矢澤にこ自身がラブライブ (にこあん)
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第一章【夢を諦めてスクールアイドル】
0.にこあん劇場開幕


音ノ木坂学院のホームページ

 

カウンターの数が今日も多くのアクセスを刻んでいる

 

特設掲示板では多くの交流と多少のいざこざがあるものの、そこはまるで学び舎のような存在

 

今日もまた新しい新入生がその産声を上げた

 

『宮音坂学院:LOVe PeACe』

 

本文はメンバー紹介とスクールアイドルとして初めての挨拶

 

母校のHPのアドレスが張られていた

 

スクールアイドルを始める時に音ノ木坂学院BBSに書き込む

 

いつの間にか恒例行事となったお約束

 

ラブライブに出れますようにという願掛け

 

先生に紹介された後、手を上げて質問をする生徒達のように質問を投げかけられている

 

興味を持たれて嬉しいような、でも少し恥ずかしいような不思議な感覚を覚えることだろう

 

いずれは緊張感すら楽しめるスクールアイドルになれることを祈り、更なる質問を書き込む

 

スクールアイドルとスクールアイドルファンの微笑ましいやり取り

 

ここは少子化により生徒数の減少で廃校になった学院のホームページ

 

それでもホームページが今も残っているのはスクールアイドルファンの願いを叶えた結果

 

 

 

中高生を中心に大人気のスクールアイドルの発案者

 

スクールアイドルの祭典・ラブライブの創設者

 

これから語られるのはそんな偉大な人物達の学生時代のほんの一幕――――

 

 

 

 

「スクールアイドル?」

 生徒会長が矢澤にこの提出した部活申請の申し込み用紙を見ながら尋ねる。

 人生で初めて訪れた生徒会室。返事を返そうとしたが、緊張から喉がカラカラで声が出なかった。にこが返事をしない代わりに生徒会長の隣に座る眼鏡を掛けた少女が答える。

「スクールアイドルという単語はヒットしません」

 眼鏡の少女・副会長の鈴を転がしたような綺麗な声。若干自分の声にコンプレックスのあるにこは羨ましいなと場違いの感想を抱く。

 が、レンズ越しに説明を求める眼を見て冷静さを取り戻した。小さく呼吸を繰り返して緊張を緩める。落ち着いたのを確認してから会長が質問する。

「ということらしいけど、スクールアイドルとはどういったものなのかしら?」

 この質問の答えをパパとママに協力してもらって何度も練習してきた。

「スクールアイドルとはですね……」

 音ノ木坂学院で面接した時はすらすらと出た言葉が、今は頭が働かずにまるで出てこない。向かい合っている生徒会長の机には幾つかのプリントが置かれていて、作業を中断している事が伺える。

 早く説明しないと迷惑が掛かるという事実が、より思考を鈍らせて言葉を途切れさせた。そんな新入生の姿を見て会長が表情を緩め、優しい声色を意識して話す。

「オトノキって今年を含めて後四年で長い歴史に幕を下ろすでしょ? だからね、今年はもう誰も部活の申請にこないと予想してたのよ」

 キョトンとした表情で会長を見つめる。

「運動部以外でやる気があるのはロボット部くらいなのよ。学院自体がなくなるから仕方ないことなのだけど」

「やる気はあってもロボット部は今年も書類審査で落ちましたが」

「私は結果より過程を評価するわ。特にこんな状況下でも腐らずにいられるなんて最高じゃない」

「学院側としては結果を残して欲しいものですけどね。すいません、話がそれてしまいましたね。うちの会長は自由人な面があるので」

 明らかににこの緊張を察してのことと知りながら毒を吐く副会長。いつものことなのか気にせず会長は笑顔のまま。そんなやり取りを見て今度こそ落ち着いたのでスクールアイドルの概要を説明した。

「――なるほど。部活で行う擬似アイドル活動ということね」

「世間はアイドルブームですので逆に部活でするというのは難しいのではないでしょうか?」

「私は面白い発想だと思うけど」

「音ノ木坂学院の近くにUTX高校がなければまだ可能性があったかもしれませんが」

 小学六年生の時にできたのがUTX高校。秋葉のど真ん中に建設され、見た目がビルを模したお洒落な学校。芸能コースの映像を流す為に作られたUTXビジョン。これが今や秋葉の代名詞の一つとなっている。

 入るつもりはなくても記念にパンフレットを貰って何度も見返した。制服のデザインが凄く素敵で一度でいいから袖を通してみたいと強く思った。否、今でもそう思っていたりする。

「でもあちらはプロを目指してる子達でしょ? 関係ないと思うけど」

「優れている人間はどこかに歪みがあるものですから」

 この言葉を体現する存在と邂逅することになるのだけど、其れはまだ少しだけ未来。

「人の努力を嘲笑うくらい平気でするでしょう。アイドルを目指すくらいですし」

「零ちゃんは前世でアイドルに一族を皆殺しにでもされたの?」

 零ちゃんこと副会長の零華(れいか)。眼鏡の位置を正しながら首を横に振った。

「UTX高校の生徒に制服を嘲笑された夢をみたことがあります」

「何その私怨。しかも夢での出来事って……風評被害ってこういうのから始まるのかもしれないわね」

「音ノ木坂学院が廃校になるのもUTX高校が大きな原因でもありますから」

「気持ちは分からないでもないけど。時間の問題でしかなかったでしょ? 二、三年前後したところでどうにかなったとは思えないわ」

 零華は反論出来ずに口を閉ざした。

「それで矢澤さんスクールアイドル同好会の立ち上げの件なのだけど」

「は、はい」

「私と零ちゃんが名前を貸すから部として受理してもいいわよ。廃校が決まる前までは部になるには五人が必要だったけど今は三人で大丈夫だから」

 意外過ぎる言葉はにこをフリーズさせる。

「勝手に人の名前まで貸さないで欲しいのですが」

「去年廃部になったコンピューター部だった部室を使えばネットに繋いだPCをそのまま使えるし」

「誰も使わないで終わるよりはいいかもしれませんね。それなら私も名前を貸すのに文句はありません」

 コンピューター部最後の部員であった零華も同意する。後はにこが同好会のままを望むのか部として活動する意思があるのかの問題。

『チャレンジした人間にのみチャンスは訪れる』

 そんな言葉を思い出しながら両手を強く握り締めながら、

 

「部活としてスクールアイドルを広めていきたいです!」

 

 日本発祥のスクールアイドルが元気な産声を上げた。

「じゃあ書類の方は私達が書いて先生に受理してもらうわね。部室として使えるのは三日くらい後になると思うからそのつもりで。部室の場所は零ちゃんが後で案内してくれるから」

「会長は承諾なしで勝手に決める癖を改めてください」

「私の悪い癖ね。そのついでにオトノキのHPにスクールアイドルの欄を追加してあげてね。独立したサイトを立ち上げるよりはカウンター回るだろうし」

 ぺろりと舌を出してわざと子供っぽい仕草をする会長に零華は眉を顰める。

「……どんなついでですか。一応部員ということで力を貸しますが、その分生徒会の仕事は会長にお願いしますからね」

「本来忙しくなる時期なのにこうして閑散としてるんだもの。一人でも充分よ」

「どうしてそんなに優しくしてくれるんですか?」

 あまりにも好意的過ぎて思わず口から零れていた。

「先輩が後輩に手を貸すなんて当然のことよ。私達は生徒会長と副会長だしね」

「個人的な意見ですがこのスクールアイドルがアイドルより広まったりしたら面白そうですから」

 口元を少し緩めて本日初めて年相応の表情を浮かべる零華。

「やっぱり前世で一族をアイドルに――」

「――滑ったネタを二度も使わないでください。ウザいです」

「あははっ」

 完全に緊張も解けてにこは笑った。零華と違って小学生にも見える幼い笑顔。

 親切な先輩達に支えられ、矢澤にこのスクールアイドル活動は始まっていく……。



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2.にこあん街道タイム準備中

「こんな感じでどうですか? 要望があればそれに合わせますが」

 スクールアイドル部の部室を与えられて早三日。そこに付属されているPCの前に座っている零華がにこに尋ねる。

 見た目的にも後輩に対しても口調を崩さない性格から、物凄く硬いスクールアイドル案内が出来上がるのではないかと失礼ながらも思っていた。

 でも仕上がった物はにこが想像していたものよりずっと華やかで、出そうとした単純な褒め言葉は息と一緒に飲み込んでしまい、ゆっくりと首を横に振る。

「それなら良かったです。後は本格的に活動してから写真や歌等をアップすべきですね」

 最高の評価を得たということで零華は満足気に微笑む。

「ただ部員が集まるかどうかという大きな問題がありますが」

 たった一言で夢心地から一気に現実に戻された。

「そう、ですね。生徒数も少ないですもんね」

「以前も言ったように部活に対しての熱がほとんどない状態ですから」

 この三日間スクールアイドルという活動内容を説明し、三つしかない一年生の教室を行き来して勧誘してみた。

 だけど反応は冷ややかな物か、愛想笑い交じりの軽い応援が主で、少しでも部員になってみようかなと考えてくれた生徒は皆無。会長と目の前の零華が好意的だっただけに、期待が高まった分だけ現実の厳しさが胸にきた。

 だからといって諦めるなんて選択肢はない。そもそもまだ一歩も踏み出せていない。ここで終えたら自己満足以前の話だ。

「それでも諦めるつもりはないのですよね?」

 あたかも心を読んだかのような言葉に驚きつつも力強く頷く。

「私はコンピュータ部に新入生がくるとは思えず諦めました。生徒会に専念するという免罪符を掲げて……。そして、入れ替わるように矢澤さんが一人でも活動する意思を持ってここを使っている」

 部室に案内された時、零華が語ったことを思い出す。三年生以外一年生の零華しか部員がいなくて、だから二年に進学する前に廃部を選んだと。諦めた原因は今述べたとおり。

「普段運命なんて信じてはいないのですが、今回ばかりは運命を感じます。だから決して諦めないでください。今年の秋から会長になって忙しくはなると思いますが力を貸しますので」

「ありがとうございます」

 スクールアイドルを広めるという夢を諦められない理由が増えた。未来は闇の中に居るくらい暗澹としているのにその先には光が広がってると思える。

 ううん、例え進んだ先に闇しかなくても自身で明かりを生み出すくらいじゃないといけないんだ。気合を入れ直す。

「スクールアイドル部の活動に手伝ってくれそうな部があれば声を掛けてみます」

「ありがとうございます!」

「お礼は不要です。一応私もここの部員ですし、何よりこれが切っ掛けでやる気を失っていた他の部が活発になれば生徒会としても嬉しいですから」

 スクールアイドル自体はまだ一人だけど、一人ぼっちじゃない。だったら臆してないで二年生、三年生の教室にも勧誘にいこう。

 待っているのは冷ややかな反応かもしれない。受験でそれどころじゃないと怒られるかもしれない。それでも活動しなければスクールアイドルは広まらない。

 一年生達の反応を免疫として、心を図太く、言葉を巧みに、想いを強く、信念を持って行動を起こす!

 

 

――そう思って行動したにこだったが、結果は全滅。

「新しい何かを始めるっていうのは一筋縄ではいかないものよね」

「何か他の案を考えなければいけませんね」

 作業をしながら話を聞いてくれる会長と零華。にこもただ話してるだけでなく、簡単な雑用を手伝っていた。普段生徒会で活動してるのは二人だけと聞いて、手伝わないという選択肢はない。

「最初だからこそ何か注目を集めることをしないと話題にもならないってことかしら?」

「人間の第一印象と同じく、物事も最初に強い印象を与えなければ難しいでしょうね」

「三人集まれば文殊の知恵っていうし、何か案を練ってみましょう。ということで矢澤さん、元気を出して」

「は、はい。すいません」

 どれだけ心構えを強めようとまだ十五歳の少女。誰一人として関心を持ってくれなかったことが再び大きなダメージとなっている。今やってる雑用も恩返しの面もあるけど、こうして話しながら作業をすることで心のケアになっているからだ。

「ハーフとかクォーターの生徒がいて、勧誘に成功すれば少なくとも学内で注目されそうだけど」

「そういうのはUTX高校の分野ですよ。音ノ木坂学院にそんな都合が良い目立つ生徒はいません」

「歌と踊りが得意で責任感も強いそんなハーフかクォーターの子が」

「ですからそんな生徒存在しません。物語の中じゃないんですから」

 突っ込みを入れられ、会長の動きが止まる。いつもは簡単にスルーするところなのにと零華が怪訝そうに見ると、

「そうよ、学内にいないのなら外で捕まえればいいのよ。まずは広めることが先決だもの」

 これ以上ない名案とドヤ顔する会長。

「えっ? どういう意味ですか?」

 零華より先に疑問を口にしたのはにこだった。藁にも縋るように返答を求める。

「UTXの一般生徒にスクールアイドル部を設立してもらう。注目度は比べるまでもなく向こうが上なんだし、スクールアイドルの立ち上げとしての特別グループみたいにすれば良いんじゃないかしら?」

「なるほど。本来のルールに拘るのではなく、あくまでデモンストレーションとして学校の枠を越えてグループ化すると。新しい物好きっぽいUTX学院の生徒の方が食いつきは良さそうですね」

「乗り気じゃない生徒達に縋って時間と気力を無駄にするより、乗り気にさせる環境を作った方が効率的でしょ?」

 自分じゃ思いつかなかった発想に流石会長と心の中で拍手する。可能性がありそうな生徒がいなかった時点で、無理に勧誘を続けてもスクールアイドルに悪い印象を付ける恐れがある。

 でも、UTXから広まった後なら自分もやってみようと思ってくれる生徒が現れるかもしれない。そうなったらにこ自身も音ノ木をメインに置けばいい。

 ただ最大の問題はUTXには本物のアイドルを目指す芸能コースの生徒達が身近にいるということ。紛い物という印象を抱かれるかもしれないし、芸能コースに入れなかった生徒のお遊びと見下される可能性もあるかもしれない。

 他校の生徒からの勧誘ということも足を引っ張るだろう。人数こそ音ノ木と比べて多いが勧誘できる可能性はより低くなる可能性が高い。だけど、成功した時のメリットの高さもまた比べ物にならないくらいに高くなる。

「明日にでもUTXに行って勧誘してみようと思います。駄目で元々でも行動しなくちゃ可能性はゼロですから」

 この決断が自身の人生を大きく変えるターニングポイント。普通という道から外れることになるとは露ほどにも思っていなかった。



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3.UTXファイア葛藤大会

 音ノ木坂学院からにこの足でも二十分と掛からない場所にUTX高校は存在する。家からはUTXの方が近く、何より秋葉原周辺を見下ろせるような長い階段が不要なのが羨ましい限り。ただ、今日に限っては三十分以上の時間が必要だった。

 逃げ出したいと思う弱さを、スクールアイドルを広めたいと想う強さで塗り替え、幾度となく明日にしようという誘惑に負けそうになりながらの道すがら。それでもにこはUTXの前まで無事に辿り着いた。

 だけどここはゴールなんかじゃない。スタート地点が遠くに見えている位置に過ぎない。ここに通う生徒にスクールアイドルを理解してもらい、活動を始めてもらう。

 それで漸くUTXでのスタートを切ると言える。だから気を抜くな。自身に活を入れて右足を踏み出す。ここまでとはまた違う覚悟のいる始める為の一歩。ふと、副会長である零華の言葉が脳裏を過ぎる。

『優れている人間はどこかに歪みがある』『UTX高校の生徒に制服を嘲笑された』

 音ノ木坂の古いデザインとは正反対にお洒落な制服を着こなす生徒達。内心では場違いなにこを嘲笑っているのかもしれない。そんな筈はないと念じながらも、踏み出した右足が軸にしていた左足より後ろに着地した。

 目的地を目前にしながら勇気を出せないなんて言うのは、スクールアイドルがライブを目前に逃げ出すのと同じ事。そんな事はあってはならない。プロでないからこそ自由がある。でも、あくまで部活動。

 ロボット部の話を思い出す。毎回書類審査で落とされても先輩から後輩へ受け継がれている意志は強く、廃校へのカウントダウンが始まってもその意志は薄れない。何よりも運動部のような大会と違って出展は義務ではないのに、だ。

 まだ音ノ木坂に入学して日は浅い。でも、そういう先輩達の強さを学んで自らを高める。パパやママの娘なんだって胸を張れる自分でありたい。思わず引いてしまった右足を再び前に出す。

『スクールアイドル? ふぅん、がんばってね』『アイドルなりたきゃUTX行けばよかったじゃん』

 音ノ木坂での勧誘した時の生徒の言葉が強制的に頭の中で流れた。左足を踏み出そうとする意思とは逆に、右足が再び後方へと逃げる。仮初の勇気では安易に前に進めない。絶対の覚悟がないと踏み込めない。まるで自分が自分に試されているかのような錯覚。

 幼い頃にテレビで見たアイドルに心奪われ、アイドルになりたいと憧れた。だけどそんな想いは成長と共に置き去りにされていった。若干コンプレックスな自らの声。今はそこまででもないけれど、音痴だった。

 今はというのは願望込みということではなく、小学三年生から小学校を卒業するまで音楽教室に通わせてもらっていたから。お陰で歌うことの多い音楽の時間も今では嫌いじゃない。というか、音痴だった頃だって歌うのは大好きだった。

 アイドルは全てが優れてないと目指せない。なんて大げさに言うつもりはないけど、優れている箇所が多くなければなれたとしても直ぐに消える運命。アイドルブームの現在、数多くの魅力溢れるアイドルが存在している。

 同じ年頃の少女達がテレビの向こう側で光輝き、ファンの人達を魅了し、元気を与えてる。その場所はにこにとっては辿り着けない。だけど、だからこそ思いついたのがスクールアイドル。にこが初めて好きになったアイドルの一番印象に残ってる言葉が始まり。

『アイドルに憧れる子は多いけど、その門は狭く険しい。もっと違うアイドルの形があれば素敵なんですけどね』

 それは丁度目の前にあるUTX高校が完成した日。憧れのアイドルの卒業と同時に始まった場所。

 

「…………」

 

 両手で強くグーを作る。中学生の三年間ずっと尊敬するアイドルの言葉の答えを探してきた。その答えこそが、スクールアイドル。だから恐れる必要はない。例え間違っていても正解だと信じぬく想いは過去の自分が培ってきた。

 芸能コースを除いても音ノ木坂よりも生徒数はずっと多い。誰か一人でも興味を示してくれれば、スクールアイドルを広めるという夢は芽吹く。音ノ木坂と同じように生徒全員に当たればきっといる!

 心決めたにこの踏み出した本当の一歩。今度は弱さに負けたりはしない。例え全生徒に否定されても都内に高校はまだ沢山ある。有名な高校で広めるのはあくまで近道に過ぎない。だから嘲笑されようと、鼻で笑われようと、冷たい言葉を投げかけられようと逃げ出したりしない。最後の一人まで希望を捨てたりしない。

 深く考え過ぎたのがいけないのか、気付けばまた右足は左足より後ろに下がっていた。しかも先ほどよりも更に後ろに。どれだけ覚悟を決めたフリをしようとも、弱さは隠せない。理解者を得ていない現段階で本物の強さを得ることは出来ていなかった。

 握っていた筈の手も力なく開いていた。お世話になってる先輩達の前だから格好良く明日にでも行って来ると言えたけど、心が震える。音ノ木坂で全滅するとは当初思っていなかったから。誰か一人くらい同じ想いの子を得られると思っていた。

 そうでなければあんな風に勧誘を続けられなかった。現実は物語とは違う。矢澤にこが主人公であったなら友好的な生徒、もしくは敵対的な生徒がいて紆余曲折部員になってくれただろう。現実はそうはならない。理解ある先輩達のお陰で部になれただけ。

 顔を何度か横に振り、弱気に支配されそうな自分を振り払う。首の後ろで二つに分けている黒くて長い髪が力なく揺れた。ここまで来て帰ったらもう二度とここへはこれない気がする。それは夢を諦めるというのと同じ。

 スクールアイドルはにこの幼き頃の夢の生まれ変わり。今のにこの夢。それを弱さで諦めるなんてしてはいけない。テレビの前でアイドルの真似をしてぴょこぴょこ踊っていた過去の自分。アイドルになりたかった想い。

 今はその過去を武器として、音楽教室で練習した日々を刃に変えて、今しか持てないこの夢を盾にして、絶対なる想いで一歩を踏み出す。それは今日一番の踏み込み。ダンッと思った以上の音が立って、驚いて踏み出した一歩を後ろに戻してしまった。

 せっかく奮い立たせた覚悟が水の泡。これぞ正に泡沫の夢。思わずぐにゃ~っとなってしまう。心の中で己を罵倒しながら若干涙目。手の甲で目をこすってビルのような校舎を仰ぎ見る。綺麗な青空を反射する幾つもの窓。ここで夢を現実にしようと努力してる子達が沢山居る。その子達の勇気を貰おう。

 もはや精神的他力本願。真っ直ぐ立っていた当初より逃げ腰な姿勢。それでも逃げるという選択肢はない。背水の陣であることを自覚してしまったから。無理やりに頭を働かせて考える。UTXの一般に通う生徒はどういう子が多いのか。

 やはり芸能コースに入りたかったけど諦めた。にこはそんな子が多いと勝手に思い込んだ。つまりそこに隙がある。スクールアイドルという話は諦めた夢を別物ながら叶える未曾有のチャンス。乗ってこない筈がない!

 心の隙間に漬け込もうとする悪魔に成り下がっているが本人は救世主だと信じて疑わない。完全に混乱していた。それでも構わないのだ。要は逃げ出さずにUTXに入ってしまえばいい。そうすれば本当に排水の陣となり前に進むしかなくなる。

 少し息を整えてから先ほどと同じ鉄を踏まない様にと静かなる一歩。もう何も恐れることなんてない。左足を前に出してしまえば進んでいける。が、駄目。にこの視界には下校を始める生徒の群れ。その誰もが輝いて見えた。

 そこに差し込めるような隙間なんてない。創立一桁で立地も設備も全てが優れているこの学校に入学できる時点で隙はない。左足を前に踏み出して進むどころか、思わず三歩四歩と後ろへ後退。

 しかも自分が先程考えていたことに対して冷静になってしまい、自己嫌悪という追撃。にこの希望はもうゼロとなっていた。自分の意志で前に出そうとしていた右足を後方へ、つまりは逃げようとした。

『部活としてスクールアイドルを広めていきたいです!』

 希望なんてなくても諦める訳にはいかない。其れは過去の自分の全否定に繋がるから。生きるということは過去を誇れることでなきゃいけない。人生六十年、五十九年の恥を知る。そんな言葉を耳にしたことがあった。

 でも、それっていけないことなのだろうか? 恥を知るから、失敗を積んでいるから、だからこそ前に進める。それが人生だと思う。にこは二度頬を叩き弱気な自分を追い出す。そもそもスクールアイドルは逃げだして諦めたことで生まれた夢なのだ。

 後ろ向きだけど全力で前向き。そんな夢に共感を持ってくれる人なんていないかもしれない。一人よがりであの人の言葉を履き間違えたのかもしれない。だけど自信を持て、矢澤にこ。恥じた思い出は喜びや感動よりずっと心に残る。其れを糧として成長していくんだ。

 不器用だからこそ、弱いからこそ、誰よりも前に進めるようになるって信じて。

 

一歩  二歩  三歩  四歩

 

 今度は簡単に四歩目まで踏み出せた。フッと一人だというのにドヤ顔を浮かべてしまう。そこで気付いた。あれ? ここは最初の場所であり、実質まだ一歩も前進していないことに。さっき下がった分だけ戻っただけだった。勘違いを悟り頭を抱えて羞恥に身を震わせる。そして、運命が声を掛けた……。



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4.愛はどっか~ん☆

「ふふふっ」

 間近から聞こえてきた突然の笑い声。羞恥も置き去りにして横を向くと、宝石のような輝きをする双眼が自分を覗き込んでいた。魅入られるように視界が彼女一色になる。

「あ、笑ってしまってごめんなさいね。真剣な顔をしてるのに、面白い行動していたから」

 にこの思考は置き去りに、比例するように鼓動は早く脈打ち始める。憧れのアイドルを初めて見た時に似た――否、その時以上の強い印象。テレビ越しと肉眼という差だけでは決してない。まだ名も知らぬ花の種が心にしっかりと埋め込まれた。

 ゆっくりと流れる思考の中で漸く相手が誰なのかを認識した。にこと同じ真新しい制服。音ノ木坂学院とUTX高校との違いはあれど恐らく同い年。幼く見える自分と違い、随分と大人びて見える。整った顔立ちや体形の良さだけでなく、溢れる気品がそう感じさせるのかもしれない。

「……え、と?」

 口の中が張り付くような渇きを覚えながら声を出す。本当はもっと気の利いた言葉を出すつもりが、実際に口から出たのは随分と間の抜けた物だった。最近こんなことばかりで、面接が何故上手くいったのか謎になってきた。

「うふふ。素敵な声ね」

「えっ!?」

「私はあんじゅ。UTXの一年。あなたは?」

 人生で初めて自分の声を褒められて驚いてる暇ななく、あんじゅに顔を近づけられて質問される。頬が急激に熱帯びるのを感じながら答えた。

「や、矢澤にこ。オトノキの一年生」

「可愛い名前。にこさんはうちの学校に用事かしら?」

「はい」

 間近で見るその顔は自分と違って本当に大人びて見える。制服が真新しいのは一新しただけで、実は三年生と言われれば信じて疑わなかった。綺麗の中に可愛いが同居してて、見る者を魅了する生まれ持ってのアイドル体質。間違いなく芸能コース。

「芸能コースの生徒じゃなくて、一般の生徒に話を聞いて欲しくて来ました。学校は違うんですけど、新しい部活の勧誘みたいな感じで」

「ということは私でも良いってことかしら?」

「えっ!?」

 先程と同じ驚きの声を上げる。こんな魅力の塊の人が一般? にこはUTXに通う生徒の質の高さに恐怖すら覚えた。

「駄目、かしら?」

 おでことおでこがくっつきそうな程顔を寄せられ、これ以上ない緊張で視界が潤む。

「あんじゅさんで大丈夫です。というか、あんじゅさんに是非聞いて欲しいです」

「さん付けだとなんだか堅苦しいし、気軽に呼び捨てにしてくれるなら話を聞くわ」

 甘い囁き声と共におでこがくっつけられ、熱くなってる体温がバレてしまうのではないかと思うと胸の高鳴りが止まらず、唇に伝わるくすぐったい吐息がより羞恥心を煽ってくる。鼻腔に届くいい匂いが、ただでさえ早い鼓動が更に激しく脈打つ。

 初対面でこんな風にされるのはおかしいし、同性相手に感じる胸の高鳴りではないのだけど、今のにこに正常の判断等できる筈もなく。ただ溢れそうになる涙を堪えるのと、息苦しいと感じるくらいの鼓動の中でただ呼吸をするのが精一杯。それでも勇気を持って名前を紡ぎ出す。

「あんじゅちゃん?」

 普段の自分の声とは思えないか細く震えた声。まるで迷子だけど泣くのを我慢してる子供みたい。対する名前を呼ばれたあんじゅは、

「呼び捨てがよかったけど、呼ばれた瞬間胸がキュンってしちゃった」

 迷子の我が子を優しく迎えるような母親のような、でも恋する乙女のような不思議な表情を浮かべる。にこの顔に掛かる吐息が熱さを増したのに気づく余裕はなかった。

「それじゃあにこさん。立ち話も何だし、うちの食堂に行きましょう?」

「え、でも私UTXの生徒じゃないし」

「生徒同伴で女の子なら大丈夫。それとも嫌……かしら?」

「嫌じゃないです!」

 即座の否定に花咲く笑顔でにこの手を握る。其れは恋人同士がするように指まで絡めた、俗に言う恋人結び。

「うぇっ!」

 変な声を上げるにこをフォローするように告げた。

「うふふ。生まれて初めてナンパしちゃったわ」

 寧ろ話を聞いて欲しいのはにこの方なのだけど、あんまりにも楽しそうなので水を差す発言は控えた。そして、改めてUTXの校舎を見上げる。パンフレットを貰いに来た時、こんな風に再び足を運ぶことになるとは思いもしなかった。夢を叶える為に今度こそ興味を持って貰えるように喋らなくちゃ。経験地は十分稼いだ。その集大成を見せる大一番!

 

 

 

「スクールアイドル?」

 隣であんじゅがにこの分のケーキを食べ易いサイズに切りながら尋ねた。奇しくも生徒会に足を運んだ時と同じ言葉。仄かな運命を感じながら、スクールアイドルを目指す切っ掛けから話した。

「アイドルになる夢を諦めて、だからこそ生まれたにこさんの夢。それがスクールアイドル」

 自分の中で思うならともかく、それを人に言われると恥ずかしい物があった。でも、恥じることこそが恥。夢は胸を張って人に言える物じゃないと叶えることなんて出来ない。

「とても素敵ね。これが後の多くの女子高生の憧れになったなら、にこさんが主人公。私はヒロインで小説化しそうね。題するなら『夢を諦めてスクールアイドル』かしら?」

 題名が物凄くダサい。もしかしたらあんじゅはネーミングセンスがないのかもしれない。だけどにこは嬉しくなった。自分と違って背も高く、スタイル抜群で声も可愛い。UTXに通えていて、自信にも満ち溢れている。そんな完璧に思える少女にも欠点があった。人間味があってこそ人は魅力的だと思うから、だから嬉しくなったのだ。

「プロではなくアマチュアだからこそ、燃え尽きるくらい真剣の三年間。女子高生の青春を彩る“スクールアイドル”歌い文句はこんな感じね」

「あ、それはとってもいいと思う」

「それは?」

 何か変なこと言ったかしら? と、小首を傾げる姿は愛らしく。だからこそネーミングセンス云々のことを誤魔化すように切り分けてくれたケーキを口にした。見た目と違って甘さは控えめ。でも、美味しい。

「あんじゅちゃん、ケーキ美味しい」

「よかったわ。甘すぎると太っちゃうからって、甘さを控えてあるからどうかと思ったんだけど」

 話題を逸らすことに無事成功した。ホッとしながら今更ながら思う。二人なのに四人席に座って、しかも対面席じゃなくてなんであんじゅは隣に座ってるんだろう? しかも腕が当たるくらいにピッタリと。疑問に感じながら口にはせず、他の疑問を口にした。

「控えめなのは芸能コースの子もここを利用するからなの?」

「ええ、そうみたい。甘い物に目がない私としてはこれ以上太らないように注意しないと」

「これ以上って、あんじゅちゃんは健康的で可愛いからもう少しあっても全然平気だと思うけど」

「嬉しいけど間食の誘惑に勝てないから。油断するとすぐにお肉がついちゃうのよ」

 言葉に苦味が付着していることから、謙遜ではなく事実のようだ。いくら食べても縦にも横にも増えない身としては羨ましいような気もする。

「スクールアイドルを始めるからには今まで以上に気をつけなきゃ。にこさんに出逢った時より太ったなんて言われたら死ねるもの」

「言わない言わ――え?」

 強く否定する最中にあんじゅの言葉の意味に気付いた。スクールアイドルを始める。確かにそう言った。

「一目惚れしたにこさんの夢を二人で叶える。なんて素敵な運命なのかしら」

「えぇっ!? わ、私女の子なんだけど!」

 喜びすらも吹き飛ぶ驚きに、にこは大きな声を上げて反応した。

「うふふ。人を好きになるって、理屈じゃないんだってにこさんを見て知ったわ」

「……ぅあぁ」

 冗談を言ってる顔ではなく、ママがパパの若い頃の話をする時と似た顔。中学までは普通に共学だったけど、告白なんてされたこともなかった。そもそも恋をした経験もない。故にどう反応すればいいのか言葉にならない。

 

「話は聞かせて貰ったわ。スクールアイドル。私も参加させてもらうわ」

 

 どう反応すべきか頭がショートしそうなにこを救ったのは、空気を読まない対面席に勝手に座った乱入者。スクールアイドルを広める為のもう一人の立役者。ゆっくりと運命は広がっていく……。



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5.学校偶像魂~にことあんじゅ~

「にこさんを一目見た瞬間、時間の流れすら置き去りにするくらいに視線を繋ぎ止められ、心を奪われ、新しい私が生み出された」

 乱入者をガン無視のまま、熱に犯されたような熱い息を吐きながら、それ以上に熱い言葉を紡ぎ続ける。

「恋は事故と比喩されたり、魔法と詩的表現されたりするけど……。私にとっての愛は誕生そのもの。にこさんとの出逢いで私の第二の人生がこうしてスタートしたの」

あんじゅの頬は赤く蒸気し、潤んだ両の瞳がにこを覗き込む。人生はじめての愛の告白。誤解の余地が入り込む隙もなく、其れは同性からのもので確定した。

 だがその同性という事実すら忘れさせる妖艶な微笑み。一生忘れることのできない衝撃の中、無意識に口元をむにゅむにゅさせながらどう答えるべきなのかを考え――ようとして断念。

 今まで培ってきた物の中に今出せるべき答えはない。にこの恋愛という引き出しは空っぽなのだからそれも当然。ただ、相手があんじゅではなくこれが男の子だったとしたら、こんなにも胸の高鳴りに苦しむことはなかったという核心があった。

 そんな二人の間に漂う百合の空気を遮断するかのように、再び乱入者が言葉を掛ける。

「改めて言わせてもらうわね。さっき耳にしたスクールアイドルに興味があるの。私も立ち上げのメンバーに入れて頂戴」

「盗み聞きした挙句に許可なく対面席に腰掛けて、私とにこさんの二人きりの愛の活動を邪魔しようとか何を考えているのかしら? 人の恋路を邪魔する馬鹿は泥舟に乗って煉獄まで沈めって言葉をあげるわ。というか女装して女子高に潜入とか犯罪者じゃない」

 今まで発していた甘い声とは対照的な低くて不機嫌を隠さない声色。あんじゅにとって告白を邪魔されたも同然で、この世から消したりたいと思うのは必然。故に怒気を隠さないのは当然。

「誰が女装よっ! 小学生に間違われることは何度かあるけど、男の子に間違えられるなんて小さい頃以来だわ!」

「どこの誰だか知らないけど、自分語りをしたいのなら鏡の前でどうぞ。むしろそのまま鏡の国へ行って、戻ってきて玉手箱でも開けて孤独に慄くといいわ」

「誰か知らないってそれ本気で言ってるの!? 同じ芸能コースのB組じゃない」

「え? あんじゅちゃんって一般じゃないの?」

 如何にして早く二人きりに戻るかを考えていたあんじゅの思考が停止した。にこの話が聞きたくて芸能コースではなく一般生徒だと言った嘘がここでバレた。もう少し交流を深めてから実は芸能コースだったと暴露する計画は台無し。

 信頼を築く前に嘘吐きと判断されては素直な告白の言葉すら疑われかねない。停止した脳を再起動させ、一気に全力回転。これは男でいう『赤ちゃんが出来たかも』と言われた時の回転力と同等の速さ。だけど初めての感情から本能のまま嘘を吐いてしまったので誤魔化しようがなかった。

「にこさん、ごめんなさい。確かに私は芸能コース。でもね、別に芸能人になりたいなんていう希望は全くないの。お母さんの勧めでただ芸能コースに入っただけ」

 誤魔化せないとなったら素直に謝り、どうしてそうなったかを説明した。嘘に嘘を重ねて破綻するのは物語でよくあるお約束。そんな失敗も失態もする訳にはいかない。あんじゅにとっては今日が初恋。相手が女の子とか関係ない。だから今まで声に出したことすらない言の葉を奏でる。

「私には夢と呼ばれるものがなくて、ただただ現実だけが続いてた。きっとこの先もそうなると思って、だからお母さんの勧めを拒まなかったの。でもね、それはにこさんにこうして出逢う為の準備期間だった」

「にこさんが夢を諦めてスクールアイドルという夢を見つけた。そして、私はそんなにこさんと出逢い愛と夢を知った。同じ時間をこれから共有していきたい。同じ努力して、スクールアイドルを広めるという同じ夢を叶えたい。私とにこさんが次の夢を見つけて叶える未来が欲しい」

 

「こうして出逢えたことが運命だったんだねって笑い合いたい」

 

 先ほど以上の衝撃ににこの口元は閉じることを忘れた。夢を諦めたから見つけた夢を、他の人が共感して同じ夢を共有してくれる。愛云々はまだ少し早いので一旦脇に置き、その事実を何度も何度も噛み締める。嬉しさと呼ぶには足りない、幸せですら満たせない想いが湧き上がる。

「サラリと自分の嘘を運命と置き換えたわね」

 男の子扱いされたことへの反撃を試みる乱入者。だが、初めての想いに胸いっぱいのにこの耳には届くことはなかった。

「あなたは男の子だから知らないかもしれないけど、女は好きな人と一緒に居る為なら嘘すら運命と書き換えられる生き物なのよ」

「ちょっと待ちなさいよ! だから私は女の子だって言ってるじゃない。芸能コースでショートカットの子がほとんど居ないけど、でも男なのに女子高に入れる訳ないでしょ。漫画じゃないんだから」

「ああ、うん、そうね。言いたいことが終わったならお出口はあちらよ」

 言い終わると鼻で笑うあんじゅ。流石にムカッとした乱入者が声を荒げる。

「すっごいぞんざいね! 言葉って発した本人が思った以上に重い物なんだから、もう少し言葉は選ぶべきだと思うわ」

「盗み聞きって言葉には盗むって漢字が入ってるわよね。年々窃盗の被害額が増加してるようだし、盗むような人は罪を償うべきだと思うわ。屋上はエレベーターのRを押せばいいのよ」

「……盗み聞きしたことは本当にごめんなさい」

 根が素直故に悪いことをしたという自覚があり、居直るような無様な真似はしなかった。そこで漸くにこの溢れ出る想いが落ち着きをみせ、現実に戻ってきた。

「スクールアイドルに興味があるって本当ですか?」

「ええ、本当よ。でも盗み聞きしちゃったのは席が近くて耳に届いちゃっただけで」

「ううん、そこは別に気にしないでください。私はスクールアイドルをUTXで活動してくれる人を探しにきたので。お名前を聞いてもいいですか?」

「あ、自己紹介が遅れたわね。私はツバサ。綺羅ツバサ。優木さんと同じクラスよ」

 乱入者改めツバサがあんじゅとは別の魅力ある笑顔を見せた。其れは目の前の少女がアイドルなのだと言われても納得してしまえる魅力。あんじゅという特大の存在に出逢う前なら少し見惚れていたかもしれない。

 スクールアイドルに興味を示してくれる人と出逢えただけでも僥倖なのに、カリスマ性の塊のような二人。カリスマ性は磨こうとして磨けるような物ではない。努力では補えない生まれ持ってのモノが強く左右する。

 だからこそ自分の心に待ったを掛けた。アイドルになることを諦めた自分とは違う。目指そうと努力し続ければ叶えられる存在。それなのにスクールアイドルという檻に閉じ込めてしまってもいいものなのか? 自分の夢を共有してくれるのは嬉しい。でも、その幸福に流されてはいけない。

 一呼吸して目の前のツバサを、そして隣のあんじゅを見つめた。最初に言うことがけじめだと思って夢を手放すかもしれない事を口にする。

「スクールアイドルは本物のアイドルとは違うもの。三年間という限られた時間の中で輝く、蛍のような存在。二人が目指せば本物のアイドルになれると思う。それでもスクールアイドルでいいの?」

 途中言葉が詰まったり、全身が震えたりしたが言い切った。その直後にあんじゅが優しく諭すように答える。

「駄目よ、にこさん。私たちの夢をまるで偽物みたいに言うなんて。スクールアイドルっていうのは未来の女子高生の憧れの存在になるんだから。女子中学生が高校生になったらなろうって思うものなんだから。スクールアイドルは唯一にして本物のものよ」

 言葉だけでは伝わらないと言うかのようににこの肩を抱き、自分の胸ににこの頭を乗せた。何かで人は心臓の音を聞くと落ち着くというのを聞いたことがあったから。

「優木さんの言うとおりだわ。それに、限られた時間の中でどれだけ人を魅了して輝くことが出来るのか。己と時間の戦いであり、広まれば他グループとの戦いでもある。私たちが頑張って広められればトーナメントとかできるわよ。楽しみね!」

 少年漫画が大好きなツバサにとって制限されている方が燃えるのだ。逆境こそが自身をより強くすると考えてるし、こんな始まりを経験できることなんて先の人生で待っているとも思えない。それぐらいスクールアイドルというシステムは面白い。

 バスケットが好きで中学までやっていたが、身長が伸びずにスタメンになることは結局叶わなかった。そんな時に適当に決めたのがUTXであり、芸能コースを選んだのはそっちの方が面白そうだから。でも、入学して楽しいことは今までなかった。

 クラスメートは皆ライバル心に滾っていて、漫画のようにぶつかり合って成長するような展開はなし。寧ろあまり好きではない少女漫画のようにねちっこい。本人がいなくなるや嫌な噂を話したり、軽く無視したり。そんなのが嫌で表面的なお付き合いをツバサは拒否した。

 だから今日も一人で紅茶を飲みながら、想像していたような面白い展開がない現実に黄昏ていた。そんな折、にこの話が耳に入って色褪せた学校が一気に色づいた。待っていた面白い展開がそこにはあった。おまけに一緒に居たクラスメートのあんじゅは本人に思いっきり毒を吐くくらい清々しい性格。

「トーナメント?」

 キョトンとされてしまったがツバサは笑う。否、嗤う。少年漫画の魅力を知ってもらえれば、スクールアイドルを広めた先に待っている熱い展開に共感してもらえるかもしれない。だからこそ色々とお勧めの少年漫画を持ってきて読ませようと心に誓った。

「スクールアイドルの立ち上げメンバーは三人。これって三国志なら劉備と関羽と張飛の三人に当てはまるわ。ここは桃園の誓いを再現すべき箇所よね。さぁ! 熱い誓いを決めましょう!」

 矢澤にこ。優木あんじゅ。綺羅ツバサ。スクールアイドルの立ち上げメンバー。頭を悩ませ、工夫を凝らし、どうやってスクールアイドルを広めるかを三人で知恵を絞っていくことになる……。



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6.スクールアイドル乙女

 あんじゅとツバサと出逢ってから一週間。GWが迫るそんな中、にこは足早にUTXを目指していた。スクールアイドルが自分一人じゃない。そんな事実が足取りを軽くさせる。UTXでも拒絶が待っているんじゃないかと恐れながらゆっくりと歩いたのは今では笑える過去の出来事。

 でも、ゆっくり歩いたからこそ二人と出逢えた。臆病さだって時に運命を手繰り寄せる武器になるんだと知ることのできた貴重な経験。自然と口角が上がり、無意識に鼻歌を奏でそうになるのを必死に抑える。

 二人の大切な理解者を得たからといって、スクールアイドルが活性化したかと言えば否。変化が起きたことの方が片手で数えられるくらい。その中で一番の変化がUTXの部活紹介の欄にスクールアイドル部が増えたこと。

 それだけで注目される……なんてことは当然なく、ほとんどが今まで通り。にこ自身の変化といえば、放課後になるとUTXに向かうようになり、三人で作戦会議や練習やカフェで食事したりするのが早くも日常化し始めた。

 活動しなければ注目されない。だけど焦って活動してスクールアイドルがその程度の物であると軽視されたら終わり。急いては事を仕損じるという言葉があるように、急がば回れという言葉があるように、今は大切な準備期間。日の目を浴びるのはもう少し先。その時の自分はもっと自分を誇れるような、あんじゅやツバサのように自信に溢れた人物になれているのだろうか?

 想像しようとして断念した。そんな風になれている自分が全く想像できない。でも、それじゃあ駄目だ。不敵なくらい堂々とすることができないと、人前でライブを行うなんて到底無理。想像すらできない今の自分は不合格。目標を実現する為には明確なビジョンが必要になる。其れがやる気に繋がり、未来を現実にするのだから。

 目下の目標としては緊張に慣れること。一つずつステップアップすることで、頭の中ですら描けない理想の自分に成っていけると信じよう。不器用とは言わないが器用とも言えない。だからこそ一つひとつを力に変えてしっかりと上っていく。

 とはいえ、自分のことだけに集中する訳にもいかない。作詞・作曲・振り付け・衣装デザイン・衣装製作・舞台の使用許可・音響と照明と撮影の協力・映像の編集。現時点で決定してるのが作曲だけ。あんじゅが小さい頃からピアノを習っていて、作曲はにこへの愛でやってみせると胸を張って決まった。

 将来的にスクールアイドルは各学校の名前を背負うことになるので、作詞も自分達ですべきだと話し合いで決めた。……決めたのだけど、作詞の方法を検索してみたらこれがとても難しい。自分達で作詞するという案は一時保留となった。

 やらなきゃいけないことはこれだけじゃない。これら全て解決しても次の問題が生まれてくる。スクールアイドル活動の未来を決めると言っても過言ではない重要な問題。それは1st動画。如何にしてより多くの注目を集められる動画にできるか。こういう先々の問題点はもう少し軌道に乗ってから話し合うことにした。

 問題の先送りに思われるかもしれないけど、これ以上問題を詰め込み過ぎると焦りが生まれるし、焦りは不仲を生む。スクールアイドルは二人以上で行うスポーツと同じで仲間同士の絆が不可欠。真剣に努力して楽しんで皆で喜びを共有するモノであって欲しい。自分達が最初で最後のスクールアイドルだとしても、最後までそう在りたい。にこが強く思った時、ゴール地点であんじゅが魅力溢れる笑顔で出迎えてくれた。

「にこさんっ!」

 正確には駆け寄ってきたあんじゅに正面からちょっと強めに抱き締められた。

「今日は早くレッスン終わったの?」

 にこがUTXに出向くようになった理由はカフェがあるからではなく、芸能コースの二人の方が授業とレッスンが取り込まれている為、終了時間がオトノキより遅い。カフェで二十分程待っているとあんじゅが息を切らせて走り寄ってくるのだが、今日は外までこうして出迎えていた。

「にこさんに一秒でも早く逢いたい想いが不可能を可能にしたの」

「優木さん。自習だからって学外に出たら駄目でしょう」

 不可能を可能にした理由を告げたのは、後を追ってきたツバサだった。自らも外に出てきてる時点で同罪であるのを自覚しながら苦言を申す辺りが彼女の付き合いのよさを物語っている。

「今日もにこさんは可愛いわ。ううん、違うわね。今のにこさんは昨日別れた時よりも可愛いわ!」

「私は何も変わってないから」

「いいえ、私には分かるわ。にこさんは宇宙のようにその可愛さを日々広めているの」

「優木さんは一々大げさ過ぎるのよ。褒めるにしてももう少し言い方があるでしょう。私は読まないけど恋愛漫画とか読んで参考にしたら?」

「人の作った物を参考にした言葉なんてイミテーションに過ぎないわ。そんな物に価値があると思っている時点で人を好きになったことがない証拠。恋は人を詩人に変えるのよ」

 詩人ではなく変人の間違え……とは、気の毒でツバサには言えなかった。可愛さの広がりを宇宙で表現するなんて、普通に考えれば変人でしかないと言う前に気づくものだけど。恋は盲目という言葉の発祥はこういう所なのだろう。

「なんでもいいけど、いつまで抱いてるつもり?」

「このまま時の流れが止まっても後悔はないわ。……スンスン。にこさんのいい匂い」

「ひぅっ! 先週も言ったけど五時間目に体育があって、だから汗臭いから嗅がないで」

「好きな人の汗の匂いは性欲を刺激することはあっても、臭いなんてことはないわ」

「性欲を刺激されてる人間に抱きしめられてるとか怖すぎるわよ」

 ツバサの言葉は右から左。暫くにこの匂いを堪能してから身体を離し、すぐさまにこの小さな手を握る。

「今日はGWの過ごし方を決めましょうか。にこさんと毎日デートとか楽園ね」

「あ、五月五日は家族で出掛けるからその日はちょっとごめんね」

「……残念だけど家族は大切にしないとね。私もその日に家族と食事にでも行くことにするわ」

「じゃあ、五日は休養日としましょう。頭も体も根を詰め過ぎるのはよくないしね」

 ツバサはスマフォを取り出して予定を打ち込む。にこは受けになり易く、あんじゅは暴走し過ぎ。自然とリーダー的ポジションなのがツバサだった。あんじゅは絶対に認めないだろうが。

「このGW中に幾つかの問題点を解決できるといいんだけどね。まぁ、欲張らずに一つは解決する心積もりでいましょうか」

「あの、桃園さん。独り言は誰も居ない時に自分の部屋でするべきだと思うわ」

「なんで独り言扱いなのよ! ていうか、いつまでも桃園の誓いネタを引き摺らないで!」

 三人初めて集まった時に桃園の誓いを~と一人盛り上がったのだが、にこもあんじゅも三国志に疎くて全く響かなかった。以降ことある毎にあんじゅに桃園さんと呼ばれる。

「綺羅さんの言うとおり、一つでも解決できたらいいよね」

「それも確かに大事だけど、アイドルの歴史を紐解いてすべき事が見えたの」

「矢澤さんとのデートとか言い出すんじゃないでしょうね」

 茶化したツバサを可哀想な子を見るような何とも言えない一瞥をくれると、無言のまま顔をにこに向ける。動き一つで人の感情を揺さぶるのは、ある意味で魅せられる側の人間の証明か。ツバサにしてみれば迷惑でしかないが。

「にこさん改造計画よ」

「「はい?」」

 よく分からないあんじゅの言葉ににことツバサの声が重なった。尤もツバサの方は若干の呆れが混じっていた。にこが関わると変なことでも真面目に謎理論を屈して、あたかも真理であるかのように話術で丸め込もうとするのが早くも日常の一コマとなっている。

「にこさん改造計画よ!」

「何で二度、しかも二度目は声量を上げ直して言う必要があるのよ。遊ぶのなら決めるべきことを決めてからにしなさい」

「はぁ~。これだからキャラメルのおまけさんは困るわ。言ったでしょ? 私はアイドルの歴史を勉強した結果導き出した答えを出したと」

 今度は小学生低学年の腕白な生徒を諭す先生のように言った。無意味に芸が細かいのもアイドルの歴史を紐解いた成果。

「今のにこさんは銀河を超越する可愛いさだけど、より人から注目される為にはあざといと思われても押し通せる個性が必要なの」

 今や歌舞伎顔で33人の女性が歌うアイドルグループもあれば、着ぐるみを着たアイドルも存在するしで個性の大事さを知ったのだ。個性だけでなく意外性というのも重要で、モデルからアイドルに転向して大成を収めているアイドルも居る。

「確かに。個性はアイドルに絶対に必要なものだと思う」

「いい女っていうのは好きな人をより魅力的に変えられる人のことだって文章を読んで閃いたの。にこさんをより可愛くさせないといけないって!」

「さっき自分の言葉以外はイミテーションとかみたいに切り捨ててなかった!? しかもアイドルの歴史云々どこに投げ捨てたのよ!」

「にこさんをより可愛くすることの前には全てがどうでもいいことだわ。それに私達が作るのがスクールアイドルの歴史だもの。プロのことは畑違い。アイドルの歴史を学びはしたけど、一番大切な物は如何にプロとの差別化を図るか。スクールアイドルは身近でありながら憧れられなければ成立しないわ。つまり、にこさんが今以上に可愛くなれば全て解決よ」

 スタイナーブラザーズもビックリの投げっぱなしジャーマン。投げられたにこは責任の重さにフリーズした。

「矢澤さんを担ぐのは構わないけど、スクールアイドルの全てと考えるのは駄目でしょ。それだとスクールアイドルは三年以降続かないってことになるわ」

「にこさんの可愛さは伝説となるから平気。スクールアイドル達は少しでもにこさんの可愛さに近づけるように邁進していくことになるわ。そして、にこさんの可愛さは世界に広がり、つまりはスクールアイドルも国際化していくことになるの」

「その未来の展望は壮大過ぎるわよ。矢澤さんが緊張で固まってるじゃない」

「こんな風になるにこさんも可愛いわ。このまま家に連れて帰りたい」

 本気で犯罪臭がする言葉に何と声を掛けるのが正解なのかツバサは迷う。そして、正解ではないが間違ってもない言葉を口にする。

「取り敢えず一度クラスに戻らないと。帰りのSHRが始まっちゃうわ」

 にこのフリーズが解けてから一旦別れ、練習の前にカフェでGWの計画とこれからの展望について練ることになった……。



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7.燃えよ!学校偶像淑女

「それでこれがお勧めの漫画! 私が一番好きな物で、これで少年漫画の良さが分からないなら一生掛けても分からないと思うわ」

 わざわざその漫画を全巻揃えて持ってくる為にスポーツバッグを持参したツバサ。その一巻目を取り出して控えめな胸を張る。普通なら一巻だけ持ってきて興味が出たならその後の巻を何冊か貸すのだろうが、直情的で意外とめんどくさがりな一面を持つ彼女が全巻持ってくることを選択したのは必然だった。

 其れをどうでもいい目で見るあんじゅと、普通の漫画自体持ってないにこはキョトンとした表情でその漫画を見ていた。勿論ツバサも最初から強い興味を持たれるとは思っていない。これまでがこれまでだったし、理解されない可能性もきちんと考えてある。

 が、短い付き合いながらも志を同じとするメンバー。どう導けば興味を持つのかを既に把握している。にこへの反応がイマイチだとしてもあんじゅは絶対に食いつくだろう。思わず口元に三日月を浮かべ、漫画で隠してから息を整える。さぁ、ゲームの時間よ!

「それでね、にこさん。私考えたのだけど」

「ちょっと待って! 今は私のターンでしょ?」

「はぁ? 意味が分からないわ。さっきも言ったけど、独り言と自称宝物自慢は自分一人で部屋にいるときにでもしてくれるかしら」

 あんじゅは蔑み100%の視線をツバサに送ると、愛情120%の瞳でにこを見つめた。だけどツバサは慌てない。心の隙間に入り込む魔法の言葉を使う。

「これは主人公がヒロインに惚れて、ヒロインが好きな部活を始めるという青春物語なのよ」

 嘘は言っていない。ヒロインではあるが別に恋愛物とは言ってないし、結ばれる訳ではなく片思いのまま終わるとも告げていないだけ。現状というか、普通に考えて片思いのまま終わるであろうあんじゅにとって、読み始めてさえしまえば主人公と自分をリンクさせて結末まで読むことを止められない筈。

 そうなればこちらのもの。次はバトル物でトーナメントの熱さを教え込み、少年漫画の良さにどっぷりと嵌め込むだけ。一度浸かってしまえば逃れられない。気付けば泥中、首まで浸かっている。悪魔的策略・・・っ!

「……ふぅん」

 あんじゅがにこの手を握っていない右手で自分の髪を弄りながら、少しだけ興味を持ったように視線を漫画に向けた。ここで更に倍プッシュとはいかない。撒き餌はこれで十分。撒き過ぎると逆に警戒される。

 ツバサの次の獲物はにこ。アイドルに対しての熱は成ることを目標とするUTXの芸能コースの生徒よりずっと強い。熱き志は少年漫画の主人公達と通じるものがある。だから、読んでくれれば目標が一段階上に変わってくれると信じている。

 スクールアイドルを広めることから、卒業までにスクールアイドルを広めてトーナメント戦を開催することへ。初戦敗退だって構わない。いや、悔しいから絶対に優勝したいけど。でも、一番肝心なのはトーナメントを開催してその舞台で戦う――ライブを行うこと。

 バスケットではコートに立つことが叶わなかった。だからこそスクールアイドルとしてステージに立ってみせる。これが今の綺羅ツバサの毎晩眠る前に思い浮かべるようになった未来。開催が決まった後に、ただの一度もこの日をイメージしなかったことはないと語りたい。

 決勝まで進めたら進めたで『ずっと決勝の舞台でライブをすることを夢見てきた』と、追加する予定だ。今これを言うとあんじゅが読んだ後、絶対に自分のことをゴリと呼び始めるだろうから言わない。

 トーナメント戦を行いたいという理由にはもう一つ理由がある。スクールアイドルを広めるだけだと、もし二年目に広まったとしてそこで目標が達成されてしまう。目標達成其れ自体はいいことなのだけど、燃え尽き症候群になってしまったら選手生命の終わり。そうならない為にも目標はより困難な方がいい。

 出会ったばかりなのにずっと一緒に居たかのようなこの優しい空気。卒業まで終わらせたくないという強い想い。だからこれは卒業してずっと後、機会があれば語ることもあるかもしれない。もしくは恥ずかしいから墓まで持っていくか。どちらにしろ少年漫画を読んで嵌らせないと始まらない!

 GWの計画を話し合うと言いながら自分の欲望を最優先にしている。この時点でそんな清らかな想いが欲望に勝っているかどうかは残念なことに不明。

「矢澤さん。これには練習の大事さと目標への熱き想い。モチベーションを持つことの大切さ。ライバルがいることの至福を知ることができる。部活動の指南書と呼ぶべきかもしれないわ」

 かなり大げさのようでありながら、この漫画に影響されてバスケットを始めた者はツバサを合わせて多くいる。だから間違っているとは言えなくもない。

「サブカルチャーに理解があるっていうのは良いことだと思うのよ。人間って自分が好きな物を好きな人には良い印象を持ち易いし。日本は漫画大国だしね」

 スケール大きくすることで、あたかもそれが常識であるように錯覚させる。自分が他の人とズレていることを無意識に嫌うのが一般人の習性。にこのように自分に自信を強く持てない相手にはこれが効果的。

 少年漫画を勧める為に詐欺師の戯れという本を購入し、熟読した成果を遺憾なく発揮させる。これが漫画なら今のツバサは悪役顔か鼻と顎が尖っているところだろう。だが、勿論これだけで終わりではない。

 にこが漫画に興味を持ち出したその刹那、事前にスマフォに打ち込んでおいたメールをあんじゅに送信する。にこはあんじゅの押しに滅法弱い。普段はその押しの強さに呆れすらしているが、使える手札は全て切る。ずっとツバサのターン!

 メールの送信相手が目の前のツバサと知り怪訝な顔をしたが、あんじゅは一応メールに目を通した。

『この漫画は全部で三十一巻。全巻持ってきたけど、にこさんと同じくらいの身長の私でかなり疲れたわ。優木さんが家に持ち帰ってくれれば、漫画が面白かったから読みにきてと部屋に自然と誘えることになるわ。圧倒的合法手段!』

 とどのつまり、にこは売られたのだ。この時点でどう考えてもツバサの清らかな想いは圧倒的後付け! 少年漫画を広められればまずは良いという邪道。

「……にこさん。同じスクールアイドルである綺羅さんがここまで勧めるのだから、無碍にするのは失礼になるわ。スポーツバッグにぎっしり入ってるみたいだし、今日は私が持ち帰って毒見役になるわね」

「もし読んでみてにこさんにも是非読んで欲しいと思える内容の本ならば、是非私の部屋に遊びにきて。にこさんが持ち帰るには重たいと思うし。でも凄く長そうだからその時は泊まりにきてね」

「お泊まり会?」

「ええ。パジャマパーティーをしましょう」

 ツバサの欲望より上をいくのがあんじゅの欲望。遊びにから泊まらせる手段に変える。そして迫るはGW。高校入学して一月で友人宅に泊まりに行く。これは泊まりに行くくらい仲の良い友達ができたという証明にもなる。両親にとっては喜ばしいことだろう。

 両親の安心を盾にして呼び出すことを瞬時に考えたあんじゅに戦慄。恋する乙女の思考は詐欺師レベルなのか。それともあんじゅが魔性の女なのか。考えていくと闇墜ちしそうなので思考を切り替える。これで少なくとも二人とも最後まで読むことになるのが確定した。

 

――計画、通り!

 

 既に精神面が黒いノートに汚染されてるレベルだが、ツバサは気にせずに冷めた紅茶で喉を潤す。今まで飲んだ紅茶の中で一番美味しく感じた。この達成感は人を堕落させる。そう再認識することで自分が清らかな心の持ち主なのだと思い込ませる。未来の仲間の為に、今のにこを生贄に捧げたのだと。

「五日が駄目でにこさんに逢えず寂しいと思ってたけど、お泊まりというイベントが待ってるなら耐えられるわ! ううん、その前にご褒美があった方がいいのかしら?」

「お泊まり会とか久しぶりで楽しみ」

「にこさん改造計画はその日から発動することにしましょう。にこさんが変わった日が私の部屋に初めて泊まった日……未来の大事な思い出になるわ」

 美人が台無しの緩みきった顔。お泊りにワクワクしているにこ。勝利の微笑を浮かべるツバサ。スクールアイドルである前にまだまだ十五歳の高校一年生。青春を謳歌しながら一歩一歩進んでいく。今回みたいに時に回り道をしながら、たまに後ろに下がりながら。其れすらも全部が正解なのだと今は信じて。

 泊まる日の計画は楽しいからもう少し味わっていたいというあんじゅの案で、一旦保留することになった。それでもあんじゅの頬の緩みは直っていない。

「さて、それじゃあGWの練習のことについて話合いましょうか」

「待って。それよりも大事なことがあるわ」

 自分のやるべきことはやり終えたので元々決めるべき話に戻した瞬間、あんじゅに水を差された。いつもは一言くらい反論したり、呆れた動作を返すところだけど、今回は作戦の功績者ということもあり素直に意見を聞くことにした。

「大事なことって何よ?」

「にこさんには毎回UTXに来てもらってるでしょ?」

「ええ、そうね。時間の都合上悪いとは思うけど一番効率だから。矢澤さん、ごめんなさいね」

「ううん。オトノキからそんなに距離が離れてるわけじゃないから」

 にこにとっての心からの言葉。むしろこんなに近い距離で理解者を得られた自分が如何に幸せなものか。神様に感謝してもし足りない。

「労いの言葉なんかじゃ足りないわ。私もにこさんと同じ苦労がしたい。にこさんと一緒に同じ制服を着て、オトノキで授業を受けたい!」

 あんじゅのこの我侭発言に、ツバサは広いおでこに手を当ててため息を吐いた。恋する乙女はこのありえない発言を現実の物にするだろう。つまり、進むのではなく後ろに下がるのが確定した。回り道のち後退。

 其れすらも正しいと信じようと思った矢先、ツバサの自信が少し揺らいだ。本当にスクールアイドルが広がり、トーナメントを行える日がくるのか……いな、くるとしんじたい。ツバサの自信は思った以上に揺らいだのだった。



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8.秋葉原爆走弐孤暗隊 愛

「矢澤さんは本当にまめですね」

 音ノ木坂学院の昼休み、お弁当を食べた後ににこが毎日のように訪れるようになった生徒会室。挨拶をするなり副会長の零華が感心した。立ち上げに協力してもらっておきながら、UTXで協力者を見つけたのでありがとうございました!

 そんな風に縁を終わらせて良いという教育は受けていない。与えられた恩には誠意を持って返す。生徒会で活動しているのが基本二人ということで、こうしてお昼休みに手伝いに来るようになった。決してクラスで浮いているので居場所がないから避難している訳では……。

「ここは居心地がいいので」

 残念ながら一般生徒との距離が少し開いている。イジメという訳ではない。話掛ければ返事は返ってくるし、プリントだってきちんと回ってくる。ただ、新しいことを始める為にする努力というのは傍から見ると滑稽に見え、どこか浮いた子という印象が距離を開けた理由。

 これが二年生、三年生ならば話は違ったのかもしれない。だけど、入学して一月と経たずでは相手に与える印象が大きい。最初から普通とは違う子なんだというレッテルを張られてしまったのは必然。だからといってにこに後悔はない。自分の夢を綺麗な状態で叶えられる程、現実は優しくないのを知っている。

 そう思って強く在ろうとしているけど、強がりでしかないのは自分が一番理解している。故ににこにとってオトノキでは生徒会室が唯一心の落ち着く場所となっている。

「手伝ってくれるのは本当にありがたいわ。もう少しすれば一段落するんだけど、そこまでは本当に二人じゃきつかったから」

「本来なら強引でも手伝いを募集すべきなんですけどね」

「権力を持つ者が強制するのはねぇ。自分が偉いんだって思い込んで恐怖政治を始めちゃうわ」

「瞬時に下克上をして三時間天下で終わらせますよ」

 会長と零華のやり取りはあんじゅとツバサのやり取りに似てて好きだったりする。ほっこりとしながら気持ちを引き締めた。今日は避難してきただけでなく、手伝いをしにきただけではない。とても言い難いお願いがあるのだ。

「あの、お手伝いの前に一つだけ……その、お願いというか相談があるんですが、大丈夫ですか?」

「ええ、大丈夫よ。何かしら?」

 これを口にしてしまうと生徒会室というオアシスすら失うかもしれない。でも、昨日のあんじゅを思い出す。目を輝かせながら、にこの手を両手で包みながら期待していた。オトノキで授業を一緒に受けたいと。

 ツバサが今までで一番呆れた溜め息を吐いたのはとても印象深かった。それを掻き消すくらいのあんじゅが浮かべた期待と希望と切望と熱望の眼差しが忘れられない。流石に学校の許可云々もあるので保留となったけど、あんじゅの願いを極力沿う形で叶えてあげたい。

 少し前までは憧れで、訪れたのは一度だけ。そんなUTXに何度も足を運ぶ反面、あんじゅとツバサはオトノキに一度も訪れていない。当然のことだけど、少し寂しく思う気持ちもあった。だからってこんな無茶苦茶が素直に通るとは考えてない。

 擬似的なもので構わないので一緒に授業を受けられたらいいなと思っている。忙しいとはわかっているけど、一段落するということだし、GW明けにでも教師役として会長か副会長にお願いして。あんじゅもきっとそれで納得してくれると思う。

 あんじゅは制服を借りるつもりはなく、購入する気満々だった。今回以外に着る機会があるとは思えないけど、同じオトノキの制服を持っていたいらしい。

「荒唐無稽と思われても仕方のないことなのですけど」

「ふふっ。そういう前置きされると胸が高鳴るわね」

「なんでテンション上がってるんですか」

「……えっと、ですね」

 スクールアイドル部の説明した時より緊張し、嫌な汗が背を伝う。今回は部活動ではなくただの我侭。新設校のUTXと違い、歴史のある音ノ木坂は部外者を入れることに対して、色々な柵があったりするかもしれない。今になってそういうのを先に調べておけば良かったと苦虫を噛む。

 でも、調べていたら段々と冷静になって、行動を起こすのを躊躇した気がする。だからこれが正解なんだ。ウジウジするより一気に楽になった方がいい。少しだけ口内の苦味が薄れた。覚悟さえ決めてしまえば後は口八丁。

 説得を成功するか否かは頭で考えた言葉じゃ駄目だ。感じるまま口を動かし、想いをただ素直に乗せるだけでいい。拒まれ、居場所を失ってもにこにはUTXに居場所がある。

 

 後ろ向きだけど全力で前向き!

 

 それが矢澤にこの真骨頂。人に誇れるものでなくても、自分の力になるなら臆病さだって剣にする。弱さだって盾にする。無謀さだって糧にする。少しでも強い自分になる為に。自ら泥に塗れても笑ってみせる。

「今私クラスで少し浮いてるんです」

 言葉を発した瞬間、後悔しか残らなかった。違う、今言いたかったのはそんなことじゃない。汗と血の気が一気に引いて頭がグラついた。

「イジメがある、ということかしら?」

 普段優しい生徒会長の口調が固いものに変わった。穏やかな昼下がりの雰囲気が凍りつく。逆境こそが成功の近道。ツバサが嬉しそうに笑っていた言葉が脳裏に浮かんだ。そうだ、この逆境を活かしてしまえばいい。フリーズしてたら全てが終わってしまう。

「いえ、違います。自業自得、私、全校生徒、スクールアイドル、ならないか、スカウト、したので」

 物凄い怪しい片言のような喋り方になってしまう。だが本人はいっぱいっぱいで気付いていない。無理をしているのではないかと、逆に二人の心配を加速させた。が、ここで間を空けたことで喋り方が普通に戻る。

「部活として学校を背負うべくスクールアイドルが浮いている。私が変だと思われるならいいんですけど『私=スクールアイドル』が変だと思われるのは駄目なんです」

 変と思われる人がスクールアイドルやってたら、当然ながらスクールアイドルが変に思われる。好きの反対は無関心。そんな言葉があるけど、にこは間違っていると思う。それってまるで嫌われ者の強がりにしか聞こえない。興味の反対こそが無関心。今の状況で皆が自分のことを実は好きなんだって、そう思える程頭がハッピーじゃない。

 厄介なのが好きという想いと違って、人は容易く興味を捨てられる。いや、中には好きなんて想いも直ぐに捨てられる人も多いかもしれない。でも、明らかに興味の方が簡単に生まれて、簡単に捨てられる。その先に待っているのは、答えを出したという思いだけ。

 無関心であればスクールアイドルという単語を忘れてくれる。でも、そうじゃない。変という答えが既に出てしまっている。流行らなくても仕方ない。でも、変と思われたまま終わるのは絶対に嫌だ。

 何を言うべきで、何を言ったら正しいのか。考え直そうとしてたら自分の本心が溢れ出て、にこは今完全に感情に溺れていた。それが証拠に視界が波打ち、心が形となって世界に生まれる。純粋を表すような無色透明の心。頬を伝い、あんじゅが着たいと願う制服に染み込む。

「だっから、だからっ! スクールアイドルを知って欲しいんです」

 聞き取りにくい声になってしまっているけど、伝えたいと願う想いだけは十二分に感じた。

「知ってもらう為には普通はしないことをすべきだって思って。より変に思われるかもしれないけど、あんじゅちゃんと綺羅さんの魅力を武器にすれば大丈夫だって、思って」

 小さな迷子の子供のようにたどたどしく、それでも溢れ出る想いは紡ぎ続ける。回り道をしても、後退したとしても、足を止めたくないと駄々を捏ねるように。

「スクールアイドルというのが普通のアイドルとは違う。ずっとずっと身近で、誰にだって目指せて、だけど憧れる。そんな素敵なものなんだって、あの二人を見たら思うから。だから」

 始まりはあんじゅの我侭だった。でも、今は矢澤にこの我侭。学生にとっての学校は世界の半分といっても過言じゃない。大人はそんなことないと笑うかもしれないけど、半日を過ごす場所を世界と言っておかしいだろうか? 少なくともにこにとっての世界の半分は学校だ。

 同じ夢共感してくれるあんじゅとツバサの二人に、にこの過ごすこの世界を見て欲しい。そう思ったから今はにこ自身の我侭。理不尽なくらいの我侭。普通じゃ呆れて、放置される案件。だけど、この二人なら聞いてくれると信じられるから、だから我侭を言える。

「オトノキの制服を着た二人と一緒に授業を受けさせて欲しいんです。本物の芸能人を目指す人達と同じカリキュラムを体験している二人と過ごす。ただ其れだけのことであの二人のカリスマ性を知ることができる。そんな二人がスクールアイドルに興味を持ち、志してくれている」

 冷静な部分のにこがカリキュラムって単語で合ってるのかな? とか思っていたのは内緒。

「その事実を知ればスクールアイドル=変な物・どうでもいい物・ただのアイドルの真似事。そういう負の感情を拭えると思いまして。だから一緒に授業を得られるように先生を説得するのに協力してください!」

 荒唐無稽。最初に確かにそう言われた。そして、間違いではない。普通の学校でそんな無茶が通るわけがない。が、音ノ木坂学院の現会長は違った。既に廃校になることが決まっている。多少の無茶もゴリ通させる可能性がある。

 正直話としては支離滅裂といった箇所もあったし、落とし所が授業を受けるというのも謎だった。でも、にこの強い想いだけは本物だった。先輩とは後輩の想いを無碍にする存在ではなく、掬いあげる存在じゃないといけない。

 なんて考えてるんだろうなと零華は眼鏡の位置をクイッと直しながら会長を見た。秋にはその会長の座を譲られる身としては無理難題に付き合わされるのは迷惑でしかない。だけど、泣いていることすら気付かないくらいに夢中になり、伝えたいことを伝えたにこの姿を見て、拒むという選択肢なんて生まれない。例え悪感情を持っているUTX高校。その生徒を招くことになるとしても。

「零ちゃん。どうやら一段落は旅に出たみたいよ」

「その様ですね。忙しさが来客したようです」

「おぉ! 零ちゃんがそういう冗談に乗ってくるなんて珍しい」

「私だってたまにはそういう気分になります。矢澤さん」

 にこが憧れる零華の綺麗な声。今は綺麗に慈愛が彩られていて、声で頭を撫でられた錯覚すらした。

「音ノ木坂学院生徒会副会長と会長があなたの願いを叶えてみせましょう」

「そういう決め台詞は会長である私がすべきでしょ」

「会長は権力のおまけですから」

「零ちゃんが酷い! 私に優しくしてくれるのは矢澤さんだけよ」

 言いたいことを言い切ってぼんやりしているにこを励ますように、いつも以上に賑やかなやり取りをする二人。にこが手伝ってきた仕事よりずっと時間を消費する厄介事。嫌な顔一つ見せずに引き受けてくれた。

 安堵の余りその場に座り込んだ。スカートが汚れることなんて気にしない。否、気にする余裕なんてない。寧ろ皺になったって構わない。にこは入学して一番の笑顔を浮かべて二人にお礼を言った。ただ静かに終わるだけだった音ノ木坂学院がこれから活性化していく。ある意味で其れは学院にとっての産声となった……。



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9.教えて!すくーるあいどる部

「にこさんにこさん! GW一日目は映画を観に行きましょう」

 練習前の部室という名のただの空き教室。にこの肩に寄り寄り添い、あんじゅが提案する。その大人びた見た目とは裏腹に甘えん坊のあんじゅ。

「映画?」

「ええ、前売りチケットも購入したの」

「何の映画? それといくらだった?」

 暴走気味なくらい好きをアピールしてくることに少し戸惑いはあれど、あんじゅに対して悪い感情は一切ない。だから誘われれば喜んで付き合うつもりだ。

「けっこうCMやってるから分かると思うけど『ベターマン』っていう映画よ」

「……ホラーっぽいやつだよね」

「いいえ、違うわ。一つの愛の形を表現した話題の作品なんですって」

「愛って言っても狂気に歪んだ愛なんでしょ?」

 学校の部活紹介から最近作ったスクールアイドルのサイト。そこにリンクを張ったのだが、サイトのカウンターは自分で回すのみ。ツバサはどうすれば注目されるかを真剣に考えていたのだが、解決策は思いつかず。思考の海から意識を戻すと、いつもの如く百合な雰囲気を醸し出していた。気分転換するかのように、二人の話題にツッコミを入れていた。

「ネタバレになるからレビューは読んでないんだけど、ある意味究極の純愛らしいわ」

「其れは一般的解釈だと狂気って分類されるやつでしょ」

 が、例の如くスルーされるツバサの発言。これもお約束となっていて、もう一度突っ込むと反応が返ってくる。いや、正確には反応というより毒だけど。

「人の恋路を邪魔する馬鹿は、自分の影を見つけてさっさと存在しない国へ帰りなさい」

「…………あっ! ピーターパンね。いい加減人のこと男の子扱いするのヤメなさいよ! 肩に掛かるくらいとはいわなくても、今より絶対に髪を伸ばしてやるんだから!」

「伸ばすのは髪より先に背丈じゃないのかしら?」

 ツバサを射るあんじゅの毒矢。しかし、其れは同時ににこのど真ん中を射抜いた。

「私ってやっぱりちっちゃいかな?」

「何を言ってるの、にこさん。小柄で可愛いところがにこさんのチャームポイントじゃない。自分から個性を捨てるなんて頂けないわ」

 肩を強く抱きしめて、可愛いを連呼した。

「矢澤さんが個性なら私だって小柄なのが個性じゃない」

「ハァ? にこさんと自分を同列に扱おうなんてどうかしてるわね。自分という生態をよく研究してから言葉を発することをお勧めするわ」

「そうね。自分を見つめ直すことが何かを始まる時に必要な行為なのかもしれないし。で、ベターマンは何時から行くの?」

「……はい?」

 あり得ない言葉を聞いたと言わんばかりに、あんじゅは心の底から沸き出るような嫌悪を声に乗せた。

「観に行くんでしょ? 私も行くわ。共通の話題ってグループ間の絆を深められるし。絆が深まれば今より絶対にスクールアイドルを広めることができるわ」

「なっ! 私達の夢を人質にデートを邪魔するなんて最悪だわ。にこさん、綺羅さんを追放しましょう。後々裏切るに違いないわ」

「裏切らないし、人質って人聞き悪い。いいわよね、矢澤さん?」

「う、うん。私は……あんじゅちゃんさえ良いなら、良いと思うけど」

「今にこさんまで人質にしてるじゃない! 外道は一人で勝手に『君のスイーツを食べたい』でも観てくればいいのよ」

「それを言うなら君の膵臓を食べたいでしょ? スイーツなら分けてもらえばいいわけだし」

 尤も、ツバサがあんじゅのスイーツを食べたがっても分けて貰えないのは火を見るほど明らか。

「なんて猟奇的なタイトル。正に綺羅さんに相応しいんじゃないかしら?」

「え、それって苗字が『きら』なだけに第四部のボス的な意味で?」

「意味の分からないことばかり言ってると、脳天にボールを叩きつけるわよ」

「っ!!」

 自分で振ったネタが瞬時に吹き飛ぶ返し言葉。少年漫画を読ませる計画は上手くいったが、流し読みされる可能性もなくはなかった。だけど、今のあんじゅの言葉によって不安は解消。きちんと読んでネタにもしてくれている。

「優木さん。実に素晴らしいわ!」

 脳天にボールを叩きつけられると言われて喜ぶツバサに、にこが若干引いているのには気付かない。嬉しさのあまり肌が艶々になる程だ。

「そ。じゃあ映画は一人で観に行くことね」

「それはそれ。これはこれよ。三人共通の話題を作っていきましょう」

「ちっ!」

 三人を強調されると攻撃し続けるわけにもいかない。にこに首っ丈のあんじゅではあるが、スクールアイドルを広める為にはツバサが必要不可欠なのは理解している。この三人の中で一番カリスマ性があるのはツバサである。

 が、それはあくまで現時点での話。あんじゅはにこの秘められているカリスマ性を感じていた。今はまだ見え隠れする程度のものだけど、自信をつけて言動を意識していけば大きく化ける。そんな存在がプロを目指さず創設した物。

 スクールアイドルが大きくなればなるほど、そこに深い意味があるに違いない。そう考える子が増えていく筈。そういう子達によって、磨けば光るけど自信なさそうにしている子がいれば、スクールアイドルに誘って一緒にステージの上で輝き、色褪せない最高の思い出を重ねていく。そんな今が未来に繋がる光景を夢想した。

「当日は半径三メートル以内に近づかないで頂戴ね」

「それ一緒に行く意味ないから! 傍から見ると二人の後をつけてる危ない人じゃない」

「元々危ない人なんだから変わらないでしょ」

「危なくないわよ!」

 元気な二人のやり取りがにこを笑顔に変える。昼にしたお願いが叶えばオトノキの教室でこんなやり取りが見える。他の生徒が見ればスクールアイドルは楽しいんだって印象が変わるかもしれない。期待に胸が膨らみながらも、本決まりじゃないのでまだ秘密にしておく。

 一緒に授業を受けられるとなったらあんじゅは喜ぶだろう。その時を想像してにやにやする。

「あら、にこさんご機嫌みたいね。綺羅さんを排除する方法でも思い浮かんだのかしら?」

「そんなこと思いついてないよ。三人で出掛けるの楽しみだなって」

 本題はすり替えたけど、三人で映画に行くのは楽しみでしょうがない。にこにとって映画というと妹であるここあとこころが好きなアニメだけ。普通の映画を大画面で見るのは初めてだったりする。

「おまけが邪魔だけど楽しみね。映画見てる最中はずっと手を握ってましょうね」

「怖そうだから強く握っちゃうかもだけど。それでもいいなら」

「うふふ。寧ろ望むところだわ。ビクッとなって強く手を握るにこさん……はぁ~。映画に集中できなくなってしまうわ」

「何の為に行くのよ。観る映画まで自分で決めたんだからそっちに集中しなさい」

「綺羅さん。混んでるかもしれないから、チケット早く予約した方がいいんじゃないかな?」

「あ、そうね。これだけ邪険にされた上に映画観れなかったら骨折り損のくたびれ儲けね」

 スマフォを取り出すと直ぐにチケットの購入に入る。あんじゅに観る上映時間を聞いて予約完了。当然のことながら席は離れているが、そこは仕方がない。大事なのは観た後に感想を言い合ったりすること。

 中学時代はバスケットに情熱を燃やす余り、交友関係というものが極端に狭く、ツバサもまた友達と映画を観に行くのは初めてだった。ただ、その初めてがR-15という不安要素が強い。『逢イは狂気を巡り、アナタが愛へ逝く』という謎のフレーズがまた不安を煽る。

「遊ぶ予定を立てたことだし、作詞について決めましょうか。一番早いのは作詞経験のある子に依頼するのが良いわよね。一般の子に声を掛けてみようと思うんだけど、どうかしら?」

「却下。初めての曲を他の人に委ねるとかありえないわ。にこさんと私の初めての共同作業なんだから、素人感満載の下手な詞でも構わないのよ」

 あんじゅがありえないことをぶっちゃけた。愛の高さを呆れるべきか、志の低さを嘆くべきか迷って返す言葉を無くした。だけど、意外なことににこがあんじゅの言葉を引き継いだ。

「あんじゅちゃんの言いたいこと分かる。最初は下手でも、段々と上手くなっていく。そういう過程もプロとは違う事を表現できるスクールアイドルらしさになると思うの」

「にこさんは私の想いをきちんと掬いあげてくれるのね。これは正に以心伝心。愛し愛されだわ」

 なんてことを言っているが、あんじゅはただ下手でもにこと一緒に作詞をして、書き上げた詞に自分が作曲して二人の愛の形を完成させる。そんな邪まな考えしかしていなかった。

「ふふっ。その考えは面白いわね。今ある道を辿ったらプロの劣化にしかならない。険しき道なき道を歩んで道を作り、未知を完成した道に仕上げる」

「私達の意見をそういう危ない人の発言で汚すのやめてくれるかしら。迷惑でしかないわ」

 言葉にされると道と未知を掛けたネタが分からずに小首を傾げているにこ。なんか自分に酔ってるっぽいツバサにドン引きのあんじゅ。今のは流石にふんどし妖精がくるレベルだったと、少しだけ恥ずかしくなった。

「こほんっ! でも作詞は以前にやり方を調べた通り、簡単にできるってものではないわ」

「そうだよね。だけど、諦めるにしてもやってみてからにしたいの。失敗したら作詞をお願いすることになる人に感謝と尊敬の気持ちが高まるし」

「ええ、そうね。その考えもまた尊いわ」

 同い年でありながら心から尊敬できる。そんな友人に巡り会えたことは本当に僥倖。その素直さが自分の中の闇を照らし、だからこそ恥じて直していこうと思える。

「にこさんは優しいから誰かに惚れられて危険なことにならないか不安だわ」

「一番危険人物が傍にいるから、他の危険は近づかないでしょう」

「……その一番の危険人物が怖いんじゃない」

「だから私は危険じゃないわよ!」

「自覚なしが一番怖いわ。そして、デートを邪魔した怨みはいつか必ず晴らすから」

 ネタなのかガチなのか分からないが、背筋が凍る経験を体験する日がくるとは思っていなかった。浮かべようとした笑顔が引きつったのが分かった。

「ゆ、優木さんは相変わらずね。作詞についての資料は明日まとめて持ってくるわ」

「綺羅さん、ありがとう」

「どういたしまして。だけど、どういった内容にするのかは先に決めちゃいましょうか」

「私はラブソングがいいわ。勿論、にこさんと私の愛の歌。世界中に広めたいし、多くの人から祝福されたいわ」

 にこの腕に頬擦りしながら夢心地の表情。否、だらしなく緩んだ残念顔。涎を垂らしてないのが唯一の救いか。だけど、こういう部分がにこにとってあんじゅを身近にさせる。

「ラブソングだと普通にありふれてるのよねぇ」

「私とにこさんの愛は唯一にして無二よ!」

「いや、重要なのはそこじゃないから。さっきの意見を参考にすべきだと思うんだけど、矢澤さんはどう思う?」

 作詞が自分達でできたとした場合で考えてみた。他の誰かが思い描ける歌詞じゃインパクトに欠ける。下手で世に溢れた内容では見向きもされない。だけど、新しい何かを素人である自分達で創造できるなんて思えない。

「誰にとっても唯一無二の内容。だけど、多くの人が共感できるような歌がいいかな」

 言うは易し。行うは難し。理想としてはそうだけど、其れが一番難しい。にこの言葉に暫し静寂が訪れる。思考の海を泳いでいても、答えという陸地には辿り着けそうもない。それはにこだけではなく、ツバサも同様だった。

「内容はありふれたモノでいいと思うの」

 愛深き故に最初から溺れているあんじゅだけは別だった。難しく考え過ぎずに発想を逆転させ、にこを救い上げる。嵐に難破して溺れた王子を助ける人魚姫のように。

「スクールアイドルは高校生活の三年間限定。ありきたりな日常会話。つまらない授業。ありふれた楽しみと悲しみ。体育祭や学園祭。好きな人と過ごす放課後。そういうのを凝縮した普通のありふれた内容がいいと思うの」

 にこの顔を胸に抱え、自分の心を伝えるように囁く。

「大事なのは歌詞じゃないわ。私達がどういう存在なのかをアピールすることが重要なの。だから、曲名で印象付けるのがいいと思って。故に曲名は私達の自己紹介『スクールアイドル』」

 

「広めましょう、私達という存在を。教えましょう、私達の存在意義を。叶えましょう、私達の夢を。そして、伝えるの……私とにこさんの愛を!」

 

 最後の最後で全てが台無し。壮大なちゃぶ台返し。胸に抱かれながらにこは思わず笑ってしまった。ぶれないことも強さの秘訣なのかもしれない。これもあんじゅの魅力の一つ。

「ま、まぁ。最後はアレだったけどテーマと曲名も決まったわね。それじゃあ、今日の練習を始めるわよ。スクールアイドルーファイトー!」



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10.にこあん 百合の巧

――深夜零時
地獄通信
「綺羅ツバサ」

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 作詞は難航を極めた。だけど三人で試行錯誤して、失敗してやり直す。前に進もうとしては進めない。そんな状況なのににこは楽しくて仕方なかった。

 だって、何度躓こうとも誰かが止めると言い出す心配がない。そう信じられる絆が生まれていて、だからこそ絶対に完成させられる。そう信じてるから楽しい。作詞できる人に任せればもう完成していたかもしれない。でも、そうしていたらこの楽しいけど大変な時間を得ることはなかった。

 あんじゅとツバサと出逢ってからの一日は全て忘れたくないくらいに大切で、だけど全てを覚えてることは不可能で、だから忘れてしまっても日々全力で過ごしたということは覚えていたい。未来の自分が今の自分を思い返し、胸を張れるように……。

 

 そんな胸を張れる日々を過ごしながら、早くも訪れたGW一日目。お昼の喫茶店に三人は居た。

「……なんというか、凄かったわね。ラストの暗転後に全てをひっくり返されるなんて」

 映画のジャンルが狂気なのかホラーなのかはともかく、見終えた後の感想会は盛り上がると想像してたツバサだが、ラストの仕掛けに其れしか言うことができなかった。斜め前に座るにこも驚きが抜けないのかぽけ~っとした表情をしている。

「狂気の世界から抜け出したと思ったのにね。さくらは一平と出会った時に既に狂っていたのか、それともあの世界で狂ってしまったのか」

「ハッ! これだから人を好きになったこともなられたこともない綺羅さんは困るのよ。あれこそ一つの究極のプロポーズじゃない」

「ベターマンを観た人でアレをプロポーズと取る人は優木さんだけよ」

「自分の意見を世界の総意だと思うことが完全にナンセンス。狂った独裁者の考えだわ。綺羅星独裁者の会でも立ち上げればいいんじゃないかしら? 残念だけど、さようなら」

 残念と言いながら見る人全てを幸せにできる笑顔が生まれた。あんじゅに対して何を言っても暖簾に腕押し。メタルスライムに魔法。効果的なのはにこだけ。

「矢澤さんとしてはどうだった?」

「あんな風になるくらい人を好きになれるって凄いよね」

 ツバサが考えていた反応と全然違っていて、思わず「え」という言葉が喉に詰まった。その言葉にあんじゅは瞳を輝かせ、得意げに胸を張ってツバサに対して口を開く。

「ふふん。これが好きになられている人の反応。恋愛を一生知らない綺羅さんは何でしたっけ? 狂ってる? 狂気? もうその発想が女として終わってるのよ」

「なんでこんな時だけ男扱いしないのよ! おかしいでしょ。完全にさくらは狂ってたじゃない。狂気の世界を脱出して、現実世界に戻って抱き合って暗転。ハッピーエンドかと思ったら

 

『アナタを骨までしゃぶらせて』

 

って、完全に狂ってる終わり方になると誰が思うのよ。あれを狂ってると言わなかったら世界そのものが狂ってるわ」

「だから綺羅さんの主観が狂ってるってことよ。既に証明されてるじゃない」

 にこの頭を抱き寄せながら幸せな微笑み。世間一般的に正しいのはツバサであるが、今回は相手が悪かった。

「私のプロポーズは其れにしようかしら。にこさん……あなたを骨までしゃぶらせて」

 愛を喘ぐかのように妖艶な囁き。まるでにこの耳に刻み付けるようにねっとりと声で愛撫した。そんなプロポーズを受けてにこの頬が朱色に染まる。

「いやいやいや! 矢澤さんの反応は絶対におかしいから」

「将来の口癖は『仕事が恋人』の綺羅さん。愛を知らずに愛の言葉を否定するなんておこがましい以外のなんでもないわ。敢えてもう一度言いましょう。冥府の炎で灰になりなさい」

「そんなこと言われてなかったし。貸した漫画を読んでくれてありがとう。勝手に変な将来を作らないでくれる?」

 作戦通りズブズブと少年漫画の魅力に嵌りつつあるあんじゅにお礼を言いながら、でも言いたいことはきちんと言うのがツバサクオリティ。ちなみに、ラブライブ創設者の口癖が『仕事が恋人』ということはここだけの秘密。

「じゃあ仕方なく興味はないけど訊いてあげる。恋はしたことあるの?」

「……な、ないけど。それなら矢澤さんも同じでしょ」

「にこさんは私を好きになるから綺羅さんと一緒にしないでくれる。何かとにこさんと自分を重ねようとする考えは正直気持ち悪いわ」

「優木さんは自分勝手過ぎるわよ! すいませーん。紅茶お代わりお願いします」

 自分を好きになると断言したあんじゅだったが、ふと不安が過ぎった。今まで頭では訊こうと思いながらも、心が拒否していた質問がる。其れを訊く覚悟を決める。

「ねぇねぇ、にこさん。にこさんは誰かを好きになったことがあるの?」

 表面上は何も変化させずに尋ねた。声も震えてないし、言葉の起伏も変になってない。あんじゅ自身は気づいてないが、にこを抱き寄せている腕の力が少し増していた。それに気付いたにこは妹に読み聞かせる時のような優しい声色で答える。

「家族を抜かせば初恋はまだだよ。本当の恋ってどんなのか分からないけど、でも――」

 言葉の続きは発せられなかったのに、あんじゅはにこの伝えたい言葉を感じ取り、感極まったようににこの頭を強く抱き締める。

「あぁ~もうっ! にこさん大好き過ぎて呼吸困難になりそう!」

「矢澤さん。優木さんを甘やかすと絶対に後悔する結末を迎えるわよ」

「愛を知らない可哀想な男の子のどうでもいい発言。私は気の毒スルーすることにしたわ」

「何その既読スルーみたいなやつ!? というか今度は男の子扱いに戻ったし。さっきのはフリじゃないわよ!」

「うふふ。にこさんにこさんっ」

 雑音は無視と言わんばかりににこを愛でるあんじゅ。やれやれとため息を吐きながら、ふと思っていることを口にした。

「一目惚れって物語の中だけのことかと思ってたけど、本当にあるのね。性別は置いておくとして」

「煩い人ね。イングランドが生んだ天才シェイクスピアの言葉をあげるわ」

『誠の恋をするものは、みな一目で恋をする』

「つまり私がにこさんを好きになったのは誠の恋ということよ。嗚呼、にこさんの瞳と心に焼き付けるだけじゃなくて、唇に舌に肌に骨に血に私を刻み込みたい」

「矢澤さんが甘やかせるから狂気から猟奇の意気にランクアップしてるじゃない」

 恋に酔いながら呟くは猟奇的な内容。観てきた映画と違ってここは現実なのが一番怖い。

「こういうところもあんじゅちゃんの魅力だから」

「……これ以上ない程に心が大きいわね」

 変な話だがツバサはこれで確信した。にこは自信さえつけば多くの者を自分の世界に染められる逸材だと。世界とはスクールアイドルという枠組みだけではない。にこが居て成る空間その物のこと。どんな破天荒な相手でもこの空気の前では牙が抜ける。

 身近に接すれば接する程に効果的。そういう意味でもアイドルよりもスクールアイドルの方がより強大な武器となる。無意識ながら自分が最大に活かせる武器を創造する感性。これからの成長を加味すると間違いなく主人公!

 だけど主人公の成長だけでは盛り上がりに欠ける。やはりライバル校が出てこなければならない。卑怯な手段を使いながらも、最後は清い心を取り戻す邪道学校。リーダーのみが突出した才能を見せるが、ライブはグループの結束力あってのもので敗れる一本槍女学院。合同練習をして圧倒的魅力に戦慄した好敵手高等学校。

 駆け巡る脳内設定。ライバル校。成長の喜び。切なさと悔しさ。燃え上がる闘志。掛け替えのない友情。人のこと言えないくらい少年漫画青春脳なツバサ。

「なんだか曲作りするって感じじゃなくなっちゃったわ。ぼんやりでいいからスクールアイドルを広める案でも考えない?」

 漫画ならその瞳にライバル校募集の字が浮かんでいただろう。勿論、背中には炎を背負って。

「にこさん改造計画を実行すれば勝手に増えていくに違いないわ。にこさんの可愛さに一歩でも近づきたいと歩み寄ってくるもの。でも、にこさんは私のもの」

「その改造計画って誘拐事件あるいは監禁事件じゃないわよね?」

「失礼ね。私がそんなことする筈がないでしょう」

「この店に入ってからの発言だけで心配になるには充分でしょ」

 改造計画がどういった物なのか想像出来かねないが、其れがにこの自信の源になるしたら大げさではないかもしれない。が、全てを磐石にするには人事を尽くす必要がある。それに何より、自分がやると決めたからにはやらなければ気が済まない。

「ふっふっふ。実はね、考えてたことがあるのよ」

「にこさん。明日は君の膵臓が食べたいを観に行きましょうか。とても名作な予感がするタイトルだって気がついたから」

「観に行くなら今度はきちんと自分でチケット買うから」

 今日のにこの分のチケットはあんじゅの払いであり、自分で出していなかった。今居る喫茶店の支払いもあんじゅが強制的に出すことを知らない。

「そんな些細なこと気にしないで。にこさんは来てくれるだけでいいの。いい女は貢がれるべきなのよ」

「いい女じゃないよ。どう見てもあんじゅちゃんの方がいい女だよ」

「やだぁ~。にこさんってば私の愛を奮わせるのが上手なんだから」

 考えてたことがある。確かにツバサはそう言ったのだが、二人の世界には声が届いていなかった。こほんっと咳払いをしてから同じ言葉を繰り返す。

「あ・の・ね! 実はね、考えてたことがあるのよ」

「あら、綺羅さん。存在していたの?」

「最初から存在してるわよ。って、人に対して存在していたって言葉を使うのはおかしいでしょ!」

「存命していたの方が良かったかしら?」

「もっとおかしいわよ。まぁ、いいわ。凄くいい案を考えたのよ」

 秘密基地を友達に教えるかのような自慢げな笑顔。あんじゅは道端に落ちている一円玉を見るかのような視線をツバサに送った。にこはあんじゅの胸に頭を乗せられながら、小さく小首を傾げた。

「スクールアイドルを効率的に広める方法。これはこないだの優木さんの我侭からヒントを得たんだけどね」

「ご注文のお品お待たせしました。ごゆっくりどうぞ」

「……ありがとうございます」

 時は来た! と、話を始めようとしたツバサに届いたお代わりの紅茶。自分で頼んだので文句は言えないが、出鼻を挫かれた。

「綺羅さん、どうしたの? さぁ、早くお話して」

 優しい言葉とは裏腹に、嘲笑するあんじゅ。ぐぬぬっと言葉に詰まってから、新しい紅茶で一旦喉を潤す。今から話すのは圧倒的策略と言えるべき代物。一息吐いてから何事もなかったようにやり直す。二度も連続でやり直す破目になるなんて、今日はなんて日かしら!

「確かに私達が活動することによっても広まる可能性はあると思うけど、もっと効果的な物を思いついたの。青田買いというか、種を蒔いておくのよ」

「え、下ネタ?」

「種がないわよ! って、何を言わせるのよ!」

 せっかく仕切り直したのに踏んだり蹴ったりだった。大きくため息を漏らしながら、回りくどい言い方をやめた。

「来年高校生になる中学三年生にスクールアイドルを教え込むのよ。院内感染のように中学校でスクールアイドルという存在が広まる。そして、来年の春になればスクールアイドルを知る子が各高校に広がっていく。今から芽吹く種を植えておくのはとても効果的だと思うの」

「ふぅん」

 自信があったとはいえ、言い終わっても茶々が入れられなかったことで安堵した。自分に対して厳しいあんじゅが認める程の策であると証明されたのだから。現高校生には自分達の努力で広め、これから高校生になる子達には中学生に広めてもらう。

 これを思いついたのは言ったとおり、あんじゅの音ノ木坂で授業を受けたいというものから。他校に通う生徒が音ノ木坂に行けば注目される。UTXのように来客が多い学校は特異だし、普通の学校ならそうなる。

 加えて音ノ木坂は生徒数減少の為に廃校になるのが決まっている。言葉を返せば受験すれば受かるという状況。つまり、音ノ木坂を受験する生徒は受験勉強をする必要がない。一緒に練習する時間も充分に取れるということ。

 と言うのは流石に誇張表現。運動部に入ってるとしたら、夏までは少なくとも部活に熱を燃やすだろう。スタメンになれなくても夏の大会まで一生懸命練習した過去を思い出し、少し胸がギュッと締め付けられた。一瞬だけ口内に広がっていた紅茶が汗の味に変わる。

 主人公にはなれなかった過去の自分。でも今は主人公になる必要はない。だってこの物語に主人公は二人も要らないのだから。決まったと、自分に酔いしれていたツバサだったのだが、

「確かに綺羅さんの提案はすごく良いものだと思うんだけど、それは駄目だと思う」

 同意の言はなくともあんじゅすら認めた案は、予想もしなかったにこの手によって破り捨てられることになる……。



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11.セイドウ最凶伝 ~百合の愛染堕落の刻~

 背が高いとはお世辞にも言えない綺羅ツバサにとって、人を大きいと思うことは他の人よりも多くあった。中学生になってバスケ部に入った時、先輩達はツバサよりも大きかった。試合を応援しに行った時、相手の学校の選手もそれは同じだった。

 だけど、本当の意味で大きいと感じたのは高校一年生の春。GW一日目の映画を観た後の喫茶店。その時に感じた感情は大人になった今も決して色褪せていない。人を本当の意味で大きいと感じ、初めて尊敬の念を抱いたあの瞬間。

 夢を諦めても尚、夢を生み出せる強さ。自分の夢を優先するより先に、人のことを考えられる尊さ。自信がなくても決してブレることのない断固たる決意。優しく惹きつけながらも、包み込んだら離さない絶対的な魅力。正道を志し、真っ直ぐな想いを誇りにして夢を叶えようとする姿。

 スクールアイドルが広まることを確信した出来事。多くの人に語る未来を感じた稀有な経験。心が子供から大人へ成長する為に必要だった、あの日の思い出――。

 

 何を言われたのかは分かった。でも、其れを理解するのを脳が拒絶した。だから間違いであることを祈るように聞き直す。

「それは駄目だと思うって、そう言ったのかしら?」

 母に部屋の掃除をするように言われたのに、ベッドの上でゴロゴロしながら思い付いた至高の策略。万が一反対されることがあったとしても、相手はにこではなくあんじゅしか考えられなかった。

 しかし、現実はそうではなかった。万を超えた確立。ありえない事態。理解の外からの強襲。絶句するというのはこういうことかと他人事みたいに感じた。ある意味で現実逃避の思考。

「うん。とてもいい案だとは思うんだけど、それじゃ駄目なの」

 改めて言い放たれた言葉の刃。今度は流石に理解した。理解したけど納得できない。思い付いた後も結局部屋の掃除は母任せだったけど、それはそれ、これはこれ。この策略を否定される素材にはならない。そんな状況で生まれた案であることをにこが知る由もないのだが、冷静さを失ったツバサは気付かない。

「どこが駄目なの? 来年のスクールアイドルを育てながら、宣伝効果もあるのよ? 一挙両得じゃない。否定する理由を探す方が大変でしょう」

 自身の策を否定するということは、やがて育つライバルの種を摘むという行為に他ならない。この策をしないことによって、大会の実行が卒業後ということにも成りかねない。そうなると中学時代と同じ、大会に出場するということが叶わず終わるということになる。あんな気持ちを味わうのは絶対に嫌だ。

「綺羅さんの作戦は凄い効果的だとは思うよ。でもね、それじゃあ駄目なの」

「何が駄目なのか教えてくれる?」

 抑え込んでいるが声に少しの怒気が混じってしまったかもしれない。分かっていても止められない。納得いく理由を提示されなければ、この気持ちを落ち着けることはできない。

「スクールアイドルが広まった後に中学生が自主的にスクールアイドルを目指してくれるのはいいんだけどね、私達の都合の為にっていうのは駄目なの」

 いつものにことは違って、声に芯が通っていた。それはツバサが今心に灯しているのと同じように、にこにも譲れない想いがあるということ。信念同士のぶつかり合い。

「広まる前と後で何か変わるとでも?」

「うん。スクールアイドルは三年間限定のものだけどね、中学三年間っていうのも同じくらい大切なものなの。三年生っていう時期は特に」

「受験だからって意味ね。それなら補足させてもらうわ。廃校が決まってる音ノ木坂は受験勉強の必要がないでしょ? だから音ノ木坂を受験する生徒を勧誘すればいいと考えてたの」

 小さな胸を張るツバサ。なんでにこが反対したのかと思ったら、自分の言葉足らずが原因だった。圧倒的策略故に気持ちが焦っていた証拠。自分の頭の中で完結していることを、相手が分かってくれると思ってしまうとは猛省しないと。

「そういう意味じゃなかったんだけど。でも、綺羅さんは受験勉強をしなくていいからしない。そんな生徒がスクールアイドルの練習をしっかりとしてくれると思う?」

「あ、え、う」

 大会成立への大きな一歩を踏み込んだと舞い上がっていて、至極当然の答えを見失っていたことに気付かされた。ツバサが中学一年の時、同級生の早い生徒は秋になる頃には既に幽霊部員になっていた。自分の野望の為にそういう子を勧誘しようとしていたのかもしれない。

 もう一つの事実にも気付かされた。中学生の間にスクールアイドルを広める為だけの人材として考えていたのかもしれない。無意識だから許される考えかと言われれば否。先ほど感じた苛立ちがどれ程愚かな物だったのか。頭を鈍器で殴られたように頭痛が痛んだ。意味が重複するくらいの痛み。

「それにね、周りの友達が受験勉強真っ只中で自分だけ受験勉強しないでも平気。なんていうことはなかったよ。経験者だから言えることだけど」

 にこの言葉に息をするのを忘れた。いくら舞い上がってたとはいえ、自分が言ったことは仲間であるにこを侮辱していたのと同意。努力・友情・勝利を胸に抱く身としてはしてはいけないこと。

「受験勉強があるなしは置いておいて、中学三年生が大切の一つが友達。小中と違って同じ学校に受からない限りバラバラになるでしょ? 地元が近くても親しくないと会う機会もなくなるし。一緒に勉強することも大切な思い出になるんだよ」

 もはやツバサの口から「あ」の字も出てこない。

「私立の幼稚園や小中学校を受けた子を除けば、普通は初めての受験が中学三年生でしょ? そういう大事な物と向き合う時に邪魔をするようなことをしたら駄目かなって。この先に受験もしくは面接の際にあの時スクールアイドルの練習しながらも大丈夫だったから、これからも他のことしながらでも平気って思って失敗されたら嫌だし」

 にこによるフルボッコターボ。自信満々だったツバサはもはや見る影もない。生まれてきてごめんなさいと思うくらいの自己嫌悪。正しくツバサのライフはもう零。掃除もせずにゴロゴロしながら考えた策の当然の結末。

 自分の事しか考えていなかったツバサと違って、にこは真剣に勧誘してすらいなかった中学生のことを考えていた。にこの夢に対する誠実さとツバサの夢に対する野心の違い。身長はほんの少しツバサの方がにこより勝っていたが、人間としての大きさを見せ付けられた。凄いと思う人は何人も見てきたけど、心から尊敬の念を抱かされたのは初めてだった。

「最後になるけど、作る側が抜け道みたいな手段を用いたら駄目だよ。スクールアイドルが広まった時に笑われちゃうから」

 駄々こねた子供を諭すように優しく微笑むにこ。恥ずかしくて涙が出そうになったけど、意地でその涙を堪えた。

「私とにこさんの進む道は正道。綺羅さん、あなたは一人で邪道を行ってなさい」

 二人の真剣な話に水を差さず、終わった瞬間に茶々を入れるのがあんじゅ。泣きそうになってるツバサに同情したのかは微妙なところ。

「わ、私も正道を行くわよ。邪道を行くのは一、二回戦目の相手って相場が決まってるんだから」

「いたいけな中学生をかどわかそうとした人が何を言ってるのかしら。これからミスター邪道って呼んであげる」

「ミスよ! って、邪道なんて不名誉な名前で呼ばないで」

 出掛かっていたツバサの涙は何処へやら。にこはいつものやり取りを見て、ツバサの意見を否定してしまった罪悪感が少し拭われた。

「どんな邪道な手を使って中学生を誘拐するつもりだったのかしら。インタビューを受けた場合はきちんとこう答えてあげるわ。いつか絶対にやると思ってた、って」

「やらないわよ。ていうかその言葉をそっくりそのまま返すわ。いざという時の為に電話帳に最寄の警察署と交番を登録しておかなきゃね」

「自首したからって罪が消える訳じゃないわ。地獄流しにあって反省しなさい」

「私はきちんとしてるから。それに死後があるとすれば天国よ」

 直接言われてネタにされ、そうやって救われることもある。あんじゅの清々しいまでのいい性格に感謝しながら、ケジメはつける。

「矢澤さん……ごめんなさい。物事を深く考えずに自分勝手に考え過ぎたわ」

「ううん、こっちこそごめんね。私の勝手な思いに付き合わせちゃって」

「勝手だなんて、それは違うわ。正道こそが私達の歩む唯一の正解。そして、やがて現れる邪道使いを倒すフラグが立ったわ」

「フラグ?」

 残念ながらフラグネタは不発だったけど、ツバサは満面の笑みを浮かべた。今度こそにこにも認められる正道の究極的策略を練ろうと心に誓い、やる気が漲ってくる。スクールアイドルは絶対に広まると確信した。

 それから思う。にこは主人公だと思ったけど、違ったのかもしれない。これから生まれるだろう多くの主人公達を作り出す創造者。そんな存在と一緒にいるのだから自身の野望に溺れるなんてもうあってはならない。この三年間で大会が出来なくてもいい。

 諦めないことが重要で、その時はスクールアイドルが輝ける大会を自分で用意してあげればいい。ツバサの小さな胸が大きく高鳴る。参加するのではなく、築きあげる。想像を絶する程の難易度。夢の前に多くの現実的、否! 現実『敵』問題が立ちはだかるだろう。でも、やがて輝く主人公達の為に頑張ろう。

 大人になった自分が、今日この日の決意を、矢澤にこの尊さを語る。寝て見る夢より不確かなのに、確実に訪れる未来を感じた。全身に鳥肌が立ち、今度は我慢することも出来ずに涙が溢れ出した。悔しさや自分への羞恥ではなく、これから始まる大会創設者としての誕生の証し。

「自称凄くいい案が恥知らずの邪道だったと知ったからって、何も泣くことはないでしょう」

 泣いてるツバサにも容赦はないが、呆れながらもハンカチを差し出した。聞き取りにくいお礼を返し、ハンカチを受け取り、止め処なく溢れる涙を拭っていく。

「綺羅さん、大丈夫?」

 自分の所為で泣かせちゃったのかもと心苦しくなるにこだが、泣きながらも直ぐにツバサが否定した。

「大丈夫。これはこれから始まっていくスクールアイドルの歴史に感動しただけだから。私は、スクールアイドル世界の神になるわ! 『きら』なだけに!」

 涙を止めようと茶化してみたけど、残念ながらフラグに続きこのネタも不発。違う意味で涙が増加した。思った以上に泣き続け、顔を洗った後に提案した。今度は邪道ではなく、親愛の証し。

「私達は同じ夢を志す仲間なんだし、苗字呼びはやめて名前で呼び合いましょうか」

 綺羅ツバサが浮かべた見惚れる笑顔。当然ながらあんじゅの猛反対にあったが、それをにこが取り成して、三人の絆が呼ぶだけで分かるように深まった。

「綺羅星堕ちるべし。あなたの髪の毛一本すら地上に残しはしないわ」

「ひっ! 貸した漫画を全部読んでてくれてありがとう」

 あんじゅからの威圧が増加したのは語るまでもない。あんじゅとツバサの溝が深まった……?



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12.ツバサバージョンアップ!

 時刻は草木も眠る丑三つ時。にこは既に夢の中。あんじゅは地獄通信にツバサの名前を書き込んだ後、にことラブラブでイチャイチャでほにゃららする妄想をしながらベッドの上でご満悦のまま就眠。そして、ツバサはノートに色々と書き込んでいた。当然ながら黒いノートではなく普通のノート。

 中学生の思い出と時間を奪う卑劣な策を自信満々に胸を張っていた自分。邪道と指差されても納得の策であると今では恥じている。だからこそ、失敗をしたことをジャンプ台にして新しい圧倒的策を思い付こうと頭を悩ませていた。

 あんじゅ同様にアイドルについて詳しかった訳ではない。二人と出会ってから勉強した口だ。全員にという訳ではないが愛称や名称みたいな物が必要だと分かる。でも、これは今すぐ決める必要がない。

 何故なら注目されていないから。ある意味自分たちだけではっちゃけてたら滑ってると思われる。自己満足を求めているのではない、夢を現実にする為に歩みを進めるのだ。足踏みをしたいなら妄想の中で充分。

「……あ~」

 気分転換に声を出して見た。其れで脳が覚醒されていい策が生まれることを祈ってみたけど、そんな都合の良い展開は現実には用意されてない。楽をして得られる力なんて意味がない。今日、正確的な日付では昨日になっているけど、学んだばかり。

 若い頃の苦労は買ってでもしろという言葉の意味を少し分かった。ただ知ることと学んで覚えることの差って事だと思う。苦労という学び舎で覚えたことは忘れにくく、未来の自分の血肉となる。

 恥を上書きする為に現状を整理し直す。作詞は三人。作曲はあんじゅ。振り付けはアイドル好きのにこがやる可能性が高い。が、見るのと創作するのでは別物。打算交じりであるが、同じ芸能コースでダンスの得意な人と交友関係を築く必要性があるかもしれない。

 衣装デザイン。衣装製作。ある意味で一番これがやっかいかも知れない。素人がやろうと思って手を出せる範疇を超えている。それこそ海外留学を推されるくらいの服飾の腕があって初めて、人前で披露できる物が仕上がるレベル。

 そんな子がスクールアイドルになってくれれば一番。そう考えてから頭を振る。楽をして得られる力なんて意味がないと思った矢先にまた楽をしようとする。こんなんじゃまた恥ずかしさに涙することになる。

 邪道ではなく歩むのは正道。でも、常識の中で常識を強襲するような策が必要。普通の人なら常識的に考えてその思考を破棄するような、その思考を武器に変えて注目を集める。まずは注目されることが必要不可欠。

 カチカチ山の狸のように、注目されて背中に火がついた状態なら、火事場の馬鹿力でなんとかできるかもしれない。一人ではできないことが、仲間とならできる。それは漫画の中でだけでなく、現実でも通用する確かな真実だと思うから。

「……音ノ木坂とUTX。交わる筈のなかった二つの学園で出会った三人が奇跡を描く」

 漫画の帯についてそうな宣伝文句を口にしてみた。

「UTXの利点を最大に活かせてる?」

 脳裏に浮かんだ疑問が零れ落ちる。レッスンルームやカラオケにジム。室内プールまである。何もないとはいえ部室も与えられている。これだけが強みだと言うには弱い。お金を払えば別のところだって使える。

 UTXでしか使えない策。もしくは、UTX高校の生徒だからこそ打てる策。そんな物があるかどうかは分からない。でも、ないから諦めるなんて馬鹿らしい。イカサマだって気づかれなければ勝利になる。

 ないなら自分で穴を開けて、終わってから埋めてしまえばいい。圧倒的策とはそういうもの。誰もが諦めた箇所にこそ突破口を見出す。開き直ろう。邪道寄りのギリギリ正道だっていい。綺羅ツバサにしか歩めない道がある。

 少し脇に逸れたって、直ぐにまた二人と同じ道を歩んでいる。運命ってそうあるべきだと思う。決意を固めたところで思い浮かぶこともなく。ノートの上には無意味な落書きが数を増やしていくだけ。

 気晴らしにUTXのホームページを観覧する。芸能コースを日本一にすべく色んな方面に手を出している。勿論スカウトしてきた生徒は特待生となり、入学から卒業までの費用は一切免除。その他にも待遇は抜群。希望者には送り迎えに女性警備員も随伴。それは仕事へ向かう時は人数も増やすらしい。

「へぇ~」

 自分からUTXの入学を希望した訳ではないし、ツバサは特待生でもないので初めてその実態を知った。その続きには特待生の誰がどのような仕事をしているのかが紹介されていた。TV・ネット・ラジオ・雑誌。

 どこかで目にした、耳にした人達が自分と同じ高校に通っていたことを知って驚いた。売れっ子であれば当然学校に通う時間が減る。芸能コースと特待生ではクラスが別なのでそれ以前の話。甲子園を目指す男児と野球選手くらいの違いがある。

 ならばこここそが最大の突破口。特待生の中からスクールアイドルに勧誘することが出来れば、絶対に注目を浴びる。それこそ小さな注目なんてものじゃない、その業界の関係人にすら知れ渡るくらいの大きな注目。

 これはある意味で自分の通う学校に喧嘩を売る行為。スクールアイドル部という拠点を失う可能性もある。だけど、スクールアイドル部は音ノ木坂学院にも存在する。だけど、ここで冷静になる。学校を背負って名を広めるのがスクールアイドルの醍醐味。このままではただの邪道。

 筋を通せば邪道は正道になる。本人だけを説得しても誘拐と同じ。本人と学校を説得して初めて勧誘になる。そうすればスクールアイドル部としての活動を認めた上で、これからも胸を張って夢を目指せる。

 そして、狙う必要があるのは女子中高生に人気である必要がある。となれば、狙う相手は決まった。

「奇跡の統堂」

 その美貌とスタイルの良さはモデル界で一躍有名となり、今やファッション雑誌で表紙を飾ることは当然のような扱い。それでも、相手は同じ高校一年生。UTXの生徒だからこそ接触の機会を多く作れる可能性がある。

 スケジュールが公開されてる訳ではない。休み時間をフルに棒に振ったとしても見つけ出す。自分が尊敬する矢澤にこは音ノ木坂で全生徒に声を掛けたという。それでも諦めずにUTXまでやってきて、自分とあんじゅと出逢ってくれた。

 スクールアイドルを広めるという夢を分け与えてくれた。ならば今度こそ自分が頑張ってみせる番だ。全校生徒より特待生一人の方が気が楽。狙った獲物は――いや、これは後の敗北フラグに繋がりそう。狙った相手は絶対に逃がさない。

 面識すらない。だけど、モデル界百年に一度の奇跡と呼ばれる統堂英玲奈の運命は今日決まった。

「知らなかった? 現世魔王からは逃げられない。『きら』なだけに!」

 画面に写る英玲奈の画像に向かってドヤ顔を決める。正しく深夜のハイテンション。目指すべき道を決めただけで、接触できるかどうかも未知。勧誘する為の話術もなし。学校を説得する素材も皆無。

 だけど、今のツバサに怖い物等ない。自信満々の策を正論で論破されることに比べれば、恐怖なんて感じない。駄目と言われるなら、相手が折れるまで信念を貫き続ければいい。スクールアイドルを背負う綺羅ツバサの心は決して折れることがないのだから負けはしないのだから。

 とはいえ、それしか考えないのは愚の骨頂。思いついたことで愉悦して足元を掬われてはならない。達成感からくる眠気がハイテンションを凌駕し、ツバサに冷静さを取り戻させた。

「一番の問題点。奇跡の統堂との接触よね」

 ツバサの行動できる時間帯と英玲奈の行動時間が完全に被らない可能性。どれだけ足しげく校内を徘徊しても接触できなければ意味がない。さっきは気合いと勢いでなんとかなると思ったけど、想いだけで世界は上手くは回らない。

 にこの志は受け継ぎ、確実性は上げなければならない。スケジュールを大まかでも知っている人物とまずは接触し、情報を提供してもらう必要がある。学校で友達があんじゅしかいないのが問題だ。伝手がない。

 先生に聞いても個人情報の厳しい昨今教えてくれないだろう。何か問題があれば情報を開示した先生の責任が問われる。その上、こちらが成功しても何の利も生まれない。先生にとってはハイリスクノーリターン。

 相手にも利が生まれて、情報を知ってそうな人物がいれば……。そんな都合が良い人物がいるだろうか? いる訳がないと否定した。

「はぁ~」

 そこを思いつかなければ圧倒的策も、人魚姫のように朝になれば泡となって消える。段々と重くなってきた瞼を支えながら、頭を回転させるけど何も出てこない。自分にもにこのように協力してくれる先輩がいれば……。

「あっ!」

 にこに協力してくれている先輩と、模索していた存在がイコールで結ばれる。勿論別人ではある、でも役職は同じ。生徒会長。綺麗故に少し性格がキツそうに見えるのが印象的。名前までは覚えていないけど、生徒会長なら特待生相手でも接触を可能にできる。

 個人情報で開示されることを拒まれるのなら、生徒会長権限で呼び出して貰えばいい。解決策は見えたが、今度は生徒会長を説得する手間が生まれた。

「生徒会長を説得して、奇跡の統堂を勧誘。その後は先生や学校長の支持を得る」

 前途多難というかほぼ無理ゲー。まるで主人公に不利な状況で進むことになるトーナメントのようだ。其れは少年誌のお約束。綺羅ツバサは主人公ではない。だから生徒会長にすら勝てないかもしれない。

「それでも、一瞬だけど綺羅星のように。眩しく燃えてやりきってみせる。それが夢を叶える為に邁進する人間の在り方。例え高校生活の残りが一日しかなくても、欠片も無駄にしたりしない! それが私達スクールアイドルの生き方!」

 圧倒的策略は成功しなければただの愚策。生徒会長で失敗すればスクールアイドル部に対しての評価が著しく下がる。本人に失敗し、スクールアイドルへの苦言をブログにでも書かれれば終了の危機。先生と学校長までいけても、そこで駄目なら完全に道は閉ざされる。

 その覚悟を持って行動をしなければならない。今は三人で一つのスクールアイドル。昨日までの自分ならそんなことも考えられずに一人で行動してた。だけど、これが本当に正しいのか相談することが必要だと学んだ。

「…………」

 学んではいてもどうしようもなく怖かった。再び否定されてしまうのではないかと。人を好きになったことがない。でも、恐らくだけどこれは告白に似ていると思う。自分で精一杯考えた策。其れは自分自身の欠片。其れを否定されるというのは、自分自身を否定されてるみたいに感じてしまう。

 眠気もハイテンションも姿を隠すくらいに恐怖心が溢れる。ノートの近くに置いてあるハンカチが視界に入った。泣いた自分ににこが差しだ出したハンカチ。洗濯後、母に任せずに習いながらアイロン掛けして綺麗に畳んである。

 にこは自分を否定した訳じゃない。正しくある為に導いてくれたのだ。だから恐れる必要なんてない! 自分が見当違いなことばかりを提案しても、何度でも訂正して導いてくれる。絶対に見捨てたりしない。

「そうやって信じられることが本当の友情よね」

 面倒臭いことだって引き受けたり、逆に迷惑を掛けたり。笑い合って、言いたいことを言って、時に喧嘩だってするかもしれない。色んなことを経験しながら大人になっていく。こんな素敵な想いを多くのスクールアイドル達に経験して欲しい。

「……ふぁ~あ」

 明日は午後から『君の膵臓を食べたい』を観るから早い時間からの練習と決まっているのに、時計の針が怖い箇所を指している。二日も連続で映画を観るのは家族でもなかったこと。

 あんじゅが「二日も連続でデートを邪魔するとか空気を読めないなら、空気を吐かずにずっと吸ってなさいよ!」と修羅の如く猛っていたが、気にしていない。一人だけ別行動とか寂しいから。

 ツバサは椅子から立ち上がり軽く身体を解す。お風呂上りと寝る前のストレッチは欠かさない。ダンスを覚えるのにまず大事なのは柔らかく、怪我をし難くすること。激しい練習は身体作りができてから。ストレッチを終えてベッドにダイブする。

「まずは打倒生徒会長」

 あれだけ恐怖しながら、もう既に気持ちはにことあんじゅに認められることを前提としている。其れがツバサの強さであり長所でもある。眠気の海に漂いながら、寝る前に毎日しているイメトレを開始した。この日から、イメトレの中のメンバーが三人から四人になったのだった。……おやすみなさい。



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13.学校偶像の星

「ということで、これが私の圧倒的閃きよ!」

「……え、アッと驚くひらめき?」

 自信満々で昨夜に閃いた策略を披露したのだが、にこの反応は斜め上を行くボケで返された。意味合いは合っているけど、そうじゃない。一方のあんじゅはというと。

「にこさんにこさん。命を賭してでも張った伏線を回収するなんて素晴らしい話だったわね」

「私は少し泣きそうだったけど」

 観てきた映画の感想をにこに語っていた。ツバサ渾身の策略は余りにも無残な結果。これならまだ否定された方がマシだったというくらい。だが何もにこが悪いという訳ではない。感動する映画を観た直後の喫茶店で、いくら凄い案を出そうと余韻の方が影響力が高い。

 昨日のベターマンとは心に残る度合いが違っているのだ。この齟齬を生んでしまっている原因は、ツバサが映画の最中に寝ては起きるの繰り返しで内容を全く覚えていないから。寝不足の原因が策略で、その寝不足のせいで策略が不発。余りにも無残。圧倒的悲劇・・・っ!

「うふふ。にこさんが泣きたい時は私の胸で抱きしめてあげるから、いつでも言ってね」

 それ以外に大きな原因が一つ。あんじゅを怒らせた。前日のデートの邪魔からの名前呼び。そして、二日連続のデートの邪魔。地獄通信に名前を書き込んでも尚、その怒気は留まらず、燃え上がる姿は鬼神の如く。あんじゅは今日ツバサと一言も交わしていない。

 対策係が思わず見本にしたくなるくらい自然な無視。普段なら軽口でつっこむが今回ばかりは声に誠意を乗せての謝罪しか選択肢がない。何故なら、ツバサにとって策略は何よりも重い。

「あんじゅさん。ごめんなさい……本気で反省してるから許して」

「ハァ!? 本気で謝罪してるなら北海道の某所に行ってきなさい。人の恋路を邪魔する愚者は鰐に食べられ事故責任」

 言葉に炎が宿るとしたら、太陽の熱に焼かれて蝋の翼が溶けるように、綺羅ツバサの人生が終わりを告げていただろう。

「そうだ、綺羅星さん。最近変なマスクを被った通り魔が出没してるみたいだから、帰り道とか気をつけることね」

「その通り魔は携帯電話に殺人の日記でもつけているの!? 無闇に死亡フラグを押し付けないで」

 あんじゅの無視は終わったが敵意による重圧が凄い。それから綺羅星というあだ名はダサいから呼ばれたくないが、大花火に引火するのでその件には触れない。

「もう一度説明するからにこさんも聞いて。私が考えた圧倒的策を――」

 自らの歴史を語るかのように細かく策略のプランを説明する。にこも一度ぽんやりとしていたこともあり、しっかりと聞いてくれている。が、あんじゅがケーキを差し出してきたりするので、それはきちんと食べていた。

 あんじゅは聞いているのか聞いていないのか分からないが、二度もツバサの顔を見たので聞いているのは確かな筈。祈るように、願うように、一言を大事にしながら長い説明を終えた。

「昨日のは邪道。でも今日の策は絶対的正道だと思うんだけど……どうかしら?」

 自信はある。でも、恐怖は拭えない。特にあんじゅからは理不尽な猛反対がくるかもしれない。にこの考える正道とは違うかもしれない。緊張の余り心臓の音が聞こえる。

「統堂英玲奈さんの勧誘」

 学生でありながらプロの仕事をこなすUTX特待生のモデル。正直に言って勧誘すること自体が無謀だと思った。ある意味で失礼になるし、特待生の権利を剥奪されてまでスクールアイドルという未知な部活動に励む意味がない。

 金銭的な意味だけでも、仕事がなくなることでプラスがなくなり、特待生がなくなった分普通の学生と同じだけの金額が掛かることになる。大きなマイナスが生まれる。こちらから提示できる物に金銭的メリットは皆無。

 スクールアイドルになっても今のファンがついてくるかも分からない。モデルとして凛々しい姿を望んでいるかもしれない。歌や踊りをする姿には魅力を感じなくなるかもしれない。それは今まで築き上げた統堂英玲奈の全てを失う可能性がある。

 何よりもそこに到達して尚、学校側にスクールアイドルを廃止される恐れが高いという。昨日提示された抜け道のような案の方がまだ現実味のある提案。冬場の池に薄っすらと張った氷の上を歩いて渡るくらいに危険過ぎる。

 子供が描く夢物語よりは現実的で、でも現実に近いからこそ無理だと悟ってしまう。こんな無謀な案が叶う筈がない。理性が止めるべきだとハッキリと答えを示している。一年目の春。部を結成して一月も経たずに渡ろうとするような橋ではない。

 目の前にあるのは頑丈な石橋ではなく崩壊寸前の桟橋。凄腕ハンターさんでもなければ渡ることは不可能。そして、矢澤にこは一度同じような橋を見たことがあった。其れはアイドルになるという夢を諦めた時。

「ツバサさん」

 絞り出すようにか細い声でにこはツバサの名前を呼んだ。後に出てくる言葉は何か。無理。無謀。不可能。絵空事。ツバサの瞳が揺れる。

「……」

 それを見てにこは続く言葉を飲み込んだ。自分が諦めて尚足掻いたのに、一生懸命考えてきてくれたものを否定する権利が自分にあるのか。昨日の涙も、今日の案も、ツバサの真剣な想い。同じ夢を志す仲間と言ってくれているのに、一刀両断してしまっていいのか。

「マリーアントワネットの我侭でこんな言い伝えがあるの。兵士達にこう言ったそうよ『夜空に浮かんでいる星を手に入れて持ってきなさい』ってね。かぐや姫のような無理難題。勿論、その我侭が叶うことはなかった」

 にこの代わりを務めるように、あんじゅが言葉を紡いだ。暗に諦めろという事。ツバサは其れを悟り小さな溜息を漏らした。一晩練った策略だったけど、仲間に否定されては諦める他ない。今度はしっかりと受け入れた。

「マリーアントワネットの処刑前、牢獄で過ごす家族との団欒は夜空の星を手に入れるよりも大切な物だったんじゃないかしら? 少なくとも私はそう思うわ」

 受け入れたのだが、続いた言葉に首をもたげた。励ましてくれたのか、それとも次はもっと良い策を考えろという助言なのか。

「つまりツバサさんはギロチンで首を落とされろということよ。それを見ながらケーキを食べればいいじゃない。人の恋路を邪魔した者の末路ね」

「なんでそんなオチなのよ! 麦がなければケーキをって言葉はマリーは言ってないでしょ!」

 ただ回りくどく自分を貶めるだけだった。これにはマリーアントワネットも草葉で泣いている。だけど、このやり取りが本当に意味がなかったかというとそうではない。

「兵士の人は夜空の星を手にできなかったのかもしれないけど、私達は手に入れてみよう。モデル界の一番星を。一人では無理でも、三人ならやれる……かもしれないし」

 あの日諦めてしまった夢。でも、今は一人じゃない。三人なら無謀なことも可能なことに変えられる。終わりを恐れて可能性を廃棄するくらいなら、誰かを巻き込む資格なんてない。既に走り出しているのだから、無理だって明るく笑って通過するくらいであるべきだ。

「良いわね、モデル界の一番星。どうせだからこっちの星と交換してもらいましょう。あ、要らないって言われるのは確実ね。一等星を五等星と交換する人はいないわ」

「誰が五等星よ! せめて肉眼でも見れる可能性がある四等星にしてよ!」

「北海道の某所のデンジャラスゾーンで鰐の餌になったら、死んで四等星になったんだって思ってあげるわ」

「その某所って何なのよ。伏せなきゃいけないなら言わないでって、デンジャラスゾーン? 鰐に食べられ自己責任。ううん、事故責任ってあそこのことね!」

 北海道にある自己責任であることを署名することで入ることが出来る危険の孕んだ動物園。ツバサは以前旅番組で見たのを思い出した。デンジャラスゾーンの最後は木製の落ちる可能性が充分にある橋を渡るという。下には放し飼いの鰐の群れ。当然落ちて死んでも自己責任。

「その頃私とにこさんは百万ドルの夜景を見ながら……うふふ。ロマンチックだわ」

 むぎゅっとにこを抱き寄せながら愛を注入。ほんの少し前までのシリアスは消えていた。不安が消えた訳じゃないけど、其れを忘れる程の希望が沸いている。だからもう何も怖くない。

「スクールアイドルを広めて、このメンバーと奇跡の統堂の四人で卒業旅行に行きたいわね」

「あ、私はにこさんと二人で行くからごめんなさい。それ以前にその頃のツバサさんはトラックに跳ねられて入院してるでしょ? ヒトデを庇ったとかで」

「事故にあってないわよ。というか、犬とか猫とかならまだしもヒトデって何よ」

「綺羅星の前世こそがヒトデだからって事故の後に語ってくれたわね」

 あたかも同窓会であんなことあったね、って話すようにありもしない未来を語るあんじゅ。一瞬そんなことになるかもと思ったくらいの雰囲気を作り出す。

「卒業旅行かぁ」

 その頃の自分はもう少し背が伸びているだろうか? スクールアイドルを多くの年下の子達が奮闘しているだろうか? 待ち受けるのは栄光か破滅か。今回のツバサの案を受け入れたということはそういうこと。笑顔で卒業旅行に行くには全てを上手くいかせるしかない。

「未来の話もいいけど、今を疎かにしちゃ駄目よね。GW明けから一気に動いていけるように、策略成功に向けて精度を上げる話し合いをしましょう」

「生徒会長は簡単よ。ツバサさんが三日間動かずに生徒会で土下座し続ければ相手も折れるわ」

「せめて人としての尊厳を無視しない案を出して欲しいんだけど」

「UTXの会長さんとなると私はどうすればいいかな?」

「にこさんは私に愛を注いでくれてればいいの。それだけで私は幸せになれるから」

 頬ずりしながら感無量の笑顔であんじゅが述べる。今回は完全にUTXサイドとなるから、相棒は必然的にあんじゅとなる。そんな相棒がこれでは策略も不発で終わりそう。尤も、にこの居ない場では普通に会話が成立するので大丈夫だとは思うが……不安は圧倒的に残る。

「愛云々は置いておいても、にこさんには奇跡の統堂を勧誘する時の台詞を考えて欲しいの。適材適所。それに、一番重要なのはそこだったりするからね」

「勧誘の台詞。でも、なんて言えばモデルからスクールアイドルを選んでくれるんだろう?」

 にこは先ほども考えたことを思い出す。メリットが一つもないというのは期待度0%と同意。人にとってどうでもいいと思われても、本人にとっては譲れない物というのがある。其れを提示できれば承諾も得られるかもしれない。

 だけど、本人と話したこともないのに分かる訳もない。そもそも其れがあるとも限らない。責任重大なのに突破口が見えない。にこの小さな両肩にずっしりと重みが乗せられた。

「大丈夫よ、にこさん」

 体に力が入ったことで察したあんじゅが優しく囁く。

「にこさんはシンデレラでいうところの魔法使い『ぴぴるれにゃ~ん』って魔法を掛ければイチコロよ。あ、でも私以外に恋の魔法を掛けたら駄目よ?」

「くすっ」

 にこのうろ覚えの魔法使いの呪文とあんじゅの呪文がかすりもしなかった。重く背負い込みそうだったのを諭され、気が楽になった。思いつめて考えた台詞は硬くなり過ぎて、上辺だけの軽い物に聞こえてしまう。

 短くても、稚拙でも、心に響く本心を相手に伝えるべきだ。失敗するかしないかなんて相手次第なのだから、無駄に考えて思考の迷宮に入り込んでも仕方がない。

「だったら私達は舞踏会に出る為にもガラスの剣を鍛えて生徒会長を一刀両断といかないとね」

「ガラスの剣? 何を言ってるのかしら。綺羅星さんは童話も知らないくらいのお馬鹿さんみたいね」

「ぴぴるれにゃ~んって言ったらそっちでしょ! 名前呼びより綺羅星呼びの方が多いのは何故かしら!?」

 ツバサの元気なツッコミが場に響く。往く道は険しく、上手くいく可能性は極端に低い。でも、三人の顔に陰りは一切ない。笑顔で無駄に脱線しながら、モデル界の一等星奪取に向けて計画を練る。それは人にスクールアイドルを勧める為の練習にも繋がる。

 改めて自分達が広めようとしているスクールアイドルの良さ。そこにしかないかけがえのない物。どうすれば相手に伝わるのか。相手が望みそうなことは何なのか。学校側を黙らせるくらいの何かをどう表現するか。

 作詞同様に足踏みしながら、だけどGW明けまでという期限を設けて一気集中で進める。後に語られるスクールアイドルの奇跡。世間の注目を一同に集める始まりの刻。歴史が今ゆっくりと動き出す……。




私達は上り始めたわ
一人では挑むことも厳しい
この長く険しい圧倒的策略坂を! 未完


って、まだもうちょっとだけ続くってやつよ! にこあんラッシュ継続


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14.スクールアイドル(仮)~百合学園メモリアル~

 ついにあんじゅが心待ちにしていた日がやってきた。朝から肌も艶々で髪の毛も櫛で梳かす前からサラサラ。絶好調というに相応しい万全の体調。前日はにこと出逢ってから初めて一日も逢えないというこの世の終わりのような絶望が在った。

 でも、夜ににこが電話を掛けてきてくれたので少しだけ寂しさが紛れた。電話が終わってからはにこの声を何度もリフレインしながら妄想し、寂しさを慰めてからの就眠。そんな寂しさは起きてからは吹き飛んでいる。

 何故なら今日はにこが泊まりに来るから。お泊り記念日。其れ即ちにこ改造計画の実行日でもある。今のままでも充分可愛い可愛いにこだけど、もっと可愛くなるように、自分好みになるように意識革命する重要イベント。

 にこが自分に強く自信を持てるようにする為の大切な一歩。あんじゅが思うに、にこは踏み出してさえしまえば一気に化ける。踏み出した後は過度な羞恥心を捨てるだけ。やがてステージの上で衣装を着てライブをするなら其れは邪魔になる。

 だけど照れてるにこのあの可愛さと言ったら他に例えようがないくらいに可愛い。宇宙創世のビッグバンすら例えにするには劣る。愛するという気持ちが『愛してる』の一言だけじゃ全然足りないように、にこの可愛さもまた同様。

 にこのことを考えるだけで鏡の前の少女の頬がだらしなく緩んでいる。勿論其れは自分であり、指で頬をグイグイとマッサージしてみるけど、一向に直らない。午前中はUTXで作戦会議の大詰めをしなければならないけど、頭が回るか自信がない。

 そもそも、会議は踊ってるだけ状態で発案された日から時間だけが過ぎただけで、これという解決策は出ていない。生徒会長を説得する文も、にこの情熱が滾り過ぎて纏まっていない。一寸先は闇というか五里霧中というべきか。

 こんな状態ではあっても、GW明けに決行することに変更はない。これから先も色んなトラブルが生まれるだろう。短期で解決しないといけない厄介な状況というのがあるかもしれない。そんな時にこの時を思い出して乗り切れる自信にしたい。

 そう三人で話し合った結果だ。乗り切れなければ終わりだとしても、終わらないと信じているから、無謀も勇気に変えて未来に進める。現実は厳しくても夢を壊せる程の難易度はない。好きな人との共有する夢なら尚のこと。

 寧ろあんじゅにとってこの大ピンチが心地よい。高波に挑むサーファーの気分。乗りこなせれば最高に気持ちいい。そんな気持ち良さをにこと共感する。其れを想像するだけで頬の緩みが増した。寝起きだというのに心がエクスタシーを感じそうになる。

「……はぁん。にこさん」 

 色っぽい喘ぎに似た溜息が口から漏れる。気持ちよさを二人で共有する。まだ精神的な面での共有のみだけど、まるで予行練習みたい。にこと出逢ってからリップを欠かすことのない瑞々しい唇を小指でなぞる。求めるその感触をまだ知らない。妄想の中ではどれ程重ね合い、貪り合ったか……。

「にこさん」

 にこと出逢って新しい自分が生まれたり、知らなかった自分を発見したり、一生知ることはないと思っていた想いの数々を知った。これから先、色々なことを体験して過去を共有していきたい。一人よりずっと楽しくて愛しくて気持ちがいいこと。

 夢と共に愛を育んで成長していく。大人になっても忘れることのない掛け替えのない時間。今を後悔しないように己が持てる全力で今日も謳歌する。一番綺麗な自分になれるようにまずは洗顔から。

「んっ!」

 火照っていた頬が冷たい水を浴びて意識が完全に覚醒していく。優木あんじゅの幸福な一日が始まる――。

 

 

 UTXの部室で机を挟んで座っているツバサが口を開いた。

「結局当たって強引に突破しろってことよね。運命はそう告げているんじゃないかしら?」

 ツバサのいい加減な性格が顔を出したという訳ではない。ただ、これだけ話し合っても他にゴールが見つからないのなら、見つかってるゴールを狙うしかない。例えそこにはボクシング経験がある名キーパーが待ち受けているとしても。

「私としては失敗したら其れを理由にオトノキに転校するからいいわ。今度こそにこさんと二人きりのスクールアイドルライフを堪能するから」

「何そのブルジョワジーしかできない発想。それこそ正に邪道じゃない」

「確実な成功のビジョンが思い浮かばない以上、もしもの時の救済処置を用意するのは当然のことじゃない」

 もはや当たり前のようににこをぎゅっと後ろから抱きしめるあんじゅ。今日は昨日の分も回収するかのように挨拶から片時も離れない。最初は腕を組んでいたのだが、五分もしない内に今度はにこの頭を胸に抱き、今はにこを膝に乗せて後ろから抱きしめている。膝に乗せられた時は恥ずかしそうに身を捩っていたが、今はされるがままに大人しくしている。

「成功するのが何より一番だけど。統堂さんがスクールアイドルになってくれれば夢が現実に染まっていくと思うし」

「ええ、私の圧倒的策略を駄策にするなんて絶対にありえないわ。少なくとも生徒会長は押して押して押しまくって長押しよ!」

「大まかな流れだけで決め手がない物を策とは呼べないわよ。三国志の桃園の誓いを出してきた割にはその辺ザルよね。諸葛亮が草葉で泣いてるわ」

「うぐっ!」

 言葉という名の刀がツバサの心に致命傷を与えた。これが漫画であれば策略を思いついたシーンを描き、仲間達に話している駒だけを絵で見せて決戦当日。そこで策略の成果を見せていくことになる。けど、ツバサは違う。あんじゅの言うとおりに策と呼べるものではない。

 しかも其れを頭に圧倒的とつけてしまっているのが更に哀れみを呼ぶ。まるで家出したのに家出と気付かれることもなく、当日の夜遅くに帰宅することになった思春期の少年少女のよう。

「ツバサさんの提案があってこそ道ができたんだから。策かどうかは別に気にすることはないと思うよ」

 優しきにこのフォロー。だが、時として優しさは追撃となる。それに提案という単語を敢えて使っている時点で、にこ自身が策と認めなかった証拠。ツバサのアイデンティティが打ち砕かれる。覚醒して思いついたと思った策は、策ですらなかった。にこは落ち込むツバサを見て慌てて頭を回転させる。励ます言葉、元気になる言葉。

「えっと、んっと。ツバサさんは策というよりも、正道を照らす輝く花を咲かせたんだよ。策略の策じゃなくて花が咲く方の咲く」

「照らす前に散った気がするけど」

「あんじゅちゃん!」

 顎を上に向けて下からあんじゅの顔を覗き込むにこ。そんなこと言わないのって表現するかのように頬を少し膨らませる。ドックンと心音が口から飛び出すような幻聴。其れくらいにこが可愛過ぎた。

「あぁぁぁああ~もうっ! にこさん可愛い可愛過ぎ! 嘘よ、嘘。明るく照らしてくれる花が咲いてるわ。ツバサさんもお星様となって私達の純愛街道を照らしてくれてるから安心ね」

 柔らかなにこのほっぺたを両手で包み込み、むにむにと指を動かしてその感触を堪能する。赤ちゃんの肌は柔らかいと言うけど、にこの肌はきっとそれ以上に柔らかい。何よりも他には感じることのない興奮と幸せが湧き水のように全身に広がっていく。

「それだと私死んじゃってるじゃないの」

「いいえ、スクールアイドル界の神になったのよ。良かったわね」

「うぐぅ」

 もはやうぐぅの音しか出ない。が、逆にこう思うこともできる。ツバサにとってあんじゅは辛辣ではあるが、何だかんだと自分の言葉をきちんと聞いていて、覚えてくれている証拠なのだと。少々棘が満載なのがたまに強烈に痛むけれど。

「あんじゅふぁん。ふぁんまりいじめふぁだめふぁよ」

 頬をあんじゅにふにふにと弄られながらも嗜める。目標に向かって頑張るには三人の信頼が必要不可欠。

「大丈夫よ、にこさん。綺羅星さんは打たれても打たれても立ち上がる体質だから」

「何その主人公体質!? 歪んでいるけどこれがあんじゅさんのコミュニケーションだって分かってるから。心配しなくても平気よ」

 さんざ弄られて尚こうして笑顔で言えるツバサは大物である。これが他の人だったら早々に居なくなっていただろう。

「そう言えば体質で思い出したんだけど、あんじゅさんみたいな人を一部界隈の人はヤンデレって言うらしいわよ」

「ふぁんでれ?」

「にこさんかわいいかわいい!」

 自分のことが話題だというのにあんじゅはにこのほっぺの虜。時折くすぐったそうにもにょもにょと動く唇がまた愛情を増加させる。

「ヤンデレっていうのは好きな人を好きになり過ぎて病んでる状態ね。好きな人にはデレデレで、ソレ以外の人にはどこまでも冷たくなれる」

 本当は狂気的な行動で好きな人を追い詰める場合や、周りの人達を滅するような猟奇的な物が分類されるが空気を読んで口を閉口させた。直感ではあるがあんじゅがそんなことをしないことは分かる。

 ヤンデレといっても遅い初恋に制御ができてないだけで、何らかの結末か発展があれば落ち着くことだろう。恋を知らないツバサが人の恋心を分析した結果である。

「失礼ね。私は誰でも彼でも冷たくなんてしてないわ。私が冷たくするとしたら嫌いな人だけ」

「何その周りくどいのか直球なのか分からない嫌い発言」

「でも逆に考えればこれ以上ないくらいに嫌われてるってことは、これから先は嫌われようがないってことよ。よかったじゃない」

「そこで上がる可能性を挙げない時点で最底辺の嫌いで完結してるわね」

「ふぁんじゅふぁん」

 揉んでいたほっぺがぷくっと膨らんであんじゅの指を少し押し返す。その仕草もまたあんじゅの琴線を刺激する。一瞬息が詰まって言葉を返せなかったが、一度深呼吸してにこを見つめる。

「にこさん大好き!」

 そうじゃないでしょって目をしながらも、膨らんだほっぺは元の柔らかさに戻った。そんな二人のやり取りを見つめながら缶の紅茶を飲むと、これ以上ない甘い平和の味を感じた。GWは明日で終わる。つまり決戦は目前。自分の『咲く』でスクールアイドルの運命が大きく動く。

 緊張していない今が嘘のよう。不安に震えない今が夢のよう。今までの常識が非常識に染められていくかのような錯覚。あんじゅの恋は絶対に叶わない。この短期間でそうではないかもしれないとすら思ってきた。この二人は出逢う為にスクールアイドルが生まれたのかもとすら思う。

 であるならば、絶対に上手くいく。否、自分がなんとかしてみせよう。無論、策すら未熟で咲くになった自分では頼りないことは重々承知。だからこそ全力を出して想いを声にするしかない。明日の自分が今日の限界の外側にずっと居続ける為に。

「好きと好き。嫌いと嫌い。お互いが同じ感情だと喧嘩は起こり易いけど、そうでない場合は喧嘩になり難い。これは私の持論だけどね」

「人を好きにも以下略なツバサさんの持論。ぷふっ」

「別に世の中は恋愛の好きだけじゃないでしょ。最初に覚えるのは親愛の好きじゃない」

 あんじゅが嘲笑して指の力が緩み、にこが普通に言葉を発した。

「でも、少し分かるかも。年離れた双子の妹達は好き同士なのにしょっちゅう喧嘩するし」

 にこの妹のこころとここあ。普段は仲良しなのだが、ちょっとしたことで喧嘩する。直ぐに仲直りするのだが、頻度は多い。まるでお互いの好きを確認し合う行為みたいに。双子特有のものなのか、そうでないのかは分からない。だからこそツバサの持論に理解を示した。

「好き同士だからこそ些細な事でも分かって欲しいという思い。言葉に出さなくても分かってくれるという甘え。好きだからこそ小さなことでも大きく傷つく。だから喧嘩になる。違うかしら?」

「少年漫画好きの癖に語るじゃない」

「誰かさんが男の子扱いするから最近は恋愛漫画も読むようにしてるのよ。あとネット小説とかね。あれはあれで高度な心の読み合いみたいだと思えば楽しめるわ。ただイチャイチャする話は即閉じだけど」

 恋愛物と言われると現代の話がメインかと思えば、けっこうファンタジー物も多い。悪役令嬢、つまりはかませ犬が主人公になって可憐に訪れる筈の結末を捲くるという物まである。恋愛要素が薄い方がツバサには読み易いのでそういうのを読むのが多くなっている。

「いくら主人公に自分を重ねてもそれは物語の中の主人公であって、綺羅星さんがモテてる訳じゃないから勘違いして痛い行動取らないでね。同じスクールアイドルなんだから」

「そんな痛い思考してないわよ!」

 若干中二病を患っているが本人は自覚なし。あんじゅもその事には触れようとしないし、にこはそもそも中二病を知らない。変り種でも突き通せば個性になる。其れが現代のアイドル。ならばスクールアイドルにも通用する筈。あんじゅが指摘しないのはその為である。

「主人公かぁ。物語の主人公だったらあっと言う間にスクールアイドルを広めたりできるのかな?」

「私としてはそんな作り物の主人公なんて完全にナンセンス。苦労もなしに広まったという結果だけがついてきても何の感情も生まれないわ」

 あんじゅの言葉にツバサが深く頷いて口を開く。

「こうして苦労して、でも結果に結びつかないことに苦しんで。何が正しくて何が間違っているのかを模索する。傍から見れば滑稽でも、そのこと自体に意味を作る。それが人の歩みってものよ。例えば正解を教えてくれる主人公が居るとするわね」

「教えられた道を辿って、すべきことだけをする。ただそれだけのことで明るい未来が待ってる。そう分かってても、私はこうして悩んで進んで間違った道を行くかもしれない今を愛しいと感じる。他の人の正しさなんて、私には関係ない。私達に主人公なんて必要ないのよ。私達は主人公を生み出す側だからね」

 この辺が完全に中二病。あんじゅは人の言葉に勝手に乗って、決め顔を浮かべるツバサにイラッとした。

「出逢った時にも言ったけど、にこさんは私の主人公。私はにこさんのヒロイン。大切にしてね」

 にこのことを主人公と言ったのはツバサが盗み聞きしている時。勝手に主人公不在とか抜かすツバサを目で殺す。

「私が主人公じゃ打ち切りになっちゃうよ」

「いいえ、そんなことないわ。いつか劇団が『夢を諦めてスクールアイドル』の公演を開き、後に映画化。にこさんと私が書く小説版が発売。素敵な未来が待ってるわ」

「それは広がりすぎだよ!」

 未来の展望がデカ過ぎて思わず大きな声を出してしまう。でもあんじゅは微笑みながらにこの頭を撫でるだけ。その未来を微塵も疑っていない。あんじゅもまたある意味で大物である。

「じゃあ私はスクールアイドルの大会を作るわ。本格的なプロのライブにも負けない盛大な大会。スクールアイドル一舞踏会とかどうかしら?」

「舞踏会はプロのアイドルでやってるよ。シンデレラをモチーフにしたやつ」

「あ、あるのね。アイドルのことは勉強したつもりだけど、一気に詰め込み過ぎたみたいね。じゃあ……ラブライブっていうのはどうかしら? プロと違ってギャランティーは発生しない。真剣な努力と純真な愛が武器。なら其れを大会のタイトルとして掲げるの」

「ラブライブ」

 心にしっくりとくるタイトル。外れていたピースが埋まるような不思議な感覚。これこそが運命なのだと教えるように。主人公なんていなくても、きちんと正しき道を歩いていると知らせるように。

「ふぅん。ラブライブ、ね。ツバサさんにしてはいいんじゃないかしら」

 例えツバサが自分にとって是とした意見であっても、決して同意の声を上げることのなかったあんじゅが初めて認める発言をした。これは思いの他ツバサにとって嬉しい出来事。例えるなら主人公が初めて負けた相手と再戦して勝った瞬間。絶対的なピンチにかつて仲違いした友が助けにきてくれた瞬間。其れらに匹敵する胸熱な展開。

「私もすっごく良いと思う。スクールアイドルの晴れ舞台。スクールアイドルを志す子達が目指す最高の地。ラブライブ」

 あんじゅに抱き締められながらラブライブを想像する。各地の学校から集まったスクールアイドルが多くの観客の前で全てを出し尽くす光景。スポットライトの中で可愛い衣装、綺麗な衣装、最先端をいく衣装。汗を散らし、夢を振りまき、想いを伝え、愛を届ける。

 まだ見ぬ後輩がこのラブライブを見て、自分達のライブを見てこの学校に入学したいって思ってくれることを祈って。そんな想いがよりスクールアイドルを輝かせる。プロとは違うから完成度は劣るかもしれない。だけど、プロではないから表現できることだってある。

 事務所の柵なんてないから自由に仲良くなれる。一緒にライブすることだってできる。偽りなく友情を描ける。お互いの衣装を変えて、歌も交換してライブをすることも可能だ。ラブライブから生まれるそんな友情に懸想する。勝ち負け以上の宝物が詰まった大会になりますように。

「ただの夢物語にはできないわね。私の今回の咲くで失敗したら終わりだと思ってた。でも、策ではなく咲くだから。咲いて散るのが花だけど、散ってまた花を咲かせるのも花よね。だったら失敗しても終わりになんてさせない」

 頼りになる力強い芯のある笑い。漫画の主人公のように上手く策略が組めなくても、普段あんじゅに毒を吐かれまくっても、中二病であっても、綺羅ツバサは縁の下の力持ち。にこが絶対的リーダーとして育つまで皆を元気付けて支え続ける。

「なんてやる前から失敗することを考えるのは愚者の在り方。私はもう失敗した後のことは考えない。だって、結果は変わらないから。成功するまで続ければ失敗なんてあってないもの、でしょ?」

 一連の流れでツバサは成長を遂げた。そして、これから大きく飛翔する。ラブライブと名づけたその大会を実現する為に。

「そうだね。もう二度と諦めたりしない。その為に私はここまで来たんだから」

 憧れだったUTX高校。今はそこもまた自分の居場所。あんじゅの温もりもまた居場所となりつつある。運命っていうのは息吹のように伝わっていく。芽吹くのは小さな葉。

 ちょっと照れくさくなったツバサがスマフォを取り出してスクールアイドル部のHPを見て、次にオトノキのスクールアイドル部のBBSを見た。思わずスルーしてから、再びそこに視線を戻した。

「あれ? 音ノ木坂の方のBBSに書き込みがあるみたいね」

「え、珍しいというか書き込みは初めて」

 にこもスマフォを取り出したかったが、あんじゅがにこの両手ごと抱き込んでいるので取り出せなかった。だから何て書き込まれているのかツバサの言葉を待つしかない。そんな中、あんじゅはにこの格好良い台詞を頭でリフレインしながら悦に入っていた。

「えっと……っ! UTX高校のHPを見てスクールアイドルを知ったんですが、こちらの学校が始まりみたいなのでこちちに書きこみます。スクールアイドルというものに興味が出ました。まだメンバーもいないし、私一人だけどスクールアイドルを始めてみようと思います。カラオケ好きだし、小さい頃から裁縫が得意で服を作るのも好きなので。いざとなったら一人でもやってみせます! 北見塚原学院一年・黒須愛」

「私達以外の初めてのスクールアイドル」

 まだライブどころか下地すらきちんとできてない。それでも、興味を持って目指してみようと思ってくれる子が居た。今すぐにでも会いに行きたい。そんなにこの気持ちを知ってか、ツバサは素早く学院の名前で検索をしていた。

「にこさん。残念ながら北海道の学院みたい」

「あ、そうなんだ」

「落ち込むことはないわ。私のにこさんの想いが日本の最北端にまで届いた。其れを誇るべきよ」

 にこが残念に感じた思いをあんじゅが直ぐに掬い上げ、嬉しさに染め上げる。あんじゅの鼓動を頭で感じながら上を向く。

「ありがとう、あんじゅちゃん」

 はにかんだ笑みは小さな子供みたいにあどけない。幼い容姿こそがにこの究極的武装。磨き上げるべき最強の武器。でも、この無垢な感謝は自分にだけ向けて欲しい。好きだからこその独占欲。

「どういたしましっ!」

 うっとりとにこに見惚れながら返事を返した所為で、涎が垂れそうになり言葉を切り上げて生唾を飲み込んだ。にこがキョトンとした表情で追撃を掛けてくる。あんじゅの胸の高鳴りが止まらない。にこへの好きは今日も昨日の限界を上回っていた。改造計画の夜は少しずつ近づいている……。



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15.ラブラブにこあんデート

 にこと手を繋ぎながら街を歩く。今日は邪魔者のいない正真正銘のデート。その邪魔者は身の危険を感じたのか会議を終えると『綺羅星は空気を読んでクールに去るわ』と脱兎の如く逃げ帰った。何だかんだ言いながら綺羅星名義を自分で使い始めていたりする。

 ツバサにとって生徒会長との決戦(対面)が間近だから。外部生よりも同じ学校の生徒の方が話は通り易いと考え、あんじゅと二人で挑まなければいけない。なのにその味方が自分を殺そうとするアサシンであっては、上手くいく物も上手くいかなくなる。なので今回は素直に帰宅したというのが真実。

 生徒会長との対面が間近という事実はあんじゅの頭の中にはない。今日この瞬間をただただ大切にし、愛しさが溢れるこのトキメキに身を委ねるだけ。にこ以外のノイズはシャットダウン。とどまることを知らずして、進めや無敵のにこあん道!

「うっふふふ」

 幸せが笑顔となって表れて、自然と笑い声が溢れ出る。好きな人とのショッピング。それだけのことでもこんなにも幸福に酔いしれる。恋は魔法。デートは至福。自分の妄想ではもっともっと先に進んでいるというのに、今のこの時間とは比べ物にならない。

 手の感触を感じ、会話を楽しみ、同じ体験をする。一秒すらも戻ることのないこの世界。だから過ぎた時間を思い出という形で刻んで行く。その中で二人の思い出をこれから沢山作っていきたい。一つ残らず忘れないと思いながら、増えすぎていくつも忘れてしまう。でも其れは悲しいことじゃなくて、だって毎日新しい二人の思い出が生まれていくのだから。

 そうなるとは限らないが、あんじゅはそうなることを望んでいる。同性同士という現実的ハンデは全く気にしていない。これが恋する乙女の盲目故の強さ。否、ヤンデレの真骨頂なのかもしれない。

「一度家に帰るだけで充分だと思うんだけど」

「私の部屋に置いておけばいつでも泊まれるでしょ?」

「でも、わざわざ買うのは勿体無いよ」

「何を言ってるの。にこさんはそんなこと気にしなくていいのよ」

 にこが気にしているのは今から買う洋服と下着のこと。直接あんじゅの家に泊まりに行くのではなく、一旦家に戻ってからと考えてたにこは必要な物を何も持ってきていなかった。ひと時も離れたくないあんじゅがプレゼントするから買いに行こうという話になり、多少強引ににこの手を引き店へと向かって歩き出したのが事の顛末。必要そうな物は先に揃えてあるが、買い忘れていた物があった場合はあんじゅが出すつもりだ。

「にこさんの手料理が楽しみで仕方がないわ」

「そんな楽しみにする程上手じゃないんだけど。ママのお手伝いはするけど、妹達の面倒とかも見てる時は手伝えないし」

「謙遜はなしなし。それに、にこさんが私の為に料理を作ってくれる。それが何よりも嬉しいの」

 心の底から嘘偽りのない純真な想い。あんじゅの言葉は自信の少ないにこを包み込んで勇気を与えてくれる。期待を裏切らないチーズハンバーグを作ろうと、心の中で気合を燃やす。

「でも私はてっきりにこさんの壱番の得意料理はカレーだと思ってたわ」

「カレーも簡単だから作れるけど。一番と言われたらチーズハンバーグだよ。どうしてカレーだと思ったの?」

「にこさんの壱番でしょ? にこさんの壱番だからニコ壱番。1番得意だから一本縦線を加えると……カレーが一番得意そうでしょ?」

 真坂の名前遊び。逆に言えば其れだけにこの名前を思い描いていたという愛の証明。決してセンスがある発想ではないが、これにはにこも何とも言えない愛想笑い。だけど嬉しい気持ちが生まれるのが不思議だった。

「あんじゅちゃんは料理とかするの?」

「ううん。私は家庭科の調理実習の時に少し携わった程度。ピアノやってたから指を怪我したくなくて」

「ピアノ凄く上手だもんね」

「うふふ。にこさんとこうしてスクールアイドルをやる為にピアノを頑張ってきたの。赤い糸が結んでくれた運命に感謝ね」

 繋いだ手に温もりが増した。だとしたら、にこが四年間通った音楽教室もスクールアイドルをやる為の運命だったのかもしれない。そこにも赤い糸があったのだろうか?

「私が聞くのは失礼かもしれないけど、好きってどういう気持ちなの?」

「全然失礼なんかじゃないわ。私の好きを知って、にこさんの中の好きに気付いてもらえたら最高だもの」

 あんじゅと初めて逢ったあの瞬間の感情が何なのかまだ分からない。長い時間を掛けて小指に結ばれていた見えない赤い糸の距離がゼロになったのか。それとも身近で感じた最高の憧れなのか。

「これはあの時も言ったけど、出逢った時は好きになるって理屈じゃないんだって思った。それからにこさんと過ごす時間の中で、愛は人を欲張りにさせるんだなって感じたわ。それだけじゃない、人を寂しがり屋にしたり甘えん坊にしたり。切なくさせたりもするし、怒りやすくもさせる」

「多くの自分を外に出して、心の引き出しから多くの発見を得る。恋は図書館みたいだって今は思ってるの。知らないことを学び、色んな自分と出会うことで成長していく。一つひとつの本を開く度に新しい発見が待ち受けているみたいにね」

「人が一生を掛けて図書館にある全ての本を読むことが不可能のように、恋も一生を賭しても完全に理解することはできない。でもね、其れでいいの。だからこそ私は一生にこさんに恋心を捧げ続けることができる。恋心を動力に愛を灯し続けることができる」

「好きという感情を失くしてしまう人がいるけど、私は決してそうはならない。死すら超越して共に在りたい。それが叶わないなら来世でも共に歩みたい。つまりはにこさんを骨までしゃぶりたいってことよ」

 語り過ぎたのが恥ずかしかったらしく、あんじゅが最後に好きなフレーズを入れて締めた。聞いてるにこは繋いだ手に汗が滲みくらい火照っていた。好きとか大好きは家族から言われ慣れている分、あんじゅに言われても嬉しさはあってもここまで強烈な羞恥はこない。

 常識は家庭で。勉強は学校で。心の成長は恋で。多くを学び成長できるからこそ、人は其れらを大切にしてきたのだろう。あんじゅは言葉に出さずに心の中でだけきちんと締める。

「チーズハンバーグ。今までで一番美味しいの作れるようにがんばるね」

 今のにこが返せる最高の回答はこれだった。答えが出てないから言葉に愛を乗せられない。軽々しく乗せるのは真剣なあんじゅに失礼。だからこそ、料理に沢山の愛情と感謝を込める。きっと言葉通り一番美味しい物になる。

「ええ、期待してるわ。あ、エプロンも買わなきゃいけないわね。にこさんに似合うフリフリが可愛いやつ!」

「エプロンにフリフリがついてても邪魔にしかならないような」

「機能美よりもにこさんが可愛い方が重要だからフリフリは必須よ」

 反論は駄目と言わんばかりに弾んだあんじゅの声に頷くしかなかった。

「にこさんは可愛いんだから可愛い物を着る義務があるの。これからは機能より見た目の可愛さを選ばなきゃ駄目だからね」

「あんじゅちゃんみたいに美人の場合は?」

「やだ、にこさんってば。私のことを褒めてどうするつもりなのかしら。勿論、にこさんに求められるなら私の全てを捧げるけど」

「褒めるというかあんじゅちゃんが美人なのは事実だよ。スタイルもいいし。声も可愛いし」

 自分とは雲泥の違い。これは自虐ではなく事実確認。一方のあんじゅはにこに褒められて極楽気分。思わず濡れてしまいそうな程嬉しい。一応涎で口周りが濡れてないか空いてる右手で口元に触れて確認した。

「余りにもにこさんが可愛くて言い忘れてたんだけど」

「なぁに?」

「にこさんは自分の声が嫌いなのかしら?」

 思わず歩いていた足を止めてしまった。あんじゅも同じように停止した。せっかくパパとママがくれた声。嫌いではない。と、言えないのが悲しい。若干コンプレックスだから。

「……あの、少しだけ」

 アイドルの動画を見る度に少しだけ積もる心の穢れ。可愛くて歌が上手くて声まで可愛い。声の可愛さは努力で補えない。自分では絶対に届かない領域。だから――夢を諦めた。でも、声や音痴だったことの所為にする自分は嫌い。何かを理由にして諦められる人間なんて、100%成功しない。

「有名な狸ロボットのアニメは知ってる?」

「うん。妹達が大好きだから毎週観てるよ。毎年映画も行くし」

「私達が小さかった頃のロボットの声は覚えてる?」

「過去の作品はDVDで借りてきたりするから覚えてるよ。あのドラ声だよね」

「ええ、そう。あの人は子供の時からずっと自分の声にコンプレックスを持ってたそうよ。でもね、他にないあの声だからあの役にってスカウトされたの。最初はすごく悩んだみたい。本当に自分の声でいいのかって、不安しかなくて。でもね、何度も何度も説得されて」

 ここにツバサが居れば『三顧の礼とか強靭の星の原画担当の人の話みたいね!』とか無駄にカットインしてきてあんじゅをイラつかせただろう。ここには居ないのでスムーズに言葉を続けた。

「悩みに悩んだ末に声優の仕事をやってみる決意を固めたという話よ。其れが多くの子供達に愛され続ける作品の礎になったの。今はもう声は変わってしまったけど、もし普通の声だったら今はもうない作品だったかもしれないわ」

「愛される声って誰の耳にも可愛いとか綺麗とかで判断できないと思うの。それにアイドルって可愛かったり綺麗な顔してるのに、まるでその顔に合わせたような声をしているじゃない。クールなら低めの声。可愛ければ甘い声。綺麗なら細い声。完璧過ぎて私は応援したいとは思えない」

「にこさんは可愛い顔だけどちょっと変な可愛い声。アイドルと違って顔と声が合ってない。でも、私にとっては誰よりも好きな声。耳元で愛を囁かれたら胸のドキドキが抑えられないんじゃないかと心配するくらい。だからこそ、にこさんに自分の声を好きになって欲しい」

「スクールアイドルを広めようとするなら、自分の全てを好きになりましょう。そうじゃなきゃいざという場面で自信が持てずに失敗してしまうわ。私を愛する前に、にこさん自身を愛してあげて。私はいい女だから少しくらいは待てるわ」

 ずっと好きになれなかった自分の声。低めでちょっと濁ってる感じがして。せめて音痴じゃなかったら『歌声は綺麗だね』とか褒められて好きになる切っ掛けがあったかもしれない。でも、そんな切っ掛けはありえなかったIF。だけど――

 

「待てるのは少しだけなんだ」

 

――音痴だったのはこの瞬間の為だったんだ。あんじゅにこうして自分の声を好きになる切っ掛けを貰う為。等身大の自分を愛せるようにって、愛を説くように優しく背中を押して貰う為。パパとママに今のにことして産んでくれてありがとうって、心の底からの親愛なる感謝を言えるように。

 だけど出てきた言葉はあんじゅへの感謝ではなく、ツッコミだった。だって、ここで感謝しても意味がないから。あんじゅが好きな自分の声を好きになること。胸を張って自分の声を誇れるようになること。それこそが今のあんじゅがくれた贈り物への最大の感謝になるから。

「当然じゃない。今年のクリスマスにはにこさんと身も心も結ばれてる予定なんだから!」

「みもっ!?」

 いつもの如く感動を最後に吹き飛ばすあんじゅ。決意を固めた顔で追撃する。

「私がにこさんを抱くのではなく、にこさんに抱かれてみせるわ。自信をつけたにこさんが私を押し倒すの。私に触れながら愛を囁き、この身体に消えない想い出を刻んでいくの。愛し合うことを教えてくれるの」

 完全に口元が緩んで残念美人状態。にこは空いてる左手であんじゅのほっぺたをむにゅっとする。

「恥ずかしいから街中でそんなこと言っちゃ駄目」

 部室でされたお返しとばかりに何度もほっぺたを揉んだ後、我に返って再び店を目指して歩き出す。あんじゅはにこに引かれるようにしながら、完全に夢心地。陽だまりの中でうたた寝をしているようなふわふわした充足感。

「あと、クリスマスはお家でパーティー」

「え゙っ!!」

 突然アラームで幸せな夢から現実に戻ったかのような絶望感。明るい未来計画が崩壊する。足元が崩れ、意識が絶望の谷へ落下する。その瞬間、

「パーティーするからその後でも平気? って言おうとしたの」

「な、なんだ。数多くの氷の結晶で体中を貫かれたかと思うくらいの絶望に見舞われたわ」

 表現がツバサに借りた少年漫画の影響を受けつつあるが、にこは気にしない。というか気づかない。

「あんじゅちゃんも一緒に家でパーティーしようよ」

「まぁっ! 素敵ね。で、でも……パーティーが終わった後、にこさんを私のお家に連れて行くってことは、そういうことだってにこさんのご両親にバレちゃう訳よね」

 普通は友達同士のお泊まり会だと思われることに微塵も気づかない。にこはどう返したものかと少し悩んでから、

「その時はその時。どうなってるかまだ分からないから。でも、     」

 最後は口パクで言葉を締めるにこ。改造計画後のにこは小悪魔っぽい性格が似合うかも! と興奮しながらも、聖夜が初めての夜になっていることを願うあんじゅ。でも、今日も今日とて初めての夜に違いない。幸せの道をにこと歩みながら、願わくば全てが上手くいきますように……。




次回の綺羅星~!

ついにベールを現したUTX高校生徒会長
圧死させるような強力なプレッシャー
見た者を突き殺す氷の眼差し
非理論的な話は一切聞かない効率主義者
UTXの規律を守る為に、彼女は謀反者を処刑する
オスマン帝国から自国を守った英雄のように
罪ある者は同じ学校の生徒でも容赦はしない
だがこれはスクールアイドルを広める為の聖戦
ツバサは自らの命を燃やし、仲間に夢を託して綺羅星のように輝いた

次回『ツバサはじめてのりょうちけい』

私の命もあと一話! って、何よこれ~! それから改造計画ってやつはどこに行ったのよ!?


※にこの声云々はにこ個人の感想
※重※要※アイドルの声云々の話はあんじゅさん個人の感想です※※※


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16.激闘 会長の炎で灰になれ!

◆UTX高校・廊下◆

「時が来たわ!」

 ハチマキが似合いそうな綺羅ツバサのおでこがキラリと輝く。やる気は万全。体調も万全。お肌の艶も万全。策はないけど気合いは充分! 今ならラスボスだって倒せそうな気がする。

「ぷふっ」

 いきなり後ろに居た仲間に笑われた。振り返ればそこには優木あんじゅが口元を隠しながら笑っていた。視線が合うと笑いから嘲笑に変わる。仲間というより、ラスボスとのバトル後に裏切る、裏ボス的存在の方が正しいかもしれない。

「これからが本番だっていうのに、ふざけるというのは頂けないわ」

「ふざけてはないわよ。気合い入れたの。魔界王の真似よ」

「魔界王? また何かの漫画かゲームかしら」

「プロレスラーよ。今尚ミスターチャンピオンは魔界王だって声は高い。といっても、本物の殴り合いとか苦手だからこれくらいの事しか知らないけどね」

 ただのにわか知識を披露されたあんじゅは、大丈夫かしらと肩を竦めた。にこが居てくれればなんだってやれる気がするけど、にこが居ないとなると不安でしかない。スクールアイドルの生みの親なしで果たして説得は可能なのか。

「強い人の真似をすれば決闘――いいえ、激闘だって乗り越えられる。スクールアイドルの全国制覇だって可能よ!」

「愉快な表現は頭の中だけにしてよね。生徒会長に変な先入観を持たれるのは避けなくちゃいけないんだから」

「うっ……確かにちょっとテンション上がってハイになってたわ。不謹慎だけど遠足の前夜みたいに楽しみで。ほらあるでしょ? ピンチは裏返せばチャンスになるって言葉が。今がそれなのよ」

 あんじゅはチャンスという言葉は好きではない。チャンスを与えられる側ではいつまで経っても限界を超えられない。自力で成功させて結果を出す。そして、チャンスを与える側にならなきゃ、この前人未到の果てを拝めはしない。

 だけどこれは個人の考えなので強制なんてしない。やる気があり過ぎると空回りする可能性があるが、これ以上嗜めると今度はガス欠を起こす。にこの代わりには100%ならないが、スクールアイドルの未来を語るのにはツバサの熱気は不可欠。

 其れに『咲く』と名付けられたこの流れ。あんじゅは口にこそしないがツバサの事を高く評価していた。にこによって自信満々の策を否定され、それなのに一夜にしてこの咲くを考えてきた。メンタルの強さと失敗をバネにする力強さは、これから先も頼りになることが多々あるだろう。

 ここに統堂英玲奈という逸材が加わった時、爆発的に広がることも夢語りではない。そうなることがもはや必然。故にここが正念場。失敗しても諦める気はないが、難易度が跳ね上がる。

「生徒会長や達人は一太刀で殺す。これが鉄則よね」

「……」

 高く評価したことを後悔したくなる中二病発言。これは駄目かもしれない。オトノキで朗報を待っているにこに向けて、SOSの愛のモールス信号を発する。勿論届くことはないが。

「オファーは取ってあるから話はできるけど、UTXの会長ともなると色々と忙しいみたいだし。変なこと言うと即終了の可能性だってあるのよ。殺すとか物騒なこと言わないで頂戴」

「普段は絶対に使えないけど、いつか使いたい台詞ってあるじゃない? 其れが使えるタイミングを迎えたから抑えきれなくて。ごめんごめん」

「能天気過ぎるわよ。ハンデ背負って敵う相手じゃないんだから」

 うんざりしながら自分の髪の毛を弄る。そもそもの話、あんじゅ一人でどうにかなると思える相手なら、こうして二人で来る必要がない。UTX高校の生徒会長というのは本当に有能な者しかなれない。だからこそ、大学推薦は国内であれば何処でも貰える。羨ましいと思うなら其れは間違い。

 学生業を完璧にこなしながら会長職を全うする。幅広く手を広げている生徒達のスケジュールを全て頭にインプットして、どこかに破綻しないように管理する。一般の先生よりもずっと大変なことをしている。だからこそ先生方や上の人達からの信頼は絶大。

 味方にできれば本人を説得した後が少し難易度が下がる。手を触れずに針の糸を通すレベルが、両目を瞑ったまま針の糸を通すレベルだから、理不尽な難易度のままではあるが。もしかしたら簡単にいくかもしれない。だけど、そんな楽観視して足元を掬われる訳にはいかない。

『私、これより修羅に入る!』とか言いたかったが、これ以上は危険だとツバサは判断して止めた。負け戦こそ面白い! なんて言う敗北フラグに成りかねない。深夜のハイテンションみたいに高ぶっている自分を数回深呼吸することで落ち着かせる。

「よし、もう大丈夫。行きましょう」

「待って。不安しかないわよ」

「もう落ち着いたから大丈夫よ」

 なんの根拠もなく言ってのけたツバサに重度のため息が零れた。もう何もかも捨ててにこに逢いたい……。現実逃避しそうになるがなんとか踏ん張る。

「生徒会長の心証を悪くするようなことは絶対に避けて頂戴ね。信用を勝ち取らないといけないんだから」

「そんなこと改めて言われなくても大丈夫よ」

「大丈夫な人間がスクールアイドルの全国制覇なんて言葉を出す訳ないでしょう。正気を疑うし、何なら黄色い救急車を呼びましょうか?」

「あー、うん。ごめんなさい」

 自分で言う分にはダメージなかったが、人から言われると相当ダメージがでかい。心配されて当然の状態だった。自分の咲くで満開の花びらが輝く道を描く。その為には感情に振り回されてちゃ駄目だ。感情を制御し、緊張を楽しみ、冷静さを忘れない。成功とはそういう物の積み重ね。

 頬を二回強めに叩く。其れは始まりのゴング。UTX生徒会長との対面の時、来る――

 

◇音ノ木坂学院・生徒会室◇

「少しは落ち着いたらどうですか? 気持ちは分かりますが、矢澤さんがそうしてても体力の無駄ですよ」

 最初は部室に一人で結果を待っていたにこだったのだが、五分でギブアップ。自分が介入できない状態で運命が決まるとなると落ち着けない。人が居る憩いの場は生徒会室しかなく、お邪魔させてもらった。

 いつものように手伝えるような状況でもない上に、揺ら揺らと体を動かしたり、立ったり座ったりと落ち着きがない。視界の端で動かれるというのは集中力を乱す行為。しかも、今している作業内容は、オトノキでUTX生徒を授業に参加させる土台作り。にこが持ち込んだ厄介な案件。

 だというのに本人がその作業を邪魔している。普通だったら追い出されているが、会長は小さな妹を見るような穏やかな笑みを浮かべているし、零華も普通に体力的なことを心配していた。名前だけとはいえ、二人はオトノキのスクールアイドル部の部員。優しさという面ではあんじゅやツバサに劣っていない。

「すいません。落ち着こうとは努力してるんですけど」

「しょうがないわよ。でも、大胆なことを考えるわね。超人気モデルを仲間に引き入れるだなんて」

「成功すれば宣伝効果は抜群ですね。それはいい意味だけではないですが」

「というと?」

 零華は会長の合いの手を受け、気づいてる癖にと思いながらも続けた。

「モデルとしての統堂さんを好きな人にとって、裏切りに他ならないですからね。モデルとアイドルは少しファン層が違う場合がありますから。アイドルがモデルの仕事をしているのを悪く思っている人も少なからずいますし」

「つまりは諸刃の剣に成り得るってことね。矢澤さんはその辺はどう考えているの?」

 会長に振られてにこは戸惑った。勧誘するまでの流れに乗り気でいて、冷静な判断が追いついていなかった。誰もがスクールアイドル転身を快く思う訳ではないのだ。言われてみれば極当たり前の話。だけど、にこはそんな戸惑いを見せずに言う。

「大丈夫です。批判的な子達もスクールアイドルとして、モデル時代では見せられなかった表情で魅了してみせます」

 元気良く笑って見せた。ぴょこんとツインテールが揺れる。

「今更ですがその髪型似合っていますね。高校生で似合っているというのも失礼になるかもしれませんが」

「そこは零ちゃん。可愛いは正義ってやつよ。以前の髪型よりも矢澤さんの幼さが強調されて、より魅力的になったと思うわ」

「ありがとうニコ!」

 あんじゅの改造計画の一つ。髪型の変更。首の後ろで二つに分けていたものから、昔やってたツインテールへ。子供みたいで恥ずかしかったが、あんじゅが其れすらも意識革命の一環だと。常に羞恥心を感じていれば、今まで感じていた恥ずかしさくらい、何も感じなくなるとのこと。これは見た目だけで感じる羞恥。

「……なんですか、その語尾」

 そして、これは言語の羞恥。一人称を二回に一回は『にこ』にして、たまに語尾ににこを付ける。アイドルに限らず、芸能人にとって個性作りは基本中の基本。だからと言ってここまで幼さアピールする必要はあるのかと訊いたら、即答で『これこそがにこさんの最大の武器だもの』と力説された。

 とにかく、見た目と言語の二つで羞恥心を煽っていく。そして、鏡の前で自分は最高に可愛いと毎日の日課にされた。羞恥心を着こなし、自分を魅力的だと感じ、絶対に揺るがない自信へと昇華させる。

そうなれた時、矢澤にこ改造計画は完成する。その時はツバサからにこへリーダーの座が移ろうことだろう。だけど其れはあんじゅとツバサの成功なしにはありえない。既に振られている債の目の結果は凶と出るか、望みどおりの吉と出るか……。

 

◆UTX高校・生徒会長室◆

 決闘をするつもりで尋ねた生徒会室。だが、二人の気持ちを逸らすように、案内されたのは生徒会長室。普通の学校にはないと思われるそんな部屋。会長と副会長とでは仕事の幅が違うし、機密も多いのかもしれない。

 通された部屋には大きめのテーブルがあったが、こちら側から資料が見えないようになっている。会長は作業の手を一度止め、入室したあんじゅとツバサを見て挨拶した。

「こんにちは。作業をしながらになるけど、約束通り話は聞くよ。そこの椅子に腰掛けていいからねぇ」

 冷徹そうな見た目とは裏腹で、かなりフレンドリーな口調。声も鼻に掛かったような舌足らずの可愛らしさ。出鼻を挫かれるとはこのことだろう。にこにギャップの話をしたにも関わらず、目の前の会長という人物を見た目だけで判断していた。写真からじゃ本人の在り方なんて伝わらない。プライベート写真だったなら話は変わるが。

「優木さんと綺羅さんは二人でスクールアイドル部を立ち上げたんだっけ。芸能コースの子なのに部活をするっていうのだけでも稀有なのに。立ち上げたのは初めてじゃないかな?」

 恐らくオファーを受けてから覚えたのではなく、立ち上げの許可を出した時に記憶していたのだろう。相手は規格外の有能である。いつまでもギャップに引き摺られている場合じゃない。

 とは思いつつ、入学式での挨拶を副会長に任せていたのは、こうやって所見の相手を戸惑わせ、自分のペースに事を運ぶ為なのかもしれない。相手が有能であるが故に深い闇に囚われるあんじゅ。一方のツバサは倒して仲間にすることしか考えていない。

「二人で来たということは部のことについてかな。何か不備でもあった?」

「部を認めてくれただけでなく、部室を与えてくれことに感謝しかありません。今日は一つお願いがあってきました」

 感謝はしつつも相手の質問には答えない。先制攻撃を取るというのは何事においても重要。カードゲームで勝手に先攻と言いながらカードを引く。其れくらいの気概でないと強敵には勝てない。策略系の軍師なら、戦が始まる前に勝負が決着している。そうできなる策なんて思いつかなかった以上、自分のペースに持ち込んでラッシュを決め続けるしかない。ずっとツバサのターン!

「部費のことなら既に決定済み。部活紹介は終わってる。部員募集の校内放送を使いたいなら放送室前にある規定項目を参考にして、担当の先生に話をしてね。大学のサークルじゃないから、他校の生徒を部員として登録はできないよ。でも、一般コースの子を部員に入れるのは問題ないから。顧問が欲しいっていうなら、生徒会ではなく直接先生方に話をしてね」

 顔をこちらに向けることなく、作業をしながらの流れるように発せられた言葉の数々。相手にうぬを言わせずに主導権を握るというのは、こういうことだ! と言わんばかりのお手本。先手を打とうと口を空けたまま静止するツバサ。其れを横目にあんじゅが思考の闇から帰還を果たす。ツバサからあんじゅへアタッカーの交代。

「今回は何れも当てはまらないお願いです。会長以外となると叶えるには少々時間が掛かる厄介ごとなので」

「芸能コースの生徒なのに、ねぇ。特待生のサインとかなら時々購買でサイン色紙が販売されるから、それまで我慢してね。一度でも融通利かせると生徒会なんて破綻しちゃうから」

「いえ、サインは要りません」

 サインではなく本人が欲しい。だから思わず『は』の部分に力が入ってしまった。とはいえ、其れは事情を知っていないと気にするべき点ではない。それなのに会長は作業の手を止めて、ゆっくりと顔を上げた。

「なるほどねぇ。スクールアイドル部の立ち上げの際に検索を掛けてみたんだけど、初めに考えたのは音ノ木坂学院の生徒だったよね。その時点では二校しかスクールアイドルをやっている学校は存在しなかった。多分、今も大して状況は変わってないだろうねぇ」

「その状況を打破する為にはUTXの生徒だからこそ使える好機がある。今現在一線で輝いている特待生。スクールアイドルに引き込むことに成功すれば知名度は一気に全国区。宣伝効果と共に有能な戦力を得る、と」

「仮にも生徒会長であるこの私が、唯の芸能コースの貴女達に特待生を引き合わせると思ったの? そうであるのなら大変に失礼だし、何も考えてなかったのなら一昨日来るといいよ。それとも引き合わせるに足りる何かを持ち合わせているのかな? あるのなら其れを提示してみせて」

 言葉一つも挟めぬまま、全てを見透かされて丸裸にされていた。何も持ち合わせてなんかいない。三人で話し合った末の結果が今この瞬間。何も持たずともやる気でどうにか説得してみせる。そんな甘さが通じるような相手ではなかった。

 部屋には三人も人が居るというのに、静寂の音が耳を鳴らす。提示できる策がないと言った時点で終わる。だから何もあんじゅは発せられない。年齢にすればたった二歳差。されど高校生という身ではその二年は余りにも大きい。目の前の存在を相手取るには、圧倒的なまでに経験が足りていない。

 今訪れている最大のピンチを引き寄せたのは自分だ。ツバサは押し潰されそうなプレッシャーの中で考える。この状況を少年漫画で例えるなら、心を読む強敵と相対しているようなもの。右ストレートでぶっ飛ばせるような弱さならともかく、身体能力すら相手が勝っている。漫画なら強制負けイベントで相手が何かしらあって撤退か見逃してくれるか後は……。

 当然ながらここは崖の上でもないので、川に落ちて助かるなんて手段は使えない。そして、現実の負けイベント後に逆転演出は存在しない。何があっても勝ち取らなければならない。咲くまで駄策にするなんて絶対に許せはしない。大輪の花を咲かせてみせる。

 中二病とは魂の在り方。普通の人とは一線を違える存在。良くも悪くも馬鹿でしかない。だが、そんな馬鹿だからこそ、勇者へと辿り着ける。綺羅ツバサは勇者となる――満開!

「私達が会いたいのは奇跡の統堂。モデル界百年に一度の逸材」

 今回もまたきちんとした回答をしていない。だが、会長は目を細めてツバサを見るだけで、部屋から出て行くようにとの指示は出さない。隣に座るあんじゅが『何を言い出すのこの馬鹿』という目でツバサを見る。ある意味で二面楚歌。

「私達が提示できるものはありません。三人で知恵を絞って会議して、だけど決定打となるような物は何一つ思いつきませんでした。だけど、一つだけ胸を張って言えることがあります」

 ツバサは一度音ノ木坂学院のある方角を見て勇気を貰うと、声を張って述べる。

「モデル界なんてどうでもいい! 誰かが築き上げたレールの上に誰かを乗せて、百年に一度とか適当に言ってるだけ。だって、奇跡の統堂以前にモデル界百年に一度と言われた存在が、今はアイドルやってるんですよ? 替わりが通用するような世界なんてどうでもいいわ!」

「スクールアイドルは唯一無二。国の垣根を越えても存在しない物。だけど、其れを未来では色んな国の女子高生がスクールアイドルをやっている。そんな偉大な物の始まりにUTX高校の名前も刻まれるでしょう。先程は提示できる物はないと言いましたが、提示するならその未来。会長、是非ともこの可能性を買って頂きたい」

 最後の言葉はツバサの鼻と顎が尖っていた。それは流石に嘘ではあるが、完全に悪人顔をしていたのは事実。呆れたのかツバサの言葉に飽きたのか、会長は新しい書類を出して作業を再開していた。無言のままで過ぎる苦痛の時間。

 正直あんじゅは今直ぐににこの元へ飛んで行きたかった。抱きついて匂いを嗅ぎながら謝罪したい。というか、非常識でもUTXの制服を着せたにこに一緒に参加してもらうべきだった。後悔しかない。あんじゅが深い後悔の中、作業の手を止めた会長が再び顔を上げた。そして、口を開くと言った。

「議論の余地はなしだねぇ。売買するつもりならもっと現実的な物を売りつけないと。人生はそんなに甘くないよ。それじゃあ、気をつけて帰ってね」

 あんじゅとツバサ完全敗北!?

 敗因:ツバサが中二病全開の勇者だったから?

 

◇音ノ木坂学院・生徒会室◇

 落ち着きのないにこの元へ、運命を報せる着信音が響く。机の上に置いていたスマフォを取ると直ぐに通話ボタンを押した。

「もしもし、あんじゅちゃん。どうだった?」

 言葉が途中途中ひっくり返っていたが、今のにこにはそんなことは気にならない。気になるのは一つだけ。生徒会長の説得に成功したのか否か。大きく膨らんだこの不安を、成功という言葉で鎮めて欲しい。

『……ツバサさんを連れて行ったのは間違いだったわ』

 深く沈んだあんじゅの言葉に、にこは現実を悟った。説得材料を用意できなかった時点で覚悟は決めていた。こうなった後でも諦めないと三人で誓ったから、だから涙は出ない。だって、会ったこともないし、行ったことすらない北海道にもスクールアイドルが居てくれるから。

 ゆっくりでもいい。遠回りすることになってもいい。もう一度案を考えて、広める努力をしていく。結果に結びつく日を信じて。チャレンジすることを恐れたりしない。

『何よ~! 私が居て正解だったでしょ!』

 だが、あんじゅの後ろ側からだろうか、ツバサのそんな声が聞こえてきた。

『ハァ? 綺羅星さんが変なこと言うから、私は胃に穴が開くところだったわよ。何よあの最後の悪人面。生まれてくる世界を間違えたんじゃないの? どこかで変な仮面でも掛けて綺羅星とか言っておけばいいのよ』

『スクールアイドル・UTXノ翼――綺羅ツバサー! 綺羅星ッ! って何やらせるのよ。どうでもいいけど先に報告でしょう』

 え、あれ? にこは混乱していた。思っていたのとは違う、いつもの二人のやり取り。

『うちの会長は味方にできるような存在じゃなかったけど、統堂さんとの接触は可能。及第点ってところかしら? 綺羅星さんの代わりににこさんが居てくれれば味方になってくれたかもしれないけど。ごめんなさいね』

 ゆっくりとあんじゅの言葉を噛み砕く。そして、理解して噛み締める。英玲奈との対面は成功。無理が九割以上を占めていた難題を突破。

「うそ」

『本当よ。あの会長は物凄く性格が悪いわ。帰れって言った後に、ついでにこれを統堂さんに渡しておいてって、明日の登校時間と会える場所を書いた紙を渡してきたの。それと私とツバサさんの授業の一時退出許可書』

『あの時、あの二人は私のことを完全な悪人だと思ったと思うんだよ。会長のこの私が完全な悪人なわけが――』

『――綺羅星さん煩い。とにかく今すぐににこさんに逢いたい。抱きしめたい。今から迎えに行くから喫茶店で会議しましょう』

「うん! 私も急いで行くね」

『じゃあ、直ぐに逢いに来てね!』

 通話が終わると同時に笑顔で会長と零華に成功の旨を告げた。そして、二人に迷惑掛けてごめんなさいと謝罪とお礼を告げて挨拶すると、ピョンピョンとツインテールを跳ねさせながら生徒会室を後にした。

「作業は全然進まなかったですが、良かったですね」

「そうね。これで矢澤さん達が無事に統堂さんを勧誘できれば……目を覚ましてくれるかもね」

「目を覚ます、ですか?」

 一体何の話だろうと、零華が首を傾げた。にんまりとした笑みで会長が言う。

「部活をしている運動部以外の子達よ。確か家庭科部の部長は零ちゃんの友達だったわよね?」

「ええ、そうですよ」

「しかも統堂さんの大ファンだとか」

「なるほど。授業に招く時に統堂さんも居れば目が覚めるでしょうね。両手を大きく上げて衣装を作りたいと言ってくるでしょう。実力は十二分にありますから。怠け者なのが玉に瑕ですが」

 普通に着る服ではなく、コスプレに近い衣装を作るのが上手なので、アイドル衣装を作るのに苦労はないだろう。衣装のデザインはその子の幼馴染がしているので、一緒にやる気を燃やしてくれることを祈る零華。

「其れを皮切りに、スクールアイドル部に触発されるように活性化していくといいんだけどね。校舎だって長く見つめてきた見返りとして、最後まで元気に活動する生徒達を見ていたいと思うだろうし」

「校舎は何も思ったりしませんよ」

「零ちゃんはクールだなぁ」

「ただ、全ての生徒が卒業式を迎えることを惜しむようになれば、私達生徒会が影で頑張ってきた苦労が報われますね」

「クールなんだか人情に厚いんだか。でもそこが零ちゃんの魅力だよね」

 その会話を締めとして、遅れた分の作業を取り戻すべく無言で再開する。にこへの援護射撃。音ノ木坂学院が活性化することを懸想しながら。決して戻らない青春の花が、数多く咲き乱れることを願って……。

 

◆おまけ・鏡よ鏡 カカカカカカモーン!◆

「早くにこさんに逢いに行くわよ」

 一人で行ってデートしたいが、本人との接触が明日と時間がない。何だかんだ言いながらも今回の会長の説得の功績はツバサにある。自分だけでは雰囲気に呑まれていて、最後は何も言えずに帰らされていただろう。だからツバサを省く訳にはいかない。

「ええ、そうね。会長の強敵具合を是非伝えたいわね」

「銀河『微』少年さんのお陰で難易度が跳ね上がってた気がするけど」

 だが勿論、ツバサ本人を評価するような発言は絶対にしない。寧ろその逆を言うのがあんじゅ。

「銀河美少年じゃないわよ! それを言うなら銀河美少女でしょ!」

「放課後の廊下で、自分は銀河美少女だと喚く男の子が出現する。これはUTX七不思議の一つになるわね」

 わざと両手で体を包み込みながら、体を震わせる。ツバサをからかうことに磨きが掛かりつつある。

「元々うちの学校に七不思議なんてないじゃないの! それから、どうして毎回のように私を男の子扱いするの!? 喉見れば一発で分かるでしょ。喉仏の見える女性はいても、喉仏の見えない男性はいないんだから」

「目の前にいるじゃない。流石神になる人は違うわね。男の子なのに喉仏を見えなくするなんて凄いわ。拍手してあげる。ぱちぱちぱち」

「うぐぅ!」

 せっかくぐうの音も出ない切り返しを考えてきたのに、致命的なネタを使われての強烈なカウンター。真っ白に燃え尽きるような痛恨の一撃だった。日本一売れた少年漫画の作者のキャラデザした主人公のアクションゲーム。そこから得た切り返しだったのに……。その後、綺羅ツバサの姿を見た者は誰もいない。

「いつか必ず切り返してみせるんだから!」

 そんないつかが来るとは思えないが、今日も今日とてお風呂上りに『髪よ早く伸びろ~伸びろ~』と呪文を掛けるような仕草をする、とっても愛らしいツバサの姿を鏡は目撃することになるのだった。 おしまい!



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17.罪という後悔の迷宮

 私は目を覚ましてから毎朝夢を見る。

『そんなに気にすることじゃないよ』

 陽だまりみたいな温かさを持った男の子。物心つく頃から一緒にいて、人付き合いが苦手だった私をいつも救ってくれた。落ち込んだ時、泣きたい時、寂しい時、必ず私の傍に居てくれた。大切な物を貰ってばかりで、全然返せなくて、それが時々妙にもどかしかった。

『英玲奈ちゃんは充分に魅力的だから、それを自分で否定するのはいけないことだよ』

 私の方が誕生日が早くて、背も一度も抜かれたことはなかった。だけど、心の成長はずっとずっと負けていた。今でもきっと其れは変わってない。彼はずっと私の前を歩いてて、その背中を追い続ける。でも、その背中が見えないまま時間が流れる。

『表情の変化が分かり難いくらいで、英玲奈ちゃんの魅力は全く衰えないよ』

 笑わない子ってよく言われた。無表情で人形みたいって怯えられた。何を考えてるのか分からなくて不気味と陰口叩かれたこともある。中学生になってから、クールだと評価されるようになった。逆に言えば其れは冷たいってことで、褒め言葉のつもりで使ってるのが逆に傷つく。そう思うのは私の我侭だったのだろうか?

『責任力あるからなのかさ、英玲奈ちゃんってクラスの出し物の時はいつもより表情豊かになるんだよ。知ってた?』

 彼は私以上に私を知ってくれている。良いところは褒めてくれて、悪いところは優しく嗜めてくれる。家族より安心出来た私の居場所。当たり前のように続いていくと思っていた二人の道。

『多くの人の前に出るようなことに慣れれば、今よりも表情豊かになって、より魅力が増すかもね』

 変化のない表情。蓄積されてきた穢れ。思春期ということもあり、我慢できなくなって、だから彼が提案した。

『そういえば今度コンクールだかコンテストか忘れちゃったけど、モデルを発掘するって募集を見かけたよ。英玲奈ちゃん、チャレンジしてみたら?』

 其れは今まで続いてきた当たり前の終わり。彼との別れ道。常に気にすることはないと言ってくれていた彼の言葉を信じず、胸の内に巣食う穢れを優先した愚者の選択。だから私は陽だまりを失った。

 モデルの統堂英玲奈という道を一人で歩く。仕事という責任感から表情筋は以前よりずっと柔らかくなった。笑っていることを気づいてもらえる。クールという言葉がきちんと褒め言葉と受け入れられるようになった。だけど、安らぎの居場所を失った。

『モデルとしてデビューなんて凄いよ。初仕事は英玲奈ちゃんに先を越されちゃったね』

 その時は初めて彼より先に大人に近づけたと思った。憧れ続けた背中に追いつき、並んで歩けるようになったと思った。貰ってばかりで子供っぽい私が、貰うだけじゃなくて与えたり出来るようになるかもしれないと。考えただけで胸が高鳴った。

『統堂さん。貴女は女性人気だけでなく、男性人気も会得できる。だから恋愛はご法度。男性との接触は極力避けるように。昔と違ってアイドルブームの所為で……』

 夢の終わりを告げる言葉。その時になって私は漸く気が付いた。私は彼を男性として好きなのだと。本当はずっとずっと知ってた。気づかない振りをしてただけ。心は理解しながら、頭で拒絶してた。其の理由は簡単。

 

 ――あの頃の私には自信がなかった

 

 自信と引き換えに得た物は、彼と逢えない今日がまた始まるという現実。閉じていた目を開く。贅沢な話なんだと思う。モデルを目指してもなれない人がいる中で、こんな後悔ばかりの私に仕事が多く入る。なのに私は戻りたいと日々思っている。逢えない分だけ募る想いと切なさ。

 寝ている間に彼と逢えた時、朝目覚めてから幸せな気持ちに包まれる。だけど、夜部屋に帰ってきた時、その幸せな気持ちが裏返る。現実では彼に逢えないという事実が心を引き裂く。感情が抑えきれなくなって、泣くことをやめられない。

 どんな人間にも時間を戻すことが出来ない。誤った選択を正すことは出来ない。だからこの苦しみから逃れることが出来ない。こんなにも苦しいなら、いっそのこと彼のことを全て忘れたいとすら思ってしまう。

 だけど私は卑怯者だ。何度も何度も忘れたいと願っても、一度として彼と出逢わなければ良かったとは思ったことはない。思えるわけがない。彼と出逢わなかった私なんて、私とは成りえない。

 

 多くの感情を教えてくれたのが彼

 短所を長所に変えてくれたのが彼

 人の輪に恐れることなく入れるようにしてくれたのが彼

 こんなにも人を愛しいと想えることを教えてくれたのが彼

 

「……逢いたい」

 涙の代わりに想いが溢れ出る。叶うことのない願い。モデルとしての人気が出れば出るほど彼が遠ざかる。世界の色が消えていく。表情は豊かになったのに、心はどんどん冷え切っていく。自分の想いに真っ直ぐに生きたい。そう思っても行動に移すことなんて出来ない。

 好きがどんな想いよりも心を占めているのに、仕事を放棄するなんて責任感が許さない。だって、この仕事は彼がくれた物だから。離れる切っ掛けになったのに、モデルは彼との繋がりだから。

自分の意思と想いのちぐはぐ具合は、糸の絡まった操り人形のよう。

 人形と呼ばれるのを嫌っていたのに、自ら操り人形と自虐する。最近忙しくて疲れが溜まっていて、思考がより暗くなっている証拠。でも、今日は完全オフで学校に行った後はそのまま休める。体は休めても心は救われることはない。

 学生でありながら、学校に行く日数よりも仕事の数の方が多い。だからまだUTX高校の生徒である自覚は薄い。其れが特待生という立場である証明。休んでしまおうかという誘惑に負けそうになる。あたかもその考えを読んだかのように、スマフォがメールの着信を知らせた。気だるい体を起こし、手を伸ばしてスマフォを取る。差出人は生徒会長。

 

『今日は必ず学校にくること。スーパーモデルの君のことを、大変に愚かな者達が待ち受けているよ。夢と現実の区別のついてない愚者。いや、愚者とすら表現するのも失礼なくらいの大馬鹿者。現実を行き続ける君とは対極の存在。猛毒になるのか万病の薬になるのか。結果を待っているよ。十一時に第四トレーニングルームに行ってね』

 

 ミステリー小説の暗号のように解読不明の部分もあるが、十一時に第四トレーニングルームに誰かに会いに行けということだろう。それは別に構わない。モデルという仕事は一期一会も多い。逢いたいのはたった一人だけだというのに。

「……はぁ」

 重い波がきている。こんな時はひたすらに眠るか、仕事の忙しさで気を紛らわせたい。だけど、今日は其れが出来ない。憂鬱が身体を支配する。

「人を好きになるとは呪いのような物だな」

 こんなに苦しいのに手放せないのだから。いや、こんな苦しい想いすらも誰にも渡したくない。そんな気持ちがあるのに、全てを捨てて彼に逢いに行く勇気がない。モデルが彼との繋がりというのは臆病な心の言い訳。

「強くなりたい」

 自分の気持ちをハッキリと伝えられるくらいに。二度と道を違えることがないように。仮初の強さではなく、自分の中でしっかりと根付くような強さを。

「……」

 本当に今日は重症だな。苦笑いを浮かべながらベッドから降りる。学校へ行く準備をしていれば少しは気分転換になるだろう。頭ではそう考えていながら、パジャマのままで椅子に腰掛ける。そして、当たり前のように机に広げたのはアルバム。

 親が作ったアルバムから彼と一緒の写真を抜き取り、こうして良く見るアルバムを製作した。彼との高校入学の写真とか飾れれば良かったのに。モデルになってなければ、間違いなく彼と同じ共学に通ってた。

 自分でこんなことを思うのもアレだけど、相当に自分はめんどくさい女だな。男からは敬遠されるに違いない。でも、彼以外からどう思われても構わない。やはり私はモデル失格だ。

「楽しかったな」

 写真の中で幼い彼が笑顔で笑っている。その隣で楽しそうには見えない無愛想な幼い私。でも私は知ってる。彼と一緒でとっても楽しんでいたことを。無自覚に恋を育んでいたんだと。

 新しいページを開いていく。成長していくけど、二人の距離は離れることはない。この写真と写真の間には全てを覚えてはいないけど、二人の当たり前の日常があった。大人に近づくということは、自分を切り捨てることなのだろうか……。

 だったら大人になるということは、この痛みがなくなるということなのだろうか? だとしたら私は大人になれなくていい。ずっと大人になれなくてもいい。だけど現実にネバーランドは存在しない。仮に存在したとしても、そこはきっと永遠に変化のない写真のような世界。

 結局私はいつまでも彼の背中に追いつけないまま。自業自得にしては重すぎる罰。もっと早く恋心に気付いていればこんなことにはならなかったのに。後悔だけが豪雨のように降り注ぐ。止まない雨は現実にはない。でも、心の中のこの雨は降り止むことを知らない。

「……」

 新しいページに空白だけが残る。中学になって少ししてモデルの仕事を始めたから、それ以降の写真が何一つない。本当ならこのページも、次のページも、その次も。ありえた筈の未来が、白紙という過去に塗り替えられる。

 修学旅行の自由時間。誕生日会。中学の卒業式。高校の入学式。何気ない日常の瞬間。零れ落ちた可能性は戻らない。何度同じ懺悔と後悔の迷宮に潜ろうとも、現実は一秒たりとも変わらない。

「逢いたい」

 想いも現実も後悔も。今日も何一つ変わることがない。そう思っていた。だけど、迷宮を抜け出すアリアドネの毛糸が魔法のように現れる。初めて聞くスクールアイドルという存在によって。目を覚ましてから見る夢の終わりが訪れる。心の中であっても、止まない雨はないのだから……。

 

◆おまけ・前日の会議◆

「アレは相手に情けを掛けるような相手じゃない。何かの意図があって私達を会わせる決断をしたに違いないわ。断じて中二病発言の痛さに同情した、なんてことはありえないし」

「待ってよ! 明らかに私の言葉に感銘を受けてたじゃない」

 あんじゅとツバサの意見は真っ二つに割れていた。どちらかと言わずともあんじゅの意見が正しく、どちらかと言わずともツバサの発言が間違っている。ただ、そうする判断をさせたのは紛れもなくツバサの功績であるが。

「二人とも頑張ったってことにこね」

 ぴょこぴょことツインテールを揺らしながら満面の笑みのにこ。

「あぁ~にこさん可愛い!」

 もうあんじゅの思考からツバサは消え失せていた。にこへの愛に心と表情が蕩ける。

「にこさん好き好き大好き!」

「んんぅ!」

 強く抱きしめられてにこが喉を震わせる。にこが猫だったらストレスで早死にしていたことだろう。と、ツバサはどうでもいいことを考えながら冷静になる。生徒会長との勝負は激闘ではなく死闘だった。

 あんじゅにはああ言ったが何故逆転演出が発生したのか分からない。自分の発言がスイッチになったとは思うが、核心を持てる訳でもない。漫画なら別視点で種明かししてくれたり、回想シーンが入って正解を教えてくれるが、現実にそんなものはない。UTXに何かしら利のある行動と判断された?

 否、自分で言うのも何だけど賭けに出るには倍率が崩壊していた。当たれば伝説の玉が買えるような倍率だ。だけど答えのない問題に時間を賭している場合ではない。明日は今日みたいにピンチになる訳にはいかない。奇跡は二度も簡単に起きたりしないから奇跡って言うのだから。

「今日の話題は後日するとして、奇跡の統堂勧誘の作戦を練りましょう」

 祝賀会を上げるのはメンバーが正式に増えてから。勝って兜の緒を締めよ。例え絶対王者に勝っても、次の試合で負けてしまっては意味がない。一番好きな漫画から学んだことだ。

「作戦は至って簡単。中二病を患ってる綺羅星さんを置いていく。以上が成功の秘訣ね」

「何を言ってるのよ。私が居なかったら絶対に勧誘できないでしょう」

「会長への発言を文に起こしてから、もう一度その台詞を言って頂戴。言えたなら黍団子作ってあげる」

「誰が猿よ!」

「誰も猿だなんて言ってないわよ。ツバサって名前なんだから雉に決まってるじゃない。一番戦力外なところとか似てるし」

 言い返す前に確かにと納得しかけて、大きく頭を振った。

「ツバサと翼のある雉を掛けてるのは上手いけど、誰が戦力外よ」

「はぁ~。一人でウッキーって煩いわね」

「やっぱり扱いが猿じゃないのよ! 褒めて損したわ。後付設定ね!」

「本当にツバサルさんは賑やかね」

「誰がツバサルよ!」

 こんな風に言い合ってるけど、二人で行動すれば支え合って結果を出す。あんじゅとツバサはやっぱり凄いなぁっと関心しながら、テーブルの上の紙を見る。十一時に第四トレーニングルーム。明日もまた自分は何もできない。スクールアイドルの未来を二人に託して、ただ待つだけ。

「ねぇ、あんじゅちゃん。ツバサさん」

「何かしら。何か追加で注文する?」

「奇跡の統堂を勧誘する必殺技でも思いついた?」

 今日を乗り越えたばかりで、明日また説得しなければいけないというのに、重圧を感じさせないマイペースな二人。尊敬する二人ならきっと大丈夫。

「あのね、にこね……その、ね」

 にこはたどたどしくなりながらも言葉を紡ぐ。あんじゅは目を輝かせ、ツバサは神妙な顔を浮かべた。これは決戦を明日に控えた勇者達の会議。 おしまい!



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18.ぱんぱかぱーん! 勇者たちのモーニング

◇それぞれの前夜◇

 ツバサは机の上のノートに色んな言葉を書き込む。だけど、直ぐに二本線で消されていく。超人気モデルで特待生という立場から、どうすれば特待生を剥奪され、モデルを止める決意を出来るというのか。心からの熱い説得でなんとかなる?

「流石にないわね」

 生徒会長に学ばされた。熱い言葉だけでは議論にすら値しない。本人の勧誘に成功した後、今度は大人を相手にしなくてはならない。今のままでは通用しないと、最後の言葉で教えてくれたのだ。逆に言えばまだまだ成長できるという証明。

「あはははっ」

 無意識に笑いが生まれる。バスケをしてた頃よりも充実していて、だから初めてこう思った。身長が高くなくてよかったって。あんなに欲していたのに、努力じゃ手に入らなくて嫉妬したりもしたというのに。スクールアイドルとしての今が、暗かった過去すら明るく照らしてくれる。

 入学した時に思い描いた輝かしい日々なんて霞むくらいに、睡眠を取る時間すら勿体無いと感じてしまうくらいに大好きな毎日。好きな漫画の最終巻の一ページ一ページを愛おしむみたいに。

 たまに主要キャラが全員揃ってこの先どんな展開になるのかと期待していたら、打ち切りで連載終了してしまうあの悲しさ。そんな状態を招かない為にもしっかりと明日だけでなく、その先の一手を考えたい。

 想いの強さだけで策は生まれない。シャーペンを指でくるくる回しながら頭も回転させる。会長の言葉は正しい。でも、一番熱い想いを宿すにこと対峙していたら……あの言葉を同じように発しただろうか?

 違う言葉を投げかけていた気がする。自信がなくても、緊張で言葉がつっかえつっかえになっても、にこの言葉には人を惹きつける魔力があるから。だからこそ、明日のことを考えると口元が堅くなる。

「……ジョーカーを切るべきタイミングは明日でいいのかしら?」

 既に決まった事だとはいえ、未来への不安が拭えない。ジョーカーとは最強の手札であるが、ゲームによっては敗北へ繋がる諸刃の剣。

「剣より錫杖みたいな特殊な武器の方が最近ブームなのよね」

 いくら考えても策士になれない。そんな現実から逃げるように思考が逃避を始める。いっそもう現実を捻じ曲げるくらいの熱意を宿せば、其れが究極の武器になるんじゃないだろうか? 勿論最強の武器は仲間との絆! 私を誰だと思ってるの? 最強最悪のスクールアイドル・綺羅星!

 言うまでもなく、深夜は中二病をレベルアップさせる。現実と現実逃避のループ。策は思いつかぬまま、睡眠時間だけが減っていく。広大な泥土の中を遠泳するように、疲労と恐怖だけが蓄積される。それでもツバサは足掻き続けた……。

 

 朝日がカーテンを明るく染め上げる頃、ベッドに入ることなく、ノートに頬を付けたまま、ツバサは夢の世界へ旅立っていた。実らない努力は評価に値しない現実の中で、其れを理解しててもツバサは笑って言うだろう。実らないと理解しても努力を続けてみせると。

 

 だって彼女は紛れもなく――スクールアイドルの勇者だから

 

 

 布団の中でずっと目を瞑っていたけど、夢の中に落ちることがない。理由は分かっていた。緊張で胸がドキドキして眠気がこないから。

「……眠れない」

 今から六年前。二人の天使が生まれて、にこはお姉ちゃんになった。もっと年が近ければ構って欲しくて駄々を捏ねたりしたのかもしれない。だけど、年が離れてることもあって、立派なお姉ちゃんになろうと強く意識するようになった。

 だからこんな風にワガママを言ったのは歌が下手なことで駄々を捏ねて以来。パパもママも怒ることなく、自分を信じて受け入れてくれた。本当はいけないことなんだって分かってる。自覚はしてるし反省もしてる。でも、後悔はしていない。

「にこは悪い子だなぁ」

 小さな呟きは、目覚まし時計が刻む音に掻き消された。目を開けて首の位置を少しずらす。薄っすらと光る針は既に三時半を指していた。明日は寝不足間違いなし。そう分かってても眠れないのだから仕方がない。

 モデルの統堂英玲奈。バイト経験のないにこにとって、働いているという時点で目上の人というイメージがある。そんな凄い人がスクールアイドルに興味を抱いてくれるだろうか? 例え興味を抱いてくれたとしても、今の地位も仕事も放棄して、特待生という立場を破棄するなんてありえるだろうか?

 冷静に言ってこちらから提示できる利はない。ツバサが好きな策という物も用意していない。冷静に考えると無謀以外の何でもない。自分のように諦めたから生まれた夢に乗ってくれるような環境にいない。あんじゅとツバサですら奇跡だったのに。

「……ん」

 自分のほっぺたを揉んだ。自信のないことを言った自分を戒めるというよりは、あんじゅならきっと自信のない自分に、こうやって元気と自信を分けてくれる。あと、大きな愛。気持ちで負けてちゃダメだ。

「にこは可愛い。にこは可愛い」

 自信をつける為の呪文。自信を持って勧誘しないと相手にも失礼だし、好きと言ってくれるあんじゅにも失礼。

「にこは可愛い。にこは可愛い」

 考えを直す。あんじゅとツバサと出逢ったことは運命であり、奇跡ではない。明日の出会いも奇跡ではなく、運命なのかもしれない。だったらまだ奇跡はこの先に残っている。未来という沢山の可能性の中に、望むべき未来という奇跡が眠っている。

 

 其れを掴み取る為には、もっと自分の行いに胸を張れ、矢澤にこ!

 

 活を入れる。そもそもヘッドハンティングは違法じゃない。仕事と部活という違いがあるが、これもまた違法ではない。尤も、合法であれば何でも許されるのかと言えばそうではない。正しさだけでまかり通るなら、人の心はこんなにも複雑ではない。

 モデルファンに恨まれる可能性は高い。モデルをしている現在よりも売名行為という意味での質は格段に下がり、UTXの出入りを禁止されるかもしれない。だけど、ツバサの考えた咲くは正しいと思ってる。

 これこそが私達の正道。がむしゃらに正しいと信じた道を行く。恨みのような強い感情が反転すれば絶対的なファンとなる。人間の印象というのは、悪い方から良い方へ変化するのが一番好感を持ち易いらしい。強引な理由付けだけど、自信を持つ為になら何だって武器に変えよう。

「私は可愛い」

 あんじゅのように目を惹く色っぽさはない。ツバサのようにカリスマ性はない。可愛いと自己暗示を賭けなきゃいけないくらいに平凡。だからこそ、スクールアイドルのお手本になれる。可愛く在ろうとする形こそスクールアイドルなのだから。

 遠き北海道の地からも応援してくれた。あの人気モデルがスクールアイドルになるかもしれないと知らせた時は驚いていたが、成功すれば難航しているメンバー集めも上手くいくかもしれないと。だから絶対に成功させてって、その言葉が大いなる勇気を与えてくれた。

 だけど希望を得れば得ただけ、希望を蝕もうとする絶望が湧き上がる。失敗という名の猛毒を想像すると身が竦む。成功する未来と失敗する未来。揺れ動く未来の中で、不安を消しきること等できずに目を瞑る。

 アラームが鳴り始める迄一時間を切り、にこは漸く眠ることができた。大いなる不安をひと時の間だけ忘れられる安らぎの揺り籠。

 

 矢澤にこは道を開く者

 彼女もまた――スクールアイドルの勇者である

 

 

「ぁぁあっ、にこさん!」

 

 優木あんじゅはマイペースを崩さない。泊まりにきた時に一緒にお風呂に入ったことで、妄想の質は格段に上がった。にこを想い絶頂ラッシュを経験し、安らかな微笑みを浮かべながら眠りについた。……眠りについた。

 

 

◆決戦当日の朝/喫茶店◆

 三人の女子高生が座る席に華は無かった。ツバサは寝不足な上に、座って寝たので節々が痛い。にこは一時間と寝ていない為、出る欠伸をダルそうに、手で隠す作業を繰り返していた。そして、充分に睡眠を取ったあんじゅは……。

「……」

 にことあんじゅ以上に酷い顔をしていた。この世の終わりを自分一人だけが知っていて、其れを話してしまうと即座に崩壊が始まってしまう。だから自分一人で抱え込み、その時がきてしまうことをただただ震えている。そんな状況であるように見える。それほど酷かった。

「あー。色々考えては見たんだけど、結局駄目だったわ」

 張りのないツバサらしからぬ声で告げる。何か策を思いついていれば今の状態でも、いつもの元気で胸を張っていただろう。

「そっかぁ」

 夢現を迷子になりながらも、どうにか意識を保っているにこが答えた。英玲奈をスカウトするに当たって、初めて学校をサボったにこ。他校の生徒を休んでUTXに連れてきた、というアキレス腱を残すことになるのがツバサは心配だった。切り札は最後まで取るべきではないかと。

 カードゲーム主体の漫画だと、先に切り札を見せた方が十中八九負けとなる。だが、にこという支えがあれば英玲奈の説得という関門はどうにか出来る。そんな予感がする。全く根拠なんかない。でも、そう思わせる不思議な魅力がにこにはある。

「……」

 いつものあんじゅであれば、朝食を一緒にできることに感無量の喜びを表していたことだろう。今日はまだ挨拶の一言を搾り出したきり、無言のまま今に至る。にことの距離もいつもならピッタリとくっ付いているのに、今日は隙間が開いている。

 出逢った瞬間からその距離をゼロにしようとするあんじゅらしくない。オレンジジュースを飲んで少し起きた頭が疑問を口にさせた。

「あんじゅちゃんどうかしたの?」

 にこの声にあんじゅは一瞬身体を震わせた。ハッとしたように顔を振ってにこを見る。今にも泣きそうなあんじゅの瞳。絶望に染まる中、重々しく言葉を紡ぎ出す。

「夢の中で……にこさんが、私に……ウザいにこって、何度も、何度も……うぅっ」

 夢を見る時間すらなかったにことツバサに対し、絶望の夢を経験したあんじゅ。人事を尽くさなかった人間に対し、天はどこまでも冷たい。ある種の自業自得。だが、にこはそんなあんじゅの言葉に胸を撫で下ろした。

 どこか具合が悪いのかと心配したから。身体をあんじゅの方へずらし、いつもの距離に落ち着くと言う。

「にこはあんじゅちゃんにそんなこと言わないにこ。偽者の言うことなんて気にしちゃダメだよ」

 本物はここに居ると言わんばかりに、あんじゅの腕に顔を擦り付けた。小動物が自分の匂いをマーキングするような行動。絶望は一転して絶頂に変わる。

「あぁ~ん! にこさんにこさんにこさん!」

 にこの顔を胸に抱き寄せて喜びに身体を揺らす。

「んぅぅ!」

 にこが若干苦しそうな声を上げるが、幸せ絶頂のあんじゅの耳には届かない。もう何も恐くない状態。

「ふぁ……あぁ。緊張感、ないわね」

 ツバサは欠伸をしながら、何だかんだでいつも通りになった二人を見て、目を擦りながら手を付けてなかったホットサンドに手を伸ばす。腹が減っては戦ができぬ。ただでさえ今はバッドステータス。無理にでも栄養を付けて頭を回転させなければならない。

 受験の時先生が言っていた。人間の脳は起きてから三時間経って漸く目覚めると。約束の時間が十一時。今現在が七時前。充分脳は冴えてくれると信じたい。信じる為には朝食を完食すること。例え胃が無理だと信号を送ってきても。

「うちの会長同様、チャンスは今回限りと考えるべきね。決して諦めはしないけど、接触の機会を作れるとは思えないから。絶対に蜘蛛の糸を掴んで生還するわよ」

「はい、あ~んっ!」

 ツバサの言葉を素通りし、あんじゅはにこの頼んだホットケーキを切って食べさせていた。

「あーん……んっ、おいしい」

「うふふ。にこさんのその食べる姿が私にとってのご馳走だわ」

「二人とも人の話を聞きなさい。というか、あんじゅさんもきちんと朝食頼みなさいよ。いざと言う時に力も知恵も出ないわよ」

 注文する気力もなかったので、あんじゅの分もにこがオレンジジュースを頼んだだけで食べ物は注文していない。

「にこさんが食べ終わったらケーキ頼むから一緒に食べましょうね」

「だったらあんじゅちゃんもホットケーキ一緒に食べよう。はい、あ~ん」

 今度はにこからあんじゅへ食べさようと差し出される。悪夢からのこの極楽状態。もはや世界よりあなたが欲しいと言い切れる程の幸せ。にこの居ない世界なんて価値がない。

「あ~ん……うっふふふ。幸せだわ。もうこのまま時が止まってしまえばいいのに」

「私達の戦いはこれからなのに終わってどうするのよ。現実の打ち切りエンドなんてごめんよ」

「打ち首エンド? 綺羅星だけに儚い散り際だったわね」

「打ち首じゃないわよ、打ち切り! 打ち首とかいつの時代の日本よ!」

 あんじゅの毒舌にツバサが元気に切り返す。いつもと変わらない日常。

「あははっ。なんだかいつも通り過ぎて不安が消えちゃった」

「にこさんの不安はいつでも私が消してみせるわ」

「ふふっ。私達に不安なんて必要ないってことよ」

 

 どんなに疲れていても、どれだけ寝不足であっても、仲間と一緒なら活力が沸いてくる。大切な人の笑顔は無限の元気を与えてくれる。現実は時に悪夢より厳しく、底のない絶望をぶつけてくる。一人ではどうしようもないことだってある。

 

 だけど同じ夢を志す仲間が居れば歩みを止めるわけがない。逃げ出すわけがない。大切な人がこうして傍にいてくれるのだから。例え両足が重くて動かなくなったとしても、支え合って歩いていく。其れが仲間と一緒にいるということ。

 

 だからスクールアイドルは絶対に夢を諦めない。現実に屈しない。一人の夢は諦めても、好きな人達との夢は現実を希望に染め上げる。それが絆を結んだ仲間達との無言の誓い!

 

「綺羅星さんがあの顔をしてる時はくだらないこと考えてる時ね」

 

 策もなければ体力もない。だけど三人に不安もない。恐怖を知りながら恐怖を恐れない。未来を希望に染めていく。絶望を希望にすれば其れだけ多くの笑顔が生まれるのだから。彼女達は紛れもなく勇者である……。




明日のスクールアイドルへ


寝不足にも負けない不屈の勇者


矢澤にこの章


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19.ツバサの空 ~白き中二魂~

※※※ ネ タ バ レ 注 意 ※※※

ついに対面する奇跡の統堂
圧倒的なモデル力に場を支配され、足が竦んでしまう
だけど、勇者はどんな時でも、どんな強敵を前にしても立ち向かう
退かない媚びない省みない
どんな白い目で見られても我が道を行く
だって、勇者だから!

今回予告【勇者綺羅星 対 奇跡の統堂 ~綺羅星死す~】

白けたデュエルスタンバイ!


◇UTX/第四トレーニングルーム◇

 寝不足であっても決戦前。テンションは無事に上がっていた。これこそが仲間との絆。今まで片思いだった熱き想い。喫茶店では大分重かった上目蓋はきっちりと開いていた。

「こんな時に言う言葉はこれね。この目を抉りなさい、両手を砕きなさい」

「いいのかしら? じゃあスプーンと角材を用意しないと」

「ちょっと待って! いつもは私のこういう発言はスルーするじゃない。嬉々としてカットインしてこないで頂戴。しかも、選ぶ武器の選択がエグイわよ! 木材はともかく、スプーンって普通に恐ろしいわ」

 角材は自分の貸した少年漫画がルーツだとしても、目を抉る手段でスプーンが出るのは恐ろしい。相手がヤンデレという特殊な人物であれば尚のこと。どこでも手に入るからより恐怖は増す。

「自分で言ったんじゃない。無責任な発言をするとか、ツバサさんは最低ね」

 中二病に対してこの正論。問答無用で死人にしてから、執拗に鞭を打つ行為。自業自得にしてもこれはいと哀れ。

「ツバサさんは本当に最低ね!」

「何で二度も繰り返すの!? しかも語尾を強調してまで」

「あんじゅちゃん。あんまりツバサさんを苛めちゃダメだよ」

「今後人前に出るようになるんだから、変なこと言われないように躾けてるの。苛めてるわけじゃないから安心してね」

 あんじゅはにこの頭を撫ぜながら、優しく諭す。が、その優しさはツバサへは配給されない。

「あ、綺羅星さんは統堂さんと入れ替えだったわね。卒業する人が要れば、入学する人がいる。其れが自然の摂理よ」

「しないわよ。一曲目すら歌わずに卒業って、スクールアイドルの七不思議になっちゃうでしょ」

「え、綺羅星さんがナナフシになる?」

「なれないわよ。ならないわよ。なるわけないでしょ!」

 三段ツッコミで反撃するも、柳に風。スター状態での敵。ツバサの言葉なんてどこ吹く風で聞き流す。

「あぁ~でも何度見てもにこさんはUTXの制服が似合ってるわ!」

「ありがとうにこっ」

 にこのサイズの制服を用意していたあんじゅ。今日は平日の昼間ということもあり、喫茶店で朝食を食べた後、目立たない内に登校し、部室で待っている間ににこがUTXの制服に着替えた。そして、授業を抜けてきた二人と合流し、第四トレーニングルームで英玲奈が来るのを待つ今に至る。

 憧れのUTXの制服を着ていてにこは感動していた。真新しい白を強調した素敵なデザインの制服。生徒ではないのでコスプレと同じだけど、あんじゅとツバサと同じというのはより感動を誘う。あんじゅが一緒に授業を受けたいと提案したのも、今なら充分に理解できる。

「うふふ。にこさんに着て貰えたことでうちの制服も価値が上がるわ」

「価値なんて上がらないよ」

「そんなことないわ。後でいっぱい写メ撮りましょうね」

「うん!」

「あー……緊張が解れてるのはいいんだけど、仲間外れにするのはやめてもらえるかしら」

 お泊まり会を経てから二人の距離はより加速した。喜ぶべきことなのだけど、ツバサとしては蚊帳の外にされるのは寂しい。

「神と人間は最初から仲間という括りじゃないと思うの。だから外れる以前の問題だわ」

「うぐぅ! 人のネタを後々まで引き摺るのはヤメて欲しいんだけど」

「自分の発言に責任を持てないからそうなるのよ。頭で考えてから口を閉じてなさい」

「そこは口を開きなさいでしょ!」

 約束の時間はもう間もなく。だけど前日の不安は微塵もない。緊張はあるが今は三人が三人共その緊張を楽しんでいた。まだ一曲もできていないけど、ファーストライブの前の疑似体験のように感じる。そして、そのファーストライブを経験する仲間を手にする。今日は特別だけど通過点に過ぎない。

 ふと、沈黙の帳が降りる。顔を見合わせて笑顔を浮かべて覚悟を決める。今になって自然と理解した。仲間を手にする為に策なんて要らない。ただ真心の篭もった言葉を使って説得する。可能性があるのなら心に響いて、差し出した手を握り返してくれる。正道とはそういうもの。

 

 ――そして、扉がノックされた。ツバサが返事をして、奇跡の統堂が姿を現し、短く挨拶をした

 

 瞬時に人を惹きつけるカリスマ性。玲瓏と表現するに相応しき声。深き黎明を写す長い髪。芯の強さが窺える澄んだ眼差し。初対面の相手でも堂々とした立ち振る舞い

 

 にこは生まれて初めてモデルを間近で見た。綺麗だと思う。魅力的だとは思う。だけど、初めてあんじゅを見たあの瞬間の衝動とは異なった。英玲奈のことは言葉で表せる。あんじゅの時は言葉を忘れた。

 ふと、視線をあんじゅに向ける。最初から自分を見ていたようで、あんじゅと視線が通い合った。心を読まれていたようで恥ずかしさが込み上げてくる。心の内を誤魔化すように、はにかんだ笑顔を浮かべた。

「にこさん可愛い!」

 絶対に勧誘を成功しなければいけない初対面の相手。その人物の目の前であっても、決してブレることのないあんじゅの恋心。にこの顔を胸に抱きしめながら、可愛いを連呼する。ツバサは大げさでも何でもなく、顔を手に当てて天を仰いだ。そして、強く思う……これは駄目かもしれないと。

 

 

◆UTXスクールアイドル部・部室◆

 

【綺羅ツバサ】HP4000   【統堂英玲奈】HP8000

 

 本当は第四トレーニングルームで話し合いを始めるつもりだったのだが、あんじゅの暴走があったため、心機一転する意味で自分たちのフィールドに場を移した。さぁ、ゲームを始めましょう。あんじゅの失態を忘却の彼方に送り、疾風の綺羅星を召喚。

 

『疾風の綺羅星』攻撃力1400 守備力1600

 

フィールド効果によって攻撃力600アップ。そして、このカードの特殊効果を発動!

 

 △先手必勝(効果:召喚ターンであってもこのカードは攻撃ができる)

 

 ツバサはもう失敗を前提にして楽しむことに切り替えた。言わば「貴女、弱いわね」と呼ばれるサブキャラ扱いで構わない。楽しめればそれでいい。自分が楽しめないで相手が楽しめる訳がない。こんな時に使うのは唯の暴論である。生徒会長の時は失敗したけど……今度こそ、ずっとツバサのターン!

 

「まず初めに私達はスクールアイドルという者よ。部活動でするアイドル活動と思って頂戴。ただし、遊び半分じゃない。三年間という限られた時間の中で、花開かせることを目的とした真面目な物。決してプロのアイドルの真似事じゃない」

「作詞も作曲も衣装も振り付けも……全部自分達、もしくは自分達に手を貸してくれる学生によって補う。スクールアイドルに背景はない。故に私達が歴史を作る。まだここに居る三人と、北海道に一人しか存在しないけどね」

「だけど、これだけはハッキリと言えるわ。誰かで代用できるモデルとは違う。スクールアイドルに明確な利は存在しない。だって部活だから。お給料はない。大会もない。そもそも広まってすらない。ないない尽くし」

「貴女に特待生という極僅かな限られた人間にしか成れない立場を捨てて、モデル界百年に一人の奇跡という名誉を捨てて、私達とスクールアイドルを立ち上げて欲しい。つまりこれは奇跡の統堂のスクールアイドルへの勧誘」

 

 ツバサは一度言葉を切って、英玲奈の様子を窺う。だけど、目に見える変化がない。完全に響いていない!? 焦りを感じながら装備カードを取り出し、疾風の綺羅星に貼り付ける。

 

 △ミルキィーウェイ(効果:夜空属性のみ装備可。攻撃後に装備することができる。手札を二枚捨てることによって、自身の攻撃フェイズ中に再度攻撃ができる。この効果は一ターンに一度のみ適用される)

 

「百年に一度と言われても、何年かすればまた違う百年に一度が現れる。奇跡の名を汚すような渾名になってしまう。スクールアイドルはそうじゃない。貴女を入れて始まりのスクールアイドルは五人。二つのグループ。これは後の世に名を残す」

「不死の栄誉。どれだけ時が経とうと、貴女の名前は語り草になる。モデルという立場を、特待生という名誉を捨てた英断。これは普通からの脱却を夢見る子にとって、英雄譚と言えるわ。自分だったらそんな決断できないってね」

「何れ私はスクールアイドルの大会を作ってみせる。ラブライブと名付けた大会を。多くのグループが参加し、その頂を目指す。限られた中で咲かせた最高の花。最上のステージで輝く満開の笑顔。遠き大陸の少女達すら真似るように、スクールアイドルという存在が万物共通の物となるように」

 

 頭で考えた言葉じゃない。実際に生徒会長の時は考えた言葉は雰囲気に呑まれ、最初は口を開くことはできなかった。でも、今は違う。矢澤にこという始まりのピースが居るから。だから強くなれる。スクールアイドルを誰にだって誇れる。これが絆ってやつよ!

 

「そう成る為には貴女という最高の存在が必要不可欠なの。統堂英玲奈さん。一緒にスクールアイドルを始めましょう?」

 

【綺羅ツバサ】HP4000   【統堂英玲奈】HP4000

 

 一気に削り取ったHPを確認(※ツバサ脳内のみ視ることが可能)して思わずドヤ顔を決めるツバサ。HPが半分から始まった不利な勝負とはいえ、1ターン目にうぬを言わさずに削ってしまえば関係ない。

 

――エンディングは見えた!

 

 カードゲームで最もやってはいけないこと。其れは勝負の最中に勝利を確信してしまうこと。自分で言い出してなんだが、ツバサはサブキャラである。弱いのである。

 

「私にアイドルは向いてない。プロでも部活でも変わりはない。だから、お断りする」

 

 『奇跡の統堂』攻撃力2400 守備力800 フィールド効果により数値より攻守200減

 

 奇跡の統堂の攻撃により切り札である疾風の綺羅星を失い呆然自失。ずっとツバサのターンは実質1ターンで終了。新しい手札をドローするも、キャラクターカードはなし。もう不要として先ほど墓地に捨ててしまった。装備カードだけでは対応できない。

 

「自分でそうやって殻を作ってしまうのは駄目な人間の在り方よ。可能性っていうのはね、チャレンジしてみないと見えない物なの。掴めない物なの。目薬を差して始めて見える巻物だってある!」

 

 其れはゲームの話であって、現実には適応されない。意味が通じない言葉は当然効果を発動しない。現実は非情なのだから。

 

「やる前から分かるよ。自分のことは自分が一番理解しているのだから」

 

 英玲奈は分身の魔法カードを使い、奇跡の統堂のダブル攻撃!

 

          !!オーバーキル!!

 

【綺羅ツバサ】HP0

 

(わ、私が……敗北、した? そんな、無敵の綺羅星デッキが……こんなこと、現実じゃないわ)

 

 圧倒的敗北! まさかの4ターンで終了。正しく『貴女、弱いわね』と言われる台詞が似合うサブキャラレベル。見えないカードを床に散りばめ、両膝を着く。カードゲームで初めての敗北。両手をついて敗者のポーズ決め!

「さっきのドヤ顔なんだったのよ」

 ヤンデレの申し子あんじゅの攻撃。もうやめて! とっくにツバサのHPは0よ!

「……返事がない。ただの敗者のようね」

「返事してるじゃない。やれやれ、統堂さん。うちのお馬鹿さんがごめんなさいね。これは頭がちょっと弱いのよ」

「誰がお馬鹿で頭が弱いよ! っていうか、これ扱いは酷いでしょ!」

 死者蘇――ツバサは立ち上がると中二ゲームから現実に戻った。初めてのカードゲームは辛い記憶として過去の産物に変えた。打たれ強さだけは主人公級である。ツバサのターンに呑まれていたにこも思わず笑顔に変わる。

 断りの言葉を言われても、まだ勝負は始まったばかり。こちらの想いは伝えきれていない。掛け替えのない熱い気持ちは燻ったまま。

「にこさんが居ながら勝手に出しゃばって爆死するとか、迷惑以外の何でもないわ」

 あんじゅが出入り口を指差すと、強い語尾で命令する。

「綺羅星さん、ハウス!」

「犬じゃないわよ。って、何で桃太郎ネタ引き摺ってるの。私は雉でも猿でも犬でもないわよ」

「ツバサルさんはどちらかというと……まぁ、いいわ。先に授業に戻ったらどうかしら? やりたい事はもうやったでしょ?」

「ツバサルって言うんじゃないわよ! 仲間なんだから行く末をここで見守るに決まってるじゃない。仲間なんだから」

 大事な事なので二度リピートしたというより、あんじゅには仲間と思われてない可能性があるので強調しておいた。思いっきり鼻で笑われたけど、ツバサは気にしない。だってあんじゅの言うとおりに、やりたい事をやりきった後だったから。

 これからが本番。にこの熱き想いとあんじゅのにこを想う愛。どんな化学反応でどんな結果が待ち受けるのか。ツバサは仲間という名の解説役のように、心の中で一歩引いた冷静な状態でこの後のやり取りに期待する。

 読めなかった。流石の中二病のツバサであっても、あんなことをするなんて、ツバサの魂を持ってしても読めなかった。フィールドが更に変化するなんてどう予想できるというのか。今日は完全な平日。されど、次のフィールドは……。




落ち担当「何よあの前書き! ネタバレじゃないし、私は何でいつもオチ要員なのよ!!」

ライフ0「いつか見返してやるんだからね~!」


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20.矢澤にこ自身がラブライブ

「綺羅星という地球外生命体が礼を逸したわね。私は優木あんじゅと言うわ。同い年ね」

 あんじゅの言葉にツバサは今更気が付いた。勝手に盛り上がって、自己紹介すらしてなかったことに。余りにもうっかり過ぎた。先ほどの躾という言い方は強ち間違っていない、と感じる程に。だが『中二病の魂 心の若さ尽きるまで』という言葉があるように、きっとこの先も同じ過ちを犯すこともある可能性が高い。

「それで、こちらの誰よりも可愛い女の子が」

 にこの後ろに回り、抱きしめながらほっぺを二度ふにふにしてから、言葉のバトンをにこに繋いだ。誰よりも可愛くはないよっと思いながら自己紹介をする。

「矢澤にこ。今はUTXの制服を着てますけど、音ノ木坂学院に通ってます。私も同い年です」

 きちんと挨拶できたにこを後ろから可愛がる。完全に二人の百合世界。なんの為に仕切りなおしたのか呆れる余裕が生まれながら、先に自己紹介を改める。

「先ほどは失礼したわね。私は綺羅ツバサよ。同い年だし、気軽にツバサって呼んで頂戴」

「男の子だってきちんと言わない方がもっと失礼よ」

「えっ?」

 ツバサの勧誘には全く表情を動かさなかった英玲奈が、驚きの色を浮かべながらツバサを凝視する。その少し細い小さな瞳を大きく見開き、口を閉じるのすら忘れている。

「待って! 初対面の人の前でそのネタ使わないで! というか、本当に男だと思われたことに大変ショックを受けているんだけど。私ってそんなに男の子に見えるの!?」

 冷静に戻った直後の大打撃。爆弾投下したあんじゅはにこの頬に首っ丈。その為にこはツバサのフォローに入れないでいた。

「ち、違うわよ! 私は女の子だからね! というかね、漫画じゃないんだから性別偽れる訳ないでしょ。バレたら一番のお偉いさんの首が飛ぶだけじゃ済まないわよ。学校が終わるわよ。廃校確定よ。そんなリスク背負って入学させる奇人変人がどこに居るのよ!」

 ショックが大きすぎて逆に頭が冴え渡るツバサ。あんじゅの『ツバサ男の子シリーズ』を完結編にすると言わんばかりの威力。これが私の全力よー!

「普通の女の子だったらそんなに全力で否定しないわよ」

 が、駄目。あんじゅにバッサリと切り返された。

「……」

 燃え尽きたツバサから視線を外すと、困惑の色を見せる英玲奈を見据える。写真越しよりも冷徹に思われるかもしれない美貌。だけどその瞳がそうでないことを教えてくれる。ツバサの勢いでは説得できないことも、にこの心の篭った説得で心が全く揺れないということはないだろう。

 真剣に英玲奈を解析しつつ、にこのほっぺたを捏ねる指は止まらない。大事なお客さんを前にしても自分を貫くあんじゅに力強さを感じつつ、なすがままにされるにこ。くすぐったさと指から伝わる確かな愛情を感じつつ、スクールアイドルへの想いをどう形にするかに思考をシフトする。

 あんじゅとツバサはあくまで芸能コースでありながら、異端とも言える存在。芸能人になる気がなかったからスクールアイドルに興味を持ってくれた。でも、英玲奈は違う。其れは最初から分かってたけど、本人を前にすると強く実感する。

 普段から仕事をこなしているからか、ただ立っていてるだけでも絵になる。自分とは明らかに役者が違う。同い年というのすら信じられないくらい。一人だったら臆してしまい、一歩を踏み出すことができなかっただろう。

 今はもう違う。臆する必要なんてない。ツバサが駄目でも自分がいる。自分が駄目でもあんじゅがいる。あんじゅが駄目だったら、その時はまたツバサが立ち上がってくれる。絆を無条件に信じているから、臆するなんて意味がない。

 

 無限に沸く勇気を声に乗せて

 心の底から沸きあがる想いを言葉に変えて

 この楽しさを共有する仲間との未来を掴み取る為に

 

 絆という最高の武器を携えて、にこが英玲奈と対決する。スクールアイドルにスポットライトを当てる為の勧誘。あの日、踏み出せなかった一歩をやり直す。あんじゅの指が頬から離れた。其れがスタートの合図。

「言うべきことはツバサさんが言いました。同じ言葉を重ねても時間を無駄にするだけだと思います。だけど、一つだけ言わせてもらってもいいですか?」

「うん、構わないよ」

「では短刀直入に言います」

 小さく一度深呼吸をしてから、真っ直ぐに英玲奈を見据える。これが矢澤にこのたった一つの冴えたやり方。右手を差し出して言う。

「にこと友達になって、一緒にスクールアイドルをやってください!」

 提示できる物がないのなら、何物にも負けない絆を築き上げればいい。友情という花を咲かせればいい。出会いは一方的であっても、そこに打算が含まれていても、友達になれればただ切っ掛けだったんだって思ってもらえる。運命の1ピースだったんだって思ってもらえる。そうなれればこの出会いは運命に至る。

 

 ツバサは冷静に英玲奈を観察していた。自分が男説以外では表情を崩さなかった英玲奈が、今のにこの言葉に確かな変化が見えた。何と表現すれば正しいのか、複数の感情が重なりあっていて、どういう感情を抱いているのかは憶測は難しい。ただ、宝石を思わせるようなその瞳が波打ったことを考えると、悪い感情ではない筈。

 とはいえ、其れは自分の希望が含まれているからであって、何らかのトラウマを踏んでしまい、瞳が潤んだ可能性だってある。どちらにしろ自分がした説得より効果が出ているのは確か。もしかしたらにこの最大の武器はこれなのかもしれない。

 相手の心の扉を開くという能力とも呼べるもの。其れは決して天性の物なんかではなく、矢澤にこ自身が培ってきた感性その物。あんじゅは愛。自分は好奇心。果たして今英玲奈はどんな扉を開かれているのか……。

 どんな扉であるかは分からないが、もう戻れはしない。にこの世界に包まれてしまったら最後。光り輝く栄光を勝ち取るまで、壮大な未来という夢を掴み取るまで、もう歩みを止められない。スクールアイドルこそがにこの世界。やがて生まれるラブライブ。人はこう呼ぶ事になるのかもしれない。ラブライブ。其れはスクールアイドルの甲子園。或いは、矢澤にこ自身がラブライブであると。

 

 成長と共に人は幼き記憶を失っていく。だけど、英玲奈には絶対に忘れたくない思い出があった。何度も何度も上書きし、その思い出を守り続けてきた。今や英玲奈にとってその思い出こそが統堂英玲奈の始まり。

 にこが差し出した小さな手は、物心ついて初めて彼が差し出してくれたあの手を思い出させた。友達になろうって、言ってくれたことが全ての始まり。その手を握ってから英玲奈の人生が本当の意味で始まった。

「……!」

 差し出されたにこの手に、幼き彼の手がダブって見えた。何かの切っ掛けで強く彼を思い出すことが多いけど、幻覚を見るくらい自分が参っていることに酷く動揺する。だけど、其れは新しい統堂英玲奈が始まる魔法の瞬間。

 

「統堂英玲奈さん。スクールアイドルは部活動。故に恋愛は自由なのよ」

 

 普通の人では気づけない解れ。だけど、病むほどににこを愛してるあんじゅは勘付いた。恋に迷い臆病になっている姿を垣間見た。悪夢で怯えていた今朝の自分と重なる部分を感じた。

 英玲奈の勧誘の為に調べた情報とも重なる。大アイドルブームに乗っ取り、恋愛自由だったモデル業界も今は恋愛はご法度。好きな人がいたとしても、その想いを口にすることができない。想像しただけで、あんじゅにとって地獄すら生ぬるい世界になること間違いなし。

 ツバサが提示したのはスクールアイドル史に残る名前と名誉。にこが提示したのは友情。そして、あんじゅが提示したのは閉ざされた恋心の開放。

「な、んで?」

 動揺していた英玲奈は、あんじゅの言葉に反応せずにはいられなかった。これによってあんじゅの推測は当たっていることを確信する。にこと出逢うまで恋に全く興味がなかった。だけど、今は恋をしているからこそ、同じように恋をしている英玲奈を応援したい気持ちが湧き上がる。

 言わば恋愛という名の戦場を駆ける戦友。そうでなければ、にこが差し出した手をそのままにするとかありえない。その差し出したにこの手は、今はあんじゅの手によって繋がれている。

「恋という病は苦しいわよね。楽になりたいでしょう? モデルという檻から抜け出す切っ掛けを作ってあげる。だから、話して。貴女と好きな人の話を」

 あんじゅの唐突な奇行。にこは小首を傾げ、ツバサは唇を舐めた。解説役をやろうと思ったのに、完全に置いてけぼりの展開になってきた。どこをどうしたら先程の流れで恋に繋がるのか。これが漫画なら読者置いてけぼりの展開だ。

 だからと言って口を挟む訳にもいかない。自分とにこの時以上に英玲奈は感情を露わにしている。突破口が間違っていない証拠。自分の理解が追いつかないからと邪魔したら、仲間ではなくただのお邪魔虫。最終バトルまで読者に嫌われながら生き続けて、最後はアッサリと死ぬ奴になってしまう。

 あんじゅが恋を知ることで、英玲奈の勧誘が現実味を帯びてきた。つまりあんじゅがにこと出会い恋をしたことは運命。そう思うしかないような流れ。凄く強引である気がするが、これで解説役の役目を全うした。後はもう行き着く先までを見守るだけ。ツバサ、無責任の傍観・・・!

「好きな人がいるんでしょう? 隠す必要はないわ。いえ、そうじゃないわね。私はにこさんが好き。一目惚れをして、今も毎日愛情がぐんぐん成長中」

「あんじゅちゃん」

 恥ずかしさに小さくにこが名前を呼ぶが、其れすらも幸せと言ったように微笑む。英玲奈の目には女同士は異端だとか、だからどうしたといった感情は生まれない。自分にはない好きな人に好きと伝える勇気が羨ましかった。自信のなさから変わらない今を得て、失った今を掴んでしまった自分との違いが眩しかった。

「恋ってどんな形にしろ決着をつけないと苦しいのよ。でも、恋を知ってしまうとね、恋を失った後に恋をしてないことで苦しむことになるらしいわ。だから逆に思うの。一つ目の恋を実らせてしまえばいいんだって」

 英玲奈の恋が初恋であることまで読んだ訳ではない。ただのヤンデレ理論である。だが、其れは英玲奈の心に刺さった。忘れたいと願い、だけど出逢わなければよかったとは思えない卑怯者。そんな真っ直ぐな考えは自信の表れ。考え付くこともできなかった答え。

「……確かに、そうなのかもしれない」

 もし今忘れてしまったとしたら、恋心を失くしてしまったことを引きずり続けるだろう。好きだった人を過去にしてしまうなんて、どんな辛いものなのか想像すらしたくない。そうなってはならない。まだ、今ならやり直せる。

 彼の横を並んで歩けるという自信をつける為に始めたモデル。結果的に間違っていた。自信がなくても……。漸く、自分の中で一つの答えが見えた。迷い続けた迷宮から脱出し、降り続ける心の中の雨が止む。その為に踏み出さなければならない一歩目。

 

「優木さんの言うとおり。私は恋をしている。幼馴染の彼に――」

 

 ゆっくりだけど、透き通る言葉で彼との思い出を語る英玲奈。あんじゅは羨ましそうに、にこは真剣に、ツバサは若干上の空になりながら聞いた。英玲奈の心が限界を迎えていなかったら、初対面の相手にこんな話をしなかっただろう。やはり、運命! ツバサは強く確信した。

「――関係ない話までしてしまった」

 初めのクールな表情は影を潜め、母性を見せる柔らかな笑顔。

「統堂さん。モデルをやってたのは間違いだっていうけど、でもそんなことないと思うの」

「え?」

「だって凄くいい笑顔してるから。スクールアイドル向けだと思う」

 話しを聞いて敬語が抜け、普通ににこが笑って告げた。さりげない勧誘。だけど、今度は打算じゃなくて普通にそう思ったこと。モデルよりもずっとずっとアイドル向けの笑顔だったから。にこがアイドル好きになったアイドルに似た笑顔だったから。

「私もそう思うわ。というか、その幼馴染の彼はどこの学校に通っているの?」

「上々川高校だけど」

「上々川ね。オトノキより遠いけど、そう離れてはないわね。急げば昼休み中に間に合うわ。恋する想いをぶつけに行きましょう」

「フゥア!?」

 いくらあんじゅの突拍子な言動に慣れているとはいえ、その発言にはツバサが変な声を上げた。あんじゅはツバサを一瞥すると、言葉なく英玲奈に続ける。

「既成事実とは違うけど、モデルをやめるのと恋を成就させる。それをするのには覚悟を決めて行動するだけ。告白してしまえば事務所も辞めることを引き止められなくなるでしょう?」

「人の意見は邪道扱いしたのに、其れって完全に邪道じゃない!」

「恋に正道も邪道もないわ。そもそも、彼に告白してモデルを辞めたって、統堂さんがスクールアイドルを始めるって決まった訳じゃないんだから関係ないでしょ」

 運命説を確実な物にしていたため、勝手に英玲奈はスクールアイドルを始めるものだと勘違いしていた。少し場違いの発言にうぐぅの音も出せずに撃沈。ただ心の中で『どうしていつも私ばかり』と嘆いていた。

「好きな人がいてその想いが溢れ返ってるのに会いに行かないとかいうのが許せないのよ! 距離が離れてるとかならまだしも、家も学校も近くでウジウジしてるとかないわ」

「あんじゅちゃん。それはちょっと言い過ぎ」

「いいえ、にこさん。自信がなかったのは既に過去。なのに行動しないとか甘え以外のなんでもないわ! 恋って言うのはね、勝ち取るモノなのよ。好きな人と一緒に純愛街道を走りたいならね。何もしないけど会いたい。この想いをどうにかして欲しいとかないわ。後悔するだけなんて何の意味もない。恋をするって傷つくことを恐れながらも突き進むモノよ」

 強引なまでの押し付け。だけど、その言葉は臆病な部分のある英玲奈を奮い立たせるのには充分だった。事務所のこと、モデルのこと、ファンのこと。言い訳にして会いに行かなかった。自信をつけながらも臆病さは直らなかった。

 変わるのなら今日、この時なのかもしれない。生徒会長の手紙に書かれていた『対極の存在』という言葉が思い出された。その後に記されていた『猛毒になるのか万病の薬になるのか』という言葉。臆病な自分には猛毒になり、大馬鹿者になる自分には万病の薬となった。

「優木さん、ありがとう。今から会いに行く。でも、その前に……」

 にこの前に踏み出す。やり直さなければいけない二歩目。英玲奈はにこへ手を差し出す。

「臆病で煮え切らない部分もあるけど、私と友達になって欲しい」

 出会いのやり直し。やる気に満ち溢れた素敵な微笑と共に。にこはその手を握り返す。

「こちらこそ、まだまだ自信がなくて弱気な面を見せるかもだけど、よろしく!」

置いてけぼりのツバサは、てっきりあんじゅが握手を邪魔するかと思っていただけに、少し驚いた。其れを察したのかあんじゅがツバサに言う。

「女同士の友情に茶々を入れる訳ないじゃない」

「え、ちょっと待って。だったら私は何でいつも酷い扱いなの!?」

「ツバサさんは男の子じゃない」

「違うって言ってるでしょ! だから初対面の人の前で言わないでって言ったじゃない」

「だってもう統堂さんは友達だもの」

「そういう屁理屈で返さないでよ!」

 これから起こる出来事はUTXでは当然、上々川高校でも語り草となる。100年に一度と言われるモデルの愛の告白。平日の昼休みをぶち壊す衝撃の事件。ツバサが読めなかったフィールドチェンジ。その結末は……。

 

 

 心の制御の為にずっと『彼』と呼んでいた。一度でも呼んでしまったら塞き止められない想いに溺れてしまうから。でも、もう其れでいい。答えは見つけた。新しくできた友達に背中を押された。恐れる気持ちは恋を失うこと。好きな人が思い出になってしまうこと。だから、私は告げる。

 

「けーちゃん! 私はけーちゃんのことがずっと昔から好きだった! 今も、そしてこれからもずっと好きでい続ける! 私と付き合って欲しい!!」

 

 隣を歩くことを目指す必要なんて最初からなかった。だって、けーちゃんは常に私の手を引いて一歩前を歩いてくれていたのだから。これからもずっと、手を引かれながらけーちゃんの背中を見つめながら成長していきたい。背伸びするのはもうこりごり。勇気を出さずに苦しむなんて二度としたくない。あんな辛い日々は永遠にごめんだ。

 

 けーちゃんの安心する笑顔

 けーちゃんの優しい言葉

 けーちゃんの懐かしい温もり

 

「でも、本当に良かったのかしら? スクールアイドルになるならないは別として、これって完全にモデルは辞めるでしょ。そうなったら先生方からの心証最悪よ。私達全員UTXの制服のままだし」

「本当に綺羅星さんは無粋ね。あんな幸せそうな二人の祝福を前には些細なことでしょ。ね、にこさん」

「うん。もしこれで困難になったとしても、スクールアイドルは人を笑顔にするべきものだから。後悔なんてないにこ!」

 大騒ぎになっている学校のざわめきの中、にこはとても嬉しそうに笑っていた。行く道が険しくなろうとも、そこに道がある限り進める筈なのだから。

「流石私のにこさんだわ! どこかの星とは違うわね」

「なによ、心配しただけじゃない!」

 不安を恐れない。恐怖に呑まれない。踏み出す勇気こそが何よりも大切なのだから。統堂英玲奈がモデルを辞める切っ掛けになった事件。モデルからスクールアイドルになるという報告がなされたブログ。世間にスクールアイドルという単語が注目される切っ掛けを掴み取った。新しい大切なメンバーと共に……。



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第二章【綺羅ツバサも燃えるラブライブ】
1.中二病でもスクールアイドルがしたい!


前回までの【矢澤にこ自身がラブライブ】
スクールアイドルの存在しない世界で、矢澤にこはスクールアイドルを作る
そして、運命に導かれるように優木あんじゅと綺羅ツバサと出逢った
遠い地にてにこの想いに共感し、スクールアイドルを立ち上げる為に頑張る友と交信し
モデル界百年に一度の奇跡・統堂英玲奈を勧誘することにした三人
其れは他校に乗り込んでの事件となった……


後ろ向きだけど全力で前向き!
二律背反。矛盾を武器とする少女・矢澤にこ

ワガママボディにハイスペックなヤンデレ
にこへの愛を糧とする甘えん坊・優木あんじゅ

少年漫画大好きで中二病気味
打たれ強さは勇者級綺羅星こと綺羅ツバサ

見た目はクール心は誰よりも女の子
幼馴染の彼氏ができました・統堂英玲奈


超地味なじぶたれた正道になる物語ここより再幕!

第二章【綺羅ツバサも燃えるラブライブ】

ツバサ「章タイトルも激しくダサいわ! まだ再開の見通し立ってないけど、エタったと思われる前に投下しておくわよ! 本編Re☆スタート」

が、駄目――

伏線という名の幕間からの入り


■ 幕間 ―とある主人公達のお話― □

あるところにそれはそれは努力家の少女がいました。

家が剣道の道場をしており、小さい頃から地道な鍛錬を続けています。

冬場の手足の痛みに泣いた日もありました。

練習の辛さに嘆く日もありました。

けれど少女は一度たりとも辞めたいと口にすることはありません。

何故ならば少女には生まれる前からのスーパー幼馴染がいたからです。

家族よりも大切で、どの幼馴染よりも近い、特別な存在。

一度弱音を吐いた時、彼女は言いました。

 

「だったら私も一緒に剣道やる! やるったらやる!」

 

少女は止めましたが彼女は聞きませんでした。

それもこれも同じ苦労を分かち合うことで、心の支えになると信じているからです。

だから少女は弱音を吐くことなく共に頑張り続けました。

才能があったのか彼女はグングンと強くなり、練習試合でも結果を残すようになります。

ですが、少女は試合となると上がってしまい、その実力を全く出すことは出来ずに負けてしまいます。

 

それは小学生最後の練習試合になっても、残念ながら結果は変わりませんでした。

緊張しないように、上がってしまわないようにと、必死になって試した様々な努力も水の泡。

練習試合の終わりに相手の大将が少女に挨拶しました。

自分は来月には海外に引っ越してしまうから、どうしても本気のアナタとやりたかった、と。

本来なら秋になる前に引っ越す予定を、生まれて初めて我侭を言って引き伸ばしてもらっていた。

その事実までは伝わりはしなかったけど、少女には申し訳なさと悔しさで心が一杯になりました。

 

夜になり、幼馴染達の前で少女は大きな声で泣きました。

嘆き悲しみを泣き声に乗せて……少女の慟哭。

幼馴染達は色んな案を出して対処法を考えます。

ですが、試したことがある物に近いか、見当違いのものばかり。

月も終わりに近づいた頃には完全に暗礁に乗り上げてしまいます。

しかし、モデルの仕事で忙しかったクォーターの美人お姉さんが帰ってきたのです。

それが後に語られる伝説の幕開け。

 

三月の最終日。

少女の願いにより、今までのメンバーでする最後の練習試合が行われます。

ずっと実力が出せずに試合の時は先手だった少女が、今日は大将です。

スーパー幼馴染が相手の副将を破り、棄権。

全ての運命を少女に託します。

少女は立ち上がると高らかに言いました。

 

「我が名はウミンディーネ! 我が後ろに友がいる限り、我が前に敵はなし! 我が最大の敵は己の中にあり。だが其れも今は我が友。故に無敵也! 我、これより確定した勝利を手にす!」

 

道場には無縁の壮大な中二病発言。

顔を真っ赤にさせ、声を震わせ、瞳を揺らし、それでも言い切った。

今までの練習試合の中で、否! 人生の中で一番の羞恥。

とどのつまり、これに勝る羞恥は今の少女に存在しない。

試合前の礼の時には今までにない覇気が纏っていた。

ずっと待ち望んでいた本気の少女との対峙。

これを機に剣道は辞めるつもりだった。

そんな気持ちすら吹き飛ばす闘気。

 

見ていた者全ての記憶と心に刻まれるような名試合。

 

試合後、熱い握手と共にいつかの再戦を固く約束した二人。

これは恥ずかしがり屋故に緊張して負け続けていた少女の転機のお話。

語り継がれる名試合なだけに、少女はこの先もずっと中二病ネームと寄り添うことになる。

黒歴史にしたくても、大切な幼馴染達の想いの詰まった解決策。

そして、ライバルとの忘れられない絆。

だから今日も今日とて少女は言う。

 

「我が名はウミンディーネ! これより確定した勝利を手にする者也!」

 

★幕間・閉幕★

 

 

 

◆音ノ木坂学院・生徒会室◆

 場所は音ノ木坂学院生徒会室。そこには普段とは違った緊張感が漂っていた。にこは神妙な赴きで断罪の時を待っている。学校を休んで、他校の制服を着て、更に着た制服とは違う他校の昼休みに現れ、大人気モデルの告白という事件に関与した。

 冷静に考えて退学はないにしろ、停学は間逃れないのは分かる。だからこそ、にこにとって部室の次に憩いの場である生徒会室でありながら、否! だからこそより居心地が悪い。正確には申し訳ない気持ちでいっぱいである。

 スクールアイドル部の立ち上げから協力してくれているのにも関わらず、こうして問題を起こしてしまったのだから。恩を仇で返すという言葉のお手本。

「やってくれましたね」

 まず始めに声を上げたのは副会長である零華。憧れる綺麗な声は、こういう時に恐怖を増加させる。だけどこれから始まるのは自分で積んだ業。怖いからと逃げ出すことはできない。責任を取れない人間についてきてくれる者なんていない。良し悪しに関わらずスクールアイドルという存在の狼煙は上がった。ならば見本となるべく行動し続けなければならない。

「まさかUTX高校の制服を着て、上々川高校に乗り込むなんて前代未聞です」

 零華はため息にも似たソレを吐き出すと、メガネをクイッと直す。しかし、その言葉とは裏腹に表情自体はとても晴れやか。

「私の友人が上々川高校に通っているので話は聞きました。卒業しても尚、昨日という日を忘れないと。ドラマの撮影のエキストラになった気分だと興奮していました」

「え?」

「正直私は少々UTX学院を侮っていました。他校に乗り込むような熱を持った生徒がいるなんて、微塵も想像できませんでした」

 其れくらい常識外れな行動を取った。反省はしなければならない。でも、後悔はない。決して胸を張れることなんかじゃない。だけど、どうしても必要なことだった。だからといって開き直ることは許されない。

 反省すれば許されるなんて甘い考えを持つことが一番の罪。救いの手を差し伸べてくれた目の前の二人に迷惑になるようなことは二度としてはいけない。信頼というのは積み重ねであり、だからこそ崩れてしまえば終わる。信頼は地に落ちて、優しくされることはこの先ないかもしれない……。そう考えた時、心が大きく揺れた。

 放課後はあんじゅとツバサ。そして新メンバーの英玲奈がいる。だけど、オトノキでは一人ぼっちになるということ。スクールアイドルという物を作って生徒全員を勧誘し、その後問題を起こした。奇異な目で見られ、今ある溝が更に広がった可能性が高い。

 信賞必罰。例え目の前にいる優しい先輩達から嫌われてしまっていても、やり切らなければいけない。学校に居場所がなくて諦められるなら、あんじゅとツバサと英玲奈とは出逢えていなかったのだから!

「零ちゃん。矢澤さんが混乱するからちょっと待って。先に学院側からの罰を言い渡すわね」

「ははっい!」

 緊張で声が裏返ったけど、そんなことを気にする余裕はない。まずは学院からの通知。

「今日はこのまま帰って、明日一日自宅謹慎。反省文は原稿用紙三枚以上。これが各科目の課題。お小言はなしとのことよ」

「え?」

「うちの学院はもう廃校でしょう? だからそんな厳しくする必要はないって判断ね。人を不幸にするような悪さをしたならともかく、幸せにしたんだからいいじゃないってね」

 登校と同時に職員室でなく生徒会室に呼び出された謎が氷結した。先生方にとっては自分なんて変な生徒でしかないだろう。スクールアイドルなんて謎の部を作って、こんな事件起こして。

 

 それなのに……。

 

 嬉しすぎて思わず頬が緩んでしまいそうになる。それなのに体は言うことを聞かずに、完全に笑顔になってしまった。

 

「そうそう。矢澤さんは神妙な顔より笑顔の方がずっと似合っているわ」

 にこのことを嫌ったりしていないという証明するように、会長もまた笑顔を浮かべた。最初からそうでなかったのは一応罰ということだろう。改めて自分の心に今回のことを戒めた。

「笑顔に水差すようで悪いのですが、今回の件でUTX高校サイドからは対応がキツくなるのではないですか?」

「それは……そうなると、思います」

 先生達を説得することを一つの通過点に置いていたのに、策が思いつかぬまま行動し、結果的には完全に対立。説得以前に話すら聞いて貰えないだろう現状。思い通りいかないのが人生だけど、その結果を踏んだのも自分の行い。

 今を嘆くよりも一歩でも在りたい未来へと歩みを進めなければならない。限られた間しか活動できないスクールアイドル。足踏みしている時間なんてない。

「明後日の謹慎明けは、登校したらまたここに来て貰えるかしら?」

「はい、わかりました。この度はご迷惑をお掛けして本当に申し訳ありませんでした!」

 親しき仲にも礼儀あり。例え言葉とは裏腹に笑顔であっても、想いはきちんと伝わる。だから深々とお辞儀をして謝罪した。顔を上げると珍しいことに、というか初めて零華が目に見える形で微笑みを浮かべていた。

「矢澤さん。UTX高校に面白い逸材がいるとわかった以上、最高のアシストをしてみせます。私もスクールアイドル部ですから。幽霊部員ですが」

「零ちゃんのやる気スイッチも入ったみたいだから、この今日と明日は大人しくして、また元気に活動してね」

「はい! 本当にありがとうございます」

 課題と原稿用紙を受け取るとにこはもう一度礼をして生徒会室を後にした。

「さて、零ちゃん」

「大丈夫ですよ。昨日の事件を耳にしてから、土日の予定はキャンセルしておきました」

「……ふふふ。察しがいい後輩を持って私は光栄だよ」

 わざとらしく伸びをしてみせる会長。その隣で新しい書類を作成し始める零華。

「大学のサークルと違って特別許可証を作らないといけないのは手間ですが、行動力に見合った支えをするのが生徒会ですから」

「お、良いこと言うね」

「言葉にしなくても、会長から教わったことです」

「…………れいちゃん。きゃらににあわないこといってるとべつじんせつがながれるよ」

「なんで棒読みなんですか。失礼極まりないですよ。こんな気分の時しか本音を言えない面倒な性格なんです」

 ツンっと作業してた顔を壁へと向ける。らしくない可愛らしい行動に笑い声を上げながら、授業を受けるというイベントより優先して、UTXのスクールアイドル部の出入りの許可証を通さないといけない。

 音ノ木が緩いからといって簡単に許可が出るかは分からない。だけど、一度や二度の却下で諦めていたら先程までいた生徒の先輩として恥ずべき存在となる。この学院が活性化する為にはイレギュラーであったが、今回の事件は持ってこいだったのかもしれない。

 スクールアイドルという単語で検索した人たちのアクセスに耐え切れずに、学校のメインサーバーが落ちたのは職員室で騒ぎになったけど、それはそれということで。ただ静かに終わる筈だった学院がこんなにも注目され始めた。

 これがドラマなんかだったら廃校撤回なんて素敵な結末が用意されるのだろうけど、生憎と現実は一度決まったことを覆すことなんて出来ない。結末は変わらない。ただ、これから卒業生していく私達が、そして最後に入学してくる生徒達が、この学院の終わりを迎えた後に母校を誇りに持てる学院であって欲しい。

 ただ悔しいというか惜しいと思う感情が浮かんでしまうのは仕方ないこと。どうして後二年早くにこが生まれてこなかったのかと。そうすれば奇跡は起きたかもしれないし、三年間が言葉に出来ないくらいに多くの苦労を背負ったことだろう。

 其れは何よりも輝いた勲章となって心に根付いて、素敵な輝きに満ちた筈だ。時が戻ることもないし、現実にIFはない。だからこの胸に生まれた想いは、卒業までの時間に全て浄化されるくらいに沢山の苦労をしよう。卒業する時の自分が最高の笑顔を迎えられるように。

「月曜日の帰りにでも何か奢ってあげるから、ふてくされないでよ」

「子供じゃないんですから、ふてくされたりしません」

 何事もなかったかのように零華が作業を再開する。どうやらテンションは元に戻ったらしい。

「ですが、奢ってくれるというのであれば美味しい和菓子屋があるので、そこのお饅頭でもご馳走になります」

 こんな風に甘えるのは珍しい。どうやらまだスイッチはオンのままのようだ。卒業のことよりも目先の月曜日。放課後にきちんとお饅頭を食べられるか否か。増えた仕事を捌いていくしかない。

「頑張ろうね、零ちゃん」

「はい」

 朝のSHRまでの僅かな時間とはいえ、進められるだけ進める。いつもの無言の作業ではなく、その日は初めて零華の鼻歌が生徒会室に響いていた……。

 

 

◇UTX高校・生徒会長室◇

 ここに初めて訪れたのが一月以上前のような錯覚を覚えるのは、この場の空気から逃れたいという恐怖心から生まれる逃避。ずっとツバサのターンが不発で終わった苦い記憶を塗り替えるかのように、今目の前に底知れぬ闇が広がっている。ステータス異常で表すならば『暗闇+恐慌+混乱+無口+技不能』こんなところかもしれない。

 綺羅ツバサと一緒に生徒会長に呼び出しを受けたのは、優木あんじゅと統堂英玲奈。UTXスクールアイドル部のオールキャストということになる。つまり今この部屋には四人もの人間がいるということ。だが、入室以降誰一人として口を開いていない。

 前回は入ってきても作業をしていた生徒会長がずっとこちらを見ている。それはもう顔に似合わない冷たい目をしていた。招かれざる客という思いがこみ上げるが其れは違う。今回は生徒会長からの呼び出しである。

 つまり罪に対する罰の執行。その決定を言い渡す為に四人をここに呼び出した。漫画やドラマなら職員室に呼び出されるか、処罰の内容が掲示板に張り出されるが、UTXでは処罰の言い渡しも生徒会長の仕事。

 古きあたり前を淘汰し、新しきを是とする。誰かが創り上げた流れを汲むのではなく、自分たちこそが新しき流れを作るというように。その新しい風を作ろうとした先輩達を無意識に恨むのも仕方がない。

 息をする度に喉が痛む。目を開けているだけで耐え難い苦痛。立っている感覚が薄れ、現実の中で現実を忘れるかのような錯覚。鉛を背負わされ、棘を呑まされ、下半身はコンクリート漬けにされている気分。

 打たれ強さに定評のあるツバサを持ってしてもこの評価。だが他の二人を案じる余裕はない。そんなことをしようものなら「その油断が命取り」とか言って殺される可能性もある。視界の右上に自分の顔マーク×0だからゲームオーバーになってしまう。

 ツバサの現実逃避と違って、英玲奈は真っ直ぐ会長の目を見つめ返していた。ツバサとあんじゅと違って、英玲奈にとって会長は恩人の一人。スクールアイドル三人と出逢わなければ今もあんな苦しい想いを抱きながら、日々を過ごしていた。

 好きな人の彼女になったという余裕がある。自分がすべきことを見つけたという強みもある。これ以上に緊張するような現場もこなして来た経験がある。二人と違って社会を学んでいるというのは大きい。

 

 プレッシャーとは身を固くするものではない。恐れるものでもない。慣れるものでもない。では何が正解なのか?

 

 プレッシャーとは楽しむこと。楽しんで乗りこなすことで人は跳躍できる。自分の殻を一枚でも二枚でも破ることができる。グンと成長することができる。一朝一夕にそう成れるようにはならない。場数を踏むこと。慣れに似て非なるモノ。

 英玲奈には既にその域。だからツバサのように動揺し、現実逃避することもなく見つめ返せる。苦しい想いをしたけれど、モデルの活動は結果的に英玲奈を成長させた。

 そして、あんじゅはというと。完全な上の空。自分と同じ恋する少女。そんな子が困っているということもあって暴走してしまった。ハッピーエンドではあるし、あんな風に大勢に見られながらにこと抱き合えたらどれだけ幸せであるか。

 問題はそのにこ。自分の暴走で巻き込んでしまった。あの時点でにこを部室に残せば処罰される可能性はなかった。が、目撃者が多い。いくら制服がUTXだったからと言って許されるとは思わない。逆に罰が加点される可能性まである。

 自分の勝手さがにこを窮地に追いやった。世が世なら切腹すら生易しい。嫌われたかもしれない。そこが最重要。浮かれていてこの思考に辿り着いたのが呼び出しを受けた時。つまり、ほんの十分前。だからにこと連絡が取れていない。

 謹慎だろうと停学でも構わない。にこに嫌われていたらどうすればいいのか。息が荒くなって、鼓動がおかしな速さで脈打つ。どうしてこんな当たり前の事に気づけなかったのか。先程までの自分を剣で切り裂きたい衝動に駆られる。

 ストレスで胃がキリキリと音を立てている気がする。口の中に水っ気はない。出口なき迷宮に迷い込んだような不安。にこと繋がっている赤い糸の先が見えない。今も尚無事に繋がっているのか、それとも……。

 

 父親に監禁されていたコウヘイが脱獄、リュウジを助太刀するあのシーンの熱さときたら! 作中唯一の共闘シーン。新勢力との抗争で主人公達がピンチになった時にライバルがっていうのは燃えるわよね。押されていたのにライバルが現れた瞬間不甲斐ない姿は晒せないって、一気に力が増すとか。レオにバイクを燃やされたライバルの特攻隊長のハンゾウが、ハーデスの手下に盗まれたハヤトのバイクで駆けつけるシーンとか胸を焦がしたわ。

 

 と、完全にツバサが現実を忘れた頃になって生徒会長が口を開いた。

 

「やってくれたねぇ。可能性を買って頂きたいだっけ? 君の言う可能性っていうのは、こうして処罰される為に呼び出しを受ける未来を差していたのかなぁ?」

 可愛らしい俗に言うアニメ声。だけどその声を聞いた途端、ツバサの思考は現実に引きずり戻された。逃げている場合じゃない。打たれ強さこそが自分の武器。攻めなければ勝利は掴めない。この思考の切り返しの早さも自覚はないが既に武器レベル。

 確かにツバサはつい先日会長に可能性を買って頂きたいと、鼻と顎を尖らせて調子に乗って言った。咲くを駄作にしない為に満開していたから。中二病全開勇者だった。その時はこんな風に呼び出されるとは微塵も思っていなかった。

 だけど、スクールアイドルを広めるという目的と新メンバーを獲得するという目的は果たした。そう、昼休みではなく放課後にしていれば文句はなかったという事実しか待ち受けてない。これを切り返せる言葉を悔しいが、今のツバサは持ち合わせてはいなかった。

「こう見えても忙しい身なんだよ。君達に一時退室許可を出した私まで先生方に色々と言われたし……いつまでも義務教育気分が抜けてないのかな?」

 その嫌味はズッシリと重く圧し掛かった。『お前、もしかしてまだ、自分が死なないとでも思ってるんじゃないかね?』と言われた主人公と重なった。或いは目の前で力の差を開放されて動けなくなったシーンかもしれない。三分でビルを壊せる威力ある言葉に対抗できる言葉は絶無。

 否、ここで黙っていたら開き始めたスクールアイドルの可能性を誰よりも自分が否定することになる。熱き想いを伝えられるのは言葉以外にない。其れを怯えて発せないんじゃ、あの日の自分以下に成り下がったということ。

 確かにいけないことをしてしまった。あの高校には混乱させて迷惑かけてしまった。だけど、失敗した時こそ胸を張れ!

 放課後で普通に勧誘していたらこの会長との今の対立は存在しなかった。この人は完全に倒さないと仲間になりはしない。逆に倒せれば力を認めて仲間になってくれる。悪魔だって魔王だってゲームによっては仲間になる。これは失敗したからこそ得たチャンス。

「返す言葉もないみたいだねぇ。今回のことで君達スクールアイドル部は先生達を敵に回した。部室は一月使用禁止。授業以外でのトレーニングルームの使用無期で使用禁止。簡単に言えばこの学校に味方はいないと思った方がいいよ」

 メンバーが揃って本格的に練習をと思っていた矢先のクロスカウンター。部室の使用禁止も痛い。信賞必罰。痛いくらいに実感する。湧き上がっていたツバサの勇気に陰りが混じる。

 夏の夜空を彩る花火は咲いて直ぐに散っていく。綺麗な花も咲いた後は萎れていく。だからって咲くの結末が……満開したら枯れなきゃいけないなんてルールはない。散華なんて現実にいらない!

「全ての先生が敵に回った訳じゃありません。生徒だって――」

「――お得意の可能性理論ね。一度失敗した人間の言葉に価値なんてないんだよ。現実の中で夢を見るのは勝手だけど、其れを人に押し付けないでくれるかな」

 

 蝋燭の火は燃え尽きる際に大きく火を散らす。

 まるで勇気を燃やし尽くすように反撃を試みる、

「か」その刹那――

 

「可能性が零じゃない云々の青臭い台詞は要らないよ。其れはね、敗者になるべく人間の典型的な言葉だからねぇ。ま、見えない可能性を信じて奈落に落ちるのは勝手だけど、人に迷惑は掛けないように。こうして事件を度々起こせば退学だよ」

 

 死を恐れずに世界チャンピオンに挑んだボクサーは真っ白に燃え尽きた。だけど、綺羅ツバサはまだ燃え尽きていない。例え燃え尽きて灰になろうと、その中から生まれ蘇る。

 

「今は邪道と思われる行いも、後に私達が辿った軌跡を人は正道と言うでしょう。そう成れるように私達はスクールアイドルの活動を続けてみせます。会長の言うとおりこの学校の全てが敵だとしても構いません。敵が味方になる喜びを其れだけ多く味わえるのですから」

 現実逃避したり、怯えたり、竦んだり、言葉を遮られて、言葉を読まれても。そんなのは全て過ぎ去った過去でしかない。大事なのは今この瞬間。言いたいこと、信じてることをただ叩きつけてツバサは不敵に笑ってみせた。

 現実に攻略サイトなんてない。攻略法もない。だからこそ可能性の宝庫となる。どの敵がどうやって倒せるのか。どうしたら仲間になるのか。むしろ特定ターンで倒しても仲間になんてならないかもしれない。

 ただ、其れは今ではない未来。悔しいけど結果を何も出せてない現状では魔犬慟哭破。つまり負け犬の遠吠え。それでも胸を張って未来を語れるなら、今の自分は昨日までの自分に誇れる。

「君達はもう今日は帰って。今週はそのまま学校にこないでくれるかな。反省文は原稿用紙十枚以上。各教科の課題をやりながら充分に反省し、鑑みることだねぇ」

「会長にも何れ見えますよ。私達が通った後にできている可能性という正道。今は目に見えないようですけど」

 ツバサの最後の言葉には反応はしなかった。飽きたのか呆れたのかは定かではない。ツバサも返事があるとは思っていなかったので、渡された三人分の物を受け取ると礼をして部屋を出た。あんじゅは心ここに在らずのまま、ふらふらと部屋を後にする。結果的に英玲奈一人が残った。

「どうやら君に彼女達を引き合わせたのは失敗だったみたいだねぇ。猛毒にしかならなかった」

「いいえ。私は生徒会長に深く感謝しています。ありがとうございました」

「今の私には嫌味にしか聞こえないけど。ま、自分でモデルよりスクールアイドルを選択したんだ。後悔も嘆きも自己処理でお願いするよ」

 その言葉に英玲奈が笑った。モデルの時よりずっと柔らかく。まるで面白いジョークを言われたかのように。

「今は間違ってるとされる道も、行き着けば正しかった。私はその可能性を信じてます」

「だったら証明してみせるといいよ。零ではない可能性ってやつをさ」

「ええ、必ず」

 英玲奈も礼をしてから部屋を出た。三人が居なくなっても珍しく作業の手は動かぬまま。出て行った扉を見つめていた。まるで、見えない道が薄っすらと見えているかのように……。



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2.ちゅうにびょうを教えて

◆喫茶店◆

 あの会長は言わば行動力のある魔王。大魔王なんかより断然格好良くて、最後は部下にも恵まれて、終わりの時すら胸熱だったあの魔王に似ている。作品の知名度的にも、魔王にならなかった的な意味でも、現世魔王では話にならない。

 今よりもっと実績を残してからでないと相対するのは危険。だから後に正道と言われるようになろうと、呼び出しを受けるような手段は使ってはならない。今回のような謹慎ならまだいいが、廃部を言い渡されては未来が閉ざされる。

 英玲奈の勧誘の発案者はツバサ自身によるもの。咲くにしろ圧倒的策略にしろ、今度は焦らずに練らなければならない。最も、そんな風に何かを考えずに事がスムーズに運ぶことが一番の幸せである。微塵もそんな予感はしていないが。

「にこさん! 本当によかった。私がにこさんを巻き込んでしまったから、嫌われたんじゃないかととっても心配したわ」

「自分の意思で付いていったんだし、にこがあんじゅちゃんを嫌うわけがないよ。ないにこ」

「やだぁ~! わざわざ語尾を言い直すにこさんの天然あざと可愛さが私の琴線をいつも刺激するにこ!」

 処罰の報告をにこがあんじゅにしてから、いつもの喫茶店に集合。あんじゅの不安が無事に解消され、いつもの甘えモード突入。

「その語尾はにこのものだよ」

「うふふ。にこさんが可愛さの限界を突破したから、思わず使ってしまったわ」

 にこの顔を引き寄せて頬ずり。くすぐったそうな声を漏らすが、にこはされるがまま。新メンバーが加入しようと、罰が与えられようと平常運行のヤンデレあんじゅ号に苦笑いのツバサ。ここに来て会長の前であんじゅが一言も喋っていなかったことを思い出した。

 前回会長の言葉のラッシュに飲まれた自分を救うように言葉を発したのはあんじゅ。ヤンデレとはじゃじゃ馬なエンジンを搭載したバイクのようだ。その時に本気を出せる状況じゃないと使い物にならない。

 比喩なので物扱いしている訳じゃない。性能という意味での話。簡単に言えばにこへの愛を供給できてさえ要れば、どんな相手でも立ち向かえるということだ。次の機会があればその辺を気にしよう。と、心のメモ帳に書き終えると「こほん」と咳払いを一つ。

「統堂さん。改めて聞きたいことがあるんだけど、いいかしら?」

「ああ、なんだろうか?」

「どうしてスクールアイドル部に入ってくれたのか。正直、一夜明ければ白紙に戻されてもしょうがないと思うくらいの結末だった訳だし」

 また無能が何か言ってるわ的な視線を感じたが、ツバサに何か言うよりにこに甘える方を取るだろうという読み通り。あんじゅが何かを言うことはなかった。

「そんな不義理なことは考えもしなかった。ただ、スクールアイドルという物を調べさせてもらい、やりたいという気持ちが強くなった」

「何か統堂さんの心に響く要素があったかしら?」

「スクールアイドルとは学校を代表として活動する。だけど、ここのメンバーは少し違う。立ち上げ故にその存在をアピールする為に学校の枠を越えて活動している。そこが一番私のやる気に繋がった」

 ツバサの憧れの策士ポジションなら「なるほど。そういうことね」とか理解できるのだろうけど、残念ながらまだまだそのポジジョンには遠く、理解が追いついていない。寧ろ、にこを愛でることに全力であったあんじゅが、

「ああ、なるほどね」

 自分が言いたい台詞を奪われて少し悔しくなった。だけどここで突っ込むと返り討ちに遭うのは確実。

「へ、へぇ。そういうことね」

 にこが理解出来ずに素直に尋ねて、答え合わせてしてくれると気づいたから。だから自分も分かってるアピールをしてみた。

「あんじゅちゃん。どういうこと?」

 

 計画通り――

 

『きら』なだけに完璧ね! 自分の考えを現実がなぞるように動く。まるで神になったかのような錯覚。やはり目指すべきなのかもしれない。スクールアイドル界の神に!

 

「うふふ。にこさん、それはね」

 にこの耳に唇が当たるくらいの距離で、

「愛しい恋人と一緒に活動できる可能性があるということよ」

 と、正解をにこにだけ愛を囁くように教えた。予想外のイチャ付きで肝心な正解を知ることができなかったツバサ。口を開いたまま硬直。

「ふふっ」

 そんなツバサの行動を全て理解した英玲奈は笑いながら、回答を教えることにした。

 

「学校の枠を越えることができるということは、けーちゃんの協力が得られる。モデルと違って色んなことを一緒に考えたり、相談したりできる。だから私はスクールアイドルをしたいと強く思ったんだ」

 

 背伸びをやめたモデル界百年に一度の奇跡。昨日の告白事件の後、当然のことだけど英玲奈は事務所に呼び出しを受けた。事実をどうにか揉み消してモデルを続けるように言われるも、英玲奈にはその気はなく。自分勝手だとは思う。だけど、これはもう決めてしまったこと。

 

 英玲奈の決意は固く、事務所も本日付けでの解雇を申し出た。入っていた仕事は全てキャンセル。事務所に迷惑を掛けて辞めたことは深く胸の中に刻み込んだ。これは恋人の話を言い出した時、拒まなかった過去の自分が背負わせた重石。

 

 二度と表舞台には戻れない証し。だから人前に出るのはスクールアイドルが最後になる。モデルとしての自分を応援してくれていたファンを裏切った分、それ以上の輝きで許して貰う。其れが理想であり、今の英玲奈の目標。

 

「お熱いのは構わないのだけど、残念なお知らせが一つあるわ」

「何だろう?」

「確かにこの綺羅星さんは女装して活動してるけど、愛しの彼を女装させて参加させるのはバレると思うの」

 本気で真面目な助言をしている風のあんじゅに、英玲奈は思わず目を何度かパチパチさせた後、言葉の意味を飲み込んで口を押さえて笑い出した。

「ふふふっ、あはははは」

 罪意識よりも開放感の方が勝っている今、恋人になったけーちゃんが女装する姿を想像し、想像できなかったにも関わらずツボに入った英玲奈。次第に顔も頬も耳まで赤くなっていくが、笑いが止まらない。

「ちょっとちょっと! 何自然の流れで私のことを男扱いしてるの!?」

「だって男じゃない」

 あんじゅはケロリと、事実を言ってるんだけど貴方の方こそ常識は大丈夫? 的な真面目さ声に変えて返答する。芸が深まり過ぎていつか本当に『綺羅ツバサは男である』という歪んだ事実が真理に上書きされそうな謎の恐怖。

 二人と出会った時からのお約束のネタでもある。だから悲しいけどツバサの中で切り返しの言葉を考える技術も進化していた。本当に悲しいけれど!

「肩出しの服買って今度着てくるわ。それだったらもう男の子扱いされないわよね。だってハッキリと分かるもの……骨格で!」

 進化とは成長の証。でも、どこか涙の味のする進化であった。だが、あんじゅの切り替えしが楽しみでもある。ちょっ、ちょっとだけ楽しみなだけだからね!

「骨と言えばにこさんよ。ね、にこさん。骨までしゃぶらせて」

「それはムリにこぉ」

「やだぁ。にこさんってば本当になんでこんなに可愛いのかしら」

「ちょっと! 私の発言スルーしないでよ!」

 ただイチャイチャの材料にされただけ。ツバサはあんじゅの掌の上で弄ばれただけで今回も終わった。隣を見れば英玲奈が目をハンカチーフで目元を拭いながら、まだ肩を震わせいている。クールというイメージを破らせるのが、英玲奈の最初の仕事かもしれない。ならばこそ仲間内で柔らかい雰囲気を作らないと。

「統堂さん。いいえ、英玲奈さん。出会って日が浅いとはいえ私達はこの三年間を過ごす大事な仲間よ。だから名前で呼ばせて貰うわね。英玲奈さんも私達のことを好きに呼んで頂戴」

「そうね。一人だけ苗字でとか呼ばれると不仲なのかと思われるし」

 珍しくツバサの意見を肯定する。出会って二度目の言葉を出しての肯定。前回はスクールアイドルの大会の名前のこと。ツバサの胸に言葉にできない達成感が生まれた。

「じゃあ皆と同じように名前さん付けで呼ばせて貰おう」

「普通に呼び捨てにしてもらって構わないわよ? ね、にこさん」

「うん」

 モデルをやっていたクールに見える英玲奈。イメージとしては呼び捨てが似合う。というか、普段皆のことを呼び捨てが基本なのかと思い、遠慮しなくていいと提案したのだが。

「今まで私は人を呼び捨てにしたことが……ないんだ」

 頬を羞恥の紅葉に彩り、瞳に湖を映し、顔を少し伏せる英玲奈の姿はこれ以上ないくらい乙女だった。喪服を着た王子様が最後に自転車で迎えに来てくれるような乙女ではなく、本物の乙女。機を見て敏。これはチャンスとあんじゅが切り込む。

「これは私の妄想から得た経験なんだけど」

 其れは経験でもなんでもない。思い切りツバサが引いていた。

「普段ちゃん付けで呼んでくれる好きな人が、時々でいいから呼び捨てで呼んでくれるとね、キュンって胸を締め付けられるくらい高鳴るの」

 期待をするようににこに激熱視線を送る。にこは悪戯っぽく唇をツンッと尖らせると、

「あんじゅちゃんはあんじゅちゃんにこ」

 と言い切ってから微笑んだ。

「やぁん! にこさんってば小悪魔~!」

 むぎゅむぎゅと抱きしめ、にこの匂いを堪能しながらもう一言。

「私達で呼び捨てにすることに慣れておけば、いざとなったら愛しの彼のことも呼び捨てで呼んだり出来るんじゃないかしら?」

 一番日が浅く思い出がないからこそ、一番距離の近い呼び方を勧める。しかも、そのことを踏み台扱いにすることで気を楽にする。どちらかというと策士ポジションにはあんじゅの方が似合う。尤も、にこを陥落させることが一番なのでそんなのに興味はないが。

「……ありがとう。分かった。改めて、ツバサ。にこ。あんじゅ。よろしく」

「うん! 英玲奈さん。よろしくね」

「ええ、よろしく。英玲奈さん」

「よろしく、英玲奈さん」

 これで本格的な活動を始動できる。否、急務で行わなくてはいけない。注目を浴びたとはいえ、何もなければ世間では忘れてしまう。この注目されている間に初めての曲である『スクールアイドル』を完成してそのPVを上げる。UTXでの行動が規制されても、やり切るしかない。

 でもまずは空中分解しない為にも、英玲奈に言わなければいけない事がツバサにはあった。

「それで英玲奈さんに先に言っておかなきゃいけないことがあるのよ」

「何だろう?」

「あんじゅさんはその……ガチな同性愛者だけど気にしないでね。後、にこさん以外に対して少し辛辣だけど負けないでね」

 とんでもない爆弾である。

「あのね、ツバサさん。そういうのを風評被害っていうのよ」

 にこを抱きしめた手を離さずに、長々しいため息を吐いた。人の噂の多くはこういう馬鹿な人間の勘違いが原因なのだろう、とあんじゅはアンニュイな気分になった。

「私が好きなのはにこさんだけ。女の子が好きとかいう気持ち悪い勘違いされるようなこと言わないでくれるかしら。私が女で生まれてきたのはにこさんとこうしてスクールアイドルをして、多くの人に広め、愛を深められるようになのよ。運命の導きを汚すような発言はしないで頂戴」

 フンッと不機嫌に鼻を鳴らすと、スンスンとにこの匂いを嗅ぐ。そして、にこが『あんじゅちゃんの誕生日はにこと出逢うより前の』と言い出す前に、あんじゅは早口で追撃をかける。

「どうしたらそんな風に人を貶められる性格になるのかしら? もしかして中学生の時、関西みたいにお弁当持参の学校で、おかず交換しようと声を掛ける度にクラスメートから差し出されたのは……白いご飯とコンニャクだけ。そんな日々が続いてこうして歪んでしまったのかしら」

 今までとは別の切り口。あんじゅの自分とのコミュニケーションツールは歪んではいるが、どんな風な言葉が出てくるのか楽しみでもある。が、今は其れより何よりツッコミを入れなきゃいけない箇所がある!

「白いご飯はおかずじゃないでしょ! つまりおかず交換を拒否されてるじゃないの。拒否されない場合はコンニャクのみ。私、お弁当にコンニャクが入ってたことすらないんだけど」

「私はお腹にいいからとお弁当の際、よく糸こんにゃくが入っていた。美味しいし」

 フォローを込みで英玲奈が合いの手を入れた。

「私は味がなくて好きじゃないのよね。もっと、主役を張れるようになってから出直してきなさいって感じ」

「其れ絶対にこんにゃくじゃなくて私に対して言ってるわよね!?」

「何でもかんでも難癖つけてくるなんて。にこさん、私怖いわ」

「あははっ。夏休みになったらお弁当持ってお出かけしたいね」

 にこの言葉にあんじゅのハートが燃え上がる。一気に妄想し、其れを口にする。

「にこさんの誕生日を経て、一つ段階を駆け上がった私達が行うデート。素敵だわ!」

「もう、あんじゅちゃん。四人で行くの」

 暴走するあんじゅを諌めるが、恋する乙女は暴走機関車。急に止まってはくれない。

「じゃあ……二人きりで行くのは旅行にしましょうか」

「旅行?」

「ええ、北海道へ。会いに行きましょう。にこさんに会わずに夢を共有してくれた黒須さんに」

「あっ!」

 黒須愛。北見塚原学院のスクールアイドル。あんじゅとツバサと違って、遠い地に居ながらスクールアイドルという物に惹かれ、活動を開始ししてにこに勇気を与えてくれた人。英玲奈にツバサがそう解説した。

「でも私旅行行けるくらい」

 にこの言葉を遮りあんじゅが言う。

「勿論にこさんは手ぶらで来てくれて大丈夫。必要な物は全部私が用意するから」

「いつも奢って貰ってるのに旅行までなんて」

「私がにこさんと旅行に行きたいの! 私の我侭に付き合って……お願い、にこさん」

 あんじゅの必殺超甘え。

「にこさんと夜景を見たいし、狐が触れるあの場所にも行きたいし、クマ牧場でにこさんに怖がりながらにこさんに抱きつきたいわ。にこさんは私と行ってみたい場所はないのかしら?」

 こう言われると普段から好きと言われてることもあって、にことしては反論を封じられる。

「……あんじゅちゃんは時々ずるい」

「恋する女はずるさも武器に変換して愛を得るのよ」

 子供が得意なことを自慢するかのように、あんじゅが鼻を高くして胸を張る。微笑ましさとしょうがないぁという気持ちとで、にこは言った。

「パパとママに許可取れたらだよ? にこは前にあんじゅちゃんが言ってたあの動物園で、ライオンの餌やりしてみたい」

 木で作った釣竿みたいなやつの先に、生肉をぶら下げて網の目の前から中にいるライオンに餌を上げるという体験は他では絶対にできない。そんなにこの言葉にあんじゅが歓喜の声を上げる。

「にこさんってば、私の些細なネタまで拾って調べてくれるなんて嬉しいわ。北海道のチャペルで式を挙げましょう!」

 気が早すぎるあんじゅであった。二人の世界がこの後十分程続き、ツバサが割って入った。今までなら多少暢気にしていても良かったが、状況が変わった。居場所を封じられたことを再認識しなければならない。

 が、その前にその罰を与えた張本人のことを先ほど考えた『行動力のある魔王』という座布団獲得できるくらい上手い例えを披露した。二人のことを言えないくらいに、ツバサの思考も暢気である。

「行動力のある魔王って……貴女ね」

 この発言には流石のあんじゅも一度にことの戯れを辞め、姿勢を正した。

「あのね、ツバサさん。あの人はあの部屋から出るどころか席から立ったこともないでしょう」

 

 その発言に電流走る・・・!

 

 圧倒的盲点。余りにも強いプレッシャー故に縦横無尽に吹き荒れる嵐のようなイメージがあったが、言われてみれば会長は一度たりとも席を立ったことすらない。これが噂に聞く幻魔術。勿論そんな物はない。

「そもそもあの会長は私達が芸能コースでありながらも、こうして部の設立を承諾してくれたのよ? しかもその部の内容は当時オトノキにしかなかったスクールアイドルという未知の物。普通なら芸能コースという時点でアウトよ」

「その上にまだ何の実績も活動報告すらしてないのに特待生の英玲奈さんと会う約束を取り付けてくれた。ツバサさんがあんな風に失礼な発言をしたのに、よ。引き抜かれる可能性が僅かでもあったのに」

 あんじゅの言葉一つひとつが酷く重い。まるで空気を指で弾いてるだけなのに、凄く重いダメージを受けている気分。今じゃもうあいつに勝てる気がしないとか言われてみたい。若干の現実逃避。

「今回私達は会長に受けた恩を仇で返してしまったの。そんな会長を魔王扱いとか……どうしたらそんな恥知らずの性格になのかしら?」

「うぐぅ」

 うぐぅの音しか出せない。打たれまくった上でそういえばと思い出した。今年の生徒会長は一番甘いという噂。だけど甘さがあっても会長の座を得たということは、歴代の会長の中で一番優秀である証明だと。

 嗚呼……このことを思い出してから初対決前夜に咲くを練るべきだった。ジョーカーであるにこという札を切るのは英玲奈との初対面ではなく、非常識でも会長との初戦だったのかもしれない。そうすればあんじゅの暴走は起こらず、放課後に英玲奈の告白を成功させていたかもしれない。

 マルチエンドの推理ゲームで犯人に殺されながらヒントを与える主人公のように、ツバサは散りながらにして二週目のヒントを出して箒星のように輝き消えた――。

 

「もしかして綺羅星さんは自分以外の動く物は全て敵とでも思ってるんじゃないかしら? 明らかにヤバそうなキノコを食べれば体が大きくなったと思い込み、海外の危ない地で密かに栽培されてる花を食べたら炎が出せると感じたり」

 

「――私はプレーヤーの操り人形なんかじゃないわ!」

 

 残機がないのは先ほど確認済み。というかそんな表示はなかった。それでも即復活できたのは、いつか言いたい台詞100選の1つを言えるタイミングだったから。

 

『私は○○の操り人形じゃない』

 

 これはコウヘイが父親の呪縛から逃れる時に使った台詞のオマージュ。部屋の片付けの最中に読み直し始めたこともあり、最近は鬼浜ブームのツバサ。それはともかく、現実に戻ってきた故にすることは一つ。

「そうね、私が間違っていたわ。あの人は魔王なんかじゃない。誇りに思うべき会長ね」

「私もそう思う。あの人は特待生の私にも色々と便宜を図ってくれた。いつか頂いた恩を倍にして返したい」

 言葉を訂正したツバサの発言に、英玲奈が感情の篭った言葉で頷いた。

「雰囲気とか発言とか魔王と言われると確かに納得するけど」

「あんじゅちゃん!?」

 会ったことがないので蚊帳の外だったけど、何だかいい話に纏まったと思った瞬間にあんじゅがぶち壊した。

「やっぱりあんじゅさんだって魔王と思ってたんじゃない。にこさんは対峙したことないから分からないだろうけど、半端ないプレッシャーなのよ。初対面の時なんて一人だったら成す術なく帰されてたと思う」

「だけどあんじゅさんという友達が居たから。アタッカーを切り替えながら、どうにか説得することに成功したのよ。あの勇士を二人にも見せたかったわ」

 誇らしげにない胸を張るツバサだった。だがもう一人はというと、

「……綺羅星さんと友達? え、私が?」

 まるで不可思議と相対したような、何を言っているのか理解の範囲外。その言葉に返す言葉を持ち合わせていない。それでもどうにか言葉にしろというのならばとあんじゅは重い口を開いた。

「宇宙の謎が全て解かれることがあれば、私は綺羅星さんの友達だわ」

「何その頑なに一生友達にはなりません宣言!? というか私達は既に友達でしょ? 同じ誓いを立てた仲間じゃない。忘れたの? あの桃園の誓いを!」

 ツバサはかつてテンションを上げ、三人でスクールアイドルを広める誓いを立てようと、三国志の桃園の誓いを再現しようとした過去があった。

「それって桃園さんが勝手に言い出して、勝手に自爆しただけでしょ。そんな誓いを立てようとする恥ずかしい存在と誤解される可能性があるから、にこさんと私を巻き込まないでくれるかしら? ミスター蚊帳の外さん」

「ミスターじゃないしバリバリの身内!」

「綺羅星さんは何故スクールアイドルメンバーに入ってるのか不思議なくらい。と、みんなに思われてるから」

「あんじゅちゃん!」

 頬をぷく~っと膨らませるにこ。最近のおこのサイン。

「あ、可愛い」

 思わず英玲奈の口から素直な感想が漏れた。

「やん! にこさん、ごめんなさい。綺羅星さんは……友達? ……だったわね」

「その疑問系と間は何なのよ!」

「にこさぁん」

 もはやあんじゅの瞳は膨らんだにこの柔らかほっぺのみ。ツバサは眼中から消え失せていた。ぷっくらと膨らむその二つの頂に人差し指を同時に当てると、ゆっくりと挿入する。にこが頬を膨らませるようになってからのあんじゅのお気に入り行為。

 弾力あるほっぺたに自らの指が沈み、段々とにこの口から空気が抜けていく。にこの可愛さに蕩けていると、今回は直ぐにほっぺたが元通りに戻った。今度は押しても凹まない。

 どうやらにこの怒りはまじおこすら通り越して、激おこぷんぷん丸状態に移行してしまったようだ。傍から見ていると幼さがプラスされるだけにしか見えない。もっとにこの可愛い一面を引き出したいところではあるが、やり過ぎて本気で怒らせたら立ち直れない。

 にこのほっぺたから指を離し、姿勢を正す。そして、大きな溜息を吐いてからツバサを見た。

 

「私は友達でも仲間でもなかったらこんな面倒で、意味不明な暴走をする人を傍に置くことを許可したりしないわ」

 

「……」

 

 ツバサは顔を伏せた。にこと英玲奈に顔を見られない為だ。今私は探偵役より先に真犯人を知ってしまったサブキャラの顔をしていることだろう。

 あんじゅが言った言葉はなんだか友情青春物っぽいが「暴走をする」の後に他の二人は気付かなかったようだが、声に出さなかった一文字が隠れていた。口が「ざ」の字を確実に刻んでいた。こんなこともあろうかと私は読唇術を学んでいたので間違いない。『きら』なだけに有能!

 そして考える。「ざ」から始まる単語。簡単なところで言うならば「雑魚」か「雑草」辺り。生物としてすら認識していないという意味なら……ざ、雑音。

 もし、今私が顔を上げたらあんじゅさんはどんな顔をするのかしら? 死神を使ってライバルを死に追いやった天才の顔をするのかもしれない。『きら』に対して!

 

 偶然……間違い

 本当……嘘

 死神……探偵

 

 いつしか私は……綺羅星は考えるのをやめた。

 

 というのはツバサの壮大な照れ隠し。余りにも嬉しくてついニヤニヤと頬が緩んでしまい、其れを見られたくなくて顔を伏せただけ。こんな思考を浮かべたのは少しでも早くいつもどおりに戻れるように。だけど、中々に喜びは隠れてはくれない。

 

「なんだか一番の風評被害を受けた気がするのだけれど?」

「そんなことないにこ」

 えらいえらいとにこに頭を撫でられ、直ぐにデレデレとしただらしない顔になるあんじゅ。こんな顔を見せずに伏せたツバサの方が、あんじゅよりずっと女の子だった……。



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3.綺羅星最後の闘い 新たなる闘い

◆喫茶店◆

「そう言えば話題がそれてしまったのだけど、英玲奈さん。愛しの彼の協力は具体的に何が可能なのかしら?」

 英玲奈が決意した一番の理由。一緒に考えたり、相談することができると本人は言っていたが、其れだけでないと直感で分かった。それだけなら敢えて協力という単語を使う必要はない。恋人同士なら当然のことなのだから。

「けーちゃんは昔からポエムが好きで。小学五年生の夏休みからは作詞も挑戦してたんだ。だから作詞のことならけーちゃんにアドバイスを貰えるし、なんなら作っても貰えると思う」

 これこそが英玲奈がスクールアイドルを選んだ一番の理由なのだろう。好きな人と青春を飾る活動を共有できる。その喜びをあんじゅは知っている。

「にこさん。二曲目からは英玲奈さんの彼に作詞をお願いしたらどうかしら?」

「うん。その方がいいと思う。ツバサさんはどう思う?」

「作詞の難しさを考えれば其れが正解だと思うわ」

 とどのつまり丸投げ。作詞がいかに困難な物なのか体験してるからこそ、適材適所を適用する。偶発的とはいえ、スクールアイドルは女子高生のものだが、裏方なら男子も手伝えるというアピールにもなる。

「そういうことなのだけど、頼んでみて貰えるかしら?」

「ああ。けーちゃんにお願いしてみる」

 奇跡の統堂しか知らない人は別人だと思ってしまうくらい、柔らかな幸せを帯びた笑顔。恋をすると人は優しくなり、愛を灯すと柔らかくなる。

「これで私達の活動への道も近づいたわね」

 ワクワクが止まらないといった感じのツバサ。練習の場を失ったことを考えれば、現状は大きなマイナスに位置する。しかし、そんなことを微塵も感じさせない。この明るさこそが現リーダー的ポジションにいる理由である。

 ツバサは中二病故、あんじゅの方が頼りになる面も多々あるのだが、全ての優先順位が愛であるからリーダーには不向き。にこは大器晩成型なので言わずもがな。新しい英玲奈はというと、どちらかというと縁の下の力持ちタイプだと勝手に推測するツバサ。

「ねぇ、にこさん」

「なぁに?」

「私の所為でにこさんまで泥を被って自宅謹慎になった訳だし、にこさんのお家に言ってご家族の方に謝るべきだと思うの」

 真摯な顔をしながらも、あんじゅの瞳には『にこさんのお家に行きたい!』と書かれていた。くすっと笑いながら、

「さっきも言ったけどあんじゅちゃんの所為じゃないにこ」

 にこに可憐に焦らされた。なので回りくどさを捨てストレートに言う。

「にこさんのお家に行きたい!」

 瞳に書かれていたとおりの言葉に再びにこは笑う。友達を家に招くのは久しぶりのこと。最後に家に招いたのが受験が始まる以前。そして気づく、あんじゅの家に泊りに行きながら、家に誘ったことがなかったと。

「じゃあ話し合いが終わったら家に行こう」

「ええ! にこさんのお部屋楽しみだわ。私の匂いをマーキングしなきゃ」

「あんじゅさん。動物じゃないんだから」

 呆れながらツバサがツッコミを入れた。

「そうね。私 は 違うわ」

「誰が動物よ! 誰がツバサルよ! 私は人間よ!」

「あら? 私は何も言ってないわ。綺羅星さんは自分をサルだと思ってたなんて知らなかったわ」

「うぐぅ!」

「くすっ」

 ツバサとあんじゅのやりとりに笑みを零す英玲奈。クールな性格に似合わずに笑いの沸点は低め。幸せが飽和状態だからの可能性もある。そんな中、にこはぼんやりと考え事をしていた。

 先ほどあんじゅから北海道へ旅行へ行こうと誘われた。ここにいない唯一のスクールアイドル・黒須愛に会いに行こうと。自分と同じく一人で活動を開始し、学校の生徒全員を勧誘したことを話すと、彼女もまた同じ行動を取った。そして、皮肉なことに結果までもが同じだった

 それでも来年の春には新入生が入ってくるからと、にこよりずっと前向きな考えでスクールアイドルを一人でも続けていくと宣言してくれた。逆の立場だったら自分はそんな明るい言葉を嘘でも言えただろうか?

 UTXの前で足踏みをしていた自分には到底不可能。また諦める結果になっていた筈。会いに行く為には来年に繋がる結果を与えたい。作詞のアドバイスは貰える。衣装は制服で構わない。振り付けと作曲。

 レッスン室は使えない。部室もUTXの方は使えない。でも、黒須愛は最初から部室すらない。たった一人の同好会だから。あんじゅの言葉を思い出した。泥を被る。

 

にこの中で一つひとつの出来事が、今絆という糸で紡がれる

 

 

溢れ出るときめき

 

胸を焦がす煌き

 

未来への輝き

 

出逢いから生まれた夢への道筋

 

一人では踏み出せなかったあの日の一歩

 

仲間と出逢えたから、新しい一歩を踏み出せた

 

そして……

 

これは踏み出す二歩目

 

 

踏み出すには大きな負担を強いることになる。

泥に塗れることになる。

それでも、にこは一つの歴史を築き上げる二歩目を踏み出す決意をした。

 

「英玲奈さん。けーちゃんさんと連絡を取り合って、作詞についてのアドバイスを貰ってもいいかな? 最低限は自分達でするけど、形にならないと歌にすることができないから」

「けーちゃんが反対する筈もない。協力してもらう」

 意外にも早く恋人との共同作業ができることもあり、英玲奈の口元が優しく緩む。

「ありがとう」

 二つの内の一つ目をクリアしてホッと胸を撫で下ろす。だが、これは想定の範囲の結果。英玲奈の加入動機とリンクするものだったから。だが、次は違う。不可能の可能に変えるくらい、努力と無茶が必要になる。

 体の向きを変えて、あんじゅの側面を見つめる形にすると、あんじゅも合わせるように体の向きを変えた。真正面から見つめあうにことあんじゅ。

 普段の愛らしいにことは一変して、その場の全ての視線を奪うような雰囲気を纏う。これは矢澤にこの秘められたカリスマ性の片鱗。何が起こるのかツバサと英玲奈は成り行きを静かに見守る。

 当事者のあんじゅは、にこの真剣な表情に愛が高まる。この瞬間にでも抱擁したくなる衝動という名の愛を、どうにか押さえ込む。

 

「あんじゅちゃん――」

 

 凛々しさと甘えの二律背反の表情が浮かぶ。

 ツバサはそんなにこを見て、まるでブギーポップみたいだと思った。流石に変な泣き声の褌妖精のように、場の空気を壊してしまうので口には出さなかったが。ツバサでも空気は読めるのだ。……べ、別にさっきの友達認定発言が嬉しかったから、だから空気が読めてるってワケじゃないわよ!

 

「――ワガママ言ってもいい?」

 

 あんじゅの胸が締め付けられる。好きな人に頼られるという喜び。炸裂しそうな程高まる愛情。これから先、何度でも頼られたいという欲求が生まれる。だけど、あんじゅの答えは……。

 

「にこさん。もう一度言ってみて」

 

 未来よりも現在。もう一度頼られたいという想いが最優先された。まさかのあんじゅの切り返しに、にこの真剣モードが途切れる。そして、頭が冷静になってしまった。

 考えてもみれば大好きな両親以外にこんなワガママを言うのは初めてで、本当に口にしてしまっても良いのか。だけど、この時を逃せば夢はまた消えてしまう可能性がある。

 こうして仲間ができたのに、遠い地で志を共有してくれる友達がいるのに、それだけは避けなくちゃいけない。だからこそ、あんじゅの協力が必要不可欠。勇気を出せなかった自分を掬い上げてくれたあんじゅ。恩を仇で返すような要求をしなければならない。

 

「にこさん」

 

 優しく囁かれる声にエールを貰い、もう一度口を開いた。

 

「あ、あんじゅちゃん。ワガママ言っても……いい?」

 

 先ほどと違って言葉に戸惑いが生じ、瞳も潤いを見せる。頬は羞恥に染まり、言い終わった口元はもごもごと迷いを噛み締めている。

 

 こ れ は 完全に私を魅了しにきてる!

 

 そんな風にぶっ飛んだ思考に陥りながら、

「その内容は?」

 口では冷静そのものの返事を返した。早く抱きつきたいから、最適な言語を本能が選択したに過ぎない。心は完全ににこの虜。

 

「作詞が終わり次第、一週間以内に作曲を完成させて欲しいの」

 

 ツバサはその言葉を聞いて大きな違和感を感じた。その違和感の正体はにこの無茶過ぎるあんじゅへの要求。どんな無理難題でも、にこから求められたらあんじゅに断るという選択肢はない。

 其れを分かっていながら、こんなことを言い出すなんておかしい。これまでのにこの言動からは考えられない。まだ短い付き合いとはいえ、にこが自分より仲間や未来のスクールアイドルのことを深く思いやる性格なのは、涙を流したくらいに理解している。だからこそ解せない。

 人間とはついつい自分の当たり前を相手も持っていると勘違いしがちである。にこは八割方断られると思いながらも、あんじゅを頼ったのだ。断られない前提で無茶振りをした訳じゃない。

 スクールアイドルを浸透させる為に。みんなで夢を叶える為に。この大切な仲間と歩み続けていたいという気持ちから生まれ出たもの。これは矢澤にこの成長。リーダーの素質に目覚め始めた証。

「私の全てを賭して叶えてみせるわ」

『無理よ!』という否定の言葉をツバサは飲み込んだ。否、そうせざる得なかった。あんじゅ自身と紅いオーラを見て言葉を発せなかったのだ。違和感は拭えないが、こうして契約が成立してしまった以上何を言っても無駄になる。

 そして、にこは更なる暴挙とも言える発言をすることになる。今度はツバサも英玲奈も当事者となる。のだけど、その前に――

 

「あんじゅちゃん! ありがとう」

 

 にこはあんじゅの首に両腕を回してキュッと抱きつくと、喜びを表現するように何度も頬を擦り付け合う。

「に、にっこさん!?」

 今までもにこから手を繋いだり、はいあーんをしたり、頭を撫でたことはある。でも、ここまでのスキンシップは常にあんじゅからだった。妄想の中と違って感じる体温。伝わる吐息。込み上げる悦びと其れすらも上回る羞恥がない交ぜになって溶け合う。

 一方的に愛してるという自覚があるから積極に攻められる。否、攻める以外の方法を知らない。だからここまでのスキンシップをされる想定がない。妄想時はこういう過程を吹っ飛ばしてしまっているので免疫が皆無。

 簡単に言えばあんじゅの顔は朱色に染めり、紅葉する秋の景色のようになっていた。小さくにこの名前を呼ぶその声が裏返ったりしている。あんじゅ恋愛真拳に防御の形無し。

「これも可愛い」

 英玲奈が素直な感想を呟くくらいに、あんじゅは今乙女の顔をしていた。ツバサはいつもの光景程度にしか思っておらず、にこの暴挙を自分なりに解析しているが、答えは出ない。真実はいつも人の数だけ存在する。その答えに辿り着くのは安易ではない。

 だからツバサは思った。少年漫画だけでなく、もっと策略系の作品も読もうと。努力の方向を思い切り間違えている。だけど其れを指摘してくれる存在はいなかった。

 

 にこの喜びが一段落し、あんじゅは夢心地状態になっている。ツバサと英玲奈に対してにこは言う。

「遅くても次の日曜日がくるまでに作詞を終わらせたいんだけど、力を貸してくれる?」

 偽者を疑いたくなる暴挙。ゆっくりでも確実にその一歩を踏み出す。其れが矢澤にこの在り方だと思ってた。なのに今までの全てを壊しつくすような発言。思いつくのはドッペルゲンガー。ちなみにドイツ語である。

 もう一人の自分に会うとそのもう一人の自分に殺される。もしくは存在を消され、ドッペルゲンガーがその人になりきって生きていくとされている。突然性格が変わった時は要注意。嘘か真か目撃例はなくもない。だけどあくまで都市伝説や伝承レベル。

「私は言うまでもなく力を貸すよ。けーちゃんとの連絡は可能な限りつくようにしてもらう。だからアドバイスは任せて」

 にこの今までを知らない英玲奈は何の疑問も持たずに了承した。今までを知っているあんじゅは……完全に愛に溺れて戦力にならない。この謎を解けるのは自分だけしかいない。

 どう切り出せばいいのか言葉が纏まらない。数学で公式を知らずに途中式を完璧に書けと言われるようなものだ。どうしようもない。だからストレートに訊くしかなかった。

「にこさんは何をそんなに焦っているの?」

 言われた張本人は一瞬何を言われたのか分からずに小首を傾げたが、直ぐに納得したように数回頷いた。

「英玲奈さんが加入して学校のサーバーが落ちるくらいにアクセスがあったの。今それくらいスクールアイドルは注目されてる。でも、人の注目度は川の流れのように速いから。この機を逃したら絶対にダメ」

「部室の使用禁止。レッスン室の無期限使用禁止。そんな今だからこそ逆にチャンスなんだよ。何もないからこそ、スクールアイドル初のPVを上げないとダメなの」

 言っている意味が分からなかった。部室が開放されて、レッスン室も使用可能になったという話なら分かる。その逆だからこそってどういう意味なのか。

「作詞は大まかに自分たちだけど、けーちゃんさんのアドバイスがある。衣装は制服で大丈夫。問題は振り付けだけ。これも短期間でどうにかしよう」

 ツバサは余計に混乱する。解決策を思いついてないのに短期間でどうにかするって。本気でドッペルゲンガーに存在を奪われてしまったんじゃないかと心配した。現実に妖怪ポストなんて存在しないから解決のしようがない。

「振り付けなんてまだ入学してまもないから、創作ダンスは全然なのに短期間で完成させるなんて……。作曲もそうだけど無茶苦茶よ。例えできたとしても、逆に恥を掻くだけだわ」

「うん。それでいいにこ!」

「はぁ?」

 思わず間抜けな声が口から抜け出すくらい混乱極まった。だが、そんな中でにこの発言を理解をした人間がいた。

「なるほど。そういうこと」

 統堂英玲奈その人である。だが、其れだけではない。惚けていた所為で遅れを取ったが、

「流石にこさん。私を何度惚れ直させれば気が済むのかしら?」

 あんじゅも理解の意を見せた。またしても一人だけ置いてけぼり。圧倒的策略に憧れながら、常に相手に圧倒的策略をやられる敵キャラみたいだった。今回は知ったかぶりもせずに素直に意図を訊く。

「どういうこと?」

「はぁ~やれやれ。なぜ綺羅星さんがこのメンバーにいるのか本当に不思議だわ」

「二度も同じネタしないで!」

 混乱を解くようなあんじゅの毒舌。お陰で一気に力が抜けてフラットな状態へと戻った。状態異常回復が毒を吐かれることとは流石ツバサである。……って、そんな褒められ方しても嬉しくないわよ!

 

「つまりにこさんは何もないような状態からでもスクールアイドルはできるって証明したいのよ。衣装がないなら制服ですればいい。作詞は下手だって構わない。振り付けだって素人丸出しでいい」

 

「作曲だけは出来る人に頼む他ないけど、他は練習場所も部室もなくても出来るって証明させたいの。一人から始めるスクールアイドルだっているかもしれない。練習場所が学校になく、公園で一人練習することになるかもしれない。仲間が三年間集まらないかもしれない」

 

「それでもスクールアイドルは出来るって伝えたいのよ。何よりもスクールアイドルの真価は他の部活とは違う。三年間という限りがある。大学に入って続けられるものじゃないし、中学の時から部活でやってたなんてことも当然ないわ」

 

「普通の競技が最初から上手い人達の勝負を見せる場であるのなら、スクールアイドルは三年間で成長していくのを魅せる場であってもいい。勿論最初から上手い子達がいたっていいけど、私達始まりが下手であることがスクールアイドルが定着した後に芽吹くのよ」

 

「下手であっても胸を張る。これからの成長で魅せていく。日本人は劣勢の人を応援したがる習性だしね。当然多くの人がアイドルの真似事にしても酷いと見限るでしょう。見る価値に値しないと烙印を押すでしょう」

 

「でも、そうじゃない人もいる。下手でも見ていてくれる人がいる。応援してくれる人がいる。評価してくれる人がいる。勿論、私達が最初に泥を被ることでスクールアイドルの評価が地に着いて芽吹く前に枯れるかもしれない」

 

「そうさせない完璧な二曲目を作って、最高のPVを上げればいい。そして、三曲目、四曲目とその最高を塗り替えていけばいいの。見限った人達が再び注目し、応援してくれるように。歩みを止めなければ絶対に結果を残せると信じて邁進する」

 

「そして卒業する時に気づけばスクールアイドルが話題になるのが当たり前になってるようにすればいいのよ。今を大切にし過ぎて臆病になるのと、未来を大切にするからこそ蛮勇とも見える勇気を踏み出すとどっちがいいかって話。理解したかしら?」

 

 口をぽかんと開けながらツバサはにこを見る。自分より1センチだけ身長が低いにこ。でも、その内に秘める物の器が違う。あの日、自分の考えを否定された時よりずっと強いインパクトを与えられた。

 言うなれば圧倒的策略の対となる存在。成功を収める為に作り上げた鉄骨の上を渡っていくのが圧倒的策略とするのなら、これはガラス。いや、触っただけで切れてしまいそうな糸。そんな糸の上を渡るようなもの。

 UTXの先生達を敵に回すのとはランクが違う。人は一度ダメだと思った物に対して、見限った物に対して、どこまでも冷たくなれる。その評価を覆す? そんなものはただの夢物語でしかない。それこそ零ではない可能性の究極形。

「さぁ、スクールアイドルを始めましょう!」

 逆境こそが燃えるのが少年漫画好きの綺羅ツバサである。目に炎を浮かべ、拳を握ると滾る闘志を纏う。理解が一番遅かったことなんて関係ない。圧倒的策略と正反対だって構わない。改めてにこをリスペクトしながら、困難な道の先にあるラブライブを燃える展開にする為に今を乗り越えるべく立ち向かう!




あんじゅ「第二章・完」
ツバサ「早過ぎるわよ! まだ三話目でしょ! そろそろ週一ペースでいいから復活したいわね」
あんじゅ「あ、そういうことを言ってエタった作品は数知れず。綺羅星さんがフラグを踏んだわね」
ツバサ「フラグじゃないわよ!」
英玲奈「次回ご褒美ラッシュ。最低保障枚数だったらごめん」
ツバサ「何の話!?」

利根川「綺羅ツバサ。お前と契約するのはインキュベーターではない。このワシだ」
ツバサ「利根川先生なんて出てこないわよ!!」

にこ「わけがわからないにこ」


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4.永遠となった学校偶像 ~ツバサは帰らない~

その日のことはハッキリと覚えていて、大人になっても決して忘れることがないだろう。

過去と相対するような感覚と、その後に訪れることになる最低最悪の自己嫌悪。

 

運命と出遭った後に、夢が始まった

 

これは意図せずに恋を司ったとある少女の歴史

 

■『UTXファイア葛藤大会』で一歩を踏み出せなかった理由■

 

「あの、少しお時間よろしいですか?」

 

 顔を上げるとそこに居たのは自信のなさそうな小柄の少女。中学生、或いは小学生と間違えられてもおかしくなさそうだけど、私服でないので当然後輩であるのは分かった。そして、何故見ず知らずの後輩が自分に声を掛けてきたのかの内容も知っている。

 

 入学して間もないというのに、多分二年生の中で一番その名前は知られているだろう。残念ながら良い意味ではなく、悪い意味で。この出会いは出遭いと言い換えられる程に、自分を自己嫌悪の沼に陥られることになる。自業自得であったとはいえ、出遭いだったと呪うことになり……。

 

「何か用?」

 

 内容は聞かずに知っていながらもそう切り返した。万が一にも《噂の矢澤にこ》でない可能性も零ではないから。とはいえ、十中八九そうであると確信している。家庭科部に入部したいような子は部活紹介の前に先輩に会いにくる程の行動力はないだろう。勝手な判断ではあるが確信していた。きっと知らず内に運命を感じていたんだと思う。

 

「私、一年の矢澤にこと言います。スクールアイドルという物を始めようと思いまして、先輩もどうかメンバーに入ってもらえないかと思いまして」

 

 思いましてが連続してる。どうでもいいことを考えながら、胸の中がざわつくのが嫌というほど分かる。目の前にいる幼い顔立ちの少女が悪い訳ではない。

 

「スクールアイドルって何?」

「は、はい。スクールアイドルというのは」

 

説明を始める噂の少女。……この子が悪い訳ではない。だけど、抑えようのない苛立ちが徐々に溢れ出る。黒い感情が自分を支配するのを止められない。何故なら、そこに居たのは一年前に自分が踏み出せなかった一歩を踏み出している、ありえたかもしれない可能性の体現だったから。

 

 長谷部美樹(はせべ みき)。家庭科部の部長。完全寮制のある高校を本命としていた。だけど、受験当日に高熱を出してしまう。諦められず、母が薬を買いにいく間に受験する為に家を抜け出し、どうにか最寄の駅まで辿り着いたところで力尽きて救急車で病院に運ばれた。

 

 散々怒られた後も諦めることはできずに、二次募集を望むも希望は叶わず。演劇部で有名な高校に入ることが出来ず、無理をして熱を長引かせた結果、滑り止めでしかなかった音ノ木坂学院以外に選択肢がなくなった。

 

 音ノ木坂学院は伝統と無駄に広い敷地だけしか誇れる物はなく、生徒数が受験したかった学校に比べるまでもなく少ない。演劇をするには当然ながら数多くの人員が必要とされる。結果を言うまでもなく、音ノ木坂学院には演劇部は存在しなかった。

 

 熱を出した時に無理をしなければ違う学校に入れた筈だ。でも、希望校にどうしても入りたかった。沢山の創作劇をこなすあの学校に入り、色々な衣装を作りたかった。美樹の母は若き頃はコスプレイヤーとして色んな会場に足を運んでいた。

 

 既成のコスプレ衣装は値段が高いから、自作して行くうちにコスプレより衣装作りにのめり込み、結婚後も娘に衣装作りの面白さを骨の髄まで教え込んだ。結果、衣装作りという趣味は演劇という水を得てより一層輝くということを知る。中学では演劇部があったので当然そこでも衣装を主に担当し、自分の衣装が演じた人により光にも闇にも色を変えることに、言葉に出来ない喜びを感じるようになった。

 

 だからこそ、熱すら押しのけて受験を成功させたかった。自分の衣装を着て最高の劇を演じて貰える。言葉にすることすら勿体無い、伝えたくても伝える手段を持たない。あの感覚を存分に味わえる筈だった未来は、そう成り得たという過去の可能性でしかなくなった。

 

 それでも諦めきれずに一年生の一人を除いて勧誘してみた。いくら生徒数が少なくても、男子がいないから大道具が大変であっても、人数さえ集まれば可能だから。絶対数は変わっても、演劇が出来る可能性がなくなった訳じゃない。

 

 でも、誰一人として話に賛同してくれる人はいなかった。そして、最後に勧誘した生徒の正論が一番心にダメージを負った。

 

『演劇がやりたかったなら、もっと生徒数がいる学校受験すればよかったじゃん』

 

 受けられるのなら受けたかった。其れが出来なかったから今こうしているんだと。自業自得だけど、勝手な考えだと分かっていても、その怒りは胸の内で燃え上がった。けれど、夜になるとその怒りは痛みに姿を変えた。現実が底のない絶望をぶつけてきた。怒りで冷静さを失っていたけど、演劇はもう出来ないと悟ったから。

 

 受験もしくは就職を控える三年生が演劇部という、時間を必要とする部に立ち上げから力を貸してくれるとは思えない。ならば二年生を勧誘すればいい。だけど、心がもう一度踏み出すことを恐れた。また傷つくことを拒んだ。

 

 だから、二年生の今部活をしていない生徒数を勝手に考え、その半数以上が入ってくれないと無理だからと……そこで演劇部立ち上げを諦めた。部活動が盛んではないのにも関わらず現実からは目を背けて。

 

 目の前で説明をする少女はありえたかもしれない自分。傷ついても、諦めることをせずに踏み出した姿。だけど、決して其れは自分ではない。何でこう出来なかったのかという悔しさと、よくわからない羞恥心。

 

 ――説明を終えた後輩に美樹は言い放った

 

「アイドルなりたきゃUTX行けばよかったじゃん」

 

 あの日、自分を傷つけた正論。今度は自分が振るう番だと言わんばかりに正論を続けた。人生で至上最低だと自分を呪いながら、言葉を遮ることが出来なかった。自分の後悔と無念と諦めたくなかった心を呪詛にして吐露するように。

 

 全てを出し切った後、後輩の少女は、

 

「そうですよね。ごめんなさい」

 

 何一つ悪くないのにそう謝った。

 

 謝罪すべきは自分であり、行動力を称えることはあっても傷つけられる謂れなんてない。だけど、向けられた小さな背中に掛けられる言葉は何一つなかった。傷つけた癖に、まるで自分が被害者のように傷む胸が酷く気持ち悪かった。

 

 数日が経っても気持ちが晴れることはなく、演劇部がないのならと入った家庭科部。活動自体緩やかで、ただおしゃべりに来てる先輩たちが基本。そこで三年生にも勧誘を続けていたことを知り、胸の痛みが増した。

 

 自分への自己嫌悪が止まらない。

 

 自分だけで完結することのできない感情がもどかしてく堪らない。

 

 だからといって謝りに行くことが出来ない。だけど行動力が沸いてこない。この一年で失くしてしまったから。最良を求めるのではなく、妥協して今をただ過ごす。変わり映えのない日常は傷つくことがないから。

 

 その日常を自分の悪意で終わらせて、その悪意が毒となり心を蝕んでいる。自業自得。人を呪わば穴二つ。

 

 何か切っ掛けが欲しい。この苦しさから抜け出せる切っ掛けが……。

 

 救いなんてない。幸せは一瞬なのに、絶望は永遠。そんな世界の中で、その一瞬を求めてしまう。相手に詫びる気持ちよりも、苦しみにのた打ち回る自分を救いたい。お釈迦様でも垂らした糸を切るのに、こんな自分を救ってくれる人なんて居ない。

 

 その筈だった。でも、救いの手が憧れの人から与えられた。

 

 奇跡の統堂のスキャンダル。昼休みに男子生徒に告白して抱きついた。嘘と偽り悪意が錯綜するネットの中で、其れが真実であったことが夜になって本人のブログで公開された。その中でモデルを辞める旨とスクールアイドルを始めるということ。そして、応援してくれた人への謝罪で締められていた。

 

 ありえない確立のことを人は何と呼ぶのか。偶然と必然という言葉だけでは足りないことを何と呼ぶのか。

 

 其れを人は運命と呼ぶんだと思う。漢字にすれば同じ二文字。だけど重みが違う。だからこそこんな素敵な言葉が生まれたんだ。なんて思いながらも、言葉が作られた順番を調べた訳じゃない。もしかしたら運命が先かもしれない。でも、今はそんな真理は必要ない。自分がそう思うなら其れでいい。

 

 また踏み出せない臆病な自分を押し出す。その切っ掛けがあればいいんだ。これはやり直す為の一歩。演劇部ではない。でも、自分のルーツは母のコスプレが原点。故にアイドル衣装――ううん、スクールアイドル衣装の方が似合っているのかもしれない。

 

 去年踏み出せなかった自分を擁護するのなら、演劇部立ち上げなかったからこそ全力で力を添えることが出来る。許されるなんて都合の良い未来が待っているなんて決まってない。許されない方が確率的に高い。

 

 許されない? だからどうしたというのだ!

 

 受験の失敗。演劇部発足の失敗。煮え切らない日々を過ごしてきた。短期間ではあるがあの出遭いから毒されたように苦しんできた。……全然自分らしくなかった。一体何をやってきたんだろう? 自分らしさを無くした人生なんて何の意味があるというのか。まるで憑き物が落ちたようにスッキリとした。

 

 何でこんなにも回り道をしていたのか。どうしてあんな酷いことをしてしまったのか。スッキリとしながらも当然悔いは残る。きっと許されるなんて奇跡が訪れても消えはしないだろう。これは長く続く人生で簡単に消してはいけない私の傷だ。

 

 スクールアイドルを誘われた時は毒で返してしまった。だからどういう内容なのか調べていなかった。力を貸すべき今、きちんと調べないといけない。滑り止めでしかなかったから、初めて自分の学院のHPを開く…………否、開けなかった。

 

 読み込みが遅いなんて物じゃなかった。クラッカーによる集中攻撃でもされているのかと心配するくらいに遅い。なんでかと思ったけど、直ぐに納得する。奇跡の統堂のブログ。見た者がスクールアイドルを検索して、学院のHPにアクセスしているのだろう。

 

 物凄くじれったい。だけど彼女に正論という毒を吐き続けた時間に比べたら、こんな待ち時間なんて何でもない。長い時間待たされた先に待っていたスクールアイドルの概要。創生者だからこそ他校と組めるという豪胆さ。諦めないという意志が導いたこの集中的アクセス。

 

 誰もその差し伸べた手を取り、メンバーになることはなかった。其れでもこんなにも爆発的に広めることをしてみせた。素晴らしいとしか言えない。行動することが未来を掴む。尤も、熱に犯されながら無茶して病院に運ばれるようなことは、行動ではなくただの馬鹿だけど。

 

 あの時、心に闇を抱え、刃を持っていた私の目は完全に曇っていた。矢澤にこの写真を見た時、グッと胸を掴まれた。統堂英玲奈のような特別な容姿を持っている訳じゃない。何が優れているなんて言葉には出来ない。だけど、創作意欲が湧き上がる何かを持っている。

 

 明日行動を起こしてどんな結末が待っているかは分からない。でも、確かに言えることがある。踏み直した一歩は今まで踏み出した何よりも価値のある一歩となることだろう。心の傷は痛むけど、それ以上に心が高鳴る。この鼓動は始まりの福音。

 

 至上最悪の出遭いが最高の出会いへと姿を変える

 

 運命の輪は大きく大きく広がり、みんなの夢へと姿を変えて、幸せという色に未来を染め上げていく

 

 

 後にツバサは綺麗な顔をしてこう言うのだ

『人の出会いっていうのは、運命で決められてるのかもしれないわね』

 

ちなみに美樹は興奮して眠れず、にこ不在の教室に乗り込んだのはお昼休みになってからだった……。

 

 

◆音ノ木坂学園 放課後の生徒会室◆

「凄かったわね」

 主語を抜いても何を指しているのかがハッキリと分かる。

「衣装作りが趣味とはいえ、中学のときは演劇部でしたから。演じる側もこなしてきました。だからきちんと腹式呼吸ができます」

 お昼休みにあった矢澤さん事件。二年生が一年生の教室に入るなりただ大声で叫んだだけ。其れだけで事件扱いなのが、如何に音ノ木坂が平和なのかが窺える。そして、これが静かに終わりを迎えるだけだった学園の二人目の産声。

「どんな子なの?」

「矢澤さんのように他校に乗り込む程ではありませんでしたが、中学の時は凄く行動力がありました。だけど去年の春、演劇部を作る為に私以外の一年生を勧誘して失敗。それから失速してしまいました」

「どうして零ちゃんの友達なのに勧誘しなかったの? 私なら真っ先に勧誘するけど」

 立ち上げたばかりで一人しかいないより、二人いる同好会の方がまだ入り易い。もし自分に合わなくても勧誘した人以外いるなら辞め易いから。

「彼女の性格ですかね。意地っ張りな部分もあるので。それに私は体力がある方ではないですし、演技力もないですから」

 一度は言葉を区切り、間を空けてから静かに口にする。

 

「それでも勧誘されたら入っていました」

 

 まるで過去の自分に言い聞かせるように。訪れなかった可能性に少し未練が漂う。

「だから矢澤さんの時に零ちゃんがあんなに乗り気だったのね」

「はい。あの時……力に成れなかった後悔をやり直すという訳ではないですけど」

 だけど、零華の罪悪感に似た感情が軽減されたのは確か。決して代わりにはなれないけれど、過去を今に塗り替えることは出来る。美樹が再び立ち上がるのなら、同じ部員としてではなく生徒会として力に成ればいい。頼られないのなら、自分から手を差し伸べればいい。

「部員としては力に成れなくても、今度は生徒会として力になってあげればいいのよ」

「ふふっ」

 思わず零華は笑ってしまった。考えが似ている。以前も自分がにこに語ったことを、二人になった時に会長に言われたことがあった。似ているというか、自分が会長に寄っていったというのが正しい。だから似てしまうのだろう。

「本当に音ノ木坂が活性化していく気配がするわ。矢澤さんという音が他の生徒に、校舎に、長い階段を伝ってこの街へ響いていく。素敵ね」

「恥ずかしいことを言いますね」

「いいじゃない。三年生は一番現実と向き合わなくちゃいけないんだもの。ロマンチックくらいが丁度良いのよ」

 まるで歌うかのように言葉が弾む。こういうところは似ることはないなと思いながら、心は弾んでいる。

「明後日には入場許可を得て、来週には授業の日程を本格的に決められるくらいにしないとね。冒険した後は宝物というご褒美がないと」

「そうですね」

 生徒会とは日の目を見る機会より下準備ばかり。宝物のようなご褒美なんて全然ありはしない。だけど、矢澤にこという音に乗って、この学園が一つの歌になってこの街に響き渡るのなら、それ以上の宝物なんてない。忘れてしまうような作業の一つひとつが意味があったんだと未来の自分に笑顔を見せられる。

「明後日が彼女にとってやり直しの一歩になるといいわね」

「はい。矢澤さんが目指す道という起爆剤を得た彼女がどんな反応をするのか……一段落が訪れなくなりそうで少し怖いです」

 だけどその顔には恐怖なんて微塵もなく、これから訪れる楽しみに彩られていた。




ツバサ「そういえば以前私こんな経験をしてね」
あんじゅ「綺羅星さんの歴史は綺羅星さんにとって人生なのかもしれないけど、私にとっては雑音でしかないわ」
ツバサ「何よその切り返し――」
にこ「あんじゅちゃん!」
ツバサ「――格好良いわね」
にこ「ツバサさん!?」
英玲奈(自然とショートコントみたいな流れになる三人。微笑ましい)

[現在の身長]
英玲奈 160cm
あんじゅ 158cm

[身長がもう伸びないことを私達はまだ知らない]
ツバサ 147cm
にこ 146cm


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5.わたモテが面白すぎて凍結していたのはニコが悪い。(敬称略)

◇にこの部屋◇

 昔、といっても幼稚園の年少組の頃の話。ツバサは女の子であったが、夕方のヒーローに強い憧れを抱いた。一度は窮地に立たされるも、仲間の支援によって勇気を与えられ、基本的には拳一つで大逆転。

 時には勇士と力を合わせた攻撃を繰り出したりもする。幼いながらもヒーローという生き様を心に焼き付けた。強さだけじゃない。時にはライバルの窮地を救う心の広さも持ち合わせている。初めて見た時は言葉に出来ない驚きがあった。

 だって、いつも皆に迷惑掛けているライバルを助けるのが理解不能だったから。今ならその熱さが十二分に理解出来るけど、あの頃の自分に理解しろというのが無理な話。だけど、強く胸を熱くさせたのを今も覚えている。そして、其れ以上の衝撃と興奮が待ち受けていた。

 言わずもがなだけど、大いなる敵に対してヒーローとライバルが共闘する姿。いつもはお互いに戦う仲でありながら力を貸し合うことが出来る。これが綺羅ツバサを少年誌好きにするルーツ。

 父親の少年漫画やレトロゲームを嗜むようになり、バスケ漫画を一番に影響を受けてバスケットをしていたが、背が伸びなかったこともあり、今は立派な中二病の勇者である。ちなみに小学生に上がる頃にはヒーローからライバルの方に鞍替えしていたことだけど、其れはまた別のお話。

 ツバサは静かに考える。自分とにこの心の在り方。その器の違い。どれ程考え方を真似ようとも、偽者は本物に成ることは出来ない。模写した絵が本物を超えることが不可能のように、忍術で相手の火竜を真似ようと、新しい火竜を出されては太刀打ち出来なかったように……。

 そもそも同じになる必要なんてない。同じ力を持った者が集まっても面白みがないし、効果を重複するとも思えない。個性こそが力。一番大切なのは志。目標とする地が同じであるのならば、そこへたどり着く道が異なっていても構わない。

 邪道ではなく一緒の正義を貫くと過去に口にしたけど、間違いなのかもしれない。矢澤にこは夏を彩る熱き太陽。誰もが憧れ、一度は手を伸ばすような存在。だけど、正義にとって悪は必要不可欠。太陽があるのならば月もまた必要となる。

 

 自分が目指すべきは夜。静かなる闇《夜》を淡く照らす《月》の《神》になるべきなのだ。キラなだけに!

 

 決めるべきは覚悟。邪道と呼ばれ泥水を掛けられてでも、自分を貫く勇気が必要。先程のにこの覚悟を見て、泥を被る勇気を持てないなんてありえない。邪道という泥水の中で、もがき続けながらも皆と同じ場所に辿り着いてみせる。

 UTXの短い歴史の中で一番優しい生徒会長。ならばその隙を突く。許容されうるであろう限界まで邪道を行って、正道では出来ないことをしてスクールアイドルを広めてみせる。勿論、広まった後ならばその行いも正道と呼ばれるような物でなければならない。

 制限の掛かった邪道は普通の物より厳しい。特に自分は他の三人に比べて知恵や発想力に乏しい。今回の一軒で行動力も劣っていることも分かった。勝ってる部分なんてほとんどない。でも、逆に言えば今は膝を曲げた状態とも言える。高く高くこの空を舞うには大きな助走が必要。そして、その助走の最後は力いっぱい膝を曲げて大地を蹴り出す必要がある。

 だから今はその飛び出す前の待機期間。力を溜めている状態。空を越えて宇宙にまで届いてしまうくらいの力を蓄えられる瞬間。今なら何だって言える。どんなことだって起こりえるかもしれない可能性の中にいるのだから。

 人と違うからと臆する暇があるのならば、人に疎まれてでも行動する。矢澤にこの秘めたるカリスマ性が世を圧すると信じて。優木あんじゅの何を引き出してくるか分からないパンドラの箱のような魅力を信じて。統堂英玲奈のモデル時代に培った全てを覆す更なる成長性を信じて。

 どんな未来が待ち受けてでもめげない。零ではない可能性を信じるというのはとても困難で、だからこそどんな現実でも受け入れる。強大であればあるほど経験値を得ると信じて。そう……信じていた。あんなことが起きるまで。

 

【終わりのない夏休み・綺羅ツバサ編 突入 ※R-25】

 

 「はぁ~ん! にこさんの匂い。スンスン」

 

 勿論検索してはいけないような物語に突入する前に、ツバサの現実逃避は終わりを告げた。のだけど、あんじゅの変態は終わっていなかった。許可は取ったとはいえ、本人目の前でベッドにうつ伏せになりながら匂いを嗅ぐのは流石に……。

 にこはまだあんじゅへの耐久があるし、今までが今までだから大丈夫だろうけど、問題は新メンバーである英玲奈だ。昼食まで喫茶店で自分達の過去話をして信頼を深めたとはいえ、こんな変態図を見せたら脱却の危機である。

 モデルを辞めてでもスクールアイドルになってくれると、メンバーに入ると、そう言ってくれたのに。数時間後にメンバーが変態的過ぎて辞めるなんてなった日には、悲劇にも喜劇にもなれない物語になってしまう。

 恐る恐る英玲奈の顔を盗み見る。そこにあったのは軽蔑や呆れ顔ではなく、慈愛に満ち溢れた穏やかな微笑み。マリアさまと書いておかあさんとルビを振ってしまいたくなるような光景。統堂英玲奈で検索した時にヒットした画像には一枚もなかったそんな慈母に溢れる表情。

 恋をすると人は変わると言うけど、恋が実ったらやはり人は変わるのかもしれない。

 いい変化なのだろうけど、こんなことで其れを知るのもなんか無性に悲しい気分になった。現実逃避に今度は喫茶店での出来事を思い出す。

 

 

◆喫茶店◆

「そういえば、にこさんのお母さんに謝るのなら私も一緒に行きたいんだけど」

 空気を読まないツバサの発言があんじゅの逆鱗に触れた。GWの映画の時と同じ過ち。ツバサとて疎外感から言ったのではなく、責任を感じての発言だったのだが、そんなことは関係ない。オーラが見える人間がいたら恐怖に慄いただろう地獄の業火を纏いしヤンデレ姫。

「あら? 今綺羅星さんはおかしなことを言ったわね。生きたいと言いながら地獄に落ちたいと願うなんて」

 人の恋路を~というお約束の返しがなかった時点であんじゅの怒りを踏み抜いている。そう察したツバサではあるが、ここを引くわけにはいかない。にこ自らが英玲奈勧誘の場に参加を希望したとはいえ、そうさせてしまったのは策を思いつけなかった自分が原因だ。誰にも期待されてなかったかもしれないが、自分がそう出来れば全て丸く収まっていた。

 そう思ってしまったからには引けない。引く足を地雷という名の怒りのグレイモアに吹き飛ばされて引けない訳じゃない。若干与えられるあんじゅさんの本物の殺気(?)に足が震えているのは内緒なんだから!

「ここが法廷なら裁判官は綺羅星さんにこう仰られるでしょうね」

 

『汝、今ここで極刑に処す』

 

「裁判官自らが処刑人になってるじゃないの!」

「其れが嫌なら大人しく家に帰り、膝でも抱えてケチャでも口ずさんでいるのがお似合いだわ」

 

 まるで冗談を言っているように傍から聞こえるように偽装しながらも、その声に乗る確かな色が狂気であり、確実な攻撃性のある凶器でもある。あんじゅが一言を喋る度に、ツバサの心のHPがガリガリと削られていく。ステータスは大恐慌。相手の攻撃を避けられず、必ずクリティカルダメージを受ける状態。

 だけど勇者はどんな強敵にも逃げたりしない。膝を着いても心は絶対に屈しない。武器を失っても諦めない。だから今も立ち向かう。例え相手が仲間であっても。否、対等の仲間だからこそ引くわけにはいかない。

「謝罪すると共に少しでも作詞を進めましょう。にこさんが言ったとおり、この罰こそを未曾有の好機とするべきでしょい」

 恐怖の余りに最後に噛む辺りが勇者レベルの低さが伺える。

「英玲奈さんの彼を同じ場に招かず作詞するのに対し、自分だけは同じ場で作詞をしたいと。随分と自分勝手な言い分ね。しかも、スクールアイドルの活動を人質に使うとか最低ね。そんな人だと思っていたけど……貴方は最低よ!」

 あたかも其れが世界の事実だと告げるように力強く。頬を叩かれたかのような衝撃がツバサを襲う。この時、どこかで努力家の中学生剣道少女がくしゃみをしていた。

「さ、最低ってことはここからどこまでも飛べるということよね。高く高くこの空の向こうまで。其処にはある。果てしないスクールアイドルロードが。私には見えるわ」

 ピンチの時にライバルに言われた言葉を、後に主人公がライバルのピンチの時にアレンジして返すのって素敵よね。なんて現実逃避しているツバサ。

 

「勝手に勘違いしているようだけど、最低ってことはその先には絶望の生と、その末に待ち受けている死しかないってことよ。

 

――いっぺん 死んでみる?」

 

『人間一度しか死ねないわよ!』

 なんて安易な返しすら出来なかった。

 背筋に氷水を垂らされたようなゾクっとする感覚。耳鳴りすらするかのような感覚。真の無重力の闇に突然投げ捨てられたかのような感覚。これが正真正銘の間違いない殺意の感覚。恐怖の余り感覚を連呼しながら、流石に直球で投げられた死という言葉ににこの擁護を待つ。

 だけど、にこはあんじゅの家で遊んだ時に元ネタの映画を観たのでスルー。いつもの言葉のじゃれ合いだと思ってしまった。事情を知らないツバサにとっては孤立無援。実は嫌われているんじゃないかと心配してしまう。そんな無駄な心配の中、救いの手が差し伸ばされる。

 

「今回の件は全て私の所為だから。私も是非謝罪させて欲しい」

 

 確かなる決意と詫びる心を秘めた英玲奈の言葉。その覚悟を静かに飲み込むと、あんじゅは一度頷いた。

 

「にこさん。英玲奈さんも一緒でいいかしら? これからスクールアイドルを始めるのに、心のしこりを残しておくのはよくないわ。あ、ちなみに私の父は忙しいし、母は理解力があるから大丈夫よ」

「うん、それはいいんだけど。別に謝る必要なんてないから」

「いや、これはモデルだった私の最後のケジメ。新しく始める為には絶対に必要なことだから」

 英玲奈の譲れない想いを感じ取り、にこは素直に受け入れることにした。相手の気持ちをないがしろにする遠慮はしちゃいけないから。そんな中、蛇に睨まれた蛙状態だったツバサの思考も復帰する。自分とは明らかに違うあんじゅの反応。友達と言われて間もないのに明らかな差異。

「あんじゅさん。どうして私をナチュラルに外すのかしら?」

「えっと……自首するのならお早めにした方がいいわよ?」

「何の罪よ!?」

 先ほどの殺気が嘘のように普通に戻るあんじゅ。ヤンデレの恐怖を身を持って感じながら、話を戻した。

「私も絶対ににこさんの家に行くからね!」

「ストーカーは立派な犯罪よ」

「ヤンデレのあんじゅさんに言われたくないわよ!!」

 

 

◇にこの部屋◇

 何だかんだありながらもこうしてにこの家に来てたんだけど、肝心の母が買い物に出掛けていて不在。そんな訳でにこの部屋にて待つことになったのだけど、問題は直ぐに起きた。あんじゅが目を爛々と輝かせて、

「にこさんにこさん。ベッドに横になってもいいかしら?」

 これ以上ないくらい期待の眼差しでにこを見つめた。

「制服皺になっちゃうよ?」

 にこは部屋に案内した後、部屋着に着替えたがあんじゅ達は制服のまま。

「大丈夫。クリーニングに出すから!」

「だったらベッド使ってもいいよ。ツバサさんと英玲奈さんはクッションに座ってね」

 そして、あんじゅの変態が始まった。

「にこさんの始まりと終わりを司るベッド。……はぁ~。にこさんの匂いがするわ」

 詩人のようでただの変態発言に、幸せのため息。そして、変態発言。あんじゅに対してもう引くことはないと思っていたツバサだけど、これにはドン引きだった。そして始まる現実逃避。冒頭の流れを経て、物語は現在へと戻る。

「うふふふ。あぁ……にこさんの枕」

「枕は駄目。洗ってるとはいえ、涎とか染み込んでるかもしれないから」

 その発言はあんじゅにとって目から鱗。ミッシングリンクに辿り着いた探偵のような高揚感。今以上に頬を赤らめながら愛を求める。

「にこさんの枕が欲しい」

「だ~め!」

 残念というか当然ながら拒絶。あんじゅの欲望は遮断された。

「にこの膝で我慢するにこ」

だけど、代替案と言わんばかりにベッドの上に正座すると、膝枕を提案する。

「っ!?」

 今日は本当にどうしてこんなに甘く優しいのか。理由は全く分からないけど、最上の日であるのは確かだ。うつ伏せから仰向けになると、遠慮なく頭を乗せる。そんなあんじゅの髪を撫ぜながら笑みを見せるにこ。完全に二人の世界。

 ツバサは戦慄にも似た衝撃を受ける。大きいとは思っていたけど、にこの器の大きさが自分の想像を超えている。現実の重さがまるで違う。自分のベッドの匂いを嗅いでた相手に、こんな風に優しく出来るとか。

 勢いで邪道を歩むとか思っていたが、もっと断固足る決意が必要なのかもしれない。例え自分が退場することになったとしても、ラブライブ開催が行われる夢を現実にする為に。

 

「……」

 

 夢とは成長と共に形を変え、大人に近づくに消えていく。経験を積めば積むほど、現実が大きな脅威を知ることになるから。だけど、矢澤にこは中学三年間を賭して夢を形にし、今その夢を叶えるべく現実に立ち向かっている。

 だからこそ、安易な退場などありない。其れはにこの夢に泥を塗る行為でしかない。そして、今の覚悟では重さがまだまだ足りない。どれくらい自分の中の想いを強く出来るのか。どれ程多くの経験を積めるのか。……本当に自分は未熟だ。

 変態ヤンデレあんじゅを見て決意するような内容では到底ないのだけど、ツバサは深く想いを改めた。そんなツバサを嘲笑うかのように、今度はあんじゅが驚きの発言を繰り出す。

 

 にこが紡いだ運命の糸で、あんじゅが大きな輪を作り出す

 

 乙女たちは、導かれるように出会い、つながっていく――




加藤さん×もこっち…………かゆ……うま


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6.青春中二野郎はスクールアイドルの夢を見ない

◇呼び方◇ ――にこの部屋

 ツバサが一人シリアスな思考に陥っていた時、英玲奈はにことあんじゅのやり取りを見て、自分もしたいしされたいなと乙女チックなことを考えていた。自分のせいで失われた時間を少しでも早く取り戻したい。だからこそ、あんじゅの甘えっぷりは参考になる。

 

 もし其れを口に出されていたのなら、縮地の速さで『あんじゅさんを参考にするとか、普通の人相手だと嫌われてもおかしくないからやめた方がいいわ!!』と教えてくれただろう。残念なことに口にしていないので止めようがない。

「あぁ~この幸せのまま、時が永遠になればいいのに」

 冗談でもなく本気でそう思うあんじゅに対し、

「永遠なんかじゃ物足りないくらい、幸せな未来を作っていけばいいんだよ」

 停滞することがないからこそ、より最高に成れるとにこが導く。その一言ひとつとっても、あんじゅのにこへの想いは一層愛を増す。

「確かにそうだわ。私のにこさんへの愛は永遠なんかじゃ抑えきれない!」

「あはは」

 変な切り替えしに笑いながら、よしよしと穏やかな手つきで頭を撫ぜる。優しく静かな時間が十分程過ぎ、そんな中でツバサが思考を切り替えて口を開いた。

「これからのことなんだけど、勢いだけだと失敗するかもしれない。だからこそもう少し具体的なことを詰めていきましょうか」

 にこの提案というか考えが最高の物だったのは認める。だからこそ、スクールアイドルが芽吹かないで枯れてしまう未来。その可能性を残したくない。作曲は普通なら無理だけど、あんじゅならどうにかするんじゃないかという気がしてきた。

 

 だから残るは振り付け問題。今回はいい。下手だからこそ意味を成すから。問題は次のPVから。完璧になる必要はないけど、常にその時の最高を更新し続けなければいけない。優勝や金賞のような目に見える結果がないからこそ、ドッグファイトのような時間が延々と続くことになる。

 

 気を張り詰め続ければいつか破裂する。だけど、油断すればスクールアイドルに期待してくれていた人達にすら見限られるかもしれない。恐怖と不安の板ばさみ。でも、緊張と同じように、そんな状態を楽しめるようになれば自然と未来は確定する筈だ。想い描いた明日が、昨日に成りえる。

「綺羅星さんをメンバーから排除するかどうか、よね?」

 ツバサのシリアスに感染するかのように、重い言葉で返したあんじゅ。

「違うわよ!」

「考えたの。顧問はいないし、マネージャーという存在になってもらえればいいんじゃないかしら? そうすればスクールアイドルが健全で安心だと思ってもらえるし」

「何その私が不健全な上に不安な存在だと思われる前提の提案!?」

 さっきまでの優しい時間が嘘だったかのような毒に突っ込みを入れながら、隣で笑っている英玲奈を横目で睨む。にこはにこでいつものやり取りに笑顔を浮かべている。自分の居場所があるって素敵なことだけど、この立ち位置はおかしいと思う! なんて思いながらも、嫌いじゃないツバサ。

「何を今更。綺羅星さんは男なのに女子高に通ってる時点で危険極まりない。スクールアイドルと混ぜるの禁止って書かれてるじゃない」

「書いてないし、仮に男だったとしても騙し続けられてこそのスクールアイドルなんじゃないかしら!」

 男ネタを否定せずに敢えて乗ってみることにした。初めての試みにあんじゅの反応が気になる。心拍数が上がり、心が猛毒に対するコーティング加工を始める。神を生贄にして自分の信じたモンスターを召喚した時のような心境。

「…………。それもそうね。バレなければ問題ないわ」

 覚悟していた攻撃的な切り替えしはなく、初めて自分の言った事が受け入れられた。あんじゅの男ネタに初めて勝利した気がして、胸の奥から喜びが溢れ出て――そこで気づく。

「仮にって言ったじゃない。私は女の子!」

 勝利どころか完全無欠の敗北でしかなかった。男ネタを上手く切り返せる攻略サイトってないものなのか。考えるのは楽しいが、一度くらい本物の勝利を手にしたい。勝ったことがあるということが、いつか大きな財産になるとか言いたい。

「というか、最近私のこと名前で呼ぶ回数が減り続けてる気がするんだけど。私綺羅ツバサであって、本名が綺羅星じゃないわよ」

 男ネタだけに目がいっていたが、綺羅星と呼ぶのが普通になっていた。寧ろ本名の方がレアになっている。

「スクールアイドルなんだし、蔑称があった方がいいじゃない」

「言葉じゃ分からないけど、今の『べっしょう』って部分が別称じゃなくて蔑称だった気がするんだけど」

「蔑称が蔑称って、何を言ってるのか理解不能なのだけど」

 攻撃しながら他の人に伝わらないように擬態させる。とある爆弾使いの見えない爆弾を思い出した。つまりどう足掻いても勝てない運命!? そうだとしても諦める訳にはいかない。

「別称が必要だとしても、普段から頻繁に使う必要はないと思うのよ。いつか行うであろうライブが近くなったら使うようにするとか」

 変化球。にこや英玲奈も自分を綺羅星と呼び始めることになるかもしれないが、それは一時的なもの。スクールアイドルとしてあだ名があるのはいいことだと思うし。

「え、でも。ライブが決まった時にはもう、綺羅星さんは既に……」

「何その縁起でもない反応!?」

「悲しい事件だったわね」

「何らかの惨劇が確定してるみたいな言い方はやめて!」

 二人のやり取りがひと段落したのを見計らって英玲奈が疑問を問う。

「呼び方で思い出したんだけど、けーちゃんのことを普通に呼ばないのは何故だろうか?」

 にこはけーちゃんさんと呼び、あんじゅは英玲奈さんの彼氏もしくは○○な彼等。ツバサはけーちゃん君と呼んでいた。喫茶店で思い出話を語ってる時にフルネームは教えている。

「本人を前にしてないとはいえ、男の子を普通に呼ぶのって恥ずかしいじゃない?」

 男扱いされるが、あんじゅよりずっと乙女チックなツバサ。名前を呼ぶ自分を想像したのか、その頬に朱色の線が引かれている。もこっちが居たら思わず『ほ…ほ…ほモぉぉぉ』と鳴いていたかもしれない。

「英玲奈さん。絶対に彼と綺羅星さんを会わせない方がいいわ。同性愛者みたいだから」

「世界が崩壊したってあんじゅさんに言われたくない台詞よ!!」

「さっきから五月蝿すぎよ。蝿じゃないんだから、にこさんの部屋で騒がないでくれるかしら?」

 誰の所為でと思いながらも、確かに煩かったと猛省するツバサ。でも何で蝿なのかと頭を捻る。先ほどと同じ変換ネタだったが、残念ながら拾うことが出来なかった。

「私は話したとおり、UTXに入るまでは幼稚舎から一貫性の女学院だったから。異性を個別名で呼ぶ習慣がなくて」

 暗に男を名前で呼びたくないのが伝わる言い方。男性嫌いな訳でなく、僅かでもにこに誤解を生む可能性を潰したいヤンデレ心。

「えっとにこはね」

 何故か一旦言葉を区切り、あんじゅの頬をふにふにと弄ってから、

「名前で呼んでるとあんじゅちゃんが嫉妬しちゃうから」

「そんなこと――」

 反射的に切り返しながら脳裏に浮かぶのは黒い感情の積もっていく自分の姿。

「――やぁん! 流石にこさん。私以上に私を理解してくれてるのね」

 うふふと笑いながらにこの太ももに後頭部を擦り付ける。くすぐったそうにしながら、あんじゅの乱れる髪を掬う。微笑ましいやり取りだけど、其れって傷害事件の種を取り除いたって意味でもあるんじゃ? と、捻くれた回答をしてしまう辺りが、ツバサの乙女に成りきれない残念なところ。

「……」

 英玲奈は個性的な回答に笑みを深める。スクールアイドルとは思春期の変身願望を表せる物であり、個性の主張でもある。けーちゃんと出逢えたから今の自分がある。もし逢えてなければ皆に馴染めず、輪に入ることは絶対に出来なかった。

 

 そんな風な子が変われるような切っ掛けの一つになればいいな。英玲奈がスクールアイドルになって目指す道が見えてきた。モデルの時とは違う。ただ自分の役割をこなすだけじゃない。けーちゃんと一緒に作業できることを喜ぶだけじゃ駄目。信念を持とうと自分に言い聞かせる。

 

 そして、モデル時代が決して過ちなだけじゃなかったと胸を張れるように。自分の経験を活かせられるように。自分に出来ることがあれば進んでやろう。

「私は今大変気分がいいからさっきの答えをあげるわ。綺羅星さんと呼ぶ一番の理由」

「え、何か普通の理由があったの?」

 敗北感を味わうだけで終了していたが、何かしら理由があったようで驚きを隠せない。ただ生理的に名前で呼びたくないから……だろうか? 冷静にそんな悲しい事を考えてしまう。だが、あんじゅから出たのは意外にもシンプルな物だった。

「ツバサさんだとさが続くから呼び難いのよ」

 一瞬呆けてしまうくらい本当にシンプルな答え。お前は俺を怒らせたくらいシンプル。

「あっ!?」

 おまけににこの追撃。瞬時ににこの顔を見ると、焦りが浮かんでいる。咄嗟に『それ分かる!』と同意してしまいそうになったのを誤魔化そうとする焦り。ツバサと目が合うとにこは嘘を口にする。

「ち、違うよ? オトノキで見かけた猫を思い出して」

「どうしてこのタイミングで学校で見かけた猫のこと思い出したの!?」

 自分の為の嘘だと分かっていながらも、ツッコミ癖が発動してしまう。にこの申し訳なさそうな顔に逆にダメージを受ける。召喚したモンスターが本当にいるのなら、自分を攻撃させてライフを0にしたいくらいの反省。

「にこさんの慈愛に満ちた優しさを無碍にするとか地獄すら生温いわね!」

 そんなモンスターがいなくても、ヤンデレという超究極のボスにオーバーキルされるのにそう時間は掛からなかった。放送事故レベルなのでここで一旦CM。

 

 

■穢れ発動で信号機が出てきた時の余計穢れる心の在り方■

ピアニストの幼馴染の手の怪我を治すには莫大のお金が掛かる

そう知ったさやかは借金を背負い、宮部伊グループの会長

宮部伊 悪尾(きゅうべい あくお)に麻雀勝負を挑む

普通のルールではない宮部伊麻雀に成すすべなく敗退し、飼われの身になったさやか

 

そんなさやかを救う為、杏子は師であるマミと宮部伊へ戦いを挑む

 

誰かの為に戦うなんて馬鹿げてる

そう言い続けてきた杏子の信念は、さやかを救いたいという願いに姿を変える

 

「……マミ。やっと見つけた。私の死に場所」

 

心の奥底で死を望んでいた少女が決める、最強の一手

 

死すら恐れないどうしようもない奴隷だからこそ、会長を討つ!

 

 

◇黄昏の二人◇ ――帰路

 夕陽が空を染め上げ、赤く紅く街を彩るそんな時刻。ツバサと英玲奈はにこの家を後にして、途中までは道が同じなので一緒に帰っていた。あんじゅ不在なのは、にこが話があるということで先に帰っててと言われたから。

 

 二人に言葉はなく、されど苦痛という訳ではない。お互いに物思いに耽っているだけ。英玲奈はにこの妹であるここあとこころの可愛さを思い出してた。小さくて一生懸命で元気いっぱい。最初から物怖じせずにいたここあ。最初の少しだけ不安そうにしてたけど、直ぐに変わらぬ元気を見せ、妹のここあにお姉ちゃんしてたこころ。

 

 英玲奈の中の天使というイメージがバッチリと当て嵌まるような愛らしさ。いつかけーちゃんと結婚したらあんな風な子を産みたい。なんて少し気が早いが、そんな想いを強める。でも、やんちゃで少し手を焼くような男の子でもいいかも。でも、けーちゃんに似た優しい男の子もいいかも知れない。知らず内に頬が緩み、夕焼け色に染めていた。

 

 ツバサは思う。スクールアイドルは今現在五人いるけど、その中で自分が一番弱い。このままだと少なからず足手まといにしかならなくなる。もっと強くならなきゃ駄目だ。心の在り方を広く、発想を自由に、想いをより強く。

 

 にこの我が侭に対して自分は無理だと決め付けた。だけどあんじゅは其れを受け入れて、しかも……あの発言。絶対的窮地に追いやられたような状況下で、あんなことを自分から提案できるだろうか?

 

 『口にするだけなら誰にでもできる』みたいことを言う人がいるが、其れは間違っていると思う。発想力がなければ、案を口にすることすらできない。にことあんじゅの提案は、今日までの自分では考えることは不可能なレベル。行動力だってそう。にこもあんじゅも他校に乗り込むことを決めて行動出来たし、英玲奈はモデルをやめることを決断し、行動した。

 

 北海道の愛もそうだ。にこと同じように学内を回り、全員に勧誘し、結果駄目でも今もスクールアイドルを続けている。自分以外のスクールアイドルは行動力も発想もメンタルも優れている。だから、同じ道を行けば足手まといにしかならなくなる。

 

 実際は一番弱い訳ではないけど、ツバサはそう誤認した。バスケ部でスタメンになれなかったことが、自己評価を下げる要因になっている。だけど、この間違いこそが正解に繋がる唯一の道。運命を切り開く剣となる。

 

 空を見上げる。いつの間にか真っ赤な朱色に夜が混じっていた。逢魔ヶ刻。黄昏。夕と夜の狭間。中途半端な今の自分に似ている。

 

自分の魅力とは何か?

 

自分が目指すべき道は邪道であってるのか?

 

 性急に安易な答えを出したとしても、きっと直ぐに剥がれるメッキに過ぎない。だからって考えているだけでは何も変わらない。頭の中がごちゃ混ぜになる。だけど、自分にない物を今から得ようとするんじゃ間に合わないのは分かる。だからこそ、今持っているピースでパズルを完成しなくてはいけない。

 

 もう失敗なんてしている場合じゃない。悔し涙を流してる場合じゃない。自分の全てを受け入れて、弱さをひっくり返して強さに変える。でも、最初の一歩は一人じゃ歩めないかもしれない。

 

「ねぇ、英玲奈さん」

「ん?」

「私は皆に比べて凄く弱い。発想力もないし、けっこう不器用な面もあるし、掃除とか苦手だし、目標はあってもそこへ到達する手段はまだ何一つないの」

 

 そう。ラブライブという目標はあれども、そんな規模の大会を学生でしかない自分だけでどうにかできる物ではない。伝もなければ手段もない。確かな夢を持つ人にとってこれを夢というには馬鹿にしてると思われるくらいの目標であり夢でもある。

 

「だけどもう諦めたくない。全て出し切って駄目でも足掻いて叶えたい。例えそこに辿りつくことができるのが自分でなくても構わない」

 

 ラブライブ開催という自分にとってのゴールが、スクールアイドルにとってのスタートになるのなら、その栄光の座は自分である必要なんてない。その為にはスクールアイドルを花開かせることが絶対に必要。臆している場合じゃない。

 

「私一人じゃね、やれることなんて少ない。今日みたいに処罰されることは怖くない。其れが未来の糧に繋がるなら進んでやれる。でも、断固たる決意を決めた最初の一歩は臆するかもしれない。後ろに下がりたくなるかもしれない」

 

 主語もなければ要領も掴めない。だけど、ツバサの想いだけは充分に伝わってくる。自然と立ち止まり、夕焼けが夜の帳に染め上げられる空を見上げる。

 

 

「本当に私は弱い

 

……だから

 

私の覚悟が決まったら

 

――力を貸してくれる?」

 

 

 その想いは既に武器。消え往く夕焼けよりもずっと熱き想い。英玲奈が一番の新参者。今日スクールアイドルになったのだから当然の事。だけど、やるからには本当に全て使いきる必要があると思わされた。信念を持つと決めたばかりだけど、揺ぎ無い信念を持つ覚悟を今決める。

 

「勿論」

 

 今一番の問題点はダンスの振り付け。当ては一人だけある。昔バレエをしていて、日本にくることを優先して辞めたと言っていたモデル仲間。本格的なバレエはもうやってないが、ダンスを今でもやっていると聞いた。遠慮せずに巻き込む。それがスクールアイドルのやり方ならば巻き込むだけ。

 

「そっか。ありがとう、英玲奈さん」

 

 照れ臭そうに言うとツバサが歩みを再開する。その足取りはずっと軽く、頭の中のモヤモヤが解消されていた。後に決断するツバサの断固足る決意。それは今より十年以上先の未来、一人の少女の命と心を救う。其れがスクールアイドルが世界に広まる切っ掛けとなる……。




青ニ「野郎じゃないわよ! よく分からないけどCMの間の出来事は次回らしいわ」
青ニ「そもそもCMって何!?」


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7.ゼロから始めるスクールアイドル生活

綺羅星「さよなら実践が忙しい時期だから遅延も止む無しよね……って! さよなら実践って何よ!?」


◆忍アイコン⇒萌え尽き注意の心境◆ ――にこの部屋

 人生とは言葉一つで世界が終わるということを、狂気のヤンデレ毒舌攻撃にて知ったツバサ。心の傷は深いが、傷つく前より視野が広がった。

 

……あ、さんびきのちょうちょがひかったりきえたりしてる。すごくきれいね。

 

 訂正――立ち直れれば、きっと以前より世界に怯える日々が待っているかもしれない。

 

「にこも漫画も読んだりするんだね」

 空気を入れ替えるように英玲奈が本棚を見て話題を提供する。少年漫画とはジャンルが違うとはいえ、同じ漫画というのはツバサへの優しいフォロー。

「最近買うようになったのが多いけど」

 『桜とリク』『ひまわりと加藤さん。』『やがて気になる』

 百合漫画と呼ばれる物が最近買った漫画の全て。高校生になって、スクールアイドルを立ち上げてからまだ少ししか時間が経っていないが、今まで知らなかった世界を知ることになっている。

「にこさんもということは英玲奈さんも漫画を読むのかしら?」

「ああ。恋愛物限定だけど」

 棚の本が知らないタイトルのみなので恋愛物ではないと判断しての発言。にこは少しだけ女の子同士の恋愛物だと知らせたらビックリするかな? と悪戯っ子のような考えをしたけど、あんじゅに知られるのが恥ずかしいので伏せた。

「きっとその恋愛物の前には幼馴染同士のっていうのがつくのね」

 代わりにあんじゅがからかうように笑って言う。図星だったようで、英玲奈は言葉なく頷いた。心底けーちゃん大好きな英玲奈である。そんな反応ににこはほっこりしながら、宇宙(ソラ)を仰いでいるツバサをチラ見して、

「けーちゃんさんは少年漫画読んだりするの?」

 ふっかつのじゅもんを唱えた。

「いや、けーちゃんは漫画より小説を読むのが好きだから」

 じゅもんをまちがえています。だが、二人の優しさがツバサを復活させるに充分だった。友情インプット!

「残念ね。同じ漫画好きだったらラインで話あってみたかったのに」

「男好きの臭いがするわ」

「しないわよ!」

 ツバサが復活したことに安堵しながらあんじゅに問う。

「あんじゅちゃんのお部屋にはツバサさんの漫画しかなかったけど、普段は漫画読まないの?」

「小学生の頃までは読んでいたんだけどね。ほら、恋愛物って必ずと言っていい程ライバルが登場するじゃない? それも男のライバル出したら次は女。その逆でもいいけど」

「それか男のライバルを増やすみたいな。どれにしろ同じようなパターンばかりだし、何より女のライバルの男の前でだけ猫かぶって、男が消えた後は本性見せるキャラが大嫌いで。それで読まなくなったのよ」

「それ分かるわ! 私も少女漫画を借りて読んだことあるけど、それが嫌で結局少年漫画が一番ってなったのよ。あんじゅさんがああいう感じだったら、今私はここに居なかったわね」

 

 あんじゅは顔を横に向け――その最中あんじゅの髪が太ももを擦ってにこがくすぐったそうに笑っていた――意外な共通点を見出した相手を凝視すると、笑顔を向ける。

 

「ツバサさんと同じ共通点があったなんて意外ね。なんだか凄く嬉しいわ」

「……?」

 思わず目を点にして我が耳を疑った。あんじゅの言葉が何か不可思議な呪文のようにさえ聞こえた。

「もっと同じ共通点があれば、今よりもツバサさんと仲良くできそうね」

「…………!」

 ここで漸く答えに辿り着いた。なんで唐突に薄気味の悪い発言をしてきたのか。呼びにくいと言っていた名前呼び。その作られた笑顔の意味。

 

「今更にこさんの前で猫被ったって辞めたりしないわよ!」

「ハンッ! 其れを先に言いなさい。時間の無駄なことをしてしまったじゃない。無能なツバさんね」

「あ、ごめんなさい。さが続くと言い難いから思わず減らしてしまったら唾液みたいになってしまったわ……汚い」

「酷っ!」

さっきにこの唾液が染み込んでるかもしれない枕を欲しがった人物とは思えない発言。

「でもあだ名とかある方が馴染みも出るし、これからは唾さんでいいんじゃないかしら? 蔑称は間違いなく唾液ね」

「だったら綺羅星でいいじゃない! 個性溢れる、だけどどれも自慢の衣装を着たスクールアイドル達の一番星になるという意味だし」

 

「え!?」

 

「え!?」

 

 予想を超える言葉にあんじゅの暗黒モードも一瞬で吹き飛び、思わず素の驚きを発すると、その声にツバサが驚きを返した。

「……綺羅星の意味は元々は誤用からきてるから、御用。つまりはお縄につくという意味を掛けていたのだけれど」

「知りたくなかったわよ、そんな理由!」

 デートを邪魔した時から呼ばれ始めたのだから、どう考えても好意的な意味をつけるわけがなかった。だが、ツバサは純粋だから良い意味で解釈してしまう。結果、今衝撃の事実に介錯されてしまった訳だけど。

「でもほら、綺羅星さんの好きな少年漫画とかも後付け設定好きだし、其れでいいんじゃないかしら?」

「その言い方だと後付け設定ばかりだと誤解されちゃうでしょ!」

「事実そうじゃない」

 確かに大体連載が長く続く程、最初の設定ガン無視のことは大いにある。読者に面白いと思われればツッコミ満載な後付けでも許される流れはある。綿密に張られた伏線を回収して驚かされる方が気持ちいいのは確かだけど。でも、やっぱり一番重要なのは面白いことだとツバサは思う。つまりわたモテ15巻も完全に許された!

 そんな二人のやり取りを見ながら、同じ名前ネタで日に二度もやりとり出来るのは凄いなぁという感想を抱くにこ。そんな視線に気づいたのか、顔の位置を元に戻してあんじゅがにこの顔を下から覗き込む。

「にこさんに特別な呼ばれ方したい!」

 瞳にハートマークと目の周りに光のキラキラを纏いながら唐突な申し出。いや、何度か呼び捨てに呼ばれたいアピールをしているので、そこまで唐突という意味でもないのかもしれない。

「うぅ~ん」

 今までなら『あんじゅちゃんはあんじゅちゃん』で終わるところだったけど、悩むよう仕草を見せた。確実なる好感触。なんだかとっても優しく甘い今日ならばいける! あんじゅは謎の確信を得た。

 

 そんなやり取りを見ながら英玲奈も考える。けーちゃんという呼び方は特別だ。でも、けーちゃんの呼び方は普通にちゃん付け。一考の余地ありかもしれない。恋人という特別な関係になったのだから、今までと変わってもいい。その為に新しい友達を呼び捨てにするようになったわけだし。

 だけど、出逢った時から呼ばれ続けてきた呼び方を変えられるのは少し複雑な感じもする。呼び捨てにされるのは嬉しいと感じる反面、寂しさを覚えてしまう。今までの二人の歴史に終止符を打ってしまうような不安。アルバムの空白を思い出させる。

 恋人になったからといって、何かを無理に変える必要なんてないのかもしれない。特別な時に呼んでもらったり、呼んだりする。そういう方がいいのかも。だけど一人で完結せずに、けーちゃんにも話してみよう。クールな見た目だけど、心は乙女色の英玲奈。

 

「よくよく考えると家族含めて今ちゃん付けで呼んでるのあんじゅちゃんだけだから、今のままの呼び方が一番特別だよ」

 この切り返しは想定していなかった分、頬がユルユルと弛緩を始める。息の詰まりそうな愛を育みながら、にこを見つめるとにんまりと反撃される。

「あんじゅちゃんの方が皆と同じ呼び方だよね?」

 これこそ正に小悪魔チック。何を言えばいいのか頭がついてこない。だけど、言うべきは一つだと心が叫んでる。

「にこさん大好き!」

「あっ、ズルい!」

 呼び方で返すのではなく、言葉で返す。ズルいのではなく、他に用意すべき言葉がなかったから。選択肢は三つとも大好きしかない。愛満ちる時、人は心に素直な想いしか紡ぐことはできない。若干息を荒くしながらの告白。

 にこは「ズルいにこ」と連呼しながらあんじゅのほっぺたをぷにぷに弄る。潤沢な愛情を補充しながら、あんじゅは一つのワガママを実らせる。その実こそがあんじゅの強さの証明。

 

 

◇これが私の猿乗せよぉぉぉ!◇ ――にこの部屋

 穏やかな時間の中、徐にあんじゅが体を上げる。最高の枕から離れるのに血の涙を流すような思いをしながらも体を上げた。寧ろ、今血の涙を流しているかもしれない。

 

 ツバサである私を差し置いて血の涙!?

 

「あんじゅちゃんどうかした?」

 唇を強く噛み、目をギュッと瞑って、体を震わせるあんじゅ。傍から見ると異常者そのものだけど、にこは怯えることなく普通に心配する。ツバサは何か自分の知らないところでアイデンティティを奪われたような、そんな謎の悪感に支配されていた。

 にこの声に呼応するように、大きく深呼吸。最上の状態から自ら抜け出したことに激しく後悔しながらも、其れでもこれは愛の為。愛深き故に愛ある状態を捨てた。目を開き、にこを射抜くように真っ直ぐに見つめる。ど真ん中いただくような真の強い瞳。口元が若干震えるけれど、もう一度強く唇を噛み締めて不安を飲み込む。

 

「にこさん。ワガママ言ってもいいかしら?」

 

 先程とは逆の立場。何を言われるのかドキドキしていたにこは、その言葉を聞いて思わず笑ってしまう。当然、あんじゅを小ばかにするような笑いではなく、安心させるような笑い方。

 

「いいよ。何でも言って」

 

 自分の明らかに無理難題を承諾してもらったのだから、応えないという選択肢はありえない。可能な限りあんじゅのワガママを叶えてみせる。

 

「機を見るに敏。一週間以内にというにこさんの考えは理解したわ。だけど、ううん。だからこそ五日で仕上げて見せる。日曜日に作詞が完成したと過程して、金曜日までに曲を完成させる。だから残りの二日間を自由な時間に充てさせて欲しいの」

 

 これには真っ先にツバサが声なき声で驚く。英玲奈も次いで大人びた魅力あるその瞳を大きく見開いた。一週間でも時間が足らないであろうことは予想に容易い。そんな無謀を承諾し、更に自らの首を絞めにいく。

 

 あんじゅは変態かもしれないが馬鹿じゃない。ヤンデレであるが知性は高い。少なくとも良い格好したさに大口を叩くような真似をしない。寧ろ、にこに大しては積極的でありながら臆病な面も見せることから、磐石を期せずしてこんなことを言えない筈。

 

 にこが焦りにすら見える無茶を言い出したことに確かな意味があったように、あんじゅにもあるのだろう。身を削ってでも手に入れなくてはいけない時間。不可能なんて現実を征服し、可能という未来を服従させるに値する渇望の二日間の意味が。

 

「それは……どうして?」

 

 自らの我侭を受け入れて貰った以上、理由まで聞く必要はなく受け入れるのは決まっている。だけど聞かずにはいられなかった。無理難題をより不可能に近づけてさえ手に入れたい時間の意義を。

 

「デートする為の時間が必要だから」

 

 絵心のない人すら惹き込む名画のように、美しいという言葉すら足りない微笑みを浮かべる。胸がギュッとなり、思考を奪われる。其れはにこがあんじゅと出逢った時に感じたあの感覚。完全に優木あんじゅに魅入られているのが分かった。

 

 一方のツバサはなんというか納得といった感じだった。にことデートしたいが為に普段以上の力を出す。報酬があれば人は頑張れるという簡単な理論。だけどあんじゅでなければ不可能。そう答えを出した。そんな自身の考えが未熟であると知らされたのはこのすぐ後。あんじゅの言葉はまだ終わっていなかった。

 

「スクールアイドルという物は青春の象徴であり、束縛の対象であってはいけないわ。普通のアイドルと違って恋人がいてもいい。だけど、その活動に犠牲になる想いがあってはならないと思うの」

 

「活動が忙しいからデートできない。そういうことがないようにするというのは其れは其れで部活動だから違うというのも分かってる。でも、初めからずっと我慢させるのはこの先にきっと大きな闇を落とすことになる」

 

「私はたった一日にこさんと会えなかっただけであんなに苦しい思いをしたのに、英玲奈さんはモデルをしながらその苦しい日々を耐え続けてきた。自分のファンにそんな暗い部分を見せず、魅了してきた」

 

「私には絶対にできないことだわ。勧誘の際はあんな風に言ったけど、会いたくても会えない事情というのも理解してる。だからこそより苦しかったと思う。会える距離なのに、会いたいと願うのに、その距離は永遠にも等しい境界線」

 

「全てを捨てることで漸くその距離を取り戻せた。恋人同士になれた」

 

「一緒に活動できるだけじゃ駄目。今が一番大切な時。デートをしながら取り戻した愛を実感しながら、これからの活力に変えていく。スクールアイドルの活動を通じながら、そうなってなかった時には味わえなかった思い出を作りながら、愛を育んでいくの」

 

「今はまだその時間を取り戻せてない、言わばマイナス地点。二日間人目もスクールアイドルのことも忘れてデートをして貰って、漸くゼロになる。そこから始めましょう。ゼロから始めるスクールアイドル生活」

 

 愛を知ることで人の想いを汲めるようになる。其れを知る前には考えつかなかったことを思いつけるようになる。にこと出逢ったお陰で知ることの出来た愛という鼓動。未来は誰にも分からないと言うけれど、今のあんじゅには分かる。英玲奈と愛しの彼が二日間デートをする姿が。

 

「じゃあ、あんじゅちゃん。そうなったらにことデートしようね」

 

 幼さを強調するような満面の笑みで誘われるデート。心に刻み込みながら、その返事はにこをベッドに押し倒すことで返答した。主軸でありながらその選択権を与えられなかった英玲奈はあんじゅの言葉に感動に似た思いを感じていた。

 勧誘の際に背中を押して貰ったのがあんじゅであり、自分と違って許されざる恋を全力で頑張っている。恋をしている時間は自分の方がずっと長いのに、その行動力や考えはあんじゅの方が遥かに上。

 忙しくてけーちゃんとデート出来ないことをスクールアイドルの所為にする。そんなことは考えもしなかったけど、恋人同士になった満たされた自分なら、いつかそう思ってしまってたかもしれない。

 今が一番忙しいだけだと分かっていても、人間の心は簡単に割り切ってくれないというのは嫌になるほど学んだから。その不安を払拭してくれると言う。出会ったばかりの自分の為に。スクールアイドルを卒業する日は必ずくる。何故ならば高校生という限られた花だから。でも、この手にした絆はずっと続いていくという確信を持てた。

 

「あぁん! にこさん! にこさん!」

「んぅんっ! あんじゅちゃっ、くすぐったいよ」

「一日はパジャマのまま一日中外にも出ないで家でデートしましょう」

 

 ベッドの上の二人のイチャつきを見ながらツバサは思う。どうすればこの気高き強さを持つメンバーに追いつくことが出来るのか。自信を持って並ぶことが出来るのか。強さの意味。自分の弱さ。ツバサの前には見えない迷宮が広がっていく……。




次回予告【亜里沙 ~いもうと~】

私には甘えん坊の妹が――

いる

いた


⇒いる


私には甘えん坊の妹が――いる。

少女が生まれて初めて目にしたのは、白銀の世界
日本で生まれ、育ったのは美しき雪の国ロシア
家族の温かな愛に囲まれて、幼き胸に灯すはお婆ちゃまとの夢
才能有る彼女はバレエを極める道を歩み始める
だけど、その道は残念ながら早々に閉ざされることになる
語られるは姉妹の絆の物語

「スクールアイドルのライブが見たい」
人生言ってみるものだ。

「今日ライブを見た。もう、怖くない」
胸に決まる覚悟。

「星を降らせたい」
少女の最後の願い。

私には甘えん坊の妹が――いた。


レム「そんなエターナルブリザードの臭いを漂わせて! 次回予告するなんて!」
鬼羅星「このメイドさん誰? というかこの予告絶対に嘘でしょ!?」
亜里沙「もう何も恐くない!」
鬼羅星「死亡フラグを重ねるのヤメて!」
絵里「私には甘えん坊の妹が――いた」
鬼羅星「改めて意味深な台詞繰り返さないで! 何なのよこの混沌空間! 後、私は鬼は嫌いじゃないわ。だって未来の話をすると一緒に笑って(ry」

もしくは普通にあんじゅのご褒美回・・・?

※急募:十五巻までの内容で加藤さん×もこっちを書ける人


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8.亜里沙 ~いもうと~前編

私には甘えん坊の妹が――いる。


私には甘えん坊の妹が――いる。

 

◆過去編「始まりの記憶」◆

私、絢瀬絵里の一番最古の記憶は雪の降るロシアの街並み。

母に手を繋がれながら「もうすぐお姉ちゃんになるのよ」と、言われたのを覚えている。

お姉ちゃんになるという言葉に対して、どういう感想を抱いたのかまでは定かではないけれど。

二歳児であるから、特に何かを考えていた訳ではないと思う。

それでも覚えているのが不思議だった。

 

次に記憶に残っているのは妹の亜里沙のオムツを、母に操られながら替えているところ。

この話をすると亜里沙が顔を赤らめながら恥ずかしがるので、時々からかってしまう。

 

両親が赤ん坊の亜里沙に掛かりきりになり、お婆様と一緒に居る時間がグッと増えた。

この頃からは記憶が段々とハッキリとしていく。

「エリーチカの生まれた国の話よ」と、若い頃に住んでいた日本の話をよくしてくれていた。

ロシアの記憶しかない幼い自分にとって、日本で生まれたと言われても実感がまるでなく。

けれどお婆様がしてくれる話は、私にとって宝石箱を開けるようなワクワク感があった。

 

特に好きだったのが音ノ木坂学院の話。

今の落ち着きあるお婆様からは想像できない、腕白なエピソードの数々。

学校という概念を理解できなくとも、胸のドキドキは止まらずに高鳴った。

私が亜里沙に対して嫉妬せず、仲良くなれたのはお婆様のお陰。

この時は良く分からずも、自分も音ノ木坂学院に通うことになると思っていた。

 

そして、運命の出会いが待ち受ける。

お婆様が愛してやまないバレエを二人で見に行くことになった。

どうという日ではなかったのに、帰りには忘れられない特別な日に変わっていた。

覚えたての日本語を忘れるくらいに、ロシア語で捲くし立てるように感想を言う。

初めて興奮するという経験をしたのもこの日。

家に帰ると見様見真似でバレエを踊ったわ。

足が絡まってこけても、全然痛みなんて感じないで直ぐに踊りだして。

楽しくて楽しくて仕方なかった。

 

数日後にバレエ教室に通うことになったのは、お婆様が孫に甘い証拠。

尤も、バレエ教室とは名ばかりのバレエ体験みたいなものだったけれど。

生徒の年齢を考えれば当然だけど、それでも私は真剣に学んだわ。

子供の遊びにも似た中で、一人その才能を発芽させた。

 

小学生の子供達と混じってレッスンするようになり、経験と年の差がありながらも、短期間にその差を埋めていった。

天才やバレエの申し子等と褒め称えられた。

何より嬉しかったのはお婆様が自分のことのように喜んでくれたこと。

だからプロのバレリーナになることを夢とするのは必然だった。

其れは一人の夢ではなく、お婆様と二人の夢。

丁度この頃「ねーね」と亜里沙が私を呼んでくれるようになった。

 

満たされることがあるというのは自信に繋がって、亜里沙の面倒を見ようとお姉ちゃんの自覚が芽生え始めたわ。

 

「おばあちゃま」「ばれぇ」「ありーちか」「れんしゅう」

 

この時期の私がよく口にした代表的な言葉。

 

 

◇白い季節◇

「もしもし、英玲奈? 突然モデル辞めたりして心配になるでしょ。かといって事情が事情だけに気軽に連絡していいか迷うし」

 電話の相手は昨日突然モデルを引退することを発表した統堂英玲奈。所属事務所は別ではあるけど、同い年ということもあって仲の良い間であると思っていた。

 だけど、今回の件は何の説明もなし。当事者であれば説明する暇等なかったと知ることが出来るが、部外者であった絵里には無理からぬこと。

「好きな人がいたことも初耳だし、スクールアイドルっていうのも初耳だし。モデルを辞めてまでしたいことなの? それにしても唐突過ぎるでしょ。ここまでのことをしなければ事務所を移すことで解決できたかもしれないのに」

 心配を織り交ぜた愚痴を言ってしまうのも止む無し。其れが絵里の優しさ。だからこそ英玲奈は素直に『ごめん』と謝罪を口にする。

 

「もう。素直に謝られると言葉を続けられないじゃない」

 

 困ったような声を出しつつ、絵里の中の心配が安堵に解けて消えていく。責任感の強い英玲奈が思い切ったというか、思い切り過ぎた行動をしたことに心底心配しかなかった。心を二倍使うくらいには本当に不安だった。

「大丈夫なの?」

 

『自分で選んだことだから』

 

「そう」

 芯の強さを感じる言葉に、既に何かを言える状況は終わっているのだと実感した。自分で考えて選択したのなら、他がとやかく言うことじゃない。例え其れが仕事を辞めることであっても。例え其れが夢を諦めることだったとしても。

 きっと、ううん。絶対に後悔なんてしないんだって伝わってきた。覚悟を決めてから選択することが出来る強さが眩しかった。

 自然と過去の自分と照らし合わせてしまう。夢を諦めなければ素敵な出逢いの数々がありえなかった。だからこそ、後悔なんてしていないと今なら胸を張って言える。だけど、絢瀬絵里には未だ失った夢という部分は[  ]のまま。そこに何かが記入されることはない。

 モデルをしている今でも、仕事であって夢にはなりえない。あんなにも夢中になれるものとは二度と巡り合えないかもしれないと思うと、少しだけ寂しさを覚える。後悔に似て異なる感情。

 だけど決して消えることなく、影のようについて回る。目を背けても消えたりはしない。再び夢を灯せるまで消えることはないのだろう。だからずっと、消えることはないのかもしれない……。

 

 

◆過去編「終わりと始まり」◆

「ねーね!」

甘えん坊な妹は姉である私にとても懐いた。

何処に行くにしろ後ろをついてくるのが当然だというように、常に私と一緒にいたがる。

これだけ懐かれるとそれはもう、お姉ちゃんとしての自覚がグングン成長する。

元気一杯で落ち着きのないのが幼い子特有のもので、だけどそれが本当に可愛い。

そんな元気っ子な亜里沙も、私がバレエで踊る時は不思議と静かになった。

バレエの練習に励みながら、亜里沙にとってのいいお姉ちゃんになる。

充実した毎日が加速して、時間がとても短く感じていた。

 

昨日できなかったことが今日はできるようになる。

今日できないことは明日できるかもしれない。

頭で覚えること、体で覚えること、心で覚えること。

色んな体験が小さい私の中を巡って力になる。

まだまだ先の未来だけど、着実に夢へと続く道を歩んでいた。

だけど、その道は二手に分かれることとなった。

 

「……え?」

 

最初何を言われたのか理解するのに時間を掛けた。

ゆっくりと伝えられた言葉を噛み締める。

小さくても理解するのは簡単な話。

ロシアか日本のどちらを取るか。

お婆様と夢を叶える為に今を継続するか、両親と亜里沙と一緒の時間を選ぶのか。

 

「ねーね! ねーねっ!」

 

離れ離れになるかもしれないと本能的に知ったのか、亜里沙が大泣きした。

今この場で決めるというような話では当然なかった。

けど、ここで決めないと絶対に夢を取ることは出来ない。

泣きじゃくる亜里沙を見てそう確信する。

 

「……わたしは」

 

いいお姉ちゃんであることは大切だ。それを分かっているけどまだまだ幼い。

自分の初めての好きを、初めての夢を諦めたくないと思ってしまうのは仕方のないこと。

だって、この夢は大好きなおばあちゃまと灯している物なのだから。

正直、ロシアに残る気持ちの方が大きかった。

このままバレエを続けていきたいと願っていた。

だけど、そんな想いは一つの魔法に包み込まれる。

 

「ぉねーちゃ!」

 

初めて亜里沙が私をお姉ちゃんと呼んでくれた日。

私が人生で初めて決断を下した日。

夢を諦めて日本へ行くことを、泣きながらお婆様に抱きついた思い出の夜。

プロのバレリーナよりも、私は亜里沙のお姉ちゃんであることを望んだ。

亜里沙の笑顔を優先したことに後悔はない。

日本で待っていたのは、夢よりも大切で掛け替えのない絆なのだから。

 

 

◇素晴らしき夢をもう一度◇

『それで謝罪ついでにお願いがあるんだ』

 そんな英玲奈の声で思考が過去から今に戻る。

「お願い? 英玲奈がそういうことを言うなんて初めてね」

 誰かに頼りにされるということが、絵里にとっての生き甲斐となっている。

『専門校とモデルの仕事で忙しいとは分かっている。それでも、絵里さんの力を貸して欲しい』

「私の力?」

 相手が同じモデルでなかったら、事務所を紹介して欲しいとか、モデル仲間の誰々に会いたいとか想像できる。だけど、昨日まで同じモデルである英玲奈から言われると謎めく。

 だからわざとからかうように先手を打ってみた。

「もしかして私の事務所を紹介して欲しいとか? そうね、うちは小さめだから彼氏持ちでも了解してくれると思うわよ」

『ううん。モデルはもう懲り懲り』

 断られると分かった上での発言だったけど、少し残念な気持ちが生まれてしまう。同じ所属になれば今まで以上に関わることになって、かなり楽しい未来が待っていただろう。だからこそ気になる。

「モデルの仕事嫌いだった?」

『そんなことはない』

 即答で否定してくれた。実は嫌々だったとかだったら、けっこうなショックを受けたことだろう。知らずに安堵の息を吐いていた。

『応援してくれたファンと事務所の人達には悪いと思ってる。でも、私にモデルは背伸びな行為だったんだ。間違ってたとは言わない。だけど適正ではなかった』

 百年に一度の奇跡と言われて適正じゃないって、他の人なら否定して欲しくて言ってる言葉だろう。英玲奈の性格を知っているからこそ、そうじゃないと分かる。他がどう思おうと、当人は心の底からそう思っているみたいだ。

「モデル業界としては随分と勿体無い話だけどね」

『ありがとう』

「もういいわ。で、私の力が必要って何の話なの?」

 心の整理がつくのは少し先になるけど、頭を切り替えることにする。いつまでも未練のように話を続けても仕方がない。モデルである統堂英玲奈はもういないのだから。

『最初に一つ聞きたいことがあるんだけど、絵里さんは踊ることが好き?』

「当然好きよ」

 先ほどの即答のお返しという訳ではないけど、絵里は間髪入れずに答えた。好きでなければ今もまだダンスを習ったりはしてない。バレリーナになる夢は無くしても、踊ることが好きなのは変わらない。きっとこの先も変わることはないと信じてる。

『これはお願いというか、私の我侭なんだけど』

 英玲奈はにことあんじゅを真似るようにその単語を使う。背伸びしすぎたからこそ、出会えたんだ。今よりずっと身も心も強くなれる機会を得たのだ。自分を追い込んで尚、その先を目指そうとする気高さ。高校生活の最後までスクールアイドルとして共に歩み続けたい。今度は背伸びなんかじゃなく、等身大の自分のままで。

『私達にダンスを教えて欲しいんだ。今から最高のスクールアイドルに成れる様に。限りなく零に近い可能性を百にする為に』

 スクールアイドル。昨日その言葉を知って、どういう物か調べた人は多いと思う。絵里もその中の一人だ。部活でやるアイドルの真似事。そんな感想を少し抱いてしまったけど、其れが失礼なことだったのだと今の声を聞いて悟る。英玲奈が志す夢を口にしているのが伝わってきたから。

「ダンスの経験はあるの?」

『UTXの授業で創作ダンスはまだ先だから本当にゼロと言える』

 にこはアイドル好きなので、振り付けとか真似て踊ったりしていたらしいが、本格的な指導は当然受けていない。ならば変にあると言わない方が得策。

 

『完全な素人を最高にする為に力を貸して欲しい』

 

 心配していた相手からの無理難題の要求。モデルからかぐや姫になったのね、なんて軽口を叩ければどれだけ楽なことか。呆れるべきか、それとも笑うのが正解なのか。何故だろう。忘れていた鼓動を感じた。二度と手に入らない夢への道がぼんやりと見えた、そんな気がした。

いや、そんなことはありえない。

 

 あり得る筈がない。少なくとも専門校の絵里がスクールアイドルになれることはない。なるつもりがある前提としても、だ。だから夢になる筈がない。色々と衝撃的で思考がブレたのかもしれない。未来の自分が辿った道を過去の自分へと見せた奇跡。或いは軌跡。なんて少しだけメルヘンチックな思考をしてから、

 

「ダンスは好きだけど、教えた経験なんてないわ」

 

 半ば断りにも似た返事をする。一流の選手が一流のコーチになれるとは限らない。これはスポーツ界で有名な言葉。今は趣味の域である絵里には荷が重い。

 

『絵里さんの力が必要なんだ。だからお願い』

 

 責任重大過ぎて容易く引き受けるなんて出来ない。だから断るのが正解だ。そもそも、英玲奈が辞めた穴埋めが他のモデルに飛び火するのは確定した未来。絵里も今以上に忙しくなるだろうし。

 

 だから断る。断るのが当然だ。

 

 ……其れなのに、否定する言葉を出せない。

 

 寧ろ思ってしまう。夢を諦めたことで出逢えた絆があったように、夢を志した経験が今度は新しい絆を与えてくれるんじゃないかと。

 

 期待してしまう。その先に二度と灯ることのない 夢 が待ち受けているのではないかと。

 

 今度は自分自身だけで灯す夢が。

 

 だが、絵里の予感は外れる。

 

「詳しい話を聞くわ」

 

 一人の夢ではなく、みんなの大きな夢となるのだから。

 

 もしあの時、断っていたら私は一生夢と巡りあえなかったって確信してるわ

 

 これは綺麗な笑顔で何度となく口にする未来の絵里の言葉。絵里にとっての第二の夢。其れはスクールアイドル達との邂逅で始まっていく……。  亜里沙 ~いもうと~後編につづく




次世界予告
※これは今は亡きセガサターンの隠れてた名作【慟哭 そして・・・】の理不尽過ぎる(ry

【慟哭 どうして・・・編】季節は真冬
――?部屋
「あれ? あんじゅ、ちゃん。ここ……どこ?」
「よかった。にこさんが目を覚まさなかったらと思うと私、怖かった」
にこが目覚めたのは見知らぬ部屋の見知らぬベッド。
あんじゅと二人でバスでの帰り道。そのバスと対向車が正面衝突し、咄嗟にあんじゅを庇ったことを思い出した。人生で初めて気絶していたらしい。
「それでね、にこさん。私は犯人は綺羅星って男性だと思うの」
「え!?」
意識を取り戻したばかりだからだろうか? あんじゅの言葉が理解できなかった。
「綺羅星っていうのはバスに激突してきた車の運転手よ」
「う、うん?」
「バスに正面から突っ込んで無傷でいるとか怪しすぎるわ。犯人修正で傷を負わないのよ」
誰だろう的な反応ではなく、突然犯人扱いに驚いたのだけど、残念ながら曲解されてしまったようだ。
「今バスの運転手の人が緊急電話を探しに行ってるわ」
「え、携帯電話は?」
(ポケベルがメインの時代だからまだ持ってないわ)「圏外みたい」
気絶した時に頭を強かに打ちすぎたのかもしれない。今変な言葉が聞こえた気がする。
「でも、もう既に亡き者にされていると思う」
「え!?」
「どこかの部屋の床下にでも隠されているかもしれないわ」
気絶する前後では、世界その物が変わってしまったかのような物騒な発言。場を和ませようとするジョークなのかもしれない。

――脱衣所
「あ、ウミンディーネさん」
「よかった。お連れの方は目を覚ましたようですね」
綺羅星にウミンディーネ。変な世界に迷い込んだかのような不安。あんじゅがいなければ怖くて歩き回れなかっただろう。
「こんな所でどうかしたのかしら?」
「学校のシャワー室が故障で、部活動で掻いた汗を流せなかったもので。シャワーを浴びられたらって思ったのですが、お湯が出ないようなのです」
「大きいボイラーがあったから、あそこをどうにか出来ればお湯が出るかもしれないわ」
山奥にある謎の施設。それでも電気も水道も止まってないことが怪しすぎる。もしかしたら本当に殺人を行う為の狩り場なのかもしれない。あんじゅの発言が現実味を帯びる。

――客室
そして、青い髪のメイド服を着た《少女》に出会った瞬間、あんじゅが硬直した。
(にこさん。もしかしたら小説版の可能性もあるかもしれない)「犯人は別にいるかもしれないわ」
また謎の言葉が聞こえたが、何も事件が起きてないのに容疑者が増えた。
「その直感――鬼がかってますね」

人為的なものか事故なのか、封鎖されてしまった施設から脱出を望むにことあんじゅ。
一癖も二癖もある登場人物達。
あんじゅの言う通りに死体が発見され、事件発生となるのか?

ウミンディーネ「あっ! あんな所に弓がありますね。あれはいいものです。是非手に取って――ひゃぁぁぁぁ!」

一人、闇の底へと消えて逝った・・・。

ウミンディーネ「繰り返す。私は何度でも繰り返す。……あっ! 今度は足が嵌ってしまいました。身動きが取れません。足が抜けない。誰か助けてください!」

ウミンディーネは何度でも死亡フラグを繰り返す おしまい★


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9.綺羅先生の次回 策 にご期待下さい

◆MISSION(2027)◆ ――にこの部屋

 人は幸せであればあるほど、些細な不幸ですら大きな傷に感じることも間々ある。一般人よりも感受性の高いヤンデレであれば、その傷はより深刻な物となってしまう。

 

「うっく……ひっぐ」

 

 にこの胸に包まれながら、その涙は未だに止まることを知らない。

「あんじゅちゃんは泣きすぎにこ」

 右手であんじゅの頭を撫ぜながら、左手は背中に添える。その温もりが、優しさが、安心感となってより涙を生み出す。後々にトラウマになるよりも、今全て吐き出してくれた方がいい。だから泣き止むまでずっとこうしているつもり。

「な、泣きすぎにも程があるわよ」

 こんな時に変に遠慮しないのも友情の内。既に十五分以上泣くあんじゅに、若干引くツバサの言葉に、

「あんじゅちゃんだから」

 変な返答だけど説得力しか生まない言葉。

「けーちゃんとは幼馴染だからこんなことはなかったけど、もし同じ立場なら私も泣いてたと思う」

 英玲奈はツバサとは対照的で、同じ立場になっていたらという目線に立ってくれる。恋は人を盲目にするけど、愛に成長させれば人の視野を広げてくれる。直線でしか見えてなかった物を、多角的に物を考えさせてくれるようになる。神を目指すツバサには人の恋は難題だった。

「ぅっぐ、きらわっれ」

「大丈夫だよ。あんじゅちゃんが嫌われるなんてありえないから」

 事の発端は今日矢澤家にお邪魔した理由。つまりはにこのお母さんへの挨拶。でも、その本人の前に先に二人の妹達が帰ってきた。

 

『私はあんじゅちゃん。お名前教えてくれるかしら?』

 

 膝を折って目線を合わせながら、不要な部分を切り取り、伝えたい部分だけを告げることはとても大事なこと。親しみが出るように自分をちゃん付けで呼ぶのも小さい子と接する為のテクニック。

 ヤンデレと言われるだけあって、小学生になったばかりの双子の妹がいると知ってから、研鑽を重ねて脳内シミュレーションを欠かさなかった成果。ただ、名前を教えてくれた二人にさん付けで呼んだら、不思議そうに小首を傾げられたのは想定外。

 育ちの良すぎるあんじゅにとって、相手をさん付けで呼ぶのが当然。其れは小さい頃から呼びもし、呼ばれもしてきた証拠。だが一般的には普通はちゃん付け。最もこの問題は直ぐにちゃん付けで呼ぶことで解消。

 鞄から用意していたクッキーを二人分渡すという配慮も忘れなかった。二人を見ながらにこのアルバムがすごく見たくなったあんじゅである。

 精神年齢の近いツバサが満点の対応だったのは語るまでもない。英玲奈は小さい子に接する機会が少なく、普段以上に言葉を選び過ぎてクールというより無口っぽくなってしまったが、逆に二人にリードされていた。

 

 友達と遊ぶ約束があると出掛けていったこころとここあ。問題はその後に帰ってきたにこのお母さん。自己紹介と謝罪。必要とすべきはたった二つ。相手が大人とはいえ、これはツバサと英玲奈にとって簡単なこと。

 

 

※ あんじゅにとっては好きな人のお母さん。自分が巻き込んだ所為で自宅謹慎。初対面がマイナススタートという災悪な状況下。にことの交友関係への拒絶が頭をチラつき、シュミレーションができなかったのだ。

 

 絶望するしかないじゃない! ※

 

 色々と間違いが発生するくらいに、絶望が満ち溢れる。完全に穢れのフルハウス。緊張により手汗がぐっしりで、背中にひんやりとした汗が伝った。視界が白く狭まり、喉の奥までカラカラに乾く。必要とすべき所に水分がいかず、なくていい部分に集まる。

 視界だけでなく、思考も真っ白に染まりながら思うことは一つ。まずは自己紹介。これをきちんと出来なくては、にこの友達としては失格の烙印を押されてしまう。だから誰よりも先に名乗らないといけない。

 

「――――」

 

 だけど、口を開いて出たのは言葉ではなく嗚咽。白く染まる世界は歪み、言葉を発するよりも先に涙が零れ落ちていた。極度の緊張は人間の感情を上手く処理出来ず、その証しとして涙を作り出す。

 

ピアノの発表会

 

表彰式

 

受験

 

面接

 

にことの出逢い

 

 今までも緊張すべき時はあった。それでもきちんとこなしてきた。失態も失敗もなく、上手く乗り越えてきた。だが、一番失敗してはいけないこの場面で、突然泣き出すという大失態を犯してしまった。其れを頭が理解した時、より涙が流れ出る。

 そんなあんじゅの顔を胸に抱き寄せ、代わりにあんじゅの紹介をした。元々UTX高校で出逢った日から、まだ一月も経っていないのにあんじゅの話題は何度も口にしてきた。どれだけにこのことを好きなのかも伝わってくるくらいに。

 故にそんな泣いてしまう程に緊張するあんじゅに優しく微笑みながら自己紹介をして、頭を撫でた。ツバサと英玲奈の自己紹介を受け取り、謝罪はやんわり拒絶。

 

『お姉ちゃんが自分で選んで、自分で行動したことなんだから。あなた達が謝るべきではないでしょ?』

 

 誰かの所為にして罪を軽くするのではなく、きちんと罪と向き合った上で罰を受け入れること。その部分をあやふやにするのは友情をいつか壊すからと、穏やかに諭して『お姉ちゃんをこれからもよろしくね』と最後に残して部屋を後にした。

 自分が居てはあんじゅがいつまでも泣き止まないだろうという判断。まさか出て行っても泣き続けるとは思いもよらなかっただろう。そして、冒頭に戻る。

 

「あんじゅ。にこのお母さんなんだなって伝わってくる人だったよね。だったらあんじゅを嫌いになるなんて思うのはにこにも失礼だ」

 相手の心に語り掛ける時に必要なのは、相手が大事にしてる物を例えに出すこと。自分の意図を簡単に、より明確に伝えることが大事。いざ実行しようとすると、これが簡単そうで難しい。モデルという仕事を経験した英玲奈だからこそ出来ること。

 事実、ツバサは英玲奈の言葉に感銘を受けていた。どう説得しようか考えても、ゴチャゴチャとしてしまい口に出すことができない。整理して言葉にする。掃除が苦手な自分には少しレベルが高い。でも、これからは傍に英玲奈というお手本がいる。沢山のことを学んでいこう。

 

綺羅ツバサのレベルアップはこれからだ!(えんど)

 

「英玲奈さんの言うとおりだよ。あんじゅちゃんは心配性過ぎ。普段の自信はどこにいっちゃったの?」

「だっで」

「うふふ。泣いちゃうくらいにこさんが好きだって、お母様に伝わっちゃったわね」

 全く似てないにこによるあんじゅの物真似。だけど、其れはあんじゅを泣き止ませる効果があった。

「うふふふ。にこさんったら全然似てないにこ!」

 涙声というかかなり枯れてた声になっていたけど、絶望の闇の中から無事生還した。そして、一度絶望を味わった人間の強さを知ることになる。あんじゅが顔を洗うので一旦CM……。

 

 

■さよなら5号機...■

ワルプルギスの夜により人類は絶滅――。

否、ただ一人の少女だけが生き残った。

そんな少女の前に現れたのは奇跡を起こす戦闘機。

 

残機ちゃん「繰り返す。私は(残機ある限り)何度でも繰り返す」

 

綺羅星「平気で中指立てちゃう子ね」

ほむら「私は戦う!」

綺羅星「入れ替わりコラボにしても知名度の落差が悲しいわ」

残機ちゃん「私に名前がないのはもう必要がないから」

綺羅星「……色んな意味で泣ける。明るいコラボにしましょう」

 

ほむら「お隣(鹿目家)を守り続けて400年!」

 

綺羅星「でもやっぱり知名度の落差に泣けちゃうわね。以上CMでした。って、だからCMって何よ!? 閑話休題って便利な物が――」

 

 

◇やがて木になる◇ ――にこの部屋

「それでね、考えたの。今の曲も大事だけど、次の曲をどんな風にするのか決めておきましょう」

 目は充血してるものの、頭は冴え渡っていた。覚醒していると言っても過言ではない。最大の失敗をして吹っ切れたとも言える。今は自分の失態を嘆くよりも、スクールアイドルを通じて自分の愛を認めて貰えれば、この失態も覆せると判断。ヤンデレの思考回路は伊達じゃない。

「次って、今ですらかなり無理難題の状況なのよ?」

 これでも言葉を緩くしている。無理難題を極限までに不可能に近くしたのはあんじゅである。自分への負担を強いてまで、英玲奈のデートを望んだのだ。それなのに次をもう見据えるのは正気じゃない。自棄になっているのかと心配してしまう。

「失敗なんて取り返せば」

「煩いわね。黙ってなさい」

「は、はい」

 植え付けられた恐怖心から、反射的に従った。今のあんじゅはヤバイ。何の漫画か物語か忘れたけど、牛の生首みたいな敵の目を見たら即死っていう展開を思い出した。嫌われ役のキャラが死んだので胸がスカッとしたことだけは覚えてる。いつもの現実逃避。

 

「これはあくまで英玲奈さんの彼が承諾したことを前提の話なのだけど、今回は作詞のアドバイザーとしてのみの起用。だけど遊ばせておくのは勿体無いでしょ? 今の段階で次の曲を想定しておけば、練習ないしは作詞を終わらせることも出来るかもしれない」

 

「最高を目指すのであれば遠慮してる場合じゃないわ。スクールアイドルの活動に巻き込んで、死力を尽くしてもらう。勿論、その成果に私達も結果で呼応する。最高に対して最高を返す以外は道がない。そんな道を最後まで辿り着けて漸く、ゴールすることが許される」

 

「諦めるつもりならここで歩みを止めなさい。無理強いはしないわ。さぁ、ハウス!」

 

 シリアスからのツバサ弄り。泣きじゃくった姿を見られた腹いせ。完全な八つ当たり。

 

「もう諦めたりなんてしないわよ。常にベストを尽くして頂を目指す。そうね、少し臆病になっていたわ。私達はライバルじゃない。最高にして最強の仲間」

 バスケット部では友達であっても、ライバルだった。スタメンにベンチという席を取り合うしかないのだから、其れは当然のこと。その結果、ツバサは敗れたに過ぎない。色んな要因を理由にして、だから諦めた。

 でも、ここには仲間しかいない。格好悪い姿を見せてばかりじゃ呆れられちゃう。何度もそう思ってもブレてしまう。恐れてしまう。自信が揺らぐ。自分を強く持てる要素がやはり必要なんだ。ツバサは自分の中の確かな課題を見つけた。

 

「その方がけーちゃんも助かる」

「ええ、それで次の曲の案というか方向性を決めようと思うの。にこさんはどういうのにするか展望はあるのかしら?」

 隣に腰掛けるにこに抱きつきながら訊く。

「ううん。今回はにこが無理言ったし、勝手に決めちゃった感じだから、順番にどんな曲にしたいか決めていくのはどうかな?」

 スクールアイドルの発案者だから自分が決めていく。そんな意思は最初からない。メンバーはあくまで対等でありたい。

「とても良い案だと思うわ。それぞれの意見をまとめたりするより、個々の色を尊重できるし。何よりも幅が広がるものね」

 ツバサはどんなに恐れようと向上心は天井知らず。躓いてもより強い意思で立ち上がる。傷ついても勇気で笑ってみせる。これに加えて《ブレない個性》を手にしたらある種の完成型勇者となるだろう。

「私もそれでいいと思う。どんな曲が提案されるのかという楽しみがある」

 一つに特化していく道もある。でも、逆に言えば飽きられる可能性が高い。プロが作詞するでも作曲するでもない。素人である。だから、この案は純粋に楽しみでもあり、正しい道に思えた。

 冷静な英玲奈の判断であるが、後に自分達が有名なプロによる作詞作曲した曲を歌う機会があるとは微塵も思っていない。覚醒し過ぎた完成型勇者が原因である。

「じゃあにこさん。メンバー加入順ということでいいかしら?」

「そうだね。その方が分かり易いかも」

 

つまり『にこ→あんじゅ→ツバサ→英玲奈』のループ。

 

「ということで私が決めさせてもらうわ」

 

 自信満々。強気に本気。無敵に素敵。元気に優木あんじゅは言ってみせる。

 

「劇をやりましょう!」

 

 これに反応できた者はいなかった。スクールアイドルの二曲目の話を提案した本人が、劇をやると言い出したのだから当然だ。もしツバサがこんなことを言い出したら、あんじゅにバッサリと容赦なく一刀両断にされただろう。少しの沈黙のち『やがて気になる』でも演劇やってたなーっと他のことを一度考え、思考を切り替えたにこが訊いた。

「えっと劇って演劇のこと、だよね?」

「ええ、そうよ。一曲目で自己紹介したのなら、次は私のにこさんへの愛を知らせる。一番分かり易い方法は劇しかないわ!」

 ヤンデレは自分の愛を広める事を躊躇しない。その為の手段を問わない。特に性別という壁を壊す為には、普通のやり方では足りないのだから。

「あんじゅちゃんって一人っ子だよね? 亡くなったお姉さんとかいないよね?」

 思わず漫画のネタと重ねてるのかなと質問してみたが、不思議そうに肯定された。何かのネタという訳でもないようだ。

「……PV用の劇ということだろうか?」

「いいえ、違うわ。PVって曲のおまけでしょ? 曲はおまけよ。愛を伝えることが一番。スクールアイドルは自由に表現していいんだって伝えたいのよ」

 

『絶対にそれこそ後付け設定でしょ!』

 

 恐怖が抜けてないので心の中でだけ突っ込むチキンなツバサ。ツバサなだけに! なんて、言うわけないでしょ!!

 

「プロのアイドルとの差別化。一曲目を見て見限らなかった人達だ。普通の上達よりも、個性的な物で心を掴む方がいいのかもしれない」

「勿論歌も一曲目より格段に上手くなっている事が前提だけど。することを横にスライドさせるのでなく、他のことをしながら絶対的な成長を魅せる。私達のどれを見てスクールアイドルを目指すことになるか分からないのだから」

 にこが未来を目指すように、方向性は別だけどあんじゅが目指すべき物も同じ。そこが面白いなと英玲奈は笑う。ツバサはあんじゅの滅茶苦茶加減に呆れながら、羨ましさを感じていた。自分の弱さを克服する方法を見つけないといけない。あんじゅの次の曲は自分。

 その時までに課題の答えを見つけ、ブレない強さを手に入れる必要がある。タイムリミットはそう遠くない。其れができないのなら自分はスクールアイドルになれる器ではなかったことになる。否、諦めないと言った舌の根も乾かぬ内にそんな弱気になることがもう駄目。

 何があっても強くなる。我武者羅に、滅茶苦茶であっても、これは絶対だ。

「当然曲はラブソングね。劇はすごく甘くて優しいラブストーリーがいいわ」

「ダンスの練習だけでも難しいけど、そこに作曲しながら劇も練習する。あんじゅちゃんが一番負担になるけど大丈夫?」

「私はにこさんが傍にいてくれれば完璧であり続ける自信があるわ」

 答えになっているようで実は答えになってない。でも、にこは敢えてそのことに触れることなく、あんじゅをギュッと抱き締めた。

 

 このあんじゅの発言は大きな波紋となって広がる

 

 演劇部を作りたかったけど作ることの出来なかった美樹のいる音ノ木坂学院

 

 シナリオを書ける人がいない為に、創作劇のできないUTX高校

 

 衣装を作れる人だけがいない上々川高校(けーちゃんの学校)

 

 宿木を求める鳥達のように

 

 一つが足りなくて悔しい思いをしていた者達が集まり絆を紡いでいく

 

 スクールアイドルは自由な大空

 

 この絆こそが夢という想いを目覚めさせる始まり

 

 同時に、綺羅ツバサが覚醒する為のピースが揃う前兆でもあった




合宿で魔法少女ごっこをして町に戻ると、人類が絶滅していた

さやか「私はあいつらとは違う。友情に見返りを求めたりなんてしない」

杏子「あんたなんで生きてんの?」

マミミミ先輩「……」

眼鏡ほむら「あっあの、その……生きてる人、いますか?」

最終回【ほむらちゃん寝る~ほむらちゃんに眼鏡を取らせた元の世界線のまどか 地下行き1050年~】


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10.外伝【亜里沙・UTX会長・ことり】

◇好きの反対は?◇
「私ね、好きの反対は無関心って違うと思うの」
 唐突に膝枕されているあんじゅが切り出した。
「それはつまり好きの反対は嫌いである、ということだろうか?」
「いいえ、違うわ」
 英玲奈の言葉に否を唱えるあんじゅ。その否定の言葉には何かしらの重みを感じた。
「じゃあなんだと思うの?」
 にこの合いの手と共に、愛ある手の温もりを頭部に感じ取りながら答える。
「好きの反対は生理的に無理だと思うの」
「……あー」
「ぅん」
 にこと英玲奈がそれぞれ納得いくような、それとも認めていけないような。微妙な反応を示す中、ツバサが一人立ち向かった。彼女は間違いなく勇者である。
「好きの反対に位置するには少し重過ぎないかしら?」
「あ、綺羅星さんは動かないで。視界に入るのはちょっと。あと、出来れば言葉を発しないでくれる。生理的に無理だから」
「酷っ!」
 相変わらずオチに使われる。勇者とは何度も何度もコンテニューを繰り返される存在でもある。
「もう。あんじゅちゃん……めっ!」
「あぁん! にこさんの天然あざと可愛さが私を狂わせる」
「だから矛盾してるにこ」


◆ガチャピンと同様印象深い話よね◆
とあるホテル経営者の自宅の庭から新種のキノコが発見されたと話題になった。
それというのも奇妙な効果がある「性格反転キノコ」という名前で、効果は食べた者の性格を一時的に反転させるというものだから。
「にこさんが食べたらどうなるのかしら? 目が据わって男らしくなって、綺羅星さん辺りにケンカキックでもするのかしら? それとも綺羅星さんが往復ビンタでもするのかしら?」
「どうして被害者が私限定なのかしら!?」
「そんな酷いことしないよ」
「その優しさが反転するからこそ、そういう行動を取ると思うのよ」
「確かに。一理ある」
 話題を冷静に処理した結果、英玲奈はあんじゅが言った行動を起こす可能性があると思った。被害者がツバサ限定なところに疑問を受け付けてない辺りが、ツバサクォリティである。
「あんじゅちゃんが食べたらにこに冷たくなるのかな?」
 これだけ日頃から好きと言われてる相手である。反転すると生理的に無理になる可能性がある。
「にこさん。好きの反対は愛してるなのよ。だからにこさんに大しては何も変わらないわ!」
 先ほど自分が言い出した答えを直ぐに変える。これがヤンデレである。怖いのでツバサは突っ込むのを回避した。
 そんな中、英玲奈はけーちゃんが食べたらどうなるんだろうと考えた。けーちゃんの優しさに裏表なんてないから、例え反転したとしても優しいままだなって確信を持てた。これが恋する乙女である。  おしまい!


綺羅星「これからが始まりよ! って、あれ? 始まりも終わりも違う世界の人たちだった気が……世界が書き換わってる!?」


◇好きの反対は?◇

「私ね、好きの反対は無関心って違うと思うの」

 唐突に膝枕されているあんじゅが切り出した。

「それはつまり好きの反対は嫌いである、ということだろうか?」

「いいえ、違うわ」

 英玲奈の言葉に否を唱えるあんじゅ。その否定の言葉には何かしらの重みを感じた。

「じゃあなんだと思うの?」

 にこの合いの手と共に、愛ある手の温もりを頭部に感じ取りながら答える。

「好きの反対は生理的に無理だと思うの」

「……あー」

「ぅん」

 にこと英玲奈がそれぞれ納得いくような、それとも認めていけないような。微妙な反応を示す中、ツバサが一人立ち向かった。彼女は間違いなく勇者である。

「好きの反対に位置するには少し重過ぎないかしら?」

「あ、綺羅星さんは動かないで。視界に入るのはちょっと。あと、出来れば言葉を発しないでくれる。生理的に無理だから」

「酷っ!」

 相変わらずオチに使われる。勇者とは何度も何度もコンテニューを繰り返される存在でもある。

「もう。あんじゅちゃん……めっ!」

「あぁん! にこさんの天然あざと可愛さが私を狂わせる」

「だから矛盾してるにこ」

 

 

◆ガチャピンと同様印象深い話よね◆

とあるホテル経営者の自宅の庭から新種のキノコが発見されたと話題になった。

それというのも奇妙な効果がある「性格反転キノコ」という名前で、効果は食べた者の性格を一時的に反転させるというものだから。

「にこさんが食べたらどうなるのかしら? 目が据わって男らしくなって、綺羅星さん辺りにケンカキックでもするのかしら? それとも綺羅星さんに往復ビンタでもするのかしら?」

「どうして被害者が私限定なのかしら!?」

「そんな酷いことしないよ」

「その優しさが反転するからこそ、そういう行動を取ると思うのよ」

「確かに。一理ある」

 話題を冷静に処理した結果、英玲奈はあんじゅが言った行動を起こす可能性があると思った。被害者がツバサ限定なところに疑問を受け付けてない辺りが、ツバサクォリティである。

「あんじゅちゃんが食べたらにこに冷たくなるのかな?」

 これだけ日頃から好きと言われてる相手である。反転すると生理的に無理になる可能性がある。

「にこさん。好きの反対は愛してるなのよ。だからにこさんに大しては何も変わらないわ!」

 先ほど自分が言い出した答えを直ぐに変える。これがヤンデレである。怖いのでツバサは突っ込むのを回避した。

 そんな中、英玲奈はけーちゃんが食べたらどうなるんだろうと考えた。けーちゃんの優しさに裏表なんてないから、例え反転したとしても優しいままだなって確信を持てた。これが恋する乙女である。  おしまい!

 

 

綺羅星「これからが始まりよ! って、あれ? 始まりも終わりも違う世界の人たちだった気が……世界が書き換わってる!?」

 

 

 

私には優しくて頼りになるお姉ちゃんがいる。

 

【魔法が使えない少女】

私、絢瀬亜里沙の一番最古の記憶は日本ではなく、遠い地のロシア。

お姉ちゃんがバレエの練習をしている姿を不思議と覚えている。

その時の私にはバレエという物を当然理解していなかった。

でも、目を瞑れば今でもハッキリとその姿を映し出される。

色褪せたりなんてさせない、私の最高の宝物。

 

次に記憶に残っているのは――私の罪

 

今ならきちんとどういう状況だったかのは理解できる。

パパの仕事の都合で日本に引越しをすること。

ママと小さい私は日本に行くことが決まっていた。

だけどお姉ちゃんには選択肢があった。

 

選択肢が……あった

 

お姉ちゃんが灯した夢という大事な物。

今も尚戻ることのない唯一無二の輝き。

そんな大切な物をあの時の私は《お姉ちゃんと離れたくない》という自分勝手さで奪ってしまった。

もう少し成長していればと思うけど、結局はお姉ちゃんと離れたくないという想いを前に出してしまったと思う。

罪を受け入れながら、何度繰り返しても正解となる言葉に辿り着けない。

私はあの時どんな言葉を言えれば良かったのだろうか?

見つからない、大好きなお姉ちゃんを送り出せる魔法の言葉。

 

本当に魔法が使えるのなら使いたい

 

 

どうかお姉ちゃんにもう一度夢が灯りますように

 

 

だけど、今日も私は魔法使いにはなれない

 

 

 

「亜里沙。また変な顔してるわよ?」

 お姉ちゃんの言葉にぼんやりとしていた意識が目覚めた。私の容姿はお姉ちゃん程整ってはいない。だけど、絶対に可愛い。

「私は可愛いわ。だって、パパとママの娘で、お姉ちゃんの妹なんだもの」

 胸を張って言える事実。他の人から見たらどうかとか関係ない。だから私は可愛いんだ。

「ふふっ。今変な顔をしているのと、元が可愛いかどうかは別の話でしょ?」

 からかうように言いながら、優しく頭を撫でるお姉ちゃん。もっと抗議したい気持ちは、それだけで萎んで消えてしまう。どちらかと言えば魔法使いはお姉ちゃんの方だ。

「あのね、亜里沙。いつも言ってるけど、私の今の夢は亜里沙が夢を持ってくれることなの」

 私が何を考えてたのかはバレバレ。自覚がないけど、お姉ちゃんの夢を奪ってしまったことを考えると、お姉ちゃん曰く《変な顔》になってしまうらしい。私は絶対に認めないけど。

「夢って言うのは自分のことを願うものなんでしょ?」

まだ夢を持ったことがないから確信は持てないけど、普通はそういう物だというのは知っている。

「そうかしら? 誰かの事を想う夢だってあってもいいじゃない。大事な亜里沙が夢を持ってくれる。その夢に向かって邁進する。そんな姿を見られたらお姉ちゃんはとても嬉しいわ」

 頭を撫でていた手が、今度は髪を梳く。こんなに優しくて温かいお姉ちゃんの大事な夢。それを奪ってしまった自分の罪が重く圧し掛かる。魔法使いなら時を戻せたりするのだろうか?

 ううん、そんなことをしても意味がない。それは自分の罪から逃れたいだけの弱さ。今のお姉ちゃんに新しい夢を持ってもらえること。そうじゃなきゃ意味がないわ。そう分かっていても、先ほどのように何度も何度もあの日、お姉ちゃんを送り出す言葉を捜してしまう。今よりずっと強くなりたい。

 お姉ちゃんが夢を取り戻せないでいる原因は、きっと私がまだまだ手の掛かる妹だから。強くなって大丈夫だって思われたのなら、お姉ちゃんも真っ直ぐに夢を探してくれる。あの頃みたいに輝いた瞳で、全力で夢を目指してくれる。

 

 魔法使いになりたい。魔法が使えたのなら今よりずっと強くなれるから。でも、この世に魔法なんてないことを私はもう知っている。だけど、魔法のような出逢いがあることもまた、私は知っている。

 

 

 GWが明けて数日後の朝、お姉ちゃんがなんと表現すればいいのか分からない、そんな不思議な表情を浮かべて座っていた。私はここしかないと思って元気に指摘する。

「お姉ちゃん。今とっても変な顔をしているわ!」

 私の言葉に今起きたようにハッとした後、一本取られたみたいに笑った。

「ね、変な顔でしょ? 亜里沙はよくこんな顔をしてるのよ?」

「うっ」

 だけど流石はお姉ちゃん。転んでもただじゃ起きない。一番強い海未ちゃんですら『まだまだ絵里には届きません』と口にさせるだけあるわ。

「私は可愛い顔だもの」

 口を尖らせてせめてもの反論をするが、含み笑いをされるだけでスルーされてしまった。こほんとわざと咳をしてから話を戻す。

「お姉ちゃん何かあったの?」

「……昨夜ね、元モデル仲間から急なお誘いを受けてね」

「なんのお誘いなの?」

「亜里沙はスクールアイドルって知ってるかしら?」

 スクールアイドル。何か昨日色んな所で聞いた気がする。その単語が意味するところは分からないけど、タピオカみたいなブームの物なのかもしれない。

「流行りもの?」

「ううん、全く流行ってはないわね。寧ろこれから流行らせようとしている、女子高生限定の部活動みたい」

「部活動?」

 今通っている中学校は部活動は強制的なので歴史研究部に所属している。といっても週一である部活の時間以外は幽霊部員だけど。だからこそ部活動と言われても特にピンとこない。

「お誘いっていうのは、お姉ちゃんがそのスクールアイドルっていうのを始めるってこと?」

 お姉ちゃんは首を横に振って否定し、大きな不安と小さな期待。そして、あの頃を思い出させるような輝きを瞳に浮かべて言う。

 

「スクールアイドルのダンス指導をしてほしいって、そうお願いされたの」

 

 お姉ちゃんがダンスの指導をする。言われたばかりの言葉を何度も噛み締めて心に送る。お姉ちゃんが私の所為で諦めたバレエ。今でもダンス教室で趣味だけど続けてくれている。その成果が他の人たちへ受け継がれる。

 

 正直、この時の私はスクールアイドルが実際にどういう物なのか全然理解してなかった

 

 お姉ちゃんとの別れが訪れることも、当然として想像すらできていなかった

 

 ここが私達姉妹のお別れへのプロローグ

 

「つまりはコーチってこと?」

「そうね。相手はダンスとか無縁のようだから、教える側としては素人の私が指導なんて出来るか分からないけど。取り敢えずは会ってみようと思うの」

 お姉ちゃんが困ったように眉を潜めながら、それでも頬が緩んでいる。それはまるで不安と期待の量が入れ替わっていくみたいに。もしもお姉ちゃんの中で不安が消え、期待だけが残ったのなら取り戻せるのだろうか? ううん、お姉ちゃんの新しい夢が灯るのだろうか?

 私の小さな胸がドクンドクンと痛みにも似た勢いで熱くなる。なんて言葉を今かけるのが正しいのか分からなくて、感情が制御出来なくて、何故か私は泣いていた。

 

 そう遠くない未来

 訪れる別れを感じていたのかもしれない

 突然のことでも優しく抱き締めてくれるお姉ちゃん

 ここがお姉ちゃんとのはじまりのさよなら fin.

 

 

 

最近は卒業シーズンなので未来偏。本編がどこまで続くか分からないのできっとネタバレじゃない!   !!卒業といえばわたモテ12巻!!

 

【とある会長の卒業】

◆Distance◆ ――UTX高校

 肌を刺すような寒さはあれど、空は澄んだ蒼穹。冬と春の狭間。子供から大人への階段をまた一つ上る生徒たち。白を強調したお洒落な制服に身を包むことも、ビルのようなセンスある校舎に生徒として来ることももはやない。

 今日はUTX高校の卒業式。其れはスクールアイドルが誕生してもうすぐ一年という証でもある。芸能コースの生徒でありながら、部の設立を希望した生徒の案を受諾した生徒会長の卒業でもある。

 

 UTX高校の生徒会長は卒業式に出る直前まで会長としての仕事を行い、後任の生徒へと引き継ぐ。式の終わった今、彼女は無事に生徒会長を二年間やりきることが出来た。

 元々生徒会長となるのは三年生からの予定だった。少なくとも彼女が一年生で書記を勤めていた最中は。だけど、当時の二年生だった副会長が生徒会長に就くという重圧に負け、卒業式近くになり辞退、生徒会から抜けるという事件が起きた。

 

 混乱状態に陥った中、一年生の身ながらも立候補することでその混乱も収まったが、当然引継ぎ期間も短く、覚えることは多岐に渡った。彼女が二年生になって早く帰れた日など、そこから一日たりともなかった。教員の間で例外として、今年だけは二人体制にすべきではないかと話し合いがなされたが、結局は破棄。歴史のない高校で箔を付けるために妥協は許されない。そう結論付けられた。

 

 だが、その結論こそが少女を最も優秀な会長と言わしめる結果を生む。会長という仕事は機密も多く、部屋も一人だけ。だけど就任半月で気付く、効率だけを求めても作業は捗らない。仕事内容はともかく、突き詰めれば人との繋がりが大事である。

 

 何も其れは生徒会という身内同士だけという話じゃない。部活面のことであれば部活をしている一般生徒。トレーニングルーム等の話なら芸能コースの生徒。勿論UTXの顔でもある特待生達。そして、それ以外のこととなれば一番人数のいる部活をしていない一般生徒。つまり全生徒と繋がりを持つこと。

 

 そして、教職員に受付等の事務員。カフェの店員も含めた高校関係者。効率を得る為に多くの非効率とも言える縁を集める。前生徒会長は仕事のみを突き詰めていたが、彼女はその逆をいった。

 

 当然一人ひとりに多くの時間を割くことは出来ない。それでも、この高校には自分という生徒会長がいる。何かあれば話なり相談なり出来る相手がいる。こう思って貰えるだけで充分な意味を持つ。逆にこちら側から話が必要な時、顔を見知っていることが円滑に事を進めてくれる。

 

 だからこそ彼女は二年生でありながら生徒会長として全うし、三年生になっても会長を続けることが適った。経験も繋がりもある三年になってからの方が楽である。何事もスムーズにこなせる自信があった。驕りではなく、経験からくる当然の自覚。

 

 その自信を揺らがせるように、GW明けの生徒会室に二人の生徒がやってきた。

 

『部を認めてくれただけでなく、部室を与えてくれことに感謝しかありません。今日は一つお願いがあってきました』

 

 始まりはそんな言葉。度胸はあれども、覚悟が伴ってない。だから直ぐに帰らせるつもりだった。だけど、そうはならなかった。目の前でなかった筈の覚悟を灯し、勢いと共に夢を口にしてみせた。

 

 馬鹿馬鹿しいくらいに未熟者

 

 逆に言えば熟す可能性を十二分に秘めていた。顔にも言葉にも出さなかったが、面白い生徒だなと思った。自分たちの夢が零に等しいと分かっていながら、世界規模の歴史に高校の名を刻むと言い切った。その可能性を買えと。

 

 商品に値しない筈の物に価値を吹き込み、叩き売ってみせた。本来なら買うべきではない物。だけど、モデル界の頂点に咲きながら、モデルをしていることに後悔の陰りを見せる少女を知っていた。スクールアイドルという者が猛毒なのか、特効薬になるのか試したくなった。

 

 薬になるということはUTX高校にとってマイナスを生む毒になる。そういう意味では存在自体が毒だったのかもしれない。だが一人の少女の心を救った。学校を敵に回しながら、注目を集めながらも練習場、期間限定とはいえ部室も奪われながら、それでも笑ってみせた。

 

 反省の色すらみせない愚か者

 

 だというのにありえる筈のない可能性を垣間見た。歴史を動かすのは常に英雄だけではない。愚者が王を討つことで動くこともある。決して英雄になることはない愚者。だけど、新しく紡がれる歴史がそうとは限らない。

 

 だからこそ、だろうか。生徒会長二年目は去年の比ではないくらいに困難極まった。賢者は歴史から学ぶが、愚者とは何度でも失敗を繰り返す。反省しないのだから当然だ。時には私すらも騙して反則ギリギリのことをやってのけた。

 

 お陰でスクールアイドルを擁護するだけでなく、自分の立場も守らなければいけない時もあった。頭痛と胃痛に苛まれた時もある。正直見捨ててもいいのかもしれない、と思わされた。だけど、同じ学校の生徒だ。問題児であっても其れは変わらない。

 

 何より、あんな大口を叩いて退学になったのでスクールアイドル活動は出来なくなりました。では擁護した全てが無駄になる。そう思い続けて最後まで擁護し続けた。

 

『では生徒会長。貴女が認めたスクールアイドルがこの学校にとって有益だったのか。必要だったのか。これからも存続させる意味があるのか。全校生徒に問いましょう。もし、反対票が三割を上回った場合、今日を持ってその座を私に譲ってもらいます!』

 

 面白い生徒はもう一人いた。卒業目前の二月。推薦で受かってる私に対して述べた下克上。もしも反対票が賛成票を上回っても受験には影響しない。それでも彼女は全校生徒を巻き込んでスクールアイドルの成否を問うた。

 

 結果はまるでドラマのようだった。一票を除き賛成票に入れられたのだから。一般生徒から次期生徒会長の座を射止めた彼女。でも生徒会長になるのは今日からという結果になった。下克上は大失敗。独り相撲。そんな風に言われるが何故彼女があんなことをしたのか私だけが知っている。

 

 色んな思い出が心に染み渡る中、静けさだけが支配するホール。既に他の生徒達は退出した後。この静寂が確かな終わりを実感させた。二度とここには戻ることはない。だから、私も生徒会長という役職を終え、一生徒としてここを出よう。入学式で緊張していた過去の自分と今の自分が重なる。重圧から開放され、あの日のように少しだけ足が震えた。

 

 様々な経験を積み重ねても、変われていない弱さもあるようだ。足を解すように軽く叩き、震えが治まってからホールを出た。そして、

 

「ご卒業おめでとうございます」

 

 問題児からの祝福を受けた。

 

 

◇生徒会長からの挑戦状◇

 

「卒業おめでとうございます」

 卒業式の行われたホールから一番最後に出てきた生徒会長にツバサがスクールアイドル三人を代表して、声と共に花束を差し出す。

「ああ、君たちか。ありがとう」

 普段の怜悧な表情ではなく、そこに浮かぶのは可愛い声に似合った年相応、それ以上に若く見える人懐っこい笑顔。彼女は全てを見事にやりきって、今日この学校を卒業するのだ。

「本当はここでもあなたを待つ人は多かったのですけど、私達を見ると空気を読んだように散ってしまいまして」

「学校一の問題児がいれば誰だって関わらないようにするわよ」

 生徒会長に一番迷惑を掛けたのは間違いなくツバサである。故にあんじゅの言葉に反論出来ず。されど胸を張って言うのだ。

「手の掛かる子ほど可愛いって言うでしょ?」

「そういうのはここあちゃんやこころちゃんみたいに可愛い子を指すのであって、義務教育を終えた男に対しては使わないわ」

「男じゃないわよ、女の子よ! っていうか、そのネタもう使われないと思ってたのにこんな場面で使う!?」

 初めて相対した時は緊張に飲まれそうだった二人が、会長の前でも普段と変わらない態度でいられる。これは成長なのか、神経が図太くなっただけか。次問題を起こしたら退学と噂されるツバサは神経以外は退化したのかもしれない。

「君達は相変わらずだねぇ」

「この人と一緒くたにされるのはごめんなのだけど。ともかく、綺羅星さんのお世話お疲れさまでした」

 心身ともに満たされてるあんじゅは、心の底から労わるようにそう告げた。勿論、笑顔ではなく苦笑いを返された。

「会長が引き会わせてくれたお陰で、私は今とても幸せです。ありがとうございました。そして、ご卒業おめでとうございます」

 ツバサが渡した花束以上に価値のある英玲奈の満面の笑み。謎解きのような摩訶不思議の手紙と共に訪れたのがスクールアイドル三人との邂逅。それを与えてくれたのが生徒会長だった。

「完全なる猛毒に、君まで感染されてしまったようだけど」

「最高の中毒です」

 モデルをしていた頃にはなかった力強さ。溢れ出る自信。これこそが成長。

「真っ先に見送られるのが君達三人とはねぇ」

 感慨深く三人の顔を見渡した後、表情が普段の怜悧な物に変わる。

 

「スクールアイドル」 

 

 一言呟くと、今度は睨むように三人の顔を見た。そして、ツバサを見たまま告げる。

 

「君は私に言った。歴史に刻む可能性を買って欲しいって。その結果がこれなのかなぁ?」

 

 ラブライブを開催するどころか、初PV以降TVでスクールアイドルという単語が触れられたことはない。まるで禁じられた言葉のように。だけど、この一年でスクールアイドルの数は増えた。それだけは確実にいえること。

 

「確かにスクールアイドルが三校しかなかった頃に比べたら増えはした。だけど逆に聞こうか。君達が卒業しても続いていく保障はあると思う?」

 

 歴史に刻むどころか、安定した部活動として定着するのか否か。反則ギリギリを攻めた結果がこれなのだ。来年は生徒会長が変わるし、色々と後がないツバサはもう邪道を封じられた。ここから先は正道で広めていくしかない。

 

 だけど、本当に其れで定着できる自信があるのかどうか。恐らく理性が出す答えは否。後二年で絶対的な部活動として受け入れられる可能性は……未だ零ではないに過ぎない。

 

「愚問ね。大いに愚問だわ。そんなことを問うとはこの一年でまるで成長してないんじゃないかしら?」

 

 零でないのなら可能性は無限に広がっている。未来は常に変わるチャンスを与えてくれている。未来を信じずにサレンダーするなんてありえない。ライフがゼロになっても負けたと思わなきゃ負けじゃない! いや、其れは完全に負けでしかない。

 

「言うねぇ。だったら私と賭けをしよう。二年後の卒業式に今の君達のように、今度は私が見送りにこようじゃないか」

 

「見送りに?」

 

「ああ。その時の君達は果たして今のように自信満々に対面できているだろうか? それとも、私のことを視界に入った途端、顔を伏せ、逃げるように学校を後にするのか。勿論、賭けに乗らないのなら私はこない。どんな結果になろうと、逃げ帰るなんて真似をしなくて済むよ」

 

 理解力が乏しいと言われてネタにされるツバサであるが、この言葉が意味する真の意味を理解できた。これは賭けと偽った生徒会長の激励。卒業生として在校生への贈る言葉。つまり餞というやつだわ。 ※餞の意味を履き違えています

 

「受けて立ちましょう。そして、その時貴女はこう言う。『零ではない可能性は無限だった』とね」

 

「そんな中二台詞吐くのは綺羅星さんだけよ」

 

 決まったと思った瞬間、まさかの背中からの奇襲。これは致命的か・・・!?

 

「いや、いいよ。もしも本当に歴史に名を刻めると私が思ったのなら、その言葉を贈ろう」

 

 ツバサと視線を交わし、そのまま柔らかい笑顔のまま会長が去る。この後、本当に多くの人たちに囲まれるであろう。自分達が卒業する時はどうなっているだろう? 今のままではほとんどの人から避けられるかもしれない。これを口にしていたら、それはツバサだけであって、私達は違うわよと正論を告げられていただろう。

 

 とにかく今分かっていることは、自分達を擁護してくれていた会長が去り、スクールアイドルを否として一票を入れた新しい生徒会長が就任した状態で始まるということ。難易度は更に跳ね上がる。

 

「頑張りましょう。これからの二年間は今までよりずっと厳しい戦いになるわ。だけど、私達なら大丈夫。この一年で培った――」

「ええ、もう会長との挨拶は終わったから直ぐににこさんに会いに行くわね!」

「――って! 私の話聞かずにどうして電話してるのよ!」

 

「あ、ごめん。けーちゃんから電話が入って」

 

 まさかの英玲奈すらも電話していたこの現実。結束の力ってコンビニとかで売ってないかしら? もうやだ、駄目かもしれない。と、弱気になるツバサであったが、この二ヵ月後……運命のダイスはツバサに微笑む。

 

 そして、ツバサが想像したとおり、生徒会長だった彼女は多くの生徒に囲まれて、涙され、感謝の言葉を与えられていた。全ての挨拶を終えて学校を後にする前、生徒会長室の方を見て微笑んだ。皆が下克上と言ったあの投票の本当の意味。其れは自分がスクールアイドルにしたのと同じこと。前を見て歩き出す。唯一反対票に入れた生徒がUTX高校を背に、卒業を果たした  fin.

 

 

 

 放課後の教室で一人残って、空白のままのプリントを前に溜め息を吐く少女――南ことり。中学三年生。得意な事は洋服作製とお菓子作り。それから大好きな幼馴染たちの応援。

 

ことり【私の将来の夢は……】

◇naturally◇ ――中学校

「はぁ~。志望校どうしよう」

 

 まだ本格的な志望校を書き込めという訳ではない。どこへ進むのかを変わってもいいから、受験生である自覚を持たせることが学校側の狙い。勿論、既に本命を絞っている方が安心である。そんな中で何一つ書き込めない生徒はクラスでことり一人。

 

 昔は幼馴染の皆でオトノキに入学するものだと思ってた。一番年上の絵里と亜里沙・雪穂は残念ながら一緒に通うことはなくとも、同じ学校の卒業生となる筈だった。でも、それは絵里がモデルを始めるかどうか悩んでた時に話し合って消した選択肢。

 

 専門の学校に進むことになる絵里に対して、それぞれがオトノキ以外の学校に進もうと決めた。絵里だけを除け者にしない為の提案。その時はまさかオトノキがことり達の代で受け入れを終了し、その長い歴史に幕を下ろすとは想像してなかった。

 

 思えば家の周りでオトノキの制服を見かける機会が減っていた気がする。昔憧れたあの制服はもうすぐ完全にみることがなくなる。胸をギュッ掴むような切なさが刺激する。その痛みにも似た感情は、穂乃果と海未の志望校と別になる切なさと相まってより深いモノになる。

 

 同い年の二人の志望校は既に決まっていて、女子剣道が強い有名校へ。同じ学校を希望することも可能だけど、ことりはそうはしなかった。唯単に二人と一緒の学校に通いたいから、なんて中途半端な理由じゃ、部活に情熱を燃やす二人に対してとても失礼だから。

 

 二人とも将来は家を継ぐことが決まっている。だからこそ、夢のない自分はより真剣に志望校を選ばなければならない。そう思えば思うほど、思考の迷宮は広がっていく。焦りに疲れると溜め息が出る。悩み⇒溜め息⇒悩み⇒溜め息。最悪のワルツ。

 

 洋服をデザインすることが好きで、製作することも好き。だけど、将来の夢にしたいかと問われたら答えに詰まってしまう。自分のセンスは多くの人に受け入れられる物ではないことを理解していた。誰かの為の一点物。つまりはオーダーメイドに特化している。

 

 そんなことが許されるのは極限までセンスを磨き上げ、認められたほんの一掴み。雲の上の存在だけである。名前と違って空を飛べない自分には夢のまた夢。流れる雲の下にすら届かない。挑む勇気もないのだから当然の話。

 

 ならばお菓子作りはと言えばこちらは完全に趣味。美味しいと言って貰えると嬉しいけど、自分なりのアレンジに挑戦したりはしない。レシピ通り作って美味しいのなら、それが正解でいいと思っている。

 

 将来の夢もなく、目指したい学校もない。まるで皆に取り残されてしまったみたい。この気持ちが悩みの元。今は取り敢えず友達と同じ学校を選んでおく。書いておかないといけないから自分の実力で届きそうな学校にしておく。そんな生徒もいると思う。そう理解してもこの焦りはなくならない。

 

 運動が得意だったら体を動かして解消でもきるのかもしれない。でも、自分は残念ながら得意とは言い難い。だからこそ応援する側に回ったのだ。そのツケが今こうして回ってきた。一緒に剣道をしていたら同じ学校を目指していたのかも。

 

 ぐるぐると答えの出ない踊りは続く、されどプリントは進まず。このまま夏が過ぎて本格的な受験シーズンが訪れた時はどうしてしまうんだろう。不安しかない。とにかく勉強に勉強を重ねて、その時の自分に合ったラインを狙うべきか。其れが正しいんだと思う。

 

 だけど、一つだけ思うことがある

 

 これは決して正解とは言えない。オトノキに入学するという道。皆で答えを出した物を反故にする意見なのかもしれない。廃校になるということは後輩ができない。クラスメイトだって少ないものになるだろう。圧倒的に人との出会いが少なくなる。何か部活動を始めるという切っ掛けもないと思う。

 

 それなのにこの道しかない気がする。答えが出ない中で最も簡単な逃げ道なのかもと思う。失礼だけど受験勉強を必要とせず、合格できるのは間違いない。勉強が嫌いな訳じゃないけど、ピリピリとしてくるであろう今後を考えると其れはありがたいかなぁ。

 

 何よりも自分だけがオトノキに入学出来る資格を持っている。来年の生徒募集はない。つまり花陽も凛も雪穂も亜里沙もどれだけ望んでも入ることは叶わない。あの頃当然だと思ってた道を歩めるのは自分だけ。

 

 あの制服を着て、憧れた学校に通う

 

 自分だけがという免罪符があれば絵里が罪悪感を覚えることもない。このまま答えが出ないなら、この道を選ぼう。一応真っ先に絵里に相談してみるのがいいかも。穂乃果と海未には今は一所懸命に剣道のことだけを考えていて欲しい。

 

 プリントには《音ノ木坂学院》と書いて出した。正解から背くとしても、今はこれだけが精一杯の答え。

 

 

 それから少し時は流れ、モデルの仕事が忙しい絵里から電話があった。オトノキを目指そうかと思っていることを相談しようと思いながら、なんだか勇気が出なかったので丁度いいタイミングだった。その筈だったんだけど……。

 

『ちょっとことりに相談があってね。相談というか協力をお願いしたいんだけど』

「えっ?」

 

 相談したいと思ってた相手からの突然の申し出。一番のお姉ちゃんである絵里が頼ってくれるのは純粋に嬉しい。自分の悩みなんて置いておいて、絵里の話に耳を傾けた。

 

『スクールアイドルって知ってるかしら?』

「え、うん。あの高校生の部活でやるアイドル活動だよね?」

『うーん、やっぱり一般の子にはそう思われてるのね』

 

 何か間違った認識だったかなと頭を傾ける。奇跡の統堂と謳われた有名モデルがモデルを辞め、スクールアイドルを始めたと話題になったのを覚えてる。そして世間にも注目されたPVはお世辞にも褒められたものではなかった。以降の活動等は記憶にない。

 

『実際にはアイドル活動とは違うのよ。自分達を輝かせる方法も手段も全て自分達で模索して選ぶ。プロデュースしてくれる人なんていない。進むのを諦めなくても三年間という高校生活が終わればそこで終わってしまう』

『限られた時間の中で青春という大輪の華を咲かせる。言葉にすれば簡単だけど、何もない下地の中で其れがどれだけ難しいか。所属する事務所もない、人気番組に出れる訳でない、背景はない』

『そんな過酷な部活動を広めて、定着させようとしている大切な仲間がいるの。世間から目を背かれても、唯のアイドルの真似事だと思われても、胸を張って自分達はスクールアイドルなんだって立ち向かえる。そんな大馬鹿者達がスクールアイドルなの』

 

 驚いた。絵里がこんなに熱くなることがあったなんて。自分達を妹と呼び、そんな妹に何かあれば熱くなることがあるけど、他の誰かの為にこんな熱くなる絵里は初めてだった。そう言えば亜里沙から聞いたことを思い出す。ロシアにいた時のバレエ選手を志していた頃の絵里がこんな感じだったらしい。幼すぎてお母さんから聞いた話らしいけど。

 

 それでも亜里沙の最古の記憶はバレエを練習していた絵里らしく、今の絵里に近いのだろうと確信が生まれた。そこで不思議に思う。スクールアイドルは普通の学校の生徒がする物だった気がする。そのことを質問してみた。

 

『私はスクールアイドルじゃないわ。コーチ的立場ね。ダンスを教えているんだけど、何だかんだ手が掛かってね』

 

 口ではそう言いながらとても楽しんでいることが伝わってきた。もしかして絵里は夢を見つけたんだろうか? それとも其れに近づく何かを得たのかもしれない。亜里沙がずっと負い目に感じてた物が解消される日が近いのかも。そう思うと心が温かくなった。

 

『それでね、ことりにはスクールアイドルの衣装デザインと製作を手伝ってくれないかってお誘いなんだけど、興味ないかしら?』

「えっ?」

『あ、ことり一人に任せるって訳じゃないの。今担当してくれている人がいるんだけど、他にもいる方が刺激になるし、勉強にもなるって。その話を聞いた時にことりしかいないと思ってね』

 

 受験生である自分にそんな誘いをかける辺りが絵里らしくて笑ってしまった。自分が受験をしなかったから、受験ということが抜け落ちているんだろうなぁって。頼りになるけど少しだけ天然な部分が可愛い。

 

 これは運命だったのかもしれない。受験勉強を必要としないオトノキに進めという後押し。夢を見る前に諦めるのではなく、好きなことを好きなだけ経験して、それから将来を考えるべきだと。空を羽ばたく翼がないのなら、自分で翼に代わる何かを作って飛べばいいんだ。

 

「絵里ちゃん。詳しい話を聞かせて」

 

 

 南ことり。彼女がスクールアイドルになることはなかった。衣装作りに専念し、始まりのスクールアイドルと呼ばれる彼女達が現役の時代は何度かステージに出されることがあったが、彼女達が卒業してからステージに立つことは一度としてなかった。

 

 しかし、一緒にいた約二年半という時間の中で挑戦する楽しみを骨の髄まで教え込まれたことりは、後のスクールアイドルのベースになるあるシステムの基盤を作ることになる。誰かを応援する気持ち。衣装作りが大好きだという気持ち。その優しさが道となる。

 

 スクールアイドルは学校の代表。だけど、他の部活動と同じである必要はない。敵に塩を送るという言葉があるけれど、スクールアイドルは大きな意味では大切な仲間。だからこそ、スクールアイドルになりたいけど、衣装を作れない。だから諦める。そんなのは許さない。

 

 にこは制服だけでもやれるようにと考えたが、ことりは違った。やっぱり可愛い衣装を着て歌って踊って欲しい。これは自分の我侭だと開き直る。そして、衣装製作依頼を受け、他校の生徒の衣装をデザイン。もしくは製作。或いはその両方。仲間たちの為に尽力し、エールを送る。

 

 彼女の優しさが生んだ軌跡は広がっていく。衣装だけでなく、作詞や作曲を請け負う人も現れてスクールアイドルを始めるハードルが大きく下がった。踏み出す一歩は勇気とやる気さえあれば出来るのだと思わせることに成功した。

 

 南ことり。彼女がスクールアイドルになることはなかった。しかし、彼女の優しさが数多くのスクールアイドルを生み出す切っ掛けとなった。其れは世界に広がることになっても尚、残り続けるシステム。世界すら越える翼。彼女の生んだ奇跡。

 

 スクールアイドルファンは彼女に尊敬と敬愛と感謝を込めてこう表した

 

 南ことりは音ノ木坂学院最後のスクールアイドルである、と  fin.



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11.毛物語 -友情篇-

「きらっきー」という挨拶をする《虹河ラキ》を応援すると本当にチャンスなんだから!

※この作品はR指定の為、今後ちょっと卑猥な言動が入る恐れがあります。GL度アップ!


◇コスプレ幽霊◇
アラもう聞いた?ダレから聞いた?
紅蓮女のそのウワサ
「待ってウワサさん。僕はそんなウワサを作った覚えはないよ」


◆まほいく大好き◆

「亜里沙って以前魔法使いになりたいって言ってたよね」
「ええ、言ったわ」

 お姉ちゃんのことで愚痴ってしまった時に一度だけ零した弱音。そんなことを覚えてくれているからこそ、雪穂は一番の親友なんだって亜里沙は改めて思う。同い年で、同じ妹という立場であるのに頼りになる存在。幼馴染達の中で一番距離が近いのに、そういう意味では目標として大きな差が開いている。

「それって今も変わってない?」
「変わってないわ」

 なれるのならなりたい。お姉ちゃんに魔法を掛けられる自分に。夢を取り戻して、今よりずっとずっと輝いているあの頃のお姉ちゃんに戻れるように。

「あのね、魔法使いじゃないんだけどこのアプリを見て」
「魔法少女育成計画?」
「このアプリを遊んでいると魔法少女になれるって噂があるんだー」
「魔法……少女」

 魔法が使えるのなら魔法使いも魔法少女も差はない。勿論、亜里沙だって本当に魔法少女になれるなんて思ってない。だけど、雪穂の気持ちがとても嬉しい。

「私、このゲームやってみたい」
「うん、一緒にやってみよう。一人用みたいだけど、教え合いながらさ」
「ええ!」
 
 二人でそのアプリをインストール。してはいけないゲーム。残酷に染まる未来に抗う術はもうない。

「名前、名前かー。本名はダメだけど、何か自分の名前から取りたいなー」
「本名はダメなの?」
「身バレっていうのは危険だからね。絶対にしちゃダメだよ」

 この先身バレして殺される少女の悲しみを背負うことになる。これは知らず内に予知していたのかもしれない。

「雪穂はどうするの?」
「そうだね、雪穂の雪を取ってスノー。でもそれだけだと誰かと被ってそうだから……ホワイト。スノーホワイトって名前にしようかな」
「素敵な名前ね!」

 スノーホワイトはやがて無表情を貼り付け、消火器を隠し持ち、唯一自身を破った者の名前を付けた武器と友人の形見の武器の二つを使いこなす。悪い魔法少女を退治し続け、付けられる通り名は《魔法少女狩り》。

「私はどうしよう。亜里沙だから……う~ん、難しいわ」
「別に自分の名前を由来にしなくてもいいんだよ」
「でも」

 お揃いにしたい。だけど、突如閃いた名前がある。それと同時に、昨日やっていた映画のタイトルがアリサの一文字違いであることに気付いた。更にもう一つの名前を思いつく。合計三つ。圧倒的豊作!


〇突然の閃き『ラ・ピュセル』にする

〇亜里沙の一文字違い『ハードゴアアリス』にする

〇知性は落ちそうだけど、唯一生き残れそうな『フェリシア』にして死亡フラグを回避する。ふんすふんす!


「アリサとアリスは近いし、昨日やってた映画のタイトルそのままでハードゴアアリスにするわ」
「じゃあ一緒に頑張ろうね。ハードゴアアリス」
「ええ! 魔法少女になりましょうね、スノーホワイト」

――逃れられない死亡フラグ

「スノーホワイトが……雪穂がいてくれれば。この街から夢が閉ざされることがない」
「アリス!」
「そう、信じてるから。空から降る雪の一つひとつに真っ白い希望に包まれた夢が降って、多くの人が輝く未来の為に頑張れる。雪穂がそんなみらいをつくってくれるって、信じてる」
「亜里沙」
「……しんじて、るから」

 命の灯火は消えども、想いは受け継がれ、街には夢が消えることはない

 今は雪ではなく哀しみの雨が頬を毀れ伝い、「またね」のない別れに胸が締め付けられた

※本編とは何ら関係ありません


◆sugar sweet nightmare◆ ――にこの部屋

「そろそろ日も暮れるし、お暇しましょうか」

 

 切り出しながら立ち上がるツバサ。中二病なので勘違いされがちだが、きちんとした常識も持ち合わせている。

 

「謝罪にきたのに随分と長いしてしまった」

 

 其れに同意するように英玲奈も立ち上がる。このメンバーの中で一番の常識人は間違いなく英玲奈である。

 

「……ええ、そうね。ファーストコンタクトで失態を見せてしまったのに、遅くまで居て非常識な娘と思われては困るものね」

 

 あんじゅも未練という荷を背負い、ゆったりとした動作でベッドから腰を上げた。

 

 あんじゅに対しては半ば恐慌状態だったツバサ。手の震えが止まらなくても、足が竦んでも、口が言葉を発するのを恐れても、それでも立ち向かえる者。絶望に抗える者。そんな者こそが勇者と呼ばれるんだ!!

 

「人の枕を持って帰る女子高生とか、非常識以外の何でもないわよ!」

 

 左手に鞄。右手ににこの枕。当然枕の譲与は許可されていません。これは常識的なツッコミ。しかし、現実は非常である。

 

 断固たる決意なき者がヤンデレに突っ込むこと…

 それは銃を持たずにライオンと向かい合うことと等しい。

 

 あんじゅは指摘したツバサを今度こそ正真正銘のカトブレパスの瞳が如くで睨み付けた。絶望には抗えても、ヤンデレには抗えなかった。即死効果でツバサの残機が減った。否、元々ツバサの残機は0。その結果が齎す答えは一つ。

 

 

 燃えたわ

 

 燃え尽きた

 

 真っ白に

 

 だから

 

 もう、いいわよね

 

 私、頑張ったわよね

 

 もう……ゴールしてもいいわよね?

 

 

「ダ~メ!」

「あぁん」

 

 名残惜しくてギュッと枕に顔を埋めた後、子供が拾ってきた動物を元の場所に戻すように枕を戻した。漂うそれはもはや哀愁というより愛執の念。とはいえ、流石ににこも枕を上げる訳にはいかない。これが新品か昨日一度だけ使ったのなら、袋を用意してプレゼントしてあげていたけど。

 

 しかし、ここで普通に諦める思考を出来ないのがあんじゅ。病むくらい相手を好きなヤンデレは発想を逆転させる。

 

「にこさんが毎日私の枕で眠れば、この枕と同じになるわ。今夜から私の部屋で一緒に暮らしましょう」

 

 これ以上内発案だと確信しながら、置いた枕に代わって膝を着きにこに抱きつく。この問題しかない発言に、ツバサのツッコミ魂が体に戻り『残機尽きても私は戦う』とか言いながら意識を取り戻していたけど、そんなことはあんじゅにとって些末なこと。

 

「にこはきちんと自宅謹慎って言われたから、お家にいないとダメなの」

 

 流石にヤンデレとはいえ回答は分かっていたので、代わりにというように頬ずりして、愛情補給。なんだかいつもよりずっと甘い愛ある反応をしてくれたので、別れるのが狂おしいくらいに切ない。だけどまだ同棲していない以上、この別れは受け入れるしかない。

 

 枕より深い名残惜しさの中でにこから頬を離して、腕を解く。このまま続けていたら非常識の子の烙印を押されるまで根を生やしてしまう。全身が錆びたように重くなりながらも、動ける間にこの家を出なければならない。

 

「うーん」

 

 そんな切なさ炸裂しているあんじゅを見て、にこが少しだけ考え込み、直ぐに答えを出した。

 

「あんじゅちゃんは少し待ってて。にこはツバサさんと英玲奈さんを見送りに行ってくるから」

「――え?」

 

 まるで不幸を象徴するような、ピキッという聞こえる筈のない不協和音が耳に届いた。甘え過ぎたのか、最後に枕を持って帰ろうとしたことがスイッチになったのか。其れは分からない。膝から崩れ落ちそうになるのを防衛本能が支えてくれた為、どうにかベッドに不時着するに留まったけど、心の中が痛いくらいに何も考えられなくなる。

 

 本当の恐怖の前では原因を追究することも、後悔の念を抱くことすら出来ない。

 

「じゃあ待っててね」

 

 ベッドにダイブしたあんじゅを特に変に思うことなく、にこが明るく言う。英玲奈は普通に、ツバサは気の毒そうに別れを告げて、にこと共に部屋を出て行く。あんじゅに返事をする気力は残されていなかった。空白と空虚感が同時に襲う――。

 

 

◆見送り◇ ――矢澤家玄関

 ツバサと英玲奈が靴を履くと、にこに振り返ると直ぐにツバサがフォローを入れる。

 

「あんじゅさんにとってはアレが正常だから、怒らないであげて」

 

 どれだけ自分を傷つけようと、仲間を思う気持ちは最強勇者と遜色ない。自分の進むべき道を迷ってる最中でも優しく出来ることが、やがて誰もを魅了出来る武器と成る。が、今はまだ悩みながら模索する始まり。スタートラインすらまだ見えぬ霧の中。それはともかく、

 

「えっ、と?」

 

 にこは何のことを言われたのか理解してなかった。その反応にツバサも頭を捻った。

 

「あんじゅさんを一人残したのは何か叱るのかと思ったんだけど、違うみたいね」

「叱るなんて、あんじゅちゃん悪いことしてないよ。ツバサさんに対して少し当たりが強いのは確かだけど」

「それは構わないわ」

 

 そう言い切れるツバサの心の広さににこは感服する。あんじゅにもう少し優しくするようにお願いしようと誓う。が、ヤンデレ成分が強いので意味があるかは微妙だなぁと、あんじゅを理解しているにこである。

 

「英玲奈さん。けーちゃんさんに作詞の件よろしくね」

「ああ。了承を得られたらメールをする」

 

 しっかりと頷くと小さな笑みを浮かべる。本人はまだ自分の表情は硬い方だと思っているが、其れは間違いだと恋人に指摘してもらえるのはもう直ぐのこと。にこも釣られたように笑顔を浮かべていた。

 

「ここからが本当の始まりになるわね。今はまだ空へ羽ばたく為の滑走路を進んでいるに過ぎない」

 

 中二病らしい台詞をナチュラルに使う綺羅ツバサ。世界線が正しいツバサもカフェスペースで一人『……始まる』とか言っちゃう系女子なので安定運転なのかもしれない。とどのつまりツバサが中二病になるのは逃れることの出来ない運命。 圧倒的確定中二病! ※ラブライブ二期参照

 

 今がまだマイナス地点であり限界突破して漸くゼロになる。ということを語ったのはツバサではなく、あんじゅである。しかし、そんなこと関係なく自分風にアレンジして胸を張れる。このオリハルコン級のハートこそ勇者の証。尤も、ヤンデレの前ではガラスの塊に過ぎないが。

 

「それじゃあお邪魔しました。にこさんのお父さんにもよろしく言っておいてね」

「お邪魔した」

 

 そう言い残して二人を見送ると、部屋には戻らずに台所へ。夕飯の準備をしているママに、ここあが今日あったことを楽しそうに話している。こころの姿が見えないことから、遊びから帰ってから仮眠を取り、先にここあが起きたのだろう。何事も全力全快な小さな天使達は少し眠ったところで、夜に眠れなくなる心配はありません。

 

「おー。にこちゃん!」

 

 にこに気づくとちょこちょこと近寄るとぴょこんと抱きつく。スキンシップも全快の甘えん坊。とはいえ、ヤンデレ姫と違って匂いを嗅ぐようなことは当然しない。にこのお腹に擦り付けた顔を上げると、

 

「夜ごはんはチーズハンバーグ!」

 

 嬉しそうに笑う。こころとここあの大好物であり、それもあってにこの一番得意な料理。あんじゅに初披露した料理でもある。焼く前のハンバーグの型を作る作業は二人もやりたがる。チーズは乗せられなくなるけど、おまけの小さいハンバーグを作るのが楽しいらしい。ホットケーキを作る時も一口サイズの物を希望する。そちらは時に大きいのに合体してしまうが、それはそれで面白いらしく、はしゃいでみせる。

 

「良かったわね。こころは寝てるの?」

「ううん。一緒に起きたけど、眠そうにしてるー」

「そっか」

 

 寝起き直ぐにスイッチが入ったように目覚められるここあ。寝起きには少し時間が掛かるのがこころ。何かと似ている二人の、一番の違う箇所がここかもしれない。

 

「今日はパパ早く帰ってこれるから、ここあがパパとお風呂入るの」

「よかったわね」

「うん!」

 

 満面の笑みなここあ。そのまま両手を挙げて「抱っこしてー」とせがんでくる。

 

「しょうがないにこねぇ」

 

 屈んでからここあを持ち上げて、抱っこしてあげる。目覚しい成長を遂げていて、あと二年も経ったらこうして抱っこすることも適わなくなるだろう。決して自分が小さいからという訳じゃない。この子達の成長が早すぎるからだ。やがて抜かれるであろう絶対の未来を予期しながら、まだお姉ちゃんとしてのプライドがある。

 

「ママー見てみて。ここあ大きくなったの」

「ふふ。よかったわね」

 

 料理の手を止め、仲の良い姉妹の様子に幸せが浮かぶ。これが矢澤家のいつもの暖かい光景。きゃっきゃと喜んでいるここあを抱えながら、ママの傍まで寄り、自身の唇を二回舐めた。それを横目で見ただけで、ママはにこが何か言い出し難いことがあるのだと知る。ママとパパの前でしか見せない小さい時からの癖であり、本人は気付いていない。

 

「いつも二人の面倒を見てくれてありがとう。お姉ちゃんもたまには甘えてね」

 

 言い出したいことを切り出し易くなるように告げると、唇がキュッとなり、気合の入れ直すようにここあを抱き直してから言う。

 

「あのね、少しお願いがあるんだけど……いいかな?」

 

 

◇初恋AtoZ◇――にこの部屋

 ベッドに崩れ落ち、思考停止していたあんじゅだったが、どうにか再起動を果たす。とはいえ、これからにこに怒られるかもしれないと思うと思考も動きも鈍い。皺になっているスカートを直す気力もなく、ベッドに腰掛けた状態まで戻ると、

 

「にこさん」

 

 無意識に好きな人の名前を呟きつつ、不安を押し込むように枕を抱きしめる。朝起きた時にママがいなくて、お気に入りの人形を抱きかかえる幼稚園生のように。自分の感情を自分で制御できない。直ぐににこなら大丈夫だと思って、甘えきってしまう。

 

 恐怖で凝り固まった心に染み渡っていく後悔。その原因こそが今抱いている枕なのだけど、手放すことができない。耳を鳴らす静寂が痛い。実際には目覚まし時計が小さな時を刻んでいるのだけど、あんじゅの耳には届いていない。

 

「待たせてごめんね、あんじゅちゃん」

 

 戻ってきたにこの一言目。その声色からは怒りの感情が微塵も感じられない。ヤンデレ目になっていたあんじゅの瞳に光が戻り。白っぽくなっていた頬に赤みが差す。早とちりだったのかもしれない。心が煌きに包まれる。潤んだ瞳ににこが近づく。

 

「座ってもいい?」

「えっ? ――ええ、ええ!」

 

 一瞬反応が遅れたのは正常に戻って間もないからではなく、にこが指を指した箇所が箇所だけに何を言われたのか理解が遅れただけ。絶望から一転して天国継続。

 

やっぱりにこさんは最愛最高の小悪魔だわ!

 

 心の中で蕩けている最中に、にこがあんじゅの両膝に跨って座る。以前喫茶店でされたのとは向きが逆で、座ったまま向かい合う形である。尚、跨る際にスカートから白い下着がチラリと見えたのを蕩けていても逃さなかった。

 

「あんじゅちゃんはツバサさんのことどう思う?」

 

 にこから膝に跨り、顔を近づけて訊かれた言葉。普段なら辛辣な発言をするところだけど、今は幸せの絶頂中。それに真面目に返さないとにこが膝から降りてしまう気がした。胸がにこで一杯に溢れながら、自分の中での綺羅ツバサの行動とその結果による答えを出す。

 

「ツバサさんは自分は普通とは違うのだと開き直れると其れが武器になると思うわ。誰かに何を言われたから道を変えるのではなく、自分は自分の道を行くけど一緒に行きましょうと誘うような。そこに連なる列ができるくらいのカリスマ性は充分に眠っているんじゃないかしら」

 

 本人を前にしては絶対に言わない本音である。中二病であるし、空気を読めないし、人のデートは邪魔するし。だが、そんな諸々を反転させて胸を張って魅力であるとすることさえできれば、普通から外れているからこそ人を魅了できる。当たり前を壊し、新しい道を当たり前に塗り変える。ツバサのハチャメチャを今現在で一番見ているのがあんじゅだから分かる。

 

「にこさんが誰でも包み込める魅力だとすれば、ツバサさんはどんな相手に対しても自分の世界に飲み込む魅力かしらね。今はまだ自分の道を歩める覚悟を決めてないから片鱗して見せてないし、エレナさんの勧誘の際はただの馬鹿だったし、人のデートを邪魔するとか生き地獄も生ぬるいけど」

 

 認める部分はあれど、擁護しなくていい部分は容赦なく批判する。ヤンデレの恋路を邪魔すると恨みポイントがカンストするので注意が必要。

 

「打たれ強くなればなるほど開き直れるだろうし。だから私が日々ツバサさんへ辛く当たるのもその為なのよ」

 

 それはそれは綺麗な顔をしてサラっと後付設定を投下するあんじゅ。綺麗に辻褄さえ合わせれば猛毒すら成長の為の援護射撃に変えられる。恋するヤンデレの舌はよく回る。

 

「エレナさんのことはどう思ってる?」

「恋を成就させたからこれからどんどん輝いていくと思う。モデルファンの一部にはいい感情は持たれないと思う、けど残りのファン。ううん、それだけじゃなくて新しいファンは今までとは別の魅力で光るエレナさんに惹かれていく予感がするわ」

 

 スクールアイドルであるからこそ魅せられる姿がある。恋を実らせたからこそ見せる顔がある。それが夜空を彩る大輪の花のように多くの人を魅了していくだろう。何よりもアンチになったファンすらもやがては熱狂的なファンに戻せるだろうと思っている。

 

「人脈面でも期待しているし、奇跡の統堂の威光は容易く消える物ではないと信じてる。苦しみながらも好きな人との繋がりであるからと、努力して続けてきたモデルだもの。決して吹いて消えるような薄っぺらい物じゃない」

 

 自信満々に断言してみせた。私の友達は凄いのだと自慢するかのように。子どもみたいでクスッと笑ってしまう。

 

「何かおかしいこと言ったかしら?」

「ううん、素敵なこといっ」

 

 嬉しそうな笑顔をしながらドアを見てにこが言葉を区切った。誰か入ってきたのかと釣られてそちらに顔を向けたあんじゅ。幸せな状態だけど、流石にこの体勢を見られると拙い。まるで致しているように見られちゃうかもしれない。ドアは開いてなく、誰もそこには居ない。余計な心配だったけど、だったらにこが何に気を取られて言葉を失ったのかと不思議に思う。

 

 顔を正面に戻す前に顎に手を添えられ、

 

「あんじゅちゃん。ありがとう」

 

 その言葉の後、柔らかいけど弾力ある瑞々しい唇が頬に当てられた。

 

 あんじゅの時間が止まる中、初めての幸せを感じながら、先ほどは聞こえてこなかった時計の針が時を刻む音が耳に届く

 

 その音が今が夢ではなく現実なのだと知らせてくれる

 

 でも、夢の中に居る気分のまま時がゆっくりと流れていく……。




次回 毛物語-痛覚篇-


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◆この素晴らしい魔法少女に祝福を!◆
アラもう聞いた?ダレから聞いた?
やちよの筋肉講座のそのウワサ
「待ちなさい! そんな意味不明な講座なんてないわよ。あってもやらないし、やる訳がないじゃない」
「ちょっと待って。フェリシア、ういちゃん。そんな輝いた目をしても私は絶対にやらないからね。や、や、やらないわ」

十分後...

「――え。や、やちよ……さん? 何をやってるんですか?」
「いろは! ちっ違うのよ? これは仕方なく、止む無しに。私がしたかった訳じゃないの!」

そこには元気に《やちよトレーナーの筋トレ講座》をしているやちよの姿があった。

-駄女神に奪われた目汁への復讐劇・完-


※アニメ本編&劇場版のA-RISEが好きだった方+勇者綺羅星が好きな人=それ以外の方は絶対スルー推奨

 

※A-RISEを考察するだけの物です

 

 

◇きらきら道中私がこんな風になった理由◇ ――ツバサの部屋

 

 机に頬杖を付きながら思考を巡らせる。自分の進む道、スクールアイドルが辿る道。その先にある未来。当然ながら答えを導き出すことは不可能である。未確定要素が多すぎる上に、未来を確定させるなんて人間には不可能だから。

 

 だからといって考えることを止めることはない。時間を止めることは出来ないし、例え出来たとしてもしてはいけない。皆と平等の時間を過ごすからこそ、人間なのだから。完全に思考がいつものやつになっているが至って本気である。

 

 ラブライブを開催することは三年では可能性は限りなく零に――いや、不可能だろう。開催できたら漫画かドラマの世界だ。現実はそんなに甘くない。だからと言って其れを言い訳に妥協した行動をするのはナンセンス。とはいえ一寸先は闇。

 

〔魔法カード:闇を消しさる光〕はなくとも、照らせる方法は絶対にある。その方法をいち早く見つけ出せるかどうか。青春の木漏れ日の中、その暖かさが冷める前に、この煌きを届けたい。

 

「……はぁ~」

 

 自然と流れ落ちる息に元気はない。だけど、心が落ち込んでいる訳じゃない。寧ろ心は盛り上がっている。邪の道に下るにしても、力を貸してくれる新しい友達もいる。絶対にリタイアは許されない。ギリギリのラインを攻めなければならない。その為には……。

 

「断固たる決意が必要なのよ」

 

 一番好きな漫画のフレーズを口ずさむ。最終戦のクライマックスから試合終了までに特に重要となったんだけど、未熟な自分にとっては始まりすらクライマックス。だからこそ、ここで覚悟を決められないと。そう考えることで自分を焚きつける。

 

切っ掛けなしに人が覚悟を決めるということは難しい。

 

「……」

 

 それも自分が進む道を決めるというは特に。流され易い性格ならばともかく、個性の塊であるツバサだと難易度が跳ね上がる。高校でのバスケを諦める判断には三日間掛かった。短いと思われるかもしれないが、人生で一番頭を回転させたと言い切れるまでに悩んだ。

 

 今回はその時よりも厳しい。大まかにすれば正道を往くか、邪道に堕ちるかの二択だが、そこからまた道は続いていく。辿り着く先が必ず成功でなければならない。未来なんて見ることの出来ない普通の女子高生――変わった中二病女子高生では悩むしかない。 

 

 スタートラインに立つ為には絶対必要で、渇望すればする程焦りが生まれる。なのにツバサの口元には不思議と笑みが浮かぶ。高校生になっても何も変わらないと思った。寧ろ頑張る目標を失いマイナスでしかなかった。でも、二人との出逢いから世界が一気に加速した。

 

 スクールアイドルになる側に感じて欲しい。真剣なんだけど楽しくて思わず笑ってしまう。どうなるかなんて賽の目を確認しないと分からない。練習量が多いから輝けるのではなく、工夫一つで変えられるかもしれない。そんな他とは違う部活動。

 

 本来なら完成型を見せるのが普通だけど、練習風景を放送してファンを増やすなんてグループも出てくるかもしれない。これが絶対の正解なんて型がない。やりたいと思ったなら下手に考えずにやってみよう。一緒に笑顔になろう。それが矢澤にこの世界。

 

 スクールアイドルを見る側に感じて欲しい。真剣だけど遊び心があって、失敗すらお茶目さだと思って笑顔になる。練習量こそが正義であると実力派。正に応援のし甲斐がある完成度。魅せることに重きを置き、色物だからこそ笑顔にされてしまい、いつの間にか爽快感すら覚えている。私達が目指す三年間で成長し続けていく姿に胸を熱くして応援してしまう未完の大器。

 

 どれ程の未来が待ち受けているのか。どれだけの挑戦と笑顔と成功と失敗が未来に眠っているのか。それもこれも冗談抜きで自分達に掛かっている。こんなの普通に部活動してたら感じられない。真面目に考えれば考える程にプレッシャーが半端なく増加する。

 

 だけど、ううん、だからこそやはりツバサの口元はどうしようもなく緩む。落ち込んで、笑って、悩んで、また笑う。自分一人であったなら笑うなんて到底不可能だった。高校に入ってもバスケを続けるかどうか悩んだ時とは完全に正反対。あの時は三日間生まれてきて一番真剣に悩みに悩んだ。誰かに相談することもせず、漫画やゲームに逃げることもなく悩んだ。

 

 そして、ティッシュ箱に残っていたティッシュ全てを失う程に泣いた。諦めた後、心の澱みが消えると同時に熱い想いも醒めて――ここで演出の途中ですが、このエピソードを中二病らしい表現でもう一度再現してみましょう。

 

 

†さきの大戦で失ったモノ~七十二時間ノ死闘ノ末~†

 

 ツバサにとってのバスケとは、勇者にとって果てなく湧き続ける勇気。其れなくしては生きていけない。誰かの手によって切り離すことなど不可能。自分から手放すことなんてありえない。戦いの終結まで寄り添っていくモノだと信じていた。

 

 しかし、ツバサの前に現れたのは竜王の腹心の部下。まだレベルが十分ではない、装備もアイテムも不十分。今までと違い。復活も無効化された結界が敷かれる。だが、それでも逃げるという選択肢はなかった。ここで逃げられる者を、否、逃げようと考えるような者を勇者とは言わない。勇者とは勇気ある者!

 

 常に付き纏う死の恐怖。だが震える余裕すらない。猛攻を捌き、時に隙を作り出して反撃を試みる。弱点すらなく、全てが今の自分を上回る。広い草原は策を弄することも不可。体力も精神も無限ではない。命の灯火を全開まで燃やし、闘い続けた。

 

 武器が折れた。関係ない。心が折れぬなら、拳でだって闘える。血が滲み、感触がなくなり、両の腕が上がらなくなった。それでも頭がある。出血により視界が赤く染まる中、それでも食い下がる。朦朧とする中、それでも足が、足が、足が……。

 

 膝から崩れ落ち、受身も取れずに地に伏す。もう動くことが出来ない。其れでも諦めたくない。心が折れることは死よりも恐れること。勇者である以上、最後まで保たねばならぬモノ。だが、現実は酷く残酷で。降臨した竜王によりその心を打ち砕かれた。

 

 勇者の最後の死闘は三日三晩にも及んだと記されている。これが勇者ツバサがバスケを諦めるまでに必要だった人生で一番の長い時間。次の闘いには蛇の道だろうと、邪の道だろうと使ってまでも、護りきりたいと無意識に願い、想うようになる理由である。

 

 勇者とは慎重なだけでは駄目だ。

 

 無論、なんとかなるという精神だけでも駄目だ。

 

 絶対になんとかするのが勇者なんだ。

 

 そこには理想も絶望も破滅もありえない。

 

 皆で描いた夢が現実になっている世界を得る。

 

 其れこそが真の勇者と呼ばれる存在なのだ。

 

 確かにツバサはさきの大戦で大切なモノを失った。だが、本当の始まりはこれからだったんだと強く思う運命と出逢った。だからこそ、自分の経験を無駄にしない。同じ失敗は要らない。目指すべきは……【邪道勇者~この勇者が中二病のくせに邪道すぎ(ry

 

 いつかきっと『レディーパーフェクト』を使っても許されるくらいに成長して欲しい。目汁なしでは観れない慎重勇者素敵過ぎ。

 

 

 (省略)諦めた後、心の澱みが消えると同時に熱い想いも醒めて固まっていた。渇望して止まなかった身長への焦がれも、ジャンプ力も、スタメンの椅子も、過去の物へと姿を変えた。だから新しい刺激を求めてUTXへ入ったという件に繋がる訳ですが、ここでA-RISEの考察に移ります。

 

 ツバサとあんじゅ不仲説。初登場で見た目的にハイタッチしそうなあんじゅではなく、ツバサは英玲奈とハイタッチしてあんじゅとはしていなかった。この件はずっと疑問だったのだけど、後の映画にて氷結。リーダーであるツバサは普段から突拍子もないことを思い付き、あんじゅがその処理をしていた。故にツバサにはあんじゅに対する負い目があり、気軽にハイタッチなど出来ない関係にあった。

 

 思い付きの内容は二期でも明かされている。A-RISEのファンひしめく中、着替えすらせずに征服のまま主人公を連れてくる。そして、PVを撮る場所の提供。この提供には一つツバサとあんじゅの賭けがあったりします。

 

 A-RISEの三人は確かに主人公達九人に注目はしていた。これは一期の最終回でも分かりますが、誰よりも評価していたのはツバサである。これは映画を観れば一目瞭然。自分達と同じ高みを目指せる存在だと認識していた。

 

 それに対してあんじゅはそこまでは評価していなかった。それに対して二人が少しぶつかり、英玲奈がその仲裁としてある提案をした。それこそが九人に対して提供したUTXの屋上である。自分達と同じ所でPVを放送する。しかも自分達の直後に。

 

 英玲奈は初代ラブライブの優勝は過去のことと語っていたが、実際にそのネームバリューは大きなハンデがある。普通のスクールアイドルでは緊張して受け入れることすらないだろう。本当に同じ高みを目指せるのならば受け入れ、予選を通過してみせるだろうと。

 

 この条件は厳しすぎるから通過することが出来たなら、一つ我侭を聞いて欲しいとツバサがあんじゅに言うと、いつもの病気が出たと苦笑いしながらも受け入れた。その理由は初代ラブライブ優勝と準優勝が東京都なので、残り二枠に入れるとは思ってなかったのもあった。

 

 しかし、前回二位のグループが参加しなかった幸運も見方につけ、ギリギリではある物の見事に予選を通過してみせた。予選決勝で新曲を披露した九人に対して、A-RISEが新曲を公開しなかった理由。

 

 もし九人が初代ラブライブを辞退してなかったら、自分達が優勝出来ていたのかを試したい。だからこそ新曲に頼らなかった。これがツバサの我侭。その結果が敗北ではあったものの、モヤモヤしていた思いが晴れたのは確かだ。

 

 ツバサの思惑を理解しているスクールアイドル達だからこそ、予選を突破出来なかったにも関わらず、映画ではA-RISEと九人に対しての差を感じさせない評価のままだったし、主人公もツバサに対して尊敬の念を抱いていた。A-RISEにスカウトがきたのも当然の結果。

 

 それからツバサが少年漫画好きなのは何故かも二期で明かされている。初詣に神社へ向かう六人と遭遇したA-RISE。去って行ってしまったと思わせて、からの「頑張りなさいよ」は少年漫画のトーナメントに勝った主人公に送る敵だったキャラの反応とかその辺のやつその物。絶対に少年漫画好きに違いない!!

 

 ちなみにケーキの差し入れ要れるのがあんじゅではなく英玲奈であることから、乙女心が一番あるのは英玲奈と思われる。にことあんじゅが並んでミシンを使ってるところが映画の見所。あとはツバサの強キャラ感。

 

「……はぁ~」

 

 ツバサの思考はぐるぐる回り、悩みに糸口が見えない。

 

「だけど、止まない雨はないわ」

 

 強がってみる為に口にしたけれど、突破口は果てしない闇の中。それでも悩み続ける。そんなツバサに光を指してくれるのがこの後に出会う絵里である。雨の降りしきる梅雨入りした頃、導かれるようにツバサは心の師匠を目撃することになる。

 

『我が名はウミンディーネ!』

 

 中二病を開き直ることで、開ける道がある。そのお手本が其処にはあったのでした。 おしまい

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※ 閲 覧 注 意 ※

 

【ほんこわ絢瀬姉妹のお話】

何故絵里の設定が変わっていたのか?

どうして亜里沙に対して死亡フラグが多いのか?

 

確かに絵里の母はロシアの地で妊娠していた。

だが、亜里沙は残念なことに流産し、生まれてくることはなかった。

亜里沙に死亡フラグが多かったのは死ぬことを示唆しているのではなく、生まれてこれなかったから

前回の雪穂との絡み、最後の注意書きがこれに至る罠。

しかし、そうなると矛盾が発生する。

 

何故亜里沙がいないのにバレエの才能ある絵里が日本を選んだのか?

 

実際には才能はあったが、コンテストに出れるような未来性は皆無。

これはアニメ本編と同じであり、幼いながらも絵里はその現実に心を蝕まれていった。

そんな折、イマジナリーフレンドとして生まれてくるべき存在だった妹が作り出された。

塞ぎこんでいた娘が居ない存在と会話し、笑顔が戻った。

家族としては心配したが、医者からはバレエを忘れることが大事であり、時間が解決する以外ないと診断された。

つまり日本への引越しは絵里の為だった。

夢を諦める原因は妹の為にという正義に変換されることになった。

 

新規一転した日本でも妹は消えなかった?

 

初めの内はずっと一緒にいたけれど、母に連れられた地域の清掃に連れられたことでみんなと出逢う。

みんなのお姉ちゃんになることで段々と亜里沙との接触は消えていき、二人きりの時にしか現れることはなくなっていく。

 

モデルは絵里の母に完治することを願って勧められた。

 

その想いも残念ながら絵里から亜里沙を手放せることにはならない。

絵里にとっての初めての夢となったバレエを超えることは出来なかった。

だけどその想いこそが夢への芽吹きとなる。

 

来るスクールアイドルとの出逢いに《亜里沙》は決別の日を予感する

 

姉妹の別れは亜里沙の消滅を意味するけど、彼女は絵里の幸せを願っている。

故に其れは悲しいけど祝福すべきだと、心の準備をしている。

無意識に絵里が新しい出逢いにゴールとスタートを期待している証拠である。

 

夢は諦めたら終わりなのではなく、夢なき夢は夢じゃないと《さよならを教えて》くれる

 

そんな存在と出逢うことで、亜里沙が絵里の中からどんどん消えていく。

最後はスクールアイドルのライブが見たいとお願いする亜里沙。

コーチである絵里がステージに立つことになる最初のライブ。

このライブを終えて、観客の中で応援してくれていた大切だった妹が消える。

絵里に夢という未来への希望を託して……。

 

モデルをしながらスクールアイドルのコーチをし、時にステージにも立つ絢瀬絵里。

やがて「怒られちゃったらどうしよう? 事務所には内緒にしてね」という言葉に対してスクールアイドルファンが「ウィ~!」と返事をし、絵里が「ハラショー!」と返すお約束まで出来る。

モデル事務所が黙認したのは彼女をコーチとして勧誘した英玲奈の二の舞を演じない為。

 

絵里は皆と共に輝かしい夢を胸に邁進していく。

いつか終わりを迎えた時、亜里沙に「夢を叶えられたのはあなたがいてくれたから」と笑顔で伝えられるように……。

 

本当だったら怖い絢瀬姉妹のお話・完



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