のマネだ?」

 

「それは俺の台詞だ!! こっちは真剣に話をしにきたってのに、何で急に俺を罵倒する内容になってんだよ!! 勝手に俺を汚点扱いしてんじゃねぇ!!」

 

「…………確かに罵倒した俺が悪いな。けどさぁイッセー、もし俺がいなかったら、俺の言った罵倒内容を否定する事が出来るのか?」

 

「ぐっ!」

 

 た、確かに言われてみれば否定出来ないかもしれない。

 

「う、うっせぇ! もし仮にそんな事になっても、勝手にいなくなった兄貴にどうこう言われる筋合いはねぇよ!」

 

「否定しないんだな。まぁそこがお前らしいと言うか……」

 

「今度は残念な目で俺を見てるし!」

 

 ここまで来ると俺の怒りはもう上昇する一方だぞ!

 

 よし決めた。今すぐに兄貴のすかした一発ぶん殴る! そうしないと俺の気がすまねぇ!

 

「はぁぁ!!」

 

 

 ドンッ!

 

 

「おおう、数日前と違って闘気(オーラ)がまた一段と上がったな。タンニーンとの実戦修行はかなり良いみたいだな」

 

 俺が闘気(オーラ)を解放して構えても、兄貴は驚いた顔を見せるも慌てる様子は見せなかった。

 

「んで? いきなり戦闘態勢になってどうする気だ?」

 

「んなもん決まってんだろ!? 俺の怒りを兄貴にぶつけるんだよ! シリアスになってた俺を好き勝手に罵倒した罪は重いからな!」

 

「確かにお前の怒りはご尤もだな。良いだろう。予定外だが、少しばかり相手をしよう。俺も自分の力をちょっと試してみたいと思ってたところだ。と、その前に――」

 

 そう言いながら兄貴がパチンと指を鳴らした直後、俺達の周囲が結界で覆われた。前の合宿で、部長達に知られないように使った結界と同じやつだ。

 

「これで余計な邪魔は入らない。さて」

 

「っ!」

 

 兄貴から発する光のオーラが以前と違った。量や質は当然上がってるだけじゃなく、以前見せた神さまの姿で発したオーラに近い。

 

 鍛え直す為に自分も修行すると言ってたけど、たった数日だけでここまで上がるって……兄貴は一体どんな修行してるんだよ。

 

「さぁ始めようか。久しぶりの兄弟バトルを」

 

「くっ、上等だぁ!!」

 

 今更ながらも早まったと少し後悔する俺だが、それでも前より更に強くなった兄貴と戦う事に内心ワクワクした。

 

 んで、兄貴と戦った結果――

 

「ま、参りました……」

 

「思ってた以上に強くなってるじゃないか。残りの修行期間でお前がどれだけ成長してるのかが非常に楽しみだよ」

 

 言うまでもなくボロ負けだよ。

 

 その後に兄貴は俺を治療させ、『明日の修行が始まるまで今日はもうグッスリ寝とけ』と言ってグレモリー家の屋敷へと転送させた。



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第十一話

「物の試しに考えてやってみたが……これは止めとくか」

 

 分身拳を使った修行を終えた俺――兵藤隆誠は聖書の神(わたし)の姿で新しい技を考案していたが、すぐにオーラを消して中止にした。

 

 完全とは言えないが、修行によって神の能力(ちから)の制御する事が出来るようになった。だから今の聖書の神(わたし)がどれほどの能力(ちから)を使いこなせるのかと同時に、それを利用した技も編み出そうとしたと言う訳だ。

 

 その結果、俺は新しい技を考案して試し撃ちもやろうと思っていたんだが、余りにも強力な技となってしまったのですぐに止めた。これはハッキリ言って試し撃ちなんかで使って良い技じゃないと。

 

 何れ自分と戦う敵に使おうと決めた俺は、技の考案を止めて休憩に専念する事にした。身体を休めるのは大事なことだからな。

 

 そんな中、俺が課したメニューを終えたアーシアから連絡が入った。そろそろグレモリー家の屋敷に戻る時間だと。

 

 リアス達がシトリー眷族と戦うのは八月二十日の予定で、今はまだ八月十五日だが修行期間はもう終了だ。レーティングゲーム前に一度集まり、休息を取る日も決まってるからな。

 

 その他にもシトリー戦の前に魔王主催のパーティーがあり、リアス達を含めた他の若手悪魔やゲストである聖書の神(わたし)や人間のイッセーとアーシアも招待されてるし。

 

 連絡を聞いた俺はアーシアがいる所へ合流し、その後にすぐ彼女を連れてグレモリー本邸前へ転移した。

 

「リューセー兄さま!」

 

 俺が転移して現れた直後、迎えたのは何とミリキャスだった。驚く俺とアーシアを他所に、ミリキャスはこちらに近づいてくる。

 

「まさか君が出迎えてくれるとはな。いつから此処にいた?」

 

「ついさっきです」

 

 つまり、俺達が戻ってくるのを見計らって待機していたって事ね。思わず頭を撫でると、ミリキャスはくすぐったそうにするも、嫌そうな顔をせずに受け入れている。

 

「ミリキャスさまはリューセーさんの事が大好きなんですね」

 

「はい! リューセー兄さまは尊敬してる兄さまですから!」

 

 アーシアの台詞に強く頷くミリキャス。

 

 こうまで俺を尊敬するミリキャスに、他の悪魔達から見たら信じられないと驚愕するだろうな。

 

 一先ず本邸に入り、報告会をやる前に身支度を整えようとアーシアと一旦別れた。ミリキャスは当然俺に付いて来てる。

 

「ミリキャス、良かったら俺とチェスでもやるかい?」

 

「勿論です!」

 

 身支度を終えた俺は、リアス達が戻ってくるまでミリキャスとチェスの相手をした。

 

 流石は次期次期当主と言うべきか、チェスをやってるミリキャスは物凄く真剣で、どうやって俺に勝とうかと必死に考えている。

 

 何事にも真剣に取り組んでいるミリキャスに思わず本気を出して勝ってしまうと――

 

「リューセー兄さま、もう一度お願いします!」

 

 めげる事無くまた勝負しようと懇願してきた。こう言うところは何となく弟のイッセーと似ているな。

 

 

 

 

 

 

 ミリキャスとのチェスを終えた俺はアザゼルやリアス・グレモリー眷族達がいる集合場所(何故かイッセーの部屋となってるが)へ合流した。

 

 因みに俺と同じく外で修行していたイッセー、祐斗、ゼノヴィアはボロボロな格好だった為に一度シャワーを浴びていた。特にゼノヴィアは全身に包帯を巻いていてミイラ女になっていたし。

 

 んで、今は修行の内容を話している。祐斗は師匠との修行顛末で、ゼノヴィアも同様に修行の内容を。イッセーはタンニーンとの実戦バトル+サバイバル生活を。

 

 イッセーの話を聞いた全員が驚いていた。サバイバル生活に関して俺が仕込んだと聞いて納得していたが、問題は実戦バトルの方だった。

 

 何故ならイッセーはあのタンニーンを相手に強烈な一撃を与えただけでなく、更には地を付けさせたからな。リアス達の驚愕を他所に、俺は内心よくやったと賞賛したよ。

 

 ま、その後にタンニーンは更に力を上げてイッセーを死ぬ寸前まで追い詰めていたそうだが。因みにタンニーンとのバトルによって、山の形もかなり変わってて穴だらけになってるようだ。

 

 すると、何かに気付いたようにイッセーが俺の方を見てくる。

 

「おい兄貴、なんか、俺だけ一番過酷な修行だったんじゃねぇか?」

 

「そりゃまぁ、お前があのタンニーンを本気にさせかけたんだからな。と言うかそれ寧ろ表彰ものだぞ。多分だけど、若手悪魔の眷族の中でそんな事が出来たのは今のところお前しかいないと思う」

 

「だな。まさか、タンニーン相手にそんな事をしていたとは俺も驚いたよ」

 

 俺の台詞に頷いたアザゼルも想定外だったようだ。

 

 取り敢えず無事修行をやり遂げたイッセーには約束通りご褒美をあげないとな。限定版エロDVDのついでに、桃園モモの限定版写真集もな。本気にさせかけたタンニーンを相手に生き残ったんだから、ご褒美に色も付けておかないと割に合わないだろうし。後でローズさんに頼んで連絡しておかないと。

 

「ま、そのお蔭もあってか体力や実力がかなり向上しただけじゃなく、龍帝拳も20倍近くまで使えるようになったようだな」

 

「そうでもしなきゃ、タンニーンのおっさん相手にやってられねぇよ」

 

 確かに。更に欲を言えば禁手(バランス・ブレイカー)にも至って欲しかったがな。

 

 龍王クラスのタンニーンとのバトルで、もしかしたらイッセーが禁手(バランス・ブレイカー)に至るんじゃないかと少しばかり期待していた。けれどそうならなかったって事は、余程の劇的変化が必要のようだ。

 

「とまあ、俺からの報告は以上で――」

 

「おいイッセー、もう一つ報告する事があるんじゃねぇか? おまえ、修行期間中にリューセーと会って手合わせしてたろ」

 

「………え?」

 

 アザゼルからの思わぬ台詞にイッセーが不意を突かれたように少し固まった。

 

「何だアザゼル、気付いていたのか? 相変わらず目聡いな、お前は」

 

「そりゃ聖書の神(おやじ)の息子だからな」

 

 顔を顰めながら言う俺に、してやったりみたいな感じで返すアザゼル。

 

「イッセー、私だって隆誠先輩と手合わせするのを我慢していたのに……!」

 

「イッセーくん。いくらリューセー先輩の弟だからって、それはちょっとルール違反じゃないかな?」

 

「いやいや、手合わせつっても、そうなったのは兄貴が俺を罵倒したのが原因で……」

 

 不満があると言わんばかりに、ジロリと睨むゼノヴィアと恐い笑みを浮かべている祐斗にタジタジとなってるイッセー。

 

 ったく。アザゼルが余計な事を言った所為で、ゼノヴィアと祐斗がご立腹になってるし。二人には後で手合わせの確約をさせないといけないようだ。

 

「はいはい、取り敢えず報告会は終了だ。明日はパーティだから、それまでゆっくり休むように。以上で解散だ」

 

 一先ずは俺の宣言で報告会は終了した。

 

 

 

 

 

 その日の夜。

 

 分身拳の修行によって疲労が蓄積され続けた結果、身体がもう限界と言わんばかりに睡眠を欲していた。神の能力(ちから)を制御出来るようになったとは言え、疲労まではどうする事も出来ない。

 

 今日は早めに寝て、いつも以上に睡眠を取ろうと思っていた矢先、ミリキャスが俺の部屋に入ってきた。自分と一緒に寝たいんだと。因みに母親のグレイフィアさんから許可を貰ってるそうだ。

 

「ふわぁ……こうして一緒に寝るのはあの時以来だな」

 

「あの時はイッセー兄さまも一緒でしたけどね」

 

 以前に冥界でミリキャスを保護してた時、建てたテントでイッセーと一緒に雑魚寝していた事があったからな。多分それを思い出したんだろう。

 

 因みにそのイッセーは元教会コンビのアーシアとゼノヴィアと一緒に部屋で寝ている。イッセーから聞いた話だと、あの二人は広いベッドが落ち着かないらしい。

 

 特にアーシアは二週間以上もイッセーと離ればなれになった事により、修行中の間は寂しそうな顔をしていた。今頃はイッセーに甘えるように抱き付いて眠っているだろうな。

 

 リアスもリアスでイッセーと一緒に寝たかったと思うが、流石に実家でそうする訳にはいかないから、今は一人でイッセーを思いながら寝てる筈だ。まぁアイツの事だから、兵藤邸へ戻ったらその分を取り戻すかのように毎日イッセーと寝ようとするだろうな。

 

「リューセー兄さま。修行が終わったと聞きましたけど、暫くは家にいるんですか?」

 

「どうだろう。もしかしたら向こうから会談とかの参加要請で呼び出しを受けるかもしれないから、ちょくちょく魔王領に行く事になると思う」

 

 俺は三大勢力の協力者になってるので、要請を受けたら断る訳にはいかないからな。それでも面倒なもんは面倒なんだけど。

 

 返答を聞いたミリキャスは寂しそうな顔をしてるので、いつものようにまた頭を撫でる。

 

「ま、明日の夕方までは何も予定はないから、それまでは一緒にいるよ」

 

「本当ですか!? じゃあ明日はイッセー兄さまも一緒に――」

 

 嬉しそうに明日の予定を言うミリキャスに、俺は眠そうにしながらもちゃんと聞いていた。

 

 けれど流石に身体の限界が来たのか、俺は意識が遠のいてそのまま眠ってしまう。因みに翌日目覚めた時には、ミリキャスがスヤスヤと眠りながらも俺に引っ付いていた。




今回はミリキャスがメインの話でした。


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第十二話

 先に言っておきますが、今回はフライング投稿です。


 次の日の夕刻、俺は駒王学園の冬の制服に身を包んで一足早く会場に向かっていた。リアス達はもう少し後になってから到着する予定だ。

 

 因みにイッセーとアーシアはリアスの眷族として同行する事となっているから、俺のみ別行動だ。今回行うパーティーは悪魔メインだが、種族は関係無く参加出来るものとなってる。だからイッセーとアーシアはリアスと別行動する必要がない訳だ。

 

 んで、俺がリアス達より早く会場に向かって別行動をしてる理由だが、グレモリー夫妻からの頼みで同行する事となった。何でもフェニックス家が俺に話があるんだと。

 

 イッセー争奪戦に関しての話かと思いながらもグレモリー夫妻と共に会場に到着し、別室で会った直後――

 

「兵藤隆誠殿、この場は敢えて聖書の神と呼ばせて頂く。聖書の神よ。以前に私の愚息――ライザーが貴殿にとんでもない無礼を仕出かした事に、フェニックス家の代表として是非とも謝罪させて頂きたい!」

 

「先の件につきましては、誠に申し訳ありませんでした!」

 

「…………はい?」

 

 フェニックス夫妻が俺を見て早々に深く頭を下げてきた。いきなりの謝罪に俺は思わず首を傾げてしまったよ。理由を尋ねてみると、以前ライザーが駒王学園に来た時の行動についてだった。

 

 確かあの時のライザーは俺を不快な人間と見て、灸を据える為に火達磨にしようと炎を当てたな。まぁ俺自身は大したダメージが無いどころか即行で消してやったけど。

 

 その後は散々見下すような態度を取った挙句、更にはレーティングゲームで俺を殺そうと宣言もしていた。結局はイッセーとリアスに負けてソレは叶わなかったが。

 

 そしてフェニックス家はレーティングゲーム後にイッセーをレイヴェルの婿に迎え入れようと準備をしてた際、和平後に俺の正体が聖書の神だと知った途端に大騒ぎとなったそうだ。理由は言うまでもなく、レイヴェルの義兄となる予定の聖書の神(わたし)に、ライザーがとんでもない程の無礼極まりない態度を取った事だ。

 

 因みに聖書の神(わたし)に喧嘩を売るという事は即ち、全ての天使達を敵に回す行為に等しい。だからもしライザーの言動にキレた俺が正体をバラして天使達を呼んでいたら、再び三大勢力の戦争が起きていたかもしれない。俺はそんな事をする気は微塵も無かったけどな。アイツの言動に少し頭にきた程度だし。

 

 ライザーが聖書の神(わたし)に仕出かした事を知ったフェニックス夫妻は大激怒し、アイツを朝から晩まで説教し続けたようだ。説教の内容を端的に言えば、危うくフェニックス家だけでなく悪魔存亡の危機に陥るところだったと。

 

「えっと、もう過ぎた事ですし、聖書の神(わたし)はもう気にしてませんよ。あの時は正体がバレないよう人間として振舞っていましたし」

 

「だとしても、もし熾天使(セラフ)や他の天使の方々の耳に入っていたら大事になるところです」

 

「それは、まぁ……」

 

 確かにフェニックス卿の言うとおりかもしれない。もしミカエル達が聞いたら絶対に黙っちゃいないだろう。アイツ等は今でも人間に転生した聖書の神(わたし)に忠誠を誓っているし。

 

 それはともかく、この夫妻に俺はもう気にしてないと言っても埒があかないので、とっとと話を終わらせるとしよう。

 

「……はぁっ。分かりました、その謝罪は受け取っておきます。お二人の事ですから、それだけで納得されないと思いますので、聖書の神(わたし)から一つ要求をさせて頂きます」

 

「その要求とは?」

 

 頭を上げるフェニックス卿が尋ねてくる。

 

「聞けばフェニックス家はグレモリー家と同様、聖書の神(わたし)の弟を婿に迎え入れようとしているようですね。もし仮に一誠がフェニックス家の婿になった場合、その時は決して蔑ろな扱いをしないこと。これが聖書の神(わたし)からの要求です」

 

「……え? そ、それだけで、本当によろしいのですか?」

 

 余りにも予想外な要求だった事にフェニックス夫人はキョトンとしながら尋ねる。近くで聞いてるグレモリー夫妻も同様の反応だ。

 

「ええ。断罪や賠償とかは一切求めません。家族愛を知った聖書の神(わたし)としては、貴方たち家族を不幸にするような事はしたくありませんので」

 

「「……………………………」」

 

 嘗て戦争で殺しあった聖書の神(わたし)が意外過ぎる理由を言ったんだろうか、今度は放心しているフェニックス夫妻。

 

 確かに昔の聖書の神(わたし)だったら、悪魔相手に容赦の無い要求をしていたかもしれないな。そう考えると我ながら随分と甘くなったもんだ。自分で言うのは凄く変だけど。

 

「まぁとにかく、そちらが聖書の神(わたし)の要求に応えてくれるのでしたら、何の文句は言いませんので。但し、グレモリー家と同様に弟を無理強いで婿にさせようと分かった場合、即行で無かった事にさせて頂きますので。良いですね?」

 

 これはフェニックス家だけでなく、グレモリー家にも言える事だ。だから俺はこの場で敢えてもう一度釘を刺しておいた。そうでもしないと、以前のライザーとリアスのような政略結婚になり兼ねないからな。

 

「………分かりました。それが聖書の神のお望みであるならば」

 

 フェニックス卿は両手で俺の手をガッシリと握り――

 

「我々フェニックス家は、決して貴殿の弟の一誠くんを蔑ろにしない事を誓います!」

 

 力強くイッセーを大事にする事を了承してくれた。随分と熱の篭った誓いだな。

 

「は、はぁ……。まぁイッセーを婿に迎え入れたその時は、どうかよろしく頼みます」

 

 俺の返答を聞いた途端、フェニックス卿は突然目が光ったような気がした。

 

「それで聖書の……っと。ここからは隆誠くんと呼ばせて頂こう。隆誠くん、一誠くんがレイヴェルと結婚する事についてだが――」

 

「お待ち頂こうか、フェニックス卿」

 

「それ以上はルール違反ではなくて?」

 

 フェニックス卿が言ってる最中、待ったを掛けようとするグレモリー夫妻。ヴェネラナさんなんか威圧感のある笑みを浮かべてるし。

 

「いえいえ、これはちょっとした質問です。私は一誠くんがレイヴェルの事をどう思ってるかを聞こうとしただけですよ、グレモリー卿」

 

「そうですわ」

 

「え、えっと……」

 

 だがフェニックス夫妻はグレモリー夫妻の追及を物ともしない。寧ろコッチも威圧感バリバリだよ。両家の間に挟まれてる俺としては凄く居辛い。

 

 俺は手を握ってるフェニックス卿からさり気なく離れると――

 

「私は隆誠くんに誓ったのですから、グレモリー卿も相応の誓いを立てる必要があるのでは?」

 

「いやいやフェニックス卿、我がグレモリー家はそのような事をせずとも、一誠くんを大事にしますので」

 

「そうだわ、ヴェネラナ。良かったら今度は兵藤一誠さんをこちらにお借りしても宜しいかしら? 挨拶も兼ねて貴族としての振舞いを教える必要があるので」

 

「あら、それは必要無くてよ。一誠さんは私がしっかりと教えていますから」

 

「………………………」

 

 両家の夫妻は和やかな会話をしてるんだが、俺からすれば互いに一歩も譲らないと言わんばかりのピリピリした空気を醸し出している。まぁ、両家がイッセーを婿に入れたがる気持ちは分からなくもない。

 

 前にも言ったが、イッセーは以前のレーティングゲームでレイヴェルを口説いて惚れさせ、リアス(とアーシア)には大事な女と言って完全ベタ惚れ状態とさせた。それを見た両家は是非ともイッセーを婿に迎え入れようとしてるからな。加えてイッセーはドラゴン最強の一角――赤龍帝でもあるし。

 

 両家をこうさせた原因は弟のイッセーにあるから、聖書の神(わたし)がどうこう言える立場じゃない。だけどここまで躍起になってるのを見てるとちょっとなぁ……。まぁそれだけイッセーを迎え入れたい熱意があるって事にしておこう。

 

 取り敢えずこれ以上付き合ってられないので、俺は両家に同行してる使用人に先に会場へ言ってると伝言を残して別室から出た。

 

「ったく、ああ言う会話をするんなら俺を巻き込まないで欲しいよ」

 

 悪態を吐きながら会場へ着くと、大勢の悪魔がいた。ついでに美味しそうな食事も。

 

 気配を消して入場したので、誰もが俺の入場に気付いていない。俺が誰も連れずに入場したら面倒な事になるからな。

 

 さてさて、リアス達は………オーラが感じられないのでまだ入場してないみたいだ。それまでは食事を楽しむとしようか。さっきの両家の会話に少し圧倒された所為か、急に腹が減ってきたし。

 

 そう思いながら大き目の皿を片手に持ち、いくつかの料理を少し頂く。ある程度の料理を更に乗せた俺は何処か落ち着いて食べる場所を探してると――

 

「あ、あなたは……!」

 

「ん? ああ、君か。久しぶりだねぇ。会ったのは駒王学園以来かな?」

 

 ライザーの妹――レイヴェル・フェニックスと鉢合わせた。




 原作路線でやるとダラダラ感が出そうだったので、今回リューセーは別行動させました。

 あとよろしければ、評価と感想お願いします。


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第十三話

「あ、あの時は――」

 

「あ~謝罪はいいから。それはついさっき君のご両親から受け取ったからさ」

 

 俺と会ったレイヴェルは以前の件について謝罪しようとするも、俺がすぐに必要無いと遮る。

 

「へ? お、お父さまとお母さまにお会いしたのですか?」

 

「ああ、その時に色々と聞かせてもらったよ。ライザーが聖書の神(わたし)にやらかした事や、君が惚れている男と結婚させようと躍起になってる事とか」

 

「ッ! べべ、別に私は赤龍帝に惚れてなんかいませんわよ! 大体何で私が下等な人間相手と結婚なんて――」

 

「おや? 俺は赤龍帝(イッセー)だなんて言った憶えはないんだが」

 

「んなっ!」

 

 指摘された途端、少し顔を赤らめているレイヴェルは墓穴を掘ってしまったかのように更に赤くなった。分かりやすい子だ。

 

「やっぱりイッセーに惚れてるじゃないか。ま、レーティングゲームの時にあんな口説き方をされたら、誰だって惚れちゃうからねぇ。強い男なら尚更、ね」

 

「で、ですから私は! いくらあなたが聖書の神だからって、言って良い事と悪い事がありましてよ!」

 

「因みにイッセーから渡された白いハンカチはどうした?」

 

「え? ああ、それは今も大切に持ってて……って何を言わせますの!?」

 

 うわぁ、この子イッセー並みにからかい甲斐があって面白いな。

 

 本当ならもっとからかいたいけど、これ以上は不味いので止めておくとしよう。

 

「悪い悪い。ちょっとおふざけが過ぎたな。謝るよ」

 

「………ふ、ふん! 分かればよろしいんですの!」

 

 相手が聖書の神(わたし)だからか、多少の不満がありながらも謝罪を受け取ったレイヴェルは一旦落ち着く。

 

「それより、聖書の神であるあなたが何故お一人でここにいらっしゃるのです? 赤龍帝やリアスさま達と一緒ではないんですの?」

 

 話題を変えたかったのか、レイヴェルは俺に質問してくる。

 

「フェニックス家のご両親から別室で話があると言われて、アイツ等より早く此処へ来たんだ。んで、ご両親とお話が終わったから先に此処へ来たって訳だ」

 

 今はまだ別室でフェニックス夫妻VSグレモリー夫妻によるイッセー争奪戦の真っ最中だし……と、今のレイヴェルに教える訳にはいかないな。

 

「あと少ししたらイッセー達が来ると思うから、コレを機に会いに行ったらどうだ?」

 

「な、何で私が赤龍帝に会わなければいけないんですの!?」

 

「そのハンカチを持ってきてるって事は、偶然を装ってイッセーに返すつもりだったんだろう?」

 

「うっ……!」

 

 俺の推測が図星だったのか、また顔を少し赤らめるレイヴェル。本当に分かりやすい子だな。

 

「あ、あなたがいらっしゃるのですから、これは赤龍帝に返しておいて――」

 

「お? イッセー達が来たぞ」

 

「ッ!」

 

 俺にハンカチを渡そうとするレイヴェルだったが、イッセーが来たと聞いた瞬間に身体をビクッと振るわせた。

 

『おおっ』

 

 大勢の悪魔たちは登場したリアスを注目し、簡単の息を漏らしていた。

 

 よく見るとリアスたち女性陣は西洋のドレスを身に纏って見目麗しい姿となっている。お~お~随分と美人な姿になってるねぇ。リアスや朱乃は今まで以上の美人な姿となってる。

 

 ゼノヴィアは着慣れてない様子だけど、充分にお嬢様で通じるな。小猫は一回り小さなドレスだが、恐らくロリコンの元浜が見たら暴走するのは確実だ。

 

 そして何より……アーシアが凄く可愛い! 恥ずかしげにしてるけど、凄くドレスが似合っている! 今すぐ写真を撮りたいほどに!

 

 それと……何でギャスパーまでドレスを着てるんだよ。多分アイツの事だから着たかったんだろうが、男がソレを着てどうすんだよ。まぁ似合っているから何とも言えないが……女装癖もここまでくれば大したもんだよ。ま、今は大勢の視線によってイッセーの背中に引っ付いてるけど。

 

 お、どうやらソーナ達も一緒のようだ。ソーナやシトリー眷族の女性陣もドレスアップしてて中々可愛らしい姿となってるな。

 

 ん? ソーナの近くにいる匙が何やら意気消沈した様子だが……何が遭ったんだ? ま、俺にとってはどうでもいいけど。

 

「おいレイヴェル、イッセーが来たんだから、それを直接本人に渡したらどうだ?」

 

「で、ですから私は……!」

 

 否定するように言うレイヴェルだが、さっきからチラチラとイッセーの方へと見ている。それとあの時の事を思い出したのか、急にモジモジと可愛らしい仕草をする。

 

 そんな中、リアス達に多くの悪魔達が挨拶をしようと声を掛け始める。眷族候補であるイッセーにも。

 

 サーゼクスから聞いた話だと、伝説のドラゴンであり神の弟がリアスの眷族になった事は有名らしい。けれどまだ正式な眷族でない事も知ってるから、場合によっては自分の眷族にならないかと勧誘する上級悪魔もいるかもしれないと言ってた。

 

 ま、あのリアスがイッセーを誰かに渡すつもりなんて微塵もないのは断言出来る。それに加えて、グレモリー家がそんな事を見逃す訳もない。イッセーを婿に迎え入れようとしてるグレモリー家なら尚更な。

 

 その証拠にいつの間にかフェニックス夫妻とグレモリー夫妻がリアス達とは別の所で、他の上級悪魔達に何やら牽制をしている様子だ。恐らくは両家のイッセー争奪戦を一時休戦にしたんだろう。

 

 取り敢えず俺は俺で、レイヴェルにイッセーと対面させるとしよう。別にフェニックス家の味方をしてる訳じゃないんだが、少々ヘタレ気味になってるレイヴェルをどうにか素直にさせたいし。尤も、今は挨拶周りをしてるイッセー達に声を掛けるのは難しいから、それまではレイヴェルの可愛らしい仕草を観察しながら料理を楽しむ事にするか。

 

 

 

 

 

 

「ほら、今がチャンスだから行くよ」

 

「わ、分かってますわ!」

 

 料理を一通り食べ終えた俺はフロアの隅っこにいるイッセーとアーシア、ギャスパーが座っているのを見てレイヴェルに行くぞと促す。

 

 因みにあの三人は上級悪魔達の挨拶が一段落し、今はグッタリとした感じで椅子に座っている。リアスと朱乃と祐斗は未だに談話しているがな。

 

 イッセー達はこの手のパーティーは初めてだから、ああなるのは無理もないな。寧ろよくやれたと褒めてあげたい位だ。

 

 けれど時々、アーシアの可愛さに声をかけてくる男性悪魔がいたな。悪魔の世界でもアーシアの可愛さが通じるのは分かったが、邪な理由で手を出そうとしたら聖書の神(わたし)の光の剣と光の槍で串刺しにしてやるけど♪

 

 俺がレイヴェルの背中を押しながら移動してる中、イッセー達はゼノヴィアが器用に持ってきた料理や飲み物を受け取って口にしている。

 

 すると、イッセー達は気付いたのか俺達に視線を向けてくる。

 

「よっ。挨拶周りお疲れさん。アーシアにゼノヴィア、そのドレス似合ってるぞ。ついでにギャスパーも」

 

「「あ、ありがとうございます!」」

 

「何で僕はついでなんですかぁ!?」

 

 俺の賛辞に礼を言うアーシアとゼノヴィアとは別に、納得行かないように突っ込むギャスパー。

 

 そんなやり取りを他所に、イッセーがしかめっ面で俺を見る。

 

「おい兄貴、今まで一体どこにいたんだよ……って、おまえは――」

 

「お、お久しぶりですわね、赤龍帝」

 

「焼き鳥野郎の妹じゃないか」

 

 おいおい弟よ、会って早々にその呼び方はないだろうが。

 

「誰が焼き鳥ですか! レイヴェル・フェニックスです! まったく、これだから下等な人間は頭が悪くて嫌になりますわ」

 

 あ~あ、レイヴェルがぷんすか怒っちゃってるよ。けれど、イッセーが声を掛けられる前まで物凄く緊張していたから、ある意味良かったかもしれないな。

 

「悪かったな。で、何でウチの兄貴と一緒にいるんだ?」

 

 レイヴェルに俺がいる理由を尋ねてきたので、代わりに答えようとする。

 

「ここで食事する直前にこの子と会ったんだ。何でもお前に大事な話があるそうだぞ」

 

「俺に大事な話?」

 

「りゅ、リューセーさま! 一言余計ですわ!」

 

 俺の発言にレイヴェルは顔を赤らめながら声を荒げる。

 

 因みにレイヴェルには俺の呼び方を『聖書の神』から『リューセー』と呼ぶように言っておいた。

 

 取り敢えず二人で話をするように、俺はイッセーとレイヴェルを少し離れさせるように促す。イッセーは不可解そうに、レイヴェルは俺を少し睨んでいたが。

 

 そして二人が話を始めると、俺は次にアーシアに話しかけようとする。

 

「アーシア、かなり疲れてるようだけど大丈夫か?」

 

「は、はい。大丈夫ですぅ……。ところでリューセーさん、レイヴェルさんはイッセーさんに何のお話があるんですか?」

 

 そっちが気になるのか、アーシアはイッセーとレイヴェルの方へ視線を向けながら問う。

 

「以前のレーティングゲームについてだよ。イッセーがゲーム中の際、彼女にハンカチを渡してたからソレを返したいんだと。ほら、今渡してるだろ?」

 

「ハンカチ、ですか?」

 

 顔を赤らめながらイッセーにハンカチを渡してるレイヴェルに、アーシアはジッと見続けている。ゼノヴィアとギャスパーも同様に。

 

 イッセーとレイヴェルが話し込んでる中、見知った女性悪魔が二人に話しかける。確か彼女はライザーの眷族の一人で『戦車(ルーク)』のイザベラだったな。

 

 彼女に話しかけれたレイヴェルはイッセーに一礼をして去っていく。察するに誰かに呼ばれた感じだな。

 

 イザベラはイッセーと軽く話した後に俺を見て、ペコリと頭を下げて去っていった。

 

 そして話を終えたイッセーは腑に落ちない様子を見せながらコッチへ近づいてくる。

 

「どうだった? レイヴェルとのお話は」

 

「どうつっても……。この前のハンカチを返してもらって、ライザーの現状とか、トレードの事とか、呼び方を赤龍帝じゃなくて『イッセー』で良いって話したぐらいだ」

 

 ほほう、それはそれは。あ、そう言えばライザーは今どうなってるのかを聞いてなかったな。

 

「因みにライザーはどうなってるんだ?」

 

「今もかなり塞ぎこんでるんだと。どうやら俺と部長に負けた事が相当ショックだったらしい。それと兄貴が神さまだと知った後、メチャクチャ後悔してたみたいだ。挙句の果てにはご両親からも大目玉喰らって、今はもう抜け殻同然だってさ」

 

「あれま」

 

 予想はしてたが、まさかそこまで酷い状態になっているとは。そうなるとライザーの今後が不安になるな。

 

 ライザーはアレでも有望悪魔の一人なので、いつまでもそんな状態でいたら色々と面倒な事になる。聖書の神(わたし)とイッセーがそうなる原因を作ったから、他の貴族悪魔達から要らぬクレームを受ける事になりそうだ。

 

 そうならないよう、俺とイッセーが何れフェニックス家にお邪魔して、ライザーを復活させる必要があるな。

 

「なぁ兄貴、もしかして俺達がライザーを何とかしねぇと不味くねぇか?」

 

 俺と似たような考えをしていたイッセーが訊いてくる。

 

「そうだな。機会があれば――」

 

 問いに答えてる最中、俺の視界に小さな影が映る。それは小猫だった。

 

 何やら急いでパーティ会場から出ようとしてる。その表情はかなり深刻なものだ。あの様子から察するに、何か嫌な予感がするな。

 

 ――おい兄貴、小猫ちゃんが。

 

 ――分かってる。すぐに追うぞ。

 

 同じく小猫の異変に気付いたイッセーが目で訴えてきたので、俺はすぐに頷く。

 

 一先ずアーシアとゼノヴィアとギャスパーには適当な理由を付けて此処で待つように指示し、俺とイッセーはすぐに小猫の後を追った。

 

 小猫が向かった先はエレベーターで、それに乗って降りていく。

 

 隣にあるエレベーターの扉が運良く開いたので、俺とイッセーはそれに乗り込んだ。すると、俺達の後に誰かがエレベーターに乗ってきた。振り返った先には――やはりリアスだった。

 

「二人とも、どうしたの? 急に血相かえて」

 

「え、えっと……」

 

「小猫が何かを追うように飛び出していったのを見てな」

 

 言うのを迷ってるイッセーに、代わりに俺が正直に答えた。流石に小猫の主であるリアスにまで黙っておく必要はないからな。

 

「なるほど、小猫が気になったのね。分かったわ、私も行く」

 

「それは構わないが……。にしてもリアス、お前よく俺やイッセーがエレベーターに乗り込むのを分かったな。さっきまで他の悪魔達と談笑していたのに」

 

 怪訝に思う俺にリアスはニッコリしながらこう答える。

 

「私は常にイッセーの事を見ているんだから」

 

「…………何か段々お前が危険に思えてきたな」

 

「どう言う意味よ!?」

 

 いや、だってさぁ。常にイッセーを見てるって事はつまり、もうそれはストーカーの領域に入りかけてるんですけど。

 

 イッセーからしたら自分を見ていることに喜んでいるんだろうが、俺は少し不安になってきたよ。



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第十四話

 リアスの追求を無視してると、エレベーターは一階まで降りた。俺とイッセーは出て、すぐに小猫の後を追おうと走り始めてホテルを出る。

 

「ちょ、ちょっと貴方たち、小猫がどこへいったか誰かに聞かないの!?」

 

 走りながら問うリアスに――

 

「大丈夫です。俺や兄貴は小猫ちゃんのオーラを探知してるんで」

 

「アイツは今このホテル周辺にある森に向かってるよ」

 

「……そ、そう」

 

 イッセーと俺が返答に答えると、何やら呆れた感じな様子を見せた。

 

 ホテルから出て、闇夜の森を俺たち兄弟とリアスは走り抜く。森が多少整備されてる事もあって、それなりに走りやすかった。以前にサバイバル生活もしていたから、森の中の走行移動は大して問題ない。

 

「ねぇリューセー、小猫のオーラを探知してるなら、転移を使えば良いんじゃないの?」

 

「そうしようかと思ったけど、小猫が何であんな事をしてるのかが少し気になってな」

 

 確かにリアスの言うとおり、森に向かおうとする小猫を阻止するのは造作も無い。しかし、小猫の目的も分からないまま阻止したところで、また同じ事をやる可能性があった。今度は俺が目を離した隙を突いて逃げ出すんじゃないかと。

 

 実はこの前の言い合い(注:第九.五話参照)で俺は小猫に嫌われている。昨日の集まりに、小猫は俺と目が合った途端すぐに顔ごと逸らす。更には近づいて話しかけようとしても、すぐに距離を取られて無視される始末。もしこれが妹分のアーシアにされていたら……俺は確実にショックを受けて寝込んでいるんじゃないかと思う。

 

 まぁそれはともかくとしてだ。小猫には暫く何を言ったところで無駄だから放置しておこうと思った矢先、まさかこうなるとは思わなかったよ。

 

 森を進んで数分後、小猫のオーラが急に動きが止まった。俺がすぐに足を止めると、イッセーも倣うように同じ事をしながら、リアスの動きを止めるように腕を引く。突然の事に転びそうになるリアスだったが、イッセーが咄嗟に抱き止めた。リアスは思わず抗議しようとするも、イッセーに抱き止められてると認識して顔を赤らめながらも静かになる。好きな男の腕の中にいたら、そりゃ静かになるな。ま、俺としては好都合だ。

 

 俺がイッセーとリアスに少し先にある大きめ木の陰に隠れるよう指示する。コクンと頷いた二人を見た俺は、オーラと気配を完全に消して接近する。そこに着いて少しだけ顔を覗かせると、その先には小猫がいた。

 

 小猫は何かを探してるように森の真ん中をキョロキョロと首を動かしていると、何かに気付いたように視線を移す。俺達も子猫の視線の先に目を向けると――

 

「久しぶりじゃない?」

 

 聞き覚えのない女の声がした。

 

 音も立てずに現れたのは、黒い着物に身を包んだ女だ。その女の頭部に猫耳がある。

 

 ――お、おい兄貴、まさかアイツは……!

 

 ――今は黙って見てろ。

 

 何かに勘付いたイッセーが俺に視線で訴えてくるが、すぐに静観するよう指示する。

 

「ハロー、白音(しろね)。お姉ちゃんよ」

 

「黒歌姉さま……!」

 

 女の登場に小猫が酷く驚いたようで全身を震わせていた。

 

 昨日の報告会の後にリアスから聞いたが、白音とは小猫の本名だったな。当然、小猫の素性も聞かせてもらった。本当は訊く気はなかったんだが、リアスが今後の為に知って欲しいと向こうから教えてくれた。小猫の過去や、あの黒歌と言う小猫の姉が以前の主を殺して「はぐれ悪魔」になった事を全てな。

 

「会場に紛れ込ませたこの黒猫一匹でここまで来てくれるなんて、お姉ちゃん感動しちゃうにゃー」

 

 成程、小猫はあの女の足元にいる黒猫を見てここまで来たようだな。

 

「……姉さま。これはどういうことですか?」

 

 怒気が含まれていた小猫の問いに、女は微笑むだけだった。

 

「そんな恐い顔しないで。ちょっと野暮用なの。悪魔さんたちがここで大きな催ししているっていうじゃない? だからぁ、ちょっと気になっちゃって、にゃん♪」

 

 手を猫みたいにして可愛らしいウインクをする女。それを見たイッセーが少しだらしない顔をしているも、少し怒り気味のリアスに頬を抓られてる始末。弟よ、他の女に目移りするのはどうかと思うぞ。益してやリアスの前で尚更な。

 

「ハハハハ、こいつ、もしかしてグレモリー眷族かい?」

 

 今度は聞いたことのある声だ。姿を現したのは以前に会った男――孫悟空の美猴だった。アイツが気さくに話しかけながら隣に立ってるって事は、恐らくあの女もヴァーリの仲間で『禍の団(カオス・ブリゲード)』の一員なんだろうな。

 

 そう思ってると、ふいに美猴の視線が俺達の方に向けられる。まさか気付いたのか?

 

「気配を消しても無駄無駄。俺っちや黒歌みたいに仙術知ってると、気の流れの少しの変化だけで大体わかるんだよねぃ」

 

 変だな。俺とイッセーは気配だけじゃなくオーラも完全に消した筈なのに……あ、リアスか。

 

 ――どうする兄貴?

 

 ――取り敢えず、お前とリアスだけで行け。

 

 確認してくるイッセーにそう指示する。

 

 そしてイッセーとリアスは意を決して、小猫達の前に姿を現した。二人の登場に、小猫は驚いている。

 

「……イッセー先輩、部長」

 

「よう、初めまして。兄貴から聞いたが、お前が孫悟空の美猴か?」

 

「そうだぜぃ。この前はおまえさんが気絶してて挨拶出来なかったけど、よろしくな。にしても、まさかおまえさんまでいたとは驚きだぜぃ。気が全然感じ取れなかったねぃ」

 

「だってよ、兄貴」

 

「良かったぁ。完全にオーラを消してた俺に気付いてたら、少し傷付くところだったよ」

 

 後ろを振り向きながら言ってくるイッセーに、俺は安堵しながら姿を現した。

 

 俺の登場に小猫だけでなく、美猴もギョッとするように驚く。小猫の姉はキョトンとして見ているが。

 

「やぁ、美猴くん。ヴァーリは元気かい?」

 

「おいおい、まさかアンタまでいたなんて完全に予想外だぜぃ。ヴァーリは元気どころか、この前の戦いで負けた赤龍帝と再戦する為に修行中だぜぃ」

 

「あの野郎……!」

 

 ヴァーリもイッセーと同じく修行、か。『次に戦う時には一切慢心せずに全力で戦って俺が勝つ』と言ってたからな。

 

 イッセーはこの前の事を思い出してるのか、苦々しい顔をしてるし。コイツの事だから、向こうが勝手に敗北宣言したヴァーリに腹が立ってるんだろう。

 

「おい、クソ猿さんよ。何か勘違いしてるようだが、アレは俺が負けたんだ。勝手に自分の負けにすんなってヴァーリの奴に言っとけ」

 

「こっちもこっちで呆れるほどに強情だねぃ。傍から見てた俺っちから言わせれば相打ちだったんだがねぃ」

 

 仕方ないさ。イッセーは勝負に関しては拘りを持ってるから、兄の俺が言ったところで絶対に考えを改めないからな。

 

「それはそうと、何故『禍の団(カオス・ブリゲード)』の君達がここにいるんだ? まさかテロか?」

 

 ストレートに尋ねる俺に、二人は微笑むだけだ。美猴は苦笑いだが。

 

「いんや、そういうのは俺っちらには降りてきてないねぃ。ただ、冥界で待機命令が出てて、俺も黒歌も今日は非番なのさ。したら、黒歌が悪魔のパーティ会場を見学してくるって急に言いだしてねぃ。なかなか帰ってこないから、こうして迎えに来たわけ。OK?」

 

 無駄に話しているが、嘘じゃないようだ。尤も、嘘を吐いていたらすぐに分かるけど。

 

「美猴、この二人は誰?」

 

 小猫の姉が俺たち兄弟に指をさして美猴に訊く。

 

「聖書の神と赤龍帝。因みにこの二人は兄弟だぜぃ」

 

 それを訊いて、小猫の姉は目を丸くしていた。

 

「本当にゃん? へぇ~、この二人が。エリガンが今もお熱な人間に転生した元聖書の神と、ヴァーリを退けたスケベそうな現赤龍帝なのね」

 

 俺たち兄弟の事を知っても焦る様子を見せない小猫の姉。

 

 ってか、エリーが俺にゾッコンな事は『禍の団(カオス・ブリゲード)』も知ってるのかよ。どうせアイツの事だから、自分で言いふらしたんだろうけど。

 

「スケベそうで悪かったな………まぁ否定は出来ないけど」

 

 小猫の姉に否定しないどころか開き直ってるイッセー。スケベなのは事実だからな。

 

「黒歌、ここは帰ろうや。どうせ俺っちらはあのパーティに参加出来ないんだし、無駄さね。それに聖書の神がいる以上、目的は達成できそうにもないぜぃ」

 

「そうはいかないわ。白音は絶対にいただくにゃん。あのとき連れていってあげられなかったからね♪」

 

「仮に連れ帰ったとしてもヴァーリ怒るかもだぜ?」

 

「この子にも私と同じ力が流れていると知れば、オーフィスもヴァーリも納得するでしょ?」

 

「そりゃそうかもしれんけどさ」

 

 どうやら小猫の姉――黒歌はどうしても妹を連れ帰りたいようだ。

 

 ソイツは目を細めると、小猫はソレを見て小さな身体をビクつかせる。どうやら姉が相当怖いようだ。

 

 すると、リアスが憤怒の表情で前に出る。

 

「黒歌、この子は私の眷族よ。指一本でも触れさせないわ」

 

「あらあらあらあら、何を言ってるのかにゃ? それは私の妹よ。上級悪魔さまにはあげないわよ」

 

「何か小猫を連れて行くのを決定事項となってるようだが……」

 

「俺達がそんな事を黙って見過ごすと思ってるなら大間違いだぞ。小猫ちゃんは俺達の大事な仲間なんだからな」

 

 リアスと黒歌に睨み合いに割って入るように、俺とイッセーが前に出て威嚇する。特にイッセーの方は黒歌の勝手な言い分に頭にきてるのか、少しばかり闘気(オーラ)が昂ぶっている。

 

「あちゃ~、やっぱこうなるのかねぃ。なぁ黒歌、いくらおまえさんでも聖書の神相手じゃ分が悪すぎるぜぃ。ここは大人しく帰ろうや」

 

 美猴は相当聖書の神(わたし)を警戒してるようだ。その反面、イッセーは問題無いように見てる感じがする。

 

「だったら美猴は聖書の神の相手をしてちょうだい。倒せなくても時間稼ぎぐらいは出来るでしょう?」

 

「とは言ってもねぃ……俺っちが生きて帰れるかどうか不安だぜぃ」

 

 そう言ってる割には俺と戦いたそうな感じがするな。

 

 どうやら向こうは退く気はない、か。仕方ない、あんまり気乗りはしないが相手をするか。と、その前にだ。

 

「リアスに小猫、一先ず君達は安全な所へ転移させ――」

 

「そんな事はさせないにゃん♪」

 

 俺が二人に転移術を使おうとする前に、黒歌が森に結界を張った。それでも俺は気にせず二人に転移術を使ったが……失敗した。

 

「これ、兄貴が使ってる結界と似てるな……」

 

聖書の神(わたし)の転移術を弾かせるとは……どうやら君は空間を操る術も使えるようだな」

 

 イッセーの呟きを無視して俺の問いにリアスが驚いてる中、黒歌は得意気な顔となる。

 

「時間を操る術までは覚えられないけどねん。空間はそこそこ覚えたわ。結界術の要領があれば割かし楽だったり。この森一帯の空間を結界で覆って外界から遮断したにゃん。だから、ここでど派手な事をしても外には漏れないし、外から悪魔が入ってくる事もない。あなたを殺すことが出来なくても、小猫を連れ帰れば後はグッバイにゃ♪」

 

 成程、小猫を逃がさないよう俺たち森ごと閉じ込めたって訳ね。

 

 援軍は来なくても良いんだが、一番の問題は小猫の姉である黒歌と戦う事だな。俺としては戦うより、少しばかり話がしたいよ。黒歌が以前の主を殺した本当の理由をな。

 

 すると、空中高くから声が聞こえてくる。

 

「リアス嬢と兵藤兄弟がこの森に行ったと報告を受けて急いで来てみれば、結界で封じられるとはな……」

 

 見上げるとそこには、何とタンニーンがいた。




今回は原作と大して変わりません。


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第十五話

「タンニーンのおっさん!」

 

 俺達を追ってきたタンニーンの登場にイッセーが驚くように叫ぶ。俺もまさかタンニーンが来るとは思っていなかったがな。

 

「おうおうおう! ありゃ、元龍王の『魔龍聖(ブレイズ・ミーティア・ドラゴン)』タンニーンじゃないかぃ! 聖書の神に続いてあんなのが来たらもう大問題だぜ、黒歌!!」

 

「うれしそうね、お猿さん」

 

 美猴がタンニーンを見て嬉しそうに戦いたがってる様子を見た黒歌が呆れた表情をする。俺の時は若干逃げ腰だったのに。

 

「悪いが黒歌、俺っちはあっちをやらせてもらうぜ! (きん)()(うん)ッッ!」

 

 叫ぶ美猴の足元に金色の雲が出現し、そのままタンニーンのいる空へ飛び出していく。

 

 そして手元に長い棍が現れ――

 

「伸びろォォォッ! 如意棒ッッ!」

 

 

 ギュゥゥゥゥンッ!

 

 

 孫悟空お馴染みの武器――如意棒でタンニーンに攻撃しようとする。対してタンニーンは問題無い感じで、巨体に似つかわしくない速度で回避する。

 

「もう一丁!」

 

 再度攻撃をしようと美猴は長く伸ばしたままの如意棒を横薙ぎに振るい、回避したタンニーンを追撃。だがタンニーンは翼を上手く使って中で回転し、更に回避した。そのまま回転した状態のタンニーンが口を大きく開き、大質量の火炎が空一面を覆い尽くす。

 

「凄いな、アイツ。加減してるとは言え、おっさんのブレスをモノともしてねぇよ」

 

「流石は孫悟空の末裔。伝説の妖怪の血を引いてるだけはあるな」

 

 観戦するように空を眺めてる俺たち兄弟。

 

「タンニーンには悪いが、一先ず美猴は彼に任せるとしよう。さて――」

 

「あら?」

 

 俺とイッセーが揃って視線を空から地上へと降ろし、眼前にいる黒歌を見る。俺たち兄弟の視線に、黒歌は余裕そうな態度を見せるも若干警戒した様子を見せる。

 

「どうする兄貴?」

 

「う~ん、そうだなぁ……」

 

「全く、あのお猿さんときたら勝手な事しちゃって……。よりにもよってこの兄弟を相手にしなきゃいけないなんて、ついてないにゃん」

 

 俺たち兄弟を前にしても黒歌は逃げ出そうとしない。それどころか、やる気満々でドス黒いオーラを全身から滲みだしてる。それだけ小猫を連れ帰りたいって事なんだろうか。

 

「じゃあここはアレで決めようか、イッセー」

 

「は? アレって……ああ、そう言う事か」

 

『?』

 

 俺とイッセーの会話にリアスと小猫、そして黒歌が揃って不可解な表情をする。

 

 リアス達の反応を気にしない俺達は真剣な表情のまま対峙してすぐ――

 

「「最初はグー! ジャンケンポン! あいこでしょ! あいこでしょ!」」

 

『………は?』

 

 ジャンケンを始めた。言うまでもなく、勝ったら先に相手と戦うと言う取り決めだ。

 

 完全に予想外だったのか、リアス達は目が点になるように呆然としてる。けれど俺達は気にする事無くジャンケンを続けていた。

 

 あいこでしょが十回近く続くも――

 

「よっしゃぁ! 久々に俺の勝ちだぁ!」

 

「むぅ……くそっ。まさか負けるとは……」

 

 イッセーがグー、俺がチョキを出した事によって勝敗が決まった。今回はイッセーの方に運が向いたか。

 

 ま、いいや。リアス達を守るついでに、イッセーの修行の成果を見れるいい機会だと思えば。

 

「んじゃ、俺が行くぜ。兄貴は部長達を守っててくれ」

 

「はいはい。分かったよ」

 

「…………って、待ちなさいリューセー!」

 

 イッセーが前に出て俺が下がると、さっきまで呆然としていたリアスが意識を取り戻したかのように俺に詰め寄る。

 

「まさかイッセーだけで黒歌の相手をさせる気なの!?」

 

「ああ。だからさっきジャンケンで決めただろうが」

 

「……ねぇ、聖書の神」

 

 すると、リアスと同じく呆然としていた黒歌は対峙してるイッセーを無視するように俺に話しかける。

 

「一体どういうつもり? 全員で挑めば私に勝てるのに、現赤龍帝だけ戦わせるなんて、ふざけ過ぎにも程があるわよ……!」

 

 バカにされてると思ってるのか、凄まじい怒りを見せる黒歌。ドス黒いオーラからはかなりの殺気も含まれている。

 

「別にふざけていないさ。一人だけで戦わせる理由はちゃんとあるよ」

 

「だとしても、確実に勝てる戦いを自ら不意にするのは――」

 

「どうせ君のことだ。仙術や妖術、更には幻術も使って、戦ってる俺たち兄弟をリアスと小猫から引き離そうとでも考えてるんだろ?」

 

「っ!」

 

 俺の推測が当たってたのか、黒歌はさっきまで怒りを見せていた表情を一変して目を見開く。

 

 思った通り、やはりアイツはどうあっても小猫を連れ帰りたいようだ。

 

「その顔を見る限り大当たりのようだな。それだけ自分の大事な妹を取り返したい、と言ったところか?」

 

「っ……。……違うわ。今回は手駒が欲しいから白音が欲しくなっただけよ」

 

「ふぅん」

 

 果たしてそれは本心で言ってるのかねぇ? 問いに答える間が若干あったんだけど。

 

 (イッセー)妹分(アーシア)がいる兄の俺から見れば、黒歌はまるで必死に隠そうとしてる感じがするな。

 

 ま、どうせ今のアイツに何を言ったところで否定するだろうから、これ以上どうこう言うつもりは無い。黒歌の魂胆が分かった以上、俺がリアス達の傍から離れるわけにはいかないし。

 

「イッセー、念のために言っておくが――」

 

「分かってる。兄貴は俺のこと気にしないで、部長と小猫ちゃんを守るのに集中してくれ」

 

 俺が言おうとする前に、黒歌と対峙してるイッセーは片手を軽く振りながら言い返してくる。良く分かってるじゃないか。流石は俺の弟だ。

 

 そして準備万端と言わんばかりに、イッセーは赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)を出すと同時に――

 

 

 ドゥンッ!!

 

 

 すぐに全身から赤い闘気(オーラ)を解放した。

 

 へぇ。思っていた以上に闘気(オーラ)の量が上がっているな。タンニーンとの修行がかなり良かったようだ。

 

「つー訳だ、お姉さん。小猫ちゃんを取り返したかったら、先ずは俺と戦ってもらうぜ」

 

「……良いわ。聖書の神には後悔させてあげるにゃん。自分の弟を見殺しにした事をね!」

 

 そう言った黒歌から薄い霧らしきものが発生する。それは徐々に広がり、イッセーや離れている俺達のもとに届く。更に霧は留まらず、森全体を覆い尽くそうとしていた。

 

「この霧は……そう言う事か」

 

 霧を見て分析を終えた俺がパチンと指を鳴らすと、俺やリアス達の周囲を結界が覆う。

 

「リューセー、黒歌が出した霧ってまさか……!」

 

「ああ、察しのとおり毒霧だ。あとちょっと遅かったら、リアスと小猫は毒霧で苦しむところだったよ」

 

 油断の出来ない奴だ。イッセーと戦う仕草をしておきながらこんな事をするとはな。

 

「ちっ。気付かれたようね」

 

「おいおいお姉さん。俺が相手するつってるのに、何やってんだよ。にしても、随分と悪趣味な霧だな。ひょっとしてこの霧で相手を苦しませて、じわじわと殺そうって寸法だったか?」

 

「そうにゃん。この霧は、悪魔や妖怪にかなり効く毒霧だけど、人間にもそれなりの効果はあるわ」

 

 黒歌はいつのまにか高い木の枝に座ってイッセーや俺達を見下ろしている。術を使って移動したってところか。

 

「でも、どうしてあなたには効かないのかしら? 結界を張ってる聖書の神と違って毒霧を吸ってるはずなのに。普通の人間なら、もうとっくに苦しんでるわよ?」

 

「生憎だけど、俺に毒関連は通じねぇよ」

 

 イッセーの言うとおり、この毒霧は通用しない。理由は簡単。イッセーは聖書の神(わたし)が課した修行によって毒などの耐性がある他に、今は聖書の神(わたし)が施した加護で完全に効かない状態だ。

 

 冥界の空気は人間にとって毒その物なので、毒の耐性と環境の適応が必要だ。その為、人間のイッセーとアーシアは冥界へ行く際に聖書の神(わたし)の加護が必須とも言える。因みに人間となってる俺は神の能力(ちから)でとっくに防いでいるので問題無い。

 

「それはそうと、これから俺と相手するのに……兄貴はともかく、俺の目の前で部長と小猫ちゃんを狙うとは良い度胸してるじゃねぇか!」

 

 おいコラ、俺は良いのかよ。

 

 俺が内心ツッコムのを他所に、イッセーは片手から放ったオーラ波を撃ちだす。

 

 

 ドンッ!!

 

 

 イッセーの一撃は黒歌にヒットするも、その体は霧散していく。

 

「くそっ、やっぱアレは幻術か」

 

 手応えがないのを分かっていたイッセーは舌打ちをしながら周囲を見る。

 

「中々良い一撃ね。もし生身で受けたら、私でもただじゃすまなかったわ。でも無駄無駄。幻術の要領で自分の分身ぐらい簡単に作れるわ」

 

 黒歌の声が森に木霊する。毒霧の中に人影が次々と生まれ、その全てが黒歌だった。言うまでもなくアレ等は黒歌が幻術で作り出した分身だ。俺が使う分身拳とは全く違う偽者の分身で幻だ。

 

 当然あの分身の中には本物が混ざっている。けれどイッセーには判断が出来ないだろう。相手のオーラを探知できるイッセーでも、黒歌の分身たち全員は体にオーラを覆わせているから、本物と区別が付けるのはかなり難しい。

 

「…………そこか!」

 

 本物の黒歌の位置が分かったのか、イッセーは再びオーラ波を撃つ。

 

「残念。それは幻影にゃん♪」

 

 予想通りと言うべきか、やはり今のイッセーでは黒歌を見つけるのは難しいようだ。

 

 因みに俺は本物の黒歌がどこにいるのかは既に把握している。なら教えれば良いだろうと言われるかもしれないが、それではイッセーの為にならない。聖書の神(わたし)の弟なのだから、これ位は乗り越えてもらわないと困るし。

 

「今度は私が撃たせてもらうにゃん♪」

 

 黒歌の幻影の一つが手を突き出し、魔力弾らしきものをイッセー目掛けて撃ち出してきた。

 

「んなもん喰らうかよ!」

 

 

 パアンッ! ドッゴォォォオオオンッ!

 

 

 イッセーは難なく黒歌の魔力弾を片手で弾き飛ばす。弾き飛ばされたソレはあさっての方向へ飛んでいくと、地面に激突したのか爆発が起きた。

 

「へぇ、やるじゃない。ならコレならどうにゃん♪」

 

「げっ!」

 

 今度は全ての幻影達が手を突き出し、イッセー目掛けて魔力弾を撃ってきた。複数の魔力弾を同時に弾くのは無理だと判断したイッセーは超スピードで回避する。

 

「あら、かなり素早いわね。でも、回避したところで、気を操れる私の前じゃ避けても無駄にゃん♪」

 

「っ! くそっ!」

 

 イッセーが超スピードの後に現れる位置を捉えているのか、黒歌の幻影達はすぐその場所に目掛けて魔力弾を撃つ。

 

 防御と回避をしてるイッセーは、何とか本物の黒歌を見つけてオーラ波で反撃する。だが結局は偽者の幻影に当てただけで防戦一方となる。

 

「ふむ……。今回の相手はイッセーにとって相性が悪すぎたな」

 

 知ってのとおり、イッセーは直情の戦士タイプだ。余りにも真っ直ぐ過ぎる為に、搦め手を好む相手との相性は悪い。仮に相性の悪い相手と戦ったとしても、持ち前の闘気(オーラ)と近接格闘戦で難なく倒してきた。

 

 しかし、黒歌のように様々な術を搦め手のように扱って攻める高術者には会った事がないから、如何せん思うように反撃出来てない。場合によっては、イッセーが黒歌に負けてしまう可能性も充分にある。

 

「リューセー、私たちも援護しないと!」

 

 イッセーの不利な状況を見たリアスが俺にそう言ってくる。主として黙って見過ごせないようだ。

 

「今この結界を解いたら、お前と小猫がこの毒霧で即行ダウンするだけだ。二人が倒れたなんてイッセーに知られたら、俺が後で怒られてしまうよ」

 

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょう! イッセーがやられてしまうかもしれないのに、どうしてあなたはそんな悠長に見てられるの!?」

 

「心配するな。イッセーはあれくらいで音をあげてしまうほど柔な奴じゃない。アイツもアイツで、黒歌に勝てないようじゃヴァーリに勝つなんて無理だと思ってる筈だ」

 

「でも、だからって……!」

 

「リアスがイッセーを心配する気持ちは大いに理解してるさ。けれど、お前は未だイッセーに対する信頼度が低い。だからここでいっその事、『(キング)』として眷族候補のイッセーを信頼して見守ってみたらどうだ? いずれイッセーの主となるお前がいつまでもそんなんだと、周囲からは形だけの眷族としか見られなくなってしまうぞ」

 

「っ……」

 

 俺の言葉がかなり効いたのか、さっきまで激昂していたリアスは嘘のように静まった。

 

 結構キツイ言い方をしてしまったが、リアスはイッセーを正式な眷族に迎え入れる事に変更は無い。しかし、事あるごとに眷族を心配してるようでは『(キング)』としての器が知れる。

 

 いくらリアス――グレモリー家が眷族思いでも、信頼と言うものがなければ大して意味の無いモノだ。それは当然リアスも分かっているからこそ、俺に何も言い返そうとはしなかった。

 

 リアスには今後、『(キング)』としての在り方をキチンと理解してもらわなければ聖書の神(わたし)が困る。眷族を大事にするだけでなく、眷族を信頼し最後まで見守ると言う『(キング)』としての器量をここで見せて欲しいものだ。尤も、それはあくまで戦いに関してなので、日常生活についてどうこう言うつもりは無い。

 

「イッセー、頑張って……!」

 

 意を決したかのように、リアスはイッセーを心配するのを耐えるように見守り始めた。『(キング)』としてはまだまだ未熟だが、それでもギリギリ及第点ぐらいは与えるとしよう。

 

「……リューセー先輩」

 

 リアスがイッセーを見守ってる中、今度は小猫が俺に話しかけてくる。

 

「何だ、小猫。先に言っておくが、『今すぐに戦いを止めて下さい。自分は姉さまと一緒に行く』、なんて言ったところで受け付けないからな」

 

「……どうして、分かったんですか?」

 

「顔を見ただけで分かるよ」

 

 大方、イッセーは黒歌には絶対勝てないと自己完結したんだろうな。姉の力を妹の自分がよく知っているから、と言う理由で。

 

「君もリアスと同様、仲間であるイッセーを信頼してみたらどうだ? それと同時に君がイッセーを応援したら、アイツは今以上にやる気を出すぞ」

 

「……無理です。イッセー先輩では姉さまに勝てません……。いくら赤龍帝であっても幻術と仙術に長けてる姉さまを捉えきれるとは思えません……」

 

 どうやら小猫は姉の力を理解してると同時に、恐ろしさも知ってるからそういう結果になると思ってるようだ。

 

 更には黒歌の力を間近で見てた事もあって、猫又の力を使いたくないという気持ちが強いからな。

 

「だったら、君が猫又の力を使ってイッセーをサポートしたらどうだ? そうすれば黒歌に勝てるんじゃないのか?」

 

 俺の言葉に小猫は首を横に振る。

 

「……イヤ……あんな力を使いたくない……黒い力なんて使いたくない……人を不幸にする力なんて使いたくない……」

 

「小猫……」

 

 ふるふると震え、涙をポロポロと溢し始めた。するとリアスはすぐに小猫を抱きしめる。

 

「……私は……私は……!」

 

 やれやれ、ここまで来るとなると……少しばかり荒療治が必要かもな。

 

「はぁっ……リアス、悪いけどちょっと小猫から離れてくれないか?」

 

「え?」

 

 小猫を抱きしめてるリアスを離れさせると、俺はイッセーと黒歌が戦ってるのを気にせず小猫と向き合う。

 

「ゴメン小猫、先に謝っておく」

 

 

 パアンッ!

 

 

「……え?」

 

「……は?」

 

 俺が小猫の頬に平手打ち――ビンタをやると、それを受けた小猫だけでなくリアスも放心する。

 

「……は? え? え? お、おい兄貴、小猫ちゃんに何を……?」

 

「……はぁ? な、何で白音が聖書の神に叩かれてるの……?」

 

 言うまでもなく戦闘中のイッセーと黒歌も、俺が小猫にビンタしたのを見て、思わず動きを止めて唖然としていた。因みに上空で戦闘中のタンニーンと美猴は気付いていないが。




予想外な展開だと思われるでしょうが、当然コレには理由がありますので。


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第十六話

ようやく書けたので、今回はフライング投稿することにしました。


「な、え……りゅ、リューセー! あなた、小猫に何を……!」

 

 俺が小猫にビンタしたのを見たリアスが予想外のように放心してたが、数秒後には憤慨しながら俺に詰問しようとする。

 

「悪いがリアスは少し黙っててくれ」

 

「ッ!」

 

 俺が威嚇するように殺気を込めた睨みによって、憤慨していたリアスは急に押し黙って足を止める。

 

 リアスが動かないのを確認した俺は、ビンタされた頬を手で押さえてる小猫に視線を移す。

 

「小猫、いつまでそうやって逃げてれば気が済むんだ? 俺から言わせれば、今の君は駄々を捏ねてる子供の言い訳にしか聞こえないよ」

 

「っ……!」

 

 駄々を捏ねてる子供と言われた小猫は抗議するように強く睨む。俺が小猫の辛い過去を侮辱してるも同然の発言をしたから、彼女が睨むのは当然とも言えるだろう。

 

「姉の黒歌が起こした行動の所為で辛い日々を送っていた事はリアスから聞いた。確かに悲しい話で、俺も君に凄く同情したよ。力を使いたくない気持ちも充分に理解してる。だが、そんな個人的な事情を戦いにまで持ち込んだのは頂けないな。現に君は――」

 

 俺はリアスや、戦いを中断してこちらを見てるイッセーと黒歌を無視するように説教を始める。

 

 もしも小猫が過去に囚われずに猫又の力を使っていたら、今までの状況が変わっていたかもしれない。

 

 例えばライザー戦であった『戦車(ルーク)』イザベラとの戦いで、俺が教えた魔力の使い方と猫又の力を使っていればすぐにケリがついていた。更にはコカビエルとの戦いでリアス達を上手くサポートしたり、会談中にギャスパーを捕らえようと襲撃した魔術師達も迎撃出来ていたかもしれない。

 

 それらは全て今更な話だが、それでも小猫が頑張っていれば何かが変わっていただろう。尤も、それは小猫だけじゃなく朱乃にも言える事だが。

 

 とまあ俺が言いたいのは、過去にこだわって仲間を危険な目に遭わせるなって事だ。もしも力を使っていれば仲間を守れた筈なのに、過去を理由に見殺しにしたなんて事になれば、大きく果てしない後悔をする事になるからな。

 

「もうついでにこれも言わせてもらおう。君はイッセーと力の差があり過ぎて劣等感を抱いてるようだな」

 

「ッ!」

 

 今言われたくない台詞だったのか、小猫は再び俺を睨んできた。図星を突かれてるのが良く分かるよ。

 

 リアスと同様に小猫が以前からイッセーに対してコンプレックスを抱いているのは知っていた。何故人間のイッセーと圧倒的に力の差があり過ぎるんだと、部室で呟いていたのを偶然聞こえたからな。

 

「おいおい兄貴、何勝手に俺を引き合いに出してんだよ!」

 

「確かに今の君じゃイッセーの相手にすらならないよ。格闘戦に関してはイッセーの方が遥かに上だからな」

 

「……何が、言いたいんですか」

 

 イッセーの発言を無視しながらも俺は更に話を続ける。

 

「イッセーが強いのは聖書の神(わたし)の弟で赤龍帝だから、と言えばそれまでの話だ。けれどソレを抜きにすれば、アイツは特別な力なんか一切持ってない極普通の一般人だ。術や格闘の才能に溢れてる小猫とは格が違う。どちらが強いと問われれば、普通に考えて小猫の方が強いと子供でも理解出来る。だが結果としては全くの逆と来た。何故そうなったのかが分かるか、小猫?」

 

「………………………」

 

 俺の問いに小猫は答えない。と言うより、分からないと言った方が正しいか。

 

 本当なら小猫の口から言ってほしかったが、生憎と今は黒歌達と戦闘中なので俺が答える事にした。

 

「答えは簡単。イッセーは自分の事を理解し、そして受け入れてるからだよ。特別な力や才能が全く無いのを分かってる上で、今も必死に聖書の神(わたし)が課した厳しい修行に音を上げず強くなっている」

 

 傍から聞けば単なる弟自慢をしてると思われるだろうが、生憎これは事実だ。

 

 過去に俺が修行によって傷だらけで倒れてるイッセーを治療してる時、『修行が辛くて嫌なら、もう止めても良い。明日から元の日常生活に戻るか?』と、さり気なく元の平穏な生活の場へ帰そうとした。因みにドライグは俺の考えを見抜いていても、敢えて何も口出ししなかった。

 

 だがイッセーは――

 

『冗談じゃねぇ! 俺はドラグ・ソボールの空孫悟みたいに強くなるって決めたんだ! 確かに俺はバカで何の才能も無くてどうしようもない変態だけど、一度決めた事は男として絶対に曲げたくないんだ!』

 

 と、強く言ってきた。

 

 自分を理解しても強くなろうとする姿勢に、聖書の神(わたし)は思わず感動したよ。

 

「それに比べて君はどうだ? 辛い過去を理由に自分を理解しようともせず、更には自身の力を一切使わずに借り物の力だけで強くなろうとしている。そんな君とイッセーを見れば、力の差が歴然としてるのは当然と言えば当然だ。自分を理解してる、理解してないだけで全然違うからな」

 

「……………………」

 

 小猫は何も言い返さないどころか、身体を震わせ、顔を俯かせて涙を流している。

 

「イッセーに負けたくない、もしくは強くなってリアスの力になりたいなら、いつまでも否定してないで自分を受け入れろ。黒歌のように暴走してしまうのが恐いなら、俺が制御出来るように君をサポートするよ」

 

「……え?」

 

 予想外な台詞だったのか、小猫は涙を流すのを止めて顔を見上げて俺に視線を移す。

 

「困ってる後輩を助けるのが、先輩の役目だからな。安心しろ、姉の黒歌ほどではないが、君が使う術は俺もそれなりに理解して――ん?」

 

 

 ドガァァァァンッッ!

 

 

 俺が小猫に言ってる最中、何かが俺の結界に当たって爆発した。突然の事にずっと静観していた小猫やリアス、そしてイッセーが何かが向かってきた方へ見る。その先にいるのは、こちらへ片手を向けている黒歌だ。しかもかなりご立腹の様子。言うまでもないが、さっき結界に当たったのは黒歌が撃った魔力弾だ。

 

「いきなり何のつもりだ、黒歌。君の相手はイッセーの筈だが?」

 

「ちょ~っと、聞き捨てならない台詞が聞こえたのよね。あなたが白音の力を制御出来るようにサポートするなんて……私の前でよくそんな事が言えるわね」

 

 まるで自分だけが小猫の力を制御出来ると言いたげな感じだな。

 

「事実を言ったまでだ。聖書の神(わたし)はこれでも妖術や仙術を一通り知ってるんでね。猫又の術もそれなりに応用出来るよ」

 

「生憎だけど、私や白音が使う術はそんな簡単なものじゃないわ。いくら聖書の神といえども、白音の術を扱うなんて無理にゃん♪ 白音の力を理解してるのは姉の私だけよ」

 

「ふ~ん。その言い方だと、大事な妹を奪われないように必死に牽制してる過保護な姉のような台詞にも聞こえるねぇ。そんなに小猫が大事かな?」

 

「っ………。何を言ってるのかが分からないわね」

 

「そうかい」

 

 必死に誤魔化してるような気がするけど……ま、今の黒歌に追求したところでずっと否定されるな。

 

 ともあれ、黒歌が戦っているイッセーを無視してまで俺に狙いを定めた以上、小猫の返答は一旦後回しにするか。

 

「それはそうと、イッセー。お前いつまで惚けてるんだ? さっさと戦闘に集中しろよ」

 

「俺をそうさせたのは兄貴が小猫ちゃんに手を上げたからだろうが!」

 

 人の所為にしないでくれよ。まぁ確かに戦闘中の時に俺が小猫を説教すれば、誰だって惚けるのは無理もないかもな。

 

「はいはい、俺が悪かった。ってか、いい加減にさっさとケリをつけたらどうだ? いくら相性が悪いからって、梃子摺りすぎだぞ」

 

「そうは言っても、このお姉さんの幻影達がどれも本物と同じオーラなんだから、そんな簡単には――」

 

「少しは頭を使え。と言うより、何でお前は一つだけに狙いを定めてるんだ?」

 

「――え?」

 

 俺が助言を与えると、さっきまでやばそうな顔をしていたイッセーが急に落ち着くように静かになった。

 

「それらが全部本物と感じるんなら、纏めて相手すれば良いだけだろう」

 

「ソレが出来りゃこんな苦労は――」

 

「ヒントを一つだけ与えてやる。以前のレーティングゲームでの戦いを思い出せ」

 

「え? ………え~っと」

 

 仕方なくヒントを教えると、イッセーはすぐに思い出すような仕草をする。

 

 そして数秒後――

 

「……っ! 兄貴! 悪いけど結界の強度を上げてくれ!」

 

「はいはい」

 

 漸く答えを見つけたのか、俺にそう言ってきた。

 

「リューセー、どう言うこと? イッセーは黒歌を倒す方法を見つけたの?」

 

「ま、見ていれば分かるよ」

 

 リアスにそう言いながら結界の強度を上げてる中、イッセーは急に闘気(オーラ)を解放しながら両腕を交差する。

 

「はぁぁぁぁぁ……!」

 

 イッセーの身体からバチバチと赤い電流が流れてる。かなりの闘気(オーラ)の量だ。

 

「ッ! あ、あれはまさか……!」

 

「……あの技は……!」

 

 リアスと小猫は気付いたようだ。イッセーが今からやろうとしてる事を。

 

「何をするのかは分からないけど、本物の私を捉えなければ意味はないわよ。尤も、赤龍帝ちゃんが私を捉えるのは無理だけど」

 

 何をしたところで無駄だと言う黒歌に対し、イッセーは不敵な笑みを浮かべる。

 

「ああ、そうだな。確かに今の俺じゃ本物のお姉さんを捉えられねぇよ。だがなぁ」

 

「?」

 

「結界で囲ってるこの森一帯吹っ飛ばせばどうなるかなぁ!?」

 

「っ! まさか……!」

 

 黒歌が気付くも――

 

赤龍帝の怒り(ブーステッド・バースト)!!」

 

 イッセーが交差した両腕を思いっきり伸ばした瞬間――

 

 

 カァッ!! ドガァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァンッッッッッッ!!!!!!!!

 

 

 森一帯を覆うほどの光と大爆発が起きた。

 

「どわぁぁぁ~~~! な、何だこの爆発は!?」

 

「これは!?」

 

 あ、いけね。タンニーンに爆発に巻き込まれないよう構えておけって言うの忘れてた。




中途半端ですが、今回はここで区切らせていただきます。

もうついでに感想と評価もお願いします。


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第十七話

「あ~らら、森から更地になっちゃった。後で俺の方で戻しておかないと不味いな」

 

「「…………………………」」

 

 イッセーが放った赤龍帝の怒り(ブーステッド・バースト)により、さっきまであった草木が無くなり、巨大なクレーター状となって地形も変わっていた。俺が後々の事を考えながら呟いてる中、リアスと小猫は周囲の惨状を見て言葉を失っている。

 

 ついでに黒歌が周囲に撒き散らしていた毒霧も吹っ飛ばされ、霧散しているから結界も解いた。

 

 それにしてもイッセーの奴、以前とは比べ物にならないほど威力が上がったな。確か赤龍帝の怒り(ブーステッド・バースト)は、今までの不満や怒りを闘気(オーラ)に変換して爆発させる技だったな。謂わばガス抜きも同然の技だ。

 

 あれほどの爆発となると、イッセーはこれまでかなりの不満と怒りが溜まっていたようだ。その原因はこれまであった出来事によって蓄積されたんだろう。もしかしたら案外、俺に対する不満もあったりするかも。

 

 ま、それは今どうでもいいとしてだ。問題はこの惨状を作った当の本人は――

 

「あ~~、久々にやってスッとしたぁ~」

 

 スッキリしたような顔になって安堵の息を吐いていた。

 

「あ、危なかった……! 本当に死ぬかと思ったわ……!」

 

 黒歌はイッセーの技を防ごうと、喰らう直前に防御結界を張って何とか凌いでいた。あそこにいるのは当然本物の黒歌で、他の黒歌の幻影達は爆発によって消えたのは言うまでもない。

 

「ハハハハ! 驚いたぞ、この赤い一撃ッ! 兵藤一誠! この周囲にある森が全て消え去ったぞ! ついでにこの周辺を覆っていた結界も吹き飛んだ!」

 

 上空のタンニーンがそう言った。確かにタンニーンの言うとおり、黒歌が張った結界は既に無くなっている。恐らく黒歌は爆発から身を守る為に防御結界の方に集中させたんだろう。

 

「フハハハハハッ! 未だ禁手(バランス・ブレイカー)に至ってないとは言え、大した力だ! 流石は俺に地を付けただけの事はあるぞ!」

 

 タンニーンは随分と上機嫌だねぇ。イッセーの爆発に巻き込まれたっていうのに、普通は怒るところなんだが。アイツからしたら、イッセーが更に成長してる事に喜んでるってところか。

 

 しかし、結界が消えたとなると、会場やその周辺にいる悪魔達もここが知られた筈だ。もうじき誰かが駆けつける事になるな。

 

「イッセー、早くケリを付けろ!」

 

「っと、そうだった」

 

 さっきまで気が緩んでいたイッセーはすぐに引き締めて黒歌の方を見る。

 

「どうだった、お姉さん? 赤龍帝の怒り(ブーステッド・バースト)の感想は?」

 

「ハッ! やってくれるじゃないの! だったらこっちは、妖術仙術ミックスの一発お見舞いしようかしら!」

 

 お返しをしてやると言わんばかりに、黒歌の両手がそれぞれ違う力を纏い始める。

 

 

 ドゥッ!!

 

 

 そのまま両手から二種類の波動をイッセーに撃ち出してきた。イッセーは避けようとしないどころか周囲の闘気(オーラ)を高め――

 

「かああっ!!!」

 

 

 ボッ!!

 

 

 何と気合だけで消し飛ばした。お見事。しかも十倍の龍帝拳も完璧に使いこなしてる。あの様子から見て、まだ更に出力を上げる事が出来るな。

 

「で、お姉さんの全力はこんなもんか?」

 

 イッセーのノーダメージに黒歌は表情を一変させ、驚愕していた。

 

「かき消した!? 嘘でしょ。かなりの妖力を練り込んだのよ!」

 

 

 ピシュッ!

 

 

 驚く黒歌の反応を他所に、イッセーは超スピードで黒歌の懐に入る。

 

「なっ!?」

 

 余りにも速くて見えなかったのか、イッセーが接近してる事に気付かずに動きが止まる黒歌。

 

 イッセーはその隙を狙うように、黒歌に強烈なパンチを繰り出そうとする。が、それは黒歌の鼻先で止まった。パンチを止めた余波によって周囲の空気が振動する。

 

「俺のかわいい後輩、モノ扱いしてんじゃねぇよッ!」

 

「――ッ」

 

「次にまた自分勝手な理由で小猫ちゃんを狙ったら、この一撃を止めない。あんたが女だろうが、小猫ちゃんのお姉さんだろうが、俺の敵だッ! 俺の大事な(後輩である)小猫ちゃんに指一本触れさせねぇ!」

 

 ……おいコラ。お前また肝心な部分を抜かしてるぞ。

 

 俺の隣にいる小猫がお前の台詞を聞いた途端、顔が真っ赤になってるよ。リアスはリアスでイッセーを睨んでいるし。

 

「……クソガキがっ!」

 

 毒づきながら距離を取ろうと下がる黒歌だが、恐怖してるように見えた。イッセーが放ってる闘気(オーラ)と殺意が篭った睨みでプレッシャーを受けているからだろう。

 

 それを見ていた美猴が哄笑をあげる。

 

「ヒャハハハハハハ! こりゃ面白いや! もういっそのこと本格的に楽しまないと損だぜぃ! ヴァーリには悪いが、赤龍帝は俺っちが倒すぜぃ!」

 

 イッセーの爆発技によって自棄になったのかは分からんが、美猴は戦闘継続の意思を見せる。アイツもヴァーリ同様に戦闘好きのようだ。

 

 さて、ここからは俺も参戦するか。毒霧が晴れた以上、リアスと小猫を守る必要も無いからな。

 

 俺たち兄弟とタンニーンなら、いくら黒歌や美猴でも勝ち目は限りなく低い。それにもうすぐ異変に気付いた悪魔達が加勢するだろうから、アイツ等が捕縛されるのは時間の問題だ。

 

「二人とも、ここで待って――ん?」

 

 リアスと小猫に待機してるように言ってる最中、イッセーの目の前の空間に裂け目が生まれる。

 

 その裂け目から姿を現したのは、背広を着た若い男性だ。手に極大なまでに聖なる闘気(オーラ)を放つ剣が握られている。あの剣はまさか……聖王剣コールブランドか!

 

 厄介な相手が現れたと分かった俺は、すぐに超スピードでイッセーの下へ駆けつけて隣に立つ。

 

「そこまでです、美猴、黒歌。悪魔が気付きましたよ」

 

 俺がイッセーの隣に現れた事に眼鏡をしてる男性は慌てる様子を見せず、美猴と黒歌にそう言った。

 

 二人に話しかけてる男も、やはり『禍の団(カオス・ブリゲード)』のメンバーのようだな。しかも聖王剣を持った奴がヴァーリの一味とは、アイツは随分と厄介な仲間を引き入れているな。

 

 俺がそう思ってると、美猴が空中から降りてきた。

 

「どうしたアーサー、おまえはヴァーリの付き添いじゃなかったかい?」

 

 美猴の問いに男は眼鏡をクイッと上げて言う。

 

「黒歌が遅いのでね、見に来たのですよ。そうしたら何故か美猴までいる。全く、何をしているのやら」

 

 黒歌と美猴に溜息を吐く男。

 

「リアス嬢と塔城小猫、そいつに近づくな! 手に持っているものが厄介だぞ!」

 

 後ろから俺達に駆け寄ろうとするリアスと小猫に叫ぶタンニーン。

 

「兄貴、アイツが持ってる剣って」

 

「察しの通り、聖剣だ。しかも聖王剣コールブランド。またの名をカリバーン。文字通り地上最強の聖剣だ。恐らくアイツはヴァーリの仲間だろうな」

 

「マジかよ……。ヴァーリの野郎はどんだけすげぇ奴を仲間にしてるんだよ」

 

 それは俺も同感だ。

 

 すると、男は俺を見た途端、手を胸に当てながら紳士の礼をする。

 

「お初にお目に掛かります、聖書の神。私はアーサー・ペンドラゴンと申します。今は兵藤隆誠(にんげん)の御姿ですが、神である貴方様にお会い出来て光栄です」

 

「ご挨拶どうも」

 

 男――アーサーは黒歌と違って俺の事を知っているようだ。ヴァーリから聞いたんだろうな。

 

「もし良かったら教えて貰いたいんだが、その鞘に収めてるもう一つの聖剣――『支配の聖剣(エクスカリバー・ルーラー)』だろ?」

 

 俺の問いにイッセーが驚く。

 

 エクスカリバーは大昔の戦争で壊れて七本になっているが、最後の一本――『支配の聖剣(エクスカリバー・ルーラー)』だけが行方不明だった。

 

 俺がイッセーを連れて修行の旅をしてる時に捜していたんだが、結局は見付からなかった。それがまさか彼が所持しているとは予想外だよ。

 

「流石は聖書の神、ご明察恐れ入ります。仰るとおり、これは最近発見された七本中最強のエクスカリバー――『支配の聖剣(エクスカリバー・ルーラー)』です」

 

 おやおや、素直に教えてくれたね。

 

「ちょっとアーサー、そんなに話して平気なの?」

 

 黒歌の問いにアーサーは頷く。

 

「ええ、実は私もそちらのお仲間さんに大変興味がありましてね。聖書の神に赤龍帝殿、聖魔剣の使い手さんと聖剣デュランダルの使い手さんによろしく言っておいて下さいますか? いつかお互いいち剣士として相まみえたい――と」

 

 ほう。大胆不敵な発言だな。祐斗とゼノヴィアが聞いたら、果たしてどんな反応をするのやら。

 

 アーサーがコールブランドで空を斬ると空間の裂け目が更に広がり、人が数人潜れるだけのものになる。

 

「さようなら、お二方」

 

 アーサーがそれだけ言い残すと、三人は空間の裂け目に消えていった。

 

 その後、騒ぎを嗅ぎ付けた悪魔達に俺達は保護され、魔王主催のパーティは『禍の団(カオス・ブリゲード)』襲来により急遽中止になったのは言うまでもなかった。

 

 

 

 

 

 

「失態ですね」

 

 魔王領にある会談ルームで堕天使副総督シェムハザが、開口一番にそれを言った。

 

 俺は久々に出会った堕天使の息子に「ほどほどにしておけよ」と心中で思いながら、アザゼルと同じくお茶を飲んでいた。

 

 冥界指名手配中のSS級はぐれ悪魔『黒歌』がパーティで使い魔を寄越して見に来ていたなんて、誰も予想だにしなかっただろう。俺も全然気付かなかったし。

 

 まぁそれでも、人間側の俺たち兵藤兄弟とリアスと小猫、そして最上級悪魔のタンニーンが接触して撃退。って事になってる。

 

 取り敢えず事態は最小限に収まったのは良いんだが……パーティ会場の隙を突かれたのは悪魔側にとって痛手だ。他の勢力からみれば、悪魔の警戒心の有無を問うほどの一大事だからな。

 

 ご覧の通り、堕天使側のシェムハザや天使側のセラフ達はお怒り中だ。加えて俺が撃退メンバーに加わった事を知ったセラフ達から物凄く心配された。

 

『父上、ご無事でしたか!?』

 

『神よ、お怪我はございませんか!?』

 

『神の御手を煩わせてしまい、誠に申し訳ございませんでした!』

 

 とまあ、こんな風に一斉に詰め寄られた。しかもセラフたち全員だぞ。更には『やはり護衛を付けるべきです!』と言ってくる始末。当然、丁重にお断りさせてもらったよ。

 

 因みに小言を始めようとするシェムハザを本当だったら総督のアザゼルが諌める筈なんだが、当の本人は何も言わないどころか口出しすらしなかった。

 

 ふと疑問に思ったのでアザゼルにコッソリ聞いたところ――

 

『……ハメを外してカジノに夢中で気付かなかった。悪い聖書の神(おやじ)、出来れば内緒にしてくれ……』

 

 口出しをしない理由が良く分かったよ。と言うか、もし知られたら即協定違反とされて大変な事になる。

 

 ハメを外し過ぎにも程があるだろうが、全く。……ま、もし俺も小猫の行動に気付かなかったら、アザゼルほどじゃなくてもパーティを楽しんでいただろうし。

 

 そんな中、シェムハザがさらに報告した後、小言が本格的に始まった。更にセラフ達の小言も一緒に。

 

 さて、俺はもう既に一通りの報告を済ませたから、この隙に退散するか。黒歌達と戦うより、天使(こども)達の相手で凄く疲れたし。

 

 そう思った矢先、部屋の扉が開かれる。そこに姿を現す人物に誰もが度肝を抜かした。

 

「ふん。若造共は老体の出迎えもできんのか」

 

 古ぼけた帽子を被った隻眼の老人は、白い髭を生やしており、床に付きそうなぐらいに長い。服装は質素なローブで杖を持っている。

 

 まさか、あのご老人が冥界へ赴くとはねぇ。

 

「――オーディン」

 

 誰かが呟いた名は、北欧の神々の主神オーディンだ。鎧を来た戦乙女のヴァルキリーを引き連れてのご来場だ。

 

「おーおー、久しぶりじゃねぇか、北の田舎クソジジイ」

 

 アザゼルが足を運びながら悪態を吐くと、オーディンは髭を擦った。

 

「久しいの、悪ガキ堕天使。長年敵対していた者と中睦まじいようじゃが……また小賢しいことでも考えているのかの?」

 

「ハッ! しきたりやら何やらで古臭い縛りを重んじる田舎神族と違って、俺ら若輩者は思考が柔軟でね。煩わしい敵対意識よりも己らの発展向上だ」

 

「弱者共らしい負け犬の精神じゃて。所詮は親となる神と魔王を失った小童の集まり。尤も、人間に転生した神に未だ縋ろうとしておるようじゃが」

 

「独り立ち、とは言えないものかね、クソジジィ。ってか、その神はいざと言う時の助っ人だよ」

 

「悪ガキ共のお遊戯会にしか見えなくての、笑いしか出ぬわ。聖書の神も気の毒じゃのう。悪ガキ共のお守りをまだしなければならんとは」

 

 ったくもう、この二人と来たら……! 何で会って早々に口喧嘩するのかねぇ。

 

 その光景を見たサーゼクスとセラフォルーがオーディンに挨拶をする。どうでもいいが、セラフォルーはいつの間にか魔女っ子のコスプレをしてるし。

 

 オーディンは魔女っ子のコスプレをしてるセラフォルーの姿が気に入ったのか、スケベ爺丸出しで主にスカートや脚を見ているし。

 

 一先ず俺も挨拶をしようと、オーディンに近づいて声を掛ける。

 

「お久しぶりですね、オーディン殿」

 

「リューセーか。久しいの。数年ぶりじゃな。イッセーのやつは元気か?」

 

「ええ。相も変わらず元気いっぱいですよ」

 

「そうか、それは何よりじゃ。時にリューセーよ、イッセーにあの本を頼みたいんじゃが」

 

「エロ本が欲しいならイッセー本人に言って下さい」

 

 俺がオーディンと親しげに話している中、周囲にいる誰もが驚いた様子で見ている。

 

「オーディンさま、フレイさまに言われた筈です! 卑猥なことはいけません! ヴァルハラの名が泣きます!」

 

「全く、相変わらずおまえは堅いのぉ。そんなだから新しい勇者(エインヘリヤル)の一人や二人、ものにできんのじゃ。ほれ、目の前におる元勇者(エインヘリヤル)に何か言ったらどうじゃ?」

 

「何だロスヴァイセ。正式な勇者(エインヘリヤル)はまだいないのか? 次に会う時は俺に紹介するって意気込んでいたのに」

 

「うぐ! こ、これには事情があるんです! 私だって、ちゃ、ちゃんとした彼氏欲しいのにぃ! リューセーさんみたいに素晴らしい男性が全然いないんですよぉ!」

 

 俺を基準に探してるのかよ。君より強くて、仕事や家事が全て出来る男なんか簡単に見付からないぞ。決して自慢じゃないんだが。

 

 それにロスヴァイセって器量は良くても堅いからなぁ。ま、ヴァルキリーの大半は純情で奥手だから、そう簡単に勇者(エインヘリヤル)――ぶっちゃけ彼氏なんて出来ないんだけど。

 

 泣き出すロスヴァイセに、俺とオーディンは嘆息する。

 

「おい聖書の神(おやじ)、説明しろ。数年前にオーディンの爺さんと会ったってどういうことだ?」

 

 すると、話を聞いていたアザゼルが訝るように問う。

 

「何じゃリューセー、まだ話しておらんかったのか?」

 

「『禍の団(カオス・ブリゲード)』の襲撃で言えず仕舞いになってしまいましてね。数年前に修行の旅の途中でヴァルハラへ行ったとか、訳あって一時期ロスヴァイセの勇者(エインヘリヤル)になったりとか――」

 

「リューセーさん! 最後の部分は言わなくて結構ですから!」

 

 さっきまで泣いていたロスヴァイセが復活するように、顔を赤らめながら俺に言ってきた。

 

 

 バンッ!

 

 

 突然、扉が開いた音がした。何事かと思って全員が振り向いた途端――

 

「リューセー!」

 

 

 ギュウッ!!

 

 

「おわっ!」

 

 何かが猛スピードで俺に接近し、そのまま抱き付いて来る。いきなりの事に俺は倒れそうになるも、何とか踏ん張って耐えれた。全員が驚いている中、オーディンとロスヴァイセは嘆息している。

 

 一体誰かと思って見ると、俺の胸板に顔を埋めていたのは亜麻色の長髪で――

 

「久しぶり、リューセー! 会いたかった!」

 

「フレイヤ!? 何でお前が此処に!?」

 

 北欧の女神フレイヤだった。

 

「此奴がどうしてもお主に会いたいと言って聞かなくてのぉ。フレイだけは何とかヴァルハラに留める事が出来たのじゃが」

 

 言うのを忘れていたのか、オーディンは申し訳なさそうな感じで俺に簡単に説明する。ってかフレイも来るつもりだったのかよ。ラディガンみたく歪んではいないが、アイツは妹のフレイヤを溺愛してるからなぁ。

 

 まぁ、それはそれとして。問題は今の状況だ。美を司り、誰もが見惚れる端正な顔立ちをしてるフレイヤが俺に抱きついたらどうなるだろうか?

 

 その答えは――

 

『えええぇぇぇぇえええ~~~~~~~!!??』

 

 言うまでもなく周囲が驚きの絶叫をあげる事になるんだよなぁ。

 

 はぁっ。どうやらこの場にいる三大勢力に説明しなければならないようだ。凄く面倒くさいんだけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~余談~

 

 

「ッ!」

 

「? どうした、エリガン? 修行中に余所見とは感心しないな」

 

「ごめんなさい。けれど何か今……悪い虫がダーリンに纏わりついてるような気がして」

 

「はぁ?」

 

「いえ、何でもないわ。それじゃヴァーリくん、続きをしましょ」

 

「そう言ってる割には何やら落ち着かない様子だが」

 

「…………」



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第十八話

久々の更新です!


 シトリー眷族とのゲーム決戦前夜。

 

 俺やリアスたち眷族一同(イッセーとアーシアも加えて)はアザゼルの部屋に集まり、最後のミーティングをしていた。

 

 美猴や黒歌の襲来もあったが、俺たち兄弟とタンニーンで追い払った事で決着はつき、現在はもう事件について落ち着きつつある。

 

 今回の件で悪魔側は俺たち兵藤兄弟に大きな借りが出来た。本来は悪魔側で対処しなければならないのを、人間側の俺たち兄弟がやったからな。尤も、殆どは弟のイッセーの活躍して、俺はリアスと小猫を守りながら見物してただけだが。

 

 それによって悪魔側の面子が丸潰れになるところだったが、俺は敢えて手柄を救援に来たタンニーンに全て譲る事にした。俺たち兄弟や、リアスと小猫を救出する為に美猴と黒歌を追い払ったって事で。タンニーンは納得行かない顔をしていたが、面子を気にする貴族悪魔達の事を察し、渋々と言った感じで受け入れた。

 

 悪魔のタンニーンがテロリスト達を撃退したと言う事で収束させる事に、悪魔側(大半は貴族悪魔達)は何とか面子を保つ事が出来てかなり安堵していた。現場にいたリアスや小猫、事情を知ってる四大魔王は物凄く呆れていたけど。因みに他のリアス眷族である朱乃達も事情を知ってる。

 

 とまあ、襲撃も落ち着いたので、今はゲーム前のミーティングをしてるって訳だ。俺は早速イッセーに確認しようとする。

 

「イッセー、この前は急な実戦だったが、龍帝拳はどの程度まで使える?」

 

「取り敢えずは十倍までなら問題無い」

 

「十倍か。ま、ギリギリ合格ラインだな」

 

 十倍と聞いたリアス達が驚愕の表情を浮かべる。アザゼルは興味深そうにイッセーを見てるけど。

 

「それ以上は無理なのか?」

 

「一応更に上げる事は出来る。だけどその分、身体の負担がでかくなっちまう。タンニーンのおっさんと修行してた時に二十倍使ってみたけど、今の俺じゃどうやっても二分が限界だ。それを越えたらもう身体が動けなくなっちまう」

 

「二分は厳しいな。まぁ更に修行すれば制限時間は延びるだろうが、今のところはその二分で勝負が決まるな。ハッキリ言って、実戦じゃ大博打みたいなもんだ。相手が二分耐えたり、逃げ切られでもしたらお前の敗北は即確定だ。もし二十倍を使うとするなら、もう後が無いって時の最終手段にしておけ。その二分間で、お前の勝敗が決まる」

 

「ああ、そうするよ」

 

 敢えて厳しい事を告げる俺に、イッセーは何の反論もしなかった。 

 

 イッセーはそれなりに実戦を積んで分かっているから、俺の言葉を重く受け止めてるからな。

 

「とは言え、今回のゲームで赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)自体が使えないから意味無いが。ソレが使えなくても、お前の身体能力も結構上がってるから大丈夫な筈だ」

 

「まぁ、やるだけやってみるよ」

 

 前にも言ったが悪魔上層部の通達により、今回のゲームでイッセーは赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)が使えない制限を掛けられている。もし使ったその瞬間、反則と見なされて強制的に戦闘不能(リタイヤ)となる。

 

 神器(セイクリッド・ギア)さえ封じれば問題ないと安心しきってるクソ爺共に一泡吹かせてやれと、イッセーには前以て言っておいた。それを聞いたイッセーは力強く頷いたよ。

 

「アザゼル、俺の確認は以上だ」

 

「はいはい」

 

 取り敢えず確認を終えた俺がパスすると、アザゼルはリアスに問おうとする。

 

「リアス、ソーナ・シトリーはグレモリー眷族の事をある程度知っているんだろう?」

 

 アザゼルの問いにリアスは頷きながら答える。

 

 リアスの話だと、ソーナはイッセーやアーシアを含めたグレモリー眷族全員の主力武器を認識しているようだ。フェニックス家との一戦を録画した映像も見ていたらしい。更にはギャスパーの神器(セイクリッド・ギア)も小猫の素性も割れている。ほぼ知られているも同然だ。

 

 対してリアスはソーナやシトリー眷族数名の能力は知ってるようだが、残りは一部判明してない能力者が不明らしい。

 

 因みにシトリー達の数全部で八人。リアス達と同様に、向こうも全部の駒は揃ってない。数は互角だが、ソーナに情報をかなり知られてるリアス達の方が不利だ。

 

 リアスからの話を一通り聞いたアザゼルは、既に用意したホワイトボードにペンを使って書き始めながら説明しようとする。

 

 簡単に言うと、リアス達のタイプを区分けだ。リアスと朱乃はウィザードタイプ。祐斗はテクニックタイプ。ゼノヴィアと小猫はパワータイプ。アーシアとギャスパーはサポートタイプ。そしてイッセーはパワータイプだが、ギフトも出来る事によってサポートタイプにも向いてる。

 

 更にはパワータイプと相性の悪いテクニックタイプとの説明もされた。テクニックタイプの中でも厄介な部類――カウンター使いを。パワー特化型のイッセーやゼノヴィアには最悪な相手だからな。

 

 ゼノヴィアがカウンター系のテクニックタイプは力で押し切ると勇ましい事を言うも、アザゼルがダメ出しついでの理由を告げられた事に黙ってしまう。言い返さないって事は、何か思い当たる節があったんだろうな。するとアザゼルは次にイッセーに視線を向ける。

 

「イッセー、おまえ、今回は赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)を使えないが、そのままでも木場に勝てるか?」

 

「……少なくともノーマル状態のままで、禁手(バランス・ブレイカー)を使った祐斗に勝つのはかなり難しいです。祐斗は俺と違って頭良いし、攻撃手段もいくつかありますしね。それに、もし仮に俺が龍帝拳を使っても、祐斗はその対策としてのカウンター攻撃も考えてるでしょうし」

 

 へぇ、珍しい事もあるもんだ。あのイッセーが祐斗に対してかなり高評価だな。最初は祐斗の事を『気に食わない』とか『イケメンは嫌いだ』とか言ってたけど、オカ研入部による付き合いもあって、それなりに認めているようだ。祐斗も祐斗でイッセーに褒められたと思ってるのか、少し照れてるし。

 

 アザゼルもイッセーを珍しそうに見ながらも笑みを浮かべている。

 

「木場をそこまで認めてるとは意外だったな。確かにイッセーの言うとおり、木場はカウンター攻撃もいける口だ。カウンター使いの対策に関してはリューセーから一通り教わってるだろうが、それでも戦いの相性ってのがあるからな」

 

 確かに。もし機会があれば今後の参考として、イッセーに祐斗と模擬実戦バトルをやらせてみるのも良いかもしれないな。

 

 俺が内心そう思っていると、アザゼルはリアスに言う。

 

「リアス、ソーナ・シトリーの眷族にカウンター使いがいるとするなら、間違いなくイッセーにぶつけてくるかもしれないぞ? こいつの最大攻撃であるドラゴン波じゃ、カウンターで跳ね返されたら一発アウトだ。よーく、戦術を練り込んでおけ」

 

「確かにそうだけれど、相手が女性なら可能性は……低いわ」

 

 ……あ~。確かに低いな。俺とした事がすっかり忘れてたよ。

 

 イッセーが疑問に思ってると、すぐに答えが出てきた。

 

「……洋服崩壊(ドレス・ブレイク)。女性の敵ですから、絶対に戦いたくないと思われます」

 

「うぐ!」

 

 小猫からの鋭い一言にイッセーは思い出したように、何かがグサッと突き刺さったように苦しそうな声を出す。同時にリアスも無言で頷いているし。

 

 イッセーがライザー戦でのゲームで洋服崩壊(ドレス・ブレイク)を使って以降、一大事な展開が起きていた為にソレは一時期忘れていた。

 

 けれど今回みたく最低限の安全が保障されてるゲームとなると、ギャグ的な展開が起きる可能性が充分にある。イッセーの場合だと、洋服崩壊(ドレス・ブレイク)を使った卑猥なギャグ展開が起きるが。

 

 それにしても、小猫は調子を取り戻しつつあるようだ。先日まではコンプレックスもあって、日常の会話に混ざろうとしなかったからな。黒歌達の襲撃中に俺が説教して更に塞ぎがちになるかと思っていたが、どうやらその心配は無さそうだ。

 

「ところでイッセー、美猴たちの襲来ではタンニーンが撃退したことになってるが、おまえも加わっていた事はソーナ・シトリーが姉のセラフォルーを通して知っている。十分に気をつけたほうが良い。赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)が使えないとは言え、向こうはおまえをかなり警戒している筈だ」

 

 確かにアザゼルの言うとおりだな。ソーナはそこら辺の上級悪魔と違い、イッセーを下等な人間だと侮らないどころか、物凄く警戒している。アイツもサイラオーグと同様にイッセーの実力を認めているからな。

 

「もうついでに俺からも警告しておく。イッセー、ソーナには洋服崩壊(ドレス・ブレイク)を絶対使うなよ」

 

「会長に使うなって……。まぁ確かに嫌われると思うから不用意には使わないけど、何でそんな真剣な顔で言うんだ?」

 

「じゃあ後々の事を考えてみろ。もしソーナに洋服崩壊(ドレス・ブレイク)を使って素っ裸にした後、あの超過保護シスコンなソーナの姉――セラフォルー・レヴィアタンがどんな行動をするかをな」

 

「え? セラフォルー様が………」

 

 イッセーはセラフォルーがどうするかを考えた数秒後、見る見るうちに顔が青褪めていく。予想出来たようだな。セラフォルーがイッセーに何をするのかを。

 

 どう予想してるかは大体想像付くが、俺が考えるとなると――

 

 

『イッセーくん! 私のソーナちゃんを辱めた罪は重いんだからぁ!!』

 

『ぎゃぁぁぁぁぁ~~~!!! 誰か助けてくれ~~~~!!!!』

 

 

 魔法少女姿のセラフォルーが泣きながら、龍帝拳を使って全力逃走中のイッセーに特大級の連続魔力弾が当たるまで撃ち続けてるだろう。挙句の果てには、イッセーを巨大な氷に包まれたオブジェにするかもしれない。

 

 セラフォルーの事を知ってるリアスや眷属数名も予想していたのか――

 

「イッセー、リューセーの言うとおり、絶対ソーナに洋服崩壊(ドレス・ブレイク)を使わないで」

 

「場合によっては、私たちも連帯責任としてセラフォルーさまに氷漬けにされてしまいますわ」

 

「イッセーくん、僕からもお願いする。絶対やらないようにしてね」

 

「……もしやったら、恨みますから」

 

「ぼ、僕はまだ死にたくないですぅ!」

 

 リアス、朱乃、祐斗、小猫、ギャスパーがそれぞれイッセーに向かってそう言った。

 

 因みにアーシアとゼノヴィアはセラフォルーについて余り知らないので、揃って首を傾げている。アーシアはセラフォルーがシスコンなのは知ってるけど、過激な事をするのは知らないからな。後でゼノヴィアと一緒に教えておくとしよう。

 

「ま、そういうこった。セラフォルーも流石に魔王としての立場は分かってるだろうが、それでも絶対にやらないとは言い切れないからな。イッセー、頼むからやらないでくれよ」

 

「分かってますよ。俺だって命捨ててまでやろうなんて事はしませんから」

 

 念を押してくるアザゼルに頷くイッセー。ここまで言えば流石のドスケベなイッセーでも絶対にしないだろう。

 

「ま、ソーナだけに限らず、他のシトリー眷族達にも言える事だけどな。ソーナ達の中で洋服崩壊(ドレス・ブレイク)を使える唯一の相手は……男の匙なら多分大丈夫だろう」

 

「勘弁してくれ! 男が男を素っ裸にさせたら変な誤解されるだろうが! いくら兄貴の命令でも、俺は男相手に絶対やらねぇからな!」

 

 物凄い反応で拒絶してくるイッセーに、俺は内心確かにと思ってしまった。もし駒王学園にいる女子達に『イッセーが匙を素っ裸にさせた!』と言う内容を知ったら、確実に変な方向へ誤解するだろう。

 

 これ以上は不味いと思ったのか、アザゼルは洋服崩壊(ドレス・ブレイク)の話題を変えようと最後に締めのアドバイスでミーティングを終わらせようとする。

 

 その後、俺とアザゼルが抜けたメンバーで決戦の日まで戦術を話し合う事となった。

 

 

 

 

 

 就寝前。

 

 俺は部屋にイッセーとアーシアを密かに呼んでいた。因みにアザゼルやリアス達には内緒で。

 

「寝る前に突然呼んで悪かったな。明日は本番だが、大丈夫か?」

 

「問題ねぇよ。いつも通りだ」

 

「が、頑張ります!」

 

 俺の問いにイッセーは問題無さそうに答えるが、アーシアは未だに緊張してるようだ。

 

「結構。さて、二人には前以てコレを渡しておく。いざと言う時に使え。これらの使い方だが――」

 

 俺はイッセーとアーシアに、それぞれ渡した物についての解説を始めた。 




イッセーとアーシアに渡されたのは次回以降に判明する予定です。


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第十九話

 決戦当日。

 

 グレモリーの居城地下にゲーム場へ移動する専用の巨大な魔法陣がする。

 

 リアスたち眷族一同はその魔法陣に集まり、もうすぐ始まるゲーム場への移動に備えていた。

 

 因みに服装は駒王学園の夏の制服だが、アーシアとゼノヴィアだけは違った。アーシアは前回のゲームと同様にシスター服、ゼノヴィアは教会用の戦闘服だ。二人はソレを着てる方が気合が入るようだ。もうついでに、シトリー側も駒王学園の制服らしい。

 

 グレモリー夫妻、ミリキャス、アザゼル、そして俺が魔法陣にいるリアス達に声を掛ける。

 

「リアス、改めてお前の力を見せてもらうぞ。今回も勝ちなさい」

 

「人間のイッセーさんばかり頼らず、次期当主として恥じぬ戦いをしなさい。眷族の皆さんもですよ?」

 

「がんばって、リアス姉さま! イッセー兄さまも!」

 

「まあ、今回教えられる事は教えた。あとは気張れ」

 

「頑張れよ、お前達。特にイッセー、神器(セイクリッド・ギア)がなくてもやれるってところをお偉方に見せてやれ」

 

 この場にいないのはサーゼクスとグレイフィアさんだが、既に要人専用の観戦会場へ移動済だ。そこには三大勢力の首脳陣だけじゃなく、他の勢力からのVIPも招待されている。この前会ったオーディン達も。因みに俺とアザゼルも、この後その会場に移動する予定だ。

 

 そして地面に描かれてる魔法陣が光を発すると、リアス達はゲーム場へと転移した。

 

「さて、俺たちも行くぞ、リューセー」

 

「了解っと」

 

 アザゼルが観戦会場へ向かう為の転移術を使おうとしてると、ミリキャスが俺に近づいてくる。

 

「本当はリューセー兄さまと一緒に観戦したかったんですが……」

 

「はは、また今度な」

 

 残念そうな顔をしてるミリキャスの頭を優しく撫でた後、転移の準備が出来たアザゼルに近くと俺達は姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 アザゼルの転移術で観戦会場に到着すると、三大勢力や他勢力の首脳陣が集まっていた。

 

 各首脳陣が見てる中、天使勢が挨拶をしようとしてきたので、俺は即座に挨拶は不要だと片手でジェスチャーする。

 

 俺の意図が伝わった天使勢が再び席に座ってると――

 

「リューセー!」

 

 他勢力の首脳陣の一人が俺の名を呼びながら急接近して抱きつこうとしていた。

 

「って、何で避けるのよ!?」

 

 ヒョイっと躱すと、俺に抱きつこうとしていた亜麻色髪の美女――女神フレイアが抗議してくる。他の首脳陣達が驚くように俺達を見てるよ。

 

「フレイヤ、頼むから公式の場でそんな事はしないでくれ。俺は立場上『三大勢力の協力者』なんだからさ」

 

「これ、フレイヤ。さっさと席に戻らんか」

 

 俺がフレイヤを窘めてると、北欧の主神――オーディンが呆れた顔をしながら此方に近づいて来た。

 

「え~、私はリューセーと一緒が良いんだけど~」

 

「冥界へ行く前に約束した筈じゃ。公の場で迷惑を掛けることはしない、とな。この前は見逃したが、これ以上ワシやリューセーに恥を掻かせるのであれば、即刻ヴァルハラへ戻ってもらうぞ」

 

「う……」

 

 オーディンが睨むように言うと、駄々を捏ねていたフレイヤが痛いところを突かれたように後ずさる。

 

 そう言えば黒歌たち襲撃後の報告時にオーディンが言ってたな。フレイヤが迷惑を掛けない事を条件に冥界へ来たって。

 

 確かにそう言った条件を付けないと、周囲から何を言われてもフレイヤはずっと俺の傍にいるだろう。一応フレイヤは北欧女神の一人だから、立場上としてソレは不味い。

 

「ヴァルハラに戻りたくなければ、早く席に戻れ」

 

「うう~~……リューセー、後でね」

 

「はいはい」

 

 やっと折れたフレイヤが渋々と言った感じで席に戻った。彼女が戻った事に俺とオーディンが揃って嘆息した。

 

「すまんのう、リューセー」

 

「いえいえ」

 

 俺に謝罪をした後、オーディンはすぐにフレイヤの後を追うように席に着こうとする。

 

「おいリューセー。この前から気になってたんだが、何でフレイヤはお前にベタ惚れなんだ?」

 

「前にイッセーと一緒にヴァルハラへ行った時、ちょっとな」

 

 さっきまで呆れるように見ていたアザゼルが問うと、俺は軽く済ませながら指定の席へ座ろうとする。

 

 アザゼルと同時に席に着くと、近くにいたサーゼクスが苦笑していた。

 

「いやはや、女神フレイヤは大胆なお方と言うか……」

 

「そこは敢えて触れないでおいてくれ」

 

 ちょっとしたプチ騒動が静まると、グレモリー眷族とシトリー眷族がゲーム場に着いたのを確認したグレイフィアがアナウンスしようとする。

 

「皆さま、この度はグレモリー家、シトリー家の『レーティングゲーム』の審判役を担うこととなりました、ルシファー眷族『女王(クイーン)』のグレイフィアでございます」

 

 以前にもグレイフィアがやってたけど、今回は使用人じゃなくサーゼクスの眷族としてやっているな。ま、前回の非公式と違って今回は正式な『レーティングゲーム』だからな。当然と言えば当然だ。

 

「我が主、サーゼクス・ルシファーの名のもと、ご両家の戦いを見守らせて頂きます。どうぞ、よろしくお願いいたします。今回のバトルフィールドは――」

 

 グレイフィアが両陣営や観戦者達に説明を始める。

 

 ゲーム会場は駒王学園の近隣にあるデパートを模して作った異空間。そのデパートは駒王町に住んでる住民が利用してるので、人間の俺やイッセーは勿論、悪魔のリアスやソーナ達も当然知っている。

 

 駒王町のデパートは二階建てで高さ的には大した事はない。けれど、一階二階と吹き抜けの長いショッピングモールとなって、横面積がかなりのものだ。屋上は駐車場、そのほかにも立体駐車場も存在している。

 

 グレイフィアの説明で、デパート内にいる両陣営が転移された場所が『本陣』のようだ。リアス達が二階東側、ソーナ達が一階西側だと。因みに『兵士(ポーン)』が『プロモーション』をする際、相手の『本陣』まで赴くことだと。互いにデパートの端だから位置としては公平だろう。

 

 更に特別ルールもあるようだ。陣営に資料が送られているようだが、観戦側にも用意されている。資料の中身は、『バトルフィールドとなるデパートを破壊尽くさないこと』だと。早い話、ど派手な戦闘はやるなと言う意味だ。因みに回復品の『フェニックスの涙』は両チームに一つずつ支給されてる。

 

 資料を読んだ俺は内心舌打ちをした。今回のゲームはリアスや朱乃やゼノヴィア、そしてイッセーにとっては不利な戦場であるからだ。その四人は知っての通り効果範囲の広い攻撃を使うから、それらの攻撃手段を封じられたも同然だ。

 

 更に最悪な事もある。これはもうリアスに周知済みだが、ギャスパーの『停止世界の邪眼(フォービトゥン・バロール・ビュー)』はイッセーの『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』と同様に使用禁止されている。理由は単純明快。ギャスパーはイッセーと違って使いこなせていないからだ。ゲーム主催側が、目による暴走でゲームの全てが台無しになったら困るんだと。因みにギャスパーにはアザゼルが開発した封印用の眼鏡を装着させる事となってるから暴走の心配は無い。

 

 イッセーとギャスパーの神器(セイクリッド・ギア)使用禁止、範囲攻撃によるデパート破壊はNG。それらの条件で、リアスたち眷族一同の攻撃力が半減されて不利になってるも同然だ。逆にソーナ達はリアス達の攻撃力が封じられてる事によって、かなり有利になっている。

 

 ここまでリアス達に不利な条件を付けられるなら、イッセーの『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)の使用禁止』は初めから必要無いんじゃないかと思ってくるぞ。ただでさえデパートが破壊出来ない条件があると言うのに。最早これは仕組んでるんじゃないかって疑いたくなるぞ。

 

 ……ま、よくよく考えてみれば、レーティングゲームは単純にパワーだけで勝てる訳じゃない。バトルフィールドやルールによって戦局は一変し、力が足りない悪魔でも知恵次第で勝つ事が出来るからな。それ故に冥界や他勢力の間で流行ったゲームだ。

 

 今回行うゲームではリアス達にとって不利なルールだが、それをこなす事が出来なければゲームに勝ち残る事なんか出来ない。レーティングゲームの元来はチェスだから、基本ルールで『兵士(ポーン)』でも『(キング)』は取れる。早い話、『やり方次第で誰でも勝てる可能性がある』って事だ。

 

 それにある意味、イッセーにとって良い修行にもなる。力を抑えた状態で、周囲の物を壊さずに屋内戦でどこまでやる事が出来るか。タンニーンの修行で力の調節なんかしてないと思うが、それでも闘気(オーラ)のコントロールは俺が以前から教えてるから大丈夫だろう。

 

 さて、今回のレーティングゲームは一体どんな結果になるのやら。あとイッセーとアーシア、俺が渡したアレをどんな場面で使うかはお前達の判断次第だよ。

 

 

 

 

 

 

 どうも、兵藤一誠です。ここからは兄貴に変わって……って、何言ってるんだか俺は。

 

 ゲーム場について三十分間の作戦会議が終わり、ついさっきまでフロアに集まって開始時間を待っていた。その後はグレイフィアさんのアナウンスでゲームスタートし、今は部長の指示で人数を分断して行動開始してる。

 

 今回は俺とアーシアと小猫ちゃん、祐斗とゼノヴィアで二手に別れている。俺達が店内からの進行で、祐斗達は立体駐車場を経由しての進行。ギャスパーは複数のコウモリに変化しての店内の監視と報告。そして進行具合によって、部長と朱乃さんが俺側のルートを通って進む事になってる。

 

 本当だったらアーシアも部長達と行動させる予定だった。けれど、この前の修行で兄貴が課した修行の内――自衛スキルを身につけたから、俺達と一緒に行動する事となった。尤も、アーシアから俺達と行動するって言い出したんだよな。

 

 アーシアの予想外の発言に、俺だけじゃなく部長達も驚いてたよ。あのアーシアが自分からあんな事を言うなんて、みたいな感じで。ま、俺としても回復役のアーシアがいてくれたら心強いのでOKしたけどな。何故か部長からちょっと睨まれたけど。

 

 因みに俺は神器(セイクリッド・ギア)が使えないことにより、今回のゲームでは陽動として動く事となってる。オフェンスのメインは祐斗とゼノヴィアだ。俺が陽動の仕事を終えた後、後はあの二人に任せるって寸法だ。ノーマル状態の俺より攻撃力が高いからな。

 

 そして現在、俺とアーシアと小猫ちゃんは物陰に隠れながら、長い一直線のショッピングモールをゆっくりと進んでいる。この店内は走ると響くから、相手に距離を測られてしまう。それ故にゆっくりと進んでいる。

 

 ある程度まで進み、自販機の陰に隠れて俺達は前方の様子を伺っていた。

 

 姿は見えないが、真っ直ぐ向かってきているのはオーラで分かっていた。それも二人。その内の一人のオーラは俺がよく知ってる奴だ。

 

 すると、隣で小猫ちゃんが――なんと猫耳を頭に生やしていた。これがさっき聞いた猫又モードか!

 

 猫耳がピコピコと動いてる! 更には尻尾まで生やしてる! もうこれは殺人的な可愛さだよ! もし元浜が見たら確実に暴走するぞ! アーシアもアーシアで、「わぁ、可愛いですぅ」って言うような目で見てるよ!

 

 余りの可愛さに興奮してる中、小猫ちゃんは遥か先に指をさして言う。

 

「……イッセー先輩はもう気付いてると思いますが、真っ直ぐ向かってきている者が二人います」

 

「へぇ。猫又になって相手の気を探れるのか?」

 

「……はい。仙術の一部を解放していますから、気の流れでそこそこ把握出来ます。まだイッセー先輩ほどじゃありませんので、詳細までは分かりませんが」

 

「いやいや、俺の探知は小猫ちゃんが思ってるほど万能じゃないから」

 

 俺はあくまで相手のオーラを探知するだけで、遠くで何をしてるかまでは分からないからな。

 

 一人は何度も話してる事によってオーラの質は分かってるんだが、もう一人は全然分からない。兄貴だったら把握してるだろうけど。

 

「どうしますか、イッセーさん?」

 

「……私はイッセー先輩の判断に任せます。戦闘経験はイッセー先輩が上ですから」

 

「え? 良いの?」

 

 俺が確認するように問うと、アーシアと小猫ちゃんは揃ってコクンと頷いた。小猫ちゃんって戦闘に関しては結構信頼してるんだな。

 

 けれど、俺は今どうしようか迷ってる。このままのペースで進んだら十分以内で確実に鉢合わせてしまう。それまでに考えるとしても、余りにも時間が足りない。俺は兄貴と違って、策とかすぐに思いつかないからな。

 

 となれば、俺のやる事はただ一つ。もし向こうから奇襲でも仕掛けられたら、真正面で対抗するしかない。

 

「そんじゃ、隠れて進むのは性に合わないから堂々と行きますか。こっちでどうこう考えるより、向こうから何か仕掛けてくると思うし。小猫ちゃん、俺が先に行くからアーシアを頼む」

 

「……分かりました」

 

「イッセーさん、お気をつけて」

 

 そう言って俺は自販機の陰から出て堂々と姿を現して進み――

 

「おい(さじ)! 来てるのは分かってる! もういい加減に出てきたらどうだ!?」

 

 此処へ来てる二人の内の一人――(さじ)(げん)()(ろう)を名指しする。前方の天井を見上げながら。

 

 俺の声に反応したのか、天井へ一直線に伸びるロープ――否、ラインだ。ターザンみたいなロープ使いで天井から降って来たのは――

 

「――だったら出てきてやるよ、兵藤!」

 

 誰かを背中に乗せた匙が、膝蹴りの体勢のまま俺目掛けて攻撃を仕掛けてきた。

 

 来るのが分かっていた俺は慌てる事無く、開いた手を匙に向けて伸ばしたまま闘気(オーラ)弾を放つと――

 

「えっ! ちょっ! そこはガードするんじゃ――」

 

 

 ドォォオオオオンッッッ!

 

 

 待ったをかけようとする匙を無視するように、闘気(オーラ)弾は命中し爆発。そして匙ともう一人はそのまま落下していった。

 

 いくら戦闘バカな俺でも、あんな丸分かりな奇襲攻撃をバカ正直にガードなんてしねぇよ。




 やっとシトリー戦に入りました。

 自分で言うのもなんですけど、相変わらずのダラダラ感が抜けてませんね。


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第二十話

 本当でしたら今日の午前0時更新の予定でしたが、思っていた以上に時間が掛かってしまいました。と言うわけで今回はフライング更新となります。


「ててて……おい兵藤! いきなりアレはねぇだろう!?」

 

「アホか。あんな攻撃されたら即行で迎撃するに決まってんだろ」

 

 闘気(オーラ)弾を受けた匙はそのまま落下して辛うじて着地した直後に抗議してきた。匙の発言に内心呆れながら言い返してると、匙の背中に乗っていた少女が離れる。あの子は生徒会のメンバーで、確か小猫ちゃんと同じ一年生だったな。一緒に闘気(オーラ)弾を受けたかと思ってたけど、匙が咄嗟に庇った事もあってか無傷みたいだ。

 

 あと少し気になってるんだが、匙の右腕が……黒い蛇が何匹もとぐろを巻いている状態だった。以前見た時と全く違うな。前はデフォルメなトカゲの頭部がくっ付いているだけだったが、修行によって変化したかもしれない。

 

 確か匙の神器(セイクリッド・ギア)――『黒い龍脈(アプソープション・ライン)』は、相手にラインを繋げてパワーを吸収し続けるんだったな。しかもぶっ倒れるまで。俺にとっては相性の悪い神器(セイクリッド・ギア)だよ。

 

 もしもさっきの奇襲でバカ正直に防御でもしてたら、匙はラインと思われる黒い蛇を俺に繋げようとしてたかもしれない。闘気(オーラ)弾で迎撃した選択は、俺にとって最良だろうな。

 

「にしても匙、お前随分と神器(セイクリッド・ギア)が変わってるじゃねぇか。それに俺がさっき撃った闘気(オーラ)弾を受けても、大したダメージがねぇみたいだし」

 

 本気で撃ってはいないが、それでも並みの下級悪魔が受けたらダメージを受けるのは確実だ。けれど匙はダメージが無いどころかピンピンしてる。

 

「まあ、俺も修行したってことさ。おかげでコレも変わって、身体も結構タフになったんだ。で、天井から店内の様子を見ようとラインを天井に引っ付けて上がってみたら、遠くの物陰に隠れてる二人が見えたんだ。けどお前に気付かれた挙句、名指しまでされたから、ターザンごっこで奇襲を仕掛けたってわけだ」

 

 結局迎撃されて奇襲は無意味になっちまったが、と匙が少し自虐的に言ってくる。

 

 ……俺に気付かれても敢えて奇襲を仕掛けたってのが何か妙だな。バレてるのが分かってても奇襲を仕掛けるって、普通に考えてやらない筈だ。玉砕覚悟でも俺とラインを繋げたかったと言う理由なら納得出来るが、何故かそれだけで収められなかった。

 

 まぁ、頭の悪い俺がどう考えても答えが見付からないから、一先ず後回しだ。今は目の前の敵を倒す事に集中するか。

 

「こっちも結構修行したぜ。ま、今回は赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)が使えねぇけどな」

 

「兵藤、本気を出せないところを悪いが、勝たせてもらうぞ。会長の夢の為に」

 

 申し訳無さそうに言ってくる匙だが、表情が真剣だった。赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)が使えなくても、匙は一切油断はないようだ。

 

 これは俺も覚悟して匙と戦わないといけないかもしれないな。ああ言う奴ほど厄介な相手はいないし。

 

 匙の熱意に応える為に気合いを入れてる最中、突然信じられないアナウンスが俺達の耳に届いた。

 

『リアス・グレモリーさまの「僧侶(ビショップ)」一名、リタイヤ』

 

 おいギャスパー! お前何やってんだよ!?

 

 因みに此処にいる同じ『僧侶(ビショップ)』役のアーシアが小猫ちゃんの傍にいるので、やられたのがギャスパーだとすぐに分かった。すると、匙がにやける。

 

「どうやらギャスパーくんは引っ掛かったみたいだな」

 

「引っ掛かっただと?」

 

 鸚鵡返しに言う俺に匙は説明をする。

 

 どうやら会長達にもギャスパーが神器(セイクリッド・ギア)を封じられている事を知っていたようだ。それを知った会長が、ヴァンパイアの力でコウモリに変化したギャスパーを本陣に誘き出そうと名案。そして誘き寄せられたギャスパーは、向こうの本陣――食材品売り場にあるニンニクを使って捕獲して撃破されたんだと。

 

 余りにもふがいないやられかたをしたギャスパーに、俺は物凄く呆れまくった。

 

「シンプルな倒し方だろう? ま、これは本陣の位置から出来た偶然の発想だったけど、それでも撃破は撃破だ」

 

「……確かにそうだな。はぁっ……」

 

 匙の台詞に言い返せない俺は嘆息した。ってかギャスパー、いくらニンニクが嫌いでも我慢ぐらいしろよな! 初っ端からギャグ張って撃破されんなよ! 多分だけど、兄貴もメチャクチャ呆れてると思うぞ!

 

 よし! 後でギャー助にはニンニク克服の練習するよう兄貴に頼もう! アイツのこれからの主食をガーリックライスかガーリックトーストを作ってもらうようにな!

 

 ギャスパーのお仕置きメニューを一通り考えた俺は、次に目の前にいる匙達に意識を向けて構え始める。

 

 すると、俺の構えを見た匙が右腕を伸ばした。その直後に右腕に巻かれてる何匹かの黒い蛇が俺に向かってくる。

 

「ちぃっ!」

 

 繋がれたら面倒な事になると思った俺は躱そうとジャンプする。

 

「逃がすかよ!」

 

「げっ!」

 

 匙の声に反応したのか、一直線に向かっていた黒い蛇達――ラインが意思を持ってるように俺目掛けて上に向かってくる。相性の悪い匙の神器(セイクリッド・ギア)が更に悪くなったような感じだ。

 

 ジャンプして動きが止まった俺に、向かってくるラインは噛み付く感じで俺と繋がろうとした。

 

「よし、取った!」

 

 動けない俺を見た匙が捕まえたと思って笑みを浮かべ――

 

 

 フッ!

 

 

「なっ、消えただと!?」

 

 ――ていたが、俺が超スピードで躱した途端に驚愕していた。

 

「アイツ、一体何処に……!?」

 

「お前の後ろ、だ!」

 

「がぁっ!」

 

 戸惑ってる匙の背後を取った俺は、即座にお返しと言わんばかりに回し蹴りを決める。背中をモロに喰らった匙は蹴りの衝撃により少し吹っ飛ぶが、すぐに体勢を立て直そうと両足を地面に付けて俺を見る。

 

「~~~~~! お前、神器(セイクリッド・ギア)無しでもあんなこと出来るのかよ……! とても人間のスピードじゃねぇぞ……!」

 

「そりゃガキの頃から兄貴に徹底的に鍛えられたからな」

 

 匙は片手で背中を擦って痛がる顔をしながら言ってくるも、俺はさらりと言い返す。

 

 修行する前までの俺は普通の人間だったが、聖書の神である兄貴が課した修行によって、超人的な身体能力を得る事が出来た。超人的と言っても、兄貴の知り合いであるオカマのローズさんに比べられたらまだまだだけどな。

 

 因みに、さっき俺を追撃していた複数のラインがいつのまにか匙の右腕に戻っていた。俺が急に姿を消したからかな? ま、そんな事はどうでもいいが。

 

「匙、お前は何か勘違いしてるようだから今の内に教えとく。確かに俺は今まで『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』の能力で何度も乗り越える事が出来た。だけどな、アレは宿主が強くなけりゃ本領発揮しない代物なんだよ。一般人のガキだった頃の俺には全く意味が無いどころか、使う資格すら無かったからな。だから赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)を使いこなすには、俺自身強くなる必要があった。その為に強くなりたいと兄貴に頼んだが、そこからは地獄とも思えるような修行を受けたよ。死んだ方がマシと思える激痛を何度味わった事か。時には死にかけた上に、三途の川を何度も渡りそうだったよ。けどまぁ、それらの経験を得た事によって、今の俺がいるって訳……っておい。なに同情の眼差しを送ってんだよ?」

 

「いや、なんつーか……。お前、普段学校じゃバカやって女子達からは変態三人組の筆頭と蔑まれてるのに、裏では過酷な日々を送ってたんだなって」

 

「……お気遣いどうも」

 

 確かに俺は学校ではバカやってるが、別に表と裏の性格なんか一切無い。どっちの生活も普段の性格のままで過ごしている。もうついでに言わせてもらうと、俺は自分から強くなりたいって兄貴に頼んだから、それが辛かったなんて思っちゃいねぇし。

 

「そんな事より、今は戦いに集中したらどうだ? 俺に同情したところで手は抜かないぞ」

 

「っ……。そうだったな」

 

 俺の指摘を聞いた匙はすぐに顔を引き締めて構え始める。

 

「さっきまでのやり取りで何となく分かったよ。兵藤が神器(セイクリッド・ギア)を使わなくても、俺を充分に倒せるほどの実力を持ってるってな。ついでに戦闘経験の差があり過ぎる事も」

 

「それで?」

 

 匙は実力差がある事が分かっても、一歩も退く姿勢を見せようとしない。寧ろ何か覚悟を決めてる感じだ。

 

「だけどな兵藤、それでも俺はお前を倒す。絶対にな!」

 

「――っ」

 

 匙の瞳は決意に満ちていた。凄まじいまでの本気度が伺える。

 

 すると、匙は俺に手を向けて魔力弾を放とうとしていた。

 

 

 ドンッ!

 

 

 放たれる魔力弾。大きさはそこまで大したことない。建物を出来るだけ破壊しないルールに従ってるんだろう。

 

 俺が咄嗟に身体をずらして躱すと、魔力弾はその先にあった店舗に当たって破壊された。

 

 何だあの威力は? 聞いた話じゃ、匙にはあそこまで魔力は高くはない筈だ。ウィザードタイプの部長や朱乃さんほどじゃないにしろ、それでもかなりの威力だ。あそこまで上げてる要因は一体……っ! まさかアイツ!

 

 俺はすぐに匙の魔力が上がった要因が分かった。匙の神器(セイクリッド・ギア)は自身の胸部――心臓に向かってラインが伸びていたからだ。あんな事をしてるのは――

 

「おい匙! お前! お前は自分の命を……魔力に変換してやがるのかッ!?」

 

「そうだ。魔力の低い俺が高威力の一撃を撃ちだすにはこれしかなかった。神器(セイクリッド・ギア)の力で魔力に変換する。見てのとおりだよ。正に文字通り『命がけ』って奴だ!」

 

「お前バカか!? 今すぐ止めろ! いくらお前が悪魔でも、そんな事したら本当に死ぬぞ!」

 

 レーティングゲームは実戦形式のゲームだが、それでも自分の命を使ってまで勝とうとするなんてバカげてる!

 

 俺が止めろと叫ぶが、匙は真剣な眼差しで笑んでいた。

 

「ああ、死ぬ気だよ。死ぬ気でおまえたちを倒すつもりだ。なぁ兵藤、おまえに夢をバカにされた俺たちの悔しさがわかるか? 夢を信じる俺たちの必死さがわかるか? この戦いは冥界全土に放送されてる。俺たちをバカにしてた奴らの前でシトリー眷族の本気を見せなきゃいけない!」

 

「………………」

 

 匙の発言に俺は咄嗟に言い返すことが出来なかった。

 

 確かに俺は前の会合の時、悪魔のお偉いさん達が会長の夢を聞いた後に大笑いしながらバカにしていたのを見て凄く腹が立っていた。ぶっ飛ばしてやりたいと思ったほどに。

 

 匙が命をかけて俺達を倒そうとする気持ちは分からなくもない。俺も俺でコカビエルが本気で駒王町を滅ぼそうとしてたのを見て、命をかけて部長達を守りたいと思ってたからな。

 

 だが、それはあくまで駒王町が滅ぼされ、部長達が殺されそうになった場合の話だ。身の安全が保障されてるゲームの為に、自分から命をかけてまで俺を倒そうだなんてバカげてる。

 

 俺はすぐに止めさせようと闘気(オーラ)を纏いながら突っ込もうとするが、匙は空かさず魔力弾を撃ってきた。同時にラインも伸ばして俺と繋げようとしている。匙を止めたいが、ラインに繋がる訳にもいかないので、俺は回避せざるを得なかった。

 

 俺と匙が戦ってる中、横では小猫ちゃんと匙の後輩が攻防を始めていた。アーシアは小猫ちゃんの傷をいつでも治療出来るようにスタンバイしてる。

 

 格闘に秀でてる小猫ちゃんに相手の女子も上手く食い下がっていたが、すぐに変化が起きた。

 

 仙術を使ってると思われる小猫ちゃんが匙の後輩に攻撃を当てると、あの子から感じるオーラに凄い乱れが生じていた。多分、あの状態じゃ魔力を練るのは無理だ。

 

 アレが小猫ちゃんの本来の戦い方か。兄貴から聞いた話だと、アレは相手の肉体だけじゃなく、体内を巡る気脈にまで打撃を与える一撃は敵のオーラを根本から折る事が出来るんだったな。

 

 闘気(オーラ)を使う俺以外にも、魔力を主体として扱う相手には最悪だな。小猫ちゃんも匙と同様に戦いの相性は悪いが、味方でいることに凄く安心したよ。もし小猫ちゃんが過去に囚われず、襲撃してきた小猫ちゃんのお姉さんと同じく俺の敵だったら……負ける可能性は充分にあるな。マジで安心した。

 

「……匙先輩、ゴメンなさい」

 

 小猫ちゃんの仙術と格闘で動けなくなった後輩は一言漏らすと、体が光り輝き、この場から消えてなくなる。かなりのダメージを負った為、リタイヤとして転送されたんだろう。

 

『ソーナ・シトリーさまの「兵士(ポーン)」一名、リタイヤ』

 

 グレイフィアさんのアナウンスも聞こえてくる。これでお互いのチーム、一名欠いた事になる。

 

「……私は冥界猫(ヘルキャット)になるんです。負けません!」

 

 どうやら小猫ちゃんは俺がゲーム開始前に考えた渾名を気に入ってくれたみたいだな。お兄さんは嬉しいよ。

 

 さて、小猫ちゃんが格好良く決めてくれたから、俺もいい加減に腹を括るか。

 

 さっきまでは匙の自殺行為を止めろと何度も叫んだんだが、アイツは聞く耳持たずで、それどころか本気で俺を倒そうとしていた。これ以上は匙の決意を踏み躙ると思った俺は、アイツの思いに応える為に本気でやろうと決めた。

 

「ハァハァ……ハァハァ……くそっ、一発も当たらねぇ……!」

 

 魔力弾を撃ち続けてる匙に対して、俺はさっきから超スピードで躱していた。このまま続けてれば匙は何れぶっ倒れるだろうが、んな事はしない。もしやったら匙が本当に死んでしまうからな。けどあの様子からして、あと十発撃てるかどうかってところだろう。

 

「……イッセー先輩、加勢します」

 

 小猫ちゃんが間に入ろうとするも――

 

「大丈夫だ、小猫ちゃん。君はアーシアの傍にいてくれ」

 

 俺がそれを拒否したが、すぐに首を横に振った。

 

「ダメです。いくらイッセー先輩が強くても、これはチーム戦。ここは協力すべきです」

 

「小猫ちゃんの言う事は尤もだ。確かにこのままやれば確実に匙を倒せる。けどアイツはその気になれば、さっきまで戦ってた小猫ちゃんにラインを飛ばして力を吸うことも出来た筈だ。そうしなかった理由は……もう分かるだろ?」

 

「……それは分かっていますが」

 

 未だ納得した様子を見せない小猫ちゃん。

 

「ここは敢えて俺に任せてくれ。頼むよ」

 

「……分かりました。ですがその代わり、人間界へ戻った時にスイーツを奢ってください」

 

「OK。それで手を打とう」

 

 拳を収めた小猫ちゃんが条件を出したので、俺は快く受け入れた。けどまぁ、流石に値段が高いスイーツは勘弁して欲しいけど。

 

 距離を取った小猫ちゃんを見た俺は次に匙の方へと視線を向ける。

 

「匙、少しは休めたか?」

 

「ハァハァ……お蔭さまでな。にしても兵藤、ありがとな。態々俺に付き合ってくれて」

 

「気にすんな。けどなぁ匙、俺がこうするからには、赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)が使えなくても本気でやらせてもらう。後になって後悔はすんなよ?」

 

「分かってる。俺は、俺たちの夢は本気だ。学校を建てる。差別のない学校を冥界につくる。そして俺は先生になるんだ……。お前が眷族候補とは言え、同じ『兵士(ポーン)』である赤龍帝・兵藤一誠に勝つ! おまえに勝って堂々と言ってやる! 俺は先生になるんだっ!」

 

 俺に向かって言ってくる匙の眼差しは強く、一切の曇りも陰りもなかった。

 

「そうかよ。じゃあ見せてやる。今の俺の力をな! はぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 

 グゴゴゴゴゴゴゴゴッ!

 

 

 俺が赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)を使わずに闘気(オーラ)を解放すると、建物全体が地震みたくグラグラと揺れていた。

 

 本当だったらもう少し闘気(オーラ)を解放したいところだが、これ以上やるとデパートが壊れちまう。今回はここまでだ。

 

「かぁっ!」

 

 

 ドゥンッ!

 

 

「ぐっ!」

 

「きゃあっ!」

 

「……これは、凄いオーラの量です」

 

 俺から発した衝撃の突風によって匙やアーシアが怯み、小猫ちゃんだけはふら付いてるアーシアを支えようとしてる。

 

 闘気(オーラ)を解放した俺の全身から、赤い闘気(オーラ)が身に纏っていた。

 

「待たせて悪かったな。これが今の俺の全力(フルパワー)だ!」

 

「……そうかよ。なら来い、兵藤! 俺はお前を倒す!」

 

 匙は少し怯えた顔をしていたが、すぐに顔を引き締めて構える。

 

 そして俺も匙と同じく構えた直後――

 

 

 バキィッ!

 

 

「ぶっ!」

 

 超スピードで相手の懐に入ってすぐ、匙の顔面にパンチを当てた。それを受けた匙はあっと言う間に吹っ飛んで店舗の一つに激突する。

 

「匙、こっから先は俺の一方的なリンチ同然になっちまうが、手は抜く事なんかしねぇよ。覚悟しやがれ!」

 

 そう言って俺は店舗に激突した匙を追撃しようと、低空飛行のまま猛スピードで迫った。




 原作では互角の戦いを見せたイッセーと匙ですが、こちらではイッセーの方が圧倒的に実力は上です。


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第二十一話

今回は観戦側の視点です。


「随分不機嫌そうだな、リューセー」

 

「……まぁ、ちょっとな」

 

 眉を顰めてるのを見たアザゼルが俺――兵藤隆誠にそう言ってきた。

 

「何と。現赤龍帝は神器(セイクリッド・ギア)無しでもあれほどの力を出せるとは」

 

「流石は聖書の神の弟君と言うべきか、あのままでも悪魔を圧倒するとは」

 

 観戦している重鎮達は、力を解放したイッセーが一瞬で匙の懐に入って攻撃し、更に吹っ飛ばした事に驚嘆の声をあげている。そしてイッセーは倒れてる匙に容赦のない攻撃をしようと、猛スピードで接近する。匙も匙で応戦しようとすぐに立ち上がって魔力弾を撃ったが、イッセーが即座に片手で弾いたのを見て驚愕していた。それが隙となってしまい、イッセーが再び匙の懐に入り、今度はパンチとキックによる連続攻撃が始まった。もう匙は完全に防戦一方となってきている。

 

 匙には申し訳ないが、正直言ってイッセーの相手にはならない。匙が数ヶ月前に転生悪魔となって夏休み中に本格的な修行をして強くなったとは言っても、聖書の神(わたし)から見れば付け焼刃も同然だ。対してイッセーは十年以上も前から聖書の神(わたし)が徹底的に鍛え上げ、多くの実戦経験も積ませている。分かり易いように言えば、レベル1の匙元士郎(ビギナー)がレベル100の兵藤一誠(エキスパート)に挑んでいるみたいなもんだ。極端な例えだが、それだけ匙とイッセーには力の差がある。

 

 とは言え、今のところイッセーが圧倒してても、確実に勝利出来ると言う訳ではない。命を捨ててまで相手に勝とうとする奴ほど、恐ろしいものはいない。今の匙が正にそれだ。イッセーもそれを分かっているように一切油断せず、容赦のない攻撃を匙に浴びせ続けている。

 

 その戦いとは別に、立体駐車場で戦っている祐斗とゼノヴィアは優勢なイッセー達と違って不利な状況となっている。

 

 修行の成果によって、アスカロンにデュランダルのオーラを纏わせたゼノヴィアがシトリー眷族の『騎士(ナイト)』――(めぐり)と『戦車(ルーク)』――由良(ゆら)相手に最初は善戦していた。因みにゼノヴィアがイッセーが所有してるアスカロンを持ってるのは、アザゼルが提案した修行によって貸している。それは無論イッセーも了承済みだ。

 

 由良が攻撃を仕掛けようとしたゼノヴィアに割って入り、「反転(リバース)!」と言った瞬間に戦況が変わった。アスカロンに纏わせていた聖なるオーラが魔のオーラに変化し、由良はアスカロンをそのまま白刃取りをして弾き飛ばした。予想外のカウンターを喰らった事にゼノヴィアは少し戸惑ってる中、祐斗は戦う相手をチェンジさせようとした。因みに祐斗が戦っていたのはシトリー眷族の『女王(クイーン)』――真羅だ。

 

 しかし、それは完全に失策だった。ゼノヴィアが真羅に止めを刺そうと、再度聖なるオーラを纏わせたアスカロンの斬戟を振り下ろした瞬間、真羅が神器(セイクリッド・ギア)を展開させた。真羅の神器(セイクリッド・ギア)――『追憶の鏡(ミラーアリス)』は斬戟によって粉砕されると、割れた鏡から波動が生まれてゼノヴィアに襲い掛かった。それによってゼノヴィアは鮮血を辺り一面に噴出させていた。祐斗とゼノヴィアが圧倒的不利な状況だと誰もが思っていたが、二人の連携技――『デュランダル・バース』によって由良と巡を撃破する事で難を逃れた。真羅は即座に撤退して撃破出来なかったが。

 

 まさかシトリー眷族の中にカウンター使いが複数いたとはな。別にカウンター使いが一人だけとは限らないが。けれど真羅はともかくとして、由良が使っていた「反転(リバース)」が少し気になった。確かアレは堕天使勢が研究していた物のようだが、聖書の神(わたし)から見れば諸刃の剣だった。後でアザゼルに問題がある事を言っておこう。

 

「っ……!」

 

 そんな中、画面でイッセーが強烈なボディーブローをして、匙が口から血を吐いてるのを見たセラフォルーが必死に耐えるように見ている。今の自分はソーナの姉じゃなく四大魔王だと言うのを自覚しているのか、セラフォルーは俺に抗議する素振りすら一切しなかった。

 

「観戦中に悪いがセラフォルー、ちょっと良いか?」

 

「……何かしら?」

 

 俺が声を掛けると、彼女は何でもなさそうに笑みを浮かべた顔で俺を見る。感情を抑えるために少し間があったのは、敢えて気にしないでおこう。

 

「匙の発言を聞いて、ソーナやその眷属達は夢を叶える為に命がけでレーティングゲームに挑んでいるのは分かった。けど、俺にはとてもそんな風には見えないな」

 

「リューセーくん、それって私に喧嘩を売ってるのかな?」

 

 俺の発言にセラフォルーは笑みを浮かべながらも全身から魔力が少し漏れ始めた。ソーナ達を侮辱してると思ったんだろう。

 

 セラフォルーの様子にアザゼルだけじゃなく、他の重鎮達も少し引き気味となっている。

 

「何か勘違いしてると思うから言っておくが、俺はソーナ達を侮辱してるんじゃない。やり方に些か問題があるって意味で言ったんだ」

 

「え? どう言うこと?」

 

 さっきまで出ていた魔力が急に霧散させたセラフォルーが俺に再度問う。

 

「シトリー眷族達は命がけで戦ってると言うより、命を捨てる覚悟で戦ってるようにしか見えない。特に匙が正しくソレだ。アイツは神器(セイクリッド・ギア)で自分の命を魔力に変換してまで、死ぬ事を前提としてイッセーに勝とうとしている。いくらソーナの夢の為だからと言って、自分を犠牲にする戦い方はどうかと思うぞ。正直に言わせて貰うが、匙のやってる事は自殺行為も同然だ」

 

「それは……」

 

 セラフォルーも何か思うところがあったのか、俺の発言に反論しなかった。分かってはいても言い返せないってところか。

 

「俺としてはソーナの夢を応援してるし、口を出す気もない。だが、これだけは言わせてもらう。ゲームで命を捨てるぐらいなら――」

 

「もうそこまでにしとけ、聖書の神」

 

 俺が言ってる最中にアザゼルが割って入るように言ってきた。

 

「こんな所で説教なんかおっ始めようとすんなよ。他勢力の重鎮達がいるんだぞ」

 

「………そうだったな。すまなかった、セラフォルー」

 

 どうやら聖書の神(わたし)とした事が少し熱くなっていたようだ。周囲の重鎮達の中には少し迷惑そうな感じがしてる。

 

 セラフォルーに謝罪した俺は、自粛しようと何も言わず観戦しようとする。俺の行動を見た重鎮達は気を取り直すように、再び観戦しようと画面の方へ視線を移し始めた。

 

「ったく、何やってんだよ。らしくない行動だぞ」

 

「本当にすまん。なにぶん人間に転生した所為か、匙の行動を見て少しばかり感情的になってしまってな」

 

「……まぁ確かに、聖書の神(おやじ)の言いたい事は分からなくもないが」

 

 アザゼルも匙の行動に問題があるのは分かってはいるみたいだ。実力差があるイッセー相手に、本気で命を捨てる覚悟で挑もうとする匙の行動に。

 

「それとアザゼル、由良が使っていた『反転(リバース)』についてだが――」

 

「分かってる。今後のゲームでは使用禁止にするべきだと進言する予定だ。俺としても、未だ研究段階のもので若い芽を潰したくはないからな」

 

 周囲に会話を聞かれないよう小声で話す俺とアザゼル。どうやらアザゼルもアレの危険性を知っていたようだ。

 

「そもそも、何でアレをシトリー眷族達が使ってるんだ?」

 

「恐らくだが、アルマロスかサハリエル辺りがゲームでデータを取るのを条件に提供したんじゃないかと思う。何が起きてもおかしくはないんだが……それを承知でソーナ・シトリーと眷属達は使用してると見ていいだろう」

 

「絶対に勝つ為に危険は覚悟してる、ってところか。あんな未熟な若い内から、リスクを背負った戦いなんてして欲しくはないんだがな」

 

「イッセーに『龍帝拳』なんて危険なブースト技を使わせてる聖書の神(おやじ)が言える台詞じゃねぇよ」

 

「……ま、否定はしないよ」

 

 確かにそうだが、それは師である聖書の神(わたし)がイッセーの実力や今後の成長を考慮のうえ使用許可している。もしイッセーが大怪我や後遺症によって身体がボロボロになっても、聖書の神(わたし)が責任持って治療すると決めてるからな。

 

 と、聖書の神(わたし)が口にした瞬間、さり気なく此方に聞き耳を立てているセラフ達が黙っちゃいないだろうな。『神よ。いくら彼が神の弟君とは言え、たった一人の人間にそこまで寵愛を与え続けるのは如何なものかと』って抗議してくるだろう。

 

 そう言えば、サイラオーグは今頃どうしてるかねぇ。前のライザー戦みたく、戦いたい衝動には駆られてはいないだろうが……それでも何か仕出かさないかと少し不安だ。

 

 もうついでに、この試合をどこかで隠れて観戦してるであろう某白龍さんは、神器(セイクリッド・ギア)を使えない状態で戦ってるイッセーを見てどう思ってるのやら。

 

 

 

 

 

 

「流石は今代の赤龍帝だ。赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)が無くとも、あれほどの実力を見せてくれるとは……!」

 

「サイラオーグさま」

 

 隆誠達とは別の部屋でリアス・グレモリーVSソーナ・シトリーのレーティングゲームを観戦してるサイラオーグ・バアルとその眷属達。観戦しながら再びイッセーと戦いたい衝動に駆られているサイラオーグに、彼の『女王(クイーン)』――クイーシャ・アバドンが無礼だと思いながらも諌めようとする。

 

「分かっている、クイーシャ。もう以前のような事はしない」

 

「なら良いのですが……」

 

 自重してると言うサイラオーグだが、未だに安心出来ない感じで返すクイーシャ。以前のライザー戦で落ち着かせるのに物凄く大変だったので、彼女が信用しないのは無理もない。

 

 二人とは別に、クイーシャ以外の眷族は一誠の実力を見て驚くばかりであった。最初は神器(セイクリッド・ギア)が使用禁止である事を知って、一誠の本気を見る事が出来ないとつまらなそうに見ていたが、余りにも予想外な展開に内心恥じていた。自分の主――サイラオーグが注目している今代の赤龍帝を甘く見過ぎていたと。

 

「兵藤一誠には驚かされているが、奴と戦っているシトリーの『兵士(ポーン)』も中々やるな。実力差があると分かっていながらも、必死に立ち上がって挑み続けるとは大した奴だ」

 

 一誠が繰り出す強烈な攻撃を受けて倒れる匙だが、すぐに立ち上がって再び挑もうと雄叫びをあげながら突撃する。匙の攻撃に一誠は一切の油断を見せる事無く、超スピードで回避しては反撃と言う行動を繰り返している。更には匙が魔力弾を撃とうとする直前、一誠はまるで使わせないよう素早く闘気(オーラ)弾を連続で撃って命中させる。

 

「状況から見て兵藤一誠の圧勝だが……それでも油断は出来んな。兵藤一誠もそれを理解してる」

 

「それはつまり、彼が赤龍帝に勝てる方法があるのですか?」

 

「さあな、俺には分からん。だが少なくとも、あの『兵士(ポーン)』が必死に自分の神器(セイクリッド・ギア)を兵藤一誠に繋げようとしてると言う事は、何か理由がある筈だ。兵藤一誠もそれに気付いてるからこそ、奴の攻撃を防御せず回避に専念している」

 

「赤龍帝がそこまで警戒しているのなら、一気に決着を付けた方が良いのでは? 以前のゲームで使っていた、ドラゴン波とやらで」

 

「確かにそうだが、アレはかなりの威力がある技だ。今回のルールで『バトルフィールドは破壊し尽くさないこと』となっている。いくら兵藤一誠が本気では無いとは言え、もしあの技を使ってしまえばルール違反となって即リタイヤとなる」

 

「……仰るとおりですね」

 

 自分の見方が甘かったと謝罪するクイーシャに、気にするなと言い返すサイラオーグ。そんな中、一人の眷族がサイラオーグに話しかけようとする。

 

「少し宜しいですか、サイラオーグさま」

 

「ん? どうした、レグルス」

 

 珍しく声をかけてきたのが自身の『兵士(ポーン)』――レグルスに、サイラオーグは少し意外そうな顔をしながら彼を見る。

 

「サイラオーグさまが赤龍帝を注目していらっしゃいるのは充分に分かっております。ですが敢えて問わせて下さい。今の彼は私を使えるほどの強者ですか(・・・・・・・・・・・・・)?」

 

「………さぁな。奴と直に戦ってみなければ分からん」

 

 レグルスからの問いにサイラオーグは明確な返答をしないまま、モニターに視線を移した。

 

 

 

 

 

 

 またもや場所が変わり、ここはとある一室。モニターで観戦してるのは――

 

「お~。予想してたけど、赤龍帝は神器(セイクリッド・ギア)無しでも強いねぃ」

 

「当然だ。俺の宿敵(ライバル)が、あんなザコに遅れを取るわけがない」

 

「私としては、聖魔剣使いと聖剣使いの戦いが実に興味深いですね」

 

 現在『禍の団(カオス・ブリゲード)』に所属しているヴァーリ達だった。因みに黒歌は三人に「私は興味無いからゆっくりしてるにゃん」と言ってこの場にいないが、実際は別室で密かにゲームを見ていた。特に小猫の戦いを。

 

「そういやよぉ、ヴァーリと修行していたエリーの姉ちゃんはどうしたんだ?」

 

「さぁな。急に用事が出来たといって、どこかへ行った。あの次期当主の名(・・・・・・・・)を口にしてたから、恐らく奴に急な呼び出しをされたんだろう」

 

「今更ですがヴァーリ、エリガン・アルスランドをこのまま貴方の修行相手にさせて大丈夫なのですか? 旧魔王派に属してる彼女が、我々を監視する為に送り込んだ間諜である可能性は充分に高いと思いますが」

 

「絶対に無いとは言い切れん。だが、あの女は俺と同様に強くなろうとしてる事に嘘を吐いていない。それに俺と奴はあくまで強くなる為、互いに利用しあってるだけに過ぎないからな」

 

「そうは言うけどよぉ。あの姉ちゃんってば黒歌に時折ちょっかい掛けてるぜぃ。その所為でストレスが溜まってる黒歌が、俺っちに不満ぶつけてくるから堪ったもんじゃないぜぃ。何とかしてくれよぉ」

 

「俺の知った事じゃないな。美猴がどうにかしろ」

 

 美猴のお願いをバッサリと切り捨てるヴァーリは、引き続き観戦に集中し始めるのであった。




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第二十二話

 俺――兵藤一誠が匙を一方的に攻撃してから数分。

 

 状況は観戦側から見ても分かるように俺が圧倒して有利だ。匙は――言うまでも無く俺によって満身創痍。俺の攻撃をラインを束ねて盾のように防御しながら繋げようとしていたが、俺がすぐに距離を取って連続闘気(オーラ)弾を撃った事により匙は被弾。

 

 それでも匙は何度も立ち上がる。打ちのめされて何度もだ。足だってガクガクしてるのによ。

 

 時折、何の小細工をしてない拳を放ってくる事もあった。全身に闘気(オーラ)を纏わせてる俺の身体に当たった瞬間、痛みが走った。兄貴ほどじゃないが、俺が纏ってる闘気(オーラ)は鎧の役割も兼ねて防御力もそれなりにある。けれど、匙はその闘気(オーラ)を通して俺に痛み――ダメージを与えた。

 

「……勝つんだっ。……今日、俺はお前を倒して……夢の第一歩を踏む……ッ!」

 

 血反吐をダラダラ吐き散らしても尚、俺に勝とうと挑み続ける匙。

 

 ……成程な。俺にダメージを与えたのは『こもった一撃』って訳か。

 

 夢を叶えようとする匙のやり方に問題はあるが、拳に『こめる攻撃』は本物のようだ。さっきの一撃は、夢を、あるいは魂を、匙の一生を拳に『こめていた』モノ。

 

 兄貴やタンニーンのおっさんから教わったヤツだ。『こもった一撃』は体の芯に届くものだってな。俺も修行してる時、兄貴に勝ちたいと思いながら攻撃した事があった。その時に当てた攻撃で、兄貴は痛みで顔を歪ませていたな。今がそれと似たような状況だ。

 

 これは後で匙に謝らないとダメだな。頭では油断しないと考えてても、心の底では見縊っていたかもしれない。

 

 俺が接近して一撃を与えて吹っ飛ばすが、匙は倒れまいと両足を地に付ける。

 

「兵藤ォォォォォッ!」

 

 力の差を見せ付けても、匙は何度も俺に挑んで攻撃を仕掛けてくる。

 

 俺とラインを通じるのを漸く諦めたのか、今度は打撃のみの攻撃をしてきた。全部紙一重で躱してるけど。

 

「ひとつ聞かせろォッ! どうなんだよ! 眷族候補とは言え、主さまのおっぱいはやわらないのか!? マシュマロみたいって噂は本当か!? 女の人の体は崩れないプリンのごとくというのはマジなのか!?」

 

 今度は何か急に匙が嫉妬に燃えた瞳で殴りかかってきた! ってか戦闘中に聞くことか!?

 

 匙の問いに俺が思わず一瞬固まってしまい、匙はその隙にラインを別の方へ飛ばし、後方のベンチに接続して力の限り振り回してきた。それを見た俺は咄嗟に拳を繰り出し、ベンチが粉砕されて床に散らばった。

 

 魔力を纏ってない物じゃ、俺にダメージを与えるのは無理だ。

 

「おっぱいを揉んだとき、どう思ったんだよ! ちくしょぉぉおおおおおおっ!」

 

 おいおい、夢を語った一撃よりもこっちのほうが激しいぞ!

 

 ………まぁ敢えて匙の返答に答えるなら、凄く気持ち良かったぞ。極上に柔らかな感触だったぜ。ずっと揉み続けたいと思ったほどだ。

 

 何て言ったら部長だけじゃなく、兄貴からキツ~いお叱りの言葉を受ける事になるな。

 

 そう思ってると、匙は次にラインの複数を伸ばし、そこから大型家具をしこたま引っ張って宙で弧を描くように俺の真上に持ってきた。あんだけの家具全部振り下ろすなんて凄ぇな。

 

 予想外な匙の攻撃を見て、一度に全部粉砕出来ないと判断した俺は超スピードで躱す。

 

「俺だって揉みたい! もみたいんだよぉぉぉぉぉっ!」

 

 ついに匙はぶわっと悔し涙を垂れ流した。まぁ、俺が匙と同じ立場だったら涙を流してるだろうな。

 

「乳房すら見た事ないんだぞ! 乳首なんて一生拝めるかわからないんだ! それをお前は人間なのに自由気ままに見やがってぇぇぇぇぇっ!」

 

 いや、部長から見せてくれてるんだよ! だってあの人、寝る前に裸になって俺のベッドに潜り込んでるんだよ! 最近は部長だけじゃなくアーシアもだけどな!

 

 心で叫びながら匙を殴り飛ばすも、匙はすぐに立ち上がる。さっきから思ってたけど、マジでタフな奴だな。

 

「でもな兵藤! 一番はおっぱいじゃない! 先生だ! 先生なんだよ! 俺は先生になるんだ! 先生になっちゃいけないのか!? 何で俺達は笑われなきゃいけない!?」

 

 さっきとは打って変わるように、匙は俺に吠えた。と言うより、これを見ている多くの者達に向かって。

 

「俺たちの夢は笑われるために掲げたわけじゃないんだ……ッ!」

 

「笑いはしねぇよ。だがなぁ!」

 

 

 ドゴッ!!!

 

 

「ごはっ!!」

 

 一瞬で匙の懐に入った俺は闘気(オーラ)を込めた拳に強烈なボディーブローを喰らわせる。それによって匙は口から血を吐き出した。

 

「あ、が……!」

 

「こんなゲームなんかで俺に勝つ為に、命を捨てようとするお前のやり方が気にいらねぇ!」

 

 実力差があると分かっても挑もうとするのは良い。だけど死ぬ事を前提として挑むのはNGだ!

 

「冥界のお偉方に笑われたからって何だ!? そんな事で命かける理由にならねぇだろうが! 今は好きなだけ言わせとけ! お前ら悪魔は人間と違って長い時間があるんだからな! 先生になるんだったら、二度とこんなバカな事はすんじゃねぇ! あと俺に勝ちたきゃ、もっと修行して力を付けろ!」

 

「っ……」

 

 拳に力を込めながら抗議するように叫ぶ俺に、匙は痛みに耐えながらもコッチを見る。

 

「……兵藤……おまえの言ってる事は正しい……。確かに、俺は……とんでもない大バカ野郎だ。けどなぁ……!」

 

 

 ガシッ!

 

 

「今の俺が、おまえに勝つためには……これしか方法がねぇんだよぉ……!」

 

「やべぇ!」

 

 俺のボディーブローを受けて動きを止めていた匙が、突然ボディーブローをしてる俺の左腕を掴んできた。同時に腕に巻かれているラインも接続させる。

 

 しまった! 匙の言動に不満をぶつけていた所為でラインの事を頭から失念してた!!

 

「やっと、捕まえたぜ……!」

 

「くっ!」

 

 血を吐きながらも俺の左腕を掴んで笑みを浮かべている匙。同時に左腕に繋がれてるラインから俺の闘気(オーラ)を吸い取り始めやがった。

 

「この、離れやがれ!」

 

「ぐあっ!」

 

 思わず匙から離れようと攻撃して吹っ飛ばした。けれど匙は笑みをうかべながらもヨロヨロと立ち上がる。

 

「へへ……。言っとくが兵藤、俺から離れたって無駄だ。このラインは一度繋がった以上、お前のオーラを根こそぎ吸い尽くす……! 益して今のお前は赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)を使えなくて、更に聖剣も持ってないから、そいつを切り離すのは無理な筈だ……!」

 

「ちぃっ!」

 

 分かっていても思わず舌打ちをする俺。

 

 くそっ、俺とした事がしくじった。まさか匙がこんな土壇場で繋げるなんて思いもしなかったよ!

 

「さぁ兵藤、ここからが根競べだ! 俺とお前、どっちが先にくたばるかをなぁ!」

 

 匙はここから先ずっと防御に集中する気だ。アイツが何もしなくても、ラインは今もずっと俺の闘気(オーラ)を吸い取っているからな。

 

 しかし――

 

「悪ぃけど匙、生憎俺はお前と根競べするつもりはねぇよ」

 

 

 ブシュッ!

 

 

「んなっ!」

 

 俺が右手で服の背中の内側に隠し持ってたモノを出して振るった瞬間、匙のラインはすぐに切断された。それを見た匙は信じられないように目を大きく見開く。

 

「兵藤、おまえ、それは……!」

 

「ふぅっ、危ねぇ危ねぇ。コレが無かったら危うくリタイヤしてたな」

 

 俺が出したモノは教会のエクソシストが使う武器の一つ――光の剣。以前に元エクソシストのフリードが使っていた武器だ。

 

 本来は加護を与えられてるエクソシストじゃなければ光を発動させる事が出来ない武器だが、聖書の神である兄貴が俺でも使えるよう改良してくれた。俺の場合は闘気(オーラ)を代用として赤い光の刀身を作り出してる。もう察してると思うが、コレは昨夜に兄貴から貰ったやつだ。

 

 俺は赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)を使えないだけじゃなく、アスカロンをゼノヴィアに貸しているから丸腰同然だった。と言っても、拳と闘気(オーラ)が俺の武器だけどな。

 

 だけど神器(セイクリッド・ギア)や聖剣を使えない今の俺じゃ、匙の黒い龍脈(アプソープション・ライン)を切り離す事が出来ない。それを兄貴が匙の神器(セイクリッド・ギア)対策としてコレを与えられた。

 

 本当だったらフリードのクソ野郎と同じ武器を使うのは癪なので使いたくなかった。だけど何の対策も無く意地張ったまま使わずに負けたなんて事になれば、それこそ救いようのねぇバカ野郎になっちまう。俺個人だけならまだしも、部長だけじゃなく兄貴の顔に泥を塗っちまう事になるからな。

 

 しっかしまぁ、昨夜にちょっと練習した程度で使えるようになったとは言え、マジで匙の神器(セイクリッド・ギア)が切れるとは思わなかったぜ。自分で切っておいて言うのも変だが、正直驚いたよ。

 

赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)を使えない今のイッセーでも、匙のラインを切断する事は充分に可能だ。後はお前の度胸次第だから頑張れ』

 

 って、兄貴が言ってたけど、ついさっきまで半信半疑だったんだよなぁ。まぁ自分を信じてやったからこそ切れたから問題ないってとこか。毎回思ってるけど、ホントに兄貴には恐れ入るよ。

 

「何でおまえがそんな物を持って……っ! そうか、兵藤先輩か!」

 

 あ、匙も気付いた。そりゃ気付くのは当然だろうな。

 

 教会関係者でもない俺がエクソシストの武器を持ってるって事は、聖書の神である兵藤隆誠(あにき)が俺に渡したとすぐに分かるからな。

 

「ご明察。この武器は兄貴からのプレゼントだ。お前のライン対策として使わせてもらったぜ。つーか、匙だけじゃなく会長にも言える事だが、詰めが甘かったな。あの兄貴がお偉方から課したハンデをバカ正直に従って、俺を丸腰のままゲームに参加させるとでも思ってたか?」

 

「ぐっ!」

 

 切断されたラインを外しながら会長の事も含めた俺の問いに言い返せない匙。

 

 兄貴は俺と違って、相手の裏をかくのが好きだからな。今回俺は赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)を使えないハンデを課せられてるが、『それ以外の武器や道具を使ってはいけない』なんて事を一切言われてない。その為にこの武器を俺に渡されたって訳だ。多分だけど兄貴の事だから、今頃VIPルームで()()ったりとほくそ笑んでるんだろう。

 

「ってな訳で匙、そろそろ勝負を決めさせてもらうぜ」 

 

「くそっ、こうなったら……!」

 

 匙が玉砕覚悟で俺に接近して再びラインを繋げようとする気だ。

 

「残念だが、そんな暇は与えねぇ」

 

 

 ゴウッ!

 

 

 持ってる光の剣の柄に闘気(オーラ)を注ぎ込むと、赤い刀身が吹き荒れる感じで大きくなり始める。

 

「な、何だ、刀身が……!?」

 

 俺の剣を見た匙が戸惑いの表情を見せる。

 

 けれど俺は気にせず、光の剣を両手で持って振り上げ、トドメの構えを取る。同時に光の剣も出力も最大状態だ。

 

「嘘、だろ……。何だよ、その光は……!」

 

「匙、さっきも言ったが手を抜くつもりは無い。だから俺はお前に敬意をこめて、この一撃で決める!」

 

 光の剣を翳しながら言う俺は、昨夜に兄貴が説明した内容を思い出す。

 

『その光の剣は急造したモノだから、お前の闘気(オーラ)に耐え切れるほど強くはない。けれどソレはお前の最高の技――ドラゴン波に匹敵する一撃を放つ事が出来る。当然、一回限りだがな。その一撃の名は――』

 

 そして俺は光の剣を匙に振り下ろしながら――

 

「『赤き龍の剣(ドラゴンカリバー)』ーーーーッ!!」

 

 

 ズォオオオオオオオオオンッ!

 

 

「あ、あ、ああ……うわぁぁあああああああああああああああああああっっ!!!」

 

 兄貴が命名した技を言うと、赤い斬戟はそのまま匙に襲い掛かった。躱せる体力が無かった匙はモロに受けて、絶叫をあげながらそのまま姿を消した。

 

『ソーナ・シトリーさまの「兵士(ポーン)」一名、リタイヤ』

 

「ふうっ」

 

 

 ピシッ!

 

 

 グレイフィアさんのアナウンスを聞いた俺が構えを解いた直後、光の剣の柄がすぐに罅が入った。役目を果たしたのか、柄はガラガラと壊れて灰となり消えていった。

 

「今回は俺の勝ちだ、匙。次やる時は命をかけないで、真っ向のガチンコバトルをしようぜ」

 

 ダチを倒した事に少し負い目を感じる俺だが、それを表に出さずにそう言った。勝負をして勝った以上は前に進まないとダメだからな。

 

 そして俺は後方にいるアーシアと小猫ちゃんがいる方へ足を運ぶ。

 

「アーシア、小猫ちゃん……悪いけど、俺の手を握ってくれないかな?」

 

「イッセーさん?」

 

「……先輩?」

 

 無理矢理浮かべた笑顔で言った俺に二人は首を傾げてる。

 

「俺さ、今まで敵はぶっ倒しても、ダチをぶっ倒したのは初めてなんだ。頭では分かっちゃいたけどさ。分かっていたけど……。ゴメンな、こんな情けないところ見せちまって……」

 

 震える拳をアーシアと小猫ちゃんは微笑みながら優しく握ってくれた。二人の優しさが俺の手を包んでくれるようだ。

 

「イッセーさんは、情けなくなんかないです」

 

「かっこ良かったです。自慢の先輩です」

 

「………ありがとう」

 

 二人の言葉は俺に充分なぐらい届いた。



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第二十三話

 匙との勝負も終わり、喉が渇いてる俺は近くの自販機の扉を打ち破って、中のペットボトルを煽った。アーシアと小猫ちゃんも水分補給している。

 

 しっかしまぁ、匙は中々に手強かったな。やり方を間違っていたとは言え、誰かの為に命を捨てて戦う相手ほど厄介な相手はいない。思っていた以上に闘気(オーラ)を消費しちまった。ドラゴンカリバーが予想以上に俺の闘気(オーラ)を食ったからな。と言っても、もう戦えないほどじゃないが。

 

 さっきのアナウンスで、俺達の『騎士(ナイト)』一名撃破されたみたいだ。やられたのは……オーラが感じられないゼノヴィアか。念の為に祐斗達がいる場所を探知してみると、そこには祐斗だけのオーラしか感じられない。本命が一名やられたのは痛手どころじゃねぇな。

 

 対して相手側も『騎士(ナイト)』と『戦車(ルーク)』が一名ずつ撃破されている。

 

 こちらは残り六で、あちらが四。数はコッチが上でも油断なんか出来ない。まだ闘気(オーラ)が残ってる俺がどこまで戦えるかが不安だ。このゲームで赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)のありがたみが良く分かった。

 

 そう思ってると、通信機器に連絡が入る。

 

『オフェンスの皆、聞こえる? 私たちも相手本陣に向けて進軍するわ』

 

 部長からの通信だ。部長もついに動くって事は、ここらで勝負を付けるつもりだな。俺としてもそれは賛成だ。

 

「二人とも、行こうか」

 

 アーシアと小猫ちゃんも頷き、俺達は最後の決戦に赴いた。

 

 

 

 

 ショッピングモールの中心に中央広場のような所がある。ここは買い物に疲れた客が休憩代わりによく使われる場所だ。

 

 けれどそこには、予想外の客――ソーナ会長が眼前にいた。ま、会長のオーラは既に察知してた、もういるのは分かってたけど。 

 

「ごきげんよう、兵藤一誠くん、塔城小猫さん、アーシア・アルジェントさん。流石は赤龍帝と言うべきですね。神器(セイクリッド・ギア)が無くても、あれほどまでの波動を感じさせたのは完全に私の計算ミスでした。更には隆誠くんから武器を授かっていた事にも」

 

 冷淡な口調で言ってくる会長。

 

 会長は結界に囲われていた。結界を発生させてるのは、彼女の近くにいる生徒会メンバーの『僧侶(ビショップ)』二人だ。俺が強襲されないよう防御でもしてるってところか? 

 

 にしても、あの会長からは何か妙な違和感を感じる。結界に囲われている所為か、会長のオーラが曖昧で中々感じ取れないな。

 

 少しすると、眼鏡の副会長さん、真羅先輩が姿を現す。この人も中々の美少女さんなんだよな。部長ほどじゃないけど、グラマーな体つきだ。

 

 それを追うように祐斗も俺達が来た方向とは逆から現れた。思った通り、ゼノヴィアがやられていたな。

 

「……ソーナ、大胆ね。まさか貴女が中央に来るなんて」

 

 部長の声がした。振り返ると、朱乃さんを連れている部長も到着していた。

 

「そういうあなたも『(キング)』自ら移動しているではありませんか、リアス」

 

「そうね。でもどちらにしてももう終盤でしょう? それにしても、お互いに考えていた予想とは随分違う形になったようね」

 

「ええ。完全にやられました」

 

 そう言いながら部長や会長が俺を見てくる。確かに部長の予定では祐斗とゼノヴィアで会長を倒す目的だった。俺はその為の囮だったんだが……派手にやらかした上に、兄貴から貰った武器を披露したからな。

 

 多分部長の事だからこう思ってるだろう。『どうして私に前以て教えてくれなかったの?』って。

 

 本当だったらゲーム開始前に部長に教えるつもりだったんだけど、兄貴から黙っておけって言われたんだよな。『敵を欺く為に先ずは味方からって言う兵法があるだろ?』って。

 

「もっとも、それは聖書の神――リューセーくんに言えることですが」

 

「そうね。今回のゲームでイッセーは赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)を使ってはいけないルールになっているけれど、『それ以外のモノを使ってはいけない』なんて一切言われてないわ。まぁ、このゲームが終わった後、リューセーにはジッッックリと話を訊かせてもらうけど」

 

 うわぁ……。部長は完全に兄貴とOHANASHIするみたいだ。取り敢えず兄貴にはご愁傷様と言っておこう。

 

「会長、俺から訊きたい事があるんですけど、ちょっといいっすか?」

 

「……何でしょう」

 

 一先ず訊きたい事がある俺は、少し声を低めで問うと会長はコッチを見る。

 

「匙の奴が神器(セイクリッド・ギア)で自分の命を魔力に変換してましたけど、アレは会長の指示ですか? もしそうだと言ったら俺は……怒りでアンタの綺麗な顔をマジでぶん殴りたくなる……!」

 

 途中から段々言葉遣いが悪くなってる俺は、身体からも怒りの闘気(オーラ)を醸し出している。俺の闘気(オーラ)を感じた部長達は驚くように見てるけど敢えて気にしない。

 

「兵藤くん、いくら今は敵でも会長に向かってその発言は――」

 

「良いのです、椿姫。彼の怒りは至極当然なのですから」

 

 そんな後輩の俺の言動に真羅先輩が咎めようとするも、会長が彼女を制止する。

 

「この状況で言ってもあなたは簡単に信じて頂けないでしょうが、サジがそのような手段を取ったのは私にとって予想外でした。ですが、こうも考えられます。サジはそれだけあなたを倒したかったのだと」

 

「じゃあ何か? 『アレは匙が勝手にやった事だから自分は全く関係ない』とでも言いたいのか?」

 

「そう受け取って貰って構いません」

 

 

 ピシッ!

 

 

 淡々と答える会長に俺は怒りの闘気(オーラ)が沸々と湧き上がり始めてきた。その所為で俺が立ってる地面の周辺に罅が入る。

 

 匙が命を張ってまで俺に戦いを挑んだってのに、それをこの人は……!

 

「ソーナ、いくらなんでもそれは余りにも……!」

 

 部長も聞き捨てならなかったのか、自分の親友である会長に口を出す。けれど当の本人は無視するように素知らぬ顔をしていた。

 

「たかがお偉方に夢を笑われたからって、こんなゲームなんで匙にあんな事させるなんてどうかしているぞ」

 

 俺が少し皮肉を込めて言い返すも、会長はポーカーフェイスのまま反論してくる。

 

「人間の兵藤くんに分からないでしょうが、悪魔の世界はかなり険しいのです。益してや私の夢は生半可に叶う事が出来ない上に、とても難しいものです。ひとつひとつ壁を崩していかなければ、解決の道が切り開けませんので」

 

「だからその為に、今後のゲームで他の仲間にも匙みたいな事をさせるつもりなのか?」

 

「絶対にしない、とは言い切れません。兵藤くんのように真っ向勝負で勝てない相手でしたら」

 

「……そうか。それがアンタの答えか」

 

 問いに答えた会長の返答に――

 

 

 ドンッ!! ゴゴゴゴゴゴッ!

 

 

『きゃあっ!』

 

 俺の怒りを象徴するように闘気(オーラ)が俺の全身から吹き溢れた。近くにいた部長達が悲鳴をあげている。

 

 シトリー眷族達が驚いている中、会長だけは未だに涼しい顔をしていた。

 

「ふざけんじゃねぇ! 夢を叶える為に自分の眷族を使い捨ての道具にしていい理由になんかねぇだろうが!」

 

「何故あなたがそこまで怒るのですか? これは私だけでなく、他の眷属達も了承してやっていると言うのに。無論サジも了承済みです」

 

「勝てないからって命を捨てようとするアンタのやり方が気に入らねぇんだよ! ダチの匙がまたあんなバカな真似をするのを考えるだけでな!」

 

 もう俺の怒りは頂点に達しそうだ。身の安全が保障されてるレーティングゲームで、自ら命を捨てようとする会長達の行動に。

 

「……リューセーくんから聞いてはいましたが、あなたは本当に優しいんですね。サジや私たちの為にそこまで怒るなんて」

 

 俺の言動に会長が何か深く感じるような顔をしているが、今はそんな事を気にしてる余裕が無かった。

 

「どういうこと? あんなのソーナらしくないわ。さっきからイッセーを刺激するような発言ばかりして……っ! まさか!」

 

 近くにいた部長がブツブツと呟いていたが無視だ。

 

「ですが、敢えて言わせて頂きます。私達は夢を叶える為ならば、この命を差し出す事を躊躇いはしません」

 

「そうかよ! だったら二度とそんなバカな真似をさせないよう、俺がここでアンタたち全員ぶちのめしてやる!!」

 

「ダメよイッセー! 一旦落ち着きなさい!」

 

 怒りが頂点に達した俺は全力(フルパワー)になろうとする中、部長が待ったをかけようとする。けれど俺は気にせず、『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』を出して龍帝拳を使おうと――

 

『リアス・グレモリーさまの「兵士(ポーン)」兵藤一誠さま、ルールにより「赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)」を解放しましたので反則と見なします』

 

 ――あっ、やべぇ! 使用禁止にされていた赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)を思わず出しちまった!

 

 グレイフィアさんからのアナウンスによって、さっきまでの怒り状態が一気に冷めて後悔する。まさかこんな事になっちまうなんて!

 

「漸く出してくれましたね。伸るか反るかの大博打でしたが、上手くいって何よりです」

 

 すると、さっきまでポーカーフェイスだった会長が非常に安堵したような顔をしていた。まさか、会長の狙いは……!

 

「ソーナ、あなた、イッセーに赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)を出させる為に態と煽ったわね……!」

 

「ええ。今の我々では、どうやっても兵藤くんに勝てる要素は一つもありませんでした。ですが、それはあくまで真っ向勝負をする場合です。それ以外の倒し方をさがせばいくらでもあります。兵藤くんには物理的でなく、ゲームのルールで倒せばいいのですから。今回のルールで使用禁止にされた『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』を使わせれば良いのだと」

 

 うわぁ……返す言葉が見当たらねぇ。確かに考えて見れば、あの会長が俺にあんな挑発するのには何か理由があると見るべきだった。けれど俺は怒りによって、何の考えもなく赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)を出しちまったからなぁ。それ故に俺のリタイヤが確定だ。もう完全にやられた。

 

 くそぅ。せめてリタイヤされる前に何かやっておかないと不味い。このままだと兄貴にどやされちまう。

 

 そういえば会長と話してる最中に何となく分かったけど、あそこにいる会長は本物じゃない。多分アレは立体映像か何かだ。いくら結界に覆われても、対象の身体から発してるオーラを全く感じないなんてあり得ない。俺の探知能力はどんなに微弱なオーラでも感じ取る事が出来るからな。

 

「兵藤くん、確かにあなたは強い。けれどそれとは別に、余りにも真っ直ぐ過ぎます。感情を押し殺す事も戦術の一つです」

 

「……ご指摘どうも。じゃあリタイヤ前に俺から最後の悪足掻きをさせてもらいます。部長、あそこにいる会長は偽者です。このフィールドの上――屋上に本物の会長がいると思います。微弱ですけど、屋上から会長のオーラを感じますので」

 

 俺の悪足掻きを伝えると――

 

『ルール違反によって、リアス・グレモリーさま「兵士(ポーン)」一名、リタイヤ』

 

「イッセーさん!」

 

 グレイフィアさんからのアナウンスで姿が消え始めると、アーシアが駆け寄ってくるが間に合わなかった。




ソーナの策略により、イッセーはリタイヤとなってしまいました。


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第二十三.五話

今回は短いのでフライング投稿しました。


 俺――兵藤隆誠はイッセーの脱落を見て嘆息していた。

 

「これはこれは。まさかご自慢の弟君がルールを破って脱落とは」

 

「いけませんなぁ。こちらが課したルールを守って頂かなければ困ります」

 

「まぁ、致し方ありますまい。いかに赤龍帝が強いとはいえ、精神の方が未熟なのですから」

 

「そう考えると、ソーナ・シトリーが一枚上手だったという事ですな」

 

 イッセーが脱落した事に、悪魔側の重鎮達が好機と言わんばかりな感じで呟き始めた。しかも俺に聞こえるように。

 

 呆れた連中だ。さっきまでイッセーが匙をドラゴンカリバーで倒したのを見た直後、俺に向かって『あんなのは反則だ』とか『ルール違反だ』とか喚いていたのに。その時は俺が――

 

『イッセーに「赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)以外の武器を使ってはいけない」、と言うルールでもありましたか?』

 

『ぐっ……!』

 

 ――と言って黙らせた。予想してた通り、奴等は赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)さえ封じれば問題ないと思い込んでいたようだ。今回のゲームでその考えは甘かったと認識して何も言わなくなったが、時々俺を睨んでいたけど。

 

 しかし、それが逆転するようにソーナがイッセーを脱落させた為、悪魔側の重鎮達が息を吹き返した感じで俺に嫌味を言ってきた。

 

 立場が変わった途端強気に出てくる連中の姿勢に、俺は内心呆れまくったよ。まぁ向こうからすれば、非公式とは言え前回あったゲームで人間のイッセーが大活躍していたから、それが今回脱落したとなれば気分も良くなるだろう。今回のゲームで払拭出来たんだからな。尤も、連中の行動に四大魔王が俺を見ながら非常に申し訳無さそうな顔をしていたけど。

 

 他の勢力の重鎮達がどう思っているかは知らないが、少なくとも北欧勢のオーディン達は馬鹿馬鹿しいような目で悪魔側を見ていた。フレイヤは何か言いそうだったけど、オーディンが咄嗟に彼女の口を手で塞いでいる。アイツは公の場でも思った事を平然と口にするからな。

 

 まぁ、それはそれとしてだ。今回のゲームでイッセーの弱点が発覚したな。イッセーが直情な性格で挑発に乗りやすい相手だと言うことを。『実力で勝てないなら、挑発による誘導で(トラップ)を仕掛けて倒せばいい』と頭の切れる観戦者達の誰かはそう考えているだろう。

 

 今後はイッセーに精神統一の修行も本格的にやらせる必要がありそうだ。でないと、ソーナの挑発によって考えなしで行動するかもしれないし。

 

聖書の神(おやじ)、俺はイッセーの戦いを見てておもしろかったぜ」

 

「お気遣いどうも」

 

 近くにいたアザゼルが俺にそう言ってきた。言うまでもなくアザゼルはオーディン達と同様の考えだから、こうして俺のフォローをしている。

 

「あのお偉方はイッセーがさっきまでどんだけ凄い事をしてたのかを全く理解してないな。神器(セイクリッド・ギア)を使ってた悪魔の匙を丸腰でも伸してたってのに。普通に考えりゃ表彰もんだぞ」

 

「連中からしたら過程より結果を重視しているからな。イッセーがどんなに頑張っても負ければそれまで、って考えなんだろう」

 

 もしもイッセーが正式な転生悪魔になってれば、掌を返すように褒め称えていると思うけどな。……と、そろそろゲームの方を見ないと。

 

 イッセーの脱落にリアス達が今後どう動くかが気になる。アイツ等もまさかイッセーが脱落するなんて予想外だろう。だが、ここで気落ちしているようでは勝てる戦いも勝てなくなる。

 

 特にリアス。ここから先はお前の『(キング)』としての器が試される事になる。イッセー抜きでもやれるって所を見せなければ、お前の程度が知れるぞ。

 

 と、最後まで試合を見届けた試合の結果は……一先ずはリアス達の勝利で幕を下ろす事となった。

 

 各個人の結果としてはこうだ。

 

 

 ギャスパー……監視中に嫌いなニンニクを使われて捕獲され即行リタイヤ。

 

 ゼノヴィア……真羅の神器(セイクリッド・ギア)による反射攻撃で深手を負いつつも、祐斗との連携でシトリー眷族の『戦車(ルーク)』と『騎士(ナイト)』を撃破後にリタイヤ。

 

 イッセー……『兵士(ポーン)』の匙を撃破後、ソーナの挑発により禁止されていた赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)を解放した事に強制リタイヤ。

 

 小猫……戦術で『兵士(ポーン)』を撃破後、アーシアを守りながら『僧侶(ビショップ)』撃破。

 

 朱乃……イッセーが脱落した事で逆鱗に触れたのか、雷光の力を解放。それを見た『僧侶(ビショップ)』が反転(リバース)を使ったが、未熟だった為に雷光をまともに食らって撃破。けれどイッセー脱落による代償の所為か、怒りで我を忘れて暴走状態。

 

 祐斗……ゼノヴィアとの連携後、彼女から借りたデュランダルを使って『女王(クイーン)』に傷を負いながらも撃破。

 

 アーシア……俺が渡したアイテムを使う場面が無く、回復要因としてリアスを補佐。

 

 リアス……屋上にいる『(キング)』のソーナと一騎打ち。俺のバンド付き修行によってか、無数の魔力弾を五段階以上の圧縮を可能にし、見事にソーナを撃破。

 

 

 以上、今回のゲームでリアス・グレモリーと眷属達が残した結果だ。

 

 俺の個人的な見方だが、今回の功労者は『騎士(ナイト)』の木場祐斗。アイツはグレモリー眷族の中で一番に頑張っていた。

 

 祐斗は隠しているつもりなんだろうが、俺は偶然目撃してしまった。前回のライザー戦が終わった後、誰もいない旧校舎の教室で悔し涙を流していた祐斗を。けれど他にもあった。禁手(バランス・ブレイカー)に至ってもコカビエルに通じなく、ヴァーリとの戦いにも参戦出来なかった事も。それらの出来事があった後、祐斗は同じ教室で悔し涙を流していた。

 

 加えて、リアスの本当の『騎士(ナイト)』で守るべき筈なのに、眷族候補である『兵士(ポーン)』のイッセーがその役割を行っていた。祐斗は小猫と違って劣等感を抱いてはいないが、『騎士(ナイト)』としての本来の役割をイッセーがやっている事に自身の不甲斐なさを痛感していたみたいだ。

 

 アザゼルからコッソリ聞いたが、祐斗は剣術の修行を一から徹底的に鍛え直したらしい。本当に一からで、剣の基本を再び始めてたそうだ。

 

 夏休み前に俺が祐斗に、『才能の無いイッセーが強くなったのは、今もやっている地道な修行を続けているからだよ』と教えた。多分だが、それを聞いた祐斗は一から鍛え直したんだろう。今の剣術と禁手(バランス・ブレイカー)に至っただけでは一生イッセーに勝つ事が出来ないと。

 

 ご褒美とは言い難いけど、人間界に戻ったら祐斗には少し多目に修行時間を作るとしよう。それを祐斗が了承するかどうかは別だが、多分即行でOKするだろう。

 

 それと功労者の祐斗とは別に……ギャスパーには今後の為、是非ともニンニクを克服してもらおうか! あんな情けない結果を見せられた所為で、俺とアザゼルは少しばかり居た堪らなかったよ! アイツは俺が直々に手を下してやる! 人間界に戻ったら覚悟しておけ、ギャスパー!




イッセー脱落後の話を書くとダラダラ感が出てしまうので、敢えてすっ飛ばしました。


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第二十四話

 ゲーム終了後、俺――兵藤一誠は医療施設で一通りの治療を終えた。大した怪我は無いんだが、それでも治療するのが決まりとなってるみたいだ。

 

 人間の俺が冥界の医療施設で治療するのは初めてだな。

 

 それはそうと、今回のゲームで俺達は勝った。

 

 けど、ゼノヴィア、ギャスパー、そして眷族候補の俺がリタイヤとなり、ゲーム前に圧倒的と言われていたグレモリー眷族は評価を下げてしまったようだ。

 

 特に開始早々ギャスパーを失ったことと、注目の的だったらしい赤龍帝である俺がやられた事は特に評価を下げたらしい。ってかギャスパーはともかく、赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)を封じた俺も負けたからって評価下げるっておかしくねぇか? 元々はお偉方が俺にハンデを課したってのに。何か納得いかねぇ。

 

 ………まぁいいや。今更あのお偉方に文句言っても意味はねぇ。俺は会長の挑発に乗ってしまい、禁止されていた筈の赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)を出しちまったからな。

 

 部長は、心底悔しそうだった。結果的にエース級の奮闘ぶりを見せた祐斗の活躍があって勝ちを収めた。最後は『(キング)』同士の直接対決で勝ったからな。

 

 公式ゲームの初勝利がこれじゃあな。多分、兄貴の事だから苦い顔をしてるだろう。

 

 一先ず頭を切り替えた俺は、匙の病室に行く事にした。アイツの怪我も既に完治してる。ゲーム中は敵同士だったが、一度終わればいつものダチだからな。

 

 さてさて、あいつにゲーム中言えなかった部長のおっぱい自慢でも――

 

「もうゲームで二度とあんなバカな真似はするなよ」

 

 匙の病室から兄貴の低い声が聞こえてくる。少しだけ開いている扉から、中の様子を伺う。中には兄貴、会長、ベッドの上の匙がいる。

 

 兄貴は怖い顔をして匙を睨み、匙と会長が気圧されるように顔を伏せている。説教でもしてたんだろう。内容は恐らく、命を捨てるやり方についてってところか。

 

 すると、説教を終えた兄貴は怖い顔から一変して元の顔に戻った。

 

「ま、俺が言いたいのはそれだけだ。それと今回のゲームで悪魔の上層部はお前達を高く評価しているんだと。特にソーナ、これは君宛だ」

 

 そう言って兄貴は手に持っていた高価そうな小箱を会長に渡す。それを受け取った会長は小箱を空けて中身を見ると少し驚いたような顔をする。

 

「会長……?」

 

「これはどういうことですか、リューセーくん……?」

 

 渡された物が予想外だったのか、会長は兄貴に尋ねる。

 

「レーティングゲームで優れた戦い、印象的な戦いを演じた者に贈られる勲章だそうだ」

 

 兄貴がそう言うが――

 

「す、凄いじゃないっすか、会長……!」

 

「私はリアスに負けたのですから、これを受け取れる立場ではないと思いますが?」

 

 匙は喜ぶも、会長が納得出来ない表情だった。

 

「文句を言いたければ、お偉方に言ってくれ。俺は代理で渡してるだけにすぎない。君は結果的にイッセー――赤龍帝を倒した。それを果たしたから、向こうは君にソレを与えたんだ」

 

「それはどう言う意味です? その言い方はまるで……勝敗に関係無く、ただ目的だけを達成すれば良かったとしか聞こえません」

 

「察しが良いな。正にソーナの言うとおりだ。向こうは君の覚悟や結果なんかより、イッセーをリタイヤさせるだけで充分なんだよ」

 

「なっ……」

 

 兄貴の発言に会長は信じられないように目を見開く。

 

 お偉方が俺をリタイヤさせるだけで充分って酷くねぇか?

 

 すると、匙がベッドのシーツを握りながら兄貴を睨む。

 

「何すか、それは……? 兵藤をリタイヤさせるだけで勲章って、一体何の冗談すか……?」

 

「俺がこんな場面で冗談を言わない事くらい、匙だって理解してる筈だ」

 

「だからって! 何で会長にそんな――」

 

「お止めなさい、サジ!」

 

 兄貴に食って掛かろうとする匙だったが、すぐに会長が大きな声を出して制止する。

 

 初めて見たな。会長が怒鳴るなんて。

 

 匙を止めた会長は感情を押し殺すような無表情で、再び兄貴に尋ねようとする。

 

「リューセーくん、もしご存知なら教えて下さい。悪魔上層部は、どうして弟の兵藤君をリタイヤさせる事にこだわっていたのですか? それに何故彼に赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)の使用禁止までのハンデも付けさせたのです?」

 

「それはソーナも薄々気付いてる筈だ。君は見た筈だろう? リアスとライザーのレーティングゲームの映像記録を」

 

「リアスとフェニックス家三男の……っ。なるほど、そういうことでしたか……!」

 

 全てを察した会長は急に肩の力が抜けたように瞑目する。

 

「え? え? 会長、そういうことって……どういうことっすか?」

 

「…………………………くっ……!」

 

 会長は答えたくない感じで無言だった。そして我慢の限界が来たのか、会長の開いた両目から涙が流れ始める。

 

「ちょ!? 何で泣いてるんすか、会長!?」

 

「さて、俺の用件は済んだから、ここで失礼するよ」

 

 そう言って兄貴が病室を出ようとしたので、俺は思わず覗き見を止めて扉から少し離れた。すると、部屋の中から匙が待ったを掛けようとする。

 

「待って下さい! どうして会長が泣いてるんすか!? 兵藤先輩が泣かしたんなら、俺はアンタでも許さ――」

 

「サジ、違うのです……。彼は、何も悪く、ありませんから……」

 

「え? え?」

 

 今度は殴りかかろうとする匙だったが、また会長が止めた。今度は弱々しく。そんな会長に匙はもう戸惑うばかりだ。

 

 そんな会長を見た兄貴は――

 

「こんな時に言うのも何だが、敢えて言っておこう。ソーナ、今後あのクソ爺共が何を言ってきても信用しない方がいい。それと……聖書の神(わたし)は君の夢を笑ったりはしない。何年、何十年先になってもソーナの理想――誰でも学ぶ事が出来るレーティングゲームの学校を絶対に建てるんだ。その時は、聖書の神(わたし)の名にかけて君を全面的に支援しよう」

 

 そう言った後に病室を出てバタンと扉を閉めた。

 

「はぁっ……。覗き見は感心しないが、場所を変えるぞ」

 

「あ、ああ……」

 

 兄貴は嘆息した後、顔を俺の方へ向けてそう言ってきた。どうやら俺が覗き見していたのは最初からバレてたみたいだ。

 

 

 

 

 

 

 兄貴の後を付いて行くと、着いたのは誰もいない休憩所だった。俺と兄貴は自販機にあるジュースを飲んでいる。

 

「つーか兄貴、いくらなんでもアレは言い過ぎだろ。会長、泣いてたじゃねぇか」

 

「ああでも言っておかないと、ソーナは悪魔上層部を完全に信じきってしまう恐れがある。俺の大事な友人を、あのクソ爺共に都合良く利用されるのは我慢ならんからな……!」

 

「おいおい、段々口調が悪くなってきてるぞ」

 

 兄貴がこうも口汚くなるって事は相当頭にきてる証拠だ。もしかしてVIPルームで観戦中に何か遭ったのか? ってか、ここまでなるってのはよっぽどの事だ。

 

「まさかとは思うが、俺が途中でリタイヤした事にお偉方が喜んでいたとか?」

 

「正解」

 

 マジかよ。まぁそんな事だろうと思ってたけど。

 

「イッセーが匙を圧倒して倒した事に、連中は匙やソーナを役立たずのように蔑んで見ていたよ。が、ソーナの機転によってお前がリタイヤした瞬間、掌を反すように今度は彼女を褒め称えていたんだよ。俺はもう呆れを通り越して、殺してやりたいほどの殺意を抱いたぞ」

 

「それ普通逆じゃねぇか?」

 

 殺意抱くほどかよ。もしお偉方が敵だったら、兄貴は情け容赦無く大技使って消し飛ばしてるだろうな。

 

 兄貴の話を聞いてる内に会長が段々気の毒に思えてきたぜ。悪魔のお偉方に笑われ、命がけの覚悟を見向きもされなく、挙句の果てには俺をリタイヤさせただけ事しか評価されなったって酷すぎる。何か俺も兄貴と同じくイラついてきたな。いっそ抗議でもしてやろうか?

 

「あのクソ爺共に何を言ったところで無駄だ。それは却って俺の立場を悪くなるから止めてくれ」

 

「……俺の考えを読まないでくれよ」

 

(おれ)(おまえ)の考えを見抜けない訳ないだろうが」

 

 元神さまの兄貴が言ってもなぁ。

 

 そう思ってると、急に懐かしいオーラが此処にやって来る。帽子被った隻眼の、長い白髭をしてるお年寄りが。

 

「やっと見つけたわい、リューセー。全く、年寄りに捜させるでないわ」

 

「じいさん!?」

 

 予想外の人物の登場に俺が驚いていると、北欧主神――オーディンのじいさんが俺を見る。

 

「おお、イッセー。久しぶりじゃのう。何じゃお主、ワシが来とる事をリューセーから聞いとらんかったか?」

 

「悪ぃ。今日のレーティングゲームで頭がいっぱいだったから」

 

 ゲーム前夜に聞いたけど、すっかり忘れてた。じいさんもいるって事は、多分あの人もいるんだろうな。

 

「そうか。ワシも試合見ておったぞ。神器(セイクリッド・ギア)無しであそこまでやるとは成長したのう。じゃが、まだまだ詰めが甘い。今後も更に精進する事じゃ」

 

「う、うす」

 

 じいさんのアドバイスを素直に受け止める俺だったが――

 

「ところで……サーゼクスの妹の乳は中々デカかったのぉ。ワシは観戦中、何度も目が行ってしまったぞい」

 

「おおおおーい! このクソジジイ! 部長のおっぱいは俺んだ! やらしい目つきで見てんじゃねぇ!」

 

 猥談になると急に口が悪くなってしまった。

 

 

 スッパァァンッ!×2

 

 

 すると、いつの間にか現れた鎧着たキレイな女の子が俺とじいさんの頭をハリセンで叩く。

 

「オーディンさま! 卑猥な事は禁止だと、あれほど申したではありませんか! イッセーくんも、病院内で卑猥な単語を大声で叫ばないで下さい!」

 

「ててて……あ、相変わらずですね、ロスヴァイセさん」

 

「……まったく隙のないヴァルキリーじゃて」

 

「ロスヴァイセじゃないか。毎回お仕事ご苦労さん」

 

 俺とじいさんが頭を擦ってると、黙ってみていた兄貴がヴァルキリー――ロスヴァイセさんに声を掛ける。

 

「あ、りゅ、リューセーさん、どうも……」

 

 兄貴を見たロスヴァイセさんが急に余所余所しくなった。ま、一時的とは言え、兄貴はロスヴァイセさんの元勇者――ぶっちゃけ元カレだからな。

 

「そういや、新しい勇者(かれし)は――」

 

「イッセーくん、それは訊かないで下さい」

 

「――あ、はい。すんませんでした」

 

 有無を言わさず俺を黙らせるって事は、まだ新しい勇者出来てないんだ。

 

 次に会うまで紹介するって意気込んでたのに……。まぁ、ロスヴァイセさんの性格を考えたら、新しい勇者を見つけるのは難しいだろう。

 

「ところで、何故お二人がこのような所へいらしたのです?」

 

 話題を変えたかったのか、兄貴がオーディンのじいさんとロスヴァイセさんに問う。ナイスだ兄貴。

 

「な~に。お主を捜しにいくついで、此処におるイッセーの顔でも見ようと思ってな」

 

「リューセーさん、堕天使総督アザゼルさまからの伝言です。これから天使、悪魔、堕天使、北欧のオーディンさま、ギリシャのゼウスさま、須弥山の帝釈天さま、そして聖書の神であるリューセーさんとテロリスト対策の話し合いをするので至急お戻り下さい、との事です」

 

「そういうことじゃ。お主が戻らんと会談が始まらんらしいぞい」

 

 どうやら兄貴を連れ戻す為にじいさん達が来たようだ。兄貴は聞いた途端に嫌そうな顔をしてるし。

 

「ったく。俺抜きでやろうって気はないのか、アイツ等は……! いい加減に隠居させてくれ」

 

「ワシより若いお主が何を抜かしとるか」

 

「う……」

 

 じいさんの突っ込みで何も言い返せなくなった兄貴。

 

 そして兄貴はじいさんとロスヴァイセさんと同行する事となり、休憩所をあとにする。

 

 何かまるで嵐が過ぎたような感じで俺がボーっとしてると――

 

「ここにいたのね、イッセー。捜したわよ」

 

「あ、部長」

 

 今度は部長がやってきた。俺のところまで近づいて椅子に座り、そのまま談笑する事となった。

 

 何か久しぶりだな。部長と二人っきりで話すのって。




原作と違って、ソーナには隆誠が厳しい指摘をしました。

次回で漸く原作五巻のエピローグです。


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エピローグ

やっとエピローグまで行きました。


 八月後半。

 

 俺やグレモリー眷族(+イッセーとアーシア)は、本邸前の駅で冥界とのお別れの時を迎えようとしていた。

 

 因みにアザゼルは各勢力トップ達との会談が他にもある為に、もう暫く冥界に滞在する予定だ。聖書の神(わたし)もその一人で滞在すべきだと思うだろうが、兵藤隆誠(おれ)はリアス達と同じ学生なので、以降の会談は全て辞退させてもらった。これ以上会談に参加してたら、聖書の神(わたし)が身を引いた意味が無いからな。まぁ、セラフ達が俺が参加しないのを聞いて寂しそうな顔をしていたけど。

 

「それでは、隆誠くんに一誠くん。また会える日を楽しみにしているよ。いつでも気兼ねなく帰ってきてくれて構わんよ。グレモリー家をキミたちの家と思ってくれたまえ」

 

 大勢の使用人達を後ろに待機させ、グレモリー卿がそう言ってくる。

 

「アハハ……元神である自分としては場違いな気がしますが……」

 

「ありがとうございます! で、でも、ちょっと恐れ多いというか何と言うか……」

 

 苦笑いする俺たち兄弟だが、ヴェネラナさんは肯定していた。

 

「そんなことありませんわよ。隆誠さん、一誠さん、人間界ではリアスをよろしくお願いしますわね。娘はちょっと我がままなところがあるものだから、心配で」

 

「お、お母さま! な、何をおっしゃるのですか!」

 

 顔を真っ赤にしているリアス。随分と可愛いじゃないか。

 

「ご心配には及びません。今のリアスは完全にもうイッセーにゾッコン――」

 

「リューセー!」

 

「?」

 

 俺が言ってる途中にリアスが遮るように大きな声を出した。その所為でイッセーは聞こえなかったみたいで首を傾げている。

 

 すると、イッセーが――

 

「大丈夫です! 部長は、俺がお守りします! 俺にとって部長は大事な女性(ひと)ですから!」

 

 無自覚なのか、グレモリー夫妻の前でとんでもない事を言ってしまっていた。

 

 そう言えばコイツはこの前、黒歌と戦ってる時に赤龍帝の怒り(ブーステッド・バースト)を使ってたんだった。ライザー戦の時に使った後、完全無自覚で敵味方の女を口説いてべた惚れにさせたからな。

 

 リアスは久々に聞いたイッセーの口説き文句に、顔が自分の髪みたく紅色になってるし。もう恥ずかしいのか、イッセーに顔を見せないよう両手で顔を覆いながら背を向けている。見てて面白いわぁ~。

 

「……うぅ、私も涙もろくなったものだ。我が家の将来は明るい……!」

 

「ちょっと、あなた。そこは父親として『娘はまだやらん!』ぐらい言って返すものですわよ? フェニックス家も絶対に黙ってはいませんし」

 

「そんなことを言ってもだな。二人はもう完全に両思いなのだ。そして一誠くんは人間でありながらも私の力を超えそうなのだから、もう充分だろう? フェニックス家には申し訳ないが、私もそろそろ落ち着いてもいいのではないかと思ってな」

 

「隠居めいたことを仰るのは、せめてリアスが高校を卒業してからにしてください。それに両思いとはいえ、向こうはそう簡単に諦めてくれるとは思いませんし」

 

 ちょっとちょっとグレモリー夫妻、そういう話は俺達がいない時にしてくれませんかねぇ? 貴方達の会話でイッセーが理解不能のように首を傾げてるんだからさ。イッセーもイッセーでいい加減に気付いてほしいけど。

 

「リアス、残りの夏休み、手紙ぐらいは送りなさい」

 

 サーゼクスがリアスにそう言う。そのすぐ後方にはグレイフィアさんが待機していた。

 

「はい、お兄さま」

 

 さっきまで顔を赤くしていたリアスだったが、元の顔に戻って兄のサーゼクスの言葉に頷く。

 

 それと――

 

「リューセー兄さま、もう行っちゃうんですか?」

 

 さっきから俺の傍にいるミリキャスが凄く寂しそうな顔で見ていた。この子は昨日、俺が今日帰る事を知ってからずっと離れなかったんだよな。

 

 因みに昨日サーゼクスがいたんだが、息子のミリキャスがずっと俺の傍にいたから少し睨まれた。睨まれたと言うより、大事な息子を取られた父親としての嫉妬だ。今もちょっとサーゼクスに睨まれてるけどな。

 

「今度は君が家に遊びに来ると良い。その時は俺が町を案内してあげるよ」

 

「っ! はい! 絶対、絶対に遊びに行きますから!」

 

 頭を撫でながら言うと、ミリキャスは力強く返事した。

 

 そして俺達は列車に乗り込み、窓からサーゼクス達に最後の別れを告げる。

 

 

 

 

 

 

「ほらイッセー、人間界に着く前にせめて現国ぐらいは終わらせとけ」

 

「喧しい! ってか何で兄貴はいつの間に宿題終わらせてんだよ!?」

 

 帰りの列車。

 

 俺は前にやっていた栽培プランをノートに記載してる中、隣で宿題に手をつけているイッセーに早く終わらせておけと指示していた。

 

 夏休みの大半を冥界で過ごしていたので、イッセーは宿題の事をすっかり忘れていたようだ。ま、宿題なんか気にしてられないほどの濃密な日程だったからな。

 

 二年生のイッセー達と同様に、三年生の俺も学校の宿題はある。けれど、俺はもう既に終わらせていた。修行が終わった休息日の時に。

 

「修行が終わった後、グレモリー家で終わらせた。分身拳を使ってな。あっと言う間に終わったぞ♪」

 

「きったねぇ~~! 天津丼の秘奥義を便利に使いやがってマジきたねぇ! やっぱりあの技、俺にも教えてくれよ!」

 

「却下だ。お前が分身拳なんて覚えたら碌な事にならん」

 

 もしイッセーが四人になったら恐ろしい事になってしまう。エロの権化と言われてるコイツが分身拳を使ったら、学園の女子達にとんでもない迷惑を被る事になってしまう。兄として、そんな事は絶対に覚えさせる訳にはいかない。

 

 例えばムラムラした四人のイッセーがリアスや朱乃を襲ったら……例えを間違えた。あの二人だったら抵抗しないで受け入れるどころか、四人のイッセーの性欲を満たす為に纏めて相手するだろう。好きな男相手なら尚更な。

 

「それはそうと、今回の合宿で何か目標でも出来たか? ヴァーリを倒す以外の最終目標とか」

 

「え? え~っと……」

 

 話題を変えると、喚いていたイッセーは静かになって急に何か考えるような顔つきになる。

 

「まぁ、最初は部長の眷族になってハーレム王になろうって思ってた。タンニーンのおっさんにも教えたけど、それを最終目標にするのは勿体ないって。ま、ハーレム王になる前にやる事あるけどな。ヴァーリに勝った後、聖書の神(あにき)を越えてぶっ倒すってデケェ目標が」

 

「…………ふっ。楽しみに待ってる」

 

 師である聖書の神(わたし)を超える、か。中々良い目標じゃないか。それでこそ俺の弟だ。

 

「そうそう。夏休み中は宿題とか色々あると思うからやらないが、二学期に入ったら、久々に俺直々の修行をやるぞ。ついでに精神統一も兼ねて、時々ローズさんも加える予定だ」

 

「げっ! あの人も!?」

 

 ローズさんと聞いたイッセーが物凄く嫌そうな顔をする。

 

「この前のレーティングゲームで、お前には感情のコントロールも必要だと実感してな。ローズさんほど適任者はいない」

 

「勘弁してくれよ! 俺、あの人と相手するの嫌なんだけど!?」

 

「だからローズさんが適任なんだ」

 

 近い内にイッセーの修行相手をしてもらうよう、昨日ローズさんへ連絡したところ――

 

『了解したわぁ。うふっ♪ イッセーちゃんとのお相手をするときは是非ともワタシにま・か・せ・て♪』

 

 嬉しそうに了承してくれたからな。ま、流石にお店の事もあって時間取るのは難しいけど。

 

 すると、小猫がいきなり現れて……何故かイッセーの膝に座った。

 

 突然の事にイッセーや俺は何が起きたのか分からなかったが、小猫はイッセーの膝の上に座って、猫耳をぴこぴこ動かしていた。

 

「こ、小猫ちゃん……?」

 

 イッセーが恐る恐る小猫の顔を覗くと――

 

「にゃん♪」

 

 満面の笑みで微笑んだ。

 

「ど、どうしたんだ、小猫……?」

 

 俺も恐る恐る見ると――

 

「にゃん♪」

 

 こっちにも満面の笑みで微笑んできた。

 

 余りの可愛さに俺は思わず頭をナデナデすると、小猫は気持ち良さそうな顔をしている。

 

 小猫がイッセーの膝の上に座ってる所為か、アーシアが涙目だったり、リアスが半目で睨んでいたり、朱乃が無言の笑みでプレッシャーを放っていた。

 

 ――なぁ兄貴、これはどゆこと?

 

 ――さぁ……? まぁ、愛くるしさがあって良いんじゃないのか?

 

 ――それは同感! 可愛いは正義です!

 

 視線で訴えてくるイッセーだが、小猫の行動に今も戸惑ってる俺は余り気にしないでおく事にした。

 

 もしかしたら、小猫は完全に心を開いてくれたかもしれないな。特にイッセーに対して。どうやらリアスのライバルはもう一人追加のようだ。

 

 そんなこんなで、列車は俺達の住む人間界へと向かっていた。

 

 

 

 

 

 

 

「ん? アイツは……」

 

 人間界側の地下ホームに列車は辿り着き、俺がリアス達より少し遅れて出ると、その先に不可解な光景が映っている。見覚えのある男がアーシアに詰め寄るも、イッセーが間に入って阻止していた光景が。

 

 アイツは確か……若手悪魔の会合でいたディオドラ・アスタロトだ。何故あの悪魔が人間界にいてアーシアの前で跪いて、その手にキスしてるんだ?

 

「………よし、殺そう」

 

 大事な妹分のアーシアに手を出す愚かな悪魔には、聖書の神(わたし)が死の鉄槌を下さないとな。

 

 ……何て冗談は止めて、何故アイツが此処に来てるのか問い詰めるとしよう。

 

 俺が来た事にイッセーやリアス達が気付くも、ディオドラは気にせずアーシアに言った。

 

「アーシア、僕はキミを迎えにきた。会合のとき、あいさつできなくてゴメン。でも、僕とキミの出会いは運命だったんだと思う。だから――僕の妻になって欲しい。僕はキミを愛しているんだ」

 

 奴は俺やイッセーの目の前でアーシアに求婚していた。

 

 ……前言撤回だ。やっぱり殺そう。

 

 暑かった夏が終わりを告げ、長くなると思われる秋が後少しで始まろうとしていた。




やっと五巻の内容が終わりました!

次は漸く六巻です!

けどその前に……番外編どうしようか。


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体育館裏のホーリー
プロローグⅡ


内容が短いので、フライング投稿しました。


「アーシアがアスタロト家の野郎と嫁に行く夢を見たんだけど、想像以上に辛かった。両親だけじゃなく、兄貴までも公認してて――」

 

「お前が夢で見た俺は偽物だ。偽物に決まってる。大体俺がそんなこと認める訳ないだろうが!」

 

「んなこたぁ分かってるっての! あんな気味悪い兄貴を見て思わず『誰だお前は!?』って夢の中で思いっきり叫んだよ!」

 

 朝食時。

 

 兵藤邸でいつもの日課を過ごしてる中、イッセーがいきなり悍ましい夢の内容を言ったので、俺は即座に否定するように言った。

 

 声を荒げる俺とイッセーを見たリアス達は敢えて気にしないでいるのか、朝食に集中している。俺達がアーシアを大事な妹分と見てるのを知ってるからな。

 

 それと余り気にする事のない補足だが、合宿以降に小猫も住む事となった。それはもう予定してる事だから別に問題ない。ただ、小猫は事ある度にイッセーの膝の上に座ったり、ベッドに入り込んで寝てしまう事があるようだ。

 

 俺の場合はイッセー程じゃないが、ちょこんと俺の傍にいる事がある。撫でて欲しいと言う意味だと理解した俺は、猫のようにふんわり優しく頭を撫でると、正解と言わんばかりに小猫が凄く気持ち良さそうに目を細めていた。中々可愛い事をしてくれるよ。アーシアも時々俺に甘えてくれたらなぁって思ったが、あの子は大好きなイッセーに夢中だからな。いくら聖書の神(わたし)でも、こればっかりはイッセーに勝てない。

 

「まぁとにかく、アーシアの嫁入りが夢で良かったよ」

 

「もし正夢になったら……多分俺は真の姿になって、結婚式をぶち壊すついでアスタロト家も滅ぼすかもしれないな♪」

 

「………兄貴、それって勿論冗談だよな?」

 

「さぁ、どうだろうなぁ?」

 

 頬を引き攣らせて確認してくるイッセーに、俺は意味深な言葉を告げる。

 

 少なくともディオドラが俺の目の前でアーシアを連れて行ったら、何かするのは確実だと思う。

 

「リューセーが本当にやりそうで恐いから、夢だけにしたいわね」

 

 朝食を終えたリアスが、何やら大量の手紙を出していた。

 

「部長、それって手紙ですか?」

 

「まさか、またアイツからか?」

 

 尋ねるイッセーと俺にリアスは嘆息しながら頷く。

 

「ええ、リューセーが思ってる通り、送り主は――ディオドラ・アスタロト。どうもラブレターのようね。それにその他にも映画のチケットやお食事の誘い、商品券などもあるわ。大きな物まで送られてきて、玄関口に置いてあるのよ。これで何度目かしらね」

 

 そうなんだよなぁ。ここ最近、これ等の物が俺達の家――と言うより、アーシア宛に届いているんだ。

 

 あ~、またこの前の事を思い出してきた。アーシアにプロポーズしてるディオドラの許し難い行為が!

 

 アーシアも反応に困っていて、荷物が届く度に俺達へ謝っていた。特に俺――聖書の神(わたし)が(ディオドラに対して)怒っているのを見て、土下座するような勢いで頭を下げていた。それを見た聖書の神(わたし)は慌てて直ぐに『アーシアは何も悪くないから! 君が謝る必要なんて一切無いから!』とすぐにフォローしたよ。

 

 あれから二週間ほど経ち、夏休みも終わって二学期へ突入していたが、ディオドラに対する怒りが高まっていくのが自分でも感じ取れてる。弟のイッセーも同様に。

 

 すると、イッセーは急に立ち上がり、涙目で叫んだ。

 

「兄貴! うちのアーシアちゃんはあげませんからっ!」

 

「当たり前だ! あんな悪魔にうちの大事な妹分はあげんわっ!」

 

 俺たち兄弟の叫びに女性陣から妙に暖かい目で見ていた。主に俺を。

 

「……はぁっ。なんだかリューセーが段々私のお兄さまみたいに見えてきたわ」

 

「あらあら、うふふ。確かにリアスの言うとおり、リューセーくんはサーゼクスさまと似ていますわね」

 

「……シスコンここに極まり、ですね」

 

「隆誠先輩がアーシアを大事にしているのは知っているが、もしミカエルさま達の耳に入ったら凄い事になりそうだな」

 

「はぅぅ~……。リューセーさんに物凄く申し訳ないですぅ……」




プロローグ早々、少し暴走気味になってるリューセーでした。


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二十五話

プロローグが短かった分、いつもより長めに書きました。


 夏が明け、既に新学期――二学期に突入だ。

 

 始業式もとっくに終えて、現在の駒王学園は九月のイベント、体育祭の準備へと入っていた。

 

 非常に如何でもいい事だが、この時期になると“ある出来事”があった。

 

 それはクラスメイトに大胆なイメージチェンジをしているからだ。イッセー曰く夏デビューと言うやつだそうだ。

 

 夏休みを境に今までの自分とは別人のように見違えている者がいる。去年や一昨年に比べるとその数は少ないが、それでも今年もそれらの者達がいた。

 

 男の場合、髪を美容院で仕立て上げ、女の場合は今時のギャル風にスタイルを変えている。

 

 分かりやすく言えば、今まで地味で冴えなかった者達がイメージを新たに二学期を迎えようとすると言う訳だ。

 

 俺はそれを去年や一昨年、クラスメイト達の変わりようを見ていたが、別に何とも思わなかった。面白い変化と感じてる程度だ。

 

 考えてみてくれ。いくら人間に転生して、今は一端の男子高校生になってると言っても、中身は嘗て天界の長だった聖書の神(わたし)だ。そんな聖書の神(わたし)がクラスメイト達みたいにチャラチャラした格好をしてみろ。周囲が聖書の神(わたし)に対するイメージが、百八十度変わるどころか幻滅されるのは確実だ。まぁ、人間に転生した事で性格が結構変わった事で、向こうが抱いていたイメージは既に変わってるがな。

 

 聖書の神(わたし)は既にイメージチェンジしてるも同然だ。だから今になって更に外見も変えようだなんて気は無い。尤も、それは三大勢力側に関する事だから、日常生活の兵藤隆誠には関係の無い事だが。

 

 そんな中、俺が今朝に自宅の空中庭園で栽培してる植物の経過をノートに書いていると、近くにいた女子のクラスメイト達の会話が聞こえた。

 

「ねぇ、年下の彼氏出来たって本当なの? もしかして前から狙っていたあの子?」

 

「え、ええ。二年の吉田君が、私に告白してきて……」

 

 おうおう、内のクラスメイトの女子も青春してるねぇ。お幸せに。

 

「そう言えば、兵藤君の弟がいるクラスの大場くんに彼女が出来たそうよ」

 

「あ、それ私も知ってる! 私の後輩の一年が夏休み中に彼と……しちゃったみたい♪」

 

『キャー!』

 

 コラコラ。恋バナはいいけど、そう言った余計な事まで公開するんじゃない。プライバシーの侵害に該当するぞ。

 

 女子達にああ言った情報が知れ渡ってるって事は、恐らくイッセー達も知ってるかもな。今頃は猛烈に嫉妬して毒を吐いてるだろう。松田や元浜と一緒に。

 

 そう言えば今更だけど――

 

「小猫にも好きな男が出来たんだよなぁ……」

 

『なにぃっ!?』

 

 あっ、しまった! 思わず口からポロッと出ちまった!

 

 今更口を塞いでる俺だが既に遅く、聞きつけた多数の男子クラスメイト達が一気に押し寄せてきた。

 

「おい兵藤! 今の話は本当なのか!?」

 

「我が学園のマスコットアイドル、塔城小猫ちゃんに好きな男が出来ただと!?」

 

「相手は誰だ!?」

 

「そう言えばお前、エロ弟と一緒にオカ研総出で合宿に行ってたみたいだな!」

 

「もしやその時か!? まさかとは思うが……お前じゃないだろうな、兵藤!?」

 

 一斉に詰め寄ってくる男子クラスメイト達。有無を言わさない迫力だ。ってかお前等、近いから少し離れてくれ!

 

 今のコイツ等に『小猫が出来た好きな男は俺の弟のイッセーだ。言っておくが嘘じゃなくて事実だ』と言ったらどうなるだろうか? まぁそんなのは考えるまでもないだろう。最初は嘘だと叫びまくった後、真実だと知った瞬間にイッセーを殺しにいくと思う。もうついでにソレを聞いた松田や元浜も加わって。特に元浜が嫉妬に狂いまくって悪鬼羅刹となるだろうな。イッセーから聞いた話だとロリコンみたいだし。

 

「え、えっとぉ~、それについては――」

 

「ちょっと待って兵藤くん! それについては私たちからも訊きたい事があるわ!」

 

「え?」

 

 どうやって誤魔化そうかと考えてると、突然女子のクラスメイト達も俺に詰め寄ってきた。

 

「木場くんは!? 木場くんはどうなの!?」

 

「夏休み中、木場くんに恋人が出来たのか是非とも教えて!?」

 

「相手は誰なの!?」

 

「まさか相手は……もしかして貴方の弟のエロ兵藤!?」

 

「そういえば、夏休み前からエロ兵藤が木場くんを名前で呼んでることがあったわ!」

 

「もしそうなら絶対に木場くん×エロ兵藤のカップリングは譲れないわ!」

 

 何だかなぁ~。女子の質問の内容が途中からおかしな方向に変わってるから答える気が無いんですけど。

 

 男子はともかく、どうして女子の方は同性愛に持って行きたがるんだ? こればっかりは聖書の神(わたし)も分からん。

 

 それはそうと、今のクラスメイト達に俺が何を言っても変な方向に誤解すると思う。その所為でオカ研に迷惑が掛かってしまう恐れがある。なのでクラスメイト達に申し訳ないが、ちょっとした暗示を掛けておこう。俺が答えた内容に少し疑念を抱くも信用する、と言った後遺症の無い簡単な暗示をな。

 

 そう決めた俺は密かに指を鳴らす仕草をするも――

 

「お、おい! 大変だ!」

 

 突然、クラス男子の一人が急いで教室に駆け込んでくる。いきなりの事にクラスメイト達だけでなく、暗示を掛けようとしていた俺も手を止めた。

 

 ソイツは友人から渡されたミネラルウォーターを一口飲み、気持ちを落ち着かせると、教室にいる全員に聞こえるように告げる。

 

「兵藤のエロ弟がいるクラスに転校生が来る! しかも美少女だ!」

 

 一拍明けると――

 

『えええええええええええええええええええええええっ!』

 

 俺を除くクラス全員が驚きの声を上げていた。

 

 あ、そう言えば前にミカエルから連絡があったな。駒王学園に転校生としての使者を送ってくるって。名前は俺やイッセーがよく知っている――。

 

 

 

 

 

 

「紫藤イリナさん。あなたの来校を歓迎するわ」

 

 放課後の部室。俺を含めたオカルト研究部メンバー全員、顧問のアザゼル、ソーナが集まり、転校生としての使者――紫藤イリナを迎え入れていた。如何でもいいが、イッセーの膝の上に小猫が座っている。もうあれは小猫の定位置になっているようだ。

 

 ついでにソーナは部室に入って俺と目が合った瞬間、すぐにサッと顔を逸らした。あの時の事を未だに気にしてると言ったところか。説教したと同時に上層部が勲章を与えた真実も教えたんだから、未だに気持ちの整理が付いていないんだろう。そう考えると、今の彼女に話しかけるのは止しておこう。

 

「はい! 皆さん! 初めまして――の方もいらっしゃれば、再びお会いした方の方が多いですね。紫藤イリナと申します! 教会、と言うより天使さまの使者として駒王学園に馳せ参じました!」

 

 自己紹介するイリナに、部員全員がパチパチパチと拍手を送る。

 

 連絡があったミカエルからの話では、天界側からの支援メンバーとして派遣するとの事だ。確かに此処は悪魔と堕天使のみしかいなく、天使はいないからな。言っておくが今の聖書の神(わたし)は人間側なので天使側に入らない。それでも天界からのバックアップは受けてはいるがな。

 

 イリナが「主への感謝~」とか「ミカエルさまは偉大で~」と急に始めた。俺達は苦笑しながらも聞いてあげたよ。

 

 久しぶりに会ったが、相変わらず信仰心が強い子だ。すると、イッセーがコッソリと耳打ちをしてくる。

 

(なあ兄貴。イリナは目の前にいる兄貴が転生した神だって事を知らないんだよな?)

 

(ああ、それについては心配ない。既に――)

 

 俺がイッセーに教えているのを他所に、アザゼルが容赦のない確認をしてきた。

 

「おまえさん、『聖書に記されし神』の死と同時に、その神が転生した人間――兵藤隆誠であるのを知っているんだろう?」

 

「ちょ、ちょっと先生ぇぇぇぇっ! いきなり、それは不味いでしょう!」

 

 即座に突っ込むイッセーだが、アザゼルは嘆息するだけだった。

 

「アホか。ここに来たと言う事は、そう言うのを込みで任務を受けてきた筈だ。いいか? この周辺の土地は三大勢力の協力圏内の中でも最大級に重要視されている場所の一つだ。協力者の聖書の神(おやじ)がいる事で尚更な。つまりここに関係者が来ると言う事は、ある程度の知識を持って足を踏み入れている事になる」

 

「そう言う事だ。同時にミカエルはイリナが俺の幼馴染である事を知ったうえで、彼女を此処へ派遣させたんだよ」

 

 アザゼルと俺の言葉にイリナも頷く。

 

「もちろんです、堕天使の総督さま、リューセーくん。安心してイッセーくん。私はリューセーくんが人間に転生した主である事を既に認識しているの」

 

「ま、マジか……」

 

 急に拍子抜けしたような感じで言うイッセー。

 

「意外にタフだね。信仰心の厚いイリナが隆誠先輩に対して何の罪悪感も抱かずにここへ来ているとは」

 

「俺としては、そうしてくれた方が非常に助かるよ。前のゼノヴィアみたく土下座なんてされたら――」

 

 ゼノヴィアと俺の言葉の後、一拍開けて、急にイリナの顔がこの世の終わりみたく真っ青になった。

 

 その直後に彼女は俺に向かって思いっきり頭を地面にぶつけ、土下座をしながら叫んだ。

 

「今までの主に対する数々の暴言とご無礼は本っっっっっっ当に申し訳ありませんでしたぁぁぁぁぁぁっ!!! 心の支え! 世界の中心! あらゆるものの父に対して私はとんでもない事を仕出かしてしまいましたぁぁぁ!! ミカエルさまから真実を知らされた時、あまりの衝撃にクリスチャンにとって大罪である自殺までやろうとしましたぁぁぁぁ!! ああああ、主よ! 今までまことに、まことに申し訳ありませんでしたぁぁぁぁぁ!!」

 

 ああ、結局こうなっちゃうのね。聖書の神(わたし)また頭痛くなってきたよ。

 

 取り敢えず前のゼノヴィアと同様に説得する事にした聖書の神(わたし)だが、イリナは中々にしぶとく懺悔を続けていた。聖書の神(わたし)はもう気にしてないって言ってるんだが、イリナとしては今まで目の前に尊敬する相手がいた事に、全く気付かなかった自分が許せないらしい。

 

「わかります。リューセーさんが主だった事に私も気付きませんでしたし」

 

「わかるよ。私も時々、隆誠先輩を見て非常に申し訳ない気持ちになってるからな」

 

 アーシアとゼノヴィアがうんうんと頷きながら、俺を見ながらそう言っていた。

 

「あのさぁ二人とも、そんな事はしなくていいから、取り敢えずイリナをどうにかしてくれないか?」

 

「「は、はい!」」

 

 俺のお願いにアーシアとゼノヴィアは未だに土下座しているイリナに優しく話しかける。

 

 何とかイリナを立ち上がらせると、急に三人はガシッと抱き合う。

 

「アーシアさん! この間は魔女だなんて言ってゴメンなさい! ゼノヴィアにも別れ際、酷い事言ったわ! 本当にゴメンなさい!」

 

 イリナの謝罪にアーシアもゼノヴィアも微笑んでいた。

 

「気にしてません。これからはリューセーさん……ではなくて、同じ主を敬愛する同志、仲良く出来たら幸いです」

 

「私もだ。あれは破れかぶれだった私も悪かった。いきなり、悪魔に転生だものな。でも、こうして再会出来て嬉しいよ」

 

『ああ、主よ!』

 

 コラコラ、三人揃って俺を見て祈るな。今の聖書の神(わたし)に祈っても意味ないっての。………でもまぁ、これはこれで和解って事になるから今回だけ見逃すか。色々と事情があったが、お互いのわだかまりが消えそうなのだから俺も嬉しいよ。とは言え、毎回俺に祈ってたら流石にちょっとばかり怒るけどな。

 

 もうついでに、イリナには普通に接するよう命じておかないとな。

 

「取り敢えずイリナ、俺の事は今まで通り幼馴染の兵藤隆誠として接してくれ。いきなりの事に抵抗はあるだろうが、聖書の神(わたし)からの勅命だ。良いな?」

 

「は、はい! 主からの御勅命、しかと承りました! では……じゃあリューセーくん、これからもよろしくね♪」

 

「ああ、こちらこそよろしく頼むよ」

 

 見事な切り替えだ。こう言うところはゼノヴィアと違って優秀だな。流石は俺の幼馴染。

 

「それはそうと、おまえさんはミカエルからの使いってことで良いんだよな?」

 

 アザゼルからの確認にイリナが頷く。

 

「はい、アザゼルさま。ミカエルさまはここに天使側の使いが一人もいないことに悩んでおられました。主であるリューセーくんがいらっしゃるのに、現地にスタッフがいないのは大問題だ、と」

 

「ああ、そんな事をミカエルが言っていたな。ここには天界、冥界の力が働いている訳だが、実際の現地で動いているのはリアスとソーナ・シトリーの眷族、俺を含めた少数の人員、そして聖書の神(おやじ)だ。まあ、それだけでも充分機能しているんだが……」

 

「ま、アザゼルも知ってのとおり、ミカエルは律儀なところがあるからな。天界側からも現地で働くスタッフがいた方がいいって言ってたし。本当だったら聖書の神(わたし)の護衛をさせようとミカエル率いるセラフ数名や上位の天使達を送りたかったんだろうが、それは絶対やるなと厳命したからな。それでも天使側のスタッフを送ろうと、俺の幼馴染であるイリナに白羽の矢が立ったって訳だ」

 

「はっ。聞こえはいいが、どうせミカエルの事だ。俺が聖書の神(おやじ)に何か仕出かさないかの監視役として、コイツを送ったんじゃねぇのか?」

 

 相変わらずと言うべきか、アザゼルはミカエルに対しては辛辣だねぇ。尤も、それはミカエルにも言える事だが。

 

「あ、それにつきましては、ミカエルさまからアザゼルさまに伝言があるとのことです。『アザゼル、聖書の神(ちちうえ)に不埒な行為をしたら我々が黙っていませんので』だそうです」

 

「ちっ。また以前のミカエルに戻ったようだな」

 

 ミカエルからの伝言に舌打ちをしながら悪態を吐くアザゼル。

 

 もし聖書の神(わたし)の代わりで長を務めていなければ、今頃アイツは此処に来ていただろうな。アザゼル曰く、当時のミカエルは聖書の神(わたし)至上主義だったし。

 

 そう思っていると、イリナはふいに立ち上がった途端、祈りのポーズをする。また祈るなと言おうとした直後、パァァァァと彼女の身体が輝き、背中からパッと白い翼が生えた。

 

 あれは天使の翼だ。まさかあれは……。

 

 突然の変化に全員驚くが、アザゼルは顎に手をやりながら、冷静にイリナに訊く。

 

「――紫藤イリナと言ったか。おまえ、天使化したのか?」

 

「天使化? それってつまり、転生悪魔の天使バージョンみたいなもんですか?」

 

 不可解に思ったイッセーが訊くと、アザゼルは頷く。

 

「そんなところだ。だが、実際には今までなかった。理論的なものは天界と冥界の科学者の間で話し合われていたが……」

 

「ま、人間が悪魔や堕天使に転生する方法はあるんだから、天使だけが出来ないって訳じゃない。恐らく向こう側の技術を天使側に転用したってところだろうな」

 

 考え込むアザゼルに俺が推測すると、イリナがすぐに頷いた。

 

「ええ。ミカエルさまの祝福を受けて、私は転生天使になったの。リューセーくんの言うとおり、なんでもセラフの方々が悪魔や堕天使の用いてた技術を転用してそれを可能にしたと聞いたわ」

 

 当たりか。参内勢力が協力態勢になると、技術の改良速度がかなりアップしてるな。

 

「転生天使になれるって事は、もしや冥界側の『悪魔の駒(イーヴィル・ピース)』と似たシステムもあるのか?」

 

 俺の問いにイリナが少し驚いた顔をする。

 

「そこに気付くなんて流石はリューセーくんね。リューセーくんの言うとおり、四大セラフ、他のセラフメンバーを合わせた十名の方々は、それぞれ、(エース)からクイーン、トランプに倣った配置で『御使い(ブレイブ・セイント)』と称した配下を十二名作る事にしたの。カードで言うキングの役目が主となる天使さまとなるわ」

 

 イリナの話にアザゼルが興味深そうに聞いていた。コイツはこう言う関連の話が大好きだからな。

 

「成程な。ミカエル達は面白い物を開発しているじゃないか。悪魔がチェスで、天使はトランプか。聖書の神(わたし)は一度死んだ為に、純粋な天使を誕生させる能力(ちから)はもう失ったからな。それを補おうとするミカエル達は流石だ。ふっ。父親として鼻が高いよ」

 

「それ、ミカエルさまが聞いたら絶対に感激してると思うわ」

 

 だろうな。以前に俺が謝罪の抱擁をしただけで感涙してたし。

 

 俺とイリナの会話を余所に『御使い(ブレイブ・セイント)』について考えていたアザゼルが何かに気付いた顔をする。

 

「そのシステムだと、裏でジョーカーなんて呼ばれる強い者もいそうだな。十二名も十二使途に倣った形だ。全く、楽しませてくれるぜ、天使長さまもよ」

 

 くくくとアザゼルは楽しげに笑いを漏らしていた。コイツは相手の裏を読むのが好きなんだよな。

 

「それで、イリナはどの札なんだ?」

 

 イッセーは気になっていたのか、イリナにそう尋ねると、彼女は胸を張って自慢げに言う。

 

「私は(エース)よ! ふふふ、ミカエルさまのエース天使として光栄な配置を頂いたのよ! もう死んでも良い! 主に対する気持ちは今も変わらないけれど、私はミカエルさまのエースとして生きていける事でも充分幸せなのよぉぉぉっ」

 

 ほほう。どうやらイリナはミカエルに対しての忠誠心が物凄く高いようだ。あ、イリナの左手の甲に「(エース)」の文字が出てる。

 

「……兄貴、どうやらイリナの新たな人生の糧はミカエルさんのようだな」

 

「ま、ずっと俺を敬い続けるよりは良いよ。あの子がああやってミカエルのもとで仕事に励んでいた方が良いと俺は思う」

 

 すると、イリナは俺達へ楽しげに告げる。

 

 どうやらミカエルが、異種戦として『悪魔の駒(イーヴィル・ピース)』と『御使い(ブレイブ・セイント)』のゲームも将来的に見据えているらしい。その内、セラフ以外の上位天使にも『御使い(ブレイブ・セイント)』のシステムを与え、レーティングゲーム同様競い合って高めていきたいようだ。

 

 それを聞いたアザゼルが面白そうだと感心している。代理戦争を用意する事でお互いの鬱憤を競技として発散させる事が出来るんだと。尤も、それが実現するのは十年か二十年後の話だがな。ま、その時にはイッセーやアーシアは正式な悪魔になってるのは確実だ。未来の話とはいえ、ソーナも祐斗も興味津々みたいだし。ギャスパーは複雑な顔をしているけど。

 

「そういえば、イッセーくんとアーシアさんって、まだ人間のままだよね? 確か二人の立場上ってリューセーくん――主の側近なんでしょ? 教会の私からしたらすっごく羨ましいけど、転生天使になったほうがいいんじゃないの?」

 

 そう提案してくるイリナだが――

 

「生憎、イッセーとアーシアはリアスの眷族候補で悪魔になる予定だから無理だよ。アーシアだったら問題ないけど、イッセーがずっと天使のままでいられると思うか? 俺でさえ手を焼くほどのドスケベなイッセーが」

 

「…………ゴメン、リューセーくん。私が間違ってたわ」

 

「おい待て! それはどう言う意味だぁ!?」

 

 俺が無理な理由を告げるとすぐに納得してくれた。怒鳴ってくるイッセーを無視して。因みにアザゼルやリアス達もうんうんと頷いている。

 

「あ、待てよ……。イッセー、ものの試しに天使化してみろ? 本当にすぐ堕ちるかどうか見てみたい」

 

「こらアザゼル、堕天使化させたイッセーをさり気なく自分の配下にしようって魂胆だろ?」

 

「そんな事は私が許さないわよ、アザゼル。候補とは言え、イッセーは私の眷族なんだから!」

 

 アザゼルの魂胆を見抜いた俺が言うと、空かさずリアスが阻止するよう抗議してくる。

 

 ま、今はそんな事よりも今日はイリナの歓迎会をしないとな。




今回は原作の流れと大して変わりません。


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二十六話

フライング投稿します。


 イリナが転校してから数日が経った。

 

 イッセーから聞いた話だと、彼女はもう既にクラスに融けこんでいる様だ。持ち前の明るさのおかげで男女問わず人気も高いらしい。ま、俺もそうなる事を大体予想していたがな。

 

 ついでにイリナも兵藤家に住む事になった。豪邸と化した我が家に、一人追加したところで大して問題ないからな。

 

 しかしまぁ、まだ余裕があるとは言え、最近は我が家の男女比率に結構差が出てきた。言うまでもなく女子の入居率が増えてるからな。

 

 男性陣は俺、イッセー、父さん。女性陣はリアス、アーシア、朱乃、ゼノヴィア、小猫、イリナ、母さん。男三人で女七人だ。

 

 イッセーの奴は最初『我が家に美少女がいっぱいで理想の住まいだ!』とか言ってた。けれど、日が経って行くにつれて段々現実を見始めてきたようだ。

 

 例えば、もう教会組トリオと化しているアーシア、ゼノヴィア、イリナの三人が集まってガールズトークをし始めた時を考えてみたら分かる。そこに男が会話に入り込むなんて出来るだろうか? もしそこで更に小猫が入り込んだら、完全に男が割り込めるスペースなんてない。更にはリアスと朱乃もガールズトークしていたら、そこにも割り込むスペースなんてない。それを知ったイッセーはショックを受けていたよ。

 

 けど、女性陣の半分以上はイッセーに惚れているから、アイツが話しかけてきたら直ぐに受け入れるだろう。それに気付かないイッセーは相も変わらずニブい奴だ。

 

 別にそれだけが家での生活ではないので、あくまでガールズトークをしてる場合の話だ。イッセーは普段から女性陣と仲良く過ごしている。時には卑猥な展開も起きてる事もあるし。それが行き過ぎて女のバトルになる時があるので勘弁して欲しいがな。

 

 ま、その他にイッセーは女性陣がガールズトーク中に大抵俺の部屋へ遊びに来る。その時に修行は勿論の事、ドラハンやそれ以外のゲームをやって過ごしている。

 

 そう言えば突然だが、我が家は地下三階まである。地下一階は広いスペースで道場などのトレーニングルームがあったり、映画鑑賞会も出来て、更には大浴場も設備されている。地下二階は丸々室内プールで温水も可。地下三階は書庫と倉庫だ。

 

 何でそんな話をするのかと言うと、その地下一階にあるトレーニングルームを使ってイッセーの修行相手をしているからだ。今までは影武者の人形を使って、コッソリと広い場所で修行していたが、今はそんな事をする必要がない。これに関してはグレモリー家に感謝だ。まぁ流石に本格な実戦式バトルの修行は外でやるけどな。

 

 次は学園についてだが、現在体育祭に向けての準備をしている。昨日に誰が何の競技をするのか決めており、今日は学園全体で体育祭の練習だ。昨日家で聞いたが、弟のイッセーはアーシアと二人三脚のようだ。それを聞いた俺は少し不安に思った。アーシアに密着してるイッセーが練習中に良からぬ事をするんじゃないかと。仮にそうなったら………アーシアは大好きなイッセー相手なら受け入れるだろうから問題無いか。

 

 そんな中、放課後に部室でリアスからの報告があった。有望な若手悪魔のレーティングゲーム戦で、リアス達が次に戦う相手が。

 

 彼女からの報告を聞いた俺は一気に不機嫌になったよ。理由は……アーシアに不届きな行為を行ったディオドラ・アスタロトが次の相手だったから。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「イッセー、お前さっきから何やってんだ? 変な顔しては頭を振ったりの繰り返しをしてるんだが……」

 

「あ、いや、ちょっとな。アハハハハ……」

 

 翌日の放課後。部室にオカ研が集まってる際、既に到着しているイッセーがおかしな行動をしていた。

 

 余りにも不気味な行動に不安に思った俺が尋ねるも、イッセーは答えようとはしない。オセロをしているアーシアとゼノヴィアを見た途端にああなってるから、何か遭ったのは大体分かる。恐らく卑猥的な何かだ。

 

 答えたくないなら別に構わないんだが、出来れば不気味な行動はしないで欲しい。兄の俺としては流石に見過ごせないし。

 

 すると――

 

「……いやらしい顔ですね」

 

「いたひ、いたひよ、こねこちゃん」

 

 半眼無表情で小猫がイッセーの頬を引っ張った。因みにイッセーの膝の上に座っている。イッセーの膝上はもう小猫の定位置と言うより特等席だな。

 

 あの光景を見てると、一軒家だった頃に泊まりに来たサーゼクスがグレイフィアさんに頬を抓られた時の事を思い出す。以前の小猫は突っ込みだけで済ませてるのに、イッセーに好意を抱いてからはヤキモチ屋さんとなったようだ。俺から見たら微笑ましい光景だ。

 

「皆、集まってくれたわね」

 

 部員全員集まった事を確認したリアスは、記録メディアと思われる物を取り出した。

 

 若手悪魔の試合記録だとリアスが言った後、巨大なモニターが用意される。アザゼルがその巨大モニターの前に立って、他の若手悪魔達の試合記録を見るようにと、俺を除く部員達は真剣に頷いた。

 

「まずはサイラオーグ――バアル家とグラシャラボラス家の試合よ」

 

 リアスの言うとおり、モニターにはサイラオーグとイッセー曰くのヤンキー――ゼファードルの試合が映っていた。

 

 試合内容を一言で言うなら……圧倒的な『力』だった。

 

 一番の注目は『(キング)』同志の戦いだ。ゼファードルとサイラオーグの一騎打ちを見ていたリアス達の顔つきは真剣そのもので、視線も険しいものになっていた。

 

 リアス達の反応は至極当然とも言えるだろう。何しろサイラオーグが無数に撃ってくるゼファードルの魔力弾を全て拳だけで弾き、更には幾重にも張り巡らされた防御術式も紙の如く打ち破っていた。サイラオーグの拳には強力な闘気(オーラ)が纏っていたので、ゼファードルの攻撃や防御は最早無意味なモノだ。更にはその闘気(オーラ)が纏った拳で、攻撃をしただけで周囲の景色を吹き飛ばしている。それを腹部に直撃したゼファードルは悶絶する間もなく一発KO。最早この試合はサイラオーグの圧倒的勝利(ワンサイドゲーム)だ。

 

 前次期当主が事故で亡くなって代理で参加しているゼファードルだが、決して弱くはないじゃない。並みの上級悪魔以上の実力はあるんだが、今回ばかりは相手が悪過ぎた。サイラオーグが余りにも強過ぎるからだ。今のアイツじゃ、そこら辺の上級悪魔程度じゃ相手にならない。サイラオーグの実力は最上級悪魔に近いと言っても過言じゃない。

 

 俺が初めてサイラオーグと会った時、まだあそこまでの力は感じなかった。アイツがあそこまで強くなったのは……イッセーだ。ライザー戦のゲームを見ていたアイツは、イッセーが解放した力を見て闘志を燃やしていたからな。ギラギラしていた目なんかも完全にイッセーを自分の獲物と見ていたし。そこは何とか俺が抑えるよう、イッセーとの戦いを約束させると同時に腕を磨くよう言った。しかし、まさかあそこまで強くなっていたとは予想外だ。サイラオーグはそれだけイッセーとの戦いを望んでいるんだろう。

 

 人とか悪魔とか天使とか関係無く、何も考えずに強くなるより、誰かを倒したいと言う目標を立てて修行すれば想像以上に強くなる。今のサイラオーグが正にそれだ。イッセーと言う最大の強敵に戦って勝ちたいと強く願っているからこそ、あそこまでの実力を付けたんだからな。

 

 これは正直言って不味いかもしれない。今のイッセーの実力ではサイラオーグに勝つ確立は殆どゼロだ。イッセーが何とか互角に戦うには最低でも禁手(バランス・ブレイカー)は必須で、今以上に力を付けさせる必要がある。とは言え、余り無茶な修行をさせても簡単に強くはならないが……ま、そこは聖書の神(わたし)が何とかするとしよう。

 

「――にき。おい兄貴! 聞いてるのか!?」

 

「ん?」

 

 すると、突然イッセーが俺に怒鳴ってきた。思わず振り向くと、リアス達だけじゃなくアザゼルも不思議そうに俺を見ている。

 

「何やってんだよ。今はアザゼル先生が話してるってのに」

 

聖書の神(おやじ)、もしかして俺の話を聞いてなかったのか?」

 

「……あ~、スマンスマン。聞こえてはいたけど、ちょっと考え事をしててな」

 

 若手悪魔達のパラメータを示した立体映像グラフ、サイラオーグの出生、サイラオーグに負けて恐怖に打ち震えたゼファードルの退場については全て聞いていた。殆どが上の空だったけど。

 

 聞いてた内容を簡単に言うも、それでもアザゼルは不服そうな顔だった。

 

「ったく。出来れば考え事は話しが終わってからにしてくれよ」

 

「本当に悪かった。んで? 代理のゼファードルは今後のゲームに参加しないってことで良いのか?」

 

「ああ。もう、奴は戦えん。圧倒的に強くなったサイラオーグに心――精神まで断たれたからな。以降は残りのメンバーで戦う事になる。グラシャラボラス家はここまでだ」

 

 アザゼルの台詞を聞いた俺がモニターを見ると、試合後も恐怖に打ち震えている映像のゼファードルが映る。

 

 確かにあの顔を見るだけで、完全にダメだな。完全に心が折れてる顔だ。ゼファードルは今後、表舞台に立つ事はないだろう。折られた心が復活しない限り。

 

「リアス達も充分に気をつけておけ。サイラオーグは対戦者の精神も断つほどの気迫で向かってくるぞ」

 

「アイツにはそれだけの覚悟と強い目標があるからな。そこに一切の妥協も躊躇もない筈だ。特にイッセー、もし戦う時はヴァーリの時みたいに一切油断なんかするなよ」

 

「お、おう!」

 

 アザゼルと俺の忠言を聞いたリアスは深呼吸を一つした後、改めて言う。

 

「先ずは目先の試合ね。今度戦うアスタロトの映像も研究の為にこのあと見るわよ。聞いた話だと、対戦相手の大公家の次期当主シークヴァイラ・アガレスを倒したそうよ」

 

「シークヴァイラがディオドラに負けた?」

 

 リアスの台詞に俺は疑問を抱くように声を出した。思わず立体映像グラフを見るも、シークヴァイラとディオドラの総合パラメータを比べるも、明らかにシークヴァイラが上だった。

 

 パラメータだけで言うなら、シークヴァイラの方が強いのでディオドラが負けると思っていた。まぁこれはあくまでデータに過ぎないから、必ずしもパラメータが全てじゃない。レーティングゲームはそんな単純なものではないし。

 

 だが、それでも俺は何故か納得出来なかった。特にこのディオドラのパラメータを見て。

 

 取り敢えずリアス達と一緒に映像記録を見てみようと思ったその時、突然何か感じた。

 

 

 パァァァァァァァッ!

 

 

 すると、部室の片隅で一人分の転移用魔法陣が展開した。

 

 あの魔法陣の紋様は確か――

 

「――アスタロト」

 

 そうそう、アスタロトの紋様だった。呟きありがとうな、朱乃。

 

 そして一瞬の閃光の後、部室の片隅に現れたのは爽やかな笑顔を浮かべる優男――ディオドラだった。

 

「ごきげんよう、ディオドラ・アスタロトです。アーシアに会いにきました」

 

 いきなりふざけた事を抜かす愚か者(ディオドラ)を瞬殺しなかった聖書の神(わたし)を誰か褒めてほしい。

 

 

 

 

 

 

 レーティングゲームについてのミーティングは中断となり、俺たちオカ研は急遽ディオドラの対応をする事となった。

 

 部室のテーブルには俺と部長のリアスとディオドラ、顧問としてアザゼルも座っていた。俺が座っているのは三大勢力の協力者である聖書の神(わたし)としてだ。

 

 イッセーやアーシア、他の眷族達は部室の片隅にて状況を見守っている。以前のライザーの時と同じ光景だ。

 

 だがライザーの時とは違い、今回はリアスでなくアーシアだ。当のアーシアはイッセーの隣で困惑した表情をしている。そんな不安げなアーシアの手をイッセーが無言で握っていた。

 

 一先ずアーシアは大丈夫だと思った俺は、目の前にいるディオドラを見る。コイツは俺やアザゼルを気にした様子を見せること無く、リアスに用件を言おうとする。

 

「リアスさん。単刀直入に言います。『僧侶(ビショップ)』のトレードをお願いしたいのです」

 

 ディオドラが言う『トレード』とは、『(キング)』同士で駒となる眷族を交換できるレーティングゲームのシステムだ。

 

 コイツが言う『僧侶(ビショップ)』のトレードとは、ギャスパーか――

 

「いやん! 僕のことですか!?」

 

「なわけないだろう」

 

 すると、ギャスパーが突然身を守るようにするが、即座にイッセーが頭を叩いた。

 

 思わず笑いそうになる俺だったが、内心ギャスパーも随分と逞しくなったと思った。以前なら悲鳴をあげて段ボール箱の中に逃げ込んでいたというのに。

 

 ま、ギャスパーも冥界での修行の成果が出ているって訳だ。ついでにイッセーが考案したニンニクの克服修行は今も継続中だ。俺手作りのガーリックトースト、ガーリックライスを主食として。偶にニンニク臭かったりするが、そこは修行だからご愛嬌と言う事で。

 

 それはそうと、ディオドラが欲しい『僧侶(ビショップ)』は間違いなくアーシアだ。聖書の神(わたし)から各若手悪魔達に、『兵士(ポーン)』のイッセーと『僧侶(ビショップ)』のアーシアは正式なリアスの眷属じゃない事は周知した。にも拘らず、聖書の神(わたし)を無視してリアスにトレードを持ちかけるとは随分良い度胸してる。さっきから俺を見ようともしないし。

 

「僕が望むリアスさんの眷族は――『僧侶(ビショップ)』アーシア・アルジェント」 

 

 不機嫌となってる俺を余所に、ディオドラは躊躇い無く言い放ちながらアーシアへ視線を向けた。

 

「こちらが用意するのは――」

 

 自分の下僕が載っていると思われるカタログらしきものを出そうとしたディオドラへリアスが間髪入れず言う。

 

「生憎、私はトレードする気はないわ。理由は単純よ。アーシアを手放したくないし、イッセーと同様私の大事な眷族候補なのだから」

 

 真正面から断るリアスを見て俺はよく言ったと内心褒めた。

 

 これでもしカタログを見てアーシアと比べるような事をしたら俺は失望していたところだ。リアスがそんな事をするつもりなんて無いのは元々分かっていたけど。

 

「それは能力? それとも彼女自身が魅力だから?」

 

 だが、ディオドラは淡々と訊いてくる。アッサリと断られたんなら諦めて帰れよな。俺がブチギレしない内に。

 

「両方よ。私は、彼女が人間でも妹のように思っているわ」

 

「――部長さんっ!」

 

 アーシアは口元に手をやり、綺麗な瞳を潤ませていた。リアスが『妹』と言ってくれた事が心底嬉しかったんだろう。聖書の神(わたし)聖書の神(わたし)でアーシアを大事な妹として見ているからな。

 

「それに貴方、何か勘違いしていないかしら? 私はリューセー――聖書の神から許可を貰ってアーシアを眷族候補にしているの。私にトレードの申し出をする前に、先ずは聖書の神に掛け合うのが筋ではなくて?」

 

「そう言われてみれば、確かにその通りですね。僕とした事が肝心な事を忘れていました。では聖書の神、アーシア・アルジェントをトレードする許可を頂きたいのですが?」

 

 まるでついさっき思い出したかのように、何の悪びれもなくリアスの隣に座ってる俺に向かってほざいてきやがった。

 

 マジでいい度胸してるよ、コイツ。因みに俺が不機嫌な顔で頬を引き攣らせている事に、イッセー達が冷や汗を流しながら少し引いている。

 

「戯け。アーシアを大事にしてくれているリアスだからこそ、聖書の神(わたし)は眷族候補にするのを許可したんだ。加えて、アーシアは聖書の神(わたし)の大事な『家族』だ。お前に許可する道理など一切ない」

 

「――リューセーさんっ!」

 

 聖書の神(わたし)の台詞に、アーシアは次に大粒の涙を流していた。冷静に考えてみれば、聖書の神(わたし)の発言は教会の信徒にとって最高の名誉に等しい。崇拝していた相手から言われたら尚更な。

 

 だがそんなのを抜きにしても、アーシアを大事にしている。聖書の神(わたし)にとってアーシアは大事な家族なのだから。

 

「聞いた話だがディオドラ、お前は以前アーシアに助けられて一目惚れしたそうだな。それが理由で求婚しているようだが、トレードで手に入れようとするのはどうかと思うぞ」

 

「聖書の神の言う通りよ。そんな風に私や彼を介してアーシアを手に入れようとするのは解せないわ、ディオドラ。あなた、求婚の意味を理解しているのかしら?」

 

 リアスも賛同するように迫力のある笑顔で問い返す。言うまでもないが、リアスは聖書の神(わたし)と同様にキレてるぞ。

 

 だがディオドラは笑みを浮かべたままだ。自分で言うのもなんだが、格上の聖書の神(わたし)に対してよくそんな平静でいられるな。

 

「――わかりました。今日はこれで帰ります。けれど、僕は諦めません」

 

 ディオドラは立ち上がり、イッセー達……正確にはアーシアの元へ近寄る。

 

 当惑しているアーシアの前に立つと、その場で跪くと手を取ろうとしていた。

 

「アーシア。僕はキミを愛しているよ。大丈夫、運命は僕たちを裏切らない。この世の全てが僕たちの間を否定しても、僕はそれを乗り越えてみせるよ」

 

 訳の分からん事をほざいているディオドラは、アーシアの手の甲にキスしようとしていた。

 

 決めた。やっぱり殺そう。

 

 光の剣と光の槍で串刺しにしてやろうと思った聖書の神(わたし)だが――

 

 

 ガシッ!

 

 

「おいテメェ、いい加減にしねぇとマジでぶっ飛ばすぞ」

 

 アーシアの隣にいたイッセーが我慢の限界だったのか、ディオドラの肩を掴んでキスを制止させた。

 

 ナイスだイッセー。お前がそうしてくれなかったら、聖書の神(わたし)はディオドラを殺しているところだったよ。まぁ本気で殺しはしないが。……………言っておくが本当に殺さないからな。

 

 イッセーの行動にディオドラは爽やかな笑みを浮かべながら言う。

 

「放してくれないか? 聖書の神の弟とは言え、薄汚いドラゴン混じりの人間風情に触れられるのはちょっとね」

 

 ……笑顔で言い放つディオドラにイッセーだけじゃなく、兵藤隆誠(おれ)も本気でブチ殺したくなってきた。

 

 ディオドラ・アスタロト。それがお前の本性なんだろうが、その発言は人間の俺たち兄弟に対する挑戦状と見なしてもいいよな?

 

 完全にブチ切れそうになる俺とイッセーだったが――

 

 

 パチッ!

 

 

 アーシアのビンタがディオドラの頬に炸裂していた。アーシアは隣のイッセーに抱きつき、叫ぶように言った。

 

「そんなことを言わないでください!」

 

 ……これは驚いた。まさかあの優しいアーシアがビンタをやるとは思わなかった。だがそのお蔭で、俺とイッセーはすっきりしたよ。

 

 ディオドラの頬はビンタで赤くなるも、それでも奴は笑みを止めようとはしない。ここまで笑みを続けると不気味だ。

 

「なるほど。わかったよ。――では、こうしようかな。聖書の神よ」

 

「何だ?」

 

「次のゲーム、僕は赤龍帝の兵藤一誠を倒します。そうしたら、アーシアを僕の眷族候補にする許可を頂きたい。無論、シトリー戦とは違って赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)の使用は認めます。それなら構わないですよね?」

 

「………は?」

 

 何を言うかと思えば……コイツ、正気か? 赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)を使用したイッセー相手に勝てると本気で思ってるのか?

 

 だがディオドラからそんな事を言ってくるって事は、何かあると見た方が良いだろう。

 

「ふざけんな! 俺がテメェに負けるわけねぇだろっ! 兄貴! 悪いけど俺は受けるぜ!」

 

「……はぁっ。好きにしろ」

 

 俺が返答する前にイッセーが勝手に承諾してしまった。いくら俺でも、イッセーがこうなったら聞く耳持たないからな。

 

 それに俺としても……あの程度のパラメータでイッセーに勝てると思い上がってるディオドラをぶちのめして欲しいと思ってるし。

 

「赤龍帝、兵藤一誠。次のゲームで僕はキミを倒すよ」

 

「ディオドラ・アスタロト。お前が言った薄汚いドラゴン混じりの人間の力、存分に見せてやるさっ!」

 

 睨み合うイッセーとディオドラ。

 

 その時、アザゼルのケータイが鳴った。いくつか応答した後、アザゼルはリアス達に告げる。

 

「リアス、ディオドラ、丁度良い。ゲームの日取りが決まったぞ。日程は五日後だ」

 

 その日はそれで終わり、ディオドラが漸く帰った。アイツにはもう二度と部室には来ないで欲しい。

 

「兄貴! ゲームが始まるまでに――」

 

「実戦式バトルの修行を頼む、だろう? お前に言われなくてもそのつもりだ。少し本気でやるから覚悟しておけ」

 

「おう!」

 

 取り敢えず部活が終わった後、先ずは簡単な組み手をするか。本格的なバトルをやる前に身体を慣らしておかないとダメだからな。

 

「またイッセーが隆誠先輩との修行時間を独占してるな……」

 

「うん。こう言う時、イッセーくんがリューセー先輩の弟であることを嫉妬しちゃうね……」

 

 ゼノヴィアと祐斗が少し拗ね気味になってるので――

 

「ゼノヴィア、祐斗、時間が空いていたら俺の修行時間に付き合ってくれるか?」

 

「「はい、勿論です!」」

 

 俺からの問いに空かさず揃って良い返事をするのであった。




危うくディオドラを殺そうとする兵藤兄弟でした。


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二十七話

またもやフライング投稿です。


「今日はここまでだ。帰ったらすぐに風呂入って寝るぞ」

 

「はぁっ、はぁっ……おう」

 

 深夜の広い空き地。イッセーとの実戦式バトルの修行を終えた俺は、防音と視覚阻害と人払いの結界を解除して、家に戻ろうと歩いて帰宅する。

 

 今回の修行では流石に家の地下トレーニングルームでやる訳にいかなかったので、こうして外に出ていた。いつもは影武者を用意しているが、自宅にはリアス達がいるので、両親に上手く誤魔化してくれるから問題無い。

 

 因みに歩いて帰っているのは、修行で疲れているイッセーの呼吸を整える為だ。それに加えて、家に向かう途中にある自販機でジュースを買いたいし。

 

「……なぁ兄貴、何度も思ってるんだけどさ」

 

「ん?」

 

 歩いている最中、少しずつ息が整い始めてるイッセーが尋ねてくる。

 

「上級悪魔ってさ、人間を見下してる上に同族の悪魔も見下してるよな。主に転生悪魔、下級悪魔とかをさ。部長とその親御さん達は全く別として、何であそこまで無駄にプライドが高いんだ? 人間の俺から見ても、時々バカじゃねぇかって思う事があるんだけど」

 

「確かに人間(おまえ)からすれば当然の疑問だ。知ってのとおり、奴ら上級悪魔は長い歴史を持ち、古き伝統を遵守する集まりだ。そんな連中からすれば、それを全く無視するように幅を利かせようとする者達――転生、下級悪魔が気に入らないんだ。自分達が遥か昔から持っている既得権益を、どこぞの馬の骨とも知れない身の程知らず共に奪われるのは我慢ならん! って感じでな」

 

「要するに、偉大な上級悪魔様を常に崇める事をしねぇバカが嫌いだって事なんだろ? ついでに俺みたいな礼儀知らずでバカな人間も含めて」

 

「……まぁ、そんなところだ」

 

 イッセーなりの分かりやすい理由に、俺は思わず苦笑した。と言うかソレ、ほぼ大正解だ。

 

 確かにイッセーの言うとおり、古き時代を生きた上級悪魔達は選民思想が強い。長い歴史を鼻に掛ける悪魔ほど、自分より弱い相手を徹底的に見下すからな。

 

 もしイッセーが転生悪魔になっても、お偉方の上級悪魔共はそう簡単にイッセーを認める事はしないだろう。然るべき手順を踏まなければ認めないってな感じで。だがしかし、今は柔軟な思考を持った四大魔王がいるから一先ずは安心だ。尤も、彼等でも古き悪魔たち全てを掌握しきれる権力はないがな。

 

 そんな会話をしてると、途中で自販機を見つけた。修行で疲れたイッセーを労おうと、俺はスポーツドリンクを二本買った。その内の一本をポイッと投げると、受け取ったイッセーは直ぐに蓋を開けてグイッと(あお)る。

 

「ぷはー。やっぱ修行の後のスポーツ飲料がうまい。あんがと兄貴。家に戻ったら金払うから」

 

「良いよ。俺の奢りだ」

 

 気にするなと言いながら俺もスポドリを飲んでいると――突然の気配に俺とイッセーは飲むのを止めた。

 

 気配を感じたその先は、ラフな格好をした男――

 

「おひさ、お二人さん」

 

「どこかで感じたオーラかと思えば、やっぱり美猴か」

 

「何でお前がここにいるんだよ?」

 

 爽やかな顔をした孫悟空だった。今回は中華風の鎧じゃなく、チャラチャラした一般人の格好でのご登場だ。

 

 彼の登場に俺とイッセーは特に驚いた様子を見せる事なく、呆れた感じで見ている。

 

「ま、相棒の付き添いでさ」

 

 そう言って美猴が後ろに顔を向ける。

 

 そこから現れたのは――

 

「二ヶ月ぶりだな、聖書の神。そして、兵藤一誠」

 

 白ワイシャツ姿のヴァーリだった。

 

「ヴァーリ……」

 

 イッセーはさっきまでの様子とは打って変わるように、既にスポーツドリンクを飲んで空にしたペットボトルをグシャリと握りつぶしながら睨んだ。多分、この前の戦いを思い出したんだろうな。

 

 そんなイッセーの様子を見たヴァーリは何やら嬉しそうに笑みを浮かべている。

 

「未だ禁手(バランス・ブレイカー)に至っていないとは言え、また随分と腕を上げたな。ライバルとして嬉しく思う」

 

「相変わらずの上から目線だな。喧嘩売ってんなら買うぞ」

 

「まさか。俺は純粋にキミを賞賛したんだ。だが、そう受け取ってしまったなら謝罪する」

 

「………えっと、いきなり謝られると調子狂うな」

 

 本心で謝罪するヴァーリの姿勢を見たイッセーが、さっきまでの荒々しい闘気(オーラ)が静まった。

 

「少し見ない間、君のイッセーに対する評価が随分変わったようだ。それだけ、この前の戦いが心に響いたという事かな?」

 

「俺はこの前の敗北で、もう絶対に慢心しないと決めたからな。俺の宿敵(ライバル)――兵藤一誠に敬意を払うのは当然だ」

 

「んな事言われると、何かすげぇ気味悪いぞ! それに……って、ちょっと待て!」

 

 大事な事を思い出したと言うようにイッセーがツカツカとヴァーリに近寄る。

 

「おいヴァーリ、テメェこの前の戦いで何勝手に自分の負けにしてんだよ!? 俺が先に敗北宣言したんだから、アレは誰がどう見ても俺の負けじゃねぇか!」

 

「キミは何を言っている? あの勝負は慢心した俺の負けだ。あんな無様な姿となった時点でな」

 

「勝手に決めてんじゃねぇ! アレは俺の負けなんだ! 今すぐ訂正しろ!」

 

「理解に苦しむな。如何考えても俺の負けに決まってるじゃないか。キミこそ訂正すべきだ」

 

「それはテメェが――」

 

「だからキミが――」

 

 互いに自分の負けだと主張する赤龍帝(イッセー)白龍皇(ヴァーリ)。今までに見た事のない言い争いだ。

 

 普通は勝ったのは自分だと言い張るものなんだが、この二人は全く真逆の事をしている。お互いに負けを主張する二天龍なんて初めて見たよ。

 

「「…………………」」

 

 余りの展開に俺だけじゃなく、美猴も無言で呆れ顔となっている。

 

「はいはい、こんな深夜にそんな言い争いしたら近所迷惑だから止めてくれ」

 

「聖書の神の言うとおりだぜぃ、ヴァーリ。と言うか今日は助言する為に来たんだろ?」

 

 一先ず言い争いを止めさせようと、俺と美猴は二人の間に割って入る事にした。イッセーが未だ不満そうな顔だが、ヴァーリは美猴の台詞で一旦落ち着いた様子を見せる。

 

「助言とはどう言う事だ?」

 

 美猴の発言が気になった俺が問うと、ヴァーリは答えようと口を開く。

 

「レーティングゲームをするそうだな? 相手はアスタロト家の次期当主」

 

 やはりと言うべきか、どうやらコイツは冥界の情報を入手しているな。恐らくリアスとソーナのゲームも見ている筈だ。

 

「それがどうしたんだよ?」

 

「奴には気をつけたほうがいい」

 

 怪訝に思ったイッセーは再度ヴァーリに訊こうとする。

 

「……どういうことだよ?」

 

「映像記録は見たのだろう? アスタロト家と大公の姫君の一戦を」

 

 その台詞に、俺はその記録を思い出した。

 

 ディオドラが帰った後、俺やグレモリー眷族達はディオドラ対シークヴァイラの記録映像を見た。

 

 あの試合内容を見た俺はディオドラに対して………物凄く不愉快に思った。そして同時に知った。アイツがイッセーに対してあそこまで強気な態度を見せた理由を。ここでそれを語るには、まだ確証はないので敢えて省かせてもらう。

 

 端的に言ってあの試合は異常だった。ディオドラが急激に魔力が増大してシークヴァイラを圧倒していたから。それは俺だけでなく全員が訝しげに思っていた。何故ディオドラがあそこまで急激なパワーアップをしているんだと。

 

 試合を直接見たアザゼルや、映像記録を見たリアスも疑問を感じていたようだ。ディオドラはあそこまで強い悪魔ではなかった、とな。

 

「まあ、俺の言い分だけでは、上級悪魔の者たちに通じないだろうけど。キミや聖書の神が知っておくぐらいはいいんじゃないかと思ってね」

 

「情報提供ありがとう。そんな君達には……ほれ」

 

 俺は自販機の缶ジュース二本買い、片手で一本ずつ二人に向かって放り投げた。受け取ったヴァーリと美猴は意外そうな顔をしている。

 

「安物のジュースで悪いが、取り敢えず聖書の神(わたし)からの礼って事で」

 

「……ふっ。神が悪魔に礼をするとはな。折角貰ったんだから、頂こう」

 

「これは天使達が知ったら俺っちら嫉妬されるかもねぃ。ありがとな、聖書の神。丁度何か飲みたかったんだ」

 

 俺が渡したジュースを二人は礼を言いながらプルタブを開けて飲み始める。

 

「おい兄貴、アイツ等は一応敵だぞ? んな事して良いのか?」

 

「そういうお前こそ、さっきまでヴァーリと負けの主張をしてただろ?」

 

「そ、それを言われるとなぁ……」

 

「ま、ここはお互い様って事で……ん?」

 

 言い返せないイッセーが複雑そうな顔をしてる時だった。ふいに彼の闘気(オーラ)を感じた俺は振り向く。イッセーだけじゃなく、ジュースを飲んでいたヴァーリと美猴も予想外だったのか、俺と同じ方向へ視線を向けていた。

 

 ぬぅっと闇夜から姿を現したのは――

 

「これは神さま、お久しぶりですにょ」

 

「おやおや。、本当に久しぶりですね、ミルたん」

 

 あり得ない質量の筋肉に包まれたゴスロリ巨漢のミルたんだった。相変わらず頭部には猫耳が付いている。

 

「………あの、兄貴。この人は……?」

 

 彼の姿を見たイッセーは目を見開きながら俺に訊いてくる。そう言えばまだ教えてなかったな。

 

「この人はミルたん。俺が初めて悪魔稼業をやった一人目の依頼人だ。前に聞いただろ? 魔法を撃てるよう杖に術式を施したって」

 

「……あ、ああ~……この人だったのね。ローズさんが言ってた……」

 

 イッセーは思い出したのか、若干ドン引きしながらも作り笑いをしている。俺が近くにいなかったら即行で逃走してるだろうな。

 

「ミルたん、コイツは俺の弟――イッセーだ」

 

「にょ? あなたが神さまの弟? 初めましてにょ。あなたもミルたんの事をミルたんって呼んでにょ♪」

 

「ど、どうも……ミルたん」

 

 イッセーは引き攣った笑顔でミルたんと挨拶をする。

 

 そんなやり取りをしてる中、ヴァーリはミルたんを二度見していた。恐らく、我が目を疑ったと思う。

 

「では神さま、弟くん。ミルたんは帰るので失礼するにょ。あ、神さま。もしお時間があったら、魔法少女の杖を一度見て欲しいにょ」

 

「了解。じゃあ近い内に電話するんで」

 

 ミルたんはペコリと頭を下げた後、すたすたと歩いて再び闇夜へと姿を消した。

 

「何だあれは? 聖書の神と知り合いのようだが、頭部から察するに猫又か? 近くに寄るまで俺でも気配が読めなかった。もしや仙術か?」

 

 ミルたんを見たヴァーリが真剣な面持ちで美猴に尋ねている。

 

 猫又じゃないし、仙術も使っていないぞ。彼は純粋な人間で、気配を上手く消していただけだから。と、俺は内心ヴァーリにツッコミを入れていた。

 

「いんや、あれは……トロルか何かの類じゃね? ……猫トロル? つーか聖書の神、一体あれは何だぃ?」

 

 美猴も首を捻って答えに困っていたのか、俺に答えを求めようと訊いてくる。

 

「まぁ敢えて答えるとしたら……彼は一度聖書の神(わたし)を殺しかけたほどの強者だ」

 

『っ!!!』

 

 これは完全に予想外だったようだ。ヴァーリと美猴だけじゃなく、何とイッセーもこれ以上ないほど驚愕を露にしていた。

 

 言っておくが嘘じゃないぞ。俺は抱擁されたミルたんに絞め殺されかけたんだからな。あの時はローズさんが止めてくれなかったら、本当に死ぬかと思ったよ。

 

「ソレが本当なら是非とも奴と戦ってみたいが……まあ、取り敢えず今は止めておこう。帰るぞ、美猴。聖書の神、馳走になった」

 

 ヴァーリはそう言って、美猴と共にこの場を後にしようとする。

 

「ちょっと待て。情報提供とは言え、君はそれだけを言いに俺たち兄弟に会いにきたのかい? 態々ここに来てまで?」

 

 尋ねる俺にヴァーリは笑う。

 

「偶々近くに寄っただけだ。ああそれと、飲み物を頂いたついでに教えておこう。アスタロト家の次期当主に気をつけろと言ったが、それは聖書の神にも関係している」

 

「何だと?」

 

「奴には自由気侭で強力な後ろ盾がいる。あなたにとって面倒な後ろ盾がな」

 

 ……何故だろうか。ソレを聞くだけで凄く嫌な予感がするんだが。本当だったら問い詰めたいところなんだが、それを聞いたら碌な事にならないような気がする。

 

「俺からは以上だ。そして兵藤一誠。また上から目線な物言いをしてすまないが、次に俺と戦うその時まで是非とも禁手(バランス・ブレイカー)に至ってくれ」

 

「じゃあな、聖書の神に赤龍帝。なあ、ヴァーリ。帰りに噂のラーメン屋寄って行こうや~」

 

 用件を終えたヴァーリは美猴を引き連れて、夜の闇へと消えていった。 

 

 そしてこの場に俺とイッセーだけになった瞬間、急に静かな夜へと変わっていく。

 

「……なぁ兄貴。アイツって俺達とは敵同士の筈なのに、何でああも気軽に俺達の前に現れたんだ?」

 

「ヴァーリは旧魔王派のバカ共と違って、オーフィスと同様に世界や覇権に一切興味が無いからな。恐らく、本当にただ偶然俺達と会っただけだと思う」

 

「完全に気軽な散歩感覚じゃねぇか! アイツはマジで何考えてんだよ!? おまけに俺に対して気味悪いほど気ぃ遣ってくるし!」

 

「それだけライバルのイッセーを気に入った証拠って意味なんだろう? 良かったじゃないか」

 

「野郎に気に入られても嬉しくねぇよ!」

 

 

 piririririri!

 

 

 怒鳴ってくるイッセーに俺がからかい混じりに笑っていると、突然俺のケータイから着信音が鳴った。

 

 すぐに懐から取り出して発信者を見ると、何とアザゼルだ。アイツがこんな時間帯に連絡するなんて珍しいな。

 

「はい、もしもし」

 

『悪いな聖書の神(おやじ)、こんな時間にかけちまって。まだ修行中だったか?』

 

 電話を繋げると、思ったとおりアザゼルだった。

 

「いいや、もう終わって今は家に帰ろうとしてるところだ。んで、どうしたんだ?」

 

『急で悪いが、直ぐに俺のマンションへ来てくれないか? ちょっと聖書の神(おやじ)に確認したい事がある』

 

「……分かった。すぐに向かう」

 

 こんな真剣に言ってくるって事は、何か重大な何かを掴んだから聖書の神(わたし)に確認したいって事だろう。

 

 了承した俺は電話を切り、イッセーに向かってこう言う。

 

「イッセー、悪いけど野暮用が出来たから、このまま一人で帰ってくれ」

 

「あ、ああ。分かった」

 

「なんだったら、俺が直ぐにお前の部屋へ転移させようか?」

 

「遠慮しとく。久しぶりにドライグとも話したいし」

 

 ドライグと話したい、か。

 

『ほう。相棒がそんな事を言うとは珍しいじゃないか』

 

 すると、イッセーの手の甲が光りだすと同時にドライグの声も聞こえた。

 

「そうか。言っておくが寄り道なんてせずに真っ直ぐ帰れよ」

 

 そう言って俺は転移術を使って、現在アザゼルが住んでいるマンションへと向かう事にした。



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二十八話

 イッセーと別れた俺は現在アザゼルが住んでいるマンションにいて、その家主であるアザゼルと確認の意味を込めた相談を受けていた。

 

「それじゃ聖書の神(おやじ)、やっぱりディオドラ・アスタロトの魔力増大は……」

 

「ああ。あの増大の元は間違いなくアイツ(・・・)の力だ。あのお坊ちゃんが聖書の神(わたし)やイッセーに対して、あそこまで矢鱈と強気な態度を取っていた事に納得したよ」

 

「確かに。すまねぇな、こんなことの為に呼び出しちまって」

 

「気にするな。聖書の神(わたし)もアザゼルが確認してくれたおかげで確信が持てたし」

 

「一応これも訊いておくが、もしイッセーが強化されたディオドラと戦う事になったら、どっちが勝つと思う?」

 

「………さぁな。どんな結果になろうとも、事が終えればディオドラは聖書の神(わたし)自らの手で天罰を下す。自分がどれだけバカな事を仕出かしたのかを徹底的に思い知らせてやるよ。特に大事な妹分にあんな下らん事をした報いを受けてもらう」

 

「最後が一番の理由だろうが。ったく。嘗ての聖書の神とは思えない発言だな。特にガブリエルが聞いたらショック受けるんじゃねぇか? アイツはミカエルにも負けないほど聖書の神(おやじ)の事を敬愛してるからな」

 

「ガブリエルは聖書の神(わたし)の娘で、アーシアは兵藤隆誠(おれ)の妹分だ。どっちも大事に思ってるよ。ま、この前久しぶりに海で会った時、帰るまではずっと俺の傍を離れようとしなかったよ。他の天使の娘達にも言える事だが」

 

「モテモテだな。ハーレムに憧れてるイッセーからすれば嫉妬ものじゃねぇか?」

 

「勘弁してくれ。聖書の神(わたし)が娘達をそんな目で見たら大問題だっての。って、そういえばアザゼル。この前シェムハザが、他勢力の女性悪魔と結婚したって聖書の神(わたし)に報告してくれたぞ。他の堕天使幹部も結婚したそうだが」

 

「ちっ。シェムハザの野郎、余計な事を……。どいつもこいつも焦りやがって。何よりも俺に黙って裏で他勢力の女とよろしくやっていたなんて、初めて聞いた時は驚いたよ……。クソ、そろそろ独り身は俺だけか!」

 

「お前もそろそろ結婚したらどうだ?」

 

「嫌だね。俺は趣味に生きる男だ。……お、女なんていくらでもいる! ソレを言うなら聖書の神(おやじ)も結婚しやがれってんだ! どういう経緯で仲良くなったかは知らんが、フレイヤと結婚でもしろよ!」

 

「今の俺は人間の学生なのでまだ結婚は出来ません。と言うかフレイヤと結婚する気もありませんので。――それはそうと、聖書の神(わたし)に確認した後はどうするつもりだ?」

 

「これからサーゼクスに通信する。その時に今度のゲームについて説明するが、リアス達に少々悪い事をするって事を先に言っておく」

 

「……ま、それも大体予想はしていたよ」

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 皆さん、こんにちは。俺――兵藤一誠は冥界にいます。何でそうなったかの経緯については、この前の夜から始まる。

 

 兄貴と別れて家に着いた俺が玄関に入った瞬間、部長を除く朱乃さん達がエッチなコスプレ衣装を着て、突然のコスプレ大会を開催した。何でそうなったかを尋ねると、朱乃さんが修行で疲れた俺を癒そうと企画したようだ。身体を癒すどころか、(良い意味で)疲れそうな気がしたよ。

 

 更には途中から現れた部長も負けじとエッチな衣装に着替えて俺を癒そうとしていた。けれど、途中から朱乃さんが部長と口喧嘩に発展して中止になっちまったけどな。壁越しからでも聞こえてくるほどの口喧嘩だった。まぁ、喧嘩するほど仲が良いって証拠なんだろうが。と言うか、兄貴がいなくて良かった。もしいたら、『そういう事はイッセーの部屋でやってくれ。あとなるべく静かにな』と呆れながら言ってただろうし。

 

 まぁ、そんなエロ展開よりもだ。朱乃さんと口喧嘩を終えた部長から急に話しがあった。若手悪魔特集で冥界のテレビ番組に出演する事になったと。

 

 いきなりの事に部長と朱乃さんを除く俺たち全員、驚きの余りに叫んじまったよ。誰もテレビ出演するなんて予想だにしなかったからな。

 

 人間の俺とアーシアも出演するのかと聞いてみると、どうやら俺達も参加しなければいけないようだ。部長へ連絡が来たグレイフィアさん曰く『グレモリー眷族全員出演だから、眷族候補の二人も参加は当然』なんだと。

 

 とまあ、ざっくりした内容だが、こうして俺が冥界へ来ているって訳だ。因みに兄貴も一緒にいるが、別の場所で待機している。何でも冥界の新番組製作に携わっているみたいだ。いつの間にそんな事をしていたんだと俺や部長がツッコむも、兄貴は口笛を吹きながらそっぽ向いてたし。

 

 今は部長達と一緒に転移先の冥界の都市部にあるビルの地下から、プロデューサーの人に連れられ、エレベーターを使って上層階へ向かっている。

 

 上層へついて廊下を歩いていると、その先から見知った人が十人ぐらい引き連れて歩いてくる。

 

 あの人は確か――

 

「サイラオーグ。あなたも来ていたのね」

 

 そう、部長が声を掛けたのはバアル家の次期当主サイラオーグさんだ。

 

 この前に会ったきりだけど、本当に全然隙がない。貴族服を肩へ大胆に羽織り、ワイルドな様子は今もお変わりないようだ。もし俺が攻撃とか仕掛けようとしても、即座に迎撃態勢に移ろうとするだろうな。

 

 それと後ろに付いている金髪ポニーテールのお姉さんはサイラオーグさんの『女王(クイーン)』だったな。黒髪ポニーテールの朱乃さんとはまた違う美人だなぁ。

 

「リアスか。そっちもインタビュー収録か?」

 

「ええ。サイラオーグは終わったの?」

 

「これからだ。恐らくリアス達とは別のスタジオだろう。それと――試合、見たぞ」

 

 サイラオーグさんの一言に部長は顔をちょっと顰めた。

 

「お互いに新人丸出し、素人臭さが抜けないものだな」

 

 苦笑するサイラオーグさんを見て、俺は部長を励ましているような感じがした。

 

 すると、今度は俺の方へと視線を移す。

 

「兵藤一誠。神器(セイクリッド・ギア)が使えないハンデを背負いながらも、あれほどの力を見せてくれるとは素晴らしかったぞ」

 

「は、はぁ、どうも……」

 

 相変わらず、この人は俺に対して高評価だな。匙を倒しても会長の挑発でリタイヤになったのに。

 

 内心不思議そうに思ってる俺に、サイラオーグさんはポンッと俺の肩をたたく。

 

「もしおまえと戦う時には、何のハンデも一切無い一対一の真剣勝負をしたい」

 

 サイラオーグさんはそれだけ言って去っていく。

 

 ……さっき軽くポンと叩かれた肩。あの人の手から俺と戦いたいって言う強い思いが伝わっていた。

 

 何か俺、凄く期待されているな。若手ナンバーワンの悪魔ともあろうお方が、人間の俺にそこまでの思いを抱いてるなんて。もしかして前に見たレーティングゲームで、俺と戦いたい衝動にでも駆られでもしたのか?

 

 サイラオーグさんとの挨拶後、俺達は一度楽屋に通され、そこに荷物を置いた。

 

 因みに今回の参加者は候補を含めた俺たちグレモリー眷族のみだ。アザゼル先生は他の番組に出演していなく、イリナは家にお留守番となっている。

 

 その後、スタジオらしき場所へ案内され、中へ通される。準備中なのか、局のスタッフさん達が色々と作業をしていた。

 

 そんな中、先に来ていたと思われるインタビュアーのお姉さんが部長に挨拶をする。

 

 二人が軽い挨拶を終えると、すぐに番組の打ち合わせを始める。

 

 ってかこのスタジオ、よく見ると凄かった。観客用の椅子なんて大量に用意されてるし。多分お客さんありの放送なんだよなぁ。

 

 不味い。今更だが物凄く緊張してきた! 戦いに関する事だったら大丈夫だけど、こういうテレビ関連の出演なんて初めてだからな。

 

「……い、イッセーせんぱぁい、ぼ、ぼ、ぼ、ぼぼぼぼ、僕、帰りたいですぅぅぅぅ……!」

 

「……まぁ、その気持ちは分からなくもないな」

 

 俺の背中に隠れるように引っ付いて震えているギャスパー。普段だったら『男ならシャキッとしろ!』と言ってるけど、今回みたいなテレビ出演となれば話は別だ。と言うより、引き篭もりにテレビ出演は酷だ。だけど、今回は俺だって緊張してるんだから、『取り敢えず何とか我慢しろ』とだけ言っておく事にした。

 

 すると別のスタッフが俺達に緊張しないよう声を掛けてくれるが、それでもちょっと無理だった。

 

「えーと、木場祐斗さんと姫島朱乃さんはいらっしゃいますか?」

 

「あ、僕です。僕が木場祐斗です」

 

「私が姫島朱乃ですわ」

 

 スタッフに呼ばれた祐斗と朱乃さんが手をあげる。

 

「お二人に質問がそこそこいくと思います。お二人とも、人気上昇中ですから」

 

「マジっすか!?」

 

 俺が思わず驚きの声をあげると、スタッフは頷く。

 

「ええ、木場さんは女性ファンが、姫島さんには男性ファンが増えてきているのですよ」

 

 ああ~、言われてみりゃ確かに。イケメンと美女だもんな。そりゃ人気が出るわ。

 

 となると、祐斗と朱乃さんに人気が出たのはシトリー戦ってところか。何か二人に負けた気がするから複雑な気分だ。

 

 二人にどう言えばいいか悩んでると、朱乃さんが俺に向かって微笑んでくる。

 

「心配しなくてもいいですわ。私にとっての一番はイッセーくんですもの」

 

 朱乃さんが俺の手を優しく握ってくれる。

 

 おおう。なんて眷族思いのお姉さまだ。思わず気分がハイテンションになるよ!

 

 と思った瞬間、鋭い視線を感じた。その視線の元は――思ったとおり部長だ。俺と朱乃さんを睨んでいる。相も変わらず主様は自分の下僕チェックが厳しいな!

 

「えっと、もう一方、兵藤一誠さんは?」

 

「あ、俺です」

 

 お? もしかして人間の俺も人気あるのか?

 

 俺が手をあげてると、スタッフさんはこっちを見た。

 

「今回は出演して頂き、誠にありがとうございます」

 

「どうも。と言うか、ちょっと疑問に思ったんですけど、人間の俺やアーシアが参加しても大丈夫なんですか? 悪魔って人間に対してはあんまり良いイメージが無さそうな感じがするんですけど」

 

「ご心配には及びません。お二人は聖書の神――兵藤隆誠さんの側近であり、リアス・グレモリーさまの眷族候補でもあります。ですのでお二人が人間だからと差別をするような事は致しませんので」

 

 なるほど。元神さまの兄貴や部長の()(かげ)があって、俺やアーシアは差別される事は無いって訳か。仮に差別なんてしたら、兄貴はともかく、部長――リアス・グレモリーやグレモリー家を侮辱する事になっちまうからな。

 

「それに、お二人がレーティングゲームに参加されたことで人気も上昇しています。特に兵藤一誠さんは」

 

「え? 俺が?」

 

「はい。何せ、『(けん)(りゅう)(てい)』として有名になってますから」

 

「拳龍帝ぇぇぇぇぇっ!?」

 

 何それ!? 全く知らない二つ名に驚愕の声を出していた。

 

 スタッフさんは嬉々として続ける。

 

「特に子供に凄く人気になっているんですよ。子供たちからは『ファイタードラゴン』と呼ばれているそうです。シトリー戦で神器(セイクリッド・ギア)を持った眷族悪魔を果敢に高速格闘戦をされていたでしょう? あれが冥界の全お茶の間に流れまして。それを見た子供たちが、あなたに憧れて大ヒットしているんです」

 

 うそ!? 俺、あの戦闘で冥界のガキんちょの間でフィーバーしてんの!?

 

 しかし、ファイタードラゴンって……。まぁ確かに俺の戦闘スタイルは格闘家(ファイター)だけど、これでも一応ドラグ・ソボールの主人公――空孫悟みたいな武道家を目指してるんだよね。

 

 やっぱり子供って、ああいう高速戦闘に引きつけられるのか。って、俺も前にドラグ・ソボールを見て、あの超スピードや格闘戦に憧れたから人のこと言えねぇか。

 

『ふっ。中々面白い二つ名じゃないか、相棒』

 

 俺の中でドライグがそう言ってきた。ドライグ、もしかして気に入ったのか?

 

『二天龍と称された俺が赤龍帝と呼ばれ、多くの者に畏怖されてたが、これはこれで中々に興味深い。もし最低な如何わしい二つ名とかだったら、ショックを受けて泣いてるところだ』

 

 ……まぁ確かに。これがもし……そうだな。例えば俺がおっぱい好きなのをカミングアウトされて、もし『(ちち)(りゅう)(てい)』とか『おっぱいドラゴン』なんて呼ばれたら最悪だ。それに比べたら遥かにマシかもな、うん。

 

「では、兵藤さんは別のスタジオへ。ご案内します」

 

 スタッフに専用の台本を渡された俺は、別のスタジオに移動した。

 

「来たか、イッセー。早速だが――」

 

 着いた先には兄貴がいて、スタッフに渡された台本の中身について詳しい説明をされた。

 

 

 

 

 

 

 

「あー、マジで凄ぇ緊張した!」

 

 収録後、俺達は楽屋でぐったりしていた。

 

 皆はもう楽屋に着いて早々壁にもたれたり、テーブルに突っ伏していたりしていた。ついでに兄貴は別スタジオでプロデューサーとまだ話し合ってるみたいだ。

 

 番組は部長メインの質問だったが、部長は笑顔で淡々と答え、ずっと高貴な振舞いをしていた。俺じゃ絶対あんなこと出来ねぇな。

 

 その後、祐斗に質問がいくと、女の子達から黄色い歓声。朱乃さんの時は男性ファンから「朱乃さま」って叫んでたよ。

 

 そして俺の時はお客の子供達から「けんりゅーてー!」とか「ファイタードラゴン」って声をかけられた。更には「あの赤いブワ~ッとしたの見せてー!」ってリクエストされたよ。その「赤いブワーッ」ってのは恐らく、俺が力を解放させた闘気(オーラ)の事だと思った。

 

 あの闘気(オーラ)が悪魔の子供たちには赤くてカッコイイ的なものに見えるようだ。闘気(オーラ)を解放したところを見たせいで、それで人気に火がついてしまったんだと。

 

 恐らくだけど、別スタジオで撮影する時に兄貴が『力を抑えた状態で闘気(オーラ)を解放しろ』と言ったのは、そういう意図があったんだろうな。

 

「ところでイッセー、別のスタジオで何を撮ったの? そこにはリューセーもいるって聞いたのだけど」

 

 部長が楽屋のお菓子を摘まみながら訊く。

 

「すいません。スタッフの人や兄貴にも本放送までは出来るだけ身内にも教えないでくれって言われたんで」

 

 俺が少し申し訳無さそうに言った。

 

「そう、ならいいわ。放送されるのを楽しみにしましょう」

 

 少し残念な感じを見せる部長だが、それでも期待してくれている様子だった。

 

 そろそろ帰ろうかと思ったその時、覚えのある魔力の持ち主が楽屋に近づいて来た。その直後には楽屋のドアがノックされ、入ってきたのは――

 

「イッセーさまはいらっしゃいますか?」

 

「レイヴェル・フェニックスじゃないか。どうしてここに?」

 

 思ったとおりレイヴェルだった。一瞬、パァッと顔が輝いたかのように見えたが、すぐに不機嫌な表情に変わる。なんつーか、極端な反応してるな。

 

 すると、手に持っていたバスケットを俺へ突き出す。

 

「こ、これ! ケーキですわ! 一応、この前貸して頂いたハンカチのお礼です!」

 

「そ、そうか。ありがとな」

 

 別に俺は礼目的の為にハンカチを渡した訳じゃないんだが……まぁ折角貰ったから、頂くとしよう。

 

 バスケットを受け取った俺が中身を確認すると、美味そうなチョコケーキが入っていた。ほー、見事なもんだ。

 

 けど、何で恥ずかしそうにバスケットを突き出したんだ? こんな見事に出来ているのに。

 

「もしかしてこれ、お前が作ったのか?」

 

「え、ええ! 当然ですわ! ケーキだけは自信がありますのよ! そ、それにこの前、ケーキをご馳走すると約束しましたし! それとリューセーさまの分もあると言っておいてください!」

 

 ああ。そう言えばこの前、パーティーの時に言ってたな。

 

「ありがとう。兄貴もチョコケーキ好きだから喜ぶと思うぞ。でもさ、お茶の約束の時でも良かったんじゃねぇか?」

 

「ぶ、無粋なことはしませんわ。アスタロト家との一戦が控えているのでしょう? お時間は取らせませんわよ。ただ、せめてケーキだけでもと思っただけです。あ、ありがたく思ってくださいな!」

 

 強引なんだか、謙虚なんだか。相変わらずコイツの性格がいまいち分からん。

 

 でもまぁ、態々ここまで足を運んでくれたのは嬉しい。

 

「で、では、私はこれで――」

 

 レイヴェルは用事を終えたと言わんばかりにすぐ帰ろうとしたので――

 

「ちょっと待て! 祐斗!」

 

 すぐに引き止めて、祐斗に小型のケーキ用ナイフを創ってもらった。

 

 そしてバスケットのケーキを少しだけ切って、そのまま口に運ぶ。

 

 ……うん。以前兄貴が作ったチョコケーキに負けず劣らずの美味さだな。

 

「美味いぞ、レイヴェル。ありがとな、家に戻ったらゆっくり食べさせてもらうから。次に会えるのはいつか分からないから、今の内に感想と礼をいま言おうかと思ってな。前にも言ったけど、やっぱりレイヴェルって俺好みの可愛い女の子だな。もし俺の彼女になってくれたら、こうして毎日ケーキを食わせて欲しいよ」

 

 

 シュボンッ!

 

 

 俺が言った直後、レイヴェルは目を潤ませ、噴火みたいな音を出して顔を特大級に紅潮していた。顔色がもう部長の紅髪みたいだ。

 

 ……あれ? そう言えばコイツの性格を考えると、「私を彼女にしたいですって? 余りにも図々しいですわ!」って返すと思っていたんだが……。

 

「……い、いっしぇーしゃま、こんどのしあい、おうえんしてましゅ!」

 

 様子がおかしいレイヴェルは酔ったように呂律が回らなくなっていたが、物凄いスピードで去っていった。

 

 どうしてああなったのかを部長に訊こうと思ったが、その選択は失敗だった。

 

 何故なら部長が身体から紅い魔力を放出し、眉を顰めて俺を睨んでいたから。更には雰囲気の恐い女子部員達も俺を睨んでいる始末。

 

 な、なぜ皆して、そんなすげぇ恐~い顔で睨んでいるんですか……? 少し怯えながらも怪訝に思う俺だが、取り敢えず取材も終わり、ディオドラとの一戦が間近に迫っていた。

 

 余談だが、後日テレビ局から撮影した俺の映像が届いた。一緒に見た兄貴は良い出来だと言ってたが、俺は恥ずかしい気分だった。

 

 ……ほ、本当にこんなの放送しても大丈夫なのか……?

 

 正直言って、これは部長達に言って良いのかどうか判断に迷っていた。



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二十九話

今回は戦闘前の閑話です。ついでにフライング投稿です。


「ぷはー」

 

 俺――兵藤一誠は家の地下一階にある大浴場の脱衣所で湯上りのフルーツ牛乳を飲んでいた。

 

 いっつも思ってるけど、どうして風呂上りに飲む牛乳ってこんなに美味いんだ? ホントに不思議だぜ。

 

 まぁ、それはそれとしてだ。俺は風呂に入る前、兄貴からディオドラとの戦いに供えた最終調整の修行をしていた。戦いが直前にまで迫ると、修行はある程度軽くなる。身体を休めるのも大事な事だって、兄貴がいつも言ってるからな。

 

 ついさっきまで兄貴と一緒に大浴場で汗を流していたが、一足先に上がっていた。この前アーシアに渡した装備の調整をしておくんだと。しかも矢鱈と真剣な顔でな。

 

 思わず『何でそんな事をするんだ?』って俺が訊いても、『万が一の事を考えて、な』と兄貴が言葉を濁して大浴場から出て行っちまった。あの兄貴があそこまでディオドラを警戒してるって事は、何かあると見た方が良さそうだ。ま、俺は俺でディオドラをぶっ倒す事に変わりはないけど。

 

 牛乳を飲み終えた俺は大浴場を出ると、向かいにある大広間の明かりが点いていた。

 

 扉が少しだけ開いているので気配を消しながら覗いて見ると、練習用の剣を振るうゼノヴィアがいた。

 

 体操着を着て、真剣に剣を振るっている。

 

 俺と同じく修行してるんだなぁって思いながら、消していた気配を戻し、堂々と扉を開けて入った。

 

 さっきまで剣を振るっていたゼノヴィアは俺が入ってきた事に気付いて、こちらに顔を向ける。

 

「イッセーか」

 

「よっ。ここの明かりがついていたもんだから、ちょっと気になってな」

 

 俺がそのまま入室してもゼノヴィアは何も言い返さなかった。

 

「俺と同じく特訓か?」

 

「ああ、ゲームも近いからね。尤も、私はおまえと違って一人で特訓だ」

 

 随分と皮肉が篭った台詞だな。ま、俺がいつも兄貴と修行してる事にゼノヴィアからすれば、色々と文句を言いたいんだろう。

 

「そういや兄貴が言ってたぞ。ゼノヴィアがここ最近、練習量を上げすぎてるって。あんまり上げ過ぎると、後々に兄貴から怒られるぜ」

 

 いくら修行でもオーバーワークは身体を鍛えるどころか、却って怪我をしてしまうからな。以前の小猫ちゃんみたいに。

 

 ゼノヴィアもそれくらいは分かっていると思うけど、多分それを知った上でやってると思う。何かにとり憑かれたような表情をしていたし。

 

「だろうな。だがそれでも私は――イッセーより更に、木場よりも弱いからな」

 

 ゼノヴィアは真っ直ぐな瞳で言った。

 

 確かにその通りだ。以前までゼノヴィアの方が祐斗よりも強かった。けれど、祐斗が聖魔剣を得てから才能を開花させていった事で、いつのまにか立場は逆転していた。

 

「映像記録を見ただろう? 木場はデュランダルを私以上に上手く扱っていた。そしてイッセーも、赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)無しでも匙を圧倒していた。単純に才能と言う点では木場やイッセーのほうが上なのだろう」

 

 少しだけ目を陰らせたゼノヴィア。祐斗だけじゃなく、まさか俺にも嫉妬していたとは。

 

「それは違うぜ、ゼノヴィア。俺に戦闘に関する才能なんて全くないぜ」

 

「え? でもイッセーは隆誠先輩――主に鍛えられたんだから、あそこまで強くなったんだろう?」

 

「まぁ、確かにそうなんだが……。修行を始めた頃の俺は超ヘッポコで、戦いのセンスもゼロだった。歴代赤龍帝の中で最弱でもあったしな。それでも持ち前の根性で諦めずに続けた結果が今の俺って訳だ。兄貴も兄貴で、こんなヘボな俺によくもまぁ十年以上も付き合ってくれたよ。いくら家族だからつっても、普通ここまでしないと思うぜ」

 

 かなり前に『俺なんかより、もっと才能溢れる奴を鍛えた方が良いんじゃないか?』って訊いた事があった。

 

 けれど――

 

『何を言ってるんだか。お前にも充分才能があるよ。諦めずに続けようとする“根性”の才能って奴がな。俺の修行内容はどんなに才能溢れる奴がやったとしても、簡単に音を上げてしまうからな』

 

 って、呆れながら兄貴が言い返してたんだよな。

 

 今更だけど、確かに兄貴の修行内容ってメチャクチャハードだった。初期の頃は身体作りを中心とした基礎練がメインで何年も続いてたし。

 

 例えるならドラグ・ソボールのキャラで空孫悟とツリリンの師匠――海仙人と同じものだ。

 

 海仙人は武術の神さまと呼ばれるほどの達人だが、弟子に戦い方の指導は一切しない。主に身体や精神の鍛練、そして学習の時間を取って、人間の育成と人格教育をメインにしたものだ。兄貴はそれを参考にして俺と同じ修行をしていたからな。

 

 内容に関しては海仙人に近い修行で、初期の頃はずっとそれをメインでやってた。お陰で数年後には、途轍もない身体能力を得る事が出来たな。修行の詳細については省かせてもらうが、それでも並大抵の人間が続けられるものじゃないってのは確かだ。

 

「だから才能のない俺からすれば、才能や根性のあるゼノヴィアを羨ましく思うよ」

 

「私より強いイッセーに言われても実感が湧かないな」

 

 と言ってるゼノヴィアだが、それでも笑んだ。

 

「だけど、一番許せないのは……前の試合で何も出来ずに敗退した自分自身なんだ。だからその為に、次は油断しないよう鍛え直している」

 

 ……なるほどな。

 

 ゼノヴィアはシトリーとの一戦でカウンター型の神器(セイクリッド・ギア)を持つ副会長――真羅先輩に敗北したんだよな。

 

 パワーは当然ゼノヴィアの方が上だが、相性が最悪だった為に真羅先輩にやられてしまった。

 

 カウンターの恐ろしさを分かってはいても、映像記録を見た時は改めて認識した。もし俺も真羅先輩と戦ってドラゴン波でも撃ったら、ゼノヴィアと同じ運命を辿ってしまうってな。

 

 ま、俺も俺でドジを踏んだんだよな。会長の挑発で使用禁止にされていた筈の赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)を発動させて強制リタイヤになっちまったし。だから俺もゼノヴィアの事をどうこう言える立場じゃない。

 

「お前の気持ちは分かるよ。俺だってそうさ。前の試合でドジ踏んでリタイヤしちまったからな。部長の眷族として、我ながら情けなく思えるよ。……あんなんじゃ、兄貴を倒すなんて夢のまた夢だ」

 

 俺は床に座り込み、息を吐いた。すると、俺の台詞を聞いたゼノヴィアは少し驚いた顔をしている。

 

「イッセーは主を倒そうとしてるのか?」

 

「まあな。強くなるなら目標ぐらい立てとけって兄貴に言われたから、前に人間界行きの列車で『聖書の神(あにき)を越えてぶっ倒す』って言ったんだ。それを聞いた兄貴は楽しみに待ってるんだとさ」

 

「………ふっ。おまえらしい目標だ。もし私がまだ正式な教会の信徒だったら、神に対する冒涜とみなし問答無用で切り伏せていたぞ」

 

「悪魔になったゼノヴィアだから教えたんだ。ってか、そういうお前こそ今の兄貴を知ってどう思ってるんだ? 今まで尊敬していた神さまが、実は家族思いでシスコン気味な兄貴だったって事に対してかなり予想外だったんじゃねぇか?」

 

「そうだな。確かに私が考えていた理想の主とは大きくかけ離れていた。けれど、あの方は私が悪魔になっても一切見捨てようとしないばかりか、今もこうして一緒に生活し、時々だが剣の特訓にも付き合わせてもらっている。私にとっては夢のような日々だ。だが教会の背信者(うらぎりもの)である悪魔の私に、ここまでしてもらって良いのかと時々疑問に思うこともある」

 

「兄貴が神さまだった頃はよく分からねぇけど、少なくとも今はゼノヴィアが悪魔になったからって掌を返すなんて事はしねぇよ。そこは弟の俺が保証する。ってかもしそんな事してたら、俺が兄貴を思いっきりぶん殴ってるけどな」

 

「……イッセーは本当に凄いな。自分の兄が嘗て天界のトップだと分かっても、今も全く変わらない態度で接しているんだから」

 

「元神さまだろうがなんだろうが、俺は兄貴の弟だ。それに兄貴も俺がこうしている事を望んでいるからな。つーか考えてみろよ、ゼノヴィア。もし正体を知った後、教会の信徒みたいに(うやうや)しく敬語を使う俺を兄貴が見たらどうなると思う?」

 

「それは………即行で止めろと言うかもしれないな」

 

「だろう?」

 

 俺もそれは容易に想像出来る。

 

『お兄さま、ではなく神さま、今日はご機嫌如何ですか?』

 

 なんて事を俺が訊いたら――

 

『その気色悪い呼び方と話し方を今すぐ止めろ!』

 

 鳥肌が立って即座に言ってくる兄貴の姿が目に浮かぶぜ。

 

「まぁ取り合えず、俺が兄貴を越えるってのはまだまだ先の話だ。今は強くならなきゃいけないからな。けれどまだ他にやる事もある。悪魔になって部長の正式な眷族にならないといけないし」

 

「確か聞いた話では、リアス部長とイッセーでは実力差があり過ぎて眷族にする事が出来なかったそうだな。私から見ても、今のリアス部長ならイッセーを眷族にする事が出来ると思うが」

 

「いいや、残念だが無理だった。冥界で修行した後に試してみたんだけど、俺も修行で多少強くなった事もあってか、未だに部長は俺を眷族にする事が出来ないみたいだ。アーシアだったらすぐに出来るんだけど、俺と同じ日に部長の眷族になるって言ってるし」

 

 実力差があって眷属に出来ないなら他にも方法はあると思うんだが、部長は頑なにそれをやろうとしない。自分の力で正式に俺を眷族にするって言ってたし。

 

 兄貴も兄貴で何か眷族に出来る劇的な切っ掛けがあれば部長の眷族になれると言ってた。それが何かは未だに分からないけど。

 

「ま、もしこれから何年、何十年経って悪魔になれなくても、俺はずっと部長の眷族でいるつもりだよ」

 

「私としては是非とも悪魔になって欲しいな。もし人間のイッセーやアーシアが先に逝かれでもしたら、悪魔の私は寂しい日々を送ってしまう」

 

 確かにそうだ。永遠に近い生命を持った悪魔と違って、人間の寿命は短いからな。

 

「んじゃ、なるべく早めに転生悪魔になるとするよ」

 

「そうしてくれ。まぁイッセーの事だ。リアス部長の正式な眷族になった後、いずれ独立するのだろう? 上を目指し、そして隆誠先輩を越える為に」

 

「まぁ、そうだな。尤も、それはまだ先の話だが」

 

「アーシアはおまえについていくと言っていた」

 

「ん? ああ、そうだな。俺とずっと一緒にいるって約束したぞ」

 

「アーシアと共に私も連れて行ってくれ」

 

 予想外の台詞に、俺は思わず少し目を見開いた。

 

「……ゼノヴィア、お前どうして俺についていきたいんだ? 俺なんかより兄貴の方が良いんじゃないか?」

 

 俺がそう訊くとゼノヴィアは満面の笑みで答える。

 

「イッセーと一緒にいると面白いからだ。兄の隆誠先輩以上にな」

 

 そうですか。兄貴より面白いのか。まぁ悪い気はしないな。

 

「了解。考えておきますよ」

 

「うん、前向きに頼むぞ」

 

 とは言え、目標は立てても将来のプランなんか全く立ててないからなぁ。いっそのこと、アーシアとゼノヴィアと一緒に稼業を立ち上げるのも面白いかもしれないな。

 

「少し話しが長引いてしまったが、イッセーと話していたら張り詰めていたものが良い感じにほぐれた気がするよ」

 

「そうか? 俺でよかったらいつでも話し相手になるぞ」

 

 俺がそういった後、ゼノヴィアは座り込む俺に近づき――

 

 

 チュッ

 

 

 突然俺の頬にキスをしたっ! え!? 何!? いきなり過ぎて驚いたぞ! ほっぺにチューですか!?

 

「話し相手をしてくれたお礼だ。口の方がいいか? それとも……それ以上がいいか?」

 

「え、あ、そ、それは……」

 

 余りの事に俺がドモりまくってると、ゼノヴィアは急に笑みを浮かべる。

 

「冗談だ。こんな汗臭い身体で子作りする訳にはいかないからな。それじゃあ、今日はもう休むよ」

 

 そう言うとゼノヴィアは退室していく。

 

 俺は突然のチューに頬を擦っていることしか出来なかった。

 

「……ん? まてよ。もしゼノヴィアが汗臭くなかったら……あのまま此処でほっぺにチュー以上の事をしても良かったのか?」




原作通りのイッセーとゼノヴィアメインの話でした。


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三十話

今は波に乗ってるんで、こうして連日書けている状態です。

それではどうぞ!


「そろそろ時間ね」

 

 部長がそういい、立ち上がる。

 

 決戦日。俺たちオカ研一同は旧校舎の部室に集まっていた。アーシアがシスター服、ゼノヴィアは教会の戦闘服。

 

 あと俺も今回は別の衣装を着てる。修行の時に使っている赤の武道着だ。コスプレだと思われるけど、コレ着るとマジで気合いが入る。初めて見た部長達は似合っていると言われたけど、それでもちょっと恥ずかしかった。因みに他は駒王学園夏の制服だ。

 

 中央の魔法陣に集まり、転送の瞬間を待つ。

 

 相手はディオドラ・アスタロト。現ベルゼブブを出した御家の次期当主。映像記録で見た限り、絶大な魔力を持って短期突入も出来る悪魔。

 

 例えどんな力を持っていようが関係ねぇ。俺は全力を出してディオドラを倒す! ただそれだけだ。

 

 そう固く決意してると、隣にいるアーシアが不安げな様子で俺の手を握ってくる。

 

 一先ずは不安を無くしてあげようと、無言で微笑みながら手を握り返してやった。

 

 アーシアをあんな野郎に渡してたまるか。兄貴からも『あの思い上がったお坊ちゃんに力の差を徹底的に見せ付けてやれ!』って言われてるからな。

 

 そして魔法陣に光が走り、転送の時を迎えようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……着いたのか?」

 

 魔法陣の眩い輝きがなくなったので、目を開けてみると……そこはだだっ広い場所だった。

 

 ……周囲には一定間隔で石造りの太い柱が並んでいる。地面も石造りだ。あと後方に巨大な神殿の入り口がある。

 

 けれど、俺からすればフィールドなんかどうでも良かった。問題はこの後の流れだ。いつもなら各陣営がフィールドに着いた際、必ず審判役の人からのアナウンスが流れるはずだ。にも拘らず、それが全く届いて来ない。

 

「部長、これ何かおかしくないですか?」

 

「やっぱりイッセーも私と同じ考えのようね」

 

 俺の問いに部長も不審に思っていたようだ。

 

 けれどそれは俺や部長だけじゃなく、他のメンバーも同様で怪訝そうにしていた。

 

 すると、神殿と逆方向から複数の魔力を感じた直後に魔法陣が出現する。

 

 咄嗟に部長達の前に出た俺はいつでも迎撃出来るように構えると、異常な数の魔法陣が出現していた。辺り一面、俺達を囲むように出現していく。

 

 それにこの魔法陣は――

 

「……アレはアスタロトの紋様じゃない!」

 

 そう。剣を構えてる祐斗が言ったとおり、アレ等は全く見覚えのないものばかりだった。

 

「……アレらの魔法陣全て共通性はありませんわ。ただ一つ言えるとするなら――」

 

「全部、悪魔ね。しかも私の記憶が確かなら、アレらは全て――」

 

 手に雷を走らせながら言う朱乃さんに続き、紅い魔力を纏いながら呟く部長。二人は厳しい目線を辺りに配らせていた。

 

 そして魔法陣から現れたのは大勢の悪魔達だ! 全員、敵意や殺意を漂わせながらのご登場だった! 俺達を囲んだ直後に激しく睨んでくる!

 

 既に周囲には数えるのもバカらしく思えるほどの悪魔達がいる。辺り一面悪魔の団体様ご到着だよ!

 

「魔法陣から察するに『禍の団(カオス・ブリゲード)』の旧魔王派に傾倒した者たちよ」

 

 部長の言葉に俺は何となく理解した。

 

 あの悪魔達からは部長や会長、四大魔王様達と違って憎悪を帯びた魔力を感じるからな。

 

「忌々しき偽りの魔王の血縁者、グレモリー。そして下等な人間へと堕落した聖書の神の血縁者、兵藤一誠。貴様らにはここで散ってもらおう」

 

 囲む悪魔の一人が部長と俺に挑戦的な物言いをする。旧魔王を支持する悪魔共が現魔王に関与する者達が目障りなのは分かるが、俺も兄貴の血縁だからって標的にしてるのかよ。ってかアイツ、兄貴が堕落したって何訳の分かんねぇこと言ってんだ?

 

 あの悪魔の発言に不可解そうに思ってた俺が動きを止めてると――

 

「キャッ!」

 

 途端にアーシアの悲鳴が聞こえた!

 

 アーシアの方向へ振り向くと、そこにアーシアの姿がなかった!

 

「イッセーさん!」

 

 空から声がしたので、すぐに上を見上げると、そこにはアーシアを捕らえたディオドラの姿があった! あ、あの野郎ォォォォォオオオオッッ!!

 

「やあ、リアス・グレモリー。そして赤龍帝。アーシア・アルジェントはいただくよ」

 

 ふざけた事を爽やかにほざいてくれる!

 

「おいテメェ! 今すぐにアーシアを放せ! つーか、一体どういうつもりだ!? 俺と勝負するんじゃなかったのか!?」

 

 俺の叫びに、ディオドラは初めて醜悪な笑みを見せた。

 

「バカじゃないの? 薄汚い人間のキミと勝負なんてしないさ。キミたちはここで彼ら――『禍の団(カオス・ブリゲード)』のエージェントたちに殺されるんだよ。いくら力のあるキミたちでもこの数の上級悪魔と中級悪魔を相手に出来やしないだろう? ハハハハ、死んでくれ。速やかに散ってくれ」

 

 俺と同く激しい怒りを抱いているのか、部長は纏う紅い魔力を荒々しく波立てながらディオドラを激しく睨む。

 

「あなた、『禍の団(カオス・ブリゲード)』と通じたというの? 最低だわ。しかもゲームまで汚すなんて万死に値する! 何よりも私のかわいいアーシアを奪い去ろうとするなんて……ッ!」

 

 今の部長は凄まじい程の魔力を盛り上げる。もう完全にキレて大技――『滅びの爆裂弾(ルイン・ザ・バーストボム)』をディオドラにブチかましたい筈。そりゃそうだ! 俺だってぶちギレ寸前で20倍龍帝拳のドラゴン波をぶっ放してぇよ! あの野郎は絶対に許さん!

 

「彼らと行動したほうが、僕の好きなことを好きなだけできそうだと思ったものだからね。ま、最後のあがきをしていてくれ。僕はその間にアーシアを正式な眷族にした後に契る。意味は分かるかな? 赤龍帝、僕はアーシアを自分のものにするよ。感謝するよ、リアス・グレモリー。アーシアを悪魔にさせず人間のままにしてくれるなんて。僕にとっては何もかも良いこと尽くめだよ」

 

 

 ドンッ!!!

 

 

 ディオドラが嘲笑する中、我慢の限界を越えた俺は赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)を開放直後、龍帝拳を発動させた。

 

 俺が力を開放させた事にディオドラ達だけじゃなく、部長達も驚きを露にしている。

 

「このクズ野郎が!! テメェの欲望の為にアーシアは人間のままにさせてねぇんだよ!!」

 

「なっ!?」

 

 俺がギュオッと猛スピードで接近するのが予想外だったのか、ディオドラは驚愕する。

 

「ここから先はいかせん!」

 

「貴様には死んでもらう!」

 

 旧魔王派の悪魔達がディオドラを守るかのように俺の進行を阻もうとする。

 

 余りにも鬱陶しいから急停止して――

 

「テメェ等、邪魔だぁ~~~~!!!!」

 

 

 ズオッッッッ!!!!!

 

 

 目の前のザコ共を一瞬で片付けようと、両手から闘気(オーラ)波を出して吹っ飛ばす。俺の闘気(オーラ)波を受けた悪魔達は悲鳴を上げることなく消滅していった。

 

「ば、バカなっ! 上級悪魔たちを一瞬で消し飛ばしただと!?」

 

 ディオドラが信じられないように言ってくるが、俺にはそんな事どうでもよかった。

 

「今の俺は、あんなザコ共なんかどうでも良いんだよ! 覚悟しやがれ、ディオドラ!」

 

「く、来るなぁ!」

 

 俺の気迫に押されたのか、ディオドラが少し後退する。その直後に威嚇のつもりか、俺に魔力弾を撃ってきた。

 

 そこら辺の悪魔からすれば強力な一撃だろうが、俺にとっちゃ豆鉄砲も同然だ。だから片手でパアンッと簡単に弾く。

 

「ま、待て赤龍帝! いま僕に攻撃すればアーシアにも当たるんだぞ!?」

 

「そんな心配する必要なんかねぇよ! テメェだけしか当てねぇようにするだけだ!」

 

 俺がアーシアにまで攻撃するヘマなんかするか! 俺だけじゃなく兄貴も同様だ!

 

 ディオドラがまだ何か叫んでいるが、俺は気にせず超スピードで迫る!

 

「イッセーさん!」

 

「ヒィッ!」

 

 俺の接近にアーシアが喜んだ顔をして、ディオドラは情けない悲鳴をあげる。

 

 そして俺はディオドラの顔面に向けて闘気(オーラ)を最大に込めた拳を繰り出して――

 

 

 ダァンッッッッ!!!

 

 

「だから言ったじゃない。目的を達成したらすぐに退きなさいって」

 

 当たるかと思った直前、突然目の前に現れた悪魔が俺の拳を受け止めた。

 

「お、お前は……!」

 

「久しぶりね、イッセーくん。ちょっと見ない間に随分と強くなったじゃない」

 

「エリガン・アルスランド!」

 

 驚いてる俺を余所に現れた夢魔(サキュバス)――エリガン・アルスランドが久しぶりの友人に会ったような挨拶をしてくる。下にいる部長も完全に予想外と言わんばかりに驚きの声を出している。

 

「くっ!」

 

 本当はすぐにアーシアを助けたかったが、エリーがどれだけ危険な相手である事を知ってるので、俺は即座に離れようと距離を取った。

 

「あら? すぐに私から距離を取るなんて、怒ってた割には冷静ね。それにしてもイッセーくん、本当に強くなったわね。さっきの一撃は確実にディオドラくんの頭が吹っ飛ぶほどの威力だったわ。私が修行してなかったら――」

 

「遅いぞエリガン! 今まで何をしていた!?」

 

 エリーが喋ってる最中、ディオドラが急に怒鳴り散らしてきた。すると、エリーは呆れた顔で振り向く。

 

「助けてもらった相手に向かって随分な言い草ね。礼の一つくらい言ってほしいわ」

 

「お前は僕の用心棒だろう! 僕を助けるのは当然だ! 誰のお陰で指名手配中のお前の身を隠せていると思っている!?」

 

「はいはい、分かりました」

 

 礼を求めた自分がバカだったと諦めるように言うエリーだが、二人の会話を聞いてた俺は聞き捨てならない内容があった。

 

 エリーがディオドラの用心棒? 指名手配中のアイツがディオドラの所で身を隠しているって……まさかコイツは!

 

「おいエリー! ディオドラの『自由気侭で強力な後ろ盾』ってのはお前の事か!?」

 

「へぇ、よく気付いたわね。もしかしてヴァーリくんにでも聞いたのかしら?」

 

 俺の問いにエリーは否定しないどころか、逆に問い返してきた。やっぱりヴァーリが言ってた後ろ盾はコイツだったか!

 

「ま、そんな事は今更どうでもいいわ。ほらお坊ちゃん、私がイッセーくんを抑えてる間にさっさと行きなさい」

 

「お、お前に言われなくても分かってる!」

 

「んな事させるかぁ!」

 

 ディオドラがアーシアを連れ去るのを阻止する為に超スピードで接近しようとするが、エリーが一瞬で俺に接近して来た。

 

「そこをどけ!」

 

「フフフ。ほんのちょっとだけ、私の相手をしてもらうわよ、イッセーくん♪」

 

「ざけんな! 俺じゃなくて兄貴と相手でもしてやがれ!」

 

 兄貴が聞いたら嫌がる台詞を気にせず言う俺は、エリーを引き離そうとするも――

 

「そぉれ!」

 

「ぐおっ!」

 

 即座にエリーが俺の腹部に魔力弾を撃ってきた。モロに喰らった俺は魔力弾ごと地面に向かい――

 

 

 ドガァァァァンッッッ!!

 

 

『イッセー(さん・くん・先輩)!』

 

 そのまま地面に激突した直後に、魔力弾も爆発した。俺が被弾した事でアーシアや部長達が大きな声を出す。

 

「ちぃっ! あの野郎、ふざけたマネを……!」

 

 だが俺は龍帝拳の闘気(オーラ)で守られていた為、大したダメージが無く殆ど無傷だったので直ぐに起き上がった。

 

 エリーの奴、一体どういうつもりだ? いくら俺が龍帝拳で防御してたからって、さっきの魔力弾を全力で撃てば、焦っていた俺に深手を負わせる事が出来た筈なのに……。

 

「ははははは! 無様だな、赤龍帝! お前如き、コイツの足元にも及ばないのさ!」

 

「イッセーさん! イッ――」

 

 助けを請うアーシアだが、「ぶぅぅん」と空気が打ち震え、空間が歪んでいく。

 

 ディオドラとアーシアの身体がぶれていき、次第に消えていった。

 

「アーシアァァァアアアアアッ!!」

 

 俺は消えたアーシアを呼ぶが、言うまでもなく返事なんかこなかった。

 

「やれやれ、やっと行ったわね。さて、イッセーくんの足止めを終えたから帰らせてもらうわ」

 

「エリィィィィィィッッ!!! テメェよくも邪魔をしやがって!!」

 

 

 ドドドドドドドドドドドドドドッッッッ!!

 

 

 ディオドラをぶっ飛ばす邪魔を作った原因であるエリーに、完全に頭に来た俺は無数の連続闘気(オーラ)弾をぶっ放した!

 

「よっ! はっ! ていっ!」

 

 けれどエリーは両手で簡単に弾くだけじゃなく、華麗に避けやがった。避けられた闘気(オーラ)弾は他の悪魔達に被弾して落ちていく。

 

「本当に凄いわね、イッセーくん。このまま君と戦うのも面白そうだけど、ダーリンとの挨拶もしないといけないから、ここは素直に退くわ。じゃあね♪」

 

「待て! 逃げんじゃねぇエリー!」

 

 俺が叫ぶも、エリーはすぐに姿を消した。

 

 助けるべきアーシア、ぶっ飛ばすべきディオドラ、邪魔されたエリーがいなくなった事に俺は――

 

「く、くっ……! ちきしょう、ちきしょう、ちきしょう、チキショ~~~~~~~~~~~~!!!」

 

 

 ドゴッッッッッ!!!!

 

 

 近くにあった太い柱に向かって拳を思いっきり当てた。その柱は一瞬で粉々に吹っ飛ぶ。

 

 アーシアを守るって兄貴に約束した筈なのにッ! また俺は! 俺は!

 

「イッセー! 今は落ち着きなさい!」

 

「部長の言うとおりだよ、イッセーくん! 冷静になれ! いまは目の前の敵を薙ぎ払うのが先だ! そのあと、アーシアさんを助けに行こう!」

 

 柱を殴った後にくずおれる俺に、駆けつけた部長達が檄を入れてくれる。

 

 ……部長と祐斗の言うとおりだ。要は、このザコ共をさっさと片付けて、ディオドラのもとへ行って奴をぶん殴ってアーシアを取り戻せばいいだけの話だ!

 

 ディオドラのクソ野郎がァァァァアアアアアアアアアアアアアアアッ! テメェだけは泣いて謝っても絶対に許さねぇからな!!

 

 取り敢えず今は何とか心を落ち着かせないと………よし、何とか抑え込んだ。

 

 シトリー戦が終わった後、兄貴から感情を抑える方法を教えてくれたから、何とか出来た。その方法は解放した闘気(オーラ)を一旦ゼロにして深呼吸すること。簡易的だけど、今の俺なら充分に抑えれるやり方だ。

 

 さて、それよりもだ。さっき旧魔王派の悪魔達をザコ共と罵ったが、如何せん数が多すぎる。さっき俺が倒したのは一割にも満たしてない。悪魔達の手元が怪しく光って、魔力弾を一斉に放つつもりだ!

 

 ここは俺が盾役になって、部長達が各個撃破しやすいようにすべきか? それとも無視して一気に神殿に入るか?

 

 打開策を模索中に一触即発の中、「キャッ!」と悲鳴があがる。 

 

 朱乃さんの声がしたので、何事かと思って視線を向けると……前に会った隻眼クソジジイ――オーディンの爺さんが朱乃さんのスカートを捲ってパンツを覗いていた!

 

「うーん、良い尻じゃな。何よりも若さゆえの張りがたまらんわい」

 

「このエロジジイ! いきなり現れて何やってやがんだゴラァ!」

 

 俺が即座に爺さんから朱乃さんを引き離した。このシリアスな空気で何やってんだよアンタは!

 

「オーディンさま! どうしてここへ?」

 

 部長が爺さんの登場に驚きながら訊いていた。

 

「爺さんがここへ来たって事は、まさか旧魔王派の連中がゲームを乗っ取ったのか?」

 

「ほっほっほ。その通りじゃ。まぁ正確には『禍の団(カオス・ブリゲード)』の連中じゃがな」

 

 俺も訊くと爺さんは顎の長い白髭を擦りながら言う。

 

 やっぱりそうなってたのかよ! 何でこう毎回嫌な予感だけは当たるんだ?

 

 因みに俺がオーディンの爺さんと親しげに話してることに、部長達が意外そうな感じで見ている。

 

「ディオドラ・アスタロトが裏で旧魔王派の手を引いていたのを分かったのじゃ。更に先日の試合での急激なパワー向上も、オーフィスに『蛇』をもらい受けたと言う事もリューセーの奴が解明してのう。このままじゃとお主等が危険なので、救援に駆けつけようとワシがここへ来たと言う訳じゃ。本当ならもう数人連れてくる予定だったのじゃが、このゲームフィールドごと、強力な結界に覆われてのう、そんじょそこらの力の持ち主では突破も破壊も難しい。特に破壊は厳しくてのう。内部で結界を張っている者を停止させんとどうにもならんのじゃよ」

 

「だからこの手の魔術に長けた爺さんが来たって事か。その片目の義眼を使って」

 

「よく分かっておるじゃないか、イッセー。正にその通りじゃ」

 

「そりゃ以前、兄貴の近くで聞いていたからな」

 

 前にヴァルハラへ来た時、兄貴はオーディンの爺さんから魔術に関する授業を受けていたから、近くにいた俺も偶々聞いていた。専門的な魔術は分からなかったけど、爺さんの片目にある水晶の義眼がとんでもないモノである位は知っている。

 

「相手は北欧の主神だ! 討ち取れば名が揚がるぞ!」

 

 旧魔王派の連中は一斉に魔力弾を撃ってくる。

 

「うわ~。アイツ等、あの程度の攻撃で爺さんを倒そうとしてるわ」

 

「全く。ワシも舐められたもんじゃわい」

 

 部長達が焦っているのを余所に、俺とオーディンの爺さんだけは呆れたように呟く。すると、オーディンの爺さんが杖を一度だけトンと地に突くと――

 

 

 ボボボボボボボボンッ!

 

 

 こちらへ向かってきていた無数の魔力弾が中で弾けて消滅した。

 

 爺さんの実力をある程度知ってる俺から見れば、あんなのは児戯も同然だ。

 

 悪魔達も爺さんの凄さを理解したのか、顔色を変えていた。ま、爺さんにとっちゃ、ここにいる上級悪魔達なんて唯のザコ共にすぎないし。

 

「しかし爺さん。爺さんがその気になれば、さっき言ってた強力な結界を打ち破れるんじゃないのか? その水晶の義眼を使って」

 

「そのつもりだったんじゃが、この結界は予想外に厄介でワシがここに入るだけで精一杯だったんじゃ。相手がどれほどの使い手なのか気になるところじゃわい。と、忘れておった。これをとりあえず渡すようアザゼルの小僧から言われてのぅ。全く年寄りを使いに出すとは――」

 

「爺さん、小言は俺達じゃなくてアザゼル先生の前で言ってくれ」

 

 少し長くなりそうな小言を俺が一先ず阻止した。と、爺さんから渡されたのはグレモリー眷族の人数分の小型通信機だ。

 

「ほれ、ここはこのワシに任せて神殿のほうまで走れ。ジジイが戦場に立ってお主等を援護すると言っておるのじゃ。めっけもんだと思え」

 

 爺さんが杖をこちらに向けると、俺達の身体を薄く輝くオーラを覆う。

 

「お、防御魔法か。サンキューな爺さん」

 

「イッセーよ。ここまでしとるんじゃから、神のワシに何か献上すべきではないかのう?」

 

「へいへい。今度会った時にエロ本を用意しときますよ」

 

「うむ。楽しみにしとるぞ」

 

 エロ本と聞いてやる気が出たのか、爺さんの左手に槍らしきものが出現した。

 

「――グングニル」

 

 爺さん――北欧主神オーディンが持つ最強の槍であるグングニルの一撃を繰り出したその刹那――

 

 

 ブゥゥゥウウウウウウウウンッ!!!

 

 

 槍から極大のオーラが放出され、空気を貫くような鋭い音が辺り一面に響き渡った。

 

 ……すげぇな。初めて見たが、たったの一撃であれほどの威力とは。俺のドラゴン波が大した事ないように思えてくるぜ。流石は北欧主神さまだ。

 

「さっすが爺さん。でもまだ全然本気じゃねぇだろ? ひょっとして鈍ってたりする?」

 

「まぁの。このところ体が鈍りに鈍って運動不足だったんじゃわい。さーて、テロリストの悪魔どもよ。ここから先は全力でかかってくるんじゃな。この老いぼれはお主等の想像を絶するほど強いぞい」

 

 そりゃまぁ、兄貴とは違って現役の神さまだからな。

 

 さっきまで名を揚げようと躍起になっていた悪魔達は、爺さんの一撃を見て緊張の色を濃くしている。下手に攻め込んだら、グングニルの餌食になるのを恐れているからな。

 

「部長、ここは爺さんに任せましょう。俺達がいたら却って邪魔になります」

 

「オーディンさま! すみませんが、ここをお願いします!」

 

 部長はオーディンの爺さんに一礼すると俺達に言う。

 

「皆! 神殿まで走るわよ!」

 

 部長の言葉に応じた俺達は、神殿の方へ走り出して行った。

 

 その間にも後方では爺さんと悪魔達の戦い、ぶっちゃけ爺さんの一方的な蹂躙が始まった。



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三十一話

取り敢えず更新しました。


 神殿の入り口に入ってすぐ、俺達は耳にオーディンの爺さんから譲り受けた通信機器を取り付けた。

 

 その直後、いつも聞いている声が聞こえてくる。

 

『お前等、無事か? こちらはリューセー。オーディン殿から渡されたみたいだな。本当はアザゼルが説明する予定だったけど、俺が代わりにやる事にした』

 

 言うまでもなく兄貴だった。

 

『色々と言いたい事はあると思うが、先ずは状況を説明させてくれ。もう知ってると思うが、このレーティングゲームは「禍の団(カオス・ブリゲード)」旧魔王派の襲撃を受けている。そのフィールドも、VIPルーム付近も旧魔王派の悪魔だらけだ。だけど、これは事前にアザゼルが予想していた。現在、各勢力が協力して旧魔王派のバカ共を撃退中だ』

 

 だろうな。んなこったろうと思ったよ。あの連中がここだけしか襲撃しない訳がない。けど、予想していたってのは気になるな。

 

『これはサーゼクス達から聞いた話だが、ここ最近、現魔王に関与する者達が不審死するのが多発していたらしい。それをアザゼルが調べた結果、裏で動いていたのは「禍の団(カオス・ブリゲード)」旧魔王派みたいだ。グラシャラボラス家の次期当主が不慮の事故死をしたのも、旧魔王派の奴等が手にかけてたんだと』

 

 ……そう言えば、さっきの悪魔共は部長を狙っていたな。部長が現魔王の血筋だからか。

 

『首謀者として挙がっているのは、旧ベルゼブブと旧アスモデウスの子孫。アザゼルが倒したカテレア・レヴィアタンと同様、旧魔王派の連中が抱く現魔王政府への憎悪は大きいようだ。んで、今回のゲームにテロを仕掛ける事で世界転覆の前哨戦として、現魔王の関係者を血祭りにあげる算段だとさ。今丁度、現魔王や各勢力の幹部クラス、更に聖書の神(わたし)も来ているしな。奴等からすれば、襲撃するのにこれほど好都合なものはないからな。アザゼルがここまで予見できたのは、先日に見たアスタロト対シークヴァイラの一戦の疑惑からだ』

 

 なるほどな。つまり俺達の試合は最初から旧魔王派に狙われていたって訳か。敵のターゲットは現魔王の血縁者――部長と聖書の神(あにき)の弟――兵藤一誠(おれ)。そして、観戦しに来た各勢力のボスに、現在戦闘中のオーディンの爺さんって事ね。

 

「なら、あのディオドラの魔力が以前よりも上がった源は、オーディンさまが言ってたオーフィスの『蛇』なの?」

 

 と、部長が確認の為に訊く。

 

『ああ、そうだ。オーフィスの蛇を身体に取り込むと、力が急激に増大する。ディオドラが調子に乗ってソレをゲームで使ったのは奴等も計算外だったろうな。それ故にアザゼルは、グラシャラボラス家の一件と併せて、今回のゲームで何か起こるかもしれないと予見が出来たんだ。普通に考えたら中止にすると思うけど、それでも奴等は作戦を途中で覆す事をしなかった』

 

 あのクソ野郎、他人の力を使ってパワーアップしてやがったのか! そんなズルをして試合にも勝っただと!? ふざけやがってぇぇぇっ!

 

「ま、あっちからすればこっちを始末出来れば結果オーライなんだろうな。尤も、俺達からしても絶好の機会だ。あの世界の傍迷惑極まりない旧魔王派を潰すには丁度良いからな。現魔王、堕天使幹部、天界のセラフ達、オーディン殿、ギリシャの神、帝釈天や仏達も出張ってテロリスト共を一網打尽にするつもりだ。念の為にアザゼルが確認したところ、もう全員即行でOKしてくれたってさ。久しぶりに戦える機会があってか、旧魔王派の悪魔達相手に暴れまくっているよ」

 

 確かにオーディンの爺さんもやる気満々だったな。となれば、旧魔王派はほぼ全滅するだろう。

 

「……つまり、このゲームは既にご破算ってわけね」

 

『それに関してはすまない、リアス。本当なら、せめてリアスやイッセーだけでも教えるべきだと俺やサーゼクスが言ったんだが……アザゼルがな。どうしても旧魔王派の連中を燻り出したくて、相手に気取られないよう黙っておいたほうが良いと説得されたよ』

 

「じゃあもし、俺や部長達が万が一にも死んじゃったら、アザゼル先生はどうするつもりだったんだ?」

 

 念の為に訊いてみると、兄貴は少し嘆息しながら答えた。

 

『もうそうなったら、アザゼルは相応の責任を取るそうだ。堕天使総督の首で済むならそうする、だとさ』

 

 ……そっか。アザゼル先生は死ぬ覚悟で、旧魔王派の奴等を引き寄せたのか。

 

 まぁそれも大事だが、一先ず重大な事を兄貴に報告しなくちゃいけねぇ!

 

「兄貴、今更だけどすまねぇ! アーシアがディオドラに連れ去られちまった! 更にはディオドラの後ろ盾としてエリーもいやがった!」

 

『……っ。やはりか。ディオドラが聖書の神(わたし)やイッセーに矢鱈と強気でいたのは、オーフィスの蛇とエリーがいたからか。取り敢えずエリーの方は俺が何とかしておこう。どうせアイツの事だから、また俺の前に姿を現すだろうし。イッセーはディオドラを片付けておけ。恐らくアイツは神殿にいて、今頃は歯軋りしながらお前を待っている筈だ。ついでにそのフィールドは「禍の団(カオス・ブリゲード)」所属の神滅具(ロンギヌス)所持者が作った結界に覆われてて、入るのは何とか出来るけど、出るのは不可能に近い。神滅具(ロンギヌス)絶霧(ディメンション・ロスト)」って言う厄介な神器(セイクリッド・ギア)でな。結界や空間に関する神器(セイクリッド・ギア)の中でも抜きん出ている為に、術に()けているオーディン殿でも破壊出来ない代物だ。本当なら聖書の神(わたし)がいけば何とかなるんだが、旧魔王派の悪魔の大半がさせまいと足止めされてて動けないんだ』

 

「兄貴も戦場に来てるのか?」

 

『ああ、今も通信しながら戦ってるよ。例えば俺の家族をバカにした複数の上級悪魔共を光の剣と光の槍で串刺し刑で消滅、ってな』

 

「そうかい。じゃあ、アーシアは俺が救ってくるよ」

 

『是非ともそうしてくれ』

 

「ちょっと待ちなさい、リューセー!」

 

 俺が兄貴と話してる中、急に部長が割って入るように言ってくる。

 

「あなた、どうしてそんなに落ち着いているの!? アーシアがディオドラに連れ去られて眷族にされているかもしれないのに!」

 

『ああ、それについては大丈夫だ。前以て聖書の神(わたし)がアーシアに渡した腕輪の力で、「悪魔の駒(イーヴィル・ピース)」を無効化させているから』

 

「う、腕輪? そう言えば、アーシアが見慣れないアクセサリーを付けていたような気が……」

 

 やっぱりそうだったか。アーシアが付けている腕輪はシトリー戦が始まる前、兄貴に渡されたモノだ。

 

 兄貴から聞いた話だと、その腕輪は所有者が誰かに攻撃された瞬間、即座に光のオーラに覆われてあらゆる攻撃を防ぐらしい。自衛スキルはあっても防御手段を用いてないアーシアには必須アイテムだと言ってたが、俺から言わせれば兄貴が大事なアーシアに傷を負わせない為の過保護的な行動だ。ま、俺も俺でアーシアに傷を負って欲しくないから何も言わなかったけど。

 

『その腕輪には加護が施されているんだ。悪魔の力を防ぐ「退魔の加護」を、な。聖書の神(わたし)直々の加護だから、ディオドラ程度の力でアーシアを眷族にするのは絶対無理だ。例え「変異の駒(ミューテーション・ピース)」を使ってもな』

 

 だろうな。いくらあのクソ野郎がズルで魔力増大したところで、ラスボス級の力を持った聖書の神(あにき)から見れば唯のザコだ。

 

『そのついで、あの腕輪には聖書の神(わたし)の映像付き伝言(メッセージ)も施しておいた。「アーシアを眷族にしたければ、イッセーと戦って勝つ事だな」ってな。イッセーがディオドラに敗北した瞬間、聖書の神(わたし)の加護が消えてしまう仕組みになっている。そうなればアーシアはもうディオドラの所有物になってしまう。念の為に訊くがイッセー、お前はディオドラに勝つ自信は無いか?』

 

「んな分かりきった事を訊いてんじゃねぇ! 俺があのクソ野郎に負けるわけねぇだろうが! アーシアは救う! 必ずな!」

 

『と言う訳だ、リアス。アーシアはイッセーがディオドラと戦うまでは一先ず安全だ』

 

 尤も、あくまで力を防ぐだけだが。と、兄貴が妙な事を言っていたが、俺がそれを知るのにはディオドラの元へ駆けつけた時だった。

 

「そういう理由なら分かったわ。だけど、せめてそれ位は私たちに言って欲しかったわね。前にイッセーが使っていた武器の時のように」

 

『スマンスマン。もし万が一に悪魔のお偉方の耳にでも入って、ゲーム前に何かしらの言いがかりを付けて没収されたくなかったから敢えて黙ってた。あの連中は人間側の俺達を気に食わない存在として内心思ってるからな。悪魔の面子にこだわって、この前のシトリー戦では特例参加を認めた人間のイッセーに、赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)使用禁止のハンデを付けさせる程だからな』

 

「……否定出来ないわね。まさかこんな事になるまで味方に足を引っ張られるなんて」

 

 理由を聞いた部長はお偉方に対する不満を抱いている様子だ。

 

「念の為に訊くが兄貴、そのお偉方は今どうしてるんだ?」

 

『アザゼルの提案を了承した後、安全な場所に避難してるよ。襲撃が終わるまで絶対出てこない』

 

「はぁ!? この前は人前で俺達に散々偉そうな事を言っといて、いざ戦いになったら隠れるのか!? ちったぁ戦う姿を少しぐらい見せろよな!」

 

『仕方ないさ。お偉方の仕事は(まつりごと)がメインだからな。戦いなんていう野蛮な行為を嫌っているし』

 

 爽やかな感じで思いっきり皮肉を込めて言う兄貴に、俺や部長達は相当頭にきていると言う事がよく分かった。

 

『ま、取り敢えずお偉方は引っ込んでて今回の件は何にも口出し出来ない立場だから、俺達は好きにやらせてもらっているって訳だ。それとリアス、どうせお前の事だ。このまま眷族の朱乃達も連れて、イッセーと一緒に付いていくつもりなんだろう?』

 

 兄貴の問いに部長が不敵な笑みで言う。

 

「当然よ。私たちもこのままイッセーと一緒に神殿に入ってアーシアを救うわ。ゲームはダメになったけれど、ディオドラとは決着をつけなくちゃ納得出来ない。何より、私の可愛い眷族候補を奪うということがどれほど愚かなことか、教え込まないといけないのよ!」

 

 おおう、部長も俺と同じくやる気満々だ!

 

 そこへ朱乃さんが続ける。

 

「確認しますがリューセーくん。私たち、三大勢力や協力者のリューセーくんたちで不審な行為を行う者に実力行使をする権限がありますよね? 今はそれを使ってもよろしいんでしょう? ディオドラは現悪魔勢力に反政府的な行動を取っていますし」

 

 あっ、そう言えばそんな権限あったな。

 

『勿論だ。今回は限定条件なんか一切ないから、お前等のパワーを抑えるモノなんて何もない。だから……存分に暴れてこい! 特にイッセー! 赤龍帝の真の力をディオドラに見せ付けてやれ!』

 

「こっちは元からそのつもりだ!」

 

 俺は即座に気合の入った一言で答えた。

 

『あと最後にこれは大事なことだから聞いていけ。旧魔王派はこちらに予見されている可能性も視野に入れておきながら事を起こした筈だ。つまり、多少敵に勘付かれても問題のない作戦でもあるって事だ』

 

 ああ、そう言われれば。って事はつまり―― 

 

「相手が隠し球を持ってテロを仕掛けてきていると?」

 

 そうそう、部長の言うとおり何かしらの切り札がある筈だ。

 

『恐らくな。それが何かは俺やアザゼルもまだ分かってないが、フィールドが危険な事に変わりはない。だからゲームは停止しているから、リタイヤ転送は一切無い。もしお前等が危なくなっても助ける手段はないから肝に銘じておくように。俺からは以上だ。ここから先は充分に気をつけてくれ』

 

 確かに相手側も自信があるから、今回のテロが予想されても強引に仕掛けてきたんだ。向こうが何をするか分からないが、それでも俺達がすべき事は単純明快だ!

 

 ディオドラをぶっ飛ばして、アーシアを救ったら、どこか安全な場所へ避難するってな!

 

「イッセー、小猫。アーシアは神殿にいるってリューセーが言ってたけれど、位置は分かる?」

 

 部長が俺と小猫ちゃんにサーチするよう促した。俺はすぐに周囲のオーラを探知し、小猫ちゃんは猫耳を頭部にぴょこりと出す。その数秒後、俺と小猫ちゃんは同時に神殿の奥を指で示す。

 

「……あちらからアーシア先輩とディオドラ・アスタロトの気配を感じます」

 

「その他にディオドラの眷族悪魔達と思わしき魔力も感じますね」

 

 あと何か変なものも混じってるな。悪魔の魔力なのか人間のオーラなのかが全く分からない、嫌なものが混ざり合った力を感じる。一体コイツは何なんだ?

 

 俺は内心疑問に思いながらも、部長達と一緒に神殿の奥へ向かって走り出していった。




今回はリューセーからの状況説明のみでした。


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三十二話

 神殿の中は、広大な空間だった。大きな広間がずっと続く感じで、広間に巨大な柱が並ぶぐらいで特に目立ったものはない。

 

 神殿の奥へ奥へと進んでいる最中、いくつかの魔力を感じた。

 

 俺達は足を止めて一斉に構えると、前方から現れたのは……フードを深く被ったローブ姿の小柄な人影が十名。恐らくディオドラの眷属達だろう。

 

『やっと来たね、リアス・グレモリーとその眷族の皆』

 

 神殿中に不機嫌そうなディオドラの声が響く。あの野郎の魔力は周囲に感じない。一種の通信魔術を使ってるんだろう。

 

「随分と不機嫌そうじゃねぇか、ディオドラさんよぉ。兄貴から聞いたぜ。アーシアを自分の眷族に出来なくてイラついてるんだろ?」

 

『――ッ! 全く。あの堕神は本当に余計な真似をしてくれたよ。僕の計画を台無しにしてくれて不愉快極まりないね』

 

 やっぱり自分の思い通りに行かなくてイラ付いていたようだな。

 

 それとアイツの台詞の中に少し気になる事があった。

 

「おいディオドラ、お前や旧魔王派の悪魔共は兄貴の事を『堕神』呼ばわりしてるな。何の根拠でそんな呼び方してんだ?」

 

『決まっているだろう。愛と言う下らないモノを知る為に下等な人間に転生した神など、堕落したも同然だ。加えて神本来の能力(ちから)もまともに使えない中途半端なアレは、最早堕ちた神も同然。尤も、それは僕や旧魔王派だけでなく、他の悪魔達も同様に思っているだろうね』

 

「へぇ~」

 

 そう言う理由で兄貴を堕神呼ばわりしてるって訳ね。ここにいる悪魔の部長達は兄貴の事をそんな風に思っちゃいないけどな。

 

 確か以前に駒王学園で兄貴が真実を話してた時、転生した事による条件として、神としての能力(ちから)の大半を使えなくなったって言ってたな。

 

 けど、それを抜きにしても、今の兄貴の実力はここにいる俺達やディオドラなんかと比べても天地の差がある。それなのに、ディオドラの野郎はよく兄貴をバカに出来るもんだ。

 

 ……恐らくだけど、今まで不倶戴天の敵だった嘗ての神さまを知ってる悪魔達からすれば、そんな風にしか思えないんだろう。今の兄貴はもう嘗ての神さまとは違って、物凄く幻滅したってな。

 

 ま、人間の俺から言わせれば、そんな事は如何でもいい。兄貴が元神さまだろうがなんだろうが、俺の家族に変わりはないからな。

 

『まぁそれはそうと、仕方なく赤龍帝と戦わざるを得なくなったとはいえ、それだけじゃ面白くない。ここは一つ、遊ぼうじゃないか。中止になったレーティングゲームの代わりだ』

 

 あの野郎、この状況でよくそんな事を抜け抜けとほざきやがるな。

 

 ………とは言え、アーシアが今のところは無事だからって、ディオドラに捕らわれている事に変わりない。ここで下手にアイツの機嫌を損ねて、アーシアに何かされても困る。

 

「イッセー、分かっているとは思うけれど……」

 

「ええ。アーシアが捕らわれている今はディオドラの要求を呑むべき、でしょう?」

 

「それならいいわ」

 

 俺が確認するように問うと、その通りだと言うように頷く部長。どうやら俺が奴の言動にキレて、そのまま無視して突っ込んでいくと危惧したんだろう。

 

 すると、ディオドラがゲームの内容を説明し始める。

 

『お互いの駒を出し合って、試合をしていくんだ。一度使った駒は僕のところへ来るまで二度と使えないのがルール。あとは好きにしていいんじゃないかな。但し、赤龍帝だけは全て参加してもらうよ。言っておくけど、そっちに拒否権はないからね』

 

 どうやらディオドラの野郎は、俺を全ての試合に出させて疲弊させたいようだ。自分と戦う時は楽して勝とうって魂胆が見え見えにも程がある。尤も、俺はそれに従わざるを得ないので、どうしようもないが。

 

『先ずは第一試合、僕は「兵士(ポーン)」八名と「戦車(ルーク)」を出す。ちなみにその「兵士(ポーン)」たちは皆すでに「女王(クイーン)」にプロモーションずみだ。ハハハ、いきなり「女王(クイーン)」八名だけれど、それでもいいよね? 何せ、リアス・グレモリーは強力な眷族を持っていることで有名な若手なのだから』

 

 最初から自分に有利なルールばっかりだな。ま、あのクソ野郎が正々堂々の勝負なんてしないのは、アーシアを捕らえた時点で既に予想済みだ。

 

 因みにディオドラの眷族はフードを深く被って顔を隠していたが、もう既に性別は知ってる。『兵士(ポーン)』八名全員女の子だ。ライザーと同様にハーレム眷族しやがって……! っと、いかんいかん。今はそんな事を考えてる場合じゃない!

 

「いいわ。あなたの戯れ言に付き合ってあげる。私の眷族、そして眷族候補のイッセーがどれほどのものか、刻み込んであげるわ」

 

 お、部長が快諾した。

 

 まぁ当然だな。応じておかないと、人質となってるアーシアが不味いし。

 

 すると部長は第一試合のメンバーを言おうとする。

 

「先ずこちらはイッセー、小猫、ゼノヴィア、ギャスパーを出すわ」

 

 四人でか。強制参加の俺は別として、部長が三人を選んだのには何か理由があるんだろうな。

 

 俺、小猫ちゃん、ゼノヴィア、ギャスパーは部長のもとに集まって、耳打ちされる。

 

(『戦車(ルーク)』二名はゼノヴィアに任せるわ。思いっきりやっていいから。全部ぶつけてちょうだい)

 

(了解。いいね、そういうのは得意だ。だったらイッセー、私にアスカロンを貸してくれないか?)

 

(いいぞ。俺は今回使う気ないからな)

 

 一先ず赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)に収納されてるアスカロンをゼノヴィアに渡した。パワータイプのゼノヴィアがデュランダルと更にアスカロンを持てば、攻撃力は更に増すからな。

 

(『兵士(ポーン)』相手のオフェンスはイッセーと小猫。相手が昇格した『女王(クイーン)』八名とは言え、イッセーの実力を考えれば問題ない筈だわ。小猫は仙術で練りこんだ気を相手に叩き込んで根本から断って。ギャスパーはイッセーの小猫のサポート。イッセー、ギャスパーに血を飲ませてあげてちょうだい)

 

(了解です、部長!)

 

(……了解)

 

(了解ですぅ!)

 

 部長の指示に俺達はそれぞれ頷いた。けれど、何故か俺だけ部長に呼ばれる。

 

(イッセー、あのね……)

 

 ふんふん。……な、なん、だと……?

 

 俺は部長からあの技を使って良い許可を貰った瞬間に内心歓喜した! マジですか! いいんですね? 使っていいんですね!?

 

 念の為にもう一度確認を取ると、部長は頷いてくれた!

 

 よっしゃぁぁぁぁぁぁあああああああああああっ! 久しぶりにアレを使うぜぇぇぇぇっ!!!

 

 こんな時に不謹慎だが、再びあの技を披露出来るとなると気分が物凄く高揚してくる!

 

『じゃあ、始めようか』

 

 ディオドラの声と共に奴の眷族が一斉に構えだした。

 

 俺はすぐに祐斗が造った剣で指を軽く切ってもらい、ギャスパーに血を与えた。

 

 

 ドクンッ!!

 

 

 ギャスパーの胸が脈打ったのが分かった。その直後、ギャスパーから異様なオーラが出て体を包んでいた。更には紅い双眸も怪しく輝き始めている。このギャスパーを見るのは久しぶりだな。取り敢えずこれで準備万端だ!

 

 そしてゼノヴィアはデュランダルを解放し、アスカロンと二刀流の構えをして『戦車(ルーク)』二名の方へと歩み出した。

 

「アーシアを返してもらうぞ」

 

 ゼノヴィアの全身から、かつてない程のプレッシャーが放たれていた。眼光も鋭い。

 

「……嘗て教会に居た頃、友と呼べる者を私は持っていなかった。そんなものがなくても生きていけると思っていたからだ。神の愛さえあれば生きていける、とな」

 

 ゼノヴィアの言葉を無視するように、『戦車(ルーク)』二名が走り出した。

 

 かなりの速度で迫ってくるも、ゼノヴィアは全く動じずに独白を続けている。

 

「そんな私にも分け隔てなく接してくれる者達が出来た。特にアーシアはいつも私に微笑んでくれていた。この私と『友達』だと言ってくれたんだ。そして人間に転生した主――隆誠先輩は私を信徒ではなく『後輩』とだと言ってくれた」

 

 ああ、おまえは俺達の仲間で友達だよ、ゼノヴィア。兄貴はお前の事を仲間で(ちょっと手の掛かる)可愛い後輩だと言ってたぞ。

 

 『戦車(ルーク)』二名の激しい打撃を躱しながら、ゼノヴィアは憂いの瞳を見せていた。

 

「……私は最初に出会ったとき、アーシアに酷い事を言った。主である隆誠先輩の目の前で。魔女だと。異端だと。でも、アーシアは何事もなかったように私に話しかけてくれた。それでも『友達』だと言ってくれたんだ!」

 

 ……どうやらゼノヴィアはずっと気にしていたようだな。

 

「だから、助ける! 私の親友を! 隆誠先輩の妹を! アーシアを! 私は助けるんだ!」

 

 

 ドンッ!

 

 

 デュランダルから吐き出される絶大な光の波動が『戦車(ルーク)』の二人を弾き飛ばした!

 

 ゼノヴィアはデュランダルを天高く振り上げ、涙混じりに叫んだ!

 

「だから! だから頼む! デュランダル! 私に応えてくれ! アーシアがいなくなったら、私は嫌だ! アーシアを失ったら私は……もう隆誠先輩に顔向けが出来ないッ! お願いだ! 私に! 私に友達を救う力を貸してくれッ! デュランダァァァァァァルッッ!」

 

 

 ドゥオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッッ!!

 

 

 すげぇ! まるでゼノヴィアの声に応えるようにデュランダルから発する聖なるオーラが何倍にも膨れ上がらせた! アレは並みの悪魔がまともに受けたら、姿形すら消滅されるほどのオーラだ!

 

 

 バキッ! ベゴンッ!

 

 

 デュランダルが放っている聖なるオーラの余波を受けた神殿の周囲に罅が入る。

 

「私にはデュランダルを上手く抑える事が出来ないと隆誠先輩に指摘された。木場のように静寂な波動を漂わせるようになるには長期間の特訓が必要だと。だが隆誠先輩はこう言った。『今は真っ直ぐに突き進め。そしてデュランダルの凄まじい切れ味と破壊力を増大しろ』とな」

 

 ゼノヴィアは宙でデュランダルとアスカロンをクロスさせた。アスカロンがデュランダルと共鳴するように、聖なる波動を莫大に発生させ、二刀が放つオーラの想像効果を促し始めた。

 

「さあ、いこう! デュランダル! アスカロン! 私の親友を助ける為に! 私の想いに応えてくれぇぇぇっ!」

 

 デュランダルとアスカロンは広大な光の柱を天高く迸らせていく! 当然、神殿の天井を突き刺さって大きな穴が生まれてる! そしてゼノヴィアはそれを『戦車(ルーク)』二名の方へと一気に振り下ろした!

 

 

 ザバァァァアアアアアアアアッッ!!

 

 

 二つの大波とも言える聖なる波動が混じり合い、『戦車(ルーク)』二名を飲み込んでいった!

 

 その直後に神殿が大きく揺れた。揺れが収まって、俺の視界に映ってるのは……ゼノヴィアの前方に伸びる日本の大きな波動の爪痕だった。神殿の半分以上が吹き飛んじまってるよ。

 

 これが加減無しのゼノヴィアの攻撃か。俺の最大ドラゴン波とタメ張れそうだな。因みに『戦車(ルーク)』二名は言うまでもなく完全に消滅だ。

 

 あの二人は記録で見た時は決して弱くはないが、今回は相手が悪かった。悪魔の弱点である聖剣を使っていたゼノヴィア相手だからな。

 

 もし前回のシトリー戦の時にゼノヴィアが聖剣を解放させていたら、即行で失格と同時に評価も最悪になっただろう。

 

 けれど、かなりの体力を消耗したのか、ゼノヴィアは肩で息をしていた。ま、あんな大技同然の一撃を連発するなんて無理だな。

 

 それはそうと、俺はアイツの一撃を見た直後、身体が疼いてる。ゼノヴィアと同じことをやりたいってな。

 

 ……よし。二人には悪いが――やるか!

 

「小猫ちゃん、ギャスパー! 俺の後ろにいろ!」

 

「「え?」」

 

 二人が何故と言うように俺を見るが――

 

「かぁぁぁっっっ!!」

 

Dragonicfighter(ドラゴニックファイター) LevelⅢ(レベル3)! 』

 

 

 ドゥンッッ!!

 

 

「わひゃぁ!」

 

「これは……!」

 

 龍帝拳を解放させた闘気(オーラ)によって、小猫ちゃんが少し吹っ飛びそうになるギャスパーの腕を掴む。

 

「いっくぜぇぇぇ!! 龍帝拳三倍の!」

 

 そう言って俺は闘気(オーラ)を解放したままあの構えを取る。

 

「ド…ラ…ゴ…ン……!」

 

 

 グゴゴゴゴゴゴゴッ!

 

 

 『兵士(ポーン)』八名が阻止しようとするも、俺の闘気(オーラ)に気圧されてるのか動こうとしなかった。

 

「ちょ、ちょっと待ちなさい、イッセー!」

 

 部長が叫んでいるが、今の俺はそんなのお構いなしだ!

 

 そして――

 

「波ぁぁぁぁぁーーーーーーッ!!!!」

 

 

 ドオオオォォォォォンッッッッッ!!

 

 

 龍帝拳三倍で解放した俺の最大必殺技――ドラゴン波が放たれた。

 

 巨大な闘気(オーラ)の塊となってるドラゴン波は『兵士(ポーン)』八名全員を悲鳴を上げる暇もなく飲み込んでいく!

 

 神殿が再び大きく揺れ、俺のドラゴン波が消えていくと……前方にある神殿の先に巨大な丸い穴が出来上がっていた。

 

 もうついでに、俺のドラゴン波を受けた『兵士(ポーン)』八名は全員倒れ、もう虫の息でピクピクとしか動いていない。三倍で撃ったとは言え、死なないようギリギリの威力で調節しておいた。いくらディオドラのクソ野郎の眷族だからって、あの子達に罪は無いからな。

 

「ふぅ~、久々に撃ってちょっとスッキリした~」

 

「……イッセー先輩、部長が立てた作戦が台無しです」

 

「ぼ、僕、頑張ろうと思ったのに……」

 

 俺が龍帝拳を解除して一息つくように言うと、ジト目の小猫ちゃん、涙目のギャスパーが見ていた。

 

 あ~……うん、ゴメン。二人の見せ場を奪っちまって。

 

「イッセー、あなた何やってるのよ……。この後の試合やディオドラと戦わなければいけないのに」

 

 背後に控えていた部長が呆れながら言った。朱乃さんや祐斗は苦笑していたが。ついでにゼノヴィアは少し呆然としてた。

 

「大丈夫っスよ。俺の体力はまだまだ有り余ってますから」

 

 とは言え、流石にこの後は止めておく事にしよう。無駄に体力を消耗させるのは良くないし。

 

「……まぁ良いわ。久しぶりにイッセーの大技を見て、私も少しはスッキリしたし」

 

 結果オーライと言うように部長が笑みを見せてくれた。

 

「あっ! いけねぇ! 折角部長から洋服崩壊(ドレス・ブレイク)の使用許可貰ったのに、あの子達に使うのをすっかり忘れてた!」

 

 肝心な事を忘れていた俺が両手で頭を抱えながら言ってると、「ゴンッ!」と一発小猫ちゃんに顔面パンチされた!

 

 ……い、痛い。凄く痛いよ、小猫ちゃん。

 

「……折角の頼もしい台詞が台無しです、どスケベ先輩」

 

 幻滅しましたと言わんばかりに侮蔑の眼差しを送ってくる小猫ちゃん。

 

 ゴメンなさい。だって俺、自他共に認めるどスケベだから。




原作と違って、イッセーが『兵士(ポーン)』を瞬殺しちゃいました。


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三十三話

今回はいつもよりちょっと短いです。


「と、取り敢えず一勝って事で」

 

 俺とゼノヴィア、戦い損ねたが小猫ちゃんとギャスパーは『兵士(ポーン)』八名と『戦車(ルーク)』二名に勝利した。

 

 不利な戦況かと思いきや、思っていた以上にアッサリと完勝しちまったぜ。

 

 やっぱり前のシトリー戦の時に背負った俺達のハンデが凄くでかかったな。俺だけじゃなく、ゼノヴィアまであれ程の威力をぶっ放したんだ。恐らくだが、この戦う予定の部長や朱乃さんも派手にやるかもしれないな。

 

 それはそうと、俺が気絶させた敵の『兵士(ポーン)』は小猫ちゃんの仙術で魔力を練られないようにし、念の為にギャスパーのヴァンパイア能力で魔力を吸い取って柱に縛り上げた。

 

 残りの敵は『女王(クイーン)』、『騎士(ナイト)』二名、『僧侶(ビショップ)』二名、そしてディオドラ。あちらはフルメンバーだから。あれ? そう言えばアイツ、さっきアーシアを眷族にしてたみたいだが、もうフルメンバーだから出来ない筈じゃ……?

 

「行きましょう」

 

 俺が疑問を抱いてる中、部長の掛け声と共に俺達は次の神殿へ足を進めた。

 

 二番目に俺達を待っていたのは……敵三名の姿だ。

 

「……映像の一件から僕の記憶が正しければ、『僧侶(ビショップ)』一名、『騎士(ナイト)』一名、『女王(クイーン)』です」

 

 祐斗がそう言う。祐斗の奴、よく分かるな。ひょっとして俺と同じく相手の魔力を探ってるのか? それとも背丈か? どっちなのかは分からんが。

 

 しっかしまぁ、二番目に『女王(クイーン)』を出すのかよ。最初の相手といい、序盤に主力クラス出すってアイツは一体何考えてんだ? まさかとは思うが、もう不要な眷族だから捨て駒扱いしてるんじゃねぇだろうな?

 

 取り敢えず『僧侶(ビショップ)』と『女王(クイーン)』は別として、『騎士(ナイト)』の方は祐斗の敵じゃないな。映像記録で見ても祐斗とは比較にならないほどの実力差がある。

 

「待っていました、リアス・グレモリーさま」

 

 ディオドラの『女王(クイーン)』がフードを取り払って顔を見せる。中々の美人だな。ブロンドで碧眼が綺麗なお姉さんだ。

 

 あと『僧侶(ビショップ)』と『騎士(ナイト)』も女性だったな。どちらもフードを深く被って顔を見せないけど、『騎士(ナイト)』の方は剣を取り出していた。

 

 ついでに『僧侶(ビショップ)』の魔力とサポートはかなり優秀だったな。魔力だけを言うなら、アーシアやギャスパーを超えているかもしれない。サポートに関しては、こっちの『僧侶(ビショップ)』二人が断然上だ。回復と時間停止だしな。因みにアーシアの自衛スキルはまだ未公開だけど。

 

 取り敢えず俺は再び参加なので、一歩前に出るとしよう。

 

「あらあら、『女王(クイーン)』が出るのでしたら、ここは私が出ましょう。イッセーくんの体力温存も兼ねて」

 

 おお、朱乃さんか! 今度は見せ場を奪わないようにしないとな!

 

「あとの『僧侶(ビショップ)』と『騎士(ナイト)』は祐斗と連戦中のイッセーが出ても充分ね。私もイッセーの体力温存の為に出るわ」

 

 と、部長もか!? 俺、二大お姉さまと共闘する事になったよ。ってか別に、まだ体力有り余ってるから大丈夫なんだが……ま、ディオドラとの戦闘で無駄な体力を使わせないようにする、お二人の優しい気遣いなんだろう。

 

「あら、部長。イッセーくんの温存は私だけでも充分ですわ」

 

「何を言ってるの。いくら雷光を覚えたからって、無茶は禁物よ? イッセーの援護をするのであれば、ここは私たち二人が堅実にいって最小限の事で抑えるべきだわ」

 

 雷光と滅びの力か……どちらも強力で恐い気がする。まぁ二人がメインで戦うんなら大丈夫だけどな。

 

 あ、そう言えば昨日の夜に兄貴が――

 

『イッセー、今度のゲームの時に朱乃をパワーアップさせる方法があるぞ。まぁこの方法は多分リアスにも通じるだろうが』

 

『はぁ? どう言う事だ?』

 

『取り敢えず今回は朱乃にだけ言っておいてくれ。そうすればリアスも食いつくから』

 

『だから、何を言えば良いんだ?』

 

『それは――――って事を朱乃に言え』

 

『そ、そんな事で本当に朱乃さんがパワーアップすんのか?』

 

『間違いないって断言しておく。とにかく、朱乃が前に出たら必ずそう言え。その後にアレを渡すから』

 

『あ、ああ、分かった……』

 

 ――ってな事を言ってたんだよなぁ。今でも本当に朱乃さんがパワーアップするのかが信じがたいけど。

 

 まぁ、兄貴があそこまで言い切ったんだから、取り敢えず言うだけ言ってみよう。

 

「朱乃さん、ちょっと良いですか?」

 

 俺が呼ぶと朱乃さんが振り向く。

 

「えっと、無事にこの戦いが終わったら、今度の日曜俺と二人っきりで遊園地に行きませんか? 兄貴から『遊園地のチケットやるから朱乃と二人だけで行け』と言われまして―――って、こんな時に変なこと言ってすいません! いくら朱乃さんでも、俺みたいなどスケベ野郎と二人っきりなんて嫌でしょうし――」

 

 

 カッッッ!! バチバチッッ! バチバチバチバチィィィッッッ!!!

 

 

 俺が言ってる途中、朱乃さんの全身から凄まじい雷光のオーラを放出していた! ってか、すげぇオーラの量だよ! 俺の龍帝拳ほどじゃないけど、それでも凄まじいオーラじゃねぇか!

 

「……うふふ。うふふふふふふふふふふふ! 二人っきりで遊園地にいく、これは即ち……イッセーくんとデート! そしてこれはリューセーくんも公認!」

 

 うおおーう! 朱乃さんが迫力ある笑みを浮かべながら、周囲に雷が走り出してるよ! ってか更にオーラの量が上がってるし! マジで兄貴の言ったとおり凄まじいパワーアップしてるよ!

 

「酷いわ、イッセー! 私と言うものがありながら、朱乃にだけそんな事を言って! それに何でリューセーも朱乃を贔屓してるのよ!? これは余りにも不公平すぎるわ!!」

 

 おいおいおいおい!? 今度は部長が涙目で俺に訴えてきたよ! 更にこの場にいない兄貴も含めて! ってか何なのこれ! 何で二人がこんな反応をしてるのかが全くわからねぇぇぇぇえっ!

 

「うふふ、リアス。これも私の愛がイッセーくんに通じた証拠よ。更にはリューセーくんも私を応援しているんだから、もう諦めるしかないわね?」

 

「な、な、何を言っているの! ゆ、ゆ、遊園地に行くぐらいの事で雷を迸らせる卑しい朱乃になんか言われたくはないわ! リューセーだって、そんなことで応援するわけないでしょう!」

 

 ……おい此処にいない兄貴、何か予定外な事が起きてるぞ。部長と朱乃さんが口論してるんだけど?

 

「なんですって? いまだ抱かれる様子もないあなたに言われたくないわ。その身体、魅力がないのではなくて? それを知ったリューセーくんが見限ったんじゃないの?」

 

「そ、そんなことはないわ! こ、これはリューセーが知らない事よ! この間だって!」

 

「この間だって?」

 

「……イッセーがベッドの上で胸をたくさん触ってくれたわ」

 

「……それ、イッセーくんの寝相が悪くて結果的にそうなっただけではなくて?」

 

「……………き、キスしたもん。二回も」

 

 あ、今の部長がヤバイくらいに可愛い。完璧に普通の女の子だったぞ。

 

「なら、私も今すぐイッセーくんと舌を絡ませるわ。三回連続リアスやリューセーくんの目の前で」

 

「朱乃! ダメ! ダメよ! あの子の口にあなたの舌が入るなんて想像もしたくないわ! あの子の口は私のものなんだから! リューセーだってそう思ってるはずよ!」

 

 ……ちょっとちょっとお姉さま方、揃ってなんつー会話をしているんですか。もし兄貴がいたら、付き合ってられんみたいに無視すると思うんですけど。

 

 何か俺を巡っての口論? なのかは分からんが、それでも嬉しいような恥ずかしいような……。

 

 お姉さま方の口論に、相手の『女王(クイーン)』と『僧侶(ビショップ)』と『騎士(ナイト)』も完全に困惑している様子。そりゃ当然だ。

 

 けれど、このおかしな空気に耐えられなくなったのか、『女王(クイーン)』が全身に炎のオーラを纏いながら激昂する。

 

「あなた方! いい加減になさい! 私たちを無視して、そんな下等な人間の取り合いなどと――」

 

「私の可愛いイッセーを下等呼ばわりするなんて、万死に値するわ!」

 

「イッセーくんを下等な人間? ふざけた事を言う方にはお仕置きが必要ですわね!」

 

 

 ドッゴォォォォオオオオオオオオオオンッ!!!

 

 

 部長と朱乃さんが最大級の一撃を『女王(クイーン)』と『僧侶(ビショップ)』と『騎士(ナイト)』に撃ち放った! その威力は間近で見ている俺でも寒気がするほどの膨大さだったよ!

 

 滅びの魔力と雷光の魔力が同時に巻き起こり、うねりとなって、敵を容赦なく包み込んでいったよ! 以前のライザー戦に備えた身体能力強化の修行をやった事もあってか、前方の風景を木っ端微塵にぶっ飛ばしてるし!

 

 敵の三名はプスプスと煙を立ち上げながら、床に倒れこんでいたのは言うまでもない。もう瞬殺レベルの威力だったからな。

 

 しかし、今回は俺の見せ場が全く無かったな。完全に部長と朱乃さんの独壇場だったし。

 

 試合が終わったにも拘らず、この二人の口論は未だに止まらずだった!

 

「だいたい朱乃はイッセーの身体を全部知っているの!? リューセーからイッセーを眷族候補にしていいって許可をもらったから、私は細部まで知っているのよ!?」

 

「たかだかそれだけで、触れた事や受け入れた事もないのでしょう? リアスは口ばかりですものね! リューセーくんだって呆れている筈よ! 私ならいついかなる時でもイッセーくんを受け入れる準備をしているんだから!」

 

「うぬぬぬ! ………まあ、いいわ。それはアーシアを救ってからゆっくりと話し合いましょう。先ずはアーシアの救出よ。そうしないと、リューセーに怒られそうだわ」

 

「ええ、わかっていますわ。リューセーくんほどじゃありませんが、私にとってもアーシアちゃんは妹のような存在ですもの」

 

 お二人ともやっと意見が一致してくれたか。

 

 一先ず『女王(クイーン)』と『僧侶(ビショップ)』と『騎士(ナイト)』を撃破した俺達は、更に神殿の奥へと進んでいくのであった。




原作と大して変わらない流れでした。


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三十四話

 ディオドラの『僧侶(ビショップ)』と『騎士(ナイト)』が待っていると思われる神殿に足を踏み入れた時、俺達の視界に見覚えのある奴がいた。

 

「や、おひさ~」

 

 白髪の少年神父――

 

「フリードッ! テメェ、まだ生きてやがったのか!?」

 

 最初に出会った頃から最悪なクソ野郎だった。随分懐かしいじゃねぇか!

 

 あの顔を見たのはエクスカリバー事件以来だな。俺とコカビエルが撃った大技の余波でボロ雑巾みたいになってたから、よくもまぁ無事でいられたな。

 

「そりゃ生きていましたよ、イッセーくん? 僕ちん、しぶといからキッチリキッカリ生きてござんすよ?」

 

 ああ、そうかよ。ゴキブリ並みの生命力だったんだな。

 

 そりゃそうと、『僧侶(ビショップ)』と『騎士(ナイト)』がいないな。と言うか、その二人の魔力が感じられねぇ。いるのは以前とは違う悍ましいオーラを発してるフリードだけだ。

 

「おんや~、もしかして『僧侶(ビショップ)』と『騎士(ナイト)』のお二人をお探しで?」

 

 人の考えを見透かしたような発言。あの嫌な笑みを見てるとマジで癇に障るぜ。

 

「先ず『僧侶(ビショップ)』のほうは~、捕らえたアーシアちゃんを正式な『僧侶(ビショップ)』にする為に、ディオドラのお坊ちゃんが『新しい駒を用意するから死んでくれ』と言って殺しちまったんだよね~」

 

 マジかよ! あのクソ野郎、たったそれだけの理由で自分の眷族を殺したのか!?

 

 けど、新しい悪魔の駒(イーヴィル・ピース)って用意出来るのか? 確か、主は支給された駒以外は渡されないから、眷族の補充なんか出来ない筈だ。

 

 となれば、ゲームに興味のねぇ上級悪魔から未使用の『僧侶(ビショップ)』の駒でも貰ったのか? いや、そんな事すれば不正と見なして二度とゲームに参加は……あ、ディオドラは裏切ったから、もうそんなこと気にする必要無いんだったな。

 

 どう言う理由で駒を用意したのかはしらねぇが、何かしらの不正をやったのは確かの筈だ。

 

「それと~、『騎士(ナイト)』の方だけど」

 

 そう言ってフリードは口をもごもごすると、ペッと何かを吐き出した。見てみると……それは指だった!

 

「俺さまが食ったよ」

 

 ……食った、だと? コイツから感じる悍ましいオーラはまさか……!

 

 俺が最悪な事を考えていると、小猫ちゃんは鼻を押さえながら目元を細めた。

 

「……その人、もう人間を辞めてます」

 

 小猫ちゃんが忌むように呟いた。

 

 すると、奴はにんまりと口の端を吊り上げると、もう人間とは思えない形相で哄笑をあげる。

 

「ヒャハハハハハハハハハハハッ!! てめえらに切り刻まれ、ボロ雑巾にされたあと、ヴァーリのクソ野郎に回収されてなぁぁぁぁぁぁあっ! 腐れ総督のアザゼルにリストラ食らってよぉぉぉおおっ!」

 

 

 ボコボコッ! グチュグチュッ!

 

 

 異様な音を立てながら、フリードの体の各所が不気味に盛り上がる。神父の服を突き破り、角やら変なモノが身体から生えていく。全身が隆起し、腕も脚も何倍も膨れ上がっていた。

 

「行き場無くした俺を拾ってくれたのが『禍の団(カオス・ブリゲード)』の連中さ! その時、奴らが俺に力をくれるって言うから何かと思えばよぉぉっ! なんと合成獣(キメラ)だってさ! ふははははははっはははっ!」

 

 背の片側だけコウモリみたいな翼が生え、もう片側には巨大な腕が生えてきていた。

 

 以前に戦ったはぐれ悪魔のバイサーの姿が可愛く見えるぜ。アレもどす黒くて醜悪な合成獣(キメラ)みたいな姿だったが、目の前にいる奴の方が酷すぎる。統合性のないメチャクチャな身体だ。フリードは元から腐ってるが、フリードを合成獣(キメラ)にした奴も相当狂った思考をしてやがるな。

 

 変化を遂げた眼前の巨躯の生物――フリードだったものは、一切奴の面影を残さない異形の存在だった。

 

 あれは嘗てのフリード・セルゼンじゃねぇ。もう完全に狂ったバケモノだ。

 

「ヒャハハハハハッ! ところで知ってたかい? ディオドラ・アスタロトの趣味をさ。これが素敵にイカレてて聞くだけで胸がドキドキだぜ!」

 

 フリードは突然ディオドラの話をしだした。こんな状況で何を言うつもりだ?

 

「ディオドラの女の趣味さ。あのお坊ちゃん、大した好みでさー、教会に通じた女が好みなんだって! 特にシスターとかがな!」

 

 シスターが好みって……まさかアーシアもか!?

 

「しかも狙う相手は熱心な信者や教会の本部になじみが深い女ときた! ここに来る前にイッセーくんたちが倒してきた眷族悪魔の女達は元信者ばかりなんだよ! ぜーんぶ、元は有名なシスターや各地の聖女さま方なんだぜ! ひゃははは! あの悪魔のお坊ちゃん、マジで良い趣味してるよなぁぁっ! 教会の女を誘惑して堕としてるんだよ! 熱心な聖女さまを言葉巧みに超絶うまいことやって堕とすんだからさ! まさに悪魔の囁きだ!」

 

「おい待て! じゃあ、あの野郎がアーシアに傷の治療をさせたのは――」

 

 俺が言ってる最中、フリードは嘲笑をあげる。

 

「せいか~い! アーシアちゃんが教会から追放されるシナリオはディオドラ・アスタロトが仕組んだんだよ~。シナリオはこうだ。ある日、シスターを堕とすのが大好きな悪魔のお坊ちゃんは、チョー好みの美少女聖女さまを見つけました。会ったその日からエッチがしたくてしたくてたまりません。でも、教会から連れ出すにはちょいと難しいと判断して、他の方法で彼女を自分のものにする作戦に変更しました」

 

 ……おい、待てよ。まさか、アーシアは――

 

「聖女さまはとてもとてもお優しい娘さんです。『あの聖女さまは悪魔をも治す神器(セイクリッド・ギア)を持っているぞ』と神器(セイクリッド・ギア)に詳しいものからアドバイスをもらいました。それを聞いた坊ちゃんは作戦を立てました。『態とケガした僕を治すところを他の聖職者に見付かれば追放確実☆』とな! 多少傷痕が残っても、エッチできりゃ問題無し! それがお坊ちゃんの生きる道!」

 

 アイツはベラベラと話してるが、俺は脳内で、笑顔で『彼を救った事を後悔してない』と笑顔で言ったアーシアを思い出していた。

 

 なんだよ、それは。ふざんけんな、ふざけんなよ……。

 

 怒りが沸々と湧き上がる俺を余所に、フリードはトドメとばかりに言った。

 

「信じていた教会から追放され、神を信じられなくなって人生を狂わされたら、簡単に僕のもとに来るだろう――ってな! ヒャハハハ! 聖女さまの苦しみも坊ちゃんからすれば最高のスパイスなのさ! 最底辺まで堕ちたところを救い上げて、犯す! 心身ともに犯す! それが坊ちゃんの最高最大のお楽しみでした! 以上! ディオドラ・アスタロトくんの作戦でした! めでたしめでたし! ヒャハハハハッ!!」

 

 

 ドゥンッッッッッ!!!

 

 

 聞くに堪えなくなった俺はもう我慢の限界が訪れ、即行で龍帝拳を解放させた。

 

 ディオドラは初めからぶっ飛ばす予定だが、コイツもぶっ飛ばさねぇと今の俺の怒りを抑える事が出来ねぇ!

 

「おうおう、なんつーオーラだよ。流石はあのバケモノ兄さん――クソッタレ神の弟くんだなぁ、クソ人間!」

 

 俺が解放した闘気(オーラ)を見てもフリードは退く気がないどころか、寧ろ俺と戦う気満々のようだ。

 

 おいフリードよぉ、今の俺はテメェを楽には――

 

「待つんだ、イッセーくん」

 

 俺が一歩前へ出ようとしてると、祐斗が俺の肩を掴んできた。

 

「放せ、俺は――」

 

「キミの気持ちは僕も痛いほど分かるよ。だが、その想いをぶつけるのはディオドラまで取っておいたほうがいい。アレの相手は僕一人で充分だ。今すぐにあの汚い口を止めてくるから、少し待っててくれ」

 

 祐斗の顔を見た俺は即座に怒りが静まった。コイツの瞳から怒りと憎悪に満ちていたからだ。

 

 俺が足を止めたのを確認した祐斗は、迫力のある歩みで俺の横を通り過ぎていく。

 

 湧き上がっていた俺の怒りが静まるほど、祐斗の全身から放たれるオーラは余りにも鋭く尖った殺意に包まれていた。

 

 そして祐斗はフリードだったモノの前に立ち、手元に聖魔剣を一振り創りだす。

 

「やあやあやあ! てめえはあの時俺をぶった斬りやがった腐れないとさんじゃあ~りませんかぁぁっっ! クソ人間を殺す前に、その顔をグチャグチャにしてやるからよぉぉぉっ!」

 

 祐斗は剣を構えると冷淡な声で言う。

 

「この前、リューセー先輩からの修行と同時に面白い技を教えてもらってね。折角だからキミで試させてもらうよ」

 

「はぁ!? 俺を実験台扱いたぁ、調子くれてんじゃねぇぇぇぇぇぞぉぉぉぉっ!」

 

 憤怒の形相となったフリードは全身から悍ましい刃を幾重にも生やして祐斗に突進する。

 

 だが、祐斗は慌てる様子を見せる事無く剣を水平に構え――

 

 

 フッ!

 

 

 祐斗が視界から消え――

 

 

 バッ!

 

 

 フリードの後ろの数メートル先に現れた。

 

「ヒャハハハハ! おいおい、色男さんよぉ? 何通り過ぎてんだぁ!? ひょっとして怒りの余りにミスりでもしたかぁ?」

 

「先に言っておく。その場から足を動かした瞬間、キミはバラバラになるよ」

 

「あぁ? 何カッコつけたこと抜かしてんだよぉぉおおおおっっ!」

 

 祐斗の宣言を無視するようにフリードが走り出そうとした瞬間――

 

 

 ボトボトボトッ!

 

 

「……あれぇ? 俺、何でバラバラに……?」

 

 突然、フリードの体の線が入った直後、血を噴出しながら全身バラバラにとなって地面に転がった。

 

 とんでもねぇスピードだな。祐斗がフリードを通る直前、凄まじい速度で奴の両腕両脚、そして首を剣で斬りやがった。余りの早さに奴は斬られた事に全く気付いてなく、身体を動かした事で漸く理解してバラバラになった。

 

 それに祐斗が使ったあの技は――

 

「リューセー先輩直伝の技――(しゅん)(れん)(ざん)。文字通りの技だけど、先輩の技を使う事が出来て嬉しく思うよ。嘗て剣を使っていた頃のキミなら即座に反応してたかもしれないが、バケモノに成り下がった今のキミでは斬られてた事すら気付かなかったようだね」

 

「……んだよ、それ。あまりにも強すぎんだろ……」

 

 首を斬られているにも拘らず、フリードはまだ生きていた。首だけになっても喋れるのは、見てて不気味だな。

 

「……ひひひ。ま、おまえら程度じゃ、ディオドラの計画も裏にいる奴等も倒せないさ。何より神滅具(ロンギヌス)所持者の本当の恐ろしさをまだ知らねぇんだからよ……。ひゃはは、精々束の間の優越感を――」

 

 

 ズンッ!

 

 

 頭部だけで笑っていたフリードに祐斗は容赦なく剣を突きたて、絶命させた。その後に聖魔剣に着いた血を空で払う。

 

「――その耳障りな台詞は、地獄にいる死神相手に吼えてくれ」

 

 中々カッコイイ決め台詞をいうじゃねぇかあのイケメンはよぉ!

 

 ……ちくしょう! 男の俺でも祐斗をカッコイイって思っちまった!

 

 本当は俺も戦うつもりだったのに、またしても見せ場がなかった。朱乃さんと部長と同様、ディオドラと戦う予定の俺に気を遣って体力温存させたってか?

 

 それにしてもフリード……。余りにも惨めな最後だったな。

 

 もしテメェがもっと早く兄貴に会ってたら、その腐った根性を徹底的に叩き直されていただろうに……。

 

 ま、今はそんな事を考えている暇は無い。アーシア救出が先だ!

 

「行こう、皆!」

 

 祐斗の掛け声に俺達は頷き合い、ディオドラの待つ最後の神殿へ走り出した。

 

 ディオドラ、俺はもうテメェが泣いて謝っても絶対に許させねぇからな!



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三十五話

久しぶりに長く書きました。


「神に手を出そうとする悪魔は、我ら天使が許さん!」

 

「我らの父上には指一本触れさせないぞ!」

 

「旧魔王派に属する愚かな悪魔たちよ! 裁きの槍を受けるがいい!」

 

「………お前等、張り切り過ぎだ。少しは俺もやらせてくれ」

 

 俺――兵藤隆誠はレーティングゲームのバトルフィールドで旧魔王派の悪魔共を片付けていた。最初は一人で大量の悪魔達を相手していたんだが、俺がここにいる事を知った天使勢の大半がやってきたんだよな。『神よ、私達がお守りします!』と言って守ろうとし、更には代わりに撃退していた。

 

 多分だけど、聖書の神(わたし)に良いところを見せようと天使(こども)達が躍起になってるかもしれない。再び甦った聖書の神(わたし)の力になりたいと。

 

 まぁ確かに今の天使(こども)達は嘗ての頃と違って強くなってるよ。旧魔王派の悪魔共は天使(こども)達の勢いに圧されてるから、全滅となるのは時間の問題だろう。

 

天使(こども)達よ、私は一旦此処を離れる。残りの敵はお前達に任せるぞ」

 

『はっ!』

 

 これ以上は俺が此処にいても戦う機会がないと思い、後は天使達に任せようと持ち場を離れた。

 

「さて……」

 

 天使達に任せた俺は宙を飛んで、ある場所へ向かっていた。そこにはアザゼルの他にもう一人いる。

 

 ソイツは腰まである黒髪の小柄な美少女だ。黒いワンピースを身につけ、細い四肢を覗かせている。

 

 端整な顔付きをした少女は俺の接近に気付いたのか、アザゼルと一緒にコッチを見てきた。

 

「よう、久しぶり。この前の食事以来だな」

 

 俺が友人みたいな挨拶をすると――

 

「聖書の神。また会えた」

 

 旧魔王派を含めた『禍の団(カオス・ブリゲード)』のトップ――『無限の竜神(ウロボロス・ドラゴン)』オーフィスも挨拶を返す。

 

「アザゼルはどうして此処へ?」

 

「ファーブニルを宿した宝玉が反応してな。大きく反応していた此処へ来たら、オーフィスがいたんだよ」

 

「成程」

 

 確かアザゼルが持ってる宝玉は人工的に作り出した神器(セイクリッド・ギア)だったな。今更だけど、アザゼルには恐れ入る。嘗ては聖書の神(わたし)だけしか造る事の出来ない神器(セイクリッド・ギア)を独自の理論と製法で造ったんだからな。

 

「しっかしリューセーよぉ、コイツの容姿が美少女だったなんて聞いてないぞ。俺はてっきり前に会ったジジイの姿だと思ってたんだが」

 

「悪い悪い。教えるのをすっかり忘れてた。尤も、コイツにとって姿なんてものは飾りに過ぎないから、教えても大して意味はないと思うが?」

 

「……まぁ、確かにな」

 

 俺とアザゼルが会話してる中、オーフィスはジッとコチラヘ視線を向けている。主に俺の方を。

 

「オーフィス、お前が此処へ来た理由は何だ?」

 

「見学。ただ、それだけ。だけど、聖書の神がいるなら――」

 

「言っておくが前と同じく『禍の団(カオス・ブリゲード)』に入る気は無いからな」

 

「……我、凄く残念」

 

 断られる事にオーフィスが少し悲しい顔をする。いくらそんな顔したって絶対に入らないからな。

 

「高見の見物ついでにリューセーを勧誘ね……。それにしてもボスがひょっこり現れるなんてな。ここで俺たちがおまえを倒せば世界は平和か?」

 

 アザゼルは苦笑しながら光の槍の矛先を突きつけるが、オーフィスは首を横に振った。

 

「無理。アザゼルや聖書の神では我を倒せない。たとえ聖書の神が本来の力を取り戻しても」

 

 そうだよねぇ。いくら聖書の神(わたし)でも能力(ちから)を暴走せずに制御出来るようになったとは言え、それだけでオーフィスに勝つ事なんか無理だ。それは嘗て天界のトップだった頃の聖書の神(わたし)でも無理だったし。

 

「では、三人ではどうだろうか?」

 

 羽ばたきながら、舞い降りてきたのは巨大なドラゴンだった!

 

「タンニーン!」

 

 アザゼルの言うとおり、来たのは元龍王のタンニーンだ。

 

 彼もゲームフィールドの旧魔王派一掃作戦に参加していた筈だが、どうやら一仕事を終えて此処へ向かってきたようだ。

 

「折角、若手悪魔が未来をかけて戦場に赴いているというのにな。貴様が茶々を入れるというのが気に入らん! あれほど、世界に興味を示さなかった貴様が今頃テロリストの親玉だと!? 兵藤隆誠から貴様の目的は聞いたが、それだけとは到底思えないな! それ以外に何が貴様をそうさせたと言うのだ!」

 

 アザゼルもタンニーンの意見に頷いて、更に問い質そうとする。

 

「次元の狭間へ戻って静寂な世界を得たいから――なんて事をリューセーから聞いた時に俺は耳を疑った。今でも信じられねぇよ。それで各地に被害が出た連中からしたら、完全に傍迷惑もいいところだ」

 

 そう、アザゼルの言うとおり、オーフィスが様々な危険分子に力を貸し与えた結果、各勢力に被害をもたらしていた。更には死傷者も日に日に増えているから、もう無視出来ないレベルとなってしまっている。

 

 普通に考えて、たったそれだけで動くのは余りにも馬鹿げている。アザゼルやタンニーンが疑うのは当然だ。

 

 しかし――

 

「――我に他の理由なんてない。静寂な世界」

 

 オーフィスは俺が以前に聞いたたった一つの理由をそのまま答えた。

 

「………は?」

 

 アザゼルは何を言ったのか理解出来なかったのか、再び問い返す。オーフィスは真っ直ぐとこちらを見つめて再度理由を言う。

 

「故郷である次元の狭間に戻り、静寂を得たい。ただそれだけ」

 

「………ほ、本当にリューセーの言うとおり、それだけの理由なのかよ」

 

「これで信じてもらえたか、アザゼル?」

 

 当初、俺が三大勢力のみにオーフィスの目的を話したんだが、如何せん全員に全く信じてもらえなかった。もしかしたらオーフィスが俺に嘘を吐いているんじゃないかと。

 

 ま、本人の口から聞いたアザゼルは、これで俺が話した事は嘘じゃないって事が分かってくれたようだ。

 

「……まさかマジでホームシックだったのかよ。まぁ、あそこには確か――」

 

 信じてもらえたアザゼルが言おうとしてると、オーフィスは頷く。

 

「そう、グレートレッドがいる」

 

 オーフィスの言うとおり、現在の次元の狭間はグレートレッドが支配している。

 

 そして、オーフィスはグレートレッドを追い出すのを条件として、旧魔王派や他の勢力の危険分子に力を与えているって訳だ。

 

 アザゼルは何か考えている様子だったが、突然オーフィスの横に魔法陣が出現し、何者かが転移してくる。

 

 そこに現れたのは貴族服を着た一人の男性悪魔だ。

 

 そいつはアザゼルに一礼し、不敵に笑んだ。

 

「お初にお目にかかる。俺は真のアスモデウスの血を引く者。クルゼレイ・アスモデウス。『禍の団(カオス・ブリゲード)』真なる魔王派として、堕天使の総督である貴殿に決闘を申し込む」

 

 ……どうやら首謀者の一人が現れたようだな。

 

「やっと出てきたか、旧魔王派のアスモデウス」

 

 現魔王のファルビウムとは違って真面目そうだねぇと思いきや――

 

 

 ドンッ!

 

 

 俺の呟きに反応してか、クルゼレイは全身から魔力を迸らせた。随分と色がドス黒いな。どうやらコイツもオーフィスの力を得たようだな。

 

「そこの堕神! 俺は真なる魔王の血族だ! 旧ではない! 貴様はカテレア・レヴィアタンの敵討ちをした後、嬲り殺しにしてくれる!」

 

 ひょっとしてコイツ、カテレアの恋人だったのか? ま、俺にはどうでも良いことだ。

 

 それよりも、旧魔王派の連中は揃いも揃って俺の事を『堕神』呼ばわりするんだな。どうせ人間に転生した俺に対しての(べっ)(しょう)だと思うが、よくもまぁ人の目の前で堂々と言えるもんだ。俺はそこまで怒っちゃいないが、天使達が聞いたら絶対にブチ切れると思うぞ。特にセラフのミカエルやガブリエルとか。

 

「いいぜ。リューセーにタンニーン、どうする?」

 

「先にアザゼルからどうぞ。まぁ、向こうから手を出してきたら話は別になるが」

 

「俺はサシの勝負に手を出すほど無粋ではない。オーフィスの監視でもさせてもらおうか」

 

 タンニーンって本当にドラゴンとは思えないほど根っからの武人だな。ま、こういう所があってイッセーは彼を尊敬してるからな。

 

「頼む、タンニーン。さて、混沌としてきたが、俺の教え子どもやイッセーは無事にディオドラのもとに辿り着いてる頃かな、リューセー?」

 

「だろうな。ま、その後は俺の弟――イッセーがディオドラを徹底的にぶちのめしてる筈だ」

 

 アザゼルや俺の台詞に、オーフィスはそれを聞いて、首を横に振る。

 

「ディオドラ・アスタロトにも我の蛇を渡した。あれを飲めば力が増大する。いくら聖書の神の弟でも、倒すのは容易ではない」

 

「「ハハハハハハハハハッ!」」

 

 アザゼルだけじゃなく俺もオーフィスの言葉に爆笑した。どうやら何も分かってないようだな、オーフィス!

 

「なぜ、二人して笑う?」

 

「蛇か。そりゃ、結構だ。だが、残念な事にそれじゃ無理だな。イッセーが相手なら尚更無理だ」

 

「全くだ。そんな物を使ったところで、俺の弟があんなザコに負けるわけないだろうが」

 

「なぜ? 我が蛇、飲めばたちまち強大な力を得られる」

 

「それでも無理だ。先日のゲームじゃ、力を完全に発揮出来なかったがな」

 

「アレが(イッセー)の全力だと思っているなら大間違いだぞ、オーフィス」

 

 まさか悪魔のお偉方によって命じられたハンデのお陰で、オーフィスや旧魔王派の連中がイッセーをザコ扱いしていたとはな。

 

 イッセーは聖書の神(わたし)が十年以上も鍛え、今も修行を続けている。聖書の神(わたし)の修行が如何なるものか、ディオドラは身をもって知る筈だ。

 

 更には冥界で元龍王のタンニーンとの修行もさせた。未だに現役の伝説ドラゴンが、人間のイッセー相手に強烈な一撃を喰らって地に付けさせられたんだぞ。イッセーが赤龍帝かつ人間とは言え、若手悪魔の眷族がそんな事をしたら表彰ものだ。

 

 そしてアザゼルはオーフィスに言いたい事を終えたのか、あの人口神器(セイクリッド・ギア)の短剣を構えた。 

 

「さて、ファーブニル。付き合ってもらうぜ。相手はクルゼレイ・アスモデウス! いくぜ、禁手化(バランス・ブレイク)ッッ!」

 

 次の瞬間、アザゼルは黄金の全身鎧(プレート・アーマー)に包まれていた。

 

 初めて見たが凄いな。人口神器(セイクリッド・ギア)を作っただけじゃなく、禁手(バランス・ブレイカー)まで使用出来るとは。

 

 しかし、聖書の神(わたし)が今見たところ、アレはまだ不完全だ。使用者のアザゼルが使いこなせてるとはいえ、神器(セイクリッド・ギア)自体に禁手(バランス・ブレイカー)の力を完全に耐えられない感じがする。宝玉の方もまだまだ安定した状態とは言えない。それでも凄い事に変わりはないがな。

 

 今度詳しく見せてもらおうと思った直後、いきなり乱入する転移用魔法陣があった。

 

 それは見覚えのある紋様だ。輝く魔法陣から現れたのは、我が同志であり紅髪の魔王――サーゼクス・ルシファーだ。

 

「おいサーゼクス、何で出てきた?」

 

 俺の問いに彼は目を細める。

 

「今回は結果的に妹やキミの家族を我々大人の政治に巻き込んでしまった。私も前へ出てこなければな。いつもリューセーくんやアザゼルばかりに任せていては悪いと感じていた。――だからクルゼレイを説得したい。これぐらいしなければ妹やキミの家族に顔向けできそうにないんでね」

 

 全く、この同志ときたら……。

 

「……悪魔で魔王なのに、お人好しだな。けど、向こうが応じてくれるとは思えないが」

 

「リューセーの言うとおりだ、サーゼクス。ハッキリ言って無駄になるぞ?」

 

「それでも現悪魔の王として直接訊きたかった」

 

 アザゼルは呆れつつも、構えていた槍を一度引いた。

 

 サーゼクスを視認した直後、クルゼレイの表情が憤怒と化す。

 

「――この忌々しき偽りの存在がッ! 直接現れてくれるとはッ! 貴様が、貴様らさえいなければ、我々は……ッ!」

 

 予想通りと言うか、聞く耳持たない様子だ。まぁ旧魔王派の連中からすれば、サーゼクスや他の現魔王達は最大級に忌むべき存在だからな。

 

 だが、それでもサーゼクスは説得をしようとする。

 

「クルゼレイ。矛を下げてはくれないだろうか? いまなら話し合いの道も――」

 

 旧魔王派の幹部達と会談の席を設けたい、ファルビウムとも話して欲しいと言うサーゼクスだが、クルゼレイは更に激昂する。

 

「堕天使どころか、天使とも通じた貴様に悪魔を語る資格などないのだ! 益してや、そこの低俗な堕神と手を取り合うなど言語道断だ!」

 

 さっきから人の事を堕神堕神って五月蝿い奴だな。確かに自覚はしてるけど、いくら我慢強くなった俺も流石に何度も言われると腹が立ってくる……!

 

 内心怒りを込み上げてると、アザゼルは嘆息してクルゼレイに言う。

 

「『禍の団(カオス・ブリゲード)』なんて言う、仲良しクラブを作った連中が何言ってるんだか。テメエ等が聖書の神(おやじ)の事を批判出来る立場じゃないだろうが」

 

 全く持ってその通りだと俺が頷いてると、クルゼレイは口の端を吊り上げる。

 

「我々は手を取り合っている訳ではない。利用しているのだ。忌まわしい天使と堕天使、そして下等な人間共は我々悪魔が利用するだけの存在でしかない。相互理解? 和平? 悪魔以外の存在はいずれ滅ぼすべきなのだ! その為にオーフィスの力を利用する事で俺たちは世界を滅ぼし、新たな悪魔の世界を創りだす! その為には貴様等偽りの魔王どもや堕神が邪魔なのだ!」

 

 あ~あ、ダメだこりゃ。アイツの発想はゲームでよく見るザコのボスキャラとソックリだ。しかも後先の事を全く考えていない超が付くほどの大バカだ。純血種悪魔の存在自体が危うい状況だって言うのに、本当に何考えているんだよ。

 

 あんなバカな奴より、サーゼクスを含めた現四大魔王の方が王としてやっているよ。

 

 どうして旧魔王派の連中って、こうも自滅の道へ向かおうとするんだか。

 

 だから現魔王派は旧魔王派のやる事を阻止しようと、辺境の地へ追いやったんだよな。俺から言わせれば自業自得なんだが、旧魔王派からすれば理不尽な扱いだと思ってるだろうし。

 

 サーゼクスは寂しげな目で呟く。

 

「クルゼレイ。私は悪魔と言う種を守りたいだけだ。種の繁栄の為に、いまの冥界に戦争は必要ないのだ」

 

「甘いッ! 何よりも稚拙な理由だ! ルシファーと呼ばれる貴様が滅びの力を持っていながら、なぜ堕天使や堕神に振舞わない!? やはり貴様は魔王を名乗る資格などないッ!」

 

 これが現魔王と旧魔王の子孫の最後の話し合いとなってしまった。

 

「サーゼクス、もう止めておけ。これ以上、こんな身勝手な連中の為にお前が身を削ってまで交渉する必要はない。バカは死ななきゃ治らないって諺はあるが、アイツ等の場合は死んでも治らないからな」

 

 交渉を止めるよう言ってると――

 

「貴様如きが我らを愚弄するかッ!? 下等な人間如きに現を抜かす堕神風情がッ!」

 

 クルゼレイは俺の台詞が気に障ったのか、今度はこっちに狙いを定めてきた。

 

「その蔑称はもう聞き飽きたよ。確かに嘗ての聖書の神(わたし)を知ってるお前たち悪魔から見れば、今の兵藤隆誠(おれ)は人間に現を抜かしてる愚かな元神だ。周囲から『堕神』と呼ばれてもおかしくはない。嘗て全盛期だった頃の能力(ちから)は使えない半端者だからな。だがその代わり、守るべき大切な人や家族が出来た今の自分も気に入っている。その者たちを守る為なら、俺は嘗ての聖書の神(わたし)より強くなる」

 

「大切な人? 守るべき家族? ………下らんッ! やはり貴様は堕神だ! 最早、貴様のような堕神は生きている価値すらない! 予定変更だ! 堕天使や偽りの魔王を始末する前に貴様から片付けてやる!」

 

 俺を片付ける、か。どうやらさっきの台詞が相当気に入らなかったようだ。

 

 ま、別に俺が戦わずとも、後はアザゼルかサーゼクスが――

 

「そうだな、これも先に言っておくとしよう。貴様を片付けた後、貴様と関わった全ての人間共を皆殺しにする」

 

 ―――今なんて言った? 俺に関わった人間を全て殺す、だと?

 

「特に、貴様のような堕神を育てた原因を作った家族は、生身のまま冥府へ送り永遠の責苦を受けてもらう。自分たちがどれだけ愚かな真似をしたのかを教える為にな」

 

 好き勝手ほざいているクルゼレイが調子に乗るように言ってきた。

 

 俺の大事な家族を……生身のまま冥府へ送る? 永遠の責苦を受ける? 両親が愚かな真似をしただと?

 

 何勝手な事をほざいていやがるんだ、あの野郎は……!

 

「クルゼレイ! 貴殿は何を口にしてるのかを分かっているのか!?」

 

「おいおい、ここで聖書の神(おやじ)を怒らせたら――」

 

 サーゼクスとアザゼルが何か言っていたが――

 

 

 ブチッ! ゴウッッッッッッ!!!!

 

 

『ッ!』

 

 頭の中で何かがキレた俺は気にせず全身から光のオーラを発して真の姿――聖書の神(わたし)となった。

 

 オーフィスを除いたこの場にいる全員が、私の姿を見て驚愕を露にする。

 

 フ、フフフ……ハハハハハ。まさか、この聖書の神(わたし)ともあろう者が、クルゼレイの台詞を聞いた瞬間にブチ切れるとは。これじゃイッセーの事をああだこうだと言えないな。

 

 人間に転生してから初めてだよ。ここまで自分の怒りが抑えられなくなるなんてな!

 

 そして俺はアザゼルとサーゼクスにこう言う。

 

「アザゼル、すまないがここは私にやらせてくれ。サーゼクス、勝手ながら交渉は終わりにさせてもらうぞ」

 

「あ、ああ、分かった。聖書の神(おやじ)に任せる」

 

 アザゼルは恐れるように俺から離れる。

 

 サーゼクスは天を仰ぎ瞑目するが、次に目を開けたとき……その瞳には背筋が凍るほど冷たいものとなって、私にこう言う。

 

「……聖書の神よ、三大勢力の協力者である貴殿に私は魔王――サーゼクス・ルシファーとして依頼する。目の前にいるクルゼレイ――冥界に敵対する者を排除して頂きたい」

 

「受諾した。これより魔王サーゼクス・ルシファーの依頼を実行する。覚悟しろ、クルゼレイ」

 

「この堕神風情が! サーゼクスを魔王と呼ぶなッ!」

 

 サーゼクスも下がり、前に出た私にクルゼレイが巨大な魔力を両手から掃射する。私は動じず、ただ黙って全身から発してるオーラで全て防いだ。

 

「ばかな! 全て防いだだと!?」

 

「……いま、何かしたか?」

 

 驚くクルゼレイを余所に、私は呆れたように質問する。

 

 だがアイツは聞いてなかったのか、不快そうな顔でこう言ってきた。

 

「いい気になるなよ、堕神。まさか本気でこの新なる魔王である俺を倒せるつもりじゃないだろうな?」

 

「倒せるから、こうして前に出ているんだよ」

 

「っ! ……ふん。大きく出たな」

 

 私の台詞が意外だったのか、クルゼレイは虚を突かれたような顔をしたが、すぐさま苦笑した。

 

「では見せてやるぞ。このクルゼレイ・アスモデウスの、恐ろしい真の力を……!」

 

 そう言ってクルゼレイは全身から禍々しい魔力を放出し――

 

「かああああああああ………!!」

 

 

 グゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!

 

 

 オーフィスの蛇によって力が増大しているのか、先程までとは桁違いの魔力の暴風が吹き溢れた。

 

「はあっ!!」

 

 

 ドンッッ!!

 

 

「ふぅ~~………」

 

 そして真の力を解放したクルゼレイ・アスモデウス、荒ぶる心を落ち着かせるように深呼吸をする。

 

「どうだ? これが本気になった俺だ」

 

「……それがどうした?」

 

 クルゼレイは得意気な顔で言うも、私は大して動じることなく呆れた感じで問う。

 

「どうやら力の差があり過ぎる所為で、頭がおかしくなったようだな。ならば……死ねぇ!」

 

 

 ギュオッ! バキィッッ!!

 

 

 一瞬で懐にまで接近したクルゼレイが、渾身の一撃を込めた拳を私の頬に当てた。

 

「おいおい、マジかよ……」

 

「まさか聖書の神に一撃を当てるとは……」

 

 攻撃された事に少し仰け反る私を見た事に、アザゼル達から少し驚きの声を発している。

 

「ふっ……」

 

 それを聞いたクルゼレイは笑みを浮かべるが――

 

「何だ今のは? パンチのつもりか?」

 

「な……」

 

 俺が全く効いてないような顔をして問う事に少し目を見開いて固まっていた。

 

「ちぃ……!」

 

 すぐにまた攻撃しようとするクルゼレイだが――

 

「ふんっ!」

 

 

 ズドンッ!!!

 

 

「がっ!」

 

 私は一瞬でクルゼレイの腹部に光のオーラを纏わせた拳を捻り込む感じで当てた。

 

「あ、ああ……が……ぐぅ……!」

 

 攻撃を受けたクルゼレイはヨロヨロと私から離れながら、腹部を両手で押さえている。

 

「ぐ……こ、この……!」

 

「そらぁっ!」

 

 

 ドゴォッッ!!!

 

 

「ぶっ!」

 

 クルゼレイが反撃を仕掛ける前に、私は奴の顎に強烈なアッパーをお見舞いさせた。

 

 かなり効いたのか、クルゼレイは少し吹っ飛んで何とか空を飛ぶのを維持する。ついでに奴の口から血を吐いていた。

 

「ば……バカな……!」

 

 全く信じられないと言ったように呟くクルゼレイ。

 

「な、何故この俺が、あ、あんな堕神如きの攻撃なんかで……これほどの、ダメージを……!?」

 

 現実を直視したくないのか、奴はまるで理解出来ないように言っている。

 

 認めたくないんだろうな。自分と私が隠していた実力に差があり過ぎた事を。

 

「やれやれ。真なる魔王サマが現実逃避とはな。そこのところはどうよ、サーゼクス?」

 

「……さてな。今の私は魔王として、彼を冥界に敵対する者としか見ていない」

 

「ふんっ。魔王と名乗る以前に、同じ悪魔として情けなく見えるな」

 

 後方にいるアザゼル、サーゼクス、そしてタンニーンはそれぞれ思った事を口にしている。三人が共通しているのは、クルゼレイに対して物凄く呆れている事だ。

 

「お、おのれ……! こんな、こんな事が……あってたまるか……!」

 

 クルゼレイがすぐに全身から魔力を解放しようとすると――

 

「な、何だ……!? 魔力が出せなく、身体も動かない……!」

 

「もう全身に回ったのか? 思っていた以上に早かったな」

 

「っ!?」

 

 途端に動きが止まった。俺の台詞を聞いたクルゼレイが即座に反応する。

 

「き、貴様、俺に何をした……!?」

 

「先程の一撃、腹部に当てた拳に私の光のオーラをお前の体の中に注ぎ込んでやった。それも大量にな」

 

「んなっ……」

 

 自分の身体に光のオーラを注ぎ込まれた事に目を見開くクルゼレイ。

 

 以前に兵藤隆誠(おれ)が祐斗に光のオーラを注ぎ込んで動けなくした時と同じやつだ。あの時は最小限のオーラですませたが、今回クルゼレイには必要以上に注ぎ込んでやったよ。

 

聖書の神(わたし)の光は特別で、並みの悪魔が大量に喰らったら二度と回復出来なくなる。例え『フェニックスの涙』を使ってもな。更には今のお前のように魔力が使えなく、身体から途轍もない倦怠感に襲われて動けなくなる。理解したか、クルゼレイ? お前は今、絶体絶命の苦境に追い込まれてるって事を」

 

「ふ、ふざけるな……! こんな堕神の光如きに、俺は……!」

 

 必死に身体を動かそうとするクルゼレイだが、それでもまともに動ける状態でないのは一目瞭然だった。

 

 私や後方にいるアザゼル達から見れば悪足掻きの行動にしか見えない。だが、今の私にはそんな事はどうでもよかった。クルゼレイが何をしようが、始末するのに変わりはない。

 

 折角だ。ここはいっそ、クルゼレイには実験台になってもらおうか。この前に冥界で修行した時に編み出した私の技を。

 

 そう思った私は、胸の前で両手の五指の指先同士を合わせた。すると――

 

 

 ブゥゥゥン……グオッ!!

 

 

『ッ!!』

 

「……綺麗。我、あの光、好き」

 

 両手の中から極限にまで凝縮された光の塊が出てきた。それからは余りにも純白な輝かしい光を放っている。驚いているクルゼレイの他に、後方のアザゼル達からも驚きの声が聞こえた。オーフィスだけは相変わらず無表情で、ポツリポツリと呟いていたが。

 

「あ、あ……」

 

 私の両手の中にある光を見てる所為か、クルゼレイはまるで魅入るように動きを止めていた。

 

「くたばれ、クルゼレイ。そして受けよ。私の光を凝縮された技――『(しゅう)(まつ)光弾(こうだん)』をな!」

 

「サーゼクス! タンニーン! 今すぐ逃げろ! アレはマジでヤバイ!!」

 

 両手から凝縮された光の玉――終末光弾を放つと、後方にいたアザゼルはサーゼクス達を連れて全速力で離れた。

 

 そして高速で前進していく終末光弾はクルゼレイに向かっていくが――

 

「ぎっ! ぐぐっ……! こ、こんなもの……!」

 

 奴は最後の力を振り絞るように両手で受け止めた。だが終末光弾の勢いは止まらなく、前へ前へ進もうとする。

 

 すると、クルゼレイの両手が段々消えていく。もとい、消滅していくと言うのが正しいだろう。

 

 あの光の塊は、私の能力(ちから)の一つ――『終末の光』を極限に凝縮されたものだ。そんな物に触れてしまえば、触れた手なんかあっと言う間に消滅する。

 

 因みにあの技はドラグ・ソボールのナメクジ星人『ピッコル』が使った大技――『撃滅光弾』と似た技だ。

 

 兵藤隆誠(おれ)はピッコルの技が好きだから、前の修行の時にあの技をオーラの代わりに『終末の光』でアレンジした結果、途轍もなく恐ろしい技となってしまった。我ながらとんでもない技を思いついたよ。

 

 そう思ってると、クルゼレイの身体の殆どが消滅し、もう首だけしか残っていなかった。更には終末光弾が動きを止めて、爆発しそうな程に膨れ上がっていく。 

 

「……な、何故だ……? 真なる魔王の俺が、あんな、あんな堕神に負けなければならないんだ……!?」

 

 クルゼレイが無念の涙を流して言った直後――

 

 

 ズオッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!

 

 

 維持する限界を超えた終末光弾が凄まじい光が発すると同時に爆発と爆風も発生。それによって私の前方は純白な光によって埋め尽くされた。




サーゼクスの代わりにリューセーがクルゼレイを倒しました。


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三十六話

 部長達と一緒に俺――兵藤一誠が辿り着いたのは最深部にある神殿だった。その内部に入っていくと、前方に巨大な装置らしきものが姿を現す。

 

 壁に埋め込まれた巨大な円形の装置で、あちらこちらに宝玉が埋め込まれ、怪しげな紋様と文字で刻まれていた。

 

 何だアレは? 見るからに作動して、何らかの役割があると思うんだが……。何か嫌な予感がするから、後でぶちのめす予定であるディオドラに吐かせるか。

 

 すると、俺は装置の中央を見て――

 

「アーシアァァァアアアアアアッ!」

 

 磔にされているアーシアを見て叫んだ。見た感じ、外傷はない。衣類も破れた様子もなく、オーラも人間のまま。兄貴が渡された腕輪のお陰で、何のケガとかはないようだ。

 

「やっと来たんだね」

 

 装置の横から姿を現したのはディオドラ・アスタロトだった。あのいけ好かない笑みが俺の怒りを更に高めてくれるぜ!

 

 俺は即座に二十倍龍帝拳を使える準備をしていた。もし発動した瞬間、俺はディオドラの顔をぶん殴る! 全力で! 全速で! あの野郎の顔面を絶対にぶち抜いてやるつもりだ!

 

「……イッセーさん?」

 

 俺の声を聞いたアーシアがこちらへ顔を向けた。

 

 彼女の顔を見ると……目元が腫れあがっている。

 

 泣いていたのが分かった。それも尋常じゃない量の涙を流したと思えるほど、目が赤くなっている。

 

 それを見た俺は、ある事を思い出した。兄貴が腕輪は悪魔の力を防ぐと言っていたが、それはあくまで肉体を守る為だ。と言う事はつまり、それ以外の事をされても発動しないと言う嫌な結論に至った。

 

「……おいディオドラ、テメェ、アーシアに事の顛末を話したのか?」

 

 ついさっき、死んだフリードが語った事を。

 

 あんな最悪な話はアーシアに絶対聞かせてはいけないものだ。

 

 だが、ディオドラは俺の問いににんまりと微笑んできやがった。

 

「うん。全部話したよ。キミたちにも見せたかったな。アーシアが最高の表情になった瞬間を。あまりにも最高で記録映像にも残したんだ? なんなら今すぐ再生しようか? 僕にとって、あの顔は何度見てもたまらない」

 

 クソ野郎の台詞にアーシアがすすり泣き始めていた。

 

 この場に兄貴がいなくて良かったな。もしも兄貴がアーシアが泣いてる理由を聞いた瞬間、即行でテメェに夥しいほどに出現させた光の剣と光の槍で串刺しにしてるんだからよ。

 

「でも、足りないと思うんだ。アーシアにはまだ希望がある。そうキミたちだ。特にそこの薄汚い赤龍帝と、あとここにいないあの堕神だ。キミや堕神がアーシアを救ってしまったせいで、僕の計画は台無しになってしまったよ。堕天使の女――レイナーレが一度アーシアを殺した後、スパイとして送り込んだエリガンに始末させ、僕が登場して駒を与える予定だったんだ。キミたちが乱入して万が一レイナーレに勝ったとしても、エリガンには勝てないと思っていた。そうしたら、キミは赤龍帝で、更には後々になって兵藤隆誠が聖書の神だという。偶然にしては恐ろしすぎる出来事だね。おかげで計画は大分遅れてしまったけれど、やっと僕の手元に帰ってきた。尤も、あの堕神がアーシアに付けた腕輪の所為で眷族に出来なかったけど。だがそれはもう終わりだ。キミを殺せばアーシアはやっと僕のものになる」

 

「黙れよ」

 

 自分でも信じられないほどに低い声を出していた。

 

 あの野郎の魔力を感じていた時から何となく分かっていた。アイツから感じる醜くドス黒い魔力が、とてつもない外道で鬼畜だった事を!

 

 それをあのクソ野郎が、俺や兄貴の前で愛を語っていたとなると腸が煮え繰り返るぜ!

 

 以前にヴァーリが俺を上から目線で舐めた発言をした時以上に――怒りを抑える事なんて出来やしなかった。

 

 俺がもう我慢の限界に達しようとしているにも拘らず、ディオドラは下劣極まりない言動を止めようとしない。

 

「念の為に訊くけど、アーシアはまだ処女だよね? 僕は処女から調教するのが好きなんだ。だから赤龍帝や堕神のお古は嫌だな」

 

 コイツだけは――

 

「あ、でも、赤龍帝や堕神から寝取るのもまた楽しいのかな?」

 

 絶対に徹底的に圧倒的にぶちのめさないと俺の怒りが収まらねぇ!

 

「キミや堕神の名前を呼ぶアーシアを無理矢理抱くのも良いかもしれ――」

 

「いい加減に黙りやがれェェェェェェェェェェェッ!」

 

Dragonicfighter(ドラゴニックファイター) LevelXX(レベル20)! 』

 

 

 ゴウッッッッッ!!!!!!

 

 

 怒りの限界を突破した俺の中で何かが勢いよく弾け飛んだ!

 

「ディオドラァァァァァァァァァァァァッ!! てめえだけは! もう絶対に許さねぇぞぉッ!!」

 

 膨大な赤い闘気(オーラ)に包み込まれ、俺の全身は赤く染まっていく。

 

 初手から二十倍龍帝拳を使うには相応の準備が必要だったが、そんなの必要無く発動できた!

 

「部長、皆、アレは俺が倒しますので絶対に手を出さないで下さい」

 

「元よりそのつもりよ。尤も、いまのあなたを止められそうにもないわ。だから――全力でやりなさい」

 

 最高の一言を発してくれる部長。勿論、そのつもりですよ。

 

「ドライグ、聞いたとおりだ。ここからは俺の好きにさせてもらうぞ」

 

『ああ、構わん。あの小僧にドラゴンの恐ろしさを刻み込んでやれ』

 

 俺の姿を見て、ディオドラは楽しげに高笑いしていた。

 

 奴の全身がドス黒いオーラに包まれていく。

 

「アハハハハハ! すごいね! これが赤龍帝! あの時はやばかったけど、今回は僕もパワーアップしているんだ! このオーフィスからもらった『蛇』でね! あの時と違って、今のキミなんて瞬殺――」

 

 

 バキィッッ! ダァァァァンッッ!!!

 

 

 余裕な笑みを浮かべてるディオドラを見た俺は、超スピードで懐に入ってすぐ思いっきり顔面をぶん殴った!

 

 殴られたディオドラはぶっ飛んで壁に激突して倒れ、口から血を吐いている。

 

「あ、が……な、なぜ……?」

 

 信じられないと言わんばかりに呟いているディオドラ。 

 

「おい、瞬殺がどうした?」

 

 ディオドラは殴られた頬を手で押さえながら、先程のような余裕ある笑みが完全に消失していた。

 

「い、今のはマグレだ! ちょっと油断しただけだ! 僕は上級悪魔だ! 現魔王ベルゼブブの血筋だぞ!」

 

 マグレと言い張るディオドラは手を前に突き出し、魔力の玉を無数展開した。更にはディオドラ自身の両手からも特大の魔力が収束されている。

 

「キミのような下劣で下品な薄汚い人間ごときに気高き血が負ける筈がないんだッ!」

 

 ディオドラの放つ無限に等しい魔力弾の雨が俺に向かってくる。

 

 避ける気なんて更々無い俺はそのままゆっくりと歩き始めた。全身から発してる龍帝拳の闘気(オーラ)により、魔力弾はそれだけで防いでくれる。

 

 何なんだ、この攻撃は? 威力が余りにも弱過ぎるから、手で弾く気すら起きねぇよ。兄貴がぶっ放してくる連続光弾と比べるまでもなく弱すぎだ! ついでにタンニーンのおっさんの炎と比べるまでもねぇ!

 

『そうだ。聖書の神だけでなく、龍王との修行はおまえを相当鍛えこんだ。シトリーとの一戦はその修行を活かしきれなかったが、制限無しならば力を最大に出し切れる。龍帝拳を使った闘気(オーラ)の防御力は、ノーマル状態よりも遥かに高い』

 

 そうだな、ドライグ。匙との勝負では制限付きでパワーを最大限に出せなかったが、今なら違う。

 

『単純なパワー勝負なら、現在の相棒は若手悪魔眷族の中で最高の筈だ』

 

 奴の直前まで迫った時、ディオドラは両手に溜めていた魔力を収束し終えてたようだ。

 

「その両手にある魔力はどうするつもりだ?」

 

「無礼者が! 僕に質問をするな! この……薄汚い人間風情がぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!」

 

 そう言ってディオドラは両手を俺に向けて――

 

 

 ドォォオオオオオオンッッッッッ!!!

 

 

 強力な魔力波が俺に襲い掛かった!

 

 それをモロに直撃した俺はそのまま吹っ飛んで――

 

 

 ドッガァァァァァァァァアアアアアアアンッッッ!!!

 

 

 壁に激突した瞬間、魔力波による凄まじい爆発を受けてしまった。

 

「イッセーさん!?」

 

 アーシアが魔力波を喰らった俺を見た事により、悲痛な声を上げる。

 

「ハ、ハハハ、アハハハハハハハハ!! 思い知ったか、赤龍帝! 僕が本気を出せば、キミなんか瞬殺出来るんだ!」

 

 ディオドラが勝利したと言うように声高に叫んでいる。

 

 そして魔力波の爆発によって発生した煙が霧散すると――

 

「おいおい、今のがテメェの奥の手なのか?」

 

「んなっ!?」

 

 龍帝拳の闘気(オーラ)を放出し、ダメージがなくピンピンしてる俺を見たディオドラが驚愕を露にする。

 

「ば、バカな……! 今のは、僕の全魔力を最大にして撃ったんだぞ! それが何故……ダメージを受けていないんだ!?」

 

「まだ現実を受け入れる事が出来ねぇみたいだな。だったらショックな事実を教えてやるよ」

 

 そう言って俺は部長達がいる方へ指をさす。

 

「あそこに部長、もといリアス・グレモリー様の『騎士(ナイト)』で俺の親友――木場祐斗がいる。アイツは俺ほどのパワーはねぇが、それでも優れた才能と剣技があるから俺並みの実力を持っている。テメェを瞬殺出来るほどの実力をな」

 

「イッセーくん……」

 

 何か祐斗が俺を妙な目で見ているような気がするが、一先ず無視しておこう。

 

「そ、そんな訳がない! 僕があんな転生悪魔なんかに……!」

 

 俺の台詞を聞いたディオドラは信じられないように祐斗を見るが、すぐに首を横に振って思いっきり否定した。

 

 ディオドラの言動に俺は途端に失望するような目で見る。

 

「まだ何か奥の手を隠しているかと思っていたが、どうやら本当にさっきの一撃がお前の全力だったようだな。ガッカリさせやがって……! 余りにも拍子抜けだ。ズルしてるとは言え、オーフィスって奴の力を借りてどんだけ強くなったかと思えば……」

 

 溜まっていた怒りが途端に萎え始める俺はこう言い放つ。

 

「なんかテメェを本気でぶちのめすのが、バカバカしくなってきたぜ……!」

 

「こ、この……! 僕を見下す目で見るな! 薄汚い人間風情が!」

 

 尤も、あのクソ野郎をぶちのめす事に変わりはないがな。

 

 だけど本気でぶっ倒す気が失せたから、俺は即座にさっきまで開放していた龍帝拳を解除した。

 

「っ! い、一体それは何のつもりだ……?」

 

「テメェなんざ龍帝拳どころか赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)を使うまでもねぇ。ノーマル状態のままで充分だ!」

 

「イッセー! あなた、何をやってるの!?」

 

 俺が龍帝拳と赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)を解除したのを見た部長が叱るように言ってくる。

 

 けれど、祐斗が即座に止めようとする。

 

「大丈夫ですよ、部長。イッセーくんはディオドラの実力を把握して、あれで充分だと判断したんです」

 

 解説あんがとよ、祐斗。お前の言うとおり、あのクソ野郎はこのままでも充分に倒せるからな。

 

 祐斗のフォローに感謝しつつ、俺は両手の骨をポキポキと鳴らす。

 

「前に匙にも言ったが、俺が使ってる『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』を使いこなすには、俺自身強くなる必要があった。兄貴――聖書の神の修行は想像を絶するほどの激痛だったよ。何度も死に掛けた上に、三途の川を渡りかけたからな。その時の修行に比べりゃ、テメェの攻撃なんか屁みたいなもんだ」

 

「~~~~っ! どこまでもふざけた事を! その思い上がりを今すぐに消してやる!」

 

 完全に頭に来たと思われるディオドラは再び全身から魔力を発した。

 

 やっぱ思ったとおり、アイツがオーフィスの力を得ても今の俺でも充分に倒せるわ。

 

「はぁっ……。この際だから、テメェの敗因を教えておいてやるよ」

 

「なっ、は、敗因、だと……?」

 

 予想外だったのか、ディオドラは虚を疲れたように鸚鵡返しをする。

 

「確かにテメェは俺みたいな才能のない人間と違って、生まれ持った才能とずば抜けた魔力を持っている。だがライザー・フェニックスと同様、最初から持ってる力がある故に、自分を鍛える事をしなかった。ハッキリ言って宝の持ち腐れもいいところだ」

 

 そして俺はディオドラに指をさしてこう言い放った。

 

「テメェの攻撃や技は俺からすれば見せかけだけで軽すぎんだよ! テメェに比べたら、この前戦った匙のほうが何倍も強ぇよ!」

 

「ぼ、僕が……あんな下品な転生悪魔に劣るわけがないだろうがぁぁぁぁ~~~~~!!」

 

 完全にキレたディオドラは再び魔力弾を放とうとするが――

 

 

 バキィッ!

 

 

「ぐあっ!」

 

 再度一瞬で懐に入った俺が奴の顔面を殴った。

 

 その衝撃で吹っ飛んだディオドラは前と違って地面を引き摺っている。

 

 それを見た俺はジャンプしながら両足を曲げて――

 

 

 ドギャッ!!

 

 

「が! あ、ああ……」

 

 突き出した両膝でディオドラの腰へ直撃させた。ディオドラは血を吐き、更には奴の身体からベキボキと骨が折れる音が聞こえた。

 

「つ、強い! 流石はイッセー先輩です!」

 

「それは違うよ、ギャスパーくん。イッセーくんから見て、ディオドラが弱すぎるんだ」

 

 ギャスパーからの賞賛を冷静に突っ込む祐斗。正にその通りだよ!

 

 それを聞いた俺は内心頷きながら、再びジャンプして今度はうつ伏せに倒れてるディオドラの前に立ち――

 

「さっさと起きろっ!」

 

 

 ベキッ!!

 

 

「があっ!」

 

 奴の頭を思いっきり蹴り上げた。

 

 蹴りによって、ディオドラが浮き上がると全くの無防備だった。

 

 それを見た俺は――

 

「はああぁぁぁああああああっ!!!」

 

 

 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッ!!!!!!

 

 

 ディオドラの上半身(主に顔)にマシンガンの如く、拳の弾幕による連続攻撃を当て続けた。

 

「あ、やべ……」

 

 攻撃して数秒後、俺はある事に気付く。

 

「コイツをぶちのめした後、あの装置について吐かせるのを忘れてた」

 

「あ……あ、ひ、る……」

 

 

 ドシャッ

 

 

 顔全体が晴れ上がり、上半身がズタボロ状態となったディオドラはおかしな事を言って気絶と同時に倒れてしまった。

 

「イッセー、トドメを刺さないのか?」

 

 俺が攻撃するのを止めるのを見たゼノヴィアが近づき、アスカロンの切っ先をディオドラに突き立てて訊いてくる。

 

 その瞳からは凶悪なほど、冷たいものだった。怒りが萎えた俺と違って、ゼノヴィアは殺す気満々だ。

 

「アーシアにまた近づくかもしれない。いまこの場で首を刎ねたほうが今後のためじゃないのか?」

 

 ゼノヴィアは本気で殺しそうだ。俺か、部長がやれと言ったら即座にディオドラの首を飛ばすだろう。

 

 けど、俺は首を横に振った。

 

「お前の気持ちはわかる。これど、コイツをぶちのめしても殺すなって兄貴から言われてるんでな。コイツを殺せば悪魔のお偉方が面倒な事をするかもしれないんだと。それに俺はもう充分にぶちのめしてスッキリしたしな」

 

 俺の言葉を聞いた部長は眉を顰め、瞑目していた。あの人も激怒していたけど、このクソ野郎の処分は上の連中に任せた方が良いと決めてるんだろう。

 

 ゼノヴィアは心底悔しそうにしていたが、アスカロンを勢いよく床にぶっ刺した。少しでも憂さを晴らしかったんだろうな。

 

「……わかったよ。隆誠先輩がそう言ってたなら私は止める」

 

「そうしてくれると助かる。今度修行する時、ゼノヴィアも一緒に混ぜてもらうよう兄貴に言っとくからさ」

 

「楽しみにしているよ」

 

 兄貴の修行が出来ると聞いたゼノヴィアは嬉しそうな顔をしていた。

 

 さて、そんな事よりもアーシアをどうにかしないとな。

 

 俺達は気絶してるディオドラを放置し、アーシアの方へ足を向ける。

 

「アーシア!」

 

 装置のあるところへ俺や皆も集合していった。

 

「イッセーさん!」

 

 俺はアーシアの頭を優しく撫でる。

 

「遅くなったけど、助けにきたぞ、アーシア。ハハハ、約束したもんな。必ず守るって」

 

 安堵したのか、アーシアはうれし泣きをしていた。よし。さっさとアーシアを救ったら、どこか安全な場所に逃げ込んで、兄貴達が事を収めるまで待機だ。

 

 アーシアを装置から外そうと、祐斗達が手探りに作業をしていた……が、少しすると顔色が変わる。

 

「……手足の枷が外れない」

 

 何だと!? そんなバカな! 俺もアーシアと装置を繋ぐ枷を取ろうとするが――

 

「クソ! 全然外れねえ!」

 

 俺がフルパワーでやっても、枷が全く外れる様子が無かった。

 

 力以外にも魔力以外の方法で部長や朱乃さんもやってみたが、それでも全くビクともしなかった!

 

 一体何なんだよ、この枷は!? もしかして特別製なのか!?

 

 くそっ! ディオドラの野郎は俺がぶちのめした所為で気絶してるから、コレが何なのかを訊くことが出来ねぇ!

 

『この装置、何やら神滅具(ロンギヌス)の力を感じるぞ。もしかしたら「絶霧(ディメンション・ロスト)」の力かもしれん』

 

 はぁ!? どう言う事だよ、ドライグ!?

 

『詳しい事は俺にも分からん。だが少なくとも、神滅具(ロンギヌス)の力が働いているのは確かだ。それにこれは確信を持って言えないが、こんな大掛かりな装置にアーシア・アルジェントを磔にしたのには何か理由がある筈だ』

 

 だったらドライグが何とか出来ないのか!? お前も神滅具(ロンギヌス)だろう!?

 

『残念だが、「絶霧(ディメンション・ロスト)」は赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)よりも高ランクの神滅具(ロンギヌス)だ。いくら俺でも無理だ。お前も聖書の神から聞いている筈だぞ。赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)より強大な神滅具(ロンギヌス)も存在していると』

 

 ……非常に嫌な現実だが、否定する事が出来ない自分に腹が立つ!

 

 クソッたれ! もしこの枷がアーシアの服だったら……いや、待てよ?

 

 よく見ると、アーシアを拘束している枷はピッタリくっ付いているな。そう考えると今のアレは……。

 

「ドライグ、ちょっとした賭けだがやってみる価値はあるぞ」

 

『それはどういうことだ、相棒?』

 

「部長、皆、一先ず離れて下さい」

 

 怪訝に聞いてくるドライグだが、俺は気にせず部長達にアーシアから離れるように言う。その後に俺はアーシアの枷に触れる。

 

 俺はあることを考えた。ドライグの直接の力が無理でも、ドライグの力で高めた妄想の類から生じる俺自慢の特殊技ならばどうだろうか、ってな。

 

「アーシア、先に謝っておく」

 

「え?」

 

 俺が謝る事に首を可愛く傾げるアーシアだが……これは人命救助だ。

 

 だけど再度言う。本当にゴメンね!

 

「さあ、久々に使うぜ! 高まれ、俺の性欲! 俺の煩悩! 洋服崩壊(ドレス・ブレイク)ッ! 龍帝拳強化バージョンだぁッ!」

 

Dragonicfighter(ドラゴニックファイター) LevelXX(レベル20)! 』

 

 龍帝拳を発動させると俺の全身から闘気(オーラ)が放出されると同時に、枷に触れている俺の手に流れ込んでいく。

 

 俺がいま思い浮かべているのはアーシアの全裸! 何の服を纏っていない生まれたままのアーシアの姿だ! アーシアの全裸は脳内にバッチリ保存されているから、それを思い出してイメージを強くする!

 

 キメ細かくスベスベで白い肌! 柔らかい体! そしてキレイな! ピンク色の! プックリした乳首ぃぃぃぃっ!

 

 そして――

 

 

 ビキッ! バババッ!

 

 

 金属に罅が入って壊れる音と……更には衣類が弾け飛ぶ音がした!

 

 アーシアの四肢を捕らえていた枷は粉々に吹っ飛び、同時に腕輪を除くアーシアのシスター服も消し飛んだ!

 

「いやっ!」

 

 全裸になったアーシアは瞬間的にその場で屈んだ。

 

 成長中のアーシアちゃんの全裸に。俺は思わず鼻血を垂れ流していた。

 

 いいもん見せてくれて、ありがとうございました!

 

 すると、さっきまで動いていた装置が急に動きが止まった。

 

「あらあら大変」

 

 朱乃さんがすぐに魔力でアーシアに服を着させていた。アフターフォロー感謝です。

 

 そんな中、部長が少し呆れ顔の部長が俺に訊いてくる。

 

「まさかドレス・ブレイクで壊せるなんて予想だにもしなかったわ。確かあれって、女性が身に付けている衣類だけを壊すものだと思っていたのだけれど、何でもいいの?」

 

「な、なんとなくなんですけど、枷は手首足首に密着状態でしたので、それなら身に付けている物の一部としての要領としていけるんじゃないかなーって。当然、普通じゃ無理ですけど、龍帝拳で高めたから成功したんだと思います」

 

 下手な説明のせいで、部長は完全に納得できずに首を捻っていた。

 

 まぁ何はともあれ、アーシアは無事救出だ! ついでに装置も機能しなくなったしな! 一先ず任務完了だ!

 

「イッセーさん!」

 

「アーシア!」

 

 朱乃さんによって新しいシスター服に身を包んだアーシアが俺に抱きついてくる! 不謹慎だけど、アーシアの柔らかい体を堪能しまくってる! 戻って来てくれてよかったよ!

 

「信じてました……。イッセーさんが来てくれるって」

 

「当然だろう。でも、ゴメンな。あの野郎から辛い事、聞いちまったんだろう?」

 

 アーシアは首を横に振り、笑顔で言う。

 

「平気です。あの時はショックでしたが、私にはイッセーさん、そしてリューセーお兄さまがいますから」

 

 ううっ! なんて可愛い子なんだろうか! ってか兄貴の事を『リューセーお兄さま』って……兄貴が聞いたら絶対に歓喜しそうだ!

 

 俺だけじゃなくゼノヴィアも目元を潤ませていた。

 

「アーシア! 良かった! 私はおまえがいなくなってしまったら……」

 

 アーシアはゼノヴィアの涙を拭いながら微笑む。

 

「どこにも行きません。イッセーさんとゼノヴィアさん、ここにはいませんがリューセーお兄さまが私の事を守ってくれますから」

 

「うん! 私はおまえを守るぞ! 絶対にだ!」

 

 抱き合う親友同士。なんて美しい友情だ。そう言えばディオドラと戦ってる時、思わず祐斗を親友と言っちまったが……って、止めろ祐斗! いくら親友でも、俺と抱き合う準備をしたところで絶対にやらねぇからな!

 

「部長さん、皆さん、ありがとうございました。人間である私のために……」

 

 アーシアが一礼すると、皆も笑顔でそれに応えていた。

 

 今度は部長がアーシアを抱き、優しげな笑顔で言う。

 

「アーシア、人間とか悪魔なんて関係ないわよ。あなたは私の眷族なのだから。それにそろそろ私の事を家で部長と呼ぶのは止めてもいいのよ? リューセーを兄と思っているなら、私も姉と思ってくれていいのだから」

 

「っ。はい! リアスお姉さま!」

 

 部長とアーシアが抱き合っている。またしても感動のワンシーンだぜ!

 

「よかったですぅぅぅぅっ! アーシア先輩が帰ってきてくれて嬉しいよぉぉっ!」

 

 ギャスパーもわんわん泣いてやがるな。あ、小猫ちゃんに頭まで撫でられ始めた。

 

 取り敢えず、気絶したディオドラをグルグル巻きにして、その後は安全な場所で待機だ。流石に二十倍龍帝拳はずっと使ったら身体が不味いから、解除しておかないとな。

 

「さて、アーシア。帰ろうぜ」

 

「はい! と、その前にお祈りを」

 

 アーシアは天に向かって何かを祈っていた。

 

「アーシア、何を祈ったんだ?」

 

 恥ずかしそうに言おうとするアーシア。

 

「内緒です」

 

 笑顔で俺のもとへ走りよるアーシア。

 

 すると、突然現れた邪悪な気配がアーシアに狙いを定めていた。

 

「アーシア!!」

 

 俺はすぐにアーシアをドンっと突き飛ばし――

 

 

 ドッ!

 

 

「がはっ……!」

 

 光線と思わしきものが俺の身体を貫いた。それを喰らった俺は血を吐きながら倒れる。

 

「い、イッセー……さん?」

 

 倒れた俺を見たアーシアが信じられないものを見るように呟いていた。




 アーシアに付けられた枷は禁手(バランス・ブレイカー)でないと壊せないんじゃないかと突っ込む人がいるかもしれませんが、龍帝拳も禁手(バランス・ブレイカー)並みの力があるから壊せるという事にさせました。


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三十七話

今回は初めての祐斗サイドです。


「い、イッセー……?」

 

 部長が呟く中、僕たちは目の前の出来事を見て信じられなかった。

 

 いや、今でも信じられない。

 

 ディオドラ・アスタロトと装置をイッセーくんが打倒し、アーシアさんの救出も無事完了して、僕――木場祐斗と眷族達はこの場から退避しようとしていた。

 

 その瞬間、アーシアを突き飛ばしたイッセーくんが光った何かに左胸を貫かれ、血を吐いて倒れていた。

 

『イッセー(くん・さん・先輩)!』

 

 ハッとしたように、僕を除いた皆がイッセーくんに駆け寄っていく。

 

「アーシア! イッセーに早く治療を!」

 

「はい!」

 

 部長がイッセーくんを介抱し、アーシアさんがすぐに聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)で患部を治療すると――

 

「っ……ゴホッ! ゴホッ! あ、あぶな、かった……!」

 

 すると、意識を取り戻したイッセーくんはまた血を吐きながら(むせ)た。彼が死んでいなかった事に僕たちは安堵する。

 

 よかった、本当に無事で、よかった……!

 

「イッセー、良かった……! 私、突然の事であなたが死んでしまったかと……!」

 

「すいません、イッセーさん……! 私を、庇う為に……!」

 

 涙を流しながら言ってる部長とアーシアさん。アーシアさんはそれでも治療に専念している。

 

「咄嗟に身体をずらして急所は辛うじて避けたか。やはり人間と言うのは見苦しい上に意地汚いな」

 

 突然、聞き覚えのない声がした。

 

 そこへ視線を送ると、見知らぬ男性が宙に浮いていた。軽鎧(ライト・アーマー)を身につけ、マントも羽織っていた。

 

 イッセーくんを介抱してる部長がその男性に訊く。

 

「……誰?」

 

「お初にお目にかかる、忌々しき偽りの魔王の妹よ。私の名前はシャルバ・ベルゼブブ。偉大なる真の魔王ベルゼブブの血を引く、正統なる後継者だ。ディオドラ・アスタロト、この私が力を貸したと言うのにこのザマとは。しかも人間の赤い汚物に手を抜かれて敗北とは。あまりにも許し難い愚行だな、貴公」

 

 こんなときに旧ベルゼブブが!? まさかアザゼル先生が仰っていた今回の首謀者がご登場なんて……。

 

 すると、さっきまで気絶していたディオドラ・アスタロトは旧ベルゼブブの末裔――シャルバ・ベルゼブブの気配に気付いたのか、腫れあがっている顔を見上げる。

 

「しゃ……シャルバ、たしゅけておくれ! きゅ、旧魔王と現魔王が力を合わせれば――」

 

 

 カッ!

 

 

 シャルバが手から放出した光の一撃がディオドラを塵一つ残さないように消滅させた。

 

「愚か者が。偽りの血族とは言え、下等な人間如きに敗北した恥晒しなど生きる価値すらない」

 

 嘲笑い、侮蔑を込めて吐き捨てるようにシャルバは言う。

 

 さっきシャルバが見せた光の力は一体……? リューセー先輩と同じ光――違う。あの人の光はあんなに酷く歪んでいない。だけど悪魔なのに、どうやってあんな力を使っているんだ?

 

 よく見ると、シャルバの腕に取り付けられた見慣れない機器が映る。……もしかしてあれが光を生み出す源か?

 

 そんな中、イッセーくんはアーシアさんの必死な治療のお陰で、左胸を抑えながらも何とか立ち上がった。それでもまだ完全に回復しきってはいないが。

 

 立ち上がったイッセーくんを見たのか、シャルバは部長に視線を移す。 

 

「さて、サーゼクスの妹君。いきなりだが、貴公には赤い汚物とともに死んでいただく。理由は当然。現魔王の血筋を全て滅ぼすため」

 

 冷淡な声で言うシャルバ。瞳も憎悪に染まっている。あの様子を見るだけで、よほど現魔王に恨みがあるのだろう。

 

 現魔王政府によって何もかも取り上げられ、冥界の端に追いやられた事を根深く恨んでいるのだろうね。リューセー先輩は自業自得だと言っていたけど。

 

「グラシャラボラス、アスタロト、そして私たちグレモリーやイッセーを殺すというのね」

 

 部長の問い掛けにシャルバは目を細める。

 

「その通りだ。貴公らの存在は不愉快極まりないのでね。私たち真の血統が、貴公ら現魔王の血族に『旧』などと言われるのが耐えられないのだよ。益してそこの人間の赤い汚物は、下等な人間に成り下がった堕神の血族だ。あのような見苦しい存在が嘗て我々が争った聖書の神などと、これも余りに不愉快なのでね」

 

 シャルバは嘆息した。

 

「今回の作戦はこれで終了。業腹だが私たちの負けだ。まあ、それでも有意義な成果が得られたと納得しよう。クルゼレイが情けなくも堕神に殺されたが問題無い。私さえいれば充分に我々は動ける。ヴァーリなど必要ない。真のベルゼブブは偉大なのだから。さて、去り際のついでだ。サーゼクスの妹よ、赤い汚物と共に死んでくれたまえ」

 

「直接現魔王やリューセー――聖書の神に決闘も申し込まずにその血族から殺すだなんて卑劣だわ!」

 

「それでいい。まずは現魔王と堕神の家族から殺す。絶望を与えなければ意味がない」

 

「どこまでも外道ねっ! 正々堂々と戦っていたイッセーに卑怯な不意打ちをした罪! 絶対に許さないわッ!」

 

 部長は激高し、最大までに赤いオーラを全身から迸らせた!

 

 朱乃さんも顔に怒りを歪め、凄まじい雷光を身に纏い始めた。

 

 僕だって許すつもりなんかない! 

 

「ダメだ。部長、朱乃さん、祐斗……!」

 

 すると、イッセーくんが前に出てきた。

 

「イッセー、まだ傷が……!」

 

「はぁっ……はぁっ……ふぅ。大丈夫です、もう粗方回復しました」

 

 さっきまで重傷だったイッセーくんは何とか呼吸を整えて、部長に指示しようとする。

 

「それよりも部長、皆を連れて早く逃げて下さい。俺がアイツを何とか抑えますから」

 

「な、何を言ってるの!? ここで私たちが力を合わせれば――」

 

「それでも無理です。アイツもディオドラと同様、オーフィスの力を感じます。加えてあんなクソ野郎でも魔王クラスの力はありますから、部長達が束になっても勝てる相手じゃありません……!」

 

 イッセーくんが凄く緊張した顔で冷や汗を流しながら部長や僕たちに言う。

 

 グレモリー眷族の中で一番に強いイッセーくんがあんな顔をして言うって事は……事実なんだ。

 

 僕だけじゃなく部長たちもシャルバの力を感じて理解したのか、さっきまで激高していた様子から一変して落ち着いていく。

 

 すると、イッセーくんの分析を聞いていたシャルバが不快そうな目で見る。

 

「赤い汚物、誰が発言を許可した? あの堕神は碌な躾が出来てないようだな」

 

「生憎、俺が心から尊敬している魔王はサーゼクス・ルシファー様なんでね」

 

「……どうやら口の利き方もなってないようだ」

 

 イッセーくんがサーゼクスさまを尊敬してると聞いた途端、シャルバは不愉快と言わんばかりに睨む。

 

「予定変更だ。先ずは赤い汚物、貴様から先に始末してやる」

 

「へっ! やれるもんならやってみろ! さっきみたいな不意打ちでもうやられねぇからな!」

 

 イッセーくんがまるで僕たちを守るようにシャルバを挑発していた。

 

 本当なら僕も加勢したい。だけど――

 

 ――祐斗、早く部長達を連れて逃げろ!

 

 チラッと僕を見たイッセーくんの目がそう強く訴えていた。

 

 傷が回復したイッセーくんはシャルバ相手に余裕を振舞った態度を見せているけれど、まだ完全に治りきっていない。僕でも分かる。あれは完全に虚勢だ。

 

 シャルバに勝てないと分かっていながらも、必死に僕たちを逃がそうとしている。

 

 イッセーくんに加勢したい気持ちを必死に抑え、僕は近くにいる部長や朱乃さんを下がらせるよう密かに行動を開始した。

 

「さぁ来やがれ! 自称魔王サマ!」

 

「この無礼者が………などと言って貴様の思惑通りにいくと思ったか?」

 

 シャルバが突然イッセーくんから視線を外すと、後方の僕たちに視線を向けて手を向けた瞬間――

 

「きゃあっ!」

 

 アーシアさんから悲鳴があがった。すぐにそこへ向けると、アーシアさんが何故か宙に浮かんでいた。シャルバの狙いはアーシアさんか!

 

 でもどうして? 確かリューセー先輩からの話では、アーシアさんが身に付けている腕輪は悪魔に対する力を無効化させる筈なのに。まさか、シャルバが使っている腕輪から発する光の力で腕輪が認識していないのか!?

 

「シャルバ! テメエ、アーシアに何しやがる!?」

 

「その娘は貴様にとって大事な存在なのだろう? ならば先ずは絶望を教えてやろうと思ってな」

 

「アーシアを放せぇぇぇぇ!!!!」

 

 叫びながらゼノヴィアがデュランダルとアスカロンでシャルバに斬りかかる!

 

「無駄だ」

 

 

 ギャンッ!

 

 

 シャルバは聖剣の二刀を光り輝く防御障壁で弾き飛ばし、ゼノヴィアの腹部へ魔力の玉を撃ち込んできた!

 

 

 ドオオンッ!

 

 

「ああっ!」

 

 地に落ちるゼノヴィア。聖剣も放り投げられ、床に突き刺さった。

 

「ゼノヴィア!」

 

「ゼノヴィアさん!」

 

 彼女が負傷した事にイッセーくんとアーシアさんが叫ぶ。

 

「くっ………アーシアを放せ……。私の……友達を……っ!」

 

 ゼノヴィアは床に叩きつけられても手元から離れていった聖剣を求め、握ろうとする。

 

「まだ生きていたか。人間の赤い汚物と同様、下劣なる転生悪魔も意地汚いな」

 

「テメェ! よくもゼノヴィアを……ぐっ!」

 

 ゼノヴィアがやられた事でシャルバに攻撃しようとするイッセーくんだけど、突然痛むように左胸を手で押さえて動けなかった。

 

 思ったとおり、やっぱりイッセーくんの怪我は完全に治っていない!

 

「止めなさい、シャルバ! アーシアをどうするつもりなの!?」

 

「そういえばグレモリーの姫君もこの娘を大事にしていたようだな。ならば貴公も知るがいい。絶望をな」

 

「きゃあああ!!!」

 

 そう言ってシャルバはアーシアさんを宙に浮いてるアーシアさんを更に上げた。

 

「次元の彼方へ消えるがいい、堕ちた聖女よ」

 

「止めろシャルバァァァァ~~~~!!!!!!」

 

「イッセーさぁぁぁぁぁぁぁんっっっっっっ!!!!!!」

 

 アーシアさんがイッセーくんの名前を呼んで手を伸ばすも、シャルバが開いていた手を閉じた瞬間――

 

 

 カッ!

 

 

 突如、僕達を眩い何かが襲った。そしてアーシアさんが光の柱に包まれ、それが消え去った時………そこにはアーシアさんがいなかった。

 

「……アーシア?」

 

 彼女が消えた事にさっきまで叫んでいたイッセーくんが、急に静かになってポツリと呟いた。

 

「シャルバ! アーシアに何をしたの!?」

 

「聞いていなかったのか? 次元の彼方へ送ってやった。あそこは何もかも無にする世界。あの娘の身はすぐに消失する。つまり――もう死んだ、ということだ」

 

 アーシアさんが死んだ? そんな、そんな事って……!

 

「安心しろ。貴様らもすぐにあの娘と同じ死を送ってやる。さて、次は赤い汚物にしようか?」

 

 シャルバがイッセーくんに狙いを定めるように見ていると――

 

「ゆ……ゆ……ゆるさねぇ……。よ……よくも……よくも……」

 

「? なんだ?」

 

 イッセーくんの様子がおかしくなった事に訝る。それはシャルバだけじゃなく僕たちもだ。

 

 すると、突然イッセーくんの左腕から赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)が解放する。

 

『どうやら完全に至ったようだな、相棒。だがこれは、相棒にとって余りにも大きすぎる代償だったが』

 

 ドライグの声。僕たちにも聞こえるように発生している。

 

 それに至ったって……っ! まさか、イッセーくんは……!?

 

「ぐ……ぎぎ……!」

 

 イッセーくんが呻くような声を出した直後――

 

Welsh(ウェルシュ) Dragon(ドラゴン) Barance(バランス) Breaker(ブレイカー)!!!!!』

 

 

 ゾワッ!! ドゥンッッ!

 

 

 赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)の宝玉に光が発し、質量の赤い膨大な闘気(オーラ)を解き放ち始めた! その闘気(オーラ)はイッセーくんの全身を包み込もうとする。しかも変化はそれだけじゃない。さっきまで茶髪だったイッセーくんの髪が徐々に真紅へ変化すると同時に逆立っていく!

 

 見た事もない変化に、僕だけじゃなく部長たちも言葉を失っていた。

 

「な、なに……!? あれが禁手(バランス・ブレイカー)、だと……?」

 

 禁手(バランス・ブレイカー)と聞いたシャルバは信じられないようにイッセーくんを注視する。

 

 そして禁手(バランス・ブレイカー)による変化が終わったイッセーくんは、すぐに部長の方へ視線を移した。

 

「リアス、倒れているゼノヴィアや朱乃達を連れてさっさと逃げろ!」

 

 今までのイッセーくんとは全く別人のように、なんと部長や朱乃さんを呼び捨てにしながら逃げろと言ってきた。

 

「え? え? い、イッセー、あなた……」

 

 イッセーくんの余りの変わりように戸惑っている部長だったが―― 

 

「早くしろ! 俺の理性がちょっとでも残っている内にとっとと逃げるんだ!」

 

『リアス・グレモリー、相棒の言うとおり今すぐこの場を離れろ! こうなった相棒はもう止まらない!』

 

「……わ、分かった、わ」

 

 イッセーくんの他にドライグも声も焦るように言ったので、部長は頷いた。




漸くイッセーが禁手(バランス・ブレイカー)に至りました。


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三十八話

今回はフライング投稿です。


 別人と思われるほどの荒い口調で言ってくる一誠に誰もが戸惑っている。

 

 無論、それは敵側のシャルバも同様だった。

 

「な、なんだ? あの禁手(バランス・ブレイカー)は……! ヴァーリの禁手(バランス・ブレイカー)と同様、あの赤い汚物も本来は鎧を纏っているはず……どういう事なのだ……!?」

 

 全く見た事のない禁手(バランス・ブレイカー)となった一誠の姿を見て戸惑うシャルバ。

 

 だが、当の本人の一誠はそんな事を気にせず再度声を荒げる。

 

「早くしろ、リアス! 俺の事は気にするな! あの野郎をぶち殺したら、必ず後で戻る!」

 

「で、でも……いくらあなたが禁手(バランス・ブレイカー)になったからって……」

 

 一人でシャルバを倒すのは無理だと言うリアスに――

 

「ゴチャゴチャ言ってんじゃねぇ! 俺を困らせてぇのかっ!!!」

 

 口汚く言う一誠だった。しかし、そこには主の自分を思っての発言だとリアスは分かった。

 

 考えてみれば、ここで自分達がいても一誠の足手纏いになる。候補とは言え、眷族からの思いを無下にするのは主としてやってはいけない事だと。

 

「皆、ゼノヴィアを連れて逃げるわよ」

 

 リアスの命に眷族達は頷き、その中で朱乃が倒れているゼノヴィアに肩を貸して逃げようとする。

 

「……イッセー、必ず戻ってきてね……」

 

 眷族達が逃げるのを確認したリアスは、イッセーにそう言い残して神殿から脱出しようとする。

 

「イッセー、私は待ってるわ。あなたが……シャルバを倒して、私の元へ戻ってくるのを、待っているわ……」

 

 背を向けながらも呟くリアス。愛しい眷族が必ず戻ってくると信じて。

 

「愚か者どもが。私がこのまま逃がすわけがなかろう!」

 

 リアス達を見逃すまいと、シャルバが手を前に出して狙いを定めようとする。

 

 シャルバは背を向けているリアスを狙おうとして、手から光を出そうとしていると――

 

 

 ピシュッ!

 

 

「なっ!?」

 

 目の前に宙に浮いてる一誠が突然現れた。さっきまで地面に立っていた筈の一誠がほんの一瞬で。

 

 

 ガシッ! グググググッ!

 

 

「こ、この無礼者が! 放せ……!」

 

 一誠がシャルバが真っすぐ伸ばしている手首を掴んできたので放そうとするも、凄い握力で握られている為に逃れることが出来ないシャルバ。

 

「いい加減にしやがれ……このクズ野郎……」

 

「ぐ、ぐああああ……!」

 

 更に握力を強めた事で、手首が悲鳴をあげるような音を上げてる事でシャルバが苦しそうな声を出す。

 

「罪のねぇ同族の悪魔を殺すだけじゃ飽き足らず……俺や兄貴の大事なアーシア(いもうと)まで……!」

 

「ぐっ! ぎぎ……!」

 

 一誠に掴まれている手から解放されたシャルバは即座に距離を取ろうと後退する。すぐに掴まれた手首を、もう片方の手で押さえながら。

 

「な……なぜ人間の貴様に、そんな力……ま、まさか……その姿は……本当に……」

 

 禁手(バランス・ブレイカー)なのかと言おうとするシャルバだが――

 

「俺は……俺は……! 俺は完全にキレたぞーーーーー!!! シャルバーーーーッ!!!!」

 

 

 ゴオオォォォォオオオオオオッッ!!

 

 

 力を完全開放するように一誠の全身から凄まじい闘気(オーラ)が吹き荒れた。その瞬間、周囲が弾け飛ぶ。床が、壁が、柱が、天井が、その全てが破壊されていく。一誠が放つ闘気(オーラ)によって。

 

 それに気圧されたのか、シャルバは一瞬動きを止めてしまう。だが、それはやってはいけない行為だった。

 

 

 ギュオッッ! バキィッッ!!

 

 

「ぐおっ!!」

 

 一誠が猛スピードでシャルバに突進し、そのまま闘気(オーラ)を込めた拳で頬をぶん殴る。殴られたシャルバは崩壊した神殿の天井を突き抜くように勢いよく吹っ飛んでいく。

 

 しかし、それだけじゃ許さないと言わんばかりにイッセーはまた猛スピードで突進した。その状態のままで両手を組んだまま翳し――

 

 

 ドカッッ!

 

 

「があっ!!」

 

 シャルバの腹部目掛けて思いっきり振り下ろした。直撃したシャルバは腹部から強烈な痛みが走り、体がくの字となったまま下へ向かっていく。

 

 そして――

 

 

 ダァァァァアアアアアアンッッ!!

 

 

 神殿から少し離れた岩山へ激突し、その衝撃で粉塵が発生して姿が見えなくなった。

 

「……………………」

 

 一誠は粉塵が発生している岩山を無言のままジッと見続けている。そこにはシャルバがいるのが分かっていたから。

 

 

 ブアッッッ!!

 

 

 すると、そこから突然爆発するように、岩山の破片がそこら中に吹き飛んだ。破片は宙に浮いたままの一誠にも当たっているが、当の本人は全く気にせずに注視し続けている。

 

 粉塵が晴れると、周囲の岩山を吹っ飛ばしたかったのか、シャルバが両腕を空に向けて伸ばすポーズをとっていた。

 

 シャルバは伸ばしていた両腕を下ろしながら、一誠が宙に浮いてる位置まで上がり、同じ目線になるとそこで止まる。忌々しげに一誠を睨んだまま。

 

「何も知らん人間風情が何をほざくか……! 罪の無い同族の悪魔だと? 正統な魔王である私の全てを奪った現魔王の血族共は生きている事が罪なのだ!」

 

「くっだらねぇな。魔王が八つ当たりなんてよ」

 

「八つ当たりではない! これは正当な理由であり、正しき行いなのだ!」

 

「………………」

 

 自分は正しいと叫ぶシャルバの持論に、一誠は怒りに満ちていながらも若干呆れた表情をする。

 

「んな事させねぇよ。この俺がテメェを滅ぼすからな」

 

「この魔王シャルバ・ベルゼブブを、だと? ……あの程度の攻撃で図に乗らないでもらおうか。人間の赤い汚物が、この私に勝てるわけがなかろう……!」

 

 一誠の台詞を聞いて不愉快に思ったのか、顔を歪ませながら睨んでくるシャルバ。同時に殺気を放つも、一誠は平然としている。

 

「例え貴様のその醜い姿が、禁手(バランス・ブレイカー)であったとしてもだ……!」

 

「………フッ」

 

 一誠が口元を上げて笑みを浮かべる。まるで挑発するように。

 

 あの不愉快な笑みをすぐに消してやろうと、シャルバは即座に手を前に出し――

 

 

 ドウッ!!!

 

 

 魔法陣が出現した直後、そこから凄まじい黒の魔力波が放出された。一誠は避ける姿勢を見せぬまま、魔力波に覆われていく。

 

「この程度では済まさんぞ!!」

 

 シャルバは次に両手で撃ち始ようとすると――

 

 

 ドドドドドドドウッッッッ!!!

 

 

 もう一つの魔法陣から先ほど撃った同じ大きさの魔力波が連続して放たれた。

 

 これを受けては塵一つ残らず消滅したと確信するシャルバだったが――

 

「……………もう終わりか?」

 

「なっ……ば、バカな……!」

 

 赤い闘気(オーラ)を身体に纏い、更には全くダメージを受けてない様子の一誠がそのまま宙に浮いていた。

 

 オーフィスの蛇で魔力増大し、本気で放った魔王の攻撃にビクともしてない一誠に信じられないと驚愕するシャルバ。

 

「言っておくが、テメェがどんなに泣いて謝ったところで許さねぇからな」

 

「………ふ、ふふふ。何を言い出すかと思えば」

 

 先ほどの攻撃で頭がおかしくなったのかと思ってシャルバは笑う。

 

 しかし、一誠はそんな事を気にすることなく、開いた片手を伸ばしてシャルバに向ける。

 

「一体何のつもりだ? 貴様如きの攻撃など、私が受けるわけが――」

 

 

 ドンッッッ!!

 

 

「ぐぁっっ!」

 

 シャルバが言ってる最中、突然見えない衝撃が襲い掛かった。それを受けたシャルバは物凄い勢いで吹っ飛んでいく。

 

 だが、すぐに体勢を立て直そうとシャルバは急ブレーキを掛けるように停止させる。

 

「はぁ……はぁ……な、なんだ、今のは……?」

 

 自身の胸部辺りから見えない衝撃を受けた瞬間に吹っ飛んだシャルバは理解出来なかった。

 

 一誠が何かをしたのは分かってはいる。その証拠に、手を向けてながらニヤっと笑っているから。

 

 だがそれも束の間で、一誠は次の行動に移ろうとしていた。笑みから一変し、真剣な表情で構え始める。

 

 そして―― 

 

 

 ドガッ!

 

 

「ぶっ!」

 

 一誠は一瞬でシャルバに接近し、そのまま顔面に肘打ちをかます。

 

「ぐ……くっ!!」

 

 吹っ飛ぶシャルバだが、今度は即座に宙返りさせて停止するが――

 

 

 バキッ!

 

 

「ごあっ!」

 

 顎に一誠からの強烈なアッパーを受けて、仰け反るように再び吹っ飛ぶ。

 

 追撃の手を緩めようとしない一誠は今度は頭を前に出しながら突進し――

 

 

 ドゴッ!

 

 

「ぐあっっ!!」

 

 シャルバの腰目掛けて頭突きを食らわせた。軽鎧(ライト・アーマー)を纏っても骨が砕けそうな衝撃にシャルバは大きな悲鳴を上げる。

 

「き、貴様ぁ……!」

 

 しかし、今のシャルバにそんな痛みを気にしてる場合ではなかった。即座に体勢を立て直して一誠と向き合い、凄まじい殺気を出しながら睨む。

 

 攻撃を食らって頭に来ているシャルバを見たのか、一誠は笑みを浮かべる。さっさと来いよ、と言う意味を込めた挑発で。

 

 それを見たシャルバは完全に引っ掛かって完全に頭に来たのか、羽織っていたマントを脱ぎ払った。

 

「調子に乗るなぁ! 人間風情がぁぁぁぁ!!!! かぁっ!」

 

 シャルバが魔力を撃とうとはせずに自らの拳で一誠に攻撃を仕掛けた。さっきまで一誠に殴られた所為か、お返しと言わんばかりに拳や脚を使っての連続攻撃を繰り出す。

 

 

 ドガガッ! ガガッ! ドドドッ!

 

 

「はぁぁあ~~~!!」

 

「………………………」

 

 シャルバからの猛攻に一誠は慌てる事無いまま攻撃を捌くように防御している。

 

 禁手(バランス・ブレイカー)となって性格が変わって凶暴化した一誠だが、戦い方までは変わっていなかった。小さい頃から兄の兵藤隆誠――聖書の神に鍛えられて身体が染みついているので、凶暴化しても戦いの心得までは失っていない。

 

 対してシャルバは両手足に魔力を込めて力任せの攻撃だった。それでも並みの人間や悪魔が受ければ死んでしまう程の威力でもある。しかし、一誠からすれば素人丸出しの攻撃としか見ていない。とは言え、相手は腐っても魔王でもあるから、一誠はそれでも油断する事無く防御し、更には受け流している。

 

 接近戦が開始して数十秒経つが、一方的に攻撃をしても当てる事が出来ないシャルバは一旦距離を取ろうと即座にバッと後退する。

 

「おのれっ!」

 

 

 ピッ!

 

 

 接近戦でやっても無駄だと理解したシャルバはやり方を変えようと、右腕を前に出し、真っすぐと伸ばした人差し指から光線を撃ちだした。

 

 その光線は先ほど一誠に当てて瀕死へと追い込ませたモノ。大して破壊力はないが、それでも貫通力があり、凄まじい速度で撃つ光線だった。

 

 これならば当たる筈だと確信するシャルバは笑みを浮かべる。

 

 

 シャッ!

 

 

「なっ! よ、避けただと……!?」

 

 しかし、一誠が身体を僅か横にずらしただけでアッサリと避けた事に驚愕するシャルバ。

 

 絶対の自信を持っていた技を躱された事に、シャルバはすぐに認めようとしなかった。

 

「そ、そんな筈はない! 今のは偶然だ!」

 

 

 ピッ! ピピピッ! ピピッ!

 

 

 運良く躱しただけに過ぎないと思ったシャルバは、再度右の人差し指から光線をマシンガンのように撃ちだした。

 

 だが、連続で撃っても結果は同じだった。一誠がそれらを全てさっきと同様に紙一重で躱し続けているから。

 

「お、おのれ……! 当たりすれば……貴様なんか……!」

 

「…………………」

 

 歯軋りしながら言ってくるシャルバを見た一誠は――

 

「じゃあ当ててみろよ」

 

「ッ! な、何だと……!」

 

 何と笑みを浮かべながら当てろと言ってきた。今度は動く気が無いのか構えを解いている。

 

 それを見たシャルバはピクピクと頬を引きつらせ、憤怒の表情と化していく。

 

「どこまでもふざけおって! ならば後悔して死ねぇぇぇええええ!!」

 

 

 ピッ! ドンッ!

 

 

 渾身の魔力を込めて撃った光線が一誠の顔面に直撃した。受けた一誠は衝撃によってか、顔だけを仰け反らせる。

 

 今度は当たったから確実に死んだ筈だとシャルバは笑みを浮かべるが――

 

「………ふぅっ。同じ悪魔は消せても、たった一人の人間は消せねぇようだな」

 

「…………ば、ばか、な……」

 

 仰け反った状態を戻した一誠がそう言ってきた事に言葉を失ってしまった。

 

 先ほどの光線を受けて一誠は全くダメージを受けていない訳ではないが、唇を少し切ったように僅かな血が流れているだけだ。

 

 一誠を瀕死に追い込ませた光線が、今やただの豆鉄砲同然となってしまった事をシャルバは漸く理解した。

 

「き、貴様は……一体……何者だ……?」

 

 目の前にいる相手は人間ではなく化け物だと思い始めたのか、シャルバは恐怖するように問いかける。

 

「もうとっくにご存知なんだろ? 俺は人間界からやってきた普通の人間。歴代の中で最弱と呼ばれながらも激しい怒りによって目覚めたニ天龍の内の一人――」

 

 そして一誠は赤い闘気(オーラ)を最大限に解放し――

 

「今代の赤龍帝、兵藤一誠だ!!!!」

 

 

 ゴウッッッッッ!!!!!!

 

 

 一誠の叫びと闘気(オーラ)が冥界全域に響き渡るようにシャルバは感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 当然それはシャルバだけじゃなく、他の者たちも感じ取っていた。

 

「この力は………イッセー、なの?」

 

「これは間違いなく……イッセーくんの闘気(オーラ)ですわ!」

 

「イッセーくんからかなり離れている筈なのに……まるで近くにいるようだ!」

 

「……ですがこの闘気(オーラ)、アーシア先輩を失った悲しみも感じます」

 

「も、もう僕なにが何だが分からなくなってきましたよぉ!」

 

「ここまでの力を出せるなんて……隆誠先輩――主は予想していたのか……?」

 

 神殿から脱出している最中、一誠の凄まじい闘気(オーラ)を感じるリアスたちグレモリー眷族一同。

 

「む? この闘気(オーラ)は……漸く至ったようじゃな、イッセーよ」

 

 旧魔王派の悪魔を一通り片付け終えたオーディン。

 

「感じる! 感じるぞ! リアス達がいるフィールドからかなり離れていると言うのに、奴の――兵藤一誠の闘気(オーラ)を感じるぞ! 以前のレーティングゲームなどとは比べ物にならない程の圧倒的な闘気(オーラ)が!!」

 

「サイラオーグさま! 今は戦闘中です!」

 

 別のフィールドで旧魔王派を一掃中のサイラオーグが一誠と戦いたい衝動に駆られ、それを諫めるクイーシャ。

 

「とうとう至ることが出来たか、我が宿敵(ライバル)! 美猴、アーサー、予定変更だ! 冥界へ行くぞ!」

 

「おうおう、赤龍帝がすんげぇ気を感じた途端に喜んじゃってまぁ……」

 

「まぁどの道、美猴が抱えている彼女(・・)を彼等に送り届けなければいけませんからね」

 

 次元の狭間で探索していたヴァーリ達。

 

「おいおい何だよ、このバカでかいオーラは!? マジでイッセーの闘気(オーラ)なのか!?」

 

禁手(バランス・ブレイカー)に至ったとは言え、まさかこれ程とは……。本当にイッセーくんは一体我々を何度驚かせれば気が済むんだ……?」

 

「これが兵藤一誠の禁手(バランス・ブレイカー)か! 次に戦う時が楽しみになってきたぞ!」

 

 別のバトルフィールドで戸惑うアザゼル、苦笑するサーゼクス、高ぶるタンニーン。

 

 しかし三人の反応とは他所に――

 

「……禁手(バランス・ブレイカー)に至ったカギは何だ? 発動するには限界を超えるような怒りでなければ……まさか!」

 

 人間の姿に戻っている聖書の神――兵藤隆誠が険しい顔をしていた。

 

 確認しようと隆誠がイッセー達がいると思われる神殿を探知してみると――

 

「やはりアーシアがいない……! く、くっ……! くそがぁぁぁ~~~~~~~!!!!!!!!!!!」

 

 

 ゴォォォオオオオオオオオオッッッッッッッ!!!!

 

 

 アーシアを失った事で発動したと確信した隆誠は再び聖書の神となり、凄まじい黄金のオーラを放出させていた。

 

「聖書の神、さっきと違って桁違いの力を感じる」

 

 突然の事によってアザゼル達は驚いてる中、ずっと放置されていたオーフィスがジッと隆誠を見ている。

 

「許さん! どこの誰かは知らんが、俺の大事な妹分を手にかけた奴は、絶対にぃ! 許さんぞぉぉ~~~~!!!!」

 

「お、おい聖書の神(おやじ)! どこへいく!?」

 

 一誠以上の怒りに満ちたオーラを放出させている隆誠は、アザゼル達の制止を振り切り、ジェット噴射の如く猛スピードで一誠達がいる神殿のフィールドへ向かった。『絶霧(ディメンション・ロスト)』によって覆われてる結界の一部を紙屑のように斬り裂きながら。




 ドラゴンボールを知っている読者の方はご存知でしょうが、今回はあの戦いを再現させました。ちゃんと再現出来たかどうかは不安ですが。


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三十九話

久しぶりの更新です!

けど久々の所為か、今回は短いです。


「ば、化け物め! こ、これが本当に『禁手(バランス・ブレイカー)』だと言うのか!? 冗談ではない! わ、私の力はオーフィスによって前魔王クラスにまで引き上げられているのだぞ!? データ上の赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)のスペックを逸脱しているではないか!」

 

 圧倒的な闘気(オーラ)を感じ取ったのか、シャルバの顔が徐々に恐怖に包まれた。先ほどまでの怒りが嘘のように消えており、瞳も怯えの色が強くなっている。

 

 そして同時に後悔し始めている。左胸を撃たれて重症だった時の一誠を早く始末しておけば良かったと。一誠に絶望を与えようと、堕ちた聖女(アーシア)を次元の彼方へ送るべきではなかったと。

 

「シャルバ、テメェは、テメェだけは絶対に……!」

 

 大して一誠は怯えながら後悔しているシャルバに手を緩める様子を一切見せようとしない。大事な存在であるアーシアを失った事によって激しい怒りによって禁手(バランス・ブレイカー)となり、凶暴性が増している為に一切の慈悲を与えるつもりは無いから。

 

「くっ! 私はこんなところで死ぬわけには!」

 

 己の状況を漸く理解したのか、シャルバは即座に転移用魔法陣を描こうとするが――

 

 

 ドズッ!!

 

 

「ごあッ!」

 

「俺がこのまま逃がすと思ったら大間違いだぞ!」

 

 いつの間にか接近した一誠が拳でシャルバの腹部に強烈な一撃を与えられた事で動きが止まった。

 

 撤退しようと描いていた魔法陣が消え、シャルバは一撃をモロに喰らった事で両手で腹部を抑えている。

 

「ば、バカな……ッ! 真なる魔王の血筋である私が……! こんな奴に……ッ!」

 

「言った筈だ! テメェだけは絶対に許さねぇってなぁ!!」

 

「ぶっ! ごっ!」

 

 逃がさんと言わんばかりに一誠が拳による凄まじい猛攻を始める。それは最早戦いとは言えなく、私刑(リンチ)も同然だろう。

 

 空孫悟のような武道家を目指してる一誠としては、相手を一方的に甚振って殺すような事をしない。しかし、今の一誠は何の躊躇いもない。禁手(バランス・ブレイカー)によって凶暴となり、アーシアを殺したシャルバへの怒りと憎しみが今も増大しているから。

 

(絶対許さねぇ! 絶対ブチ殺す!)

 

『相棒! 気持ちは分かるが、これ以上怒りと憎しみに呑まれたら……!』

 

 シャルバに攻撃をしている最中、一誠の理性が本格的に失おうとしている。その為にドライグが必死に宥めようとするも――

 

(アーシアの仇を打つんだ! 俺が付いていながら、あの子は死んだんだ! もう兄貴に顔向け出来ねぇ以上、コイツを殺すしかねぇんだ!!)

 

 一誠は聞く耳持たない状態だった。それどころか自分の不甲斐無さによる怒りもあるのか、何が何でもシャルバを殺そうと自棄にもなっている。

 

(待ってろアーシア! このクソ野郎を始末したら……!)

 

 シャルバを始末した後の展開を考えながらも、一誠は今もなお猛攻を続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

「これは……!」

 

 僕――木場裕斗は部長や眷族と一緒に神殿から脱出した後、イッセーくんとシャルバからかなり離れている位置から確認した途端に言葉を失っている。

 

 二人が戦っている神殿は完全に崩れ去っていた。アーシアさんを縛っていた装置だけが残っていたが、それも既に各所崩れ、罅だらけでボロボロだ。もう使う事は出来ないだろう。

 

 けれど、僕が言葉を失ってるのはそんな事じゃない。崩壊した神殿の上空で禁手(バランス・ブレイカー)となってるイッセーくんが、シャルバに止めを刺そうとしていたからだ。

 

 遠目からでもシャルバはかなり痛めつけられてボロボロになり、今も凄まじい闘気(オーラ)を放出してるイッセーくんに首を掴まれている状態だ。

 

 そしてイッセーくんはシャルバを放り投げた直後――

 

 

 ドォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオンッッッッッ!!!

 

 

 両手から巨大なドラゴン波を撃った。それを受けたシャルバは包まれ、まるで消滅するように光の中へ消え去っていった。

 

「……イッセー!」

 

「っ! 待って下さい、部長!」

 

 シャルバが消えたのを確認した部長はすぐにでも駆け付けようとするも、僕はすぐに阻止するように肩を掴んだ。

 

「イッセーくんの様子が変です!」

 

「え……?」

 

 僕の発言に部長がすぐにイッセーくんの方を見ると――

 

 

「うおおおぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおお~~~~~~!!!!!!!!!」

 

 

 ドドドドドドドドドォォォオオオオオオオオンッッッッ!!

 

 

『きゃあっ!!』

 

 遠く離れている筈なのに拘わらずにイッセーくんの咆哮が聞こえ、それと同時に彼の周囲から大きな闘気(オーラ)の弾丸が拡散した!

 

 イッセーくんが放った闘気(オーラ)の弾丸が崩壊した神殿や周囲の岩山に着弾すると、小規模な爆発が発生する。一発一発がとんでもない威力だった。此方の近くへ飛んできた弾丸の一部が爆発すると、僕達に爆風が襲い掛かってくる。それによって部長や朱乃さんが悲鳴をあげていた。

 

 そして、イッセーくんは今も闘気(オーラ)の弾丸を撃ち続けている。我を忘れているのか、イッセーくんは禁手(バランス・ブレイカー)を解除する気配はない。

 

 近付く事が出来ない事に僕を始め、部長や他の眷族もイッセーくんを見ているしかなかった。

 

「困っているようだな?」

 

 第三者の声が聞こえた途端、空間に裂け目が生まれた。人が潜れるだけの裂け目から現れたのは白龍皇ヴァーリだった。他には以前見た孫悟空の美猴、そしてもう一人は背広を着た見知らぬ男性だ。

 

 見知らぬ男性が手にしている剣は、神の姿になったリューセー先輩ほどではないが神々しいオーラを放っていた。

 

 すぐに分かった。彼はリューセー先輩からの報告にあった、聖王剣コールブランドの所有者であることを。

 

「ヴァーリ、どうしてあなたがここに……!?」

 

 部長はヴァーリの登場に驚きながらも、攻撃の姿勢を作り出す。僕達も同様に構えを取るも、ヴァーリ達から敵意は感じられなかった。

 

「そう身構えるな、やるつもりはない。見に来ただけだ。俺の宿敵(ライバル)――赤龍帝の『禁手(バランス・ブレイカー)』を。本当なら直接彼に会って賛辞の言葉を送るつもりだったんだが、怒りに呑まれた状態でな。あの彼が理性を失うほどになっているとは、相当な怒りがトリガーになった原因は……彼女かな?」

 

「ほらよ、確か聖書の神の身内なんだろ、この癒しの姉ちゃん」

 

 ヴァーリが言った直後、美猴が僕のもとに歩み寄る。その腕には見知った少女――アーシアさんが抱き抱えられていた!

 

「アーシア!」

 

「アーシアちゃん!」

 

 部長と朱乃さん、皆がアーシアさんのもとに集まる。外傷はなく、気絶しているみたいだけど……息はしている!

 

「大丈夫、生きています!」

 

 僕の声に皆が涙ぐんだ。本当に良かった!

 

「でも、どうして……」

 

 ボクが疑問を口にすると、コールブランドの持ち主が答える。

 

「次元の狭間を探索中、偶々この少女を見付けましてね。運が良かったですね。もし私たちが偶然その場に居合わせなかったら、この少女は次元の狭間の『無』にあてられて、消失していくところでした」

 

 そう言う理由だったのか。良かった。アーシアさんが無事で。

 

「うわぁぁぁぁあんっ!」

 

 アーシアさんの無事を確認したゼノヴィアが安堵したのか、その場に座り込んで泣きじゃくってしまった。僕は彼女のもとにアーシアさんを下ろすと、ゼノヴィアは大事そうに抱えている。

 

「――あとはイッセーね」

 

 部長がイッセーくんに視線を送る。イッセーくんが禁手(バランス・ブレイカー)に至ったのは、シャルバがアーシアさんを殺した事による怒りだ。アーシアさんの無事を伝えれば戻ると思っている筈。

 

「アーシアの無事を伝えれば、あの暴走状態を止める事が出来るかしら」

 

 部長がそう言うも、ヴァーリは首を横に振る。

 

禁手(バランス・ブレイカー)となっている今の兵藤一誠に、そう伝えただけでは止まらないだろう。まず先に力尽くで止めなければ――」

 

「その役目は聖書の神(わたし)がやろう」

 

『!』

 

 今度は聞き覚えのある事がした。この場にいる僕たち全員がそこへ振り向くと、本来の姿になっている聖書の神――リューセー先輩がいた。

 

 しかも様子が違う。落ち着いた顔をしつつも、先輩から感じる神々しいオーラからは途轍もない怒りを感じる。悪魔の僕や部長達も委縮するほどに。

 

「どわっ! い、いつからそこにいたんだよ、聖書の神! びっくりしたぜぃ!」

 

 どうやらヴァーリや美猴すらも、リューセー先輩の接近に全く気付いていなかったみたいだ!

 

「ついさっきだ。俺の大事な妹分――アーシアを手に掛けた不逞の輩(おろかもの)を成敗しようと来たんだが……どうやら一足遅かったようだな」

 

 リューセー先輩はアーシアさんを手に掛けた犯人がシャルバである事を知らないみたいだ。その当人はイッセーくんが倒したから、もう既にいないけど。

 

 アーシアさんが無事だと分かったのか、怒りを帯びている神々しいオーラが少しずつ消えている。

 

「りゅ、隆誠先輩、どうやってここに? 確か神滅具(ロンギヌス)の結界があった筈では……?」

 

「んなもん全部ぶち抜いてきたに決まってるだろう」

 

『………………………』

 

 ゼノヴィアの問いにアッサリと答えるリューセー先輩に、僕たちは思わず唖然としてしまった。

 

 多分だけどアーシアさんを失った怒りによって、結界を斬り裂いて駆け付けたんだと思う。その証拠にリューセー先輩の手からは、鋭いオーラの刃が微かに残っている。

 

 もしリューセー先輩が来てシャルバと遭遇したら……あっと言う間に終わってたかもしれない。場合によっては『終末の光』を使ってシャルバを存在ごと消していたと思う。

 

「そんな事よりも………今は敵対してるとは言え、アーシアを救ってくれた事に感謝する」

 

「……ふっ。元とは言え、神が悪魔に礼を言うとはな」

 

 ヴァーリは複雑そうな顔をしながらも、リューセー先輩からの礼の言葉を受け取った。

 

 そして次に、リューセー先輩はイッセーくんの方へと視線を移す。

 

「さて、ここからは聖書の神(わたし)がやろう。この際だからヴァーリも見ていくといい。聖書の神(わたし)と赤龍帝……いや、俺たち兄弟の戦いをな」

 

 そう言ってリューセー先輩は身体からオーラを発しながら、未だに闘気(オーラ)の弾丸を放出しているイッセーくんの元へ高速飛行していく。



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四十話

 イッセーが限界を超えた怒りで発動した禁手(バランス・ブレイカー)によって暴走状態に陥ってる為、俺――兵藤隆誠はアイツの元へ向かっていた。今の俺は聖書の神(わたし)としてでなく、兵藤隆誠(あに)として兵藤一誠(おとうと)を止めに行く。ただそれだけだ。

 

 俺の接近に気付いたのか、身体から闘気(オーラ)弾を放出していたイッセーの動きがピタリと止まった。そして俺と対峙するも、イッセーは未だに禁手(バランス・ブレイカー)を解除しない。俺と目を合わせても、まるで焦点が合ってない感じだ。それでも俺だと認識はしてるみたいだが。

 

「よう、随分と雰囲気が変わったじゃないか。それがお前の禁手(バランス・ブレイカー)か? まるで『空孫悟』のスーパーヤサイ人そのものだな」

 

「………………………」

 

 気兼ねなく話しかけるも、イッセーは無言だった。

 

 けれど俺は気にせずに話を続けようとする。

 

「髪の色は全く違うが、漸く『空孫悟(りそうのすがた)』に近付いたな。このまま更に修行を続ければ、お前は更に――」

 

「…………んで、……ん……だよ」

 

「ん?」

 

「何でそんなこと言うんだよ!? 本当は俺を責めに来たんだろ!?」

 

 

 ドンッッ!

 

 

 さっきまで無言だったイッセーが、いきなり俺に向かって怒号してくる。イッセーの闘気(オーラ)もそれに反応するように震わせ、凄まじい突風が吹き荒れる。

 

「兄貴がここに来た時点で知ってる筈だ!! 俺の不甲斐無さでアーシアが死なせてしまった事を!! 言えよ! 責めろよ! 無様な姿を晒してるバカな弟をよ!」

 

「イッセー……」

 

 どうやらイッセーは、アーシアを守る事が出来なかった事に酷く責任を感じてるどころか、己の不甲斐無さを責めているようだ。そして俺がここに来たのは、アーシアを死なせてしまった自分を罰する為だと。

 

 なのに俺が開口一番に開いた内容が、禁手(バランス・ブレイカー)になったイッセーへの称賛だ。罰せられる筈なのに、全く関係の無い事を言ったからイッセーは激昂したんだろう。

 

 俺としては禁手(バランス・ブレイカー)を褒めた後、アーシアの無事も言うつもりだった、しかし、思っていた以上に今のイッセーは相当に深刻な状態のようだ。言うタイミングを間違えてしまったか。

 

 まぁ例え先にアーシアの生存を教えたところで、今のイッセーはすぐに聞き入れたりしないだろう。何しろ、アーシアを失った事で禁手(バランス・ブレイカー)になったんだからな。気絶してるアーシア本人を連れてきても、今のイッセーじゃ『幻覚だ!』とか言って信じないだろうし。

 

 となればやる事は一つ。イッセーを力尽くで大人しくさせるしかない。神器(セイクリッド・ギア)無効化(キャンセル)する術を使えばそれまでなんだが……これは俺の我儘とも言うべきか、イッセーと少しばかり戦ってみたい。暴走状態に陥ってるとは言え、念願だった禁手(バランス・ブレイカー)になってくれたんだ。今のイッセーがどこまで強くなったのかを直接確かめたい。

 

「どうやら今のお前に何を言っても無駄みたいだな。アーシアに会わせる前に、俺が相手をしてやるよ」

 

「ああ、そうしてくれ! 死ぬ前に兄貴と最後の真剣勝負をするつもりだったんだからな!」

 

 コイツ……アーシアを死なせしまった責任を取る為に、自決するつもりだったのか。だとすれば、これは猶更俺が止めなければいけないな。そんな馬鹿な真似をさせるつもりは毛頭ないし、何より俺が絶対に許さん!

 

 死んで解決しようと言う甘ったれた考えを持ってる今のイッセーには……お仕置きが必要だな!

 

「「はあぁああああああああッ!!!」」

 

 

 グゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッッッッッッッ!!!!!!

 

 

 俺と同じタイミングで闘気(オーラ)を極限にまで高めるイッセー。俺のオーラとイッセーの闘気(オーラ)が高まる事によって、周囲は大嵐となり、地面が大揺れするほどの地響きが立つ。まるで冥界全体が悲鳴を上げてるような天変地異となっている。

 

 本当なら周囲に被害が及ばないように結界を張りたいところだが、生憎今はそんな余裕は無い。そんなの張ったところで、今のイッセー相手じゃすぐに壊されてしまう。俺も俺で、久しぶりに全力を出したいと思ってたからな!

 

 そして準備は完了し、互いに目の前の相手に向かって突撃した直後――

 

 

 ドウン! ドガガガガガガガガッ! バキィ! ガガガッ!

 

 

「うおおおおおおおおお!」

 

「かあああああああああ!」

 

 怒涛の勢いとも呼べる高速戦闘が開始された。

 

 拳と拳、肘と肘、膝と膝、それらが互いにぶつかりあう事によって衝撃波が発生している。周囲に大きく影響を及ぼしているにも関わらず、俺達はそんなのお構いなしだ。

 

 俺達の攻防がまるで切り替わるように、今度は相手の拳を握り合う態勢へと変わる。

 

「ぐ、ぐぎぎぎぎ……!」

 

「ぬぅぅうううう……!」

 

 空中で浮いたままの力比べの姿勢になり、イッセーと俺は互いに負けじと腕に力を込めながら睨み合う。

 

 それと同時に俺達は身体からオーラを発し、その余波で空間が徐々に歪み始めた。

 

 そのまま瓦礫と化した神殿へと向かうように降下し、そのまま地面へと降り立つ。途端に両足を踏ん張る態勢へと変えて、更に腕の力を込めると――

 

 

 ピシィッ! ガラガラガラッ! ガッシャーーーンッ!

 

 

 辛うじて残っていた神殿の一部が完全崩壊するだけでなく、俺達が立っている地面の重力がまるで違うように陥没していく。

 

「がああああああああっっ!」

 

「おおおああああああっっ!」

 

 イッセーと俺は、獣の咆哮とも言うべき雄叫びをあげながら、完全崩壊する神殿を気にする事なく力比べを未だに続けようとしている。

 

 

 

 

 

 

「おいおい……なんつー戦いしてんだよぃ、あの兄弟は。まるで神とドラゴンの戦いを再現してるみてぇだよぃ」

 

「凄いですね。あれほどの戦いを、まさかこの目で直接見る事が出来るのは僥倖と言うべきでしょう」

 

 兵藤兄弟の戦いを見ている美猴とアーサーは、それぞれ思った通りの感想を口にする。同時に、とても自分達が割り込める戦いではないと。

 

 滅多に見られる戦いでない事に、二人は戦々恐々としながらも傍観に徹しようとしていた。まるで今後の参考にしようと言わんばかりに。

 

「……………………」

 

 その二人とは別に、ヴァーリは無言だった。

 

 兵藤兄弟が戦う直前までは興味深そうに眺めているだけだったが、始まった途端に目の色が変わった。今は二人の戦いを絶対に見逃すまいと真剣な表情となっている。

 

「ヴァーリ? 何かさっきから黙ったままじゃねぇか?」

 

「………今は俺に話しかけるな、美猴」

 

 無言だったヴァーリに美猴が声を掛けるが、物凄く低い声で拒絶された。ヴァーリの変わりように美猴は少し引き気味だ。

 

「兵藤一誠、君は普段からこんな戦いを聖書の神とやっていたのか……? そう考えるだけで嫉妬に狂ってしまいそうだよ……! ああ、今すぐに戦いたい……! あの場に入って混ざりたい程に……!」

 

「自重して下さい、ヴァーリ。今日は見に来ただけなのでしょう?」

 

「分かっている……! だが、あれ程の戦いを見た所為で、今は必死に抑えるだけで精一杯なんだ……!」

 

「おいヴァーリ! 俺っちはあしらって、アーサーには普通に答えるのかよ!? ちょっと酷くねぇかよぃ!」

 

 美猴が突っ込むもヴァーリは無視していた。今はもう戦いに割って入らないよう必死に己を押し殺している。

 

 今のヴァーリは嘗て『レーティングゲーム』で一誠の戦いを見て、物凄く戦いたい衝動に駆られたサイラオーグ・バアルと一緒だった。バトルマニア故の性とも言うべきか。

 

 そしてリアスや眷族達は――

 

『…………………………』

 

 言うまでもなく全員唖然としていた。

 

 余りにも己との実力差があり過ぎる戦い故に、もはや言葉すら失っている状態だ。

 

 しかし、彼等が戦いを見守っている最中、兵藤兄弟の戦いは今も続いている。

 

 力比べをしている二人だったが、突然止めるように離れた。そして今度は地上戦での攻防へと変わる。

 

 互いに激しく攻め合う二人の攻防に、地面が揺れている。その途中、一誠が回し蹴りをすると隆誠は避ける為に跳躍し、そのまま空中へと飛んでいく。

 

 一誠も追うために飛ぶと、隆誠がそれを見越しているように無数の光の槍を展開して発射する。一誠も負けじと両手から無数の闘気(オーラ)弾を放出して相殺しようとする。

 

 

 ドドドドドドドドドドドドドドドオオオオオオオオンッッッッッッッッ!!!!!

 

 

 光の槍と闘気(オーラ)弾の衝突により、無数の爆発と衝撃が二人を襲う。

 

 それらは当然、遠く離れているリアス達にも届いていた。尤も、二人が戦っている爆心地と違って、そこまでの爆風は来なかったが。

 

 しかし、爆心地にいる兵藤兄弟は全然気にしてないように、そこから更に上の位置から再び空中戦を始めている。

 

 兵藤兄弟の戦いが始まって、まだそこまでの時間は経っていない。けれど、リアス達からしたら何時間も見ている感覚となっている。濃厚とも言える超越した戦いを見てる事によって、リアス達の感覚が既に麻痺も同然となっているから。

 

「ん? 赤龍帝の動きが……」

 

「おまけに、さっきまであったバカでかい気も段々落ち始めてるねぃ」

 

 すると、先ほどまで互角だった二人の戦いに変化が訪れ始めた事にアーサーと美猴が気付いた。

 

 二人の言う通り、一誠が途端に劣勢へとなっている。さっきまで防いでいた隆誠の攻撃が当たり、さらには強烈な一撃を受ける羽目となった。

 

 一誠の異変に隆誠も気付いている筈だろう。だが今は気にせず只管攻撃を続けている。

 

 攻撃を受けている一誠は一旦距離を取ろうと隆誠から離れ、さっきまでとは打って変わるように息が上がるどころか、左胸を手で押さえている。

 

「例え禁手(バランス・ブレイカー)になったとしても、聖書の神相手ではまだ勝てないと言えばそれまでだが……それでも妙だな。今度は……攻撃が当たっていない筈の左胸を手で押さえているみたいだが」

 

『!』

 

 戦況が変わった事に落ち着き始めたのか、ヴァーリは冷静に分析する。その分析内容を聞いたリアス達は気付いた。一誠に異変が起きた原因に。

 

「イッセーは禁手(バランス・ブレイカー)になる前、シャルバが放った光で左胸を貫かれたわ……!」

 

「咄嗟に身体をずらして致命傷は何とか避けましたが、アーシアちゃんが治療を施しても重症のままで……!」

 

「……なるほどな」

 

 リアスと朱乃が思い出すように言ったのを聞いたヴァーリは納得の表情をする。

 

禁手(バランス・ブレイカー)となった事でアドレナリンが急速に高まり、身体の痛みを一時的に忘れさせていたと言うことか。だが戦い続けた事によって、彼の身体に限界が近づいてきたと見ていいだろう。となれば、これは不味いな。今になって痛みが再発したと言う事は即ち……兵藤一誠の死が徐々に近づいていると言う事になる」

 

 一誠の死と聞いた瞬間、リアス達が驚愕を露わにする。

 

「聖書の神も赤龍帝が重傷だと気付いたのか……決着を付けるようですね」

 

 アーサーの発言に、リアス達は再び兵藤兄弟の方を見る。そこにはお互いにオーラを最大限に放出し、自身の最高の技を放とうとする構えだった。

 

 一誠は当然ドラゴン波で、隆誠は………何と一誠と同じ構えでドラゴン波を撃とうとしている。

 

 そして二人が構えた両手からは凝縮されたオーラの塊が形成されて撃った直後――

 

 

 ズォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!

 

 

『きゃあ!』

 

『ぐっ!』

 

 二つの巨大なドラゴン波が激突した。先ほど光の槍と闘気(オーラ)弾とは比べ物にならないほどの爆風がリアス達に襲い掛かる。

 

 そんな中、ヴァーリとアーサーと美猴はそれぞれ防御結界を張ろうとする。一緒にいるリアス達も守りながら。

 

 ドラゴン波による激突が十秒以上続くも、徐々に隆誠の方が押しつつあった。一誠も負けじと威力を上げようとするが、左胸が痛む事によって思うように出す事が出来ない状態だ。

 

 そして――

 

「今回も俺の勝ちだなイッセェェェェェェェl!!!!」

 

「っ! ぐ、ぐあああああああああああああっ!!!!!!」

 

 一誠のドラゴン波が隆誠のドラゴン波に負けたどころか、一誠自身もそれに包まれるように飲み込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~一方その頃~

 

 

 余談ではあるが、もう既に旧魔王派の撃退が完了しており、今はVIPルームにいる各陣営は落ち着いている状況となっていた。そんな中、襲撃の発端となったバトルフィールドを確認しようとモニターで確認してる際に――

 

「流石は赤龍帝だ! 神の姿となってる隆誠殿相手に、あそこまでの戦いを見せるとは……! もう我慢出来ん! 今すぐあの場へ行くぞ!」

 

「お止め下さい、サイラオーグさま! 旧魔王派の残党がいないかの確認をしなければいけないと言うのに! レグルス達も一緒に止めて!」

 

「か、畏まりました! サイラオーグさま! お気持ちは分かりますが、どうかご自重ください!」

 

 興奮を抑えきれなくなっているサイラオーグを必死に止めようとするクイーシャとレグルスだった。他の眷族達も同様、必死に彼を止めている。




次回でやっとイッセーが悪魔になる……予定です。


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四十一話

 一先ず勝負は俺――兵藤隆誠の勝ちだが……あの愚弟(バカ)、こうなる事を見越してたな。既に重症であった事を隠して俺に勝負を挑み、最後は武道家として戦って死のうと。俺のドラゴン波に飲み込まれる寸前、一瞬だがニヤリとほくそ笑んでいたからな。

 

 してやられたよ。まさか兄の俺が(イッセー)の思惑通りに動かされるとはな。結果的にはアイツの勝ちも同然だ。憎たらしいったらありゃしない。

 

 俺のドラゴン波を受けたイッセーは力を使いつくしたのか、禁手(バランス・ブレイカー)を解除しながら地上へと落下していく。それを見た俺は即座に向かい、お姫様抱っこの要領でイッセーを抱える。

 

「全く、お前には恐れ入ったよ」

 

「ははは……兄貴にそんなこと言われるなんて、初めてだな……ごほっ! ごほっ!」

 

 俺の台詞にイッセーがしてやったりと笑みを浮かべるも、途端に咽て血を吐いた。同時にイッセーの左胸が徐々に出血していく。

 

 早くイッセーを治療しようと完全崩壊した神殿へと降下し、俺はすぐにイッセーを横にしたまま地面へと下ろす。その直後には『治癒の光』を使って治療を始める。

 

「お前と言う奴は……ずっとこんな状態で戦っていたのかよ」

 

「ま、まぁな……ごふっ。兄貴と戦う前に、シャルバって野郎に、不意打ちを、喰らっちまってな……」

 

「シャルバだと?」

 

 その名は確か、旧ベルゼブブの子孫――シャルバ・ベルゼブブっていう旧魔王の名だったな。

 

 俺が始末した首謀者の一人――クルゼレイ・アスモデウスの他にいたのは知っていたが、まさかイッセー達の所にいたとは……。

 

「そのシャルバはどうしたんだ?」

 

「俺が、ぶち殺して、やった……。けどあの野郎……俺が、止めを刺す寸前に、ギリギリで、転移を、使って、逃げや、がった……ごほっ、ごほっ……」

 

「……そうか」

 

 となると、シャルバの阿呆がアーシアを手に掛けた事によって、イッセーが禁手(バランス・ブレイカー)となったのか。

 

 念願だったイッセーの禁手(バランス・ブレイカー)がアーシアの死による怒りとは……俺としては凄く複雑だよ。こんな形でイッセーが禁手(バランス・ブレイカー)に到達するなんてな。

 

「それと兄貴、すまねぇ……。俺の所為で、アーシアが……!」

 

「もういい、それ以上喋るな。言っておくがアーシアは今……ん?」

 

 おかしい。さっきから『治癒の光』を当てて、重症だったイッセーの左胸は完治してる筈なのに……どうしてイッセーは未だに完全回復しないんだ?

 

 それに加えて、イッセーの闘気(オーラ)が減っているどころか、身体もどんどん衰弱していって……まさか!

 

「おい、イッセー! 今になって気付いたが、お前……自分の命を闘気(オーラ)に変換してたな!?」

 

 どうやって出来たのかは知らんが、コイツは以前のレーティングゲームでのシトリー戦で、匙がやった方法を実行していやがった!

 

「よ、よくお分かりで……。どうせ死ぬんなら、兄貴と戦う前に、無駄遣いしておこうと、思ってな……」

 

「だからあの時、闘気(オーラ)弾をばら撒いていたのか……!」

 

 確かに考えてみれば、イッセーが禁手(バランス・ブレイカー)によって暴走状態になっても、あんな余りにも無駄過ぎる行いはしない。もしやるにしても、自身の許容量で済ませる筈だ。

 

 くそがっ! コイツ、自分が死ぬ事を前提として色々な事を考えていたな! 俺とした事が、それに全く気付かなかったなんて!

 

「ふざけるなよイッセー! 俺がお前を死なせると思ってるのか!?」

 

「思って、ねぇから、ああしたんだよ。それに、いくら兄貴でも、傷は治療出来ても、失った命までは回復、出来ねぇだろ?」

 

 この野郎……それも見越して自身の命を使ったな! 俺のやろうとする事は何もかもお見通しかよ!

 

 ここまでイッセーの思惑通りに動かされるなんて考えもしなかった。それに一切気付かなかった俺自身にも腹が立ってくる!

 

「兄貴、勝手で悪いけど、俺は、ここまでだ……。アーシアの後を追うから、父さんと母さんに、上手く、言っといてくれ……」

 

「だからアーシアは――」

 

「何か、疲れたから、俺もう、寝るわ……」

 

 俺の話を全然聞かないイッセーは勝手に話を終わらせて、両目を瞑って眠ろうとする。

 

「おい! 勝手に寝ようとすんな……って不味い!」

 

 本当に死ぬ寸前になっていやがる! このままイッセーが死んでしまったら、アーシアに何て言えばいいんだよ、このバカが!!

 

 一先ず延命措置を施そうと聖書の神(わたし)能力(ちから)で、イッセーの周囲に特別な加護を施した光で包ませる事にした。

 

 今の私ではもうイッセーを助ける術はない。となれば……もう一つの手段として、リアス(・・・)の力を借りるしかないか。まさかこんな展開になるとは予想もしなかったがな。だが果たして上手くいくかどうか……。

 

 すると、遠くから見守っていたリアス達が此方へとやってくる。

 

「リューセー! イッセーは大丈夫なの!?」

 

 我先にと言わんばかりに、リアスが俺に駆け寄ってイッセーの容態を訪ねてきた。

 

「……イッセーはもう死ぬ寸前だ。もう聖書の神(わたし)では手の施しようがない」

 

「そんな……!」

 

 俺の言葉にリアスだけでなく、気絶してるアーシアを除く眷族の朱乃たちも顔を青褪めていた。自身の大事な存在が危篤状態だと知った事に。

 

 その中で一番深刻な状態は朱乃だった。今はもう両膝をついて絶望寸前の表情になっている。

 

「どうしてよ!? あなたは全知全能の神なんでしょう!? どうして人間のイッセーを助ける事が出来ないのよ!?」

 

「生憎、今の俺は“元”神だ。全知全能なんかじゃない。能力(ちから)を制限されてる今の聖書の神(わたし)では無理なんだ」

 

 今の聖書の神(わたし)では傷を瞬時に治せても、失った寿命まで再生させる事までは出来ない。尤も、それは他の神々にも言える事だがな。

 

「じゃあ、何であなたはそんなに落ち着いているのよ!? 自分の大事な家族が死ぬ寸前になっているのに!」

 

「イッセーが助かる方法はあるから、今はこうして冷静になってるんだよ。尤も、その方法は賭けに近いが」

 

『………え?』

 

 イッセーが助かると聞いて、さっきまで絶望状態に近かった朱乃達が一斉に俺を見る。

 

「助かるって……それは一体どんな方法なの!?」

 

「おいおい、もう忘れたのか? お前は今も肌身離さず大切に持っている筈だろ? イッセーを正式な眷族にする為に必要な『兵士(ポーン)』の駒――『悪魔の駒(イーヴィル・ピース)』を」

 

『!』

 

 リアス達は本当に忘れていたのか、まるで今思い出したようにハッとした顔になる。『(キング)』のリアスがそれを忘れてどうすんだよ。

 

「なるほどな。彼に『悪魔の駒(イーヴィル・ピース)』を使えば、失った命を取り戻すどころか、転生悪魔として新たなる生を授かると言う事か」

 

 リアス達と一緒に同行してるヴァーリが納得な表情をした。が、その後は不安そうにリアスを見る。

 

「しかし聖書の神の言う通り、それは本当に賭けも同然だな。知っての通り、主のリアス・グレモリーは兵藤一誠との実力差が余りにも開き過ぎているから、果たして上手く転生する事が出来るのかが怪しいものだ」

 

「っ!」

 

 ヴァーリの指摘にリアスは悔しそうに唇を噛みしめながらも、大事に閉まっていた『兵士(ポーン)』の駒を出している。言い返さないのは、ヴァーリの言ってる事が事実だと分かっているからだ。

 

 その証拠として、以前にリアスが『兵士(ポーン)』の駒を使ってイッセーを眷族にしようとしたが、物の見事に弾かれてしまった。その為にイッセーは今も眷族候補のままである。

 

「まぁ、そこは多分大丈夫だろう。今のリアスならイッセーを眷族に迎え入れる事は出来る筈だ」

 

 リアスは以前と違って、イッセーの主になるよう今も己を鍛えている。修行して強くなっているイッセーに追い抜かれないようにな。

 

 純血種の上級悪魔は元々才能に優れた存在だから、自らを鍛える事はしない。サイラオーグは諸事情によって鍛えざるを得ないが、そこは敢えて省略させてもらう。

 

 んで、将来有望として優れた才能を持っているリアス・グレモリーが、今は抗うよう必死に努力して人間のイッセーに近付こうとしてる。異性として惚れているからと言っても、それは上級悪魔として信じられない行為だ。

 

 だが今のリアスはそんなの知った事かと言わんばかりに、大好きなイッセーの為に頑張っている。俺はリアスのそう言うところを気に入ってるから、イッセーを眷族にする事に反対はしない。

 

「後はお前の想い次第だ、リアス。それによってイッセーを眷族に出来るか否かで決まる。どうする?」

 

「わ、私は……」

 

 俺からの問いにリアスは迷っている表情をしている。恐いのだろう。今の自分で本当にイッセーを眷族にする事が出来るのかと。

 

「もし無理なら………緊急措置として、現魔王サーゼクス達の誰かに頼んでイッセーを魔王の眷族にさせる手もあるが」

 

 魔王であるサーゼクス達は今でもイッセー以上の実力があるから、容易に眷族にする事が出来る筈だ。

 

 もしリアスが断れば、俺はすぐにサーゼクス達に連絡をして事情を説明するつもりだ。代わりにイッセーを自身の眷族にして欲しいと。

 

 向こうは俺の要請を断らないどころか、率先してやってくれるだろう。サーゼクスを除く現魔王達はイッセーを眷族として迎える事に一切の不満は無いからな。

 

 だが――

 

「冗談じゃないわ! イッセーは私が眷族にするって決めてるのよ! いくら貴方や魔王さまでも、そこだけは絶対に譲れないわ!!」

 

「そうか。なら早くやってくれ」

 

 どうやらリアスが漸く決心したから、サーゼクス達に頼む必要はなさそうだ。

 

 迷いのない表情をしているリアスは、八つの『兵士(ポーン)』の駒を持ったままイッセーに近付く。

 

 それを見た俺はすぐにイッセーを包んでいる光を解除する前に、確認をしようとする。

 

「ではリアス、覚悟はいいな?」

 

「そんなの聞くまでもないわ! 早くこの光を解除して!」

 

「了解、と」

 

 リアスの覚悟を見た俺は包んでいる光を解除すると――

 

「イッセー、私はあなたが大好き。だから死なないで! あなたと一緒にやりたい事がまだたくさんあるのだから!」

 

 そう言って彼女は持っている『兵士(ポーン)』駒を使って、イッセーを眷族に迎え入れようとする。

 

 果たして結果は…………




イッセーが悪魔になるかは次回で!


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四十二話

「我、リアス・グレモリーの名において命ず! 汝、兵藤一誠よ。我の下僕となるため、悪魔と成れ! 汝、我が『兵士』として、新たな所為に歓喜せよ!」

 

 死に瀕して永遠の眠りにつこうとしてるイッセーの胸に八つの『兵士(ポーン)』の駒を置くと、リアスは身体から濃厚な紅い魔力を出しながら詠唱をする。

 

 駒が紅い光を発して、イッセーの胸へ……完全に沈んでいった。どうやら転生に成功したようだな。その証拠にリアスは両手で口元を押さえながら、双眸から涙を流しているよ。朱乃達も同様に。

 

 堕天使レイナーレの独断による騒動を解決した後の時だ。リアスがイッセーを眷族にしようと『悪魔の駒(イーヴィル・ピース)』を使ったが、胸の中に沈む直前に弾かれてしまった。

 

 理由は簡単。イッセーの実力+『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』によって、リアスの容量(キャパシティ)を超えていたから。その為に転生悪魔になる事が出来なかったって訳だ。

 

 正式な眷族にする事が出来なくてリアスは最初ショックを受けていた。けれど、自分の眷族にする事を諦めようとしない彼女は、暫くはイッセーを『眷族候補』と言う事で保留する事となって今に至る。

 

 しかし、もうイッセーは『眷族候補』じゃない。晴れて正式な眷族としてリアスの『兵士(ポーン)』となった。リアスにしては、これほど喜ばしい事はないだろう。

 

 余談だが、イッセーが正式な転生悪魔となった事によって、眷族候補のアーシアも後ほど悪魔になるだろう。今後はリアスの『僧侶(ビショップ)』として。

 

 何故今になってリアスの『兵士(ポーン)』になれたかについてだが……恐らくはイッセーが瀕死の状態だからだろう。今のイッセーは闘気(オーラ)だけでなく、命が尽きかける寸前だったから、その事もあって眷族化に成功したと思う。以前に失敗した時のイッセーは万全の状態だったからな。

 

「……どうやら勝ち逃げされずに済んだようだな」

 

 そんな中、ずっと見守っていたヴァーリも安堵した表情となっている。

 

 どうでも良いんだが勝ち逃げって……。そう言えば、以前イッセーとの戦いでは敗北したと認識してるんだったな。イッセーもイッセーで自分が負けたんだと豪語していたし。

 

「う、うーん。あれ? ここって……」

 

 ヴァーリの言い分に思わず内心呆れてると、イッセーが目を覚ました。その直後、号泣するリアスや朱乃が即座に抱きつく。

 

「え? なに? 何で部長と朱乃さんが? 俺、確か死んだ筈じゃ……?」

 

「助かったから、今もこうして生きてるんだよ」

 

「……あれ、兄貴まで何で……?」

 

 どうやらこの愚弟(バカ)は未だに自分が死んでると思ってるようなので――

 

「いい加減に……自分が生きてるって事を実感しろ~~~!!!」

 

「うぎゃ~~~~!! こ、このアイアンクローはぁ!!」

 

 そろそろ現実を教えてやろうと、リアスと朱乃を引きはがした直後、イッセーがバカな事をやった時の折檻シリーズの一つ――アイアン・クローをかましてやった。言うまでもなくイッセーの顔面を片手で掴んでいる。ついでに今は俺は神の姿になってるから、『ゴッド・クロー』とでも呼ぶべきか。

 

『……………………』

 

 イッセーを折檻してる事に一同は唖然とするも、俺は気にせずに続けようとする。

 

「何だったら俺がこのまま本当の死を体感させてやろうかぁ~~~!?」

 

「そ、それだけは勘弁してくれ~~~! こんな死に方は嫌だぁ~~~!!」

 

 ジタバタと無駄に暴れるイッセーに、俺は更に握力を上げ続けるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とまあ、感動の場面から突然に俺の折檻と言うギャグ的な展開が起きるも、イッセーは漸く自分が生きていると実感した。

 

 自分が生きているのはリアスが『悪魔の駒(イーヴィル・ピース)』を使って、自分を『兵士(ポーン)』にしたから助かったと俺から説明した。それを聞いたイッセーはリアスに感謝しつつも、俺を見ながら申し訳なさそうな顔をしていたよ。別に気にしてはいない。リアスの眷族となる予定が早まっただけに過ぎないからな。

 

 それと、ゼノヴィアが抱えているアーシアを見てイッセーは驚愕する。俺もどうしてアーシアがいきなり消えたのか知らなかったので聞いてみると、どうやらシャルバによって次元の狭間へ送られていたらしい。そこを偶々その場にいたヴァーリが助けてくれたんだと。

 

 偶然とはいえ、ヴァーリが次元の狭間にいてくれて良かったよ。もしいなければ、アーシアは次元の狭間による無の力で消失されていたからな。本当にありがとう、ヴァーリ。

 

「アーシア! アーシア!」

 

 俺がヴァーリに内心感謝してると、イッセーが未だ気絶してるアーシアに呼び掛けている。すると、彼女の(まぶた)が静かに開いていく。

 

「……あれ? ……イッセーさん?」

 

 アーシアが無事に目覚めた事にイッセーが抱こうとするも――

 

「アーシア!」

 

 

 ドンッ!

 

 

 何とゼノヴィアに弾き飛ばされてしまった。まぁ彼女も心配していたから、その気持ちは分からんでもない。イッセーも分かってるように複雑な顔をしてるし。

 

「ゼ、ゼノヴィアさん。どうしたんですか? く、苦しいです……」

 

「アーシア! 私とキミは友達だ! ずっとずっと友達だ! だから、もう私を置いていかないでくれ!」

 

 アーシアは泣いているゼノヴィアの頭を優しく撫でる。

 

「はい、ずっとお友達です」

 

 何というか……ゼノヴィアに持ってかれた気がする。それはそれとして、後でアーシアにはイッセーが転生悪魔になった事を教えないとな。

 

 取り敢えずは一件落着と見ていいだろう。と言っても、俺はアザゼルやサーゼクス達と一緒に事後処理をされる事になると思うが。

 

 すると、イッセーはヴァーリの方へと視線を向ける。

 

「そういや、まだ言ってなかったな。ありがとな、ヴァーリ。アーシアを助けてくれて」

 

「……聖書の神に続いて、キミも敵である俺に礼を言うとは。ま、素直に受け取っておこう」

 

 宿敵(ライバル)からの礼にヴァーリは素直に受け取ったようだ。すると、今度は空の方へと視線を向ける。

 

「それよりもそろそろだ。空中を見ていろ」

 

「?」

 

 ヴァーリの言う通りにするイッセーは訝しげに思いながらも、何もない空を見上げる。

 

 その直後――

 

 

 バチッ! バチッ!

 

 

 空間に巨大な穴が開き、そこから何かが姿を現した。

 

「あ、あれは……」

 

 穴から出現したものを見たイッセーは驚きの余りに口が開きっぱなしとなっていた。アーシアやリアス、他の眷族達も同様に。

 

 俺は久しぶりに見た存在に、思わず懐かしげな気持ちとなっている。

 

「成程。ヴァーリは『真なる赤龍神帝(アポカリュプス・ドラゴン)』――グレートレッドを探していたのか」

 

「その通りだ」

 

 空中を雄大に泳いでいる巨大な真紅のドラゴン――グレートレッドを見ながら言うと、ヴァーリはすぐに頷く。

 

「ぐ、グレートレッドって確か、赤龍帝とは別にもう一体いる『赤い龍』の最上位で、今は『次元の狭間』に住んで永遠に飛び続けているアレか?」

 

「ほう、キミも一通り知っているみたいだな。ドライグ、もしくは聖書の神から聞いたか」

 

 そりゃ知ってて当然だ。イッセーは結構前からコッチ側に関わっているんだから、聖書の神(わたし)が直々に色々と教えたよ。

 

 あと、ヴァーリは他にも教えてくれた。オーフィスが冥界(ここ)へ来た目的は、グレートレッドを確認する事らしい。ついでにシャルバ達の作戦はヴァーリやオーフィスにとって、如何でも良いことだったんだと。堂々とオーフィスを利用してると豪語してたクルゼレイが道化のように思えてくるよ。

 

「そして、俺が倒したい目標だ」

 

 ヴァーリの目標と聞いたイッセーが思わず彼を見る。

 

 すると、ヴァーリは今まで以上に真っ直ぐな瞳でイッセーに向かって言う。

 

「俺が最も戦いたい相手――『D×D(ドラゴン・オブ・ドラゴン)』と呼ばれし『真なる赤龍神帝(アポカリュプス・ドラゴン)』グレートレッド。俺はそいつを倒して『真なる白龍神皇』になりたいんだ。赤の最上位がいるのに、白だけ一歩前止まりでは格好がつかないだろう? だから、俺はそれになる。尤も、グレートレッドと戦う前に倒さなければいけない相手が目の前にいるから、それまでは保留だ。敗北した赤龍帝(キミ)に勝たなければ、あれと戦う資格はないからな」

 

「……そうか。お前もでっけぇ夢を……って、待てコラァ!」

 

 ヴァーリの夢を聞いたイッセーは感慨深く聞いていたが、突然待ったをかけた。いきなりの事に俺やリアス達も何事だと思って見ると――

 

「この前も言ったが、あの時の勝負を勝手に自分の負けにしてんじゃねぇ! アレは俺が負けたんだって何度言えば分かるんだ!?」

 

「キミは本当にしつこいな。あの時は慢心した俺の負けだと言っただろう」

 

「だから勝手に決めんなって言ってんだろうが! いい加減にお前が俺に勝ったと認めろ!」

 

「それはこっちの台詞だ! キミもいい加減俺に勝ったと認識を改めろ!」

 

 またしても自分の負けだとの言い争いを始めてしまった。

 

 コイツ等と来たら本当に……。

 

『………………………』

 

「はぁっ、またか……」

 

「赤龍帝もヴァーリも意固地だねぃ。俺っちから見たら相打ちだよぃ」

 

 リアス達がイッセーとヴァーリの見た事のない言い争いをしてる事に呆然としてる最中、前に見た俺と美猴は呆れた表情をしながら嘆息する。

 

 取り敢えずリアス達には後で事情を説明しておくとしよう。ヴァーリと一緒にいるアーサーの方は美猴に任せておく。

 

「グレートレッド、久しい」

 

 突如、聞きなれない第三者の声にリアス達が驚愕した。声の主はオーフィスで俺の隣に立っている。

 

「お、おい兄貴、その隣にいる娘ってまさか……!」

 

 ヴァーリと言い争いをしていたイッセーが彼女を見た途端、警戒するように言ってきた。

 

「ああ、コイツが『無限の龍神(ウロボロス・ドラゴン)』オーフィスだ。そして『禍の団(カオス・ブリゲード)』のトップでもある。安心しろ。コイツは俺達と戦う気なんて一切無いから」

 

 イッセーは俺の言う事に一先ず信じるも、リアス達は未だに警戒していた。まぁ、敵のトップが現れて戦わないなんて言われても早々に信じる事は出来ないだろう。

 

 もしコイツが戦うとしたら……俺達はもうとっくのとうに殺されている。いくら聖書の神(わたし)やイッセーがいても、コイツに勝つ事なんて出来ないからな。

 

 リアス達の警戒を余所に、オーフィスはグレートレッドに指鉄砲の構えでパンッと撃ちだす格好をした。

 

「我は、いつか必ず静寂を手にする。そして聖書の神、『禍の団(カオス・ブリゲード)』に入るまで、我、諦めない」

 

「俺としてはどちらも諦めて欲しいんだけどな」

 

 相も変わらずブレないオーフィスに俺が呆れてると、羽ばたきと巨大な物が降ってきた音が聞こえた。

 

 音の発生源の方へ視線を見ると、アザゼルとタンニーンがいた。

 

「先生、おっさん!」

 

「おー、イッセー。禁手(バランス・ブレイカー)に至れたようだな。おまえのバカでかい闘気(オーラ)を感じ取れたぞ。それに………もう人間じゃなくなってるみたいだな」

 

「ええ、まぁ……」

 

 アザゼルはイッセーから感じる闘気(オーラ)に違和感があったのか、物の見事に当ててきた。恐らくイッセーの体内にある『悪魔の駒(イーヴィル・ピース)』を感じ取ったんだろう。

 

「……え? イッセーさんが人間じゃないって……」

 

 それを聞いたアーシアがきょとんとした様子を見せる。後で俺がちゃんと説明しておかないとな。

 

「ま、これで漸くリアスの念願だった正式な眷族悪魔になれたって事か。そこんところは聖書の神(おやじ)としてはどうなんだ?」

 

「別に何も。イッセーが悪魔になったところで、俺の弟である事に変わりはない。それに悪魔になった事で身体能力も上がってる筈だから、今まで以上に厳しい修行が出来る。腕が鳴るよ」

 

「おい待て兄貴! そんな恐ろしい笑みを浮かべながら言われると、俺の身が凄く危険なんですけど!」

 

 イッセーが叫ぶも俺は無視だ。因みに俺が厳しい修行をすると聞いた裕斗とゼノヴィアが羨ましそうにイッセーを見ている。

 

「ハハハハ、神が悪魔を鍛えるとはな! ――と、オーフィスを追ってきたらとんでもないものが出ているな」

 

 アザゼルとタンニーンも空を飛ぶグレートレッドに視線を向ける。

 

「懐かしい、グレートレッドか」

 

「タンニーンはアイツと一戦交えた事あるのか?」

 

 俺の問いにタンニーンは首を横に振る。

 

「いや、俺なぞ歯牙にもかけてくれなかったさ。嘗て聖書の神であった兵藤隆誠も知っているだろう? グレートレッドの強さは俺程度で比較にならんと」

 

「そりゃ、まぁ……」

 

 思わず頷きそうになるも、何とか濁す事にした。この場でハッキリと言ったら、元『五大龍王』であるタンニーンの立つ瀬が無いからな。

 

「久しぶりだな、アザゼル」

 

 ヴァーリがアザゼルに話しかけている。

 

「クルゼレイ・アスモデウスは倒したのか?」

 

「ああ、旧アスモデウスはそこにいるリューセー――聖書の神(おやじ)の逆鱗に触れて瞬殺された」

 

 クルゼレイが瞬殺されたと聞いた瞬間、リアス達は恐ろしげに俺を見ていた。

 

 そんな目で見るなよ。俺は単に、大事な両親を冥府へ送ろうとふざけた事を抜かしたクルゼレイを成敗しただけなんだからさ。

 

「とまあ、まとめていた奴等が取られれば配下も逃げ出す。どうやら、シャルバ・ベルゼブブの方もイッセーが『禁手(バランス・ブレイカー)』で片付けたみたいだしな」

 

「因みにサーゼクスはどうした?」

 

 俺がアザゼルに訊く。

 

聖書の神(おやじ)が結界を紙屑みたいに斬って崩壊したから、観戦ルームに戻ったよ」

 

 そしてアザゼルは俺の隣にいるオーフィスに言う。

 

「オーフィス。各地で暴れ回った旧魔王派の連中は退却及び降伏した。もう事実上、まとめていた末裔(まつえい)共を失った旧魔王派は壊滅状態だ」

 

「そう。それもまた一つの結末」

 

 オーフィスは旧魔王派の末路を聞いても全然驚く様子を見せないどころか、まるで如何でも良いように流している。

 

 それを聞いたアザゼルは半眼で肩を竦める。

 

「おまえらの中で、あとヴァーリ以外に大きな勢力は人間の英雄や勇者の末裔、神器(セイクリッド・ギア)所有者で集まった『英雄派』だけか」

 

 そう言えばいたなぁ、そんな勢力。俺から言わせれば、単なる英雄気取りのテロ組織にしか思えないがな。

 

「どころでオーフィス、この後はどうするつもりだ? 俺の近くにいるからって、アザゼル達は手を抜いたりしないぞ」

 

 アザゼルはいつでも戦えるように、光の槍の矛先をオーフィスに向けている。一応、俺も俺でいつでも戦える状態だ。

 

 だが、オーフィスはきびすを返す。

 

「我は帰る」

 

 思った通り、戦闘意欲ゼロのようだ。俺としては好都合だよ。

 

 まぁ俺が良くても、他の面々はそれで納得する訳もなく、タンニーンが翼を広げて呼び止める。

 

「待て! オーフィス!」

 

 タンニーンからの牽制に、オーフィスは笑みを浮かべるだけだった。

 

「タンニーン。竜王が再び集まりつつある。それと、聖書の神」

 

「ん?」

 

 オーフィスは宙に浮いた途端――

 

「――――――――」

 

 

 ヒュッ!

 

 

 俺にしか聞こえないように小声で呟き、すぐに消え去ってしまった。

 

 退散したオーフィスに、アザゼルもタンニーンも嘆息している。

 

「俺達も退散しよう」

 

「って、お前ら逃げ足速過ぎだ!」

 

 どうやらヴァーリも逃げる準備が出来ていたようだ。その証拠にアーサーが作り出したと思われる次元の裂け目に入る寸前だ。それを見たイッセーが突っ込んでいる。

 

「兵藤一誠。この前の勝負は抜きにして……俺を倒したいか?」

 

「……ああ、倒したいさ。けど、俺が一番に超えたい相手はお前じゃない。言っちゃ悪いが、俺にとってお前は単なる通過点だ。兄貴――聖書の神を超える為のな」

 

「俺もだよ。俺もキミを倒したところで一つの通過点にすぎない。キミ以外に倒したいものがいるからな。おかしいな。現赤龍帝と現白龍皇は宿命の対決よりも大切な目的と目標が存在している。きっと、今回の俺とキミはおかしな赤白ドラゴンなのだろう。そういうのもたまにはいい筈だ。――だが、今はお互いに目の前の事が最優先だ」

 

 そう言うヴァーリにイッセーは拳を向ける。

 

「ああ、今度はちゃんと決着つけようぜ。どっちが勝って、どっちが負けたのかとお互いに納得する決着をな」

 

「勿論そのつもりだ。俺と再び戦うその時は………今以上に強くなる事だ、兵藤一誠。俺もキミと同様、強くなる為に修行をしているからな」

 

 お互いに単なる通過点だと言っても、最強のライバルと認識しているようだ。ヴァーリの言う通り、今回の赤白ドラゴンはおかしいが、それはそれで面白くていい。

 

「じゃあな、ファイタードラゴンに聖書の神!」

 

 あれ? 美猴の奴、イッセーがファイタードラゴンだといつ知ったんだ? 冥界へ来た時にイッセー関連の情報でも集めてるのか?

 

「木場裕斗くん、ゼノヴィアさん」

 

 アーサーが裕斗とゼノヴィアに言う。

 

「聖書の神から聞いていると思いますが、私は聖王剣の所有者であり、アーサー・ペンドラゴンの末裔。アーサーと呼んでください。いつか、聖剣を巡る戦いをしましょう。では」

 

 そして、ヴァーリ達は次元の裂け目へと消えていった。

 

 本当だったら追うべきなんだろうが、アーシアを助けてくれたから見逃す事にした。たとえソレが、ヴァーリの単なる気まぐれであろうと。

 

 イッセーもそれを分かってるから、この場で戦おうとはしなかったし。

 

 それを見た俺は安心しながら、イッセーに向かって言う。

 

「さて、帰る前に一度お前を病院に連れて行かないとな」

 

「は? 何言ってんだよ、兄貴。俺はもうピンピンしてるぞ」

 

 問題無さげな感じで振舞うイッセーだったが………その直後に再び倒れてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

「あら、ヴァーリくんじゃない。私に何か用かしら?」

 

「エリガン。あなたは聖書の神に会う筈だったのでは?」

 

「そのつもりだったんだけど、止めにしたわ。クルゼレイのおバカさんがダーリンを怒らせた挙句、シャルバのおバカさんも聖女ちゃんを次元の狭間へ飛ばしたからね。それを知ったダーリンが大激怒だったから、会った瞬間に問答無用で殺されてるわ」

 

「………クルゼレイは聖書の神に始末されたそうだが、シャルバの方はどうなった?」

 

「イッセーくんに打ちのめされながらも、命からがらで何とか転移を使って生き延びたわ。ま、暫くは使い物にならないわね」

 

「とても旧魔王派に属する悪魔とは思えない発言だな」

 

「嘗てアルスランド家は、あの連中とそれなりの(よし)みがあって、無下に扱う事が出来なかったのよ」

 

「そうだったのか。まあ何にせよ、シャルバは急ぎすぎた。徹底抗戦を唱え、現魔王政府に追放された先人も急ぎすぎた。目先の怨恨だけで動くから滅ぶ」

 

「全くもって同感ね。ああ、そうそう。旧魔王派の幹部達から、ヴァーリくんをトップに迎え入れたいと言ってたわ。一応聞いておくけれど、どうする?」

 

「聞かなくても分かると思うが、いまのポストで充分だと伝えてくれ。これ以上、前魔王の血族としての役職を増やしたくない」

 

「でしょうね。取り敢えず、これで旧魔王派は殆ど瓦解って事になるわ。これで漸く私も自由に動けるわね」

 

「ならばもう俺を監視、場合によっては始末する必要が無くなったという事だな。ならば俺達の前から去るがいい」

 

「……あら、気付いてたの? 私がシャルバ達から指示されてた事に」

 

「あの連中の考えてることぐらい、俺でも容易に分かる」

 

「あらあら、何もかもお見通しだったわけね。あ、言っておくけど、私はこのままヴァーリくん達といるつもりよ」

 

「……どういうつもりだ? もうあなたは俺たちに用は無い筈だろう」

 

「まだあるわ。ヴァーリくんとの修行は終わってないんだから。それに……イッセーくんは禁手(バランス・ブレイカー)に至って、悪魔になったそうじゃない。加えて今後のダーリンとの修行で、この先かなり強くなる筈よ。パートナーがいない修行で強くなろうとしても、高が知れることくらいはヴァーリくんも分かってる筈よ」

 

「………………………」

 

「今も信用出来ないのは分かってるから、監視は今まで通りしても構わないわ。前にも言った通り、私はダーリンに勝ちたいが為にやってる事だから」

 

「……俺から後で美猴たちに言っておこう。以前も言ったが、妙な事をすれば即刻打ち切る。良いな?」

 

「ふふ、勿論よ♪」




あと何話か更新したら完結予定です。


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四十三話

 旧魔王派の襲撃から二日経つも、イッセーは目覚める気配は無かった。今も病室で眠っている状態だ。

 

 今も深い眠りについているのには色々な理由があるが、その中で一番なのはイッセーの身体状態にあった。

 

 イッセーは人間から悪魔になる寸前、もう俺がどんな治癒を施しても絶対に助からない瀕死状態だった。自分の命を莫大な闘気(オーラ)へ変換していた為に。

 

 もう悪魔になったから大丈夫だろうと思われるだろうが、実際はそうでもない。

 

 イッセーは闘気(オーラ)が尽きかけてる状態で悪魔となった。それによって完全復活したが、瀕死状態だった身体の負担はどうなったんだろうか?

 

 答えは簡単。元の状態へと戻す為に、悪魔の寿命を代償としたからだ。人間の寿命は百年程度なので、一万年の寿命を持っている悪魔からすれば大した損害じゃない。だが、問題は闘気(オーラ)だった。

 

 知っての通り、今のイッセーは現赤龍帝であり、聖書の神(わたし)の修行によって並みの上級悪魔を簡単に倒せる実力者となっている。加えて禁手(バランス・ブレイカー)に至った事で、闘気(オーラ)の量は今までとは桁違いに上がった。今はもうヴァーリに匹敵すると断言できる。

 

 そんな莫大な闘気(オーラ)を持ったイッセーが瀕死の状態で悪魔へと転生し、悪魔の寿命を使って元の状態に戻ったとすれば……恐らくは人間の寿命以上の代償となっただろう。正確な数字までは分からないが、冥界の医師によると2~30%以上は確実に失っていると断言したそうだ。イッセーの闘気(オーラ)がそれほどまでの量だったと改めて認識したよ。

 

 リアス達はイッセーの寿命を失ったと聞いて悲しんでいた。その中で一番に悲しんだのはアーシアだ。自分の所為でイッセーの寿命を削る原因を作ってしまったと、物凄く泣いていたから。まぁその後にはアーシアなりの償いとして、自分も悪魔になって今後もイッセーの側にいるとリアスに言った。それを聞いた俺は反対せず、リアスもすぐに了承した。結果、アーシアもイッセーと同様に晴れて正式にリアスの眷族――『僧侶(ビショップ)』となった。

 

 とまあ、アーシアの転生悪魔化は別としてだ。イッセーの容態は今も深刻のように説明したが、失った寿命を除けば問題は無い。身体の治療も一通り済んでいるから、後はイッセーが目覚めるのを待つだけだ。

 

 なので俺は今も眠っているイッセーを人間界へ連れ帰ろうと、冥界の病院で退院の手続きをしている。俺は家族として弟の付き添いをやっているからな。リアス達(その中でアーシア)も付き添いをしたがっていたが、俺一人だけで充分だと言って人間界へ帰らせた。学園生活や体育祭の準備とかがあるからな。その間に俺とイッセーが学校ではリアスによって特欠扱いとなっている。ま、学校に戻って来た時は放課後に補習が待っているが。

 

 そんな中、病室にある扉からノックが聞こえた。俺がどうぞと言うと――

 

「リューセー兄さま! イッセー兄さまは大丈夫ですか!?」

 

「おお、ミリキャス。安心しろ。もう後はイッセーが起きるのを待つだけだから」

 

「ミリキャスさま、病院内は騒いではいけませんと申し上げたではありませんか」

 

「まぁそこは大目に見ようじゃないか、グレイフィア」

 

 いの一番に入って来たのは俺に飛びついてくるミリキャスだった。その後にはグレイフィアに、我が同志であるサーゼクスが入ってくる。

 

「やあ、リューセーくん。イッセーくんの容態は相変わらずみたいだね。それとスタッフから聞いたのだが、退院すると言うのは本当なのかい?」

 

「ああ。そろそろ体育祭も近づいてる事だしな。因みにサーゼクスも来るのか?」

 

「勿論だとも。妹の晴れ姿を当然見に行くさ。その日はしっかりとオフを取ってあるよ」

 

 分かってはいたが、やはりサーゼクスも体育祭に行く気満々のようだ。グレイフィアは呆れたように嘆息してるがな。

 

「それはそうとサーゼクス、俺に用でもあるのか? 今も多忙な筈のお前が、イッセーの見舞いだけで来るとは思えないんだが。それにミリキャスまで連れてきて」

 

「二人に会いに行くと聞いたミリキャスが、どうしても行きたいとせがまれてね」

 

「ごめんなさい。リューセー兄さまたちが冥界に来てるって聞いて……」

 

 自分が我儘を言って迷惑を掛けたと思ったのか、申し訳なさそうな顔をするミリキャス。

 

 それを見た俺は気にしないように、笑みを浮かべながらミリキャスの頭を優しく撫でる。

 

「別に謝る必要はないよ。良かったら後で俺とチェスの相手をしてくれないか? 丁度退屈していたところだし」

 

「っ! はい!」

 

 遊び相手をして欲しいと聞いたミリキャスは満面の笑みを浮かべて了承する。サーゼクスが少しばかり面白くなさそうな顔をしてるが。

 

 一先ずグレイフィアとミリキャスに一時的な付き添いをするよう頼み、俺はサーゼクスと一緒に病室を出た。前にイッセーと話した休憩所で話そうかと思ったが、今回は他の患者もいるので屋上へ行く事にした。幸い、屋上には誰もいなくて話すには絶好の場所だ。

 

「それで、あの後はどうなった?」

 

「いちおうの決着はついた。『禍の団(カオス・ブリゲード)』の旧魔王派は今回の件で求心力を失い、ほぼ瓦解している。向こうは旧魔王の血筋である白龍皇――ヴァーリ・ルシファーをトップに仕立てようとしたみたいだが、当の本人は興味が無いどころか拒んだとの情報も入った。それによって、旧魔王派はほぼ終わった見ていいだろう」

 

「だろうな」

 

 クルゼレイは俺が始末し、シャルバはイッセーがぶちのめされて命辛々逃げたからな。シャルバは生きてても、暫くは使い物にはならない筈だ。赤龍帝とは言え人間のイッセーに敗北したのを考えれば、奴のプライドはもうズタズタだから、当面は表立って動く事はしないだろう。それでも油断は出来ないが。

 

 出来ればシャルバも俺が始末したかった。アーシアを殺そうと次元の狭間へ送ったと聞いた時は、クルゼレイ以上に殺したい衝動に駆られたからな。もし会ったら、問答無用で始末させてもらう。

 

「因みにアスタロト家の処遇は? まさか裏切ったディオドラはもう殺されてしまったから自分達は関係無い、なんて言わないよな?」

 

「勿論それはないさ。次期当主が君の身内であるアーシア・アルジェントさんを攫い、『禍の団(カオス・ブリゲード)』に力を借りていた罪は重い。今回の件でアスタロト家は信用を一切失ったと同時に、現当主の解任も決定した。それに加え、しばらくの間は魔王輩出の権利も剥奪だよ。リューセーくんは今もアスタロト家を許せないだろうが」

 

「ちゃんと罰を与えてくれるなら、俺はこれ以上何も言わん」

 

 端から見れば気の毒過ぎるとも言える厳罰だろう。だがそれは次期当主を甘やかしたアスタロト家の自業自得とも言える。もしもディオドラにまともな教育をさせていれば、こんな結果にならなかったんだからな。

 

 これでもしサーゼクスが言った処罰の内容を聞いてなければ、俺はアスタロト家へ赴いて現当主に直接猛抗議するところだったよ。ディオドラのバカがやらかした所為で、俺の大事な家族であるアーシアやイッセーを危うく失うところだったと。

 

「あと、今回の件でアジュカも責任を問われている。アジュカ本人も非常に申し訳なく思ってるようで、君からの厳罰を受ける覚悟だ」

 

「必要無い。俺が許せないのはディオドラと、ディオドラの裏切りに一切気付けなかったアスタロト家だ。既にアスタロト家から離れて、魔王となってるアジュカに恨みはない。と言っても、アジュカの事だからソレで納得しないと思うから……『今回は貸し一つだ』って伝えてくれ」

 

「分かった、そのように伝えておくよ」

 

 アジュカはサーゼクスと同様に色々と融通が利く相手だから、もしこちらが困った時に無償で力を貸してもらうとしよう。

 

「けれど、悪魔側は大丈夫なのか? もしアジュカに責任を取らせようと魔王職を降ろしたりなんかしたら大事だぞ。アイツの代わりとなる魔王に相応しい候補とかはいるのか?」

 

「大丈夫だ。私たちが彼を留めておくように話はしてある。それに現ベルゼブブであるアジュカが外れるのは悪魔側としても痛いからね。術式プログラムに秀でた男で、レーティングゲームの基礎理論を構築したのも彼だ。何よりもあれだけの人材を探そうにも他にいないのだよ」

 

「だろうな」

 

 ただでさえ今の冥界は嘗ての戦争で、純血種の悪魔が少ない時代だ。加えて人材不足も深刻でもある。そんな状況で優秀な純血悪魔であるアジュカを手放したら、冥界の損失と言っても過言じゃない。

 

「取り敢えずアスタロト家とアジュカの今後は分かった。次の質問だが、予定となっていたレーティングゲームは今後どうなる?」

 

「大きな見直しが必要となったよ。テロリスト介入ばかりではあまりに危険だからね」

 

「となると、『禍の団(カオス・ブリゲード)』を鎮圧するまでの間は中止か?」

 

「流石にそれはないが、仕切り直しになるだろうね。だが、どうしても実現したいカードがある。冥界に住む者たちや他勢力の間でも、その一戦だけは是非ともやって欲しいと熱望された」

 

「………誰と誰のゲームだ?」

 

「もうリューセーくんも分かっているだろう? リアスとサイラオーグの一戦だ」

 

 うわぁ、やっぱりか。

 

 よりにもよって、リアスとサイラオーグの戦いとはなぁ。ま、一番の戦いとしてはイッセーVSサイラオーグだろうがな。

 

 何となくだが、サイラオーグ自身が一番に熱望してるんじゃないかと思う。アイツは今もイッセーと戦いたがってるし。

 

 以前に俺がイッセーと戦わせる約束をしちゃったからな。多分、もうサイラオーグの我慢はそろそろ限界を超えていると思う。これ以上待たせてしまったら、もう歯止めが利かなくなってしまうだろうし。

 

「特にサイラオーグが私に直談判してきた。『もしレーティングゲームが出来ないのであれば、非公式でもいいので赤龍帝と是非とも手合わせさせて欲しい』と」

 

「うん、それは俺も容易に想像出来る。今のアイツは一番にイッセーと戦いたがってるからな」

 

 未だにお預け状態だから、そろそろ戦わせた方が良いんじゃないかと思っている。とは言え、イッセーは悪魔になったばかりだから、戦わせるにしても身体を慣らしておかないと駄目だが。

 

「まぁやるにしても、出来れば少しばかり時間をくれ。悪魔になって力のコントロールが出来てない状態で戦わせる訳にはいかないし」

 

「そこは安心してくれ。試合の是非が決まるまで若手は全員待機ということになっている。尤も、実現出来るかは未だ分からないが」

 

 そうだよな。冥界の世論次第でゲーム自体が潰れてしまう可能性もある。だがそれは決してゼロではない。

 

 ついでに、俺が企画した「ファイタードラゴン」だが、どうやら凄い事に冥界の子供たちの間で社会現象になっているみたいだ。高速格闘戦やイッセーの放つ闘気(オーラ)が余程気に入ったんだろう。

 

「この前の作曲ありがとな。にしてもまさか、サーゼクスが作曲したいって志願した時は驚いたが」

 

「うふふ、これでも子供の頃は音楽家になりたかったんだ。キミのおかげで、いま夢のひとつが叶ってうれしいよ」

 

「……そ、そうか。それは何よりだ」

 

 目が爛々と輝いているサーゼクス。

 

 因みに俺が冥界で四大魔王達と会談を終えた際、『「ファイタードラゴン」の歌を作曲してくれる悪魔っていないか?』と軽く聞いたんだが、サーゼクスが真っ先に反応したんだよな。是非とも私にやらせて欲しいって。やってくれる事に感謝はしたが、余りの熱意に俺は内心少しばかり引いたよ。

 

 すると、サーゼクスが改めて口にする。

 

「キミだけでなく、イッセーくんも凄い」

 

「イッセーも?」

 

「うむ。リューセーくんも知っての通り、レーティングゲームのファン層で一番少ない……と言うより、無いに等しかったのが子供のファンだ。大人の悪魔たちが競い合うゲームを子供たちが見ても、娯楽とは程遠いものだっただろう」

 

「確かに。主に楽しんでるのは、自分達の思い通りな結果じゃないとイチャモン付ける貴族悪魔や重鎮共だからなぁ。この前のリアスとソーナのゲームでは特に」

 

「………それは聞かなかったことにしておくよ」

 

 思いっきり皮肉を込めた俺の発言をサーゼクスは敢えて流した。現魔王であるサーゼクスからしたら、俺の発言は悪魔に対する侮辱も同然。本来だったら俺を罰さなければいけない立場だ。

 

 しかし、サーゼクスは微塵もやろうとはしない。と言うより、彼も色々と思うところがあるのか、ほんの一瞬頷きかけていたし。まぁそれでも魔王としてやらなかったが。

 

「サーゼクス、この際だから言っておく。もしも、あの連中が悪魔になったイッセーやアーシアを利権絡みの道具にすると分かった瞬間……聖書の神(わたし)の怒りを買う事になるからな」

 

「分かっているとも。私とて、イッセーくん達を大人の醜い争いに巻き込ませる気など毛頭無いからね」

 

 力強く返事をする同志サーゼクスに俺は安堵する。

 

「あと、これはあくまで私からの希望なのだが、今後のゲームでイッセーくんには次世代を担うであろう冥界の子供たちの柱になって欲しいと思っている」

 

「柱――ヒーローって事か?」

 

「ああ。言っておくが強制はしない」

 

「………悪いけど、それは俺がどうこう言う事じゃない。ま、多分イッセーの事だから引き受けてくれると俺は思うよ」

 

 イッセーはなんだかんだ言って、誰かの為に頑張ろうとするからな。冥界の子供たちの為に一肌脱いでくれる筈だ。

 

 その後は軽い雑談をして、魔王サーゼクスとの話は終えた。

 

 因みに病室へ戻る前、サーゼクスがオフの時に久々の妹談議をやろうと言う約束も取り付けた。場所は人間界にある俺の部屋で。

 

 ふふふ……。以前に撮ったミニリアスをサーゼクスに見せたら、一体どんな反応をするかな~? 楽しみだな~♪




次回でエピローグです。


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エピローグⅡ

やっと最終話です。


「リューセー、イッセーは来るのかしら?」

 

「何とも言えないが、少なくとも今日中に目覚めるのは確かだよ」

 

 人間界へ戻って数日後。駒王学園の体育祭当日となってもイッセーは未だに目覚める気配がなかった。

 

 リアス達は未だに不安になっていたが、俺は彼女達を学校へと連れて体育祭を始めている。

 

 競技が開始されてもイッセーが未だに来ない事に、リアスが俺のいるクラスへとやってきた。当然俺に会う為に。その所為でクラスメイト達からまたしても嫉妬の視線を送られる破目になってしまったが。

 

『次は二人三脚です。参加する皆さんはスタート位置にお並びください』

 

 リアスの不安を少しでも和らげるように言ってる最中、プログラムを告げる放送案内が木霊する。

 

 そう言えばイッセーがやる競技は二人三脚だったな。しかもペアはアーシアと。

 

 いっその事、アーシアを悲しませないよう俺がイッセーにでも変装………する必要は無さそうだ。何故なら、突如旧校舎近くにある森から急にイッセーの闘気(オーラ)が感じたから。

 

「リアス、イッセーが来たから場所を変えるぞ」

 

「っ! 分かったわ」

 

 凄い反応したリアスは、すぐに俺の後を追うように付いて行く。

 

 すると、旧校舎側からグラウンドに出てきたイッセーを発見する。今のアイツは二人三脚に参加しようと必死な顔だった。

 

「イッセー! こっちの方が近いわ!」

 

「早く来い! でないとアーシアが他の男子と走る事になるぞ!」

 

「それだけは絶対にダメだぁぁぁぁぁっ!」

 

 生徒会のテントにいるリアスと俺が叫ぶと、急に方向転換したイッセーはこちらへとやって来る。

 

 イッセーはすぐに通り抜けて……何とかギリギリのところでアーシアのもとへ辿り着く事が出来た。

 

「どうにか間に合ったようだな」

 

「全く、冷や冷やしたわよ」

 

 イッセーが目覚めて体育祭に参加し、アーシアと二人三脚が出来る事に安堵する俺とリアス。

 

 こちらのフォローをしてくれた生徒会にお礼を言った後、俺とリアスは指定の場所へと戻る。その後に二人三脚が開始されると、ペアのイッセーとアーシアが抜群のコンビネーションを見せ付けるように快走していく。

 

 俺を含めたオカ研一同、そして父さんと母さんからの応援の中、二人は見事に一位を勝ち取った。

 

 その直後、イッセーが突然足取りがおぼつかなくなってフラフラな状態となっていく。

 

 それは当然だろう。悪魔になったばかりな上に、昏睡状態から目覚めたばかりで急な運動をしたらフラフラになってしまう。

 

 一先ずはアーシアに念話を使って、イッセーを『聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)』で回復するよう言っておいた。もうついでに――

 

『――アーシア、リアスが「体育祭の間は大好きなイッセーを独占して良い」ってさ。だから今の内に告りな』

 

『――っ!』

 

 リアスからの伝言を伝えると、念話をしてるアーシアから少し面白い声が聞こえた。今頃は頬を赤く染めているだろうな。

 

 そして体育祭が終えて、イッセーはアーシアも悪魔になった事を聞いたようだ。

 

 

 

 

 

 

「見るがいい! ミニアーシアのついでに撮ったミニリアスを! そしてミニソーナを!」

 

「こ、これは……!」

 

「きゃぁぁああ~~~! ミニソーたん超可愛い~~~!」

 

 体育祭を終えた夜。

 

 現在俺の部屋にはオフでやってきた我が同志サーゼクスを招いて妹談議を熱中していた。もうついでに妹談議をすると嗅ぎつけたセラフォルーも一緒に。

 

 それぞれ自分の妹について一通り語り終えたので、俺が魔王二人の度肝を抜かせようと、以前撮ったミニアーシアの他に、ミニリアスとミニソーナの写真を見せた。それを見た同志サーゼクスとセラフォルーは興奮状態となっている。

 

「りゅ、リューセーくん! その写真を是非とも私に譲ってくれ!」

 

「私も私も☆ こんな可愛いソーたんを独り占めなんて許さないんだから!」

 

「いや~、こればっかりは流石にちょっとなぁ~。と言うかお二人さん、幼少の頃のリアスとソーナの写真は既にあるんだから必要無いだろうが」

 

「「それとこれは別だ(よ☆)」」

 

 俺の指摘に揃って言い返すサーゼクスとセラフォルー。

 

 そんな中――

 

 

 バンッ!

 

 

「リューセー! あなた、お兄さまやセラフォルーさまを連れてどこへ行ったかと思えば……!」

 

「お姉さま! あれほど妹談議はやらないようにと言ったではありませんか!」

 

「サーゼクスさま、セラフォルーさま。いくらオフとは言え、羽目を外しすぎにもほどがあります」

 

 突然俺の部屋の扉が開くと、真っ赤な顔をしたリアスとソーナ、そしてグレイフィアが来た事によって急遽中止せざるを得なくなってしまった。

 

 因みに俺が持っている写真は没収されないよう、即座に収納用異空間へ隠しておいた。代わりにサーゼクスとセラフォルーが持ってる写真はリアス達によって没収される事になったが。

 

 後日、大事な写真を没収されて消沈気味だった同志二人に、ミニリアスとミニソーナの複製写真を送っておいた。二人からは物凄く感謝されて、一生の宝物にするとまで言われたよ。




取り敢えず完結となります。


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