俺の名前は御坂美琴 (はなぼくろ)
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プロローグ
1話


 埃一つない、清潔感すら漂わせる真っ白な床に少年は這いつくばっていた。

 肩で息をしている。額に浮かぶ汗は滂沱のように噴き出している。まるで長距離マラソンでも走破してきたような有様だが、実態は違う。

 実は少年は50mも走っていない。ただ数m程歩いただけ。たったそれだけで少年は精も根も尽き果てている。

 理由は明白だ。肋の浮き出るほど細い胴、肉の無い枯れ枝のような骨だけの両腕、削ぎ落ちたように痩せこけた頬は少年の凄絶なまでな貧弱さを物語っている。

 ここは学園都市構内に存在する大病院が保有するリハビリテーション室、その一画。少年は病人だ。病名は筋ジストロフィーという。

 

 踠きながらもリハビリを再開しようとする少年を鏡張りの壁越しに覗き込む小さな影があった。齢十にも満たない少女だ。少女は肩ほどまで掛かった柔らかく木目の細かい栗毛から突出したアホ毛を触覚の如くピコピコ揺らしながら、あどけない丸く大きな瞳で少年をただ見つめていた。

 

「彼は筋ジストロフィーという病気に罹っている」

 

 少女の隣に立っていた白衣の男が呟くように言った。少女は振り返らず頷いて先を促す。視線の先には、手摺をよじ登ろうとして再び床に転がった少年がいた。

 

「筋肉が徐々に低下していく病気でね。彼はそんな理不尽な病を背負って生を受けた」

 

 何が理不尽かは言うまでもない。生まれた時から満足に歩くことも出来ない。人間として当然に出来ることが出来ない。選択の余地なく、彼が悪い事をした訳でもないのに、彼はそういう風に生まれてしまった。

 そんな現実に抗うように少年は手摺に縋り付く。薄っぺらで脆弱な肉体から振り絞った無けなしの体力で彼は立ち上がった。そして小鹿のように震える足を今にも折れそうな両腕で支えながらリハビリを再開する。

 

「執念で彼は病気と戦っている。毎日、ああして努力を欠かさない」

 

 男は言いながら、少年から目を逸らした。現実を知っているから、居た堪れなくなったのだ。

 

「しかし、たとえどんなに努力しても筋力の低下は止まらない」

 

 リハビリをどんなにしても、病の進行スピードの方が早い。焼け石に水、とまでは言わないがそれは現状維持程度のものでしかない。そして、現代医療にも根本的な治療法は無い。

 少年はやがて立ち上がることすらままならなくなる。心筋は弱まり自力で呼吸も出来なくなり、死ぬ。

 どん詰り。それが彼の末路。

 

 少年の絶望的未来を男は努めて、淡々と少女に告げた。少女は振り返らず先程と同じく頷いて先を促す。それを見て男は「だが」と続ける。

 

「君の力を使えば彼らを助けられるかもしれない」

 

 少女は『電撃使い』と総称されるチカラを持っていた。異能開発を進める学園都市でのカリキュラムよって得たチカラ。

 それを解明し、埋め込むことが出来れば筋ジストロフィーの克服に繋がるのだと男は言う。

 

「君のDNAマップを提供してもらえないだろうか」

 

 男の言葉を受けて、ようやく少女は男に振り返った。真っ直ぐで無垢な目を向けて口を開く。

 

「そうすればあの子は歩けるようになるの」

「可能性は高い」

「あの子は死なずに済むの」

「全霊で努力する」

「他の子達は」

「助けてみせる」

 

 そう。と呟いて少女は再びリハビリに励む少年を見やって、何かを納得するように頷くと、男を見やって言った。

 

「だが断る」

 

 少女の名は御坂美琴。学園都市第6位の超能力者である。

 

 

 

 

 ひっじょうに馬鹿げた話なんだが、俺には前世の記憶って奴がある。まあ、テンプレとか言っちゃったら仕様が無い話ではあるんだけどね?どうか清聴して欲しい。

 

 俺が最初にこの世界で目覚めた時はまだ物心がつくかつかないかってくらいの頃だ。つまりベイビー。推定精神年齢が30超えるくらいの俺にとって、おしめを換えるという儀式は何にも耐え難い屈辱であった。くっ殺せ。

 推定。というのも俺自身、前世の記憶ってのもかなり朧気でその当時の人間関係とか出来事とかさっぱりな訳さ。だからいつ死んだとかも分からん。トラックに轢かれたってのはないんじゃないかな。確証はないけど。そうそうあることじゃないし、ねえ。

 

 ただサブカル方面な知識とかは残ってるわけ。残ってるのが俺の人生の事よりサブカルすか、前の俺が如何にしょうもない奴だったかがよぉく分かるな。さっきテンプレがどうとか言ってたのもこの無駄なサブカル知識のお陰だ。やったね。

 

 でだ、問題はそんなとこじゃない。正直言って前世持ちなんてのは現実にもある話だ。いや確かにそうそうは無いけど、眉唾かもしれんが、割と有り得るかもしれない話な訳だ。そういう事にしておく。

 だけど、自分がまさか漫画や御伽噺の世界の住人になるとは思わんだろう?

 御坂美琴。漫画やアニメに詳しい奴なら一度は見聞きしたことがあるであろう有名なキャラクターだ。とある魔術のなんちゃらって作品に出てる。ん?科学だっけ。まあいい。それが今世の俺らしい。

 同姓同名かと思ったけども、幼いながらも俺の容姿にはネットで見かけた彼女の相貌の面影がある。テレビにも本作品の舞台になる学園都市ってヤツのCMあったし。もう確定的に明らかだわ。

 

 話を戻そう。この際、架空のキャラクターになるのはいい。前世の記憶なんてないし、前の世界に戻りたいって気にもならん。寧ろ今世は今世で御坂美琴をエンジョイしてやんよってのが俺の考えだ。

 ただし問題がある。テンプレ通りならばだ、予備知識を駆使してハッピーエンドあぁんど無双ってのが筋だ。予備知識があればな。

 前世の俺の浅学を恨むぜ......。知らねえんだよなあストーリーを。魔術サイドがどうたら科学サイドがどうたら、さっぱりだ。ミコっちゃんが電気ビュンビュン飛ばす自走砲台だってことくらいしか知らん。

 そこそこ不幸な目に遭ってた気もするんだがイマイチ思い出せない。気分としては裸で地雷原にほっぽり出された気分。どこで地雷を踏むかが分からんのだよなあ。怖い。怖いが、何とかするしかない。

 

 問題といえばもう一つある。御坂美琴はそれはそれは可愛い女の子だ。俺の体もその片鱗を表しつつあるちっちゃな女の子。じゃあ俺の精神は?一人称で薄々気付いた連中も多いだろう。おっさんだ。性同一性障害になるんですかねこれ。

 

 ともかくだ、身体は女の子、頭脳はおっさん。はっちゃけオリ主みこっちゃんの冒険はこれからだ!




初投稿です。
勢いで書いた。暫くはやる気があるので書くけどその内失踪する予定。
シスターズどうすんだてめえぶっ〇すぞって方は落ち着いて欲しい。プロットならあるから神妙に待って、どうぞ


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2話

ええ、プロットの修正につき大幅な内容修正と加筆行いましたのでご了承ください。


 学園都市。東京西部を切り拓く巨大なこの街は、外部より数十年は進んだ最先端技術が研究・運用されている研究施設の集合体であると同時に教育機関としての面も兼ねている。

 そんな科学の街での教育テーマはずばり『超能力開発』だ。

 

 サイコキネシス、パイロキネシス、テレキネシス。過去に存在を指摘されながらも、誰ひとりとしてその存在を確証できる証拠を掴めなかったそれが学園都市内においてはさも当然のように行使されている。

 今まで夢物語であったそのチカラを求めて、実に180万人もの学生達が学園都市で日々アタマの開発に取り組んでいるのだ。

 

 だが、誰もがスーパーヒーローのような力を手に入れられる訳では無い。何事にも才能と呼ばれるものがあるように、超能力も例外では無い。寧ろそれは顕著で、スプーンを曲げる程度の能力からビルを吹き飛ばす程の能力まで、能力者の実態はピンキリだ。学園都市ではそれらの質をレベル0から5までの六段階で評価している。

 中でも最上級の能力を持つレベル5は学園都市においても未だ6人しか存在しない。

 

 

 

 

 そんなかなりシビアなことを教壇の先生にかなーりオブラートに包んで言われた。

 変なとこで現実味があって説得力があるが、難しいことのよく分からない小学生キッズ達は「分かりましたかー」と聞く先生に対して元気いっぱいに「はーい」と叫んだ。きっとこのガキ共は先公の言ったことの一割も理解出来てないだろう。取り敢えず返事しとけの精神だ。

 

 お察しの通り私は学園都市構内の小学校にいる。親がそこそこ金持ちなおかげで結構上等な学校に入学できた。殆ど家にいない様な親父だったが結構稼いでるらしい。何の仕事してんだか。

 

 ああ、前もって一人称は『私』に変えた。だって自分のこと俺とか言っちゃう女子ってなんか痛いじゃん?別にその手のアイデンティティを否定する気はないが三十路のおっちゃんはやっぱ周囲の目とか気にしちゃう訳なんだ......。

 

「ねえねえ、みこっちゃんはどんな能力が欲しい?」

 

 先生の長ったらしいお話そっちのけで、隣の席の幼女が先公に聞こえないよう口元に手を添えながらこっそり声を掛けてきた。

 彼女は佐藤花子ちゃん。ショートボブの黒髪と人懐っこい笑顔が可愛らしい女の子だ。

 彼女と出会ったのは、学園都市内の学校への入学に当たって能力開発を受けてもらうとして小難しげな施設に押し込まれた時だ。そこでは何かしら検査されたり頭に謎の装置を取り付けられたりしたわけだが、当然そこには私以外の入学希望者いたわけだ。それも大量に。

 やっぱり異能の求心力というのは凄まじいらしい。自分の番がくるまでかなり時間が掛かった。彼女と仲良くなったのはそんな折だ。暇な連中同士、馴れ合った訳です。

 

「んーとねぇ。ビリビリをビュンビュンしたい」

「なぁにそれぇ」

 

 クスクスと鈴を転がすように笑う花子ちゃん。わ、笑わなくたっていいじゃない。子供にも分かるよう頭を振り絞って意訳したんだぞ!

 

「じゃあ花ちゃんはどんなのが欲しいわけ?」

「あたしはねぇ、プリ〇ュア!」

 

 いや、流石にプ〇キュアは無理じゃねえかな......。

 先公の話を聞く限り、能力というのは決して望んだものを手に入れられる訳では無いらしい。ぶっちゃけランダムだが、取得した能力に不満を持つ人間は少ないという。というのも超能力開発で得られる能力というのは本人の気質、先公は『自分だけの現実』と呼んでいたが、それに影響されるらしい。要は本人にとって適した能力が発現するということだ。

 

 それを聞いて私に一抹の不安が過ぎった。私の精神は本来の御坂美琴のものではないからだ。本来のモノからとは逸脱した『自分だけの現実』では、上手く能力が発現しない可能性だってある。はっきり言って、この先生きのこるには最低でも本来の御坂美琴以上のチカラがいる。地雷がどこにあるかも分からねー状況では自身の戦闘能力が生命綱だ。

 とはいえ、実はそこまで不安というわけでもない。何故なら私には御坂美琴の頭脳があるからだ。才能と言ってもいい。ソフトが杜撰でもハードが良ければある程度のパフォーマンスが見込める筈だ。

 最悪、能力が発動しなかったとしてそれが逆にフラグ回避に繋がることだってあるかもしれない。

 

 まあなんにせよ、人生で思い通りになることは少ない。重要なのは、あらゆる想定をしつつ、偶然を活かすことだ。

 

 なんやかんやコソコソと花ちゃんとお喋りしていると、他の子供達が俄にざわつき出した。

 どうやら今から『身体検査』を行うため体育館に移動するようだ。『身体検査』といっても身長とか体重を測るわけではない。言ってしまえば能力の検査だ。系統とかレベルが分かるらしい。そりゃ盛り上がるわな。

 

 

 

 

 終わってしまえば『身体検査』の内容は悪くなかった。といっても能力系統の診断が終わっただけで、まだ『身体検査』自体が終わった訳では無いが能力の発現自体は上手くいったようでホットした。

 やれることをやってみろって言われたんで本来の御坂美琴をイメージして能力使う自分を強く想像すると出来た。

 といっても、いきなり大技を出せたとかいうのではなく手元でスタンガン宜しく小規模な放電を起こせたくらいだが。

 まあ、能力が御坂美琴と同じく発電能力であることは喜ばしい。今のままでも護身用程度の実用性があるしね。

 

 後日、もっと精密な検査があるらしい。そん時に自分の今んとこの能力スペックが分かるという。レベル判定はそこで行われるんだと。診断を行ってくれた担当のおっさんが渋い顔してたのが気になるけど、まあなんとかなるだろ。

 

 花ちゃんにせがまれたのでビリビリを見せてやると喜ばれた。

 花ちゃんは今回の『身体検査』では能力は発現しなかったようだ。一応、診断では透視能力の系統だという結果が出たらしいが。要するにレベル0__『無能力者』相当の能力強度だったということだろう。

 『無能力者』といっても本当に無能力ということは稀だそうだ。ただ能力の影響力が弱過ぎて表面上は発現しているように見えないだけで、鍛錬次第ではレベル2とか3相応まで引き上げることも可能だ。

 だが、見えない成果のために努力を続けられる人間は少ない。能力の発現にはある程度、自信が必要になってくる。能力を当たり前に使えるという確信、無能力者ではその確信を得ることは普通は無理だろう。だから一般的に無能力者は無能力者のままで終わってしまうという。

 

 花ちゃんにはそうなって欲しくないが、私が例えどんなに言葉をかけても結局のところ、それは花ちゃんの問題だ。

 頑張って。そう言うのは簡単だが、実際に能力を発現させている私が言うのは彼女からすれば皮肉にしか聞こえないかもしれない。小学生相手に考え過ぎかな?でも友人として大人として、責任のないことは言いたくなかった。

 

 結局、私は残念がる彼女に対して曖昧に笑うことしか出来なかったのだ。

 

 

 *

 

 

 その研究者の男は目の前に示された見知らぬ数値に眉を顰めた。不快というわけではない、寧ろ興味深い。眉を顰めたのは深く考え込むときの男の癖だった。

 

 能力の系統は能力者の発する脳波領域、『AIM拡散力場』の数値から推測することが出来る。というのも同系統の能力者の発する力場は似たり寄ったりの数値であるという統計があるからだ。

 しかし目の前の数値は男の知る限りのどの数値とも類似性を見い出すことが出来なかった。

 稀にだが、この手の能力者はいる。どの系統にも属さない、特有の力場を持つ能力者。

 

 手に負えない。能力開発のカリキュラムは能力系統に応じた適当な内容を能力者ごとに割り振らなければならない。だから、こういう未知の能力を持った能力者にはカリキュラムを決めるに当たって面倒な手順が必要になる。

 

 優秀な科学者が必要だ。能力開発に深い理解を持ち、未知に対してあらゆる理論を用意できる人間が。

 男は人選を慎重に決める必要があると思った。事は重大だ。

 彼が臆病になるのも無理はない。実は個人のAIM拡散力場の数値からは、能力者の成長指数も分かる。ただし、あくまでもそれは順当な成長を遂げた場合の期待値だ。指導を誤れば、それは机上の数値と成り果てる。

 ならば、7人目のレベル5となるかもしれない人材を前にして慎重になるのは科学者として当然のことだろう。

 

 適当な科学者ならいることにはいる。いや『一族』というべきか。彼らは科学者として優秀な職能集団だ。ただし、人間性を除いて。

 科学には時として負の側面が存在する。戦争を糧として急激に成長するように、科学は発展の為に多大な犠牲を要求してくる。そこに倫理や道徳は存在しない。あるのは、人間を素材としてしか見なさないような徹底した合理性だ。

 だが当然のことながら、科学者とて人の子だ。如何に合理的思考に染まった科学者とて人間性がストッパーとして働いて『最後のライン』を越えることは無い。

 そんな人間としての最後のラインを、その一族は嗤いながら越えてゆく。人間として最低限度の矜持すらも踏み躙り、血と肉と骨を要求する。

 負の科学。その権化のような一族。

 

 人間としての男の理性が決断を躊躇させる。未来ある少女の将来を、悪魔に明け渡していいものなのか。

 同時に、科学者としての男の合理性がそれを正しい事だと告げる。

 

 男は手元の資料に載った栗毛の少女の写真を見た。

 数秒の逡巡。

 

 そして、男は整頓された鏡張りのデスクにある受話器を取った。

 この科学の街では、割り切りが重要であるということを男は知っていたからだ。

 




初投稿です(挨拶)
能力も性格も違うとかどこに美琴成分あんだよぶっ〇すぞと思ったあなた!ホンへ突入までもちっと待って欲しいのじゃ。あと数話だから
感想と評価どしどし待ってるぜ!(自己顕示欲)


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3話

この話を読む前に、3話投稿時点で既に2話を読んでいる読者方はもう一度2話を読み直していただきたい。
プロットの修正につき内容を大幅に変更しているため、3話との齟齬が生じる可能性があります。

既に修正してある2話は読んだという方は先へどうぞ




 動悸が激しい。頭の奥がズキズキする。自分ではどうにもならないそれらが堪らない程不快で、時折、頭の中に指を突っ込んで脳味噌を掻き回したい衝動に駆られる。

 

「殺しなさい」

 

 背後にいるスーツに身を包んだ妙年の女が肩越しに耳元で囁くように言った。垂れてきたウェーブのかかった赤毛の長髪が頬をくすぐる。

 

「殺せば楽になるわ。躊躇う必要なんてないのよ?」

 

 出来の悪い子供を諭すような、ちょっと困ったような女の声音が麻薬のように脳に浸透する。まるでそれが正しい事なのだと、根拠なく信じてしまいそうになる。

 

 なんでこんなことになったんだっけ。朦朧とする意識の中で、記憶を辿ることを試みた。

 自分を失いかねないこの状況で、自己の存在を確かめるように、意識の奥に潜り込んでゆく。

 

 

 

 

 学園都市は広大だ。耳にした話だと東京都の三分の一程の大きさだとか。東京ドーム換算でどんくらいだろうか。いっぱいかな。

 ともかくそんなデカさをほこる学園都市には土地を分割して作られた23個の学区が存在する。

 それぞれの学区にはそこの街並みを決定づけるような特色があるらしく、例えば第6学区には学生向けのアミューズメント施設があつまっているし、第3学区は兵器開発などを頻繁に行っている工業地帯だ。

 

 どちらにせよ、だ。私がいるこの第10学区に決められたテーマがなんであれ、そのテーマはきっと『世紀末』って意味に違いない。

 

 学園都市における犯罪発生率ナンバーワン。福岡県民も真っ青な武装蜂起集団の根城。少年院やら屠殺場とか社会のあらゆる負の部分を片っ端から詰め込んだ学園都市の掃き溜めだ。

 

 なんで私がそんなとこにいるかっていうと、ここに精密検査を行う予定の研究施設があるからだ。

 

 帰ろっかなマジで。普通こんなとこに小学生一人呼ぶか?責任者の顔が見てえわ。

 

 そんな感じで殺風景な駅前の広場で呆然としてると目の前に真っ赤なスポーツカーが止まった。車についてあんまり詳しくないが、えらく高げだ。

 

「君が御坂美琴ちゃん?」

 

 車窓越しに運転手の女が声を掛けてきた。黒のレディーススーツに身を包んだキャリアウーマンって感じのヒトだ。

 

「そうですけど、どちら様ですか」

 

 名前を知ってるからって油断してはいけない。ここは修羅の国、知らない人に着いていったら駄目なのです。

 

 若干腰が引き気味な私の姿を見たためか、その女は可愛らしいモノを見たかのように微笑んだ。

 

「賢い子ね。でもそんなに怖がらなくたってもいいのよ。私の名前はテレスティーナ。前もって連絡していた筈だけれど、どうかしら?」

 

 はい。連絡受けてます。ちょっとほっとした。

 テレスティーナさんは今回から私の能力開発の担当者になってくれる方だ。彼女の研究所が第10学区にあるらしく、今日この時間に駅前で落ち合う約束をしていた。

 カタカナネームだからハーフだと思ってたんだけど、そこまで顔の彫りは深くない。ハーフは白人とかだと血が強すぎて欧米風に近付いちゃうんだけど彼女はそうでもないようだ。美人には違いないんだけどね。理知的な顔つきに眼鏡がクールだ。

 

「はい聞いてます。今日から宜しくお願いします」

「うん、よろしくね。じゃあ早速行きましょうか」

 

 それを聞いて私は後部座席に乗り込もうとしたが、テレスティーナに止められてしまった。

 

「後ろに乗っちゃったらお喋りしにくいでしょ?」

 

 なるほど、一理ある。私自身聞いておきたいことが幾つもあるし誘いに乗ることにした。運転座席の隣に座るとテレスティーナは私に向かって微笑みかけてくれた。

 彼女のフランクな態度とこちらを気にかけてくれるような微笑は、初対面で緊張している私にとっては嬉しいものだ。少なくとも、堅く他人行儀な態度を取られるよりも遥かにいい。

 

「能力開発ってどんなことするんですか」

 

 道中、私はテレスティーナにかねてより聞いておきたかった質問をすることにした。

 ん?聞かなくてもどうせ後から分かるだろって?女の子には心の準備ってヤツが必要なんだよ。

 

「色々よ。『身体検査』の結果を読ませてもらったけど、美琴ちゃんは発電系の能力を持っているのよね」

「そうですけど、私はちょっとしか電気起こすことが出来なくて、少し不安なんです」

 

 と、手元で電気をビリビリさせる。色々と前もって訓練したかったが、集団生活を強いられる小学校の寮では監視の目が強くて出来なかった。能力使って遊んでた子供がいたが、しこたま怒られてた。いくつになっても怒られることに慣れない小心者の私には、ちょっと試すのは無理だったよ。

 

「あなたくらいの年の子ならそれでも充分よく出来ている方よ、自信を持っていいわ」

「そうですかね」

 

 やっぱ褒められると照れるな。いくつなってもこういうのは慣れないわ。慣れないことだらけか私は。精神年齢40くらいの癖に。

 

「取り敢えずは、そうねえ。『電撃使い』としての訓練をあなたの成長速度に合わせて一通り受けてもらうわ」

 

 『電撃使い』とは発電系能力者の総称のことである。こういうネーミングって誰が考えてんだろ。ご苦労なことである。

 

 それはそれとして『電撃使い』としての基礎訓練は望むところだ。何事においても基礎というものは侮ることは出来ない。武術家にしろ技術者にしろ、そのトップレベルの技能の根幹を支えるものは徹底した基礎訓練によって築きあげた強固な地盤だ。基礎をやらずして応用など以ての外。その点は能力者だって変わらない。

 能力を使って出来ることの幅も広がるし、年甲斐もなくワクワクするな。

 

「ただし、その前に一つ約束して欲しいことがあるの」

 

 浮かれた調子の私の内情を見抜いたのか、声色をちょっと緊張させてテレスティーナは警告した。

 

「私の言ったことはちゃんと聞くこと。今は分からないかもしれないけど、あなたの持つ能力はともすれば人を危険に晒す可能性もあるの。そんな不慮の事故が起こらないように、あなたの為にも他の人の為にも、私の命令には従うこと。いい?」

 

 尤もな事だ。当然のことながら、能力は使い方次第では凶器になりうる。彼女のような大人からすれば、私みたいなガキが能力を持つのは 、何をしでかすか分かったもんじゃない異常者が拳銃を振り回してるのと同じように感じるんだろうな。

 私はテレスティーナの言葉に神妙に頷いた。

 

 

 

 

 能力開発は順調に進んでいる。最近ではバトル漫画でよくやるような電撃の槍を飛ばすような芸当も出来るようになった。戦闘能力マシマシだ。

 テレスティーナの出す課題は有意義だが、それ以上に私の学習能力が高い。いや御坂美琴の、というべきだろうか。なんにせよ私の脳味噌はまるでスポンジのようにあらゆることを吸収していく。だってテレスティーナの出す課題をものの30分とかけずにクリアしていっちゃうんだもんな。自分の才能が恐ろしい。

 

 ただ、そっちの方は順調なんだが別なことで悩みがある。

 佐藤花子ちゃんのことだ。彼女はここ数週間、学校に来ていない。彼女の部屋を訪ねても返事もないし、教師に聞いても答えは不明瞭だった。彼女がこうなった理由は分からないが、思い当たる節ならある。

 花ちゃんは能力開発が上手くいかないことを悩んでいた。私はそのことに気付いていたが、彼女の問題だとして相談に乗らなかった。

 大人ぶって、適当な理由をつけて避けていたが結局のところ、私は怖かった。花ちゃんの心の傷に触れて嫌われることが怖かったんだ。

 花ちゃんは私がこの世界に生まれて、初めて出来た友達だ。

 

 言わなかったが、前世での記憶が無い俺は言いようもない孤独感に苛まれていた。

 だって、俺が俺であるための確固たるバックボーンがどこにもない。どうやって生きてきたのか、何を成したのか、どういう人達と触れ合ってきたのか、俺の親はどんな顔をしてたのか。何も知らない、何も無かった。

 俺にあるのは俺が御坂美琴だという事実と、それに付随するモノだ。それだって、俺のモノじゃない。俺のモノはこの世界のどこにもない。俺は一人で、裸のままこの世界に放り出された。

 そんな悩みを抱えていた俺に話しかけてきてくれたのが花ちゃんだった。この世界で、俺が俺であるための確かなモノは花ちゃんとの記憶に他ならない。俺にとって、佐藤花子という女の子は特別な存在なんだ。

 

 また会って、話がしたい。くだらない話でいい。嫌われてもいいから相談に乗ってあげたい。また彼女を一目見たい。

 たった数週間会わないだけで、ここまで自分という存在が震えるとは思わなかった。少し、自己憐憫に走りすぎたな。

 

 少し暴走したが、多分この問題は時間が解決してくれると思う。なら私に出来ることは彼女が戻ってきた時に、優しく彼女を迎え入れてやることだろう。

 

 

 

 

 混濁した意識が美琴の中に戻ってくる。

 相変わらず頭痛は収まらないが、霞んだ視界はいくらか明瞭になった。その瞳に確かな意志が宿る。

 

 意識がまだある彼女を見て、テレスティーナは舌打ちした。大声で他の連中に何かを指示を出したようだったが、思考が定まらない美琴にはそれがなんなのかは理解出来なかった。

 

 助ける。その執念だけが、長時間の拘束と監視によるストレスと薬物による意識の混濁、耳に挿されたイヤホンから耐えず流れるキャパシティダウンによる耐え難い苦痛、それらのせいで極限状態に陥った御坂美琴を、その中に宿った魂を繋ぎ止めている。

 

 彼女の視線の先には、美琴と同じく金属製の拘束イスに縛り付けられ憔悴した佐藤花子の姿があった。

 




誤字報告ありがとうございました!

主人公が感じたのは所謂、バブみ


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4話

ちと私事が忙しくて投稿遅れました。すまそ。

てか、いきなりお気に入り登録が増えてて草。


 RSPK症候群。一般に言われるポルターガイスト現象を指す用語だが、学園都市内においては既に原理は解明されている。

 その正体は、精神状態に不全をきたした能力者が自らの能力を無自覚に暴走させる現象、または状態のこと。

 

 個々の現象は能力により様々で規模も統一性はないが、能力者本人のバイアスの掛かっていない暴走状態の能力は何よりも『自分だけの現実』を顕著に体現していると考えられるため、能力研究においてかなり注目されていた分野だった。

 

 しかし、現在においては暴走能力の研究は頻繁には行われていない。

 というのも能力の暴走は能力者自身に大きな負担をかけることになるからだ。

 能力の暴走には能力者のアイデンティティ、『自分だけの現実』が崩壊する程の精神的ショックが必要になる。ともすれば、能力が永久的に失われる可能性も有りうるのだ。

 

 摂取することで、手っ取り早く能力者を能動的に暴走状態にさせる『体晶』と呼ばれる物質も開発されているが、フィジカルへの致命的な後遺症を残す副作用が確認されているため、能力研究に用いられることはあまりに少ない。

 

 つまり、どうやっても暴走能力は研究素体である能力者に大きな犠牲を強いることになる。だから、まともな研究者には能力の暴走を意図的に起こそうと考える者は少ない。

 

 正気なら、だが。

 

 

 

 

「それじゃあね、美琴ちゃん。体には気を付けるのよ。それと、ご飯はしっかり食べること!イヤになったらいつでも帰ってきていいんだからね!」

 

 一児の母というには少々若過ぎる見てくれの私の母さんは、それじゃあねと前置きしたにも関わらず、結局心配になったのか色んなことを捲し立てた後、最終的には私を抱いて泣き出してしまった。

 

 他の子にそんな母の痴態を見られるのはちと恥ずかしかったが、まだ小学生程度の我が子を一人学園都市に置いていく彼女の心中を思えば仕方が無いと思うし、何よりもこんなに自分の事を気にかけてくれる人が居るということにが単純に嬉しかった。

 

 大丈夫だよ母さん、と気丈に言葉をかけて母を宥める。ゴメンねと私を離して涙を拭ったその顔はやっぱりまだ不安気だった。

 

 本当に、いい母親だと思う。こうしていると、時々無性にその母性に甘えたくなってしまう。

 だが、彼女は俺の母ではない。娘を心の底から思いやる彼女は、娘の心の中に本当は見知らぬ他人がいると知ったら、どんな顔をするのだろう。

 

「でねでね、お母さんはね、まぁた同じこと言うんだよ!?分かってるって言ってるのに!あたし、もう小学生なのに」

 

 そう心配性の自分の母親のことを愚痴る花ちゃんは、どこか嬉しそうだった。愚痴というよりは惚気に近い。

 私も身に覚えがあったので、これに同意して私達はお互いの家族の話で盛り上がった。

 

 ただ、その時の私は無償で甘えられる家族のいる花ちゃんが途轍もなく羨ましく思った。

 

 あれ?なんでこんなこと思い出してるんだっけ。ああ、なんだ。これは、ただの夢だ。

 

 

 

 

 ふと目を覚ますと、視界に広がる見知らぬ真っ暗な空間に寝ぼけ気味の頭は混乱した。私、いつの間に寝てたんだ?

 前後の記憶が曖昧だ。確か、私はいつもの様にテレスティーナのいる研究所に能力開発を受けに行っていた筈だ。その日のノルマを終えた後、帰宅の準備をしようとしてテレスティーナに呼び止められた所まで記憶があるんだが。

 

『やっと目を覚ましたようね』

「 .........テレスティーナさん?」

 

 光一つない暗闇の中で響くスピーカー越しの声は、確かにテレスティーナのものだった。実験中には彼女はこうして別の部屋から私に指示を飛ばしてくる。

 じゃあ終わったというのは思い違いで、私は寝落ちしてたとか?

 

 そう考えながら身動ぎしようとして、自分の有様を触覚で認識してギョッとした。

 拘束されている。私の小さく細い脆弱な手足や胴などを、革状のベルトのようなもの(鉄製の手錠とかでないのは私の能力対策のためだろうか)で私の座る硬く冷たい椅子に痛いくらいキツく縛り付けていて、腰を少し浮かす事も儘ならない。

 

「あの、なんですかこれは。ハズしてくれませんか」

『これから行うのはあなたの能力を解明するのに必要な、とても重要な実験です。是非協力をお願いしますね』

 

 私の切実な要望を無視して一方的にテレスティーナはそう告げてきた。

 協力?強制の間違いじゃないのかこの状況は。というか私の能力は『電撃使い』じゃないのか。

 糞。情報が整理できない上、何故か頭の中で靄がかかったように不明瞭でうまく集中できない。

 

「.........私になにをさせたいんですか」

『大丈夫、そう難しいことじゃあないわ』

 

 テレスティーナがそう言い終わると同時に目の前で突然人工的な光が射した。

 強烈な光は暗闇に慣れた目を容赦無く焼いて、眩しさに思わず目を瞑ってしまった。

 

 目を瞑る瞬間、一瞬明るくなって見えた空間に、何かあるのが分かった。目を細め、光に目を慣らしながらソレを凝視する。

 ボヤけた輪郭が徐々に形を取り戻していく。ソレは人だった、私と同じく椅子に縛り付けられた。体格は小さく華奢で私と同じくらいの歳だろうか。顔は、目隠しされ猿轡を噛まされているせいかよく分からない。

 でも、私にはソレが誰なのか分かった、分かってしまった。柔らか気なショートボブの黒髪は珍しい髪型ではないが、そこに飾る様に括り付けられた花柄のヘアピンは彼女が入学祝いに母親から貰ったんだと自慢していたモノだった筈だ。

 佐藤花子だった。彼女が、スポットライトに照らされて暗闇の中で浮かんでいた。

 

 なんで、花ちゃんがここにいるんだよ。

 思わず絶句した私に、テレスティーナは日常会話でもしているかのような軽やかさで言った。

 

『殺せ、と言って。あなたがそう望めば、言葉通りに佐藤花子を処理するから』

 

 その時の私は、テレスティーナは実は別な言語を弄しているのだろうと、本気でそう思った。

 

 

 

 

「冗談ですよね?」

 

 椅子に拘束された美琴はあどけなさを残しつつも、普段は年に合わないような玲瓏な表情を浮かべるその顔に、影を張り付かせながら縋るように訊ねた。

 

『私が今まで実験中に冗談を言ったことがあったかしら?』

 

 そんな美琴に、テレスティーナは微笑すら浮かべる程の余裕でもって答えた。

 

 実際には、実験中にテレスティーナが冗談を言ったことは幾度かあるかもしれない。美琴はそれがどっちなのか知らないし、分からないが、この場での解答においてそんなのはどうでもいいことなのだ。

 つまるところ、テレスティーナは本気で、美琴に佐藤花子を実質的に殺せと言っている。

 それを感じて、美琴の中で黒くてどろどろした、理不尽な衝動が渦巻いた。

 

「巫山戯てんなよアンタ、いいから、外せよコレ」

 

 美琴は普段の丁寧な口調を忘れて、途切れ途切れにそう呟いた。

 

『あなたがやるべき事をやれば言われずとも解放するわ』

「なんで私がそんなことせにゃならないんだ」

『必要なことだからよ。あなたが考える必要は無いわ』

「何を........」

 

『ごちゃごちゃうっせえんだよガキが。モノも考えられねえような糞は大人の言うことを黙って聞いてりゃいいんだよ、ウダウダしてんじゃねえぞコラ』

 

 難色を示し続ける美琴の言葉を遮って、テレスティーナも普段の言葉遣いを忘れたように汚い言葉で罵声を飛ばした。

 

 普段のテレスティーナの振る舞いを知るものが見れば驚くような姿だが、美琴はそこまで驚くことは無かった。

 テレスティーナの普段のフランクな振る舞い、それはテレスティーナ本人がどんな人間と相対していてもリラックスしているということに他ならない。言い換えれば、どんな人間を相手にしてもテレスティーナは相手を見下している。だから余裕がある。

 そんな人間の本性は総じて傲慢で傍若無人。

 

 美琴は経験からテレスティーナの本性はそんなとこだろうとアタリをつけていたが、まさかこんな所でソレを暴露するとは思っていなかった。想定外ではないが。

 

「馬鹿かアンタは。私が、自分から花ちゃんを殺せとか言うわけねえだろ」

 

 殺せと言えば殺す、テレスティーナは佐藤花子処分の号令を美琴に一任している。逆に言えば、美琴が言わなければ佐藤花子は死なない。美琴が花子の死を望む気が無い以上、テレスティーナの目論見がアタることは無い。

 

 NoをYesに変えるために美琴に拷問を行っても、美琴はやろうと思えば自身の脳の電気信号を弄って痛覚を遮断出来る。どんな拷問にも耐えられる自信が美琴にはある。加えて言えば、テレスティーナが美琴にやらせたいことがある以上、美琴を殺すようなこともないだろうというのも想像できる。

 

 佐藤花子の生死はテレスティーナのさじ加減次第というのが懸念だが、テレスティーナがわざわざ美琴にそういう提案をしてきた以上、勝手に佐藤花子を殺すこともしないだろう。

 

 テレスティーナの思惑は穴だらけだというのが美琴の私見だ。

 

「それにアンタのやっていることは犯罪だ。いつまで拘束するのかは知らんが、小学生が2人も失踪すれば学校も外の親御さんだって黙ってない。学園都市外部の警察組織の介入だってあるかもしれない。そうなれば、私との繋がりから足が付いて、アンタはお終いだぞ」

 

 美琴は正論でもってテレスティーナの説得を行い始めた。ただ、それをプロのネゴシエーターが見ていれば危険過ぎて止めただろう。それほど美琴の交渉術は酷かった。

 なぜなら、客観的に見て美琴はテレスティーナを煽っているようにしか見えない。テレスティーナのようなプライドの高い人間は自分より格下だと思っている者に諭されると、すぐに逆上してしまう。生命を握られた現状でそれを行えば、怒りに駆られたテレスティーナに殺される可能性が高いのだ。

 

 一応、怒りを利用する交渉テクニックはあるが美琴はそれを使う素振りは見せない。明らかにテレスティーナの怒りを誘っている。

 実際、そうなることが美琴の思惑だ。

 

 手足を拘束されていても美琴には出来ることがある。能力者の拘束が困難だとされている所以、即ち能力を用いた拘束状態からの脱出。

 テレスティーナもそれを警戒して『電撃使い』対策に鉄製でない頑丈なベルトを用意したのだろうが、美琴にはやりようがあった。

 だから自分だけの脱出は容易だったが、花子の拘束も解除して逃げ出すには少々手間がいる。故に、テレスティーナを怒らせて正常な思考能力を奪って水面下でコトを運ぼうとした。

 

 時間稼ぎのための、交渉の真似事。そのつもりだったが。

 

『何言ってんだ、んなのあるわけねえだろ』

 

 意外にも冷静な、本気で何とも思っていないような声が返ってきた。想像もしてなかった反応に手を止めて呆然とする美琴。画面越しでそれを見たテレスティーナは何故美琴がそんな表情をしたのか少し悩んで、納得したように頷いた。

 

『ああ、てめえは暗部を知らねえのか。なら、ンな頭がお花畑なコトを思ってても不思議じゃねえな』

『学校の方には既に根回しは済んでる。その方面でとやかく言われることはねえんだ。あと、親か』

『「置き去り」って知ってるか?入学金払うだけ払って親がドロンして、学園都市に取り残された哀れなガキの総称だよ。こいつらはどんな扱いにしたって外からなんにも言われることはねえからな、人体実験とかで重宝すんだ』

『つまり、何が言いたいか分かるか?』

 

 

 

 

『おめでとう、晴れてお前らは「置き去り」だ。お前らを心配する親なんて、もうこの世には居ねえんだよ』

 

『ぜぇんぶ、お前のせいだよ。御坂美琴』

 




あと1話くらいでホンへ前の話は終わるかな。本当は今回で終わる予定だったんだけど、何故か長引いた。

あと誤字報告ありがとうございます!すっごいありがたいけど名前出した方がいいのかなこれ


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5話

 

 美琴が拘束を吹き飛ばしたのはほぼ反射に近い。思考がテレスティーナの言葉を解すより先に、体が動いていた。

 

 美琴の手足を縛っていたベルトが蒸発するようにして塵になって消えていく。そんな超常現象を目撃したテレスティーナは躊躇うことなく手元の機器で、ある操作を行った。

 

 同時に美琴のいる広大な室内に設置された巨大なオーディオから、尋常ではない音量のノイズが溢れ出す。

 一聞するとただの不協和音程度にしか聴こえないそのノイズだが、美琴はそれを耳にした途端、沸き起こった頭の中身を掻き回される強烈な不快感に絶叫して床に膝をついて蹲った。

 黒板を引っ掻いたような、扁桃体を震わせる、鋭く、背筋をぞわりと逆撫でする刺激。それが絶えず美琴の鼓膜をダイレクトに叩きつけられてくる。

 そんな中でも能力の行使を試みる美琴だったが、

 

「キャパシティダウンっつうアンチ能力者用の音響兵器だ。こいつが流れている間、お前に能力は使えねえよ」

 

 テレスティーナの言葉を聞いて僅かに躊躇した。

 その隙をついて、側で音も無く待機していた鎮圧要員が美琴の腕を取り押さえに掛かる。能力は兎も角、素の身体能力では大の大人に比べるべくもない、更にいえばキャパシティダウンの影響で平衡感覚にも異常をきたしていた美琴は赤子の手をひねるより簡単に、あっけなく捕縛される。

 そして流れるように首筋に刺し込まれたシリンジから中の麻酔が流注されると、美琴は力なく崩れ落ちた。

 

 美琴の無力化を確認して、テレスティーナはキャパシティダウンを停止させる。データ取りが不十分で多少不安があったが上手く機能したようでテレスティーナは少しホッとした。

 

 能力を発現するにあたって、最も重要になるのは能力者本人の演算能力だ。

 実は能力者は直接、電気や炎を発生させている訳では無い。

 能力の本質はミクロ世界の量子力学的な不確定な事象の改変にある。能力者は改変されたミクロ世界から、バタフライ効果の要領でマクロ世界に超常現象を起こしている。

 故に、能力は何よりも物理法則の制約を受けることになるのだ。

 能力者が望む現象を起こすためには物理に対する深い理解と、微に入り細を穿つような繊細で絶妙な能力操作技術が必要なのである。それ故の演算能力。

 

 キャパシティダウンはその演算を狂わせる特殊なノイズを発生させ、能力者の能力発動を阻害し抑制させる音響兵器だ。製作者はテレスティーナ本人。

 

 テレスティーナだって美琴の能力を警戒して入念な準備を怠っていなかった。キャパシティダウンはまだ試験段階の未調整品だったが、ある程度の効果を見込んで一応設置しておいた。それが今回、偶然幸をそうした。

 

(あぶねえええええッ。舐めてるつもりは無かったが、キャパダンなかったら普通に脱走されてたな。危なすぎるこいつ!)

 

 平気な顔をしていたが内心テレスティーナは驚愕していた。

 テレスティーナは美琴の『電撃使い』としての側面を警戒し、拘束具として絶縁体のベルトを用意していた。それだってジュール熱を利用するなりして焼き切られることを想定していたし、他にも美琴を収容している実験室には幾つもの『電撃使い』用の対策を施しておいた。

 驚嘆すべきはたった今見せた美琴の能力。ベルトを焼き切るでもなく、『分解』してみせた。ベルトを構成する物質の分子間の結合を電子を操作して解いたのだ。

 それを瞬時に察したテレスティーナは他に施した対策も無駄になると踏んで未調整のキャパシティダウンの使用を実行した。

 

 それはそれとして、美琴の能力を受けての一連の迅速な対応は、科学者としての観察力、そして一組織を纏める代表としての決断力が高水準で纏まったテレスティーナだからこそ出来た判断だったといえる。

 

(今のは分子をバラして拘束具を分解したのか。『電撃使い』の所業じゃねえな、やっぱ別系統の能力。つーか今のが自在に出来るなら、既に強度だけはレベル5相当だな)

 

 電子と電気。似たような字面だが実状は大きく異なる。

 電気は電荷の移動で生じる物理現象のことだ。発電系の能力者は能力で電気を発生させ様々な現象を起こすが、それはミクロ世界を弄って電荷の移動を起こしたという事実を創り出して電気を操作しているのであって、電荷を操作している訳では無い。更にいえば発電系能力者はミクロ世界で電荷移動以上の改変を行うことは出来ない。つまり、発電系能力者は負電荷である電子を操作出来ない。

 それにも関わらず美琴は電子操作を実行してみせた。その一点が他の『電撃使い』の常識を覆している。ぶっちゃけ完全上位互換だ。

 

(電子操作能力。現時点ではそうとしか思えねえが)

 

 だからこそ解せないとテレスティーナは考える。

 

 電子操作能力。それは強力なチカラだが、だからこそ不可解な事がある。

 先程も語ったが能力を使うにあたって重要なのは演算だ。そしてそれは高度な能力操作を行うほど複雑さが増し、難度が上がっていく。

 にも関わらず美琴はテレスティーナが課した今までの実験で、『電撃使い』としては高度な能力の応用を成功させている。

 電子操作で『電撃使い』の能力の再現を行うことは出来るが、別系統な分、『電撃使い』と比べて能力再現には多くのプロセスを踏む必要がある。その違いはマニュアルかオートくらいの差がある筈なのだ。

 

(まだカラクリがあるな。能力を暴走させれば一発でそいつが掴める)

 

 そもそものテレスティーナの目的は美琴の能力を暴走させることだ。佐藤花子もキャパシティダウンも全てそのための布石。

 白状すればテレスティーナは美琴の能力開発に行き詰まっていた。いけどもいけども『電撃使い』としての側面しか見せない美琴にテレスティーナは苛立っていた。数値上はもっと別なチカラを見せることが出来るはずなのに。

 もっと新しい切り口から切り込む必要があると考えた。それが暴走能力。そこにテレスティーナの八つ当たりが多分に含まれていないとは言えないが。

 

 ともあれ成果は既に目に見える形で出始めている。美琴の能力の全貌を明らかにするのにそう時間は掛からないだろう。

 

 部下の研究員の手により担架で運ばれていく気絶した美琴を画面越しに眺める。両親の死を聞かされた時の美琴の、呆然とした顔から激情に駆られた表情へ変遷していった様を思い出してテレスティーナの嗜虐心が首を擡げた。

 

 美琴の両親が死んだというのは半分ブラフだ。半分というのはまだ殺してはいないが、その内殺害する予定という意味で。『置き去り』にした方が何かと便利だし、優秀な能力者の親を殺害してマッチポンプのように『置き去り』にして能力者を囲う手法は割と学園都市では使い古されている。ともあれ今の所、美琴の両親は健在だ。

 しかし、実際に死んだかどうかというのは何の情報も入らない閉鎖空間に閉じ込められた美琴には分からない事だ。そもそも確かな情報が得られない人間の思考は大抵最悪なケースへと寄っていくものである。目が覚めた後も美琴は嘘か本当か、結論の出ない議論を永遠とくり返して次第に病んでいくだろう。それが能力の暴走に繋がるならテレスティーナの思惑通りでもある。全てに諦めがついても、それはそれでやりようがある。

 

 だがテレスティーナの中で、予定を早めて直ぐに美琴を手篭めにしてもいいのではという考えが膨らんでいく。

 他のレベル5と比較しても遜色ないほど特異な能力。テレスティーナの中の悪魔が囁く。早く実験したい。美琴の頭蓋を割って、中の柔らかなピンク色の脳漿を弄り回してみたい。

 

 そんな人道を冒涜するような考えを咎める者は生憎ここにはいない。

 

 テレスティーナ=木原=ライフラインは自分にとって愉快極まりない、赤と黒に塗れた妄想に暫く耽った。

 

 

 

 

「美琴ちゃんは昔から可愛げが無かったね」

 

 私が両親に甘えたことなど、覚えている限りでは一度も無い。単純に、私の根本的な部分が彼らを他人と認識していて、そんな彼らに対して我儘を言うのが憚られたからだ。彼らにしてみれば、私は相当可愛くない子供だっただろう。

 

「隣の子の方がもっと子供らしくて、可愛かった。きっと育てがいがあっただろうな」

 

 あなたと違って。と目の前の母が私を睥睨している。

 

「あなたがいる生活は退屈だった。想像してたのと違ったから、子育てが作業のようにしか思えなかった。だから、あなたを学園都市に置いていくことにしたの。顔も見たくないから」

 

 なのに。と目の前の母の顔が憤怒に染まっていく。こんな顔は見たことがない。

 

「あんたのせいで私は死んだ!旅掛さんも。私は幸せになりたかったのに、あんたのせいで全部台無し」

 

 母は裏切り者の私の首に手を当てた。彼女の華奢な細腕からは信じられないような握力で私は首を吊るされる。足が宙ぶらりんになって、空を虚しく藻掻いた。

 

「あんたなんて、産まなければよかった」

 

 

 

「私は幸せだったよ、ミコっちゃんと遭うまでは」

 

 佐藤花子が椅子に手足を縛られた姿で目の前にいた。彼女の白かった手首は、抵抗したのか皮が磨り減って赤くなっていた。

 

「ママは私の好きなものばかり作ってくれたし、パパはちょっと厳しかったけど誕生日とかには欲しいものも買ってくれた」

 

 お前のせいで死んじゃった。佐藤花子は目を剥いて口を荒らげた。

 

「いつもいつも、お前はあたしにとって目障りな存在だった!レベル0のあたしを見下して、影で嗤ってた!」

 

 私は佐藤花子を見ているとホントに安心出来た。私より出来損ないがいる、その事実が私に優越感を与えてくれるから。

 

「本ッ当、最低」

 

 

 

 

 その通りだ。

 

 花ちゃんの両親が死んだのも、花ちゃん本人がこんな目に遭ってるのも全部、私と関わりあったせいだ。私と出会ってしまったせいで、テレスティーナに目を付けられた。

 私の父さんや母さんにしたってそうだ。私を産まなければ死ななくてすんだ。

 私という存在が彼女らを不幸にした。恨まれても仕方が無い。

 

 私は最低だ。ただそれは、彼女らをこんなことに巻き込んでしまったからじゃない。

 

 テレスティーナから両親が死んだと聞かされた時、私は目の前が真っ白になった。その現実を受け入れたくなくて衝動的に体を動かした。

 そこから気絶して、目が覚めたとき、私は再び両親を偲んで涙した。

 

 人の死を前にする時、その人間の本性が表れる。

 

 私が涙したのは肉親を喪った事実を受け入れられなかったからじゃない。

 

 親を喪った可哀想な自分に酔って涙したのだ。

 

 

 

 

 最悪。最低。あなたのせいで花子ちゃんの人生は狂った。あなたの親もあなたなんて産んでしまったせいで、死んでしまった。あなたがいなければ、こんな不幸な目に遭わずに済んだかもしれないのにね。ぜぇんぶあなたが悪い。出来損ない。あなたの人生は全てが無意味だった。

 

 美琴は日がな、テレスティーナから人格否定の呪詛を聞き続けていた。そのことに反論は出来ない、口を猿轡で塞がれているからだ。

 

 テレスティーナが行っているのは典型的なマインドコントロールだ。対象を閉じ込めて、偏った情報を与え、対象の人格を否定する。

 人間、言葉を繰り返されると本当にそうでなくとも、実はそれが本当の事ではないのかと錯覚してしまうように出来ている。特にそれは自信のない人間に顕著で、自己の判断を他者に依存してしまうのだ。

 

 テレスティーナは様々な方法で美琴から自信と自尊心を削ることに執心していた。

 それだけ美琴の精神力が強かったということだ。ここ数週間、美琴はあらゆる屈辱的な責苦を受けても尚、佐藤花子の生命を諦めていないようだった。そんな殊勝さが逆にテレスティーナの嗜虐心に火をつけていた。

 

 はっきりいってこの頃にはテレスティーナにとって当初の目的は二の次になっていた。能力解析のこと自体は頭にあったが、それよりも御坂美琴という人間を掌握することに躍起だった。

 テレスティーナに限らず、『木原』という一族にはそういうサディスティックな一面がある。遺伝というよりは根本的な深層心理にそういうミームが埋め込まれた者が『木原』になりうるのだろう。

 

 次は何をしてやろう。そうだ、佐藤花子を辛うじて生きられる程度に滅茶苦茶にバラして殺して欲しいと美琴に嘆願させてみようか。てっとりばやく暴走してくれるかもしれないし、少なくとも彼女の中の『壁』は壊される。そこに取り入るのも面白いだろう。

 

 そうやって空想を楽しんでいると、机の上に置いてあったデフォルメされた可愛らしい蛙を模したピンク色の携帯が鳴った。因みにテレスティーナの物だ。見た目や内面に似つかわしくない少女趣味の一品である。

 

 ニヤついていたテレスティーナの表情が冷水を被せられたように冷めたが、着信した名前を見て再び喜色を取り戻した。

 それはテレスティーナが美琴の両親の殺害を委託した暗部組織、その連絡係の名前だった。

 朗報を期待して通話ボタンを押すテレスティーナだったが、その表情は直ぐに凍りつくこととなる。

 

『やあ、お久しぶりとでも言うべきかね木原』

「誰だてめえ」

 

 想像していた声とは違う、音声加工も施されていない、嗄れた老人のような声だった。

 

「いや、思い出したぞ。アレイスターの下で犬の引率やってるセンセイだったかなァ?」

『細かいことを言えばその内の一つのリーダーをやっている。まあ、今はそんなことはどうでもいい。重要なのは私がアレイスターのスポークスマンだということだ』

 

 テレスティーナの軽口を意に介さずにその老人は予め用意しておいた原稿でも諳んじるように起伏ない声音で続けた。

 

『端的に言えば君の要請は却下だ。御坂美鈴及び御坂旅掛の暗殺は学園都市に少なくない不利益を生む』

 

 なんで一学生の保護者の生死に学園都市上層部のそのまたトップがしゃしゃり出てくるのかとか、大袈裟過ぎる言い分だとか、物申したいことは沢山あったが全て飲み込んで、しかし苦虫を噛み潰したような顔付きでテレスティーナは反抗した。

 

「そうかい、だからなんだ。私に今更実験を止めろとでも?てめえ『木原』舐めてんのか」

 

 美琴の両親の存命は即ち美琴の解放、実験の中止に繋がる。

 学園都市は政府機関の制御に馴染まない独立都市だが、大規模な組織としての面子がある。問題が起きても外部からの調査を拒むことはできない。日本の官僚達は東京を我が物顔で圧迫する学園都市をよく思っていない、隙あらば政府主導の介入を企てている。それ故、荒波は起こしたくないというのが学園都市上層部の意思だ。

 だがテレスティーナにはそんな事どうでもいい。誰かの顔色を伺いながら生きる術を知らない訳では無いが、テレスティーナにも面子がある。ここで引く気はない。

 

『我々がどうこうするつもりはないよ。それに、君は既に致命的な失敗をしている』

 

 何の話だ。と尋ねようとして、

 

 ガチャリ。とテレスティーナの背後のドアノブが音をたてて回転した。

 今テレスティーナがいる部屋は彼女に宛てがわれた専用の個室だ。セキュリティは厳重で、網膜認識で解錠する仕組みになっている。故にマスターキーは存在しないし、彼女以外に彼女の許可なく敷居を跨ぐことはできない。

 テレスティーナは何の操作も行っていない。ついでにいえばドアはオートロックで、鍵をかけ忘れたなんてこともない。

 

 じゃあ一体誰が入ろうとしているのだ?

 

 テレスティーナは警戒心を急激に引き上げた。そこにいる無遠慮に侵入を図ろうとしているナニカは自分の敵に間違いない。

 机から護身用の拳銃を取り出す。ただ、それは厳重なセキュリティを無視するような存在に対するにはあまりにも頼りない。

 

 音を立ててゆっくりと焦らすように開かれる扉。

 現れたのは少女だった。汗ばんでボサついた樺色の髪を額に張り付かせた彼女は、その歳にそぐわない冷淡な表情でハイライトの消え失せた底冷えするような仄暗い瞳をテレスティーナに向けていた。

 御坂美琴が、そこにいた。

 

「なんで、てめえが、ここにいる。キャパシティダウンはどうしたァッ!」

 

 珍しく狼狽するテレスティーナ。よしんば、他の暗部の能力者であればまだ分かった。なぜ拘束していた彼女がここにいるのか。キャパシティダウンを使って能力を封じていたのに。

 それに対して幽鬼のようにフラリとゆっくり近づいていく美琴は事も無げに答えた。

 

「あれならもう馴れたよ」

「馴れたって、おまッ」

 

 演算を妨害しているのに馴れたも何も無い。キャパシティダウンは能力者に対して不可抗力に影響を及ぼす。いくら長時間キャパシティダウンの影響下にあったとはいえ、耐性なんてできっこない。風邪とかじゃないんだ。

 

 そこまで考えてテレスティーナの中である仮説に行き着いた。

 キャパシティダウンはあくまで能力者の演算を妨害することで実質的に能力を封印する。能力を直接押さえ込んでいる訳では無い。理論上は、キャパシティダウン影響下でも能力の使用自体は可能なのだ。操作は兎も角。

 

 もし、もしもだ。演算そのものが要らない能力があれば、キャパシティダウンはその能力者に対して一切の効果を発揮することはない。

 

(有り得るのか?演算を必要としない能力なんて。しかし、それ以外にこいつがここにいる理由が)

「それじゃ、もう御託はいいかな」

 

 美琴がテレスティーナに手を伸ばす、美琴の瞳の中で指先がテレスティーナの頬を撫でた。

 美琴は能力を行使する際、一拍間を置く癖がある。実験中何度も見た光景だ。それを今見せた意味は。

 

「糞がッ」

 

 躊躇なく発砲する。放たれた弾丸は暴徒鎮圧用の麻酔針だ。一発でも当たれば象だって眠るほど強力な薬。『電撃使い』対策に作られた金属を用いない特注品。

 しかしそれは美琴の皮膚に接触することなく、数cm届かず消滅した。分子分解能力だ。

 

 無力化に失敗した。美琴の指先で紫電が迸る。反応するよりも疾く、か細い電撃の槍がテレスティーナを貫いた。

 

 言葉を失うほどの激痛がテレスティーナの身体を駆け巡り、思わず膝から崩れ落ちる。しかし、それは苦痛に耐えかねて倒れたのではない。電流によって脳波がインターセプトされ、随意筋がコントロールを失ったのだ。

 

 力なく倒れたテレスティーナの表情が、ゆっくりと歩み寄ってくる美琴を視界に捉えて恐怖に青ざめていく。

 

「あんたからは沢山のことを学んだ。こうやって追い詰めることが出来たのも、私の能力を見つめ直すきっかけをあんたが作ってくれたからだ。そのことには感謝してるよ」

 

 床に倒れ伏すテレスティーナに目線を合わせるように美琴は屈んだ。そっと頬にかかったテレスティーナの髪を撫でつける。

 

「ただじゃ死なせない。刺して。炙って。吊して。轢いて。嬲って。殴って。犯して。剥いで。掻き回して。切り刻んで。刳り貫いて。この世の惨禍を全身に刻んで地獄に叩き墜してやる」

 

 身動き出来ないテレスティーナの眼球を美琴の瞳が覗く。

 眼が笑っていない。本気だ。直感的に理解した。こいつならやりかねない。

 

 美琴の細い指先がテレスティーナの眼窩にかかった。

 何をされるか、手に取るようにわかってしまう。制止しようとして声が出ない自分に絶望した。

 

『あー、盛り上がってるところ悪いんだが、テレスティーナを殺されるのは、なんだ。その、困る』

 

 思わぬ助け舟だった。美琴の意識が蛙のマスコットを型どった携帯に向く。

 

『そこにいる君は御坂美琴君で間違いないかね』

「だったらなんだ。横から勝手なことを言われるのは好きじゃない」

『そういきり立つな。これは忠告でもある』

 

 美琴が押し黙ったのを感じて、電話の向こうの男は相変わらず抑揚のない声で続けた。

 

『テレスティーナの背後には幾つかの暗部組織がついている。彼女を殺せば彼等が黙っていないだろう。なんの後ろ盾もない君がテレスティーナを殺傷するのは藪蛇だ』

「こいつを生かしておけばそれこそ禍根を残す。そいつらが出てくるなら返り討ちにしてやる」

『組織を甘く見るな、と言いたいところだがね。それに、君がよくても君の家族や友人は違うだろう?』

 

 それまでテレスティーナを凝視していた美琴だったが、家族という言葉を受けて初めて頭をあげた。

 

 

「生きているの?」

『今の所は、だがね。それも君の身の振る舞い次第さ。テレスティーナを見逃せば、今なら表に返してやってもいい。佐藤花子にも君の家族にも手を出させないと誓うよ』

「.........約束を守るという保証は?」

 

 はっきり言って、男が約束を守るという保証はない。お互いの条件では同時履行が望めないからだ。美琴がここでテレスティーナを見逃しても、男が約束を放棄すれば美琴の大損。それが怖い。

 大抵は不履行を行えば信用を損なうものだが、この場合、電話の男が裏切っても失うものは無い。そもそも顔も素性も分からない人間相手に交渉など行うべきではないのだ。

 

 それを男も分かっているのか、幾つかの譲歩案を提示してきた。

 それだってあまり信用できないが、言わなくともわざわざ譲歩を切り出してきたことから、向こうにもテレスティーナに死なれたら困る確かな事情があると美琴は判断した。わざわざ美琴を裏切って、ことを荒立てるような真似はしないだろう。

 それに、もし裏切られても保険はある。

 美琴は条件を呑むことにした。

 

「最後に一つ聞きたいことがある」

 

 美琴の返事に満足した男が電話を切ろうとした瞬間、彼女はそう切り出した。

 

「佐藤花子の両親も生きているのか」

『.........残念な出来事だった。とだけ言っておこう』

 

 強ばった声音で男は返してきた。情が湧いたというよりは、その事実で美琴が心変わりしないかということに注意しているようだった。

 

「そうかい、じゃあな」

 

 先んじて美琴が通話を切る。

 

 テレスティーナに再び視線を戻した美琴の表情は苦虫を噛み潰したように悲惨に歪んでいた。

 

「今は見逃してやる。だが、いずれ絶対にお前は殺す。逃げても、地の果てまで追いかけて殺す。その時を楽しみにしていろ」

 

 憤怒の形相で脅す美琴を前にして、しかしテレスティーナはそれを鼻で笑った。

 既に趨勢は決した。美琴のそれには先程とは違って、何の力もない。それを理解しているのだ。

 

 美琴は目一杯力を込めてテレスティーナの顔面に拳を振るった。頬に小さな握り拳がめり込む。

 これくらいは、許されるだろう。そう美琴は思った。

 

 夜は過ぎて朝が巡ってきた。しかし、嵐の傷は生々しく残ったままだ。

 

 





難産。さっさと書きたいとこ書きたいから細かい所を端折り過ぎた。構成も甘いし申し訳ない。その内修正するから許して。
今回に関して、言葉が足らない部分が多々あると思うので分からないとこがあったら質問してください。

あと、たくさんの評価、ブクマありがとうございます!
取り敢えず一通編まで頑張ります


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幻想御手
42ボルトの報復


 第7学区は学園都市において最も学生人口が多い学区といえる。学園都市のほぼ中央に位置し、多くの学生寮や学校、病院などのインフラを擁するこの学区は大抵の学生らの生活拠点だ。

 

 そんな7学区に店舗を構える『Joseph's』は何かと物入りで財布を気にする学生らにとっては気軽にお茶を楽しめるファミリーレストランだ。元々は学園都市外部の大手飲食チェーン店なのだが学園都市と提携し、こうして幾つかの支店を出している。

 

 そんなレストランの一画に陣取って一人の少女がティーカップを傾けていた。白い半袖のシャツに学校指定の茅色のブレザーに身を包んだその少女は、腔内を満たした黒い液体の香りに快活そうな顔立ちを歪ませた。

 

(そういえば私、珈琲苦手だったわ)

 

 小腹を満たすために店に立ち寄った彼女は店員に食後の飲み物を聞かれ、流れでホットコーヒーを頼んだもののそもそも彼女は珈琲然り紅茶然り、その手の飲み物が苦手だった。

 飲めない訳じゃないが、どっちかというとソフトドリンクのような甘い飲み物が好きだった。早い話、舌がお子ちゃまなのだ。

 

 無表情でカップをソーサーに戻すと、サービスの砂糖やらミルクやらを手当り次第に放り込み始めた。

 そして、もはや珈琲ではなくカフェオレといっても過言ではない色合いになった液体に再び口をつけようとした時。

 

 机を隔てた対面のソファに見知らぬ男がドサりと腰掛けた。

 食事を取るにも中途半端な時間だ。少女のように間食を摂る学生はポツポツいるが、席は他にいくらでも空いている。つまりこの男は彼女に用があって来た人間だ。

 

「あなたが第6位の御坂美琴さんで間違いないでしょうか」

 

 こんな暑い日だというのにご丁寧にスーツ調の学生服に身を包んだ男は慇懃な笑みを浮かべて少女___美琴の様子を窺った。

 男の言葉は確認というよりは美琴自身にある意識を持たせるための宣告の意味合いが強い。要約すれば即ち、俺はお前の情報を握っているぞ。

 

「.........その質問に答える義理も、相席を許可した覚えもないけど。取り敢えずまァ、」

 

 美琴がスカートのポケットから何かを取り出す。

 男が美琴の手元に注視する。学園都市製にしてはオーソドックスな形状の携帯だった。

 

「これ写真に撮っていいかな。イン〇タに上げるから」

 

 少々男の思考が停止した。この状況で何を悠長な、とか。超能力者もイ〇スタやるんだな、とか。数瞬の空白の後、諸々の疑問や感情を飲み込んでそれでも笑みだけは崩さず「いいですよ」と男はにこやかに了承した。

 

 美琴は「さんきゅ」と短く告げると、手元に置かれたほぼカフェオレな液体の入ったカップを角度をつけながらパシャリと携帯の写真機能でもって撮った。

 

「オーケェイ。それで?なんの用件かしら」

「端的にいえば、貴女に我々の業務の手伝いをお願いしたく参りました。我々は所謂___」

「あーあー、皆まで言わなくていいわ。すっごいどうでもいいから。要するに暗部組織ってヤツなんでしょ、あなた達は」

 

 すっかり冷めたカフェオレもどきを啜りながら美琴が微妙な顔で言った。その表情は不味い珈琲に対してか、現状に対してか。敢えて言うなら両方だろう。

 

「他の奴との取り決めでその辺のコトで私らに関わらないってなってんだけど、そこのとこどうなの」

「我々も一枚岩ではないのでね、よその組織との取引に関してはなんとも」

 

 飄々とした態度の男に美琴は頭を抱えた。やはり電話の男のコトは信用ならない。報復してやろうかな。

 

「因みにシカトしたらどうするの」

「ご友人の入院先くらいなら把握しているんですよコチラは。それともルームメイトのお嬢さんの方がいいですか?」

「あまり図に乗るなよ泉光貴クン」

 

 泉光貴。男の本名だった。胡散臭げな表情が初めて崩れる。

 狼狽する男に美琴は手元の携帯の画面を見えるように掲げてみせた。画面の中には男の顔写真及び個人情報がびっしり。

 

「知ってるだろうが、学園都市製の電子機器は無駄に性能が凝っててね、こんなチャチな携帯のカメラだって結構な高性能。画面端に写ったアンタの指の指紋がくっきり確認できるくらいには画質もいい」

 

 そもそも美琴にイン〇タ映えを気にするほどの女子力なんてない。写真を撮りたがったのは男の身体の一部分を個人情報の検索にかける為だった。

 学園都市は能力研究や兵器開発を行っている都合上外部に敵が多い。そのためセキュリティ関連にはかなりの力を入れている。その過程で個人識別技術も進歩してきた。顔パーツや指紋はもちろん、耳の形状や骨格まで様々な照合方法を兼ね備えたセキュリティプログラムが学園都市の上層部で利用されている。

 それとは別に『書庫』といわれる能力者のデータベースがあるが、どちらかというと『表』向きのシステムであるため、荒事に用いるには情報操作が行われている可能性のある『書庫』よりはこちらの方が信用できる。

 美琴がそれに接続出来ているのはぶっちゃけ違法な手段を用いたからだが、今はそのことはいいだろう。

 

「妹さんがいるらしいな。アンタが養っているのか?」

「.........だからなんだというんです」

「やられたらやり返す。そう言っているんだ」

 

 人質交渉というのは如何にアングラな組織とて好まれる手法ではない。何故なら報復されるリスクがあるからだ。それでも誘拐犯のような存在が強気でいられるのは彼らの情報が知られていないという強みがあるからだ。そういう意味では、男の目論見は現時点で失敗しているといえる。

 

「あなたに出来るんですか?所詮『表』で安穏としているだけのあなたに」

 

 最初の余裕はどこへやら、怒気に染まった面持ちで泉なる男は吐き捨てるように嘲った。

 

「42ボルト」

 

 美琴はマドラーでカップの中身をかき混ぜながらぶっきらぼうに呟いた。言葉の意味が分からず訝しむ男に構わず美琴は続けた。

 

「人間が感電死する最低限の電圧だよ。冬場のコートとかの静電気が数万ボルトだと考えると、割と呆気なく人は死ぬ」

 

 美琴の手元でボコりと何かが噴き出すような音が溢れ出す。冷めかけていたはずのコーヒーが沸騰して、底から沸き上がる水泡で覆われていく。

 

「問題はアンペアだけど、私の能力からすれば特に問題ない。ほんの遠目に眺められるくらいの距離でも、チョチョイと弄ればすぐに済む。労力なんていらない」

 

 「でだ」と、ゆっくりと美琴は伏せていた顔を上げて男を見やった。寒気がするほど暗い瞳で男をただ見ていた。どうしようもないものを見る呆れた目で。

 

「お前は私がそんな簡単なことも出来ないと本気で思ってるのか?」

 

 

 

 

「お姉様、さっきの殿方は......」

「ありゃ。いたの黒子」

 

 熱いコーヒーをフーフー冷ましているといつの間にやらいたルームメイトの存在に美琴は大して驚いたふうもなく反応した。このツインテールの小柄な後輩は凡そ神出鬼没で、一々驚いていると身が持たない。

 

「別になんでもないわ。ただの私のファンよ」

「もう。ファンサービスもいいですがいい加減少しは『超能力者』としての自覚を持ってくださいな。一々俗人に応えていては、いずれ集られて身動きが取れなってしまいますわよ」

「はいはい。いつもありがとうねお母さん」

「誰がお母さんですの!?」

 

「そんなことよりもホラ、知り合いなんでしょ?後ろの娘。紹介しなさいな」

 

 




幻想御手のプロット練る為に超電磁砲の一期見直してるんだけど、プールで黒子に電撃浴びせてんの見てクッソ危ないなと思って書いた

原作キャラとの本格的な絡みは次回から。


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シュレディンガー・ボム

 常盤台中学。世界でも有数のお嬢様学校であると同時に、レベル3以上の能力者しか在学を許されない学園都市でも五指に入る名門校だ。そして学園都市の第6位、御坂美琴が在籍しているのもこの学校だ。

 

 その美琴は、そんな常盤台中学の誇る煉瓦造りの荘厳な校舎に隣接する巨大な競泳プールのスタート台で胡座をかいていた。

 何故彼女がここにいるのかと聞かれれば『身体測定』の為にここの利用を推奨されたからだが、既にその用は済んでおり、実際にはここに留まっている理由は別にあった。

 

「相変わらず派手な能力ねぇ。少し羨ましいわぁ」

 

 美琴の背後のプールサイドから少し間延びした声が掛けられた。首だけで振り返ると、そこには学校指定の体操服に身を包んだ菜の花色の長髪の女が腕を組みながら佇んで、美琴に視線を向けていた。

 

「派手だろうとなんだろうと実戦で役に立たなきゃ意味はないよ、結構こいつも手間かかるしね」

 

 言いながら暇つぶしでプールの水を沸騰させていた手を止めて、美琴は女に向き直る。

 

 マイクロ波。電磁波の一種。美琴はそれを操っていた。

 物質がマイクロ波を受けると電界が交互に変化し、構成している分子がそれに合わせて振動する。この分子振動によって発生する熱でプールを沸騰させていた。分かりやすく言えば電子レンジ。レンジでチン。

 無論人間に使えばそいつは死ぬ。ただし時間がかかり過ぎる。

 マイクロ波で振動出来るのはせいぜい水が限度だ。電界の変化について運動できるのが水くらいしかないから。人の体は半分以上水で満たされているので、高熱で内側から焼くことが出来るが、行動を不能にできる訳では無い。

 例えば、刃物を振り回す敵がいたとしよう。そいつがその瞬間に火傷かなにかしたところで、多少の不調や痛みでは興奮状態にある敵を止めることは不可能に近い。

 即効性がない。反撃の余地を与えるくらいなら他の手段を使った方が安全だ。実際、美琴には敵を即座に戦闘不能に追い込む手段ならいくらでもあった。

 加えて、なまじ威力が高いので生け捕りにも向かない。

 せいぜい冷めたコーヒーを再び温める位にしか使えない能力。

 

「そういう意味じゃ、ボタン一つで何でも出来るアンタの能力の方がよっぽど羨ましいよ」

「あのリモコンはあくまでポーズ 、キャラ造りのようなものよぉ。それに出来ることも一辺倒だしねぇ」

 

 「でもぉ」と肩にかかった髪を白く細い指先で流しながら、自信に満ちた顔つきで女は続けた。

 

「私の操作力にかかれば色んな人にお手伝いして貰えるし、何でも出来るっていうのは間違いじゃないんだゾ★」

 

 女の名前は食蜂操祈。心理操作系能力の頂点に君臨する『心理掌握』を有する常盤台中学に在籍するもう一人のレベル5。

 

「はいはい。すごいわーみさきちゃーん、あなたがなんばーわんよー」

「隠す気もない棒読み力ねぇ。まあ、真面目に褒められてもそれはそれで困るんだけど」

 

 表情も変えずマンセーコールする美琴に苦笑いする食蜂。気にした風でもない。というか割とはっちゃけたので真面目に反応された方が恥ずかしかった。

 

「それよりさ、アレ用意できたんでしょ?早くちょうだい」

「もぉ、せっかちさんねぇ。はいコレ」

 

 マンセーに飽きた美琴が本題に入る。物乞いのように手の平を食蜂に突き出した。

 その態度に呆れつつも、食蜂が体育着のハーフパンツに縫い付けられたポケットからUSBメモリを徐ろに取り出す。そしてひょいっと美琴に向かってそれを放り投げた。.........何故か明後日の方向に飛んでいった。

 

「うおおおおおおおおッ」

「あっはっは。凄いわぁ御坂さん。お猿さんみたいよぉ」

 

 アスリート並の跳躍力でUSBがプールに落ちる前に手を伸ばしてキャッチする美琴。猫並みの瞬発力。天性のバネ。

 尚、受け身が取れずプールサイドの床に叩きつられた。夏用体育着が露出多めなせいで粗いプールサイドの床に肌を擦って痛い。ヒリヒリする。

 それを見て食蜂が手を叩きながら声を上げて笑った。いつもすまし顔してる美琴の素が出てたのが愉快で仕方ないらしい。

 

 因みに食蜂に悪意があった訳では無い。単純な話、運動音痴なのだった。それで投擲の的がズレた。

 .........運動音痴ですましていいレベルかは分からないが。投擲技能ファンブったのかな?

 

「.........相も変わらず壊滅的な運動神経だな。日常生活に異常きたしてんじゃないのコレ」

 

 美琴は地面にうつ伏せになりながら、呻くように言った。言葉の端に怒りが滲んでいる。食蜂の失敗でこうなったのに自分が馬鹿にされて笑われている理不尽な現状に、思わず恨み節が零れたらしい。

 それに対して若干思うところがあったのか、コンプレックスを刺激されたのか、食蜂は顔を紅潮させて興奮気味に言った。

 

「ひっどい言い草ねぇ!御坂さんみたいに無駄に筋肉をつけていないだけよぉ。いざとなれば能力でなんとでもなるし、必要最低限で充分よ」

「必要最低限、ねぇ」

「何よぉ、言いたいことがあるんならはっきり言ったらどうかしら!?」

「いやぁ別に」

 

 美琴の言葉に含みがあると見てつっかかる食蜂。それを美琴は適当にあしらう。

 

 必要最低限。美琴はこの言葉に何かしら侮蔑的な意味を持たせて呟いた訳では無い。食蜂の能力に対する絶対的自信。それを感じ取った。

 「能力に頼りきりの能力者は弱い」。漫画とかでよく見る風潮。

 美琴はそれに半分程賛同している。実際、大半の能力者は能力を無効化する兵器だったり、自身の能力を対策した戦法に滅法弱い。

 暗部ではそういったものはザラだ。能力者とて、予備戦力として肉体を鍛えたり技術を研鑽しなければ死ぬ。しかし、食蜂はそれを必要ないと言った。

 傍から見ればその自信は慢心としか見えない。「能力に頼りきりの能力者」、その典型。

 だが美琴にはそうは思えなかった。その自信は客観的に見ても当然のものとしか思えない。

 肉体とか技術とか、数とか質とか能力とか。関係ない。勝負にならない。食蜂と相対した時点で、詰む。

 『心理掌握』とはそんな能力。

 

 やっぱこえー。敵に回したくないわ。タイマンじゃ負ける気はしないけど、状況次第じゃ死ねる。恩売っておいて正解だったな。

 美琴がそんなことを思っていると、ようやく落ち着いた食蜂が声をかけてきた。

 

「にしても、本当によかったのかしらぁ?言われた通り結構派手に動いて情報を仕入れたけど、今頃向こうも気付いてるわよぉ?」

 

 美琴が依頼したある情報の入手。テレスティーナの潜伏先。

 テレスティーナはあの出来事以来、暗部によって行方をくらましている。今回、美琴はその探りを入れるよう食蜂に頼んだ。

 その際、美琴は食蜂にその動きを相手にバレても構わないと言った。寧ろ美琴が手を引いていると露見することを推奨した。

 隠密に行動を進める必要がなかったのでかなり詳細な情報が取れたが、勘づかれた以上、向こうも対策してくる。もうこの情報は遅すぎて役に立たない可能性がある。そんなこと、美琴だって分かってるはずなのに。

 

「いいんだよ、それで。あくまで私がテレスティーナを狙ってるぞっていうポーズを相手側に見せる必要があっただけなんだから」

 

 今回、美琴がテレスティーナの情報を求めた理由がここにある。

 この間、暗部が接触してきたことを美琴は危惧していた。追い返しはしたが所詮は下っ端。あの小物に上の意見を変えるだけの力はないだろう。トカゲのしっぽ切りに遭うだけで、また別なヤツが送られてくるかもしれない。ちょっとした脅しでは通用しない。

 あそこではああは言ったが、美琴には積極的に身内を犠牲にする気はなかった。しかし、はいそうですかと従うつもりもない。

 じゃあどうする?別の暗部組織を利用しよう。

 テレスティーナを引き換えに表に戻る、あの日の協定。それを今回美琴は利用した。

 この間、暗部がちょっかいかけてきたんだけどさ、協定どうなってんの?破ってるよね?え?別の組織?あーなるほどね。そらしゃーないわ。ってなるわけねーだろ。お前らが動かないならテレスティーナ殺すぞボケ。

 美琴はそう言っている。そして、実際に美琴が動いていることを、動けるということをわざと知らせた。

 美琴と暗部との間での協定に対する認識の違いなどここまでくると関係ない。美琴に実力行使されたら困るのは暗部の方だからだ。美琴もそれ相応の対価を払うことにはなるが、損得勘定抜きで彼女は動いている。そしてそのことを暗部の人間は知っている。脅しは効かない。こうなるとテレスティーナを守るために、美琴と敵対しないためにテレスティーナを匿っている組織は動かざるをえない。

 

「.........動かなかったらどうするのかしらぁ?」

「テレスティーナを殺して、連中を死ぬまで追っかけ回す」

 

 これだよ。と食蜂は思った。美琴はこれが怖い。

 

 はっきり言って、美琴は組織にとってそこまで大した相手ではない。使える手勢もなく、情報収集力もなく、恐ろしい後ろ盾もいない。あくまで美琴は個人だからだ。レベル5という驚異的な暴力は持っていても組織という大きなチカラの前には塵くず同然。美琴もそれは自覚している。

 だが、触れば何をしでかすか分からない怖さがあった。チカラで屈服しない。屈服させようとすれば途端に暴れだして諸共破滅しようとする。

 後先考えない。捨て身の人間程怖いものはない。想像もつかないことを平気でしでかす。

 美琴が欲しくて手を出すのに、気づけば美琴は死んでいて、元々持っていた手札に壊滅的なダメージを負っている。それが怖くて手が出せない。

 普通そんなことしでかす人間はいない。美琴のソレはポーズで本当は本気じゃないかもしれない。

 .........でも本気だったら?

 美琴は爆弾だ。火薬があるのかないのか分からない爆弾。美琴が欲しければその爆弾を、地雷を踏んで確かめなければならない。

 当たればデカい。ハズレれば、どかーん。

 相互確証破壊。暗部は美琴に手が出せない。

 美琴は着々と自身が爆弾であることを証明していっている。この間の一幕でも、今回でも。

 

 敵に回したくないわー。奇しくも食蜂の思考が美琴と被っていた。

 

「まっ。なんでもいいわぁ。ともかく、貸一ね御坂さん」

「は?これでチャラでしょうが。さり気なく恩を売ろうとしないでよ」

 

 げ、覚えていやがったかこの野郎。露骨に嫌な顔をする食蜂。それを見て牽制を含めて美琴が言った。

 

「今度誤魔化そうとか、騙そうとしたらアンタの彼氏ボッコボコにしてやるからな」

「かかかか彼氏なんて、そそそそそんなんじゃ、ななないわよぉ」

 

 ?なんでキョドってるんだろ。あのツンツン頭の高校生と付き合ってんじゃなかったのかしらん。

 1年前、食蜂と一緒に面倒に巻き込まれていた男の顔を思い出しながら美琴は思ったが。顔を真っ赤にあわあわしている食蜂にすっかり毒気を抜かれてしまった。

 

「もういいや、疲れたし。シャワー浴びて寝るわ」

「ちょちょちょ御坂さぁん。訂正、訂正があるから。待って。待ってよ御坂さぁん」

 

 相変わらず真っ赤な食蜂を無視してさっさとプールから出て行く美琴。それを追う食蜂。

 

 

 

 

 美琴を追いかける最中に一つ、食蜂は疑問を抱いた。

 美琴はテレスティーナ自体の居場所はどうでもいい。そんなふうに言った。情報自体に価値を求めていないと。

 ならば何故、美琴は必死にその情報の入ったUSBメモリを守ったのか。あの時、美琴は本気だった。自分の体が傷つくことを厭わずメモリを守ることに必死になっていた。

 矛盾している。どうでもいい情報に体を張った。

 ただの脊髄反射かもしれない。フリスビーを思わず取りに行く犬のような。或いは単に勿体ないと思ったのかもしれない。所詮は憶測だ。確証はない。考える意味は無い。

 ただ、そのことが妙に心に残った。

 

 




爆弾魔と思った?残念ミコっちゃんでした!

最近色々忙しくて書く暇がなく、投稿が遅れてしまいました。申し訳ない
ですろり面白いからね仕方ないね
それはそれとして、なかなか今月も忙しいのでちょいちょい投稿遅れるけど、一通編までは失踪しないから安心してくれよな!


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夢見るルサンチマン

「はぁーぁあん」

 

 キーボードを叩く音だけが響く静謐な室内に少女の間延びした呻き声が浸透する。

 

(相変わらず間抜けな声を出すなぁ白井さんは)

 

 そんな様子を見ながら隣で忙しなく何かをキーボードで打ち込んでいた少女の同僚は、長年の付き合いで最早聞き飽きたその珍妙な大息にそんな感想を抱いた。何か思い出したくないようなことを不意に思い出した時、彼女は毎度この声を出す。

 横目で様子を窺ってみる。少女___白井黒子はパソコンを前に作業を放棄して机に突っ伏しながら、何やら頭を机にゴリゴリ擦り付けているようだった。

 

「どうしたんですか白井さん。また何かあったんですかー?」

 

 パソコンから目を離さずに彼女___初春飾利は黒子に尋ねた。一応気にかける風を装わないと、彼女の繊細な同僚は臍を曲げるであろうことは分かっていた。拗ねられると後で困る。仕事はまだあるのだ。

 

 黒子は初春の言葉に身動ぎすると、この世の終わりでも見てきたかのような青ざめた顔で口を開いた。

 

「.........最近、お姉様がわたくしに内緒で殿方と密会してるようですの.........」

「御坂さんがですかぁ?」

 

 御坂美琴。黒子と同じ中学に通うルームメイト。初春も何度か会ったことがある人物だ。

 なんとなく、彼女と恋愛事が結びつくイメージが初春には湧かなかったが。

 

「まあ御坂さんも女の子ですし、そういうこともあるんじゃないんですかねー」

 

 自分でも思うくらい無難な意見を初春は述べた。余計なことを言って矛先が自分に向かうのを嫌がったというのもそうだが半分は本心だ。

 普通、年頃の女の子であればそういうことに興味があってもおかしくはないだろう。寧ろ興味無い方がオカシイ。そのへんの話に疎い初春だって時々想像を巡らせることがあるのだから。

 しかし黒子にとってはそうでもなかったようだ。

 

「fu〇k不純異性交遊ッ!黒子の目が黒い内はそんなこと絶対に一切、アブソリュート認めませんのォ!」

「意味被ってますよ白井さーん」

 

 赤毛のツインテールを振り回しながら奇声をあげ始めた黒子を見ながら、また癇癪が始まったかと初春は呆れた。こと美琴のこととなると黒子はいつもこんな調子だ。何かのビョーキなんじゃないかと初春は疑っている。

 

「そんなことよりコレさっさと終わらせましょーよ。期限今日までなんですから」

 

 彼女らは『風紀委員』という学園都市における治安維持組織の一つに所属している。今カタカタやっているのは先日に起きた『虚空爆発事件』と銘打たれたアクシデントの報告書を作成するためだ。

 

 爆発物もないのに突然、物が大爆発を起こす。そんな現象が学園都市を騒がせていた。重軽傷者は数十名、警戒に当たっていた『風紀委員』も数名含まれている。

 数度そんなことが起きると流石に原因も分かってくる。爆発源はアルミニウム。そして容疑者は『量子変速』の能力者だと推測された。

 『量子変速』は物体に存在すると言われる机上の素粒子である重力子を加速させ、周囲へと放出する能力だ。単体では物体を炸裂させる程度で、それはそれで恐ろしい能力だが物体を爆弾に変えるという芸当はとても出来ない。ミソはその能力をアルミニウムに用いたというところだ。

 アルミニウムを『量子変速』で粉々に炸裂・分解することで出来上がるモノ、アルミニウム粉末。アルミニウムは金属の中でも特に燃焼熱が高く、また粉末であり表面積も大きいため現実でも第2類危険物に指定される程の可燃物だ。

 危険なのは『量子変速』でそれが周囲に拡散するだけでなく、高速でそれらが放出されることで起こる摩擦熱。結果、小規模な粉塵爆発が起きる。それが虚空爆発の正体だった。

 

 タネが分かれば後は簡単だ。爆発が起きた物体が設置された場所周辺に近付いた人間を監視カメラで片っ端から洗えばいい。学園都市製の監視カメラは小型で画質もいいため、映った個人を特定することはそう難しい話ではない。加えて言えば『量子変速』がレアな能力だったのも幸いした。容疑者の絞り込みも容易になるからだ。

 

 結果犯人は捕まえられた。中学生の冴えない少年だった。

 

「この資料を見ているだけであのデスマーチを思い出しますわ。うっ吐き気が」

 

 監視カメラを精査する作業は地獄だった。何度も何度も同じシーンを繰り返し見ては人探し。めぼしい人間がいれば『書庫』にかけてチェック。駄目ならば次。ビンゴでも一応次。その上学校にも行かねばならない。黒子は1週間くらいでエナジードリンクを1カートン空にした。

 そしてやっとこさ犯人を特定・逮捕し、辿り着いた休息。なのに数時間寝ただけでまた呼び出されて後始末をやっている。寧ろ黒子が若干壊れ気味なのは当然かもしれない。初春は少し同情して、ちょうどその頃風邪を引いて地獄から逃れられた自分の幸運を讃えた。

 

「でもおかしいですよねー」

 

 初春がそう切り出した。なにが、とは聞かない。黒子も資料を読んでいて疑問に思うところがあったからだ。初春が何を指して言っているのかアタリはつく。

 

「この捕まった人、前回の『身体測定』ではレベル2くらいしかなかったんですよ。そのあと成長したにしろ『身体測定』が終わってまだ一週間も経ってないですよね?」

 

 アルミニウムを粉々にするには『量子変速』ならレベル4くらいでないと出来ない。アルミニウムを破壊するくらいならレベル2程度でも出来るが、細かさが違う。精々レベル2なら破片にするくらいまでしか出来ない。粉末にする程の能力の精密さが違うのだ。

 

「最近増えていますわね、『書庫』のデータと実際のレベルが異なるケースの事件が」

 

 この事件だけではなく、同様の事例が最近増えている。そのことを黒子は知っていた。

 能力の急激なレベルアップ。有り得ない話という訳では無いが、それを成している人間がここまで多いのは異様だった。

 

「なんだか本当に『レベルアッパー』があるんじゃないかって思っちゃいますよね」

「レベルアッパー?なんですの、それ」

「知りませんか?使うだけで能力のレベルが上がるっていう都市伝説上のアイテムですよ」

 

 友達から聞きました。と言う初春に黒子が顔を顰めた。

 

「眉唾ですわね。そんなんでレベルが上がるなら、誰も苦労しませんの」

「だから都市伝説って言ってるじゃないですか。でもやっぱそういうのが噂になるくらい、みんな憧れてるってことですよね高位能力者に」

「努力すれば誰にだってなれますの。そういうのにかまけてる暇があるなら、訓練している方がよっぽど有意義ですのに」

 

 甘い考えだと言わんばかりに初春の言葉を切り捨てる黒子に、初春は苦笑いで返した。

 黒子の言葉は、恐らく正しいと思う。出来ないだとかなんだとか言う前に努力しろ。それは恐らく正論なのだろう。ただし、それはあまりに乱暴な正論だ。

 人間、みんながみんな努力できる訳では無い。誰もが黒子のように強い訳では無い。心の弱さを隠しきれない人間は山ほどいる。ああなったらいいな、と願望ばかりで努力しない人間は沢山いる。レベルアッパーはそんな人間達にとっては夢のような存在なのだろう。

 そこまで考えて、そのことと元低位能力者の犯罪が増えていることを結びつけられないくらいには、初春はリアリストだった。

 




ミコっちゃんは出ない。前振りのような話。
皆さんご存知幻想御手編ですが 、ぶっちゃけ殆どオリジナルの話になる。オリキャラも出るし他のレベル5も出る。美琴?見せ場のバトルを見せる機会が遠のきまくってるのは確か

あと『量子変速』の説明は適当です。なんでアルミが爆弾になるのか説明見てもサッパリだったのでこじつけただけ


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スタンドアロン

 メトロノームが刻んでいるかのように変化のない間隔で鳴る心電図の電子音以外、物音の無い静謐な空間に二つ、人影が存在していた。

 

 一つは染み一つない清潔そうなベッドで静かに横たわっている。小柄で華奢な体躯。そのヒトカゲは齢十にも届かない少女のように見える。しかし、布団から覗くその手足は有り得ない程に細い。

 肉を根刮ぎ削ぎ落として、骨を辛うじてカタチが残る程度に削りとったかのような、皮と骨だけの、枯れ枝と見紛うソレらは、見た目の凄惨さに反比例して思いの外普通の血色が保たれていた。

 それは単純にそのパーツの持ち主が、長い期間基礎的な運動すら行っていない証左であった。実のところは運動だけでなく、この少女は食事も、会話も一切ここ数年行っていない。

 少し力を込めて握れば粉々に砕けてしまいそうなか細い腕に差し込まれた管から流れ込むその透明色の液体だけが、生気のない少女を生物的に生きながらえさせていた。

 

 その傍らで男が一人、少女の顔をじっと眺めていた。

 少女ほどではないが、華奢な体付きの男だった。背と手足が細長く伸びただけの、パンチ一つで伸びてしまいそうなヒョロい男。どこかの中学の学生服を着ている。

 男は少女の痩せこけた相貌を眺めながら、祈るように手を合わせてボソリと泣き出しそうな声で何かを呟いた。

 

「起きてくれよ」

 

 男の声は少女になんらかの変化を齎すことは無かった。感情のない機械が発する電子音は最初と同じようなリズムを刻み続けた。

 それでも男は押し殺して掠れた声で小さな叫び声をあげた。

 

「頼むから俺を一人にしないでくれ、花」

 

 

 

 

 そのツンツン頭がトレードマークになる程、これといった特徴も特技もない平凡な高校生男児____上条当麻は、自分を不幸だと常日頃から吹聴している。

 あー俺不幸だわー辛ぇーわー。そんな不幸自慢をしたい訳ではなく、客観的に自分を不幸だと認識していた。

 やることなす事上手くいかないとかそんな鈍臭い話ではない。男は運が介在するありとあらゆる出来事で、想定しうる最悪の事態を見事に的中させてきた。偶にではない、毎回だ。

 

 ちょっと遠出しようとしたら必ず土砂降りになって、持っていったビニール傘は帰った時には無くなっている。テストで張っていたヤマをハズす。それを想定してヤマを変えたら前のヤマが的中する。なんなら外に出ようと思ったら雨が降る。自販機で飲み物を買おうとすれば丁度故障する(世界最新鋭の自販機が!)。補習の時に限って雨は降らない。帰るときは降る。

 

 数々の修羅場を潜ってきた上条は、最早並大抵の不幸では動じない。人間は環境に適応する生き物だ。来ると分かっていればどうということはない。その程度、鼻で笑い飛ばしてやるぜ。

 

 悲しき業を持って生まれてきた上条が本気でそう思ったのは今より30分は前のことだった。漕いでいた自転車のチェーンが突然切れてモニュメントのある噴水に突っ込んだ。携帯は壊れた。ケチって防水仕様にしなかったことがここにきて悔やまれた。

 生まれてからこれまで被ってきた不幸の中でも文句無しで五指に入る不幸っぷりだ。3連コンボなのが技術点高い。

 こんなのを味わえば暫く何が来ても大丈夫だろう。今日のことを思い出せば屁でもなくなる。

 それはそれとして金が入用だ。携帯を買わなくてはだし、自転車も修理しなければならない。そんな理由でフラリとATMに立ち寄った。

 それが悪手であった。

 

「ははっ」

 

 思わず乾いた笑い声が喉からついて出てきた。ATMのタッチパネルを操作しようとした指が虚空を掻いて、震えている。背筋から嫌な汗が流れた。腹部で苦悶の塊がのたうち回って、胃が締め付けられるような鈍痛を訴えた。

 

 理由は一つ。キャッシュカードを機械に飲み込まれた。3連じゃなくて4連コンボだった。

 

「嘘だああああ」

 

 上条は諦めず懸命にあらゆる操作を行ったが、機械は腹立つくらいうんともすんとも言わない。

 

「おいコラ、お利口さんぶってんじゃねーですよ。なに優等生面してんだ、お前がわりぃんだろうが!」

 

 あまりの理不尽さに怒りで機械に罵声を上げ始めた。傍から見れば痛い人にしか見えないが、本人は至って真剣だ。

 あまりにもなんの反応もないのでゲシゲシと機械を蹴やった。

 

 なぜか防犯のアラームが鳴った。こんな時だけは機械が動いた。

 

「不幸だああああああ」

 

 防犯システムの作動により、ガラス張りの室内に閉じ込められた上条は最早言うまいと誓ったフレーズで悲鳴をあげた。

 既に裏では警備員に通報がいっているに違いない。密室に閉じ込められた上条に出来ることはコンピュータ様に振るった暴力を懺悔しながら連行されるときをただ待つことだけだ。不幸コンボはとどまることを知らない。

 

 しかし往生際が悪いのが上条。彼はこの窮地を脱そうと、こと逃避行動については極めて優秀な脳をフルスピードで回転させた。

 

 そして、行き着いた答えは____ !

 

「誰か助けて!」

 

 恥も外聞もなく叫んだ。他に打つ手はなかった。

 しかし、周囲の人間は遠巻きに見つめるだけで動こうとはしない。傍から見れば失敗した間抜けな強盗だ、当然の成り行きだろう。

 そもそもな話、上条程の不幸体質者が助けを求めて、それに手を差し出す人間がいるわけが

 

「なぁにやってんのさ、上条クン」

 

 いた。一瞬、天使かと上条が錯覚したそれはよくよく見れば見知った少女のカタチをしていた。

 御坂美琴。学園都市の誇るレベル5の一角であり、上条の知り合いの少女の知り合い。つまり上条の知り合いである。

 

「いい所に来てくれたな御坂!助けてくれないか、ATMに嵌められちまったんだ!」

「面白いことを言うね。気に入った。そこから出して進ぜよう」

 

 手元で美琴がビリビリやると、あんなに堅牢だった扉が呆気なく開いた。喧しかったアラームも消えた。ついでにキャッシュカードも戻ってきた。

 あなたが神か。上条は割と本気でそう思った。

 

 

 

 

「いやぁ、マジで助かったよ。もうダメかと思ってた」

「それよりどういう経緯であんな面白展開になったのかめっちゃ気になるんだけど」

「かくかくしかじかです」

「なるほど、かくかくしかじかね。ご愁傷さま。悪いんだけど、笑っていい?」

「笑いごっちゃあねえ!」

「いや、ははっ。笑うなって言う方が、無理だって。ぶふっ」

 

 周囲の視線を気にして移動してきた、昼なのに閑散とした公園に少女の笑い声が響く。

 上条は抗議するが、そこまで悪い気はしなかった。過ぎたことだし、こうやって笑い飛ばしてくれた方が寧ろ話の種になっていい。というか、下手に同情される方が対応に困る。

 

 先程、美琴との関係を知り合いと上条は称したが二人の関係はそこまで稀薄というわけでもない。寧ろ割りかし頻繁に会うと言ってもいい。といっても、上条の友達の食蜂操祈と会うときに食蜂がよく美琴を引き連れてくるというだけだが(二人きりで会うことを恥ずかしがった食蜂が美琴を緩衝材に使っているだけである)。

 上条自身、美琴のことを結構気に入っていた。美琴の裏表のない、竹を割ったような人柄は素直に好感が持てるし、女の子だが男の趣味に理解があって話が合う。よく特撮について熱く語り合っている。

 

「はぁ、まあいいや。それよりさ、御坂。この後暇か?助けて貰ったお礼に上条さんがなにか奢ってさしあげますよ」

 

 冗談めいた口調で上条が言った。それに反応した美琴はわざとらしくニヤついて野次る。

 

「へえ、あの年中金欠の上条に人に奢るだけの甲斐性があったんだ?初めて知ったわ」

「うっせ。あ、でもあんまり高いのは勘弁してください死んでしまいます」

 

 情けないことを平然と抜かす上条に、しかし美琴は少し申し訳なさそうな笑みを浮かべた。

 

「悪いね、今日はこの後人と会う約束をしてんのよ。また今度にしてくんないかな」

「あー、ならしょうがねえな」

 

 思いの外上条はあっさり身を引いた。大抵の人間ならメンツを潰されたことに大なり小なり怒りを抱くものだが、上条は本気でなにも気にしていないようだった。

 こういう所は好きだな、と美琴は思った。恋愛感情のような浮ついた好感ではなく、尊敬に似た感情だ。

 上条は人間関係における最低限のラインというものを引いている。そこから先へは決して踏み込まない。だが決して冷淡というわけではなく、寧ろ積極的に他人を気にかける方だ。ラインを越えないのは人に興味がないからではなく、人には他人に触れて欲しくないことがあるという事を理解しているから。どこまでも人を慮った、適切な距離に身を置いている。純粋な優しさ。その絶妙な距離感が、美琴には心地よかった。

 食蜂のように女の子が心を惹かれることも、まあ、あるんだろうなと思う。上条本人にその自覚はないだろうが。

 

 だが、美琴は同時にまた別な感情を抱いていた。腹の中で燻る火種のような、もやついた感情。ともすればどうしようもなく目の前の男を貶めたくなる、そんな澱のように淀んだ陰湿な感情。

 

 嫉妬心。

 

 自分は、きっとこうはなれない。そんな確信が美琴に上条を嫉妬させていた。その嫉妬心を自覚して、再び自己嫌悪する。悪循環。上条の存在が鏡となって自分の薄汚さを自覚させた。

 

 人は自分に無いものを羨む。それは嫉妬心であり、劣等感であり、また尊敬である。それらはまるで別な感情に見えて、その根本的な源泉は同じものだ。

 美琴の中の嫉妬と尊敬が反比例する天秤が揺れて、やがて均衡した。

 

 考えるのめんどくさ。やめだやめ。

 

 逃避。逃げた。何が答えかも分からないことを考えていたってしょうもない。忘れた方がいい。

 そうやって折り合いをつけた。

 

 半年後、この日見逃した感情が後に二人の間で決定的な亀裂を生むことになる。

 

 

 

 

 10学区、廃れた学区。ここを通るくらいなら迂回した方がいいとまで言われるほど治安が悪いとされるこの場所で、車が一台爆走していた。

 法定速度をぶっちぎった走りを見せるソレはこの場所には不釣り合いな高級車だったが、やはりというか当然の如く盗まれたものだ。

 

 中には男が二人乗っていた。

 一人は運転席に座った、金髪で馬面のガラの悪そうな男。スピーカーから響く大音量に合わせて時折体でリズムを刻んでいる。

 もう一人は後部座席に座ったオールバックの大男。はちきれんばかりの筋肉で全身を覆ったその男は一人だけでシート全体を圧迫していた。運転席の男の垂れ流す大音量にも目もくれずに目を瞑って何かに備えるようにじっとしている。

 そんな寡黙な巨漢の様子を時々金髪の男がバックミラー越しに見やっている。

 

 二人の間に会話はない。仲が悪いという訳ではなかったが、金髪の方が緊張して声を掛けられないだけだ。大男の方は元からこんな感じで、自分から声を掛けることは滅多にない。

 

「.........着いたぜ」

 

 目的地まで着た所で金髪が初めて声を掛けた。大男の固く瞑られていた目蓋が持ち上がる。

 

「後は手筈通りに。一時間後、回収しに来い。俺が間に合わなければそのまま離脱しろ」

 

 低く轟くような声で手短に大男が告げながらドアに手を掛けた。

 さっさと行ってしまおうとする男に、金髪は何か言うべきか逡巡した。ドアが開けられたところで、慌てて声を張り上げた。

 

「俺は!」

 

 体を半分まで外に出していた男は止まって、そのナイフのように鋭い視線を金髪に向ける。その威圧感にアテられて一瞬怯んだが、意を決して続けた。

 

「俺はアンタを信用してねえ。他の皆や、駒場さんはアンタをカミサマみてえに持て囃してるけどな、俺は違う」

 

 金髪の独白を男は黙って聞いていた。気分が乗ったのか金髪は更に声を荒らげて続ける。

 

「俺達はスキルアウトだ。なんだってテメエみたいな糞の能力者にへつらわなきゃいけねえんだ?能力にあぐらかいてるだけの連中の一人に成り下がったテメエに」

 

 そこまで言って気が付いた。

 

 違う。俺はこんなことが言いたいんじゃねえッ!

 

 男は胸の内で燻っているその感情を言葉にしようとして、空回りしていた。

 複雑な心情を言語化できるだけの語彙がないのではなく、金髪自身それを整理して呑み込めていない故に感情を滅茶苦茶に垂れ流してしまった。

 金髪の男が言ったことは本心ではあるが、それだけじゃない。その本心を装飾する考えがある。しかし、それを一部を切り出して言ってしまったことで、ただ大男を罵倒する言葉に成り下がってしまった。

 

「わりぃ。やっぱなんでもねえ。忘れてくれ」

 

 声を掛けるべきじゃなかった。こいつはこっからが大変なのに、変に気を揉ませちまった。くそっ。

 俯いて自己嫌悪に声を萎ませた金髪に、大男がゆったりと口を開いた。

 

「信用してもらう必要はない」

 

 冷たい声音に、金髪は弾かれたように顔を上げた。しかしそこにあったのは、静かに金髪を見やる男の双眸だった。

 

「俺は俺のやりたいようにやる。付いてきたいなら勝手にしろ。来る者は拒まないし、去るなら好きにするといい。そこに信用だとかそんな高尚なものは要らん。お互いに、行動で示すだけだ」

 

 それだけ言うと、男はさっさと行ってしまった。呆然とそれを見届けて、思わず笑ってしまった。

 

 変わらねえ。相変わらず、変に斜めに構えた物言いばかりしやがる。言ってることも、全然的射てねえんだよボケ。

 

 だが、幾分か気が楽になったぜ。

 

「死ぬんじゃねえぞ、佐藤」

 

 車を再び走らせながら、誰に言うでもなく一人でそう呟いた。

 

 

 

 

 午後18時37分。十学区の端に位置する細胞工学研究所の閑散としたエントランスに男がフラリと現れる。

 

 大きい。背丈が2mはあり、全身ががっしりとした筋肉で覆われていた。ゆうに150kgある。丸太のように太い両腕の筋肉がはち切れんばかりに膨張して、青く太い血管がはっきりと浮かんで見えた。

 あまりに場違いな男は当然研究所の人間ではない。既に外来の受け付けを閉め終えた今、男は部外者で不審者だった。

 

 先ず、警戒した警備員が警告した。男はそれを無視してずんずん奥へ進んでいこうとする。

 再度、今度は拳銃を向けて警告。男は立ち止まらない。

 威嚇射撃。銃声に男が一瞬立ち止まる。それから警備員へ向き直ると、ゆっくりとした足取りで男は警備員へ接近した。

 恐怖に駆られた警備員がニューナンブM60を男に向けて発砲。弾丸は男の肩に吸い込まれるように命中した。男の体が弾かれたように撃たれた肩から揺れる。

 

 だがそれだけだった。突き刺さった筈の弾丸が男の皮膚からポロリと自然に落ちた。それから男は何事も無かったように再び歩いて近ずき出す。

 一回撃ってタガが外れたのか警備員は男に向かって何度も発砲した。その度に男は立ち止まったが、再び歩き始める。

 それを3度も繰り返すと、警備員の命運と共に弾が尽きた。カチカチと狂ったように空回りする引き金を引く警備員に飽きたのか男は蚊でも払うかのように平手で軽く警備員の頭を叩いた。

 

 メキリと軽い音を立てて、男の首が有り得ない角度に曲がって肩に張り付いた。

 可動域を超えた首の付け根が半ば程まで千切れて、一瞬胴体から伸びた白い頚椎が覗いたと思ったら、頭に送られるはずだった血液が勢いよく噴き出した。

 首から赤い飛沫をあげながら崩れるように膝から地面に落ちた警備員だった肉体は数度痙攣すると、それっきりもう動かなくなってしまった。

 

 男はそれを見届けると、口を愉快そうに歪ませ、再び奥に向かって歩き出す。

 

 開戦の狼煙が、今あがった。

 

 

 




佐藤て。もうちょい捻った名前にすりゃよかった。

それはそれとしてやっとこさ戦闘シーンを書ける。いい加減 、日常会話シーンは飽きてたんだ。まあ、オリキャラなんですけどね

次話アイテムが出ます(ネタバレ)


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プラッカー

※注意

ここから先の話は残酷な描写タグの面目躍如な展開がドシドシ出てきます。苦手な方はブラウザバックをお勧めします


 研究所の廊下。その狭い通路を埋めるように男達が数人いた。その全員が薄い紺色のセキュリティドレスに身を包み、制帽を被っている。

 雇われの警備員に見えるが、実はそうではない。男達は警備員に扮した暗部の人間だった。暗部の中でも下部組織の人間だが、最低限の訓練を受けた一端の兵士。とある要請を受けて研究所の警備を請け負っていた。

 そんな彼らは今、揃って一方向を向きながら手に握った拳銃をたどたどしい手つきでそちらに向けていた。

 その表情は恐怖に歪んでいる。

 

 視線の先にいたのは一人の男。逞しい筋肉に覆われた大男だ。大男はその口角を粘着質に歪めながらゆったりとした足取りで彼らに歩み寄った。

 

 その狂気的な笑みに晒された、男達の先頭に立った男がその表情から逃げるように視線を下に向けた。そして、ナニカと目があった。

 大男の足元に転がったナニカ。ボーリング球程の大きさがあるそれは、人間の頭部だった。さっきまで男の仲間だったモノの残骸。

 首から噴き出した夥しい量の血液でリノリウムシートに覆われた床を汚しながら、ぞんざいに転がるソレは苦悶の表情を浮かべていた。生きたまま"回された"ようだ。男は、その現場をさっきまで見ていた。

 

「うっ、うわあああああああ」

 

 恐怖に駆られて滅茶苦茶に撃ちまくった。それに呼応するように後ろからも数十発の銃声が鳴り響く。

 銃弾が当たる度に大男の身体が跳ねた。それが何十回も続くのでまるで痙攣してるかのように男の身体が跳ねまくる。

 そして、弾が尽きた。何度もカチカチと空のトリガーを引いてようやく残弾が尽きたことを認識した。残弾数など最初から数えていなかった。それだけ男の圧に平常心を掻き乱されていたのだ。

 

 一瞬の静寂。

 

 先程まで荒々しい暴力で猟奇的な死体を量産していた男は、銃弾の嵐に晒され全身を自身のもので血塗れになりながら、その場で沈黙していた。

 

 殺ったか?そう思った矢先だった。

 

 突如として踏み込んできた大男に、先頭の男は対応出来なかった。

 ぬるり。突き出された大男の巨大な手が男の頭を鷲掴みにし、そのまま男の身体を宙吊りにした。

 

 アイアンクロー。プロレスでしか見かけないような技を受けて、男が真っ先に感じたのは、頭蓋にくい込んでくる指圧よりも強い、全体重の負荷が一気に掛かって生じた頚椎の激痛だった。

 生命の危機を感じて、丸太のように太いその巨腕に両手を引っ掛けて必死にぶら下がる。そこでようやく、頭を締め付けるそれを体感した。

 

「ぃ゙、いだい゙い゙だい゙い゙だだだだ」

 

 逃げるように身をよじってもその苦痛は一向に収まらない。

 それどころか、少しずつその力が強くなっていった。最早、指がくい込むどころではない。少しずつ、男の頭蓋骨が押しつぶされていく。

 狭まっていく男の頭蓋から、出口を求めるように脳味噌がカタチを変形させて脳天に集まっていく。

 

 パンっ。風船を割ったかのような破裂音と共に、男の苦痛は終わりを迎えた。

 逃げ場を無くした脳味噌が高圧力で男の頭頂部を吹き飛ばして、締めあげられて破裂する西瓜のように男の頭も弾けたのだ。

 べチャリと、ゲル状の脳漿が天井に張り付いて、粘性のある雫がポタポタと落ちてくる。

 

「糞がっ」

 

 それを見ていた男達のひとりが再び銃を構える。既に弾倉を取り替えたそれを発砲する。

 しかし大男は意に介さず突き進んだ。

 そして男の両手を掴むと、なんの躊躇もなく引きちぎった。

 

「う、あっ、あっ、あっ!?」

 

 腕をもがれた男はその痛みより、その信じられない光景に混乱した。取り返しのつかないほど荒々しく千切れた両腕の断面からダボダボと血が撒き散らされる。

 それから出血多量で軽くトリップした男の頭を大男がガシリと掴むと、まるでコルクを回すように頭を捻った。

 可動域を越えた首の皮膚がぷちりぷちりと音をたたて千切れていく。一回転する頃には男は絶命していたが、構わず引っこ抜いた。糸を切られた人形のように首から下の肉体が崩れ落ちる。

 

 そんな残酷な解体ショーを見物させられた最後のひとりは力無く地面にへたりこんだ。戦意は最早無かった。

 人間を玩具のように壊すバケモノ。勝てるわけが無い。銃も効かない。やれることなんてない。

 ふと男が目の前に立った大男の顔を見上げるように見た。

 醜かった。まるで人を殺すことが楽しくて楽しくてしょうがない。そんな顔で、男のことを見やっていた。

 

 はんっ。と鼻で笑うと男は自分の頭に銃口を押し付け

 

「くたばれ"プラッカー"」

 

 呪詛を吐き捨てて躊躇いなく引き金を引いた。

 

 

 

 

 プルプルプル。

 

 高級ホテルのような豪奢な雰囲気の部屋で、携帯の電子音が鳴り響く。

 それに反応して、近くにいたソファで寝転がっていた男が身体を捻って鬱陶しい音をたてる端末から逃げるように背を向けた。

 

 .........電子音は一向にやまない。根負けしたのか男が起き上がった。

 

 金髪の、シャレた格好をした男だった。その整った顔立ちと相まってホスト然とした雰囲気があるが、その顔に刻まれた表情は人付き合いを旨とした水商売の人間にあってはならない不機嫌さを醸し出している。ガラの悪いチンピラがいいところだろう。

 

 電話は不通知だったが構わず手に取った。この携帯にかけてくる人間は、一人しか知らない。

 

「よお。わりぃが今俺はクソほど疲れてんだ。しょうもねえ話なら即たたっ切るぜ」

 

 出るや否や見た目相応の口調で一方的にそう告げる。気遣いゼロ。電話の向こうの人間は男のそんな態度に苦笑したが、慣れているのか気にすることなくすぐに用件を男に伝えた。

 結局、男はその携帯を壁に物凄い勢いで投げ捨てた。有言実行は男のモットーだったのだ。

 割れた端末が小気味良い音を立ててフローリングに転がる。

 

 さて邪魔者がいなくなったところで睡眠の続きを、といったところで部屋の扉が開いた。

 女だ。シンプルな赤いドレスを着ている。

 女は男の姿を確認すると、発育の良い腰に手を当ててわざとらしく溜め息を吐いた。

 

「どうせこんなところだろうと来てみればやっぱりね」

「どいつもこいつも朝っぱらからなんなんだよ。常識を弁えろ常識を」

「第二位のあなたが言うとなんだか面白いフレーズに聞こえるわ」

「喧しいわ。で、なにしにきたんだよ」

 

 やむを得ずといった感じで起き上がった男___学園都市第二位のレベル5、垣根帝督はそう言って鬱陶しげな目で女を見やった。

 

「なにって仕事でしょ。さっき連絡来たんじゃないの?」

 

 垣根は黙って床で無惨に転がる嘗て通信機器だった残骸を指さした。

 女は呆れて天を仰いだ。レベル5が人格破綻者の集まりだという噂は昔から聞き及んでいたが、あながち間違いでもないのかもしれない。

 

「なに勝手に呆れてんだ?俺はさっきまでゴミ処理を延々と繰り返していたんだぞ?そろそろ休んでもいいと思うんだが」

「だぁめ。今回は結構マジな案件らしいわ」

「あん?何の仕事だよ」

 

 多少の興味を持ったのか、ソファから身を乗り出して垣根は女の話に耳を傾けた。

 

「ネームドの処理。"プラッカー"よ」

「ああ、"あれ"ね。はいはい」

 

 "プラッカー"。最近になって研究施設やら暗部の拠点やらを襲撃し始めた学園都市の反逆者。人の首を捻じきったり潰したりする傾向からそんなアダ名が付けられた。

 暗部組織が蔓延るこの街で、反逆者がネームドと呼ばれるまで調子付くことは珍しい。すぐに他の暗部の人間に消されるからだ。俗に言う"ゴミ処理"。

 

「ま、その辺の下っ端じゃ束になっても敵わねえだろうな。奴は能力者の中でも、こと戦闘に関しては群を抜いてる」

「だからあなたにお鉢が回ってきたのよ」

 

 そんな女の言葉に垣根は眉を顰めた。

 

「あんま関わりたくねえなあ。こいつ例の第六位案件だろ?面倒事は嫌だね」

 

 第六位。御坂美琴。暗部に数ある地雷の中でも彼女のそれは特に恐れられている。単純にレベル5だからという理由ではなく、そのやり口が凄まじ過ぎるのだ。学園都市屈指のアンタッチャブル。

 垣根は彼女とやり合っても負ける気こそしないが、後々のことを考えれば彼女と敵対して消耗するのは望ましくないと考えていた。無駄な闘争は避けるに越したことは無い。故の苦言だった。

 

「如何にプラッカー___佐藤藤吉が彼女の身内の親類だろうと、彼から受けている被害を考えればやむを得ないことよ。彼女もそれくらい分かっているはず」

「それと個人的な恨みを持たれないかはまた別な話だけどな。てか本名初めて知ったわ」

 

 結構普通な名前だな。と言いながらやる気を出そうとしない垣根に女は匙を投げた。もう好きにしてくれといった感じで来客用の椅子に腰掛ける。

 

「安心しろよ、俺が動かなくても他の連中がやってくれるだろうさ。そう、例えば___”アイテム"とかな」

 

 再び毛布に包まりながら、暗部の一大組織"スクール"のリーダーは何となしにそう言った。

 

 

 

 

 はちきれんばかりの筋肉に覆われた大男____佐藤藤吉はこれからの行動を起こすに当たって先ず邪魔になるであろう警備隊を始末した後、本来の目的を果たすべく行動を開始しようとしていた。

 先程の戦闘の後だというのに、藤吉の身体にはどういうわけか傷が一つもなかった。全くの無傷。彼の着ている服には、浴びせられた銃弾でチーズのように穴が空きまくっているというのにだ。

 しかし、そんなことは当然だというように藤吉は思索を巡らせていく。

 

(今回の警備隊の規模、練度。今までよりは数段上がっていた。暗部もそこそこ俺を警戒しているといったところか)

 

 襲撃する施設になんら規則性のない藤吉らの行動を予測するのは不可能に近い。

 実際、藤吉自身この施設を襲撃したのには特に理由はなかった。正直な話、どこでもよかった。攻撃を仕掛けているというポーズが必要なだけで、"どこ"を攻撃するかは二の次だった。

 そのスタンスが自然と暗部の動きを遅らせることに成功していた。

 どこに襲撃するか分からない以上、一部の拠点に戦力を置いて出待ちする方策を行うことが出来ないからだ。藤吉が攻撃を開始してようやく動くことが出来る。完全な後手番を強いられている。

 

 今回の警備増強は単純な話、藤吉の足止めを行うための捨て駒だった。下部組織の人間ならいくらでもいるので戦力を分散することでほぼ全ての施設を網羅できるし、いくらでも死んで構わない。

 そうやって連中が時間を稼いでいる間に、藤吉を討伐するための本命を向かわせる。組織ならではの人海戦術。

 

 装備もそこそこ整っていたし、人数もいたのでさしもの藤吉でも手間が掛かった。時間を掛けすぎた。今からでも暗部の主力が到着してもおかしくない。

 迎え撃つためにも準備を整える必要がある。そう思って動こうとした。

 

 瞬間、脳が最大級の警鐘を鳴らした。直感だった。

 何故、何が、そんな思考を切り捨てて防御態勢を取る。両腕で自身の頭部を覆って亀みたいに丸まった。

 

 衝撃。

 

 金属バットを思いっきり振りかぶって撃ったような重厚な衝撃が片腕から伝って藤吉をぶっ叩いた。想定を越えたその感触に、思わず口から肺の息が漏れる。

 

「がぁ、ア゙ァッ」

 

 姿も確認せず、振り向きざまに拳を振った。腰の入っていない半端な裏拳だったが、藤吉のモノであれば話は違う。まともに当たれば内臓が破裂する。そんな威力の拳を乱雑に振るう。

 しかし、拳は空を切った。藤吉を襲った襲撃者はその暴力を悠々と避けて、一瞬で藤吉の間合いから離脱してみせた。

 

 藤吉がそのまま振り向くと、そこにいたのは少女だった。パーカーを着た小柄な栗毛の少女。身長は140cmもない、藤吉と比較すれば親子以上の身長差がある。

 体格もそれ相応に小柄で、藤吉にはどうやってもこの少女が先程の重い攻撃を放つイメージがつかなかった。

 だが、藤吉は少女に対する警戒を解かなかった。否、解けなかった。

 

(気付かなかった、攻撃される直前まで。この女、どうやって俺に近付いたんだ......!?)

 

 訓練された人間なら確かに気配を消して近付くことも可能ではあるだろう。

 だが今、この廊下の床は藤吉が殺した夥しい数の死体と血で埋め尽くされてる。そんな中、どうやって歩けば物音立てず警戒している藤吉に近付くことが出来るのか。今離れた時だって、なんの音もしなかった。

 

 こいつは危険だ。

 

 藤吉の中で少女に対する警戒レベルが格段に上昇した。体躯が小さくとも、自分と同じかそれ以上のチカラを目の前の少女は持っていると、藤吉は判断した。

 

 そんな藤吉に対して少女は訝しげに首を傾けた。

 

「うーん、今の不意打ち結構自信あったんですけどねえ。あっさり防がれた上、ダメージもなさそうなんで超ショックです」

 

 ほざけ。残念がる少女に藤吉はそう思った。

 ダメージがないなんてとんでもない。未だに先程の衝撃が片腕の骨に響いている。

 よけられたのだって、偶然だ。藤吉が"頭部"に対するダメージを特に警戒していなければ、今頃藤吉は床に転がっていた。

 

「さっきは超大チャンスだったんで思わず殴りかかってしまいましたが、一応確認しておきます。あなたが”プラッカー"、佐藤藤吉で超間違いないですね?」

「......そうだとしたら?」

「まあ、そうでもそうじゃなくてもやる事は超変わんないんですがね」

 

 握りこぶしで手を叩いて毅然と少女は続ける。

 

「超コテンパンにぶっ殺して、生まれてきたことを後悔させてやります」

「......やってみろ」

 

 獰猛な笑みを浮かべて藤吉が答える。

 

 二人の間で殺気が膨れあがり衝突する。視線が交わり、殺意が空気を焦がしていく。視界が赤く染まる。思考が鋭敏に研ぎ澄まされる。

 

 そして

 

 殺意が爆発した。

 

 

 




前回に引き続いてオリキャラ連投。というか暫く続投したり掘り下げがある。あと3話くらい彼メインでやるがタイトル詐欺ではない
割と、美琴の内面に深く関わる展開に欠かせない存在なんです
この展開を原作キャラ絡めて書ければ天才なんだけどなあ

てか戦闘シーンが次回に流れてしまった。すぐ書きあげよう


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ネゴシエーター〇〇ちゃん!

 

 「肉体再生」。学園都市ではポピュラーな能力に分類される。効果は名前の通り、肉体的損傷を回復させる能力。

 前述したとおり能力自体は珍しくもないが、ある一点において他の能力の持つ普遍的な性質から逸脱している。

 それは能力使用に一切の複雑な演算を必要としないこと。能力を扱う上で必要な工程が自身の細胞活性のみであるからである。

 この性質は「肉体再生」の特性からして非常に噛み合っている。なぜなら「肉体再生」が発動する時というのが能力者自身が傷を負った場合に限定されるからだ。

 実は大抵の能力者にとって、肉体に何らかの損傷を負った状態での能力行使は非常に難しい。というか、そもそも戦闘状態において本来のレベル相応の実力を発揮出来るかもあやしい。

 それは能力に必要な演算が様々な心理的、或いは物理的な外的要因によってその精密さを左右される故の問題だ。

 学校で行われる能力測定時のように万全の体制を期し、リラックスして、誰にも邪魔されない状況で能力を行使するのと、生きるか死ぬかの命のやり取りの合間に能力を使うのとではワケが違う。常にそこには緊張感と焦燥感が付きまとい、とてもではないが演算に集中を割けない。

 まして重症など負おうものならば、その激痛で演算どころではなくなる。

 そんな中、「肉体再生」は外的要因の影響に関わらずコンスタントにそのチカラを発揮することが出来る。

 加えて再生能力故に継戦能力も高い。

 なので、地味ゆえに学生間ではあまり好まれない能力だが、任務の安定した達成を重視する暗部のような組織では「発火能力」のような派手な能力よりも実戦的な「肉体再生」は高く評価される。

 

「だけど、それはせいぜいレベル2か3程度の肉体再生の評価。4になると、その実態はまるで別モノになる」

 

 筋肉に負荷をかけると筋繊維が破壊され、破壊された筋繊維は回復する時に負荷を受ける前よりも強くなって回復する能力が普遍的に人体に存在する。これを超回復という。筋肉をつける原理がまさにこれだ。筋トレとはつまるところ筋肉を破壊する作業であって目的はこの超回復による強化にあるといえる。

 しかし超回復には時間がかかり、筋繊維が破壊されてから大抵24時間から48時間程度の時間を要する。なので、この間に更に筋トレとかをしても筋肉に余計な負荷がかかるだけで筋肉の増強は望めない。寧ろ筋肉を減らすハメになる。

 この自然の制約によって、普通の人間が体づくりを行うなら長期的な期間を要することになるのだが、レベル4以上の「肉体再生」能力者にはそれがない。その圧倒的な再生速度によって数日かかる超回復はたったの数秒に短縮される。つまり、鍛えれば鍛えるほど筋肉がつく。

 例えば、それまで短距離走がクラスでドベだった人間がその日のうちには世界記録を出す。そのレベルの効率のトレーニングが行える。

 数ヶ月もあれば、ヒョロガリが筋肉に覆われたバケモノに仕上がる。

 

「.........で、それと私になんの関係が?生憎と私の専門分野は脳なんだ。勿論、人体生理学に詳しくないわけではないが」

 

 それまで話を聞いていた女が疲れたように掠れた声でそう口を挟んだ。

 別に本当に女が疲れている訳では無い。元々そういう声質であるだけだ。だが、深く刻まれた目元の隈や、手入れされていないボサボサの栗色の髪を代表とする草臥れたような女の風貌と相まって、普段からそういう誤解を招いているようだった。

 

「まぁこれはちょっとした注釈みたいなもんです。本題はここから」

 

 女の前で先程まで講釈をたれていた少女が懐から薄めの封筒を取り出すと、女の方へ放り投げた。

 女の膝に着地したそれを拾いながら怪訝な表情を女は少女に向けるが、少女はその無言の抗議をスルーしてジェスチャーで封筒を開くよう指示する。

 中から現れたのは半裸の男性を写した何枚かの写真だった。

 

「これは?見るところ、写真はそれぞれ別人のように見えるが」

「同一人物です。名前は佐藤藤吉。もとはレベル2の肉体再生を持つ能力者でした」

 

 言われてみれば数枚の写真に写る男の風貌にはそれぞれ共通点というか、面影のようなもの感じる。もっとも、それが気の所為だと思うくらいには写真に写った男性の体つきが違いすぎる。骨格からして変わってしまったようだ。

 

「成程、先程の講義はこれを納得させるための解説というわけか。しかし、肉体再生を用いたトレーニングに適切なレベルは4という話ではなかったかな?君の話を信じる限り彼はレベル2なのだろう?」

「レベルを誤魔化すトリック。それについてはあなたの方がよくご存知なのでは?」

「どういう意味だ?」

「レベルアッパー。あなたの開発した音楽ファイルですよ、木山春生さん」

 

 途端に女___木山春生のどこか気の抜けた気配は一気になりを潜めた。

 

「.........私達は初対面の筈なんだが、どうして君がツテなしでわざわざ私の所を訪ねてきたのか、疑問だったが今しがた解消できたよ」

 

 ありがとう。と言いながらも木山の顔からは表情が消え、その目は少女を油断なく見据えた。まるで目の前の存在をどうやって排除するか、それのみに頭を巡らせ始めているようだった。

 予想通りの反応だったのか殺気立つ木山にも動揺することなく、少女は口を開いた。

 

「誤解して欲しくないんだが、私は別にあんたと事を構えたいわけじゃないんだ。私はね、あんたと取引に来たんだよ、木山さん」

「取引だと?」

「そう、あんたの計画を助ける代わりに私の計画を手伝って欲しい」

 

 意外な提案だったのか、木山は一瞬目を見開いた後、冷静に尋ねる。

 

「断る。と言ったら?」

「あんたがレベルアッパーをバラ撒いた首謀者だという情報を風紀委員や警備員に匿名で流す。あんたも知っての通り、レベルアッパーはその性質上いずれ使用者に致命的な副作用を起こす。そのうち問題になって連中が動きだすことは想像に難くない。場合によっては理事会が動くかもな」

「今、私が君をここで殺すとしても?」

「私を殺そうが殺すまいが、いずれ事は露呈するさ。私がこうしてあんたを探し当てたように。結局のところ時間の問題なんだ。なら、私がどうやってあんたのことを特定できたのかを知ることが私の生き死によりも今優先すべきことだと思わないか?」

 

 ふむ。と頷くと顎に手を当てて木山は考える素振りを見せた。取り敢えずのところ敵愾心は抑えることにして、少女の話を聞くことにしたらしい。彼女の脳裏では少女の提案をのむメリットとデメリットが計算されているのだろうと少女は思った。

 といっても答えを逸るには提示した交渉材料も、少女自身のことについても情報が少すぎる。答えを出す為の熟慮というよりは頭の整理中といったところか。カッとなった頭では冷静な交渉など望めない。こうして頭の冷却時間を取ることはネゴシエーションを取る上でなにより重要なことだろう。

 木山を見やりながら少女がそんなふうに推測していると、木山はおもむろに口を開いた。

 

「レベルアッパーから私を特定する手段は二つしかない。一つはレベルアッパーの拡散経路から辿る方法だが、これはハッキリ言って不可能に近い。というのもレベルアッパーを拡散するために私が払った労力というのはネットの掲示板に一度だけデータをアップしただけで、後はネットの住人が勝手にコピー品をバラ撒いてくれたからね。今出回っているのだって言ってしまえばコピー品のコピー品。そこから辿ってもオリジナルのデータには行き着かないだろう。行き着いたとしてもアップに使ったPCはネカフェのものだ。アップするにしろ複数の海外サーバーを挟んでいる。ここから私を特定するのはかなり骨が折れるし、現実的ではない。なのでこの方法はありえない」

 

 あっ、そっちの話するんだ。と少女は思った。てっきり着々と進めてた計画に脅迫混じりの横槍入れられたことに苛立ってるかと思っていたので、こう具体的な話を切り出してくるとは考えていなかった。

 木山の言ってることは概ね正しい。少女も一度だけその方面での捜索を考えたが、あまりにめんどくさかったので諦めた。ネットの特質を利用したいい手だと感心していたが、こうも周到だったとは。尤も、木山がそれくらいのことも出来ない・警戒心も強くない無能な楽天家であったならばハナからこんな話を少女が持って来ることはなかったが。

 

 これはわざわざネタばらしする必要もないかな.......?

 

「もう一つはレベルアッパーの特性を利用した方法。その鍵となるのは___」

「脳波」

「その通りだ」

 

 なんとなく悔しくて口を挟んだにも関わらず、木山はあっさりと肯定した。釈然としない。

 「今更言って聞かせるまでもないだろが、おさらいがてらに解説しよう」少女の内心を知ってか知らずか、そう前置きすると木山はテキパキ話を続けた。

 

「レベルアッパーを聞くと共感覚性によって使用者の脳波はある特定の脳波に調律される。調律され一律化された複数人の脳波はAIM拡散力場と相まって一種のネットワークを構築する。私の目的はここにある」

「どっちかというと目的はネットワークの形成そのものじゃなくてその使用じゃないのか?」

「どうしてそう思う」

「あんたが過去に何度も『樹系図の設計者』の使用を申請していて、未だそれが通っていないのは把握済み。要するに『樹系図の設計者』の代わりが務まるくらいの高性能な計算機が欲しかったってことだろう。なんでそれが必要か、というのはあんたの経歴を見たら自ずと推測が立つよ」

「...........」

 

 黙り込んだ木山を見て少女がハッとした。やべ。ミスったか。

 

「悪かった。ベラベラとあんたの内情に踏み込みすぎた。許してほしい」

「いや、そこまで気にしてはいない。実際その推測は正しいからね、素直に感心するよ。ただ、フェアじゃないと思っただけだ」

 

 木山の言うことはもっともだと少女は思った。突然現れ、自分のことを散々調べ尽くし、その上自身のことについて何も語らない正体も定かではない相手。そんな奴とは如何にメリットがあろうと取り引きはしたくはない。信用できないからだ。

 今回少女はそれを払拭するために合理的な理由で理論武装して木山を説き伏せにきた。何か疑念を持たれてもそれをそれを捻じ伏せて強引に信用させる手札をいくつも用意した。

 だが、今回木山が吐露したその疑念はあくまで心情的なものだ。論理や情報で解決できる蟠りではなかった。

 

「なら、私の目的の一部を開示する。あんたが作った脳波を用いたネットワーク。その元であろう原形。それの諸々の解決が私の目的だ」

 

 少女の開示したある意味暗号的なそれを、しかし読み取ったのか、或いは心当たりがあったのか木山は一瞬目を見開き、やがて得心がいったように頷いた。

 

「成程、確かに。君のその桁外れの情報収集力があれば気付かないことはないか。そして、それを知った君が形振り構わずこうして動くのもわからない話じゃない。真偽はともかく納得はできる。この場は取り敢えず、君のことを信じることにしよう」

 

 「脱線したな、話を戻そうか」そう言う木山に少女はホッとした。

 少女は木山に対してかなり高圧的な態度を取っているが、それはあくまで今後の交渉において木山からイニシアチブを握るための布石にするためだ。ネックだったのは彼女の機嫌を損ねて交渉前に破談してしまうこと。情報量のアドバンテージで優位性を確保しつつ、かつ木山の機微にアンテナを立て続けていなくてはならない。この調整が難儀だったし、少女自身、その態度とは裏腹に木山に対してかなり気を使っていた。木山の助力を得られずに困るのは少女本人だからだ。

 

「君も言ったが、レベルアッパーには致命的な副作用がある。まあ、脳波を間接的にではあるが弄るわけだからな、使用後早くて数週間以内には意識を失う。問題はここだった。なにせネットワークの利用にはレベルアッパーの使用は不可欠だからな、私が使って、もし昏睡状態になれば目的は果たせないし、いずれ起こるであろうレベルアッパーの問題を早期解決できる者がいなくなる。だからリスクを承知でレベルアッパーにある仕込みをさせてもらった。それがきっと私とレベルアッパーを繋げる糸口となったと見るが、どうかな?」

 

 木山の言葉に少女は同意するように肯首した。

 

「レベルアッパーで調律された脳波の波形はあんたのモノを指していた」

「その通り。そういう風に作ったからな。つまるところ私はレベルアッパーを使用せずとも常にネットワークに接続できる状態にある、というわけだ。世界で唯一レベルアッパーをノーリスクで使用できる存在だといえるだろうな。まあ、そのせいでこうして君のような人間に見つかってしまったわけだが」

「『書庫』にあった学園都市に住んでる連中の脳波形を集めてるデータベースと照合したらあっさり見つかったよ。私じゃなくとも勘がいいヤツならすぐ考えつく手法だ。問題が大きくなれば特定は時間の問題だろう」

「ああ、しかし私は問題が大きくなるまでは動けん。正確に言えば、レベルアッパーの副作用で数百人倒れるくらいにまで使用者が増えなければネットワークは使えない。構造上、使用者が多くなればなるほどネットワークの性能が上がる反面、使用者が少なければものの役にも立たないわけだからな。ある種のジレンマさ」

「私ならそれを解消できる」

 

 少女の言葉に木山の表情に驚きの色が広がった。

 

「解消といっても、レベルアッパー自体の欠陥を改善出来るといってる訳じゃない。問題が大きくなっても特定までの時間を限りなく稼ぐことが出来るという意味でだ。聞いてる限り時間との勝負らしいからな。私なら、その制限を解いてやれる。具体的には書庫とそのバックアップのデータを改竄・照合のためのアルゴリズムの書き換え、いくらでも隠蔽は利く」

「意外だな.......てっきりこれを口実に私を脅してくるものだとばかり思っていた」

「あんたが私の要求を飲まなきゃこのことをリークするってことは本当だ。だが、協力してくれるのだというのならあんたの身柄の保護は私にとって優先すべき事項になる。働いてもらう前に捕まえられたら困るのは私だからね」

「だが、私は最終的には全ての罪を償う気でいる。目的が果たされれば自ら出頭する腹積もりだ。私がここで君の助力を断って、このことをリークされたとしても現段階では警備員のような組織は先ずリーク情報を信じない。彼らは基本的に事なかれ主義だからな、事が始まった後からしか動けないだろう。つまりその情報が本格的に吟味されるのは問題が大きくなった段階での話だ。その頃にはネットワークも十分な大きさになっている。そうなれば私は強硬手段を取ることだって出来る。そのための準備もしている。君のそれは脅しにはなりえない」

 

 毅然と言い放つ木山の姿勢に少女は目を細めた。

 面倒なことになった。と少女は思った。木山は少女の提案を蹴る気でいる。

 普通の精神構造を持った人間なら折れるだろうと少女は思っていた。人間はみな保身に走るものだと。罪を犯して、それに罪悪感を覚えていてもいざ自分が助かる道が見えればそちらへ走っていくものだとばかり思っていた。

 だが、木山は少女の思うよりも遥かに善人だった。罪は償わなければならない、必ず。木山はそんな形骸化した常識を遵守する奇特な善性を持っていた。

 こうなってくると少女の提案を蹴るデメリットも、提案に乗ることのメリットも木山には関係ない。リークされたところで痛くも痒くもないし、自身の身の安全も興味ない。少女の提案を受け入れる必要がないのだ。

 だが、木山の反応はまだ予想の範疇だ。

 

「あんたはよくっても、あんたの教え子達の方はどうかな?」

 

 少女の言葉に木山の目尻が吊り上がった。ことこの案件について、木山はかなり過敏になっているらしい。

 

「あの子達をどうするつもりだ」

「勘違いしないでくれ、私は別にその子達に手を出そうなんて考えちゃいない。寧ろ何もしない」

 

 どういう意味だ?とばかりに視線を寄越す木山に「その前に」と少女は続けた。

 

「これは確認なんだが、ネットワークを使ってあんたがやろうとしてることというのは、過去に実施されたあんた管轄の実験で意識不明の重体に陥った十数名の『置き去り』の子供達を快復させるためのシミュレーションを行う為。で、よかったな?」

「だったらなんだ」

「あんたは子供たちを助けた後出頭するらしいが、子供たちはどうなると思う?保護する人間がいなければ彼らは結局のところただの『置き去り』だ。所有権は学園都市にある。あんたにとっては大事な生徒だったとしても、学園都市からすれば壊れた玩具が再利用できるようになったに過ぎないだろ?元の木阿弥に戻るだけだと思わないか」

「それは.......」

「それとも信用できる人間のアテがあるのか?じゃあ聞くがそいつは裏の連中から圧をかけられても見ず知らずの他人に体を張れる人間なのか?そこまで信頼できるのか?」

 

 少女の言葉に木山は答えられなかった。

 木山とて子供たちのその後について考えていなかったわけじゃない。根回しは事前に済ませていた。自分がいなくてもやっていけるよう、信頼できる人間に援助を頼んでいた。だが少女の言葉を聞いて、やはりというかある疑念を抱いてしまった。

 

 彼は全てを投げ打ってまで子供たちを守ってくれるだろうか?

 

 もしかすると、その人物は本当にそれを為せるほど善意に満ちた人間なのかもしれない。だが、それが真実であれどうであれ今の木山には関係なかった。それを確認する術が無いからだ。疑いをもった時点で、木山の心は容易く揺らいだ。

 そしてそれを見逃さない少女でもなかった。

 

「誰もいないんだよ。彼らに救いの手を差し伸べてくれる存在なんて、あんた以外には。そんなこと、この数年でよく分かったことじゃないのか?ヒーローなんていない。自分がやるしかないんだよ」

 

 諭すように紡がれる少女の言葉は木山にとって大いに同意できる内容だった。

 

「私が彼らを助けることは出来ない。する気もない。だけど、彼らを救うあんたを助けることは出来る。そしてそれはあんた次第だ」

 

 協力してくれるなら助けてやる。最初から最後まで少女の提案は変わらないが、少女の言葉で一気にその印象が変わる。

 少女のやったことは単にメリットのすり替え。木山自身の心の持ちよう。木山の助力者から間接的にではあるが、子供たちを救う存在へと木山の主観で自身の姿を変えた。

 現に木山は黙り込み、何か思案をしているようだった。

 揺らいでいる。もう一押しかな。と少女が思ったとき、木山が口を開いた。

 

「.........想定される外敵は警備員のような公正な組織だけではない。もっと厄介なのは統括理事会、その尖兵の暗部と呼称される組織群だ。はっきり言って、これは警備員や風紀委員などより遥かに危険だ。殺しにおいて彼らはA級のプロフェッショナルといってもいい。そんな彼らを束に相手にして、君はどう対処する?」

 

 来た。条件の提示。勝ったな。思いながら少女も口を開ける。

 

「簡単な話だ。早い話があんたの対処を後回しにさせればいい。連中の仕事というのは基本的に学園都市の機密情報の外部流出を防いだり、要人連中の護衛、危険思想を持った連中を事前に叩いたりすることだ。あんたのケースだとこの内、テロリストの排除に当たるんだろうが、はっきり言ってこいつは連中にとって優先度はかなり低い。だって正直あんたが問題を起こしたところで、出る損害はたかが百にも満たない程度の数の低能力者が意識を失って寝込む程度だ。ネットワークを使えばもっと大きな問題を起こせるかもしれんが、そんなこと連中は知らない訳だしな。勿論、学園としては対処しなきゃいけない問題だし、ある程度人員は割かれるだろうが.......しかしもし、同時期にもっと優先的に対処しなければならない問題が出てきたら、どうなると思う?」

「スケープゴートを用意しているのか」

「ああ、さもなきゃこんな話持ってこんよ」

 

 なんでもないという風に言う少女に、木山は思い浮かんだ疑問をぶつける。

 

「しかしどうやるんだ?君がそれをやるとして、事が露見した場合、結局君と繋がってる私も追われるハメになるんじゃないのか?」

「そこは安心していい。というか、私が直接出張るわけじゃないからな」

「じゃあ誰が.........」

 

 訝しむ木山に、少女はただ机の上に散らばる写真に指を向けた。

 

「まさか」

「その写真の男。佐藤藤吉がやってくれる。奴はある事情で私に従ってくれている。まあ、ある種の協力関係があるわけだ。戦闘能力に関してはさっきも説明した通り問題ない。武装した能力者が束になっても勝てんよ。人間を腕力だけで引きちぎられる攻撃力に、拳銃程度なら通さない筋肉の鎧、加えて致命傷を瞬時に修復する再生能力だ。並大抵のところじゃ倒れん」

「しかし、彼はレベルアッパーを使っているんだろう?これがいつの写真か分からんが、直にがたが来るはず」

「そこも問題ない。脳波と言っても突き詰めれば微弱な電流だ。なら、私にどうにかできないことはない」

 

 「なんなら試しにどこかで見せてあげようか?」と言う少女に木山は「結構」とだけ返した。

 ことその方面の技術において、少女の右に出る者がいないほど彼女が卓越した能力を持っていることを、木山は少女の肩書きから知っていた。

 

「それで、協力してくれる気になったか?」

「はっきり言って、まだ完全に君を信用した訳では無い。だが、私の目的と手段を理解し、なおかつ私に全面的に協力をしてくれる存在が君しかいないというのもまた事実だ」

 

 そう言って、木山は少女に頭を下げた。

 

「頼むッ!私に協力してくれ!あの子達を助けるためなら、私はなんだってするっ。だから........」

 

 切実な声だった。今まで押し殺されてきた感情が、木山の思いが、栓を切って溢れてきたような重みが、その掠れて上擦った声に乗せられていた。

 

「頭を上げてくれ、木山さん」

 

 しゃがんで、項垂れるように頭を下げる木山の顔を上げさせた少女は、安心させるように努めて柔和な笑みをうかべた。

 

「私があんたに頼んで、あんたはそれに応じた。それだけだ。どっちが上か下かじゃない。私はあんたを助ける。あんたは私を助ける。私達は対等なんだ、だから頭を上げて欲しい」

 

 おずおずと顔を上げた木山にその微笑みを向ける。そこには木山の境遇や独白への憐れみも勿論あったが、それはどちらかというと交渉が成立したことの喜色の笑みだった。

 

「ありがとう。こちらこそ頼むよ木山先生」

「ああ、よろしく頼む

 

 

 

 

 ______御坂美琴君」

 

 




なんか言いたい事を一から十まで書いたら話があっちゃこっちゃいって長ったらしくなった。ごめんなさいね

お久しぶりです。戦闘シーン書くのに難儀して別の話も並行して書いてたらこっちの方が早く済んで、別に時系列的に挟んでもいいからこっちを先に投稿することになりました。次話はプロットと文章の雛形は出来てるから近日中に投稿したいな........

話複雑で訳わかんねーってなったら感想欄にでも書いていただけると、嬉嬉としてお答えしますんで遠慮なく!


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