TOS-R×TOZ(+TOB) (柚奈)
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情熱が世界を照らす
プロローグ


 

「―――――」

 呼ぶ声に、返事は返らない。

 何故なら返事を返す相手は深い眠りについているから。そうさせたのも自分だった。それも殆ど相手の話を聞き入れずに一方的に。

 二度目だったからやり方は覚えていたし、その時に相手は酷く弱っていたから、簡単だった。今の彼は何も知らず何も感じず、ただあの白い世界で眠りについている筈だ。

 それでいい。彼に―――こんな業は背負わせたくない。

「これはその罰なのかな。だとしても、僕には君が必要なんだ」

 返らないと分かっている相手に語り続ける。聞こえているかも分からないけど、それでも構わない。

 聞こえていたなら、起きたときに怒られるだろうな。この馬鹿、お前には俺達の使命が分かっていない………ってね。

 腕を組んで、正座する僕を見下ろして、怒る君。怒るのは僕を心配してくれているからだってことも分かっているから、思わず顔がにやける。それで君は顔を真っ赤にして照れ隠しに僕を怒る。そして最後には僕の手をとってくれるのだ。お前が無事で良かった。そう言って。

 ―――ああ、ああ。

 君の姿も仕種も表情も、全て一瞬前の事のように鮮明に思い出せるのに、ただ、君の声だけが霞んだように思い出せない。

「君の声が聞きたいよ………」

 僕と全く同じ顔と声をした、けれど性格は正反対の、僕の半身。僕と世界でたった一人、存在を同じくするもの。辛さも苦しみも、ほんの僅かな幸せも、唯一全てを分かち合える相手。

 

「―――会いたいよ」

 

 ラタトスク。

 君が今の僕を見たら、一体何て言うのかな。

 

 

 

 

 

 きっかけは、コレットが家に駆け込んできたことだ。

「お願い! ロイドを………!」

 いつも笑顔の彼女があんな顔をするところは、初めて見た。あの旅の時―――アスカードでの、あのときも、コレットは泣かなかった。

 なのに。

「光ったと思ったら、ロイドが、ロイドが………!」

「おちついて、コレット。ね?」

 マルタが落ち着かせようとコレットにハーブティーを入れて、ずっと隣にいるけれど、コレットの顔はいきなりこのマルタと二人で借りているパルマコスタの外れの家に駆け込んできた時から暗いままだ。

 仕方ないと思う。

 

 ロイドが消えたというのだ。

 

 あの旅から既に数年。

 人間として生きるために帰ってきたエミルは、マルタと共に人間としてパルマコスタで暮らしている。エミルという名とアステルの姿を借りたまま、数年かけていまここにいる“エミル”個人を見てくれるひとも少しずつ増えてきて、街の人と打ち解け始めた所だ。

 世界再生の英雄たちも各自が世界のために働き、シルヴァラントとテセアラはゆっくりと前に進み出している。

 そんな中で、ロイドとコレットはエクスフィア回収の旅を再開した。

 ………ロイドが消えたのは、その旅の途中であるらしい。

「回収が済んで、わたしとロイドはイセリアに帰ってたの。でも、突然ロイドが光りだして―――」

「光が消えたら、ロイドがいなくなってたんだね?」

「すぐにあちこち探したんだけど、何処にもいなくて………わたし、どうしたらいいか………」

 途方にくれて、コレットはエミルを頼って文字通り飛んできたのだ。

 エミルは目を閉じ、胸の内に向かって語りかけた。

(………ラタトスク、どう?)

(いまやってる)

 人間として生きるために帰ってきたが、エミルは『精霊ラタトスク』だ。もう一つの人格であるラタトスクとは常に繋がっている。

 そのラタトスクは話を聞くや、センチュリオンと契約した魔物たちを総動員してロイドを探し始めていた。

(………おいエミル、少し“代われ”)

(見つけたの?)

(少し、面倒なことになってるがな)

 言われるまま、素直に体を明け渡す。

「―――コレット、マルタ」

 赤い目を見て二人はすぐにそこにいるのが“エミル”ではなくラタトスクであることに気付いた。

「! ラタトスク! ロイド、みつかった?」

「ああ………見付けた」

「ロイドは………? ロイドは、無事?」

「ああ。間違いなく」

「それじゃあ、ロイドは何処にいるの?」

 ラタトスクは言い淀んだ。なんと説明したものか。

 

「この世界にはいない。―――異世界にいる」

 

 

 





理由→エターナルソードの暴走
 どうしてか偶然に発動してしまったエターナルソードが暴走して、オリジンの加護で無事だったけどオリジンごと異世界に行ってしまったロイド。
 追いかけられるほどの力を持っているのはラタトスクくらいのものなので、リヒターの額のラタトスク・コアを楔にしてラタトスク(エミル)が世界を渡る。




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始まりの日

・カムラン

 

 ロイドが気が付けば、そこは小さな村だった。

 村の人がロイドを見る目は、どことなくイセリアに似ているような気がする。村の大きさも、村の近くに神殿があって、村人は皆信心深いということも。

 が、そんな目で見られるのはロイドにとっては慣れたことだったし、旅をして、その気持ちは理解できなくもない。確かに突然現れたし、怪しいし。警戒されるのは当然のことだ。それでも旅人だから、と気を使ってくれて食べ物を分けたりもしてくれるのだから、本当は気の良い人たちなのだろう。

 だからロイドはここに仲間がいないことをほんの少し寂しく思いつつ、日々村人を手伝いながら過ごしている。力仕事や狩り、道具の修繕。ロイドが手伝えることは山とあった。

 変える方法も分からないが、まずは恩を返さなければならない。

 

 ………遠巻きにされるのは、旅人だからという理由だけでもなくて。

(あ、また誰か来てる。後でミケルに教えてやらないと)

 すいすいと、人の間を縫うように進むひとがいる。けれどそのひとの事を、誰も気にしていない。―――正確にいうならば、誰もそのひとを認識できないのだ。

 天族。ひとならざる、超常の存在。限られたひとにしか見えない、ここでは神様のような扱いをされているひとたち。

 ロイドには天族がはっきり見えている。だから普通に人間と同じように話していたら、村人に驚かれた。話しかけた天族にも驚かれた。驚かれるくらい、この世界で天族が見えるというのは珍しいことであるらしい。

 のだが、やっぱりロイドにはよくわからない。

(天族って、精霊とか天使みたいなものなのか?)

 自分には見えているし、分かってはいるがついつい他のひとには見えていないということを忘れてしまう。

 それにそもそもロイドには、神様を信じるという感覚が、実のところよくわからない。『ひとに頼らずおのれで歩け』の教えの通り、神様なんてものに頼らず自分で決めて自分で生きるのがロイドの生き方だし、―――何よりあの旅を経験してから、神様だって自分と同じ、この世界に生きている相手、という感覚が強い。

 神様は、世界を思って弟を思った、優しい姉さんだった。世界を作ったのは、強く悲しい英雄の少年だった。世界を守り続けていたのは、自分と同じように心を持つ、新しくできた友達だった。みんな強い力を持っていたが、万能なんてものからはほど遠かった。悩んで、苦しんで、それでも世界のため誰かのためと思える、優しいひとたちだった。

 この世界の天族も、同じに見える。見えないだけ、わからないだけで、きっと同じ心を持った存在。生きていることに代わりはないのだ。

 

 そんな考えを打ち明ける相手は、二人しかいない。この村を作ったミケルと、その妹ミューズ。ロイドと同じように天族が見えるふたりである。

 二人は話を聞いて、笑った。嬉しそうに、悲しそうに、困ったように。

「そう思ってくれるひとが、もっと増えたらいいのだけどね」

 その笑顔は、リフィルとジーニアスに重なった。

 

 

 

・災厄の始まり

 

 その日、ロイドはミケルに頼まれて出掛けていた。

 

 この村―――カムランは、山に囲まれた場所にある。その関係上森や他の町に出るには険しい山岳地帯を抜けねばならない。普段なら旅の商人が来てくれるので困ることはなかったのだが、今は少し事情が異なる。

 この大陸に存在する二つの大国、ローランスとハイランド。そのうちのローランスがカムランを接収しているのだ。

 ロイドには詳しい事情は分からない。この世界のことは詳しく知らないし、なによりミケルたちが話したがらないからだ。だがその接収のせいで、商人が来なくなった。軍が駐留しているから食料も物資も軍が優先で、村人たちには回らなくなる。

 かといって村人たちに険しい山岳を抜けて他の町に買い出しへ、なんて事ができる筈もなく、近年の気象が荒れているせいで森の実りも少なく、獣も荒れている。

 だが、ロイドなら。

 ロイドなら、どんなに険しい山岳だろうと抜けられる。獣にも対抗できるし、野党に襲われようとも難なく返り討ちにできる程度の強さはある。何よりも、父ダイクの教えにあるではないか。ドワーフの誓い第二番『困っているひとを見かけたら必ず力をかそう』、と。

 

 そんなわけで、ロイドはミケルに地図を書いてもらって、一週間ほど前から出掛けていた。

 神殿から、南に抜ける。そして海を目指す。海岸沿いを進むその道は、抜けられれば交易商人たちが交流するキャメロット大陸橋の方に出られるのだ。

 大昔は街道だったらしいその道は、今ではほとんど使われていない。地面がぬかるみ地盤が緩く、海からの風が吹き付けるその道は、整備もほとんどされていない。それが野党などが潜む絶好の場所となり、容易には抜けられない道になっているのだ。

 だがロイドなら抜けられる。

 

 頼まれた買い出しを終わらせ、カムランにとって返し。

 

 再び見たカムランは、炎で包まれていた。

 

「ミューズさん! ミケル!」

 世話になった人たちの名を叫びながら、ロイドはカムランを駆け抜ける。

 血の臭い。物が焼ける臭い。………人が、焼ける臭い。

 ああ、忘れられない日と同じ臭い。二度の旅の、それぞれの始まりの。

 

「っ………! 誰か! いないのか?!」

「ロイド………?」

 

 声が聞こえた。はっと振り替えれば、ミューズが傷だらけで立っていた。腕には―――確か、ミクリオ。

「ミューズさん! どうしたんだよその怪我! ミケルは? 村に一体何が―――!」

「村はもう………ロイド、ミクリオを………この子を連れて、貴方だけでも………!」

「バカなこというな!」

 倒れかけたミューズを支え、ロイドは。

「ミューズは、まだ生きてる!」

「ダメよロイド! 私は、ここでやることが」

「そんなの、生き残ってから考えれば良い」

 

 問答無用で抱き上げる。

「生きなきゃダメだ。死ぬことには、なんの意味もないんだ! 生きてれば何かできる。でも死んだらもう、何もできない!」

 

 

――――――

・ロイドが通ったのは旧ダーナ街道東からガリス湖道の一部を通るルート。パルバレイ牧草地から見る限り山はないから、使われていない理由云々は勿論捏造設定。

 位置を考えるとキャメロット大陸橋の辺りが恐らくゼクソン港あたり。と思えば大陸橋が貿易商の集まる場所なのは納得。

――――――

 

 

・生き残った子ども

 

 ミューズを支え、ミクリオを抱いて、未だ残る火の手を掻い潜りながら、ロイドは急ぐ。

 カムランの出口近くまで来たときだった。

「ゼンライ様!」

 ミューズが叫んだ。先にいたのは………天族が三人。

「おお、ミューズか。なにが起きた。そちらは………?」

「詳しい話をしている時間はありません。急がなければ………!」

 ミューズが、気付いた。天族たちのすぐ側に、浮かんでいる赤子。

「その子は………セレンの? 身籠っていたなんて………」

「あんた、天族だよな? 頼む、ミューズを助けてくれ!」

 ミューズの言葉を遮って、ロイドは。

 ロイドはイズチに行ったことがない。ロイドがカムランに来たとき、もうすでにローランス軍が駐留していてそれどころじゃなかったのだ。だが、話は聞いたことがあった。遥か昔から天族達が暮らす杜。

 天族は超常の力を操るもの。治癒の力を持つ天族もいるはずなのだ。

 なのに、他ならぬミューズがロイドを止める。

「ロイド、良いの。それより………」

「そなたがロイドか。導師から話は聞いておる」

 ミューズがゼンライ、と呼んだ天族は考え込むように口元に手をやった。

「………のう、ロイドよ。ここは余りに穢れが強い。赤子にとっては毒となろう。この子らを連れ、先にイズチに行っては貰えまいか」

「イズチに? けど、天族と導師しか行っちゃいけないんじゃ」

「良い。ワシが許そう。………遺跡を進めば巨大な石像がある。その石像の裏手の階段を上ればイズチじゃ」

「なら、ミューズも一緒に」

「いいえ。私が一緒では間に合わないわ。―――お願いロイド。私の子を、ミクリオと、セレンの子を………!」

 いかにロイドと言えど、赤子二人と大人一人を同時に抱えて遺跡を抜けるのは無理だ。

 ミューズと赤子を見て、ロイドは歯噛みする。選ぶなんて。そんなこと出来る筈もないのに!

「………わかった。けど、約束だ。ミューズ、必ず後で迎えに来る。だからそれまで、死んじゃダメだ!」

 ミューズは目を見開いて、それから瞬きを一つ。

「ええ。わかったわ。約束する」

 ミューズはミクリオに額をすりよせ、抱き締めた。

「―――なら、ミクリオ。私の赤ちゃん………」

 

 天族からもう一人の赤子を託されて、ロイドは、イズチへと。

 

 

・イズチ

 

「ミューズさんが戻らないって、どういうことだよ!!」

 

 ロイドが暴れてゼンライに掴み掛かろうとしたので、他の天族がロイドを羽交い締めにした。二人がかりでようやくロイドを止める。

「俺は! 俺は、ミューズさんと約束したんだ! 必ず迎えに行くって、絶対助けるって! なのに、」

 赤子をイズチに連れてきて、ロイドは倒れた。無理もない。一週間の旅から戻って、ろくに休まずあれだ。煙を大量に吸ったことと、遺跡に溢れる魔物から赤子を守ってイズチに辿り着くのに力を使ったことで、限界が来てしまったのだ。

 

 目覚めてミューズの事を尋ねると、答えは。

 

「………くそっ! もういい、俺が行ってミューズさんを連れてくる!」

「ならぬ!!」

 それまでロイドの言葉を黙って聞くだけだったゼンライが、術も使ってロイドを止めた。

「ロイドよ。お前がミューズらを救いたい気持ちはわかる。じゃが、それだけはならぬ」

「けど!」

「ミューズは自らの意思で、このイズチとカムランを繋ぐ道を封じた。お前がカムランへ行くことは出来ぬ。万一それが出来たとしても、それはミューズの意志を殺すことに等しいのじゃぞ」

 意志。―――遺志。

 あぁ知っている。この重さ。託されることの、その責任。

 ロイドは色んな人に助けられて生きている。ここにいる。例えば母に。例えばコレットに。例えばボータに。例えば―――ラタトスクに。

 知っている。それは、ロイドが口を出せることじゃないことも。

「ロイド。ミューズはこうも言っておった。ロイドにならば、安心して子供たちを託せる。未来を頼む、と」

「未来………」

 託されて、守られて。何時だって、ロイドは後悔する。助けられなかったこと、気付けなかったこと。どんなに経っても、………いつもロイドは、無力で。

 

「っふぇ、うぇぇえん!!」

 

 赤子の泣き声。はっと顔をあげると、世話をしていた天族が慌てていた。抱いてあやそうとしているが、―――抱き方が違う!?

「あぁあ! ちょ、それじゃだめだ! 首を痛めるから!」

「え、どうしたらいいの? こう?」

「そうじゃなくて、こう、右手一本で抱くように―――」

 赤子を受け取って、昔、旅の途中で教えてもらったように、気を付けて抱き。

 ロイドが抱いてあやしてやると、赤子は少しずつ落ち着いて、泣き止んだ。腕の中で眠ると、とたんに重くなる。

 

 ―――赤子は、寝るといきなり重くなるものだ。

 ―――あんた子供がいるのか?

 

「!」

 なんで、いま思い出す。

 旅をしていたときだ。まだ父親だと知る前のことだ。世界再生の真実も知らずに、コレットを手伝うのだと笑っていた頃だ。

 偶然に赤子を見つけて、あの時はロイドが慌てて、………教えてもらった。抱き方も、あやし方も。あの時はあんな無愛想な男がそんなことを知っていることに驚いたけれど。

(………あんたも、こんな気持ちだったのかな)

 俺を抱いたときに、あんたもこんな風に、思ったのだろうか―――?

 

「っ………!」

 

 約束するよ。これは絶対に守る。『嘘つきは泥棒の始まり』だから、約束は絶対に破らない。

 ごめんな、コレット。帰るのはちょっと後回しだ。

 

 

「俺が、守るよ。絶対に………!」

 

 

――――――

・シルヴァラント編の何処かで、赤子を発見。コレットが見つけて、コレット、ジーニアス、リフィルがお母さんを探して町に散る。

 居残り組でクラトスとロイドが「赤ちゃん見ててね頼んだよ!」と言われて、待ってるうちに赤子が泣き出す。あわあわするロイドの前でクラトスは見事に赤子をあやし、クラトスはロイドにそのやり方を教えた、ということが………

 あったら良いなぁ。

 ちなみにお母さんはコレットのドジの奇跡で見つかりました。買い物してても目を離しちゃダメですよ!

――――――




・ロイド
 シンフォニアはロイコレEND。コレットとエクスフィア回収の旅をしている。ダイクの家に戻り、二本の剣が揃ったこととか色々あって、エターナルソードが暴走。異世界グリンウッドに飛ばされる。
 飛んだのは壊滅前のカムラン。天族見えてる(霊応力高い)し気がいいし、悪いヒトじゃ無さそうだとミケルが保証したのもあって客人扱いで受け入れられる。
 が、カムランが接収され、あの日が来る。ロイドは皆を守ろうとするが、神殿から走ってきたミューズを守って逃げることに。で、ジイジに会い、スレイとミクリオを託される。ここは赤子に良くない、と言われ、必ず戻るから、と約束して一足先にイズチへ。が、その間にミューズが道を封印。ロイドはミューズの思いを無下にすることも出来ず、スレイとミクリオの子守りをしながらイズチに留まる。
 まあいつか帰れるだろ、くらいのつもりで悲観してない。ただジイジに異世界から来たと言うことは黙っておけと言われたので、スレイ達にも話してない。というか、単純に話すの忘れてたのもある。
 数日に一度は必ず封印の扉前まで行ってる。スレイとミクリオはロイドを追いかけて、遺跡に入るようになる。
 (それでリフィルが言ってた解釈とかぽろっと溢して二人が盛り上がるといいよ。あとスレイの耳飾りはロイドに教わってミクリオが作ったものだったり、ミクリオのサークレットはロイドが何度か修理してたり)


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■夜は始まったばかり

 タイトル前に■を付けてるのはエミル側の話。


 ロイドを追い掛けてグリンウッドにやって来たエミル(ラタトスク)だが、大量の負―――穢れに弱る。

 街や村など人が多い場所ほど汚れが強いため、そういう場所を避けて落ち着ける場所を探す。

 

 そんな中で、出くわしてしまったのは。

 

 

 

「―――っ!」

 何だ、こいつは。

 凄まじい量と濃度の負を纏う者。その負はその者の姿と有り様まで歪めており、人間であるはずのそいつは獅子の体を持っていた。

 このままでは。

 いくらラタトスクが魔族と戦える―――負と障気に耐性があるとは言え、これ以上はまずい。これ以上は―――歪む。

 せめて。

(エミル、だけは―――)

(ダメだよ! そんなこと)

 即座に胸の内から反論があった。

(君は『ラタトスク』なんだ。『ラタトスク』が消えてしまったら、いったい誰があの世界を守るの?)

 理を引き直しているあの世界。あと千年経ってマナの切り離しと理の書き換えが終われば、ラタトスクがいなくなってもあの世界は守られる。

 だが、今あの世界を支えているのはラタトスクだ。

 世界を魔族から守ること。少ないマナでも偏りなく全世界に行き渡らせること。魔物たちを統率すること。全てラタトスクにしか出来ないことで、それが欠ければ世界は数年前に戻ってしまう。

 異常気象が頻発し、魔物が人々を襲い、人々の心は荒んで、負を産み―――それはやがて魔族の力となり、ニブルヘイムの魔族たちは封印を破って世界に押し入り、ヒトの世界を滅ぼすだろう。

 それだけは避けなくてはならない。そのためには、世界には『精霊ラタトスク』は必要不可欠なのだ。

(安心しろ。俺が消えても、お前がいる。『精霊ラタトスク』は、消えない)

(ラタトスクは君で僕はエミルだ! そんなの―――)

 

「終わりだ」

 

 眼前に、獅子の爪が。

 くらう。………間に合わない。

(お前だけは)

 

 最後の力を振り絞って、ラタトスクはエミルを切り離した。

 

 

 

 

 爪が、その少年を引き裂いた。

 と同時、少年から何かが飛び出す。何か―――光の玉は少年から離れた場所で地面を転がり、ヒトの形をとった。

「………ほう?」

 それは妙なモノだった。

 姿かたちは引き裂き足蹴にしている天族と同じ。だがその少年は、人間だ。………だがただの人間とも思えない。

 そんなことが分かることに、災禍の顕主―――ヘルダルフは自嘲する。天族も見えないただの人間であった自分が。

 見ていれば、人間はゆっくりと、しかししっかりと立ち上がり、まっすぐにヘルダルフを見た。

 そこで、気付く。目の色が違う。天族は紅、この少年は翡翠。

「貴方は、彼をどうするつもりですか?」

「どう、とは」

「彼を利用するつもりなら、」

 と剣に手をかけた。それに慌ててサイモンが姿を現す。

「主、お下がりを」

「人間? ………じゃ、ないね」

 サイモンをはっきり捉え、幻を一発で見破る。かなりの霊応力の持ち主である証し。だというのにこの穢れのなか、平然としていられるのは、余程の実力者。

「くっ……!」

「そんなことは良いんだ。彼を、返してくれるかな」

 ゆらり、少年が一歩踏み出す。

 サイモンが杖を振るった。瞬時に実体ある幻が数体現れ、………けれどすぐさま塵に還る。少年の剣の一振りで。

 同じく二度、三度。しかしその度にサイモンの幻はかき消され、吹き飛ばされ、消滅させられた。

「『僕』に幻は効かないよ」

 凶暴な獣も、ヒトの形を残す憑魔も、そして、ドラゴンでさえも。その少年は臆さず、迷いもせず、全て同じように剣で斬り伏せる。

 それどころか、少年が剣を振るう度に―――僅かながら、穢れが浄化されていく。

「………ほう?」

 穢れに対抗できるのは導師のみ。しかし導師が表れたという話は聞かない。ましてや導師が浄化の力を持つのは、その力を持つ天族と契約しているからだ。

 であるならば。

「コレか」

 足下にいる天族の腕を拾い上げる。と。

「ぐっ、あぁぁ!!」

「―――!!?」

 ヘルダルフの穢れに侵食されて、天族が悲鳴をあげた。反応して、それまでサイモンを圧倒していた少年が、サイモンから意識を逸らす。戦いの最中にあるまじき行為。

 そしてサイモンがその隙を見逃す筈もない。

 幻覚で少年の視界を奪い、少年を押し倒すや、幻覚で地面に組伏せる。動けなくなった少年に向けて、憑魔を―――憑魔に首を狙わせて。

「ここまでだ!」

「待て、サイモン」

 いかに頭に血が上ろうとも、サイモンはヘルダルフの命には従う。

 ヘルダルフは天族を少年に見えるように突き出した。

「お前にとって、これはそんなに大切なものか」

 地面に押さえ付けられ、顔だけを上げて、少年は天族を見るや目を見開き―――

「っ、お前………!」

「暴れるな。動けば」

 サイモンは杖の先を少年に突きつけている。いつでも刺せるように。

 サイモンの誓約を、少年は知らない。知る由もない。だから動けず、しかし目だけには力を込めて、ヘルダルフを睨む。

 そんな乱暴に扱うな、と言わんばかりの殺気の籠った目。

「返せ。彼に触れるな………っ!」

「聞くまでもなかったか」

 ヘルダルフは天族の腕を放した。天族を地面に落とし、少年に近付く。

「お前は天族か?」

 問われて、即答。

「僕は人間だ。―――貴方も、人間だろう」

 ヘルダルフはこんなになってもまだ人間だ、と言い切られたことがおかしく思えた。

「………く、ははは! 否! 我は災禍の顕主。この世の全てを黒に染めるもの」

 そう、人間ではない。人間などでは、ない。

 

 

 

 

 

「僕は人間だ」

 リヒターさんやマルタや、他ならぬラタトスクがエミルにそうあれと願ってくれたから。エミルは人間として生きてきた。ラタトスクはエミルの半身であり、兄弟であり、産みの親だ。

「貴方も人間だろう」

 エミルは一目で看破する。

 人間に近く作られていてもエミルは『精霊ラタトスク』の別人格。その力は持っている。まして、ラタトスクが咄嗟に切り離したときに『精霊ラタトスク』の力の一部を受け取った。

 だから見える。歪んではいるけれど、元が人間であること。絶望して苦しんで悩んで、けれどだからこそ人間だと思った。魔族ではない。魔族ならこんな苦しそうな目をしていない。憎しみしかない。

 これは、狂った目ではない。全てに絶望した目だ。

「………く、ははは!」

 可笑しそうに―――自棄になったように―――かなしそうに―――そのヒトは、嗤う。

「否! 我は災禍の顕主。この世の全てを黒に染めるもの」

「黒に、染める?」

「そうだ。お前も見たことはないか? 他者を疎み己と違うものを受け入れられず、同じ人間でありながら憎しみ争う………それが人間の本性よ」

 エミルは反論できない。だって人間もエルフもハーフエルフを。そして同じ人間なのにテセアラとシルヴァラントは。

 辛うじて言い返す。

「それが、人間の全てじゃない」

「しかし、人間の本質だ。どのような人間でも身の内に飼っている獣だ」

「………それは」

 今度こそ、反論できなかった。本質云々は兎も角どんな人間でも、という辺りは。

 どんな人間でも、どんなに清廉な人間でも、それの欠片は垣間見えた。押し隠すなり忘れるなりして表には出さないが、持っていないヒトは一人としていなかった。

 どんなに優しいヒトでも、それを知っていたし、理解もしていたし、受け入れていた。それを外には向けないが、変わりに常に己に向け、いつも一人で苦しんでいた。

 形はどうあれ、どんなヒトでもそれを持っている。それだけは紛れもない真実だったから。

「それを認めず、抗うから苦しむのだ。何故そんなことをする必要がある? 抗うことは即ち本来の形を否定すること………違うか?」

「っ、違う! 抗い、希望を抱いてそれに向けて歩み続けるからこそ、人間は強く、優しくなれる! 自分の本能と欲望にだけ塗れてしまえば、ただ滅びが待つだけだ!」

「それが本来あるべき姿ならば、それに従うのが摂理というもの。滅びるべき定めならば、滅びた方が良いのだ。己を偽り生きることに何の意味がある」

「―――っ!」

 エミルに取っては、黙っていられない言葉だった。

 本来あるべき姿をねじ曲げたのがラタトスクだ。介入があったとはいえ、ヒトの為したことで終わりかけた世界を、理を書き換えて長らえさせた。本来関わってはならない人間に、自分を人間と偽り関わった。

 『精霊ラタトスク』の立場からしてみれば、人間が為したことの後始末のために、世界を護るための理を書き換えるなんてことはあり得ない行動だ。そのせいで星はマナに守られた永遠から外れ、必ず滅びを待つ世界になった。それがマナが星に降るより以前のあるべき姿だが、マナによる守りを敷いた『精霊ラタトスク』はそれをさせないために星に移り長年世界を守ってきたというのに。

 それでもあの時、ラタトスクは世界を守ってくれたのだ。エミルに時間をくれさえした。

 分かっている。それがエミルと、ラタトスクが選んだ道だ。そのおかげで世界は救われている。だから意味がないなんてことは絶対にあり得ない。

 

 なのに、反論できないのだ。

 

 救われたのは一時のこと。何十億年も先に、世界は滅ぶ。あるいはまた世界樹が枯れてしまえば、ヒトがマナを使い尽くせば、ヒトの心が荒んで行けば。どれだけラタトスクが力を尽くそうと、世界は滅ぶ。

 そしてそれを、精霊たるラタトスクは見届けなければならないのだ。その時、皆は側にいない。ラタトスクを受け入れてくれた人たちが―――ロイドもコレットも、ジーニアスにリフィルやリヒターも、………マルタも。

 黙りこんでしまったエミルに、そのヒトが手を差し伸べる。

「ワシと共に来い。世界を本来あるべき真の世界に染めるために。幻想と責務に縛られた哀れな者たちを解放するために」

「………解放する?」

 胸の奥底で、ちろりと何かが舌を出す。

 あの暗い場所から―――重い使命から―――永遠の孤独から―――助けられる?

 

「―――聞く耳を、持つな!」

 

「! ら、」

 弾かれたように顔を上げる。地面に倒れながら、周囲の負に苦しみながら、それでもラタトスクが、絞り出すように、叫ぶ。

「そいつの言ってることは、ただの屁理屈だ。そんなもんに、耳を貸すな! お前は―――っぁぁ!!」

 腕で支えて上げていた背が、反った。

 踏みつけられた痛みと、先程とは比べ物にならない負の侵食を受けて。

「っ?!」

「お前は黙っていろ、天族」

 そのヒトが纏う負は、魔族のそれに匹敵する濃度と量。そしてラタトスクにとって、精霊にとって、負とは―――猛毒。

 武器を突きつけられていたことも忘れて、エミルは叫んだ。

「止めて! お願いします、止めて下さい! 僕はどうなっても構わないから、彼には手を出さないで!」

 悲鳴に近い声だった。泣きそうな声だった。

 そのヒトが、ラタトスクから足を離して振り返った。

「………それほどまでに、このものが大切か」

 エミルは答えなかった。声が出なくて答えられなかった。だが、目が何よりも雄弁に物語っていた。

 獅子の口角が、上がる。

「ならば、取引をしないか?」

「取引………?」

「お前がワシの元に在る限り、ワシはそのものに手を出さぬ。代わりに、お前はワシの元に来い」

 好条件だった。むしろ断る理由が見つからないほど。

「………なぜ、僕を?」

「お前には興味があるのでな。安心しろ。ワシと同じことをしろとは言わん」

 迷う余地はない。ラタトスクのためなら。けれどそのまま信じるには情報が足りず。嘘を言っているようには見えないが、罠が無いとも限らない。

 だとしてもエミルには、他に手段がなかった。

 

「―――分かった。その言葉に、嘘がないのなら」

 

 そうエミルが答えた瞬間、そのヒトがまた、ニヤリと嗤った。

 




 前回がロイド側の話。
 あれから五、六年後の話。


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■月のない真夜中

 注意!

 暗いです。
 病んでます。
 その過程です!(だってこうでもしないとおちないだろって………

 人によっては気分悪くなったりムカつくと思う。

 いい人だけどうぞ。
(多分読まなくても話は繋がるはずなので)


※追記
 支部にはあげたけどこっちにあげるの忘れてた………
 ま、たいしたネタじゃないんですが


 

 

 会いたい。

 ロイドに、マルタに、コレットやジーニアス、しいなやプレセア、テネブラエや―――ラタトスクに。

 エミルがこの世界に来て、数年。

 一向にロイドは見つからないし、相変わらずラタトスクは眠り続けている。

 

 

 

 

 

 

 あの獅子の体を持つ男は、ヘルダルフという名であるらしい。

 同じことをしろとは言わん、という言葉の通り、ヘルダルフはエミルにあれをしろこれをしろとは言わない。むしろお前の好きにすると良い、と放置され、会うことも少ない。いや、会わないのはエミルにとっても“負”―――穢れに接する機会が減るという意味ではありがたいのだが。

 ともあれ、エミルがすることは決まっている。

 まずは、ロイドを見付けること。それからラタトスクの回復を待って、元の世界に帰ること。

 そのために必要なことは、この世界を知ることだ。

 

 が、知ろうにも会話する相手はいない。

 ヘルダルフとは会わないし、他に人もいないし、出歩こうものなら辺りに充満する穢れで気分は悪くなるし。

「………だから、わたしだと?」

「うん」

 サイモンは嫌そうな顔を隠しもしない。

「わたしも忙しい身だと言わなかったか」

「うん。でもキミくらいしか頼れないんだ。お願い!」

 目の前で手を合わせて頭を下げれば、盛大なため息が降ってきた。

「本ならその辺りにあるだろう」

 確かにある。サイモンがヘルダルフに『こいつに協力してやれ』と命じられて持ってきてくれた本が。

 でも。

「僕、この字読めないんだ」

 文字の形は似ている。一字一字の判別も、まぁなんとか出来る。

 が、文法が違うのか、そもそも単語が違うのか。あの世界の文字と同じように読んでいくと全く意味がわからない言葉の羅列で、暗号のようだった。小一時間ばかり頭を捻ってみたのだが、ジーニアスやリヒターさんのようにはいかないものだ。

 またもや、盛大なため息。

 そして、サイモンはくるりと踵を返してしまう。

「あ、お願い待って!」

「私はこれから行くところがあるのだ。言葉もわからんお前に懇切丁寧な解説をしてやる時間はない」

「う………はい………」

 まあ、ごもっともで。

 しょぼん、と落ち込んで、エミルは途方にくれる。どうしよう………。

 

「半日ばかり待っていろ」

 

「………え?」

「今日の仕事はさほど手間もかからん。そしてその後やることもない。―――しようがないから、その後でお前に手解きをしてやる」

 一拍遅れて、サイモンの言葉が頭に入って。

「! ありがとうサイモン!」

「勘違いをするな。主の命だからだ! それがなければ、どうしてわたしがお前の相手など」

 怒鳴られようとも、今度はエミルが落ち込むことはない。

 

 なるほど、つまりリヒターさんと同じだと思えば良いのだ。

 

 

 ………半日後に開かれたサイモン教室はかなりスパルタだった。

「だから、何故そうなる! さっき教えただろう!」

「はいごめんなさいっ!」

「謝るくらいならば覚えろ! 手を動かせ! まったく………」

 

 因みにこの光景は、字を覚えた後も事あるごとにエミルがわからないことがあればサイモンに聞きに行くので、今後十数年にわたってみられることととなる。

 

 

 

 

 

 

 エミルは、人間だ。

 

 人間の親から産まれたわけではないけれど、見た目通りの年月を生きてきたわけではないけれど。

 エミルは人間だ。

 人間だと思って、人間として、人間の中で生きてきた。それは自分が『精霊ラタトスク』であると分かってからも変わらない。エミルは人間であることを選んだから。

 けれど。

 エミルは人間ではない。

 自我が確立して、意識をもってから、まだ五年とたっていない。そういう意味で言うならエミルはまだ子供と同じだ。子供より体がすこしばかり大きくて、普通の子供よりも重いものを背負っているけれど。

 

 

 

 

「ともかく、お前は手を出すなよ。黙って見ていろ」

 あそこを出てから何度も繰り返し念を押されたことを再度言われて、エミルは大人しく頷いた。

 サイモンに無理を言って連れてきて貰っているのだから。

 

 

 あの場所―――アルトリウスの玉座と呼ばれる神殿は汚れに溢れたヘルダルフの本拠地だ。

 ラタトスクがいるのがあの場所であることもあって、エミルは基本的にいつもあそこでこの世界のことを学んでいた。街には近付かない。街の近くの穢れはエミルでさえ体調を崩すから。

 エミルの最終目標は、ロイドを見付けて帰ること。ロイドを探すにはやはり“外”に出る必要がある。

 その協力を頼んだのが、サイモンだった。

 最初は露骨に迷惑そうな顔をされた。字を教えてくれと頼んだ頃はまだ気遣いのようなものがあって遠回しに表情一つ変えず断られたものだが、もうあれから随分経つ。互いに互いの性格もよくわかって、遠慮などというものは消えて久しい。

 ―――結論から言って、エミルの粘り勝ちである。サイモンの仕事の邪魔はしない、何かあれば置いて行って良い。代わりにアルトリウスの玉座と外との送り迎えをしてもらう約束を取り付けたのだ。

 半ば以上、強引に。

「だから、“外”に連れていって貰えればそれで良かったんだけどなぁ」

「お前は一応、今のところは我が主の客人だ。そこらに放置などできるか」

 そんなことも分からないのか、と言われてもエミルはへこまない。その言葉の裏に確かな優しさがあることを感じるから。サイモンはこれでかなり真面目で責任感が強いのだ。

「主はお前に協力せよと仰った」

「でも僕は君を手伝わないよ」

 エミルはサイモンたちが何をしているのか知らない。知らないが、予想はつく。何故なら、エミルは世界に溢れる穢れを感じとることができるから。

 エミルは『精霊ラタトスク』だ。魔族から世界を守るために在る、番外の精霊。障気を封じ、負が産まれないように世界にマナを巡らせ、生まれてしまった負を浄化する精霊。

 そのエミルが、サイモンたちの手助けをする筈がない。だから、何をしているのか知っていても知らない。そういうことにしている。

「僕は僕がすることしか、しない」

「分かっている。主はそれを許された。………私が口を挟むことではない」

 不満げだった。サイモンはヘルダルフに関わることだと時々こういう顔をする。留守番させられている子供みたいな顔。

「手伝わないというのなら、約束を忘れてはいまいな? 私の邪魔は―――」

「しない。邪魔になったら見捨てていい」

 サイモンの最優先は主ヘルダルフ。エミルの最優先はラタトスク。互いにそのためなら譲らないと知っているから、それが約束に含まれている以上必ず守ると互いに信用している。

 サイモンが頷いて、杖を振った。周囲の力が渦巻きエミルを包む。………感覚に覚えがある。これは。

『幻覚………?』

「あまり大声を出すなよ。術が解ける」

 この世界に来て初めてサイモンと会ったときと同じ感覚だ。ここに在るのに、薄皮一枚隔てて世界と分離されたような。それはそう、テネブラエがマナに溶けて姿を隠していたときのそれ。

「これでお前の姿は誰にも映らぬ。人間にも知覚されることはない。だがお前は確かにここに“在る”。ぶつかれば気付かれるし、声も響く。が、多少は誤魔化せるだろう」

『わかった。気付かれないように気を付けるよ。………サイモンには見えてるの?』

「当然だ。妙なことはするなよ」

 これにはエミルは答えなかった。気を付けはするが、確約はできなかったからだ。

 しかしサイモンはそれで満足したようで、エミルに背を向けて歩き出した。エミルは足音と気配を殺して追いかける。

 追いかけながら、エミルは辺りを見回した。石造りの立派な建物。堅固で、歴史を感じさせる街並み。広場にあった噴水などはルインのそれなどとは比較にならない。流石に城下町だけあって、人も多いのか相応に穢れも強いのだが。

 

 大きな、城に近い建物の近く。

 そこまできてサイモンはエミルを手頃な建物の屋上に運び、ここで待つよう言い置いて、何処かへと行ってしまった。

『本当に大きい街だ………』

 屋上から見れば、それがよく見えた。恐らくはメルトキオに匹敵するだろう。

 ここが、ローランス帝国の皇都ペンドラゴ。

(サイモンの術がなかったら、危ないな)

 穢れが強い。サイモンの幻術は、外界と自分とを隔てる効果もある。勿論完璧なものではないし、例えるなら一度別の器で受けとめて衝撃と勢いを和らげるようなもの。―――だからラタトスクがいるあの部屋に何重にも術を展開しても、穢れの浸食を止められない。

 どうにかして、穢れを浄化、あるいは遮断する方法を見つけなくては………。

 

『―――! 何!?』

 

 穢れが、弾けた。

 元からこの街の穢れは強い。しかし今、明らかに穢れの増え方が変化したのだ。じわりと染み出すのが、ポコポコと沼のそこから沸き上がる泡のように、浮かんで、弾けて、………穢れを撒き散らす。

 変化は僅かだ。だが、徐々に加速する。穢れは、負は、相乗効果で強まるのだ。人々の悪意が負を生み、負は人々の意識を歪め、それが更なる負を生む。穢れも同じだ。

 その源を探ろうとして、意識を集中させて―――

『うっ、ぐ………!』

 吐き気を催して、エミルはその場に踞る。

 なんだこれ。なんだこれ!

 辺りに穢れが満ちているせいで、人間たちの心は荒れている。それはわかる。不安や恐れや恨み、怒り、それは当然に存在する感情だ。

 だがこれは違う。

 なんだこれは。ドロドロとした、絡め取られそうな嫌なモノ。じわじわ浸食されるこの感じ。頭の芯が冷えていくような、体から熱が逃げて別のモノが入ってくるような。そのくせ腹の底でチロチロと燻り続ける冷たい炎が、時おり爆発したように体を駆け巡って何もかもが自棄になる。

 これは、ダメだ。なにがどうダメかはわからないが、これはよくないものだ。

『は、ぁ………はぁ、はぁ………』

 座り込んでその悪寒を抑え込んで、ようやくエミルは一息つく。

 これは、どうにもならない。少なくともエミルの手には負えない。ラタトスクか、或いはここにセンチュリオン達がいたら少しは違うかもしれないが。

『早く見つけて、帰らないと』

 じゃないと本当に、ラタトスクがどうにかなってしまう。

 

 

 サイモンが戻ってきて、改めて街を回った。

 エミルは普通に人間にも見えるので、ロイドの特徴を告げてそんな人を知らないか、と聞いて回ったけれど、誰もロイドらしき人物を知らなかった。

 そのうちにエミルも穢れに気分を悪くして、サイモンと一緒にアルトリウスの玉座に帰った。

 

 ああ、本当に、穢れをどうにかしないとロイドを見つける前にラタトスクが。

 

 

 ―――サイモンが何をしに行っていたのか、エミルは知らない。聞くことも忘れていた。

 だからあの奇妙な穢れの膨らみも、それがサイモンの『仕事』であったことも、気が付いて予想はついていたのに、他に気を取られてすっかりと忘れてしまっていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 穢れは世界に溢れて止まらない。

 穢れを浄化できるモノがこの世界にはないからだ。

 

 

 あの世界には溢れてしまった“負”と障気を浄化する方法がある。一つはラタトスクのマナを操作する力。もう一つは【封魔の石】を使う方法。

 どちらもマナの浄化作用を使う方法だ。

 マナには元々僅かながら浄化作用がある。だからこそ障気と負を抑え込め、魔族にとって毒となる。それをラタトスクは精霊としての力で引き出し、【封魔の石】は生物のマナを超高密度に圧縮して、それぞれ負と障気を浄化するのだ。

 だがこの世界にはラタトスクが使えるほどのマナがないし、封魔の石を作り出せるほどのマナもない。―――というかマナという概念がない。

 代わりにあるのが霊力と天族の加護だ。

 だというのに、この世界の人間たちは天族を信じない。

 

 

「天族なんてお伽噺だろ。目に見えない奴がいるって、それじゃお化けじゃん」

 若い青年はそんな事を言って、天族を信じているかと聞いたエミルを笑い飛ばした。

 そのすぐ後ろに天族がいたのに、悲しそうな顔をして、すうっと消えていった。それから少しして、村に穢れが溢れ出した。加護が消えたのだ。

 

「ええ、信じております。ですから信仰が大切なのですよ。貴方も信仰心を目に見える形で示すべきです」

 どこか媚びて見える司祭は、そう言って寄付を促した。

 見ためばかり豪華に飾り立てた聖堂には、天族もいなければ穢れが漂っていた。

 

「あぁ? んなもん知るかよ。第一そんなカミサマみてぇなのが本当にいるなら、この災厄の時代をどうにかしてもらいたいね」

 柄の悪い酒場のマスターは、忙しそうに手を動かしながら答えた。

 穢れはないが、清浄でもない。ただ、酒場にいる人の中には化け物の姿が数人混じっていた。

 

 あるときには頭がおかしいと言われて兵士に捕まりそうになり。

 あるときには穢れを纏う人間たちに変な場所に連れ込まれそうになって逃げ出したり。

 あるときには気持ち悪いと真正面から言われて物を投げつけられたり。

 あるときには詐欺師だと訴えられそうになり。

 あるときには完全に無視をされたり。

 

 そして天族たちにさえも余計なことはしなくていいんだ、なんて言われた日には。

 

 エミルは、まっとうな方法で穢れをどうにかしてラタトスクを助けることを諦めた。

 

 

―――――――――

 ラタトスクを守るための『誓約』をたてる少し前のこと。この後エミルは何度かサイモンと一緒に外出してロイドを探すが、見つからないし情報も集まらず。

 そうこうしてる内にラタトスクが穢れに耐えられなくなり、エミルは『元の世界のことを話さない』という誓約を立ててラタトスクの周りに穢れを寄せ付けない結界を張る。

 

 時期は黄の瞳石の頃です。

 

 エミルがラタトスクを封印するのは、またもう少し後の話。

―――――――――

 

 

 

 ラタトスクが極端に穢れに弱いことを知り、手を出さぬという約束のもと、ヘルダルフとサイモンはアルトリウスの玉座の一角の穢れを弱めてくれた。

 それでも僅かに漏れてくる穢れに苦しむラタトスクを見て、サイモンは呆れたようだった。

「ここまで穢れに弱い天族も珍しい」

「違う。穢れに弱いんじゃなくて、力が足りなくて弱ってるんだ」

 元々『精霊ラタトスク』は魔族の星だったアセリアにマナによる守りを敷いて、魔族を退けあの世界を成した。魔族の力の源は負であり、つまり元々アセリアは負に塗れた星だった。マナを産む大樹カーラーンがあったとはいえ、ラタトスクはそこに移り、負と魔族と戦ってきたのだ。

 ラタトスクが穢れに弱いわけではない。寧ろ他の精霊より耐性もあり浄化の力を持つ分、ずっと負には強い。

 なのに、ここまで弱るのは何故か。

 

 ヘルダルフは本当にエミルに何かをさせることはなかった。エミルが望めば自由に外出も出来たし、遠出するときにはサイモンが連れ出し送ってくれさえした。

 そうして世界を見て、分かった。

 理由は二つ。

 

 一つはこの世界に、極端に負が、穢れが溢れていること。それはそれだけ人間たちの心が荒んでいることを示している。

 何しろ、ラタトスクにとって一番安全なのが他の町や村よりも、穢れの直中にあって少し穢れを薄めただけのこの部屋の方なのだから。

 もう一つはこの世界ではマナがかなり薄いこと。

 マナと負は相反するもので、互いが互いを抑え込む。故にマナが多ければ負は少なくなり、負が強まればマナが薄まる。だからなのか、それとも元々この世界にマナが無いのか、ともかく今のこの世界には殆んどマナが無い。

 ラタトスクは精霊だから、人間として在るエミルよりも負には弱いし、マナが薄ければ力が出ないのだ。

「ねぇ、君はその天族? なんだよね。どうしてこんなに穢れに溢れている中で普通にしていられるの?」

「普通ではない。私も天族の一人だ。穢れが強ければ本来の力は出せぬ」

 サイモンはそれで話を打ち切るつもりだったのだろうが、エミルはサイモンが穢れの直中で凄まじい力を振るうのを見ていた。この部屋に穢れを寄せ付けないようにする結界もサイモンの力によるものだ。

 じっと見ていると、サイモンは根負けしたのか、口を開いた。

「誓約、というものがある」

 せいやく。そうだ、と頷き、サイモンが続ける。

「自らに誓いを立て、それを遵守することで力を得ることができる。その誓いが重ければそれだけ得る力も強くなろう」

「君がこの穢れの中で強い力を使えるのはそのため?」

「そうだ。先に言っておくが、誓約とは安易に他人に明かすものではない。私が誓約を立てていることも他に洩らすなよ」

 言うだけ言って、サイモンは踵を返した。エミルに付き合ってくれてはいるが、サイモンは忙しい身なのだ。知っているから、いつもは呼び止めたりなど、しない。

 けれど、限界だ。

 どれだけヘルダルフが負を―――穢れを近付けぬようにしようと、サイモンが結界を張ろうと、世界に穢れが溢れる限り、ラタトスクは苦しみ続ける。

 何よりもエミルが、部屋のベッドで気を失ったまま呻き続けるラタトスクを、見ていられなかった。

 

「………その誓約って、どうやるの」

 

 そして、………こんな姿を、見られたくなかったから。

 

 

 

 

 

・誓約後の話

 

 ロイドは見付からない。

 あの目立ちすぎる外見ならすぐに見付かるだろうと思っていたのだが………よく考えたら服を着替えてしまえばあの髪と目の色は地味ではないかということに最近になってようやく気が付いた。

 もうこの世界に来てから数年たっている。

 文字を覚え、世界の有り様を覚え、何度か幾つかの街を巡って、………誓約を立てて。その間ずっと探しているのに、手がかりのひとつも見付からない。

 これが元の世界であれば魔物と契約してネットワークを構築して全世界を把握することも出来たのに。

 世界の法則さえ違っている場所で、ラタトスクもセンチュリオンもいないエミルではそんな事はできないのだ。代わりに穢れに侵されていない動物であれば多少お願いを聞いてくれるけれど、マナの加護がない以上無理はさせられないし、そもそも数が少ないし。………それにエミルはラタトスクと違って、契約していなければ正確な意志疎通は難しい。

 結局のところ地道に出向いて探す他なく、その度にサイモンの力を借りている。

 

 

 あるとき、サイモンと“外”を歩きながら話をした。

「………お前、何故そこまでする?」

「なにが?」

「お前は何故、そんなに必死になって人を探しているのか、ということだ」

 何故。何故か。

 穢れに侵され憑魔となった獣と植物とを蹴り飛ばして追い払いながら、エミルはええと、と思考を巡らせる。

「だって『彼』は僕にとってもある意味恩人だし。それから僕らにとって大切な人に頼まれたから」

 エミルにとってはそれが理由だ。『精霊ラタトスク』としてはオリジンとその契約者を野放しに出来ないから、という理由もあったりするが、ラタトスクもエミルもそんな小難しいことは考えていない。

「お人好しだな」

「僕より『彼』のほうがよっぽどだけど―――それを言うならサイモンもでしょ」

 サイモンはすごくすごく変な顔をした。

 が、それがまたあの世界で待っているであろうひとを思い出す。

「僕、サイモンのこと嫌いじゃないよ」

「私はお前が嫌いだ」

 

 

 

・ぼきんとおれる

(唐突に始まります)

 

「………あなたたちみたいな、人がいるから」

 

 自分のことは棚にあげて、当てはまらないモノを除外する。分からないものを拒絶する。自分の保身のためだけに平気で他を切り捨てる。

 たった一つ、自分にとって都合が良いものだけを盲信して、持ち上げて頼って、都合が悪くなれば手のひらを返す。

 そんな人たちばかりだから。

 だから天族は力を失うのだ。

 だから穢れは溢れて止まらないのだ。

 だから憑魔が生まれて災厄の時代は悪化するのだ。

 だから、誰かのために必死に動く人が損をする。

 だから、真正直に生きている人が苦しむ。

 だから、英雄が真っ先に潰れて救いがなくなる。

 

 それでも世界は変わらずに、最悪の最低へと転げ落ちる。―――世界の終わりが来るその瞬間まで、底無しの奈落に堕ちていく。

 

「あなたたちみたいな人が、いるから………!」

 

 もっと幸せな世界があるのに。もっと楽しい世界があるのに。この世界だって、最初はちゃんと、それがあったはずなのに!

 この世界も美しく優しかったはずなのに!

 

「だから『僕ら』が苦しむんだ。だから『彼』が辛い思いをするんだ!」

 

 どうして、どうして。

 世界を守っているだけなのに、どうして魔王なんて呼ばれて憎まれなくちゃならない。

 次の被害者を生まないために動いているのに、どうして石を投げられて裏切り者なんて叫ばれなくちゃならない。

 どうして必死に努力するひとたちばかりが、歯を食い縛って我慢しなくちゃならない!

 

「………はは、もう、いいや」

 

 そんな人たちばかりの世界に、いつまでもいる必要はない。そんな人たちばかりの世界で『僕ら』が苦しむ必要はない。

「早く見つけて、帰ろう」

 ここは僕の世界じゃない。

 そうだ、僕の世界じゃない。僕たちの世界じゃない。この世界のことは、この世界の人がどうにかする問題だ。

 ―――関係ないんだ。自分には。

 

 

 

―――――――――

 よくよく考えてみれば、『エミル』の人格って生まれてから数年しか経ってないんですよね。

 子供は良くも悪くも周囲の影響を受けるもの。

 素直で余計なことを考えない分、見たもの、見続けたものを全てだと信じてしまうもの。

 

 ラタトスクは穢れのせいで苦しんでいる

 ↓

 穢れは人の心から生まれる。浄化手段はない。

 ↓

 人の心がそもそも荒んでいるので、相乗効果で悪循環

 ↓

 ↓

 でも『もとの世界』ではこんなことはなかったし、いい人も居たことは知ってる

 ↓

 つまりは『この世界』は―――

 

 

 っていう思考回路ですね!

 まぁエミルが見ていた人間と言うのはサイモンの仕事の側の人間ですが。

 それだけならエミルだって『そういう人もいる』ことは知ってるので挫けたりしないんですが

・偏った人しか見ていないこと

・偏った相手(サイモンとヘルダルフ)としか接していないこと

・その偏りを指摘してくれる相手(ラタトスクとかマルタとか)がいないこと

・更には自分がラタトスクを封印したと言う罪悪感

 とか諸々あって、穢れの影響を受けたらこうなったということで。

 

 ただこのエミルはマルタやロイドのことを忘れてませんから、『もとの世界の』人間のことは好きです。ただ『この世界の』人間が皆こんなものなのか、と思ってしまっただけなのです。

 

 勿論こうなるようにヘルダルフがサイモンに命じてサイモンが誘導したのですが、サイモンは“壊れ”てしまったエミルを見る度に、胸がざわめいて仕方ないのでした。

―――――――――

 

 

・月下の対面

 

 

「―――誰だ!」

 

 その声に気配を揺らしてしまったのが失敗だった。

 頭めがけて鋭い槍がつき出され、咄嗟に身を捩ったせいで体勢を崩し、枝から落ちてしまったのだ。

 追撃は容赦ない。地面に落ちる所目掛けて上段からの袈裟斬り―――咄嗟に空中で腰の剣を抜き、受け止め、斬られることはないものの衝撃はまともにくらって吹き飛んだ。

「―――っ!」

 開いた距離は、相手の踏み込み一つで埋められた。眼前を襲う無数の刺突を必死に剣で受け止め、いなし、避けて。

「―――やっ!」

 強打のために相手が槍を引いた一拍で相手の槍を跳ね上げ、そのまま距離をとった。追撃はせず、剣こそ納めないが構えは解く。

 相手も槍の穂先をこちらから外し、槍の柄で掌を叩く。

「………お前、何故今止めを刺さなかった? それだけの腕があれば容易いだろう」

「僕はあなたと戦うために来た訳じゃありませんから。―――ハイランド王国教導騎士、マルトラン………さん、ですよね?」

 答えはないが、その女性が僅かに目を動かした。それにこれだけの槍の腕、聞いていた通り間違いないだろう。

「僕はエミル。あなたに届け物を預かってきました」

 明らかにマルトランは訝しんだ。まあ当然だが。

「“見せれば分かる”と。今別の用事で動けないからと、僕が頼まれました」

 剣を納め、腰のポーチから“預かり物”の手紙を取り出す。そのまま動かずにいれば、マルトランの方から近付いて来て、エミルの手から手紙をとった。器用に片手で開き、素早く中身に目を通して。

「………なるほど、私とお前は同士というわけか」

 ふっと笑った顔はどこかあの絶望の目に似ている。諦めて、絶望して、けれど奥で胸を焦がす炎。

 なのにこの騎士は、それを抑え込んでいるように見えた。穢れさえも。

「了解した、十日以内に手配する。そう伝えてくれ」

「分かりました」

 エミルが素直に頷くと、マルトランの目が僅かに鋭さを増した。

「聞かないのだな。何の話かと」

「聞いても意味がありません。手伝う気も止める気もありませんから。―――聞いてほしいんですか?」

「いや。単なる好奇心だよ」

 マルトランは目を閉じる。ああまた、じわりと穢れが。

「あなたは聞かないんですね。どうして僕がこんなことをしているのか」

「何だ、聞いてほしいのか?」

「いいえ―――いいえ」

 聞かれたら考えてしまうから。答えは出ている―――出したことを、蒸し返す気はない。蒸し返してしまったらどうなるか、薄々分かっているから。

 分かっているのだ、本当は。

 わからない筈がない。でも分からない、分かってはいけないのだ。分かってしまえば、気づいてしまえば、………そうしたら。

 エミルは頭を振った。振って意識を切り替えて、本来の目的を思い出す。

「一つ頼みがあります」

「頼み?」

「僕は人を探しています。心当たりがあれば、教えて欲しいんです」

 続けて特徴や簡単な性格を告げる。………変わっていなければ、の話だが、まあそうそう変わらないだろうとも思う。あれはもう、そうやって育ったのだ。余程の事がなければ根本的な部分は変わるまい。

 聞いて、マルトランは腕を組む。少しして、いや、と否定の答え。

「知らないな。少なくともハイランドでは情報はない」

「そう………ですか」

 落胆。ローランスではサイモンに協力して貰って(させて)いるが、いくら探しても見つからない。ハイランドならと一縷の望みを賭けていたのに。

 マルトランの口角がくっと上がった。

「お前は信じるのか? 私が嘘をついている可能性もあるぞ」

「嘘をつく人は、信じる相手にそんなことは言いません。それに………貴方はきっと、隠し事はしても嘘はつかないひとだ」

 それはどこか、あの英雄たちに通じるところ。この人を【騎士】たらしめているもの。憑魔に堕ちても人を保っているこの人の、恐らくは矜持、あるいは流儀、あるいは信念。

「ふっ、根拠もないのによくそこまで人を信じられるものだな」

「根拠は三つ」

 指を立て、一本ずつ折り数える。

「一つ。僕が何者かわからないときに貴方は他の兵を呼ばなかったこと。二つ、僕の頼みをなにも言わずに引き受けて情報をくれたこと。三つ―――貴方が“貴方”であること」

 憑魔となっても、理性と姿を保っていること。その状態で尚、災禍の顕主に与していること。

 マルトランの目が細められるのに対して、エミルは笑み。

「僕は貴方の目的の邪魔をしない。貴方が僕の邪魔をしないなら」

「………良いだろう」

 

「もう一つにも返事を返そう。―――“御随意に”。私に異存はない、とな」

 

 

 戻ってその言葉をサイモンとヘルダルフに伝えれば、珍しくヘルダルフは声を上げて笑い。

 ―――手紙の内容をエミルが知るのは、数年後。

 エミルの探し人を見つけた、その後のことだ。

 

 

――――――

 サイモンの使いでハイランドに行ったエミル。手紙の内容は『戦争』の下準備。知らない間に加担させられてるエミル。

――――――




・エミル
 オリジンごと異世界に行ってしまったロイドを追いかけてきた。
 ギリギリでラタトスクが旅の頃のように人間に近く作って排出した体を与えられ、ラタトスクと分離する。ラタトスクを守るためヘルダルフと取引する。
 ちなみに誓約の内容は『元の世界のことを話さないこと』で『ラタトスクを穢れから守る力を得る』こと。守る対象を限定したこともあって穢れを寄せ付けない強力な結界を張る(領域を展開する)ことができる。さらにラタトスクを深く眠らせ封印することで完全にラタトスクを穢れから遮断する。

 この後ロイドを探しつつ、取引でサイモンと世界を渡り歩くのだが、世界の人間の汚さや醜さをこれでもかと見せ付けられ、人間不信になる。ロイドやマルタのことは覚えているし、それが心の支え。なので『この世界の人間』が嫌いになる。
 ロイドを見付けられるならそれでいい、この世界のことはこの世界の問題で自分には関係ない、と自分に言い聞かせ、ロイドを探しながらヘルダルフに命じられるまま暗躍する。


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夜明け


 原作開始。


・夜明け前の出会い

 

「―――何してるんだ? そんなところで」

 

 いきなり声をかけられて、アリーシャは心臓が止まるかと思うほど驚いた。

 

 スレイにここまで―――イズチまで連れられて来て。先に行って待っていてくれと、スレイは何処かに行ってしまった。

 その間、村を見ていることにして。

 景色は綺麗なのに、誰かが暮らしているようにはとても見えなくて、スレイ以外に誰もいなくて。

 

 そんな中で声をかけられれば、誰だって同じようになると思う。

「あ、悪い! 驚かすつもりじゃなかったんだけど」

 赤い服を着た、鳶色の髪の青年。スレイよりも少し年上、というところだろうか。両の腰には剣が下げられていて、その立ち振舞いに隙がないことをアリーシャは見てとった。

「もしかして、あんたがスレイが連れてきたって人か?」

「あなたは、スレイとここに?」

「ああ! っと、まだ名乗ってなかったな。俺はロイドって言うんだ」

 ロイド。記憶をたどって、思い出す。そう言えば遺跡を歩いていたとき、スレイが何度か口にしていた名前だ。

「スレイならジイジに捕まってるから、まだちょっとかかる筈だ。それで、俺が様子を見に来たんだけど………」

 そこでロイドはアリーシャの横の方をちらりと見て。

「随分長いこと、景色に見入ってたんだな」

 苦笑されてしまった。しかし、なぜそんなことを知っているのだろう? アリーシャとスレイがここに来たとき、この人はいなかったはず。ならばアリーシャがどのくらいここにいたのかなんて、知るはずはないのに。

 ロイドがアリーシャの隣に来て、笑った。

「良いところだろ、イズチは」

「………ええ。神秘的で、美しくて」

 本当に、天族が暮らしているような。

 ロイドがぱあっと顔を輝かせた。

「だろう! 俺もこんなに綺麗な場所は知らないんだ。すごい場所なら他にも知ってるけど、神秘的っていうんなら、やっぱりイズチが一番だな!」

「あなたはここの出身なのですか?」

「いいや。俺の故郷はイセリアって村だよ」

 イセリア。聞いたことがないし、カムランでもない。

「………みんな、どうしてるかなぁ」

 少しだけ、寂しそうな声。

 

「―――ロイド! 帰ってたのか!」

 

 振り替えれば、村の奥の家から駆けてくるスレイ。

「お、スレイ。早かったな。ジイジの雷が聞こえたから、もう少しかかるかと思ったのに」

「へへ、ジイジが許してくれたんだ。―――あ、ごめん! お待たせ。楽しめた?」

「ああ。だが、ずっと誰かに見られてるようで、なんだか………」

 もしかするとそれはロイドの視線だったのだろうか。違う気がするが。

 スレイがロイドと同じような顔をする。苦笑い。

「―――!」

 アリーシャのお腹がなった。………恥ずかしい。

 スレイもロイドも、微笑んだ。

「ゴハンにしよっか。ロイドも来る?」

「いや、俺はジイジに呼ばれてるんだ。またな」

「そっか………わかった。じゃあ後でね!」

 ロイドはスレイが向かった奥の家へと。

 

 

「………スレイ、彼は」

「ロイドは、俺の親代わり兼、兄さん兼、友だち………かな。俺が小さいときからここで暮らしてる」

「そう、なのか」

 

――――――

 昔はゼンライ、と呼んでいたが、スレイ達を育てるうちにジイジと呼ぶように。

 ついでにロイドの肉体成長は止まってたりする。理由? オリジンの仕業ってことで一つ。

 だからミクリオは「ロイドって、本当に人間なのか?」って思ったことは何度もある。スレイは………どうなんだろ。

――――――

 

 

・数日間のミクリオ曰く

 

 ジイジに言われて、遺跡を巡る。

 小さい頃から遊び回った遺跡だが、未だに全てを発見したとは言えない。それほどに巨大な遺跡なのだ。

 そもそも遺跡を探検するようになった切っ掛けは、ロイドを探してのことだった。

 ロイド。親で、兄で、友人の、人間。

 そのロイドがいなくなるから、追いかけて探して、そのうちに遺跡に入るようになった。勿論遺跡を好きになったのも興味が湧いたのにも別の理由はあるが、ロイドが切っ掛けの一つであったことは確かだ。

 けれどまだ、ロイドを見付けたことはなかった。………逆に遺跡で迷って帰れなくなった所を迎えに来てくれたことは何度もあるけれど。だからいつかこっちがロイドを見付けに行くのだと、目標のひとつになっていた。

 

 ………その答えを、まさかこんなところで得るなんて。

 

「…………」

 

 あの日見付けた橋の向こう。大きな石像の横。上に向かえばイズチ、というその階段を逆に降りた場所。

 そこにある扉の前で、ロイドが立ち尽くしていた。

「ロイド」

「分かってる」

 声をかけられて、ロイドはそれでもしばらく扉を見ていた。

 

――――――

 あの扉、多分アリーシャと会えた日に偶然に見付けたんだよね? それまでどうやって遺跡に潜ってたんでしょうか。………って答えはアニメがくれた!

 とりあえず、ロイドは天使ではありません。天使の羽は出せません。

 が、エクスフィアによる身体能力強化があるので大抵のことは出来ます。エクスフィアは布巻いて隠してます。

 遺跡から帰ったら二人がいない!? 遺跡にとって返して探して、二人を背負ってイズチに帰る、なんてことを何度か繰り返して、二人はロイドに心配をかけないように日帰りで少しずつ探検をするようになったのでした。

――――――

 

・最初の、

 

 ジイジの領域に入り込んだ憑魔。

 いくら気配を隠そうが、殺気が隠しきれていない上にロイドには『精霊王オリジン』がついている。

 マイセンが喰われかける寸前で割り込んで、吹き飛ばす。………一瞬遅くマイセンの片腕は喰われたが、体は無事だ。

 生きてさえいれば、なんとかなる。

 動けないマイセンを背に庇い、ロイドはその憑魔を相手した。

「まだ、やるか?」

「ぐぅ………お前さん、何者だい………?」

 ロイドは一度として攻撃を喰らわない。だってこれくらいの相手なら、あの旅で何回もした。もっと強い相手を、ロイドは知っている。

 何よりもロイドには相手を倒すつもりはなかった。『憑魔を倒せるのは浄化の力を持つものだけ』。倒せない相手なら、死なないように立ち回ればいいだけのこと。

「ひとに名前を訪ねるときは、まず自分が名乗るものだろ?」

「くくっ、違いない。だが、殺す相手に名乗る暗殺者もいないだろう?」

「………」

 いたけどな。昔、殺す相手に勢いとはいえ思いっきり名乗って、終いには絆されて祖国を裏切ってしまった、情に篤い暗殺者が。

 意識がとんだ一瞬で、そいつが一気に踏み込んできた。が、―――ロイドの師匠よりは、遅い。受け止め、振り払い。踏み込まず、踏み込ませず。

 昔はこんな戦い方が苦手だったのに。突っ込んでばかりでいつも諌められていたのに。

 

「―――マイセン、ロイド!」

 

 駆けてくる、スレイとミクリオ。その向こうから、近づいてくる数多くの気配。

「………ちっ」

「どうする。これ以上続けて、俺たち全員を相手にするか?」

 駆けつけたスレイとミクリオが、ロイドの横に並んで構えた。

「腕一本じゃあ、腹も脹れない。そっちのガキも美味そうだが………」

 腕一本。片腕がない、血塗れのマイセン。

「お前、まさかマイセンの腕を………!」

 一歩踏み出すミクリオを、スレイが制して背に庇う。その二人をさらにロイドが守るように立ち、そこで、ジイジたちが追い付く。

 

「………つまみ食いにかまけて、主菜(メインディッシュ)を逃すのは面白くない」

 

 

――――――

・マイセンは腕一本で済みました。逆に言えば、腕一本は喰われて片腕ですが。

・ルナールって、どういう憑魔なんだ? キツネっぽくて、火の術が使えて。天族を喰う憑魔はルナールくらいだった気がするんだが―――そしてベルセリアプレイすると………。ルナールは最後まで残った憑魔だし、真面目にアフターエピソードの続きってどうなるんですかね?!

――――――

 

 

 

・旅路の夜明け

 

「え、スレイもう行ったのか?!」

 スレイとミクリオはもう山を降りた、と聞かされて、ロイドは仰天する。

「うわぁ、うわぁ!! またかよ………!」

 これでは、まるであの旅立ちの朝みたいじゃないか!

 ロイドは慌てて自分の家に飛び込むと、纏めてあった荷物をつかんで飛び出した。

「ジイジ、皆! 行ってくるなー!」

 

 

「………やれやれ、ようやく行ったか」

「まったく、相変わらず世話のかかる奴だな」

 

「スレイとミクリオを―――頼んだぞ」

 

 

――――――

 ロイドはイズチで一番腕がたちます。なのでまた変なのが入ってこないよう、徹夜でジイジの加護領域を回って警戒してたのでした。

 というわけで、ロイドは数時間くらい遅れて出発。魔物との戦いは慣れてるし、何度かレディレイクには行ったことある(カムラン時代のおつかい含む)ので迷わない。

――――――

 



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“  ”の夢

 

・試練

 

 導師になって倒れたスレイを宿まで運んでくれたのは、イズチから追いかけて来たロイドだった。

 勝手に黙って出てきたことを怒られるかと思いきや、ミクリオが怒られたのは無茶をしたことに対してでイズチを出たことではなかった。

「ミクリオは、スレイを助けたかったんだろ? それを悪いなんて言わないさ。ひとを助けるのに、理由なんかいらないんだから。自分で決めたんならやればいい」

「『人に頼るな己で歩け』、だね」

「そういうことだ」

 ニッと笑ったロイドにぐりぐりと頭を掻き回される。ロイドの身長はスレイよりも少し上だがほとんど同じくらい。スレイよりも小さなミクリオでは、ほとんど抵抗らしい抵抗なんて出来ないのだ。

 それを見ていたライラが微笑んだ。

「仲がよろしいんですのね」

「ああ、家族だからな!」

 からりと笑って、しかし眠るスレイを見て、ロイドがライラに向き直る。

「ライラ、スレイは………大丈夫なんだよな?」

「はい。天族と契約すると皆こうなりますが、命に別状はありませんわ。私の力とスレイさんの力が馴染めば自然と症状も落ち着く筈です。スレイさんほどの霊応力なら、三日ほど休めば目覚めるかと」

 自然に治り、もう後に引くこともないのだ、と言われて、ロイドはようやく表情を緩めた。

「そっか。ならいい」

 ミクリオはそれに覚えがある。まだスレイが小さかった頃、高熱で一晩魘されていたときと、同じ顔。

 が、その表情はすぐに消えて。

 

「じゃ、起きたときに旨いもんでも食わせてやるか! おーい宿のおじさーん!」

 

――――――

 重なった。

 忘れられない、後悔の話。

――――――

 

 

・器

 

(………やっぱり穢れが多いんだなぁ)

 レディレイクの街を歩きながら、ロイドは胸の内で呟いた。

 

 スレイが寝込んで、二日目。

 一日目はスレイを宿屋に運んで、アリーシャが手配してくれた部屋で休ませながら、ミクリオに詳しい経緯を聞いて。

 二日目、ロイドは手持ちの宝飾品を幾つか売って金を作った。ガルド硬貨は元の世界と似たようなものだったのだが、ロイドのそれはこの世界では“古銭”に分類されるらしく、使えないことはないが面倒で。細工物ならイズチでもやっていたから、それを金に換え、その金でアイテムを買い揃えたのだ。

 しかし戻るとミクリオと約束した時間までにはまだ少しあって、ロイドはその間に街を見て回ることにした。

 建物は立派である。流石は都。水路が町中に張り巡らされた作りは、どこか港町パルマコスタを思い出す。

 しかし街の雰囲気は全く違う。

 パルマコスタには活気があった。流石にあの惨劇の直後は人々の顔も暗かったが、それでもあの二度目の旅の時には復興を果たして元気な声が響いていたものである。

 が、この街には、それがない。

(なぁ。オリジンは、穢れは大丈夫なのか?)

(問題ない)

 胸の内に呼び掛ければ即座に帰る返事。これも最初は毎回驚いたものだが、今となっては慣れた。

(穢れって天族にとっては毒になるんだろ。だったら精霊にも毒になるんじゃないか?)

 ロイドには穢れが見えている。この世界に来たときから見えていた。それを見たときには嫌な感じがした。………魔族と対した時のような。

 精霊にとって魔族は天敵であり、魔族の障気は毒となる。それは精霊の王オリジンでも例外ではない。

(それも、問題ない。今の私はお前と契約し、それに基づきお前に宿っている状態だ。その為か、穢れの影響はかなり軽減されている)

(そっか。大丈夫なら良いんだ)

 そしてそれきり、オリジンの声は聞こえない。オリジンはロイドの方から呼び掛けなければ話し掛けてこない。

 元の世界でもそうだった。ロイドがオリジンの力を借りたのは大樹を蘇らせたあの時だけ。

 

 その他のことは自分の力で切り開く。それがロイドの生き方だから。

 

―――――――――

 正確に言うならばオリジンはロイドの『エターナルソード』に宿っている。

 エターナルソードの力はロイドの持つ二本の剣と、エターナルリング、そしてロイドが揃わなければ発揮されない………つまりはその四つまとめてオリジンの器。

 

 ロイドが受けてる加護はオリジンと、マーテル(大樹)の加護の二つ。だからなのか、ロイドはスレイ並みに穢れがないし、穢れが多くても狂ったり思考が誘導されたりはしない。

―――――――――

 

 

・スレイの夢

 

「お、起きたな」

 部屋に入ってくる人を見て、スレイは目を丸くする。

「え、ロイド!? なんで―――ってアレ夢じゃなかったのか?!」

 アリーシャに三日くらい寝込むね、と言って、気を失う―――直前に。開いた扉からロイドによく似た人が入ってきた気がしたのだが。

「なんではないだろ? スレイが心配だったからに決まってる。で、もう体はいいんだな?」

「あ、うん、もう平気」

「よかった」

 ミクリオがそれとなくライラを促して部屋を出ていく。

 二人きりになって、ロイドは言った。

「スレイは、これからどうするんだ?」

「―――」

「スレイがどうしてイズチを出たのかは、ミクリオに聞いた」

 アリーシャに危険を伝えるため。あのキツネ男を止めるため。“視”えないアリーシャではわからない危険を、“視”える自分なら、と思ったから。

「お前は、どうしたい?」

 改めてロイドに聞かれて、スレイは考える。

 

 ロイドは何時だって、スレイに色々教えてくれた。

 例えば料理はロイドに教わった。剣の手入れもそうだ。ミクリオとケンカしてサークレットを壊してしまったときはロイドに教えてもらって手伝ってもらって直したものだ。

 喧嘩したら見守ってくれて、隠し事をしたら怒ってくれて。一緒に遊んで、笑って。色んな話を聞かせてくれて、………そして何時でも、スレイとミクリオの意思を尊重してくれた。

 何がしたいのか、どうしたいのか。

 

「………オレの夢は、昔から変わらない」

「あぁ」

 イズチで、人間はロイドとスレイだけ。天族の杜にとって、穢れを生む人間は災いの元だ。

 

 ―――この地に災いをもたらすだけだ、人間は

 ―――オレも、人間だよ

 

「オレは夢を叶えたい。そのために導師になった。だから、」

 導師になることで、人と天族を救えるなら。人と天族の共存に繋がるなら。世界が少しでも、変わるのなら。

 

「オレは導師として、頑張りたいんだ」

 

 ………ロイドは笑ってスレイの頭をかき回して。

「そっか。なら、スレイがしたいようにすればいいさ」

 自由に、自らの思う道を生きよ。お前の人生を精一杯。

「うん!」

「けど一つだけ忘れるな」

「?」

 一人でなんでもできるわけじゃないんだってこと。

 

 

―――――――――

 ロイドはラタ騎士から数年後。そこから更にスレイたち育ててるので、ちょっと大人っぽくなってます。

 まあ色んな人に憎まれたり嫌われたり上手くいかなかったり。エクスフィア回収の旅でロイドはミトスの苦労を思い知ると思うのです。

 そして『ロイドがどうしたいのか』を大切にしてくれた仲間たちの有り難みをよくよく思い知ると良いのです。

 ほんっとうにシンフォニアは仲間に恵まれたからこそのあの結末ですからね!

 

 っていうかこう言うこと言ってくれそうな人がいないんだよ! どうしてみんな「スレイがどうしたいか」じゃなくて「どうするべきか」を聞くんだよ! スレイが物分かりよすぎるのは『天族の中でただ一人の人間』というのが大きく影響してると思います。

―――――――――

 

 

………………………

・アリーシャの所に付いていくロイド。アリーシャには改めてお礼を伝える。ロイドの霊応力はかなり高い。

・アリーシャの家で遺跡のことを聞いて向かうスレイ達だが、ロイドは別行動をとる。

・街を歩いてたらミクリオを発見。隣に座って話をする。

………………………

 

 

・だからこそ

 

「………なるほどなぁ」

 ミクリオとスレイのケンカは、昔は日常茶飯事だった。

 言い合いになって、互いに意地を張って、引っ込みがつかなくなって。けれど夜は普通に同じ釜のご飯を食べ、一緒の家で眠る。数日経ったらいつのまにか元通り、なんてこともあったっけ。

 大きくなるにつれて二人は議論はしてもケンカはしなくなった。互いのことをよく知っていて、互いを思いやっているからこそ、お互いに相手の言い分も分かるから。

 だから本当に―――本当に久しぶりのケンカである。

 スレイの力になりたいミクリオと、ミクリオを巻き込みたくないスレイ。危険なことは分かっている。大変なことも知っている。辛いこともよくわかる。それでも相手だけには、そんな思いをしてほしくないから。

(コレットも、こんな気持ちだったんだな)

 最初の旅に置いていかれたロイド。

 旅の時、大切な時にはいつもいつも間に合わなかった。旅立ちの日も、再生の旅業の終わりも、コレットの病気が分かったときも。

 でも、それでも。

「スレイが僕のことを思ってくれているのは分かってる。だとしても―――いや、だからこそ、僕はスレイの隣にいたい。その為の力が欲しい」

 互いのことは互いが一番知っている。

 スレイは導師の宿命にミクリオを巻き込みたくないから、ミクリオは導師なんて関係無く夢を追いかけて欲しいから。

 スレイの夢は人と天族の共存。そんなに単純じゃないことは分かっているのだ。だって街に来て半日も経たずしてそれがどれだけ難しいことか、スレイは身に染みてわかっている。

 溢れる穢れにミクリオは具合を悪くした。これだけ沢山の人がいるのに誰も天族が見えていなかった。それどころか街の中に憑魔が居た―――街の中で、憑魔が産まれた。そして世界中がこんな状況なのだ。

 浄化するのが、導師の使命。

「それを手伝いたい、一緒にやりたいと思うのは、そんなに悪いことなのか………?」

「悪くはないさ。だってスレイのためなんだろ?」

 こくん、と頷くミクリオ。

「………けどな、悪くはないけど、それだけじゃダメなんだ」

「ロイド?」

 ロイドを見上げてくるミクリオの頭をポンポンと撫でて、ロイドは昔を思い出す。

「昔………もうずっと前に、俺も幼馴染みを助けたくて手伝いたくて、追いかけて旅をしたことがある。一緒に行くって言ったのに、巻き込みたくないからってあいつは俺を置いていったんだ」

 今でも目を瞑れば思い出せる。あの夜のこと。

「巻き込まれるなんて思わなかったのに。そんなの覚悟してて、それでも良いって思ってたのに―――私が頑張って世界を救うから、ロイドは平和になった世界で幸せに暮らしてくださいって」

「それは………」

 スレイはそこまではっきり言わない。でも。

「結局俺はあいつを追いかけた。けど旅をして、危険なことも沢山あって、俺は分かってる気になってただけで、何も知らなかったんだって思い知った。俺は弱くて、覚悟してたつもりでも何度も折れそうになった。その度に仲間が支えてくれたから乗り越えられたけど」

 子供の遠足ではない。気を抜けば死ぬぞ。油断するな。―――思えばあの言葉はロイドへの忠告であり、教えだった。あいつはいつだって事実しか口にしなかった。………何度、後になってから気付いて悔やんだか分からない。

「覚悟って、そういうことじゃないんだ。何があってもそれでもやる、っていうのは口で言えば簡単だけど、本当にやるのはすごく難しい。間違えないなんてのも絶対に無理だ」

 間違えないと誓っても間違えたように、繰り返さないと決めて努力していても同じ結果になってしまったように。

「なぁミクリオ。お前はスレイのためなら何でも出来るか?」

「僕に出来ることなら」

「―――なら、スレイの為に人を殺せるか?」

 ミクリオは絶句した。答えない。答えられない。それくらい、ミクリオも純粋で素直で、それくらいミクリオはスレイを大切に思っている。

「………ごめんな。けど分かっただろ? 誰かのためにってだけじゃ、結局それは最後の最後で責任を相手に押し付けることになる。………だからそれじゃ、ダメなんだよ」

 誰かのためにと動いても、それは結局自分のエゴだ。だから究極のところまで行き着くと誰かの【ため】ではなく誰かの【せい】になる。

 誰かのために動くのは悪いことではない。それ自体は悪いことではない。でも本当に相手を思うのならば、だからこそ。

 

「ミクリオはどうしたい。どうして、スレイを助けたい?」

 

 

 しばらくして、ミクリオが顔をあげた。

「ロイド。ありがとう」

 晴れやかな笑顔だ。悩んで沈んでぐだぐだしているより、ずっといい顔。

「礼を言われるようなことしてないから、気にするな」

「やっぱり、ロイドは凄いな。あんなに悩んでいた自分がバカみたいに思えてきたよ」

 答えはずっと出ていた。それに妙な屁理屈がくっついて素直になれなかっただけ。自分ではどうにも出来なかったことを、ロイドと話せばあっという間に答えが出た、と。

 ミクリオは、そう言うけれど。

「俺は、凄くなんてないさ」

 違うのだ。知らなくて、分からなくて、それだけしか見えていなくて。だからそれをがむしゃらにやって来ただけ。分からなくなったときも仲間がそれを支えて教えてくれただけ。

 ―――ロイドは弱い。強くなんかない。

「でも、だからこそ、強くなりたいって思うんだ」

 

 この先どんなことがあってもその覚悟を忘れない。

 砂漠の夜の、教えを忘れない。

 

 

―――――――――

 スレイとコレットって似てるよなぁってふと思ったり。

 

 もしかしたらスレイが地下水道であんなに怒ったのは、『ミクリオは穢れがなくなった世界で幸せに暮らせるのに、どうしてそんな苦労をするんだ』ってことなのかなーって。

 スレイにとってミクリオは幸せで楽しかった“夢”の象徴で、だからこそ導師の宿命には関わって欲しくなかった。だからこそ、幸せな世界で夢を追いかけ続けて欲しかった。

 スレイは導師になったから、もう夢を夢では終わらせられない。ただ夢だからと追いかけられない。だから、ミクリオだけは、なんて思ってしまったのかな、と。

 

 二人とも似た者同士ですよねー。

―――――――――



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使命と夢

 

・気になる場所

 

 ロイドと話したことでスッキリしてスレイを追いかけたミクリオが、ガラハドでスレイ達に追い付き神依をしている頃。

 

 ロイドはレディレイクを出てレイクピロー高地を歩いていた。

 憑魔は霊応力が高いものを襲う。ロイドも例外ではなかったが、この辺りの憑魔ならば片手間でも相手できる。そもそももっと手強い相手ならば、それこそ世界再生の旅で何度相手にしたことか。

 目指しているのは東側。ちょうど、湖の反対側の方だ。

(ロイド、どこに向かっている?)

「ちょっと、あっちの方が気になって」

 イズチとは正反対。だが、イズチに居た頃からロイドはそちらの方向をずっと気にしていた。レディレイクよりもさらに東。手に入れた地図によればなにもない、小さな半島のような場所。

「オリジン、何か感じるか?」

(………いや、何も感じられない。しかし今の私はあの世界よりも力が落ちている。感じられないのはその可能性もあるだろう。お前が気になるのならば何かあるのかもしれん)

「そうか」

 オリジンは精霊だ。マナが少なければ力も出ないのかもしれない。

(ロイド、今からでは恐らくスレイ達が戻ってくるのが先だろう。行くのは構わないが、日を改めた方が良いのではないか?)

「んー………そうだな。なんなら今度スレイたちと一緒に行けばいいか」

 

 そう結論付けてレディレイクに引き返したロイドは、途中でミクリオが輿入れしたことで倒れたスレイとそれを必死に運ぶミクリオやアリーシャに出会した。

 スレイをロイドが背負ってレディレイクの宿屋に戻る。

 スレイが起きたのは、次の日の事である。

 

 

――――――

 地図で言うと、黒くなってる湖の対岸の辺り。

 ゼスティリアとベルセリアのワールドマップを見比べると、イズチとかの辺りは元々海なんですが、うっすらと島らしき影が地図にありますし、タリエシンで『海に沈んだ遺跡郡』の話が聞けるのと、あの辺りに『イカヅチ諸島』と呼ぶ島々があるのが分かります。ねこにんの里もタリエシンから行けましたし、ゼスティリアだとハイランドの北側にありますし。なのでイズチの辺りやゼスティリアで行き来できるのは多分ベルセリアでは海と、プルナハ湖の反対側の湖畔なのでしょう。

 となると、ベルセリアで行動できた場所はゼスティリアでは行けない辺りではないかと思われます。

 って考えると湖から海まで繋がってる部分が変わってることになるのですが、『流入湖であるプルナハ湖畔に水が流れ出る場所を作ってやれば水位が下がるのでは』なんて言ってたあの若者達が頑張った結果として、また空白の千年の大地の隆起で水の流れが変化した―――と考えられると思います。

 

 本当に、ローランスとハイランドの行動圏の差がありすぎる。もっとハイランドを冒険したかったよ! アニメでちらっといくつかの集落が出てきましたが場所が分からないのと『アニメとは別時空』と割り切ってるので、ハイランド側に関しては捏造だらけになります。

『この作者の解釈はこんなんなんだな~』とゆるーく受け止めて頂ければ。

――――――

 

………………

・スレイは目覚めて司祭の元を訪れ、天族を祀ることをお願いする。

・グリフレット橋に行き、憑魔化した天族ウーノを浄化。レディレイクの加護を頼む。

・スレイに王宮から招待状が届き、アリーシャと共に向かう。ロイドはここで待ってるよ、と宿で待機する。

………………

 

・王宮に巣くう闇

 

 待ってるとは言ったものの、やはり気にはなるし、心配でもある。

 ロイドは知っているからだ。ゼロスやリーガル、コレットや、マルタが苦しんでいたこと。テセアラの、特にメルトキオで向けられた数々の嫌み。笑顔で握手しながら後ろ手に武器を突きつけるようなやり取り。

 ロイドにはとても出来ないことで、マルタもコレットも慣れないことに戸惑い、悩んでいた。

 そして今回の招待。

「やっぱり、嫌な予感しかしないんだよなぁ………」

 招待状を持ってきた奴からして、気に食わない。ロイドが嫌いなタイプの人間だ。そしてアリーシャの反応。穢れの塊があるという場所の近く。

 気になって、街を歩いていたら。

(………ん?)

 夕方、日が落ちてこれからどんどん暗くなるという時間帯。薄暗くなってきた中で、ロイドは屋根を跳び移る集団を見掛けた。

 気になって、追いかけ、路地裏に入る―――

 

「!」

 

 入った瞬間に降り注いだ短剣を、ロイドは咄嗟に抜いた剣で弾き返した。

 周囲に視線を走らせると、音もなく着地した怪しげな人間が四人、うち一人はロイドが弾いた短剣を空中でキャッチしながらの着地である。………ロイドは、スレイ達から聞いた話を思い出した。

「お前たち、アリーシャを狙ってるとか言う………」

「我らはもうアリーシャ姫を狙うことはない。確かに一度は依頼された仕事ではあるが、あれは我らの身内が先走った結果だ。始末は我らでつける」

「狙いがアリーシャじゃないなら、何をしに行くんだ? そっちは王宮だろ」

 今、王宮にはアリーシャだけではない、スレイがいるのだ。

 互いに構えを解かない。緊張が高まって―――

「案ずるな。我らは矜持に反する殺しはしない」

「矜持?」

「そう。我ら“風の骨”の信念。………徒に民を混乱させ、民衆に害をなす者でなければ、我らは矜持に従い殺しはしない。今は、お前の連れにも、アリーシャ姫にも手出しはしない」

 女の声は低く、仮面で籠って年代が分からない。だが言葉ははっきりとして、その端々に確かな誇りが感じられた。矜持、というだけあるらしい。

「―――なら、いい」

 ロイドが剣を納めると、男がすこしばかり驚いたような声を出した。

「随分と素直に信じるのだな」

「信じるさ。『騙すより騙されろ』、『人に頼るな己で歩け』。親父に教わった、俺が死ぬまで貫くと決めてる信念だ」

 例え死んでも、生まれ変わっても、やり直せたとしても。この道を選び続ける、この選択をし続ける。それが、あの悲しい英雄に勝ったロイドの決意だ。

 お前は間違ってると、否定した相手。ロイドはあれからの数年でその気持ちも分かるようになった。自分には何一つ恥じるところがなかったとしても、向けられる憎悪や嘲笑。それに折れそうになる気持ちはとても良くわかる。

 だとしても、ロイドは選んだ。父親と相対しても、一度は友達と呼んだ相手と戦っても。それでも認められなかった、守りたかったもののために、ロイドは諦めるのではなく進む道を選んだから。

「俺は、俺が信じると決めたものを信じる。お前たちはスレイを助けてくれた。スレイとアリーシャに手出ししないと宣言してくれた。だから信じる」

「今は、と言ったはずだが」

「その時はその時、今は今だ」

 剣にはもう手を伸ばさない。真っ直ぐに立って視線を受け続けていると。

「っ、ふふ、あはははは!」

 最初の女の声が、堪えきれぬとばかりに笑い出した。

「良いだろう。その姿勢に応じて、良いことを教えてやる。ついてこい」

 身を翻し、駆け出す四人。その身のこなしはとても普通の人間とは思えない。

 屋根の上を跳び移り、路地裏を駆け抜け、辿り着いたのは、地下水道への入り口だった。

「ここは王宮に繋がっている。アリーシャ姫が噂通りの人間ならば、奴等はここから出てくるはずだ」

「あんたたちはここから入るんじゃないのか?」

 その問いには答えず、四人は飛び上がり、姿を消した。ロイドは目で追うが、本格的に暗くなってきた今はあの夜闇に紛れそうな四人を見付けるのは不可能だろう。それほど身体能力が高かった。

(………行くのか、ロイド?)

「ああ。遅くなるんなら、迎えに行ってやらなくちゃな」

 昔からそうだった。

 遺跡で迷って帰りが遅くなったときも。森で怪我して動けなくなったときも。ケンカをして家を飛び出し、帰ってこなかったときも。

 何かあったら迎えに行くと、ジイジとも、スレイとミクリオとも、約束したのだ。

 

――――――

 アリーシャ暗殺依頼は、恐らく風の骨に依頼されたというよりも、ルナールが個人的に受けたものだと思う。ルールを破って勝手な依頼を受けて、先走って。

 聖剣祭で『掟を忘れたか?』と言う台詞は『矜持に反する殺しはしない』という風の骨の掟を破り、勝手なことをしたからだと思ってます。

 つまりアリーシャ暗殺依頼は風の骨が正式に受けた依頼ではないが、風の骨の一員であるルナールが受けた依頼なので、風の骨が始末をつけに来た、ということかと。

 ………アニメとは別時空別時空!

 

 風の骨はあの燭台の仕掛けをどうやって解いてたんだろうかと思ってたら、ベルセリアやって納得。

 レディレイクの地下水道はベルセリアの百年前、アスガード初期の遺跡。つまりは同じく熱に反応する仕掛けであって、ライラの炎がないと通れないと言うわけではない。

 ………まぁ、ロイドは火をつける道具は持ってるけど、王宮地下から地下水道へ抜けるための仕掛けは王宮側にあるので、地下で少し待ってる羽目になったのですが。

――――――

 

 

・出来ることを

 

「また、起こっちゃいましたわね。一騒動」

 宿に戻って、服を乾かし休んで。

「おかげで穢れが祓えた」

「かなり結果論だけどな」

「やっぱり王宮に憑魔がいたのか?」

「ううん。居たのは王宮の地下にあった牢屋だったよ」

 スレイはロイドに説明した。

 王宮の厨房が、地下牢に繋がっていたこと。地下には強力な憑魔がいたこと。その憑魔は深い恨みを持っていたということ。

 ………そして言わないが、スレイは察しがついていた。地下水道が封印されていたのは、おそらくはその歴史を隠したかったこともあるのだろう。長らく使われていないはずなのに穢れが溢れ憑魔が溢れていたことを考えれば、その恨みはさぞ深いものであっただろう。

「でも、良かった。これで思い残すことはない」

「そんな、最期みたいに」

「最期なのです」

 固い声。震えた声。

 疫病の街マーリンドへ行かねばならない、と。その命令がアリーシャを陥れるのが目的であったとしても、命令そのものは正式なものであり、民が苦しんでいるのは事実。

「私は出来ることをしたいんだ。ハイランドのために」

 アリーシャが従士になったのも、その為だった。それがアリーシャの夢だから、その夢はスレイの夢と繋がっていたから。

 ―――なら、アリーシャの夢はスレイの夢でもある。

「オレも一緒にいく」

「ダメだ、私に関わっては。さっきだって巻き込んでしまった」

 さっき、というのはバルトロ大臣との食事会の事を言っているのだろう。アリーシャと仲良くしているのが、何かを企んでいるのだろうと決めつけて掛かっていた。アリーシャではなく自分達につけと、あの時の言葉はそういう意味だ。

 その会話を、スレイはロイドとアリーシャに伝えていない。なのにアリーシャは話の内容を察しているらしかった。

「でも、どうやってマーリンドに行くの? 橋は流されちゃってる」

「………なんとかする」

 アリーシャもたいがい頑固だ。なんとか出来るものではないだろうに。

「アリーシャ。巻き込んでいいんだぞ?」

「え?」

 それまで黙っていたロイドがいきなり口を開いた。

「仲間なんだろ、俺達。なら、迷惑かけるとかそんなの気にするな。迷惑かけたなら別の事で相手を助ければいい。それにそもそも、迷惑かけられたなんて思ってないよ。なぁ?」

 ロイドの問いには、スレイもミクリオもライラも笑顔で応じた。

「人間、出来ることと出来ないことがある。だから助け合って一緒に生きるんだろ。アリーシャはアリーシャが出来ることをやればいい。何もかも一人でやらなくちゃいけないなんて背負い込むことはないんだ。ドワーフの誓い第1番―――」

「『平和な世界が生まれるように皆で努力しよう』」

 スレイとミクリオの声が揃った。もう小さな頃から都度あるごとにロイドが口にしている言葉だ。ドワーフの誓いを、教わったわけでもないのにスレイとミクリオの二人は暗唱することができた。

「皆で、一緒になんとかしよう」

「その方が早くなんとかなりますわ」

「どのみち、僕らにも橋は必要だしね」

 ミクリオの言葉は遠回しにアリーシャのためだけではない、と言っている。自分のためなら固辞してしまうであろうアリーシャが気にすることではない、と。

「みんな………」

 ああ、やっと笑ってくれた。

 マオクス=アメッカ―――笑顔のアリーシャ。スレイの願い。

 

 だからスレイは、世界を救いたいと願うのだ。

 

 

 

………………

・グリフレット橋に着くが、川の流れが強すぎて復興が進まない。根本的な解決をするため、地の天族に協力してもらうことを思い付くスレイ。ライラの知り合いの天族に会うため、スレイ達は霊峰レイフォルクを目指す。

 アリーシャは橋の復興のために残ると言い出す。

 そこに、霊峰に行くと聞いたマーリンドのネイフトが『八天竜の伝説』のことを語り、霊峰には立ち入らない方がいいと言ってきた。

………………

 

 

 

 ロイドにとって、ドラゴンは厄介な相手ではあるが、倒せない敵ではない。あの世界では間違いなくただの、強くはあっても普通の魔物だったから。

 だからドラゴンが住んでいると言われてもへぇと思っただけで、ただドラゴンは憑魔が見えない人でも見えるんだなぁとそんなことを考えた。でなければドラゴン伝承なんて残らない。

 八天竜の伝説についてはアリーシャが知っていた。世界各地に残る、天族を裏切り地獄に落ちたという八匹の竜の伝説。

「でも、天遺見聞録にはそんなこと………」

「かの書物がすべての伝承について記しているとは限らないのではないですかな」

 ネイフトの言葉に、ロイドは深く頷いた。

「伝説とか言い伝えなんてその地方にしか残ってなくて一般には知られてないとかざらにあるし、そもそも伝承は変わるからなぁ」

 その最たるものが、世界再生伝説だった。真実を伝え残してきたのはエルフの語り部だけだったし、一般に知られていたマーテル教の世界再生伝説はクルシスによって歴史が歪められたもの。

「伝えない方がいい真実ってのも、中にはあるし………」

「え、ロイド、聞こえなかった。今なんて?」

「なんでもない。ただ本に書いてあることが真実だとは限らないって言っただけだ」

 スレイはほんの少し考え込むように視線を落とし。

「忠告ありがとう、ネイフトさん。でも、行かなくちゃならないんだ」

「スレイ………」

「大丈夫。ちょっと行ってくるね」

 心配そうな目線を向けるアリーシャにもう一度大丈夫、と返して、スレイは霊峰に向かって行った。

 それを見送ったロイドに、話し掛けてきたのはネイフトだった。

「………心配ですかな?」

「そりゃ、家族だから。―――なぁネイフトさん。そのドラゴンの伝説って、昔からあるのか?」

「レイフォルクのドラゴンの言い伝えは、儂の祖母が子供だった頃からある話。それにここらではレイフォルクの雷はドラゴンの仕業だと言い伝えられておりましてな」

 ネイフトの言葉をアリーシャが継ぐ。

「ドラゴンが出なかったとしても、崩落などの事故が耐えないのも確かだ。ハイランド軍は一般人の出入りを禁じる布令を出しているのだが………」

「兵士を置いて出入りを監視してるわけじゃないんだな。………ネイフトさん、ドラゴンが霊峰から降りてくる事はないのか? マーリンドはこの近くなんだろう? ドラゴンに襲われたりとか」

「不思議なことに、レイフォルクのドラゴンは霊峰から降りてきたという言い伝えはありませぬ。時折空を飛ぶ竜の影を見たという者もおりますが、それも霊峰の近く、それも人間が霊峰に近付いた時のみ。我らが霊峰に干渉しなければ、ドラゴンも霊峰からは出てこないのです」

 霊峰レイフォルクとはひとつの山ではなく、あの辺り一帯を指す言葉。険しい山が多いそこは元々人が立ち入ることもあまりなかったらしい。

 ………心配は、きっと必要ない。だっていくらドラゴンが相手でも、スレイにはライラとミクリオがついている。最悪の場合でも逃げるくらいは出来るはずなのだ。

 

 だというのに、嫌な予感が消えない。

 

 政治やら難しいことは苦手なロイドである。

 アリーシャの仕事は手伝えないし、憑魔もあまり現れず。ただ立っているのも気が引けて、ロイドは橋を作ろうと悪戦苦闘している職人たちの中に入り込んだ。

 ロイドの養父はドワーフだ。宝飾、鍛冶だけでなく建築にも通じていた養父から、ロイドは様々なことを教わった。………その知識がなぜ勉強に活かされないのだろうかと、教師である親友の姉は頭を抱えていたけれど。

「へー、そんなやり方があるのか」

「ここをこうしておくと、柱が長持ちするんだ。それからここと、ここの部分は壊れやすいから―――」

「待ってください、それじゃバランスが………」

「いや、それならいっそここの中を―――」

 雨で作業が進まないため、出来るのは精々が瓦礫の片付けや、あとは新しい橋の設計くらいのもの。

 図面をチラリと見たロイドがうっかり「ここではそういうやり方なのか」なんて口を滑らせたのが、半時ほど前。そこから、一体どうしてこうなったのか、もう完全に職人たちに馴染んで議論を交わすほどになった。

 職人は頑固だ。だが自分の知らない技術や自分よりも優れた相手にはきちんと敬意を示し、それを吸収しようとする柔軟さもある。

 それとロイドの元々の性格も合わさって、アリーシャが苦戦していた職人はロイドをすっかり気に入ったらしかった。

 

 ロイドが解放されたのは、スレイ達が霊峰に向かってから半日ほど経った、昼すぎになってからだった。

 休憩のため、アリーシャが岩に腰かけてカップに入ったスープを飲む。ロイドはその近くに生えた木に背を預けて、同じようにスープを口にする。

「凄いな、ロイドは。あんな技術を知っているなんて」

「俺の親父がそういう仕事をしてたからな。これで次の橋は今までよりずっと丈夫になる筈だ。………俺よりアリーシャの方がすごいと思うぜ。ああやって皆に指示を出して、国を動かして」

 と、アリーシャが明らかに顔を曇らせた。

「私は………なにも出来ないお飾りの姫だ。騎士としても、王家に連なる者としても、まだまだ未熟でなんの力もない」

 ぐっとアリーシャの手に力が入った、直後。

「そんなことないぞ」

「え………?」

 呆然とアリーシャがロイドを見上げる。

「聖剣祭が開催出来たのはアリーシャのお陰だろ。地の主とそれを祀る人が見付けられたのも、アリーシャがこの国の人をよく見て、知ってたからだ」

 アリーシャがハイランドを想う姫だから出来たことだ。市勢に通じ、民に寄り添う姫だからこそ。

「アリーシャは無力なんかじゃない。俺たちは何度もアリーシャに助けてもらってる」

「………ふふ、ありがとう、ロイド。おかげで元気が出たよ」

「よかった。やっぱり笑ってるのが一番良いからな」

 

 

 スレイが地の天族エドナを連れて山を降りてきたのは、その日の夜のことだった。

 

 

――――――

 というわけで、ドワーフ直伝の技術がグリンウッドに持ち込まれました。これ以降、ハイランドの職人の間ではロイドは一目置かれるようになります。実はレディレイクで売り払ったロイド作の宝飾品は、裏では目が確かな人たちの間を回り回って高値がついてる。

 次に売るときには大騒ぎになる。けどロイドは「自分の腕は親父には遠く及ばない、大したことではない」と思っているので本当に金に困っていない限りは売らないので………『幻の職人』扱いされてたりする。

――――――

 

………………

・戻ってきたスレイはその場で橋の基礎を作ろうとするがライラに止められ、夜を待つ。

・エドナの力で川底を隆起させる。ネイフトから薬を受け取り、ミクリオの力でマーリンドへ。

………………

 



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従士の夢

 夢シリーズはアリーシャの離脱理由を改編したいがために書いていた話です。
 とりあえずアリーシャ編はここまで。


!オリジナル回(1)

 

 スレイが倒れた。

 

 ロハンの所に行き、強力な憑魔が南西にいる、と知ったあと。ふらついたスレイは立ちくらみかと思いきや、そのまま倒れてしまったのだ。

 もう2日以上、原因不明の高熱に魘されている。

「………アリーシャ、医者は何て?」

 疫病に苦しんでいたマーリンドには、医者も居た。スレイが穢れを祓ったことで回復した医者に、アリーシャが頼んでスレイを診て貰ったのだが………。

「それが、原因は分からない、と………」

「使えないわね。医者の癖に」

 エドナの辛辣な言葉は、一行の代弁でもあった。

「実はマーリンドの民と兵もスレイのお陰で大部分が回復したのですが、一部はスレイと同じように高熱で寝込んでいるそうなのです………まさか、スレイも憑魔に」

「違いますわ。穢れが原因であるなら浄化の力で祓える筈ですもの」

「それに、スレイが穢れに侵されたんなら、スレイを器にしてるワタシたちにも影響が出るはずよ」

 アリーシャの不安は天族たちに口々に否定される。

「………ってことは、本当の病気なんじゃないか?」

 ロイドの言葉に、天族たちが―――特にミクリオがはっとした。

 天族は病気にならない。不調になるとしたらそれは穢れのせいだ。………だから、ついそれを前提にしてしまう。医者がわからない、人間にわからない不調なら穢れによるもの―――そう、はなから決め付けてしまう。

「だが医者が知らない病気なんて」

「………いえ、ミクリオ様。この地方の風土病かもしれません。だとしたらレディレイク出身の医者では」

「! ネイフトさんでしたらなにかご存じなのでは」

「いや、まだ橋の復旧が終わってないらしくてな。ネイフトさんはマーリンドに戻ってないんだ」

 一行の肩が落ちた。が、アリーシャが顔を上げる。

「! マーリンドの図書館なら………」

 

 

 

 マーリンドの書庫から関係がありそうな本を借りてきて、宿に戻ってロビーで、それを片端から読んでいく。

「………どうやら、昔からある病気のようですわね。長雨が続いた後、数人が発症。人から人への感染はありませんが、一週間以上高熱に魘され、最後は………」

「治療法は!?」

 ロイドが食い付くが、ライラが首を振る。

「それは、書かれていません………」

 別の本を読んでいたミクリオが口を挟む。

「………いや、待ってくれライラ。こっちに『サレトーマを与えた所数日で寛解した』という記述が―――」

「サレトーマ? って、まさかあの趣味の悪い花じゃないでしょうね」

「知ってるのかエドナ!」

「うるさいわね座りなさいミボ。高熱によく効く薬草よ。昔は有名だったけど」

 ロイドが立ち上がる。

「よし、ならそのサレトーマを探せばいいんだな。どこにあるんだ?」

 薬草図鑑を持ってきてページを繰っていたアリーシャが。

「………ローランス地方の一部に自生しているらしいが、今では数が減ってほとんど流通していないと書いてある。ましてや近年の異常気象では、咲いているかどうか………」

「ダメか………」

 ロイドは項垂れた。

 スレイのためならローランスだろうがどこにでも行く気があるロイドだが、無いものはどうしようもない。それにローランスは広い。今から向かって取ってきても、それではスレイは間に合わないだろう。

「他に………何か方法はないのか? サレトーマじゃなくても、同じように高熱に効く薬草とか―――」

 と、ふと、アリーシャが開いていた薬草図鑑の一ページがロイドの目に止まった。

「これ………この白い花………“ファンダリア”?」

「ロイド、どうかしたのか? この花が何か?」

 ファンダリア。高熱。オゼット風邪―――。

「昔、俺の仲間が病気になったとき、この花の蜜で良くなったんだ」

「そうなのか? しかし、この図鑑にはそんな記述はどこにも―――」

 アリーシャが顔をしかめた時、宿の女将が飲み物を差し入れに来てくれた。

 暖かそうなミネストローネ。泊まるときには料理は六人分、と頼んであるので、運ばれてきたのは五人分。一人分少ないのはスレイが寝込んでいるからだ。

「あぁ、ありがとう」

「いいえ。マーリンドを救ってくれたのは姫様方ですからね。遠慮なさらず、どうぞ」

「いただきます。―――ん、うまい!」

「お粗末さまでした。………ところでお客さん、さっきファンダリアの話をしてなかったかい?」

「女将さんファンダリアを知ってるのか?」

「ああ、ここらでは熱を出したらファンダリアを煎じて飲ませるのさ。民間療法ってやつだね。若い子はほとんど知らないんだが………あんた、若いのによく知ってるねぇ」

 ロイドは苦笑いした。この世界に来てから成長が止まっているので、ロイドは傍目には二十歳前後に見える。が、実際にはこの世界に来た時点で二十一歳。それからもう十数年経っているので、実はもう三十路を越えているのだが………まぁそんなことを説明するわけにもいかないだろう。

「ファンダリアはこの近くにあるのか?」

「ああ。ここらは霊峰に近いし、昔は山を上れば簡単に見付かったもんさ。………けどねぇ、最近じゃ外は危ないだろう? なかなか取りにも行けなくてねぇ」

 

 

 翌朝。

「………で、アナタがファンダリアを取りに行く、って?」

 エドナの問いに、大真面目にアリーシャは頷いた。

「ファンダリアがあれば、スレイも、マーリンドでいまだ苦しんでいる民たちも治るかもしれません。病み上がりのマーリンドの民と兵に無理をさせるわけには行きませんし、私なら憑魔も―――」

 が、ライラがそれを止める。

「お待ちください。従士の力は、スレイさんを通して与えられるもの。スレイさんの導師としての領域内でのみ振るうことが出来る力です。スレイさんが動けない今、スレイさんを器としている私たち天族は、スレイさんからあまり離れることが出来ません」

「―――つまりアナタが行くってことは、従士の力も使えない、憑魔も見えない、浄化できない状態で行くってことになるのよ」

 普段ならスレイと従士の契りで繋がっているアリーシャは、ある程度は離れていてもその力を使うことが出来る。

 が、高熱で弱ったスレイではおそらく、このマーリンドを離れるとその契りがあっても、従士の力は使えなくなる、と。

「それでも行くの?」

 アリーシャは一瞬戸惑ったが、しっかりとエドナの目を見て答えた。

「行きます。苦しんでいるマーリンドの民を放置はできません。何より、そこに方法があるなら、じっとしているよりもそれを試したい。―――私は騎士だ。騎士は民のために在るもの。私はその務めを果たしたいのです」

「でも―――」

 ミクリオがアリーシャを心配してさらに言葉を重ねようとしたから、………ロイドはその前に口を開く。

「なら、俺が一緒に行くよ」

「ロイドが?」

「ああ。俺ならスレイは関係なく憑魔が視えるし、追い払える。ファンダリアの花を見たこともあるし、アリーシャと二人で行って、花を取ってくるよ。それなら心配要らないだろ?」

 ロイドはスレイと契約していない。つまり浄化の力を持たない。しかしこれまでの旅で、それでも憑魔を退けるほどの実力があることは皆が知っていた。

「確かに、それなら………」

「よし、決まりだな」

 

 そうして、アリーシャとロイドはマーリンドを出発したのだ。

 

 

 

 

 ファンダリアは高山の頂上付近に咲く花だ。

 かつて、ロイドの世界でリフィルがオゼット風邪に罹患したとき、ジーニアスとミトスはフウジ山岳まで花を取りに行った。………あのときはこっそりと二人を追いかけたが。

 アリーシャとロイド、二人の道中は意外にも順調だった。

 憑魔はほとんど現れず、出てきてもそれは獣が憑魔化したもの。それならアリーシャにも見えるし、なによりロイドがいればアリーシャが動く必要もなかったからだ。

「すまない………」

「良いって。憑魔は俺が引き受けるから、アリーシャはファンダリアの花を見過ごさないように辺りをよく見ておいてくれよ」

 花の場所はエドナが知っていた。流石は山に住んでいた地の天族。教えてもらった場所は、マーリンドから程近い山―――グレイブガント盆地の横にある、国境近くの山であった。

 山道を歩くこと、半日。

「………エドナ様に教えていただいた場所は、この辺りの筈だが………」

「あんまり、咲いてないな?」

 山の、八合目辺りだろうか。もうファンダリアが咲いていてもおかしくない標高なのに、辺りには一本も見当たらない。

「仕方ない、もう少し上に行ってみよう。アリーシャ、気分が悪くなったら直ぐに言ってくれよ」

「ああ。ロイドも」

 

 

 山頂付近。

「! ロイド、見てくれ、あそこに白い花が―――」

「よし、行こう」

 かけ上がればそこは小さな窪地になっていて、そこに白い花が密集して咲いていた。

「良かった。これなら」

 アリーシャが花に駆け寄ろうとして―――それをロイドが、制する。

「何を………?」

「―――隠れてないで出てこいよ。居るのは分かってるんだ」

 アリーシャは辺りを見回した。茂みの向こうに………居る。アリーシャが槍を構えようとした時、茂みからあわてて数人の男が立ち上がった。

「ま、待ってくれ! 私たちは怪しいものじゃない!」

 男たちは両手を上げていた。武器も持っていない。が、男たちの腰で揺れる木簡を見て、アリーシャが男たちを睨んだ。

「その手形はローランスのものだ。ハイランド領になぜローランスの者がいる」

「た、確かに我々はローランス人だが、商人だ! 商人は通商条約で往来が保証されているだろう?!」

「ならばハイランドの通行手形を見せろ。正規の手続きで国境を越えたのなら、そのローランスの手形にはハイランドの印章もあるはずだ」

 そこで、商人たちはうっと押し黙った。

「やはり不法入国か………!」

「ひいいっ!」

 腰を抜かした商人たちは、ロイドには悪い奴等には見えなかった。

「まぁ待てよ、アリーシャ。なぁあんたら、どうしてこんなところまで来たんだ? ローランス側から来たんならかなり道が悪い所を抜ける筈だ。そうまでして、なんでここに来た?」

 この辺りはカムランとグレイブガント盆地の間辺り。どの道も険しい山岳地帯だ。

 すると商人たちは互いに顔を見合わせて、ぽつぽつと話し始めた。

 

 

 彼らはローランスの皇都ペンドラゴを中心に活動する商人。セキレイの羽のような大手ではないが、地元の住人には贔屓にされる、そういう商売をしていた。

 だが今、ペンドラゴでは妙な病気が流行っているらしい。

「熱が、下がらないんだ」

 長雨が続き、病気が拡がり、薬が高騰した。

 罹らないものは罹らないらしいのだが、罹れば治療法がない。唯一の特効薬がサレトーマで、それは貴族や高官がとっとと買い占めてしまった。元々の流通量が限られるため、一般市民には手に入れられない。そんな中、地方から出てきた客にファンダリアのことを聞いた彼らは、それをなんとか手に入れられないかと奮闘した。

 幸い、ファンダリアが高熱の病気に効くというのはあまり知られていないため値段はそれほどでもなかったのだが、自生地がハイランドだったのだ。あとは二国の間にある高山地帯。

 そして今は開戦が近いということで、二国間の交流は減ってきている。

 正規のルートで手に入るのは数えるほどで、それではとても足りない。かといってハイランドに入国しようにも、ハイランド側には伝もない。

 だから違法とは知りつつも、ハイランド領に侵入したのだった。

 

 

「―――頼む! 見逃してくれ! ファンダリアの花があれば、大勢の市民が助かる。確かに不法入国したのは悪かったが、ここらは国境が曖昧だし………ああいや、その」

 あわよくば、という魂胆があったことは、否定しなかった。彼らは商人だ。市民を救おうと動いたのも事実だが、儲けを狙ったのもまた事実。

「しかし………」

「よし、わかった」

 言い淀んだアリーシャと、即答したロイド。

「ただ、俺たちもその花が必要なんだ。だからお互い採っていくのは必要な分だけってことで、どうだ?」

「あ、ああ、分かった!」

 不法入国を咎められて捕まるくらいなら、多少儲けが減ろうがものを手に入れられる方がいい。商人の判断は早いのである。

 だが真面目なアリーシャは納得できなかった。

「しかし、騎士として不正を見過ごす訳には―――」

「良いじゃないか。ただ薬草を取りに来て、山のなかだったからここがどこか分からなくなっただけだろ?」

 なぁ? と問い掛けられて、商人たちは振り子細工の如く頷いた。騎士、と聞いたからか弱冠青ざめながら。

 ロイドはバカだが、頭の回転は悪くない。そして規則とかにもさほど頓着しない。………ので、実は結構ずる賢い一面があったりする。ものは考え様と言うやつである。臨機応変、これ大事。

 しばらく葛藤していたアリーシャだが、なんとか彼らをロイドの言う通り『迷子』ということにして、頷く。

「………わかった」

 あからさまにほっとした商人たち。と、アリーシャが眼光鋭く。

「だが、今回だけだ。次からはきちんと手続きを踏むように。でなければ………」

「アリーシャ、そのへんにしとけって。ほら、スレイに早くファンダリアを持って帰ってやろう。な?」

 アリーシャ、という名に商人たちが反応したのには、気付くことなく。

 ロイドに宥められ、本来の目的を思い出したアリーシャは、ファンダリアに手を伸ばしたのだった。

 

 

 商人たちとは山頂で別れ、また二人で山を降りる、帰り道。

 さっきの商人の言葉を思いだし、ロイドが呟く。

「開戦………戦争に、なるのか?」

「かも、知れない」

 アリーシャの声は、かたい。

「もし戦争になったら………真っ先に巻き込まれるのはマーリンドだろうな」

「! なんで! まだ皆起き上がれるようになったばかりだぞ!?」

「ローランスと戦いになれば、戦場はおそらくグレイブガント盆地………マーリンドの目と鼻の先だ。指揮官たちには疫病など関係ないよ。戦えるものは皆徴兵される」

「アリーシャも………戦うのか?」

「私は騎士だ。ハイランドを守るためなら、戦わねば」

 そうしたくないのは、明らかだった。だが仕方ないのだ。兵士は命令に従わなくてはならない。………それをロイドはもう知っている。

 そしてアリーシャがハイランドを守りたいと本心から思っているのも、確かで。

「………なぜ、戦争など起こるのだろう。もっと平和に暮らしたいと、皆願っているはずなのに」

 アリーシャの言葉にロイドは幼馴染みの少女を思い出す。皆仲良くできないかな、と願う優しい神子を。

「俺には、分からない。でも、その気持ちを持ち続けることが大事なんだと思う」

「皆がそう思ってくれるようになれば、穢れも………?」

「それは、どうだろう。ジイジが言ってたんだけど、穢れってのは争いから産まれる訳じゃないんだって。穢れは人の心が産み出すものだから、穢れを無くすことは、人が人である限り、出来ないって」

 だから穢れを産まないスレイやロイドは本当に珍しく、貴重な存在なのだと。

「―――でもさ、俺は思うんだ。嫌いなやつだっている。苦手なやつもいる。それでも、そこにいることを許し会えたら良いんじゃないかって。だって皆生きてるってことに変わりはないだろ?」

「………ふ、あははは! スレイと同じ様な事を言うのだな」

 アリーシャは声を上げて笑い、ふと目を閉じた。

「………そうだな。皆、生きている。ハイランドの民も、ローランスの民も………」

 

 

 

 

 アリーシャ達が持ち帰った薬草でスレイの熱は直ぐに下がった。

 煎じ方を教えてくれたのは宿の女将で、それを騎士と医者に伝えてファンダリアを渡せば、あとは彼等の仕事。

 翌日には伏せていた民もすっかり良くなり、マーリンドはやっと以前の活気を取り戻し始めた。

 スレイも外に出るのは実に三日ぶり。寝込んで固まった筋をほぐすように伸びをする。

「体調は良いようだな、スレイ」

「うん、もうすっかり!」

「それは良かった」

「今回はアリーシャに助けられたね」

「ほんとにね。アリーシャ、ありがとう」

「私は何も。憑魔だってロイドがいなければ」

「俺はちょっと手伝っただけでほとんどなにもしてないって」

「だがファンダリアに気付いたのはロイドだろう?」

「ですが、花を取りに行くと言い出したのはアリーシャさんですわ」

「しかし………!」

 頑ななアリーシャに、エドナがため息を吐いた。

「あーもう、面倒ね。なら今回の手柄はロイドとアリーシャの二人ってことで。はい終わり。良いわね?」

「エドナ様、」

「良いわね?」

「………はい」

 こうまでしなければ自分の手柄を認めようとしないアリーシャに、一行は苦笑する。

 と、そこで。

「あー、ひめさまだー!」

 四、五歳位だろうか。女の子が一人、アリーシャを見て、駆け寄ってきた。見ればこの前高熱で伏せていた子供である。

「ねぇねぇ、ひめさまがびょうきをなおしてくれたんでしょう?」

 きらきらとした瞳で見上げられ、アリーシャは少女と目線を会わせてしゃがみ、首を振った。

「いいや、病気を治してくれたのは、こちらの、導師スレイだよ」

「でも、おくすりとってきてくれたのは、ひめさまだっておかあさんがいってたよ?」

 こてん、と首をかしげ。

 少女はにっこりと笑って、母親の所に駆けていった。と思えば振り返り。

「ひめさま、ありがとー!」

 大きく手を振る少女に、アリーシャは手を振り返した。少女の母親は少女の手を引き、何度も頭を下げて帰っていく。

「皆アリーシャに感謝してるんだ。あの子を助けたのはオレじゃなくて、アリーシャだよ」

「………よかった。本当に」

 住人たちの笑顔を見て、アリーシャはこの笑顔をずっと守りたいと再認識するのだった。

 

 

――――――

 アニメでは契約していようが器のスレイから離れられるとか、契約していれば離れていても声が聞こえるとかそんな設定があります。

 が、何度も言っているようにアニメとは別時空ですので!!

 

 

 ちなみに、「アリーシャが力を入れていた聖剣祭で、アリーシャと知り合いの見知らぬ青年が導師になる」という状況からアリーシャへの疑いは真っ当なものではないかと思います。

 ただそれだけだと「ローランスと密通した」という疑いは強引すぎるだろって事で、エピソード追加しました。

 勿論元ネタはシンフォニアで先生が罹ったあれです。

――――――

 

………………

・セキレイの羽が到着。ネイフトの伝言を受けとる。

・木立の傭兵団を雇い、警護を任せてボールス遺跡へ。

・憑魔戦で従士反動発覚。

・宿でロゼ(デゼル)との問答。スレイは次なる目的地をローランスに決定。ロハンに挨拶にいく。

………………

 

 

 

・従士と導師

 

 ローランスに向かうというスレイに、ロハンの前で、アリーシャは自分から別れを切り出す。

「私は、ここに残るよ」

 え、とスレイが振り返る。アリーシャは笑顔だ。

「マーリンドにはまだ国の支援が必要だ。それにロハン様を祀る人も正式に見つけたほうが良いだろうし………」

「アリーシャ、もしかして」

 聞いていたのか、というミクリオの問いには、曖昧な笑み。

「スレイ、君との旅は楽しかった。色んなものを見ることができたし、本当に貴重な経験をさせてもらったよ。感謝している。………だが、これ以上君に迷惑はかけられない」

「迷惑なんて、そんな―――」

 言いかけてスレイは黙った。黙るしかなかった。いくら迷惑ではないと言っても、目が見えなくなったというのは紛れもない事実だ。

 アリーシャは困ったように笑った。そんな風に、気にさせたいわけではないのに。

「スレイと旅をして、知ったんだ。世界は穢れに溢れている。でも人はそのなかで逞しく生きている。ならば、私はハイランドに生きる民を守りたい。私にできるやり方で。そう思ったんだ」

 従士として“穢れをどうにかする”のではなく、ハイランドの王女として、騎士として、“自分にできることをしてハイランドを守る”こと。

「………そっか。それがアリーシャの―――」

 それは確かな、アリーシャの変わらない夢。

 だからスレイは、笑って、アリーシャに手を差し出した。

「これまでありがとう、アリーシャ」

「旅の無事を祈っているよ」

 

 従士と導師の別れは、笑顔で。

 

 

 

――――――

 ………っていう希望が持てる別れ方が見たかったんだ!

 

 スレイがアリーシャを従士にしたのは、アリーシャの夢がスレイの夢と繋がっていたから。

 スレイがミクリオと喧嘩しても仲直りできたのは、追いかける夢が同じだったから。

 きっと夢の形が変わったのなら、スレイはアリーシャの夢を応援して、笑って別れることが出来ると思うのです………!

 

 ロイドが何度も『一人で頑張らなくていい』『やれることをやればいい』と言い続けたこと。

 アリーシャが、スレイの力を借りずに自分の力で人を助け、感謝されたこと。

 そんな事を経験して、「浄化の力がなくてもやれることはある」という結論に達したアリーシャ。

 以降、政治家として「未然に防ぐ」ということを目標に民のためバルトロたちと真っ向から向き合うようになります。

 

 ふぅ、ここが書きたいがためにハイランド編を細々と書いていたのですよ。

 ってわけで、次から話が飛びます。

――――――

 

 

………………

 開戦の急使がマーリンドに到着。アリーシャにも知らせると、アリーシャは急ぎレディレイクへむかうことに。

 スレイは木立の傭兵団の協力を得てマーリンドの住民を避難させるため動き出す。

 ↓

(アリーシャ、バルトロ達の陰謀もあり、国家反逆罪の容疑で拘束される)

 ↓

 翌日、マーリンドから傭兵団と一緒に住民を避難させている道中、アリーシャ拘束の話を聞いて、戦場に向かうスレイ。

………………



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邂逅

 更新二話目ー! 

 元々pixivに最初に上げたネタ後半に加筆したもの。
 エミルがようやくまともに出てきました。

 相変わらず捏造ばかりなので、ご注意。


 

 戦場。―――国と国の、戦。

 

 感情がぶつかり合い、国と国が、人と人が、理由もなく争う場所。勝つために戦うのは指揮官だけだ。前線にいる兵士たちは、勝つためではなく、戦うためではなく、生きるために目の前の敵を―――人を殺す。

 戦場ほど人の醜さが分かる場所はない、というのが、ヘルダルフの言葉だった。

「………はぁ」

 やはり、気分が悪い。

 穢れが強すぎるせいだ。今日だって本当なら近付きもしなかった。………アルトリウスの玉座から出掛けるときに、ヘルダルフに捕まりさえしなければ! お前も来い、と直々に言われてしまえば従わざるを得ない。とうの昔に戦場についているのにヘルダルフの所へ向かわないのは、半分は穢れが酷いからで、もう半分は細やかな抵抗だ。

 

 エミルはこの世界の事に干渉するつもりがない。

 この世界の問題はこの世界のヒトが向かい合うべき問題で、異世界からやってきたエミルたちが手を出す問題ではない。エミルが行動するのはあくまでも『彼』を見つけ出し、己の半身と共に帰るため。

 だから戦争になど―――世界に大きく干渉するような出来事になど、加担するつもりはない。

 

 人間であるエミルは普通の人間にも見える。姿を見られたくないからと、エミルは人前に出るときマントを着るようになっていた。体全体を隠せるもの。腰の辺りから後ろに大きく入った切り込みのお陰で、マントを着ていても剣だけを外に出せる。

 マントで姿を隠し、戦いに巻き込まれないよう高台を選んで、エミルは戦場を見ていた。

 だから誰より―――両軍の指揮官よりもヘルダルフよりも先に、気付いた。

「………どうして………?」

 穢れ渦巻く戦場で、何故か戦いが止まった。穢れもその辺りだけ僅かに弱い。それが放たれた矢のように戦場を駆け抜ける。

 その中心に不思議な気配があることを感じ取ったエミルは、その気配が向かう先に足を向けた。気配はここからヘルダルフを挟んで反対側。向こうがヘルダルフの所に辿り着く方が僅かに早いか。

 だとしても、もしもその気配がエミルの探す『彼』ならば―――ヘルダルフに手出しはさせない。

 だからエミルはヘルダルフが領域を広げようとした瞬間、崖から飛び降りて間に割って入った。

「………遅かったな」

「貴方のためじゃありませんから」

 そう、エミルは一度としてヘルダルフの為に動いたことはない。エミルは自分の―――自分の大切なものの為にしか動かない。それでよい、と許しているのは他ならぬヘルダルフ。文句を言われる筋合いはない。

「この穢れのなかにあって、影響を受けていないってことか?!」

 声がした。………『彼』ではない。そして人でもない。いや、妙な衣装を着ている青年は人間だ。他が全員人間ではない。

 人と天族の架け橋となるもの。穢れを浄化するもの。その存在を、エミルは知っている。

「天族………導師か」

「お前が相手をするか?」

「ご冗談を。………僕は見に来ただけですから」

 導師だろうと騎士だろうと、『彼』ではないなら興味がない。―――何故か、あるかないかもわからないささくれに障ったような感覚があったけれど。

 その人間から目をそらし、エミルは戦場の方に意識を向けた。でなければ、ヘルダルフの領域をまともに受けては堪らない。

 ヘルダルフが吼える。広がる穢れに、奥歯を噛んで耐えた。気持ち悪いのも体調が悪いのも、意地でもヘルダルフの前で見せてなるものか。

 そして一拍遅れて、戦場の方から領域が広がった。

 

「―――!?」

 

「………ほう?」

 ヘルダルフの領域を弱めた。加減したとは言え災禍の顕主の領域を、僅かなりとも相殺したのだ。それは導師である青年にさえ出来なかったこと。

 いや、重要なのはそこではなくて。

(今のは、まさか?!)

 エミルは人間だ。エミルの半身なら何度も会ったことがあるだろう相手でも、エミル自身は面識がない。だがその感覚は知っている。何故ならかつて己の半身を封じ込めたのは“それ”の同族だったからだ。

 この、感覚は。

(まさか、まさか………!)

 近付いてくる、駆けてくる。さっきの導師と同じかそれ以上の速さで、この場所目指して真っ直ぐに。

 

 そうして『彼』がそこに現れた瞬間、エミルは呼吸も忘れ、立ち尽くした。

「スレイ―――ッッ!!」

 ああ、記憶と何一つ変わらない姿。迷わず崖に飛び込む彼と、一瞬目があった気がした。なのにかける言葉は思い付かないし、喉がどうやって音を出していたか忘れてしまったように声が出ない。

 結局エミルは彼が完全に崖に飛び込んで見えなくなってようやく、唾を飲み込んで喉を動かした。

「あれは」

「………知り合いか」

 隣に立つヘルダルフ。居なくなったのかと思えば近くにいたらしい。

「貴方には関係ないです」

「ふ、そうであったな。ワシは行く」

 お前は好きにするがいい、とだけ言い置いて。

 今度こそ気配が消える。災禍の顕主が居なくなっても戦場の穢れは消えない。弱まることもない。この場所が穢れを引寄せ呼び起こすから。

 そんな場所にあって穢れを一切纏っていなかった『彼』。災禍の顕主の領域を相殺した領域の主。導師を追い掛けて迷わず崖に飛び込んだ『彼』。

 

 やっと。

 この世界に来て十年以上経っている。その間ずっと探し続けて、見付からなかった『彼』。エミルに大きな影響を与えた、生きる切っ掛けにすらなった相手。

 ああ、やっと見付けた。

 

 

 

 

 

 崖の下は川で、その川は森に繋がっている。

 ここは遥か昔からある森なのだと、サイモンが言っていた。おおよそ千年以上昔から。この大陸が今の形になる前から。

 それだけ古く深い森の中には、憑魔もそれなりに多いが、憑魔ではない鳥や獣も沢山いる。

 “仕事”で何度か通ったことがある森だが、通っただけで詳しいわけではなかった。

「………うん、教えてくれてありがとう」

 ヒトがいる場所、と聞いて案内してくれた獣たちに礼を言って、エミルは遺跡に向き直る。………確かに、ヒトの気配がする。途中まで人間一人分にしては妙な足跡を見付けたから、きっとあの導師はこの先で、その導師を追っていった『彼』もここにいる。

 けれど『彼』以外にはあまり会いたくなかったから、エミルは気配を消した。

 サイモンの幻に包まれている時と同じように足音を殺し、呼吸も深くゆっくりと。その上でサイモンが『認識しづらくなる』程度の術を籠めてくれたペンダントを起動させて、崩れた遺跡の隙間から、遺跡の中に入り込む。

 

 いくらエミルの能力が高くとも、エミルは人間だ。

 天族であるサイモンとは違って、穢れが強すぎて一般人にも歪んで霞んで見えるヘルダルフとは違って、普通の人間の目にも映る。

 だからエミルはフードとマントで姿を隠す。

 それだけでは心許なかろうと、サイモンが―――命じられての事かは知らないが―――ペンダントをくれた。

 鈴に似たような、鉱物をただ磨いただけのような、そんな形の石を何の変哲も無い皮の紐で繋いだもの。

 その石は“力”に反応する特別な石で、かつてはそれを加工し術を施すことで結界として使われたことがあったらしい。

 エミルはサイモンやヘルダルフの遣いとしてあちこちに行くときや、潜入するとき、また一人で街を歩きたいときなどはこれを使っていた。サイモンの術とエミルの気配を消す技術が合わされば、気付けるのは霊応力が高く、尚且つ高い戦闘能力を持つ者だけ。さすがにぶつかったり大声を出せば気付かれるが、エミルが今更そんな下手をうつ筈もなかった。

 

 だから、それは本当に偶然だったのだ。

 

 たまたま、そこにいたのが“暗殺”という特殊な稼業を営んでおり、気配に敏感な人々だったこと。

 たまたま、そこには“暗殺ギルド風の骨”の主力とも言えるメンバーが揃っていたこと。

 たまたま、そこに『導師』が滞在しており、その導師の領域は穢れを抑えることから、『なんとなくそんな気がする』レベルでも霊応力が僅かに向上するものであること。

 

 そんな数々の偶然が重なった結果。

 

「貴様、何者だ!」

 

 エミルは風の骨に囲まれることになってしまったのだ。

 

 

――――――

 導師の領域は、穢れに対抗できる。

 ってことは、導師の領域は多少なりとも穢れを抑えることができる。

 穢れは強くなると霊応力を阻害する。

 そして、一般人の低い霊応力も影響を受けてる筈。

 

 なら導師の領域で穢れが抑えられていれば、存在しないに等しい霊応力でも、少し、ほんのちょーーっとでも変動するのでは?

 っていう妄想です。

 イズチに入るときにアリーシャが何かを通り抜けたり、遺跡ではミクリオの視線にも気づかなかったのにイズチでは『誰かに見られているようで落ち着かない』と言ってたりしたのは、きっとイズチの天族達の強力な領域とアリーシャの元々秘められていた潜在能力が反応した結果だと信じてる。

 まぁ、あの天族だらけ&高位天族ジイジの領域&元々才能があるアリーシャであのレベルだったんだから、天族や憑魔を関知できるレベルではないんだろうけど。

 

 霊応力がなくても『勘が鋭くなる』『五感が鋭敏になる』レベルなら影響あってもいいんじゃないかなーと。

 まぁそれでも気のせいと片付けられるレベルであり、導師としても未熟なスレイでは元々の能力が高くなければその加護も効果は薄いのだが。

 

 イメージでは、導師で神依できて元々天族が見えたスレイを10とするなら、アリーシャは4くらい。一般人は1から3。

 で、導師の加護によって1の人が1.5になるくらい。アリーシャはイズチの領域で4が5になって、従士契約で6か7まで底上げされた。

 知覚遮断は息止めるまでやると1を3にする。

 

 因みに。

 0はノーカン。見えない聞こえない感じない。

 3で何か居るような気がしなくもなくもない。感覚がするどい人や勘がよく当たるひとレベル。

 5くらいから気配が分かるようになって、6で聞こえる、7で見える。

 セルゲイは5、ロゼは5→9。

 

 

 暗殺者としても元傭兵としても感覚が鋭い風の骨は、気配に敏感だったのが更に鋭敏になり、『何かおかしい気がする』程度なら気づけた(3→3.5)。

 そしてサイモンのペンダントは『認識しづらくなる』ものであって『認識を歪める』ものではないので認識された時点で普通に気付かれた、というわけです。

 

 余計な、なのに細かい妄想設定解説でした。

 

 あ、ついでにサイモンのペンダントは原作にもベルセリアにも出てきませんよ? これも私が自己解釈で弄った部分ですので。

――――――

 

 

 

「スレイ」

 振り返った、スレイの目は、どこかすがるようで。

 それでもロイドは、やっぱりスレイが大切だ。

「俺も、お前が戦場に行くのは反対だ」

「ロイドまで!」

 スレイの顔が泣きそうに歪む。泣かないけれど、でも泣きたいように見えた。泣いて、喚いて、今すぐにでも駆け出したいような、そんな顔に見えた。

「落ち着けって。戦場の穢れとかを抜きにしても、お前、倒れてさっき起きたばかりだろ。それにあれだけ高いところから落ちたんだぞ? 少し休めって。な?」

 ロイドが言葉を重ねれば、それが『導師スレイ』ではなく『スレイ』を案じての事だと伝わって、スレイは表情を緩めた。

 が、今度は額の皺が濃くなった。苦い顔。スレイは欠片も納得していないのだ。

 確かに導師は戦争には関わってはならなかったのかもしれない。導師スレイはたった一人で数万の人間がぶつかる戦況を変えた。それだけの力が、導師にはある。そして世界に溢れる穢れを鎮めて、世界の災厄を終わらせられるのは浄化の力を持つ導師スレイだけだ。―――それは、わかっている。もう十分すぎるほど、『導師スレイ』はそんなことはわかっている。

 でも、スレイは。

 それを見ていたロイドは、ふっと笑んだ。物凄く、自分にも覚えがあったから。

 ああ、俺もこんな顔をしてたんだろうなぁ。いや、今でもやる。だから、譲りたくない気持ちは痛いほどわかる。

 なら。

「じゃあ、俺が行って見てくるよ」

 と、スレイの目が大きく見開かれた。周りで二人を見守っていた天族三人が満面の笑みで続ける。

「………確かに、ロイドなら兵士に姿を見られていないし」

「それに天族でも器でもないから穢れもあんまり関係ないわね」

「ロイドさんの腕なら憑魔相手でも退けられるでしょうし」

 あの穢れ溢れる戦場に『導師スレイ』が行くことには支障があっても、ただの人間(では、本当は無いのだが)のロイドが行くことには何の問題もない。

 それでごねるほど、スレイは子供ではなかった。

 

「―――わかった。お願い、ロイド………!」

 

 ロイドなら、スレイが気にしていることもちゃんと分かっているから。ロイドなら、憑魔を相手にしても必ず生きて戻ってくると信じられるから。それでもやっぱり、無事でいてほしいと願うくらい、大切だから。

 だからロイドは、安心させるように、笑った。

 

「任せとけ!」

 

 

 

――――――

 この辺りから原作はなんかがおかしい。

 レディレイクで「遺跡も楽しみだけど人が心配」とそっちを優先させたスレイが、アリーシャを後回しにすることに違和感しかなかったのを覚えてます。

 『導師』としては正しいんですよ。

 災禍の顕主に対抗できなければ戦場に行くのは危険すぎる。天族も、最悪導師が穢れてしまうかもしれない。

 

 でもスレイは『スレイ』だと思うのです。

――――――

 

 

 

 

 

 と言って請け負ったは良いものの、ここから出るのならロゼに一言挨拶して行かなくてはならないだろうということになって。

 そうして広間まで、戻ると。

 

 広間では戦いが起こっていた。

 

 正確に言うならばそれは戦いにはなっていない。何しろ風の骨の攻撃は相手に掠りもしないし、かといって相手はこちらに攻撃を仕掛けてこないからだ。

 同時に五人、十人の相手をして、それなのに攻撃を危なげなく避けている。紙一重の回避ではないのは、反撃の意思がないからだ。

「あの人は………」

 スレイは気付いた。その人が、グレイブガント盆地でヘルダルフとの間に飛び降りてきた人だと。

 全身をフードつきのマントに身を包み、口元以外ほとんど見えない。なのにその状況で攻撃を避け続け、腰の剣を抜きもしない。

「何だ?!」

 ロイドが思わず声を上げた、途端。

 少年の動きが一瞬鈍って、風の骨の一人の攻撃が被っていたフードを掠めた。

 露になったのは、金色の髪に、きれいな翡翠色の目。

「エミル! お前なんでここに―――」

「え、あんたの知り合い?」

 会えてよかった、とロイドが声を出して、ロゼの指示で攻撃が一旦止まる。

 その一瞬で、少年がロイドに向かって。

「こんの、」

 抱き付くかと思いきや、ロイドの一歩手前で、ぐっと勢いよく踏み込み。

「ええっ?」

「あら」

「まあ」

「ちょ、」

 

「バカ―――ッッッ!!」

 

 見事なまでの拳が、ロイドをそこに殴り倒した。

 倒れたロイドが体を起こすより早く、少年はロイドに馬乗りになって胸ぐらをつかむ。

「い、いきなりなにす」

「ここ十数年何処にいたの?! あちこち探しても見付からないし気配も辿れないし! というか何でこんな所まで来てるのさ探すの大変だったんだからね!?」

 大音量で、馬乗りで、怒鳴ったその内容が。心配していたのがすぐに分かる、震えた声が。

 全員の動きを止めさせた。

「見つかって、良かった………!」

 胸ぐらを掴んでいた手の力が抜ける。下がった頭の下、伏せられた顔がどんな表情をしているかなんて、少年の涙声とロイドの顔を見れば誰でもわかる。

「………悪い、エミル。まさか追いかけてきてるとは思わなくてさ」

「目の前でキミが消えたって、キミと旅してたコが僕のところに駆け込んできたんだよ! 追いかけられるのは『僕』くらいだからって………全く皆に心配かけて!」

「………ご、ごめん、エミル」

「ごめんで済んだら騎士団と自警団はいらない!」

 叫んで、少年―――エミルは落ち着いたようで。ロイドの上から退いて、そうしてロイドに手をさしのべた。ロイドは笑顔で手を掴んで、立ち上がる。

「エミルが無事でよかった。ありがとな」

「そっちこそ、元気そうでよかった」

 お互いに、笑い合った。

 

 

「え、えーと、いいかな?」

 スレイが声をかけて、二人はようやく周りにも人がいたことを思い出したらしい。

 いくらロゼが仲間達を下がらせたとはいえ、そこはロゼ達のアジトであり、その中心部。部屋を行き来するのに必ず通る場所で、商人でもある風の骨のメンバーはさっきから遠回りをしてこちらを避けながらも、何かを抱えて忙しそうに動き回っている。

 ロイドは罰が悪そうに頬を掻いて、少年はロイドと笑っていたのとは別人のように表情を消して、スレイを見た。

「………キミは、さっきの」

「!」

 構えたのはミクリオだった。が、ライラとエドナも表情を強張らせた。覚えている、こちらを認識している相手は、あの“災禍の顕主”と並んでいた相手。すなわち―――導師たるスレイの、敵になり得る存在。

 なのにそれを止めるのは、いつもと変わらない調子のスレイ当人なのだ。

「ミクリオ」

「けどスレイ!」

「大丈夫だって」

 守るように前に出ていたミクリオの、その前に呆気なく―――あっさりと立って、スレイは笑い、手を差し出す。

「はじめまして! オレはスレイ、よろしく!」

 何の警戒もせず、無造作に、当然のように、手を伸ばして。

 エミルは無表情だったのが呆気に取られて、ロイドとスレイを何度も見比べて、ため息を一つ吐いた後で。

「………キミ、僕があの人と一緒にいたの、見てるよね」

「うん。けどあのときはちゃんと話もできなかったしさ。改めてってことで」

「はぁ。………僕がいうのも何だけど、もうちょっとヒトを疑うことを覚えた方がいいよ、キミ」

「はは、ミクリオにもよく言われるよ。でもロイドの知り合いなら、悪いひとじゃないんだよね?」

 エミルは答えない。答えず、苦々しい顔をした。否定も肯定もしなかった。

 その反応を見て、ミクリオの目が鋭くなった。

「………」

「そんなに睨まなくてもなにもしないよ。………僕はキミ達の味方じゃない。けど敵にもならない。それだけは誓う」

 今度はエドナが傘で肩を叩きながら。

「その言葉を信じると思うの?」

「キミ達が信じなくても良いよ。僕はキミ達の味方じゃない。この人を探してただけだから」

 この人、とロイドを示して。

 ロイドがそうだ、と手を打った。

「エミルこそ何してたんだよ。ラタトスクは?」

 ラタトスク、とロイドが言った瞬間、エミルが一瞬だけ強張った。けれどスレイがそれに違和感を覚えるよりも先に、エミルは胸に手を当て、目を閉じた。

「………眠ってる」

「大丈夫なのか?!」

「帰るためだよ。何ともないから心配しなくていい」

「帰るんなら『この剣』を使えば………」

「やってみれば?」

 ロイドが剣に手をかけ、双剣を引き抜いた。重ねるように掲げて―――。

 

「………あれ?」

 

 何も起こらなかった。超常の力を感じられるスレイでさえ、なにも感じない。本当に、波一つ起こらなかったのだ。

 本気で不思議そうに首を捻るロイドに、エミルは肩をすくめる。

「分かったでしょ。『ここ』にはその剣を使えるだけの『力』が無いんだ。眠ってるのはそれを集めるため―――集め終えて目覚めるまでは、帰りたくても帰れない。そうだよね?」

 誰に問いかけたのか、一拍遅れてロイドが諦めて剣を戻した。 

「『僕』には掟があるから、キミ達の敵にも味方にもならない。僕の望みは無事に帰ることだけだ」

 自分に言い聞かせているように、見えた。

 

 

 

 寝床がある場所に移動して、床に座り込んで。

 ロゼはやることがあるとかで居ないので、ここにいるのはスレイ、ロイド、エミルの三人と、ミクリオ、ライラ、エドナの天族三名である。

「エミルはこれからどうするんだ?」

「どうしようかなぁ………」

「待ちなさい。肝心なことを聞いてないわ。アナタ、あのヒゲネコの仲間なの?」

 不覚にも、エミルはエドナのヒゲネコの一言に噴き出した。ロイドは見ていないから分からないが、他にはそれで通じている辺り、なかなかに秀逸なアダ名である。

「あー、えーと、仲間じゃ、無いよ。うん。だからキミ達をどうこうしようとかそんなつもりはないし、あの人にキミ達の行動を教えるつもりも全く無い」

 というか、正直なところ『どうでもいい』。ロイドと、その中のオリジンさえ無事ならば。だからサイモンやマルトランに報告するつもりも義務もない。どうせ頼まれてないし。

 だからと言って、この導師たちに協力するつもりも欠片もないが。

「エミルは、あのひとのことを知ってるのか?」

 導師―――スレイが、やけに真剣な顔でそう聞くので、エミルは笑ってはぐらかすのではなく、答えてやることにした。

「ううん。僕は“災禍の顕主”のあの人しか知らない。それもあんまり会ったことはないかな。やっぱりあの穢れは直接会うとかなり“くる”もの」

 割と正直に答えたはずなのだが、何故かスレイ達は変な顔をした。………分からない。思い出せない。ロイドだけが分からないというような顔をしている。

「なら、どうして………」

 独り言に近い呟きだった。

 どうして。

 そんなのは決まっている。半身のため。守るために交わした、約束のため。手を出さぬという口約束を、守らせるための。半身から、穢れの全てを遠ざけるための―――そのため、の。

 

 違和感を覚えた。なのにその違和感は掴み取る前に形を無くして、もやもやとしたものだけが残る。忘れようとすれば忘れられる、小さな違和感。

 それを忘れてはダメだと、とっくに忘れ去っていた筈のナニカが胸の内で叫んだ。だというのに思い出したくなくて、けれど同じくらいナニカの声の方が正しいこともわかっていて。

 ―――あぁもう、なんだって言うんだ。

 

 エミルは一つ呼吸をして、些かわざとらしく話題を変えた。

「キミ達の方は、これからどうするの? 何か目的でも?」

「俺はアリーシャの様子を見に行くんだ」

 答えたのはロイドだった。

 アリーシャ。アリーシャ。何処かで聞き覚えが―――あぁそうだ、マルトランが言っていた。

「確か、ハイランドのお姫様だっけ。………え、まさかここからハイランドに行くつもり?」

「ああ!」

「でも、今グレイブガント盆地には入れないよ?」

 戦場になったあの盆地は、昔からハイランドとローランスが小競り合いを繰り返してきた場所だ。それだけに大地にも穢れが染み込み、穢れが産まれやすく溜まりやすい、穢れの坩堝になりやすい場所でもある。

 今二国は事実的な休戦状態にあるが、それは導師によって無理矢理に起こされたもの。二国の間でやり取りされたものではなく、あそこでの大規模な衝突は無いものの、兵は退いてはいないため散発的な小規模の交戦は未だに続いているのだ。

 そのため、両国ともに盆地の入り口に陣を築き、部外者の立ち入りを禁じている。

「まして何の立場もない一般人なら必ず止められるし、例え商人でも陣の手前で止められるんじゃないかな。今は二国間の交流はほぼ全てが遮断されてる」

 本来通商条約で守られている筈の商人でも止められるのに、一般人が通れるはずがないのだ。

「ダメか………」

「ちなみに、どうするつもりだったの?」

「ハイランドに行きたいから通してくださいって言えば―――まぁダメでも高台とかから回り込めば通れそうに見えたし」

 どちらにしても、戦場を突っ切るつもりだったらしい。………いやいや、だからあそこにはいったいどれだけ穢れがあって、憑魔が彷徨いていると。

 なんというか、懐かしい。この素直さと真っ直ぐさ―――やはり、ロイドは変わっていなかった。

「………道はあるよ」

「本当かエミル!」

「道っていうか、洞窟なんだけどね。この森のなかに入り口があって、ハイランドまで繋がってるんだ」

 ラモラック洞穴、と呼ばれるそこは、裏ではそこそこ有名な道。

 ハイランドとローランスの間には高い山々が聳え、通り抜けられる場所は二ヶ所しかない。

 一つは戦場にもなったグレイブガント盆地。歴史上、何度も激戦が繰り広げられた場所だ。平時は一般人にも解放され、手形さえあれば通ることができる。

 もう一つは神殿―――アルトリウスの玉座を経由するルート。こちらは途中険しい山岳地帯を抜けるために、ある程度の実力がなければ通れない。しかし現在は途中で道が崩れており、使われなくなった道だ。

 つまりは実質的に通れるのは一ヶ所だけ。しかしこういう場所には往々にして違法な秘密の抜け道というものが存在するもの。

 その一つとして使われているのがラモラック洞穴だった。怪しい商人や、公権力に目をつけられた者など、後ろ暗いところがあり手形を使えない者たちが使う道なのだ。

「結構長くて途中憑魔も出るけど、キミの腕なら大丈夫だと思う。案内しようか?」

「ああ、頼む!」

 即決だった。欠片も疑うとか怪しむとか、そんな発想がそもそも無い、裏のない笑顔。

 ミクリオがロイドの肩を掴んで目を合わせる。

「ロイド、待つんだ。ロイドとスレイの人を疑わないところは美徳だが、さっきから言っているだろう、少しは怪しむとか、警戒するとか、」

「ドワーフの誓い第18番『騙すより騙されろ』だ。それにエミルは友達なんだ。友達を疑う必要なんかないだろ?」

 そこらの子供よりも純粋なことを言われて、ミクリオはううっと言葉につまった。正論だけに言い返せない。返したところでロイドは聞き入れないのは目に見えている。だってさっきのスレイもそうだったのだ。自分が信じたものは、誰に何を言われようとも信じ抜く強さがある。

「―――諦めなよ、この人、こうなると聞かないから。大丈夫、言ったでしょ。僕はずっとこの人を探してた。この人相手には、絶対になにもしないし、させない。それだけは約束できる」

 エミルが重ねて言えば、ミクリオは渋々ながら引き下がった。さっき無事でよかった、と言ったエミルを見ていたからかもしれない。

「必ず、無事に戻ってきてくれ」

「約束だ。ミクリオ、ライラ、エドナ。スレイを頼む」

「はい、お任せください」

 頷くのを見て、ロイドは一つ荷物を抱え、立ち上がる。

 

「行こうぜ、エミル」

 

 その顔がとてもとても懐かしくて。

「―――うん」

 エミルは少しだけ泣きそうになりながら、伸ばされたロイドの手をとった。

 

 

 

 

 

 

(ラタトスク………まさかね)

(エドナ? どうかした?)

(何でもないわ。それより遺跡の仕掛けは解けそうなの?)

(んー、もうちょっと! あと少し………!)

 

 

――――――

 ロイドにアリーシャのことを任せ、休養に専念することにしたスレイは、遺跡の謎に挑む。

――――――



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空白の十数年 ※

※さくろみさんが挿し絵を書いてくださいました!!
 本当に本当にありがとうございます……!


【挿絵表示】



「ねえ、何故君は導師なんかやってるの?」

 

 ハイランドに向けて出発するため、ロイドの準備が整うのを待っていたときだった。

 たまたまそこにいたのはスレイだけで、ライラもミクリオもエドナもロイドの方に行っていて。

「ねぇ、なんで?」

 エミルは、遠くのロイドをぼんやりと見ていた。スレイの方なんて向いていない。エミルはずっと、ロイドしか見ていない。

 それでも声をかけられたからと、スレイはちゃんとエミルの方を向いて答えた。

「オレには夢があるんだ。その夢を叶えるため」

「夢?」

「うん。いつか、人と天族が共存する世界に―――」

 

「無理だよ、そんなの」

 

 スレイの笑顔がひきつらなかったのは、言葉より何より、エミルの様子が気になったからだった。

 穢れては、いない。穢れをエミルからは感じない。だが、その雰囲気は穢れて気力をなくした人間たちに良く似ていたのだ。

「人に天族が見えないってのもあるけど、天族の方もそんなの諦めちゃってる」

 光がない。ぼんやりしていて、生気がない。

「人は天族や穢れを知覚できない。天族は穢れを生む人を忌避して拒絶してる。どっちも、共存なんて望んでない」

 ―――スレイは、後々気付く。

「君だって、その力を恐れられたり、それで疎まれたりしたことあるでしょう? どうしてそこまで他人(ひと)に尽くすの?」

 それは、心が壊れたひとの目だった。

「何もない平和な世の中なら好き勝手に言って、乱れた世の中では都合の良い救いを願って。救世主が期待通りなら持て囃して、違えば手のひらを返してあっさり貶める。結局、そんなものだ」

 エミルの空っぽの目がスレイに向いた。

 

「そんな人たちのために、君が君の人生を棒に振って苦しむ必要なんて、ないと思うけど?」

 

 

 その時は、そこでロイドの準備ができてエミルを呼びに来たから、話はそこで終わった。

 

 でもそれからずっとスレイは考えている。

『自由に、自らの思う道を生きよ。お前の人生を精一杯』

 送り出してくれたジイジに恥じることのない人生。夢を追いかける人生。

 でも。

 

 ―――何故導師なんかやってるの?

 

 エミルの声が、耳に残って離れない。

 

 

………………

・ロイドとエミルはハイランドへ(→次の話)。

 

・スレイたちはゲームと同じでロゼと遺跡に行って憑魔に遭遇するんだけど、天族からロゼを誘う話は出ないし『真の仲間』発言もしないしロゼを従士にはしないしロゼも神依化しない。デゼルも陪神にならない。

 遺跡は………あれくらいの距離なら、イズチの崖を飛び移ってたスレイならきりもまなくてもイケる。あとはエドナとミクリオが空間を一時的に凍らせて道作るとか。

 

 憑魔戦、スレイの動きが鈍くて何度もピンチになるし、なんとかどうにかこうにか追い払うことに成功。

 ↓

 ロゼがもやもやしながらスレイと会話。

「さっきのあれは………憑魔、なんだよね」

「そうだよ」

「あたしにはただの風の塊にしか見えなかった。スレイには、どう見えてたの?」

「うーん、二足歩行する蜥蜴? じゃないな。羽あったし、竜みたいな人みたいな………」

 

「………スレイには、本当に天族や憑魔が見えてるんだね」

 ↓

 翌日、ローランスに向かおうとする一行の前にロゼが。

「あたしもいく」「言ったっしょ? あんたが殺さなきゃならない奴かどうか見極めるって」「それにあたしら『セキレイの羽』の力があれば便利だよー?」

「あたしは、あんたたちに『セキレイの羽』として力を貸す。あんたたちはその代わりにあたしをつれてってくれればいい。どう?」

 ↓

 ハイランドに行ったロイドとも繋ぎをつけてくれると言うし、ロゼの霊応力だと憑魔に襲われるかもしれないことを心配したスレイ(本当は暗殺者やってることも気にしてる)がじゃ、一緒に行こう、て言ったので同行。当然ながらデゼルもついてくる。

 ↓

 セキレイの羽の隊商に同行してラストンベルに入るが、やっぱり儀礼剣であることを見付かってあの茶番をやる。天族が見えてない聞こえてないロゼから「よくあんなの思い付いたねー」「あれは、ライラ達が………」「え、天族って何者………?」ってな会話をする。

 ↓

 聖堂でセルゲイと会って枢機卿と教皇の話を聞き、目的地をローランス首都ペンドラゴに決定。

………………

 

 

 長い長い洞窟を抜けて、出た先はマーリンド近くの森だった。

 そこからエミルの案内で、ようやくレディレイクに辿り着く。

「うーん、ここからどうしようか………」

「姫というからには王宮じゃない? いくら容疑が掛かっていても、王位継承権がある姫を無理矢理牢には入れられない。精々が王宮の一角で軟禁、じゃないかな」

 まぁその無理矢理をやりかねないのが、いまのレディレイクという国だけれど。王国でありながら、王の力が弱すぎるのだ。

 だがそんなことをエミルは言わない。ロイドが気にすることではないから―――ああ。

「キミはここで待ってて。王宮に知り合いがいるんだ。聞いてみるから」

「え、なら俺も」

「ううん。僕一人で良いよ。じゃあ、行ってくる」

 返事を聞く前に、踵を返す。無意識に足が早まる。早足に、駆け足に………そして、全力で屋根の上を駆けて、王宮を目指す。

 

 なんでだ。

 どうして、どうしてロイドを見つけ出せたのに、これでほっとする筈なのに。

 ―――どうして、こんなに胸が痛むんだ。

 

 

………………………

 

 

「おい、エミル! ………あぁ、行っちまった」

 エミルの足は早い。ロイドでは追い付けない。

 にしても。

「なーんか、様子がおかしいんだよなぁ………?」

 やけにロイドの前に出て戦おうとするし、何かある度にロイドの方をはっと見るし、………ロイドと目があっても、逸らされるし。

(直接聞けばよかろう)

 胸の内から響く声にはもう驚かない。

「無理矢理に聞き出すのは嫌なんだよ。そりゃあ話してくれるんなら聞くけど、………話したくないのに言わせるのは」

(………甘いな)

「よく言われる。けど、それが俺だ」

 エミルを、信じているから。

 疑いたくないのだ。疑って傷付けたくない。疑っているのだとも、思わせたくない。きっと、そんなことをしたら、………エミルは。

「今のエミルは、放っておけない」

 胸の声は少しだけ間を置いて、言った。

(………好きにしろ、我が契約者。間に合えば良いがな)

 それきり、聞こえなくなる。眠ったのか、それとも黙っただけなのかは、ロイドには分からない。でもこうなればもう話しかけては来ないのを、ここ数年の付き合いでロイドは知っている。

「………間に、合わせるさ」

 胸元を握り締めて、呟く。

 その時だ。

「ん、んんんんっ?! ちょ、そこの赤い兄ちゃん!」

「?」

 いきなりなにやら切実なものがこもった声で呼ばれて、ロイドは振り向く。と。

 職人のような格好の若い男性が、肩で息をして立っていた。

「お、親方! 親方、間違いないこの人だ! ―――なぁっあんた、こないだレディレイクで首飾りを売ったよな? な?!」

「ん、お、おう、売った………けど」

「親方―――っ! 早くはや」

「うるさいぞこのバカ弟子!」

 ロイドの目の前で、若い男性が前につんのめった。すぐさま後頭部を押さえ涙目で振り返る。

 その先には前掛けをした体格の良い男性。

「なにすんですか親方!」

「うるさいんだよお前は。見ろ、この兄ちゃんも引いてるじゃねぇか。………兄ちゃん、悪かったな。うちの若い奴にはようく言い聞かせとく」

「いや、なんともないから気にしないでくれ。ところで、俺に何か用か?」

「ん、まぁ………その前に確認させてくれ。こないだ売った首飾りとか、作ったのは兄ちゃんか?」

「ああ。全部俺が作ったんだ。………もしかしてどこか壊れてたか?」

 作ったのが何年も前で、戦っているときも懐にいれていたから………と不安になったが、彼らの反応を見ると違うらしく。

「兄ちゃん。その腕を見込んで頼みがある。―――頼む! 兄ちゃんのその技術、俺たちに教えてくれ!!」

「お願いします!!」

 

「―――へっ?!」

 

 

 

………………………

 

 

 王宮の一角。中庭が見える通路で。

 マルトランはふと足を止めた。

「―――あのお方が、何か?」

 辺りには誰もいない。気配もない。

 なのにマルトランの声に、当然のように返事が返る。

「いえ、今回は何も言われてませんよ」

 マルトランは振り向く。少し後ろの、中庭に面した手すりの上に、フードを被った少年が一人腰かけていた。

「僕の個人的な用事で―――アリーシャ姫は、今どうしてますか?」

 マルトランは僅かに、しかし確かに目を見張った。

「ふ、ははは! お前が? アリーシャの心配を?」

 少年―――エミルは、苦々しい顔をした。

「正確には、僕の知人が姫を心配してる」

「………見付かったのか」

「ええまぁ」

 以前、頼まれた尋ね人探し。エミルはその為に災禍の顕主に与しているのだ。特徴は聞いていたから、マルトランは導師と一緒にいた青年を見たとたんにぴんときた。

「ならば導師には会ったな?」

 ぴく、と。僅かに髪が揺れて、気配がはりつめた。が、すぐにそれも散る。

 マルトランは、災禍の顕主に与してはいるが、サイモンほど心酔しているわけではない。ハイランドの重鎮ということもあって、ほとんどの行為に自由裁量を認められている。

 それを思い出したのだろう。エミルはマルトランの顔を見て、息を吐き。

「―――会った」

 サイモンならこの時点で災禍の顕主に報告する。もしくは襲撃でもかけるだろうか。

「お前は、どう思った?」

「………バカ、かな。すぐに死にそうな感じ」

「ふ、お前にしては手厳しい」

 珍しいことだった。エミルは、この世の全てをどうでもいいと思っている。だから大抵のことに“僕には関係ない”と帰ってくる。今回もそうかと思ったのだが。

 そして更に珍しいことに、エミルがなんとも言えない顔をする。

「本当になんなの、あの導師。なんだって、あんなに―――」

 くしゃり、と前髪を握り締めて。苛立っているエミルを、マルトランは初めて見た。

「僕としては姫がどうなっても良いんだけど“彼”が気にしてるから、仕方ないんだ。導師はそのついで。うん、ついでだから」

 ………本当に、何があったのやら。

「まぁ、私の担当はアリーシャだ。導師や、ローランスには手出ししない」

「知ってる。あぁでも」

 ―――“彼”に、手を出したら。

 暗い目。サイモンより、マルトランより、暗くて深い、翡翠の目が据わって、揺らめく。迷いなどない。さっきとは違う。

 マルトランが知るのは、こちらのエミル。

「わかっている。知っているだろう? 『私はお前の目的の邪魔をしない。お前が私の邪魔をしないなら』」

 初めて会った時から、二人の関係はその一言が全てだ。

「アリーシャは死なない。いくらあの老害共でも、この状況でアリーシャを殺せばどうなるか位分かりきっている。民の間は戦場に現れた導師の話題で持ちきりだ。導師を見出だしたのも、あの聖剣祭を主導したのもアリーシャだと言うのは有名な話だからな」

「………今アリーシャ姫を失えば、ハイランドは導師との繋がりを失う、か」

 ハイランドは、湖の乙女に導かれた亡国の王子が再建したと伝わる国。故に湖の乙女が導師を選ぶという言い伝えから、導師の存在はハイランドにとっては重要なのだ。

 そうでなくても、一人で戦況をかえたあの力があれば。

「元々姫の拘束は半ば言い掛かりに近い。調べても何も出てこなかった以上、評議会も姫を解放せざるを得ないだろうさ。………国民の嘆願もある。近日中には、拘束は解かれる筈だ」

「無事、なんですね?」

「決まっている」

 ―――アリーシャは、マルトランのものだ。

 誰が言い出したのでもない、互いに主張したのでもない。だが災禍の顕主に従う彼らの間では、自然とそういう線引きがあったのだ。

 エミルが守らんとした天族と、探し人の人間はエミルの。

 アリーシャと、それをはじめとするハイランドはマルトランの。

 災禍の顕主に付き従い、ローランスの政治の場を掻き乱すのはサイモンの。

 共通しているのはその為ならば欠片も譲るつもりなどないこと。動機も手段もまるで別々ではあったが、それが己のものであり、他に手出しをさせないというそこだけは、それぞれに感じていたから。

 ならば―――他に殺されるのなら、その前にマルトラン自身がアリーシャを殺すだろう。………そして、今はその時期ではない。

「分かった。聞きたいのはそれだけ。伝言を頼まれたわけでもないから、もう行きます」

 エミルが立ち上がった。マルトランも前を向き、目を閉じる。

「そうか。―――東の詰め所は騒がしい。見つからないよう気を付けろよ」

「! ………では、また」

 エミルの気配が消えた。

 ちゃんと、気付くだろうか。気付いているだろう。エミルはバカではない。

「………私も甘いな」

 でも、良いかもしれない。どうせ“その時”は間近に迫っているのだ。その前に少しくらい。

 

 それに。

 矜持や、幸福や―――積み重ねたそれが高ければ高いだけ、堕ちる奈落は深いのだから。

 

 

………………………

 

 

 何故かロイドは、宿屋横の路地裏の、そこからさらに奥に入った建物の中の工房にいた。

 エミルがロイドを見付けられたのはロイドが発する独特な領域のお陰で、それがなければ絶対に見つからなかっただろう。

 息急き切って扉を開け―――ロイドを見付けた瞬間、エミルは脱力した。

 何故なら、当のロイドは物凄く生き生きとした顔で煤にまみれてなにかの作業をしていたからだ。

 数人の人―――職人―――に囲まれて、真っ先にエミルに気が付いたのはロイドで。上着を脱ぎ、黒のタンクトップ姿のロイドは汗を拭い、やりかけだった作業を手早く終わらせてエミルの所まで走ってくる。

「あ、エミル! どうだった? アリーシャは?」

「大丈夫。ちゃんと生きてたよ」

 王宮の東にある牢に入れられ、槍も取り上げられ。ろくな食事も与えられずにずっと監視されて、かなり衰弱してはいたけれど。

 だが死なない。あれくらいじゃ、人は死なない。ましてや信念を―――それが独り善がりな無謀であったとしても―――抱えている人間はしぶといのだ。目は死んでいなかったから、大丈夫だろう。

「民衆からの嘆願もあるし、拘束も言い掛かりに近いし。あと数日で解放されるって」

「会えたのか?」

「ううん。だから部屋をこっそり覗いてきた。あとは姫の側近に会えたから、導師とその仲間が心配してたってことだけ伝えといた」

 マルトランのこと、牢から出て会ったら「導師の連れが、お前を心配して来ていたぞ」とか教えてやるに違いない。アフターケアもバッチリだ。あれで嘘をつかないのだから、エミルは本気で、マルトランが怖い。

「そっ、かぁ………! よかった。これでスレイも安心する」

 ロイドの顔が弛んだ。まったくしまりのない顔。けれど本当に嬉しそうな、そんな顔。―――またちくりと、胸の奥が痛む。

 それを無視して、エミルは問う。

「―――で、何してるの?」

 ロイドはエミルから目を逸らした。気まずげに。

「それが………」

「いや、あまりその人を責めないでやってくれ。俺が無理にと頼んだんだ」

 いきなり間に割り込んできた人間を、エミルは睨んだ。

「誰?」

「いや、これはすまない。俺はここで鍛冶屋をやってる、レディファイ―――伝説の刀鍛冶サウザンドーンの六男だ。俺がこの兄ちゃんの腕に惚れ込んでなぁ」

「鍛冶屋が?」

「俺は鍛冶屋は鍛冶屋でも、拵えを専門にしてるんだ」

 なるほど、それで納得だ。

 拵えとは簡単に言えば武器の飾りのことだ。鞘や鍔、柄などの外装全般のことをいう。

 ロイドもまた職人の端くれだ。なにか通じるものがあったらしい。

 と、そこに弟子らしい若い男が姿を見せた。

「親方ー! セキレイの羽からの連絡回って来たんすけど」

「貸せ!」

 セキレイの羽は商業ギルドの中でも大手だ。職人達としても取引相手として重要な存在なのだろう。

 弟子から受け取った手紙をざっと流し読み、親方はそれをロイドに突き出した。

「これ、多分あんた当てだ。セキレイの羽の頭領から、レディレイクの系列店と取引がある店に回ってる。二枚目がどうにも読めないんだが………お前さん、読めるか?」

「どれどれ」

 ロイドは手紙を覗き込んだ。エミルもロイドの肩越しにそれを覗く。

 そこには、ロイドとエミルにとってはとても見慣れた文字でこう書いてあった。

 

『ローランスに行きます。ペンドラゴで待ってるね。スレイ』

『ラストンベルのセキレイの羽に行ってくれ。ロゼが手配をしてくれた。先に行ってる。ミクリオ』

 

 ―――それは確かにこの世界には存在しない、懐かしい故郷の、アセリアの文章。

 スレイ、というのは確か、導師の名。

 ロイドは手紙を頭から終わりまで二度ほどじっくり読んだ後、その手紙を二つにたたんで懐へ。

「ごめん。行くとこが出来たから、俺いくよ」

 あちこちについた煤を取り、上着を羽織り、ロイドの準備がすっかりできると、親方がロイドに手袋を外した手を差し出した。

「お前さん、助かったぜ。ありがとな」

「俺で役に立てたんならよかった。俺もいくつかいいこと教わったし」

「そうか。なら、あちこちの街の武具屋を訪ねてみな。俺の兄貴達がそれぞれ腕を磨いてる筈だからよ」

「分かった。機会があったら行ってみるよ」

 

 

………

 

 

 工房を出て、歩いて。

「ねぇ」

「どうした?」

 呼び止められて、振り返る。

 振り返り、目があって―――やはりエミルはすぐに目を逸らした。伏せられる目。

「あの字は………君が教えたの?」

「いいや。あれはスレイが覚えたんだよ。ほら、ここの字って俺たちが知ってるのと似てるけど違うだろ。一緒に勉強してたんだけど、スレイ達の方が覚えが良くて、俺が書いてた方まで覚えちまったんだ。暗号だーって、はしゃいでさ」

 因みにロイドは未だに勉強は嫌いだ。だから字を書かないし、読むのにも時間がかかる。それを知ってか暗号という響きにひかれてか、スレイとミクリオは内緒の話をするときやロイドとのやり取りをするときには好んでアセリアの文章をつかう。

「っふ、ふ、ははは! 変わってないなぁ。また先生に怒られても知らないよ」

「言うなよ………っていうか先生がここにいたらそっちの方が大変だろ。年中遺跡モードだぞきっと」

「そうかも。………そうだね」

 エミルが笑う。乾いた笑み。

 いくらなんでも、ロイドだって気づいている。これまで一度も、エミルはロイドの名を呼ばないこと。

「………ねぇ」

 やはり。それでもロイドは何でもないように「ん?」と首をかしげて先を促す。

「キミは………やっぱり、導師と行くの?」

「ああ」

 ロイドは即答した。

「昔、約束したんだ。俺が必ずあの二人を守るって」

 

「どうして?」

 

 寒気がした。一瞬だけど、確かに。闇の中から、手を伸ばされているような。引きずり、込まれそうな。

「―――あの二人は、キミがいつまでも見ててやらなきゃいけないほど子供じゃない。導師の近くにいたら、きっとまた、色んなことに巻き込まれるよ」

 でも、目の前にいるのは、………確かにエミルで。

 だからロイドは笑う。笑って見せる。なんでもないと、言ってやる。

「巻き込まれるのは慣れてるさ」

「またいっぱい辛い目に遭うよ」

「みんなが一緒なら大丈夫だ」

 かつて、あの世界でそうだったように。

「エミルもいるんだからな。心配することなんて何もないさ」

 言えばエミルは、唇を噛んで俯いた。

 

「………ラストンベルまで、送って行くよ」

 辛うじてそう言ったエミルにうんと返し。

 先をいくエミルの背中に声をかけようとしたけれど、何を言ったらいいか分からなくて。

「エミル、お前も大事な仲間だからな」

 だから信じてる。だから。

 

 エミルからの返事は、なかった。

 



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正解のない問い

注意!!

 捏造、自己解釈だらけ。キャラ一部別人かも。
 そういうの嫌な人、ダメな人はブラウザバックでお願いします


 

 ラストンベル。

 元は砦として作られた、今や優秀な職人が集まる商業都市。通りを歩くだけで活気があるのが分かる。

 

 職人でもあるロイドは通りの両側に連なる店に目を輝かせていた。

(相変わらず、子供みたいだなぁ)

 その様子を見ていて、エミルはふっ、と息を吐き出す。

 導師を育てたと聞いたから、元の世界と合わせればもう三十半ばを越えている筈なのに、外見通りの若々しさ………いや、こうして純粋な所を持ち続けているのがロイドの良いところなのかもしれない。

(あぁやっぱり『あの世界』に帰りたい)

 こんな、救いがない世界ではなく。こんな、人の心が荒みきった世界ではなく。こんな、冷たくて軋む音が聞こえてきそうな世界ではなく。

 暖かくて、大変だけど皆で支え合っている、大切な人がいる、あの世界に―――

「!」

 エミルは足を止めた。

 妙な、気配が。

「………エミル?」

 立ち止まったエミルに気付いて、ロイドが引き返してきた。

 しかしエミルは答えない。答えず、目ではなく気配で“それ”を探す。どこに、誰が。覚えがあるのだ。この、空っぽのようでいて粘つくような、まとわりつくようでいて手からするりと逃げ出しそうな―――

 いきなり耳元で、くすくすと笑う声がした。

「―――!?」

 振り向き、腕で背後を払った。が誰もいない。なのに腕に、何かの感触が残っている。気のせいとも思えるほど微かに、けれど確かに。

「エミル、どうした? なにか―――」

「………何でもない。気のせいだったみたいだから」

 エミルは笑う。感情を隠し、嘘をつくのはこの数年で慣れた。疑われたとしても、有無を言わせず言葉を継ぐタイミングも。

「ねぇあそこにいるの、セキレイの羽の人じゃない?」

「ん? あ、本当だ」

 こちらが気付けば、向こうもこちらに気づく。ロイドの容姿をロゼに聞いていたからか、まっすぐにロイドの方に近付いてくる。

「貴方がロイドさんですか?」

「あぁ、そうだ」

「良かった。頭領から話は聞いています」

 話し始めた二人を見て、エミルはそっと、ロイドから離れた。

 

 

 路地裏を歩く。

 辺りの人は誰もエミルを気にしない。エミルも回りを見ない。

「遅かったな?」

 声をかけられて、一瞬だけ呼吸を止める。が、足は止めない。構わず歩き続けて、街の外れを目指す。

「別に、僕がどこで何をしていても良いでしょう。僕があの人に協力するのはあの人に命じられた時だけ―――それを許したのは、」

「分かっているとも。だがお前がこれほど“外”に留まるのは初めての事だろう?」

 声の主はエミルの目には写らない。だが近くにいる。気配だけがエミルについてくる。

 声に、内心でだけ舌打ちした。………その通り、エミルはあまりアルトリウスの玉座の外には長居しない。エミルは人間だ。しかし『精霊ラタトスク』でもあるのだ。

「忘れるなよ。お前は、我が主に生かされているのだということを」

 忘れる、ものか。

 あの約束だけは、その為だけにエミルは居たくもない穢れの最中にいる。やりたくもないことをしている。

 足を早めた。もう街の外が見えてきている。

「丁度良い。お前に伝えておく。しばらくペンドラゴには近付かんことだ」

「例の仕掛け?」

「その下準備、と言ったところだ。手を出すなよ。折角ここまで整いかけた舞台なのだから」

 くく、と笑うサイモンに。

 エミルは無言で、背を向けた。

 

 

 

 

 

 ロイドが話し終わって振り向いたとき、ロイドはエミルを見付けられなかった。

 しばらくロイドはエミルを探し回った。しかしペンドラゴに向かう隊商に同行することになっていたために、やむ無く途中で切り上げてラストンベルを後にする。

 ロイドがペンドラゴについたのは、丁度スレイ達がペンドラゴ教会神殿に向かい、枢機卿と対面した日だ。

 

 

 ペンドラゴに到着したのは、夜。

 ロイドはペンドラゴに入った瞬間、胸の辺りがずんと重くなった。その感覚は。

「穢れが………!」

「あ、ちょっとロイドさん?!」

 セキレイの羽の人が叫んだ声にもロイドは気付かず、感じる気配と頭のなかで響いて止まらない嫌な予感のままに、知らない街のなかを駆け抜ける。

 城のすぐ近く、あと向こうに見える角を曲がった先の建物から気配が―――そんなところで、道の途中でいきなり腕を掴まれて、ロイドは立ち止まった。

「っなにを、――――」

 文句を言いかけ、その人物を見て、………それが、フードを被ったエミルであることに、気づく。

「エミル、どうしてここに―――いやそうじゃない、離してくれ! 俺は行かなきゃ」

「ダメだよ」

 エミルの腕の力が強くなった。ロイドが本気で振り払っても解けるかどうか、というくらい強く。

「行っちゃダメだ」

「エミル………何言ってるんだ。向こうには、スレイ達が―――」

 その気配を、ロイドは感じ取れる。ならエミルも感じられるはずだ。だからスレイの居場所はロイドも、エミルも、離れていたとしても感じられる筈なのに。

 エミルは俯いたままで、だからどんな顔をしているのか、ロイドには見えない。

「だから、だよ」

 どんな気持ちでエミルがその言葉を吐き出したのか、ロイドにはわからない。ただその声は普通に聞こえたのに、どうしてかロイドは。

 エミルが顔を上げた。見ているのはロイドの後ろ。

「来たね」

 何が? ロイドは振り返る。誰もいない。何もない。その空間が突然揺らいで、ぱん、と弾けた。弾けた中から現れたのはスレイたち。

「どうして………?」

「これだけの穢れの中で、君たちほど清浄な気配が動き回ってたら気付くよ」

 ミクリオが苦い顔をした。ライラが目を丸くしている。エドナが少しだけ目を見張る。ロゼだけが、訳が分からないという顔をしていながら、エミルに警戒の目を向けていた。

 エミルがロイドの腕を放した。

「導師。ムダなことはしないで、大人しくしてなよ。君には彼女を救えない」

「え………?」

 スレイが呆然と呟くのと、ロイドの後ろからガチャガチャという鎧の音が響いたのはほぼ同時だ。ロイドが振り向いたとき、ラストンベルの時と同じくエミルの姿はそこになかった。

「エミルは?」

「………消えたわ。一瞬、目を離した隙にね」

 騎士が駆け寄ってくる。ロイドは口をつぐんだ。天族たちもスレイの中に戻る。

 ロゼが、ヤボ用だと何処かに走っていく。

 ロイドは、何も言わなかった。

 

 

 

 枢機卿は憑魔だった。

 それも、今のスレイでは敵わないほど強い領域を持つ憑魔。

「あの領域を破らないと」

「うん。教皇様に碑文を読んでもらって秘力を手に入れよう」

「で、その教皇は何処に居るんだ?」

 ロイドの言葉に、スレイたちはうーんと唸る。

「枢機卿の言い方からすると、生きていることは分かっていても、居場所までは掴めていないようだったな」

「うーん、騎士団が一年探しても見付からなかった、って言うしなぁ………」

 手詰まり。スレイとミクリオは答えを出せず、ライラとエドナは何も言わない。それを見ていたロイドはふと、このペンドラゴまでの道中を思いだし、言った。

「あ、じゃあロゼに聞いてみたらどうだ?」

 沈んでいた二人の顔がみるみる明るくなった。

「そうか、商人、しかも大陸中を回るセキレイの羽なら!」

「それだ!」

 ミクリオの声が聞こえないセルゲイが、はしゃぎ出したスレイを見て怪訝そうな表情をした。

「もしや心当たりがあるのか?」

「絶対じゃないけど………この件は、オレに任せて貰えないかな」

「いやだが、これは本来我々が解決するべきことで」

「それができないから導師を頼ってきたくせに。人間って本当に勝手ね」

「まぁまぁ、エドナさん」

 天族たちの会話にスレイとロイドは苦笑する。

「オレも、教皇様に会う用事が出来たから。………その代わりと言ったらだけど、ローランスの通行証を貰えないかな。オレ、ハイランド軍の味方だと思われてるみたいで」

「貴公がどんな人間かは十分に承知している。早急に手配しよう」

「よかった。これでひと安心だ」

 ローランスに来た目的の半分は、戦争に参加したスレイの意思を表明することだった。でなければローランスの上層部に目をつけられるだろうから、と。

 

………………

・セルゲイから獅子戦吼伝授される

………………

 

 

 セルゲイと別れ、ロゼを探して街に行くと、路地裏でロゼを見付ける。何をしていたのかと聞くと、何でもないとはぐらかされた。

「で? スレイ達の方は、何か収穫あった?」

「うん。行方不明になった教皇様を探すことになったんだ」

「ロゼなら何か知ってるんじゃないかと思って」

「それであたしのところに来たわけね」

 にやりと笑うロゼ。何か知っているんだ、とロイドは思った。その顔が、どことなくゼロスを思わせたから。

「お願い! オレ、どうしても教皇様に会いたいんだ」

「どうしても?」

「うん。どうしても」

 

「ダメ」

 

「………え、なんで?」

「確かに、あたしはスレイに協力するって言った。けどそれは『セキレイの羽』として。『風の骨』はあんたに手を出さない代わり、あんたに協力もしない。それがケジメ」

 ………理屈は、通っているような、いないような。

 でもロゼが譲る気がないのは、声でわかった。スレイは答えられない。暗殺という、人を殺すということを、スレイは受け入れられていない。だから。

 黙ってしまったスレイを見て、ロゼは息を吐いた。スレイは分かりやすいから。

「………いいよ。条件を飲んでくれたら、あたしの力をスレイに貸す」

「条件?」

「あたしにスレイと同じものを見せて」

 スレイだけでなく、ロイドも口籠った。

「ここまで旅をして分かった。世界にはあたしが見えてないものが沢山あるってこと。見えないけど、何かがいるってこと。………そしてスレイにはそれが見えてるんだってことも」

 ロゼの言葉を聞いて、ロイドはしばらく唸ってから、聞いた。

「ロゼは、スレイが見ているものを見たいのか?」

「見たいんじゃない、見る必要があるって思ったの。あたしは今導師スレイを見極めてる真っ最中。それには今あたしが見えている半分だけじゃ足りないんだ」

 ロゼがぐっと顔を上げる。

「勿論タダでとは言わない。代わりにあたしは、あたしのすべてをスレイに託す。あたしの持つ全てで、スレイを助ける。それでどう?」

 ライラが、ミクリオが、エドナが、スレイから出た。

「ロゼさんに潜在する霊応力は、スレイさんに比肩し得るほどのもの。今は眠っているようですが、何かの切っ掛けさえあれば目覚めると思いますわ」

「切っ掛け?」

「例えば―――従士契約とか」

 エドナの言葉に、スレイは一瞬目を大きく開いた。けれど、何も言わない。

 ただ大きく息を吸って、吐いて、それから、聞いた。

「ロゼは、どうして暗殺者をやってるの?」

 ロゼは即答した。

「弱いやつが生きるためよ」

 即答して、流石にそれだけじゃ説明が足りないと思ったのか、ロゼはえーとうーんと、と唸って、ゆっくりと語りだした。

「世界には理不尽が溢れてる。力がなければそれに立ち向かうことさえ出来ずにただ潰されるだけ。なのにその理不尽は、いつも弱くて力がない人間に降りかかる。………そんなの、間違ってると思わない?」

 にっと、笑って。

「だから、あたしたちがやる。あたしたちのやることで一人でも理不尽に泣く人が少なくなるなら、あたしはその為に生きる」

「それが、ロゼの覚悟なんだね」

「そ。だから、悪なら殺る。相手が教皇でも、皇帝でも、導師でもね」

「………それでもオレは、ロゼみたいな子にそんなこと、して欲しくないよ」

 スレイは最後にそう、呟いて。

「わかった。契約、しよう」

 

 

 スレイがロゼに与えた真名は、『ウィクエク=ウィク』。『ロゼはロゼ』。

 それは、スレイの祈り。スレイの願い。

 叶うのなら、それがいつまでも続きますように。

 

 

………………

・前ページのあらすじ。

 ロゼはスレイに協力して教皇の居場所の手懸かりを教える代わりに、スレイの従士になりました。同時にデゼルも陪神に。

………………

 

 

 ゴドジン。

 グリンウッド大陸南方、険しい崖道の先に、その村はある。

 そこに至るまで、道が崩れ通行止めになっていて遠回りをする羽目になったり、地底洞窟を抜けたり、その先の崖道で手強い憑魔と戦ったりしたが、ロイドが居たから、スレイたちはそこを抜けてなんとかゴドジンまで辿り着いた。

「す、スレイ、あんた達大丈夫?」

「だい、じょうぶ………じゃないかも」

「戦いっぱなしだからなぁ。ほら、水だ。少し休め。ロゼは大丈夫か?」

「あたしは平気。ってか、ロイドこそ一番動き回ってるじゃん」

 まあ確かにそうなんだが。正直なところ、あの世界再生の旅に比べれば随分楽だ。それに、神依を多用するスレイの方が、体力の消費は激しいのだから。

「俺は本当に大丈夫だよ。鍛えてるから。………ところでさ、ゴドジンって村はまだ先なのか? 崖ばっかりで、俺飽きてきたぜ」

「あーえっと、もうちょっとの筈なんだけど………あ、あそこじゃない? ほら、あの崖の上」

 ロゼに言われて見上げた先には。

「本当だ。なんか立派な建物の屋根が見える」

 立派と聞いて、ロゼと、エドナが何故か表情を険しくさせる。スレイもロイドも、それには気付かなかったけれど。

「よし、あと少しだ。頑張ろう」

 

 

 

………………

・ゴドジン到着。

・村のなかを探索し、奥の遺跡に何かあることを突き止める。

・偽エリクシール発見、騒ぎを聞いた村長スランジが現れる。

………………

 

 

「なぜ、私が教皇などという望んでもいない仕事をしなければならない? 私が聖職についたのは、家族にささやかな加護を与えたかったから………ただそれだけだったのに」

 けれど慕われて、望まれて、だから出来ることを必死にやって―――気がつけば何も残らなかった。一番守りたかった、大切にしたかった家族さえも。

 なにもかもどうでもよくなり逃げ出して、それでも受け入れてくれたゴドジンの村人を守ろうと。

「帝国も教会も知らん。卑怯者と言いたければ言うがいい。今の私は―――村人(かぞく)のために生きている」

 かぞくのため。

 その言葉に、スレイもロゼも何も言えなくなった。その感覚が分かるからだ。大切な、大切な人の為なら。

 

 ………が、ここには、一人、そんな言葉では納得しないひとがいる。

「―――ふざけるな」

 それまで黙って話を聞いているだけだったロイドが、怒りを露に一歩、二歩と踏み出した。

「本当にそれでいいのか? あんたのしたことで、確かにここの人たちの暮らしはよくなったかもしれない。けどあんたがしていたことを、あんたが罪を犯していたと知ったときの村の皆の気持ちを、あんたは考えたことがあるのか? あんたが居なくなったあとの村のことを、考えたことはあるのか!?」

「ロイド!」

 スレイは慌ててロイドを止めた。羽交い締めにするように。けれどスレイ一人では止められず、ミクリオと、デゼルも加わってようやくロイドの足を止められる。

 ロイドは構わずに叫んだ。

「バカ野郎! かぞくのためだって言うんなら! 大切な人の為だって言うんなら!! どうして、その人たちのために生きようとしないんだよ!」

 勝手に決めて、勝手に死のうとして。そんな風にされて、残ったものがどんな気持ちになるか。ロイドはもうそれを味わっている。例えばそれは、パルマコスタで。例えばそれは、あの森の一騎討ちで。

「勝手に死ぬな! 勝手に諦めるな! 自分の道はこれしかないんだって決めつけるなよ! 何のために仲間がいるんだ!」

「わた、わたしは、」

「間違えたからなんだ! 間違えたら、それに気付いたらやり直せばいいんだ。もう一度、ここから。間違えたことをそのままにして諦めたら、本当にそこで終わっちゃうんだぞ!?」

「ロイド、止めて!!」

 スレイの悲鳴のような声で、ロイドははっと、我に帰る。教皇が、がっくりと項垂れていた。

「そうだ………分かっている。そんなことは、分かっている………! だがもう私には、時間が………!」

「村長!」

 胸を抑えて崩れ落ちた教皇―――村長に、村人が駆け寄った。そのまま村へと運んでいく。

 それを見送って、ロイドは唇を噛んだ。

「………ロイド。アナタの言葉は正論よ。けれど、正しすぎる。人間が皆、アナタほど強い訳じゃないわ」

「………分かってる。悪い。かっとなった」

 そうだ。昔、同じようにコレットに止められた。けれど黙っていられなかったのだ。置いていかれる苦しさを、何も知らされなかった悔しさを、後で知って思い知る無力さも。それをロイドは知っているから。

 

 

 

 スレイは、全てをこのままにして帰ろうと言った。

 ロゼは、スレイが決めたことなら良いと言いながらも、迷っていたようだった。

「………あるのかな? 白でも黒でもないって」

 それは、とても難しい答えだ。正義と悪の議論にも似ている。絶対の基準など存在しない、問われた者が、その心で答えるしかない、答えのない問いだから。

 ロイドもかつて、同じことを悩んだ。けれどみつけた答えは、シンプルだった。

「完全な白も、黒もないさ。あるのは、白と黒が混ざってるものばかりだ」

 この世に絶対的な悪など存在しない。相手にも何かしらの事情や、あるいは信念があり、それが違えば争いになる。たったそれだけのことなのだ。

「だったら、………だとしたら」

 ロゼは考え込んでしまった。こればかりは、他人の答えでは意味がない。スレイも、ロゼも、自分の答えを見付けるしかないのだ。

「けど、じゃあスレイ、どうするんだ? 碑文の解読は教皇様にしか出来ないんだろ?」

「うーん………それなんだけどさ、自分で解読できないかな?」

 それにはロゼもライラも驚いた。

「え、本気!?」

「無茶じゃないだろ? 人が考えたものだし、何より面白そうじゃないか」

「まったくスレイは………ロイドのメモを見つけたときと同じくらいはしゃいじゃって」

「へへ。あのときだってちゃんと解けただろ?」

「それとこれとは………せめてヒントがないと」

 こうなればロイドが口を出す話ではない。遺跡モードのリフィルを思わせる二人は、いつもいつも楽しそうで。

(この二人なら、本当にやれそうだよな)

 ロイドが微笑ましい気持ちで彼等を見守っていると、教皇がスレイに、声をかけた。

 

………………

 

 導師に四つの秘力あり。すなわち地水火風。

 其は災禍の顕主に対する剣なり。

 世界に試しの祠あり。同じく地水火風。

 其は力と心の試練なり。

 力は心に発し、心は力を収める。心力合っせば穢れを祓い、心、力に溺るれば己が身を焦がさん。

 試せや導師、その威を振るいて。

 応えよ導師、その意を賭して。

 

 

 

「お行きなさい、若き導師よ。ここはあなたのための場所です」

 スレイとロゼが、遺跡に入っていく。

 ロイドは真っ直ぐ神殿には入らず、教皇に近付いた。

「あの………さっきは、ごめんなさい。俺、勝手なことを」

「何を謝るのです。貴方は正しい。貴方の言う通りです。私は逃げた。逃げて、逃げて逃げて、ここにいる。それでも心の何処かで気付いていたのですよ。逃げたところで、逃げ切れる筈など無いと」

 教皇の顔は穏やかだった。さっきまでは穏やかではあるが、どこか陰りがあった。今はそれが少しだけ薄れて、感じる穢れも少し弱い。

「………私にはいつか終わりが来る。だからどうせ終わるならば、と、そう思ってしまったのです。このちっぽけな命で、皆を救えるのならばと」

「余所者の俺が言えたことじゃないけど、皆のために命を削られるより、苦しくても辛くても、生きててくれる方がずっと嬉しいと俺は思うよ。………死んじゃったらもう、何も出来ないからさ」

「貴方はお若いのに、よくわかっておられる。その心があれば、貴方が道を誤ることもないでしょう」

 微笑んで、教皇は貴方もお行きなさい、とロイドを促した。

「………貴方を見ていて、少しだけ、昔の自分を思い出しました。どうか貴方はそのままで。それが導師にとっても救いとなりましょう」

 

 

………………

 

 

 火の試練神殿イグレイン。

 そこはマグマの熱に包まれた遺跡。ロイドは旧トリエット跡を思い出す。あそこには火の精霊イフリートがいた。ならここにも、きっと、なにかがいるのだろうと。

 

 だからスレイたちが不思議な領域に包まれたとき、その領域がロイドだけを綺麗に避けていったり、スレイたちが戦っている場所に近付けなかったとしても、あまり驚かなかった。

 ここは導師のための場所だと言う。ならスレイと契約している天族や、従士であるロゼはともかく、導師とは何の関わりもないロイドが参加できなくとも、不思議は無い。

 そしてロイドはスレイを信じていたから、巨大な憑魔と戦いになっても、スレイが炎で自分か契約天族の顔を焼けと言われたときも、黙ってみていた。本音は今すぐ駆け寄って助太刀したい気持ちで一杯だったけれど。

 ロイドがスレイに近付くことが出来たのは、スレイが秘力を得て、試練が終わった後の事だ。

 

 火の試練神殿を守る天族―――護法天族エクセオが、立ち上がったスレイに言った。

「若き導師よ。火とは、全ての活力の源。世界の終わりと始まりに生まれる力。上を向き、前に進むための力。故に行く先を見誤らぬよう、目指す先を偽ることなく、己の心に嘘をつくことのないように」

「はい、ありがとう、エクセオさん!」

 スレイが頭を下げて、ロイドの所に駆け寄る。それを目で追ったエクセオが、ロイドを見て何故か驚いた。

「貴方は………そうか。………そうか」

「えーっと………?」

「双剣の青年よ。貴方の名を、聞いてもよいだろうか?」

「ロイド。ロイド・アーヴィング、だけど」

 エクセオがロイドに近付いてくる。ロイドの頭から爪先まで二度ほどまじまじと見られて、ロイドはちょっとだけたじろいだ。

「………剣を、見せてもらえるか」

「ああ」

 ロイドは双剣を抜いた。エクセオは剣に手を重ね、目を閉じる。

「………確かに。“我、聖主ムスヒの代行として、ここに待ち人を認む”」

 エクセオが囁いた途端、何かが弾けて、駆け抜けて。そしてふわりと、何かがロイドの中に入ってきた。

「えっ、えっ?!」

「私の仕事はこれで終わりだ。貴殿方の旅路に、聖主の加護があらんことを」

 混乱しておろおろとするロイドを置き去りに、エクセオは光の珠となって何処かに消えてしまった。天族がスレイの中に入るときと似ていたから、きっと器に戻ったのだろう。

 最初に普段の調子を取り戻したのは、ロゼだった。

「―――何、いまの?」

「わかんねぇよ………なにがどうなってるんだ………」

「うーん、聖主の加護、って言ってたから……」

 人間三人がうーんと唸った。

「ロイドさん、その剣を見せていただけますか?」

「ああ、良いぜ」

 剣を抜き、胸の前で二本を水平に掲げれば、ライラだけでなくエドナもそれを覗き込む。

「この剣は―――」

「えっ何、どしたのライラ?」

「これ、一種の神器よ。なにか大きな力が宿ってる。さっきのあれは、その力の枷を外したみたいね」

「力の枷………あっ」

 ロイドは咄嗟に目を閉じて胸に手を当てる。

(オリジン、オリジン!)

(その通りだ、我が契約者よ。………だが、今我に話し掛けたのはまずかったのではないか?)

(え? なん―――)

 ぐらん、と揺さぶられて、ロイドは目を開ける。

 スレイの顔がぶつかるかと思うほど近くにあった。

「ロイド、大丈夫なんだよな!? 何ともないんだよな?!」

「だ、大丈夫だって。別に悪いやつでも変なヤツでもないし―――」

 あ。

 と後から気付いても後の祭りである。

「ロ~イ~ド~! やっぱり何か隠してた!」

「いや隠してた訳じゃなくて、すっかり言うの忘れてたって言うか、言わなくても良いかなー、なんて」

「水臭いじゃないか……!」

 

 ロイドは結局、その体にとある天族(みたいなものと誤魔化した)を宿している事を聞き出され、グレイブガント盆地での無茶を今更ながらに怒られた。

 そんなこんながあって、一行が試練神殿を出たのは、それからしばらく後の事だった。

 

 

………………

 ロイドがスレイたちに異世界云々を言わなかったのは、単純に忘れてたのもあるけどジイジに黙っておけと言われたから。

 スレイ達は「ロイドがものすごい力を持ってる天族の器らしい」ということは分かったけど、それ以上は知らない。というのも「どんなひと? オレもそのひとと話せる?!」って言う方向に話が進んだから。

………………

 

………………

・ゴドジンを出て、ペンドラゴへ。

・秘力を得てパワーアップしたので、再び教会神殿に潜入。枢機卿と対決する。

………………

 

 

 あ。

 領域が、消えた。

 それが意味することは即ち、領域の主―――枢機卿が、死んだということだ。

(………ほらね。やっぱり君には救えなかった)

 教会を見下ろせる、ペンドラゴにいくつかある塔の上。座って目を閉じていたエミルは、目を開いて、息を吐く。

 導師(とロイド)が教会神殿に入ってからずっと気配を追っていたエミルは、ある程度、あの中でなにが起きたか把握している。

 穢れの揺れを、浄化の炎の揺らぎを、導師の領域を。

 枢機卿を導師は浄化できなかった。そして彼女の心が壊れた。そうなれば救う方法はない。出来るのは、『終わらせる』こと。それを、導師は選んだのだ。

 彼女を壊したのは、導師なのに。

 エミルの背後で、気配が動いた。エミルは振り向かず、腰の剣に手をかけた。

「………サイモン」

「なんだ。私は約定を違えてなどいない。導師は我が主の獲物。お前のものではないぞ?」

 エミルはサイモンを睨んだだけで、剣は抜かなかった。

 導師が、いくら自分自身はローランスに敵対する意思がないと伝えたところで、そんなことに意味はない。

 ハイランドの姫を人質に取られたがために参戦したというならば、姫がハイランドで危険に晒される限り、導師はハイランドに手綱を握られたも同然だ。またいつ姫を盾にされてローランスに牙を剥くか分からない。

 導師は、姫を人質にされれば逆らえないのだと、あの戦争が証明してしまったから。

 だからハイランドは姫を殺さない。姫をハイランドから外には逃がさない。―――あぁ、大したものだ。情報操作だけで、事実上導師をハイランドのものだと宣言してみせたのだ。

「ローランス皇家は導師スレイを認めない。導師を認めた騎士団を認めない………これでますます騎士団への不信が高まり、教会との関係は悪化する。民を纏め幼帝に代わり政治をしていた枢機卿が消え、ローランスはますます混乱する………これで満足?」

「私が満足するかはさして重要ではない。全ては我が主が決めたこと。我が主の御為―――邪魔をするなよ。舞台は整いつつあるのだから」

 サイモンがふっと姿を消した。

 一人、残されたエミルは、教会から出てきた導師一行を見下ろす。

「………導師」

 導くもの。救世主。そんなふうに持て囃されて、持ち上げられ崇められ、―――そうしてずっと耐えていた子を、知っている。世界を背負った人を知っている。

 その顔は、無理矢理に笑うその顔は。

「ねぇ、救えないと決まったものは、殺して切り捨てるの? 君にも救えないものは、世界に存在することも許されないの?」

 存在しているだけで悪なのか。生きているだけで罪なのか。弱いことは罪なのか。正しく生きられないことは罪なのか。

 ―――それを決められるほど、導師というのは、偉いのか。

 だとしたら。

 

「君の救いは、単なる偽善と傲慢でしかないよ、導師」

 

 エミルの呟きは、導師たちには届かない。

 しばらく一行を見ていたエミルは、やがて導師達から目をそらし、最後に導師の隣にいるロイドを見て、アルトリウスの玉座に帰るために踵を返した。



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目指す先はまだ見えない


 今回、ロイドとエミル側が混ざっております。


 

 あの日のことを、きっとスレイは忘れない。

 

「―――眠りよ、康寧たれ」

 

 自分の力が足りなくて、色々なことを知らなくて、その結果起きてしまったあの事を―――救えなかった人の事を。

 

 スレイが壊してしまった人の事を、スレイはずっと、覚えている。

 

 

 

 

 

・望む強さ

 

 宿の窓から、夜空を見上げていた。

 ペンドラゴを蝕む穢れは一先ず祓われた。雨は止み、人々はやっと日常を取り戻した。探していたマオテラスは神殿に居らず、その手がかりは各地の試練神殿にあるということもわかった。

 でも。

『スレイの仕事は生かすこと。あたしの仕事は殺すこと、でしょ?』

 お互い自分の仕事をしたんだ、と笑って、『それ』を引き受けてくれたロゼ。ロゼは、スレイは殺しちゃダメだと言ってくれた。………ロゼと同じことをしなくて良いのだと、スレイはスレイのままで良いのだと。

 でも、でも悔しい。

「スレイ、どうした? 眠れないのか」

「………ロイド」

 宿のサウナに入ってきたのか、いつもと違って下ろされた髪をタオルで乱暴に拭きながら。ベッドに腰を下ろしたロイドが、スレイを見つめた。

 今、スレイの中には誰もいない。ライラもミクリオもエドナも、今はスレイの外にいる。寝る支度は済ませていたスレイは、導師のマントは脱いで、椅子の背もたれにかけてある。

 だから。

「ロイドは、ロイドは前に、言ってたよな。『自分が間違っていないのなら、堂々としていればいい』って」

「あぁ、言った」

 スレイとミクリオと、イズチで暮らしていた頃。ロイドに教えてもらったこと。それを実践しているロイドは、下を向かない。向いているところを、スレイは見たことがない。

 そんな風に、いつも揺るがないロイドを見て育ち、そうなりたいと、願ったことがある。

「オレ、」

「スレイ。スレイは、何か間違ったことをしたのか? 悪いことを、しちゃいけないことを、したのか?」

 スレイはただ、首を横に振った。それだけはしていない。ジイジに顔向け出来ないようなことを、スレイはしていない。

「なら、胸を張れ。スレイは、自分が良いと思う事をしたんだろ。だったら、あとはその結果を受け止めるしかない。受け止めて、少しでもこの先が良くなるように努力するしかない。………ま、俺の親父の受け売りだけどな」

 スレイは、ぐっと奥歯を噛み締めた。

 分かってる、理解してる。でもだから、そんなことをロゼに言わせてしまったことが、ロイドや皆にこうして気を使わせてしまうことが。

 スレイは、導師だ。

「ロイド」

「うん?」

「オレ、強くなりたい」

 そう思う。心から。

 するとロイドはふっと笑って、スレイの頭をくしゃりと撫でる。

「なれるさ。スレイがそう思うんなら」

 

 

―――――――――

 

 

 翌朝。

「さて、これからどうする?」

「マオテラスを探すんだ。その手掛かりを探して、秘力の神殿を巡る。………で、取りあえずはここから近い、ここに行こうと思うんだけど」

 地図を拡げたスレイが指差したのは、現在地ペンドラゴから南の地点。四つの印が付けられたうちの、一つだった。

「この印、なんだ?」

「あっ、そうか、ロイドは別行動してたんだっけ。これ、ティンタジェル遺跡………ええとほら、ロゼ達と会った、あの遺跡の奥で見付けた壁画に描いてあったんだ」

 なるほど、それならロイドが知らないはずだ。その頃、ロイドはエミルと共にレディレイクに行っていたのだから。

「ゴドジンに秘力の神殿があったよね? その場所に、ほら」

 スレイが指差した地図には、ゴドジンと同じ場所に印があった。

「だから、印の場所を回れば、それが秘力の神殿を回ることになると思うんだ」

「なるほどなぁ。確かに、手がかりもなしに探し回るんじゃ、グリンウッドは広いもんな」

 グリンウッドには遺跡も多い。秘力の神殿を探すのに、手当たり次第に遺跡に潜るのは大変だろうなぁと考えていたロイドは、少しホッとした。

「よし、じゃ、行くか!」

 

―――――――――

 本当にティンタジェルってなんなんだ………!

 

 ベルセリアやってほとんどの謎が解けたんだけど、これは逆に謎が深まったものの一つです。ドラゴン信仰の集団だって言うなら、なぜドラゴンの対局である導師の試練について描かれているのか。

 というかそもそも四つの秘力はいつ頃にどんな経緯で始まったのか………

 三部作目はまだですか………………

―――――――――

 

 

 

・大昔の伝説

 

 目的地は、アイフリードの狩り場と呼ばれる道の先にあるらしい。

「アイフリード、かぁ………」

「? どうしたのよロイド」

「いや、俺、アイフリードっていう名前の人を知ってるんだけど」

 悪い人では無かった。ちゃんと仲間のことを大切にして、恨みを他人に―――神子にぶつけることはしない、そんな人だった。

 だがしかし。

「………ちょっと、色々あってな………」

 好い人と言うには、最初に騙されたことや最後の面倒事が。………悪い人では、ないのだが。

「………ここの由来となったアイフリードは、千年前の人間だ。お前が知る人物とは違う」

「あ、そのお伽噺なら聞いたことあるよ。アイフリードは昔の大海賊なんだって。その仲間っていうのが、王子様に女の子、死神にドラゴン―――」

『ドラゴン!?』

 スレイとミクリオは目を丸くした。海賊の仲間がドラゴン。ドラゴンといえば、災厄の象徴だ。まさか、そんな筈が。

「だから、お伽噺。多分そんなの誰かの作り話だってば」

「………本当よ」

『え?』

 聞き返したが、エドナは傘を回しながら先に行ってしまい、ロイドとロゼは顔を見合わせて首をかしげた。

 その後ろで、スレイは。

 

 

―――――――――

 アイフリードの仲間云々はゼスティリア公式設定資料集から。

 ベルセリアプレイして腑に落ちたよ………もしかしたら、そんなお伽噺を各地で面白おかしく語り聞かせたのは、どこぞの素直じゃない魔女だったりしないかなぁ、なんて。

―――――――――

 

 

………………

・狩り場を進んだ先で遺跡(ウェルシュ遺跡)を発見、行ってみようと潜る。

 

・巨石を見つけたり、変異憑魔を倒したりした後で、スレイは瞳石を発見する。

………………

 

 

!オリジナル回(2)奇妙な瞳石

 

「………?」

「どうした、スレイ」

「うーん、これ、瞳石………だと思うんだけど」

 スレイの手の中で光る玉。確かに見た目は瞳石のようだが、それにしては映像が見えない。

 これまでは瞳石を手にした瞬間、直接脳内に映像が浮かんできたのに。

「反応しないな?」

「案外、瞳石によく似た別物だったりして」

「そんな筈無いんだけどなぁ」

 しかし瞳石は、霊応力がない人間にはただの綺麗な石でしかない。普通の人間の間では一種の宝石だと思われているものだ。

 ならば。

「どれ、ちょっと貸してくれるか?」

「あ、うん」

 宝石にも詳しいロイドなら、区別がつくかもしれない。ロイドが差し出した手に、瞳石をぽん、と乗せた瞬間だった―――

 

 

 暗い道。人の手で掘り抜かれたような壁。そこで剣を交える二人の剣士。

 辺りに散乱する刀。そこで振り下ろされる金槌と、打たれている黒い短剣。それを見守っている人影が二人―――

 

 

「―――い、スレイ?」

 はっと、現実に戻ってくる。

 目の前には、不思議そうにスレイを見詰めているロイド。

「どうかしたか?」

「いま………」

「?」

 ロイドは首をかしげた。回りのミクリオもライラも、心配そうにスレイを見るばかり。

「………ううん。なんでもない。はい、これ」

 今度こそそれを受け取ったロイドは、スレイの様子に首を捻りながらも『それ』を真剣な表情で眺めた。

「うーーーん………これ、これまでの瞳石とはちょっと違うなぁ。でも、宝石じゃないな。それは確かだ」

「なら、何故見られないんだろう?」

「これを見るための霊応力が足りてない………とか?」

 ロイドとミクリオとロゼが口々に議論を交わす。しかし何もわからない現状では、議論以上にはなりようがなく。

「とにかく、秘力の神殿に行ってみようよ。それでスレイの力が増えれば見られるようになるかもしれないし」

「そうですね。焦ることはありませんわ」

「………どうやらこの遺跡はここが最深部のようだ」

「じゃ、戻るか。スレイ、これは取り合えずお前に返すよ」

「わかった」

 さっきとは反対に、ロイドがスレイの手にそれを乗せる。今度はなにも見えなかった。妙な感じも、しない。

 皆と一緒に来た道を戻りながら、スレイは考える。

(あれは、ロイドに触れた瞬間に………ううん、でも、じゃあなんで、オレだけ?)

 ロイドはこんなことで嘘をつく人じゃない。だからきっと、本当に何も見ていない。心配そうだった皆の表情を見れば、ミクリオも、主神のライラも見えていなかった筈だ。

 何故、スレイだけが。

 ………いや、それよりも。

(さっきの、)

 二人のうちの一人。服装は違っていたけれど、あの背格好と髪は、見えた後ろ姿は。

 

(あれは―――エミル、だよな?)

 

 

………………………

・地の試練神殿モルゴースに到着、パワントに会う。

・エドナのメンチにミノタウロスが怯えて逃げ出すが、試練は『ミノタウロスを鎮める』ことだった為にそれを追い掛けることになる。

………………………

 

・ミノタウロス

 

 試練神殿は広かった。

 その中を、ミノタウロスはスレイ達から逃げ回る。

「鎮めようにも、とにかく、追い付かないと話にならないよなぁ」

 それはそうだが、神殿が広すぎてまず見つけるのが難しい。見つけてもこちらの姿を見た瞬間に逃げ出してしまうのだからどうしようもない。

「ライラ、ミノタウロスって、どういう憑魔なんだ?」

「そうですわね………虐げられた者達の魂だと言われています」

「………虐げられた………」

 ロイドがとっさに思い出すのは、親友と、その、友人と。

 

 

 

 神殿を駆け回ることしばし。

「あーもう! 面倒くさい」

「何か方法を考えないと………これじゃいつまで経っても捕えられない」

「いくらデゼルが場所を特定してくれても、視界に入った瞬間に逃げられるんじゃ」

 はぁ、とため息。

 デゼルが帽子を片手にやって俯いた。

「………また移動した」

「えっ。今度はどこ!?」

「ここから………北東だ」

 神殿は広い。簡単な見取り図は作ったが、エリアが絞れても見付けるまでに時間がかかるのだ。

 はぁ、と中庭で一息付いたとき、ロイドがふと気がついた。

「? 木馬………?」

「あ、ホントだ。でも壊れちゃってるね」

「小さいね。子供用かな?」

「元々子供の玩具でしょ」

「でも、作りはしっかりしてるぞ。使ってる木も質が良いやつだし」

 ロイドが木片をつまみ上げた。ぽろ、と破片が落ちていく。

「元々は、ちゃんと誰かに大切にされてたんじゃないかな。そんなに前じゃない。多分十年とか、それくらいだ」

「でも、何で試練の神殿に子供の玩具が?」

 議論していたら、スレイがはっとした。

 大事にしていたはずの、子供の玩具。それがこんなところに、壊れて、転がっている。

 じゃあ、だとしたら。

 その、元々の持ち主は。

「………ねぇライラ。さっき、ミノタウロスは虐げられた者達の魂だって言ったよね」

「ええ、そう言われていますが、………!」

 ライラも何かに気付いたように口元を抑え、俯く。一瞬遅れてミクリオが顔をしかめた。

 一行の顔色が沈む。

「ロイドの言う通りだ。きっと、………大事にしてたんだよ」

 そう、きっと持ち主は子供だった。でも今、ここに子供はいない。そしてミノタウロスが『虐げられた魂』だというのなら。

「………子供が、ここに置いていかれたのか」

「十年前なら、有り得ない話じゃないと思うよ。あの頃は疫病や異常気象が広がって、………食べるものにも、困る人が、たくさん出たから」

 口減らし―――

 シルヴァラントでは、ディザイアンが居たから減らすまでもなかった。けれど、………テセアラでは。

「人間は、本当に勝手ね」

 エドナが傘を開き、くるりとこちらに背を向けた。

 

 

………………

・ミノタウロス浄化

・パワントの元へ

………………

 

 

・『原因』と『結果』

 

「………無事に祓えたようだの」

 試練神殿の最奥で、パワントがスレイたちを待っていた。

「では、あれが何かも分かったか?」

「親に捨てられた子供たちの、魂」

「その通り。………ここには、いつからかそうして子供らが置いていかれる。だがここは子供が生きられる場所ではない。結果は、見ての通りだ」

「うん………いたたまれないよ」

 仮面の奥で、パワントがスレイを見据える。

 

「では、お主らに問おう。罪の在りかと、その是非を」

 

「つ、み………?」

「ここには、極稀に人間がやってくる。その人間達を、ミノタウロスは襲い、殺してきたのだ」

 それは、或いは恐怖だったかもしれない。虐げられ、疎まれ、また同じことを繰り返すことを恐れたのかもしれない。或いは、憎しみだったかもしれない。自分達を虐げた『ヒト』に復讐しようとしたのかもしれない。

 ただ一つ揺るがぬ事実は、彼らに殺された人間がいたということ。

「それは………」

「殺された人間は、ここに子供を捨てようとした親でしょう? 自業自得、と言えば、そうかもね」

 エドナが肩をすくめた。パワントがふっと笑う。

「その通りだ」

「でも! でも、だからって、誰かを殺して良い筈無い」

 ロゼの声は、悲痛だった。

「被害者だから、穢れに犯されていたからだって、やったことはなくならない。人殺しは罪だよ」

 どんな相手であれ、どんな事情があれ。誰かが誰かを殺すのは罪だ。そこに恨みはある。憎しみは残る。………だから暗殺なんていう仕事が、ある。復讐なんていうことが起こる。

 スレイだって、知っている。世界は綺麗事ばかりじゃないってことは。

 

 ただ、

 

「………親が子供を捨てるって、その気持ちがオレにはわからないけど、でも、………でも、きっと、本当にどうしようもなかった人だって、居たんだと思うんだ」

 でなければ、捨てる子供に、あんな玩具なんて持たせない筈だ。

 スレイは愛されて育った。血が繋がっていなくても、ジイジに、イズチの皆に、ロイドに。守られて、愛されて、大切にされて、育った。それがどれだけの幸福だったのか、世界を見た今は、本当に身に染みて分かる。

 それが、奇跡だったとは、スレイは思わない。

「皆がそうかは分からないよ。でも、そんな人ばかりじゃないと思う。親が子供を大切に思うのは、きっと当たり前の事だから」

「では、親にも、子にも罪はないと?」

「ううん。どちらもきっと、完全に悪くないなんて事はないんだ」

 子を捨てる親は確かに酷い。そしてロゼの言う通り、どんな事情があっても殺すことは良いことでは決してない。

 

「だから、―――悪いのは、みんなだ」

 

「………ほう?」

「子供を捨てなきゃならないのは、異常気象や疫病のせいだ。それは、誰か一人のせいじゃないよ。皆で、この世界に生きてる全員でなんとかしなきゃいけないことなんだ」

 パワントとロイドの口角が上がった。

「ならばお主は何とする」

「オレは導師だ。だから、穢れを浄化するよ。―――そうして、少しでも、こういう悲しいことが減ったら良いと思う。そのために、オレはオレが出来ることをする。それが、オレの、オレにできることだから」

 そう。

 ドワーフの誓い第一番、『平和な世界が生まれるように皆で努力しよう』。その教えの通りに。

「………バカね。スレイ一人が頑張ったって、世界全部を浄化出来る筈もないのに」

 エドナが呆れたように息を吐いた。スレイは頭を掻いて、笑う。

「でも、これがオレだから」

「バカね、本当に。………でも、いいわ。仕方がないから、付き合ってあげる」

 エドナはスレイの隣に進み出た。傘を畳んで、ふっと微笑む。

「いいの?」

「ワタシは貴方と契約してるの。今更でしょ」

「………ありがとう、エドナ」

 スレイの笑顔に、エドナはぷいと顔を背ける。その仕草に、またスレイは微笑んだ。

 

「………心の試練も合格だな。導師、エドナちゃん。祭壇に祈りを捧げるのだ」

 

 パワントに言われるまま、エドナとスレイは跪く。そうして二人が光り―――神依を為したスレイが、そこに立っていた。

「どう、エドナ?」

『………力を感じるわ』

 これで得た秘力は二つ。

 頷き合い、神依を解いたスレイに、パワントが問いかけた。

「行くのかの?」

「うん。ありがとう、パワントさん」

「―――導師よ。何事も事象の前には原因がある。それを理解し、よく考え、そして進め。答えを焦るな」

「はい」

「導師の道程は、世界に渦巻く情念の根本を理解する事から始まると知れ。………先は長いぞ」

 パワントは、今でこそ護法天族だが、かつては一万以上の憑魔を沈めた導師。スレイはその言葉を噛み締め、頷く。

「はい!」

「うむ。道中気を付けてな。………とと、いかん。忘れる所だった。そこの、剣士の青年」

「俺?」

「そうだ。ちょっとこいこい」

 ロイドは不思議そうにしながらも大人しくパワントの前に進み出た。

 パワントはロイドを眺め、ロイドの剣を眺め、頷く。

「確かに。『我、聖主ウマシアの代行として、ここに待ち人を認める』」

 イグレインの時と同じように、何かが弾けて、ロイドの中にふっと入ってきた。

「ねぇ、今の何? イグレインでも同じことがあったよね」

「俺、全然心当たり無いんだけどなぁ?」

 何故、異世界の、あったこともない神様が、ロイドのことを知っているのか。何故オリジンに何かをするのか。そもそも何が起きているのか。

 オリジンに聞いてみたこともあるが、オリジンは断固として答えなかった。

 スレイの隣に立つエドナの視線が、パワントに。

「ねぇ」

「う、いや、―――ではな! 聖主の加護があらんことを!」

 パワントはそんな言葉を残してすっと消え。

「………逃げたわね」

 エドナの声が、神殿に響いた。

 

 

―――――――――

 心の試練がまともにあるの火の試練くらいじゃね??

 って思ったので捏造展開。完全なる自己解釈&スレイに対する理想を詰め込んだ。

 

 あそこに木馬があるのってそういう意味なの??なんだよね???

 いかんせん、ゼスティリアは『考えて感じとれ!』な問題定義をするだけして答え投げっぱなしなだもん………

―――――――――

 

 

・(地の試練と同じ頃)

 

 アルトリウスの玉座には、誰も近づけない部屋がある。穢れの最中、空間さえ歪みかけているその場所に、ヘルダルフも、サイモンも、そしてエミルでさえも近づけない場所。

 

 そこに近付く穢れ持つすべてのものを、エミルは斬ってきた。

 だからその時も、そこを彷徨いていた狐の憑魔に、エミルは迷わず斬りかかった。

 がしかし予想に反してその憑魔は反応し、その場を飛び退いた。のみならず、空中で身をよじり、エミルに向けて青白い炎を放ちさえする。

 エミルは炎を斬り、改めてその憑魔を見た。

 ヒトだ。ヒトが穢れにのまれ、憑魔に堕ちた姿。けれどそれにしては自我を失っていない。狂いながらも、完全にはのまれていない。

 それはどこか、あのマルトランに通じるところがあった。

「………なに、お前」

「お前さんこそ、何者だい………?」

 睨み合い、向かい合い、そして両者は一歩を踏み込んで―――

 

「止めよ」

 

 エミルも、その狐の憑魔も動きを止めた。剣を構えていた状態から体を起こして構えを解く。

「サイモン」

 声の主を呼ぶと、少女が歩きながらその空間に現れた。エミルが睨み付けていることを、意に介した様子もなく。

 憑魔はサイモンを見つけると、目を更に細め、にぃぃ………っと笑った。思わずぞわっとするような、不気味な笑顔。

「なぁアンタ、何時になったら暴れさせてくれるんだぃ?」

「………お前の出番はまだだ。しばし待て」

「早くしてくれよ? ここにじっとしてると、アァ、喉が渇いて仕方がない………」

 背を丸め、クックッと笑うそれに、エミルは顔をしかめた。サイモンが放置しているということは、これがここにいることはヘルダルフも承知の上なのだろう。

 ………或いは、興味もないのか。

「私は用がある。お前がそれを見ていろ。それに、“壊されたく”ないならな」

「………わかったよ」

 エミルが答えるとサイモンは姿を消した。

 

 

 

「………お前さん、『何』だい?」

 狐はエミルを見た。じろじろ見られて、エミルはそれを無視して歩き出し。

「天族じゃあない。でも、人間でもないだろう?」

「僕は人間だ」

 黙っていられず、足を止めて振り返り、狐を睨む。

 そう、エミルは人間だ。そう生きろと皆が言ってくれたから。だからエミルは世界に帰ってきた。この世界でもそうだ。守られて、託されて。だからエミルは、ここにいる。

「一つ、言っておく。お前がここにいることを『あの人』が許したのなら、僕がお前をどうこうする話じゃない。でも、この先の存在に手を出したら―――」

 この先には『彼』がいる。誓約で世界と隔離し、封じることで眠り続けている『彼』が。

「手を出したら、斬る。例え相手が『あの人』であっても。そういう約束に、なってる」

 誓約で穢れ持つ存在は彼に近付けない。封じてしまったから、エミルも彼を見ていることしか出来ない。

 そういう風にしても、それでもやはり彼が心配で、誓約で守れる範囲の外でも『そこ』に近づく憑魔を、エミルは全て斬り捨ててきたのだけれど。

「そんなに大事なもんなのかい。………ククク、そう言われると、俄然気になってくるねぇ」

「………警告はした。あとは好きにしたら良い。手だししたら、斬るだけだから」

 互いに、互いの行動を制限できはしない。そういう決まりになっている。

「………お前さん、気に入った」

「憑魔に気に入られてもね」

「まぁ、そう言いなさんな。俺はルナール。お前さんは?」

 

「………エミル」

 

 

 

………………………

・後日、エミルの監視つきなら外出を認められたルナールは、エミルと二人でローランスに

・ローランスに来て何をするのか、と問うと、ルナールは来な、とエミルを何処かの屋敷に連れていく。

 ↓

 その屋敷には、仮面で顔を隠した、すさまじい身のこなしの、暗殺者達がいた。

………………………

 

 

『眠りよ………康寧たれ』

 

 囁いて、長身の男は胸に突き立てたナイフを引き抜いた。血飛沫が上がり、貴族の男性がドサッと床に倒れる。

 ナイフを持つ男はそれを見て、確かに死んだことを確認すると、片手を上げて仲間に合図した。頷き合い、彼らは凄い早さで屋敷から撤収していく。

「………なに、あいつら」

 ただ者ではない。あの身のこなし、一度は何らかの訓練を受けていると見た。

「ルナールと、同じ格好してるけど」

「『風の骨』………大陸に名を轟かせる暗殺ギルドさ」

「暗殺………」

 なるほど、だからあの胸にナイフを刺した男以外には手を出さずに撤収しているのだ。殺戮集団ならとっくに穢れに呑み込まれ、憑魔になっている筈だから。

 それは、マルトランと同じ。例えば矜持、或いは流儀、もしくは信念。

「………気に入らねぇなぁ」

 隣でルナールが呟いた。え、と顔を上げて横を向けば、そこにルナールはいない。

 屋敷に向かって、跳躍していたから。

「っ! 勝手なことを………!」

 エミルもルナールを追いかける。ルナールが破った窓から屋敷に入れば、―――そこは地獄だった。

 

 壁や床にべったりと張り付く血。まるで獣に裂かれたような傷口。通り道に居た者で、生きている者は居ない。

「………っ」

 エミルは足を早める。迷うことはない。血を、死体を追いかけていけば良いのだから。

 辿り着いた部屋で、ルナールは天を仰いで、棒立ちだった。

「はー、はぁあぁ…………!」

 恍惚。昂った、獣。

 噎せ返るような臭気にエミルは手で口元を覆った。

「あぁ………」

「満足?」

「まさか」

 振り向くルナールの瞳がぎらりと光る。

「まだまだ、こんなもんじゃ足りない。もっとだ。もっと、もっと―――あいつらには苦しんで貰うさ。その為には、こんなんじゃ足りない」

 真っ赤な両腕からポタポタと血を滴らせながら。ルナールは嗤う。

「そうだ。こんなんじゃ、あいつらにとって傷にもなりゃしない………」

 あいつら。繰り返し出てくる相手は、おそらくはあの『風の骨』の事だろう。

 なんの恨みがあるのか。………いや、恨みじゃない。憎いのとは、これはきっと違う。だが、それが何なのか。エミルには分からない。―――分かろうとも思わない。

 関係、ないんだから。

「帰るよ。あまり長居はしない。そう、最初に言ったよね」

「チッ………しょうがねぇなぁ………」

 ルナールは手に持っていた塊を、床に投げ捨てた。ごろん、と重い音がして“それ”が転がる。

 エミルは咄嗟に“それ”から目を背けた。

「カカカッ………あぁうん、やっぱり、あんたは良い」

「………行くよ」

 エミルが踵を返すと、ルナールが後をついてくる。酷い臭気が、鉄の臭いが、エミルの後をついてくる。

 どこまでも、それはエミルを追いかけてきた。

 



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自分らしく生きる
●その頃、


 もう一人の主人公の話。

※追記
 区別つけるために、タイトル変えました


 ―――気が付いたら、知らない天井で。

 

 いやいや、そんなわけがあるか。と思ってこれまで何があったのかを思い返してみるのだが。

 みるのだが………………みるの、だが。

(いやいやいや、なんかあるだろ! 何で―――何も覚えてないんだ?!)

 覚えているのは、何かの感覚。

 苦しくて、休んでいたら何かに引きずり込まれて、―――そのまま何かを突き破って突き抜けて。そうして………それから。

 今あるのは妙な不快感と、焦燥感。

 

 ここは違う。ここじゃない。―――帰らなくては。見つけなくては。

 

 頭のなかで繰り返し、そう思うのに肝心の『どこへ』『何を』の部分がまるで思い出せない。

 いや、落ち着け。まずは落ち着け。思い出せることは、他にないか。

 ―――カーラーン。ユグドラシル。ルイン(廃墟)、港町、扉………ろくでなしのイケてない赤い奴?

 さっぱりわからん。意味が繋がらない。関係はなんだ。というか最後に至っては悪口だろうに。

 

 そんな風に頭を抱えていたのに、ドアが開く音に反応できたのはどうしてなのか。

 ドアの前の板がきしむ音でベッドから飛び起きて、扉が開くと同時に姿勢を落とし、そのまま入ってきた男に下から掌底を―――叩き込もうとしたのだが、腕を捕まれて止められた。

 が、体は勝手に動く。捕まれた右腕を軸にして体を捻り、左足でそいつの側頭部を狙う。左腕で防がれるが、右腕の拘束が緩む。左腕一本で体を支え、逆立ちしつつ側転し、拘束を抜け出すと同時に顎を今度こそ蹴り上げて、いったん距離をとる。

 また何時でも動けるようにと臨戦態勢で構えていたら―――入ってきて今しがた軽くやり合った男が、大口開けて笑い出した。

「っ、あはははは! お前、やるじゃねえか!」

 ちいっと痺れたぜ、なんて左腕をふらふらさせて、にっと笑う。―――今、確かに殺すくらいのつもりで、急所を狙ったのに。

 なのに、こちらは構えを解いていないのにもう気合いの欠片すら見当たらない。至って自然体。

 だから、こっちまで気が削がれて。ぽかんとして、思わず口に出たのは。

「………あんた、馬鹿か?」

「ああ、それ仲間にもよく言われるな。自分でもそう思うぜ」

 あっけらかんと。それで、もう戦おうなんてつもりは何処かに消えてしまった。毒気を抜かれた、というのか。

「そんだけ動けりゃ、平気だな。覚えてるか? 路地裏でふらふらしてて倒れたんだよ。しかも怪我だらけで」

「それは………礼を言う」

「気にするな。俺が放っておけなかっただけだ。………で、よけりゃ何があったのか聞かせてもらいたいんだが」

「―――しらん」

「は?」

「だから、覚えてないんだ。何でここにいるのか、そもそもここはどこなのか、何があったのか―――そんなことは俺の方が知りたい」

 その男はアゴヒゲを撫でつつ、椅子を引っ張ってきて腰掛けた。

「記憶喪失ってやつか。んぁ、ってことはテメェの名前も覚えてねえってことか?」

「名前―――」

 番人、狩人、魔王………? そんな単語ばかり浮かんでくるなかで、一つ、ふと浮かんだ言葉は。

 

「―――エミル」

 

「へぇ、名前は覚えてんだな。エミルか。いい名前じゃねぇか」

「いや、俺の名前は―――」

 言いかけて、でもやっぱり思い出せなかった。そのエミル、というのはそれなりにしっくり来るのだが、どうにも、自分の名前ではないような気がするのだ。いや、自分の名前なんだがそうじゃないというか。―――ああ、よくわからなくなってきた。

「お前の名前は、なんだって?」

「………いや、なんでもない。エミルだ。………多分」

 そう呼ばれていた気がする。そうじゃない気もする。だが、他に名前らしい言葉は思い出せない。なのにエミルと呼ばれる度に妙な感覚がするのだ。

「そういや、あんたの名前をまだ聞いてない」

 目の前の男はにっと笑って。

 

「俺か? 俺はアイフリード。大海賊バン・アイフリード。それが俺の名前だ」

 

 

 

 

 どうやら、このアイフリードとかいうアゴヒゲ男に助けられたらしい。

 ここはウェイストランドという世界の、ミッドガンド王国の首都、王都ローグレス。そこにある酒場、バー・ブラッドバタフライ。

 そこまで教えてもらって、あぁ道理で酒の臭いがするわけだと納得した。

「何で宿じゃなくて酒場なんだ」

「そりゃ、海賊が堂々と宿屋に止まるには王都はちいっとでかすぎる。それにお前、聖隷だろ? 普通のやつには聖隷は見えねぇからなぁ」

「せいれい………」

 聖隷。せいれい。

「お、なんだ。なんか思い出せそうか?」

「………さぁな。さっぱりだ。―――というか、聖隷って見えないものなのか? だとしたらお前はどうして俺が見えてるんだ?」

「霊的な才能―――霊応力ってやつがあると見えるんだとよ。………つーか、聖隷も記憶喪失になるんだな。いや、ボケか? お前らって見た目以上に長生きなんだろ。お前ももしかしたら爺さんかもな。ははは!」

 ………爺扱いにはものすごくムカついたが、何故か反論する気にはなれなかった。

「聖隷に詳しいんだな、お前」

「まぁ、聖隷の知り合いがいてな。お前以上に目付きの悪いヤツで、ああでも、お前みたいにキレイな顔してるんだよ」

「黙ってれば、だろ。どうせ」

 口をついて出た言葉。………誰に言われたのだったか。

「………なんだ、バレてたか。お前も見かけによらず口が悪いな」

 まただ。また、胸がちくりとする。なのにその理由がわからない。

 そんなときだ。かちゃりと、部屋の扉が開く。顔を見せたのは上品そうな年配の女性。

「船長、いいかしら?」

「良いぜ。どうかしたか?」

「ボスがお呼びよ。『起きたんなら暴れてねぇで連れてこい』って」

「響いてたか? 悪い悪い」

「大丈夫よ。まだ明るいから、お客はほとんどいないの」

 すぐ行く、とアイフリードが返事をすると、女性は下で待ってるわ、と言い残してさっさと部屋を出ていった。

「エミル、お前あれだけ動けるならもう体はいいんだな? ならちょっと付き合え」

「別に良いが」

 

 

 寝ていたのは宿屋の二階の部屋で、アイフリードの後を追いかけて一階に降りれば、先程の女性が言う通り、なるほどほとんど誰もいない。

 いるのはカウンターで呑んでいるじいさんと、さっきの女性、そしてバーのマスターらしい男。

 アイフリードは勝手知ったる様子でカウンターのじいさんの隣に座った。すぐにグラスと酒が出される。常連らしい。

 じいさんが、アイフリードの方も見ずに言う。

「―――で、テメェが連れてきた奴は目を覚ましたのか?」

「おう。助かったよ、じいさん」

 互いに顔を見ることなく。けれど確かな信頼が垣間見えるやり取り。

 ………そこで気づく。アイフリードについて降りてきたのに、エミルの方を見るものは誰もいないこと。本当にアイフリード以外には見えていないらしい。

 キョロキョロと辺りを見回すと、窓辺に鳥が止まっていた。そっちのほうに近づく。

「まぁ、テメェには借りがあるからな。これくらいなら安いもんだ。………ところで、例の件だが」

 そこでほんのわずか間があった。

「王国が海賊の討伐隊を出すのは間違いねぇ。が、肝心の場所がまだ掴めていない………すまん」

「そうか………」

 ぐい、とアイフリードが酒をあおる。

「まぁ、いいさ。襲撃があるのが分かってりゃいくらでも対策はたてられる。それに追い掛けられんのはある意味名誉みてぇなもんだ」

 鳥はコツコツ窓をつついて、鳴く。

 ………ふむ。へぇ―――ほう。

「けどよぅ、国は軍隊一つ動かしたんだぞ。場所だけでも分かれば………」

「当たりもついてねぇのか?」

「ウェストガンド領なのは分かってる。けどあそこにはほら、教会の施設があるだろ。そのせいで動向が掴みづらくなってんだ」

「そういや最近またこそこそしてるな、教会(あいつら)は。―――気に入らねぇ」

 鳥は窓のところでクル、と鳴く。窓から離れて、カウンターの二人に近付いて。

「――――――おい、アイフリード」

 声をかけても、やはり反応するのはアイフリードだけだ。

「どうした?」

 

「お前らが言ってる王国軍ってのがヒトの横顔が書いてある旗と、剣みたいなマークの旗の船なら、ゼクソンからレニードってところの間の航路で待ち構えてるぞ」

 

「………なに?」

「ここと、西の大陸の間の海。丁度妙な、臭いは良いのに不味い花が咲いてる森の沖辺り」

「臭いは良いのに不味い? サレトーマか! ってことはワァーグ樹林の沖………待てよ、確かあそこは」

 考え込んで、じいさんとなにやら話し込んで。

 

 

 

 しばらく放っておかれた。

 誰にも見えないし気づかれないし、つまらないから酒場の窓辺で鳥やら犬やら眺めて時間を潰す。

 で、半日後、アイフリードはものすごく疲れた様子でカウンターに座り。

「………………エミル」

「なんだ」

「どうしてあんなこと知ってた?」

 まあ聞かれるよな、と思っていたので驚きもしない。むしろその場で聞かれなかったのが不思議だった。

「お前、ミッドガンド王国の兵か?」

「違う」

「なら教会の者か?」

「生憎と、宗教には興味がない」

 というか嫌悪感すらある。

「お前が言った場所は、陸からも海からも死角。情報は騎士団の隊長以上しか知らなかった。血翅蝶さえ教会側から探ってようやく裏がとれた」

 ヒトの顔の旗がミッドガンド王国の、剣のようなマークの旗が教会―――そのうちの対魔聖寮と呼ばれる組織の旗らしい。それはこの世界では常識で、少なくとも王国の旗を知らないものはいないのだとも。

「常識も知らねぇ、街の名前すら知らねぇ。聖隷が普通の奴に見えないってことも知らねぇ」

 目は鋭い。豪快に笑っていた時とは別人のよう。だが、恐ろしくはない。“こんなこと”で恐れることはない。

 だって、一番恐ろしいのは―――

「………答えろ。お前は、どうしてあんなこと知ってた」

 いくら凄みをきかせて睨んでも、やましいところなどこれっぽちもないのだから、こちらが退く理由などない。

「知ってたんじゃない。教えてもらったんだ」

「だから、誰に―――」

「そいつ」

 つ、と指差したのは。

「………誰もいないぞ」

「違う。外だ。窓のところ」

「ぁあ? 外にもヒトは………………鳥?」

 そう。教えてくれたのは―――その鳥なのだ。

「そいつ、レニードって村からこっちに飛んできたんだと。で、途中で変な所に停まってる船を見てたんだ。覚えはないかって聞いたら、その事を教えてくれた。………あ、礼なら後で餌くれって言われたから、酒場の奴に用意してもらってくれ。俺じゃ声かけても気づかれないし、勝手にもらうのは気が引ける」

 撫でてやろうかとも思ったが酒場に鳥が入ってきたら不味いだろうし、こちらが外に出ようにも勝手に扉や窓が開いたら不審がられるし、なにより外の方は気分が悪くなるし。

 結局窓越しに鳥や犬やネコのと話すくらいしか出来なかった。それだけでも、彼らは喜んでくれたけれど。

「………どうした、アイフリード?」

「お前、動物と話せるのか?」

「話せ………言ってることが分かるだけだ。人間を相手にするように言葉で話してる訳じゃない。………なんというか、そうだな。こう、漠然としたイメージとそれにまつわる心情が伝わってくるというか―――あとはニュアンスだな」

 勿論知性が高く、言葉のようなものを交わせる相手もいるのだが―――………はて。なぜそんなことが分かるのか。

 アイフリードはアゴに手をやり、髭を撫でる。

「………なるほど。確かにあそこは空からなら丸見えだ。それに旗の印が分かったのも、そのイメージとやらで見たからか」

 言葉で分かるわけがない。何しろ動物たちとヒトでは目線も見方も色々違う。優先順位も注目する場所も違うのだから、会話などそうそう成り立たない。

 今回の場合は、その船のせいで何時もの餌場に降りられず、彼らの意識に強く残っていたのが伝わってきただけ。完全に偶然だったのだ。

 と、アイフリードがエミルの肩を掴んで。

「お前、凄ぇな!」

「………は?」

 

 




 元々は完全な没ネタだったんですが、ちょこっと書いてみようかと。

 以下、簡単な設定。

エミル
 記憶喪失の聖隷。海賊アイフリードに助けられて血翅蝶の世話に。
 動物と会話でき、ある程度使役できる。この力を生かして凄腕の情報屋として裏で有名になる。
 何故か教会の妙な組織に狙われているが………?

 開門の日以降、降臨の日前―――ゲーム原作開始の五、六年前。


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●繋がらない空の下

 

 いつものように、酒場の屋根に寝転がって空を見ていた時だ。

 視界の端で動くものを捉えて、視線だけそっちに向ける。………と、海賊帽を被ったアゴヒゲの男性が屋根の縁から顔をだし、エミルを見付けて近寄ってきた。

 寝転がったままでいたら、どかりと隣に座る気配がする。

「また来たのか」

「よう、エミル。元気だったか?」

「聖隷に元気もなにもないだろう」

「ま、そりゃそうだ」

 男性―――アイフリードは豪快に笑う。片手には酒瓶。どうやらそれを持ったまま、壁のはしごを登って来たらしい。

「飲むか?」

「いらん」

「つれねぇなぁ」

 アイフリードは一人で勝手に瓶の栓を抜いて、そのまま口をつけてグビグビとやりだした。

 その横顔に、薄い、しかし新しい傷があるのを見付けて、エミルは無意識に目を険しくした。そのまま体の方にも視線を向ければ、あちこちに小さな傷がある。

「………また航海に出てたのか?」

 アイフリードがにやりとした。

「ああ。今度はクルスニク島、ってとこまで行った。人より猫が多い島でな、あちこち引っ掛かれてそりゃあ大変だった」

 アイフリードは楽しそうに語る。

 途中で不思議な歌が聞こえる海域を通っただの、そこで嵐に会って船が難波しかけただの、立ち寄った島で鳥を拾っただの。

 いつもいつも、航海から帰るとアイフリードはエミルに航海の話を聞かせる。おかげでエミルは海の近くに行ったこともないのに、アイフリードが見てきた異海をありありと思い浮かべることができた。

 一通り話した後で、アイフリードは膝を打った。

「―――で、どうだ?」

「どうって?」

「ほら、お前の記憶だよ」

「あぁ………」

 エミルは、記憶喪失の聖隷だ。ローグレスの路地裏で怪我だらけで倒れていたところをアイフリードに助けられ、血翅蝶に預けられて今に至る。

 自分の名前さえも、自分のものかどうかは定かではない。どこから来たのかも、なぜ怪我だらけで倒れていたのかも覚えていないのだ。

「お前、街の名前も覚えてなかったが、幾つか景色は覚えてたろ?」

 例えば、大陸を繋ぐ巨大な橋。例えば、湖の上にある町。砂漠の中のオアシス、学者が集まる町、森の中の村。雪の中の聖堂。

 景色だけは覚えているのに、やはりそこの地名は覚えていなかった。

「俺はあちこち旅してるがお前が言うような場所は知らねぇ。で考えたんだが………お前、もしかしたら異大陸から来たんじゃねえかってよ。ほら、お前が覚えてた言葉」

「カーラーンとユグドラシル、か?」

 自分の名前さえあやふやなエミルが、はっきりと覚えていた言葉のひとつ。とても大切なものであることは確か。

「そう、それだ。ウチの死神が言うには、そいつは異大陸の古代語らしくてな。どっちも『大いなるもの』とか『命の源』って意味らしい。どこの言葉かまでは知らねぇらしいが」

「………なるほど。だから俺の記憶にある景色も異大陸にあると考えたわけか」

「そーいうこった。で、なんか思い出すことはあったか?」

 アイフリードの問いには、エミルは肩をすくめて応えた。

「確かに興味深いとは感じるが、思い出すって感じじゃねぇな」

「ダメか………ま、気長にいくか。世界は広いからな。どっかにはお前の記憶と同じ場所もあるだろ」

 アイフリードはまた酒―――心水を煽った。

「おい、ほどほどにしとけよ。俺じゃ酔っ払ったお前を抱えられないんだからな」

「これっくらいで酔っ払わねぇよ! 俺たち船乗りにとっちゃ、心水は水みてぇなもんだし」

 実際は、エミルは言うほど心配していない。

 アイフリードの心水の強さはよく知っている。酔っても気持ちのいい酔い方をするし、前後不覚になるまでは呑まない。豪快でありながら、常に頭の一部は冷静な男だ。自分で加減はできるだろう。

 それでも声をかけたのは―――エミルが『聖隷』だから。

「………」

 そう、そうなのだ。

 アイフリードに助けられ、血翅蝶に預けられてもう半年。なのに未だに、エミルはアイフリード以外に自分が見える人間に会ったことがない。

 目の前に立っても視線が会わない。声をかけようにも聞こえない。こちらから触ることはできるが、気味悪がられるか、警戒される(裏社会に生きる彼らにとっては当然だろう)。

 ここにいるのに、いないものとして扱われる。それを嫌だとか悲しいだとか、そんな風には感じない。仕方のないことだし、むしろ当たり前のことだと思う。

 存在しないもの、認識できないものを、ヒトは忘れてしまうものだから。

 アイフリードのように『視える』方が珍しいのだ。ギリギリ『感じる』人間ならいる。だが『聞こえる』のは半年で二人、『視える』となればアイフリードだけ。

 だから嬉しくもあり、戸惑いもある。

 会話できることは嬉しい。だが、他人には見えない存在を相手にするのが、他人からどんな目で見られるか。

「………でよ、親鳥は死んじまったんだが、卵の方をウチの若い奴が孵すって言ってな。今船で奮闘してるんだ」

 大抵の話は聞き流すのだが、最後のところにだけはエミルも反応した。

「鳥の卵を、人力で? ………止めとけ。鳥は温度に敏感なんだ。適温じゃなきゃ孵らねぇし、もし孵っても人の手で育てたら空に戻れなくなる。自然のままにするのが一番だ」

 最後は本当にそう思った。何故か実感を伴って。

 あるべき姿で、あるべきままで。世界はそうして巡るべきだ。干渉するべきものではない。少なくとも、自分はそれに、世界の有り様に干渉しては―――。

「あいつも同じようなこと言ってたな。けど、俺はやるだけやってみりゃいいと思ってる。ダメならそんときはそんときだ」

 あいつ、というのはアイフリードの船に乗っている聖隷のことだ。会ったこともないし名前も聞いたことはないが、しょっちゅうアイフリードの話に出てくるからある程度の性格は知っている。

 そいつが、アイフリードに甘いことも。

「人間だろうが鳥だろうが、一度船に乗って共に海を越えたなら、そいつはもう俺たちの仲間だ。この先何があろうと、仲間だったという事実は消えねぇ。俺は大海賊バン・アイフリードだぞ? それっくらい受け止めてやれねぇでどうするんだ」

「………お前は、本当にバカな奴だな」

 しみじみと、そう思った。

 運命を認めず自らの道を切り開く強さがあり、同時に現実を受け入れる強さがあり。現実を知りながらそれに立ち向かい、死を受け入れながらも困難に抗う。

 本当に変わってる。

 己の道を、どんな困難があってもそれさえも面白いと受け入れ、その先の終わりを知りながら、それに向かう道を笑って駆け抜ける。

 ―――あぁ、なんて眩しい。

「本当に、バカだ」

 いくらでも他に道を選べるのに、もっと長く生きられるのに、『それを選ばなければ意味がない』とばかりにわざと困難な道をいく。………だが本当に『それ』を選ばなかった相手は、きっと眩しいと思った相手ではないのだ。

 笑って『それ』に立ち向かうヒトをこそ、自分はいとしいと思ったのだから。

「………あぁ、それが『俺』だからな」

 分かっているのか、いないのか。

 アイフリードはただその一言だけを口にして、エミルのとなりで心水を呑んだ。

 

――――――

 トリップしてから半年ほど。

 断片的な記憶はあるが思い出せないのできっと多分かなりモヤモヤしてるはず。

 

 ちなみに血翅蝶の面々は見えない聞こえない。たまに気配を感じられる程度の人がいる。

 まだ聖寮は本格的には動いていないため、ローグレスでも霊応力が高いヒトはほとんどいません。

――――――



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●いつかのどこかの、


 ちょっと話の順番入れ換えてますので注意。この話は投稿二話目になります。


 

 

 ぼんやりとした、霧のなかにいる。

 そこはとてもとても居心地の悪い場所だ。なのにどうしてか、動く気力がない。聞こえるものも見えるものも、全てに靄が掛かって判然としない。

 そこでは時々声が響く。

『従え』『戦え』

 うるせぇ誰がんなもんに従うか、と毎回無視して意地でも動かずにいるのだが、その度に体が重くなる。今では立っているのも息をするのさえ億劫になるほど。

 それでもどうしても、その時折響く偉そうな声がムカついたから、必死で抗ってきた。

 違ったのは過去に一度。

『面白ぇ、お前、聖隷なのに剣を使うのか』

 なんとも心地のよい奴だったのは、ぼんやりとした意識のなかでもなんとなく覚えている。

 だが他はどれもこれも似たようなものだ。偉そうな奴、ビクビクとした自信無さげな奴、凛とした正義感の強そうな奴。正直うざったい。

 

 

 そんなある日のことだ。

『力を貸せ』『我が力となれ』

 久しぶりに、他とは少し違った声がした。それまでが一言二言目には『従え』『戦え』とこれだったのに。

 凛としているが偉そうではなく、相手に有無を言わせない風格はあれど無体を働くような非道さは感じられず。

 従わないなら仕方ない、だが従うのならば力を貸せ。そんな声。

 ―――力を貸せというならば、力を示せ。

 そんなことを、ふと思って。

 

「覚えよ。汝に与える真名は―――」

 

 

……………………

……………………

 

 

「オスカー。お前にこの聖隷を与える」

 アルトリウスに呼び出され出頭し、特等対魔士が揃うその場所で。

 示された聖隷は、少年の姿をしていた。

 姿形で聖隷の力量を決め付けるのは無意味なことだ。聖隷は人間とは違う。見た目と性能は一致しない。

 オスカーはその聖隷を知っていた。

 金髪の、赤い目の聖隷。特等対魔士メルキオルの術をもってして、完全には掌握できないという特殊な聖隷。

「これは………確か、誰にも反応を示さないと聞きましたが」

「誰もじゃねぇぞ。俺とお前には反応したし」

「シグレ、少し黙っていろ。お前のあれは極端すぎて例にならん」

 アルトリウスに指摘され、シグレは肩をすくめて目を閉じた。

 あれ、というのは、最強の剣士シグレがこの聖隷に剣で攻撃を仕掛けたが、紙一重のところでかわされた、という出来事のことだ。何故斬りかかったかと言えば『剣士だったから』という答えが返る。剣士一族ランゲツのことは、やはり分からぬ。

 だからオスカーはシグレの言葉の大部分を聞き流した。が。

「私にも、反応を?」

「まぁ、僅かにではあったがな。故にこの場で試しておきたい。オスカー、契約術は覚えておるな?」

「は」

 師であり、上司でもあるメルキオルに言われれば、オスカーに否はない。

 言われるがまま、教えられた聖隷と契約を交わすためのその術を、目を閉じ慎重に織り上げる。

「原始の大地に立つものよ。今ここに契約を交わし、我が真摯なる祈り、安寧へと導く剣とならん」

 契約の時の言葉は、教えられたものではない。その時に、その契約に誓うという宣誓。故に定まった形は存在せず、同じ文言はほぼあり得ないとされる。

 オスカーが誓うのは。

 家のこと、姉のこと、世界のこと。どれも大切で、どれのためだけでもなくて。ただ己がそうあるべしと、己に定めたその道を。

「覚えよ。汝に与える真名は―――」

 古代語の真名を、唱えた瞬間。

 

 真っ白な空間に立つ誰かを見た、気がした。

 

 

―――――――――

 

―――――――――

 

 

・タイタニア

 

 オスカーがタイタニアに派遣されたのは、業魔の監視のためだった。

 詳しいことをオスカーは知らない。監獄島タイタニアは業魔を収監する場所。それだけだ。業魔がいる以上、それに対抗するため対魔士が派遣される。それがオスカーだったというだけのこと。

 何故、とは問うてはならない。世の中には知らない方がいいこと、知ってはならないこと、知ったとしても知らぬふりをしなければならないことがあるのだと、貴族を見てきたオスカーは知っている。それを自分がどうすることも出来ないことも。

 がそれを憂うでなく、嘆くでなく。オスカーはそういうものだとわきまえて、けれど諦めた訳ではなく。

 ただ、世界が巨大であることを知っている。

 

 港に付くと、詰め所の辺りがざわついていた。

「騒がしいな。何事だ?」

「オスカー様! 実は………」

 裏の港に船。侵入者。手早く報告を受け、吟味し。

「………分かった。全対魔士は表と裏の港に別れ集結せよ。ここは離島。たとえ牢は出られても船がなければ脱獄はできない。港で仕留めろ」

「はっ!」

 敬礼をし、伝令のため対魔士が走って行く。使役する聖隷がその後を追っていった。仮面をつけ、揃いの与えられた制服を纏い、長杖を持った聖隷たち。

「………………」

 オスカーは前を向いたまま、背後に控える聖隷を思った。

 他とは違う聖隷。契約こそ交わしたが命令はほとんど受け付けない。なんとか退け、行け、などの大雑把な制御は出来るようになったものの、戦いとなれば術ではなく腰の剣を抜き勝手に飛び出していくから、聖隷術を使うところを見たことがない。

 姉も他とは違う聖隷を与えられたと聞く。自分達は特別に目をかけて貰っているという自覚もあるから、これもその一環と思うべきなのだろうか。

 

「たっ、大変です! 囚人が暴動を………!」

 入ってきた知らせ。

 この一件、穏やかには終わりそうにない。

 

………………

 

 

「はあ、………はぁ………」

 攻めきれない。

 ベルベットは内心舌を打った。牢を出て、暴動で混乱させ、ようやく船がある表の港までたどり着いたと言うのに。

 それをたった一人の対魔士と、一体の聖隷に阻まれる。

「なんなのよ、あんたはっ!」

 叫んでも返事はない。ただ無機質な硝子のような赤の目がベルベットを捕らえ、淡々とこちらの首を取りに来る。

 他の使役聖隷二体はあしらうのも簡単だと言うのに、この金髪の少年の姿をした聖隷だけは。

 聖隷のくせに剣で戦い、その動きには型がない。突然飛び出すベルベットの刺突剣や足技に瞬時に反応し、対応し、同じように蹴りや鋭い攻撃が飛んでくる。それはこれまで相手をして来た、使役されている聖隷とは何かが違って。

「どけええぇぇえっ!!!」

 叫び、左手を振るった。躱される。が、今度は左手を握り締め、そのまま裏拳で横に張り飛ばす。―――浅い。が、当たった。左手が何かを“喰らった”のが分かる。

 その聖隷は壁に体をぶつけ、そのまま床に倒れて動かなくなった。気絶したか。

「こんなものじゃ、あたしを止められないわよ!」

 叫んだベルベットを見て、オスカーがくっと目を細めた。

「………手強いな。聖隷の一、二体は潰す覚悟がいるか」

 

 

………………

 

 ぼんやりとした、霧の中にいた。

 これまでと違うのは、何かと繋がっているその感覚。そして声が響かなくなったということ。

 それでもやっぱり、体が重かった。辺りも見えない。音もぼやけてはっきりした音にならない。

 

 時々、目の前でとても嫌な気配がする。

『行け』

 声はそれだけ。だから飛び出し、気配だけを頼りに渡り合う。いつもそうだ。戦う相手がいなくなれば、また何もわからないぼんやりとした場所に戻る。

 

 だが今度の気配はかなり強烈だ。

 まずもってその気配の濃さが他とは段違いだ。他の奴は何となくの場所と大きさがわかる程度だと言うのに、こいつはその姿が人の形をしていることまではっきりと分かった。

 ―――気配が、膨れ上がる。

 左手。ヒトのそれから、獣のような、竜のような、異形のそれに。なんとか避けて。

 それがかすった、瞬間に。

 

 目の前の霧が、晴れたのだ。

 

 強い風が吹き付けて、一瞬だけ全てを吹き飛ばす。が、やはり一瞬のこと。すぐに霧が立ち込め、元のぼやけた視界に戻る。痛みも苦しさも感情も、何もかもはっきりとしない場所。

 けれど今までよりもほんの少しだけ、意識して目を凝らせば、霧の向こうが見えるようになっている気がする。

 

「――――――!」

 

 声がする。叫び声。咆哮。悲鳴。とてつもなく大きく濃いその気配。見上げれば―――竜。ドラゴン。さっきの奴と同様、姿形がくっきりと見えるそれ。

 見えるのだ。だから、視えてしまう。あんなに歪んでは………もう、戻れない。意識に当たる核の部分まで、食い荒らされて元の形などわからなくなっているから。

 ドラゴンが、こちらに向いて。

 

「危ねぇよけろ!!」

 

 咄嗟に、霧の中に飛び出した。

 己の内側にある繋がりだけを頼りに、『主』を見付けて飛び付き床に伏せさせる。『主』がこちらを見上げた。

「お前は………どうして」

「無事か。なら、いい」

 どっと力が抜ける。重いからだで霧の中で無理矢理動いた反動だろう。意識が遠退く。『主』の中へ。何も分からなくなる、その場所へ。

 ―――守れて良かった。今度こそは。最後に思ったのはそんなことで。

 

 全てぼやけて消えて行く。

 手強い何かに喰われた結果、少しだけ自由を手に入れたことも。

 ドラゴンを見て、その核の状態まで視えたことも。

 

 恐らく初めてちゃんと見た『主』の目を、思い出せない大切な『なにか』と重ねたことも。

 

 

――――――――

 

――――――――

 

 

・“蝶”

 

 導師。民を救う救世主。

 その称号を与えられたアルトリウスこそが、ベルベットが狙う相手なのだという。

「といっても、王国の最重要人物だ。探るにも手掛かりがないとな………」

 ロクロウが顎に手を当ててうんうん唸った。

「なんだったかな………ここまで出てるんだけどなぁ………」

 独り言を言っているロクロウは無視して、ベルベットは一番頼りになりそうなアイゼンに話を振った。

「アイゼン、王都に裏の知り合いはいないの? 船着場の時みたいな」

「内陸には疎いが………アイフリードが懇意にしていた闇ギルドがあったはずだ。バスカヴィルというジジイが仕切っていて、確か、王都の酒場が窓口だと」

「闇ギルド………そんなものがあるのか?」

 こんな、聖寮が支配する世の中で?

 と、ライフィセットの腹が鳴る。

「わっ!?」

 頬を赤らめて顔を伏せたライフィセット。誰も怒りはしない。むしろ微笑ましいものを見たと、アイゼンとロクロウの二人は口許を緩める。

「ははは、とにかく酒場へ行ってみよう。腹ごしらえはできるだろう」

「そうね」

 

 

 

 そうしてやって来た酒場で。

「そうよね。あなたの弟さんは殺されたんですものね」

 マーボーカレーを振る舞ってくれた婦人の目が鋭くなる。ベルベットは立ち上がった。

「なぜそれを!?」

 警戒するロクロウ、アイゼン、ベルベットだが、婦人はそれを受けても柔らかく微笑んだ。

「闇は光を睨む者を見ているものよ」

「バスカヴィルが捕まっても闇ギルドは動いているのか?」

「ええ。船長が消えてもアイフリード海賊団がとまらないように」

 アイゼンがアイフリード海賊団の一員だということも知っている。ただ者ではない。

「………あなたが窓口なの?」

「御用はなにかしら?」

 ベルベットの切り替えは早い。

「アルトリウスの行動予定を知りたい」

「それは、ちょっと値が張るわね」

 婦人は少し考え込み、紙を取り出した。

「非合法の仕事よ。“これ”を全部こなしてくれたら、こちらも情報を提供するわ」

 

「待った」

 

 そこで口を挟んだのは意外なことに、ロクロウだった。普段なら面倒なことはベルベットに任せて口など出さないと言うのに。

「その前に、頼みがあるんだが」

「あら、何かしら?」

「“蝶”に繋ぎをつけてくれ」

 それまで笑顔を崩さなかった婦人の目が、一瞬だけ揺れた。

「………貴方は“彼”のお客だったのね。なら知っているでしょう? “彼”は“彼”を見つけた者からの依頼しか受けないわ。だからその依頼は受けられない」

「知っている。だから俺はお前たちを“見つけた”ぞ」

 ロクロウがもう一度そんなことを言えば、婦人は目を閉じ、そう、と呟いた。そして目を開いて。

「答えは変わらないわ。例え貴方が“彼”のお客だったとしても、“彼”は大切な預かりもの。タダで教えることは出来ない」

「“蝶”の情報も?」

「そこまで言うなら………そうね、この仕事の報酬、というのはいかがかしら?」

 ロクロウはいつもと変わらない態度で、にっと笑う。

「道理だな。承知した」

 

 三つの仕事を引き受けて、宿を提供してもらい。

 仕事は明日から、ということになった。

 

 

「………ロクロウ、さっきのあれはなんなのよ」

「ん? あぁ、昔世話になった情報屋でな。繋ぎが取れればと思ったんだが」

「“蝶”って言ってたね。アイゼン、知ってる?」

「裏社会では有名な奴だな。ここ最近はさっぱり噂を聞かんが………なんでもそいつの手に掛かれば手に入らない情報はないとか」

「確かなの? その話」

「応、確かだぞ。なんせランゲツの屋敷から情報を盗み出した腕だ」

「………なるほど。確かに事実なら是非とも繋ぎをつけたいものだ」

「仕事をこなせば教えてもらえるんだよね?」

「そうね。とにかく今は仕事を片付けましょう。話はそれからよ」

 

……………………

 

……………………

 

「ギデオンの件は、分かった。もうひとつの話を聞かせて貰うわよ」

「………そうね、貴方達になら、教えても良いでしょう」

 血翅蝶の長である婦人、タバサは一つ、息を吐いて。

「結論から言えば、“蝶”の居場所は分からないわ」

 ベルベットの眉間に皺がよった。無駄なこと、手間がかかることを嫌うベルベットだ。が、タバサがそんなベルベットに臆することはない。

「彼はアイフリード船長から預かっていたのだけれど、三年前、居なくなってしまったのよ。それ以来私たちはずっと彼を探している」

「ロクロウ、あんたが仕事を頼んだのはいつ?」

「三年前。タイタニアに入れられる前だ。といっても直接会ったことはないんだが」

「会ってないの?」

 不思議そうな顔をしたライフィセットにはタバサが優しげに。

「彼は動物を使役できるのよ。だからやり取りは全て動物を通して行っていたの」

 そのやり取りが、三年前に突然途絶えたのだと。

「だから、貴方達にお願いするわ。もしどこかで彼を見付けたら、連れてきて欲しい。代わりに、私たちは貴方達への協力は惜しまない」

 そもそもベルベットが血翅蝶を頼ったのは、アルトリウスを殺すため。その準備のため。だとするならあとはギデオン司祭を暗殺して情報を受けとれば、それで血翅蝶との縁は切れる。けれど血翅蝶の情報網と、裏社会で有名な情報屋との繋ぎは、あれば助かる。

 ベルベットは決してアルトリウスを侮っていない。

「あくまでついで。見つけられなくてもいいのなら」

「構わないわ。彼は聖寮に追われていたの。手がかりがあるとするなら、そこじゃないかしら」

 笑顔でそう返されたベルベットの目が、今度こそ据わった。

 ベルベットは利用されたり騙されるのを嫌う。

「………」

「手間が省けて良いじゃないか。敵も聖寮、探してるやつも聖寮」

「三年前にいなくなった顔も名前も分からない聖隷を、どうやって探せっていうのよ」

 ロクロウは笑うが、ベルベットの機嫌はさらに降下していく。

 そんなの腐るほどいるはずだ。アイゼンが言っていたことが本当なら。本当にこの世界にずっと人間だけではなく聖隷もいて、それが三年前の『降臨の日』に知覚できるようになったというのなら。聖隷が、人間と同じように意思を持つ存在だというのなら。

 今現在聖寮に使役されている聖隷の、そのほとんどが当てはまる筈だ。

「そんなあてもないことに付き合ってるほど暇じゃないわ」

 記章を突き返し、さっさと出ていこうとしたベルベットを、アイゼンが止める。

「いや、待て。恐らくだが、名も容姿も分かる。―――名はエミル、俺より淡い金髪の、十代半ば程の少年の姿をしているはずだ」

「ほう? どうして分かる」

「アイフリードから話だけなら山ほど聞かされたからな。それがあの“蝶”の事だとは思わなかったが」

 淡い金髪。少年の聖隷。

 ベルベットは一人だけ、それが当てはまる聖隷を思い出した。

「確かに、船長は彼のことを“エミル”と呼んでいたわ。姿までは………わからないけれど」

 婦人が頷き、酒場の店主も小さく頷いた。間違いないらしい。

「アイゼン。あんた、そのエミルって奴のこと分かるのね?」

「見れば、おそらく、な」

「なら、あんたに任せるわ。あたしは―――アルトリウスさえ殺せればそれでいい」

 

 ベルベットはその為だけに、生きている。

 弟を殺したアルトリウスを殺すため。そのためだけに、生きている。

 

 

――――――――

 

――――――――

 

 

・聖主の御座

 

 

 聖隷は、道具だ。

 意思も無い、自我もない、ただそこに在るだけの道具。

 剣士が剣を選ぶように、鍛冶屋がハンマーを選ぶように、文官がペンを選ぶように。対魔士は道具である聖隷を与えられ、使い、業魔と戦う。そういうものだ。そう教えられ、事実聖隷は命じれば命じたままに動く。

 ―――そういうことに、なっている。

 

 けれど真実が別にあることを、オスカーはちゃんと気付いている。

 例えば特等対魔士シグレが使役する猫の聖隷。あれは一見普通の猫と区別がつかない。それくらい自由気ままに過ごしているし、主たるシグレと楽しそうに話している所を何度も見たことがある。

 例えば、かつてアルトリウスが使役していた聖隷。シアリーズという名の聖隷は、自分の意思を持って行動した。

 そして、己が使役する、この聖隷。

 契約を交わした当初から、いや、その前から。特等対魔士メルキオルの術に抗い、契約を試みた対魔士たちを片端から拒み続けた。契約を交わしてもこちらの命令などほとんど聞かない。

「………っ」

 あの時も。

 監獄島タイタニアで、ドラゴンと化した己の聖隷に襲われたとき。

『危ねぇよけろ!!』

 声がして、気が付いたら床に倒れていた。誰の声か。なぜ倒れているのか。なにがあったのか。呆然と辺りを見回せば、あの聖隷に押し倒されているのだと理解した。

 助けられた、のだ。

 どうして、と言った気がする。どうしてお前が勝手に動いているのか。どうしてお前はそんな泣きそうな顔をしているのか。―――どうしてお前が、自分を助けるのか。

 けれど、何故だか泣きそうなのに、心底ほっとしたように、顔を歪めて。

『無事か。………ならいい』

 そのまま、自分の中に戻った。

 あれから何度か呼び出し、誰も見ていないときに話しかけてみた。しかしあのときのような顔は一度もしない。いつも通り、作り物の人形のような顔でこちらを見るだけだった。

 聖隷は道具だ。対魔士が振るう、業魔と戦うための。世界を救う、理と意思を貫くための。

 聖隷は、道具だ。

 

 オスカーは悩まない。

 道具であるはずの聖隷に実は意思があるのだと気付いた所で、だからといって人間扱いをしようとは思わない。オスカーは対魔士だ。だから己が為さねばならないことを為すのみ。

 己が見ている世界がすべてではないことを、オスカーは理解している。

 だから、悩まない。少なくともアルトリウスが世界を救おうとしていることと、アルトリウスがいなければ世界はとっくに滅んでいたであろうことは、紛れもない事実だったから。

 無意識に顔が暗くなっていたのだろうか。一緒に控えていた姉テレサが、心配そうにこちらを覗き込む。

「………オスカー、どうしたのです。傷が痛むのですか?」

「ああ、いえ。大丈夫です。ご心配には及びません」

 左目は、まだ痛む。けれどそれは己の未熟さ故。そう思えば耐えられる。

「………行きましょう。結界が破られた」

 違和感は、ある。

 対魔士でなくとも解除できるようにした仕掛け。いくら祈りのために籠るからと言っても、付き添いのための対魔士―――自分達さえも、手出しはならぬと遠ざけること。

 そうなるように、誰かが仕組んだ―――だとしても。

(鳥は、飛ばねば。飛ぶ力があるのだから)

 

 

―――――――――

 ノブレス・オブリージュ。

 持つものの責務。

―――――――――




多分後日ネタを追加します


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精霊は道を選ぶ

 

 対魔士は、業魔に対抗するための存在。

 人々を守る盾、業魔を狩る剣。理と意思を貫くための存在。

 故に一時の感情に流されてはならない。

 一時の感情に、身を任せてはならない。

 鋼の意志と聖寮の理で以て、理性で自らを律さねばならない。

 オスカーは、対魔士なのだ。

 

 けれど対魔士もヒトだ。

「―――姉上!」

 咄嗟の時に、姉の心配をしてしまうことを、姉を想い、その身を想うことを、誰が責められようか。

 

 

――――――

 

 

「ベルベットが死ぬなんて、いやだっ!!」

 ライフィセットを囲んでいた術式が、弾けて消えた。衝撃波が駆け抜け、テレサが吹き飛ぶ。

「ああああっ!!」

「姉上!」

 オスカーが叫ぶ。吹き飛んだテレサが気絶して倒れ、オスカーがそれに駆け寄った。

 それと、同時に。

「――――!」

 オスカーの後ろに控えていた少年の聖隷が、気絶したベルベットに向けて突っ込んだのだ。

「させん!」

 勿論ロクロウがそんなことをさせる訳もなく、間に割り込み聖隷の剣を弾いた。弾いて、そのまま床に叩き伏せて、ロクロウは僅かに訝しんだ。………攻撃が軽い。

 力尽きて倒れるライフィセットの上で、空間が裂けた。

 瞬時に身を翻し、アイゼンがベルベットを、ロクロウがライフィセットを担ぐ。

「あれに飛び込め! ロクロウ!」

「おう!」

「儂を忘れるな~!」

 一行が飛び込み、追いかけてエレノアが走る。

「逃がしはしません!」

 裂け目が閉じかける。と、辺りを吸い込み始めた。エレノアはそれに吸い込まれて、体が浮く。

「ああああっ!?」

 エレノアだけでなく、ロクロウが叩き伏せたあの少年聖隷もふわりと浮き上がった。

 

 

 

 吸い込まれる。

 何処かわからないその空間の、奥がぐにゃりと歪んだのが見えた。ベルベットとアイゼンの背中が遠ざかっていく。

 と。

「わああああっ?!」

 何かがロクロウの背中にぶつかった。拍子に担いでいたライフィセットを手離してしまう。

「ライフィセット!」

 すぐさま手を伸ばし、金色の髪を視界の端で捕らえて、その辺りを感覚だけでひっつかむ。

 そして、視界が歪んで。

 

『―――開け』

 

 気が付いたらロクロウは、見知らぬ遺跡らしき場所に立っていたのだ。

 

 

――――――――――――

 

 

 そこは、力の流れそのもの。

 

 力は、世界を巡る。巡り、大地に還り、そしてまた世界に巡り行く。世界の全てを見て、記憶している。

 この世界で起こった全てのことを、そこは知っている。

 そこは、力の流れそのもの。

 ありとあらゆる命の源に―――世界の根源に、最も近い場所。

 

「――――――!」

 

 大量の情報を、直接あたまにぶち込まれる感覚。おそらく人間なら頭は割れそうに痛むことだろう。しかしエミルは―――『彼』は、その程度で悲鳴をあげたりはしない。

 なにしろ『彼』は、たったひとりで世界の全てを把握し、調節し、守り、統括する、最古の王なのだから。

(あぁ。そうか。そうだった………)

 自分が何者なのか―――『この世界』が、自分の世界ではないことも。

 

 目を開く。

 手を伸ばす。

 

「―――開け」

 

 境界の扉。

 

 

――――――――――――

――――――――――――

 

 

 

「――――今のは、なんだ………?」

「地脈じゃよ」

 マギルゥの声。ロクロウは辺りを見回し、ベルベット達を探した。

 しかしここにいるのはロクロウと、マギルゥと―――ライフィセットではなくオスカーの聖隷。それを認めた瞬間、ロクロウは掴んでいたそいつのマフラーを手放した。気を失っているのか、床にそのまま倒れて頭をぶつける。

 ロクロウが興味を示さないそいつを、マギルゥがまじまじと見た。

「しかし、こやつ何者じゃ? 地脈に“穴”を開けよった」

「マギルゥ?」

 答えがない。と、マギルゥがそっぽを向いてあーあ、と背伸びする。

「ふん、ベルベットの復讐見物もこれまでじゃな。つまらんオチじゃったわ。ま、どーでもいいがの」

「まだ死んだとは限らん」

「生きておっても終いじゃよ。あれだけの力量差を見せられて折れんはずがない」

 五人がかりでほとんど傷をつけられず、それも一瞬で回復されて。しかもあれで全力を出していないように見えた。

 マギルゥがにやり、と笑んで。

「10ガルド、賭けてもいいぞ?」

 そんなマギルゥの反応を受けて、ロクロウはすうっと目を細めて、同じように笑う。

「………その賭け、のった」

 と、いきなり二人の前の空間が光りだした。光は辺りを包み込み―――

「みゅわわっ!?」

 光が収まった時、そこにはベルベット、アイゼンの姿が。ベルベットは辺りを見回しながら。

「ライフィセット!? あの女対魔士は………?」

 と、視線が下に向いて。無言でベルベットを見上げるロクロウと目があった。

 ベルベットが踏みつけている、ロクロウと。

 無言で三拍。ベルベットはさっと飛び退く。

 ロクロウは何も言わずに立ち上がり、いつもの調子で聞いた。

「なにがあった?」

 

 

 

「………そうか、例の女対魔士がライフィセットの器にな。で、そいつはどこに行ったんだ?」

「ロクロウたちがここにいたということは、あいつも近くに出ているはずだ」

 ベルベットはアイゼンの言葉に力強く頷く。

「なんとしても捜し出す」

 マギルゥとロクロウがベルベットを見つめた。心なしか、マギルゥは驚き呆れたように、ロクロウは楽しそうに。

「もう、そんなにムキにならんでもよかろー?」

 ベルベットは胸元で左手を握り。

「助けるって決めたのよ。それに………あの子の力は戦力になる」

 あぁ、悪い顔。しかし良い顔をしている。

 マギルゥはつまらなさそうにし、ロクロウは笑みを浮かべる。ロクロウはマギルゥを横目で。

「………さっきの賭け、忘れるなよ」

「へなぷしゅ~………儂の10ガルドがぁ………」

 マギルゥがわざとらしく項垂れた。

 その二人の足元で、倒れている少年を見て、ベルベットの目がすぅ、と鋭くなる。

「………で、そいつだけど」

「あぁ、すまん。吸い込まれるときにライフィセットと間違えて連れて来てしまった」

 穴を開けた云々やあの声については話さない。必要がないことだ。ロクロウはそう判断した。ベルベットは気にしないだろうと。

 項垂れ元気のない素振りをしていたマギルゥが、いつも通りの飄々とした調子に戻って。

「こやつはオスカーの聖隷じゃろう? 面倒な事になる前に喰ってしまえばよい。それでしまいじゃ」

「………いや、連れていく」

 アイゼンが口を挟んだ。しかも決定事項として。

 この一行の指針を決めるのは主にアイゼンとベルベット。けれど最終的な主導権はいつもベルベットが握っていることが多い。

 アイゼンが譲らないのは海賊団と、アイフリードに関わることと―――。

 その例外に思い当たって、ロクロウは改めてその聖隷を見下ろした。

「じゃあ、こいつが?」

「あぁ。恐らくな。十代半ばの少年の姿、淡い金髪、そして聖隷なのに剣を使う………あいつから聞いていた特徴はすべて合致する」

「まぁ、ばあさんにも連れてきてくれと頼まれてたしなぁ」

 言いながら、ベルベットの様子をうかがう。顎に手を当て、考え込んでいたベルベットは、譲る気がないアイゼンにはぁ、と息を吐く。

「あたしは知らないわよ。あんたが面倒みなさい」

「あぁ」

「良いのか~? 面倒は嫌いではなかったのかえ?」

「タバサとの約束もある。本当に邪魔になったときには、それこそあたしが喰らえば良いでしょう」

 アイゼンが少年を肩に担ぐ。ベルベットが先を歩き出し、ロクロウは後に続いた。

 ベルベットが良いのなら、ロクロウが気にすることではない。

 

 

――――――

・表に出てエレノア戦。

・下の話は、エレノアが目覚めて表で密命受けてる辺りの話。

――――――

 

 

 意識が覚醒して、無意識に“目”を開く。

 

 視覚ではなく、マナを視る目。それは人間の五感よりも更に細かく鋭く、多くのことを“彼”に教えてくれる。

 しかしそれをやって、強烈な目眩と吐き気と頭痛を覚えて、慌てて“目”を閉じた。

(穢れ、が)

 穢れ。負。呼び方は様々だが、同じものだ。本来あるべき力が、何かの影響で歪んだもの。それは『力』によって生かされている存在にとっては毒でしかない。

 しかもその塊が、彼のすぐ側に在った。

「起きてるんだろ? さっきと呼吸が違うからな」

 彼は身動ぎもしていないのに、確信した声で。

 それは、ヒトであった。

 頑なに心を閉ざした聖寮の奴等よりも、なにも分からずただ本能に突き動かされる穢れに飲み込まれたものたちよりも、ずっとずっと、彼が見慣れたヒトに近い存在だった。

 体を起こす元気はなかったので、目を開け、首だけでそいつの方を見た。剣士。片膝を立て、背を壁に預けて、大太刀を肩に立て掛けている。常在戦場。一呼吸のうちに、こいつは刀を抜きこちらの首をはねることが出来るだろう。

 ………あぁ、半分堕ちて歪んで、壊れかけている。なのにその形こそが己のあるべき形なのだと言わんばかりの、なんたる堂々とした。

 見違えた。素直に、そう思った。

「………ロクロウ・ランゲツ」

「俺を知っているということは、お前が『蝶』で良いんだな」

 黄金色の瞳が、彼を見た。前髪に隠されたもう片方から感じる気配が、抑えきれぬとばかりに一瞬膨れあがり、そして消える。

「お前に会ったら、一度礼を言おうと思っていたんだ」

「礼………?」

「ああ。三年前の依頼は本当に助かった」

 三年前。

 と言われても、彼には三年経ったのだという実感がない。あの夜、妙な力が世界中を駆け抜けて、そこから記憶がほとんどないのだ。気がついたらぼんやりとした霧のなかにいて、時間の感覚などなかったから。

 ただ、ロクロウの依頼、ということなら心当たりはあった。

 ランゲツ当主、シグレ・ランゲツに関する情報を集めてほしいという依頼。彼は動物たちに命じて情報を集め、それを纏めて伝えただけのことだ。

「大したことはしていない。俺は依頼を受け、それを果たしただけだ」

「応、そうか」

 会話が途切れる。ロクロウは、もうそれ以上を話すつもりは無いらしい。首を横に向けているのも疲れてきて、上向きに戻した。はぁ、と息を吐く。

 

 辺りに妙な気配もないことだし。

 彼はそっと、目を閉じた。

 

 

 

 

 翌朝、彼が目を覚ましたとき、少し遠くから声がした。

 壁の向こうから聞こえるような、すこし籠って反響したような声。

「一度発動した誓約は自分でも解除できない。私は貴方との約束を守らざるを得ないのです」

 聞き覚えのある声だった。それはそう、霧のなかで―――なるほど、こいつも対魔士か。

 立ち上がり声の方に歩く。その間話していることを聞いていて、大体の事情が把握できた。

 聖寮の狙い。カノヌシ。

「やっぱり、カノヌシの正体を知るにはライフィセットの古文書を解読するしかなさそうね」

「サウスガンド領のイズルトに行けば、そやつの手がかりがあるはずじゃよ」

 そこで彼は壁の陰から出て、口を挟んだ。

「俺も行く」

「………」

 すぐさま睨んでくるのが二人。笑顔で、しかし値踏みするような視線を向けてくるのが二人。心配そうにこちらを見てくる甘い奴が二人。

「やられっぱなしは性に合わねぇ。後、『あそこ』に妙なのが居座られると俺が困る」

 おそらくは力の流れが集中する場所。この世界で、最も根源に近い場所だ。―――つまりは世界を渡るのに一番良い場所。

 そこにあの巨大な神殿と『何か』が居座っているせいで、力の流れに栓がされているような状態だ。

「………んー、つまり、お前の敵も聖寮とカノヌシ、ってことで良いんだな?」

「そうなるな。あとついでにメルキオルとかいうジジイもだ。あいつもぶん殴る。俺だけじゃなくてアイフリードにまで手を出しやがった」

 アイフリード、というところで眉を動かしたのが、聖隷の男―――アイゼン。

「確認させろ。お前が、エミルでいいんだな?」

「そうだ。で、お前がアイフリードがやたら目付きが悪くて細かくてシスコンだって言ってたアイゼンか」

『――――――ッッッ!!』

 魔女とロクロウが吹いた。他の面々も、二人ほど大袈裟でなくても似たような反応だ。

 なぜそんな反応をする。彼は首をかしげた。

「違う、のか?」

「あの野郎………!」

 喉の奥で唸るような低音に、視線だけで相手を殺せそうな殺気。

 腹を抑えながら息も絶え絶えに魔女が言う。

「いやいや、間違っておらんぞ。そやつがアイゼンで間違いない。やたらめつきが悪くて、小姑並みに細かく………っ!」

「マギルゥ、話すか笑うかどっちかにしなさい」

 さっきまでそっぽを向いていた女がため息をついて魔女を押しやった。アイゼンもロクロウも、女に対して道を譲る。正面に立ち、向かい合えば、己とほとんど背丈が変わらない。

「………あんた、オスカーに使役されてたわよね」

「オスカーが誰かは知らんが、誰かと契約していたのは事実だな。今は………その契約も切れているようだが」

 元々が術で意識を押さえ付けられていなければ成立していなかった契約である。地脈に触れ、記憶と力を取り戻したことで、強引に為されていた契約は意味を無くした。

 ちらりと、女の左手に目をやって。

「………そうか。お前、あの妙な手の………なるほどな、どうやら俺が意識を取り戻したのは、半分はお前のお陰らしい」

「ベルベットの………?」

 少年が首をかしげる。ベルベットも意味がわからないとばかりに眉根を寄せたので、己の左手を見せた。術が幾重にもかけられ、動かすことさえ出来なかった左手。布で覆い、隠していたそれ。

 ベルベットの左手が喰い尽くした術。それの名残が、布を捲れば腕に残っていた。絡み付く茨のような痣。

 けれどそれも、だんだんと薄くなりつつある。

「あのクソジジイの術をお前が喰ってくれたお陰で、俺はあいつの術を破れた。あいつ、性格は最悪だけど技術は最高級だからな………」

 魔女が、魔女の目が一瞬死んだ。しかし誰もそれに気付かない。

 ベルベットは確かめるように左手を握り、ふっ、と目を閉じた。再び目を開けば力強くも危うい目をしている。

 

 

 なんだ。この目が、何かと重なる。だがそれが何なのか、誰なのかが、分からない。

(俺は、ヒトと関わったことなど、ない)

 ずっと、星から星に移ってからずっと、大樹と共に在った。きっとそれは、これからもそうで――――これからも?

 違和感。なんだこれは。なんなんだ。

 分からない、分からない。自分が見ているものが、正しくないような。まるで湖に写った月を見て、空の月を見ていないような。違和感。そう、違和感だ。そうとしか言いようがない。何が違うのか分からない。

(俺は、精霊ラタトスク。大樹カーラーンに宿り世界を守る精霊。………ヒトと契約を交わしたことはないし、ヒトが大樹の元まで到ったことも、ない)

 大丈夫。覚えている。彗星デリス・カーラーンからあの星に移り、魔族と戦い世界を守り続けてきた数万年の記憶が、確かにある。

 なのにどうして、こいつらを見ているとどうしようもない怒りや、不安や、後悔を覚えるのだろう。どうしてちゃんと思い出せた筈なのに『思い出せ』と声がするのだろう。

(………ああくそ、いらいらする)

 

 

 ベルベットが彼を頭から足先まで見て。

「………いいわ。ただし、妙なことをして足手まといになるようなら、あたしはあんたを置いていくわよ」

「好きにしろ」

 この世界が己の世界ではないのなら、帰らねばならない。その為には、あのカノヌシの神殿があったあの場所に、もう一度行かなければならないのだから。

 

――――――

 

 補足!

・ラタトスクの記憶は、『大樹カーラーンが枯れる前』までしか戻ってない。からミトスたちのことやマルタやロイドやエミルのことは覚えてない。

・地脈経由で異世界に来てしまったことは理解したので、同じく地脈経由なら帰れるのではないかと考えている。

 

・捏造設定。地脈は力そのものだから、一番奥はすべての世界の根源に繋がっており、そこから異世界に渡れる。

 

――――――

 

 

 

・ブリギット渓谷にて

 

「はぁっ!」

 エミルが切り伏せた業魔が倒れる。腰に剣を納めて後ろを振り返れば、ベルベット達も業魔を倒したところだった。

「ははっ、獲物はほとんどエミルにとられてしまったなぁ」

「じゃな。お陰で儂らは後ろからゆっくりお主らの奮戦を見物できるというものじゃが」

「あんたは見てないで働きなさい。この辺りのやつらは、あんたの技が役に立つんだから」

 ベルベットが言うマギルゥの技、というのは、辺りの霊力に干渉してそれを自分のところに引き寄せる、『スペルアブソーバー』という技のことだ。スペルアブソーバーは敵の術に対して効果があり、この渓谷には術を多用する妖魔種の業魔が多く棲息しているのだ。

「けど、エミルが走り回って敵の詠唱を妨害してくれているお陰で、僕たちにはあまり被害が出てないよ。ねぇ、アイゼン?」

「まぁ、そうだな」

 一行の回復を担っているのは主にライフィセットだ。そのライフィセットがいうならそうなのだろう。アイゼンも認めたならそれは間違いない。

 が、エミルには全くそのつもりがなかった。ただ何時ものように戦っていただけ。己のみの力で魔族と渡り合う為には綺麗だの卑怯だのと言っていられなかったから。

「しかし、剣を使う聖隷とは変わっておるのう。その上術を使わんとは」

「………別に、良いだろ」

 厳密には聖隷ではなく精霊だ。そして己が使う術とは、聖隷術ではなくマナを紡いで放つ術。仕組みが違う。あまり見せたくはない。

 と、ベルベットがこちらをじっと見ていた。

「何だよ」

「別に。何でもないわ」

 そっぽを向いたベルベット。そしてロクロウがエミルに問う。

「なぁ、ここが何処かわからないか?」

「無理だな。土地も町の名も、人間が勝手に区別して勝手に呼んでる名だ。野に生きる獣たちが知る筈はないだろう。………ヒトに近い、犬猫やよく街に立ち寄る鳥とかならその音を覚えているかもしれんが、この辺りの獣は何かを恐れて隠れている。俺が喚んだところで来ないだろうし、そんなことをするのは俺も気が引ける」

 無理矢理に呼び出すのも可哀想だ。ただでさえ業魔が彷徨いているというのに。

 と、何故か一行が驚いたような顔でエミルを見ていた。

「何だよ、そろって人をじろじろ見やがって」

「いえその………すみません、少し驚いて」

「動物を使役できるってのは本当だったのね」

「………使役してる訳じゃない。少し話を聞かせてもらったり、手伝って貰ってるだけだ」

 使役と言うなら、それはセンチュリオン達のこと。魔物と契約しそれを束ねていても、魔物の王と呼ばれていても、彼は統治し従えているわけではない。してはならぬこと、せねばならぬことを教え、それを違えて世界に混乱をもたらすならば斬る。彼の仕事はそれだけだ。

 実際、魔物の営みに干渉したことなどない。魔物がヒトを襲うのも、魔物同士が争うのも、それが自然の営みの一部であるならば彼が止めることはない。

 元の世界でもそんな訳だから、契約を交わしたのでもないこの世界の鳥獣たちには、本当に手伝って貰っているだけなのだ。

 アイゼンが一歩踏み出す。

「お前が『蝶』だというのなら、アイフリードについて何か知らないか」

「アイフリードが失踪したのは一年前、だったな。悪いが、この三年俺はほとんど意識が無かった。だから恐らくお前より何も知らない」

「………そうか」

「だがあのクソジジイが一枚噛んでることだけは間違いない。―――俺もアイフリードには借りがある。捜索救出の協力は惜しまんさ」

 そのつもりだ。

 彼は恩知らずではない。それに、あいつには、会って言ってやらなければならないことがある。

 



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