主人公が先生やってる中、俺達はアウトローだった (クレマ)
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モノローグ : アウトロー(彼)の話

人気、出ると良いなぁ……


今から暫く…だいたい五年くらい前の事だ。

一体なにが起きた?

あの時、気がつけば俺は一人で何処とも知れない町に座り込んでいた。

 

家族は居ない。もうとっくの昔におっ死んでる。

自分の名前や年齢、今の状況の他に知ってる事はそれだけだった。

浮浪児だ。

この日本で今時浮浪児かよ、と苦笑する。

……おっと訂正。ここが日本だって事も知ってたみたいだ。

 

それから今まで、やれることは何でもやった。生きる為だった。

スリ、ひったくり、エトセトラ。なぜだか俺の体は常識はずれに高性能で、失敗する事は一度も無かった。いつからか、悪い事に慣れた頃には、もう俺も、立派なアウトローだった。

 

警察にも追われた。知らないうちに有名になっていたらしく、度々塒を変えなければならなかった。

奇妙な連中にも追われた。スーツを着ていたり、ローブを着ていたり、着物を着ていたり、あるいは私服だったり。色々とバリエーション豊かな奴らだ。こいつらは警察と違って不思議な力を使ったり、変なオーラを纏ったりして、逃げ切るのは簡単じゃなかった。

 

それでも、人殺しだけはしなかった。自分のルールというやつか、良心の呵責とやらか、それとも……

いや、ただ怖かっただけだ。自分自身を見つめる、ガラスに映った自分の眼が、日を追うごとに汚く濁って、淀んでいくのが、人を殺したら取り返しのつかない所まで行ってしまいそうで、たまらなく怖かったのだ。

 

そんな風に生きていた俺にも、転機が訪れた。

今から暫く…だいたい三年くらい前の事だった。

 

その日俺はとにかく腹が減っていて、だから、その時見つけた墓のお供え物の饅頭に手を伸ばしてしまったのもそのせいだったのだ。

いや、そもそも饅頭なんかお供えしたって鳥に突つかれるかいずれ腐って蝿が集るだけだ。だったら今俺が喰ってしまったって何の問題が有ると言うのだ。せいぜい不潔だって事くらいだろう。バチあたりだとかそういうのはともかく。

 

まあ、それはそれとして、ソイツに出会ったのはそのときだった。

 

饅頭に手が触れる。

饅頭に伸ばした手が重なる。

 

重なった俺の物ではない手を視線で辿ると、そこには俺と同じくらいの子供が居た。

フードを目深に被っていて、顔はよく見えない。

 

ぎゅるる、と空腹を訴えて俺の腹の虫が喚き出す。

きゅるる、と空腹を訴えてソイツの腹の虫が騒ぎ出す。

 

饅頭は、一つ。

 

 

 

結果的にいえば、負けたのが俺で、勝ったのはソイツだった。

完敗だった。

体の性能は互角だったが、ソイツはどうなのかはともかく、俺は今までロクにケンカをした事も無かった。

力が同じなら後は技量と気合の勝負になる。今まで文字通りすべてから逃げて来た俺には、そのどちらも致命的に欠けていた。

 

つまり、ヨワムシじゃあ勝てないって事だ。

 

ソイツは仰向けに倒れた俺を見て少し思案する様なそぶりをした後、何を考えたのか勝ち取った饅頭を二つに分けて——

 

——喰うかよ?

 

男勝りなその文句とは裏腹に、声は鈴が鳴る様なソプラノボイスで。

 

「……くそ。女に負けたのかよ」

 

それが、俺とソイツの付き合いの始まりだった。



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主人公が着任してる中、俺達は侵入者だった

「じゃ、今から侵入するわけだけど、覚悟は良いか?」

「ああ、問題ねえよ。……麻帆良学園都市って言ったら、あの関東魔法協会の理事長が護ってるって話だ。そりゃあもう大層なもんが隠されてるんだろうぜ。ここなら……」

「ついに見つかるかもしれない、か」

 

まあ、聞けば“アレ”には特に時間制限とかは無いらしいが、解決出来るなら速い方が良いに決まってる。

 

「しくじるなよ、フラン」

「わかってるっての、小太郎」

 

さあ、作戦開始だ——!

 

——

 

草木も眠る丑三つ時に、破裂音が連続する。

銃口から硝煙が立ち上る。

金棒を振り上げた筋肉質の巨人達——鬼が地に倒れ、徐々に姿が薄くなって、あるいはその体が煙となって消えて逝く。

 

つまりは、射殺したというワケだ。いや、正確には彼らは別の世界から召還された者であって、それを“もと居た世界に送り返した”が正しいのだが。

消え方の差異はその召還方法の差か、もしくはその召還に使った触媒が異なるからか。

 

「ふう、何度来ても同じだってのに、懲りないね」

 

私、龍宮真名は、ため息を吐いてそう呟いた。

 

「いや、そのおかげでこうやってお仕事にありつけるんだから、むしろありがたがるべきなのかな——っと」

 

でも夜更かしは美容の天敵だそうだしな……等と考えていると。

ぴるるる。と懐のケータイから、我ながら味気ないと思う着信音が鳴り響く。

 

「もしもし、ああ、先生ですか。いえ、今片付いた所ですが……はい…はい、わかりました。では」

 

ピッ。と通話を切る。内容は今戦況が芳しくない所があるので援護に行ってほしいとの事。

敵は私の所が堅いと見て戦力の振り分けを変更したようだ。

これまではバカの一つ覚えみたいにただ攻めるだけだったが、どうやら向こうもバカじゃなくなったらしい。

まったく、人使いが荒いね。

 

(——ん?)

 

そうして、指定されたエリアに向かう最中、変な物を見た。

見慣れぬ人影。

 

(何というか……誰だか知らないが、何だ、あのバカは)

 

人影は銃器で武装しており、片手にサブマシンガン、もう片方にはスナイパーライフルを持っている。

ってか何だ、スナイパーライフルを片手って。

カッコつけてるのか。

カッコいいとでも思ってるのか。

バカじゃなくなったらしいという評価もこれは訂正せざるを得ないのか。

いやしかしまだ敵だと決まってるわけじゃない。もしかしたらこちら側の助っ人って可能性も——

 

チュンッ

 

「——無さそうだ」

 

すぐにその場から跳び去る。

すぐにその場に銃弾の掃射が来る。

 

残念な事にファーストコンタクトは言葉ではなく弾丸だった。

 

(いや残念な事にってもし味方だったらあんなのと肩を並べなきゃならないって事じゃないか。嫌だぞ、私は)

 

「……敵で良かったよ」

 

 

 

 

 

必殺の時を待つ。

凶弾を躱す。銃弾を躱す。弾丸を躱す。

跳んで跳ねて木々を盾に、撒き散らす様な殺意の雨を凌ぎ続ける。

——いやまあ、飛んで来てるのはゴム弾なんだが。

しかし、いかに殺傷能力の低いゴム弾とはいえ、一応私も年頃の乙女だ。体に青あざを作るのは如何な物かと思い、強引に出るのは躊躇ってしまった。

ところで。

 

(——余裕だな、こいつ)

 

殺気を感じない。敵意を感じない。

あの人影はなぜだか足下しか狙ってこないのだ。

 

(ゴム弾で足下しか狙わないって……そんなに傷つけたくないならそもそも向かってくるなよ)

 

いい加減に痺れを切らして打って出る。

もう相手がどれだけ“つかう”のかは見切った。

そろそろ増援に行かないとまずいだろうし、ここらで片付けてしまおう。

 

「…出しゃばったツケだぞ」

 

私を狙う弾丸を跳躍で回避し。

両手のデザートイーグル(エアガンだ)で狙いをつけ。

向こうはそれに反応してスナイパーライフルを撃つも。

 

(だから片手は駄目だって…)

 

あえなくはずれ。

私の弾丸は狙いあやまたず、人影を貫いた。




原作キャラ初登場はたつみーでした!
いや、これで正しいのです。理由があるので反論はみとめられません。


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主人公が着任してる中、俺達は侵入者だった 2

人影は私の銃弾に撃ち抜かれて。

 

ポフンッとコミカルな音を立ててはじけ、煙となって消え失せた。

 

「式神……? 時間稼ぎか何かか」

 

特に気にする事もないだろう。

 

「はぁ、これじゃ先生に顔向けできないな」

 

あんなのに手こずるなんて……と、気分が沈む。

指定されたエリアへと急ぐ事にした。

 

——

 

「…どうだ?」

「問題ねえよ、人っ子一人居やしねえ。…成功だ」

 

ビー玉が転がる。

誰も居ない通り道。真夜中の暗がりには二人の声も響かない。

 

前触れは無かった。

転がったビー玉が一瞬鈍く光り、次の瞬間には二人の子供が立っていた。

 

「やっぱりだ。この学園に張られた結界は、通り抜けた瞬間にしか効果が現れない」

「つまり、その一瞬だけをやり過ごせばここの奴らは俺達に気付けない…原理はわかるけど、よくやるぜ、小太郎」

「まあ、俺もこんなにうまく行くとは思ってなかったけどな……でもこっからが本番だ。何度も言うが下手打つなよ、ってかはしゃぐなよ。フラン」

 

ひそひそと話す二人は近くに立っていた電柱を見て現在地を確認し、それからなにか、ガサガサと音を立てて懐から大きな紙を取り出す。

 

学園の見取り図だ。

 

「え〜、今居るとこが桜通りで…?」

「図書館島はここから……よし、そんなに遠くはない」

 

それからいくつか話すと、地図をしまって走り出す。

目的地は図書館島。

作戦はすこぶる順調であった。

 

「やべっ、ビー玉回収すんの忘れてた」

 

少しばかりの不安を伴いつつではあるが。

 

——

 

そして、だいたい三、四時間程後の事だった。

今夜の戦闘の内容を褐色の肌の教師——ガンドルフィーニ先生が学園長に報告している。

 

「——と、いう事で、鬼共の召還主は捕らえる事が出来なかったものの、侵攻自体は止める事に成功しました」

「…………」

 

しかし、学園長はと言うと心此処に在らずというか、まるで聞いていない様子で、報告に対し返事はおろか頷きさえしない。

 

「…学園長?」

「む、いや何でも無い。ではこれで解散としよう、皆よく休む事じゃ」

 

その言葉を引き金に、集まった魔法関係者——魔法先生と魔法生徒が各々の寮、もしくは家へと引き返していく。

真夜中の仕事がやっと終わり、やっと眠れる。とその表情は一様に晴れやかである……と、思いきや。

その中の何人か、険しい顔をしているものが居る。

 

——あやしい。

 

かの関東魔法協会の理事長が。

この学園最強の魔法使いが。

 

戦闘の報告を聞いている最中に相づちすら打てぬほどの思案とは何事か?

 

普段は好々爺然としたとぼけたジジイだが、その実策略家で、ひとたび相手にすれば一瞬たりとも気が抜けない様な人物だ。

 

噂では“すでに数百年以上生きている”などと言う話がある程である。

もっとも、“だからもうボケてんじゃねえか?”という声もあるが。

 

つまり、何か隠してるんじゃないか、という疑いが——

 

「——ああ、ちょっと待ってくれ、高畑君。ちょっと話があるんじゃが」

 

ああ、やっぱり何かあるんだ。

 

怪しんでいた彼らの険しい表情は諦めを含んだものへと変化し、

これから何かとんでもない事件が起こる事を、彼らは一様に悟るのだった。

 

 

 

 

 

「で、何でしょうか、学園長」

 

それは、ここに学園長と自分——タカミチ•T•高畑以外が居なくなり、場に静寂が戻ってからだった。

 

「……そうじゃな…………ふむ、ひじょ〜〜〜〜……に言いづらいのじゃが…」

「さっさと言って下さい」

「侵入者がおる」

「ぶっ」

 

つい吹き出してしまった。

僕の記憶が正しければ、たしかこの学園はこれまでただの一度として侵入を許した事が無かったハズ。

 

「それは本当ですか!?」

「ええ、今は図書館島で本をあさってますよ」

 

脈絡も前触れも無く。

そう言って、虚空より唐突に人が現れる。

 

「イマさん!」

「おお、イマ殿」

「こんばんは」

 

現れたのは魔法使い風のローブを纏う青年。

名をアルビレオ•イマといい、図書館島の司書を務めている。

 

「どうやら魔導書目当てで侵入してきたようでして、話によるとこれまでにも様々な所に忍び込んできてるそうです」

「話によるとって……もしかしてもう捕まえたんですか?」

「いえ? もちろんまだ泳がしてますよ。彼らの会話を盗み聞きしたんです。……それより」

 

アルビレオが一旦区切り、手を空にかざすと空間にほころびが生じ、その中にここではない別の場所が映し出される。

図書館島内部。

侵入者の居る場所をピンポイントで映しているのだ。

 

「これを見て頂きたいのです——特に、タカミチ君には」

「これは——子供?」

 

なぜ、特別自分に見せたがるのか不思議に思いながら、そのほころびの中を覗き込むタカミチ。

 

侵入者は二人。

以外にも、二人はまだ幼い——見た所、今日この学園にやってきたネギ君位だろうか。

一人は落ち着いた印象を受ける黒髪の少年。

もう一人は快活な印象を受ける金髪の少女。

 

「あれ——?」

「む、どうかしたかの。タカミチ君?」

「…気付きましたか」

 

奇妙な既視感。

 

「彼らは互いをフラン、コタロウ、と呼び合っています。まあ、偽名という事も考えられますが」

 

普通に考えて、金髪の少女がフラン。黒髪の少年がコタロウだろう。

 

「この、少女の方なのですが」

 

……しかしこの、フランと言う少女の名前、容姿。

 

「どこかで、見た事がありませんか?」

 

いつかどこかで、聞いた事がある。見た事がある。

 

「あなたならおそらく、イギリス。ウェールズで」

 

それは、六年前の雪の日に消えた。

 

「……まさか」




話が進まねえよ、バカ!(泣)

いや、自分でも意味不明ですが、後になってわかる様なものに書けたらいいなぁ……


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主人公が着任してる中、俺達は侵入者だった3

「だああああああっ! 見っつかんねぇっ! なあ小太郎、なんかこう、広域でサーチ出来る様な魔法作ったりできねえのかよ?」

「あー……イチイチ翻訳魔法つっこむのめんどくせえなあ……何かソレ用にメガネみたいなの作ってみるかなぁ……」

「おい聞いてんのか!?」

 

それから、図書館島内部への潜入を果たした俺達は、目的の魔導書を探して文字通り“本棚をひっくり返して”いた。

 

「かったりいなあ……いい加減ラテン語勉強すっかなぁ……」

「聞けコラァあああああッ!!」

「ブふぅッ!?」

 

ボヤきながらページをめくっていると、高速で突進して来たフランに蹴り飛ばされた。

 

「ガ、ちょ、おまっ、俺は手伝ってやってる人だろうが!? それにこの仕打ちは何だテメエ!」

「うるせえ! いいから何か出してくれよコタえもん!」

「やかましい! こんなん手に負えるかこのフラ太君が!」

 

そうして始まる、わりかしマジの殴り合い。

このとき俺達はすでに、不法侵入なんだから見つからない様にとか、落ち着いて静かに行動しようとか、そう言った“忍ぶ”と言う事が一切頭から吹っ飛んでいた。

 

「「てめえ——ぶっ飛ばす!」」

 

——

 

とまあ、そんな事してたら当然、見つかってしまうに決まってるわけで。

 

「で、どうやって学園内に侵入したんだい?」

 

学園長室、なる所で取り調べを受ける事になってしまった。

 

ちなみに、部屋に入った時やたらと頭の長いジジイを見つけて。

 

——うお、福禄寿!? 七福神がなんでここに!?

——バカ、福禄寿ってのは頭が真上に伸びてんだよ。ありゃ後ろに曲がって伸びてるからぬらりひょんって奴だ

——いや、ワシちゃんと人間じゃからな?

 

というやり取りがあった事は割愛しておく。

 

「なんだよ〜見逃してくれよ〜タカミチ〜」

「アレ、何お前、知り合いなのフラン?」

「ああ、小さい頃だったからあんまり覚えてないけど、なんか親戚みたいな付き合いだった気がする」

 

俺等は今も小さいうちだろ、というツッコミはさておくとして。

この取り調べを受け持つ事になったスーツにメガネにヒゲのオッサン……タカミチとやらはフランの知り合い、もしくは身内? らしい。

ならば今、俺のやる事は一つしか無い。

 

すなわち、この場をギャグ空間に塗り替える事だ!

 

「なにぃ!? オッサンあんたこんな幼女と付き合ってたってのか!? このペド野郎!!」

「いや付き合ってないからね!?」

「シュミじゃねーよこんなオッサン!」

 

まあまあまあまあ、ご両人。と、いい感じに雰囲気がバカになってきた所で。

 

「えー、ゴホン。とにかく、侵入方法を——」

「とっとと吐いて頂ければ、こちらもあなた方に協力するのもやぶさかではありませんよ?」

 

唐突に、タカミチの言が遮られ。

空間に浮かび上がる様に青年が現れる。

先ほどまでのアホ空間もどこかに吹き飛んでしまった。

 

「…どういう意味だ?」

「あなたはたしか——コタロウ、でしたね? おそらく、方法を考えたのはあなたでしょう」

「……ああ、そーだけど? てかアンタは誰なんだよ?」

「申し遅れました。私はアルビレオ•イマ、気軽にアル、と御呼び下さい」

 

不審がる。いくら何でもそれだけで協力してくれるってのは条件としてこちらに有利すぎる。

そういう取り引きを申し出てくる時は十中八九何かを隠してるって時だ。

だからここは慎重になるべきだ。少なくとも、自分の中で信用できる理由が出てくるまでは特に。

 

「この学園都市はこれまで誰一人として侵入を成功させた事はありません。まあ、今となっては“あなた方を除いて”が行頭に付く事となりますが」

「ああ、話には聞いてたよ、“麻帆良学園都市は難攻不落”だってな。まあ、そんな事も無かったみたいだけど。……ああ、そう言う事か」

 

「ええ、その通り。“麻帆良学園都市は難攻不落”でなくてはならないのですよ。事実はともかく、そうでなくては侵略者が気軽に、大量に来る様になってしまう。そうなってしまってはもはや学園都市を守りきれない。だからあなた方には、我々の味方になってもらわなくてはならないのです」

「“侵入者を防げなかった”のではなく、“味方だから防がなかった”にしたいわけか。なるほど、合点がいったぜ」

 

とりあえず、理屈はわかった。そもそも俺達だって、何か悪い事をする為にここに来たのではないのだから、俺としては取り引きに応じても構わないと思うが……

ふと、隣に居る相方はどうかと見てみると。

 

???

 

(ああ、こいつ分かってねえのか)

 

頭の上に浮かんだ大量のクエスチョンマークに色々と諦めを感じた。

まあ、こいつらも対外的には良いもんでやっていきたいわけだし、そう悪い扱いにはならないだろう。

 

「ま、しょうがないか……受けるよ、取り引き。俺は犬上小太郎。これから暫く厄介になる、宜しく頼むぜ」

「ん? ああ、宜しく頼むぜ!」

 

明らかに分かっていないフラン共々、頭を下げる。

 

「では、さっそく——」

 

——

 

「つまり——」

「なるほど、では——」

 

目の前ではアルビレオ、とか言う奴と小太郎が、この学園を包む結界の組成について議論を交わしている。

正直、何を言ってるのかさっぱり分からない。

 

「なータカミチ? アイツら何語話してんの?」

「いや、僕にもサッパリだ」

 

何となく暇になってしまって、タカミチに話をフッてみるも、向こうにも分からないらしい。

 

話を聞く所、なんでも、この結界は空港とかにある金属探知器とかのゲートと同じで、侵入者かそうでないかを判断するのは結界の面に触れる時だけなので、その瞬間さえ隠れてしまえば察知される事は無いんだとか。

また、小太郎曰くこの結界は“手荷物検査がしっかりしてない”んだそうで、隠れるのにはビー玉……正確にはダイオラマ魔法球の中に入っていたのだ。

 

まあ、やってる事は分かるんだけど、どういう原理なんだ……?

 

と、その時、タカミチがやけに張りつめた表情をして、こちらを見ている事に気がつく。

 

「…なんだよ。そんな眼で見たって、オレは結構身持ちが堅いんだからな」

「いい加減そこから離れてくれないかな。……なあ、フラン君、どうしてキミがこんな事をしているんだ」

 

…………

 

「決まってんだろ、村のみんなを元に戻すんだよ」

「だからといってこんな、犯罪まがいの事をして……今回はこういう流れで話が進んだから良いものの、ヘタをすればどうなっていたか分からないんだよ?」

「別に、理由を免罪符にするつもりはねえよ。ただ、時間がないんだよ」

「時間がないって——」

 

「ヒビが入って来てるんだ!」

「な——?」

「石にされた村のみんなが、割れちまったらもう絶対に助けられない! ただのヒビが入るだけでもなにか影響が出るかもしれない! モタモタしてらんねえんだよ!」

「フラン君……」

「どうどう、はい、お前らその話一時停止な〜」

 

途中で小太郎が割り込んできて、話が中断される。

 

「こたろう……」

「おう、終わったぜ。まったく、いくらヒマになったからってよ、白熱すんのはこっちだけで充分だっての」

 

きっと、あのまま続いていたら更に熱くなって、自分でもワケのわからない事を口にしていたかもしれない。

だから、話が中断されたのは良かった事なんだろう。

 

「じゃーな、タカミチにアルさん。やっぱ俺もまだまだ未熟だわ」

「…………」

「いえいえ、その歳であなた程の技量となると、世界でも滅多に居ませんよ。……是非とも蒐集させていただきたい」

「あれ、何この寒気……?」

 

帰ろうとする小太郎に、朗らかな顔を見せるアルビレオとは対照的に、タカミチの表情は険しい。

 

「フラン君……」

「……またな」

 

ギィ、と開けたドアを閉める。

そうして、一応この学園に認められた俺達は、また図書館島に戻っていくのだった。

 

 

 

 

 

「……もしかしてワシ、空気?」




ひとつ終わらせるのに三話だよ!(泣)
人物紹介出すのはもうちょっとひっぱってからにしようとおもいます。

10月14日 一部イイ感じに追記。


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アウトロー、出会いの相。

学園に潜入した日から、しばらく経った。

まあ、しばらくと言うのも俺自身の認識状のもので、実際には昼夜を問わず本を読み続けていてロクに外に出ないものだから、どれだけ日にちが経っているのか分からないのが現状なのだが。

 

俺達は今、図書館内の一つのエリアに拠点を作り、そこで生活していた。

ただ、そのエリアが実に奇妙な場所で。

 

一つ、なぜかデカい滝がある。

二つ、なぜかビーチがある。

三つ、なぜかビーチの水に本棚が浸かっている。

 

図書館として「お前ちょっとそれはどうかと思う」といった感じのツッコミどころが満載なのだが、なぜか本がまったく傷んでないのでその辺は眼をつぶる事にする。

 

それはそれとして、今日も絶好の読書日和である。

 

「……心が折れそうだ」

「あきらめんなアホ犬」

 

——ワケねえだろッ!!

 

「無理だ! 俺いいかげん太陽が恋しい!」

「チッ、軟弱な…………えー、ごほん。…そんな。てつだって、くれないの……?」

「うる目で上目遣いしたって『えー、ごほん。』とかやってる奴に騙されるワケねえだろ!」

 

く、首をこてん、と傾けたって騙されないんだからな!

まったく、白々しい奴である。

 

「ともかく俺は地上にでる! 土産に何か買ってくるから楽しみに待ってやがれ!」

 

そう吐き捨てて、俺は(なぜか滝の裏にある出口を抜けた所にある)エレベーターを使い、太陽溢れる外の世界へと脱出したのであった。

 

が。

 

「ほう、お前が例の侵入者か」

「マスター、ご友人ですか?」

 

外に出て開始数秒、日の光を眩しく感じていた所に、なんかやたらと偉そうな幼女とロボがからんできた。

 

「何この幼女……?」

「誰が幼女だ! それを言うならお前だ、って……」

「ハイ残念ですが幼女の対義語は存在しません〜。お前はうまい切り返しが思いつかないモヤモヤで眠りが浅くなって毎朝目をしょぼしょぼさせれば良い」

「……ええい茶々丸! 何か無いか!」

「ネットスラングに“幼男”というものがあります」

「語呂ワルッ」

「うがあああああっ!」

 

しかしこいつ、どこかで見た事があるな。

たしか、なんか凄い吸血鬼の賞金首だった様な?

ええと、名前は——

 

「で、なんつったか。エヴァンゲリヲン•AKB•マクドナルドだっけ?」

「どこもかしこも全部違う!」

「ああ、マスターがこんなに楽しそうに……」

「耳腐ってるのかボケロボ! この——」

「あああ、マスターそんなに巻かれては……」

 

エヴァがデカいゼンマイを取り出し、茶々丸とかいうロボの後ろに回り込んで後頭部にねじ込む。

なんかもう二人の世界に入ってるみたいだし、俺もう行ってもいいかな。

 

「じゃ、じゃあ、あばよー!」

 

ヒートアップし出した二人を置いて、早々に立ち去る事にした。

うわ、なんつーか激しいっつーか……エロい。

……やっぱ長く生きてると趣味も歪むのかなあ。

 

——

 

それからしばらく町中をぶらぶら歩いていると、もう空も茜色に。

 

「あー……もう暮れてきやがったか」

 

そろそろ図書館島に戻るべきかと考えていると、土産をまだ買ってなかったことを思い出した。

 

(なんにしようか……ん?)

 

なにやら良い匂いがする。

なんだなんだと辺りを見回すと、出店を発見。

 

「超包子……? おお、うまそうな肉まん」

「あや、お客さん? 肉まんなら一つ百円ネ」

 

匂いにつられてフラフラと近づいていくと、すこしイントネーションが怪しい、中学生くらいの女性店員に話しかけられた。

 

「じゃあ二つ貰おうかね。所でお姉さん、留学生かなんか?」

「その通りヨ、やっぱり日本語は難しいネ。漢字カタカナひらがなって三つに分かれてるとか意味不明ヨ。はい、肉まん二つ。二百円ネ」

「まあ気持ちは分からないでも無いけどよ……はい、二百円」

「そういえばお客さん初めての人ネ? ワタシは超鈴音ていうヨ。超包子をまたよろしくネ〜」

 

……という会話を経て、土産を確保する事に成功したのだった。

それにしてもこの肉まん、ホカホカと湯気が立っており実にうまそうである。

 

「……いかんいかん。これを喰うのはアジトに戻ってからだ」

 

土産は二つのうちの一つで、俺の分をここで喰ってしまったら図書館に戻ってからフランが肉まんを食う様をまざまざと見せつけられる事になる。

あいつの事だからもうイヤミなくらいうまそうに喰うに決まっている。

 

そうなったら俺もまた食べたくなるに決まっているので、つまりここで喰ってしまうわけにはいかないのだ。

 

「っつーか今はまだ熱すぎて舌ヤケドしそうだもんなぁ」

 

そんなことをつぶやきながら図書館島へと戻り、そのまま裏手へ回った所の、いかにも頑丈そうな大きな門の前で、今度は中学生くらいだろうか? 学生服を着た女子の一団と出くわした。

 

「なんか俺、女とよく会うな……おーい! あんたら何やってんだ〜?」

「む、子供ですか……図書館内の探検ですよ、もう終わった所ですが。たしか初等部の学生の入部は出来なかったはずですが、聞いた事がありませんか?」

 

気になって聞いてみると、無表情系の女子が答えてくれた。

 

「ああ、探検か。まあたしかにこの図書館ってゲームかなんかのダンジョンみたいだもんな。どおりでヘッドライトなんか付けてるわけだ」

「ええ、内部は暗くて足下が見えづらい様な所もありますから。……ところであなたはなぜここに? というか、なぜアナタが内部の事を知っているんですか?」

「え、ああ〜……なんつーか、趣味? まあ、探検がんばってくれよ。じゃな」

 

そう言って逃げる様に話を切り上げ、先の頑丈そうな門の近くの、少し小さめの古びた印象を受ける扉を開く。

俺は腹芸はあまり得意ではない。変に質問されるとボロが出る可能性がある。

 

アジトには例のダンジョンみたいな所を通っていっても辿り着けるのだが、この扉から階段で下っていけば時間の節約が出来るのだ。

ちなみに図書館内から出る時に使ったエレベーターは、一度乗ると自動的に元の階に戻ってしまううえ、上の階から呼び出せない為に使えないのだ。よくも悪くも緊急脱出用の設備というわけか。

 

……と、その時。

 

「ま、待って下さい! なんですかそれ!」

「……は? それって?」

「その扉です!」

 

なにやらこの無表情系、扉が気になるらしい。

 

「この古くせえ扉がどうしたよ?」

「……その古くさい扉は通称、「開かずの扉」と言いまして、これまでに我が部活が“何かある”と思いどうにか開こうと挑戦してきて、まだ一度として開いた事の無い扉なのです。それをこんな簡単に……どうやったんですか?」

 

どうしよう。

まあ適当にはぐらかしておけば良いか?

 

「え〜っと……なんつーか、そうだ。どうやら俺は封印されし闇の扉を開いてしまった様だな……だがその答えは単純。俺が光の勇者だからさ。俺はここから根の国に降りていって桃代わりの肉まんでイザナミをぶっ殺しにいくんだ。説明めんどくさいしそういうことでアデュー!」

「ちょっ! 三文小説と日本神話が混ざって——」

 

バタン! と扉が閉まり、無表情系の声が完全にシャットアウトされる。

 

「……ふう、見事に切り抜けてやったぜ」

「ええ、すごいごまかし方でしたよ」

「ん? アルさんか」

「もうこんばんは、ですね。実はその扉、私が許可を出した者でないと開けられない様になっているんですよ」

「へえ…結構簡単な作りになってそうだけどな」

「ええ、施錠呪文をすこし改良しただけですから。それはそうと、読書家のイザナミがあなたが遅いとご立腹ですよ」

 

そいつはまずい。すぐさま行くとしよう。

桃代わりの肉まんは足りるかと不安になりながら、下りの階段を急ぐのだった。

 

 

 

 

 

——おせえッ!! オラァ!

——うおおッ!? 魔法の矢(サギタ•マギカ)はやめろって! 肉まん崩れる!




エヴァさんをイジるのに色々使ったけど、めちゃくちゃ心配だよ!(泣)

あと、「肉まん」って打つのに打ち間違いで「みくまん」ってなった。

みくまん……

ミクまん…

ミクまん、ちょっと食べてみたいと思った。
皆さんはどう思います?
アンケートってわけじゃないけど聞いてみたいネ!



10月13日 一部イイ感じに訂正。


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物語との邂逅

「お、お姉ちゃん!?」

「あ〜……こう来るか……」

 

ウチのアウトローが頭を抱え、名実共に子供な先生が困惑する。

 

「アホ言ってねえでおとなしく勉強してろよ」

「うう……ごもっともです」

 

いつかの無表情系女子が反省し、俺は呆れる。

 

一体、なぜこうなったのか。理由はともかく、まずは始まりから話す事にしよう。

 

 

 

 

 

「今日も今日とて読書三昧だぜ……」

「ごちゃごちゃうるせえ」

「独り言くらい許せよ! 見ろこの積み重なった既読済みの本の山! もうそろそろ崩れてきやしねえかって最近不安になってんだからな!?」

「自業自得じゃねえか」

 

とまあ、この時はまだ、俺にとっては普通の日常だった。崩れそうな本の山に一抹の不安を覚えるのが日常とは、我ながら情けないとは思うが。

 

「……あ、ヤベ。もう無くなっちまった」

 

気付けば持ってきた本を全て読み終えてしまったので、また本棚から持ってこなければならない。ちなみにこういった魔導書、魔法書の類いはすべからく大きくて分厚いハードカバーなので、複数持ってくるのは一苦労なのだが、それを横着して一冊読むたびに本棚と今居る場所を行き来するのは更に面倒くさい。

溜め息をつきながら行って戻ってくると、ちょうどフランの奴も一冊読み終えた所の様で。

 

「あ〜あ、これにも載ってねえよ永久石化の解除魔法。状態異常系じゃヤバさダントツでトップなんだからウィキペディアにでも載っけとけよクソが!」

「まあたしかに“魔法の隠匿”とかかったりい事言ってんじゃねえよって感じだよな……ほら追加で持ってきてやったぞフラン」

 

ちなみに、今フランが言った通りで、俺達が探しているものは石化魔法の更に上位、永久石化魔法からの回復方法。

俺とは直接の関わりはないのだが、聞く所によるとフランの故郷が悪魔の大軍勢に滅ぼされ、そこの人達が石にされてしまったのだとか。

なので、その人達を元に戻そうとがんばっている……という事だ。

 

……説明もこの辺にして、少し時間を飛ばす事にしよう。

 

しばらくすると、どこからか騒ぎ声が聞こえてきた。

 

「……なんだ?」

 

音の発生源を探して辺りを見回すと、自然と視線は上に向かう。

今自分たちが居る空間は地下にある。まあ、「どれくらい深い所にあるのか」と聞かれると「凄く深い場所」としか答えられないのだが。

とにかく、地上から深い場所に居るという事は、それだけ地上の音が聞こえづらいという事で。

 

「上に誰か居るのか?」

 

声自体は幽かなもので、一人なのか複数人なのか、男なのか女なのか、騒いでいる内容も聞き取れない。それでも、幽かでも聞き取れるという事はここからほど近いと言っていい程度には、近くに居るのだろう。

 

「……なんだ小太郎? 上なんか見上げて」

「ん、ああ。なんか騒がしくて——」

 

瞬間。破壊音。

 

強大な威力がなにか、頑丈な物を砕く様を連想させられるような、硬質な響き。

 

「なっ——!?」

 

連日、本を読んでばかりですっかり緩んでしまった危機感が、瞬時に張りつめる。

拳を緩く握り、全身に魔力を奔らせ、あらゆる危機を想定して集中する。

 

まず降り注ぐ、元は石盤かなにかだったのではないかと思われる、所々平べったい岩——ガレキの様な物。

 

誰が来たか。なぜここに来たか。

先手を打つか。様子を見るか。

 

思考は“疑念”から“戦闘理論”へと移行し。

 

(……どうする)

 

俺は、答えの出ないまま——

 

「アスナのおさる〜〜!!」

 

全力でズッコケた。

 

「なんだってんだ……フラン?」

「オレも知らねえよ。ここに来てからずっと引きこもってたの、お前も知ってるだろ?」

「それもそうだな……」

 

改めて耳を澄ませば、まだ上から「いやああああ」だの、「キャアアーッ」だの、「みんなゴメーン」だの、様々な声が徐々に大きくなりながら続いてくる。

ってかコレ、普通に墜ちてんじゃね?

 

「やっぱり、助けるべきか?」

「見殺しにすんのも気分悪いだろうが」

「ま、それもそうなんだよな……」

 

改めて、意識を集中させる。

ズボ、ズボッ、と天井を覆い隠すかの様に折り重なった木々の枝葉を音を立ててくぐり抜け、合計して七人、連続して人が墜ちてくる。

 

「……“行け”」

 

そう、静かに呟く。独り言などでは断じて無い。確かに語りかけているのだ。

 

「“狗神”!」

 

命令を下す。

呼応するかの様に俺の影が盛り上がり、そこから漆黒の狼が姿をあらわす。

それも一匹や二匹ではない。墜ちてきた人数と同じく七匹。

漆黒の軌跡を描いて七匹——七人を救いにその場から飛び出した。

 

「“連れて来い”!」

 

指示に従い、狼達は七人を背に乗せて、又は服を噛み銜えて帰ってくる。

 

「おし、よくやった」

 

ねぎらいの言葉をかけてやると狗神達の体躯は黒い粒子となって霧散し、その粒子が俺の影に還っていく。

 

さあこれで一件落着……といきたい所だが、まだそういうわけにもいかない。誰だコイツら。

 

さてどうしたものかと七人を見る。全員気絶とはいかないがまだ惚けている様で、ボーっとしている。内訳は学生服の女子が五人、チャイナの女子が一人、そしてパジャマの子供野郎が一人。何とも個性的な奴らだ。

 

と、その時、学生服のうちの一人が目を覚ました様だ。

 

「……ハッ!? わ、私は一体……て、アナタはあの時の!」

「え。なに、俺?」

 

そう言って慌てた様に掴み掛かってくる。

まあ俺もコイツの事は何となくだが、どこかで見た事がある様な気がする。

 

「そうです! アナタとは以前この図書館の裏門で会っているはずです。まさかあの開かずの扉はこの場所につながっていたんですか!?」

 

ん? 図書館裏門で開かずの扉ってーと……

 

「ああ! アンタあの時の無表情系か! 無表情じゃなかったからまったく気付かなかったぜ」

「む、無表情系……? よく言われますが私は綾瀬夕映です。姓でも名でもかまいませんが普通に呼んで下さい」

 

俺ののんきな物言いに気勢をそがれた様に嘆息する綾瀬。

まあそれはそれとして。

 

「で、綾瀬某? お前ら何しにきたんだよ?」

「夕映だって言ってるじゃないですか!」

「ああもう、名前なんてどうだっていいんだよ。お前らは何をしにきたんだ?」

「…………そ、それより! アナタはここで何を? ずいぶんと馴染んでるみたいですけれど」

「質問に質問で答えるとテストで0点なの知らねえのか? 今聞いてんのはこっちだぜ」

 

……やれやれ、何でか知らないが、どうにも答えたくないらしいな。

どうしたものか、と考えていると。

 

「お、お姉ちゃん!? なんでこんな所に……居るなら教えてくれれば良かったのに!」

 

また、気がついた奴が出たみたいだ。

そうして綾瀬から目線を向けるともう全員が立ち上がっていた。どうやら俺が話し込んでいて気付かなかっただけみたいだ。

ちなみに今の言葉はパジャマっ子のものだった。

しかし、お姉ちゃんって言うと……誰だ?

 

「イヤ、オレも知らなかったというか……あ〜……こう来るか……まあ、何だ。元気だったか?」

 

パジャマっ子の視線の先に居たのは——フランだった。

まあ、一緒になって落ちてきた六人に今更驚くのも変な話だし、こっちの中で女性なのはフランだけなので、人員的にそうでなければおかしいのだが。

しかしアイツ、弟なんて居たのか。

 

「……ネギ先生に姉が居たとは」

「なにハナシをボカそうとしてんだ」

 

感心した様に呟く綾瀬に再三の軌道修正をかける。

何だってそんなに言いたくないのだろうか。

 

「とっとと言えよ。別に裏家業にいそしんでて守秘義務があるってワケでもあるまいし」

「う……その、もうそろそろテストが近いので、読めば頭が良くなるという『魔法の本』をさがしに来たのですが……」

「ハァ? 頭が良くなる『魔法の本』? アホ言ってねえでおとなしく勉強してろよ」

「うう……ごもっともです……」

 

それにしても、普通……ではないにしろ、魔法とは無関係の一般生徒にしか見えないんだが……

 

なんだって学園はコイツらをここに招いたんだ?




やっと原作に入れたよ!(泣)

ところで、一切関係ありませんが、
感想を見ていてどう返信しようか悩んでいると、

返ッッッ信ッッッ! シャキイィィーーン!

と、どっかのライダーがキーボードを超カタカタやっているのを妄想してしまいます。


間違いなく俺だけですね!(泣)


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物語との邂逅2

「……まあいいさ。出口はこっちだ、着いて来てくれ」

 

ひとしきり騒いで、すこし静かになった頃を見計らって声をかける。

 

「え〜? せっかくこんな所に来たんだからもう少し……」

「アホ言ってんじゃねえよ鈴付き」

「だっ、誰が鈴付きよ!? あたしには明日菜って名前が——」

 

鈴付きの抗議に便乗してブーブー文句を言い始める他六人。

 

「あーもーうるせえな! そもそもお前ら学校があるんじゃねえのかよ!? っつーかそこの薬味パジャマ! テメエ曲がりなりにも教師なんだろうが! もともとはお前がコイツら止めなきゃいけないんだろうが何文句垂れてんだ!」

「や、薬味パジャマ……お、お姉ちゃーん!」

「いや、どう考えてもネギ、お前が悪いぞ」

 

俺の物言いに耐えきれなくなったのか、姉であるフランに助けを求めるもあえなく撃沈するネギ。

まったく、この程度で傷ついてんじゃねえよ温室育ちめ。

 

「ていうか! それを言うならアンタ達はどうなのよ!? 見た所小学生くらいだけど、そっちこそ学校とかどうなのよ!」

「俺等は良いんだよ学園長から認可貰ってんだから! 自分の事棚上げしやがって、鬼の首取ったみてえなツラしてんじゃねえぞ!」

「うそ! 学園長から!?」

 

まさか学園の最高責任者から許可を受けているとは思わなかったのだろう。

驚愕する鈴付き——明日菜達を滝の裏にある隠し扉に案内する。

 

「あ、隠し扉……」

「上に非常口のマークが付いてるアルよ」

「でもドアノブがないですよ?」

「ああ、これはスライドドアになってるから溝を……」

 

溝を……

 

……あれ?

 

「アレ!? 何でだ! 溝がない!?」

「こうなりゃしょうがねえ、ブチ壊すか」

「アホ言ってんじゃねえぞフラン!」

「(ンな事言ったってしょうがねえじゃん、これは明らかに学園の仕業だって。閉じ込められてんだって)」

「(それでも最低限“魔法の隠匿”は守っとかないと後で面倒くせえだろうが!)」

「……ねえ、もしかしてこれって——」

 

どうしようかとこそこそ話していると、ヤバイんじゃないの? と、不安そうに明日菜が訪ねてくる。

 

「い、いや、上に付いてるマークのとおり、こいつは非常口だ。まだ通常の出口が残ってる」

 

とはいえ、学園側が完全に俺達をここに閉じ込めるつもりだったとしたら、おそらくはそこももう塞がっているのだろうけども。

とりあえず見るだけ見てみよう。駄目だったときはその時考えれば良いさ。

 

い、いやほら、偶然、緊急のメンテナンスとかそう言うのがあったとかあるかも知れないし?

 

そんなふうにして俺達は、重厚な本が並ぶ、古びた本棚の列の間を歩いていた。

 

まあ、そんなふうにして通常出口にむかって歩いていると、どうしてもヒマになってしまうもので、自然と適当な話にも花が咲く。

 

「ところで、どうしてふつうの出口じゃなくて非常口に案内したのでござるか?」

「ござる……? ああ、普通の出口はここからだとちょっと遠いし、非常口からはエレベーターで直接地上に行けるから、こっちの方が早いんだ。ところでアンタ、もしかしてサムライとか忍者だったりする?」

「違うでござるよ、ニンニン」

「ああ、忍者の方か……(やっぱり、関係者か?)」

「(ないしょでござるよ?)」

 

などと、長身の糸目の女としゃべくっていると、フランの方でも。

 

「なあなあ、フランちゃんやったっけ? ネギ先生のお姉さんなんやって、それってほんまなの?」

「ん、まあな。オレと弟とはまったく似てねえだろ? 故郷でもよく言われてたぜ」

「ほんとよねー。口調なんて男みたいだし」

「そーそー、可愛い女の子なんやから、オレとか言っちゃあかんえ〜?」

「しょうがねえだろ。“あたし”で駄目だったんだから」

「え?」

「なんでもねえよ。この話は終いだ」

 

ふう、と嘆息し、なんとなく不機嫌になった様に見えるフランが話を打ち切った。

話していた二人——明日菜ともう一人、黒髪のロングヘアでぽやぽやした感じの、たしかコノカとか言った女は顔を見合わせて不思議そうにしている。

……と、何を思ったか、二人は今度は俺に話しかけて来た。

 

「……なあ、こたろー君やったっけ。なんかウチら悪い事言っちゃったんかな……?」

「さあな。フランに聞けよ」

「そんな事言ったってもう聞ける雰囲気ちゃうやんか」

「そうよ。何か知ってるなら教えてくれても——」

 

ああ、もう。コイツらは——

 

「だからこそだ。自分にとって大切な事は、その本人が話さないと駄目なんだよ。俺がペラペラ喋っていい事じゃないし、俺自身話すつもりも無い」

「そか……」

「う……」

 

それから三十分程。

代わり映えの無い本棚に挟まれた道を歩いていると、ついに目的地にたどり着く。

 

「あ……!」

「扉だ!」

「私たちここから帰れるアルか?」

「まあ、特に変化がなければ、だけどな」

「そんな事言っても、扉にはとくに変わった所は無いし、ふつーに開けちゃえば良いじゃない?」

「ヘタに触んな! 罠があるかも知れないんだぞ!」

 

そういって、まだ帰れると決まったわけでもないのに喜んでいる七人を押しのけ、扉を確認する。

この扉はドアノブが無くなってたりとか、そう言う事はなかったのだが。

 

「……どうした、もんかな」

 

薄い障壁、微量の魔力を確認。

ただそれも本当に極少量だ。せいぜい魔法の矢(サギタ•マギカ)一本分程度だろう。

この程度の障壁なら、何もしなくてもすぐに魔力切れで消滅してしまうだろうが、予想に反していつまでたっても障壁は消えない。

 

(これは……どこかから魔力供給を受けている? 他にも障壁を再展開させる術式まで……)

 

つまり、どういう事かというと。

いつまでたっても魔力切れは起こらず、何度障壁を壊しても何度でも張り直される。

解決策は扉ごと障壁をブチ抜いてやる事くらいだが、ここには魔法関係者ではない者が多すぎる。

試しに普通に開けてみようとしたが、ガタガタと音が鳴るだけで開く事はなかった。

 

緊急事態とか、そう言う事であれば大義名分も立つのだが……あいにくと俺やフランには今、外に出なければならない理由がない。

 

状況に縛られ、緊迫感がない。

 

扉は開かず、壊せない。

 

「……おてあげだな」

 

さて、どうしたものか?




時間がかかった割りに凄まじい駄作だよ!(泣)

喋りながら歩いただけの話でした。
ホントもうこのgdgd感……どういう事なの?

今回に限ってはもうどんだけ叩かれてもしょうがないね。
以後精進あるのみです。挫けたりなんかしない。


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物語との邂逅3

「ではこれわかる人ー」

「ハイ、ハイ、ハーイ」

「ハイ佐々木さん」

「35です」

「正解でーす」

「「お〜〜!」」

 

生徒六人に先生が一人。あわせて七人が授業を行っている。

机は適当な木箱で代用、ノートやペンなどの筆記用具はどこからか拾って来た様だ。

 

「……まったく、よくやるね」

 

遠目から見る。

まわりに魔導書を積み上げ、幾つもの塔にまた一つ本を重ねながらつぶやく。

 

彼らがここに来てから、二日目が過ぎようとしていた。

 

 

 

 

 

手持ちの魔導書を読み切ってしまい、新たに持ってくるついでに通常口の様子を確かめる。

 

「変化無し、と……」

 

開いていてくれればと思っていたが、そんな事はなかった。

しょうがない、戻るとしよう。

 

とまあ、戻ったはいいんだが。

 

「……いや、何でだ」

 

ネギの生徒六人がまさかの全裸。

いや、内二名は胸にタオルをまいてスカートを履いてたりするのだが。……まあ似た様なものか。

まったく、意味が分からない。

 

「ああ、裸族か。先生も大変だな、こりゃ」

「「「ちがうっ!!」」」

 

何か言ってる様だが聞く耳持たん。

最近若者の性の乱れとか聞くがなるほど、こういう事だったのか。

ショタ喰いとかマジかんべんだし、さっさと逃げるとしよう。

 

「ちょっ、ちょっと待って! ここにきてから一度もお風呂とか入ってないからせめて水浴びしようっていうだけで裸族なんかじゃないから!」

「追ってくんな変態恥女! この年齢差じゃ何でもかんでも男が悪いって理論は通用しないんだからな!?」

「せめて話を聞いて!?」

 

俺がその場から逃げ出すと明日菜が追いかけてくる。

くそっ、貴様なんぞに俺の初めてをくれてやるわけにはいかないんだよ!

 

「あれ? 小太郎君そんなに急いでどうしたの……ってアスナさん!? どうして裸なんですか!?」

 

そうして逃げ続けていると、子供先生と出くわした。

 

「ネギ先生助けてくれ! 変態に襲われているんだ!」

「だれがヘンタイよ!?」

「そうです、アスナさんは変態なんかじゃ…………?」

「ちょっ、言い切りなさいよ!」

「だ、だって! 僕も今の所アスナさんは変態にしか見えないんですもん! 裸だし!」

「ううっ……!? そ、それは……!」

 

おお、さすが先生! 生徒の相手が手慣れてるぜ!

さて、このまま俺はとんずらさせてもらおうか……と考えていると。

 

「キャーーーーッ!」

 

どばっしゃーーん! と水の轟音と共に誰かの悲鳴が聞こえて来た。

 

「何だ……?」

 

いくら何でも尋常じゃない。

今の悲鳴は少なくとも遊んでる最中に出る様なものじゃない。

俺を含めてその場の全員が話をやめ、声の聞こえて来た方向を見る。

 

「大変やアスナ、小太郎君ー!」

 

走って来たのはこのかとか言う女。

ここからさっきの所まではたいして離れては居ないはずだが、急いで来たのだろう、すこし息が荒くなっている。

 

「どうしたんですかこのかさん! さっきの悲鳴は!?」

「あ、ネギくん。と、とにかく大変な事に……」

 

そのまま話を聞いてみるが、どうにもまとまりがない。

要約すると、“なんかよく分からない大きなものが襲って来た”とか。

……いまいち想像がつかないな。実際に見に行った方が早いか。

 

という事でひとっ走りすると。

 

「うおぉッ!?」

 

ドゴォッ!

 

襲って来たのは巨岩の拳。

もちろん躱す。

このかの言う“なんかよく分からない大きなもの”とは動く石像、つまりゴーレムだった。

 

「ふぉふぉふぉ」

「た、たすけてーーーーッ!?」

「チィッ——!」

 

ああ、クソ、面倒だ。

ゴーレムの片手には、おそらく先の悲鳴の主と思しき……たしか佐々木とか言ったか、そいつが握られていた。

っつーか笑い声が凄まじくムカつく。なんか以前どこかで聞いた事がある様な気がする所が特に。

 

「まったく、面倒だ……!」

「助太刀致すでござるよ、小太郎」

「カエデか」

 

どうしたものかと攻めあぐねていると、いつぞやの忍者女が声をかけて来た。

 

「……腕を落とす。助け出すのはまかせる」

「承知」

 

短く言葉を交わす。別に口下手ってワケじゃない。ただ、それだけで充分だってだけだ。

 

ゴーレムの手は佐々木をがっしり掴んでいて、無理に引っ張り出そうとすれば色々千切れて血が出る可能性が高い。

だからまずゴーレムの腕を落とす事で手の力を抜き、助けやすくする必要がある。

しかしゴーレムは石像。当然腕だけでも凄まじい重量がある。

俺やフラン、カエデと言った“関係者”であれば気にする必要のない程度の重さだが、あいにくとつかまった佐々木は一般人だ。下手に一緒に落ちればつぶれて死んでしまう。

手段を選ばなければそこは解決できなくもないがその場合、本末転倒な結果を生み出す事になってしまう。

ただまあ、俺一人だけでは、だが。

 

「せいっ!」

 

素早く近づき、掴んでいる方の二の腕辺りに蹴りを放つ。

石の灰色にビキリ、と罅が入り、そのまま落ちるとともに力を失った手から、カエデが佐々木を救い出す。

まあ、これくらいなら秘匿とかに大した影響はないだろう。

 

「(後は任せても大丈夫でござるかな?)」

「(ハッ、コナゴナにしてやるよ。それよりどっかに離れててくれ)」

 

むしろ、ここに居られると派手にぶっ壊せない。そういった意図を伝えると、カエデはあい分かったと佐々木を抱えて跳び去り、他の生徒に逃げるよう伝える。

 

「な——!? 一人置いて逃げられるわけ——」

「(大丈夫でござるよ。小太郎もネギ坊主と同じ、関係者でござるからな)」

「そ、そっか……なら……」

「ホラ、コッチでござるよ」

 

二枚舌というか口が達者なもので、最低限の短い言葉で言いくるめ、先頭を切って滝がある方に逃げていく。

それに続き、ネギや他の生徒も一緒に逃げていった。

 

「ま、待つのじゃ!」

「ったく……なんだアイツ、魔法バレてんのかよ?」

 

それにしても、逃げる時佐々木が何か本の様なものを持っていったような気がするのだが……まあ、気のせいか?

しかし、それにしても。

 

「逃げられるとでも——思ってんのかよッ!?」

 

七人を追うゴーレムの片足を殴り、粉砕する。

どうやら俺が今まで消極的にしか戦ってこなかったから調子に乗ってるのかも知れないが……

 

「ナメやがって……“砂”にしてやる」

「や、やめるのじゃ小太郎君!? 儂じゃ、儂じゃよ!」

「ああ!? ワシワシ詐欺かオラァ!」

 

足と腕を片方ずつ失って倒れ込んだゴーレムにガスガスと蹴りを入れる。

 

「ちがう、学園長じゃ! いや、それどころではない! 大変なのじゃ!」

「……まあ学園長が生徒を襲ったなんて知れたら大変な事になるよな」

「そうではない! いや、それはまあそうなのじゃが……そうじゃなくて、メルキセデクの書が盗られてしまったのじゃ!」

「は?」

 

……正直、今言った事の意味が分からなかった。

え? メルキセデクの書?

 

「……えっ、いつ」

「今さっきじゃ」

「どこにあったの」

「首の所に引っかかっておった」

 

説明すると、メルキセデクの書とは、文字通りメルキセデクさんが書いた本である。

メルキセデクとはキリスト教の天使の事で、平和と正義を司るものとされており、本来はエルサレムの王、また司祭でもあったとされている。

すなわち、人間でありながら天使に匹敵する力を持ち合わせた実在の人物という事だ。

他の天使と違ってその存在には信憑性がある。

つまり、そのメルキセデクの記した本にも同じく信憑性があり、その力は確かな物として確認されている。

簡単に言えば、凄い人が書いた凄い本だと言う事だ。

逃げていった彼らの目的、魔法の本の正体がメルキセデクの書だというのなら、確かに頭を良くする事など簡単な事だろう。

ぶっちゃけ超欲しい。喉から手が出るくらい欲しい。

 

っつーかそれをあんな一般人程度の奴らに盗まれるって何なの?

 

「……………………」

「しょ、しょうがなかったんじゃ! ゴーレムだと感覚が鈍るし周りとかもよく見えないんじゃもん!」

「なぁにが“もん”だこの老害がァッ!」

「ふぉ!?」

「しょうがないもクソもあるか! そもそも何でアイツらはこんな所に落ちて来たんだよ!? まさか学園側が連れて来たってんじゃないだろうな!」

「それはないぞ! ネギ君達はきちんと迷宮を通り抜けて来たからの!」

「アホぬかしてんじゃねえぞクソジジイ! きちんとって何だきちんとって! っつーかそれ以前にあんなトラップ満載の危険な迷宮を堂々と公開してるってどういう事だ! 何で封鎖しない!」

「ふぉおおー!?」

 

俺がヒートアップするのに連れて蹴りを入れるのもだんだんと激しくなっていく。

既にゴーレムの四肢はどこかへ吹き飛びダルマの様な状態になっている。

 

「ああもう付き合ってらんねぇ! 本取り返しにいってくる!」

「それなら滝の裏の非常口に向かうと良いぞ。あそこはもう解放される手はずになっておるのをカエデ君に伝えておるからの」

「グルだったのかあの糸目女ァ!」

「ふぉおおおおおおおおーーーー!?」

 

ついにイライラが頂点に達し、ゴーレムを蹴り飛ばしてお星様にする。

すこしスッキリしたがそれよりもやる事が残っている。本を取り返さなくては。

 

「クソッ、結構遅れた! もう外に出てるかも知れねえか……?」

 

愚痴を言っているヒマはない。

言われた通り非常口に急ぐ。

 

が。

 

「え〜っと、これは……?」

「アスナ分からないならその本貸すアル!」

「いえ、今度は私が……!」

「わ、私もやってみたいかな〜……?」

 

…………

 

「……あれ、案外近い」

 

そんなに進んでなかった。

地上への直通エレベーターにつながる螺旋階段。その途中に行く手を遮る様に壁から石盤が迫り出して来ており、それらに邪魔されていたからか、七人が居る所はまだ螺旋の三段目と言った所だ。

 

「……そんな急ぐ必要もなかったか?」

 

というか走らなくても良かった感じ。

普通に歩いて来ても余裕で間に合ったんじゃないだろうか。

 

「……おや? そこに居るのは小太郎ではござらんか?」

「え? あ、ホントだ。おーい! だいじょうぶだったのー!?」

 

まるで今気付いたかの様に俺を発見するフリをするカエデ。気のせいかセリフが棒読みに聞こえる。

ええい白々しい……! お前最初から仕掛人だったんだな……?

 

「言いたい事はいくつかあるが……とりあえずお前ら、その本寄越せ」

 

階段を上って七人に近づき、何はともあれまずは本の返却を求める。

口調とか言い方とかはこの際気にしない事にする。

 

「いきなりなんでよ?」

 

……まあ、当然の疑問だな。

こんな所までやって来て、約三日閉じ込められてやっとの事で手に入れた物だ。言われただけでハイそうですかと渡せる程度の執着しかないのならそもそもこんな事態になどなっていない。

 

つまり、今ここで必要なのは“納得”だ。

それなら渡してもしょうがない。そう言う事なら渡すしかない。今ここで必要なのはそういう説得力だ。

さて、どうしたものかと考える。

 

ふと、気になる事が出来た。

そういえば、コイツらはこの石盤をどうやって排除してるんだ?

そう思って七人の前を塞ぐ石盤を見ると。

 

問題があった。

 

いや、別に何か大変なことが起きて大問題だとか、そう言った意味ではなく、まるで学校のテストに出てくる様な問いが石盤に彫られていた。

 

……なるほど。この問題に正解を答えると扉がどうにかなって先に進める……と言った所か。

また、さっきの会話から察するにコイツらはもういくつか問題を解いて本の効力を認識できていると思われる。

 

なら——

 

「そいつが危険な物だからだよ」

「えっ?」

 

どういうウソをつけば良いかは、容易に見いだせる。

 

「どうやら見た所……その本がどういう力を持っているかはもう理解できてるんだろ?」

「まあ、持ってると頭が良くなるって事くらいは」

「はあ……その時点でおかしい事に気付けよ」

「……おかしい事?」

「そうだよ、そもそも頭……つまり脳ってのは、人にとって最も重要な機関だ。だからこそ頭蓋骨なんていう人体で一番頑丈な骨に守られてんだしな」

「つまりどういう事よ?」

「頭を良くするってのは、つまるところ記憶のインプラントに他ならない。その大切な脳を弄くり回すって事なんだよ」

「……で、でも、言い方は悪いけど、結局頭は良くなってるんだから——」

 

揺れては居るが、まだ決定的ではないか。

でもまあ、大詰めはここからだ。せいぜい怖がらせてやるさ。

 

「本当にそう思うか?」

「ッ——?」

「そうだな、じゃあ詳しく説明してやるよ。まずは明日菜。その本がどうやってお前の脳に接続してるかだ。まさかうさんくさい不思議な魔法でとか思ってるんじゃないだろうな?」

「ち……違うの?」

「アホ言ってんじゃねえよ。そいつは夢も希望もない純粋科学の代物だ。まず、人に限らず生き物の体を動かしてんのは体内の微弱な電流の力に依る物だ。ここまでは良いな?」

「まあ……それくらいは」

「続けるぞ。んでもって、脳の働きも同じく電流の流れだ。脳内のシナプスのネットワークをビリビリがかけずり回ってるワケだな。ここまで言えば分かるな?」

「……電気?」

「その通り。この本はその電流を介してお前の脳につながってるんだ」

「でも、そのつながりがどうだって言うのよ?」

「まあ、実際にはそんなに悪いもんじゃない。人間の無意識の部分につながってるから大量の知識が脳に流れ込んで来て暴走するとか言う事もない」

「なら……!」

「ただし。……もちろん、デメリットがないわけじゃない。まずいのはお前の脳がその状態に慣れてしまう事だ」

 

上げて落とすってのは基本的なテクニックだ。

しかしまあ、真剣に聞いてくれてるけど怪しいとか思わないのかね? 素直というかバカというか……こっちとしてはやり易いからありがたいけどさ。

あくまで大仰に、出来る限り大げさに言う。

 

「何もしなくても大量の、多種多様な情報がお前の脳に流れ込んでくる。満足してしまうんだよ。満足して、お前の脳は外界に興味を持たなくなる。自分の中で完結してしまうから、何事に置いても自分の言う事は正しいと思い込んでしまう。……今でももうその兆候が出てるかも知れないな」

「そ、そんな事……」

「そんな事は無いか? 本当に? 自信を持って断言できるのか?」

「そうよ! 私はまだ……!」

「そいつは良かった。……ところで、さっきから気になってたんだけどよ。」

 

これで終わりだ。

 

「お前、なんか意地になってないか?」

「……え?」

「自分の意見が否定されたからムキになって反抗する子供みたいにさ」

「うそ……そんな……」

「……なんかショック受けてるみたいだけど、もしかしてお前——」

「嘘よ!?」

「今のホラ話、本気で信じてんの?」

 

とまあ、それなりに怖がらせた所でネタばらし。

 

「……へっ?」

「隙ありっ」

 

一瞬意識が飛んでいる明日菜からメルキセデクの書をかすめ取る。

 

「大体よ、俺みたいないかにも不真面目そうなガキの言う事なんざ話半分に聞いとけよな。信じる物は救われるとか聞くけど実際すくわれるのは足下だけだぜ?」

「…………」

「っつーかホント、お前信じ易すぎ。いつかマジで取り返しのつかない騙され方すんぞ」

「……………………」

「……あの、明日菜さん?」

 

やばい、なんか固まってる。ちょっと追いつめすぎたか?

 

「い、いや〜、なんつーか、ごめんな? 俺もここまでなるとは思わなかっ——」

「……こ」

「——た。え?」

「このクソガキーーーーッ!!」

「うおおブチ切れた!? いや俺も悪かったっていうかごめんなさいっつーかヤベェ逃げるっ!」

「まちなさいこのぉーー!」

 

まずい完全に激昂してる。

こりゃなだめんのは無理だと判断し、素直に階段の下、図書館の方に逃げる事にした。

 

 

 

 

 

「ぜえ、はあ……」

 

それから、アスナさんが息を切らして戻ってくるのはしばらくしての事でした。

 

「……おつかれさまです」

「はあ、はあ……ま、まあなんて言うか……すごい疲れたわ……ところで夕映、さっきからはどれくらい進んだの?」

「問題二つ分といった所でしょうか。今はネギ先生に教えてもらいながらなんとか進んでいる所ですが、やはり本があった方がスピードが早いですね」

 

何となく本を話題に出した所、アスナさんの表情はそんなに暗くはありませんでした。

彼と何か話したのか聞いてみると。

 

「あはは……ほら、若いうちの苦労は買ってでもしろって言われちゃってさ。まあがんばってみようかなって」

「……和解したんですか?」

「まあね。頭にゲンコツ落として、それでチャラにしてあげたの」

 

そういうとアスナさんは「さーて、今の問題は何ー?」と石盤の前に向かって行きました。

 

「そう言えばアスナさん」

「ん、どうしたの? 夕映」

「小太郎さんの話が全て嘘だというのなら……あの本はどうやって私たちの頭を良くしていたんでしょう?」

 

渡すの疑問を聞くと、「んー」と少し考えてから。

 

「さあ? 夢(不思議)も希望(魔法)も、少しくらいはあったんじゃない?」

 

そう、笑って答えたのでした。




たかが六千文字強の文量で長文とか思ってしまう俺(泣)

二週間くらい間が開いてしまいました。あーでもないこーでもないと書き直しまくってたんですごめんなさい!

それにしてもキャラの口調を維持し続けるのって大変ですね。変だったりしたら指摘お願いします。





……フランさんどこ行った?


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苦境に立つ

先生ご一行が帰ってからしばらく経った。

俺達に成果は無い。

まったく、イヤになる。

 

「小太郎く〜ん! お姉ちゃ〜ん! 助けてぇ〜!」

「ひさしぶりね」

「何でまた来たんだよ! 帰れなくなっても知らねえからな!」

 

ああ、本当。まったくイヤになる!

 

 

 

 

 

「……おお? ネギじゃねえか。それにアスナも。今度はどうしたよ」

 

本に集中していたフランも気付いた様で声をかける。

 

「それが真祖の吸血鬼とたたか——」

「あきらめろ」

「そんなぁ!?」

「ちょっと!?」

「大体なんでそんなのがこの学園に居るんだよ? 人外魔境かよ」

 

まあ確かにフランの言う事ももっともだ。

吸血鬼ってだけでバケモノなのに真祖ともなれば手に負えない。

っつーかなんでそんなのがこんな所に居るの? この学園なんなの?

 

「まあ元気出せよ。ホラ、神様は乗り越えられる試練しか与えないらしいし?」

「神様に敵対してる吸血鬼にそんな理論通用しないよ……」

「あきらめるんだな。あきらめて真祖討伐クエストにソロで挑め。心配しなくても骨は拾ってやる」

「無理だよ! 見捨てないでお姉ちゃん!」

 

励ましては見るが、話が進まないな。

フランは完全に信じていないし、ネギはネギでパニクってる。

しょうがない、ここは俺が一肌脱いでやるとするか。

 

「……よし。じゃあここはこの俺、犬上小太郎が助けてやろう」

「ほ、ほんとう!? ありがとう! 僕一人じゃどうしようもなかったよ!」

「ああ本当だとも。それでその吸血鬼はどんな奴なんだ?」

 

さわやかっぽい笑みを浮かべて助け舟を出してみる。今の俺はまさしく頼れる兄貴分——っておい、フランさん? その果てしなく微妙な物を見る目はやめてくれませんかね。

 

「うん、でも僕が知ってる事なんてそんなに無いよ? 分かってるのはせいぜい名前くらいで」

「いや、構わなないさ。なんて名前なんだ?」

「えっと、それが——闇の福音なんだけど」

「へえ、エヴァ(ンゲリヲン)か」

「エヴァ(ンジェリン)さんの事知ってるの!?」

「ああ、この前外に出た時にな。それにしてもまさか闇の福音が相手か、大物だな。それで他には?」

 

 

「あとは僕が副担任を受け持ってる生徒だって事くらいかな」

「ちょっと待て」

 

明らかにおかしい情報が入って来た。

 

「あれ、言ってなかったっけ? 実は僕この学園で先生やってて」

「知ってるよ! この前ここで授業やってたの見てたから! なんで真祖の吸血鬼が平和に中学生なんてやってんだよ!」

「いやまあ、私たちのクラスでは微妙にハブられ気味だけどね」

 

そういえばこの前見た時明日菜達と同じ制服来てたな……

え、マジなのか!? 見た目はガキだから怪しまれない為の変装じゃなかったのか!?

 

「ああクソ、なんか俺頭痛くなって来た……おいフラン。お前も話に加われよ。……って、なにやってんの?」

 

俺一人じゃ手に負えないとフランの方を見ると、片手にジタバタと暴れる小動物を掴んでいつの間にか水を張った鍋を火にかけていた。

……なぜか凄まじい怒りのオーラを纏いながら。

 

「見て分かんねえか? 湯沸かしてんだよ」

「ネ、ネギの兄貴ー! 助けてくれぇー! 吸血鬼の前に兄貴の身内に喰われちまうー!」

「おいやめろフラン!? その小動物なんか喋ってる!」

「わああ!? やめてお姉ちゃん! カモ君を放してあげて!」

 

その後、俺とネギの必死の説得によりフランに小動物をその手から放させる事に成功する。

しかしコイツなんなんだろう? イタチなのかフェレットなのか……

 

「いやあ、助かりましたぜ小太郎の旦那。俺っちはアルベール•カモミール。由緒正しいオコジョ妖精でさ」

 

オコジョだったらしい。

 

「……まあいいか。おいカモとやら、なんかフランのやつすげえ怒ってんだけどお前なにやったんだよ?」

「そうだよカモ君。僕も一緒に謝ってあげるから。教えて?」

「それが……俺っちにもよくわかんねえんでさ。ネギの兄貴の姉さんってんで、いつも兄貴に世話になってるのを挨拶しに行ってたんですが、本に集中してんのか、それとも単に無視してんのか、どうにも反応がねえんで……」

「そんでしつこく声をかけてたらああなったってか? それくらいでキレるようなやつじゃないハズだけどな……」

 

たまたま虫の居所が悪かったのか? いや、さっきネギや明日菜に話しかけたときはそんな感じはなかったんだが……どうしたんだ?

 

「いや、ちょっとムカついたんで服の中に忍び込んだんでさ」

「おいフラン。 さっきの鍋また火にかけろ。水がグツグツに沸騰するまでな」

「ぐぎっ、ギブギブ! 小太郎の旦那手の力を弱めて下せえ! 俺っちからいろんな物がこぼれちまう!?」

「…………」

「小太郎君落ち着いて! お姉ちゃんも無言でお湯沸かさないで!?」

「黙りやがれこれが落ち着いてられるか! フランの服の中まさぐるとかうらやましい事しやがってこの淫獣が!」

「テメーはテメーで何ぶっちゃけてんだ。おら喰らいやがれ」

「うお熱っつう!? おいフランおま、何で俺にも熱湯を!?」

「ぎゃああ俺っちにもかかったぁ!」

 

とまあ、散々騒がしくしていた時、空気を読まずと言うか良いタイミングでと言うか、明日菜が一言零す。

 

「……話が脱線してない?」

「「…………あ」」

「そ、そうだよ! エヴァンジェリンさんをどうするか真面目に考えなきゃ!」

「まあそう焦んな。そんなガチガチに緊張してちゃうまく行くもんも行かなくなる。さっきまでの騒ぎはお前のその緊張をほぐす為にやったもんだ。なあカモ?」

「そ、そのとおりでさ兄貴! 俺っちと小太郎の旦那はその為にあんなバカ騒ぎをやってたんですハイ!」

「嘘おっしゃい。さっき「……あ」とか言ってたくせに」

「ゴホン! まあ、まずやるべきは相手の戦力の分析と、自分の優位性の確保だな。相手はどんな戦いが出来て、こっちはそれにどう対抗すればいいのか。そもそも相手の方が強いんだ、それが分からなきゃ戦いにすらならない」

 

要は敵を知り己を知ればってやつだ。

というわけでまた聞いてみると。

 

「そ、そうだね……そうだ。そういえば、一度戦った事があるんだけど、その時気になったのが、なぜか魔力が全然弱かったんだ。ただの武装解除に魔法薬を使ってたくらいに。」

「ふん……魔力が弱いねぇ……だったら、その最初の時に倒せたんじゃないか? っつーか今おびえる必要なんて無いだろうに」

「それが……従者にやられちゃって」

「従者……“魔法使いの従者(ミニステル•マギ)”か」

 

魔法使いの従者(ミニステル•マギ)。

従者といっても、この場合は戦友やパートナーという意味で、付き従うものという意味ではない。

もともとは呪文詠唱の間まったくの無防備になってしまう魔法使いが自分の身を守る為に契約を結んだ者の事で、今では恋人探しの口実になってしまっているらしいが……結局の所は金の代わりに魔力を対価とした、傭兵の様なものである。

 

従者と聞いて、俺の脳裏にエヴァンジェリンをマスターと呼んでいたロボットの事が思い出された。

なんて言う名前だったか……吸血鬼の方は有名だったから知ってたけど、ロボの方は聞いてなかったな。

 

「……でも、その時負けた原因はただ1対2だったからなんでしょ? これで小太郎が一緒に戦ってくれるって言うならそれも無くなるわけだし、もう心配なんて無いんじゃないの?」

「いや、そうとも限らない」

「なんでよ? 1対1ならネギの方が強いって言うんだし、まだ他に何かあるの?」

「まあな。まあ、ここからは長い上に仮定の話になるんだが……まずはこの学園を包む結界の話をしようか」

「結界?」

 

ここで明日菜が不思議そうに聞いてくる。

まあ、こういうのは俺やネギといった異能者特有の感覚がないと気付くのは難しいだろう。

 

「ああ。悪い奴が近寄れなくなったりするアレだな。この学園には三つの効果を持つ結界が張られてんだ」

「へえ、そんなのが……ねえ、ネギは知ってたの?」

「いえ、結界があるのは感じてましたけど、それがどんな物かまでは……」

「で、だ。その結界の効果の中の一つに“魔性の弱体化”ってのがある。こいつはその名の通り魔性……魔物だの妖怪だのを弱くする力だ。おそらく、エヴァンジェリンの変な弱さはそれが理由だろう」

「つまり相手にハンデがあるって事でしょ?」

「まあ、それで正しいんだが……ここで重要なのは、その力の制限がロジックに因る物だって事だ。これが昔に受けたダメージが原因とかなら良かったんだが……」

「……そうか、もしかしたらエヴァンジェリンさんは制限を解く事が出来るかも知れないって事?」

「正解だ。ネギ、エヴァンジェリンはどれくらいこの学園に居るかは分かるか?」

「十五年だって言ってた。十五年前に僕の父さんがこの学園に封じ込めたって。……本人が言ってたから、間違いないはずだよ」

 

十五年か……間違いないな。

 

真祖の吸血鬼とは文字通り不老不死のバケモノだ。

太陽を克服し、十字架•聖水を意に介さず、心臓に打ち込まれた白木の杭をものともしない。

 

一応、殺す方法が無いわけではないが、実践するとなると現実的ではない。だからこそネギの父親とやらも封印という方法を採ったのだろう。

しかし、それはエヴァンジェリンとしても重々承知のはずで、間違いなく研究、対策を考えていたはずだ。

それでも結局は封印されてしまっている辺りはまあ、その父親の方が一枚上手だったのだろうが……いかんせん十五年だ。それだけの時間があれば解呪は出来なくとも、少なくとも封印をある程度弱めるくらいは出来る様になっていてもおかしくない。

 

「……って、父親? っつー事は……」

「うん。エヴァンジェリンさんの目的は、僕の血を吸ってこの学園から解放される事」

 

……なるほど。

呪いなどといった、相手に永続的に影響を及ぼすタイプの魔法は、基本的にかけられた本人が自力で解く事は非常に難しい。

呪いを実行させている精霊には、術者の強い思念によってそういった力が持たされているのだからして。

そりゃそうだ。せっかくかけた魔法を簡単に解かれてはたまらない。

ゆえに、術者のかけた呪いはまた、術者の思念によって簡単に解く事が出来るのだ。

おそらく、エヴァンジェリンは術者自身と非常に近しい存在である息子の血を使い、呪いの精霊に自分を術者と誤認させる事で解呪するつもりなんだろう。

 

なぜわざわざ自身が弱体化してしまう様な場所に留まっているのか不思議だったが、これで合点がいった。

 

きっと、十五年間こんな時が来るのを待って来たのだろう。

 

「はあ……本当。イヤになるね」




間に挟む話は無い!(泣)

伏線をぶっ込みました! 
まあすぐに回収する予定ですが。

カモ君が出てきましたが何となく口調が難しい……
ただ語尾に「でさ」をつけるだけにならないか心配です。


か、感想くれたって良いのよ?


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突撃となりの

図書館の中には時計等といったものが無いので分からなかったが、外ではもう夜らしく、それからしばらくして明日も学校があるという事で解散する事になった。

そもそもからしてこんな図書館での話し合い等、所詮は机上の空論なのだ。

そこでどれだけ突き詰めた所で前提が一つでも狂えば全てが瓦解する。

ゆえに、その“前提”、つまり情報に何よりも必要なのは現実性(リアリティ)に他ならない。

 

なら、現実性のある情報を手に入れるにはどうすれば良いか?

 

 

ーー

 

 

「それでは、今日の授業はこれでお終いです。みなさん、気をつけて帰って下さいね!」

 

今日も平和に授業を終える事が出来ました。

そういえばエヴァンジェリンさんは今日は風邪でお休みだって聞いたけど……吸血鬼で魔法使いの人が風邪で体調を崩すなんてあり得るのかな?

でも結界の効果で魔力が落ちているって事を考えれば……

とか考えていると、不意に教室の扉……黒板側の方が開きました。

何かのお知らせかな? とそっちに顔を向けると。

 

「お〜い! ネ〜ギく〜ん! エヴァん家行こうぜ〜っ!」

「え、ちょっ、ええぇ〜〜〜〜!?」

 

なぜか小太郎君が満面の笑みを浮かべて立っていました。

 

 

ーー

 

 

さて、個人についての真実味のある情報を手に入れるにはどうすればいいか? という問題だが、俺の結論はこうだ。

 

つまり、実際に会いに行けばいいんじゃね?

 

というわけで後日、というか翌日だが、ホームルームが終わり、放課後になったのを確認して教室に突入する。

まあ、女子校に入るのは少し恥ずかしかったが。

 

「ほらほら、今日は職員会議とか無いのは調べがついてるし、急ぎの仕事も無いんだろ? まあ、そもそも拒否権なんか無いんだけどな!」

「え、いやでもいきなりお邪魔するのはちょっと……」

 

なんだかモジモジと遠慮しようとしているネギだが、そんな逃げが通用すると思ってもらっては困る。

 

「かまいやしねえよ。向こうは体調不良で休んでるっていうし、お見舞いに行くって体で行けばなんの問題もない」

「で、でも流石にそれは……」

「ああもうこうなったら——」

 

いつまでたっても煮え切らない様子のネギにだんだん腹が立って来た。

こうなったら無理矢理に引っ張って連れて行くべきかと考えていると。

 

「ねえ、エヴァちゃんの所に行くんでしょ? 私も一緒にいってもいいかな」

 

明日菜が会話に入って来た。

 

「……関わるのか?」

「……えっ?」

 

正直に言って、俺としてはこの件に明日菜が関わるのには反対だ。

巻き込まれて、ネギを助ける為にエヴァンジェリンに蹴りを入れたというのは昨日聞いたが、それでもまだ明日菜は部外者という立場に立っていると思う。

 

「今ならまだこの世界に足を踏み入れず、見なかった事に出来るぜ? でも、ここで俺とネギと一緒にエヴァに会いに行くってのは……もう完全に俺達の世界に踏み込むっていう、お前自身の意思表示になるぞ」

 

つまり、いわばここが分水嶺、ポイント•オブ•ノーリターン。

ヤクザかマフィアにケンカを売る様なもの。

踏み越えてしまえばもう後戻りなんか出来っこないんだ。

 

だが。

 

「……うん、そうね」

「へえ?」

 

返って来た返事はまさかの肯定。

まだ決定したわけではないが、最悪殺し合いに発展する可能性もあるのに……まあ、いい度胸してやがる。

 

「関わるし踏み込むわよ、その……アンタたちの世界ってのにさ。だいたいあたしはネギが来た初日から魔法を見せつけられてるのよ? それを言うならもうとっくに巻き込まれてるっての。……それに、ここに来ていまさら逃げ出すなんてカッコ悪いじゃない」

「アスナさん……」

「いいぜ、よく言った。……まだ教室にクラスメイトが沢山残ってるってのに」

「「……あ」」

 

ちょっと不安も残るが……これだけの啖呵吐かれちゃあ、こっちも応えないワケにはいかないな。

 

 

 

 

 

「えーと……クラス名簿によるとエヴァンジェリンさんの家は……」

 

自然溢れる風景。

おだやかな小川に沿って敷かれた細い道。

可愛らしい小鳥のさえずりが心を洗う様だ。

 

現在、俺、ネギ、明日菜の三人はエヴァンジェリンの家に向かって歩いていた。

 

「ねえ、小太郎? ところでさ」

「ん?」

 

歩いていると、明日菜が恐る恐るといった様子で話しかけてくる。

まあ、何を聞きたいのかはなんとなく分かるが。

きっと、教室での事だろう。

 

「教室での事なら心配要らねえよ」

「教室での事なん……え、そうなの?」

「ああ。教室に入ると同時に認識阻害を発動したからな、おまえが何言ったって学友には意識にも入らないさ」

 

ちなみにあの時の認識阻害の条件は「魔法関係者でない者」。

故にカエデなどといった関係者には普通に悟られてしまうんだが……気付ける様な奴には逆に知られたって構わないから問題は無いだろう。

 

しかし……気付いた奴を数えてみたら九人も居た。明日菜と吸血鬼とロボを抜いてこの人数だってことは合計したらあのクラスの三分の一以上が関係者って事になる。

……いくら何でも多すぎやしないかね?

 

「そう言えば、ウチのクラスなら小太郎みたいなのがあんな風に入って来たらみんなして集まってくるに決まってんのに、全然注目されなかったわね……」

「そういうことだ。おまえのクラスの気質は知らんけどな」

「……あっ、見えましたよ。たぶんアレです!」

 

そう言って前に指を向けるネギ。

その方向を見ると確かに一軒の家、二階建てのログハウスが建っていた。

 

「桜ヶ丘4丁目29……うん、間違いない。ここがエヴァンジェリンさんの家です」

「ほ〜お? ログハウスねえ……なんだよ、紅くねえな」

「けっこういい家じゃない。吸血鬼って言うからにはもっと、それっぽい所に住んでるって思ってたけど」

「ちょっとウェールズの故郷の村を思い出します……っと、そんなことより」

 

即席品評会はその辺にして。

 

「副担任のネギですけど、家庭訪問に来ましたー」

 

カランコロン、と扉の前の備え付けのベルを鳴らしてみるが、しばらく待っても誰も応対にこない。

 

「……おかしいな。たしかアダム先生が看病してるって……アレ? 開いてる」

「ん? アダム先生?」

「うん。ぼくのクラスの担任で、魔法先生なん…わわっ!? 中は結構ファンシーだ!」

 

ネギが扉を開くと、そこには別世界が広がっていた。

辺り一面にビスクドールやらぬいぐるみやらがセットされており、そのどれもがあまり人形に詳しくない俺でも良いものだと分かる様な逸品だ。

だがあまりに数が多いので圧倒されるというか、少し怖くなるというか……何となく人形特有の、無機質な負の一面を感じる。

そしてアダム先生って誰だ。

 

「結構っていうかすごいファンシーよね。ますます吸血鬼っぽくない……」

「いやまあ、こんだけ人形が散乱してるとファンシーっつーか逆にシュールっつーかちょっと狂気っつーか……」

 

どこからかケケケケケ、とかそんな感じの声が聞こえてきそうだ。

というか実際にどこからか本当に聞こえる。

 

と、そのとき。

 

「——ネギ先生ですか」

 

奥にある階段からいつかのロボっ娘がお盆を持って姿を現した。

——なぜかメイド服で。

 

「やはりそういうシュミか……?」

「小太郎さんにアスナさんまで。マスターに何か御用でしょうか」

「あ、いや、私はとくに用があるわけじゃないんだけど……」

「まあとりあえずアンタんとこの大将呼んでくんねえか? 色々あるから直接話した方が手っ取り早いんだわ」

 

明日菜を押しのけて俺が話す。

一連の騒動の主役はネギとエヴァンジェリンだが、今こうして家に押し掛けているのは俺が発端だから。

この場に限っては俺が一番の主役なのだ。

 

ロボっ娘は俺の言葉にしばし逡巡し。

 

「マスターは病気で寝込ん——」

「いいや、起きているぞ」

 

言葉を遮られてエヴァンジェリン自身が出陣する。

 

「ふん、仲間を揃えたか。賢明な判断だと言っておこ——」

「お〜お〜、カッコつけちゃってまあ。これで会うのは二回目だな。どうだ? この前から目はショボショボさせてるか?」

 

階段に備え付けられた木製の手すりに腰掛けていかにもカッコつけてるエヴァンジェリンだが、いかんせん顔が赤い。息が荒い。微妙にふらついてるし、具合の悪さも完全に極まっている感じだ。

正直言って、さっさと寝た方がいいと思う。

 

「ふ、ふん、あんな事この私の眠りが妨げられるなど——」

「ちなみにマスターはあれからしばらく辞典などを大量に読み漁っていました」

「余計なことを言うんじゃないこのボケロボ!」

「そういえばこのまえエヴァンジェリンさんの席にすごい量の辞書が乗ってた様な……?」

「メチャクチャ気にしてんじゃねーか」

 

なんか気の毒になって来た。

 

「で、用件だったな。俺はお前がヤンデレこじらせて襲ってきて手に負えないから助けてくれってネギから頼まれてよ。生徒と教師の禁断の関係について一言物申しに来たってワケだ」

「誰がヤンデレだ!?」

「き、禁断の……」

「まあなぜか顔紅くしてる明日菜は置いといてだ」

「紅くなんかなってないわよ!?」

「鏡見てから言えよ。……とにかく、お前らがウジウジやってんの見ててウザイからよ。一回でスッパリ決着つけようぜって事だ」

 

つまりは決闘の申し出だ。一対一での戦いではないから正確には違うかも知れないが。

 

「ふん、いいだろう。……そちらはその三人か?」

「おいおい。まさか二対三で不公平だとか言わないよな? お前だって昔は人形使いとしてさんざん数の暴力やってきたんだろうがよ。……まあ、俺はそのつもりだけどよ、あいにくこっちの大将は俺じゃなくてネギだ」

「ぼ……僕?」

「おうよ。俺の仕事はあくまでもお前の手助けだ。ここまで勝手に進めてきちまったが、今提案した決闘だってお前が頷かないならキャンセルだ。……どうする?」

 

あくまでも、決定権はネギにあると。

道案内は立てたが、従うかどうかはお前が決めろと。

 

「ここが分かれ道だぜ。いきなりだが、今決めな」

「……わかった。戦うよ」

「いいぜ、上等だ。……で、いきなり蚊帳の外にして悪かったな、エヴァンジェリン」

「いいや、構わないさ。それで、日時についてだが……これについては私が決めさせてもらう。決闘を受けてやるんだ、文句は無いな?」

「どうよ、ネギ?」

「……ありません」

「だってよ」

 

何となくだが、ネギの顔が変わった気がする。

逃げられないという恐怖からか、戦うという決意からか。

 

「では、明日の夜八時丁度からとしよう」

「明日? またずいぶんと急だな。満月を待たなくて良いのかよ?」

「あまり時間をかけるとそこのぼうやが怖くなってしまうだろう? 負けた時の往生際が悪いとガッカリしてしまうからな」

「ま、負けませんよ!」

「……で、さっきから妙におとなしくなっている神楽坂明日菜。まさかとは思うが……貴様、今から怖じ気づいたんじゃないだろうな?」

 

なぜ貴様がここに居る。場違いだ——。

あるいはそう、目で語る。

もともとは部外者であったため、実際に口に出されても文句は言えないのだが。

 

「まあ、いい。お前には以前の借りがあるからな。——後悔させてやる」

「っ…………!」

 

瞬間的に殺気を当てて威圧する。

魔力を封じられ、現状ただの小娘と何ら変わりないエヴァンジェリンだが、それでも600の年月を重ねた埒外の戦鬼だ。その精神は“戦いを行うもの”として極まっている。

まさしく、今の明日菜の心境は「蛇に睨まれた蛙」といった様相だろう。

 

しかし。

 

「誰が負けるもんですか」

「……ほう?」

 

今の明日菜には覚悟がある。

実際にはただの空元気かも知れない。

現実の見えていない小娘のちっぽけな蛮勇かも知れない。

隣に味方が居るという安心感から来る、危機感の欠如かも知れない。

 

「吼えたな。——何の力もないくせに」

 

——それでも。

 

「そんなことない。私だって戦える、この前だってネギを助けられたんだから!」

 

立ち向かえるなら、それは強さだ。

 

「……チッ」

 

エヴァンジェリンが舌打ちする。

脳裏に蘇るのは満月の夜。

ネギの血を吸おうとした刹那、明日菜に蹴り飛ばされた記憶。

いかに魔力を封じられたとはいえ、微弱ながら障壁を張るだけの力は残っており、もちろん自分はあの時障壁を張っていた。

魔法使いの生命線とも言える障壁は、軽自動車と同レベルの速度をだす明日菜の健脚といえども、いまだ気にも魔力にも目覚めていない者の蹴りではたとえ微弱な物であっても破る事は出来ないはずなのだ。

何らかの特異体質という可能性、そもそも無関係ではないという可能性。

 

「……まあいい。明日には分かる事だ」

 

力も、覚悟も。

実際に確かめれば良い。

 

「さて、用件はそれだけか? ならもう帰れ。これでも病人だからな」

 

学校を休み、その間ベッドに潜り込んでいたおかげで具合は大分良くなっているエヴァンジェリンだが、もちろんまだ万全ではない。

なので、明日に備えてもう眠ろうと、帰宅を促すエヴァンジェリンだが。

 

「ああ、ちょい待った」

「何だ。まだ何かあるのか?」

「いや、俺等は一応お見舞いって名目で来ててよ。はいこれ。つまんないもんだけどよ」

 

お決まりの文句と一緒に見舞いの品を渡す。

 

「そうだったのか? というか多いな、どこに持っていたんだ……」

「魔法って便利だよな。スイカとミカンと、あと桃缶と……トイレットペーパーだ」

「おい」

「なんだよ?」

 

品名を読み上げていく俺を呼び止めるエヴァンジェリン。

 

「そのラインナップの中で何で便所紙が入るんだ!」

「いや、変に捻ったものよりは普通に日用品渡す方がいいかと思ってさ」

「ならせめてフルーツで統一しろ!」

 

どうもお気に召さなかったみたいだ。

 

「ティッシュペーパーの方が良かったか……?」

「ど、どうしよう僕何も持ってきてない……あの、今ポケットティッシュしかないけど大丈夫かな……?」

「紙から離れろ!」

 

一気にバカバカしくなるその場の空気。

やはりシリアスなのは性に合わないからな。定期的にバカを挟まないと息が詰まる。

 

「まあ、俺はこれで終わりだけどよ、アスナにネギはどうだ? 何もないならもう帰ろうぜ」

「あ、私は特にないかな」

「僕は、えーっと……その、ちゃんと、授業に出て下さいね!」

「ああ分かった分かった。とっとと帰れ」

 

本当ですよ!? と念を押すネギを引っ張り、その日はそのまま帰る事になったのであった。

 

 

——

 

 

その後、帰路につく俺達だが、何かもやもやしたものを感じていた。

 

「……ねえ」

「……ああ」

「……うん」

 

いや、何に感じているのかは分かっているのだ。

ただ、タイミングが掴めない。

完全に機を逃してしまっていて、後になればなるほど、それは取り戻すのが難しくなっていく。

だがいつまでもこのままではいられない。

なにせ決闘は明日なのだから。

 

ゆえに意を決して、口に出す事にする。

 

「「「どこで戦うのか、決めてない……」」」

 

今から戻るの、すごいキツい。




地の文とか勘弁してくれよ……(泣)

ついついセリフだけで進めようとしちゃいます。
お気に入り登録をしてくれる方がそれとなく増えて、嬉しい限りです。





名前だけ出てきた「アダム先生」とはいったい……?


同日、凄まじい書き忘れを発見。修正しました。


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戦いの前に、作戦の前に

え、エタってねーし!
ちょっと他の所に浮気してただけだし!


そして時間は飛んで——という様な事は無く。

エヴァンジェリンの家から帰るときの事である。

決め忘れていた決戦場も決まって、さて次はどうするか? という話だが。

 

「さて、んじゃあこれから……天命を待つ前に人事を尽くすとしようか」

「……どうするの?」

「まあ、具体的には罠しかけるんだけどな。でもそのまえにネギ」

 

一つ聞いておく事がある、と前置きし。

 

「とりあえずの方針だけどよ。その、なんだ、ぶっ殺しちゃうのもやむなしって感じなのか、それとも無理を承知で改心させる感じなのか、どっちだ?」

「え、……っと、できればその、改心させる方向で……」

「オッケ。んじゃあ基本的に捕縛系の罠が中心になるな」

 

おずおず、といった様子で答えるネギ。

別に何か遠慮する様な事は無いんだけどな。

 

「……ねえ、今更なんだけどさ、どうしてアンタは協力してくれるの?」

「なんだ、ホントに今更だな。信用できないか?」

 

不意に明日菜が訪ねてきた。

 

「ううん、そう言うわけじゃないけどさ。この件に関わる理由って言えば、ネギは今回の中心人物だからで、私はほら、いつの間にかもう引き返せない所に来てたからで……そういう風に考えると小太郎が関わる理由ってなんだろうって思って」

「ん、ん〜〜……?」

 

言われてみて、改めて考える。

……うん、特にないな。

 

「いや、特に理由はないけどよ」

「えっ?」

 

俺の返答に困惑する明日菜。

 

「いやまあ、本当に理由とか無いんだよ。強いて言えば何となく、だな」

「……理由になってないわよ」

「そう言うなよ、本番で手ぇ抜いたりはしないからよ」

 

まあ、本当は無いわけじゃないが……別に言う必要も無いだろう。

 

「で、ところで——ネギ。戦う所を決めたのは良いんだけどよ、「学園都市の橋」ってどこだよ?」

「えっ、知らないのに決めちゃったの?」

「いや、そもそも知ってる所が無いんだよ。ほら、ずっと図書館の中に居たから」

 

今日まで外に出た事が無いというような事は無いが、侵入したときは図書館島まで一直線に進んだから観光とか出来なかったし、以前一回だけ外に出た事はあるが、そもそもこの学園都市は1日で回りきれないほどの広さを持つ。

一応は地図があるが、やはり直接この目で見ないことには、実戦では役に立たない。

 

「じゃあ、まずはその場所に案内するよ。アスナさんはこの後大丈夫ですか?」

「私は今日は予定とか無いから大丈夫だけど」

「よかった。じゃあ行きましょうか」

 

というわけで学園都市の橋。

更に言えば学園都市外縁部の橋。

正確にはなんて言うのか知らないが。

 

「おお〜、結構デカい……ってかスゲェ広い」

「専用の業者さんとかが荷物を搬入したりする為の橋だって話だよ」

「こりゃまあ、おあつらえ向きの戦場だな」

 

まるでその為に作られたかの様な橋だ。

見る限り頑丈そうだし、これなら相当暴れても問題無さそうだ。

 

「さて、これから作戦会議と行きたい所だが……その前に」

「その前に?」

「まずはお互い、どれくらい戦えるのか確認しとこうか」

 

俺が言うと二人はキョトンとした顔をする。

まあ大体予想はしてたが、各々に何が出来るのかも分からないで作戦会議も何も無いだろう。

幸い、辺りに人気は無い。

これなら軽く人払いを掛けておけば見つかる心配は無いはずだ。

 

「ホレ、ネギ。どっからでもかかって来い」

「……わかった。ラス•テル•マ•スキル•マギステル——」

 

先手を譲り、挑発すると、ネギが呪文詠唱を開始する。

手に持った魔法発動体——大きな木製の杖に膨大な魔力が奔り、魔法と言う名の破壊力が現臨する。

 

光の精霊11柱(ウンデキム•スピーリトゥス•ルーキス)集い来たりて(コエウンテース)——」

 

現れる光の矢。数は11、未だ動かぬ光球の状態だが、その切っ先は俺を射抜かんと猛るのを感じる。

 

「——さあ、来いッ!」

敵を射て(サギテント・イニミクム)! “魔弾の射手(サギタ•マギカ)•連弾•光の11矢(セリエス・ルーキス)”っ!」

 

風を切って放たれる光の矢。

精霊を召還し、それを以て矢と成す“魔弾の射手”は、シンプルであるが故に使い易く、初級の呪文でありながらも行使者によっては非常に強力な魔法となり得る。

 

一度扇の様に広がった矢は俺を包み込む様に収束し、光の精霊の持つ属性である“破壊”という属性効果を行うべく、そのまま殺到し——

 

「フッ——」

 

俺の振るう拳に打ち砕かれた。

 

「今度はこっちから行く——ぜッ!」

 

足元に氣を溜め、それを蹴り飛ばす様にして行う、短距離間高速移動体術、“瞬動”によって一気に彼我の間合を詰めて、その勢いのままにガラ空きの胴体に掌底を叩き込む。

一般人に向ければ間違いなく内臓破裂は免れない一撃だが——

 

「——風盾(デフレクシオ)!」

 

間一髪、咄嗟だったであろう障壁によって防がれる。

だが、まだ終わりではない。

 

「もいっちょ!」

「っと——!」

 

狗神を数匹呼び出し、盾を躱す様にしてけしかけるが、ネギは杖を魔女の箒に見立て、空中へと飛び上がる事で回避する。

まあ、ここまではただの挨拶みたいな物。この程度を凌げないならそもそも話にならないし、戦うなんて論外だ。

さて——

 

「オラ、何やってんだ明日菜! お前もかかって来い!」

「えっ、私も?」

「当然に決まって——いや、ちょっと待て。そもそもお前戦えんのか?」

 

俺の知る限り、明日菜は一般人だったはず。やる気満々なのは良いが、それに実力がついてこなければ意味が無い。

そう言う事で聞いてみるが、なぜだか自信ありげに不敵な笑みを浮かべる明日菜。

 

「ふっふっふ……もちろんよ!」

「おお、かませ臭がプンプンするな。こいつは期待できそうにないぜ」

 

俺の評価をキレイにスルーした明日菜は、これを見なさい! と何か激しいBGMがかかっていそうな高めのテンションで懐から何かを取り出す。

おお、パクティオーカードか。進んでるねえ。

 

「ほうほう、ちゅーしちゃったワケか? ネギ先生と? やーいショタコン女ー」

「だ、誰がショタコンかーっ!? ああもう怒った! このまえの図書館の時みたいにまたゲンコツくれてやるわ! “来れ(アデアット)”!」

 

“来れ”……明日菜が叫ぶと手の中のカードがはじけ、光となって再構成される。

 

“アーティファクト”

 

本人の才能、あるいは秘められた力を、例外はあるが、主に道具といった形で顕現させたものだ。

それらは総じて特殊な能力を備えており、ものによってはまさしく切り札となり得る程に強力な物である。

明日菜の手に握られたその姿、その手に握られた形は……ハリセン?

 

「……おい、ハリセンってお前……」

「ハマノツルギって言うらしいわ、っとぉーーっ!」

「どこがツルギなんだよ!? っぶねッ!」

 

つっこみを入れながら振り下ろされたハリセンを躱す。

今の所はただのデカいハリセンにしか見えないが、俺の予想が当たっていたとしたらあのハリセンは、俺にとっては天敵の様な物に違いない。

 

“ハマノツルギ”

 

漢字に直すとすれば、おそらくは“破魔の剣”だろうか。

魔を破る剣。名は体を表すと言うが、その理論で行けば、こういった能力になる。

これを振るう相手、この場合は俺が、正真正銘ただの人間だったのであれば何も問題はなかった。大層な名前だが、所詮はハリセン。打撃力、破壊力は有って無い様なものだからだ。

だが俺は厳密には純正の人間ではない。狗族、つまり妖怪と人間のハーフである俺は、あのハリセンの前に破られる魔であるかも知れない。

故に、下手に手を出せない。

 

クソ、あの女まさかどっかの退魔師の家柄か何かか!?

 

「ッチィ……! “ちょっと遊んでろ”!」

「わあっ!?」

 

狗神を大量に呼び出して明日菜に突撃、体当たりさせる。

パクティオーカードからアーティファクトを呼び出すと、それだけで本人の防御力が上昇する。あの程度であればアザか擦り傷くらいはできるかもしれないが、大事にはなるまい。

それよりも今は。

 

さっきからおとなしくなっている後衛。魔法使い、ネギに対処しなければ。

 

「“雷の暴風(ヨウィス•テンペスタース•フルグリエンス)”ーーーーッ!」

 

横合いから突如として放たれた突風と水平に走る雷……まさしく“雷の暴風”が地面を削り取りながら襲いかかってくる。

 

「つう……おおおッ!?」

 

咄嗟に身を投げ出し、直撃こそは免れたものの余波として細かな電気を浴び、身体がしびれる様な感覚を覚える。

しかし、大技は避けた。ほんの少しだけ安堵した瞬間、足下が光を放ち始める。

 

「魔方陣……! いつの間に!?」

「さあ、いつだろうね……“縛れ(カプトゥーラエ)”!」

 

ネギが叫ぶと足下の魔方陣がさらに強く発光し、光が伸びて俺の身体を拘束する。

 

「もう一度行くよ。ラス•テル•マ•スキル•マギステル——!」

「ク、ソが狗神ィ! “喰いちぎれ”!」

 

束縛から脱する為、影から狗神を呼び出して光に喰らいつかせる。が——

 

「させないっ!」

 

呼び出した狗神全てが、アスナのハリセン——ハマノツルギによって祓われる。

 

「“雷を纏いて(クム•フルグラティオーニ)吹きすさべ(フレット•テンペスタース)南洋の嵐(アウストリーナ)”!」

「だった……ラァ!」

 

震脚の応用を用い、地面を砕く。

拘束を抜けられないのであれば、その束縛を発生させている魔法陣そのものをどうにかしてしまえば良い。

足下の陣を破壊し、自由になったは良い物の……ネギの詠唱は既に済んでいる。

 

「“雷の(ヨウィス•テンペスタース)——」

「バカが、さっきも躱されてんだろうが! 何度やったって……」

「無駄じゃないわよ、今回は私が居るんだから!」

 

ガッ、と後ろからアスナに羽交い締めにされる。

 

「なっ、アホかテメェ!? これじゃお前まで——」

「さあどうでしょうね! いわゆるチキンレースってヤツよ!」

「——暴風(フルグリエンス)”ッッ!!」

 

そうして放たれる“雷の暴風”。

圧倒的破壊力を前に、ともすれば命がけの、絶望的なチキンレースが始まった。




アスナさんがいつの間にか本気出してた……!

アンタ一般人じゃなかったんですか!? とかつっこみ入れて下さい。


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戦いの前に、作戦の前に2

あけまして、おめでとうございます。


「放しやがれ! 今ならまだ——」

 

“雷の暴風”から逃れるため、背後から俺を羽交い締めにしているアスナに本気の肘打ちを叩き込む。

本番の前に味方を傷つけるのは俺も望む所ではないが、こんな状況では話は別だ。

俺を拘束しているアスナは身長的に俺よりも優れているので、必然的に俺は今地面に足が着いていないため、踏ん張りの効いていない一撃は最高のものとは言いがたいが——それでも、氣を込めた俺の肘はたかが女子中学生の肋骨程度、アーティファクトによって強化されていようと容易くへし折ってのける。

——ハズだったが。

 

「くうぅっ……放さな、いぃっ!!」

 

折れない。

極限状態において最大まで引き延ばされた感覚時間の中、幽かに見えたのはアスナの身体を覆う魔力の膜。

 

「——魔力供給による身体強化か……!」

 

 

 

 

 

…………と、攻防はここまでだった。

いかに時間を引き延ばそうと、完全に止めない限りは終わりがやってくるというものだ。

それが現実のものではない、走馬灯に似た感覚に由来するものであればなおさら。

 

(あ、終わった)

 

声にはならなかった。する時間もなかった。

もともと、ここまでならギリギリ躱せる、というようなラインは存在しなかった。

あったのは“躱せないまでも直撃は避けられる”というラインのみ、それを越えてしまえば後は直撃するしか無い。

 

(しかし、ネギ。一体何だってこんな味方を巻き込む様なマネを?)

 

そんな疑問を目で訴えた時、唐突に身体に自由が戻る。

背後にいたアスナが消えたのだ。

 

「な……!?」

 

そして見えたのはネギの不敵な笑み、その隣に現れた魔方陣から出てくるアスナ。

導き出される答えはパクティオーカードの基本的な機能、“召還(エウォコー•ウォース)”。

 

「野郎…………!」

 

呟いた瞬間、雷の暴風に飲み込まれる。

 

正しく、敗北だった。

 

 

 

———

 

 

 

「勝っ…………た?」

 

自分の持てる最大級の魔法を完全な形で叩き込み、正しく勝利を確信する。

いや。

 

「ねえ、ネギ……思いっきりやっといて何だけど、小太郎、大丈夫かな……?」

「だ、大丈夫ですよ! ……たぶん」

 

正直、自信が無い。

さっきから一切の音沙汰が無く、とても静かだ。

 

(も、もしかして……殺っちゃった?)

 

雷の暴風を撃った衝撃で煙が舞い、今は視界が遮られてはいるが——

 

「あ、煙が……」

 

時間が経つに連れて煙も落ち着いてくる。

完全に晴れた時には、そこにはただ凄まじい破壊痕だけが残り、誰も居なかった。

 

「やばっ……この歳で殺人犯に!? こ、小太郎君ーー!?」

「は、橋の下に落ちたとか……! いるなら返事をして小太郎!」

 

激しく焦る。

今夜には本当に死ぬかも知れない戦いに臨むとはいえ、まだ九歳で十字架を背負いたくない。

橋の下、水面を覗き込みながら半ば絶望する。

 

「どうしようどこにもいない……!」

「これは……警察に行くしか……」

「……嫌な事件だったな。……死体、まだ見つかってないんだろ?」

「「えっ」」

 

 

 

———

 

 

 

「うーっす。お前ら模擬戦だってのにここまでやるか普通?」

 

完全に俺を殺っちゃった気でいる二人に種明かしをするため、姿を現す。

 

「並の魔法使いなら今ので終わってたんだろうが……まあ、あの程度で俺をどうにかしようなんざ100万年はや——」

「「お……お化け!?」」

「死んでねえって言ってんだろバカども!」

 

まったく薄情な奴らだ。

いや、それだけ俺の偽装が完璧だったと考えればしょうがないのかも知れないな!

 

「まあ、この際だからネタバレするけどさ……要はこういう事なんだよ」

 

そう言って俺は、自分の影の中に手を突っ込み——そこから()()()()()()()()

 

「「増えた!?」」

「増えてねえよ。ほれ」

 

すると、驚愕している二人の前で、俺が引っ張り出した俺が一瞬にしてカタチを失い、黒い大型犬——狗神へと姿を変える。

 

「で、俺もこんな風に」

 

そして俺も同じく狗神へと変身する。

 

「……とまあ、こんなわけだ。どうよ、見分け付かねえだろ」

「うん、ホントそっくり……ねえ、ちょっと撫でて良い?」

「金額に依る」

「お金取るの!?」

 

当然だ。世の中いろいろあるが、結局の所は金だからな。

安定収入が望めない俺等は稼げる時に稼がないとすぐに懐が寒くなってしまう。

 

「ちなみに三千円以上出せば最強にカワイイ悩殺子犬モードが解禁される。ウル目でク〜ン、とか啼いちゃうぞ☆」

「う、く……絶妙に生々しい金額を……!」

 

さあ悩め、悩むが良い。

そんな風に頭を抱えて己の煩悩と格闘しているアスナを尻目にオコジョ妖精が難癖をつけて来た。

 

「て、てやんでえべらぼうめ! いくら小太郎の旦那と言えどそれだけはやっちゃいけねえぞ!」

「あれ、エロ方面でしか目立てないカモ先輩じゃないですか。マスコットの座が危うくなってるからってキャラ崩壊して江戸前口調になるとか慌て過ぎなんじゃないですか?」

「ヒイ!? 先輩呼ばわり!? こいつもう俺っちの後釜に座るつもりでいやがる!」

 

とまあ、戦慄しているカモ君は置いといて。

狗神を影の中に還し、自分も人の姿に戻るとネギの方に向き直る。

 

「さて、こっちはネタばらししたぜ。今度はそっちの番だ。戦闘中にどうやってあんな作戦立てたんだ?」

「え? ああ、それはほら、パクティオーカードの“念話”で」

「ああ、そういえばそんなのもあったな……」

 

念話ってアーティファクト出してても使えるんだな。

それにしてもコイツ、これでもかってくらいカードを使いこなしてやがる。

聞いた限り、仮契約を結んだのはつい数日前だって話だが……アスナもアスナで本当に素人か? 今の作戦、少しタイミングがズレたら死んでてもおかしくないぞ。

 

「……まあ、いいさ。お互いどれくらい動けるか確認できたところで、今夜の戦いについて話そうか」

「うん、できるだけ安全第一で行こう」

「お前がそれを言うか」

「あはは……」

 




この二人はなんだかんだ言ってノリと勢いでやらかしちゃうタイプだと思いますので、ちょっとその片鱗を出してみました。
アレですね、ワガママ放題に進んだほうが最終的にいい結果になる感じの。



でもこのまま行ったら「命はもっと粗末に扱うべきなのだ」とか言いだしそうだな……


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ここまで来てまだバトルに入らない

いまさらだが、一つだけわかった事がある!
クレマには文才という物が致命的に欠けているという事だ!





なお、クレマはカプコンを応援しています。


「さて、もうそろそろだけどな……」

 

戦う、算段は着いた。

もうそろそろとは言ったが今の時刻は7時半ほど、しかし戦闘開始の時間は八時から。

「そろそろ」ではあるが「すぐ」というわけではない。

準備も終わり、装備も整い、——ぶっちゃけヒマだ。

 

「はあぁぁ〜〜……こういう風に時間が空くと緊張感無くなってくるからヤなんだよなぁ……」

「そうなの? なんか、戦士とかはいざ戦うとなると身体が勝手に戦闘モードになるとか、そんな感じだと思ってた」

「ああ、そういう奴は最終的に戦場と日常の区別が出来なくなって身を滅ぼすタイプだぞ」

 

だからそういう戦士に知り合いが出来たらあんまり近づかないほうが良い、と返すと、話しかけて来たアスナは怪訝そうな顔をしてくる。

信用してねえなコイツ。

 

「いやマジだって。以前ちょっとバトルジャンキーっぽい女剣士とやらかした事があんだけど、そいつはもうアレだったからな、肉体が平時に戻る事を拒んでるっつーか……」

「というか?」

「“もう、誰彼構わず斬ってしまいたい。”ってのが顔に書いてあるみたいな感じ」

「……そんなのがいるの?」

 

完全にアスナは引いていた。

いやまあ、気持ちは分かるぜ? そいつ俺の狗神斬るたんびに恍惚とした表情してたし。

でもまあそんなのは少数も少数で、そうそう遭う事は無い。そう伝えると。

 

「ファンタジーに憧れるの、間違ってたかな……」

「間違ってるかどうかはともかく……少なくとも、今は時期が悪かったな。まあしょうがねえよ」

 

遠い目で黄昏れ出したアスナをそれとなく励ましてみる。

というかもう諦めろって、どうしたってもう手遅れなんだし、今はもう黄昏通り越して夜中だし。

 

……と、まあさっきから目をそらしてきていたが、実は今、ここには大きな問題が発生している。

 

「っつーか、なぁ……」

「何と言うか、ね……」

 

その問題というのが、今目の前のコレである。

 

「だ、大丈夫、大丈夫、大丈夫のハズ。魔法薬、魔法銃、術式阻害具、予備の杖、……ああでもやっぱりもうちょっと時間が欲しい……」

 

ずばり、試験直前であわてて教科書を開く学生の様な心境のネギだ。

今のは何をしているのかと言うと、一言で言えば魔法具の点検。ちゃんと動くか調べたり、ローブに仕舞う時どこに持っているのが取り出し易いのかを確かめているのだ。

 

「そういえば、小太郎はネギみたいに何か道具とか持ってないの?」

「持ってねえよ? 忍者っぽい戦い方してるけど手裏剣とか一枚も無いし」

「肉体派なのね」

 

 

 

———

 

 

 

それから十分程。

 

「…………ん?」

「どうかしたの?」

「……誰か近づいてくるな。まだ時間じゃないはずだが」

 

気付いたのは、学園側からの足音によってだ。

妖怪、正確には狗族とのハーフである俺の聴覚は、只の人間のそれとはそもそもの構造からして異なる。その聴覚によると、接近してくる何者かは、エヴァンジェリン達ではない。

 

聞こえてくる音から推測できる歩幅は明らかにエヴァンジェリンのモノとは異なり、モーター等の駆動音がしない事からロボット、茶々丸ではない。

おそらくは成人男性。——だとは思うが、この何者か、異常な程に気配がない。

足音だけを残して、息づかい、衣擦れ、体臭、僅かな骨の軋み、生物として隠しようの無い存在の圧さえ、完全に夜闇に溶けて無くなってしまっている。

 

(気付かせようとしている……? 試しているって事か?)

 

というより、そうとしか考えられない。これほどまでの隠形が可能なのだ、足音はヒントといった所か。

 

だが。

 

「……私たちしかいないけど、ここ」

 

誰もいないのだ、近付いてくる者など。

今、俺達がいる場所は決戦場となった橋の上だ。

いかに夜とはいえ……いや、だからこそ、橋の上には立ち並ぶ電燈が輝き、道路から影を消し去っている。

誰か歩いてくる様な者がいれば、すぐに見つけられるハズなのに。

 

「いや、いる」

 

——ただ、それを認識できていないだけだ。

 

そう言うと、足音が止んだ。

 

(立ち止まった? いや……!)

 

パチン、と指を鳴らす。

フィンガースナップの音を触媒にしたエコーロケーション。

例えばコウモリの超音波やクジラのクリック音に代表される、視覚障害者でも限定的ながら周囲の様子を知る事が出来る技術だ。

相手が音というカタチで存在を示している以上、効果はあるはずだ。

 

右にアスナ。左後方、少し離れた所にネギ。

以上の要素を警戒から消し——

結果、背後からの反響音。

 

「———、だらあッ!」

「わっ!?」

 

刹那、振り向き様に裏拳。

俺のいきなりの行動に驚くアスナを尻目に、おそらくは顔面があるであろう場所に叩き込む。

 

「…………あぶな」

 

しかしそれは、ぱしん。というか弱い音を立てて防がれた。

それなりに力を込めた攻撃だったのだが、手応えが全くない。完全に衝撃を殺されている。

 

「誰だテメェは!?」

「うん、誰だ……って言われてもねぇ。子供がこんな時間に出歩いてるのはどうかと思って注意しに来た、ただの先生だよ」

「寝惚けたことを……!」

 

後ろにいたのは自称教員の青年だった。

高い身長に金髪青眼。顔立ちの整った、目が覚める様な色男だ。肌の色からして白人か?

まあこの麻帆良という学園の性質上、魔法使いが教職に就いていてもなんら不自然は無いのだが……さっきからの一連の事はあまりにも度を越している。

本当に何者なんだろうか。

 

「って、あ……アダム先生!?」

 

その時、アスナが声を上げる。

アダム先生……と言うと、たしかエヴァンジェリンの家に行く際、ネギがぽろりとこぼしてた、エヴァンジェリンを看病していたはずの先生か。

 

「おやっ、これはよく見れば明日菜さんじゃないか。えーやだなー。自分の教え子補導するとか勘弁してほしいなー。これは反省文五枚コースかなー?」

「うえぇっ!? こ、これはその、止むに止まれぬ事情がありまして……!」

「……なんてね、冗談だよ。ここに来たのは君達がいるって知ってたからだし、君達が何に巻き込まれているのかも、これから何をしようとしているのかも知ってる。反省文は免除だから安心していいよ」

「よ、良かったぁ……」

 

と、アスナが安堵している中、今度は俺が声をかける。

 

「おい色男。それで、アンタはここに何しに来たんだよ?」

 

このアダムという男、なんだかうさんくさい感じがする。どこが……と言われると困るが、こう、雰囲気的なものが。

それともただ単に、俺がイケメン嫌いなだけだろうか。

 

「それはもちろんサポートさ」

「サポート、ねぇ……矢面に立って守っちゃくれねえのかよ?」

「そう言いたいのはやまやまなんだけどね。これだけの大物を相手にするとなると、あまり大口は叩けないさ。助けにはなれたとしても、助けるのはちょっと難しいかな」

 

思ったよりも現実的な意見だった。

魔法使いっていうのは自分が絶対的な正義だと妄信している奴が多い。お題目はたしか、“立派な魔法使い(マギステル・マギ)”だったか?

 

俺は正しい。だから必ず勝つ。などと根拠も無く信じきっているのだ。

 

アダム先生とやらも同じか、似た様なものかと思ったが……そうでもなかったらしい。

と、そういえばアダム先生が西洋魔術師かどうかもまだはっきりしてないんだった。

 

「ところで、アダムさん……は、どういう戦いをするんだ? 前衛とか後衛とか教えて貰いたいんだけどよ」

「ああ、そうだったね。えっと、それじゃあ……じゃじゃーん! これが僕の武器でーす!」

 

そう言ってコミカルな様子で取り出したのは掌にすっぽり収まりそうな程に小さな拳銃。

上下二連装、中折れ式のシンプルな構造をしたそれは、武器というより暗器といったほうが正しい。

一般に広く“デリンジャー”と呼ばれる拳銃。それがアダムの使う武器だった。

 

「ちっちゃ」

「ふふ、僕の自前のはマグナムだからね。ここで帳尻を合わせているのさ」

「唐突に下ネタいれてるとこ悪いんだけどよ、そんなんで戦えんのかよ?」

「もちろんだよ! 僕が愛情を込めてカスタムした逸品だからね。ホラ見てここの構造、衝撃性の強い弾丸と貫通性の高い弾丸をわざとほんの少しだけ時間をずらして発射する事で、障壁魔法を簡単に破れる様になってるんだ!」

「なにその悪魔も泣き出す仕様」

 

チャージショットとか出来るんだろうか。

まあとにかく、デリンジャーなんていう小型の銃を持ってきた以上、近、中距離の体術を重視したガン=カタか。

あるいは、銃に魔法発動体としての力を持たせているのであれば、遠距離戦にも対応できるかもしれない。

 

イマイチはっきりしないが、オールラウンダー。という事で良いんだろうか?

 

「で、自己紹介もこの辺にして……ところで明日菜君、ネギ君はどこかな? さっきからそこですごいしょぼくれてる子がいるけど、あの子だって僕信じたくないんだけど」

「え、ああ。しょぼくれてる子ならネギで間違いないで———って、ちょっ!? 思ってたより三倍しょぼくれてる!?」

 

アスナが目を向けたそこにはなんと、もう人生に疲れきって今にも首を吊り出しそうな顔のネギが!

なんだろう、背中が煤けて見えるぜ。

 

「っつーかちょっとしおしおになって見えるぞ。ついに鮮度が落ちて傷んで来たか」

「ホラそこ野菜扱いしないの!」

 

しかし、このままではまるで使い物にならないぞ。

どうにかしなければ…………よし。

 

「いくぜ闘魂! 注〜〜〜入ッッ!!」

「……ん? こた———ぐへぇッ!?」

「いきなりなにやってんの小太郎!?」

「なにって闘魂注入」

 

正確には助走をつけてからのドロップキック。

腑抜けたヤツへの特効薬です。

 

「細かい事はいいんだよ。それよりネギ、テメェいつまでビビってやがる」

「ぐ……いや、僕もわかってはいるんだよ、このままじゃいけないって……」

「反省できてんならさっさと立ち直れ野菜」

「ネギです。……でもここに来るまでの事を思い出したら何から何まで小太郎君に世話になりっぱなしで……」

「おお、カップラーメンの“かやく”って袋に入ってるくせして自覚はあったんだな」

「ネギだよ。……エヴァンジェリンさんの家に拉致された事とかこんな戦いを勝手に決められた事とか、思い出したら情けなくなってきちゃって……」

「なに、俺の事ディスってんの? ねぎ星人のくせして文句でもあんの?」

「大有りだよこのやろうさっきから変な名前で呼びやがって! 負い目もあったから我慢してたのにネギだって言ってるだろ!」

「キレるのが遅ぇよ何ちょっと耐えてんだ! 二回目くらいで反応しろよ仏の顔も三度までか!」

 

そして炸裂するキレイなクロスカウンター。

いや、正直俺としてはこの程度は痛くも痒くもないのだが、なぜか少しよろけてしまう。これはアレだ、クロスカウンターの魔力ってヤツだ。

決して本当はちょっと痛かったからではない。

 

「……で? 少しはすっきりしたか? 溜まってたモン吐き出してよ」

「もしかして小太郎君……このためにワザと……?」

 

ちょっと照れくさいのでそっぽを向いて「まあな」と言っておく。

正直カウンターを入れたとはいえ、殴られたのはとてもムカつくのでこの後シバくが。

まあ、あのままではとうてい使い物にならなかっただろうから、結果オーライと言ったところか。

 

「もちろんその通りだよ。決してしおしおになってるのを見てからかってやろうとか思ったわけじゃないよ(棒)」

「台無しだよ」




伏線を張るということはつまり、後戻りできなくする事。退路を断つという事なんだと、改めて実感しました。あと速さが足りない。


今やってる作品がこんなザマだって言うのにDEVIL MAY CRYとカンピオーネ!のクロスオーバーとかやりたくなってきました。
アダム先生が悪い。唐突に出てきてネタを放り込んで来たアダム先生が悪い。


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切って落とす

話は進まず、時間だけは進む……

バトルって難しいんですね。


「ふん、逃げずによく来たな」

「それ待ち構えてる方のセリフじゃね?」

 

時は開始時間の五分前。

俺はエヴァンジェリンの第一声にツッコミを入れていた。

 

「お前、これまで何十年も日本にいたはずなのにまだ日本語慣れてねえのかよ」

「マスターは語学というより人付き合いが苦手な方ですから……クラスでも友人が出来ずにさみしい学校生活を送っています」

「おい余計なことを言うなボケロボ!」

 

否定はしないんだな。

……ちょっとかわいそうになってきた。

 

「なんだ、何か文句でもあるのか」

「…………えっ、と」

 

恥ずかしさからか、顔を赤くしたエヴァンジェリンに睨まれて言葉に詰まる。

文句と言うか、何と言うか……正直、コメントのしづらい状況だな……。

 

「まあ、その……俺でよければ友達になってやっても———」

「いらんわっ!」

 

などと、こういったやり取りを交わしていく間にも、刻一刻と時間は過ぎ去っていく。

 

「……お前も来ていたか、アダム」

 

そう言ってアダム先生に視線を向けるエヴァンジェリン。

 

「お邪魔だったかな?」

「構わん、邪魔をするのがお前の仕事なんだろう」

 

寛大な言葉とは裏腹に口調は苦しげだ。

しかしその雰囲気からは嫌悪というよりは面倒臭さが感じ取れる。“食えない男だ”といったところか。

 

「でもこの状況を端から見たら、まるで弱いものいじめみたいでアレだよね!」

「じゃあ帰れ」

 

……少なくとも、面倒な男である事は確かだ。

 

戦いを始める前に何か言っておく事は無いか、とネギやアスナにふると。

 

「私はとくには無いわよ。あ、でも今更なんだけど、やっぱり私ここじゃ場違いな感じじゃない?」

「心配しなくてもサマになってるよ。で、ネギの方はどうだ?」

 

 

 

———

 

 

 

「…………エヴァンジェリンさん」

「なんだ」

 

改めて話しかける。

夜中だというのにこんな橋の上で言葉を交わす。

こうして見ると、“ああ、僕はこれから戦う事になるんだな”と実感できる。

 

「———何ていうか、こう言った事は初めてなモノで、うまく言えないんですが」

 

緊張でどうにかなってしまったのだろうか。

さっきまではどうしようもない程に一人で落ち込み、絶望していたけど……今ではそれが嘘みたいに心が静かに澄んでいる。

そう、実感できる。

 

「勝っても、負けても……悔いの残らない様にしましょう」

 

僕がそう言うと、エヴァンジェリンさんは何か変な物を見た様な顔をして。

 

「ふん、ガキのくせに一丁前の口をきく」

 

闇の眷属には似つかわしくない、カラリとした笑みを浮かべる。

 

なるほど。僕は今まで、幻影に怯えていたんだ。

——きっと、僕は今夜初めて、エヴァンジェリンさんに出会う事になるんだろう。

 

あと五秒、四秒、三秒。

戦いが始まる。

残り二秒、一秒。

 

……はじめまして。エヴァンジェリン•A•K•マクダウェル。

 

 

 

———

 

 

 

そうして、戦いの幕が切って落とされた。

戦闘開始。時刻にして八時半に起こったのは辺り一帯の、否、この学園都市全体の電燈が消える事だった。

まあ、それが何だって話だが。

 

「行くぜ……!」

 

まずは突進。

まさに獲物へと駆け寄る四足獣の様な低姿勢でエヴァンジェリンのそばまで駆け寄り。

 

「どっせぇーーいっ!」

「“氷盾(レフレクシオー)”」

 

なんともなしに繰り出したドロップキックは氷の壁に防がれた。

まあ通るとは思ってなかったが。

 

「こっから……!」

 

そのまま垂直にそびえる氷壁に“着地”し、足に氣を込めて脚力を強化する。

重力が仕事をして俺の身体を地面に落とす前に、氷壁ごとエヴァンジェリンの身体を蹴り飛ばしてやる。

 

——その前に。

 

「“壊れろ(パーディション)”」

「おおっ!?」

 

エヴァンジェリンの術によって氷壁が数百の破片に砕け散る。

そして。

 

「“風よ(ウェンデ)”」

 

強烈な突風。

ただし、魔法としては初歩も初歩の、人ひとりを吹き飛ばす事も、カマイタチを生んで肌を切り裂く事も出来ない、何の攻撃性も持たないものだが。

 

だが。

 

数百の“鋭利な”氷の破片が宙に浮いている場合ではどうか。

 

「“起き上がれ”っ!」

 

その命令に従って地面に映る俺の影が盛り上がり、弾ける様に大量の黒い大型犬——狗神が飛び出してくる。

それらの内の一匹を足場に氷破片の殺傷圏から逃れ、同時にネギやアスナ達の下へと殺到するであろう氷破片も残りの狗神の盾で防ぎきる。

魔力で構成されているとはいえ、元々は障壁に使われていた氷だ。大した質量も無いうえ、魔術的な意味で貫通力を強化しているワケでもない。破壊力では、ただのプラスチックに引っ掻き傷をつけられる程度でしかない。

 

(さすがに一人じゃムリか)

 

防御からのカウンターを攻撃呪文を一切使わずに行ってみせる戦術理論。

たった一言で効果を発する最下級に相当する呪文の連携。

 

実力の差を悟り、一度態勢を立て直す事にする。

 

 

 

———

 

 

 

「悪ぃ。やっぱ強えわアイツ」

 

そう言って小太郎君が戻ってくる。

 

「いいよ、最初から分かってた事だし」

「やってみなきゃ分かんねぇだろうが!」

「やってみて実際に無理だったんでしょうが」

 

変な所で気炎を揚げる小太郎君を明日菜さんがなだめる。

 

「じゃあ、作戦通りに行こう。アダム先生は明日菜さんの事をおねがいします」

「御任せあれさ!」

 

作戦と言っても大したものではない。

まずエヴァンジェリンさんと茶々丸さんを分断させる。

そして僕と小太郎君がエヴァンジェリンさんを抑えているうちに、明日菜さんが茶々丸さんを橋からたたき落とすというもの。

 

正直作戦じゃないし、結局は実力頼みだし、正確には指針だけど、さんざん考えたうえでこれしか考えつかなかったのだからしょうがない。

 

 

 

———

 

 

 

「“押し流せ”ッ!」

 

俺の影から現れた狗神が漆黒の波濤となってエヴァンジェリンに殺到する。

俺、犬上小太郎の強みは狗神であり、それを除けば喧嘩の強いだけのただのガキである。

 

そして、狗神の強みとは数である。

召還に際し、一切の消耗が存在しないそれは、後先を考慮しない最大戦力の投入を可能とする。

その総体を厳密に数えた事は無いが———少なくとも、一万や二万では利かない。

 

小細工抜きの純粋な物量勝負。

 

相手は近接戦闘を苦手とする後衛型の魔法使いの上に学園の結界に縛られているはずだが、それでもある程度の身体強化や瞬動術によって、そこそこの機動力を行使できるだろう。

 

しかし。

 

たかが“そこそこ”程度のスピードで対処できる程、俺の狗神は甘くはない。

 

これでいきなり決着とはいかないだろうが、それでも多少の痛手を負わせることはまず間違いないであろうそれは———

 

「———闇の吹雪(ニウィス・テンペスタース・オブスクランス)

 

“エヴァンジェリンは学園の結界によって縛られている”という大前提からして駆逐された。




もっと長くしたいんだけどなぁ……
キリの良い所で切れないのってストレスですね。


誤字脱字や“文章がキモイ”とかありましたら指摘お願いします。


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STEP

クレマからしたらこれでも早めの投稿です。

「激しいんだけどなんか、どことなくしまらないバトル」を持ち味にしたいとか思ったりしてます。

今回のはただ単にしまらないだけですが。


「……聞いてないんだけど色々とぉぉぉぉぉッ!?」

 

 夜闇に包まれた橋の上を逃げ回る俺は今、高笑いを上げながら大魔法を狂った様に乱射するエヴァンジェリンに追い回されていた。

 

「クソッたれ! 野郎、魔力隠してやがったのか!? なぁにが学園結界だ、アイツ絶好調じゃねえか!」

 

 そういや魔法薬も使っていなかったし、最下級の呪文だからかと思ってたが……そもそも結界が効果を無効化されていただなんて―――

 

「ふははははははは! どうした半妖の、逃げるだけでは何も出来んぞ!? “氷槍弾雨(ヤクラーティオー•グランディニス)”!」

「うひぃっ!? 冗談じゃねえぞどうなってんだ!」

 

 

 

―――

 

 

 

 この上なく気分が良いッ!

 

 それが、都市の停電と共に結界の軛から解放された真祖の吸血鬼、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルの感想である。

 

 以前にも説明があったが、改めて……真祖の吸血鬼とはバケモノである。

 切り落としたはずの首がくっつくバケモノである。

 灼き尽くしたはずの灰から蘇るバケモノである。

 文字通り、殺した程度では死なないバケモノである。

 

 強大な腕力で鬼すら打ち殺し、膨大な魔力で精霊すら圧殺する。

 

 そんな存在がこれまでは年相応の、10歳かそこらの少女程度にまで力を封じられていたのだ、その封印は常人の想像を絶する。

 強いていうならば、「超硬度の鎖・ワイヤーで雁字搦めに縛り付けた後、一切の光も届かない海底に沈める」様なものか。

 

 誇張でも比喩でもなく、実際に肉が千切れる程の呪縛を受けて尚、日常生活や限定的ながらも戦闘行動をとれる程の活動が可能なのは、偏にそれだけ高位の生命体だからに他ならない。

 

……一見、もはや勝ち目など無い様に見えるが。

 

―――だからこそ、そこに勝機が隠れている。

 

……はずだ。この、犬上小太郎の考えが正しければ。

 

 

 

―――

 

 

 

(向こうはなんかすごい事になってるけど……)

 

 ネギと小太郎が必死にエヴァンジェリンの猛攻を防いでいる時の事。

 私、神楽坂明日菜は茶々丸さんと対決していた。

 

(ううん、私には私の役割がある。それを一刻も早く終わらせるのが結果的に勝利へと繋がる!)

 

 この身体がぽかぽかして軽くなる感覚……ネギからの魔力供給の持続時間は180秒、それ以上でも以下でもない。

 

 向こうの様子を見るに、供給が終わっても再供給のための詠唱をするようなヒマはないと思う。

 

 茶々丸さんを倒してエヴァンジェリンと四対一のバトルに持ち込めれば分からないけど……

 

(このままじゃジリ貧ね。3分なんてあっという間なんだから、勝負を急がないと……!)

 

 3分。それを過ぎれば、私はこの戦いに着いていけなくなる。

 まるでウルトラマンね。と、内心に自嘲した。

 

 

 

―――

 

 

 

(なにか、考えがある様だな)

 

 エヴァンジェリンは、解放の歓喜に血を沸き立たせながらも、どこか冷静な目で戦局を見ていた。

 

 流石にこの私が全力を出せる様になるとは思わなかったのだろう。

 最初はナギの息子も半妖のガキも、パニックを起こしてみっともなく逃げ回っていたものだが……あるときからその様子が変わった。

 

 半妖のガキだ。

 始めは何か違和感を感じている様な表情。

 そしてその次に何か決心を固めた様な表情。

 

 その様子を見たナギの息子も、糸口を得たかの様に何かを伺っている。

 

(気付かれたか……だが)

 

 ああ、間違いない。

 奴ら……少なくとも半妖のガキは気付いている。

 ああ、その通りだ。

 私の秘密に気付いたのなら、それは正しい。

 それは私の弱点で、そこを突ければ貴様達の勝ちだ。

 

 しかし、それも突ければ……の話だが。

 

 

 

―――

 

 

 

 防戦一方だ。

 エヴァンジェリンさんの大魔法の連発で完全に封殺されている。

 さっきから僕は逃げ回りながら障壁魔法でギリギリの所をなんとか凌げているだけ で、ロクに“魔法の射手”を撃ち返すことも出来ていない。

 

 正直、勝てる気がしない。

 

(なのに、何で小太郎君は逃げないんだろう?)

 

 小太郎君には僕の父さんのにまつわる因縁も無いし、明日菜さんみたいにこの都市から出ても行き場がないわけじゃない。

 いや、行き場は無いんだろうけども……べつに、生活ができなくなるというわけでもないはず。

 もともとはここには調べ物に来ただけだというらしいし。

 

(小太郎君にも何か、理由がある? あるいは―――)

 

……あるいは?

 あるいは、とは何だ。

 

―――あるいは、まだ、どこかに勝機がある?

 

 そう思い至ると、なんだか、世界が変わって見えた様な気がした。

 

 否。変わったのは自分だ。

 

 勝機があるとしたらどこだ。見つけたとしたらいつだ。最初は小太郎君だってパニックになっていたはずだ。ならばこの戦いの中で既にヒントは示されているはずだ。

 勝機を探せ。チャンスを探せ。ヒントを探せ。違和感を探せ。

 

 負け犬思考は変えたんだ。

 戦局だって変えてみせる。

 

 情報を洗い直せ。

 敵は狂った様に大魔法を乱射する真祖の吸血鬼。

 闇の福音、不死の魔法使い、禍音の使徒、人形使い……やたらと二つ名が多い。

 昔は人形達の大隊を率いて暴れ回っていたらしい。

 今では日本で言うなまはげみたいな扱いになっていて、子供を躾けるのによく名前を出される。僕も何度か言われ……って違う! そうじゃなくてこの場で起こっていることの―――

 

……この場で起きている事。なら、ということは、つまり、そういうことなのか?

 

 エヴァンジェリンさんが乱射している大魔法。

 大魔法というものは、大威力、広範囲、長射程と、燃費の悪さと呪文詠唱の長さに目をつぶりさえすれば攻撃手段としては非常に優れている。

 呪文詠唱にしてもある程度は短縮が可能であるし、それも熟達すればほとんど無詠唱のような短文での魔法行使が可能だ。

 現にエヴァンジェリンさんはそんな大魔法を5秒かそこらで完成させている。

 

 しかし。

 

 そんなむちゃくちゃな魔法行使、いかに真祖の吸血鬼であるとはいえ、魔力が保つはずが無い。

 

 ゆえに考えられることは。

 

 エヴァンジェリンさんはこの戦いに時間を掛けるつもりが無いということで。

 それは短期決戦を望んでいるということで。

 つまり短期決戦を望む理由があるということで。

 裏を返せばエヴァンジェリンさんはこの戦いに、時間を掛けることができないということで。

 

―――時間制限がある?

 

 だからこんな戦い方をして、焦っているのか?

 

 なら、時間を稼いで、自滅を狙えば勝機があるということなのか?

 

 そんな―――

 

 そんな―――!

 

 

 

―――

 

 

 

(戦うからには何としてでも勝ちたいけども、

 そんな消極的で、

 そんなみっともなくて、

 まるで逃げるが勝ちみたいな、「かくれんぼの最中にそのまま公園から家に帰ってしまえば絶対に見つからない」みたいな、

 そんな卑怯なマネは―――絶対にできない!

 僕は戦う前に、“勝っても、負けても……悔いの残らないようにしましょう”と言った、宣言したんだ。

 そんな戦いは、勝っても負けてもお互いの心に痼りを残す。

 それはこの夜に集まった皆の“誇り”に対する侮辱だ!

 でも―――)

 

―――それ以外に、勝つ術が見つからない……!

 

 

 

 とか、思っちゃってんだろうなぁ……。

 

 この俺、犬上小太郎はネギが心底悔しそうに歯噛みする様子から、そう推測する。

 かなり盛ったり偏見を混ぜたりしているが、それほど間違ってもなさそうだ。

 

(しょうがない……)

 

 きっと、今のネギの頭の中はどうどう巡りになっているはずだ。

 早く正してやらなければ凝り固まって気づけるものにも気づけなくなる。

 俺は氷の暴風雨を躱しながらネギに近づき―――

 

「ようネギ。ゲーセン行ったことあるか?」

「う、わっと! ゲ……ゲームセンター? あるけど、おおっと!」

「あそこに格ゲーってあるじゃん。あれと一緒だよ、戦いってのはさ」

「格闘ゲーム? 一体何のこ……とおおっ!?」

「ヒントだよ、ヒント。言っとくけどな、俺は時間切れなんて狙ってねえぞ」

 

 俺のその言葉に目を丸くするネギ。

……って、驚くのはいいが、今は真剣勝負の真っ最中だぞ、意識を逸らすな動きを止めるな!

 

 エヴァンジェリンへの集中が疎かになったネギに氷の矢が襲いかかり、そのネギを蹴り飛ばすことで矢を回避させる。

 

「げほっ……こ、小太郎君! でもそれ以外に勝ち目なんて―――」

「あるに決まってんだろこのペシミスト! そうでもなけりゃあの懸賞金600万ドルのバケモンがこんなガキの癇癪みたいなケンカするかよ!」

 

 もんどりうって咳き込むネギの言葉にすかさず言い返すと―――

 

「ガキの癇癪みたいなケンカで悪かったなぁっ! お詫びに札幌雪祭りに出れるようなイカした氷像にしてやる! “こおる大地(クリュスタリザティオー•テルストリス)”!」

「本当の所突かれて慌ててんじゃねえよガキか! 優位に立ってるからって調子づきやがって、吠え面かかせてやる! “狗神”!」

 

 キレたエヴァンジェリンがぶっ放した大技を寸での所で回避する。

 

「おいネギ! もう一つヒントだ! ―――エヴァンジェリンは深海魚に例えられる!」

「し、深海魚!?」

 

 さあ、俺に出せるヒントは全部出した。

 

 気づけるかどうかはお前次第だ―――ネギ!




誤字脱字や“文章がキモイ”とかありましたら指摘お願いします。

見直してみたら“氷槍弾雨”の魔法は別に大魔法でも上級呪文でもありませんでしたが、そこはスルーでお願いします。

犬上小太郎は半妖なのになぜか学園の結界の影響を受けている描写がありませんでしたが、そこもスルーでお願いします。



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START


この作品を楽しみにしてくださっている出来るだけ多くの皆様へ

今回は(今回も)あんまり話が進んでいません。
いや、話が進まないのはクレマの中ではよくある事なのですが、今回はいつも以上に進んでいません。

まあこの前面白いって言ってくれた人がいるし、別に良いよね!


今回は明日菜さんがはっちゃける感じで行きます。



 まあ、何はともあれ―――考えてたって始まらない。

 

「っく、わよ―――!」

 

 ただでさえ時間は限られているんだから、行動あるのみ!

 

「さあ、とっととやられちゃいな、さいっ!」

「申し訳ありませんが、それは出来ません。全力で抵抗させていただきます」

 

 そう気合いを入れて茶々丸に掴み掛かるが、すばやく躱されてしまう。

 

 それもそのはず、これは茶々丸本人(本機?)と、その開発者しか知らないことだが、絡繰茶々丸の記憶領域には世界中に名立たる格闘家、武術家の運動データがインストールされているのだ。

 

 ちなみに、なぜ茶々丸の主であるエヴァンジェリンも知らないのかと言えば、答えは単純。

 機械に疎いエヴァンジェリンでは、そもそも理解できないからだ。

 

 人間であるが故の思考の揺らぎからくる超常的な直感こそ無い物の、機械が故の膨大なデータから構築された戦術理論には人知を超えるものがある。

 

 しかし。

 

 かなしいかな、あくまでそれはデータに過ぎぬ。

 

 ああ、確かに茶々丸、彼女には「世界中に名立たる格闘家、武術家の運動データ」がインストールされている。

 

 しかし、この戦いは世界中に名立たらぬ。

 人知れず行われる、影なる戦だ。

 

 器に満たされたスープを、フォークでは掬うことが出来ないように。

 そこにそびえ立つ鉄塊を、フルーツナイフでは断ち切れないように。

 

「世界中に名立たる格闘家、武術家」が、“人”を打倒せんがために打ち上げられた戦術理論では、“人”を超える者は打倒し得ない。

 

 そして現在。

 

 ネギからの魔力供給で強化された神楽坂明日菜は、“人”を超える。

 

「まだまだ!」

 

 急停止、方向転換、再加速。

 コンクリートの路面に深々とその足跡を残した結果たるその駆動はまぎれも無く人類の肉体に架せられた限界を無視する、異形の疾走。

 

 狙うはタックル。

 理由は二つ、まだこの速度に慣れていないため、殴るなどの(今の明日菜にとっては)高度な技は、目測を誤って外す可能性があるのと。

 もう一つは単純に、敵対したとはいえ、クラスメイトに殴る蹴るなどの暴力を振るうのは良心が咎めたから。

 

 あるいは手加減ともとれるその攻撃は、しかしその速度と合わせてそれでも重撃として成立する。

 

 しかし、それでも見落としが存在するのであれば。

 

「はい、まだまだです」

 

 その異形の疾走、相対するはまた、機械と言う名の異形であったという点に他ならない。

 

 接触した瞬間、明日菜がその進行方向の斜め上に吹き飛んだ。

 

 端から見れば、茶々丸が何をしたのか、全くわからないだろう。

 

 受け止め、放り投げる。

 正確には、タックルによって抱きつかれないように明日菜の両腕を抑え、勢いを殺さないように後ろに転がり、そのまま己の後方に蹴り投げる。

 

 柔道でいう、巴投げに近い技だ。

 本来はこんなカタパルトのように投げ飛ばす技ではないのだが、そこは両者の身体能力の現れか。

 

 端から見ていてわからないのは、それが明日菜のスピードも相まって、速すぎたからに過ぎない。

 

「うひゃあああああ~~~~!?」

 

 宙に舞う明日菜。

 いかに身体能力を強化されようと、物理法則は超えられない。

 ばたばたと手足を振り回してなんとか空中での姿勢を整えようとするも、流石に素人、吹き飛ぶなんて初体験だ。

 「これはもうあきらめて着地の瞬間に集中すべきか?」なんて考えだしたとき。

 

「わわわわ……わわぁ!?」

「や、大丈夫? 目回してたりしてない?」

 

 懸念は杞憂だったようだ。

 

「あ、アダム先生!?」

「まったく、ちょっと見てたけどダメダメだね。ホント、僕がいないとダメなん―――」

「先生見てたんならカッコつけてないで手伝ってくださいよ! そんなだから新任のネギに人気取られて影薄くなったりするんですよこのダメ教師!」

「あ、はい、ゴメンナサイ」

 

 以上、吹き飛ぶ明日菜と、それを空中でお姫様だっこ風にキャッチしたアダム先生の、落下中の会話である。

 いや、それにしても散々な言われようだ。

 

「じゃあ、今度は仕事してきてくだ―――さいっ!」

「ちょっ、味方への攻撃は容赦なぁぁぁーーーーっ!?」

 

 そう言うと、アダムのお姫様だっこからするりと抜け出た明日菜が、そのままアダムを茶々丸のいる方向へと蹴り飛ばした。

 

「いっけぇぇぇーーーー!」

「こ、このままじゃ茶々丸君に当たる……! 避けて茶々丸君! ……あ、やっぱり受け止めてくれると嬉し―――」

「避けます」

「いい生徒を持てて教師冥利に尽きぐぇっ!?」

 

 そうこうしているうちに着地した明日菜はすぐさまダッシュ。

 明日菜渾身の質量弾(アダム)をヒラリと躱した茶々丸だが―――

 

「その跳躍は悪手だったわね、スキアリよ!」

 

 そして追いかけるようにジャンプする明日菜。

 

 そう、茶々丸は跳躍をすることでアダム(質量弾)を躱していたのだ。

「翼を持たない者は自らの意思に由る移動を空中で行う事はできない」

 それはいにしえ、神話の時代にあらゆる生命が星々と交わした契約。

 かつてイカロスを地に堕とした絶対原則が、ついぞ茶々丸に襲いかかり―――

 

「いいえ、計画通りです」

 

 茶々丸の肩部、脚部から展開したスラスターより生まれるジェットに引きちぎられた。

 

―――しかし、この言い方だとまるで、重力を無効化したようで語弊を招く恐れがある。

 真実はその逆、重力加速度を強化するカタチだ。

 

 全スラスターの角度修正。

 その全てを迫る明日菜と反対方向に。

 ワイヤードフィストを発射、その反動で更に加速。

 

―――それはまさに、誰もが知る特撮ヒーローの。

 

「くうぅっ! ら、ライダーキック!?」

「実はマスターがあの番組をとても好んでおりまして。よく一緒に見ろと言われるので視聴しているのです」

 

 余談だが、この時「おい余計な事を言うなボケロボ!」と、どこからか聞こえてくるのは黙殺された。

 

 さて、話を戻そう。

 

 茶々丸の繰り出すライダーキック。

 明日菜との距離がとても近かったのと、当たる寸前に足を掴まれてしまった事もあり、キック自体の威力は大部分が殺されてしまっている。

 

 だが。

 

(足を掴んでいるというのなら好都合です。このまま明日菜さんを地面に叩き付ければ、いかに明日菜さんと言えど、戦闘不能は免れない!)

 

 実際、その通りだ。

 一見華奢に見える茶々丸だが、その正体はガイノイド、つまりはロボットだ。

 フレームはもちろんのこと、内部の細々としたパーツにも金属が使われているために、実はかなりの重量があったりする。

  そんな重量物が重しとなるのだ、速度と相まって凄まじい破壊力となる。

 

(これで―――!)

「残念だけど……」

 

 しかし、明日菜は一人ではない。

 

「いつでも良いよ、バッチコイ!」

「なっ……アダム先生!? いつの間に……!」

 

 おそらく着地点となるであろう場所にはアダムがスタンバイしている。

 どれだけ破壊力があろうと、緩衝材を挟んでしまえば損害は少ない!

 

「く、ぁあああああーーーーッ!」

「おおおおおおおおーーーーッ!」

 

 弾丸と化した明日菜と茶々丸がアダムへと着弾。

 勢いもあってズザザザザザザァァァァ! と路面を滑るが、明日菜とアダム、どちらにも致命的なダメージはない。

 

 そして―――

 

()()()()()()

「くっ―――!」

 

 ここからは、明日菜のターンだ。

 

()()()()()()()()! こういう事よ!」

 

 そう言うと、茶々丸の片足を捕まえたままジャイアントスイング要領でぶんぶんと振り回す。

 一回転、二回転、三回転と回すうちにだんだんとその回転は速度を増していき―――

 

「吹っ、飛びなさぁぁぁーーーーい!」

 

 その速度が最高域に達したその時、茶々丸を橋の外、湖の方向へと投げ飛ばした。

 




これ茶々丸心ないとか嘘だろ……書いててナンだけど……

誤字脱字や“文章がキモイ”とかありましたら指摘お願いします


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SHIFT

いつも通り遅くなりました。
ペンが進まないよペンが!

なお、エヴァンジェリンは爆撃機さながらに空中に浮かびながら魔法を撃ちまくっています。描写が足りなくて申し訳ありません。


 さて。

 時間は、ほんの数十秒だけ遡る。

 

「くっそ、足場が……!」

 

 吹き荒ぶ吹雪、降り注ぐ氷塊によって完全に氷結した路面を駆ける。

 靴を脱ぎ、足の爪を路面に立てる事によって滑るのを防止しているが、いかんせん不自然な走り方だ。本来の最高速を封じられて、かなりやりづらい。

 

(でもって、さっきからアイツは散々一方的に攻撃してきている。俺たちを防戦一方に封じ込めて、俺たちに一切の反撃を許さずに)

 

 しかし、物事には何にも逆説というものがある。

 

(だが、それは反撃一つできない防戦一方な状態なら、俺たちは一撃も喰らわずに凌げるって事だ)

 

 エヴァンジェリンの行使する大魔法はその一つ一つが一撃必殺だ。故に小太郎たちがまだ戦っていられるという事は、つまりまだエヴァンジェリンは小太郎たちに一つも魔法を当てられていないという事になる。

 

(当たれば落とせるってのに一つも当たらないんだ、相当イラついてるだろうな。

いくら真祖の吸血鬼といっても、その精神的構造は人間と変わらないはずだ。

これは結構なメンタルダメージになるだろ)

 

 刑罰、あるいは拷問の一つに徒労刑というものがある。

 簡単に言えば、繰り返し繰り返し、何度でも無駄な事をさせるというものだ。

 骨折り損のくたびれ儲け、楽屋で声を嗄らす、灯心で竹の根を掘る、労多くして功少なし……どれも徒労という意味のことわざだ。

 人間は徒労を嫌う。

 それはことわざの数に表れる。

 すでに同じ意味のことわざを四つ揚げさせてもらったが、これで全てな訳ではないし、少しニュアンスの変わったものも含めれば、おそらく十や二十では足りないだろう。

 

 それほどに人類から忌み嫌われる「徒労」だが、犬神小太郎には、それよりもさらにつらいと考えるものがある。

 

「後少しで手が届くのに、いつまでたってもそこに手が届かない事」だ。

 

 徒労を感じた者は、それをなんとかしようとする。

 怠惰な者は、その徒労を感じる行動をやめてしまうだろう。

 勤勉な者は、別の方法に切り替えてしまうだろう。

 

 しかし、後少しで届くのであれば。

 怠惰な者は、もう少しだけ続けてみようと思うだろう。

 勤勉な者も、もう少しだけ続けてみようと思うだろう。

 

 いつまでたっても手は届かないのに。

 

 諦める事すら出来ないのだ。

 

 やがてストレスが蓄積していき―――

 

「―――あ゛あああああァァァァッ! もう面倒だ! 全て吹き飛ばしてやる!!」

 

 エヴァンジェリンが炸裂した。

 

 

 

―――

 

 

 

「ッシャァッッ! おいネギ、さっき言った通りだ。合わせろ!」

「え、何だっけ? ごめん聞いてなかった」

「死ね! お前この戦いが終わったら勝敗に関わらず死ねよマジで!」

 

 ウィットに富んだジョークを返したら割と洒落にならないキレ方をされた。

 

「じょ、冗談だよ冗談。英国紳士はどんなときもユーモアの心を忘れない……。ラ•スキル•マ•ステル•マギステル―――!」

 

 そう言って飛び出していった小太郎の後を追いかけるように呪文を詠唱する。

 

 “魔法の射手•戒めの風矢(サギタ•マギカ=アエール•カプトゥーラエ)”。

 初級の攻撃魔法に属する“魔法の射手”の中で唯一、物体を破壊する能力のない魔法だ。

 これにある魔法具を乗せて放つ。

 わざわざ攻撃力のない魔法を選んだのはそれが理由だ。

 他の、例えば光属性のものを使えば魔道具が壊れてしまう可能性があるのだ。

 

 さて、「ある魔法具」についてだが。

 

 その名を、“術式阻害具”という。

 

 

 

―――

 

 

 

 激情のままに魔法を構築する。

 行使するのは“永遠の氷河(ハイオーニエ•クリュスタレ)”。これまでにも何回か発動させてきたが、今回は規模が違う。呪文の完全詠唱に加えて溢れ出る魔力の盛大な無駄遣いによるブーストで本来150フィート四方の攻撃範囲を320フィートにまで増大させる。

 

 その分隙も大きくなるが―――その程度、障壁で防ぎきれる。

 

……と、その時、柄付きの手榴弾のようなものが飛んできた。

 

(フン、この程度の魔法具で今の私の障壁を抜けるとでも思っているのか?

その驕り、千倍の痛みにして返してやる!)

 

 その時私はそれを、安易な攻撃系の魔法具と思い警戒しなかった。

 

 まさしく―――油断である。

 

「“契約に従い、我に従え、氷の女お”―――ッ!?」

 

 警戒するに値しないと思っていた柄付きの手榴弾が炸裂し―――詠唱によって完成しつつあった術式が暴走した。

 

「なん―――クソッ! “還れ(エクス)”!」

 

 反射的にその術式を放棄すると、案の定爆発的な反応を起こして衝撃波をまき散らす。

 

「チッ……術式阻害具だと!? あんな骨董品がまだ残っていたか……!」

 

 “術式阻害具”。

 効果は名前の通り。術式の構成を阻害し、不安定な状態にして暴発させるというもの。

 暴発した術式は魔法の種類に関わらず純粋な衝撃波のみを発生させ、その衝撃波の激しさは使用した魔力の量に比例する。

 

 今回発生した衝撃波はエヴァンジェリンの膨大な魔力もあり、発生地点の至近距離に居たとはいえ、その障壁に罅割れを起こすほどの破壊力があった。

 

 しかし―――

 

(いや、それでも。さっき飛び出してきたあの“半妖のガキ(犬上小太郎)”はまだ―――!)

 

 

 

―――

 

 

 

「やっと、ここまで―――」

 

 裂帛。

 衝撃波を突破して現れたのは漆黒の歪な塊。

 

 否。

 複合装甲のように狗神を纏う犬上小太郎だ。

 

「届くぜ、ここから―――」

「しまっ、障壁の修復が追いつかな―――!」

「―――お前までッ!」

 

 纏う狗神を一匹だけ残して右拳に集中、収束。その拳に牙を宿す。

 

「狗牙ァ―――」

 

 残した一匹は足場として瞬動による加速。

 

「―――憑拳ッ!」

 

 みしっ、と。妙に耳に残る音が聞こえた。

 流石に回避は間に合わなかったのだろう、両腕にガードされた。

だが。

 

(“喰らいついた”。胴体に当てることはできなかったが、確実に障壁を打ち抜いて生身に牙を突き立てた)

 

 獣の噛み付きというのは、仕留めるという事と同義である。

 喉元に噛み付けば即死をもたらし、それ以外の箇所だったとしても出血や筋繊維の断裂など甚大なダメージをもたらす。

 そして、その最たる特徴は―――決して、一度噛み付けば絶対に離さない事だ。

 

 見れば、エヴァンジェリンの腕が黒ずんでいる。

 

 この時発動した効果は二つ。

 

 一つ目は治癒の阻害。

 二つ目は命中した箇所への重力的な束縛。

 

 理屈としては、「獣に噛み付かれているのだからそのままでは治療ができないし、動こうとするのであれば噛み付いた獣を引きずっていかなければならない」というものだ。

 

 唐突だが、二つ目の効果、「命中した箇所への重力的な束縛」について論じる。

 これは、狗神に噛み付かれたのでその分の重量を対象に加算するということなのだが、実際に噛み付いているのではなく、正確には呪詛に近い。

 故に噛み痕が付くことはないが、かわりに狗神の顎を無理矢理開いて効果を打ち消す事もできない。

 ここで重要なのはあくまでも「牙」という概念なのだ。

 

 さて、この「牙」だが、犬上小太郎は複数の狗神を収束させることで創り出していた。

 ならば、加算される重量もその狗神の数だけ倍増する事になるのではないか?

 ここで使用された狗神は3999匹。

 狗神一匹が60kgとするならば、エヴァンジェリンはこの時、約24tもの負荷を負うことになる。

 

 

 

―――

 

 

 

「ッチィ! “氷爆(ニウィス•カースス)”!」

「ぐおぉっ!?」

 

 犬上小太郎を橋の外へと吹き飛ばす。

 もうこいつを半妖のガキなどとは呼ばん、こいつはまぎれも無い戦士だ!

 

(チッ、左腕の骨を折られたか。感覚がない。

 右腕はまだマシだが、左と同じく異常に重い。

 そして、なによりもそれがいつまでたっても治らん……真祖の治癒力をこうも無視するとは、奴め、一体何をした?)

 

 両腕の重さに引かれてか、だんだんと高度が下がってきた。

 飛行にすら影響を与えるとなると、この重さは神経系への異常ではなく、重力系の効果か?

 

 だが、まあそれはともかく。

 

(しかし、今仕留められなかったのが貴様の運の尽きだ。

 戦士と認めたからにはもう油断はしない、ここで着地する前に死んでもらう!)

 

 ここは空中。

 虚空瞬動や浮遊術など、空中で自由に動く方法は無い訳でもないのだが、エヴァンジェリンはこの時、犬上小太郎はそれらの術理を習得していないと判断していた。

 

(奴は私に向かって空中で再加速するときにわざわざ狗神を足場にしていた。

 たったの一匹とはいえ、攻撃に使うダメージソースを減らしてまでそうしたということは、そうしなければならなかったという事だ!)

 

 まさか奴も私に対し油断していたなんて事はないはずだ。

 油断を誘い、激情を煽り、ここまでの策を弄してくる者が油断などするはずがない。

 

(だからこそ、全霊の策を破られたお前は今、限りなく無防備だ!)

「リク•ラク•ラ•ライラック―――!」

 

 時間は与える事はできない。

 しかし生半可な攻撃でもいけない。

 確実に仕留めるためには―――

 

「“えいえんのひょうが(ハイオーニエ•クリュスタレ)”!」

 

 魔法薬を利用した完全無詠唱。

 

 先ほど術式阻害具で暴発させられた魔法と同じだが、今回はスピード特化で組み上げた。

 効果範囲は50m四方もないし、本来絶対零度(-273.15℃)近くまで下がる温度も-180℃程度までしか下げられない。

 

 しかし、人体を破壊するだけなら、その程度で十分だ。

 

「これでぇっ!」

「チクショウがぁ!」

 

 さて。

 

 最初に「時間は、ほんの数十秒だけ遡る」と言っていたように、いわばこれは回想のようなものである。

 これまで長々と書き連ねてきたが、これら全てはほんの数十秒の事だったのだ。

 

 だいたいこの辺で―――時間が追いつく。

 

(―――ん?)

 

 なにか、ヘンなものが見える。

 

「―――おお?」

 

 どうやらそれは、自分だけではない。

 犬上小太郎にも見えているようだ。

 

 しかしなぜ―――我が従者、絡繰茶々丸がこちらに飛んでくるのだ!?

 

「ありがとよ足場ァ!」

「私を踏み台にっ……!?」

「あっ、まっ……!」

 

 そして犬上小太郎は茶々丸をを足場に橋の上へと瞬動。

 

 クソ、もうここからじゃ止まらないぞ!

 

「マスター……申し訳ありません」

「何やってるんだお前ぇぇぇーーーー!?」

 

―――氷漬けのロボが出来上がった。




“狗牙憑拳(クガヒョウケン)”
使うと手が真っ黒になる。

以上、描写してなかった設定。
はい、どうでも良いですね!

誤字脱字や“文章がキモイ”とかありましたら指摘お願いします


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Fifteen devil

ファンタシースター感謝祭2014に行ってきました。

クレマはあれですね、イオとクラリスクレイスが好きですね。
イオは撫で回したくなる可愛さでクラリスクレイスは腹パンかましたくなる可愛さですね。

遅くなりましたが18回目です。もうそろそろ数少ないファンの方々も「こいつもうエタったんじゃねえか?」って思い始めた頃ではないでしょうか。

サブタイはタロット的な感じで考えてください。


 橋の外に放り投げた茶々丸さんが氷漬けになった。

 

「…………」

 

 場の空気も凍り付いた。

 

「…………」

「…………」

「……あー、っと…………」

 

 なんか、すっごいシラけた……

 と、その時。

 

「お、おのれ! よくも我が従者を!」

「!?」

 

 いきなりそれっぽい演技をし出すエヴァンジェリンさん。

 

「え!? あ、よ、よし! これで四対一だ! この戦い、勝てるぞ!」

 

 それに応じてか、優勢を喜ぶような演技をし出すネギ。

 

 両者ともにとてつもない棒読みである。

 う、嘘でしょ!? まさかこの空気のまま続行する気!?

 

「ラス•テル•マ•スキル•マギステル!」

「リク•ラク•ラ•ライラック!」

 

 そして詠唱を繋げて魔法と成す。

 その刹那―――

 

 

 

―――

 

 

 

 弛緩した空気の中。

 おそらく、気付けたのは俺一人だったはず。

 

「―――ッ!」

 

 全力で駆け出して―――

 

「オラァッ!」

「わっ!? っと、何を―――!」

 

 ネギを押し飛ばす。

 そして―――

 

パンッ

 

 銃声が響いた。

 

 

 

―――

 

 

 

「―――え?」

 

 小太郎君に押し飛ばされたかと思いきや。

 突如、鳴り響く銃声。

 

「なん―――?」

 

 この場で銃を持っているのはアダム先生一人だけ。もしかしたら茶々丸さんは機体の中に内蔵していたかもしれないけど、あいにく彼女は今氷漬けだ。

 

 だからここで銃を撃てるとしたらアダム先生だけで、だけどアダム先生は味方だから心配する必要は無くて。

 

 でも。

 

 だったらどうして―――小太郎君が血を流しているんだ?

 

「小太郎君!?」

 

 すぐに駆け寄って傷を確かめる。

 

「心配すんな、カスっただけだ……」

 

 そう、僕の心配に軽く返してくるが……どう見ても、脇腹を抉られている。

 

「思いっきり命中してるじゃないか!?」

「うるせえな! 俺からしたらこれくらいはグレイズの範囲内ですぅー!」

「なにがグレイズだよ……ってやばっ!」

 

 視界の隅にニヤリと笑うエヴァンジェリンさんの姿。

 ハッとなって小太郎君を抱きかかえる。

 ええと、確か足に魔力を溜めて、ガッと地面を掴むようにして……

 

「“闇の吹雪(ニウィス•テンペスタース•オブスクランス)”!」

 

 思いっきり蹴り出す!

 

「“瞬動”ッ!」

 

 びゅごう、と吹き荒れる闇の吹雪。

 間一髪で躱した僕は減速に失敗して氷で滑り易くなった路面に転んでしまった。

 

「ってて……あ、明日菜さんは……?」

 

 そうだ、僕らはまだマシだけど明日菜さんは今どうなってる?

 もう三分はとっくに過ぎてるから身体強化も消えてるし、今はもうただの女子中学生でしかな……い、わけでもないか。素で自動車と同じくらいの速度を出せるし。

 

(いや、その程度じゃあこの場では役に立たない。

 役に立たないんだからどうか見逃しておいてほしいけど……ああ、クソ、どうして巻き込んでしまったんだ僕は!)

 

 見れば明日菜さんはアダム先生に殴り掛かっている所だ。

 しかしそれも軽く躱され、その手に持った銃が明日菜さんへと向けられ―――

 

「明日菜さ……ッ!」

 

 その引き金が引かれる、その刹那。

 

「“今だ。来い”」

 

 明日菜さんの影が暴れ出した。

 

「きゃっ……!?」

 

 影の一部が盛り上がり、黒い犬の姿となって凄まじい速度で僕らの……いや、小太郎君の下へと向かってくる。

 明日菜さんを引きずりながら。

 

「た……ただいま」

「おう、おかえりバカ」

 

 そして小太郎君と明日菜さんは簡単な挨拶を交わし―――って。

 

「今の何小太郎君!?」

「誰がバカよ誰が!?」

「うるせえバカ共! 今それどころじゃねぇだろうが!」

 

 あ……ああ、そうだった! 何故かわからないけど敵に回ってしまったアダム先生への対応を考えないと……!

 

「ええと、じゃあチーム変更! 小太郎君が一人でアダム先生を押さえてる間に僕と明日菜さんでエヴァンジェリンさんを倒す! 問題があったらその場で臨機応変に対応! 以上!」

「作戦じゃねぇな!?」

「ほら小太郎頑張って! 頼りにしてるわよ!」

「クソァ! 染まってきやがったなお前ら!?」

 

 そうして僕らは一度別れる。また無事に出会うために!

 

「オラ行くぞ色男! そのツラめちゃくちゃにしてやる!」

「え、めちゃくちゃに? なんか卑猥なカンジ……!」

「もうなんなんだこの変態!?」

 

 うしろでは小太郎君が頑張ってくれている。

 

「ふん、貴様ら程度でこの私に勝てるとでも?」

「勝てる勝てないじゃない、勝たなきゃいけないんです!」

「だから、勝たせてもらうわよっ!」

「良い度胸だ! その希望を打ち砕かれて絶望しろ!」

 

 駆け出すのは、同じだった。

 

 

 

―――

 

 

 

 さあ。

 先ほどと相手は変わったが、やるべき事は変わらない。

 

「ぶっ飛ばす……!」

「出来るかな?」

「ほざいてろ!」

 

 だが、まっすぐ突っ込んで行っても勝てる訳が無い。

 相手は格上だ。

 まずは盛大に引っ掻き回そう。

 

「“狗神”ッ!」

 

 総数千の狗神をアダムを中心として円周状に配置。

 相手の実力は未知数だが、これならある程度は測れるだろう。

 

「おお! 壮観だねぇ!」

「“行け”!」

 

 号令と共に並べた内の7割が一斉に、2割が一拍置いてから、一匹だけ頭上から襲いかかり、残りは罠として地面に潜らせる。

 

 しかし。

 

「“即射術式(クイックショット)――トルネード”!」

 

 アダムの持つ、銃口を下に向けられた銃の引き金が引かれると、突如としてアダムを中心とした猛烈な竜巻が巻き起こる。

 

 襲いかかって行った狗神たちは竜巻に触れると同時に風の刃に切り裂かれて無効化されていった。

 唯一頭上から行った狗神は竜巻の目に居るからか、風に切り裂かれる事はなかったようだが、それもたかが一匹にすぎない。すぐに撃墜されるのを感じた。

 

(いや、この程度どうってことはない! 地上は風に守られているっていうのなら、地中から仕掛けるだけだ!)

「“串刺せ”!」

 

 号令を下すと地面に潜らせた狗神たちが竜巻の下へと集まっていき、それから幾つもの巨大な黒い棘のような形で地上に突き出た。

 ちょっとアロエっぽい。

 

 現出した棘は巻き上がる竜巻を突き破り、吹き飛ばすが―――

 

「……いない? いや―――」

 

 ―――上か!

 

 巻き上がる竜巻に乗ったのだろう、上を見上げればアダムが落ちてくる。

 こちらが気付いたのを見て、アダムが虚空瞬動。重力加速度に因らない速度を伴って、流星が如き力で接近するアダムを俺は―――

 

(迎え撃つか? いや無理だ、真っ正面から行ったって勝てないのは理解してる!)

 

 もちろん逃げる事にする。

 さっきまで自分がいた場所がアダムのカカト落としによってコナゴナに砕けるのを見て、背筋が寒くなる。

 飛んできた大きめのレンガの欠片をキャッチし、投げ返すが牽制以上の効果はないだろう。

 

「なあ、オイ……」

「ん?」

 

 アダムは俺の投げたレンガの欠片を上体を捻って躱すと、戦闘中だというのにまるでなんでもないかのように答える。

 いや、本当にこの程度、戦いでもなんでもないのだろう。

 

「何で俺たちを……いや、いつから俺たちを裏切ってた?」

「いつから? その言い方には少し誤解があるかな。そもそも君たちの味方になった覚えはないよ?」

「ハナっからスパイだったって事かよ!」

「情報を流してたわけじゃないけどね。じゃあ再開しようか!」

 

 そう言って銃の引き金を引くアダム。

 発射された銃弾は魔法の関わらない一般的なもの。障壁を無効化するような細工が施されている可能性も無くはないが、回避に徹する俺にはどのみち意味が無い。

 むしろ、脅威なのはそれよりも、その連射力だ。

 

「くっそ、マシンガンじゃねえだろうが! 何発撃つ気だ、リロードはいつしてんだ!?」

 

 アダムの使う銃は最初に見せてもらったときと同じデリンジャー。

 非常に小型で、護身や暗殺用に使われるものであって、少なくともメインアームとして使うものではない。

 だというのにその連射はまさにマシンガンが如く、排莢も装填も一切していないように見える。

 

「実は銃身に細工がしてあってね、高速で空薬莢の送還と弾丸の召還魔法を繰り返してるだけだよ」

「簡単に言ってくれやがって……!」

 

 送還に召喚。

 アダムの言った魔法はいずれも空間系に属する魔法だが、そのどれも非常に難易度の高い魔法だ。

 以前ネギと明日菜との手合わせの時にネギが使っていたが、あれはパクティオーカードの効果によるものであって、ネギの技量とは一切関係がない。

 パクティオーカードは未だ解析が出来ておらず、そもそもなぜ出てくるのか、誰が作っているのかも判明していない。

 アダムは銃身に細工がしてあると言っていたが、仮にそれが魔法の発動を助けるものだったとしても、例え補助を受けていたとしてもこれほどの魔法行使は出来るものではないし、仮に自動的に発動するタイプの細工だったとすれば、それだけのことが出来る道具師だということになる。

 その細工がどんなものであったとしても、アダムがそこらの術師とは隔絶された実力を持っているということになる。

 

(最悪なのは、その両方とも兼ね備えている場合だが……考えても埒があかねえな)

 

 焼けた鉄ゴテをあてられているかのように脇腹がズキズキと痛み、目の前がチカチカしてきた。

 時間を稼ぐにしても、そもそもの時間が俺に残されていないようだ。

 ネギ達は未だ戦闘中で援護は期待できそうにない。

 

(まさにジリ貧。……しょうがねえ、仕掛けるか)

 

「あはは、いやあ、よく避けるねえ! ……そろそろ当たってくれないと僕もう弾代で今月ピンチなんだけど……!」

「俺が知るか! 破産しろ! “狗神”ッ!」

 

 再度号令を掛ける。

 溢れるように現れた狗神達は、小太郎の頭上に掲げた手のひらの先で一つに集まると今度は巨大な球体へとすがたを変えた。

 目算で直径8m。一戸建て住宅よりも尚巨大なそれは先ほどエヴァンジェリンが使用した魔法、“氷神の戦槌(マレウス•アクィローニス)”に酷似していた。

 

「―――パクリかい?」

「死ね」

 

 つぶやき。

 宣告し。

 夜の闇よりもなお漆黒を主張しているそれを叩き付けた。




うまく行けばこのバトルはあと二話くらいで終わる感じです。
うまく行けば……
うまく行けば……!

桜通りの吸血鬼編でここまで長引いているのはクレマくらいのもんですね。

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With pain


今回は比較的早いよ!

だから次は遅くなります(鬼)
まあ一週間後に投稿できれば良いなあとか思っています。

最後の方で変態にやっていただきました。
さて、クレマはこれ収拾つけられるんでしょうかねぇ……?


 エヴァンジェリンの採ったスタイルは先ほどの爆撃機のような空中から魔法を撃ち下ろすものではなく、戦車のような地上戦であった。

 

「ふんっ!」

 

 右腕を振るう。

 手刀の形に整えた手の先から白い光が伸び、3mもの大剣を形成している。

 

「なんの!」

 

 大振りに切り上げられたそれは標的の明日菜へと路面を抉り取り、相転移させながら襲いかかり―――その手にあるハリセンに受け止められ、打ち砕かれた。

 

「よしっ! ただのハリセンかと思ってたけど、コレなかなか使えるじゃない!」

「また反則的な……! なんなんだそれは!?」

「その名も“ハマノツルギ”よ!」

「名前負けの良い例だな」

「なまっ……!?」

 

 痛い所を突かれたからか、明日菜の動きが一瞬止まる。

 その隙に蹴り飛ばされた明日菜。しかしその後ろから迫るネギ。

 

「動きが鈍いですね……! これなら僕でも!」

「チィッ!」

 

 愛用の杖に雷属性の“魔法の射手(サギタ•マギカ)”を込め、未熟ではあるが瞬動で突っ込むネギ。

 例えブレーキに不安があろうとも、ただ叩き付けるだけならば短所とはなり得ない。

 

「せぇあッ!」

「ガアアアアアァァァッ!?」

 

 バヂッ!! と、インパクトの瞬間、スパークが発生した。

 派手に吹き飛んだエヴァンジェリンをやはり減速に失敗して転んでしまったネギが睨みつける。

 フラフラと立ち上がったエヴァンジェリンは息も絶え絶えで、見るからに弱っている様子だが―――その眼から闘志は消えてはおらず、ギラギラと光を放っている。

 

 まだ終わりではない。

 

 ―――しかし。

 

(おかしい。確かに今のは良いのが入ったと思うけど、杖に込めた“魔法の射手(サギタ•マギカ)”は2柱だけだし、僕は身体強化はまだ出来ていない。なのにあんなに吹き飛ぶものか?)

 

 おまけに先ほど小太郎が砕いた障壁はすでに再生されており、今の攻撃でそれを貫通した手応えは感じられなかった。

 おそらく、吹き飛んだのは衝撃を逃すと同時に距離をとるために自分からジャンプした結果で、倒れてしまったのは雷属性の特性である麻痺によってバランスを崩したからだろう。

 

(でも、それだとこのエヴァンジェリンさんの衰弱の説明がつかな―――)

「考えている暇があるのか!? 隙だらけだぞ“ぼうや”!」

「―――ッ!」

「ネギッ!」

 

 氷属性の“魔法の射手(サギタ•マギカ)”の弾幕。

 総数600を超える破壊の壁は、ただ一点の突破力を重視した魔法では明日菜のハリセンで無効化されてしまうがゆえに。

 

「……く、明日菜さん僕の後ろに! ラス•テル•マ•スキル•マギステル!」

 

 呼びかけ、詠唱する。

 “ハマノツルギ”の弱点も、明日菜にその弱点を補う技量がないことにも気付いているネギはすぐにエヴァンジェリンの思惑にも気付いていた。

 形作るは盾の魔法。

 

 考えてしまうのは唐突な優勢に違和感が拭えないからだ。

 頭に疑念がよぎる暇もないほどに―――戦いに熱中しろ!

 

「“風花(フランス)風障壁(バリエース•アエリアーリス)”!」

 

 出現する盾は不可視の圧縮空気。

 本来、鉄壁の防御を誇る代わりに極短い時間しか存在できない魔法だが、あいにく攻撃は壁のように迫る。

 接触が一瞬ならば、後はタイミングの問題だ。

 雪崩にも似た氷の槍衾を防ぎきる。

 

「明日菜さん、僕に掴まって!」

 

 凌いだら反撃へ。

 明日菜がネギの手を掴むや否や、瞬動を駆使して飛び出した。

 

 見方によってはまるで考えなしのようにも見える突進だが、現状それ以外の策が取れないのだ。

 そもそも魔法使いのスタイルにおける後衛、固定砲台型のハイエンドたるエヴァンジェリンに遠距離の撃ち合いを挑むなど自殺行為でしかない。

 たとえいかなる罠があろうとも、直進して踏破するしかないのだ。

 

 0から100へ―――とはいかずとも、90程度まで加速してエヴァンジェリンへと突っ込むネギ。

 一直線に最短距離を突き進むネギの姿はエヴァンジェリンから見ればいきなり大きくなったように見えるため、遠近感に一瞬の錯覚を生む。

 

(罠、迎撃、その他もろもろetc! 幸運に祈るんじゃなくて来る事を前提として障壁の強化を用意しておけば被害は最小限で済む!)

 

 最悪でも明日菜さんだけは守り抜く。そう決意を固める。

 明日菜さんの“ハマノツルギ”、それで障壁だけでも壊してしまえば、後は障壁の修復までの短い間の中で相打ちに持ち込むことができるはず。

 

 ある意味自棄っぱちになったような、そんな悲壮な覚悟で戦いに臨む。

 それをネギの表情から読み取った、いや、読み取ってしまったエヴァンジェリンはいま、苦虫を噛み潰すような心境だった。

 

 

 

―――

 

 

 

 エヴァンジェリン•A•K•マクダウェルは永きを生きる吸血鬼である。

 

(何故だ……)

 

 吸血鬼は人間とは絶対に相容れないものだ。

 吸血鬼は人を喰らい。

 人は吸血鬼を恐れる。

 

(何故、お前達は……)

 

 いつしか人は立ち上がる。

 立ち上がって、立ち向かって。

 “立派な魔法使い(マギステル•マギ)”の名の下に。

 

(私と違って、死んでしまうのに……)

 

 人間は勝てなかった。

 幾ばくかの勝利と引き換えにその何倍もの死が溢れる。

 しかし人間は諦めない。

 

(何故、命を諦める事が出来る!?)

 

 その戦いが、生きるためのものならばよかった。

 死にたくないから戦う、そんな当たり前の生存競争ならば、まだ理解は出来た。

 まるで死を享受するかのように戦う者が現れ始める。

 

(正義は死なない? この精神は受け継がれる? この命に代えてもだと!? ふざけるな!)

 

 そんな人間を何人も見てきた。

 耳に残る、彼らの最期の言葉。

 もし初めて聞くのであれば美しく尊い言葉だっただろうそれは、100回を超える頃にはただの死への言い訳にしか聞こえなくなった。

 

(そして今、そいつらと同じ表情のガキが目の前に居る……!)

 

 生きる者が戦うならば、それは生きるための戦いであるべきだ。

 負けたくないから、傷つきたくないから、だから命を、魂を懸けて立ち向かえるのだ。

 命を捨てた、死出の疾走であってはならないのだ。

 

「ふざけるなよ……貴様!」

 

 手を振り、糸(正確にはガラス繊維だが、以後も糸と表記)を展開させる。

 これは先ほど“魔法の射手(サギタ•マギカ)”を発動させた際、密かに辺りに張り巡らせておいた物だ。

 

「その表情で、その眼で私の前に立つな!」

 

 展開した糸の結界は森のようにそびえ立つが、それを認識出来るのはエヴァンジェリンだけだ。

 極細の糸はそれだけで見えづらいうえ、光源が月と星以外にないこの状況ではほぼ完全な隠密性を発揮する。

 

「うわぁっ!?」

「ひゃあっ!?」

 

 多くの攻撃を遮断する魔法障壁ではあるが、ここは攻撃力をもたず、ただ捕縛に特化した糸であることが幸いした。

 案の定引っかかったネギと明日菜がまぬけな声を漏らすが、すでにエヴァンジェリンはそれに聞く耳を持たない。

 

「ヒロイック•サーガにでも憧れているのか? そういえばぼうやは英雄の息子だったな……!」

「エヴァンジェリンさん……? くそ、何だこれ、極細のワイヤーみたいな……?」

「何よこれ! なんか絡まって……!」

 

 ネギ達は身動きが取れず、圧倒的に不利な状態だ。もしこれが模擬戦や組み手のような戦いであったとしたら、ここで敗北が決まってもおかしくはない。

 しかしここは実戦の場であり、さらに今優勢なエヴァンジェリンは頭に血が上って激昂状態だが、劣勢なネギは慌ててはいたものの、至って冷静であった。

 

 

 

―――

 

 

 

 糸の結界に絡めとられたネギではあるが、その実情は冷静―――というよりかは、冷静になろうとしていた。というのが正しい。

 初めての実戦でこれだけのビッグネームを相手にこれだけの劣勢を強いられるという逆境。

 普通ならばここまで頑張った自分自身を誉め称え、薄っぺらい満足感と諦観の中で心が折れてしまうだろうが……これは小太郎のおかげだろうか。

 いかに不利な状況でも勝つための思考を止めない、という精神性は、戦いの中でネギに一つの成長を促していた。

 

(もし、本当に僕らを縛っているこれが極細のワイヤーなんだとしたら、電気を通す事が出来るはずだ。金属は電気を通すから)

 

 自分たちが糸に絡まる前、ネギはたしかにエヴァンジェリンが手で何かを操作しているのを見ている。

 それがどれだけの技術を示すのかは今のネギには想像もつかないが、少なくともこの糸は手動で操作でき、魔力が感じられない事から魔法に関係しない事は分かった。

 

(なら……!)

 

 だとすれば、糸を通して電撃をエヴァンジェリンに叩き込めるはずだ。

 口の中で密かに詠唱していた魔法を実行に移す。

 

「明日菜さん、かなりキツいはずですけど、我慢してください! “白き雷(フルグラティオー•アルビカンス)”!」

 

 瞬間、白雷が迸り、糸の結界が火花を散らして崩れ去る。

 幸か不幸か、こんな結果になったのは伝導率の非常に低いガラス繊維だったからだ。

 エヴァンジェリンにダメージを与える事は出来ないが、その代わりに束縛からは脱する事が出来た。

 一進一退の戦果ではあるが、相手の情報を手に入れられたという点では若干こちらがリードしたといった所か。

 

「明日菜さん、大丈夫ですか?」

「なんともないわよ。多分“これ”のおかげね」

 

 心配するネギに、手に持った“ハマノツルギ”を軽く振りながら応える明日菜。

 

 何故だかわからないが、明日菜の持つアーティファクトには魔法を無効化する力がある。

 流した電撃に対して火花が散るような反応が起こるのだから絶縁体だったのだろう。

 しかし、いかに絶縁体を介しての電撃とはいえ、魔法に由来する電撃だ。少しくらいの痺れはあるかもしれないと思っていたのだが―――アーティファクトに持ち主の魔法抵抗力を底上げする力でもあったのだろうか?

 まあいい、被害が無いのであればそれに越した事は無い。

 

「ぐぅ…………ッ!」

 

 気を取り直し、油断無くエヴァンジェリンを睨みつけていると―――何やら様子がおかしい。

 呻き、苦しんでいるようだ。

 

「エ、エヴァンジェリン、さん……?」

「ふぅ、ぐぅ……ハァッ!」

 

 息を荒げ、まるで血を吐くかのように魔力を放出するエヴァンジェリン。

 

(……見るからに、風邪が治ってなかったってわけじゃなさそうだけど)

 

 どう見ても、体調不良で済ませられる症状ではない。

 

「ふふふ……どうした? チャンスだぞ、かかってきたらどうだ……?」

「エヴァンジェリンさん……」

 

 ふいに、もうやめた方が良いんじゃ、と喉まで出掛かるのを抑える。

 相手はまだ立っているし、自分はまだやられていない。

 

 戦い、なのだ。

 

 片方にひとかけらでも戦意がある限り、終わることはあり得ないのだから。

 せめて決着は、双方どちらかの手でつけられるべきだ。

 

「……ええ、行きます」

 

 そうして、杖を握りしめた。

 

 

 

―――

 

 

 

 敬愛する彼女は視界の隅に居る。

 しかし今、いや、いつだって僕の意識の大半は彼女に向いていた。

 そして今そんな彼女に危機が迫っている。

 

(なら、助けなきゃ)

 

 走り出した彼が彼女に向かっていくのを見て、僕は更に速度を上げた。

 

 しかし、届かない。

 少年、小太郎君の相手をしているうちにいつの間にかかなり遠ざかってしまったようだ。

 

(ああ、駄目だ、駄目だ。駄目だ駄目だ駄目だ。そんなのは駄目だ!)

 

 かつて僕が彼女に救われたように。

 

 僕も彼女を救わなきゃ駄目なんだ。

 

 だから―――

 

 

 

―――

 

 

 

 ネギ達の優勢か、エヴァンジェリンはもう息も絶え絶えであった。

 体術での戦いもギリギリながら打ち合えるし、このまま俺がアダムを抑えていればこの戦いも勝利が見えそうだ。

 

 ―――と、思っていた時。

 

「――――――ッ!」

 

 ふいにアダムがエヴァンジェリンの方へと駆け出した。

 それはまるで無防備で、俺の事など既に頭の中から消え去ってしまっているかのようだ。

 

 ―――今戦っている最中の俺を?

 

(ふざけやがって……!)

 

 怒りが込み上げ、思いっきり叩き付けてやろうとアダムを追って走り出す、その瞬間。

 

「逃げるんだ……! 逃げろ、“姉さん”っ!」

 

「は、え!? 姉ぇっ!?」

 

 特大の爆弾が落とされた。





PSO2が出来なくてストレスたまるよぉ……。


誤字脱字や“文章がキモい”とかありましたら指摘鬼害します。


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a new intruder!

やっぱりあと二話じゃ終わらなかったよ……。

間が空きすぎて「あと二話って何の事だ?」って思う人も多いんでしょうね。
そういう人は第十八話のあとがきを読めば良いんじゃないかな!(ステマ

では、どうぞ。


「ね、姉さんって……?」

 

 ふいに駆け出したアダムの言葉は、そのときネギにも届いていた。

 ギリ、と杖を握りしめた手から力が抜け、緩んでいく。

 

「そんな、姉って……ありえないよ」

「言いたい事はだいたい分かるが、とりあえずそれは後に―――」

「兄と妹ならまだしも」

「後にしろと言っているだろうが!」

「そうは言っても、見た目的にねぇ……」

 

 アダムの外見はどう見ても成人していると一目で分かるものであり、一方エヴァンジェリンはいいとこ小学生程度の年齢に見える。

 明日菜の言うように、見た目からは姉弟にはとても見えないのだ。

 

「ふふ、お兄ちゃんって呼んでくれてもいいんだよ……?」

「黙れ! 話と誤解がどんどん面倒くさくなっていくだろうが!」

 

 とは言え、エヴァンジェリンはその幼い容姿とは裏腹に600年近く生きてきた吸血鬼だ。

 姿形はすでに当てにはならない。

 

「……んじゃああれか? アダム、あんたも吸血鬼だってのか?」

「まあ、そうなるね。 僕は姉さんと違ってあんまり完成度高くないんだけどね」

「完成度、ねぇ……」

 

 「吸血鬼の完成度」とは、あまり聞かない言葉だが。

 吸血鬼の業界用語のようなものなのだろうか?

 理解できたところでなにかの役に立つとは思えないので、今はいいか。

 

「うん、どうでもいいさ」

 

 口ではそういうが、実はもう凄い気になっている。

 しかし、気になるなら勝った後で調べればいい。

 幸いな事にこちらの勝利条件は敵の殺害ではないし、相手は吸血鬼だからそうそう死にはしないはず。

 さっさと終わらせて聞き出そう。

 

 そういう風に自分を納得させて、心の中に勝ちたい理由を創り出す。

 

 理由とは力だ。

 実際には別段、身体能力が上昇したりするわけではないのだが、なんとなくやる気が出てくる。

 

「よし」

 

 そうして、自分の中のスイッチを押す。

 めき、めき、と音を立てて、変わり始める。

 

 

 

―――

 

 

 

 小太郎君のいる場所からメキメキと変な音が聞こえるので、そちらを見たら。

 

「ッあ゛ぁぁぁ~~……久しぶりだな、“これ”も」

 

 小太郎君が人間じゃなくなっていた。

 

 ……もうなにがなんだか!?

 

「ん、なんだ? どうしたネギ、鳩が豆鉄砲喰らったみてぇな顔してよ」

「むしろ君がどうしたんだよ!? ほら明日菜さんもビックリして―――」

「ないわよ?」

「ないんですか!?」

 

 どうやら驚いていたのは僕だけだったようだ。

 

「だってほら。小太郎の頭、イヌの耳みたいなのがあるじゃない? 魔法とかあるんだから変身くらいは当然かなぁって」

 

 ちなみにいまの小太郎君は灰色の毛を持つ人型の犬といった感じだ。

 背も伸びて、これまでは僕よりも少しだけ高いくらいだったのがいまでは明日菜さんと同じくらいになっている。

 

「ねえ小太郎、そうやって変身するのってどんな感じなの?」

「む、それは私も気になるな」

「そうだな……強いて言えば「ずっと座ってて、数時間ぶりに立ち上がって“んーッ!”ってやる感じ」かね」

「馴染み過ぎじゃないですか!?」

 

 いつの間にかエヴァンジェリンさんも話に加わってきている。

 というか、いきなり“けものチック”になった小太郎君を見ても全く物怖じしないとは。

 

(先入観が無いって怖いなあ……)

 

 しかし、明日菜が小太郎を恐れない理由は先入観の無さ以外にもある。

 これは、ネギはまだ知らない事だが、この学園にはとりわけ高い才能を持つ者が多く存在し、そういった者達は他の生徒と同じように学園祭で“ハメを外す”ことが多い。

 故に学園祭での仮装、特に表で注目を得やすい着ぐるみ等は非常に、いや言うなれば異常なまでに完成度が高く、まるで本物のような出来映えの作品が発生する。

 かつて有志の者達の手によってワイバーンが作成された時には、そのあまりの出来映えに学園中の魔法先生が殺気立ったという。

 まあ、何が言いたいかというと―――

 

 ぶっちゃけ、獣人くらい見慣れているのだ。

 

「ところで、小太郎君。“その姿”が本気モードなんだったとしたら、なんで最初っからその姿にならなかったの?」

「こうなると足も変形するから靴が履けなくなるんだよ。ほら、下凍ってて冷たいじゃん? 俺の可愛らしい肉球が凍傷になったらどうするよ」

「殴るよ小太郎君!? これから僕は君を思いっきり殴りつける!」

「やめろバカ面倒くせえ」

 

 とまあ、じゃれ合いはこの辺にして。

 休憩時間も切り上げて。

 

「やるか」

「行こうか」

 

 大地を思い切り蹴り出した。

 

 

 

―――

 

 

 

 踏み込み。

 打ち込む。

 

 つまりは近接戦闘。

 

「つおらぁッ!」

 

 いきなり殴り掛かったとはいえ、欠片も不意を打てた気はしないのだが―――まあ、その辺は要修行ってことで。

 大切なのは、持ち味を活かすこと!

 

「シッ―――ハァッ!」

 

 乱打乱打、拳打に狗神を織り交ぜて。

 

「ゼエァア!」

 

 とにかく打ち込む、攻め続ける!

 

 しかし―――

 

「よっ、ほっと」

 

 時に上体をそらし、時に受け流し、場合によってはステップを刻んで、あるいは曲芸のような躱し方で無効化されていく俺の格闘。

 

(クソが、遊びやがって!)

 

 瞬動。

 雑念を孕んだ思考のままに特攻を掛けると。

 

「それはいけない」

 

 接触した瞬間、“正反対の方向に”はじき返された。

 

「ぐっ……!」

「スジは良い。でもそのままじゃ持ち味を殺しているよ」

 

 まるで諭すような物言いに若干カチンときたが、それ以上に頭が冷えた。

 

(……ああそうだ、真っ向から挑んだって勝てねえ)

 

 集中力が高まり、精神は深く沈んで、闘争心が研ぎ澄まされていく。

 元々俺は獣化すると身体能力が上昇するかわりに頭に血が上るタチだから、言ってしまえば元に戻ったというだけなのだが。

 

 これまでの絶技、一体いかなる理合によってかはともかく、アダムは非常に高い格闘能力を持っている。

 銃の武装なんかでごまかしてはいるが、おそらく奴のホームは近距離だ。

 

 銃というのは、剣や槍等とちがって間接的だ。

 

 引き金を引く。

 撃鉄を弾く。

 雷管が叩かれ、銃身内部に発生した炎が弾頭を飛翔させる。

 

 あまりに回りくどい。ただ切り裂くより、ただ刺し貫くより、とてつもなく間接的だ。

 

 確かに一般の世界では銃が最強だ。

 銃を持った素人と剣を持った素人が戦えば、誰の目にも結果は明らかだ。

 

 しかし、一歩裏の、魔法使い達の世界に踏み込めばどうか。

 魔力によって構築された障壁は銃弾を防ぎ切るし、あるいは気によって強化された身体能力は5mの距離から放たれた銃弾を回避する。

 

 裏の剣術の名門、魔払いのハイエンドたる京都神鳴流の謳い文句には「神鳴流には飛び道具は通用しない」とまである。

 

 とまあ、ボロクソに言われている銃だが、ここにきてやっと、この“間接”こそが大きな意味を持ち始める。

 

 ある一定以上の力をもつ戦闘者は第六感が発達している。

 彼らは相手の敵意、殺気を己の霊的な部分、言うなれば魂に通じるもので受け取る事で不意打ちを防いだり、戦いを優位に進める術を持っている。

 

 故に殺気に間接、言い換えればクッションのような機構を挟む事が出来る武器、すなわち銃は相手の反応を一瞬だけ搔い潜る力を有するのだ。

 

 もしかすると、アダムは一瞬だけ知覚を遅らせた銃の殺気を体術面の殺気で覆い隠すなんて離れ業も出来うるかもしれない。

 

(まあ、ンなことが出来たらどんな化け物だって話だが、案外出来そうなのがヤな所だ)

 

「もしかして……ビビっちゃった?」

 

 そこに内心を見透かしているかのような言葉。

 むしろ今のにビビったよ。

 

「ああ。だからこそ、罠かけて不意打って―――裏かいてぶっ殺す」

 

 ―――と、思うだろ?

 

 襲いかかるは、真っ正面から!

 

「―――、へえ」

 

 即座に感づくアダム。

 迎撃の銃弾。

 

 踏み出した足で路面を砕き、吹き飛んだ欠片で銃弾を弾く。

 

 一足、二足と距離を縮め最後の一足。

 

 瞬動、軌道に乗せられた銃弾。

 まるで予定調和のように放たれたそれは、だからこそ読み易い。

 

 故に―――

 

 来ると分かっているならば、対処は容易い!

 

「――――ァッ!」

 

 音にならない咆哮を上げて、かすめるように弾丸を躱す。

 人間のままでそれをしたなら、かすめた弾丸が皮膚を切り裂いていたはずだが―――今の俺は正しく獣。お世辞にも手触りが良いとは言えない代わりに、高い強度を持つ俺の毛皮はそんなことではへこたれない。

 

 しかし、それも予定調和の内だというのなら、アダムとてそれを読んでいるはず。

 ああ、だが―――俺の最高速は、まだまだこんなもんじゃない。

 

 瞬動の加速の終わる前、更なる瞬動。

 こちらから向かうのではなく、世界を蹴り飛ばすことで相手を目の前に持ってくる―――なんて、そんな妄想のような現象を擬似的に再現してみせる。

 

 さあ、脇っ腹を抉ってくれたお礼の時間だ。

 

(ゲロ吐きやがれ!)

 

 そんな一念を込めて、脇腹へと拳を叩き込んだ。

 

「ガヒュッ……!?」

 

 肺の空気が全て吐き出される音。

 たまらず距離を置こうとするアダム。

 追撃のチャンス。

 

「“狗神”ィッ!」

 

 現れる四つの黒球。

 一つ一つが大玉転がしの玉ほどの大きさを持つそれは、何もかもを飲み込んでやろうという餓えた貪欲さを孕んでおり、無条件の不吉さを纏っている。

 その正体は球形に圧縮された狗神の塊そのもの。限界圧まで押し固められた狗神はその怨念をさらに純化させている。

 

 触れてはならぬ。まさに接触致死。

 

「…………ッ!」

 

 これにはアダムも顔を青くする。

 全霊での迎撃。迫り来る黒球への制圧射撃、銃弾の嵐。

 

 しかし、その動きは精彩を欠いている。

 あまりに時間がない、呼吸が出来ていないのだ。

 それでも、一つ二つと打ち砕かれていく黒球。

 三つ、そして四つ目。最後の黒球が破壊される刹那。

 

「今だ、やっちまえ」

 

 黒球に黄雷が迸る。

 呼応するかのように発生した雷光は、ボルテージを加速度的に上昇させていき―――

 

「おう、任せろ」

 

 それは銃弾による破壊が先だったか、それとも自立的な崩壊が先だったのかは、もはや判別のつけようも無いが。

 

 弾け飛んだ黒球から現れた黄雷の主は、既にアダムの鼻先にまで近づいていて。

 

「電撃☆メガトンアッパァァァッ!」

「ホゲェ!?」

 

 その手に塡められた、黄雷纏う鋼の手甲が、アダムの顎を打ち上げていた。

 遥か上空に吹き飛ばされていくアダム。

 

「―――メガトンよりギガトンのほうが強そうかな」

「そういう問題じゃねえだろ。―――フラン」

 

 そしてどことなく的外れな発現を洩らした下手人、その名はフラン•スプリングフィールド。

 ネギの、実の姉であった。

 

「…………あ」

「ん? どうしたそこのお三方。ほらどうぞ続けて。ふぁいっ」

 

 そう、フランから戦闘続行を薦められたお三方(ネギ、明日菜、エヴァンジェリン)だが、全員呆然としていて反応がない。

 

「お姉ちゃんもしかして助けに来てくれたの!?」

「いや、もう帰るけど。ああそうだ、ネギお前今度メシ奢れ」

「ええ!?」

「良いじゃねえかよ、お前働いてんだから金持ってんだろ? それにそれくらいの活躍はしたろ」

「き、貴様! この戦いには関わらないんじゃなかったのか!?」

「誰がいつそんな事を言ったよ。っつーか誰だテメェ?」

「真祖の吸血鬼だ!」

「なんか弱そうだなお前」

「よわっ……!?」

 

 いきなり現れたかと思ったらこの物言い。

 遠慮無しの傍若無人。

 何となくネギの父親、ナギを幻視するエヴァンジェリンだが、すぐに「ナギもこいつ程じゃなかったな」と思い直すのであった。




フランさんチンピラ過ぎワロエナイw
実の弟にタカるとかどういう事なんですかねぇ……?

誤字脱字や“文章がキモい”とかありましたら指摘お願いします。


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張り合い

お……おひさしぶりっす。
またも更新が遅れましたが、不定期更新だもの! この程度、誤差の範囲ですよね!

楽しみにしてくれているかもしれない方には申し訳ないと思っています。
やめる気は無いので頑張っていきます!


「もう、良いんじゃないですか」

 

 つい、声が出た。

 

 もう勝負は決したのだ。

 

「アダムさんは小太郎君とお姉ちゃんに倒されました。茶々丸さんは動けないし、エヴァンジェリンさんはボロボロだ。だから……」

「だから? なんだ」

 

 しかし、エヴァンジェリンはまだ返してくる。

 

「なんだ……って、もうエヴァンジェリンさんに勝ち目は無いじゃないですか! あなたはもう立ってるのもやっとでしょう!」

「だが、私はまだ諦めてはいないし、負けを認めてもいないぞ?」

「それは詭弁です! たとえこの戦いが終わっていないのだとしても、続けられないのなら意味が無い!」

 

 そんな僕の反論に、エヴァンジェリンさんは自嘲するかのように嗤う。

 

「小太郎君が、エヴァンジェリンさんのことを深海魚に例えていた理由がやっと分かりました。

 ……ああ、確かにあなたにとって、この学園都市は深海のようなものだ。張り巡らされた結界によって圧し潰されて、年相応の女の子程度の力しか残らなかったあなたが、その結界から急に解き放たれてしまったら、圧縮された魔力が陸に上がった深海魚みたいにふくれあがって暴走してしまう」

 

 ―――とはいえ、エヴァンジェリンさんは真祖の吸血鬼だ。きっとそこまでは自力で押さえ込むことが出来たのだろう。

 

「エヴァンジェリンさんがこれまでの戦いで、魔力を大量に使う大規模な魔法しかつかってこなかったのはそのせいです。ふくれあがる魔力を抑えるのに精一杯で、あなたは魔力を小出しにする事が出来なかったんだ」

 

 もちろん、10の魔力を必要とする魔法に15や20の魔力を注ぎ込めば、その分威力が増す。

 しかし、それには限度がある。10の魔力を必要とする魔法に1000や2000の魔力を注ぎ込めば暴発してしまうのだ。

 

「そしてもう一つ、エヴァンジェリンさんが魔法に魔法を受けた時の、あの大げさにも見える苦しみ方もそれに関係しているはずです。破裂寸前の風船に似た状態だったあなたが受ける魔法は、正しく針のようなものだったんだ。だからたった二発程度の“魔法の射手(サギタ•マギカ)”でボロボロになって、それを躱すための身体強化すら出来なかったんだ!」

 

 ……と、ここまでが僕の気付けた事の全てだ。

 まだ他にも隠されている事があるのかもしれないし、あるいは全く的外れなことを言っているのかも知れない。

 

 ――しかし

 

「そうか」

 

 それでもまだ――エヴァンジェリンさんは負けを認めようとはしない。

 

「そうか、……って――!」

「なあ、“ネギ”。お前も、いつまでも理屈にこだわるなよ」

「……どういう意味ですか」

 

 そして、エヴァンジェリンさんはため息を一つ吐いて。

 

「“認めさせてみろ”って言ってるんだよ! 敗北をッ!」

「っ……く、子供ですか! あなたは!」

 

 なんという事だ。

 目の前がチカチカした。

 

「さっきからごちゃごちゃと! スジも通らない屁理屈ばかり並べて! ああわかったよ、覚悟しろ! ラス•テル•マ•スキル•マギステル!」

「ああそうだ、それでいい! かかってこい! リク•ラク•ラ•ライラック!」

 

 ああ、ムカツキでめまいがしてくる!

 

「“来れ雷精(ウェニアント・スピーリトゥス)風の精(アエリアーレス・フルグリエンテース)”!」

「“来れ氷精(ウェニアント・スピーリトゥス)闇の精(グラキアーレス・オブスクーランテース)”!」

 

 奇しくも、この最後の呪文。僕らが選んだ魔法は同じだった。――いや、偶然ではない、合わせられたのだろう。

 ここにきて、同じ魔法の撃ち合い。わざわざ合わせたということは、それだけの自信があるという事。

 見るに耐えない、ボロボロの状態で、それでも勝てると思っているという事。

 

 ――どこまでも、傲慢な!

 

 唱えながら、懐に手を伸ばす。

 掴むのは予備の杖。

 

「“雷を纏いて(クム・フルグラティオーニ)吹き荒べ(フレット・テンペスタース)南洋の嵐(アウストリーナ)”!」

「“闇を従え(クム・オブスクラティオーニ)吹雪け(フレット・テンペスタース)常夜の吹雪(ニウァーリス)”!」

 

 詠唱に終了した呪文を一時的に中断して、取り出した予備の杖を振りかざす。

 

「“風縛陣(シグナム)解放(エーミッタム)”!」

「なっ……!?」

 

 光り輝く、エヴァンジェリンの足下。

 光軌が幾何学的な陣を描き、沸き上がった風が翠の帯となってエヴァンジェリンを縛り付ける。

 

「“闇の(ニウィ)”――ムグッ!」

「言ったはずですよ、もう、あなたに勝ち目は無いって!」

 

 急いで詠唱するエヴァンジェリンだったが、あと一節といったところで風の帯が追いつき、口を閉ざす。

 

「“雷の暴風(ヨウィス・テンペスタース・フルグリエンス)”ッ!」

 

 閃光。

 轟音。

 そして――決着。

 

 

 

―――

 

 

 

「ああ、クソ、何でこれこんなに硬いんだよ」

「本当にこれ氷なんだよね……?」

「ふぁ、ファイトー?」

 

 そして決着の後。

 吹き飛ばされて気を失ったエヴァンジェリンを橋の下から回収した後。

 

「つーかフランの奴マジで帰りやがった……何でだ! 手伝えよ! バーカバーカ!」

「ほら小太郎君騒いでないでさっさと茶々丸さん救出するよー。明日も授業あるんだから時間掛けてらんないし」

「てめえは何でちょっと楽しそうなんだよ!」

 

 現在、巨大な氷塊に包まれた茶々丸を、その氷の中から取り出そうとしているのだ。

 

「んー……何でだろうね? こういうの性に合ってるのかな。お箸の練習でお皿からお皿に大豆を移し替えるのやってると凄い落ち着くし」

「座禅でも組んでろ日本かぶれ」

 

 妙に頑丈な氷を、俺は気で強化した拳で削り取り、ネギは杖に纏わせた“白き雷”の電熱で溶かしてゆく。

 どうやらこの氷、魔力を宿しているらしく、火で炙った程度じゃ水滴すら生じないのだ。

 自然界の雷撃に等しい“白き雷(フルグラティオー・アルビカンス)”の電熱でもペースは遅々としている。

 

 しかし、魔力を宿しているのならとアスナの“ハマノツルギ”を試してみたのだが、これには一切効果が出なかった。

 どうやら、エヴァンジェリンの使う“永遠の氷河”の本質は効果範囲内への水分の集約と、それを全て寸分の狂いもなく凍結させる極大の冷気にあったようで、その副産物たる魔力を宿した氷塊は、魔法でも何でもなかったようなのである。

 

「……なんとなくやってるけど、もしかして結構使えるかな、これ」

「なんとなくかよ」

 

 なお、ネギは何でもないかのように言っているが、本来発動した魔法を発射するでもなく任意の所に留めておくのは結構な高等技術だったりする。

 留める対象が初級の魔法だったり、そのための詠唱や刻印があったりするのであれば話は別だが――――やはり才能か。結局は才能の問題なのか。

 

 とまあ、なんだかんだやっているうちに茶々丸の所へと到達した。

 到達したと言っても、ただ手で直接触れられるようになったというだけだが。

 

「よし、こんなもんか」

「こんなもんか……って、まだ背中に触れるようになっただけじゃないか」

「それでいいんだよ。我に策ありってな」

 

 そう言って腰のベルトポーチに手を伸ばし、一枚の紙を取り出す。

 

「……紙? 何も書いてないけど――」

「ちょっと特殊な紙でな、菩提樹から作られてんだ。まあ、仏教徒にはありがたいやら不謹慎やらで複雑な気持ちだろうよ」

 

 準備を続ける。親指の腹を咬み、出てきた血で紙に梵字を描く。

 それを茶々丸の背に押しつけて――。

 

「“オン•ガルダヤ•ソワカ”」

 

 瞬間。

 

「うわあっ!?」

「きゃああ!?」

 

 絶対的な炎の顕現。

 超絶の熱波が辺りを暴れ回り、ひりつく灼熱の世界へとその姿を変貌させる。

 

 電灯はカタチを失い、レンガは罅割れ、アスファルトが蒸発する炎獄。

 すでに氷は全て昇滅し、それでも尚猛る炎はきっと、たとえそれが神域の化外であったとしても焼き滅ぼすに違いない。

 

 ――しかし。

 

「……あれ。熱く、ない?」

「え? あ、ホントだ」

 

 それでもアスナとネギに、そして未だ気を失っているエヴァンジェリンにダメージが入らないのは、ひとえにこの炎が三人を敵だと見なしていないからに他ならない。

 

 太陽の中にいるのかという錯覚を引き起こすほどの光量を目の当たりにし、この術を起こしたのが味方であるという事も忘れて、思わず身構えてしまう二人だが――。

 

「おーい、氷は消えたか?」

 

 こわばった肉体が、すぐに脱力する事になった。

 

 

 

―――

 

 

 

「ああ……うん、消えたよ」

「そうか、ここからじゃ眩しくてよく見えないんだよな」

 

 小太郎君は眩しくて見えない、と言うけど。

 こんな目を灼くような光の中じゃ、もしかしなくても失明を覚悟しなきゃいけないハズ。

 ただ「見えない」程度で済むのはこの光の性質に因るものか、それとも小太郎君の能力に因ってか。

 

「あ……っ」

 

 フッ……と、音もなく光が消え失せる。

 漂白の極光から飲み込む闇夜へ、急激な明暗の落差に目をしばたたかせる。

 数秒してからやっと視界が戻る。

 見れば、先ほど茶々丸さんの背中に押し付けた札を橋の下へと投げ捨てている所だった。

 

「これで、終わりだな」

 

 ヒラヒラと宙に舞う紙札は自然発火するかのように突然勢いよく燃え上がり、マグネシウムの燃焼する時のような眩い光を放ちながらそのまま一瞬で燃え尽きてしまった。

 

「ぐっ……うぅん……?」

 

 その時、バチッ、と電撃の走るような音と、少女のうめき声。

 

「まったく、鮮やかなものだな……」

 

 そして聞こえてきたのは憎憎しげな声。

 見れば、目を覚ましたらしいエヴァンジェリンが体を起こしていた。

 

「――エヴァンジェリンさん? よかった、気がつきましたか」

「おう、起きたか。ところで茶々丸(こいつ)、大丈夫なのか? 機械なのに思いっきり凍らせちまって」

「それなら心配はいらん。手足のパーツは交換せねばならんだろうが、「ちゅうすう」の「でんのう」には特殊な処理がされてあるとかで、なんかよくわからんが大丈夫なんだそうだ」

「何でわかんねえんだよ。従者なんだろ?」

「ハイテクは苦手なんだ」

 

 まあ、無事ならよかった。

 立場上は敵対していたとはいえ、特に恨みもない相手だ。例えそうでなかったとしても、これでも英国紳士を目指すものとして女の子が傷つくのは気分が悪い。

 ……うん、これは黙っていよう。どの口がいうんだって怒られそうだ。

 

 ともあれ、確認はできたし、次は戦後処理だ。

 

「じゃあエヴァンジェリンさん。僕が勝ったんですから、これからはちゃんと授業にも出てもらいますし、生徒を襲うのもやめてくださいね?」

「……チッ。元はと言えばナギの奴が――」

「――僕の血液くらいあげますから」

「ハァァッ!?」

 

 何故か驚かれた。

 

「え、ちょ、おま……っ、何でだ!? 勝っただろうお前!」

「いえ、勝敗関係無しに呪いは解くつもりでしたよ。 そもそも父さんも三年で解呪するって言ってたんでしょう? のどかさんの時に教えてくれたじゃないですか」

「いやまあそれはそうだが……そんなこと言ったら今日戦った意味は何だったんだって話に……」

「だって逃げたら降参したみたいで悔しいじゃないですか」

「悔しさで命を張るな!」

「何で敵に怒られてるんだろう……」

 

 まあ、それはそれとしてだ。

 

「とにかく! これからは生徒を襲わない事、ちゃんと授業に出席する事。いいですね?」

「中学の授業なんかもう五回も……」

「いいですね!」

「ああ分かった分かった! もう人は襲わんし授業にも出る!」

 

 一応、きっちりと念を押しておく。

 これで言葉を曲解されたりするのはともかく、承諾していないからノーカン、とかそんな屁理屈はなくなるハズ。

 ……ここまで来てそんな事はしないとは思うけど。

 

「……あれ、そういえば小太郎君は?」

 

 今回、こんな結果を出せたのは小太郎君の力が大きい。

 改めてお礼を言っておこうと、辺りを見回すが……おや、どこに行ったのだろう?

 

「小太郎ならもう帰っちゃったわよ」

「ええ!? どうして!」

「聞いてないからわかんないけど……まあ、想像はつくわね」

 

 想像――とはどういう事か、と一瞬疑問に思ったが、すぐに氷解した。

 辺りの電灯のことごとくが壊れているので気付かなかったが、停電が終わっている。

 つまり生徒達の外出禁止令が終わったということ。

 先ほどからここでは散々轟音を撒き散らしているし、挙げ句の果てには先の炎獄による閃光だ。

 好奇心旺盛な麻帆良生徒なら、まず間違いなく気になって見に来るだろうし、そうしたら見つけるのはこの場の惨状だ。

 そして、そんなところに立っている僕ら。

 

 ……うん、魔法の隠匿とか無理だ。

 

「マズいよ皆早く逃げないと! エヴァンジェリンさん立てる!?」

「無理だな。また封印が掛かってしまったし、身体が動かん。身を起こすだけで精一杯だ」

 

 封印……さっきの電気みたいな音はそれか!

 しかしまあ、動けないんじゃあ仕方ない。

 

「じゃあ、僕が茶々丸さんを運びますから、明日菜さんはエヴァンジェリンさんをお願いします」

「ん、分かったわ」

 

 ということで撤収する事に。

 

「そういうわけで、茶々丸さん失礼しますね」

 

 一応断りを入れてから茶々丸さんをお姫様抱っこのような形で抱える。

 途中、ザザザ、とテレビの砂嵐のような音が茶々丸さんから聞こえた。

 

「……?」

「どうやらノドもイカれたらしいな。音程からして、“すみません”だろう」

 

 もしかして茶々丸さんはもう結構ヤバいんじゃないかと思っていると、エヴァンジェリンさんがアドバイスをくれた。そうなんですか? と聞くと、ゆっくりとした動きで頷いたのであっていたようだ。

 

「明日菜さん大丈夫ですか? まだ魔力は残ってますから、軽い身体強化ならできますよ」

「大丈夫よ。正直バイトで運ぶ新聞の方が重いくらいだし」

「それは……」

 

 それはエヴァンジェリンさんが軽すぎるのか、それとも明日菜さんが運ぶ新聞紙が重すぎるのか。

 

「これがうわさのブラックきぎょ……いやさっさと行きましょうか」

 

 エヴァンジェリンさんは別に欠食児童とかいうわけじゃないし、結論は見えているわけだが……いや、良いんだ。女性というものは皆、羽毛の如き軽さなんだ。

 

 ずっしりと来る茶々丸さんのメカメカしいボディを抱きかかえ、その場を後にした。

 

 

 

―――

 

 

 

「ねー、せんせー知ってるー?」

「何ですか?」

 

 そして翌日の事。

 軽い筋肉痛に顔をしかめつつも教室に顔を出す。

 

(……茶々丸さんはいないのか)

 

 小柄な女生徒の話を聞きながら、見ればエヴァンジェリンは出席しているが、茶々丸がいない。

 まあ昨夜の戦いが終わったのは夜も遅かったし、修理に時間がかかっているのだろう。

 故郷でも自動車が故障した時、修理には一週間くらいはかかっていたし。

 むしろエヴァンジェリンさんの回復力がおかしいのだ。

 

(あれ、じゃあその間は欠席しないといけないから……どういう扱いだろう? ケガみたいなものだし、病欠で良いのかな……)

 

「――で、あれ、せんせー? 聞いてるー?」 

 

(いや、そもそも誰が治してるんだろう? エヴァンジェリンさん……は、無いか。ハイテクは苦手だって言ってたし。その人の所にも挨拶に行ったほうがいいかな……)

 

 無論、聞いていない。

 生徒の言葉は完全にシャットアウトされている。

 ここがネギ•スプリングフィールドの欠点というか、玉に瑕というか紙一重というか、集中してしまうと自分の世界に入ってしまうことがある。

 並列思考、マルチタスクが使えれば良いのだが、有繫にそんな技術はもっていない。

 ゆえに、そんな彼を現実に呼び戻すには――

 

「こら」

「あたっ」

 

 直接的な刺激である。

 

「さっきから話してるわよ、かわいそうじゃない」

「え? あ……すみません、聞いてませんでした。何でしたっけ」

 

 偶然近くにいた明日菜の軽いチョップで目を覚ましたネギ。

 改めて聞くと、小柄な女生徒は少し頬を膨らませながらも、もう一度話してくれた。

 何でも――

 

「都市伝説?」

「そうなんだよ! 新しい都市伝説! 先輩達が見たって話なんだけど!」

「はあ……図書館島の魔物とか吸血鬼とかは聞いてますけどねえ。で、いつ、何を見たっていうんですか?」

「それが最近も最近! 昨日の夜だって!」

「き、昨日の……」

 

 いくらなんでも情報早すぎやしないか、とかそれもう心当たりあるな、とか。

 ともかく、さあっ、と血の気が引いていく。

 まさか、バレたのか? と不安になる。

 あの橋の破壊痕だけならまだしも、もし、そこから去る僕達の様子が見られたとしたら――

 

(い、いや、元はと言えば父さんの責任だし、そもそもエヴァンジェリンさんを御しきれなかった学園側にも問題が……うん、オコジョで決まりかな)

 

 自然と遠い目になってしまうネギ。

 

「……分かりました。もう覚悟は出来ています。話してください」

「ね、ネギ……、いや、そうじゃなくて」

「良いんです、明日菜さん。最悪でも、明日菜さんには被害が及ばないように――」

 

 どうやら明日菜さんはもう噂の内容を知っているらしい。

 マギステル•マギを目指すものとして、英国紳士として。

 せめて明日菜さんだけは守り抜こうと誓い――

 

「なんと吸血鬼に続いて今度は狼男が出たんだって!」

 

 ――誓う必要は無さそうだ。

 

「え、今なんて?」

「狼男だよ狼男! いやー、これはもしや決戦の予兆? まさか吸血鬼対狼男の仁義なきバトル? よもや麻帆良学園でヴァン•ヘルシング!? もはやスーパーマホラ大戦待った無し!? きゃーっ!」

「おおかみ、おと、こ……?」

 

 狼男。

 あるいは人狼。

 それって、それって……

 

(小太郎君かぁぁぁーーーーっ!)

 

 人に戻るのを忘れていたらしい(おそらくは)友人に対し、心の中ではあるが、盛大なツッコミを入れる事になった。




ネギま! は2003年の物語。
ヴァン•ヘルシングは2004年の映画。

————!?

つっこまないでください(懇願

誤字脱字や“文章がキモい”とかありましたら指摘お願いします。


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京都疾走珍道中

みんな! 久しぶり! 別に疾走してるわけではないから、これはいわゆる「タイトル詐欺」ってヤツだよ!


 京都。

 薄暗くなった道に響く、二人分の足音。

 

 犬上小太郎とフラン•スプリングフィールド。

 あまり人ごみを好まない気質の二人は、そのため、おそらくは人が少ないであろう夜分にここを訪れたのだが――

 

「――ふう。思ったより人多いな」

「…………」

 

 ぽつり、と誰に言うでも無く零す少年。

 不機嫌そうな眼でぼんやりと辺りの景観を眺める少女。

 

 流石は日本の名所と言うべきか、それとも他の要因も手伝ってか。暗くなってからも尚、京都は人気を保ち続けていた。

 

 古の都と呼ばれるその地は、この現代にあってなお、未だ数多くの神秘を残している。

 日本でも屈指の霊地ゆえ、数多くの妖怪が集まってくるし、幽霊等は存在するだけで力が高まり、一般人にも目視できるようになる。

 むしろあまりにもくっきり見えてしまうため、逆に幽霊だと気付けないほどだ。

 

「……たしか、このホテルだったよな」

 

 当然、半分妖怪である犬上小太郎も、真帆良にいた時よりも調子が良くなっている。

 

「にしても、まんまだな」

 

 ホテル嵐山。

 分かりやすいと言うべきか、あるいは捻りが無いと言うべきか。

 まあかなりの老舗旅館という話だそうだし、あまりチャラチャラした横文字まみれのタイトルじゃあ風情が無い。

 ここは聞こえよく、古き良きと現代の合一と言っておこうか。

 

「おいフラン。行くぞ」

「ん、ああ? ネギ達がいるってのがここか?」

「情報が嘘でなけりゃな」

 

 軽口を叩き合いながら、目当てのホテルに入っていった。

 

 

 

―――

 

 

 

「京都?」

「うむ。修学旅行で京都に行ったネギ君達の護衛に行ってもらいたいのじゃ」

 

 その前日の事。

 突然呼び出された小太郎は麻帆良校長室で依頼の話をしていた。

 小太郎としては、どこの馬の骨とも知れない自分やフランを追い出さないでいてくれるのだからなるべく相手の意に然うようにしたいのだが――

 

「フランも、かぁ……」

 

 それには自分だけでなく、相方であるフランも連れて行ってほしい。というのが少し問題になる。

 

「難しいかのう?」

「まあ、な。アイツの「故郷を元に戻す」ってのはもうほとんど強迫観念みたいなもんだしな」

 

 だから、動かすには「故郷を元に戻す」ための旨味で取引しないと。と、伝えつつ。

 

「つーわけで、そっちからも何かしら出してもらわねえとな」

 

 そう、笑顔で交渉に入った。

 

 

 

―――

 

 

 

 そして今現在。

 ホテルの一室。

 

 中にいたネギは小太郎達が来た事にたいそう驚いていたが、相部屋になっていたアダムは元々知っていたようで特にこれといったリアクションは起こさなかった。

 

 というか、元々学園もこれを見越していたようで、ネギ達に用意されていた部屋は四人部屋だったし、その他にもいろいろと準備が整っていたりと、もう小太郎達がここに来るのは予定に組み込まれていたようだ。

 男女七つにしてとはよく言ったものだが、所詮はことわざ。現代人は未来に生きるのだ。気にする事もあるまい。

 

「で、まあ結局、旅費経費全部学園持ち、加えて帰ったら修学旅行と同じ期間、学園から5人の人材貸し出しってことで落ち着いたんだよ」

「大変だったんだねえ」

「誰が来るかはまだ決まってねえが……まあ、せいぜいコキ使ってやるさ」

 

 交渉の成果を自慢する小太郎。

 適当な相槌を打つアダムは適当に聞き流している。

 

「まあ、そんなわけだ。現時刻をもって、犬上小太郎とフラン•スプリングフィールドはこの修学旅行及び親書引き渡しの任における護衛任務に合流する。……よろしくな、ネギ」

「え?」

「……ん?」

 

 いや、え? じゃなくて、よろしくなって。

 

「あ、ああうん。こっちこそよろしくね、小太郎君!」

「聞いてなかったろテメェ!」

 

 いや、聞いてないのは分かっていたが。

 フランに夢中になっているのを咎めなかった俺に非が無かったとは言わないが。

 どうせ大した事を話していたわけではなかったとは言え流すなよ!

 

「まあいいさ、とにかくそういう事だ。それで、明日からの予定とか打ち合わせておきたいんだけどよ」

「ああ、それなんだけど……」

 

 言い淀み、急に時間を気にし出すネギ。

 

「これからお風呂に入るところなんだ。話はその最中で良いかな」

「へえ? そいつは豪勢だな」

 

 是非も無い。

 

 

 

―――

 

 

 

 かぽーん。

 いや、獅子脅しなんて無いが。

 とにかくお風呂、正確には露天風呂。

 

「なあ、何で杖なんて持ってんの?」

「備えあれば憂いなしって言うしさ」

「取り留めねえなぁ……」

 

 なぜか小さい杖をネギが持ち込んでいたり。

 

「うわ何だアイツでっけえ!」

「ふふ、僕の本気はまだまだこんなものじゃない……!」

「やべえなコレ日本人勝てねえわ……ん? じゃあ俺人間じゃないから大丈夫か」

「考えてみたら僕も吸血鬼だから今ここ人外率凄い高いね」

 

 外国人の圧倒的な戦闘力に愕然としたり。

 

「それにしても人から尻尾が生えてるのって変な感じだね。……これ何所から生えてるの?」

「ああ、なんつーか腰の下辺りから……ってオイ触んな弄んな引っ張るな! ホモ呼ばわりしてやろうか!」

「あ、ごめん。ところでその尻尾何で洗ってるの?」

「TSU○AKIだよ」

「おお。俺っちと同じか」

「あれだとサラッサラになるよな」

 

 最近出番が無かった小動物と意気投合したり。

 野郎三人と一匹でそれなりの盛り上がり方を見せていたわけだが。

 

「……え?」

 

 ガラリ、と戸が引かれる音と共に聞こえてきた女の声。

 見れば、そこには中学生くらいの歳だろうか、黒髪をサイドテールにした女の姿が。

 

「…………」

 

 全員、そろって言葉も出なかった。

 OTOKOYUとかONNAYUとか、もうなにがなにやらである。

 肌が白いな、とか開き直ったり、まさかこれが噂のKONYOKUか!? と現代日本に混浴文化が残っていた事に驚愕していると。

 

「――おい。ンなところで突っ立ってんじゃねえよ、通れねえだろ」

 

 聞き覚えのある声がサイドテールの女の後ろから聞こえた。

 よく見れば女の後ろにも誰かが立っている。

 前の女より背が低いのか、顔こそ見えないものの、そのぶっきらぼうな物言いはフランに間違いなく。

 

「ちょ、待て! フラ――」

「ん?」

 

 サイドテールの女を押しのけたフランがこちらを見て。

 

「よ、よう」

 

 そのキョトン、とした顔が見る間に赤くなっていき。

 

「――アデアット」

「おぁッ、皆逃げ――って、あれもう俺しかいない!?」

 

 何所からか取り出したパクティオーカードを握り潰し、出現させた鋼のガントレットを激しく帯電させ。

 

「全部忘れろぉぉぉーーッ!!」

「ぎゃァァァーーッ!?」

 

 振りかぶった拳を叩き付けた。



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予感がするとかそれ自体が既にフラグ

いつのまにか明けてましたね、新年。


「……なあ、その場のノリでついヤっちゃった、ってのはまだ分からなくも無いけどさ。わざわざ脱衣場に追いかけて来てまでボコるってのはやり過ぎじゃね?」

「あーはいはい、そいまそんでしたぁ」

「反省してねえだろテメェオラァ! 何で二発殴った! 一発目はともかく二発目はどういう意味があったんだ!? 引っ込みがつかなくなったのかアアン!?」

 

 風呂場での騒動から少しして。

 全員がある程度おちついてからの一幕。

 要するにフランからの一撃を耐える事が出来たのでそこから逃げ出せたが、電撃の影響で身体が痺れて逃げ切れずにトドメを刺されたという事だ。

 

 サイドテールの女――桜咲刹那、完全に置いてけぼりである。

 

「まあいつもの事だし、もう良いけどよ」

(いつもの事なんだ……)

 

 そして、半ば諦め混じりの小太郎の言に驚きというよりも呆れを感じるネギ。

 

(……そういえば、僕はこの二人の事を何も知らないんだな)

 

 姉であるフラン。その相棒である小太郎。

 二人はどこで知り合ったのか、麻帆良に来るまではどんな所にいたのか。

 どうして麻帆良に来たのか、麻帆良から何所に行くのか。

 フランはどうして故郷からいなくなったのか。

 小太郎はそもそも何所の誰なのか。

 

(……なんだか、僕だけが除け者にされてるみたいだ)

 

 嫉妬のような感情。

 ネギ•スプリングフィールドは優秀な人間だ。

 裏社会――魔法関係者であるとはいえ、十に満たない年齢にして教職に就き、周りからの手厚いサポートがあるとはいえ、きっちりと職務をこなし、特殊な方法を使った結果であるとはいえ、クラス全体の学業成績の順位を最下位から引き上げた。

 頼れる仲間から力を借りたとはいえ、かの真祖の吸血鬼を撃破した。

 

 しかしそれでも、未だ十にも満たない、子供である。

 精神年齢こそ、少なくとも他の同年代の者よりは上だろうが……しかし、それでも。

 ただの、遊び盛りの、子供である事には変わりない。

 

 母がわりの歳のはなれた姉がいたとはいえ、両親の愛を知らず、一つ年上の友達の女の子がいたとはいえ、その女の子は魔法の学校に通っている為にあまり長い時間は会えず、村全体が家族のようなものであったとはいえ、いつのまにか悪魔の軍勢に滅ぼされ、歳が上がり魔法の学校に通えるようになったとはいえ、持って生まれた才能から他の生徒たちに妬まれ、友達が増える事はなかった。

 一つ年上の姉がいるとはいえ、故郷が滅びた次の日に、姿を消した。

 

 まるで呪いのように、予定調和のように――ネギ•スプリングフィールドは置き去りにされた。

 

 少年、ネギは家族を追いかけている。

 それは父の背中であり、姉(フラン)の見据えているものであり、友達(小太郎)の立っている場所である。

 今度こそ共に歩いていけるように。

 もう置き去りにされる事の無いように。

 

 

 

―――

 

 

 

 そして、置いてけぼりにされた桜咲刹那はいま、湯に浸かっていた。

 大きい露天風呂を独り占めに、夜景と夜空を満喫する。

 くっきりと輝く月が、まるで海に浮かんでいるかのように感じるのは、月に酔っているからか。

 

 ホテル内で繰り広げられているであろうクラスメイト達のバカ騒ぎも、露天風呂には届かないことになんだか可笑しくなり、自然と顔がほころび。

 おそらく明日あたりだろうか、壮年の鬼教師、新田先生から「あまりハメを外しすぎない事」等とクラス全員にお叱りが来るのだろうなと少し憂鬱になり。

 そんな未来が簡単に想像出来てしまう事にまたも可笑しくなり、笑顔がこぼれた。

 暖かい湯に心がほぐれてゆく。

 

(ああ……少しくらいなら、“羽を伸ばしても”良いかもしれないな――)

 

 ――まあ、そんなわけ無いのだけれど。

 

 一人ごちて。

 次に考えたのは見知らぬ二人の事だった。

 以前一度、意識迷彩を被って教室の中に入ってきた黒髪の少年。

 その少年に名前を呼ばれかけていた金髪の少女。確かフランとか、そんな感じの名前なのだろう。

 どちらもネギ先生と同じくらいの年齢だった。

 

(敵……では、なかったようだが)

 

 金髪の少女の、出会い頭の魔法攻撃。

 だというのに空気がひりつくわけでもなく。

 まるで祭りのような、底抜けに明るく、騒がしい雰囲気。

 それは自分の所属するクラスのものにも似たような。

 

(知り合いだったのか……?)

 

 だとしたら味方なのかもしれな――いや、それならば直接間接を問わず、何らかの形で私の所にも連絡がこなければおかしいのではないか。

 ……考えても埒が明かない。

 

「何にせよ、確認をとれば良いか」

 

 …………。

 ……………………――。

 

「まあ……少し位、後回しにしても構わないかな――」

 

 そうだ。少しくらい構わないさ。今夜はこんなにも月が綺麗なのだから――。

 

 ――悲鳴。

 

「――っ!?」

 

 一目散に飛び出した。

 

 方向は女性用更衣室からだった。

 声の質からするに、これはおそらく恐怖、というよりは驚愕の叫びだった。

 虫にびっくりしたとか、急に物が落ちてきたとか。

 そういった、そこまで緊急性の高く無い事柄。日常の延長線上にある他愛の無い出来事。

 

 そうであって欲しいと願う、狂気の域にも届かんとする想い。

 

 密かに持ち込んでいた愛刀、夕凪を掴んで薄い戸を蹴破り、悲鳴の下へ。

 

 この身を盾に。この身を壁に。この身を刃に。決めたのだ。あなたを守ると、この心に!

 

「――お嬢様……っ!」

 

 たった一つ打ち立てた、この誓いすら守れぬのでは、生まれた意味すら無いではないか――――!

 

「――お嬢様ぁあああーーーーッ!」

 

 

 

―――

 

 

 

 しゅるしゅる、と服を脱いでゆく。

 お風呂場の前、脱衣所での一幕。

 

「なーんか、ヤな予感がするのよねぇ……」

「ヤな予感ー?」

 

 私、神楽坂明日菜のそんな独り言に、気の抜けるような間延びした返事をしたのは親友である近衛このかであった。

 ネギが教師として真帆良にやってきて、魔法なんていう非日常の権化みたいなものに首を突っ込んでしまってから、私の世界は一変してしまった。

 まあ、それを後悔しているかといえば、それはそうでもないんだけど……しかし、思っていた以上に魔法が危険なものだとわかってから、周りの味方を変えるようになった。

 

 そう、例えばこの子、近衛このか。

 

「うーん……」

「……? なにか顔についてる?」

「いや、このかはアレね、誘拐とかされるわね。」

「へ!?」

 

 なんでもこの子、実は京都出身なんだそうだ。

 あとたまに刹那さんからお嬢様とか呼ばれてるし。

 その刹那さんはなぜかいつも武器みたいなのを袋に入れて持ち歩いてるし。

 

(あれ、前に一度持たせてもらった事があるけど、やたら重かったのよねー、……本人は木刀だって言ってたけど、ホントは本物の刀だったりして)

 

 おじょーさま、ねぇ? と、口の中で転がすように考察を続ける。

 一見ぽややんとしていて、お嬢様などと呼ぶには自動的にハテナマークがくっついてくるような、第一印象がアホの子に固定されている天然さんだが、少しつきあっていればそういうわけでもないことが分かる。

 天然、というものは聞こえ良く、異性から見れば可愛らしく見えるかもしれないが、同性から見れば少しイライラさせるところがある。

 しかし、近衛このかにはそれがない。

 その理由としては本人の雰囲気とか、言動とか、いろんな要因があるのだろうが……一番はやはり、気品だろうか。

 歩き方とか、焼き魚の食べ方とか、笑い方とか、見ていて人を不快にさせない。何となく育ちの良さが分かるのだ。

 後はまあ、一目見て「あ、これ上等な物だ」と分かる着物を普通に着こなしてたり。

 その格好で黒服のお兄さん達から逃げ回ってたり。

 後になって何で逃げてたのか聞いたら、「望まぬお見合いをさせられるから」だったり。

 

「……いや、ぴったりじゃない」

「え、なにが?」

 

 いわゆる、「フラグが立ってる」というやつか。

 現実には一切適用出来ないマンガ的思考だが、自分が思っているよりも現実はマンガ的だった。

 ならばいっその事、そういう考え方にどっぷり浸かってしまった方が良いのではないかとも思えてくる。

 参考になるかと思ってそういうマンガを読みあさっていたら、最近上がり始めていた成績を落としてネギに怒られてしまったけど。

 

(うーん、どうしよう……適当に言ってたけど、なんか本当にこのかが誘拐されそうな気がしてきたわね)

 

 京都っていえば妖怪とかたくさん居そうだし、陰陽師とかも居そうだし。

 そんなところでお嬢様なんて言われてたらもう、ほぼ決まったようなものじゃない?

 

(それで実はこのかには隠されたチカラがあって、それを巡って悪の組織と大バトル……なんて、さすがにそれは妄想が過ぎるかしらね)

 

 まあでも、きっと何かしら起こるんだろうなぁ。と思い、内心少しだけワクワクしていて。

 そんな事を考えているうちに脱ぎ終わった服をカゴに入れて。

 

「さあて、温泉! このか、いくわよ!」

「うき?」

 

 いや、うき? じゃなくて。

 

「っていうか! 誰がおさるよ!?」

「うきぃ!」

「あすな、それ私じゃなくておさるやえ」

「おさるじゃないったら!」

「いや、あすなの事じゃなくておさるやて」

 

 軽いパニック。図書館島の英単語ツイスターでおさる呼ばわりされたことは割とトラウマになっているのだ、主に恥的な意味で。

 

「――って! そもそも何でここに猿が!?」

「さあ? なぁキミ、どっから来たんやー?」

 

 気を取り直す明日菜。

 どこからか紛れ込んでいた猿に向かってしゃがみ込んで話しかけるこのか。

 どうでも良いが、二人とも全裸である。

 ――寒くないのか。とかは、聞いてはいけないのだろう。きっと。

 対する猿はうきー、と気の抜けた声を上げた。

 

「うきー?」

 

 その猿に呼応するかのように、背後からまた猿の声が上がる。

 

「――え?」

 

 振り向く明日菜。

 その先には猿。――それも、複数。

 

「なに、――これ?」

 

 否。振り向いた先だけではない。振り向く最中にも、天井にも、着替えを入れるカゴを乗せるための棚にも、視界の中、意識の外――おそらくはあらゆる場所に。

 包囲されているのだ。それがたった今されたばかりなのか、これまでもされていたのを、気付けなかっただけなのかは分からないが。

 

(少なくとも今、確かなのは――これは魔法がカラんでるってこと!)

 

 ならば、やる事は決まりだ。

 

(このかを守る! 猿って言ってもちっちゃいし、蹴っ飛ばしちゃえば楽勝でしょ!)

「このか! 伏せ――」

 

 ――て。と、言うや否や。

 口火を切ったかのように殺到する猿の群れはいつかの夜、橋の上で見た狗神を思わせる。

 

「ひゃあああーーーーっ!?」

 

 突如として牙を剥いた――という形容をするには少々可愛らしすぎるが、さっきまで見つめていた猿に、急に飛び付かれたこのかは驚いて尻餅を突き、悲鳴を上げる。

 

「お嬢様ぁあああーーーーッ!」

 

 風呂場につながる戸を蹴破って、桜咲刹那が飛び込んできたのは、それからすぐのことだった。



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